英雄伝説~紫炎の軌跡~ (kelvin)
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序章 生まれ落ちた改変者たち(FC開始前)
プロローグ 天とも地ともいえぬ場所


閃の軌跡の続編が嬉しくて、始めました。
 
反省はしているが、後悔していない。


 

「………えっ」

 

それは、唐突だった。

 

人はいとも簡単に壊れやすく、脆い。

 

その言葉を証明するかのように、一瞬で視界が目まぐるしく変わり

 

視界は黒く塗りつぶされたかのように途切れた……

 

それを『死』であると認識したのは……いや、認識する暇などなかった。

 

なぜならば……

 

………少年は、立っていた。

ただ、その場所は少年の知る『普通』ではなかった。

 

「どこだよ、ここ……」

視界に映る、白一色の場所。

下手に動けば迷うだろうし、動かなくても迷っているのは言うまでもないだろう。

いや、彼のみならず、目が覚めた時にこのような風景が広がっていれば、誰しもが『こんな迷いそうな場所に連れてこられたのは訳が解らないし、そもそも死んだはずなのでは?』……と思わざるを得ないのは言うまでもないことだ。

 

「えと……」

目をつぶり、これまでの記憶を思い返してみる。

 

今日は修学旅行の自由行動日。宿泊先のホテルを出て、班の仲間たちといろいろ歩き回って、買い物をして……目の前に飛び込んできたトラックの光景が自分の中での最後の記憶だ。

いや、記憶の状況から察するに、『最期』というのかもしれないが……青信号ということを念入りに確認して渡っていて、この有り様である。

 

「不条理での事故死……はぁ」 

ここにいるとなれば、最早現世に戻れる確率はほぼ0……正直、ため息しか出ない。仮に生きていたとしても、残りの人生を寝たきりで過ごすことを覚悟せねばならないだろうが……

となれば、ここは大方死後の世界……ただ、イメージしていたものとはだいぶ違うので、場所の目途すら立たない。

 

自分の知る知識では、天国か地獄にそのまま行くものであると思っていた。だが……こんな空間など、聞いたことすらない。地獄だと言えば納得は出来そうな話ではあるのだが……自分の置かれた状況に困惑を隠せずにいる少年。

 

だが、そんな事情はお構いなしとばかりに事態は進むわけで……

 

『あれ?珍しいお客さんもいたものだね。』

自分の背後から聞こえた声…その方向を振り向くと、一人の少女がいた。先程までそう言った気配すら感じなかった。

 

最早、何が何だか解らない……某アニメの『わけがわからないよ』という台詞が頭を過った。

 

「えっと……」

『はじめまして、四条輝(しじょうあきら)君。私がこの場所、<白(はく)の礎>の管理者にして神、クロノスだよ♪』

あっけにとられる少年をよそに、朗らかな感じで自己紹介をした少女。

……え、神様?自分で神様って言いませんでしたか、この子?しかも、こっちは自己紹介していないのに、何で知っているの?

こちらが困惑していると、向こうも段々困惑した表情になっていった。

 

『あれ、もしかしてまたすべっちゃった?ううっ、やっぱり私はこういうのに向いてないんだ……』

「えと、そこまで卑下しないでください。俺自身、何でここにいるのか解らないところに急に現れたもので……」

嘘は言っていない。死んだと思いきや非現実的な場所に飛ばされて、唐突に現れた目の前にいる少女が『神様』だと言われたら、誰だって困惑する。俺自身、困惑している。もはや非現実という言葉を理解するしかないのだと、ある意味悟りの境地に入りかかっていた。

 

『えへへ、そっか。それじゃ、説明に入っていいかな?』

「ええ、お願いします。」

俺のフォローで気分が治ったようで、先程の自己紹介の時のような明るい表情に戻っていた。何はともあれ、この状況の説明をしてくれるようで、俺にとってはありがたかった……次に、彼女の口から出た言葉に驚愕したのは言うまでもないが。

 

「えと、まずはこの場所だけれども、天国でも地獄でもない入り口なんだ。」

「天国でも地獄でもない場所……?」

この時点で意味不明である。いや、自分の感性からすれば天国と地獄という“死後の概念”をそれしか持っていない以上、理解が追い付いて行かないというのが正しいのであろうが。そう考えている間にも、説明は続く。

 

「この場所は『思い描く世界を変えたい』という思いが持つ人を拾い上げる場所。つまりは、空想の世界の歴史を自分の意思で作り上げることができる……頑張ればの話だけれども」

『歴史を作り上げる』……話を聞くだけでも、十二分にすごい場所なのだろう……空想の世界の歴史というのは、とどのつまり、自分の考える空想の世界……アニメやゲームの世界の事であろう。そう思って少女を見やると、彼女は静かに頷いた。つまりは正解と言うことらしい。

 

「あれ?そしたら、『この世界で有名になりたい』とか思ってる人もここに来れるのか?」

「ううん……ここに来る人は転生前の世界で『予期せぬ事態で命を奪われた者……誰しもが納得しえない終焉を迎えた人』だけ。ま、端的に言えばそういった場所や力とは無縁の人が来ることが多いよ。」

ああ、あの事故で『納得しえない』と思ってくれた人がいるから、ここにいることができるってことか。権力とかの力を有する人間は誰かしら恨まれていることが多い……そういった人間は天国か地獄しかないのだということを付け加えた上で説明を続けた。

 

『で、君はこれから転生するわけなんだけれど…世界については君の記憶で良く知っている世界にしたから。』

「どの世界です?」

『細かいことは秘密だよ。ごめんね、これは規律だから』

神様にもしがらみみたいなのがあるのか……まぁ、どの世界にしても、今度はちゃんと生きられそうだし………そう思って俺は納得した。

 

「そうですか……まぁ、そちらも忙しいでしょうし、遠慮なくどうぞ。」

『………』

「どうしました?」

吃驚しているクロノスと自己紹介した少女……その光景に俺は首を傾げるが、クロノスは何かを決意したかのように話し始めた。

 

『……決めました。君に色々能力を付与しました!君が頑張れば、その力もパワーアップしていくよ。』

「能力ですか?」

命とか削ったり、一定期間五感が無くなるとかのデメリット付きは流石にまずいが……

 

『デメリットはないよ。えっと、君に付与したのは……』

 

・鍛えれば鍛えるだけ強くなれるよ(レベル限界突破)

・アイテム消費はないよ(アイテム無限所持)

・転生前に覚えている空想の世界の武器や事象を具現化できるよ(空想の具現化)

・??、????(転生先の都合により、機密事項です)

 

「最後のはともかくとして、3つ目のはデメリットありそうな能力ですが……」

『基本的にデメリットはないかな。ただ、具現化自体には一定のレベルまで(現在のレベル)×1分という時間制限はあるから。その制限は1日ごとにリセットされるよ。』

経験稼ぎでレベルが上がった場合、その時点でそのレベル分延長されるらしい。

どれぐらいの事象まで耐えうるのかは検証の余地があるけれど。

 

『ま、能力はそんな感じかな。転生前の記憶自体は一応保持されるから。あとは、何か聞きたいことはある?』

「年齢ですね。あと、転生先での名前は……」

『う~ん、ちょっと待ってね………一応8歳ぐらいで考えているけれど、大丈夫?あと、名前は自分で考えてね♪』

「ま、それでいいです。」

転生させてもらえる側としては、ここまでしてもらえるだけでも願ったり叶ったりだ………能力面は完全に予想外だったが。

 

『うぅ~、よかったよぉ……』

って、突然泣き出した!?

 

「え、ど、どうかしました!?粗相でもやらかしましたか!?」

『ち、違うの。初めてちゃんと話を聞いてくれる人がいて、嬉しかったの。今まで担当したのだと、いきなりセクハラしてきたりとか、チートにしてくれとか……』

「それを言うと、俺もかなりのチートなのですが……」

『だって、生まれ変わるのにそこら辺の話を真っ先にしないなんて吃驚しちゃったから……奮発しちゃいました。』

………何だかんだで苦労してるなぁ、この神様。俺に付与した物を見る限りだと、かなりの能力……よほど嬉しかったんだろうなぁ、と思いつつ彼女に感謝した。

 

『じゃあ、この気持ちは≪形≫にして向こうに転送したから。それじゃ……転生先の世界で幸あらんことを』

そう呟くと、俺の視界は真っ白になっていった。

 

次に目覚めた時には、転生先の世界にいる……そのことを信じて。

 

 




導入部なのに、原作要素ありません。次回からは出していく予定ですので、勘弁してくださいorz
 


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第1話 ゼムリアと導力と

軌跡シリーズのプチ?説明回。



―????―

 

「……ん…」

視界が真っ白になったと思いきや、真っ黒になり……瞼を開けると、木々の木漏れ日と鳥のさえずり、吹き抜ける爽やかな風。目覚めた場所が『森の中』であることにすぐ勘付くことができた。

 

「えっと、ここはどこ、というか、確認してみるか……」

まず、自分の置かれた状況をいろいろ確認してみる。

服は……この世界に合わせた物なのだろう。イメージ的にはTOGのアスベルっぽい感じの外見に衣装。年齢は8歳ということで、容姿はそれに見合った感じだ。アイテムは無限に出せるみたいだし。えっと、武器は……刀…ん?これって

 

「なになに……」

ふと、刀に挟まっていた紙を見つけ、それを広げてみる。

 

『えと、その刀は私からの誠意です。その世界でいう≪外の理≫で出来ていますので、その気になれば神様だって殺せちゃいますよ♪』

おいおいおいおい!!アンタ、神様でしょ――!?下手すりゃ≪神殺し≫すら出来る武器を初期装備してもいいんですか!?バランスブレイカーどころかワールドブレイカー……チートという言葉が安く感じるのは俺だけなんだろうか。そもそも、どっかのアイス好きの奴みたいに『生きているのなら、神様だって(ry』とかやるつもりないし………

 

神様―――クロノスと名乗っていた少女の置手紙?に驚愕どころか声に出してツッコミ入れたくなるぐらいの勢いで、心の中でツッコミを入れた。平穏な生活が遅れると思ったのに、どうしてこうなったんだか……

 

と、そこまで思って一旦冷静に返った。

≪外の理≫という言葉……その言葉を使っている世界は、俺が知る限り一つしかない。

 

「ともかく、近くに住める場所……ん、何だろう?」

周りを見渡すと、奥の方に建物らしき物影を見つける。

その方向に歩くと、目の前に見えてきたのは一件の建物。サイズ的には3~4人程度が住める平屋だ。

中は綺麗に片づけてあった。

一応備え付けの機材やら確認してみたが……そのまま住み始めても、特に問題はなさそうだ。

 

「さて、と……」

机の上に置かれたのは、戦術オーブメント、説明書らしきもの、そして地図。

その地図を見て、彼の中にあった仮説が根拠となった。いや、戦術オーブメントの時点で確定的になったのはいうまでもないが……つまり、この世界は「英雄伝説」……その中の一つである「軌跡シリーズ」の世界ということで概ね間違いないだろう。

 

ゼムリア大陸……その広さは西ゼムリア地方だけでも広大な広さを誇る。

 

自分が今いるのはリベール王国という小国だが、「導力」と呼ばれる技術の発展、それらを先導している『ツァイス中央工房』により、国境を接する二つの大国以上の技術力を誇っている。

リベールの北には黄金の軍馬の紋章を掲げ、軍事大国と称される『エレボニア帝国』、東側は移民によって多様な文化を構築する大国『カルバード共和国』の二大国があり、この二国は西ゼムリアにおける覇権を争っている。

リベールの北東には、エレボニア・カルバードの両国の承認を受けて独立した50万人の貿易都市クロスベルを有する『クロスベル自治州』、クロスベルのさらに北東側には、医療技術が発展した『レミフェリア公国』が存在する。

ゼムリア大陸には他に、農業が盛んな『オレド自治州』、“とある災厄”によって壊滅的な被害を受けた『ノーザンブリア自治州』、遊撃士協会の本部とエプスタイン財団の本部がある『レマン自治州』、七耀教会――『空の女神』を崇める組織というか、現実世界における一神教の母体の本部がある『アルテリア法国』などがある。

 

そして、導力―――七耀脈と呼ばれる鉱脈のような場所から算出される七耀石<セプチウム>の持つエネルギーのことであり、一種のエネルギー……だが、導力の大きな特徴は『時間が経てば自然回復するエネルギー』である。

 

たとえば、石油や石炭などのような燃料は一度燃やすとその過程で生成される物から再利用するのはいくつかの過程を踏まなければならないもので、それでも100%元通りになるという訳ではないし、そもそも効率が悪すぎる。現実世界におけるエネルギー効率は大方2~3割程度。これは摩擦や金属といったエネルギー部分でのロスが大きく影響している。

 

だが、導力は七耀石の持つエネルギーで、回復量自体はあまりよく解らないが、いくつかの石を用いて導力として動かせば、『永久機関』が理論上可能である。しかも、化石燃料のように再利用するための機関すら必要なくなるのだ。

元々使っていたエネルギーが自然回復して、全く同じエネルギーがまた生み出される…さらに、内燃機関での副産物とも言える『環境汚染』の心配がなくなる…そうなれば、一度消費するとなくなる燃料から導力によるものへの転換が行われるのは必然であり、それが「導力革命」に繋がっている。

結果として、日常的に使っている衣食住の殆どに導力を用いたものがあふれることとなる。

 

照明や暖房といった日用品、通信機器、自動車や鉄道、飛行船の動力源……軍需の部分でも導力を用いることが多い。その反面で、石油や石炭を用いる内燃機関の衰退や、火薬を用いた旧式の銃はあまり使われなくなっていったのである。

 

その導力を戦闘力として用いるのが「戦術オーブメント」である。使用者や周囲の味方への身体能力強化などの支援・敵に対しての攻撃や妨害を行う導力魔法(オーバルアーツ)を使用するためには必要不可欠である。ただ、強力なアーツを行使するためにはそれだけ待機時間もエネルギーも必要となり、アーツを使うための七耀石の結晶回路<クォーツ>の入手には七耀石の欠片<セピス>が必要となる。

 

つまり、

敵を倒したり、宝箱からセピスを手に入れる→クォーツに合成してもらう→オーブメントにセットする

の手順を踏む必要があるのだ。

まぁ、経験値稼ぎはどの道必要だし、セピスはそれなりに手に入るでしょ。

 

「前の世界でも、電気は身近なものだったからな……それと似たようなものか」

前の世界の事をしみじみ思いながら、説明書らしきものを確認する。説明書らしきものの内容は、自分が転生された場所の周辺の状況と時代の簡潔なまとめが記されていた。

自分がいる場所はリベール王国の『ロレント』という街の近くにある森。今は七耀暦……ようするに、西暦みたいなもので、転生先は七耀暦1192年4月ということらしい。

 

「確か、百日戦役が11月ぐらいに終戦だから……それを差し引いても三か月弱ぐらい……6~7月くらいに開戦ということか。」

それだけの時間があるなら、鍛練と強化は存分にできる。

だって、零・碧の連中はおおよそ1年ぐらいでLv150ぐらいまでいってるんだから、行けない道理などない(謎理論)

 

そして、その説明書の一番最後のページに、気になる文章があった。

 

『記憶は残りますが、基本的にはその転生した人物に精神が持っていかれますので。あと、貴方と同じように転生した人がいますので、頑張ってくださいね♪ 追伸 この説明書は読んだ後にきちんと燃やしてくださいね』

自己判断に任せるんかい!!いや、どっかのスパイ映画のように『この文章は自動的に消去されます』みたいなことじゃないから、いいのかもしれないけれども。勝手に燃えて、火事騒ぎは御免こうむりたいし……そんなことを内心思っていると、ページに一つ書き込みが加わった。

 

『やっぱり、それはお約束ですか?』

「違うから!?ちゃんと責任もって燃やしておくから!!」

転生前後通して、生まれて初めて本にツッコミを入れる羽目になった。

クロノス―――彼女は、本当に神様なんだろうかと、ほんのちょっぴり思ったことは言うまでもない。

 

 




オリキャラの名前は考察中。カップリングも考察中。

でも、ヨシュアの受難は確定ですけれど(黒笑


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第2話 まさかの遭遇

原作キャラ一人登場です。
 
ヒントは『データは出てないけれど、会話から公式チートみたいな扱いされてる人』


―ロレント郊外の森 平屋―

 

一通りの整理を終えた後、少年は考え込む。

この先、外に出ていくということは、誰かとの接触がある前提で考えなければならない。

 

だが、この後の『シナリオ』を考えた時、一人で何とかするのは無謀だろう。

神様による恩恵でいくら一騎当千の動きができたとしても、相手が膨大な量と質の力を持てば、容易に駆逐されることは目に見えている。解りやすい例で言えば三国志の世界において一騎当千の武を持っていた『呂布』や、公式チートな扱いを受けることが多い『曹操』がその最たる例である。一人が優れていようとも、一人でこなせる分量には限界が生じるのは明白。

 

それ以前に年齢の問題がある。中身というか精神は10代後半だが、外見は8歳でしかないわけで。下手に見つかれば保護だのなんだのと面倒なことになりかねない。

 

「名前も一応考えとかないといけないな……(流石に四条輝という名前は名乗れないし)」

まぁ、自分の名前をある意味捨てることになるので、真剣に考えなければならない。

 

『確実に自分の身を守れる力』を手に入れること、そして『きっかけ』を確実に掴み取っていくこと。その二つをやっていかなければいけないのだ。前者はともかく、後者はこの身なりなので信用されるかどうかは別問題だが……

 

「……とりあえず、装備類をそろえるか」

必要最低限の装備をそろえるべく、取りかかる。え?刀があるんじゃないかって?

あれは最終手段としてだし、迂闊に見せていいものじゃないからな。

パワーバランス的な意味で。

 

―――3時間後、一通りの武器を揃えた。

 

平屋の中には武器の改造やオーブメントの合成など、戦闘に関するものならば一通り揃っていた。流石に書籍類は置いていないので、後で調達することにしよう。情報はあるのなら手に入れるにこしたことはないし。

 

いやぁ、アイテム無限所持って自分が言うのもなんだけれどチートだわ。

ゼムリアストーン、Tマテリアル、Uマテリアルを大量に使用したからな。

棍、小太刀(二刀)、導力弓、方天戟、導力銃………ま、これだけあれば身を守るのに十分でしょ。

 

「自分の身を守るための武術……今更になって伯父さんと兄貴、姉貴に感謝する日が来るとはな、ハハハハ……」

転生前の時、居候で世話になっていた伯父や、伯父の弟子である義兄と義姉に『男児たる者、武を磨くことは必須』とか言って、よく付き合わされていたことを思い出す。

 

『良い筋だな。その歳で息子といい勝負ができるほどに。では、次は私が相手だ』

『二人と模擬戦でボロボロなのに……殺す気ですか!?』

『アハハ……』

『まぁ、頑張ってくれ。父さんの事だから手加減ぐらいはしてくれると思うぞ?』

『ただ、お父さんがノリノリだからねぇ……』

ノリノリの伯父、義兄と義姉との模擬戦でボロボロな俺、苦笑を浮かべた義兄と義姉、見学していた義妹の光景はある意味『日常茶飯事』だった。

あの三人、この世界だと確実に「理」に至ってそうなほど強かったよ……それに追随できていた自分もどうかしていたのかもしれないが。

 

『輝お兄ちゃんって、すごいね。私でもちょっとぐらいしか出来ないのに……人間じゃないんじゃないの?』

いや、義妹よ。あの三人が人間離れしていたからと言って、俺が『人間をやめました』的な感じで言わないで。悪あがきかもしれないけれど、せめて人間でいたいの。たとえ、あの三人に追随できていたとしても。

 

「アハハハ……はぁ」

散々しごかれたトラウマが蘇りそうになったので、思い出すのをやめた。

そういえば、転生前の世界はどうなっているのだろうな……大方葬式をして、悲しみにくれているってところかな。この世界に来れたのも『俺の死に納得できない人』がいたからこそなんだが。

 

(突発的とはいえ、別れも言えずじまいだったからな……やっぱり、『俺、家に帰ったら全力で伯父を叩きのめすんだ……』って死亡フラグ立てたからか!?バカ野郎、転生前の俺!!………はぁ、何やってるんだろ俺)

あることないことを回想して、心の中で一人漫才のようなことを思い、それがかえって空しくなったので途中でやめた。

 

一人漫才はさておいて、転生してしまったものはどうしようもない。今できることを確実にやっていくしかないのだ。

そういうことで、近くの山に経験値稼ぎも兼ねて探検することにしたのだが……

 

―近くの山―

 

「ぜぇ~……ぜぇ~……」

解ってた。うん、解っていた。こうなることは予想していた。

転生前に比べて体力が半分以下に落ちていた。いや、肉体が未熟な故に転生前の普段通りの動きだとすぐに息切れしてしまうのだ。

いくら精神が人間離れ?していたとしても、肉体は小学生程度のものでしかないわけで………いくらソフトが優れていようとも、それを十二分に発揮するハードが整っていないと、まともに機能しないのは至極当然である。

おまけに筋肉痛もあちこちきている。不幸中の幸いは山のふもとまで降りてきていたってところだけだ。正直ため息しか出ない。ただ、これは体が出来上がっていくにつれて慣れていくだろうと思いつつ帰ろうとした時、

 

―――目の前で何かが『落ちた』

 

「え?」

あ、ありのままに起こったことを話すと、目の前の空中に少女が現れ、落ちた。

助けようにも、あまりにも非常識すぎることが起きて、反応できなかった。

 

「えと、もしもし?」

問いかけたが、反応はなし。見た限り、目立った外傷はなし。

呼吸は規則正しくなっており、時折寝言を言っている……

 

「寝てる、のか?」

面識はない。というか、目の前に突然現れた時点で『普通』ではないのだが……流石に、魔獣のこともあるので放ってはおけず、お姫様抱っこで連れて帰ることにした。

 

―ロレント郊外の森 平屋―

 

とりあえず、空いているベッドに寝かせると台所に向かった。

時間的には夕食の時間で、2人分の食事を作ることとした。

 

「ん………」

しばらくすると、少女が目を覚ました。

 

「おや、目が覚めたみたいだな……」

「………」

声をかけるが、唖然とした表情でこちらを見ている。

 

「?どうした?どこか痛むのか?」

「……えと、ここどこですか?」

怪我とかを心配したら、率直な質問が返ってきた。まぁ、至極当然な疑問です。

 

「ここは、ロレント郊外の森の中の小屋だけれど……」

「え?そんな場所なんて原作には……」

……え?今、何て言った?“原作”って言葉が出てきたよな?

少なくともこの世界の出身だとそんな言葉は基本的に使わない……となると

 

「ひょっとして、“転生者”なのか?」

「え!?もしかして、貴方も!?」

あの神様、そのようなことを言っていたよな……こんなにも早く会えるとは誰だって思わないが。

とりあえず、夕食を食べてからお互いに知る限りの経緯を説明することとなった。

 

彼女の経歴も中々すごいものだった。それなりの身分の生まれで、音楽や武術に秀でていたらしい。俺なんてそれに比べたら凡人だな、とか言ったらどこかからツッコミが入りそうだな。流石に転生前の名前は聞かなかったが。

 

「自己紹介かな……俺はアスベル・フォストレイト。よろしくな」

「私はシルフィア・セルナート。よろしくね、アスベル」

……『セルナート』?今、目の前に映る少女―――シルフィアの名字が気になり、質問をしてみることに。

 

「今、名字が『セルナート』って言ってたけれど……七耀教会絡み?」

「あはは……内密にしてくれる?」

「ああ。その代り、時が来たら手伝ってくれるか?」

「勿論……えとね、どうして私が総長の名を名乗っているかというと……」

シルフィアはアスベルの言葉を聞き、改めて経緯を説明することとなった。

 

 

―アルテリア法国―

 

「失礼します……」

「おや、シルフィアではないか。」

シルフィアは枢機卿の部屋から出て無表情で歩いていたが、廊下の途中で『ある人物』と出会うと今までの表情から一転して怒りの表情を滲ませていた。

一方、『ある人物』――星杯騎士団の中で特別な力を持つ12人の騎士“守護騎士(ドミニオン)”のトップ、“紅耀石(カーネリアン)”の渾名を名乗るアイン・セルナート総長は、彼女の様子を見て笑みをこぼしていた。

 

「お勤めご苦労様だな。」

「よく言いますよ、お姉様は…あんな薄汚い奴、聖域にいることすら烏滸がましい限りです。」

アインのある意味皮肉めいた言葉に、シルフィアは皮肉どころか隠すことなく本音で先程の会話を思い出していた。

 

「『その美貌、将来の七耀教会に役立ててくれることを祈る』って、どう見ても自分の手駒にしたい気満々ですよ。」

「ま、いずれその辺りは『整理』する予定だがな。ともかくご苦労だった、第七位“銀隼の射手(ぎんしゅんのうちて)”」

シルフィアは、七耀教会の総長の執務室に飛ばされたのだ。そんな転生の仕方など前代未聞というか、転生させた神様がいい加減だったのか……

アインは彼女を保護し、戸籍上はアインの義理の妹という形になっている。アインは彼女に『守る術』として戦闘技術を教え、彼女の親友の正騎士から戦闘の駆け引きを学び、8歳にして人並み外れた技能を身に付けたのだ。

その過程で彼女に『聖痕』があることを知り、彼女の『立場』を枢機卿などといった欲の凝り固まった連中に利用させないために“守護騎士”へと推薦し、任命された。第七位“銀隼の射手”として。

 

「さて、お前にはここに留まる選択と出かける選択があるのだが」

「どっちも地獄でしょう……お義姉様なら、ここに留まったら書類仕事でもやらせるのでしょう?それなら出かけますよ」

「流石私の義妹。よく解っているじゃないか。」

そう言ってアインが一枚の紙をシルフィアに渡す。

 

「『結社』ですか……噂程度、ですよね?」

「どうだかな…お前にはリベールに行ってもらう。彼らが騒ぎを起こしそうなところを重点的に探ってほしい」

「無茶言いますね。まぁ、いつものことなので何も言いませんが」

紙を受け取り、不満げに呟いてその場を後にした。

 

「……さて、種は蒔いた。」

シルフィアを見送ったアインは意味深な言葉を呟き、シルフィアとは反対の方向へ歩いて行った。

 

 




ようやく原作キャラ一人登場です。エステルじゃないのですがw

そしてオリキャラも一人登場です。コンセプトは決めてますが、ステータスは決めていません。ただ、師事した人たちが『あの二人』なので、色々おかしいのはデフォ仕様ですww



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第3話 聖痕と剣聖と

原作キャラ一人追加です。ま、この人チートですがww
久々にFCを起動してプレイ中。
ここまでRPGにはまったのはFFⅩ以来です。


―ロレント郊外の平屋―

 

「……で、リベールに行こうとしたらいきなり飛ばされた、と。」

「まぁ、そんな感じかな。大方私を転生させた神様のせいだけれど」

 

大方の事情をすんなり呑み込んだアスベルに、シルフィアはため息混じりに呟く。そんなことが唐突に起きれば誰だって困惑するのは当たり前の話だろう。そもそも『なぜそのようなことをしたのか?』という疑問は尽きないが。

 

「(でも、いきなり飛ばされるなんて在り得なくないか?)……ちなみに、守護騎士は何人ぐらいいるんだ?」

「全部は言えないんだけれど……全員で5名。」

「少なくないか?」

「仕方ないよ……そもそも、そんな簡単に見つかるものでもないだろうし」

 

この時、確定的なのは“紅耀石”アイン・セルナートと目の前にいる“銀隼の射手”シルフィア・セルナートの2人。それと“吼天獅子”の合わせて3人。残り二名は第五位と第九位を除く人間だろう。

 

「なぁ、一つ質問なんだが、<聖痕>ってそう簡単に発現するものじゃないだろ?」

転生前において、原作を知るアスベル(輝)は、聖痕が発現する条件に『聖痕の所持者がアーティファクトによって命の危機に瀕する』ようなものが存在しているはずだ……それを含めて、尋ねると……シルフィアから帰ってきた言葉は意外なものであった。

 

「元は同じ世界のよしみで教えるけれど、模擬戦で総長が『ストレス発散させろ』とか訳の分からない理由で本気で潰しにかかってきて……気が付いたら一時的にとはいえ圧倒してた。」

「はぁ!?下手すりゃ『使徒』レベルと渡り合える総長相手に!?」

 

驚くアスベルの質問にシルフィアは首を縦に振って答える。常人では考えもしないような鍛練を積んだ+彼女の聖痕の力は、『執行者』クラス以上、『使徒』クラスに迫るという事実。それを目の前にいる今の自分と同い年ぐらいの少女が持っていることにアスベルは肩を落としそうになった。何というか、男としては納得できない感じである。

 

『使徒』と『執行者』……結社『身喰らう蛇』のトップの盟主を支える七人の最高幹部『使徒』、そして実行部隊ともいうべき『執行者』。その能力は多種多様で、人の域の限界に到達した者たち、一部は人の域を超えたものと考えればいいだろう。

 

「私自身が一番驚いたよ。<聖痕>の力を付与したなんて……」

「なるほどな(そういえば、俺にもこの世界での能力を付与したとか言ってたな…ま、大したものじゃないだろ)」

 

―――この時アスベルが内心思ったことが、後々覆されることになろうとは誰しもが思わなかった。

 

「とりあえず、今日はもう暗い。ゆっくり寝てくれ。風呂ならそっちにあるから」

「ん?どこか出かけるの?」

「ちょっとな」

 

アスベルはそう言って、家を出た。それを見送る側のシルフィアはアスベルの言葉に妙な引っ掛かりを感じたが、今日一日の疲れというかアルテリアでのストレスを発散すべく風呂に入り、寝ることにした。

 

 

―平屋の外―

 

アスベルは小太刀を構えていた。対峙している者はいない。

目をつぶり、精神を研ぎ澄ませる……

 

「ふっ!!」

アスベルは踏み込む。刹那、アスベルの周囲の景色がモノクロに塗りつぶされる。

その景色に驚くことなく、さらに踏み込んでいく。

 

アスベルにとってみれば『普通に動いている』だけだが、周囲から見れば『どこにいるか解らない』ぐらいに『速い』。

 

「はぁ、はぁ………」

動き始めてから一分後、アスベルは動きを止め、一息つく。そうすると、アスベルの視界も色のついた景色に戻っていた。

転生前の世界で習ってきた技術の一つ……超高速の領域まで自身を加速させる技巧『神速』。

 

「軽減負担のためにクロノドライブ込みでやってみたが、それでもトータルで一分が限界か……ま、今の状態でこれだけできれば上出来なんだが」

アスベルがこの技を使用したのには理由があった。それは、シルフィアとの話を終えかけた時、自分の身体の状態が回復していたのだ。

本来、筋肉痛は二十四時間サイクルで修復される。筋力トレーニングも一定の休息期間を与えなければ着実に身に付かないのだ。

 

だが、今の身体の状態は『山での探検をする前の全快の状態』だった。ふと、自分の状態を確認すると、特に筋肉痛などの痛みは感じない。

補助込みとはいえ、ただでさえ負担のかかる『神速』を一分間連続使用しても身体に変化はみられない。

今日の午後に探検を終えた際は疲労と筋肉痛で苦労していたはずだ……となると、理由は一つしか考えられない。

 

(シルフィア……彼女の<聖痕>が俺の中の『何か』に反応したってことになるよな。それしか考えられないし……心当たりないけれど)

となると、俺も次第に人の域を超える羽目になるのか……と内心ため息をついた。

 

その時

 

「おや?このような場所に人がいるとは……」

(っ!?)

後ろから聞こえた声に、その方を振り向き、一歩下がって警戒の態勢を取る。

そこにいたのは一人の男性。見るからに身なりの整った人間であり、それなりの地位にいる人間であることは察しが付く。

ただ、明かりは月明かりしかないため、ぼんやりとしか確認できない。それ以上に、その佇まいを見るだけでも『隙がない』……そう感じた。

 

「見るからに娘より少し年上ぐらいの子か。」

「どちら様です?そちらが争わないのなら、こちらも話位は聞きますよ。警戒はさせてもらいますが……」

「やれやれ、仕方ないとはいえ娘ぐらいの子に言われるのは堪えるな…」

警戒を解かないアスベルに、疲れた表情を浮かべて答える男性。

 

「一つ聞こう。君はここで何をしているのか?」

「何って、住んでいるんですが……もしかして、通報でもあったのですか?」

「いや、俺がここに来たのは偶々でな。最近ここら辺の魔獣が少なくなったという情報があり、何かの前触れと思って気になり赴いたわけだ。」

男性の言っていることにも一定の説得力がある。徘徊している魔獣の数が少なくなれば、何らかの出来事があったということになり、遊撃士が関わってないとすれば何らかの前触れとして少なくなったのでは?という仮説を導き出したとしても何ら不思議ではない。

 

「さすがに解りませんね(おそらく、クロノスの仕業だな。)」

流石に神様の仕業とはいえないだろう。しかも、“空の女神”以外の神様の手によるものだなんていえば、あの組織――七耀教会というか聖杯騎士団が黙っていないだろうし……

 

「俺は家に戻りますが、よかったら来ますか?」

「?いいのか?」

「こちらとしては、できる限り知り合いが多い方がいいですし、敵とは思えないんですよね。」

アスベルの提案に首を傾げる男性だが、アスベルは打算や内心思ったことも含めてこの男性と知り合いになる方がいいと率直に感じた。

月明かりが二人を照らし、男性の表情も見えるようになった。

その身なりは、アスベルがよく知る……正確には、アスベルが転生する前の輝が知る人物だった。

 

「っと、自己紹介がまだでしたね。アスベル・フォストレイトといいます。」

「俺はカシウス。カシウス・ブライトだ。よろしくな、アスベル君」

これが、俺とカシウス・ブライト……エステル・ブライトとヨシュア・ブライトの父にして、“剣聖”と呼ばれた人物との出会いだった。

 

 




FCに行くまでに書きたい話は
・百日戦役(三人の生存フラグ)
・D∴G教団一斉摘発(二人のフラグ)
・紫苑の家(一人生存フラグ)
ですね。クロスベルの部分でも何人か生存フラグを立てる予定です。

生存させたいキャラの中には『え、こいつ生存させる気なの!?』という奴が一人います。大丈夫です、アルバ教授じゃないですから(黒笑)


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第4話 『自分』の在り処

軌跡シリーズって謎多いですよね。
一番謎に思っているのはカタカナ五文字のジャーナリストさん。
見えないはずなのに階段を難なく下りていること自体異常です。
きっとあれですね、開眼したら力が開放するとかそんな感じなのでしょう。静まれ俺の両目よっ……!!(中二)



―ロレント郊外 アスベルの家―

 

「おかえり…って、カシウス・ブライト!?」

「おや、これは可憐な御嬢さんだ。娘の友達には何人か会っているが、君とは面識などないはずだが……」

家に戻ると、寝間着姿のシルフィアがアスベルと一緒に入ってきたカシウスの姿に驚く。

誰だって驚くことだろう。俺だって、この場にエイドスとか重要な人物が現れたら間違いなく驚くな。あの≪鉄血≫野郎が現れたら間違いなく腹パンするね。いや、村八分かな?

 

「すまないな、シルフィア。ちょっと話がしたいんだが大丈夫か?」

「なら、私も参加します。無関係とはいかないでしょうし。」

「やれやれ、こんな中年のおっさんに何を期待しているのやら……」

いや、アンタのような中年が普通にいてたまるか。仮に世界中の中年がカシウスさんレベルだったら、いろんな意味でヤバい。

チートのバーゲンセールになりかねないから。そんな世界などあってほしくないし、正直生き残れそうにない……

 

「さて、君たちに聞きたいことがある。君たちは、何をするつもりなのか?」

カシウスが真剣な表情で二人を見る。確か、カシウスの…いや、ブライト家はロレント郊外にある。この頃のカシウスは軍人であり、さらに地元となれば住んでいる人の所在などをある程度把握しているのだろう。突然住み始めた二人の少年少女(一人はアルテリアから飛ばされてきたが)に対して、この対応と言葉は至極当然ともいえる。

 

(どうする?)

(どうするったって……流石に全部信じてもらえるかどうか……)

確かに、この世界のこれから起こりうることは知っているが、それを明るみに出したり妨害したりして大幅に世界が変わるのは拙いのだ。それに、この世界で“転生”の概念があるかどうかも不透明である。だが、ある程度“こちらの世界”で信用できる人間を作ること。そして、自分たちの身の保証が急務である以上、どこかで言わなければならないことなのだ。その結果によって起こりうることに変化が生じたとしても……

 

「カシウスさん、これから話すことは信じられないことかもしれませんが、事実です……」

そう切り出してアスベルは自分たちが“転生者”であること、歳不相応の力を持つこと、元々はこの世界の人間ではないこと……シルフィアの“守護騎士”のことと、今後の事象は言えないが、異世界の人間であるということにして話した。世界が違うから異世界ということで間違ってはないはず、うん。

 

「………」

「えと、納得いきませんよね?」

「いや、逆だな。」

「逆、ですか?」

説明を聞いて驚きの表情を浮かべるカシウスにアスベルは問いかけたが、その問いに気を取り直して真剣な表情で答えを述べ、シルフィアはその答えに疑問を投げかけた。

 

「ああ。そこの御嬢さん……名前は?」

「シルフィアですが、それが何か?」

「成程、君が“銀隼の射手”か。歳がさほど娘と変わらないのには、俺でも驚きだが…」

「!?何故、解ったのですか?」

カシウスはシルフィアの名前と佇まいを見て、すぐに彼女が“守護騎士”であることを見破ったのだ。

流石、伊達に“剣聖”と呼ばれていたわけではないな。

 

「偶然だが、君が以前リベールで任務にあたっていたところを見たことがあってな。それと、あの“紅耀石”の妹が史上最年少で“守護騎士”をしているという風の噂もあった。極めつけは君の名前だ。この懸念だけは当たってほしくはなかったのだが……すまない。」

「いえ、謝る必要はないですよ。流石は“剣聖”とも言われた人物ですね。」

「ハハハ、今はしがない中年軍人の端くれだ。」

シルフィアが守護騎士だという根拠を説明してため息をつくカシウスに、シルフィアは弁解し、カシウスは苦笑を浮かべながら答えた。

カシウスさん、貴方が言うと端くれ(笑)で片づけられそうなんですが……と思ったが、ツッコミは心の中に留めた。

 

「おっと、話が逸れてしまったな。元々、この場所に人が住んでいる報告などないし、俺も時間があればここら辺に来るが、人が住んでいる気配すらなかったからな。それが、今日ここに来て人が住んでいる。君たちの言うとおりでなければ矛盾する部分が余りにも多すぎる。」

成程……ここらに詳しいカシウスさんだからこそ、急に家が建ったり人が住んだりしているのはおかしいわけで……大方、俺の思った通りか。それ以上に、カシウスの思考能力は尋常ならざるものを感じずにはいられなかった。

 

「大方の事情は分かった。君たちに対して身分の保証をするよう私から掛け合っておこう。特に、アスベル君はこの家の持ち主のようなものだからな。戸籍も準備しておこう。」

「ありがとうございます。合わせてお願いしたいことが……」

アスベルは“あるお願い”をカシウスに頼み込んだ。

 

「ふむ……アスベル君、剣の心得は?」

「奇しくも、刀の剣術を習っていました。」

それは、カシウスが習っていた剣術にして、軌跡シリーズを通して関わることの多い剣術……『八葉一刀流』。アスベルにしてみれば、“今まで”習ってきた剣術を表に出して揮うのは拙い……出来るだけ手の内を見せないようにするためには、別の剣術を習う方が、都合がよいと判断したのだ。

 

「そうか。わかった、俺から手紙を送って掛け合ってみることにする。(師匠(せんせい)には色々言われそうだな…)」

「お手数をおかけしますが、宜しくお願いします。」

「アハハハ……(自分が言うのもなんだけれど、どんどんチート化していくんだね)」

ため息をつきそうな表情で呟くカシウスに対して、内心剣術を学べることに嬉しさが込み上げてきているアスベル、自分もある意味同類だけれども似たような存在になる道を歩み始めたアスベルに苦笑するシルフィアだった。

 

その後、カシウスは自分の家に帰り、二人は、細かい話は明日改めて話すということで、眠りに就いたのだった。

 

 

―ブライト家―

 

「ただいま」

「おかえりなさい、あなた。今日は珍しく遅かったですね。」

家に帰ったカシウスを迎えたのは、カシウスの妻にしてエステルの母親であるレナ・ブライトだった。

 

「少し軍の任務があってな。エステルは?」

「今日はもう眠っていますよ。昼間はあれだけはしゃいでいましたから。」

カシウスは簡潔に事情を説明し、姿の見えない自分の娘の所在を尋ねると、レナは苦笑して答えた。

 

「やれやれ、元気なのはありがたいことなんだが……」

「大丈夫ですよ、あなた………エステルも、もう6歳ですね。」

元気すぎる娘の様子を聞いたカシウスはため息を吐いて呟き、レナはそれを諭すかのように答えたが、大きくなっていく娘の様子に少し曇りがみられた。

 

「レナ……あのことは、お前だけのせいではない。俺にも責任の一端はある。傍にいてやれなかった責任が…」

「ええ、それは解っています。ですが……」

「俺たちにできるのは、あの子の分までエステルを育てること。偽善かもしれないが、それがあの子に対しての『責任』だろう?」

「あなた……」

カシウスの重みのある言葉にレナは少しずつではあるが、冷静さを取り戻していった。

片方が背負っている重荷を分かち合う。嬉しさであれ、悲しさであれ、互いに支え合うのが夫婦。

 

「忘れろ、とは言えん。俺ですら忘れられん…いや、己の戒めとして覚え続けなければいけない。覚えていれば、また会えるような気がしてな……」

そう言って、窓の外を見やる。窓の外は眩い光を放つ星で埋め尽くされていた。

自分自身の願いは儚きもの……されども、その願いが僅かでも“空の女神”に届けばいいと、カシウスはそう思いながら星空を見上げていた。

 

 

―ロレント郊外 アスベルの家―

 

「…ん……」

カーテンの隙間から差し込んでくる光。目を開けると、見慣れない家具や屋内の様子。

アスベルは上半身を起こし、状況を整理する。

 

(えと、確か転生してロレントに飛ばされて、武器作って探検して、シルフィア拾ってカシウスさんに会って……濃い一日だった)

今までの人生で、かなり濃密な時間を過ごしてるな……俺

一通り、整理がついたところでとっとと着替え、朝食を作り終えると向かいのベッドに寝ているシルフィアを起こすことにした。

 

「おーい、起きろ。朝だぞ~」

「………ん~、あと5週間……」

起こそうとしたら、どこぞのぐーたら妖怪みたいなことを呟いた。寝言なんだろうけれど、そんなに寝たら死ぬからな、普通の健康な状態だったら。

中々起きないシルフィアに内心ため息しか出ない。半分あの総長とやらの策略なのでは、と勝手に想像したくなる。

 

その直後、アスベルは驚いた。

 

「…あっきー、どうして……」

「…………え?」

今、シルフィアの寝言で気になる言葉が出てきた。『あっきー』……転生前の俺、四条輝であった頃のあだ名の一つ。

そのあだ名で呼ぶことを許していたのは、幼馴染の三人だけ。ただ、その三人のうちの一人という訳ではない可能性もあるし、たまたま彼女の転生前の仲が良かった奴に『あっきー』と呼ばれた奴がいるのかもしれない。

 

そもそも、お互いに転生前の名前は明かしていない。あくまでも転生した今の姿である自分たちがこの世界における『本当』の自分なのだと……

 

「もう、とっとと起きろ」

「あうっ!?」

これ以上考えても埒が明かないと結論付けて、シルフィアにデコピンをかまして強制的に起こした。

 

「朝からひどいよ、いきなりデコピンだなんて……」

「起きなかった奴が悪い。ほれ、とっとと着替えてこい。」

そう言って、アスベルは部屋を後にした。

一方、シルフィアは右手でデコピンされた額をさすっていたが、ふと転生前のことを思い出す。

 

(あの起こしかた、あっきーにそっくりだった……って、そんなことないよね。たまたま同じようなことをしただけだって……)

ちょっと懐かしそうに思い出していたが、我に返ってすぐに着替え、リビングに向かった。

 




ブライト家のくだりはオリジナル展開です。

その意味はそのうち明らかにしていく予定です。

全然先に進まなくてゴメンナサイorz


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第5話 白隼との出会い

本当に話が進まねえ!
思いついてしまうんだ!話が!なら、書くしかないじゃないか!!(アスラン風に自戒)


―ロレント郊外 アスベルの家―

 

朝食を済ませた二人はこの後の事について話すこととなった。

特にシルフィアは“守護騎士”という立場上、表立って行動するのは難しい部分がある。

それを言えば、この後の事を考えているアスベルにも似たようなことは言えるのだが。

 

「さて、シルフィアはどうするんだ?そっちの“都合”上、行動を強制することはできないし……」

「うーん……良ければ、一緒に行動してもいいかな?」

アスベルの質問に対して、シルフィアは少し考え込んだ後同行を申し出た。

そのお願いには、流石のアスベルでも意外と思わざるを得なかった。

 

「別にいいけれど、理由は?」

「いや、うちの姉というか総長から言われたことは……『結社』絡みのことなの」

「………流石に早い、とは言えないか。」

この時代に結社が動いていたという根拠はないが、後の事を鑑みると『ない』という保証が『ない』のだ。

少しでも気にかかる違和感があれば、それを見つけるのも彼女の仕事らしい。

 

「じゃあ、動くか。戦闘になったら頼む。」

「任せて。」

「あ、そうだ。これを渡しておく。」

思い出したように、アスベルは箱の中に入っていた武器類の中から一つを掴んでシルフィアに渡す。

 

「これは……法剣?」

「ああ。“聖剣アムフォルタス”……俺が知る範囲での技術を用いて作った。」

「作ったって……貴方が?」

まぁ、驚かれるよな。仕方ないでしょ、記憶に何故か武器加工の事が残っていたんだから。

昨日はあまり気にしていなかったが、どうしてなのかは俺にも解らないんだよな。

 

「ちなみに、食器とか調理器具はTマテとかゼムリアストーンで出来てるよ。」

「ものすっごいゼムリアストーンの無駄遣い!?」

使えるものは使う、使ってもなくならないのは本当にありがたい。

落としても割れない食器ってすごくね?その代り、足に落としたら物凄く痛かったけれど(実体験済)

 

そんなこんなのやり取りがあって、ようやく外に出ると、鳴き声が聞こえた。その鳴き声はどう考えても魔獣のものとは思えなかった。

 

「ピューイ!」

((この鳴き声って……))

鳴き声のする方向……上の方を見上げると、白い鳥が飛んでいた。

 

「あれは、隼?しかも白って……」

「どうやら、行き先が決まってしまったみたいだな……」

白い隼……リベール王国象徴の国鳥。そして、それを見た二人の懸念はある意味『的を射た』発言であった。

隼は二人に気付くと降下してきて、アスベルの右肩に乗った。

 

「ピューイ!ピュイピュイピューイ!!」

「ふむ……」

「え、解るの!?」

隼の鳴き声を聞いて、事情を察するアスベル、それとは対照的に何が何だか解らない表情をしているシルフィア。

何と言うか、感覚で察知できるのだが、俺の場合は何を言ってるかすんなり理解できるからな……

 

「この子は『ジーク』だって。で、俺たちに手紙を預かっているって」

「え?あ、本当だね。」

よく見ると、ジークの右脚に紙が括り付けられている。

それを取って開くと、綺麗な字で書かれていて、右下にリベール王国の紋章の印が押されていた。

 

『突然のお手紙、失礼いたします。カシウス殿より事情をお聞きし、貴方方に一目会いたいと思ってお誘いのお手紙を出しました。もし、お時間が取れるのでしたらロレント市の遊撃士協会までお越しください。』

丁寧な言葉遣い、そしてカシウスと繋がりのあるリベール王国の関係者……自ずと選択肢はかなり絞られる。

王国軍関係者か王家の関係者……下手すれば、王家の人間かもしれない。

 

「……どうする?」

「勿論、会いに行く。繋がりは作れるときに作っておかないとな。ジーク、この申し出をありがたく受け取るってことを君の友達に伝えてくれないか?」

「ピューイ!!」

シルフィアの問いにアスベルが受諾の方向だということを答えてジークにそのことを伝えると、ジークは頷いて飛び立ち、南西の方向――グランセル地方のある方角へと飛び立った。

 

「それじゃ、行こうか」

「そうだね」

二人は一通りの準備を済ませると、ロレントへと向かった。

 

―ロレント市 遊撃士協会―

 

遊撃士協会に入ると、受付の人――アイナ・ホールデンが二人に気付いて声をかけた。

 

「あら、かわいらしいお客さんね。迷子かしら?」

「そういうことではなく、待ち人とここで待ち合わせしてまして……」

ある意味『お約束』の問いかけに、あくまでも待ち人との待ち合わせであることを説明しようとしたところ、

 

「そういうことだ、アイナ」

待ち人……カシウス・ブライトが現れた。カシウスさんが案内人って物凄く豪華すぎやしないかと思うが、アスベル達の身分の観点……未だリベールの国民だと認識されていない『浮浪児』からすれば、ある意味『妥当』な人選なのは間違いない。

 

「あら、カシウスさん。確か今は休暇ですよね?また呼び出しですか?」

「ある意味似たようなものだな。流石に内容は話せないが。」

アイナの問いかけに、ため息混じりに呟くカシウス。

この様子を見て、『いつか埋め合わせしておこう』とアスベルは思った。

 

「解っていますよ。チケットについては手配済みですので、何時でも出発できます。」

「仕事が早くて助かる。二人とも、特になければすぐ出発するが?」

アイナの手際の良さに感謝しつつ、カシウスはアスベルとシルフィアに尋ねる。

 

「こちらは大丈夫です。」

「私も大丈夫です。」

特に問題はない。いざとなれば能力使ってどうにかするけど。

 

 

―王都グランセル グランセル城―

 

王都グランセル……リベール王国の首都で、人口は30万人。エレボニアの首都:帝都ヘイムダルの80万人、貿易都市クロスベルの50万人と比べると劣るものの、それでも人の多さには圧倒される。それを証明するかのように都市の区画は広く、その中央部を真っ直ぐ行くとグランセル城に到着する。グランセル城はこの国を治める女王:アリシア2世の居城であり、リベールの象徴である。

 

3人が城の前に来ると、衛兵がそれに気づいて声をかける。

 

「これはカシウス大佐、ご苦労様です。今日はどのようなご用件で?」

「今日は来客だ。俺はその案内人に過ぎない。」

「その二人が……どう見ても、子どもではないですか。」

衛兵は不思議と疑惑が入り混じった表情でこちらを見てくる。ある意味当然の反応ではあるのだが、納得しかねる部分もある。

こうしていると、バー○ーみたいなものだと思うと、妙に納得してしまうのは何故だろうか……

 

「子どもだと思って甘く見ていると痛い目を見るぞ?アスベル君、おそらくジークから手紙を貰っているはずだ。」

「これですね。」

カシウスの言葉にアスベルは手紙を取り出し、衛兵に見せる。

 

「これでも信用できないか?」

「し、失礼しました!開門!!」

ようやく信じてくれた衛兵が開門の号令をかけると、巨大な扉が音を立てて開いていく。

 

(さて、誰なんだろうな……)

(カシウスさんが案内って時点で、ねぇ……)

二人はその人物についてある程度の察しがついていた。

大佐という、軍の中でも重要職の一人であるカシウスを案内人としてお願いできるのは、それ以上の地位にいる人間でしかない。

その二人の仮定は、案内された場所と部屋で確定的となった。

 

 

―グランセル城 離宮―

 

「カシウス・ブライトです。話の中にあったお二人を連れてまいりました。」

『どうぞ、お入りください。』

「失礼します。」

カシウスが最初に入り、アスベルとシルフィアが入ると、そこにいたのは一人の妙齢の女性。

だが、歳を感じさせないほどの佇まい、王家としての気品がオーラのように見えそうな第一印象を強く受けた。

 

「カシウスさん、申し訳ありません。わざわざ休暇のところをお呼び立てして。」

「いえ、そのようなことは……当然の事かと思われますが。」

「そうですね。後で休暇延長をしてもらうよう計らいます。奥様と娘さんを悲しませてはなりませんよ?」

「ご配慮、感謝いたします。」

その女性の慈悲深き言葉と配慮に、カシウスは感謝の意を込めて礼を申し上げた。そのやり取りからするに、カシウスよりも位の高い人間…さらには、王家の人間が暮らす住まいに案内されたこと…もはや確定である。

 

そして、女性はアスベル達に向き直り、自己紹介をした。

 

「さて、貴方方がカシウス大佐の言っていたお二人ですね。はじめまして、アスベル・フォストレイトさんにシルフィア・セルナートさん。私がこの国の女王であるアリシア・フォン・アウスレーゼです。宜しくお願いしますね。」

 

――リベール王国の統治者、リベール女王アリシア2世との、初めての出会いだった。

 




グランセル城ということで、次に誰が来るということはお察しくださいw


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第6話 白隼の女王と姫君

あっさり目?な感じの対面回。


―グランセル城 離宮―

 

リベール女王:アリシア・フォン・アウスレーゼもといアリシア2世との対面。

二人の仮定が確証に変わったと同時に、驚きを隠せなかった。

 

「じょ、女王陛下!?」

「えと、お初にお目にかかります。アスベル・フォストレイトといいます。」

戸惑い気味のシルフィア、いろいろ驚きながらも会釈して自己紹介するアスベル。

 

「この場は私的なものです。ですので、年上の方と接する感じで構いません。何でしたら、『お祖母様』でも構いませんよ?」

「陛下……それは砕け過ぎではありませんか?」

笑みを浮かべながら話すアリシアにカシウスはため息混じりに呟くが、

 

「いざとなれば……カシウス殿、女王としての命令です。それならば文句はありませんよね?」

「はぁ、わかりました。」

不敵な笑みを浮かべて話を続けるアリシアにカシウスは折れる以外の選択肢がなかった。

上司……それも国のトップの意向であれば、部下という立場のカシウスでも逆らうことができない。それを見た二人は内心苦笑を浮かべたのは言うまでもない。

 

(あ、あれが女王陛下?)

(何と言うか、見た限りだとフレンドリーな高齢の女性というイメージしかないんだけど……)

(全くだな……)

国の象徴としての『近寄りがたさ』というか、『聖域』に触れることへの畏怖を感じる反面、一人の人間としての『親愛』を感じてしまうが故にどう接していいものか解らずにいた。そもそも、そういった部類というものは得てして扱いが慎重にならざるを得ない……のはずなのだが、どう見てもひとりの人間にしか見えないのは気のせいではないようだ。

 

「さて、お二人をお呼びした用件を話さないといけませんね。」

「用件……いったい何を?」

国のトップである女王陛下直々のお呼び立て……全くと言っていいほど、予想がつかない。

 

「まずはお二人の戸籍です。特にアスベルさんは身よりの人間がいないということでしたね。」

「そうですね……(何だか嫌な予感が……)」

「陛下、まさか……」

その用件をアリシアが述べる意味にアスベルは首を傾げ、カシウスは一つの考えに至り疲れた表情でアリシアに尋ねる。

 

「カシウスさん、貴方がアスベルさんの身元保証人となるよう手続きをお願いしました。」

「……はい?申し訳ありません、陛下。あまりの驚きで聞き逃したようです。もう一度お願いできますか?」

「貴方がアスベルさんの保証人です。手続きに関しては貴方の同意を得られればすぐに終わりますよ。あと、レナさんにはすでに同意の旨の返事を頂いております。」

「…………」

笑顔でサラリと話したアリシアとは対照的に、カシウスは唐突に告げられた事実に口をパクパクさせていた。

 

「カ、カシウスさんが保証人って……」

「ある意味ブライト家に養子に行くようなものじゃないか……」

流石の衝撃的な事柄にアスベルとシルフィアの二人も唖然とした表情で呟いた。

ただ、アスベルにとっては渡りに船のようなものだ。これから剣術を習う上で「理」に至ったカシウスの腕前は知っておくべきだし、彼の剣術の師匠である“剣仙”ユン・カーファイに師事できるようお願いしている。

 

「シルフィアさんの方はアルテリア法国に身元確認しております。向こうからは『迎えは既に送った。ただ、仕事は無期限だから頑張ってくれ』との答えが返ってきてました。」

「アハハ……(あ、姉上…!帰ったら、倍返しにしてやる……!)」

シルフィアは向こう、というか十中八九自分の義姉が言ったと思われる言葉に、表面上は苦笑しながらも内心怒りを覚え、帰ったら模擬戦でボコボコにしてやりたいと思ったとか。

 

「さて、もう一つの用件ですが……孫や孫娘と仲良くしてほしいと思いまして」

(孫娘は……アイツか)

(まぁ、彼女の事でしょうね。)

アリシアの孫娘については察しが付く。だが、孫の方は聞いたことがない。

 

「ふと気になったのですが、孫って……」

「正確に言えば、義理の孫ですね。私にとっては孫同然ですよ。」

この言葉を聞いた二人は、その『孫』は最終的に『孫娘の婿候補』として考えているのでは、と頭が過った。おそらく拾い子であると思われるが、幼い頃から教育環境の整った場所で育てば、余程のことがない限りかなりの博識を得た人間に成長するだろう。その孫とやらにある意味同情を禁じ得ないが…代わりたいとも思えないのが、二人の結論だった。

 

「まぁ、いいですよ。俺も仲良くしたいですから。」

「そうですね。歳が近いのならば話も弾みそうですし。」

半分打算的なのには、心の中で苦笑したのは言うまでもない。

 

 

―グランセル城 中庭―

 

アリシアとカシウスは話があるということで、アスベルとシルフィアの二人でアリシアが仲良くしてほしいと言っていた二人がいるという中庭に来た。そこに来た二人の耳に入ったのは……

 

―――キィン!――ガキッ!―――キンッ!!

 

金属音。しかも、不定期に何度も聞こえる。よく耳を澄ませると、剣劇の音のようである。しかし、周囲に魔物の気配はないようだ。それに騒ぎとなっている様子もなく、大方模擬戦でもやっているのだろう。

 

「……片方は、あの人の可能性が高いな。」

「そうだね。もう片方はどっちなのか……」

互いに推測の言葉を呟いていると、後ろから誰かが何かを持って近づいていることに気付く。

 

「ん?君は……」

アスベルが振り向くと、青紫の髪の少女がいた。

 

「えと、どちらさまですか?」

一方、少女は普段見慣れない出で立ちをしている二人を見て困惑している。まぁ、無理のないことであり、至極当然の反応である。カシウスの理解力がおかしいだけで、それ以外の普通の人ならば困惑するのは当然の結果だ。

 

「どう説明していいものか……えと、私はシルフィア・セルナート。貴女のお祖母様にお願いされたというか、何と言うか……」

「俺はアスベル・フォストレイト。えと、ジークからは何か聞かなかったかな?」

「えと……あ、貴方たちがジークの言っていた『ともだち』ですね。」

二人の説明でジークに言われたことを思い出したようで、少女は納得した表情を向けていた。

しっかし、自分たちが言えた台詞ではないが、6歳にしては相当教養が高い。その少女の教育係がいかに優秀なのかを窺わせる一端だろう。

 

「クローディア・フォン・アウスレーゼといいます。よろしくお願いします、フォストレイトさんにセルナートさん」

「………てい」

 

―――ビシッ!

 

「はうっ!?」

(やれやれ、この時点でも随分他人行儀な感じだな。流石に同年代の子と交流する機会が少ないからな。)

クローディアの自己紹介に納得いかなかったシルフィアは、軽めのチョップをクローディアにかました。無論、クローディアの持っているものを落とさない様フォローしつつ。不満そうな表情を浮かべるシルフィアに対して、何がいけなかったのか困惑した表情を浮かべるクローディア、頭を抱えて疲れた表情を浮かべるアスベル。

 

「あのねクローディア、私らはアリシアさんに『友達になってほしい』ってお願いされたの。同年代の友達は貴重だしね。その友達に『他人行儀』はしてほしくないの。」

「で、でも、王族たる者皆に尊敬される人になれって……」

「『王族』である前に『クローディア』という人間でしょ、君は。俺らはさっきアリシアさんに会ったけれど、とても気さくな方だった。それでいて、女王たる風格を滲ませていた。それは、リベール王国を統べる『女王』であるとともに、『アリシア・フォン・アウスレーゼ』という人間であるということを自覚していないと、できないことなんだ。」

『王』という象徴たり得る存在が『人間』であるということと両立するのは並大抵の話ではない。過去の国を統べた王の中には、己の欲に憑りつかれて悲惨な末路を歩んだものも少なくない。時には国民の安寧のために自らの信念を押し殺すこともある。己の理想を現実化し、己の力量を理解して最大限に発揮できることこそ、王になりし者が目指す到達点であり、一番の難題なのだ。

そういった点から、『施政者』でありながらも『人』であるということを忘れずに国を治めているアリシア。その影響はリベールに住む人の心に深く影響を与えているのは間違いない。

 

「というわけで……貴女の事はクローゼって呼ぶことにするね。私の事はシルフィでいいよ。アスベルもそう呼んでいいから。」

「ま、従っておくのがいい。よろしくな、クローゼ。」

「あ、はい。その、いきなりは出来ないかもしれませんけれど、宜しくお願いします。シルフィさんにアスベルさん。」

お、ようやく笑顔になった。こうして笑うと年相応なのだが……まだ6歳でこれって、いろいろ大変かもな。

3人で話していると、向こうから2人が近づいてきた。どうやら、模擬戦は終わったようだ。

 

「くそ、また負けた!ユリ姉強すぎるよ。」

「そう簡単に負けては立つ瀬がないのだがな……おや、姫様。その者らは…」

「って、シオン!またユリアさんと模擬戦だったんですか!?」

その二人……見るからに歳の離れた姉弟で、弟の方はクローゼや俺らと同じぐらいの年だろうと思われる。クローゼはその男子の様子を見るや否やかなりの声量で食って掛かっていた。

 

「いいじゃないかよ、強くならなきゃ立つ瀬がないし。」

「そういう問題じゃないの!いっつもユリアさんとばっかり!」

「クローゼ相手だと申し訳ないからだよ。」

「何?私相手じゃ駄目なの?」

「仕方ないだろ……手加減しないと対等に戦えないし(万が一クローゼに怪我させたら、ユリ姉が怖いんだよ!)」

クローディアと、ユリアと呼ばれた女性の隣にいた少年――シオンとのやり取りが、ある意味痴話喧嘩に見えた気がしたのは俺の気のせいだろうか?それとも、単純に疲れているだけなのだろうか?

 

「「………」」

アスベルとシルフィアはその様子に呆気にとられていた。

 

「何と言うか、すまないな。あの二人は顔を合わせるといつもあんな調子で……申し遅れた。王室親衛隊、ユリア・シュバルツだ。至らぬ身ではあるがクローディア姫とシオンの教育係をしている。」

「アスベル・フォストレイトです。」

「シルフィア・セルナートです。」

緑髪の女性、ユリアと互いに自己紹介し、秘密に触れない程度で経緯を説明した。

 

「なるほど、ジークが気に入ったのも頷けるな。私からもお願いしたい。あの二人の友達となってほしい。」

「畏まらないでください、ユリアさん。こちらとしても同年代の友達と会える機会なんて中々ないでしょうから」

「それはありがたい話だな……お二人と話していると、とても姫様やシオンとは同世代と思えないな……」

「あははは……」

ユリアの言い分は尤もである。アスベルとシルフィア、中身というか精神年齢は10代後半、肉体年齢は10歳にも満たないのだ。小学生の身なりで高等教育並の知識を持っているのは飛び級とか異常なまでの天才ぐらいだろう。

 

「今休憩に入ろうと思うのだが、お二人はどうかな?」

「ありがたく招待にあずかろうと思います。」

「右に同じです。」

「解った……姫様にシオン、休憩しましょうか。」

「あ、はい。」

「ったく、しょうがねえな……(た、助かった……サンキュー、ユリ姉)」

ユリアの提案に、我に返ったクローディアと渋々ながら承諾しつつも内心はユリアに感謝していたシオンだった。

 

 

 

 




はい、また一人オリキャラ追加ですw男です。

言っておきますと、主人公はアスベルです(確定事項)

オリキャラ自体はそれほど多くはありません。多分。

今回で出会い編完結させる予定ができませんでしたorz次こそ、次こそは!(淡い希望)

オリキャラのステータスって需要あるのかな?(オーブメントのラインとか決めてません)


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第7話 でたらめな奴ら

今回はでたらめです。色んな意味で。


―グランセル城 中庭―

 

「自己紹介だな。俺はシオン・シュバルツ。ユリ姉とは義理の姉弟って奴だ。よろしくな、アスベルにシルフィア。」

「アスベル・フォストレイトだ。」

「シルフィア・セルナートです。シルフィでいいよ。」

 

休憩時間ということで、クローゼ・ユリア・シオン・アスベル・シルフィアの五人はテーブルを囲んでティータイムとなった。上品な紅茶とクローゼの作ったアップルパイ、そしてアスベルがより合わせで作ったケーキを食していた。

 

「ふむ、美味いな。プロの職人が作ったものと遜色ないぐらいかもな。」

「だろ?クローゼの作るパイは世界一だと思ってるぜ。」

呑気にティータイムを楽しんでいる男性陣に対して、

 

「「「………」」」

女性陣はものすごくショックを受けていた。まるでお通夜状態である。

 

理由は至極簡単なものだった。アスベルが持ち込んだケーキである。

実は、ジークとの接触の後、時間に余裕があったので午後のおやつにしようとしていたケーキを早めに完成させ、グランセル城まで持ってきたのである。

それを口にした女性陣が物凄く落胆の表情を見せて、今に至るという訳だ。

 

「しっかし、男のくせにお菓子作りが得意って……どういう趣味してんだよ」

「趣味の一環だよ、趣味の」

シオンが不思議そうに尋ねてきた質問にアスベルはそう答えているが、実際には転生前の世界でかなり叩き込まれている。

 

『輝は手先が器用だから、きっと私以上の職人さんになれると思うわ。私が保証してあげる♪』

居候先の家で喫茶店を営んでおり、店の手伝いで駆り出されることが多く、菓子作りの方も徹底的に叩き込まれた。

そのせいか、バレンタインのお返しも基本的に手作りでやることが多く、ホワイトデーの日は彼(転生前)に贈った人たちがお返しを口にして落胆する人が後を絶たない状況を生み出した。

転生前のアスベル(輝)はホワイトデーに別名『レディーショック』という異名がつくほどの状況を作り上げてしまう人間だった。

だが、本人自身はその事態を引き起こした自覚などまるでないのだが……

 

(負けた……女性として完璧に負けた……)

(…一口食べるたびに、女性としてのプライドが傷ついていくような気がする…)

(何故でしょうか…確かに美味しいのですが、自分の中の大切な何かを失っていくような…)

まさにその再来が転生した後でも起こっている。

攻撃料理というものはあるが、これはそんな生易しいものではない。絶品料理という皮を被った『(女性限定の)破壊兵器』とも言うべきだと三人は心の中で思った。

 

「にしても、クローゼたちは何で黙ってるんだろうな?このケーキ美味しいのに」

「まったくだな。より合わせとはいえ、それなりに美味くできたはずなんだが……何かミスったのかな?ロシアンルーレット風にはしていないんだが……」

(((逆!逆なの(なんです)!!)))

男性陣に女性陣のプライドそのものを理解する能力などない。

確かに男性でも美味しいケーキやお菓子を作る人はいる。それぐらいはシルフィアはもといクローディアやユリアも解ってはいること。『理解』はしていても『納得』できないというどこぞのヘタレパイロットのような感情に対して、女性陣三人は同一の結論に至った。

 

(((絶対にアスベルより美味しいお菓子を作るんだ(です)から!!)))

「な、何だか三人から凄いオーラが出ていないか?」

「うーん、心当たりがないんだが……」

アスベルに対して対抗心を燃やす三人、そのオーラにたじろぐシオン、冷や汗をかきつつも苦笑を浮かべて呟くアスベルだった。

 

「そういえば、お前たちはどうしてここに?」

「ま、アリシアさんに頼まれたんだよ。友達になってほしいって。それがなくとも、こちらから話そうとは思ってたけれど。」

「へぇー……ちょっと、手合わせしてくれないか?」

シオンの手合わせの申し出にアスベルは微かに眉を顰めた。

 

「別に構いはしないが……何でだ?」

「同い年ぐらいの奴相手にどれぐらいできるのか、確かめたいのさ」

シオンの言っていることが真実ならば、俺はいわば『当て馬』ということらしい。

だが、この目の前にいる少年がどれぐらいの実力を持つのか……“原作”には存在しえない人間……『最悪』の可能性も含めたとしても、今の実力を見るにはこちらとしても都合がいい。

 

「ちょ、ちょっと、シオン!さっき会ったばかりの人に何てことを!!」

「気にしないでくれ、クローゼ。口調から察するに『そういう感じ』なんだろうし。シオン・シュバルツ、その申し出を受けよう。」

「アスベル!?」

「はぁ……どうやら止めても無駄なようだな。」

慌てる様子のクローゼとシルフィアとは対照的に、ユリアは疲れた表情で呟く。

 

二人は中庭の広いところで対峙する。シオンはレイピアを構え、アスベルは抜刀術の構えを取る。

 

「クローゼ、シオンは強いの?」

「そうですね。最近だと本気のユリアさんでも負けそうになるぐらいの実力を持ってます。」

「成程ね……(アスベル、勝てるの?)」

あまり歳が変わらないのに、王室親衛隊でもトップクラスの実力者相手に引けを取らない実力の持ち主……

その彼を相手にするアスベルを心配そうに見つめていた。

 

「抜刀術か……その刀を抜く前に終わらせてやるぜ。」

「言ってろ…(下手に気は抜けないか……)」

「今回は模擬戦。どちらか一方が戦闘続行不能と判断した時点で勝敗をつける。異存はないな?」

「オッケーだぜ、ユリ姉。」

「異存はない。」

二人は構えて、審判であるユリアの合図の時が来るまで、しばしの時が流れる。

 

「はじめ!!」

ユリアの合図と同時に二人は地面を強く蹴った。次の瞬間には、中央で鍔迫り合いをしているシオンとアスベルがいた。その速度はとてもではないが10年も生きていない人間の動きとは言えないものだった。

 

「う、嘘!?シオンの初撃を受け止めるなんて……」

クローゼもアスベルの反応に驚きを隠せない。彼女がシオンと模擬戦をする場合、シオンが手加減してても初撃で武器を弾き飛ばされることが多い。だが、シオンと模擬戦をしているアスベルはその一撃を受け止めたのだ。

 

「へっ、ユリ姉ですら後ろに退避するのに、前に来た奴はお前が初めてだぜ。」

「そいつはどうも。」

剣を弾き、互いに距離を取る。

 

「いくぜ、グローラッシュ!」

シオンは戦技(クラフト)である高速のラッシュ『グローラッシュ』をアスベル目がけて放つが、

「よっ、はっ、ほっ」

アスベルは紙一重の動きで回避していく。

「まだまだ!グローストライク!!」

間髪入れずにシオンは加速して、一点集中の突き技『グローストライク』を放つが、

「おっと」

アスベルはこれも難なく回避する。

 

「「………」」

シルフィアとクローゼは茫然としていた。主に目の前で繰り広げられている戦いに。彼らは自分たちと歳があまり変わらないのにも関わらず、それすらを感じさせないような動きを見せている。

 

「てんめえ!のらりくらりかわすんじゃねえよ!!」

「模擬戦なんだからかわすだろうが……俺は案山子じゃないんだぞ?」

回避するアスベルにご立腹のシオンに、反論の言葉を言うアスベル。これは模擬戦なのだ。技の練習台とかでは断じてない。

『ただの案山子』なんぞになる気はないし、する気もない。勝機があるのならば確実に勝ちにいくのが男としての性だ。

 

「そりゃあそうだけれどよ……だったら、これはかわせねえだろ!!」

何か思いついたようにシオンが闘気を纏い始め、技を撃つ準備をしている。

 

「シオン!?」

「待て、シオン!その技は…!!」

クローゼとユリアは、シオンがやろうとしていることに気づき止めようとするが、シオンの闘気の増幅は止まらない。

 

(クラフト?いや、違う!まさか、Sクラフト!?)

アスベルの左頬を汗が伝う。これは加減したら自分が死ぬどころか、グランセル城がヤバい。しかも、懸念が間違っていなければシオンが撃とうとしているSクラは………

 

『絶技!ディバイン・クロスストーム!!』

シオンから放たれた光の奔流……シオンのSクラフト“絶技ディバイン・クロスストーム”。あの聖女の“絶技グランドクロス”より威力は数段劣るものの、磨き上げれば間違いなく文句なしの『一撃必殺』を体現したSクラフトだ。

 

アスベルは刀を抜き、二刀の構えで迎え撃つ。この技を無効化しないと自分はおろか、審判をしているユリアと二人の戦っている様子を見ているシルフィアとクローゼにも被害を被る。

 

「(強くなるのは結構だけれどな、周りの事を少しは考えろよ……ったく、ぶっつけ本番で『これ』を使うしかねえか!!)……奥義之歩法極、『刹那』!」

自分なりに探究・追求し、編み出した『神速』の更に先の領域…膨大な精神への負担と引き換えに、感覚を極限まで先鋭化した状態にまで引き上げる歩法『刹那』。アスベルの視界はモノクロに映り、シオンの放った光の奔流の速度も遅くなる。アスベルは時を置かずに闘気を纏う。転生前に磨き上げた感覚をその身に染み込ませるように。

 

「(俺の中に何が眠っているか知らんけれど、今だけでも力を貸してくれ!!)奥義の七、『飛燕』!!!」

アスベルの心の叫びに呼応したのか、それともアスベルの願いに応えたのか、彼の持つ二刀が不思議なオーラを纏った。

 

 

そして、彼の超高速移動から放たれた六連撃は、

 

 

――シオンの放った光の奔流を『断ち切った』

 

 




はい、出会い編は今回まで(期待)と言ったな?終わりませんでしたよorz

今までの話の流れから、アスベルが転生前にいた場所がバレてますww

あのチート集団一家はどうしようもありませんww

まぁ、アスベルの持っているあの刀は何で使わないの?とか思うでしょうが、

アレ使ったら終わりますから(色んな意味で)


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第8話 八葉の師

公式には名前しか出ていませんが、ああいう扱いというか容姿にしました。

まぁ、師匠というものはある意味『人間離れ』してナンボですから。

機動武闘伝のアレといい、るろ剣のアレといいww


―グランセル城 中庭―

 

シオンからの申し出を受ける形で始まったアスベルとシオンの模擬戦。シオンのクラフトを次々といなすアスベルに対抗心を燃やし、シオンが放ったSクラフト“絶技ディバイン・クロスストーム”をアスベルはSクラフトすら使わず真正面から破ったという事実に、

 

 

「「………」」

シルフィアとクローゼは唖然とした表情で見つめ、

 

 

「なっ……」

審判をしていたユリアも驚きを隠せず、

 

 

「何……だと……」

シオンもどこぞの死神代行のような台詞を呟くほど驚愕の表情を浮かべていた。

 

 

「はぁ……はぁ……」

一方、アスベルは息を整えていた。ぶっつけ本番で転生前は普通に使えていた技法を使用したのだ。その代償は……感じられなかった。やはり、シルフィアと会ってから彼自身の中にある何かが目覚めたらしい。当の本人にはそういった力を感じたりすることなどは今のところないようだ。

 

「や、やるじゃねえか。だったら」

「やめないか、シオン」

「あたっ!!」

さらに食って掛かろうとしたシオンにチョップをかまして、中断させたのは先程女王陛下の部屋で別れたカシウスだった。これでは模擬戦どころではないと判断し、アスベルは刀を鞘におさめた。一方、シオンは頭を押さえつつ、納得がいかない様子でカシウスの方を睨んでいた。

 

「まったく、お前という奴は……あれだけ『あの技』をむやみやたらに使うな、と念を押したというのに。」

「だ、だって、クラフトが全然当たらないから……」

「それは言い訳にならん。ユリア、こいつのことはお前に任せる。」

「ハッ!大佐殿、弟が無礼なことをしてしまい、申し訳ありません。」

カシウスがため息混じりに呟いた言葉にシオンは文句を言うが、言い訳にならないとばっさり切り捨て、シオンを保護者的存在であるユリアに任せた。一方、ユリアは自分の義弟の振る舞いを詫びていた。

 

「気にするな。うちの娘もシオンほどではないが元気すぎるぐらいでな。」

「そうですよ、ユリア。それに、息子も同じぐらいの年頃はシオンのようにやんちゃな性格でしたから。」

「これは陛下……大変お御苦しいところをお見せしてしまいました。」

「気にはしていませんよ。子どもは元気なくらいがいいのですから。」

アリシアの言葉にユリアは申し訳なさそうに謝り、アリシアは笑みを浮かべて諭した。

 

「アスベル、怪我はない?」

「ん?ああ、何とかな。クローゼ、アレで本当にユリアさんと『互角』なのか?」

シルフィアが心配そうに声をかけ、何ともないとアスベルは答えた上でクローゼにシオンの事について尋ねた。10歳にも満たない歳でSクラフトを使うなんて、≪天才博士の孫≫や≪殲滅天使≫すら上回る技能の持ち主だ。それを破ったアスベルに『お前が言うな』と言われそうだなとシルフィアは内心思った。

 

「『あの技』抜きですとそうなりますね。ただ、カシウスさんは『アレ』を使っても勝てないみたいですけれど……」

その言葉に偽りはないのだろうが、つくづくカシウス・ブライトという存在がチートじみているのかを感じさせる言葉であったのには間違いない。“剣聖”の名に偽り無しということなのだろう。

 

「ただ、カシウスさんは『シオンは、あの歳で理の入り口に入りかかっている』みたいなことを言っていましたが。私には何が何やらという感じです。」

その言葉も事実だろう。それは対峙したアスベルがよく理解していた。

性格が激情的とはいえ、その剣筋は無駄のなき鋭いものだった。

いつから剣を習い始めたのかにもよるが、それを差し引いても闘気を放つほどの技巧と実力を伴っているのは確かなようだ。

 

「しかし、シオンのあの技を破るなんて……アスベルさんは、いつかカシウスさんに追いつけるかもしれませんね。」

「いつか、ねぇ。あの人、10年したらさらにチートじみてそうだけれど。」

「あはは……」

武に歳は関係ない。史実でも高齢でありながら前線で戦った人間もいるぐらいだ。

こちらが頑張ってもカシウスはさらに上の領域に踏み込みそうで怖いのだ。チート的な意味で。

 

「ん?(誰かの気配……?)」

その時、傍から視線を感じたアスベルは気配の感じる方に視線を向ける。

 

「おや?気配は殺していたのだが……成程、確かにカシウスの小僧の言うとおり、見どころのある少年だな。」

そこにいたのは青年の人間。だが、その鍛え上げられた無駄のない筋肉はその歳すら感じさせないほどの威風を感じさせると同時に、彼の微かな闘気だけでもかなりの数の修羅場を潜り抜けてきたという印象を強く受けた。

 

「これは師匠。お久しぶりです。それと、ご壮健の様子で何よりです。」

「久しぶりだな、カシウス。鍛練は怠っていないようだな。それに、わしはまだまだ現役だからのう。」

カシウスが青年に深々と頭を下げ、青年は笑顔で答えた。そう、この青年こそが『八葉一刀流』の師範にしてカシウスの師匠、ユン・カーファイである。信じられないことだが、どう見てもカシウスよりも年下の青年にしか見えない。その光景に唖然とするアスベル、シルフィアの二人。

 

(おいおい、どこぞの人斬りの師匠みたいなことになってるなんて想定外だぞ!?)

(あれでカシウスさんよりも年上なのよね……)

誰だって、この光景を見れば『ありえん』ということ間違いなしだろう。

武を極めた人は肉体年齢すら操れる………自然の摂理に喧嘩すら売っている状態だ。

 

「お久しぶりです、アリシア女王陛下」

「お久しぶりですね、ユンさん。相変わらず若々しいお姿で、羨ましいです。」

「何をおっしゃいますか。女王陛下も十分美しいですよ。」

「お世辞でも嬉しいですよ。」

一方、アリシアは何時もと変わりない様子でユンと会話を交わしていた。

顔見知りであることを除いても、その対応力には脱帽せざるを得ない。

 

「さて、アスベルと言ったな。実は、先程の戦いをこっそり見させてもらっていた。本当ならば今すぐにでも『(剣術を)習わないか?』と誘いたいところだ。ただ、滞在の手続きとかがあるから、明後日から始めようと思う。」

「宜しくお願いします、師匠」

「ああ。(フ……この分だと、全ての型を習得し、わしすらも超えていく存在になるのはそう遠くないかもしれないな。)」

ユンの誘いにアスベルは深々と頭を下げた。

それを見たユンは、アスベルがいずれ……いや、近い将来に己自身すらも超えた存在になりうると率直に感じた。

 

『ぎゃあああああああ!!』

場が落ち着いたその時、悲鳴が聞こえた。

 

「ユリアさん……」

「ま、あのバカには丁度いいお仕置きなんじゃないか?」

「バカって…身も蓋もないことを」

「ふふっ」

「ほほう、おもしろそうなことをしてそうな予感がするな。よし、わしも参加しよう。」

「やめてください、師匠……貴方が行くと碌なことにならないですので。」

遠くから聞こえたシオンの悲鳴にクローゼは苦笑し、アスベルは疲れた表情で呟き、シルフィアは引き攣った笑みで言い、アリシアは微笑み、面白そうだと行こうとしたユンに対して、ため息をついてカシウスは呟いた。

 

 

この日から2日後、アスベルの特訓が始まった。その特訓は熾烈を極めたものであったが、彼曰く『転生前のが地獄だった』というぐらい彼にとってはこれ以上ないぐらいの充実感を味わっていたらしい。そして………それから2か月後。

 

 

―七耀歴1192年6月初め ロレント郊外の森―

 

「―――うむ、上出来だ。」

「ありがとうございます、師匠。」

手合わせを終え互いに剣を鞘に納めると、先程の手合わせの手ごたえを率直に評価したユンの言葉にアスベルは感謝を述べた。

 

「資質があったとはいえ、まさか約2か月でものにしてしまうとはな……わしからは、これ以上教えることなどないくらいだ。」

「いえいえ、ご謙遜を。模擬戦では本気の師匠に一度でも勝てませんでしたし。」

「それはお主のもう一つの剣術を使用しない状態でのものだったからの。この前、シオンとかいう小僧との模擬戦で見せた『あの動き』すら使わずしてわしを追い詰めたということは立派な成長だ。そもそも、たった2か月で本気を出したわしの立場はどうなる……」

「あはは……」

この約2か月間、アスベルは『御神流』……『神速』や『刹那』を封印して闘っていた。

 

――この修行はあくまでも『八葉一刀流』のもの。そこに他の剣術の技法を使えば真っ当な修行になりえないと判断してのものだった。

 

だからこそ、八葉の技の習得に専念することができ、結果として短期間で八つの型の『皆伝』を習得するに至ったのは言うまでもないことだ。

 

(こやつならば、きっと『終の型』……そして、わしですら到達できなかった『零の領域』にいけるのやも知れぬな。)

謙遜するアスベルの言葉に、ユンは内心笑みを浮かべて彼の持つ才能がいずれ自身をも超える極みにたどり着けるのでは……そう感じていた。

 

「それに、わしも久々に楽しかったからの。そうだ、これをやろう。」

そう言って、アスベルに渡したのは一冊の本。かなりの年季が入っていることは見て取れるが、それに反して保存状態はものすごく綺麗だった。つまり、かなり重要なものを頂いたという形に、アスベルは驚きを隠せなかった。

 

「これは本……ですか?……!これって……」

「わしには必要ないものだ。」

渡されたのは八葉の秘伝書……後で聞いたが、この書はカシウスですら渡されていない代物だという。

 

「アスベル・フォストレイト、ただ今をもって八葉一刀流全の型皆伝を認めるものとする。そして、今後は八葉一刀流筆頭継承者の名を名乗ることを許す!」

「………ありがとうございました!!」

ユンの言葉に改めて決意を新たにし、その意志を感謝の言葉として返答した。

 

「そうだ、リベールには孫娘がいる。もし会えた時は友達になってやってほしい。」

「解りました。師匠は?」

「また気ままに世界を回る予定だ。では、カシウスによろしく伝えてくれ。」

「はい。師匠もお元気で」

こうして、アスベルは八葉一刀流を修めるに至った。全の型の皆伝……そのことを聞いたカシウスは驚愕の表情を浮かべ、シオンは『模擬戦やろうぜ』と言い詰めようとするがユリアに止められ、クローゼは苦笑していた。

 

 

その後も鍛練を欠かすことはなく、シルフィアと模擬戦を通して互いに己の力を高めていた。

≪百日戦役≫……その悲劇を出来るだけ止めるために。

 

 




ようやく出会い編完!!!

まだFC編まで3つイベントありますけれどねww

百日戦役編は残虐シーンが多くなるやもしれません……多分。
 


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設定1

<主人公>

アスベル・フォストレイト<転生前:四条輝>

年齢:8 性別:男

外見イメージはアスベル・ラント(TOG・TOGf)

オーブメントのスロットラインは中央属性固定なし、3-3のライン。

不条理の事故で転生した人間。手先が器用で、転生前の記憶を継承している影響で菓子作りはお手の物。刀の剣術に秀でており、ユン・カーファイより教わった太刀の一刀流『八葉一刀流』と、転生前に教わっていた小太刀二刀術『御神流』を使い分ける戦闘スタイル。

 

 

<ヒロイン>

シルフィア・セルナート

年齢:8 性別:女

外見イメージはシェリア・バーンズ(TOG・TOGf)

オーブメントのスロットラインは中央空固定、1-5(空固定:1)のライン。

アスベルと同じく転生した人間。転生前の名前は今のところ不明。七耀教会星杯騎士団“守護騎士(ドミニオン)”の一人で、第七位“銀隼の射手”の渾名を持つ。法剣とアーツを使いこなす戦闘スタイル。短剣の扱いもそれなりのもの。

 

 

<ライバル?>

シオン・シュバルツ

年齢:7 性別:男

外見イメージはシン・アスカ(SEED DESTINY)

オーブメントのスロットラインは中央火固定、3(火固定:1)-2-1のライン。

ユリアの義弟。レイピアを使いこなす。実力自体は既に義姉を超えており、理の入り口に入りかかっているまでの実力者。アリシア女王からはクローゼの未来の旦那様候補とも言われているらしい。激情家で、一度火が付くと周りが見えなくなってしまう場面もみられる。

 

 

剣術(ほぼオリ設定)

『八葉一刀流』

東方系の流派。数多の武術の中でも太刀に限定された剣術の一つであり、その最大の特徴は各属性を思わせるような技巧を取り入れている。八つの型のうち一つでも皆伝に至った者は“剣聖”と謳われるほどの実力を持つ。型各々の奥義は四つ存在(六の型を除く)し、更にはその極致に至った者が繰り出せる五つ目の奥義―――『極式』と呼ばれる技がある。

 

一の型 火の型“烈火”

 斬撃の威力に重きを置いた型。一撃必殺に近い型とも言われる。

  壱式『蛍火』 弐式『焔刃烈破』 参式『雷火』 終式『深焔の太刀』

二の型 風の型“疾風”

 使い手の高速移動による斬撃に重きを置いた型。

  壱式『風神烈破』 弐式『風塵怒濤』 参式『鎌鼬』 終式『黒皇剣』

三の型 水の型“流水”

 カウンターによる斬撃に重きを置いた型。極めると“先の後”という攻撃も可能に。

  壱式『逆滝』 弐式『清純鏡水』 参式『氷逆鱗』 終式『氷龍天翔』

四の型 地の型“空蝉”

 刀を振るう速さを先鋭化し、超高速斬撃に重きを置いた型

  壱式『孤塁抜』 弐式『地塵烈破』 参式『地龍閃』 終式『空断』

五の型 時の型“残月”

 抜刀術による斬撃に重きを置いた型

  壱式『桜吹雪』 弐式『龍鎚』 参式『天衝』 終式『神無月』

六の型 空の型“蛟竜”

 変幻自在の斬撃に特化した型。達人級となると、斬撃の軌道は常識をはるかに逸脱する。

  壱式『竜牙絶閃』 弐式『竜神火罩(かとう)』 参式『九頭竜』 終式『画竜点睛』

七の型 幻の型“夢幻”

 この型の特徴は八つの型の中で唯一決まった型を持たないという点にある。

  終式『影踏(かげふみ)』 

八の型 無の型“無手”

 武器が手元に無い時に使用する。その名の通り素手で戦う格闘術の型。

 拳や掌底による打撃を繰り出す。

  終式『無拍子』

終の型“破天”

 八つの型全てを皆伝した者のみが到達できる型。その極意には、八つの型の技巧全てを

 一つの技に集約する器用さが求められる。

  壱式『鳳凰天翔駆』 弐式『六幻創刻』 参式『御神渡』 終式『極天狼』

 

零の型“八葉”

 天破の更に先の領域の型。正反対の性質を持つ『動』と『静』の領域を更に超えた先に

 ある『無』にして八葉一刀流の最終到達点。この型の最大の極意は“破天”を除く

 八つの型の“聖域”を顕現させることであり、この領域における八つの極・奥義を

 総じて“八煌”と呼ばれるらしい。

 

 

小太刀二刀術『御神流』

(公式ではややこしいので、統一した形にしています。オリ設定多め)

 

 『徹』 衝撃を表面にではなく裏側に通す撃ち方で威力を『徹す』打撃技。

     ぶっちゃけ内部破壊。解りやすく言うと北斗神拳。

 『貫』 相手の防御を突き抜ける技 実際には相手の防御を見切り、

     突き通すための、刹那の見切りと刀の扱いの具体的パターンを

     身体で覚えること。

 『斬』 刀で相手を引き斬る戦い方の事を指す

 

奥義之一 鳴神 『貫』の見極めから放たれる二刀による連撃。カウンター技にも使用される。

奥義之二 雷徹 超高速斬撃による『徹』の連続斬撃

奥義之三 射抜 変幻自在の高速の突きの連撃。閃を除く奥義の中で最速であり最長射程を誇る。

奥義之四 花菱 『斬』に特化した連撃。高速斬撃技の多い御神流の中では珍しい威力特化の型。

奥義之五 天竜 『貫』による一瞬の見極めから放つ『徹』による高速斬撃。

        奥義之一『鳴神』と似ているように思われるが、こちらは無防備状態からの

        『無意識の反射』から放たれるため、相手は殺気を感じないまま斬られ、

        ほぼ回避不可能の技とされている。

奥義之六 薙旋 右の抜刀から始まる必殺の4連撃。

奥義之七 飛燕 左の抜刀から始まる『貫』の極致。

        高速連撃自体の数は最高十二連撃まで可能とする。

奥義之極 閃  究極打術で、 御神の基本である斬・徹・貫の先にある最後の秘技

 

奥義之歩法 神速 通常とは桁違いの速度で動くことが出来る。

         この時は周囲の動きが止まっているように見え、色彩がモノクロになる。

         また、自分の動きもスローモーションのように感じられる。

         視覚が凄まじい集中力を発揮している場合には、脳が他の感覚を遮断し、

         視覚にのみ全ての能力を注ぎ込む状態が起こる。その時、通常では考え

         られないような視覚の能力が発揮され、本来見えるはずのないスピード

         でも認識できるようになるらしい。

         (最近の漫画だと、黒バスの『ゾーン』が似たような感じ)

奥義之歩法極 刹那 神速の上位互換版。

          原作の『極限の神速(神速重ね掛けによる回避カウンター特化技)』を

          攻防にも広げて使用する。その分神速を重ね掛けするために肉体と精神

          への負担は尋常ではなく、文字通りの『最終手段』として用いている。




殆ど情報がない部分に関しての補完のバランスは出来る限り取りました。
武器のデータ関連は考えようとしましたが、変に決めると面倒なことになりそうだったので断念しています。

軌跡シリーズの単語については、その都度説明を入れていきます。

とりあえず、空の軌跡で重要なのは『エステルの父=カシウス=チート』。これだけでも覚えてゲームすると、最早笑うしかなくなりますww


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第9話 動き出した者たち

ろ、6000字も書いてしまうなんて……

ポンポン思いつくんだからしょうがないでしょ!!(自戒)


―ロレント郊外 アスベルの家―

 

「ブライト家に?」

何時ものように朝食を食べ終えた後、アスベルの提案にシルフィアは首を傾げる。

「ああ。色々世話になっているからお礼のあいさつも込めて行こうと思って。」

「確かにね。私も行こうかな。エステルには会ってみたいし。」

ただ、後のことに影響を及ぼさないよう必要最低限にとどめることを確認して、菓子折りと包みを持って出かけることにした。

 

 

―ブライト家―

 

「おや、珍しいお客さんだ。」

 

ベランダで本を読んでいたカシウスは近づいてくる気配を感じ、視線をその方へ向けると二人の姿を見つけて声をかけた。

 

「お久しぶりです、カシウスさん。」

「ああ。師匠はもう発ったのか?」

「ええ。カシウスさんによろしくと言っていました。」

「はぁ…相変わらずのお人だ。」

 

どうやら、ユン師匠の放浪癖と気まぐれはいつものことらしく、カシウスはアスベルの言葉を聞いてため息をつく。そんな人に師事し、“剣聖”と呼ばれるほどの腕前を身に着けただけでもこの人の凄さが解る。同じように師事したアスベルだからこそわかる話なのだが。

 

「今日は非番ですか?」

「まぁな。ま、大したものはないがゆっくり寛いでいくといい。」

シルフィアの問いに答え、カシウスは笑みを浮かべて歓迎の言葉を言った。

 

「あら、あなた。そちらの可愛らしいお客様は?」

 

すると、玄関の扉の方から声が聞こえ、そちらには長髪の女性が立っていた。彼女こそがカシウスの妻であり、エステルの母親であるレナ・ブライトである。

 

「はじめまして、シルフィア・セルナートといいます。」

「どうも、アスベル・フォストレイトといいます。で、つまらないものですが……」

 

シルフィアとアスベルは自己紹介をし、アスベルは持っていた菓子折りをレナに渡す。

 

「あらあら、わざわざありがとう。私はレナ・ブライト。夫が色々お世話になったみたいで。」

「いえいえ、むしろこちらが世話になっているぐらいです。」

 

レナの言葉にアスベルはお礼の言葉を返す。事実、初めて会ったこの世界の人間がカシウスだったということは、本当に『奇跡』であり『幸運』であった。それ以外の人間だとここまですんなり話が進まなかった可能性すらあるのだ。

 

「あれ、そのひとたちはだれ?」

レナの後ろからひょっこり顔を出してこちらを見た少女。その容姿はレナと瓜二つ……彼女はエステル・ブライト。カシウスとレナの子どもである。

「俺はアスベル・フォストレイト。アスベルでいいよ。」

「私はシルフィア・セルナート。シルフィと呼んで。」

「あたしはエステル・ブライト。エステルでいいよ!」

この後、昼食ということでブライト家に招かれることになった。

 

 

―ブライト家 居間―

 

「美味しかったよ。」

「でしょ?おかあさんの作るオムレツはとっても美味しいんだから。」

「言いすぎ、とは言えないね。本当に美味しかったし。」

三人は先程の昼食、レナの作るオムレツについて思い思い感想を述べていた。

 

「ふふっ、そこまで言ってくれると作った甲斐がありますね。」

「俺に言わせればレナの料理こそが世界一だと思っているからな。本当に自慢の妻だよ。」

「もうっ、あなたったら」

そして、さらりと惚気ているカシウスとレナだった。あの剣聖がこの中ではただの『カシウス・ブライト』だということを感心しつつ、二人の周りの空気に内心呆れていた。

 

「えーとエステル、いつもこうなの?」

「おとうさんが家にいるときはそうかな。すっごく仲がいいんだよ♪」

「あはは……(剣聖も胃袋を握られれば頭が上がらないってことかな…俺の人生って、こういう人間に会うのは宿命なのか…?)」

呆気にとられつつもシルフィアはエステルに尋ね、エステルは笑顔で答え、それを聞いたアスベルは目の前に映る光景を見て、転生する前に見ていた光景と被って見えることに苦笑を浮かべた。

 

「さて、ただ挨拶に来ただけではなさそうだな?」

「まぁそうですね。」

「ふむ……場所を移そう。」

 

カシウスはアスベルに来訪の意図を考え、彼に尋ねる。ユン師匠の伝言と二人への処遇の礼のことは嘘ではないものの、その裏にある『本当の用事』を済ませるために訪れたのでは、と……その考えが当たっていたようで、カシウスは自分の書斎に二人を招き入れる。

 

 

―ブライト家 書斎―

 

「武器管理の徹底……だと?」

「ええ。特に王国軍のものに関してです。」

「……何故、そのことの提案を?」

 

真剣な表情で会話を交わすアスベルとカシウス。一方、何が何だかわからずに首を傾げるシルフィア。

 

「ユン師匠から『軍馬に気をつけろ』と言われたのです。で、該当する国となれば……」

「『黄金の軍馬』……つまり、エレボニア帝国か。」

 

リベールの北側と国境を接するエレボニア帝国――西ゼムリア地方の覇権をカルバード共和国と争う二大国のひとつ。その軍事力は推して知るべし、ともいえる。かの国がその気になれば今のリベールなど瞬く間に制圧されるのは明らかに解ることだ。

 

「だが、エレボニアにはリベールに攻め込む大義名分など……待てよ、まさか……」

「心当たりが?」

「先日、ハーケン門から現在は使用されていない旧型の導力銃が百丁ほど消えていたらしい。壁には爆破された跡があった。ただ、運用停止から三年も経っているから、まともに運用するのは難しいとして奥に保管していたそうだ。」

 

旧型の導力銃。それも三桁の数。停止から三年となれば、最低でも半数は使えるという推定……小規模の部隊であれば充分過ぎるほどの数だ。

 

「!?その銃に、リベールの紋章は?」

「入っている。………アスベル、お前が言いたいのは、まさか……」

「ええ。エレボニア側の人間が盗んだ可能性が高いでしょう。それも、国境に接して警備していた人間ならばリベールの装備の変化などは逐一把握しているでしょう。……『その銃』で『大義名分』を作り、リベールに堂々と侵攻するための『口実』として。」

 

戦争というものはある意味人間のエゴだ。史実の戦争は大きく分けて『欲望によるもの』と『命の危機が迫っていたため』の2つだ。細かく考えれば色々あるのかもしれないが……

 

「リベール国内の可能性も考えたのですが、レイストン要塞の次に警備体制の厳しいハーケン門で、わざわざ壁の発破までやった事実……大きな音が出れば、兵士たちが押し寄せてきますから、外へ持ち出したのでしょうが……国内の人間なら、最新式の銃を奪う方が効率良いですし。」

 

今回の想定ではエレボニアが将来のカルバードとの全面戦争における制海権・制空権の確保という目論みで、『自国民』を殺害して『敵国』に仕立て上げる……盗まれた銃で村一つを消滅させ、徹底的な情報操作と隠蔽でリベール侵攻の言い訳とするために。

 

「盗まれた物を追跡するのは難しいでしょう……仮にその行先が国外ならば尚更です。」

「ああ……解った、軍の増強を急ぐよう俺から将軍に進言しよう。君たちはどうする?」

「それなんですけれど、私たちに帝国への通行許可証とボース行きの手配を出してほしいと思いまして。」

「この時期に…この時期だからこそ、か。娘と近い歳の君らに頼む他ないのも忍びないが、頼む」

 

アスベルの進言とシルフィアの頼みに、カシウスは内心自分の娘を戦場に行かせるような印象を浮かべて、苦い表情でその頼みを了承し、託した。

 

「解りました。できる限りの事は致します。」

「承りました。」

二人は深々と頭を下げ、部屋を出た。

 

(やれやれ……どうやら、彼らは『戦争』を予測して俺を訪ねて来たか……)

カシウスはあの二人の思考に脱帽していた。ユン師匠の言葉からそこまでの結論に至る『先見の明』に。所々飛躍した論理はあったものの、現在の情勢から鑑みればそうなっても何ら不思議ではない状況に。

 

(ん?)

ふと、カシウスは置かれていた包みを見つけ、開ける。

そこには棒が二本、そして剣と紙切れが入っていた。

 

『先日のお礼です。』

(礼にしては大きすぎるだろう……)

包みに入っていた武器を見て、カシウスは苦笑を浮かべた。

 

 

―エリーズ街道―

 

レナやエステルに挨拶をしてアスベルとシルフィアはロレントに向かっていた。

 

「まさか、アスベルがあそこで提案するなんて……」

「あくまでも忠告の範疇だよ。『備えあれば憂いなし』……念のため、ZCFにもユン師匠経由で連絡してもらったから。」

「ユンさんが?」

「あそこのラッセル博士とは酒飲み友達らしい。ついでに、導力が万が一停止した時の対策もしておくよう進言してもらった。」

そして、ユンにお願いしてZCF(Zeiss Central Factory:ツァイス中央工房)にいる天才博士、アルバート・ラッセル博士にあらゆる対策をお願いした。これから攻めてくるであろうエレボニア、もしくはカルバードへの対抗策。さらに、その先をも見据えた対策も……

 

「ちゃっかりしてるね。で、私たちはボースからハーケン門、目指すは『ハーメル』ってことね。」

「ああ。でも、流石に全員は助けられないぞ?」

「……まぁ、そうだね。流石に二人だけだとね。」

いくら優れた質でも、圧倒的な量で駆逐されるのは世の常。そのことを重々承知で二人はロレントから飛行船でボースに向かい、

ボースから徒歩でハーケン門に向かった。

 

 

―ハーメル村近郊―

 

地図を頼りに二人がハーメルを目指していると、見慣れない男性が道の先に立っていた。

金髪金眼の男性で、派手さよりも機能性に優れた服を身に纏い、鍛え上げられた肉体が彼の戦ってきた戦歴を物語っているようだった。

 

「………誰?」

「少なくとも、俺の知っている人間じゃないな……」

二人もその人間を知らず、首を傾げているところにその男性が声をかけてきた。

 

「ふむ……そこの二人、名前は?」

「アスベル・フォストレイトだ。」

「シルフィア・セルナート。」

「ああ、違う違う。俺が聞きたいのは、お前らの『転生前』の名前だ。」

男性に促されて名前を名乗るが、『聞きたいのはそれじゃない』とでも言いたげな表情を浮かべて呟く。

 

「そう言うってことは………そういや、貴方みたいなのは出てきていませんからね。」

「おうよ。転生前の名は獅童智和(しどうともかず)ま、うだつの上がらないヒラのリーマンだった人間だ。今のオレの名はマリク・スヴェンド。夢と真実を追いかける傭兵さ。」

金で雇われる傭兵にしては、とてもではないがかけ離れすぎている人間だ。

ただ、その実力は油断ならない。

 

「転生前は四条輝、今の名前はアスベル・フォストレイト。保証人はあのカシウス・ブライトだ。」

「マジかよ!?ちゃっかり勝ち組じゃねえか。」

「いや、勝ち組とかって……シルフィア、自己紹介を……って、シルフィア?」

アスベルの自己紹介を聞いて驚くマリクに溜息を吐くアスベル、そしてアスベルの自己紹介を聞いて驚きの目でアスベルの方を見ていた。

 

「え、あ、アスベル、今のって……」

「ああ、本当だけれど?」

戸惑っていたシルフィアにアスベルは今言った事が真実であると述べると、

 

 

「………あっきー!!」

シルフィアは涙を堪えられずにアスベルに抱き着いて泣き出した。

 

 

「って、ええ!?」

「ひゅー、やるねー」

戸惑うアスベルに、からかいの表情で二人を生暖かく見ているマリクだった。

 

 

しばらくすると、シルフィアは落ち着き、二人に事情を説明し始めた。

 

「私の転生前は“朱鷺坂詩穂(ときさかしほ)”、転生前のアスベルとは幼馴染だったの。」

「いや……ちょっと待て。事故にあったのは俺だけのはずだぞ?」

それに関しては間違いない。友人たちは奇跡的にも軽傷で済んでいたはずだ。流石に記憶が断面的である以上確証とは言えないが。

 

「それは事実なんだけれど……そっか、輝は知らないんだよね……」

「?何がだ?」

「その、輝の事故で早めに切り上げることになって……帰りの飛行機の中でハイジャックが起きたの」

次々と出てくる衝撃的な事実に言葉が出ない。こっちは事故、シルフィアはハイジャック?もはやなんかの陰謀なのでは、とも思ってしまう。

 

「もしかして、SPRLD42便のことか?」

「え、そうですけれど……貴方も!?」

「ああ。俺は実家からの帰りだったんだが……その時の事はよく覚えてる。」

マリクから出た言葉にシルフィアは驚き、マリクも内心驚きを隠せなかった。そして、マリクは話を続けた。

 

「ハイジャックされた飛行機は行き先の空港で胴体着陸、その火花で出火して炎上。俺は運良く生き残ったが、妻と娘は……」

「心中お察しします。」

「ありがとうな。で、死者も何人か出ているって聞いた。だが……」

マリクは苦虫を噛んだような表情で言葉を紡ぐ。

 

「葬式の後、警察のお偉い方がやってきて『ハイジャックの事は誰にも言うな、言えばお前の人生は終わりだ』と言って、大量の金を置いて出て行った。俺は気付いていたんだ、奴らが裏で政府と繋がりのある連中だったことに。ダチが何人かいたし、その事件を起こした奴らの中にもいた。案の定金の力で口封じさ。」

「まさか……」

「金は俺の知り合いに渡した。そして、俺は身を投げた…気が付けば、神様が拾ってくれて、傭兵をやってる。不思議な人生だろ?」

………愕然、の一言に尽きるだろう。壮絶な事柄、抗うことのできない絶対的権力……その不条理に、彼は殺されたのだ。

 

「ま、昔は昔だ。神様から『妻と娘も別の世界で転生している』って聞いたときは涙が出たぐらいだぜ。今のオレは傭兵、それも金というみみっちいもんじゃなく、義で動くことを信条にしている。」

その様子から、転生前とは完全に決別している様子であると断定できる。

 

「義の傭兵って……その傭兵さんがここで何しているんですか?」

「ああ。俺は自他ともに認める筋金入りの軌跡シリーズマニアでな。『世界の不条理から救う』という目標で猟兵団『翡翠の刃』をやってる。これでも団長で、『赤い星座』や『西風の旅団』の団長とも互角に渡り合えるぜ。」

 

猟兵団…猟兵≪イェーガー≫…傭兵の集団で、金さえあれば何でもやってのける集団……いや、私設の部隊と言っても差し支えない。そして、『赤い星座』や『西風の旅団』という強大な猟兵団が存在しているが、彼が団長を務めるという『翡翠の刃』それらと互角に渡り合えるだけの実力を持つとマリクは自負している。

 

「あの赤い星座の団長『闘神』や西風の旅団の団長『猟兵王』と互角って……嘘は言っていないみたいだけれど。」

「しかも、不条理を変えるということは……一介の猟兵団の頭で終わる気はないということか。」

「おうよ。俺らの猟兵団は『導力』ではなく『魔導』の武器を使っている。」

「はぁ!?『魔導』って……」

「ああ。転生前のゲームで似たようなものがあったから、それを装備に生かせないかと試行錯誤したら、できたのさ。」

「め、滅茶苦茶ね。」

どうやら、不条理を片付けるためならば本気で手段など選ばない人間だということは、その言葉で理解したアスベルとシルフィアの二人だった。

 

「で、なんでお二人さんがここにいる?」

「ハーメルの悲劇から何人か救い出そう、と思ったが……一人だけじゃなさそうですね?」

「ご明察。ここに来たということは、協力してもらえるってことでいいんだな?」

「ああ。」

「ええ。」

「了解だ。」

 

マリクは事情を話し始めた。数週間前、エレボニアの遊撃士協会にエレボニア軍の不審な動きの一報が入った。だが、遊撃士は民間人への被害が出ていない現状では動くことができない……そこで、内密にマリク率いる『翡翠の刃』にその陰謀の調査と驚異の排除を依頼した。

 

マリクは腕の立つ少数精鋭のメンバーで調査に当たり、その結果武装した集団が南部に潜伏しているという情報を突き止めた。だが、敢えて排除は行わず、泳がせて動向を探り……結果、ハーメルへ襲撃することが判明したのだ。

 

「こちらのプランなんですが……まず、襲撃は予定通り行わせます。『武装した集団が王国の紋章の入った銃で住民を殺した』……この事実を帝国に伝える役を襲撃した人間の誰かに担ってもらい、『例のアレ』も予定通りに……ですが、ちょっとここで細工をします。」

「細工?」

アスベルの意味深な発言にマリクが尋ねる。

 

「ええ。そちらの面々で密かに襲撃した兵を追い詰め、殺害してください。念のため、王国の紋章の入った銃は回収してください。そして、彼女に関してはリベールで引き取る予定でしたが……それに関してはそちらにおまかせします。」

「成程……上手くいけば『彼』を引き抜ける材料になるわけだな。シルフィアはいいのか?アンタは……」

「まぁ、必要な犠牲はあります……後で、エレボニアに『倍返し』しますよ。」

マリクの懸念をよそに、不敵な笑みを浮かべてシルフィアが答えた。

 

「そして、『リベール王国軍がハーメルを壊滅させた』という既成事実でエレボニアが宣戦布告する……目標は誰ひとり死なせることなく、近い将来この悲劇を無かったことにすること。あの二人には過酷な道を歩んでもらうのは確定的だけれど……」

「それを言ったら、エステルもなんだけれどね……」

「何にせよ、俺たちが未来を築く一歩になるわけだ。よろしく頼むぞ、アスベルとシルフィア」

「了解した。」

「はい。」

 

選ばれなかった未来……悲劇を、未来の笑顔へと変えるため、転生した者が集い、運命の歯車は回り始めた。

 

 




またまたオリキャラ一人登場ですwイメージ的にはTOGのマリクです。

そして、薄々勘付いているとは思いますが、エレボニアはこの後悲惨な目に遭いますw

帝国は嫌いじゃないよ?

ただしオズボーン、テメーはだめだ。


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第10話 幕開け

上手く書けているか、今回ばかりは不安ですww



エレボニア南部の紡績都市パルムの更に南……リベール王国との国境に近いハーメル村。

そこに忍び寄る一つの部隊。帝国のカラーである赤ではなく漆黒の装備に身を包み、バイザーで素顔を隠し、彼らの手に持つ銃はリベール王国の紋章が入っている。

 

「いいか、我々の任務はハーメルの『消滅』。住民は片端から殺せ。女に関しては各自の判断に任せる。」

指揮官と思われる男の声に部隊員たちは期待を表すかのように笑みを浮かべていた。自分たちの望む戦いができる…侵略戦争ができる…それも、平和ボケしている南の王国を。

 

「この作戦によって、『我々』はリベール王国へと侵攻する。各員、努々怠るなよ。」

「「「了解」」」

指揮官の指示で、兵士たちは持ち場に着く。

その司令官は不敵な笑みを浮かべて、誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 

 

――さて、戦いを始めようか………いや、違うな。リベールの未来を変えるための……そして、俺の踏み台としての『幕開け』だ。

 

 

 

ハーメルはたちまち炎に包まれた。

逃げ惑う人々に向けて兵士は容赦なく銃を向け、撃つ。元々エレボニア帝国……帝国軍という強大な力を持つが故に、主立った防衛能力は持っていなかった……それが仇となった形で、惨劇が広がっていた。

撃ち殺された人たちは無残にも踏みつけられ、人を人とも思えぬような光景を生み出していた。この世に地獄というものがあるならば、まさしく目の前に映る光景は地獄そのものだと。

 

 

まだ一息で殺されたのならば、救いなのかもしれない……男は容赦なく殺され、女は犯された……

 

 

「ヨシュア、カリン!!」

「……」

銀髪の青年が見たもの……それは、家族同然である存在の二人。傍には喉を撃ち抜かれて死んだ猟兵の死体、銃を握りしめたまま茫然自失としている黒髪の少年、そして彼を抱きしめ、背中に傷を負った黒髪の女性の姿があった。女性が少年を抱きしめ、かばったのだろう。その傷は深く、致命的だと一瞬で悟ってしまった。

 

「レオン……ヨシュアをお願い。」

「バカなことを言うな!カリン、お前も……」

「………ごめんなさい………」

「………くそっ……」

レオンと呼ばれた青年がカリンと呼んだ女性の状態を解らないはずもない。三人で逃げ延びたとしても、今ここで処置をしなければ彼女は間違いなく死ぬ。だが、向こうから猟兵たちが迫ってくる。今ここで彼女の願いを無下にする気なのか……レオンは苦い表情で、ヨシュアを抱えた。

 

 

「すまない、カリン…お前の死は、無駄にはしない…!」

レオンは走った。茫然としたままのヨシュアを抱え、危険が及ばないどこかへと。

 

 

「レオン…ヨシュア…必ず生き延び……て……」

カリンは力絶え、地面に倒れこんだ。遠ざかっていく二人の姿を見て、安心したかのように瞳を閉じた。

 

 

(………ふふっ、レオンとヨシュアを守って死ねたのなら、これほど幸福なことはないわね。)

 

先程まであった痛みが引いていく。ああ、この感覚が『死』ということなのだろう。そのまま深い眠りに落ちていく……

 

 

 

(………あれ?)

 

ことはなかった。むしろ、はっきりと感覚を取り戻していくように感じ取れた。五感ははっきりとしているようだ。カリンは改めて目を開ける。目に映った光景は慣れ親しんだ村への道。頬を伝わる風は、間違いなく本物……

 

 

「あ、気が付いたようですね。」

そこにいたのは傭兵ではなく、燃えたぎるような炎を思い起こさせる容姿――ワインレッドの髪に灼眼……シルフィア・セルナートの姿だった。

 

「えと、貴女は?」

「七耀教会のお手伝いをしているものです。ここら辺を偶然通りかかったら瀕死の貴方を見つけて、処置を施しました。」

茫然とするカリンに笑みを浮かべて説明するシルフィア。彼女の法術の中には瀕死の人を助けるものを会得している。本来であれば一歩間違えれば『外法』ものだが、彼女はそれすらも捻じ曲げるだけの『力』を持っている。『守護騎士』という名の『力』を。

 

「見たところ、貴方が殺したものではなさそうですね……」

「そうだ、レオンとヨシュアを見ませんでしたか!?」

「えと、すみません……お二人に関しては、私も解りません。」

「そうですか……」

カリンの問いかけに、シルフィアは申し訳なさそうに答えた。

 

「カリンさん、ここら辺は危険です。他の方々……貴女の仰ったお二人に関しては、無事にここから逃げ延びてくれることを祈りましょう。」

「は、はい。」

ここにいてはまた襲撃されるとも限らない……シルフィアの言うことも尤もであり、カリンはシルフィアの誘導で安全な場所へと避難した。

 

 

―ハーメル村―

 

惨劇の後のハーメルには何も残っていなかった。家屋は無残にも破壊され、家の柱は炭の如く焼け焦げており、そこで生活していた人々の痕跡を根こそぎ奪っていた。あちらこちらには血の跡が残り、一通り片付けが終わってもその無残さは推して知るべきだろう。それを静かに見つめる指揮官の元に、一人の隊員が報告に来た。

 

「報告します。村にいたと思われる住民は全員殺しました。」

「間違いないだろうな?」

「はい。ただ、こちらの被害も深刻で……」

「何、心配はいらん。」

「それは、どういう……」

隊員がその質問を知る前に隊員の首が宙に飛んでいた。指揮官の剣が的確に隊員の首を跳ね飛ばし、首のなくなった体は仰向けに倒れていた。血を掃って剣を収めて指揮官が一息つくと、呟いた。

 

「帝国軍からの通達だ。貴様らはここで全員自決しろ、とのお達しだ………と、死んだ奴に言っても無駄だな。」

「まったくだ。」

そう言って、陰から出てきたのはアスベルだった。

 

「しっかし、襲撃部隊の指揮官にすり替わっていたとは……こいつらは、自分たちの存在意義をあの世で後悔してそうだな。」

「顔を隠した集団……すり替わるのは容易だったのさ。」

「それに、あの村自体が完全に『空蝉』だと知ったら、帝国の連中は慌てふためくだろうな。」

アスベルと気さくそうに話している指揮官がバイザーを取る……その顔つきは先程出会ったマリクその人だった。これは、かなり大がかりの計略だった。協力メンバーにシルフィアがいたことは大きなプラスだった。

マリクの工作により、メンバーの大半が彼の連れてきた猟兵にすり替わっていたのだ。襲撃部隊には『リベールの妨害があった、なので追加で応援を呼んだ』といい、裏ではすり替えた連中を問答無用で銃殺していた。

 

「襲撃部隊自体も完全にすり替わり、女を犯そうとした向こうの奴らは即刻銃殺刑。シルフィアが三人に掛けた法術で効果的な演出もできた。あの子、本当に8歳か?」

「言うな……大方、あの総長のせいで図太くなったんじゃないか?」

「ありえそうなことだな……」

シルフィアの不敵な性格は総長の仕業だと十中八九思った。特に転生前の彼女をよく知るアスベルは殊更そう思った。

すると、そこに黒装束を纏った彼の部下が報告に来る。

 

「『団長』、エレボニアからの暗号通信。『大義であった。これにより、我々は隼を討ち取らん』とのことです。正直反吐が出ます。」

「お前もか、ウェッジ。口先だけで裏では粛々と潰していく……くだらん奴らだ。」

マリクを『団長』と呼んだ隊員――ウェッジの報告と感想に、マリクも同意する。

 

「他の奴らにも連絡しろ。『絶槍』はどうしてる?」

「珍しくホームにいるようです。ただ、いつものパターンだと……」

「爆発しかねんな……こっちに呼んでおけ。アイツの破壊力はエレボニア相手に役立ってくれるだろうし、アイツ自身も戦いとなれば勇んでこっちに来るだろう。」

「ハッ!」

マリクとウェッジはホームにいる『絶槍』と呼ぶ人物のことを話し合い、必要なことを伝えるとウェッジは連絡のためにその場を離れた。

 

「何か、物騒なことが聞こえたんだが……そんなに強いのか?その『絶槍』は。」

「ソイツは俺が拾ったんだが、一昔前に東ゼムリアで猛威を振るっていたマフィアの一個師団をたった一人で、一晩で壊滅させている。アイツの通る場所に『無事』という言葉はなく、跡形もなく壊滅だ。しまいには、本拠地の建物すらきっちりと破壊したこともある。」

その言葉からして、物騒という言葉が過剰表現ではないということを瞬時に察知した。単独でありながらもその破壊力は『一騎当千』……どこぞの武将達とも肩を並べるほどの強さということだ。そんな人物がエレボニアと対峙するということは……

 

「エレボニア、軍隊の壊滅どころか、下手すると国が解体するんじゃないのか?」

「………オーバーな表現に聞こえんのが辛いところだな。」

よく手綱を握ってコントロールしているマリクに内心称賛の拍手を送りたいと思ったアスベルだった。

 

 

「え……」

その頃、シルフィアに案内されたカリンが見たものは、襲われていたはずの村人たちが元気な姿でその場にいたことだった。

 

「カリンお姉ちゃん!」

「カリン、よく無事で……!」

「え、えと、一体何がどうなって……」

何が現実で何が夢なのかわからず困惑しているカリン。そこに、アスベルと動きやすい服に着替えたマリクが現れた。

 

「マリクさん、この度は本当に……」

「いえ、オレは出来ることをしただけですから……」

村長がマリクに頭を下げ、マリクは謙虚に説明をした。

 

「はじめまして。マリク・スヴェンドといいます。」

「カリン・アストレイです。あの、これはどういうことなのでしょうか……」

「詳しくは申し上げられません……ですが、貴方方は下手すれば帝国に『殺されて』いました。」

マリクの言葉に村人たちが動揺する。今まで信じてきた帝国が自分たちを殺す……そのようなことなどありえないと思ったのだ。だが、動揺する村人たちにマリクは言葉を続ける。

 

「信じられないのも無理はありません。彼らはリベール王国の紋章の銃を持ち出してきていた。そこにいる彼らは『リベールでの裏付け』を持ってきてくれました。今回の出来事に関しては『リベールの関与』はありません。」

そもそも、国力だけで言えば圧倒的軍事力を持つエレボニア相手に喧嘩を売るとなれば、エレボニアですら攻略不可の切り札を作るか、カルバードの力を借りる二択しかない。そもそも、それ以前の問題としてリベールのアリシア女王は積極的侵略を否としている。物理的にも精神的にもリベールが喧嘩を売る理由など存在しない。

 

「そこで、私は一計を案じました。皆さんの身を守るとともに、このような非道を起こしたエレボニアに対しての『倍返し』を。皆さんには、リベールに移り住んでいただき、以後の協議については私が責任を負います。ただ、この地には戻ってこれなくなります。誰かが生きているとなれば、躍起になって殺しに来るでしょう………それで、よろしいでしょうか?」

命には代えられないこと……それは、誰しもがわかっていることだ。だが、故郷を捨てる……そのことは辛いものがあるのは事実だ。

その時、カリンが声を上げた。

 

 

 

「お願いします、マリクさん……私は、生きなければいけない。生きて、レーヴェとヨシュアの二人に会うまでは……会って、共に生きていくために」

その強い言葉を呟いたとき、カリンの背中に琥珀色の紋章が浮かび上がる。

 

 

 

「えっ、カリンさんに!?」

シルフィアは驚きを隠せず、唖然とした表情で呟き、

 

 

 

「おいおい……こりゃ大変……って、アスベル!?」

マリクも疲れた表情で呟き、アスベルに同意を求めようとした時、アスベルの異変に驚く。

 

 

 

「?どうかしたのか?シルフィ、何かついてるのか?」

アスベルは狐につままれたような表情でシルフィアに問いかけると、

 

 

 

「………アスベル!?貴方もなの!?」

シルフィアはアスベルの背中に浮かび上がった青紫の紋章にまたもや驚きを隠せなかったのであった。

 

 




はい、ということで“守護騎士”が増えましたw

生存フラグ立てる何人かはそうなってもらいます。

いやあ、細かい設定がないって便利だなあww


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第11話 帝国の想定外

―エレボニア南部 ハーメル村郊外―

 

マリクらによる『芝居』で襲撃部隊は駆逐され、レオンとヨシュアを除く村人たちが集まり今後の事を話した際、マリクの言った提案に強い口調で話したカリン・アストレイの背中に発現した琥珀色の紋章、そしてほぼ同時にアスベルの背中にも発現した青紫の紋章……

二人に現れたその紋章……いや、刻印とも言うべき力の源<聖痕>が発現したのだ。

 

「え、この力は……」

込み上げてくる力にカリンは驚き、

 

「え、え?本当だ……」

戸惑いつつも聖痕の発現の事実を受け入れるアスベルと、

 

「何でこうなるのよ……」

ため息混じりに呟くシルフィアがいた。

 

「おっ、羨ましい限りだぜ。そんな力を手にするなんてな。」

「羨ましくない力だから!………また、面倒なことになりそうね。」

一方、マリクは羨ましそうに呟き、シルフィアは文句を言いため息をつく。<聖痕>を発現した者は一つの例外もなく聖杯騎士団“守護騎士”の一人として迎え入れられる。自分の義姉である総長はともかく、枢機卿の御耳に入れるのはまずい……そう思っていた矢先だった。

 

「おや、これは面白い出来事だな。」

「な、何しに来ているんですか義姉上!?」

赤い髪の女性が姿を現す。その姿を見たシルフィアは怒りと驚きを含んだ声で叫んだ。その人物は“守護騎士”のトップ、第一位“紅耀石”の渾名を持つアイン・セルナート総長だった。

 

「何、愛しい妹の様子を見に来たのだが…どうやら、シルフィアは無意識の内に所持者を引き付ける力でもあるのかな?」

「んなわけないでしょう。」

どこぞの能力者のように惹かれあうということなど正直非科学的すぎてどうしようもない。何はともあれ、困惑する村人に説明し、アスベルとシルフィア、カリン、そしてアインが周囲に誰もいない場所に移動し、話を始めた。ちなみに、村人に対しては<聖痕>の事を黙するように法術を施している。

 

「さて……私がここに来たのは枢機卿絡みで『改革』をしたことも含めてなんだが……」

「枢機卿の改革って……何やったんですか?」

「欲の凝り固まった連中を“断罪”したのさ。“破門”絡みで問題を起こしていたことが法王の耳に入ったそうだ。それを受けて、私が処理したのだが……その絡みでこの村の存在を耳にした。一足遅かったのかもしれないが、人の命には代えられないからな。だが、“守護騎士”は今までよりもかなり動きやすくなった。」

“破門”という言葉には首を傾げるが、推測するとあの『蛇』絡みという可能性が大きい。

 

「書類整理は一人でやってくださいね。」

「私は何も言っていないのだが……」

先に釘を刺されるということは、過去にも似たようなことをしでかしていたのだろう。そういった意味では、色々と気苦労の多い人間を相手にしてきたのならば、シルフィアがああいった性格になるのも何ら不思議ではない。

 

「さて…カリン・アストレイ、それにアスベル・フォストレイトといったな。略式ではあるが、アスベル・フォストレイトを『第三位』、カリン・アストレイを『第六位』として迎える。渾名についてはおいおい決めてくれ。」

まさかの急展開に驚きを隠せない。発現した<聖痕>……そして、星杯騎士団“守護騎士”への拝命。だが、何らかの形での立場の明確化、そして明確なバックアップ体制。それらが必要だっただけに今回の出来事はいろんな意味でありがたかったのである。

 

「私のような非力の身にそのような……謹んで、拝命いたします。」

「守護騎士の拝命、確かに受け取りました。」

「ふむ……さて、カリン・アストレイ。貴女には訓練を受けてもらう必要があるな……」

元々戦闘力のあるアスベルとは異なり、ただの一般人だったカリンが<聖痕>を発現させたのだ。となれば、己を守るための技術は必要不可欠である。

 

「それは、こちらからお願いしたいと思っていました。お願いします……!!」

「解った。ただ、ちゃんと別れを済ませてから、な。」

カリンの強い決意にアインは内心笑みを浮かべた。この分だと一人前になるのはそう遠くない話だと感じた。

 

「アスベル・フォストレイト。君の艦である参号機はこちらへ手配した。それと、正騎士一人と方舟のオペレーター三人を君に付ける。その力を“己の信念”のために使ってほしい。」

「てっきり、“空の女神”のためにとか言うと思ったのですが……」

「女神とて、神に崇められる前は大抵人間だったからな。血肉や魂を捧げたら化けて出そうでな。」

女神といっても、最初から神だったわけではなく、それに血肉や魂を捧げると神聖な魂が穢れるどころか、女神自身が怒り心頭になるのでは……アインはそう思ったらしい。

 

「いつもはグータラな人間が何真面目に話しているんだか……」

「フッ、私はいつでも真面目だぞ?アスベル・フォストレイト。この先の戦いへの関与はともかくとして、身の振り方は好きにするがいい。連中の『執行者』のように、特に制限をつけるつもりはない。これは、法王直々のお達しだ。」

「法王直々というのにはありがたいですが……」

ジト目で呟くシルフィアにアインは笑みを浮かべて答えた。だが、この先七耀教会のお顔をわざわざ窺わなくても済むというのは本当にありがたい。だが、『守護騎士』とて星杯騎士団の一人……アーティファクトを回収・管理する任務を負うことには変わりないはずである。その疑問にアインが答えた。

 

「こちらの仕事の方は、無論してもらう形となるが……どこかしら、シルフィアに近しい感じがする君に対しては雁字搦めにするよりもある程度の自由を与えておいた方がいい……それでは答えにならないかな?」

「それだと納得しかねる部分が多いです……何をさせたいんですか?」

その言葉もどこかしら含みを持つような言い方に聞こえてならない……アインは小声でアスベルに尋ねた。

 

「(……その感じ、シルフィアと同じ“転生者”というものかな?)」

「(!?何でそのことを……)」

「(シルフィア本人から聞いた。もしかしたら同じような人間がいるとは思っていたが………半分カマを掛けさせてもらった。)」

「(人が悪いですね、貴女も。)」

驚きとはいえ、“転生者”という存在を知っているアイン……彼女は、続けてこう説明した。

 

「(“白面”と呼ばれる『蛇』―――結社『身喰らう蛇』に関わる人物であり、教会を破門された人物。その兆候が今回のこの一件で見られた。なので、大々的に枢機卿を改革しつつ、内密で此方に来たという訳だ。シルフィアには話しているが、君にも彼の処罰……いや、処刑の任を与える。)」

「(成程。その為にこの国(エレボニア)とあの国(リベール)に関われ、と?)」

「(その程度は君に任せよう。そのための自由であり、彼等に対抗するために雁字搦めにしたのでは対抗するための意味を成さなくなるからな。我々はあくまでも“影”の存在……影は形を持たず、故に何者にもなれるし、掴みどころなどない。)」

今回の一件で姿までとはいかなくとも、その片鱗を見せた人物……その処刑のために、切り札の一つとしてアスベルをここに置くということらしい。事情はどうあれ、これから起こりうることを考えれば都合がよいことに苦笑を浮かべそうになったのは言うまでもない話だ。

 

「……君らに“空の女神(エイドス)”の加護あらんことを。」

 

この後、カリンはアインと同行する形でアルテリア法国へと向かった。カリンは総長であるアインと彼女の親友から手ほどきを受け、一人前の騎士となれるよう研鑽を重ねていくこととなる。

 

 

――この芝居により、ハーメル村の人たちはエレボニアを離れ、グランセル地方に身を寄せることとなる。レオンとヨシュアの二人はエレボニア軍に保護された。そして、ハーメルの人間を殺したと信じたエレボニア軍の主戦派は皇帝にリベール侵攻を強く迫り、皇帝は苦渋の思いでこれを了承した。エレボニア帝国のリベール侵攻……『百日戦役』の開戦が行われるまで、あと2週間のことだった。

 

 

 

エレボニア軍は数で勝っており、負けるなど微塵にも思っていなかった。それはエレボニアに住む国民も同じで、誰しもが帝国の勝利を確信していた……

 

 

 

だが、百日戦役終結後……彼らはその驕りこそが『過ち』であった、とその身をもって知ることになる。

 

 

 

七耀歴1192年6月下旬の初め、エレボニア帝国はリベール王国に対して宣戦布告と同時攻撃を行った。一発の砲弾がリベール王国の北部に位置するハーケン門を揺るがした。ラインフォルト社製の導力戦車から放たれた導力弾は易々と城壁の一部を粉砕した。そして王国の防壁は、続けざまに浴びせられた砲弾の雨によって瓦礫の山と化したのである。

 

 

帝国軍は電光石火の如く攻め上がり、ルビーヌ川―ヴァレリア湖―レナート川のラインの手前までの領土……ボース地方とルーアン地方を瞬く間に占領した。この速さにカルバードは動くことができず、静観するしかなかったのだ。その一か月後にはロレント地方を占領、残すはツァイス地方とグランセル地方のみ。エレボニアは次の目標をツァイス地方に定めた。

 

 

だが、戦局はここで一変することとなる。ZCF・レイストン要塞で開発された最高速度2200セルジュ…解りやすく言うと時速220㎞と、この時点では最速を誇る26機の最新鋭軍用警備艇が完成し、宿将モルガン将軍の指揮の元、大規模な反攻作戦が実行されたのである。これは、アスベル・シルフィア・マリク、そしてカシウスの行った策の一つだった。

 

 

守護騎士に与えられる特殊作戦艇『メルカバ』……その巡航速度はリベール王国の持つ巡洋艦『アルセイユ』に追随している。だが、最も特徴的なのは『ステルス機能』……レーダーなどを無効化する機能を最大限に活用した。

それと、マリクの持つ『猟兵団』の調達ルートで資材を大量に買い入れ、王国軍に納入する形で運び入れた。その結果、当初は3機しか作れなかった警備艇を26機も用意することができたのだ。傍から見れば『資材のないリベールがあそこまでの飛行艇を揃えたのか!?』と驚愕する内容だが、被害を出来る限り最低限に抑えることを目標に、この策を実行したのである。

その資金源はというと、マリクが全面的に出した。正確に言えば、ここ数年でため込んだ数十億ミラという膨大な金額になるのだが、それを惜しげもなく投入したのだ。マリク曰く『安い投資』だと言いのけていた……この先を考えると確かに安いのだが……

 

リベールは軍用警備艇を使って、精鋭中の精鋭と謳われた独立機動部隊が地方間を結ぶ関所と軍備上の要所を奪還した。そして王国軍の総兵力がレイストン要塞から水上艇で出撃し、各地方で孤立した帝国軍師団を各個撃破したのである。更に、マリクの率いる『翡翠の刃』が各地で帝国の部隊を奇襲した。これらの反攻作戦によるエレボニア側の損失は約四割……リベール国内に侵攻した8個師団のうち3個師団が壊滅状態に陥る。やむなくエレボニア軍はボースに集結して再編成を図ろうとするが、これも彼らとカシウスの描いたシナリオだった。そのシナリオを知ったマリクもそれに呼応した。

 

ボースの北部に潜んでいた『翡翠の刃』の増援と南部からの王国軍の猛攻……これにより、4個師団がほぼ壊滅というエレボニアにとって予期すらしていなかった『最悪の事態』となった。

 

各地にいた残党は各都市で襲撃を行った。だが、その悪あがきすらも彼らにとっては『自分の首を絞めるだけ』の自殺行為でしかないことをその兵士らは知らなかった。

 

 

―ロレント―

 

半ばやけくそ気味であった兵士たちは所構わずに銃を撃ち放った。その光景に市民は恐怖を感じ、逃げ惑う。

 

「おかあさ~ん!」

「に……げ……て……エ……ステル……」

レナは砲撃によって崩れてきた時計台の瓦礫からエステルを庇って重傷を負い、命が風前の灯であった。

 

「誰か……助けて!おかあさんが死んじゃう!」

エステルは必死で助けを呼んだが逃げる事に必死な市民達は誰も気付かなかった。無理もないことだ……人間というものは一つの感情に支配されると正常な判断などできるはずもなく、ただ己の命を助けようと必死になっていた。

そこに、エステルの悲痛な叫びを聞いて駆け寄ってきた三人……アスベル、シルフィア、マリクが駆けつけてきた。

 

「エステル!」

「エステル、無事か!」

「アスベル、シルフィ!?お願い、おかあさんを助けて!!」

二人はレナの様子を見る。これは、一刻を争う事態だとすぐに察知した。

 

「マリク、頼めるか?」

「(母と娘、か……)無論だ!そらっ!!」

マリクはいとも簡単に瓦礫を吹き飛ばし、レナを救出した。

 

「回復が俺がやる。シルフィは念のためにフォローを頼む」

「うん」

アスベルはレナの腕に触れ、目を閉じて気を集中させる。

シルフィアは万が一の時のフォローに回り、エステルは心配そうにレナの様子を見守り、マリクは周囲を警戒する。

 

 

――我が深淵にて煌く紫碧(しへき)の刻印よ。

 

 

アスベルの言葉に応じるかのように彼の背中に紋章が発現する。

 

 

――癒の翠耀、治の蒼耀……大いなる息吹を以て、かの者の命を繋ぎとめたまえ。

 

 

アスベルの<聖痕>は一層輝きを増し、レナは青緑の光に包まれ、彼女の傷は瞬く間に消え、顔色も血の気が通うほどにまで回復した。そして、回復を終えるとレナの意識が回復し、目が開いた。

 

「あれ、私……」

「おかあさん!よかった、よかったよー!!」

「エステル……」

先程まで感じていた痛みが、まるで嘘だったかのように消えたことに対して戸惑っていたが、エステルが泣きついて、これが夢ではなく現実だとすぐに理解した。

 

「アスベル君にシルフィアちゃん……どうやら、貴方たちのおかげのようね。ありがとう。」

「ありがとう、アスベル、シルフィ!」

「レナさん、エステル、ここは危険です。早く安全な場所に避難を。」

「団長、市民の避難は完了しました。」

「ご苦労。この母子で最後だ。カシウス大佐のご家族だ、必ず守り抜け。」

「ハッ!わが身命に変えましても、その命令を必ずや!!」

報告に来た団員にマリクは念を入れてレナとエステルの誘導をお願いし、団員の先導でレナとエステルはその場を離れた。少しすると、帝国兵が三人を見つけ、発砲するが、

 

「ふんっ!!」

「はぁっ!!」

「せいっ!!」

マリクは投刃、アスベルは小太刀、シルフィアは法剣でその銃弾を難なく弾き飛ばした。その光景に帝国兵は驚きを隠せない。

 

「ほう……流石、ゼムリアストーンで出来た武器。面白いように馴染む。」

マリクは、アスベルから自分の武器である投刃の武器を強化するようお願いしたのである。アスベルは快諾し、ゼムリアストーンを用いて完成したこの世界では最高クラスの武器『アルテマエッジ』に強化されたのだ。

 

「気に入ってくれて何よりだ。さて、エレボニア帝国……いや、この戦いを主導した汝らを『外法』と認定する。いくぞ!」

「ああ!」

「ええ!」

真剣な表情を浮かべて叫んだアスベルの言葉にマリクとシルフィアも頷き、帝国兵に向かって突撃していく。

 

 

「臆するな!正義は我らにあり!!かかれ!!!」

指揮官らしき人物は自らと相手の技量すら図れない愚か者だった……彼らの恐ろしさも知らずに襲いかかった。

 

 

 

その決断が、エレボニア帝国にとって最悪の結果になるとも知らずに。

 




はい、帝国軍が既にヤバい状態ですw

ですが、更に自分たちの首を絞めまくります。

そしてあんまり描かれなかった原作キャラに活躍してもらいます。

誰なのかはお楽しみにということでw


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第12話 三倍返し

―ロレント市―

 

数では勝る帝国兵、かたやアスベル達は3人のみ。帝国兵は自らの勝利を疑わなかったが、その常識をまざまざと覆されることとなる。

 

「さあ、いくぞ!ふんっ!!」

マリクは投刃を投げつけ、その場に止まらせるとオーブメントを駆動させる。

「穿て、断罪の刃!ダークネス!!」

放たれた武器は黒きオーラを纏い、縦横無尽に帝国兵の命を刈り取っていく。そこに間髪入れずに準備が完了した導力魔法を発動させる。

「凍てつけ!ダイアモンドダスト!!」

マリクのアーツに帝国兵は身動きが取れずに、凍りつき……彼の操る投刃によって次々と絶命していく。

 

「止めと行こうか……誇りを抱いて永久に眠れ、塵となり無へと還れ、エターナル・セレナーデ!!」

とどめに放ったSクラフト『エターナル・セレナーデ』によって彼の周りにいた帝国兵は絶命した。

 

「さて、他の奴の加勢は……しなくても大丈夫なようだな。」

マリクは二人の様子を見ると、二人もとどめの技を放つところだった。

 

「……シルフィ、覚悟は出来てるな?」

「何を今更、かな。この世界でこういった役割を与えられたってことから、とうに覚悟は決めてる。」

「そっか……いくぞ。」

「ええ。」

敵とはいえ人の命を奪う……それは許されることではない。相手の可能性を奪うこと、未来を奪うこと。だが、二人にその躊躇いなどなかった。普通の人間ならばいざ知らず、『裏』に関してそういった事をよく知るアスベル、そして“星杯騎士”ひいては“守護騎士”の性質をよく知るシルフィア……別に殺したくて殺すわけではない。罪のない人を、平和な街を守るための戦い。一方的な偽善だと言われても反論は出来ない。結局のところ、一生付きまとう問題なのだから……後は、それに対する覚悟を持てるか否か。

 

「撃て!!」

兵士らの放つ銃弾……だが、彼等に届くことはおろか、

 

「……ふっ!」

「やっ!!」

アスベルは“神速”を用いた最小限の動きで躱し、シルフィアは持っていた法剣の刃を展開させて薙ぎ払った。それに驚く兵士らを他所に、アスベルは一気に踏み込み、前にいた兵士を他の兵がいるところ目がける形で

 

「はあっ!!」

「ぐぅ!?」

肉体年齢は8歳でも、神速状態から放たれる蹴りは大人並であり、他の兵士を巻き込む形で吹き飛ばされる。多少筋肉に痛みが走るが、ここで躊躇えば自分の意に血が危ない。歯を食いしばり、更に加速して小太刀を一度鞘に納め、其処から同時に抜き放つ。

 

「手加減はしない、これで終わらせる!斬空陣!無刃衝!」

独自に編み出した『斬空陣無刃衝~二刀の型~』……アスベルが放った技により、兵士の周りを血飛沫が舞う。だが、彼等に待つのは更なる地獄……いつの間にか兵士の周りを取り囲む無数の短刀。それは、シルフィアのSクラフトであると知ったのは、戦いの後だった。

 

「……汝が見る夢、刹那と消える。百花繚乱!!」

シルフィアのSクラフト『百花繚乱』……的確に致命傷となりうる箇所を攻撃し、回復させる暇もなく、残っていた帝国兵は全員絶命した。大人しく降伏していたのであればまだ救いようはあったが、彼らは明らかに明確な殺意をもって襲撃した。ならば、くれてやる慈悲などない。

 

「……!これは………三人とも、無事か!?」

カシウスはロレントの状況に驚くと同時に怒りを覚えた。侵略ならば、何をしても許されるのか……そのことはさておいて、三人に声をかける。

 

「カシウスさん。ええ、我々は無事です。」

「怪我人は少々いたが大方無事だ。貴方の奥さんと娘さんもな。俺の団員が郊外に避難させた。」

「申し訳ない……」

「いえ、オレのような目に遭ってほしくなかった……いわば、偽善です。」

大切な家族を失うこと……マリクにとってみれば、かなり辛い目に遭っている。だからこそ、その思いをカシウスにも背負わせたくなかった。偽善なのかもしれないが、マリクにとってみれば十分すぎるほどの理由だった。

 

「そうでした……王国外のエレボニア軍には、私の『友人』……いわば『援軍』を差し向けています。エレボニア軍の連中は時を置かずに撤退せざるを得なくなるでしょう。暫くは王国軍の兵士も休息の時間は取れるかと。」

マリクの言葉に三人は首を傾げる。それとは対照的に不敵な笑みを浮かべるマリク。やるからには徹底的に。

 

 

――『倍返し』……いや、『3倍返し』の彼の立てた計画を知るのは、この戦いの終結後だった。

 

 

―ハーケン門北―

 

ハーケン門から北に100セルジュ(10km)……エレボニアの5個師団が待機していた。

 

(どういうことだ……精鋭の8個師団との通信が取れない…一体。あの向こうで何が起こっているというのだ……!?)

一方、エレボニア軍の師団を率いる将、ゼクス・ヴァンダールは内心冷や汗をかいていた。撤退するはずの8個師団からの通信が途絶した……数と質で圧倒するエレボニアにかかれば、リベールなど簡単に落ちる……この戦いに乗り気ではなかったゼクスですら、エレボニアの勝利はゆるぎないものと確信していた。だが、それはまんまと覆されたのだ。

 

「ほ、報告いたします!8個師団がほぼ壊滅……とのことです。」

「馬鹿な!?何かの間違いだろう!?」

「何度も確認いたしました……しかし、8個師団のいずれとも連絡が取れない状態です!どうやら、新型の警備艇の配備と各地に軍が潜んでいたようです!」

(そんな馬鹿な……王国軍にはそのような余裕や人的資源などないのだぞ!?)

兵士の報告で、ゼクスは焦りの表情を浮かべた。13個師団を投入して、8個師団がほぼ壊滅……半数以上の犠牲を出している時点でこの作戦は『失敗』も同然の状態だ。だが、帝国政府ひいては軍司令部から撤退の命令が出ていない以上進撃するしかない。

 

「……司令部は何と言ってきている?」

「司令部には既に連絡は取りましたが、命令に変更はないとのことです……!」

「そうか……(正気の沙汰か!?クッ、このままリベールに『玉砕』しろとでも言うつもりか……!?)」

 

 

「…………」

本陣からほど遠い場所……そこに現れたのは、一人の少女。見た目は十歳にも満たぬ容姿。だが、目を引くのは彼女の二倍ほどの長さを誇る双刃の十文字槍。

兵の姿を見据えると、彼女は構え、突撃していく。

 

「なっ……敵襲!」

「くっ、リベールの軍か!?」

「撃て、所詮相手は一人だ!!」

帝国兵は突如の襲来に慌てながらも、彼女に向けて銃を放つが、その場所には彼女の姿がいなかった。兵士らが彼女を探そうとするが、兵士が彼女の姿を見ることなどなかった。既に絶命していたからだ。『その槍を見たものは死ぬ』とも言われた傭兵で、あの『闘神』や『戦鬼』すらも一目置く『命を絶する槍』……『絶槍』。それが、彼女に付けられた渾名だ。

 

「………穿て」

闘気を纏い、そう呟いて戦車を槍で突くと、槍先から螺旋状の旋風が巻き起こり、その部分が切り取られたかのように削り取られていた。

 

「ぜ、『絶槍』だー!!」

「に、逃げろー!!」

「………行こうか。」

あまりの恐怖に逃げ出す帝国兵。逃げ出す奴らには目もくれず、今もなお彼女に砲口を向ける戦車群に向かっていく。

 

「な、何故当たらん!!」

「駄目です、速すぎて……」

砲撃士の次の言葉が放たれることなく、彼女の振るった刃が彼ごと真っ二つに斬り、戦車は爆発する。

 

「………彼の敵は、私の敵。」

心酔している彼のため、彼女は刃を振るう。その太刀筋は一瞬の迷いすらない………この戦闘で、エレボニア軍は5個師団の導力戦車の半数を失うこととなる。

 

 

「し、失礼します!『絶槍』が現れました!さらに、猟兵団『翡翠の刃』と『西風の旅団』がこちらに向かってきます!!」

「何だとっ!?(このタイミングでの襲撃……まさか、こちらの手の内をすべて読んだ上での行動か!!)」

ゼクスはこの状況をもはや『詰み』の状態だと悟った。ここで退かなければ、派遣した13もの師団は全滅……そうなれば、最悪帝国は滅び共和国の台頭を許すこととなる。8個師団に関しては、もはや『全滅』と考えて行動するしかないのだと。たとえ軍司令部に『汚名』を被せられようとも、これ以上の損失を避けるのが今のゼクスに出来る最善の選択に他ならなかった。

 

「待機する全師団に通達!パルムに撤退せよ!急げ!」

ゼクスは怒号を放ち、撤退するように促す。

 

 

―ハーケン門北西―

 

「おーおー、軍馬様が蟻の子を散らすかのように逃げていくな。」

「ですね。しかし、“驚天の旅人”が我々に支援を要請するとは……」

「丁度よかっただろ?追撃のような形ではあるが、あの精強なエレボニア帝国軍相手に実戦訓練ができるんだからな。それに、アイツには……マリクにはでか過ぎる借りがある。」

「否定はしませんが。それを受けてしまうあたり、“猟兵王”といわれる貴方は余程の変わり者ですよ、団長。」

エレボニア軍がいる場所から8セルジュ(800m)ほど離れた場所……“猟兵王”と呼ばれた男性は双眼鏡を覗き込んで、楽しそうにエレボニアの惨状を見つめ、傍らにいた女性は呆れた表情で自分の上司である男性を見つめる。

 

「ま、これもアイツなりの策だし、リベールに恩を売れる。いざとなれば移住することも厭わないつもりだ。」

「そんなに気に入ったのですか?」

「ああ。アイツらなら、こういうところは気に入るし、人もいい。いざという時の『道作り』は必要だぞ?俺らのような根無し草はとりわけな。」

マリクからの要請を受けて、『実戦訓練』という形で援軍を出したのは『西風の旅団』……『赤い星座』『翡翠の刃』と並ぶ猟兵団の一つだ。猟兵王と呼ばれた男性は、笑みを浮かべて女性に呟く。

 

 

 

「それに、アイツの作ろうとしている世界……誰しもが笑って暮らせる世界……猟兵である俺も見たくなっちまったのさ。こんな年になって夢を持つだなんて笑われそうだがな。ハハハハッ!!」

 

 

 

 

“猟兵王”レヴァイス・クラウゼル……後に、マリクと共に世界を切り開く一人になる人物は、はるか先の光景を見つめていた。

 

 

 

 

 

結果として、エレボニア帝国軍は13個師団のうち10個師団を失うという大損害を被り、リベール王国に対して完全なる敗北を喫した形となった。これには周辺国や各自治州、帝国と覇権を争うカルバード共和国もリベール王国の底力に驚愕の表情を浮かべた。生き残った帝国軍の部隊は再編、その後も絶えず軍を送り込むが、1192年9月初旬……リベールの高速巡洋艦一番艦『アルセイユ』、二番艦『シャルトルイゼ』、三番艦『サンテミリオン』が相次いで実戦投入され、戦車という圧倒的陸戦力を有するといえども、巡洋艦と飛行艇に制空権を奪われたエレボニア軍は為す術もなかった。

 

本来ならばもう十年かかるであろうと言われていた巡洋艦開発……その十年という時間を一気に推し進めることが出来たのは、他でもない『飛行艇』の運用実績と、開発に携わっていたラッセル博士の先見の明が光ったからである。

 

導力革命によって強大化しうる北のエレボニア帝国……その軍事力を一番肌で感じ取っていたのは導力技術に詳しい博士自身であった。下手に力を持てば警戒されることは明白といえども、その刃の矛先が何時こちらに向いたとしても何ら不思議ではない。過去に何度も帝国の脅威を受けているリベールにしてみれば、その考えに至るのにはさほど時間はかからなかった。

 

船体部分に関してはほぼ形となっていたものの、肝心の推進系統―――心臓部とも言えるオーバルエンジンの開発に難儀していた。そこに襲い掛かってきた『百日戦役』……皮肉にも、この襲撃があったからこそ、その開発が一気に進んだ。軍用飛行艇のオーバルエンジン……その運用実績と、実際に運用して見えてくる課題。それらを基に王国軍全面協力の元で開発が進み、飛行艇投入から間をおかずに巡洋艦投入が出来たという経緯があった。

 

 

更に、猟兵団『西風の旅団』と『翡翠の刃』が南部の都市を相次いで襲撃し、猟兵としては珍しくも極力人的被害や物的被害を避ける形での制圧が行われ、結果としてエレボニアの国土の三分の一強を二つの猟兵団が占領、その脅威はガレリア要塞にまで迫っていた。

 

カルバード共和国への防衛の要となるガレリア要塞が落とされたとなれば共和国の更なる台頭を許すことにも繋がる……この事態を重く見たエレボニア帝国皇帝ユーゲントⅢ世がアリシア女王に会談を要請し、女王がこれを受諾。遊撃士協会と七耀教会の仲裁により1192年11月……戦争は終結した。翌1193年初め、エルベ離宮において二国間での講和条約が結ばれた。

その条件については、

 

・エレボニアの襲撃による人的被害および物的被害に対して全額賠償を行うこと。

・エレボニア南部……リベールと国境を接するサザーラント州全域、クロイツェン州南部およびアルゼイド子爵領の割譲

・リベール移住を希望するエレボニア国民の移住承認

 

という、ほぼリベール側に有利な形での条約締結となった。ただ、エレボニア側から『南部地域の国境線画定』『その戦争の全容解明をしないこと』を突き付けてきたが、これらに関しては賠償金を当初の二倍以上支払うという条件付きで承認した。

 

今回の戦争で味方をした猟兵団に関しては、双方の団長が『リベール防衛は善意によるものであり、エレボニア占領は我々の独断で行ったもの』と国内外に向けて発信し、リベールからの依頼ではないことを強調した。公には良い印象を持たれていない猟兵団……戦争終結後、アリシア女王は『猟兵団たちは王国軍と無関係であり、彼らの行動は我々でも把握できなかった』と国内外に公表している。

事実、団長であるマリクやレヴァイスの命令で動いていたため王国軍は彼らの動向を把握するのが難しかったのだ。だが、彼らがいなければ更なる被害が出ていたのも事実だった……リベール王国は非公式の形で恩赦を与えた。

 

また、レヴァイスとマリクは善意によるリベール復興を申し出、主に裏方での部分での資材調達や物資提供を行った。この行動は一部の人間のみではあったが、リベール国内における『西風の旅団』と『翡翠の刃』の評価は少なくとも良い方に上がったのである。

 

戦争終結後、裏取引により膨大な賠償金と引き換えに二つの猟兵団に占領されていた領土……リベールに割譲された部分を除くラマール州南部と帝国直轄領はエレボニア帝国に返還された。カルバード共和国をはじめとした周辺国からは厳しい目で見られることとなり、エレボニアの西ゼムリアにおける発言権は極端に低下したのだ。

 

猟兵団が王国軍と同調する形での襲撃……リベールが猟兵団を雇い、領土的野心を持っているのではと、周辺国から危惧の声が聞こえるかと思われた…だが、大損害を被ったエレボニアは反論できず、同じ大国のカルバードは国内世論からその力に対して圧力を見せれば二の舞になりうることを危惧する声が大きく、黙認せざるを得なくなった。

 

戦争終結後、アリシア女王はレミフェリア公国・クロスベル自治州・アルテリア法国らを相次いで電撃訪問し、今回の『百日戦役』におけるリベールの立場を説明。あくまでも猟兵団は『彼らは独自の判断で行動していた。リベールの復興協力は、誤解を招くような方法を取って我々の国の心象を悪くしてしまった彼らなりの我々に対する『謝罪』である。』と説明し、それに合わせて互いの経済交流・文化交流の受け入れ促進、ジェニス王立学園への特待留学制度導入など、自国の立場を積極的に外へと発信していくことで領土的野心の声を着実に少なくしていったのだ。

 

さらに、リベール王国への帰属を希望する自治州に対して、アルテリア法国が自治の付託を行い、リベール王国・レミフェリア公国が自治と独立性を承認・担保するという異例の承認方法で自治州の正当性を担保したのだ。これにより、リベールには領土的野心はないことを改めて強調するためだった。これらの動きによってエレボニア帝国は弱体化し、カルバードはエレボニアの二の舞を危惧して、リベールとの不可侵条約を結ぶ運びとなった。ノーザンブリア・オレド・レマンの各自治州はそれに基づき改めて独立性を担保されたが、特殊な統治形態を維持しているクロスベル自治州に関しては宗主国であるエレボニア・カルバード双方の反発が強く、その対象とはならなかった。

 

この事件後、カシウスは軍を引退して遊撃士に転向、娘であるエステルも遊撃士を志し、レナは二人を温かく見守っていた。

 

 

それから数年後……

 

 




ストック開放。暫くは更新速度が遅くなります。

流れとしては『一ヶ月で3/4占領していたはずが、気が付いたら逆に占領されていた』というポルナレフ状態ww

まぁ、そもそも『翡翠の刃』はマリクのせいでヤバいぐらいチートにw

アルセイユ級はオリ設定で増やしました。カレイジャスは四番艦という扱いになります。


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第13話 良きこと、悪きこと

――エレボニアの『凋落』とも言われることとなった『百日戦役』以降、リベールを含む西ゼムリア地方は大きな転換により、勢力図が大きく書き換えられた。

 

『たかが一小国』と侮られていたリベール王国の底力…言うなれば、窮鼠猫を噛む…リベール王国は戦役終結後、ツァイス中央工房に導力部門での技術促進のための資金援助を表明。表向きは『平和的技術革新』を主体とした計画案…実際には、軍事力を『国の防衛の要』と改めて位置づけるとともに、土地柄山岳地帯の多いリベールにとって必要な『あらゆる状況下での即自的対応力』を磨いていくこととなる。

 

更に、エレボニア南部の地域……旧エレボニア帝国サザーラント州全域・クロイツェン州南部を条約によって獲得したことにより、国土は約三倍となり、その経済規模も二大国ですら無視できないほどの底上げにつながっている。四大名門の一角であるハイアームズ家はリベールへの帰属に反対し、エレボニアの南西部に移住。それ以外の貴族はアリシア女王に忠誠を誓い、リベールへ帰属することとなった。

 

ハイアームズ家の後釜としてアルトハイム伯爵家がその任を担うことになり、名称も『リベール王国アルトハイム自治区』へと変わることとなった。また、レグラムに関しては帝国の双璧をなす武の名門とまで言われたアルゼイド子爵家が引き続きレグラム、ひいてはクロイツェン州南部を統治することとなり、『リベール王国レグラム自治州』へと変わるのである。

 

2つとも自治州ではあるが実質的にリベール王国の領土……アリシア女王の意向によりインフラ面が大幅に整備され、飛行船を運用している公社はロレント―パルム、ロレント―レグラム間の直行便を就航することを発表、その後、新型飛行船による王都グランセル―パルム、レグラムの直行便を就航した。紡績都市として名高いパルム、観光地としての評価も高いレグラム、この2つを得たリベール王国は後に『観光地』としての価値を飛躍的に高める結果にも繋がっていった。

 

 

エレボニア帝国では戦役を先導していた主戦派が相次いで謎の死を遂げ、軍部の有力者であったギリアス・オズボーンが『帝国の再興』を掲げ、皇帝の信任と国民の圧倒的支持を得て帝国宰相の座に就く。これ以降、ラインフォルト社との結びつきを強めるとともに、正規軍の強化を進めていった。カルバード共和国では庶民派と謳われたロックスミス大統領が当選を果たし、リベール王国の底力を目標に軍備の強化と地盤固めを進めて行った。

 

その二国の影響は、二大国が宗主国であるクロスベル自治州も例外ではなかった。今まで頻繁に起こっていた『不可解な事故』……帝国と共和国の暗闘の頻度が激減したのだ。それと同時に、クロスベルに住む人たちは似たような状況に置かれているリベールの力に憧れるようになった。

 

レミフェリア公国では、リベールとの文化交流……その一環として、新型飛行船による直行便就航が発表された。それを皮切りにリベール=レミフェリア経済連携協定が結ばれ、二国間の信頼関係は着々と築かれていったのである。

 

 

 

だが、明るいことがあれば、暗いことがあるのも世の常………

 

 

条約締結から数年後、各国で子供の誘拐・失踪事件が相次いで起こった。あまりにも広範囲かつ巧妙な手段により、各国や遊撃士協会も手をこまねく状況に陥っていた。誘拐された数を合わせれば三桁以上……もはや、国境を越えた『国際的犯罪』であることは誰の目から見ても相違ない言葉であった。

 

 

 

―ロレント郊外―

 

 

「………塵に消えろ。」

少年がそう呟くと、ローブに身を隠した人物は全身血を噴き出しながら息絶えた。太刀についた血を払い、鞘に納めると一息ついた。

 

その少年……アスベル・フォストレイトが対峙していたのは例の『誘拐集団』……だが、只の組織ではないことは解っていた。『仕事』で共和国や帝国に行った際、彼らと幾度となく対峙したことか……数えることすら面倒になる。それ以上に、『子ども』を狙って誘拐したことに憤りを感じずにはいられない。

 

「ったく、久々に帰ってきたのはいいが、落ち着く暇もありゃしない……」

ただ、このままという訳にはいくまい。大規模な誘拐事件となれば、国というメンツに拘っている場合ではない。帝国や共和国とてそのあたりの“必要最低限”は弁えているはずだ……だが、物事に善悪があるように、人間にも『善』と『悪』がある。それは人それぞれであり、見方を変えれば白黒が逆転する……それも一つの事実である。

 

それを差し引くとしても、彼らのやっている行動自体は全く賞賛できない。いや、評価する価値もないのだ。

 

 

「し、仕方ないですよ……アスベル様……ど、どこもかしこも……い、今は忙しいんですから………」

そう言って、アスベルの後ろから現れた少女。杏色に近いセミロングの髪に淡い緑の瞳が特徴的で、動きやすさを重視したユニークな衣装に身を包んでいる。見るからに呼吸が荒い様子だった。

 

「付いていきたいと言ったのは、お前だからな。まぁ、まともに行動できる範疇だとシルフィアぐらいか……」

「あ、あれはもはや別格ですよぉ……」

アスベルの目の前にいる少女……転生前は紺野沙織、現在の名前はレイア・オルランド。転生者で、転生前のアスベルやシルフィアと幼馴染だった人間の一人。

彼女の父親は『闘神』バルデル・オルランド……『赤い星座』の団長を務める彼の娘。髪の色は母親譲りで、瞳の色は父親譲り……とまぁ、見た目は普通の少女だ。しかし、この子は正騎士。『第三位』の部下であるのだ。見た目からすれば、笑ってしまうことだろう。

だが、彼女の最大の特徴は『力』だ。『力』には色々定義はあるが、彼女の場合は『人並み外れた膂力』と『視野の広さ』を持つ。

 

 

普通の少女であれば、たかが知れている膂力。だが、『闘神の娘』である彼女が『普通』なわけはなかった。実の父であるバルデルもレイアには散々頭を悩ませていた。以前、誤って彼女を泣かせた彼の弟であるシグムント・オルランドを

 

 

『おじさんの、バカーーーーーーーー!!!』

『があああああああああっ!?!?』

『『………う、嘘?』』

 

 

彼女は『投げ飛ばした』のだ。しかも、投げられたシグムントは300mも飛ばされ、気絶し…傍から見ていた闘神の息子と戦鬼の娘は恐怖したらしい……そこで、偶然知り合ったアインに相談し、星杯騎士となったのだ。

 

別れの際、兵士たちは泣いていた。ああ、悲しくて泣いていたわけではない。『もう、命の危険を感じずに済むんだ……!』と、我が身が救われたことにむせび泣いていたらしい。

 

 

 

「まぁ、戦果は挙げているようで何よりだが……」

そう言ってアスベルが見た方向には、ローブを纏った人物たちが見るも無残過ぎる状態だった。

 

 

ある者は頭部が破裂し、

 

 

ある者は心臓の周辺が消滅して穴が開いており、

 

 

ある者は上半身と下半身が分割…

 

 

彼らが喧嘩を売った相手が悪かったという事実…物凄く解りやすく言うと、良い子には『間違いなく見せられません』状態だ。彼女は、この惨劇を『素手』で成し遂げている。

正確には、戦闘用のグローブを重めに改造して装備している。重めなのは、彼女の本来の膂力だと『破壊』どころか『破裂』にまで行きかねないからだ。膂力がすごい反面、体力があまりないのが欠点である。

 

「しっかし……これ、どうするよ?」

「あははは…」

「こっちが笑いたい気分だよ、まったく。」

これでは碌に情報収集もできやしない……総長相手に戦っているシルフィアの苦労が、少しばかりわかるような気がした。

ただ、情報自体は既に収集済み。『結社』も誘拐集団の『拠点』を一つ潰すらしい。

となれば……アスベルは頼りになるあの人の元へと向かい、レイアも急いで彼の後を追った。

 

 

 

―ブライト家―

 

ブライト家に着くと、丁度家を出るカシウスとばったり出会った。

 

「久しぶりです、カシウスさん。」

「久しいな……そちらの御嬢さんは?」

「え、ええ!?カシウス・ブライト!?」

アスベルとカシウスが普通に会話している傍でレイアはその親密さに驚きを隠せなかった。

 

「レイア、この人には俺の事情は話してあるから、気構える必要はない。」

「えと、レイア・オルランドです。『第三位』“京紫の瞬光(けいしのしゅんこう)”付の正騎士です。」

「カシウス・ブライトだ。元軍人で今はしがない遊撃士の一人だ。」

“京紫の瞬光”……俺なりに考えた守護騎士としての渾名。当初、参考にしようと関西弁っぽい喋り方をする従騎士に意見を聞いたところ、“パープルファイター”とかほざいたのでその後の模擬戦でぐうの音も出ないほどに打ち負かした。あんのネギ野郎…今度会ったら磔の刑だな…と、粛々に彼へのストレス解消法を考えていたアスベルだった。

 

「それで、守護騎士ともあろうアスベルがどうしてここに?」

「決まってますよ。最近巷で噂の野郎どもの住処が解ったので、報告に。」

「なっ!?それは本当か!?」

カシウスは驚く。何せ、彼の側からすれば拠点の位置を知るのは容易ではない。だが、彼ら―――アスベル達はいとも容易くその在り処を突き止めたのだ。これには彼らの所属……『星杯騎士』という側面を最大限に利用した捜索方法があったからに他ならない。

 

 

「ふむ………お二方、協力してもらえないか?」

「協力ですか?」

カシウスは、二人に協力を申し出た。拠点の位置が分かっただけでも、幸いだ。だが、彼の一手はさらにその一手先をいっていた。

 

 

 

「ああ………リベール王国、エレボニア帝国、カルバード共和国、クロスベル自治州、レミフェリア公国、遊撃士協会、そして君たち七耀教会による、最大規模の制圧作戦だ。」

 




またまたオリキャラ登場です。イメージはTOXのレイア(イメージ的には1のほう)です。
使用武器に惹かれて選びましたw


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第14話 集いし者たち

~エレボニア=クロスベル国境 ガレリア要塞~

 

エレボニアとクロスベルの国境…エレボニア側に建設された軍事拠点である要塞に、拠点の制圧作戦に参加する5カ国の有志たちが集っていた。各国のエリートやエース級の人材が揃い、この作戦への意気込みを感じさせるほどだ。

 

 

「僭越ながら、私が今回の指揮を執らせていただきます。」

遊撃士協会からは今回の指揮を執るA級正遊撃士“剣聖”カシウス・ブライト

 

 

エレボニア帝国からは帝国でも五本の指に入る実力者である“隻眼”ゼクス・ヴァンダール少将

 

 

カルバード共和国からはトップクラスの遊撃士である“不動”ジン・ヴァセック

 

 

クロスベル警察からは数々の実績を挙げているセルゲイ・ロウ、ガイ・バニングス、アリオス・マクレインの三人

 

 

七耀教会からは守護騎士第三位“京紫の瞬光”アスベル・フォストレイト、第三位配属の正騎士であるレイア・オルランド、第七位“銀隼の射手”シルフィア・セルナート……星杯騎士団ということを表立って名乗れないため、表面上はカシウスが推薦した協力員という形での参加である。

 

 

そして、レミフェリア公国とリベール王国からの有志にカシウスやアスベル達を除く面々は驚愕することとなる。

 

 

「レヴァイス・クラウゼル。アルバート大公とは個人的な付き合いがあり、今回は友の代理として参加させてもらう。……一応言っておくが、レミフェリアに雇われたわけではない。『友』としての個人的な協力だ。」

「ヴィクター・S・アルゼイド。アリシア女王からの要請と個人的感情により馳せ参じた。」

「なっ、何だと!?」

“猟兵王”と“光の剣匠”……その二人の登場は特にゼクスを驚かせた。かたや百日戦役で辛酸を舐めさせられた相手、かたやかつては帝国の双璧と謳われたアルゼイド家当主自らの登場なのだから。

 

「久しいな、ゼクス殿。ご壮健そうで何よりだ。」

「お久しぶりです、子爵殿。なぜ、貴方が……?」

「私とて、一人の親だ。今回の事は私にも参加させてもらう理由はある、ということだ。甥を持つ貴殿と同じくな。」

ヴィクターは静かに呟く。だが、それ以上に彼の内心は激情が渦巻いていた。彼の愛しい妻と一人娘が狙われたのだ。傍にいたから命に別条はなかったが、ここまでの外道に最早慈悲など必要はないと感じていた。だからこそ、今回の作戦に自ら参加する運びとなった。

 

一方、ゼクスお付きの帝国兵はレヴァイスに敵意を向けていた。

 

「“猟兵王”……!おまえさえいなければ、エレボニアは…!!」

「……ゼクス、お前の部下は『やるべきことが見えない阿呆』ばかりなのか?少しばかりはお前に同情するよ……」

「貴様、我らを愚弄する気か!?」

怒りや憎しみの感情を向ける帝国兵にレヴァイスはため息をつき、ゼクスに尋ねる。

兵士はレヴァイスを睨み、剣や銃を抜こうと構えるが、

 

「矛を納めろ!」

ゼクスは怒号を放ち、兵士は押し黙った。

 

「申し訳ない、どうにも血気盛んな輩ばかりでな……」

「気にするな。俺も少し言い過ぎたからな。おあいこということだ。」

「……貴殿の配慮に感謝はしよう。」

かつての敵と組む……エレボニアにとってみれば、納得いかない部分もあるだろう。だが、今は国同士で争っている場合などではない。相手は、国などという枠組みを超えて動いている組織……外道の輩なのだから。

 

「だが、一つ聞きたい。貴殿のような人間がなぜこの作戦に?」

「アンタや“光の剣匠”と同じさ。俺にだって守りたいものがある。そこに素性は関係ないだろう?幼き子を身内に抱える者同士なら、な。」

「……成程」

立場が違うとも、人らしくあろうとすることは誰もが認めることでありながらも……立場の違いというものは、それだけでも見方を決めてしまうことも事実だ。だからこそ、レヴァイスはこの作戦に協力することにした。自らの信念を示すために。

 

更に、リベールからもう一人…アスベル達がよく知る少年、シオン・シュバルツだった。

 

「久しいな、シオン」

「ああ、アスベル達もな。しっかし……そこにいる彼女も戦うのか?」

「……戦力だけで言えば、『戦鬼』クラスだ」

「は?」

アスベルと言葉を交わすシオンはレイアの姿が目に入り尋ねるが、アスベルの発言に『一体何を言っているんだ』と言わんばかりの表情を浮かべてアスベルの方を見た。

 

 

一通りの自己紹介を終えた後、カシウスは今回の概要を説明し始めた。

 

「さて……これより『D∴G教団壊滅作戦』を行いたいと思います」

D∴G教団…“空の女神”を否定し、悪魔を崇拝する宗教色の強い組織。その彼らが多くの子どもを連れ去った張本人。その規模は、カシウスが提示した教団の拠点の地図を見た瞬間、その誰もが驚愕の表情を浮かべた。

 

「カシウス殿、これだけの拠点をどうやって……」

「申し訳ありませんが、これは秘密です。情報提供者の意向でもありますので。」

教団の拠点を調べ上げたのはアスベル達だった。彼らには“七耀教会”という枠によって“国”という制約がない。その立場をフルに活用し、制圧作戦を確実に成功させるため徹底的に調べ上げたのだ。

 

「では、役割分担を。A班にはこの拠点の制圧を……」

カシウスが次々と担当する箇所の拠点を読み上げ、会議が終わると解散した。カシウスは会議を終えると、アスベルらのもとに来た。

 

 

「カシウスさん、お疲れ様です」

「大変なのはこれからだがな……お前たちにこの場所の制圧を任せてしまうとは、大人として失格だ。」

「無理もないだろう…『この拠点』はおそらく相当特殊。国という柵がないアスベル達や俺にはうってつけの役割だと思うことにするさ」

その拠点……流石に訳ありのため、迂闊に各国の人間を入れるとまずい事態に発展しかねない。下手をすればそこにいる人間を庇い立てする可能性もある。そこで、国という枠組みを超えている“七耀教会”の三人と“猟兵王”にこの拠点の制圧を依頼したのだ。

 

「ご心配なく。ただ、命の保証はできませんが。」

「ええ、その辺りも承知しています。お願いします。」

「解りました」

彼らも部屋を出て、その場に残ったのはカシウス一人だった。

 

「……己の欲望のために未来の可能性を摘み取る外道が。せめて、彼らの成功を“空の女神”に祈ろう。」

アスベル達が去った後、カシウスは怒気を含めて呟き、アスベル達の無事を空に向けて祈った。そして、自身も制圧作戦のためにその場を離れた。

 

 

~某所~

 

アスベル達は制圧する拠点の前に来ていた。悪魔を崇拝するという時点で“外法”そのものだが、それ以前に子供を誘拐した時点で“外道”である。そんなに悪魔を崇拝したければ迷惑のかからない場所で勝手にやってほしいものだ。そのようなことを言ったとしても狂信した人間相手に通じる道理などなし。

 

「レヴァイスさん、実力のほどは?」

「呼び捨てでいいぞ。アンタら、マリクの友みたいなものだろ?ま、実力はそれなりにあるさ。」

レヴァイスは笑みを浮かべて答える。どうやら、マリクと似た感じがしたのは気のせいではないようだ。同じ傭兵だから、というよりも本質的に似たところがあるようだ。

 

「えらくフレンドリーですね。猟兵ってもっと血に飢えた感じだと思ってましたよ。」

「バルデルならいざ知らず、俺は普通の人間だよ……っと、娘さんがいるところでいう台詞じゃなかったかな。」

「気にしないでください。事実ですから」

ここにいる奴らに『普通』という言葉は概念そのものが崩壊するレベルだろう。というか、実の娘すらフォローできない時点で“闘神”という人物のイメージがどんどんひどい方向に行っているのは言うまでもないだろう……

 

「さて制圧、の前に…隠れてないで出てきたらどうだ?『身喰らう蛇』のお二方?」

「「「なっ!?」」」

アスベルが気配に気づいて声を上げ、三人が驚く。すると、向こうから二人の人間が来ていた。黒髪と琥珀の髪の少年、そして銀髪の青年の二人。だが、その実力はかなりのものであると推測できる。

 

「これは驚きだな。俺はともかくヨシュアの存在にまで気付くとは……何者だ?」

「これでも気配の察知には自信があるんでな。」

「その身なり……教会の人間ということですね。」

「俺は違うんだがな……」

銀髪の青年……執行者No.Ⅱ“剣帝”レオンハルト、そして黒髪の少年……執行者No.ⅩⅢ“漆黒の牙”ヨシュア・アストレイ。だが、彼らとてアスベルの“本場仕込み”の気配察知能力には太刀打ちできないという意味を知ることなどできない。

 

「で、だ。ここにいるんだから協力といかないか?」

「どういうつもりです?」

「簡単な話だ。お前らはあの拠点にいる奴らを抹殺する。俺らも同じだ。『確実に』制圧するんだから、ここは協力するということで手を打たないかってことだ」

ここで互いに消耗するのは得策とは言えない。たとえ敵であろうとも、ここは休戦して目的を達成する方が無難な流れだ。

 

「成程……その申し出を受けよう。こちらとしても無用な争いは避けたいからな。」

「解った。二人には正面からの襲撃をお願いすることにしよう。俺らは裏側からの襲撃で殲滅する。」

猟兵、七耀教会、身喰らう蛇……一時的な協力とはいえ見るからに“異色過ぎる”面々は教団拠点の一つである≪楽園≫の制圧……いや、殲滅を開始した。

 

 




原作だけでもただでさえ豪華なメンツが更に豪華になりましたw

原作メンバーに“猟兵王”“光の剣匠”という猛者までもw

≪楽園≫制圧メンバーは更に異色過ぎることにww

制圧作戦はアルタイル・ロッジと≪楽園≫の2箇所を書きます。




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第15話 D∴G教団制圧作戦

~アルタイル市郊外~

 

カルバード共和国の西端にあるアルタイル市の郊外、そこに自然に形成された洞窟……その場所こそが、D∴G教団の拠点の一つであるアルタイル・ロッジがあり、見るからに不気味な意匠が入り口の上に彫られていた。

 

「なんつーか、センス悪いな。教団というのは……」

「ガイ、気持ちは分からなくもないが、今は作戦行動中だぞ。」

セルゲイの部下であるガイはロッジの意匠を理解できず、アリオスもそれに同調しつつ今は制圧作戦の最中であることを呟く。

 

「アルゼイド殿、どう見ます?」

「ここらの地形は把握した。少なくとも一本道のようだな。」

調査からして、裏口などの抜け道はない。そもそも、ロッジの立地している場所は自然に形成された場所を人工的に改装しているため、抜け道などは考慮されていないようだ。それは逆に子供を人質に取るのでは?というセルゲイの懸念を解消するかのようにヴィクターが話を続ける。

 

「人質の可能性はないだろう……以前、噂程度のものだったが『子どもを使い真実に至る』とかいう狂信者の事を聞いたことがある。彼らも同様のことをやっていない保障などない。人質を取るのなら、子どもが集まりやすい環境下を占領したほうがはるかに効率がいいだろうからな。」

ヴィクターの話した内容に表情が曇る。人質という大事な存在ならば、身分の高い人の子…それも、誰が見ても明らかな身分であればなおさらだ。それを実行しようとしたのかどうかは定かではないが…ただ、その分のリスクが付きまとうため、その方が正しいとは言えないのも事実ではある。

そもそも、人を攫うということが既に犯罪行為である。子どもを連れ去った目的ははっきりしていないものの、連れ去った子どもらに何らかのことをしていることぐらいは想像に難くない。

 

「セルゲイ殿、この班の指揮官は貴方にお任せする。私も突入班に加わるのでな。」

「解りました……相手は尋常ならざる輩だ。各々気を引き締めてかかるように!」

セルゲイの発破を込めた言葉に一同は頷き、臨戦態勢に入る。

 

「あれ?そういや、シオンとかいうガキは?」

「さあな。流石に怖くなって帰ったのではないか?」

(シオン殿……ユリア殿に怒られるというのに……)

ガイとアリオスの言葉にヴィクターは内心頭を抱えた。後で彼の義姉に弁明の言葉を考えることもしつつ、彼らはロッジに突入した。

 

 

―アルタイル・ロッジ内―

 

ロッジ内は薄暗く、自然そのものにはあまり手を入れていない。白衣を纏った研究者らしき人間が、同僚に声をかけた。

 

「どうだ、そっちの結果は?」

「No.213に関しては概ね良好……データも我々の望むものが手に入っている。」

「そうか。これでここにいる『生贄』も後二人か。」

「なぁに、所詮は『生贄』だ。あのガキ共も我々の目指す崇高な『極致』のための供物さ。足りなくなれば、増やせばいい。」

「そうだな。」

互いに笑いながら話を進めている。彼らにしてみれば、子どもの命などに価値はない。彼らが相手をしているのはただの『実験道具』に過ぎない。技術の発展には確かにあらゆる人の犠牲なしには語ることなどできないが、彼らの思考はそれをも超越している。子どもらは自分たちにとって『目的』を達成するためのもの、そこに命の価値を語ることなど不可能……それほどまでに彼らは狂っているのだ。

 

「我々としても、思う存分研究ができて、その材料は無償で提供してくれるのだ。この環境は素晴らしいものではないか。」

「確かにな。」

研究の為ならば人の命すら軽々しく捨てる……こういう人間が『外道』と言われるのだろう。

 

「だが、国の連中が動いているそうだ。」

「所詮烏合の衆だ。我々の『叡智』はいかなる万難をも跳ね除けることができる。それ以前に、我らを排すれば彼らこそが己の首を絞めることになる。」

研究者は笑みを浮かべて呟く。我々には絶対不可侵の『壁』がある。それがいかなる意味を持つのか……だが、彼らはその壁自体が全く意味のないものであるということをこの時はまだ知らなかった。

すると、入口の方が騒がしくなり、研究者が声を上げる。

 

「おい、どうした!?」

「襲撃者だ!クロスベル警察に“光の剣匠”だ!」

「何だと!?リベールとクロスベルが手を組んだというのか!?ちっ、お前はデータを……おい、何をしている!早くデータを……なっ!!」

焦りの表情を浮かべながら他の連中に声をかけるが、他の研究者は次々と崩れ落ちていく。そのどれもが急所を突かれたことによる即死だ。そして、崩れ落ちた彼らの中央にいたのは、栗色のメッシュがかった黒髪に涼しげな蒼の瞳を持つ一人の少年……親衛隊ユリア・シュバルツの義弟、弱冠11歳にして“紅隼”の異名を持つシオン・シュバルツだ。

 

彼は怒っていた。

 

「アンタらがもう少し真っ当なら、命乞い位は聞いてやろうとも思ったよ……」

このロッジで行われている“実験”の光景は彼を憤らせるのに十分すぎた。それは、もはや人の命の価値を無視した非道の行い。そのために、自分と歳の近い子どもが被害に遭った……その所業は、彼らの命で償ったとしても足りなさすぎる。

シオンはレイピアを構え、闘気を纏って叫ぶ。

 

「俺自身の正当化はしない。けれども、アンタらは俺が討つ!!」

「ま、待ってくれ!デ、データなら欲しいものはいくらでも渡す!!だから命だけは……!」

「そうやって子どもたちに命乞いされて、アンタらは何をした?自分たちの欲望の為なら、命なんて安いものだっていうのか、アンタは!?」

彼の命乞いは、人としてはある意味真っ当な反応だろう。

 

 

しかし、シオンに対して『火に油を注ぐ』以外の何物ではなかった。

 

 

「穿て、破邪の剣突!ミラージュ・ストライク!!!」

力強く踏み込み、新しく編み出したクラフトである『ミラージュ・ストライク』を研究者に向けて放つ。非戦闘員である研究者が抵抗できるはずもなく、左腕が消し飛んでいた。

 

「ぎゃああああああっ!?腕が、腕がああああっ!?」

研究者が自分の腕の消失と無くなった左腕の部分から噴き出す血にパニックを起こす。

 

「こ、こうなれば、貴様だけでも……!!」

研究者は半ば自棄にポケットから薬を取出し、噛み砕いて飲み込んだ。

 

「フフフ!これだ、これは凄い!!力が沸いてくる……!ガァ!?アアアァァァッ……!」

「何!?」

瞬時に再生した腕……だが、彼の姿は突如変化を遂げ、もはや『人間』ではなく『悪魔』そのものとなっていた。その姿にシオンはさらに怒気を露わにする。もはや『人』ではないものに慈悲をかけることなど不要……悪魔はシオンに襲い掛かるが、難なくかわす。

 

「……人じゃないのなら、もうアンタに加減する必要はない!」

シオンはさらに加速する。その姿は『叡智』を手にした悪魔にすら見えないほど……彼の無数の剣撃に悪魔は悲鳴を上げることしかできない。そして、悪魔が彼の姿に気づいたとき、その悪魔は既に己が死ぬ運命だということに気付いていなかった。

 

『穿て、無限の剣製!サンクタス・ブレイド!!』

天より放たれる数多の光の剣。シオンのSクラフト『サンクタス・ブレイド』によって、悪魔はなす術もなく崩れ落ちた。シオンはその悪魔が動かないことを確認すると、急いで奥に向かった。

 

 

(ふむ、私が手合わせした時よりも更に強くなっているようだな)

「「………」」

急いでシオンの後を追っていた三人……先程の戦いを見て参戦しようと思ったが、年齢とあまりにもかけ離れすぎている彼の実力にヴィクターは感慨の表情を浮かべ、ガイとアリオスはシオンと悪魔の戦いに呆然としていた。

 

「おい、あれで本当に11歳か?歳はうちの弟と変わらないぐらいだというのに……(ロイド、どうか無事でいてくれよ…)」

「ガイ、解っているとは思うが」

「解ってる!……解ってはいるさ。」

アリオスの問いかけにガイは焦りと教団への怒りを滲ませながら答えた。

 

「ふむ……ガイ・バニングスといったか。確か、貴殿の弟は…」

「ああ。ロイドも攫われたのさ。俺が丁度出張で離れていた時を狙いやがった……」

ガイ・バニングスの弟、ロイド・バニングスも教団に攫われた。本当ならば殴りこんででも助けに行きたかったが、上層部のもみ消しで歯がゆい状態が続いていた。だからこそ、今回の作戦に人一倍強い思いを持っているのは言うまでもない。

 

「左はシオンが行ってくれた。我々は右へ行こう。」

「正気ですか!?彼一人に任せるのは……」

「心配はいらない。彼とて伊達に“紅隼”を名乗っているわけではない。ともかく、先を急ごう。」

三人はシオンとは逆方向の道を進む。

 

 

三人が道の行き止まりに着くと、そこにあったのは巨大な実験施設。周りに人はおらず、機械も止まっている。

 

「!!」

「おい、ガイ!」

その機械に繋がれた人間の少女を見つけると、ガイは制止しようとしたアリオスの声すら聞くことなく、得物のトンファーを構えて一目散に走りだした。

 

「うおおおおっ!!ライトニング!チャージッ!!」

闘気を纏った彼の放った突撃技のクラフト『ライトニングチャージ』は機械を難なく破壊した。そして、少女を抱きかかえるとすぐさまその場を離れる。機械は沈黙し、やがて駆動音が止まる。

ガイはその少女に呼びかけるが反応はない。だが、辛うじて呼吸はしており、生きていることはすぐに理解できた。

 

「おい、しっかりしろ……くそっ、相当弱ってやがる……!」

「とにかく、ここを離れよう!」

「そうだな。後はシオンに任せて我々は一時撤退だ。」

ヴィクターの指示に頷き、ガイとアリオスはその少女を救うためにその場を離れた。

 

 

一方、一人で進んでいたシオンは表情を歪めた。彼の目前に映る山……それは、機械やごみの山ではなく、人の山だった。そこにいるすべてが幼い容貌の……おそらく誘拐した子どもだろう。その光景にシオンは怒っていた。

 

「何で、何でこんな平気なことができるんだよ………っ!?誰かの、声?」

使い終われば用済み……命を道具としてしか見ていない輩でしかこのような非道は出来ない。その時、シオンの耳に誰かの声が聞こえた。

弱弱しい声ではあるが、確かに聞こえたその声。その方向へ走っていくと、檻があった。その中に人がいる。それも、自分と同じぐらいの少年が。

 

「オーブメント駆動!撃ち抜け、ファイアボルト!!」

アーツで檻の鍵を破壊し、少年の元へ駆け寄る。かなり弱っているようだが、まだ息があった。

 

「き、きみ、は………」

「無理して喋るな。今は、助かることだけ考えていればいい…!!」

シオンが彼を抱え、急いでロッジを後にした。

 

 

アルタイル・ロッジの制圧作戦、結果として助かったのは二名。一人はレミフェリア公国出身のティオ・プラトー、そしてもう一人はクロスベル市出身でガイ・バニングスの弟であるロイド・バニングスであった。この二人は、後にクロスベル警察に設立される『ある部署』のメンバーとして活躍することになるのだが、それはまた別の物語である。

 

 

~D∴G教団拠点 ≪楽園≫~

 

「ぐああっ!!」

「い、命だけは、どうか」

「恨むのならば、己の行いを恨め。ぬんっ!!」

ヨシュアが目にも止まらぬスピードで客人や教団員を仕留め、命乞いをする連中にレーヴェは怒りの表情を見せ、一閃。

次々と不埒な輩はその刃の前に倒れていった。

 

「権力を持つ人間が何をしているのかと思えば……下衆だな。」

「そうだね……」

レーヴェとヨシュアが制圧…殲滅した後には、慰み者にされた少女の死体、彼らが滅した各国の要人と教団員、そして教団員が変貌した悪魔の残骸……そこで行われていたことが目に浮かび、レーヴェは表情を険しくした。

 

「だが、これで全員という訳ではあるまい。さて、次は……」

「レーヴェ?」

「いや、どうやら『彼ら』のほうが早かったようだ。」

レーヴェの言葉にヨシュアは首を傾げるが、その言葉の意味は奥から歩いてきた四人の姿……アスベル、シルフィア、レイア、レヴァイスの姿を見て納得した。そして、アスベルは何かを抱えていた。布でくるまれた一人の少女…菫色の髪をした少女だった。

 

「おや、早かったな。流石は『結社』の人間か。」

「フッ、褒め言葉として受け取っておこう。それで、その少女はどうするんだ?」

「ああ……お前たちにこの少女を任せる。」

「えっ…」

アスベルの提案にヨシュアは先程までの無表情から驚きの表情に変わり、レーヴェも驚きの表情を浮かべた。

 

「どういうことだ?そういった少女は『教会』の本分なのではないのか?」

「殲滅した連中の中に教会絡みがいた。彼女を保護して殺されたら本末転倒だからな。苦肉の策だ。」

口封じの可能性を考慮すれば、彼女が無事でいられる場所は……仕方のないことだが、一番実態が見えないからこそ逆に安心できる場所が『結社』しかなかったのだ。

 

「……後悔はするなよ?」

「そっちこそ、な」

「あ、あはは…」

「おお、怖い怖い」

「あわわわ!?」

互いに意味深の笑みを込めて呟くアスベルとレーヴェ。それを傍から見ていた四人は冷や汗をかいた。だが、そのあとの行動を見て更に驚くこととなる。

 

「ヨシュア、彼女を頼む。」

「レーヴェ?」

「シルフィ、レイア、レヴァイスは彼のフォローを」

「アスベル?」

二人を得物を構え、彼女を四人に託して奥へと向かった。

 

「クソ……!所詮は宗教組織か。団結力だけではないか!肝心な所では使えんな!とにかく我らは何事もなかったかのように。」

ある客人が悪態をついた後、その場にいる客人達に提案した。

 

「ええ、それがよろしいでしょうな。」

提案に頷いた客人達は一刻も早く自分の屋敷に戻ろうとしたが、その客人は凶刃に倒れた。

 

「ぐああああっ!?」

「な、何が……だ、誰だ!?貴様らは!?」

客人の問いかけに二人は笑みを浮かべて答える。

 

「そうだな……強いて言うなら」

「お前らの死刑執行人、というところだ!」

レーヴェとアスベルの目にも止まらぬ刃の前に次々と血の花が咲き乱れ、力尽きて倒れていく客人。

 

「き、貴様ら……私はエレボニアの気高き貴族だぞ……こんなことをして只で済むと……」

「だから、何だ?理不尽な理由で『侵略』した国の人間が誇り高い、ねぇ」

「驕りもここまで来ると呆れるな。貴様のそれは最早欺瞞だ。」

「な、なななっ………!?」

命乞いをしたその貴族は、次の言葉が告げられなくなった。アスベルとレーヴェの斬撃によって首・上半身・下半身に分割され、その場で絶命した。生きていた客人を全て滅すると、互いに血を払って剣を納めた。

 

「生存者は彼女のみ……か」

「………」

アスベルは重々しい言葉で呟き、レーヴェは目を伏せて考え込む。

 

 

「彼女の事は伏せておこう……せめて、次会った時は敵ではないことを祈るよ、『剣帝』」

「それはこちらもだ、『京紫の瞬光』」

 

 

D∴G教団事件……この制圧での生存者はわずか3名……公には2名だけという辛い結果に終わった。生存者は聖ウルスラ病院に収容され、七耀教会から派遣された正騎士の心のケアとカウンセリングによって、少しずつではあるが生気を取り戻していったのであった。

 

 




原作キャラが一人増えました。ここで出した理由は後々わかると思います。

外道キャラって動かしやすいけれど、理不尽さを表現するのが難しいです。

いざとなればブレイブルーの情報部大尉あたりを参考にしてみますw

早く原作シナリオ書きたいー!!(だいたい自分のせい)


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第16話 三つの猟兵団

教団拠点制圧作戦後、アスベルとシルフィア、レイアとレヴァイス、そしてマリクはクロスベル上空……特殊作戦艇「メルカバ」漆号機にて今後の対応について話し合っていた。レヴァイスにはマリクからいろいろ聞かされたようで、すぐに理解してくれた。教会の所有する艦に猟兵を乗せるというのは普通ならば異論が出るのであるが、この艦の事を公表しないという条件を提示し、レヴァイスとマリクが同意することで乗艦を許可している。

 

「しっかし、教会様は大層な艦を持っているな……うちにも一隻欲しいぜ」

「あはは……ま、その願いはすぐに実行できそうですけれど」

「どういうことだ?」

シルフィアの意味深な発言に、レヴァイスは首を傾げる。

 

「アリシア女王からの意向で、アルセイユ級二番艦『シャルトルイゼ』三番艦『サンテミリオン』の解体を行うそうです……ですが、これは建前上の理由です。」

「建前上……例の鉄血宰相か?」

「ええ。『小国に過ぎた力は不要』という露骨な圧力をかけていますからね。ですが、これを逆に利用します。」

エレボニア帝国宰相ギリアス・オズボーンはリベール王国に対して表裏一体の圧力をかけてきている。実際のところ、リベールが管轄する自治州の国境近くに大規模な軍事施設を建造しておきながら、『自衛のため』と言って聞こうともしないのだ。これでは、何の意味すらなさない。だが、アスベル達に焦りはなかった。つい先日、アルテリア国内の『掃除』……『教団』と繋がっていた者たちを公表し、処刑したのだ。これにより、“守護騎士”の立場が大幅に強化され、対立する典礼省自体も内部に多くの『裏切者』がいたため、黙するしかなかった。

 

「さらに、メルカバの参号機とこの漆号機が結構寿命が来てるみたいでな。これを理由にして、ツァイス中央工房に『依頼』したのさ。今あるアルセイユ級の『代替』とメルカバの大幅強化を。」

こちらにしてみれば理不尽な理由でリベールが力を失うのは避けたい……そこで、カシウス・ブライト、アルバート・ラッセル博士の二人に『依頼』して、メルカバの改修が終わるまでアルセイユ級の二隻を使わせてほしい、と。期限に関しては無期限とし、メルカバには念のため“守護騎士”がいないと起動できない様対策を施しておくことにした。

 

「でも、その後はどうするつもりだ?」

「いやだなぁ……何で俺がロレント郊外から引っ越さないか解りますか?」

「……まさか」

「まさか、ですよ。中央工房に運び込んで解体する、と見せかけてロレント郊外の隠し格納庫に収容します。情報部の連中が嗅ぎつけても完全にわからないように……」

軍用飛行艇はともかくとして、『アルセイユ級』二隻の力は大きい……それを手放さない様、特殊な改装を施すために一度ロレント郊外に隠し、改修を終えた後『特定の場所』に格納する予定だ。

 

「で、ここからが本題。実は百日戦役途中で開発が放棄されたアルセイユ級の艦が三隻。うち二隻をばらして、『西風の旅団』と『翡翠の刃』に譲渡する予定だ。無論条件付きだけれど」

「アリシア女王は承諾したのか?」

「勿論。」

条件というのは、

・リベールが危機に陥った際、心ある者として助けてほしい(救援・支援)

・出来る限り人殺しはしないこと(殺人の抑制)

の2つだ。必要であれば、非公式に依頼の斡旋ぐらいはするということも述べていたのである。

 

「最初は渋い顔をしていましたが、七耀教会から『『西風の旅団』と『翡翠の刃』には『赤い星座』ほどの狂暴性はない』という法王の言葉に承諾されました。事実ながら父や叔父は戦闘狂ですしね……」

レイアがため息混じりに呟く。

『翡翠の刃』が台頭してからというものの、『西風の旅団』でも人殺しは極力行っていない。どうしてそうなったのかという理由は、表向きには公表されていない。噂では団長の交代説など様々な憶測が飛び交っているが、実際の理由としては団長であるレヴァイスがリベールという国をいたく気に入ったという単純かつ純粋な理由から来ている。話が逸れたが、『西風の旅団』としては、あくまでも殺人は更生できないほどの外道を粛正する場合に止めている。

 

「狂暴性はなし、か……遊撃士協会は何て言ってるんだ?」

「カシウスさんの話だと、評価自体は『良くも悪くも普通』……対応を決めかねているという感じですね。猟兵団と言っても、『翡翠の刃』はともかく、『西風の旅団』は昔と大きく変わって、遊撃士との衝突は避けているようですし……」

流石に猟兵団への対立の根は深く、元々遊撃士との衝突を避けるどころか共立の道を目指す『翡翠の刃』、その影響を受けて変わりつつある『西風の旅団』、未だに傭兵らしさが残る『赤い星座』……それらの猟兵団をひとくくりには出来ず、けれども、金で動くという傭兵の特性上、確たる保証がないのも事実…故に対応を決めかねているのだろう。

 

「ま、一時的にリベールの力が減れば、あの人はクーデターを起こすって算段ね…でも、アスベルは『その先』すら見据えているんでしょ…?」

シルフィアの指摘にアスベルは不敵な笑みを浮かべる。そう、彼の目指している到達点はここではない。守護騎士であるのは、あくまでも偶然確たる地位を持ち得たからに他ならない。それによるしがらみに対しても、総長自らがある程度の行動の自由を保障してくれているので助かっている部分が大きい。

 

「種はばら撒いた。後は、芽吹くのを待つだけだよ。」

そう言い放ったアスベルの言葉……その意味を知ることになるのは、そう遠くない未来だった。

 

 

「あら、お邪魔したかしら?」

そう言って五人の前に現れたのは、赤髪の女性。物腰からして優しそうな雰囲気だが、一度怒らせると怖そうな印象を受ける。彼女の名前はルフィナ・アルジェント……正騎士ながらも“千の腕”の異名を持ち、第七位付正騎士として活動しており、総長であるアインとは親友の間柄で、シルフィアの戦術や博学を教えた師匠的存在である。

今回はウルスラ病院にいる二人の心のケアを担当し、ようやくその目途がついたのだ。

 

「ルフィナさん、ご苦労様です。彼との連絡は取れましたか?」

「ええ。本当でしたら第七位のお手を煩わせることなどあってはいけないのですが……」

「そうしたいからそうしただけです。ルフィナさんは深刻に考え過ぎです。」

「シルフィア卿……ええ、解りました。」

「それじゃ、この後はどうする?」

二人のやり取りが一段落して、アスベルはマリクとレヴァイスに問いかける。流石に猟兵である二人をこのまま乗せるわけにはいかないだろう……と思った矢先、部屋の通信機が鳴りシルフィアが応対する。

 

「私です。」

『シルフィア卿、本国から連絡です。『紫苑の家』が何者かに襲撃されたようです!既に従騎士が一人先行したとのこと。』

「(彼ね……にしても、あのことを知る人間………オーウェンね)了解したわ。すぐさま現場に急行して!」

『ハッ!』

紫苑の家……七耀教会の福音施設(孤児院のようなもの)の一つではあるが、その『裏の顔』を知るのはわずかな人間……福音施設を知る者か、守護騎士の二択しかない。

 

「申し訳ないけれど……マリクさんにレヴァイスさん、お手伝い願えますか?」

「無論だ。」

「構いはしない。連中には既に連絡した。」

「ありがとうございます。」

メルカバ漆号機、そして連絡を受けた参号機は紫苑の家へと急行した。

 

 

~紫苑の家~

 

彼らが施設に着くと、あちらこちらに猟兵が倒れていた。敷地内に入ると、左側の母屋の扉から見えた人影。そこからルフィナの姿を見つけると、ここの管理人が走り寄って声をかけた。

 

「ルフィナ!」

「良かった、無事でしたか。」

「ええ、私と殆どの子どもたちをケビン君が助けてくれたの……あ、貴方たちはフォストレイト卿にセルナート卿!?どうしてここに!?」

管理人は二人を見て驚く。守護騎士が二人してここにいる…かなりの大事なのではないかと思わざるを得ない。

 

「偶々です。で、ケビンはどこに?」

「それが、リースを探しに教会の中へ……」

「俺らは念のため、他に猟兵がいないか辺りを探ります。管理人さんは家の中へ!ルフィナさんは先行してください!」

「はいっ、お願いします!」

二人をそれぞれ見届けた後、入口の方から声が聞こえた。

 

「やれやれ……飛んで火にいる何とやら……」

そこに現れたのは一人の神父。彼の持っている紋章入りメダルは紛れもなく七耀教会のものだった。

 

「典礼省所属、オーウェン神父……何故、貴方がここに?」

「無論、ここにある古代遺物を頂きに、ですよ。フォストレイト卿にセルナート卿。」

そう言って指を鳴らすと、ざっと100は超える猟兵が五人を取り囲んでいた。

 

「如何に貴方方が“守護騎士”であろうとも、これだけの相手に無傷ではいられまい。そこの三人の“民間人”を守って戦えますか?」

そう言ってオーウェンは鼻を鳴らした。だが、この場合の失策は彼自身だろう。三人のことをよく知らず、民間人と言ってのけてしまった……つまり、彼は三人がどういう人物であるかを理解していないのだ。

 

「はぁ、何と言うか恥ずかしい気分です。」

「………なぁ、こいつは本当に“七耀教会”の神父か?」

「全くだ……無知であるということは、死につながること。“空の女神”が悲しみに暮れそうだな……」

レイア、マリクとレヴァイスは呆れた表情で呟く。この目の前にいるオーウェンは『無知』。誰がどう言おうとも、これは事実だろう。レイアは棒を、マリクは投刃を、そしてレヴァイスは双銃剣……剣と導力銃の二形態を持つ武器を構える。

 

「ほう、抵抗するか……この私に武器を向けたことを後悔するがいい。家の中にいる連中は後でいい。やれっ!!」

オーウェンの指示に従い、猟兵は銃を構え、大剣を持って突撃してくる。

 

「ただの阿呆ね……それもとびっきりの。“銀隼の射手”として、貴方を討ちます。」

「だな……典礼省オーウェン神父、てめえを『外法』と認定する。守護騎士二人の“粛清”なんて、滅多に味わえない経験ができるんだからな!」

アスベルは太刀を構え、シルフィアは法剣を構えた。

 

「第三位付の正騎士、“朱(あか)の戦乙女”レイア・オルランド、参ります!」

「“驚天の旅人”マリク・スヴェンド、義のために非道の輩を討ち取らせてもらう!」

「“猟兵王”レヴァイス・クラウゼル。神父さん、アンタはラッキーだぜ?何たって、『赤い星座』『翡翠の刃』『西風の旅団』に滅された初めての人間になるんだからな!!」

二度と見れないかもしれない三つの猟兵団に関わる者たちの“蹂躙劇”が幕を上げた。

 

 




オーウェンはひどい目に遭いますwwえ、ネタバレになってるって?だって、

・シグムントを投げ飛ばしたことがあり、実の父が頭を悩ませる膂力を持つレイア

・バルデルやレヴァイスに引けを取らない実力者のマリク

・闘神とほぼ実力が拮抗しているレヴァイス

の三人相手+アスベル(八葉一刀流全の型習得)とシルフィア(下手すりゃ総長以上)ですよ?ミンチならまだマシなレベルですww

外道にやる線香などないですし(黒笑)


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第17話 存在価値の意味

~紫苑の家 敷地内~

 

5対100……オーウェンは絶対の自信があった。いくら相手が人間離れしていると言っても、これだけの猟兵をすべて倒せるはずなどないのだと高を括っていた……その驕りが自らの身を滅ぼすことに気が付かぬまま……

 

「さて、行きましょうか!はぁっ!!」

「ガッ!?」

レイアは棒を巧みに操って鎧ごと突き、その衝撃に猟兵は呻く。だが、彼女は止まらない。左足で猟兵の腕を蹴り、弾かれた大剣は宙を舞う……彼女は蹴りの勢いを生かし、落ちてきた大剣目がけて

「せいっ!!」

何と、大剣の柄頭を『蹴った』のである。飛んでくる大剣に反応できず、串刺しの如く、猟兵が貫かれていく。

「そらそらそらそらっ!!」

更に百烈撃で近くにいた猟兵を完膚なきまでに叩きのめし、レイアは棒をしまうと

 

「見せてあげましょうか……本当の怖さというものを!」

そう叫んだレイアの手元に光が集まり、大型のライフルが姿を現す。一般的に使われているものとは異なり、明らかに特注のライフルで銃身の上下に可動式の刃が取り付けられている。特注のライフルを使いこなすオルランド一族の中でも、一際目立つ黒と白銀のカラーリングが施された“運命の三女神”の名を冠したツインブレードライフル……『シルメリア』を構え、闘気を込める。

 

「永久に刻め、“戦乙女”の名を!」

いつもは大胆な破壊が目立つ彼女が撃った弾は寸分の狂いもなく、猟兵の手足を撃ちぬいていく。

「食らいなさい、ニーベルング・ベルゼルガー!!」

そして、彼女の持つブレードの刃が展開され、“闘神”から受け継ぎ進化させた彼女のSクラフト『ニーベルング・ベルゼルガー』によって、次々と絶命していく。

 

「……私たちを怒らせた罪、償ってもらいますよ?」

その言葉に戦慄する猟兵たち。だが、その意味を知ることなく、彼女の後ろから二人の男性が猟兵たちを襲撃する。

 

「そらあっ!!」

「せいやっ!」

その二人の男性…マリクとレヴァイスは手持ちの武器で次々と猟兵たちをなぎ倒し、レイアの背中に立つ。

 

「フッ、流石は“闘神”の娘。これほど武の才能に満ち溢れているとは……」

「買いかぶりすぎですよ。これでもあの二人には勝てていないんですから。」

「仕方ねえだろ。あの二人は『特殊』だ。」

三人は互いに声をかけ、“守護騎士”である二人の事に苦笑した。

 

「さて、奴さんが気を引き締める前に終わらせちまうぞ。」

「ああ」

「ですね」

三人の闘気が更に高まり、威圧となって猟兵たちを襲い、猟兵たちはたじろいだ。

 

「炎の刃を受けよ、ロールフレア!!」

マリクの放った投刃が炎を纏い、猟兵たちは逃げ惑うが

「おせえよ、スカッドリッパー!!」

レヴァイスの双剣による追撃に猟兵たちは次々と倒されていく。

「油断しないほうが身のためですよ、クロスレイヴン!」

更にレイアの銃撃で猟兵は息絶えていく。

 

「さあ、終幕と行こうか。炎と踊れ、カラミティロンド!!」

「“西風”たる所以、その身をもって知れ。バーティカル・エアレイド!!」

「これで終わりです、クリムゾン・ライアット!!」

三人のSクラフトが炸裂し、周囲にいた猟兵が次々と倒れ、三人の周りの猟兵は全員息絶えた。

 

「こんなところ、ですかね。」

「『こんなところ』じゃねえよ。お前ら、やりすぎだ……3人で90人近く吹っ飛ばすって……」

「はは、まあ楽できたからいいけれど。」

アスベルとシルフィアは三人の暴れっぷりにため息をつく。その一方、あまりにも一方的な蹂躙劇に唖然とした表情を浮かべるオーウェンだった。

 

「そ、そんな馬鹿な……な、何かの間違いだ!これは、夢なん……だっ……!」

その続きを彼は告げることも見ることもできなくなった。アスベルとシルフィアの斬撃は彼の心臓を貫き、絶命した。

 

「下衆が……」

「本当に、どうしようもない人……」

このような輩がいるから、組織というものは腐敗していく……それは、古今東西どの組織にも言えたことだ。だが、ため息をついている間もなく、第二陣が到着したようだ。

 

「レイア、マリク、レヴァイス…ここは任せた!」

「お願いします!」

先に行ったルフィナの安否が気にかかり、アスベルとシルフィアは三人にこの場を任せて礼拝堂の中へと入っていった。

 

「さあて、ウォーミングアップは済んだ。しっかり『教育』してやらねえとな?」

「まったくだ。この程度で≪猟兵団≫を名乗ろうなんざ、先が知れるな。」

「仕方ないですよ。ある意味では」

あれだけの戦闘をこなしながらも、三人に疲労の様子は見られない。むしろ、次々とくる敵に喜びを抑えきれずにいた。

 

 

襲い掛かる猟兵たちは知らない。彼らの存在を……そして、後悔することすらできずに敗北してしまう未来が確定的だということに。

 

 

~紫苑の家・礼拝堂 地下~

 

礼拝堂の隠し扉を開き、二人は長い階段を下りていた。この先にあるのは星杯騎士の中でも位の高いものしか知らない場所……古代遺物<アーティファクト>が眠る安置所。階段が終わり、真っ直ぐ伸びる通路を渡った先に『開いている入り口』……二人は迷わずに入り込むと、そこに映る光景は………残酷だった。

 

猟兵と思しき人間は悪魔のような姿に変わっていたが既に事切れており、ルフィナと似たような色の髪をした少女が倒れこんでいるが外傷は見られない。だが……

 

「っ……」

「遅かったか……」

ルフィナは緑髪の少年を抱きしめたまま、その瞳は閉じられていた。彼女の体にはいくつもの槍が刺さっていた。一方、少年は茫然としていた。彼女に刺さった槍と化け物を殺した槍、その光景からして何が起きたのかを悟った。

 

「あ、アスベルにシルフィア、オ、オレは……」

「とりあえず、眠れ。少しは……な」

「せ、せやけ…ど…」

アスベルの法術により、その少年…ケビン・グラハムは眠りに就いた。

 

「さて、ケビンのことは総長に任せるか。」

「……まぁ、いつもグータラしてる姉上には『お返し』しないとね。でも……」

「俺らの誰か一人でもついて行けばこんなことには……とりあえず、傷だけでも」

「ええ。………えっ」

せめてもの手向けとして、彼女の傷を治そうとシルフィアが手首に触れた時、彼女の脈が『動いていた』……改めて確認するが、脈が動いている。どう見ても明らかに人間が流せば致死量に至る血液を流しているはずだ……だが、彼女の脈は確かに規則正しく脈動している。

 

「アスベル、彼女……『生きている』みたい。」

「シルフィ、心臓の方は?」

「うん……こっちも、動いている。どういうこと?」

彼女はれっきとした人間である。それは自他ともに認めるほどだった。だが、彼女の血液の流れは生きているときと同じように脈動している。これは最早、『普通』ではないと率直に感じた。

 

「(まさか……)シルフィ、≪聖痕≫を使って回復させる。もしかしたら……」

「うん、了解!」

二人は精神を集中させて、聖痕を発動させ、二人の背中に紋章が輝く。

 

 

――我が深淵にて煌く紫碧の刻印よ。

 

 

――我が深淵にて煌く白銀の刻印よ。

 

 

『『かの者に課せられた戒めを解き、この世への生を再び繋がん!!』』

 

 

二人の詠唱に≪聖痕≫は輝きを増し……二人の≪聖痕≫の輝きが収まると、ルフィナの傷は全て癒え、顔色も血の気が戻っていた。

 

 

「あ……あれ……ここは」

「ルフィナさん…」

「良かったです。」

「えっと、アスベルにシルフィ?私、ケビンを庇って死んだはずでは……」

「どうやら、死に損なったようだな……ルフィナ」

戸惑いの表情を見せるルフィナ、元気そうな姿を見て安堵するアスベルとシルフィアの元に、一人の女性が姿を現す。

 

「総長!?」

「何やってるんですか、姉上……」

「アイン…」

「よせよ、照れてしまうじゃないか。」

三人は各々の反応でアインの方を見た。一方のアインは三人に見つめられ、冗談混じりに言葉を返した。

 

「っと、冗談はさておき、ルフィナ……お前には『一度死んだ身』として、暫くは潜伏してもらう。」

「解ってはいたことだけれど、ケビンを『成長』させるためね?」

≪聖痕≫……ひいては“守護騎士”というものは、誰よりも気丈でなければならない。誰もが目を背けたくなるようなことをも平気でやらねばならない。光のそばに影があるように、綺麗ごとの裏では謀略渦巻く歴史があるということは、歴史が証明してしまっている。例えその手が血まみれになろうとも……影となりて動く“守護騎士”には必要なことである。

 

「枢機卿の連中の『材料』ともなりえるからな。ようやく最終段階だ。」

「はぁ……何を言っても無駄みたいね。でも、フォローはしなさいよ?」

「善処はしよう。渾名はそのまま使うか?」

「それは拙いでしょう……大人しくしている間に考え置くことにするわね。」

 

こうして、紫苑の家での『事件』は幕を閉じることとなる。ルフィナはその後、アスベルとシルフィアの手引によってリベールに移住し、髪と瞳の色を変えて『遊撃士:セシリア・フォストレイト』として活動することとなる。その実績は瞬く間に上がり、僅か半月で正遊撃士に、その1年後にはA級正遊撃士“黎明”の異名を轟かせることとなる。また、アスベルとシルフィアもカシウスの推薦と遊撃士協会からの『特例』で、遊撃士として活動することとなり、瞬く間に実績を挙げていったのである。

 

それを受け入れた理由はいくつかある……遊撃士という表の顔を持てば、顔を知られやすくなるという一面があるのは否定しない。だが、遊撃士の裏で星杯騎士を務めているという実態を把握できるのは『結社』絡みの数少ない人間であろう。あとは教会関連の人間ぐらいだ。実態を隠すための『隠れ蓑』……そのために、遊撃士という職業を選んだ。

 

それから数年の月日が経ったある日……

 

 

~ロレント郊外~

 

久々の休日ということで、三人は気ままに過ごしていた。ちなみに、この三人が“星杯騎士”だと知っているのはカシウスだけである。その家に一人の少女が訪ねてきた。

 

「あの、ここにアスベルという人はいますか?」

「知り合いにそういう人はいるけれど……貴方は?」

「セシリア、誰か……って、見ない人だな。」

「私も初対面かな。」

話し声が聞こえ、アスベルとシルフィアも二人の元にやってきた。

 

「えと、貴方が総長の言っていたアスベルさんですか?」

「まぁ、そうなるな。俺がアスベル・フォストレイト。君は?」

アスベルが尋ねると、淡い栗色の髪に琥珀の瞳が特徴的な少女は自己紹介をした。

 

「えと、守護騎士第四位“那由多”トワ・ハーシェルといいます。総長からアスベルさんの補佐をするよう言いつかっております。至らぬ身ではありますが、どうぞご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします。」

「「「はぁっ!?」」」

原作を知るアスベルとシルフィアにしてみれば寝耳に水の出来事だ。しかも、守護騎士が守護騎士の補佐って全くもって意味が解らない。しかも、彼女が言うには『好きにやってくれ♪by総長』との伝言らしい……あ、シルフィがキレてる。明日は晴れ時々総長の血の雨だな……

 

「放して!やっぱり『お話』しなければいけない気がするの!」

「止まってください、シルフィ!!」

「え、えと……」

「ま、いつものことだから。難しく考えたら負けだ。」

「そ、そうですか……」

守護騎士第三位、第四位、第七位の三人がリベール入り……“任務”絡みとはいえ、過剰戦力じゃね?これ。と率直に思ったアスベルであった。

 

 




てなわけで、次回からFC編です。長かったぜ……w

ルフィナは3rdのイベントのためにああいう形での生存としました。

ドビン?いや、ネギだったか……あれ?ww

そして、会長登場w色々説はありますが、私はハーシェル繋がりで神聖っぽい感じに……あれれ?むしろ黒くなったような……殺されるな、トワファンに(gkbr)


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設定2

※設定1で載せた人たちも設定が加わったので、改めて加えています。

 

<京紫の瞬光>

アスベル・フォストレイト

年齢:8(百日戦役)→18(FC・SC開始時) 性別:男

外見イメージはアスベル・ラント(TOG・TOGf)

Sクラフト:『斬空刃無塵衝』『獣破轟衝斬』『白夜殲滅斬』(太刀使用時)

      『斬空刃無塵衝~二刀の型~』『御神流奥義之極-閃-』(小太刀使用時)

オーブメントのスロットラインは中央属性固定なし、3-3のライン。ALTIA所持後は、6(時:1)-6(炎:2)、マスタークォーツ『サラマンドラ』(炎属性、開始6ターンSTR+50%、回避カウンタークリティカル、特定条件でダメージ2倍)

不条理の事故で転生した人間。手先が器用で、転生前の記憶を継承している影響で菓子作りはお手の物。本人は否定しているが、女性のプライドをいとも簡単に折ってしまうほどの『兵器』。

刀の剣術に秀でており、ユン・カーファイより教わった太刀の一刀流『八葉一刀流』と、転生前に教わっていた小太刀二刀術『御神流』を使い分ける戦闘スタイル。<聖痕>が覚醒したため、守護騎士第三位“京紫の瞬光”としての地位を手にすることに。身分を隠すためにカシウスの推薦と遊撃士協会からの『特例』で弱冠14歳にして準遊撃士、半月で正遊撃士、その一年後にはA級遊撃士となり、その後S級遊撃士となる。

 

<銀隼の射手>

シルフィア・セルナート

年齢:8(百日戦役)→18(FC・SC開始時) 性別:女

外見イメージはシェリア・バーンズ(TOG・TOGf)

Sクラフト:『トリリオン・ドライブ』『百花繚乱』『インペリアル・スパロー』

オーブメントのスロットラインは中央空固定、1-5(空固定:1)のライン。ALTIA所持後は、3(風:1)-3(空:1)-6(空:1)、マスタークォーツ『ヴァルファーレ』(空属性、開始6ターンATS+50%、一定以上の空属性の数値で空属性アーツの発動時間1/3・消費EP1/2、通常攻撃・クラフトでの攻撃時に遅延+15(20%))

アスベルと同じく転生した人間。転生前は転生前のアスベルと幼馴染の関係で、その影響からか共に行動することが多い。七耀教会星杯騎士団“守護騎士(ドミニオン)”の一人で、第七位“銀隼の射手”の渾名を持つ。法剣とアーツを使いこなす戦闘スタイル。短剣の扱いもそれなりのもの。アスベルと同様に身分を隠すため、カシウスの推薦と遊撃士協会からの『特例』で弱冠14歳にして準遊撃士、半月で正遊撃士、その一年後にはA級遊撃士に。

 

<紅隼>

シオン・シュバルツ

年齢:7(百日戦役)→17(FC・SC開始時) 性別:男

外見イメージはシン・アスカ(SEED DESTINY)

Sクラフト:『サンクタス・ブレイド』『サンクタス・エクスキューション』

オーブメントのスロットラインは中央火固定、3(火固定:1)-2-1のライン。ALTIA所持後は、6(炎:3)-4(炎:1)-2、マスタークォーツ『ヴォルテール』(火属性、開始4ターンSTR・ATS+50%、CP200以上の状態でSクラフトを使用した時Sクラフトの威力+200%、特定条件下で敵の反射能力無効化)

ユリアの義弟。武器はレイピアを使いこなす。実力自体は既に義姉を超えており、7歳の時点で理の入り口に入りかかっているまでの実力者。アリシア女王からはクローゼの未来の旦那様候補とも言われているらしい。激情家で、一度火が付くと周りが見えなくなってしまう場面もみられるが、剣筋はそれとは対照的に冷徹かつ冷酷な剣捌きを発揮する。

 

<驚天の旅人>

マリク・スヴェンド

年齢:20(百日戦役)→30(FC・SC開始時) 性別:男

外見イメージはマリク・シザース(TOG・TOGf)

Sクラフト:『カラミティ・ロンド』『エターナル・セレナーデ』『マリクビーム』

オーブメントラインは中央水固定、6(炎1、水1固定)

転生前は平凡なリーマン(本人談)。妻と子を亡くし失意の内に自ら身を投げ、転生する。若くして『赤い星座』や『西風の旅団』と並ぶトップクラスの猟兵団『翡翠の刃』の団長を務めることに。

今のところ家族はいない。その実力は“闘神”バルデル・オルランドや“猟兵王”レヴァイス・クラウゼルとも互角に渡り合えるらしい。使用武器は投刃を使いこなす。とあることがきっかけで異変への協力を行うことになる。

 

<闘神の娘>

レイア・オルランド

年齢:11(制圧作戦)→16(FC・SC開始時) 性別:女

外見イメージはレイア・ロランド(TOX・TOX2、衣装は初代Ver.)

Sクラフト:『クリムゾン・フォール』『ブレイド・オブ・アンタレス』『絶技グランドクロス』

      『ニーベルング・ベルゼルガー』(ブレードライフル使用時)

オーブメントラインは中央風固定、3-2-1。ALTIA所持後は、1(風:1)-2-3(空:1)-6(幻:1)、マスタークォーツ『ハイウィンド』(風属性、開始6ターンSTR・SPD+25%およびMOV+5、補助クラフトの効果+50%、能力上昇状態での攻撃クラフト・攻撃Sクラフトの威力+100%)

アスベルやシルフィアとは転生前の世界で幼馴染だった一人。

父:バルデル、兄:ランディ、叔父:シグムント、従妹:シャーリーの家族構成。

バルデルをも超える膂力で敵を殲滅できる程度の能力を有する。

格闘術・棒術・猟兵仕込みの戦闘術を使い分ける。“朱の戦乙女”の異名を持つ。

ただ、それでも守護騎士の二人にはいまだに勝てていない。

 

<星杯騎士団>

○守護騎士(ドミニオン)・正騎士

 

 第一位 “紅耀石”  アイン・セルナート

 (総長)

 

 第二位 “翠銀の孤狼”ライナス・レイン・エルディール

 

 第三位 “京紫の瞬光”アスベル・フォストレイト

 付正騎士“朱の戦乙女”レイア・オルランド

 

 第四位 “那由多”  トワ・ハーシェル

 付正騎士“黒鋼の拳姫”セリカ・ヴァンダール

 

 第五位 “外法狩り” ケビン・グラハム

 付従騎士      ????

 

 第六位 “山吹の神淵”カリン・アストレイ

 

 第七位 “銀隼の射手”シルフィア・セルナート

 付正騎士“千の腕”  ルフィナ・アルジェント

 

 第八位 “吼天獅子”

 

 第九位 “蒼の聖典” ワジ・ヘミスフィア

 付正騎士      アッバス

 

 第十位 “黒鍵”   フィオーレ・ブラックバーン 

 

 第十一位“氷玄武”

 

 第十二位“白磁の双牙”

 

 

<身喰らう蛇>

○使徒(アンギス)

 

 第一柱“神羅”  ルドガー・ローゼスレイヴ

 

 第二柱“蒼の深淵”ヴィータ・クロチルダ

 

 第三柱“白面”  ゲオルグ・ワイスマン

 

 第四柱“破戒”

 

 第五柱 ???

 

 第六柱“博士”  F・ノバルティス

 

 第七柱“鋼の聖女”アリアンロード

 

○執行者(レギオン)

 

 No.0 “道化師” カンパネルラ

 

 No.Ⅰ “調停”  ルドガー・ローゼスレイヴ

 

 No.Ⅱ “剣帝”  レオンハルト・メルティヴェルス

 

 No.Ⅵ “幻惑の鈴”ルシオラ

 

 No.Ⅶ “絶槍”  クルル・スヴェンド

 

 No.Ⅷ “痩せ狼” ヴァルター

 

 No.Ⅸ “死線”  シャロン・クルーガー

 

 No.Ⅹ “仮面紳士”ブルブラン

 

 No.ⅩⅢ“漆黒の牙”ヨシュア・アストレイ

 

 No.ⅩⅤ“殲滅天使”レン・ヘイワース

 

 No.ⅩⅥ“影の霹靂”スコール・S・アルゼイド

 

 No.ⅩⅦ“緋水”  フーリエ・アランドール

 

 

 

<FC編登場キャラ(FCのプレイヤーキャラ・オリキャラ除く) この先ネタバレ注意>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<空の軌跡>

 

セシリア・フォストレイト(ルフィナ・アルジェント)(確定:終章~)

 

 

<零・碧の軌跡>

 

エリィ・マクダエル(確定:第一章あたりで加入、第三章で離脱)

 

??・?????(確定:第三章~)

 

 

<閃の軌跡>

 

トワ・ハーシェル(確定:序章~終盤)

 

フィー・クラウゼル(確定:第三章~終盤)

 




さて、玉ねぎ大佐……むしろロランスの無事でも祈願しておきますか(黒笑)


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時系列(空の軌跡編)

※少々ネタバレがありますので、注意してください。


~七耀暦(公式のものはある程度省きます)~

 

1172年 マリク・スヴェンド誕生

    ジン・ヴァセック誕生

 

1174年 ミュラー・ヴァンダール、アリオス・マクレイン誕生

 

1175年 サヤ・マクレイン誕生

 

1176年 ガイ・バニングス、ルフィナ・アルジェント誕生

 

1177年 オリヴァルト・ライゼ・アルノール誕生

    リベール~定期飛行船《セシリア号》就航

 

1178年 ラグナ・シルベスティーレ誕生

    その他~ノーザンブリア大公国に《塩の杭》出現

 

1179年 サラ・バレスタイン誕生

 

1180年 クレア・リーヴェルト誕生

    グレイス・リン誕生

 

1181年 ケビン・グラハム、セシル・ノイエス誕生

 

1182年 スコール・S・アルゼイド、リノア・リーヴェルト誕生

    イリア・プラティエ誕生

 

1183年 ランディ・オルランド誕生

 

1184年 アスベル・フォストレイト、シルフィア・セルナート誕生?

    ルドガー・ローゼスレイヴ、フーリエ・アランドール、クルル・スヴェンド誕生

    リース・アルジェント誕生

 

1185年 レイア・オルランド、ヴェイグ・リーヴェルト誕生

    ヨシュア・ブライト、ロイド・バニングス、クロウ・アームブラスト誕生

 

1186年 シオン・シュバルツ(シュトレオン・フォン・アウスレーゼ)誕生

    エステル・ブライト、クローディア・フォン・アウスレーゼ誕生

    エリィ・マクダエル、ノエル・シーカー誕生

    セティアレイン・ライゼ・アルノール誕生

 

1187年 ティーダ・スタンフィールド誕生

    リーシャ・マオ、ワジ・ヘミスフィア、リィン・シュバルツァー、

    アリサ・ラインフォルト、ラウラ・S・アルゼイド、

    マキアス・レーグニッツ、ユーシス・アルバレア、エマ・ミルスティン、

    ガイウス・ウォーゼル、フラン・シーカー誕生

    リベール~カルバード領海での客船《エテルナ号》沈没事故により

         ユーディス皇太子夫妻死去

 

1188年 リーゼロッテ・ハーティリー誕生

 

1189年 エリゼ・シュバルツァー、フィー・クラウゼル、

    アルフィン・ライゼ・アルノール、セドリック・ライゼ・アルノール誕生

 

1190年 ティータ・ラッセル、ティオ・プラトー誕生

    その他~ルフィナ・アルジェント、星杯騎士団入り

 

1191年 レン・ヘイワース、ミリアム・オライオン誕生

 

~ここから本編~

 

1192年2月 

 ・朱鷺坂詩穂、シルフィア・セルナートに転生(以後シルフィアに統一)

  アイン・セルナートの義妹として星杯騎士団入り。

 

1192年3月

 ・シルフィア、星杯騎士団『守護騎士(ドミニオン)』第七位の位階に就く。

 

1192年4月

 ・四条輝、アスベル・フォストレイトに転生(以後アスベルに統一)

 ・アスベル、シルフィア・セルナート、カシウス・ブライトと出会う。

  その後、アリシアⅡ世との謁見により、カシウスが身分保証人となる。

  クローディア・フォン・アウスレーゼ、シオン・シュバルツ、

  ユリア・シュバルツ、ユン・カーファイと出会う。

  ユンから『八葉一刀流』を教わる。

 

1192年6月 

 ・アスベル、ユンとの修練を無事に終了。『八葉一刀流』を修める。

  シルフィアが同行する形でカシウスに提言。

  その際にレナ・ブライト、エステル・ブライトと出会う。 

 ・アスベル、シルフィア、マリクが出会う。その際に三人の事実を知る。

  部隊を全て成り代わらせ、『ハーメルの悲劇』を起こしたように見せかけつつ、

  ほぼ全員の救出に成功。その際、アスベルと救出者の一人であるカリン・アストレイに

  <聖痕>が発現。偶然居合わせたアイン・セルナートにより、アスベルは第三位、

  カリンは第六位の位階に就く。

 

1192年同月

 ・『百日戦役』勃発。

 

1192年8月下旬

 ・リベール王国軍の反攻作戦開始、帝国軍は10個師団全滅という結果に陥る。

 

1192年9月上旬

 ・アルセイユ級巡洋艦三隻が運用開始。前線の制空権掌握の要となった。

 ・猟兵団『翡翠の刃』と『西風の旅団』による帝国領の占領により、エレボニア帝国は窮地に。

 

1192年9月中旬

 ・帝国軍内部で『ハーメル』に関する真実が判明。混乱状態に陥る。

 

1192年9月下旬

 ・遊撃士協会と七耀教会の仲裁により、リベール王国とエレボニア帝国が停戦に合意。

  戦争状態の一時終結となる。(『百日戦役』終結)

 

1192年11月

 ・百日戦役の完全終結に双方が合意。講和条約への詰め作業に入る。

 

1192年12月

 ・猟兵団の一部撤退、ガレリア要塞周辺は帝国に返還。

 

1193年1月

 ・リベール=エレボニア講和条約(通称:グランセル条約)締結。

  これにより、クロイツェン州南部・サザーラント州全域がリベール王国領に編入。

  リベール王国は領土と莫大な賠償金を得ることとなる。

 ・猟兵団完全撤退、王国編入領を除く占領地がエレボニア帝国に返還。

 

1193年2月

 ・エレボニア帝国、ユーゲント皇帝の信任を受けてギリアス・オズボーンが帝国政府代表に

  就任。その後、ドライケルス広場にて『領土拡張政策』および『鉄道網拡大政策』を掲げ、

  帝国の再興を宣言する。

 ・カルバード共和国、大統領選挙の結果、サミュエル・ロックスミスが共和国大統領の座に

  就く。共和国の更なる発展を宣言する。

 

1193年3月

 ・アリシアⅡ世の外遊。アルテリア法国、各自治州、レミフェリア公国を回り『百日戦役』に

  ついての立場を内外に表明。

 ・リベール=レミフェリア経済連携協定(通称:フュリッセラ協定)締結。

  10年以内にリベール王国・レミフェリア公国双方に大使館を設立することで合意。

 

1193年5月

 ・リベール王国、アリシアⅡ世、アルバート・ラッセル、遊撃士に転向したカシウス・ブライト

  による『国家安全保障十ヶ年計画』の立ち上げ。この先駆けとして、旧帝国の二か所のギルド

  支部に加え、パルム支部とアルトハイム支部が新設。

 ・アルトハイム・パルム・セントアーク・レグラムの国際空港化およびグランセル空港の軍用艦

  専用発着路拡張化に伴うロレントの国際空港化案発表

 

1194年

 ・リベール=レミフェリア間の直通定期便就航。

 

1195年

 ・アリシアⅡ世の提唱により、王国軍独立機動隊『天上の隼』設立。

 ・レイア・オルランド、『赤い星座』を抜け、星杯騎士団入り。

  その後、第三位付正騎士となる。

 

1196年

 ・エレボニア帝国、ジュライ市国併合、以後は政府直轄区に

 ・ラグナ・シルベスティーレ、リーゼロッテ・ハーティリー、リノア・リーヴェルト

  の三名は帝国政府の要職を自主退職、遊撃士となる。

 

1197年

 ・ツァイス中央工房、飛行船発着誘導システムの導入。

  グランセル、ロレント、ボース、レグラムの4か所で試験運用開始。

 

1198年

 ・≪D∴G教団≫制圧作戦。その後、カシウス・ブライトはS級遊撃士となる。

  ヴィクター、シオン、アスベル、シルフィア、レイアは『特例』により遊撃士となる。

 ・『紫苑の家』事件により、首謀者は処刑、ルフィナ・アルジェントは殉職(表向き)

 ・ケビン・グラハム、『守護騎士』第五位の位階に就く。

 ・ワジ・ヘミスフィア、『守護騎士』第九位の位階に就く。

 ・ロレント国際空港一部開業。

 ・リベール王国、遊撃艦『ラティエール級』運用開始。

 

1199年1月

 ・リベール=カルバード不可侵条約(通称:エルベ条約)締結。

  ベガン連山東部の地域がリベール王国領に編入。

 

1199年3月

 ・リベール王国、グランセル=ロレントを結ぶ高速鉄道『グランレント本線』開業。

 ・グランセル国際空港改装完了、ロレント国際空港全面開業。

 

1199年4月

 ・リベール王国次世代型巡洋艦『ファルブラント級』の建造開始。

  4年後までに6隻の運用開始を目指す。

  並行する形で300アージュクラスの空母『パンデモニウム級(仮)』の建造を開始。

 

1199年5月

 ・リベール王国、クロスベル自治州共同代表ヘンリー・マクダエル市長来訪、

  ロレントのクラウス市長と会談、カシウス・ブライトの仲介でアリシアⅡ世女王陛下

  およびボース市長との会談実現。

 ・エレボニア帝国、ガレリア要塞に列車砲が配備される

 

1199年8月

 ・リベール王国、ロレント市=クロスベル市経済交流連携協定締結、

  リベール王国議会ならびにクロスベル市議会の全会一致による承認を得る。

 ・飛行船公社、ロレント=クロスベル間の直行便就航を発表。

 ・リベールとエレボニア国境線に展開されていたエレボニアの要塞がすべて撤去完了。

  膨大な謝罪金がリベールに対して支払われる。

 

1200年

 ・前ボース市長が異例の引退宣言、娘であるメイベルが跡を継ぐ。

 

1201年

 ・リベール(グランセル、ロレント)=クロスベル直通便就航。

 ・クロスベル市において、ガイ・バニングス殉職(表向き)

  弟のロイド・バニングスは親戚のいるカルバード共和国へ。

 ・ティオ・プラトー、アルバート・ラッセル博士のもとで一年間修業。

  レミフェリア公国に帰国後、政府主導のレミフェリア総合技術局所長に就任。

 ・ルーアンとボース南端間での導力貨物船航行試験開始。

 

1202年4月

 ・レミフェリア公国大使館、正式開設。ルーシー・セイランドが初代大使に就任。

 

~FC・SC編開始~

 

1202年8月

 ・エステル・ブライト、ヨシュア・ブライトの両名が準遊撃士となる。

 ・カシウス・ブライト、帝国支部の要請に応じ、エレボニア帝国に向かう。

  (遊撃士協会帝国支部連続襲撃事件)

 ・カシウスが乗ったとされる飛行船が行方不明となる。

  そのため、エステルとヨシュアにシェラザード、

  護衛任務で同行していたレイア、エリィ、トワらによって捜査が行われる。

  (『リンデ号事件』)

 ・ルーアン地方にて孤児院放火未遂事件発生、その首謀者である

  当時の市長ダルモアと市長秘書ギルバート・スタインが逮捕。

 ・遊撃士協会帝国支部連続襲撃事件解決、カシウスは表向き事後処理と称しつつ、

  内密にリベール王国へと帰還する。

 

1202年9月

 ・ジェニス王立学園学園祭にて、各地方の市長が招かれる。

  (内密にエレボニア帝国の皇族が来訪していた。)

 ・リベール~アラン・リシャール大佐とリベール軍情報部によるクーデター未遂事件が発生。

 ・エステル・ブライトとヨシュア・ブライトが正遊撃士になる。

  アガット・クロスナーとシェラザード・ハーヴェイはA級、

  レイア・オルランドはS級に昇格。

 ・カシウス・ブライト、王国軍に復帰。准将に昇格し、軍のトップを務めることに。

 ・エステル・ブライト、ロレント市に帰省する。

 

1202年10月

 ・エステル・ブライトとアネラス・エルフィード、訓練施設のあるエイフェリア島から帰還。

 ・ヨシュア・アストレイとカプア一家、リベール王国北部の霧降り峡谷にある旧空賊砦に

  侵入、飛行艇《山猫号》を奪って逃走。

 ・ランディ・オルランド、猟兵団《赤い星座》を抜ける。

 ・ツァイス中央工房、6回目となる博覧会を開催。

  新型の装甲車<ヴァルガード>と戦車<フェンリル>を初お披露目。

  その先駆けとしてハーケン門に数機配置された。

 ・リベール王国、エレボニア帝国、カルバード共和国、レミフェリア公国の4国間で

  不戦条約が締結される。

 ・クローディア姫、王太女の儀を終え、正式に次期女王として国内外に公表。

 ・リベール王国のヴァレリア湖上に空中都市《リベル=アーク》が出現。

  (<リベールの百日事変>)

  ・リベール王国全土にて導力停止状態が発生。

  ・エレボニア帝国の第三機甲師団がリベール王国のハーケン門付近に展開。

   クローディア王太女とオリヴァルト皇子の非公式会談により、戦争回避で合意。

 

1202年11月

 ・空中都市《リベル=アーク》崩壊。

 ・<リベールの百日事変>終結。今回の顛末を国内外に公表。

  非公式ではあるが、『身喰らう蛇』を第一級国際犯罪組織(国家の転覆を脅かす危険性大)

  に国家認定。『赤い星座』『北の猟兵』『黒月』の三組織を準一級国際犯罪組織に国家認定。

  (非公式としたのは、元『結社』『猟兵団』出身者に対する配慮のため。)

 ・アリシア女王、クローディア王太女、オリヴァルト皇子、アルフィン皇女の公式会談。

  今回の異変による事態を受け、互いの情報網構築と二国間で停滞している経済交流の促進で

  合意を交わした。

 ・パルム郊外に展開していたエレボニア軍はアルフィン皇女の護衛という形で帝国に完全撤退。

 ・リベール王国全土、導力停止状態から完全回復。国内・国際定期船の運航再開。

 ・“剣帝”レオンハルト・メルティヴェルス、女王より無期限の奉仕活動という処罰を受ける。

 ・空賊『カプア一家』に対し、女王陛下より今回の事変解決の協力に対し、多大な恩赦を

  与えられる。

 ・カシウス・ブライト、中将に昇格。

 

1202年12月

 ・オリヴァルト皇子、帝都に帰還。

 

1203年1月

 ・リベールの次世代巡洋艦『ファルブラント級』、エイフェリア島周辺空域にて試験航行開始。

 

1203年2月

 ・王室親衛隊大隊長であるシオン・シュバルツがその地位を退き、クローディア王太女の

  近衛騎士となる。後任にはユリア・シュバルツが就任する。

 ・クルル・スヴェンド、『翡翠の刃』から姿をくらます。

 

1203年3月

 ・『西風の旅団』と『赤い星座』の全面戦争、“闘神”バルデルと“猟兵王”レヴァイスの

  一騎打ちにより、レヴァイスが辛勝、バルデルは行方不明となる。

  その直後に『赤い星座』副団長のシルフェリティアも行方不明となる。

 ・『翡翠の刃』が姿をくらます。

 

1203年4月

 ・リベール王国、第六世代型戦術オーブメント『ENIGMAⅡ-2』という呼称から

  『ALTSCISⅡ(アルトサイス・セカンド)』に変更され、国内所属のトップクラスの

  遊撃士に配布される。

 

1203年5月

 ・遊撃士協会ツァイス支部の受付、キリカ・ロウランが一身上の都合により辞任。

  後任にはルナサ・オズウェルが継ぐこととなる。

 ・カルバード共和国、大統領直属情報機関『ロックスミス機関』始動。

 ・ZCFとラインフォルト社による共同プロジェクト『Lプロジェクト』が始動。

  情報処理システムの観点からエプスタイン財団とフュリッセラ技術工房も参画。

 ・クロスベル市にレミフェリア公国とリベール王国公認の総合雑貨『セディティエスト』が

  オープン。

 

1203年6月

 ・『影の国』事件(3rd本編)発生も解決。

  ケビン・グラハムはこの後、“千の護手”と異名を変えて活動することとなる。

 

 

~戦術オーブメント~

・第三世代型

・第四世代型

・第五世代型

 クロスベル・レミフェリア供給タイプ

 <ENIGMA>    マスタークオーツなし、スロット7(中央含む)

 <ENIGMAⅡ>   マスタークオーツあり、スロット6

 エレボニア供給タイプ

 <ARCUS>     マスタークオーツあり、スロット8

 リベール供給タイプ

 <ALTSCIS>   マスタークオーツなし、スロット7

・第六世代型

 リベール供給タイプ

 <ALTSCISⅡ>  マスタークオーツあり、スロット8

 “守護騎士”供給タイプ

 <ALTIA-ZERO>マスタークオーツあり、スロット12

 エレボニア供給タイプ

 <ARCUSⅡ>    マスタークオーツあり、スロット8

・第七世代型

 <ALTIA>     マスタークオーツあり、スロット12



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FC・SC序章~父、旅立つ~
第18話 義弟


~ロレント郊外 ブライト家~

 

「お父さん、遅いね」

「仕方ないわよ、エステル。遊撃士というものは忙しいもの。」

「それは解ってるけれど……いつもだったら連絡ぐらいしてるでしょ?」

「……ま、私たちは信じて待ちましょ。エステル、手伝ってくれるかしら?」

「うん!」

百日戦役から5年の月日が経った。遊撃士であるカシウスは忙しく、中々家に帰ってこないこともあった。ただ、そこまで仕事に打ち込めるのも、家庭とエステルを支えてくれるレナの存在が大きいことは言うまでもなく、カシウスも彼女には頭が下がる思いだ。

 

「ただいま~」

「おかえり~、お父さん!」

すると、カシウスが帰ってきた。家族の帰りにエステルとレナは笑顔で迎えた。

 

「エステル、いい子にしてたか?」

「うん!」

「ええ。ここのところはアスベル君達と一緒に遊んでいますから。」

「そうか(そういえば、最近エステルの棒裁きが洗練されてきたが……まさか、な)」

近所に住んでいるあの四人のことを思い出し、その影響が棒術のキレの良さにも表れていることに内心笑みを浮かべた。良くも悪くも自分の血筋を受け継いだ娘だということに。

 

「それで、それは何?靴?竿?虫取り網?」

「……育て方、間違えたかな。」

「ふふっ、いいではないですか。エステルにもその内解ると思いますよ。」

カシウスの抱えている包みが気になり尋ねたエステル。何と言うか、年頃の女の子の口から出てきていけないような言葉にカシウスは冷や汗をかき、レナは微笑ましい表情で二人を見つめていた。

 

「お土産というのは、これだな」

カシウスがエステルの問いに答えるかのように包みを解くと、一人の少年が現れた。

 

「…………は?」

エステルは茫然とした。

え、何、どういうことなの?お父さんが男の子を連れてきた?……

 

「ど、どういうことなの!?」

「落ち着け、これから事情を……」

「そうですね。じっくり話を聞きましょうか?ア・ナ・タ?」

「はい……」

問い詰めようとするエステルをなだめようとするが、それ以上に凄味のある笑顔で迫ってきたレナにただ返事をすることしかできなかったカシウスであった。とりあえず、少年を二階の空いている部屋に寝かせて、様子を見ることにした。

(※1階の部屋にカシウスとレナの部屋があります)

 

「仕事先で会った子でな。どうやら身寄りがいない様で、俺が引き取る流れになったんだ。急に決まったことで、連絡が遅れたことについては済まなかった。」

「そうだったんですか。私はてっきりあなたが隠し子でもつくっているのかと思いましたよ?」

「何を言っている。お前がいてくれるから、俺は仕事に打ち込めるんだ。それを裏切るようなことはお前もエステルも悲しませることになるからな……それだけお前たちの事が大切だし、俺はいつでもレナ一筋だからな。」

「もう、恥ずかしいですよ。」

傍から見れば新婚気分の抜けない夫婦そのものに近い。それを見ているエステルは『相変わらずだね~』と心の中で微笑ましく思いながら眠っている少年を見つめた。

すると、少年の瞼が開いて、琥珀色の瞳がエステルは感動に近い驚きを感じた。

 

「うわ、綺麗な瞳」

「ここは……」

少年は、自分のおかれた場所に困惑していた。どう見ても自分が知っている場所ではない、と。そして、彼の視界に映る一人の人間――カシウスの存在に気づいて警戒する。

 

「目が覚めたか。ここは俺の家だ。」

「カシウス・ブライト、貴方、どういうつもりで…!」

「どうって言われてもな……遊撃士として人道的に助けなきゃアレだし、ようは成り行きって奴だ。」

その少年ですら予期していなかったカシウスの行動に食って掛かる。第三者から見れば『何らかの理由で敵対していた人がとっ捕まって無理矢理連れてこられたため、納得できずに食って掛かっている』という光景だ……一方のカシウスはのらりくらりと質問をかわす。

 

「ふざけるな!貴方、自分のしたことが…!」

「こらー!!」

彼はさらに質問を続けようとしたところで、エステルに蹴りを入れられる。

 

「なっ、何だ、君は!?」

「エステルよ!エステル・ブライト!」

「俺の娘だ。で、俺の隣にいるのが妻のレナだ。お前には話しただろ?」

「よろしくね。」

少年の問いかけに怒り混じりの言葉で呟くエステル、説明するカシウスに笑みを浮かべて挨拶するレナ。

 

「そ、それは聞きましたが、今はそういうことを聞きたいんじゃ…!」

「だ~か~ら~!!」

少年は質問しようとするも、またもやエステルに止められる。

 

「怪我人は大人しくしてなさい!」

「いや、だったら怪我人に蹴りは……」

「な・に・か・言・っ・た・?」

「…何でもないです。」

レナの血を引くからか、エステルは凄味のある笑顔を見せて、怒気を含んだ声で言い放った……これ以上問答を続けたら自分の身が持たないことを察知し、少年は押し黙ることしかできなかった。

 

「この家ではレナとエステルに逆らわないことだな。俺ですら勝てない。」

「……ええ、そのようですね。」

笑顔で答えるカシウスに少年は頷いて答えた。

 

「そういえば、何て言うの?」

「え?」

「貴方の名前!こっちはみんな紹介しておいて、そっちの名前を知らないなんて不公平よ!!」

「そうだな、俺も聞いていなかったな。」

「そうですね。これからは一緒に暮らすんですし。」

………最早、少年のブライト家入りは確定的な流れとなっていた。この流れに逆らったら自分の命に関わるのでは……内心諦めつつ、納得して自分の名前を呟いた。

 

 

「…僕……僕の名前…は…――――です。」

 

 

 

 

――百日戦役から10年の月日が経った……

 

 

 

――かつて、理不尽な災厄に見舞われたリベール王国。だが、リベールの底力とその裏で動いた『功労者』により、その災厄を跳ね除けるどころか圧倒した。

 

 

 

――その力を目の当たりにした者たち、その力を見た者は口を揃え……リベールの実力を評するかの如くこう呟いた。

 

 

 

――『眠れる白隼、起こすことなかれ』………と。

 

 

 

七耀歴1202年。第60回女王生誕祭を目前に控えたリベール王国に試練が訪れる。だが、試練を与える者たちはまだ知らない……百日戦役に築いた『絆』……リベールという国の『真骨頂』すらも……

 

 

 

~ロレント郊外 ブライト家~

 

「ふあぁ~……」

栗色の髪の少女、エステルは差し込んでくる朝日で目を覚まし、上半身を起こして体を伸ばす。

 

「もう朝か。今日の当番は確か父さんだったわね……ヨシュアはまだ寝てるのかしら?」

5年前に義弟となったヨシュアの様子が気にかかったが、窓の外から聞こえてくる音……聞き覚えのあるハーモニカの演奏にエステルは気付き、ヨシュアがもう起きていることを察した。

 

「って、ヨシュアはもう起きてるみたいね。さて、支度しなきゃ。」

そう言ってベッドから抜け出すと、いつもの着慣れた服に着替えるとヨシュアがいる方向…2階のベランダへと足を運ぶ。

 

 

2階のベランダに出ると、ハーモニカを演奏しているヨシュアがいた。演奏が終わるとエステルは拍手をしてヨシュアの演奏を褒めていた。

「ひゅ~ひゅ~、やるじゃないヨシュア。」

「おはようエステル、もしかして起こしちゃったかな?」

「ううん、あたしもちょうど起きたところだったし。でも、ヨシュアったらキザよね~お姉さん聞き惚れちゃったわ。」

「何がお姉さんだよ。僕と歳が変わらないくせに。」

からかいがこもった言葉にヨシュアは呆れた表情で呟く。

 

「甘いわね、ヨシュア。同い年でもあたしのほうがこの家にいるのが長いのよ。言うなら姉弟子って奴かしら。」

「はいはい、よかったね。」

これ以上続けたとしても意味がなさそうなので、ヨシュアはため息をついてエステルの言葉に同意した。

 

「それにしても、ヨシュアってばハーモニカ吹くの上手いわよね。あたしもうまく吹けたらいいんだけどな~簡単そうにみえて難しいのよね。」

ハーモニカの演奏は、単純なようで難しい……例えば、リコーダーやピアノやサックス、クラリネットなどといった『特定のキー・指裁き』と必要とする楽器、トランペットやホルンなどのような『少ないキーで多くの音を出す』楽器、バイオリンなどの『指裁きと感覚で音階をイメージする』楽器、それらの多種多様な楽器の中でもハーモニカは『音をイメージして演奏する』楽器である。

 

「君がやっている棒術よりはるかに簡単だと思うけど。ようは集中力だよ。」

「全身を使わない作業って苦手なのよね~……ヨシュアもハーモニカはいいんだけど、もっと積極的に行動していかなきゃ。肝心のヨシュアの趣味って、後は読書と武器の手入れぐらいでしょ。そんなインドアばっかの趣味じゃ、お目当ての女の子のハートは掴めないわよ?」

エステルに趣味のことを軽く攻められたヨシュアは反撃の言葉を呟く。

 

「悪かったね、受けが悪くて。そう言うエステルだって、女の子らしい趣味とは思えないよ?スニーカー集めとか、釣りとか、虫取りとか……流石に男の子がやる趣味じゃないかい?」

「失礼ね、虫取りは卒業したわよ。それに、最近はお菓子作りだってするようになったんだから!」

「………」

「な、何よ?そんな意外そうな表情を浮かべて。」

ヨシュアの反撃から出たエステルの女の子らしい趣味に唖然とし、エステルはそんな彼の様子に納得できず質問を投げつける。

 

「いや、全身を使わない運動や作業は苦手と言っていたよね。そんなエステルがお菓子作りだなんて、どういう心境の変化だい?」

「うっ……しょ、しょうがないじゃない!『手先を器用に動かせることも修行の一環』だって言われたんだから!!」

エステルの言っている答えは半分ぐらい正解だった。攻撃・防御・回避…武術においては、手先の僅かな感覚を研ぎ澄ませることで、あらゆる状態からの『斬り返し』を行えるようになる。彼女が使う『棒』は、使いこなせばあらゆる方向からの攻撃を可能とする。

正解のもう半分は、近くに住んでいる年上の少年の作った菓子に女としてのプライドを折られたことによる対抗心のようなものだが。

 

そこにカシウスが二人を呼びにベランダの下から声をかけた。

 

「2人とも。朝食の用意ができたから、レナが冷めない内に来いと言ってるぞ。」

「は~い」

「わかったよ、父さん」

そして2人はそれぞれ食卓につき、朝食を食べ始めた。

 

「ごちそうさま~」

「ごちそうさまです。」

「はい、おそまつさまでした。」

「朝からよく食べるなぁ……父さん並じゃないか。」

朝食を食べ終えた後、ヨシュアはエステルの食べっぷりに感心した。

それを証明するかのように皿の数はヨシュアの向かいに座っているカシウスと同じぐらいの皿の数だった。

 

「別にいいじゃない、よく食べてよく寝ることは大事よ。それに、お母さんのオムレツは大好きだしね。」

「ふふ、ありがとう、エステル。」

娘からの褒め言葉にレナは笑顔で答えた。

 

「ま、しっかり食って気合を入れておくんだな。2人とも、今日はギルドで研修の仕上げがあるんだろう?」

カシウスは二人が受けている研修……ギルドの遊撃士研修のことを2人に確認した。

 

「うん、そうね。ま、かる~く終わらせて準遊撃士になってみせるわ。」

「エステル、油断は禁物だよ。最後の試験があるんだから。」

「え……?試験ってなに?」

意気揚々と張り切るエステルだったが、ヨシュアの言葉の中に出てきた『試験』という単語に反応して呆然となり、ヨシュアに尋ねる。

 

「シェラさんが言ってたよ、合格できなかったら追試だって。」

「……やっば~完璧に忘れてたわ……(もしかして、昨日の鍛錬が軽めだったのは、そのせいかしら?)」

エステルは昨日のことを思い出す………

 

 

~前日~

 

「はい、今日はここまで。」

「あ、ありがとうございます……」

淡い栗色に翠の瞳の少女は平然とする一方で、エステルはかなりへばっていた。

 

「な、何だか納得いかないわね…レイアとは同い年なのに。」

「しょうがないよ。私やエステルじゃ“経験”が違うもの。それでも、ここまでこれたのは『才能』が大きいと思うよ。」

少女……エステルにとっては友であり、棒術の師匠的存在であるレイア・オルランドは棒をしまい、エステルに話しかける。その一方で、エステルはここまで理不尽な実力差に驚きを隠せない。世界は広いものだと実感させられる要因の一端にレイアの存在があったのは言うまでもない。

 

「ま、今日は『明日』のこともあるし、ちゃんと柔軟をしてから休んでね。」

「『明日』?そりゃ、ギルドの研修の仕上げはあるけど?」

「……ちゃんと学識も身に付けないと、恥をかくことになっちゃうよ?」

「お、大きなお世話よ…!」

ジト目でエステルのこれからを不安視するレイアの言葉に、エステルは恥ずかしそうに反論した。

 

 

~今に戻る~

 

「(全く……あれ?でも、何で遊撃士でもないレイアが『そのこと』を知ってたんだろ……)ま、何とかなるでしょ。」

「まったく、君は……」

昨日の事を思い出しつつ同時に疑問も浮かんだが、それは後に置いておくことにした。一方、彼女の根拠のない言葉にヨシュアはため息をつく。

 

「エステル、そろそろ行こうか。」

「ええ。行って来るね、お父さん、お母さん!」

「じゃあ、行ってきます。」

「行ってらっしゃい、気をつけてね。」

「頑張って来い、2人とも。」

両親から応援の言葉を聞いた2人は家を出て、ロレント市のギルドへ向かって歩いた。

 

 




ようやく原作開始です。歴史大幅に変わっちゃってますがw

ここからできるだけ原作準拠ですが、一部原作人物の性格が変わっています。あの人とかw

あと、オリキャラは色々動き回ります(黒笑)


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第19話 研修のおさらい

~ロレント市内 遊撃士協会支部前~

 

「さて、今日で研修は終わりだけれど……エステル?」

「だって、日曜学校を卒業したのに、また勉強するなんて思わなかったわよ。」

エステルがため息をつきながら呟く。

しかし、遊撃士というものは単に腕っぷしが要求される仕事ではない。その辺りの事もエステル自身は理解していた。ただ、勉学の方は………それはご想像にお任せというか、彼女の発言から見るに『苦手』だということは明らかだが。

 

「でも、これで合格すれば晴れて準遊撃士の仲間入りだし、頑張らないとね。」

「そうね、よっし!今日頑張ればシェラ姉のしごきから解放されるしね!」

「現金だなあ……それじゃ、行こうか。」

ヨシュアはエステルの切り替えの早さに苦笑を浮かべつつ、二人は遊撃士協会(ブレイサーギルド)ロレント支部の建物へと入っていく。

 

 

~遊撃士協会 ロレント支部~

 

「アイナさん、おはよう!」

「おはようございます。」

「あら、おはようエステル、ヨシュア。」

ドアを開け挨拶をした二人に気付いた受付のアイナ・ホールデンも挨拶をした。

 

「シェラ姉もう来てる?」

「ええ、2階で待ってるわ。今日の研修が終われば晴れてブレイサーの仲間入りね。二人とも合格するよう頑張って。」

アイナはエステルに捜している人物がいることを伝え、二人の研修が合格するよう励ましの言葉をかけた。

 

「うん、ありがとう!」

「頑張ります。」

その言葉に返答すると、二人は2階へと上がった。

 

 

ロレント支部2階の一角では、一人の女性が椅子に座って何かをしていた。

遊撃士としての評価が高い『銀閃』の異名を持つ銀の長髪の遊撃士、シェラザード・ハーヴェイがタロットで占いをしていた。

 

「………「星」と「吊るし人」、「隠者」と「魔術師」に逆位置の「運命の輪」、そして「太陽」と「戦車」に逆位置の「月」……これは難しいわね……どう読み解いたらいいのか………」

シェラザードは占いの結果の難解さに頭を悩ませていた。

 

「シェラ姉、おっはよう~!」

「おはようございます、シェラさん。」

そこに元気よく声を上げたエステルとヨシュアが上って来た。その様子を見たシェラザードは珍しげな表情で話しかける。

 

「あら、エステル、ヨシュア。あなた達がこんなに早く来るなんて珍しいわね。」

「えへへ、早くブレイサーになりたくて来ちゃった。」

「はあ、いつも意気込みだけはいいんだけど…ま、いいわ。その意気込みを買って、今日のまとめは厳しくいくからね。覚悟しときなさい。」

意気込みだけは立派なエステルにシェラザードはため息をつき、真剣な表情でエステルに言った。

 

「え~そんなぁ。」

「お・だ・ま・り。毎回毎回教えた事を次々と忘れてくれちゃって……そのザルみたいな脳みそからこぼれ落ちないようにするためよ。」

………目の前にいるエステルの記憶回路は『どこかおかしい』のではと思い、シェラザードは理解できず溜息を吐いた。教え込むよりも叩き込んだ方が早いという彼女の学習能力の歪さにはほとほと呆れるばかりだったようだ。

 

「ヨシュア、シェラ姉がいぢめるよぉ~!!」

「大丈夫ですよ、シェラさん。エステルって勉強が嫌いで予習も滅多にやらないけど……ついでに無暗と、誰が見ても物凄くお人好しで、余計なお節介が大好きだけど……カンの良さはピカイチだから、オーブメントも実戦で覚えますよ。」

「はぁ……こうなったらそれに期待するしかないわね……」

ヨシュアの言うエステルの性格を自分でも思い返し……実戦での習得に期待するしかない、とシェラザードは溜息をついた。

 

「ちょっとヨシュア。なんか全然フォローしてるように聞こえないんですけどっ!?寧ろ貶してない!?」

「……心外だなぁ。僕はただ、君の誰にも負けない美点を言ったのに。」

エステルは先程の言葉に睨んで質問を投げかけるが、ヨシュアは満面の笑顔で答えた。今朝のブライト家でのやり取りに対する復讐にも見て取れた。

 

「全くもう……ところでシェラ姉、タロットで何を占っていたの?」

溜息をついたエステルは机に出してあるタロットカードに気付いた。

 

「ああ、これね……近い将来を漠然と占ってみたんだけど……今日はちょっと調子が悪いみたい。読み解く事ができなかったわ。」

「シェラ姉が、読み解くことができない??」

「へえ、そんなこともあるんですね。」

「ま、いいわ。それより2人とも最後の研修を始めるわよ。」

「「ハイ」」

シェラザードは気持ちを切り替え顔を引き締めた。そして2人は今までの復習……遊撃士と導力器(オーブメント)に関することを復習する。

 

『導力器』……『導力』とよばれるエネルギーによって動く機械仕掛けのユニットのことを言い、七耀石を加工した結晶回路によって様々な能力を発揮するものである。遊撃士にとっては『戦術オーブメント』がそれに該当し、使用者の身体能力向上やアーツの使用が可能となる。ただ、オーブメントの適正には個人差があり、個々に最適化・調整されたオーブメントを使用するのが一般的である。

 

『遊撃士』……地域の平和と民間人の保護のために働く調査と戦闘のスペシャリストのことであり、魔獣退治や犯罪防止、荷物の護衛から落し物の捜索といった幅広い範囲での活躍を行う……いわば警察のような治安機構を担っているのが遊撃士の役目である。その遊撃士を統括するのが大陸全土に支部を持つ遊撃士協会である。

 

最後にリベール王国について復習した。

 

「あたしたちの住む、このリベールはゼムリア大陸西部に位置し、豊かな自然と伝統に育まれた王国よ。大陸でも有数の七曜石(セプチウム)の産地でそれを利用したオーブメントの開発でも高度な技術を誇っているわ。リベールにとってオーブメントの技術は周辺の大国と渡り合うための大事な技術よ。10年前の戦争―――『百日戦役』の時、リベールの占領されている市を解放させた作戦で、導力機関(オーバルエンジン)で空を駆ける飛行船を利用した解放作戦よ。……まあ、圧倒的敗退を喫したエレボニア帝国とは今でも微妙な関係だけど、アリシア女王の優れた政治手腕もあって今のリベールは、おおむね平和と言えるわね。」

 

リベールを構成しているのは、王都であるグランセルや防衛の要ともいえるレイストン要塞を抱える『グランセル地方』、ツァイス中央工房があり王国の導力技術の中枢であるツァイスや温泉保養地がある『ツァイス地方』、港湾都市ルーアンとジェニス王立学園がある『ルーアン地方』、エステル達が住んでいるロレントや七耀石の鉱山を有する『ロレント地方』、そして百日戦役後に実質上リベール領である二つの自治州……エベル湖やレグラムがあるレグラム自治州の『レグラム地方』、ハーケン門から以北、静水の都……白亜の旧都と呼ばれていたセントアークと紡績都市パルムを有するアルトハイム自治州があるリベールの中で最大規模の地方『アルトハイム地方』の六つで構成されている。

 

ただ、百日戦役の関係とリベール=エレボニア両国の関係により、レグラム自治州へのエベル支線およびアルトハイム自治州へのアルトハイム本線(旧サザーラント本線)による鉄道便は再開されていない。しかし、線路網の整備や車両整備にはリベールも積極的に関与しており、いつでも再開できるだけの備えはされているのが現状だ。それ以上に、鉄道便の運航停止は帝都ヘイムダルに大きな影響を及ぼしているのだ。そのため、現在凍結されている鉄道網運行の再開を望む声が高まっており、大陸横断鉄道の実績を基にした新たな国際鉄道としての交渉が進められている。

 

「確か、その解放作戦で帝国軍に甚大な被害を与えたって……」

「ええ。人的資源・兵装共に圧倒的大差をつけられた状態からの大逆転劇らしいわね。当時ならば完成は10年先とも言われた巡洋艦『アルセイユ』級も完成させたほどの圧倒的技術力は、周辺国から『眠れる白隼』とも言われる要因になっているし。」

その要因となったのは、裏で動いていた功労者の賜物だった。彼らは他国で最新鋭とされている技術を基に、その更に二世代、三世代先を見据えた技術革新を行い、技術提供したのだ。表向きには発表されていないが、その技術の差は、部門によってはかなりの開きがあるのだ。そして、更なる先も見据えた開発が行われているが、それに関しては本当のごく一部の人間しか知りえないことだ。

 

「えと、確かアルセイユ級は現在一隻だけですよね。」

「そのとおりね。二番艦と三番艦は『領土的野心がない』ことを証明するために解体されたと聞いているけれど、帝国からの圧力に屈しない最低限の装備として新型の警備艇を最前線……つまりは元エレボニア帝国、現在のアルトハイム自治州とレグラム自治州に配備されたそうよ。」

最低限と言われているが、軍用警備艇とアルセイユ級の中間クラスである遊撃艦『ラティエール』級が八隻新造され、配備されているのだ。最高時速は2600セルジュ、そして自動捕捉レーダー連動型火器を搭載しているが、その事実と詳細を知るのはアリシア女王、モルガン将軍、この艦を運用するクルーや専門の整備班……そして、この開発に協力したアルバート・ラッセル博士……さらに、『功労者』と呼ばれる人たちだけである。これには、外部のみならず内部への敵を考慮した結果、ごく少数のみが知っていることに留めたのだ。

特にアルトハイム自治州は帝都ヘイムダルがあるエレボニア帝国の直轄領とは国境線が近い……いわば、見えない剣を帝国の喉元に突き付けているも同じなのだ。

 

「その二つの自治州とはロレントと深い繋がりがあってね。直行便も飛んでいるぐらいだし。」

「そうね。最初は元帝国って思っちゃったけれど、みんないい人だったし」

ロレントとレグラム、そしてパルムは地理的要因から互いに近い関係もあって経済交流が盛んである。その影響でロレントはグランセルに次ぐ経済規模を持つ田園都市……普通であれば相反する要素をうまく取り入れて、自然と経済が共存する街へと変わっていったのである。

このロレントの変化……一見すれば都市の発展とも受け取れるが、このこと自体が思わぬところからの変化を生み出したのだ。

 

それは、アルモニカ村ならびに鉱山町マインツの将来発展プランのモデル視察という形で、クロスベル自治州共同代表の一人であるクロスベル市長ヘンリー・マクダエルがロレント市を電撃訪問したことだ。

 

その後、アリシア女王とカシウス・ブライトの仲介でロレント=クロスベル友好姉妹都市協定を結び、クロスベル議会もエレボニアを破った実績を持つリベールの意向を無視できず、自治州独立以降では史上初……異例ともいえる『全会一致での協定承認』が為されたのだ。

 

クロスベル自治州は特殊な性質故に『条約』を締結できない……だが、『協定』であればたとえ自治州でも結ぶことは可能だ。しかも、今回は国家ではなく互いに都市単位での相互協力を視野に入れた協定締結。その裏でレミフェリア公国とアルテリア法国にしっかり根回しがされたのは言うまでもない。

 

このニュースはクロスベルにおける報道機関誌『クロスベル・タイムズ』にも大きく取り上げられ、宗主国でもなく、クロスベルに対して何ら実効的支配を行っていないにもかかわらず、百日戦役での戦績による影響はクロスベル自治州におけるリベールの存在感を一層増すことに繋がったのである。

 

「そんな風に簡単に打ち解けられるのはエステルぐらいだよ。」

「あ、あんですって~?」

「まぁ、それがエステルのいいところよ。」

普通であれば、戦勝国と敗戦国の関係……その関係からか一歩引いてしまう人もいるのだが、アリシア女王自らの訪問以降、少しずつではあるが変わっていったのである。

 

「それにしても、帝国側の動きを聞いちゃうとまた戦争を始めるのか、と思っちゃうのだけれど……」

「その辺はアリシア女王や外交に携わる人たちの役目よ。でも、オーブメントに関しては私たちも恩恵を受けているのよ?」

「戦術オーブメント、ですか?」

「ええ」

リベールの進んだオーブメント技術…それは、戦術オーブメントも例外ではない。本来であればエプスタイン財団がその最先端を担っていたのだが、リベール国内においてはツァイス中央工房が更に抜きん出た技術を生み出しているのだ。

 

「今私たちが使っているのは、他の国よりもアーツを使える許容量が大きいだけのものだけれど、次世代型のオーブメントを考慮して規格自体は既にその次世代型のものなの。これによって、オーブメントの更新に合わせてクォーツを買い替える必要が無くなったってところね。」

「気にしたことはなかったけれど、そんなに大変なことなの?」

「ええ。特に半年に一度更新なんかされたら、その都度セピスを集めて合成しないといけないから。その苦労をもうしなくて済むというのはこちらとしても助かるのよ。」

次世代を見据えた規格……この時の意味を後に知るエステルとヨシュアは、『あの時の言葉はそういうことだったのか』と感じたらしい。

 

「さてと、復習はこのくらいで勘弁してあげるわ。それじゃ、とっとと実地研修に進むわよ。」

「ねえ、シェラ姉。実地研修って今までの研修と何が違うの?」

エステルはシェラザードに実地研修について尋ねた。流石に彼女にとってこれ以上の座学はオーバーヒートもののようだ。

 

「簡単に言うと実際に遊撃士の仕事に必要なことを一通りやってもらうわ。座学というよりは運動みたいなものね。体を動かして貰うんだから覚悟しておきなさい。」

「えへへ、助かったわ~。体を動かせるんなら今までの研修よりずーっとラクだわ。」

エステルはシェラザードの言葉を聞いて、先程まで最後の研修に不安だった顔が、手のひらを返したように笑顔になった。

 

「なんだか、急に元気になったよね。」

「その笑顔が最後まで続くといいんだけど……さてと、ついてきて。」

1階に降りて遊撃士手帳をアイナから受け取り、依頼の確認方法のレクチャーを受けた後、試験を行う場所に移動する。いよいよ、二人にとって大切な試験が幕を開けたのである。

 

 




知る人間と知らない人間からの対比をうまく表現できた、かな?
ごく少数しか知らないのは、彼らがこの先を見越しまくった行動をしているからです。情報部ですら知りません。
だって、アイツら、その気になれば記憶消せるんですよ?(参考:ワジ)
それぐらいの秘法なら普通にありそうでおかしくない、と思ってください。そうでないと、七耀教会の人間が多い典礼省に警戒なんてされないでしょうしw


そして、全会一致で決まったことについては、

帝国『ここで下手にリベールからの提案を蹴れば……認めるんだ』
共和国『リベールを敵に回すことは避けろ』

という思惑というか、二大国にとって触れたくない国、ある意味トラウマレベルです。下手に喧嘩吹っかけて半壊というか約八割壊滅させられれば、誰だって怖いと思うでしょうし。


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第20話 動き出す影

実地試験……課題内容は、地下水路の奥にあるものを回収して戻ってくるという内容だ。二人は無事に見つけ、エステルは中身を空けようとしたが、ヨシュアの正論でそのまま持ち帰ることとなった。

だが、その出口の梯子に一人のローブを纏った人物がいた。その表情は仮面で隠され、表情を窺うことができない。普通じゃない……二人は同時にそう思った時、ローブを纏った人間は二人の方を指さし、呟いた。

 

「ほう……それを回収してくれるとは殊勝な者もいたものだ……」

「なっ、誰よアンタ!」

「そもそも、入り口にはシェラさんがいたはず……」

「フフ、彼女にはしばし眠ってもらった。私としても、無益な殺傷は避けたいものでね……渡すなら、命までは取らぬ。もし、抵抗するのならば……命の責任は取れぬぞ?」

黒装束の人物はどこからかスタンハルバード…衝撃を威力に変換する導力ユニットが取り付けられた武器を構える。

 

「ふ、ふざけないで!ヨシュア!!」

「解ってる、エステル!!」

二人も武器を構える。

 

「我が名は“システィ”。貴殿らの実力、見せてもらうとしよう!!」

システィは武器を構えると、一直線に突撃して振り下ろす。

 

「くっ!」

「っ!!」

二人は咄嗟に後ろに跳び、回避する。

 

「フッ、成程。見習い程度にしてはよくやる……」

「こんの、お返しよ!!」

エステルは戦技『旋風輪』を放ち、システィは咄嗟に防御するものの後ろに飛ばされる。

 

「続いていくよ、はあっ!!」

ヨシュアは間髪入れずに戦技『双連撃』を放つが、システィはその連撃を最小限の動きでいなした。

 

「……ふむ、今のは流石にヒヤリとしたぞ。」

「武器としてはかなりの重さがあるスタンハルバードをあそこまで使いこなしている……エステル」

「短期決戦ってことね。」

ヨシュアとエステルは互いに頷き、構える。

 

「行くわよ!烈波、無双撃!!」

エステルはSクラフト『烈波無双撃』を放つが、その全てが防がれている。

 

「どうした?すべて防がれているではないか?」

「だって、私は囮だから。」

「何?」

エステルの言葉にシスティは首を傾げる。だが、その言葉の意味をこの直後に知ることとなる。

 

「行くよ、断骨剣!!」

システィの背後を取ったヨシュアはSクラフト『断骨剣』を放つ。防御がエステルの方に向いている以上、回避できるはずがない……だが、システィはもう片方に持った武器で防ぐという行動に移った。

 

「なっ!?」

「スタンハルバードの二刀流!?」

「いつから、私の武器は一本だと思っていた?そんな調子では先が思いやられるぞ、エステル・ブライトにヨシュア・ブライト……」

悔しそうにしつつも対峙する二人を見て忠告するかのように言い放つと、システィは突然背を向けた。

 

「え……」

「な、何よ!逃げる気!?」

「何、私はただ“恩人”の頼みを聞いたに過ぎない……遊撃士への道は、そう易くはないぞ?」

そう言い残して、システィは跳躍してその場を後にした。

 

「……一体、何だったのかしら?」

「いや、それ以前にどうしてあのシスティという人は、僕たちを知っていたのかな?」

「う~ん……父さん絡みかしら?あの不良中年、あちらこちらを転々としてるし。」

「不良って……ともかく、僕らも戻ろうか。」

「そうね。」

二人で話しても結局結論は出ず、地上に上がることにした。

 

 

~ロレント 地下水路入り口~

 

地上に上がった二人は、小箱をシェラザードに渡して先程戦った『システィ』という人物について報告した。

 

「ふむ……解ったわ。これに関しては私から報告しておくから。」

「お願いします。」

「にしても、あの武器は何なの?」

「スタンハルバード……近接戦闘用の武器で、導力化が進んでいる正規軍や警備隊などでは一般的に使用されている代物だね。ただ、導力ユニットの関係から両手で扱うのがやっとのはずの代物なんだけれど……」

通常であればその重量故に両手で扱えるのがやっとの代物だ。だが、その人物は二刀流……つまり、片手一本で運用していたということになる。そのことからも、その人物の膂力は人並み外れたものであるということに繋がるのだ。

 

「とりあえず、そのことはさておいて、報告に戻るわよ。」

シェラザードの言葉に二人は返事をしてギルドに戻り、アイナの報告を済ませた。

そして、シェラザードに頼まれて回収した箱を開けると……そこには、準遊撃士のエンブレムが入っていた。つまり、試験は合格。見習いではあるが、二人は無事に準遊撃士となったのである。ヨシュアは感慨深くエンブレムを見つめ、エステルは大喜びしていた。

 

 

「まったく……少し本気を出し過ぎじゃないかしら?」

二人と別れて、地下水路の入り口にやってきたシェラザードは、周りに人気がないことを確認して、呟いた。

すると、彼女の目の前の空間が歪み、先程二人と対峙した人…“システィ”が立っていた。

 

「すみません。でも、ヨシュアってば本気を出してくるものでしたから」

先程二人と対峙した時とは異なる声質……仮面を外し、ローブを脱ぐと……先程の格好とは正反対の白を基調とした服を身に纏った淡い栗色の髪に翠緑の瞳……レイア・オルランドの姿だった。

彼女が今日の研修を知っていたのは、彼らへの『依頼遂行時における突発的な対応への適切な判断と対処』を見るためのものだった。だが、あまりにも本気を出してきたため、やむなく二刀流で対抗したのだ。

 

「エステルに関しては貴方自身が手ほどきをしたのだから、自業自得よ。」

「ええ、解っています。」

「ちなみに、“不破”と“霧奏”の二人は?」

「二人でしたら、今日の夕方には直行便で戻ってくると。」

アスベルとシルフィアは、それぞれ自治州の支部の応援としてアルトハイムとレグラムに行っている。今日の午後には戻ってくるという連絡を午前中に受けていた。あの二人はリベールでもトップクラスだが、とある事情により最低限の活動に止めているため、Aランクでも下の方である。それでも十分なレベルなのだが。

 

「ただ、あなた達がいてくれるおかげで楽できているのも事実よ。今日はありがとう。お礼に一杯奢るわよ?」

「未成年に酒を勧めないでください……」

シェラザードは笑みを浮かべつつ誘いの言葉をかけるが、レイアはため息をついて呟いた。

 

 

一方、エステル達は雑貨店でリベール通信を買い、家に帰ろうとしたところで子ども達を連れ戻す事態になったが、二人の迅速な行動とカシウスの救援という名の美味しいとこどりによって難なく解決したのであった。そして、報告を終えた後カシウスへの手紙を貰い、家に帰ってカシウスとレナに準遊撃士となった報告と、カシウスにリベール通信と預かっていた手紙を渡したのであった。

 

「………何っ!?」

その手紙を見たカシウスは、驚愕の事実を知ることになる。

 

 

~ブライト家~

 

夕食後、一段落したところでカシウスがレナ、エステル、ヨシュアに遊撃士の仕事で海外出張――エレボニア帝国に行くことを明かした。

 

「え、帝国に?」

「どれくらいで戻れそうなの?」

「ああ、調査でな。一ヶ月ぐらいは戻れなさそうだ。」

「そうなんだ。」

カシウスはそう言っているものの、実際には『調査』という生易しいものではないことをヨシュアは薄々勘付いていた。何と言うか、男としての『勘』のようなものではあるのだが……

 

「さて、俺はアイツらのところに少し出かけてくる。」

「でしたら、これを持って行ってください。」

「解った。」

「アイツらって、アスベル達のところ?」

「ああ。なんたってお隣さんみたいなものだからな。しばらく留守にすることも伝えとかないと。」

「父さんなら大丈夫だろうと思うけれど、気を付けてね。」

三人に見送られ、カシウスはブライト家を出て、アスベル達の家に向かった。

 

 

~フォストレイト家~

 

カシウスの来訪に、四人は驚いていた。いつもであれば、彼が来るのは決まって彼が休みの日ぐらいだ。

 

「こんな遅くに尋ねてすまないな。これ、レナからの差し入れだそうだ。」

「ありがとうございます。先日頂いたシチュー、とても美味しかったですって伝えてください。」

「解った。俺やレナにしてみれば、お前たちも息子や娘みたいなものだからな。」

「あはは、恐縮です。」

一通り談笑した後、席に座ってカシウスの来訪の理由を尋ねる。カシウスが手紙をテーブルの上に出し、事情を説明し始めた。

 

「帝国からの救援要請……しかも、かなり切羽詰った状況だ。」

帝国の首都、帝都ヘイムダルにある二つの遊撃士協会が襲撃されたとのこと。被害はこれだけではなく、他の都市の遊撃士協会も同様の被害を被っている場所が多い……そこで、S級遊撃士であるカシウスにこの事態の打開を図るべく要請の手紙を出した、とのことだった。

その話を聞いた四人は考え込む。

 

「あの、なぜ私たちにこの話を?」

「そうだな……この状況、君らならばどう見るのか聞きたい。」

「十中八九、罠ですね。恐らく長期間貴方を拘束し、あわよくば『始末』するための。」

「やれやれだな。こんな人間を買いかぶりすぎなのではないか?」

帝国軍の規模自体は全部で22機甲師団……だが、そのどれもが動いていない。

明らかにS級遊撃士であるカシウスをエレボニアへと誘き寄せるシナリオだろう。

 

「実は、俺とシルフィで自治州に行ったついでに『調査』したのですが……エレボニア国内であるにもかかわらず、軍は動かないようです。」

「動けない、のではなく?」

「相手はあの『鉄血宰相』です……今までのイメージからすれば、速やかに軍を動かして首謀者を逮捕、秘密裏に処刑するでしょう。ですが、それをしていない……彼自身、遊撃士協会が撤退するのを望むかのように。この事件の後にでも遊撃士への圧力を強めるのではないかと思われます。」

襲撃の鮮やかさ、対応する素振りすら見せない軍、そして徹底された情報隠蔽…まるで何かを待っているかのような対応…それに連動した事柄を起こす場所を勘案した場合、リベールの可能性が高い……

彼の背後に『結社』がいたとしても、何ら不思議ではない。いや、彼はその『結社』と繋がっている可能性が極めて高い。

 

念のためマリクに連絡を取った所、それほどの襲撃ができるのは『赤い星座』『西風の旅団』『翡翠の刃』の三つだけであり、今回関わっているとみられる集団は、その三つには到底及ばないレベルらしい……彼等の『本来のレベル』であれば、という事実が付け加えられることになるが。

 

「おそらく情報局の人間がマークしてくるでしょう……そして、貴方がリベールを離れた隙に、何かアクションを起こすと思われます……結社『身喰らう蛇』が。」

「成程……それで、対応策は?」

「彼らはまず、このリベールの中でも愛国心の強い連中を扇動する形でクーデターを起こし、貴方を軍に戻して縛り付けるでしょう。そこで……ラッセル博士に例のオーブメントの解析を先行して実施、そのデータを然るべき時に流出させます。それと、こちらでテストしている次世代型の戦術オーブメントも目途が付きました。」

彼らの立てたプランは、『ハーメル』から続く事件や異変を順調に起こしていると見せかけた上で、首謀者を確実に抹殺すること。そして、あわよくば『身喰らう蛇』の持つ技術のいくつかを強奪すること。

そのためには、彼の子であるエステルとヨシュアに色々頑張ってもらわねばならない。

 

「で、トワには『七耀教会』からの依頼として、『巡回神父の旅の同行』という形でエステル達に同行してもらう。具体的には遊撃士の手伝い。依頼主はカシウスさんとアルテリア法王……誰も文句は言えないはずです。それと、セシリアさんには後方でのサポートをお願いします。」

「了解しました、フォストレイト卿」

「解りました。」

そこで、ヨシュアに顔の割れていないトワに同行してもらい、遊撃士の手伝いという形を取る。万が一、エステルとヨシュアの手に負えない相手でも、この二人であれば問題はないだろう。

 

「で、ここからが本題です。既にラッセル博士に話は通してありますが……建造途中で封印されたアルセイユ級四番艦……それの建造再開を秘密裏にお願いしました。」

「四番艦……『カレイジャス』か。」

「それと、二番艦と三番艦についても改修が終わり、今は『目覚め』の時を待っています。あと、こちらのルートから『協力者』をエレボニアに派遣しています。遊撃士の人にしてみれば、受け入れがたい人達でしょうが……」

「協力者……まさか」

彼らの言う協力者に該当者が多く、カシウスは首を傾げるが、遊撃士と折り合いが合わない人間ということに気づき、アスベルの方を見ると、彼は笑みを浮かべて答えた。

 

 

「戦力については保証しますよ。それに、『蛇の道は蛇』……ということですよ。」

 

 



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第21話 敵の敵は味方

オリキャラ一人増えました。



カシウスはアスベルの言葉……その道の『専門家』に頼むことに疑問を投げかける。

 

「その……正気か?」

「無論正気ですよ。でなきゃ、こんなことは言いません。帝国正規軍もアテにならない、領邦軍も自分たちの対応で一杯一杯、帝国政府は猟兵団の鎮圧に前向きではない……確かに、遊撃士の視点からすれば『組みたくない』相手かもしれませんが、彼等が協力してくれると言ってくれている以上、協力してもらわない理由がないですので。」

少なくとも、現状の打破とその先の待遇の差を鑑みれば、これ以上ないほどの『策』……であるとアスベルは感じていた。

こちらとしては積極的な介入は難しい……だが、彼らには『大義名分』がある。

 

「確か、ジェスター猟兵団…文字通りの『道化師』…背後にあのいけ好かない『アイツ』がいるって思うと、『お仕置き』したくなるね。」

「ははは……」

遊撃士協会の帝都支部を襲った猟兵については、既に調べはついていた。あの『氷』や『案山子』とは違うのだよ、アイツらとは。それに、あの……生意気小僧に関してはいつか腹パンしてやる。絶対に。

 

「だが、遊撃士協会がすんなり認めるとは思えないのだが……」

「あ、その辺に関しては『七耀教会』伝手で依頼しています。レマン総本部からもいい返事がもらえましたし。まぁ、その理由の主たる理由は彼等からの莫大な寄付金なのでしょうが。」

そもそも、遊撃士協会と共立の道を目指している『翡翠の刃』と『西風の旅団』にしてみれば、今回の猟兵による襲撃は『泥を塗られた』ようなものだ。更に、本来ならば介入する筋の無い『赤い星座』も言い方はアレだが、“みみっちいこと”しかしていないジェスター猟兵団に対してひどく憤慨していた。

 

「予定通りならば、“驚天の旅人”、“絶槍”、“猟兵王”、“西風の妖精”、“闘神”……それと、“赤朱の聖女”も動いてくれるそうです。」

「“赤朱の聖女”?聞きなれない異名だな。」

「そうですね……情と非情を使い分けることのできる……ある意味『赤い星座』最強の人です。」

 

カシウスは後に、その言葉の意味は間違いではなかったことを知ることになる……

 

 

~翌日 定期飛行船西回り~

 

アスベル達と話をした次の日、エステル達にロレントで見送ってもらい、グランセルとボース経由で帝国の首都であるヘイムダルに向かっていた。アスベル達と話した分、いくらかの想定をした上で動きやすくなったのは事実。後は、どのように作戦を実行するか……すると、夫婦らしき人がカシウスに声をかける。

 

「おや?アンタは確か、遊撃士のカシウス?」

「何故疑問形なのですか……すみません、急に声をおかけして」

「いえ、お構いなく。どころで、貴方がたは?」

赤髪と緑の瞳が特徴的な男性と、銀髪のメッシュが入った淡い栗色の髪と真紅の瞳の女性にカシウスは目をぱちくりさせながらも、二人は一体誰なのかという質問を投げかける。すると二人はこっそりメモをカシウスに渡しつつ、朗らかな声で自己紹介する。

 

「名乗るほどのものじゃないさ。強いて言うなら『バール』かな。こんな場所で『百日戦役』の有名人に会えたのもなんだから、話がしたいと思ってな。」

「私はこの人の妻です。私の事は『ティア』と呼んでいただければ。」

「はは、腕を組んでお二人とも幸せそうですね。見ているこちらが恥ずかしいですよ。」

そう自己紹介する二人にカシウスは改めて自己紹介し、二人から渡されたメモに目を通す。

 

(俺は“闘神”バルデル・オルランド、妻は“赤朱の聖女”シルフェリティア・オルランド。大方の事情は“娘”から聞いた。あのようなことは、猟兵団としての台詞ではないだろうが、到底許せるものではない。故に、協力することにした。)

(どうやら、“情報局”の人間が貴方をマークしているようです。なので、失礼だとは思いましたがこういう形での接触にさせていただきました。非礼をお許しください。)

どうやら、レイアと会って色々と情報交換していたようである。それ以上に、猟兵であろうとも娘に直接会いに来る時点で親馬鹿なのだとカシウスは内心苦笑を浮かべた。

 

「にしても、おひとりで帝国ですか?」

「ええ。ですが、こう見えて帝国には疎いものでしてね。」

どこで誰が聞いているか解らない…故に虚実を織り交ぜた会話をすることも一つの駆け引きである。

 

「お、珍しいな。なら、俺が一肌脱ぐとしよう。こう見えて帝国には詳しいからな。」

「あなたったら、またお節介ですか?すみません、うちの人が。」

「いえいえ、こちらとしては渡りに船ですし、お願いできますか?」

帝国はかなりの規模である。国土的にはカルバードとほぼ互角だろう。『土地勘』のある人間であれば色々と詳しいのは当たり前の話だ。確かに遊撃士と猟兵はお世辞にも良い関係とは言えない。だが、今は同じ目的のために手を取り合うことも必要だ。

 

「任せておけ。向こうに着いたら『お勧め』の店を案内しよう。」

「もう……そういったお節介なところも好きですけれど。」

「ははは……」

アスベルたちと関わり始めてからというものの、自分の築いてきた猟兵に対するイメージが全くもって意味を成していないことにカシウスは内心苦笑を浮かべた。

 

この後、三人の乗っている飛行艇が襲撃を受けるのだが、なんと『飛び降りて難を逃れる』という明らかに自殺行為………ではなく、パラシュートを準備していたのだ。この時点で『お前らは一体何と戦う気なんだ……』という言葉が出てきそうではあるが……

 

そんなこんなで、三人は帝都に着くとバルデルの案内で一件の店に案内されることになる。

無論、三人をつけていた情報局を振り切ったのは言うまでもないが……

 

 

~帝都ヘイムダル 知る人ぞ知る店~

 

「いらっしゃい…って、バルデルじゃねえか。」

「よう、ゼル。いつものように美味しいコーヒーと飯を頼む。」

店のマスターであるゼルは店の常連である彼を見て声をかけ、それに応えるようにバルデルは挨拶して注文をする。

 

「あいよ。リティアさんも久しぶり。それに……カシウス・ブライト?」

「お久しぶりです、ゼルさん。相変わらず繁盛してますね。」

「どうも、遊撃士のカシウス・ブライトです。」

「あ、ご丁寧にどうも。俺がこの店のマスター、ゼル・レイディーク。ま、ゆっくりしていってくれ。『奥』で待っていてくれよ。」

ゼルは二人と挨拶や自己紹介をして、厨房に入っていった。

 

そして、三人は『奥』に入っていった。

奥にある個室は防音もしっかりしており、導力のジャミング機能も施されており、諜報対策はばっちりされているようだ。この構造にさしものカシウスでも驚きを隠せないようだ。

 

「ふむ……この店は、只の店ではなさそうだな。」

「そうですね……他言無用ですが、この店は私たちの武器の製造や調整をお願いしています。」

「あと、猟兵の依頼斡旋もな。弟たちは知らんが、俺に関しては妻から釘を刺されて『違法になりうること』は極力請け負っていない。」

「流石に信憑性がなさ過ぎて総本部ですら戯言だと言われそうなので、何も聞かなかったことにしておきますよ。(やれやれ、猟兵というのは単なる私兵というわけでもなさそうだな。)」

これも猟兵にしてみれば氷山の一角……こうやって話すということは、下手に介入すればただでは済まない……それを示しているようなものだ。触らぬ神に祟りなし、ということだ。

すると、扉が開いてゼルが料理を持ってきたので、三人は昼食にすることにした。

 

 

食後のコーヒーを飲みながら、三人は今後について話していた。無論、この『事件』を解決するために、だ。

 

「ジェスター猟兵団……カシウスは知らんかもしれないが、最近というかこのことが起きるまで『そういった猟兵団』は聞いたことがない。」

「聞いたことがない?」

「ええ。猟兵団というよりも傭兵としてのものですが、遊撃士を出し抜くだけの技量を持っているのであれば、私たちが知っていてもおかしくはないのです。」

傭兵というものは実力主義……今回事件を起こした連中がそれほどの実力者ならば、大勢力である『赤い星座』『西風の旅団』『翡翠の刃』らが知っていても何ら不思議でもなく、少なからず警戒することは必要だ。だが、その集団は三つの猟兵団の誰しもが『知らない』人間であるのだ。その言葉の意味はカシウスにも十分理解できた。

 

「ということは……『誰か』がそれを仕立て上げた人間がいる、と?」

「はい。そうなれば私たちも無関係ではありません。猟兵である以上『ビジネス』であることも承知ですが、これは流石に看過できない。なので、リベールにとって面識のない私たちが貴方の補佐をすることになったのです。」

「ま、十中八九『碌でもない』連中がその猟兵団を仕立て上げたんだろうさ。ま、遊撃士の連中は俺らを警戒しちまうだろうから、アンタが指揮を執る形になるが。」

「私も一応遊撃士なのですがね……解りました。ぜひ、この事件の解決に協力お願いします。貴方方ならではの視点と勘、頼りにさせていただきますよ。」

内心ため息ものだが、これを仕立て上げてくれたアスベルたちに感謝した。帝国軍は正直当てにできない、むしろ情報局からしてこちらを尾行している始末だ。なので、自分らと同等の実力者である『彼ら』の助力は計り知れないものだ。

 

 

~バルフレイム宮 帝国宰相執務室~

 

夕焼けに染まる帝都の風景。それを静かに見つめ、笑みを浮かべる一人の男。

 

名はギリアス・オズボーン。百日戦役後低迷したエレボニア帝国の再興をスローガンに掲げ、帝国宰相の座に就いた軍部出身の人間。

 

彼の政策はいわば『領土拡張政策』……自治州を併合、鉄道網を敷設して自国の領土であることを繰り返してきた。表面的に見れば『賢き宰相』なのだろうが、徹底的な軍備増強と帝国軍情報局の暗躍、圧倒的力による制圧で様々な国を脅かし続けている。

そこに、制服に身を包んだ一人の女性が入ってくる。

 

「失礼します。“剣聖”ですが、いまだ行方知らずとのことです。」

「成程、“赤朱の聖女”か……“闘神”にしては、殊勝な心がけだな。一体誰の入れ知恵なのか、聞いてみたいところだな。他の連中は?」

「『西風の旅団』『翡翠の刃』……そのいずれもこちらの追跡を完全に振り切りました。これ以上の追跡は無意味と考え、待機させております。」

「まあいい。で、お前はどう見る、クレア?」

固い表情を崩さずオズボーンに報告した女性、帝国正規軍の最精鋭組織…鉄道憲兵隊に所属するクレア・リーヴェルト大尉はオズボーンからの質問に少し考えた後、静かに答える。

 

「おそらく、一斉摘発のための下準備に取りかかるのではないかと思われます。<四大名門>に関しては各々の対処で当面は動けないでしょう。」

「私の考えている通りか……“剣聖”カシウス・ブライト、リベールの守り神とも言われる貴公の実力、見せてもらうとしよう。」

クレアの答えにオズボーンは口元に笑みを浮かべ、窓の外に映る光景――夕焼けに染まるヘイムダルの街並みを眺めながら呟いた。

 

 

 

この事件の後……いや、正確にはこの事件から数年後……国内外からエレボニア帝国軍……ひいてはエレボニア帝国政府に対して疑念を持たれる事態に繋がることを、帝国軍はおろか、時代を先取りした『鉄血宰相』ですら予期していなかった。

 

 




原作にはそこら辺の描写がなかったので、ちょっとオリ設定いれてテコ入れしてます。

ナンバリングに関しては外伝という形で進めていきます。

そして、閃の軌跡の面々も何人かw


さて、『道化師』はどうしようかな(黒笑)


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第22話 護衛の意味

~遊撃士協会 ロレント支部~

 

カシウスを見送った後、エステル達は着実に依頼をこなしていき、その過程でロレント市長宅での窃盗事件を調査することとなった。結果として実行犯を取り逃がす形になってしまったが、盗まれたものは取り返すことに成功し、一応依頼は解決したものの、エステルは納得のいかない表情を浮かべていた。

 

「お疲れ様。そして、これを渡すわね。」

「これは?」

「正遊撃士の推薦状よ。リベールでは、グランセル・ロレント・ボース・ルーアンの各支部から推薦状を貰い、正遊撃士の承認を経て、晴れて正遊撃士になれるわ。」

尚、北ロレントおよび北ボースで準遊撃士になった場合に関しては、その二つとグランセル、更にはロレントの推薦状がないと正遊撃士にはなれない。なので、推薦状を出すのはグランセル地方の次に厳しい評価がなされ、それなりの実績が求められているのは事実。

 

「その、いいんですか?僕たちなんかが……」

「ここ一週間で約20件の依頼解決に、窃盗事件の調査までやってもらったんだもの。正直『上出来』という他ないわ。」

「あはは……あたしとしては、出来そうだったからやってただけだけど。」

「そんなことを言えるのはアンタぐらいよ…」

依頼の難易の違いはあれども、事実から言えば、一般的な準遊撃士からすれば十二分に異常だ。遊撃士で一日に約三~四件のペースで依頼をこなすのは、かの『風の剣聖』に匹敵するのだ。

ヨシュアはともかくとして、それほどのハードスケジュールを難なくこなすエステルのバイタリティにシェラザードはもはや呆れるしかなかった。その人並み外れた体力は彼女の過ごしてきた環境や、レイアから教わっていた訓練にも関わっていることだが。

 

その後、支部に連絡が入り、定期飛行船『リンデ号』の消息が途絶え、カシウスの安否すらも解らないという一報が入る。

 

 

~ブライト家~

 

家に帰ったエステルは部屋に閉じこもり、代わりにヨシュアとシェラザードがレナに事情を説明した。

 

「そう……」

「そう、って……レナさん、心配してないんですか?」

真剣な表情で聞いていたが、どこか安心した表情を浮かべるレナを不思議に思い、シェラザードは尋ねる。普通であれば、自分の夫が安否不明ともなれば慌てふためくだろう。だが、そういった表情は見られなかった。寧ろ、『生きている』ということを確信している印象を強く感じた。

 

「あの人とは長い付き合いよ?誰よりもあの人の事を知っている。あの人、悪運だけは人間じゃないってぐらいに凄いから。それは、私がよく知っているから。」

「あはは……確かに、悪運強いらしいからね。」

「レナさんがそういうことを言うと、凄く説得力がありますね……」

カシウスの傍に長年連れ添っている者だからこその発言……その発言にヨシュアとシェラザードは驚嘆の表情を浮かべる。

 

「それに、エステルのことだから心配はいらないと思うわよ?」

「それってどういう……」

「あ~、お腹すいた~……もう、ペコペコよ。」

レナの言葉にシェラザードは首を傾げるが、空腹で下に降りてきたエステルでその意味を大体察した。

 

「エステル、その、落ち込んでないの?」

「え?そりゃ、大事なのは解ってるんだけれど、母さんが信じてるのにあたしが信じないなんて、それこそありえないしね。それに、父さんの悪運はあたしもよく知ってるし。」

「何と言うか、信頼されているのか貶されているのか解らないわ……」

「ま、まあ、それだけ信頼されているということでしょう。」

シェラザードにしてみれば、自分の師でもあるカシウスをいろんな意味で“信用”されていることに、どう反応していいかわからずに複雑な思いで、苦笑やら呆れやら混じった笑みを浮かべていた。その隣で、最早笑いしか出てこない心境に陥っていたヨシュアだった。

 

「それで、エステルは行くの?」

「モチのロン。しばらく留守にしちゃうけれど……」

「心配しないで。その代り、見つけたら首根っこ掴んででも連れて帰ってきてね♪」

「うん!」

レナのある意味物騒な発言というか、言葉からしてもカシウスが戻ってきたときには『心配させた分のツケ』を払わされることに、ヨシュアとシェラザードの二人は震えが止まらなかったらしい……そして、心の底で『父さん(先生)、早く帰ってきて!!』とこの時ばかりは“空の女神(エイドス)”に直接頼み込むぐらいの念の入れようだったとか……

 

 

~遊撃士協会 ロレント支部~

 

「事情は分かりました。しかし、あの四人やカシウスさんに続いて、シェラザードまで抜けると人手不足は否めないけど、他ならぬカシウスさんのことだものね。遠慮せずに行ってきて頂戴。」

「大抵の事はリッジに任せてやって。三倍ぐらいは行けるはずだから。」

アイナの言葉に、シェラザードは後輩の遊撃士をガンガン使っていくように言い放った。

 

「解ったわ。あ、そうだ。ついでとは言ってなんだけれど……護衛の依頼を頼めるかしら?」

「護衛、ですか?」

シェラザードの言葉にそう計らうよう頷いた後、何かを思い出したように言ったアイナの発言にヨシュアは首を傾げる。

 

「ええ。貴方達なら正遊撃士を目指す以上、王国各地を歩くことになるでしょうけど……その『ついで』みたいなものよ。」

「……正直言って、バイタリティは私の目から見ても正遊撃士トップクラスと遜色ないけれど、まだまだ実績は浅いわよ?」

普通の水準の準遊撃士のレベルから見てもそれすら大きく引き離しているエステルの技量……それでもまだまだ経験の浅いエステルに務まる仕事なのか、とシェラザードは疑問に思ってアイナに問いかけた。

 

「依頼主の意向で、彼らに遊撃士という経験を積ませることでより多くのことを学ばせるのが目的だから。ちなみに提示された報酬の金額がこれよ。」

シェラザードの問いかけに答えた後、アイナが見せた依頼票の報酬欄……それを見た三人は驚きを通り越して絶句した。

 

「じゅ、15万ミラ!?」

「依頼人からしたら……いえ、それでも破格ですね。」

「破格ってレベルじゃないわよ!?先生ですらこんな金額の依頼なんて殆どないレベルなのに……!?」

遊撃士の仕事でも、これほどの額となると貴族や商人、それ以上のクラスでないと出せない金額に相当する。心なしか後ろめたい任務なのかと疑ってかかりかねないレベルだ。

 

「総本部にも一応聞いたけど、依頼がそうなっている以上どうしようもないみたいね。後、護衛に関しては一切心配しなくていいと思うわよ。多分、あなた達より実力があると思うし。」

「あ、あたし達より実力があるって……どんな人達なの?」

同行者の三人が気になったエステルは引き攣った表情をしながら質問した。

 

「護衛の人達というよりは、その人たちを鍛えたのが、ってことよ。あと、フォローという形で正遊撃士も一人入れるけれど……驚かないでね、シェラザード。」

「は?何で私?」

アイナの出た言葉にシェラザードは首を傾げるが、彼女から告げられた次の言葉にはシェラザードでも驚くこととなる。

 

「“紫刃(しじん)”の異名を持つ彼女よ。」

「はぁ!?」

「シェラさん、貴女が驚くだなんてどういう人物なんです?」

正遊撃士が同行……その事実だけでも驚愕物なのだが、シェラザードが驚いたのは彼女の異名を聞いた瞬間であった。

 

「紫刃……私達と同じ遊撃士の一人で、リベールはおろか西ゼムリアではトップクラスのA級遊撃士。特にエステル、アンタとは一番面識がある人間よ。」

「え、え?」

シェラザードの言葉に意味が解らず、頭の上に?のマークが付きそうな位混乱しているエステル。

その時、階段から足音が聞こえ、三人がそちらを見る。

 

「エステル、ヨシュア、シェラさん。お久しぶりですね。」

「レ、レイア!?何でこんなところに!?」

「何でって……アイナさん、例の話は既に?」

「ええ。」

驚きを隠せないエステル達とは対照的に、アイナに依頼について確認するレイア。エステルにしてみれば、いろいろ言いたいことはあるが、彼女が遊撃士だということに全くと言っていいほどに気付いていなかった。いや、『気が付かなかった』と言うべきだろう。

 

「ちょっと、レイアが遊撃士だなんて初耳なんだけれど!?それに、あたしの話を聞いて色々羨ましがったじゃない!!」

「怒られる筋合いはないんだけれどなぁ~……エステルの話を聞いて懐かしがっていただけだし、遊撃士かどうかなんて聞かれたことなかったし。」

「うぐ……」

「でも、なぜA級正遊撃士の貴女が?」

「それは依頼人に聞いてよ……私も指名されただけだし。」

レイアの事について散々問いただすも、レイアの反論にエステルは黙ってしまい、ヨシュアの質問には『私でも解らない』とでも言いたげに答えた。本当のところは、レイア自身よく知っていることだが、あえて言わないでおくことにした。

すると、二人の人物が二階から下りてきた。

 

「えと、貴方たちが遊撃士の方々ですか?」

「えっと、そうだけれど……君は?」

「はい。トワ・ハーシェルと言います。見習いの身ではありますが、七耀教会のシスターでして。」

「え?シスター?にしては、年が若いような……」

「あの、私こう見えても16ですよ?」

「う、嘘……(この容姿であたしと同い年って、マジ?)」

どう見ても年下にしか見えないのに、エステルと同い年……その事実に、彼女がこの世界とは隔絶した何かを会得し、この可愛らしさを維持しているのでは、と思ったとか……

 

「それで、そちらの女性は……」

「えと、エリィ・マクダエルと言います。よろしくお願いします。」

パールグレイの少女、エリィは深々と頭を下げて挨拶をした。

 

「よろしくね。あたしはエステル・ブライト。」

「僕はヨシュア・ブライト。」

「わかったわ。よろしくね。」

「よろしく、エステルにヨシュア。」

「こちらこそ、宜しくね。トワにエリィ。」

 

三人が仲良く挨拶している一方、シェラザードは気になることをレイアに尋ねた。

 

(ねぇ、何でマクダエル市長の孫娘さんがアンタたちと一緒にいるのよ?)

(エリィが留学に来ている最中に、ちょっとトラブルに巻き込まれてて……アスベルが助けたんです。でも、アスベル本人は忙しいので、エリィの見識を広めてもらうためにも、この方が確実でいいかと。最低限の護身術は身に付けていますから安心してください。)

正確には、街道途中で魔獣に襲われそうになっていたところに、偶然通りがかったアスベルが魔獣を殲滅し、保護する形で助けたのだ。その際、彼女の資質を見越した『護身術』を一通り叩き込んである、とのこと。

 

(あなた方の護身術は最低限でも立派な『武器』なのだけれど……ま、頼りにさせてもらうわよ?)

(ええ。)

 

 

こうして、次代を担う英雄への道を辿っていく者たちの旅が始まったのである。

 

 

 




てなわけで、トワ+エリィ参戦です。ここでの登場は後のイベントにおいて重要になります。

そして、初期の方で出てきている『彼』に関しては、色々出番があります。

あと、閃の軌跡をプレイして『これはありだな(ニヤリ)』……詳細は伏せます。

次回、『モルガンの気苦労は百八式まであるぞ』(嘘)


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番外編 シードのお見合い

※オリ設定です。



~リベール王国 レイストン要塞~

 

「はぁ~……」

七耀歴1194年、百日戦役終結から二年……リベール王国内でも鉄壁ともいえる堅強な要塞、レイストン要塞の一室……宛がわれた個室で一人の男性がため息をついていた。

 

彼の名前はマクシミリアン・シード。この時の階級は中尉。本人曰く『普通』の軍人なのだが、モルガン将軍からは『お前のような普通がいるか』と言われ、カシウスからは『頑張れ♪』とサムズアップで称賛されるほどの実力者……とどのつまり、リシャールに次いで実質的な地位にいるのは事実。

 

彼がため息をついたのは、この半刻前にモルガン将軍から出された『命令』が原因に他ならない。

 

何で、こんなことになってしまったのだろう、と。

 

 

「お見合い、ですか?」

「そうだ。お前はまだ未婚だろう?」

うわぁ、いつもは見れないモルガン将軍が笑顔って……つまり、これはあれってことですよね?

『逆らったら減給か降格だぞ♪』ってある意味脅してるようなものじゃないですか。

 

「ええ、まぁ……それが将軍とどう関係が?」

「……命令だ。逆らったらわしが納得いくまで模擬戦でも」

「謹んでお受けさせていただきます。」

「そんなにわしとの模擬戦が嫌か………」

彼と模擬戦をやってまともにいられるのは、カシウスを除けばシオンだけしかいない。そのことを散々実感している私にとってみれば、模擬戦をやるぐらいなら見合いをしたほうが数百倍マシだ。目の前にいる将軍は不服そうだが、命には代えられないのです。

 

「まあよい。場所はここだ。」

「ここって……」

その後、シードの普段は聞くことの無い怒号が響いたとか響かなかったとか………そして、今に至る。

 

(結婚など考えてもみなかったが……)

そもそも、そこら辺をあまり意識などしたこともなく、自分自身『大切な人を守れる程度の力を発揮できるように己を磨く』程度の物差しでしか考えていなかったのだ。

 

しかし、将軍から提示された場所はある意味驚愕だった。

なぜなら……

 

 

~お見合い当日 エルベ離宮~

 

「………」

エルベ離宮にセッティングされた『お見合い会場』の一室。そこに設置されている椅子に座るシードは内心冷や汗ものだった。緊張とかそういうものではない。何故にこの場所がセッティングされ、そしてご丁寧に用意された…今シードが身に付けているスーツ。ここまで用意周到だという事実に、モルガン将軍のみならず様々な人間が関わっていそうだ。

 

いや、そうでなければあの三人の発言は腑に落ちない。

 

『確か、今日は中尉のお見合いの日だね。お相手も申し分ない。いい結果を期待しているよ。』

何故か彼のお見合いのことを知っているリシャールは満面の笑みで答え、

『お前には正直勿体なさすぎるぐらいの相手だぞ。頑張ってこい♪』

と、カシウスは満面の笑みを彼に対して浮かべ、

『えと、頑張ってください。』

ユリアは疲れた表情で、彼に励ましの言葉を送った。

 

 

………とりあえず、この見合いを何事もなく終わらせることにしよう。自分はまだ結婚する気もないのだから………この時のシードは、本気でそう思っていた。

 

 

その考えが浮かんだところで、シードはふとお見合い相手が誰なのかを知らなかった。将軍に聞いても『勿体ないぐらいの奥さん候補だ』としか言ってくれなかったのだ。

 

 

「し、失礼します。」

すると、扉が開き、金髪の少女が入ってきた。見るからに秀麗。その清楚さは惹かれるものがある。確かに、将軍が言っていたことは間違いではなかった。間違いではないのだが……

 

(将軍……間違いではないが、色々おかしいだろう……)

どう見ても、シオンや彼の友、彼の幼馴染とほとんど歳が変わらないことに驚きを隠せない。

シードは立ち上がり、少女の元に歩み寄る。

 

「私はマクシミリアン・シードと言います。失礼ですが、貴女の名前は?」

 

「私はメアリー・アルトハイムと申します。」

 

シードの案内でメアリーは席に座り、シードも席に着いて互いの事を話し始める。

 

歳で言えば、互いに十代……

メアリーに至っては、まだ11歳だという……なぜ、この話を受けたのかを尋ねた。

 

 

「えと、なぜ貴女はこのお見合いを?適齢期からしても……」

「父の命令です。私達の印象はリベールの人からすれば好ましくないものですから…」

旧サザーラント州…アルトハイム自治州は講和条約の際、ハーメルの件についての黙秘を交換条件とする形でリベールに割譲された経緯がある。アリシア女王の恩赦による対等な立場の保証があるとはいえ、リベールを侵攻したエレボニア…帝国の人はリベールの人にいい印象を持たれていないのは、軍人であるシードも解っていた。

 

つまり、アルトハイム家は謝罪の意味を込めた『人柱』として彼女をリベールに送り込んだ。彼女の両親とて自分の大切な愛娘をかつての侵攻国、ひいては戦勝国に引き渡すことを躊躇ったに違いない。それは、彼女とて無関係ではない。

将軍らは一体何の意図を持って自分を指名したのだろうか……それが腑に落ちない。

 

「……貴女は、本当にそれでいいのですか?」

「え?」

「言葉のとおりです。確かに、圧倒的劣勢と言われた状況からリベールが勝ち、貴女方の住む土地がリベールの統治下におかれた。そして、エレボニアとリベールの間に言い知れぬ『壁』があるのも事実。それをなくすためのいわば『人質』……それを貴女は承知しているのですか?」

戦争のみならず、争いというものに勝ち負けがあれば、多かれ少なかれそれに伴う『代償』があるのも事実。

私も軍人である以上、それを承知の上で戦っている。それによって喪うものをできる限り減らし、『守る』ために。

 

シードの問いかけに、メアリーはしばし考え……そして首を縦に振り、こう答えた。

 

「国が違うとはいえ、かつてのサザーラント…アルトハイムは、私の……故郷ですから。故郷を守りたいと思うからこそ、父の命令を……」

「……そうですか。」

あの少年と幾何も変わらない歳の少女にしては、しっかりした考えを持っているようだ。ただ、その言動から涙を押し殺しているように見えた。シードは席を立ち、メアリーの傍に立つと彼女の頭を撫でた。メアリーもシードの行動に少し驚きの表情を見せる。

 

「あ……」

 

「無理に背伸びする必要はないです。誰だって、今すぐ大人になるのは出来ないことですから。」

着実に一歩ずつ歩んでいく……それは、人間ならだれしもがそうする必要がある。いくら才能があると言っても、余程の人間でない限りは努力を怠ればただの持ち腐れであるが、才能がないからと言って焦ったとしても、何も変わりはしない。自分を壊してしまうだけだ。

 

今回の命令だって、彼女の中ではどこかしら納得できかねる部分はあったはずだ。シードはそう思ったからこそ、そう感じたからこそ彼女に諭した。

 

すぐに納得などできない。少しずつ理解していくしかないのだ……自分のできる範囲で着実に、しっかりと…

 

「……う……うわああああああああんっ………!!」

優しい表情を浮かべて言葉をかけたシードに、メアリーは己の感情を抑えきれず、彼に縋り付いて泣いた。

シードは、彼女が泣きやむまでなすがままにさせてあげたのだった。

 

 

数分後、メアリーは落ち着きを取り戻し、シードも安堵の表情を浮かべる。

 

「す、すみません。取り乱してしまって……」

「いえ、お気になさらず。」

「そうは言われましても……」

いきなり初対面の人に対して失礼な行動をとってしまったことに謝るメアリー、対して自分のやったことも生意気だったのではと反省しつつ、メアリーをなだめようとするシードだったが、話は平行線の一過を辿っていた。

 

埒が明かない互いへの配慮……その均衡を破ったのは、メアリーの決断だった。

 

「……決めました。」

「え?」

「メアリー・アルトハイム、不束者ではありますが……貴女の妻にさせてください。」

優しい微笑みを浮かべながら、頭を下げたメアリー。それとは対照的に、シードの思考は彼女の言葉を聞いて停止していた。

 

少しして再起動すると、彼女に尋ねた。

 

「………はい?あの、正気ですか?」

「ええ。」

「…………」

彼女の微笑みを見て、断って彼女を泣かせたくない……先程、ある意味『泣かせた』身としては、彼女の泣き顔を見たくない……既に、逃げ道は断たれたようなものだ。

 

この見合いをセッティングした彼らの策通りになるのは少々癪に障るが。

 

 

「このマクシミリアン・シード、僭越ながらあなたを一生愛することを誓おう。」

この世の中に『一目惚れ』という言葉がある。紛れもなく、自分は彼女に惚れたのだ。見合いをする前の自分の心境などどこかへ消し去ってしまっていたようだ。

 

 

「え、ということは……」

「ああ、よろしく頼む、メアリー」

互いに身を寄せ合う……そして………

 

「んっ……」

どちらから、ではなく互いに顔を近づけ、口づけを交わした。

 

「まさか、憧れのシードさんにファーストキスをあげられるとは思ってもみませんでした。」

「こちらも初めてだ………ん?メアリー、一つ聞いていいか?」

「何でしょうか?」

ふと、メアリーの言葉に若干の違和感を感じたシードはメアリーに尋ねる。

 

「今『憧れの』という言葉……私は少なくとも初対面のはずなのだが、何故君は私の事を?」

「えっと、実は……」

シードからの質問に、メアリーはしまった、という感じで驚きどう答えようか迷っていたところ、

扉が開いて妙齢の女性が入ってきた。

 

「それについては、私から説明いたしましょう。」

「じょ、女王陛下!?」

「陛下!」

女王陛下!?一体何がどういうこと……いや、見合い会場の時点で陛下が協力なされていることは、想像に難くなかったが……

 

「実は、メアリーさんと彼女の両親から相談を受けまして。それで、私が一肌脱いだわけです。」

「ありがとうございます、陛下。」

「いえいえ。約束通り、子どもが生まれたら私が名付け親になりますね。」

「はいぃ!?」

ということは、待てよ……まさか、将軍らは……

 

「まったく……気の早いことで……」

「あははは…」

「ともかく、これで一つ悩みの種が消えたのう。」

「中尉、おめでとう」

は、はは、ははははハハハ……

 

「このフリーダム上司共が!!!」

上司が何だ!?日頃のストレス、晴らさせてもらうぞ!特にカシウスさん!!!

 

「シードがキレたぞ!!」

「総員退避~!!!」

「生きて明日の朝日を拝めると思うなっ!!!」

その後、本気で怒ったシードは全員に襲い掛かるが返り討ちに遭い、ボロボロになってメアリーの看護の世話になったのは言うまでもない。

 

 

その五年後、シードは晴れて結婚式を挙げる。妻は勿論、ウェディングドレスを身に纏ったメアリーだ。これ以降、シードは愛称の一つである『リアン』と呼ばれるようになり、メアリーはメアリー・A・シードと名を変えた。

シードもといリアンは軍の少佐に昇格し、モルガンの訓練という名のしごきを懸命にこなしていった。メアリーはジェニス王立学園で美術教育分野の勉強に励み、教員の道を志すようになり、リアンも彼女の道を応援していく。二人の仲は良く、『喧嘩とは無縁そうな夫婦』とも言われるようになり、リベールでも指折りの夫婦と呼ばれるようになっていくのである。

 

 




本編を書こうかと思ったら、シードさんの番外編のネタが思いついたので書いてみた。

なんで彼女が奥さんだって?思いついたから(キリッ

この作品では、シード少佐→リアン少佐となります。単に「マクシミ『リアン』」です。六文字だと長いんです(ナイトハルト少佐『解せんな』)


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FC・SC第一章~消えた飛行船~
第23話 みえざる力


~ロレント 居酒屋『アーベント』~

 

シェラザードがロレント支部で引き受けている仕事の引継ぎが終わるまで、エステル達は軽食を取りつつ互いの事について話すことにした。

 

「へ~、七耀教会の巡回神父みたいなことをしてるんだ。」

「はい。もっとも、後任者が決まるまでの暫定措置ではありますが。」

「そうだとしても凄いことなんじゃないかな?」

日曜学校のないところでは、巡回神父を派遣することで識字率の向上や学識の習得のみならず七耀教会の貢献による内面的な『根回し』……つまりは、影響力の強化につながっている。現場に携わっている人間ほど、良くも悪くも純粋な原動力であることが多い。

 

「それにしても、レイアが一緒に来てくれるのか……何というか、いろいろ複雑ね。あたしにしてみればどっちの意味でも先輩なわけだし。」

「あはは……遊撃士としての実績から行けば、あの二人には到底及ばないけれど。」

世界には『上には上がいる』とは言うが、普段の付き合いからしてもそういった態度を見たことがないため、エステルにとってみれば『現実離れ』そのものである。

 

「えと、ここの遊撃士はそれほど凄いんですか?」

「確か、S級三人、A級は私を含めて二人、それとB級のシェラさんだね。」

「え………S級って何?」

「確か、A級を超える非公式のランクで、『国際的な事件解決に貢献した遊撃士』に贈られる称号ってシェラさんが言っていたね。」

ゼムリア大陸でも六人しかいない最高ランクの遊撃士……その半数を擁するロレント支部、ひいてはリベール王国の評価は凄まじく、レマン総本部は均衡化を図るべく他国への移住を打診しているが、三人とも個人的な理由でこれを固辞している。

 

実は、あまりにもしつこい要請に、“不破”の異名で呼ばれるアスベルと“霧奏”の異名を持つシルフィア……二人のS級遊撃士がレマン総本部に対して、『直訴』という名の『話し合い』をするためにレマン自治州に行っていることは、エステルらはおろかレイアですら知らなかったのである。

 

「てことは、凄い人ばかりなの、ここって!?」

「な、何でそんなに凄い遊撃士ばかりなんですか?」

「いや、私に聞かれても……」

エステルの驚きとエリィの質問に、レイアは苦笑を浮かべて答えるしかできなかった。彼女にしてみれば、『気が付いたらそうなっていた』としか言いようがない。あの二人に聞いても、似たような答えしか返ってこないだろう。

 

だが、この事態は『異常』ではあるものの……ロレントにとってみれば『利益』なのだ。S級のカシウスやアスベルにシルフィア、A級のセシリアとレイア、B級のシェラザード……一線級の遊撃士が集っていることは、それだけでも『安全』を担保しているも同義なのである。

 

事実、ロレントは百日戦役後における北の地方との交流で発展し、グランセルに次ぐ経済規模と近代的農業の田園都市並びに有数の七耀石の産出地として栄えている。

 

その恩恵を受けているのは、商業都市であるボースを擁するボース地方、王都のあるグランセル地方、ZCFのあるツァイス地方だ。一方で、ルーアン地方は当時の市長の反発からその恩恵を受けていない。そのため、地域間格差がこの10年で顕著に開いていて、ルーアンを治める現市長はルーアン地方の観光地化プロジェクトを大々的に行おうとしているが、全貌が見えない計画プランに加えて開発のための資金調達面での不審点の存在……そのため、周辺地方の市長から不信感を抱かれている。

 

アリシア女王の政策により、ありのままの都市を残すという北の地方……元帝国領現自治州の地域に代わり、ロレントは飛行船による交通でもその役割をグランセルと二分するようになり、導力鉄道運用ノウハウ蓄積の一環として運行されるようになったグランセル-ロレントを結ぶ高速鉄道『グランレント本線』が三年前に開通し、レミフェリア・クロスベル・カルバードと言った北東方面との高速直通便を結ぶ『リベール北の玄関口』としてその役割を果たすようになる。

 

「そういえば、エリィ。」

「何でしょうか、ブライトさん」

「う~ん、質問する前にその言葉遣いはやめてほしいな。ブライトだとあたしとヨシュアが該当しちゃうし。あたしのことは名前でいいわ。歳が近そうだし、言葉遣いはタメ語でいいから。」

「え、えーと……」

「僕も同じ意見です。」

「右に同じ」

「ですね」

この子に逆らうのは無駄である……ヨシュアがそれとなく諭し、レイアとトワも続いたため、エリィは半ば諦めて話を続けることを選択したのだった。

 

「はぁ、わかったわ。それでエステル、何か聞きたいことでも?」

「エリィって、名字からするにクロスベルの人でしょ?あたしは行ったことがないから聞いてみたくてね。」

「僕も聞いてみたいですね……いろいろ難しい場所であるとは聞きましたが」

「ええ、解ったわ。」

二人のお願いにエリィは頷き、自分の出身であるクロスベル自治州について話し始める。

 

 

二大国であるエレボニアとカルバード……その激戦地の一つであったのが、クロスベル……現在のクロスベル自治州のある場所だ。その歴史は中世からで、クロスベルは常に二大国の脅威に晒されてきた現実がある。

 

七耀歴1144年、二大国の綿密な摺合せ…互いの腹の探り合い………結果として、事実上『二国の傀儡』とも言うべき独立を『自治州』として果たした。

 

市長と議長…国家を統べる二人の代表の並立、それによる政治の癒着や賄賂の横行、諸外国…とりわけ二大国に対しての罪を厳しく取り締まれない自治州法、軍としての軍事力を持ち得ることができないという枷、裏社会を取り仕切るマフィアの存在によって一応の平和が保たれている現実……余りにも歪過ぎる自治州だ。地勢的にも二大国の狭間にあるため、その力を無視できない……これも、後に支配をたくらむ二大国の思惑だ。

 

「百日戦役後、リベールへの帰属を望んだ自治州の中に、当然クロスベルもあった。市民の世論もリベール帰属が多かったわ。けれど、二大国の影響が強い議会はこれを否決したの。」

「エレボニアとカルバードにしてみれば、『金の卵を産む鶏』を手放したくなかったわけだろうからね。」

「難しい問題ですね……」

経済の中枢ともいえるクロスベルを二国はみすみす失う訳にはいかない。その結果として、百日戦役による恩恵にあずかることができず、歪な状態が続いていた。だが、百日戦役……リベールの存在は、クロスベルにも少なからず影響を与えていたことは事実だ。

 

「けれども、リベールの行動は市民の間でも勇気になったことも事実なの。いえ、その否決が寧ろ契機になったと言うべきね。」

「へ?」

「国土的には、リベールはクロスベルよりも大きいけれど、小国が大国の圧力に屈しなかった……その点かな?」

「ええ。一部ではあるけれど、良識のある人も増えてきたの。お祖父さまが尽力したロレントの協定もそれに一役買った形になり、共和国派や帝国派ではない議員……『市長派』と呼ばれる人たちが少しずつだけれど、増えてきているのよ。」

リベールの勝利は二大国に衝撃を与え、その狭間にいるクロスベルも衝撃を与えた。それは少しずつではあるが、歪みを正すための原動力になりえていた。それだけリベールの与えた影響は大きく、どの国でも無視できない力になり得ていた。

 

 

「ヘンリー市長に直接会ったことがあるけれど、気さくで気丈な人だね。」

「えっ、会ったことがあるの!?」

「ちょっと任務でね。『風の剣聖』ともその時に知り合ったんだよ。(正確には再会とも言うべきなんだけれど)」

 

三年前……レイアはレミフェリアで騒がれていた魔獣騒ぎの調査に来ていた。その際、襲撃してきた猟兵ともやりあったが、『正当防衛』という形で問答無用で滅していた。その時、別件で来ていたアリオスとも久しぶりに会い、非常時ということで協力し、……最終的に古代遺物(アーティファクト)が暴走して発生した公都凍結事件……『氷絶事件』は二人の尽力によって解決した。アーティファクトについてはレイアが回収している。

その後、アルバート大公から勲章が送られ、アリオスは辞退したがレイアは受けとっていた。

 

『……何故、勲章を受け取ったのだ?』

アリオスに勲章の事を聞かれたレイアは、

 

『レミフェリアに対価を支払ったわけではないですし、お褒め下さって与えられたものです。素直に受け取っておくのが大公さんも納得されるのでは?』

と答えていた。それを聞いたアリオスは苦笑していたが……

 

その事件に偶然ともいえる形で巻き込まれたヘンリー市長を助け、ヘンリー市長から個人的な礼として恩赦を受けたのだ。

 

 

「ちなみに、私やあの二人はアリオスさんと手合わせしたことがあるけれど、全員手加減した状態で勝ったことがあるよ。」

「ええっ!?」

「『風の剣聖』といえば、クロスベルでもトップクラスの遊撃士ですよ!?」

「……冗談、ということではなさそうですね。」

以前、ちょっとした用件でクロスベルに滞在した際アリオスと手合わせすることになり、アスベルは八の型『無手』限定、シルフィアは本来の得物ではないハルバードで、レイアに至ってはスタンハルバード二刀流という、いろんな意味で加減しているのかしていないのか解らない『手加減』をしつつも、勝利している。

 

「私としては、風の剣聖よりも受付の人に戦慄したよ……」

「あはは……」

その際受付の人から猛烈にクロスベルへの転属をしないかということで迫ってきたが、丁重にお断りしている。あれはいろんな意味で『個性的』すぎる……

 

 

「ま、それはともかく……マクダエル市長はよく頑張ってる人だと思ったかな(それ故に危ういんだけれど…)」

断定はできないものの、暗殺されない可能性などない。下手をすれば……それに関しては、何とか考えるしかないのだが……

 

 

~レマン自治州 遊撃士協会総本部~

 

 

『支える籠手』……その権威である遊撃士協会の総本部。

 

その総本部の中は、ある意味大惨事だった。

 

 

「た、助けてくれ……!!」

「平和的に陳情しようとしたら、拘束しようとした人間が言うことですか?」

「そもそも、(ゼムリアストーン製の)ハリセンごときで吹っ飛ぶ方がどうかしてますけれど?」

法術で拘束されている人事担当の課長らしき人、笑顔なのだが凄味がある表情をしているアスベルとシルフィア。色々ツッコミが入りそうなのは承知だが、今論ずるべきは『なぜこうなったのか』ということだ。

 

最初は受付の人にお願いしただけだ。なのに、来たのは武装した連中。『連行する』とかいったので、正当防衛で峰打ちにした。

 

どうやら、アリオスをS級へと昇格させようとして、一部の過激派が俺らとアリオスに繋がりがあることを知り、人質にしようとした。全くもってはた迷惑な話である。本人が固辞しているのだからどうしようもないことだ。それらに巻き込もうとした時点で納得できかねる話だ。とりあえず、コイツでは話にならないと判断し、気絶させた。

 

「……帰るか」

「そうだね」

一定の目的は果たした。これ以上長居するのも無用のため、リベールに帰ることにした。

 

『………』

この出来事以降、アスベルらへの移住要請はなくなったのは言うまでもなく、仕事もはかどるようになったのである。そして、『二人が来たら素直に応対すること』という暗黙のルールが出来上がってしまったのである。

 

 




本編すすまねぇorz

『隣の芝は青い』……言うなれば、そんな感じですw

レミフェリアの事件に関しては、零でミシェルが言っていた、アリオスが関わった『事件』のことです。ほぼオリ設定ですがw


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第24話 先見の戦略

~ツァイス市 ツァイス中央工房~

 

レマン自治州での『一件』を済ませたアスベルとシルフィアは、リベール導力技術の第一人者であるアルバート・ラッセル博士に会いに来ていた。ラッセル博士が二人の姿を見ると、言葉をかけた。

 

「おお、お前さんたちか。」

「お久しぶりです、博士。お土産のコーヒー豆です。」

「ふむ……この香りはレマンのものじゃな。しかも、市井にはめったに流れん高級物とは。このような年寄りにわざわざすまないの。」

「いえ、こちらも何だかんだでお世話になっていますから」

ラッセル博士が休憩するということで、彼の家に同行する運びとなり、コーヒーで一息ついてから話を続けることとした。

 

「…で、お前さんたちが遊撃士だけの用事でレマンに行ったのではないのじゃろう?」

「察しが良くて助かります。」

そう言ってアスベルが取り出したのは、二つの戦術オーブメント。一つは真ん中に丸い窪みがあり、周囲に長方形型の窪みが六つ……もう一つは全て丸形の窪みで、真ん中の窪みだけ若干大きい仕様で、周りに八つの窪みがある。これを見たラッセル博士は驚きの表情を浮かべる。

 

「!これは……」

「察しの通り、現在開発されている第五世代型戦術オーブメント『ENIGMAⅡ(エニグマ・セカンド)』、そして同じ第五世代の戦術オーブメント『ARCUS(アークス)』の試作品です。両方とも『マスタークォーツ』と呼ばれる特殊なクォーツを使用し、『ARCUS(アークス)』に関しては使用者同士の戦術連携を再現する『戦術リンク』を想定した仕様になっています。こちらの持っている技術の一部と引き換えに試作品を貰いました。」

二人はエプスタイン財団に行き、“仕事”で手にした『十三工房』の導力技術の『一部』と引き換えに二つの試作品を手に入れたのだ。そして、これをラッセル博士に渡すためにツァイス市まで足を運んだのだ。現在、アスベル達の技術提供もあってリベールが抜きん出たオーブメント技術を持っている。

 

「博士にはこれを渡しておきます。俺らが頼んだ戦術オーブメントの対価としては安いですが。」

「第六世代型の試作品を持ってくるだけでも十分な収穫だと思うのじゃが……ふむ、これなら現行の第五・第六世代対応型から第七世代型戦術オーブメントへの移行目途が立ちそうじゃな。」

「そこまで完成したんですか!?」

現在、リベールで使用されているものは『ENIGMA』や『ARCUS』、そして『ENIGMAⅡ』の結晶回路に対応した先行規格対応型のもの。彼の言う第七世代型戦術オーブメントは更に先を見据えた機能が満載の、現行で言えば『アーティファクトレベル』の代物だ。

 

「お前さんたちのくれた最新鋭の技術のおかげもあるが、流石に十二年もかければ、洗練されたものもできるわい。テストはティータに一任しておるが、『これ、凄いよおじいちゃん!』って目をキラキラさせておったぞ。」

流石ラッセル博士の孫娘。

 

「この分だと四日位あれば実戦テストまでいけるじゃろ。その時は頼めるかの?」

「ええ、勿論です。」

「こちらこそ、宜しくお願いします。」

 

そして、四日後……

 

 

~ツァイス郊外~

 

ラッセル博士の依頼という形で、完成したオーブメントの実証実験……その威力や効果を確かめているのはアスベル、シルフィア、ティータの三人だ。魔獣退治依頼のついでという形で、試験を行ったのである。結果から言えば、大成功のレベル。威力に関しては現行オーブメントの倍以上……補助系統や妨害系統もその効力は格段に上がっている。

 

「うん、問題はなさそうだな。ティータ、データの方は?」

「バッチリです。でも、凄いですね『これ』。まだ一般には出回っていないんですよね?」

「そうなるかな……というか、一般に流せないよこれは。(十分オーバーテクノロジーものだし)」

第七世代型戦術オーブメント……中心のマスタークォーツを囲むようにクォーツのセットスロットが12個、『ENIGMAⅡ』の基本性能のアップグレードと『ARCUS』の改良型戦術リンク、オーブメントラインにセットするクォーツの属性によって使用者に補助効果がかかる『マテリアライズ』、更に内蔵された小型の導力通信ブースターによって、離れた地域でも端末同士で連絡ができるように改良されている。

 

「というか、個々の調整の関係もあるから俺が信頼できる人にしか渡さないようにしておくのさ。外装自体は色々偽装できるし。」

尤も、個々の調整に加えて、セキュリティの関係からオーブメントの調整は使用者本人でないと出来ないようにしてあるため、使用者には戦術オーブメントについての学識が求められるという制約が付いてしまうが……このぐらいでないと『この先』は戦えない。

 

「ティータ、君が俺たち以外にこのオーブメントを使用する第一号ってことになるから。」

「え、ええっ!?いいんですか!?」

「良いも何も、オーブメントの知識を持っているし、技術の扱いに関してはよく解っているとは思うから。それと、他の人が使ってもらう際に教える人は必要だろうし。」

「……解りました。責任を持って、使わせてもらいます。」

当分第七世代型戦術オーブメントに関しては、アスベル達七耀教会“守護騎士”、並びに守護騎士付正騎士の専用端末として一時的に管理することに決定……

これを踏まえて現行オーブメントに合わせたスロット数の調整、戦術リンクとマテリアライズ機能および通信ブースターを外した第六世代型戦術オーブメント『ENIGMAⅡ-2(エニグマ・ダブルセカンド)』……女王生誕祭後、リベール王国に所属する一定クラス以上の正遊撃士に支給されることが決まったのである。

 

 

~ボース市~

 

その頃、エステル達はボース市に入り、遊撃士協会のボース支部に入る。

 

「おお、思ったよりも早く来たのう。レイアの嬢ちゃんは二日ぶりか。」

「久しぶりです、ルグラン爺さん。」

受付にいたのは妙齢の男性。名はルグラン・クライスト。人当たりのいい人で、皆からは『ルグラン爺さん』と呼ばれ親しまれている。

 

「お久しぶりね、ルグラン爺さん。もしかして、あたし達が来るっていう連絡があったの?」

「うむ。そこの嬢ちゃんと坊主がカシウスの子供達というわけか。嬢ちゃんの方は面影があるしのう。」

シェラザードの言葉に答えたルグランはエステルとヨシュアを見た。

 

「えっと、初めまして。エステル・ブライトです。」

「ヨシュア・ブライトです。よろしくお願いします。」

「わしはボース支部を預かるルグランという。お前さん達の親父さんとは色々懇意にさせてもらっておる。」

「そうなんですか……」

「あたしからすれば、全然そういう風には見えないんだけれど…」

カシウスには色々と世話になっているというルグランの言葉にヨシュアは感心し、エステルは自分の父親がそういう風にみられていることに疑問を感じた。

 

「ま、お前たちの親父さんは人に自慢する性格ではないからのう……エステル君の言うことも解らんではないかの。ともかく、わしのことはルグラン爺さんと呼んでくれ。」

「うん、ルグラン爺さん。」

そしてエステル達はギルドの支部の転属手続きをした。準遊撃士はいわば『遊撃士見習い』であるため、準遊撃士の転属手続きが必要となる。正遊撃士になるとその手続きは必要なくなるが、準遊撃士と比較してその責任は大きくなるのだ。

 

「で、そちらの嬢ちゃんたちが……」

「トワ・ハーシェルと言います。僭越ながら七耀教会のシスターをやっています。」

「エリィ・マクダエルです。非力ながらもエステルさんたちのサポートをさせていただきます。」

「あれのどこが『非力』なんだか……トワちゃんのアーツ、エリィの銃の腕前、どれもいい線いってるじゃない。」

「棒術で魔獣を弾代わりにして魔獣を倒したレイアが言えた台詞じゃないわよ……」

「………(母さんのことで解っていたけれど、女性って強いね。)」

ルグランの質問にトワとエリィが自己紹介をし、エリィの言葉にレイアがツッコミを入れ、そのツッコミに反論するシェラザード、そしてその様子を見ていたヨシュアは女性の言い知れぬ強さに冷や汗をかいていた。

 

「あはは……それでルグラン爺さん、例のリンデ号の事件はどうなったかさっそく教えてくれない?」

エステルは苦笑した後、ロレントで知った飛行艇が行方不明になった事件の事について聞いた。

 

「うむ。それなんじゃが、王国軍による捜索活動はいまだに続けられているらしい。けれども、軍の情報規制のせいでその後の状況がこちらに全く伝わって来ないのじゃ。下手な不安を煽りたくないということかもしれぬが、一般市民だけではなくギルドにも何の音沙汰なしでのう。それと、飛行船の再開の目途が立たないこともあって、流石に一般市民の間でも不安の声が大きくなっておる。」

ルグランは溜息をついて情報が全く入って来ないこと、そしてそれによる影響……市民の間に広がる不安の声が目立ってきていることを嘆いた。

 

「え、確か軍とギルドって協力関係じゃないの?」

「建前上はね。でも、そこまでの対立関係ではなかったはずよ。縄張りはあったとしても、情報の共有位はしていたはずだし。」

「うむ。」

(となると、『あの人』絡みってわけね……)

百日戦役後、アリシア女王の意向を受けて自衛程度の戦力確保を行うと同時に、フットワークの力がある遊撃士協会の役割も一層増し、一定のラインは保ちつつも有事の際に共同して事に当たれるよう情報共有の協定が存在している。だが、今回の件に関しては王国軍側の『一方的な情報遮断』……これには違和感を感じていた。通信が通じないならまだしも、情報を一切流さない……『誰か』が勝手に情報を遮断している……可能性があるのは、王国軍に最近設立された『情報部』の人間。

レイアはその可能性に行き当たり、内心ため息をついた。

 

「ルグラン爺さん。ちなみに、モルガン将軍はこの件に関しては?」

「うむ、動いておるぞ。」

「げ、それは面倒なことになったわね……」

レイアの質問にルグランは肯定の答えで呟き、二人の言葉を聞いたシェラザードは嫌そうな表情になった。それを見て、疑問に思ったエステルはシェラザードに聞いた。

 

「誰?そのモルガン将軍って?」

「十年前にエレボニアの侵略を撃退した功労者、として有名な人さ……日曜学校の歴史の教科書にもハッキリと出てたよ?」

エステルに説明したヨシュアだったが、肝心の本人はほとんどわからない様子だった。

 

「う~ん、見事なぐらい記憶に残ってないわね。それで、その将軍がどうしたの?」

「その将軍、大のブレイサー嫌いなの。『遊撃士協会なんか必要ない』って日頃から主張してるらしいし。」

「無茶苦茶なオッサンね……じゃあ何?その将軍のせいで情報が入ってこないってわけ?」

レイアからモルガンのことについて聞いたエステルは怒りの表情になった。

 

「情報どころではなく、軍が調査している地域にはブレイサーを立入禁止にしよる。おかげで、ここに所属しておる遊撃士たちの他の仕事にも支障を来しておるのじゃよ。」

「そんな……」

「ぐ、軍がそんなことをするなんて……」

「言うなれば業務妨害で訴えられてもいいぐらいのレベルね。あの頑固じいさんは……」

「ってことは、打つ手なしってこと?」

ルグランから言われた現在の状況に、エリィは沈痛な表情を浮かべ、トワも神妙な面持ちで呟き、レイアはため息をついて皮肉を言った。エステルも残念そうな表情を浮かべているのは言うまでもない。

 

「そう焦るでない。実は今回の事件に関してボースの市長から依頼が来ておる。ギルド方面でも事件を調査して欲しいとの話じゃ。」

「それは心強いわね。ボース市長の正式な依頼があれば、こちらが堂々と動ける大義名分になるわ。」

ルグランから依頼人に関して聞いた時、シェラザードは光明が見えた表情になった。ボース地方の都市を預かり、商業の観点から飛行船との関わりが密接に深いボース市長からの依頼となれば、遊撃士への情報を出し渋るモルガン将軍と言えども情報を出さざるを得ないだろう。現に市民が不安がっている現状を己のプライドによって引き起こしているということに……

 

「なるほどね。ルグラン爺さん、あたしたち、その依頼受けるわ。」

「うむ、いいじゃろう。詳しい話は市長に会って聞いてきてくれ。」

「わかったわ!」

「あ、エステル達は先に市長邸に行ってて。しばらくはそちらの判断に任せるから。で、私は後で合流するから。」

「了解したわ。」

エステル達は依頼を了承したが、レイアは少し話があると言ってその場に残った。

 

「……ルグラン爺さん、『彼』はまだボース地方にいますよね?」

「ああ。先程連絡が来たから、お前さんたちが来るということを伝えると、『マーケット』で待つと言っておったぞ。」

「成程…これなら、少しは光明が見えましたね。」

遊撃士嫌いのモルガン将軍相手には、私でも分が悪い。けれども、『彼』ならばこの事態を打破してくれる鍵になり得るだろう。

 

「あと、妙なお客さんを捕まえたとか言っておったぞ。」

「妙なお客ですか……解りました。こちらで接触してみますね。」

彼の『拾い癖』にため息をつきつつ、こちらから接触を試みることにした。

 

 




設定としては

FC(第三世代)→SC・3rd(第四世代)→零・碧(第五世代:エニグマ、エニグマⅡ)・閃(第五世代:アークス)
という感じです。
更に、トワ・クロウ・アンゼリカ・ジョルジュらが戦術リンクのテストに関わっていたことから、FCの時点で試作品があると思いますし、エニグマⅡの構想もあったのではと鑑みた結果です。

そして、今のところ戦闘面でしか動いていない『彼』が動きます。

………『拾いもの』に関しては、気付く人は気付くかもしれませんがw



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第25話 繰り返しと再会

~リベール・ボース地方 アイゼンロード~

 

リベールと旧エレボニア領の境に位置するハーケン門とボースを結ぶ街道、アイゼンロード……そこからやや外れた森の中で、レイアは笑顔を浮かべ、『彼』……シオン・シュバルツは引き攣った笑みを浮かべ、彼の拾いもの……白いコートに身を包んだ金髪の男性は逆さ吊りにされていた。

 

「さて……何しに来たんですか、『敗戦国の皇族』さん?」

「ははは、何を言っているのかね麗しい御嬢さん?僕は不世出の天才演奏家、『愛の伝道師』オリビエ・レンハイムであり、それ以上でもそれ以下でもないのだがね。」

「あのな……逆らわないほうが身のためだぞ。お前の身元は全部把握済みだ。」

「いいの、シオン。こういう素直に吐かない人には、多少手荒にいかないと。さて、アレはどこにあったかな……」

「ちょ、ちょっとタンマ!お、お互い話し合わないかね!?そういった荒事では、争いは解決できないと思わないかね!?」

「お前、変わったな……」

満面の笑みを浮かべて威圧するレイア、それに冷や汗をかきつつも口を割らないスチャラカ演奏家、そして疲れた表情で彼女の変貌ぶりを呟いたシオン。

 

シオン・シュバルツ……彼も転生者であり、転生前はレイアを含め、アスベルやシルフィアと知り合いだった。彼は赤ん坊の状態で今は亡きアリシア女王の兄の孫として転生した。彼の両親に関しては八年前に死別しており、その後はユリアに預けられた。彼を政争の具にさせないための苦肉の策として、ユリアの義理の弟として育てることにしたのだった。

 

リベール王国王位継承権は第一位……クローゼやデュナンと同列であり、彼も自分の生まれの事をアリシア女王から聞いているが、『俺は『亡き者』である以上、次を継ぐのはクローゼだ。』と言って突っぱねているのだ。デュナンに関しては完全論外らしい。

 

閑話休題。

 

事情は、シオンの『拾い物』……帝国からの自称観光客『オリビエ・レンハイム』をレイアが見つけ、シオンに事情を聴き、その上でオリビエを連行して物理的に吊し上げているのだ。この時期に帝国の……しかも、一線級の『お偉方』が来る理由を聞きだすことだ。

 

「隠しても無駄ですよ?私は個人的にセドリックやアルフィンと会ったことがあります。その時に貴方とも会いましたからね……オリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子?」

二年前、帝都の夏至祭で偶然にもユーゲントⅢ世とプリシラ皇妃にお会いし、バルフレイム宮に招待されてセドリック皇子とアルフィン皇女とも知り合ったのだ。そして、この目の前に映る金髪の青年……庶子故に皇位継承権を持たない人、オリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子に会ったことがある。それ故に誤魔化しは無用の産物である。それを悟ったオリヴァルト皇子もといオリビエは降参のジェスチャーをとる。

 

「……は、話すから、下ろしてくれるとありがたいかな。」

「正直に話さねえと、ヴァレリア湖に沈める……いや、ミュラーさんに引き取ってもらうか。」

「正直に話しますので、それはヤメテクダサイ」

流石に彼のお付きもとい親友には勝てない様で、オリビエは降参して下ろしてもらい、二人の質問に答えた。

 

「カシウスさんに会いたくて、ねぇ……あの『怪物』とやりあおうって気概には賛同したいが。」

「まぁ、それもあるのだけれど、君たちにも会っておきたいと思ってね。」

「私らに、ですか?」

シオンの呟き、それを聞きつつもオリビエはレイアとシオンの二人にも接触できたことに僥倖とでも言わんばかりの表情を浮かべていた。

 

「普通ならば例外など認めない遊撃士協会が『特例』という形で準遊撃士を承認した『あの二人』……そして、『あの二人』に追随する実力者である君らと会っておくことは得策だと感じたのさ。」

「「……」」

あの二人というのはアスベルとシルフィアのことだろう。だが、年齢の事は伏せられ、そのことは協会内でも『最重要機密』とされている真実を知るオリビエに二人は疑惑の眼差しを向ける。だが、それを意にも介さずオリビエは話し続ける。

 

「そのことはアスベル君とシルフィア君に聞いたのさ。もっとも、君と同じように吊し上げられたけれど………いいケイケンダッタヨ、ウン」

「歴史は繰り返す、か」

どうやら、先程のよりもさらにきついことをされたようで、軽くトラウマになっているようだった。

 

「ま、いっか。貴方の事は黙っていてあげるけれど、二つ条件があります。」

「ほう?」

「一つ、この事件の解決に一役働いてもらうこと。二つ目はエステル達がグランセル地方に来た際、それとなく協力すること。」

「ふむ……そんな簡単なことでいいのかい?」

てっきり身柄をある程度拘束されることも想定していたオリビエだったが、レイアの意外な提案に目を丸くした。

 

「貴方が本気であの『鉄血宰相』とやり合う覚悟があるかどうか……それを見るためのものですよ。」

「これは手厳しい。君のような麗しい女性のキスでもあれば、かなりやる気になるのだがね?」

「何でしたら物理的なスキンシップでもしてあげますか?運が良ければ生き残れますけれど」

「ゴメンナサイ、調子に乗りました。」

「やれやれ……」

レイアの言葉にオリビエはからかいも混じった言葉をかけるが、レイアがスタンハルバードを取り出した瞬間に命の危機を感じてオリビエは謝り、シオンはため息をついた。

 

「で、シオンには情報部……特に、リシャール大佐の動きを知りたいの。」

「動き?目的じゃないのか?」

「目的に関してはある程度把握しているし、そのための布石も打った。シオンには、これから起こりうることへの対策……できれば、あの男も。」

「『アイツ』か……解った。いざとなったら圧倒してもいいんだよな?」

「ええ。彼に対しては『手加減』なんて難しいでしょうから。」

シオンもアスベル達の計画……一連のプランは知っている。そのため、少ない言葉でも彼には何のことを言っているのかすぐに理解できた。すべては、いずれ姿を現す『あの男』を倒すために。

 

「それと……カシウスさんに関しては、こちらから既に手は打っている。アスベルとシルフィアも、すでに動き始めた。」

「へぇ、あの二人が揃って動き出すとは、余程の大事かな?」

レイアの意味深な発言に、オリビエは気になってレイアに尋ねると、レイアは真剣な表情をしつつも笑みを浮かべて呟いた。

 

 

 

「いずれ来るべき時の為の、小事ですよ。」

 

 

 

~商業都市ボース ボースマーケット~

 

ルグランから一通りの事情を聞いたエステル達は、一通り依頼を片付けてからボースの市長に会いに行った。だが、市長は不在であり教会に向かったと聞いて行ったが、市長お付のメイドであるリラに会ったが、肝心の市長はサボってマーケットに行ったらしく、エステル達はリラと一緒にマーケットに向かったのだった。

 

エステル達がマーケットに着くと、一人の女性が商人らしき二人に注意をしていた。リラはその喧騒を見て溜息をついた。

 

「ん?あの女性……って、リラさん?」

「その、恥ずかしながらあそこの女性が市長です……」

リラは溜息をついた後、商人の男性2人に説教をしている身なりがいい女性が市長だとエステル達に言った。

 

「恥を知りなさい!この大変な時に食料を買い占めて値段をつり上げようとする浅ましい行為、ボース商人の風上にも置けませんわ。」

「しかしお嬢さん……」

「僕たちはマーケットの売り上げアップを考えてですね…」

二人の商人は及び腰で言い返したが、その言葉はこのマーケット…ひいてはこの地方を預かる市長にとって火に油を注ぐ言葉であったことは言うまでもなく、市長はさらに商人達に怒鳴った。

 

「お黙りなさい!他の品ならいざ知らず、必需品で不当に値段を吊り上げて暴利を貪ったとあっては、マーケットの悪評にも繋がります。それに、不安の声が広がりつつある状況で更に煽り立てるのですか!お客様の生活のためにも即刻、元の値段に戻しなさい!」

「は、はい……」

「わかりました……」

市長の一喝を受けた二人は肩を落として頷いた。

 

「何と言うか、凄い方ですね。見たところお若いのにあれだけの手腕を持っているなんて。」

「そうですか。そう言っていただけるとありがたいです……」

トワはその手腕に感心し、リラは躊躇いがちにその言葉を受け止めた。

市長はそれを見た後、怒られて表情を暗くしている商人達に自分のマーケットに対する考え、ひいては意図を話した。

 

「わたくしとしては、貴方たちのボースマーケットにかける情熱を疑っているわけではありません。寧ろ信頼しております。ただ……貴方方にも判って欲しいのです。商売というものは、突き詰めれば『人と人の信頼関係』で成立している事を。大丈夫ですわ、貴方たちだったら立派なボース商人になれますから。わたくしが保証いたしますわ。」

「お、お嬢さん……」

「はい、頑張ります!」

市長から励まされた2人は元気が戻り、自分の持ち場に戻った。

 

「ふう……あら、リラじゃない。みっともないところを見せてしまったわね。」

「いえ、相変わらず見事なお手並みです。それよりお嬢様、こちらの方々が用がおありだそうです。すぐにお屋敷にお戻りくださいませ。」

「あら、その紋章は……。ひょっとして貴方方が、わたくしの依頼を引き受けて下さるブレイサーの方々かしら?」

リラの姿が目に入った市長はバツが悪そうにリラのほうを向くが、リラは先程のお手並みを率直に評価しつつ『来客』の事を伝える。エステルがつけている遊撃士のエンブレムに気付いた市長はエステルに確認した。

 

「うん、そうだけど……」

「ひょっとして貴女が……」

「ふふ、申し遅れました。わたくしの名はメイベル。このマーケットのオーナーにしてボース地方の市長を務めています。」

エステルとヨシュアの疑問に答えたボース市長ーーメイベルは挨拶をした。

 

「って、そちらにいるのはエリィさん?お久しぶりですわ。」

「お久しぶりです、メイベルさん。その節はお祖父様共々お世話になりました。」

「それはこちらの台詞です。貴女やマクダエル市長のおかげでこの地域の商業も発展したようなものですから。」

メイベルはエリィの姿に気づき、声をかけるとエリィも謙虚に挨拶を交わした。

 

このボース地方は十年前までエレボニアに接する地域だったが、百日戦役後……ハーケン門以北の『北ボース地方』との交易が盛んとなり、紡績都市パルムとは経済連携も視野に入れた都市間協定を結んでから、更に発展していったのである。その条約を結んだのはメイベルの父親……前ボース市長である。ボースはいわば旧エレボニア領とリベール領を結ぶ貿易中継地の役割を果たしているのだ。

 

そして、メイベルが市長の座に就いてから間もなく、表敬訪問という形でマクダエル市長が訪問されたのだ。エリィもそれに同行しており、メイベルとはその時に知り合った仲である。その後、クロスベルとボースの貿易協定を締結。これは先んじて結ばれたロレント=クロスベルの協定の影響もあって、双方共に大きな混乱もなく承認されたのだ。

 

「エリィって、結構顔が広いのね。」

「そうでもないわよ。メイベルさんとは偶然お会いできただけだし。」

「謙遜しないでください。ボースの発展は貴女のお蔭でもあるのですから。」

「えっと、ありがとうございます。」

「さて、依頼の事でしたわね。それでは、行きましょうか。」

エステルはエリィの交友関係の広さに感心し、エリィは謙虚に答えるが、メイベルがエリィの功績を褒めるとエリィは苦笑しつつも礼を述べた。

そして、改めてエステル達に依頼内容を話すため、ボース市の高級レストラン『アンテローゼ』に案内した。

 

 




ちょっとの間だけ別れて別行動を取ります。

流石にレイアがいたらエステルが成長できませんのでw

そして……アスベル達は盛大に暴れます、いろんな意味で(意味深)


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第26話 突破口

メイベルから、モルガン将軍より事情を聞きだすために紹介状を書いてもらい、エステルとヨシュア、シェラザードはハーケン門でモルガン将軍と面談するも、エステルがうっかり口を滑らせたことで遊撃士であることが露呈し、モルガン将軍が激昂……結果的に追い出される形となった。

『民間組織ごとき』と言い放ったモルガンに、シェラザードは本気で怒ってこの地方で頻発している盗難事件の解決に軍が全く動かなかったこと、そのために遊撃士が動く事態になったことを指摘すると、モルガンは軍の規律により軽々しく動けないと反論……一触即発の状況で出てきたオリビエの弾き語りで一同の毒気が抜かれる形となり、モルガンは『遊撃士ごときが余計なことをするな』とくぎを刺して、門の中に戻り……エステル達は市長の元に戻って報告したのと同時に、今後の対策について話し合うことにした。

 

その市長邸で取材を申し込もうとしていたナイアルとドロシーの姿があり、ドロシーの不躾な発言で取材をきっぱりと断られる羽目になり、ナイアルがすごすごと帰っていったのをエステルらは苦笑を浮かべて見ていたのであった。

 

 

~ボース市長邸~

 

「そうでしたか…モルガン将軍からは特に、ですか…」

「まったく、失礼しちゃうわよ。遊撃士なんて必要ないなんて言い方はないじゃない。」

「その意見には概ね賛成ね。けれども、困ったわね……」

肝心の王国軍からの情報がない……三人はおろか、メイベル市長ですらも彼の遊撃士嫌いがここまでのものとは思っていなかったのだ。この分だとどうにも動きようがないのは事実だった。

 

「やれやれ、しおらしくしているなんて空気がよどむじゃないか。ここは僕のリュートで……」

「椅子に縛り付けてほしいかしら?今なら椅子も固定してあげられるわよ?」

「スミマセンデシタ」

この暗い空気を払拭しようとしたオリビエが奇行に走ろうとしたところをシェラザードが威圧を込めて言い放ち、オリビエは冷や汗をかき、黙るしかなかった。

 

「それにしても、盗難事件ってここ最近の話ですよね?」

「ええ。実は南街区が一昨日の夜盗難に遭ったばかりなのです。日用品の不当な釣り上げも飛行船が運航していないこともあって、その不満が出たのではと危惧はしていたのですが……」

数か月前から続く盗難事件……どうやら、一昨日にもボース市の南街区で盗難の被害が出ていたようだ。ただ、不幸中の幸いは飛行船の運航停止によって『まだ最小限』の被害で済んでいる。これ以上続けばボース……ひいてはリベール全体の印象に関わってくる。

 

「う~ん……だったら、南街区の人に話を聞いてみない?後、ナイアルさんとドロシーにも。」

「そうね。もしかしたら、いつもと違う点が見られたかもしれないし。」

「けれども、エステルからそんな言葉が聞けるなんて、感激ね。」

「シェラ姉、それってどーいう意味よ!?」

エステルの意外な提案にヨシュアは驚きつつもその提案に賛成し、シェラザードはエステルの言葉に感心し、エステルは不満そうに呟く。

 

「フム、そうと決まれば早めに動くのが得策のようだね。」

「って、アンタも来るわけ?」

その言葉を聞いて早速行動に移すべきだというオリビエの言葉に、エステルは彼がまだ関わることについて疑問視していた。彼は帝国からの観光客(エステル達からすれば)、遊撃士の仕事に関わる義理はないはずだ。

 

「安心したまえ。この件に関して、『協力者』としてレイア君から頼まれたのでね。」

「え、レイアが?」

「失礼します。レイア様達がお見えになりました。」

自身を持って答えるオリビエにシェラザードは彼の言葉が信じられずにいたところ、リラが入り、彼女の後についてくるかのようにレイアとシオン、トワとエリィの四人が入ってきた。

 

「よかった、ここにいたんだ。」

「レイア、彼から聞いたけれど、本当なの?」

「ええ。彼はそれなりの手練れだと解っています。なので、私が協力を申し出ました。」

「というワケなのだよ。」

「ほ、ホントだったんだ……」

レイアにオリビエの言葉の真偽を確かめると、レイアは笑みを浮かべて答え、オリビエも自分の言っていたことが真実であることに自信を持って言い、エステルはため息をついた。

 

「って、そこにいる彼は、“紅隼”!?」

「初めまして、“銀閃”シェラザード・ハーヴェイさん。俺はシオン・シュバルツ。今はしがない軍人ですよ。」

レイアの隣にいるシオンにシェラザードは驚き、声を上げる。一方、シオンは冷静に自己紹介をする。

 

「“紅隼”……成程、貴方が“ラヴェンヌ”の……」

「ラヴェンヌ?」

「ボースの北西にある小さな村だね。でも、何故?」

「ああ、いえ。何でもないですわ。」

メイベルはシオンの異名である“紅隼”とボースの北西にあるのどかで小さな村……ラヴェンヌの名を呟き、エステルはその出てきた地名に首を傾げ、ヨシュアは説明した後メイベルに言葉の意味を尋ねるが、メイベルはバツが悪そうにして答えを濁したのだった。

 

「で、エステルとヨシュア、シェラさんには南街区の聞き込みとナイアルさんから聞き込みをやってほしいの。」

「まぁ、それは元々やるつもりだったし、いいけれど」

「レイアたちはどうするの?」

「私は依頼をこなさなきゃいけないから、調査には加われないけれど……そうだ。飛行船絡みの情報に関しては問題ないよ。」

「問題ないって……レイア、どういうこと?」

レイアの言葉にエステルは頷き、ヨシュアの問いかけには別件があるため調査には加われないことを説明、そして懸念材料だった情報提供の目途がついたことを言い、それに疑問を浮かべたシェラザードが尋ねると、レイアの代わりに答えるかのようにシオンが言葉を発した。

 

「簡単だよ、シェラさん。モルガン将軍に情報を出させるようお願いしておいたからな。」

「えっ!?」

「あ、あんですってー!?」

「ほう……」

「ほ、本当ですか?」

それには一同が驚いていた。先程まで頑なだったモルガンから情報を引き出した方法……それは、

 

 

『今回の件に関しては、遊撃士協会に対して謝罪の文章を送ること。そして、遊撃士協会並びにメイベル市長に対して事件の詳細を報告すること。この二つを早急に実施すれば、今回の件に関しては不問といたします。よろしいですね?』

『承知いたしました、殿下。』

シオンの地位を生かした『頼み』だった。遊撃士でありながらも、王家――とりわけアリシア女王の篤い信任と『王室親衛隊大隊長』の地位を得ているシオンの言葉には、『遊撃士嫌い』のモルガン将軍ですら頭を下げざるを得ない……下手に楯突けば国家反逆罪に問われかねないためだ。

ただ、信憑性やシオンのこともあるので全てをそのまま話すわけにはいかず、ある程度ぼかした上でエステル達に説明した。

 

 

「えと、それじゃ市長さん。あたしたちは話を聞きに行ってみるわね。」

「解りました。私のできる範囲でお手伝いさせていただきますわ。」

「ご厚意に感謝します。」

「それでは、事件解決のために話を聞きに行こうではないか。」

「って、アンタが仕切るな!!」

呆気にとられていたエステル達だったが、気を取り直して南街区に行き、話を聞くために行動を開始した。

 

 

 



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第27話 覆しの一手

~ボース マーケット~

 

シオンの功績により、モルガン将軍からギルドとボース市長への謝罪文の確約を取り付け、更に現在判明している情報を貰い、レイアらは別件の依頼をこなした後ボースのマーケットで一息ついていた。

 

「何と言うか、色々驚きなんだけれど」

「それをエリィが言うなよ……エリィだって、市長の孫娘なわけだし。」

「あははは……」

「これぐらいで驚く方がどうかしてるよ。」

「「規格外のレイアが言うな(言わないで)」」

元猟兵団『赤い星座』の遊撃士、王室親衛隊大隊長にして王家の人間、クロスベル市長の孫娘、シスターの皮を被った守護騎士……正体がばれると色々騒動にしかなりえない面子であることは違いない。ただ、当の本人たちにはその自覚など皆無であろうが…

 

「で、これからどうするの?」

「あ、そうだ。俺からの提案なんだが……ラヴェンヌ村に行かないか?」

「ラヴェンヌ?」

「ああ。」

シオンが言うには、ラヴェンヌ村の少年から『鳥みたいなもの』が北側……廃坑となっている旧鉱山の方角へと飛んで行ったらしい。夜に飛ぶ鳥などいたとしてもおかしくはないが、夜行性の鳥は逆に少ない……可能性を信じて、四人はラヴェンヌ村へと足を運ぶことに決めた。ただ、エステル達の情報の事もあるので、一旦合流することにし、お互いに情報交換することにした。

 

 

~レストラン『アンテローゼ』~

 

合流して、情報交換をしている間、オリビエは置かれたピアノを弾き始めた。その腕前は一流の音楽家と比べても遜色なく、彼自身が『演奏家』だと言っていることに違いはないようだ。ただ、エステルとシェラザードは納得いかなそうな表情を浮かべているが。

 

「何か、納得いかないわね……」

「気持ちは分からなくもないけれど。」

「全くです……で、今後の動きなんですが……」

エステル達は南街区で得た情報からヴァレリア湖畔の宿の近くで盗賊らしき姿が目撃されたらしい……エステル、ヨシュア、シェラザード、そして向こうで演奏しているオリビエの四人でその真偽を確かめることにした。レイア、シオン、エリィ、トワの四人はラヴェンヌ村に向かい、シオンの情報とナイアルが伝えてくれた目撃情報をもとに飛行船の行方を追うことにした。

 

「おや、もう行くのかね。なかなかせっかちな人だ。」

「あら、何だったらここでゆっくりしていてもいいのよ?」

「いやいや、僕も協力者だからね。信頼されているからには、必要最低限は働いておかないと。」

オリビエの言葉にシェラザードは皮肉めいた言葉をかけるが、協力者である立場からして契約を反故にできないとオリビエは答えた。

 

それぞれ別行動になった後、シオンはレイアに話しかけた。ハーケン門でのモルガン将軍の態度の不自然さが気にかかり、レイアに何とかできないか確認した。

 

「そうね……あの二人は早くて明日には戻ってくるから、その時に聞いてみる……いや、もう一人動けそうな人がいるかな。」

「もう一人?」

「同じ遊撃士の人。あの人なら確かルーアンにいるはずだから……」

「誰かしら?」

「う~ん……(もしかしたら、あの人ですかね?)」

そう言って、レイアはギルドに向かい三人も彼女について行った。

 

 

~遊撃士協会 ボース支部~

 

レイアはルグランに『彼女』との連絡が取れるようお願いし、ルーアン支部の受付の人に伝言をお願いする形で連絡を取り付けたのだ。

 

「どうだった、ルグラン爺さん。」

「うむ。ジャンの奴から『彼女ならもう少しで戻ってくる』と言っていたから、問題はないじゃろ。」

「ありがとう」

「あの、レイア。貴女が頼んだ相手って……」

「セシリア・フォストレイト。私と同じA級遊撃士だよ。」

セシリア・フォストレイト……“黎明”の異名を持つA級正遊撃士。その名前は偽名で、本名はルフィナ・アルジェント……数年前の事件で『死んだ』人物なのだが不思議な因果か生き残り、現在は姿を隠し遊撃士として活動している。彼女が星杯騎士として磨いてきた事件解決能力は一線級で、リベールの遊撃士であるクルツ・ナルダンと同格かそれ以上の実力者と言われている。

 

「……クロスベルも凄いと思ったけれど、リベールも凄いわね。」

「ははは…カルバードには“不動”、エレボニアには“紫電(エクレール)”もいるから、どっこいどっこいだよ。」

レイア自身はそう語っているが、S級がこんなにいること自体『おかしい』のだ。当の本人らを知っている彼女にしてみれば『当然』なのだろうが……

 

「何にせよ、シオンのお蔭じゃな。それで、シオンはこれからどうするのじゃ?」

「この事件の解決までは手伝うよ。その後はグランセルまで戻らないといけないけれど。」

「それはありがたいわね。それじゃ、行きましょうか。」

四人はギルドを後にし、西ボース街道を経由してラヴェンヌ村へと向かった。

 

 

~遊撃士協会 ルーアン支部~

 

リベール王国西部に位置するルーアン地方、その管轄都市である港湾都市ルーアンにあるギルドに、一人の女性――セシリアが戻ってくる。彼女の姿を見ると、受付の男性――ジャンが声をかける。

 

「戻りました。」

「お疲れ様、セシリア。さっき、ボースから連絡があってね。」

「ボースというと、レイアから?」

「ああ。」

ジャンはセシリアに先程の連絡の内容を伝えた。

 

「(成程……確かに、王国軍の動きが鈍いのは気にかかるわね)ジャンさん、ここの仕事が一段落したら王都の方に向かいます。」

「了解したよ。エルナンには僕の方から連絡しておくよ。」

「解りました。」

セシリアはその後、ジャンに依頼達成の報告を行い、泊まっているホテルへと戻っていった。

 

(さて……空路は拙いわね。かと言って……いざとなれば、合流も視野に入れておきましょう。)

 

“黎明”……ひいては“千の腕”と呼ばれた人間の、王国軍……いや、その背後にいる『蛇』との『知恵比べ』が始まろうとしていた。

 

 

~ラヴェンヌ山道~

 

レイアら四人はラヴェンヌ村へ続く道、ラヴェンヌ山道を歩いていた。すると、山道を下りてくる人物に気付く。

 

「お?」

下りてきた人物……赤毛の男性はレイアに気付いて声をかける。

 

「誰かと思えば、レイアじゃねえか。見るからに護衛のように見えるが?」

「護衛じゃないよ。むしろ調査のために来てるんだよ。」

「へ~……どう見ても、お前以外の三人に関しては腕が立つとは思えないぞ?」

「………」

男性はシオン、エリィ、トワを見て鼻を鳴らし、自分がよく知る彼女以外が到底戦力になるとは思えなかった。その言葉にレイアは目を細め、男性を睨む。

 

「な、何だよレイア?」

「初めてエステル達と会った時と同じね……その後の模擬戦でエステルにボコボコにされてたけれど。」

「あ、あの時は調子が悪かっただけだ!あのガキに、『次は負けない』と言っておけよ。」

「あ~、はいはい。解ったわよアガット。」

この男性……名はアガット・クロスナー。シェラザードと同じB級正遊撃士で、『重剣』の異名を持つ。

 

実は、エステル達とはカシウス繋がりで一年前に出会っていて、その際エステルを馬鹿にし、その後の模擬戦でボコボコにされた苦い経験の持ち主だ。

 

『で、だ・れ・が・バ・カ・で・す・っ・て?』

『……ち、ちくしょう……』

『………(と、父さん……)』

『………(何も言うな、ヨシュア……)』

その光景を目の当たりにしたカシウスとヨシュアは『彼女を本気で怒らせないこと』を心の中で誓ったとか……カシウスが教えた基礎、そしてレイアが教えたあらゆる技巧……後は、技の応用が柔軟にできるようになればいいが……それを差し引いても、エステルの実力は正遊撃士クラス……それも、問答無用でB級以上のものになりうるのだ。

 

「というか、カシウスさんがいなくなったっていうのに、平然としてるね。」

「相当頭がキレるあのオッサンが賊如きに遅れをとるとも思えねえよ。それじゃ頑張れよ。」

「はいはい、小娘たちに負けた『重剣』さん。」

「てめえ、いつか負かしてやるから、覚悟しとけよ!!」

レイアの冗談にアガットは遠吠えのような言葉を吐いて、その場を去っていった。

 

「むぅ、さっきの言葉は酷いよ。」

「ええ、全くよ。レイア、あの人も遊撃士なの?」

「うん。」

「へ~……(あの身なり…ひょっとして、あの時の?)」

先程のアガットの発言に、頬を軽く膨らまして納得いかない表情を浮かべるトワと怒りが混じった表情を浮かべるエリィ、エリィの質問に頷いて答えるレイア、そして彼の姿を思い出し、昔会ったことのあるような印象を覚えたシオンだった。

 

四人はアガットの言葉を受けての鬱憤晴らし……正確には、レイアが道中で襲い来る魔獣を棒でホームランしたり、シオンが剣の衝撃波で魔獣の胴体に穴をあけたり、トワに至ってはアーツで容赦ない攻撃を浴びせ……その光景を見つつ、銃で的確に魔獣を仕留めていくエリィは周りの人の『異常さ』に困惑していた。

 

(……この人たち、本当に『人間』よね?)

自分の中の『常識』と『非常識』が最早飾りにしかなっていないような気がしたのだった。

 

 

~ラヴェンヌ村~

 

ボース地方の長閑な村で、果樹園が形成されている。この村はかつて七耀石の産出で盛んだったが、鉱山が廃坑となってからは果樹園による農業で生計を立てているのだ。

 

「なんだかアルモニカ村を思い出すわね。」

「アルモニカっていうと、クロスベルの」

「そうね。そこで採れる蜂蜜はかなりの評価を受けているわ。」

エリィの言うアルモニカ村は、蓮根と蜂蜜で生計を立てているクロスベル北東部にある村。そこの蜂蜜はかなりの評価を受けており、自治州内外を問わず、商品価値は高い部類に入るだろう。事実、リベールも少数ながら入ってきており、かなりのいい値……高級ブランドと比肩するほどの部類に入っている。

 

すると、向こうにいた赤毛で制服を身に纏った女性が四人に気づき、声をかけてきた。

 

「あれ?レイアさんにシオン!」

「ミーシャ、久しぶりね。」

「久しぶりだな。今日は休みか?」

「うん。あ、そうだ。さっきお兄ちゃんに会わなかった?多分お兄ちゃんのことだから色々キツイことを言っちゃったかもしれないけれど……気分を悪くしてたら、ごめんなさい。」

「あはは、アイツの言動はいつもの事だから気にしてないよ。」

「ミーシャのせいじゃないから。」

ミーシャと呼ばれた女性は兄がすれ違った時にキツイことを言ったのではないかと危惧し、謝っていた。一方、その様子をなだめていたレイアとシオン、呆気にとられた様子のエリィとトワだった。

 

「兄って……貴女は?」

「そうでした、そちらの二人とは初対面ですね。私はミーシャ・クロスナー、『重剣』アガット・クロスナーは私の兄です。」

 

 




というわけで、原作ブレイクの一人が登場です。

年齢が解らなかったため、百日戦役時点で大体6~7歳程度にしています。
で、制服で気が付きますが……それはお楽しみにw


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第28話 夕暮れのひととき

久々にほのぼの的なタイトルを付けたような気がしますw


~ヴァレリア湖畔~

 

エステル達は湖畔で釣りをしていた目撃者、ロイドから夜釣りをしていた時に二人の男女らしき姿を見たという情報を得た。目撃情報自体がまだ少ないことから再び現れるのでは……そう考えた四人は夜まで自由時間とし、待機することにした。シェラザードとオリビエは果実酒を飲みかわし、エステルは釣りをして楽しみ、ヨシュアはベランダで読書に勤しんでいた。

 

「ふ~、もう夕方か。うん、釣果としては上出来ね♪」

魚をまた釣ったエステルは辺りが夕焼けに染まっているのに気付いた。

時間的にはそろそろ夕食の時間だろう。もう少し釣りをしたい衝動もあるが、今は事件の調査の途中での自由時間。今度休みが出来たらまた釣りをしようとエステルはベランダの方に上がって、ヨシュアに釣果を自慢しようと思ったが、肝心のヨシュアの姿が見当たらなかったのだ。

 

「ヨシュアはもう戻ったのかな…あれ?これって……」

テーブルに近づいたエステルは、その上に置いてある本――『実録・百日戦役』を見つけた。そこの席に座っていたのはヨシュア……となれば、彼の忘れ物の可能性が高いだろう。

 

「ヨシュアの忘れものかしらね……いつも澄ましてるクセに割と抜けてるトコがあるのよね~。仕方ない、あたしが届けてやるか。」

エステルはヨシュアを探して歩き周った。すると、外れの桟橋にヨシュアが無言で寂しそうに佇んでいた。

 

「悩み多き少年、こんなところで何を黄昏ておるのかね?」

「はは……別に、たそがれてなんかいないけどね。釣りのほうはいいの?」

「うん。もう少し楽しみたかったけれど、夕食の時間が近いから切り上げてきちゃった。そうだ、はい。」

エステルの声の掛け方に苦笑しつつ、ヨシュアはエステルのほうを振り向いた。

エステルはヨシュアに先ほど見つけた本を差し出した。

 

「読書するとか言って置きっぱなしにしちゃってさ。大体、読書ばかりに夢中なんてしてたら可愛い彼女ができないわよ?」

「大きなお世話だよ……ちょうど読み終わったばかりでさ。目が疲れたから気分転換に散歩してたところなんだ。」

「………ヨシュア?」

「な、なに?」

ヨシュアの様子にエステルはジト目をしてヨシュアに近づき、ヨシュアは珍しく焦って一歩下がった。

 

「また一人だけでなにか溜め込もうとしてるでしょ?分かるんだってば、そーいうの。」

「……」

「大体、フェアじゃないわよ、ヨシュアだってあたしが落ち込んだ時には慰めるクセに。その……あたしじゃ父さんみたいに頼りにはならないと思うけど……それでも、こうやって一緒にいてあげられるんだから。こればかりは父さんだってなかなかできないでしょ?」

ヨシュアの隣に来たエステルは優しい笑顔でヨシュアに言った。

実力的には開きがある……エステルでもそれは自覚していた。けれども、一方的にされっぱなしなのは彼女の性格からすれば納得のいかないことでもある。

 

「………ごめん」

彼女を信頼していないわけではない……けれども、自分の気遣いで彼女を傷つけていたこと……それが伝わってくるエステルの言葉にヨシュアは辛そうな表情で謝った。

 

「こーら、こういう時は『ありがとう』でしょ?ヨシュアって頭はいいけど、ホント肝心なことが分かってないんだから。」

「はは、本当にそうだな。ありがとう……エステル。」

エステルが教えたことにヨシュアはようやく笑い、感謝の意味を込めてお礼を言った。

 

「うむうむ、それでいいの。それでもヨシュアが納得できないんだったらハーモニカを1曲、お礼はそのあたりでいいわよ。」

「おおせのままに……『星の在り処』でいいかな?」

「うん。」

ハーモニカを取り出したヨシュアはなじみ深い曲でいいか尋ね、その問いにエステルが頷き、彼女が桟橋を支えている木の柱に座ったのを見てから、ヨシュアはハーモニカを吹き始めた。ヨシュアのハーモニカの曲は儚げながらも耳に残る曲で、シェラザードやオリビエ達を含め、川蝉亭の客達も皆耳を傾けて聞いていた。

 

 

「えへへ、なんでかな。ハーモニカの音って夕焼けの中で聞くとなんだか泣けてくるよね。」

ヨシュアがハーモニカを吹き終わるとエステルは目元についていた涙を拭った。

 

「……相変わらず、君は何も聞かないんだね。」

「あの時約束したじゃない。ヨシュアが話してくれる気になるまであたしからは聞かない、って。」

エステルから目をそむけているヨシュアにエステルは苦笑して言った。

 

「それに5年も経つんだもん。あたし自身、何かどーでも良くなったし。」

「そう……5年もだよ。どうして何も聞かずに一緒に暮らせたりするんだい?」

 

―――あの日、カシウスに担ぎ込まれたボロボロで傷だらけの子供を……昔のことをいっさい喋らない得体の知れない人間なんかを…………どうしてエステルたちは受け入れてくれたのか……?

 

エステルの前向きな言葉にヨシュアは不思議に思い、真剣な表情でエステルを見た。

 

「だって、ヨシュアはあたしにとっての……ううん、あたしや父さん、母さんの家族だし。」

ヨシュアの言葉を気にせず、腰を上げて立ったエステルは事も無げに言った。

 

「………」

「前にも言ったけど、あたし、ヨシュアのことはかなーり色々と知ってるのよね。本の虫で、武器マニアで、あたしなんかよりもやたらと要領がよくて……人当たりはいいけど、他人行儀で人を寄せつけないところがあって……」

「ちょ。ちょっと……」

ヨシュアは彼女の言葉に呆気にとられる間もどんどん自分のことを言うエステルに、ヨシュアは制しようと声を上げたが、

 

「でも、誰よりも面倒見は良くて、実はかなりの寂しがり屋。」

「………」

エステルの口から出てきた言葉に、口を開いたまま黙った。それは、彼女が『自分』という存在――ヨシュアのことを誰よりも知り、誰よりも見続けてきたからこその言葉であることを理解するのにそう時間はかからなかった。

 

「もちろん、ヨシュアの過去も含めて全部知ってるわけじゃないけど……それを言うなら、父さんやお母さんの過去や出会いだってあたし、あんまりよく知らないのよね。だからと言って、あたしと父さんやお母さんが家族であることに変わりはないじゃない?」

エステル自身、自分を生み、育ててくれた両親のことをよくは知らない。そもそも、お互いに『若いころは~』とか子どもに話す性格でもない。ありのままの自分を受け入れ、育ててくれた。今もまた、カシウスに対して不服ではあるが、育ててくれている。彼らの気持ちは正直なものだと、エステルはそう感じていた。

 

「多分それは、父さん達の性格とか、クセとか、料理の好みとか……そういった肌で感じられる部分をあたしがよく知ってるからだと思う。ヨシュアだって、それと同じよ。」

単純な物差しで測れるものではないが、彼女にしてみれば彼女なりの『直感』で、彼を知って受け入れている。そこに難しい理屈など必要ない。受けているからこそ『そういうこと』なのだと。言いたいことを言い終えたエステルは満面の笑みを浮かべてヨシュアを見た。

 

「本当に、君には敵わないな。初めて会った時……具体的には、君の飛び蹴りをくらった時からね。」

「え……あたし、そんな事したっけ?」

感心と驚嘆が入り混じった表情をしつつ述べたヨシュアの言葉にエステルはたじろいだ。

 

「うん、ケガ人の僕に向かって何度もね。」

「あ、あはは……それは、その、幼い頃のアヤマチってことで。」

ハッキリ言ったヨシュアにエステルは苦笑しながら言った。それを思いだしつつ、レイアに昔言われた『感情的になるのは悪くないけれど、自分自身の行動にまで感情を持ちこんだら大変だよ』の言葉を反射的に思いだし、冷や汗をかいた。

 

「はいはい……ねえ、エステル。」

「なに、ヨシュア?」

「今回の事件、絶対に解決しよう。父さんが捕まっているかどうか、まだハッキリしてないけど……それでも、僕たちの手で、絶対に。」

「うん……モチのロンよ!」

ヨシュアの真剣な言葉にエステルは元気良く頷いた。

 

「それじゃ、そろそろ宿に戻ろうか?食事の用意もできてる頃だろうし。」

「うん、お腹ペコペコ~。しっかりゴハンを食べて真夜中に備えなくちゃね。」

 

二人がシェラザードたちの元に来ると、シェラザードは酔いが回っているようで、オリビエに至っては心ここにあらずの状態になっていた。それを証明するかのような空瓶がいくつもテーブルの上に乗っていた。

 

「って……そういえば、レイア達に伝えてないのよね。あたしたちの行動。」

「そうだね。彼らには悪いことをしたかな。」

「まあ、その辺は心配しなくてもいいんじゃないかしら。レイア達はラヴェンヌ村の知り合いの家に泊まる予定だし、私たちの方が早く終われば、迎えに行きましょうか。」

エステルはあの四人に連絡していないことにため息をつき、シェラザードは心配する素振りなどなく笑みを浮かべて呟く。

シェラザードは前もってレイアと話し合い……早ければ今日中に空賊を捕まえることを鑑みて、明日合流することで折り合いをつけているのだ。

 

「まあ、解ってはいるけれど……結構飲んでいるシェラ姉が言えた台詞?昼間から飲んでるじゃない……」

「いいじゃない。美味しい酒があれば時間なんて関係ないわよ。」

「……オリビエさん、頑張ってください。」

「え!?ヨシュア君、酷いじゃないか!こんなにも尽くしている健気な僕をあっさりと見捨てるのかい!?あれだけ触れ合った仲間だというのに!!」

シェラザードの言葉に半分納得しつつ、既にテーブルで存在の放っている空き瓶の数々を見るからに説得力など皆無で、エステルはジト目で指摘し、シェラザードはのらりくらりとかわし、彼女の酒の相手になっている演奏家に満面の笑みで呟くヨシュア、そして言葉だけ聞くと誤解しか生みださない言動を発してどうにかして逃げたい心境のオリビエの姿があった。

 

「何言ってるんだか……ヨシュア、あたしたちは向こうに行きましょうか。」

「そうだね。大人の時間を邪魔するのは無粋だろうからね。」

年齢の関係で酒の飲めない二人はカウンターに移動し、その光景を見たオリビエは『生きて帰れるだろうか……』と心なしか自分の安否を思ったとか……

 

その結果……

 

 

~川蝉亭2階 エステル達の部屋~

 

「あーうー……」

「こりゃ完全にグロッキーね。超マイペース男も酔ったシェラ姉には勝てなかったか。」

酔い潰され、魘されているオリビエ。予測はしていたが、こうまでものの見事に的中してしまうと色々複雑な気持ちがある。

 

「いや~、飲んだ飲んだ。最近色々あって飲めなかったから、久しぶりに堪能しちゃったわ♪」

「酔い潰した当の本人はもう完全に素面だし。シェラさん、何か特殊な訓練でも受けているんじゃないんですか?」

「シェラ姉ならあり得そうで怖いわね…」

先程まで酔っぱらった状態だったのはエステルはおろかヨシュアから見ても明らかだった。だが、現にここにいる彼女は酒を飲む前と何ら変わりないのだ。酒限定で次元が捻じ曲がった存在だと言われてもおかしくはないと率直に思った。

 

「酒に関して特殊な訓練なんて受けたつもりなんてないけれどねぇ……うーん、ゲテモノ酒のたぐいは一座にいた頃から飲んでたけど。あと、毎年セシリアのお誘いで参加させてもらってる宴会ぐらいかしら?」

「それはいくらなんでも違うんじゃないかと思いますけれど。というかセシリアさんにまで迷惑をかけたんですか、シェラさん。」

「シェラ姉なら、宴会と聞けば意気揚々と行きそうだものね。」

酒は飲みなれれば慣れる……そんなのは、体質的にもそれだけのキャパシティを持つ人間ぐらいだ。特に、かなりの量を嗜む人にとってみれば。それよりも、彼女の言葉から出た単語に反応し、エステルはジト目でシェラザードの方を見て、ヨシュアは疲れた表情でシェラザードを見つつ、心の中でその人物を哀れんだ。

 

「う、うるさいわね。それに向こうも悪いのよ!」

シェラザードが言うには、今まで飲んだことの無いような高級な酒が湯水のごとく振る舞われ、便乗していただいていたら……結果的に、かなりの量を飲んでいたというオチだった。

 

 

補足しておくと、昨年末の宴会に参加していた面子は……アスベル、シルフィア、レイア、シオン、マリク、宴会場を貸しているヴィクター、彼の妻であるアリシア、ヴィクターとアリシアの子であるラウラ、ヴィクター家執事のクラウス、ヴィクターの招待に叔父の代理として参加する羽目になったミュラー、王国正遊撃士のセシリア、シスター(仮)のトワ、帝国の遊撃士であるトヴァル、サラ、ヴェンツェル、ラグナ、リーゼロッテ、リノア、そしてセシリアに招待される形で参加しているシェラザード。

 

なお、食べ物や酒の調達はアスベル、シルフィア、マリクの三人。必要経費に関しては、予算だけで数百万ミラ単位……“仕事”でマフィアなどを潰して、その資金を根こそぎもらったりするなど『外道』であるが、それらは食材や酒の調達……マフィアの支配下にあった地域で購入しており、経済に“資する”行動原理ではある……やっていること自体は誉められたものではないが。

 

 

「それよりもコイツ、どうするの?この状態じゃ、しばらく使い物にならないわよ。」

ベッドに寝込んでいるオリビエをエステルは疲れた表情を浮かべつつ、どうするか聞いた。酔い潰したのはシェラザードなのだが。

 

「このまま寝かせておきましょう。ここから先、空賊たちと直接対決になる可能性が高いわ。協力者とはいえ流石に民間人を巻き込むのは拙いし。」

レイアから協力者として同行を許されているとはいえ、ただの民間人を巻き込むわけにはいかない。偶発的というか、必然的に酔い潰したことに対しての言い訳にしか聞こえないのはきっと気のせいだろう。

 

「シェラ姉……もしかして。付いて来させなくするために『わざと』オリビエを酔わせたとか?」

「えっ………あ、当たり前じゃない。私の深慮遠謀のタマモノってヤツよ。」

「いや、その間は何なのよ……」

「絶対ナチュラルに楽しんでたんですね、シェラさん。」

「な、何の事かしらね?さて、いきましょうか。」

エステルの発した言葉にシェラザードは少しの間考えた後、笑顔で肯定したが、言い訳以外の何物にも聞こえなかったためエステルやヨシュアは白い目で見た。

 

 

真夜中、ロイドの話通りのカップル――空賊の兄妹が現れ、さらに黒装束の怪しい人間達と会話をし始めた。その中の仮面をした人物に対してヨシュアが今まで見せたことのないような複雑な表情でその人物を見つめていた。

 

空賊達が黒装束達と話をしている隙に空賊艇を抑えるため、一端ヴァレリア湖から離れて飛行艇が停泊できそうな所を探していたところ、昔からある遺跡――琥珀の塔の前に空賊艇が停泊し、さらに空賊達がたき火をたいて自分達を纏めている人物達――キールやジョゼットを待っている姿を確認した。

 

人数的には圧倒的に不利の状況……対応を考えあぐねいていると、酔い潰れたはずのオリビエがエステル達の前に現れた。何でも、胃の中のものを全て吐き出し、冷や水を被ってきたという。その度胸と思い切りの良さに若干感嘆の表情を浮かべた三人だった。

 

「チッ、私もツメが甘かったわね……いっそのこと、火酒を一気飲みでもさせておけば良かったかしら?」

「それは確実に死ねるんで、勘弁してくれたまえ……」

酔い潰した程度では駄目だったかとシェラザードは舌打ちをした後に言い放ち、その言葉に戦慄が走り、勘弁してほしい意味も込めてオリビエが言葉を零した。

 

「それよりもキミたち。ここで空賊たちと戦うのは少々面白くないと思わないか?」

「別に面白くなくてもいいの!」

オリビエの発言にエステルは怒った。しかし、オリビエはエステルの怒りを気にせず、いつものおちゃらけた感じとはかけ離れた、珍しく真面目な表情で自分の意見を言った。

 

「いや、これは真面目な話。ここで戦って、ついでにあの兄妹を捕らえたところで、彼らがアジトの場所について口を割らない可能性が高い。それどころが、人質をタテに釈放を要求してくるかもしれない。あそこにいる彼らや兄妹だけで構成員全員だと断言できないわけだからね。」

「う……」

相手はいわば犯罪者……それも組織。他に仲間がいる可能性が高く、彼らの全容がつかめないことには動きようがない。さらに、飛行船の乗客の事もある。逆上した彼らが乗客や乗組員を人質にする可能性が高く、そうなればその人たちの安否すらも危うくなるのだ。

 

「アンタにしてはまともなことを言うのね。それで、リスクを回避できるいいアイデアでも?」

「勿論だとも……諸君、耳を貸したまえ。」

シェラザードの言葉に対して、そのセリフを待ってましたとばかりにオリビエは不敵な笑いを浮かべ、自分のアイデアを説明した。空賊の捕縛と人質の救出。その二つを同時に成功させるためのオリビエのアイデアに賛成したエステル達は行動を開始した。

 

 




今回、四人ほど新キャラが増えてます。

ヴィクターの奥さん、そして帝国の遊撃士三人。
ヴィクターの奥さんに関してはおそらく死別?だと思われたので、ほぼオリキャラ的な設定。
遊撃士に関しては3rdでのイベントから設定を作って参戦。外伝で色々暴れてもらいます(ニヤリ)



そして、宴会に関してさり気に被害を被っているミュラーさんェ…


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第29話 捜索

~ラヴェンヌ村 クロスナー家~

 

エステル達が自由時間で思い思いの時間を過ごしていた頃、レイア達はミーシャの案内でクロスナー家……アガットとミーシャの家にお邪魔していた。

 

「でね、お兄ちゃんたら『お前に彼氏が出来たら、紹介しろよ?』とか言ったんだよ?あの目は『俺に勝たねえと嫁にはやらん』みたい目をしてたの。そんなことを言うお兄ちゃんこそ彼女を作るべきだと思うんだけれどなぁ……」

「あはは……」

日頃から兄であるアガットの様子に憂いを込めた感情で呟くミーシャ。その言葉に流石のレイアでも苦笑しか出てこなかった。

 

「そういや、学校は休みなのか?」

「学園祭の準備とかで休日も動いていたから、生徒会のメンバーだけ特別に休みをもらったの。」

「もうそんな時期になるんだ。」

彼女が通う学園……ジェニス王立学園。本来は、リベールはもとより各国から留学生を積極的に受け入れてきた王立の高等教育施設。だが、百日戦役後その役割は大きく変わることとなる。

 

まずは設置されている科の見直し。将来の教育を担う人材育成のための社会教育課程、リベールの自然と文化を後世に継承していくための国風文化教育課程、導力技術の人材育成のための導力技術教育課程、更には三年前国を守るための勉学に励む士官教育課程が新設されている。教官に関してはほぼ据え置く形だが、新しい課程への対応のために数人ほど外部から招きいれている。出身はバラバラで、これには『生徒には多様性を磨いてもらいたい』……という女王陛下の意向が強く反映されている。

 

それに合わせて学園の施設も大幅に強化されており、生徒会もその対応やらでそれなりに忙しいのだ。学園の生徒からすれば、生徒会はいわば『尊敬されるべき人間』であり、ミーシャもその一人である。ただ、当の本人は謙虚にその事実を受け止めているが。

 

変わったのはジェニス王立学園だけではない。四年前、リベールの更なる技術革新を担う人材育成を専門的に行う高等教育を実現させるべく、ツァイスに導力技術を主に取り扱う大学……『ツァイス工科大学』が開校した。それまではZCFが人材育成も兼ねて行ってきたことを王家がバックアップのもとで行う形として設置したのだ。その二年後、エレボニアのルーレ工科大学と学術交流の協定を結び、エプスタイン財団全面協力により、遠隔地にいながらもお互いの講義を受講できる導力ネットによる『出張講義』を開始した。

 

この『教育改革』の結果、リベールにおける導力の意味合いは大きくなり、同時に万が一導力が使用できなくなった時の備えも各家庭や業者で各々準備する意識改革にもつながっている。

 

 

「そうだ、ミーシャ。このあたりに夜行性の鳥類とかはいる?」

「え?う~ん、私の記憶だと見たことはないかな。それだったらマリノアあたりになっちゃうし。」

ここの出身であるミーシャの言葉に、一同は持っていた疑念が確信に変わる。つまり、この村の少年が言っていたことやナイアルの話は、『鳥ではない何か』を見たということに繋がっている。

 

「ありがとう。で、ミーシャはいつ帰るの?」

「明日かな。」

「それじゃ、ついでに護衛と見送り位はするよ。」

「えと、報酬とかないんだけれど……」

「いいのいいの。私達だって善意でやってるわけだしね……って、エリィちゃん?」

明日ならばレイア達も丁度ボースに戻るところと重なるだろう。ミーシャが躊躇いがちに述べるとトワは笑顔で答えたが、エリィの疲れた様子が気にかかり、声をかけた。

 

「え?ああ、ごめんなさい。ちょっと疲れちゃって…」

「無理もないか……」

留学で各国を回っているとはいえ、一日で十数キロから数十キロを歩くのは流石にしんどいだろう。本職であるレイアや軍人であるシオン、巡回神父をしているトワと比べればその移動距離にはかなりの開きがある。

 

「でも、自分の足で歩いて調べる……いい経験ね。遊撃士は皆こういう風に徒歩で移動するのかしら?」

「そうなるかな。飛行船だとカバーできない部分が多いからね。」

交通機関は確かに便利だが、停まる場所が限定される以上カバーできない部分が生じてしまう。そこのカバーができるよう常日頃から鍛えておくのが大事だというのがカシウスの弁だ。まぁ、元猟兵に加えて星杯騎士、遊撃士という立場上徒歩での活動が多いレイアも最初は慣れなかったものの、今では一日に百キロ以上移動することもざらにある。

 

「シオンも基本徒歩なの?」

「俺もそうだな。最近は水面を走れないか試してる。」

「えーと、それは無理なんじゃ……」

「オーブメントを駆使したらいけるけれど。結構疲れるが……」

「いや、何のためにそれをやってるのよ……」

シオンの場合、グランセル城とレイストン要塞の往復……彼にしてみれば『通勤路』であり、彼しか知らない経路がいくつもある。レイストン要塞東の森は彼にとっての『ホーム』そのものだ。

ちなみに、水面走りは接地面に氷のアーツを集約し、ダッシュで駆け抜けるものらしい。

本人の目標はアーツなしでの水面走り……本格的に人間の領域を超えるつもりでないと難しい問題ではあるが。

 

「あははは……シオンってば、昔から変わってないね。」

「これは性分みたいなもんだよ。クローゼが真面目すぎるからな。」

シオンは別にクローゼの事を悪く言っているわけではない。王家たる人間である以上、誰よりも厳しくあろうとすることは悪いことではないし、寧ろ必要なことだ。だが、変にまじめすぎるのは返って悪いことしか生み出さない。

シオン自身もクローゼのそういった性格には苦言を呈してきた。まぁ、彼女が学園に入ってから少しずつその角は取れてきたようだが。

 

「今日はうちに泊まるんだよね。美味しいご飯を作るから期待しててね。」

「よっし、それじゃとっとと『用事』を片付けるか。」

「そうね。エリィは大丈夫?」

「ええ。これぐらいで挫けていたらお祖父様に叱られそうだもの。行きましょうか。」

「そうだね!不安要素は取り除くに限るし。」

ミーシャと別れ、村長に事情を話して廃坑の鍵を借り、四人は廃坑の中に入っていった。

 

 

~ラヴェンヌ村郊外 廃坑の奥~

 

(………あれって!)

(ビンゴ、みたいだね)

廃坑奥の開けた空間……そこには、飛行船があり、それが行方不明になっていた定期飛行船『リンデ号』であるとすぐに確信できた。

その飛行船の傍に数人ほどの兵、それと積荷らしきものが積まれていた。

 

(レイア、船の中に気配は?)

(感じないわね。大方、彼らのアジトの方でしょ)

どうやら、伏兵の気配はない。巧妙に気配を隠している様子もない。あの数人の兵を取り押さえれば、こちらの勝利だろう。

 

「さて、制圧と行きましょうか。」

レイアの言葉に四人が頷き、武器を構えて行動を開始した!

 

 

「は~、人使いが荒いよな、親方も」

「仕方ねえだろ。だが、これが無事終われば俺達だって「無事終われると思っていたの?」」

「「!?」」

兵たちが愚痴っていたところにさえぎられる会話。その遮った相手……レイア達の登場に兵たちは驚愕の表情を浮かべる。

 

「遊撃士協定に基づき、貴方達を定期船強奪および乗客拉致、金銭略奪の疑いで緊急逮捕します。抵抗したらもっとひどい目に遭いますよ。」

「って、その出で立ちは……“紫刃”!?」

「どういうことだよ!聞いてた話と違うじゃないか!A級以上の遊撃士は今回関与しないって!」

兵たちは四人……とりわけレイアの登場に動揺を隠せず、彼らだけが知っている事情を隠しもせず喋っていた。その言葉にシオンやレイア、エリィとトワも疑問を浮かべた。

 

「ま、詳しい話は後で聞かせてもらうけれど、ね」

「「は?」」

意味深な笑みを浮かべたレイアに疑問を浮かべる兵たち……だが、その一瞬が命取りとなった。

 

「吼えろ、光の剣閃!!」

「ガアッ!?」

シオンが先制とばかりにクラフト『グローラッシュ』を浴びせ、一人倒す。

 

「オーブメント駆動、撃ちぬきます!」

「援護するわ!」

「クソッ!」

間をおかず、トワとエリィもオーブメントを駆動させ、銃で兵たちを牽制する。

 

「行きましょうかね……ハアアアアアアアアアアアアアア……ハアッ!!!」

レイアは棒を構え、自らの身体能力を向上させるクラフト……長い歴史を刻むオルランド一族の中でも使えた人間は初代と彼女の二人だけという特殊な呼吸法による練功……『リィンフォース』を発動させ、闘気が彼女の身を纏うように溢れ出す。

 

「いくわよ、スパークアロー!」

「いきます、ダークマター!!」

駆動が完了し、エリィとトワがアーツを放って兵たちを怯ませた。

 

その隙にシオンはレイアと真正面の位置に立ち、レイピアを構えて闘気を放つ。

 

「遅れないでよ、シオン!」

「それはこっちの台詞だ、レイア!」

二人は同時に走りだし……刹那、彼らの姿が消えた。兵たちが不思議に思うまでもなく、突きの軌道が兵たちを次々ととらえ、その事実に気付こうとした時、彼らの中央にレイアがいた。

 

「せいやあああああっ!!!」

彼女の並はずれた膂力と遠心力によって生み出された竜巻は容赦なく彼らを飲み込む。二人は横に並んでその竜巻と距離を取り、闘気を高めて決め技の態勢に入った。

 

「これでっ!」

「終わりだよっ!!」

刹那、シオンのレイピアから放たれた光の奔流とレイアの棒から放たれた衝撃波が重なって竜巻にぶつかり、爆発を起こした。シオンの高速剣撃とレイアの卓越した棒術による合体技――コンビクラフト『ミラージュストーム』がさく裂し、兵たちは気絶した。

 

 

「よし、いっちょあがり!」

「私達、ほとんど何もしていないのだけれど……」

「あはは……まぁ、いいじゃないですか。」

兵たちを飛行船の中にあったロープで縛りつけ、彼らの見張りをシオンに任せて三人は念のために飛行船の中を捜索したが、手掛かりは見つからなかった。

けれども、空賊達のアジトをある程度予想できたので、王国軍に協力を仰ぐため一端ギルドに戻ってルグランに相談するために定期船から出ると、王国軍兵士が定期船を取り囲んでいた。

 

「武器を所持した不審なグループを発見しました!」

「お前たち!大人しく手を上げろ!」

兵士達は銃を構えレイア達に警告した。

 

「まったく世も末だぜ。こんな女子供が空賊とは……」

「意味わからん……馬鹿じゃねえの?」

「まったくよ。空賊扱いって……貴方たちの目は節穴ですか。」

兵士の一人が呟いた言葉にシオンは悪態をつき、レイアはため息をつき、遊撃士の紋章を見せた。

 

「フン、遊撃士の紋章か。そのようなものが身の潔白の証になるものか。」

「モ、モルガン将軍……!?」

「どうしてここに……」

それが証明にならないとモルガンは高を括り、トワとエリィは将軍自らがここに来ること自体考えられなかったようで、驚きを浮かべていた。

 

「各部隊の報告に目を通して調査が不十分と思われる場所を確かめに来たのだが。まさか、おぬしらが空賊団と結託していたとは思わなんだぞ。」

「言いがかりをつけるのは止めていただけないでしょうか?私達は、そちらより一足先にこの場所を捜し当てただけですし、空賊なら捕まえてあります……ひょっとして腹いせのつもりですか?」

モルガンの言葉を聞いたレイアはモルガンを睨み反論した。空賊に関しては一部だが、捕えている。

 

「それだからと言ってお前らが空賊と繋がっていない証拠があるわけでもなかろう。者ども!こやつらを引っ捕らえい!」

「……ああ、そう。そういうことならこっちにも考えがあります、よっ!」

モルガンの命令にレイアはスタンハルバードを取出し、衝撃波で兵士たちを吹き飛ばした。

 

「おらっ、どうした!!根性が足りないぞ!もっと熱くなれよ!!」

シオンは、兵たちに練度不足を指摘しつつも、素手で兵たちを投げ飛ばした。

 

「なっ!?」

「モルガン将軍、私はアスベルとシルフィアから一時的な『権限』を預かっています。女王陛下から賜った『いかなる立場の人間であろうとも、一方的な理由による妨害や拘束を行おうとした場合、実力による排除も辞さない』権限を……よって、その権限に基づき貴方をここで『排除』してもいいのですよ?」

百日戦役の功労者であるアスベルとシルフィアに対して、アリシア女王は彼らの力を手放すことはリベールにとってプラスにならない……非公式ではあるが、その二人は『行動不干渉』の権限を貰っている。彼らは『遊撃士』であるが、非常時には『星杯騎士』として動くことのできる人間……つまり、彼らに干渉しようものならば、その代償は計り知れないものとなる。レイアは二人がロレントを離れる際、リベール国内におけるその権限の付託を受けている。アリシア女王もその事実を承認している。

 

「くっ!?だが、貴様がリベールに楯突いたことに対してはどう説明をつけるつもり……まさか!?」

「その『まさか』だよ。それに、ここにはマクダエル市長の血縁者、そしてアルテリア法王から付託を受けたシスターがいる。さらに、彼女……レイアの依頼主はアルテリア法王だ。もし、これ以上エステル達や彼女らに危害を加えたり不当に拘束しようとすれば、本気で国際問題になりますよ。それと、俺が彼女の行動を『正当防衛』と認識すればいいだけの事ですから。」

「なあっ!?」

もしここで、仮に四人を拘束すれば、リベールが今まで築いてきたものが崩壊しかねない。それは、エレボニアやカルバードに対して非難の材料を与えることと同じ意味だ。さらに、アルテリア法国からも非難され、下手をすれば教会の力添えを受けられなくなる危惧すら発生するのだ。そうなれば、リベールはモルガンを『王国に対する反逆者』として認定せざるを得なくなる。

 

「はぁ……空の女神の名の元に選別されし七耀、此処に在り。識の銀耀、空の金耀……音を隔て、真を遮る眼となれ」

レイアは言葉を呟くと、周囲にバリアみたいなものが展開された。

 

「さて、一応盗聴対策は出来ました……モルガン“さん”、今回の事について説明願いますか?」

「……」

「黙っていても意味ないですよ。大方、お孫さんでも人質に取られたのですか?」

二人の言葉にモルガンの表情が変わった。それを見た四人はモルガンが人質を取られていること……今回の腑に落ちなさすぎる行動は彼よりも上の権限あるいは実績を持つ者……

 

「リシャールの奴だ。あやつは『脅し』をかけてきおった。リアンの奴も妻が人質に取られているそうだ。」

「となると、軍は掌握済みってことか……」

「なんてこと……」

「ク、クーデターでも起こす気ですか!?」

軍のトップクラスであるモルガンとリアン少佐の家族が人質に取られている……その事実に憤りを覚えた。それ以上にリシャールのやろうとしていることはクーデターそのものだ。誰が何を吹き込んだか……いや、帝国の件から考えてもその背後にいるのは『彼ら』しかいない……レイア、シオン、トワの三人は勘付いていた。

 

「せめてカシウスかアスベル、シルフィアがいればいいのだが……」

「大丈夫ですよ。彼らは早めに戻ってきますから。」

「本当か?」

「ええ……大きいお土産付ですが」

その時のレイアの言葉……その本当の意味を知ることになるのは、その約2週間後だった。

 

 




勘付いているとは思いますが、ここから一気にスピード解決しますw
つまり、原作の時間軸上2~3か月扱いになっているものが、怒濤の如く消化していく形になります。

なので、原作のイベントの順序が入れ替わったり、間にオリジナルイベントを入れたりしていきます。外伝の方は……まぁ、お察しください(ニヤリ)


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第30話 直感の力

モルガン将軍との話でクーデターが露見し、首謀者の存在も掴んだレイアら四人はモルガン将軍に『人質は助ける』という契約を秘密裏に交わした。

モルガン将軍らはこのまま『彼』に従っておくようお願いをし、捕まえていた構成員を引き取る形で王国軍は去り、四人はラヴェンヌ村で一泊することにした。

時間的にはその少し後……時は既に真夜中、エステル達はある場所に忍びこんでいたのだ。

 

 

~空賊団アジト~

 

オリビエの策……空賊の飛行艇に忍び込み、あわよくばアジトに案内させる……見つかる危険性もあったが、空賊の構成員やあの兄妹ですら四人の存在に気付かなかったのだ。エステル達は飛行艇を出て、愚痴をこぼしていた素早く構成員を次々と気絶させ、ある一室にいた構成員の一人から人質の居場所を聞き出した。

 

「それじゃ、助けに……って、エステル?」

出来るだけ迅速に人質を助けに行こうとヨシュアがエステルを呼んだが、エステルが何かしていることに気付いて、尋ねた。

よく見ると、床に耳を当てて何かをしているようだった。

 

「う~ん……うん、これぐらいなら大丈夫かな。」

だが、本人はかなり集中しており、ヨシュアの声は全く耳に入っていなかった。

そして、何かを確認するとエステルは棒を取り出して構えた。構えた先は……自分の目の前に映る『床』だった。

 

「ちょっと、エステル。一体何を」

「せいやあっ!!」

シェラザードの言葉が言い終わる前に、エステルは棒を高く振り上げ床を突く。その瞬間、エステルらの周りを綺麗な円状の亀裂が入り、エステルらは床ごと下に落ちていったのだ。その光景にヨシュア、シェラザードは呆れ、オリビエは冷や汗をかいていた。

 

「よしっ、うまくいったわ。」

「ね、ねえ、あの子…いつからあんなことができるようになったのよ?」

「その、僕に聞かれても……」

「いやはや、末恐ろしいね。」

「そこ、変な目で見ないの!!」

「いや、無理だから……」

エステルの使った技は『地龍撃』……闘気を込めた武器で突き、闘気を衝撃波として放出することで破壊力を高める技で、その気になればあらゆる形状に破壊することが可能となる……技巧的には八葉一刀流の『奥伝』クラスに匹敵する技を、エステルは直感だけでやってのけてしまったのだ。

家族として暮らしてきたヨシュアもこれには唖然とし、カシウスをよく知るシェラザードですらこれには仰天と言う他なかった。

 

 

~真下の部屋~

 

「な、何だ!?」

「は、柱!?いや、上に誰かが…」

真下の部屋……人質たちがいる部屋の入り口の前に天井から降ってきた柱……正確には抜け落ちた部分の天井部分に驚き、更にその部分に乗っかっていたエステル達に驚いた。

 

「遅い!!」

「はあっ!!」

「ぐはっ!?」

柱から飛び降りたエステルとヨシュアは強襲をかけ、兵たちを迅速に気絶させていった。

 

「人質とは美しくないね。君らに贈るべきは愛の旋律ではなく怒りの銃弾と行こうではないか。」

「ガハッ!?」

「あら、助けは呼ばせないわよ?それっ!!」

それに続いてオリビエは銃で兵たちを的確に撃ちぬいて気絶させ、シェラザードの巧みな鞭裁きで残る兵たちも全員気絶させた。

 

「にしても、エステルもとんだ無茶を……」

「いいじゃない!シェラ姉ぐらいならこれぐらいできるでしょうし……ともかく、この先に人質がいそうだし、行くわよ!」

(いやいや、アガットやアタシですらこんなことは出来ないわよ……この分だと、トップクラスの遊撃士どころか、その先までいきそうだわ……)

今の時点でこの分だと、最終的にはどこまで強くなるのか……エステルの底知れない武の才能を少々不安に思ったシェラザードだった。構成員たちを拘束してから奥の部屋に入ると、そこにはリンデ号が行方不明になり、空賊達に人質にされていた飛行船の船長をはじめとした乗組員達や乗客達がいたのだ。

 

「みんな、無事!?」

「遊撃士協会の者よ。皆さんを救出しに来たわ。」

「見張りの兵は片付けました。念を押して拘束しておきましたので安心してください。」

「ほ、本当か……!?」

「た、助かったの!?」

見張りを倒し、人質に危害が加えられないよう拘束したというヨシュアの言葉に、人質となっていた人達は半信半疑でありながらも喜んだ。そして人質の中から船長らしき人物が名乗り出てエステル達にお礼を言った。

 

「私は、定期船の『リンデ号』の船長を務めるグラントという。本当にありがとう……何と礼を言ったらいいか……どうかしたのかね?」

だが、エステルとヨシュアはその中に消息を絶った自分の父親の姿がいないことに不思議な表情を浮かべていた……誰かを探しているように見える二人を見て、船長は声をかけた。

 

「えっと……人質ってこれで全部なの?」

「ああ、その通りだが……。人質に取られた『リンデ号』に乗っていた乗客・乗員はこれで全部のはずだよ。」

「う、うそ……」

「カシウス・ブライトという人が定期船に乗っていませんでしたか?遊撃士協会の人間なんですが……」

「カシウス・ブライト……?どこかで聞いたことがあるような……」

エステルは乗客の事を尋ねると、これで全員というグラントの答えを聞いたエステルは呆然とした。ヨシュアの言葉にグラントは首を傾げて思い出そうとした。

 

その時、一人の女性乗務員が思い出してグラントに言った。

 

「あのお客様ではありませんか?ほら、夫婦らしき人と船から飛び降りた……」

「ああ、あの人たちか!」

「って、飛び降りた!?」

「ああ」

グラントが言うには、空賊の襲撃直前に三人の乗客が飛び降りたのを乗客たちが目撃したのだ。名簿には『カシウス・ブライト』『バール・ロランド』『ティア・ロランド』の三人がいないことを確認したとのことだ。

 

「って、普通に考えたら自殺行為じゃない!」

「いや、それがその三人が落ちた方向に雲みたいなものが開いて、下りて行ったんだ。」

「雲みたいなもの?」

「何なのかしらね……導力噴射機みたいなものかしら?」

この世界にはパラシュートという概念など存在しない。バルデルやシルフェリティア、カシウスが持っていたのはアスベルが転生前の知識で得たものを持ってきたに過ぎない。無論使用したパラシュートはすべて回収済みだ。そんなものが出回れば、戦争の概念ですら大きく変わりかねないからだ。

 

「ま、父さんの事だから助かる確信を持って飛び降りたとは思うけれど……その父さんは一体何をしているわけ?これだけの騒ぎになってるのにどうして連絡を寄越さないの!?」

「落ち着いて、エステル。確かにそれは気になるけど、今ここで考えても仕方がない。ここにいる人たちの安全を確保するのが優先だよ。」

未だ混乱しているエステルは周りの者達に意見を求めたが答えは帰ってこず、ヨシュアの意見だけが帰って来た。それももっともな意見であり、カシウスの事に関しては後でも考える時間がある……まずは空賊たちを取り押さえることを優先することにした。

 

「あ……うん。わかった、今は忘れることにするわ。」

ヨシュアの意見にようやくエステルは落ち着いた。落ち着いたエステルを横目で見た後、シェラザードは人質の人達に言った。

 

「皆さん、我々はこれから空賊のボスの逮捕に向かうわ。申し訳ないけど、もう少しだけここで辛抱していてちょうだい。」

「あ、ああ……どうかよろしくお願いする。」

「こうなったら腹くくったわ。ワイらの命、アンタらに預けたる。せやから、あんじょう頑張りや!」

「うん、まかせて!」

船長や乗客の励ましの言葉にエステルは元気良く頷いて、部屋を出て首領達がいる部屋を目指した。

 

 

~首領たちの部屋の前~

 

四人は首領たちの部屋と思しき場所にいた。話し声からしても、あの兄妹ともう一人……おそらく、空賊団の首領と思しき人間だろう。

 

「ここみたいね……って、話し声?」

「どうやら、話し込んでいるみたいだね。」

とりあえず、様子を見るために話を聞くことにした。

 

女王が身代金を出す話までは普通だった………だが、人質の扱いに関しては兄妹とその首領で意見が分かれていた。だが、兄妹の意見がますます食い違ってくることにその兄妹はその首領……二人が『ドルン兄』と呼ぶ人物の様子……とりわけ横柄的な性格へと変わっていることに驚いている様子だった。

 

「これって、どういうことかしら?」

「フム、見るからに『ドルン兄』と呼ばれた人物の普段の様子ではないみたいだね。会話からすると、あの三人は仲がいい関係のようだし。」

「あ、あんですってー!?」

「操られている、とかですか?」

「そこまでは解らないさ。だが、『普通』じゃないってことだろうね。僕らから見ても、彼ら二人から見ても。」

「とにかく、止めるわよ!」

明らかに『普通』ではない……最悪、この先の部屋で派手にやらかすことも覚悟して、四人は部屋の中に入った。

 

「あ、あんたたち!?」

「遊撃士どもっ!?馬鹿な!?ど、どうしてこの場所に……」

エステル達の姿を見たジョゼットとキールは信じられない表情をした。彼らからすれば『招かれざる客』であることに代わりはないのだ。

 

「フッ……薄情なこと言わないでくれ。キミたちがあの船で運んでくれたんじゃないか。」

「バ、バカな……何をふざけたこと言ってる……………………まさか。」

オリビエの言葉に最初は理解できなかったキールだったがある考えが浮かび、その考えを肯定するようにエステルが笑いながら続けた。四人が空賊の飛行艇に忍び込み、何食わぬ顔で潜入に成功したことをはっきりと言ったのだ。

 

「ずっこいぞ!この脳天気オンナっ!!」

「誰が脳天気よ!この生意気ボクっ子!!」

「今は口げんかする場面じゃないから……人質は解放したし他のメンバーも倒しました。残るは、あなたたちだけです。」

エステルとジョゼットの程度の低い口喧嘩……それに呆れつつも、遊撃士として三人に向かって宣言した。

 

「遊撃士協会の規定に基づき貴方達を逮捕・拘束するわ。逆らわない方が身のためよ。」

「キール、ジョゼット……てめぇら、何やってやがる?」

「す、すまねぇ兄貴……」

「ゴメンなさい……」

ドルンの責めるような言葉に二人はすまなさそうな表情で謝った。だが、ドルンはそのようなことを気にも留めていないような表情を浮かべていた。

 

「まあいい。大目に見といてやるよ。今ここでこいつらをブッ殺せば、それで済むわけだからなぁ。」

「あ、あんですって~っ!?」

次に出てきたドルンの物騒な発言にエステルは叫んだ。

 

「がはは、揃いも揃って馬鹿な連中だぜ!その程度の人数でこのドルン・カプアを捕まえようとするとはなぁ!」

ドルンは高笑いをしながら机に飛び乗って、大砲のような物を取り出しエステル達に向けて撃った!

 

「はぁっ!?」

「くっ!?」

四人は後ろに跳び、咄嗟に回避した。だが、ドルンは所構わず撃ちまくっており、味方であるはずのキールとジョゼットにまで被害が及んでいた。

 

「お、おい、兄貴!?」

「ちょっとドルン兄!?僕たちまで巻き添えになっちゃうよ!?」

ドルンの半ば錯乱ともいえる攻撃の嵐に二人ですら本気で余裕がない状態だった。

 

「(カプア……あの一家と出会うことになるとは、これも女神(エイドス)の気まぐれというものかな。)フッ、威力の高い導力砲……その割には狙いが定まっていないではないか。」

「何をっ!?」

「こういうこと、さ!!」

「何いっ!?」

オリビエは彼らの“出自”を思い出しつつ、半ば見え透いた挑発をドルンに向けて放ち、ドルンがその挑発に乗った瞬間、その言葉を証明するかの如くオリビエが放った弾丸はドルンの導力砲を吹き飛ばしていた。

 

「ドルン兄!」

「あら、二人とも足元がお留守よ」

「え、って、うわあ!?」

「妙な真似はしないほうがいいですよ。」

「く、くそぅ……」

ドルンの様子に慌てたキールとジョゼット……だが、ドルンに気を取られていたがために……ジョゼットはシェラザードの鞭で地面に倒され、キールはヨシュアに倒されて刃を突き付けられ、無力化させられた。

 

「……さて、僕のお膳立ては済んだ。行きたまえ、可憐な少女よ!今こそ華麗なる旋律を奏でたまえ!!」

「アンタのお膳立てというのには些か不満だけれど……いくわよ!今閃いた必殺技!!」

「なっ!?」

オリビエの言葉に対して不満げに呟いたエステルだったが、武器が手元にないドルンを抑えるチャンスは今を置いて他にはない……そのことは直感で解っていたエステルは闘気を纏い、回転してドルンに突撃する。

 

「まだまだ、ドンドン行くわよー!!」

突撃しても止まらぬ回転……いや、ドルンの周りを回転しつつも回っていく速度はさらに上がり、一陣の竜巻を形作るかのような軌跡を描き出している。『無にして螺旋』……その理の事などエステルは知らないし、教わってもいない。だが、先程の『地烈撃』のことで、エステルの中の何かが繋がり、自分が今まで使える技をも超えるSクラフトを編み出した……

 

 

「これが私の奥義!桜花大極輪!!」

 

 

「ぐっ……」

エステルの新Sクラフト『絶招・桜花大極輪』……その軌跡が止むと、そこにいたのは……真剣な表情で棒を構えるエステル。そして、その威力に耐え切れずに崩れ落ちたドルンの姿だった。

 

「うん、いっちょあがり!」

「いやはや、流石わが友。」

「……(レイア、アンタって人はエステルに何を吹き込んだのよ……)」

「あはは……(僕が守るというよりは守られてる気がするよ……いろいろ複雑だけれど)」

オリビエは感心してエステルを見つめ、シェラザードは彼女に棒術を教えたレイアの事を思い出して内心頭を抱え、ヨシュアに至っては苦笑しつつも女性に守られているような感覚に対して、男性として納得がいかないような印象を強く受けた。

 

この後、三人を拘束した。目が覚めたドルンは先程のと反転したかのような言動でその変貌っぷりを見せていた……エステル達が空賊の飛行艇に戻ると、王国軍と情報部の部隊がおりモルガン将軍は不満げな表情を浮かべたが、リシャールの言葉を聞いてモルガン将軍はその場を去り、後は情報部の管轄でどうにかするということで一定の折り合いが付き、エステル達四人はその場を後にした。

 

「正直な気持ちを言うと、彼らに美味しいところを根こそぎ持っていかれた気分だね。」

「確かにね……あのボスっぽい人はあたしが倒したわけだし。」

「いいじゃないの。遊撃士の本分は縁の下の力持ちというもの。まぁ、アンタの場合はそれを差し引いてもかなりの大手柄だったわけだし。」

残念そうな表情をしているエステルにシェラザードは本来のやるべきことは達成したと慰めた。遊撃士は困ったことを解決するためのスペシャリスト……今回の件にしてもあくまで『調査』であり、逮捕までこぎつけることができたのは運が良かった方だろう。それとは別に彼女の『直感』……一年前の『重剣』との模擬戦で彼を打ち破った実力はある意味本物だとシェラザードは感じた。

 

「確かにそうですね。父さんもそのあたりには気を配っていたみたいですし。」

「あれ、そうだったっけ?……あっ、父さん!」

ヨシュアの言葉に先ほどはひとまず置いていた人物……カシウスのことを思い出した。

 

「その問題を考えなくちゃね。父さんが今、どこにいて何をしているのか……」

「うん……」

未だ消息が解っていないカシウスの事を思い出し、エステルとヨシュアは俯いた。彼らにしてみれば、おそらく生きてはいるだろうが……これまでの彼ならば連絡を欠かすことはなかったという。それはレナから聞いていたのでよく知っている。だが、今回はその連絡がない……それが一体何を意味しているのかは、彼らにしてみれば謎だった。

 

「ここで、私達が出来ることはもう無さそうね。先生の事はひとまず置いといて、ボースに戻って事件の報告をしておきましょう。」

人質となっていた乗組員や乗客達に関しては王国軍に任せることとし、四人は引き揚げることにしたのだった。

 

 




エステルですが、
下に行く→ショートカットできないかな→穴をあける→レイアとの訓練で似たようなことあったっけ……あっ(閃き)

みたいな感じですw理屈というよりは直感で技を編み出す感じに……できてるといいなぁw

『棒でつついたら陥没するでしょう!』ってツッコミが入りそうですが、ラムダドライバみたいな感じですよ(超絶謎理論)


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第31話 一旦の解決

~遊撃士協会 ボース支部~

 

エステル達は川蝉亭で休息し、西ボース街道でレイア達と合流してからボース支部に戻り、事件の顛末について報告した。ルグランからその報告を聞いたメイベルはリラを伴って直々にエステル達のもとを訪れていた。

 

「みなさん、ありがとうございます。やはり、私の目に狂いはなかったということですわね。」

「あはは、そうでもないわよ。最終的には軍に美味しいところを持っていかれちゃったし……」

「そう謙遜するでない。お前さんたちがアジトに潜入していなければ人質たちの命も危うかったじゃろう。そういった意味では大金星じゃ。」

「そ、そうかな?」

メイベルの褒め言葉にエステルは苦笑を浮かべたが、ルグランのフォローに少しは良くしたようだ。

 

「それにしても、棒術で床に穴を開けるなんて……エステルさん、本当に私と歳が変わらないのかしら……」

「いや、努力すれば誰だってできるんじゃないかな?あたしにもできたんだし。」

「努力って……どういった方向での努力なのか解らないよ」

「トワまでひどくない?」

エリィとトワはエステルがアジトでやったこと……棒で床を円柱状に切り取ったことを聞き、本当に自分と歳が近いのか疑問視した。ただ、彼女の師匠がある意味『規格外』だった……ただ、それだけなのだが……この事件には謎が残っている。ドルンと名乗っていた首領の態度、そしてキールやジョゼットと接触していた仮面をつけた男……だが、これ以上は王国軍の管轄になるだろう。そのことについてルグランはそう述べていた。

 

「とにかく、人質たちが全員無事に戻ってきただけでも幸いですわ。空賊逮捕のニュースのおかげで不安も取り除かれ、街にも活気が戻りつつあります。それに、空路の方も迅速に再開したことも大きいですし、感謝の気持ちに、少しばかり報酬に色をつけさせて頂きました。」

「え、いいの?」

報酬を上乗せしたメイベルにエステルは驚いて尋ねた。その額は当初の額の三倍近い額……準遊撃士にしては破格の値段だ。

 

「ふふ、勿論ですわ。ルグランさんから聞きましたが、正遊撃士クラスの依頼をこなしていただいたわけですし、お二人には正遊撃士になっていただきたいという気持ちの表れということで構いませんわ。オリビエさんも……一時的な協力者とはいえ、本当にありがとうございました。」

「フッ……見ず知らずの僕が、誰が見ても麗しい美貌の市長に対して相応の働きが出来たのであればいいがね。」

「ええ、お釣りが来るほどですわ。それと、その褒め言葉は謙虚に受け止めておきますわ。」

オリビエの言葉にメイベルは率直な気持ちを述べて彼を労った。

 

「あれ?そういえばシェラ姉は?」

「二階でレイアとシオンも一緒に話しているよ。大方引継ぎの話だろうけれど。それまではグランローゼで何か食べてて、だってさ」

「それはそれは……なら、僕もワインで一杯」

「昼間から飲むのは止めなさいよ……」

ここにいない三人の存在にエステルは首を傾げ、ヨシュアがシェラザードからの伝言も込めて言い、その言葉を聞いたオリビエは飲もうとしたが、エステルに窘められた。

 

「おっと、そうじゃ。お前さんたちに渡しておかんとな。」

そう言って、ルグランがエステルとヨシュアに渡したのは正遊撃士への推薦状だった。

 

「いいんですか?」

「メイベル市長も言っておったが、本来ならば正遊撃士絡みのものだったんじゃ。それをお前さんたちが成し遂げてくれた。これは、早く正遊撃士になってほしいわしからの気持ちでもある。」

「えへへ、ありがとうルグラン爺さん!」

すんなり推薦状を貰えたことに驚くヨシュア、その疑問にルグランは今回の事件解決への功績と他の依頼達成度、それと遊撃士に携わる者としてこれほど有望な人材を推したくなったのだ。その気持ちにエステルは感謝の言葉を述べた。

 

「すごいわね、エステルは。」

「うん、本当だよ。」

「あはは…エリィとトワ、それにレイアやシオンのお蔭でもあるんだけれどね。」

実際、エステルの言うとおりだろう。そうでなければここまですんなり解決できたとは思えない。いざとなれば他人の力を借りることも大切だが、まずは着実に遊撃士として自分の力を磨こう……そう思ったエステルだった。

 

その後、カシウスからの手紙でひとまず安否が確認でき、安堵した。それと、カシウス宛に届けられた小包の中に入っていた黒いオーブメント……それの解析を行ってくれる『R博士』を探すため、エステル達がそのオーブメントを預かることとなった。

 

 

その頃、遊撃士協会の二階では、シェラザードとレイア、シオンの三人が会話をしつつ、筆談をしていた。どこに目があるかわからない……念のためレイアの法術で、三人以外が筆談のメモを見ると遊撃士の活動報告書にしか見えないようになっている。

 

「大方の事情は分かりました。エリィさんに関してはこの後の情勢も鑑みて、ですね。(モルガン将軍と内密の話が出来ました。情報部のリシャール大佐が首謀となり、クーデターを企んでいるようです。)」

「ええ。その任を押し付ける形になって申し訳ないわね。事件は解決したわけだし、流石に向こうに戻らないとアイナも大変だろうし(軍自体が掌握済み、ね……あの仮面の男は解る?)」

「俺もそろそろ戻らないとユリ姉に怒られるしな……(ロランス・ベルガー、『ジェスター猟兵団』からの抜擢らしい……で、アスベルらの連絡によると、カシウスさんがその猟兵団絡みで向こうの臨時代表をしてるそうだ。)」

事情を知る人間は多い方がいい……そのため、ロレントに戻るシェラザード、そして受付のアイナに話をすることにした。何せ、相手は巷で人気のある『情報部』の精鋭……それと、あのロランス・ベルガー少尉だ。彼らを完全に出し抜く手筈は整っているが、切り札は多い方がいい。

 

「ま、オリビエも手伝ってくれるらしいし、せいぜいこき使ってやるわよ。(先生が絡むということは、この事件は連動している……解ったわ。グラッツにはあたしから伝えておくわ。)」

「程々にしとけよ……(俺は女王陛下とユリ姉、それとラッセル博士に伝えて、情報部の狙いを探っておく。あの野郎と剣を交えることになると面倒だが……)」

「アイナさんが絡むわけだしね……オリビエに同情したくなったよ(向こうに関しては、あと一週間程度で解決できるらしいです。もし、『彼ら』が関わっているならば『鉄血宰相』を通じて軍を動かすはずです……猟兵団もろとも殺害することも辞さないつもりで)」

彼らの見立てでは2~3ヶ月……だが、襲撃事件発生から五日が経過した時点ですでに解決の糸口が見えた……『結社』にしてみればカシウスがあまりにも早くリベールに帰ってくるのは拙い……最悪のケースからすれば、遊撃士と猟兵団の両方を物理的に抹殺しようと『鉄血宰相』を通じて軍に『猟兵団の殲滅』という形で命令を出すだろう。

 

「今回の件を見て思ったけれど、あの子の事だから心配はしてないわよ。けれども……お願いね。(そんなことを平然と……まぁ、先生の事だから大丈夫だろうとは思うけれどね)」

「ええ。(その点については、いろいろ手は打っておきました、ってアスベルが。)」

「あはは……(色々怖すぎだろ……)」

 

『鉄血宰相』ギリアス・オズボーン……その彼自身、遊戯盤の駒でしかないことを自覚しているが、その彼ですら『道化』として踊らされていることに彼自身は気付いていない……気付いた時には既に『後の祭り』だということを。

 

 

~レストラン『グランローゼ』~

 

エステルとヨシュア、エリィとトワ、そしてオリビエの五人は席に座り、早めの昼食をとっていた。

 

「それじゃ、オリビエはこの後ロレントに?」

「そうなるね。ここの料理も堪能したし、次はロレントに行くことにしたよ。麗しのヨシュア君やエリィ君、トワ君と一緒に行動できないのは心惜しいけれどね。散々迷った挙句の決断だったよ。」

「あはは……」

「えと、その……」

「そんなことで悩まないでください。」

オリビエの名残惜しそうに呟いた言葉にエリィとトワは苦笑し、ヨシュアはジト目でオリビエの方を見て辛辣に言い放った。

 

「ああっ、ヨシュア君にそのような言葉……この愛の伝道師オリビエ・レンハイム一生の不覚にして、道は未だ半ばということか……フッ、また機会があれば出会えるだろう。その時はより磨き上げた美の神髄を披露しようではないか。」

「こっちから願い下げたいぐらいだわ…あんたのフォローと機転に助けられたのは、事実だけれど…」

エステルはオリビエを見て、こんな疲れる奴相手ならまだ自分の父親の方がはるかにマシだと思い、ため息をつく。だが、彼の機転やフォローがなければ解決まですんなり行けたかどうかも怪しかった……それを認めるのは少々癪に障るが。

 

「それにしても、なぜロレントに?」

「ロレントの料理は、野菜が絶品と聞いているからね。シェラ君には酒に付き合うことと遊撃士の仕事の手伝いを条件に紹介してもらうことにしたのさ。」

「……えと、正気ですか?」

「(ある意味自殺志願よね、これ……)仕事明けのシェラ姉って本当にリミッター外れちゃうから。マジで注意した方がいいわよ。」

「そんなに凄いんですか?知り合いには樽五杯分開けてもケロッとしてる人はいましたが……」

オリビエの言葉が自殺志望としか思えず、ヨシュアは恐る恐る尋ね、エステルは内心そう思いながらも一応忠告はしておくことにした。そして、その会話を聞いたトワは知り合いの人……アインとセシリア(ルフィナ)を思い出し、冷や汗をかいた。

 

「それはそれで凄い光景だけれど……アイナさんは底なしだし、それに匹敵するかもしれないわね。」

「う~ん、私は見たことないけれど、そんなに凄いの?」

「酒限定の底なし沼ね。とりわけアイナさんは。」

以前一度だけ酒盛りを見たことがあるエステルはアイナの半端ない飲みっぷりに表情が引き攣った。

彼女自身まだ年齢に達していないので酒は飲めないのだが……それを差し引いても、あれだけの量の酒が胃の中に収まっているのが『普通じゃない』と思ったらしい。

 

「リミッターが外れる?あの、それって……『この前』よりもスゴイのかい?」

エステルの言葉が気になったオリビエはヨシュアに尋ねた。

 

「何と言うか……比較にならないと思います。その気になれば樽五杯なんて『前座』扱いかもしれません。」

「へぇー……えっ!?」

気不味そうな表情のヨシュアの答えにオリビエは流しかけたが、ある事に気付き驚いた。樽五杯が『前座』扱い?つまり、全体では……

 

「えと、これは考え直した方が……」

「もう遅いと思うわよ?」

「へ?」

寒気が走ったオリビエは今から変更しようと思ったが、時既に遅し。

 

「それじゃ、ロレントではよろしく♪」

「……ハイ、宜しくお願いします。」

(オリビエさん、頑張って生きてください……)

肩を掴まれたオリビエ……その相手である満面の笑みを浮かべたシェラザードから威圧を感じ、オリビエは素直に返事することしかできなかった。さながら蛇に睨まれた蛙……切実に言うならば、『もう遅い、脱出不可能だ!!』という感じだろう。

ある意味死刑執行台に立たされることになるオリビエに少々同情を禁じ得なかったヨシュアだった。

 

オリビエの抵抗もむなしく、シェラザードとオリビエはロレント行きの定期飛行船に乗ってロレントへと旅立っていった。そして、シオンは王都行きの定期便でエステル達と別れを告げ、エステルらは西ボース街道を西に進み、ルーアン地方を目指して旅立った。

 

 




第一章完……まぁ、外伝を挟むので次章は少し先になりますがw

そして見る影もなかったアルバ教授ェ……第二章あたりで少し出番はありますw

あと、ここら辺から原作といろいろイベントの内容が変わってきます。

何せ……ねぇ(黒笑)


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外伝 帝国ギルド襲撃事件~味方と敵と幼馴染~

エステル達とレイア達が行動しているその頃、アスベル達はというと……

 

 

~エレボニア帝国 旧ラマール州南部~

 

エレボニア帝国の旧ラマール州南部……サザーラント州の都市郊外の森の中にいた。何でこんな辺鄙なところにいるというと、単純にカシウスの手伝いという他なかった。

 

「これで、十箇所目……随分と抜け目ないな。」

「ま、『蛇』絡みだから仕方ないけれどね。」

その内容は、予備のアジトとも言うべき個所の捜索、ならびに制圧。今のところは待機している兵がいる『本命』を引き当てていない感じだ。

 

ジェスター猟兵団……その実態は、帝国周辺で活動していた猟兵団。だが、その実力は『赤い星座』『西風の旅団』『翡翠の刃』…三大勢力の猟兵団らの前には脆弱という他なかった。だが、今回の一件でその『見解』が破られた。そして、遊撃士協会への襲撃……そのやり口に三大勢力が今回の事件への介入を決めたのだ。

 

「あの『道化師』は自分で火に油を注いだって解ってるのかしら?………どうでもいいけれど。」

「むしろ大尺玉をぶち込んだ感じだろ……あの野郎、生きて帰れるのか?」

対立組織に属する身とはいえ、相手への同情をある意味禁じ得ない……そう思っていると、二人は一つの気配に気づく。巧妙に消された気配……その気配に気づき、二人は構えるが、

 

「おいおいおいおい、待て待て待て!殺気を出さないでくれ!!!」

現れたのは慌てた様子で弁解する一人の青年。だが、その佇まいは見るからに、相当の修羅場を潜り抜けた歴戦の戦士そのものだった。

 

「巧妙に気配を消しといて弁解する方がどうかしてると思うんだが?」

「それは気が付かなかった。貴方の言うことも一理あるな。」

「で、あなたは誰なの?」

口調からして毒気が抜かれる喋り口調……その青年は二人に挨拶する。

 

「『身喰らう蛇』“使徒”第一柱にして“執行者”No.Ⅰ『調停』のルドガーだ。よろしくな、二人とも。」

「いや、お前からすれば俺らは対立している組織の面々だぞ?」

「訳が解らないわ…『オペラスター』といい『ピエロ』といい『マッドサイエンティスト』、『バトルジャンキー』や『愉快犯』といい、結社はお笑い集団かパフォーマーでも目指しているの?」

「あれは、その、行き過ぎた例外だから……すまない。」

ルドガーは二人の指摘に謝る。どうやら、色物集団であることは否定しないようだ。ただ、その個性を差し引いてその実力が一線級であることは“剣帝”の件でよく解っている。

 

「俺が君らに接触した理由はただ一つ……いや、<転生者>である君らならばできることだ。あの<白面>を消してほしい。」

「……正気か?まぁ、アイツは『外法』に認定されてるから消すつもりだけれど。」

「そもそも、なぜ私らが<転生者>だと?」

「君らの事は『剣帝』から話を聞いたのさ。なかなか興味深いってね……それと、俺も転生者の一人だ。」

『身喰らう蛇』にも転生者がいる……目の前に映るこの御仁は、その立場を利用する形で何かを成し遂げようとしているのが見て取れた。それも、単純に現在座している『使徒』どころではない地位を目指すかのような……

 

「転生前は神楽坂悠一(かぐらざかゆういち)……一介の学生だったんだが、転生したら『身喰らう蛇』でな……アリア姉さんに何回殺されかけたことか……」

「は!?悠一!?」

「嘘でしょ!?」

「そういう反応……まさか、輝に詩穂!?」

アリアンロードにいろいろしごかれたことよりも、転生前の名前に聞き覚えのあったアスベルとシルフィアは驚き、ルドガーはその反応を見て二人が幼馴染で会った人間が転生した姿だと問いかけ、二人は頷く。

 

事情を聞くと、ルドガー……悠一はハイジャックによる炎上事故で亡くなった一人……らしい。詩穂(シルフィア)は彼の後ろの席に座っていたらしく、そこの席位置は翼の付け根……大方の察しが付くが、燃料に引火してそこら辺が吹っ飛んだらしい……大方の事情は転生する際神様に聞いた話らしいが……

 

「は~……何というか、転生も含めて人生ってのは解らんな。ちなみにシルフィア、アスベルに告白はしたのか?」

「な、何言っているのよ!?」

「だってさぁ、転生前はお前ら『夫婦』扱いだったから。そうやって一緒に行動してるってことは、そういうことなんだろ?」

「も、もう!余計なこと言うと『外法』扱いするからね!?」

「………(下手に言ったら、俺が非難されそうだな)」

ルドガーのからかいにシルフィアは頬を赤く染めて反論し、アスベルは冷や汗をかいて黙り込むことにした。それが正しい選択かどうかはアスベル本人も解らないが。

 

「まぁ、一つの組織に固まっているのが不自然だよな……他に転生者は?」

「いるにはいるんだが、いろんな意味で馬鹿でな……まともに話せるのは俺ぐらいだ。ったく、あのピエロ野郎、今度会ったら泣くまで殴ってやらないと……(ブツブツ……)」

((生まれ変わっても、見るからに苦労してるんだなぁ……))

同じ組織に所属している<道化師>への文句をブツブツと呟くルドガーに、対立している組織とはいえ似たような悩みを抱えていることに対して同情の念を抱かずにいられなかった。そして、転生前も今も“そういう役割”のルドガーにはある意味尊敬の念というか逞しさを感じていた。

 

そう思った矢先、アスベルは突き刺さる殺気を感じ、小太刀を抜く。

 

「!!」

振り下ろされたのは棒らしき武器……その武器と小太刀が激しくぶつかり合い、一旦距離を取る。

そして、襲撃したその女性はルドガーの姿を見て声を荒げる。

 

「ルドガー、そいつらは私らの敵だぞ!何を呑気に話している!!」

「フーリエ!?」

ルドガーも彼女…フーリエの登場に驚いている様子だった。

この様子からして彼女がここに来るのは想定外だったようだ。

 

「どういうこと?」

「どうやら、俺の後をついてきたらしい……アスベル・フォストレイト、彼女を止めてくれ!!」

ある意味『敵』とはいえ『幼馴染』の頼みとなれば、聞かないわけにはいかないだろう。そもそも、彼女が敵意を向けてくる以上戦うしかない。アスベルは内心ため息をついて小太刀を構える。

 

「……一撃だ。」

「えっ?」

「お前の渾身の一撃を撃ってみろ。」

「っ!!死んだとしても、謝らないぞ!!」

アスベルの見え透いた挑発にフーリエは怒りをあらわにして声を荒げ、杖を銃のようにして構える。そして、高まる力の奔流。七属性のひとつ『水』の属性を纏ったエネルギーがアスベルに向けられる。

 

「受けよ、精霊の加護の一撃を!!シアンディーム・エクシード!!!」

フーリエは高らかにその名を叫ぶ……彼女のSクラフト『シアンディーム・エクシード』をアスベルに放つ。

それを見たアスベルは小太刀をしまい、鞘に収まった状態の太刀の柄を握り、抜刀術の構えを取る。

 

「ハアアアアアアアアアッ………!!」

(おいおい!?あの覇気……本気のアリア姉さんとタメ張れるんじゃないか!?)

そして、溢れ出す彼が放つ『闘気』……その覇気にルドガーは彼がよく知る人物を思い出し、背中に寒気が入ったような感覚がした。

 

「極技、瞬凰剣(しゅんこうけん)!!」

八葉一刀流四の型『空蝉』……その終の太刀とも言うべき『極技』……瞬凰剣の乱れなき鋭い剣筋に奔流は引き裂かれ、フーリエは彼の放った技の衝撃波をもろに受ける形となった。

そして、互いの技の衝撃が消えると、太刀を鞘に納めて立っているアスベル、傷を負いつつも武器を支えにしてかろうじて立っているフーリエの姿があった。

 

「くっ…見事…」

そう呟くと、フーリエは意識を失って倒れた。

 

「ルドガーの言葉の意味を図らずも理解する羽目になるとは……」

「済まない…」

「やれやれね……」

色々台無しになったような気がしたが……フーリエには最低限の処置を施した。先程に関してはアスベルもある程度加減していたので、命に何ら別条はない。彼女を木陰の下に寝かせると、三人は話を続けることにした。

 

「で、だ。アイツはアンタらの組織の重鎮の一人だろ?何でわざわざ……」

「『色々やりすぎている』……俺を始め、第二、四、七柱の決定だ。だが、『使徒』に関しては他の『使徒』と言えども手を出せない……盟主も『使徒』の処刑には難色を示しているらしいからな。それを『執行者』である奴らですら反故にするのは些か配慮に欠ける……背に腹は代えられないってことだ。」

どうやら、ワイスマンに関しては他の使徒…ひいては盟主にとって『重罪』らしい……だが、彼を罰するのは難しい……ならば、敵対する組織である『彼ら』…星杯騎士にお願いすることで、一定のラインを保つことに決めたのだ。

 

「それはいいとしても、ルドガーはどうするの?」

「……アイツがいなくなったら、俺が奴の仕事を引き継ぐことになるのさ。元々、俺が『執行者』を兼任してるのは、他の『執行者』の育成係も兼ねてるからな。」

「ってことは、レンちゃんも?」

「ああ……『ルドガーは私の婚約者よ♪』ってしきりに迫られている……俺、ロリコン呼ばわりは嫌だぞ……おまけにシャロンの奴、レンに色々吹き込みやがったし…」

「あはは……」

とどのつまり、ルドガーは『使徒』…『第一柱』であるものの、後進の育成係として『執行者』の椅子に座しているらしい。しかも、あの『殲滅天使』に惚れられたらしい。アスベルとシルフィアはルドガーに少しながら同情した。

色々話した後、ルドガーはフーリエを負ぶって、その場を離れようとした。その際、アスベルは一つ尋ねた。

 

「ルドガー、お前やその彼女は『オルフェウス最終計画』に関わるつもりか?」

「『福音』に関しては、基本ノータッチのつもりだ。『幻焔』についてもな……ま、詳しいことは言えねえが、俺も『打破』を目指している。」

「……ルドガー、気を付けてね。」

「おう。お前らもな。互いに目指す『明るい未来』のために、な。」

そう言い残して、ルドガー達は去った。残された二人は、彼の無事を祈りつつ、大きな『味方』ができたと感じたのだ。

 

 

アスベルやシルフィアと別れたルドガーは、おぶっているフーリエの心配をしつつ、彼らと会えたことに苦笑を浮かべていた。

 

(アスベル、シルフィア……俺の目標は、察しがついただろうな。ま、日頃から愚痴ってたしな。)

転生前、やりこんでいた軌跡シリーズのイベントに『納得いかねえ!!!』と色々言いまくっていた……輝と詩穂には憐みの表情を向けられ、沙織には苦笑されてたからな……やるからには、夢はでっかくねえと。俺自身が背負った『光』と『闇』……それらも受け入れて目指す『夢の彼方』へと……な。ただ……

 

「背負ってるこいつがなぁ…もう少し利口だと助かるんだが…」

色々信じ込みやすい性格のフーリエにため息をつき、ルドガーは転位してその場を離れた。

 

 




さらにオリキャラ追加です。

ルドガーとフーリエのイメージはテイルズのアレそのままです。

閃の続編でどんだけ執行者やら使徒やら守護騎士が増えるんでしょうか……第八位のあの人は、特に気になります。


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外伝 帝国ギルド襲撃事件~詰みの一手~

遊撃士協会帝国支部連続襲撃事件……事態を重く見たレマン総本部は、S級正遊撃士“剣聖”カシウス・ブライトを現地に派遣……だが、それでは不十分と見た同じS級正遊撃士“不破”アスベル・フォストレイトは伝手を利用し、“増援”の許可を要請し総本部も非公式にこれを了承した。

 

ジェスター猟兵団側は巧妙にルートや拠点を隠していた……事態の硬直化は避けられない見通しであったことは、臨時代表に就任したカシウスもある程度予測していた。

 

だが、独自に介入を決めた“不破”アスベル・フォストレイト、“霧奏”シルフィア・セルナート…二名のS級正遊撃士の参戦。

 

そして、猟兵団の『三大勢力』…『赤い星座』『西風の旅団』『翡翠の刃』がアスベル・フォストレイトからの非公式要請という形で依頼を受諾し了承した。

 

さらに、アスベルは『詰めの一手』を打つことにした。猟兵団はおろか帝国ですら無視できない『強力な一手』を。

 

 

~エレボニア北部 ユミル支部~

 

各都市の遊撃士協会支部が襲撃された中、帝国内で生き残った遊撃士協会支部の一つ……ユミル地方シュバルツァー男爵領に置かれたユミル支部。ここが襲撃されなかった理由はこの場所が辺境にあるという理由ではなく、一人の男性の存在が大きかった。それは……

 

 

「先生、身内の危機を救ってくださり、ありがとうございます。」

「なあに、わしと男爵は旧友の仲。その旧友の頼みもあったし、面白い奴とも出会えたからのう。あやつらが一人前になるまでここに定住するのも悪くはない感じじゃな。」

『剣仙』ユン・カーファイの存在だ。彼は事件発生前から不穏な空気を感じ、シュバルツァー男爵のもとで客人として彼の子らに剣術を教える傍ら警戒に当たっていた。彼のお蔭でここの支部は襲撃されずに残っているのだ。

カシウスがユンに深々と頭を下げる光景を見た帝国の遊撃士……トヴァル・ランドナー、ヴェンツェル・アウトウェイ、サラ・バレスタインの三人はその光景に唖然としていた。

 

「カシウスさんが頭を下げてるって、一体どんな御仁なんだ?」

「<剣仙>ユン・カーファイ…八葉一刀流の使い手にして、カシウスさんの師匠にあたるらしい。」

「え……どう見ても青年にしか見えないのだけれど…酒の飲み過ぎかしら?」

「そこは事実だ。」

「というか、仕事中に酒を飲む方がどうかしているだろう…」

「別にいいじゃない。あたしの自由なんだし」

色々面食らう場面ではあるが、サラの酒好きだけはいつも通りだと内心ため息をつくトヴァルとヴェンツェルの二人であった。

 

だが、こんな風にいつまでも談笑していられるわけではない……それは、ここにいる誰もが解っていたことだった。

カシウスは現状について説明する。

 

「帝国内の支部はここを除いてほぼ全滅……幸いにも、アルトハイム自治州パルム支部とレグラム自治州レグラム支部はリベール領のため難を逃れていたが……昨晩、襲撃があったらしい。だが、事前の備えでこれを撃退している。」

「なっ…!!」

カシウスから聞かされた情報に一同は驚く。どうやら、ジェスター猟兵団の一味が現リベール領の支部にまで襲撃をかけたのだ。だが、これを予期していた『人物』により、未遂に終わった。

 

「パルム支部は帝国からの遊撃士三人が、そしてレグラム支部は偶々滞在していたアスベルとシルフィア、そしてヴィクターがこれを撃退し、猟兵団の情報を引き出したそうだ。」

「三人というと、アイツらか……」

「まぁ、確かに頼もしい奴らではあるが……」

「え?あたしは結構好きなんだけれどな~。気が合うし。それよりも、レグラムに何であの二人がいるのよ?偶々いるとは到底思えないんだけれど……」

カシウスの説明に、帝国の遊撃士に心当たりのあるトヴァルとヴェンツェルは、実力を認めつつも何かと『個性的』なあの三人を思い出してため息をつき、サラはその三人を好意的に言いつつS級遊撃士である二人がレグラムにいることが不思議だった。

その疑問に答えるかのようにカシウスが次の言葉を発した。

 

「それに関して総本部経由で連絡があってな。アスベルとシルフィアらはパルム支部の三人と、『協力者』らでジェスター猟兵団の拠点の大半を制圧したそうだ。」

「我々ですら手をこまねいている状況で大半を制圧…!?」

 

ヴェンツェルが驚くのも無理はない。

襲撃された関係で帝国全土の状況が掴みにくく、遊撃士同士の連携がままならない状態ながらも彼らの拠点の大半をたった七日で調べ上げ、わずか二日で制圧するというのは並大抵のものではない。

しかも、全拠点の大半はカシウスの予測からしてもかなりの規模……それを遊撃士五人と『協力者』らが成し遂げたというのだ。

 

「けれど、協力者……ですか?この帝国に軍以外で動いてくれる組織が………カシウスさん、まさか!?」

「ああ、トヴァルの察しの通りだ。『赤い星座』、『西風の旅団』、そして『翡翠の刃』が『協力者』として名乗りを上げ、総本部も非公式だがこれを承認した。俺もそれを承認している。」

「カシウスさん、正気ですか!?よりにもよって彼らを使うだなんて…」

「俺はいたって本気だ。それに、奴らも本気らしいぞ。とりわけ、『翡翠の刃』と『西風の旅団』は今回の騒動に『泥を塗られた』形だからな。その背後にいる奴らに一泡吹かせることまで考えているらしい。」

遊撃士と猟兵団……普通からすれば『相容れない』二つの組織……だが、“闘神”や“赤朱の聖女”と話したカシウスは彼らの『決意』を信じ、総本部の決定を受け入れる形ではあるが、自らもこれを承認した。

 

だが、彼らは猟兵団を完膚なきまでに潰すことだけが目的ではない。その背後にいるであろう“組織”に一泡吹かせることまで計算済みだった。

 

「彼らがくれた情報によると、残る拠点はいずれも『要所』のみ。そこを押さえれば、我々の勝利だ。」

ジェスター猟兵団の拠点は残り数か所。カシウスらはそのうちの一つ……ルーレ市郊外ザクセン鉱山近くにある拠点を押さえることになった。

 

「カシウスさん、そうなると残りの拠点は『彼ら』が受け持つ形に?」

「そういうことになるな。先生には申し訳ないのですが……」

「いや、わしも出よう。ここには頼もしい助っ人が来てくれるのでな。」

「助っ人、ですか?」

トヴァルの問いかけにカシウスは頷き、ここの守りとしてユンに頼む予定だったが、ユンはさらに頼もしい助っ人を呼んだらしく、その言葉にカシウスは首を傾げるが、扉が開いて歩み寄ってきた人物を見て驚きと納得の表情を浮かべた。

 

「お久しぶりです、先生にカシウスさん。」

「アリオス!?」

「先生の依頼です。弟子の手ほどきとユミル支部の防衛、との依頼で。あの破格な額には驚きましたが……」

“風の剣聖”アリオス・マクレイン……クロスベル支部のA級遊撃士がこうしてここにいることに驚きを隠せない。アリオス自身もユンの出した依頼という形でここに来たが、彼の出した金額には驚きを隠せない表情で呟く。

 

「なあに、ここの守りとわしが教えているあやつらへの手ほどきを考えれば、安いものじゃ。」

「それで25万ミラはやりすぎです。ミシェルですら『何よ、この額は!?』と驚いていましたからね。」

「……色々ぶっ飛び過ぎよ。」

「まったくだ……」

剣の手ほどきと支部の防衛だけで25万ミラ……適正額に対してエンジンフルスロットルでぶっ飛ばすぐらいの報酬額は、他の遊撃士ですら面食らった状態だ。

 

「それにしても、ここまで鉄道で?」

「いえ、トリスタからは徒歩で。尾行してきた連中がいたもので。」

「流石『情報局』ね……あのしつこさは異常だわ。」

トヴァルの問いかけにアリオスはそう答え、サラは動いている連中に心当たりがあり、皮肉そうに呟いた。

 

「となると……サラ、お前が指揮を執れ。そちらに先生を加える形にする。」

「それは構いませんけれど、カシウスさんは?」

「帝都近郊に奴らの拠点がある。俺はそちらの援護に向かう。アリオス、頼むぞ。」

「兄弟子の頼みと先生の依頼、必ずや。」

カシウスは少し考え、サラに指揮権を任せアリオスに支部の防衛を頼むと、一足先に支部を出た。

サラとアリオスもカシウスのお願いに快く受諾した。

 

 

~ユミル郊外~

 

カシウスは森の中にいた。すると、ぽっかりと空いた空間に停泊する一隻の艦。基本フォルムはアルセイユと似た形状を持ち得ながらも、その配色は白と緑のカラーリングが施されている。これは、秘密裏に譲渡されたアルセイユ級六番艦『デューレヴェント』。『西風の旅団』が運用している高速巡洋艦だ。

その空間にカシウスの姿を現すと、甲板にいた一人の人物がカシウスに声をかける。

 

「お、カシウスさん。久しいな。」

「すまないな、出迎えをさせてしまって。」

「いいってことよ。今回の件はリベールも被害者だ。そういうことなら、女王陛下の意思も反故にはならないだろ?」

声をかけた人物は“猟兵王”レヴァイス・クラウゼルだ。その傍らには、銀髪と琥珀色の瞳を持つ一人の少女がいた。

 

「おや、見慣れない顔がいるな……」

「どうも……(ペコリ)」

「こいつはフィー。俺が拾った奴でな。実力はあの“朱の戦乙女”に引けを取らないぜ。」

「それは買いかぶりすぎ。あの膂力は私でも真似できないし、実力的にかなりの開きがある。」

カシウスの疑問に少女はお辞儀をし、レヴァイスは我が子を自慢するかのように言い、その言葉にその少女――フィーは反論する。

 

フィー・クラウゼル……レヴァイスが拾って育てている子で、その実力は折り紙つき。

 

13歳ながらもそのトップスピードは猟兵団でもトップクラスで“西風の妖精(シルフィード)”の異名を持っている。当の本人は元猟兵で現遊撃士の“朱の戦乙女”の『強さ』『賢さ』『女性らしさ』を目標にして日々努力しているらしい……『女性らしさ』というのは、言うなればスタイル面でのことだ。

フィーですらレイアの膂力は『規格外』どころか『人外』だと思っている。

実際、『赤の戦鬼』で恐れられているシグムントが唯一戦いたくない相手がレイアなのだ。彼女を思い出すだけで冷や汗が流れるほどに。もはやトラウマものである。

 

「で、帝都近郊……ついでにリベールまで送っていくぜ。」

「いいのか?そこまでしてもらって……」

「俺もマリクもジェスターの連中に憤慨してる。で、その背後で動く連中もな。俺らが速く動けば『奴ら』ですら焦ってぼろを出す……そこが狙い目なのさ。」

彼らとしては準備期間が欲しい……だが、こちら側がスピード解決すれば向こう側は焦って足止めなりを使って策を発動させてくる。その動向も焦りが出始め、綻びが生じる……そこを狙い撃ちにする。そのために、できる準備は徹底的にやっておく必要がある。『翡翠の刃』……いや、マリクは既にその計画の一端を発動させている。

 

 

「『身喰らう蛇』のことか……」

「おうよ。そのために俺らは鍛えて来たからな。いずれ来る奴らとの全面戦争……それも覚悟の上でな。」

 

 

~???~

 

見知らぬ場所に立つ一人の少年。彼は通信で誰かと話しているようだった。

 

『そちらはどうですか?』

「教授、こっちはまずいかもしれないよ。当初の予定だと遊撃士だけだったよね?」

『ええ、それが何か?』

「猟兵団が動いた。しかも、三つも。それに、“風の剣聖”“剣仙”“不破”“霧奏”の四人もいるよ。」

『なっ!?』

冷や汗をかきつつ、少年の放った言葉に教授と呼ばれた話し相手は驚く。どうやら、彼の考えているプランには彼らの要素などなかったのだ。

 

「とりあえず、『彼』には連絡したよ。それと『蒼の深淵』や『死線』には声をかけたけれど、足止めになるか疑わしいよ?」

『解りました。しかし、こちらの計画に狂いはない。このまま続行しますよ。盟主にもそのようにお伝えください。』

「はいはい……『調停』や『緋水』は動く気配すらないからなぁ……計画失敗も考慮に入れないと駄目かもしれないね。」

通信を終えると、少年はこの先の計画の狂いも考慮に入れなければならないと苦笑し、どこかに転位した。

 

 

 

 

リベールで顰める『影』……その打破をすべく、歴史を大きく変える『大戦争』……いや、『殲滅劇』が幕を上げる…!




過剰戦力?いいえ、適正戦力です。だって、広大な領土持つ帝国ですから(謎理論)

ヴェンツェルの名字はオリジナル設定です。強い武人のイメージでw他のクロスベルの遊撃士もファミリーネームは決めています。

あと、原作で不足している遊撃士メンバーを何人かオリジナル設定で追加します。どこかで見たようなキャラになるかもしれませんがw

……さて、ジェスター猟兵団は何秒もってくれるのでしょうかね(ニヤリ)


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外伝 帝国ギルド襲撃事件~筋書き通りの殲滅戦~

エステル達がボースにおける事件を解決してから一週間後、エレボニア帝国では大きな動きがあった。いや、それを単に“大きな”動きで片づけられるものではなかった。

 

 

~海都オルディス郊外~

 

「よう、お邪魔するぜ。」

「失礼しますね。」

見るから大型のライフルを軽々と担いで歩み寄る赤毛の男性、そして特殊な手甲を身に付けた栗色の長髪の女性が彼の後ろをついてきていた。

 

彼らの名はバルデル・オルランド、シルフェリティア・オルランド……『赤い星座』の団長と彼を公私共に傍らで支える副団長の登場にジェスター猟兵団の面々は驚いていた。

 

「なっ、“闘神”に“赤朱の聖女”だと!?」

「馬鹿なっ、ここには50人ほどの兵がいたはずだぞ!?」

いくら相手が大規模の猟兵団の頭と言えども、50人相手では勝ち目などないだろう……その見立てなど彼らの前では児戯に等しく、非常にお粗末なものだった。

 

「50人ねえ……あれぐらいの練度なら、数の問題じゃないな。」

「なっ!?」

「あなた相手なら四桁ぐらいが適正ですからね……貴方たちはやりすぎました。既に、『西風の旅団』と『翡翠の刃』も動きました。これ以上抵抗されるのならば……殲滅させていただきます。」

バルデルの溜息でも出そうな発言に猟兵らは愕然とし、シルフェリティアの警告も込めた『通告』に猟兵らは一瞬たじろいだ。だが、彼らとて猟兵……彼らなりのプライドが敵に対してひざを折ることなどできなかった。

 

「ふ、ふざけr………なっ!?」

だが、彼らは既に自分自身の『生殺与奪』が敵に奪われていた……厳密に言えば、シルフェリティアの操る『見えない糸』に縛られていたのだ。

 

「――賢明な判断ができない人間は、自滅するだけです。」

そう言ってシルフェリティアは左手を強く握ると、そこにいたはずの兵士はその存在が消滅し……次の瞬間には名も知らぬただの肉塊と化していた。

 

彼女の操る鋼糸は特注製で、上手く加減すれば傷をつけずに捕縛することが可能で、射程距離はおおよそ25m、糸全体の長さに至っては150m……室内空間であれば問答無用で拘束・殲滅可能の武器だ。

シルフェリティアはバルデルやシグムント、自分の子どもである『あの二人』のように大型の武器を振り回すほどの膂力などない。なので、近接戦闘……とりわけ相手に対しての拘束をも兼ねた武器でなければならなかった。

ただ、鋼糸の重さからすればその重量も半端ではなく、流石はレイアの母親とも言うべきものだった。

 

「っと、これで制圧は完了したが……きな臭いな。」

「ええ。」

猟兵団にしてはあまりにもお粗末な顛末……そして、彼らの直感がまだ終わりではないという警鐘を鳴らしていたのだ。そして、図らずもその直感が的中する形で、入ってきた方から足音が聞こえる。その身なりは帝国正規軍と領邦軍の兵士の姿だった。

 

「武器を下ろせ!テロリストめ!!」

「……は?」

「聞こえなかったのか!?お前たちは帝国政府より『テロリスト』の容疑がかかっている!大人しくお縄に付け!!」

「成程、あの御仁の差し金……いいえ、『蛇』の企みですか。」

兵士らの言葉で大方の事情を察した。元々この事件はカシウスを止めるためのもの。それを早急に解決されてしまったとあらば、リベールでの『計画』すらも狂いが生じる。そのため、彼らは“鉄血宰相”を使い、軍を動かしたのだ。大義名分的には『遊撃士協会を襲撃した猟兵団の罪』を三つの猟兵団になすりつけるというその手法……そのやり口にバルデルは

 

「クハハハハハハハハッ!!」

笑った。盛大に笑った。だが、それは自分や最愛の妻の命が失われることに対して自棄になり笑いを零したのではない。

 

「な、何がおかしい!?」

「てめえら、馬鹿だな。最上級のバカだ。」

「何だとっ!?」

兵たちはバルデルの笑みの意図に気付いていない。いや、気付くはずもない。『彼』の描いたプラン通りに動いた帝国軍と領邦軍……策がここまですんなり成功したことにバルデルは笑ったのだ。

 

「フフ……シグムントやシャーリィが聞いたら羨ましがりますね。」

「アイツらだと死体の山が出来かねん…あのバカ息子も今回の事には消極的だったしな…ま、別に俺の後なんざ継がなくても、アイツはその内自分の『足場』を見つけるだろうさ……」

人の在り方など指し示す物ではない。バルデルもシルフェリティアも単純にそのことを押し付けるつもりもない。成り行きとはいえ、『遊撃士』と『星杯騎士』の道を歩んでいる娘、そして『あの出来事』以降悩むことが多くなった息子……その道が猟兵団でなくとも、『オルランド』としての生き様は継いでくれる……と。

そう内心で思った後、バルデルはブレードライフルを構え、シルフェリティアも手甲を構えた。

 

「猟兵団如きじゃ満足できなかったところだ。さぁ、帝国軍に領邦軍、てめえらが喧嘩を売った相手の『重大さ』、その身に刻んで覚えるがいい!!」

「がっ!?」

「ぐはっ!!」

バルデルのブレードライフルが火を噴き、兵士たちは次々となぎ倒されるがごとく銃弾で撃ち抜かれていく。

 

「殺しはしません。ですが……大怪我位は覚悟してもらいます!」

「あががっが……」

「た、助け……」

シルフェリティアの鋼糸は的確に兵士たちの意識を刈り取り、意識を手放した兵たちは地に伏せていく。

 

「う、撃て!!」

「馬鹿言うな!!この状況で銃撃なんかしたら…!」

「おせえよ!ベルゼルガー!!」

「ぎゃああああああああっ!?」

兵たちのいる場所は通路……しかも、二人の強襲でたじろぎまともな反応ができない……それを見逃さず、バルデルのSクラフト『ベルゼルガー』の刃が兵士たちをなぎ倒していく。ライフルの刃を納めると、バルデルは伏せている兵たちを見て、嘲笑も込めた表情を浮かべる。

 

「拍子抜けだな……」

「でも、あなた。ここでこれだということは……」

「戦車あたりでも出てくる可能性があるか……やっぱ、シグムントだけでも連れてくれば良かったか?」

シルフェリティアとバルデルの言葉……その言葉はある意味的中することになる。

 

 

~クロイツェン州バリアハート郊外~

 

ジェスター猟兵団の拠点の一つがあるエレボニア東部クロイツェン州、その首都である公都バリアハート郊外……その拠点の前にいたのは夥しい数の兵士と戦車。

 

「貴様らは既に包囲されている!武装を解除して大人しく出てこい!!」

兵の一人……指揮官らしき人物が拠点に向けて叫んだ。彼の背後には戦車と大量の兵……数からすれば一個師団。たかが拠点如きに一個師団は過剰戦力だろう。

 

 

……しかし、ここに来ている人……『彼ら』にとって見れば、そんな数など『雑兵扱い』でしかないわけだが。

 

 

指揮官がしびれを切らした頃、戦車の一台が『斬られた』。間もなく爆発し、火の手が上がる。その光景に兵士は動揺し、指揮官もたじろいでいると、彼の目の前に一人の少年の姿がいた。

 

「貴方が指揮官ですか。」

「な、何者……っ!?その紋章は……!?」

「お察しの通り、『星杯騎士』ですよ。エレボニア帝国正規軍、そしてクロイツェン領邦軍。貴殿らは遊撃士協会を襲撃した犯人を殲滅しようとした人たちに『罪』をなすりつけた『重罪』を犯しました。」

星杯騎士と名乗った少年……“守護騎士”第三位『京紫の瞬光』アスベル・フォストレイトは、驚き慌てふためく指揮官に対し、冷酷にその言葉を述べた。

 

「な、彼らはあの猟兵団とつながりがある犯罪者だぞ!?」

「何の根拠を持って言っているのですか?……今回の犯人の殲滅および逮捕に関して、執行する人たちは全員アルテリア法王、リベール国王アリシアⅡ世女王陛下……そして、エレボニア帝国ユーゲントⅢ世皇帝陛下より執行状を賜っております。先程の戦車に関しては『警告』とお考えください。この忠告を無視し、今ここで我々に刃を向けるようならば……貴殿らを『外法』として認定せざるを得なくなりますよ?」

これが、アスベルの考えた策だった。帝国で最も強い権力を持つ皇帝の執行状、そして強い影響力を持つアルテリア法王の執行状……そして、先日の襲撃を重く見たアリシア女王は秘密裏に執行状をだし、早急の事件解決をお願いしたのだ。

 

彼の言葉に兵たちは動揺が隠せない。彼の言っていることは突拍子もない……だが、嘘とも思えないその言葉……

 

「そ、そのようなはったりを…撃て!テロリストどもを一掃しろ!!」

だが、指揮官は彼の忠告を無視するかのように怒号を放ち、兵たちは銃をアスベルに構える。だが、その光景を見たアスベルは小太刀を抜き、構えた。

 

 

「とんだ阿呆だな……てめえらを『外法』と認定し、実力を以て排除させてもらう!!」

アスベルのその言葉に呼応して、あちらこちらから悲鳴が上がる。それは、アスベルの『協力者』ともいうべき存在だった。

 

 

「せいやっ!!」

「がっ!?」

「いっけー!」

「ごあっ!!」

「撃ち抜きます!!」

「ぐふっ!」

剣と銃を持つ陽気そうな青年が軽やかに兵士たちを躊躇いもなく倒し、その少し後方にいた少女はアーツを放って兵士たちを吹き飛ばし、その傍らで一人の女性が弓を放ち、的確に鎧の隙間を狙い撃つ。

 

「ったく、さながら戦争じゃねえか!!」

「ま、まったくです!!」

「そりゃ、兵士たちの……『敵』に突撃しているわけですし、ねっ!!」

ぼやきつつも、見事な連携で兵士たちを戦闘不能にしていく三人……“尖兵”ラグナ・シルベスティーレ、“漆黒の輝耀”リーゼロッテ・ハーティリー、“翠穹”リノア・リーヴェルト……帝国のD級正遊撃士……だが、彼らの実力はD級のそれをすでに上回っている。カシウスの見立てでは、A級…ひいてはS級と遜色ないほどだという……実力と乖離した彼らのランク…その起因は、彼らの『経緯』に関わるためだ。

 

 

『鉄血の子供達(アイアンブリード)』……ギリアス・オズボーンが自ら見出し、育て上げた子飼いの集団。彼の手となり足となりて働く“手駒”で、急進的な領土拡張、自治州の強制併合を成し遂げる要因を作り上げた“元凶”とも言うべき存在だ。この三人もそういった仕事を請け負ってきたが、『ある事件』……その際出会ったカシウスの誘いをきっかけに宰相のもとを離れ、遊撃士として活動することとなった。このことも遊撃士協会襲撃事件を引き起こした一因であるのは否定できないことだろう。

 

 

「派手に行こうか、降り注げ銃弾の雨!!」

ラグナはクラフト『シューティングレイン』で前方にいる兵たちに慈悲なき銃弾の雨を浴びせ、

 

「道を切り開く!」

リノアはクラフト『クリスタルアロー』……水属性を纏った矢は奔流となり、射線上にいた兵や戦車を吹き飛ばす。

 

「響いて、風の旋律!!」

そしてリーゼロッテはクラフト『ストームサークル』……竜巻が彼女らの周囲を回り、兵はおろか戦車ですら舞い上がっていく。

 

 

「ふむ……そのお手並み、流石は『鉄血宰相』が見出した者たちだな。」

三人の近くの戦車が斬られ、爆発する。そして、三人のもとに現れたのは大剣を片手で難なく使いこなし、兵士を吹き飛ばすアルゼイド家当主にしてレグラム自治州の長……“光の剣匠”ヴィクター・S・アルゼイドの姿だった。

 

「光の剣匠……ま、レグラムは近いからいても不思議じゃねえが……あのオッサンの話はやめてくれ。」

「あわわ……」

「全くですよ……私たちは、自分の意思でここにいるんですから。」

「それは失敬した。さて、『罪』を知らぬ彼らにもうひと押しと行こうか。」

四人は言葉を交わした後、武器を構え、闘気を高める。

 

「黄泉への片道切符、安くしておくから遠慮せず受け取りな!!エクスペンダブルプライド!!」

「集って、地水火風!転ずるが如く、化するが如く、我が剣となって!スプリームエレメンツ!!」

「華麗にターゲット!穿て、光の軌跡!!クライシスレイン!!」

「終わりにしよう……絶技・洸凰剣!!」

四人のSクラフト……ラグナの『エクスペンダブルプライド』、リーゼロッテの『スプリームエレメンツ』、リノアの『クライシスレイン』、そしてヴィクターの『絶技・洸凰剣』……その爆発による煙が晴れた後、彼らを中心としたおおよそ半径50m以内の敵は完全に沈黙した。

 

 

恐怖に支配されていく帝国軍と領邦軍……だが、その悲劇は『ここだけ』ではなかったことを彼らはまだ知らない。

 

 




てなわけで、原作だと名前すら出てこなかった遊撃士三人の登場ですw
そんで、バリアハートということで“彼”にも出張ってもらいましたw
三人ともそういう扱いにしたのは、その方がオズボーンのやり口も鮮明にできるかな、と思った次第ですw
ラグナはアルヴィン(TOX)、リーゼロッテはエリーゼ(TOX)、リノアはFF8のあの姿+ちょっとアレンジ的な感じです。

戦闘シーンの描写は結構手こずります(マジ顔)


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外伝 帝国ギルド襲撃事件~ある意味予定調和~

~ルーレ市近郊 ザクセン鉱山近く~

 

一方、サラやトヴァル、ヴェンツェルにユンの四人は鉱山近くにある拠点を目指していた。だが、妙な気配を察知してサラが止まる。

 

「ストップ!!」

「サラ?」

「どうか……って、鋼糸?」

行く手を遮るかのように張り巡らされた鋼糸……それも、一本や二本などではなく、まるで森の中に迷路でも描き出したかのような配置がされていた。

 

「わしらの行く手を遮るもの……思い当たる節は、一つじゃのう。」

「どうやら、そのようですね。」

ジェスター猟兵団にここまでの知略ができる人間などいない……つまり、これは例の『結社』……『身喰らう蛇』の人間。それも、単なる一兵ではなく、『執行者』クラスの人間。

 

(ここで、足止めを食らうのはまずいわね……)

サラは苦い表情を浮かべてこの先の行動を思案する。

猟兵団とて愚かではない。自分たちに危機が迫ればあっさりと拠点を放棄するだろう……そうなってしまってはここで強襲をかける意味がなくなってしまう。

その時、後ろから気配を感じた。

 

「……どいて」

「え?」

少女の呟きに対して、ほぼ反射的にその場を飛び退けたサラ。少女は持っていた槍を突き出す……次の瞬間、その空間は抉り取られたかのように吹き飛び、拠点への“最短経路”を形成した。

 

「き、君は?」

「なっ……“絶槍”!?」

「あ、サラだ。おひさ~。」

その少女――“絶槍”と呼ばれた人物の登場にヴェンツェルは驚き、サラはその少女の登場に声を上げて叫び、対照的にその少女は知り合いの姿を見つけると、呑気に挨拶をした。

 

「ほう……その歳であれだけの技巧……興味深いのう。」

「呑気に挨拶してる場合じゃないですよ。クルル、何故ここに?」

「ん。説明するねトヴァル。」

彼女の武に感嘆を上げるユン、それを嗜めつつトヴァルはクルルと呼んだ少女が何故ここにいるのかの説明を促し、それに答えるかのように説明し始めた。

 

現在残っている拠点は四ヶ所……そこで、オルディス近くの拠点にはバルデルとシルフェリティア、バリアハートにはアスベルとアルヴィン、リーゼロッテとリノアの四人、ヘイムダル近郊はレヴァイスとフィー、そしてカシウスとシルフィア……残った拠点にマリクとクルルが援護する形になっている。

 

「ここは『蛇』の連中がいるけれど、他のところは帝国軍や領邦軍が動いてる。ま、大丈夫だと思うけれど。」

「いやいや、何を呑気に!?」

「大丈夫。猟兵団のトップたちは皆『戦車?普通の導力車よりも装甲がちょっと厚い車だろ?』程度にしか思ってないから。」

いや、その言動というか思考回路はおかしい……という感じのツッコミが飛び交いそうな状況だ。ある意味ぶっ飛んだ奴らでないと大勢力の猟兵団を率いるには力不足ということなのだろうか……腑に落ちないことではあるが。

 

「ほう。あ奴らは解っておるみたいだのう。ぜひ手合わせしたいものじゃ。」

「……サラ、俺は夢でも見ているのか?」

「残念ながら現実みたいね……」

「戦車を破壊できるサラが言うかな、それ。」

「この惨状を平然とやってのけるアンタが言うな。」

隣の芝は青い……本人たちの『常識』など、他の人にしてみれば『非常識』にしかなりえない……その言葉をものの見事に再現したクルルにサラはジト目で反論の言葉を述べたのだった。

 

「とりあえず、先に行って。私も後で合流するから。」

「クルル!?……って、もう行っちゃったわね。」

「ま、とりあえず行くとしましょうか。」

「そうじゃな。」

サラたちがクルルの開いた道を進んでいる頃、その当の本人は気配の感じる方向に歩を進める……次の瞬間、森の奥から二人の人影……体格の良い男性とやや細身の女性が対峙するように距離を取り、姿を現す。

 

「っと、お、クルルじゃねえか。」

「やっほ。で、奥にいるのは……」

『翡翠の刃』の団長、“驚天の旅人”マリク・スヴェントの登場に呑気に挨拶を交わしつつ、その奥でマリクと対峙している人物に視線を向ける。一方、対峙している女性はクルルの姿を見つけると嬉しそうな表情で呟いた。

 

「おや……誰かと思えばNo.Ⅶ“絶槍”……クルル様ではありませんか。」

「久しいね、No.Ⅸ“死線”シャロン・クルーガー。今はラインフォルト家のメイドさんだっけ?」

「ええ。今回はちょっとした『お願い』でこうしています。」

久々に会った知り合いに少し笑みがこぼれたクルルだったが、槍を持ち直し、シャロンと向き合おうとする。

だが、それはマリクに遮られた。

 

「マリク?」

「お前はサラたちと共に拠点へ急げ。ここは、俺が引き受けよう。」

「……ん。解った。言っておくけど、シャロンは強いよ?」

「そんなの、解ってるさ。」

クルルの忠告にマリクは笑みを浮かべ、投刃を構える。そして、クルルたちが見えなくなったのを確認すると、シャロンの方を向く。

 

「ずいぶんとあっさり行かせるんだな?」

「私の役目はあくまでも『足止め』ですので。それよりも、ご自分の心配をなされた方がいいかと思いますよ?」

「何……!?」

マリクの言葉に笑みを浮かべるシャロン……その意味を知った時には、彼の手足は鋼糸によって拘束されていた。相手に気付かせることなく、相手を倒す……『死線』の異名は伊達ではないということだ。

マリクは拘束の状態を確かめる…若干の余裕はある。うまくコントロールできれば、外せないこともないが下手を打てば切断されてしまう。

 

「安心してください。自分の死を知る間もなく、逝かせてあげますので。」

そう言って、シャロンはマリクの視界から姿を消した。

マリクは一度深呼吸をし、目を閉じる……彼女の気配は、後ろから感じた。あの少年と比べると、気配が読み取りやすくてある意味幸運だろう。マリクは体を踏んばらせる。

 

 

「では、さよなら。」

その様子を悪あがきとみたシャロンは背後から一気に加速した。

 

 

「……フッ、馬鹿はお前だ。漢なら、背中で語れ!!」

 

 

その刹那、マリクは目を見開き……形勢逆転を示唆するかのような事を言い放った彼の背後に集まる光の粒子。その光にシャロンは驚く。だが、彼女がその先を考える暇もなく………

 

 

「マリクビィィィィィィィム!!」

「キャアァッ!?」

彼の背中から放たれたSクラフト『マリクビーム』……その光の奔流がシャロンに直撃し、彼女は吹き飛ばされた。

 

「っと、上手くいったか……多少の傷はしゃあねえか。」

そして、その衝撃波でマリクを拘束していた鋼糸が切れ、身体のあちこちにかすり傷は出来たが、大した損傷ではなかった。

 

「うぅ………」

一方、彼にとどめを刺そうとして加速したために彼のSクラフトを真っ向から受けてしまい……服はボロボロで、所々生地が破れ、彼女の綺麗な素肌があちらこちら見える形になっていたのである。これにはクラフトを放ったマリクですらも直視できない状態だった。

 

「……あ~、その、とりあえず羽織ってくれ。」

「え……あ、きゃっ!?」

クルルから色々と自重しない性格だと聞いてはいたが、自らの事となると些か初心なところがあるようだ……只でさえ面食らった状況下で、その恰好……まあ、青少年には刺激が強い光景とも言えるだろう。

 

「酷いです、マリク様。か弱い乙女をこのような辱めに合わせるだなんて……」

「元はお前が襲ってきたんだろうが……ん?」

この光景に既視感を覚えたマリク。まるでフラグが成立したかのような……次の瞬間、マリクはその直感が間違いでなかったことを実感することになった。

 

「マリク様……」

「何いっ!?」

シャロンに抱き着かれていた。先程まで敵で、想いっきり刃を交えていた相手に抱き着かれるというのは、腑に落ちないどころか訳が分からない……命の危険を感じたが、先程までの殺気をちっとも感じないのだ。

それ以上に彼女の…女性特有の柔らかさにびっくりしたが、なんとか持ちこたえた。

 

「マリク様。この私を傷物にしたのですから、責任を取っていただかないと困ります。」

「えと……その、本気?」

「ええ。ただ、会長の秘書はしばらく続けようと思います。そちらがクビになったら、マリク様の専属メイドとして就職させていただきますね♪」

「………(何言っているんだコイツ。いや、言動からすれば本気なんだろうが……俺は命の危機が迫ってたから、躊躇いなくブッパしただけだぞ!?)」

最早惚れさせたと言っても過言ではない……今までの経緯なんてある意味『殺し合い』……それがまさか『殺し愛』に変わるとはさしものマリクですら想定外だった。

彼の目に映るのは、上目づかいでこちらを見るシャロンの姿……内心ため息をついて、マリクはシャロンと向き合った。

 

「……解った。ラインフォルト家のメイドは続けてくれ。お前にも色々『楽しみ』があるだろうし。」

「ありがとうございます。そして、宜しくお願いしますね“旦那様”」

「あ~、はいはい。」

この後、シャロン・クルーガーはマリクの右腕的存在……そして、彼を支えるパートナーとして活躍することになるのだが、それはまだ先の事だった。

 

 

~ザクセン鉱山近郊 猟兵団拠点~

 

その頃、遊撃士らとユンにクルルを加えた五人は拠点を強襲し、猟兵たちを次々となぎ倒していった。

 

「援護する!フレアバタフライ!!」

トヴァルのアーツで猟兵の隊列を崩すと、

 

「ふんっ!」

ヴェンツェルの剣で兵士たちは次々となぎ倒される。猟兵たちはアーツを準備するトヴァルを狙おうとするが、

 

「二の型、『極・疾風』!」

「そこっ!!」

ユンの『極・疾風』、そしてサラが導力銃で兵士たちを引き離し、薙ぎ払う。

 

「援護に感謝するぜ。イグナプロジオン!」

そしてトヴァルは準備ができたアーツを敵の陣中に叩き込む。

 

「遅いね。せいっ!」

そして、討ち漏らした猟兵をクルルが確実にしとめていった。

 

「な、なな、馬鹿なっ……!?き、貴様ら、こんなことして只で済むと……」

気が付けば、残る猟兵たちは数少なかった。彼らは対峙した相手のことを知らなさすぎた。その点でいえば、非常に哀れという他なかった……静かに怒る五人は武器を構えた。

 

「それじゃ、ラストと行こうか……」

「ええ……」

「我らを怒らせたこと……」

「その身を以て知れ」

「受け取るんだね、冥府への片道切符を」

彼らは、その怒りをぶつけるべく、とっておきの技を繰り出す!

 

「集え、地水火風時空幻……七耀の根源たる力、光となりて破邪の剣となれ!!」

トヴァルが構え、彼の足もとに魔法陣が展開され……敵を取り囲むかのように立ち上る光で形成された塔……そして、トヴァルは高らかにその名を叫ぶ。

 

「放て、空駆ける極光!ロード・オブ・セプテリアス!!」

七つの塔の光が中央で収束し、敵に降り注ぐ……トヴァルのSクラフト『ロード・オブ・セプテリアス』で敵は大ダメージを負う。

 

「ヴェンツェルといったか。遅れるでないぞ?」

「承知しました!」

間髪入れずにユンとヴェンツェルが連続攻撃で畳み掛け、そして互いにとどめの一撃を繰り出すため、即席のコンビクラフトを放つ。パワーとスピード……それがうまく融合した合体技。

 

『一閃・疾風撃!!』

即席とはいえコンビクラフトを発動させた二人。それを見たサラはクルルに話しかける。

 

「残りはあたし達で片づけるわよ。元『執行者』なんだから、あたしに付いてきなさいよ!」

「はいはい、了解。」

サラは笑みを浮かべてブレードと導力銃を構え、クルルは苦笑しつつ双十字槍を構えた。

そして、二人同時に蹴りだし、加速した。

 

「まかせたわよ!」

「了解」

サラの的確な銃撃は猟兵を撃ち抜き、銃弾の軌道を予測して敵に詰め寄り、高速の斬撃と突きをお見舞いする。

 

「サラ、パス!」

「オッケー!」

間髪をおかず、サラの雷を纏った剣の衝撃波が縦横無尽に駆け巡り、それを見たクルルは一旦下がり、高く飛び上がる。彼女の十字槍は時属性の黒いオーラを纏っていた。そして、サラもブレードに雷のエネルギーを収束させていく。

 

「これが!」

「私たちの!」

『黒紫雷刃撃!!』

突撃するクルル…そして、敵陣に衝撃波の刃を放ったサラ……コンビクラフト『黒紫雷刃撃』……二人の放ったエネルギーの渦は重なり合い、爆発する……その直後、煙から出てきた無傷のクルルはサラの横に移動し、二人はタッチを交わして互いの健闘を称えた。

 

「ふう……これで、拠点の方は制圧できたか?」

「そうですね。とりあえず、マリクのところに戻りましょう。」

「そうね…苦戦していないといいのだけれど。」

 

その後、マリクにシャロンとの事の顛末を聞き、マリクに対して嫉妬の表情を浮かべるクルル、それを見てたじろぐマリク、そしてそれを傍で見ていたトヴァルとヴェンツェルは頭を抱え、サラは腹を抱えて笑い、ユンに至っては「仲人はわしに任せろー」と悪乗りし、クルルは「納得いかないわよ」と拗ねた表情を浮かべていた……

 

 




てなわけで、ようやく“絶槍”の登場です。名字はまぁ、お察しくださいw
元執行者(完全に袂を分かった)の人って、原作(空の軌跡)だとヨシュアだけなんですよね。“剣帝”のような出鱈目な強さを表現するべく、その設定にしました。
ちなみに、本気を出すとヤバい人の一人です。

そしてシャロンさん……仕方ないじゃないですか!あの技をやろうとしたら『とっておき』になりますよ。色んな意味でw

あと、外伝で一度出たフーリエは『執行者』です。ルドガーと一緒にいた時点であっ…(察し)だとは思いますがwですが、更なる設定を組み込んでいます。原作キャラと繋がりアリです。オルランドではありませんがw

自分でいうのもなんですが、これはひどい(ニヤリ)


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外伝 帝国ギルド襲撃事件~未来への布石~

~ヘイムダル郊外~

 

帝都ヘイムダル……その郊外にはとんでもない光景が広がっていた。

 

「いや~、いい運動になったぜ。こりゃ、打ち上げの酒も美味になるぜ。」

「………」

レヴァイスは未だに原型の残る戦車の上に腰掛け、残り火で煙草に火をつけ、一服した。

一方、猟兵団でもこんなことなど『前代未聞』のフィーはその惨状に驚きと不思議が入り混じった表情を浮かべていた。

 

「えと、フィーちゃん?」

「私、夢でも見てるの?」

「俺もこの光景は夢であってほしいものだな……現実なのだろうが。」

「いや、これをやり遂げた貴方達が言えた台詞じゃないんだけれど。」

正直言って、『在り得ない』の言葉……戦車はバラバラに解体されて爆発し、もはや原形など留めているものがある方が珍しい状態だった。帝国兵たちも銃撃や斬撃、打痕がみられた。ただ、全員急所は外してあるほか、念のために処置はしてあるので、命に別状はない。

 

「しかし、帝国軍が我々ごと潰そうとするとはな……」

「私もそれは不思議に思った。」

「まぁ、己の部隊を強化して、遊撃士に変わって治安維持でもする気なのでしょう……やたらカシウスさんを狙っていたような気がしますが。」

「こんなか弱い中年の男を狙い撃ちにするとは……やれやれ、恨みを買った覚えなどないのだが。」

「……ツッコミ入れていい?」

「まぁ、解るがやめておけ。」

ただ、この軍の動きは『不自然過ぎる』…今までなんら動きを見せていなかったのが、掌を返したかのような迅速さ…いや、この不自然過ぎる軍の出動についてもアスベルの描いたシナリオ通りでしかない。

 

「とりあえず、ユミルに戻って今後の対応を話し合いますか。」

「だな。送迎は任せろー」

「テンション高いね、団長。」

「アハハ……それじゃ、お願いしますよ。」

ともかく、やれることは全てやり遂げた。四人はデューレヴェントに乗り込み、その場を後にした。

 

 

その半刻後、水色の髪をした灰色の軍服らしき格好の女性と赤髪でピシッとした赤と黒の制服を着こんだ男性がその現場に来ていた。

 

「こりゃまたハデにやったなぁ……クレア、被害としては?」

「第20師団は壊滅……という表現が正しいかと。」

「おいおい……報告だと、第21、22師団もほぼ壊滅らしい……人的被害はいっさいなしという徹底ぶりだ。」

その惨状に驚嘆したものの、女性――クレア・リーヴェルトに向き直って男性――レクター・アランドールが尋ねると、クレアはため息が出そうな表情で答え、その答えを聞いたレクターも疲れた表情を浮かべた。投入した三個師団の壊滅……いや、物的壊滅と言った方が正しいだろう。

 

「戦車に関しては今のところ150台ほどが消失……導力ライフルや装備品もその多くが消失しています。」

「マジかよ……オッサン、それを聞いたらぶっ倒れるんじゃねえの?」

人的被害なし、ただし装備品がほぼ壊滅……中には消失したものも見られた……最新鋭のものを含めた導力戦車が約150台ほど。それと、配備していた新型の導力ライフルも大部分が消失していた。

 

「『たかが数人』で『一個師団』を潰した。それも三ヶ所同時に……そんなものが知れれば貴族たちの追及はあるでしょうし、帝国軍全体の失墜につながります。情報統制はお願いしますよ、レクター。」

「へいへい。(しっかし、ご丁寧に人だけ助けるとはな……俺ですら知らない何かがあるのか?)」

今回、ジェスター猟兵団はともかくとして、帝国正規軍と領邦軍双方に甚大な『物的被害』を被った……その意図を測りかねていたレクターだった。

 

「ところで、今回の件に関してお前の妹が動いていたそうだぞ?」

「……それは、レクターのところも同じなのでは?」

「“尖兵(ジェネラル)”のことか……オッサン、あの三人を引き戻すために軍を動かしたんじゃねえだろうな?」

「それはないでしょう……後はお願いしますね。」

袂を分かったとはいえ、気にかかる人物の名を出したが、クレアは少し動揺しつつも気を取り直してレクターにお願いをし、その場を後にした。

 

(百日戦役の時、予想外の反撃…大打撃を受けた……そして、今回も関わっている『翡翠の刃』……待てよ、もしこの件に『リベール王国』が関わっているとすれば、オッサンにとってヤバいことになるんじゃねえのか!?)

百日戦役の時にリベールの裏で動いていた『翡翠の刃』……そして、今回の襲撃でリベール領も襲撃している事実。それと『翡翠の刃』の関与……その関連性にレクターは嫌な予感がしたが………

 

 

既に、後の祭りであったことを彼らは知らない。

無論、時代の先を行く『鉄血宰相』ですらも。

 

 

 

~ユミル地方 シュバルツァー男爵領 男爵邸~

 

「………はぁ。」

今回の事件にかかわった人たちは皆シュバルツァー男爵邸に集まっていた。

で、処理の関係で一番最後に来たアスベルらがみたものは……

 

「がっはっはっはっは!!」

「良い飲みっぷりだのう!それ、もう一杯。」

「美味い酒ね、もう一杯!!」

「いや~、このような御仁だとはおみそれしたぜ!」

「にしてもカシウス、おぬしも若いのにいける口じゃのう。」

「いやいや、それほどでもありませんよ。」

バルデル・オルランド、テオ・シュバルツァー、サラ・バレスタイン、レヴァイス・クラウゼル、そしてユン・カーファイにカシウス・ブライト……ある意味酒に関して性質の悪い連中により、既に宴会状態になっていた。

視線を別の方向に移すと、飲まされてダウンしているシルフィア、フィー、クルルの姿があった。

その寝相にある意味グッとくるものはあるのだが、今はそれどころではないと感じていた。

更に別方向ではトヴァルやヴェンツェル、アリオスが完全にダウンしていた。アリオスに至っては『や、やめてくれ、サヤ…そ、それだけは…』と悪夢のようなものを見ているような気がしたが、置いておくことにした。

ヴィクターに関しては妻と娘との約束があるようで、名残惜しそうにレグラムに帰ったとのことだ。

 

「俺も混ぜろー!!」

アルヴィンは酒飲み仲間に突撃し、

 

「あははは……」

「やれやれ……」

リーゼロッテは苦笑し、リノアは疲れた表情でその光景を見ていた。

 

 

「えと、申し訳ない……」

「私と兄様も止めたのですが……お父様ってば。」

「いや、アレを止めたらこっちがヤバい。」

そこから少し離れたところで、アスベルと黒髪の少年、黒髪の少女は食事をしながら会話を楽しんでいた。無論酒は抜きで。

シュバルツァー男爵の子ども……リィンとエリゼの言葉にアスベルは優しく諭した。はっきり言えば、ダイナマイトが爆発寸前のところに手を突っ込むぐらい無謀な行為だ。

 

そんなことに首を突っ込むぐらいなら、別のベクトルで力を使った方がましだ。

 

「にしても、八葉一刀流の筆頭継承者だからどんな人物かと思ってたけれど……」

「兄様と三つしか歳が変わらないって……それでいて、八葉を極められたのは凄いですね。」

「いや、君らにも全てじゃないが継承できるだけの資質はある。ただ、エリゼはともかくとしてリィンは何かを『恐れて』いるようだけれど……」

「!?流石、八葉を極めた人ですね。」

アスベルはリィンの力に違和感があることに気付いていた。『力』を恐れるがあまり、それが『壁』となって『限界』を生み出していることに…異質な力…それも、アスベルの持つ『聖痕』とは異なる力……

 

「(俺の持ってる『聖痕』とは別のベクトルなんだろうけれど……)……『力』は、それ単体では『力』にしかなりえない。後は、使う本人の気持ち次第。」

「気持ち、ですか?」

「武器にしたって同じさ。武器そのものの善悪なんてない。使う人次第で善にも悪にもなりうる……剣術だって同じことだよ。」

物自体に罪はない……それは、古代遺物といえども同じだろう。それを使う人の考え方次第でどうにでもなりうる可能性を秘めている。武術だって、突き詰めれば『活人』と『殺人』の相反する可能性を持つ……最終的にものの見方を決めてしまうのは、他の誰でもない…「力」を持つ人自身の意思次第。

 

「ま、俺もちょっとここに滞在するから、聞きたいことがあれば遠慮なく聞いていいよ。」

「そうですか……俺に、稽古をつけてください。」

「兄様!?」

「……別にいいけれど、やるからには徹底的に克服してもらうよ?」

「ええ、解っています。」

「………兄様」

アスベルの言葉に『何か』を見たのか、リィンはアスベルに稽古を申し出、アスベルもこれを受諾した。一方、兄の様子に少々不安を隠せない様子のエリゼだった。

 

比較的歳が近いアスベルの存在……それは、同じ剣術を学び、同じように己の中に特殊な力を持つリィンにとってプラスになる……ユンはそう感じていた。実際、リィンの使う特殊な能力を見抜き、手合わせと模擬戦で八葉の技を教えつつ、リィンの力のコントロールをおこなうための訓練を行うことにしたのだ。

 

結果として、ユンやアリオスですら躊躇っていたリィンの『力』の処置……とはいっても、本人がその力と向き合う程度のものだが……それがようやく出来たようで、それに合わせて八葉の技も叩き込んだのだ。

 

そして、全拠点制圧が終わった三日後……

 

 

~ユミル郊外~

 

「そうか……もう行くのか。」

「ま、暇じゃないってことだよ……にしても、わずか二日で一の型“烈火”と四の型“空蝉”皆伝、二の型“疾風”中伝……ユン師匠による鍛練の賜物だろうけれど。」

「はは……エリゼも三の型“流水”皆伝までいくとは思わなかったよ……」

「フフ、ひとえにアスベル様のおかげでしょうね。」

二人は着実にその力を伸ばしていた。特に、リィンに関しては『壁』を超えた影響もあって、その成長は目を見張るものが感じられた。

 

「アハハ……この先、どうなるかはわからない。そのために、出来ることは力を尽くせ。俺から言えるのは、それぐらいかな。」

「ああ。」

「はい。」

(やれやれ……この分だとエステルらも近いうちに俺すら超えていくことになるのか……)

(フ……こやつら、わしの想像をはるかに超える輩に育ってくれるやもしれぬ……それも、一興じゃのう)

カシウスは三人……特にアスベルを見て、彼らの影響を強く受けている自分の娘が近い将来自分すら想像もつかぬ強さを手にしていくことにため息をついた。、

若くして八葉の皆伝者となった三人を見つめ、ユンは将来が明るく感じたと同時に、八葉の後継者の姿を見て安堵した表情を浮かべていた。

 

アスベル、シルフィア、ラグナ、リーゼロッテ、リノア、そしてカシウスはデューレヴェントに乗り込み、レヴァイス、フィーと共にユミルを飛び立ち、一路リベールへと向かったのであった。

 

 

~ヘイムダル郊外~

 

人里はずれた郊外に立っている二人の人物。一人は少年、一人は女性。だが、その身に纏っているオーラは『普通』ではない。『身喰らう蛇』執行者No.0“道化師”カンパネルラ、そして使徒第二柱“蒼の深淵”ヴィータ・クロチルダの姿だった。

 

「ひどいなぁ、ヴィータは。今回何もしてくれないなんて。」

「仕方ないでしょ。周りに人がいるときに動けば怪しまれるわよ。」

ヴィータはそう言ってカンパネルラに対し釈明した。それを聞いた彼は苦笑して言葉をつづけた。

 

「それもそうだね。で、彼の方はどうだい?」

「順調よ。動くとするなら、二年ぐらい後かしら。」

「了解したよ。“教授”には計画を早く進めるようお願いすることにするよ。」

彼女の法の懸案事項を聞いた後、カンパネルラは“教授”に対して『計画』を前倒し実施するよう働きかけるような発言をした。それにはさしものヴィータでも疑問に感じた。

 

「あら?貴方にしては急かすのね。」

「大人の事情って奴かな。それじゃ、僕は失礼させてもらうよ。」

そう言って、カンパネルラはどこかへと転移した。それを見送ったヴィータもどこかへと転移していった。

 

 

 

結果として、ジェスター猟兵団は完全に壊滅……この事件の後、遊撃士協会帝国支部は鉄血宰相と四大名門の圧力により帝国内の支部はユミル支部のみとなり、その活動を大幅に縮小されることとなる。しかし、この事件に関わった遊撃士と猟兵たちに関してはユーゲントⅢ世自らの非公式声明により『功労者』という形で不問とされ、今回の正規軍および領邦軍の動きに関しても不問とすることで事態の収束を図った。

 

エレボニア国内でのカシウスの危険度は最大のLv5とされた……しかし、同じS級のアスベルとシルフィアはアルテリア法国から秘密裏の打診があり、危険度リストから『永久除外』……カシウスに関しても同様の措置が取られた。

そして、帝国政府や四大名門が行った『非道』に対し、そのことの公表を危惧した皇帝はアスベルらと会談……話し合いの結果、『遊撃士(ひいては星杯騎士)の行動に対しての妨害および不当な拘束行為の禁止』を条件付きで認めることとなったのだ……帝国軍鉄道憲兵隊や情報局は、彼らに対して効果的な策を打てない状況下に置かれることとなる。

 

 

そして、消失した大量の武器や戦車……これに関しては情報局が徹底的に捜索したものの、決定的な証拠は何一つ得られなかった。この消失……このことが、将来の大きな『損失』に繋がるものだとは、誰しもが思わなかったことであった。

 

 



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外伝 帝国ギルド襲撃事件~不戦条約~

デューレヴェントはユミルを飛び立ち、領邦軍の間を縫うような形で進み……一度休息のため、レグラムに立ち寄ることとなった。そこで当主であるヴィクターが自ら出迎え、彼らを館へと案内した。

 

 

~アルゼイド家 レグラム自治州領事館~

 

「久しぶりだな、ヴィクター。あの事件以来か。」

「お久しぶりです、カシウスさん。息子さんや娘さんたちも頑張っていると聞いております。」

「なに、あの程度俺に言わせたらひよっこだ。(ただ、エステルが空賊団の首領を倒したというのには半信半疑だが……本当だったら、末恐ろしいぞ)」

“剣聖”と“光の剣匠”……数年前の教団ロッジ制圧作戦で共に戦った二人は挨拶を交わした。

ヴィクターの言葉にカシウスは笑みを浮かべて余裕を見せつつも、内心自分の娘が『やらかした』内容に対して冷や汗をかいた。

 

「ところで、侯爵殿の奥方と娘さんは?」

「ああ。丁度ティータイムということで準備をしている。」

彼の妻であるアリシア、そして娘のラウラはティータイムの準備をしているとのことだった。

 

自治州成立後、リベールの法に従いほとんどの貴族は平民への受け入れを認めた……普通からすれば『異常』なのだが、帝国南部は貴族への執着心が他の地域とは比較的に薄かったため、特に大きな混乱はなかった。ただ、自治州を統括するアルゼイド家とアルトハイム家はその重要性から『侯爵』の位を与えられた。

 

そして、各自治州の法を基にして発布・施行された『リベール王国自治州法』

 

宗主国であるリベールの下にある一つの『地方』の位置付けでありながらも、自治州の運営方針については各々の自治州の領主に委ねるという『独自性』を尊重した珍しい法律により、元々の独自性は失われることなく続いており、他の自治州にとってはある意味『例外』……別の見方からすれば『モデルケース』ともいえるものであった。

 

平民への身分移行がすんなり受け入れられたもう一つの理由は百日戦役終結後……段階的な税制改革により、地域の特性に合わせた累進課税方式の税制度の導入。

 

これにより、ロレント地方は他の地域……グランセル地方に匹敵する課税が行われたが、それでも以前導入されていたリベールの税制よりも二割減……自治州に至っては帝国や四大名門統治時より遥かに安い税制が導入されることになり、活発な経済活動が促進され、リベール全体の税収は四倍に跳ね上がる結果となった。

 

元貴族たちも以前のように高い税を徴収されることがないと聞き、寧ろ活発な経済活動に乗り遅れまいと様々な分野での発展が目覚ましく……リベールにおける役割は非常に大きいものとなっていったのである。

 

 

「それでしたら、喜んでご相伴にあずからせていただきます。」

「そうするといい……もっとも、アスベルには物足りないかもしれないが。」

「はい?いや、以前ご馳走になった時は本当に美味しかったのですが……粗相でもやらかしましたか、俺?」

七年前にレグラムを訪れた際、ヴィクターと再会し手合わせをした。八葉一刀流の筆頭継承者とアルゼイド流の筆頭伝承者の手合わせ……紙一重の差でアスベルが勝ったのだが、アスベル曰くあの時ほど生きた心地がしなかったことなどなかったらしい。ユン師匠ですら引き分けた相手……光の剣匠に偽り無しともいうべき実力だった。いや、今はそれ以上の実力を持っている。

それよりも、彼の言葉にアスベルは首を傾げる。

 

「いや、以前頂いた菓子類を口にした妻と娘が物凄く落ち込んでいてな……以来、剣術一筋だった娘ですら菓子作りに励むようになった。私としては剣術以外の事……特に女性らしい事を自ら進んで学ぶことに嬉しさが込み上げたよ。」

「………流石、アスベルの旦那。」

「茶化すな、ラグナ。」

どうやら、十年前の悲劇を繰り返してしまったようだった……本人にそんな自覚などないが。

 

「あー……あれはまさしく『破壊兵器』だものね……」

「ん~?アスベルの作ったお菓子、すごく美味しいけれど?」

「リーゼロッテのその精神に驚嘆するわ……」

シルフィアが冷や汗をかき、リーゼロッテは首を傾げ、リノアはリーゼロッテのある意味強い心にため息をつく。その光景をアスベルは『納得いかねえ……』という表情で見つめていた。

 

 

「そういや、何で今回はリベール側から非難の声明を出さなかったんだ?」

レヴァイスはそう切り出した。リベールは今回の事件のいわば『被害者』……初動の遅れた帝国軍ひいては帝国政府に対して抗議文の一つぐらいだすものと思っていた。だが、それすら出ていない。

 

「それですか……アリシア女王との話し合いの結果、抗議を出すのではなく、あえて黙るという選択肢を取ることにしました。」

「黙る?」

「今進めているリベール王国、エレボニア帝国、カルバード共和国、レミフェリア公国……西ゼムリア四か国で締結する“不戦条約”への“布石”です。」

黙ると言っても、アリシア女王からエレボニア皇帝ユーゲントⅢ世へ今回の事についての『手紙』を送っている……リベール領である自治州の遊撃士協会支部が襲われたことの事実、二つの帝都支部襲撃が起こった時点で、軍の派遣および調査は何故できなかったのかという質問を書き加えた形で。

 

 

そして、不戦条約……元々はクロスベル問題やノルド高原の帰属問題を緩和するための抑止力とする宣言公約……だが、それでは不十分と見たアスベルらはあらゆる視点からの『軍事力』を鑑みて、より実効性のあるものに仕上げることにした。

 

軍事はいわば国を防衛するための要であり、周囲に脅威を与えるものであってはならない……争いごとは話し合いにて解決するというアリシア女王の意向は汲まれているが、“本則”に関しては軍事の必要性……均衡したパワーバランス・相互不可侵の条約を基本としている。猟兵団や“結社”の存在も想定し、四か国の元首双方の許可があれば軍の国境移動を認めるものである。さらには、先に述べた二つの勢力に加え、マフィアやテロリストなどといった国境を越えて活動する国際的犯罪者に対しての処置……条約を結ぶ四か国はその際の情報共有および情報開示義務を負う。

 

武器や兵器などといった軍事的生産品に関しては一定の流通制限を加える形としている。ただ、民生品の中には軍事に関わる技術も多いことから、当分は据え置きとしつつも今後の情勢次第で制限がかかることもありうると示唆した上での規則を盛り込んでいる。

 

そして、侵略戦争と自衛戦争の区別、条約に違反して戦争に訴えた国に対する制裁手段の規定、宣戦布告なき武力行動といった『抜け道』に関しては“何故か”エレボニアとカルバードの二大国が強く反発したため、“本則”には載せず“附則”に一定の考慮を図る旨を記載することで妥協案を出した。

 

つまるところ、不可侵条約に情報開示義務、将来の情勢次第で規制強化することも示唆する柔軟性を持たせることで、より実効性のあるものに仕上がったのだ。だが、二大国はその複雑化した不戦条約を含めた取り決めにとてつもない“爆弾”を仕掛けていることに気付いていない。

 

一度発動すれば、その被害は凄まじいことになりうるだけの“爆弾”……その意味を身を以て知ることになるのは、その先の事だった。

 

 

「最低でも皇帝陛下および鉄血宰相は今回の事実を知っていますから、下手な答えは返せない。」

「そうだよね。オジサンも下手な答えを返しちゃったら、跳ね返りが凄いもんね。」

これで遊撃士協会を潰すためという目的が露見すれば、遊撃士協会どころか、七耀教会ひいてはアルテリア法国、カルバード、レミフェリア、リベールから非難の声明が出されるのは明白。

 

「これにより、“不戦条約”の意味合いはさらに強くなる形となります。さらに、現実的な視野も入れた“附則”もあります。」

カルバードは“不可侵条約”がある以上、口を出せず…下手すればエレボニアの二の舞になりうる。レミフェリアに関しては経済上つながりの深いリベールの意向を簡単に無視できない。そして、エレボニアは今回の事によって“見えない刃”を突き付けられた状態になっている。

 

「ところで、その中の“附則”とは?」

「まぁ、自治州に関する統治規則…最低限のモラルとルール作りみたいなものですよ。ただ、エレボニアとカルバードは色々いざこざ持ちですから、状況によっては自治州の統治を“取り上げる”ことも想定してのものです。」

ただでさえノルド高原とクロスベル自治州による主権争いがある以上、下手な介入は難しいが……クロスベルと経済的にかかわりの深いリベールが“進言”することはできる。最悪の場合、アルテリア法国仲介のもとリベールとレミフェリアが介入し、二大国の権限すら取り上げることも想定したルールを作ったのだ。

 

「で、これは軍の大部分の人間が知らないことですが……カシウスさんには特に知っておいてほしいことがあります。」

「ふむ……『結社』絡みか?」

「それもありますが、『鉄血宰相』のこともです。おそらく、『結社』…今回の騒動の首謀者は、協力者を用いてリベールに混乱を齎します。それに対する手段は既に構築済みですが、逆襲として王都を襲撃する可能性があります。」

この後に起こるであろう一騒動……クーデターに関しては成功したように見せかけ、迅速に鎮圧する。そうなれば首謀者は焦ってあちらこちらで綻びが生じてくる……その隙を狙い、首謀者を『処刑』する計画だ。

 

「なるほどな。あのオッサンのことだ……混乱しているリベールに軍を派遣する口実として利用するってわけか。」

「正解。でも、彼らはリベールの自治州を知ってても、“非常時における取決め”は知らない。そして、想定される被害範囲も割り出せた……それと……リベールの空戦力は、実際のところ西ゼムリアトップなんですよね。そのための戦術もこの十年で改善できましたし。」

クーデターの事を考慮し、空軍…とりわけ精鋭に関しては『ハーメル』からの有志、そして教会の福音施設に引き取られた中から資質のある志願者を集めた。彼らの忠誠心は半端なく、いわば『アリシア女王派』みたいな一大勢力になっていた。

 

更に、その先に起こりうる『現象』……その対策ともいえる『切り札』は既に整った。

 

「アルセイユ級に関しては1203年末までに全艦退役……次世代巡洋艦『ファルブラント級』をその年の生誕祭にお披露目します。一番艦はアルセイユ級からそのまま名前を引き継ぐ形としています。」

「なっ……!?」

リベールの航空技術は十年先を行く……本来ならばこの年に完成していたアルセイユですら今では旧式の巡洋艦。

来年の生誕祭に、空母クラスの搭載兵器と巡洋艦ならではの機動性を併せ持つ巡洋戦艦クラスの高速巡洋艦『ファルブラント級』……王国を護る『速き隼』。名誉ある一番艦は『アルセイユ』…百日戦役を救った功労者の名をそのまま引き継ぐ。

基本スペックはアルセイユ級を大幅に上回るものであり、形としてはほぼ完成し、あとは細かい部分の調整や試験飛行を残すのみのところまでこぎつけている。

 

尚、ファルブラント級は五番艦まで既に建造が完了しており………二番艦『ディアメンティル』、三番艦『サジェスティス』、四番艦『フィリマヴェーロ』、五番艦『ヴァルリャーディル』………それらの名はアスベル発案で、日本の艦隊の武勲艦である四隻の金剛型戦艦『金剛』『比叡』『榛名』『霧島』……リベールの空を守る高速巡洋艦を高速戦艦として活躍した四隻の名に準える形で、名付けた。

 

「あと、旗頭となる空母……これも、現在建造中です。完成すれば、国を護るための布陣はある程度完成したと言えます。エレボニアやカルバードは色々言ってくると思いますが、不戦条約締結の際に“新型”エンジンのサンプルを提供することで黙っていてもらいます。」

『新型』とは言うが、実際のところは現在のアルセイユに搭載されているものより二世代前のものとなる『XG-02エンジン』。それでも、エレボニアやカルバードにとっては最新鋭レベルなのだ。

 

だが、ファルブラント級に搭載される予定の導力エンジンは現在最大船速4300セルジュを誇るアルセイユに使われている『XG-04エンジン』よりも二世代先の『XG-06エンジン』……最大船速は12000セルジュ、解りやすく言うと時速1200km……アスベルらが転生する前の世界でいう『ジェット旅客機レベル』のものに追随することになる。こんな速度のものはどの国はおろか“結社”ですら実現していない代物だ。空母にも同様のエンジンを搭載し、最大船速は9000セルジュに届く勢いとのことだ。

 

「いつの間にそこまで……」

「国の事を考えると、そのほうがベストだと思ったことをやっているだけですよ?彼とはやり方が違うだけですが。」

リシャールが考えているのは“奇蹟の力”による国の安定……一方、アスベルらが考えているのは“奇蹟に頼らない規格外の力”による国の安定……そのどちらも常軌を逸した力による国の安定だが、不確定要素ともいえる“奇蹟”を当てにする方法はいずれ国の崩壊を生じかねない。

 

「まぁ、いずれにせよ俺が軍に戻るのは確定済みか……やれやれだ。」

「フフ……ただ、彼の事もあるから、一苦労で終われませんよ?」

「何、それは………確かに…」

軍を辞めた『責任』と彼に関しての『秘密』……その二つの苦労をする羽目になるとカシウスは内心ため息をついた。

 

 




今回で一区切りです。

結構えげつないことになります。リベールが(ニヤリ)


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外伝 白隼の刃、軍馬の剣

~定期飛行船 デッキ~

 

「――以上が、王国中部で起こった事件の顛末さ。」

そう言ったオリビエ。だが、彼の視線の先に人はいない。

彼は耳に何かを押し当て、誰かとの『会話』をしているようだった。事情を知らない人から見れば『痛い人』扱いされかねないものだが……そこからは男の声が聞こえてきた。

 

『まさか、没落した我が国の貴族がそちらにいるとはな……解った。ダヴィル大使には俺から言っておこう。』

「了解したよ。“彼”の子らには会えたけれど、肝心の彼自身はどうやらこの国にいないらしい。そちらでは何か情報は?」

オリビエはエステル達の読んだ手紙を見ており、それを鑑みてもリベールにいないことは確実だった。

数か月ということはそれなりに厄介な事態……オリビエは会話の相手に心当たりがないか尋ねる。

 

『……その関係からは知らないが、三個師団ほど帝国内で動いているらしい。それと、未確認の事ではあるが帝都支部、ひいては帝国内の遊撃士協会が襲撃されたそうだ。』

「成程、“彼”が帝国にいても不思議じゃなさそうだね……ところで、例の二人……」

『ああ。“闘神”に“赤朱の聖女”……それを聞いたときは俺ですら仰天したぞ。』

会話相手ですら驚くその正体……猟兵団のトップとそれを支える副団長の二名が偽名を使いながらも堂々とリベール入りしていたことは既に掴んでいた。

 

「彼らは“娘”に会いに来てたらしいからね。僕の方も“紫刃”に“紅隼”、それとマクダエル市長の孫娘にも会えたよ。」

『何!?……まさか、貴様はいつもの調子でその方達と話をしたのか?』

「いや~、話をしたというか市長の孫娘以外には一発でバレちゃってたみたいだね♪おかげで色々事がうまく運んだけれど。」

『……無理もないか。貴様は“紫刃”に会っていることだしな。』

会話相手は青筋を立てつつも、彼の素性を知る“紫刃”相手では分が悪いと思い、内心ため息をつくような声で答えた。

 

「そう怒らない。“紫刃”は僕を見極めると言った。なら、その期待に応えるだけの働きはするさ。」

『まったく………っと、貴様に伝えることがもう一つあったな。』

オリビエは意味深な笑みを浮かべて話し、相手はオリビエのやっていることが色々ありすぎて頭を抱えたくなったが、気を取り直して言葉を述べる。

 

「ん?何だい?親友の愛のベーゼなら僕はいつでも受け入れるだけの器量はあるさ。」

『ふざけるのも大概にしろ!……“尖兵”からの伝言だ。『借りはいつか返す』とな。』

「フフ……確かに受け取ったよ。僕からも“紫刃”からの伝言がある。『軍馬の尾』に気をつけろ、と。」

オリビエの言葉に相手は怒鳴り、その後一旦気持ちを落ち着けてから“尖兵”からの伝言を伝えた。それを返す形でオリビエは相手に“紫刃”の伝言を伝えた。

 

『了解した。』

「また連絡するよ、親友。」

そしてオリビエは『親友』と読んだ相手との会話をやめ、持っていた物についているボタンを押して懐に戻した。

 

「相変わらずいじり甲斐のある男だね。融通の利かないところが、可愛いというか何というか……くすぐられるよ♪」

「……なるほど、携帯用の小型通信機ね。単なる旅行者がずいぶん洒落たものを持ち歩いているじゃないの。」

「へ……シ、シェラ君?」

飛行船から見える空の風景を見て呟いたオリビエだったが、背後からシェラザードの声が聞こえ、驚いてシェラザードのほうに振り向いた。

 

「ZCFですら実用化していない小型通信機を持っているだなんて、本当に何者なのかしらね?」

「フッ、水くさいことを言わないでくれたまえ。漂泊の詩人にして天才演奏家、オリビエ・レンハイムのことはキミも良く知っているはずだろう?だが、もっと知りたいのであれば所謂(いわゆる)ビロートークというやつで……」

「お望みならいくらでも付き合うわよ?ただし、この前(ヴァレリア湖畔で酔い潰された)のような事態になるわよ?」

「カンベンシテクダサイ……」

オリビエの言葉にシェラザードは少し怒気を含む表情で言い放ち、オリビエはこの前のヴァレリア湖畔での『一件』を瞬時に思いだし、表情が青ざめて謝った。

 

「ったく、こっちはマジな話よ……あたしもうすうす気付いていたけれど、レイアからあらかた事情は聞いたわ。オリビエ・レンハイム……いいえ、オリヴァルト・ライゼ・アルノール。帝国のVIPがこんなところにいるだなんて知ったら、大騒ぎよ。」

「成程、レイア君に事情は聞いているみたいだね。それを抜きにしても僕の正体に薄々勘付いていたとは……あと、それほど心配しなくても僕は“庶子”……元々不世出の人間だったから、知名度は低い方さ。」

シェラザードの真剣な表情で言った質問に、笑みを崩さず答えたオリビエ。

 

「ただまあ、私達と合流する事まで狙っていたとは思えないけど……」

「フフ、そのあたりは想像にお任せするよ。説明しておくと、この装置はオーブメントじゃない。帝国で出土した『古代遺物(アーティファクト)』さ。あらゆる導力通信器と交信が可能で暗号化も可能だから傍受の心配もない。忙しい身には何かと重宝するのだよ。」

シェラザードの言葉に含みを持たせるような答え方をしつつ、オリビエは懐から先ほどまで使っていた装置らしき物を出して説明した。

 

「アーティファクト(古代遺物)……七耀教会が管理している聖遺物か。ますますもって、あんたの狙いが知りたくなってきたわね。あんたも知ってると思うけどリベールはエレボニアが唯一大敗を喫した国……自分達にとってリベール侵攻を邪魔された恨み……強いて挙げるなら、重要人物の誘拐や暗殺かしら?」

オリビエの説明を聞いたシェラザードはますます警戒心をあげ、目を細めてオリビエを睨んだ。

仮にそうだとすればここで拘束することも視野に入れた構えで。

 

「イヤン、バカン。シェラ君のエッチ。ミステリアスな美人の謎は無闇に詮索するものじゃなくてよ。」

「…本物の女に近づきたい?あたしの鞭でよければ、喜んで手伝ってあげるけど。」

オリビエのふざけた態度にシェラザードは鞭を構え、少し怒気を含んだ笑顔で睨んで言った。

 

「や、やだなあシェラ君。目が笑ってないんですけど……まあ、冗談は置いとくとして。」

シェラザードの様子に焦ったオリビエだったが、急に真面目な表情になった。

 

「ったく。最初から素直に話しなさいよ。」

「お察しの通り、僕の立場は帝国の諜報員のようなものさ。だが、工作を仕掛けたり、極秘情報を盗むつもりはない。ましてや『眠れる白隼』を起こすような真似なんてできやしないさ。知っているとは思うけど、エレボニアは圧倒的物量をぶつけたにもかかわらず、全師団兵力の7割を失う格好でリベールに大敗したんだからね。そりゃあ下手に逆らえないよ。それを僕自身が首を突っ込めば、エレボニアは今度こそ滅びかねないしね。僕はただ、ある人物達に会いに来ただけなんだ。」

「ある人物達……?」

シェラザードはオリビエの目的が気になり、先を促した。

 

「キミも良く知っている人物達だよ。一人は『王国軍にその人あり』と謳われた最高の剣士にして、稀代の戦略家。大陸に6人の特別な称号を持つ遊撃士――『剣聖』カシウス・ブライト。そして、彼すらも上回ると目される武と“叡智”とも謳われる難攻不落の知を持つ者たち――『紫炎の剣聖』アスベル・フォストレイト、『霧奏の狙撃手』シルフィア・セルナートその人さ。」

オリビエは詩人が物語を紡ぎ謳うような仕草をして、彼自身が会いに来た人物達を語った……

 

 

~グランセル エレボニア大使館~

 

「全くあ奴は……」

通信を終えると、軍服に身を纏った男性……エレボニア大使館の駐在武官であるミュラー・ヴァンダールは怒気を含みつつ、ため息をつく。一体何をしているのかと思えば、ボースの事件に巻き込まれただと……ったく、あのお調子者は嬉々として首を突っ込みにいったに違いない……やれやれ、今度会ったら説教だな。

 

「兄様、どうかされましたか?」

そう言って声をかけたのは、ミュラーと同じ髪と瞳の色をした麗しい姿の少女。その恰好はとても女性らしい姿をしている。

 

「っと、セリカか。ちょっとな……」

「その様子ですと、オリヴァルト様ですね?」

「ああ……あのお調子者がまた首を突っ込んだらしい。」

「なるほど、あのお方らしいですね。」

兄の言葉にあの人物なら当然の行動だと思った少女――セリカ・ヴァンダールは笑みを浮かべて呟いた。

 

「何と言うか、済まないなセリカ。あのお調子者のせいとは言え、このようなことに巻き込んでしまって……」

「私が自ら志願したことですから。それに、お仕えする身よりがいない以上、暇を持て余していましたし。」

「………」

「え、に、兄様!?」

ミュラーは、目の前に映るセリカの言葉を聞き、あのお調子者が妹のように謙虚ならどれほど苦労しなかったことだろうと思い、思わず涙がこぼれた。それを見たセリカは自分が何かしたのかと思い、声が上ずった。

 

「す、済まない……アイツがお前のようだったら、どんなに気が楽か……それを思ったら、な。」

「あはは……でも、ああいう性格だからこそ、良い隠れ蓑になるのではないのですか?」

セリカの言うことにも一理ある。問題はアレが演技ではなく地の性格だということにミュラーは内心頭を抱えたくなった。

 

「……ところで、友達とは?」

「ええ、先程見送りました。私もレグラムの方に足をのばそうかと。」

「解った。ヴィクター殿によろしく伝えておいてくれ。」

「解りました。」

そう言って、セリカはミュラーと別れ、グランセル国際空港に足を運んだ。

 

 

~レグラム直通高速飛行船 デッキ~

 

「レグラム……確か、アルゼイド流の総本山でしたか。」

セリカは胸の高まりを抑えきれず、表情に出ていた。良くも悪くも“ヴァンダール”の人間……かつて帝国の双璧と呼ばれた武術と触れる機会はそうそうないだけに気持ちはより一層高まっていった。

すると、一人の男性が声をかけた。

 

「あれ、どっかで……って、セリカ!?」

「ふぇ?って、シオン!?」

セリカに声をかけたのは、エステル達とボースで別れ、グランセル行きの定期便に乗ったはずのシオン・シュバルツその人だった。

二人は知り合い……正確には『生まれる前から』……転生前からの知り合いだった。転生してからの再会は一年前、シオンが観光でヘイムダルを訪れていた時だった。それからは、ちょくちょく連絡を取り合って近況を知らせていた。

 

「にしても、何でグランセルにいたんだ?」

「大使館の駐在武官です。レグラムは一度興味があって、行ってみたかったものですから。」

「アルゼイド流ね……俺はちょっと遊撃士協会に野暮用があるから、そっちに寄っておくことになるな。」

「ご一緒してもいいですか?流石に初めてなので迷子になりそうですし……」

「ああ、解った。」

“紅隼”と呼ばれたリベール王家の人間、そして“剛剣”の妹を乗せた飛行船は着実にレグラムへと向かっていった。

 

 




てなわけで……オリキャラ一人追加です。
ラウラと対比になるようなキャラを出したかったのですよw

性格的には丁寧な口調+お茶目な性格……時折はっちゃけるタイプのようなものですw
お茶目さはオリビエ譲りw

ミュラーさんは妹に甘く(笑)オリビエに対しては妹の分も含めてきつく当たりますw


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番外編 切り離された因果

~クロスベル市 オルキスタワー建設現場~

 

七耀歴1201年……クロスベルの超高層ビル『オルキスタワー』の建設現場。そこから『嫌な予感』を感じたアスベルは現場に足を運んだ。土台や鉄骨が組まれた現場の地面に一人の男性が倒れていた。

 

「あれは……ガイ・バニングス!?」

数年前の制圧作戦で顔を合わせた程度だったが、彼の噂は“仕事”を通じて色々知っていた。その彼が倒れている……急いで駆け寄り、状態を確かめる。

 

「出血はかなり多い…脈がない…ち、心臓一発とは……」

彼ほどの使い手がそう簡単に不覚を取るとは思えないほどの鮮やかさ……となると、彼が知っている人間の誰かが彼を撃ったということになる。だが、事態は一刻を争う。無くなっている彼の得物などいろいろ考えるのはその後だ。

 

(どうする?『聖痕』を使って蘇るなんて聞いたこともない……どうすれば……)

だが、有効な手段が浮かばない……そう思っていた時だった。

 

 

――『鍵』を使って

 

 

「っ!?」

不意に聞こえた声。だが、辺りに気配がない。アスベルは目をつぶり、自分の中に問いかけた。どうすればいいのか、と。すると、答えが返ってきた。

 

 

――『鍵』…君の『聖痕』を発動させて、この言葉を紡いで。………と

 

 

どこかで聞き覚えのある声……だが、アスベルはその声を思い出せなかった。だが、今は一縷の望みをかけて、『声』に従い、言葉を紡ぐ。

 

 

「――我が深淵にて煌めく紫碧の刻印よ。我が求めに応え、戒めを解く鍵となれ。」

 

 

アスベルの背中に浮かび上がる『聖痕』。だが、それはいつもと異なり、紫の色合いが強く出ていた。そのことを気にせず、言葉を紡ぎ続ける。

 

 

――七耀の理の一端を担う力よ、かの者の理を捻じ曲げ、死を写し身に変えよ。

 

 

そう言葉を紡ぐと、ガイの体が淡く光り……光が収まると、

 

「……はい?」

そこにはガイが『二人』いた。これにはアスベルも驚愕した。よく見ると、片方は拳銃で撃たれた跡がない。すると、無傷のほうのガイが意識を取り戻し、起き上がった。

 

「俺は確か、撃たれ……あれ?」

ガイは銃撃された箇所……心臓辺りを確認し、撃たれていない状態の自分の体を見て疑問を浮かべる。

 

「えと、ガイさん……」

「お、アスベルじゃ……って、俺の死体!?俺、死んでるのか!?」

「いや、生きてますから……(むしろ俺が信じられないんですが……)」

躊躇いがちに声をかけたアスベルに気付いて挨拶しようとしたガイだったが、すぐそばにあった自分とそっくりの死体を見て自分が死んだのではないかと慌て、アスベルはため息が出そうな表情で質問に答えた。

 

どうやら、俺のしたことは『撃たれた直後の記憶を持ちながらも撃たれる前の状態のガイ』を呼び寄せた形になるようだ。そんなの、神の“奇蹟”位にヤバいことである。まさか、『聖痕』だけじゃないのか!?

 

とりあえず、ガイの亡骸はその場に残し、ガイはアスベルの案内で『星見の塔』に身を隠すことにした。

 

 

~星見の塔~

 

二人が塔の中に着くと、調べ物をしていたシルフィアとレイアが二人に気付き、声をかけた。

 

「あ、アスベル。おかえりー。」

「ガイさん、お久しぶりです。」

「あ、ああ。シルフィアちゃんにレイアちゃんか。何で二人がここに?」

「この二人にはここの書物を調べてもらってたんです。D∴G教団の資料がないか、という名目で。」

三人は明らかに腑に落ちない教団の資金源……あれだけの拠点を揃えられたことが不自然で、背後にスポンサーなるものがいる……そう考えた三人は制圧事件後、内密に調査をしていた。そして、教団のルーツが500年前クロスベルあたりにいた錬金術師……それを知るために“星杯騎士”として内密に星見の塔を調査していた。

 

「で、どうだった?」

「ん。錬金術師というか……おそらく、ガイさんの推理通りになるのではないかと。」

「どういうことだ?」

「結論から言うと、教団のスポンサーはクロスベル国際銀行……ううん、クロイス家と言った方がいいかな。」

「なっ!?」

ガイはその名が出てきたことに驚く。自分である程度予測していた物が的中する形となったからである。

 

「ここにある本は全部錬金術関連……で、彼らは『至宝』の復活を目論んでるみたい。」

「『至宝』?」

「『七つの至宝(セプトテリオン)』……神に近き力を持ち、『奇蹟』を起こすアーティファクトのことです。」

それぞれの属性の“奇蹟”を起こす力…“空の女神”から齎された七つの至宝。

 

そのうち、幻の至宝である『デミウルゴス』は1200年前に消失したらしい。それを知るのはごく一部の人間だけ……クロイス家は代々『デミウルゴス』を受け継いできた家系だったが、至宝消失後彼らは至宝の復活を目論み、動き始めていた。そのための計画として表では銀行・金融…裏では悪魔を崇拝する教団……二つの顔をもって至宝復活のために活動していた。

 

「成程な……でも、彼らが関わった証拠がない以上、動きようがないってことか。」

「ええ。彼らは巧妙に隠滅を図っていますから。こうなると『現行犯』で拘束するしかないでしょう。もっとも、ガイさんはそれを知ったがために一度殺されていますし。」

彼らが表立って行動するとき……その時に彼らの悪事を全て明るみにし、拘束……ひいては『処刑』も考慮に入れなければならない。問題はその時期がいつになるか、だ。こればかりはアスベル達ですら読めないことだ。

 

「だな…だが、何もしないというのは俺の気が済まない。アスベル、シルフィアちゃん、レイアちゃん。俺にできることはないか?」

「そうですね……でしたら、ガイさんの性格なら一番的確なことをやってもらいます。ただ、その前に……」

「??」

ガイの懇願にアスベルは頷くが、その前に……彼には一仕事してもらう必要がある。本当に大事なお仕事が。

 

 

~クロスベル大聖堂 墓地~

 

しめやかに執り行われているガイの『葬式』。その墓の前にいる二人……彼の弟であるロイド・バニングスと、彼やガイとは家族同然の付き合いであるセシル・ノイエスがいた。

 

「ごめん、セシル姉。手伝いも碌にできないで……」

「仕方ないわよ。貴方にとってはたった一人の家族だもの。」

「それを言ったらセシル姉だって……」

落ち込むロイドに優しく声をかけるセシル。セシルはガイの婚約者であり、来週には結婚式を控えていた……その矢先の悲劇だった。セシルだって辛くないはずがない。ロイドはそのことが気がかりだった。

 

「そうね……ロイド、貴方が独り立ちするまでは見守らせて頂戴。私にとっては、ロイドも立派な家族よ。」

「セシル姉……」

そう言ったセシルにロイドは驚きと困惑の表情でセシルの方を見つめていた。

 

葬式の後、ロイドは先に帰り、セシルは一人墓の前にいた。

すると、後ろに気配を感じて振り向くと、一人の少年――アスベル・フォストレイトがいた。

 

「アスベル君…久しぶりね。」

「ええ、セシルさん……この後、少し時間は取れますか?」

「え?ええ…」

落ち込んだ表情のセシルにアスベルはこの後の事を尋ね、セシルは疑問を浮かべつつも彼の案内で山道の外れの見晴らしがいいところに案内された。

 

 

「ここです。」

「一体………えっ………」

微笑むアスベルにセシルは疑問に思うが、目の前に映る背中姿に驚く。見紛うことなどない、見慣れた逞しい姿……その姿を見たセシルの瞳が涙で濡れていた。

 

「お………すまないな、セシル。」

「ほ、本当に……本当にガイさん?……なの?」

亡骸は何度も確認した。本人だと解っていた。なのに……目の前にいるその姿も声も……彼そのものだ。

 

「ああ……これなら、証明になるか?」

「あ…」

そう言ってガイが取り出したのは結婚指輪……遺品を整理しても出てこなかった代物。

目の前にいる彼……ガイは間違いなく本物なのだと。

 

「『待たせてゴメン……でも、ガイ・バニングスが世界で一番愛しているのはセシル・ノイエスだ。』あの日の事は本当に俺自身が情けないな……散々悩んで、結果的に遅刻しちまって、それでもセシルは笑って許してくれた。俺なんかには、本当にもったいないぐらい最高に優しい女神様だよ、セシルは。」

プロポーズの言葉と、その日の出来事を軽く説明し、そして彼女への愛の言葉を紡ぐガイ。彼は本物であると、セシルは直感で思った。そして……

 

「ガイさん………ガイさん!!……もう、会えないかと思ってた……!!」

「セシル…本当に、ごめん…」

彼に抱き着き、涙を流すセシル。その姿を見て、少し罪悪感を感じつつも彼女を優しく抱きしめていた。

 

(いい風景だね。私もアスベルに抱き着いていいかな?)

(意味わからん……)

(むぅ……私なら、いくらでも抱き着いていいのに)

(シルフィ?)

(な、何でもない!)

その光景を微笑ましく見つめていた三人……レイアはアスベルに抱き着こうとし、アスベルはそれを制止し、シルフィアは羨ましそうにしながらも中々踏み出せず、アスベルの問いに否定という形で反論した。

 

「セシル……俺はしばらく、クロスベルを離れることになる。俺の知ったことでお前やロイドが危ない目に遭うのは見たくない……俺の我侭だが、それが全部終わった時……俺と結婚してください。」

少し距離を取り、セシルに向けて真剣な表情でガイは言った。その言葉を一字一句噛み締めるように聞き、彼が言い終わるとセシルは先程の葬式の時の諦めた笑みではなく、満面の笑みでガイに答えを返した。

 

「ロイドには隠し事が出来ちゃうけれど、命に係わるなら仕方ないわね……不束者ですが、どうぞよろしくお願いします。私は、いつまでも待ってるからね。」

そう言って、セシルはガイの唇に口づけをする。

 

「セシル、ありがとう。」

「いいのよ。アスベル君、シルフィアちゃん、レイアちゃん…ガイさんの事、宜しくお願いしますね。」

「はい」

「ええ。」

「解りました。」

セシルのお願いに三人は頷いて答え、セシルを送り届けた後、ガイを伴って『メルカバ』でクロスベルを離れた。

 

 

~バニングス家~

 

「ただいま、ロイド」

「おかえり……」

「ん?どうかしたの、ロイド?」

「いや、その……何かいいことでもあったの?」

「そうね……ちゃんとお別れの挨拶が言えたから、かしらね」

「???」

葬式の時とは異なるセシルの表情にロイドは尋ね、セシルは微笑んで答えを返すと、それを見たロイドはセシルに何が起きたのかすら想像できず首を傾げた。

 

 

 

ガイは髪と瞳の色を変え、『クラトス・アーヴィング』の名でリベールの武器職人……今までとは異なる職業として働くこととなった。武器の精錬には知識のあったアスベルが全ての技術を教え……半年足らずで武器のみならず、様々なものを作りだし、警官の時と同様に自らの足で精力的に歩きまわり、人々の生活に貢献する職人……『不屈の匠』の異名で呼ばれるようになる。

 

 




というわけで、生存フラグ1個追加ですww

原作だと死んでいますので、ああいう展開にしています。セシルにだけ明かしたのは『天然っぽいけれど、義理堅そう』なところを個人的に感じたからです。ロイドに話すとバレてしまいそうですし、その後の物語が成立しなくなりますからねw

なぜ職人なのかって?遊撃士だとバレる可能性が高くなりますから。特にあの人相手だとwあと、誰よりも『諦めない』からこそ、誰よりもより良いものを作れるのでは?と……すごく勝手な理由ですがw


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FC・SC第二章~白き花のマドリガル~
第32話 絆繋がる地へ


その頃、エステル達は西ボース街道、クローネ峠、マリノア間道を抜けて……いや、正確に言えば『正規のルート』を通らずにマリノア村に着いていた。

 

本来ならば途中で一泊するぐらいの距離なのだが……

 

「こっち、行けるんじゃない?」

「「「はい?」」」

という、エステルのある意味野生の勘により最短の直線ルートを通る羽目になり……結果的に、大幅な短縮になっていた。本人曰く「海の風を感じた」と言っていたが、そういう勘の鋭さにヨシュアは半分感心し、半ば呆れていたのは言うまでもないが……なお、レイアに関しては『エステル、流石だね』と褒めていた。

 

『いや、それは感覚としておかしい気がする』

 

……とヨシュアは率直な感想を内心で呟いた。

 

 

~マノリア村~

 

「白い花があちこちに咲いてるけど……ここって何ていう村だっけ?」

ようやく人の住んでいる場所に着いて、一息ついたエステルは周囲の風景を見て呟いた。

 

「マノリア村だよ。街道沿いにある宿場村さ。あの白い花は木蓮の一種だね。」

「いい香りね。おそらくあの白い花の香りなのでしょう。」

「何と言うか、のどかですね。」

「キレイよね~。それに潮の香りに混じってかすかに甘い香りがするような………あはは、何だかお腹が空いてきちゃった。」

「ふふ、花の香りで食欲を刺激されるあたりがエステルらしいね。」

ヨシュアの説明を聞いて、エリィとトワは漂ってくる白い花の僅かな香りを楽しんでいたが、エステルはそれよりも食事のことを考えていたらしく、その言葉にレイアは苦笑を浮かべつつエステルの方を見た。とりあえず、五人は宿酒場を探すことにした。

 

(というか……ボースを出て数時間でここまで来てしまったのは、ある意味凄いことなんだろうけれど……)

(エステルって、人間なの?)

(うん、人間だと思うよ……多分。って、それに付いてこれた君たちが言えた台詞じゃないよ。)

(ヨシュア、君が言えた台詞じゃないと思うな。)

エリィの言葉にトワが続いて疑問を口にし、ヨシュアは半ば確証のない感じで呟いた。半端ない行動力……良くも悪くもカシウスの血を引いていると率直に感じたのは言うまでもない。

 

 

~宿酒場 白の木蓮亭~

 

「ようこそ『白の木蓮亭』へ。ここらでは見かけない顔だけど、マノリアには観光で来たのかい?」

酒場のマスターは入って来た客……村では見かけたことのないエステル達を見て尋ねた。

 

「ううん、あたし達はルーアン市に向かう途中なの。」

「ボース地方からクローネ峠を越えて来たんです。(本当はかなりのショートカットで峠すら通っていないけれど、本当のことを言うと混乱しそうだからやめておこう……)」

「クローネ峠を越えた!?は~、あんな場所を通る人間が今時いるとは思わなかったな。ひょっとして、山歩きが趣味だとか?」

エステルとヨシュアの答えにマスターは驚いて聞き返した。飛行船のある今では、ボースからルーアンに移動した後マリノアまで徒歩で移動する方が遥かに早い。そう言った意味では、クローネ峠の重要性は低い部類である。なので、峠から来る客自体はかなり珍しい部類に入るのは言うまでもないことだが。

 

「あはは、そういう訳じゃないんだけど。ところで、歩きっぱなしですっごくお腹が減ってるのよね。」

「何かお勧めはありますか?」

「そうだな……今なら弁当がお勧めだけど。」

「お弁当?」

マスターのおススメの意外な料理にエステルは首を傾げた。店のマスターが言うには、町外れにある風車の前が景色のいい展望台になっていて、昼食時はここで弁当を買ってそこで食べるお客さんが多いということらしい。

 

「あ、それってナイスかも♪聞いてるだけで美味しそうな感じがするわ。」

「それじゃ、そうしようか。どんな種類の弁当があるんですか。」

マスターの言葉にエステルは楽しそうな表情で頷き、ヨシュアも同意してメニューを聞いた。

 

「スモークハムのサンドイッチと魚介類のパエリアの2種類だよ。どちらもウチのお勧めさ。」

「うーん、あたしはサンドイッチにしようかな。」

「それじゃ、僕はパエリアを。」

「まいどあり。」

エステルとヨシュアはそれぞれお金を払って弁当を受け取った。そして、店の中で食べるメニューを注文したレイアらと別れて、エステルとヨシュアは店の外に出た。レイア達は注文した料理に舌鼓を打っていた。

 

 

「うん、これは美味しいね。」

「ええ。こういうのも趣があっていいわね。」

「そうですね……あれ?レイア、メモしてるみたいですけれど……」

食事を楽しんでいた三人……そのうちの一人、レイアが遊撃士手帳に書き込んでいるのを見て、トワが首を傾げて尋ねた。

 

「あ、これね。ナイアルさんからの頼みで、『噂の遊撃士一押しのお店紹介』の調査……まぁ、自分のイチオシのお店紹介をすることになったの。」

「どれどれ……メモだけでも凄い量ね。どれ位回ったのかしら?」

「ざっと20件ぐらいかな……でも、私はここのお店を紹介するってきめたから。」

そう言って、レイアはざっくりとコメントを書き始め、その後マスターにそのことを伝えるとナイアルから話が伝わっていたようで『宣伝になるならばお代はいいよ。そこのお嬢ちゃんたちの分もおまけにしておくよ』という言葉に感謝を述べた。

その後、三人が出されたハーブティーを飲んでいると……一人のお客が店の中に入ってきた。

 

その頃、景色を楽しみながら食事をし終えたエステル達はレイア達と合流するために宿酒場に行こうとした所、少女が探していた男の子らしき人物とエステルがぶつかった。その時、男の子に遊撃士の紋章を盗まれたと気付いたヨシュアはエステルにその事を指摘し、男の子を探して村の住民に聞いて廻った結果、近くにあるマーシア孤児院に住む男の子とわかり、遊撃士の紋章を取り返すためにエステルとヨシュアはマノリア村の近くにある孤児院に向かった。

 

 

~マーシア孤児院~

 

エステルとヨシュアが孤児院の土地に入ると、そこにはエステルのバッジを盗んだと思しき男の子を含め3人の子供がいた。

 

「クラムったらどこに行ってたのよ、もう!クローゼお姉ちゃん、すごく心配してたんだからね!」

「へへ、まあいいじゃんか。おかげでスッゲェものが手に入ったんだからさ。」

「なんなの、クラムちゃん?」

三人の中で唯一女の子のマリィが帽子を被った男の子――クラムを怒っていた。得意げにしているクラムにもう一人の男の子――ダニエルが首を傾げて尋ねた。

 

「にひひ、見て驚くなよ~。ノンキそうなお姉ちゃんから、まんまと拝借したんだけど……」

「だ~れがノンキですって?」

「へっ……」

ダニエルとマリィに自慢しようとしていたクラムだったが、聞き覚えのある声に驚いて振り向いた。振り向くとそこには遊撃士の紋章の持ち主であるエステルとヨシュアがいた。

 

「ゲッ、どうしてここに……!」

「ふふん。遊撃士をなめないでよね。あんたみたいな悪ガキがどこに居るのかなんてすーぐに判っちゃうんだから!」

エステルの顔を見てクラムはあせった。

 

「く、くそー……。捕まってたまるかってんだ!」

「こらっ、待ちなさーい!」

クラムが逃げ出し、エステルが声を上げてクラムを追いかけ回した。

 

「あのう、お兄さん……。どうなっちゃってるんですか?」

「クラムちゃん、また何かやったの~?」

「ええっと……騒がしくしちゃってゴメンね。」

尋ねられたヨシュアは苦笑して答えた。そして逃げていたクラムがついにエステルに捕まった。

 

「ちくしょ~!離せっ、離せってば~っ!児童ギャクタイで訴えるぞっ!」

エステルに捕まえられたクラムは悪あがきをするかのように、暴れて叫んだ。

 

「な~にしゃらくさい事言ってくれちゃってるかなぁ。あたしの紋章、さっさと返しなさいっての!」

「オイラが取ったっていう証拠でもあんのかよ!」

「証拠はないけど……。こうして調べれば判るわよ!」

反論するクラムにエステルはクラムの脇腹をくすぐった。

 

「ひゃはは……!や、やめろよ!くすぐったいだろ!エッチ!乱暴オンナ!」

「ほれほれ、抵抗はやめて出すもの出しなさいっての……」

少しの間、クラムの脇腹をくすぐっていたエステルだったがその時、少女の声がした。

 

「ジーク!」

少女の声がした後、白ハヤブサがエステルの目の前を通り過ぎた。

 

「わわっ!?なんなの今の!?」

エステルは目の前に通った白ハヤブサに驚いてくすぐる手を止めて、声がした方向を見た。するといつの間にか白ハヤブサを肩に止まらせたマノリア村でぶつかった制服の少女が厳しい表情をエステルに向けていた。

 

「その子から離れて下さい!それ以上、乱暴をするなら私が相手になりま………あら?」

少女はエステルの顔を見ると目を丸くした。

 

「あ、さっきの……」

エステルも同じように目を丸くした。

 

「マノリアでお会いした……」

「ピュイ?」

「って、エステルにヨシュア?こんなところにいたんだ。」

「レイア!?」

肩に乗った白ハヤブサと共に首を傾げている少女――クロ―ゼ、そしてエステルらと行動を共にしているレイアがいた。

それは少し前にさかのぼる……

 

 

~宿酒場 白の木蓮亭~

 

「やっぱりここにもいない……」

「ん?どうかしたの?」

「あ、レイアさん!」

困っていたクローゼに食事を終えてお茶を飲んでいたレイアが声をかけた。

 

「あの、帽子をかぶった男の子を見ませんでしたか?」

「う~ん、見ていないかな……(というか、さっきエステル達が孤児院の方に向かって行ったけれど、何かあるのかな?)」

「そうですか……」

レイアの言葉にクローゼは心配そうな表情を浮かべていた。それとは対照的に、先程ちらりと見かけた旅の同行者である二人が村の西方向に向かって行ったことに疑問を浮かべていた。ヨシュアがいるから、勝手な行動ではないかな……彼も認めた上での行動……もしかしたら、彼女の探している子絡みかも。

 

「何だったら、手伝おうか?」

「え、いいのですか?」

「勿論お代は要らないよ。どうやら、身内が厄介ごとに巻き込まれてるみたいだし。」

「???」

事情をある程度先読みしたレイアの言葉に首を傾げるクローゼだった。

 

「てなわけで、私はちょっと離れるけれど……」

「私も行くわ。マーシア孤児院でしょう?」

「え?エリィ、行ったことがあるの?」

「ちょっとね……それじゃ、行きましょうか。」

「それなら、私も行こうかな。」

てな感じで、クローゼとレイア、エリィ、トワの四人は一緒にマーシア孤児院へと行くことになったのだ。

 

 

~マーシア孤児院 今に至る~

 

「助けて、クローゼお姉ちゃん!オイラ、何もしてないのにこの姉ちゃんがいじめるんだ!」

クラムはクローゼに助けを求めた。先程までの態度からすれば『白々しい』ともいうべき態度とも言えるだろう。

 

「な、なにが何もしてないよ!あたしの紋章を取ったくせに!」

「へん、だったら証拠を見せてみろよ!あ、くすぐるのは無しだかんな。」

「うぬぬぬ~……」

クラムの言葉に頭に来たエステルはまた捕まえようとしたが、クラムは素早く避けた。そして、クラムの言葉にエステルは悔しそうな表情で彼を見た。

 

ぶつかった相手に関しては、マリノア村の中だけで言えば宿酒場でぶつかったクローゼ…そして、エステルの目の前にいるクラムの二人。だが、クローゼとぶつかった直後はあったものが、クラムとぶつかった後ではなくなっていた……状況的には彼しかいないのだが、彼が持っているという確証のための手段が打てず、手をこまねいていた。

 

「やあ、また会ったね。」

「あ、その節はどうも……すみません、私てっきり強盗が入ったのかと思って……あの、それでどういった事情なんでしょう?」

クロ―ゼは事情を知っていそうなヨシュアに困った表情で尋ねた。

 

「クローゼお姉ちゃん。そんなの決まってるわよ。どーせ、クラムがまた悪さでもしたんでしょ。」

「ねー、おねえちゃん。もうアップルパイできた~?」

そこにマリィが口をはさみ、ダニエルは今の状況とは関係のないことを言った。

 

「あ、もうちょっと待っててね。焼き上がるまで時間がかかるの。」

ダニエルにクロ―ゼは微笑みながら答えた。

そして……主張が平行線のままエステルとクラムが言い争いを始め、どうするべきか迷っていたヨシュア達のところに女性が孤児院から姿を現した。

 

「あらあら。何ですか、この騒ぎは……」

「テレサ先生!」

姿を現した女性は孤児院を経営するテレサ院長だった。

 

「詳しい事情は判りませんが……どうやら、またクラムが何かしでかしたみたいですね。」

「し、失礼だなぁ。オイラ、何もやってないよ。この乱暴な姉ちゃんが言いがかりをつけてきたんだ。」

「だ、誰が乱暴な姉ちゃんよ!」

テレサに自分の事を言われたクラムは言い訳をしたが、エステルがクラムの言い方に青筋を立てて怒鳴った。

 

「あらあら、困りましたね。クラム……本当にやっていないのですか?」

「うん、あたりまえじゃん!」

「女神様にも誓えますか?」

「ち、誓えるよっ!」

「そう……さっき、バッジみたいな物が子供部屋に落ちていたけど……あなたの物じゃありませんね?」

「え、だってオイラ、ズボンのポケットに入れて……はっ!」

テレサの言葉にクラムは無意識に答え、その直後彼女に誘導された事に気付いて、気不味そうな表情をした。

 

「や、やっぱり~!」

「まあ……」

「見事な誘導ですね……」

バッジを盗んだ事を口にしたクラムにエステルは声を上げ、クロ―ゼとヨシュアはテレサを感心した。

 

「クラム……もう言い逃れはできませんよ。取ってしまった物をそちらの方にお返ししなさい。」

「うう……わかったよ!返せばいいんだろ、返せば!」

クラムは悔しそうな表情でバッジをポケットから出して、エステルに放り投げた。

 

「わっと……」

「フンだ、あばよっ!」

エステルにバッジを放り投げたクラムはその場から走り去った……しかし、

 

 

「どこに行くのかな、クラム君?」

誰が見ても笑顔にしか見えない表情を浮かべたトワに捕まったクラムだった。

 

 

「は、速い……」

「フフ、流石ですね。」

「あーあ、トワお姉ちゃんを怒らせちゃった。クラムったら、お姉ちゃんからは逃げられないのに。」

その身のこなしにヨシュアは驚愕し、テレサは笑みを浮かべ、マリィはクラムのしたことが自業自得だと皮肉っぽい感じで呟いた。

 

「ト、トワお姉ちゃん!?何でここにいるの!?」

「フフ、それよりも……クラム君?人に迷惑をかけたり、人のものを盗んじゃいけないって約束したよね?」

「そ、そんなことはしていないよ!オイラはただ拝借しただけで……」

笑顔なのに、その威圧感は彼女の容姿と裏腹に大きく……まるで彼女の背後に巨人が顕現でもしそうな位の怒気を感じた。それにクラムは足がすくみ、完全にたじろいだ。

 

「相手の同意を得ない拝借なんて『盗み』…『犯罪』だよ?それに……」

「え、あ、あの……」

「自分の非を認めないで逃げるだなんて、男の子として最低だよ?ちょっと、『お話し』しようか……」

笑顔なのに怒りMAXのトワは、クラムを連れて孤児院の裏に移動した。それを見送る形となった一同はトワの『恐ろしさ』を感じていた。

 

「……あたし、トワの事を少し勘違いしていたのかもしれない。」

「僕もだよ……彼女は怒らせないようにしないと。」

「ええ、そうね。それがいいでしょう……」

「それには賛成かな…(立場的には上だからね……)」

「ピューイ……」

「あははは…はぁ。」

その後、『お話』されたクラムはエステルにちゃんと謝って、その一件はとりあえず落ち着くことになった……ここにいる面々の中ではレイアしか知らないこと……星杯騎士団<守護騎士>第四位“那由多”……その渾名は伊達ではないという一端を垣間見た出来事だった。

『トワを怒らせると怖い』……そのことを十分知る羽目になった一件だった。

 

 




第二章突入ですが、アガットの出番カットしましたw
まぁ、彼には別の意味で出番があります。原作とはかけ離れた『彼』の一面を書こうかと思いますwそうでなくとも、アガットには第三章でいろいろ出張ってもらいますのでw

あと、この章……事件に関しては、凄まじい勢いで解決します。下手するとレイヴンのメンバー出ないかもしれません(オイッ!)だって、そういった気配に長けた人と金融・経済関連に詳しい幼馴染がいる人がいますので(ニヤリ)

時系列調整大変だー!(自業自得)


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第33話 ルーアン市

エステルらはテレサの招きで孤児院の中へと案内された。温かみのある感じで、どことなく落ち着ける雰囲気だった。先程のお詫びも兼ねてハーブティーとアップルパイをご馳走に与ることになった。すると、テレサはエリィの姿に気づき、声をかけた。

 

「あら、貴女は……エリィさんなのですか?」

「お久しぶりです、テレサ先生。」

「あれま、知り合い?」

「ええ……11年前の事ね。」

11年前、家族旅行で訪れていたエリィは物珍しさに村の外へと出てしまい、迷子になってしまった。途方に暮れていたところを通りかかったテレサと彼の夫であるジョセフが見つけ、一時的とはいえ保護し、孤児院に連れて帰ったのだ。そこでハーブティーやパイなどをご馳走してもらったことは今でも忘れられず、彼女にとっては第二の故郷とも言うべき場所だ。

 

「そういえば、この前ジョセフさんにお会いしました。本人は今すぐにでも退院できるぐらい元気でした。担当医の先生が言うには、経過も良好で一週間後には退院できると。」

「そう……本当に、ありがとう。聞けば、費用も貴方のお祖父様が出してくれたと…本当にありがとう。」

「いえ。私にとっても親みたいなものですし、お祖父様曰く『わしの孫の恩人には少ない礼だ』と言っておりました。」

テレサの夫、ジョセフは数年前、突然倒れたが…偶然近くにいたシルフィアと、手配を手伝ったセシルのお蔭で一命を取り留め、現在は長いことベッドでの療養から衰えた身体能力回復のためのリハビリを受けていて、ようやく退院の目途が立ったのだ。

その費用に関しては……アスベル、シルフィア、レイア、セシリア、トワ、そしてシオンが個人的に顔を知っているマクダエル市長を通じてその全額を出しているが、そのことを知るのは名前を挙げた七人のみだ。

 

懐かしい場所で積もる話もあるだろう、ということでエリィとトワ、レイアは孤児院で一泊してからルーアンに行くことを伝え、エステルとヨシュアはテレサに別れを告げて、クロ―ゼと共に孤児院を出た。

 

 

~マーシア孤児院 入口~

 

「それにしても、テレサ院長って暖かい感じのする人よね。あたしのお母さんのような感じがしたもの。」

「そうだね……確かに、お母さんって感じの人かな。」

「ふふ、テレサ先生は、子供たちにとっては『本当のお母さん』と同じですから。」

三人がテレサの事について話していた時、白ハヤブサのジークが来てクロ―ゼの肩に止まった。

 

「ジーク。待っていてくれたの?」

「ピュイ」

「うん、そうなの。悪い人たちじゃなかったの。エステルさんとヨシュアさんっていってね。あなたも覚えていてくれる?」

「ピューイ!」

「ふふ、いい子ね。」

「す、すごい。その子と喋れるの?」

ジークと会話している風に見えるクロ―ゼを見てエステルは驚いた。

 

「流石に喋れませんけど、何が言いたいのかは判ります。そうですね……お互いの気持ちが通じ合ってるっていうか……そんな感じですね。」

「ほえ~……」

会話というよりも、ジークの伝えたいことを『感覚』で理解しているというクロ―ゼの言葉にエステルは感心した。

 

「以心伝心……いわば、相思相愛ってわけだね。」

「はい。」

ヨシュアの言葉をクロ―ゼは否定せず頷いた。

 

「こんにちは、ジーク。あたしエステル、よろしくね♪」

「ピュイ?……ピュイ―――――ッ」

ジークに話しかけたエステルだったがジークは飛び立って行った。

 

「ガーン!……しくしく、フラれちゃった。」

「はは、残念だったね。」

その様子を見て残念そうな表情を浮かべて肩を落とすエステルに、ヨシュアは苦笑を浮かべた。三人は道中で魔獣に襲われるも、簡単に撃退した……撃退したのだが……

 

(ヨシュアさんはまだしも……アスベルさんやシオンみたいに、ある意味『規格外』ですよ、エステルさん……)

ヨシュアはまぁ、それなりに理解できたのだが、エステルの棒捌きにクローゼはよく知る二人を思い浮かべ、内心冷や汗ものだと感じていた。

そんなこともあったが、三人は無事ルーアン地方最大の都市、ルーアンに到着した。

 

 

~ルーアン市内 北街区~

 

海の青、建物の白……眩しいくらいのコントラスト。まさに海港都市といわんばかりの光景……初めて見るルーアンの景色にエステル達は見惚れた。

 

「ルーアンは色々と見所の多い街なんです。すぐ近くに、灯台のある海沿いの小公園もありますし。街の裏手にある教会堂も面白い形をしているんですよ。でも、やっぱり1番の見所は『ラングランド大橋』ですね。」

「『ラングランド大橋』?」

観光名所を挙げていったクロ―ゼの言葉のある部分が気になったエステルは首を傾げて尋ねた。

 

「こちらの北街区と川向こうの南街区を結ぶ大きな橋です。巻き上げ装置を使った跳ね橋になっているんですよ。」

「へ~、跳ね橋か……それはちょっと面白そうだな。」

クロ―ゼの答えを聞いたヨシュアは興味深そうに呟いた。

 

「あと、遊撃士協会の支部は表通りの真ん中にあります。ちょうど大橋の手前ですね。」

「オッケー。まずはそっちに寄ってみましょ。」

そしてエステル達はルーアンの支部に向かった。

 

遊撃士協会に行くと、受付に人はおらず、同業者であるカルナと出会った。受付の人は取り込み中らしく、時間を潰すためにエステル達はクロ―ゼの案内でルーアン市内の見物を始めた。その後クロ―ゼの案内でさまざまな所を見て廻ったエステル達はギルドに戻るために南街区と北街区を結ぶラングランド大橋に向かおうとした時、ガラの悪そうな男性三人に呼び止められたが、ルーアン市長のダルモアと市長秘書のギルバートがやってきた。そして、エステルとヨシュアの二人が遊撃士だということにそこでようやく気づき、結果として三人はお約束のような捨て台詞を吐いてその場を去っていった。

 

「済まなかったね、君たち。街の者が迷惑をかけてしまった。申し遅れたが、私はルーアン市の市長を務めているダルモアという。こちらは、私の秘書を務めてくれているギルバード君だ。」

「よろしく。君たちは遊撃士だそうだね?」

「あ、ロレント地方から来た遊撃士のエステルっていいます。」

「同じくヨシュアといいます。」

話しかけて来たダルモアとギルバートにエステル達は自己紹介をした。

 

「エステル君にヨシュア君……受付のジャン君が有望な新人達が来るようなことを言っていたが……ひょっとして君たちのことかね?」

「えへへ……あたしたちが有望かどうかは、自分でもよく判らないですが。」

「しばらく、ルーアン地方で働かせて貰おうと思っています。」

「おお、それは助かるよ。今、色々と大変な時期でね。君たちの力を借りることがあるかもしれないから、その時はよろしく頼むよ。」

「大変な時期……ですか?」

ダルモアの言葉が気になったヨシュアは聞き返した。

 

「まあ、詳しい話はジャン君から聞いてくれたまえ。ところで、そちらのお嬢さんは王立学園の生徒のようだが……」

「はい、王立学園2年生のクローゼ・リンツと申します。お初にお目にかかります。」

その話は後でも聞けるということを述べた後、ダルモアは制服を着ているクローゼが目に入り、視線に気づいたクローゼは簡単に自己紹介をした。

 

「そうか、コリンズ学園長とは懇意にさせてもらっているよ。そういえば、ギルバード君も王立学園の卒業生だったね?」

「ええ、そうです。クローゼ君だったかい?君の噂は色々と聞いているよ。生徒会長のジル君と一緒に次席の座を争っているそうだね。優秀な後輩がいて僕もOBとして鼻が高いよ。」

「そんな……恐縮です。」

ギルバートの言葉にクロ―ゼは自分の事を謙遜して答えた。

 

「ははは、今度の学園祭は私も非常に楽しみにしている。どうか、頑張ってくれたまえ。」

「はい、精一杯頑張ります。」

「うむ、それじゃあ私たちはこれで失礼するよ。先ほどの連中が迷惑をかけたら私の所まで連絡してくれたまえ。ルーアン市長としてしかるべき対応をさせて頂こう。」

丁寧な対応と言葉遣いで言い、ダルモアとギルバードは去っていった。

 

「うーん、何て言うかやたらと威厳がある人よね。」

「確かに、立ち居振る舞いといい市長としての貫禄は充分だね。」

去って行ったダルモアの後ろ姿、威厳のあるさまを見てエステルとヨシュアは感心した。

 

「ダルモア家といえばかつての大貴族の家柄ですから。貴族制が廃止されたとはいえ、いまだに上流貴族の代表者と言われている方だそうです。」

「ほえ~、なんか住む世界が違うわね。しかし、それにしてもガラの悪い連中もいたもんね。」

「そうですね。ちょっと驚いちゃいました。ごめんなさい、不用意な場所に案内してしまったみたいです。」

「君が謝ることはないよ。ただ、わざわざ彼らを挑発に行く必要はなさそうだね。倉庫区画の一番奥を溜まり場にしていみたいだからなるべく近づかないようにしよう。」

「うーん……。納得いかないけど仕方ないか。」

ヨシュアの言葉にエステルは腑が落ちてない様子で頷いた後、エステル達は一端ギルドに戻った………

 

 



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第34話 王族たりうる者

~遊撃士協会 ルーアン支部~

 

三人がルーアン支部に戻ってくると、どうやら話が終わったようで、先程の時点ではいなかった受付の人がいた。

 

「いらっしゃい。遊撃士協会へようこそ!おや、クローゼ君じゃないか。」

先ほど席を外していたルーアンの受付の男性――ジャンがクロ―ゼの姿を見て、声をかけた。

 

「こんにちは、ジャンさん。」

「また、学園長の頼みで街道の魔獣退治の依頼に来たのかい?もしくは、学園祭の時の警備の依頼かな?」

「いえ、それはいずれ伺わせて頂くと思うんですけど。今日は、エステルさんたちに付き合わせて貰っている最中なんです。」

「あれ、そういえば……学園の生徒じゃなさそうだけど……待てよ、その紋章は……」

クロ―ゼの言葉にジャンはエステル達の服装とエステルとヨシュアの左胸についている準遊撃士の紋章に気が付いた。そしてエステル達が自分達の顔がよく見えるように、ジャンに近付いて声をかけた。

 

「初めまして。準遊撃士のエステルです。」

「同じく準遊撃士のヨシュアです。」

「ああ、君達がエステル君とヨシュア君か!いや~、ホント良く来てくれた!ボース支部のルグラン爺さんから連絡があって、今か今かと待ちかねていたんだ。」

エステル達が来た事に嬉しいジャンは高揚した口調で答えた。

 

「そっか、ルグラン爺さん、ちゃんと連絡してくれたんだ。」

「感謝しなくちゃね。」

エステルとヨシュアはすでに連絡をしていたルグランに感謝した。

 

「僕の名前はジャン。ルーアン支部の受付をしている。君達の監督を含め、これから色々とサポートさせてもらうよ。二人とも、よろしく。」

「うん!よろしくね、ジャンさん。」

「よろしくお願いします。」

ジャンの言葉に二人は頷いた。

 

「はは、君達には色々と期待しているよ。何といっても、あの空賊事件を見事解決した立役者だからな。」

「空賊事件って……あのボース地方で起きた事件ですか? 私、『リベール通信』の最新号で読んだばかりです。そう言えば、先ほどエステルさん達がハイジャック事件を担当したとおっしゃていましたが、あれ、エステルさんたちが解決なさったんですか?」

ジャンの言葉を聞いたクロ―ゼは驚いた表情でエステル達を見た。

 

「あはは、まさか……。手伝いをしただけだってば。」

「実際に空賊を逮捕したのは王国軍の部隊だしね。功績の方はレイアやシオンのお蔭でもあるし。」

クロ―ゼに驚かれ、エステルは照れ、ヨシュアは実際自分達がやった事を話した。もっとも、ここまでの実績を上げることができたのはひとえにレイアやシオンのおかげであることも付け加えて。

 

「え?あの、シオンって今言いましたか?」

「ん?そうだけれど?栗色混じりの黒髪に青い瞳の……クローゼの知り合い?」

「知り合いも何も、同級生なのですが…(もう、シオンってばまともに連絡の一つも寄越さないでなにをやってるのよ……)」

「はあ?あんですって~!?」

「え?彼が学生?」

エステルの口から出た名前――シオンの名前にクローゼは驚き、エステルはクローゼの質問に容姿も付け加えて話すと、クローゼは内心で彼に対する文句を連ねつつもシオンとは同級生であると言い、その言葉にエステルは驚愕し、ヨシュアもこれには驚きを隠せない。

 

「クローゼ君は知らなくても無理はないさ。」

「って、ことは……」

「ジャンさんは知っていたんですね。」

「彼も学生ではあるけれど正遊撃士だからね。今回の事に関してはコリンズ学園長に休学届を出してから動いているし、手続き上問題はないのさ。」

シオン・シュバルツ……いや、シュトレオン・フォン・アウスレーゼ。リベール王族の血族…王位継承権第一位にして、王室親衛隊大隊長、さらには正遊撃士……リベールにおける遊撃士がある意味『隠れ蓑』化している事実は殆どの人が知らない事実である。

 

「ですが……」

「それに、彼はあの学園における主席……しかも、入学時からそれを続けている。その実績からしたら問題はないと学園長も判断されているからね。」

「………」

「成程。人は見かけによりませんね。」

クローゼの心配そうな表情にジャンは真剣な表情で彼の学業の実績……学園主席であることにエステルは口をパクパクさせ、ヨシュアはシオンの人となりからはとても判断できない明晰さに感心していた。

 

「それはさておき、エステル君にヨシュア君。君らも謙遜することはない。ルグラン爺さんも誉めてたぞ。さっそく転属手続きをするから書類にサインしてくれるかい?さあさあ、今すぐにでも。」

ジャンはいつの間にか書類を出して、エステル達を急かした。

 

「う、うん……?」

「それでは早速。」

「うんうん、これで君たちもルーアン支部の所属というわけだ。いやぁ、この忙しい時期によくルーアンに来てくれたよ。ふふ……もう逃がさないからね。」

二人のサインを確認したジャンは含みのある言葉で笑った。

 

「逃がさないって……な、なんかイヤ~な予感。」

「先ほどから聞いてると、かなり人手不足みたいですね。何か事件でもあったんですか?」

ジャンの言葉を聞いたエステルは弱冠不安になり、ヨシュアは気になって尋ねた。

 

「事件という程じゃないけどね。実は今、王家の偉い人がこのルーアン市に来ているのさ。」

「王家の偉い人……も、もしかして女王様!?」

ジャンの言葉にエステルは受付に身を乗り出して期待した目で尋ねた。

 

「はは、まさか。王族の1人であるのは間違いないそうだけどね。何でも、ルーアン市の視察にいらっしゃったんだとさ。」

エステルの疑問にジャンは苦笑しながら答えた。

 

「へー、そんな人がいるんだ。でも、それがどうして人手不足に繋がっちゃうの?」

「何と言っても王家の一員だ。万が一の事があるといけないとダルモア市長がえらく心配してね。ルーアン市の警備を強化するよう依頼に来たんだよ。」

「なるほど、先程2階で話し合っていた一件ですね。それにしても市街の警備ですか。」

「まあ、確かに港の方には跳ねっ返りの連中がいるからね。そちらの方に目を光らせて欲しいという事だろう。」

ジャンはダルモアに頼まれた事を思い出し、溜息をついた。確かに王族の方の警護は重要ではあるが、遊撃士とてそこまで手が空いているわけでもない。協会支部はその支部が管轄する地域……ここでは、ルーアン地方全体がその対象となる。その地域全体をカバーするだけでもかなりの労力だが、そこに王族の警備となると慢性的な人手不足なのだ。つまり、エステルとヨシュア、それとレイアがルーアンに来てくれたことは、ジャンにとってありがたく……先程の『逃がさない』発言に繋がったのだろう。

 

「さっき絡んできた連中のことね。うーん、確かにあいつら何かしでかしそうな感じかも。」

「なんだ、知っているのかい?」

「実は……」

事情を知っている風に見えるエステルを不思議に思ったジャンは尋ね、エステル達はジャンに先ほどの出来事を話した。

 

「そうか、倉庫区画の奥に行ったのか。あそこは『レイヴン』と名乗ってる不良グループのたまり場なんだ。君たちに絡んできたのは、グループのリーダー格を務める青年たちだろう。」

「『レイヴン』ねぇ……なーにをカッコつけてんだか。」

ロッコ達のグループ名を知ったエステルはロッコ達がグループ名に負けていると思い、呆れた表情をした。

 

「少し前までは大人しかったんだが最近、タガが緩んでるみたいでね。市長の心配ももっともなんだが、こちとら、地方全体をカバーしなくちゃならないんだ……とまあ、そんなワケで本当に人手不足で困っていてね。君たちが来てくれて、感謝感激、雨あられなんだよ。」

「期待されてるからには、精一杯がんばるわよ!それじゃあ、明日からさっそく手伝わせてもらうわ。」

「何かあったら僕たちに遠慮なく言いつけてください。」

ジャンの忙しいという言葉にエステルは意気揚々と言い放ち、ヨシュアもそれに続いた。

 

「ああ、よろしく頼むよ!あと、レイアからは直接連絡を貰ったよ。彼女ほどのレベルの人材に加え、“黎明”もいてくれたことには感謝しないとね。」

「“黎明”?」

「A級正遊撃士の一人で、その事件解決能力から“黎明”と呼ばれているんだ。名前はセシリア・フォストレイト。」

「って、セシリアさんが遊撃士!?」

この多忙な時期にA級遊撃士である二人がいてくれることにジャンは感激を隠せず、彼の言葉から聞こえた異名の事を尋ね、それが知り合いだということにエステルはまたもや驚いていた。

 

「おや、知り合いかい?」

「ええ。僕らはロレントの出身でして、近所に住んでいるんです。」

「成程ね……ボースの事からしても、『あの四人』――“不破”“霧奏”“紫刃”“黎明”が君たちの事を高く買っているのは間違いじゃなさそうだ。」

「ま、また凄い異名が出てきたけれど……(後の二人は解るとして、前の異名の二人って誰なのよ……レイアとセシリアが出てくるってことは……ま、まさかね)」

「そのうち解ると思うよ。君らも正遊撃士を目指す身ならね。」

「あはは……(どう考えても、アスベルさん、シルフィさん、レイアさんにセシリアさんじゃないですか……)」

エステルの意外な反応にヨシュアが代わりに答え、それを聞いたジャンはエステルとヨシュアが『同業者』である四人が気にかけている人物達に偽りなしだと率直に思い、ジャンの言葉に一抹の不安を感じつつ冷や汗をかくエステル、そして四人の素性を知るクローゼは苦笑しつつも内心でリベールの陣容の凄さをひしひしと感じていた。

 

 

そしてエステル達は英気を養って明日に備えるため、ギルドを出てホテルに向かい、部屋を取った後クロ―ゼを街の入口まで送り、ホテルに戻った………その途中、意外な人物と出くわした。

 

 

~ルーアン市 ホテル『ブランシェ』前~

 

「お、エステルにヨシュア。」

「って、シオンじゃない!」

「久しぶりだね、シオン。」

「ああ……どうやら、クローゼと会ったみたいだな。」

「え、何で……あっ」

「白い羽…そっか、ジークのものだね。」

シオンが声をかけると、エステルとヨシュアは先程会話の中で出てきた彼の姿に驚きつつも挨拶を交わした。そして、エステルの髪の結び目に上手く固定される形で挟まっていた白い羽を取り、その羽…ひいてはその鳥――ジークと『友達』、に気付いたのだった。

 

「ていうか、あまりストレートには言わなかったけれど、クローゼも心配してたわよ?」

「いや、クローゼには何度も説明したし、置手紙もしたんだけれど……」

「(これって、アレよね?)」

「(うん。クローゼは、シオンの事が好きみたいだね。)」

シオン本人の言っていることに嘘は見当たらず……説明されても、『それでも心配でしょうがない』……恋なのではないか……エステルとヨシュアはそう思った。

 

「そうだ。折角だからご一緒してもいいか?一応学園に戻るのは明日の夕方って言ってるから……」

「……ヨシュア、どうする?」

「仮にも同業者だし、彼は僕たちからすれば『恩人』だし……いいと思うよ。」

「ん、解った。その、変なことしたらぶっ飛ばすからね?」

「へいへい……」

シオンが一緒に泊まることとなり、エステル達はホテルの中に入った。運良く取れた最上階の部屋のバルコニーで景色を見て、堪能している所部屋の中から聞き覚えのない声が聞こえて来た。

 

 

~ルーアン市 ホテル『ブランシェ』最上階~

 

「ほほう……。なかなか良い部屋ではないか。」

「なに、今の?」

「うん、部屋の中から聞こえてきたみたいだけど……」

(げ、この声は……)

部屋の中から偉そうに話す男性の声にエステルとヨシュアは首を傾げ、その声に聞き覚えのあるシオンは嫌悪を感じた。

 

「それなりの広さだし調度もいい。うむ、気に入った。滞在中はここを使うことにする。」

「閣下、お待ちくださいませ。この部屋には既に利用客がいるとのこと……予定通り、市長殿の屋敷に滞在なさってはいかがですか?」

豪華な服を着ている男性に執事服を着た老人が自分の主である男性を諌めていた。

 

「黙れ、フィリップ!あそこは海が全く見えないではないか。その点、この海沿いのホテルは景観もいいし潮風も爽やかだ。バルコニーにも出られるし……」

男性が執事――フィリップを怒鳴った後、バルコニーに向かおうとした時、バルコニーにいるエステル達の存在に気がついた。

 

「な、なんだお前たちは!?まさか賊か!?私の命を狙う賊なのか!?」

「いきなり入ってきて、何トチ狂ったこと言ってるのよ。オジサンたちこそ何者?勝手に部屋に入ってきたりして。」

(はぁ……解っちゃいたけど、よりにもよってこいつかよ。道理で聞きたくない声だと思ったわけだ。)

エステル達の姿を見て慌てている男性にエステルは注意し、声である程度の予測はしていたものの、男性の身なりと顔を見て男性の正体がわかったシオンは自分の的中の良さと目の前に映る男性の悪態に溜息をついた。

 

「オ、オジサン呼ばわりするでない!フン、まあよい……。お前たちがこの部屋の利用客か?ここは私が、ルーアン滞在中のプライベートルームとして使用する。とっとと出て行くが良い。」

「はあ?言ってることがゼンゼン判らないんですけど。どうして、あたしたちが部屋を出て行かなくちゃならないわけ?」

「納得のいく事情をお伺いしたいですね。」

「…………」

自分達に理不尽な命令をする男性にエステルとヨシュアは顔をしかめて尋ねた。また、シオンは表情を硬くして男性を睨んだ。

 

「フッ、これだから無知蒙昧な庶民は困るのだ……この私が誰だか判らぬというのか?」

「うん、全然。なんか変なアタマをしたオジサンにしか見えないんだけど。」

自信を持って答える男性に、エステルは即答する形であっさりと否定した。

 

「へ、変なアタマだと……!」

「エステル……。いくら何でもそれは失礼だよ。個性的とか言ってあげなくちゃ。」

「おお、なるほど。言い得て妙だなエステルにヨシュア。けれども、ここは『素敵な髪型のおじ様』と言ってあげないと可哀想だぞ。」

普段礼儀のいいヨシュアまで遠回しに男性を貶し、シオンは納得して二人に加勢する形で男性に追い打ちをかけた。

 

「ぐぬぬぬぬ……フッ、まあ良い。耳をかっぽじって聞くが良い。……私の名は、デュナン・フォン・アウスレーゼ!リベール国主、アリシアⅡ世陛下の甥にして公爵位を授けられし者である!」

怒りを抑えていたが、とうとう我慢できなく男性――デュナンは自分の身分と名前を威厳がある声で叫んだ。

 

「「………」」

(……この阿呆が。お前如きが『アウスレーゼ』を名乗るんじゃねえよ。)

デュナンの名乗りを聞いたエステルとヨシュアは口をあけたまま何も言わず、シオンは頭を抱えたくなった。

 

「フフフ……驚きのあまり声も出ないようだな。だが、これで判っただろう。部屋を譲れというそのワケが?」

 

「ぷっ……」

「はは……」

「あはははは!オジサン、それ面白い!めちゃめちゃ笑えるかも!よりにもよって女王様の甥ですって~!?」

「あはは、エステル。そんなに笑ったら悪いよ。この人も、場を和ませるために冗談で言ったのかもしれないし。」

「ぷっ、くくくく………やめろよ、エステル!こっちまで笑えるじゃないか!!」

デュナンは威厳ある声で言ったがエステルやヨシュア、シオンは笑いを抑えず大声で笑った。

 

「こ、こ、こやつら……」

デュナンは笑っているエステル達を見て、拳を握って震えた。

 

「……誠に失礼ながら閣下の仰ることは真実です。」

そこに今までデュナンの後ろに控えていたフィリップがエステル達の前に出て来て答えた。

 

「え……」

エステル達は笑うのをやめてフィリップを見た。

 

「これは申し遅れました。わたくし、公爵閣下のお世話をさせて頂いているフィリップと申す者……閣下がお生まれになった時からお世話をさせて頂いております。」

「は、はあ……」

フィリップの言葉にエステルは状況をよく呑みこめず聞き流していた。

 

「そのわたくしの名誉に賭けてしかと、保証させて頂きまする。こちらにおわす方はデュナン公爵……正真正銘、陛下の甥御にあたられます。」

 

(し、信じられないけど……。そのオジサンはともかく、あの執事さんはホンモノだわ)

(そういえばジャンさんが言ってたね……ルーアンを視察に来ている王族の人がいるって……)

「ふはは、参ったか!次期国王に定められたこの私に部屋を譲る栄誉をくれてやるのだ。このような機会、滅多にあるものではないぞ!」

(誰が次期国王だ……俺の目が黒いうちはてめえなんぞに王位なんて渡すつもりはないぞ。)

小声で会話をし始めたエステルとヨシュアを見て、デュナンは高笑いをしてエステル達に再び命令した。その言葉に流石のシオンも怒気を露わにする直前の状態だった。

 

「ふ、ふざけないでよね!いくら王族だからといってオジサンみたいな横柄な人なんかに……!それにこっちにだって……」

「あいや、お嬢様がた!どうかお待ちくださいませ!」

デュナンに言い返そうとしたエステルにフィリップは駆けつけて大声で制した。

 

「え?」

「しばしお耳を拝借……」

そしてフィリップはデュナンに聞こえないように壁際までエステルたちを誘導した。

 

「失礼ながら、お嬢様がたにお願いしたき儀がございます。これで部屋をお譲り頂けませぬか?」

フィリップは懐から札束になったミラを取り出してエステル達に差し出した。

 

「し、執事さん……」

「何もそこまで……」

「閣下は一度言い出したらテコでも動かない御方……。それもこれも、閣下をお育てした私めの不徳の致すところ……。どうか、どうか……」

フィリップは土下座をする勢いで何度もエステル達に頭を下げた。

 

「……フィリップ・ルナール。『私』の顔に見覚えはないか?」

フィリップが何度も頭を下げている所、今まで黙っていたシオンが声をかけた。

 

「は……?」

シオンの言葉にフィリップは頭を下げるのをやめて、シオンの顔をよく見た後驚愕した。

 

「なっ………!?なぜ貴方様ほどのお方がここに……!?」

「今は、そんなことはどうでもいいことです。あの馬鹿者は一度会っているにも関わらず私の事をわからなかった上、今の発言……あの振る舞い自体がリベールの王族たる者のそれなのですか……?」

「そ、それは………」

威厳を纏って語るシオンを見て、フィリップは顔を青褪めさせた。そしてフィリップはその場で土下座をしてシオンに嘆願した。

 

「申し訳ありません……!これも閣下をお育てした私めの不徳の致すところ……ですので決してシュトレオン殿下を貶してなどいません……ですから殿下の怒りは閣下に代わりまして私が全て受けます!どうか、どうか……!」

フィリップは土下座をした状態で床にぶつけるかの勢いで何度も頭を下げた。

 

「ふう、仕方ないか……。あんまり執事さんを困らせるわけにもいかないし。(シュトレオン……シオンの事よね?)」

「シオンも許してあげてくれないかな?全てフィリップさんが悪い訳ではないと思うよ?(シュトレオン……どこかで聞いたことのあるような名前だね……)」

「解ってるさ……フィリップさんの責任は重くないということ自体、解ってはいるさ。」

フィリップの謝罪を見て、エステルとヨシュアは怒りを収め、シオンもため息をついて怒りを収めることにした。

 

「フィリップさんの誠意は十分僕達に伝わりましたから、頭を上げて立って下さい。部屋はお譲りします。ただ、そのミラは受け取れません。」

「し、しかしそれでは……」

「いいっていいって♪あたしやヨシュアにはちょっと豪華すぎる部屋だし。あのオジサンのお守り大変とは思うけど頑張ってね♪」

「み、皆様方に殿下……どうも有り難うございます。」

フィリップはエステル達の懐の広さに感動してお礼を言った。

 

その後最上階の部屋をデュナンに譲ったエステル達はホテルの受付に空き部屋を聞いたが部屋はなく、困っていた所をナイアルが通りかかりナイアルの好意でナイアルが取っている部屋に一晩泊めてもらうことにした。ナイアルの話だと、あの空賊事件の際の反響は大きく、特にリシャール大佐と情報部に稼がせてもらったと言っていた。

 

 

~ナイアルの部屋~

 

「ところで、そっちの………って、シュトレオン殿下!?」

「あれ?有名人なの?」

「まぁ、知らなくても無理はない。俺が知る限り、他に知っているのは女王陛下に王族、遊撃士である“剣聖”“不破”“霧奏”“紫刃”“黎明”ぐらいだな……俺が知ったのは、いわば偶然だ。殿下本人にも確認させていただきましたが。」

ナイアルを除けばそうそうたる面々しか知らない事実……シオンが王族だということは、エステルやヨシュアも驚いていた。

 

「まぁ、普段はシオンって呼んでくれ。特にエステルは。」

「うっ……わ、解ってるわよ。」

シオンは秘密にしてほしいとお願いし、念入りに押されたエステルはたじろぎながらも頷いた。

 

「でも、何故秘密に?」

「シオン……いや、シュトレオン殿下は、『死んだ人間』とされているからだ。」

「は?でも、こうして生きてるのに?」

「生き残ったのは偶然だったんだよ……」

今から八年前、エレボニア帝国のクロイツェン本線で列車爆破事故が起こった。爆破された車両はピンポイントで彼と彼らの両親……次期国王夫妻、そしてシオンだった。帝国は徹底的な情報規制と迅速な復旧活動という名の『隠滅』を図った。シオンは偶々乗り合わせていた遊撃士……サラ・バレスタインの計らいで命からがら帝国から脱出した。

ただ、両親を失った影響からかシオンの瞳の色はクローゼのような青色の瞳に変わり、髪の先が栗色に変色したのだ。

 

 

その後、それを知ったアスベル、シルフィアは“星杯騎士”として内密に調査を行い…あまりにもピンポイント過ぎる爆破場所、迅速過ぎる復旧、そして列車爆破にその日を選んだ理由…その結果、帝国政府と帝国鉄道憲兵隊、さらには帝国軍情報局による組織ぐるみでの“暗殺”だと判明した。だが、この事実はまだ公表されていない。いや、彼らはその『切り札』を出すためのタイミングを見計らっているのだ。

 

 

帝国だけではない。クローゼ…いや、クローディア姫の両親であるユーディス王太子夫妻がカルバード領海で亡くなった海難事故……いや、とある組織と共和国政府が結託して行った大々的な“暗殺”……これに関しても、“調停”が裏で情報をかき集め、アスベルらに渡した……状況証拠と証言がすべて出揃った状態である。だが、このことも公表していない。

 

 

『帝国での次期国王夫妻暗殺』『共和国での王太子夫妻暗殺』『生きている次期国王夫妻の息子の存在』……そして『ハーメル』。リベールにはその四枚の『切り札』が揃っているということを二大国は知らない。

 

 

「まぁ、殿下が正式に生きていることを公表した暁には、独占インタビューさせてもらえるからな。それと交換条件なんだ。」

「た、逞しいわね……」

「流石ですね、ナイアルさん。」

「フフ……」

この後、エステルらはナイアルの奢りで夕食をご馳走になり、今日の疲れを癒すためホテルで一夜を明かしたのだった。

 

 




カルバードの客船の事故……どう見ても、ただの事故とは思えないような感じがして、今回の描写にしました。下手すれば、クローディアも事故に巻き込まれていた可能性すらありましたからね……個人的見解ですが。

リベールが持つ四枚の切り札……単独でもヤバいぐらいの威力を誇りますが、同時に公表すると………お察しくださいw

次回は……
レイア「さぁ、貴方達の罪を数えなさい!懺悔ぐらいなら安くしておきますよ!」
???「それ、ワイの台詞や!」
(嘘)


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第35話 第四位“那由多”

――猟兵という性は、決して抜けれる物ではない。それは、痛いほど理解していた。

 

幼い頃から戦場に身を窶し、銃弾を潜り抜け、命のやり取りをする……その行いは、彼女にしてみればある意味『呼吸』と同価値のもの……

 

されど、運命の悪戯か星杯騎士……ひいては遊撃士をしている。そんな自分に苦笑しつつ、未だ猟兵の頃の感覚は研ぎ澄まされたまま……いや、人知れず『外法』を狩る点でいえば、その感覚は猟兵以上のものに変わりつつあった。

 

人生というものは面白いものだ……だからこそ、『二度目の生』を生きる……その道が平坦ならずとも、ただ道を切り開くのみ、だと。

 

 

~マーシア孤児院~

 

「……」

真夜中、レイアは目が覚める。起き上がり、ふと窓を見る。

 

「懐かしい夢……」

そう言って、レイアは寝間着姿から仕事着に着替え、子どもたちやテレサを起こさない様一階に下りた。レイアが静かに扉を閉め、辺りの気配を探ると、裏手の方から気配を感じ、足を運ぶ。そこには……

 

「あれ?トワ……」

「あ、レイアちゃん。」

仕事着姿……人前では滅多に見せない“守護騎士”の服を身に纏ったトワだった。彼女もレイアの姿に気づき、声をかけた。

 

「トワがその恰好でここにいるということは、大方“仕事”なの?」

「今終わった所だけれどね。レイアちゃんは?」

「いや~、身体を動かしたかった……はぁ、“ハーシェル卿”……どうやら招かれざる客のようです。」

トワの問いかけに鍛練でもしようかと答えたレイアだったが、覚えのない『気配』にレイアは真剣な表情でトワに告げた。

 

「……数は、三人かな。」

「ええ。行きましょうか。」

「あくまでも、『拘束』だけれどね。」

二人は気配を断って姿を顰め、その気配の正体が判明するのを待った……少しした後、そこに現れたのは黒い兜で顔を隠した黒づくめの装備に身を纏った者たち。そのいずれもそれなりの実力者である風格を漂わせている。

 

「……周囲に、気配はありません。」

「ふむ……よし、計画通りに火を放て。その後は畑を適当に荒らしておけ。」

「了解です。しかし、“紫刃”がこの地方に来ているという情報もあります。」

「だが、放った魔獣の持ち帰った情報では、彼女の姿はなかった。いたのは“重剣”だけ。それに、いかに優れていようともルーアンからここまでは距離がある。」

部下らしき人が言った懸念に対し、部下の上司らしき人物は懸念などないということを話した。飛行船でも徒歩でもルーアン地方には来ていない……そう確信していた。

 

「成程、問題はないということですね?」

「そうそう、問題があるなら貴方達は馬鹿以外の何物でもないってことよ。」

「………えっ」

部下の問いに答えるかのように、彼らの背後から聞こえた声……だが、その答えを返すことなど、彼らにはできなかった。なぜならば、

 

「活心撃・神楽!!」

「「「ぎゃっ!!!??」」」

レイアのクラフト『活心撃・神楽』により、三人諸共気絶させられた。とりあえず、身包みを全て剥いで隠しておき、彼らから情報を直接『覗き』、彼らの身元や命令した人物を割り出した。

 

「えっと、火種に油……放火するための準備は揃ってたってことね。」

「それに、ダルモア市長と秘書のギルバート……彼らが首謀者ですか。」

ルーアン地方を統括する長とその秘書……その二人が実行犯…彼らが何故このような形で孤児院を放火しようとしたのか……これに関しては、証拠を限りなく集めて彼らに叩きつけるしかない。

 

「それじゃ、連行しましょうか。」

「それは困るな……御嬢さん方。」

「……」

二人が拘束した連中を連れて行こうとした時、一人の男性らしき兵が二人に近寄る。

そう言って、二人の前に姿を現したのは仮面とも言えるような兜を身に付けた人間。その素性に関しては既に判明していた。

 

「仮面の男……成程、貴方が『ジェスター猟兵団』絡みの人間……情報部、ロランス・ベルガー少尉。」

その特徴的な出で立ち……彼がリシャール大佐の“お付き”であるロランス。そして、リベールにはおろかジェスター猟兵団にも『その存在』がない“顔無し(ノーフェイス)”……彼の『背後』に関してもある程度察しはつく。

 

「……レイアちゃん。私が戦うね。彼らの監視をお願い。」

「了解。」

トワはいつになく真剣な表情を浮かべ、レイアに拘束した兵を託すとロランスの前に立った。

 

「ほう……その出で立ち、七耀教会の“星杯騎士”とお見受けする。」

「…あの者たちは、貴方の部下ですね?」

「フフ、もしそうだといったら?」

トワの格好を見て、その素性をそれとなく察する言葉をかけるが、トワはそれを気にすることなく先程拘束した兵とロランスの関係を尋ねると、含みを持たせた答えを返した。

 

「決まっています……はあああああああっ!!」

トワは目をつぶり、構える。すると、黄金に光り輝く闘気が彼女を包み込んでいく。その闘気が東方に伝わる、己の力を高める特殊な呼吸法……『麒麟功』の発現に、ロランスは驚愕する。

 

「(な、何だ……この気の高まりは……!)」

自分よりも年下であるはずの少女が纏っていいはずのない巨大な気……それ以上に、周りの自然がまるで彼女に力を貸すように…周囲の木々が囁きかけるかのように揺れ…周囲に風が巻き上がる。

 

「……七耀教会星杯騎士団所属、守護騎士第四位“那由多”トワ・ハーシェル。情報部少尉ロランス・ベルガー……無垢なる子どもたちの居場所を奪おうとした彼らを率いし貴方を“外法”と認定し、排除させていただきます。」

トワは目を見開き、高らかに自分の名を叫ぶ。

 

 

~レグラム アルゼイド邸:ベランダ~

 

アルゼイト邸のベランダでは、一息ついたアスベルとシルフィアがいた。そこから眺める夜空は数多の星が輝き、人の気持ちを落ち着ける加護を与えてくれるかのようだった。

 

「心配か?」

そう言って、アスベルは問いかける。事情が事情なだけに今回ばかりはリベールを離れなければならず、その後事を託す形でセシリアやレイアとシオン、そしてトワにエステル達の事を託したのだ。

 

「……ま、ちょっと心配かな。レイアがいるから心配はしてないけれど……」

「大丈夫。彼女は、俺達が知る技術を叩き込んだ……それに、彼女だって……」

アスベルらが知る限りにおいて、トワの戦闘力はアスベル達よりもやや劣る……一線級の実力者相手でも、彼女は引けを取らないが、彼女は『優しすぎる』……その情が彼女の本来の戦いをさせていない。シルフィアにはそれが気がかりだった。

 

だが、アスベルは安心しきった表情を浮かべ、そう言うと…彼女は『何者』なのかをしっかり告げた…たとえ、優しすぎても彼女がその『本分』を違えたことなどないのだから。

 

 

 

――星杯騎士団“守護騎士(ドミニオン)”、その名に偽りなしの人間なのだから。

 

 

 

 

~マーシア孤児院~

 

「ほう……(くっ……まさか、“守護騎士”がこんな場所にいようとは……)だが、そなたのような者では、私は「『倒せない』……そう言うつもりですか?」なっ!?」

ロランスは感心した言葉を放ちつつも内心は自分が相手にした『存在』に焦燥していた。だが、彼らならば相手への威圧の幻想など容易く見せることができる。そう見たロランスは挑発も込めた言動を放とうとするが、それを先回りする形でトワが呟き……次の瞬間、ロランスとトワには5mほどの間隔があったのだが……それが、『ロランスの目前にトワがいた』のだ。これにロランスは咄嗟に防御しようとするが、既に防御など間に合う状況ではなかった。

 

「せいやっ!!」

「がはっ!?」

腹部に杭でも打ち込むかのようなボディーブロー。これにはロランスも耐えられず、50m程吹っ飛び、地面にたたきつけられる。

 

「くっ……!(トップスピードでは『アイツ』と同等……それでいて、『痩せ狼』並みの拳法……厄介という他ないな。)」

ロランスは立ち上がり、剣を抜く。先程の彼女の速さと拳の威力……それらは彼が知る二人の人間……『漆黒の牙』と同等のスピード、そして『痩せ狼』を髣髴とさせる拳の破壊力……一線級の『執行者』に匹敵するほどの実力。

 

「……今のは警告です。大人しく退かないのであれば、次はもう少し本気でいきます。」

そう言って、彼女は纏っていた気を最小限に……よく目を凝らさねば見えないほどに薄い闘気を纏った状態になった。

 

「面白い……ならば、こちらも行かせてもらうぞ。フンッ!」

ロランスが剣を振りかぶり、

「てい!!」

トワが拳を振り上げ、

 

剣と手甲が激しく火花を散らし……いや、傍からすれば何をしているのか解らず、空間に歪みが出来ていると錯覚させるほどの超高速……その様子は、レイアには全て『視えて』いる。

 

「………」

レイアですら、あの速度について行けるかと言われたら、半分肯定、半分否定だろう。

超高速戦闘を行えるのは、転生前にその技術を習得し、自らそれを上回る技巧を編み出したアスベル、それと十代にして『理』に到達したシオンぐらいだろう。あとの面々では彼らの『一歩手前』までしかいかないのだ。目の前でロランスと戦っているトワは、その彼らの動きを知り、それを己の術として独学で習得した『武の才に溢れた少女』なのだ。

 

「その余裕、いつまで続くかな?」

そう言ってロランスは『分け身』を使い、本体と分身が怒濤の攻撃をかけるが、

 

「はあっ!せいっ!甘いです!!」

トワは防御するのではなく、紙一重でロランスの攻撃を回避しつつ、ロランスに拳を打ち込むが、そのいずれもが分身であり、次の瞬間には消えていた。彼女は辺りを見渡すが、彼の姿は見当たらない。

 

「私でも知らない技巧……」

先ほどロランスが使った『分け身』と、そして姿を隠したロランス……おそらく導力魔法の一種であるとトワは構え、ロランスの気配を探った。

すると、彼女のすぐ背後が歪み……ロランスが姿を現した。彼は『ホロウスフィア』……姿を隠すアーツと殺気を殺し、彼女の真後ろまで接近していた。

 

「フ、捉えたっ!!」

ロランスは剣で彼女を斬った……だが、その刹那、彼女の姿は霞に消える。

 

「なっ!?(手ごたえはあった……分け身か!?)」

自身も使うことのできる『分け身』……それをいとも簡単に使ったことに驚愕していた。

彼女はこう言った。『私でも知らない』……と。その言葉と表情に微塵の嘘など感じなかった。となれば、このわずかな時間で彼女はロランスの技を『視て覚えた』ということになる。

 

 

「危なかったですよ……貴方がそれを見せていなければ、私は地に伏せていましたから。」

 

 

トワの体格は他の者と比べれば遥かに劣るハンデを背負っている。だからこそ、そのハンデを乗り越えるために彼女が選んだ手段は、『誰よりも速く、敵に到達して必殺の一撃を打ち込む』だった。

彼女の家系に伝わる武芸や東方に伝わる武術を取り入れ、更にはアスベルから歩法の基礎を、シルフィアからは空手や中国拳法のノウハウを習い……結果として、誰よりも速いトップスピード……反応速度だけで言えば、アスベルの『神速』使用状態に追随するほどのレベル。そして、戦いの最中に敵の技を己の技として取り込む……その柔軟性と飲み込みの早さは、守護騎士の中でもトップクラスの部類に入る。

 

 

「……いきます」

そう呟いて、トワは駆け出した。その一歩を踏み込んだ瞬間、トワの姿は四人に増えていた。『分け身』……先程覚えた技でロランスに強襲した。

 

「はぁっ!!」

「ぐっ!?」

トワは先程と同様……いや、先程のよりもさらに速い突きでロランスを捉える。その感覚は本物であると感じたトワは、ロランスに考える暇すらなく追撃をかけていく。

 

「せいせいせいせいっ!!」

「がああああああっ!?!?」

本体と分け身によるラッシュ攻撃。一時の隙すらない攻撃にロランスは苦痛の悲鳴を上げることしかできない。

 

「終わりにします……轟け、無限の拳閃!光を抱き、敵を撃ち貫け!!」

そう高らかに叫ぶと、彼女の分身は光となって空を駆け抜け、彼女自身の姿も光の如くロランスを捉え、彼の戦力を確実に奪っていく。

 

「ゼロ、ディゾルヴァー!!」

トワのSクラフト『ゼロ・ディゾルヴァー』のフィニッシュブローがロランスに命中し、トワは目をつぶりつつ真剣な表情を浮かべている。

 

「がはあっ!?!?」

ロランスは吹き飛ばされ、木に直撃してようやく停まった。とどめの一撃が来るのかと思いきや、トワはその場を去ろうとした。

 

「なぜ、殺さない。」

その行動にロランスは不思議がった。彼らの行動理念からすれば『外法』扱いされたものは一度の例外などなく殺されている。だが、目の前にいる少女はそれをしようとすらしていない。

 

「それを貴方が言いますか、『結社:身喰らう蛇』の『執行者(レギオン)』No.Ⅱ“剣帝”レオンハルト?」

その質問に答えるかのようにトワが言葉を紡ぐ……すると、彼の仮面に無数の罅が入り……次の瞬間、粉々に破壊され……彼の素顔が露わになった。

 

「なっ!?(何時の間に……!?)」

これにはロランス――いや、レーヴェですら驚愕だった……つまり、もしこのままロランスとして取り繕えば、次は五体満足ではいられない、と……それを暗示させるかのような印象をレーヴェは強く感じた。

 

「私が『外法』と認定したのはロランス少尉です。貴方ではありませんから……今回の件については、『借り』にさせていただきますよ。」

そう言い放つと、トワは先程までの闘気を収め、その場を後にした。

 

「流星の如き速度……音速を超えし者。第四位“那由多”……手も足も出なかった俺が『剣帝』を名乗るなど、これではおこがまし過ぎるな。これが……俺が、まだ修羅になりきれていない証拠か。」

兵たちの事はどうにか取り繕うこととしつつ、レーヴェもといロランスはアーツで体力を回復させると人間離れした動きでその場を去った。

 

 

「はぁ、疲れたよ。」

「お疲れ、トワ。はい、お茶」

「いつの間に淹れてたの!?………ん、美味しい。」

先ほどの戦いぶりからは見る影もないほどに疲れた表情を浮かべるトワに、レイアは彼女を労う形で茶を差し出し、それを見たトワは彼女の手際の良さに感心しつつも、お茶で一息ついた。

 

「明日はエステルちゃんやエリィちゃんにも手伝ってもらおうかな。」

「エリィ……成程、彼女ならそういったところに繋がりがあるかもしれませんね。」

「今日は大体終わったし、寝なおそうか。」

「だね。」

かくして、孤児院の放火は二人の『実力者』の活躍で未遂に終わった。ちなみに……

 

「ん……あ、あれ?」

「う、動けねえ!?」

「だ、誰か、助けてくれー!!」

孤児院への放火を行おうとした三人の『愚か者』は、一時的に人一人が軽々入る樽の中に入れられて敷地の隅に置かれ、盗難防止の鎖と遮音・認識阻害の法術をかけて厳重に管理していた。

 

 




ほぼトワのメイン回。

『銃?あれは飾りです!(キリッ)』となりましたwだって、某捜査官のSクラだって『鉄拳制裁』ですしw

……実際のところは、原作でもかなりのバイタリティと書記官ですら脱帽の仕事ぶりだとすると、これぐらい出来ても不思議じゃないと思いました。
原作チート化キャラはティータ、エステルに続いて三人目になりますね。


閃の軌跡Ⅱのスクショを見ると、ガイウス十字槍二刀流(どこのB○SARA幸村w)とか、ラウラの“獅子のオーラ”とか、カレイジャスに向かって行くアリサとか……やべぇ、テンションアガットしてきましたw


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第36話 生じ始めた“焦り”

~ルーアン 遊撃士協会支部~

 

エステルとヨシュアはギルドに来て、仕事の紹介を受けようとしたところ、通信機が鳴ってジャンが応対し……伝えられた内容をエステル達に伝えた。

 

「どうかしたの?ジャンさん」

「レイアからの連絡でね……昨晩、孤児院が放火されそうになったらしい。」

「えっ!?」

「本当ですか?」

「ああ。それも、彼らを現行犯で逮捕したそうだよ。詳しいことはおいおい調べていくみたいだけれど。」

ジャンは二人に、昨日の真夜中マーシア孤児院が放火されるすんでで止めることに成功し、犯人を現行犯で逮捕したと伝えた。

彼らを然るべき場所に引渡し、それからこちらに来るとのことだった。

その30分後、レイア達が来たので情報整理をすることになった。

 

 

~遊撃士支部 二階~

 

「――以上が、彼らから聞き出せた事の顛末ね。」

「……う~ん」

レイアは昨晩起こった内容をかいつまんで話した。流石にレイアやトワの素性までは話せないが……それを聞いたエステルは考え込んでいた。

 

「エステル、どうかしたの?」

「え?……その、率直に思ったんだけれど、孤児院に放火して得をするとは思えないのよね。だって、マリノア村の人には好印象の人が多いみたいだし。」

「まぁ、そうだね。」

「いたずらにしても、バレたら大勢の人に嫌われることをやれるものなのか、って思っちゃったのよね。」

エステルの指摘は、ある意味的を射ている。悪戯心だったとしても、それが後で解れば大勢の人……ルーアン地方全体から非難を一身に受けることにもなりうる。そのようなことを隠れてやったという意味からしても、単なる悪戯とも思えないのは明白だった。

 

「となると、レイヴンのメンバーではないということですね。彼らの容姿と放火しようとした連中の容姿が合わないことからして、それはありえないですし。」

「う~ん……」

「エリィ?どうかした?」

ヨシュアの言葉にエリィは考え込み、彼女の様子が気になったエステルが尋ねる。

 

「え?えと、その、もしかしたらあの話が関わってるんじゃないかって……」

「あの話?」

「少しでも手がかりが欲しいし、話してくれないか?」

「ええ、解ったわ。」

二人の問いかけにエリィは頷き、話し始めた。それは、エリィがリベールに来る二週間前の事だった。

 

 

~クロスベル国際銀行16階 執務室~

 

クロスベル国際銀行……International Bank of Crossbell:通称IBC……西ゼムリアにおいて、その影響力は計り知れない規模と力を持ちうる金融機関の一つ。この銀行による恩恵は周辺の国家…とりわけエレボニア帝国やカルバード共和国もその恩恵を強く受けている。

エリィはこの銀行の総裁であるディーター・クロイスの娘、マリアベル・クロイスの招きで執務室を訪れていた。彼女とはディーターとエリィの父親が旧知の仲であり、その繋がりで彼女らも仲が良い友として付き合っていた。エリィとしては、マリアベルの事は信頼しているのだが、彼女は事あるごとに確認と称して抱き着いてくるため、その点に関しては納得できない部分があるのは事実である……まぁ、今回もその被害を受けたのだ。

 

「まったく、ベルったら……」

「フフフ、相変わらずで何よりですわ。」

「笑い事じゃないわ……って、物凄い書類の量ね。」

ため息をつくエリィに、マリアベルは笑みを浮かべて答えた。それに対してため息をつきたくなったが……彼女の執務室の机の上にある積み上げられた書類の多さに声を上げた。

 

「あの書類はルーアン地方のプロジェクト計画書よ。」

「プロジェクト計画書って……ベル、そんな簡単に話していいものなの?」

「構いませんわ。何せ、現実味がありませんもの。」

「ようするに、ベルの目から見て『不承認』ってことかしら?珍しいわね、おじ様の話だと滅多な事では不承認なんて出さないベルが。」

ディーター曰く、マリアベルはどれほどの計画であろうとも必要なところは指摘して改善し、最終的には承認する敏腕さがあると指摘し、エリィに対して自慢げに話していた。そのマリアベルですらそう言葉を吐き捨てるほどの『現実離れ』した書類……マリアベルは話し続けた。

 

「確かに、私は必要なところは指摘しますし、妥協ができれば承認しますけれど、あれは最早『駄作』ですわね。私も一度足を運びましたが、あの場所を壊そうとするだなんて正気を疑いますわ。それに、現地の人はそれすら知らないようですから。」

「現地の人ですら知らない、って。」

「事実でしたから。色んな人に話をしましたが、そのいずれもが『知らない』『聞いたことがない』でしたから。」

マリアベルから言わせれば『駄作』……それは、ルーアン地方に別荘地を作り、高所得層の誘致を図る計画。だが、それに必要とされる『土地の権利』や『必要な予算』……肝心ともいえる計画の『柱』が何ら確定していない状態での計画書提出にもはや呆れるほかなかった、というのがマリアベルの言い分だった。

 

「そう言えば、今度の留学先はリベールって言ってましたわね。」

「ええ……ただ、ルーアン地方に行くか解らないけれども。」

「それは解っていますわ。ただ、ダルモア市長にお会いしたら…………と、言っておいてもらえるかしら?」

「……それで私が被害を受けたら、ベルに賠償を要求したいところね。」

マリアベルはその話をしたところでエリィがリベール留学することを思い出し、もし会えたら…ということで伝言を頼み、エリィは行けないかもしれないということを伝え、彼にその言葉を伝えた時の『報復』を考えつつ、マリアベルに答えを返した。

 

「その時は誠心誠意……」

「いや、やっぱりやめておくわ……」

「あら残念。」

ベルの言葉からして、嫌な予感しかしない……そう直感したエリィは答え、マリアベルは少し残念そうに答えた。

 

 

~ルーアン 遊撃士協会支部2階~

 

「――というのが、私の聞いた話ね。」

「あの場所に別荘って……じゃあ、孤児院を放火しようとしたのって……」

「繋がる可能性が高いね。あの時間なら全員焼失しても“不審火”で片づける可能性があるし、レイヴンのメンバーに罪を着せて強引に解決する可能性すらあった。」

「しかも、ジョセフさんの帰国は一週間後……その間に、計画を進めるためには『今』事を起こす必要があった……ってところね。」

レイアとトワ、エリィが泊まっていなければ、テレサや子供たちは全員焼死していた可能性があった……今回の放火未遂……その計画を推し進める立場の人間でないとできないことだ。それも、何らかの形で大きなバックアップを持っていなければできない所業……

 

「ところで、レイア。火をつけようとした人達なんだけれど……何者だったんですか?」

「……言ってもいいけれど、今までの見方が凄く変わるよ?」

「……う、うん。あたしは、知らなきゃいけない気がする。」

「……教えてください。」

ヨシュアは放火をしようとした人物をレイアに尋ね、レイアは真剣な表情でエステルとヨシュアの方を見て、エステルはやや躊躇いがちに、ヨシュアは真剣な眼差しでレイアのほうを見て頷いた。

 

 

「……シオンに身分を確認させた。彼らは間違いなく『情報部』の人間。それも、ダルモア市長ひいてはリシャール大佐の命令を受けた形で。」

「え?あたしから見れば理解のありそうな人たちだったけれど……」

「それと、シェラザードから聞いたけれど、仮面の男…彼はロランス・ベルガー少尉。彼がいわば『実行役の統括』を担っていた人間ね。」

「ロランス・ベルガー……」

レイアの口から出た名前にエステルは信じられない表情で目をパチクリさせ、ヨシュアの表情は一層険しく……特にロランの名前が出た時、普段からすれば見られない悩んだ表情を浮かべていた。

 

「え、えと、その……本当なの?市長さんが放火を指示したって……」

「ええ。実行犯たちにも聞いたわ。」

あくまでも『平和的』にお話を聞き、彼らに関してはシオンに任せているので、特に問題はないはずだ。エステルの表情から見て、納得いかないということは明らかだろう。彼女にしてみれば、『何故そのようなことをするのか』ということの方が疑問だろう。

 

「水際で止めたのは幸いだったけれど、再発の心配もある……カルナさんにテレサ先生の護衛をシオンからの『依頼』ということで、お願いしてる。」

「そっか……あたしたちはどうしようか?」

レイアの言葉を聞き、エステルは複雑な表情を浮かべつつ、これからどうしようかと考えていた時、受付にいたはずのジャンが2階に駆け上がってきた。

 

「君たち!よかった、まだいたね……」

「ジャンさん!?ど、どうしたの!?そんなに急いできて。」

「……火急の事態ですね。事情を説明してください。」

「ふう……うん、実はね。」

ジャンからエステル達に伝えられた内容……それは、テレサ先生が襲われ、怪我をしたこと。そして、孤児院が襲われたことだった。

 

「あんですってー!?」

「それで、どうなったんですか?」

「テレサ先生に関しては軽傷。カルナも手傷は負ったみたいだけれど、命に別状はないようだし、近くを通りかかった人に治療してもらったそうだ。……それと、仮面を被った男性の姿もあったらしい。」

(あの人、のようですね。やっぱりもう少しきつめにしとくべきでしたか)

テレサを護りつつ、黒づくめの兵やロランス相手に手傷程度で済んだのは、ある意味運が良かったというべきなのかもしれない。それは、彼と戦ったトワが一番よく理解していた。ただ、近くを通りかかった人の存在は気になるが……それはひとまず置いて、ジャンは話し続けた。

 

「それと、孤児院の方だけれど……“重剣”が彼らを追い払ったそうだ。」

「“重剣”……って、誰?」

「“重剣のアガット”…ほら、一年前にエステルは手合わせしたじゃないか。赤毛が特徴的な人。」

「あ~、あの人ね。あたしのことをバカ呼ばわりした人。お返しにボッコボコにしたけれど。」

アガットの異名を聞いてエステルは首を傾げ、ヨシュアの説明にエステルはようやく思いだし、笑顔で言い放った。

 

「(あの“重剣”を倒しただなんて……)とりあえず、急ぎの依頼もないし、君たちにはこの調査をお願いしたい。民間人と遊撃士が襲われたのは看過できないからね。」

「ええ、わかったわ。」

「解りました。」

ジャンの言葉に二人は頷き、席を立って1階に下りた。すると、1階にエステルとヨシュアが見知った姿の少女がいた。

 

「エステルさんにヨシュアさん!」

「クローゼ!?」

「もしかして、事情を聞いてここに?」

「はい……その、私も同行させてください。足手まといには決してなりませんから。」

少女――クローゼの決意は固い。それは、彼女の決意に満ちた表情……それを見ずとも、直感ではっきりと解るほどだった。

 

「そうだものね……どうする?」

「レイアさん、判断をお願いしてもいいですか?……」

「……クローゼ、いいんだね?」

「…はい!」

「それなら、同行を許可します。アガットの奴が何を言っても、私が許したんだから問題ないしね。」

「ありがとう、ございます……!!」

エステルらはクローゼと共に、一路マリノア村へと急いだ。

 

 




てなわけで、色々話が進みまくります。

レイアがエステルとヨシュアに今回の黒幕を言った理由は、先んじて言っておくことで動揺を少なくすること。そして、ひいては『彼ら』に対しての『宣戦布告』です。

次回、一気に事件解決までもっていける……かなぁw
ちょっと文章が長めになるかもしれませんw


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第37話 冷酷なる紫刃

~マリノア村 白の木蓮亭~

 

エステルらはテレサとカルナが運び込まれた場所を村人から聞き、その一室に入ると上半身を起き上がらせた状態のテレサやカルナ……そして、深い碧の髪に翡翠の瞳の女性がいた。

 

「おや、アンタたちは……エステルにヨシュア、それにレイアじゃないか。」

「カルナさん!」

「よかった。無事みたいですね……えと、貴方は…って、その紋章…」

カルナが声をかけ、その言葉にエステルは声を上げ、ヨシュアも安堵の表情を浮かべたが、その傍らにいた見慣れない女性の姿……彼女の胸につけられた正遊撃士の紋章に、驚きを隠せない。

 

「って、セシリアさん!?」

「久しぶりね、エステルにヨシュア。」

「お久しぶりです、セシリアさん。成程……貴方がジャンさんの言っていた“黎明”ということですか。」

自分たちと知り合いが遊撃士……これには話を聞いていたエステルも驚きを隠せず、ヨシュアも彼の言っていたことをかみしめるように呟いた。

 

エステル達はカルナから事のあらましを聞いた。

子供たちの面倒をアガットに託し、テレサ先生と二人で海道に出たところ、兜で顔を隠した兵たちが襲いかかってきた。兵たち相手はどうにか無傷で切り抜けられたが、彼らとは異なる兜をかぶった人物に遭遇し、傷を負わせられた。追撃しようとしたところでセシリアが介入し、その人物と兵はあっさり退却したとのことだ。

 

「許せない……!どこのどいつの仕業よ……」

事のあらましを聞き終え、エステルは怒りを露わにして思わず叫んだ。

 

「はっきりしているのは……犯人たちは相当の手練ということです。カルナさんがなす術もなく気絶させられたわけですから……」

「確かに……」

「そしてもう1つ……計画的な犯行だと思います。狙いはもちろん先生……孤児院を放火しようとしたのもおそらくその人たちでしょう。」

「うん、その可能性が高そうだ。」

「クローゼさん……」

冷静になったクロ―ゼを見て、エリィは安心して尋ねた。

 

「はい……落ち込んでいても仕方ありませんから。今はとにかく、一刻も早く犯人の行方を突き止めないと……」

「……そいつは同感だな」

そこにアガットが部屋に入って来た。

 

「アガット!」

「アンタがここに来るって、子どもたちはどうしたのよ?」

「ガキどもはシオンが引き受けてくれた。馴染の少ない俺よりもガキらに慕われてやがる奴のほうが安心できるだろうからな。」

「そうですか……シオンがいてくれるならば、安心ですね。」

それは尤もだろう。テレサもそれを聞き、少し安堵の表情を浮かべた。

 

「にしても、こっちはこっちで厄介なことになってるな。」

「ひ、他人事みたいに言わないでよ!カルナさんだってやられちゃってるんだから!」

「判ってるから、きゃんきゃん騒ぐな。カルナがやられたってことは、正直やばい連中なのは俺にだってわかってる。大ざっぱでいいから一通りの事情を話してもらおうか。」

「はい……」

そしてエステル達は一通りの事情をアガットに説明した。

 

「ふん、なるほどな……あいつらの事といい、妙な事になってきやがったぜ。」

「妙って、何がよ?」

アガットの意味深な言葉が気になり、エステルは尋ねた。

 

「ああ、実はな……『レイヴン』の連中が港の倉庫から行方をくらました。」

「そ、それって……やっぱりあいつらが院長先生を襲ったんじゃ!?」

「いや、それはどうかな。彼ら程度に、カルナさんが遅れを取るとも思えない。」

「……レイア、お前の目から見たら、連中の練度は?」

「最低限のチンピラレベルね……カルナさんとは実力的に開きがありすぎる。」

アガットの答えを聞きロッコ達を疑ったエステルだったが、ヨシュアは冷静に否定した。アガットの問いかけにレイアは酷評を下した。正直街の不良程度の実力でプロフェッショナルであるカルナを倒すどころか傷一つすらつけられないだろう。

 

「確かに……あの連中、口先だけでろくに鍛えてなかったもんね。」

「いきなり姿を晦ましやがって……そこに今度の事件と来たもんだ。」

「犯人かどうかはともかく何か関係がありそうですね。」

「ああ、だが今はそれを詮索してる場合じゃない。レイアに新米ども、とっとと行くぞ。」

ヨシュアの答えに頷いたアガットはエステル達に自分について来るよう促した。

 

「なによ、いきなり……いったい、どこに行くの?」

「わかんねえヤツだな。犯行現場の海道に決まってるだろ。あのバカどもがやったかどうかはともかく……できるだけ手がかりを掴んで犯人どもの行方を突き止めるんだ!」

「あ……なるほど。」

「分かりました、お供します。」

アガットの言葉にエステルとヨシュアは納得し、頷いた。

 

「私は念のためにこちらで残っておきますね。」

「そうね……あんなことがあった後だものね。」

「貴方ほどの実力者なら大丈夫でしょう。」

セシリアの申し出にエステルとヨシュアは頷いた。二人とも無事とはいえ、また襲撃がないとは限らない。そういった意味では彼女の存在は心強い。アガットと合流したエステルらは店の外に出た。

 

 

~マノリア村 宿酒場前~

 

エステル達が宿を出ると、既に日が暮れており、辺りはすっかり暗くなっていた。

 

「わっ、もうこんな時間!?」

「ち……マズイな。これだけ暗いとどこまで調べられるか……」

既に夜になっている事にエステルは驚き、アガットは舌打ちをした。痕跡が見えにくい時間帯……調査が困難を極めるのはその場にいる誰もが解り切っていた……その時、鳥の鳴き声がした。

 

「ピューイ!」

「なんだ、今の鳴き声は……」

鳥の鳴き声にアガットは首を傾げたその時、ジークが空からやって来てクロ―ゼの肩に止まった。

 

「まあ、ジーク……どこに行ってたの?」

「な、なんだコイツは。」

「クローゼのお友達でシロハヤブサのジークよ。」

「はあ……お友達ねぇ……」

エステルの説明にアガットは半信半疑でジークを見た。

 

「ピューイ!ピュイ、ピュイ!」

「そう……わかったわ。ありがとうね、ジーク。」

「ピュイ♪」

「まったく呑気なもんだぜ。で、お嬢ちゃん。そのお友達はなんだって?」

ジークとクロ―ゼの様子にアガットは溜息をつき、尋ねた。

 

「先生たちを襲った犯人の行方を教えてくれるそうです。襲われた時にちょうど見ていたらしくて……」

「ははは!面白いジョークだ……」

「やった!さすがジーク!」

「うん、お手柄だね。」

「うんうん、流石だよ。」

「偉いわ、ジーク。」

「さっすが~」

「ピューイ♪」

クロ―ゼの言葉をアガットは笑い飛ばして否定したが、エステルやヨシュア、レイアとエリィ、トワは普通に信じたのを見て焦った。

 

「ちょ、ちょっと待て!お前ら、そんなヨタ話をしんじてるんじゃねえだろうな?」

「え?それが何か?」

「僕たちは何度かこの目で確かめていますし。」

「はぁ……これだから脳筋は……」

「あはは……」

「レ、レイア…それはちょっと酷いような……」

アガットの発言をよそに、『お前の方こそ何を言っているんだ』と言わんばかりの感じで発言した五人。

 

「………」

「信じないんだったら付いて来なけりゃいいのよ。クローゼ、ジーク、行きましょ!」

「はい!」

「ピューイ!」

「………えーと………こ、こらガキども、待ちやがれ!」

しばらく呆けたアガットだったが、我に帰りエステル達の後を慌てて追った。先導するジークの後を追ったエステル達はマノリア村の近くの灯台――バレンヌ灯台に辿りついた。

 

 

~バレンヌ灯台~

 

「あの建物って……」

「バレンヌ灯台……ルーアン市が管理する建物だな。確か、灯台守のオッサンが一人で暮らしていたはずだが……」

灯台を見上げて呟いたエステルの言葉にアガットは灯台を睨みながら答えた。

 

「でも、間違いありません。先生たちを襲った人たちはあの建物の中にいると思います。」

「となると、犯人に灯台内を占領されている可能性が高そうだね。」

確信を持ったクロ―ゼの答えを聞き、ヨシュアは真剣な表情で灯台を見た。

 

「見たところ……入口はあそこだけみたい。とにかく入ってみるしかないか。」

「はい……」

「ちょっと待ちな。嬢ちゃん、あんたは……」

エステルの言葉に頷いたクロ―ゼはエステル達と共に進もうとした時、アガットに呼び止められた。

 

「この目で確かめてみたいんです。」

「なにぃ?」

クロ―ゼを村に帰そうと思ったアガットだったが、クロ―ゼの言葉に首を傾げた。

 

「誰がどうして、先生たちをあんな酷い目に遭わせたのか……だから、どうかお願いします。」

「そ、そうは言ってもな……」

「あーもう。ケチなこと言うんじゃないわよ。この場所が判ったのはクローゼたちの手柄なんだから。」

「彼女の腕は保証しますよ。少なくとも、足手まといになる心配はないと思います。」

「何だったら、私も保証するわよ。少なくとも、“紅隼”に匹敵するだけの実力はあるし。」

一般市民であるクロ―ゼがついて来る事に渋るアガットにエステルとヨシュア、レイアが援護した。

 

「エステルさん、ヨシュアさん、レイアさん……」

「ち……勝手にしろ。だがな、相手はカルナを戦闘不能に追いやった連中だ。くれぐれも注意しとけよ。」

押し問答している時間はないと思ったアガットは折れて、クロ―ゼに忠告した。

 

「はい、肝に銘じます。」

「……そこの2人も大丈夫だろうな?怪我しても知らねぇぞ?」

クロ―ゼの答えを聞いたアガットはエリィやトワにも忠告した。

 

「ご心配なく。自分の身位は守れますから。」

「私も大丈夫ですよ。アガットさん、見かけによらず優しい人なんですね。」

「ば、馬鹿野郎!ちげーっての……チッ、どいつもこいつも好きにしやがれ。」

アガットはトワの言葉に少し焦ったが、二人の言葉を聞いて、諦めて舌打ちをした。

 

「それじゃ、決まりね。」

「うん……。さっそく中に入ろう。」

そしてエステル達は灯台の中へ入った。

 

 

~バレンヌ灯台内 1階~

 

灯台に入るとそこには、姿を眩ましたレイヴンのメンバーがいた。

 

「こ、こいつら!?」

「あ、あの時の人たち……」

レイヴンのメンバーを見て、エステルとクロ―ゼは驚いた。

 

「まさかとは思ったが……おい、てめえら……こんな所で何やってやがる!」

「「「………………」」」

アガットはレイヴンのメンバーに近付き、怒鳴った。すると、レイヴンのメンバー達は虚ろな目でアガットを見た。

 

「お、おい……」

「アガットさん、危ない!」

ヨシュアが叫んだ時、アガットは反射的に重剣を抜いてディンの攻撃を受け止めた。

 

「こ、この力……!?ディン、てめえ……」

「………」

「はっ、上等だ……なにをラリッてるのかは知らねえが、キツイのをくれて目を醒まさせてやるぜ!」

ディンの攻撃を受け止めたアガットはディンを睨んだが、ディンは虚ろな目の状態で何も語らなかった。

残りの下っ端の2人もナイフを抜いた。そしてエステル達とディン達の戦いが始まった……と思いきや

 

「邪魔」

レイアのいつもの様子からはかけ離れた……冷酷な口調で呟き、ディンと下っ端を一閃し、壁に叩きつけた。その攻撃に三人は一瞬で意識を刈り取られた。

 

「……なあっ!?」

「い、一撃……!?」

「で、出鱈目ね……」

「(あ、相変わらず凄いですね……)」

その様子を見たアガットは驚きの声を上げ、ヨシュアも驚嘆し、エステルはため息が出そうな表情で呟き、クローゼは内心で彼女の活躍に苦笑いを浮かべていた。その後も普通でないレイヴンのメンバー達をあっさりと倒しつつ、最上階に向かったエステル達は最上階へ続く階段の上から、人の話し声が聞こえたので階段で耳を澄ました。

 

 

~バレンヌ灯台 最上階~

 

「ふふふ……君たち、良くやってくれた。これで孤児院を放火し、連中に罪をかぶせれば全ては万事解決というわけだね。」

声の主はなんとダルモアの秘書のギルバートであり、黒装束の男達を黒い笑みで褒めた。

 

「我らの仕事ぶり、満足していただけたかな?」

「ああ、素晴らしい手際だ。念のため確認しておくが……証拠が残る事はないだろうね?」

「ふふ、安心するがいい。たとえ正気を取り戻しても我々の事は一切覚えていない。」

「そこに寝ている灯台守も朝まで目を醒まさないはずだ。」

ギルバートの疑問に黒装束の男達は自信を持って答えた。

 

「それを聞いて安心したよ。これで、放火が成功すればあの院長も孤児院再建を諦めるはず……放火を含めた一連の事件もあのクズどもの仕業にできる。まさに一石二鳥だな。」

「喜んでもらって何よりだ。」

「しかし、あんな孤児院を潰して何の得があるのやら……理解に苦しむところではあるな。」

男の一人はギルバートの狙いに首を傾げた。それを見て、気分が良かったギルバートはさらに黒い笑みで答えた。

 

「ふふ、まあいい。君たちには特別に教えてやろう。市長は、あの土地一帯を高級別荘地にするつもりなのさ。風光明媚(ふうこうめいび)な海道沿いでルーアン市からも遠くない。別荘地としてはこれ以上はない立地条件だ。そこに豪勢な屋敷を建てて国内外の富豪に売りつける……それが、市長の計画というわけさ。」

「ほう、なかなか豪勢な話だ。しかしどうして孤児院を潰す必要があるのだ?」

ダルモアの考えに黒装束の男は頷いた後、ダルモアの考えを聞いても解けなかった事を尋ねた。放火などした場所はいわば『曰くつき』になりかねない……と。男の疑問にギルバートは冷笑して答えた。

 

「はは、考えてもみたまえ。豪勢さが売りの別荘地の中にあんな薄汚れた建物があってみろ?おまけに、ガキどもの騒ぐ声が近くから聞こえてきた日には……」

「なるほどな……別荘地としての価値半減か。しかし、危ない橋を渡るくらいなら買い上げた方がいいのではないか?」

ギルバートの答えに納得した男だったが、まだ疑問が残ったので尋ねた。その疑問にギルバートは鼻をならして答えた。

 

「はっ、夫が遠地で入院しているとはいえ、あのガンコな女が夫の土地を売るものか。だが、連中が不在のスキに焼け落ちた建物を撤去して別荘を建ててしまえばこちらのものさ。フフ、再建費用もないとすればあの夫妻とて泣き寝入りするしか……」

「それが理由ですか……」

その時、静かな怒りの少女の声がした。

 

「!?」

「き、君たちは……!?」

その声に驚いたギルバート達が声のした方向に向くと、そこには武器を構え、怒りの表情のエステル達……それを見てギルバートは慌てた。

 

「本当に最低ですね……貴方という人間は……貴方方という人たちは!!」

「そんな……つまらない事のために……先生たちを傷つけて……思い出の場所を灰にしようとして……あの子たちの笑顔を奪おうとした……」

エリィとクロ―ゼは顔を伏せ身体中を震わせながら言った。

 

「ど、どうしてここが判った!?それより……あのクズどもは何をしてたんだ!」

「残念でした~。みんなオネンネしてる最中よ。しっかし、本当に市長が一連の事件の黒幕だったとはね。しかも、どこかで見たような連中も絡んでいるみたいだし……」

焦って尋ねたギルバートの疑問にエステルはしたり顔で答え、黒装束の男達を見て言った。

 

「ほう……娘、我々を知っているのか?」

「そこの赤毛の遊撃士とは少しばかり面識はあるが……」

「ハッ、何が面識だ。ちょろちょろ逃げ回った挙句、魔獣までけしかけて来やがって。だが、これでようやくてめえらの尻尾を掴めるぜ。」

黒装束達の言葉にアガットは鼻をならし、いつでも攻撃できる態勢になった。

 

「き、君たち!そいつらは全員皆殺しにしろ!か、顔を見られたからには生かしておくわけにはいかない!」

「先輩……本当に残念です……」

黒装束の男達に見苦しい態度で命令するギルバートの姿にクロ―ゼは侮蔑の意味も込めて呟いた。

 

「まあ、クライアントの要望とあらば仕方あるまい。」

「相手をしてもらおうか。」

ギルバートの命令に黒装束の男達は溜息をついた後、両手についている短剣らしき刃物が爪のようについている手甲を構えた。

 

「………ふ~ん、成程ね。」

「レイア?」

何かを納得したような表情を浮かべるレイア。その表情にエステルは首を傾げる。

 

「……大人しく退けば、放火はしないのかしら?」

「フッ……脅迫のつもりか?我らとてクライアントの命令は必ず実行する……お前とてそれぐらいの事は解っているはずだろう?“紫刃”……いや、“朱の戦乙女”?」

「……そっか。なら」

問いかけに挑発も込めて彼女のもう一つの『異名』を言い放った男。だが、その言葉を聞いたレイアは笑みを浮かべた。彼らの態度……それは、彼女の持つ……いや、『彼ら』から託された『力』を妨げるもの……そう判断した彼女は、高らかにこう叫ぶ。

 

「貴方方に隠す必要はないということですね…そうでしょう、王国軍情報部……いいえ、アラン・リシャール大佐ならびにロランス・ベルガー少尉、そして彼らが率いる特務部隊!」

そう言って、彼女は一つの武器を取り出す。それは、導力ユニットが付いた双刃の方天戟。ツインスタンハルバード……その武器の出で立ちはまるで神秘さを感じさせるほどだった……

 

「なっ!?」

「ええっ!?」

エステルらはレイアの言葉に驚く。それは、エステルらだけでなく、黒装束の男たちも動揺していた。

 

「(な、何故だ!?報告では、彼らは我々のことなど……!?)」

「(それよりも、彼女は棒以外のものなど持っていないはずだぞ!?)」

だが、その動揺が命取りだった。

 

「……遅い!」

「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」

一閃――レイアの薙ぎ払いによって、一瞬で意識を持っていかれ、あっさりと気絶した。

 

「ふう……」

「ひ、ヒイッ!こ、こっちにガアッ!?」

気絶させられた男たちの姿を見て恐怖したギルバートだったが、彼女の振りおろしたハルバードの衝撃波で壁まで吹き飛ばされ、気絶した。

 

「よし。アガット、男たちとコイツは任せちゃっていい?」

「……あ、ああ。」

「(流石師匠ね……あたしも頑張らないと)」

「(って、思ってるんだろうな……僕、生き残れるかな?)」

「(あはは……パワーだと守護騎士以上の実力者だね。)」

「(レイア…私の常識が見事に破壊されていくわね。)」

「(えーと……はぁ)」

レイアの実力に各々思うところはあるが、黒装束の男たちとギルバートに関してはアガットに任せて、エステル達は今回の事件の詳細を報告するため、ルーアンのギルドへと急いでいた。

 

 

~メーヴェ海道~

 

「しかし、ダルモア市長が事件の黒幕だったなんて……絶対許せないわよ!!」

「あの、少し気になったんですけど……今回の件で、ダルモア市長を逮捕できるんでしょうか?」

「……え?」

「そうだね……難しいかもしれない。遊撃士協会は、国家の内政に不干渉という原則があるからね。ルーアン地方の責任者である現職市長を逮捕するのは難しそうだ。」

クロ―ゼの心配ごとにエステルは驚き、ヨシュアは暗い表情で答えた。

 

「ちょっと待ってよ!それっておかしくない!?」

「おかしいけどそれが決まりだからね。この決まりがあるからこそギルドはエレボニア帝国にすら支部を持つことができたんだ。」

「そ、そうは言っても……」

「とにかくギルドに行ってジャンさんに相談してみよう。良い知恵を貸してくれると思う。」

「う、うん……」

「………」

元気づけるヨシュアの言葉にエステルは腑に落ちない様子で納得し、クロ―ゼは俯いたまま聞いていた。

 

「大丈夫、心配することないって!院長先生たちを苦しめたツケはきっちり払ってもらわないとね!」

「はい……そうですね。」

俯いているクロ―ゼにエステルは元気づけた。しばらく歩いているとルーアン市とジェニス王立学園に行く分かれ道に出た。

 

「……あの」

「クローゼ、どうしたの?」

「私、やる事を思い出したので、先に行っててもらえませんか?すぐに追いつきますから……」

「構わないけど……いったん学園に戻るのかい?」

「は、はい……一応、学園長にも報告しておこうと思いまして。」

「そっか……うん、わかったわ。ギルドで待ってるからね!」

そしてエステルとヨシュア、レイアとエリィ、トワはクロ―ゼをその場に残して、ルーアン市に向かった。

 

「ごめんなさい……エステルさん、ヨシュアさん、レイアさんにエリィさん、トワさん。」

エステル達を見送ったクロ―ゼは申し訳なさそうな表情で呟いた後、懐から手帳とペンを取り出して文字を書き連ねた。

 

「うん、これでいいわ……ジーク!」

「ピューイ!」

「これをセシリアさんとユリアさんに届けてくれるかしら?」

「ピュイ。」

クロ―ゼは先ほど書き連ねたページを破り、ジークの足に結び付けた。

 

「お願いね、ジーク。」

「ピューイ!」

クロ―ゼの言葉に頷いたジークはまた、空へと飛び立ちどこかへ去った。そしてジークを見送ったクロ―ゼは急いでルーアンのギルドに向かった。

 

 

~遊撃士協会 ルーアン支部~

 

「……話はわかった。まさか、ダルモア市長が一連の事件の黒幕だったとは。うーん、こいつは大事件だぞ……」

エステル達から報告を聞いたジャンは首をひねって、唸った。

 

「それで、ジャンさん。市長を捕まえる事はできるの?」

「うーん……残念だが逮捕は難しそうだな。現行犯だったら、市長といえど問答無用で逮捕できるんだけどね。」

「やはりそうですか……」

「そ、そんな……だったらこのまま悪徳市長をのさばらせてもいいてわけ!?」

無念そうな表情で答えたジャンの言葉にヨシュアは暗い顔で納得し、エステルは納得できず怒った。

 

「まあ、そう慌てなさんな。遊撃士協会が駄目でも……王国軍なら市長を逮捕できる。」

「あ……」

「エステル君、ヨシュア君、それとレイア君。これから市長邸に向かって市長に事情聴取を行ってくれ。多少、怒らせてもいいからできるだけ時間を稼いで欲しい。」

「なるほど、その間に王国軍に連絡するんですね?」

ジャンの指示にレイアは確信を持った表情で尋ねた。

 

「そういえば……君たちはどうする?」

「私もご一緒します。この件に関しては力になれそうですし。」

「私もです。」

「了解した。正直民間人やシスターさんに迷惑をかけるだなんて罰せられるレベルだろうけれど。背に腹は代えられないからね。」

ジャンの問いかけにエリィとトワも同行することを願い、ジャンもこれに頷いた。

 

「……うん、決まりね。それじゃ、クローゼが来たらすぐにでも行きましょうか。」

エステルがそう言ったその時、ドアが開いてそこには息を切らせたクロ―ゼがいた。

 

「はあはあ……。お、お待たせしました……」

「学園に寄った割にはずいぶんと早かったね?」

学園との距離を考え、不思議に思ったヨシュアはクロ―ゼに尋ねた。

 

「え、えっと……足には自信がありますから。それで……どういう事になりました?」

「ちょうど市長のところに乗り込むって話をしてたのよ。王国軍の連中が来るまで事情聴取して時間稼ぎをするの。」

「あ……そうですか……(余計なことをしたかしら……)」

エステルの言葉にクロ―ゼはエステル達には聞こえない声で独り言を呟いた。クロ―ゼの様子を不思議に思ったエステルは尋ねた。

 

「えっと、クローゼも来るよね?」

「あ、はい。どうかご一緒させてください。」

「ジャンさん、連絡の方はどうかよろしくお願いします。」

「ああ、任せておいてくれ!」

ギルドを出たエステル達は市長邸に向かい、接客をしているという市長に会うためにヨシュアがメイドに自分達も会う予定があると誤魔化した。そしてエステル達は市長と、市長が接客しているデュナン公爵がいる部屋に堂々と入った。

 




次回、市長殲滅戦(嘘)


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第38話 ダルモアの失策

~ルーアン市長邸~

 

エステル達が踏み込む寸前、2階の大広間にはダルモア市長とフィリップを傍に控えさせたデュナン公爵が会談をしていた。そこにエステル達が現れた。

不機嫌な表情でエステル達を見ていたダルモアだったが、ヨシュアの『緊急な用件』であるという答えに驚いた。

 

「急な用件か……仕方あるまい。公爵閣下、しばし席を外してもよろしいでしょうか?」

「ヒック……いや、ここで話すといい。どんな話なのか興味がある。」

「し、しかし……」

「いいじゃない♪公爵さんもああ言ってるし。聞かれて困る話でもないでしょ?」

「まあ、それはそうだが……そういえば昨日、テレサ院長が襲われたそうだな。放火未遂事件と同じ犯人だったのかね?」

デュナンも事件の詳細について聞く事にダルモアは戸惑ったが、エステルの言葉に納得して尋ねた。

 

「その可能性が高そうです。残念ながら、実行犯の一部は逃亡している最中ですが……」

「そうか……だが、犯人が判っただけでも良しとしなくてはならんな。ちなみに誰が犯人だったのかね?」

「そうね……おそらく、市長さんが考えている通りの人たちだと思うわよ。」

ヨシュアの言葉に半分浮かない顔をしつつも、犯人が判明したことに安堵するダルモアがそのことを尋ね、エステルが答えた。

 

「そうか……残念だよ。いつか彼らを更正させる事ができると思っていたのだが……単なる思い上がりに過ぎなかったようだな……」

「あれ?市長さん、誰のことを言ってるの?」

無念そうに語っているダルモアにエステルは不思議そうに尋ねた。

 

「誰って、君……『レイヴン』の連中に決まっているだろうが。昨夜から、行方をくらませているとも聞いているしな……」

「残念ですが、彼らは犯人ではありません。むしろ今回に限っては被害者とも言えるでしょうね。」

「な、なに!?」

エステルの疑問にダルモアは確信を持った表情で答えた。しかし、ヨシュアの答えに驚き、思わず声を上げた。彼等が犯人ではない……では誰が犯人だというのか、というダルモアの声なき問いかけにエステルが声を張り上げてその名を言い放った!

 

「今回の一連の事件…孤児院を襲撃した、その真犯人。それは……ダルモア市長、あんたよっ!」

 

「!!!」

エステルの言葉にダルモアは厳しい表情のまま、固まった。

 

「あなたの秘書―――ギルバードさんは既に現行犯で逮捕しました。あなたが実行犯を雇って孤児院放火と、院長先生への襲撃を指示したという証言も取れています。この証言に相違はありませんか?」

「で、出鱈目だ!そんな黒装束の連中など知るものか!」

「あれぇ?あたしたち、黒装束だなんて一言も言ってないんだけど。」

「うぐっ……知らん、私は知らんぞ!全ては秘書が勝手にやったことだ!」

「往生際の悪いオジサンねぇ……というか……」

「な、何だ!?」

「放火未遂の事、何で知っているのかしら?私たち遊撃士しか知らない事実なんだけれど?」

「なあっ!?」

先日会った時の態度、先ほどまでの紳士的な態度は完全に形(なり)を顰め、悪あがきをしているダルモアを見てエステルは溜息を吐いた。そして、それに追撃をかけるかのように放たれたレイアの言葉にダルモアは驚愕の表情を浮かべていた。

 

今回の事は、院長先生や子供達ひいてはマリノア村へ不安を与えかねない……そう判断したレイアやトワはギルド内部に情報を止めたのだ。それを知るということは、遊撃士以外では『今回の実行犯』以外在り得ないことだ。そしてヨシュアはダルモアの退路を断つかのように、話を続けた。

 

「ギルバートさんの証言から……高級別荘地を作る計画のために孤児院が邪魔だったと聞いています。これでもまだ、貴方の容疑を否認しますか?」

「しつこいぞ、君たちっ!確かに、ずいぶんと前から別荘地の開発は計画されている!だが、それはルーアン地方の今後を考えた事業の一環にすぎん!どうして犯罪に手を染めてまで性急に事を運ぶ必要があるのだ!?」

「……莫大な借金を抱えているからでしょう?」

エステル達を援護するかのように姿を見せた意外な助っ人……ダルモアにそう話しながら現れた男性――ナイアルが広間に入って来た。

 

「ナ、ナイアル!?」

「どうしてここに……」

「何、そこの市長さんを取材しようと屋敷まで来たらお前たちが入っていくじゃねえか。こりゃ何かあるなと思ってお邪魔してみたらこの有様だ。いや~。一部始終聞かせてもらったぜ♪」

驚くエステルとヨシュア。それにはとびっきりのネタを見つけたかのように、ナイアルは上機嫌で答えた。

 

「な、なんだね君は!?」

「あ、『リベール通信』の記者、ナイアル・バーンズといいます。実はですねぇ、最近のルーアン市の財政について調べさせてもらったんですが……ダルモア市長、あなた……市の予算を使い込んでますね?」

「……そ、それは……別荘地造成の資金として……」

ナイアルの確認の言葉にダルモアは顔を青褪めさせた。

 

「そいつは通りませんぜ。工事は一切始まってないんですからね。で、ちょいと妙だと思ったんで飛行船公社まで足を伸ばしてあなたの動向を調べたんですよ。すると一年ほど前に、共和国方面に度々いらっしゃってますね?」

「……た、ただの観光だ……」

「……というのは表向きの理由。本当の理由は、あちらの相場に手を出して大火傷を負ったからでしょう?」

「!!!」

どんどん追い詰められている事に気付いたダルモアは無意識に両手の拳を握り、誤魔化したがナイアルはすぐに否定し、本人しか知りえないと思っていた『ナイアルが言い放った事実』に表情が凍り付いた。

 

「えっと……相場ってなに?」

「市場の価格差を利用してミラを稼ぐ売買取引です。簡単に言えば、これから値段が上がりそうなものを買い込んで、高くなったら売っていくことで利益を得る方法ですよ。」

「説明ありがとう、クローゼ。それでナイアル、この市長さんはどれだけ損しちゃったわけ?」

「共和国にいる記者仲間に調べてもらった限りでは……およそ1億ミラってとこらしい。」

「い、1億ミラぁ~!?」

「……犯罪に手を染めても不思議ではない金額ですね。」

クローゼの説明にエステルは納得してナイアルに尋ね、その答えにエステルは驚いて声を上げ、ヨシュアは驚いた後ダルモアが犯罪に手を染めた理由に納得した。

 

「流石ですねナイアルさん。ですが、それだけではありませんよ……ダルモア市長、貴方が提出した計画書……IBCは一切それを承認しないと回答を頂いております。」

「なっ!?こ、小娘が何をぬかす!」

「これは、IBC総裁…『ディーター・クロイス』から預かった伝言です。しかも……私の友人が個人的に調べた貴方の取引損失額は6億ミラほど。損しかしない人間に貸す金はない、という言葉も預かっています。」

「ろ、6億ミラ!?」

「おいおい、1億ですら驚きだっていうのに…こりゃ、大スクープものだぞ…!!」

続けて放たれたエリィの言葉にダルモアは声を荒げるが、臆することなく言い放った事実にエステルは驚愕し、自分が聞いた額もその一部であったことにナイアルは愕然とした。

 

「そして、その計画書の最大の欠陥……それは、ルーアン地方で建設が進んでいる医療機関の敷地まで入っていることです。」

「えっ!?」

「なっ!?」

「その計画書は国家主導のもの。対して、こちらは市主導のもの……これでは、貴方は国家の決定に反するもの――『国家反逆』の意思あり、と疑われますよ。」

「!!!」

現在、マリノア村の奥で建設が進んでいる医療施設……リベールとレミフェリアの共同事業として、クロスベルにある聖ウルスラ病院に追随する医療機関の設立が決定され、現在工事が進んでいる。別荘地の候補は、その敷地内にまで食い込んでいるのだ。これでは、いくら申請したところで通るはずなどない。

 

「6億とはな……私もミラ使いは荒い方だがさすがにおぬしには完敗だぞ。」

「くっ……」

「な~に競ってるんだか。(スケールが大きすぎて、正直どっちもどっちに思えちゃうのは、あたしだけかしら……)」

逃げ場を完全に失ったダルモアは顔を歪め、エステルはデュナンの言葉に呆れて溜息を吐いた。

 

「そこの御嬢さんの話には俺も驚いたが……ともかく、莫大な借金を返すために市の予算に手を出したはいいが、問題を先送りにしただけだ。どうするものかと思っていたらまさか放火未遂や襲撃までして別荘地を作ろうとするとはね。何と言いますか……行き当たりばったりですなあ。」

「ふん、そんな証拠がどこにある。憶測だけで記事にしてみろ。名誉毀損で訴えてやるからな!」

「あらま、ある程度予想していたとはいえ、こうも見事に開き直るとは。」

強気になったダルモアを見てナイアルは目を丸くした。

 

「貴様らもそうだ!市長の私を逮捕する権利は遊撃士協会にはないはずだ!今すぐここから出て行くがいい!!」

「む、やっぱりそう来たか。」

「さすがに自分の権利はちゃんと判っているみたいだね。」

同じようにエステル達にダルモアは怒鳴った。怒鳴られたエステルとヨシュアは厳しい表情でダルモアを見た。

 

「………市長、1つだけ……お伺いしてもよろしいですか?」

「なんだ君は!?王立学園の生徒のくせにこのような輩と付き合って……とっとと学園に戻りたまえ!」

「………」

「うっ……」

静かに問いかけたクローゼを怒鳴ったダルモアだったが、クローゼの凛とした眼差しに見られて怯んだ。

 

「どうして、ご自分の財産で借金を返さなかったんですか?確かに6億ミラは大金ですが……ダルモア家の資産があれば――この屋敷などを売り払えば、何とか返せる額だと思います。」

「ば、馬鹿なことを……!この屋敷は、先祖代々から受け継いだダルモア家の誇りだ!どうして売り払う事ができよう!」

「あの孤児院だって同じことです。多くの想いが育まれてきた思い出深く愛おしい場所……その想いを壊す権利なんて誰だって持っていないのに……どうして貴方は……魂を悪魔に売り渡すような……あんなことが出来たのですか?」

「あのみすぼらしい建物とこの屋敷を一緒にするなああ!!」

クローゼの言葉にダルモアは怒り心頭で吠えた。

 

「そうですか……あなたは結局、自分自身が可愛いだけです。ルーアン市長としての自分……ダルモア家の当主としての自分……己の地位を愛しているだけに過ぎません。本当に、可哀想な人……」

「………よくぞ言った、小娘が。こうなったら後のことなど知ったことか!」

クローゼに哀れみと軽蔑が込めた視線で見られたダルモアは凶悪な顔で笑い、立ちあがって後ろの壁にあるスイッチを押した。すると壁の一部が動き、隠し部屋が出来た。

 

「ファンゴ、ブロンコ!エサの時間だ、出てこい!」

ダルモアが叫ぶと、隠し部屋から何かの足音が聞こえて来た。

 

「な、なんなの……」

「獣の匂い……!」

エステルとヨシュアは隠し部屋から歩いて来る何かを警戒した。そして隠し部屋から二体の四足巨大魔獣が現れた!

 

「「グルルルル………」」

「な、なんだああッ!?」

「ま、魔獣ううううう!?うーん……ブクブクブク……」

「こ、公爵閣下!?」

巨大魔獣を見てナイアルは驚き、気絶したデュナンにフィリップが駆け寄った。

 

「信じられません……魔獣を飼ってるなんて……」

「くくく……お前たちを皆殺しにすれば事実を知るものはいなくなる……こいつらが喰い残した分は川に流してやるから安心したまえ。ひゃ―――――――はっはっはっ!」

「く、狂ってやがる……」

険しい表情で魔獣とダルモアを見るクローゼ。狂ったように笑い叫ぶダルモアにナイアルは後ずさった。二体の巨大魔獣は唸りながらエステル達に襲いかかる態勢になった。

 

「ふふふ……ダルモア市長、貴方は馬鹿ですね。」

「何!?」

「その魔獣をここに放つ……そして、貴方の先程の発言。状況的に民間人である方々を襲う意思ありと判断……遊撃士規約第二項『民間人の保護』に基づき、ルーアン市長モーリス・ダルモア……貴方を逮捕させていただきます。」

口元に笑みを浮かべてそう話したレイア。ダルモアのした行動は『ここにいる全員を皆殺しにする』……本人がそう言っていることは、最早疑いようのない事実。そうなれば、公的機関への干渉が何だろうが、『民間人』であるナイアル、エリィ、トワを保護する名目で、彼等に危害を与えようとする『ダルモア市長の逮捕』という口実を彼自身が生み出してしまったことは彼の失策である。

 

「……エステルとヨシュア、クローゼ。一匹頼める?」

「え?う、うん!」

エステル、ヨシュア、クローゼに片割れ――ブロンコを任せて、レイアはエリィとトワと共にもう一体の魔獣―――ダルモアがファンゴと呼んだ魔獣と相対する。

 

「トワ、エリィ。めんどいから10秒で終わらせるよ!」

「(久々に聞いたね、レイアのその言葉…)了解!」

「わかったわ!」

六人はそれぞれ魔獣に向かい、戦闘態勢に入った!!

 

 



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第39話 試験

~ルーアン市長邸 大広間~

 

「ひゃははははははっ!!せいぜい足掻くがいいわ!!」

そう言って、ダルモアは隠し扉があった場所から外に出ていった。

 

「あっ、こら!待ちなさいよ!!」

「くっ……」

「ど、どうすれば……」

エステル、ヨシュア、クローゼが声を上げるが、受け持っている魔獣――ブロンコは容赦などなく三人に襲い掛かる。

 

「……」

レイアは考える。自分が追いかけてもいいが、ここで力を晒すのはまずい。何せ、担ぎ上げられているデュナンがいる。となれば……ツインスタンハルバードを構え、レイアはブロンコとファンゴの間に一撃を入れる形で振りかざして二匹を怯ませると、三人の道を作る。

 

「エステル、ヨシュア、クローゼ!市長を追って!!こっちは援軍が来るまで耐えるから!!」

「レイア!?」

「………エステル、クローゼ。行こう!」

「はい!!」

「あー、もう。わかったわよ!死ぬんじゃないわよ!!」

「お、俺も行かせてもらうぜ!こんなスクープ、逃してたまるかよ!!」

彼女の言葉にエステルは驚くが、ヨシュアは彼女の決意を無駄にしないためにも、二人に声をかけて先行し、クローゼとエステルもそれに続き、ナイアルも三人の後を追って行った。

 

「さあて……公爵さんは気絶してるし、派手にやらせてもらうわ。フィリップさん、公爵を連れて退避してください。エリィ。」

「解ったわ……フィリップさん、非力ではありますが……」

「すみません、マクダエル嬢。お力添えをお願いします。」

気絶しているデュナンをフィリップとエリィが運び出す。それを魔獣らは躊躇いもなく狙うが、

 

「ふっ!!」

「はぁっ!!」

レイアはハルバードで、トワは隠し持っていた法剣でその牙を防いだ。

 

「急いでください!」

「は、はい!この礼はいずれ!!」

「レイア、トワ!無茶はしないで!!」

トワの声にフィリップは軽く会釈をし、エリィは無事を願う言葉をかけて大広間から出た。それを見届けたレイアはトワの方を見、トワもそれを見て頷き、力を入れて魔獣を弾き飛ばす。弾き飛ばされた魔獣は構えを取り、二人を警戒した。

 

「「ガアッ!!」」

魔獣はその鋭き爪と牙で二人を引き裂こうとするが、

 

「っと!!」

「くっ!!」

レイアは軽々と飛んでかわし、トワは屈んでその難を逃れる。そして、二人は魔獣から距離を取り、構える。だが、その表情に焦りの色は見られない。むしろ、これから試そうとしていることに対しての感情の昂りを抑えきれない感じだった。

 

「それじゃあ……あんた達がこの“試験”の最初の餌食よ。いこうか、トワ。」

「うん!!」

「「第七世代型戦術オーブメント『ALTIA(オルティア)』、『導力解放(オーバルブースト)』起動!!」」

そう叫ぶと、オーブメントの中心に嵌められた特殊なクォーツ『マスタークォーツ』が光り、それに呼応するかのように個人の適正に合わせたラインも光る。さらには、はめ込まれたクォーツも光り出し、レイアは緑色のオーラを、トワは金色のオーラを身に纏う。

 

第七世代型戦術オーブメント……『ALTIA(オルティア)』。第六世代型の『ENIGMAⅡ』や『ARCUS』の機能をも取り込み、12年という歳月をかけてZCF――ツァイス中央工房が完成させたアーティファクトクラスの戦術オーブメント。『導力解放(オーバルブースト)』はマスタークォーツのもつ属性と同属性のクォーツが共鳴し、使用者の身体能力を向上させる『ALTIA』の機能の一つ。だが、『オーバルブースト』は単に使用者のみに影響があるわけではない。彼女らの手に持つ武器……ツインスタンハルバードや法剣も彼女らのオーラと同じ色に光り輝く。それを構え、二人は突撃する。

 

「ガウッ!!」

魔獣らは彼らに怯むことなくその爪を二人に叩きつけようとするが、

 

「ガッ!?」

二人の武器と交えているはずなのに、見えない何かに阻まれ、身動きが取れないことに驚愕する。だが、それすらも理解することなく、魔獣たちは軽々と弾き飛ばされた。一方、レイアとトワはその力に感心していた。

 

「へぇ……これは凄いね。」

「そうだね。」

だが、今は感心している時ではない。すぐさま気を引き締め、武器を構える。そして、二人は闘気を高める。

 

「せいやっ!!」

レイアがハルバードを振るうと、風の衝撃波が魔獣を切り裂く。

 

「せいっ!!」

「グゥゥ!?」

トワが魔獣を斬ると、斬られた場所の堅さなど関係なしに傷が入り、魔獣は呻く。

 

「風よ荒ぶれ、竜巻の如く!荒れ狂え、雷神の如く!遮るものを断つ刃となれ!!」

「雄大なる力の一端、此処に顕現せよ!」

これから先を戦い抜くために………今できる最大の技を放つ。レイアのツインスタンハルバードから放たれるSクラフトは縦横無尽の斬撃を繰り出す『スコルピオン・ハーツ』……トワの法剣から放たれるのは分離した法剣の刃によるクラフト『インフィニティスパロー』の上位技……Sクラフト『グラール・インフィニティア』。

 

それらが、オーバルブースト……戦術オーブメント『ALTIA』によって進化した、使用者のみが扱える専用のSクラフト……名付けるならば、文字通りの『決め技』……F(フィニッシュ)クラフトがさく裂する!!

 

「斬り裂け、ラグナブラストハーツ!!」

「放て、空刃の嵐!テンペスト・インフィニティア!!」

レイアとトワのFクラフト……『ラグナブラスト・ハーツ』『テンペスト・インフィニティア』が魔獣に命中し、魔獣はそのエネルギーの余波で消滅した。

 

「ふう……何とかなったかな。」

「そうだね。手ごたえは悪くなかったしね。」

レイアとトワは初めて使った機能に満足していた。ただ、乱用は出来ない。ここぞという時に使う『切り札』でないと、いろいろ誤解を招きかねないというのは、二人も理解していた。そうして武器を収めると、エリィが戻ってきた。

 

「二人とも、無事……って、魔獣は?」

「倒したよ。ちゃんとね。」

「え!?その、本当なの?」

「うん、本当だよ。」

エリィは魔獣の姿がないことに首を傾げ、レイアとトワの言葉を聞いても半信半疑の状態だった。とりあえず、エステル達の帰りを待つため、ギルドにいったん戻ることにした。

 

 

~ルーアン市街~

 

エステルたちはヨットに乗って逃亡したダルモアを追う形でボートに飛び乗った。辛うじてナイアルも追いつき、飛び乗ったのだ。小型で軽量な分すぐに追いつき、ダルモアは銃を放つがエステルが棒で弾き、叩き落とした。

しかし、沖合に出たところでヨットが加速した――海の風を受けるための帆があるヨットの方が断然有利になってしまい、その距離は段々離されていった。

 

「くっ、向こうは帆がある分有利か……!」

「冗談じゃないわよ!あと一歩のところで~っ!」

「このままだと高飛びされかねない……なにか手段は……」

ダルモアに追いつけなかった事にナイアルとエステルは悔しがり、ヨシュアはダルモアに追いつく手段を考えたその時、上空からエンジン音が聞こえて来た。

 

「な、なに……?」

「……来た」

謎のエンジン音にエステルは不思議な顔をし、クローゼは静かに呟いた。するとエステル達のボートの上を大きな飛行船が飛んで行った。

 

「フン、逃げたはいいがこれからどうしたものか……やはり、軍の手が回る前にエレボニアに高飛びするしかないか。なに、しばらく我慢すれば『彼』が何とかしてくれる……」

一方逃亡が成功したと思ったダルモアは独り言を呟いた後、念の為に後ろを振り返ると大きな飛行船がダルモアのヨットに向かってきた。

 

「な、な、なああああああっ!?」

飛行船はダルモアのヨットの進路を塞ぐように着水した。飛行船が着水した衝撃でできた水飛沫により、ダルモアのヨットが停止した。

 

「な、な、な……うわあああっ!な、なんだこの飛行船は!王国軍の……いや、この紋章は……」

「……王室親衛隊所属、アルセイユ級高速巡洋艦一番艦『アルセイユ』。それがこの艦の名前だ。」

飛行船に彫ってある紋章を見て驚くダルモアに答えるように、飛行船から王室親衛隊員達を連れた女性士官が現れて答えた。

 

「やれやれ……何とか間に合ったみたいだな。」

「蒼と白の軍服……女王陛下の親衛隊だと!?」

女性士官の軍服……王室親衛隊の制服を見たダルモアは驚いて叫んだ。

 

「その通り。自分は中隊長を務めるユリア・シュバルツ。ルーアン市長モーリス・ダルモア殿……放火未遂、傷害、横領など諸々の容疑で貴殿を逮捕する。」

「これは夢だ……夢に決まっている……うーん、ブクブクブク……」

女性士官――ユリアの宣告にダルモアはショックを受けてヨットの上で気絶した。そのすぐあとにエステル達のボートが到着した。

 

「こ、これって……どうなっちゃってるの?」

「ジャンさんが連絡してくれた王国軍の応援だと思うけど……それにしては来るのが早すぎるような……」

「……ふふ………」

「おいおい、高速巡洋艦『アルセイユ』自らお出ましとは…こりゃ、ラッキーだったが…複雑だな、色々と。」

状況を見てエステルとヨシュアは驚き、クローゼはその後ろで静かに笑っていた。そして、王国が誇る『白い隼』の登場に面食らったのか驚きの表情を浮かべるナイアルだった。

 

「やあ、遊撃士の諸君。諸君の協力を感謝する。後のことは我々に任せてほしい。」

こうしてマーシア孤児院放火未遂事件とテレサ襲撃を命じた黒幕、ルーアン市長ダルモアは親衛隊員によって身柄を拘束された。ダルモアの身柄が拘束された後に、エステルとヨシュア、クローゼに連絡を貰ったレイアはルーアン発着場に向かいユリアからその後の話を聞いた。尚、エリィとトワには買い物をお願いしてある。

 

「先程、目を覚ました市長を問い詰めたのだが……どうやら記憶が曖昧になっているようだな。放火や強盗の犯行についてもぼんやりとしか覚えてないらしい。」

「そ、そうなんだ……なんか空賊の首領みたい……」

「あの黒装束たちといい何か関係があるかもしれないね(レイアの言葉も気になるけれど)。」

「また、ですか……」

ユリアの説明にエステルとヨシュアは顔を見合わせ、驚いた。レイアもその報告を聞いて少しため息をつき、その背後にいる『彼ら』を警戒した。

 

「まあ、記憶が曖昧と言っても起こした罪は明白だからな……秘書共々、厳重な取り調べが待っているのは言うまでもない。何か判明したら遊撃士協会にもお知らせしよう。」

「助かります。」

ユリアの言葉にヨシュアはお礼を言った。

 

「ところで中尉さん。1つお願いがあるんですがね。」

「なにかな、記者殿?」

「できれば俺も、そちらの船に乗せてくれませんかねぇ?何と言っても、ツァイス中央工房が世に送り出した『百日戦役』の功労者…その旗頭の飛行船だ。ぜひとも取材させて欲しいんですよ。」

「申しわけないがお断りさせていただこう。この『アルセイユ』は先日、メンテナンスが終わったばかりで最終試験飛行を行っている段階なのだ。」

「そ、そこを何とか!逮捕された市長や秘書からもコメントを貰いたいところだし……」

ナイアルがアルセイユの事を頼むもののユリアに断られるが、その言葉にナイアルは食い下がった。あの『百日戦役』で帝国軍を破った実績のある巡洋艦……記事のネタとしては、これ以上ないほどのものであることは確かだろう。

 

「心配せずとも、判明した事実は王都の通信社にもお伝えしよう。そのあたりで勘弁して欲しい。」

「はあ~、仕方ないか。よし、こうしちゃいられん!記事を書いたら大急ぎで王都に戻るしかっ!そんじゃあ、失礼するぜ!」

ユリアの答えを聞いたナイアルは諦めて溜息をついた後、その場を走り去った。

 

「相変わらず逞しいっていうか、めげないっていうか……」

「はは……でもナイアルさんらしいね。」

「そうだね……」

ナイアルの行動にエステルとヨシュア、レイアは苦笑した。転んでもただじゃ起きないその不屈さには感心させられる部分もあったりする。

 

「『リベール通信』の発行部数は最近うなぎ上りだと聞いている。彼には、プロパガンダに囚われない記事を書いて欲しいものだが……」

「政治的宣伝(プロパガンダ)……?」

「いや……」

首を傾げて気になった言葉を繰り返したヨシュアを見て、ユリアは顔を伏せた。そこにカノーネを連れたリシャールが現れた。

 

「お手柄だったようだね。シュバルツ中尉。」

「こ、これは大佐殿……!」

「ああっ!」

「リシャール大佐……」

「ほう、いつぞやの……。なるほど、ギルドの連絡にあった新人遊撃士、それにお付きの正遊撃士とは君たちのことだったか。」

リシャールはエステル達を見て頷いた。

 

「え……ジャンさんが連絡したのってリシャール大佐のことだったの?」

「ああ、王国軍の司令部があるレイストン要塞に連絡が入ってね。慌てて駆けつけてみればすでに事が終わっていたとはな。見事な手際だ、シュバルツ中尉。」

「は、恐縮です……」

「フフ、でも不思議ですこと。王都にいる親衛隊の方々がこんな所に来ているなんて……どうやら、我々情報部も知らない独自のルートをお持ちのようね?」

「お、お戯れを……」

「………」

カノーネの言葉にユリアは目をそらし、クローゼは目を閉じて何も言わなかった。

 

「はは、カノーネ大尉。あまり絡むものではないな。ただ、陛下をお守りする親衛隊が他の仕事をするのも感心はしない。後の調査は我々が引き継ぐからレイストン要塞に向かいたまえ。そこで、市長たちの身柄を預からせてもらうとしよう。」

「は……了解しました。」

「我々はこれで失礼するよ。親衛隊と遊撃士の諸君。それから制服のお嬢さん……」

「………………………………」

リシャールは一瞬クローゼに意味ありげな顔を向けて言った。顔を向けられたクローゼは何も言わず笑顔で会釈をした。

 

「……機会があったらまた会うこともあるだろう。それでは、さらばだ。」

「フフ、ごきげんよう。」

そしてリシャールはカノーネを連れて発着場から去った。

 

「気のせいかもしれないけど……リシャール大佐、クローゼの方を見ていなかった?」

「そ、そうでしょうか?」

「………確かに、こういう場所に君みたいな学生がいるのはあまりないことだろうからね。不思議に思われたのも無理ないよ。」

「あ、あはは……本当にそうですよね。ちょっと反省です……」

「うーん、そんな雰囲気じゃなかったような……」

「………」

ヨシュアの言葉にクローゼは苦笑し、エステルは腑に落ちていない様子だった。そして、レイアは目を伏せて黙って聞いていた。

 

「……自分に言わせれば君たちだって充分驚きの対象だ。いくら遊撃士とはいえその若さでここまで活躍するとは……できれば親衛隊にスカウトしたいくらいさ。」

「や、やだな~。そんなにおだてないで下さいよ。今度の事件だって色んな人に助けてもらったし。」

ユリアの賛辞にエステルは照れながら答えた。今回のことだってアガットやセシリア、レイアにトワにエリィといった面々の助けがなければ、此処まですんなりいくものではなかっただろう。

 

「そう謙遜するものではない。まだ準遊撃士のようだが正遊撃士は目指さないのかな?」

「あ、今ちょうどそれを目指して修行中なんです。」

「女王生誕祭が始まるまで一通り国内を回ってみるつもりです。」

ユリアの問いかけにエステルは今正遊撃士を目指して旅をしている最中であることを伝え、ヨシュアも同調するように答えを返した。

 

「そうか……自分も応援しているよ……ところで、“紫刃”…いや、レイア。久しいな。」

「久しぶりですね、ユリアさん。」

「って、知り合い!?」

「シオンと知り合った関係でね。クローディア姫やアリシア女王とも顔見知りだし。」

「へぇ~、レイアって凄いのね。」

「それは意外だね。」

「ふふっ、そうですね。」

ユリアの言葉にレイアも礼をして言葉を交わす……その光景にエステルは驚いて声を上げ、レイアは苦笑しつつも彼女だけでなく、アリシア女王やクローディア姫とも顔見知りであることを伝えると、エステルは感嘆し、ヨシュアも彼女の交友の広さに感心していた。そして、クローゼもその意外性に笑みを浮かべて頷いた。

 

「あはは……(ユリアさん、これを。シオンから話は聞いていると思いますが……)」

レイアは苦笑しつつも、三人が聞こえないように小声で話し、ユリアの懐に手紙を忍ばせた。

 

「ふむ、かなり強くなったようだな。王国にいる身としてこれほど嬉しいことはない(解った。あとで読ませてもらおう。)」

ユリアもレイアの事を褒めつつ、手紙の事については軽く頷き、返事をした。その時、アルセイユから親衛隊員がユリアを呼んだ。

 

「ユリア隊長!出航の準備が整いました。」

「ああ、わかった。エステル君、ヨシュア君、レイア……それとクローゼ君も。そろそろ我々は失礼する。機会があったらまた会おう。」

「あ、はい!」

「その時は宜しくお願いします。」

「頑張ってください!」

「……ありがとうございました。」

エステル達の別れの言葉を聞いたユリアは親衛隊員達が待つアルセイユのデッキに戻った。

 

「隊士一同、敬礼!」

ユリアがそう言うと、ファンファーレを鳴らしながら、親衛隊員達が敬礼をした。

 

「わわっ……」

「王室親衛隊所属艦、『アルセイユ』―――離陸(テイクオフ)!」

 

そしてアルセイユはエステル達に見送られ、飛び立って行った…………

 

 




……さて、原作を知る人ならば『順番が逆』だと気付くでしょう。

ええ、この章のタイトルである『アレ』をやりますw

しかも、ある意味豪華な登場人物達ですw


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第40話 事件の顛末、新たな依頼

~アルセイユ ブリッジ~

 

リベールが誇る高速巡洋艦『アルセイユ』10年経った今でもその翼は健在であり、西ゼムリアにおけるリベールの導力技術の『集大成』であることに変わりはない。だが、その役目も終わりに近づいているとなると、このシートに座っていることがどれだけ感慨深いことになるだろう……そうユリアは思った。

 

(来年にはこの艦も退役……そして、新たな艦に『アルセイユ』の名が継がれる……そう思うと、こうしている私は幸せ者なのだろう)

ユリアは内密にアスベルとアリシア女王から打診を受け、新型巡洋艦ファルブラント級一番艦『アルセイユ』の艦長の任を快く受けた。正直身に余ると思ってはいるものの、期待されたからにはその期待に応えなければならない……『速き隼』を預かる立場として……そう思っていた時、レイアから渡された手紙を取出し、目を通す。

 

(………シオンの…いや、シュトレオン殿下の読み通りか。)

そこに書かれていたのは、情報部の動き、そしてリシャール大佐の企み……クーデターの危険性。義理の弟であるシオン……いや、シュトレオンから齎された情報は正直半信半疑であったが、今回の出来事で確信に至った。女王陛下の信を受けた“紫刃”の書いた文章に一言一句逃さないという集中力で読み込んだ。

 

リシャール大佐のクーデターを覆す……そのためには、『彼』に協力を仰ぐ必要がある。カシウスや“不破”“霧奏”が戻ってきていない以上、彼ら抜きでも作戦を遂行するために。

 

アルセイユはレイストン要塞に寄った後、ダルモアを降ろし、再び飛び立った。

 

 

~ルーアン空港~

 

空港では、セシリア、エリィとトワ、レイアがいた。目的はエリィの見送りだった。本来ならばツァイス地方まで一緒に行動する予定だったが、現在の『状況』からすればいつ空路が封鎖されるかわからない……苦渋の決断だった。

 

「セシリアさん、すみません。わざわざついてきてもらって。」

「いいのよ。元々此処の一件が片付けば、王都に向かう予定だったし。」

申し訳なさそうに深々と礼をするエリィに対し、元々用事があるのでそのついでみたいなものだとセシリアは釈明した。

 

「そうですか……レイア、トワ。本当にいい経験になったわ。ありがとう。」

「あはは、そこまで言われるとちょっと照れるかな……」

「ですね。」

別段特別なことをしたわけではないのだが……そう言われたことにレイアは苦笑し、トワも笑みを浮かべた。

 

「っと、そうだ。エリィってクロスベル出身だよね。もし、私の兄に会えたら『うじうじしてるようならぶっ飛ばす』って言っておいてね。」

「(レイアなら本気でやりかねないわね……)解ったわ。レイアのお兄さんの名前は?」

「“赤き死神”ランドルフ・オルランド…あのバカ兄のことだから、渾名の『ランディ』って名乗ってるかもしれないけれど。」

「解ったわ。もし会えたら伝えておくわね。」

レイアの伝言に、彼女の兄の運命が限りなくヤバいとエリィは直感で感じて冷や汗をかき、もし会えたら伝えておくことを約束した。

 

「(レイアとトワ、私は先んじてグランセルに入るわ。アスベルとシルフィアには現地で合流するように『連絡』しているから)」

「(了解です。)」

「(気を付けてくださいね)」

セシリアの小声で言われたことにレイアは軽く頷き、トワも微かに頷いてセシリアの無事を願う言葉をかけた。

 

「それじゃ、お元気で!」

「うん!」

「またね!!」

挨拶を交わし、エリィとセシリアの乗せた飛行船はグランセルへと飛び立った。ここから先、彼女を巻き込むわけにはいかない……これが、二人の出した結論だ。これから国全体に起こりうる厄災……それを止め、首謀者を『処刑』するために。

 

 

~ルーアン支部~

 

その頃、エステル達は市長邸でのあらましをジャンに説明していた。

 

「は~、まさか王都の親衛隊がやって来るとはね。しかも噂の巡洋艦『アルセイユ』のお出ましとは。僕も受付の仕事が無かったら見に行きたかったんだけどなあ。」

エステル達の報告を聞いてジャンは残念そうな表情で言った。

 

「ジャンさんって意外にミーハーだったのね。でも、ジャンさんが連絡したのはリシャール大佐だったんでしょ?」

「ああ、レイストン要塞に彼がいたもんだからね。どうして王室親衛隊が駆けつけたのかは判らないが……まあ、軍の連絡系統にも色々あるってことなんだろうね。」

「通常の正規軍に加えて、国境師団、情報部、王室親衛隊……確かに複雑そうですよね。」

エステルはアルセイユの事に関してのジャンを感心そうに見つめた後、ジャンが呼んだ応援について尋ねると、ジャンはリシャールを応援に呼んだことについて答え、ヨシュアは王国軍の連絡系統の複雑さに真剣な表情で呟いた。

 

「でも、今回の事件は事後処理が大変そうですね……今後、ルーアン地方の行政はどうなってしまうんでしょうか?」

「あ。そうか……市長が逮捕されちゃったし。」

クローゼとエステルの言葉に、ジャンからは王都から市長代理が派遣されること、市長の有罪が確定すればいずれ選挙が行われること、そして、今回被害を受けた孤児院については正式な補償が行われることが決まっていることを伝えた。

 

「そうですか……良かった。これもみんなエステルさんたちのおかげです。本当に……ありがとうございます。」

「や、やだな。水くさいこと言わないでよ。」

「そうだね。当然のことをしただけさ。それに僕たちだけじゃなくてアガットさんの協力も大きかったしね。」

「そういえば!ね、ねえ、ジャンさん!アガットから何か連絡はあった!?」

ヨシュアからアガットの名前が出て、黒装束達を追って行ったアガットの事を思い出したエステルはジャンに尋ねた。

 

「ああ、それなんだが……連行中に、黒装束の連中を取り逃がしてしまったらしい。どうやら、待ち伏せの襲撃にあったそうだよ。」

「ええっ!?」

「大丈夫だったんですか?」

ジャンの報告にアガットの強さを知っているエステルやヨシュアは驚いた。特に手合わせした経験のあるエステルは、一年前でもかなりの実力を持っていたことは知っているだけに、尚の事のようだった。

 

「ああ、何とか切り抜けたらしい。そのまま連中を追ってツァイス地方に向かうそうだ。今頃は、ルーアン地方から離れている頃じゃないかな」

「な、なんか……ハードなことやってるわね。」

「ちなみに、しばらく前からアガットはあの連中を追いかけているんだ。どうやら、君たちのお父さんに頼まれた仕事らしいけどね。」

「と、父さんが!?」

「どうしてそういう事に?」

ジャンの言葉にエステルとヨシュアは驚いて尋ねた。

 

「ふふ、実は一時期…というか、反抗期みたいなものだったけれど、ちょっとばかし荒れてたアガットを更正させたのは他ならぬカシウスさんだからね。何だかんだ言ってあの人には頭が上がらないのさ。」

「ええっ、そうだったの!?」

アガットの過去にエステルは驚いた。

 

「なるほど……。僕たちに対する厳しい態度もそれが原因かもしれないですね。」

「すごくそれっぽいわね~。って、やっぱり父さんのとばっちりじゃなのよっ!」

「くすくす……」

確かに厳しい言葉や辛辣な言葉は多いものの、その本質には『遊撃士』に対する思い入れの強さ……ひいてはカシウスに対しての『礼儀』なのだろう。なんだかんだ言っても、アガットもそう言った意味では『遊撃士』であり、新人であるエステルやヨシュアに『遊撃士』たるものの意味を教えていることにヨシュアは感心したようにつぶやき、エステルは最終的に自分たちの父親が元凶であることに声を荒げ、クローゼは笑みを浮かべた。

 

「ったく……って、そうだ!」

カシウスの存在で思い出したエステルは、懐から黒いオーブメントを出した。

 

「色々ありすぎて、つい忘れちゃってたけど…コレ、いったい何なのかしら……」

「少し不気味な感じはするね……」

エステルの話を聞いたヨシュアは黒いオーブメントの出所を怪しがった。

 

「珍しい色のオーブメントだね。どういった由来の物なんだい?」

「それが……」

黒いオーブメントの出所を尋ねたジャンにエステルとヨシュアは手に入れた経緯を説明した。

 

「まあ……」

「ふーむ、R博士にKか……ひょっとしたら……」

エステル達の説明にクローゼは驚き、ジャンは手を顎にあてて唸った。

 

「え、知ってるの!?」

「いや、心当たりというほどじゃないんだが……それを調べたければ、ツァイス地方に向かった方がいいかもしれない。」

「ツァイス地方?」

ツァイス地方……その中心都市であるツァイス市はオーブメント生産で有名な場所。『工房都市』とも言われており、博士の肩書を持っている人も多い。

 

「なるほど…たとえ博士が見つからなくても、その黒いオーブメントの正体が判るかも知れませんね。」

「うーん、でもあたしたちここで修行する必要もあるし。」

ジャンの説明でヨシュアは納得し、黒いオーブメントの正体がわかるかもしれないとわかったエステルだったが、今の状況を思い出して肩を落とした。

 

「ふふ、こんな事もあろうかと、ちゃあんと用意しておいたのさ。」

「ええっ……!」

「いいんですか?」

エステルの様子を見た後、ジャンは正遊撃士資格の推薦状をエステルとヨシュアに渡し、2人は驚きながら受け取った。

 

「はは、空賊事件の時と同じさ。これだけの大事件を解決されちゃ、僕としても渡さないわけにはいかないからね。査定も報酬も用意してあるよ。」

「って、何か多いような……」

推薦状と同時に渡された報酬とその詳細を見たエステルは呟いた。

 

「いや、片手間に他の依頼をこんなにこなされたら、正遊撃士だって形無しだよ。」

「あはは……」

実は、調査の片手間に片っ端から依頼を受けていたのだ。その数は9件。2日半という時間から考えれば、十分すぎるほどの実績だ。これにはさすがのヨシュアもエステルの成長する体力の底なしさや、直感的に効率的な行動をする性質に半ば呆れていた。

 

「何から何まで済みません。」

「なあに、正当な報酬さ。僕も、君たちには一刻も早く正遊撃士になってもらいたい。その方が、君たちの力をもっと活かせると思うからね。」

「えへへ…ありがとう、ジャンさん。」

「期待に応えられるよう頑張ります。」

「良かったですね。エステルさん、ヨシュアさん……ちょっと寂しくなってしまいますけど……」

「クローゼ……」

「……そうだね。僕たちも名残惜しいよ。」

同じようにエステル達を祝福したクローゼだったがもうすぐエステル達が旅立つ事に寂しそうな表情になった。それを見た2人も寂しそうな表情をした。

 

「あは……わがまま言ってごめんなさい。出発の日が決まったら私にも教えて頂けませんか?エア=レッテンの関所まで見送らせていただきますから……」

クローゼは寂しそうに笑って答えた。

 

「う~ん……」

「エステル?」

「いや、クローゼには色々お世話になったし、何か手伝えることは無いかな?正遊撃士になるってことは大切だけれど、借りを作ったままお別れ、というのもフェアじゃないような気がするのよね。」

「……そうだね。今回はクローゼの協力あってこそ、の部分も大きかったしね。」

エステルの性格からすれば想定通りの発言だが、これにはヨシュアも頷いた。ジーク……ひいてはクローゼの功績がダルモア市長の逮捕につながったのは明白。一方、その発言を聞いて何かないか思い返し……クローゼは一つの提案を思いつき、ジャンに確認した。

 

「あの、ジャンさん。遊撃士の方々というのは民間の行事にも協力して頂けるんですよね?」

「ああ、内容にもよるけど。」

ジェニス王立学園の学園祭は国内外を問わず大勢のお客さんが来るため、遊撃士協会が警備を担当してるのだ。

 

ちなみに、昨年の学園祭では生徒会長であったレクターが色々ハチャメチャな騒動を起こした……それはそれで、大反響物ではあったが、それを後で聞いたオズボーンはレクターに拳骨を喰らわせたらしい……理由は『私よりも目立ったから』らしい……レクターはその怒りに『オッサン、理不尽すぎだろ……』とぼやき、もう一発喰らったのは言うまでもない……

 

「でしたら……エステルさん、ヨシュアさん。その延長で私たちのお芝居を手伝って頂けないでしょうか?」

「え……?」

「それって、どういうこと?」

クロ―ゼの依頼にエステルとヨシュアは驚いた。

すると、エリィを見送ったレイアとトワが戻ってきた。

 

「ただいま~……って、何か依頼?」

「ええ。クローゼからだって。芝居のお手伝いとか」

「芝居か……クローゼ、話を聞かせて。(エステル達の事だから、借りを作ったまま別れるのは癪だったんだろうね)」

クローゼの依頼に、レイアはエステル達の気持ちを察し、話を聞くことにした。

 

クローゼの依頼はジェニス王立学園の学園祭……その最後には講堂でお芝居があり、マーシア孤児院の子どもたちもすごく楽しみにしているのだが、肝心の二つの役がなかなか決まっていないとのことだ。

 

「も、もしかして……」

「その役を、僕たちが?」

「はい、このままだと今年の劇は中止になるかもしれません。楽しみにしてくれているあの子たちに申しわけなくて……」

昨夜(ジークを通して)学園の生徒会長にお二人のことを話したところ、すごく乗り気になって連れてくるように言われたようで……あまり多くはないが、運営予算から謝礼も出ることをクローゼが説明した。

 

「ど、どうしてあたしたちなの?自慢じゃないけど、お芝居なんてやった事ないよ?」

クロ―ゼの説明に驚いたエステルは尋ねた。

 

「片方の、女の子が演じる役が武術に通じている必要があって……エステルさんだったら上手くこなせると思うんです。」

「な、なるほど……うーん、武術だったらけっこう自信はあるかも……でも、武術ができる女の子だったらレイアもそうだけど?あたしの師匠だし。」

「その事なんですけど……実はレイアさんにも手伝っていただきたいのです。」

「私?」

エステルに説明したクロ―ゼはレイアを見て答え、レイアはクロ―ゼの言葉に驚いた。

 

「実はシオンから聞いたのですが、レイアさんのレイピア捌きも相当のものだと。(ユリアさんも相当褒めてましたし…)」

「ああ、あれ?私だって独学だからね……参考になるかはわからないけれど、私でよければ。」

「いいな~、レイアは。」

「ふふ、トワさんにもいろいろお願いすることになりますよ。」

「そうなの?よーし、頑張るよ!」

クローゼはシオン(+ユリア)がその剣筋を褒めていたことを伝えると、レイアは焼き付け刃+独学程度のものだと謙遜しつつも、参考程度になるのであれば吝かではないと答え、それを羨ましそうに呟くトワ、それを聞いたクローゼは笑みを浮かべてトワにも色々手伝ってもらうことがあると伝えると、俄然やる気になったようで一気に明るくなった。

 

「確かにエステルにピッタリだし、レイピアの使い手のシオンですら褒めたレイアが教えたら、さらに成功率はあがるね。それでもうひとつの役は?」

「そ、それは……。私の口から言うのは……」

ヨシュアの疑問にクロ―ゼは戸惑った。クロ―ゼの様子が気になり、ヨシュアは続きを促した。

 

「言うのは?」

「……恥ずかしい、です。」

「そ、それってどういう意味?」

「もー、ヨシュアってば。しつこく聞くと嫌われるわよ。お祭りにも参加できるし、あの子たちも喜んでくれる……しかも、お仕事としてなら一石三鳥ってやつじゃない!レイアやトワも乗り気だし、やるっきゃないよね♪」

クロ―ゼの答えに嫌な予感がしたヨシュアはさらに尋ねたが、すっかり立ち直ったエステルに流された。

 

「ちょっと待ってよ。ジャンさん、こういうのもアリなんですか!?」

「もちろん、アリさ。民間への協力、地域への貢献、もろもろ含めて立派な仕事だよ。忙しめの仕事はセシリアがきっちり片づけてくれたからそれなりに余裕も出来たし……よかったら行ってくるといい。」

慌ててジャンに尋ねたヨシュアだったが、ジャンは笑顔でクロ―ゼの依頼を肯定した。

 

「やったね♪」

「……何だかイヤな予感がするけど。あの子たちのためなら頑張らせてもらうしかないか。」

「今から楽しみだね。」

「そうだね。」

ジャンの言葉にエステルは喜び、ヨシュアは溜息をついた後気持ちを切り替え、トワとレイアはこれからある出来事に期待した。

 

「クロ―ゼさん、道案内よろしくね♪」

「はい。」

そしてエステル達はクロ―ゼが生活するジェニス王立学園に向かった……

 

 




えと、エリィが本来よりも早めの離脱となりました。理由としては、ツァイス地方に入ると空路が封鎖されかねませんから、ルーアンでの事件解決後での離脱となりました。
ただ、普通じゃない経験をしたせいで色々逞しい成長を遂げましたw

そして、ここから学園祭編です。

別名、ヨシュア受難編w


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第41話 劇の準備

エステルら四人はジェニス王立学園に着き、コリンズ学園長と挨拶をした。今回の学園祭のお手伝いをすることと、孤児院の事件が解決したことを伝えると、コリンズは安堵の表情を浮かべ、孤児院の皆を楽しませる劇にしてほしいと頼まれ、エステルらは自信を持った口調で力強く答えた。一通り話し終えたところでチャイムが鳴ったので、クローゼの案内で生徒会室へと向かった。

 

~ジェニス王立学園 生徒会室~

 

「は~、忙しい。各出店のチェックと予算の割り当てはオッケー……招待状の発送も問題なしっと。」

生徒会長のバッジをつけ、眼鏡をかけた制服の少女――ジル・リードナーは書類を見て呟いた。忙しいと言いつつも着実に仕事をこなしていくさまは、流石王立学園の生徒会のトップを務めているだけあるだろう。それを見た誰もが『前会長よりもはるかにマシ』と評している。

 

「残る問題は、芝居だけか……このまま見つからなかったら俺たちがやる羽目になるのかね。唯一の候補だったシオンは前日まで帰ってこない予定だし。」

副会長のバッジをつけた制服の少年――ハンス・シルベスティーレは今抱えている懸念事項に溜息をついた。それは、未だに二役が決まらない芝居だった。ちなみに、シオンは都合上の休学ということで『逃げた』。彼曰く

 

『男としての尊厳を失うくらいなら、クローゼと付き合うか、もしくは逃げた方がはるかにマシ』

 

だそうだ。 

 

「そうだね……ジルはともかくとして、ハンスにあの衣装は……」

そう言って苦笑を浮かべる書記のバッジをつけた制服の少女――ミーシャ・クロスナーはハンスの『アレ』を思い出して、怖気が走るほどの表情を浮かべた。

 

「それを言うなっての、ミーシャ……俺も、思い出したくないんだから」

「ただいま。ジル、ミーシャ、ハンス君。」

ハンスも『アレ』を思い出し、身を震わせながら呟いたミーシャの言葉に同意して溜息をついている所にエステル達を連れたクロ―ゼが生徒会室に入って来た。

 

「あ、クローゼ!?孤児院の話、聞いたわよ。大変だったそうじゃない。」

「院長先生とチビたちは大丈夫だったのか?」

「ええ。遊撃士の皆のお蔭で。それと、事件も無事解決しましたし。」

「そっか、よかったねクローゼ。」

「はい。」

ジルの心配そうに尋ねた疑問とハンスの孤児院のみんなは無事なのか、という質問にクローゼは笑みを浮かべて答え、孤児院がもう襲撃されることは無いと伝えると、三人は安堵の表情を浮かべた。

 

「フフフ……不安ごともなくなったとすれば、私たちはチビちゃんたちが楽しめるように、何が何でも学園祭を成功させないとね。」

「だな。今回の事でチビたちも色々大変だったからな。俺らが楽しませて、明るくしてやらないとな。」

「そうだね。」

「そうですね。私も、全力で頑張るつもり。」

「あんたが本気を出せば百人力だから期待してるわよ。ところで、さっきから気になってるんだけど……その人たち、どちらさま?」

後顧の憂いがなくなったことに喜びつつ、ジルとハンス、ミーシャはテレサや孤児院の子どもたちを元気づけるためにも絶対に学園祭を盛り上げる、と三人は意気込んだところで、ジルはエステル達に目をやって尋ねた。

 

「初めまして。あたし、エステルっていうの。」

「ヨシュアです、よろしく。」

「レイアというんだ。」

「トワと言います。」

「それじゃ、あんたたちがクローゼの言ってた……!」

ジルはエステル達が名乗り出ると驚いた。自分がお願いしていた『役のための人材』が来たことに内心喜びを感じていたのは事実だが。

 

「って、レイアにトワ!」

「ミーシャ、久しぶり。」

「久しぶりです。」

「って、知り合い……あ、そっか。ミーシャのお兄さんって」

「“重剣のアガット”だからな。その繋がりで知っててもおかしくないが……」

ミーシャはエステルらの後ろにいるレイアとトワに気付いて挨拶をし、二人もミーシャに言葉を返す。その光景を見たジルは三人の繋がりを一瞬疑問に思ったが、彼女の兄であるアガットの存在を思い出し、ハンスも感心するように呟いた。

 

「ジルの約束通り連れてきたわ。4人とも協力してくださるって。それとレイアさんにはエステルさんにフェンシングを教えて貰うために、トワさんにも色々手伝ってもらうために、一緒に来てもらったわ。」

「いや~、助かったわクローゼ!初めまして、エステルさん、ヨシュアさん、レイアさんにトワさん。私、生徒会長を務めているジル・リードナーといいます。今回の劇の監督を担当してるわ。」

「俺は副会長のハンス・シルベスティーレだ。脚本と演出を担当している。よろしくな。」

「私は書記のミーシャ・クロスナーといいます。私は主に衣装や小道具を担当しています。よろしくね。」

「うん、こちらこそ。」

「よろしくお願いします。」

「どこまで力になれるかわからないけれど、よろしくね。」

「私は直接劇に関われないと思うけど、お手伝いする事があったら何か遠慮なく言って下さい。」

四人は一通り自己紹介した後、ミーシャがエステルに話しかけた。

 

「成程、貴方がエステルさんですか……何でも、兄が迷惑をかけたようで……すみませんでした。」

「へ?……あ、さっきハンスが言っていたことね……あたしは気にしてないから、安心して。それに、馬鹿にされちゃったから返り討ちにしちゃったし。」

「あ~、そうだったんですか。兄ったら、『くそう……あのガキ、いつか見返してやる……』と寝言を言っていましたから……」

エステルの姿を見たミーシャは謝罪の言葉を述べ、謝られたエステルはそのことに首を傾げたがハンスの言っていた『アガット』という言葉とミーシャの関係の事を思い出し、気にすることは無いと答えつつ、笑みを浮かべてアガットを圧倒したことをあっさり言うが、その言葉には驚きもせず寧ろ納得した表情で答えたミーシャだった。

 

「………いや、ミーシャ。何で彼女の言うことをそんなあっさりと信じるんだ?」

「エステルさん……本名は、エステル・ブライトさん、ですよね?」

「へ?うん、そうだけれど……どうして知ってるの?」

「実は、貴方とヨシュアさんの両親――カシウスさんとレナさん、それと私と兄の両親は仲が良かったんです。私の両親が亡くなってからも、カシウスさんは度々私や兄にも会いに来ていましたので。その時にエステルさんやヨシュアさんの話を聞いていたので『もしかしたら』……と思いまして。」

「あ、あんですって~!ここでも父さんなのー!?」

ハンスの疑問を気にもせず、ミーシャに問いかけられたエステルは正直に頷くと、ミーシャから言われた事実と『父』の名前がここでも出てきたことにエステルは驚愕した。

 

「……えと、ヨシュアでいいか?」

「うん、呼び捨てでいいよ。僕もハンスでいいかな?」

「ああ。で、だ……お前たちの親父さんはそういった事も言わなかったのか?」

「僕も初耳だよ…というか、父さんはそういったことを話したがる性格じゃないからね。」

「……成程。ということは、エステル……彼女は親父さんの『功績』を知らないってことか?」

「全く、と言っていいぐらいにね。」

………家ではそんなことすら話さない父親に少し呆れつつ、ハンスの問いかけにきちんと答えたヨシュアであった。

 

「いや~、世間は狭いわね……う~ん、それにしても……」

「な、なに?」

話しが一区切りついたところで、ジルはエステルの方を見ていた。見られた側のエステルはその視線にたじろぐ。

 

「さすが遊撃士だけあって、スポーツも得意そうな感じね。エステルさん、剣は使える?」

「そんなに上手くないけど多分、大丈夫だと思うわ。棒術がメインだけど父さんに習ったこともあるし、それにレイアにも教えて貰うもん。」

「へ~…………ん?そういえばさっきクロ―ゼも言ってたけど、レイアさん、フェンシングが出来るの?」

ジルはレイアに尋ねた。みたところ剣の部類は持っていないように見えるので、扱っていないのかと思うところはあったようだ。

 

「そうなるかな。ただ、私の剣技はほぼ独学なので……」

「そんな謙遜しなくても……シオンですら、貴方の事を褒めてたじゃないですか。」

「アイツですら認める剣捌きか……嘘じゃなさそうだな。」

「クローゼが言うぐらいだものね…………閃いたわ!まずエステルさん。あなたは騎士役で、クローゼと剣を使って決闘してもらうわ。」

「け、決闘!?」

「もちろんお芝居で、ですよ。」

何かに閃いたジルはまずエステルに劇の役割と何をするか言った。ジルの言葉にエステルは驚いたが、ミーシャが補足した。

 

「クライマックスに二人の騎士の決闘があるのよ。まあ、劇の終盤を彩る迫力のあるシーンなんだけど……この学園にクローゼと勝負できるくらい腕の立つ女の子がいなくてねぇ。この子、フェンシング大会で男子を押しのけて優勝してるし。」

「へ~、すっごい!」

ジルの説明にエステルは感心してクロ―ゼを見た。補足しておくと、その大会には、シオンは参加していない。丁度遊撃士の依頼の関係で休学しており、その間に行われたからだ。シオンの腕前としては、百日戦役…教団ロッジ制圧作戦…その後もあらゆる研鑽を重ね、クローゼ以上の実力者となっている。

 

「ちなみに、決勝で負けたのはそこにいるハンスだけどね~」

「悪かったな、負けちまって。ちなみに俺が弱いんじゃない。クローゼが強すぎるんだよ。しかも、シオンがいない状態での話だからな。」

「あれは、あくまで学生レベルの話ですから……本職のエステルさんやレイアさん(+シオン)には足元にも及ばないと思います。」

溜息をつきながら話すハンスにクロ―ゼは苦笑しながら答えた。

 

「クローゼったら、謙遜しちゃって。でも、そういう事ならちょっとは協力できるかも。クローゼさん、頑張ろうね♪」

「はい、よろしくお願いします。」

「う~ん……クロ―ゼがそこまでの腕なら、正直私は必要ないと思うんだけど……」

クロ―ゼの腕を知ったレイアは苦笑いをしながら答えた。シオンからある程度の話は聞かされていたが、そこまでの腕前ならば特に教えることなどなさそうに思えた……だが、ジルは次の一手となる言葉を放った。

 

「フッフッフ……そこはご心配なく!レイアさんとトワさんにも、当然劇に参加してもらうわ!」

「え?私が劇に?」

「私もですか?」

何かを思いついたように笑みを浮かべつつ言い放たれたジルの言葉に、レイアとトワは驚いた。

 

「え?ジル、でも……」

「そうだよ。余っている役なんてもうないだろ?」

そして、ジルの様子を不審げに思ってミーシャとハンスは尋ねた。今のところ空いているのは二役……『四人』全員となれば、『四役』なければ意味が通じないし、その余裕もないはずだと二人は知っていた。

 

「二人の役がないのなら、作ってしまえばいいのよ!!蒼騎士オスカーと紅騎士ユリウスの剣を叩き込んだ師匠と、姫君を幼き頃から守り、オスカーとユリウスの幼馴染にして若き護衛騎士!名前はそうね……師匠の名前は『“瞬剣”バージル』、護衛騎士の名は『“若騎士”チェスター』っていうのは、どうかしら?」

「「「「「…………………」」」」」

嬉しそうに説明をするジルをエステル達は呆けてジルを見た。この状況で役を増やして、演出に彩を加えようとする行動……いち早く立ち直ったハンスがジルに慌てた様子で尋ねた。

 

「って、おい!ここで役を増やすとか何、考えてんだ!?ようやく役が揃ったってのに、新しい役なんて増やしたら今までの練習がパアになるだろ!?」

「どのみち、主役クラスが抜けてたから大した事ないわよ。今までの流れに少し加えるだけだし、その辺の台本もシオンが『こんなこともあろうかと』残してくれたものから拝借すればいいだけよ。」

ジルは涼しい表情でハンスの反論を打ち破った。そのために、シオンには『あらゆる状況に対応できる台本』作りをお願いしてあり、そこから拝借してしまえば何ら問題はない……とすっぱり言い切った。

 

「そ、そりゃあそれでいいのかもしれねえけれど、でもな……!」

「あら、あんたは孤児院の子供達を喜ばせたくないの?役が増えればその分、さらに面白くなるのに。」

「グッ!」

「はぁ……」

今回の事件で大変な目に遭った孤児院の子どもたちを喜ばせる……『大義名分』を得たようなジルの言葉に、図星をつかれたかのようにハンスはその場でのけ反り、こうなった状態のジルはもう止められず、反論すら無駄なのだと知っているミーシャはため息をついた。

 

「あの……本当に大丈夫なのですか?急に役を増やしたりして……」

「大丈夫!必ず成功させるわ。だからレイアさんとトワさんも急で悪いんだけど、頑張ってもらえないかしら?」

「……わかりました。どこまでできるか解りませんが、私にできる精一杯の力を出させていただきます!」

「そうだね。折角の劇だしね。」

「がんばろうね、レイア、トワ!」

「お互い頑張ろうね、エステルちゃん。」

トワは引き攣った表情で尋ねたが、問題ないとジルは言い切り……その言葉を信じて、エステルとレイア、そしてトワは気合を入れるように互いを励まし合った。

 

「ハハ……それにしても、女騎士の決闘なんて中々ユニークな内容だね。それに、女性騎士団長なんて珍しくてお客の目を引きそうだね。」

「女騎士に女性騎士団長?そこの四人に演じてもらうのは、れっきとした男の騎士役に騎士団長役だぜ?」

「え……じょ、女性が男役?」

ヨシュアの感想に意外そうな表情で答えたハンスの言葉にヨシュアは驚いた。

 

「ヨシュアさんの方は文句のつけようがないわね……これは、かなり期待してもいいんじゃない?」

「ああ。俺は悔しいが、ジルの意見に同感だぜ。」

「そうだね。資質は十分だし。」

「???」

「え、えっと、その劇……どういう筋書きなのかな?」

ヨシュアを見る目が妖しいジルの言葉にハンスとミーシャは頷き、エステルは三人の言葉に首を傾げ、ヨシュアは嫌な予感がしながらも尋ねた。

 

「題名は『白き花のマドリガル』よ。」

貴族制度が廃止された頃の王都グランセルを舞台にした有名な話で、貴族出身の騎士と平民出身の騎士による王家の姫君をめぐる恋の鞘当て……それに貴族勢力と平民勢力の思惑と陰謀が絡んでくるという話で、最後は大団円、文句なしのハッピーエンド……という史劇である。

 

「へ~、面白そうじゃない♪」

「ええ、中々いいお話ですね。」

「た、確かにいい話なんだけれど……それで、どうして女の子が男性役を?」

劇の内容をジルが説明し、それを知ったエステルとトワは期待したが、ヨシュアは不安そうな表情で尋ねた。

 

「それが、今回の学園祭ならではの独創的かつ刺激的なアレンジでね。男子と女子が、本来やるべき役をお互い交換するっていう趣向なのさ。」

「男女が役を入れ替える?へ~、そんなのよく先生たちが許してくれたわね。」

「性差別からの脱却!ジェンダーからの解放!…………とかなんとか理屈をこねて、無理矢理押し通したちゃったわ。本当は面白そうっていう、それだけの理由なんだけど♪」

「それを最初に聞いたときは驚きだったし、まさか通すとは思ってなかったよ……」

「ジルったらもう……」

「ほんと、こんなヤツが生徒会長とは世も末だよな。」

力説した後、無邪気に笑うジルにミーシャとクロ―ゼは苦笑し、ハンスは溜息をついた。

 

「それに、顧問のトマス先生も協力してくれたしね。『そう言う趣も面白いですね!』と言って、今回の劇に全面的に協力してくれることになったのよ。」

「ホント、あの顧問にしてこの生徒会長だよ……(正直、前の会長の時にトマス先生がいなくてよかったかもしれないが……)」

「あははは……トマス先生の性格は知ってたけれど、ねえ……(あの時のジルとトマス先生……メガネを光らせて、本気でヤバかったし……)」

「……話を聞くに、相当凄い顧問なのは気のせい?」

「えと、優しい先生ですよ……ちょっと個性的ですが。」

「あの先生を『ちょっと個性的』というのは語弊があると思うぞ、クローゼ……」

生徒会顧問にして、国風文化課程と社会教育課程の地歴公民分野を担当するトマス・ライサンダー先生。歴史の事となると、眼の色が変わり……話す内容は何時間にも及び……彼の作るテストで満点をとったのは、この学園でも三人……主席のシオンと次席・三席のクローゼとジルぐらいだ。

 

「あれ?ってことは、この流れで行くとヨシュアは……」

「えと、うん、だよね……」

レイアとトワは横目でヨシュアを見て言いかけた所に、ヨシュアが青褪めて会話に割って入った。

 

「ちょ、ちょっと待った!その話の流れで言ったら……僕が演じなくちゃいけない『重要な役』っていうのは……」

「いやぁ、ホント助かったぜ」

「クローゼに感謝しないとね。」

「クローゼ、ありがとね。いい人たちを紹介してくれて♪」

「あ、あはは……ごめんなさい、ヨシュアさん……」

(………な、なんてこった……)

最早、退路は断たれてしまった…あるのは進路のみ…その事実に絶望しつつ、項垂れるヨシュアであった。

 

クローゼは衣装の事や役の事を頼むため、レイアとトワは寸法合わせのために先に行った。エステルらも行こうとしたところ、ジルに話しかけられた。

 

「そういえば、エステルにヨシュア。二人はクローゼのことを知ってる?」

「クローゼの?……もしかして、シオンが言っていたことかな?」

「シオンが?」

「うん。彼女の事についてね。」

ジルの質問に、エステルはシオンの言っていたことに心当たりがあり、ヨシュアもそれを思いだしていた。それは、デュナンの我侭によって泊まれるはずだった部屋を追い出され、ナイアルの部屋に帰ってきて、ナイアルが酒の飲み過ぎで先に寝てしまった後の事だった。

 

 

~ナイアルの部屋~

 

「へ!?クローゼがお姫様!?」

「……成程、確かにそっくりだとは思ったけれど。」

「って、ヨシュアは気付いてたの!?」

「確証はなかったけれどね。ただ、あの喋り方はやんごとなき身分の……この国だと自治州の当主に関わる家系か、王族の人間。そうなると選択肢はそう多くない、ってところまでは推理できていたけれど。」

「まぁ、そこまで推理されてたらばれているも同義だけどな。誰かさんは全く気付かなかったみたいだけれど。」

「うう~……」

驚きっぱなしのエステル、冷静に呟くヨシュア、ため息をつくシオン……三者三様の言葉と表情だった。

 

「でも、何であたしたちにクローゼの正体を話したの?」

「まぁ、カシウスのおっさんの子なら信用におけると思っていたし、二人の人となりはお前らのご近所さんから聞いてたからな。」

「(ご近所……セシリアさんやレイアのことかな?)」

「(その可能性が高そうだね……)」

シオンは個人的に交流のあるアスベル、シルフィア、レイア、セシリア、トワから話を聞き、誰にでも分け隔てなく接するエステルと、その影響を受けているヨシュアならばクローゼのことを話しておいても問題はないと判断したのだ。

 

「それに、早めに釘を刺しておけば変に驚かれる可能性も少ないし……希望的観測でしかないけれど。」

「成程……それは納得だね。」

「ちょっと二人とも、どーしてそこであたしを見るわけ!?」

「「どうしてだろうね?」」

「変にシンクロするな!!」

事実を知っていても驚きそうなエステルの光景が目に浮かび、その答えでシンクロしたシオンとヨシュアにエステルはジト目で反論した。

 

 

~今に至る~

 

「成程ね。ちなみに、クローゼのことを知っているのは私達にシオン、あとは学園長ぐらいかな。」

「一番最初に気付いたのはミーシャだったな。俺からしたら、普段はあまり怒らないミーシャがクローゼに説教していたからな。」

「私もその光景を見た時は吃驚よ……前会長ですらトラウマレベルだもの。」

「あはは……」

二人の話を聞いて納得した表情を浮かべた三人。ジルはこのメンバーの中で最初に気付いたミーシャの事を話し、ハンスもあの時の彼女を思い出し、ミーシャは苦笑していた。

 

 

『二人とも、其処に正座!!』

『『は、はい!!』』

『あらあら♪ミーシャさんには敵わないみたいですね、フフ……』

『ルーシー、そのような表情で呟くな……』

『あははは……』

『……ミーシャを怒らせたらダメだな、うん。』

『その意見に同意せざるを得ない。』

ミーシャは同じルームメイトとして、クローゼの余所余所しい態度には半ば呆れていた。そして前会長のレクターの奇行。これらのダブルパンチに本気で怒ったミーシャは二人を生徒会室で正座させて、説教を始めたのだ。ある意味『兄』譲りの凄まじいオーラを纏ったミーシャの威圧に二人は完全に委縮し、その光景を楽しそうに見つめるルーシー、それを見て冷や汗をかくレオ、笑いしか出てこないジル、ミーシャを怒らせることはダメだと本能的に悟ったハンスとシオンだった。

 

その後、クローゼのことを改めて知ったミーシャとジル、ハンスはそれでいてもクローゼとは仲良き友でありたいとクローゼに話し、彼女もそれを受け入れた。他の生徒会のメンバーには話していないが、前会長のレクター辺りはクローゼに対して色々とちょっかいを出しているので、薄々気づいていたのかもしれないが……

 

 

「けれども、私達からすれば友達であることに変わりはないわ。」

「うん。その点については同意するかな。」

「だな。お前らもいろいろあると思うけれど、クローゼと友達になってやってほしいのさ。」

「それは勿論!」

「うん、そのつもりだよ。(この後のアレは正直嫌なんだけれど……)」

「解ったわ。それじゃ、講堂に行きましょうか!」

そしてエステル達は早速衣装合わせや劇の練習をするために、自分の役割を知り絶望したヨシュアを連れて、講堂へ向かった………

 

 




てなわけで、頑張れヨシュアw(凄く他人事)

トマス先生ですが、彩を持たせるために追加しました。あの性格ならああ言いそうだったのでw

あと、アルバ教授ですが、原作でも学園祭に来ていたので、チョイ役程度の出演ですw扱い酷くないかって?いやだなぁ、あの人は出た瞬間に濃いキャラじゃないですかw


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第42話 準備と招待客

~ジェニス王立学園 講堂~

 

講堂のステージ上では、ジルと衣装に着替えたエステルとクローゼが立っていた。

 

「うーん、これが舞台衣装か。騎士っていうから鎧でも着るのかと思ってたけど。」

「さすがに甲冑だと演技に支障をきたすからね。現在の王室親衛隊の制服をアレンジする方向で行ったのよ。」

赤を基調とした芝居用の騎士服を着たエステルは自分が着る服のあちこちを見て呟き、ジルが説明した。

 

「ふーん、そうなんだ。クローゼさんはショートだし、ハマリ役って感じがするけど。」

「ふふ、ありがとうございます。エステルさんもとても良く似合ってますよ。」

「えへへ、そうかな?ところで……なんで色違いになってるの?」

エステルは自分の着ている騎士服が赤を基調とした服、一方クロ―ゼの着る騎士服が蒼を基調とした服である事に気付いて尋ねた。

 

「私が演じるのは平民の『蒼騎士オスカー』。エステルさんが演じるのは貴族の『紅騎士ユリウス』。それぞれの勢力のイメージカラーなんです。」

「は~、なるほど。それじゃ、ヨシュアは……」

クロ―ゼの説明に納得したエステルが言いかけた所、ハンスの声が上手側の舞台袖からした。

 

「2人の騎士の身を案ずる王家の『白の姫セシリア』だ。ささ姫、どうぞこちらへ。」

「ちょ、ちょっと待った。……まだ心の準備が……」

ヨシュアは抵抗する言葉を言ったがハンスに無理やりエステル達の前に出された。

 

「………」

舞台に引き出されたヨシュアは腰まで届くウィッグを被り、白を基調としたドレスを着、頭にはティアラを着け、容姿も合わせて美しい深窓の姫君のように見えた。

 

「………」

エステル達はヨシュアの姿に言葉を失くした。

 

「頼むから……頼むから何か言って……このまま放置されるのはちょっとツライものがある……」

言葉を失くし黙っているエステル達にヨシュアは居心地が悪く思い、言った。

 

「いやぁ、何て言うか……ぜんっぜん違和感ないわね♪」

「むしろ本物の女の子ですよ。羨ましいぐらいです。」

「びっくりしました。はぁ、すっごく綺麗です……」

「何と言うか、断然女子らしいというか。」

「そうだね。一国の姫君と言われても違和感ないね♪」

「うんうん、その恰好に自信持っていいぞ。事情を知らずにあんたを見たら、俺、ナンパしちゃいそうだもん♪」

ヨシュアの姫の姿にエステルとハンスとレイア、ミーシャは褒め称え、クロ―ゼとトワは見惚れていた。

 

「みんな……正直な感想、ありがとう。全然嬉しくないけど……」

エステル達の褒め称える感想にヨシュアは溜息を吐いた。

 

「フフ……まさに私の狙い通り……この配役なら、各方面からウケを取れること間違いなしね……」

「レイアさんとトワさんの衣装はもう少しだけ待ってね。今、急いで作らせているから。」

「うん。楽しみにしてるね。」

「ええ、ありがとうございます。」

「それじゃあ、みんな、一致団結して最高の舞台にするわよ~っ!!!」

「「おーっ!」」

「「はいっ!」」

「うーっす!」

「しくしく……」

ジルの場を盛り上げる言葉に、一人悲しんでいるヨシュアを除いてエステル達は拳を空にあげて乗った。

こうして、エステルとレイアとトワ、ヨシュアの学園祭に向けた準備が始まったのであった。

 

家族以外の同世代の仲間とともに起き、学び舎に行く朝。

 

午前中は、他の生徒と一緒に授業に参加させてもらい、

 

昼はランチを共にしながら他愛のないおしゃべりを楽しみ、

 

そして、放課後は厳しい稽古が夜まで続いた。

 

気が付けば、学園祭前日を迎えていた。

 

 

~学園祭前日 講堂~

 

とうとう明日に控えた学園祭。講堂ではその仕上げのためのリハーサルが行われていた。

 

「我が友よ、こうなれば是非もない……我々は、いつか雌雄を決する運命にあったのだ。抜け!互いの背負うもののために!何よりも愛しき姫のために!」

紅騎士ユリウス扮するエステルは、レイピアを抜いて力強くセリフを言った。

 

「運命とは自らの手で切り拓くもの……背負うべき立場も姫の微笑みも、今は遠い……」

蒼騎士オスカー――クロ―ゼは辛そうな表情でセリフを言い、剣も抜かず立ち尽くした。

 

「この期に及んで臆したか、オスカー!」

「だが、この身に駆け抜ける狂おしいまでの情熱は何だ?自分もまた、本気になった君と戦いたくて仕方ないらしい……どうやら、自分も騎士という性分には勝てないということのようだ。」

自分を叱るエステルに答えるかのように、クロ―ゼはレイピアを抜いて構えた。

 

「革命という名の猛き嵐が全てを呑み込むその前に……剣をもって、運命を決するべし!」

クロ―ゼがレイピアを構え、それを見たエステルも構えた。

 

「その信念、その結果は如何にあろうとも、我らが称える女神様は静かに照覧されるであろう……互いに覚悟は決まったようだな………2人とも、用意はいいな!?」

エステルとクロ―ゼの間にいたバージル――蒼と黒を基調とした芝居用の騎士服を着、漆黒のマントを羽織ったレイアがセリフを言いながら、片手を天井に向けて上げ、エステルとクロ―ゼの顔を順番に見た。

 

「はっ!」

「応!」

「それでは………始めっ!」

「……………」

「……………」

「……………」

そして3人はその場で動かずジッとしていた。

 

「は~っ……」

「ふう……」

「ほっ………」

しばらくすると3人は一息ついた。

 

「やった~っ♪ついに一回も間違わずに、ここのシーンを乗り切ったわ!」

「ふふ、迫真の演技でしたよ。」

「これなら明日の本番も大丈夫だね。」

「えへへ、クローゼやレイアにはぜんぜん敵わないけどね。セリフを間違えたこと、ほとんど無かったじゃない?」

自分を称えるクロ―ゼやレイアの言葉にエステルは照れた後、言った。

 

「エステルさん達とは違って元々この役をやる予定でしたし、ずいぶん前から台本に目を通していましたから。」

「私の場合はエステルやクローゼの役とは違って台詞自体少ないからね。」

「そんな……謙遜する事ないですよ。それより色々と稽古をつけてくれてありがとうございました、レイアさん。お陰でエステルさんの動きに付いていけそうです。」

「そんなことないかな。(ユリアさんやシオンのお蔭だろうけれど)基礎はしっかりできていたからね。ちょっとコツを教えた程度だよ。この分なら、遊撃士にでもなれると思うよ。」

「うんうん!レイアの言うとおりね。あたしから見ても、その気になればいつでも遊撃士資格を取れると思うよ?」

「ふふ、おだてないで下さい。」

レイアとエステルの言葉にクロ―ゼは照れた。そして3人は椅子が並べられた講堂を見渡した。

 

「いよいよ、明日は本番ですね。テレサ先生とあの子たち、楽しんでくれるでしょうか……」

「ふふ、本当に院長先生たちを大切に思ってるんだ……まるで本当の家族みたい。」

「傍から見てたけれど、まるでテレサさん先生とは本当の親子のように見えたし、子供達の本当の姉にも見えたからね。」

「………」

エステルとレイアの言葉にクロ―ゼは突然黙った。

 

「あ、ゴメン。変なこと言っちゃった?」

「いえ……。エステルさんとレイアさんの言う通りです。家族というものの大切さは先生たちから教わりました……私、生まれて間もない時に両親を亡くしていますから。」

「え……」

「……………(例の『事件』のことね……)」

クローゼの言葉にエステルは驚き、レイアは真面目な表情に直して黙った。

 

「裕福な親戚に引き取られて何不自由ない生活でしたが……家族がどういうものなのか私はまったく知りませんでした。10年前のあの日……先生たちに会うまでは。」

「10年前……。まさか『百日戦役』の時?」

「はい」

クローゼはあの時、ちょうどルーアンに来ていて、エレボニア帝国軍から逃れる最中に知っている人ともはぐれてしまい……テレサと、旦那であるジョセフに保護され、数か月という短い期間ではあったものの、本人にしてみれば『貴重な時間』を過ごしたのだ。

 

「そうだったんだ………」

「戦争が終わって、迎えが来るまでのたった数ヶ月のことでしたけど……テレサ先生とおじさんは本当にとても良くしてくれて……その時、初めて知ったんです。お父さんとお母さんがどういう感じの人たちなのかを。家族が暮らす家というのがどんなに暖かいものなのかを……」

「クローゼ……」

「………………」

昔を懐かしむように語るクロ―ゼにエステルは何も言えず、猟兵団といういわば危険な場所……その中にありながらも、バルデルとシルフェリティアの愛情を一身に受けて育ってきたレイアは黙って耳を傾けていた。

 

「す、済みません……つまらない話を長々と聞かせてしまって。」

「ううん、そんな事ない。明日の劇……頑張って良い物にしようね!」

「事件も解決したし、テレサ先生やあの子たちの為にも絶対に成功させようね。」

「……はい!」

エステルとレイアの心強い言葉にクロ―ゼは微笑んで頷いた。その後、ヒロイン役をするヨシュアの演技の上手さの話に花を咲かせていたエステル達はヨシュアやハンス、トワと合流した後、明日の本番の景気づけにいっしょに夕食をするためにヨシュアとハンス、レイアとトワに席をとっておいてもらうために先に食堂に行かせ、学園長に呼ばれたジルを迎えに行った。

 

 

~ジェニス王立学園 学園長室~

 

「なるほど……それはいいアイデアですよ!さすが学園長、冴えてますねぇ。」

「ははは……おだてても何も出んよ。それでは、リストの方は君に任せても構わないかね?」

会話をしていてある提案をしたコリンズにジルは喜び、それを見たコリンズは尋ねた。

 

「はい、任せてください!」

ジルとコリンズが会話をちょうど終えた時エステル達が入って来た。

 

「失礼しま~す。」

「あ、すみません……。まだお話中でしたか?」

「いやいや。ちょうど終わったところだよ。実はなぁ……」

「ああ、学園長!喋っちゃダメですってば!明日の楽しみが減っちゃうじゃないですか!」

エステル達に先ほどの会話の内容を話そうとしたコリンズだったがジルが慌てて口止めをした。

 

「な、なんなの?あからさまに怪しいわね。」

「ジルったら……また何か企んでいるの?」

ジルの様子を訝しげに思ったエステルとクロ―ゼは首を傾げた。

 

「ふっふっふ……それは明日のお楽しみよん。それより、どうしたの?ひょっとして私に用?」

「ええ、実は……」

聞き返したジルにクロ―ゼは明日の景気づけを兼ねて食堂で小さなパーティーをする事を言った。

 

「あら、いいじゃない。それじゃ、明日の学園祭の成功を祈って騒ぐとしますか。パーッとやりましょ、パーッと!」

「ふふ、あまり羽目を外して明日に差し障りがないようにな。」

はしゃいでいるジルにコリンズは苦笑しながら言った。

 

「はい。」

「それじゃ、ジル。食堂に行こっか。」

「ヨシュアさんやハンスさんも待っていますよ。」

「うん、行きましょ。」

そしてエステル達は食堂に向かい、にぎやかな一時を過ごし……最後に、劇の成功を祈ってソフトドリンクで乾杯した。その後寮に戻ってから明日の学園祭のために、早めに眠りについた。

 

 

~レグラム自治州 自治州領事館~

 

そこから少しさかのぼること数時間前……午後に入ってすぐ位の時間……リベール北部のレグラム自治州にある領事館――アルゼイド侯爵家の執務室では、書類に目を通す一人の男性――自治州を統括する当主、“光の剣匠”ヴィクター・S・アルゼイドがいた。彼は書類をまとめると、傍にいた執事であるクラウスに声をかけた。

 

「ではクラウス、これを頼む。」

「かしこまりました。しかし、旦那様がこれほどまでの速さで仕事をお片付けになるとは……何かございましたでしょうか?」

「大したことではない。久々に家族水入らずの時間を過ごしたいと思っただけだ。」

「然様でしたか……留守中はお任せください。」

「ああ。」

クラウスに尋ねられた言葉にヴィクターは笑みを浮かべて答え、その答えにクラウスは畏まった口調で述べた。そして、後を任せると、立てかけてあった大きな鞄を持ち、執務室を後にした。

 

ヴィクターが一階に下りると、そこにはヴィクターと同じ髪の色をした少女――ラウラ・S・アルゼイド、そして少しウェーブがかった金色の髪に青の瞳を持つ女性――アリシア・A・アルゼイドが彼の来訪を待ちわびていた。その姿を見たヴィクターは笑みを浮かべ、二人の下に歩み寄る。

 

「待たせたようだな、アリシアにラウラ。」

「いえ、そのようなことはありません。」

「大丈夫ですよ、私らも今しがたここに来ましたから。」

「そうか……」

少しばかり約束した時間に遅れてしまい、申し訳なさそうに弁解するが、ラウラはそんなことを気にしてはいない様で、アリシアも笑みを零して二人も今来たのでお互い様であると述べた。

 

「(ところで、『それ』を持っていくということは……)」

「(ああ……先日『あのようなこと』があったばかりだ。それと、彼には『借り』を作ったままだからな。)」

「(……解りました。気を付けてくださいね?)」

「(解っている。お前やラウラを残していく方が私にとっての『罪』なのだからな。)」

「(はい。)」

アリシアはヴィクターの持っている鞄……その『中身』を察してヴィクターに問いかけ、ヴィクターも答えを返した。これからの事を為すために必要な物……そして、自分の存在は大きいものだと分かっているからこそ、強い口調でアリシアに告げた。

そして、仲の良い光景を見て苦笑を浮かべる屈強な男性――『翡翠の刃』団長、マリク・スヴェンドが三人の前に現れた。

 

「やれやれ……相変わらず仲の良いことですね。」

「マリク殿。今回の申し出、感謝する。」

「いいんですよ。リベールには借りがありますし……では」

マリクは深々とお辞儀をし、三人に告げた。

 

「マリク・スヴェンド、高速巡洋艦アルセイユ級五番艦『クラウディア』にて貴殿らをお送りいたします。」

 

そう言って姿を現したのは、黒と灰色を基調とした『灰色のアルセイユ』……翡翠の刃が所持するアルセイユ級五番艦『クラウディア』。リベールの『翼』はヴィクターとアリシア、ラウラの三人を乗せ、ルーアンに向かって飛翔した。

 

一方、その頃……帝都ヘイムダル……バルフレイム宮でも動きがあった。

 

 

~バルフレイム宮 応接室~

 

深紅の城であるバルフレイム宮に、『この場には似つかわしくない』人が一人……『西風の旅団』団長、レヴァイス・クラウゼル……エレボニア帝国の現皇帝であるユーゲントⅢ世……そして、皇妃であるプリシラの二人がレヴァイスを見つめていた。

 

「今回の訪問は秘密裏……彼が知れば、護衛を付けるなどと言い出すだろう。その間の護衛を貴殿にお願いする。」

「承りました。幸いにも、向こうには知り合いもおりますゆえ、その辺は抜かりないかと。念のため、“光の剣匠”にもその話はしております。」

「そうか……ならば安心だな。」

「ええ……いろいろ振り回されるかと思いますが、宜しくお願いします。」

そう話すユーゲントとプリシラ……その言葉はまるで、我が子を心配するかのような口調。それもそのはず、今回訪問するのは皇帝ではなく……

 

「ふふ、リベール王国は初めてですので、色々案内してくださいね♪」

彼らの娘、アルフィン・ライゼ・アルノール皇女であり、

 

「はぁ……(何で私なんかが……)」

そして、彼女のお付きとして抜擢されたエリゼ・シュバルツァーだった。

 

事のいきさつは、招待状を見たアルフィンがリベールを訪れたいと言い出したことから始まった。だが、国の皇族ともあろうお方を一人で行かせるのはあまりにも軽率。そこで、ユーゲントが先日の件で知り合うこととなったレヴァイスに依頼として打診し、これを受諾。

 

更にレヴァイスは、彼女と歳が近く、剣術も嗜んでいる護衛としてエリゼを抜擢したのだ。“浮浪児”を拾った『うつけ者』呼ばわりのシュバルツァー男爵家からの抜擢ではあったが……ユーゲントやプリシラはアルフィンと歳が近いエリゼとの交流はプラスになると考え、これを認めた。

 

これが露見した後は貴族の連中が色々と非難してくることが予想されるが、これに対してのカウンターすら想定した上での行動であることに<四大名門>をはじめとした貴族連中は気付いていない。

 

「これから長い付き合いになると思いますので、よろしくね、エリゼ。」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします。皇女殿下。」

「う~ん……私に公的な場以外での敬語は禁止とします。あと、私の事はアルフィンと呼んでくれないと困りますわ。」

「え!?で、ですが……」

「皇女としての命令です。いいですわね?」

「……はぁ、解りました。努力はします。」

なんというか、彼女の『兄』である『あの皇子』譲りのところを髣髴とさせるような言動にエリゼはため息をつき、渋々認めた。

 

「やれやれ……アイツの影響を強く受けたようだな。」

「いいではないですか。仲が良いことは。」

「あははは……」

ユーゲントはため息をつきたそうな表情をし、プリシラは笑みを浮かべて我が子の成長と兄弟仲の良いことを褒め、事情を知るレヴァイスは乾いた笑みを浮かべたのであった。

 

 




てなわけで、ヨシュア公開処刑(精神的な意味で)の巻w

本来ならあり得ない組み合わせが学園祭に来訪して色々やらかします。

しかも、ねぇw(意味深な笑み)


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第43話 ジェニス王立学園祭

まちに待った学園祭の開始時間になると、劇が始まる時間になるまでレイアはトワと共に学園を廻って楽しみ、エステルはヨシュアとクロ―ゼ、そしてシオンと共に学園を廻っていた。

 

~ジェニス王立学園2階 社会教育課程教室~

 

この教室では、喫茶店を開いていた。何でも、接客を通して話術…コミュニケーション能力を磨くという目的で行っているが、それ以上にここで出されるコーヒーの特徴的な香りは食欲を掻き立て、スイーツ類は目を見開くほどの絢爛さを彩るのに十分なアクセントになっていた。そこには……

 

「ふふ、宮にいたときは紅茶ばかりでしたが、コーヒーも中々いいものですわね。」

「よく飲めますね……私には無理ですよ。」

砂糖が入っているものの、それをすんなりと口に運んでは余韻を楽しむアルフィン。そして、その光景に驚き半分羨ましさ半分の表情を浮かべ、疲れた表情を浮かべるエリゼの姿だった。

 

「こ~ら、エリゼ。折角のお祭りなのですよ?楽しまなければ損ですわ。それに、言葉遣いも、ね。」

「はぁ……アルフィンてば、自分の立場を分かってるの?」

お忍びとはいえ、かつて戦争を仕掛けた『敗戦国』……その皇族が、侵攻した相手の国にいること自体知られてはまずい。ばれれば一大スクープものだ。

 

「無論わかっていますわ。ですが、お兄様もこう言っていました。『楽しめるときに楽しむことは罪ではない』……私はそれを実行しているだけですから♪」

「……(ミュラーさんが苦労しているのも、無理ないかな)」

アルフィンの言葉に彼女の兄のお付きであるミュラーの苦労が少しわかるような気がして、内心ため息をついた。

 

「……」

「どうかされましたか、お嬢様?」

「何でもないわ、リラ(見覚えのあるような方だった気が……気のせいね)」

その光景を離れた席から見ていたメイベルだったが、リラの問いかけに対して何もなかったかのように取り繕った。そうだ……10年経った今でも関係が気まずい国の皇族がここにいるはずなどないのだと……

 

 

~同階 国風文化教育課程教室~

 

同じ階にあるこの教室では、リベールに関する歴史の展示発表を行っていた。エステルらが来ると、見慣れた人物がおり…その人物もエステルらに気付いて声をかけた。

 

「おや、エステルさんたちではないですか。」

「こんにちは。また会ったね、アルバ教授。」

「お久しぶりです。今日は何故?」

「いや、塔の調査は続けているのですが、今日は学園祭と聞きまして、息抜きでこちらに来たのですよ。」

「相変わらずの塔マニアっぷりね……」

アルバのあいさつにエステルも挨拶を交わし、ヨシュアも会釈をしてここにいる理由を聞くと、息抜きということで答えたアルバに、エステルは塔の調査への一途っぷりに目を見張るような感じで呟いた。

 

「おや、そちらの御嬢さんは……成程、この学校の生徒さんですか。」

「はじめまして、クローゼ・リンツといいます。」

「シオン・シュバルツだ。」

「アルバと言います。専門は歴史分野でして、この国の歴史を調べるために旅をしています。エステルさんらとは護衛の関係でお世話になりました。」

アルバはエステルらの後ろにいるクローゼとシオンの姿を見て、制服でこの学園の生徒だと判断し、自己紹介も兼ねた挨拶を交わした。

 

「そういえば、エステルさん達はどうして学園祭に?もしかして、警備のお仕事ですか?」

「今回は違うわよ。あたしたち、劇に出るのよ。」

「おや、それは興味深いですね……時間があれば見に行きたかったのですが」

ふと、遊撃士であるエステルらがここにいる理由が気になり、エステルに尋ねると、アルバ教授は興味ありげな表情で呟くが、少しすると残念そうな表情を浮かべた。

 

「ん?何かあるの?」

「ええ。これからすぐに『紺青の塔』に向かわなければいけないのです。暗くなれば魔獣に襲撃されかねませんから。」

「相変わらずね……」

「でも、理に適ってますね……気を付けてくださいね。」

「ええ。お二人は私の分までいっぱい楽しんでくださいね。」

そう言うと、アルバ教授は軽く会釈をして教室を後にした。

 

「アルバ教授ねぇ……護衛も付けずに一人旅だなんて、よく出来るよ。(アイツか……『使徒』第三柱“白面”……)」

「まったくよね。その根性には敬意を表したいわ。」

シオンの呟きにエステルも同調するように頷いた。

 

「つーか、あんな偏屈といつ知り合ったんだ?」

「偏屈って……僕らがロレントにいた時、たまたま護衛することになったんだ。」

そう言って、ヨシュアがアルバ教授との関わり……ロレントにいた時、『翡翠の塔』を調査していた教授と出くわし、護衛にすることになったらしい。あと、ボースでの調査の際にも再会し、『琥珀の塔』の調査をしていたと言っていたとのことだ。

 

「何か気になったの?」

「いや……それよりも、ヨシュアのお姫様姿が楽しみになって来たな。」

「頼むから、それを言わないで……」

「あはは……」

その後、私服の親衛隊員とフィリップを伴ったデュナン公爵の姿を見かけたが、余計な事には関わらないほうが賢明……ということで、他の場所を回ることにした。

 

 

~3階 導力教育課程教室~

 

この教室では、ZCFから機材を借り、擬似的な身体能力測定を行える体験コーナーが開かれていた。また、現在最新鋭の戦術オーブメントのレプリカ展示やこれから販売予定の導力製品見本なども飾られていた。

その体験コーナーの一角にある導力ハンマーゲーム……振り下ろしの威力を測るマシーンでは、ある意味限界まで挑戦した『驚愕の事実』が起きていた。

 

「あらあら、凄いですね。最近の子は。」

微笑ましく見つめるアリシアの視線の先には……

 

「ふう………ハンマーって重いね。」

トワの記録は0.7トリム……700kg。この時点で女子とは思えないほどのレベルだ。

 

「む……やはり、難しいものだな。」

そう言ったラウラの最高記録は0.8トリム……800kg。これは、鍛えている一般男性が出すレベルのものだ。

 

「だよね……」

そう同調するセリカの最高記録は0.95トリム……950kg。一般の軍人レベル。

 

「ふふ、中々やるではないか……」

ヴィクターの最高記録は6.2トリム……6200kg。チート。

 

 

だが、それすらも上回った人間がいる……いや、人間と言っていいのかどうかわからないが……

 

 

「……納得いかない。私だって女子なんだけれど。」

そう言い放ったのはレイア。その記録は……

 

 

『11.8トリム』……11800kg。

 

 

もはや人間が出す記録ではない。よくハンマーや機械……ひいては校舎が壊れなかったと思う………後にこれは伝説となり、レイアの記録は『絶対不可能の上限値』とされることとなった。当の本人はものすごく納得できないと抗議していたが……

 

 

~同階 士官教育課程教室~

 

同じ3階にある士官教育課程の教室では、レストラン……なんと、リベール王国軍の食事を振る舞うというものだ。普通の軍であれば見た目が悪く、無骨かつ保存のきいたものがメインなのだが、ここでは手軽かつ美味しい料理を振る舞っていた。

 

「ふむ、美味い。軍の料理とは思えないな……そこらの高級レストランと言われても遜色ないな。」

「まったくだな。できればレシピを貰って、うちの部隊も導入してみるか。」

そう言って料理を味わっているのは、レヴァイスとマリクの二人。

 

「これが軍の食事……とてもじゃないけれど、そうは見えないよね。」

「それがリベールらしさってところかな。」

そう言って味わうフィーとクルル。傍から見れば普通の親子連れの二組……その実態は猟兵団の団長とその実力者……しかも、最大勢力の『西風の旅団』や『翡翠の刃』ということを知ったら、騒動ものだろう。

 

「にしても、お前さんがあの姫さんの護衛とは……」

「ま、向こうの意向って奴さ。お前だってあの方々を連れてきたわけだしな。」

「ハッハッハ……」

「クックック……」

「正直、馬鹿ばっか…」

「フ、フィーちゃん……」

後のゼムリアを変えることになりうる存在……猟兵団の二人が祭りで親交を深めたなどと、誰が聞いたとしても『ありえない』光景だった……

 

エステル達はボース市長のメイベルやロレント市長のクラウスらと会話した後、1階に下りると孤児院の子どもたちと会った。

 

 

~1階 正面玄関~

 

「あっ、姉ちゃんたち!」

クラムの声に気付いたエステル達は孤児院の子供達に近づいた。

「みんな……。来てくれたのね!」

クラム達を見てクロ―ゼは嬉しそうに答えた。

 

「ふふ……。テレサ先生と一緒に来たの?」

一方ヨシュアといっしょにクラム達の相手をしていたクロ―ゼは微笑みながら尋ねた。

 

「うん、そこで他の人と話をしてたけど……。あ、来た来た♪」

クラムは笑顔で後ろに向いた。そしてテレサがエステル達のところに近付いた。

 

「ふふ、こんにちは。」

「あ、テレサ先生!」

「先生……こんにちは。」

「今日は招待してくれて本当にありがとうね。子供たちと一緒に楽しませてもらってますよ。」

テレサは笑顔でエステル達に学園祭に招待してもらったお礼を言った。そこにクラムとマリィが期待した目でクロ―ゼに尋ねた。

 

「なあ、クローゼ姉ちゃん。姉ちゃんが出る劇っていつぐらいに始まるのさ?」

「あたしたち、すっごく楽しみにしてるんだから♪」

「そうね……まだ、ちょっとかかるかな。ちなみに、私だけじゃなくてエステルさんたちも出演するのよ?」

「ほんと?わあ、すっごく楽しみ~!」

「ヨシュアちゃん、どんな役で出るのー?」

「えっと……何て言ったらいいのか……」

ポーリィの質問にヨシュアは言葉を濁した。

 

「ねえ、みんな。劇の衣装、見たくない?綺麗なドレスとか騎士装束がいっぱいあるよ。」

「綺麗なドレス!?」

「騎士しょーぞく!?」

話を変えるためにヨシュアは子供達に提案し、クラムやマリィが誰よりも早く期待した目で反応した。

 

「ふふ……興味があるみたいだね。それじゃあ特別に劇の前に見せてあげるよ。」

「やったぁ!」

「ポーリィもいくー。」

(舞台の控え室にいるからあとからゆっくり来てよ。)

エステル達に小声で耳打ちしたヨシュアは子供達を講堂に連れて行った。

 

「ふふ、ヨシュアさんは本当に気が利く子ですね。」

「あはは……すっかり、立ち直ったみたいね。」

「ええ、お陰様で。」

「ああ、まったくだな……」

「え……」

テレサの言葉に少し苦笑しつつも、エステルは子供たちの様子を見て、事件の影響は少なくとも感じられなかったように見えた。下手をすればトラウマになりかねないものだっただけに、安堵の表情を浮かべた。そして、テレサの後ろから現れた男性……クローゼはその男性の姿を見て驚きの表情を浮かべた。

 

「久しいな、クローゼ。十年ぶりだな。」

「おじさん!?いつ戻ってきたのですか!?」

「昨日の夕方にな。襲撃されたと聞いたときは本当に寿命が縮んだぞ……」

「えと、この人がクローゼの言っていた?」

「ふむ……クローゼと変わらない歳で遊撃士とは……おっと、わしはジョセフ。マーシア孤児院の主みたいなものだ。まぁ、ほとんどテレサに任せきりだったから、頭が上がらん……」

「エステルよ。よろしくね、ジョセフさん。」

「シオンだ。クローゼ共々孤児院にはよく遊びに行っているよ。」

その男性――ジョセフは綺麗に成長したクローゼを我が子のように見つめ、エステルの姿…遊撃士の紋章を見て、感心しつつも自己紹介をした。

 

「そんなことはありませんよ、あなた。あなたが生きていてくれたから、私は頑張れたのですから。」

「……女神様よ、わしを生き永らえさせてくれたことに感謝します。」

「「あはは……」」

「その、よかったです。」

神々しいオーラが見えそうなほどに慈愛の心を込めたようなテレサの言葉……それに対して崇めるかのように目をつぶり、胸に握り拳を当てて祈るように呟いたジョセフ……それにはエステルやシオンも笑うしかなく、クローゼは目を潤せながらも、彼と会えたことに感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

「それはわしもだ。ところで、そこの嬢ちゃん……ひょっとして、レナの娘さんか?」

「へ?母さんの知り合い?」

「何を隠そう、カシウスの奴とレナの仲人じゃからな。」

「あ、あんですって~!?」

世界は狭い……二人の仲人に会えたことに、エステルは驚いた。

 

「おじさんが!?」

「ああ……カシウスの奴、かなりの鈍感でな。それはもう、いろんな女性を無自覚に惹きつけておったからのう……レナの奴も、相当苦労したんじゃよ。」

「…………(何と言うか、そんな感じは微塵にも感じなかったけれど……)」

クローゼはジョセフの語った事実に驚き、ジョセフはカシウスの過去の一端――無自覚の『女泣かせ』だったことを明かし、今では、妻であるレナ一筋の父親からすれば、見る影もない昔の姿に唖然とした表情を浮かべたエステルだった。

 

「さてと……あの子たちの後を追いますか。ヨシュアさん1人に任せておくわけにはいきませんからね。」

「えと、そうね……」

そしてエステル達は講堂の楽屋に向かったが、子供達だけがいてヨシュアはポーリィの銀髪の青年を見たという発言を聞くと、目を丸くした後出て行った事を聞き、心配になったエステルは子供達の事はテレサに任せ、クロ―ゼと共にヨシュアを探した。

 

 

~ジェニス王立学園 旧校舎~

 

「おかしいな……確かに気配があったはずなのに…………でも、まさか……」

旧校舎の屋上でヨシュアは立ち尽くし、独り言を呟いていた。

 

「ヨシュア~っ!」

そこにヨシュアを見つけたエステルとクロ―ゼが走って近付いた。

 

「エステル、クローゼ……」

「もう、あんまり心配かけないでよね!銀髪男を追いかけたっていうからビックリしちゃったじゃない。」

「あれ……。何で知ってるんだい?」

「ポーリィちゃんが教えてくれたんです。あの子も見ていたらしく……」

首を傾げているヨシュアにクロ―ゼが理由を答えた。

 

「そうか、鋭い子だな……それらしい後姿を見かけてここまで追ってきたんだけど……どうやら撒かれたみたいだ。」

「まあ……」

「ヨシュアを撒くなんて、そいつタダ者じゃないわね。いったい何者なんだろ?」

「……わからない。ただ、騒ぎを起こそうという感じでもないような気がする。あくまで、僕のカンだけどね。」

「そっか……それにしても、どうして1人で行動するかな?」

「本当にそうですよ。私たちに伝言するなりしてくれればいいのに……」

「ごめん。心配かけたみたいだね。」

2人に軽く責められたヨシュアは謝罪した。

 

「べ、別に心配してないってば。あくまでチームワークの大切さを指摘しているだけであって……」

素直に謝罪したヨシュアにエステルは照れながら答えた。

 

「うふふ、ウソばっかり。さっきは、あんなに慌てていたじゃないですか?」

「そ、そんな事ないってば。そういうクローゼだって真剣な顔してたクセにさ~。」

「そ、それは……」

「はは……2人ともありがとう。」

2人の会話を聞き、ヨシュアは苦笑してお礼を言った。その時、校内アナウンスが流れた。

 

「……連絡します。劇の出演者とスタッフは講堂で準備を始めてください。繰り返します。劇の出演者とスタッフは講堂で準備を始めてください。」

 

「そっか……。もうそんな時間なんだ。」

「はい、衣装の準備をしたらすぐに開演になると思います。」

「よーし、それじゃあいよいよ出陣ってわけね!あ、銀髪男の方はどうしよう?」

「そうだね……。カルナさんに伝えて注意してもらうしかなさそうだ」

その後エステル達はカルナに銀髪の青年の情報を伝えた後、講堂に向かった……




学園祭開幕です。
校舎は構造上3階が増えて、1階の元々あった教室は導力ネットの教室がある設定です。あと、一応導力エレベーターもありますw

あと、ジョセフさんが生存してます。カシウスやレナとの繋がりはオリジナルです。ヨシュアの性格からしてもカシウスの影響をもろに受けてると思うので、ああいった設定にw

……戦力的にヤバいな。襲撃されても、襲撃した相手の方がヤバいです(命的な意味で)


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史劇 白き花のマドリガル

長くなっちゃいました……だが、私は謝らない。


~ジェニス王立学園 講堂~

 

衣装に着替えたエステルは舞台脇からそっと観客達の様子を見た。

 

「うっわ~……。めちゃめちゃ人がいる~。あう~、何だか緊張してきた。」

「大丈夫ですよ、エステルさん。あれだけ練習したんですから。」

「そうだね、いつも通りやれば失敗はないよ。」

用意されてある椅子が観客達によってほぼ全て埋まっているのを確認し、緊張しているエステルに同じように衣装に着替えたクロ―ゼやレイアが元気づけた。

 

「2人の言う通りだよ。それに劇が始まったら他のことは気にならなくなるさ。君って、1つの事にしか集中できないタイプだからね。」

「むっ、言ってくれるじゃない。でもまあ、そのカッコじゃ何言われても腹は立たないけど♪」

「全くですよ。威厳というよりも可愛さが勝ってますし」

「う………」

エステルはセシリア姫の衣装を着ているヨシュアを見て笑って答えた。まだ割りきれていないヨシュアはエステルとトワのからかう言葉に珍しく反撃できなかった。

 

「はいはい。痴話ゲンカはそのくらいで……今年の学園祭は大盛況よ。公爵だの市長だのお偉いさんがいるみたいだけど私たちが臆することはないわ。練習通りにやればいいとのこと。」

まぁ、それ以上のVIP……エレボニアの皇族までいるという事実は、ジルですら知らない事実だが。

 

「俺たち自身の手でここまで盛り上げてきた学園祭だ……。最後まで、根性入れて花を咲かせてやるとしようぜ!」

「「「「「「「「「「お~!!!!!!」」」」」」」」」」

ジルとハンスの言葉にエステル達は手を天井に上げて乗った。そしていよいよ劇『白き花のマドリガル』が開演した………!

 

劇が始まる音がなると講堂内は暗くなり、アナウンスが入った。

 

「……大変お待たせしました。ただ今より、生徒会が主催する史劇、『白き花のマドリガル』を上演します。皆様、最後までごゆっくりお楽しみください……」

 

「(今年は面白い趣とのことですが……楽しみですわ♪)」

「(全く……忍ぶ気あるの?)」

「(本当にオリヴァルト皇子が二人いるみたいだよ……)」

「(フフ……そういったところは、兄上そっくりですね。)」

「(……大丈夫なのだろうか。皇女殿下がいるなど知れたら、大騒ぎになるぞ。)」

「(やれやれ、彼女の性格はユーゲントや『彼』譲りのようだな。)」

2階から観覧するアルフィン、その隣に頭を抱えつつ何事も起きないよう念のために警戒するエリゼ、少し呆れつつも笑みを浮かべるセリカ、その隣でアルフィンの姿を見つつ自分の血族である人を思い浮かべるアリシア、『どうしてこうなった』と言わんばかりの表情を浮かべるラウラ、そしてその光景を微笑ましく見つめるヴィクターの五人は静かに劇が始まるのを待った。

 

 

しばらくすると語り手役のジルが出て来て、劇のあらすじを語り始めた。

 

 

『時は七耀暦1100年代……100年前のリベールではいまだ貴族制が残っていました。』

 

『一方、商人たちを中心とした平民勢力の台頭も著しく……貴族勢力と平民勢力の対立は日増しに激化していき、王家と教会による仲裁も功を奏しませんでした……。』

 

『そんな激動とも言える時代……時の国王が病で崩御されて一年が過ぎたくらいの頃。早春の晩、グランセル城の屋上にある空中庭園からこの物語が始まります……』

 

語り終わったジルは舞台脇に引き上げ、照明が舞台を照らした。そこにはヨシュア――セシリア姫が舞台の真中に立っていた。

 

 

「街の光は、人々の輝き……あの1つ1つにそれぞれの幸せがあるのですね。ああ、それなのにわたくしは……」

「姫様……。こんな所にいらっしゃいましたか。」

「そろそろお休みくださいませ。あまり夜更かしをされてはお身体に障りますわ。」

憂いの表情をしているセシリアに侍女たちが近付いて来て気遣った。

 

「いいのです。わたくしなど病にかかれば……そうすれば、このリベールの火種とならずに済むのですから。」

「まあ、どうかそんな事を仰らないでくださいまし!」

「姫様はリベールの至宝……。よき旦那様と結ばれて王国を統べる方なのですから。」

「わたくし、結婚などしません。亡きお父様の遺言とはいえこればかりはどうしても……」

セシリアは納得できかねる表情を浮かべつつも、未だ街の光が灯るグランセルを見つめ、言葉を紡いだ。

 

「どうしてでございますか?あのように立派な求婚者が2人もいらっしゃるのに……」

「1人は公爵家の嫡男にして近衛騎士副団長のユリウス様……」

「もう1人は、平民出身でありながら、帝国との紛争で目覚ましい功績を挙げられた猛将オスカー様……」

「「はあ~、どちらも素敵ですわ♪」」

侍女たちは声を揃えて憧れの声を出した。

 

「………彼らが素晴らしい人物であるのは、わたくしが一番良く知っています。そして、彼らの人となりも……」

セリフを言いながらセシリアは数歩前に出て、祈りの仕草をしてセリフを言った。

 

「ああ、オスカー、ユリウス……わたくしは……どちらを選べばいいのでしょう?」

 

すると、一人の小さき騎士であるトワ――チェスターはセシリアの姿を見つけ、歩み寄った。

 

「やはりこちらでしたか、姫様。夜空を眺めるのは良いですが……それ以上は敢えて申しません。」

「……貴方位です。私に結婚しろなどと迫らないのは。」

「貴方があの二人をよく知るように、私も同じぐらい……いえ、それ以上に貴方を知っております。そして、貴方が二人に対して抱いている気持ちを。」

自分はあくまでも姫を護るための騎士である……だが、同時に幼馴染ともいえるセシリアの気持ちは痛いほどわかっているのだと、チェスターはそう告げた。

 

「チェスター……貴方は、本当に私如きにはもったいない忠臣です。」

「私如きに勿体なきお言葉……私が願うのは、姫自らが選ばれる答えで得られる幸せのみです。“半端者”の私には、どちらを選べなどという資格などありませぬ……」

 

(まあ、あのお姫様は……ヨシュアさんではありませんか。それに、騎士はトワさんですか。ふふ、男女の配役が逆とは……。ジルもなかなか考えましたわね。)

(はい、お嬢様。ただヨシュア様やトワ様はともかく、他のメイドの方はちょっと……)

劇の配役の一部を見たメイベルは微笑み、リラは侍女役の男性達に眉をしかめた。そして舞台の人物が代わり、今度はエステル――紅騎士ユリウスとクロ―ゼ――蒼騎士オスカーが出て来た。

 

「覚えているか、オスカー?幼き日、棒切れを手にして、共にこの路地裏を駆け回った日々のことを。」

「ユリウス……忘れることができようか。君と、セシリア様と無邪気に過ごしたあの日々……今も昔もそしてこれからも……生涯において、かけがえのない自分の宝だ。」

「ふふ、あの時は驚いたものだ。お忍びで遊びに来ていたのが私だけではなかったとはな……」

「舞い散る桜のごとき可憐さ、清水のごとき潔さを備えた少女……セシリア様はまさに自分たちにとっての太陽だった。」

「だが、その輝きは日増しに翳りを帯びてきている。貴族勢力と平民勢力……両者の対立は避けられぬ所まで来ている。姫の嘆きも無理はない……」

「そして……。ああ、何という事だろう。その嘆きを深くしているのが他ならぬ我々の存在だとは……」

「2人とも、こんな所にいたか。」

「「師匠!!」」

語り合っているユリウスとオスカーの所にレイア――バージルが近付いて来た。

 

「ユリウス、公爵がお前を探していたぞ。」

「はっ……師匠の手を煩わせてしまい……申し訳ありません!」

「オスカー、お前も議長がお呼びだったぞ。」

「……申し訳ございません。すぐに参ります。」

バージルの言葉にユリウスとオスカーは敬礼して答えた。

 

「今、国は2つに分かれている。お前達がこうして顔を合わせ密談しているのはお前達にとってあまりいいことではないぞ。無論、お前たちの気持ちが解らないでもないが……」

「お言葉を返すようですが、師匠……我らは師匠の下でその剣を互いに磨き上げた身。同じ『弟子』同士が会話することに、何の不思議があるというのですか?」

「……その言葉に対して、一応理解はしておこう……」

ユリウスの言葉にバージルは目を閉じて静かにそう言い放つと、どこかへと去って行った。

 

(きゃあきゃあ!お姉ちゃんたちステキ!)

(く、悔しいけど……男よりも格好いいかも……)

(ふふ……。静かに見ましょうね)

(ほう……風格が感じられるのう!)

エステル達の登場に小声で騒いでいる子供達にテレサは優しく諭し、ジョセフは三人の演技に感心していた。

 

(あ……レイアですね。)

(ふむ、流石の風格だな。)

(あれで貴族ではないのですから、驚きですね。)

(まったくだな……あの佇まい。流石は“闘神”の娘だな。)

(フフ、あの人たち。中々面白そうですわね。あとで話を聞いてみたいものです。)

(姫様、やめてください……騒ぎでも起こす気ですか。)

レイアの登場にセリカが気付き、ラウラとアリシア、そしてヴィクターは風格漂うレイアの佇まいに感心し、アルフィンは演じている三人に話を聞いてみたいという好奇心がわき、エリゼは思わず止めに入った。

 

そしてまた舞台は変わり、貴族勢力筆頭の公爵とユリウスの会話の場面になった。

 

「ユリウスよ、判っておろうな。これ以上、平民どもの増長を許すわけにはいかんのだ。ましてや、我らが主と仰ぐ者が平民出身となった日には……。伝統あるリベールの権威は地に落ちるであろう。」

「お言葉ですが、父上……東に共和国が建国されてから既に10年ほどの年月が流れました。最早、平民勢力の台頭も時代の流れなのではないかと。」

厳かな口調で話す公爵にユリウスは歩み寄って答えた。

 

「おぞましいことを言うな!」

ユリウスの言葉に公爵は席を立って怒鳴った。

 

「何が自由か!何が平等か!高貴も下賤もひとまとめにして伝統を捨てるその浅ましさ。彼らに頭を下げるぐらいならば、帝国の軍門に下った方がはるかにマシと言うものよ!」

公爵はユリウスに詰め寄って怒鳴り続けた。

 

「父上!」

公爵の言葉にユリウスは信じられない表情で叫んだ。

 

 

「公爵の言う事ももっともだ。平民どもに付け上がらせたら伝統は失われるばかりだからな。」

(閣下……もう少し声を抑えめに……)

((…………………))

酔っているデュナンは劇の公爵の言葉に同意し、フィリップは慌てて諌めた。また、デュナンの言葉が聞こえたマリクとレヴァイスは眉をひそめていた。そして舞台はオスカーと平民派代表の議長との会話の場面になった。

 

「オスカー君。君には期待しているよ王家さえ味方に付けられれば貴族派を抑えることができる。そうすれば、我々平民派が名実ともに主導権を握れるのだ。」

議長は不敵な笑いをしながら言った。

 

「しかし、議長……自分は納得できません。このような政治の駆け引きにセシリア様を利用するなど……」

「フフ、なんとも無欲な事だな。いくら名目上の地位とはいえ王となるチャンスだというのに。君が拒否するというのであれば流血の革命が起きるというだけ……貴族はもちろん、王族の方々にも歴史の闇に消えて頂くだけのことだ。」

「議長!」

議長の言葉にオスカーは叫んだ。

 

(フム、大したものだな。時代考証もしっかりしている。)

(ふふ、生徒たち全員の努力のたまものでしょうな。それと協力をしてくれた若き遊撃士たちの……)

クラウスの評価する言葉にコリンズは微笑みながら頷いた。そして舞台はオスカー一人の場面になった。

 

「流血の革命……それだけは起こさせるわけにはいかない……しかし、ユリウスもセシリア様も死なせるわけにはいかない……自分は……いったいどうしたらいいんだ。」

悩むオスカーのところに酔っ払いが現れた。

 

「ういっく……。ううう……だめだ……気持ち悪い……」

「おっと、大丈夫か?あまり飲み過ぎるものではないな。いくら春とはいえこんな所で寝たら風邪を引くぞ。」

「うう……親切な騎士様……どうもありがとうごぜえますだ。」

「騎士様はやめてくれ……。自分は大した人物ではない。何をすべきかも判らずに道に迷うだけの未熟者だ……」

酔っ払いの感謝の言葉にオスカーは暗い表情で答えた。

 

「まったくその通りだな。」

「なに?」

その時、酔っ払いがオスカーの腕をナイフで切った。

 

「くっ、利き腕が……」

オスカーは切られた腕を抑えて一歩下がった。

 

「けけけ……。こいつには痺れ薬が塗ってある。大人しく観念してもらおうか。」

「貴様……。何者かに雇われた刺客か!?」

「あんたが目障りというさる高貴な方のご命令でなぁ。前払いも気前が良かったし、てめぇには死んでもらうぜっ!」

 

(なーるほど……なかなか見せてくれるじゃねえの。となるとこの次の展開は………いかんいかん。危うく仕事を忘れるとこだったぜ。)

劇を見ていたナイアルは生徒達の演技や話の作りの上手さに感心した後、記事の感想のためのメモをとり続けた。さらに舞台は変わりユリウスのセシリアへの求婚の場面に写った。

 

「久しぶりですね、姫。」

「ユリウス……本当に久しぶりです。今日は……オスカーと一緒ではないのですね。お父様がご存命だったころ……宮廷であなた達が談笑するさまは侍女たちの憧れの的でしたのに。」

「……姫もご存じのように王国は存亡の危機を迎えています。私と彼が親しくすることは最早、かなわぬものかと……」

「…………………………………………」

ユリウスの言葉にセシリアは目を伏せた。

 

「今日は姫に、あることをお願いしたく参上しました。」

「お願い……ですか?」

「私とオスカー……近衛騎士団長と若き猛将との決闘を許していただきたいのです。そして勝者には……姫の夫たる幸運をお与えください。」

「!!!」

ユリウスの求婚にセシリアは目を見開いた。

 

「………失礼します。」

そしてユリウスは一礼し、去った。

 

「………ああ、とうとうこの日が来てしまったのね……どうすれば………」

一人になったセシリアは悲哀の表情になった。

 

そして、セシリアが退場し、ユリウスとチェスターが出くわす場面に変わった。

 

「これは、ユリウス殿。オスカー殿と一緒ではなくおひとりとは……」

チェスターはユリウスの姿を見ると、会釈をした。

 

「相変わらずのようだな……止めようとしないのか?」

「私が止めたところで、貴方は決闘を止めようとはしない…良く知っておりますから。それに、たかが親衛騎士如きがどうにかできる問題ではないことも……」

今ここで力づくで止めたとしても……ベッドから抜け出してでも、決闘に行き、決着をつけようとするだろう……そのことを理解しているチェスターはそう言ってユリウスを止めようとはしなかった。

 

「………お前は、羨ましい奴だ。人としても、騎士としても……」

ユリウスはチェスターが、只の幼馴染……友でしかないチェスターが騎士としてセシリアを守っていることが羨ましく思え、小さな声ながらも出た言葉をかみしめるようにチェスターの横を通り過ぎ、その場を後にした。

 

そして、遠ざかっていくユリウスを見届けたチェスターは静かにその場で跪き、手を握り合わせて天を仰いだ。

 

「女神様よ、あの三人の行く末をどうか暖かく見守ってください……せめて、この結末が悲劇にならないことを切に願います。」

 

(にしても、貴族と平民の対立……歴史は繰り返す、か)

(当事者の国出身としては、返す言葉もないね……)

シオンとセリカは劇を見つつも、エレボニアが今抱えている問題はまさに、リベールが約100年前に通った道……歴史を顧みず、突き進もうとする大人たちの対立構図は、奇しくもこの『劇』の構図そのものなのかもしれない、と率直に感じた。

 

 

そしていよいよ劇『白き花のマドリガル』は終盤に差し掛かった………舞台の照明がいったん消えて、語り手のジルを照らした。

 

 

『貴族勢力と平民勢力の争いに巻き込まれるようにして……親友同士だった2人の騎士はついに決闘することになりました。』

 

『彼らの決意を悟った姫はもはや何も言えませんでした。』

 

『そして決闘の日……王都の王立競技場に2人の騎士の姿がありました。』

 

『貴族、平民、中立勢力など大勢の人々が見届ける中……。セシリア姫の姿だけがそこには見られませんでした。』

 

語り終わったジルはまた舞台脇に引き上げ、照明が舞台を照らした。そこにはたくさんの人物達がユリウスとオスカー、そして審判役のバージルを見ていた。

 

「我が友よ、こうなれば是非もない……我々は、いつか雌雄を決する運命にあったのだ。抜け!互いの背負うもののために!何よりも愛しき姫のために!」

ユリウスは、レイピアを抜いて力強くセリフを言った。

 

「運命とは自らの手で切り拓くもの……背負うべき立場も姫の微笑みも、今は遠い……」

オスカーは辛そうな表情でセリフを言い、剣も抜かず立ち尽くした。

 

「この期に及んで臆したか、オスカー!」

「だが、この身に駆け抜ける狂おしいまでの情熱は何だ?自分もまた、本気になった君と戦いたくて仕方ないらしい……どうやら、自分も騎士という性分には勝てないということのようだ。」

自分を叱るユリウスに答えるかのように、オスカーはレイピアを抜いて構えた。

 

「革命という名の猛き嵐が全てを呑み込むその前に……剣をもって、運命を決するべし!」

オスカーがレイピアを構え、それを見たユリウスも構えた。

 

「その信念、その結果は如何にあろうとも、我らが称える女神様は静かに照覧されるであろう……互いに覚悟は決まったようだな………2人とも、用意はいいな!?」

ユリウスとオスカーの間にいたバージルがセリフを言いながら、片手を天井に向けて上げ、ユリウスとオスカーの顔を順番に見た。

 

「はっ!」

「応!」

「それでは………始めっ!」

 

バージルの声と動作を合図にユリウスとオスカーは剣を交えた。2人は攻撃しては防御し、お互いの隙を狙って攻撃したがどちらの攻撃もレイピアで防御され一撃が入らなかった。

 

(……ほう。かの『剣聖』の娘だけあって中々筋がいいな。得意な武器でないにも関わらずあそこまで動けるとは……。それにあの蒼騎士役をしている少女も中々の筋のようだな。)

ヴィクターはエステルの剣技に感心した後、その相手役を務めているクローゼの剣筋もそれなりのものであると感心した。

 

「やるな、ユリウス……」

「それはこちらの台詞だ。だが、どうやら……いまだ迷いがあるようだな!」

2人は剣を交えながら語った。そしてユリウスが連続で攻撃を仕掛け、オスカーは攻撃を防ぐのに精一杯で反撃ができなかった。

 

「くっ……おおおおおおおおおっ!」

オスカーは雄叫びを上げて何度も攻撃したが回避されたり、レイピアで防がれた。

 

「さすがだユリウス……なんと華麗な剣捌きな事か。く……」

「オスカー、お前……腕にケガをしているのか!?」

利き腕を抑えたオスカーにユリウスは不審に思った後、ある事に気付き叫んだ。

 

「問題ない……カスリ傷だ。」

「いまだ我々の剣は互いを傷つけていない筈……ま、まさか決闘の前に……」

強がるオスカーにユリウスは信じられない表情をした。その時控えていた議長が公爵に抗議した。

 

「卑怯だぞ、公爵!貴公のはかりごとか!?」

「ふふふ……言いがかりは止めてもらおうか。私の差し金という証拠はあるのか?」

議長の抗議の言葉に公爵は余裕の笑みを浮かべて答えた。

 

「父上……何ということを……!」

「いいのだ、ユリウス。これも自分の未熟さが招いた事。それにこの程度のケガ、戦場では当たり前のことだろう?」

「………………………………」

怒りを抑えているユリウスにオスカーは微笑みながら諭した。オスカーの微笑みを見たユリウスはかける言葉がなかった。

 

「次の一撃で全てを決しよう。自分は……君を殺すつもりで行く。」

「オスカー、お前……わかった。私も次の一撃に全てを賭ける。」

オスカーの決意にユリウスは静かに答えた。そして2人は同時に後ろに飛び退いてレイピアを試合前の構えにした。

 

「更なる生と、姫君の笑顔。そして王国の未来さえも……生き残った者が全ての責任を背負うのだ。」

「そして敗れた者は魂となって見守っていく……それもまた騎士の誇りだろう。」

ユリウスの言葉にオスカーは頷いた。

 

「ふふ、違いない………………………………」

「………………………………」

そして2人は互いに目を閉じた後同時に目を見開いて力を溜めた。

 

「はあああああー!」

「おおおおおおー!」

「「ハァッ!!」」

力を溜めた2人は両者同時に仕掛けた。その時

 

「だめ――――――――――――っ!!」

セシリアが間に入った。

 

「あ……」

「…………姫…………?」

「セ…………シリア……?」

2人の最後の一撃を受けてしまったセシリアは体をくずした。セシリアに気付いた2人は信じられない表情をした後、セシリアに駆け寄った。

 

「ひ、姫――――――ッ!」

「セシリア、どうして……。君は欠席していたはずでは……それにこの決闘場には私達以外入らない用、兵達が封鎖していたのに……」

セシリアの体を支えながら語りかけるオスカーにセシリアは優しく笑って答えた。

 

「よ、よかった……。オスカー、ユリウス……あなたたちの決闘なんて見たくありませんでしたが……。どうしても心配で……戦うのを止めて欲しくて……。ああ、間に合ってよかった……チェスター……私の願い……聞いてくれて……感謝します……」

「セシリア……様……」

セシリアのために兵達を気絶させたチェスターが悲しそうな表情でセシリアを見た。

 

「セシリア……」

「ひ、姫……」

ユリウスとオスカーはセシリアにかける言葉がなかった。そしてセシリアは傷ついた体でその場にいる全員に語った。

 

「皆も……聞いてください……わたくしに免じて……どうか争いは止めてください。皆……リベールの地を愛する大切な……仲間ではありませんか。ただ……少しばかり……愛し方が違っただけのこと。手を取り合えば……必ず分かり合えるはずです……」

「お、王女殿下……」

「もう……それ以上は仰いますな……」

セシリアの言葉に公爵と議長は膝を折った。

 

「ああ……目がかすんで……ねえ……2人とも……そこに……いますか……?」

「はい……」

「君の側にいる……」

ユリウスとオスカーはセシリアの手を握った。

 

「不思議……あの風景が浮かんできます……。幼い頃……お城を抜け出して遊びに行った……路地裏の……。オスカーも……ユリウスも……あんなに楽しそうに笑って……。わたくしは……2人の笑顔が……だいすき……。だ……から……どうか……。……いつも……笑って……いて……。………………………………」

そしてセシリアは幸せそうな表情で力尽きたようにセシリアの腕から力が抜けた。

 

「姫……?嘘でしょう、姫!頼むから嘘だと言ってくれええ!」

「セシリア……自分は……。………………………………」

ユリウスはセシリアの身体を何度も揺すって呼びかけ、オスカーはセシリアの身体を抱きしめた。

 

「姫様、おかわいそうに……」

「ああ、どうしてこんな事に……」

侍女たちは顔を伏せて悲しんだ。

 

「私は結局何もできず、姫の命をお守りすることすらできなかった………自分が情けない……!騎士失格だ……!」

バージルは無念そうな表情で悲しんだ。

 

「殿下は命を捨ててまで我々の争いをお止めになった。その気高さと較べたら……貴族の誇りなど如何ほどの物か……そもそも我々が争わなければこんな事にならなかったのに……」

「人は、いつも手遅れになってから己の過ちに気がつくもの。これも魂と肉体に縛られた人の子としての宿命か……エイドスよ、お恨み申し上げますぞ……」

自分達の今までの行動でセシリアを苦しめた事を反省する公爵に同意した議長は空に向かって呟いた。

 

「まだ……判っていないようですね。」

その時、空が明るく照らし出され、光が出た。

 

「……確かに私はあなたたちに器としての肉体を与えました。しかし、人の子の魂はもっと気高く自由であれるはず。それをおとしめているのは他ならぬ、あなたたち自身です。」

「ま、眩しい……」

「何て綺麗な声……」

「おお……なんたること!方々、畏れ多くも空の女神(エイドス)が降臨なさいましたぞ!」

見守っている貴族の娘達は感動し、王都の司教が叫んだ。また、ユリウスとオスカーを除いたその場にいる全ての者達が空を見上げた。

 

「これが女神……」

「なんという神々しさだ……」

ユリウスとオスカーも空を見上げた。

 

「若き騎士たちよ。あなたたちの勝負、私も見させてもらいました。なかなかの勇壮さでしたが……肝心なものが欠けていましたね。」

「仰るとおりです……」

「全ては自分たちの未熟さが招いたこと……」

女神の言葉にユリウスとオスカーは無念そうに語った。

 

「議長よ……。あなたは、身分を憎むあまり貴族や王族が、同じ人である事を忘れてはいませんでしたか?」

「……面目次第もありません。」

「そして公爵よ……。あなたの罪は、あなた自身が一番良く判っているはずですね?」

「………………………………」

女神であるエイドスの言葉を受けた2人は自戒した。

 

「そして、今回の事態を傍観するだけだった者たち……。あなたたちもまた大切なものがかけていたはず。胸に手を当てて考えてごらんなさい。」

「「「「「「………………………………」」」」」

侍女や貴族、その場にいる全員が黙って考え込んだ。

 

「ふふ、それぞれの心に思い当たる所があるようですね。ならば、リベールにはまだ未来が残されているでしょう。今日という日のことを決して忘れる事がないように……」

そして空の女神の光は消えて行った。

 

「ああ……」

「消えてしまわれた……」

「…………ん……」

空の女神がいなくなった事に肩を落とした侍女たちだったが、その時セシリアが声を出し起き上がった。

 

「あら……ここは…………」

「ひ、姫!?」

「セシリア!?」

「セシリア……様……!」

目覚めたセシリアにユリウスとオスカーは驚いた表情で呼びかけ、チェスターはセシリアに駆け寄った。

 

「まあ……ユリウス、オスカー……それにチェスターも。まさか、あなたたちまで天国に来てしまったのですか?」

「「「「………………」」」」

セシリア以外は驚いて言葉が出なかった。

 

「こ、これは……。これは紛う方なき奇跡ですぞ!」

セシリアが生き返った事に司教は驚愕した。そして侍女たちがセシリアに駆け寄った。

 

「姫様~!」

「本当に、本当に良かった!!」

「きゃっ……。どうしたのです2人とも……あら……公爵……議長までも……わたくし……死んだはずでは……」

「おお、女神(エイドス)よ!よくぞリベールの至宝を我らにお返しくださった!」

「大いなる慈悲に感謝しますぞ!」

公爵と議長は天を仰いだ。

 

「オスカー、ユリウス……。あの……どうなっているんでしょう?」

自分だけ事情がわかっていないセシリアは2人に尋ねた。

 

「セシリア様……もう心配することはありません。永きに渡る対立は終わり……全てが良い方向に流れるでしょう。」

「甘いな、オスカー。我々の勝負の決着はまだ付いていないはずだろう?」

「ユリウス……」

「そんな……。まだ戦うというのですか?」

また決闘をしそうな言葉を聞いたセシリアは不安そうな表情をした。そしてユリウスは静かに首を横に振って語った。

 

「いえ……。今回の勝負はここまでです。何せ、そこにいる大馬鹿者が利き腕をケガしておりますゆえ。しかし、決闘騒ぎまで起こして勝者がいないのも恰好が付かない。ならば、ハンデを乗り越えて互角の勝負をした者に勝利を!」

「待て、ユリウス!」

「勘違いするな、オスカー。姫をあきらめたわけではないぞ。お前の傷が癒えたら、今度は木剣で決着をつけようではないか。幼き日のように、心ゆくまでな。」

「そうか……。ふふ……わかった、受けて立とう。」

ユリウスの言葉に驚いたオスカーだったが、不敵な笑みを浮かべて答えたユリウスに微笑んで頷いた。

 

「もう、2人とも……。わたくしの意見は無視ですか?チェスター、貴方からも何か言ってください。」

「姫様……そういうのを無茶ぶりというのですよ……」

「ひ、姫……そういうわけではありませんが……」

「ですが、姫……今日の所は勝者へのキスを。皆がそれを期待しております。」

「……わかりました。」

そしてセシリアがオスカーに近付き、キスをした。

 

「きゃあきゃあ♪」

「お2人ともお似合いです♪」

侍女たちはセシリアのキスしているところをはやしたてた。

 

「空の女神(エイドス)も照覧あれ!今日という良き日がいつまでも続きますように!」

「リベールに永遠の平和を!」

「リベールに永遠の栄光を!」

「リベールに永遠の誇りを!」

ユリウスが叫んだ後、公爵や議長、バージルがそれぞれ叫んだ。

これで劇も無事閉幕かと思われた……

 

 




てなわけで……ほぼ原作準拠……観客が原作ブレイクですがw

ダルモアいない代わりに結構VIPクラスがちらほら……ヴィクターの妻であるアリシアですが、その正体は次々回以降で明かす予定ですw

主要観客(役職付は省略):シオン、セリカ、ラウラ、アリシア、ヴィクター、マリク、レヴァイス、クルル、フィー、アルフィン、エリゼ、デュナン、フィリップ、メイベル、リラ、クラウス、コリンズ、ナイアル、テレサ、ジョセフ、孤児院の子どもたち

……まぁ、まだいるんですけれどねw


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劇中 不届き者を駆逐せよ

今回、原作では非戦闘要員だった『あるキャラ』が戦闘します。


~ジェニス王立学園 講堂~

 

「……ふざけるな!」

「!?」」

一番前の席で見ていた酔っているデュナンが不愉快そうな表情で叫び、舞台に上がって来た。いきなり現れた乱入者に生徒や観客達は驚いた。無論、舞台上にいるエステル達もこの乱入者に驚きつつ、デュナンの方を見ていた。

 

「何故平民ごときに勝利を譲らなければならない!王族であるこの私は貴様のその判断、認めんぞ!」

「な、な…………」

酔ってエステルを指差して叫ぶデュナンにエステルはあまりにも驚いて声が出なかった。どうやら、酔っているためにまともな判断が鈍っているようであるが……というか、そもそもなぜ酔っているのか……色々ツッコミや指摘をしなければ部分は多いが……そこにフィリップが慌てた様子でその場で立ち上がってデュナンに叫んだ。

 

「か、閣下!これはお芝居です!これ以上ご自分の誇りを汚さないで下さい!」

「黙れ、フィリップ!!親衛隊よ、出合えい!!この愚か者や周りの者達に、この私に代わって正義の鉄槌を降せよ!」

「か、閣下!それはいくらなんでも!」

フィリップの言葉を無視したデュナンは自分の護衛達を呼んだ。呼ばれた親衛隊達は困惑しながら舞台に上がって来た。

そして、続けて放たれたデュナンの言葉に親衛達達は信じられない表情で反論した。

 

「デュ、デュナン公爵!?なんという事を……!」

デュナンの行動にコリンズは信じられない表情をした。

 

(おいおいおい……!まさか学園祭でこんなスクープが出るとは思わなかったぜ……!カメラは……クソ!そういえば、講堂に入場した時に劇の間は撮影禁止だからって預けられたんだった!これじゃ、記事にできねえ……!)

(あの方は……!どこまで閣下を困らせるつもり……!)

(あらあら……アリシア女王陛下が可哀想ですわね。)

(それを呑気に言っている場合じゃないでしょ……)

一方ナイアルは驚いた後、記事の証拠にするためにカメラを探したが持って来てないことに気付き悔しがり、観客の一人として来ていたカノーネは表情を歪めた。2階では、デュナンの行いにリベール王家の品位…アリシア女王の名誉が傷つけられることにアルフィンはため息をつき、エリゼはそのようなことを言っている場合などではないと苦言を呈した。

 

(あのバカ公爵が!!)

そして、シオンはデュナンの行いにキレていた。酔っているとはいえ、やっていいことと悪いことの区別すらついていない状態。ただ大人しくしていてくれれば問題はなかったのだが………だが、孤児院の子どもたちをがっかりさせるわけにはいかない……彼は、残しておいた台本の『非常時の切り札』を使うことに決め、協力者を仰ぐことにした。

 

(済まない皆様方……非常時故、協力してほしい。孤児院の子ども達をがっかりさせないためにも、この劇を何とか成功させたい。)

背に腹は代えられない……けれども、孤児院の子どもたちを元気づけるためのこの劇……失敗に終わらせるわけにはいかない。

 

(解りました……私が出ますわ。)

(姫様!?……私も手を貸します。)

(流石にお二方だけでは荷が重すぎる。私も行こう。)

(そしたら、私も行くわね。)

(私も行こう。子どもたちの笑顔を壊す輩にお仕置きも必要だからな。)

(ありがとうございます……アルフィン皇女、一応フードつきの衣装がありますので、それを着てください。)

(ま、仕方ありませんわね…)

アルフィンが最初に立候補し、やむを得ずエリゼも声を上げ、ラウラとセリカもそれに続き、ヴィクターもそれに続いた。それを聞いたシオンは容姿を隠すことをアルフィンに提案し、渋々ながらも了承した。

 

(時間がないので簡単に…………ということでお願いします。監督には俺から伝えておきます。)

シオンの言葉に五人は頷き、2階から降りて舞台へと気配をうまく隠しつつ、近寄った。

 

 

「さあ、まずはあのユリウスとやらを痛い目にあわすがよい!」

「し、しかし……!」

「つべこべ言わずに行け!王族の命令に逆らう気か!?」

「く………(すまない、生徒達!命令に逆らえない自分達を存分に呪ってくれ!……申し訳御座いません、ユリア隊長!)ハッ!」

デュナンの命令に逆らえない親衛隊の一人が悔しそうな表情で鞘からレイピアを抜き、エステルに襲いかかった。

 

「くっ!何がなんだかわかんないけど、やってやるわ!」

「エステル!」

「エステルさん!」

(エステルをやらせはしない!)

レイピアを構えて迎撃の態勢に移ったエステルにヨシュアやクロ―ゼは役を忘れて叫び、レイアは競技用のレイピアを構えてエステルに襲いかかった親衛隊員を攻撃しようとしたその時

 

キン!

 

舞台に乱入したヴィクターが愛剣ともいうべき宝剣…『ガランシャール』で親衛隊の攻撃を防いだ。

 

「な!?」

「え……」

ヴィクターの登場に攻撃を防がれた親衛隊員は驚き、エステルはレイピアを構えたまま呆けた。

 

「フッ!」

「うわ!?」

「命に従うことは『罪』……それを解っていて剣を向けるお前らは、尚性質が悪い……」

ヴィクターと剣を交えた親衛隊員は鍔迫り合いに負けて吹き飛ばされた。

 

(ひ、“光の剣匠”!?どうしてここに……!?)

その背中を見たレイアは、一目でヴィクターとわかり、驚いた。

 

「………レイア。舞台にいる生徒達全員を下がらせてくれ(シオンから伝言だ。『非常時の切り札』を使うと……)」

驚いているレイアにヴィクターは小声で静かに言った。

 

「(切り札……なるほど、そういうことね!)あ、貴方はどの国にも属せず己の信念にしか仕えない“自由騎士”ストライフ殿!何故、我らの助太刀に!?」

ヴィクターの言葉にレイアは台本の『例のページ』のことを即座に思いだし、台詞を叫んだ。レイアの意図に気付いたクロ―ゼとヨシュアが即座に思い付いたセリフで劇の雰囲気を戻そうとした。

 

「なんと……!師匠以上の強さと言われるあの”自由騎士”!!」

「まあ……!どうしてリベールに……?」

セシリア姫の口調でヨシュアはヴィクターに問いかけた。

 

「(どうやら、すんなり理解してくれたようだ……)理由か……長年、私が追っていた組織……様々な国で王家を騙り、混乱の渦に貶めてきた偽物の集団の足取りがようやく掴めたから、その討伐のために今ここにいる……それでは不服か?」

レイア達が意図を理解してくれたことに安堵し、ヴィクター――ストライフは一瞬口元に笑みを浮かべた後、厳かな口調で言った。

 

「なっ!?この私が偽物だと!?」

ヴィクターに偽物と言われたデュナンは顔を真っ赤にして怒った。

 

そもそも、生徒たちが主体の劇に私的感情を持ち込んだのは他でもないデュナン本人。その行いからすればリベールの王族とは程遠い『偽物』……劇中の大人たちの方が可愛く見えるほどの行いだろう。

 

(な~んだ。芝居だったのか。ビックリしたぜ~。)

(………本当にお芝居かしら?)

レイア達のフォローのお陰で孤児院の子供達はある程度信じたが、マリィは疑いを浮かべた。

 

(あら?あの方は………!!)

(ア、アルゼイド侯爵閣下!?まさか、来ていらしていたとは……!)

(おお、あのお方がまさかこのような場所に……!)

(ん……?……!?おいおいおいおい!!なんであんな大物があそこにいるんだ!?)

ヴィクターの乱入に驚いた後、ヴィクターの姿を凝視したメイベルやコリンズにクラウス、ナイアルは驚愕した。

 

「(小父様………すみませんが、今回はあの子達のために心を鬼にさせてもらいます……!それにさすがに私自身も許せません……!)なんと!そのような輩がいたとは……!王国を守る騎士の一人として援護致します!」

「いや……オスカー、お前は利き腕を負傷している。ストライフ殿の足手まといになるからやめておけ。」

「この程度の傷、問題ありません!自分は戦えます!」

親衛隊員達やデュナンをヴィクターと共に迎撃しようと思ったクロ―ゼはレイピアを抜いて言ったが、レイアの言葉に驚いた。

 

「オスカー、お前は騎士団長と共にこの場にいる全員を避難させろ。」

「ユリウス!?お前まで何を言う!」

ようやく事情がわかったエステルは自分なりに考えたセリフを言って、クロ―ゼを驚かせた。

 

「……賊は姫様や父上に議長、そして民達を狙っているのだ。この場で守れるのは自分とオスカー、そして師匠だけだ。師匠だけでは人手が足りない。だから、オスカー!お前は師匠と共に姫様や民達を護れ!ここは自分とストライフ殿が抑える!」

「ユリウス……わかった!皆!自分と騎士団長に着いて来てくれ!命に代えても皆の命を自分が守る!」」

自分達を避難させようとしているエステルの意図を理解したクロ―ゼは迷ったが、エステル達に任せる事を決断して、生徒達に呼びかけた。

 

「ユリウス!……気をつけろよ!」

「オスカー、お前もな!……団長、お願いします!」

「わかった。……さあ、姫様。ここはユリウスに任せて避難を……」

レイアはヨシュアに舞台脇に引っ込むように促した。

 

「ユリウス!」

「……心配なさらないで下さい、姫。このユリウス、賊ごときでやられなどしません。必ず姫の元に参ります。」

「……約束……ですよ。」

そしてエステル、レイア、ヴィクター以外は全員舞台脇に引っ込んだ。

 

 

「フ……これで、思う存分戦えるぞ、お前たち!」

そう高らかに声を上げたヴィクター。すると、ヴィクターを囲むかのように現れたのは、四つの陰。

 

 

「我ら、ストライフ様につき従いしもの……」

競技用の大剣を構えるラウラは真剣な表情で呟き、

 

 

「いかなる万難、我らの前では児戯に等しき所業……」

逆手持ちで競技用の剣を持つセリカは目を瞑って答え、

 

 

「阻める者、其処に無し。冥土まで語れ、我らの誇りを。」

楽しげに語りつつ、競技用のレイピアを構えるアルフィンは不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「さあ、王の血筋を騙りし賊どもよ。その行いに後悔しなさい。」

締めの台詞を言うエリゼは刃引きした刀を構え、強い口調で叫んだ。、

 

 

「ストライフ殿!……こちらの剣を!」

レイアは、近くにあった……いや、シオンが用意していた競技用の大剣を鞘に収めたままヴィクターに投げた。投げられた鞘をヴィクターは振り向いて取った。

 

「私は予備の剣があります!ですから私に代わり、賊達に裁きを!」

「(なるほど。競技用で刃が落とされているから多少本気を出しても重傷を負わす心配はないな……)ありがたく、バージル殿の剣を今だけは使わせていただく。だから、バージル殿は姫や民達の守りに専念するがよい。」

「はい!」

そしてレイアも舞台脇に引っ込んだ。ヴィクターは、愛剣を収め、競技用の大剣を鞘から抜いて構えた。

エステルもヴィクターの横に並ぶような位置でレイピアを構えた。そしてエステルは小声でヴィクターに話しかけた。

 

(どこの誰だか知らないけど、あたしも戦わせてもらうわ!)

(それは構わないが……なぜ、お前も戦う?)

(そんなの決まっているじゃない!今日までみんなが楽しみにしていたあたし達の劇を滅茶苦茶にしたあのオッサンが許せないに決まっているでしょ!一発ブッ飛ばさないと気がすまないわ!)

(………そうか。武器はそれで大丈夫か?)

(う……実はちょっと自信がなかったり……父さんやレイアに習ってある程度はできるけど、棒とは勝手が違うし……カーッとなってついこの場に留まっちゃったのよね………)

ヴィクターの言葉にエステルは図星をさされたかのような表情で答えた。

 

(………仕方ない。俺が戦いながら指示しよう。お前はそれに従って戦えばいい。)

(え!?あなたってそんな事できるの!?もしかして凄く強い??)

(………話は終わりだ。あの四人はそれぞれ一人ずつ相手にするから、俺は2人を相手にしよう。お前は残りの1人を相手してくれ。)

(オッケー。ところで、あなたの名前は?あたしの名前はエステル!エステル・ブライトよ!あなたは?)

(ヴィクター。ヴィクター・S・アルゼイドだ。)

「(ヴィクターね!(あれ?何か、どっかで聞いた事があるような……?まあいいわ!))さあ、賊共をリベールから追い出しましょう、ストライフ殿!!」

「ああ………行くぞ!」

今ここに“剣聖”の娘と“光の剣匠”……さらには、エステルと同じように未来を担う若者たちの運命が交わり、リベールとエレボニア……『百日戦役』で因縁のある二つの国に生まれ育った六人の共闘が始まった…………!

 

「……どうした?臆したか?」

「な、なにをしておる!とっととかかれ!!」

「は、はっ!!」

ヴィクターの挑発も込めた物言いにデュナンは焦燥しつつも逆上して親衛隊員に命令し、親衛隊員は内心不服に思いながらもヴィクターとエステルにきりかかった。

 

「くるぞ!」

「ええ!」

「「はぁっ!!」」

「……温い!ユリウス殿、右だ!」

その動きを見たヴィクターとエステルも構える。二体一という数の不利や取り回しの利き辛い武器というハンデをもろともせず、あっさりと捌ききりながらも、エステルに回避の指示を送る。

 

「了解!」

「何っ!?」

「そこから追撃をかけろ!」

「せいやっ!!」

エステルはヴィクターの指示通りに回避し、追加の指示を受けて追撃をかける。その動きに親衛隊員はたじろぐ。

 

「やむを得ない……挟撃だ!」

「ああ!」

「ふっ……遅い!!」

ヴィクター相手に挟撃を仕掛けようとしたが、彼は先にそれを察知し、剣を構える。

 

「はあああああああっ……!」

「なっ!?」

「か、身体が!?」

親衛隊員は身体の自由が利かず、ヴィクターの下に引き寄せられる。

 

「くらうがいい、洸円牙!!」

そして、自分の間合いに入った瞬間、ヴィクターの大剣が一閃――クラフト『洸円牙』がさく裂し、二人はあっけなく気絶した。

 

「せやっ!!」

「ふっ!流石に、腕が立つようだな。」

ラウラは隊員の突きを剣捌きでいなし、距離を取る。親衛隊員はすかさず追撃をかけるが、

 

「そこだっ!!」

「ぐぅっ!?な、何故だ!?スピードでは我らの方が……!?」

ラウラは横薙ぎで敵を捉え、辛うじて防御した敵はその速度に驚く。レイピアと大剣……競技用で刃引きがしてあるとはいえ、武器の部類からすれば対人用と対兵器用……扱いやすさの差からすればレイピアに圧倒的軍配が挙がるが、それはあくまでも『武器の扱いはそこそこで、互角の実力を持つ者』同士の場合。達人クラスともなれば大剣ですら普通の剣と大差なく扱う……それこそ、“光の剣匠”のように。そうなれば武器の差など大差ないのだ。

 

「その程度、我が武術では初歩同然のもの。武器の大きさで速度が決まると思ったら大違いだぞ!」

そこから斬り上げ、敵の持つ武器を弾き飛ばすと、

 

「洸円牙!!」

「ガハッ!?」

ラウラは加減した上で、敵を吸い寄せた上で回転斬りを繰り出すクラフト『洸円牙』を放ち、気絶させた。

 

「お~やるねぇ……なら、速攻でケリをつけましょうか。」

そう言って、セリカは敵の周囲を高速で回る。

 

「アルカトラズ・ダンス!」

「な、がああああああっ!?」

セリカの放ったヴァンダール流の技である『ブレード・ダンサー』の上位技……敵の周囲を高速で移動しつつ、全方位から高速の斬撃を放つ『アルカトラズ・ダンス』によってあっさり気絶させられる敵。

 

「それじゃ、私も参りますか……それそれそれそれ!!」

「な、何ぃっ!?」

「とどめ、ですよ。」

「ぐっ……!?」

一方、アルフィンは『知り合い』……シオンから教わったレイピアの剣技で、的確に足止めを行い、近づいたところを一撃……確実に鎮圧した。

 

「せいっ!!」

「……三の型、流水『石清水(いわしみず)』。はあっ!!」

「ん……な、なっ!?」

そして、エリゼは居合の構えから放たれたカウンターの型……三の型“流水”の技『石清水』によって、敵のレイピアを斬り落とした。

 

「返し『逆鱗慟水(げきりんどうすい)』!!」

「ぐはっ……!」

隊員がそれに驚く暇すらなく、エリゼの連撃……カウンターの勢いをそのままに、間髪入れず放たれた中伝の斬り上げ技『逆鱗慟水』によって隊員は地に伏せてしまった。

 

「ひっ……!な、何をしているのだ!お前達は親衛隊員だろ!なんとかしろ!」

自分の足元まで吹っ飛ばされた2人にデュナンは悲鳴を上げて、残りの一人に文句を言った。

 

「か、閣下……!そんな無茶な……」

「隙あり!」

「うわ!?しまった!!」

エステルの攻撃をレイピアで防いでいた最後の一人はデュナンの言葉に顔だけデュナンに向けて答えた。そしてエステルは防御が疎かになった親衛隊員を逃さず、力を入れて親衛隊員をのけ反らせ、ある構えをした。

 

(ヴィクターの構えを見て、ピンと来たわ。えと、確かこんな感じだったはず……)

(え、あの技は!?)

エステルは自分の父や幼馴染の使っていた技を思い出し、その構えを取る。そして、一息ついたエリゼは彼女の構えを見て、それが自分の使っている剣術の技――『八葉一刀流』であることに内心驚いた。

 

「ウィンディーム・ラッシュ!!」

「ぐはあああっ!?」

レイピア用にアレンジした八葉一刀流二の型“疾風”の技『ウィンディーム・ラッシュ』を敵はまともに受け、デュナンの足もとに吹っ飛ぶ。

 

(おいおい…ヨシュアから話は聞いてたが、エステルって結構強いけれど…それよりも、王国軍の中でも精鋭の強さと言われる親衛隊員があんなにあっさりやられるとか、エステルの横で戦っている人って何者だ!?)

一方ハンスはヨシュアから聞いていたエステルの強さに感心しつつも、ヴィクターの強さを目にして驚愕した。

 

(……………………まさか、あの方が学園祭に来てらしてたなんて………………この後、どうすれば……………)

ヴィクターの正体がすぐにわかったクロ―ゼは驚いた後、今後の事を考え不安そうな表情をした。

 

(チッ……おや?あの方……ふふっ、私はついていますわね。)

カノーネはデュナンの悪態に内心舌打ちをしたが、二階の席に舞台で戦っているヴィクターの大切な人がいることに気づき、二階に上がって彼女の下に寄ろうとしたが、

 

(どうかなされましたか、『女狐』殿?)

(っ!?いつの間に!?)

突き刺さる刃の如く、彼女だけに向けられる殺気……カノーネの前後には二人の男性……彼女の前にはレヴァイスが、後ろにはマリクがいた。

 

(い、いえ、侯爵殿の奥方がいらしたものですから……)

(そうですか……よもや、人質などとは考えておりますまい?)

(!?)

乾いた笑みで呟くカノーネ。マリクは小声で、彼女の『見当』を憶測混じりな感じで呟き、彼女はわずかに表情をこわばらせる。

 

(夫人には私めの友人から伝えておきましょう……速やかに去れ。次も似たようなことをした場合、命の保証はしません。)

レヴァイスは柔らかな笑みを浮かべてそう伝えた後……一瞬真剣な表情をしてカノーネに『警告』した。

 

(何の事でしょうか?失礼いたしますわ。)

そう取り繕って、1階に下りたカノーネ。二人はそれを見送り、小声で会話を続けた。

 

(やっぱりか……クルルとフィーは?)

(アイツらには外の『掃除』をやらせた。案の定、だな。)

(やれやれ…もっとも、もう一人『蛇』がいるみたいだが……余計なことをしたら、半殺しだが。)

想定したとおりに事が進んだことにマリクはため息をつきつつもレヴァイスに尋ね、レヴァイスはクルルとフィーに『掃除』……学園の敷地外に潜んでいた特務兵を全員拘束していた。マリクはその報告を聞きつつも、もう一人『招かれざる客』がいることを示唆するかのように呟いた。ただ、殺気などはないので、監視のみに留めることとした。

 

「ひ、ひいいい………!」

自分の護衛が全てやられた事を理解したデュナンは逃げようとしたが

 

「部下を放って、どこに行く気なのだ?」

「ひ!い、いつの間に!?」

いつの間にかデュナンの背後にいたヴィクターにぶつかり、デュナンは腰を抜かしてうめいている親衛隊達のところまで情けない姿で後退した。それだけではない。

 

「情けない人だ……」

「流石『賊』ですね。その情けなさも。」

「まったく、王族を騙るならば大胆不敵位が丁度良いですのに。」

「何を言ってるのよ……」

ラウラ、セリカ、アルフィン、エリゼも二人の下に来て、デュナンを見下ろしていた。

 

(えと……)

(私はラウラだ。よろしく頼む。)

(私はセリカ。よろしくね、エステル。)

(アルフィンと申します。よろしくお願いしますね、エステルさん)

(私はエリゼです。)

色々たじろいでいるエステルに四人は小声で簡単な自己紹介をした。

 

(オッケーよ。ヴィクター、ラウラ、セリカ、アルフィン、エリゼ!いくわよ!!)

(ああ!(ええ!))

エステルは小声で五人に話しかけ、五人もエステルの言葉に頷く。

 

「生徒たちの努力、それを無碍にしようとした貴方に断罪を……疾風!」

「ぐはっ!?」

先鋒はエリゼ。怒気を含んだ表情で二の型“疾風”を放ち、デュナンを怯ませる。

 

「王たる者に顔向けできない所業、反省なさい!」

「がっ!?」

次鋒はアルフィン、シオン仕込みの高速ラッシュでデュナンに追い撃ちをかけ、デュナンの全身に激しい痛みが襲いかかる。

 

「恥を知りなさい!“剛剣”の神髄……身をもって味わえ……破邪顕正!!」

次はセリカ。覇気を込め、放たれるは今や帝国の武を象徴する“ヴァンダール”の極意。剣が覇気によって深紅に染まり上げられていく。剣を構えてデュナンに向かって駆け出し、すれ違いざまに一閃。彼女のSクラフト『破邪顕正』が容赦なくデュナンに叩きつけられた。

 

「楽しみに待つ者の喜びを奪った報い……受けてみろ!奥義……洸刃乱舞!!」

ラウラの持つ剣が光に包まれ、一振りの刃を形成する。ラウラはデュナンに向けて加速し、アルゼイド流の奥義――Sクラフト『洸刃乱舞』の名を叫び、回転斬りを浴びせる!!その衝撃波で、デュナンは空高く舞い上がった!!

 

「ユリウス殿、これを!」

「!ありがとう、今だけはこれを使わせてもらう!」

セリカは持っていた剣をエステルに渡した。エステルにしてみればレイピアよりは扱える種類の武器……エステルは台詞を言いながらもありがたく拝借し、レイピアを後ろに投げ、セリカから借りた剣を構えた。

 

「「はああああああああ…!」」

そう言って、ヴィクターとエステルは闘気を高める。二人の剣には闘気による光が満ちる。2人は落ちてくるデュナン達に同時にそれぞれの渾身の一撃を放った時、それらは併せ技となった!“剣聖”を父に持ち、誰からも愛され『功労者』からその力と技を教わり磨いてきた少女、そして鉄騎隊の代から脈々と継がれてきたアルゼイド流の筆頭伝承者の男、その二人の技がさく裂する!

 

『奥義!桜花洸凰剣!!』

 

舞い散る無数の桜の花びらの如き光の奔流がデュナン達を襲った!

 

「「「「ぎゃぁぁぁ………!!」」」」

避ける暇すらなく飲み込まれたデュナン達は悲鳴をあげながら、観客達の頭上を越えて入口まで吹っ飛ばされた!

 

「……!!」

「うわぁぁぁっ………!ガ!?…………」

「か、閣下~………!!」

入口付近にいた銀髪の青年は吹っ飛ばされて来たデュナンに気付き、身体を少し横に向けて回避した。そして入口を越えたデュナン達は門がある壁まで吹っ飛び、気絶した。そしてデュナンを心配したフィリップは吹っ飛ばされたデュナンを追うかのように、講堂から去って行った。

 

「………私の役割はここまでだな。後はそなたに任せよう…………」

剣を鞘に収めたヴィクターはエステルに剣を渡して言った。

 

「いつかまた、貴殿と会える日は来るだろうか……?」

エステルは自分の役割を思いだして、再び紅騎士ユリウスになりきり、本心も込めたセリフを言った。

 

「………縁があればまたいつか、会えるだろう。(“剣聖”の娘であるそなたとの共闘………短いながらも楽しませて貰えた……いつか共に肩を並べて戦う日が来る事を楽しみにしているぞ。)」

(え?)

「………さらばだ。」

ヴィクターが去り際に言った小声の言葉にエステルは呆け、ヴィクターはエステルに背を向けると舞台から去って行った。

 

「では、我らも行こう。」

「楽しかったよ。あ、それあげるね。」

「また、お会いできるといいですわね。」

「まったく……失礼いたします。」

続いて、ラウラとセリカ、アルフィンとエリゼも舞台から去っていった。

 

 

「………………………」

「ユリウス!」

去って行ったヴィクターを見続けたエステル――ユリウスにクロ―ゼ――オスカーが役者全員を引き連れて声をかけた。

 

「オスカー!姫も!」

「心配しましたよ、ユリウス。」

セシリアが心配そうな表情で話しかけた。

 

「どうしてみながここに?」

「ストライフ殿らが去って行くのを私も見たからな。もう脅威は去ったと思い、お前を心配して来たのだ。特に、オスカーと姫に急かされて大変だったぞ。なあ、チェスター殿?」

「ええ。お二人とも本当に落ち着きのないお姿でした。」

疑問を持ったユリウスにバージルが口元に笑みを浮かべて答え、彼からの問いかけにチェスターも笑みを零して答えた。

 

「し、師匠!」

「チェスター!」

オスカーとセシリアは恥ずかしそうな表情でバージルを咎めた。

 

「フフ……ありがとうございます、姫。此度のような試練がリベールに再び訪れても、私がこの剣を以て斬り払う事をここに誓わせて下さい。」

「姫、私も誓わせて下さい。」

オスカーはユリウスと共に、セシリアの前で跪いて宣言した。セシリアは最初、2人の宣言に驚いたが、少しの間考えた後口を開いた。

 

「ユリウス、オスカー………わかりました。セシリア・フォン・アウスレーゼの名において、2人の誓いを認めます!」

セシリアは肩手を上げて、宣言した。そしてバージルはそれを見て、最後の幕引きの言葉を少し変えてユリウスの代わりに叫び、公爵や議長がザムザの言葉を続けた。

 

「女神よ、再び照覧あれ!今ここに交わした誓いを違わぬ限り、今日という良き日がいつまでも続くことを!」

「リベールに永遠の平和を!」

「リベールに永遠の栄光を!」

そして舞台の幕は閉じた。

 

「フフ……どのような事が起きても、やはり最後は大団円か。だが……それでいい。(それにしても気配を最大限に消していた俺に気付くとは、さすがは“光の剣匠”に“驚天の旅人”。剣士として、いつか本気で手合わせを願いたいものだ……)」

講堂の扉の前にいた銀髪の青年がそう呟いて講堂を出て行った。

 

 

一騒動はあったものの、シオンの機転とヴィクターらの活躍によって劇は大成功に終わり、学園祭を無事締めくくることができたのだ。

 

 




てなわけで……まぁ、シオンだし(謎理論)

こっから先ですが、原作イベントのいくつかが変わります。更には、SC編のイベントもいくつか加わります。

要するに、本来いないはずのヨシュアがいる状態でいくつかのイベントが進行します。

ただ、『お茶会』に関しては調整中です。


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第44話 祭りの終わり、宴の始まり

ある意味『宴』


~ジェニス王立学園・講堂・控室~

 

学園祭が終わり片づけを終えた後、シオンとレイアとトワは用事があると言って急いで講堂から出て行き、エステルとヨシュアは控室でクロ―ゼと共にジルやハンスに労われていた。

 

「いや~、ほんとお疲れ!監督の私が言うのも何だけど、最高の舞台だったわよっ!」

「最初、男女が逆ということで笑われてしまったけれど……みんな、劇が進むに連れて真剣に見てくれて本当によかった。」

クロ―ゼは笑顔で観客達の様子を語った。

 

「うん、そうだね。あんな恰好した甲斐があったよ。もう二度としたくないけど……」

「はは、そんなこと言うなよ。写真部の連中が劇のシーンを何枚か撮っていたけど……お前さんの写真がどれだけ売れるか楽しみだぜ。」

「ハア、勘弁してよ……」

女装から解放されて安堵の溜息を吐いたヨシュアだったが、ハンスの言葉に顔を顰めて疲れた溜息を吐いた。

 

「エステルたちの写真もすっごく売れると思うわよ。男子はもちろん下級生の女の子あたりにもね。『お姉さま』なーんて呼ばれちゃったりして♪」

「もう、ジルったら………」

からかうような口調で語るジルにエステルは苦笑した後、ある事を思い出し黙った。

 

「あれ……どうしたの、エステル?」

エステルの様子に首を傾げたヨシュアは尋ねた。

 

「あ、うん。ほら、劇の最後で公爵さんが邪魔した事を思い出しちゃって……」

「あ………」

エステルの言葉にクロ―ゼは気不味そうな表情で声を上げた。

 

「あの時はビックリしたね。……本当にどうなるかと思ったよ。」

「私も劇が滅茶苦茶になって、本気で心配したけどエステルを助けた男性が間に入ってくれてから、レイアが真っ先にカバーしてくれて本当にあの時は助かったわ。それと、シオンのお蔭ね。」

エステルの言葉で思い出したヨシュアは頷き、ジルは劇の事を思い出し、安堵の溜息を吐いた。

 

「そういえばあの台本、『非常時のところはよく覚えておくように』って書いてあったんだけれど…どういうことなの?」

「あれか……これは、シオンから台本を渡された際に言われたことなんだが……」

「『今回の劇に使う演目で、乱入者が出るかもしれない』……つまりは、あの人が邪魔することすら織り込んで、台本に書いていたのよ。」

「そう言えば、シオンもあの人に対しては怒りを露わにしてたね……」

シオンは、今回の招待客にデュナンがいることを想定した上で台本を書きあげたのだ。これにはジルやハンスも脱帽もので、エステルやヨシュアも彼の先見の明に感心していた。

 

「にしても、結局誰だったんだろうな?エステルを助けた男性に四人の女性……なんかどっかで見た事がある気がするんだよな……?」

「エステル、名前は聞いた?」

ハンスはヴィクターの事を思い出して首を傾げ、ヨシュアは尋ねた。

 

「うん。ヴィクターって名乗っていたよ。女性の方はラウラ、セリカ、アルフィン、エリゼだったわね。」

「え………!?」

「嘘!?」

「マジかよ……!?」

「……………え!?」

エステルの口からヴィクターの名を聞き、ただ一人ヴィクターを知っていて黙っていたクロ―ゼを除いて、ヨシュア達は驚いた。だが、そのクローゼも女性の名前を聞いて驚いた。

 

「ど、どうしたの!?」

ヨシュア達の様子にエステルは慌てて聞き返した。

 

「エステル………エステルがいっしょに戦った男性だけど………学園祭に観に来ていたのが信じられない人でみんな驚いたんだ。エステルはその人の名を聞いて、何も思わなかったのかい?」

「う、うん。な~んか、どっかで聞いた事はある名前なのよね……」

ヨシュアの質問にエステルは首を傾げながら答えた。

 

「その人は、レグラム自治州当主にして、かつてエレボニア帝国ではヴァンダール家と並んで『帝国の双璧』と呼ばれたアルゼイド家の当主、アルゼイド流筆頭伝承者……ヴィクター・S・アルゼイド侯爵です、エステルさん。」

「あ、あ、あんですって~!?」

クロ―ゼの説明にエステルは信じられない表情で叫んだ。

 

「それよりも、エステルさん。四人の女性の方の中に『アルフィン』と名乗っていた女性がいたと……」

「え?う、うん……」

「って、思い出した!それ、エレボニア帝国の皇女じゃないの、それ!?」

「はぁ!?マジかよ!?」

「あ、あんですって~!?」

クローゼは真剣な表情でエステルに尋ね、エステルはたじろぎながらも頷いて答え、その名前を聞いてちょっと前に読んだ雑誌の中に出ていた人物にそう言った名前があることを思い出してジルが声を上げ、ハンスは驚く。そして、エステルもヴィクターに続く重要人物の登場に驚愕した。するとジルは苦笑して言葉をつづけた。

 

「……いや~、まさか本当に来るとは……」

「ってことはジル、お前エレボニア皇家宛に招待状を送ったのか!?」

「ダメもとでいいから、ってことでシオンに頼んだのよ。彼だったら交友関係広いし。」

「シオン……(何をやってるのよ……)」

「………」

「いや、何と言うか、色々滅茶苦茶だね。」

実際には、シオンが直接バルフレイム宮に出向いてセドリックに渡したのだ。リベール王家の人間がエレボニア皇家に会いに行くことなど『滅茶苦茶』だが、彼の実力からすれば下手に手を出せば返り討ちになるだろう。それが仮に『鉄血宰相』だったとするならば、彼の首と胴体が離れるような所業すらやりかねない。

 

「あははは………あ、そうだ。お二人さん、ちょっと調べてほしいことがあるのだけれど。」

「調査依頼ってこと?」

「ああ、アレか?文化課程の奴らが調べたっていう『噂』って奴。」

「『噂』ですか?」

「ええ。勿論、正式に依頼は出しているのだけれど、中々引き受けてくれなくてね。」

「う~ん……あたしは引き受けてもいいかな。まだ余力はあるし。」

「僕の方も問題はないかな。」

「オッケー。」

二人の了解をもらい、ジルは話し始める。

 

およそ1週間前……エステルらが学園祭手伝いを引き受けた直後位から、妙な噂……移動する『幽霊』が目撃されたというのだ。ジルらが聞いた限りでは、目撃情報は3件。一件目はエア=レッテンから北方向に、二件目はルーアンから北東方向に、三件目はマリノア村から東方向に……そのいずれもが仮面をつけ、奇抜な白い格好に身を纏った人間だったらしい。幽霊と聞いたエステルは顔をこわばらせ、周りから指摘されると最初は怖がっていないと強がったが、結局怖いものには勝てず、素直に白状した。

 

「う~ん……って、考えてみたらここって、ルーアンから北東になるのよね……って、え?」

「マリノア村から東……確か、ここから南にはエア=レッテンの関所があるはず。ということは……」

ルーアン、マリノア村、エア=レッテン……去った方角を全て結びつけると、一つの場所――ジェニス王立学園を指示していたのだ。これにはエステルとヨシュアも驚きだった。

 

「ここなのよね。でも、この校舎にはそう言った噂とかないし。」

「だよな……となると、旧校舎だな。そういう類のものに当てはまりそうなのは。」

学園自体にそう言った類の施設などあまり聞いたことは無いものの、今はあまり人が近寄らない旧校舎しか考えられなかった。

 

「そうなっちゃうのね。でも、昼間の時は何もなかったはずだけれど……」

「ともかく、もう一度行ってみよう。」

「それでしたら、私もお手伝いします。」

「うん。よろしくね、クローゼ。」

エステルはヨシュア、クローゼと共に旧校舎へと向かった。

 

 

~ジェニス王立学園 旧校舎前~

 

生徒全員が学園祭の打ち上げに行っているため、人気のない旧校舎前にはある意味お忍びの人たちばかりだった。

 

「それにしても、今日は楽しかったですわ。女王生誕祭の折にはまた来たいですわね。」

「姫様……」

「もう、アルフィンったら……」

「ふふ……」

「今回ばかりは私もそれなりに楽しめたな。こういうのも悪くはない。」

「私もですよ。」

笑みを浮かべたアルフィンとアリシア、疲れた表情を浮かべるラウラとエリゼ、腕を振るう機会が偶然とはいえ恵まれたことに笑みを零すヴィクターとセリカ。そして……

 

「フフフ、意外なお誘いとはいえ、こうしてお祭りに参加できたことは僥倖だね。特にヨシュア君の女装姿は最高だった。僕ですら求婚してしまいそうだったよ。」

「お兄様、あまり欲望に忠実すぎますと皆様が引いてしまいますよ。」

「お前ら、まとめてハリセンでツッコミ入れるぞ。」

ロレントに向かったはずのオリビエ、ため息をつきつつも窘めるアルフィン、さらには引き攣った笑みを浮かべたシオンの姿だった。

 

「あはは……まぁ、ヨシュアのあれにはさすがに驚いたけれどね。」

「本当ですよ。」

「俺も傍から見させてもらったが、あれは面白かった。(女装姿か……これは『使える』かもな……)」

「だよね。」

レイアのある意味褒め言葉にトワも頷き、アスベルとシルフィアも苦笑していた。すると、近づいてくる人影に気づき、そちらの方を向くとエステル達の姿があった。

 

「あれ?って、さっきの人たちにシオン!?」

「それに、オリビエさん!?」

「アスベルさんにシルフィさんまで!?」

色々な意味で驚愕の人たちが集っている事実……これには三人も驚きである。すると、アルフィンがクローゼに近づき、小声で話しかける。

 

(クローディア姫ですね?アルフィン・ライゼ・アルノールと申します。今回はシュトレオン殿下から招待状を頂きまして、参りました。)

(やはり……初めまして皇女殿下。クローディア・フォン・アウスレーゼです。)

(いえ、こちらこそ……姫殿下。私、負けませんから。)

(!!………こちらこそ、負けませんからね。)

 

(!?……な、何だ、今の寒気は……)

水面下での争い……シオンの伴侶の座を巡っての『宣戦布告』……一方、一瞬悪寒が背中を伝わるように駆けていき、シオンは身震いした。

 

「にしても、何であんたがいるのよ。」

「いや~、実は侯爵閣下からお誘いを受けてね。おかげでいいものを見させてもらったよ、ヨシュア君♪」

「………今すぐ、記憶から消してあげましょうか?」

「おお、怖い怖い。少なくとも、触れ回るつもりはないから安心してくれたまえ。」

ジト目で睨みつつオリビエに尋ねるエステル、それに対して眼福とでも言いたげな表情でヨシュアの方を見ながら言い放ったオリビエに、笑顔で威圧するヨシュア、それを見たオリビエは冗談半分だと弁解しつつもいつもの口調を崩すことは無かった。

 

「こちらとしても驚きなのだがな……」

「それはあたしもなんだけれど…そういえば、そちらの方は?」

「ああ。私の妻だ。」

ヴィクターの言葉にアリシアは前に進み、自己紹介した。

 

「初めまして、エステル・ブライトさん。私はアリシア・アルノール・アルゼイドと申します。」

「よろしくね、アリシアさん。って、あたしは初対面なんだけれど?」

「話はカシウスさんから聞いています。とても元気のいい娘だと言っておりましたよ。」

「ここでも父さんなのね……ってことは、ヴィクターさんも父さんのことを?」

「ああ。一度だけ手合わせしたことがある。流石“剣聖”と呼ばれた人間だったよ。」

「へぇ~……」

その後、エステルらがここに来た理由を説明すると、協力するということで、エステル、ヨシュア、クローゼ、エリゼ、オリビエ、セリカ、ラウラの七人で旧校舎内に向かうことにした。

 

 




てなわけで、オリジナル展開もといFC・SC編同時進行です。

『空』+『閃』+『オリジナル』面子です。特にラウラと『彼』の絡みは出したかったので、こうしましたw


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第45話 怪盗紳士

旧校舎に到着したエステル達はドアに挟まっているカードを見つけ、カードに書かれている意味深な言葉を推理して探索しているとさらにほかのカードがあり、最後には地下への階段を見つけ、エステル達は地下に降りて、進んだ。

 

 

~ジェニス王立学園 旧校舎地下最奥部~

 

「あ…………!」

エステルは奥にいた人物の姿を見つけると驚いて声をあげた、その人物の姿は数々の目撃者達が見た白いマントを羽織った人物だった。

 

「白いマントの人物……どうやら、貴方が『噂』の元凶のようですね。」

「影もあるようですし、幽霊じゃあなさそうですが………何者ですか?」

「フフフ……」

ヨシュアの言葉とエリゼの質問に白いマント姿の人物は笑いながら、エステル達に振り返った。

 

「ようこそ、我が仮初めの宿へ。このような場所ではあるが貴公らの訪問を歓迎させてもらおうか。」

「何と奇抜な……」

「か、仮面……?」

「白いマントの人物……あなたがここ一週間、ルーアン各地を騒がしていた『影』の正体ですか?」

白いマント姿の人物が仮面をかぶっていることにラウラとエステルは驚き、クロ―ゼは今までの情報を整理して真剣な表情で尋ねた。

 

「フフ……その通りだ、クローディア姫。そして、獅子心の血統を継ぎし君、聖女の血と技を今に伝える姫君、更には聖なる剛剣を継ぎし君、お目にかかれて光栄だよ。」

「え!?どういうこと!?」

「……なるほどね、只者じゃなさそうだ。」

「………」

「私やエリゼ、ラウラの身の上も知っているとはね……何者?」

マント姿の人物がクロ―ゼの正体を知っている事にエステルは驚き、ヨシュアは冷静な表情で呟いた。更にはエリゼが真剣な表情で対峙し、セリカも彼の博識さに驚きつつも尋ねる。エステル達の様子を見て、不敵に笑った後マント姿の人物は自己紹介をした。

 

「フフ……私に盗めぬ秘密などない。改めて自己紹介をしよう。『執行者』NO.Ⅹ“怪盗紳士”ブルブラン―――『身喰らう蛇』に連なる者なり。」

「『身喰らう蛇』……!?」

「…………くっ!…………」

「フフ、そう殺気立つことはない。私はここで、ささやかな実験を行っていただけなのだ。諸君と争うつもりは毛頭ない。」

警戒するエステル達の様子を見たブルブランは口元に笑みを浮かべて答えた。

 

「じ、実験……?」

ブルブランの言葉に首を傾げたエステルだったが、ブルブランの後ろにある黒いオーブメント――ゴスペルを見つけた。

 

「それって……(あたしが持っているのと同じ……ううん、それよりも一回り大きいわね)」

「黒いオーブメント……(どういうことなんだ?エステルが持っているものとは違うのか?)」

見覚えのあるオーブメント――ゴスペルを見て、エステルやヨシュアは驚いた。

 

「ふむ、『彼』の報告通り、一部の人間だけこれの存在は知っているか。このオーブメントは実験用に開発された新型でね。今回の実験では非常に役に立ってくれたのだよ。」

「……いったい何の実験ですか?」

ブルブランの話を聞いたセリカはブルブランを睨みながら尋ねた。

 

「フフフ……百聞は一見に如かずだ。実際に見ていただこうか。」

セリカに睨まれたブルブランだったが気にもとめず、ゴスペルが置いてある装置らしき所についているスイッチを押した。すると浮いていて、透けているブルブランの映像がエステル達の目の前に現れた。

 

「ゆ、幽霊……!」

「いや、その装置を使って空間に投影された映像のようだね。そんな技術が確立されているとは寡聞にして聞いたことはなかったが。」

「これは、我々の技術が造りだした空間投影装置だ。もっとも、装置単体の能力では目の前にしか投影できないが……このオーブメントの力を加えると、このようなことも可能になる。」

『ゴスペル』から黒い光があふれだすと、ブルブランの映像が急にエステルたちの後ろに移動した。

 

「きゃっ……!?」

「わわっ……」

「ひゃぁっ!?」

いきなり自分達の後ろに現れたブルブランの映像を見て、エステル達は驚いた。そしてブルブランの映像はエステル達の周りを何周か廻った後、ブルブランの元に戻り、ブルブランがスイッチを押すと映像は消えた。

 

「―――とまあ、こんな感じだ。フフ、ルーアン市民諸君にはさぞかし楽しんでもらえただろう。」

「……つまり、単なる悪ふざけだったというわけか。」

「あなたの悪戯のために、ルーアンの人達が怖がっているんのですよ!?」

ブルブランの言葉を聞いたラウラとセリカはブルブランを睨んだ。

 

「悪ふざけとは人聞きが悪い。これから訪れるであろう選挙に浮かれゆく市民たちに贈るちょっとした息抜きと娯楽……そんな風に思ってくれたまえ。」

ラウラとセリカの言葉を聞いたブルブランは心外そうな様子で答えた。

 

「カ、カラクリはわかったけど……いったいどうしてこんな事をしでかしたのよ!?『身喰らう蛇』って……いったい何を企んでいるわけ!?」

ブルブランの話を聞き、呆れながら納得したエステルはブルブランを睨んで叫んだ。

 

「フフ……それは私が話すことではない。私が、今回の計画を手伝う理由はただ一つ……クローディア姫―――貴女と相見(あいまみ)えたかったからだ。」

「えっ……?」

ブルブランに名指しをされたクロ―ゼは驚いた。

 

「市長逮捕の時に見せた貴女の気高き美しさ……それを我が物にするために私は今回の計画に協力したのだ。あれから数日―――この機会を待ち焦がれていたよ。」

「え、あの、その……」

ブルブランの話を聞いたクロ―ゼは何の事かわからず、戸惑った。というか、寧ろ引き気味だった。

 

「……市長逮捕って、ダルモア市長の事件よね。な、何であんたがあの時のことを知ってるのよ!?」

「フフ、私はあの事件の時、陰ながら君たちを観察していた。たとえば……このような方法でね。」

エステルに尋ねられたブルブランは一瞬で執事の姿に変えた!

 

「えっ!?姿がいきなり変わった!?」

「まさかあの時いたダルモア家の……!?」

いきなり姿を変えたブルブランを見てエリゼは驚き、ヨシュアは察しがついて信じられない表情で変装したブルブランを見た。そしてブルブランはまた一瞬で元の仮面と白マントの姿に戻った。

 

「怪盗とは、すなわち美の崇拝者。気高きものに惹かれずにはいられない。姫、貴女はその気高さで私の心を盗んでしまったのだよ。他ならぬ怪盗である私の心をね……。おお、何という甘やかなる屈辱!如何にして貴女はその罪を贖(あがな)うおつもりなのか?」

「あ、あの……そんな事を言われても困ります。」

「この自分に酔った口調……そっくりじゃないですか?」

ブルブランの芝居がかかったようなセリフにクロ―ゼは戸惑い、セリカは呆れた表情でオリビエに尋ねた。

 

「失敬な……興味本位で誰彼かまわず恐怖を煽り立てるような輩と一緒にしないでくれたまえ。僕が甚だ心外だよ。」

セリカに尋ねられたオリビエは心外そうな表情で答えた。

 

「フフ………欲を言えば、かの“黄金の姫君”とも相見えたかったところだが、彼女は君達の傍にいないようだからね………非常に残念だ。」

「『身喰らう蛇』。何か思っていたのと違うけど……クローゼが狙いと聞いたらなおさら放っておけないわね!絶対に許せないわ!」

「エステルさん………」

ブルブランの話を聞き、勇ましく武器を構えるエステルをクローゼは心強く思った。

 

「協会規約に基づき、不法侵入の容疑で拘束します。そのオーブメントのことも含めて、色々と喋ってもらいます。」

そしてエステルに続くようにヨシュアも武器を構えて、ブルブランを睨んで宣告した。

 

「やれやれ……何という無粋な連中であろう。相手をしてやってもいいがせっかく選んだこの場所だ……『彼』に相手してもらおうか。」

「なに……?」

ブルブランの言葉に訳がわからず、ラウラは首を傾げた。そしてブルブランは指を鳴らした!すると、地面が揺れ動きだした。

 

「な、なんなの……?」

「ふむ……イヤ~な予感がするねぇ。」

そしてエステル達が横を向くと、横にあった大きな扉が開き、そこから大型の人形兵器が現れた!

 

「な、なにコイツ!?」

「甲冑の人馬兵!?」

「フフ、どうやら『彼』はこの遺跡の守護者のようでね。半ば壊れていたところを私が親切にも直してあげたのだ。せっかくだから君たちが相手をしてあげるといい。」

人形兵器の登場に驚いているエステル達にブルブランは得意げに説明した。

 

「じょ、冗談じゃないわよ!」

「……来るよ!」

 

そしてエステル達は遺跡の守護者――ストームブリンガーとの戦闘を開始した。戦闘は終始エステル達の優勢で進み、全員のSクラフトを止めに受けたストームブリンガーは身体の到る所から大爆発を起こして、崩れ落ちて二度と立ち上がらなくなった。

 

「か、勝った……」

「よかったです…………」

「さて、次は貴方の番ですね。」

戦闘が終了し、エステルとエリゼは安堵のため息を吐き、ヨシュアはブルブランを睨んだ。

 

「やれやれ……。優雅さに欠ける戦い方だな。仕方ない……私が手本を見せてあげよう。」

ヨシュアに睨まれたブルブランだったが、溜息を吐いた後持っているステッキを構えた。

 

「Flamme!(炎よ!)」

「な……!?」

「篝火の炎が……!?」

「これは一体………?」

「な、何が起こるんですか!?」

すると、照明となっている周囲の篝火が大きくなった事にエステルとクロ―ゼは驚き、セリカは首を傾げ、エリゼは慌てた。

 

「Aiguille!(針よ!)」

そしてブルブランは一瞬で懐からナイフを出し、それを篝火によって大きくなったエステル達の影にめがけて放った!

 

「「えっ……!?」」

「きゃっ……!?」

「おお……!?」

「う、動けません!」

「なっ………!?」

「これは……『影縫い』か!?」

ブルブランの技によってエステル達は動けなくなり、焦った。

 

「フフ、動けまい……この程度の術、執行者ならばアーティファクトに頼るまでもない。」

「そ、そんな……」

「クソ……見くびりすぎたか……!」

動けないエステル達が焦ったその時

 

「ピューイ!」

「フッ!」

「ピュイィッ!?」

ジークが飛んで来て、ブルブランに攻撃しようとしたが、ブルブランによって、エステル達と同じように『影縫い』を受けて、飛んでいる状態で動かなくなった!

 

「ジーク!?」

「現れたな、小さきナイト君。君の騎士道精神には敬意を表するが、しばし動かないでいただこうか。」

「クロ―ゼさん!」

クロ―ゼに近付くブルブランを見て、エリゼは焦りの表情で声を上げた。

 

「クローディア姫。これで貴女は私の虜(とりこ)だ。フフ、どのような気分かね?」

「……見くびらないでください。たとえこの身が囚われようと心までは縛られない……私が私である限り、決して。」

不敵な笑みを浮かべて自分を見るブルブランにクロ―ゼは凛とした表情で見つめ返した。

 

「そう、その目だよ!気高く清らかで何者にも屈しない目!その輝きが何よりも欲しい!」

しかしブルブランは逆に喜び、高らかに言った。

 

「ふ、ふざけたこと抜かしてんじゃないわよ!」

「そうです!」

エステルとエリゼは無理やりブルブランの方向に向いた。また、オリビエとラウラも同じようにブルブランの方向に向いた。

 

「このような振る舞い、紳士とは聞いてあきれるな!」

「しかも、仮面を被っているなんて……余程過去に後ろめたいものでもあるのですかね、臆病者」

「やれやれ、この仮面の美しさが分からないとは……君達には美の何たるかが理解できていないようだな。」

ラウラとセリカに睨まれたブルブランは呆れて溜息を吐いた。

 

「フフッ……」

「む……?」

オリビエの笑みに気付いたブルブランはオリビエを見た。

 

「ハハ、これは失敬。いや、キミがあまりにも初歩的な勘違いをしているのでね。つい、罪のない微笑みがこぼれ落ちてしまったのだよ。」

「ほう……面白い。私のどこが勘違いをしているというのかね?」

オリビエの指摘にブルブランは興味を惹かれ、尋ねた。

 

「確かに僕も、姫殿下の美しさを認めることに吝かではない。だがそれは、君のちっぽけな美学……いや失敬、美学にすら劣る哲学では計れるものではないのさ。顔を洗って出直してきたまえ。」

「おお、何という暴言!たかが旅の演奏家ごときがどんな理由で我が美学を貶める!?返答次第では只ではすまさんぞ!」

オリビエの言葉を聞いたブルブランは怒り、オリビエを睨んだ。

 

「フッ、ならば問おう―――美とは何ぞや?」

そしてオリビエは静かに問いかけた。

 

「何かと思えば馬鹿馬鹿しい……。美とは気高さ!遥か高みで輝くこと!それ以外にどんな答えがあるというのだ?」

「フッ、笑止……。」

ブルブランの高々とした答えに対して、オリビエは両目を閉じて口元に笑みを浮かべた後、両目を開き高々と言った!

 

 

「真の美―――それは愛ッ!」

 

 



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番外編 きっかけ

今は『懐かしい』記憶の一ページ……

 

『……えと、あなたは?』

『僕はシュトレオン・フォン・アウスレーゼ。長いからシオンでいいよ。みんな、そう呼んでるし。』

『わたし、アルフィン!アルフィン・ライゼ・アルノールっていうの!!』

 

始まりは…出会いは偶然だったのかもしれない。けれども、この出会いを否定することはしない。これも、一つの『事実』なのだから。

 

 

~クロイツェン本線 列車内~

 

七耀歴1199年……エレボニア帝国内の主要鉄道であるクロイツェン本線。その線路を走る帝都ヘイムダルへの列車。その列車の車両の一角……そこに、栗色混じりの黒髪と蒼い瞳の少年――シオン・シュバルツが頬を手で支えるような格好で窓の外に映る景色を見ていた。その恰好は動きやすさを重視しており、傍らには自らの得物であるレイピアが置かれていた。

 

そのしぐさを見ていたもう一人の少年……暗めの栗色の髪と空色の瞳を持つ少年――アスベル・フォストレイトが声をかけた。

 

「どうした、シオン?」

「いや、ちょっと感慨深いと思って、さ。」

「成程ね。」

シオンの言葉にアスベルは少し真剣な表情を浮かべた。

 

無理もない。彼は帝国に両親を“奪われた”。そして、自らも“一度死んだ”……今までの生き方そのものを全て奪われたに等しい。その彼があの時と同じようにこうして帝国の列車に乗っている。それがいかなる因果なのか……そればかりは本人のみぞが知ることだ。

 

「ま、今回は観光が目的だ。二人も向こうで合流する予定だし。」

シルフィアとレイアに関しては、向こうで合流して帝都で行われる『夏至祭』を見物する予定だ。宿に関しては本当に予約を取るのが一苦労だった。

 

「そうだな………」

そう言って、シオンは窓の外を見つめた。

あの時は、本当に……死を覚悟した。

 

 

五年前、俺は両親に連れられて、祭りの見物と皇族……ユーゲントⅢ世への謁見を賜った。その後、クロスベルへ観光のために列車に乗った。談笑する両親と俺だったが、俺はお手洗いのために席を立ち……その直後、列車は爆破された。爆破場所は俺の両親が座っていた座席の隣のボックス席……爆破の衝撃で、俺は隣の車両に吹き飛ばされていた。

 

『大丈夫!?しっかりするのよ!!』

そう言って助けてくれたのは、偶然乗り合わせていた赤い髪の遊撃士……A級正遊撃士“紫電”サラ・バレスタインだった。彼女は大方の事情を察し、俺は遊撃士協会に保護されることとなった。そして、レグラム経由でリベールに帰還する運びとなった。今思えば、遊撃士として活動するようになったのは彼女の影響かもしれない。

 

アリシア女王やユリ姉は心配そうな表情で、クローゼに至っては泣きっぱなしで俺の傍を離れようとしなかった。

 

その後、帝国政府からは『国粋派のテロリストによる計画的犯行』との通達が来たらしい。そのとき既に俺の中では『疑念』が浮かんでいた。身分を隠し、帝国を旅行したこと……これを知るのは、皇室とエレボニア帝国政府のみだったはずだ。つまり……そのどちらか、あるいは両方に『内通者』がいるという推測が浮上する。

 

恨みたくはないが、俺の家族を奪った奴に対しての『怒り』は燻っていた。いつか、その対価を支払ってもらうために今はその怒りを封じた。

 

 

~帝都ヘイムダル 遊撃士協会帝都東支部~

 

「ふむ……これほどの依頼、どうしたものかな。」

「アタシも受けようとは思ったけれど、名指しじゃあねえ……」

「ちわーす、貴方の隣に這い寄る混沌でーす。」

「お前、変わったな……」

アスベルとシオンが中に入ると、受付のジャン、そして報告しに来ていたと思しきサラの姿を見つける。二人は何やら依頼について話していたようだ。

 

「その挨拶はアスベルだね。いや~、ちょうどいいところに来てくれたね。」

「いや~……そういや、ジャンさんはルーアン支部に異動になるんですよね?まだ引継ぎが終わってないんですか?」

「引継ぎは大方終わったよ。今は残りの仕事を捌いているんだ。」

「アタシとしては気軽に話せる相手がいなくなることに残念だわ。」

ジャンは帝都東支部の受付として働いているが、夏至祭の終了と共に地元であるルーアン支部の受付としての異動が決まっていた。これにはサラも残念そうな口調で呟いた。

 

「そうだ。君らに頼みたい依頼があるんだ。というよりも、君ら指定なんだけれど」

「S級の俺やA級のシオンに?」

「それと、シルフィアとレイアもなのよ。」

「はぁ……」

高ランク指定の依頼票……二人はジャンから見せてもらった書類に目を通す。

 

『捜索依頼』

私めの一人娘が行方知れずになりました。

詳しくはバルフレイム宮のユーゲントまで。

 

………………はい?

 

「すみません、これどこからツッコミ入れたらいいですか?」

「ていうか、色々おかしいだろが!!これ、サラが受けた方が早かったんじゃないか!?」

「あ~、それは思ったんだけれど、補足を見て?」

「補足?」

アスベルがため息をつき、シオンが声を荒げると、サラはその言葉に納得しつつも依頼票の補足を見るよう促し、二人は目を通す。

 

補足:S級正遊撃士の対応求む。

 

「………皇帝に腹パンしてきていいですか?」

「「やめて!!」」

笑顔なのに威圧MAXのアスベルが放った一言に、ジャンとサラが止めに入った。

 

「『国家不干渉』なのに、国家が関与してるんですから不干渉の枷は外れますし、遠慮なく……」

「本当にヤメテ!!」

「アンタが腹パンしたら貫通しかねないわよ!?」

「………(アスベル、いろいろ苦労してるんだな。)」

 

 

まぁ、結果として一人娘――アルフィンはあっさり見つかり、バルフレイム宮に連れて行くことにした……アスベルとシルフィアの怒気が半端ないことになってたけれど、俺は見なかったことにした。

 

 

~バルフレイム宮 謁見の間~

 

エレボニア帝国の皇帝と皇妃が座する謁見の間……その部屋にいたのは、

 

「………」

「………」

笑顔で怒気MAXのアスベルとシルフィアと、

 

「あはは……」

最早笑みしか出ないレイアと、

 

「ふふ……」

柔らかい笑みを浮かべつつも威圧感のあるオーラを出しているプリシラ・ライゼ・アルノール皇妃、

 

「………」

床に正座して三人の威圧に耐えている皇帝ユーゲントⅢ世の姿だった。

 

事情によると、親馬鹿を発動させてユーゲントが依頼を出したとのことだ。その後、プリシラが謝恩を与え、ユーゲントと個人的に『お話』するためにその場を後にした。その姿を見た三人はエレボニア帝国の最強を垣間見た瞬間であったと語ったらしい。

 

 

~バルフレイム宮 私室~

 

一方、シオンはアルフィンの招きで彼女の私室を訪れていた。何故だかわからずに困惑するシオンだったが、アルフィンは笑みを浮かべていた。

 

「安心してください。別に貴方をどうこうするつもりはないです………あの、ひとつ聞いていいですか?」

「俺に答えられる範囲であれば、構いません。」

彼女の表情、そして周囲の気配からするに危険はない……シオンはそれを確認し、アルフィンの方を向く。

 

「その……貴方が知る、シュトレオン殿下のことを聞かせてほしいのです。」

「何故、既に死んだ人間の事を?」

「!?……貴方がその、似ていますから。殿下に……」

アルフィンのその様子からするに、シオンの正体がばれているわけではない……単に、似ているだけだと……半分疑念を持ちつつ、シオンは答えた。

 

「俺の勝手な意見ですが……王族としては不自由などない人間でした。ただ、精神的には『王』の器などではなかった…憶測でしかないのですが。」

「……」

「喪うことを知らなかった……王たるもの、万事うまくいくことはないと解っていること……その覚悟が足りなかったかも、しれませんね。」

実際、両親を失った時のショックは計り知れなかった。自分の容姿が変わってしまうほどに……そう言った意味では、俺には『覚悟』そのものがなかった。幼い頃からその『覚悟』の片鱗を覗かせていたクローゼとは違っていた。

 

「……聞きたいことはそれだけですか?」

「貴方は、その、エレボニアを憎んでいるのですか?今の言葉……まるで怒っているように聞こえました……」

フフ…怒っている、か。知らずの内にこのような幼き少女に怒り、か……

 

 

「憎む、ですか……恨んでいますよ。『真実』を偽り続ける政府も…そして、『謝罪』すらしなかった皇家にも…」

 

 

「!!な、何故…」

「何も知らないのですね……貴女が関与していなくても、百日戦役の開戦を決めたのは他でもない皇帝自身……講和したとはいえ、刃を向けた国をそう簡単に許せるものですか?人は、そう単純にできていないのですよ。」

やむを得ない事情があるとはいえ、帝国が宣戦布告したのは事実だ。そして、その結果として帝国と王国の間にある蟠り……それは、根強く残っているのが現状だ。

誰だって、一度殺されかけた相手に『仲良くしよう』と言われて、馬鹿正直にその言葉を鵜呑みにはできない。それを信じて手を取るのは余程のお人好しか、やむを得ない事情があったか……いずれにせよ、一部の人間ぐらいだ。

 

「そして、貴女の国は俺の国の次期国王夫妻と幼き命を奪わせる体たらく……それに対して、貴女は何ができるというのですか?アルフィン・ライゼ・アルノール皇女殿下?」

俺の両親……アリシア女王の甥にあたるガウェイン・フォン・アウスレーゼとソフィア夫人を奪った国であるエレボニア……幼き少女にかける言葉でないのは百も承知だ。だが、帝に連なる血筋を引くものとして、どう向き合うか気になった。

 

その言葉に、アルフィンは瞳を潤ませながら柔らかな笑みを浮かべた。

 

「…………同じ、ですね。」

「は?」

「あの時も、厳しい言葉をかけつつも優しくしてくれた………やはり、貴方なのですね。シオン・シュバルツ……いいえ、シュトレオン・フォン・アウスレーゼ王子殿下。」

「………」

そこまでやって、シオンは自分のかけた言葉に後悔した。どうやら、感情が昂ると昔の喋り方や感情を込めてしまう癖が抜けきっていなかったのだ。

 

『………きみは、どうありたいの?皇帝とかじゃなくて、アルフィンとして、さ。』

『わたし、が?』

『そうだよ。アルフィンにしかできないこと……それが、アルフィンのあるべき姿じゃないかな。』

思い返してみると、子どもらしからぬ発言ばっかしてるな、俺。それを言ったらアスベルやシルフィアも同類ではあるが……

 

「心配しないでください。私はこのことを他の方に話すつもりはありません。例え貴方の存在でこの国が亡ぶことになったとしても……」

「皇女殿下……」

「その代り、と言っては何ですが……」

そう言ってアルフィンは宝石付の指輪をシオンに手渡した。指輪にはめ込まれたサファイアが優しく光り輝いていた。

 

「これは……」

「私、アルフィン・ライゼ・アルノールは貴方に。シオン・シュバルツ……シュトレオン・フォン・アウスレーゼを生涯の伴侶と約束するための『証』と思ってください。」

「はい?つーか、そんな簡単に……」

「私にとっては叶わないと思っていた『初恋』…責任を取ってくださいね♪」

やられた……というか、意外にも強かだな。十代前半で十歳の婚約者……はぁ。アリシア女王とユリ姉、クローゼに何て説明したものか。そうだ、あと似たような経験があるらしいリアン少佐にお話でも聞いてみるか。

 

「責任は取ろう……その代り、多大な『代償』は払ってもらうつもりで。」

「……はい。よろしくお願いいたしますね。」

 

 

『わたし、あなたのおよめさんになる!』

『そんなことをかんたんに言っていいの?』

『いいの!わたしはそう決めたんだから!!』

 

歪とも言える二人の約束……この六年後に、それは進展することとなる。

 

 




てなわけで、突発的番外編。すんげー突貫工事(自戒)な出来ですみません。

回想描写難しい……

ちなみに、この事実……エレボニア側はアルフィンしか知りません。本人にしてみれば『約束』を叶えるための『手段』ですからw
エレボニアを軽んじているわけではありませんが、シオンに対しての『贖罪』を考えると仮に国が亡びる結果も止むなしでしょう。そうでなくとも、勝手な言いがかりで百日戦役起こして、大敗北していますから。王家の身内が殺されたと知れば、ねぇ……(遠い目)


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第46話 変な好敵手

~旧校舎 地下最奥部~

 

ストームブリンガーとの戦いに勝利したエステルらだったが、ブルブランの術によって身動きが取れなくなった。そして、クローゼの下に近寄るブルブラン……その時、笑みを浮かべたオリビエに気付いたブルブランはその笑みの意味を尋ねた。

 

『―――では問おう。美とは何ぞや?』

オリビエのその問いかけにブルブランは高々とした答えを提示したのに対して、オリビエは両目を閉じて口元に笑みを浮かべた後、両目を開き高々己の答えを言った。

 

「真の美―――それは愛ッ!」

「……なにッ!?」

オリビエの答えを聞いたブルブランは驚いた!

 

 

「愛するが故に人は美を感じる!愛無き美など空しい幻に過ぎない!気高き者も、卑しき者も愛があればみな、美しいのさっ!」

 

 

「私に言わせれば愛こそ虚ろにして幻想!人の感情など経ずとも美は美として成立しうるのだ!そう、高き峰の頂きに咲く花が人の目に触れずとも美しいように!」

 

 

「だが、その感情はいずれから生まれ来るものだと貴公は理解していない!感情があるが故に美は生まれ、いかなる形であろうとも人の愛によって形作られる!その造形を生み出すのはひとえに愛!すなわち、美とは愛そのもの!!」

 

 

「ざ、戯言を……!穢れなき純粋な美は、それを形作る時から定められしものだ!そこに感情というものがあろうとも、その美が揺らぐことは決してない!!不安定な要素である感情、ましてや愛如きが美と並ぶに値するものではない!!」

 

 

「愛如き、とは言ってくれるじゃないか……だが、美という言葉もまた不変ではなく、その価値観が変わりやすい言葉だ!全ての人が納得しうる『美』。誰もが美を美と受け入れられる……それを君は提示できるというのかね!」

 

 

「無論だ!!美の価値観は一つにあらずとも、美の内包する魅力に憑りつかれない者などいない!太陽や月の満ち欠け、星の煌き……それらは万人共通の美とも言えよう!!」

 

 

「それは確かに僕も認めるところではある。だが、その美を美として認識するために、人は感情を持つ!『美しい』という言葉には、それに対する感動・尊敬・憧れ・願望……それらのいずれかがなければ成立しえない……そして、ひいては愛情を抱くからに他ならない!」

 

 

「むむっ…」

 

 

「ぬぬっ…」

 

 

オリビエとブルブランはお互いに主張をつづけ、睨みあった。

 

 

 

「……えーと。」

「何と言いますか……」

「こ、困りましたね……」

一方オリビエとブルブランの舌戦を聞いていたエステル達は呆れて脱力した。一方、ブルブランを挑戦的な目でオリビエを見て尋ねた。

 

「……まさかこんな所で美をめぐる好敵手に出会うとは。演奏家―――名前を何という?」

「オリビエ・レンハイム。愛を求めて彷徨する漂泊の詩人にして狩人さ。」

「フフ……その名前、覚えておこう。」

オリビエの名前を聞いたブルブランが不敵な笑みを浮かべたその時、一人の女性が来ていた。

 

「……どこかで馴染のある気配だと思ったら、『変態仮面』とはね……」

「貴様、私を愚弄……な!?“絶槍”!?」

「クルル!?」

「お久しぶり、ブルブラン。まさか、幽霊騒ぎの正体が貴方だったなんて………とりあえず」

疲れた表情を浮かべつつ、会いたくもなかったような口調で話す女性――クルルの言葉に、ブルブランは憤るがクルルの姿に驚き、ラウラはクルルの姿を見て驚き、クルルは得物の双十字槍を構えると、

 

「いっぺん吹っ飛べ」

「ガァッ!?」

目にも停まらぬ速度で近づき、ブルブランを吹き飛ばした。

 

「ピューイ♪」

「あっ……!」

「痺れが取れた……」

「やった~!」

「そうか……本人を吹き飛ばしたから影が消えたのか!」

「フッ、とんでもないお嬢さんだ。」

そしてクルルの行動によって影が元通りになり、エステル達は動けるようになった。

 

「ククク……ハーッハッハッハッ!」

そしてブルブランは唐突に笑いだした後、装置に付けられていた黒いオーブメント――『ゴスペル』を取り外した。

 

「「あっ!」」

「オーブメントを!」

ブルブランの行動にエステル、ヨシュア、クロ―ゼは警戒した。

 

「こんなに愉快な時間を過ごしたのは久しぶりだ。礼を言わせてもらうぞ、諸君。」

「貴方……まだ何かやるつもりですか!」

ブルブランの言葉を聞いたエリゼはブルブランを睨んで尋ねた。

 

「フフ……今宵はこれで終わりにしよう。しかし、諸君に関しては認識を改める必要がありそうだ。懐かしい顔ぶれ……二人にも会えたことだ。尤も、片方は記憶を失っているようだが……」

「(記憶……もしかして、ヨシュアのこと?)」

「………」

ブルブランの意味深な発言に、エステルは未だに過去の知らない人物――ヨシュアのことが思い浮かび、クルルは武器を構えてブルブランを睨んだ。

 

「なに、諸君らはいずれ会い見える運命(さだめ)……餞別として、この黒いオーブメントの名称を教えよう。『ゴスペル』……それが、このオーブメントの名称だ。」

そしてブルブランはステッキをかざした。するとブルブランの廻りに薔薇の花びらが舞った。

 

「あっ……!?」

「な、なんだ……!?」

ブルブランの行動にエステル達は驚いた。

 

「さらばだ、諸君。計画は始まったばかり。せいぜい気を抜かぬがよかろう………それとは別に、私は私なりの方法で君たちに挑戦させてもらうつもりだ。フフ、楽しみにしていたまえ………」

ブルブランはエステル達に伝えた後、声はなくなり、気配も消えた。

 

「き、消えた……」

「し、信じられません……」

ブルブランが消えた事にエステルとクロ―ゼは信じられない様子でいた。

 

「まるで、手品の如き姿の消し方ですね。」

「ハッハッハッ。なかなかやるじゃないか。これはボクの方も好敵手と認めざるを得ないね。」

エリゼは彼の転移に少し感心しつつも驚き、オリビエは呑気に笑っていた。

 

「そういう問題じゃないってば!奇天烈な格好はともかく……あいつ、並の強さじゃないわ!」

「『身喰らう蛇』―――予想以上に手強そうですね。」

エステルの言葉にセリカは頷いて、ブルブランが消えた場所を睨んだ。翌朝、街に戻ったエステル達は事件の報告をすべく、ギルドに向かった。

 

 

~遊撃士協会 ルーアン支部~

 

エステルの報告を聞き、ジャンは難しい表情を浮かべた。

 

「黒いオーブメント――『ゴスペル』。『福音』とは大層な名前だね……にしても、本当ならば正遊撃士レベルの依頼をよく片付けてくれたね。それじゃ、これを二人に渡しておくよ。」

ジャンはエステルとヨシュア、レイアに報酬と推薦状なるものを手渡した。

 

「え?これって……」

「外見は推薦状に似ていますが……」

「実はね、規約の中に『実力的にも問題なく、正遊撃士クラスの依頼解決実績あり』と判断した場合、正遊撃士の初期ランクよりも上のランクに相当すると認める『特別推薦状』を渡す決まりとなっているからね。これで、レイアはランクアップ確定になったわけだね。」

その初めての例はアスベルとシルフィアだった。彼らの実績からすればトップクラスの正遊撃士と遜色ない……今後もそういった実力者を人格的および実力的にも問題ないと判断すれば、『特別推薦状』を手渡す決まりとなっている。

 

「しかし……あの投影装置を考えると、ハンパな組織じゃないはずです。しかも黒いオーブメント――『ゴスペル』を持ち出してくるとは……」

「まったく……父さんは一体どんな組織と戦うつもりなのよ……」

冷静に分析したヨシュアの言葉にエステルは頷き、『ゴスペル』を託した自分の父親が戦おうとしている組織の不気味さにエステルは冷や汗をかいた。

 

「どうやら結社の目的は『ゴスペル』を使った実験をすることにあったようだね。幽霊騒ぎは、趣味の入った実験結果でしかなかったようだ。」

「怪盗ブルブラン……あいつ、自分のことを『執行者』と呼んでたよね。」

「恐らく『結社』のエージェント的な存在だろうね。それも、組織となれば単独とは言えないはずだろうし。」

オリビエ、エステルの話を聞いたジャンは自分の仮説をエステル達に話した。

 

「……ツァイス地方に行った方がいいかもしれないね。彼―――ブルブランが言っていた『ゴスペル』の正体も気になるし、R博士のことも解るかもしれないし。」

その辺りが落としどころだろう。何せ、黒いオーブメント――『ゴスペル』の正体すらよく把握していない以上、その解明が先……エステルとヨシュア、レイアは次の行き先をツァイス地方に決めた。

 

「そういえば、エステルさん。私の事をあまり驚いていないようでしたが……」

「あ~……実は、シオンに聞いたのよ。ジルやハンス、ミーシャにも同じことを聞かれたし。」

「そうですか。」

「でも、あたしとヨシュアにとっては友達よ!なんたって、同じ劇を演じた仲間だし!」

「エステルさん……ありがとうございます。それに、ヨシュアさんも。」

「うん。学生の君も一国の姫としての君も『クローゼ』だってことは解ってるし、僕も友でありたいと思ってるからね。」

ブルブランとの一件でクローゼのことをあまり驚いていなかったエステルに尋ね、エステルは正直に事の次第を打ち明け、その上でクローゼとは良い友達でありたいと力強く言い、ヨシュアもそれに同調し、クローゼは二人の言葉に笑みを浮かべて感謝した。

 

「それでは準備ができたらさっそく飛行場に行くとしよう。ジャン君。乗船券を7枚手配してくれたまえ。」

「へっ……?」

「いきなり仕切ってなに図々しいこと言ってんのよ…………って7枚?」

オリビエの提案にジャンは首を傾げ、エステルはジト目でオリビエを睨んだが、ある事に気付いて首を傾げた。

 

「フッ、エステル君とヨシュア君とレイア君、トワ君にシオン君。そして、この僕と姫殿下の分に決まっているだろう。」

首を傾げているエステル達にオリビエは当たり前の事を言うような表情で答えた。

 

「あ、あんですって~!?」

「そんな気はしてましたが……この先も付いてくるつもりですか?」

オリビエの話を聞いたエステルは驚いて声をあげ、ヨシュアは顔をしかめて尋ねた。

 

「僕にとっては新たな好敵手との出会い……その彼とは敵対すること自体確実。僕が同行する理由は十分だと思うけどね?」

「あ、あんたのタワケた理由はともかく……シオンとクローゼまで一緒に巻き込むんじゃないわよ!」

「いえ……実は私も、同じことをお願いしようと思っていました。」

エステルはオリビエを睨んで怒鳴ったが、当の本人であるクロ―ゼはオリビエと同じ考えである事を答えた。

 

「リベールで暗躍を始めた得体の知れぬ『結社』の存在。王位継承権を持つ者として放っておくわけにはいきません。それに何よりも……エステルさんとヨシュアさん、そしてレイアさんの力になりたいんです。それに、シオンには同行の旨を伝えるようお願いされましたし。」

クロ―ゼは凛とした表情でエステル達についていく理由を答えた。

 

「クローゼ……で、でも学園の授業はどうするの?」

「聞くところによると、相当難しいらしいけれど……」

エステルは嬉しさを隠せないが、ヨシュアは心配そうな表情でクロ―ゼに尋ねた。

 

「実は今朝、コリンズ学園長に休学届を出してしまいました。試験の成績も問題ありませんし、進級に必要な単位もとっています。ジルとハンス君、ミーシャにも相談したら『行ってくるといい』って……」

実際には、クローゼとシオンの取得単位は既に進級要件を満たしている……シオンに至っては、休みの日の特別講習や補習で卒業に必要な単位まで既に取得しているため、遊撃士としての活動自体にほとんど支障はない。

 

「い、いつのまに……」

「やれやれ……思い切りのいいお姫様ですね。」

クロ―ゼの行動を知ったエステルは苦笑し、レイアは感心した。

 

「す、すみません……押しかけるような真似をして。あの……駄目でしょうか?」

「ふふっ……駄目なわけないじゃない!そういう事なら遠慮なく協力してもらうわ!ヨシュアとレイアもいいよね?」

クローゼは申し訳なさそうにエステルらの方を向くが、エステルはクローゼの申し出に喜んでいた。

 

「そうだね。実力はお墨付きなわけだし。」

「断わる理由がないんだけれどね。アーツにしても、ジークにしても、クローゼがいると色々助かるし。」

「よかった……ありがとうございます。エステルさん、ヨシュアさん、レイアさん。」

「えへへ、何といっても紅騎士と蒼騎士の仲だもんね。それに姫君と師匠までいるし!」

「あ……はい、そうですね!」

「そうだね。」

「お、思い出させないでよ……」

エステルの言葉を聞いたヨシュアとレイアもクローゼの同行を快く同意し、クローゼは感謝の言葉を述べた。その後のエステルの言葉にクローゼとレイアは劇の事を思い出して笑みを零し、ヨシュアは疲れた表情をしてエステルをジト目で睨んだ。

 

「フッ、それじゃあボクは黒髪の姫に強引に迫ろうとする隣国の皇子という設定で……」

「勝手に役を増やすなあっ!」

「(ちゃっかり身分明かしちゃってるし……)」

エステル達の和やかな会話にちゃっかり入って来たオリビエにエステルは怒鳴り、冗談ではないその設定にレイアは内心苦笑した。

 

「あはは……話がまとまって何よりだね。しかし、そういう事なら2人を『協力員』という立場で扱わせてもらった方が良さそうだ。そうすればギルドとしても経費面などで便宜が計れるからね。」

エステル達のやり取りを微笑ましそうに見ていたジャンはクロ―ゼとオリビエの立場を言った。

 

「はい、それでお願いします。」

「誠心誠意、愛を込めて協力させてもらうよ。」

そしてエステル達はギルドを出た…………………

 

 




とりあえず、第一章完w

次はFC第三章・SC第二章同時進行です。『あの人』には色々活躍してもらいます。

ティータとの出会いはオリジナル展開ですので、宜しくお願いしますw



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FC・SC第三章~福音の鐘は鳴らされた~
番外編 尖兵の心変わり


~ルーアン ラングランド大橋~

 

一人の男性――ラグナ・シルベスティーレは一人佇み、川に映る自分の姿を見ていた。風もない穏やかな夜。月明かりに照らされ、ラグナの姿をはっきりと映し出していた。

 

 

俺は、幼い頃に両親や兄妹……全てを奪われた。その後、猟兵団に拾われたが……引き受けた任務でその仲間が全滅し、団長も行方知れず……すべてに絶望していた時、あのオッサンが来て、こう言い放った。

 

『私の駒となれ。』

 

その言い方が気にならなかったわけではない……だが、全てを失ってしまった俺にしてみれば、それが『生きる術』だったのかもしれない。その言葉に従うまま、彼の言いなりとして生きてきた。俺は、鉄血の忠実なる僕……そう思っていた。

 

今から六年前の『あの日』までは……

 

 

~ジュライ市国~

 

七耀歴1196年……ラグナは任務を帯びてジュライ市国に来ていた。

 

「平和な国だな……」

俺に課せられたのは、市国の内情を把握して政府に……いや、“鉄血宰相”ギリアス・オズボーンにその仔細を伝える“連絡役”。そして、いつものように定時連絡を終え、市場をぶらりとしていた。

 

「こんな国に争いの兆候は無し……だな。」

今までの任務からすれば危険がかなり低いもの……このような国を帝国は如何様にしようというのか……この時ばかりは、自分の信じていたものを初めて疑ったのかもしれない。

 

大広場に出ると、デモの行進を見かけた。どうやら、不当な税のつり上げに対するデモだった。今まで様々な国を見てきたラグナには真っ当な反応に思えたし、この国でもデモは幾度となく見ていたので、ある意味普通の光景だった……だが、今日に限ってラグナはそのデモに参加する人の構成に“不自然さ”を感じた。

 

(おかしい……貴族の連中ならともかく、構成されている連中はどう見ても平民だぞ?)

ジュライ市国が打ち出したのは税制の不公平解消……累進課税制の導入だ。それから鑑みれば、反発するのは高所得層……だが、今日のデモに参加している顔ぶれは、前日までのデモ隊と同じ服を着ているが、その顔触れは低所得層の平民らしき人達……その税制による恩恵を受けるはずの彼らが反発する理由などないはずだ。

 

 

そして、ラグナの懸念は『最悪』の形での結果となった。なぜならば……デモ隊の中心らしき場所で突如光が発せられ、

 

 

「くっ!!!」

その光でラグナは何が起こるかを察し、急いで物影に飛び込んだ。

 

 

次の瞬間、デモ隊のいた場所で爆発が起きた。

 

 

「きゃああああああっ!?」

「に、逃げろー!!!」

突然の爆発で逃げ惑う人々、怪我を受けて蹲っている人……酷いものになると、もはや絶命しているとしか言いようがない状態の人まで……さながら『地獄絵図』だった。

 

「どういうことだよ……」

腑に落ちなさすぎる……ラグナはその光景に拳を強く握り、表情を強張らせていた。いつもと違う構成のデモ行進……その中心で起きた爆発……これはもう、誰かの陰謀としか考えようがない。そこに、本来デモをしていたはずの人たちがそこに現れた。

 

「なっ!?こ、これは……」

「我らのものと同じ……」

だが、ラグナを更なる衝撃が襲った。何と、騒ぎを聞きつけた帝国兵が爆発の惨状を見た後……本来のデモをしていたはずの人たちを取り囲んだ。

 

「こ、これは一体どういうことだ!?」

「我らはこの一件……自爆テロの事件の犯人を拘束するためだ。大人しくしてもらおうか。」

「そんな馬鹿な!?私たちは何も……!!」

「逆らうな!一人残らず連れていけ!!」

問答無用で連れて行かれる人々……その光景を見たラグナは、一つの推測に達する。

 

(こういうことかよ……!あのオッサン、自分の野望のために『芝居』をうったってことかよ……くそっ!!)

『鉄道網拡充政策』…オズボーンの掲げる領土拡張政策。問題の起きた国や自治州に対して迅速に軍を派遣し、自国の領土とする政策……実際には、裏で工作を行って混乱を起こし、力を以て実効的な支配を目論む……ラグナは、自分で意図することなく、その策略の片棒を担がされたということになる。

 

その後、ジュライ市国は帝国による鎮圧という名の“侵攻”を行い、ジュライ市国は帝国の直轄領……ジュライ特区へとその名を変え、市国の政府は解体された。ラグナはやりきれない気持ちを抱きつつも、それを押し殺して帝都ヘイムダルへと戻った。

 

 

~ヘイムダル バルフレイム宮:宰相執務室~

 

「ご苦労だったな、ラグナ。連絡役の任という大層な役を務めたお前の手腕、私も鼻が高い。」

「それはどうも。」

「ラグナ、閣下の前です!控えなさい!!」

ギリアスの言葉に虫唾が走るほどの嫌悪感を覚えつつ、適当に答えを返すラグナ。それを怒ったような口調で嗜めるクレアだった。だが、ギリアスはその言葉に笑みを浮かべて窘めた。

 

「構わん、クレア。こいつの口の悪さはアイツとタメを張るのでな。」

「あのバカ(レクター)ほど悪くはないつもりですが……で、俺はこのまま休暇ですか?」

「そう言いたかったが……リーゼロッテとリノアを連れてカルバードに向かえ。」

カルバード共和国……その国土面積はエレボニアと同等、軍事力に対しても対等の力を持ちうる……いわば『敵地』だ。

 

「おいおい……俺に敵地に向かえ、と?」

「そうではない……カシウス・ブライト。彼を調査しろ。」

ラグナもその名に聞き覚えがあった。元リベール王国軍大佐、現在はA級正遊撃士……百日戦役においてリベールを勝利に導いた『立役者』の一人……おそらくは、彼の武と叡智を見てこいと言うのだろう……その力を知っておくために……

 

「了解した。期限は?」

「彼がリベールに戻るまで、だな。」

ま、俺としても『個人的』に会ってみたい御仁の調査………リーゼロッテとリノアには悪いが、今回ばかりは色々独断的に行動させてもらうつもりだ。

 

そう思っていたんだがなぁ……

 

 

~カルバード首都 パルフィランス:パルフィランス駅前~

 

カルバード共和国首都、パルフィランス……その人口は90万人。エレボニアの帝都ヘイムダルですら80万人……その規模の大きさはヘイムダル以上だろう。立ち並ぶ建物は洋風や東方風……折衷とも言うべき建物の並び……移民を受けて入れている国でみられる光景に、

 

「すごいね、ここ!」

「まったくだわ。折角だから観光で来たかったけれど……」

リーゼロッテは感動し、リノアは呑気に呟いていた。一方、ラグナは頭を抱えた。

 

「つーか、何でお前ら此処にいるんだよ……俺は一人でいいと言ったんだが?」

「む~、ラグナってばそう言って無茶するんだから。」

「うっ……」

「リーゼロッテの言うとおり、ですよ。そんなに信用できませんか?」

そう言われて思い返してみる……何時も無茶と隣り合わせなだけに、否定できない。

 

「解った解った、俺の根負けだ。とりあえず、とっとと仕事を終わらせて休むぞ。」

「うん♪」

「了解。」

ここで言い合いをしたとしても、何の解決にもなりゃしない……そう結論付けて、ラグナは荷物を置くためにリーゼロッテとリノアを連れて宿へと向かった。

 

その後、カシウス・ブライトを見つけ、遠方から監視することにした。だが、向こうは巧みにこちらの視界から姿を隠す。気配にしても全く感じられない。リーゼロッテとリノアの追跡すら楽にかわす……こりゃ、間違いなく気づかれているな……そう思っていた矢先、休憩していた東方風のレストランで、

 

「失礼。席が空いていない様でな……相席しても構わないか?」

声をかけられた。その時に俺は察した。『この人は間違っても敵にしないほうがいい』と……何故って、気配の察知に優れてるはずのリーゼロッテの追跡すら逃れる御仁だ。そんなの相手にしたら俺の命がいくつあっても足りねえよ……

 

カシウスとの出会いは有意義なものだった。ただ、それ以上に『俺の妻や娘に手を出したら許さんからな♪』と言われたような威圧を放っていた……こんなの、報告書に書いたところで

 

『そんな非現実的なことを言わないでください。ふざけているんですか?』

 

とクレアにばっさり切り捨てられそうだな……レクターの奴だと『面白いオッサンだな』とか言って笑い転げそうだが……

 

 

俺は、帝都に帰還後……報告書をクレアに渡すと、ギリアスのおっさんに『辞表』を叩きつけて去った……そして……

 

 

~ルーアン ラングランド大橋~

 

「その俺が今や遊撃士……偶然とはいえ、カシウスのおっさんには感謝しないとな。」

「よしてくれ……そんな大層な人間ではないのだからな。」

しみじみと懐かしさを感じつつ、笑みを浮かべたラグナの言葉をむず痒そうに呟く、ラグナの隣にいる男性――カシウス・ブライトはそう言った。

 

「何を言ってるんだか……で、娘や息子に会わなくていいのか?」

「俺の役目は無事にグランセルに着いたアイツらを見極めること……尤も、エステルのしたことは俺ですら驚いたぞ。」

空賊事件での彼女の活躍、『近道』を通ってきたエステルの直感、正遊撃士以上のバイタリティ……そのどれもがカシウスを驚愕させた。彼曰く、『俺すら超えるのは、そう遠くない未来だな……』としみじみ感じたらしい。

 

「それと、今回の事でお前ら三人はA級に飛び級昇格だ。」

「……そんなんでいいんですか、遊撃士協会。」

「俺に聞くな。それは俺も思ったが……」

確固たる立場は失ったが、遊撃士という活動を通して、俺は……たくさんの『笑顔』を貰った。あの時の『自分』なき行動……それでは決して得られることの無い、心からの『感謝』を。そう言った意味では、俺もリーゼロッテもリノアも『救われた』のだろう。もっとも、俺らを遊撃士に誘った目の前の御仁は、笑って『そんな大層なことはしていない』と誤魔化すのは目に見えているが……

 

 

――なぁ、団長。アンタが今どこで何をしてるのか……生きているのかどうかは知らんが……俺は、後悔した生き方をしていない。猟兵としての自分も、『鉄血の子供達』としての自分も、遊撃士としての自分も………全て『ラグナ・シルベスティーレ』という俺自身の生き方だ。もし、アンタが生きて俺の『敵』となるのなら……

 

 

ラグナは静かに立ち上がり、月を見つめる。

 

 

――アンタを超えてやるさ。その結果が…どんな結果であってもな。

 

 




はい、てなわけで……ミリアム出そうか悩みましたが、5歳でアガートラム動かしたら狂喜乱舞だ……てなわけで、出演しませんでした。え?そんなこと言ったらリーゼロッテだって8歳………オズボーンはロリコン(オイッw)

ラグナは閃絡みで出てもらう予定です。外見イメージからして傭兵みたいなものですし……トヴァルと声がダブるな(中の人的な意味で)

あと、カルバードの首都名はオリジナルです。サミュエルで検索して英語・フランス語読みだとそうなるみたいなので……何をもじったのかは一発でばれますねw閃以降の軌跡シリーズで出てきて『違うじゃねーか!』というツッコミはなしでお願いします。


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第47話 描き出された筋書き

ルーアンを出発する際、エステルらはマーシア孤児院……ジョゼフやテレサ、子どもたちが見送りに来て、色々言葉を交わした後飛行船に乗り込んだ。ツァイスに到着後、エステル達は初めて見るツァイスの変わった風景や設備を珍しがったり戸惑ったが、ギルドに向かった。

 

 

~遊撃士協会 ツァイス支部~

 

ギルドに入ると、受付には東方風の衣装を着た女性が瞑想をしていた。

 

「………………………………」

「あの~、あたしたち、」

瞑想している女性にエステル達は近付いて、エステルが声をかけると女性は目を開き、口を開いた。

 

「……ようやくのご到着ね。エステル、ヨシュア、レイア、シオン。ツァイス支部へようこそ。」

「へっ……」

「僕たちをご存知なんですか?」

エステル達の事をすでにわかっている風に語った女性にエステルは驚き、ヨシュアは尋ねた。

 

「ルーアン支部のジャンからすでに連絡は受けていたから。容姿に関しては説明を省くけれど……まさにあなたたちのことね。」

「な、なるほど……」

次々とエステル達の特徴を言った女性にエステルは圧倒されたかのように呆けた。何はともあれ、それなりにできる人物だというのは率直に感じた。

 

「私の名前は、キリカ。ツァイス支部を任されている。以後、お見知りおきを。早速だけど、所属変更の手続をしてもらうわ。こちらの書類にサインして。」

「うん、わかったわ。」

受付の女性――キリカはエステルとヨシュアに転属手続きの書類を渡した。

 

「こちらこそ助かるわ。そちらの3人がトワさん、クローゼさんとオリビエさんね。」

「宜しくお願いします、キリカさん。」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。」

キリカに対してトワとクロ―ゼは礼儀正しく挨拶をした。

 

「フッ、それにしても予想以上の佳人ぶりだ。このオリビエ、貴女のために即興の曲を奏でさせてもら……」

「ジャンによれば、貴方たちは正式な協力員になったそうね?協力員は、遊撃士と同じように上の休憩所を自由に利用できるわ。待ち合わせに使うといいでしょう。」

「「はい、わかりました。」」

オリビエはキリカの容姿を見て、いつもの調子でリュートを出したが、キリカは無視して説明をトワとクロ―ゼにした。

 

「えーと、即興の曲を……」

「リュートを奏でたいなら上の休憩所で、どうぞご自由に。ただし、常識の範囲内でお願いするわ。」

「シクシク……分かりました。」

(シェラ姉より確かに容赦がないかも……)

(そうみたいだね……)

キリカとオリビエの遣り取りを見たエステルとヨシュアは苦笑した。

 

「……いいわ。これであなたたちもツァイス支部所属になったけど……今のところ、すぐにやって欲しい急ぎの仕事は入ってないの。掲示板をチェックしながら自分たちのペースで働くことね。それはそうと……」

エステルとヨシュアのサインを確認したキリカはエステル達にそう伝えた。

 

「久しぶりね、レイアにシオン。A級の正遊撃士二人が準遊撃士のお付きをしているだなんて、珍しい光景なのだけれど?」

「仕方ないよ。それが仕事だし……」

「俺は半ば巻き込まれた形なんだが……」

キリカの適切なツッコミにレイアは苦笑を浮かべつつ簡潔に説明し、シオンは疲れた表情で言葉を呟いた。まぁ、そうでなくともキリカの言っていることは的を射ているのであるが……

 

「そうだキリカさん、聞きたいことがあるんだけど……」

その会話に苦笑したエステルはキリカに尋ねたが、

 

「カシウスさんのことね。」

「ひえっ!?」

「それもジャンさんからお聞きになったんですか?」

エステルの疑問を先読みしたかのように答えたキリカにエステルやヨシュアは驚いた。

 

「一通りのことはね。残念だけど、カシウスさんはツァイス地方には居ないわね。少なくとも、ここ数ヶ月はこの支部を訪れていない。」

「は~っ、そっかあ……」

「残りは王都か、それとも……」

カシウスの手掛かりが相変わらず掴めない事にエステルとヨシュアは溜息をついた。

 

「それとあなた達に渡す物があるわ。これを持っていきなさい。」

エステル達の会話が終わるのを見計らったキリカが手紙を渡した。

 

「え、これって……」

「中央工房の責任者であるマードック工房長への紹介状。このツァイス地方では市長と同じ立場にいる人ね。」

「ひょっとして……黒いオーブメント――『ゴスペル』の件ですか?」

キリカが工房長への紹介状をエステル達に渡した理由を察したヨシュアがキリカに尋ねた。

 

「王立学園での話を聞く限り、悪戯にしては無視できないものだし、かなり謎めいた代物のようね。まずは工房長に会って相談してみるといいでしょう。」

「な、なんかメチャメチャ用意いいわね~。キリカさん、超能力者とか?」

「あなた達遊撃士のサポートが私の仕事だから。届けられた情報を判断してしかるべき用意をしただけよ。」

「お、恐れ入りました。」

「助かります、本当に。」

キリカの用意の早さにエステルとヨシュアは驚いた後感謝した。そしてエステル達は『ゴスペル』を調べてもらうために中央工房へ向かった。

 

 

~ルーアン 遊撃士協会支部2階~

 

その頃、ルーアンの遊撃士協会支部では……錚々たる面々が軒を連ねていた。

 

「さて……エステルらにはツァイスに向かってもらいましたので、こちらも動きましょうか。」

「まぁ、エステルには申し訳ないけれどね。」

「ま、これも裏にいる『連中』を仕留めるためだけどな。」

百日戦役における功労者の筆頭格……“不破”もとい“紫炎の剣聖”アスベル・フォストレイト、“霧奏の狙撃手”シルフィア・セルナート、“驚天の旅人”マリク・スヴェンド。

 

「やれやれ……話に聞いてはいたが、よもやリシャールがそのようなことを企んでいたとは……」

「至宝による国家の安定……お伽話ですら現実味がありそうに聞こえる話だな。」

「お伽話の方が現実味のある……それには同意しますよ。」

S級正遊撃士“剣聖”カシウス・ブライト、レグラム自治州当主“光の剣匠”ヴィクター・S・アルゼイド、元『鉄血の子供達(アイアンブリード)』にして先日A級正遊撃士に昇格した“尖兵”ラグナ・シルベスティーレ。

 

「現実味がなさすぎだろう……」

「ん。それには同意かな。」

「ま、確かに」

『西風の旅団』団長“猟兵王”レヴァイス・クラウゼル、その彼の『お墨付き』ともいえる“西風の妖精”フィー・クラウゼル、元『執行者』にして『翡翠の刃』の実力者“絶槍”クルル・スヴェンド。

 

「(……あと、トワから伝言よ。クーデター終結後あたりに『第五位』がこちらに来るって)」

「(アイツかよ……総長も何考えてるんだか……)」

そして、A級正遊撃士“黎明”セシリア・フォストレイト。

 

尚、アルフィンやエリゼ、ヴィクターの妻であるアリシアとラウラは安全を考慮し、昨晩の内にそれぞれ帝都とレグラムへ送り届けた。念のため、リーゼロッテとリノアは護衛するためにレグラム入りしている。

 

「そういえば……カシウスさん。どうして『漆黒の牙』……ヨシュアがブライト家にいるんですか?」

「!?……そう言えば、君は元『執行者』か。彼の事は?」

「大方の事情は知っています……それに、その当事者もリベールにいるのは確実ですし。」

「なっ!?」

クルルの言葉――ヨシュアの『正体』と、彼をそう仕立て上げた『当事者』がリベールにいることにカシウスは驚いていた。

 

「彼の性格からすれば、ヨシュアを使って情報収集ぐらいやりますよ?」

「あ~、その点なんだが……こちらである程度干渉しておいた。一定範囲を超えなければ、向こうに気付かれることは無いからな。」

ヨシュアと出会った際、彼の刻まれた『聖痕』……いや、『紛い物の聖痕』に干渉をかけ、『一定以上の情報を流せない様に制御』したのだ。つまり、彼が流したのは遊撃士協会の必要最低限の情報とカシウスの動向位である。

 

「まぁ……『ゴスペル』による第一段階……『リシャール大佐によるクーデターを利用しての第一関門突破』……これに関しては既に手を打ってあります。ただ、下手に阻止すれば面倒な事態になりかねませんので、ツァイス地方では目論み通りに動いてもらいますが……」

クーデターを止めるのではなく、成功したように見せかける……これは、カシウスの役割が非常に大きくなる。彼には『秘密裏に』リシャールの説得にあたってもらう。カノーネについては問題ないが、厄介なのはロランスの存在だろう。そこで、ロランスに関しては同じ組織にいた元『同業者』にお願いすることとした。

 

「クルル、ロランスの方を頼む。間違っても殺すのはやめてくれよ?」

「おっけー」

「で……グランセル城には先んじて入り、こちらで掌握します。カシウスさんには、アリシア女王の『権限』で軍に復帰してもらい、軍のトップに据えます。そして、エステルらには予定通りリシャールを止めてもらうために行動させます。」

ここまではいい……ただ、『結社』が複数の『ゴスペル』を持っていた場合、少々厄介なことになりかねない。だが、ブルブランが『ゴスペル』を回収しているため、そこまでの体制にはなっていないようだ。それが今のところの『不幸中の幸い』というところだろう。

 

「あと、意外なところから協力者を得られました。」

「意外なところ……?」

「ええ。ある意味『手の内を知る』彼の協力です。エベル離宮に関しては、『彼一人でどうとでもなる』とのことです。」

 

 

~エベル離宮~

 

「え?入れないんですか?」

「ああ。テロリストがうろついているらしい……」

「へぇ~……それじゃ、失礼しました。」

離宮の前にいた兵に話を聞いていた白髪混じりの黒髪の男性。無駄足だと解ると礼をして、振り返り……

 

「というわけじゃないんだよな!!」

「ぐぁっ!?!?」

どこからか出したハンマーを振り回し、兵たちを気絶させた。その男性――結社『身喰らう蛇(ウロボロス)』の『使徒(アンギス)』第一柱にして『執行者(レギオン)』No.Ⅰ“調停”ルドガー・ローゼスレイヴは一息つくと、近くに感じた気配を察し、それに該当するであろう人物の名を呼ぶ。

 

「………そこにいるんだろ、レン」

「あら、バレちゃった♪流石私の婚約者(フィアンセ)ね♪」

出てきたのは同じ『執行者』No.ⅩⅤ“殲滅天使”レン・ヘイワースだった。

 

「何を言ってるんだよ、お前は……今はそれどころじゃないがな。」

「そうみたいね。にしても……ルドガーが星杯騎士のお兄さんと知り合いだなんて、どのような縁なのかしら?」

「俺にしてみれば『腐れ縁』ってところだな。アイツには色々世話になっちまったからな。」

レンの冗談ならない言葉に反論しつつも、ルドガーはハンマーをしまって剣の二刀流に持ち替え、レンも鎌を『取り出す』。

 

「今回はあくまでも無力化……殺しはするなよ。」

「了解♪でも、『白面』のおじさまは怒りそうだけれどね♪」

「あいつの事情なんざ知らねーよ……レン、人質がいる場所に来たら、身を隠しておけ。『かくれんぼ』がお得意のレンにはうってつけのお役目だろ?」

「成程ね。ウフフ、レンの十八番にあの人たちは上手く見つけられるかしら?」

ルドガーの言葉で大方の事情を察し、意味深な笑みを浮かべるレン。

 

「こ、これは……!!」

「貴様ら、何者だ!?」

すると、交代のために出てきたと思しき兵らが打ち倒されている兵たちとルドガーらに気づき、武器を構えた。

 

「そうだな……さしずめ、『真にリベールを憂う者』……その協力者とでもしていただこうか!!」

「フフフ♪ルドガーとレンからは逃れられないわよ?」

ルドガーとレンはそう彼らに告げ、彼らに向かって、走り出す!

 

「そぉれ!!」

「がっ!?」

レンはクラフト『カラミティスロウ』で兵を怯ませると、オーブメントを駆動させてアーツの準備をする。

 

「真・朧……!!」

ルドガーはヨシュアの使う『朧』よりも遥かに洗練されたクラフト『真・朧』を放ち、敵を吹き飛ばす。

 

「レン、今だ!」

「了解♪シルバーソーン!!」

そして、ルドガーの合図とともにレンの放ったアーツが敵に炸裂し、気絶した。

 

「時間が惜しいな……正面突破と行くか。」

「今や『第七柱』に匹敵するだけのルドガー相手じゃ、どんな敵も雑魚以下だけれどね♪」

「匹敵ってだけだからな……アリア姉さん相手は正直疲れるんだよ……」

あんなの、チートだチート。Sクラ15発当てても倒れないって、どんな装甲してるんだか………まだレーヴェやヨシュアのほうが人間のレベルだよ。

 

ちなみに、その言葉を呟いた直後位に、アリアンロードとヨシュアとロランス(レーヴェ)は同時にくしゃみをしたとか……

 

そしてルドガーとレンはエルベ離宮に突入し、見回りの特務兵達を倒しながら人質達が閉じ込められている部屋を探し始めた。そして、鍵のかかった部屋を見つけ、ルドガーが容赦なくドアをぶち破って中に侵入した。

 

「なんだ貴様ら……」

「どこかで見かけたような……。」

先を進むと見張りの特務兵達が扉の前にいて、ルドガー達に気付いた。

 

「面識はないはずなんだが……アイツの仕業か?」

「かもしれないわね。ごきげんようお兄さんたち♪貴方達に残酷な運命を届けに来た天使よ♪」

「な、舐めるなァ!」

「我らが鉄壁の守り、破れるものなら破ってみろ!」

特務兵との戦闘では……『執行者』である二人はそれほど苦戦することもなく、クラフトを使うまでもなくあっさりと鎮圧した。そして、指示通りレンに『待機』させると、ルドガーは人質たちのいる部屋に入った。

 

 

~エルベ離宮 紋章の間~

 

「え?貴方は……」

そこにはリアン少佐の妻であるメアリーがおり、ルドガーの姿に目をパチクリさせた。

 

「そうですね。さしずめ助けに来た輩とでも言いましょうか。」

「あ、あの、ありがとうございます。それで、夫は……」

「無事ですよ。それについては保証します。」

「よ、よかったです……」

「茶番はそのくらいにしてもらおうか……」

なんと特務兵の中隊長が銃をルドガーに向けながら現れ、また部下の特務兵が一人の幼い女の子に銃を突きつけていた。

 

「ふぇぇ、メアリーさん……」

「リアンヌちゃん!?」

(確か、モルガン将軍の孫娘だったな……『アイツら』の情報通りだったというわけか。)

女の子は泣きそうな表情でメアリーを見て、見覚えのある女の子を見てメアリーは驚き、ルドガーは真剣な表情で睨みつつ、彼らが言っていた情報通りだったことに内心で不敵な笑みを浮かべた。

 

「言っておくが、ただの脅しと思うなよ……我らが情報部員、理想のためなら鬼にも修羅にもなれる!そろそろキルシェ通りから巡回部隊が帰還する頃合いだ。たかが一人……ここで一網打尽にしてくれるわ!」

中隊長は鬼気迫るような表情でルドガーを睨んで言った。

 

「鬼、修羅ねえ……正直脅しにすらなっていないぞ。」

「全くね♪」

その威圧ですら、児戯とも思えたルドガーの言葉に同調するかのように特務兵らの後ろから聞こえた声……

 

「そぉれ!!」

「ぐあっ!!」

レンの一閃により、中隊長とリアンヌを人質にしている兵は怯んだ。その隙をルドガーは逃すはずなどなく、

 

「何が鬼や修羅だよ、この外道にも劣る屑どもが……!!秘技!幻影乱舞(ファントムレイド)!!」

0の状態から一瞬で到達する超高速ともいえるトップスピード、その移動が生み出す幻影を駆使した、縦横無尽の斬撃を繰り出すルドガーのSクラフト『真・幻影乱舞』がさく裂し、二人はなす術もなく崩れ落ちた。そして、ルドガーはその際にリアンヌを救出し、メアリーのもとに届けた。

 

「リアンヌちゃん!」

「ひぐっ……うう……。うわわああああああん!」

恐怖から解放されたリアンヌは泣き始めた。

 

「……」

「フフ、流石のルドガーも女の子相手だと優しいわね。」

「語弊のある言い方は止めろ……どうやら、ここの『要』は到着したようだ。」

それを静かに見つめていたルドガー、それを見て意味深な言葉を言うレンにルドガーはすかさず反論したが……気配に気づき、扉の方を見た。

 

「なっ、貴方方は……なるほど、団長の言っていた『助っ人』ですね。」

「俺らの役目は達した。後は任せる。」

「……協力、感謝します。」

「貴方達も頑張ってくださいね。それでは、失礼いたしますわ。」

『翡翠の刃』、マリクの側近であるウェッジは二人の姿を見てすぐに認識した。それを見たルドガーとレンは軽く一礼をしてその場を去った。

 

 

~エルベ離宮前~

 

「疲れたな……どうせだから一足伸ばすか。」

「それなら、いいところがあるわよ。何でも、温泉があるらしいわ。」

「……余計なことしたら、パテマテに逆さづりの刑な。」

「ルドガーのイケズ。あれ、でもあそこって……」

「『痩せ狼』か………ほっとこう。それは俺らの役目じゃない。」

「それもそうね。」

ルドガーとレンは他愛ない会話をしつつ、その場から転移した。

 

 




ルドガーはぶっちゃけヨシュアの上位互換版です。何せ、『執行者』の教育係ですからw

あと、オリジナルの『聖痕』を持つ三人(アスベル、シルフィア、トワ)との絡みから、ヨシュアの『聖痕』に細工しています。原作でもケビンが関わっていますしね。

そして、クローゼが共に行動していることから、女王に脅しをかけることができません。仮にロランスが出てきても、最大の抑止力がいますので(ニヤリ)


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第48話 ツァイス中央工房

その後、中央工房に向かったエステル達はクローゼとシオン、オリビエを外で待機させた。受付嬢に紹介状を見せた後、工房長がいる部屋に向かった。

 

 

~ツァイス市内 ツァイス中央工房 工房長室~

 

「やあ、待っていたよ。エステル君にヨシュア君、レイア君にトワ君だね。」

「あ、はい。初めまして、工房長さん。」

「お忙しいところを失礼します。」

「お久しぶりです、マードックさん。」

「はじめまして。」

工房長――マードックに四人は各々会釈をした。

 

「いやいや。気にしないでくれたまえ。遊撃士協会には……特にカシウスさんにはお世話になっているからね。そのお子さんたちとなれば歓迎しないわけにはいかないさ。」

「えっ!?工房長さんって父さんの知り合いなの!?」

「知り合いというかカシウスさんは大の恩人だよ。この中央工房は、大陸で最もオーブメント技術が進んでいる場所と言っても過言じゃない。当然、その技術をめぐって色々とトラブルが絶えなくってね。どうしても対応に困った時にはロレント支部に連絡して彼に来ていただいていたんだ。」

ZCF――ツァイス中央工房は西ゼムリアでも……いや、実際には『結社』の『十三工房』すら超えた技術力を有するゼムリアの頂点に君臨しうるだけのオーブメント最先端地だ。故に、その技術を盗もうとする輩も少なくない……そう言ったトラブル解決のためにカシウスやアスベル、シルフィアがここを訪れている。

 

「そ、そうだったんだ……」

「はは、道理でいつも出張が多かったわけだね。」

カシウスとマードックが知り合いである事にエステルは驚き、マードックの説明を聞いて2人は納得した。

 

「それに、レイア君やシオン君、それとアスベル君とシルフィア君には色々と助けられたからね。」

「へ?アスベルにシルフィが?」

「おや、知り合いかね?」

「ええ。近所に住んでいますから……というか、アスベルとシルフィアってことは……」

「ああ。彼らも遊撃士だよ。」

「………」

「か、彼らが遊撃士って……」

「あははは……」

マードックの言葉にエステルは口をパクパクさせ、ヨシュアも驚きを隠せず、レイアに至っては苦笑していた。

 

「てか、何で話してくれなかったのよ……」

「ちょっと事情があってね……」

「ともかく、恩人やそのお子さんたちが、わざわざ訪ねてきてくれたんだ。喜んで相談に乗らせてもらうよ」

「えへへ……。ありがと、工房長さん。」

「少し話は長くなりますが……」

協力的なマードックにエステル達は黒いオーブメント――『ゴスペル』を手に入れた経緯を説明した。

 

「なるほど、そんなことがあったのか……そのオーブメントを拝見しても構わないかね?」

「うん、もちろんよ。」

エステルは荷物の中から『ゴスペル』を出してマードックに渡した。マードックは『ゴスペル』をしばらく隅々と調べた。

 

「ううむ……確かに得体の知れない代物だ……。明らかに最近造られた物だが、どこにもキャリバーが刻まれていない……」

「キャリバー??」

「オーブメントのフレームに刻まれている形式番号ですか?」

「うん、その通りだ。オーブメントには、ほぼ例外なくいつどこで造られたのかを表す形式番号が刻まれている。これは、リベールだけでなく他の大陸諸国でも事情は同じでね。50年前に、オーブメントが発明された時からの伝統なのだよ。」

「へ~、そうだったんだ。」

マードックの説明を聞いたエステルは懐から戦術オーブメントを取り出して、フレームを調べた。

 

「……あ、ほんとだ。確かに番号が刻まれてるわ。」

「はあ……今まで気付かなかったのかい?」

「う、うっさいわね~。でも、形式番号(キャリバー)が無いのってそんなに不思議な事なんだ?」

呆れているヨシュアに言い返したエステルは首を傾げてマードックに尋ねた。

 

「導力技術者にとってナンバリングをすることは常識とも言えることだからねぇ。試作品だとしてもそれは同じ……」

「となると、なにか後ろ暗い目的で造られた可能性が高いかもしれないってことですね。」

「後ろ暗い目的……」

「少なくとも真っ当な目的ではないでしょうね。」

マードックの言葉とトワの推測にエステルは真剣な表情をし、レイアも頷いた。

 

「まあ、はっきりとしたことは内部を調べないと判らないが……」

マードックは『ゴスペル』の中身を見ようとフタを探したが、手が止まった。

 

「まいったな……調整用のフタが見当たらない。よく見たら継ぎ目もないし……どうやって組み立てたんだろう?うーん、このままだと中を調べるのすら難しそうだな。」

「え~、そんなぁ……あ、だったら外側のフレームを切断すればいいんじゃない?」

マードックの言葉に肩を落としたエステルはオーブメントの中身を見るための提案した。

 

「まあ、確かにそうするのが手っ取り早いかもしれないが……でも、カシウスさんあてに届いたものを勝手に傷つけるのはちょっと気が引けるなあ。」

「そ、そっか……」

「…………例の博士だったら任せられると思うんだけど……」

「あ……同封されていたメモの……。確かに、その博士だったら任せちゃっていいかもね。」

「???」

エステルとヨシュアの会話が理解できなかったマードックは首を傾げた。事情がわかっていないマードックにエステルはオーブメントといっしょに入っていた手紙を見せた。

 

「実は、そのオーブメントと一緒にこんなメモが入ってたんだけど……」

「『R博士に調査を依頼……』」

「そのR博士という方に心当たりはありませんか?」

ヨシュアは手紙に書かれてある人物を知っているか尋ねた。

 

「心当たりがあるもなにも……頭文字がRで、カシウスさんの知り合いといったら『ラッセル博士』に間違いないだろう。」

「やっぱりそうですか……」

「ラッセル博士?ていうか……ヨシュアの知り合いなの?」

「いや、面識はないけどね。オーブメント技術をリベールにもたらした人物として有名なんだ。」

「私も存じています。オーブメントを発明したエプスタイン博士の弟子でしたよね?」

ラッセル博士の事がわからないエステルにヨシュアが説明し、トワもそれに答えた。

 

「ほう、よく知ってるね。オーブメントを発明したのはエプスタイン博士という人だが……ラッセル博士はそのエプスタイン博士の直弟子の1人にあたるんだ。40年前、彼が持ち帰ったオーブメント技術のおかげでリベールは導力技術先進国となった。いわば、リベールにおける導力革命の父といえるだろう。」

「ほええ……そんなすごい人がいるんだ。父さんってば、つくづく意外な人脈を持ってるわねぇ。」

ラッセル博士の事を知ったエステルはカシウスの人脈に驚いた。

 

「しかし、そのオーブメントを博士に任せるのは心配だな。どんな事になってしまうのやら……」

「へ?」

「なんと言うか……良くも悪くも天才肌の人でね。一度、研究心に火がつくと色々なことを起こしてくれるんだ。そうだ……初めて導力飛行船を開発したときや、次世代のエンジン起動実験の時も…………ふう…………」

ラッセル博士の事を説明し終えたマードックは思い出したくもない事を思い出し、遠い目をした。

 

(な、なんか遠い目をしてる……)

(色々とあったみたいだね……)

(まぁ、あの人はねぇ……)

(い、嫌な予感……)

マードックの様子を見てエステルやヨシュアは苦笑し、トワも冷や汗をかきつつ苦笑した。

 

「……コホン、これは失礼。まあ、確かに博士ならそのオーブメントの正体を必ずや突き止めてくれるだろう。紹介するから相談してみるといい」

「ありがと、工房長さん!」

「どちらに行けば博士にお会いできますか?」

「そうだな……。ちょっと待ってくれたまえ。」

椅子に座っていたマードックは立ち上がり、部屋に備え付けてある通信機を操作した。

 

「もしもし……。おお、ちょうど良かった。実は君のことを捜していてね。すまないが、こちらに来てもらえないかな?うん、うん、待っているよ。」

誰かを呼んだ風に聞こえたエステルはマードックに呼んだ人物の事を尋ねた。

 

「ひょっとして、そのラッセル博士を呼んだの?」

「いやいや、とんでもない。実はラッセル博士は町に個人工房を持っていてね。最新式の設備が揃っているから普段はそちらで研究してるんだ。」

「へ~。さすが天才博士って感じね……あれ、それじゃあ今、呼んだのは?」

「うん、そのラッセル博士のお孫さんがここで働いているんだ。その子に君たちのことを案内してもらおうと思ってね。」

「その“子”?」

マードックの言葉にエステルが首を傾げた時、見覚えのある作業着を着た女の子が部屋に入って来た。

 

「えっと、失礼します。」

「え、女の子?」

「しかも、結構若いですね…」

「あ、ティータちゃん!」

「どうしてここに?」

女の子――ティータが入って来た事にエステルやヨシュアはその容姿に驚き、面識のあるトワは笑顔になり、レイアはなぜここに来たのかを尋ねた。

 

「ティータ……思い出した。ティータ・ラッセル。ラッセル博士の孫娘だったかな。」

「へぇ~。あたし、エステルっていうの。エステル・ブライト!」

「僕はヨシュア・ブライト。よろしくね、ティータ。」

「あ、はい。こちらこそ、宜しくお願いします。」

ヨシュアはトワの呟いた彼女の名前からティータの事を思いだし、エステルは感心したように返事をしつつも自己紹介し、ヨシュアも自己紹介をした。

 

「それじゃあ彼女が博士のお孫さんなんですね。」

「うん、その通りだ。ティータ君。こちらのエステル君たちが博士に相談があるそうなんだ。家まで案内してもらえるかね。」

「おじいちゃんに……あ、はい、わかりましたっ!」

マードックの頼みにティータは礼儀正しく答えた。

 

「また会えたね、ティータちゃん。」

「今回もよろしくね。」

「えへへ……うん!」

そして、顔馴染であるレイアとトワに会えたことに喜んでいたティータだった。

 

「よろしく頼んだよ。そうそう、何か判ったら私にも教えてくれると嬉しいな。技術者のはしくれとして、非常に興味をそそられるからね。」

「あはは、うん、わかったわ。」

「それでは失礼します。」

そしてエステル達はティータと共に部屋を出た後、三人と合流してティータの案内でラッセル家に向かった…………



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第49話 黒き光

エステル達はティータに案内され、ラッセル家に入ると……奥で作業していたアルバート・ラッセル博士は数日間かかりきりで作り上げていた導力器が完成し、すっかり熱中していたためかエステル達も成り行きで実験を手伝うことになり、実験が終わった頃にはすっかり夕方になっていた……

 

~ラッセル家・夕方~

 

そして実験が終わり全員がリビングの椅子に座り改めての紹介をした。

 

「わはは、すまんすまん。すっかりお前さんたちを中央工房の新人かと思ってな。ついコキ使ってしまった。」

「ったく、笑いごとじゃないわよ。コーヒーだけじゃなくさんざん手伝いをさせてさ~。それにシオンやクローゼ達まで手伝わせるなんて思わなかったわよ……」

「それには同意だな……(王族をこき使ったのは後にも先にもこの人ぐらいだな……)」

「フフ、とはいえ貴重な体験をさせてもらったことには変わりないかな。流石はリベールのオーブメント第一人者というべきお方だ。僕もこう言った熱中さを見習わなければ……」

「何を言ってるのよ、アンタは……」

「あはは……ですが、普段はなかなかできない経験ですね。」

呆れているエステルとシオンの言葉を聞いて、オリビエは博士の熱心さに感心し、エステルはジト目でオリビエの方を見てツッコミを入れ、クローゼも苦笑したが、普段の生活では経験できなかったことを知ることができたのは正直に嬉しいと述べた。

 

「そうだね、貴重な体験をさせてもらったと思えばいいかな。新型オーブメントの起動実験なんて滅多にあるもんじゃないんだし。」

「そうですよ。新たな技術の実験に立ち会える事なんてあまりない事ですから、貴重な経験と思えばいいじゃないですか。」

「ほう、お前さん達。なかなか判っておるようじゃの。どうじゃ、遊撃士や教会のシスターなんぞやめて導力学者への道を進んでみんか?」

エステルを宥めているヨシュアやトワにアルバートは冗談か本気かわからない提案をした。

 

「もう、おじいちゃんたら!ごめんなさい、みなさん。なんだか、わたしも実験に夢中になっちゃって……」

「あ、ティータちゃんは謝る必要はないんだからね?」

「うん。ティータといっしょにお手伝い出来て楽しかったよ!」

謝るティータにエステルは苦笑し、トワはティータといっしょに働けた事に嬉しさを感じてお礼を言った。

 

「はあ、『導力革命の父』というからどんなスゴイ人かと思ったけど……。ここまでお調子者の爺さんとは思わなかったわ……」

「わはは、そう誉めるでない。しかし、まさかカシウスの子供達や王子殿下に姫殿下達が訪ねてくるとはのう。わしの方もビックリじゃよ。」

「あ、やっぱり博士って父さんの知り合いだったんだ?」

「うむ、けっこう前からのな。あやつが軍にいた頃からじゃから20年以上の付き合いになるか。」

「わたしも、カシウスさんと会ったことがありますよ。おヒゲの立派なおじさんですよね?」

「うーん、立派というか胡散臭いというか……そういえば、博士はシオンやクローゼの事を知っているんだ?」

ティータから見たカシウスの印象をどう修正すべきか悩んだ後、アルバートが最初からシオンとクローゼを知っている風に話していたのが気になり尋ねた。

 

「うむ。わしは頻繁に王城へ行くことが多いからのう。二人の両親とも面識はあるし、アリシア女王とも仲は良い。それに彼女の兄とは親友みたいな存在だったからのう。」

「そうだな。まさか再会していきなり手伝わされるとは俺も驚いたがな。」

「わはは、それはすまなかったです。このように成長されたことは、わしも嬉しく思います。わしにしてみれば、シオンは孫みたいなものですから。」

(なんだか、クローゼとテレサ先生、ジョセフさんの関係を見てるみたいね)

(そうだね。)

(そうですね。)

シオンとアルバートのやり取りを見て、ルーアンでのクローゼとジョセフ、テレサのやりとりを思い出し、自然と笑みがこぼれた。

 

「でも……シオン、クローゼや父さんの知り合いならアレを預けてもよさそうね。」

「そうだね、問題ないと思うよ。」

「???」

「なんじゃ、何かあるのか?そういえば、お前さんたち、わしに相談があるそうじゃな?」

エステルとヨシュアの会話の意味がわからなかったティータは首を傾げ、2人の会話の内容が気になった博士はエステル達が自分を尋ねてきた理由を聞いた。

 

「うん、実はね……」

そしてエステル達はこれまでの経緯を説明した後、黒いオーブメント――『ゴスペル』を取り出して机の上に置いた。

 

「……ほう」

「わあ……真っ黒いオーブメント……」

博士とティータは見た事もないオーブメントを見て声を上げた。

 

「ふむ、これは興味深いのう。形式番号(キャリバー)がないのもそうだが、継ぎ目のたぐいが見当たらん。しかもこのフレームは……」

オーブメントを手に取ってすみずみまで見た後、博士は腰のベルトから工作用のカッターを取り出した。そしてそのままオーブメントの表面にカッターの刃を強く押し当てた。

 

「な、なにをしてんの?」

「特殊合金製のカッター……」

博士がした事がわからないエステルは首を傾げ、博士の持っている物に気付いたヨシュアは博士が持っている物の正体を呟いた。

 

「………やはりか………ほれ、見てみるがいい。」

博士に促されたエステル達は黒いオーブメントを見た。

 

「あれっ?」

「キズ1つ付いてない。」

「普通の金属でしたら刃物を当てれば、傷がつくのだけれど………」

「どうやら、このフレームはどんな金属よりも硬い素材でできているようだね。特殊合金製のカッターで切れないところを見ると、それもかなりの硬度のようだ。」

エステルやヨシュア、レイアはオーブメントにキズが付いていない事に首を傾げ、それを見たオリビエが推測した。

 

「うむ、その通りじゃろう………切断して中を調べるのはかなり難しいかもしれんな。」

「そ、そんなにとんでもない代物なんだ……」

「切断するのが難しいとなると困ったことになりましたね……」

アルバートの答えにエステルは驚き、ヨシュアはどうすればいいか考え込んだ。

 

「ま、フレームの切断は時間をかければ出来るじゃろ。しかしその前に、測定装置にかけてみるべきかもしれんな。」

「ソクテイ装置?」

エステルは言われた言葉が理解できずポカンとし、それを見てティータが説明した。

 

「さっきの実験で使用したあの大きな装置の事です。導力波の動きをリアルタイムに測定するための装置なんですよ。」

「よ、よくわかんないんだけど、その装置を使えばこれの正体がわかるのよね?」

言われたことを全く理解できないエステルは考え、答えを聞いた。

 

「まあ、重要な手掛かりは得られる可能性があるな。」

「エステル、博士達に任せてみよう。何かわかるかもしれないし。」

「そうね、ヨシュア。じゃあ博士、お願いします。」

「うむ、それじゃあ早速……」

博士は意気揚々と工房に行こうと立ちあがりかけたが、ティータに呼び止められた。

 

「でも、おじいちゃん。そろそろゴハンの時間だよ?」

「えー。」

博士は調べる時間が延びたことに思わず文句の声を出した。

 

「えーじゃないよおじいちゃん。あ、エステルさん達もよかったら、食べていって下さい。あんまり自信はないんですけど……」

「あ、それじゃあ遠慮なく♪」

「よかったら僕達も手伝うよ。」

「人数も多いでしょうから大変でしょうし、私達も手伝いますね。」

「よし、それなら僕はBGMとして一曲……」

「アンタも手伝いなさい。」

「そんな殺生な!?今弾かずにいつ弾けと言うのかね!?」

「大人しく手伝え♪」

「ハイ、ソウサセテイタダキマス」

「あはは……ありがとうございます、みなさん。」

ティータに晩御飯を進められエステル達は快く受け、手伝いを申し出た。

 

「よし、それじゃあこうしよう。食事の支度が済むまでわしの方はちょっとだけ……」

「だ、だめー。わたしだって見たいもん。抜け駆けはなしなんだから。」

「ケチ。」

博士はそう言ってこっそり工房に行こうとしたがティータに見咎められた。それを見てエステル達は囁き合った。

 

(なんていうか、この2人……)

(血は争えないってやつだね。)

(フム……この祖父にしてこの孫ありといったところか……)

(……色々複雑だな……クローゼはユリ姉によく似てる気がするが……)

(ふふ……そういうシオンだって、ユリアさんに似てきてますよ?)

(……父親に似なくて、よかった。)

(はは………)

 

そして夕食が済みついに実験の時が来た………

 

 

~ラッセル家・夜~

 

「コホン……腹も膨れたことじゃし早速始めるとしよう。エステル、例のオーブメントを台の上へ。」

「う、うん……」

アルバートの言葉でエステルは緊張した顔で『ゴスペル』を測定器の台の上に置いた。

 

「これでいいの?」

「うむ。ティータや。そちらの用意はどうじゃ?」

アルバートはオーブメントを確認しティータに用意の状態を聞いた。

 

「うん、バッチリだよ。」

「よろしい。それでは『ゴスペル』の導力測定波実験を始める。」

「ドキドキ、ワクワク……」

ティータは期待の目で実験を待っていた。

 

「あーティータったら凄いやる気の目ね。」

「ティータちゃん、凄く輝いているよ。」

「あ……てへへ。」

エステルやトワに言われたティータは恥ずかしがった。

 

「よし、それでは始めるぞ。ティータ。装置の起動を頼む。」

「うんっ!」

ティータが装置の起動を始め、アルバートも操作をし始めた。

 

「出力を45%に固定……各種測定器のスタンバイ開始。」

「了解……………………………………。うんっ。各種測定器、準備完了だよ。」

「さーて、ここからが本番じゃ。入出力が見当たらない以上、中の結晶回路に導力波をぶつけて反応を探るしかないわけじゃが……そこで、この測定装置の真価が発揮されるというわけじゃ!」

アルバートは楽しそうに言った。

 

「ノ、ノリノリねぇ……」

アルバートの様子にエステルは苦笑した。そして実験が始まり順調に進み始めた。

 

「よしよし、順調じゃ。ティータや、測定器の反応はどうじゃ?」

順調に進んでいると感じたアルバートはティータに測定器の様子を聞いた。だが、ティータは表情の曇った顔で答えた。

 

「う、うん……なんだかヘンかも……」

「なぬ?」

「メーターの針がぶるぶる震えちゃって……あっ、ぐるぐる回り始めたよ!」

ティータは慌てた様子で伝えた。

 

「なんじゃと!?」

アルバートは予想外の答えに声を上げた。そしてその時オーブメントが黒く光り始めた。

 

「な、なんじゃ!?」

「きゃあ!」

黒い光にアルバートやティータは驚いた。

 

「これは……!?」

「旧校舎で見たあの光……」

「ヨシュア、これ……!?」

「あの時の黒い光……!」

見覚えのある光――旧校舎の地下で見た黒い光にクローゼとオリビエは驚き、同じように驚いたエステルはヨシュアに確認した。そして黒い光はどんどん広がった。

 

「なんじゃと!?」

そして外の照明や家の光等導力器が次々と導力をなくし始め、市内は真っ暗になった。その様子に気付いたエステル達は実験をしているアルバートやティータをその場に残して市内を手分けして街中を見たがなんと街全体の導力器が止まり、街中がパニックになっていた。

 

「お、おじいちゃん、これ以上はダメだよぉ!測定装置を止めなくっちゃ!」

「ええい、止めてくれるな!あと少しで何かが掴めそう……」

あたりの様子に気付いて測定を止めようとしているティータを振り切ってアルバートが測定を続けようとしたところ、エステルが戻って来た。

 

「ちょっとちょっと!町中の照明が消えてるわよ?みんな、灯りが消えて凄く騒いでいたわ!」

「ふえっ!?」

「なんと……。ええい、仕方ない!これにて実験終了じゃああっ!」

エステルの言葉にティータは驚き、アルバートは悔しそうな表情で測定装置を止めた。すると消えていた照明がついた。

 

「あ……も、元に戻った……」

「よかった~……」

「はうううう~……」

「計器の方は……ダメじゃ、何も記録しておらん。ということは、生きていたのは『ゴスペル』が乗った本体のみ。あとは根こそぎということか……」

照明がついたのを見て、エステル達は安堵の溜息をつき、アルバートは測定装置の結果を見て唸った。

 

「よかった……実験を中止したみたいだね。」

「あ、ヨシュア!外の様子はどうなの?」

「うん……照明は元通りになったみたいだ。まだ騒ぎは収まっていないけどね。今、レイア達に手分けして騒ぎを収めてもらっているところだよ。」

「そっか……。すぐにあたし達も行かなきゃね。でも、一体全体、何が起こっちゃったってわけ?」

エステルは『ゴスペル』が起こした出来事に首を傾げた。エステルの疑問にアルバートは少しの間考えた後、答えを言った。

 

「そうじゃな……。あえて表現するなら『導力停止現象』と言うべきか。」

「『導力停止現象』……オーブメント内を走る導力が働かなくなったということですね。」

「そうね、やっぱり、その『ゴスペル』が原因なのかな……?」

アルバートの説明を理解したヨシュアは確認し、エステルは頷いた後導力が停止した原因の『ゴスペル』を見た。

 

「うむ、間違いあるまい。しかし、これほど広範囲のオーブメントを停止させるとは。むむむむむむむむむ……こいつは予想以上の代物じゃぞ。面白い、すこぶる面白いわい!」

「お、面白がってる場合じゃないと思うんですけど~……」

『黒の導力器』の効果範囲を知って、目を輝かせている博士にエステルは白い目で見た。その時、誰かが部屋に入って来た。

 

「ハ~カ~セ~ッ!!」

怒りを隠し切れていない声を出しながら、部屋に入って来た人物――マードックは博士に近付いた。

 

「おお、マードック。いいところに来たじゃないか。」

「いいところ、じゃありません!毎回毎回、新発明のたびにとんでもない騒ぎを起こして!町中の照明を消すなんて今度は何をやったんですかッ!?」

「失敬な。今回はわしは無関係じゃぞ。そこに置いてある『ゴスペル』の仕業じゃ。」

怒り心頭なマードックの言葉に博士は心外そうな表情で答えた後、『ゴスペル』を指し示した。

 

「そ、それは例の……なるほど、それが原因ならこの異常事態もうなずける……………だ、だからといってアンタが無関係ということがあるかあっ!」

「ちっ、バレたか……」

博士の説明に誤魔化されそうになったマードックは少しの間考えた後、結局博士が関与している事に気付いて叫び、博士は誤魔化せなかった事に舌打ちをした。

 

「な、なんかやたらと息が合ってるわね~。」

「喧嘩しているように見えるけど、仲良くしているようにも見えるよね?」

「いつもこんな感じなんだ?」

博士とマードックの掛け合いにエステル達は苦笑した後ティータに確認した。

 

「あう、恥ずかしながら……」

ティータは照れながら答えた。

 

その後エステル達は騒動を収めているレイア達の所に戻ってそれぞれ手分けして騒動を収め、全て鎮まった時には夜の遅い時間になりエステル達はラッセル家に泊めてもらうことになった………

 

 



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番外編 『菫』の言の葉


あ…ありのまま、今、起こった事を話すぜ!

「感想を書いていたと思ったら、番外編を書き終えていた」

な…何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのか解らなかった…

頭がどうにかなりそうだった…催眠術だとか超スピードだとか

そんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…


ルドガーとレンの出会いは約五年前の事だった。

 

~ノルド高原 ルドガーの家~

 

ノルド高原の奥深く……ルドガーはここに家を構えていた。変にうるさくもなく静かな場所で人並みの生活を送る……『使徒』や『執行者』にしてはかけ離れすぎているほど『人間』らしい生活を送っていた。

そこに、彼の知る人たちの来訪が待っていた。

 

「お邪魔する。」

「お、レーヴェにヨシュアか。」

「エプロン姿って…」

レーヴェとヨシュアが訪れた時、ルドガーはエプロン姿……時間的には丁度昼食前の時間。それにしても、『執行者』もとい『使徒』自らが料理を作るなどなかなか見られない光景である。というのも……

 

 

『ねぇ~、まだできないのかしら?』

『はしたないですよ、“深淵”殿?』

『彼の料理が逃げることなどあるまい。』

『全く、アンタの料理は世界一だな。』

『フフ、大変ですわね“神羅”殿も。』

『……ま、いつものことですよ“死線”殿。』

『使徒』の連中でまともに料理できるのがルドガーだけ……しかも、『本拠地』や彼女ら――“蒼の深淵”や“鋼の聖女”と任務で一緒になった際はいつも炊事係を担当させられる羽目になっていた。この時ばかりは、転生前に仕込まれた料理の腕をありがたく思ったのは言うまでもない……

 

 

“神羅”――『使徒』第一柱としての俺の異名。“鋼”に匹敵し、『修羅』に至りながらも己を見失っていないその強さを称えたものらしい。俺自身、異名にそこまで拘りなどないが。

 

 

「にしても、こんな辺鄙な所によく家を構えたね……」

「フ……コイツの性格からして、変に煩いところは好まないからな……」

『執行者』No.Ⅱ“剣帝”――レーヴェとはよく顔を合わすことが多い。手合わせしてほしいというのが主な理由だが、時には土産を持って来たり、泊まっていったりと友のような付き合いをしている。

 

「で、どうしてここに?」

「……この子を、お前に託したいと思ってな。」

そう言って、レーヴェは菫色の髪をした女の子を近くのベッドに寝かせた。彼が彼女を連れてきた理由……そして、執行者の『頂点』にいるルドガーに託す理由……それをルドガーは自ずと理解していた。

 

「……正気か?」

「実はな……」

ルドガーの疑問にレーヴェは事情を話した。彼女が“楽園”からの救出者であること、その施設には“教会”の人間もいたこと、そのため一番の『安全策』として、『身喰らう蛇』が引き取ること……その答えにルドガーは頭を抱えつつ、納得した。

 

「わかった……責任を持って預かろう。」

「頼む。」

レーヴェとヨシュアは次の仕事があるらしく、その場を後にした。この家にいるのは俺とベッドで眠る少女……別に変な気を起こすほど、人間やめたつもりなどないし、何もしないからな?俺は変態じゃねーし。

しばらくすると、少女は目を覚ます。その表情は虚ろなものだった。

 

「えと……貴方は?」

「そうだな……君の『家族』みたいなものだ。俺はルドガー。君の名前は?」

「レン……」

「レンか……いい名前だな。」

かくして、俺とレンの生活が始まった……

 

最初の頃は、本当に人形みたいな表情だった。だが、月日が経つにつれ、人らしい感情も見せるようになっていった。その間……『執行者』としてのスキル……この子が二度と理不尽な目に遭わないための『生きる術』……それを教えた。

 

『教団』の施設にいたためか、その人間とは思えないほどの思考能力……いわば『最適経路の明確化』……ゲームで言うところの『攻略法』を自力で見出してしまう能力というのが解りやすい例だろう。その尋常ならざる能力は俺ですら鳥肌が立ったほどだった。だが、彼女はそれを過信することは無かった。レン曰く

 

『物事は謙虚に、かつ確実に。楽しいことをするにしても、確実に物事を運ばないと怪我してしまうもの♪ルドガーが教えてくれたことよ♪』

 

とのことだ。

感情を取り戻してからはしょっちゅうルーレやユミル、ヘイムダルに遠出するようになった。ただ、俺が女性と会話すると拗ねた表情をするんだよな……何でだ?

 

 

その間、俺はレンの身元を割り出した。ヘイワース一家――ハロルド・ヘイワースとソフィア・ヘイワース、そして生まれたばかりのコリン・ヘイワース。その身元は簡単に割り出せた。なぜならば、クロスベルを訪れた際にハロルドさんの取り扱うものを買っていた。そのときは容姿と名前を偽っていたが、その時のレンとも面識があった。なので、レーヴェが連れて来た際、内心驚いたものだ。

 

そして、レンに留守を任せると、子どもが生まれたお祝いと称し姿を偽っていた侘びといつもお世話になっている礼も兼ねてヘイワース家を訪れた。

 

その家の中にはレンがいたことを思わせるような物は何一つなかった。それは当然かもしれない……レンがいなくなる前は逃亡生活をしていた身……手掛かりに繋がるようなものですら残せなかったのだろう。それが逆に、レンにとっては『自分など必要ない』と思わせるような印象を強く受けた。

 

「いや~、本当にすみません。」

「いえ、お互い事情があったのでしょう。それに、貴方のお蔭で借金も早く返せましたし。」

ハロルドさんやソフィアさんとは色々会話したが、娘を『忘れているわけではない』と心のどこかで思った。人の死というものは、そう簡単に割り切れるほど単純ではない。ましてや、自分が手塩をかけて育ててきた愛しき娘の事を……そう簡単に忘れられるものなのかと。

 

俺はハロルドさんやソフィアさんの性格は知っている。長い付き合いにもよることではあるが、一言で言えば『一途』もしくは『生真面目』。そんな人間が自分の身近な人間を失った際、どのような行動をとるか……

 

よく言ったとしても隠居、悪く言えば心中……だが、そのような行動をとらなかったのは、コリンの存在ゆえだろう。生まれ来る子に罪などない……かと言って、自分たちが死ねばその子の将来を看る人間がいなくなってしまう……悩んだ末での決断故に、俺にはそれを裁く権利などない。

 

 

ヘイワース家を後にする際、庭に植えられた花を見つける。カスミソウが季節外れの花を咲かせていた。その花を見て、ルドガーはヘイワース夫妻がレンを忘れていないことを確認した。

 

 

 

カスミソウの花言葉――『感謝』『親切』『清い心』『切なる喜び』『無邪気』

 

 

 

……とはいっても、これを受け入れるかは、彼女次第であることに変わりはない。そう結論付けて、ルドガーは帰路についた。

 

 

 

ルドガーが帰ると、レンの姿がいなかった。代わりにテーブルの上にメモが置いてあった。そのメモを見たルドガーは戸締りをしてから転移した……緊急事態でも、生活に関わることはきちんとしていた彼であった。

 

 

 

~十三工房 ノバルティスのラボ~

 

「お、これはこれは“神羅”どの。そんなに怒ってどうげふぁっ!?」

いつもは怒らないはずのルドガーが怒っていることに気づきつつも、声をかけたノバルティスだったが、次の瞬間殴り飛ばされていた。

 

「ノバルティス……てめぇ、人様の『家族』に何してやがる?」

「な!?私は正式な手続きに則って……」

「そんなことを承認した覚えはない。誰が承認した!『盟主』か!?他の『使徒』か!?」

俺の怒りは頂点に達していた。帰ってきてみれば、レンの姿がいない代わりに『接続実験』の生贄に使う旨のメモだけだった。ノバルティスの野郎がゴルディアス級のことでそのようなことをしていたのは知っていたので、すぐさまこの工房に飛んだ。すると、窓の向こうでは、機械に繋がれ気絶しているレンの姿があった。それを見て、最早理性など大気圏の彼方へと吹き飛んだ。俺にしてみれば、レンは家族同然の人間。それを他の連中の身勝手な都合で道具のように利用したことは、万死に値する。

 

「わ、私の、独断です……ですが、もうすでに実験は最終段階を……げふぉっ!?!?」

ノバルティスの言葉に偽りはなく、最早そのようであると……そして、悪魔が微笑んだのか……実験は成功した。

俺はノバルティスを壁に叩きつけると、窓を叩き割り、レンの下に駆け寄った。

 

「レン!!」

「ん……ルドガー?」

呼びかけにうっすらと目を開け……そして、ルドガーを見ると瞳を潤わせ、

 

「ひっく………うわああああああああんっ!!!」

ルドガーにしがみついて泣いていた。その光景を見て、ルドガーは優しく頭を撫でた。そして、レンの後ろにいたゴルディアス級の瞳が灯り、二人の足もとに手を差し出した。

 

(そっか……お前も、レンを守ってくれるんだな。)

その行動にルドガーは今までの怒りを収め、レンを抱っこするとゴルディアス級の手に飛び乗った。そして、ロックが外れたのか人形の上部のハッチが開いていく……そして、全て開き終えると、ブースターを吹かして上昇し、ラボを後にした。

 

 

~十三工房 ラボ上空~

 

「う……ひっく……」

「まったく、まだまだお子様だな。」

「うぅ……そんなことないもの……」

『!!』

「って、貴方まで!?むぅ……」

未だに泣き止まないレンに苦笑を浮かべるルドガー、それに反論するレンだったが、人形の電子音――『感情表現』にレンは頬を膨らませる。

 

「というか……名前を付けてやらないとな。レンと意思疎通ができるみたいだし……『パテル=マテル』……それが、これからのお前の名前だ。」

『!!』

「ウフフ、パテル=マテルは喜んでいるみたい。素敵な名前をありがとうって。」

いつか、レンが自分の両親と向き合うために……その名前に『父親と母親』とは少し皮肉かもしれないが……

 

「そして、ルドガー……助けに来てくれてありがとう。」

「……レンは、俺の家族みたいなもんだからな。」

「そう……うん、お礼をしないとね。」

「お礼?」

そして俺は、レンの次の行動に驚くこととなる。

 

「んっ……」

「!?」

キスされました……しかも、唇に。おまけにファーストキス。

 

「もう………レンの気持ちに気付かないなんて、本当に鈍感ね♪」

「………」

すみません、状況整理が追い付いていません………ああもう、俺フラグなんて立てた覚えなんてねぇぞ!!(←超鈍感)

 

……ルドガーは気付いていないようだが、男女が一つ屋根の下で生活して、容姿もいい、家事もできる、性格もいい、腕っぷしもある……かなりの『超優良物件』と生活をともにすれば、フラグが立つのはある意味納得の光景なのだが、肝心の本人は超が付くほど鈍感だった。

 

「だから、その罰としてルドガーはレンの婚約者ね♪」

「何でそうなる!?」

 

この後、家に帰り、パテル=マテル専用の格納庫をノバルティスの野郎に作らせた。機体の整備は俺が基本的に行い、部品はノバルティス経由でやってもらう。家族を危険に晒したのだから、これぐらいはただでやってもらわないと困る。

 

 

この後、事の次第を聞いた他の連中は……

 

「あっはははははははははは!!あ~、お、お腹が!お腹が痛いわ!!」

「ま、まったくですよ!!これはまさしく喜劇というものですよ!!」

「いやあ~、ネタの提供に事欠かないね、君は!!」

「そのまま笑い狂って死んでしまえ、コメディアンども。」

第二柱“蒼の深淵(オペラバカ)”ヴィータ・クロチルダ、第三柱“白面(ワロスメン)”ゲオルグ・ワイスマン、No.0“道化師(ザ・フール)”カンパネルラからは盛大に笑われ、

 

「その……頑張れ。」

「頑張ってね」

「……頑張って頂戴。」

「その優しさが辛いわ……」

No.Ⅱ“剣帝”レーヴェ、No.Ⅵ“幻惑の鈴”ルシオラ、No.ⅩⅢ“漆黒の牙”ヨシュア・アストレイに憐れまれ、

 

「フ……ルドガー、貴公とは良い酒が飲めそうだ。」

「……その仮面ごとぶん殴ってやろうか♪」

「お、珍しく気が合ったな。後で一杯奢るぜ。」

No.Ⅹ“仮面紳士(へんたいかめん)”ブルブランには変な同情を向けられ、No.Ⅷ“痩せ狼(バトルジャンキー)”ヴァルターとは珍しくも意見が一致し、

 

「……私との約束、守ってくれるのではなかったのですか?」

「いや、約束した覚えすらないし、理不尽じゃね!?」

第七柱“鋼の聖女”アリアンロードからは訳の分からない言葉で殺意を向けられる羽目になった。

 

あと、“博士”ノバルティスの野郎は俺を見るたびに逃げるようになった。ま、いいんだけれど。こっちから顔を合わせたくねーし。

 

 

………ちなみに、盟主は

 

 

『面白そうですし、見届けさせていただきます。』

 

 

だそうだ。

 

 

いつか腹パンをお見舞いする…たとえ、相手が『神』であったとしても…そう心の中で誓ったルドガーだった。ただ……その前に自分の苦労はいつ終わるのか……せめて、俺の理解者ぐらいは欲しい……そう切実に願った。

 

 




てなわけで、第二章で番外編二発目です。

クルルは脱退済み、シャロンは執行者の仕事が休業中だったため、出てきていません。第四柱と第五柱は姿が判明していないため未出演扱いに。

書きたくなったから、書きました。だが私は後悔しないw

こうしてみると、結社ってイロモノばっかですね、これ。閃をプレイしていてブルブランが出てきたときはその顔面にそげぶパンチしてやりたかったです(黒笑)


頑張れルドガー(他人事)


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第50話 戦乙女

ツァイス市中の導力停止現象から一夜明け、博士は改めて『ゴスペル』を調べていたが、温泉で有名なエルモ旅館から温泉が煮えたぎっている状況を聞いた。シオンとトワ、オリビエは『迎え』のためにその場を離れ、原因を調べるため、源泉がある洞窟の先へと進み、奥に到着した。

 

 

~温泉の源流・最奥~

 

「な、なにこれ……。地面いっぱいに広がって……」

「エネルギーの脈……。これって、ひょっとして……」

エステルは地面に広がる線を見て驚き、ティータは不安そうな表情になった。

 

「……クク……。ずいぶん遅かったじゃねえか。」

その時奥から男の声が聞こえて来た。

 

「あ……!」

エステル達が声がした方向を見ると、そこには黒いスーツを着用し、黒いサングラスをかけた男が地面に刺している”杭”のような物の傍にいた。

 

「サングラスの男……!」

「あれは……『ゴスペル』付きの杭か……?」

「よう、小娘ども。わざわざご苦労だったな。せいぜい歓迎させてもらうぜ。」

「あんた……『身喰らう蛇』の人間ね!」

不敵に笑っている男をエステルは睨んで尋ねた。

 

「クク……『執行者』No,Ⅷ“痩せ狼”ヴァルター。そんな風に呼ばれているぜ。」

「成程……温泉の異常は『小手先』ってことね。」

男――ヴァルターが名乗るとレイアはヴァルターを睨んだ。

 

「クク、その通り。こいつは『結社』で開発された七耀脈に干渉するための『杭』でな。本来、真下にある七耀脈を活性化させるだけの装置なんだが……。《ゴスペル》を付けることで広範囲の七耀脈の流れを歪ませて、ピンポイントで局地的な地震を起こすことができる。ま、そんな実験をしていたってわけだ。」

「過去形ということはもう実験は終わったんですか?」

ヴァルターの話を聞いたクロ―ゼは不安そうな表情で尋ねた。

 

「まーな。本当は建物が崩れるくらいド派手なのをぶちかましたかったんだが……集落の真下には何故か地震が起こせなかった……それと、そこまでの力は出せなかったな。」

尋ねられたヴァルターはつまらなさそうな表情で答えた。

 

「そ、そんな……建物が崩れちゃったりしたら住んでる人が危ないですっ!」

「クク、だからいいんだよ。瓦礫に手足を潰されてブタのように泣き叫ぶヤツもいるだろうし……。脳味噌とハラワタぶちまけてくたばるヤツもいるだろう。よかったら嬢ちゃんもそんな目に遭ってみるかい?」

ティータの叫びを聞いたヴァルターは凶悪な笑みを浮かべてティータを見た。

 

「ひっ……」

ヴァルターに見られたティータは脅えた声を出した。

 

「ティータちゃん!」

そしてトワはティータを庇うかのようにティータの前に出て、ヴァルターの視界からティータを遮った。

 

「こ、こいつ……」

「……」

ヴァルターの性格を軽く知ったエステルはヴァルターを睨み、ヨシュアも表情を崩さずヴァルターを睨み付けた。

 

(どうやら、状況次第では本気を出す必要があるかもしれないわね………)

そして、事の成り行きを見守っていたレイアはヴァルターを睨んでいた。

 

「クク、そう恐い顔するなって。俺はな、潤いのある人生には適度な刺激(スパイス)が必要だと思うのさ。いわゆる、手に汗握るスリルとサスペンスってやつだ。いつ自分が死ぬとも分からない……そんなギリギリの所に自分を置く。どうだ……ゾクゾクしてこねぇか。」

「成程―――僕たちを誘き寄せるための罠だったわけですね?」

ヴァルターの問いに合点がいったヨシュアはヴァルターを睨んで尋ねた。

 

「え……!?」

「エルモの源泉が沸騰し始めたこと……露骨な誘導情報だったというわけですか。」

ヨシュアの問いにエステルは驚き、クローゼは今までの事を思い出して説明した。

 

「そんな……」

クロ―ゼの説明を聞いたエステルは信じられない表情をした。

 

「ま、半分正解ってとこだな。それじゃあ早速、味見をさせてもらうぜ……。てめぇらという刺激(スパイス)をな♪」

そしてヴァルターは指を鳴らした!すると地面から巨大なミミズが何匹も出て来た!

 

「やああん!?」

「な、なにコイツら!?」

巨大なミミズの登場にティータは悲鳴を上げ、エステルは驚いた。

 

「このあたりに棲息しているミミズさ。七耀脈が活性化したことでここまで馬鹿でかくなりやがった。ま、せいぜい遊んでやってくれや。」

「ふ、ふざけんじゃないわよ!この卑怯者!正々堂々と勝負しなさいよね!」

「エステル、今はこいつらの相手が先だよ!」

「……来ます!」

そしてエステル達は巨大なミミズとの戦闘を開始した!巨大なミミズはダメージを与えると地震を起こして、全員にダメージを与えて来たので手強かったが、エステル達は協力して何とか全て仕留めた。

 

「何とか追い払った……」

「こ、恐かったぁ~……」

「ふう……。手強い相手でしたね。」

巨大なミミズ達を倒し終えたエステル達は安堵の溜息を吐いた。

 

「んー、こいつはちょいと見込み違いだったか……?もうちょいマシかと思ったが。」

「……それはどう言った意味での言葉ですか?」

ヴァルターの呟きを聞いたヨシュアは真剣な表情で答えた。

 

「ふっ………こういうこった!」

「えっ……!?」

そしてヴァルターは一瞬でエステル達の前に移動して強烈な一撃を放った!

 

「くうっ!」

「きゃあっ!」

「「あうっ!」」

「くっ!」

ヴァルターの強力な一撃にエステル達は蹲った!

 

「……クソが。ったく、レーヴェのやつ適当なことを抜かしやがって……な~にが『剣聖』以外にも手応えのありそうな獲物がいるだ。ただの青臭ぇガキどもじゃねえか。」

エステル達に強力な一撃を放ったヴァルタ―は舌打ちをした後、エステル達に背を向けて呟いていた。

 

「くっ…………」

ヴァルターの強さにエステルは信じられない思いでいた。だが、彼の一撃をかわした一人は立っていた。

 

「……流石に、その言葉は取り消してもらわないとね。」

「レイア?」

ツインスタンハルバードを構えるレイア、

 

「クッ、ククク………ハ―ハッハッハ!!」

一方ヴァルターは大声で笑い出した。

 

「思い出したぜ!A級正遊撃士“紫刃”……ククク、てめえとは一度死合いたかったんだ!!」

レイアの姿を見て、ヴァルターは楽しそうな表情で答えた。

 

「死合う、ですか……貴方にその余裕があれば、の話ですが?」

「何だと?ガキ風情が舐めた口をきくじゃねえか!その口を塞いでやろうか!」

レイアの言葉にヴァルターは舐めた口調で言い放ち、構えた。

 

(ヨシュア、クローゼ。みんなを回復させて。)

(解った。)

(は、はい!)

レイアはまだ傷の浅いヨシュアとクローゼに声をかけ、二人が頷くと、手に持っていた武器を構えた。

 

「ロレント所属A級正遊撃士、“紫刃”改め“朱の戦乙女”レイア・オルランド。貴方を国家に対する罪とみなし、拘束します。」

(!?なっ、俺を反射的に一歩退かせただと!?)

そう高らかに叫ぶレイア。そして、“闘神”を思い起こさせるような……彼女を纏う凄まじきオーラにヴァルターは反射的に一歩下がり、そのことに冷や汗をかいていた。

 

「フ……ハハハッ!どらあっ!!!」

ヴァルターは笑い、今までとは比べ物にならないほどの速さで拳を繰り出すが、レイアは紙一重で回避する。

 

「なっ!?」

「せいやっ!!」

零距離から寸分違わずに打ち込まれるレイアの蹴り。

 

「ぐっ!?」

だが、ヴァルターはそれを食らいつつも、感性による威力分散を駆使して、威力を弱めた。だが、攻撃はそれだけではない。

 

「ほら、よそ見してると痛い目に遭うよ!!」

「舐めるな!!」

レイアの振るったハルバードの刃を素手で受け止めた!そして、そのままレイアを投げようと試みたが、ヴァルターは予期せぬ誤算が生じた。

 

「食ら………何っ!?ビクともしないだと!?」

「どうしたの?私はまだ本気じゃないよ?」

動かない……それも、功夫を練っている状態の力と同等の膂力をレイアが発揮していることにヴァルターは驚く。だが、彼女にしてみればこれはあくまでも“序の口”でしかないが。

 

「それに、掴んだままでいていいのかな?」

「あ?……がぁっ!?!?」

ヴァルターがその言葉を言い終わる前に、レイアの膂力によって『床に埋められた』……ハルバードを受け止めたヴァルターごと振り回し、床にたたきつけたのだ。その影響で床はヴァルターで型を取るかのように綺麗にめりこんでいた。

 

「ぐはっ……てめぇ、殺す!!」

ヴァルターは素早く起き上がって距離を取り、先ほどのとは比べ物にならないほどの功夫を込め、気の弾をレイアに向けて放つが、

 

「ふぅぅぅぅ………行こうか。」

レイアは息を整え、武器に闘気を込める……そして、その弾を、野球のバットで打ち返すかのごとく持っていた武器で弾き返した。そして、彼女は一歩を踏み出して『加速』した。

 

「………えっと、何が起こってるの?」

「え、えとえと、どうなってるんですか?」

「すみません、私にも……」

「(高速での戦闘……エステル達には見えないのも無理はないかな。)」

武器を振り回すレイアと格闘術で速い突きを繰り出すヴァルター……自分の領分であるスピードを生かした戦闘をこなすことのできるヨシュアには目で追えていたが、それ以外の面々には何もない空間で床や壁が壊れている程度にしか見えていない。

 

「なめるな、人の半分も生きちゃいないような小娘風情が!!」

「……舐めている、ね。違うかな……貴方は『力不足』ってことかな。」

「な、ふざけやが……って!?」

ヴァルターはその弾を難なく弾き返し吼えるが、彼の背後から感じた気配と声に振り向きざまに一撃を加えようとするが、今纏っている彼女の覇気は『自分ですら未だに勝ったことの無い相手』であることにヴァルターはその一瞬で感じ取ってしまった。そして、彼女は静かにこう呟いた。

 

 

 

――私が目指す境地は『鋼の聖女』のその先。そのために磨き続けてきた力……貴方如きでは『力不足』です。

 

 

 

「絶技、グランドクロス!!」

「な、それは……ガアアアアアッ!?!?」

“鋼の聖女”……ヴァルターがよく知る『彼女』が使う最大の技、その名と威力は彼女と遜色なく“絶技”と呼ぶに値するレイアのSクラフト『絶技グランドクロス』がヴァルターを直撃し、吹き飛ばされた。

 

「す、すごい……」

「レイアさん、凄いです。」

「(あの技……どうしてだろう、僕はあの技を知っているような気がする……)」

「こ、これほどに強いだなんて……」

エステルとティータはレイアの強さに驚嘆し、ヨシュアはその技に妙な引っ掛かりを感じ、クローゼは『執行者』ですら上回るレイアの強さに驚きと不安が入り混じったような表情を浮かべた。

 

「て、てめえ……」

「まだ立ち上がりますか……でも、時間切れのようですね。」

「何?」

ボロボロになり、その足取りも若干覚束無いヴァルターにため息をつきたくなったが、自分らに近づいてくる『気配』を察し、ヴァルターはその言葉にレイアを睨んだ。

 

 

「やれやれ………もう少し早く来るべきだったかな?……雷神掌!!」

その時エステル達の方から男性の声が聞こえて来た。そして大きな気の弾がヴァルターに襲いかかった!

 

「ぬッ!?」

気の弾に気付いたヴァルターは回避した。

 

「はああああっ!」

そしてそこに大柄な東方風の男性――ジンがヴァルターに向かって連続で蹴りを放った!ジンの攻撃をヴァルターは驚きながらも防御した。

 

「………………………………」

攻撃を終えたジンは構えを解かず、ヴァルターを睨んでいた。

 

「ククク……報告にあったカルバードのA級遊撃士……ジン、てめぇのことだったか。」

一方ジンの登場に驚いたヴァルターだったが、不敵に笑ってジンを見た。

 

「まあ、そういうことだ。まさか、こんな場所であんたと再会するとはな……いつから『結社』なんぞに足を突っ込んでいやがるんだ?」

「クク、あの後すぐにスカウトされちまってな。なかなか刺激的な毎日を送らせてもらってるぜ」

「馬鹿なことを……あんた、自分がいったい何をしているのか判っているのか!?そんなんじゃ師父(せんせい)はいつまで経っても浮かばれ……」

ヴァルターの答えを聞いたジンが何かを言いかけようとしたその時、ヴァルターは一瞬で移動してジンに攻撃した!ヴァルターの攻撃に気付いたジンはガードして致命傷を避けた。

 

「おいおい、綺麗事を抜かすなよ。てめぇは知ってるはずだ。俺がどんな道を選んだのかをな。ふざけた事を抜かすと……殺すぞ?」

「………だったら……あんたは知っているのか?ツァイスの街にキリカがいるのを」

「なに……?」

ジンの話を聞いたヴァルターは驚いた後、目つきを変えた。

 

「2年くらい前からギルドの受付をしているそうだ。どうやらそれまでは大陸各地をまわっていたらしいな」

「……チッ………。まさかリベールくんだりに流れていたとはな……あの馬鹿、何を考えてやがる」

「さあな、俺にも分からんよ。だが、あいつは間違いなくあんたと会いたがっているはずだ。『結社』のことはともかく一度くらい顔を見せてやったら……」

ジンが言いかけたその時、ヴァルターはジンに蹴りを入れた!

 

「グッ……」

「ふざけた事を抜かすと殺すと言っただろうが……。まあいい……キリカのことはともかくてめぇと会えた事やテメエらと殺りあえたのは幸運だった。今回の計画……とことん楽しめそうだぜ。」

そしてヴァルターは杭から『ゴスペル』を抜き取った。

 

「おい、ヴァルター!」

「クク、次会う時までせいぜい功夫(クンフー)を練っておけ。じゃあな。」

「ヴァルター!!」

ヴァルターを追いかけようとしたジンだったが足を止めた。

 

「………………………………」

「えっと……。助けてくれてありがと。その、貴方は?」

黙ってヴァルターが去った方向を見続けているジンにエステルは遠慮気味に尋ねた。

 

「俺はジン・ヴァセック、お前さんと同じ遊撃士だ。ジンと呼んでくれ。実は、ツァイス支部に顔を出したらいきなりキリカに急かされたんだ。お前さんたちを助太刀しにエルモに向かえってな。」

「そうだったんだ……ありがと、ジンさん。レイアが善戦してたから必要なかったかもしれないけど、本当に助かったわ。」

事情をジンから聞いたエステルは苦笑しながらお礼を言った。

 

「それはともかく……ジンさん、あの人とどういう知り合いなんですか?」

「……ま、昔馴染みさ。詳しい話はここを出て宿の風呂に入ってからにしよう。龍脈の乱れは収まったからじきに温泉も元に戻るだろうぜ。それに、今日は流石に遅いだろうし。ここらで一泊することになるな。……それと、久しぶりだなレイア。」

「お久しぶりです、ジンさん。」

「ってレイア、ジンさんと知り合いなの?」

「ああ、ちょっとした顔馴染さ。」

「そういうところかな。」

 

そしてエステル達は洞窟を出るとあたりはすっかり暗くなっており、エルモ温泉で一泊することにしたのであった。



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第51話 気付かされる想い

温泉の異変をどうにか止めることができたエステル達はドロシーを旅館に送り届けたシオン達と合流し、女将の粋な計らいで旅館に泊まることにした。エステル達は部屋に荷物を置いた後、旅館名物の温泉に向かっていた。

 

~紅葉亭 温泉への道~

 

「あれ?見たことの無い女の子……?」

「そうですね。」

「えと、何をしてるの?」

エステル、クローゼ、ティータの三人が温泉への廊下を歩いていると、何かを待っているような仕草の女の子が目に入った。

 

「ん?……あら、今日の宿泊している人たちには見えないけれど……」

「えと、あたしたちは女将さんの計らいで泊まることになったの。」

「ふ~ん……ねぇ、レンも一緒に入っていいかしら?」

「えと、レンちゃん、でいいのかな?家の人とか心配してない?」

その少女――レンの問いかけにエステルは簡単に事情を説明し、それを聞いたレンは三人に尋ね、ティータはレンに家族のことを尋ねた。

 

「ふふ、大丈夫よ。『レンの事はちゃんと信頼してるから、好きに行動していいぞ』って言われたもの。」

「えと、どうします?」

「う~ん……ま、本人がそう言うなら一緒に入りましょ。」

「うふふ♪それなら、行きましょうか。」

「(いいのですか、エステルさん?)」

「(ここで拒否していなくなったら面倒なのよね……目に届くところにいてくれた方がいいし。)」

「(成程……それでしたら、私も一緒に見ておきますね。)」

レンの言葉を全面的に信用するのは流石にできないが、あえて提案を受け入れて目の届くところにいてくれた方が何かと動きやすいのは事実だ。クローゼもエステルの考えに同意し、手伝うことを伝えた。

 

その少し後方で、レイアはその光景に頭を抱えたくなった。

 

「(あの少女……制圧作戦の時に助けた子じゃない……)はぁ……」

『楽園』を潰した際に助けた子……その『預け先』からするに、彼女も『かの者』達と同じ存在なのだろうと簡単に推測できた。とりあえず、気を取り直してエステルらと合流し、互いに自己紹介した後温泉に入ることにした。

 

 

~エルモ村 紅葉亭・女湯~

 

「はぁ~気持ちいい。温泉って初めてだけど予想以上ね。こりゃ、病みつきになっても仕方がないわ~。」

「本当ですね。」

「これは温まるわね……気持ちいいわね、ティータ。」

「えへへ、わたしもかなり病みつきなんです。小さな頃から、おじいちゃんに連れてきてもらってましたから。」

エステルの呟きやクローゼとレンの喜びにティータは頷いた。

 

「は~、これはいいわね。」

そして、続いて湯船に浸かったレイアもその心地よさに喜びの言葉を呟いた。

 

「う……(わかってはいたけど、レイアって腰が細い上、胸が大きいわね……下手したらシェラ姉以上かも……うう、同い年なのにどうしてこんなに違うの?)」

「(はぁ……レイアさんって意外と着痩せしてるんですね……)」

「わあ……レイアさんって、スタイルがいいですね。」

レイアが温泉に入った時、湯につかった為タオルが体に張り付きよく見えるようになったレイアの体つきを見て、エステルとクローゼは内心羨ましがり、ティータは感嘆の声をあげた。

 

「エ、エステルにクローゼ……できれば、そんなによく見ないで欲しいんだけれど……」

エステルやティータに見られたレイアは恥ずかしそうな表情で両手で胸を隠した。

 

「そんな事言ったって、実際レイアって女性として完璧なスタイルだもん。それでいてあの強さだもの……同じ女性として普通、一体何をしたらそうなるか気になるわよ……」

「それはレンも気になるわね。どうやったらそんなに魅力的な体に成長するのかしら?」

「レンちゃんまで……こればかりは遺伝なんじゃないかな?」

レイアの身内には胸があまりないことを少しコンプレックスに思っている少女の事を思い出し、それから比べればマシなのだと思った。

 

「遺伝かあ……じゃああたしは、将来はお母さんみたいなスタイルかな?」

エステルは自分の将来の姿をレナと重ねて思い浮かべた。

 

「そういえば、エステルさん。わたし、エステルさんに聞きたいことがあるんですけど。」

「聞きたいこと?なになに?何でも聞いていいわよ?」

ティータの疑問にエステルは答える姿勢に入った。

 

「えと、あの、その……エステルさんとヨシュアさんって結婚して何年なのかなぁって。」

「…………………………………………」

しかし、ティータの疑問に驚き、笑顔の状態で固まった。

 

「ドキドキ……」

「ジー………」

エステルが答えるのをティータは目を輝かせて待ち、レンは興味深そうな表情で待っていた。

 

「えっと、ゴメン。聞き間違っちゃったみたい。あたしとヨシュアが何だって?」

「あう、ですからぁ。結婚して何年になるのかな~って。」

「な、な、な……。なんでそうなるワケ!?」

固まっていたエステルだったが、ティータの疑問は何かの間違いだと思い、を聞き返すために尋ねたが返って来た答えに絶叫した。

 

「だ、だって名字が同じだし……。兄妹にしては似ていないからてっきりそうなのかな~って……」

「に、似てないのは血がつながっていないからっ!みょ、名字が同じなのはヨシュアが父さんの養子だから!」

ヨシュアと結婚していると思った理由にエステルは即座にヨシュアと夫婦でない理由を答えた。

 

「あ、そーなんですか……えへへ、ごめんなさい。ちょっと勘違いしちゃいました。」

「と、とんだ勘違いだわ……そもそも、あたしもヨシュアもまだ16歳なんだから。結婚なんて全然先の話だし……」

ティータの勘違いにエステルは呆れながら答えた。

 

「そ、そーですよね。いくらお互いが好きでもそんなに早く結婚しませんよね。」

「エステル、仲人には私を抜擢してほしいかな。」

「エステルさん、ヨシュアさんとの結婚式を行う際は必ず呼んでくださいね。盛大にお祝いをいたしますので。」

「ウフフ、それを聞いたからにはレンも呼んでほしいわね♪(ヨシュアのことがねぇ……この反応からすると、面白いことになりそうね♪)」

「ガクッ……だ、だからぁ!あたしとヨシュアは恋人でも何でもないの!ただの家族よ、家族!」

ティータやレイアにクローゼ、レンの言葉を聞いたエステルは再び絶叫した。

 

「そ、そーなんですか!?」

「そーなんですかって……ねえ、四人共。あたしとヨシュアってそーいう雰囲気に見える?」

「そーいう雰囲気って?」

エステルの疑問にティータは首を傾げて尋ねた。

 

「だ、だから……。こ、恋人同士みたいな雰囲気よ。らぶらぶとかあつあつとかいちゃいちゃとか、そういうの。」

ティータの疑問にエステルは照れながら答えた後、顔を背けた。

 

「あう……そーいう感じはしませんけど。でもでも、いつも一緒で自然な感じだし、お互いのことを分かり合ってるような感じだし……」

「ティータちゃんのいう通りかな。エステルとヨシュアはいっしょにいて当然みたいな雰囲気を感じたかな。」

「そうですね。いるだけでお互いの事を分かり合える感じがします。」

「レンは会ったばかりだからわからないけれど、ヨシュアって人の事を好いているのは間違いなさそうって思ったわ。」

「いや、それはまあ、少しはそうかもしれないけど……それって、家族とか親友でもありそうな雰囲気じゃない?だいたい、あたしとヨシュアってそんな雰囲気になったことすら……(な、何思い出してんのよ~!っていうか、あたし今まであんな恥ずかしいことを平気で……)」

3人が言った理由をエステルは誤魔化して否定しようとしたが、旅に出る前にしたロレントの時計台での約束やマノリア村で昼食をとっていた時の出来事等思い出した後、顔を真っ赤にして黙った。

 

(あらあら?顔が真っ赤になってるよ?)

(これは微笑ましいですね……私も頑張らないと。)

(フフ、これは楽しいことになりそうね。(エステルってば、とうとうヨシュアの事を意識し始めたのね……ヨシュア、責任を取らないとレンが殲滅しちゃうんだから♪))

エステルの様子にレイアとクローゼ、そしてレンは思い思いに二人の行方をそれなりに案じていた……一部私欲が混じっていることに関しては否定できないが。

 

「???エステルさん?お顔、まっかですけど……」

「あわわ……何でもない、何でもないから!いや~、それにしても温泉ってホントーに効くよね!?血の巡りが良くなりすぎて頭がクラクラするっていうかっ!」

「は、はあ……」

勝手に慌てているエステルの様子にティータは首を傾げながら頷いた。

 

「そ、そういえば露天風呂があったんだっけ?のぼせてきちゃったし、あたしちょっと行ってくるね!」

「あ、はい……あ、そーいえば。エステルさん、露天風呂って……混浴なんですけど。」

慌てているエステルは温泉から立ち上がり、ティータの言葉を最後まで聞かずに逃げるように露天風呂に行った。

 

 

(は~、あせった。心臓がバクバクいってる……あたし……この前からどうしちゃったんだろ。今まで、ヨシュアをそういう風に意識したことなんてなかったのに………ええい、悩むのやめっ!あたしのキャラじゃないしっ!)

露天風呂がある場所に出たエステルは先ほどのティータ達との会話を思い出して顔を真っ赤にした後、首を何度も横に振って忘れた後表情を元に戻した。

 

「は~っ、いい気持ち~!中のお風呂もよかったけど外のはまたカクベツよねぇ。うーん、広くてのびのびできるし……誰もいないみたいだからここは……」

エステルが泳ごうとした時、湯気の向こうから声が聞こえて来た。

 

「……言っておくけど、泳いだりしたらダメだからね。」

「ギクッ……な、何を言ってるのかしら!?そ、そんなことしないわよ!」

湯気の向こうから聞こえて来た注意の声にエステルは図星をさされたかのような表情をした。

 

「あれ、ちょっと待って………今の声って………………………。」

エステルは湯気の向こう方聞こえた声の主を思い出した後、目をこらして湯気の向こうを見た。すると湯気は晴れ、そこにはヨシュアが温泉に浸かっていた。

 

「……え………………………………」

「やあ、エステル。お先に入らせてもらってるよ。はは……この格好だとさすがにちょっと照れるね。」

ヨシュアを見て、エステルは口を開けたまま放心した。

 

「えっと、その……。こういう状況で黙られると落ち着かないんですけど……」

ヨシュアはエステルの様子を見て居辛そうに言った。

 

「え、う、あ……。きゃあべしっ!」

「少し黙ろうね、エステル。他の客もいるんだし。」

ようやく我に返ったエステルは旅館全体に響き渡るほどの声を上げ……る前にレイアのチョップがさく裂した。そして、レイアの説明……ここの露天風呂は混浴になっていることにエステルはまたもや大声をあげそうになったため、再びチョップの餌食となったのは言うまでもない。

そこに男湯の方向から来たシオンと、もう一人の男性……ルドガーがその場に現れた。

 

「なんつーか、エステルらしいというか……」

「あはは、楽しそうで何よりだな。(ヨシュア……フッ、元気そうで何よりだな。)」

「何を言ってるんだか……」

で、エステルとヨシュアを二人きりにして、シオンとレイア、そしてルドガーの三人は少し離れたところで湯につかりながら話していた。

 

「……はぁ、私(沙織:レイア)に……輝(アスベル)に詩穂(シルフィア)、拓弥(シオン)にアンタ……悠一(ルドガー)まで同じ世界に転生してるなんて……」

「しかも、柚佳奈(フーリエ)までもとは……これ以上増えたりしないよな?」

「これで、国のトップが『実は俺、転生者なんだ』とか言ったら尋常じゃないわよ……」

ルドガーの話……『結社』のことも大層驚いたが、それ以上に『転生者』の多さに驚きを隠せずにいた。その殆どが『あの事故』絡みの人間ばかり……しかも、アスベルの転生前である輝とのかかわりが深い人物だという事実に。

 

「ん?『転生者』ならあと三人ほどいるぞ。―――に、―――もそうだし、あとは―――だな。」

「はぁ!?アイツが『彼』に転生しても違和感が全くねぇぞ!?つーか、あの輩が『彼女』に転生したっつーことは……」

「『ご愁傷様』ってことね……あれ?でも、あの二人って……」

「その時は『彼女』の人格は眠ったままだったからな……つーか、『あの人物』に転生したアイツはどうなる……」

「根っからの『馬鹿』だものね……あの情熱だけは感心するわ……」

 

ルドガーが知る転生者の存在……それを明かされたレイアとシオン、明かした側のルドガーの三人はこれから訪れるであろう“苦労”に三人揃ってため息を吐いた。

 

 




この転生者三人ですが……既に決まっています。原作キャラの誰かに転生しています。

誰なのかはネタバレになりますので、言えませんが……レイア、シオン、ルドガーの会話がある意味ヒントですw



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第52話 姉と兄

~エルモ村 紅葉亭~

 

オリビエとジンが酒飲みに興じていた頃、温泉から上がったエステル達は休憩スペースで一休みしていた。

 

「は~……なんか思いっきり疲れた……。う~っ、それもこれも全部、ヨシュアのせいなんだからっ!」

女将の「女の肌ってのは見られてキレイになるもんだからね。」という冗談を信じたティータやレンに冗談である事を指摘したエステルは溜息をついて、ヨシュアを睨んだ。

 

「なんで僕が……結局、エステルが一人で大騒ぎしてただけじゃないか。脱衣場の張り紙も見てないし、日頃の注意力が足りない証拠だね。」

エステルの八つ当たりにヨシュアは呆れて答えた後、注意が足りない事を指摘した。

 

「よ、よけーなお世話!ほんとにもう、可愛くないんだからっ!」

「あー、そうですか。いいよ、別に。君に可愛いと思われたって嬉しくともなんともないからね。」

「あ、あんですって~!?」

「大体、なんだよ。人を見るなり悲鳴を上げて……そんな反応されるなんて……夢にも思わなかったよ。」

「あ、あれはその……あまりにもタイミングが……別にヨシュアと一緒がイヤってわけじゃないからね?」

「いいよ、無理しないで。僕はもう上がるからみんなでゆっくり入っていきなよ。」

「無理してるなんて一言も言ってないでしょっ!ヨシュアのバカっ!」

「む……バカはどっちさ。」

「プックククク………」

「「フフ……」」

「「クスクス……」」

エステルとヨシュアの言い合いにレイア達は笑いを抑えきれずそれぞれ笑い声をあげた。その笑い声が聞こえたエステルとヨシュアは言い合いをやめて、固まった。

 

「ほ、ほら!レイア達どころかティータちゃんにも笑われちゃったじゃない!」

「だからなんで僕が……ご、ごめんね。みっともないところ見せて。」

「あ、ううん。笑ったりしてごめんなさい。ただ……うらやましいなって思って。」

エステルの八つ当たりに呆れたヨシュアはティータに謝罪したが、ティータは逆に笑った事を謝罪した後エステルとヨシュアを眩しいものを見るかのような目で見た。

 

「う、うらやましい?」

「えっと……どうして?」

ティータの言葉にエステルは驚き、ヨシュアは尋ねた。

 

「わたし、兄弟がいないからケンカとかしたことがないんです。おじいちゃんは優しいからあんまり叱られたことないし……。お父さんとお母さんはあんまり一緒にいられないから……」

「え……」

「あの、ティータちゃんのお父さんとお母さんって……?」

寂しそうな表情で家族の事を語ったティータにエステルは驚き、ヨシュアは尋ねた。

 

「博士の娘さん……確か、エリカ・ラッセルだったっけ。夫のダン・ラッセル共々導力技術者で他国でオーブメントの普及していない村や町で技術指導をしていると博士から聞いた事があるけど、今でもそうなの?」

「あ、はい。だから、もう何年もツァイスに戻って来てないんです……」

ラッセル博士から家族の事を聞き、ティータの両親の事を覚えていたレイアはティータに確認し、それに頷いたティータは寂びそうな表情で頷いた。

 

「そうだったんだ……」

「それは……寂しいね。」

「ティータは、寂しくないの?」

あまり両親といっしょにいた事がない事を知ったエステルやヨシュアは気不味そうな表情で見て、レンは尋ねた。

 

「そんなこと、ないよ。おじいちゃんがいてくれるから。中央工房の人たちもみんな親切でいい人ばかりだし。でも……エステルさん達を見ているとちょっとうらやましいなぁって……えへへ、こういうのって無いものねだりって言うんですよね。」

「そうですか……私も一人っ子ですし、ティータさんの気持ちは凄く解ります。」

「クローゼさん……」

ティータの気持ちに、クローゼも両親がいない境遇や一人っ子であることがどのような寂しさを感じるのかよく解っていたのか、そう言葉を零し、トワもその言葉に少し沈痛な表情を浮かべつつ呟いた。

 

「………いいこと思い付いちゃった。」

黙って考えていたエステルは口を開いた。

 

「え……」

「エステル?」

「あたしが、ティータちゃんのお姉さんになってあげるわ!ちなみにヨシュアはお兄さん。」

「ふえっ!?」

「はあ……また突拍子もないことを……」

エステルの提案にティータは驚き、ヨシュアは呆れて溜息をついた。

 

「なによう、文句でもあるの?」

「いや……エステルらしいと思ってね。僕も異存はないよ。ティータちゃんさえよければね。」

自分の提案に反論がありそうな事に気付いたエステルの睨みにヨシュアは微笑ましそうな表情で首を横に振ってティータに確認した。

 

「……あ……あ、ありがとう……エステルさん、ヨシュアさん。わたし、わたし……なんだかすっごく嬉しいですっ!」

「よかったわね、ティータ。(家族か……レンにも、ルドガーのように……そういう風に見てもらえる人がいるのかしら……)」

尋ねられたティータは顔を輝かせ、最高の笑顔でお礼を言った。レンはティータの喜びを自分のように感じて祝福しつつも、自分も同じように見てくれる“家族”の存在を疑問に感じていた。

 

「それじゃあ、決定っ!あ、そうそう。もう『さん』付けはナシね?代わりにあたしたちも呼び捨てにさせてもらうから。」

「そうだね。あと、博士と話す時みたいに気軽に喋ってくれると嬉しいな。」

「あ、あう……さん付けはやめて気軽に………」

エステルとヨシュアの言葉に頷いたティータはしばらくの間考えて、エステル達の新しい呼び方を言った。

 

「エステルお姉ちゃん。それと、ヨシュアお兄ちゃん。……こ、これでいいのかなぁ?」

「うん、バッチリ!」

「あらためて、よろしくね。」

新しい呼び方に頷いたエステルに同意するようにヨシュアも頷いた。

 

 

「……にしても、どうしてここにいるのかなぁ……レン・ヘイワース」

「あら……そうだったわね。貴方も私を救った一人だものね。」

「ルドガーが話したってわけか……」

少し離れたところで、レイアとレンが話していた。彼女がレイアの関与を知っていたことに、レイアは『彼』――ルドガーの存在があると確信していた。

 

「それで、あなたは『福音』に関わるつもりなの?」

「それは『まだ』解らないわ。でも、楽しい催しは開くつもりよ♪」

「(『お茶会』のことね……)」

レイアの問いかけにレンは答えを濁すが、大方の出来事を察してレイアは頭を抱えそうになった。

 

「さて、今回はこれで失礼するわね。“教授”は、一筋縄じゃ行かないわよ。」

そう一言言って、レンは会釈をするとその場を去った。

 

(さっきのお姉さん……『痩せ狼』との戦いで見せた『鋼の聖女』と同じ力の波動……ウフフ、“教授”の驚く顔が目に見えそうだわ♪)

レンはレイアの奥底に秘めうる“力”…それはレンが知る『彼女』のものと同質の力。その力を“教授”が目の当たりにしたとき、どのように驚くのかを想像しつつ、ルドガーの元へと戻っていった。

 

 

~ツァイス市 中央工房~

 

翌日、ツァイスに戻るドロシーを連れてエステル達はツァイス市に戻り、騒ぎが起こっているに気付き駆けつけて事情を聞けば、謎のガスが突如発生したらしい。またラッセル博士の姿が見えないことに気付き、博士の捜索とガスの発生原因を探すためにティータを連れ、またレイア達には避難した作業員達から詳しい情報収集を頼み、煙が充満している工房の中に入った。

 

「うわっ、これは確かに煙っぽいわね……でも、そんなに息苦しくないのはなぜかしら?」

「このモヤは……多分、撹乱用の煙だと思う。フロアのどこかに発煙筒が落ちていると思う……」

「へっ?」

「ど、どうしてそんなものが……?」

ヨシュアの推理にエステルとティータは疑問を持った。

 

「今は博士の無事を確認しよう。」

「……そうね。博士はやっぱり3階の工房室にいるのかしら?」

「う、うん……たぶんそうだと思うけど……」

エステルに尋ねられたティータは不安そうな表情で頷いた。そして三人は3階の工房室に入ったがそこにはだれもいなく、機械だけが空しく動いていた。

 

「誰もいない……ていうか、どうして機械だけが動いているわけ?」

「と、とりあえず機械を止めなくっちゃ。」

「ふう……おじいちゃん……どこ行っちゃったのかな?」

ティータは急いで機械を止めて、博士の行き先に首を傾げた。すると、ヨシュアはあたりを見回しあることに気付いた。

 

「博士もそうだけど……『ゴスペル』も見当たらない。これはひょっとすると……」

「フン、ここにいやがったか。」

「ア、アガット!?」

「どうしてこんな所に……?」

部屋に入って来た人物――アガットにエステルとヨシュアは驚いた。

 

「そいつはこっちのセリフだぜ。騒ぎを聞いて来てみりゃまた、お前らに先を越されるとはな。ったく半人前のくせにあちこち首突っ込みすぎなんだよ。」

「こ、こんの~……あいかわらずハラが立つわねぇ!」

アガットの言葉にエステルは腹が立った。

 

「あの……お姉ちゃん達の知り合い?」

「アガットさんって言ってね。ギルドの先輩ブレイサーなんだ。」

「ふえ~そうなんだ。」

ヨシュアとティータ、エステルの会話でティータの存在に気付いたアガットは顔色を変えた。

 

「おい、ちょっと待て。どうしてガキがこんなところにいやがる?」

「……ひっ……」

アガットはティータを睨み付け、睨みつけられたティータは脅え、エステルは怒ってアガットに言い放った。

 

「ちょっと!なに女の子を脅かしてんの!?」

「………チッ、言いたいことは山ほどあるが後回しにしといてやる。それで、一体どうなってるんだ?」

「はい、実は……」

アガットは舌打ちしつつも状況把握が先だと思い尋ね、ヨシュアはラッセル博士の姿が見当たらないことや発煙筒が置いてあった事等を説明した。

 

「フン、発煙筒といい、ヤバい匂いがプンプンするぜ。時間が惜しい……とっととその博士を捜し出すぞ!」

「うん!」

「了解です。」

「……おじいちゃん……」

アガットの言葉に頷いたエステル達はそれぞれ返事し博士を探した。そしてある階層に入った時声が聞こえてきた。

 

『……待たせたな。最後の目標を確保した。』

『よし……それでは脱出するぞ。』

『用意はできてるだろうな?』

 

「今の声は……!」

「急ぐぞ、エレベーターの方だ!」

そしてアガットは剣を抜き、エステル達と共にエレベータがある方に向かった。そこにはラッセル博士を拘束したルーアンの灯台で対峙した黒装束の男達と同じ姿をした男達がエレベーターに乗ろうとした。

 

「いた……!」

「てめえらは……!」

「お、おじいちゃん!?」

「ティータちゃんのお祖父ちゃんをどうするの!?」

一瞬で状況を理解したエステル達は武器を構え警告した。

 

「むっ……アガット・クロスナー!?」

「面倒な……ここはやり過ごすぞ!」

そして男達は博士を連れてエレベーターの中に入った。

 

「ま、待ちなさいよ!」

「逃がすか、オラァ!」

しかし一歩遅くエレベーターの扉は閉まった。

 

「クソ……間に合わなかったか!」

「も、もう一歩だったのに……」

「そ、そんな……どうしておじいちゃんを……」

「ティータちゃん……」

「とにかく非常階段で下に降りましょう。このまま中央工房から脱出するつもりみたいです。」

「ああ、逃げるとしたら、町かトンネル道のどちらかだ。急ぐぞ、ガキども!」

「言われなくても!」

そしてエステル達はレイア達に事情を話した後、手分けして地下道、街中を探したが黒装束の男達は親衛隊の軍服に着替え逃げたことしかわからず博士は見つからなかった……

 

 



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第53話 家族の繋がり

~遊撃士協会・ツァイス支部~

 

結局博士は見つからず通報を受けた王国軍と中央工房にそのことを伝えた後、エステル達はギルドに報告するため一端ギルドに戻った。そこにキリカと一人の青年がいた。

 

「いい所に戻ってきたわね。」

「えっと、その人は?」

「まずは自己紹介だな。俺はクラトス・アーヴィング。その道じゃちょっと知られた『職人』だな。」

「クラトス……確か、“不屈の匠”と呼ばれた職人でしたね。」

クラトス・アーヴィング……どのようなものも頼まれれば必ず作り上げる“不屈の匠”……普段はツァイスの郊外に家を構えているが、一ヶ月の半分ぐらいは他の地域に足を運ぶことが多い。その武器の精度は最高クラス……というのも、アスベル達が転生前の知識やら“十三工房”の知識、さらには他の地域に伝わる武器の精錬……果ては錬金術に至るまでの知識を彼に教えたからに他ならない。

 

「って、その容姿……ひょっとして、カシウスさんの家族か?」

「ええ。二人はカシウスさんの娘と息子よ。」

「そっかそっか……っと、与太話してる場合じゃなかったな。」

クラトスはエステルらの容姿が自分の知る人物――カシウスに面影があることを疑問に思い、その疑問にキリカが答えた。その言葉に自分の目は狂っていなかったと感心しつつも、本来の用件を思い出して話し始めた。

 

「……実はな、ついさっきまで材料集めも兼ねて塔の調査をしてたんだ。」

「塔というと……例の『四輪の塔』の1つですね。」

「この辺りだと平原道の北にある『紅蓮の塔』だな……」

トワが尋ね、アガットはツァイス周辺の地理を思い出して、対象になる塔を声に出した。

 

「ああ、そしたら軍人が数名、中に入ってきたんだ。最初は王国軍の調査でもあるのかと思ったんだが……陰から様子をうかがっていると誘拐だの、逃走ルートだの、不穏な言葉が出てきたんだ。」

「その軍人たち……どんな軍服を着ていましたか?」

クラトスの説明を聞いて、ヨシュアは気になっている事を尋ねた。

 

「確か、蒼と白を基調にした華麗な軍服を着ていたな……あれって、確か王室親衛隊の軍服だったはずだな。」

「決まりだな……『紅蓮の塔』に急ぐぞ!」

「うん!」

「わかりました!」

アガットの言葉にエステルとヨシュアは頷いた。そこにティータが遠慮気味に話しかけた。

 

「あ、あの……お姉ちゃんたち、お願い……わ、わたしも連れていって……!」

「ティータ……」

「それは……」

ティータの懇願にエステル達は悩んだがアガットはすでに返事を決めていたようで言った。

 

「こら、チビスケ。」

「ふえっ?」

「あのな……連れていけるわけねえだろが。常識で考えろよ、常識で。」

「で、でもでも……!おじいちゃんが攫われたのにわたし……わたし……!」」

アガットの反対にティータは食い下がろうとした。

 

「時間がねえからハッキリ言っておくぞ……足手まといだ、付いてくんな。」

「……っ!」

アガットの言葉にティータは泣きそうな顔をした。

 

「ちょ、ちょっと!少しは言い方ってもんが……」

「黙ってろ。てめえだって判ってるはずだ。シロウトの、しかもガキの面倒見てる余裕なんざねえんだよ。」

「そ、それは……」

ティータの様子を見兼ねたエステルがアガットを咎めたが、アガットの言葉に反論が見つからず黙り、ヨシュアに助けを求めた。

 

「ねえ、ヨシュア、何か言ってよ!」

「残念だけど……僕も反対だ。あの抜け目のない連中が追撃を予想してないわけがない。そんな危険な場所にティータを連れて行くわけにはいかないよ。」

「ヨ、ヨシュアお兄ちゃん……」

「う~っ……」

ヨシュアの答えにティータは泣きそうな表情をし、エステルは唸った。そして申し訳なさそうな表情でティータに謝った。

 

「……ごめん、ティータ。やっぱ連れていけないみたい……」

「エ、エステルお姉ちゃん……ひどい……ひどいよぉっ……」

最後の頼みの綱であるエステルからも断られティータは泣きながらギルドを出て行った。

 

「ティータちゃん!」

「あ、トワ!」

ティータを追いかけるトワを追いかけようとしたエステルだったが、ヨシュアに止められた。

 

「……待った、エステル。今はトワに任せておこう。一刻も早く博士を助けて彼女を安心させてあげるんだ。それにどの道トワはティータと同じ理由で連れて行けないよ。彼女達はそれなりに実力はあると思うけど、あの連中相手にはキツイと思うし。」

「……わかった……確かにそれしかないかも。」

ヨシュアの説明にエステルは頷いた。

 

「それじゃ、僕らもついて行くとしようかな。」

「ああ。」

「そうですね。」

「待って。あなた達にはほかにやってもらうべき事があるから。」

オリビエの言葉にジンとクローゼは頷いたが、キリカの言葉で留まった。

 

「ここからエルモ村まで護衛の依頼が来ているの。それもできれば、今すぐがいいそうよ。今、空いている遊撃士がいないからあなた達にやってほしいの。それに、ジンは何か私に話しでもありそうな雰囲気だしね。」

「……はぁ、お前は相変わらず鋭いな。てなわけで、レイアにシオン、それにオリビエとクローゼ。護衛の方は任せた。」

「了解。ごめんね、エステル。本当ならついていきたかったけれど。」

「仕方ないわよ…でも、レイアの分まであいつ等ぶっ飛ばして、博士を救出しないと!!」

キリカの依頼と鋭い指摘にジンは『昔から変わらないな……』と思い起こしつつレイアらに声をかけ、レイアはエステルに援護は出来ないと伝え、エステルは頷いてレイアの分まで頑張ると意気込んだ。

 

「ったく……余計な時間を取らせやがって。キリカ!軍への連絡は任せたぞ!」

「ええ、そちらも武運を。」

「お前ら、気を付けてな!」

キリカとクラトスの応援の言葉を背に受けたエステル達はギルドを出て、依頼者の元に行くレイア達といったん別れて、紅蓮の塔へ急いだ。

 

 

「そう……やはりサングラスの男はヴァルターだったのね。」

ジンの報告を聞いたキリカは特に驚いた様子もなく頷いた。

 

「ああ―――っておい?やはりってことは予想していたってことか?」

キリカの様子にジンは驚いて尋ねた。

 

「服装と風体を聞いてひょっとしたらとは思っていたわ。それよりも迂闊だったわね。どうして彼にそのまま例の黒いオーブメント――『ゴスペル』を持ち帰らせたの?それも話によるとヴァルターはレイアとの戦闘でかなり弱っていたみたいね?『結社』の幹部を捕縛できる上、『ゴスペル』も確保できる絶好の機会をどうして見逃したのかしら?彼らと協力すれば、ヴァルターを戦闘不能にまで持ちこめた筈よ。」

「仕方ねえだろ……あのオーブメントがそこまで大層なモンとは思わなかったんだ。それにあの場はエステル達の安全を優先すべきだと思ったんだしよ。第一、そのあたりの事情をロクに説明もしないでエルモに急がせたのはお前だろうが。」

微妙にキリカに責められたジンは言い訳をした。

 

「ええ、私の判断ミスね。そのくらい説明しなくても察してくれると思ったのだけど。」

「グッ……可愛くねぇやつだな。」

キリカの答えを聞いたジンは呻いた。

 

 

~ツァイス市 市内~

 

エステル達が紅蓮の塔へ、ティータを追いかけたトワはラッセル家のリビングで涙を流して泣いているティータを見つけ、一通り話して……祖父を助けたいというティータの思いにトワも頷き、エステル達を追うように紅蓮の塔に向かった………一方、レイア達はエルモ村までの護衛を依頼した依頼者と待ち合わせをしている場所に向かった。そこには誰かを待っているように、時計を何度も見ている男性がいた。その男性が依頼者だと思い、レイア達は男性に話しかけた。

 

「すみません、遊撃士協会の者ですが貴方が依頼者という事でよろしいでしょうか?」

「はい!すみません、急な依頼を出してしまって……」

男性は遊撃士の紋章をつけているレイアとシオンを見て、遊撃士と解って表情を明るくした。

 

「いいえ、気にしないで下さい。それでエルモ村までの護衛を依頼したとの事ですが……」

「はい。私はクロスベルで貿易商を営んでいる者なのですが……」

 

男性の話では……リベールには家族旅行で来ており、ツァイス市の観光名所の一つとしてエルモ村の温泉に行きたいとのことだった……だが、険しい地形の多いリベールはクロスベルのようにバスがなく、悩んだ結果として遊撃士協会に相談したところ、受付の方が村までの護衛も仕事の一つとして請け負って下さるという事で依頼を出した……ということらしい。

 

「そうなのですか……家族を大切になされて、家族の方達も幸せですね。」

「ハハ……私には、そんな事を言われる資格なんてないのです。」

クローゼに褒められた男性は苦笑した後、一瞬表情を暗くした。

 

「え?」

「ふむ……」

男性の言葉にクローゼは首を傾げ、オリビエは考え込んだ。

 

「おっと!今のは独り言ですから気にしないで下さい。」

「はぁ………(この容姿……あれ、誰かを思い出させるような……)」

慌てて言い訳をする男性の事をクローゼは不思議に思った。

 

「それで?家族の人達はどこにいるのですか?」

「はい。今は別の所で待ってもらっていますので連れてきます。それで申し訳ないのですが、エルモ村方面に向かう出口で待っててもらっていいでしょうか?」

レイアの疑問に男性は申し訳なさそうな表情で尋ね返した。

 

「わかりました。そう言えば自己紹介がまだでしたね。遊撃士のレイアと申します。よろしくお願いします。」

「同じく遊撃士のシオンだ。」

「クローゼ・リンツといいます。」

「不世出の演奏家、オリビエ・レンハイムさ。」

「これはご丁寧に。私はハロルド・ヘイワースという者です。それでは家族を連れてまいりますので、出口で待ってて下さい。」

「はい、わかりました。(ヘイワース?聞き覚えのある名前ですね?……どこで聞いたのでしょう?」

「!!」

男性――ハロルドが名乗るとクローゼは聞き覚えのある名前に心の中で首を傾げ、レイアは声に出さず、驚いた。そしてハロルドはレイア達の元から一端去った。レイアらは街の出口まで行き、ハロルド達を待っていた。そしてしばらくすると、妻らしき女性と息子らしき男の子を連れたハロルドがレイア達の所に来た。

 

「お待たせしました。こちらが妻のソフィアと息子のコリンです。」

「ソフィアと申します。本日はよろしくお願いします。」

「こんにちは~、お兄ちゃんにお姉ちゃん達。」

女性――ソフィアは軽く会釈をし、男の子――コリンは無邪気な笑顔で挨拶をした。

 

「ほほう、素敵な美人」

「そぉい!!!」

「べほらぁっ!?」

「……悪は去った。」

「あの、なぜ吹き飛ばしたのですか?」

「その、気にしないでください。ある意味『病』みたいなものですから。」

「?は、はぁ……」

案の定ソフィアに話しかけようとしたオリビエをシオンが顔面にとび膝蹴りを浴びせ、その様子に安堵したレイアにハロルドは疑問を浮かべたが、『そういうもの』であるというクローゼの説明にハロルドはとりあえず納得した。

 

「よろしくお願いします。じゃあ、早速ですが行きましょうか。」

「はい、よろしくお願いします。」

そしてシオンが歩き出すとハロルド達はシオンについて行った。その様子をレイアは後ろから複雑そうな表情で見ていた。

 

(レイアさん?どうかされたのですか?)

(……後で訳を話すね。とりあえず、いこっか。)

(解りました。)

クローゼの問いかけにレイアは小声で答え、シオンらの後を追った。

 

 

~トラッド平原~

 

ツァイス市とリベールの名所の一つであるエルモ温泉とカルバード共和国を結ぶ関所、ヴォルフ砦へ行く道がある平原をヘイワーズ親子を連れたレイア達は歩きながら自分達の事情を説明した。

 

「遊撃士のお仕事を……お若いながら、立派ですね。」

「ええ、それにみなさん女性なのに戦えるなんて、同じ女性として尊敬しますわ。」

レイア達が遊撃士の仕事を手伝っている理由を知ったハロルド達は感心していた。

 

「でも、最近は女性が戦えても不思議ではない時代だと思いますよ?例えばリベールの王室親衛隊長で名高いユリア中尉も女性ですしね。」

「ハハ……確かに最近の女性は勇ましい方が多いですね。」

レイアの言葉にハロルドは苦笑いしながら答えた。そしてしばらく歩くと魔獣が現れた。魔獣を見てハロルド達は表情が強張った。

 

「!ハロルドさん達は下がって下さい。」

「はい、お願いします。」

「みなさん、お気をつけて……さあ、コリン。あなたもこっちにいらっしゃい。」

「うん~。」

シオンの言葉に頷き、ハロルド達はレイア達のやや後方に下がった。

 

「さて、先手は僕が打とう。力無き者を襲う輩に愛の制裁を!」

オリビエは銃を放ち、魔獣らの動きを怯ませた。

 

「あはは……いきます、ダイアモンドダスト!!」

クローゼは苦笑しつつも、アーツを放って魔獣を確実に追い詰めていく。

 

「(レイアも確実に強くなってやがるな…負けられねぇな!)一閃必中!スパイラルミラージュ!!」

シオンはレイアのオーラ……その強さが増していることに負けじと、闘気を込めたレイピアから竜巻の如き剣劇を放つクラフト『スパイラルミラージュ』を放ち、魔獣を三体ほど倒した。

 

「………残りは、確実に片づけるね。クリムゾン……ゲイル!!」

そして、とどめ――レイアのクラフト『クリムゾンゲイル』が残る魔物を一掃、戦闘は終了した。

 

「よし、終わりですね。ハロルドさん、もう大丈夫ですよ。」

あたりを見回して、魔獣達の全滅を確認したレイアはハロルド達を呼んだ。

 

「……驚きました。あれだけいた魔獣をこんなに早く撃退できるなんて。」

「お姉ちゃん達、凄く強いね~。」

ハロルドは驚きの表情をしながらソフィアやコリンを連れてレイア達に近付いた。また、コリンは無邪気に言った。

 

「いえいえ、まだまだ修行中の身ですよ。」

「だな……俺が知っている強者は、世界を相手に戦えるとも言われてるからな。」

「ハハ、途方もない話ですね………でも、私達に貴女達の100分の1の強さでもいいから、あの時あればあの子はあんな事には………いや………そんな事は関係ありませんね………」

「………」

レイアとシオンの言葉にハロルドは苦笑いした後、小さい声で呟き、その呟きが聞こえたソフィアも暗い表情をした。そしてレイア達はハロルド達をエルモ村まで無事護衛した。

 

 

~エルモ村 入口~

 

「着きました。ここがエルモ村です。」

「おお、ここが……どことなくアルモリカ村の雰囲気に似ていますね。」

ハロルドはのどかな風景のエルモ村を見て、呟いた。

 

「アルモリカ村?聞いた事がない村ですが、クロスベルの村ですか?」

「ええ。養蜜を主としたのどかな村でいつも御贔屓にしてもらっている村です。もしクロスベルに来る事があれば、お土産の一つとして蜂蜜がいいですよ。アルモリカ村の蜂蜜は絶品ですから。」

「貴方、そろそろ……」

「おっと、そうだな。それではみなさん、本日はどうもありがとうございました。」

「ありがとうございました。ほら、コリンも。」

「うん~。ありがとう~、お兄ちゃん達にお姉ちゃん達。」

ソフィアに促されたハロルドは礼儀正しくレイア達に頭を下げ、ソフィアもコリンにお礼を言うよう促した後頭を下げた。

 

「フム、仲の良いいい親子じゃないか……それで、レイア。君は何を思ったのかな?」

「相変わらず勘が鋭いね、オリビエは……クローゼ、昨日会った子の事、覚えてる?」

「昨日……レンさんのこと……あ」

彼らの仲睦まじい光景に笑顔を浮かべたオリビエだったが、レイアに向き直って尋ね、その鋭さに呆れつつもクローゼに問いかけ、クローゼは昨日会った子――レンとハロルドの髪の色が同じであることに気づき、ソフィアの面影がレンと似ていたことに驚きの声を上げた。

 

「レン・ヘイワース……それが、彼女の名前ってことか。」

「そういうこと……シオンは一度面識があったっけ?」

「こっそりカルバードに行った時にな……話を聞いてまさか、とは思ったが。」

「えと、どういうことなのですか?」

「フム、何やら訳アリとみた。」

名前を聞いて確証に至ったシオンとレイア。その一方、事情が分からず疑問に思うクローゼとオリビエ。その疑問に答える形でレイアが話し始めた。

 

「……今から約五、六年前。相次いで起きた子供の誘拐事件。レンはその被害者の一人。」

「え……」

「確か、事件を主導したのは女神ではなく悪魔を崇拝していた宗教組織……との噂があったね。」

その事件の解決に関与していたレイアは、彼女との面識があった。そして、制圧に参加していたアスベルらから話を聞いていたシオンも彼女の事は聞いており、ルドガーからもその辺の話を聞いていた。その時の事をあまりよく知らないクローゼは不思議そうな表情で声をあげ、オリビエは当時の噂や親友の叔父から聞いた話を思い出して呟いた。

 

「クローゼ君の言葉…家族を大切にしていることに『そのような資格などない』……要するに、彼らには他に『家族』がいた。そして、彼とご夫人、レン君の容姿が似通っていた……これはもう、確定だと思うよ。」

「……レンさんは、寂しくないのでしょうか?」

「うーん……こればかりはなぁ……」

「少なくとも寂しさは感じなかったね。(大方ルドガーの影響だと思うけれど……)」

ハロルドたちはレンが生きていることを知らない。レンはそのことを知っているのかもしれないが、そこら辺についてはルドガーという『保護者』がついているので、そこまでは深刻に考えていないのかもしれないのだが……

 

「依頼も終わったしギルドに戻ろっか?エステル達が戻って来てるかもしれないし。」

そしてレイア達はエルモ村を去った…………

 

 




にしても……ヘイワース一家を護衛する王族(シオン・クローゼ)と皇族(オリビエ)……ヘイワース一家はすごい幸せ者だなぁw


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第54話 『反撃』のために

エステルらは『紅蓮の塔』で親衛隊の制服を着ていた連中に追いつき、特務兵を追い詰めたが……ティータの参戦によって事態は混乱し、結果的にラッセル博士は連行されてしまった。

 

 

~紅蓮の塔・屋上~

 

その後ティータはずっと泣き続けていた。それを見たエステルとトワは辛そうな表情でティータの方を見ていた。

 

「うっ、うううう……お祖父ちゃん………」

「ティータ……」

「ティータちゃん………」

「とりあえず……いったんツァイスに戻ろう。あの飛行艇のことをギルドに報告しなくちゃ……」

ヨシュアは辛そうな顔をしながらも、これからの方針を決めるための提案をした。博士が連れ去られたとなれば、ここに長居する意味もない。

 

「………どうして、おじいちゃんが……ひどい……ひどいよぉ……」

「おい、チビ。」

「……?」

泣き続けているティータにアガットは静かな声で話しかけた。意外な人物に話しかけられ呆けるティータにアガットは近づいて、怒気を含んだ口調で話した。

 

「言ったはずだぜ……足手まといは付いてくんなって。お前が邪魔したおかげで爺さんを助けるタイミングを逃しちまった……この責任……どう取るつもりだ?」

「あ……わたし……そ、そんなつもりじゃ……」

ティータの乱入によって段取りが壊されてしまい、博士の救出に失敗してしまった……その意味も込めたアガットの静かな怒りを持った言葉に、ティータは青褪めた。アガットは追い打ちをかけるように言葉をさらに重ねた。

 

「おまけに下手な脅しかまして命を危険に晒しやがって……俺はな、お前みたいに力も無いくせに出しゃばるガキがこの世で一番ムカつくんだよ。」

「ご……ごめ……ごめ……ん……なさ……ふえ……うえええん……」

アガットの言葉でさらに泣きだしたティータを見て、エステルはアガットに詰め寄った。

 

「ちょ、ちょっと!どうしてそんな酷いこと言うの!」

「だからこそだよ。ちょっと黙ってろ。」

エステルに詰め寄られたアガットは冷静に答えた。

 

「おい、チビ。泣いたままでいいからちゃんと聞け。」

「うぐ……ひっく……?」

「お前はこのままでいいのか?大切に思ってる爺さんのことを助けないで、すんなり諦めちまうのか?」

「うううううっ……」

アガットの言葉を否定するようにティータは泣きながら首を横に振った。それを見たアガットは更に言葉をつづけた。

 

「だったら腑抜けてないでシャキッとしろ。泣くな、なんて言うつもりなんてない。泣いてもいいし、喚いてもいいから、まずは自分の足で立ち上がれ。自分自身の面倒も見られねえヤツが、他人の面倒を……もとより、人助けなんざできるわけねえだろ?」

「……あ……」

アガットの言葉にティータは泣き止んだ。アガットの言動自体ぶっきらぼうではあるが、それが励ましの言葉であることに心なしか安堵していた。先程まで怒っていたことも事実だが、それは自分のしたことを叱るための言葉だということも……

 

「それが出来ねえって言うんなら、二度と俺達の邪魔をせず、ガキらしく家に帰ってメソメソするんだな……ま、俺はその方が楽なんだがな……」

「ティータ……」

「ティータちゃん……」

「…………大丈夫だよ……お姉ちゃんにトワちゃん……わたし、ひとりで立てるから……」

「……へっ、やればできるじゃねえか。」

目を伏せて答えたアガットの言葉に答えるかのように……諦めたくない、という意思表示をするかのように、ティータは完全に泣き止み自分で立った。先程とは打って変わって、立ち上がったティータを見てアガットは笑みを浮かべた。

 

「本当に……ごめんなさい。わ、わたしのせいであの人達に逃げられちゃって……トワちゃんも私の我儘につきあわせて、ごめんなさい……」

「バカ……謝ることなんてないわよ。」

「うん。ティータが無事でよかった。」

「私はお願いを聞いただけだよ。だから、ティータちゃんは悪くないよ。」

「ありがとう……お姉ちゃん、お兄ちゃん、トワちゃん。」

ティータの謝罪に対して投げかけられた三人の言葉にティータは笑顔になった。そしてアガットにおどおどしながらも話した。

 

「あ、あの……アガットさん……」

「なんだ?さっきの文句なら受け付けねえぞ?」

「えと……あ、ありがとうございます。危ない所を助けてくれて。それから……励ましてくれてありがとうございます!」

「は、はぁ!?……言っておくがな、俺は励ましたわけじゃねえ!ただ、メソメソしてるガキに活を入れてやっただけだ!」

「ふふ……そういうことにしておきますね。」

アガットはティータの言葉に焦った。それを見てティータは笑顔を見せた。

 

「だから、さっきまで泣いてたくせになんでそこで笑うんだよ!?ちょ、調子の狂うガキだな……」

「あんたねぇ、お礼くらい素直に受け取りなさいよ。」

「いや……アガットさん、単に照れてるだけじゃないかな。」

「なるほど……確かにそれは可愛いわね♪」

「そういえばアガットさんの顔、なんとなく緩んでいるね♪」

「そこ、うるせえぞ!」

エステル、ヨシュア、トワの三人にからかわれたアガットは照れ隠しに怒った。

 

そして五人は、これからの方針を決めるためにツァイスへの帰り道を戻っていった……その帰り道、急にアガットが倒れたところに、エルモ村までの護衛を終えたレイア達とジンがその場に居合わせ、ジンにアガットを中央工房の医務室まで運んでもらい、アガットが倒れた原因は黒装束の男が撃った銃弾が原因とわかり、それを治癒するための薬を七曜教会に求めたが、生憎材料を切らしていて、その材料を手に入れるためにレイア、シオン、トワはアガットの看病に残り、エステル達は材料があると言われるカルデア隧道の鍾乳洞内の奥に向かって行った。

 

その後エステル達は材料を手に入れ、トワにその材料を使って薬を調合してもらった後、それをアガットに呑ませ、薬を呑ませたアガットを今まで看病していたトワやレイア、シオンを休ませた後全員が交代で看病した。

 

 

翌日にはグランセルへ行くジンを見送り、アガットの看病を続けるティータと分かれて一端ギルドに報告など行ったエステル達に信じられない情報が入った。

 

それは、たまたまツァイスの軍事施設、レイストン要塞にラッセル博士誘拐時に撮った写真を返してもらいに行ったドロシーが写真の元となる感光クオーツを返してもらえず、代わりに兵士に黙って要塞を撮った時に写った写真の中に博士をさらった男達が乗って行った飛行艇が要塞の中に入る場面を撮っていたのだ。

 

そして事情を聴くためにエステルとヨシュアがレイストン要塞へ行った時、守備隊長リアン少佐がエステル達に対応したがのらりくらりとかわされ、最後に立ち去る時に導力で動いている開閉装置が止まるという決定的な瞬間を見て、攫われたラッセル博士は要塞の中にいると確信しエステル達はそれを報告するためにギルドへ戻って行った。

 

 

~遊撃士協会 ツァイス支部~

 

遊撃士協会支部の二階では、レイアが戦術オーブメント――『オルティア』を耳に当てて、話していた。

 

『そうか……手筈通り、レポートはリシャールの手に渡った。それと、『説得』も成功した。』

「おっけー……そうだ、アレを動かしてもいいかな?私としては『上司』にお伺いを立てる立場だし。」

『構わない。“白面”への牽制にもなるだろう。あと、ロランスはクルルに敗退した。今頃はボースあたりにいるんじゃないか?』

レイアが話している相手は上司――アスベルだった。既に一連の事件――クーデターに対しての手筈はすべて整った。既に根回しは完了しており、懸念材料であったロランスもクルルに手酷い敗退をしたとのことらしい。

 

「えげつないね。で、『アレ』の対策は?」

『既に終わってる……ゴスペルの実物で完璧なデータもとれた。後は……』

「エレボニア帝国…ううん、『鉄血宰相』かな。そういえば、帝国で結構えげつないことをやったんだって?」

『何、戦車を軽く捻った程度だよ。』

………私がこう言うのもなんだけれど、戦車って普通は壊せないよね?

 

「あはは……それじゃ、ロレントの方は任せたよ。」

『ああ……気を付けてな。』

そして、通信を終えるとレイアはオルティアを懐にしまい込んだ。

 

 

 

彼らは既に全ての手筈を――『カード』を伏せた。それが開かれるとき、彼らに『無事』という保障は……ない。いや、

 

 

 

――『彼ら』にくれてやるほどの『慈悲』などない。この異変を起こした『身喰らう蛇』……いや、首謀者の“白面”に相応の『報い』を受けてもらうために。

 

 

 

レイアが一階に下りると丁度エステル達も戻ってきていた。そこで、エステル達が得た情報を整理することにした。

 

「ま、まさか王国軍が博士を攫うとは……中央工房は王国軍と長年協力関係を築いてきた。なぜこんなことを……」

中央工房の責任者のマードック工房長はエステル達から信じられないような顔で聞いた。無理もないだろう。飛行艇や『アルセイユ』の事も含めて、中央工房は王国軍の原動力とも言うべき大事な場所である。それを裏切るような真似を平然とやってのけたことに愕然としないはずがない。

 

「王国軍とは言っても一枚岩ではありません。博士をさらった時、親衛隊の服を着てたのもそれが原因かもしれませんね。」

「ええ、ヨシュアさんの言う事にも一理あります。(それにしても、ユリアさんは無事でしょうか……)」

ヨシュアの話に同意するようにクローゼが頷いた。クローゼは内心、自分の身内であるユリアの身を案じた。

 

「じゃあまさか、親衛隊が嵌められたってこと!?」

「その可能性はありそうだな。何か事を起こそうとした時、真っ先に標的になるのが王家に絶対的な忠誠を誓い、選りすぐりの戦士達で結成されている王室親衛隊が一番最初に排除しておくべき存在だからな。」

親衛達が嵌められた事にエステルは憤慨し、シオンは嵌められた理由を説明した。

 

「あれ?でも、シオンって確か……その親衛隊の隊長よね?襲撃とかなかったような気がしたんだけれど……」

「……ああ、何度も刺客を差し向けられてた。ヨシュアは気付いてたよな?」

「まぁね。でも、シオンが一人で倒しちゃってたけれど。」

「はぁ!?それってどういうこと?!」

「実はな……」

シオンの存在……それを知る特務兵による刺客は頻繁に送られてきていた。だが、それを悉く打ち負かしてきた。その事実はヨシュアも知っており、二人の秘密としていた。そのタイミングはルーアンでの滞在時から……学園を一時的に離れていたのは、クローゼ(クローディア)を巻き込まないための策であった。ただ、最近ではクローディアも狙っているため、問答無用で叩き伏せているが。

 

「で、でたらめだね……シオン君は……」

「ははは……(下手すれば一国の主になりうる存在がここまで強いだなんて、思わないでしょうしね)」

国を預かるクラスの人間が強いという事実――――だが、レイアには心当たりが一人いた。

 

『転生前の史実』で、高い地位にいながらも剣豪と呼ばれた一人の人物――室町幕府第十三代征夷大将軍、足利義輝。

 

シオンは転生前から彼に憧れていたことはよく知っていて、彼はそれを体現するための努力を惜しまなかった……それが、結果的に十代にして『理』に至った彼の原動力であるのは言うまでもない。

 

「ううむ、なんたることだ……しかし、どうして博士がそのような陰謀に巻き込まれたのか……」

「……どうやら犯人どもの手がかりを掴んだみてえだな。」

そこにティータを連れたアガットが入って来た。

 

「え……アガット!?」

「もう意識を取り戻したんですね。」

アガットを見てエステルは驚き、ヨシュアは感心した。

 

「ああ、ついさっきな。起きたら知らない場所で寝てたからビビったぜ。」

「その様子だと、起きたばっかりのようだがもう動いて大丈夫なのか?」

シオンは念のためにアガットに体調を聞いた。

 

「ああ、寝すぎたせいか、身体がなまってしかたねえ。とにかく思いっきり身体を動かしたい気分だぜ。」

「で、でも無理しちゃダメですよぉ……毒が抜けたばかりだからしばらく安静にって先生が……」

「だ~から、大丈夫だって何べんも言ってるだろうが。鍛え方が違うんだよ、鍛え方が。」

「う~………」

ティータの心配をアガットは一蹴したがそれを聞いたティータは泣きそうになり、それを見たアガットは慌てた。

 

「う……わかった、わかったっての!本調子に戻るまでは無茶しなきゃいいんだろ?」

「えへへ……はいっ。」

アガットの言葉にティータは笑顔になった。

 

「ったく……これだからガキってのは……」

「あはは、さすがのアンタもティータには形なしみたいね。」

「アガットさんからなんとなく優しい雰囲気が漂っているよ。アガットさんをこんな風にするなんて、ティ―タちゃん凄いね!」

「ずっと付きっきりで看病してもらった身としてはしばらく頭が上がりませんね。」

「クスクス……」

二人の様子を見て、エステルやヨシュアはからかい、トワはアガットの雰囲気が変わった理由にティータが関係していると思いティータを尊敬するような眼差しで見、レイアはティータに弱くなったアガットを見て思わず笑った。

 

「あ~もう、うるせえなっ。それより俺がくたばってた時に色々と動きがあったみたいだな。聞かせてもらおうじゃねえか。」

そしてエステル達は、博士がレイストン要塞に捕らわれていることを二人に言った。

 

「お、おじいちゃんがそんな所にいるなんて……」

「しかも、レイアの言うとおり、あの黒装束どもが軍関係者だったとはな……フン、疑念が確信に変わってすっきりしたぜ。キッチリ落とし前を付けさせてもらうことにするか。」

「落とし前っていうと?」

アガットの言葉にエステルが反応して聞いた。

 

「決まってるだろう。レイストン要塞に忍び込む。博士を解放して奴らに一泡吹かせてやるのさ。」

「あ、な~るほど。それが一番手っ取り早そうね。」

「そう簡単にはいかないわ。」

エステル達の会話を聞いてキリカが割り込んだ。

 

「へっ?」

「ギルドの決まりとして各国の軍隊には不干渉の原則があるわ。協会規約第三項。『国家権力に対する不干渉』……『遊撃士協会は、国家主権及びそれが認めた公的機関に対して捜査権・逮捕権を公使できない。』……つまり、軍がシラを切る陰り、こちらに手を出す権利はないの。」

「チッ、そいつがあったか……」

「そ、そんな……そんなのっておかしいわよ!目の前で起きている悪事をそのまま見過ごせっていうわけ!?」

キリカに規約の事を言われ、アガットは舌打ちをして苦い顔をし、エステルは憤慨した。

 

「ふむ……けれども、どんな決まり事にも抜け道はある。例えそれが法律であろうとも。キリカ君、恐らくギルドの規約にもあるのだろう?その『抜け道』とやらが。」

法律についてより詳しい事を知っているオリビエは落ち着いた声で話し、キリカに確認をした。

 

「ええ。協会規約第二項。『民間人に対する保護義務』……『遊撃士は、民間人の生命・権利が不当に脅かされようとしていた場合、これを保護する義務と責任を持つ。』……これが何を意味するかわかる?」

「なるほど……博士は役人でも軍人でもない。保護されるべき民間人ですね。」

キリカの話にヨシュアは確認するように聞いた。

 

「あとは……工房長さん、あなた次第ね。この件に関して王国軍と対立することになってもラッセル博士を救出するつもりは?」

「……考えるまでもない。博士は中央工房の……いや、リベールにとっても欠かすことのできない人材だ。救出を依頼する。」

キリカに聞かれ、マードックは迷いなく答えた。

 

「工房長さん……!あ、ありがとーございます!」

「礼を言う事はないさ。博士は私にとっても恩人だしね。」

それを聞いたティータが笑顔でお礼を言った。

 

「これで大義名分は出来たわ。……遊撃士アガット、レイアにシオン。それからエステルにヨシュア。レイストン要塞内に捕まっていると推測されるラッセル博士の救出を要請するわ。非公式ではあるけど遊撃士協会からの正式な要請よ。」

「了解しました。」

「そう来なくっちゃ!」

「フン、上等だ。そうと決まれば潜入方法を練る必要があるな。何しろ、レイストン要塞といえば難攻不落で有名な場所だ。」

キリカの要請に力強く頷いたアガットはレイストン要塞の攻略方法をどうするか考えた。

 

「そうですね。実際、かなりの警戒体制でした。侵入できそうなルートがどこかにあるといいんですけど。」

「残念だけど……あそこの警備は完璧に近いわ。導力センサーが周囲に張り巡らされているから湖からの侵入も難しそうね。」

「フン……。そんな事だろうと思ったぜ。」

「正攻法では難しそうですね。」

キリカの答えにアガットは顔をしかめ、ヨシュアは厳しい表情で答えた。

 

「ふむ……それなら、あの手を使いますか。」

「あの手?」

レイアの言葉にエステルは首を傾げる。

 

「幸い、こちらに大義名分はあるわけだし……(それと、リシャール大佐らはいち早くグランセル城に向かった……アルセイユは手筈通りアルトハイムにあるし、起動キーは彼女が持っているから動かせない。)それじゃ、行こうか。」

「え?行くってどこに?」

「決まってるじゃない……」

そう言って、レイアはエステル達を先導した。

 

 




ちょっぴし優しくなったアガットさんの巻w


そして、一風変わった殴り込みをかけますw


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外伝 殲滅への序曲

~レイストン要塞~

 

時間的にはエステルらが去った後――そこの一室にアルバートとリシャール、カノーネとリアンがいた。

 

「博士。本当にありがとうございました。よくぞ、この『ゴスペル』の制御方法を突き止めてくださった。情報部を代表して感謝しますよ。」

「ふん……やはり貴様が黒幕じゃったか。情報部指令、リシャール大佐……たしか貴様もカシウスの元部下だったか?(カシウスとアスベルの予測通りじゃのう……)」

アルバートは憎々しげな表情でリシャールを見て、言った。

 

「おお、そういえば博士は彼と交友があったのでしたね。カシウス・ブライトの行方は我々も捜しているのですがいまだ突き止められなくてね。心当たりがあるのなら教えて頂きたいものですが……」

「知らん。知ったところで教えるものか。」

リシャールに尋ねられたアルバートは鼻をならして、答えた。

 

「フフ……まあいいでしょう。もし、この『ゴスペル』が彼の元に届けられていれば困ったことになっただろうが……今さら彼が現れたとしてもこの流れを止めることはできない。」

「『ゴスペル』とか言ったか……貴様ら、それを使って何をしでかすつもりじゃ?いや、そもそも……そんな得体のしれない代物をいったいどこから手に入れた?」

「ある筋からと申し上げておこう。我々の目的は……まあ、すぐに明らかになりますよ。それが分かった頃には博士を解放して差し上げますからそれまでゆっくりなさってください。」

「貴様らの悪事を知る者を平気で解放しようとするとは……よっぽど大それたマネをしでかすつもりらしいな?」

「ハハ、想像にお任せしよう。しかし事が成ったあかつきには個人的に、博士の研究を援助させていただくつもりです。新たな発明で、このリベールをより豊かにして頂くために、そしてゆくゆくは二大国すらも超える大国にするために………」

アルバートに尋ねられたリシャールは勝ち誇った笑みを浮かべて答えた後、アルバートに今後の協力を求めた。

 

「けっ、お断りじゃい。貴様らのような存在なんぞ、“あの御仁ら”からしてみれば目にもとまらん存在だ。無謀に挑んで、とっとと敗北と後悔を味わうがいい。」

博士はリシャールの要請を鼻を鳴らして否定して、悪態をついた。

 

「博士。あまり聞き分けのないことをおっしゃらないでくださいな。博士のお孫さんに万が一のことがあった時に助けてあげられませんわよ?」

博士の悪態の言葉を聞き、カノーネは不敵な笑みで答えた後、尋ねた。

 

「こ、小娘が……。またそれでわしを脅すか……!」

カノーネの脅しの言葉に博士はカノーネを睨んだ。

 

「やれやれ、カノーネ君。君の交渉のやり方は、いささか優雅さに欠けるのではないかね?」

「うふふ……失礼しました。」

「彼女は、どうも特殊なユーモアセンスの持ち主でね。誤解して欲しくないのですが我々はみな、国を憂える一介の軍人に過ぎないのです。民間人を巻き込むつもりは一切ないと誓っておきましょう。」

「憂国の士気取りか……そして、あらゆる導力現象を停止させる漆黒のオーブメント……なるほど、貴様らの目的、何となくじゃが見えてきたわい。」

「ほう……」

博士の言葉にリシャールは驚いて目を見開いた。そこにロランス少尉が部屋に入って来た。

 

「……失礼する。」

「あら少尉。大佐は博士とご歓談中なの。邪魔するものではなくってよ。」

「いや、構わんよ。ロランス君、報告したまえ。」

「王都(グランセル)で動きがありました。大佐の読み通り、白き翼が網にかかった模様です。」

「それはそれは……」

「フフ……。これでチェックメイトだな。それでは博士。我々はこれで失礼します。リアン少佐。博士が不自由のないように気を配ってくれたまえ。」

「は……了解しました。」

ロランスの報告にカノーネは不敵な笑みを浮かべた。カノーネと同じように不敵な笑みを浮かべたリシャールはリアンに指示した後、カノーネやロランスと共に部屋を出て行った。

 

「ラッセル博士……何か入用のものはありますか。大抵のものなら揃えさせますが。」

「ふん、結構じゃ。お前さんは、連中と違って骨のある男と思っておったが……どうやらわしの買いかぶりだったようじゃの。」

リアンに尋ねられたアルバートは鼻をならして、皮肉を言った。

 

「……恐縮です。博士は、ある反逆者によって誘拐されたことになっています。それを踏まえて頂ければお孫さんへの手紙など届けさせていただきますが……」

「早くわしの前から消えろ!」

皮肉を言われても気にせず、淡々と言うリアンの言葉に頭が来た博士は怒鳴った。

 

「……失礼します。」

そしてリアンも研究棟から出て行った。

 

 

「ふむ………こうまで予測通りとはの………笑いが止まらんわい。」

「やめてくださいよ、ラッセル博士。」

すべて『彼ら』の目論み通り……そう言ったアルバートの背後から現れた一人の少年……アスベル・フォストレイトの姿だった。

彼らは小声で必要なことを話した。

 

「(手筈通り、エステル達が助けに来る算段となっています。それまでは……)」

「(わかっておる。で、その後は?)」

「(アルセイユ級二番艦『シャルトルイゼ』……ラッセル博士に乗艦していただき、例の作業を進めてください。)」

「(解った。お主も気を付けてな。)」

「(はい)」

必要なことを話し終えると、アスベルは『ホロウスフィア』を展開し、気配も完全に消してその場を後にした。

 

 

~レイストン要塞~

 

リシャールらが飛行艇に乗ろうとした際、その異変に彼らは気付いた。なんと、全員が気絶させられていたのだ。

 

「!?これは……」

「やられている……一体誰が!?」

「……(どういうことだ。“紫刃”や“紅隼”、“那由多”すらいない状況で一体誰が!?)」

リシャールとカノーネはこの光景に驚き、ロランスはこの状況を冷静に分析しようとしつつも、内心は『彼ら』を上回る実力者の存在がここにいること自体考えられなかった。いや、ロランス……レーヴェはあの時に『彼ら』の存在――“光の剣匠”や“驚天の旅人”に気を取られていて、彼女らに気付いていなかった。

 

「ん、やっぱり来た。」

「みたいだね。」

「(なっ!?『彼女』が何故リベールにいる!?)」

飛行艇の陰から現れた二人の人物。その片割れにロランスは驚愕した。この国にいるはずのない人物――“絶槍”クルル・スヴェンドの存在に。そして、もう一人はフィー・クラウゼル……“猟兵王”から直々にその技を叩き込まれた“西風の妖精”。

 

「さて……おつきあい願おうかな!!」

「ぐうっ!?」

クルルはそう言って武器を構えると、ロランスをリシャールらから引き剥がした。

 

「少尉!」

「よそ見は、死を招くよ……シルフィード、ダンス!」

その様子を見たリシャールは声を上げて彼の方を見たが、その隙をフィーが逃す筈などなかった。彼女の超高速状態での斬撃、そして敵陣のど真ん中から周囲にありったけの銃撃を放つSクラフト『シルフィードダンス』がさく裂する!

 

「くっ!?」

「きゃあっ!?か、閣下……申し訳……」

リシャールは辛うじて刀を抜き何とか切り払ったが、カノーネは不意打ちを受けて気絶した。

 

「フ……誰の依頼かは知らないが、君程度で私に勝てるとでも?」

「ま、正攻法だと勝てないよね……私だけじゃないけれど。」

「何?」

リシャールは相手――フィーとの実力差を見切り、挑発も込めた言葉を放つがフィーはそれも理解した上で言葉を返した。自分はあくまでも『囮』である……その意味を込めて。その言葉にリシャールは首を傾げるが、そこに現れたもう一人の存在で全てを知ることとなる。

 

 

「そういうことですよ、アラン・リシャール大佐。」

「……何故君がここにいる、王国軍……アスベル・フォストレイト少将。」

「え?俺はアンタに指図を受けるだけの理由なんてないですからね。」

「馬鹿な!?ロランス少尉の報告では「エレボニア帝国に向かい、数か月は帰ってこれない、ですか?」!?」

リシャールが『少将』と呼んだ少年――アスベルの存在にリシャールはロランスの報告からすれば数か月は動きを拘束されて帰ってこれないはずだったことをアスベルに言われ、驚愕した。

 

………百日戦役後、俺とシルフィア、そしてレイアはアリシア女王より“王国軍”の階級を賜った。俺は少将、シルフィアは大佐、レイアは中佐……その理由は、国家権力に介入できる“星杯騎士”は、あくまでも裏向きでの存在。堂々と国家に対して働きかけるだけの地位を手にするため、百日戦役と教団事件に関わった。そして、軍の地位を手にした。“真に国を憂うもの”……良からぬ人物がリベールを危機に陥れないようにするために……

 

「尤も、今は本格的に罰するつもりなどありませんが……“前払い”も兼ねて、いきますよ。」

「……私を誰だと思っている。王国軍大佐、八葉一刀流五の型“残月”皆伝、アラン・リシャール。いざ参る。」

「はぁ……」

「どうした?怖気づいたか?」

「いや、情報部の癖に肝心な部分は調べてないんですね……」

まぁ、これは情報をひた隠しにしてきた俺自身の責任でもあるが、同じ王国軍にいながら何も調べていないとは……呆れたものだ……実際には、変な動きをしてた連中を問答無用で気絶させて記憶を改竄しまくったからだけれど。ロランスの手足として動いている連中も記憶を改竄しまくって、偽の情報を流している……アルセイユに関しても『ブラフ』であるのだ。

 

「どういう意味かな?」

「そのままの意味ですよ……リシャール大佐、俺の異名である“紫炎の剣聖”。その名は偽りでないことを教えてあげますよ。」

「!!(な、何だこの覇気は!?これが、少年の出す覇気だというのか!?)」

リシャールの問いかけにアスベルは不敵な笑みを浮かべ、太刀を抜いて闘気を高める。その覇気は空気を歪めるほどに密度が高まり、対峙しているリシャールは冷や汗が止まらない様子でその覇気に驚愕していた。

 

 

「リベール王国軍少将、八葉一刀流筆頭継承者“紫炎の剣聖”……アスベル・フォストレイト、参る!」

 

 

――八葉を極めた者同士……その戦いの幕が上がった。

 

 




突発的外伝です。ようやく本格的にオリ主人公登場です。

次回、玉ネギのみじん切り(マテw)


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外伝 『極致』を目指す者

~レイストン要塞 郊外~

 

その頃、引き剥がされたロランスは一度距離を取り、クルルと対峙する。彼女相手に仮面を隠すことは意味を成さない……そう考えたロランスは兜を脱ぎ捨てた。

 

「フフフ……まさか、元『執行者』No.Ⅶ“絶槍”と相見えるとは……」

「私としては、そっちの方が驚きなのだけれど?No.Ⅱ“剣帝”レオンハルト。」

……私が抜けた後ぐらいに、レオンハルト――レーヴェとヨシュアが執行者入りしていた。時期的にはほんの短い間だったけれど、それなりに楽しい御仁であることには違いなかった……けれども、今の彼は……

 

「ん?どうした?なぜそのような顔をする?」

「当たり前でしょ……相変わらず『弱い』ね。」

「違うな……俺はこの世界の答えを出すため、“教授”に協力した。」

“答え”ねぇ……クルルはレーヴェの言葉にため息をついた。そして、武器を構えると真剣な目つきになった。

 

確かに、救いようのない人間は多い。けれども、長い歴史の中でそう言う人間が少なからず生まれ来ることは自然の摂理に等しい。だれかが幸せになれば、誰かを不幸にさせる……『幸福の絶対量』自体変わらない故、幸と不幸は隣り合わせにある。それを“奇蹟”で補ったとしても……待っているのは人間の“死”そのものだ。

 

だからと言って、何をしてもいいわけではない。“七つの至宝”の存在……それを知った私は、結社を抜けた。その過程で彼に拾われたことは幸運だった。

 

 

「あなた、馬鹿ですか?」

「……何だと?」

「だって、そうじゃないですか。真実を知って『堕ちた』貴方は……それに」

 

 

 

―――たとえ『修羅』に至ったとしても、『私』には勝てないことを

 

 

 

「………猟兵団『翡翠の刃』所属、元『執行者』No.Ⅶ“絶槍”クルル・スヴェンド。いきます。」

「『執行者』No.Ⅱ“剣帝”レオンハルト。我が信念の礎となってもらうぞ、クルル・スヴェンド!!」

元執行者と現執行者……『身喰らう蛇』に関わりのある二人の戦いが幕を開けた!!

 

「クロックアップ改……飛燕斬!!」

レーヴェはアーツを使って、自らの身体能力を上げ、クラフト――飛燕斬をクルルに放った。

 

「……………」

しかしクルルは身体を少し横に傾けて回避し、一気に詰め寄ってレーヴェに槍で攻撃した。

 

「……シルバーソーン!!」

「ふぅん………」

クルルの攻撃に気付いたレーヴェは剣で受け流し、さらにアーツを至近距離で放ち、すぐにその場を離れた。レーヴェの行動にクルルは感心しながらも、レーヴェのようにすぐにその場を離れてアーツを回避した。

 

「ソウルブラー!!」

さらにレーヴェは続けてアーツを放った。

 

「……駆動時間が少なく、手数の多いアーツを選び、さらに“刻耀球”を使ってより駆動時間を少なくしてのアーツの発動は流石かな……でも、甘い。烈火陣!!」

しかしクルルは槍を回転させ、自身の周囲に炎の壁を発生させるクラフト『烈火陣』を放って、レーヴェが放ったアーツを次々と打ち消した。

 

「せいっ!!」

そこにレーヴェが一気に詰め寄って、クルルに攻撃したが、クルルのクラフトはまだ続いていて、レーヴェの攻撃は相殺された。しかし、

 

「ハァァァァァ………!」

レーヴェは続けてクラフト『破砕剣』を放って、クルルの反撃を許さないかのように連続で攻撃を続けた!

 

「…………」

一方クルルは冷静にレーヴェのクラフトを双槍で捌きながらレーヴェの剣筋を見極めた後、凄まじき速度で突きを繰り出すクラフト『轟突貫』を放った!

 

「させん!!」

しかしレーヴェはクラフトを放ち続けるのを中断して、真正面でクルルの攻撃を受け止めた!そして2人は鍔迫り合いの状態になった!

 

「へぇ………でも、これだと私はおろか、彼らには勝てないよ?」

鍔迫り合いの状態でクルルはレーヴェを真っ二つに割るかのように持っている武器に力を入れて、レーヴェを圧しながら冷静な表情で言った。

 

『執行者』の実力的には、一番は“調停”。クルルはその次に強い。何せ、あの“鋼”ですら認め、匹敵しうるだけの実力を持つ人間だ。その二人とクルルの眼前にいる“剣帝”との決定的差……それは、『修羅』に対する考え方に他ならない。

 

「………」

一方レーヴェはクルルの問いに何も返さず、鍔迫り合いをやめて一端後ろに跳んで後退し

 

「出でよ、幻影。」

分身の自分自身を作り出し、本体と分身は二手に分かれて左右からクラフト――零ストームをクルルに放った。

 

「………」

「!!」

しかしクルルは前に跳んで、左右から襲い掛かるクラフトを回避し、凄まじい一撃を本物のレーヴェに放った。クルルの攻撃に気付いたレーヴェは剣で防御したがクルルの一撃のすざましさに吹っ飛ばされた。

 

「………」

しかしレーヴェは空中で受け身をとって、着地した!そしてクルルが本物のレーヴェに攻撃した隙を狙って、分身のレーヴェがクルルに攻撃を仕掛けた。

 

「せいっ!!」

「……甘い!ラグナブラスト!!」

分身のレーヴェの攻撃をクルルは受け流し、駆動させていたオーブメントを発動させ、アーツを分身のレーヴェの至近距離で放った。

 

「グアアアッ!?」

「旋風破!!」

「っつ!?…………」

至近距離で上位アーツを受けた分身のレーヴェは呻き、続けて放ったクルルのクラフト――回転力によって風の竜巻を発生させるほどの斬撃技『旋風破』によって、大ダメージを受け消滅した。

 

……“剣帝”の考える『修羅』は至るもの……だが、ルドガーとクルル……二人の考える『修羅』はあくまでも『通過点』でしかない。一度でも最終到達点に至れば、その先が見えずに混乱することが多い。強さに対するものなどはそれの最たるものだろう。それが解っているからこそ、常に上を目指し続ける……その志が見えないレーヴェだからこそ、クルルは彼を『弱い』と評価した。

 

「カラミティブラスト!!」

そこにクルルに吹っ飛ばされたはずのレーヴェが時属性の中でも最高位の威力を誇るアーツをクルルに放った。

 

「………」

次々と自分に襲い掛かる時属性の凄まじいエネルギーをクルルは目にも止まらぬ速さで回避した。

 

「旋風斬!!」

「せいっ!」

そこにレーヴェが斬りかかって、クラフトを放った。しかしクルルは槍で防御し、クラフト『轟突貫』を放った。

 

「むんっ!受けて見ろ、荒ぶる炎の渦を…………」

しかしレーヴェは紙一重で回避して、一端後退し……Sクラフトの構えをすると同時にオーブメントの駆動を発動させた。

 

「……情けないね。そろそろ行こうか。」

一方クルルもSクラフトの構えをし

 

「鬼炎斬!!」

「烈火朱雀翔!!」

二人は同時にSクラフト――レーヴェは『鬼炎斬』、クルルは炎と闘気を纏った鳳凰の刃『烈火朱雀翔』を放った!お互いの技はぶつかったが、クルルの技が勝ち、レーヴェの技を呑み込み、レーヴェを呑みこもうとしたその時、

 

「アースガード改!!」

レーヴェのオーブメントの駆動が終わり、レーヴェに絶対障壁がかかり、アーツを放ったレーヴェはそのままクルルの技に呑み込まれた。

 

「………………」

自分の技に呑み込まれたレーヴェを確認したクルルだったが、警戒した表情でレイピアを構えていたその時。

 

「凍てつく魂の叫び、その身に刻め…………おぉぉぉぉぉぉぉ……!」

なんとクルルの身体が地面から伝わってくる氷によって、凍りつき始めた。

 

「………笑止!!」

しかしクルルは全身に凄まじい闘気を込めて、凍りつき始めた身体の状態を元に戻したその時!レーヴェが襲い掛かり、

 

「せいっ!!」

「フッ!!」

二人は同時に凄まじい一撃を放った!その攻撃により、二人の周囲に衝撃波が起こった。そして二人は一端後退し

 

「「ハァァァァァァ………!」」

レーヴェは剣で斬りの態勢の状態で、クルルは突きの態勢の状態でお互い凄まじい闘気を込め

 

「我が剣の神髄…食らうがいい…冥皇剣!!」

「あまりにも未熟………絶技、流刃雀火!!」

二人はまた同時にSクラフト――レーヴェは自身の持ちうる最高の技『冥皇剣』、クルルは超高密度にまで圧縮された闘気の刃の突き……地面に触れるだけで火花が走り、触れた場所から炎が上がるほどの……“絶槍”の奥義『流刃雀火』を放った!お互いの技はぶつかったが、クルルの技が勝ち、レーヴェの技を呑み込み、レーヴェはその破壊力で生じた衝撃波で弾き飛ばされた!

 

「ありゃ……ちょっとやりすぎたかな。ま、あの程度なら大丈夫かな。」

その光景を茫然と見ていたクルルは彼の安否を少し気遣ったが……まがりなりにも『執行者』……あの程度であれば問題ないと判断し、その場を後にした。

 

 

~ヴァレリア湖畔~

 

「ぐっ……はぁっ……はぁ……(“絶槍”……まさか、9年であの強さに至るとは……)」

レーヴェはレイストン要塞の対岸に流れ着いていた。彼女の強さは衰えるどころか、さらに磨き上げられていた事実にレーヴェは内心焦りを感じていた。

 

無理もない……クルルは『翡翠の刃』に拾われてから、ある意味『規格外』の戦いを強いられてきた。一人で一個師団と戦い、無傷で生還……というのは難しく、度々大けがを負うこともあった。だが、彼女の目指す『極致』……そのための努力を惜しまず、独裁国家やマフィア、テロリスト集団と戦い、今の実力を勝ち得た。

 

(“那由多”に“絶槍”……“紫炎の剣聖”に“霧奏の狙撃手”、“朱の戦乙女”に“紅隼”…それと、“光の剣匠”に“驚天の旅人”……“剣聖”一人でも厄介というのに……“教授”は大博打でも打つ気か?)

クーデターの事は気にかかるが、まずは身を休めるため、最低限の回復を施して姿を消した。

 

 

~レイストン要塞~

 

そこから少し前、アスベルとリシャールは対峙していた。

 

「八葉全ての型を修めただと……はったりもいいところなのではないのかな?」

「……はったりかどうかは、てめぇ自身で確かめろ、よっ!!」

リシャールの物言いを気にもせず、アスベルは踏み込み、二の型『疾風』でリシャールに突撃する。

 

「くっ!?(この型は……疾風!?)はぁっ!!」

リシャールは刀でその猛攻をしのぎつつ、カウンターの要領でアスベルに斬撃を浴びせるが、

 

「三の型、壱式『逆滝(さかだき)』!!」

そこからアスベルは相手の勢いと武器のいなし、それらを組み合わせた横薙ぎ……相手の威力をそのまま己の威力に上乗せさせるカウンターの本質……三の型“流水”の皆伝の一つ、壱式『逆滝』を放つ。

 

「くっ!」

アスベルの攻撃を受け止めれたリシャールだったが、衝撃波までは防御できず、腹を斬られ、リシャールは大きく後ろに跳んで、アスベルから距離をとった。

 

「成程…二の型“疾風”に三の型“流水”の皆伝……今の一撃だけで中に着込んでいた鎧にひびを入れるとは恐れ入る。」

「よく言うよ……今のは本気でやったつもりなのに、それを受け止めるとは……“剣聖”から教わったその技に偽りなし、ですね。」

自分が教わった八葉の技……その一端を見せたアスベルにリシャールは賛辞の言葉を送り、アスベルはその表情と構えを崩さず、リシャールの動きを褒めた。

 

「フフ……だが、私とて八葉の使い手……兄弟子として、自分は君を越える人間だという事を証明しよう!」

そしてリシャールは抜刀してクラフトを放った。

 

「下がれっ!」

リシャールが放った刀気によって輪を作り、それを放つクラフト――光輪斬はアスベルに向かって、回転しながら襲った。

 

「一の型“烈火”……斬!」

しかしアスベルが放ったクラフト―― 一の型“烈火”、唐竹割りの如く斬る“烈火”の『基礎』……『業炎撃』によって、刀気の輪は真っ二つにされた。そこにリシャールが一瞬で距離をつめて、クラフトを放った。

 

「うおぉぉぉ~!」

「ふっ、はっ、ほっ!」

リシャールが放った神速で連続して放つ抜刀クラフト――光連斬に対してアスベルは感心しながら太刀で捌いていた。

 

「せいやっ!」

そしてリシャールは最後の一撃に力を入れて攻撃したが

 

「甘い!四の型“空蝉”……『紅葉斬り』!!」

「くっ!?」

アスベルの攻撃によって、吹っ飛ばされた。吹っ飛ばされたリシャールは空中で受け身をとって、着地をした。そこにアスベルが距離を詰めて来てクラフト『焔の太刀』を放った。

 

「炎よ、わが剣に集え……『焔の太刀』!!」

「ハァァァァ!!」

アスベルの剣筋をリシャールは冷静に見切って、刀で捌いた。

 

「はぁぁっ!!」

「っと!」

リシャールは反撃にクラフト――光鬼斬を放ったが、アスベルは後ろに跳んで回避した。そしてリシャールは手に持つ刀に最大限の闘気を込めた。

 

「散り逝くは叢雲(むらくも)………咲き乱れるは桜花……今宵、散華する武士(もののふ)が為、せめてもの手向けをさせてもらおう!」

そしてリシャールはアスベルに一瞬で詰め寄って、抜刀した。

 

「はぁぁっ………!」

「っと!これは本気で対処しないと不味いか!」

今までの技とはけた違いだと気付いたアスベルは、自分に襲いかかる一回の抜刀によって出来た四つの斬撃を冷静に見切って、対処し、反射的に『神速』で距離を取る。

 

 

「わが剣は暁、駆けるは極光……刹那の時に抱きし夢、其は儚きものと知れ……!!」

そして、己が得意とする型……奇しくも、リシャールが皆伝を修めた五の型“残月”……だが、彼がこれから放つ技は四つの奥義……

 

 

―――斬り上げの抜刀術の壱式『桜吹雪』

 

 

―――斬り下ろしの抜刀術の弐式『龍鎚』

 

 

―――本来の居合で踏み込む足とは逆の足で踏み込む『死中の活』を見出す抜刀術の参式『天衝』

 

 

―――二段構えの抜刀術を駆使する終の太刀『神無月』

 

 

そのいずれでもない、極の太刀……彼がこの十年という歳月で鍛え上げた剣術と、磨き上げた『神速』……いや、鍛練と彼なりの改良を加えた歩法『極・神速』を用いた抜刀術。音を超え、光の如く煌き、全ての者を圧倒する、彼だけが放つことのできる神速の抜刀術……アスベルはその名を叫ぶ!

 

 

「五の型“残月”極の太刀……『天神絢爛(てんじんけんらん)』!!」

 

「秘技!桜花残月!!」

 

互いにSクラフトを放ち、背中合わせで立つアスベルとリシャール……だが、リシャールはその場に崩れ落ち、刀を地面に突き刺してそれを支えに倒れまいとしていた。アスベルは刀を納め、リシャールの方を向いた。

 

「ふふ……見事だ。私ですら至っていない“極の境地”……同じ型で敗れたとならば、私も認めざるを得ない。流石は、“剣仙”と“剣聖”の技を継いだ人間だ。」

「やっぱ知ってたんじゃないですか。」

「半信半疑だったがね……十年前であれば、君はまだ十にも満たない少年……それが八葉を皆伝したなどと、誰が信じられると思うかね?」

その言い分は尤もだろう。事実ではあるのだが、それを見ていない人間には『あり得ない』と思うのが普通だろう……

 

「私の野望……まさか、ここで潰えようとはな……」

「はぁ……というか、リシャール。アンタのやろうとしたことは『完全な横槍』だったんだが?」

「何?……!?」

「まったくだな……久しいな、リシャール。」

自らの立てた計画の崩壊……それを自戒するリシャールにアスベルは真剣な表情で呟き、彼の背後から姿を現した男性――カシウス・ブライトにリシャールは驚いた。

 

「成程……貴方が一度リベールを離れるのも計算の内、だったというわけですか。それに、彼らを縛るものすらもないわけですか……」

「まあ、そんなところだ。だがな、リシャール。別に俺がいなくたって、彼らは自分で何とかしたはずだ。」

「いや……違う。やはりあなたは英雄ですよ……あなたが軍を去ってから私は、不安で仕方なかった。今度、侵略を受けてしまったら勝てるとは思えなかったから……だから……頼れる存在を他に探した。あなたさえ軍に残ってくれたら私もこんな事をしなかったものを……」

カシウスの言葉をリシャールは否定するように、顔を横にふって悲痛な表情で呟いた。

 

「………………………………」

リシャールの呟きを聞いたカシウスはリシャールに近づき、拳で思いきり殴り倒した。

 

「ぐっ……!」

殴られたリシャールは倒れたまま、殴られた部分の痛みに呻いた。

 

「甘ったれるな、リシャール!貴様の間違いは、いつまでも俺という幻想から解き放たれなかったことだ!それほどの才能を持ちながら、なぜ自分の足で立たなかった!?俺はお前がいたから安心して軍を辞めることができたのだぞ!?」

「た、大佐……」

カシウスの言葉にリシャールは驚いてカシウスを見た。

 

俺は……そんなに大層な男じゃない。10年前も、将軍やお前たちが助けてくれたから勝つことができた。そして、肝心な時に大切なものを自分で守る事ができず……あやうく失う事をしてしまい、二度とその過ちをしないために現実から逃げてしまった男にすぎん。アスベルたちがいてくれなければ、レナは生きていなかっただろう……俺は、それに甘えてしまった。今回の事は、俺自身の罰なのだと……

 

「まぁいい。その間違いはお前に『芝居』で返してもらうとしよう。」

「『芝居』……ですか?」

「ああ。その時は今のとは比べ物にならないほど本気で殴るからな。『覚悟』しておけ。」

「は、はい……大佐……」

カシウスの言葉……その威圧と覇気にリシャールは思わず土下座するほどの状態だった。やはり、軍を退いても“剣聖”の名に偽りなし、といったところだろう。

 

そして、アスベルとカシウスはリシャールに事の次第を説明した。

 

「……解りました。アスベル少将、カシウス大佐。情報部指令アラン・リシャール……この『異変』の首謀者を炙り出すため、敢えて汚名を被りましょう。」

「ああ。『本気』でな。でないと俺とアスベル、シルフィア、レイアの『説教』だからな♪」

「善処します……」

「カシウスさん、リシャール大佐がおもいっきし怖がってますが……」

「当たり前だろう。俺の息子と娘が関わってるんだ。もし何かあったら、俺がレナに殺されかねん。」

…………その説明に何故だか凄く納得できたアスベルだった。

 

その後、リシャールはカノーネらを起こし、グランセル城に向かった。

そして、それを見届けたアスベルとカシウスは要塞を抜け、協力者と合流して一路グランセルへと向かった。

 

ちなみに……あれだけ派手な戦闘をしていたにもかかわらず、要塞を守る兵が反応しなかったのは、アスベルも少し不思議がっていた。

確かに認識阻害の結界は張っていたのだが、まるで飛行艇の周りだけ時間が切り離されたかのような印象を受けた。これ以上は考えても埒が明かないと判断し、アスベルは先を急いだ。

 

 




「何が起こったんです?」
「大惨事だ。」

てなわけで、クルルとアスベルの一端をお見せしましたが……アスベルに至っては『ある能力』すら使っていませんがねw

そして、リシャール大佐とカシウスの絡み……この時点で原作ブレイクですよ、ええw

裏事情知ってる奴が見たら「茶番だぁーー!!」にしかなりませんがねw


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第55話 蘇る銀の翼

~ツァイス 飛行船発着場~

 

レイアの案内でエステルらは飛行船の発着場に案内された。だが、其処には飛行船が一隻も止まっていない。

 

「えと、どういうことなの?」

「あるのは工房船ぐらいだけれど……まさか、それに?」

「ふふふ、まぁ、見てれば解るよ。」

そう言って、レイアは持っていた遠隔操作の端末を操作する。すると、飛行船のレーンが外れ、工房船があるレーンとは逆側――奥の方から艦を載せたレーンがせりあがってくる。

 

「え……」

「これって……」

「これは…流石の僕も驚きだよ。」

エステルとヨシュア、オリビエは目を見開き、

 

「こ、これって……」

「おいおい……どういうこったよ!?」

「そんな、この艦は……」

その艦の存在を知るティータ、アガット、クローゼはまるで幽霊でも見たかのように慌てた。

 

「そ、そんな馬鹿な…確かに解体されたはず…」

その艦の存在にマードックも驚いていた。

 

そう、本来ならば既にこの世には存在しないはずの『銀の翼』……飛行船レーンに乗って運ばれた艦は、高速巡洋艦アルセイユ級二番艦『シャルトルイゼ』。公式では五年前に解体されたはずの艦……その雄姿に一同が驚いていた。

 

「え、あ、アルセイユ!?」

「いや、これは二番艦『シャルトルイゼ』……レイア、まさか。」

エステルはその容姿が『アルセイユ』と似通っていることに驚き、ヨシュアは冷静にその艦についての説明をし、レイアに自分の予測も混じった質問をぶつける。

 

「そのまさかだよ。これでラッセル博士を助けに行くよ。で、ティータにはCIC関連の操作をお願いできるかな?」

「う、うん。頑張るね!」

「そして、足りない戦力は我々が補わせていただこう。」

レイアの言葉にティータは力強い意志を込めて頷き、それに続くかのように発せられた言葉……その声の主――ユリア・シュバルツが、エステル達の前に姿を現した。

 

「あ……!」

「ユリアさん……!」

「ユリアさん……その、よかったです。」

「ピューイ!」

「お久しぶりです、ユリアさん。」

ユリアの登場にエステルやヨシュアは明るい表情をし、クローゼは安堵の表情を浮かべ、ジークは嬉しそうに鳴き、トワは挨拶をした。

 

「お初にお目にかかるのもいるので、自己紹介をしよう。王室親衛隊中隊長、ユリア・シュバルツ中尉だ。あなた方の作戦に親衛隊(われわれ)も協力させてほしい。」

自己紹介をした後、ユリアはレイアに親衛隊の現状を説明した。

 

親衛隊の殆どは王都に潜伏し、アルセイユのクルーに関しては艦と共にアルトハイムの秘密ドックに隠れている事を伝えた。そして、今回の作戦のためにアルセイユのクルー……操舵士のルクス・観測士のエコー・通信士のリオンの三人がユリアに同行していた。

 

「ところで、レイア。」

「ん。アガットとマードックさん以外は全員知っているよ。」

「そうか……」

「おいおい、一体どういうことだ?」

「それは簡単よ。クローゼとシオンは王族ってこと。」

「って、エステル。話の流れからして話してもいいのだけれど、それは突発過ぎないかい?」

ユリアの問いかけに、レイアはそう答え、事情が呑み込めないアガットはレイアに問いかけ、その問いにエステルが答え、ヨシュアがジト目でエステルの言動に問いかけた。

 

「んなっ!?」

「あはは……すみません、騙すつもりはなかったのですが……」

「ま、俺に関しては秘密にしてほしい。」

「あ、ああ……」

(フフ、珍しく狼狽えてるわね。)

(そりゃあ、只の学生だと思ってた人間が王家の人間だったなんて知ったら、狼狽えるわな。)

(だよね。)

それを聞いたアガットは呆然とすることしかできず、クローゼとシオンの言葉にただ頷くことしかできなかったアガットの様子にレイアは笑みを浮かべ、シオンも軽く笑みを浮かべて小声で呟き、二人の会話が聞こえたトワもそれに軽く首を縦に振って答えた。

 

「成程……これが、作戦なんですね。」

「へ?」

「正解。で、レイストン要塞でラッセル博士を救ったら、その後はグランセルに直行するから。」

手筈通りに動いたリシャール……そして、こちらも電撃作戦でグランセル城に乗り込む……その後は、『彼』の動向を窺いつつ柔軟に対応する……ここまでは完全に『彼』の筋書き通りである。

 

「そっか……う~ん、そういえば、ここで推薦状をまだもらってないのよね……」

「ああ、それに関しては……はい。キリカさんから二人にって。」

エステルの残念そうな言葉にレイアは笑みを浮かべて、二人に推薦状が入った封筒を手渡した。

 

「これって、推薦状!?」

「どうして……」

「エルモの件だよ。私としては、ただの『お飾り』だし、エステル達が率先して魔獣を倒してくれなかったら私は万全の状態で彼と戦えなかったわけだし、この件はエステルが率先して動いているから、ここまでいけたんだよ。」

私とて、ヴァルター相手には苦戦を覚悟していた。ただ、エステル達が率先して魔物を倒してくれたことには感謝であり、だからこそ不意を突くような形でヴァルターを圧倒できたに他ならない。

 

「う~ん………納得したわけじゃないけれど。レイアがそこまで言うなら、ありがたく受け取っておくわね。」

「その、すみません。」

「いいの、気にしないで。あと、エルナンさんにはエステル達のことを話しておいたから。」

今回は緊急を要する事態……故に、グランセルの受付であるエルナンには、二人の転属手続きをお願いした。今回のような事態にも迅速に対応できるよう遊撃士の規則にもそういった取り決めがなされているのだ。

 

「というか、疑問に思ったのけれど……操縦は問題ないの?」

「その点については問題ない。細かな運用の違いはあれど、『アルセイユ』であることに変わりはないからな。」

アルセイユ級は、高速巡航を主軸に置いた一番艦『アルセイユ』、対レーダー兵器用特殊艇の二番艦『シャルトルイゼ』、武装試験用の三番艦『サンテミリオン』……さらには『カレイジャス』『クラウディア』『デューレヴェント』の艦の運用データも集約され、それは次世代型巡洋艦“ファルブラント級”に引き継がれていく。艦の特性の違いはあれど、基本操作はほとんど変わらない。

 

「……おい、其処のチビも連れていくつもりか、レイア。」

「ふえっ!?」

すると、今まで黙っていたアガットがレイアにティータの事を尋ね、話に挙がったティータは狼狽えていた。遊撃士の立場からすれば至極真っ当な判断だろう。

 

「はぁ……私が何の考えもなしに危険な場所へ連れていくと思ってたの?少しは考えようよ。」

「何だと?」

「助けに行くのはラッセル博士、ティータちゃんは博士の孫娘だよ?保護すべき対象であるし、何よりも特務兵を追いかけていたアガットなら、『その危険性』ぐらい解るでしょ?」

「……チッ、確かにその可能性があったか。」

「えっと、どういうこと?」

「人質の可能性、ですね?」

「うん。」

アルバートの身分……そして、ティータの存在……彼らの中に過激派がいて、彼女を誘拐しラッセル博士を脅すことも十分考えうる……ならば、その護衛対象となりえる存在は早めに保護しておくのが都合がいい。レイアがその可能性を言及し、アガットは舌打ちしてその可能性を察し、エステルの疑問に答えるかのようにヨシュアがレイアに尋ね、彼女はそれに頷く。

 

「あと、これから見せる物は他言無用にお願いするね。」

レイアはエステル達に何かの地図を渡した。

 

「ヘッ、なかなか良いものを持っているじゃねーか。」

アガットはその図面に書いてある場所の名前――レイストン要塞の図面である事をを見て、笑みを浮かべた。

 

「これは……レイストン要塞の概略図ですか。」

「うわぁ……すごく広いんですね。このどこかにおじいちゃんが……」

レイストン要塞の図面がある事にヨシュアは驚き、ティータは真剣な表情で図面を見た。

 

「でも、こういうのって軍事機密なんじゃないの。どうしてレイアが持っているわけ?」

エステルはレイストン要塞を怪しいものを見るような目で見て、尋ねた。

 

「蛇の道は蛇ってね。『とあるルート』から入手したの。遊撃士(わたしたち)には、こういう面もあることを覚えておいたほうがいいよ。」

「う、うん……」

レイアの答えにエステルは戸惑いながら頷いた。

 

「言うまでもないけど今回のケースはかなり特殊。本来、王国軍とギルドの関係は他国のそれと比べても友好的。遺恨を残さないためにも兵士との交戦は極力避けること。特にアガット……いい?」

「フン、それは理解してるさ。だが、あの黒装束の連中は立ち塞がったら容赦しねえぞ。軍人だろうがなんだろうが犯罪者には違いないんだからな。」

レイアに念を押されたアガットは鼻をならして、答えた。

 

一通り話がまとまり、エステル、ヨシュア、アガット、ティータ、そしてレイアはレイストン要塞に乗り込み、後詰としてクローゼ、オリビエ、シオン、トワが待機することとなった。

 

 

~シャルトルイゼ ブリッジ~

 

「……本当に申し訳ない。身内の問題に君たちをこのような形で巻き込んでしまって。」

「気にしないでよ、ユリアさん。あたしはリベールが好きだし、この国がピンチなら遊撃士としても、あたし自身としても見過ごせないもの。」

「そういうことです。それに、ここまで来たら僕達も黙って引き返せませんし、向こうが黙っているとも思えませんから。」

「エステルさん、ヨシュアさん……ありがとうございます。」

「ありがとな、エステルにヨシュア。」

ユリアの謝罪を込めた言葉にエステルは『気にしていない』とでも言いたげに言葉を返し、ヨシュアもそれに同意しつつリシャールが自分たちの存在を放置しておかない可能性がある事に触れ、もはや『他人事』では片づけられないと答え、クローゼとシオンは二人に感謝した。

 

「それには同感だね。しかし、『白き翼』の流れを汲む『銀の翼』のクルージング……これが作戦でなく観光ならば、もっといい趣になったのだけれど。それだけが唯一悔やむところだよ。」

「相変わらずだな、テメェは……」

「クスクス……」

オリビエの相変わらずの口調にアガットは呆れてものも言えず、ティータは笑みを零した。

 

「非公式ではあるが……リベール王室、シュトレオン・フォン・アウスレーゼから遊撃士協会に依頼だ。情報部大佐、アラン・リシャールの暴走を止めてほしい。エステル、受けてくれるか?」

「……うん、それは勿論。ヨシュアにレイア、いいよね?」

「断る気なんか無いくせに……僕も異存はないよ。」

「私もいいよ。エステルが決めることだしね。」

シオンの依頼にエステルは静かに力強い口調で呟き、ヨシュアは彼女の性格を知っているからか少し皮肉ったが、自分もその依頼を受けることに賛成だと頷き、レイアもエステルの言葉に賛同した。

 

「ありがとう……それでは行こう。シャルトルイゼ、離陸(テイクオフ)!!」

その言葉を聞いたユリアは表情を切り替え、真剣な表情で叫んだ。アルセイユ級二番艦『シャルトルイゼ』……『眠れる白隼』の一端にして、歴史から消された『幻』の片割れ……『銀の翼』が今、祖国の危機のために飛翔した!

 

 




ツァイスの飛行場のからくりを見て、ちょっとアレンジ。

更に、ユリアも参戦します(ただし艦長としてですがw)

……だって、エベル離宮は既に、ねぇ(ニヤリ)


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第56話 救出と脱出

エステル達を乗せた『シャルトルイゼ』は視認妨害とレーダー機能を阻害するステルス機能を作動させ、レイストン要塞の発着場に降り立った。そして、シャルトルイゼは一旦離れ……突入組は博士がいると思われる研究棟に急いだ。研究棟前の見張りをあっさりと退け、中に突入した。

 

 

~レイストン要塞 研究棟内~

 

「また来おったか……いい加減にせい!何もいらんと言うたじゃろ……」

ドアが開き、誰かが入って来た事に気付いたラッセル博士はまた軍関係者と思い、振り返りながら怒鳴った時、そこにはエステル達がいた。

 

「お、おじいちゃん……」

「ティ、ティータ!?はて……わしは夢でも見ておるのか?」

ラッセル博士は今にも泣きそうな表情をしているティータを見て、驚いた。

 

「おじいちゃああん!よ、よかったぁ……。無事でいてくれて。……うううう……うわぁああああああん!」

ラッセル博士が無事である事に安心したティータはついに泣きだして、博士に抱きついた。

 

「こりゃ、どうやら夢じゃないようじゃな。それにお前さんたちは……」

「やっほー、博士。わりと元気そうじゃない?」

「マードック工房長の依頼で博士の救出に来ました。」

「なんと……。ここに潜入したのか。さすがレイアにカシウスの子供たち……常識外れなことをするのう。」

ラッセル博士はレイストン要塞に潜入したエステル達を見て、感心した。

 

「よお、爺さん。悪いがとっとと脱出の準備をしてくれや。あんまり時間がないんでね。」

「なんじゃ、お前さんは?ガラの悪そうな若造じゃの。ニワトリみたいな顔をしおって。」

「ニ、ニワ……あんだと、このジジイ!?」

ラッセル博士の言葉に一瞬呆けたアガットだったが、我に返った後博士を怒った。

 

「クスクス、言い得て妙だね。」

「あはは、博士ってばうまいことを言うわね~!」

「お、おじいちゃん。失礼なこと言っちゃダメだよ。この人はアガットさん。ギルドの遊撃士さんでお姉ちゃんたちの先輩なの。」

アガットに対するラッセル博士の言葉にレイアやエステルは笑い、ティータは慌ててアガットの事を説明した。

 

「ほう、お前さんも遊撃士じゃったか。そういや前に、カシウスから聞いたことがあるのう。いつも拗(す)ねてばかりいる不良じみた若手がおると。」

「あ、あんのヒゲオヤジ……!」

「まあまあ、アガットさん。博士も、詳しい話は後にして急いで脱出の準備をしてください。何か持っていくものはありますか?」

カシウスに対して怒りを抱いているアガットを宥めたヨシュアはラッセル博士に尋ねた。

 

「ならば、『カペル』の中枢ユニットを運んで行ってくれんか?下手に置いていったらまた連中に悪用されそうじゃ。」

「わかりました。」

ヨシュアは機械についている装置を外して、ラッセル博士に渡した。

 

「わしはそいつを使って『黒の導力器』の制御方法を研究させられていたんじゃ。構造そのものは解析できなかったが、データと制御方法は弾き出してしまった。これで連中は、いつでも好きな時に例の現象を起こすことができるじゃろう。(もっとも、そのデータ自体はあらかじめ用意しておいたものじゃが……)」

「そっか……」

特務兵達が導力停止現象をいつでも起こせる事を知ったエステルは複雑そうな表情をした。

 

「すまん、エステル、ヨシュア。せっかくお前さんたちが届けてくれた品物じゃったのに……」

「どうか気にしないでください。ティータの身の安全を盾にされたら従うしかないのは当然でしょう。」

「むしろ、あたしたちの方が博士たちを巻き込んじゃったみたい。」

頭を下げて謝るラッセル博士にヨシュアとエステルは慰めた。誰だって身内の人間を人質に取られれば下手な行動は出来ない……それが今回はラッセル博士であり、ティータが対象にされてしまったことにも繋がる。

 

「だーっ!ウダウダ言ってるヒマはねぇ!準備もできたし脱出するぞ!爺さんは、ギックリ腰にならない程度に急ぎやがれ!」

「フン、言いおったな……。まだまだ若いモンに負けん所を見せてくれるわ!」

「も、もう、2人とも……」

ティータはまた言い合いを始めたラッセル博士とアガットを見て、ティータは苦笑した。

 

「全くもう、揃いもそろって……ここが敵地である事を理解してるんだか……急いで脱出するよ。」

ラッセル博士やアガットの言い合いを呆れた表情で見ていたレイアは脱出を促した。

 

そしてエステル達は脱出するための小型の船を確保するために波止場へと向かった………しかし、特務兵が鳴らした警報により、兵士の目をすり抜けることとなり、地下へ降りたが脱出への経路は見つからなかった。その過程で捕まっていた空賊らと遭遇したが、見なかったことにして一階に戻ることにした。

 

 

~レイストン要塞 司令部1階~

 

「はあ……ビックリしちゃった。そういえば、あいつらって黒装束の連中と関係があったよね。なのに、リシャール大佐に逮捕されたってことは……」

「大佐の手柄になるように利用されたかもしれないね。ひょっとしたらルーアンのダルモア市長も……」

「ケッ、だからといって同情する必要はねえだろうが。余計な時間を食っちまった。他の脱出ルートを見つけるぞ。」

エステル達が司令部から出ようとした時、外から兵士の声が聞こえて来た。

 

「おい、見つけたか!?」

「いや、兵舎の方は一通り調べ終えたぞ!」

「監視塔も異常なしだ!」

「……となると、残るはこの司令部だけのようだ。少佐に報告するついでにしらみ潰しに捜すとするか。」

「まずっ!こっちに来るみたい!」

「クソッ……このままじゃ袋小路だぜ。」

「どうしますの?応戦するのなら、いつでもいいけれど。」

「………………………………」

外から聞こえて来た声にエステルやアガットは焦り、フィニリィはいつでも兵士達と応戦できるようツインスタンハルバードを構えた。ヨシュアはどうするべきか考え込んだ。その時、司令部の奥から声がした。

 

「来い!こっちだ!」

「今、なんか聞こえた?」

「う、うん……こっち来てって言ってたような。」

エステルやヨシュアは自分達を呼ぶ声に首を傾げた。そしてまたエステル達を呼ぶ声が奥からした。

 

「……時間がない!捕まりたくないんだろう!?」

「空耳ではなさそうじゃの。」

「こうなりゃ仕方ねえ!ダメもとで行ってみるぞ!」

そしてエステル達は奥から聞こえてくる声に誘導されて、ある部屋に入った………声に導かれて入った部屋はなんと司令官室だった。

 

 

~司令官室~

 

「間一髪だったな。」

部屋の中に入ったエステル達を見たのはなんと、以前エステル達がレイストン要塞を訪れた際、二人の追及を誤魔化したリアン少佐だった。

 

「やっぱり……!」

エステルはリアンの顔を見て、自分達を導いた聞き覚えのある声に納得した。

 

「さあ、念のため鍵を。」

「わかりました」

リアンに促されたヨシュアは入って来たドアの鍵をかけた。

 

「フン、何のつもりじゃ?レイストン要塞の守備隊長。リシャール大佐に、わしの監禁を命じられていたのではないのか?」

リアンを見た博士は鼻をならして、リアンを睨みながら言った。

 

「……その節は失礼しました。すでに王国軍は、大佐の率いる情報部によって掌握されています。主だった将官は、懐柔されるか、さもなくば自由を奪われる始末……。モルガン将軍も、ハーケン門に監禁されている状態なのです。」

「えええっ!?あのガンコ爺さんが!?」

「大変なことになっていますね……」

「おいおい、一体どうしてそんな事になっちまったんだ?王国軍ってのはそこまでモロい組織なのかよ。」

「全く………情けないにもほどがあるよ。」

リアンから王国軍の現状を知らされたエステルやヨシュアは驚き、アガットやレイアは王国軍が組織としてあまりにも脆すぎている事に呆れた。

 

「残念ながら……帝国との戦いが終わってから軍の規律は少しずつ乱れていった。特に将官クラスの者たちの間で横領・着服・収賄が絶えなかった。そこをリシャール大佐に付け込まれてしまったのだ。」

「なるほどのう……持ち前の情報力を駆使して弱みを握ったというわけか。」

リアンの説明を聞いた博士は納得するように頷いた。

 

「その通りです。モルガン将軍が監禁された今、リシャール大佐は王国軍の実質的なトップとなりました。」

「と、とんでもないわね……」

「アリシア女王はどうだ?王国軍の指揮権は、最終的に女王に帰属するんじゃねえのか?」

リシャールが軍を牛耳っている事を知ったエステルは驚き、アガットはある事に気付いて尋ねた。

 

「不可解なことだが……女王陛下は沈黙を保ったままだ。陛下の直属である王室親衛隊も反逆罪の疑いで追われている……」

「は、反逆罪!?あのユリア中尉たちが!?」

「中央工房の襲撃事件を親衛隊の仕業に偽装したらしい。ご丁寧にも証拠写真まで用意したようだ。」

「ドロシーさんの写真か……」

リアンの説明を聞いて、親衛隊が嵌められた写真の出所に心当たりがあったヨシュアは思わず呟いた。

 

「そ、そんなのおかしーですっ!中央工房をめちゃくちゃにしておじいちゃんを掠って、アガットさんを撃って死にそうな目に遭わせたのに。それを人のせいにするなんて!」

「ああ……君の言うことに関して返す言葉もない。上官の命令は絶対だが……黙認した私にも責任がある。だから……せめてもの罪滅ぼしをさせて欲しかった。」

珍しく怒りを表したティータにリアンは申し訳なさそうな表情で言った。

 

「……何というか……難儀な人だな、あんた。」

アガットは何も出来ないリアンに同情した。

 

「フン、そういう事であれば無礼の数々は水に流してやろう。その石頭を、スパナで叩くくらいで勘弁してやるわい。」

「きょ、恐縮です。」

「お、おじいちゃんってばぁ。」

「冗談じゃ。」

「これからどうするつもりなの?ほとぼりが冷めるまであたしたちを匿(かくま)ってくれるの?」

ラッセル博士の物言いにリアンは甘んじて受け止め、ティータは苦笑を浮かべた。それらの会話が終わると、エステルは気になることを尋ねた。

 

「いや、それよりもはるかに安全な方法がある。君たちには、この部屋から要塞を脱出してもらいたい。」

「この部屋って……」

リアンの言葉が理解できず、エステルは周囲を見た。見るからにそういった類のものは見られないが……ヨシュアはその言葉の意味を察した。

 

「なるほど……脱出口があるんですね?」

「ふふ、なかなか鋭いな。」

ヨシュアの言葉に笑みを浮かべたリアンは部屋の壁を押した。すると隠し扉が現れた。

 

「わわっ……」

「さすが軍の司令室。なかなか凝ってるじゃねえか。」

「この緊急退避口を使えば要塞の裏にある水路に出られる。ボートが用意されているからそれを使って脱出できるはずだ。本来なら、部外者に明かしたら禁固10年は確実なのだが……。まあ、軍規は許してくれなくとも女神達は許してくれるだろうよ。」

「少佐さん……」

軍規を破ってまで自分達を助力してくれるリアンをティータは心配そうな表情で見た。

 

「遠慮なく使わせてもらうぜ。最初に俺が降りる。次に、爺さんとティータが来い。エステル、ヨシュアにレイア。しんがりはお前らに任せたぞ。」

「わかったわ!」

「了解です。」

「ええ」

アガットはエステル達に指示した後、隠し扉の先に行った。

 

「少佐、さらばじゃ。」

「えっと、あの……。ありがとーございました!」

そしてアガットに続き、博士やティータが続いて行った。

 

「さてと……残りはあたしたちだけね。少佐、色々とありがとう。」

「お世話になりました。」

「いや、礼はよしてくれ。実のところ……君たちと最初に会った時にこうなることは予想していた。」

「最初に会った時……?」

「ゲートでお会いした時ですね?」

リアンの言葉にエステルは首を傾げたが、ヨシュアは心当たりがあり、確認した。ヨシュアの言葉を肯定するようにリアンは頷いた。

 

「ああ、名字を聞いたときにね。君たちは、カシウス大佐のお子さんたちなのだろう?」

「カシウス大佐って……ええっ、父さんってそんなに偉い階級だったの!?」

父の過去の階級を知ったエステルは信じられない表情で驚いた。次々と明るみになっていく父の素性に、もはやスケールの大きさが垣間見えなさすぎる……そう率直に感じた。

 

「私も、あのリシャール大佐も彼直属の部下だったのだよ。10年前の侵略戦争で帝国軍を撃退した『彼ら』と並び立つ陰の英雄……その子供たちならば必ずや、真実を突き止めて博士を助けに来ると思ってね。そして……申し訳ありません、中佐。」

「へ?レ、レイアが中佐!?」

「あはは……細かいことは後で話すけれど、王国軍…国王直属独立機動隊『天上の隼』中佐、レイア・オルランド。それが私のもう一つの肩書だよ。」

 

王室を護衛する王室親衛隊……国内外にわたる情報を統括する情報部……そして実働部隊である王国軍……そのいずれにも属せず、強大な力を持ちうる部隊……それが、アリシア女王自らが推薦した者たちのみが集う、王家の直属独立機動隊『天上の隼』。現在判明している特務兵の面々よりも遥かに練度の高い戦闘技術を持ち、王国では最新鋭の飛行艇を扱うのは彼らだけに許された『権利』である。そのトップに座しているのはアスベル、次席にシルフィア、そして三席にレイアがその部隊を率いている。

 

その部隊は情報部ですらその全容を知らない……いや、知ろうとしたものは容赦なく淘汰されたからだ。

 

「そ、そうだったんだ……でも、父さんが帝国軍を撃退した英雄って……」

父が英雄である事が気になったエステルはリアンに尋ねようとしたが、その時入口の扉が叩かれた。

 

「少佐、よろしいですか!どうやら侵入者が地下牢に来ていた模様です!まだ司令部に潜伏している可能性が高そうですが、いかがしますか!?」

「や、やば……」

兵士が戻って来た事を理解したエステルは焦った。

 

「わかった!すぐ行くからその場で待機!」

リアンは部下が来ないよう指示した後、外の兵士には聞こえない声でエステル達に脱出するよう促した。

 

「さあ、早く行きたまえ。」

「う、うん……!」

「それでは失礼します。」

 

そしてエステル達は隠し扉の先に行き、その先にあったボートの前で待っているアガット達と合流した後、ボートでレイストン要塞を脱出した………

 

 

 



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第57話 王都上陸

レイストン要塞から脱出したエステル達は待機していたクローゼたちと合流し、シャルトルイゼに乗り込んだ。

 

 

~シャルトルイゼ ブリッジ~

 

「なんとか撒いたかな……」

「みたいだね……」

安堵の表情を浮かべたエステルとヨシュア。

 

「ああ……だが、いつまでもここらに留まるの危険だ。今はアイツが引き留めてくれてるが……」

「そうじゃろうな。わしがいないとすれば、躍起になって追いかけてくるじゃろう。」

「そんな……」

アガットの言い分も尤もである。気絶している特務兵が事を知らせれば、大事になりかねない。それは同伴しているレイアも同意見だった。

 

「エステルとヨシュア。それに私とトワ、クローゼ、オリビエ、シオンもだけれど、グランセル……エルベ周遊道で降りるから。」

「え?」

「どうしてです?」

「二人には……ラッセル博士とクローゼが依頼を出すからね。」

「依頼?」

レイアの言葉に首を傾げる二人。そして、二人の依頼……さっぱり事情が呑み込めないようであった。

 

「わしからじゃが……グランセル城にいるアリシア女王陛下と面会してくれんか。」

「じょ、女王様に面会~!?」

「どういう事でしょうか?」

博士の提案にエステルとヨシュアは驚いて、尋ねた。

 

「どうやら、『ゴスペル』は何者かによって情報部から持ち出されたらしい。恐らく、その持ち出した人間が小包でカシウス宛に送ったのじゃろう。じゃが、あの導力停止現象で所在が情報部に知られてしまった。あの黒装束―――特務兵どもが中央工房を襲撃した真の理由はわしでも演算オーブメントでもない。あれを回収するためだったのじゃ。」

「そ、そうだったんだ……」

「なるほど……それで色々納得できました。」

中央工房襲撃と博士誘拐の真実を知ったエステルとヨシュアは真剣な表情になった。

 

「リシャール大佐は、あれを使って王都で何かをしようとしておる。わしのカンが正しければ……非常にマズイことが起きるはずじゃ。その事を陛下に伝えて欲しくてな。」

「非常にマズイこと……あの導力停止現象ってやつ?」

「いや……おそらくそれを利用した……すまん、これ以上はわしの口から言うわけにはいかん。とにかく、あの『ゴスペル』について陛下に直接伝えて欲しいのじゃ。逃亡するわしの代理としてな。」

「はあ……まったくもう。そんな風に言われたら断るに断れないじゃない。」

「僕たちでよければ引き受けさせてもらいます。」

博士の説明を聞き、エステルとヨシュアは表情を和らげて答えた。

 

「すまんな、よろしく頼んだぞ。」

「で、クローゼからは?」

「あ、はい……無理を承知でお願いします。王城の解放と、陛下の救出を手伝っていただけないでしょうか?」

「で、殿下……」

クロ―ゼの依頼を聞いたユリアは驚いた。

 

「陛下との面会と救出、どちらも相当ハードな依頼ね……ま、友達がピンチなのに助けない義理はないわ。」

「ったく、こんのお調子者が……本来なら俺が加わってやりたいが……」

「あ、その点なら心配いらないよ。」

「どういうこと、レイア?」

ため息をつきたくなるほどのハードな任務……正遊撃士クラスの依頼にエステルははっきりと答え、その様子に呆れるアガット、そしてアガットの不安をかき消すかのようにレイアが答え、その答えの根拠が気になったヨシュアはレイアに尋ねた。

 

「だって、今の王都に………遊撃士の精鋭たちが集まってるからね。」

「ハァ!?……って、武闘大会か!!」

遊撃士の精鋭らが王都に集う状態……そんな状態になりうることなどないと思っていたアガットだったが、一つの可能性――今度開かれる武闘大会の可能性に気づき、レイアはそれに答えるように話をつづけた。

 

「ビンゴ♪“雷槍(らいそう)”“魔弾”“轟刃(ごうじん)”“風の剣姫(かぜのけんき)”の四人に、“不破”“霧奏”“黎明”“尖兵”……それと、“不動”と“銀閃”もいることだしね。」

「何か物騒な名前が次々と………って、あれ?“銀閃”ってシェラ姉の異名だよね?」

「そうだね……って、シェラさんがグランセルに?オリビエさん、何か聞いてますか?」

「いや、僕の方は何も。ただ、僕と別れる際、アイナさんとはハナシテタミタイダヨ?」

「あ、トラウマのスイッチが入っちゃったみたい……ということは、オリビエは何も知らないってことね。」

「そうみたいだね。」

レイアの言葉の中に出てきた異名の数々にある意味戦々恐々のエステルだったが、その中の一つである“銀閃”――シェラザードの事に気付いて、ヨシュアが代わるようにオリビエに問いかけるが、どうやらトラウマのスイッチが入ってしまったオリビエの言葉に、二人は何も知らないのだと大体察した。

 

 

ちなみに……後に出てきたアスベル、シルフィア、セシリア、ラグナ、ジン、シェラザードを除く四人のそれぞれの異名は

 

 

“雷槍”――リベールではレイアとシオン、セシリアに次ぐ実力を持つトップクラスのA級正遊撃士、クルツ・ナルダン

 

 

“魔弾”――ロランスに後れを取ったものの、特務兵相手に善戦したB級正遊撃士、カルナ・ヴェイロン

 

 

“轟刃”――剣術ではアガットをも上回る実力者であるB級正遊撃士、グラッツ・ウェイバー

 

 

“風の剣姫”――『八葉一刀流』の使い手で、“剣仙”ユン・カーファイの孫娘であるD級正遊撃士、アネラス・エルフィード

 

 

のことである。

 

 

だが、王都にはまだまだ強者が集っていた。

 

 

“剣聖”カシウス・ブライト、“光の剣匠”ヴィクター・S・アルゼイド、“絶槍”クルル・スヴェンド、“驚天の旅人”マリク・スヴェンド、“猟兵王”レヴァイス・クラウゼル、“西風の妖精”フィー・クラウゼル、そして……“剛の剣閃”セリカ・ヴァンダール。

 

 

後に、刊行されたリベール通信では、この年の武闘大会をこう評した。

 

 

―――『奇蹟を垣間見る大会』と……

 

 

「あ、あの……エステルお姉ちゃん。……ヨシュアお兄ちゃん……」

一方ティータは寂しそうな表情でエステルとヨシュアを見た。

 

「ティータ……しばらくのお別れだね。」

「ごめんね……付いててあげられなくて。」

エステルとヨシュアは名残惜しそうな表情で答えた。

 

「そ、そんなぁ。あやまる事なんてないよう。わたし、お姉ちゃんたちに助けられてばっかりいて……すごく仲良くしてくれて、妹みたいに扱ってくれて……トワちゃんとも友達になれて……うう……えうっ……」

「ティータ……」

「お、おじいちゃんのこと助けてくれてありがとう……うくっ、それから……仲良くしてくれてありがとう………3人とも……大好きだよ……」

ティータは思わずエステルに抱きついた。

 

「君と一緒にいられて僕たちも嬉しかった……こちらこそありがとう。」

「うん……絶対伝えておくね……」

「…………うん、私もティータちゃんのことが好きだよ。」

ティータの言葉にヨシュアは笑顔で答え、抱きついたティータの頭をエステルは優しく撫でて答え、トワは笑みを浮かべて静かに答えた。

 

「………名残惜しいだろうが、そのくらいにしておきな。涙なんざ、また会えた時に取っておきゃいいだろう?」

「グス……もう……デリカシーがないんだから……。」

アガットの言葉に呆れたエステルはティータと離れた後、アガットを見た。

 

「でも……あんたともしばらくお別れね。色々あったけど、一緒に仕事してすっごく良い経験になったわ。ありがとね、アガット先輩。」

「ぞわわ……気色悪い呼び方すんじゃねえ!」

エステルからありえない呼ばれ方をしたアガットは鳥肌が立った。

 

「フフ、中々やるではないかエステル君。君さえよければ、僕のライバルに認定したいところだよ。」

「あんたのライバルだなんて、こっちからお断りよ。あの変態仮面と同類は御免だわ。むしろ屈辱的よ。」

「おっと、それは残念だね。だが、あの御仁と違って僕は寛大な心を持っているからね。それも戯れの言葉として受け取っておこう。」

「何を言っているんですか、貴方は……」

「あはは……」

その言葉をブルブランが聞いたら『何……美の素晴らしさが解らないとは野蛮な輩め。』とでも言うであろうエステルの言葉にオリビエは笑みを浮かべつつ、いつもの調子を崩すことなく言葉をつづけ、ヨシュアを呆れさせ、クローゼはそのやり取りに苦笑しか出てこなかった。自分をからかったエステルとオリビエにアガットは溜息をついた後、ヨシュアに言った。

 

「ったく……演奏家の野郎はともかく、さすがはオッサンの娘だぜ。ヨシュア、その跳ねっ返りが暴走しないように気をつけとけよ。武術だけは一人前だが、それ以外はどうも不安だからな。」

「フンだ、よけーなお世話。」

「ええ、任せてください。アガットさんも気をつけて。博士とティータのこと、どうかよろしくお願いします。」

「ああ、任せておきな。それじゃあ……気を付けてな。」

「さらばじゃ!カシウスの子供たちよ。」

「げ、元気でねっ!お姉ちゃん、お兄ちゃん!」

「うん!ティータちゃんたちも!」

「女神達の加護を。くれぐれも気を付けて。姫様、シオン。御武運を祈っております。」

「ああ。」

「はい、ユリアさんも気を付けて。」

「ピュイ!」

エステル達は博士とティータ、アガット、ユリア達と別れ、エルベ周遊道に降り立った。こうして中央工房襲撃とラッセル博士誘拐事件は一先ず幕を閉じた…………

 

 



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FC・SC第四章~集いし救国者たち~
第58話 波乱の幕開け


その後グランセルに到着したエステル達はギルドに向かった。エステル達がギルドに入ると、そこには今までの旅で出会った正遊撃士を含めた4人の正遊撃士達がグランセルの受付――エルナンから応援の言葉をもらっていた。

 

 

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

「それでは武運を。まあ、皆さんだったら余裕で通過できると思いますが。」

「へへっ、分かってんじゃねえか。」

「出場するからには全力でいかせてもらうよ。」

「そうですよね!軍の連中には負けられません。」

エルナンの応援も込めた言葉に、グラッツやカルナは意気を込めて言い、二人の言葉に反応するかのようにアネラスも力強く頷いた。

 

「さてと、そろそろ出かけるとしようか……ん?」

3人を促した正遊撃士――リベールでもトップクラスと言われ、数少ないA級正遊撃士であるクルツ・ナルダンはエステル達に気付いた。

 

「えっと……」

「どうも、お邪魔します。」

エステルとヨシュアはクルツ達に挨拶をした。

 

「あんたたちは……エステルとヨシュアじゃないか。それにレイアやシオン、お嬢ちゃん達も。」

「あ……ルーアンで会ったカルナさん!」

「久しぶりだな、カルナ。」

「お久しぶりです、カルナさん。」

カルナがいる事に気付いたエステルは驚き、シオンとトワはペコリとお辞儀をした。

 

「そういや、空賊騒ぎの時に一度会ったことがあったっけな。たしか、シェラザードと一緒にいた新人たちだよな?それになんでお前さん達までいるんだ?」

グラッツはエステル達の顔を見て、思い出した後、シオン達にも気付いて首を傾げた。

 

「それについては私から説明させていただきます。皆さんは、早く行かないと間に合わなくなると思いますよ。」

「おっと、それもそうだね……悪いね、4人とも。積もる話はまた後にしよう。」

「それじゃあ、俺たちはこれで失礼するぜ。」

「またね、新人君たち!」

「……失礼する。」

エルナンに促されたクルツ達はエステル達に声をかけた後、ギルドを出て行った。

 

「は~、あれだけ遊撃士が揃うとなんだか壮観って感じよね。」

「そうだね……それにしても、遊撃士があれだけ揃うなんて滅多にないのではないですか?」

エステルは去って行ったクルツ達を見て言った事にヨシュアは同意した。

 

「しかも、全員正遊撃士の紋章を付けていました。それに一人一人、中々の強さを感じられましたね。」

「………そういえばエステル君達がつけている紋章と形がちょっと違ったね。どちらかと言えば、レイア君やシオン君のつけているものに似ていた……あれがエステル君達が目指している正遊撃士ってやつかな?」

クローゼは去って行ったクルツ達を評価し、オリビエはクルツ達がつけていた遊撃士の紋章がエステルとヨシュアがつけている紋章と形が異なる事に気付いて、尋ねた。

 

「そうですね。それにしてもみんな凄腕みたいだね。出場するとか言ってたからひょっとして……」

オリビエの疑問に頷いたヨシュアが言いかけた所をエルナンが続けた。

 

「ええ、お察しの通りですよ。彼らはこれから武術大会の予選に出るんです」

「へ~っ……って。す、すみません!あたし、ツァイス支部から来たエステル・ブライトっていいます。」

「同じく、ヨシュア・ブライトです。」

「えと、トワ・ハーシェルといいます。」

「クローゼ・リンツです。」

「僕は美をこよなく愛する、人呼んで『愛の狩人』、オリビエ・レンハイムさ。」

「私とシオンは顔馴染だから、自己紹介がいらないかな?」

「だな……」

エルナンにエステル達はそれぞれ自己紹介をした。

 

「私はエルナン。グランセル支部を任されています。キリカさんから連絡を頂いたのであなたたちの来訪は知っていました。早速ですが、転属手続をしていただけますか?」

「はい、わかりました。」

そしてエステル達は転属手続きの書類にサインをした。

 

「はい、結構です。遊撃士協会、グランセル支部にようこそ。個人的に、あなた達が来るのをとても楽しみにしていたんですよ。たしか、カシウスさんのお子さんたちなんですよね?」

「あ、うん、そうだけど……やっぱりエルナンさんも父さんの知り合いなのよね?」

「ええ、カシウスさんにはいつもお世話になっています。聞いた話ですと、旅に出たきりお戻りになっていないそうですが?」

エステルの疑問に頷いたエルナンは逆に尋ねた。

 

「うん……しばらく留守にするって手紙はあったんだけど……」

「具体的に、どこに行くかは書かれていなかったんです。ロレントからツァイスまで一通り回ってみたんですけど父の消息は分かりませんでした」

「ふむ、そうなると国内にはいない可能性が高そうですね。しかし、参ったな……。現在、軍のテロ対策で王都で遊撃士のメンバーが活動しにくくなっているんです。キリカさんから聞いた件に対策するためにもできればカシウスさんと連絡が取りたかったんですが………」

エステルとヨシュアの言葉からエルナンはカシウスがいる場所を推定し……その上で、カシウスと連絡が取れない事に溜息を吐いた。

 

「それで、エルナンさん。僕達はどうすればいいですか?」

ヨシュアはこれからの方針をエルナンに尋ねた。準遊撃士である自分たちができる範囲で……尚且つ、正遊撃士の人達――レイアやシオンの手助けになるような依頼の事を尋ねる。

 

「遊撃士協会の性格上、軍への介入はできませんが……傍観できる状況でもなさそうです。とりあえず、あなたたちはラッセル博士の依頼を遂行していただけますか?」

「もちろん、そのつもりよ。ただ問題なのは、どうやったら、女王様に会えるかなんだけど……」

エステルはどうやって、リベールの国王――アリシア女王に会うかを悩んだ。

 

「そうですね……普段なら、遊撃士協会の紹介状があれば取り次いでもらえるはずなんですが……」

「え、そうなの!?なーんだ♪心配して損しちゃった。」

口を濁しながら言うクローゼの言葉にエステルは反応して、明るい顔をしたがヨシュアは首を横に振って答えた。

 

「エステル……そう簡単にはいかないと思う。何といっても、城を守る親衛隊がテロリスト扱いされているんだ。それが何を意味するか分かるかい?」

「え、それってつまり……紹介状を握りつぶされちゃう?」

「うん、その可能性が高そうだ。レイストン要塞と同じくグランセル城もリシャール大佐に掌握されている可能性が高いと思う。」

「うう、やっぱりそっか~……そうなると、簡単には女王様に会えそうもないわね……(となると、クローゼも拘束される可能性が高そうだし、難しいわね……)」

ヨシュアに言われたエステルは唸った。

 

「ここで考えてても仕方ないから、とりあえずお城に行ってみない?うまくすれば、門番あたりから情報が聞き出せるかもしれないし。」

「それは構わないけど……一つ注意しておくことがある。僕たちが女王陛下に面会しようとしていることは隠しておいた方がいいと思うんだ。リシャール大佐の耳に入ったら妨害される可能性が高いからね。」

「あ、なるほど……」

「確かに、当面は他の遊撃士にも伏せておいた方がよさそうですね。くれぐれも慎重に情報収集を行ってください。」

「わかったわ、エルナンさん。」

「何か分かったら報告します。」

そしてエステル達がギルドを出ようとした時、レイアが呼びとめた。

 

「エステル。私達は少しやる事ができたの。悪いけど、エステル達だけで行ってくれない?」

「レイアさん?」

「…………嫌な予感。」

レイアの提案にクローゼは首を傾げ、シオンは溜息を吐いた。

 

「え?う、うん。わかったわ。」

「それじゃ、行ってきます。」

「それでは、行くとしようか。」

そしてエステル達はギルドを出た。エステル達が出たのを見送ったレイアはエルナンにある事を言った。

 

「さて………エルナンさん。私達の用事の件だけど…………」

「話は伺っていますが……本当にいいのですか?」

エルナンはレイア達の用事を聞いて、驚いて尋ねた。

 

「大方アスベルは毎年出ているわけだし、クローゼにとってみれば良い隠れ蓑になるかもね。それに、闘技場で『無粋な真似』をすれば、汚名を被るのは向こうだしね。」

「………やっぱり、めんどくさい事になったよ。」

「あの、レイアさん。私も出場するのですか?」

「いいの。それぐらいしても罰が当たらないよ。」

「……わかりました。気は進みませんが、やるからには全力でやらせていただきます。」

レイアの言葉にシオンはため息をつき、今のレイアに何を言っても無駄とわかっているクローゼも諦めて溜息を吐いた後、気を取り直した。

 

「それじゃ、いっくよ。」

「はいはい……」

「はい。」

「やれやれ………どうやら今年の大会は相当荒れそうですね………」

レイア達を見送ったエルナンはクルツ達も参加している『ある大会』がどうなるかわからず、溜息を吐いた…………

 

 

その後エステル達は城まで見に行き、遊撃士の紋章を隠して旅行者を装って城門を守っている兵士達から色々な情報を手に入れて話合っているところフィリップを連れたデュナン公爵が城から出て来て、武術大会を行っている王立競技場(グランアリーナ)に観戦に行った。兵士達からデュナンが女王代理を務めている事を知っていたエステル達はデュナンの動向を調べるため、グランアリーナに向かった。

 

 



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リベール王国武闘大会~予選~

~グランアリーナ 観客席~

 

「うわぁ……いっぱい入っているわね~!」

「うん、すごい熱気だね。予選からこの数っていうことはかなり大きなイベントみたいだ。」

「ここまでのイベントが行われているとは……エレボニアにはない趣だね。これは面白そうだ。」

チケットを買ってグランアリーナに入ったエステル達は観客席に行って、ほぼ満席になっている観客席を見て驚いた。

 

「って、そうなの?エレボニアぐらいなら闘技場ぐらいあると思ったのだけれど?」

「エレボニアはリベールと違って貴族制度が健在だからね。自ら身を傷つけるという行為は家の尊厳を貶める……そんな風習みたいな“しがらみ”があるのだよ。」

「そうなんですか……」

「それにしても予選試合、どこまで進んでいるのかな。」

エステルがそう呟いた時司会の声が聞こえて来た。

 

「お待たせしました。これより第3試合を始めます。」

「あ……始まったみたい。」

「それじゃあ、どこか空いている所に座ろうか。」

そしてエステル達は空いている観客席を探して、座った。

 

「南、蒼の組。国境警備隊、第~部隊所属。~以下4名のチーム!」

片方の門から兵士達が現れた。

 

「あれっ……試合って1対1じゃないんだ?」

「うん、団体戦だったみたいだね。僕の記憶だと確か個人戦だったはずだけど……」

団体戦である事にエステルは驚き、ヨシュアは首を傾げた。

 

「北、紅の組。遊撃士協会グランセル支部。クルツ選手以下4名のチーム!」

そしてもう片方の門からクルツ達が現れた。

 

「あっ、カルナさんたちだわ!」

「危うく見逃すところだったね。」

クルツ達の登場にエステル達は興味津々でクルツ達を見た。

 

「これより武術大会、予選第3試合を行います。両チーム、開始位置についてください。」

審判の言葉に頷いた両チームは開始位置についた。

 

「双方、構え!勝負始め!」

そして兵士達とクルツ達は試合を始めた!試合は終始クルツ達の有利で運び、結果はクルツ達の勝利となった。

 

「勝負あり!紅の組、クルツチームの勝ち!」

「やったあああーーっ!すごいわ、カルナさんたち!」

「うん。それにほかの遊撃士の人達も凄く強いね。遊撃士の人達の動きはとても参考になるよ。」

「いい勝負と言わざるを得ないね。軍人たちもいい動きだったが、連携攻撃と役割分担の上手さで遊撃士チームには及ばなかったようだね。」

試合がクルツ達の勝利で終わった事にエステル達が興奮しているところ、また司会の声が聞こえて来た。

 

「……続きまして、これより第4試合を始めます。南、蒼の組。チーム『レイヴン』所属。ベルフ選手以下4名のチーム!」

片方の門からかつてルーアンで操られていた不良集団――レイヴンの下っ端達が現れた。

 

「あ、あの連中!?」

「ルーアンの倉庫街にいた不良グループのメンバーだね。なるほど、普通の民間人にも開かれている大会なのか……」

「はあ、場違いもいいとこだわ……。戦闘や武術のプロが集まっているのにあんな連中が敵うわけないじゃない」

レイヴンの登場にエステルは溜息を吐き、ヨシュアは驚いた。

 

「北、紅の組。隣国、カルバード共和国出身。武術家ジン選手以下1名のチーム!」

「おや、あの御仁は……」

「ジ、ジンさん!?」

「また知り合いか……。世間は狭いって感じだね。でも、一人で出場なんてさすがに不利だと思うけど……」

「確かに……。いくら相手がチンピラでも囲まれちゃったらマズイかも。」

ヴァルターとの遭遇の際に助けてもらい、また、アガットを助けるための薬の原料をとりに行く時、手伝ってくれた遊撃士――ジンの登場にエステル達は驚き、また一人で出場している事に驚いた。その時、司会の説明が聞こえて来た。

 

「ジン選手は今回の予選でメンバーが揃わなかったため1名のみでの出場となります。著しく不利な条件ではありますが本人の強い希望もあったため今回の試合が成立した次第です。みなさま、どうかご了承ください。」

「これより武術大会、予選第4試合を行います。両チーム、開始位置についてください。」

審判の言葉に頷いた両チームは開始位置についた。

 

「双方、構え!勝負始め!」

そしてジンとレイヴンの下っ端達は試合を始めた!

 

「「「「オラァッ!!」」」」

「こおぉぉぉぉ、奥義………………」

レイヴン達は同時に襲ってきたが、ジンは余裕の笑みを浮かべた後……ジンの両手から大きな闘気でできた弾ができた。

 

「破っ!雷神掌!!」

ジンの両手から放たれた闘気の弾はレイヴン達に命中して、爆発した!

 

「勝負あり!紅の組、ジン選手の勝ち!」

「ひゃっほーーっ!さすがジンさん、圧倒的!」

「余計な心配だったみたいだね。あの巨体で、動きも速いし、技のキレも凄まじいものがある。ただ、さすがに本戦になったら1対4は厳しいとは思うけど……」

「うーん、確かに……」

その時、また次の試合の組み合わせのアナウンスが入った。

 

「……続きまして、これより第5試合を始めます。南、蒼の組。王国正規軍所属、第~部隊所属。~以下4名のチーム!」

片方の門より、また王国軍の兵士達が現れた。

 

「北、紅の組。遊撃士協会ロレント支部、レイア選手以下3名のチーム!」

もう片方の門からは何と、レイアとシオン、そしてクローゼが現れた。

 

「レイア選手はジン選手と同じように今回の予選でメンバーが揃わなかったため3名のみでの出場となります。著しく不利な条件ではありますが本人の強い希望もあったため今回の試合が成立した次第です。みなさま、どうかご了承ください。」

3人だけの出場にざわめいている観客達に司会は説明をした。

 

「レ、レイア!?い、いつのまに出場手続きをしちゃったんだろう……(てか、クローゼを大会に出して大丈夫なの?)」

「彼女達の用事ってこの事だったんだ……(レイアのことだから、何か手は打ってありそうだし、心配はしなくていいんじゃないかな。)」

「ほう……(敢えて渦中に飛び込む勇気………嫌いじゃないね)どうやら、レイア君の事をライバルとして認定する必要がありそうだね。」

「何でよ……」

レイアとシオン、そしてクローゼの登場にエステルとヨシュア、そしてオリビエは驚いた。

 

「これより武術大会、予選第5試合を行います。両チーム、開始位置についてください。」

審判の言葉に頷いた両チームは開始位置についた。

 

「双方、構え!勝負始め!」

そしてレイア達と兵士達は試合を始めた!

 

「例え相手が女子供であろうと大会に出ている上、油断や手加減はするな!行くぞ、お前達!」

「「「イエス、サー!!」」」

隊長らしき人物の声に部下達は頷いて、レイア達に攻撃をしようとしたが

 

「女子供ねぇ……仮にも“上司”として、少しお灸をすえないといけないね。」

「フフフ……久しぶりにやっちゃおうか、レイア。」

「まったく……支援はしておきますね。ラ・フォルテ!」

不敵な笑みを浮かべつつ棒を構えるレイアとレイピアを構えるシオン。その様子に乾いた笑みしか出てこないクローゼは支援のアーツをかけて二人の攻撃力を上げた。それを確認した二人は武器を構え、突撃した。そして、クラフトを繰り出した!

 

「ちょっとした奥義、朱雀烈破!!」

「ミラージュ・インフェルノ!!」

「「「「グワァァァァ!?」」」」

レイアとシオンの放ったクラフト……朱雀の姿の闘気を敵にぶつける『朱雀烈破』、全方位から収束させた闘気の刃を縦横無尽に放つ『ミラージュ・インフェルノ』が放たれ、命中した兵士達は断末魔を上げた後、倒れた。

 

「死なないように手加減はしてあるからね。」

「問題はないだろ。」

「そう言う問題じゃないですよ、これは!ともかく……ホーリーブレス!」

倒れて、ピクリともしない兵士達にレイアやシオンはそれぞれ勝ち誇った笑みで言った。一方、クローゼは怒りつつも呆れた表情で回復のアーツを兵士にかけて最低限の処置を施した。

 

「しょ、勝負あり!紅の組、レイアチームの勝ち!救急部隊!今すぐ来てくれ!」

「オオオオォォォォォォォォ!!!」

観客達は見た目とは裏腹に圧倒的な強さを見せたレイア達に驚愕した。ピクリともしない兵士達を見て審判は驚いた後、レイアの勝ちを宣言した後、ピクリともしない兵士達をすぐに治療しないとまずいと思い、救急部隊を呼んだ。

そして救急部隊がやって来て、担架に一人一人乗せて、医務室に運んで行った。

 

「す、凄っ………!何よ、アレ……(あたしとの鍛練でもあんな技は見せたことないのに……どんだけ強いのよ、レイアは)」

「クローゼはともかくとして、レイアとシオン……流石リベールでもトップクラスの正遊撃士とでもいうべき実力だね。」

「いやはや、凄い御仁だね。(“紫電”といい、“剣聖”といい、遊撃士にはただならぬ実力者が多いね。)」

レイア達が見せた戦技にエステルやヨシュアは驚き、オリビエは感心したような表情でレイア達を見ていた。

 

無理もないことだ。レイアは独立機動隊『天上の隼』の三席、シオンは王室親衛隊大隊長……曲がりなりにも王国軍での実力者。肩書のみならず、実を伴ったその力はまさしく本物である。そして次の試合の組み合わせのアナウンスが入った……………

 

「……続きまして、これより第6試合を始めます。南、蒼の組。王国軍正規軍所属、第~部隊所属。~以下4名のチーム!」

今までのように片方の門より、また王国軍の兵士達が現れた。

 

「北、紅の組。遊撃士協会ロレント支部。アスベル選手以下2名のチーム!」

もう片方の門からはなんと、アスベルとセリカが現れた。

 

「セリカ!?それに、アスベルまで出場していたの!?」

「ハハ……顔見知りばかりの大会になってしまいそうだね………」

学園祭で顔を合わせたことのあるセリカ、そして近所の顔馴染であるアスベルまで出場している事にエステルは驚き、ヨシュアは自分達の知り合いばかりが出ている大会になる事に苦笑した。

 

「アスベル選手はジン選手やレイア選手と同じように今回の予選でメンバーが揃わなかったため2名のみでの出場となります。著しく不利な条件ではありますが本人の強い希望もあったため今回の試合が成立した次第です。みなさま、どうかご了承ください。」

「これより武術大会、予選第6試合を行います。両チーム、開始位置についてください。」

審判の言葉に頷いた両チームは今までと同じように開始位置についた。

 

「双方、構え!勝負始め!」

そしてアスベル達と兵士達は試合を始めた!

 

「先の試合でやられた仲間達の思いを汲むためにも、遊撃士に我等王国正規軍魂を見せてやれ!突撃!」

「「「イエス、サー!!」」」

隊長の言葉に力強く返事した兵士達は武器を構えて、アスベル達に突撃して来た。

 

「アハハ……どうします?」

「ま、久々だしな……ここらでちょっと“威圧”しておくか。」

「手厳しいですね……でも、嫌いじゃないです♪」

その光景に苦笑を浮かべたが……彼らには悪いが、“説教”も兼ねてちょっとばかし本気でいくことにした。

 

「そこだっ!!」

兵士らは容赦なく突きを繰り出すが、

 

「ふ、ほ、はっ、っと……」

「よっと……確かに、練度はそれなりのものですね。」

アスベルとセリカは難なくそれをいなす。

 

「第二陣、行けっ!!」

そして、隊長らしき人が指揮し、後方にいた兵がアーツを放つ。

 

「悪くはないけど……(ちょいと“実験”してみるか……『ALTIA』、オーバルブースト……リフレクト)」

それを見たアスベルはわざと足を止め、小声でオルティアの機能を駆動させ……兵の放った風属性のアーツを太刀に浴びせ“溜めこんだ”。

 

「なっ!?」

「(うん、悪くはないかな……)さて、セリカ。“準備運動”の仕上げと行くか。」

「了解。」

驚きを隠せない隊長格の兵士だったが、その隙を見逃さず、アスベルとセリカは構えた。

 

「二の型“疾風”が奥義……壱式『風神烈破』!!」

「受けよ、我が剛剣…断崖斬!!」

Sクラフトクラスのクラフト……『八葉一刀流』二の型“疾風”の奥義で、風の闘気を纏い高速の斬撃と強烈な一撃を浴びせる『風神烈破』、『地裂斬』の上位技でありその技の威力は崖すら生み出すほどの破壊力を誇る『断崖斬』が兵士たちに命中し、兵たちは気絶した。

 

「勝負あり!紅の組、アスベルペアの勝ち!」

「さすがアスベルとセリカね。余裕勝ちじゃない!動きも洗練されていて、全く隙がなかったし!」

「うん。さすがレイアが言うだけあるね。親衛隊クラスはおろか、特務兵ですら相手にならないんじゃないかな。」

「……ヨシュア君、君とエステル君の近所に住んでいる御仁らは人間なのかい?(“鉄血宰相”……あれで本気すら出していない『彼ら』に喧嘩を売るのは正気と思えないね……冗談抜きでエレボニア帝国を崩壊させる気かい?)」

「人間だと思いますよ……多分ですが。」

エステルはアスベルの強さを改めて見て興奮し、ヨシュアは率直に評価をしていた。そして、先程の試合を見ていたオリビエは内心冷や汗をかきつつも恐る恐るヨシュアに尋ね、ヨシュアは疲れた表情を浮かべつつ半ば信じたくないような気持ちで答えた。

第7試合は特に何もなく、普通の試合であった。そしてまた次の試合の組み合わせのアナウンスが入った。

 

「……続きまして、これより第8試合を始めます。なお、この試合をもちまして予選試合は終了となります。南、蒼の組。王国軍情報部、特務部隊所属。~以下4名のチーム!」

片方の門からはなんとルーアン、ツァイスで対峙した特務兵達が現れた。

 

「あいつら……!」

「どうやら正体を隠すのはやめたようだね………」

特務兵の登場にエステル達は驚いた。

 

「北、紅の組。遊撃士協会レグラム自治州支部、ヴィクター選手以下2名のチーム!」

もう片方の門からはその存在感だけでも全ての者を圧倒するだけの威圧を放っている男性――レグラムを統べる長にして、かつては帝国の双璧と呼ばれ……現在は白隼の武門として名高い『アルゼイド流』筆頭伝承者……“光の剣匠”ヴィクター・S・アルゼイドと、もう一人は白の仮面と白銀のコートで身を包んだ御仁がいた。

 

「ヴィクター選手はジン選手やレイア選手、アスベル選手と同じように今回の予選でメンバーが揃わなかったため2名のみでの出場となります。著しく不利な条件ではありますが本人の強い希望もあったため今回の試合が成立した次第です。みなさま、どうかご了承ください。」

「リベールはおろか、西ゼムリアではトップクラスの実力を持つ人か…………多分特務兵達じゃあ、数がいても敵わないね。」

「そうね。確かラウラのお父さんだったっけ。どんな強さか気になるわね。」

「にしても、隣にいるあの御仁の格好は中々趣があるじゃないか。」

「……」

「エステル?」

「あ、いや、何でもないわ。(何でだろ……あの人、父さんと似たようなオーラを感じたのだけれど……)って、ちょっと待って。ヴィクターさんのこと、遊撃士協会所属って言ってたような……」

「言ってたね……どういうことなんだろう?」

「……とりあえず、本人に聞いた方が早いわよね。うん……驚くことが多すぎて、疲れちゃうわよ。」

これから見せるであろうヴィクターの実力にヨシュアやエステルは見逃すまいと試合に注目し、オリビエはヴィクターの隣にいる仮面をつけた人物の格好に興味がいっていた。

 

「これより武術大会、予選第8試合を行います。両チーム、開始位置についてください。」

審判の言葉に頷いた両チームは今までと同じように開始位置についた。

 

「双方、構え!」

両チームはそれぞれ武器を構えた。

 

「勝負始め!」

そしてヴィクターらと特務兵達が試合を始めた!

 

「相手は2人とはいえ、油断するな!“光の剣匠”に我等誇り高き特務部隊が最強の部隊である事を証明するぞ!」

「「「イエス、サー!」」」

黒を基調とした服装をした隊長の言葉に特務兵は力強く頷いた。

 

「ふむ………あれがクーデターをたくらんでいる特務兵か………お手並み拝見といこうではないか……はっ!」

ヴィクターは剣を振って、衝撃波を起こして特務兵達に向けて放った。

 

「!全員、散開!」

「「「ハッ!」」」

自分達に襲いかかって来る強力な剣風に気付いた隊長は特務兵達に命令した後、特務兵達と同じようにその場を横に跳んで回避した。

 

「敵を囲めっ!相手は2人だ!」

「「「ハッ!」」」

隊長の言葉に頷いた特務兵達は素早くヴィクターと仮面の人物の攻撃範囲外らしき場所から3人で囲んだ。

 

「ふむ……そこそこ鍛錬はされているようだな。」

「どうやら、そのようだな。」

ヴィクターと白仮面は特務兵達の動きを見て、自分なりの評価をした。

 

「突撃!同時攻撃で一瞬で決めろっ!」

「「「ハッ!」」」

特務兵達は3人同時に二人に襲いかかったが

 

「だが、その範囲も我が間合いと知らぬとは笑止………真・洸円牙!!」

「「「ギャァァァッ!?……………」」」

ヴィクターの周囲を巻き込み殲滅する衝撃波を出す強力なクラフト――『洸円牙』よりも更に洗練された上位技『真・洸円牙』を受けて、断末魔をあげて、吹っ飛ばされた!吹っ飛ばされた特務兵達は壁に当たった後、重傷を負った状態で気絶した。

 

「え。」

一瞬の出来事に隊長は呆けた。

 

「……戦場で余所見は厳禁だ。」

そこに白仮面が一瞬で隊長の目の前に現れた。

 

「なっ!?」

「食らうがいい、はあっ!!」

「ガアッ!?……………」

白仮面のクラフト――高速斬撃を受けた隊長は部下達と同じように一瞬で全身傷だらけになった上、体中の神経もいくつか斬られて動かなくなり、その場に崩れ落ちて二度と立ち上がらなくなった。

 

「ふ……筋だけは中々のものだったぞ。」

そしてヴィクターは倒れている特務兵達に勝利のセリフを言った。

 

「しょ、勝負あり!紅の組、ヴィクターペアの勝ち!救急部隊!今すぐ来てくれ!」

「オオオオォォォォォォォォ!!!」

観客達は圧倒的な強さを見せたヴィクターらに驚愕した。重傷を負って呻いている隊長や特務兵達を見て審判は驚いた後、ヴィクターらの勝ちを宣言した後、痛みで呻いている特務兵達をすぐに治療しないとまずいと思い、救急部隊を呼んだ。

そして救急部隊がやって来て、担架に一人一人乗せて、医務室に運んで行った。

 

「な、何あれ………あたし達と次元が違うじゃない!?あいつらそこそこ強いのにあの人達、苦もなく一瞬でやっつけたじゃない!(学園祭で見せたのは手加減してたってことよね……)」

「今までの参加者の中でも圧倒的な強さだね………あれなら例え相手が4人いても関係ないね………多分、彼らが優勝候補に上がっているだろうね………」

「で、出鱈目だね……(ミュラー君の言っていたことは当たっていたということか……いやはや、なんとも恐ろしい御仁だよ。)」

ヴィクターの圧倒的な強さにエステルやヨシュアは驚き、オリビエは引き攣った表情を浮かべつつ、彼らに勝てる人物がいるのか疑問に思った。その時、試合終了のアナウンスが聞こえて来た。

 

「ただ今の試合をもちまして予選試合は全て終了となりました。本戦出場チームは9組。明日から3日間にわたって開かれる、トーナメント戦で優勝チームを決します。なお、先ほど行った抽選によってヴィクターペアはシード権取得となり、2回戦からとなっております。それでは最後に、大会主催者であるデュナン公爵閣下から挨拶があります。」

そして特別席にいたデュナンが椅子から立ち上がって、喋り始めた。

 

「ウオッホン!あー、親愛なる市民諸君よ、本日はわざわざの観戦ご苦労だった。私は残念ながら、政務で忙しかったため一部の試合を見逃してしまったが、私が見た試合はどれもレベルが高く非常に楽しませてもらい、また興奮した!最近、テロ事件に陛下の健康不調と深刻なニュースばかり続いているが……だが、どうか安心して欲しい!陛下から政務を託された者としてこのデュナン・フォン・アウスレーゼ、身を粉にして諸君らの期待に応えよう!そして、この武術大会の活気が諸君らの気持ちを明るくするのに役立ってくれればと思う次第である!明日からの本戦を、どうか楽しみにしていて欲しい!」

デュナンの演説が終わると観客席から大きな拍手が起こった。

 

「あ、あの公爵さんにしては言ってることがマトモすぎる……」

「多分、情報部のスタッフが文面を考えているんだろうね。」

デュナンのまともな演説にエステルは驚き、ヨシュアは大体の事情を察した。

 

「はっはっは……おお、そうだな。大会の優勝者ならびに準優勝者には、賞金とは別に私からのプレゼントを用意しよう!」

一方デュナンは自分に向けられている拍手に気分をよくして、ある提案をした。

 

(か、閣下……勝手によろしいのですか?)

そこにフィリップが後ろからささやいた。

 

(うるさい、黙っておれ。私の気前の良さを見せる良い機会だ。)

フィリップを黙らせたデュナンは向き直って、ある事を宣言した。

 

「そのプレゼントとは、3日後にグランセル城で行われる宮中晩餐会への招待状である!陛下は残念ながら出席されないが各界の名士が集う、最高の晩餐会だ。王侯貴族のみに許された、最高の料理ともてなしを約束しよう。今日勝ち残った出場者は、どうか励みにして頑張ってほしい!」

デュナンの突然の提案に観客達は驚いた後、大きな拍手と歓声をデュナンに送った。こうして武術大会予選試合は締めくくられた……………

 

 



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リベール王国武闘大会~予選後~

~グランアリーナ・控室~

 

そこにはレイア達やクルツ達、そしてアスベル達にヴィクターらがいた。

 

「みんな!予選突破、おめでと~!」

「あっ、新人君たちだ!」

「おや、あんたたちか。」

「よお、ひょっとして試合を見に来てくれたのか?」

エステル達に気付いたアネラス、カルナ、グラッツはエステル達に話しかけた。

 

「はい、ちょうど先輩方の試合を見ることができました。すごく良い試合でしたね。」

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ。今回はいきなり団体戦に変更されたから戸惑ったがね。」

ヨシュアのお祝いの言葉にクルツは苦笑しながら答えた。

 

「それにしてもレイア達ったら、酷いわよ。あたし達に秘密で武術大会に参加しちゃって!今までそんなそぶりを見せた事なかったから驚いたわよ!」

「フフ………本来私が驚かせる側なのに、エステルにはいつも驚かされてばかりだからね」

「それをお前が言うなよ……」

「あはは………」

エステルはジト目でレイア達を見たが、レイアは悪びれも無く胸を張って答え、その言葉を聞いたシオンは思わず突っ込み、クローゼは苦笑した。

 

「そう言えば……先ほど団体戦になって戸惑ったと言っていたけれど、元々団体戦ではなかったのかな?」

オリビエはクルツの言葉を思い出して、尋ねた。

 

「ああ。例年の武術大会は元々1対1の個人戦なんだ………アスベルは毎年出場しているから、今回の大会は異例であると気付いていると思うよ。」

その疑問にクルツは答えた後、アスベルを見た。

 

「ああ。でも、今回は団体戦だから今まで手合わせできなかった人とも戦える可能性があるからな。対戦することになったらよろしくお願いしますよ、クルツさん。」

「ハハ……お互い当たった時はお手柔らかにお願いしたいな。」

アスベルの言葉を聞いて、クルツは苦笑した。

 

「それにしてもいきなりルールが変更されて、本当に焦りましたよね。」

「あたしたちはまだいいさ。何とかメンバーも揃ったんだ。ジンの旦那なんか正直、困ってるんじゃないかねぇ。」

アネラスの言葉に頷くようにカルナがジンの現状を言った。

 

「あ、カルナさんたちもジンさんの知り合いなんだ?」

「ま、知り合って間もないけど名前だけは知っていたからねぇ。『不動のジン』って言って共和国じゃ有名な遊撃士なのさ。」

「どうやら、武術大会に出るためにリベールにやって来たらしいが……さっきも言ったように大会が個人戦から団体戦にいきなり変更されてしまったんだ。」

「これが、例の公爵閣下の思い付きだったらしくてな。で、ジンの旦那は仕方なく1人で登録する羽目になったわけさ。」

エステルの疑問にカルナは頷き、クルツはルールが変わった理由を答え、グラッツはなぜジンが一人で参加しているかを答えた。

 

「そうだったんだ……。まったく、あの公爵ってのはロクでもないことばかりするわね。」

「はは、違いない。しかし、このまま彼の実力が発揮されないのは惜しすぎる。」

呆れて言うエステルの言葉にクルツは苦笑しながら、頷いた。

 

「だな。無名でもいいからある程度戦えるヤツがいれば………おっ!?」

同じように頷いていたグラッツはある事に気付いて、エステル達を見た。

 

「……おや…………」

「…………ふむ」

「……いいかも…………」

カルナやクルツ、アネラスも同じようにエステル達を見た。

 

「???な、なんなの?マジマジと見ちゃって……」

クルツ達に見られたエステルは戸惑いながら尋ねた。

 

「いや、ものは相談だが……。君たち、ジンさんに協力して本戦から出場してみないか?」

「え……。ええええええ~っ!?」

「本戦からの参加って……。そんなの大丈夫なんですか?」

クルツの提案にエステルは驚き、ヨシュアも同じように驚いた後尋ねた。

 

「それは大丈夫でしょ。実際、私らも今日エントリーして認められてるし。」

レイアはそうエステル達に言った。

 

「ジンの旦那も遊撃士の助っ人が他にいないかエルナンに頼んだみたいでな。ただ、シェラザードはこっちに来ているけれど他の仕事で忙しいらしいし、アガットのヤツとは連絡がとれない。他の連中も似たようなもんらしいぜ。」

「カシウスさんに至っては国内にいないみたいですからねぇ。ま、あの人とジンさんが組んだら反則っていう気もしますけど……というか、アスベル君、シルフィアちゃん、レイアちゃん、シオン君……それにヴィクターさんの参加自体、反則なんですけどねぇ……」

グラッツの言葉に頷いたアネラスはカシウスとジンがいっしょに戦った時の事を思い浮かべて、絶対に勝てない事に苦笑した後、アスベルたちのほうを見た。

 

「はは……そういうわけだから前向きに考えてみたらどうかな。今日中にジンさんと決めれば明日の選手登録に間に合うはずだ。」

「う、うん……」

クルツに言われたエステルは放心した状態で頷いた。

 

「おっと……長話しすぎちまったようだね。それぞれの依頼も抱えているし、あたしたちはこれで失礼するよ。」

「ばいばーい、新人君たち!」

「へへ、試合場で手合せできるのを楽しみにしてるぜ。」

そして仕事の時間が来た事に気付いたクルツ達はその場を去った…………

 

「そういえば……そっちの仮面の人は誰なの?」

「言われてみれば……ヴィクターさん、知り合いですか?」

「ああ。腕の方は立つからな。彼の名はカイトス。故あって素顔は明かせないが。」

「………よろしく頼む。」

ふと、エステルらは仮面の男が気になり、尋ねるとヴィクターが代わりに説明し、その人物――カイトスは自己紹介した。

 

「えと、宜しくね。あたしはエステル・ブライト。」

「僕はヨシュア・ブライトです。」

「僕は愛の狩人、オリビエ・レンハイムさ。突然だけど、君を僕のライバルとすることにしたよ。」

「そこ、話をこじれさすような真似は止めい!!」

「あはは……」

それに続いて自己紹介したエステルとヨシュア。オリビエは酔いしれた感じの口調でカイトスの方を向いてライバル宣言し、エステルはジト目でオリビエに忠告し、クローゼはその光景に苦笑していた。

 

「……よろしく頼む。」

そう一言いうと、踵を返して控室を後にした。

 

「やれやれ……というか、どうしようかエステル?仕事の相談をするつもりが変な話になっちゃったけど……」

クルツ達が去った後、ヨシュアは放心しているエステルに尋ねた。

 

「……えへへ…………むふふ…………」

しかしエステルは顔を下に向けて、ぶつぶつと何かを呟いていた。

 

「エステル、だ、大丈夫?」

エステルの様子がおかしいことに気付いたヨシュアが尋ねた時

 

「キタ――――――!!!」

「ぬおっ!?」

「「キャッ!?」」

エステルは顔を上げて、絶叫した。エステルの奇声にシオンやレイア、クローゼは驚いた。

 

「そうよ、そうなのよ!やっぱりそーこなくっちゃ!ああ、女神(エイドス)様!大いなる加護を感謝いたします~!」

「………エ、エステルが壊れた……」

エステルの様子をヨシュアは哀れなものを見るような目で見ていた。

 

「考えてもみなさいよ。武術大会に出られるのよ!?困ってるジンさんに協力できる……あたしたちは城に堂々と入れる……ついでに白熱したバトルもできる……これぞまさに一石三鳥!」

「そ、そんなに出たかったのか……まあ、優勝できると決まったわけじゃないけど、僕達の手で依頼を達成できる可能性が出てきたのは嬉しいな。」

「依頼というと、女王陛下に会う事ですか?」

エステルとヨシュアの言葉から察したセリカは尋ねた。

 

「うん!女王様に博士から頼ま……モガ。」

セリカに尋ねられたエステルにヨシュアは両手でエステルの口を塞いだ。

 

(ちょっと、何するのよ~!)

口を抑えられたエステルは抗議するように、ヨシュアを睨んだ。

 

(エステル、ここにいるのは僕達だけじゃないよ。)

(あ!)

ヨシュアに言われたエステルはアスベル達を見て、ヨシュアを睨むのをやめた。

 

「ああ、心配しなくてもいいよ。大方の事情はエルナンさんから聞いてるから。」

「そういうことだ。」

アスベルとヴィクターはエステルらの懸念に答えるかのように言葉を発した。

 

「それでエステルさん。先ほど仕事の相談とおっしゃいましたが………」

「あ、うん。その事なんだけど………」

そしてエステル達はレイア達の所に来た理由を説明した。

 

「なるほどな………しかし、エステル。それなら先ほどの遊撃士達が言っていたように、お前達があのジンとやらに助力して、優勝すればいいのではないか?」

「ええ、そうよ!だから、この話はお終い!」

「ハハ……エステル、もう優勝した気分でいるんだ。」

「何よ~?今からそんな弱気になって、どうするのよ!」

苦笑しているヨシュアをエステルは睨んで言った。

 

「フフ……今回の大会は今までの中でもかなり楽しい大会になりそうだな。」

「ああ。“剣聖”の子供達……対峙した時は宜しく頼もう。」

「ふふ~んだ!相手が誰であろうと、絶対勝って見せるわ!」

アスベルとヴィクターは挑戦的な目でエステルを見て言い、見られたエステルは胸を張って答えた。

 

「私達も忘れてもらっては困るよ?アスベル、今度こそ敗北を味あわせてやるからね!」

「以前の借り、きっちり返させてもらうからな。」

「ま、いいけど。じゃあ、手合わせを楽しみにしておくから。」

レイアとシオンの言葉を聞いて溜息を吐いたアスベルは気を取り直して、エステル達に軽く片手を振った後、控室を出て行った。

 

その後エステル達は大会に向けて、街道で魔獣達と戦闘して自分達の状態を調整するレイア達と別れて、ジンを探し始めた………

 

 



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リベール王国武闘大会~1回戦①~

その後エステル達は大使館の情報でエルベ周遊道まで探しに行き、偶然という形でジンと再会した。エステル達はジンを探していた理由を話し、そして落ち着いた場所で話し合うためにエステル達は先ほどの居酒屋『サニーベル・イン』に向かって、テーブルに座って話し始めた。

 

置いて行ったはずのオリビエもちゃっかり合流し、ジンの『お墨付き』を得る形でエステル、ヨシュア、オリビエ、ジンの四人で参加することが決まったのであった。

 

その翌日……本戦が始まり、クルツ達のチームは順当に勝ち上がり、エステル達も『レイヴン』のメンバー……ロッコ、ディン、レイスらのチームと対戦した。意外に強くなっていた彼らに驚きは隠せなかったものの、彼らを倒して無事二回戦に進んだ。

 

 

~グランアリーナ・選手控室~

 

「はは、あのチンピラどもがあそこまで健闘するとはねぇ。人間、変われば変わるもんだ。」

「勝負は見えていたがなかなかいい試合だったぜ。」

試合から戻って来たエステル達にレイヴンの事をよく知っているカルナはレイヴン達の事を見直し、グラッツはエステル達の勝利を祝った。

 

「ハッハッハッ。ありがとう。まあ、彼らが心を入れ替えたのも全てはボクの人徳のタマモノでね。」

「へー、そうなんだ?」

調子に乗って嘘を語るオリビエの言葉はアネラスは信じた。

 

「事情を知らない人相手になにデタラメ言ってるのよ……。ていうかアンタ、あの連中と面識はないでしょ!」

「恋に落ちるのは一瞬、加速するのは無限大だからね。」

「意味不明すぎますね……」

嘘を教えるオリビエにエステルは突っ込み、ヨシュアは呆れた。

 

「それでは我々はこの後、仕事があるので失礼する。……君達との対戦を楽しみにしているよ。」

「じゃあね。」

「へへっ、今度は試合で会おうぜ。」

「またね、新人君達!」

そしてクルツ達は控室を出て行った。

 

「少し気になったけど……なぜここに3組のチームしかいないんだろう?予選試合後、司会は出場するチームは9組と言ってたから、シードのアスベル達を除けば4試合する事になるよね?」

「言われてみればそうよね。なんで3組しかいないのかな?」

「確かに妙だね。」

クルツ達が去った後、ある事に気付いたレイアの疑問にエステルとヨシュアも頷いた。

 

「ほら、キリキリ歩かないか!」

「ったく、うるせえな。そんなに急かすんじゃねえよ。」

「ああ……どうしてこんな事になったんだろーな。」

「兄ぃ、気合いを入れなよ!あいつらと当たった時にそんなことでどうすんのさ!」

その時、廊下から声が聞こえて来た。

 

「なんか、聞き覚えのある声だね。」

「………な~んか、イヤな予感………」

廊下から聞こえてくる声にレイアは首を傾げ、エステルは嫌な予感がした。そして控室に新たなチームが入って来た。

 

「「あ。」」

入って来たチームはなんと兵士に連れられたカプア一家だった。エステルとジョゼットはお互い顔を合わせると同時に呆けた。

 

「なんでボクッ娘達がここにいるのよ!?」

「それはこっちのセリフだ!」

そしてお互い言い争い始めた。

 

「てめえらは……」

「ふーん、初戦の相手はお前さんたちじゃ無かったか。」

ドルンはエステル達を見て弱冠驚き、キールは少し残念そうな表情をした。

 

「ハッハッハッ!どこかで見た顔だと思ったら、ボースを騒がせた愉快な空賊君達じゃないか。」

「どうしてここに………」

ドルン達の登場にオリビエは楽しそうに笑い、ヨシュアは驚いた。

 

「誰が愉快な空賊だよ!?フン、まあいいや。あんたたちと当たったら今度こそ、そこのノーテンキ女に思い知らせてやろうと思ったのに」

「あ、あんですって~?」

オリビエの言葉に反論したジョゼットは鼻をならして、エステル達を見て言った。ジョゼットの言葉にエステルは頭に来て、怒った。

 

「コラ!無駄口を叩くんじゃない!公爵閣下の温情があって参加していることを忘れたか?」

「まあまあ兵士さん。そう目くじらを立てないでくれよ。ここに連れて来られてから俺たちゃ、大人しかっただろう?」

自分達に注意する兵士をキールは笑顔で宥めた。

 

「願わくば、また牢に戻るまでその態度を通して欲しいものだな。」

「あんたたちも、こいつらとはなるべく口を利かないでほしい。面倒を起こしてもらっては困るのだ。」

「別に面倒を起こすつもりはないけど……」

兵士達に言われ、エステルは溜息を吐いた。

 

「判ってるとは思うが、競技場には一個中隊の兵が警備についている。」

「逃げられると思うんじゃないぞ。」

「わかってますって。そんな馬鹿なマネはしませんよ。」

「フンだ。目障りだからとっとと行けばぁ?」

兵士達の警告に笑顔で返し、ジョゼットは挑発した。

 

「このっ……」

「ガキの挑発に乗るなよ。いいな、くれぐれもおかしな事を考えるんじゃないぞ。」

そして兵士達は控室を出た。

 

「ねえ……一体どうなってるのよ。どうして、あんたたちが武術大会なんかに出てるわけ?」

「デュナン公爵あたりに出場しろと言われたんですか?」

「確かに、俺たちを出場させようとか言いだしたのはその何とかっていう公爵らしいぜ。試合に勝つたびに刑を軽くしてくれるんだってさ。」

エステルとヨシュアの疑問にキールは説明した。

 

「し、信じられないことするわね。」

「そ、そんな……」

「全く……あの馬鹿は何を考えているんだ……」

ドルン達の出場にデュナンが関わっている事にエステルやシオンは呆れ、クローゼは痛ましい表情を浮かべていた。

 

「ふーむ、法治国家とも思えないような独断っぷりだな。」

「ハッハッハッ。何ともお茶目さんな公爵さんだ。」

「万が一、優勝なんてしたらどうするんだろうね………」

ジンは信じられない思いになっており、オリビエは笑い、ヨシュアは溜息を吐いた。

 

「まあ、せっかくの申し出だ。刑が決まってムショに移される前にできるだけ稼いでおこうと思ってな。もっとも……それだけが理由じゃねえけどよ。」

「へ……どういうこと?」

ドルンの言葉が気になったエステルは目を丸くして、尋ねた。

 

「うっさいなあ。あんたたちには関係ないだろ。ボクたちだってそれなりの意地はあるんだよ。」

「僕たちと戦うために参加したんじゃないとすると……特務兵たちと戦うためですか?」

「な、なんで……」

誤魔化そうとしたジョゼットだったが、ヨシュアに言い当てられて、驚いた。

 

「くっ……その通りだぜ。あいつら、味方のフリして俺たちのことをハメやがったんだ!情報部とやらの勢力を拡大するためのダシとして使い捨てやがったのさ!」

「まあ、だまされた俺たちもマヌケといえばマヌケだけど……。それでも、エゲつなさすぎだぜ。」

本当の目的をヨシュアが言いあてたので隠すのをやめたドルンやキールは本音を語った。

「うーん、確かに……。そう考えてみるとあんたたちも不憫(ふびん)よねえ。」

「だ~から、哀れみの目でボクたちを見るなってばぁ!ボクたちに借りがあるクセにっ!」

「へ?あんたたちに借りって……?」

ジョゼットの言葉にエステルは首を傾げた。

 

「フフン、この前の出来事さ。お前さんたちが要塞にいたことを連中に知られるとマズイんじゃないのか?」

「あ……」

得意げに話すキールの言葉にエステルは表情を青褪めた。

 

「連中への恨みがあったからてめえらのことは喋らなかったんだ。がはは、せいぜい感謝しやがれよ。」

「う~……」

「確かに……黙っていてくれたことは感謝します。」

ドルンの言葉を聞き、エステルは唸り、ヨシュアは目を伏せてお礼を言った。

 

「何だか面白そうな話をしてるねぇ。どういう事情なのかお兄さんにも教えて欲しいなぁ。」

「え~い、何でもないってば!」

「おっと……。お取込み中のようだがそろそろ始まるみたいだぜ。」

事情を聞きだそうとするオリビエにエステルが怒っているところをジンが会場内の空気を感じ取って、その場にいる全員に言った。

 

 

「続きまして、第三試合のカードを発表させていただきます。南、蒼の組―――。遊撃士協会ロレント支部所属、レイア選手以下4名のチーム!北、紅の組―――同じく遊撃士協会ロレント支部所属。アスベル選手以下4名のチーム!」

 

 

「フッフッフ………こんなにも速く、アスベルに日頃の『お礼』を渡す時が来るとはね……」

自分達が相手をするのが、日頃から色々世話になっているアスベルだと知ったレイアは不敵な笑みを浮かべた。

 

「ま、熱くなりすぎて足を引っ張らないでくれよ。」

「それは解ってるよ。(にしても……4人?)」

シオンに忠告されたレイアは言い返した。

 

「って、シルフィ!?」

「どうして君まで……」

「どうしてって……私も武闘大会に参加するからだよ。」

「成程……そういえば、聞きそびれてたんだけれど……シルフィって遊撃士なの?」

「そうなるね。ヴィクターさんも正遊撃士だよ。まぁ、あの人はいろいろ忙しいから片手間程度だけれど……」

そして、レイアらの後ろに待機していた人物――シルフィアにエステルは驚き、彼女の問いかけに肯定して頷いた。

 

「えと、頑張ってね。」

「応援してるよ。」

「ありがと、エステルにヨシュア。」

「んじゃ、行ってくる」

「それじゃ、行ってきますね。」

エステルとヨシュアの応援の言葉を背に受け、レイア達はアリーナに向かった…………

 

 



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リベール王国武闘大会~1回戦②~

~グランアリーナ~

 

「まさか、1回戦であたるとはな……」

「ふふふ、こっちにはシルフィもいるし、勝たせてもらうよ。」

「お前ひとりだと分が悪いかもしれないが、これも勝負なんでな。」

「そう言ってると、怪我するのはそっちだよ。」

言葉を交わすアスベル、レイア、シオン、セリカ……何だかんだで、『因縁』のある戦い……これから始まる『宴』に心躍らせていた。

一方、シルフィアは相手方のチームにいる追加要員……“紫電”サラ・バレスタインと“西風の妖精”フィー・クラウゼルと言葉を交わしていた。

 

「にしても、久しいですねサラさん。どうしてリベールに?」

「いや~、向こうもいろいろ大変でね。で、仕事があるこっちに出張してきたのよ。酒も美味しいしね♪」

「サラ、相変わらず酒ばっか。」

「そこ、それを言わないの!」

『例の一件』以降、帝国での遊撃士の仕事は激減した……そのため、サラはリベールに拠点を移して遊撃士の仕事を続けていたのだ。そして、昔仕事で面識のあったアイナの誘いでロレント支部に所属を移し、仕事を続けているらしい。尤も、その大きな理由はアイナやシェラザードとの酒盛りであることは言うまでもないことだが……

 

「あはは……(私、生き残れるかなぁ……)」

そして、一人場違い感を覚えたクローゼは目の前で起こっていることがまるで夢のように感じられた。それ以前に自分の命を率先して守ろうと本能的に察した。

 

「これより武術大会、本戦第三試合を行います。両チーム、開始位置についてください。」

審判の言葉に頷いた両チームはそれぞれ、開始位置についた。

 

「双方、構え!」

両チームはそれぞれ武器を構えた。

 

「勝負始め!」

そしてレイア、シオン、クローゼ、シルフィアのチーム……対するはアスベル、セリカ、サラ、フィーのチーム……二つのチームは試合を始めた!

 

「いきます……風よ、祝福を……シルファリオン!」

「いくよ、クロックアップ改」

クローゼは移動距離を延ばすアーツを味方に放ち、フィーは行動速度を上げるアーツを味方に放った。

 

「せいっ!!」

「たあっ!!」

その加護を受けたレイアとシオンが武器を振りかぶってアスベルらに襲い掛かるが、

 

「ふっ!」

アスベルが瞬時に太刀と小太刀を抜き、それぞれで二人の攻撃を食い止めた。

 

「せいっ!」

「隙は逃さないわよ!」

アスベルは二人の攻撃をいなして横に飛ぶと、まるでアスベルが避けることを知っていたかのようにサラが現れ、間髪入れずに導力銃を放つ。

 

「くっ!」

「ちっ」

その攻撃に二人は辛うじてその銃撃を武器で弾き返した。

 

「援護します。インフィニティ!スパロー!!」

「私もです。ダイアモンドダスト!」

シルフィアはクラフト『インフィニティスパロー』、クローゼはアーツでサラとアスベルを狙い撃った。

 

「ぐっ、やるな!」

「へぇ~……流石はアスベルと並ぶだけの実力者ね。」

移動する場所を読んでの攻撃に、流石のアスベルらもダメージを負った。だが、戦闘自体に支障はないと判断した。

 

「断崖斬!!」

「っ!!ガイアブレイク!!」

戦況を変えるべく、そこにセリカの『断崖斬』が襲い掛かり、レイアは咄嗟に地を這う斬撃を放つ『ガイアブレイク』を放ち、相殺した。

 

「……スカッドリッパー!」

「「「きゃっ!」」」

「うおっ!?」

其処へ追い打ちをかけるように超高速の斬撃を繰り出すフィーのクラフト『スカッドリッパー』が四人を襲うも、

 

「駆動完了……ティアラル!」

「ありがと、クローゼ」

「助かったぜ」

「ありがとう。」

あらかじめ準備していたクローゼのアーツが発動し、全員の傷をいやした。

 

 

「オオオオォォォォォォォォ!!!」

一進一退の互角の戦いに観客達は興奮して、声を上げた。

 

 

「成程……レイアもシオンもシルフィも成長したってことか。」

「それは当たり前でしょ。」

「だな。」

「アスベルと肩を並べるぐらい強くならないと、私たちの立つ瀬が無くなっちゃうしね。」

『幼馴染』の成長にアスベルは笑みを浮かべ、その言葉にレイア、シオンとシルフィアが確かな意思を持って答えた。

 

「それは重畳……でも、俺の領域はそう簡単に抜かせないぞ?」

「解ってるけれど……でも、追いつかないと駄目だからね。シオン!」

「ああ!!」

「?……って、おい!?何だその数は!?」

レイアの言葉に首を傾げたアスベル。ふと目線を上にあげると、無数の光の剣がアスベルたちを照準に定めていた。

 

「いっくぞ、アスベルたち!サンクタス・エクスキューション!!!」

シオンはSクラフト『サンクタス・ブレイド』を改良し、より高密度の刃の雨を相手にぶつけるSクラフト『サンクタス・エクスキューション』を放つ。その密度は人一人すら通さないほどの間隔…文字通りの一撃必殺…まさしく『聖なる処刑』と呼ぶにふさわしいSクラフトである。

 

「あうっ………ご、ごめん……」

「くっ、アタシとしたことが……」

その密度は流石に相殺しきれず、フィーとサラは戦闘不能になった。

 

「ちっ!三の型“流水”……弐式『清純鏡水』!!」

アスベルは咄嗟にクラフトを放ち、刃を跳ね返して相殺する。

 

「はあああああああっ!」

そして、セリカは剣を振るって刃を弾き飛ばした。だが、二人の体力は確実に削っていた。

 

「その隙は見逃さない!!奥義、百花繚乱!!!」

「万物の根源たる七耀を司る女神(エイドス)よ…その妙なる輝きを以て、我らの脅威を退けたまえ。光よ!我に集いて魔を討つ陣となれ!サンクタスノヴァッ!!」

「これはどうかな……クリムゾン、ゲイルッ!!」

「あう……アスベル、ごめん……」

そこへ追撃をかけるように放たれた三人のSクラフト……シルフィアの『百花繚乱』、クローゼの『サンクタスノヴァ』、更にはレイアの『クリムゾンゲイル』がさく裂し、爆発を起こした!そして、耐えきれなかったセリカが戦闘不能になった。

 

「ふふふ……さすがのアスベルも、虚を突かれてSクラフトを立て続けに喰らえば無事では済まないでしょうね。」

Sクラフトがアスベルに命中したのを確認したレイアは、自分達の勝利を確信し、笑った。

 

「ったく、場所を考えろよ、お前らは!」

しかし、光と爆音によってできた煙が晴れると、そこには傷一つついていないアスベルがレイア達を睨んでいた。

 

「はあっ!?」

「なんで傷一つついていないの?」

アスベルの姿を見てシルフィアは驚き、レイアも驚いた後、尋ねた。

 

「簡単な話だよ。アーツを使っただけさ。」

驚いているレイア達にアスベルは得意げに自分が使っているオーブメント……隠し持っている『ALTIA』とは別に所持している戦術オーブメントをレイア達に見せた。

 

「……アースガードか。ほとんどアーツを駆使しないアスベルがアーツを使うとはな……油断した。」

アスベルが見せたオーブメントに装着されてある複数の地属性のクオーツを見て、即座にアスベルが絶対防壁のアーツを使った事に気付いたシオンは苦い顔をした。

 

確かに、俺は滅多な事ではアーツは使わないんだが……まず、シルフィアの『百花繚乱』を『刹那』でかわし、クローゼの『サンクタスノヴァ』を『アースガード』で凌ぎ、『クリムゾンゲイル』に関しては同威力の衝撃波をぶつけて相殺させた……いろいろ精通していないと凌ぎきれなかったことは言うまでもないが、これはもう本気で俺を殺す気だったとしか思えないんだよなぁ……なので、

 

「………怪我を負わせるつもりはなかったけど、少し痛い目に合ってもらうぞ!」

そう言って、アスベルは小太刀を納めて太刀を構え、覇気を発現させた。

 

「っ!?」

レイアらは武器を構えたが、その行動すらも『既に遅かった』。何故ならば、彼の行動は『既に終わっていた』からだ。

 

 

「―――『八葉一刀流』一の型“烈火”……壱式『蛍火』」

 

 

威力特化の一の型“烈火”……その奥義の一つ、壱式『蛍火』。極限まで研ぎ澄ませた威力の刃は、達人クラスともなれば相手に痛みを感じさせることなく倒す……それを体現した斬撃技の一つが『蛍火』である。

 

アスベルが刀を納めると、彼の斬撃は三人の足に掠り、痛みに呻いた後跪いて、立ち上がらなくなった。

 

「くっ……」

「な、なんで立てねぇんだ!?」

「うぅ……なんか……体中がピリピリする……」

立てない事にシルフィア、シオンとレイアは呻いて、アスベルを見た。

 

「神経に少し傷つけて、立てなくしただけだ。(流石にクローゼ相手に傷つけるわけにはいかなかったから気絶にしたんだが……)回復魔法でも使えばすぐ直る程度だがな。これでも手加減してあげたんだから、感謝しとけ。」

悔しそうに自分を見ている三人にアスベルはそう説明した。ちなみに、会話に参加していないクローゼを傷つけるのは気が引けたので、手刀で気絶させた。

 

そして、アスベルは気絶している自分のチームメイトを回復させるため、三人から離れた。

 

「勝負あり!紅の組、アスベル選手の勝ち!!」

状況を見て、審判はアスベルの勝利を宣言した。

 

「ワァァァァァァ………!!」

圧倒的な強さを見せた四人を、たった一人という圧倒的不利な状況を覆して勝利したアスベルに観客達はより一層、歓声を上げた。そしてアスベルは三人のチームメイトを起こして自分らがいた控室へと戻って行き、シルフィアとシオン、レイアは自分達自身にそれぞれ治癒魔術をかけて回復した後、クローゼを起こしてアスベルと同じように自分らがいた控室へと戻って行った…………

 

 

~グランアリーナ・選手控室~

 

控室にアスベルに負け、俯いているレイア達が戻って来た。

 

「あの、4人とも。気を落とさないでね?凄くいい勝負だったよ。」

俯いているレイア達にエステルは遠慮気味に話しかけた。

 

「えと、お気遣いありがとうございます。」

「フフフフフ………」

「ウフフ……」

「………」

「えっと……3人とも、大丈夫かい?」

エステルの言葉に笑みを浮かべて言葉を返したクローゼとは対照的に……俯きながら微妙に笑っているシルフィアにレイアと、何も答えないシオンを不思議に思い、ヨシュアは話しかけた。

 

「アスベル、この程度で私達が負けを認めるとは思わないでよ!次は必ず勝つんだから!!レイア、シオン、クローゼ!憂さ晴らしに街道の魔獣達を一掃するよ!」

「オッケー!!」

「いよっしゃあ!!」

「あ、あの、失礼します。」

そしてシルフィアはいつもの様子とはかけ離れた調子で話しながら、レイアやシオン、そしてクローゼと共に控室を出て行った。

 

「………(何でだろ、いつもは退治する側の魔獣に少しだけ同情したくなったわね……)」

「ハハ……心配は必要ないみたいだったね。」

「ハッハッハ!あんな明るい乙女達がいるこの国は明るい未来が待っていそうだね。」

あっという間にいなくなったレイア達をエステルは放心し、ヨシュアは苦笑し、オリビエはレイア達の前向きな思考に感心して、笑った。

 

そして次の試合を継げるアナウンスが入った。

 

「続きまして、第四試合のカードを発表させていただきます。南、蒼の組―――空賊団 『カプア一家』所属。ドルン選手以下4名のチーム!北、紅の組―――王国軍情報部、特務部隊所属。ロランス少尉以下4名のチーム!」

 

「おーし、とうとう来たか!」

「初戦であいつらと当たるなんて、ついているね。」

「あの黒坊主どもに目にもの見せてやるぜ!」

自分達の出番にドルンは声をあげ、ジョゼットは初戦で特務兵達と当たった事に笑みを浮かべ、キールは意気込んだ。

 

「こうなったのも何かの縁ね。応援してあげるからめいっぱい頑張りなさいよ!」

「ロランス少尉は恐らくあの時いた仮面の隊長だろうね。…………敵の隊長には気を付けて。彼さえ自由にさせなかったら勝機は必ずあると思う。」

「う、うん……。……じゃなくてよ、余計なお世話だよっ!」

エステルとヨシュアの応援の言葉をジョゼットは照れながら答えた後、ドルン達と共にアリーナに向かった。

 

 

~グランアリーナ~

 

ザワザワザワ……………

「え、えーと……。事情を説明させていただきます。ご存知の方も多いとは思いますが、彼らはボース地方を騒がせた空賊団 『カプア一家』の者たちです。正々堂々と戦うことでこの武術大会を盛り上げたい……。そうすることで迷惑をかけた王国市民に償いたい……。その一心で、今回の武術大会への参加を強く希望したそうです。服役中の態度が真面目であったため、主催者である公爵閣下のはからいで今回の出場が実現した次第であります。皆様、どうかご了承ください。」

ドルン達の登場にざわめいている観客達に司会は事情を説明した。すると

「ワァァァァァァ………!!」

パチパチパチパチ…………!

観客達は歓声と拍手を送った。

 

 

「よお、仮面の兄ちゃん。待ってたぜ。借りを返せる機会をな。」

「へへ、あの公爵には感謝しなくちゃいけないな。」

「ふふ……」

ドルンとキールの不敵な笑みをロランスは口元に笑みを浮かべて返した。

 

「な、なにがおかしいのさ!?」

笑っているロランスをジョゼットは睨んで言った。

 

「エレボニアの没落貴族、カプア男爵家の遺児たち……悪徳商人に領地を横取りされ、お家再興のために空賊稼業……何とも涙ぐましい話だと思ってな。」

「て、てめえっ!?」

「どうして知ってるんだよ!?」

ロランスの言葉にドルンとキールは驚き、睨みながら尋ねた。

 

「我々が所属しているのが情報部だということを忘れたか?我々への復讐などあきらめて真面目に服役した方が身のためだ。どうやらお前たちは、悪党に向いていないようだからな。」

「な、なんだと~!?」

「ずいぶんとまあ、囀(さえず)ってくれるじゃないの……」

「てめえなんざ導力砲の餌食にしてやらあ!」

ロランスの挑発にジョゼットは声をあげ、キールは静かな怒りを見せ、ドルンはロランス達を睨んで怒って言った。

 

「これより武術大会、本戦第四試合を行います。両チーム、開始位置についてください。」

審判の言葉に頷き、一端怒りを引っ込めたドルン達とロランス達両チームはそれぞれ、開始位置についた。

 

「双方、構え!」

両チームはそれぞれ武器を構えた。

 

「勝負始め!」

そしてドルン達とロランス達は試合を始めた!

 

試合はドルン達は特務兵達相手に善戦していたが、ロランスが戦い始めると、ロランスの圧倒的な強さになすすべもなく敗北した。

 

「勝負あり!紅の組、ロランスチームの勝ち!」

「ふむ、予想通り……そして、次は我々とだな。」

「……ああ。」

(にしても、あの御仁……どうやら、本気で事に当たる必要があるかもしれぬな。)

審判の言葉を聞き……いや、ヴィクターとしては、ロランスの勝利は揺ぎ無いものであると解っており、その様子を物影から見ていたカイトスも頷いた。次は彼と当たることとなる……心なしか、強者と戦えることにヴィクターは喜びを抑えきれずにいた。

 

 

~グランアリーナ・選手控室~

 

「ああ……負けちゃったわ……」

「途中まではいい展開だったんだけどねぇ。あの赤い隊長殿が動き始めたら崩れてしまったね。」

「ふーむ……底の知れん相手だな。あれで本気とも思えんし、いまいち実力が読み切れねえ。」

ドルン達が負けた事にエステルは残念そうな表情をし、オリビエは試合の流れを説明し、ジンはロランスが本気でない事を悟った。

 

「え……今ので全力じゃないの!?」

ジンの言葉にエステルは驚いて尋ねた。

 

「……たぶん、違うよ。最後の技を放ったあとも気の集中が衰えていなかった。まだ余力を残していると思う。」

「と、とんでもないわね……」

ジンの言葉を補足するように説明したヨシュアの言葉を聞いて、エステルは口を開けて放心した。そして負けたにも関わらず、他のチームと同じように真面目に、そして一生懸命試合をしていたので観客達から惜しみない拍手と歓声の中でドルン達が控室に戻って来た。

 

「………」

「あ、あの……惜しかったわね。」

兄妹揃って無言でいるカプア一家にエステルは遠慮気味に話しかけた。

 

「なぐさめはいらねえ……俺たちの完敗だったぜ……」

「くそっ……俺のサポートが甘かったからだ……」

「キール兄は悪くない……!ボクがあいつの斬り込みを崩せなかったからだよ……!」

エステルの慰めの言葉をドルンは首を横に振って自分達が完敗だった事に悔しさを露わにし、キールやジョゼットは自分達の力不足を口にして、悔しそうにしていた。

 

「………まあ、仕方ないでしょ。勝負は時の運とも言うんだし。あなたたちの仇は、もしあたし達があいつらと当たったらあたし達が絶対に討ってあげるわ!」

「なにィ……!?」

「おいおい……ずいぶん簡単に言うじゃないか。」

自信ありげに胸をはるエステルにドルンやキールは驚いた。

 

「そんな安請け合いできる相手じゃないと思うけど……」

「まあ、意気込みがないと勝てるモンも勝てなくなるからな。」

「フッ、根拠のない所がまたエステル君らしいねぇ。」

エステルの自信にヨシュアは呆れ、ジンは感心し、オリビエは相変わらずのエステルらしさに口元に笑みを浮かべていた。

 

「フン……やっと終わってくれたようだな。」

その時、ドルン達を連れて来た兵士達が控室に入って来た。

 

「ほら、グズグズするな!とっとと波止場に戻るぞ!」

「おいおい、冗談じゃねえぞ。」

「闘ったばかりなんだから少しくらい休ませてくれよ~。」

「フン……犯罪者の分際で甘えるな。」

兵士の言葉に反論したドルン達だったが、兵士は鼻をならしてドルン達の頼みを否定した。

 

「ほら、さっさと来ないか!」

「チッ……」

「ああ、疲れたぁ……」

「………」

兵士に強く言われたドルンは舌打ちをし、キールは泣き言を言い、ジョゼットは黙って控室に出ようとした時、ジョゼットは立ち止まってエステル達の方に振り向いた。

 

「おい、あんたたち……」

「えっ……?」

ジョゼットに呼ばれ、エステルは首を傾げた。

 

「ボクたちはもう、明日からはここに来れないけど……。あんたたち、絶対に勝てよな!あんなふざけた連中に負けたりしたら許さないからねっ!」

「あ……。あったりまえでしょ!任せておきなさいってば!」

「絶対に……勝ってみせるよ。」

ジョゼットの応援の言葉にエステルとヨシュアは力強く頷いた。

 

「……気は済んだか。」

「ほら、手間を取らすんじゃない。」

そしてカプア一家は兵士達に連れられて、去って行った…

 



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リベール王国武闘大会~1回戦終了後~

その後、一端ジンとオリビエと別れたエステルとヨシュアは初戦突破をエルナンに報告しに行った。

 

 

~遊撃士協会・グランセル支部~

 

「エステルさん、ヨシュアさん。初戦突破、おめでとうございます。」

エステル達がギルドに入るとエルナンは笑顔で出迎えた。

 

「えへへ、どーもどーも。ってエルナンさん。もう結果知ってたんだ?」

「先ほど、クルツさんたちが教えてくれましたからね。それで……どうです、手ごたえのほどは?」

「そうですね……先輩たちもそうですけど、強敵ばかりが勝ち残った感じです。」

二人はエルナンに特務兵のチーム、アスベル、ヴィクターのチームに関して説明した。また、空賊達も出場していた事を報告した。

 

「なるほど……空賊達が出場を許可されたのは聞いていましたが、特務部隊の隊長がそこまで凄腕とは思いませんでした。」

「ただの隊員も手強いけど、あの隊長は完全に別格だったわ。大剣を片手で操る膂力と豹みたいにしなやかな身のこなし……得体の知れないヤツだとは思ったけど、あそこまで強いとは思わなかった。」

「そうだね……あの、エルナンさん。ロランス少尉の経歴について何か分かることはありませんか?」

「うーん、残念ながら現状では分かりませんね。情報部は、新設部隊だけあってリシャール大佐が立ち上げの際に各方面から引き抜いたそうです。彼もその一人だとは思いますが……」

ヨシュアに尋ねられたエルナンは申し訳なさそうな表情で答えた。

 

「そう、ですか……」

「ねえ、ヨシュア……ずいぶん、あの赤いヤツにこだわってるみたいね。何か……気になることでもあるの?」

残念そうにしているヨシュアにエステルはいつものヨシュアでないことに気付き、尋ねた。

 

「いや、明らかにタダ者じゃないからね。試合で当たる可能性もあるから詳しい戦力を知っておきたいんだ。」

「そっか、なるほどね。でも、もしかしたらアスベル達かヴィクター達が倒してくれるかもしれないわよ。」

「ハハ……まあ、そうなんだけどね。一応念の為だよ。」

エステルはヨシュアの説明に納得した後、ロランス達がアスベルらかヴィクターらに敗北する可能性もある事を言い、ヨシュアはその事に苦笑しながら頷いた。

 

「そういえば、その少尉ではありませんが……今日の昼頃、軍用警備艇が王都の発着場に到着したそうです。降りてきたのは、大佐の副官のカノーネ大尉だったそうですよ。」

「それは気になる情報ですね。」

「カノーネ大尉ていうと……あの陰険そうな女ギツネね。」

エルナンの情報にヨシュアは真剣な表情で頷き、エステルはカノーネのした事を思い出して頬を膨らませた。

 

「何でも、七大都市を一通り回ってきたそうですよ。強引に発着場に着陸させるので定期船の運航スケジュールがずいぶん遅れてしまったそうです。」

「まったくロクな事しないわね……」

「七大都市を一回りですか。博士たちを捜索するにしては少し大げさすぎる気がしますね……」

カノーネの行動にエステルは呆れ、ヨシュアは驚いた。

 

「今、各地の支部で探ってもらっている最中です。何か分かったら連絡しましょう。あなた達は、このまま武術大会に専念してください。」

「うん、そうするわ。」

「それでは失礼します。」

そしてエステル達はレイア達や、自分達が泊まっているホテルに向かって行った。

 

~ホテル・ローエンバウム~

 

「や~っと帰ってきやがったか。あんまり待たすんじゃねえっての。」

「この声……」

二人を呼ぶ声……二人がその方を向くと、そこにはナイアルがいた。

 

「お久しぶりです、ナイアルさん。」

「うわ~、ナイアルだ!何よ、あたしたちをわざわざ訪ねてきてくれたの?」

ナイアルとの再会にヨシュアは軽く挨拶をし、エステルはナイアルが自分達を尋ねて来たと思い、尋ねた。

 

「おお、わざわざ訪ねて来てやったのよ。武術大会の取材をしてたヤツが少年少女の出場者の話をしててな。詳しく聞いてみりゃあ、どう考えてもお前たちじゃねえか。こりゃ王都に来てるってんでホテルで待ち伏せしてたわけさ。」

「はあ……相変わらず鼻が利くわねぇ。」

「訪ねてきてくれたのは嬉しいんですけど……ナイアルさんの事だから用があって来たんですよね?」

ナイアルの理由を知ったエステルは呆れ半分に感心し、ヨシュアは確認した。

 

「か~っ、何と嘆かわしい。利害拾得抜きに友情を温めようというお兄さんの真心が伝わらんかね?」

「ウソくさ~……」

「それに、お兄さんというには歳が離れすぎているような気も……」

演技がかかったように見えるナイアルの態度にエステルはジト目で見、ヨシュアは遠慮気味に言った。

 

「ええい、黙りやがれ!そういうわけでさっそく食事に出かけるぞ。」

「また唐突ですね……」

「別にいいけど当然、奢(おご)ってくれるのよね?」

ナイアルの提案にヨシュアは呆れ、エステルはからかうような表情でナイアルを見た。

 

「ぐっ、まあいいだろ。編集部の近くに行きつけの店があってな。そこでメシを食うとしよう。」

そしてエステル達はホテルの受付にレイア達に自分達はナイアルと食事する事を伝えるように言った後、ナイアルに案内されて、リベール通信社の近くにあるカフェに向かった。

 

 

~コーヒーハウス パラル~

 

「へ~、雰囲気のいい店ね。酒場というよりは喫茶店てカンジだけど。」

「この匂いはコーヒーですね。」

ナイアルに案内され、入ったカフェの雰囲気にエステルとヨシュアは雰囲気の良さを感じ取った。

 

「ここのマスターが道楽でやってる店でな。サイフォンで淹れる一杯は絶品としか言いようがねえ。あとは、本場のスパイスを使ったライスカレーがお勧めだな。まあ、食事とコーヒーは後で適当に頼んでおくとして……」

「ちょっと待ったあ!あたしたち、試合で身体を動かしてメチャメチャお腹空いてるのよね。」

「まずは夕食をご馳走になってもいいですか?」

「ぐぐっ……可愛くないガキどもだぜ。ええい、こうなったら好きなだけお代わりしやがれ!それでスクープ取れるならじゅうぶん元は取れるからなっ!」

エステルとヨシュアの言葉にナイアルは唸った後、やけ気味にエステル達を連れて来た本音もいっしょに言った。

 

「やっぱりそれが狙いか。でも、こんな事ならレイア達も連れてくればよかったな。」

「ハハ、さすがにそれはナイアルさんが可哀想だよ。そういえば、ドロシーさんは今日は一緒じゃないんですか?」

「ああ、ヤツにはちょいと別の仕事を頼んでいてな……まあいい、とっとと頼みやがれ。」

そしてエステル達はナイアルの奢りで食事を楽しんだ…………

 

「は~、辛かったけどすっごく美味しかったぁ♪トロッとしたヒレ肉とホクホクとしたジャガイモが何ともいえずマッチしてて……うん、今度くる時はレイア達も連れてこようっと!」

「食後のコーヒーがまた絶品ですね。サイフォンで美味しく淹れるのは難しいって聞きましたけど……」

食事を終えたエステルとヨシュアはそれぞれ満足げに感想を言った。

 

「ったく、人のミラだと思ってバカスカ食いやがって。記者の薄給をなんだと思ってやがる。」

「まーまー。とりあえずご馳走さまでした。それで……やっぱりネタに困ってるわけ?」

文句を言っているナイアルを宥めたエステルは尋ねた。

 

「フン……ネタなら腐るほどあるさ。だが、親衛隊のテロ事件だの、アリシア女王の健康不調だの信憑性の乏しい情報ばかりでな。はっきり言っちまえば軍のフィルターを通していない生で新鮮な情報が欲しいのさ。」

「………」

「………」

ナイアルの言葉に2人は黙った。

 

「ドロシーから、ツァイスでの誘拐事件について少し聞いたが……単刀直入に聞くぞ。リシャール大佐の尻尾をお前たち、どこまで掴んでいる?」

「何て言うか、ホント直球ねぇ。」

「そう質問してくるという事はある程度、予測できているみたいですね。」

ナイアルに尋ねられ、エステルはナイアルの質問の仕方に感心し、ヨシュアは尋ねた。

 

「やっぱり大佐はクロか……ウチの雑誌でインタビューして人気が出ちまった手前、認めたくはなかったが。反逆者、一歩手前ってとこか?」

二人の言葉を聞き、ナイアルは溜息を吐いた後、尋ねた。

 

「一歩手前どころか、クーデターを目論んでいるわ。」

「デュナン公爵を傀儡(かいらい)にしてリベールを軍事国家にする事を目標としているそうです。」

「おいおい、マジかよ……それにしてもデュナン公爵か。陛下が不調なのをいいことにグランセル城の主人気取りで好き放題やってるみたいだが……不思議なのは、軍のお偉方がどうして動かないってとこか……」

エステル達の情報にナイアルは信じられない表情をした後、考え込んだ。

 

「うーん、それはねぇ……ねえヨシュア。話しちゃってもいいのかなあ?」

「そうだね。僕たちとしてもできるだけ情報は欲しいところだ。ナイアルさんだったら協力してもらってもいいと思う。」

「おいおい、なんだよ。そんなに良いネタを持ってんのか?」

二人の会話を聞き、ナイアルは食いついて来た。

 

「あらかじめ言っておきますけど……今から話すことは、記事にしたくても出来ないような内容だと思います。」

「心の準備、しといてよね。」

ヨシュアとエステルはナイアルに念を押した。

 

「クソッ……。何だかヤバそうな話じゃねえか。まあいい、とっとと話しやがれ。」

そしてエステルたちは今までのリシャール大佐や情報部などについてこれまでのことの真相を話した。

 

「………」

「あーあ、だから心の準備をしといてって言ったのに……」

エステルらの話……あまりにも愕然としかねない内容の話に唖然としたナイアルの様子を見て、エステルは溜息を吐いた。

 

「あ、ありえねえ……おい……ホントにマジか?」

「残念ながら本当です。空賊事件から、孤児院放火未遂事件および襲撃事件、中央工房の襲撃事件に至るまで……。全ての事件に、情報部の特務兵たちが関与していたんです。」

「で、軍の上層部は弱みを握られてモルガン将軍は監禁状態。親衛隊は無実の罪を被せられてテロリストとして追われてると……」

信じられない様子でいるナイアルにヨシュアやエステルは先ほど話した今までの事件の真相を繰り返した。

 

「あーもう!繰り返すんじゃねえ!チクショウ……記事にできるわけねえだろ。最近ウチの雑誌にゃあ軍の検閲が入ってるんだ……。ゲラにした時点でお縄だぜ……」

「そ、そうだったんだ……」

「仕方がないから、当たり障りのない武術大会の記事で埋めているんだが………って、そうか。お前らが大会に参加してるのも何か理由があっての事なんだな?」

「ま、そういうこと。依頼内容にも関わるから詳しくは話せないんだけど……」

「事態を打開するために動いていると思ってもらって結構です。」

「そうか…………」

エステルとヨシュアが武術大会に関わっている真の理由を知ったナイアルは目を閉じて何か考え始めた。そしてやがて目を開いて、ある提案をした。

 

「……よし、決めた。記者としては動けねえが……俺も一肌脱いでやろうじゃねえか。ギルドでも調べられない事を独自のルートで調べてやらぁ。」

「サンキュ、助かるわ。」

「軍を相手にするわけですから、かなり危険な仕事になると思います。それでも協力してくれますか?」

ナイアルの協力にエステルは感謝し、ヨシュアはナイアル自身を心配し、確認した。

 

「くどい、こいつは俺の戦いだ。このままペンが剣に負けるのを見過ごすわけにはいかねえんだよ!」

「ナイアル……」

「分かりました……。どうかよろしくお願いします。」

ナイアルの言葉を聞き、エステルは初めてナイアルを見直し、ヨシュアはお礼を言った。

 

「おお、任せとけってんだ。それで、具体的にはどういう事が知りたいんだ?」

「そうねえ……やっぱり軍の動きかしら。モルガン将軍はどこに監禁されているのとか…」

ナイアルに尋ねられ、エステルは現在欲しい情報を並べて言った。

 

「なるほどな。俺もその辺は気になった。それは調べておくとして……他にはあるかよ?」

「……あの……情報部の人間の経歴なんて調べられないものでしょうか?」

「へっ……?」

「情報部員の経歴だと……?」

ヨシュアの言葉にエステルは目を丸くし、ナイアルは以外そうな表情をした。

 

「具体的には、中心人物と思われるリシャール大佐とカノーネ大尉、そしてロランス少尉の3人です。この先、彼らと対決するなら詳しい経歴を知っておきたくて……」

「敵を知り、己を知れば百戦危うからずってヤツか。」

「確かに、大佐もそうだけどあの少尉のことは知っておきたいわね。ヨシュアも言ってたけど、明日の試合か明後日の試合で当たることになるかもしれないし……」

ヨシュアの説明を聞き、ナイアルとエステルは納得して頷いた。

 

「ナイアルさん、お願いできますか?」

「……軍には何人か知り合いがいる。機密情報ならともかく、単なるプロフィールだったら調べてもられるかもしれねえ。よし、何とか当たってみてやるよ」

「サンキュ、助かるわ!」

「よろしくお願いします。」

「なあに、いいってことよ。その代わり、お前たちが優勝か準優勝してグランセル城に招待されたら色々と話を聞かせてもらうからな。」

「やっぱりそう来たか……」

「分かりました。差し支えのない範囲なら。」

ちゃっかり交換条件を出したナイアルにエステルは呆れ、ヨシュアはナイアルの交換条件に頷いた。

 

「………にしてもこういっちゃあなんだが、優勝はおろか準優勝ですら正直難しいと思うぞ?」

「へ、なんで??」

ナイアルの言葉にエステルは首を傾げた。

 

「リベールでも選りすぐりの正遊撃士のチームに特務兵達のチームもそうだが……なんといっても、“不破”もとい“紫炎の剣聖”アスベル・フォストレイト、それと“光の剣匠”ヴィクター・S・アルゼイド……お前達のチームにあの”不動”がいるとはいえ、正直勝つのはかなり難しいと思うぜ。」

「実力差が明らかなのはわかっています。でも僕達も依頼の件がありますから、何が何でも勝ってみます。」

「そうよ!それにそんなのやってみなきゃわかんないわよ!」

ナイアルにアスベルやヴィクターとの実力差を指摘されたエステル達だったが、ヨシュアは決意を持った表情で優勝する事を言い、エステルは強く言い返した。

 

「はぁ…………“光の剣匠”はともかく、“紫炎の剣聖”の強さを知らないから、そんな事が言えるんだよ。」

「父さんと同じ“剣聖”の異名……ナイアルさんはアスベルがどれだけの実力を持っているか知っているのですか?」

アスベルの強さを知っているように語るナイアルを見て、ヨシュアは尋ねた。

 

「知っているも何も、去年の武術大会の優勝者かつ、『百日戦役』後再開された武術大会に毎年出場して優勝している遊撃士だからな。王都に住んでいたら嫌でも噂が聞こえてくるぜ。俺も一度だけ試合を見たが……俺みたいな素人でも次元が違う事ぐらいわかるぜ。」

「毎年優勝って………凄いと思うけど、相手がそんな大した事ない相手ばかりだったじゃないの?」

アスベルの事を語るナイアルにエステルは何気に失礼な事を言った。

 

「いーや、それはない。なんせモルガン将軍には余裕勝ち、カシウス・ブライトとは激闘の末、あのカシウス・ブライトを地面に膝をつかせたんだからな。」

「はぁ!?アスベルがと、父さんを!?」

「それは確かに一筋縄ではいかなさそうですね………」

カシウスまで敗北した事にエステルは驚き、ヨシュアは気を引き締めた。

 

「っていうか、父さんってそんなに強いの??いまいちピンとこないんだけれど……」

「エステル………」

「お前なあ……自分の父親がどんだけ強いか知らないから、そんな事が言えるんだよ………」

カシウスの強さをいまいちわかっていないエステルに、ヨシュアとナイアルは呆れて溜息を吐いた。

 

「………そうだ!すっかり忘れていたぜ!そういえばジェニス王立学園でアルゼイド侯爵閣下とお前、共に親衛隊員達と戦ってたじゃねえか!ダルモア市長逮捕の件ですっかり忘れていたぜ!」

「あ、ヴィクターとの共闘の事?別に大した事じゃないわよ~。」

「“光の剣匠”を呼び捨て!?お前、自分が何を言っているのかわかっているのか!?」

エステルがヴィクターの事を呼び捨てにしている事にナイアルは声を上げて、驚いた。

 

「別にそんなに騒ぐような事じゃないでしょ?あの時のヴィクターは自治州の長じゃなくて、ラウラのお父さんとして戦っていただけと思うわよ?」

「それだけじゃないだろう、エステル?“帝国の至宝”とも出会えた事も十分凄いと思うけど……」

「あ、アルフィンね!今頃何をしているのかしら?」

「………もういい。これ以上聞くと眩暈がしてくる上、心臓に悪い。カレーとコーヒー代は払っておくから、先に出るぜ。………何か進展したら、教えてやる。」

エステル達の会話から次々と信じられない人物の名前が出て来て、エステル達の会話があまりにも信じられない内容ばかりで眩暈がしたナイアルは立ちあがって、会計を済ませてフラフラとカフェを出て行った。

 

「ナイアルの奴、寝不足なのかな?あんなフラフラして、大丈夫かしら?」

(さすがのナイアルさんもリベールやエレボニアの重要人物の事を気軽に話すエステルについていけないか……)

出て行ったナイアルの様子にエステルは首を傾げ、ヨシュアは心の中でナイアルを哀れんだ。

 

その後、エステル達はホテルに戻って早めに休むことにした。そして次の日…………

 

 



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リベール王国武闘大会~2回戦①~

~グランアリーナ・選手控室~

 

控室に入るとそこにはヴィクター達がいた。

 

「あ、ヴィクターもこっちなんだ。」

「ああ。お互いに決勝まで行けるといいな。」

「ええ!負けるつもりなんてないんだから!!」

ヴィクターとエステルが会話でもりあがっている所、試合開始のアナウンスが入った。

 

「皆様……大変長らくお待たせしました。これより武術大会、本戦2日目を始めます!早速ですが、本日最初の第五試合のカードを発表します。南、蒼の組―――カルバード共和国出身。武術家ジン以下4名のチーム!北、紅の組―――遊撃士協会、グランセル支部。クルツ選手以下4名のチーム!」

 

「来たっ!しかもカルナさんたちが相手だわ!」

「……強敵だね。僕たちが、ジンさんの足を引っ張らないようにしないと……」

クルツ達が相手と知ったエステルは目を輝かせ、ヨシュアは気を引き締めた。

 

「そう慎重になることはないさ。お前さんたちの実力はじゅうぶん正遊撃士に迫ってる。後は勝とうという気合いだけだ。」

「うんっ!」

「頑張ります!」

「フッ……いざ行かん、戦いの園へ!」

「勝利を祈っているぞ。」

「……幸運を祈っておこう。」

ヴィクター達の応援の言葉を背に受け、エステル達はアリーナに向かった…………

 

 

~グランアリーナ~

 

「来たね。エステル、ヨシュア。」

「新人君たち、やっほー!」

エステル達と顔を合わせたカルナは不敵な笑みを浮かべ、アネラスは元気良く言った。

 

「えへへ。どーも、先輩たち。」

「胸を貸していただきます。」

エステルとヨシュアは軽くお辞儀をした。

 

「『不動のジン』……あんたとは一度やり合ってみたかったんだ。どれほどの腕かこの剣で確かめさせてもらうぜ!」

「フ、いいだろう。こちらも全力でいかせてもらう。」

不敵な笑みを浮かべているグラッツにジンも不敵な笑みで返した。

 

「はは、出来れば決勝戦で戦いたかったものだが……ここで当たったのも運命だろう。」

「片や、ベテランの遊撃士集団。片や、注目の新人コンビと武術家ブレイサーと天才演奏家との混合チーム。どちらが勝つかは女神達のみぞ知る、だね。」

決勝戦でエステル達と当たらなかった事にクルツは苦笑し、オリビエはいつもの調子で言った。

 

「これより武術大会、本戦第五試合を行います。両チーム、開始位置についてください。」

審判の言葉に頷き、エステル達とクルツ達達両チームはそれぞれ、開始位置についた。

 

「双方、構え!」

両チームはそれぞれ武器を構えた。

 

「勝負始め!」

そしてエステル達とクルツ達は試合を始めた!

 

「みんな、行くわよ!」

「うん!」

「おう!」

「フッ、了解した!」

「油断はするな……相手にはあの“不動”がいる。気を引き締めてかかれ!」

「ああ!」

「ええ!」

「了解です!!」

双方、エステルとクルツの号令で互いに戦闘力を上げる。

 

「先手は俺が取るぜ!食らえ!!」

「……くっ!!」

グラッツの剣による攻撃……ヨシュアは辛うじて受け止めたが、予想していたよりも重い攻撃に表情を歪ませた。

 

「ヨシュア!せいやっ!!」

「おおっと!!」

そこへ割って入る形でエステルの棒が振り下ろされ、グラッツはたまらず距離をとる。

 

「援護するよ、グラッツ。シューティングレイン!!」

「あうっ!」

「つっ!」

そこへカルナがすかさずクラフト『シューティングレイン』を放ち、二人が怯む。

 

「よし、隙が「そうはいかないぞ」っ!!」

それを好機ととらえたアネラスが襲い掛かるが、割って入ったジンの攻撃に止められ、やむなく後退する。

 

「ここは愛と真心を込めて回復と行こう……ホーリーブレス!」

そして、チャンスと言わんばかりにオリビエの回復アーツがエステルとヨシュアを回復させた。

 

「ありがと、オリビエ。」

「助かります。」

そして、回復した二人はオリビエに礼を言った。愛と真心の部分についてはあえて触れないことにしたのは言うまでもないが……

 

「方術―――攻めること雷の如し。」

一気に攻め切らなければ此方が不利……そう考えたクルツは方術を使い、メンバーの攻撃力を上げた。

 

「(攻撃力を上げてくるか……ならば)はああああああ………はあっ!!」

ジンはそれを見てクルツの考えていることを推測し、クラフト『龍神功』で自らの身体能力を上げる。

 

「続けて、雷神脚!!」

続けざまにジンは雷神脚を相手の陣内に飛び込む形で叩き込む。

 

「く……なら、二の型“疾風”!」

「おおっと」

アネラスはダメージを負いながらもクラフト『疾風』を放つが、ジンはその巨体とは思えぬ回避を見せて、他のメンバーの近くまでいったん下がった。

 

(どうする、ヨシュア?)

(グラッツさんとアネラスさんは前衛、カルナさんは後衛……となると、鍵はクルツさんになると思う。)

(それはこちらも同意義だね。僕らのチームで言えばエステル君がそれにあたるわけだ。)

(とはいえ、向こうはまだ切り札を切っていない……なら、俺とヨシュアで前に出る形だな。エステルにオリビエ、サポートを頼む。)

四人は小声で速やかに作戦を立て、ジン・ヨシュア―エステル―オリビエの構成になるよう陣形を整える。

 

「(成程……ならば)方術――堅きこと鉄の如し!」

その陣形を見たクルツは笑みを浮かべ、方術を前衛であるアネラスとグラッツにかけた。

 

「グラッツにアネラス。あまり前に出るなよ!」

「オッケーだ!」

「了解!」

クルツの意図を理解し、グラッツとアネラスはクルツと一定の距離を置いて構えた。だが、それすらもエステル達の考えた策のうちだった。

 

「ならば、縁起ではないが……僕は愛を込めて君たちに贈ろう……」

「は?薔薇?」

「リュート?」

笑みを浮かべてオリビエが投げたのは薔薇の花束……続いて取り出したのはリュート。その光景にグラッツとアネラスは呆気にとられるが、

 

「(まさか……!)まずい、二人とも」

「愛という名の鎮魂歌(レクエイム)をね!!」

その意味をクルツは察したが、時既に遅し。リュートに仕込まれた銃弾の雨を相手に与えるオリビエのSクラフト『レクイエムハーツ』が二人に炸裂した!

 

「ぐ!?」

「きゃっ!!」

その意表をついた攻撃は二人に命中したが、

 

「………」

相手チームのクルツとカルナ、それと自軍のメンバーであるエステルとヨシュアとジン……そして、観客全員ですら唖然としていた。もう色々ツッコミどころが多くて、意味不明のレベルである。

 

「っと、いけない。今がチャンスよ、二人とも!」

「う、うん!解ったよエステル!!」

「お、おう!そうだったな!!」

呆気にとられていたエステルがいち早く我に返り、ヨシュアとジンに号令をかけ、戸惑っていた二人も我に返って構えた。

 

「こ、こちらもいくぞ!」

「あ、ああ!そうだったね!」

「お、おう。」

「は、はい!」

それは向こうのチームも同じようで、クルツの号令にようやく落ち着きを取り戻した。

 

「フ……僕の愛のベーゼも相当磨きがかかったようだね。」

「何を言っているんですか、貴方は。」

「とゆーか、会場を凍り付かせたアンタが言うな。」

「それはいけないね。ならば一曲……」

「今、武闘大会で戦闘中だからな?」

「ふむ……ならばあとにしよう。」

(め、珍しくオリビエが引いたわ……)

(まぁ、晩餐会のことがあるからね。)

オリビエのいつもの如く珍妙な発言にヨシュアとエステルはジト目で注意し、それを聞いたオリビエがリュートを取り出そうとしたため、ジンが已む無く忠告するとあっさり収まった。その理由は優勝および準優勝した時の“褒美”目当てであることは言うまでもないだろう。

 

「その、エステルにヨシュアにジンさん……誤解してたわ。」

「うんうん。頑張ってるんだね。」

「アレ!?何で僕が加害者扱いされてるのかな!?」

「何を今更……ともかく仕切り直しね!」

グラッツとアネラスの生暖かい視線を感じ、オリビエはそれに納得がいかない様子だったが、エステルはあっさりと切り捨てて、仕切り直しの言葉を言い放った。

 

「ならば……一気に勝負を決めることとしよう。グラッツ、カルナ、アネラス!」

「おうよ!」

「ああ!」

「了解です、先輩!」

クルツの言葉に三人は頷き、闘気を高めた。

 

「俺から行こうか……『轟刃』たる所以……その意味を知れ!」

先手を取ったのはグラッツ。そう言って、高く飛翔した。

 

「俺の全力の刃……轟け、ハイパーグラッツフォール!!」

今までのよりもさらに高い跳躍から放たれる唐竹割り……跳躍の距離をそのまま威力に転換するSクラフト『ハイパーグラッツフォール』。それを食らったヨシュアはかろうじて踏みとどまったが、

 

「続けていこうか……放て、無数の弾丸。敵を撃ち払う刃となりて、己が敵を滅ぼす魔弾となれ――ジャッジメント・バレット!」

「く……エステル、ごめん……」

続けざまに放たれたカルナのSクラフト……全ての弾丸の軌道を曲げて、敵に命中させる奇跡の技『ジャッジメント・バレット』によってヨシュアは戦闘不能となった。

 

「まだまだいくよ!これで、決まりだよ!!」

アネラスがそう言って放ったのは、闘気による十字型の斬撃を飛ばすSクラフト『双刃・光破斬』。それをジンが耐えた。

 

「雷よ……全てを討ち抜く光の柱となりて、我らを勝利へと誘わん………ライトニング・ボルテックス!!」

「きゃあっ!?」

「くっ!?」

「ぐっ!?」

エステル達をほぼ全画面の雷が襲うクルツのSクラフト『ライトニング・ボルテックス』が炸裂し、三人は大ダメージを受けるが、

 

「むふふ、愛と真心を君たちに……せいっ!」

オリビエのSクラフト『ハッピートリガー』の上位技――『ハピネスシンフォニー』によって全員の体力とCPが回復し、ヨシュアも戦闘不能状態から回復した。

 

「なら……いきます!!」

そして、ヨシュアは間髪入れずにSクラフト『漆黒の牙』で全員にダメージを与えると同時にクルツらの足並みを崩すと、

 

「よし、ならば………はあああああああああああああ………奥義!泰炎朱雀功!!」

「ぐ、す、すまない……」

その隙を突く形で泰斗流の奥義の一つ……炎の如く荒れ狂う威力の拳を叩き付ける技――ジンのSクラフト『泰炎朱雀功』が炸裂し、クルツは戦闘不能に陥る。

 

「(レイアが使っていた技……使わせてもらうわ!!)はあああああぁぁぁっ……!!!」

そして、エステルは闘気を高める。それと同時に、彼女の脳裏に浮かんでいたのはレイアが予選で見せた『朱雀烈破』……その技と自分の持てる技を組み合わせた、最高の技を閃き今ここに顕現させる!

 

「それそれそれそれぇ! とおぅりゃぁ! 」

一気に加速し、エステルは自身の持ちうる現時点で最高の技……『絶招・桜花大極輪』……その回転力を余すことなく、更に回転力を上げる。回転したエステルを闘気が包み込み……闘気は羽ばたく鳳凰の姿となって、グラッツらに襲い掛かる。『絶招・桜花大極輪』と『朱雀烈破』……それを直感で組み合わせたエステルの新たなSクラフト……その名をエステルは高らかに叫んだ!

 

「これがあたしの!『奥義!鳳凰烈破!!』」

「がっ!?ちくしょう……」

「くっ!?やるじゃないか……」

「あうっ!?きゅう~………」

そしてエステルの新たなSクラフト『鳳凰烈破』を受けて、残る三人も戦闘不能になった。

 

 

「勝負あり!蒼の組、ジンチームの勝ち!」

 

 

そして審判はクルツ達の状態を見て、エステル達の勝利を宣言した……………

 

 

「クッ……見事だ。」

「『不動のジン』……まさかここまでの凄腕とは……」

跪きながらクルツとグラッツはジンに称賛の言葉を贈った。

 

「お前さん達もさすがに手強かったぜ。エステル達がいなかったら俺も勝ち目は無かっただろうな。」

称賛の言葉を贈られたジンは逆にクルツ達を称賛した。

 

「はあ…あたしたち、勝ったの……?」

「うん、何とか……足を引っ張らずにすんだね。」

エステルは息を切らせながら自分達がクルツ達に勝った事に信じられないでいないところを、ヨシュアが肯定した。

 

「ふふ、謙遜するんじゃないよ。ジンの旦那もそうだがあんた達も充分手強かった。特にエステル。武術の腕だけならアガットと並ぶ……いえ、それ以上ね。」

「あはは………あたしなんてまだまだですよ。」

カルナの称賛にエステルは謙遜した。

 

「ふう、さすがはシェラ先輩の教え子だなぁ……それに、そこのお兄さんがそこまでやるとは思わなかったよ……」

「フッ、お嬢さんの方もなかなか痺れさせてもらったよ。よければ試合の後にお互いの強さを讃えて乾杯でも……」

「いいかげんにしなさいよ!ぶっ飛ばすわよ!」

「スミマセンデシタ……」

場所を考えず、いつものようにアネラスをナンパしようとするオリビエをエステルは注意した。そしてエステル達は控室へ戻って行った。

 

 

~グランアリーナ・選手控室~

 

「フ……おめでとうと褒めておこう。」

「そうだな。決勝進出おめでとう。」

エステル達が控室に戻るとヴィクター達が称賛の言葉を贈った。

 

「ありがとう、ヴィクターにカイトス。……あれ?そう言えばヴィクター達を含めて試合をしていないのは3チームになっちゃったけど、どうなるんだろう??」

「受付の方に聞いたら、今から行われる我らと当たるチームの試合が終わって、休憩の時間をしばらく入れて、我らと当たったチームの勝者のチームが残りのチームと試合をするそうだな。」

ヴィクターは首を傾げているエステルの疑問に答えた。

 

「という事はヴィクターさん達が勝ったら、1日の間に2試合する事になるのか………体力とか大丈夫なのですか?」

「フフ、その点については問題ない。アルゼイド流の師範ともなれば、一日中手合わせすることもあるからな。」

ヨシュアの心配をヴィクターは微笑みながら答えた。

 

「ハハ……連戦の心配をするのも結構だが、とりあえず、まずは一勝する事だ。」

「貴公達の勝利を祈っているよ。」

「フ、その言葉には礼を言っておこう。」

その時、次の試合のアナウンスが入った。

 

「続きまして、第六試合のカードを発表させていただきます。南、蒼の組―――遊撃士協会レグラム支部所属。ヴィクター以下2名のチーム!北、紅の組―――王国軍情報部、特務部隊所属。ロランス少尉以下4名のチーム!」

 

「頑張ってよね!」

「フ……応援されたからには、勝たねばならんな。」

 

 

―――この試合の結果だが、ヴィクターとロランスの一騎打ち、そしてカイトスと特務兵三人の戦いとなり、ヴィクターはロランスの動きを読み切って快勝し、カイトスに至っては、相手に攻撃すらさせることなく打ち倒し、準決勝へと駒を進めたのであった。

 

 




ヴィクターvsロランス戦はカットしました。だって、ロランス本気じゃねーしwまぁ、クルルとの戦闘の影響がまだ残っていると解釈してくださいw

あと、クルツ・カルナ・グラッツ・アネラスごめんなさい。君たちはパワーアップイベントがあるからそれで勘弁してくださいw


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リベール王国武闘大会~結末~

今回のサブタイの意味ですが……お察しください。


ヴィクターにとっては連戦となる準決勝……双方の都合がうまくかみ合い、ヴィクターvsアスベルの個人戦となったのだ。

 

~グランアリーナ~

 

「なお、今回の試合はヴィクター選手、アスベル選手双方の希望により、従来通りのシングルバトルとなっておりますので、みなさま、どうかご了承下さい。」

「ワァァァァァァ!!」

パチパチパチパチ…………!

双方のチームが一人で出て来た事を司会が説明すると、観客達は歓声と拍手を送った。その観客席では、レイアらが見守っていた。

 

「“光の剣匠”とアスベルか……確か、アスベルは勝っているんだよな?」

「辛うじて、という話だったけれどね。でも、『アレ』を使わずってことだからねぇ……」

アスベルは自身の中に秘めうる力……『聖痕』を極力使用していない。それは、あくまでも非常時の切り札であり、それを使えば『人間』として対等に戦ったことにはなりえない……アスベル自身が、そう評した。それに、いざという時に使えなければ『切り札』として機能しない……それも理由ではある。

 

「にしても……七年前、何でアスベルとヴィクターが手合わせすることになったの?」

「ああ、それはね……」

七年前、“仕事”の関係でレグラムを訪れていたアスベルとレイア。そこで、魔獣に襲われていたアルゼイド家執事のクラウスとヴィクターの娘であるラウラを助けたことがきっかけだった。

 

クラウスの招きでアルゼイド家に案内され、その過程でアルゼイド流の門下生……そして、クラウスと手合わせすることとなった。そして、それを偶然見ていたヴィクターがアスベルの技量と流派――『八葉一刀流』を会得したものであると見抜き、手合わせを所望した。アスベルは流石に断ろうかと思ったが、問答無用で襲い掛かってきたため、“正当防衛”という形で戦う羽目になったらしい。

 

「アスベルも不憫だな……」

 

「フ……こうして会い見えるのは、7年ぶりぐらいか。」

「そうですね……あの時は勝った心地すらしませんでしたが……」

ヴィクターとアスベルは互いに苦笑を浮かべる。以前手合わせした際……その時は辛うじて、紙一重の差で勝った。下手すれば仕合というより死合になりかねなかった状況だった……その後で、彼の妻であるアリシアに説教されたのもいい思い出だろう……

 

「確かにな……あの後、互いに色々説教されたものだ……さて、覚悟はいいな?私とて、二度負けるつもりはないぞ?」

「それはこちらもですよ。」

「これより武術大会、本戦第七試合を行います。両チーム、開始位置についてください。」

審判の言葉に頷き、ヴィクターとアスベル両チームはそれぞれ、開始位置についた。

 

「双方、構え!」

両チームはそれぞれ武器を構えた。

 

「『八葉一刀流』筆頭継承者、アスベル・フォストレイト……」

「『アルゼイド流』筆頭伝承者、ヴィクター・S・アルゼイド……」

 

「「いざ、参る!!」」

互いに膨れ上がる闘気……その覇気に周囲の空気が震え上がっていた。

 

「勝負始め!」

そして互いに武術を継承しうる立場の人間……ヴィクターとアスベルは試合を始めた!

 

「「はぁぁぁぁぁ………」」

自らの身体能力を上げるクラフト――ヴィクターは『洸翼陣』を、アスベルは『麒麟功』で己の身体能力を上げる。そして、

 

「ふっ!」

「はっ!!」

ぶつかり合う宝剣と太刀……その一合だけでも周囲の空気は震え上がる。そして、互いに距離を取る。

 

「悪くない……この7年でさらに磨き上げたようだな!」

「それは、どうも!」

力は抜けない……得物の違いもあるが、それ以上にヴィクターの闘気はアスベルですら冷や汗をかくほどだった。“光の剣匠”……その闘気も佇まいも…そして、彼が振るう剣の軌道は…7年前以上のものであると。

 

「食らうがいい……洸閃牙!!」

ヴィクターはすかさずクラフトを放つが、

 

「三の型“流水”……参式『氷逆鱗』!!」

アスベルはその引付を逃さずカウンターとして奥義クラスのクラフト――技単独でも攻撃技として機能するカウンター技の極意、三の型参式『氷逆鱗』を打ち込む。

 

二つの技がぶつかり、互いに距離を取る。そこから繰り出す技を読み切り、互いに戦技を繰り出す。

 

「洸迅閃!」

「六の型“蛟竜”……弐式『九頭竜』!!」

大剣を片手で上から振り下ろすことによって 直線上に剣圧を走らせて攻撃をする『洸迅閃』、斬撃を地面に刻むことによってあらゆる軌道の衝撃波を生み出す『九頭竜』がぶつかり、その技の勢いで衝撃波が発生するが、互いにそこへ向かって駆け出す。

 

「受けよ、アルゼイドの一端……洸刃乱舞!!」

「一の型“烈火”が終式……『深焔の太刀』!はああああああっ!!」

互いに攻撃力の高い技……『真・洸刃乱舞』と『深焔の太刀』が激しくぶつかり、そのエネルギーの余波が爆発する。

 

中心で巻き起こる煙……それから互いに距離を取り、ヴィクターとアスベルが中心を挟む形で対峙するポジションを取るかのように煙から脱出する。

 

「………」

観客席は皆、その展開に呆然としていた。ただ呆れていたのではない……その光景は最早『普通』ではないと皆が思っただろう。

 

「……何アレ」

エステルは口をパクパクさせ、

 

「……ごめんエステル、僕にも上手く表現できそうにない。」

ヨシュアは唖然とし、

 

「………“光の剣匠”もそうだが、アスベルも凄まじいな。(五年前の“あの時”よりも磨かれた技術と覇気……下手すれば俺どころかヴァルターですら赤子扱いの戦いだな……)」

「いやはや、何と言うか言葉が出てこない戦いというのを初めて見たね。(この二人であのような実力……エレボニアやカルバードでも、彼らに喧嘩を売れば唯では済まないね。)」

オリビエやジンもその光景に驚きを隠せず、

 

「……」

クローゼに至っては、目の前の状況が理解できずに思考がフリーズしていた。

 

「おいおい………あれが、アスベルなのか?」

「……私らの時ですら『手加減』してたってことみたいだね。」

「何と言うか……強すぎるわよ。」

「あはは……」

隣の芝は青いという言葉がある……シオンらが言えた台詞ではないが、ヴィクターと対峙しているアスベルの実力は彼らですら及びもしない領域に踏み込んだものであると感じていた。それに追随しているヴィクターも人の領域を軽く超えつつあるのは言うまでもない。

 

(長期に持ち込んだところで此方が不利……ならば、本気で行かせてもらおう、アスベル・フォストレイト!!)

技量の差はほぼ互角……だが、肉体年齢はアスベルの方が若い……長期戦に持ち込むのは不利だと察し、闘気を高めて一気に勝負をつける方向へと方針を固め、凄まじい闘気を放つ。

 

(七年前には使えなかった“終の型”……今、解き放つ時だ……行きます、ヴィクター・S・アルゼイド殿。今度こそ、完全な勝利で勝たせてもらいます!!)

ここで出し惜しみをすれば、間違いなく自分が負ける……向こうから轟き感じる闘気……それを察し、アスベルは刀を鞘に納めると、抜刀術の構えを取り、闘気を更に解放する。

 

「これで終いとしよう……!!」

「これで、終わらせるっ…!!」

 

「わが剣の神髄……極技……瞬刃!洸皇剣!!」

「八葉が終の型“破天”……参式『御神渡』!!」

ヴィクターが繰り出したのは、七年前の“敗北”から鍛え上げた『洸凰剣』をも超える……闘気でリーチをのばすのではなく、剣そのものに集約することで『洸刃乱舞』以上の破壊力を編み出したSクラフト『瞬刃・洸皇剣』。一方、アスベルが繰り出したのは『八葉一刀流』八つの型を集約した九番目の型……『終の型』“破天”。その参式である超神速の抜刀術『御神渡』。二つの技の軌道は最早本人たち以外に見えるはずもなく……観客たちには、技を放つ前と放ち終えた後の二人の姿しか認識できなかったのだ。

 

「はぁっ……はぁっ……」

「ふ……見事だ……」

『こ、この試合……双方戦闘不能により、ドローとする!』

次の瞬間、互いに膝をついた状態の二人がいた。だが、互いにこれ以上の戦闘は難しい。互いにこれ以上“手の内”を晒すのは避けたい……それを見た審判が試合終了のコールを行った。

 

 

「………えと、この場合ってどうなるのかしら?」

「う~ん……双方とも戦闘不能となった場合って、初めてのような気がするけど」

エステルの問いにヨシュアは真剣な表情で答えた。少なくとも、彼の記憶が覚えている限りにおいて、このような状況になるのは初めてである。すると、アナウンスが鳴った。

 

『お伝えします……協議とデュナン侯爵閣下のご配慮の結果、素晴らしい試合を見せてくれたヴィクター選手のチームとアスベル選手のチームは同率準優勝としまして……その結果、優勝はジン選手のチームとなります!』

その結果に観客から歓声が沸き起こった。その一方……エステルらはその結果に唖然としていた。

 

「どうやら、棚から牡丹餅だったね。」

「い、いいのかな……アスベルやヴィクター達に申し訳ないような気がするけれど……」

「別にいいじゃないか。ヴィクターの旦那は元々『城に入れる身分』だしな。」

「フフ……偶然とはいえ、グランセル城に入れる機会を得られるとは……」

その後、表彰式が始まった。準優勝であるアスベル達のチームとヴィクター達のチームが招待状を受け取った。そして、優勝者であるエステル達の番が来た。

 

「それではこれより、優勝チームに公爵閣下の祝福の言葉が贈られます。代表者、ジン・ヴァセック選手!どうぞ、前にお進みください」

「は。」

司会の言葉を聞き、ジンはデュナンに一礼してデュナンの前に出た。

 

「おお、近くで見ると本当に大きいのだなあ……東方人というのは皆、そなたのように大きいのか?」

デュナンはジンの体の大きさを見て驚き、尋ねた。

 

「いや、自分は規格外ですな。幼き頃より、良く食べ、良く眠り、鍛えていたら自然とこうなり申した。生来、物事を深く考えない質ゆえ図体ばかり大きくなったのでしょう。」

「ハッハッハッ、なるほどな。うむ!気に入ったぞ、ジンとやら!賞金10万ミラと晩餐会への招待状を贈るものとする!」

「ありがたき幸せ。」

そしてデュナンはジンに賞金10万ミラと晩餐会への招待状を渡した。

 

「そなたと、そなたの仲間に女神達の祝福と栄光を!さあ、親愛なる市民諸君!勝者に惜しみない拍手と喝采を!」

デュナンの宣言に応えるかのように観客達は惜しみない拍手をし、大きな喝采の声を上げた。

 

こうして、波乱に満ちた武術大会は幕を閉じた。

 

 

~グランアリーナ・選手控室・紅の組~

 

「フフ、面白い者たちが優勝することになったものだな。」

一方選手控室から表彰式を見守っていたリシャールは口元に笑みを浮かべた。

 

「まったく……。恥を知りなさい、ロランス少尉。決勝に行くどころか2回戦で、しかも一地方の長ごときに遅れを取って閣下の顔に泥を塗るなんて……日頃のふてぶてしい態度はどうやらコケ威(おど)しだったようね?」

「……恐縮です。」

カノーネはロランスがヴィクターに負けた事を責めた。責められたロランスは静かに頭を下げた。

 

「はは、カノーネ君。そう責めないでやってくれ。実は私の方から、ロランス君に全力を出さないように頼んだのだ。」

「えっ……!」

「…………………」

リシャールの言葉にカノーネは驚き、ロランスは黙っていた。

 

「情報部はその性質上、黒子の役に徹せねばならない。今回のように、華のあるチームが優勝する方が望ましいだろう。」

「なるほど……。公爵閣下も、あの東方人を予想以上に気に入られた様子……目くらましにはもってこいですわね。」

リシャールの説明を聞いて納得したカノーネは不敵な笑みを浮かべた。

 

「しかし……今年の大会は残念だったな。親衛隊のシュバルツ中尉やモルガン将軍が参加していればもっと華やかだっただろうに。」

「うふふ、お戯(たわむ)れを……そういう事なら、閣下ご自身が出場なさればよろしかったのに。あの小癪(こしゃく)なユリアなど足元にも及ばぬ腕前なのですから。それに閣下なら単独で“光の剣匠”に勝てるのではないですか?」

「はは、私はそれほど自信家ではないつもりだよ。本気を出したロランス君にもあまり勝てる気がしないからね。」

「……お戯れを。閣下は少々、私のことを買いかぶりすぎているようだ。軍人とは名ばかりの猟兵あがりの無骨者(ぶこつしゃ)にすぎません。」

自分に対するリシャールの評価を聞いたロランスは謙遜して答えた。

 

「これでも人を見る目は確かなつもりだ。君に対抗できるとすれば、それこそあの男…“光の剣匠”や“紫炎の剣聖”、あとは“紅隼”や“剣聖”くらいだろうな。」

「………………………………」

リシャールの言葉を聞いたロランスは何も言わず黙っていた。

 

何せ、リシャールやカノーネは知らないが……ロランスは彼女ら――『紫炎の剣聖』の補助をしている“那由多”、そして元執行者の“絶槍”に敗れている。

 

「その彼のことですが……このままでは、彼の子供たちがグランセル城に入ってしまいますわ。……それに重要人物達が王都にいますが、何らかの処置を講じましょうか?」

「放っておきたまえ。公爵閣下が約束してしまったことだ。今更、遊撃士協会が介入しても計画が止まることはありえない。それにいくら実力が飛びぬけている『彼ら』が介入した所で所詮は個人だ。大した事はない。」

「で、ですが……」

リシャールの説明を聞いても、未だにカノーネは納得していない様子で何かを言いかけたが、リシャールはカノーネから目線を外してロランスに尋ねた。

 

「……ロランス君。計画の進行度はどのくらいだ?」

「現在90%を越えました。早くとも今夜遅くには、最終地点へ閣下をご案内できるかと思います。」

「よし、いいぞ。」

ロランスの報告を聞き頷いたリシャールは数歩前に出た。

 

「……王国の夜明けは近い。たとえ逆賊の汚名を受けても……必ずやこの手で明日を切り拓くのみ。2人とも、これからもさらなる活躍を期待しているよ。」

リシャールは決意の表情になった後、口元に笑みを浮かべてでカノーネとロランスに声をかけた。

 

「ハッ。」

「どこまでも閣下に着いて行きます!………(さて……博士奪還を許したあの者達や武術大会で敗北したあの者達がいても邪魔なだけね……計画が完了するまで謹慎でも言い渡しておきましょう。)」

リシャールの言葉にロランスは軽く礼をし、カノーネも礼をした後、心の中で博士奪還を許してしまった特務兵達や武術大会で敗北した特務兵達の処分を考えていた。

そしてリシャール達は表彰式が終わった後、デュナンを護衛しながら城に向かった…………

 

 




戦闘描写、本気で難しいです。クラフトバンバン使って……CPいくらあれば足りるだろう(汗)

次回、いろんな面子がグランセル城に乗り込みます(ただし一部を除く)


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第59話 招かれる晩餐

~グランアリーナ前~

 

「エステルさんにヨシュアさん、優勝おめでとうございます。」

「えへへ……ありがとう、クローゼ!まぁ、正直偶然優勝できたものだけれど……」

試合が終わり、グランアリーナの前でレイア達と合流したエステルは、クローゼの称賛に笑顔を浮かべた。

 

「おめでとう、みんな。」

「偶然とはいえ、優勝するのはその実力あってこそだよ。」

「みなさん、凄かったですよ。」

レイア達もそれぞれ祝福の言葉をかけた。

 

「みんなもありがとう!はあ~、それにしても何ていうかすっごい戦いだったわよね……アスベルとヴィクターの試合なんて、あたし達と同じ人間なのか疑問に思っちゃったぐらいだもの。」

「うん……その意見には同感かな。」

「ああ。互いに回復アーツを使ってなかったとはいえ、凄い試合だったな。」

エステルの言葉にヨシュアやジンは頷いた。

 

「さて…………晩餐会ってのはさっそく今夜あるみたいだな。結構遅くまであるらしいから部屋も用意してくれるみたいだぜ。」

「やれやれ、太っ腹なことだ。お偉方と同席というのは堅苦しいような気もするが……やはり、リベール宮廷料理にありつけるのは楽しみで仕方ない。フッ、今から想像しただけでも涎(よだれ)が出てしまいそうだよ、ジュルリ。」

ジンの言葉を聞き、オリビエは涎を垂らして答えた。

 

「既に出てる、出てるってば。」

「オリビエさんに関しては何のプレッシャーも無さそうですね。」

オリビエが涎を垂らしている事にエステルはジト目で突っ込み、ヨシュアは全然緊張していないオリビエの様子に苦笑した。

 

「ハッハッハッ。それでは行こうじゃないか!ボクたちをもてなしてくれる愛と希望のパラダイスにっ!」

「……そう事が運ぶと思うか?」

オリビエが高らかに騒いでいる時に怒りを抑えた様子のエレボニア将校――ミュラーがやって来た。

 

「ハッ、君は……」

ミュラーを見て、オリビエは驚いた。

 

「貴様というやつは……。ここのところ、連絡も寄越さずに何をしているのかと思えば……まさか立場をわきまえずに武術大会に参加していたとは……」

ミュラーは今にも爆発しそうな様子で静かに言った。

 

「や、やだなあ、ミュラー君。そんなに怖い顔をするんじゃあないよ。笑う門には福来る。スマイル、スマイルっ♪」

「誰が怖い顔をさせているかッ!」

そしてオリビエのからかう言葉を聞き、とうとう怒りが爆発した。

 

(あの制服って、もしかして……)

(うん……。エレボニア帝国の軍服だ……)

(あの人は、ミュラーさんですね。あの様子ですと、かなり怒っていらっしゃるようですが……)

(ミュラーさん……)

(相変わらず、苦労してるな……)

(だね……)

一方エステルとヨシュアはお互いミュラーの正体を相談していた。クローゼや、レイアとシオン、シルフィアに至っては『知り合い』であるミュラーとオリビエのやり取りを見て苦笑を浮かべていた。

 

「……お初にお目にかかる。自分の名前はミュラー。先日、エレボニア大使館の駐在武官として赴任した者だ。そこのお調子者とはまあ、昔からの知り合いでな。」

「いわゆる幼なじみというヤツでね。フフ、いつも厳(いか)めしい顔だがこれで可愛いところがあるのだよ。」

「い・い・か・ら・黙・れ!」

「ハイ……」

ミュラーの自己紹介を茶化したオリビエだったが、ミュラーの睨みと怒りの言葉にしゅんとして黙った。そしてミュラーは表情を戻して、咳払いをした後、話を続けた。

 

「コホン、失礼した。どうやら、このお調子者が迷惑をかけてしまったようだな。エレボニア大使館を代表してお詫びする。」

「あ、ううん……迷惑ってほどじゃないけど。試合じゃ、オリビエの銃と魔法にずいぶん助けられちゃったし……」

「あの、オリビエさん……ボースに行ったこともあれですが、武術大会に出ていたことまで大使館に隠していたんですか?」

「ハッハッハッ。別に隠してたわけじゃないさ。ただ、言わなかっただけだよ。」

「そういうのを隠していたと言うのだッ!」

表情を戻したミュラーだったが、オリビエの説明を聞き、また怒りが爆発した。

 

「ま、まあいい……。過ぎたことを言っても仕方ない。とっとと大使館に戻るぞ。」

「へ……。ちょ、ちょっと待ちたまえ。ボクたちはこれからステキでゴージャスな晩餐会に招待されているんですけど……」

ミュラーの言葉を聞き、驚いたオリビエはエステル達と一緒に行く事を説明しようとしたが

 

「ステキにゴージャスだからなおさら出られると困るのだ。お前にはしばらく大使館で過ごしてもらうぞ。」

ミュラーはオリビエの言い訳をバッサリ切った。

 

「……………………マジで?」

ミュラーの言葉を聞き、オリビエは信じられない様子で聞き返した。

 

「俺は冗談など言わん。」

そしてミュラーはハッキリ冗談ではない事を言った。

 

「そ、そんな殺生な~……。晩餐会だけを心の支えにここまで頑張ってきたのに~……」

ミュラーの言葉を聞き、オリビエは情けない顔をしてミュラーに嘆願した。

 

「さ、さすがに……ちょっと可哀想じゃない?」

「晩餐会に出席するくらい、別に構わんのじゃないのか?」

「何か理由でもあるんですか?」

「みなさんのおっしゃる通り、晩餐会に参加するなんて滅多にない機会なのですから、許してあげてもいいのではないですか?」

オリビエの様子を見て、哀れに思ったエステル達はそれぞれオリビエのフォローをした。

 

「キミたち、ナイスフォロー!ああ、仲間というのはなんと美しいものなのだろうか……。どこぞの薄情な幼なじみとは比べ物にならない温かさだねぇ。」

エステル達のフォローを受けたオリビエは無念そうだった表情が一転し、いつもの調子になって言った。

 

「……君たちは、事態の深刻さがいまいち理解できていないようだ。いいか、想像してみろ。王族が主催する、各地の有力者が集まる晩餐会……。そこで立場もわきまえずに傍若無人にふるまうお調子者……。それがエレボニア帝国人だとわかった日には……」

「………………………………」

ミュラーに言われ、オリビエが晩餐会に参加した時の光景が思い浮かんだエステル達は黙った。

 

「ちょ、ちょっと皆さん。どうしてそこで黙るんデスカ?」

いきなり豹変したエステル達の様子にオリビエは慌てて尋ねた。

 

「……ごめん、オリビエ。その人の心配ももっともだわ。」

「さすがに、王城の晩餐会でいつものノリはまずいですよね。」

「うーむ。国際問題に発展しかねんな。」

「……まあ、元気出しなよ。」

「ごめん。私でもそれは気がかりかな。」

「右に同じく。」

「ミュラーさんの言うとおり、大人しくしていただいた方が賢明ですね。」

「アハハ………すみません、オリビエさん。」

そして掌を返したかのように、エステル達はミュラーの味方になった。

 

「うわっ、掌を返すようにっ!?」

一斉にミュラーの味方になったエステル達をオリビエは叫んだ。

 

「終戦から10年目という、ただでさえ微妙な時期なのだ。我慢してもらうぞ、オリビエ。」

そしてミュラーはオリビエの首を掴んだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、ミュラーさん。黙っていたことは謝るからさ……」

諦めきれないオリビエはなんとかミュラーを説得しようとしたが

 

「問答無用。」

「ボクの晩餐会~!ボクの宮廷料理~!………」

哀れにもミュラーに引きずられて行った。

 

「えっと……いいのかなぁ?」

オリビエを見送ったエステルは苦笑した。

 

「気の毒だけど……こういう事もあるよ、うん。」

「まあ、人間万事、塞翁(さいおう)が馬ってやつだ。せいぜい奴(やっこ)さんの分まで楽しんできてやるとしようぜ。」

ヨシュアやジンは気にしないように助言をした。

 

「うーん……仕方ないか。それじゃあ、気を取り直してグランセル城に行きましょ!」

「それじゃ、行ってきます。」

「気を付けてね。」

そしてエステルは気を取り直して言った。レイアらと別れ、城に向かい、門番の兵達に晩餐会の招待状を見せて城の中に入った………そして、レイアらはエルベ周遊道に入り、そこで待っていた先客と合流した。

 

 

~エルベ周遊道~

 

エルベ周遊道の端……そこには、レイア、シオン、クローゼ、シルフィア……そして二人の男性がいた。

 

「フフ……すみませんね、先程は。」

「いや、気にしていないよ?僕のキャラからしてああ言われることは想定済みだしね。」

「全くお前は……申し訳ない、シルフィア殿、レイア殿にクローディア姫殿下、それとシオン……いや、シュトレオン殿下。この戯けがいらぬ迷惑をかけたようだ。」

「気にしないでください。オリヴァルト皇子がこれから対峙する相手にはそれぐらいの度胸や性根は必要ですから。」

レイアがそう詫びた相手――オリビエとミュラーがいた。ミュラーの言葉にシオンが笑みを浮かべて答えた。

 

シオンの正体はオリビエとミュラーにも話した。彼らが相対するもの……二人の協力者として、自分の身分を明かし……結果的に帝国が亡ぶこととなっても、そのことは然るべき時まで隠す……その強き意志に、オリビエとミュラーは頷いた。

 

「それにしても……何故、オリヴァルト皇子殿下とミュラー殿がここに?」

「クローゼ君…いや、クローディア姫殿下。君の疑問は尤もだろう。かつてリベールに敗れた二大国の片割れ……その皇族の端くれである僕がこのような場所にいる理由……それを計りかねている感じかな。」

「え、ええ……」

クローゼにとっては、疑問以外の何物でもなかった。皇族たる者……別に疚しい者でもなく、祖母であるアリシア女王からは好意的にみられているアルノール家。その血筋を引くオリビエもといオリヴァルト皇子が身分を“演奏家”と偽ってここにいる意味を。

 

「オリビエ……いいのか?」

「構いはしないさ。元より、アスベル君やシルフィア君、それと出来るだけ多くの“賛同者”が欲しいのは事実。それと……どうやら僕自身、この事件は放っておけないからね。そちらの『遊撃士』に迷惑をおかけした“謝罪”も込めて、ね。」

「えと……どういうことですか?」

躊躇いがちに尋ねるミュラーにオリビエは力強い言葉で頷き、クローゼは事情が呑み込めずに首を傾げた。

 

「……カシウスさんから聞いた『ジェスター猟兵団』とその背後で動いていた『身喰らう蛇』、連動するように動いた帝国軍と領邦軍。あのロランスとかいう仮面をつけた御仁と……そして、“鉄血宰相”ギリアス・オズボーン。その二つが接点として繋がった以上、『身内』である僕も無関係とは言えないからね。」

 

オリビエ自身、これらの事実は驚愕に値するものだった。カシウスから聞いたギルド帝国支部襲撃事件……そして、猟兵団を鍛え上げた『身喰らう蛇』と、それらの鎮圧という名の隠滅を図った帝国軍と領邦軍……その後、その事実を隠ぺいした鉄道憲兵隊と帝国軍情報局…つまり、帝国政府のトップである人物――“鉄血宰相”ギリアス・オズボーン。

 

そして、ギルドを襲った猟兵団のメンバーの一人がリベールの情報部の中にいる事実。これはもう、偶然とは呼べない図式。つまり、エレボニアとリベール……この二つの事件は繋がって引き起こされたものだと推測……いや、確信した。

 

「僕としては、このまましばらくは身分を隠してリベールに留まるつもりだよ。そして、然るべき時が来れば帝国に帰るつもりだ。なので、エステル君達やクローディア姫らにも色々お手伝いしてもらうことになるかな。」

「あの、それを聞くと……まるで、帝国そのものをひっくり返すかのように聞こえますが……」

「ひっくり返す、か……間違いではないかな。ある意味似たようなものではあるし。」

「笑みを浮かべて言うような言葉ではないぞ、それは。」

オリビエの決意は固い。だからこそ、やり遂げなければならない。彼の目指そうとしている世界……その先に“平穏”が感じられないその未来を打破するために……道のりは険しいが、そのための“力”を得るため、敢えて渦中に飛び込んでいくことを。

 

 

「僕は……“彼”を駆逐すると決めた。“鉄血宰相”ギリアス・オズボーン……時代を“狂乱の遊戯”へ導こうとしている元凶を。」

 

 




てなわけで、FC時点では参加しなかった面子がかなり集結します。

ヴィクターの存在だけでも十分おかしいですがねw

コンビクラフトに関しては、おいおい考えていく予定です。


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第60話 白き翼の王城

~エルベ周遊道~

 

「え、えと、その……」

「やっぱり、か…オリビエ、クローゼにその『宣戦布告』はインパクト強すぎじゃないのか?」

慌てふためくクローゼを見つつ、ため息をつくシオン。一国の皇族がある意味『これからクーデターを起こします』と言っているようなものになるわけで、それに耐性の無いクローゼには些か非常識に見えたようだ。

 

「私も同意見かな、オリヴァルト皇子。」

「そうかい?あの宰相なら意図するまでもなく唐突にやるだろうから、問題ないと思うがね。」

「そう言う問題ではないだろう……お前と違って、クローディア姫はまだ政治の場数など踏んでないのだぞ?」

「こればかりはミュラーさんの意見に同感ね。」

だが、あの御仁――ギリアス・オズボーンはそんなこともお構いなしに事を運ぶだろう。泣き言など言っていられない。

 

「お気遣いありがとうございます、ミュラーさん。ですが……私自身、オリヴァルト皇子の決意を聞いて、負けていられない気持ちになりました。」

「クローゼ……」

……私なんかが、国王の座を継いでいいのかと、正直思っていました。でも、エステルさんたちやオリビエさん……それに、シオンも。色んな人が自分の身分に拘らず、動いてくれることに。ならば、私は私にしかできないことを始めよう。それが、一緒に旅をしてきたエステルさん達への、私なりの『礼』として。

 

「シオン。以前、お祖母様と貴方が話しているのを聞いてました。その時は、私自身も悩んでいたのですが……オリヴァルト皇子と話して、共に行動して……私も、次期国王として精進します。この事件が終わったら、私はお祖母様にこの決意を話します。」

至らぬことばかりであるのは承知の上。でも、私は一人ではない……いろんな人たちが、私が今まで出会ってきた人の分だけ私は強くなれた。強がりに聞こえるかもしれませんが、彼らの思いや優しさが私を強くしてくれたのは、紛れもない事実なのだと。そのきっかけをくれたのは、ユリアさん、アスベルさん、シルフィさん、ジル、ハンス、ミーシャ、テレサ先生、ジョセフさん、孤児院の子どもたち……それとシオン。

 

「フフ、クローディア姫……いや、クローディア王太女殿下。些か早いですが、このオリヴァルト・ライゼ・アルノール、貴殿のご決断に敬意を表し、貴殿がいずれ治めるリベール王国とは互いに良き関係でありたいものです。そして、私も一層精進することを誓いましょう。」

「こうしてると、本当に皇族なんだけれど……」

「その疑問には尤もだな……いつもこのように在ってくれれば、俺も苦労せずに済むというのに……」

「あはは……いつもお疲れ様です。」

オリビエの畏まった言葉に疑問を浮かべたシルフィア、それに答えつつも珍しく少し疲れたような表情を浮かべるミュラーを労わるかのようにレイアが声をかけた。

 

 

~グランセル城内~

 

その頃、エステル達はグランセル城の中に案内された。

 

「うっわ~……」

「当然と言えば当然だけど……。今まで見てきたどの屋敷よりも圧倒的に豪華だね。」

「ただ豪華なだけじゃなくて歴史と伝統を感じさせる壮麗さ……。つくづく、旧き王国の格式と伝統を感じさせるねえ。」

城に入ったエステル達は城内の風景に感嘆の声を上げた。

 

「ようこそ、グランセル城へ。ジン選手御一行でいらっしゃいますわね?」

(げげっ……カノーネ大尉……)

(予想してなかったわけじゃないけど……)

カノーネの登場にエステルは嫌そうな顔をし、ヨシュアはカノーネを警戒した。

 

「ああ、そうだ。公爵さんの招待を受けて参上した。えっと……あんたは?」

一方、エステル達の様子に気付いていないジンはカノーネが何者かを尋ねた。

 

「うふふ、申し遅れました。グランセル城の警備を担当する情報部のカノーネ大尉と申します。ジン選手御一行におかれましては御優勝、おめでとうございます。試合を拝見させていただきましたが凛々しくて、本当に素敵でしたわ。」

「いやあ~、それほどでも。そちらこそ、その若さと美貌で軍の大尉とは本当に驚きですな。よほど優秀でいらっしゃるのだろう。」

「まあ……お上手でいらっしゃいますこと。でも、そちらの若き遊撃士殿ほどではありませんわ。」

ジンの賛辞を受けたカノーネは意味深な表情でエステルとヨシュアを見た。

 

「……!」

「………」

カノーネに見られたエステルとヨシュアは何を言われてもいいように身構えた。

 

「エステル・ブライトさん。ヨシュア・ブライトさん。お会いするのはルーアンの事件以来ですわね?」

「……うん、そうね。」

「ご無沙汰していました。」

カノーネの当り触りのない挨拶の言葉にエステルやヨシュアは笑顔で答えた。

 

「あいにくですが、ラッセル博士の一件はまだ解決していないのです。どうやら、博士と孫娘さんを誘拐した不届き者がいるらしくて。エステルさんたちにお心当たりはないかしら?」

「全くと言っていいほど、心当たりがないわねぇ。」

「あの事件は正遊撃士に任せて僕たちは王都に向かいましたから。その後の続報も聞いていません。」

カノーネは意味深な表情でいきなりラッセル博士達の事を尋ねたが、エステルやヨシュアは知らないフリをした。

 

「そう……ふふ。それは本当に残念ですわ。まあ、情報部の力をもってすれば誘拐犯の逮捕も時間の問題でしょう。楽しみに待っていてくださいね。」

「そうね。誘拐犯ぐらい貴方達なら捕まえられそうだものね。(こ、この雌ギツネ~……)」

「わかりました。博士は僕たちにとっても恩人なのでよろしくお願いします。(エステル、少しは成長したみたいだね……)」

不敵な笑み浮かべて博士達を捕まえる事を宣言したカノーネを見て、エステルとヨシュアは笑顔で答えつつも、エステルは内心怒りを溜め、ヨシュアはそんなエステルの成長を実感していた。

 

「それはもちろん……。さて、それでは皆さんをお部屋までご案内申し上げましょう。シアさん……あとはお任せしてもいいかしら?」

「はい……お任せくださいませ。」

カノーネに言われ、カノーネと一緒に来たメイド――シアが少し前に出て来た。

 

「念を押しておきますが……お客様に、つまらない話をして失礼をかけることがないように。いいですわね?」

「は、はい……わかっております。」

カノーネの言葉にシアは恐縮しながら答えた。

 

「うふふ、それでよろしい。それでは皆さん。よき夕べをお過ごしください。わたくしは、これで失礼しますわ。」

カノーネはどこかに去って行った。そしてエステル達はシアの案内によって、客室に着いた。

 

 

~グランセル城内・客室~

 

「うっわ……」

「こんな所に泊まれたなんてちょっと想像できなかったな……」

「いやあ~、何ていうかいい土産話になりそうだぜ。」

エステル達は客室の豪華さに驚いた。

 

「晩餐会が始まるまでしばらくあるかと存じます。城内は自由に見学して頂いて構いませんが、警備上の理由で立入禁止にしている区画があります。くれぐれも立入はご遠慮ください。」

「えっと、具体的にはどういう所がダメなわけ?」

どこが立入禁止になっている場所か気になったエステルはシアに尋ねた。

 

「まずは、女王陛下がいらっしゃる女王宮ですね。屋上にある空中庭園の一角に築かれた小宮殿ですわ。」

「空中庭園……すごく綺麗そうな雰囲気ねえ。」

「うふふ、生誕祭の時にはそこのテラスから王都の市民に陛下が挨拶してくださるんです。空中庭園に出るくらいなら大丈夫だと思いますよ。それと、他の立入禁止場所ですが……。1階にある親衛隊の詰所と地下の宝物庫がそうなっております。」

「親衛隊の詰所っていうと……」

「たしかテロリストとして指名手配されてる連中らしいな?」

浮かれ気分だったエステル達は親衛隊の話が出て来ると、表情を真剣にし、ヨシュアやジンが尋ねた。

 

「は、はい……現在、その場所は情報部の方々が使用されています。立入は禁じられているのでどうかご了承くださいませ。」

尋ねられたシアは言いにくそうに答えた。

 

「だいたい判りました。ところで、晩餐会に招待されている他の方々はどうしているのですか?」

「すでに全員お見えになっていますわ。たぶん、それぞれのお部屋で寛(くつろ)いでいらっしゃるかと思います。」

「そうですか……」

「それじゃあ、もうクラウス市長も来てるんだ。」

「はい、先ほどいらっしゃったばかりですわ。それでは私は失礼しますが……何か御用がございましたら1階の控室までご連絡ください。」

そしてシアは部屋から出て行った。

 

「う~………ちょっと、惜しい事をしたわね………まさか、こんな豪華な部屋に泊まれるとは思わなかったし………」

シアが出て行った後、エステルは客室に泊まれない事を微妙に悔しく思った。

 

「ハハ………それだったら、ここに泊まるかい?」

悔しがっているエステルを見て、ヨシュアは苦笑しながら提案した。

 

「う~ん……それだと逆に名残惜しくなっちゃうしね。というか、あたしにとって最高のベッドは家のベッド以外にないわ!」

「ハハ……エステルらしいな。」

「そうだな。」

力強い口調で力説を披露したエステルを見てヨシュアは苦笑し、ジンは感心した。

 

「さてと……」

そして表情を真剣に直したエステルはジンに気付かれないよう、ヨシュアに目配せをした。エステルの目配せに気付いたヨシュアも真剣な表情で頷いた。

 

「……ねえ、ジンさん。あたしたち、ちょっとお城の中を見物しに行きたいんだけど……」

「晩餐会が始まるまでには戻ります。」

「やれやれ、試合の後だっていうのに若いモンはタフだねえ。いいぜ、行ってきな。俺はメシまで、この豪勢な部屋でのんびりと休ませてもらうぜ。」

そしてエステルとヨシュアは部屋を出た後、招待客である各市の市長やルーアンの市長代理で来ているコリンズに挨拶をしに行くことにした。

 

 

~メイベル市長の部屋~

 

二人が部屋に入ると、メイベルとリラ、そして昨日の試合で見かけた二人の選手がいた。

 

「あら、エステルさんにヨシュアさんではないですか。」

「ご無沙汰しております、エステル様にヨシュア様。」

「久しぶり、メイベル市長にリラさん。」

「お久しぶりです。」

「エステルさんにヨシュアさん、話はかねがね聞いておりますわ。何でも、ルーアン地方やツァイス地方で色々な実績を挙げている期待のルーキーという噂を聞きますし。」

「あはは……あたしとしては、出来る範囲でやってるだけなんだけれど。」

メイベルとリラ、エステルは言葉を交わし、最近の事についていろいろと話を交わす。

 

「それと、そちらの方々は……確か、アスベルのチームにいた……」

「ふふ、なるほど……アンタ達がカシウスさんの子どもってわけね。」

「……言われてみれば、面影はあるかな。」

「こ、ここでも父さんなのね……」

「……リベールでは見ない顔ですね。」

ヨシュアの指摘はある意味当たっている。何故ならば、本来であればリベール国外の人間がこのような場所にいること自体が不思議なのだ。

 

「あたしはサラ・バレスタイン。君たちと同じ遊撃士よ。」

「フィー・クラウゼル。よろしく(ペコリ)」

「あたしはエステル・ブライト。よろしく、サラさん。」

「僕はヨシュア・ブライトです。それにしても、まさか“紫電(エクレール)”と呼ばれる帝国きっての遊撃士が何故ここに?」

互いに自己紹介した後、ヨシュアは気になることを尋ねた。帝都支部所属の遊撃士がここにいることもそうだが、何故メイベル市長の部屋にいるのか……

 

「いや、あの公爵さんが勝手にアタシらも準優勝扱いにしたじゃない?それで、個人的に親交のあったメイベルの部屋に泊まることになったのよ。」

「私としても、サラさんがいてくれることに安心しておりますわ。」

「……酒だけが心配。」

「フィー、その口を塞いであげましょうか?」

「それは勘弁」

(ある意味シェラ姉みたいなものってことかしら……)

(三人揃ったら、オリビエさんが死んじゃうんじゃないかな……)

サラの説明、メイベルの安堵した言葉、釘を刺すように放たれたフィーの言葉……エステルらはサラ・シェラザード・アイナの三人が集ったイメージを想像し、オリビエの安否を少しばかり気遣うようなことを思ったとか……

 

その後、クラウス市長とルーアン市長代理として来ていたコリンズ学園長に挨拶した後、ヴィクターの泊まる部屋に足を運んでいた。

 

~ヴィクター侯爵の部屋~

 

その部屋にはヴィクター、マードック工房長……そして、アルトハイム自治州の長である男性がいた。

 

「ふむ、気配からするに君たちだとは思っていたよ。」

「おお、エステル君にヨシュア君。」

「久しぶり、ヴィクターにマードックさん。」

「お久しぶりです。」

「いや~、キリカ君から話は聞いていたが、無事に会えて何よりだよ。」

「いえ……ところで、そちらの方はどちら様ですか?」

ヴィクターやマードックと言葉を交わした後、ヨシュアはその男性に気づき、尋ねた。すると、その男性は微笑んで二人の方を見た。

 

「おや、これは可愛らしい方々だね。」

「はじめまして。あたしはエステル・ブライトといいます。」

「ヨシュア・ブライトです。」

「これはご丁寧に……僕がアルトハイム自治州の当主、フィリオ・フォン・アルトハイム。よろしくね。」

一通り言葉を交わした後、自己紹介する男性もといフィリオとエステル、ヨシュアの三人。

 

「ところで……ヨシュア君だっけ。君はどこ出身なんだい?」

「えと…すみません、よく覚えていないんです。」

「そうか。何、知り合いによく似ていたからね。僕の勘違いかもしれないし、気にしないでくれ。」

「えと、フィリオさん。見たところ、あたしやヨシュアより少し年上にしか見えないんだけれど……」

ヨシュアの姿を見てどことなく見覚えがありそうな表情で尋ねると、ヨシュアは申し訳なさそうに答えた。その答えを聞いてフィリオは申し訳なさそうに言葉を呟いた。すると、エステルはフィリオの容姿が当主にしては若々しすぎると感じ、尋ねた。

 

「実際その通りかな。今年の春にツァイス工科大学を卒業したばかりでね。帰ってきたらいきなり当主に抜擢されたんだ。アハハ……」

「……な、何と言うか、ヴィクターといい、この人って本当に貴族なの?デュナン公爵とは全然違うわね……」

「でも、アルトハイムって名乗ってるし、間違いないと思うよ。というか、失礼だよエステル。」

「気にするな。私が許しているし、ここまで私と対等に話せる少女など、珍しいという他あるまい。」

「アハハ♪それは僕自身も思ってることだよ。でも、それがアルトハイム家の信条だからね。」

アルトハイム家には、初代当主から受け継がれてきた信条がある。

 

『人なくして国は無し、人なくして貴族など無し』

 

……人がいるからこそ国は成り、敬う人がいるからこそ貴族は在り……そこに身分は関係なく、人であればこそ分け隔てなく手を差し伸べ、耳を傾ける。それが、貴族という身分に生まれた者の“貴族の義務(ノブレスオブリージュ)”であると。尤も、そのような貴族は少数の部類に入ってしまうのだが……

 

「ともあれ、今後何かとお世話になるかもしれないね。もしセントアークに来るようなことがあれば、遠慮なく訪ねてきてくれ。」

「ええ、そうさせてもらうわね。」

「何はともあれ、その時はお邪魔させていただきます。」

その後、エステルらは女王宮がある空中庭園に向かった。

 

 

~グランセル城・女王宮入口前~

 

「あ……」

「ここが女王宮みたいだね……」

空中庭園を歩いていたエステルとヨシュアは女王宮らしき建物を見つけた。しかし、そこには二人の特務兵が門番として女王宮の入口に立っていた。

 

「む……なんだ貴様らは。」

「おい……こいつら……」

エステルに気付いた一人の特務兵は警戒し、もう一人の特務兵はエステル達が胸に付けている遊撃士の紋章に気付いた。

 

「えっと……あたしたち、公爵さんに招待された者なんだけど……」

「こちらは、陛下のいらっしゃる女王宮でいいんでしょうか?」

「……その通りだ。」

エステル達は普通に自分達が何者かや女王がいるかを尋ねた。尋ねられた特務兵は普通に返した。

 

「だがここ数日、陛下は御不調でいらっしゃる。お目通りを願っても無駄だぞ。」

「や、やだな~。そんな大それたこと考えてないわよ。そりゃあ、ちょっとはお目にかかれたらな~って思うけど。」

特務兵の注意にエステルは苦笑しながら答えた。

 

「ところで、クローディア姫もこちらにいらっしゃるんですか?」

「いや、こちらには……」

「……おい。」

「とと、それは熱心に陛下の看病をなさっていらっしゃるぞ。もちろん、お前たちの相手をなさる余裕などないからな」

ブラフも込めてヨシュアが尋ねた事に思わず答えそうになった特務兵はもう一人の特務兵の注意に慌てて誤魔化した。

 

(ま、本物はここにはいないけれど……ヨシュア、意地悪すぎない?)

(いいんだよ。こういう時は虚実を交えて話さないと、真実は見えてこないしね。)

その言葉にエステルは小声で呟き、ヨシュアは満面の笑みを浮かべて答えた。

 

「……こんな所で何をなさっているのですか?」

その時、女王宮の中から中年の女性が現れた。

 

「夫人……」

「もうお帰りかな?」

「もうすぐ晩餐会ですからいったん控室に引き上げます。ところで、こちらのお客様は?」

中年の女性はエステル達に気付き、特務兵達に尋ねた。

 

「武術大会で優勝したチームの者です。たかが遊撃士の身分ですが一応、招待客とはいえるでしょうな。」

尋ねられた特務兵は嘲笑しながら答えた。

 

「ムッ、たかが遊撃士って……!」

特務兵の嘲笑にエステルは怒ろうとしたその時

 

「無礼者っ!」

中年の女性が特務兵達を大声で一喝した。

 

「あなた方は、王城の招待客を侮辱するつもりですか!」

「や……自分たちはその……」

女性の迫力に特務兵達はたじろいだ。

 

「たとえ招かれたのが公爵閣下でも城を来訪された方は、陛下のお客様!その事を忘れてもらっては困ります!」

「りょ、了解しました。」

(す、すごい迫力……)

(ひょっとしてこの人が……)

特務兵をたじろかせた女性を見て、エステルは驚き、ヨシュアは女性の正体を察した。

 

「ですが夫人……彼らを通すわけにはいきません。その事は、大佐の説明で分かっていただけたはずですな?」

「……その事は聞き飽きました。」

特務兵の言葉を聞いた女性は溜息を吐いた後、エステル達の前に出た。

 

「申しわけありません、お客様。警備上の理由で、女王宮の付近に近づくことは禁じられています。できれば、晩餐会が始まるまでお部屋でお待ちくださいませんか?」

「あ……は、はい。」

「わかりました。そうした方が良さそうですね。……すみません。色々とお騒がせしました。」

頭を下げる女性を見てエステルは頷き、ヨシュアは特務兵達にも謝った。

 

「フン……」

「分かればいいのだ、分かれば」

「………(ギロッ)」

「……どうぞ、気を付けてお戻りください。」

ヨシュアの謝罪にいい気になった特務兵達だったが、女性に睨まれると丁寧な物言いで言い直した。そしてエステルとヨシュア、女性は空中庭園の広場に来た。

 

「……お客様の前で見苦しいところをお見せしましたね。申し遅れました。私の名はヒルダといいます。グランセル城の女官長として侍女の監督にあたっております。」

「やっぱり……」

「あなたがヒルダ夫人だったんですね。」

女性――ヒルダが名乗り出ると、エステルとヨシュアは納得した。

 

「おや……。失礼ですが、面識がありましたでしょうか?」

2人が自分を知っているかのような様子にヒルダは驚いて、尋ねた。

 

「えっと……ある人から教えてもらったんです。」

ヒルダの疑問に答えたエステルはユリアから貰った紹介状をヒルダに手渡した。実は、シャルトルイゼから降りる直前、ユリアから何かの助けになってくれるだろうという期待を込めて、エステルらに紹介状を手渡していたのだ。

 

「この筆跡は……」

紹介状を読んだヒルダは驚きの声を出した。

 

「あ、それだけで判るんだ。」

「その紹介状と、遊撃士の紋章が僕たちの身分証明となります。」

「わかりました……。ここでは何ですから侍女達の控室に参りましょう。そこで話を伺わせていただきます。」

そしてエステル達はヒルダの案内によって侍女達の控室に向かった……………………

 

 




まず、FCと違う点ですが……

・クローゼの王太女の決意(SC編よりも早い時期での決断)

・オリビエの意志表明(これも早い時期での表明)

しかも、それをお互いに宣言しています。ですが、公表自体はまだ先の話です。それにはそれぞれの思惑もあったりしますが……『あのシーン』が茶番劇にしかなり得ませんw

ちなみに、第59話で出てきたスコールはFF8+アレンジ、今回出てきたフィリオはスパロボOGのイメージでお願いします。


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第61話 波乱の晩餐

~グランセル城内・侍女控室~

 

「……お話はわかりました。ラッセル博士の伝言を女王陛下に直接伝えたいと……。つまり、そういう事ですわね?」

エステルとヨシュアから話を聞き終えたヒルダは真剣な表情で尋ねた。

 

「はい……そうなんです。女王様が本当に調子が悪かったらちょっと考え直しますけど……」

「それは問題ないでしょうが……。女王宮は、先ほどの特務兵によって24時間監視されている状況です。中に入れるのは、公爵閣下と大佐殿、そして身の回りの世話を仰せつかった私や侍女だけなのです。」

「ということは、やっぱり面会するのは難しそうね……」

女王に会うのがかなり難しい事をヒルダから聞いたエステルは溜息を吐いた。

 

「どうする、エステル?博士の伝言を、ヒルダ夫人に伝えてもらう手もあるけど……」

「うーん、でもやっぱり直接会って話がしたいかも……デュナン公爵の狙いにリシャール大佐の真の目的……レイア達かクローゼ、シオンがいれば、何とかなったかもしれないっていうのに…」

ヨシュアに尋ねられたエステルは唸った後、溜息を吐いた。

 

「今、『レイア』、『クローゼ』、『シオン』という名前が出て来ましたが………」

一方ヒルダはエステルから出て来たある人物の名前を尋ねた。

 

「あ、はい………どうしよう、ヨシュア?」

「ヒルダさんなら話してもいいと思うよ。」

「そうね………実は―――」

エステルらはレイアらと行動を共にしていること、そしてその過程でクローゼもといクローディア姫、そしてシオンもといシュトレオンと行動を共にしていることを明かした。

 

「レイア様にクローディア姫、シュトレオン殿下と共に、ですか………」

レイア達と旅をしている事を知ったヒルダは驚いた。

 

「あ。やっぱりクローゼはともかく、シオン達の事を知っているんだ?」

「それは勿論であります。二人の事は幼き頃よりよく面倒を看させていただいた身ですので。それに、レイア様は侍女たちの憧れみたいな存在ですから。」

「あはは……レイアの評価って相変わらず凄い事ばっかり聞くわね………とりあえずこの話は置いておいて、今は女王様に会う事ね。」

「……エステル殿、ヨシュア殿。私に少々考えがあります。晩餐会が終わったらまたここに来て頂けますか?」

「え、それって……」

「僕たちが女王陛下にお会いできる手段があるということでしょうか?」

ヒルダの提案にエステルは驚き、ヨシュアは尋ねた。

 

「そう考えて頂いても結構です。難しいかもしれませんが……試す価値があるかもしれません。ただ、いささか用意が必要なので晩餐会が終わってからでもいいですか?」

「やった、ラッキー!」

女王に会えるかもしれない事にエステルは明るい表情をした。

 

「わかりました。晩餐会が終わったら伺います。」

「お待ちしております。料理の下ごしらえが終わったのでそろそろ晩餐会も始まると思います。一度、お部屋に戻った方がいいかもしれませんね。」

そしてエステル達は自分達の客室に戻った。

 

 

~グランセル城内・客室~

 

「よう、エステル、ヨシュア。ずいぶんと遅かったじゃないか。そろそろ晩餐会が始まる時間だぜ?」

「ごめん、ジンさん。あちこち見物していたらつい時間を忘れちゃってさ~。それに、各地の市長さんたちと色々と話してきちゃったの。」

待ちくたびれている様子のジンにエステルは謝った後、説明をした。

 

「へえ、お前さんたち、お偉いさんと知り合いだったのか?」

エステルの説明を聞き、ジンは驚いた後尋ねた。

 

「ロレントの市長さんとは普段から親しくさせてもらっているんです。他の方たちとも、旅をしている時に知り合った方々ばかりです。」

「なるほどな。確かに、遊撃士の仕事をしてたらお偉いさんと知り合う機会は多いか。しかし、その様子じゃ、ずいぶん活躍してるみたいじゃないか?」

ヨシュアの説明に納得した後、ジンはエステル達がさまざまな所で活躍している話を持ち出した。

 

「えへへ……それほどでも。ジンさんは、王都に来てから何か遊撃士の仕事はやったの?たしか、他の国でも同じように仕事ができるのよね?」

「ああ、正遊撃士だったら国籍に関係なく仕事ができるが……。予選だの、大使館の手続だので仕事を受けてるヒマはなかったな。まあ、他にも遊撃士が結構いたから出る幕がなかったとも言えるがね。」

エステルの疑問にジンは溜息を吐きながら答えた。

 

「クルツさんたち四人に、レイア、シオン、アスベル、シルフィア、ヴィクターさん……確かにこれだけ遊撃士が集まったら大抵の事件はすぐ解決しそうですね。ただ、王都に集中している分、他の地方支部は大変そうですけど……」

「わはは、そうかもしれんなぁ。」

「うう、なんだか今さら申しわけない気がしてきたわ。シェラ姉、今ごろどうしてるのかしら……」

ヨシュアの言葉にジンは呑気に笑い、エステルは申し訳なさそうな表情をした。

 

「たしか前にもその名前を口にしていたが……そのシェラ姉ってのはひょっとしてシェラザードのことか。」

「え……知ってるの!?」

ジンがシェラザードを知っている様子にエステルは驚いた。

 

「はい、僕たちの先輩で昔から親しくさせてもらっています。」

「なるほど、そうだったのか。前に彼女がカルバードに来た時に知り合ったことがあってな。いい師に恵まれていたらしく、若いながらも見所がある娘だった。」

(その師って……)

(うん、父さんのことだね。)

 

コンコン

 

その時、部屋がノックされてシアが入ってきた。

「失礼します。晩餐会の支度が整いました。ご案内してもよろしいでしょうか?」

「おお、待ちくたびれちまったぜ。さ~てと、それじゃあタダメシにありつくとするかね。」

「うん、さすがに試合の後だからすっごくお腹が空いてきちゃった。さ~、食べまくるわよ~♪」

「あの、二人とも……一応、テーブルマナーなんかも忘れない方がいいと思うけど……」

ジンとエステルの様子にヨシュアは内心冷や汗を流して、苦笑しながら言った。そしてエステル達はシアの案内によって、晩餐会が開催される広間に向かった。

 

 

~グランセル城内・1階広間~

 

「えっと……。これって夕食会なのよね?どうして食器だけが並んで肝心の料理がないの?ナイフとフォークがいっぱい並べられてるし……」

目の前の光景に首を傾げたエステルはヨシュアに尋ねた。

 

「正式なディナーだからね。前菜から順番に色々な料理が出てくるんだ。あと、ナイフとフォークは外側から使っていくんだよ。」

「うぐっ……テーブルマナーってやつね。ちょっと緊張してきちゃった。」

ヨシュアの説明を聞き、エステルは唸った後、緊張して溜息を吐いた。

 

「うふふ……。あまり気にする事ありませんわ。料理というものは美味しく頂くのが一番ですから。マナーや礼儀作法は二の次ですわ。」

「そうじゃそうじゃ。聞けば、君たち二人は出席しておる者たち全員と知り合いだそうじゃないか。固くなる必要はなかろう。」

「そうそう、気にしてたら折角の料理も楽しめないぞ。」

緊張しているエステルに招待客であるメイベルやクラウス、そしてアスベルは場を和ませた。

 

「あ、それもそっか♪」

「それで納得しないでよ……」

あっさり納得したエステルにヨシュアは呆れて、溜息を吐いた。

 

「そういえば、そちらの方はナイフとフォークでよろしいんですの?東方の方々は、お箸の方が得意だと聞きましたけど。」

「ほう、よくご存じですな。ですが、郷に入っては郷に従えとも言いますからな。不調法ながらナイフとフォークを使わせてもらいますよ。」

「まあ……ご立派ですわ。さすが武術大会で優勝された達人の言葉は違いますわねぇ。」

「はっはっは。いやあ、それほどでも。」

(つくづく美人に弱いのねぇ……)

(まあ、女好きって感じじゃないと思うけど……)

メイベルに感心され、照れているジンを見てエステルとヨシュアは苦笑した。

 

「というか……アスベル、遊撃士だったのには驚きよ。」

「ま、聞かれなかったしな。にしても、エステルにヨシュア。噂は色々聞いてるよ。」

「いや……アスベルから比べたらまだまだだよ。」

「まったくよ。あんな試合を見せられたら、同じ人間なのかって疑っちゃうわよ。」

「いや、人間だからな。」

アスベルの言葉に苦笑しつつも答えるヨシュア、あの試合の感想を言いつつジト目でアスベルの方を見るエステル。あんなのが普通の人間のやることじゃないと思っていた。それにはさすがのアスベルも目を伏せつつ答えた。

 

「それにしても……公爵閣下はずいぶん遅いですな。いったい何をしてるんでしょう?」

「ふむ……確かに。それと上座は公爵閣下として、そこの席は誰が座るのでしょうね?」

(……クローディア姫は考えられない。となると、『例の御仁』かな。)

マードックの呟きを聞き、フィリオも首を傾げた。そして、内情を知るヴィクターは大方の予測を立てた。

 

「そうですな……クローディア姫という可能性もあるかもしれないが……」

コリンズはクラウスの言葉に頷きながら、推測をした。

 

「皆様……大変長らくお待たせしました。公爵閣下、ご入室でございます。」

そこにフィリップが入って来て、礼をした後、入口の傍に控えた。するとデュナンを始めとし、リシャール、カノーネが入って来た。

 

「いやはや、諸君。待たせてしまって申しわけない。少々、打ち合わせが長引いてしまったものでな。彼はリシャール大佐。王国軍情報部の責任者でな。テロ事件を解決するために日夜、尽力してくれているので礼の意味も込めて招待した。」

「お初お目にかかります。王国軍情報部のリシャールです。公爵閣下の格別のご厚意で晩餐会に招待していただきました。

無粋な軍服で失礼ですがどうか同席をお許しいただきたい。」

デュナンはリシャールを紹介し、紹介されたリシャールは丁寧に自己紹介をした。そしてデュナンはフィリップを後ろに控えさせて上座に座り、リシャールはマードック達が気にしていた空席に座り、カノーネはリシャールの後ろに控えた。

 

(ま、まさか大佐と一緒のテーブルで食事するなんて……)

(予想はしていたけど、やっぱり少し緊張するね……)

リシャールが現れた事にエステルは嫌そうな顔をし、ヨシュアは表情を引き締めた。

 

そうして晩餐会が始まった……………豪華な料理が次々と運ばれ、エステル達は滅多に食べれない料理を楽しんだ。

 

 

「はっはっは、いや、愉快愉快。どうかね、メイベル市長。王城のグランシェフの腕前は?ボースの『アンテローゼ』にも負けずとも劣らずの味ではないか?」

「ええ、素晴らしい腕前ですわ。ワインとの相性も完璧ですし、思わず引き抜きたくなりますわね。」

「はっはっは、そなたが言うとあながち冗談には聞こえないな。どうだ、ジンとやら。東方人のそなたの口には合うかな?」

メイベルの賛辞にいい気分でいたデュナンはジンに尋ねた。

 

「いや、大変結構ですな。不調法な自分の舌にも判る洗練された深みと味わい……リベール料理の真髄を味わっているような心境です。」

「うんうん、そうだろう。どうだ、若き遊撃士たちよ。こんな豪勢な料理は今まで食べたことがなかろう?」

感心しているジンを見て、デュナンは頷いた後、今度はエステル達に尋ねた。

 

「うーん、確かにメチャメチャ美味しいです。招待してくれた人はともかく、料理だけはホンモノかも……」

「はっはっは。そうだろう、そうだろう……。……ん?」

エステルは笑顔で料理を褒めたが、サラッと遠回しにデュナンを悪く言い、デュナンはエステルの賛辞に若干引っ掛かった。

 

「素晴らしい料理を振る舞っていただけるとは、招待してくださった閣下には感謝しなければなりませんね。」

「ほ、本当に素晴らしい料理ですね。それに今まで、こういう正式な席に呼ばれる機会が無かったのでとても勉強になります。招待してくださって本当にありがとうございました。」

デュナンの様子を見て、アスベルが内心皮肉めいた感じでフォローし、ヨシュアは慌てて取り繕った。

 

「はっはっは。なかなか殊勝でよろしい。しかし、執事から言われてようやく思い出したのだが……。そなた達とは、ルーアンの事件で一度顔を合わせていたのだな。何とも奇妙な縁があったものだ。」

「は、はあ……そーですね。(執事さんから言われるまで思い出せなかったわけね。あの様子じゃあ、シオンの事やヴィクターとの事も覚えてなさそうね………)」

エステルは自分の事をすっかり忘れているデュナンに内心呆れた。

 

「さあ、今夜は無礼講だ!料理も酒もたっぷりあるから、遠慮なく追加を申し出るがいい!」

「公爵閣下……その前に、例の話を済ませてしまっては如何ですか?」

デュナンが張り切っている所をリシャールが遠慮気味に申し出た。

 

「……おお!そうだ、その話があったか。実は、王国を代表する諸君らに集まってもらったのは他でもない……。この晩餐会の席を借りてある重大な発表をしたかったのだ。」

リシャールの申し出にデュナンはエステル達や招待客達にある事を申し出た。

 

「ほう、重大な発表……」

「それは一体……どのようなお話でしょうか?」

デュナンの言葉にヴィクターは驚き、フィリオは警戒するような表情で尋ねた。

 

「うむ。ここから先は、私の代わりにリシャール大佐に説明してもらおう。」

尋ねられたデュナンはリシャールに説明をするよう、促した。

 

「……恐縮です。女王陛下が御不調なのはすでにご存じのことかと思います。ですが、徐々に回復なさっているため、すぐに元気な姿を見せてくださるでしょう。」

「おお……それは良かった。」

「では、陛下へのお見舞いは許していただけるのかしら?」

リシャールの説明にクラウスは安心し、メイベルは女王への見舞いの許可を尋ねた。

 

「あいにくですが、陛下のご意向でそれは遠慮して欲しいとのことです。ただ数日中に、王都周辺を騒がすテロリストどもは一掃できる公算です。その事と合わせて、女王生誕祭は予定通りに執り行われるでしょう。」

「ふむ……陛下のお顔を拝見したかったが……次の機会にお預け、ということか。」

今は大事な時期である、と言いたげなリシャールの言葉にヴィクターは少し残念そうな表情を浮かべた。

 

「ふむ……市民も楽しみにしているだろうからめでたいことではありますな。だが、話というのはそれだけではないのでしょう?」

「……確かに、それだけならば連絡してくれれば済みますからな。」

コリンズの疑問に同意するように、マードックは頷いた。

 

「フフ、察しが良くて助かります。女王陛下が回復されつつあるのは先ほど述べた通りなのですが……。陛下は、今回のご不調を理由にある決断をなされたのです。その決断とはすなわち―――」

コリンズの疑問にリシャールは口元に笑みを浮かべて頷いた後、一端言葉を切り、表情を真剣にして、ある説明をした。

 

「ご自身の退位と、こちらに居られるデュナン公爵閣下への王位継承です。」

「な、なんですと!?」

「ほ、本当ですの!?」

リシャールの説明にマードックやメイベルは驚きの声を上げた。また、他の招待客達も驚きを隠せていない様子だった。だが、その中で違う驚きを浮かべているものがいた。

 

(ふむ……先日頂いた手紙の内容とは違うね……これは、問いただす必要がありそうだ。)

(やはりと言うべきか……つくづくいい芝居をするな。アラン・リシャール。)

(……ま、これも茶番でしかないのだけれど。)

食い違いに違和感を覚えたフィリオ、そして内情を知っているヴィクターとアスベルは内心笑みを浮かべた。

 

(ヨシュア、これって……!)

(うん……。レイア達の情報通り、とうとう陰謀が姿を現したね。)

一方エステルは小声でヨシュアに話し掛け、ヨシュアは小声で頷いた。

 

「……私も戸惑ったのだが陛下が存外、弱気になられてな。無理もない、四十年近くもの間、激動の時代に翻弄されたリベールを女性の身で導いてくださったのだ。そう思うと、この生誕祭を最後に俗事から解放させてさしあげたい……王位継承権を持つ身としてはそう決意した次第なのだよ。」

「なんと……陛下がそこまでお悩みになっておられたとは……毎年、お会いしているというのに気付けなかったとは情けない……」

「し、しかし……。このような酒の入った席で聞くにはあまりにも重大な内容ですわ。失礼ですが、どこまで現実性のあるお話なのでしょう?」

デュナンの演説を聞いたクラウスは自分自身を嘆いたが、メイベルは反論した。

 

「む……」

メイベルの反論にデュナンは不満そうな表情をした。

 

「ふむ、メイベル市長。閣下のお言葉が信用できないと……そう仰られるか?」

リシャールはメイベルに尋ねた。

 

「そ、そうは言ってません!ただ、市長には選挙があるように王位継承にもしかるべき手続があるのではないかという事です。」

「そうですな……」

「できれば、陛下から直接、今の話をお伺いしたいものです。」

メイベルの主張にコリンズやマードックは頷いた。本来であるならば、女王陛下と公爵、それと各地方の長……それらが揃っている状態ならば、納得できる理由なのだが……今回のこのような席での発表には、疑問を感じないはずがない。

 

「う、うーむ……」

市長達の様子にデュナンはたじろいだ。

 

「皆さんの動揺も理解できます。ですが、どうか冷静になって今の話を受け止めていただきたい。先ほど申し上げたように生誕祭には陛下ご自身の口から発表されることになるでしょう。真偽はその時に確かめれば済むことではありませんか?」

「そ、それは……」

「………………」

リシャールの言葉を聞き、マードックやコリンズは何も言えなくなった。

 

「問題なのは、この件が発表された時に一般市民にどう影響を与えるかです。いたずらな混乱を避けるためにも各地の責任者である皆さんに前もって事を伝えておきたい……。公爵閣下はそう判断なさったのです。」

「ゴホン……うむ、まあそういう事だな。」

リシャールの説明に同意するようにデュナンは咳払いをして頷いた。

 

「そして、陛下の退位ともなれば事態はリベール国内には留まりません。大陸諸国の目、とりわけ北の脅威たるエレボニアや東のカルバードの反応も気がかりでしょう。まさに、ここにいる我々が新たなる国王陛下を盛り立てながら一致団結をしなくてはならない……そんな時期が迫っているのです。」

(な、何かもっともらしい事を言ってるんですけど……)

(うん……。大したアジテーターだね。)

リシャールの演説をエステルは怪しいものを見るよう表情で小声でヨシュアに言い、ヨシュアはエステルの言葉に静かに頷いた。

 

「正式決定は、生誕祭の時に陛下から直接伺うとして……心の準備をしておくようにと。つまり、そういう事ですか?」

「フフ……。理解していただいて幸いです。」

ヴィクターの確認にリシャールは表情を笑みに変えて答えた。

 

「うーむ……確かにそういう事になったらわしらも忙しくなりそうじゃな。」

「そうですわね……市民へのアナウンスもありますし。」

クラウスやメイベルが納得しかけた時

 

「……1つお伺いしたい。」

コリンズが尋ねた。

 

「公爵閣下に王位継承権があるのは私も存じておるが……たしか、同位の継承権を持つ方が他にもいらっしゃったはずですな?」

「そ、それは……」

コリンズの疑問にデュナンはすぐに答えられず、戸惑った。

 

「陛下のお孫さんにあたるクローディア殿下のことですね。確かに、王室典範上の規定では公爵閣下と同位ではありますが……。まだ年端もいかないという理由で陛下は閣下の方を推されたようです。先ほどの話にもありましたが……。女性の身に余るほどの重責を姫に負わせたくなかったのでしょう。クロ―ディア殿下はまだ成人もしていない………女王陛下も悩んだ末、クロ―ディア殿下への王位継承を見送ったのです。」

「そうそう、そうなのだ!まあ、クローディアには良い縁談を探してやるつもりだ。非公式だが、すでに他国の王家から何件もの申し入れがあってな……。ひょっとしたら今年中にも縁談が実現するかもしれんのだ。」

リシャールの説明にデュナンは頷いた後、クロ―ディア姫の現状を説明した。

 

「まあ……!」

「……ふむ、お話は判りました。そうなるとお目出たい話が2つも続くというわけですな。」

「ううむ……姫様が……。ご結婚されるには少々若すぎるとは思うが……」

デュナンの説明を聞いたメイベルは驚き、コリンズは一応納得し、クラウスは成人もしていないクロ―ディア姫が結婚する事に戸惑った。

 

「……ちょいと失礼。1つ質問してもいいですかね?」

そこに今まで黙っていたジンが話に入って来た。

 

「ジ、ジンさん?」

突然話に入って来たジンにエステルは驚いた。

 

「ほう……?構わん、言ってみるがいい。」

話に入って来たジンをデュナンは以外そうな表情をした後、続きを促した。

 

「失礼だが、今耳にした話は自分たちのような部外者が聞いていい話とは思えません。まして、自分は王国人でもない。なのに、何故このような席でわざわざ発表されたのでしょう?」

「それは、優勝した君たちが偶然にも遊撃士だったからだ。陛下の退位という重大な情報はギルドにも事前に伝えたかった。そう私が閣下に提案したので聞いてもらう事になったのだよ。」

「なるほど……リベールでは、軍とギルドが良い関係を結んでいるという話はどうやら本当だったようですな。」

リシャールの説明を聞いたジンは納得した。

 

「はは、エレボニア帝国やカルバード共和国ほど軍事力が充実していないからね。手を結ばざるを得ないというシビアな現実があるのだが……いずれにせよ、真意はご理解いただけたかね?」

「ふむ……了解しました。今日、この席で知った情報は王都支部にも伝えておきましょう。」

リシャールの確認するような言葉にジンは頷いた。

それらの疑問が一通り出尽くしたところで、フィリオが声を上げた。

 

「……公爵閣下、無礼を承知でお尋ねしたい。私は父からの御縁で女王陛下と手紙の遣り取りをしているのだが……陛下が体調を崩されたのは、『何時』の話なのですか?」

「そうですね、正確には……」

「アラン・リシャール大佐。私は貴方の言葉が聞きたいのではない。女王陛下から王位継承を賜ったデュナン公爵閣下に聞いているのです。陛下に対して親身でなければ、直々に王位継承はなされないでしょう。……それで、何時の話なのですか?」

先ほどエステルらと会話した時とは異なる、真剣な表情と口調……その威厳は、まさしく“長”足りえるもの。リシャールの言葉すら許さず、真っ当な正論をぶつけてデュナンに問いただした。

 

「う、うむ……体調を崩された兆候は一か月前の話だ。その頃から物思いにふけったような表情を浮かべておってな。そして、今回の事に至ったという訳だ。理解していただけたかな?」

「ええ。『理解』はいたしました。ただ、事が事ゆえ後々公爵閣下……いえ、次期国王陛下とはいずれたっぷりとお話しさせていただきたいですね。」

「フム、中々わかっておるではないか。正式に国王になった暁には、貴殿を宰相の位に就かせよう。」

(……どうしてだろう。フィリオの言葉が凄く厭味ったらしく聞こえるんだけど。)

(それは僕も同感だね。というか、フィリオさんは何か知ってそうだね。)

笑顔を浮かべつつも棘が入りまくったフィリオの言葉に何も気付いていないデュナン、そのやり取りを見ていたエステルは内心冷や汗をかき、ヨシュアもそのやり取りを冷静に分析しつつ、彼から情報を得ることも視野に行動することを決めた。

 

そうして晩餐会の時は流れて行った………………

 

 




……全ての事が終わった際、『茶番だーー!!(ガビーン)』とか言われる晩餐でしたw

というか……デュナン、テメーは詰んでいる。

そして、晩餐に参加しなかった一部メンバーですが、既に色々動いています。

サラは色々愚痴りそうですがねw一応、晩さん会に参加したのは優勝チームと準優勝チームの代表という解釈でお願いしますw


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第62話 国と父を知る者

晩餐会が終わったその後、エステル達は自分達の部屋に戻った後、一端ジンと別れ、ヒルダが待っている侍女の控室に行く途中、意外な人物達に出くわした。

 

~グランセル城内 廊下~

 

「おや、君たちは……」

「あ……!」

「リシャール大佐……」

自分達に近付いて来た人物――リシャールと傍に着き従っているカノーネを見たエステルとヨシュアは表情が強張った。

 

「フフ……。エステル君とヨシュア君か。こうして面と向かって話すのは初めてではないかな?」

「え……」

「最後に言葉を交わしたのはダルモア市長逮捕の後でしたね。でも、大佐が僕たちのことを覚えているとは思いませんでした。」

リシャールが自分達の事を覚えている事に二人は驚いた。

 

「交わした言葉は少なかったが君たちは非常に印象的だったからね。気になって調べてみたら驚いたよ。まさか、カシウス大佐のお子さんたちだったとはね……」

「そ、その事も知ってたんだ」

自分がカシウスの子供である事を知っているリシャールにエステルは驚いた。

 

「はは、伊達に情報部を名乗っているつもりはないよ。……カシウスさんには彼が軍にいた時にお世話になった。それこそ……言葉では言い表せないほどね。」

「………」

エステルはリシャールが言っている事が真実かどうか、見極めようと真剣な表情で見ていた。

 

「どうだろう、これから少し話に付き合ってくれないだろうか?君たちとは、前から一度、個人的に話をしてみたかったのだ」

「ええっ!?」

「………」

リシャールの申し出にエステルは驚き、ヨシュアは警戒した。

 

「あ、あの、大佐殿……。これから公爵閣下との打ち合わせがあるのでは?」

また、傍にいたカノーネも驚き、慌てて尋ねた。

 

「少しくらい遅れても構わんよ。そうだな、話すのだったら奥の談話室を借りるとしようか。アルコール抜きのカクテルでも振舞わせてもらうよ。」

「そ、それでしたら私がお作りしますわ!」

「いや、それには及ばない。君は公爵閣下の所に行って私が遅れる旨を伝えてくれたまえ。」

「りょ、了解しました……」

リシャールの伝言にしぶしぶ納得したカノーネはエステル達を睨んだ。

 

「………(ギロリ)」

(ゾクッ……)

「……それでは失礼しますわ。」

カノーネに睨まれたエステルは冷や汗をかき、カノーネはどこかに去った。

 

「さてと、私たちも談話室に向かうとしようか。それでは付いてきたまえ。」

またリシャールも談話室に向かって、歩きはじめた。

 

「あ……(ね、ねえヨシュア、どうしよう?)」

「(付き合うしかなさそうだね……少し遅れそうだけど夫人の所には後で行こう。)」

そして二人はリシャールに着いて行った。

 

 

~グランセル城内 談話室~

 

エステルとヨシュア、そしてリシャールの会話。その中でカシウスの実績……百日戦役の時、反攻作戦を立案してそれを主導した英雄的存在であり、リベールの守護神とも言うべき存在。更には、アスベルやシルフィア、レイアも現在のリベールを護る“生ける伝説”であることを知り、そのスケールの大きさは身近にいたエステルにはとても想像できるものではなかった。そして、一通り会話を終えるとリシャールは『これで心残りはなくなった』という意味深な言葉を呟いて、二人と別れてその場を後にした。

 

「えーと……今ここに居たのって本当にリシャール大佐だっけ?」

「あのね……なにを寝ぼけてるのさ。」

リシャールが去った後、自分に尋ねて来たエステルにヨシュアは呆れた。

 

「だ、だってあんな風に父さんの事を話すなんて。なんていうか、イメージと違ったっていうか。」

「……確かに。ただの悪人ではなさそうだね。でも、それとは別に彼が何かを企んでいるのも確かだ。父さんの事は、この際分けて考えなくちゃいけないと思うよ。」

「うん……それはそうなんだけど……」

ヨシュアの忠告をエステルは腑に落ちない様子で頷いた。

 

「イヤな言い方をするけど……。僕たちに見せた親しさだって、何かの目的があるのかもしれない。彼みたいな情報将校にとって僕たちみたいな子供を誑かすのは朝飯前だろうからね。」

「さ、さすがにそれは言いすぎなんじゃないの?」

「うん……そうだね。疑うのは僕の役割だ。君は、自分の直感を信じていた方がいいと思う。」

「え……」

ヨシュアの言葉にエステルは驚いた。

 

「ただ、あらゆる可能性に備えて油断だけはしないで欲しいんだ。そして、見聞を広めて視野を高め、自分の身が置かれた状況を瞬時に判断していく。遊撃士の仕事というのは、多分そういうものだと思うから。」

「………うん、わかった。ちゃんと心に留めておくわ。」

「……ありがとう、エステル。」

「や~ねえ。何でヨシュアが礼を言うのよ。」

「―――おや、エステルさんにヨシュア君。」

話し込んでいたエステルとヨシュアにかけられた声。二人は声に気付いてそちらの方を見た。

 

「え……って、フィリオさん。」

「久しぶり、フィリオさん。」

「久しぶりだね……二人とも、少し時間はあるかな?」

「え……えっと……」

「心配しなくても、ヒルダ夫人には僕から説明しているから問題はないよ。」

「………」

フィリオの誘いにエステルは少し悩んだが、その懸念は問題ないという発言にヨシュアは警戒した。なぜ、そこでヒルダ夫人の名前がすんなり出てきたのか……その問いに答えるかのように、フィリオは小声で話す。

 

「(ヴィクターさんから君たちの依頼の事を聞いている。それに、僕自身もラッセル博士とは親交があってね。君たちと同じ頼みをされていたんだ。僕の先生の頼みは、お世話になった身としてこなしたいと思っていたからね。)」

「(あ、あの博士のお弟子さんって……正直凄いわね)」

「(何と言うか、凄いバイタリティですね。尊敬に値しますよ。)」

フィリオはツァイス工科大学にて、大学の中でも『破天荒』と称され、彼について行ける生徒など皆無……と言われたラッセル博士の一番弟子にして、ラッセル博士が認めた初めての生徒であった。博士の無茶ぶりを一度経験しているエステルもフィリオの芯の強さに感心し、エステルに匹敵するバイタリティにヨシュアも感嘆を浮かべた。

それはともかく、断る理由もない……二人はフィリオの誘いを受ける形で彼の客室に案内され、三人で話し始めた。

 

 

~グランセル城 客室~

 

「さて、最初に君たちが思っている疑問……女王陛下の健康の事だろうけれど、僕は……アレは完全にデマだと解っている。」

「え!?」

「ひょっとして、手紙の遣り取りですか?」

「ええ。」

フィリオと女王陛下の手紙の遣り取り……フィリオの父が女王陛下の子どもであった王子殿下と旧友であったことから、それが始まった……それはフィリオにも引き継がれ、定期的にやり取りを続けていた。だが、ある一時を境にその手紙に妙な変化があった。それは、ボースでの空賊事件がきっかけだった。

 

「その時点で確証はなかったものの、陛下も軍内部の人間ではないかと疑っていたみたいで……僕との手紙でも、遠回しにそう言った表現で伝えていた。後は、それらを察した身近な人間……といったところかな。心当たりはあるかな?」

「(ヨシュア、どうする?)」

「(言っていいと思うよ。ヴィクターさんが信頼しているなら、問題ないかな。)」

「えっと……実は」

フィリオの問いかけに、エステルはヨシュアと確認をした後、ボースやルーアン以降一緒に旅をしてきたシオン……シュトレオンのことをフィリオに話した。

 

「成程、王太子の形見が……」

「あ、やっぱりシオンのことを知っているの?」

「ああ。僕も彼は弟みたいなものだからね……僕自身、彼が巻き込まれた事故のことは、十代前半でありながらも疑問に思って独自に調べていたんだ。」

「疑問、ですか?」

「……あの事故、王太子夫妻やシオン――シュトレオン殿下はお忍びで訪れていて、彼らが乗っていた車両は帝国政府の計らいで貸切になっていた。それが決まったのは事件当日……陰謀を感じてしまったのさ。」

何故フィリオがそのことを知っているのか……それは、王太子夫妻とシオンの旅行のサポートを行ったのはアルトハイム家……その旅にはアルトハイム家の執事を一人同行させていた。彼が帝国政府と交渉を行って手はずを整えており、帰りの段取りの調整の関係でアルトハイム家と連絡を取り合っていた。その関係で、彼らの情勢は手に取るように把握していた……その矢先での事故。帝国側は『テロリストによる犯行』と一方的に断定していたが、それを不服に思ったフィリオは独自に調べ始めた。

 

「その執事にはとてもよくしてもらっていてね……僕にとっては、兄のような存在だった。だからこそ、なのかもしれない。周りには『らしからぬ行動を慎め』とは言われてたし、妹にも言われたけれど……それでも、僕は事実を知りたかった。」

その過程でアスベルらと知り合い……そして、真実を掴み取った。だが、下手すれば帝国との戦争になりかねない事実……いずれ来る日のために、ということでフィリオは納得して黙した。

 

「話が逸れてしまったね。」

「い、いえ……」

「その、心中お察しします。」

「お気遣い感謝するよ。で、それ以降……当たり障りの手紙しかこなくなった。それでも、ジークが別の手紙を持ってきてくれるから、本当の事は色々知っているけれどね。」

「成程。さっすがジークね。」

「彼はこの上ないほどの適任者だしね。」

単調な手紙の内容……そして、それとは別にジークを通しての遣り取り……このことから、フィリオは女王陛下が何らかの形で身を拘束され、それを誤魔化すための『体調不良』ではないかと推測し、今日に至る……と二人に説明した。

 

「ふふ、それにしても……流石カシウスさんの子どもたち、とでも言うべきかな。大胆さはエステルさんが、冷静さはヨシュア君が受け継いだみたいだね。」

「えと……父さんって、そんなに大胆不敵だったの?」

「……いい機会だから、話しておこうか。今から十七年前……エステルさんが生まれる一年前の話だよ。」

そう言って、フィリオは昔話を始めた。

 

 

昔は帝国領サザーラント州の一貴族であったアルトハイム家。だが、行動自体は特に制限されていなかった。ある時、両親と一つ下の妹の四人でリベール旅行に行った時の事だった。

 

『笑止!笑止千万!!』

『ぐあっ!!』

『がっ!!』

『………遅い遅い遅い!!!』

『ぎゃあああああああっ!!!』

 

『……あう……』

『メアリー!?』

『ふむ、メアリーには目に毒だったか……』

『呑気に言わないでください、父上…』

王国軍主催の観覧会……公開訓練の場で、大多数の兵士を相手に一人で戦う男性―――この時は二十代後半だったカシウスは怖いもの知らずの血気盛んな性格で、レナとは結婚したばかりだったらしく、その剣捌きは結婚する前以上だった。噴水の如く上がる血しぶき、あっさりと砕け散って飛び交う鎧の破片、吹き飛ばされた兵たちによって地面に形成される人型のクレーター……更には、響き渡る兵たちの悲痛な叫び……阿鼻叫喚の絵図にメアリーは気絶し、慌てて体を支える母、そして呑気に話す父に呆れつつも呟く。

 

『カシウス!また貴様か!!』

『モルガン将軍か!引導を大人しく渡して、いい加減隠居しておけ!!』

『若造が戯言を!今日こそ、天狗鼻を叩き折ってその減らず口を塞いでくれるわ!!』

『あの、お二人とも……とりあえず落ち着いて……』

『『新兵風情は黙ってろ!!!』』

『…………ハイ』

その状況に怒号を響かせるモルガン、彼を見つけると容赦なく斬りかかるカシウス、止めようとしたが二人の言葉に頷くことしかできなかった青年時代のリシャールがいた。

 

『フフ……王国軍の未来は明るいですね。』

『……ユーディス』

『何も言わないでください、ガウェイン兄様。私も頭が痛いです……』

静かに笑みを零すアリシア女王、その光景に頭を抱えるユーディス王子と、後の王太子であるガウェイン王子は二人そろって頭を抱えた。その後、レナが体調を崩して倒れたと聞き、カシウスはほっぽりだしてロレントに帰ったらしく、モルガンはかなりの激昂を露わにしたという……

 

「え、えと……あの父さんが?」

「大胆不敵というよりも唯我独尊って感じよね……あたしがいつも言ってた『不良中年』なんて生温いぐらいに……」

カシウスの昔の姿……今からすれば見る影すらない姿にヨシュアは引き攣った笑みを浮かべ、エステルもため息を吐いて正直な感想を述べた。

 

「まぁ、二人がそう思うのも無理はないけれど、事実なんだよね……ちなみに、これはカシウスさんから聞いた話だけれど、エステルさん……君の名前は誰が付けたか知っているかい?」

「え?ううん……」

「君の名前を名付けたのはユーディス王子……つまりは、クローディア姫のお父上ということになるね。」

「そうなんですか?」

「カシウスさんはああ見えて結構面倒くさがりでね……丁度クローディア姫が生まれるということで色々考えていたユーディス王子に任せたんだ。」

「王子様……クローゼのお父さんがあたしの名前を……というか、自分で考えなかったの?あの親父は……」

そのことは、カシウス曰く……『ま、結果オーライだし、別にいいじゃないか。』と笑ってごまかしていたが……それが王子の置き土産になってしまったのは、因果な事であろう。

 

「まぁ、レナさんには色々説教されたらしいけれどね。」

「あはは……」

「流石母さんだね……」

レナに怒られるその光景が目に浮かび、エステルとヨシュアは揃って苦笑した。

 

「……さて、僕の話はこんなところだ。引き留めてしまって済まないね。」

「そんなことは……」

「僕らもありがとうございます。」

「その言葉は素直に受け取っておくよ。それじゃ……僕の代わりに女王陛下に会ってきてほしい。ヒルダ夫人ならばその手段も考えているだろうしね。」

「あ、はい。」

「失礼します。」

エステルとヨシュアは礼をして部屋を後にした。そして、フィリオはそれを見届けた後、窓に映る星空を眺めた。

 

「………やれやれ、これは大変なことになりそうだね。」

口元に笑みを浮かべてそう呟いたフィリオの言葉……その意味は本人以外知る由もなかった………

 




次回、ヨシュア受難編再び


言い忘れていましたが猟兵王の名前……オリジナル設定です(凄く遅いorz)


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第63話 愛国と憂国

~グランセル城内 侍女控室~

 

「エステル殿、ヨシュア殿。お待ちしていましたよ。」

「その、ごめんなさい。リシャール大佐とフィリオさんに捕まっちゃって……」

「市長のことは存じ上げておりましたが、大佐にも……ですか?」

エステル達がリシャールと話していた事にヒルダは驚いた。

 

「僕達の父のことについて昔話を聞かせてもらいました。こちらの動きについては気付かれていないと思います。」

「そうですか……紹介状によるとあなた方は、カシウス殿のお子さんということでしたね。リシャール大佐が感慨を抱くのも分かる気がします。」

そしてヨシュアの説明を聞き、ヒルダは納得した。

 

「あの、ヒルダさんも父さんを知ってるんですか?」

「昔は、モルガン将軍の副官として王城によく来てらっしゃいました。亡き王子や王太子……陛下らのご子息のご学友だったとも聞いております。」

「亡き王子、王太子って……」

「クローディア姫のお父上、そしてシュトレオン王子のお父上にあたるかたですね。」

「ええ、王子は15年前の海難事故で、王太子は8年前の列車事故でお亡くなりになられました。王子や王太子さえ生きてらっしゃれば、このような事態は起こらなかったでしょうに……」

ヒルダはそう言って、つらそうな表情で目を伏せた。

 

「え……」

「……起きてしまったことを悔やんでも仕方ありませんね。夜も更けてまいりました。早速、支度をしていただきます。シア、いらっしゃい。」

気を取り直したヒルダは1人のメイドを呼んだ。そして控室の奥の扉からエステル達を案内したメイドであるシアが出て来た。

 

「あれ、あなたは……?」

「確か、シアさんとおっしゃいましたね?」

「ど、どうも……エステル様、ヨシュア様。事情は伺わせていただきました。」

「この子のことは信用してくださって結構です。姫様と殿下が城にいらっしゃる時にお世話をしている侍女ですから。」

シアの登場に疑問を浮かべているエステル達にヒルダは説明した。

 

「姫様と殿下って……クローディア姫とシュトレオン王子のことね。」

「あの二人の……それなら問題ありませんね。」

ヒルダの説明を聞いた二人は安心した。

 

「きょ、恐縮です……では、用意した制服に袖を通していただけますか?リボンやカチューシャなど細かい所は、私が整えさせていただきます。」

「へ……」

「あの……ひょっとして?」

シアの言葉にエステルは驚き、察しがついたヨシュアはヒルダを見た。

 

「ええ、エステル殿には侍女と同じ恰好をしてもらって女王宮に入っていただきます。多少、髪をいじらせて頂ければ、見張りにも気づかれないでしょう。」

「な~るほど……」

「たしかに、制服というのは個性を隠しやすいですからね。潜入するにはもってこいかもしれません。」

ヒルダの説明を聞き、二人は納得した。

 

「へえ~、メイドさんの制服かあ。リラさんとかを見ていていいなあって思っていたのよね。ヒラヒラしてて可愛いのにすごく動きやすそうなんだもん。」

「ふふ、動きやすくないとお掃除の時に困りますから……」

エステルの言葉にシアは口元に手を当てて、上品に笑った。

 

「あ、やっぱりそうなんだ?さっそく着させてもらおっと!」

「嬉しそうだなあ……はしゃぐのはいいけど陛下に失礼のないようにね。今度ばかりは僕も付いてはいけないからね。」

「え、どうして?ヨシュアも着替えるんでしょ?」

「………え。」

エステルの様子を微笑ましそうに見て、忠告したヨシュアだったが、エステルの言葉を聞き、固まった。

 

「エステル殿?」

一方ヒルダも驚いて、エステルを見た。

 

「だってヨシュア、学園祭の劇でお姫様の恰好をしてたじゃない。ドレスもメイド服と同じでしょ?」

「あ、あれはお芝居じゃないか。女王陛下にお会いするのに女装するなんて、ちょっと……」

「大丈夫、大丈夫。全然みっともなくないから!だってヨシュアのお姫様姿、すっごく綺麗だったもん!」

「ま、また……冗談はやめてよ。あの、ヒルダさんたちからも何とか言ってやってください。」

女装するように迫るエステルを納得させれないヨシュアはヒルダとシアに助けを求めた。

 

「………」

「………」

しかし二人は何も答えず、まじまじとヨシュアの容姿を見て、考えていた。

 

「あ、あの……?(こ、この流れは…まさか……)」

嫌な予感がしたヨシュアは二人に声をかけた。

 

「なるほど……。確かに問題なさそうですね。シア、たしか姫様のためのヘアピースがありましたね?」

「は、はい……一度も使われていないものが。長い黒髪ですからヨシュア様にもお似合いかと……」

「ちょ、ちょっと…あの…」

既に女装をさせる気でいる二人を見て、ヨシュアは焦った。

 

「それじゃあ、3対1のファイナルアンサーってことで♪」

「では、こちらにどうぞ。更衣室になっていますので……」

「ちょっと待ってよ!僕は着替えるなんて一言も……」

反論するヨシュアを無視して、エステルは引っ張って行き、シアは二人に着いて行った。

 

「わかった、わかったから……服くらい自分で脱げるってば……え……シアさん、化粧までするんですか……!?」

「はあ……最近の若い子達ときたら……」

奥の部屋から聞こえてくる騒がしい会話にヒルダは溜息を吐いた。そして少しするとエステル達が出て来た。

 

「まあ……」

「じゃ~ん。えへへ、どーでしょうか?」

「うふふ……とってもよくお似合いですわ。」

エステルのメイド姿を見てヒルダは驚き、エステルは自慢げに胸を張り、シアは褒めた。

 

「城働きに来たばかりの活発で朗らかな侍女見習い……そんな説得力は十分ありますわね。髪も下ろしていますから気付かれることはないでしょう。何でしたらこのままグランセル城で働きますか?」

「ゆ、遊撃士の仕事もあるからそれはちょっと……あ、それよりも。ちょっと、ヨシュア。早く出てきなさいってば~。」

ヒルダの勧誘を苦笑しながら断ったエステルは、未だ出てこないヨシュアを呼んだ。

 

「はあ……どうしても出ないと駄目かな?」

「だーめ。ウダウダ言ってると遠慮なく引きずり出しちゃうわよ?」

「わかったよ……もう、しょうがないな……」

そう言ったヨシュアはしぶしぶ、奥の部屋から出て来た。

 

「………」

部屋から出て来た長い黒髪のメイド――ヨシュアは何も言わなかった。

 

「これはまた……怖いくらいにお似合いですね。」

「ですよねぇ!?まったく、女のあたしよりもサマになってるというのは一体どーゆうことなのかしら。」

「うふふ……お化粧のしがいがありましたわ。」

「もういいです……何とでも言ってください……」

三人の会話を聞き、ヨシュアは哀しそうに呟いた。

 

「さて……準備は整ったようですね。それではこれから女王宮へと案内させて頂きます。あくまで侍女見習いとして扱いますので、そのおつもりで。」

「あ、はい、わかりました。ゴクッ……いよいよ女王様と会えるのね。」

「うん……ここが正念場だね。気を引き締めて何とか女王宮に入らないと。」

「プッ、その恰好でシリアスに言っても似合わないかも……」

女装とメイド姿で真剣な表情で言うヨシュアを見て、エステルは思わず吹きだした。

 

「わ、悪かったね!シリアスが似合わなくて!こんな恰好をさせといてよくもまあ、ぬけぬけと……」

「ゴメンゴメン。そんなに拗ねないでよ。今度、アイスクリームでもオゴってあげるからさ~。」

「ふん、君じゃないんだから食べ物でごまかされたりしないよ。」

「あ、あたしがいつ食べ物でごまかされたのよっ?」

「うふふ……本当に仲がいいんですのね。」

「時間がありません……。さっさと女王宮に行きますよ。」

エステルとヨシュアの掛け合いをシアは微笑ましそうに見て、ヒルダは溜息を吐いて女王宮に行くよう、促した。そしてエステル達はヒルダに連れられて女王宮に向かった。特務兵たちはこんな時間の来訪に目を丸くし、変装した二人を見たがヒルダの睨みを利かせるような表情で黙り、エステル達は女王宮の中への潜入に成功した……………

 

 

~女王宮内~

 

「陛下、失礼します。先ほどお話ししたエステル殿とヨシュア殿をお連れしました。」

「……ご苦労さまでした。どうぞ、入って頂いて。」

ヒルダは扉をノックして、中の人物に用を伝えた。すると、部屋の中から優しそうな老婦人の声が聞こえて来た。

 

「かしこまりました。私はここで待たせていただきます。さあ、お二人はどうぞ中へ。」

「は、はい……!」

「失礼します……」

ヒルダに促され、二人は部屋に入って行った。

 

 

~女王宮内 アリシア女王の部屋~

 

「あ……」

エステル達が部屋に入るとそこには、リベールを統べる女王――アリシア女王が窓際で窓の外を見ていた。

 

「ふふ……ようこそいらっしゃいましたね。わたくしの名はアリシア・フォン・アウスレーゼ。リベール王国、第26代国王です。」

エステル達に気付いた女王は優しそうな笑顔で自己紹介をした。

 

「あ、あの……エステル・ブライトです。遊撃士協会の準遊撃士です。」

「同じく、準遊撃士のヨシュア・ブライトといいます。お初にお目にかかります。」

「エステルさんとヨシュア殿ね。あなたたちに会えるのを本当に楽しみにしていました。大したもてなしはできませんが、お茶の用意くらいはできます。どうぞ、ゆっくりして行ってくださいな。」

そして、二人はアリシア女王にラッセル博士のことを含め、今までのことを話した。

 

「そう……ラッセル博士はそんな事を。あらゆる導力現象を停止させる漆黒のオーブメント『ゴスペル』……そんなものを大佐は手に入れているのですか……」

全ての話を聞き終えた女王は考え込んだ。

 

「博士は、女王陛下ならばリシャール大佐がそれを何に使うか分かるかもしれないと言いました。何か……心当たりはありますか?」

「………ひとつだけ心当たりがあります。ですが、大佐がそれを知っているとは思えません。わたくしの思い過ごしであるといいのですが……」

「あの……その心当たりっていうのは?」

「……あなた達にならお話ししても構わないでしょうね。」

目を閉じて考え込んでいた女王だったが、やがて目を開いて話し始めた。

 

「十数年前、この王都の地下に巨大な導力反応が検出されたのです。その調査にあたってくれたのが中央工房のラッセル博士でした。」

「巨大な導力反応……」

「王都の地下ということは地下水路の近辺でしょうか?」

女王の話を聞き、エステルは驚き、ヨシュアは真剣な表情で尋ねた。

 

「いいえ、水路よりもさらに深い地下から検出されたようです。博士は、いまだ機能を失っていない古代文明の遺物が埋まっているのではないかと仰っていました。」

「古代文明の遺物って……」

「『アーティファクト』と呼ばれる古代導力器のことだね。大半は、塔の頂上の装置みたいに機能が死んでしまっているけど……。まれに、ダルモア市長の家宝のように機能が生きている物もあるみたいだ。」

アーティファクトの意味が余りわかっていないエステルにヨシュアは説明した。

 

「そんなものが王都の地下に……あ、それじゃああの『ゴスペル』ってのは……」

「埋まった遺物の機能を停止させるために使われる……その可能性があるということですね?」

「ええ……ですが、その遺物がどんなもので何のために埋められたものかははっきりしていないのです。ラッセル博士の調査自体も非公式で行われたものですし……大佐がどこで存在を知ったのか、わたくしには不思議でなりません。」

エステルとヨシュアの話に頷いた女王はリシャールがどうやって、機密にしていた情報を知ったのかわからない様子でいた。

 

「そうですか……いずれにせよ、良くない事が起こる可能性がありそうですね。」

「まったく、ちょっと見直したのにロクな事を考えていないわね……みんなに迷惑がかかるんだったら、まさしく遊撃士の出番だわ!何とかして大佐を阻止しないと!」

「ふふ……さすがは、カシウス殿のお子さんたちね。」

「!!!」

「陛下も、父と面識がおありだったんですか?」

女王までカシウスを知っている事にエステルは驚き、ヨシュアは尋ねた。

 

「亡くなった息子や甥の友人でしたし、王国を救った英雄ですからね。軍を辞めて遊撃士になってからも依頼を通じてお世話になりました。」

「そ、そうだったんだ……」

「それは知りませんでした……」

カシウスが亡きリベールの王子や王太子の友人、そして女王自らがカシウスに何度か依頼をしていた事にエステルとヨシュアは驚いた。

 

「ならば、これはわたくしの役目なのかもしれませんね……エステルさん、ヨシュアさん。少々、年寄りの昔話に付き合っていただけませんか?」

「あ……はい、もちろん!」

「拝聴させていただきます。」

二人の返事に頷き、女王は昔話を語り始めた。

 

「10年前の春のことです……エレボニアの帝国の南部で『ある痛ましい事件』が起こりました。いまだ原因が分かっていないため、事件についての説明は省かせてもらいますが……その事件を切っ掛けに、帝国はリベールに宣戦布告をしたのです。後に『百日戦役』と呼ばれる不幸な日々の始まりでした。帝国軍は、宣戦布告と同時に大兵力を持ってハーケン門を突破……リベールは、王都とツァイス地方を除いて瞬く間に占領されました。侵攻してきた兵力は、王国軍のおよそ三倍だったと言われています。カルバードからの援軍も間に合わず……もはやツァイス地方と王都が占領されるのも時間の問題かと思われました。しかし、開戦から2ヶ月後……誰もが予想しなかった形で戦局が大きく変化したのです。当時開発されたばかりの警備飛行艇が各地を結ぶ関所を奪回し、帝国軍の連絡網を断ち切りました。そして、レイストン要塞から王国軍の総兵力が水上艇で出撃し、各地方を奪還していったのです。ルーアン、ボース、ロレント……各地を占領していた帝国軍の師団は補給を断たれ、各個撃破されました。この反攻作戦を立案した人物こそカシウス・ブライト大佐―――モルガン将軍の右腕であり、リシャール大佐の上官だったあなたたちのお父様だったのです。その後、遊撃士協会と七耀教会の仲裁、そしてエレボニアが自国の領を次々と制圧し、派遣した軍をことごとく全滅に追いやった猟兵団『西風の旅団』と『翡翠の刃』の強さに恐れ、彼らとの仲裁を求めた事もあってようやく戦争は終結を迎えました。しかしこの時、カシウス殿は大切なものを失う所だったのです。それはレナ・ブライトさん……エステルさんのお母様、そしてエステルさん……あなた自身だったのです。あの時計塔は、反攻作戦によって追い詰められた帝国軍師団の悪あがきによって破壊されたのです。後はあなたも知っている通り、レナさんが死ぬ寸前であった所をアスベルさん達がたまたま通りがかって、レナさんの命を助け、猟兵団『翡翠の刃』とアスベルさん、シルフィアさん、マリクさんが市内のエレボニア軍を殲滅、そしてロレント市民の保護をしてくれたのです。」

「……そんな…………そんな事情だったなんて……」

女王の話を聞いたエステルは信じられない思いでいた。

 

「……自分が立てた作戦が結果的に家族を死なせる所だった。その自責の念から、カシウス殿は軍を辞めて遊撃士の道に入りました。アスベルさん達によって運良く生き延びたあなた達、家族の側にいるために……そして今度こそ、自分の手で愛する人々を守れるように……」

「バカよ、父さん……父さんのせいであたしとお母さんが死ぬ所だったなんて……そんな事あるわけないのに……」

「エステル……」

女王の話を聞き終えたエステルは辛そうな表情で呟き、ヨシュアはエステルの様子を辛そうに見ていた。

 

「ええ、そうですとも……全ては、大切な民を守れなかったこの力なき女王の責任なのです。ごめんなさい、エステルさん。あなた達を守ることができなくて……そのことを、ずっと謝りたいと思っていました。」

エステルの言葉に頷いたアリシアは辛そうな表情で謝った。

 

「あ、謝る必要なんてありません!女王様は、戻ってきた平和をずっと守ってくださった……父さんたちは必死になってこの国を守ってくれた……確かにお母さんは死ぬ所だったけど、アスベル達のお陰で今でも元気にしています!」

「エステルさん……ありがとう、優しい子ね。あなたに会うことが出来て……本当に良かった……今、心からそう思えます。」

「女王様……」

女王の言葉にエステルは照れた。

 

「でも、だからこそ……だからこそ、あなたには危険な事をして欲しくはありません。これ以上、今回の事件に関わりを持って欲しくはないのです。」

「え……!で、でもあたしたち、クローゼやシオン、それにユリアさんに女王様の助けになるように頼まれて……」

女王の申し出にエステルは驚いた。

 

「ありがとう。その心だけ頂いておきますね。カシウス殿の留守中にあなたに万が一のことがあったら今度は何とお詫びしていいのか……どうか、ロレントのお家に帰ってお父様の帰りを待っていてください。」

「で、でもっ……!」

女王の言葉にエステルが何か言おうとした所、ヨシュアが尋ねた。

 

「ですが、女王陛下……父カシウスが取り戻し、陛下が守り続けた平和が今まさに揺らごうとしています。」

「ヨシュア殿……」

「『ゴスペル』の件もそうですが……このまま大佐の狙い通り公爵閣下が国王となった場合、その平和はどうなるんでしょうか。その事を考えて頂きたいんです。」

「…………」

ヨシュアの話を聞き、女王は辛そうな表情で考え込んだ。

 

「あ、あの、女王様……あたし達、遊撃士になって父さんの代理で仕事をしました。それから、空賊事件に関わって手紙が届いて、変な小包を開けて、そのまま各地を旅してきて……まるで、父さんに背中を押されてここまで来たような気がするんです。だから……あたしも守りたい。平和に暮らせる幸せな毎日を。今まで知り合ったあたしの大好きな人たちを。女王様や、父さん達みたいに、そしてお母さんの命を救ってくれたアスベル達みたいに、あたしなりの方法で守りたいんです!」

「エステルさん………本当に、あの子の言う通りだったわね。」

「えっ……」

エステルの力強い言葉を聞き、女王が呟いた事にエステルは首を傾げた。

 

「私(わたくし)も覚悟を決めました。エステルさんたちを通じて遊撃士協会に、あることを依頼させてもらおうと思います。」

「女王様……!」

「陛下……何なりと仰ってください。」

女王が依頼を申し出た事に希望を持った二人は明るい表情をした。

 

「依頼内容は、人質にされている方々の救出……にしても、先程出てきた『クローゼ』と『シオン』の名前…クローディアやシュトレオンが貴方方と共に行動していたとは驚きでした。」

「あはは、二人とは成り行きでしたけれど……ひょっとして、クローディアを次期の国王に?」

「ええ……思えば、今回のクーデターは私があの子を次期国王として推そうとした事から始まりました。」

「デュナン公爵ではなく、ですね。」

驚きを隠せない様子の女王の言葉にエステルは苦笑し、溜息を吐いて発せられた女王の言葉に、ヨシュアは真剣な表情で確認した。

 

「ええ、こういっては何ですが、我が甥ながらデュナン公爵は色々と問題の多い人物でした………そんな人物が王となった時、果たして未来はあるのか不安でなりませんでした。対して未熟ではありますが孫娘には光るものがありました。それ以上の才能を持つシュトレオンを推すことも考えたのですが、それを固辞したシュトレオンの推薦もあって、王国の未来を考えた結果……私はクローディアを推そうと心に決めたのです。」

「えっと……それって、どう考えても正しい判断だと思いますよ。(品格で言えば、クローゼとシオン、公爵さんじゃあ天(クローゼ、シオン)と地(デュナン)の差があるもの……)」

エステルはクローゼやシオン、それとデュナンの今までの行動や言動を思い出して、それを比較して言った。

 

「ですが、いつの世にも女性が権力を持つことに反対する動きはあるものです。ましてや、大国から侵略を受けた記憶もまだ新しい現在……二代続けての女王による統治が結果的に国を弱くしてしまう。そう考える人物が現れたとしても何ら不思議ではなかったのです。」

「なるほど……それがリシャール大佐ですか。」

女王の話を聞き、納得したヨシュアは確認した。

 

「その通りです。彼は、私がクローディアを次期国王に推そうとしていることをいつのまにか掴んでいました。そして、その事実を公爵に伝えて今回のクーデターを決行したのです。全ては公爵を陰から操り、リベールを今以上の……周辺の大国に劣らぬ強大な軍事国家にするために……」

「なるほど……ようやく事件の全貌が見えてきました。」

「レイア達の言った通りね。」

「そうだね。」

「……あの。今、『レイア』という名が出てきましたが……」

エステルとヨシュアの会話からある人物の名前が出て来た事に女王は驚き、尋ねた。

 

「はい。女王様の推測通り、僕達はレイア達と旅をしています。」

「そうだったのですか………クローディア達は今、王都に?」

「はい。後、アスベルやシルフィアも王都に来ています。アスベルに至っては、グランセル城にいますし。」

「そのお二方まで……」

「女王様?」

「どうかされましたか?」

ヨシュアからレイアに加え、クローディアとシュトレオン、更にはアスベルとシルフィアまで王都にいる事を聞き、女王は考え込んだ。その様子に首を傾げた二人は尋ねた。

 

「いえ………クローディア達が王都にいると知って、大佐が何かしないか、少し恐れているんです………」

「あはは~……それは心配いらないと思います。クローゼは心配だけれどもレイアがいるし、シオンが特務兵ごときに負けるほど、弱くないですし……むしろ、返り討ちにすると思います。」

女王の心配をエステルは苦笑しながら否定した。何せ、今まで刺客を放たれてその悉くを討ち果たしたのだから。

 

「………確かにそうですね。シオンならば、クローディアをしっかり守ってくれることでしょう。レイアさん達は今回の件をどこまで把握しているのですか?」

「あたし達が話した情報全てを知っています……それとシオンは自分達なりに大佐達の狙いを推測していました。」

「……もしよければ、彼らの推測を教えてくれませんか?」

エステルから話を聞き、女王は尋ねた。そしてエステルに代わってヨシュアが答えた。

 

「税率を上げて軍事費を拡大……大量破壊を目的とした導力兵器を開発……大規模な徴兵制を採用……リベールでは認められていない猟兵団との契約を合法化したりする事によってリベールを強大な軍事国家にする事を推測していました。」

「……さすがは聡明な方々ですね……レイアさんやシュトレオンの推測通り、まさに同じようなことを大佐は私に要求しました。それは、純粋な愛国心から来る発言だとは思えたのですが……。私は、どうしてもそれが正しいとは思えなかったのです。国を守っているのは軍事力だけではありません。他国と協調していく外交努力もそうですし……技術交流や、経済交流を通じて諸国全体を豊かにする事だって国を守ることに繋がるはずです。」

「……まさに陛下のおっしゃる通りだと思います。」

「うんうん!お互いが信じ合わなくちゃ!」

女王の考えを聞き、ヨシュアやエステルは賛成するように頷いた。

 

「ですが、大佐はその考えを女々しい理想論と断じました。そして、クローディアの安全と引き換えに退位を要求したのです。クローディアの事を聞いて安堵はしましたが……それでも、多くの者が家族を人質に取られ大佐に逆らえなくされています。ですが、私は女王です。安易に国の未来を売り渡すことはできません。」

女王は辛そうな表情で話し終えた。

 

「女王様……どうか安心してください!」

「依頼の旨、しかと承りました。必ずや、囚われの方々を救出いたします。」

女王を元気づけるためにエステルとヨシュアは力強く依頼を受ける事を言った。

 

「ありがとう……エステルさん、ヨシュア殿。これで、大佐の脅しにも最後まで屈せずにすみそうです。」

「あ、あの!他にも依頼はないんですか?『ゴスペル』の件もあるし……。ここから女王様を逃がすことだって不可能じゃないと思うんです!」

「ありがとう、エステルさん。ですが、私が逃げたところで事態が変わるわけではありません。それと、『ゴスペル』に関しては幾つか気になることがあるのです。私から、大佐に真意を問いただしてみようと思います。」

こうしてエステル達は女王との会談を終えた……………その時だった。

 

「おや、ここには三人だけか。」

「って、エステルにヨシュア、それに女王陛下。公爵のお話とはうって変わっての壮健ぶり……お元気そうで何よりです。」

扉が開かれ、現れたのは武器を持った二人の男性。その二人に見覚えのあるエステル、ヨシュア、女王は驚きの声を上げた。

 

「えっ……」

「貴方方は……」

「アスベルにヴィクター!?」

アスベル・フォストレイトとヴィクター・S・アルゼイド……武闘大会で死闘を演じた二人の姿がそこにいた。

 

 




次から、少しオリジナル展開ありです。


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第64話 京紫の瞬光

~グランセル城 女王宮~

 

エステルらの前に現れたアスベルとヴィクター……その二人の出現にエステルとヨシュアは驚いていた。

 

「あ、あんたたち……もしかして、特務兵は?」

「あいつ等か?目が覚めた時には脳天に血が上る仕様だがな」

「………あの、嘘ですよね?」

「半分はな。」

「半分本当なの!?」

実際のところは、夜間水泳の刑にしようかと思ったけれど、可哀想だから簀巻きてるてる坊主の刑(簀巻きの部分にロープを括り付ける仕様、首じゃないからな?)と逆さ吊りの刑にしておいた。公爵に関しては通りすがった時にちょっと睨んだら泡吹いて倒れちゃったから、問題なし。

そんなこともいざ知らず、エステルの驚愕は続くわけで……

 

「ていうか、何してるのよ!遊撃士が王国軍に喧嘩を売るなんて正気なの!?」

「……ま、知らなくても無理ないか。女王陛下、国王直属独立機動隊『天上の隼』隊長、アスベル・フォストレイト少将……陛下の危機に馳せ参じました。少しばかり遅れたことに関しては、弁解のしようもございません。」

「レグラム自治州の長、ヴィクター・S・アルゼイド。女王陛下が無事で何よりです。」

「いえ……お二方とも、助けに来ていただきありがとうございます。私は、その行いに感謝いたします。」

エステルの言葉に溜息を吐きつつ、女王に最敬礼をとるアスベルとヴィクターの二人。彼らの言葉に女王は特務兵を追い出してくれたことに対しての礼を述べた。

 

「……えと、何がどうなってるの?」

「確か、遊撃士と軍人は兼業できないはずじゃ……」

「ふふ……何せ、独立機動隊は『王国軍』とは別の指揮系統……いわば『有志』による『私設武装組織』に近い。」

リベール国王直属独立機動隊『天上の隼』……アリシア女王とクローディア姫、シュトレオン王子らの“王政”に忠誠を従った者たちが集う組織。その組織運用は従来の軍の規律からかけ離れており、“即自的対応力”を体現するための武装組織。

 

軍と指揮系統が切り離されたのは単純明快。軍が私物化した際の“抑止力”として、活動するためだ。実際のところ、レグラム地方とセントアーク方面ひいては北ボース地方に関しては『天上の隼』が帝国からの侵攻がないよう常に見張っていた。更に、『彼』が軍の中心に戻った際、その動きを迅速に行えるだけの部隊は必要……結果として、少数ではあるが精鋭部隊の軍備も整った。

それと、二大国へのカモフラージュ……軍という言い方ならば角が立ってしまうが、“有志”という形ならば王家の仁徳によるものであると考えるだろう……尤も、その形態も不戦条約締結後には修正されることとなるが。

 

「つまり、位は便宜上のものってこと。これならば、兼業にはあたらないし。」

「物は言いようってことだね……」

「そうだな……」

すると、足音が近づき、たくさんの人達……シェラザード、クローゼ、シオン、レイア、シルフィア、オリビエ、トワ……そして、なし崩し的に巻き込まれたミュラーの姿だった。

 

「エステル、ヨシュア!」

「お祖母様!」

「よかった、無事でしたか。」

「アスベルにヴィクターさん……何やってるの。」

「あはは……」

「フフ、麗しの女王陛下とご対面できるとは……つくづく僕は恵まれてるね。」

「冗談を言っている場合か、貴様は……」

「えと、もう何が何やら……」

それぞれの反応を見て、アスベルは女王の方を向き、答えた。

 

「陛下……囚われていた人間は全て救出しています。ここに来る直前、友人から連絡がありました。」

「そうですか……」

「それと……どうやら、招かれざる客がいらっしゃったみたいですし。」

一通り報告をした後、気配が感じる方……テラスに移動すると、そこには一人の男性がいた。

 

「ロ、ロランス少尉!どうしてこんな所に……」

ロランスを見たエステルは驚いた。

 

「フフ……。私の任務は女王陛下の護衛だ。ここにいても不思議ではあるまい?」

「ふ、ふざけないでよね!」

ロランスの言葉に反応したエステルは強がりを言った。

 

「なに、こいつ……ずいぶん腕が立ちそうね。彼がロランス・ベルガー?」

シェラザードはロランスの正体を知っていそうなエステルに何者か尋ねた。

 

「情報部、特務部隊隊長。ロランス・ベルガー少尉!もと猟兵あがりで大佐にスカウトされた男よ!」

「ほう、そこまで調べていたか。さすがはS級遊撃士、カシウス・ブライトの娘だ。」

「!!!」

「外部には公表されていない先生のランクを知っているなんて……。こいつ、タダ者じゃないわね。」

シェラザードは遊撃士協会内部の情報まで手に入れているロランスを最大限に警戒した。

 

「フフ……。お前のことも知っているぞ。ランクB、『銀閃』…いや、『陰陽の銀閃』シェラザード・ハーヴェイ。近々、ランクAに昇格予定らしいな。」

「………………………………」

ロランスの不敵な笑みを見て、シェラザードはロランスを睨んだ。

 

「あ、あの……もしあなたが大佐に雇われただけなのなら、貴方にもう戦う理由などないはずです。」

「この世を動かすのは目に見えている物だけではない。クオーツ盤だけを見ていては歯車の動きが判らぬように……」

「え……」

突如ロランスが語り出したことにクロ―ゼはわけがわからなかった。

 

「心せよ、クローディア姫。国家というのは、巨大で複雑なオーブメントと同じだ。人々というクオーツから力を引き出すあまたの組織・制度という歯車……。それを包む国土というフレーム……。その有様を把握できなければあなたに女王としての資格はない。」

「!?」

ロランスの意味深な言葉にクロ―ゼは何か大事なことを言われたと気付き、それを必死に考えた。

 

「面白い喩(たと)えをするものですね。ですが……確かにその通りなのかも知れません。まさか、この場で国家論を聞くとは思いませんでしたけれど……」

ただ一人、女王だけはロランスの言葉を理解し、その言葉を重く受け止めた。

 

「フ……これは失礼した。陛下には無用の説法でしたな。」

それを聞きロランスは口元に笑みを浮かべた。

 

「てめえ自身に用はなくとも、こっちにはある……覚悟してもらおうか。」

「フフ、いいだろう……。ならば、こちらも少し本気を出させてもらうぞ。」

「え……!?」

エステルがロランスの言葉に驚いているとロランス少尉が仮面を放り投げて素顔を出した。

 

「………………………………」

「……銀髪……」

エステルは髪の色に驚き

 

「いや……アッシュブロンドね……。どうやらこいつ……北方の生まれみたいだわ。」

シェラザードはロランスの容姿を見て出身地を予測した。

 

「フフ……。北であるのは間違いない。まあ、ここからそれほど遠くはないがな。」

シェラザードの推測にロランスは口元に笑みを浮かべて答えた。そして剣を構えた。

 

「……一つ聞く。これ以上関わるのは奴にとって“自殺行為”でしかない。それでも、お前は進み続けるつもりか?」

「それは愚問というものだな……俺は、この道を進むと決めた。俺には、それしか残されていないのだから。だが、手負いのお前が俺に勝てるとでも?」

「手負い、ねぇ……ま、間違っちゃいないけれど、間違いだな。」

「??」

問いかけられたアスベルの質問に、口元に笑みを浮かべて答えたロランス。そして、挑発めいた言葉にアスベルは疑問を投げかけられるようなことを呟き、ロランスは少し首を傾げた。

 

「エステルたち、宝物庫に行け。おそらく、リシャールは既にそこへ向かった可能性がある。」

「え……」

「細かい話は後だ。あいつは俺が引き受けた。」

「……私は残るからね。」

「…任せた。」

アスベルの言葉に事情が呑み込めないエステルだが、大方の事情を察してシルフィアが残ることを選び、アスベルはその提案に頷く。そして、エステルらがその場を急いで後にしたことを確認すると、ロランスの方を向き、刀を構えた。

 

「ロランス・ベルガー……いや、『身喰らう蛇』の『執行者』No.Ⅱ“剣帝”レオンハルト。先程の言葉だが、あれは『演技』だ。」

「『演技』だと?」

「派手に演出すれば、上手く誤魔化せるかもしれない……現に、お前は俺を手負いと評したわけだしな。」

まぁ、半分本気だったのは事実だが……ちなみに、俺が本気を出した場合……『周囲が更地になりかねない』ことを目の前にいる御仁――ロランスもといレーヴェは知らない。

 

「戯言を……」

「………裏・疾風」

「!?」

そう言い切ったロランスにアスベルは『裏・疾風』で強襲をかける。それには流石のロランスも驚愕して避けた。

 

「ちっ……流石に、執行者相手に本気の一割も出さないで勝とうとした方が誤りか。」

「フッ、言った割には大したことなさそうだな?」

「しょうがない……半分ぐらい本気で行くぞ。」

舌打ちして、かなり手加減した状態では駄目だったかとアスベルが言い、それに対して鼻を鳴らしたレーヴェ。だが、ある意味その言葉に怒ったアスベルは、凄まじい闘気……武闘大会の時よりも更に密度の高い覇気を放つ。

 

(なっ………!?この覇気、そしてこの雰囲気……まさか!?)

「察しがついたな、レーヴェ。『静の領域』の到達点……『理』。そして『動の領域』の到達点……それが、『修羅』。俺は、そのどちらの領域にも到達した人間だ。」

「それが修羅だと……馬鹿な、貴様はそこまで堕ちていない人間のはず……それが何故、そのようなオーラを纏っていられる!?」

レーヴェの指摘……それは、アスベルの纏っているオーラ。確かに、彼は“守護騎士”であり、そのような“仕事”を引き受けることもある……だが、それでは納得しえないほどの不条理……それを背負わなければならないほどに追い込まれたことなど、考えられない様子だった。

 

レーヴェのその言葉……確かに“今の状態だけ”ならば修羅に至ることなどなかっただろう。だが、アスベルが今まで歩んできた道……転生前も合わせれば凡そ三十年足らず……それだけの時間は、更なる力を鍛えるのに……そして、業を背負うのには十分な時間だった。

 

「レーヴェ、てめえはどうやら『修羅』の“本当の意味”を理解していないようだ……今回は、裏の方で戦ってやる。」

そう言って、アスベルは太刀を鞘に納めると、小太刀を抜いて二刀流で構えた。

 

「ヨシュアや『あの男』と同じ二刀流……面白い。『執行者』がNo.Ⅱ“剣帝”、レオンハルト。そこをどいてもらうぞ、“京紫の瞬光”アスベル・フォストレイト!」

「――星杯騎士団“守護騎士”第三位『京紫の瞬光』アスベル・フォストレイト……国家を転覆せしめようとする貴殿を討伐する!」

シルフィアがその様子を見守る中、かつて教団の制圧作戦で成り行きとはいえ共闘した両名……アスベルとレーヴェの戦いが幕を開ける!

 

 

「フッ!」

「はっ!」

互いに振るう刃、その軌道は瞬きでもすれば見過ごしてしまうほどのもの。

 

「(この太刀筋…紛れもなく、『修羅』に至った者の…)むんっ!」

レーヴェは横薙ぎでアスベルに斬りかかるが、

 

「よっ……と!」

剣の軌道を左手の小太刀で逸らし、右手の小太刀で斬りかかる。

 

「!!」

「ちっ……」

だが、レーヴェは咄嗟に体の力を抜いて体を逸らした。その行動にアスベルは舌打ちした。

 

「ふっ、そこだ!」

そこに口元に笑みを浮かべたレーヴェがクラフト――『零ストーム』を放った。

 

「ヘキサレイド、クロス!」

それを見たアスベルが瞬時に体勢を立て直し、二刀流による斜め上の斬り上げにより十字を作り、そこから持っている二刀を縦に振り下ろして衝撃波を放つクラフト――『ヘキサレイド・クロス』を放ち、相殺した。

 

「なかなかやる……」

「それはどうも。」

互いに距離を取り、睨みあう両者。そこで、レーヴェからアスベルに問いかけが投げられた。

 

「アスベル・フォストレイト……何故、その力の全てを見せない。お前のその力……先程のもので“半分”とは思えない。」

「………お前の言いたいことは分かった……だが、俺はその全てを解放するわけにはいかない。」

「それは欺瞞だな。その力があれば世界を容易く変えられる……俺と来る気はないか?お前ならば、盟主も喜んで受け入れてくれるだろう。」

「………」

「…アスベル……」

未だに奥底すら見せないアスベルの実力……今の彼ではその力の使い方は誤りである……それを十二分に発揮できる居場所を提供する。つまりはスカウトというところだろう。その言葉にアスベルは目を瞑り、シルフィアは心配そうな表情でアスベルの方を見ていた。

 

「………クルルの言った通り、か。レーヴェ、その誘いは今ここで断らせてもらう。」

「ほう……それが偽善であり、欺瞞であることは解っているはず……それでも、断るというのか?」

「諄い。どうやら……仮に『修羅』に至ったとしても、半端者の『修羅』にしか成り得ないな。てめえは……」

「……!?(馬鹿な……これだけの覇気、俺よりも年下の奴が、“鋼”と同格のものを放っているだと……!?)」

だが、アスベルは目を見開き、その誘いをきっぱりと断った。それには正気かとレーヴェが問いかけるが、その問いかけが挑発に聞こえたアスベルは闘気を解放した。その凄まじい闘気……自らが知る人物とほぼ同質の力。それにはレーヴェも驚きを隠せず、冷や汗をかいていた。だが、それだけではなかった。

 

「……何だ、その力は……」

レーヴェが驚いていたのは、アスベルの纏っている闘気……『修羅』に近いものでありながらも、それから限りなく遠い闘気。その問いかけにアスベルが答えた。

 

「そうだな…『修羅』のその先……強いて名付けるなら、『天帝』とでもいうべきかな。」

たとえ正義であっても、それに固執し続けると善心を見失い妄執の悪となる。正義ではなく、己の強い『信念』で力を振るう……修羅――正義を司る神である『阿修羅』が常に勝てない存在……その神と戦い常に勝利し続けた存在。慈悲の心を持ち、力を司る神『帝釈天』。戦いに固執せず、慈悲の心を忘れず、己の力の在り様を信念で貫き通す。

 

 

『動の領域』の極致――『天帝』

 

 

怒りのみでは、『修羅』に至ったとしてもその先は望めない……そのことは、レーヴェと同じ執行者であるルドガーやクルルも解り切っていた。だからこそ、彼らは『修羅』を通過点と考えた。そして、幼き頃から剣を習い続けてきたアスベルにも、その意味はよく解っていた。

 

 

「フ、フフ………面白い。その力、はったりではないことを証明してもらおうか!」

レーヴェは闘気を高める。そこから繰り出される技はおそらく、彼にとって最高の技。ならば、こちらも加減は要らない。

 

「………はああああああっ!!」

アスベルは二刀を構え、闘気を収束させる。今の自分にとって最高の技を放つために。

 

「受けてみよ……わが剣帝の一撃を……冥皇剣!」

Sクラフト――絶技・冥皇剣を放とうとした!レーヴェのSクラフトによって、アスベルを凍りつかせるかのように足元から氷が襲ったが、彼の闘気がそれを阻んだ。それには、レーヴェも少し驚くが、それをも介せず一撃を放つ。だが、アスベルの一撃……無防備状態からの『無意識の反射』から放たれる、彼の奥義の一つが炸裂する!

 

「御神流奥義之五……天竜!」

『貫』による一瞬の見極めから放つ『徹』による高速斬撃……相手は殺気を感じないまま斬られ、ほぼ回避不可能の技とされる御神流の奥義『天竜』がレーヴェに命中し、

 

「があああっ!?」

レーヴェは吹っ飛ばされ、アスベルの眼前に映るヴァレリア湖に落ちていった。

 

「ふぅ……って、大丈夫かな、あれ……」

敵対してるとはいえ、万が一死なれたら後味が悪すぎる……彼のしぶとさを祈りつつ、アスベルは踵を返してシルフィアのもとへと向かった。

 

「シルフィ、とりあえず俺らも宝物庫に行くぞ。」

「ん。了解かな。」

アスベルの言葉にシルフィアは頷き、エステルらの後を追った。

 

 




『理』と『修羅』に関してはオリジナル設定での考え方です。あと、『天帝』は『修羅』に関してのことを読んでいくうちに思いついたものです。


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第65話 国の未来を賭けて

エステル達は宝物庫の奥にたどり着くと、最近建造されたと思しきエレベーターらしきものを見つける。そこで合流したユリア、アガット、ティータ、ラッセル博士。そこで情報部の連中が城に近づいていることを知り、アリシア女王とユリア、シオンがそれらの対処をするためにその場を離れた。

 

ラッセル博士の働きによってエレベーターが動くようになり、エステルらは遺跡――『封印区画』にたどり着いた。先行組としてエステル、ヨシュア、シェラザード、ティータ、そしてレイアの五人が行くことになり……途中で現れたカノーネや、出現した兵器らに少し手こずったが、何とか打ち倒して最深部へとたどり着いた。

 

 

~封印区画・最下層・最深部~

 

エステル達が踏み込んだ曰くありげな柱が4本立っている大部屋に、ツァイスでエステル達が博士に渡した『ゴスペル』を置いて何かの装置を起動させている、今までの事件の黒幕―――リシャール大佐がいた。

 

「やはり来たか。何となく君達が来るのではないかと思ったよ。それにしても、まさか貴女が彼女達に協力するとは思いませんでしたよ、レイア殿。」

何かの装置を操作していたリシャールは操作をやめ振り返り、落ち着いた表情でエステル達を見た後、レイアを見た。

 

「……同じ王国軍の軍人が手を貸している……貴方にとっては都合が悪い事でしょうね。」

「……貴女は国の、女王陛下の考えを否定するつもりですか?」

口元に笑みを浮かべているレイアにリシャールは問いかけた。

 

「女王様の理想論を否定したのはそちらでしょうが……それに、あなたの部下が王子殿下と姫殿下に手を出そうとした事、知っているの?」

「なっ!?(王子殿下には手を出さない様厳命していたはずだ……)」

レイアの言葉にリシャールは驚いた。

 

「姫殿下はともかくとして、王子殿下まで欲張った……まぁ、最も……そんな事をしようとした『馬鹿達』はこの世にはもう存在していないから、問い詰める事はできないけれどね。」

「………」

レイアの言葉を聞いたリシャールは自分の命令を聞かずに勝手に動いた部下達の死を悟り、愕然とした。

 

「リシャール大佐……あたしたち、女王様に頼まれてあなたの計画を止めに来たわ。」

「まだ『ゴスペル』は稼働させていないみたいですね。今なら……まだ間に合います。」

エステルやヨシュアはリシャールを説得しようとしたがリシャールは気を取り直して、首を横に振って否定した。

 

「間に合う、か……ふふ、カシウスさんの子どもたちのお願いと言えども、それはできんよ。」

「な、なんでよ!?そもそも『輝く環(オーリオール)』って何!?そんなもの手に入れてどうしようっていうのよ!?」

「かつて、古代人は天より授かった『七の至宝(セプト=テリオン)』の力を借りて……海と大地と天空……自然のありとあらゆる要素を支配したという。その至宝のひとつが『輝く環』だ。もし、それが本当に実在していたのだとしたら……国家にとって、それがどういう意味を持つか君たちに分かるかね?」

「こ、国家にとって……」

輝かしい未来を見ているように見えるリシャールがエステル達に向かって放った言葉はエステルは何のことだかサッパリわからなかった。

 

「周辺諸国……この国で言えば、とりわけ強大な力を持ちうるエレボニア帝国やカルバード共和国に対抗する強力な武器を手に入れる……つまり、そういう事かしら。」

意味がわかったシェラザードは目を細めて尋ねた。

 

「その通り……知っての通り、このリベールは周辺諸国に国力で劣っている。人口はカルバードの五分の一程度。兵力に至っては、エレボニアのわずか八分の一にしかすぎない。唯一誇れる技術力の優位はいつまでも保てるわけではないし、彼らがこの国を攻めないという保障などない……二度と侵略を受けないためにも我々には決定的な力が必要なのだよ。」

リシャールはエステルらに目を向けた後、言った。人的資源と物的資源……戦いを制する上で重要なファクターになりうるものだ。それを覆すためには、何らかの助けがなければならない……『七の至宝』はそれを覆しうるだけの要素を秘めている。

 

「だ、だからといってそんな古代の代物をアテにしなくてもいいじゃないの!十年前の戦争……百日戦役の時だって、何とかなったんでしょう!?」

「あの侵略を撃退できたのはカシウス・ブライトがいたからだ。だが、彼は軍を辞めた。国を守る英雄は去ったのだ。そして、奇跡というものは女神と彼女に愛された英雄にしか起こすことはできない。」

「………」

リシャールの言葉を聞いたエステルは黙って何も言わなかった。

 

「だから私は、情報部を作った。諜報戦で他国に一歩先んじることもそうだが……あらゆる情報網を駆使してリベールに決定的な力を与えられるものを探したのだよ。リベールが苦境に陥った時に再び奇跡を起こせるようにね。」

 

「それって……奇跡なのかな?」

「なに……?」

エステルの不意に呟いた言葉にリシャールは訳がわからず聞き返した。

 

「えっと、あたし達は遊撃士でみんなの大切なものを守るのがお仕事だけど……でも、守るといってもただ一方的に守るだけじゃない。どちらかというと、みんなの守りたいという気持ちを一緒に支えてあげるという感じなの。」

「それが……どうしたのかね?」

リシャールはエステルが何が言いたいのかわからず先を促した。

 

「父さんだって、別に1人で帝国軍をやっつけたわけじゃない。いくら父さんが凄かったとしても、1人で出来ることには限界があるもの。きっと……ううん、間違いなく色々な人と助け合いながら必死に国を守ろうとしたんでしょ?みんながお互いを支え合ったから結果的に、戦争は終わってくれた。大佐だってその1人だったのよね?今、あたしたちがここにいる事だって同じだと思う。大佐の陰謀を知った時はかなり途方に暮れちゃったけど……それでも、色々な人に助けられながらここまで辿り着くことができたわ。それだって、奇跡だと思わない?」

「………」

リシャールはエステルの言葉に何も言い返せず驚いた表情で黙ってエステルを見続けた。

 

「でも、それは奇跡でも何でもなくて……あたしたちが普通に持っている可能性なんじゃないかって思うの。もし、これから先、戦争みたいなことが起こっても……みんながお互いに支え合えれば何でも切り抜けられる気がする。わけの分からない古代の力よりそっちの方が確実よ、絶対に!」

過去の“奇跡”に縋り付く……傍から見れば、情けない話である。大切なのは今自分たちがどうあるべきか……エステルは太陽のような明るい笑顔で未来を語り、リシャールのしようとしたことを否定した。

 

「エステル………」

「ふふ、さすが先生の娘ね。」

「エステルお姉ちゃん………」

「流石、エステルだね。」

ヨシュアは的を得た答えを言うエステルに感心した目で見つめ、シェラザードは口元に笑みを浮かべ、ティータは尊敬の眼差しでエステルをみて、レイアは優しい微笑みを浮かべてエステルを見つめた。

 

「……強いな、君は。だが皆が皆、君のように強くなれるわけではないのだよ。目の前にある強大な力……その誘惑に抗(あらが)うことは難しい。そして私は、この時にために今まで周到に準備を進めてきた。この準備のために犠牲者も出た。私のせいで犠牲になった彼らのために報いるためにも今更、どうして引き返せようか。」

一方エステルの言葉を聞き終えたリシャールは皮肉げに笑った。

 

「…………一つ、教えてください。どうして大佐は……この場所を知っていたのですか?」

「なに……?」

「女王陛下すら存在を知らなかった禁断の力が眠っている古代遺跡……ましてや、宝物庫から真下にエレベーターを建造すればその最上層にたどり着けるなんて……あなたの情報網を駆使したって知りえるとは思えないんです。この国のトップですら知らなかったことを……」

「それは……」

国のトップであるアリシア女王ですらその存在すら知らないものを、彼が知っているという矛盾……そして、その遺跡にたどり着くための手段。この二つのことを一介の軍人であるはずのリシャールが知り得たとは到底思えない……ヨシュアの言葉にリシャールはどう返すかわからず口ごもった。

 

「そして、その『ゴスペル』……ツァイスの中央工房をもしのぐ技術力で作られた謎の導力器。あなたは、それを一体何処で手に入れたんですか?」

「……答える義務はないな。」

リシャールはヨシュアの言葉に目を閉じ何も答えなかった。

 

「違う……!あなたは、僕の質問に答えないんじゃない……『答えることができない』んだ!」

「!!!」

「ど、どういうこと……?」

ヨシュアの叫びにリシャールは表情を歪め、ヨシュアとリシャールのやり取りを聞いて、様子がおかしいと思ったエステルはヨシュアが何が言いたいのかわからず呟いた。

 

「ただあなたは、この場所に『輝く環』という強大な遺物が眠っていると確信していた。そして、『ゴスペル』を使えば手に入ると思い込んでいたんだ。だけど、そう考えるようになったきっかけがどうしても思い出せない。そうなんでしょう!?」

「………」

ヨシュアの言葉がリシャールにとって図星であるかのように、リシャールは表情を歪めたまま何も語らずヨシュアを睨みつけた。

 

「そ、それって……」

「空賊の頭みたいに操られている可能性があるってことか………」

エステルは信じられない表情で思い当たる事を言いかけ、シェラザードが続けた。

 

「それがどうしたというのだ!強大な力の実在はこの地下遺跡が証明している!人形兵器(オーバーマペット)にしても現代の技術では製作不可能だ!ならば私は……私が選んだ道を征くだけだ!」

「あ……!」

エステル達に何も言い返せずリシャールはやけになり、人形兵器を呼んだ。そして呼ばれた人形兵器が上から降ってくると同時に『ゴスペル』が妖しく光り出し、いち早く気付いたエステルは驚いて声を出した。

 

「君たちの言葉が真実ならば私を退けてみるがいい……それが叶わないのであれば所詮は、青臭い理想にすぎん。」

リシャールは腰に差している東方の国、カルバードでは”刀”といわれる特殊な形状をした剣の柄に手を置いて、戦闘態勢に入った。

 

「とくと見せてやろう!『剣聖』より受け継ぎし技を!」

「言ってくれるじゃない!」

「だったらこちらも遠慮なく行かせてもらいます!」

「行くわよ!」

「い、行きます!」

「悪いけど勝たせてもらうよ!!」

ついにエステル達とリシャールのそれぞれの意地をかけた最終決戦が始まった………!

 

 



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第66話 環の守護者

~封印区画 最深部~

 

エステル達と人形兵器の戦いはエステル達が圧倒的に優勢だった。今までの戦いから得た経験をフルに生かし、速やかに殲滅した。そして、レイアとリシャールの戦闘……互いに得物が違う者同士の戦いは、互角だった。抜刀術のリシャール、一方パワー主体のレイア……対照的な戦い方とはいえ、どちらも一進一退だった。

 

「流石は『天上の隼』の三席に名を連ねる者……だが、私とて負けられない……!!」

リシャールは手に持つ刀に最大限の闘気を込めた!

 

「散り逝くは叢雲(むらくも)………咲き乱れるは桜花……今宵、散華する武士(もののふ)が為、せめてもの手向けをさせてもらおう!」

そしてリシャールはレイアに一瞬で詰め寄って、抜刀した!

 

「はあああああああっ……!!」

いつもは中々見せない怒りの表情でリシャールを見た後、身体能力を上げるクラフト『リィンフォース』を発動させ、スタンハルバードに魔力と闘気を込めてリシャールに放った!

 

「奥義、桜花残月!!」

「クリムゾンゲイル!!」

 

「ぬぐっ!?」

互いのSクラフトがぶつかり合い、闘気の刃で相手を圧倒するレイアのクラフト――クリムゾンゲイルを受けたリシャールは着込んでいた鎧が破壊されて、呻いた。

 

「これで終わらせます……ヴォルカニック、フォール!!」

「ぐっ!?…………ガハッ!!」

衝撃を破壊力に変換する導力ユニットの特性をフルに生かした必殺技……上空から強烈な一撃を叩き付けるレイアのSクラフト『ヴォルカニックフォール』を至近距離で受けたリシャールは吹っ飛ばされ、壁にぶつかって呻いた。

 

「これで終わりだ……はっ!」

「ガッ!?」

そこに人形兵器との戦闘を終えたヨシュアがSクラフト――漆黒の牙を放って、リシャールにさらにダメージを与えた!そしてそこにエステルが棒を構えて、Sクラフトを放った!

 

「これで決めるっ!絶招、桜花大極輪!!」

「これまでか…………」

エステルのSクラフトを全て受けてしまったリシャールはついに膝をおり、立ち上がれなくなった…………だが、リシャールが膝をおると同時に黒のオーブメント――『ゴスペル』が妖しく光り出した。

 

「さすが、“朱の戦乙女”にカシウス大佐の子供たち。だが……時間は稼げた。」

リシャールは自分を破ったエステル達に称賛の言葉を送った後、目的は達することができたので不敵に笑った。

 

「しまった……!」

「くっ……!」

それを見たエステルとヨシュアは『ゴスペル』を止められなかったことに無念を感じると同時に、『ゴスペル』が出す妖しい光にうかつに近づけなかった。

 

「「……………」」

「ふ、ふええ~!?」

レイアとシェラザードは何が来てもいいように警戒をし、ティータは慌てて声を出した。そして地震が起こり、『ゴスペル』が妖しい光を周囲にまき散らすと遺跡内の照明がどんどん消えて行った。『ゴスペル』の妖しい光は広範囲にわたって影響を与えた。そして地震が終わると同時に『ゴスペル』も役目を果たしたかのように見え、妖しい光を出さなくなった。

 

「な、何だったの、今の……」

「導力停止現象なんだろうけど、今までのものとは違っていた……。まるで、何かが解放されたような……」

エステルの呟きにヨシュアは答えたが、実際に何があったかよくわからず困惑気味で答えた。そして突如部屋の床が光りに謎の装置に金色の光が宿ると同時に謎の声が響き渡った。

 

『……警告します……。全要員に警告します……』

 

「え……」

「あの装置が喋っているんだ……」

エステル達は聞き覚えのない声に驚いた後、ゴスペルが置いてある装置を見た。

 

『『オーリオール』封印機構における第一結界の消滅を確認しました。封印区画・最深部において『ゴスペル』が使用されたものと推測……『デバイスタワー』の起動を確認……』

 

そしてエステル達の周りに建っていた4本の柱が地面へと収納されて行った。

 

「な、なによこれ!?一体何が起こるの!?」

「落ち着いてエステル。ただ、いつでも戦える準備はしておいて!」

慌てているエステルにレイアはスタンハルバードを構えて警告した。

 

「第一結界……『オーリオール』封印機構……大佐、これはいったい!?」

「わ……わからない……。このような事態になるとは想定していなかった……」

唯一事情を知っていそうなリシャールにヨシュアは尋ねたが、リシャールも何が起こったかわからず戸惑いの表情を見せて答えた。そして装置はさらに伝え続けた。

 

『第一結界の消滅により、『環』からの干渉波、微量ながら発生……『環の守護者』の封印解除を確認……全要員は、可及的速やかに封印区画から撤退してください……』

 

機械的な声の警告がなくなると、エステル達の横にあった壁がなくなり、大きな空洞が出来た。そして空洞の奥から小さな赤い光がいくつか出て、リシャール達が連れていた人形兵器とは核が違う超大型の人形兵器と周囲を浮遊している人形兵器が現れた。

 

「な、なに、このブサイクなの……」

「気を抜かないで!こいつが『環の守護者』だ!」

人形兵器の見た目に呆れているエステルにヨシュアは警告した。

 

「これほどの人形兵器が地上に解放されたら、とんでもないことになるわ!なんとしてでも、ここで仕留めるわよ!」

「は、はい!」

シェラザードの言葉にティータは頷き、導力砲を構えた。

 

「ゲート固定……導力供給完了……再起動確認……MODE:索敵行動……座標確認……『環の守護者』トロイメライ……索敵行動開始……」

未知なる存在、『環の守護者』がエステル達に襲いかかったが、相手の攻撃は単調であったので、メンバー全員でSクラフトや強力なアーツをトロイメライに命中させたのだが敵は倒れなかった。

 

「な、なんで倒れないの!?」

普通なら倒れているはずの攻撃を与えたつもりなのに全然弱っている様子を見せない、トロイメライを見てエステルは焦った。

 

「まだ、何かするつもりだ!」

ヨシュアはトロイメライの様子がおかしいことにいち早く気付き、仲間達に警告した。そしてトロイメライは取り巻きの浮遊していた人形兵器を自らの手と合体させ、さらに足や手も伸び、頭の部分も変形して姿も戦闘向けに見える姿になった。

 

「MODE:完全殲滅(ジェノサイド)……『環の守護者』トロイメライ……これより殲滅行動を開始する……」

トロイメライは変形した後、エステル達に襲いかかった。後にクーデター事件と呼ばれる真の最終決戦がついに始まった……!

 

「(エステル達から聞いた『ゴスペル』絡み……となれば、下手にアーツは使えないわね)……集いし怒りの風よ、吹きあがれ!!大竜巻!!」

シェラザードはクラフト『アルカナイズカード:大嵐』を放った。するとトロイメライは何の反応もせず、シェラザードのクラフトを受けた。トロイメライの足元で大きな竜巻が出来て、トロイメライを襲ったがあまりダメージを受けている様子ではなかった。

 

「……あんまり効いていないわね……でも、これでクラフトには反応しない事がわかったわ!」

「わかったわ!」

シェラザードの言葉を聞いたエステルは頷き、武器を構えた。トロイメライは腹の部分から砲口を出した後、エネルギーらしきものを溜めた!

 

「!散って!」

トロイメライの次の攻撃がなんとなく予想できたレイアは横に跳んで回避しながら、警告した。そしてエステル達が散開するとエステル達がいた所に強力な爆撃が放たれた!爆撃は床を走り、壁にぶつかった後大きな爆音をたてた。そして爆撃の後の床ははがれ、壁は爆撃によって黒ずみ煙をたてていた。

 

「あ、あぶな~………」

その壁を見て、エステルは冷や汗をかいた。

 

「………………」

そしてトロイメライはなんと、小型の人形兵器を数体召喚した!そして小型の人形兵器達は体を光らせた後、アーツを放った。

 

「わっと!?」

「はわわ!」

「フッ!」

標的にされたエステルやティータ、ヨシュアはなんとか回避した。

 

「えいっ!」

そしてティータは導力砲で召喚された人形兵器達をトロイメライを巻き込んで攻撃した!

 

「おぉぉぉぉ!」

「……………」

「!……ハッ!」

さらにヨシュアがクラフト――魔眼を使って、小型の人形兵器達の動きを止めたが、トロイメライの動きは止まらず、片手でヨシュアを攻撃して来た。トロイメライの攻撃に気付いたヨシュアは間一髪で回避に成功した。

 

「……………」

「えいっ!」

「はあっ!!」

トロイメライはまたしても腹の部分の砲口からエステル達に向かって連射した。それを全て回避すると、ティータが放った導力砲の砲弾とヨシュアが放ったクラフトがトロイメライ達に命中した!

 

「はっ!シルフェンウィップ!!」

さらにシェラザードの鞭のクラフトがトロイメライ達に命中し、小型の人形兵器は壊れる寸前になった!

 

「ハァァァァ………旋炎輪!!」

そしてエステルは闘気の炎を棒に宿した旋風輪――旋炎輪を放って、トロイメライのダメージを与えると同時に小型の人形兵器達を倒した!トロイメライはそれを見て、両手を広げると合体させていた浮遊兵器でエステル達を大きく囲み、背中にエネルギーをチャージした!

 

「(この攻撃……チャージは、間に合った!!)はああああああぁぁぁっ!!!」

恐らくトロイメライの最大攻撃……そこから大きな攻撃が来ると判断したレイアは、隠し持っていたオーブメントの『チャージ』が間に合ったことを確認し、今までに無い規模の闘気を放つ。さらに、彼女の持っているスタンハルバードを包み込むように闘気の刃が形成された。

 

「『オルティア』、『エレメンタル・アクセラレーション』、『オーバルブースト』起動!!」

 

『エレメンタル・アクセラレーション』……第七世代型戦術オーブメント『オルティア』の持つ機能の一つで、使用者が使うことのできる導力魔法の『重複を含む同時使用』。

 

本来であれば一回の駆動につき一回しか使えないが、これはオーブメントのリミッターによるものである。連続して使えば、クォーツはおろかオーブメント本体も無事では済まない。下手すれば使用者が被害を受けかねないためだ。

 

そこで、『十三工房』より得た導力技術を基に、オーブメントの駆動エネルギーをオーブメント内にチャージし、ノーウェイトかつ任意で発動できるようにしたもの……それが、『エレメンタル・アクセラレーション』。この機能の使用は、EP消費が激しくなるデメリットを持つ。その部分についても対策はされているが、今は説明を省く。

 

レイアがあらかじめ駆動させた魔法は風属性全体魔法『グランストリーム』、同じ属性の直線魔法『プラズマウェイブ』『ラグナブラスト』『ゲイルランサー』……それらの四つの魔法をスタンハルバードに纏わせる。普通であれば武器自体がもたないが、それらの魔法を纏った武器――ツインスタンハルバードは神々しく輝き、彼女がもちうる力を込めたクラフト……Sクラフトを超え、Fクラフトすらも超越した……EX(エクシード)クラフトを放つ!!

 

「自らの力でその報いを受けよ……これが、私の全力の一撃!!」

地面を蹴り飛ばすように飛び上がり、トロイメライの直上まで到達……そしてそこから、敵を叩き割るかのごとく放たれた技。“朱の戦乙女”としての膂力を余すところなく発揮し、極限まで高めた破壊力を以て敵を叩き斬る一撃が炸裂する。その姿はまるで空より飛来する天罰の雷……彼女は、その名を叫んだ!!

 

 

『絶技……活心撃・神雷!!』

 

 

「!!……」

トロイメライは、レイアのEXクラフト『活心撃・神雷』の一撃を受けて、浮遊兵器を何とか腕に戻したが煙を立て動かなくなり、トロイメライはついに音をたてて崩れた……!

 

 



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第67話 剣聖の帰還

~封印区画 最下層最深部~

 

「はあはあ……。な、何とか倒せた……?」

「う、うん……。動けなくはしたみたいだ……」

リシャールとの戦いを含め、三連戦で疲弊したエステルとヨシュアはトロイメライが崩れて動かなくなるのを見て、安心し膝をついた。

 

「ふぅ、流石に疲れたね。」

「はうう~……」

「ハァ……なんとか終わったわね。」

レイアやティータ、シェラザードも疲弊した様子でその場で膝をついた。

 

「『環の守護者』か……どうやら、そいつの目的は『輝く環(オーリオール)』を封印していたこの施設の破壊だったようだな……そして、『輝く環』の封印と同時に扉の中で機能を停止したのか。『輝く環』をめぐって古代人同士が対立していたのかあるいは……しかし……肝心の『輝く環』はどこに……」

エステル達との戦いから回復して立ち上がったリシャールは崩れているトロイメライを見て呟いた。その時崩れていたはずのトロイメライの手が動き始めた。

 

「なんと……まだ動けるのか!?」

それに気付いたリシャールは驚愕の表情でトロイメライを見た。そしてリシャールの言葉通りトロイメライは立ち上がってエステルをめがけて腕を振りかぶった。

 

「まだ動けたの!?」

レイアも同じように驚いた後、予備のスタンハルバードを構えた。

 

「ヨ、ヨシュア……!」

「エステルッ……!」

ヨシュアは疲弊した体で無理やり立ち上がり、エステルの壁になりトロイメライの攻撃をエステルの代わりに受けようとしたところ、トロイメライの腕が攻撃されトロイメライは攻撃を一端やめ、自分に攻撃をした敵――リシャール大佐に体を向けた。

 

「……させんっ!」

「え……」

「た、大佐……!?」

意外な人物の援護にエステルとヨシュアは驚いた。

 

「君たちは今しがたこいつと死闘したばかりだ!私の方はもう動けるようになった!時間を稼ぐことくらいはできる!」

「す、凄い……!」

「さすが、父さんの剣技を継いだだけはあるね……」

「へ~………結構、やるじゃないですか。」

リシャールの強さにエステルやヨシュアは驚き、レイアはリシャールの強さを見て感心した。

 

「何をしている!早く行け!!」

リシャールは自分の戦いを見て感心しているエステル達に早く逃げるように言った後、トロイメライに攻撃をし続けたが、敵の固い装甲への度重なる攻撃に刀が耐えきれず折れてしまいリシャールはそれに気付いて、無防備になってしまったところを敵の巨大な手に体ごと掴まれた。

 

「う、うおおおおおおっ!?」

「た、大佐!?」

「く……どうしたら!?」

リシャールの窮地にエステルとヨシュアは疲弊した自分達での助け方がわからず、焦った。

 

「レイアお姉ちゃん、な、何とかならないですか!?」

「……できなくはないけど、下手したら捕まっているリシャール大佐を殺してしまうかもしれないね。」

ティータはレイアにリシャールを助けられないか尋ねたが、レイアは難しそうな表情で答えた。今の状態では下手に加減をすれば逆に彼の命が危うくなる。

 

「レイア殿!」

「……何?」

トロイメライに掴まれているリシャールに呼ばれたレイアはリシャールを見た。

 

「できるのならどうか、私ごとこの守護者を破壊して下さい!……それが無理ならエステル君達を連れて、撤退して下さい!」

「そ、そんな!?」

自分を犠牲にしようとしているリシャールにエステルは悲痛な声を出した。

 

「諦めないで下さい、大佐!」

「私の事は気にするな!君たちとの勝負に敗れた時……私の命運は……尽きていたのだ!」

「そ、そんな……」

自分の命を諦めているリシャールにエステルは悲痛な表情で呟いた。

 

「だから……気にすることはない……。私の計画は失敗に終わったが……。最期に君たちを助けられれば後悔だけは……せずにすむ……」

リシャールが自分が死ぬことに観念した時、入口から男性らの声が聞こえて来た。

 

「「諦めなければ必ずや勝機は見える。そう教えたことを忘れたか?」」

そして男性らは一瞬でトロイメライに近づいて攻撃した。

 

「せいっ!」

「はあっ!」

男性の一撃はリシャールを掴んでいる腕ごと、棒による強烈な一撃でへし折った。そして、もう一人の男性はもう片方の腕を剣による強烈な一撃で叩き斬った!

 

「え、貴方は……!」

「カイトスさん………!」

「カイトスって……!それに……!」

「“光の剣匠”ヴィクター・S・アルゼイド。これはまた豪勢な……」

男性――カイトスとヴィクターの姿を確認したエステル達は驚いて呟いていたが

 

「「今だ!止めを刺せ!!」」

二人の号令に今優先すべきことに気付き、全員は残る力全てを使って弱っているトロイメライに強力な集中攻撃をした。

 

「か、覚悟してください!い、行きます!やあぁぁぁぁぁ!」

「行くわよ、カオスティックビュート!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はぁっ!!!」

「はぁぁぁぁぁぁ!!はっ!……漆黒の牙!!」

「受けなさい……絶技!グランドクロス!!」

4人の総攻撃を受けたトロイメライは体の到るところから爆発を起こしていた!そこに棒を構えたエステルがSクラフトを放った!

 

「ハァァァァァ!これが私の全力全開……奥義!鳳凰烈破!!」

エステルが放った鳳凰烈破を止めに受けたトロイメライは体中が爆発が連続で起こった後、胴体や足が爆発によって破壊され完全にバラバラになった…………!

 

「か、勝ったぁ~~っ……」

バラバラになって完全に沈黙したトロイメライを見てエステルはその場に座り込み、安心した。

 

「……みんな、ご苦労だったな。」

安心しているエステル達のところにカイトスが近付いてきた。そして、カイトスが兜を脱ぐと……それは紛れもなくエステルとヨシュアの父親であるカシウス・ブライトの顔だった。

 

「ただいま。エステル、ヨシュア。ずいぶん久しぶりだな。」

「と、父さん!?カイトスが父さんだったの!?」

今まで行方不明だったカシウスを見てエステルは驚いて叫んだ。

 

「まだまだ詰めは甘いが一応、修行の成果は出たようだな。今回は合格点をやろう。」

「ご、合格点じゃないわよ!なによ、父さん!なんでこんな所にいるの!?しかも、何でカイトスの正体が父さんって……何でなのよ!?というか、あたし達がグランセルにいた時には既にいたってことじゃない!説明してよ!!」

「なんでって言われても……まあ、成り行きってやつ?」

「ど、どんな成り行きよっ!武闘大会にまでちゃっかり出てるだなんて……ああもう、訳わかんないわよ!!」

エステルとカシウスの親子漫才が始まり、ヨシュアは相変わらずの様子に苦笑した。

 

「はは、父さんも相変わらず元気そうだね。」

「ほう、お前も少し背が伸びたみたいだな。どうだ、エステルのお守りは色々と大変だっただろう?」

「どーいう意味よ、父さん!?」

ヨシュアを労っているカシウスに自分の名前が持ち出され、エステルは父をムッとした表情でカシウスを睨んだ。

 

「まあ、それなりにね。でも、それと同じくらい僕もエステルに助けられたから。だからおあいこってところかな。」

「そうか、いい旅をしてきたみたいだな………そう言えばお前達、レイア達と旅をして来たようだな?」

「うん。彼女達にもずいぶん助けられたよ。」

ヨシュアは苦笑しながら言った。そして親子のやりとりが終わった後、シェラザードが話しかけた。

 

「お帰りなさい、先生!」

「おお、シェラザードか。お前には2人の世話を任せてしまって、すまなかった。」

「フフ、別にいいですよ。私自身もレイアやシオンには大分助けられましたし。」

そしてシェラザードとカシウスの会話が終わるとティータが話しかけた。

 

「あのあの、お久しぶりです、カシウスさん!」

「おお、ティータか。以前会った頃と比べて、背が伸びたんじゃないか?」

「えへへ………」

カシウスに言われたティータは可愛らしい笑顔を見せた。そして、それが終わるとレイアが話しかけてきた。

 

「お久しぶりです、カシウスさん。」

「レイア、色々と済まなかったな。手のかかる子どもらで。」

「気にしないでください。私にしてみれば、エステルやヨシュアは妹や弟のようなものですし。」

「そうか。それはよかった。」

「な、和やかに会話している場合じゃないってば!まったく、ヴィクターといい、二人して見せ場をかっさらって……もしかして出てくる瞬間を狙っていたんじゃないでしょうね……?」

「そのつもりはなかったんだが……」

ヴィクターとカシウスに見せ場をとられたと思ったエステルは、二人が見せ場の瞬間を狙って待っていたと思ってジト目でヴィクターとカシウスを睨んだ。

 

「やれやれ……どうやら片づいたようじゃの。」

そして少しすると中継地点にいた博士達が来た。博士は周りの状態を見て、安心して溜息をついた。

 

「ええ……色々と課題は残ったが、とりあえず一件落着でしょう。」

「で、でも……情報部に操られた大部隊がお城に迫ってるんでしょ。女王様、大丈夫かな………?」

「確かに……警備艇も来ていたみたいだし。父さんが来た時、地上の様子はどうだった?」

エステルとヨシュアは地上の様子が気になり、カシウスに聞いた。

 

「ああ。その事ならもう心配ないぞ。向こうに残った『知り合い』やモルガン将軍に頼んで事態を収拾してもらっている。リアンにも動いてもらったからじきに騒ぎは沈静化するだろう。」

「あ、あんですって~っ!?」

カシウスの手際のよさにエステルは驚き叫んだ。

 

「ふふ、なるほど……ここに来るまでに仕込みをしていたわけか。」

「……目を覚ましたか。」

カシウスは気絶から覚めたリシャールに気付いてリシャールの方に体を向けた。

 

「モルガン将軍、そしてリアンも家族を人質にとって逆らえないようにしていた……どちらもあなたによって自由の身になったわけですか。」

「まあ、そんなところだ。だがな、俺がしたのは『その程度』のことさ。」

「違う。カシウスさん、やはりあなたは本物の『英雄』ですよ……私は不安で仕方なかった。エレボニアやカルバードの侵略を受けてしまったら勝てるとは思えなかったから……だから、貴方以外に頼れる存在を他に探した。貴方さえ軍に残ってくれたら、私もこんな事をしなかったものを……」

カシウスの言葉をリシャールは否定するように、顔を横にふって悲痛な表情で呟いた。

 

「………」

「ぐっ……!」

リシャールの呟きを聞いたカシウスはリシャールに近づき、先日以上の勢いを込めて、拳で思いきり殴り倒した。殴られたリシャールは倒れたまま、殴られた部分の痛みに呻いた。

 

「甘ったれるな、リシャール!俺はお前を甘やかした覚えなどないが……いつまで俺という幻想に囚われ続けるつもりだ!俺がすっぱりと軍を辞めて遊撃士に転向できた理由……軍にいたモルガン将軍やリアン、そしてお前という有能な人間がいたからこそ後腐れなく後を託すことができたんだぞ!!」

「た、大佐……(ぐ……先日よりも遥かに重い……)」

カシウスの言葉にリシャールは驚いてカシウスを見た。

 

「俺は周りから『英雄』とは呼ばれているが、そんな肩書に見合うほどそんなに大層な男じゃない。百日戦役の時も、将軍やお前たちが俺を助けてくれたからエレボニアに勝つことができた。だが、俺が本当に守りたいものを肝心な時に守れなかった……お前たちに大した相談もせず、己の現実から逃げてしまった……『遊撃士』という場所に逃げ込んだ、情けない男に過ぎん。」

「……父さん……」

エステルはもし、あの時アスベル達がいなかったら母――レナがどうなったかを考え悲しげな表情をした。そしてカシウスは決意の表情で話を続けた。

 

 

「だが……お前のお蔭で俺も目が覚めた。そして、覚悟も決まった……リシャール、お前もこれ以上逃げるのはよせ。罪を償いながら、今一度自分に何が足りなかったのか……俺とは違う、お前自身にしかできないことをじっくり考えるがいい。」

 

 

こうして、情報部によるクーデター計画は幕を閉じた。『知り合い』やモルガン将軍とリアン少佐によって王国軍部隊の混乱は収拾され……計画に荷担していた情報部の人間は各地で次々と逮捕されていった。

 

そして数日後………

 

 




てなわけで、一区切り。FC編はもう少し続きますがw


■■■■■、もう少しで出番ですよ(ニヤリ)


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第68話 正遊撃士たち

クーデター事件が終結し、グランセル城の前には大勢の人々がアリシア女王の姿を見ようと駆けつけ、空中庭園から姿を現した女王の姿を見て歓声をあげた。

 

 

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

多くの遊撃士達やレイア達に見守られ、エステルとヨシュアはエルナンから最後の推薦状をもらおうとしていた。

 

「―――エステル・ブライト。並びにヨシュア・ブライト。今回の働きにより、グランセル支部は正遊撃士資格の推薦状を送ります。どうぞ、受け取ってください。」

「「はい!」」

「これで、5つの地方支部での推薦状が揃ったわけですね。それではカシウスさん。よろしくお願いします。」

「うむ。」

エルナンが下がり、いつもの余裕のある表情とは違い、真剣な表情をしたカシウスが進み出た。

 

「エステル・ブライト。並びにヨシュア・ブライト。これより、協会規約に基づき両名に正遊撃士の資格を与える。各地方支部での推薦状を提出せよ。」

「は、はい……」

「どうぞ、ご確認ください。」

厳かな雰囲気を出すカシウスにエステルとヨシュアは緊張しながら、今まで貰った五枚の推薦状をカシウスに渡した。

 

「ロレント支部、ボース支部、ルーアン支部、ツァイス支部、そしてグランセル支部……五支部全てのサインを確認した。そして、ルーアン支部とツァイス支部の特別推薦状も確認した。最終ランク、準遊撃士1級。ここまで行くとは思わなかった。正直、驚かされたぞ。女神(エイドス)と遊撃士紋章において、ここに両名を正遊撃士に任命する。両者、エンブレムを受け取るがいい。」

「「はい!」」

「おめでと、エステル、ヨシュア!」

エステルとヨシュアが正遊撃士の紋章を受け取るとシェラザードは二人を祝福し

 

「はは、新しいエンブレム、なかなか似合ってるじゃないか。」

「うむ。様になっているな。」

「まあ、今回ばかりはよくやったと誉めてやるよ。」

ジンやヴィクターも誉め、アガットも珍しくエステル達を誉めた。

 

「おめでとうございます、エステルさんにヨシュアさん!」

「2人ともおめでとう。」

トワやレイアは拍手をしながらエステル達を誉め

 

「最高ランクで正遊撃士に昇格するとは、さすがね。」

「だな。」

「本当ですね。」

シルフィアとアスベル、セシリアもエステル達を祝福し

 

「えへへ……みんな、ありがと!」

「ここまで来れたのも……皆さんが支えてくれたおかげです。」

仲間達からの祝福の言葉にエステルは照れながら、ヨシュアは姿勢を正して笑顔でお礼を言った。

 

「さて………正遊撃士になった事で護衛の依頼も終了した事なので、2人には預かっていた報酬を渡します。」

そしてエルナンはエステルとヨシュア、それぞれに15万ミラを渡した。

 

「あれ!?この報酬………提示されていた報酬よりかなり多いじゃない!確か報酬は15万ミラじゃ………二人で分けたら7万5千ミラになるんじゃないの?」

「僕とエステル、両方とも15万ミラをもらったよね………」

エステル達は渡された報酬を見て驚いた後、レイア達を見た。

 

「二人の報告を聞いて報酬を上げたって、依頼人が言ってたから。」

「それに、久しぶりに楽しい旅ができたからね。上乗せ分はお祝い分ってことで。」

「二人共………お礼を言うのはこっちの方よ!ありがとう!」

レイア達の言葉を聞いたエステルはお礼を言った。

 

 

「あと、二人にプレゼントだ。」

「これは……」

「包み、ですか?」

そして、二人の前に歩み寄ったシオンが手渡したのは大きな包み……

 

「これって……!」

「僕達の武器……」

「ああ。クラトス・アーヴィングが二人の為に作った専用の武器だ。」

「クラトスって、ツァイスで会ったあの人のことだよね?」

「そうだね。しかし、これほどの武器を頂いても?」

中から現れたのは、エステルには棒、ヨシュアには二本一対の片刃剣。そのいずれも初めて手にした武器なのに、フィットする感じがした。

 

「ああ。エステルの武器は“ヘイスティングズ”、今までのよりも遥かに軽いが使いこなせば一撃の威力は更に上がっていく代物だ。ヨシュアの武器は“双剣『幻影竜牙』”、少し重くはなっていると思うけれどヨシュアのトップスピードなら十分使いこなせるはずだ。ま、俺が頼んだわけではないから強くは言えないが、頑張れよ。」

「ありがと、シオン。」

「ありがとう。」

シオンの簡単な説明と激励にエステルとヨシュアはお礼を言った。

 

「とんでもない祝金とプレゼントをもらったな…………遊撃士としてのキャリアはここからが本番だ。そのことを忘れないようにな。」

「うん……わかってる。」

「一層、精進するつもりです。」

カシウスの言葉に二人は頷いた。

 

「さて、めでたい話の後で非常に申しわけないのですが……ここで皆さんに、ひとつ残念な事をお知らせしなくてはなりません。本日を持ちまして、カシウス・ブライトさんが遊撃士協会から脱会します。しばらくの間、王国軍に現役復帰するとのことです。」

エルナンの言葉にカルナは驚き、グラッツも信じられない顔をした。また、そのことを知らされていなかったクルツとアネラスも驚いた。

 

「長らく留守にした上に突然、こんな事を言い出して本当にすまないと思っている。だが、クーデター事件の混乱はいまだ収拾しきれていない。情報部によって目茶苦茶にされた軍の指揮系統も立て直す必要がある。その手伝いをするつもりなんだ。」

「あ、そうか……軍人は遊撃士になれないから。そういえば、先輩達はこのことを知っていたみたいですね。」

アネラスが驚いていないシェラザード達に尋ねた。

 

「ええ、相談を受けたからね。正直心細いけど……いつまでも先生に頼ってばっかりじゃあたしたちも一人前になれないし、ヴィクターさんだっていつもいるわけではないでしょうしね。」

「まあ、これからは若手だけでも何とかなるって証明してやろうじゃねえか。」

「そうか……そうだな……」

「フフ……期待しているぞ。」

シェラザードとアガットの頼もしい言葉にクルツとヴィクターは口元に笑みを浮かべて頷いた。

 

「しかし、いつまでたっても忙しさから解放されないねぇ。」

「まあ、こうして新たな正遊撃士が二人誕生したんだ。せいぜい俺の代わりにコキ使ってやるといいだろう。」

「あのね……」

「はは、これからはもっと忙しくなりそうだね……そういえば、僕らのランクはどうなってます?」

カルナの愚痴にカシウスはエステル達を自分の身代りにすると言い、それを聞いたエステルはジト目でカシウスを睨み、ヨシュアは苦笑した後、気になることをエルナンに尋ねた。

 

「それなのですが……今までの実績と二つの支部の特別推薦状を勘案した結果……エステルさん、ヨシュアさん。お二人はC級からのスタートとなります。」

「ほう……」

「おいおい、冗談だろ!?」

エルナンの言葉にヴィクターは興味深そうな声をあげ、アガットは何かの間違いとでも言いたげに尋ねた。

 

「クロスベル支部のエースである“風の剣聖”に匹敵しうる依頼解決速度と依頼達成件数、正遊撃士でもトップクラスの人間と張れるほどのバイタリティ……そして、武術のことからすればそれぐらいのランクになりうる……それが理由ですね。」

「なっ!?」

「えっ!?」

「はあ!?」

「カシウス殿、未来は明るそうですな。」

「あ、ああ………(エステル、封印区画で放った『鳳凰烈破』といい、もはや俺ですらお前と言う存在が理解できないぞ……)」

それにはシェラザード、アネラス、アガットが驚き、ヴィクターの言葉に肯定の意味を込めてカシウスは頷いたが、内心冷や汗ものだったのは言うまでもない。

 

「さて………実は嬉しい知らせもあります…………レイアさん。」

「ええ……カシウスさんと入れ替わりとなりますが、本日付けを以て『6人目』のS級正遊撃士に昇格しました。」

「へっ!?レイアちゃんがS級に!?」

「それと、シェラザードさんとアガットさん……お二方も本日付でA級に昇格しました。」

「マジか!?」

「へっ、ようやくここまで来たか。」

「まったくね。」

レイアとエルナンの言葉を聞いたアネラスは驚いた。また、クルツ達も驚きを隠せていなかった。

 

「おいおい、シェラザードやアガットのことは解るとしても………さすがにそれは冗談だろ?アスベルやシルフィアの例があるとはいえ、いくらなんでもレイアがS級なんて……」

驚いている中、グラッツがエルナンに尋ねた。

 

「いえ、総本部からの連絡では間違いないことが確認されています。それに、国際的な事件解決の貢献……彼女はレミフェリアでの事件解決と『例の事件』の実績から十分であると判断されています。」

「なっ!?」

「えええええ~!?」

「はああああああ!?」

エルナンの言葉を聞いたクルツやアネラス、グラッツは驚いて声を出した。

 

「あんたの師匠はかなりの高みにいるわね……ぼやぼやしていたらもっと突き放されるわよ。」

「そんな事ないもん!見てなさいレイアにシェラ姉にアガット!あっという間にA級になって、驚かせてやるんだから~!」

シェラザードにからかわれたエステルはレイアとシェラザード、アガットを見て、言った。

 

「あらあら……これは私達もうかうかしてられないわね。」

「へっ、せいぜい期待してるぜ。」

「ふふ、楽しみにしてるねエステル。」

「さて………レイアさん。」

「はい」

エルナンに呼ばれたレイアはエルナンの方に体を向けた。

 

「レイア・オルランド。本日14:00を持って貴殿をS級正遊撃士に任命する。以後も協会の一員として人々の暮らしと平和を守るため、そして正義を貫くために働くこと。」

「はい」

そしてレイアはエルナンから新たな正遊撃士の紋章……S級のみが付けることを許された白金製のエンブレムを受け取った。

 

「ほえ~、レイアがS級になるなんて………レイアちゃん、あたしに武術の手ほどきを!その代り、ファッションなら任せて!」

「ダ、ダメよ!それはレイアの弟子であるあたしの役目なんだから!」

アネラスはレイアがS級正遊撃士になった事に喜んだ後手ほどきを頼み、その様子を見たエステルは焦って言った。

 

「やれやれ……アスベル、シルフィアに続いてレイアまでS級とはな………A級に上がれたとはいえ、俺も精進しないとな。」

「そうね……アガットから出た台詞とは思えないけれど。」

「う、うるせーな!……俺だって、そう思う時ぐらいあらぁ……」

「はいはい、そういうことにしておくわね。」

アガットは呆れながら言った後、珍しい一言が発せられ、シェラザードもそれに頷いた。

 

その後、カシウスを加えたエステル達は城への道に歩きながらクーデター事件の事後などを話していた。また、レイア達は一端別行動にした。

 

「まったく父さんってば……帰って来たばかりなんだから、ゆっくりしても罰は当たらないと思うんだけれど……」

カシウスが忙しそうにしていることにエステルは不満を言った。尤も、その不満を言いたいのはエステルではなく、レナであろうが……

 

「すまんが、さっそく軍議があってな。リシャールこそ逮捕されたが、いまだ逃亡中の特務兵も多い。カノーネ大尉も、あの地下遺跡でいつの間にか姿をくらませていた。さらに、大会に参加した空賊団も混乱にまぎれて逃亡したらしい。騒ぎが起こらないよう警備を強化しなくてはならんのさ。」

「まったく……揃いも揃ってしぶとい連中ねぇ。」

「たしかに、どちらも諦めが悪そうな感じはするね。」

エステルはカノーネや空賊団の性格等を思い出し、溜息を吐いて呟き、ヨシュアも同意するように軽く頷いた。

 

「ちなみに、お母さんにはちゃんと連絡したの?」

「ギクッ………」

そういえば……と思ってエステルがレナに連絡をしたのかと尋ねると、カシウスはそのことを思い出して体が一瞬強張った。それを見たヨシュアはジト目でカシウスの方を見る。

 

「父さん、まさか……」

「い、いや、忙しくてな……」

「父さん?今すぐ連絡してきなさい。」

「いや、エステル?」

言い訳がましく喋るカシウスにエステルは笑みを浮かべて命令口調で話す。それを聞いたカシウスはたじろぐが……

 

「い・ま・す・ぐ!い・い・わ・ね!!」

「ハイ……」

「(……今回ばかりはフォローできないからね、父さん)」

笑顔なのに怒りのオーラ全開……怒った時のレナを思い起こさせるようなエステルの『命令』に体が縮むように萎縮し、素直に返事することしかできなかった。そして、ヨシュアはエステルとカシウスの光景を見て、フォローは無意味だと悟ったのであった。

カシウスは急いで王城に向かい、それを見届ける形となった二人は王都に出かけた。そしてエステルとヨシュアは二人で今までお世話になった先輩遊撃士や友達、レイア達、ラッセル一家にお礼の挨拶回りをすることにした。

 

 

~コーヒーハウス《パラル》~

 

「あ、ここにいたんだ。」

「ん、エステル達か。」

「折角の休暇なのに、律儀だね。」

「そうそう。」

「それもそうだけど……アスベル、シルフィ、レイアにはなにかと世話になったしね。」

そこにいたのはアスベル、シルフィア、レイアの三人だった。どうやら、カレーを食べに来ていたようで、三人の前に置かれたカレーが目に入った。

 

「にしても、アスベル達が遊撃士って……これで、トワまで遊撃士ってことは無いわよね?」

「それはないから安心してくれ。彼女はれっきとしたシスターだしな。」

「どうだか……あ、そうだ。」

エステルとしては色々驚かされた……そういう会話をした後、エステルは依頼板にあった白いコートの男性――オリビエの行方を尋ねた。すると、先程居酒屋に向かったとの情報を得て、二人はその場を後にした。

 

 

~居酒屋 サニーベル・イン~

 

情報をもとに、居酒屋へと急いだ二人……そこでエステルとヨシュアは信じられない光景を目の当たりにした。

 

「…………」

エステルは口をポカーンとした状態で固まり、

 

「…………」

ヨシュアですら、この光景が『異常』であると察知しつつも、ありえないものを見たような表情を浮かべていた。

 

それは……テーブルに座っている四人の人物。そのテーブルに乗っている酒の消費量が半端ないとでも言いたげに乗っかっている空き瓶の数々………

 

「いや~、良い飲みっぷりね。」

「そういうアンタこそ、良い飲みっぷりじゃない。」

「ハハ、自分なぞ蟒蛇もいいところですよ。」

「フフ……こういう席は久しぶりですね。」

元気に飲み交わしているサラ・バレスタイン、シェラザード・ハーヴェイ、ジン・ヴァセック、セシリア・フォストレイト……何でも、シェラザードA級昇格のお祝いも兼ねて『五人』で飲んでいるようだ。ちなみに、その五人目は……

 

「きゅう……」

「あらら……」

「見事に酔い潰れてるね、これは……」

エステルらが捜していた人物――オリビエは端っこの方で完全に酔い潰れていた。流石に運んでもいいが、人手が足りない……そんな時、同じようにオリビエを探していた人物――セリカの姿だった。

 

「あれ、エステルさんにヨシュアさん。」

「セリカじゃない。ひょっとして、オリビエの件で?」

「ええ、まあ……兄がえらく怒っていましたので……」

事情を聞くと、どうやら今夜の晩餐会に関して釘を刺すべくオリビエを探してほしい、と優しくお願いされたとのことだ。

 

「兄?」

「ああ、言っていませんでしたね。ミュラー・ヴァンダールは私の兄ですよ。」

「何と言うか……ミュラーさんとは性格も違うっぽいわね。」

「どちらかと言えば、オリビエさんに似通ってるね。」

「よく言われますよ、それ。」

そうして、エステルとヨシュア、セリカの三人はオリビエを大使館まで運び、ミュラーからお礼と報酬を受け取った。

一通り挨拶や依頼を終えた二人は、休憩するために東街区の休憩所に向かった。

 

ベンチで一息つくと二人は色々話し込んでいたが、ヨシュアのふと出た言葉にエステルが告白だと思ったという返答を聞いて、慌てた。あまりの気恥ずかしさにエステルはヨシュアの返事も聞かず、エステルは適当な言い訳をした後、何も考えずアイス売り場とは逆方向に走り去った。ヨシュアはエステルがさっき、自分に何を言おうとしたのかを考え、あることに思い当たったがすぐにその考えを打ち消した。

 

そしてエステルと入れ替わるかのようにある人物がヨシュアに近づいて来た…………

 

 




……ちくしょー、書きたい奴がうまく書けない(自業自得です)


次回予告(嘘)

■■■■■「実は……君に名付ける異名は、当初それと“黒の飛影”で悩んでいたのだよ。」

ヨシュア「嘘だああああっ!!」


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第69話 二重の戒め

~王都グランセル 東街区~

 

「いやぁ。若い人はうらやましいですね。」

「アルバ教授……」

ヨシュアに近づいてきた人物とは、各地で出会った考古学者――アルバ教授だった。

 

「やあ、しばらくぶりですね。最近、色々と騒がしかったですが平和が戻って本当によかった。やはり人間、平穏無事に暮らすのが一番ですね。」

「………」

「おや、どうしました?顔色が優れないようですが……正遊撃士になれたのだから、もっと晴れやかな顔をしなくては。そうだ、私からもお祝いをさせて頂きましょうか。あまり高いものは贈れませんけど。」

和やかに話しかけてくるアルバにヨシュアは警戒の目を向けた。

アルバはそんなヨシュアの表情に気付き、その表情を解かすために祝いの言葉を言った。だが、その言葉すらもヨシュアの表情を崩させることなどなかった。

 

「あなたと最初に会った時から、強烈な違和感がありました……今では少し慣れましたけど。あなたを見ていると何故か震えが止まらなかった……」

「ほう……?」

ヨシュアの言葉にアルバは何のことかわからず呟いた。

 

「そして、各地で起きた事件……記憶を消されてしまった人たち。あなたは調査と称して、事件が起こった地方に必ずいた。そう、タイミングが良すぎるほどに……」

性格や記憶を操作された首謀者……ボースでのドルン、ルーアンでのダルモア市長、グランセルでのリシャール大佐……その事件の前後に必ずと言っていいほどエステルらの現れた、目の前にいるアルバ。一度ならば説明はつくが、ここまで立て続けに『都合の良い時』に現れるのはもはや『異常』……そう確信していた。

 

「………」

「決定的だったのは、クルツさんの反応です。記憶を奪われたクルツさん……あの人も、アリーナの観客席で気分が悪そうにしていた。そして……あなたも同じ場所にいた……」

それは、準決勝の後……観客席で具合が悪そうにしていたクルツ。エステルらがそのことを尋ねると、どうやら三か月前ぐらいに怪我を負った……本人はその時の後遺症なのではないかと言っていたが、ヨシュアは別の可能性を考えていた。そして、近くの観客席にいたアルバ……疑惑が完全に確証へと変わった瞬間だった。

 

「………」

「アルバ教授……あなただったんですね?リシャール大佐のクーデターをはじめとした、各地方での事件の黒幕。そして、クルツさんを襲った真犯人は。」

アルバは自分に懸けられた疑いを晴らすこともなく、ヨシュアの話に耳を傾けていた。そしてヨシュアはベンチから離れ、アルバの正面に立って睨んだ。

 

「クク……認識と記憶を操作されながら、そこまで気付くとは大したものだ。さすが、『私が造った』だけはある。」

アルバは自分に懸けられた疑いに怒るどころか、逆にヨシュアに感心をした後、不気味な声で笑い謎の言葉を言った。

 

「……え…………」

ヨシュアはアルバの言っていることの意味がわからず、呆けた。

 

「では、その『ご褒美』に暗示を解くとしようか。」

アルバは少し前に出て指を鳴らした。その時、ヨシュアの脳裏に封印されていたさまざまな記憶が蘇った。

 

 

 

――「ハーメル」で起こった悲劇、レーヴェと逃げ、帝国に保護された記憶

 

 

 

――『彼』に心を造られ、『執行者』……“漆黒の牙”となった自分自身の記憶

 

 

 

――そして、今までに出会った『執行者』……ルドガー、ブルブラン、ヴァルター、レンとの記憶

 

 

 

「………あ………あなたは………あなたはッ!?」

アルバの正体を思い出したヨシュアは青褪めた表情で叫んだ。

 

「フフ、ようやく私のことを思い出したようだね。バラバラになった君の心を組み立て、直してあげたこの私を。虚ろな人形に魂を与えたこの私を。」

ヨシュアの表情を面白がるようにアルバは笑顔で信じられない言葉を放った。

 

「対象者の認識と記憶を歪めて操作する異能の力……!七人の『蛇の使徒(アンギス)』の1人!『白面』のワイスマン……!」

「はは……久しぶりと言っておこうか。『執行者(レギオン)』No.XⅢ“漆黒の牙”―――ヨシュア・アストレイ。」

自分に武器を向けているヨシュアを気にもせずワイスマンは醜悪な表情で、ヨシュアの真の名とかつての呼び名で久しぶりの再会を喜んだ。

 

「あ、あなたが……あなたが今回の事件を背後から操っていたんだな!それじゃあ、あのロランス少尉はやっぱり……」

「お察しの通りだ。彼の記憶は消さないであげたからすぐに正体に気付いたようだね。はは、彼も喜んでいるだろう。……それにしても彼も気の毒な事に、ずいぶん痛めつけられたようだね。」

ヨシュアの推理をワイスマンは口元に笑みを浮かべて肯定した。

 

「それと“神羅”のルドガーまで、なぜこの国に……!!」

「ん?ああ……彼は私の与り知るところではない。『使徒』は相互不干渉……それに、彼は『執行者』である以上、私の管轄外だ。色々と邪魔はしてくれたようだが、私にとっては児戯みたいなものさ。」

「あ……あなたは………僕を……始末しに来たんですか……!!」

「そう身構えることはない。計画の第一段階も無事終了した。少々時間ができたので君に会いに来ただけなのだよ。」

ヨシュアはワイスマンが裏切り者の自分を始末しに来たと思って本人に聞いたが、ワイスマンは本来の性格が出た醜悪な表情で否定し話を続けた。

 

「第一段階……あの地下遺跡の封印のことか……」

「『環』に至る道を塞ぐ『門』……それをこじ開けることがすなわち、計画の第一段階でね。ふふ……もはや閉じることはありえない。」

ワイスマンは計画が順調に進んだことに気分をよくし、不気味な声で笑った。

 

「やはり……これで終わりじゃないのか……『輝く環』とは一体何です!?『結社』は……あなたは何を企んでいるんだ!?」

「それを知りたければ『結社』に戻ってくればどうだい?君ならすぐに現役復帰できるだろう。少々カンは鈍っただろうがリハビリすればすぐに取り戻せるさ。」

「………」

ワイスマンの言葉にヨシュアは無言で怒りの表情でワイスマンを睨み続けた。

 

「フフ、そんなに恐い顔をするものじゃないよ。わかっているさ。今の君には大切な家族がいる。尊敬できる父親、実の息子のように自分を愛し育ててくれた優しい母親。そして……何よりも愛おしく大切な少女……たとえ『彼』が、こちら側にいてもそれらを捨てるなど馬鹿げた話だ。」

「……ッ………」

ワイスマンからエステル達のことを出され、ヨシュアは顔を青褪めさせた。

 

「だから私は、君に会いに来た。『計画に協力してくれた』礼として真に『結社』から解放するために。……おめでとう、ヨシュア。君はもう『結社』から自由の身だ。この五年間、『本当にご苦労』だったね。」

「…………え…………」

ワイスマンの労いの言葉にヨシュアは驚きの表情で呟いた。

 

「なんだ、つまらないな。もっと嬉しそうな顔をしてくれると思ったのだが……ふむ、まだ感情の形成に不完全な所があるのかな?」

「僕が……計画に協力………はは……何を……馬鹿なことを言ってるんだ……?」

ワイスマンの呟きにヨシュアは誰にも見せた事のない暗い笑顔で呟いた。自分は少なくとも、協力した覚えなどないはずだ……そう思っていた。だが、それはワイスマンの言葉によって崩されることとなる。

 

「ああ、すまない。うっかり言い忘れていたよ。君の本当の役目は暗殺ではなく諜報だったのさ。」

ヨシュアの呟きにワイスマンはわざとらしい謝罪をした後、ヨシュアの『真の役目』を明かした。

 

「え……」

「『結社』に見捨てられた子供として同情を引き、見事保護されてくれた。そして定期的に、結社の連絡員に色々なことを報告してくれたんだ。遊撃士協会の動向と……カシウス・ブライトの情報をね。」

「!!!」

ワイスマンから自分の役目を聞いたヨシュアはさらに驚いた。自分がいつそのようなことをしたのか思い出そうとするが……全く思い出せない。その様子を見て、ワイスマンが説明を加えた。

 

「無論、そんな事をしていたのは君自身も覚えていないだろう。私がそう暗示をかけたからね。」

「………」

ヨシュアは絶望した表情で顔を下に向け、ワイスマンの話を聞き続けた。

 

「S級遊撃士、カシウス・ブライト。まさしく彼こそが今回の計画の最大の障害だった。」

カシウスに国内にいられてはリシャール大佐のクーデターなどすぐに潰されてしまっただろう。彼の性格・行動パターンを分析して、悟られずに国外に誘導するために……ヨシュアの情報を利用したのだ。

 

「欲を言うなら“紫炎の剣聖”と“霧奏の狙撃手”……彼らの情報も欲しかったが、まあさすがにそれは無理な話だ。藪をつついて“彼ら”に結社の存在を知られる訳にはいかないからね。特に“霧奏の狙撃手”は”剣聖”以上に厄介な相手だ。もし、我々の存在を知られたら……彼らによって全ての拠点を見つけられた“教団”の二の舞になってしまう恐れもあるだろうからな。」

そう言い放ったワイスマン。彼ら二人のおかげで、当初の予定から大幅に狂わされた計画。だが、下手に手を出して結社のことを知られるのはまずい……特に、シルフィアはあの“紅曜石”の義妹。彼女譲りの才覚と実力はワイスマンですら警戒するほどだった。

 

「………嘘…だ………」

「だから……改めて礼を言おう。この五年間、本当にご苦労だった。」

そんなヨシュアにワイスマンは追い打ちをかけるかのように自分の計画の一部が成就したことに礼を言った。

 

「嘘だ、嘘だ!嘘だあああああああっ!……僕は……みんなと……エステルと過ごした………僕のあの時間は………」

「ふふ……何がそんなに哀しいのかな?素知らぬ顔で、大切な家族と幸せに暮らしていけばいいだろう?君が黙っていれば判らないことだ。」

「………」

「しかしまあ……考えてみればそれも酷な話か。ブライト家の者達はどうも健全すぎるようだからね。君のような化物にとって少し眩しすぎたんじゃないかな?」

「………ぁ………」

ワイスマンの『化物』という言葉に反応してしまったヨシュアはある事に気付いた。

 

「君は、人らしく振る舞えるが、その在り方は普通の人とは違う。どんな時も目的を合理的に考え、任務を遂行できる思考フレーム。単独で大部隊と渡り合えるよう限界まで強化された肉体と反射神経。私が造り上げた最高の人間兵器。それが君―――『漆黒の牙』だ。」

「………」

「そんな君が、人と交わるなどしょせんは無理があったのだよ。この先、彼らと一緒にいても君が幸せになることはありえない。」

「………」

「だから、辛くなったらいつでも戻ってくるといい。大いなる主が統べる魂の結社。我らが『身喰らう蛇(ウロボロス)』に……」

ヨシュアに絶望を与えたワイスマンは最後に言い残した後、その場から去って行った。

 

「………これが……罰か………姉さん……レーヴェ……僕は……僕は………………」

ワイスマンが去った後、ヨシュアは絶望した表情で何度もうわ言を呟き続けた…………

 

 

~王都グランセル 東街区・夕方~

 

「はあ、ずいぶん待たされちゃった。何だかんだでもう夕方だし……ヨシュア……さっきのどう思ったんだろ。う~っ……思い出したらまた顔が熱く……」

「おや、エステルさん。」

一方アイスを買いに行ったエステルは溜息をついた後、先ほどの失言を思い出し顔を赤くしたが自分を呼ぶ聞き覚えのある声に気付き、その人物を見て驚いた。

 

「あれ、アルバ教授。こんな所で会うなんて珍しいわね。」

「はは、そうかもしれませんね。そうだ、先ほどヨシュア君とも会いましたよ。おめでとうございます。正遊撃士になったそうですね。」

「えへへ……まあね。あれ……?」

エステルはアルバの様子がいつもと違うことに気付いて呟いた。

 

「?どうしました?」

「教授ってば……いつもと雰囲気が違わない?なんだかすごく楽しそうな顔をしてるわよ?」

「…………はは、見抜かれましたか。実は、考古学の研究で色々と進展がありましてね。それで少々、浮かれていたんです。」

アルバと名乗っているワイスマンは自分の今の感情を見抜いたエステルを称賛して、偽りの言葉で自分が浮かれていることを説明した。

 

「へ~、よかったじゃない。あ……ゴメン!アイスが溶けちゃうからあたし、これで行くわね!それじゃあ、またね~!」

エステルはワイスマンの思惑も知らず、祝いの言葉をあげるとヨシュアのところへアイスを持って、去って行った。

 

「ふふ、なるほど。あれがカシウス・ブライトの娘か……なかなか楽しませてもらえそうだ。」

ワイスマンは去って行ったエステルの後ろ姿を見て、醜悪な表情で口元に笑みを浮かべて呟いた。

 

「………」

その頃、彼の様子を遠くから見つめていた男性――ルドガーは踵を返してその場を後にした。

 

「(あいつ等は『歴史』を変えた……『連中』は歴史を正そうとするだろう……俺は、柄じゃないが問いかけよう……)」

これからのことを一通り考えた後、どこかへと転移した。

 

 

~グランセル城 空中庭園~

 

場所は変わって、グランセル城……その場所に集ったのはアスベル、シルフィア、レイア、トワ、セシリア……そして、黒髪の女性……セリカの姿だった。だが、その恰好はいつもの私服ではなく、“仕事”のための服装……七耀教会所属星杯騎士団守護騎士第四位付正騎士、“黒鋼の拳姫”セリカ・ヴァンダール。それが、彼女の『もう一つの顔』である。

 

「さて……この先、『結社』が本格的に動き出すだろう……今朝方、総長から第五位“外法狩り”をリベール入りさせることが決まった。」

「“外法狩り”……成程、ネギ・グラハムですね。」

「ネギって……ああ、成程。ケビンの髪の事ね。」

七耀教会としては破門扱いした例の御仁が『使徒』の一人であることを知り、それを秘密裏に消すために『切り札』とも言える彼を投入することに決めたようだ。まぁ、第五位の存在は元々秘密裏な上、結構三味線を弾きまくったために第三位と第四位がいることすら『白面』は知らないようだ。

 

「だが、リベールだけでなく色んなところがきな臭くなってるのも事実……そこで、第四位“那由多”トワ・ハーシェル並びに“黒鋼の拳姫”セリカ・ヴァンダールの両名にはエレボニアの方に行ってもらうことになる。」

「え?」

「エレボニアに、ですか?」

アスベルの言葉に首を傾げる両名。トワはともかく、セリカに言わせればホームグラウンドの場所。そこに行く意味を図りかねていた。その疑問に答えるかのように、アスベルが答える。

 

「クロスベルに第九位“蒼の聖典”、レミフェリアに第八位“吼天獅子”と十二位、共和国に第十、十一位……それと、第二位がエレボニア入りした。……あと、第六位“山吹の神淵”だが……彼女もリベール入りする予定だ。」

「そうなると、第三位と第五位から第七位の四名がリベール入りすることになりますね。」

西ゼムリアの諸国に散らばった守護騎士達……それは、これから起こりうることを正確に記録し、『彼らとの戦い』に備えるための布石。

 

「ゲオルグ・ワイスマン……汝の運命は既に決められている。」

既に様々な手筈は整った。十年前の『百日戦役』から積み重ねてきた全ての『切り札』……それらの集大成とも言うべき舞台が幕を開けることとなるのは、少し先の話だった。

 

 




しかし、守護騎士って何かとボケ体質(お笑い的な意味で)持ちなんですよね。ケビンはどちらかと言えばツッコミ担当ですがw


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第70話 去りゆく月(FC編終了)

~王都グランセル 東街区:夕方~

 

一方エステルはヨシュアの後ろ姿を見て走って、ヨシュアの近くに着いた後声をかけた。

 

「ごめん、遅くなっちゃって!ものすごく混んでてさ~。ようやくゲットできたのよ。」

「そっか、ご苦労さま。ありがたくご馳走になるよ。」

「……うん……えっと、さっきの事だけど……」

「ああ、さっきはゴメン。紛らわしい言い方しちゃって。確かにあれじゃあ出来の悪い告白みたいだよね。」

「え……うん……出来が悪いってことはないけど……」

ヨシュアの軽い謝罪にエステルはどもりながら答えた。

 

「まあ、考えてみればそう結論を急ぐこともないよね。正遊撃士になったからといって別の仕事についてもいいわけだし。ここはお互い、将来についてじっくり考えるべきかもしれないな。」

「た、確かに……。(結婚なんかしちゃったら子育てなんかもしなくちゃいけないし……。……だから!先走りすぎだっての、あたし!)」

ヨシュアの『将来』という言葉に反応したエステルは色々想像してしまい、心の中で想像してしまった自分を突っ込んだ。

 

「さてと、そろそろレイア達が乗る飛行船の時間だし、食べながら空港に行こうか。」

「………ヨシュア?」

「どうしたの、エステル。将来についての相談があるとか?」

「ち、違うってば!さっさと空港に行きましょ!」

笑顔で空港へ行く事を提案したヨシュアの雰囲気に違和感を感じたエステルは真剣な表情で呟いたが、ヨシュアの言葉に気が散ってしまい、ヨシュアに雰囲気がおかしいことを尋ねるのを忘れいっしょに空港へ向かった。レイア達を見送った後、エステル達は城に向かった。

 

 

~グランセル城客室 女性部屋~

 

「うーん……」

夕食後、エステルは部屋の中を何度もうろうろした。

 

「何よ、エステル。さっきからそわそわして。なにか気になることでもあるの?」

シェラザードはエステルのおかしな態度を見て尋ねた。

 

「う、うん……ねえ、シェラ姉……食事の時……ヨシュア、変じゃなかった?」

シェラザードの疑問にエステルは真剣な表情で聞き返した。

 

「???変なのはあんたの方でしょ。あの子はいつも通り落ち着いてたじゃないの。」

「それはそうなんだけど……」

言葉を返されたエステルは何かが脳裏の奥に引っ掛かってなんともいえない表情になった。

 

「ハッハーン。そっか、そういうことか。」

「な、なによいきなり……」

「隠さない、隠さない♪そんな雰囲気はしたけど、やっぱり自覚しちゃったわけね。ヨシュアのこと……好きになっちゃったんでしょ?」

「……うっ………や、やっぱり分かっちゃう?」

シェラザードの言葉に顔を赤くしたエステルは聞き返した。

 

「悪いけど、丸わかりよ。でも、その様子じゃ、ヨシュアにはちゃんと伝わっていないみたいね。」

「うん……そうだと思う……ヨシュアって、こういうこと昔からニブいところあったし……ってあたしも人のこと言えないか。」

「ああもう、初々しいわねぇ。あの花よりダンゴだったエステルがよくぞここまで。おねーさん、感激しちゃうわ!」

恋のカケラも感じさせなかった妹分の初恋にシェラザードは喜び、茶化した。

 

「……もうシェラ姉には金輪際相談しない……」

茶化されたエステルはジト目でシェラザードを見て呟いた。その呟きを聞いてシェラザードは謝った後、真剣にエステルの相談に乗った。

 

「ウソウソ。からかって悪かったわ。でも、そうね……。考えてみれば、あんたたちは思春期に入る前に出会ったのよね。なかなか、お互いの気持ちに気付かないのは仕方ないか……」

「そ、そういうものなのかな……。あたしは、旅をしてる最中にちょっとしたきっかけで意識して……い、いちど、気になりだしたらどんどん意識するようになって。ああもう、こんなのあたしのキャラじゃないのに~!」

「ふふ……咲かない蕾はないってね。女の子はみんなそういうものよ。」

「シェラ姉……」

自分の悩みに真剣に考えてくれるシェラザードにエステルは感激した。

 

「あまり軽率なことは言うつもりはないんだけど……覚悟が決まってるなら打ち明けた方がいいんじゃない?踏ん切りがつかないのならちょっと占ってあげよっか?」

「ううん……実はもう、覚悟が決まってるの。話を聞いてもらう約束もしたし。」

不安を取り除くためにシェラザードは占いの提案をしたがエステルは首を横にふって断った。

 

「そっか……よし、それでこそあたしの妹分!ああもう!おねーさん、泣けてくるわっ!」

「それはもうええっちゅーねん。でも、ありがと、シェラ姉。なんだか少し勇気が出てきたわ。あたし、ちょっとヨシュアのところに行ってくるね。」

またもや自分を茶化したシェラザードに突っ込んだエステルはヨシュアのところに行くことを言った後、シェラザードに励ましの言葉を受け部屋を飛び出した。

 

「……初恋かぁ……うまく行くといいんだけどね………」

エステルが部屋を飛び出すのを見送った後、シェラザードは一枚のタロットカードを見て、複雑そうな表情で呟いた。

 

 

~グランセル城・空中庭園~

 

ヨシュアを探す途中で聞こえてきた音……ハーモニカの音を頼りにヨシュアを探していたエステルは空中庭園の一角で、ハーモニカでいつもの曲――『星の在り処』を吹いているヨシュアを見つけた。

 

「……やあ、エステル。いい夜だね。」

「うん……また、その曲なんだ。『星の在り処』」

「色々なものを失くしたけど……この曲と、このハーモニカはいつも僕のそばにいてくれた。だから、『吹き収め』にと思ってね。」

「え……」

エステルはヨシュアの言葉に驚いた。

 

「約束、果たさせてくれるかな。君に会うまでに僕が何をしてきたのか……それを、今から話したいんだ。」

「ヨシュア……うん、わかった」

ついに今まで話さなかったヨシュアの過去の話を聞くことに、エステルは決意の表情で頷いた。

 

「少し長い話になるけど、それでも……構わないかな?」

「もちろん……キッチリ最後まで聞かせてもらうわ。」

エステルはヨシュアが話すどんな過去でも受け止めることがわかるように笑顔で深く頷いた。

 

「ありがとう………」

いつもの太陽のような笑顔のエステルを見てヨシュアは笑顔になった後、エステルに背を向け手すりにもたれかかるようにして自分の過去を話し始めた。

 

 

―――『村』で幸せに暮らしていた幼き頃の自分

 

 

―――その後の襲撃によって生きる気力を失くしただハーモニカを吹き続けた自分

 

 

―――『魔法使い』によって、戦う人形にされてしまった自分

 

 

―――そして、その彼から言われた『カシウス』の抹殺。だが、失敗して逆に助けられた自分

 

 

―――……さらには、その彼の家族として暮らすことになった自分

 

 

―――だが、彼は彼らを裏切り続けていたことも……

 

 

「これで……この話はおしまいだ。ありがとう、最後まで耳を塞がずに聞いてくれて。」

「………えっと……それって、どこまで本当なの?」

ヨシュアの壮絶な過去を聞いたエステルは御伽話を聞いたような気分になり、どこまでが真実か聞き返した。

 

「全部―――本当のことだよ。僕の心が壊れているのも。僕の手が血塗られているのも。君の父さんを暗殺しようとして失敗したのも。そして……今までずっと君たちを裏切り続けていたことも。」

「!?」

ヨシュアの過去が全て真実で、さらに今まで自分達を裏切り続けていたという告白を聞いたエステルは信じられない表情になった。

 

「男の子は本当の意味で救いようがない存在だった。そこにいるだけで不幸と災厄をもたらすような……。そんな、穢(けが)れた存在だったんだ。」

「……」

エステルは何を言えばいいかわからず、沈黙し続けた。

 

「だから……男の子は旅立つことにした。幸せな夢を見せてくれた人たちをこれ以上、巻き込まないために。自分という存在を造った悪い魔法使いを止めるために。」

「え……?」

ハーモニカを渡されたエステルはヨシュアの行動が理解できなかった。

 

「それは、僕が人間らしい心を最後に持っていた時のものだ。もう必要ないものだから……だから、君に受け取ってほしい。この五年間のお礼にはとてもならないだろうけど……何も無いよりはマシだと思うんだ。」

「…………かげんにしなさいよ」

エステルはヨシュアを睨みつけた後、顔を下に向け小さな声で呟き始めた。

 

「え……?」

「いい加減にしなさいっての!」

エステルは下に向けた顔をあげると、ヨシュアに近付き怒鳴った。

 

「夢なんて言わないでよ……っ!まるで……今までのことが本当じゃなかったみたいじゃない!過去がなんだっていうの!?心が壊れてる!?それがどーしたっていうのよ!?」

「エステル……」

「あたしを見て!あたしの目を見てよ!ずっと……その男の子を見てきたわ!良い所も悪い所も知ってる!男の子が、何かに苦しみながら必死に頑張ってたってことも知ってる!そんなヨシュアのことをあたしは好きになったんだから!」

「!!!」

エステルの告白にヨシュアは目を見開いて驚いた。

 

「一人で行くなんてダメだからね!あたしを、あたしの気持ちを置き去りにして消えちゃうなんて!そんなの、絶対に許さないんだからあっ!………うっ………うう………」

「……エステル………」

「え……?」

そしてヨシュアはエステルに口づけをした。

 

「……あ………(……ヨシュア……)」

待ち望んでいた初恋の少年との口づけにエステルはされるがままになっていたが、口に違和感を感じヨシュアから離れた。

 

「なに今の……!口の中に流れて……」

「……即効性のある睡眠誘導剤だよ。副作用はないから安心して。」

「あ……」

眠気が突如エステルを襲い、眠気に耐えられなくなったエステルは地面に崩れ落ちるように膝をついた。

 

「ど……どうして……?……何でそんなものを……!」

自分に睡眠薬を飲ませたヨシュアをエステルは信じられない表情でヨシュアを見た。

 

「僕のエステル……お日様みたいに眩しかった君。君と一緒にいて幸せだったけど、同時に、とても苦しかった……。明るい光が濃い影を作るように……。君と一緒にいればいるほど僕は、自分の忌まわしい本性を思い知らされるようになったから……。だから、出会わなければよかったと思ったこともあった。」

「……そんな……」

ヨシュアの言葉に強力な眠気で虚ろな瞳になりつつあるエステルは悲痛な声をあげた。

 

「でも、今は違う。君に出会えたことに感謝している。こんな風に、大切な女の子から逃げ出す事しかできないけど僕だけど……。誰よりも君のことを想っている。」

「……ヨシュア……ヨシュア……」

エステルは眠気が襲ってくる中、ヨシュアを引き留めるために何度もヨシュアを呼び続けたが。

 

 

「今まで、本当にありがとう。出会った時から……君のことが大好きだったよ。―――さよなら、エステル。」

 

 

ヨシュアの決別の言葉を聞くと同時にエステルは眠りに落ちてしまった…………

 

 

「…………………」

睡眠薬を口に入れ、倒れたエステルをベッドに運ぶためにヨシュアはエステルに近付いたその時、鋭い剣筋が彼を襲った。

 

「!!」

攻撃に気付いたヨシュアは素早い動きで回避した。そしてヨシュアが攻撃が来た場所を見ると、そこにはエステルを護るように小太刀を構えたアスベルが立ちはだかってヨシュアを睨んでいた。

 

「アスベル……」

「ちと嫌な感じがしたんで来てみれば……どういうつもりだ?どんなヨシュアでも受け入れる……そのエステルの想いすら無に帰すつもりか?」

「……僕は、人間じゃないから。“化物”なのだから。」

(この感じ……どうやら、“漆黒の牙”としての記憶を取り戻したみたいだな……となると、“白面”もいるということになるな。)

アスベルの問いにそうヨシュアは答えた。だが、アスベルはより一層怒気を含ませた。

 

「……人からよく『鈍い』と言われる俺が言えた義理じゃないが、ふざけるのも大概にした方が身のためだぞ。」

「!?(こ、これが……アスベル・フォストレイトという存在……なんて覇気なんだ……!)」

「………俺にしてみれば、お前も家族のようなものだ。だから…剣を抜け。」

ヨシュアの気持ちはわからなくもない。大切なものを失くすのが怖いから遠ざける……だが、それ以上に俺が許せないのは……俺にとって『妹』同然のエステルの気持ちを、目の前にいる『弟』が受取ろうとしなかったことだ。俺は、もう一本の小太刀を抜き、二刀流の構えを取る。

 

「二刀流……それで、僕に勝てるとでも?」

ヨシュアも武器を抜いて構えた。彼の挑発的な物言い……『隠密』を得意とし、そのトップスピードは括目すべきものだ。だが………

 

「……一つ教えてやる。俺が普段一刀流しか使わないのは、『表』故だ。」

そう言って、歩法『神速』を使い、一瞬でヨシュアに迫る。

 

「!!」

その速さにヨシュアは飛び退き、すかさず距離を取る。

 

「……そういえば、そうだったね。星杯騎士団『守護騎士(ドミニオン)』第三位“京紫の瞬光”……アスベル・フォストレイト。」

「それすらも思い出したか……だったら、とっておきの“餞別”をくれてやる……滅多に見せない、俺の本気をな。」

だったら話は早い……ヨシュアに俺なりの“説教”をくれてやろう。そう思ったアスベルは『天帝』の状態のオーラを発現し、クラフトを放つ!

 

 

――御神流奥義之三『射抜』

 

 

「!?………(な、何だ、今の技は……見えなかった。)」

計り知れないほどの威圧、底知れぬ恐怖……そして、瞬きなどしていないのにその剣筋は……『見えなかった』のだ。そして、ヨシュアの横を掠めるかのように通り過ぎた剣圧……その余波で、ヨシュアの頬に血が出ない程度の……微かな切り傷ができた。

 

「………」

オリジナルの“射抜”は突きによって刀を飛ばす技……だが、武器を手放す行為は自殺行為に等しい……そこで、改良した“射抜”は闘気による刃を繰り出す技として進化させた……その技を見せると、アスベルは刀を収め、エステルを抱きかかえた。

 

「ヨシュア、エステルはきっとお前を追いかけてくる。そして、お前よりも強くなる。」

「……」

「猶予を与えてやる。お前が築いてきた“絆”を見直す機会を……ただ、もし戻ってきたら最大級の『罰』を与えてやるから、覚悟しておけ。」

そう言い放つと、アスベルはエステルを抱えたまま庭園を後にした。

 

「…………」

何も言い返せなかったヨシュア……彼は、少ししてからその場を後にした。

 

 

~グランセル城内・廊下~

 

「ん……?」

神妙な顔で廊下を歩いていたカシウスはエステルを抱えていたアスベルに気付いた。

 

「アスベルか。わざわざ運んでくれてすまなかったな。」

「いえ……お願いします。」

カシウスの労いの言葉を黙って頷き、受け取るよう促した。

 

「……よっと。」

アスベルの意図を理解したカシウスはエステルを抱き上げた。それを確認すると、アスベルは踵を返した。

 

「アスベル。お前はどうするつもりだ?」

「どうするって……俺がやることは一つですよ。カシウスさん」

そう言い残すと、アスベルは静かにその場を去った。カシウスは苦笑しながらエステルを自分が泊まっている客室に運んで行った。そして部屋にある手紙を見つけ、ヨシュアが去った事を察した…………

 

 

 

―――空は蒼く―――

 

 

 

―――全てを呑みこんで―――

 

 

 

―――それでも運命の歯車は止まらない―――

 

 

 

―――愛する少女と決別した少年はハーモニカを愛する少女に託し独り姿を消した―――

 

 

 

―――少女は少年を連れ戻す旅を決意する―――

 

 

 

―――だが、静かに鳴らされた鐘は世界にその刻(とき)が来たことを告げていた―――

 

 

 

―――出会う新たな敵と新たな仲間―――

 

 

 

―――王国は再び試練の嵐を迎える―――

 

 

 

―――そして、その嵐を待ちわびた者が動き、全てを覆すべく行動を開始する―――

 

 

 

ハーモニカに残された小さな思いを追って進む彼らの道が、新たな“軌跡”を描き出す………!

 

 

 




次章からいよいよ『本筋』に入ります。ちょくちょく番外編を挟むことがあるかもしれません。

ただ、少々変則的な進め方をしていますので、原作とは違う流れで進めていくことになります。

あと……一方的な蹂躙劇が……多少出てくることになります。


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FC・SC第五章~乙女の決意~
番外編 導き手たち


~ツァイス郊外~

 

時間は少し遡って……エステルらがグランセル入りした日。

ツァイス郊外にある一軒家……そこで暮らすクラトス・アーヴィング(ガイ・バニングス)は、テーブルの上に置かれた二種類の武器……一本の棒と二本一対の片刃剣を見つめて、首を傾げつつ考え込んでいた。

 

「う~ん……なんつーか、こう……一癖足りねーな。」

クラトスの言葉……それは、これらの武器の特性が今一つであると感じていた。素材としては最高クラスのものを選りすぐって使用していたが……二人と実際に会ってみて、これではあの二人の成長速度に追いつかない……かといって、間に合わせのものとして渡すのは個人的にプライドが許さない。

 

 

クラトスがこれらの武器を作るきっかけ……それは、ある人物からの依頼だった。

 

『いずれ正遊撃士になるであろう二人の人物のために、武器を作ってほしい。』

 

アルテリア法王ファーレンハイト・C・マーレンヴェルクからの依頼……『依頼料は完成時にそちらの言い値で払う』……金額に糸目はつけないというその依頼にクラトスは疑問と怪しさを感じたが、その武器を渡す相手の事――エステル・ブライトとヨシュア・ブライト……“剣聖”カシウス・ブライトの子供たち。知り合いの子に渡す物だと知り、クラトスは快くその依頼を引き受けたのだ。

 

 

ここで考えていても埒が明かない……そう思ったクラトスは、必要最低限の準備と戸締りをして家を後にした。そして、彼が向かった先は……

 

 

~紅蓮の塔~

 

「前は兵士がいたから碌に調査もできなかったが……ま、素材の一つでも見つかれば儲けものかな。」

 

以前入った時は、親衛隊らしき人達……正確には、王室親衛隊に変装していた情報部の特務兵なのだが、そのせいで調査どころではなくなった。自分一人でも蹴散らせないことは無かったが、下手に武術の腕を知られて噂になるのはまずい……なので、遊撃士協会にお願いした。

 

そして、クラトスが調査を始めようとしたところ、不思議な感覚が彼の中を過ぎる。

 

 

―――………ミツケテ

 

 

「!………これは、こんなところに階段?(ちょっと待て……さっきまでこんなところに階段なんてなかったぞ?)」

声が聞こえたと同時に、クラトスの眼前の壁に現れた入り口。みるからに、地下へつながる階段……傍から見れば、誘い込む罠のようにしか思えないほど……だが、罠と思えるような感じには聞こえなかった。むしろ、何かを待ち望んでいたかのように聞こえた。それと、クラトス自身が今まで培ってきた“勘”が、罠の可能性はものすごく低いと言っているような気がした……

 

「……」

だが、罠という可能性が完全に拭えた訳ではない……クラトスは明かりを持ち、慎重に足を進める。

 

その先はあっさりしたものであった。

罠もない一本道……この光景に、クラトスはかつて『とある場所』らで感じたものと同一の感覚が思い起こされていた。

 

(正しければ、そろそろ……お、どうやら終点のようだな。)

大分下りた場所……地下深くまで下りたクラトスを待ち受けていたのは、一つの大きな部屋――部屋というよりは広間であるが……その中央に浮かぶ三本の剣。

 

太陽の如き輝きを放つ黄金の両刃剣、冷気を感じるほどの力を秘めた空色の片刃剣、先端が欠けているがその力は先に述べた二つの剣と変わらないほどの力を秘めている銀の片刃剣。

 

「………すげえな、おい。」

それらを目の当たりにしたクラトスとは驚きを隠せなかった。とてもではないが、まるでこの世に存在するとは思えないほどの力を秘めうる代物だと彼の中の直感がそう告げていた。そして、彼が今まで足を運んだ場所……琥珀の塔、翡翠の塔、紺青の塔で彼が回収した物と同質のものであることも、そう結論付けるまでの時間はかからなかった。

 

(けど、俺やロイド……うちの家系はあくまでも普通の家だぞ……アリオスやイアン先生との『一件』以来、俺の身に何が起きたんだ?)

だが、納得できかねる部分……そういった聖遺物――アーティファクトとは関わりのない人生をなまじ送ってきたがため、こういった出来事には耐性が無い。普通の人からすればそれがこの世界における『普通』なのだが、ある意味『死にかけた一件』からクラトスには何かしら不思議な出来事が起こるようになった……

 

職人の腕前に関してはてんで素人だったはずなのだが、わずか一週間で玄人ひいては達人の域に達していた。これには、技術を教える側の『彼』も大層驚いていた。深く考えるとドツボに嵌まりそうな状態になりかねないため、この件に関しては見て見ぬふりをし続けてきた。

 

「……やっぱり、ここでもか。」

そして、クラトスが剣に触れると、光は収まった。他の二本も同様で、特にクラトスに対しての影響は与えていないようだ。それは、先ほど述べた他の塔での『回収』の際、同じ現象が起きていた。クラトスはそれをしまいこむと、来た道を戻っていった。

 

そして、彼が塔の入り口がある広間に戻ると、先程まであった入り口が消えてなくなっていた。この現象も、他の三つの塔に行った際感じたものだ。

 

(………まったく、人生って奴はよく解らん。)

真実を追い求めてきたクラトス……それに関して『諦めない』ことを貫き通してきた当の本人でも『非常識』の壁は未だ高い……内心ため息をつきつつ、クラトスはその場を後にした。

 

 

回収した三つの剣……それらを含めた“剣”たちは、試練に立ち向かう者たちの力となる『その時』まで静かにその姿を讃えていた。

 

 

 

~クロスベル警察学校~

 

「ガイの奴が死んでもう一年になるか……」

時を同じくして、クロスベル警察学校――クロスベル自治州の西側、クロスベル市とベルガード門の中間に位置する施設の外で一服していたクラトスもといガイの元上司、セルゲイ・ロウがいた。

 

セルゲイ、ガイ、アリオス……この三人の関係は三年前、表通りで起きた導力車の爆発・炎上事故によって変わってしまった……それによってアリオスの妻は行方不明、娘は失明した一件……それが帝国と共和国の暗闘の結果起こった事故であることは調べがついていた。だが、二大国の圧力を受けた上層部はこの事件の調査を打ち切り、『事故』と結論付けて後処理するよう命じた。

 

『何故です!?これ以上の捜査を打ち切れと言うのは!?』

『おい、アリオス……』

『気持ちは解る。だが……上のお偉いさん方がそう言っている以上、俺達が下手に動くわけにもいかない。大方宗主国の御意向って奴なのだろうが。』

これに憤慨したのはアリオス。いや、当然とも言うべき反応だろう……自らの身内の命と娘の光を奪った張本人が今もクロスベルで堂々と歩いている。他の国では許されていないことを許すという『矛盾』がクロスベルにある以上、どうすることもできないのは事実だった。

 

この自治州の歪んだ構造が生み出した産物……外国人に対して厳しい罰則を設けることができない……まともに裁けない犯罪者がいる事実。

 

その三日後、アリオスは署長に辞表を文字通り『叩き付け』て、警察官の職を辞した。その後、ガイは事件解決能力を買われて捜査一課に異動。セルゲイはその有望な才能を上層部が危険視し、同時に逆恨みされて警察学校の教官に左遷させられたのだ。

 

そして……ガイの死は衝撃を与えたとともに、セルゲイの中で一つ疑問が浮かんだ。それは、彼を死に追いやった原因がとてもではないが暗殺と思えないことだった。上層部はそう結論付けて事件を無かったことにしていたが、彼の元上司として言えるのは『アイツ如きがマフィアやルバーチェ相手に下手を打つ様な人間ではない』と。尤も、警察学校の人間という立場上これ以上の推理は推測でしかなく、自分一人でどうにかなる問題でもない。セルゲイには、そのことが歯痒かった。

 

 

「……ん?こんな時間に客人とは珍しいな……」

すると、セルゲイは滅多に訪れない“来客”に気付いた。吸っていた煙草の火を始末し、吸殻を携帯灰皿に入れるとそちらの方に足を運んだ。

 

セルゲイの前に現れたのは一人の男性。黒紫の長髪と瞳……そして、佇まいや歩きの足運びからして並ならぬ実力者……そして、彼の服装は東方のほうでよく着られている装束……少し警戒しつつ近づいてきたセルゲイにその男性は気付き、声をかけた。

 

「失礼、貴方はここの教官の方ですか?」

「ああ、間違いではないが……見たところ、カルバード以東の出身とお見受けするが?」

「そうですね……これが、マクダエル市長の推薦状と、警察署長の辞令です。」

男性はそう言って推薦状と辞令を懐から出し、セルゲイに見せた。それを見たセルゲイは断りを入れてからそれらの書状を読み始めた。

 

「拝見させてもらおう……成程、お前さんも難儀なことだな。お偉いさん方に煙がられてるようで。」

「否定はしませんよ。」

書状を読み上げたセルゲイは『同類』であるその男性を同情の眼差しで見つめ、警察に入れただけでもありがたいという意味も込めて、その男性が答えを返していた。

 

「さて、同僚に対して自己紹介だな。セルゲイ・ロウだ。お前さんとはいい友になれそうだ。それと、言葉遣いはタメ語でいい。歳も近そうだしな。」

「そうか……私はフェイロン・シアン、カルバードの出身だ。よろしく頼む、セルゲイ。」

自己紹介して互いに握手を交わし、細かい話をするために二人は警察学校の中に入った。

 

 

~クロスベル警察学校 会議室~

 

「さて……フェイロン。話に関してはどこまで聞いている?」

真剣な表情でそう切り出したセルゲイ。それは、推薦状の中に入っていた『三つ目の書状』……セルゲイに宛てられたものであり、セルゲイの中で秘めていた『ガイ・バニングスの意志』を体現するための部署の創設。それに関わるものだった。そして、それを持って訪れたフェイロンの存在。流石に無関係とは言えない繋がりに、セルゲイは問いかけた。

 

「大方のところは、と言うべきだな。私もその創設に立ち会わせてもらうつもりだ。そのための人材はダグラスにお願いしている。」

「おや、アイツと知り合いか?」

「ダグラスとは共和国で知り合いになってな。何かと面白い奴だ。」

「アイツを『面白い』と言ったのはお前が初めてだぞ、フェイロン。まぁ、何かと生真面目な奴には違いない。」

ダグラス・ツェランクルド……『迅雷のダグラス』と呼ばれ、戦闘力で言えばクロスベルでも五指に数えるほどの実力者。現在は警察学校の教官として働いている……いわば上層部による『左遷』を受けた一人だ。

 

幸か不幸か警察学校に揃っている『良識ある者』たち……これからやろうとしていることには、これ以上ないほどの適任者が揃っている。恐らく非難轟々と上層部は口煩く言ってくるであろうが、まずはここから始めなければ何も変わらないし、変えられない。

 

「いずれにせよ、心強い味方がまた一人増えたわけか。」

「ええ。“搦め手”の実力、見せていただきますよ。」

「それは昔の話だろう……ま、フェイロンには色々動いてもらうぞ。」

「ああ。ここの生徒たちを立派な御仁に仕上げて見せよう。」

「……程々にな。」

心強い味方ができたと同時に、教える相手がいることにフェイロンが嬉々としている様子に対して冷や汗が流れ、セルゲイは警察学校に通う生徒らの安否を心なしか祈った。

 

その後、フェイロンは護身術や実践格闘技、武芸などの実践科目をダグラスと共に生徒らに叩き込み、講義の終わりに辛うじて立っているのが数人ほどしかいない有り様……スパルタぶりを発揮していた。座学では警察の規則のみならずクロスベルの地勢や歴史・自治州法といった地歴公民部分を担当することとなり的確かつ解りやすい講義を行い、そして生徒らとの交流や必要に応じてのカウンセリングなどを行い心のケアを欠かさない……まるで厳しくも優しい父親のような存在という意味を込めて『尊敬の父』という異名で呼ばれることとなった。その異名に対してどこか悲しげな笑みを浮かべたフェイロンだったが、その笑みの意味を知るものは本人以外いなかった。

 

 




ふと書きたくなった第一弾。ここで出てきたフェイロンですが……れっきとした原作キャラをイメージして書いています。なので、原作キャラの偽名版です。誰なのかはネタバレになりますので伏せておきます。

あと、クラトスが持ち帰ったものですが、イメージがある意味バレバレですw


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番外編 西風の聖女

今から四年前……七耀歴1198年の初夏。一人の男性がヘイムダルに来ていた。

 

~帝都ヘイムダル郊外~

 

「ふぁ~………よく寝たな。」

男性――猟兵団『西風の旅団』の団長、レヴァイス・クラウゼルは目を覚まして背筋を伸ばした。

 

彼がここに来たのは、夏至祭のため……団員が帝都見物をしたいという理由で、ヘイムダルまで来ていたのだった。ただ、本人はそんな気ではなく、郊外の森の中にいた。特に目的があるわけでもなく、ぶらついていると……切り立った崖の前に出た。

 

「しっかし、高いな……まぁ、これぐらいならよゆ……う………」

呑気にその崖の高さを呟いたレヴァイスだったが、その発言は彼の目に映ったもので遮られた。彼にとっての刺客とかではなく、岩でもない……彼の見上げた先、つまりは崖上から落ちてきた対象――それは、一人の女性だった。

 

「はぁ!?空から女性がっ!?」

飛び降りたところを見たわけでもないので、空から落ちたものだと解釈したレヴァイス。

 

とりあえず、手持ちにある物を確認……使えるものを確認すると、自信の持てる限りのスピードで駆けだす……弾を装填し、左に持つ銃で後ろに向けてアンカーを放ち、予測落下地点に駆け出し……危うく地面でぶつかりそうになったところを滑り込み、女性を受け止めると同時に足でブレーキをかける。それと同時に、放ったアンカーが木に刺さり彼の体を止めるためのブレーキとなる。

 

「ふぃ~………おい、しっかりしろ。」

「………」

レヴァイスはその女性に問いかけるが、気絶しているのか特に反応は見られない。手首で脈の有無を確認し、外傷も確認したが特に問題はなさそうであるが……それよりも、何故女性がここにいるのか解らずにいた。

 

「………仕方ない、か。」

とりあえず、デューレヴェントに運び込んで医務担当の団員に診せた後、レヴァイス自らが彼女の面倒をみることにした。元々は自分の判断でここまで運んだ以上他人任せにはできない……それが、彼なりのプライドだった。

 

 

~デューレヴェント 医務室~

 

 

―――悲しかった……あれほど愛していた人が、私を裏切った。貴族の嫌がらせぐらいならばまだ耐えられた。あの人が愛してくれている。その心の支えがあったから……だからこそ、彼の裏切りは私にとってこれ以上ないくらい辛くて……そして、私は身を投げた。ごめんなさい、叔父さん……ごめんね、マキアス……

 

 

「…………」

 

 

―――でも、私の目に飛び込んできたうっすらと映る景色……私は、夢でも見ているのだろうか……すると、傍らにいた一人の男性……叔父さんよりも幾分か若い人……その人の姿が目に映る。そして、私は声をかけた。

 

 

「すみません、ここは天国でしょうか?」

「………ああ、成程な。残念ながら現実だが。」

レヴァイスは女性の第一声で大方の事情を察した。普段は人気のないはずの森にいた理由……つまり、レヴァイスは女性の自殺を止めたということに繋がるのだと。女性はレヴァイスの言葉を聞き、涙を流し始めた。

 

「ど、どうしてですか……私は……私なんて……」

「……その、俺はお前さんの事情なんて知らないし、俺の目の前で何の罪もなさそうなお前さんが死んだら、目覚めが悪くなっちまう……ただそれだけだったんだが?」

「私は、平民故に貴族に疎まれて……私は、彼に嫌われて……」

単純な恋の縺れではなく、身分の違いによる恋愛……それに関わり、彼女は幾度となく嫌がらせを受けてきた。深い事情を聞いたわけではないが、レヴァイスにはそのように感じた。そして、貴族だった彼に、最後は裏切られた……この場にその彼氏がいたら、彼女の代わりにぶん殴ってやりたい衝動にかられたのは、レヴァイス自身不思議な気持ちだった。

 

「お前にも大切な人がいるだろう……勝手に死んだら、そいつらの事はどうするつもりだ?」

「っ!?………解ってはいます……ですが、私にはもう生きる理由なんてっ……!」

(……仕方ねえか。ま、アイツらは納得してくれるだろう……)

これは、相当なまでのダメージを負っている……それも、今まで耐えてきた分まで噴き出し、今ここで彼女を見捨てれば間違いなく命を落とす選択や行動をとるだろう……レヴァイスは、内心『あまり褒められたやり方ではない』が、彼女の心を救うことにした。自分の目の前で死んでもらうと彼女の身内から呪われそうで怖いという思いもあったが……

 

「生きる希望がない、か……なら、俺が希望になってやる。」

「え、それは……んっ!?」

レヴァイスはそう言って、女性の唇を奪った。レヴァイスの行動に目を見開くも、更なる彼の行動に彼女は驚愕した。

 

「んっ………ちゅ…………ちゅる………」

「んん~!?………ん~!?……ちゅ………ぷはっ」

何と、レヴァイスは躊躇いもなく自分の舌を彼女の口の中に入れ、彼女の舌と絡めたのだ。紛れもないディープキス……女性は拒否しようとも思ったが、彼の巧みな舌使いと頭を撫でる彼の手の暖かさに、彼女の表情は次第に緩み……互いの唇が離れたころには、蕩けつつも妖艶な表情を浮かべた。

 

「はぁ……はぁ……いきなりだなんて、激しい人ですね。」

「嫌だったか?」

「最初はちょっと思ってました……でも……信じて、いいんですね?」

「俺は何かと人を大切にする性分なんでな。仲間やアイツや……お前も、その一人に加えてやるさ。ま、ここじゃなんだから俺の部屋に行こう。」

「……はい。」

そうして、レヴァイスの部屋に行く二人。互いに身体を重ね合うまでには、さほど時間はかからなかった。

 

………数時間後、外はすっかり日が落ちて夜になっていた。ベッドで横になっているレヴァイスとその女性。無論、双方とも何も付けていない状態ではあるが。

 

「そういや、名前を聞いてなかったな。俺はレヴァイス、レヴァイス・クラウゼル。俺の事は名前で呼んでくれ。他の連中は『団長』とか呼んでるが。」

「私はナタリア・レーグニッツと言います。その、不束者ですがよろしくお願いします『あなた』。」

「少し気が早いような………レーグニッツ?ひょっとして、帝都庁の?」

「叔父さんとはお知り合いですか?」

考えてみれば、事が事ゆえに互いの名前すら教え合っていなかった……改めて自己紹介し、その際ナタリアの発言はそれとなく受け入れたが、彼女の名字である『レーグニッツ』に心当たりがあったレヴァイスに、ナタリアは首を傾げた。

 

「カール・レーグニッツ……帝都庁じゃ相当のやり手だと聞いたな。(マリクがその御仁を『宰相』と繋がる可能性のある者としてリストアップしてたが……)ま、以前のいざこざで顔を合わせた程度だ。」

厳密には、パルムに滞在していた折、賊に襲われかけたところを助けた程度だ。後で襲撃を指示した人物が貴族の人間だと知り、大事になる前に『不審火』という形で『殲滅』した。尤も、この貴族はアーティファクト絡みでもそれなりの罪状があり、『外法』として処理されることが決定済みだっただけに大きな問題とならずに済んだ。

 

「……今更だが、一つ言っておく。お前さんが考えてる以上に俺のいる場所は『残酷』だ。それでも、ついてくる気はあるか?」

「無論です。私が受けた今までの仕打ちから比べたら、もしかしたらましでしょうし……そのための手ほどきも、していただけますよね?」

「やれやれ、最近の女性は逞しいことで……」

ナタリアの意外にも逞しさが感じられる一言に苦笑を浮かべるレヴァイス。そうやって、呑気に話していた二人……すると、扉が開いてフィーが姿を現す。だが、この三人……特にレヴァイスとナタリアに至っては何も身に付けていない状態なので……

 

「ん?お、フィーじゃないか。」

レヴァイスは自分の格好を鑑みることなく、挨拶を交わし、

 

「え………キャアアアッ!?」

ナタリアはフィーの姿と自分の姿を見た後、手で胸全体を隠し、

 

「……ひるまはおたのしみだったんだね。てか、服ぐらい着て。」

何となく事態を察しつつも、服を着ていないレヴァイスに向かってポケットから取り出したディスクを投げつけた。それをレヴァイスは難なくキャッチした。

 

「へいへい……またお仕事ですか、っと。」

渋々服を着始めたレヴァイス。身支度を素早く整えると、まだ慌てるナタリアの方に歩み寄り、

 

「それじゃ、行ってくるからなナタリア。留守番宜しく。」

「ふぇ、えと、あな………んんっ!?」

「続きは帰ってきてからな。フィー、ナタリアの事は任せた。」

「ん。」

またもやディープキスを交わし、フィーに後事を任せるとその場を後にした。

 

「……えと、フィーちゃん、でいいのかな?」

「うん……レヴァイスは色々破天荒だから、頑張って。というか、服着て。」

「う~んと……ひょっとして怒ってるの?」

「寧ろ羨ましいぐらい。」

「???」

ナタリアのスタイルを一通り見つめた後、フィーは羨ましそうな表情をしつつ言葉を紡いだ。一方、その意味が解らず首を傾げたが……とりあえず、服を着ることにしたのだった。

 

その後、ナタリアは『アルティエス・クラウゼル』と名を変え、ウェーブがかったセミロングの髪を伸ばし始めた。戦闘力自体は低いものの、アーツ適性が高くレヴァイスやフィーの後方支援をメインとして戦うようになる。他の『西風の旅団』からは『アリス』との愛称で呼ばれるようになり、次第に傭兵の間で知られる存在……“猟兵王”を支える女神のような存在……“西風の聖女(セイレーン)”の異名で呼ばれることとなる。そして、似たような異名や立場にあるシルフェリティアとは互いの団長を通じて交流を深め、仲の良い友人として付き合うようになる。

 

その四年後……アリスは思いがけない再会を果たすこととなる。

 

 

~ヘイムダル郊外 共同墓地~

 

七耀歴1202年……帝国ギルド襲撃事件終結後、自らの身上を確かめるため、墓地を訪れていたレヴァイスとアリス。二人の目の前に映る墓……レーグニッツ家の墓には、アルティエスの『以前の名』……『ナタリア・レーグニッツ』の名前が刻まれていた。花を手向け、手を合わせた後……二人は入り口に向かって歩いていた。

 

「しかし、自分自身の墓に手を合わせるのは……何と言うか、不思議なものじゃないのか?」

「かもしれません。けれども、今の私はアルティエス・クラウゼルですよ、あなた。今日の墓参りは、以前の私との『区切り』をつけたかった……それだけです。それに、ちゃんとお墓参りに行けていませんでしたし……」

自分の中の気持ちに整理ができた……それだけでも、大きな一歩だろう。そう言ったアリスの左薬指に嵌められた白銀のシンプルな指輪……レヴァイスとの結婚指輪である。無論、レヴァイスの左薬指にも同じデザインの指輪が嵌められている。

 

「ま、そういうことにしておくさ……ん?」

「おや……君はパルムで会った……!?ナ、ナタリア!?」

「え……(お、叔父さん!?)」

何にせよ、アリスの気持ちの整理がついたことに一安心したレヴァイスだったが、入り口から歩いてきた御仁……今や帝都知事であるカール・レーグニッツが現れ、彼は依然助けてもらったレヴァイスの姿と……その隣にいたアリスの姿に驚き、アリスはカールの登場に内心驚きを隠せなかった。

 

「アリス、彼と少し話がしたい。入り口にいるフィーには少し遅れると伝えてくれないか。」

「あ……はい、あなた。」

カールの登場は内心驚きだっただろう……それを察したレヴァイスはアリスに先に帰るよう伝え、アリスは戸惑いつつもその場を離れた。そして、その場にいるのはレヴァイスとカールの二人。先に言葉を発したのは、カールだった。

 

「レヴァイス殿、先日の『事故』に関しては申し訳ありませんでした。」

「気にするな。こちらはあくまでも『自分の身を守る』ので精一杯だったからな。貴方が気に病むことではないさ。」

「そうですか……アリス殿、と言いましたか。レヴァイスの奥方様ですか?」

「ああ……俺の妻だ。元は貴方がよく知る人物ではあったがな。」

「!!やはり……」

世間体に気を使って話すカールに、レヴァイスは聞きたそうな情報……アリス――アルティエス・クラウゼルはナタリア・レーグニッツであることを伝え、自分の言葉は間違っていなかったのだとカールは確信したと同時に安堵した。

 

「俺が保護した時、彼女は弱り切っていた……紆余曲折あったが、今は俺の妻『アルティエス・クラウゼル』であり、『ナタリア・レーグニッツ』じゃない。今回ここに来たのは、彼女にとっての『区切り』をつけるためだ。」

「……彼女の捜索が打ち切られたとき、私はナタリアと交際していた男性を責めました。息子も、彼を恨みました。ですが……生きてくれているだけでも、私にとっては嬉しいことです。」

「その言葉、妻に伝えておこう。ああ、あと……彼女をこのような目に遭わせたのは、どこの連中だ?」

「………」

「流石に言えないか……だが、大方の予測からすると<四大名門>……ルーファスあたりかカイエンぐらいか」

「っ!!」

カールの反応を見て『やはりか……』と言いたげな表情を浮かべたレヴァイス。それを思った後、カールに手紙を差し出した。カールは戸惑いながらも、それを受け取った。

 

「これは?」

「……アンタの息子さん宛の手紙だ。ナタリアの奴は相当気にしてたんだよ……きっと、根が真面目なあんたに似て生真面目な性格になってると……そして、ナタリアを死に追いやった貴族を恨んでるんじゃないかってな。それは、ナタリア・レーグニッツの最後の手紙だ。必ず、あんたの息子さんに届けてやってくれ。」

そう言って、カールに背を向けると入り口に向かって歩いて行った。カールはそれを見届けた後、その場に崩れ落ちて涙をこぼす。自分の非力さと、気付いてあげられなかった悔しさを滲ませながら……

 

 

「ナタリア…すまない…すまなかった……」

 

 

彼の謝罪の言葉……それが彼女に届いたかどうかは、女神(エイドス)のみぞが知ることだった。

 

 




書きたかった第二弾。

しかし、原作で明確に両親とも生きているメインキャラは

・ティータ(中々会えない両親)
・レン(言わずもがな)
・エリィ(離婚はしているが、二人とも存命)
・ティオ(二人とも存命、レミフェリアにいる)
・ガイウス(二人とも存命)

……数えた方が早いってどういうことなの……


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第71話 少女の涙(SC編開始)

~グランセル城内 客室~

 

正遊撃士になった日から一夜明け……ベッドで眠っていたエステルは窓から差し込んでくる光で目を覚まして、起き上がった。

 

「ん~~っ、よく寝たぁ~~っ!……あれ………」

起き上がったエステルは周囲の風景を見て、首を傾げた。少なくとも、自分がいた場所とは違っており、考え込んで昨日の記憶を手繰り寄せ始めた。

 

「えっと……あたし達、昨日はお城に泊まったんだっけ。ヨシュアとお祭りを回って、帰りにアイスクリームを食べて、夜は父さんと一緒に晩餐会に出て、それで……う、嘘………」

昨日の行動をエステルはどんどん思い出していき、そして空中庭園での出来事――ヨシュアとのことも思い出した。あたし、空中庭園でヨシュアといたはずじゃあ………その意味も込めて、信じられない表情で呟いたエステルはベッドから飛び起きると、部屋を確認した。

 

「ここ、ヨシュアと父さんの部屋だ。確かあたし、シェラ姉と同じ部屋だったはず……えっと、どこからが夢なんだろ……あ……」

そうやって自分の身の回りを確認した……そして、ヨシュアが持っていたはずのハーモニカを自分が持っている事実……ヨシュアとの出来事は『夢』ではなく、『事実』だということを認識するのにそう時間はかからなかった。

 

「ヨシュアっ!!」

ヨシュアがいない―――それを認識したエステルは気持ちの赴くがまま動き……気が付けば部屋を飛び出していた。

 

 

~グランセル城 廊下~

 

「あら、エステル。ずいぶん遅いお目覚めね。」

「シェラ姉……」

「まったく、昨日はいつまで経っても帰って来ないから心配しちゃったわ。でも、その様子だとヨシュアと色々話せたみたい―――」

「シェラ姉、ヨシュアは!?」

「へ……」

部屋を飛び出て辺りを見回しているエステルに別の部屋から出て来たシェラザードが声をかけて来たが、焦りの表情を覗かせつつエステルに迫られ、シェラザードは戸惑った。

 

「ヨシュアを捜してるの!シェラ姉、見かけなかった!?」

「今朝は見かけてないけど……ていうか、あんた昨日は疲れてそっちの部屋で眠ったんでしょう?起きた時にはいなかったの?」

「え……!?あたしが疲れて寝たって……そ、それって誰から聞いたの?」

シェラザードの話を聞いたエステルは驚いて尋ねた。少なくとも、疲れて眠ったわけではないのだが……その言葉を発した人物をシェラザードは述べた。

 

「先生からだけど……」

「と、父さんが!?それじゃあ!父さんは見かけなかった!?」

「先生なら、さっき階段を登って空中庭園に上がって行ったけど……」

「!!!」

シェラザードの話を聞き終わったエステルは、一目散に空中庭園へと走って行った。

 

「あ、ちょっとエステル!?……どういうこと……?……逆位置の『恋人たち』……」

エステルの行動に首を傾げたシェラザードは一枚のタロットカードを取り出し、真剣な表情で呟いた。そして、その意味とエステルの慌てようから、大方の事情を『察してしまった』シェラザードだった。

 

 

~グランセル城 空中庭園~

 

「あ……」

空中庭園に到着したエステルは、『ヨシュアの告白を聞いた場所と同じところ』にいる軍服姿のカシウスを見つけた。カシウスは自分の娘の気配に気づいて、声をかけた。

 

「エステルか。」

「と、父さん……あのね、大変なの……!」

「事情は判っている。ヨシュアは……もう行ってしまったようだな。」

慌てて事情を話そうとするエステルの次の言葉が『初めから解っていた』ようにカシウスは答えた。

 

「どうして……なんで父さんが知ってるの……?」

「昨日、軍議から帰ってきたらアスベルがお前を抱えて部屋に向かっていた。お前を俺がアスベルから受け取った後、まさかと思い俺とヨシュアの部屋に向かった。そして、テーブルにはあいつの書き置きが残されていた。それで大体の事情は分かるさ。」

「だ、だったら!だったらどうしてこんな所でノンビリしてるの!?早くヨシュアを捜さないと―――」

「―――止めておけ。」

慌てているエステルをカシウスは遮った。

 

「え……」

「あいつが『本気で』姿を消したら。たとえ俺でも見つけるのは無理だ。五年前……あいつに狙われた時、俺もかなり苦戦させられたからな。」

「………あたし、今までずっとこの質問はしなかったけど……ヨシュアって、何者なの?」

ヨシュアの事情を全て知っていそうな……いや、言動からするに凡そ彼の事情を知っているカシウスにエステルは尋ねた。

 

「『身喰らう蛇』―――そう名乗っている連中がいる。『盟主』と呼ばれる首領に導かれ、世界を闇から動かそうとする結社。ヨシュアはかつて、そこに属していたらしい。」

「『身喰らう蛇』……」

「正直、遊撃士協会でも実態が掴めていない組織でな。世間への影響を考えてその存在は半ば伏せられている。だが、それは確実に存在し、何かの目的を遂行しようとしている……今回のクーデターのようにな。」

「そ、それって……あのロランス少尉のこと!?それと、ルーアンとツァイスにいたあの連中……『執行者』と言っていた彼らもその一員ってこと!?」

カシウスの説明を聞き、思い当たった人物がいたエステルは慌てて尋ねた。

 

「ああ、間違いあるまい。もっとも、関与していたのはその少尉や二人の『執行者』だけではなかったはずだ……ある意味、ヨシュアも協力者の一人だったようだからな。」

「ちょ、ちょっと待って……それってどういう意味!?」

カシウスの話を聞いたエステルは信じられない表情で驚き、尋ねた。

 

「書き置きに書かれていた。ヨシュアはこの五年間、遊撃士協会に関する様々な情報をその結社に流し続けていたらしい。どうやら、自分でそれと知らずに報告する暗示をかけられていたそうだ。」

「そ、そんな……そんなことって……」

「正直、得体の知れない連中だ。深入りするのは止めておけ。」

「………あは……意味が分からないんですけど。それって……ヨシュアを放っておけってこと?」

『お前には荷が重すぎる』―――そう言いたげに放たれたカシウスの警告に、エステルは放心した。ヨシュアを……諦めろってことなのか、と。

 

「………」

「ねえ父さん!答えてよ!」

何も答えないカシウスに業を煮やしたエステルは怒った。

 

「いずれ……こうなる日が来ることは判っていた。五年前、ヨシュアが俺の養子になることを承諾した時。あいつは、ある事を俺に誓った。」

「ある事……?」

「自分という存在がお前や俺たちに迷惑をかけた時……結社という過去が何らかの形で自分に接触してきた時……俺たちの前から姿を消すとな。」

「………なにそれ……お母さんやアスベル達はその事……知っているの?」

カシウスの話――カシウスとヨシュアの『誓い』を聞いたエステルは固まり、その事実をレナや家族同然のアスベル達は知っているのかと尋ねた。

 

「レナやアスベル達は知らん。余計な気苦労を負わせる訳にはいかなかったし、何よりヨシュアも望まなかった。」

「………」

カシウスの言葉をエステルは無意識に拳を握って、聞いていた。

 

―――何、何よそれ……ヨシュアがいなくなるってことを、ヨシュアがあたしたちの家族になった日から……初めから知っていた……父さんも、ヨシュア自身も……お母さんやアスベル達、そしてあたしには………『知らされなかった』………

 

「お前の気持ちも分かる……ヨシュアとは、今まで家族として暮らしてきたんだ。簡単に割り切れるものでもないだろう。だがな……男には譲れない一線というものがある。だからお前もヨシュアの気持ちも分かって―――」

 

―――解らないわよ。ヨシュアの気持ちなんて……あたしはヨシュアじゃないもの……人の気持ちも知らないで、よくそんな簡単に……簡単に……

 

「……父さんは、知ってたんだ。」

「なに?」

「ヨシュアが、いつかあたし達の前から居なくなっちゃうかもしれないって……お母さんやアスベルたち、あたしには内緒で……………」

「…………すまん…………」

いつもの太陽のような笑顔をなくし、口元だけ笑い無表情のエステルに言われたカシウスは驚きつつも、続けて放たれた彼女の言葉に目を伏せて謝った。

 

―――割り切れ?諦めろ?……ふざけないでよ……何が『男には譲れない一線がある』なのよ……父さんの……父、さんの……

 

「父さんのバカぁっ!!」

目を伏せて謝るカシウスにエステルは涙を流して怒り、走り去った。そして走り去るエステルとすれ違ったシェラザードがカシウスに近付いた。

 

「エステル?……先生……」

「シェラザード……みっともない所を見られたな。」

「いえ…………」

「責めないのか、俺を?」

何も言って来ないシェラザードにカシウスは尋ねた。この状況では責められたとしても何らおかしくはない……そう思ったカシウスにシェラザードは笑みを浮かべて答えた。

 

「私も、『それなりの事情』があって先生のお世話になった身ですから……先生とヨシュアの気持ちはどちらも分からなくはないんです。」

「そうか……そうだったな。」

私も、あの場所から離れ……目の前にいる先生には世話になっていた。それに、彼の子であり……私にとっては『弟』のようなものであるヨシュア……先生の性格に似つつある彼の性格からしても、彼等の気持ちは……『男』としての気持ちと行動だということは理解していた。けれども……

 

「でも、1つだけ。女の立場から言わせてもらえれば、」

「うん?」

―――この目の前にいる『先生』と、姿を消した『弟』は何も解ってはいない。私は彼女の『姉』として、彼女の気持ちに向き合ってきたからこそ、私自身も憤っている。

 

彼女がその気持ちにどう向き合い続けたのか……それを本当に理解しているのかと……それすらも受取ろうとしなかった『弟』も、その様子を見続けてきたはずの『先生』も、私にとって……女としては、こう評する他ないでしょう。

 

「きっと、『男しての意地』なのでしょうが……この際ハッキリ言います。エステルの気持ちを考えなかった先生もヨシュアも『かなり最低』です。この場にレナさんがいたら、同じ事を言うでしょう……そして、アスベルも彼の『兄』としては先生に何も言わなかったでしょうが……怒っているでしょう。それも、かなりの勢いで。」

「………」

「あの子の気持ちに、ちゃんと向き合い続けた身として……『結社』の存在があるから、『諦めろ』とか『手を引け』とか言ったと思われますが……そのような言動は『無礼』という他ないです、先生。」

「待て、シェラザード……なぜ、そのことを知っている?」

責めるシェラザードにカシウスは『結社』のことを尋ねた。シェラザードは真剣な表情を崩さずに説明した。

 

「エステルがあの場を去った後、事情を知っていそうなアスベルに聞きました。エステルとヨシュアの間に何があったのか……そして、ヨシュアが『結社』に所属していたことも……」

「………」

「あの子の『親』としての先生の言葉は……エステルに『バカ』と言われても弁解のしようもない……エステルにとっては、これ以上ないぐらいに最低な発言です。」

 

これ以上ないほどに『女』としての正論を掲げるシェラザードの言葉に、カシウスは返す言葉もなく…黙るほかなかった……その頃、エステルは飛行船に乗って、ロレントに向かっていた………

 

 

~定期船セシリア号~

 

(僕のエステル……お日様みたいに眩しかった君。君と一緒にいて幸せだったけど、同時に、とても苦しかった……。明るい光が濃い影を作るように……。君と一緒にいればいるほど僕は、自分の忌まわしい本性を思い知らされるようになったから……。だから、出会わなければよかったと思ったこともあった。)

 

―――………あたし……ヨシュアのこと気付けてたの?『出会わなければよかった』って………あたし……

 

「アカン、アカンな~。」

「……?」

エステルはヨシュアの言葉を思い出し、今にも泣きそうな表情をしていた。そこに一人の青年がエステルに声をかけた。青年の声に首を傾げたエステルは振り向いた。エステルが振り向くとそこには七曜教会の神父の服装でいる青年がいた。

 

「澄みきった青空!そして頬に心地よい風!そんな中で、キミみたいな可愛い子が元気なさそうな顔をしとったらアカンよ。女神さまもガッカリするで、ホンマ。」

「えっと……」

青年の言葉にエステルは戸惑った。軽い口調でいきなり話しかけられれば、誰だって戸惑うだろうが……それも介せずに青年は言葉をつづけた。

 

「あ、ちゃうで?けっして怪しいモンとちゃうよ?ただ、乗船した時からキミのことが妙に気になってなぁ。なんか元気ないみたいやからオレの素敵トークで笑顔にしたろと、まあ、そんな風に思ったわけや。」

「………えっと……よく判らないけど、ありがと。」

何と言うか……身なりと口調からしても『怪しくない』という説得力自体が物凄く皆無で、青年の説明がイマイチ理解できなかったエステルだが、一応お礼を言った。

 

「ぶっちゃけナンパしとるんやけどね。どや、暇やったら下の展望台にでも付き合わん?ドリンク注文できるみたいやからお近づきの印に奢らせてもらうわ。」

「あ、あの……気持ちはありがたいんだけど……あんまり気分じゃなくて………ごめんなさい……」

「そっか。じゃあ、本業に切り換えた方がいいかな?迷える子羊導くのもお仕事やし。」

「本業……?」

「フフン、これや。」

隠すこともなく話した青年にエステルは謝るが、それを見た青年の『本業』という単語……それに首を傾げているエステルに青年は胸を張った後、自慢げに杯が描かれたペンダントを突き出した。

 

「え、それって……たしか七耀教会の……」

「ビンゴ、『星杯の紋章』や。オレはケビン・グラハム。これでも七耀教会の神父やねん。」

「へー、そうなんだ……って、冗談でしょ?」

青年――ケビンの言葉に頷きかけたエステルだったが、先ほどのケビンの口調もといナンパを思い出し、信じられなかった。

 

「なんでや?オレ、外見はこうでも、実はめっちゃ真面目な神父さんやで?三度の祈りは欠かしたことないし、聖典もほら、肌身離さず持ち歩いて……ゴメン、座席に忘れてきたわ。」

エステルの言葉を聞いたケビンは心外そうな顔をした後、証拠の聖典を出すために服の中を探したが、聖典が服の中に入っておらず、どこにあるかを思い出したケビンは気不味そうな表情をした。

 

「……説得力ゼロなんですけど……でもホント、おかしなお兄さんね。」

「あ!今ちょっと笑ったな?うんうん。やっぱ可愛い子は笑顔でないとな。そういう訳やから、よかったら神父として相談に乗るで。こればかりは本気や。なんやったら空の女神に誓うわ。」

「で、でも……どんな風に相談したら。あたし……んくっ………」

ケビンの言葉に頷いたエステルは、今にも泣きそうな表情で涙をこぼし始めた。

 

「え、ちょっと待ってや……何か知らんけど!ゴメン、オレが悪かった!」

「ひっ、えっ……うううう……あああああっ……うわあああああああああん……!」

慌てふためきつつも言ったケビンの謝罪が聞こえていないエステルは、その場で泣き出した。

 

「……よしよし、良い子や。今までガマンしとったんやな。気の済むまで泣いたらええよ。」

「うあああっ……!うわああああああああん……!」

ケビンはエステルの状態をそれとなく察し、慰めた。彼女の気が済むまで―――エステルはしばらく泣き続けた。

 

 

~定期船セシリア号 船内~

 

「えっと……ケビンさんだったっけ。ごめんなさい……みっともない所を見せちゃって。」

「ええて。女の子に胸貸せるなんて役得や。どや、ちょっとは落ち着いたか?」

「……うん。あたしエステル。エステル・ブライトっていうの。遊撃士協会に所属してるわ。」

エステルの謝罪にケビンは気にも留めず、寧ろお役に立てたことがありがたい、というケビンの言葉に頷いたエステルは自己紹介をした。

 

「エステルちゃんか~。名前もめっちゃ可愛いやん………って、遊撃士協会?(というか、エステル・ブライトって……まさか、こんなところで会えるとはなぁ……)」

「うん、これでも遊撃士よ。えへへ、あんなみっともない姿見たら信じられないかもしれないけど……」

「いや、そんなことないで。よく見たらそれっぽい恰好やし。やっぱ何かの武術をやってるん?」

ケビンはエステルの言葉に出てきた『遊撃士』という言葉に反応し、エステルは先程の様子からしたらそうは見えないであろうということを述べたが、ケビンは『人は見かけによらない』とでも言いたげにフォローした。

 

「棒術を少しね。後、最近は剣術も始めたわ…まだ実戦で使えるレベルじゃないけど。そういうケビンさんは本当に教会の神父さんなの?ぶっちゃけ、誰がどう見ても、そうは見えないんだけど。」

「あいた、その指摘はキツイなぁ。まあ、オレは巡回神父やからちょい毛並みが違うのは認めるわ。」

今まで出会ったことのある七耀教会の関係者とは全く異なる印象……その意味が込められたエステルの指摘にケビンは苦笑しながら説明した。

 

「巡回神父?」

「礼拝堂のない村ってあるやろ?そういう村を定期的に訪れて礼拝や日曜学校を執り行うわけや。ま、教会の出張サービスやね。」

七耀教会の巡回神父……礼拝堂ひいては日曜学校の有無……それ自体が識字率や時勢の情報格差に繋がるのを防ぐためのものである。そのお蔭でそれほど差は開いていないものの、少なからず格差自体があるのはどの国でも同じことではあるが、リベールに関してはそれほどの格差自体が存在しない。

 

「なるほど……そんな神父さんがいるんだ。ていうか、トワみたいな感じかな。」

「は?トワ?ひょっとして、トワ・ハーシェルとかいうシスター?」

「あ、やっぱ同じ教会の人だから知り合いなの?」

「知り合いつーか、前任者やな。トワと違ってオレは正式な後任者ってなわけや。まあ。礼拝堂勤めの神父と違って、法衣とかも適当なヤツが多くてな。きっとトワもそんな感じやったろ?そんなワケで大目に見たってや。(おいおい、なんで第四位“那由多”がリベールに来てたんや!?んなこと、オレは聞かされてへんし、あの総長……一言すらそのことを言わんかったで……!)」

エステルの口から出た人物――トワのこと聞いたケビンは内心彼女がリベールに来ていたことすら知らなかったため、とりあえず話を合わせることにした。

 

「うーん、まあいいか。それじゃあ、ケビンさんはこれからどこかの村に行くんだ?」

「や~、実はオレ、リベールに来たばかりなんや。巡回神父の手が足りんらしくて本山から派遣されて来たんやけど。」

「あ、そうなんだ。教会の本山って……どこにあるのか知らないけど。」

「大陸中部にあるアルテリア法国ってとこや。まあ、グランセル大聖堂の大司教さんに着任報告する前にちょいと観光でもしたろ思ってな。で、こうしてブラブラしてるわけや。」

「ガクッ……ダメじゃない。ホント、いい加減な神父さんねぇ。トワを見習った方がいいんじゃない?」

エステルがこれからの事を尋ねると……着任の挨拶よりも観光を優先……という、余りにも神父らしくないケビンに、エステルは呆れて溜息を吐いた。

 

実は、トワのこと……王国各地ではかなりの噂になっており、彼女の日曜学校は出席率が異常に高かったのだ。それは、彼女を怒らせることをその身で体感した『犠牲者』の存在がいるのも一つの要因ではあるが、それを差し引いても彼女の功績は大きいものであった。その功績を聞いたアリシア女王は、リベールを離れるトワに今までの功績を称える形で恩赦を与えた。その恩赦を素直に受け取ったトワは、いずれ『恩返し』することを女王に伝え、リベールを離れた。

 

「ええねん。いずれ巡回する場所の下見や。こうして、悩みごとがありそうな可愛い子と巡り会えたしなー。うんうん、これぞ女神のお導きやで。(せやけど、あの“那由多”が……まさか、他にも守護騎士がおるとか言わへんよな?)」

「まったく調子いいわねぇ。」

ケビンの調子のよさにエステルは苦笑した。その一方で、自分以外の守護騎士の存在がこの国にいるのかどうか内心気になっていたケビンであった。

 

「……でも、ありがと。泣いたらスッキリしちゃった。ダメよね、うん。ちゃんとヨシュアを信じないと。」

「へ……?(ヨシュア?……もしかして、例の?)」

エステルの口から出た突拍子のない言葉にケビンは首を傾げた。

 

「あ、ヨシュアって、あたしの兄弟みたいな男の子なんだけど。いきなり居なくなっちゃったからあたし、ちょっと驚いちゃって……」

「いきなり居なくなったって……それって、家出かなんかか?」

エステルの説明を聞いたケビンは驚いた後、真剣な表情で尋ねた。

 

「ううん、違う。一足先に家に帰っただけなの。だって家族なんだもん。勝手に居なくなるわけないんだから。」

「………(ひょっとしたら……オレは『糸口』を見つけたのかもしれんな。)」

笑って説明するエステルをケビンは真剣な表情で黙って聞いていた。

 

「でも、ホント失敗したなぁ。告白はタイミング悪かったかも。ヨシュアに会ったらうまい具合にごまかさないと……」

「…………なあ、エステルちゃん。」

「ふえっ?」

ケビンに話を遮られたエステルは驚いて声を出した。

 

「いや………あんな、オレさっきも言ったように観光中やから特に用事もないねん。せやから、ロレントって街で降りてエステルちゃんを家まで送ったるわ。」

「ええっ!?」

ケビンの申し出にエステルは驚いて声を上げた。そして飛行船はロレントの空港に到着し、エステルはケビンを連れて、ブライト家へ向かうことになった…………

 

 



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第72話 貫き通すために

~ロレント郊外・ブライト家~

 

「へ~。ここがエステルちゃんの家か。なんちゅうか、あったかそうな雰囲気の家やね。」

「えへへ、そうでしょ?あたしと、父さんと、お母さん……それにヨシュアとの思い出がいっぱいに詰まった場所なんだから。」

「なるほどな~。」

エステルの説明を聞いていたケビンは笑みを浮かべて頷いた。

 

「それより、そのヨシュア君ってのが一足先に帰ってきているわけか?」

「うん、間違いないわ。ついて来て、紹介するから。」

「……どんな野郎か知らんが、罪作りなやっちゃ。ふう……しゃあないな。」

ケビンは真剣な表情で呟いた後、家の中に入った。

 

「ただいま~、ヨシュア!ねえ、帰って来てるんでしょ!?」

「あら、エステル。お帰りなさい。フフ、前より女らしくなったわね。」

そこに別の部屋からレナが出て来て、微笑ましそうな表情でエステルを見た。

 

「あ、お母さん!ただいま~!ねえ、ヨシュアはどこ?」

「ヨシュア?一緒に帰って来たんじゃないの?」

エステルに尋ねられたレナは不思議そうな表情で尋ね返した。

 

「………あはは、帰って来てるに違いないじゃない!お母さんに帰って来た連絡もしないなんて、薄情な奴ね~。全く、ここはお姉さんとして叱ってあげなくちゃね!」

レナの答えを聞いたエステルは笑顔が固まった後、気を取り直して二階に上がって行った。

 

「エステル……?」

エステルから感じる違和感にレナは首を傾げた。そしてエステルが二階に上がった頃にケビンが家の中に入って来た。

 

二階に上がって、エステルはヨシュアの部屋のドアの前に立った。

 

「ヨシュア……入るね?………………あ。」

ノックをして入ると……誰もいないヨシュアの部屋を見て、エステルはようやくヨシュアがいなくなったという現実に戻った。

 

「あは……そっか…………あたし……バカだ……」

現実に戻ったエステルはその場で崩れ落ちた。

 

「カレシ……おらんみたいやな」

「エステル……」

そこに真剣な表情のケビンと悲しそうな表情をしているレナが入って来た。

 

「それともアレか。いったん帰って来てからまた街にでも出かけたとかか?」

「……ううん…………」

「ふう……やっと目ぇ、醒めたみたいやね。」

エステルの答えを聞いたケビンは安堵の溜息を吐いた。

 

「………そうよ、ホントはね、ちゃんと分かってたんだ……ヨシュアは行っちゃったって……。家に戻ってるはずないってちゃんと分かっていたんだよ……」

「そっか……」

「でもね……この部屋が最後だったから……。他に、ヨシュアの居場所なんてあたしには思いつかなかったから……。だから……ここでおしまい。あたしはもう……二度とヨシュアに会えないんだ……」

「エステル………!」

絶望に陥っているエステルを見てレナは思わずエステルを抱きしめた。

 

「お母さん……!ヨシュアと会えなくなっちゃったよ……!う、ううっ………」

「………そう………………」

泣き始めているエステルを慰めるように、レナはエステルを強く抱きしめ、エステルの背中を優しく撫でた。

 

「…………………諦めるの、早ないか?」

「…………?」

ケビンの言葉の意味がわからなかったエステルはレナから離れて、立ち上がってケビンを見た。

 

「所詮、運命なんちゅうもんは女神にしか見えへんシロモンや。そんなもんに縛られた気になって諦めるのは早すぎるで。大事なんは、エステルちゃんが何をどうしたいって事とちゃうか?」

「で、でも……。ヨシュアを捜そうにも何の手がかりもないし……」

ケビンに尋ねられたエステルは戸惑いながら答えた。

 

「いや、そうでもないやろ。そのカレシがどんなヤツかオレは知らへんけど……何のきっかけもなしに姿を消すヤツなんておらんで。」

「……え…………」

「最近、カレシの言動や態度で何かおかしなことはなかったか?もしくは、カレシに関係ありそうな奇妙な出来事が起こったりとかな。ずっと一緒にいたキミにしかわからんことやで。」

「……あ……!」

ケビンに言われたエステルは頭の中に思い当たる節を思い出し、声を上げた。

 

「ああっ……!ヨシュアがおかしくなったのはあの休憩所に戻ってから………うそ……どうして?なんであたし……あの時あった人が思い出せないの?」

「だ、大丈夫か?めっちゃ顔色悪いで。」

「エステル?どこか具合が悪いの?」

「う、ううん……大丈夫……」

一部の記憶……厳密に言えば、休憩所で会ったはずの人物――アルバ教授が思い出せない事にエステルは青褪めた。一方ケビンやレナは青褪めているエステルに声をかけた。

 

「そっか……ヨシュアの目的は悪い魔法使いを止めること。あの時、あたしが会った人がその魔法使いだとするなら……。それがクーデターを影から操っていたのと同じ人物なら……悪い魔法使いは、まだリベールで何かをしようと企んでいるはず……じゃあ、あたしが遊撃士として魔法使いの企みを阻止できたら………ひょっとしたら……」

「……よく気付いたな。」

エステルが呟いたその時、カシウスとシェラザードが入って来た。

 

「父さん、シェラ姉!?ど、どうしてここに……?」

カシウス達の登場に驚いたエステルは声を上げた。

 

「……悪い、エステルちゃん。定期船を降りる時、ギルドの王都支部に連絡させてもらったわ。」

「え……」

ケビンから来た意外な答えにエステルは驚いて、ケビンを見た。

 

「まったく驚いちゃったわよ。あんたを捜してギルドに行ったらちょうど連絡が入ってくるんだもの。で、慌てて先生と一緒に出発直前の貨物飛行船に乗ったわけ。」

「…………ケビン神父といったか?連絡してくれて本当に助かった。礼を言わせてくれ。」

「……ありがとうございます。」

エステルの様子を見たカシウスは安堵の溜息を吐いた後、ケビンにお礼を言った。また、レナもカシウスに続くようにお礼を言った。

 

「いや~、とんでもない。部外者が出しゃばったりしてホンマ、すんませんでしたわ。」

お礼を言われたケビンは謙遜しながら答えた。そして、エステルはカシウスを見て言った。

 

「あ、あの……父さん、あたしね……」

「判っている……深入りするなと言ったのはただの俺のエゴだ。男としての、父親としての論理をお前に押し付けただけにすぎん。そう、シェラザードに叱られてな。」

「シェラ姉……」

「ふふ、あたしも今回は全面的にあんたの味方よ。」

エステルに見られたシェラザードはウインクをした。

 

「フフ、私もシェラちゃんと一緒でもちろん貴女の味方よ?エステル。」

「お母さん…………」

「……それとあなた?」

「な、なんだ?レナ。」

レナに呼ばれたカシウスは表面上は穏やかなレナの声に突如恐怖感が襲って来て、微妙に手を震わせた。

 

「………後で私からも言いたい事や聞きたい事がい・ろ・い・ろと!あるので、忘れないで下さいね?ア・ナ・タ?」

「…………ハイ、わかりました…………」

そしてレナは凄味のある笑顔をカシウスに見せ、レナの凄味のある笑顔を見たカシウスは身体中を震わせて全身に冷や汗をかき、縮こまりながら答えた。

 

(………な、何やろ?オレが怒られた訳やないのに、こっちにまで震えが来てしまう……!ってこの感覚はルフィナ姉さんが怒った時と同じ感覚やんけ!…………というか下手したらルフィナ姉さんの上を行く怖さや………!とんでもない人や……!)

(さ、さすがレナさんね…………先生、ご愁傷様です………)

一方ケビンやシェラザードはカシウスに向けているレナの怒りの余波を受け、それぞれ体を震わせた。

 

「覚悟はしていたが……あいつが居なくなったことが思っていたよりも堪えたらしい。だから、せめてお前だけは危険な道を歩かせたくなかった。命と引き替えにお前を救おうとしたレナのようになって欲しくなかった。……だが、そういう風に考えるのはお前にも、レナにも失礼だったな。今更ながらに思い知らされたよ。」

気を取り直したカシウスはエステルとレナを見た。

「父さん……」

「フフ……そうね。……でもあなた?私は今でもこうして生きているのだから、命と引き換えにこの娘を救ったなんて事を言わないで頂戴。」

「………そうだな。アスベル達には本当に感謝しているよ………」

レナに優しい微笑みを向けられたカシウスは口元に笑みを浮かべた後、レナの命を救ったアスベル達に改めて心の中で感謝した。そしてカシウスは表情を真剣にして、話を続けた。

 

「……軍を立て直すため俺はしばらく身動きが取れん。おそらく奴等の狙いはそこにもあったのだろうが……今度こそ、俺はお前のことをロクに手助けもできんだろう。それでも、決意は変わらないか?」

「……うん。あたし、まだまだ未熟だけど、それしか方法はなさそうだから……。だからあたし、やってみる。『身喰らう蛇』の陰謀を阻止してきっとヨシュアを連れ戻してみせる!」

カシウスに尋ねられたエステルは胸を張って答えた。

 

「そうか……。ならば何も言うことはない。遊撃士として……それから1人の女として。お前は、お前の道を行くといい。」

「……父さん……」

そしてエステルはカシウスに抱きついた。

 

「あたし……あたし……」

「そうだ……。大事なことを言い忘れていた。」

「え……?」

カシウスの言葉を聞いたエステルは首を傾げた。

 

「エステル、どうか頼んだぞ。ヨシュアを―――あの馬鹿息子を連れ戻してくれ。」

「……あ……うん……わかった。またこの家で……みんなで一緒に暮らすためにも、絶対にヨシュアを連れ戻すから……!」

こうしてエステルはヨシュアを連れ戻す決意をした………ケビンが去った後、エステル達は居間でこれからの方針を決めようとしていた。

 

「―――さっきも言ったように、もう俺はお前を止めるつもりはない。だが正直、今のお前の実力では結社の相手はあまりにも危険すぎる。そこで……そこら辺に関して、アスベルに頼んだ。」

「へ?アスベルに?」

カシウスの口から出た、一人の人物――アスベルの名にエステルは首を傾げる。すると、タイミングよく開いた扉……そこには、アスベルの姿があった。

 

「やあ、エステル。」

「アスベル……あ、そっか。」

「察しが良くて助かるよ。」

アスベルの姿を見て、エステルはアスベルの素性を思い出し、すんなり話が進められることにアスベルは感謝した。

 

「ねぇ、アスベル。父さんから聞いたんだけれど、あたしを運んだって……ヨシュアとも会ったの?」

「……ああ、会った。で、アイツの兄として説教したが、効果なしだった。恐らく、あの場で気絶させても問題を先送りにするだけだった。それは、ヨシュア観察の第一人者――エステルなら解るだろう?」

「う、うん……」

「エステル。ヨシュアの心を開いてやれるのはお前だけだ。だから、頑張れよ。」

「……うん!」

アスベルとヨシュアが会った事実……隠しても意味はないと感じ、アスベルの話を聞いて彼の性格を一番知っているエステルも頷いた。そしてアスベルの励ましの言葉にエステルは力強く口調で答えた。

 

「さて、エステルに行ってもらう場所なんだが……エイフェリア島って知ってるか?」

「エイフェリア島?」

「リベール南西端の島だな……アスベル、まさか。」

アスベルの言った場所にエステルは首を傾げ、カシウスはその島の概要を簡単に説明した後、『其処にあるもの』の存在に気づき、アスベルに問いかけた。

 

「ええ。エステルというよりは、他の遊撃士の方も何人か参加しますが……『天上の隼』の訓練施設、アレクサンドリア訓練場。通称『修羅の牢獄』。エステルにはそこに行ってもらう。」

「……すごく物騒な名前が聞こえたんですけれど……」

アスベルの説明にエステルはジト目で冷や汗をかきつつ、アスベルに尋ねなおした。

 

「物騒というのは間違ってはないな……正気を保てない奴は皆リベール王家に絶対の忠誠を誓うことになるしな。」

「アスベルに先生……何ですか、その洗脳施設まがいの訓練場は?」

「まぁ、否定は出来んな……」

王国軍でも精鋭中の精鋭……『天上の隼』の訓練施設:『修羅の牢獄』アレクサンドリア訓練場があるエイフェリア島。ツァイスから西南西1000セルジュ離れた場所に浮かぶ島。その東北東にあり、王国軍の訓練施設『天の牢獄』があるアルミラルダ島と合わせて“二重の牢獄”と呼ばれる場所だ。

 

ちなみに、カシウスが軍に戻ってからはそれらの訓練施設への行き来をする兵の数が多くなったとか…そして、王家への篤い忠誠心を持つ兵士が多くなったとか………

 

「…エステルに受けてもらうのは、俺らがやっているものを幾分かマイルドにした感じだけれど……遺跡探索技術、レンジャー技術、サバイバル技術、対テロ技術……遊撃士としてのみならず、結社と戦う上での実戦レベルの訓練を行う。期間は三週間。食事と睡眠以外の時間はみっちり訓練をやるつもりだ。」

……まぁ、あれを『マイルド』と言っていいのかどうかは疑問に残るところではある。というのも、あれを発案した奴(ルドガー)曰く

 

 

『あれか?俺がやりたい奴をそのまま持ってきただけだが?』

 

 

馬鹿としか言いようがない。というか、『本職』の人間が訓練メニュー考えていいのか……という疑問には、『あのメガネ野郎(ワイスマン)、俺自身気に食わねえから』という答えが返ってきた。それでいいのか、ルドガー……

 

ちなみに、原案がどのような感じかというと……

 

・遺跡探索技術(プロフェッショナルレベル)

・レンジャー技術(トップクラスの猟兵団程度)

・サバイバル技術(同上)

・対テロ技術(『執行者』最上級クラス)

 

ハッキリ言おう、『この馬鹿が』と。こんなの遊撃士どころか軍隊すら通り越した代物……お前(ルドガー)はエステル達をどこに連れていくつもりだよ…これをやり遂げてしまった俺が言うのもなんだろうけれど……一応、それよりも若干マイルドには仕上げたが、耐えきるか逃げ出すかの実質的二択状態だ。

 

「ハッキリ言えば、結社と戦うためにはそれぐらいやらないと間に合わないってことだが……どうする?」

「言うまでもないけど……あたし、その訓練を受ける。」

「ふむ、思い切りがいい。どうやら自分でも思うところがあるらしいな?」

アスベルの問いかけにはっきりと参加の意思を示したエステルの答えを聞き、カシウスは尋ねた。

 

「うん……まあね。考えてみれば、あたしってヨシュアに頼りきりだった。何か事件が起こったときはいつもヨシュアが導いてくれた。それに、レイアやシオンに頼ってたし。でも、これからは自分の判断が頼りなんだよね。だからあたし……その訓練場で自分を鍛えてみる。」

「そうか……なら、俺から話をつけておこう。軍の飛行艇を使うことになるが……グランセルからなら数時間で行ける距離だからな。」

「うん、わかった。」

カシウスの言葉にエステルは頷いた。

 

「話はまとまったみたいね。なら、エステルの正遊撃士になったお祝いをしなくちゃね。」

「あ!あたし、久しぶりにお母さんのオムレツ、食べたいな!」

レナの提案にエステルは真っ先に反応し、目を輝かせた。

 

「解ったわ………うん、こんなものかしら。じゃあ、悪いけど今から買物に行ってくれるかしら?私は今から下ごしらえを始めるから。」

メモに買って来る物を書いたレナはエステルに渡して頼んだ。

 

「うん!」

「それじゃ、俺も付き合うとしますかね。」

そしてエステルとアスベルは買物をするためにブライト家を出た。

 

「それじゃあ、あたしもエステルの事、ギルドに報告して来ますね。ご馳走、楽しみにしていますよ、レナさん。」

「ええ、腕によりをかけて作るから期待していていいわよ、シェラちゃん。ただし、お酒はほどほどにね?」

「タハハ……了解しました。」

レナの言葉に苦笑したシェラザードはエステル達と同じようにブライト家を出て行った。

 

「フフ……それにしても……アスベル君を見ていると、新しい子供が欲しくなって来るわ。」

カシウスと2人だけになったレナは微笑みながら、とんでもない事を言った。

 

「そ、そうか?よーし、それじゃあ早速今から部屋で頑張ろうじゃ……」

レナの言葉に反応したカシウスは口元に笑みを浮かべて言いかけた所を

 

「別にいいけど、もちろん常識の範囲内で。私はこれからあの子達の祝いのためのご馳走の支度があります。そ・れ・に!今夜は寝かせないつもりだから安心していいわよ、ア・ナ・タ?」

「…………ハイ………………」

レナの凄味のある笑顔を見たカシウスはさっきレナに言われた事を思い出し、顔を青褪めさせて縮こまりながら答えた。

 

 

そしてエステル達はレナのご馳走を食べ、ブライト家に泊まった後、しばらくの間ブライト家から通いながらロレントで仕事をした。

その後、エステルはグランセルに行き、そこからエイフェリア島に向かい、訓練を始めた。

 

 




気が付いたら100個目でしたw


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第73話 今できることを

エイフェリア島での訓練……ううん、アレを訓練と言っていいのかすごく理解に苦しむ……何せ……

 

『な、何よこれ~!?』

『何って、トラップ?』

『呑気に言わないでよ!』

遺跡探索では、そこら中に仕掛けられたトラップを解除するだけでもかなり神経をすり減らし、宝箱にもトラップがある場合は上手くやらないと連鎖的にトラップが発動する鬼畜仕様。

 

『………ナニコレ?』

レンジャー・サバイバル技術では、常識外れた訓練……本場の猟兵団さながらの訓練を行った。下手すれば命に関わるレベルの訓練……

 

『ほらほら、テロリストを頑張って排除してよ。』

『無茶言わないでよ!銃で弾を叩き落としかねない相手にどうしろって言うのよ!』

『えと、気合?』

『根性論!?』

対テロ技術……テロリスト役に扮したレイアには散々追い掛け回され

 

『それじゃ、私が相手ね。頑張って勝って。』

『……いや、クルツさんたち四人を一人で倒したシルフィ相手って……』

それ以外にも、軍の基礎鍛錬や組手を行ったが……アスベルとシルフィ相手は本気で分が悪すぎた。

この三週間がおおよそ一年ぐらいの長い期間訓練したかのごとく感じられた。正直、動いていない時間なんて食事や睡眠位のものだろう。

 

 

~グランセル国際空港~

 

「―――って、気が付いたら三週間だものね。」

「正直叩きのめされた記憶位しかないんだけれど……」

エステルとアネラスは揃ってため息をついた。

 

だが、三週間という期間は二人を確実に強くした。

 

エステルは棒術の技のキレや新たな技の習得、そして剣術――『八葉一刀流』の技巧を棒術に取り入れることで、更なる高みへと己の技巧を高めた。アネラスは『八葉一刀流』を指導教官であったアスベルから叩き込まれ……結果、二の型“疾風”の皆伝、六の型“蛟竜”の中伝、七の型“夢幻”の中伝を得るに至った。

 

「それにしても、さすがに疲れちゃったね。早速、訓練終了と帰還の報告をギルドにしに行こっか?」

「………」

「エステルちゃん?」

「う、うん……そうよね。エルナンさんに挨拶しなきゃ。」

定期船から降りたアネラスはエステルに提案したが、放心状態になっているエステルを見てアネラスは首を傾げて尋ね、アネラスに声をかけられたエステルは我に返って答えた。

 

「えっと……もしかして。エステルちゃん、緊張してる?」

「う、うん、何でかな。訓練に行く前はそんなこと感じなかったのに……これから本格的に正遊撃士として動くと思うと何だか落ち着かなくって……」

今まで準遊撃士として各地を転々としていた時には感じられなかった気分……正遊撃士になった時も、こういった気持ちはなかった。

 

「そっか。多分それは……武者震いなんじゃないかな。」

「む、武者震い?」

アネラスの言葉――『武者震い』という言葉にエステルは首を傾げた。

 

「エステルちゃんはこの三週間の訓練で強くなった。それは、単純に力だけじゃなくて……知識とか慎重さとか判断力とか、そういうものも含めてだと思う。謎の組織――『結社』の陰謀を暴いてヨシュア君を連れ戻す……多分、そのことの大変さが前より見えてるんじゃないかな?」

「言われてみればそうかも……あたしったらマヌケだわ。登ろうとする山の高さが見えてなかった登山者みたい。」

アネラスの説明を聞きエステルは溜息を吐いた。けれど、そういったところをはっきりと解るぐらいまで成長した、ということも言えるのは間違いない。今までのエステルならばただ直感で行動する場面が多かった。だが、それはヨシュアというフォロー役がいてくれたからこそ、そういった行動をしても危険な目に遭うのは少なかった。だが、今はそのフォロー役であったヨシュアはいない……それを嘆くのではなく、それを踏まえて自分自身がどうあるべきか……その意味では、三週間の特訓はエステルにとって『成長』となったことだろう。

 

「というか、あの訓練だとこれから登ろうとする山すらも『通過点』に見えちゃうのがね……」

「それは、否定できないけれど……登る気、無くしちゃった?」

「ううん……やる気だけは前以上かも。どんな山だって、結局は一歩一歩登るしかないんだし。たとえ這いつくばってでも、頂上を目指してやるんだから!」

『結社』の陰謀の解明とヨシュアを連れ戻す……カシウスですら手こずる者と対峙することに今は躊躇ってなどいられないし、躊躇いなどしない。その決意は、今まで以上に固いものだった。

 

「ふふっ、その意気だよ。それじゃあ、ギルドに報告に行こうか?」

「うん、了解!」

一通り話を終えると、二人はギルドに向かった。

 

 

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

「そうですか、二人ともご苦労さまでした。では、訓練の評価と合わせて報酬をお渡ししましょう。」

「え?訓練なのに報酬なんてもらっていいの?」

「ええ、これも仕事の一環ですからね。もちろん、その分の活躍は期待させてもらいますよ。」

「あはは……頑張ります。」

遊撃士の訓練で報酬を受けれることには流石に疑問だったが、仕事の一環……ひいてはこれからの活躍を期待されてるという意味でもその責務は大きい。そして二人は査定を受け、報酬を受け取った。

 

「どうやら、向こうでの訓練は、充実した訓練期間だったようですね。」

「うん!本当に勉強になっちゃった………ただ、下手するとトラウマになりかねなかったけれど……『牢獄』の意味を改めて知ったわ……」

「また機会があったら、ぜひとも利用したいですね……尤も、今以上のスパルタになりそうですが。」

エルナンの言葉に、エステル達はそれぞれ自分自身が成長した事を実感している事を嬉しそうに話した。それに付け加えるような形で、あの場所が『牢獄』たる所以は誇張ではないと呟いた。

 

「ふふ、それは何よりです。そういえば、クルツさんたちは訓練を終えて依頼をこなしているそうですね?」

「うん、カルナさんやグラッツさんと上級者向けの訓練をしながら、って聞いたわ。」

クルツ、カルナ、グラッツも同時期に訓練は終えたものの、これから迫りくる『結社』の脅威を考え、更なる訓練を積みつつ依頼をこなしているようで、現在はアルトハイム自治州パルム支部の方で仕事をこなしている、と説明に付け加えながらエステルがエルナンに話した。

 

「とはいえ、これから猛烈に忙しくなりそう。カシウスさんも本格的に王国軍で働いているんだったよね?」

「あ、うん。確か、レイストン要塞勤務になるって聞いたけど……」

「カシウスさんは、准将待遇で軍作戦本部長に就任されました。実質上、現在の王国軍のトップとも言えるでしょうね。」

「ぐ、軍のトップ!?それって今だとモルガン将軍じゃないの!?」

エルナンの話を聞いたエステルは軍でのカシウスの待遇に驚いた。

十年というブランクからすれば元の役職に戻ることすら難しいはず……それどころか、更に昇進する形……更にはその軍のトップとなったことには流石に驚きを隠せない。

 

「当初はその予定だったそうですが将軍ご自身の意向で、カシウスさんに権限が集中する体制になったそうです。将軍としては、若いカシウスさんに王国軍の未来を託したいんでしょうね。」

王国軍は大幅に再編され、『天上の隼』はトップ三人の意向でカシウスが全権を握る形とした。これは、百日戦役時の反省を生かしつつ、今後の即自的対応を迅速に行うための『布石』……一応、トップ三人の『地位』は残っているが、余程のことがない限り関与はしないつもりらしい。

 

「うーん……あんまり実感湧かないわねぇ。」

エルナンの話を聞き、普段のカシウスの姿を知っているエステルはカシウスが軍のトップである姿が思い浮かべず唸った。

 

「あはは、カシウスさんならそれもアリって感じがしますけど。ただ、これでますますギルドの戦力が低下しますねぇ。」

「まあ、以前よりもさらに軍の協力は得られそうですが……ただ、今の我々には新たに警戒すべき事があります。」

「え……」

「それって、やっぱり『結社』のことよね。もしかして、何か動きがあったの?」

気になる情報が出て来て、エステルは真剣な表情で尋ねた。

 

「いいえ、今のところは。ただ、ここ1ヶ月の間、奇妙なことが起こっていましてね。たとえば……各地に棲息する魔獣の変化です。」

「魔獣の変化……」

「具体的にはどういう事ですか?」

エルナンの話を聞いたエステルは驚き、アネラスは尋ねた。

 

「まず、今まで見たことのないタイプの魔獣が各地で現れました。さらに、既存の魔獣も今までよりはるかに手強くなっているそうです。今のところ、原因は判明していません。」

「そ、そんな事があったなんて……『結社』っていうのが何かしたって事なんですかっ!?」

「いや、結論するのは現時点では早計でしょうね。ただ、クーデター事件を境にして何かが起こり始めている……それは確実に言えると思います。」

「そんな……」

これからが本番である事にエステル達は暗い表情をした。

 

「実は、その件について対応策を立てることになりまして。エステルさんとアネラスさんにも是非、協力をお願いしたいんです。」

「へっ……?」

「なんだ、もう到着してたのね。」

エルナンの提案にエステルが首を傾げたその時、二人がよく知る二人の『先輩』―――シェラザードとアガットが入って来た。

 

「あ、シェラ先輩!?」

「シェラ姉!?それにアガットも!」

シェラザード達を見たアネラスとエステルは驚きを隠せなかった。

 

「お帰り、エステルとアネラス。」

「ヘッ、思ったよりも早く帰ってきやがったな。」

「シェラ姉、ただいま!アガットも、お久しぶりだね?」

「ああ、生誕祭の時以来だな……ヨシュアのことはオッサンから聞かせてもらった。ヘコんでたみてぇだが……どうやら気合い、取り戻せたみてえじゃねえか。」

エステルの様子を見て、アガットは口元に笑みを浮かべた。シェラザードの目から見てもエステルの様子はヨシュアがいなくなった時と比べてすっかり落ち着きを取り戻しているようで、更に力を磨いて帰ってきたと肌で感じ取った。

 

「えへへ、まあね。それよりも……どうして二人が一緒にいるの?」

「うーん、確かに。珍しいツーショットですよね。」

「あら、そうかしらね?」

「ま、確かに一緒に仕事をすることは少ないかもしれんな。」

エステル達の言葉を聞いたシェラザードは意外そうな表情をし、アガットは逆に頷いていた。そもそも、トップクラスの遊撃士が複数で同じ任務をこなすこと自体あまりないのが実情だ……アスベルらの例外を除けば、という話になってしまうが。

 

「実は、シェラザードさんとアガットさんには、特別な任務に就いてもらうことになりましてね。そのために来てもらったんですよ。」

「特別な任務?」

「ええ……『身喰らう蛇』の調査です。」

「『結社』の調査!?」

「そ、それってどういう……!?」

エルナンからシェラザード達の任務――『身喰らう蛇』の調査だと知ったエステルは声をあげて驚き、アネラスは驚きながら尋ねた。

 

「調査と言っても、具体的に何かをするってわけじゃないわ。なにせ、実在そのものがはっきりしない組織だしね。」

「各地を回って仕事をしながら、『結社』の動向に目を光らせる……ま、地味で面倒な任務ってわけだ。」

驚いているエステル達にシェラザードとアガットはそれぞれ詳細な内容を説明した。

 

どう動くか全く読めない『結社』……その兆候を探るべく、遊撃士の依頼をこなしつつ調査する。いつも行き慣れている場所に何らかの兆候がないかどうか……自らの足で歩くことが多い遊撃士の観察眼を生かした任務である。

 

「な、なるほど……でも、現時点ではそれくらいしか手はないのかも。それじゃあ、あたしたちに協力して欲しい事って……」

「ええ、二人のお手伝いです。現時点で確認済みのルーアン地方とツァイス地方、そして王都のグランセル地方……それ以外の四地方で情報収集するためにアガットさんとシェラザードさんには別々に行動してもらうのですが……得体の知れない『結社』相手に単独行動は危険ですからね。」

「じゃあ、私たちの誰かがシェラ先輩とアガット先輩……それぞれのお手伝いをするってわけですね?」

「ええ。さて………どうでしょう。協力していただけませんか?」

エルナンはエステルとアネラスを見た。無理強いする気はないが、実力者であるシェラザードとアガットをみすみす失うのは避けたい。そんな思惑も入ってはいるが……

 

「あたしはもちろん!元々、『結社』の動きについては調べるつもりだったから渡りに舟だわ。」

「私も協力させてください。そんな怪しげな連中の暗躍を許しておくわけにはいきませんよ!」

「ありがとう、助かります。」

そんな思惑を知ってか知らずか……二人の力強い返事を聞いたエルナンはお礼を言った。

 

「さて、そうなるとチームの組み合わせが問題ね。あたしとしてはどちらがパートナーでもいいわ。」

「互いに面識はあるわけだしな。自分たちの適性を考えて二人で相談して決めてみろや。」

「うっ、なかなか難しいこと言うわねぇ。アネラスさん、どうしよう?」

「うーん、そうだね。無責任かもしれないけど……ここはエステルちゃんが決めちゃうのが一番いいと思う。」

「ええっ!?」

エステルは驚いて声を上げた。この中では正遊撃士になりたての新人……その自分がパートナーを決めていいのか……その疑問に対してアネラスが答えるように説明した。

 

「エステルちゃんは正遊撃士になったばかりだもの。準遊撃士として色々こなしてきたと思うけれど、遊撃士としての自分のスタイルがまだまだ見えてないと思うんだ。だから、これを機会に自分がどういう風になりたいのか考えてみるといいんじゃないかな?」

「アネラスさん……」

「ふふ、アネラス。いつの間にか、いっちょまえな口を利くようになったじゃない?」

「ああ。先輩面って感じの台詞だな。」

アネラスの言葉を聞いたエステルはアネラスを尊敬の眼差しで見て、シェラザードとアガットは口元に笑みを浮かべた。

 

「ふふん、任せてくださいよ♪」

「ま、言うことはもっともだ。」

例えば、アガットとシェラザードは遊撃士のランクは同じくらいだが、戦闘スタイルのクセはかなり違う。

アガットの場合、アーツは補助程度で重剣を使った攻撃がメインだが……対してシェラザードは機動力と鞭の射程、そしてアーツも活用するタイプである。

相手とのスタイルの相性をよく考えておくのは基本であり、これから『結社』と事を構えるということにおいて、それが命に直結しかねないためだ。

 

「確かに、そのあたりはどちらを選ぶかの基準にはなるわ。ただ、遊撃士の仕事っていうのは何も戦闘だけじゃないからね。自分なりに考えて選ぶのが一番よ。」

「う、うーん。えっと、それじゃあ……シェラ姉、協力してくれる?」

アガットとシェラザードの助言を聞いたエステルは少しの間考えた後、シェラザードを指名した。

 

「ふふ、了解よ。あの場所で鍛えた成果、見せてもらうわよ。それと、正遊撃士としての頑張りに期待させてもらうわ。」

「う、うん……ひょっとして、シェラ姉もあそこに行ったことがあるの?」

「私だけじゃなくてアガットもだけれどね。尤も、期間は一週間程度だったけれど……自分の非力さをまざまざと見せつけられたわ。」

シェラザードは笑みを浮かべて、自分の妹のような存在であるエステルが成長した姿……その実力を期待していた。そして、エステルの問いに引き攣った表情であの時の事を思い出しながら呟いた。

 

「ってことは、俺はアネラスとだな。あそこで鍛えたんならいくらかマシになってるとは思うが、足を引っ張るんじゃねえぞ?」

「はい、宜しくお願いします、先輩。」

「さてと……具体的にどういう風に各地を回るかってのが問題でだな。」

「エルナンさん。そのあたりはどうかしら?」

メンバーが決まり、エステル達はエルナンに今後の方針を尋ねた。

 

「そうですね……当面は、忙しい地方支部の手伝いに行くのが良いでしょう。実は、ロレント支部とセントアーク支部から応援要請が来ているんですが……」

「あちゃあ、さすがにロレントを留守にしすぎたか。ここは、アイナを助けるためにもあたしが行った方がいいのかな。」

「そうね。あたしも時間があったらお母さんに顔ぐらいは見せておかないと。」

エルナンの話を聞いたシェラザードは気不味そうな表情で溜息を吐いた。また、エステルは時間が取れればレナに会っておこうと考えていた。

 

「だったら俺たちはセントアーク支部に行くとしよう。アネラス、確かアルトハイムには詳しいな?」

「はい、仕事で結構足を運んでいますし。セントアークかぁ……あの人たちと会えるといいな。」

「それに、ちょいと寄り道にはなるが野暮用もあるしな。」

「あ、アガットの故郷に里帰りって感じ?」

「ま、そんなところだ。」

アガットに尋ねられたアネラスはセントアークにいる人たちの事を思い出していた。そして、セントアークへの航路上、途中にあるボース……エステルがラヴェンヌ村の事を思い出して尋ねると、アガットは目を瞑って答えた。

 

「各支部への連絡は私の方からやっておきます。それでは皆さん。気を付けて行ってきてください。」

そしてエステル達はそれぞれの地方に向かうために空港に向かった……………

 

 

~同時刻 ラッセル家~

 

「博士、お邪魔しますよ。」

その頃、ラッセル博士の家を訪ねたのは軍服姿の男性――カシウス・ブライトだった。

 

「おお、カシウス。三週間ぶりくらいじゃの。レイストン要塞から来たのか?」

「ええ、ようやく仕事が一区切りついてくれたので、陣中見舞いにお邪魔しました。」

博士に尋ねられたカシウスは頷いて答えた。軍の指揮系統の整理……アスベル達から託された『天上の隼』を用い、従来よりも早く整理を終え、現在は白兵戦中心に訓練を課している状態だ。

 

「丁度よかったかの。実は『ゴスペル』の大方の推測はできた。思考実験と『カペル』を使ったシミュレーションは千回以上行った。聞くか?」

「是非とも。」

「うむ、それでは―――」

カシウスの答えを聞いた博士は『カペル』に設置していた『ゴスペル』――封印区画から回収した代物を手に取った。

 

「この『ゴスペル』が起こす『導力停止現象』じゃが……お前さん、あの現象がどのようなものだと理解しておる?」

「『ゴスペル』の周囲にあるオーブメントに連鎖して起こる機能停止現象……そのように捉えていますが。」

「半分正しくて半分間違っておる。お前さんが言った現象はどちらかというと導力魔法の『アンチセプト』に近い。内部の結晶回路をショートさせ一時的にオーブメントを働かせなくしておるわけじゃ。じゃが、『ゴスペル』が起こす現象はそれとは根本的に異なっていてな……オーブメントひいては七耀石内で生成される導力を根こそぎ奪い取るのじゃ。」

「つまり、『導力停止』ではなく『導力吸収』ということですか……」

博士の説明を聞いたカシウスは考え込んだ。今までの概念からすれば『そういった類』のものは今までになかった。内燃機関でいえばガソリンを抜き取る類のもの……だが、周囲から奪われたはずの導力は『ゴスペル』内部に存在しなかった。それこそ1EPたりとも。それも、きれいさっぱりと消失していたのだ。

 

「そして、エステルたちが出くわした『新型ゴスペル』じゃが……最新の導力技術では説明できない『あり得ない』現象を引き起こした。そのような現象をどうやって引き起こすのかは不明じゃが……一つ、確実に言えることがある。」

「それは……?」

「『小さすぎる』のじゃ。これまで起きた大規模な異常現象を発生させる機構を、掌大に収めるのは物理的に不可能だと断言できる。たとえ『結社』とやらが我々より遥かに進んだ技術を持っていてもな。」

一つの地方全体をカバーするには、あまりにも小さすぎる……現行の水準からしても、それだけの影響を及ぶとするならばそれに見合うだけの質量が必要となる。だが、現実に『ゴスペル』はそれを引き起こしたのは明白……となれば、至る結論は一つしか考えられない。

 

「なるほど……何となく掴めてきましたよ。つまり、この『ゴスペル』は『本体』ではなく『端末』に過ぎないわけですね?」

「うむ……その通りじゃ。『ゴスペル』そのものには異常な導力場の歪みのようなものを発生させる機能がある。その歪みは共鳴するように広がり、周囲のオーブメントから導力を奪う。そして奪われた導力は、歪みの中に吸い込まれて消滅する。いや、正確には『消えた』のではなく、『別の空間に送られた』というわけじゃ。」

「そして、その別の空間には我々の常識すら及びもしない……『あり得ない異常』を引き起こせる『何か』が存在している……つまり、そういうことですか。」

「うむ、間違いあるまい。『結社』は『ゴスペル』を通じてその『何か』が持っている力を引き出すことができるのじゃろう。まったく『福音』とは良く言ったものじゃよ。」

カシウスの言葉に真剣な表情で頷いた博士は説明をした後、ため息を吐いた。神が起こす奇蹟のようなことを実現するための『福音』……それで混乱を齎しているのは皮肉としか言いようがないが。

 

「だとしたら、『何か』の正体が気になりますね。遥かに進んだ技術で作られたオーブメントか、それとも……」

「それに関してはお手上げじゃ。色々な可能性が考えられるが、現状ではこれ以上確かめられん。さてカシウス―――十年前と同じことを聞くぞ。この現状を踏まえてわしに今後、何をして欲しい?」

「はは、警備飛行艇や『アルセイユ』級の完成をお願いした時と同じ言葉ですか。ふむ、そうですね………」

博士に尋ねられたカシウスは苦笑した後、考え込み、そして答えを言った。

 

「『ゴスペル』が発生させるという異常な導力場の歪み―――その共鳴現象を防ぐ手段を開発して頂けないでしょうか?」

「ふふ、そう言うと思ったぞ。というか、既にその仕込みすら終わっておるがの。」

「なっ……!?」

カシウスの提案を『待っていた』と言わんばかりに答えたラッセル博士の言葉に、提案した側のカシウスが驚いていた。

 

「……その様子だと、アスベル達から何も聞かされていない様じゃの。」

「アスベル達が……ですか?」

「うむ。十年前……百日戦役が始まる前ぐらいだったかの。わしの友人伝手ではあるが、『導力停止状態』を克服するための依頼を受けたんじゃ。」

「………」

アスベルの先見の明にカシウスは唖然としていた。十年前だとアスベルは八歳……その時点で導力が停止する事態を想定したということに、大佐時代のカシウスですらそこまでの考えに至っていなかった。その状態のカシウスを見つつ、ラッセル博士は説明をつづけた。

 

「『三重の策』……そう彼は呼んでおったかの。」

「……えらく大層な策に聞こえますが……」

「無理もないじゃろう。『結社』の首謀者を騙すための、壮大な計画……そう評していたからの。」

 

 

―――『福音計画』に対しての対抗措置。『因果応報』を体現したその計画……『天の鎖計画』。その計画はすでに動き始めていた。

 

 




てなわけで……訓練編バッサリカットしました。
イメージ的には、SC序章の敵役がアスベル、シルフィア、レイア、シオンの四人だと思ってください。

そして……エステルはもとい、アネラスも地味にチートの仲間入りを果たしましたw


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第74話 三人の大使

先にセントアーク方面行きの飛行船に乗るアガットとアネラスを見送ることになった。

 

その際、アガットからは『男ってのは不器用な生き物だから、お前が無理に合わせる必要なんてない』というアドバイスが出て、周りの女性陣から優しくなったとからかわれたアガットであった。そして、アネラスの誤解を招きそうなライバル認定発言に三人は一時慌てふためいたが、エステルもアネラスをライバル認定することで話はまとまった。

 

そして、二人の乗った飛行船が飛び立つのを見送った後、エステルとシェラザードはロレント行きのチケットを買うために待合所へと向かった。

 

 

~飛行船会社 待合所~

 

待合所に入ると、エステルは待合所にいる客達がある一点を集中している事に気付いた。

 

「あれっ……?」

エステル達が客達の視線の先を見ると……カウンターの前で言い争いが起こっていた。右側の男性の横にはミュラーもいた。

 

「まったく、これだから尊大なエレボニア貴族というのは……鼻持ちならないにも程がありましてよ。」

言い争いをしている一人である眼鏡をかけた女性――カルバード大使、エルザ・コクランが鼻をならした。

 

「フン、鼻持ちならないのはそちらの方ではないのかね。第一、エンジン供給についてどうして共和国が口を出す?それこそ、内政干渉ではないか。」

同じく言い争いをしている中年男性――エレボニア大使、ダヴィル・クライナッハが言い返した。

 

「安全保障上の問題ですから。貴国がリベールを侵略してからまだ10年しか経っていないでしょう。そんな『侵略国家』がぬけぬけと最新技術に手にするなど言語道断。友好国のメンツにかけても見過ごすことなどできませんわ。」

「な、なにが友好国だ!10年前も実際に兵を出したわけでもなかろうに!ただの『傍観者風情』が偉そうな口を利くのはやめたまえ!」

エルザの言葉に頭に来たダヴィルは怒鳴り返した。

 

「な、なんですって……」

ダヴィルの言葉を聞いたエルザは頭に来て、二人の状態は今にも掴みかかりそうな雰囲気だった。

 

「ダヴィル大使……そのあたりになさっては。他の客の迷惑になりますよ。」

「し、しかしミュラー君。」

察したのかそれを諌めるミュラーに、ダヴィルは反論をしようとした。

 

「ミュラーさんの言われることも尤もです。既に客の注目の的にされています。エルザ大使もここはお引き取り下さい。この話は、いずれ別の機会に双方の大使館ですればよいかと。」

「……そうですわね。ルーシー大使はいいとしても、エレボニア軍人に指図されるのはあまり愉快ではありませんけど。尊大で性根の腐ったエレボニア貴族よりは遥かにマシですわ。」

「な、なんだと!?」

エルザの隣にいた『ルーシー大使』と呼ばれた女性に諌められ、冷静になったエルザの言葉を聞いたダヴィルはまた怒鳴った。

 

「それでは御機嫌よう。皆さん、失礼いたしますわ。」

そしてエルザは待合室を出て行った。

 

「な、なんという失礼な女だ。これだから歴史も伝統もない成り上がりの庶民どもは……」

「大使……」

「……フン、判っている。私は先に大使館に戻る。例の件については君に任せたぞ。」

「了解しました。」

そしてダヴィルも待合室を出て行き、ダヴィルとすれ違ったエステル達はミュラーとその女性に話しかけた。

 

「どうも、こんにちはミュラーさん。」

「君は、確かエステル君だったか。久しぶりだ。晩餐会の時以来になるか。」

「よかった。覚えていてくれてたんだ。それにしても……すごい言い争いだったわねぇ。今の人たち、どちらさまなの?」

「男性の方はエレボニア帝国のダウィル大使。女性の方はカルバード共和国のエルザ大使。どちらも王都にある大使館の責任者にあたる立場ですよ。」

「そ、そうだったんだ……えと、ところで貴女は?」

ミュラーとあいさつを交わした後、言い争っていた人物の事をミュラーの隣に移動していた女性から聞いたエステルは驚いたが、先程までエルザの隣にいた女性の存在が目に入って尋ねた。

 

「はじめまして。ルーシー・セイランドと言います。若輩者ではありますが、レミフェリア公国の大使を務めております。」

「レミフェリア公国って……でも、大使なんて聞いたことがないんだけれど……」

「それもそうでしょう。私もこの春に着任したばかりですから。」

レミフェリア公国の大使……それの設置が決まったのは三年前の話だった。ただ、人選に関しては物怖じしないという観点から選ばれることとなりかなりの難航を極め……結果として、アルバート大公と親交の深いセイランド家の人間――ルーシーが抜擢されたのだ。大使館はグランアリーナと共和国大使館の間に建設され、大使の役職は今年の春から本格的に開始したばかり、とのことだ。

 

「けれども、こうしてお会いするのは初めてですね、エステル・ブライトさん。」

「へ?あたしを知ってるの?」

「クローゼやジル、ハンス君から貴女の事を聞いていたし、学園祭は私もいましたから。ジェニス王立学園のOGで、元生徒会メンバーでしたし。」

「あ、そうだったんだ。よろしくね、ルーシーさん。」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。聞けば遊撃士だそうで……機会がありましたら、依頼するかもしれませんね。」

「あはは……よろしくお願いします。」

ルーシーの言葉にエステルは引き攣った笑みを浮かべつつ、言葉を返した。

 

「にしても、ルーシーさんはともかくとして、あれで大使サマか。あんな喧嘩腰で外交なんて務まるのかしら?」

「シェ、シェラ姉ってば……」

冷たい笑顔を浮かべて無礼な事を言うシェラザードにエステルはミュラーを気にしながら慌てた。

 

「いや、面目ない。元々、エレボニアとカルバードは友好的な関係とは言えなくてね。」

「さらにあの二人は、性格的にも徹底的にウマが合わないらしいです。まあ、顔を合わせるたびに口論ばかりしているというのは逆に気が合う証拠かもしれないってことかもしれませんが。」

一方ミュラーは目を伏せてダヴィル達の言い争いの件を謝り、ルーシーがその言葉に付け加える形で事情を説明した。

 

「あはは、そうかもしれないわね。それにしても……気になること言ってなかった?エンジン供給とか内政干渉とか。」

「………」

「あ、聞いたらマズかった?」

エステルが口にした言葉を聞くとミュラーとルーシーは真剣な表情で黙り、その様子を見たエステルは尋ねた。

 

「……ルーシー大使。」

「問題ないでしょう。エンジンとはツァイス中央工房が現在開発している最新鋭のものです。完成の暁には、飛行船公社を通じてエレボニアとカルバード、そしてレミフェリアにサンプルが提供される話があるのですが……ダヴィル大使とその打ち合わせに来たところでエルザ大使と鉢合わせたわけですよ。」

「ふーん、そうなんだ。でも、新型エンジンくらいでどうして口論になるのかしら。」

「オーバルエンジンの性能はそのまま飛行船の性能を左右するわ。軍艦に搭載されることを考えたら色々と揉めそうな話ではあるわね。」

ミュラーとルーシーの説明を聞き首を傾げているエステルにシェラザードが理由を話した……ただ、実際に提供されるのは国際的現行水準よりやや上乗せ程度……その水準から見た『最新型』のもの。現在のアルセイユに搭載されているのはその二世代先の水準のオーバルエンジンを搭載している。

 

「なるほど……確かに、それでエレボニア軍がパワーアップしちゃったらちょっとシャレにならないかも。……あ、ゴメンなさい。」

シェラザードの言葉に納得した後、エレボニア軍人であるミュラーの目の前でうっかり口を滑らした事にすぐに気付いたエステルはミュラーに謝った。

 

「いや、確かにその通りだ。普通なら、他国に最新技術を提供するなど考えられないが……」

「女王陛下のご意向でして……技術的優位を独占するのではなく、多くの国に提供することで諸国間の平和を確立したい……そう思ってらっしゃるそうです。」

「なるほど……確かにそんな風に言ってたかも。うーん、それを考えるとやっぱり女王様って立派よね。ただの理想というよりずっと先のことまで考えた外交政策っていう気がするわ。」

 

パワーバランス……技術面では優位に立っているとはいえ、それをみすみす失うのは避けたい。ましてや、ある意味『火種』を抱えている帝国と共和国……そこに最新技術が投入されれば、その先の光景は想像に難くない。そうなれば女王の目指している平和など夢のまた夢だろう……『結社』という無視できない存在がこの世界の裏にいる以上は。

 

「ああ、リベール国民はあの方を大いに誇るべきだろう……すまない。つい話し込んでしまったな。乗船券を買うのだろう?俺はこれで失礼させてもらおう。」

「あ、うん。そういえばミュラーさん。オリビエのことなんだけど……彼、もうエレボニアに帰っちゃたのかしら?」

「なんだ、知らないのか?」

エステルからオリビエの事を尋ねられたミュラーは意外そうな表情をして尋ねた。親交の深そうな人間には色々連絡しているものとてっきり思っていたと言いたげな表情だった。

 

「事件の後の晩餐会以来、機会がなくて挨拶してないまま会ってなくて。申しわけないって思ってたの。」

「心配せずとも、あのお調子者ならまだリベール国内に滞在しているぞ。しばらく、エルモ温泉という場所で優雅に逗留するとか抜かしていたな。」

「あ、そうなんだ。」

「ふふ……オリビエらしいわね。」

ミュラーからオリビエの行動を聞くと、自由気ままに優雅に行動する……良くも悪くも彼らしい行動にエステルは苦笑し、シェラザードは口元に笑みを浮かべた。

 

「ヤツが大使館に戻ってきたら君たちのことを伝えておこう。少なくとも、帰国前にはギルドに連絡するように言っておく。」

「ありがとう、ミュラーさん。」

「よろしくお願いするわね。」

「こちらこそ、あの変人に付き合ってくれて感謝する。それでは、またな。」

そしてミュラーは出て行った。

 

「そしたら、私も失礼しますね。クローゼに会えたら、よろしく言っておいてください。」

「うん。伝えておくね。」

「それでは。」

ルーシーも深々と礼をすると、その場を去った。

 

「ミュラーさんにルーシーさんか……今度一緒に呑んでみたいわね。」

「もう、リベールの評判を落とすような真似しないでよね……そういえば、シェラ姉はあれからオリビエに会ったの?」

ミュラーとルーシーの姿を見送ったシェラザードは興味深そうな笑顔を浮かべて呟き、エステルは疲れたような表情を浮かべてシェラザードに釘を刺すような言葉を投げかけた後、オリビエの事を尋ねた。

 

「ええ、王都で何度かね。実は温泉にも誘われてたんだけれど、丁重にお断りさせてもらったわ。」

「ええっ!?それって、その……そういう意味で?」

シェラザードから聞いたオリビエからの温泉への誘いに、かつての『ハプニング』を思い出しつつ頬を赤く染めながら問いかけた。

 

「ふふ、どうだろ。まあここ1ヶ月は忙しかったし、そんな余裕もなかったからね。普段だったら宿代を全部奢らせてとことん呑みに付き合わせたんだけど。」

「はあ……オリビエもある意味不幸よね。まあいいや、とりあえずカウンターで乗船券を買っちゃいましょ。」

その問いにシェラザードは意味深な笑みを浮かべて答え、エステルは苦笑を浮かべてオリビエのこれからに少し同情したが……本来の目的を思い出し、乗船券を買うことにした。

 

そしてエステル達は乗船券を買おうとしたが、エルナンの手配によって乗船券のお金を払う必要もなく受け取り、そしてしばらくの間飛行船を待った後、飛行船に乗ってロレントに向かった。

 

 




はい、てなわけで3rd(クローゼの回想)と碧(名前のみ)にしか登場していないルーシーの登場です。学園を卒業したばかりでそんな大役が務まるのか?という疑問に対しては、これも理由があります。
詳しくは本編にて語ります。

あと、原作(空)ではあまり関わりのないレミフェリア絡みで結構登場人物が出てくることになります。『不憫』とか『相方』とか『召喚』とか……これで解ったら原作をやりこんでいる証拠ですがw


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第75話 福音の霧、廃墟の村

~遊撃士協会 ロレント支部~

 

ロレントに到着したエステルとシェラザードがギルドに入ると、受付のアイナが二人に気づき、声をかけた。

 

「戻ってきてくれたわね、シェラザード。それと、エステル。」

「お久しぶり、アイナさん。」

「悪いわね。結構留守にしてて……それで、王都から応援要請を聞いて来たけれど、何か急ぎの依頼でも?」

三人は挨拶を交わし、シェラザードはアイナに応援要請の内容を尋ねた。

 

「急ぎというか、二人に……とりわけエステルに頼みたいそうよ。頼んだのはアスベルだけど。」

「へ、あたしにアスベルから頼み事?」

S級遊撃士のアスベルがエステルに回す依頼……彼ならばそれぐらい楽に片づけるだろうと思っていたが、それを頼まれた側のエステルは少し困惑していた。その様子を見ながら、アイナは説明をつづけた。

 

「同行の依頼?」

「ええ。厳密に言えば協力員の派遣のようなものね。実力は保証するわ。」

「アスベルが保証するって、どんな人なのかしら……って、あら?」

協力員の存在……首を傾げつつ推測する二人の声に気づき、二階から降りてきた人物――見るからに誠実そうな性格の印象を受ける容姿を持つ少年にシェラザードが気付いた。

 

「えと、エステルさんにシェラザードさんですか?」

「ええ、そうだけれど。ひょっとして、貴方が協力員?」

「はい。リィン・シュバルツァーと言います。」

「あたしはエステル・ブライト。エステルでいいわ。歳も近そうだし、タメ語で。えと、リィン。それって太刀よね?」

シェラザードに尋ねられた協力員の少年――リィン・シュバルツァーは簡単に自己紹介をした。すると、彼の持っている刀に気づき、エステルが尋ねた。

 

「え?ああ。これでも八葉一刀流を修めてる。」

「八葉……アスベルやエリゼが使ってるのと同じなのかな?」

「へ?エリゼとは知り合いなのか?」

「うん、学園祭で知り合ったの。すっごく強かったわ。」

「そ、そっか……(エリゼ、一体何をしたんだ?)」

八葉一刀流……知り合いを引き合いに出したエステルの言葉――とりわけエリゼの名前が出たことにリィンが驚き、エステルとの関係について尋ね、エステルがその問いに答えた。その言葉にリィンは冷や汗をかき、エリゼのしたことの大きさが解らず疲れたような表情を浮かべた。

 

「確かエリゼ・シュバルツァーって後で聞いたから……ひょっとしてエリゼのお兄さん?」

「血は繋がってないけれどな。ともかく、よろしくなエステル。」

「こちらこそよろしくね!」

「さて、話を進めるわね。三人にはちょうど依頼があるわ。」

一通り自己紹介が済んだところで、改めてアイナから『もう一つ』依頼内容が提示された。

 

「ミストヴァルトの調査?」

「えと、どういう場所なんだ?」

「ロレント地方の南東に広がる森ね。でも、そんな場所の調査だなんて……何かあったの?」

普段はあまり人の立ち入らない場所の調査……それにはいささか疑問だった。その意味を告げるようにアイナが言葉をつづけた。

 

「……アスベルとシルフィア、レイアが眠らされたの。そのミストヴァルトの調査でね。」

「なっ!?」

衝撃的な事実……手練れとも言うべき三人がなす術もなく昏睡させられたのだ。驚かないほうが無理というものだ。

 

「眠らされたって……命に別条はないんですか?」

「そちらはね。けれども、あの三人がいてそう簡単に不覚をとることは無い……となれば」

「何かあるってことよね……解ったわ。あの三人の分まで、頑張るわ!」

エステル、シェラザード、そしてリィンの三人は一度ブライト家に寄ってレナと色々話した後、ミストヴァルトへと向かった。

 

 

~ミストヴァルト~

 

三人がミストヴァルトに着くと、濃い霧で覆われていた。途中幻影のようなもので遮られたが、何とか切り抜けて最奥部……セルベの大樹にたどり着いた。

 

「あ、あれは……」

「ゴスペル……!」

「黒いオーブメント……っ!二人とも、気を付けてください!!」

ゴスペルを見つけたエステルは驚き、シェラザードは真剣な表情で『ゴスペル』を見ていた。そして、リィンもそのオーブメントに驚きを隠せなかったが、嫌な気配を察知して二人に声をかけた。

 

鈴の音が鳴り響き、そしてエステル達の目の前に霧がかかった後、大型の魔獣が二体姿を現した!!

 

「魔獣!?」

「この大きさ、半端じゃないですね!」

「森の中にいた奴とは比べ物にならないわね……後方に回るから、二人は食い止めて!」

「食い止める……ううん、きっちり倒すわ。」

「そうだな……シェラザードさん、支援をお願いします!」

「解ったわ……火の加護を……ラ・フォルテ!」

その姿に怯むことなく、武器を構えるエステルとリィン。その姿を見て、個々は二人に任せるのが最良だと判断し、二人にあらかじめ駆動させておいたアーツをかける。

 

「みんな、いくわよ!」

「ああ!」

「ええ!」

そして、エステルの号令でさらに能力を高める。

 

「二の型、疾風!!」

先んじてリィンが“疾風”を放ち、二体を怯ませると、

 

「それじゃ、行くわよ……迅雷撃!!」

超高速ですれ違いざまに打撃を叩き込む、“疾風”の動きを取り入れた棒術のクラフト『迅雷撃』が炸裂し、二体に大ダメージを与える。魔獣はすかさず攻撃を二人に繰り出すが、

 

「隙あり!!」

「てい!!」

その攻撃の軌道を見切、二人はカウンターを叩き込む。

 

「それじゃ、新アーツのお披露目と行きましょうか。シルバーソーン!!」

シェラザードは駆動させていたオーブメントを発動させ、二体は更なるダメージを負った。

 

「……いくわよ、特訓で磨いた新技よ!」

「終わらせる!」

その好機を逃さず、エステルとリィンはそれぞれ魔獣に近づき、とどめの一撃を繰り出す!

 

「あたしの必殺技、絶招!裏神楽!!」

「一の型“烈火”終式……深焔の太刀!!はあああああっ!!」

エステルが放ったのは前後六方向から同時に高速の突きを繰り出すSクラフト『絶招・裏神楽』、そしてリィンが放ったのは一の型“烈火”の終式……『深焔の太刀』が魔獣を直撃し、魔獣はあっけなく消滅した。

 

「ふう……でも、術者はどこに……」

 

『ふふ……なかなか頑張ったわね。それではみんなにご褒美をあげましょう。』

 

どこからともなく女性の声が聞こえて来た後、樹に嵌められてある『ゴスペル』が妖しく輝いた!

 

「!!!」

「な……!」

「しまった……!」

エステル達はなす術もなく意識を失った……

 

 

その頃、アガットたちはアルトハイム支部で一通り説明を受けた後、協力員として合流した面々と共に魔獣の調査をしていた。

 

 

~遊撃士協会 アルトハイム支部~

 

「それで、どうでしたか?」

「騒がしいというか、慌てた感じだったわね。何と言うか、余裕がないって印象を強く受けたわ。」

受付の女性――クリス・リードナーの問いに答えたのは正遊撃士“紫電”サラ・バレスタイン。彼女はクーデター事件後アルトハイムやレグラムの支部を中心に活動していたが、クリスのお願いでアガットたちの協力をしていた。

 

「攻撃の仕方も荒々しかった……普通じゃないのは確かだろうな。」

「確かにね。優雅さとは程遠い振る舞いと言わざるを得ない。」

そう評したのは『協力員』……ラウラの兄であるスコール・S・アルゼイド、そしてオリビエ・レンハイムの姿だった。

 

何故オリビエがここにいるのか……それは、ある調査のために親友の目すら盗んで内密にアルトハイムまで来たのだ。

 

「確かにそんな印象は強く感じましたね……あれ、アガットさん?どうかしたんですか?」

手ごたえとして強くなっている印象もぬぐえないが、それ以上に焦燥感が漂っていたと評するのはアネラス。だが、アガットは別の事を考えていた。

 

「……クリス、一つ聞きたい。ここから南西にあった村……『ハーメル』のアレは何だったんだ?」

「!!………行ったのですか、あの場所に?」

「厳密には、小高い丘から見たんだが……まるで廃墟のようになっていた。俺も何回かは足を運んだことがあるからな。それで、どうしてああなったんだ?」

アガットが見たハーメルと呼んだ場所の廃墟……十年前まで普通に存在していたはずの村だったはず……アガットはそれを尋ねた。

 

「すみません……そのことについては外交問題にかかわるので……」

「やっぱりか。」

「やっぱり、って?」

クリスの答えにアガットは想像通りの言葉が返ってきたことに対して冷静に答え、何が何だかわからないアネラスはアガットに質問をした。

 

「以前にもモルガンのおっさんに問いかけたことがあったんだよ。『外交問題になる故、答えられない』……それと似たような答えには怒りを通り越して呆れるばかりだ。」

……自分でも、よく覚えていると思った。いや、忘れられるわけがない。俺にとっては自分の生き方を決定づけたあの日の出来事を……交流のあったハーメル……あの『戦争』以降、連絡が不通となった村……嫌でも、一つの可能性が頭を過る。

 

「ま、深くは聞かないでおくことにする。で、だ。俺らはどうすればいい?」

「そうですね。ここでの調査は一段落しましたし……アガットさんらはボースに向かってください。応援要請が丁度来ていましたので。それと、ジンさんとティータさんが協力員としてアガットさんらの手伝いをします。」

「はあ?ジンの旦那は解るが、なんでチビスケが?」

「それはですね……」

クリスが言うには、ラッセル博士が忙しくて手が離せないため、実績のあるティータが代わりにボースへと赴くこととなり、護衛としてジンが一緒についてくることを説明した。

 

「……まあいい。チビスケだって覚悟しての事だろうし、とっとと行くとするか。」

「フフ、素直じゃないね。ティータ君の可愛さは認めるところではあるけれど。」

「へぇ~、今やA級の遊撃士になった怖いもの知らずで唯我独尊を地で行くようなアガットがねぇ……」

「ほう、詳しく話を聞きたいな。」

「う、うるせえぞお前ら!!」

三人のからかいにアガットは狼狽えつつも反論を許さず、一足先にギルドを出た。他の人達もアガットを追い、五人はボース行きの飛行船に乗った。

 

 



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第76話 夢での対話

今回の話ですが……地名以外、軌跡シリーズ要素ほぼ皆無です。


 

エステルらがロレントに着く前……ミストヴァルトの調査に赴いたアスベル、シルフィア、レイアは不意を突かれる形で眠らされた。本当に不注意ではあった……視界がきかないところでの調査――まさか、という可能性を信じていなかった自分のミスであった。

 

 

~????~

 

「………ここは」

目を覚ましたアスベル……そこは、転生する前によく見た光景……自分がまだ『四条輝』だった時の、自分の部屋だった。そして、自分の姿は転生前の自分の姿だった。

 

「(リアリティーのある夢……にしては、具体的過ぎる……)」

アスベルがそう思っていると、扉が開いて一人の人物――義兄である青年が姿を現した。

 

「おはよう、輝。いつも通り早起きだな。」

「恭也兄さん、おはよう。」

……とりあえず、様子を見るためにいつも通りの生活を送ることにした。

 

伯父と伯母、義兄と義姉、そして義妹……既に両親すらいない俺にとっては、温かい家族……転生前の生活そのものだった。

 

「………」

そして、通学風景もあの時と変わらない………更には………

 

「う~っす。」

「あ、輝!」

「まったく、奥方がお待ちかねあだっ!?」

「余計なこと言わないの!」

変わらない学校の風景。教室に入ってきた俺を待っていたのは、沙織、詩穂、拓弥の三人だった。この風景も変わらないものだった。

 

「あはは……そういや、悠一は?」

「柚佳奈に追いかけられてる。」

「またか……」

騒がしくも仲の良い一同。そして、会話は学校祭の話……本当ならば、修学旅行の後に参加できるはずだったもの……になった。

 

「でね、トールズ士官学院の『あの衣装』をイメージして作ることにしたの。」

「おお、あの格好か……」

「私としてはトワ会長のような衣装が良かったんだけれど……」

「お前なぁ……」

「沙織、流石にそれはないわよ。」

本当に懐かしい会話……本当であれば、この世界にずっといられたらそれこそよかったのだろう……けれども、

 

「……輝?」

「悪い……俺、やるべきことがあるから、先に帰るな。」

「え?って、ここ三階だよ!?」

その言葉を無視し、三階の窓から飛び降り……左手に刀を顕現させ、右手でそれを抜くと、

 

「はあっ!!!」

その空間を――――断ち切った。

 

すると、今度はブライト家の光景。自分の姿もアスベルのものに戻っていた。そして、家の前にいる人物――彼もまたアスベルと瓜二つの姿をしていた。

 

『……残念だね。折角いい夢を見させてあげようと思ったのに。』

「冗談キツイな……だが、人の思いに土足で踏み込んでくれやがったな。」

そう不敵に笑いながら喋る人物。その光景に虫唾が走ったアスベルは刀を向けた。

 

「……ずっと不自然に思っていた。いくら転生するとはいえ、赤ん坊ではない状態からスタートするのはな……下手すりゃ、『盟主』に目をつけられかねなかった。それと、話を聞いた限りでは俺のように転生したのはシルフィアのみ………」

世界の摂理……いきなり異世界の人間が転生すれば、得体のしれない『結社』の盟主に気付かれてもおかしくない……だが、それはなかった。同じように転生したシルフィアも同様だった。となれば、考えられる可能性は一つ……『元々この世界にいた誰かに魂が埋め込まれた』である。

 

「お前は一体誰だ……それと、何故俺を引き留めようとした。」

『その質問に答えてもいいけれど……それは、君の敗北をもって教えてあげるよ!』

「!ふっ!!」

アスベルと瓜二つの人物は刀を振りかざし、アスベルも刀を振るう。

 

『僕の名前は……そうだね、さしずめ『クレイン』と名乗らせてもらうよ。』

「クレインね……俺の目覚めを妨げるっていうんなら、押し通るまでだ!!」

アスベルとクレイン……同じ姿を持つ二人が、互いの事情を賭けて戦う!!

 

『二の型“疾風”!』

「こちらも……裏・疾風!!更に、『深焔の太刀』!!」

『ふ……奥義、天神絢爛!!』

「奥義……御神渡!!」

互いに放たれる高速の剣術……その実力は伯仲していた。まるで鏡の如くその実力まで完全にコピーされたかのように………そして、三十分後……

 

「はぁ、はぁ……」

『フフ……解ってもらえたかな?僕は君に勝てないってことを。』

片膝をつくアスベル、一方平然としているクレイン。クレインは近付き、アスベルに太刀を突き付けた。

 

『僕は元々この体の持ち主。そして、君は僕を鍛えてくれた…八葉一刀流も極めてくれた…一度は諦めかけた人生だけど、君にはここで死んでもらうよ。』

そう笑みを浮かべたクレイン。

 

 

―――死ぬ?俺が?

 

 

……そんなのは嫌だ。

 

 

俺には、まだやらなければならないことがある。

 

 

成し遂げていないことがある。そして、

 

 

 

今度こそ生き抜くと誓ったことを……曲げるわけにはいかない!!

 

 

 

「………我が深淵にて煌く紫碧の刻印よ、我の求めに応えよ。」

『!?往生際の悪い……』

そう呟くアスベル。『聖痕』の光にたじろぐも、すぐさまとどめを刺そうと太刀を振りかぶるが、

 

『があっ!?』

「………」

見えない太刀によって斬られた……そして、アスベルの瞳の色は紫色に染まる。

 

「………七天に座する至宝の一角よ、我の求めに応じ、我が剣となれ!!」

そう呟いたアスベルの両手に顕現したのは漆黒の小太刀。

 

『な、君が何故……』

「……いや、俺もダメもとだったんだが……どうやら上手くいったみたいだ。」

ある意味半信半疑の賭けだった……俺の中に眠る、クレインにはない力……クロスベルでガイを救った時の……聖痕を通して感じた『時』の力。俺の中に眠っているもう一つの『特典』……時空間を操る時属性、その力の頂点にあるアーティファクト……『七の至宝(セプトテリオン)』が一つ、時の至宝『クロスクロイツ』。その力を顕現させた小太刀――『至天兵装(してんへいそう)《天鎖斬月》』を構えた。

 

『…何故だ……何故君がーーー!!!』

「……恨みはないが、俺の全力を以てお前を天に返す。ハアアアアアア………!!」

太刀で襲い掛かるクレイン……その動きも介せず、アスベルは小太刀を構えて紫電の闘気を身に纏う………そして、『アスベル・フォストレイト』としてではなく、『四条輝』として、持てる力全てをクレインに向けて放つ!!

 

『極技、瞬皇け………っ!?』

「飢えず餓えず、天に還れ………」

 

 

―――御神流、奥義之極 『閃』

 

 

『ぐうっ!?』

躊躇いもなく放たれた斬撃……その太刀筋はクレインの太刀を破壊し、斬撃によってクレインの体から血が吹き出し、クレインは仰向けに倒れこんだ。

 

「………」

もはや戦闘などできない……それを察したアスベルは刀を“消して”クレインの方を見た。

 

『あははは……その力は僕でも使えない力……まさか、こんな状況で目覚めちゃうなんて……悔しいな。』

「……もしかして、なんだが……お前は、自分の名前がないのか?」

『!?』

「やっぱりか……」

悔しそうに涙を流すクレイン。それを見つつも尋ねたアスベルの問いにクレインは目を見開き、アスベルは自分の憶測が確信に変わったことに苦い表情を浮かべていた。

 

 

『……少し、昔話をしてもいいかな。』

「……ああ。」

『ありがとう……』

 

 

―――昔、あるところに一人の男の子がいました。その子は優しい両親に恵まれ、彼らの友人と健やかに過ごしていました。いや、過ごす筈でした。

 

 

―――しかし、その子は名前を与えられる前に連れ去られました。来る日も来る日も機械に繋がれ、不思議な色の薬を飲まされ……気が付けば、八年の歳月がたっていました。

 

 

―――ある日、とうとう命が尽きかけたその子を見て、大人たちはその子を森の奥深くに捨てました。精神はすり切れ、もう命が尽きかけた時……その子の中にもう一つの魂が宿り、奇跡的に息を吹き返しました。

 

 

―――そして、その魂が宿った子の本来の精神は眠りに就き、その代わりとして動いていた魂は次々とその子の悲願を叶えていったのです……

 

 

―――本来の魂が目を覚ました時、羨ましさと欲望が同時に込み上げました。そして……今回の事を機に、彼を永遠に眠らせようとしました。が……それも儚い夢でありました。

 

 

「………」

『ふふ……君なら気付いているはずだね。僕の言っている意味も。』

「最初のところ以外はな……どこに、手掛かりがある?」

『聖ウルスラ病院……』

「そっか……」

クレインの言ったことはすべて事実である……でなければ、転生の理自体も説明がつかない。すると、周囲の景色が白く染まり始める。

 

『………僕は、僕の魂はようやく還れる………アスベル・フォストレイト、ありがとう。』

「さっきまで襲い掛かって来た奴がそれを言うかよ………生きてやるよ。お前の分まで、きっちりとな。」

『うん………また、会えるといいね。』

「お前が望めばな。」

ま、いろいろ不器用なのはお互い様だった……ただ、それだけだった。そうして、クレインの姿は光となって消えていった。そして、アスベルの意識も引き上げられていった。

 

 

~ロレント フォストレイト家~

 

「ん……」

目を覚ますと、視界に映ったのは……

 

「アスベル!!」

「わっぷ!!」

シルフィアの姿……正確には彼女の胸に顔を埋められる形で抱きしめられた。

 

「よかった、よかったよ………」

「………」

あの、シルフィさん。早く離していただかないと私、本当に死んでしまいます。二重の意味で。

一分後、彼女の抱擁からようやく解放された。

 

「そ、その、本当にゴメンなさい……」

「いや、心配してたんだからその反応は嬉しかったしな……俺達が眠っていた後、どうなったんだ?」

「あ、それなんだけれど……」

どうやら、あの後……レイアがいち早く目を覚まし、続いてシルフィアが……そして、最後は俺らしい。ロレントの事件自体はエステルらが解決したらしく、彼女らはアガットらの手伝いをするためにボースへと向かったそうだ。

 

「……それじゃ、俺らも動くとしますかね。シルフィ、マリクとレヴァイスに連絡を。」

「了解だよ、アスベル。」

「さて……ん?シルフィ、一つ聞いていいか?」

「何?」

「誰が俺を着替えさせたんだ?」

「………」

シルフィアの返事を聞いたアスベルが服を脱ごうとすると、妙な感覚の違い……服装と下着の感覚が眠らされる前と異なることに気が付いたアスベルはそのことをシルフィアに問いかけると、シルフィアは頬を赤く染めて俯いた。それを見たアスベルは事情を察し、照れながらも感謝の言葉を述べる。

 

「あ~、その、ありがとな……」

「う、うん……わ、私、レイアに伝えてくるね!」

そう言ってシルフィアはアスベルの方を見ながらその場を離れようとした。ちなみに、部屋のドアは開いていない。つまり……

 

「あうっ!!……う~っ、いたいよぉ………」

ものの見事にドアにぶつかり、ぶつかった場所を押さえながらその場にへたり込んでしまう。

 

「………」

その仕草に『可愛いな』と思ってしまった自分が何だか恨めしかった。具体的には、超高層ビルの屋上からダイビングしたい勢いで自分を殴りたかった。何でそう思ったのかは、彼自身でも解らないことではあった……

 

 



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第77話 変則的な『実験』

ロレントでの事件が一段落し、ボースに着いたエステル達。ギルドを訪れた三人を待っていたのは、アガットたちに加えて、エステルにしてみれば意外な人たちばかり―――――クローゼ、オリビエ、ジン、ティータの姿だった。

 

 

~遊撃士協会 ボース支部~

 

「お、ようやくきおったか。」

「久しぶりね、ルグラン爺さん。」

「話は聞いておるよ。何でも、『結社』の企みを防いだそうではないか。」

「完全に防げたわけじゃないけれどね……その功績はリィンだし。」

「いや、俺自身もよく解らなかったんだ……まぁ、二人に怪我とかなくて良かったよ。」

ルグランの言葉にそう答えたエステル。事実、リィンはルシオラの幻術を瞬時に跳ね除けたのだ。そのお蔭で特に被害はなかった。

 

「お久しぶりです、エステルさん。どうやら、憂いはないみたいですね。」

「久しぶりだね、エステル君。その様子だと、決意は固そうだね。」

「クローゼにオリビエ。うん……二人にも迷惑をかけちゃったわね。」

そして、声をかけてきたクローゼとオリビエ。エステルは二人に対して申し訳なさそうに答えた。

 

「気にしないでください。エステルさんならきっと、ヨシュアさんを連れ戻すことができると思います。」

「白の姫君を救う可憐な王子様……尤も、君の柄ではないと笑いそうだが。」

「アハハ……うん。絶対に連れ戻すって約束したしね。」

『結社』の得体の知れなさに色々思うところはあるが、それでもエステルのやることは一つしかない……そのためには、立ち止まってはいられない……その思いを込めて、エステルはそう述べた。

 

「お久しぶりです、エステルお姉ちゃん!その、ヨシュアお兄ちゃんのことは私も聞いたけれど……きっと、お姉ちゃんならヨシュアお兄ちゃんを見つけられると思うんだ。」

「久しぶりだな、エステル。ヨシュアのことはシェラザードから聞いたが……お前さんが喝を入れれば、ヨシュアもお前さんを受け入れてくれると思うぞ。」

「久しぶりね、エステル。アンタなら、自分の信念を貫き通せるはずよ。だから、頑張りなさい♪」

「ティータにジンさん、サラさんまで……ありがとう、三人とも。」

続いて話しかけたティータとジン、そしてサラの励ましの言葉にエステルは素直にお礼の言葉を述べた。

 

「……ところで、貴方は?」

「自己紹介がまだだったな。スコール・S・アルゼイド……父と妹から君の事は聞いているよ、エステル・ブライト。よろしくな。」

「ラウラのお兄さんってことね。よろしく、スコール。それと、あたしのことはエステルでいいわ。」

「解った。よろしくな、エステル。」

そしてエステルの知らなかった人―――スコールは自己紹介し、互いに握手を交わした。そして、スコールはリィンの姿に気づき、声をかけた。

 

「で、久しいなリィン。」

「ああ、久しぶりだなスコール……で、アルゼイド侯爵は相変わらずなのか?」

「……お前の考えてる通りだろうな。アレを破棄するつもりはないらしい…」

「勘弁してくれ…俺はちゃんと断ったのに…」

リィンの質問にスコールは目を伏せつつも答え、それにはリィンもため息を吐いた。

 

「フム、“光の剣匠”ともあろうお方がリィン君にご執心とは……何があったのかね?」

「リィン、話してもいいか?」

「ああ、構わない。」

オリビエの疑問にスコールはリィンに尋ね、疲れた表情を浮かべるリィンは構わないと答えたのを確認して、スコールが話し始めた。

 

事の始まりは、クーデター事件の前……セリカとシオンがレグラム自治州にあるアルゼイド流の道場を訪ねた時であった。その時、テオとルシアに連れられてリィンもレグラムに来ており、顔見せ程度に道場を訪れていたのだ。そこでテオとヴィクターがいろいろ意気投合したらしく、アリシアとルシアも含めた四人で話し合った結果……

 

『てなわけで、リィン。ラウラさんと婚約することが決まった。』

『ラウラさんはいい方ですよ。きっと、リィンも喜ぶと思います。』

『父さんに母さん!?『てなわけで』とは何ですか!?事情をすっ飛ばして結果だけ言われても困るんですが!?色々意味不明ですし、それに相手の同意も得ず、いきなりそれというのは無粋過ぎませんか!?』

『その……私では不服なのか?』

『ラウラさん!?』

『何でしたら、側室でも文句は言いませんよ。ちゃんと愛してくれれば問題ありませんから。』

『うむ。これほどの婿殿、私の息子として文句はないだろう』

『アリシアさんにアルゼイド侯爵殿まで!?』

『………すまん、リィン。止められなかった……』

『何と言うか、哀れですね……冗談めいたことすら言えませんよ。』

『……(ある意味、俺も似たようなものだな……)』

 

とどのつまり、逃げ場は完全に断たれてしまった。リィンは四人に対してきちんと断りを入れたが、その断りすらも無視されてしまい………最早、リィンとラウラの婚約は決定事項となっていた。後でそれを聞いたエリゼが凄まじい威圧を放って『何してるんですか、父様に母様?』と言い放ちながら両親を睨んだのは言うまでもないが………

 

「あ、うん……ゴメン、何と言うか……どう言えばいいか、わからないわ。」

「エステルの言葉には、同意する……その、頑張れや。」

「アタシも同感ね……」

「あ、あの、えと……頑張ってください。リィンさん。」

「その歳で色々抱えてるんだな、お前さんも……」

「その、頑張りなさい。生きてればいいことあるわよ。」

「いやはや、尊敬に値するよ。僕の好敵手として認めたいぐらいだ。」

「あはは………(私も人の事を言えないような立場ですので、どう発言していいものか……)」

「ほえ~……」

エステルを皮切りに、アガット、シェラザード、ティータ、ジン、サラ、オリビエ、クローゼ、アネラスがそれぞれ思うことや言葉を述べた。“光の剣匠”ともあろうお方の御執心っぷりに引き気味だった……尤も、一部を除いてではあるが。

 

(う……優しさが痛い……)

(頑張れ、リィン……)

その優しさが逆に辛いリィンと、肩に手を置いて励ましたスコールだった。すると、ギルドの扉が開いて二人の女性が入ってきた。

 

「失礼しますわ。」

「あれ?メイベル市長……それにリラさんじゃない!」

「ご機嫌よう、エステルさん。ようやく再会できましたね。」

「……ご無沙汰しております、エステル様。」

「うん、お久しぶり。二人と会うのは、晩餐会の時以来だったっけ?」

こうして会うのは、クーデター事件の時の晩餐会以来……メイベルとリラを見たエステルは懐かしそうな表情で話しかけた。

 

「ええ、そうなりますわね。初対面の方もいらっしゃいますが……」

「初めまして、リィン・シュバルツァーです。」

「スコール・S・アルゼイドだ。よろしくな。」

「これは、ご丁寧にどうも。ボース市長を務めておりますメイベルと申しますわ。」

「……お嬢様のメイドのリラと申します。」

リィンとスコール、メイベルとリラはそれぞれ自己紹介をした後、メイベルは他の面々にも挨拶を交わした。

 

「……他の皆さんもお久しぶりです。クローゼは……もう休暇に入ったのかしら?」

「いえ、実は一足先に休学にさせて頂いたんです。メイベル先輩とリラさんもお元気そうで何よりです。」

「メイベル、先輩?」

クローゼのメイベルに対する呼び方――“市長”ではなく“先輩”という単語にエステルは首を傾げた。

 

「メイベル先輩は、王立学園の先輩でいらっしゃるんです。」

「ふふ、公の場以外では威張らせてもらってるわけですわ。」

「あはは、そうなんだ。」

クローゼとメイベルの意外な関係……『公』の場では“王太女”と“市長”、『私』の場では“後輩”と“先輩”の関係を知ったエステルは苦笑した。

 

「それと……アガット・クロスナーさん。お久しぶりですわね。」

「まあな。」

「あれ、アガットって市長さんと顔見知りだったの?」

「何度か依頼を通じてお世話になっていますわ。それと十年前に……」

「おい……嬢さん。」

エステルに説明したメイベルがある事を説明しようとした時、アガットが制止の声を出したため、メイベルはそれ以上話すのをやめた。

 

「……失礼しました。今日のところは、皆さんがいらっしゃったと聞いたので挨拶に伺わせていただいたのです。聞けば、国際犯罪組織を追ってらっしゃるのだとか?」

「こ、国際犯罪組織……」

「少し雰囲気は違うけれど、そう思ってくれて構わないわ。」

『結社』の呼び方にエステルは若干驚き、シェラザードは真剣な表情で頷いた。

 

「ボース市としても、犯罪組織の暗躍は他人事ではありません。可能な限りの協力をさせて頂きますわ。」

「うん、その時はよろしくお願いします。」

「……ま、せいぜい期待してるぜ。」

何かあれば市長邸まで来ていただければ対応いたします……という言葉をかけた後、メイベルとリラはギルドを出て行った。その後、ルグランは溜息を吐いてアガットに先程の態度に関して指摘した。

 

「アガット。お前さん、もう少し愛想良くはできんのか?」

「悪いが、これが俺の地なんだよ。生憎、遊撃士はサービス業じゃねえんだ……その辺は勘弁してもらうぜ。」

「確かにアガットって(一部を除いて)誰に対しても横柄だけど……対応そのものは丁寧な感じがするのよね。でも、さっきの市長さんには素っ気なく感じたんだけど。」

「それはお前の気のせいだと思うんだが……爺さん、とりあえず魔獣の事を報告するぞ。」

ルグランの指摘には『これが俺』だとでも言いたげに反論したアガット。だが、いつものアガット……今までの言動と先程の言動を比べると、素っ気無さが強調された物言いにエステルは不思議に思いながらも呟き、それには気のせいだと言葉を返しつつ、アガットは魔獣の事についての報告をし始めた。

 

(そういえば……あの女性とあの女の子……一体なんだったんだろう……)

ルシオラとの一件……それ以降、エステルは自分の中に不思議な存在を感じるようにもなった。エステルが見た夢の中に出てきた、『自分の知らない人達の夢』……銀髪の女性と金髪の少女の存在……それが何なのかは、解らずにいた。考えても埒が明かないと思い、それはひとまず置いておくことにした。

 

そして、アガットの報告では……魔獣はやたらと怯えていたり、暴れていたらしい。それも、その範囲はパルム南部とボース北部……丁度旧国境線を通る山脈あたりに集中していることが判明したのだ。

 

「ふむ……何とも気になる話だのう。」

「そういえばアガット先輩。前にもボース地方で同じようなことがあったとか言ってましたよね?」

「む、そうなのか?」

アネラスの話―――アガットが以前にも似たような現象を目の当たりにしたこと……それを聞いたルグランはアガットに尋ねた。

 

「まあな。つっても、爺さんがボースに来る前の話さ。」

「あれ、ルグラン爺さんって前からここにいるんじゃないの?」

「わしがこの街に来たのは『百日戦役』が終わった後じゃよ。かつてリベールの遊撃士協会はグランセルにしかなくてな……各地方に支部が作られたのは戦争が終わってからなんじゃ。ちなみにわしは、10年前までは王都支部の受付をしてたんじゃよ。」

リベールでの遊撃士協会の歴史……その変遷は『百日戦役』後、元々のグランセル支部に元帝国領であるセントアーク支部、レグラム支部がそのままリベールの協会として移管され、それらの支部に近いパルム、アルトハイム、ロレント、ボースに支部が開設され、続いてツァイス支部、最後はルーアン支部が開設された。

 

「……その『百日戦役』の直前だ。魔獣の様子がやたらとおかしかったっていうのはな。」

「へ……?」

「なんじゃと……?」

アガットの説明を聞いたエステルとルグランが首を傾げたその直後、轟音が鳴り響いた。

 

「わわっ!?」

「なっ!?」

「なんじゃ、この揺れは!?」

そして、その直後に地響きのような震動が起きて、叫んだ。ただ事ではないという事態に、すぐさまエステルらは外に出ると……

 

 

~ボース市~

 

「なあっ!?」

「な、何て大きさなの!?」

「こいつは……竜か!?」

マーケットの屋上に普段は見ない……いや、一般人はおろか遊撃士でもその存在を見る機会がないに等しい大型生物―――竜が居座る形でその存在感を露わにしていた。

 

「はい……古代竜です!昔からリベールのどこかに棲息していると伝えられていましたが……」

「いやはや、たまげたねぇ。」

「これほどの竜がいるとはな……」

クローゼはジンの言葉に頷きながら、不安そうな表情を浮かべ、オリビエとスコールは感心したような言葉を言いながらも、真剣な表情で竜を見ていた。

 

「まさか……こいつも『結社』の仕業か!?」

「……まぁ、否定はしない。」

アガットの叫びに答えるかのように聞こえた声。竜の傍らにいた人物……その人物の姿を一度見たことのあるエステルらはその彼を見て驚いた。

 

「なっ!?」

「あ、アンタは、ロランス・ベルガー!?」

「フ、久しい面影に初対面の者もいるな……言っておくが、その名前は偽名だ。『身喰らう蛇』が『執行者』No.Ⅱ“剣帝”レオンハルト……お前たちとは短い付き合いかもしれないが、お見知りおき願おう。」

エステルの言葉に反応して、ロランスは口元に笑みを浮かべて答えた。そして、改めて自らの“正体”を名乗った。

 

「“剣帝”………レオンハルト」

「成程、『果敢なる獅子(レオンハルト)』か。すると『獅子(レーヴェ)』というのは君の愛称だったわけだね。」

「俺としてはいささか不本意だが、仲間内ではそう呼ぶ者は多いな。まあ、お前たちも好きなように呼ぶがいい。」

「……舐めやがって……」

リィンはレーヴェの本名を呟き、オリビエは納得した表情で言った。そして、その愛称で呼ばれることに少々不服ではあるが……というレーヴェの言葉を聞いたアガットはレーヴェを睨んでいた。

 

「……今回の実験は少しばかり変則的でな。正直、お前たちの手に負える事件ではない。王国軍にでも任せて大人しくしておくのだな。」

レーヴェはその睨みも介せずアガット達に答えた後、竜を舞い上がらせ、エステル達に背を向けた。そして、レーヴェを乗せた竜は飛び去って行った…………それを見たアガットは何か思いつめたような表情をしつつ、エステル達に言った。

 

「………俺はアレを追う。お前らは軍が来るまで被害状況の確認とかをやってろ。」

「えっ……!?」

「アガット?」

「後でまた連絡する!」

エステルとシェラザードの返事すら待たずに……アガットは走って、竜が飛び去った方角に向けて走り出した。

 

「ア、アガットさん!?」

その光景にティータは慌てふためくが、更なる事態が彼等を直面することとなる。マーケットから出てきた市民の一人がエステル達に近づいて来た。

 

「き、君たち!いい所にいてくれた!頼む、手を貸してくれ!瓦礫の下敷きになった人や逃げ遅れた人がいるんだ!」

「なに!?」

「(ええっ!?)……うん、解ったわ。案内して!!」

「エステル!?」

市民の説明にジンが驚き、エステルも内心驚いていたが……すぐさま気持ちを切り替えて、誘導をお願いした。その言動には流石のシェラザードも驚きを隠せなかった。

 

「今の状況だと、人手は多い方がいいし…幸いにも被害はマーケットだけのようだし、周囲に火災は起きていない…竜に関しては、アガットを信頼して待ちましょ。」

「………」

「ど、どうかしたのシェラ姉?」

「いや、それはあたしの台詞よ。あんた、熱でもあるの?」

「あたしはいたって健康よ!!ほら、一刻を争うんだから!皆行くわよ!!」

冷静に状況判断をしたエステルに目を見開いて驚いていたシェラザード……熱でも出して気が狂ったのかと思ったが、エステルはその推測をすぐさま否定し、先導してボースマーケットに急いだ。

 

(………今までのエステルにはなかった思慮深さに状況判断……まさか、ロレントでの一件で、エステルの身に何かあったのかしら?)

どちらかといえば直感で行動することの多かったエステルの先程の言動は、今までになかった彼女の兆候だった。それには疑問を浮かべたシェラザードだが、今は人命救助が先だということに気持ちを切り替えて、マーケットに急いだ。

 

 

~ボースマーケット~

 

マーケットの内部は凄まじい惨状と言わんばかりの状態だった。崩れ落ちた瓦礫、怪我で動けなくなっている人々……建物が全壊していたらと思うと、ゾッとする………エステルらは、すぐさま気持ちを切り替えて事の収拾にあたることにした。

 

クローゼ、シェラザード、ティータには逃げ遅れた人々の誘導を……サラとアネラスには三人のサポート――万が一瓦礫が落ちてきたときのフォローをお願いし、エステルとジン、オリビエとリィン、スコールで瓦礫の撤去を行うことをエステルが素早く指示し、速やかに分散して事の収拾にあたり始めた……その矢先、メイベルの叫びがエステルらに聞こえた。

 

「お願い!返事をしてちょうだい!」

「くっ……駄目だ……」

「僕たちだけの力じゃ……」

市民達が瓦礫をどけようとしたが、見た目に反してかなりの重量の瓦礫のようで……大人二人がかりでも歯が立たず、ビクともしなかった。

 

「メイベル市長!」

「き、君たちは……!」

「エ、エステルさん!リ、リラが……リラがわたくしをかばってこの瓦礫の下に……!」

「!ジンさん、何とかできそう!?」

その声を聞いて駆けつけたエステル達。悲痛な叫びとも言えるメイベルの説明を聞いたエステルは驚いたが、すぐさま救助することに気持ちを切り替えた。

 

「ああ、これぐらいの瓦礫なら……お二方、ちょいとそこから離れてくれ。」

「あ、ああ……」

「た、頼みます。」

「……フンッ!!」

ジンの言葉に頷いた市民達は瓦礫から離れ、そしてジンは瓦礫の下に手を入れ……瓦礫を持ち上げた!

 

「スコール!」

「了解……そらっ!!」

ジンの声にスコールは剣を抜くと、被害の及ばない場所に瓦礫を殴りつけて吹き飛ばした。

 

「リラ!?」

「う……あ……お嬢……さま……」

メイベルが驚きの声を上げた相手―――所々傷を負い、血を流しているリラは、見たところ傷を負っていないメイベルの姿を見て、安堵の表情をした後、気絶した。

 

「おお、生きてるぞ!」

「ああ、リラ!!」

「ともかく、一刻も安全な場所に運ばないと……オリビエ、リィン。手伝って!!」

「ああ、解った!」

「フッ、心得た!」

エステルはオリビエとリィンに協力を仰ぎ、リラの応急処置ができる安全な場所へと運び出した。すると、そこにシスター服とは異なる衣装に身を包み、『星杯』のペンダントを持つ人物―――金色の長髪に紺青の瞳の女性が現れた。

 

「皆さん、無事ですか!」

「えと、貴方は……そのペンダント。丁度よかった!この人の手当てをお願いできますか?」

「その紋章……解りました。お引き受けします!」

その女性にエステルは疑問に思ったが、彼女の持っているペンダントが目に入り……ここは『専門家』に任せた方がいいと判断し、リラの応急処置を頼む。そして、その女性もエステルの身に付けている遊撃士の紋章が目に入り、各々の分担を即座に察して頷いた。

エステルがオリビエ、リィンを連れてその場を離れると……女性はリラの状態を確認し、周りに人がいないことも合わせて確認した後、ペンダントを掲げて言葉を呟いた。

 

―――我が深淵にて煌く琥珀の刻印よ。癒の緑耀、治の青耀……大いなる息吹を以て、かの者の命を繋ぎとめたまえ。

 

彼女が言葉を呟くと、その背中に煌く琥珀色の紋章……その輝きが一層増し、リラの周囲を優しい力が覆い……その光が収まると、リラの傷は見る影もなく完全に消え去っていた。

 

「……これで、傷の方は癒えましたが……あとは、この方の精神力に期待するしかありませんね。(それと……やはり、彼らに連絡を取ってみましょう……)」

女性はそう呟くと、近くにいた市民にリラの事を頼み、彼女がマーケットから運ばれていくのを見届けた後、何かを確認するためにその場を去った。

 

その後、エステル達は引き続き市民達をボースマーケットから避難させたり、最低限ではあるが応急処置を施した後、その報告の為にギルドに戻った。




ロレント編、すっ飛ばしました。何故かって?そもそもシェラザードはともかく……

エステル→母親が生きているので、夢を見る必要性が……

リィン →アスベルのせいで色々克服しているので……

てなわけで、あっさり退場に……この分は他のところで見せ場を作るつもりですが……場合によっては、ルシオラだけでなく他の執行者にも色々クラフトを追加する予定です。技の数的にオリキャラの連中がずば抜けてますがw

あと、例の女性……お察しください。

それと、今のところ原作とは異なる順序で進めていますが、出来る限り原作に沿った流れに持っていく予定です……いろいろ変わっている時点で原作ブレイクなのは否定しませんが。


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第78話 紅焔の重剣

 

一通りの救助活動が済んだ後、ギルドに戻ったエステルらは新たに現れた『執行者』―――ロランスもといレーヴェの事について話していた。見た目からして、孤児院に放火しようとした特務兵らと同じように見えないが、今回の出来事をそう簡単にできるものなのかと困惑の表情を浮かべていた時、通信機が鳴った。

 

アガットからの連絡ではないかと一同は想像したが、通信していたルグランは伝えられた情報に驚愕しつつも、冷静に応対した後、通信機で伝えられた情報―――ラヴェンヌ村に竜が現れ、果樹園の一部を焼いて飛び立ったことと、その後にアガットが来て消火活動を手伝ったことをエステルらに伝えた。

 

「分かった!あたしたちも行ってみるわ!」

「お、お姉ちゃん!私も連れていって!」

「えっ……!?」

話を聞いたエステルがラヴェンヌ村に行こうと声を上げた時、名乗り上げたティータを見てエステルは驚いた。

 

「空飛ぶ竜が相手だったら導力砲が役に立つと思うし……それに……それに……」

「……うん、分かった。でも……無茶をしたらダメだからね?」

「はいっ!」

アガットが心配だというティータの心情を察しつつも、自分のできる範囲での行動を……という忠告を込めたエステルの答えを聞き、ティータは明るい表情で頷いた。その時、ギルドの扉が勢いよく開いて、大分息が上がった状態の少女……クローゼと同じ制服を身に付けた赤髪の少女の姿に、彼女をよく知るエステルとクローゼは驚いていた。

 

「はぁ、はぁ………あ、エステルさんにクローゼ!」

「ミーシャ!?ちょっと、大丈夫!?」

「その、大分息が上がっているみたいだけれど……」

「ご、ごめんね……ふぅ……」

少女―――ミーシャの姿を見たエステルとクローゼは駆け寄って、心配したが……ミーシャはただ息が上がっていただけのようで……少しすると、落ち着いた。

ミーシャは、コリンズから学園の用事を頼まれて少し前……厳密には、竜によるマーケット襲撃後にボースへと到着した。その際、耳に挟んだ『ラヴェンヌ村方面へ飛び立った竜』の事を聞きつつも……ギルドに向かったクローゼならば何か知っていると思い、急いで来たということらしい。とりあえず、現状を伝えるとミーシャは安堵して全身の力が抜け、その場に座り込んでしまった。

少しすると自分の力で立ち上がり………とりあえず、初対面の方々がけっこういるため、ミーシャは自己紹介をした。

 

「えと、エステルさん以外は初めてですね。私はジェニス王立学園生徒会書記のミーシャ・クロスナーと言います。皆さんの事はクローゼと兄から色々聞いております。」

「へぇ……貴女があのアガットの妹さんね。あたしはシェラザード・ハーヴェイ。貴女のお兄さんと同じ遊撃士よ。」

「遊撃士のジン・ヴァセックだ。しかし、奴さんとは似ても似つかないな。」

「僕は不世出の演奏家にして愛の狩人、オリビエ・レンハイムだよ。しかし、あの御仁の妹さんがこのような麗しい女性とは……その美貌に酔ってしまいそうだよ。」

「相変わらずねぇ……遊撃士のサラ・バレスタインよ。よろしくね、ミーシャ。」

「スコール・S・アルゼイドという。よろしくな。」

「リィン・シュバルツァーだ。よろしく、ミーシャ。」

「私はアネラス・エルフィード。よろしくね、ミーシャちゃん。」

ミーシャの自己紹介を聞いて各々自己紹介をした。そして……

 

「えと、ティータ・ラッセルといいます。よろしくお願いします、ミーシャさん!」

「あ、貴方が兄の良く言っていたティータちゃんだね。」

「え、そうなんですか?」

「うん。兄ったら、ティータちゃんのことを話す時だけ何故か慌てるんだよね……情けない兄だけど、ティータちゃんならきっと支えられると思うから。その、頑張ってね。」

「え、えと、その………が、頑張ります!」

ティータとミーシャの遣り取り……それを見たエステルらは……

 

(これって、アレよね?)

(ええ、アレでしょうね。)

(フッ、あの御仁も彼女の魅力には勝てなかったということだろうね。)

(そういうものなのでしょうか?)

(ほう、彼も満更ではないということか。)

(こんな可愛い子のハートを射止めるなんて……私、アガット先輩にライバル宣言します!)

(どういう理屈なのよ、アネラスってば……)

(………他人事に思えないのは、俺だけだろうか?)

(………ある意味、この先苦労しそうだな……アガット、頑張れ。)

大方の事情を察しつつ笑みを浮かべたエステルとシェラザード、意味深な笑みを浮かべたオリビエ、引き攣った笑みを浮かべていたクローゼ、二人の話からアガット本人もそうなのだと知って感嘆を浮かべたジン、可愛いティータのハートを射抜いたアガットに対して敵対心を抱いたアネラス、それに対して『お前は何を言っているんだ』とでも言いたげなサラ、この状況下をデジャヴに感じたリィン、そしてこの先凄まじい苦労をする羽目になりうるであろうアガットに少しだけ同情したスコールだった………

 

とりあえず、一通り説明がついたところで、エステルはサラ、リィン、ティータ、オリビエ、アネラスの五人と共にラヴェンヌ村へと向かうことになり、王国軍との連絡のためにクローゼ、ジン、スコールの三人がギルドに残った。

 

ラヴェンヌ村に到着したエステル達は村長に状況を聞き、アガットは竜を追って北――廃鉱に行った可能性があったので、急いで廃鉱に向かった。その廃鉱への入り口が開いており、傍に落ちていた鎖の痕跡を見たティータが先程外されたものであると気付き、それを聞いたエステルらはアガットを探して廃鉱に入った。

 

~廃坑・露天掘り場所~

 

エステル達が廃鉱に入ったその頃、古代竜が何かに抗うかのように暴れていて、レーヴェは冷静に見ていた。そしてレーヴェは”ゴスペル”を取り出して、暴れている竜を鎮めた。

 

「よし……それでいい。ふむ、データを取るにはまだしばらくの時が必要か。まったく、面倒な仕事を押しつけてくれるものだな。」

「……何が、面倒だと……?」

「お前は……」

竜を見つめて呟いたレーヴェに問いかけられた言葉……その声の主であるアガットがレーヴェに近づいて来た。

 

「……ずいぶん久しぶりじゃねぇか。こうして相対するのは『二度目』になるか。」

アガットはレーヴェを見て、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ランクB“重剣”アガット・クロスナー。いや、クーデター事件の後、A級に昇格したそうだな。」

「……ヘッ、流石は元情報部の人間だな。あの時はネズミみたいにコソコソしてやったが……今回はまた、ずいぶんと派手にやらかしたもんだぜ。」

レーヴェの言葉を聞いたアガットは鼻を鳴らした後、武器を構えた。

 

「……今度ばかりは逮捕だの悠長な事を言うつもりはねえ。てめえみたいな野郎相手に加減したらどうなるかぐらいは解っているつもりだからな。」

「ほう、威勢がいいだけではないとはな。だが、あの程度の被害、火災などという可能性を考えれば派手というほどではあるまい?十年前……お前が見た光景に較べればな。」

「!!」

勢いのみならず、相手の実力を推し量った上での冷静さが垣間見えたことにレーヴェは少し驚きつつも、今回の被害などアガットが見たものに比べれば“軽微”とでも言わんばかりの発言にアガットの顔色が変わった。

 

「この国の遊撃士の経歴は一通り調べさせてもらった。フフ、やはりお前はどこか俺と似ているようだ。」

「似ている、か……確かに俺とてめえは、似てはいるな。レーヴェ……いや……レオンハルト・“メルティヴェルス”」

「なっ!?」

得意気に言い放ったレーヴェだったが、いつもの調子とはかけ離れた冷静な様子で呟いたアガットの言葉―――彼が名乗らなくなってしまった“名字”を知っていたことにレーヴェは驚きを隠せなかった。

 

「ロランス・ベルガー……最初聞いたときはどうにも引っ掛かりを感じてた。それと、ヨシュアの存在もな……で、てめえが『レオンハルト』と名乗ったことと、あの演奏家が言っていた『レーヴェ』……それで思い出したんだよ。『ハーメル』でてめえと出会い、一度だけだが剣を交えたことも……あれっきり、俺の中で燻っていた気持ちもな。」

アガットの生まれであるラヴェンヌ村はかつて地理的要因から『ハーメル村』との交流があった。その際、アッシュブロンドの髪をしたアガットよりも少し年上の少年と手合わせをした。その時、彼の幼馴染であった黒髪と琥珀色の姉弟……カリンとヨシュアとも一度だけではあったが、少しだけ話をした。その後、ハーメル村とは音信が途絶え、彼との手合わせができずに不満を漏らしていたこともあった………その不満が溜まりに溜まって……結果的には、それが一時期“反抗期”として荒れていた自分に繋がっていた。

 

だが、その時期があったからこそ……あの少女の父親に武術や遊撃士の心得を叩き込まれ……そして、一年前に痛感した“未熟さ”……それがアガットを更なる高みへと押し上げるための……ひいてはA級正遊撃士に到達しうるだけの原動力になっていた。

 

「フッ……成程。あの時の血気盛んな赤毛の少年……あれから十年が経っても、互いに覚えていたとはな……それとこうして相対するとは。」

「全くだぜ……『二度』てめえに勝ち逃げされた分……きっちり返させてもらうぜ!」

『執行者』と『遊撃士』……『百日戦役』によって引き裂かれた二人……レーヴェとアガットの戦いが幕を開ける!

 

「ふっ!」

「そらあっ!!」

(ほう……俺の剣撃と互角の力……)

ぶつかり合う二人の剣……その膂力自体はほぼ互角という事実に、さしものレーヴェも少し驚いた。

 

「成程……剣聖とその娘……彼らに叩きのめされたのは、余程堪えたようだな。」

「否定しねえよ。けれど、てめえに勝ち逃げされたことと比べれば、遥かにマシだ!!」

そう言って、アガットは“片手”で重剣を振り、横薙ぎを浴びせようと振るうが、

 

「むんっ!」

レーヴェは両手で剣を持ち、アガットの剣撃を止めた。すると、剣同士のぶつかり合いによる衝撃波でレーヴェの足元に亀裂が走った!

 

「……(この一ヶ月という短期間で、あの時以上のパワーとスピードだと……ロランスとして相対していた時のアガット・クロスナーとは違いすぎる……)」

正直に言って、『まるで別人』と評する他なかった。だが、“一ヶ月”でここまでの成長を成し遂げた……そのことに関しては、否応にも認めざるを得ない。レーヴェはそう感じた。

 

「フッ……」

口元に笑みを浮かべると、アガットの剣を弾いて距離を取った。

 

「アガット・クロスナー……お前の力に敬意を表して、“剣帝”の奥義でお前を倒そう………はあああああああっ!!」

「(凍り付く闘気だと……)うおおおおおおおおおおおおっ!!!」

レーヴェは闘気を込めると同時にアガットの周囲が凍り付く……それを見たアガットは負けじと闘気を解放した!

 

「凍てつく刃……その身に受けよ……『冥皇剣』!」

「いくぜ!ファイナル、ブレイクゥ!!」

互いのSクラフト……レーヴェの『冥皇剣』とアガットの『ファイナルブレイク』……その衝撃波はほぼ互角……だが、その時、

 

パキンッ!

 

「………なっ」

アガットの重剣が『折れた』……そうなると、互角であった衝撃波……アガットからすれば、それの発生源である重剣が折れた……すなわち、

 

「があああああっ!?」

ファイナルブレイクで幾分か威力は弱まっていたが、それでもかなりの威力を誇る冥皇剣の衝撃波がアガットを襲った!!

 

「……かはッ………」

「………(俺の『冥皇剣』を受けてまだ生きているとはな…その強運さには敬意を払いたいところだが…)」

レーヴェの攻撃をまともに受けたアガット………折れた重剣の刃はアガットの傍に刺さり、アガット自身は崩れ落ちた。それとは対照的にレーヴェは、武器の影響があったとはいえ互角に戦ったのは事実だということに少なからず驚嘆を浮かべたのは言うまでもない。だが、今はそんな感傷に浸っている場合ではないと踵を返したレーヴェであったが……

 

「……ま、待ちやがれ……ま……まだだ……まだ終わっちゃいねえぞ……」

レーヴェが何かをしようとしたその時、アガットは傍に落ちていた刃の折れた武器を拾って、レーヴェに向け立ち上がった。

 

「この期に及んでまだ戦おうとするとは。いいだろう。至らぬ身のまま果てるがいい。」

「だめーー!!」

レーヴェがアガットに止めを刺そうとしたその時、なんと導力砲を持ったティータがアガットを守るかのように、アガットの前を立ちはだかった!

 

「チビスケ!?…………なんで、こんな所にいやがるッ……」

「えとえと………アガットさんが心配で、それでお姉ちゃんと…………」

アガットはティータの姿に驚いていた……ティータはアガットに事情を説明しようとした時、

 

「ティータ!!」

「ティータちゃん!!」

「……留めろ。」

後を追ってきたエステル達もアガット達の所に走って近づこうとしたが、レーヴェがゴスペルを出して呟くと、鎮まっていた竜がエステル達に向かってドラゴンブレスを吐いた。

 

「くっ……!」

「チッ、やっかいな……」

竜の攻撃によって、エステル達は近づく事ができなかった!

 

「………」

「あ、あう………こ、来ないでくださいっ!」

「ば、馬鹿野郎……。そんな物が通用するかっ!いいから……とっとと逃げろ……!」

一方エステル達を留めたレーヴェは静かにアガットたちの所に歩み寄った。相手は曲がりなりにも『執行者』……銃如きが通用する相手ですらない……ティータの様子を見たアガットはティータに警告した。

 

「ラッセル博士の孫娘、ティータ・ラッセルか。天才少女と聞いていたが、いささか無鉄砲が過ぎるな。女子供を手にかけるのは俺の趣味ではないが―――必要とあらば斬る。大人しくそこをどくがいい。」

「ど、どきませんっ!」

レーヴェはティータに警告した後、ティータに剣の切っ先を向けたが、それに臆することなく……ティータは決意の表情でレーヴェを見て言った。

 

「わたし……アガットさんに助けてもらってばかりだから……。こういう時くらいしかお返しすることができないから……。ううん……違う……。ぶっきらぼうで……フキゲンな顔ばかりして……いっつもわたしのことチビスケって子ども扱いするけど……。本当はとっても優しくて……いつも見守っていてくれて……。大好きで……大切な人だからっ!だからわたし……ゼッタイにどきませんっ!!」

どこか優しげな様子を見せて語ったティータは導力砲を地面に置き、そして……両手を広げてアガットを庇い、叫んだ!

 

「……あ…………」

 

―――俺は、俺はいつも助けられてばかりだ。あの時も……

 

百日戦役の時、俺はミーシャを連れて逃げ出すことしかできなかった。その途中で忘れてきたプレゼントを取りに戻ったミーシャ……そこに落ちてきた砲弾。俺は絶望を感じた。

 

―――『全く……命あっての物種だぞ。』

 

だが、間一髪助け出されたミーシャ……それを助けたのは、漆黒の髪に深紅の瞳を持った……俺からすれば年下の少年……

 

―――俺は、無力なのか……

 

そして、今も俺の前に盾として立ち塞がったチビスケ……いや、ティータ。そうして初めて、俺は昔も今も……何も変わっちゃいなかったことを知った。大切な奴が目の前からいなくなる……エステルの奴もヨシュアがいなくなった時は、その苦しみを味わったんだろうな……それから比べりゃ、俺はまだ幸せ者じゃねえか。まだ、守れるものが近くにいる俺は……ホント、てめえ自身が情けねえな。

 

己の強さと弱さ……全てを理解し、納得したアガット。その時、彼の脳裏に響く声。

 

 

―――……ようやく理解したようだな。己の強さと弱さに。

 

 

厳しくも優しい声……アガットのことを『待ち望んでいた』かのように響く声……

 

 

『アンタは……』

 

 

―――一つ聞こう……お前は、力を得て何を為す?

 

 

正体を聞こうとしたが、先に問いかけられた。

 

 

『そうだな……目の前にいる野郎……レーヴェに勝ちたいってのもあるが、それ以前に<本分>を貫き通すっていうのが本音だな。』

 

―――『本分』……とは?

 

『決まってるだろ……俺は遊撃士だ。困ってる奴がいれば、助けてやるのが遊撃士の仕事だ。目の前に『壁』が立ち塞がるのなら、這いつくばってでも乗り越えてく……俺が望むのは、そんな力だ。』

 

 

確かに、『結社』は得体の知れねえ連中ばかりだ……俺でも、正直勝てるかどうかなんてわからねえ……けれども、そこで逃げ出して、大切な人をみすみす失うなんて、俺には出来っこねえ相談だからな……遊撃士の本分である『民間人の保護』……そのスペシャリストである遊撃士という道を選んだからには、それを曲げたくねえ。この道に導いてくれた、エステルの父親……カシウスのおっさんに顔向けできねえようなことは、したくない……ただ、それだけなのだと。

 

 

―――……承知した。これより、汝の剣となりて汝を守ろう。汝の赴くままに振るう、『刃』として。

 

 

「フッ、健気なことだ。その半端者に、そこまで慕う価値があるとも思えないが……何だ?」

ティータの言葉にレーヴェが感心していたその時、アガットの握っていた折れた剣、折れた刃……そして、彼の身に付けていたシンプルなペンダント……そこに填められた石が白く光り始めた。

 

石から離れた光は剣と刃を吸収し……更に、もう一つの光――紅い光が天から舞い降り、二つの光は合わさり、アガットを包み込んだ……

 

「ふえっ!?」

「なっ!?」

「えっ!?」

「い、一体何が……」

ティータやレーヴェは無論の事、エステル達も驚いていた。

そして、次第に輝きが収まり……そこには………

 

「ア、アガットさん?」

「………ったく、チビスケのくせに無茶しやがって……けどまぁ、今回ばかりは俺にも責任はあるからな……ありがとな『ティータ』……少し、下がっててくれよ。」

「あ……は、はい!!」

傷は完全に消えてなくなり、先程まで持っていた重剣とは異なる紅蓮の片刃剣を持ったアガット……心配するティータに呆れつつも、自分の非である部分は否定せず……大丈夫であることと感謝の意味を込めて『彼女の名前』を初めて呼び、ティータはそれに呆けたが、すぐさま我に返って元気よく返事をし、アガットの後ろに移動した。そして、その様子を見たレーヴェが口元に笑みを浮かべた。

 

「ほう……まだその余力があったとはな。」

「コイツは余力じゃねえよ……ま、正直癪だが、てめえのお蔭だということは否定しねえけど……なっ!!」

「フッ、どこを狙って……」

そう言って、アガットは剣を振るった―見当外れの方向に飛んでいく衝撃波……すんなり回避したレーヴェは期待外れかと思ったが……その衝撃波の先―――狙いは……

 

パキンッ!!

 

「!?……なっ!?」

何かが壊れる音……レーヴェがその方向を向くと、竜に付けた『ゴスペル』……それをピンポイントで破壊していた。

 

「これで竜はてめえの思い通りにならねえな……ついでに、こいつも持っていきやがれ!!紅炎聖剣『レーヴァテイン』………砲炎撃剣『ブレイドカノン』解放!!」

そう言い放ったアガットの叫びに呼応するかの如く、『レーヴァテイン』の刀身が前後に分割し……中に内蔵された『ブレイドカノン』の刃が深紅に染まり、アガットの周囲に立ち上る荒々しい炎。

 

「……面白い、アガット・クロスナー!今度こそその命、刈り取らせてもらうぞ!!」

レーヴェは内心驚きつつも、彼の『進化』に武者震いし、全ての力を以て“剣帝”の一撃を放つ!

 

「受けよ………冥皇剣!!」

「………」

凍り付く闘気の剣……だが、アガットはそれも意に介せず、構えた。

 

「これで決める!うおおおおおおおっ!!」

俺にできるのは、相手を叩き伏せる剣捌き……それは、得物がコイツに代わろうとも……俺は貫き通すだけだ……そう決意したアガットはレーヴェの闘気を振り払うかのように高く飛び上がった。そして、アガットの背中に顕現する竜のオーラ……今まで勝ちえてきた技術と遊撃士の信念……その信念から生み出した、渾身の一撃……己の強さと弱さ……それらを知り、受け入れたアガットと、彼の持つ『レーヴァテイン』『ブレイドカノン』にしかできないSクラフトが炸裂する!!

 

「いくぜ!ヴォルカニック!ダァァァァァァイブ!!!」

アガットの新たなSクラフト『ヴォルカニックダイブ』がレーヴェの『冥皇剣』とぶつかり……互角だった力は次第に竜の如く『ヴォルカニックダイブ』が『冥皇剣』を飲み込み、レーヴェに襲い掛かる!

 

「なっ……がああああああっ!?」

荒れ狂う竜の怒りの如き炎のようにレーヴェを襲い、その余波でレーヴェは壁に叩きつけられた。そして、壁から離れたレーヴェは地面に跪いた。

 

「………」

それを見つつも、アガットは静かに解放状態を解除し……剣を背中に仕舞った。

 

「フフ……見事だ、アガット・クロスナー……今回はこれで退かせてもらうとしよう。あと少しでいらぬ邪魔が入りそうなのでな………」

よろめきながらもレーヴェは口元に笑みを浮かべてアガットに言い放ち、その場を去っていった。その様子に呆然としていたエステル達だったが、我を取り戻して、アガットとティータの下に駆け寄っていった……

 

 




原作での会話から、『十年前に一度だけ面識があった』という設定を加えました。

あと、アガットが原作男性キャラで最初のパワーアップを果たしました。

武器イメージですが、ギルティギアのソルが持っている剣(ジャンクヤードドッグ)を片刃剣っぽくしたものだと考えてください。


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第79話 聖天兵装

~廃鉱~

 

「アガット!ティータ!!」

「二人とも、無事?」

「ああ……お陰様でな。」

エステルらの問いかけにぶっきらぼうながらもアガットは答えた。

 

「しかし……君があの“剣帝”を上回るほどの技量を持っていたとはね……」

「……俺も、よくは解らねえが……きっと、今まで使っていた『相棒』が俺にとっての枷になってたのかもしれねえな。“重剣”……それに対する変な拘りって奴だ。」

オリビエの言葉には、俺自身もよく理解できていないと答えたアガット。今まで築いてきた遊撃士としての実績……“重剣”という自らの異名にどこかしら甘えていた部分があった……きっと、そのことに気付けたからこそ、アイツの……“剣帝”を少しでも上回ることができたに過ぎない、と。

 

「拘りねえ……にしても、アガット……その剣はどうしたのよ?」

「コイツか?……さて、俺もよく解らん……というか、俺自身何が起きたのかすら解らねえんだし……これ以上の追及は勘弁してくれよ。てか、お前は専用のブレードと銃があるじゃねえか。」

サラに『レーヴァテイン』の事を聞かれるものの、アガットもよく解らないと答えるほかなかった。何故なら、『自然と』使い方を知っていたかのように馴染んでいた……そして、アガットはペンダントに填められた石を見つめる。

 

(ミーシャ………どうやら、こいつはとんだ『お守り』だったみたいだ……ありがとな。)

 

(…………見事だ、人の子よ。)

「えっ!?」

「い、一体何処からですか……!?」

「俺らじゃねえ……となると、アンタか?」

エステルらの脳裏に聞こえてきた声……エステルとティータは驚き、その会話の主がここにいる“人”ではないことに気づき、アガットは竜のいる方を向いた。

 

(その通りだ……我が名は“レグナート”。この地に眠る竜の眷族だ。)

「え……」

「これは……貴方が喋っているんですか!?」

竜――レグナートの念話にリィンは呆け、アネラスは驚いた表情で尋ねた。

 

(私は、おぬしらのような発声器官を持っていない。故に『念話』という形で語らせてもらっている。おぬしらはそのまま声に出して語りかけるがいい。)

「そ、そうか……」

「ふえぇ~……」

「何と言うか、色々凄いな……」

「……竜と話すだなんて、色々ぶっ飛び過ぎよ……」

「あはははは………」

レグナートの説明にアガットは戸惑いながら頷き、ティータは呆けた声を出し、リィンは驚きつつも感心し、サラは本気で頭を抱えたくなり、アネラスはもはや笑いしか出てこなかった。

 

「こ、言葉が通じるのなら確認したいんだけど……。もう、あたしたちと戦うつもりはないのよね?」

(うむ、あの機(はたらき)に操られていただけだからな。よくぞこの身を戒めから解き放ってくれた。礼を言わせてもらうぞ。)

「あはは……ど、どういたしまして。」

レグナートにお礼にエステルは苦笑しながら受け取った。

 

「……礼はいい。俺たちがここまで来たのはてめぇを解放するためじゃねえ。これ以上の被害を防ぐためだ。」

(私が被害を与えてしまった街や村の事だな……意志を奪われていたとはいえ、確かに私にも責任があるだろう。さて……どう償ったものか。)

「ま、まあ、悪いのは『結社』の連中なんだし……ケガ人は出ちゃったけど、亡くなった人もいなかったし……誠意さえ伝われば許してもらえると思うわよ?」

アガットの言葉を聞いて考え込んでいるレグナートにエステルは慰めの言葉を言った。

 

(ふむ、『誠意』か。このような物で伝わるか自信はないのだが……人の子よ、もう少しこちらに近付いてはもらえまいか?)

「う、うん?別にいいけど……」

「……ったく、何だってんだ。」

そしてレグナートのはエステル達に念話である事を伝え、レグナートの念話に首を傾げたエステル達はレグナートに少しだけ近づいた。すると大きな金色の結晶がエステルとアガットの手に現れた。

 

「な……」

「わぁ……!」

「それは、金耀石の……!!」

突然現れた金色の結晶にアガットは驚き、ティータは目を輝かせ、リィンも驚きを浮かべつつ結晶を見た。

 

「金色の輝き……空の力を秘めた金耀石(ゴルディア)の結晶とは……流石、竜ね。太っ腹じゃない!」

「サラさん……」

「フフ、成程……これならば確かに“誠意”は伝わりそうだね。」

レグナートの行いに感心したサラ、その言動に引き攣った笑みを浮かべたアネラス、そして意味深な笑みを浮かべつつも、これならば彼の誠意も市民たちに伝わると率直に感じたオリビエだった。

 

(私が付けた爪痕の償いだ。どうか、おぬしらの手から街と村の長に渡してもらえぬか?)

「な、なるほど……。うん、そういう事なら―――」

「―――駄目だな」

「ちょ、ちょっと!?」

「アガットさん……」

(ふむ、やはり物では誠意は伝わらぬという事か?)

レグナートの頼みにエステルは頷こうとしたが、アガットは断った。その言葉にエステルは驚いた後ジト目でアガットを睨み、ティータは心配そうな表情で見て、レグナートは静かな様子でアガットを見た。

 

「そういう意味じゃねえ。この大きさだと………1つ、1千万ミラといった所か。1万分の1でいい。これと同じ結晶を寄越しな。」

「へ………?」

「犯罪でも絡まない限り、遊撃士を雇うのは有料でな。品物の運搬料だったら1000ミラ貰えりゃ充分だ。それさえ払えば引き受けてやるよ。」

「あ……」

「まったくもう……。素直じゃないんだから。」

(ふむ、そういう事か。それでは受け取るがいい。)

アガットの言葉―――自分たちはあくまでも『遊撃士』であり、ボランティアではない……その言葉にティータは安心し、エステルは呆れながら安堵の溜息を吐き、レグナートは頷いた後、アガットの手に小さな金色の結晶を出した。

 

「契約成立だな。この二つは、責任をもって村長と市長に届けてやるぜ」

(うむ、頼んだぞ。ふふ……しかし、銀の剣士と戦っていた時もそうだが……人間というのは、限りない可能性を持っているのだな。)

「なっ……」

「操られる前の事を覚えているんですか?」

(操られてはいたが、意識は残っていたからな……これだから、人間というのは面白い。)

「あ、あう………」

「あはは、意外とお茶目な所があるじゃない。」

レグナートの念話を聞いたアガットは驚き、リィンは尋ね……レグナートからの返答にティータは照れ、エステルは苦笑した。

 

(ふむ、そしておぬしらは……なるほど、道理で覚えのある匂いがするわけだ。“剣聖”の娘……そして、“剣仙”の孫だな?)

「へ……!?」

「おいおい、どうしてオッサンを知ってやがる!?つーか、“剣仙”って確かオッサンの……」

「ユン・カーファイ師父のことを知っているんですか?」

「お、おじいちゃんが竜と知り合い!?」

レグナートの念話を聞いたエステルはレグナートがカシウスを知っている事に驚き、アガットは驚きながら尋ねつつも“剣仙”の言葉に首を傾げ、それに反応したリィンが尋ね、アネラスに至ってはレグナートとユンの関係性に驚いていた。

 

(20年前……眠りにつく時、最後に会った人間達だ。剣の道を極めると言って挑んできたのだが……いまだ壮健でいるのか?)

「う、うん。ピンピンしてるけど……父さんがまさか竜とまで知り合いとは思わなかったわ……」

「俺も驚きだよ……師父、そんなことを一言も言わなかったし……」

「私がおじいちゃんの非常識を一番垣間見てるんだけれど……」

「……アンタらの師匠、いろいろ非常識ね。」

レグナートの問いに答えつつ……“剣仙”と“剣聖”……その教えを継いだ三人の使い手たちは二人の非常識さに頭を抱えたくなった。そして、それを傍から見ていたサラは少しばかり同情した。

 

「ねえ、レグナート。ちょっと聞いてもいいかな?」

そしてエステルはある事を思い出し、レグナートに尋ねた。

 

(ふむ、なんだ?)

「あなたに『ゴスペル』を付けたのは、あのレーヴェっていう男なのよね?“実験”とか言ってたけど……一体、何の実験だったか分かる?」

(ふむ……誤解を解いておくが。漆黒の機(はたらき)を私に付けたのは、あの銀の剣士ではない。『教授』と呼ばれていた得体の知れぬ力を持つ男だ。)

「ええっ!?」

「なんだと……!?」

レグナートの説明を聞いたエステル達は驚いた。

 

銀の剣士――レーヴェは、『教授』の供としてここに現れ……そしてレグナートが暴走してからは、被害が大きくなりすぎぬよう様々な手を尽くしたらしい。レーヴェが暴走を抑えなければ……レグナートは街や村を破壊し尽くすまで止まらなかったに違いない、と推測も交えつつ説明した。

 

「う、うそ……」

「野郎……どういうつもりだ。」

レグナートの念話を聞いたエステルは信じられない表情をし、アガットはこの場にいないレーヴェの真意がわからず、考え込んだ。

 

(そして、『教授』の目的はただ1つ。あの機が私に効くかどうかを見て完成度を確かめたかったのだろう。“輝く環”の“福音”としてな。)

「な……!?」

「“輝く環”!?」

「ちょ、ちょっと待って!もしかして“輝く環”がどういう物か知ってるの!?」

レグナートの念話を聞いたアガットとティータは驚き、エステルは血相を変えて尋ねた。、

 

(……………それは、何処にもないが遍く存在しているものだ。無限の力と叡智と共に絶望を与える存在でもある。それを前に出した時……人は答えを出さなくてはならぬ。)

「へ……」

「フム……どういう意味なのかね?」

(私から言えるのはここまでだ。これ以上の関与は古の盟約により禁じられている。おぬしらを助けることも彼らを止めることもできない。)

レグナートの意味ありげな念話にエステルは首を傾げ、オリビエは尋ねたが、レグナートは『盟約』のため、ということを述べて答えなかった。

 

(それにしても……剣聖の娘に赤の剣士。何故、お主らが“聖天兵装”を所持しておるのだ?)

「聖天兵装……何ソレ?」

「ひょっとして、俺の場合はコイツ……『レーヴァテイン』に内蔵された『ブレイドカノン』のことか?」

レグナートの問いかけにエステルは首を傾げ、アガットは背負っていた『レーヴァテイン』を見せるような形で持ち、問いかけた。

 

(うむ……“盟約”と関係ないことならば、話しても問題は無かろう……幸か不幸か、“騎神”と関わる者もいる……少し長話になるが、構わないか?)

「うん。」

「………お願いします。」

(よかろう……)

レグナートの言葉に答えたエステルとリィン。レグナートはその答えを聞き、話し始めた。

 

(“聖天兵装”……“騎神”の超常的戦闘力……それが悪用されたとき、それを止めるための手段として女神<エイドス>が生み出した十二の剣。)

 

聖天光剣、砲炎撃剣、神霊水剣、絶氷錬剣、地裂鋼剣、轟旋風剣、刻時空剣、天空創剣、銀幻想剣、星雷神剣、七星天剣、天断極剣……その十二の剣は悪用されないために、特殊な封印を施し……心ある『七の至宝』に選ばれし者が、それを導く……その時まで、ゼムリア各地に封印された……

 

「そもそも“騎神”って………」

(古の時代に“女神”が作り与えた『七の至宝』に匹敵しうる代物……それには『起動者(ライザー)』を導く“一族”がいる……その力は文字通り『一騎当千』を体現した物……というべきだろう。)

「……それに対抗するための、女神(エイドス)の作った武器ってことは……アーティファクトってこと!?」

(厳密には違う。それらの武器が真価を発揮するためには、それらに選ばれた『起動者(ライザー)』である必要がある。『起動者』以外の者には、只の『折れない剣』でしかない。)

「それでも十分凄い気がしますが……」

……だが、その封印は解かれ……その内一人目の『起動者』―――アガットと『ブレイドカノン』が目覚めた。残るは十一人……奇しくも、そのうちの一人であるのは……

 

「それがあたしって……」

(うむ……その武器からは“聖天兵装”の力を感じるが……その武器をどこで?)

「えと、クラトス・アーヴィングって人があたしに作ってくれた武器なんだけれど……詳しいことは解らないのよね……」

『起動者』……その資格を持ちうると言われても、正直ピンとこないエステル。まぁ、同じように『起動者』であるアガットも………

 

「ま、エステルの気持ちはわかる。俺も正直半信半疑だったからな……今でも夢じゃねえかと思っちまうほどにな。」

「あ、アガットもそうなんだ……」

スケールの大きさについて行けず、揃ってため息を吐いた二人……その時、エステルの持っていた棒が光り始めた!

 

「ふえっ!?」

「な、なんだ!?」

(これは……剣聖の娘よ、どうやら“聖天兵装”が一つ……『聖天光剣』の『起動者』に認められたようだな。)

「前置きが全くないんですけれど!?」

冷静に呟くレグナートとは対照的に慌てふためくエステル達……眩い光が辺りを覆い……光が収まると、神々しいオーラを纏い……白と金のコントラストが特徴的な棒がエステルの前に浮いていた。エステルは流石に戸惑ったが……それを掴んだ。

 

―――成程。貴女が私の主ですね。ちなみに、私の声は貴女以外に聞こえません。

 

『この声……ひょっとして、貴女が?』

 

―――はい。聖天光剣……いえ、聖天洸具『レイジングアーク』……これより、貴女の力となります。

 

『そっか……あたし、エステル!エステル・ブライト!!これからよろしくね。』

 

―――ふふっ、愉快な人ですね…気に入りました。よろしく、エステル。

 

『うん、宜しく!!』

 

「エステルお姉ちゃん?」

「その、ぼうっとしてたけれど、大丈夫なの?」

「あはは……ゴメンゴメン。ちょっと……『会話』してたの。」

一通り会話を終えると、エステルはアガットを除く周りの心配する表情に事情を説明した。

 

(フム………奇しくも『三人』の『起動者(ライザー)』を目の当たりにできるとは……“女神”の眷属として、これほど光栄なことは無いだろう……)

それを一通り見届けたレグナートは、翼ををはためかせた。

 

「わわっ……」

「お、おい!?」

(さらばだ、人の子達よ。おぬしらが答えを出した時、私はもう一度姿を現すであろう。その時が来るのを祈っているぞ。)

そしてレグナートは空へ飛び去っていった。

 

こうして、ボース地方を騒がせた古代竜の騒ぎは幕を閉じた。

 

エステル達は、後から来たモルガンに詳しい事情の説明を求められ……ようやく解放されてから、レグナートから預かった金耀石の結晶をメイベル市長とライゼン村長にそれぞれ届けた。

 

 




残すはグランセルと四輪の塔……この話で章を一度区切る形となります。


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FC・SC第六章~天使のお茶会~
外伝 白隼の国へ集いし者たち


~レミフェリア公国 大公邸~

 

レミフェリア公国の首都、フュリッセラ……そこにある大公邸―――国家元首アルバート・フォン・バルトロメウスとの謁見を賜る、水色の髪に琥珀色の瞳の少女……ティオ・プラトーがいた。

 

「ティオ君、よく来てくれたね。忙しいところの呼び出し……良く応じてくれた。」

「いえ……アルバート大公には、私的なことに対する恩義がありますから。」

例の事件の後、ティオは実家であるレミフェリアに戻ったものの、両親との折り合いがうまくいかず……一度家出したのだ。その際訪れたクロスベルで内密に訪れていたクラトスと再会……感応力が上昇していたティオはクラトスのことを見抜いたが……事情があると察し、秘密にすることを約束した。

 

その後、クラトスの紹介でラッセル博士やティータと知り合い、一年間の修行の後、レミフェリアに戻り……国家主導で設立されたレミフェリア総合技術局(Remiphellia General technology Depatment:RGD)……その『所長』に任命された。更に、大公の仲裁で両親との関係も無事修復し……今は導力杖(オーバルスタッフ)と次世代戦術オーブメント――『第五世代』の開発で多忙な毎日を送っているが、本人にしてみれば『楽しいことをやってるだけですので』と言い切っていたが……

 

「それで、大公自らの呼び出し……もしかして、再来週の“不戦条約”絡みですか?」

「察しが良くて助かるよ、ティオ君。無論、それだけではなく……ルーアンの総合病院視察と女王生誕祭中のZCF総合展覧会……不戦条約締結時に提供されるオーバルエンジンの手続き……君には、技術折衝担当として随行してほしい。必要ならば、先に現地入りしても構わないが……どうかな?」

「………そうですね。お引き受けします。というか、断る理由もありませんので……」

国家に関わる重要な案件となれば、要職に就いている自分が出向かないわけにはいかない……それに納得して、アルバートの頼みにティオは快く返事をした。

 

「ただ、導力杖のテストをしておきたいので……早くても来週初めにはリベールに向かいます。」

「解った。飛行船の手配は私の方でしておこう。」

「え?いや、流石にそこまでしていただくのは……」

「気にしないでくれ、ティオ君。私にとっても君は家族のようなものだよ。」

「………はぁ、解りました。不躾ですが、お願いいたします。」

何から何まで親切にしてくれるアルバートに戸惑うティオだったが、有無を言わせぬアルバートの発言に反論は無駄だと悟り、ため息を吐いてその場を後にした。

 

 

~カルバード共和国 パルフィランス~

 

「リベールに?」

そう声をかけられたのは、ロイド・バニングス……兄であるガイの死後、親戚を頼る形でカルバードに移り、現在は兄のような捜査官になるべく、鍛練と勉学に励んでいた。その後クロスベル警察学校に入学し、今日は久々の休日ということでカルバードに戻ってきていた。そして、話しかけた相手は……

 

「ええ。僕がリベールに行くのは知っていると思いますが……同年代の子が周りにいなくて……てなわけで、ロイドを誘ったんです。」

「はは、その気持ちはわかるよ。でもニコル……俺はニコルのように音楽や工業系に詳しくないんだけれど……」

「それは解っています。捜査官を目指しているのですから、『護衛』ぐらいは問題ないかと……父には既に許可は取りました。」

翠の髪の少年……ニコル・ヴェルヌ。ヴェルヌ社現会長の息子にして、共和国ではちょっとした有名人……いや、ヴェルヌという肩書自体ちょっとどころではないが………後、ニコルはロイドと同い年ながらも共和国で五指に入る腕前のピアニストである。

 

「う~ん……許可が取れるかどうかは教官に聞いてみないと解らないけれど、もし許可が取れたら引き受けさせてもらうよ。」

「ありがとうございます、ロイド。」

「気にするなよ、ニコル。俺とお前の仲だろう?それに、ニコルのことは俺がきちんと守ってやらないと、ニコルのファンが悲しむしな。そう考えると、俺の責任は重大だな。」

ニコルの言葉にロイドは笑顔ではっきりと言い切った。その思い切りの良さはニコルにとってみれば羨ましいものだった。

 

「(相変わらずですね、ロイド……)そう言えば、この前ロイドのファンという人から手紙が何通かきていましたよ?」

「う……勘弁してくれよ。ちゃんと断りの手紙を書いたはずなのに……」

……実は、前に助っ人としてロイドに手伝ってもらった後……彼の姿に『母性本能がくすぐられる』という感じの内容のファンレターが届くようになった。最初は少数で、ロイドは丁寧に断りの手紙を書いたのだが……それが逆に火をつけてしまったようで、今では数十通……中には若手著名人まで含まれていた。

 

(まぁ……彼の事ですから、断っているつもりが無意識的に口説き文句を書いていると思うんですよね……僕ですら、恥ずかしいことを臆することなくよく書けますよ……)

ロイドの言語能力……無意識的な口説きは最早修正不可レベルであった。

 

その後、ロイドはニコルの護衛についてどういう扱いになるかその教官に連絡したところ、『せっかくの機会だから、実際に行って見てこい。お前さんにもいい勉強になるだろうしな。』という返答が帰ってきて……その翌日には、警察学校から課外活動許可届の書類が届くほどの手際の良さにはロイドも面食らったという……ともあれ、急いで書類を書き終えて叔父の認印を貰ってクロスベル警察学校宛に提出し、そのことをニコルに報告した。

 

 

~ルーレ市 ラインフォルト社 会長室~

 

エレボニア帝国では主なシェアを誇り、カルバード共和国のヴェルヌ社、リベール王国のツァイス中央工房、レミフェリア公国の総合技術局のように国を代表する企業―――ラインフォルト社の本社ビル。その一角の会長室には四人の人間がいた。現会長のイリーナ・ラインフォルト、会長秘書のシャロン・クルーガー、副会長のバッツ・ラインフォルト……そして……

 

「……私が、ZCFとの技術折衝役!?」

バッツとイリーナの娘……アリサ・ラインフォルトの姿であった。彼女はイリーナから言い渡された『総合博覧会での技術折衝役』を言い渡されたことに驚きを隠せずにいた。

 

「ええ。その時期は丁度『先約』の関係で動けないの。シャロンは私の随行、バッツは本社での取りまとめがある……となれば、貴方に行ってもらうのが丁度いいってことよ。」

「その意見は正論だけれども……私にそこまでの成果を期待されても困るわよ?」

「それは解っているわ。でも、貴女だからこそ行ってもらう意味があるのよ。」

イリーナの説明に色々納得はしたものの、『アリサだからこそ』というイリーナの言葉の意味が解らず、首を傾げた。その理由をシャロンとバッツが説明した。

 

「ZCFが誇る天才博士、アルバート・ラッセル博士。彼の孫娘であるティータ・ラッセルとのパイプを作り、ひいてはラッセル博士とのコネクションを持つのが目的ですわ。」

「………」

「あまり気が進まない表情だね、アリサ。だが、今のラインフォルトが置かれている状況は厳しい。内外に敵は多い……それを打破するための、切り札が足りない。」

そう言い放った理由……ラインフォルト社内の派閥関係もあるが、それ以上に西ゼムリア四ヶ国における技術的優位性のバランスが大きく変わったのが、先程バッツが言い放った『厳しい状況』ということに他ならない。

 

常に時代の最先端をひた走り……秘匿されているが、『功労者』―――アスベルらによって、既に三世代先の水準まで到達しているツァイス中央工房。その権威であるラッセル博士の教えを継いだティオが主導し、ZCFには遠く及ばないが、その時代の最先端技術力を有するレミフェリア総合技術局の販売部門であるフュリッセラ技術工房……その二つの製品シェアは各々の国内ではほぼ100%……それだけにとどまらず、クロスベル自治州の導力製品シェアの8割……帝国や共和国でもニつの製品シェアを合わせれば2割超のシェアを持っているのだ。大量生産ではなく安全性と耐久性を売りにしているその二つに対抗するためには、彼等の技術力を実際に見ることが不可欠である……その結論に達した。

 

「……気が進まないのは正直な感想だけれど、やるしかないじゃない。いいわ、引き受けようじゃない。」

「ありがとうございます、お嬢様。そう言っていただけると信じておりましたわ。」

「決まったわね。出発は来週初め……帝都知事に同行することになっているから、失礼のないようにね。」

「衣装は私が誠心誠意を以て選んで差し上げますわ。」

「いや………パーティーに行くんじゃないんだから、シャロン……」

「あはは、頑張ってくれアリサ。」

ラインフォルトで働く知り合いを路頭に迷わせたくないとはいえ………もはや『どうにでもなれ』と言った心境しか出てこないアリサであった。

 

 

~バルフレイム宮 宰相執務室~

 

「失礼します。」

「来たか……お呼び立てして申し訳ない、知事閣下。」

そう言って部屋に入ったのは帝都知事であり帝都庁長官であるカール・レーグニッツ。その姿を見た帝国政府宰相“鉄血宰相”ギリアス・オズボーンは立ち上がってカールの下に歩み寄った。

 

「いえ、お気になさらず。私は前準備のため来週初めにはリベール入りいたします。」

「カルバードからロックスミスが出る以上、本当ならば私自身が出向くところではあるが……知事にはこのような“微妙な時期”に大変な仕事を押し付けてしまい、申し訳ない気持ちで一杯……といったところではあるがね。」

「宰相の名代……大変名誉なことです。その名に恥じぬよう任を全ういたします。」

今回の不戦条約締結に際して……エレボニアは宰相名代としてカール帝都知事、カルバード共和国からはサミュエル・ロックスミス大統領、レミフェリア公国からはアルバート大公が出席する運びとなっている。更には、特別招待客としてクロスベル自治州からヘンリー・マクダエル市長をお招きする運びとなっている。

 

「その代りの計らいとしては少々物足りないものではあるが、知事閣下の息子さんも同伴させてはどうかね?」

「よろしいのですか?」

「元々派遣の人数に空きはある。一人増えたところで問題はない。」

「……わかりました。閣下の計らいに感謝いたします。」

一通り話し終えてカールが部屋を後にすると……窓際に移動して、外の帝都の風景を見ながら口元に笑みを浮かべた。

 

 

「ここまでは順調……リベール王国、その力の真価……見せてもらうとしよう。」

 

 

 

~アルトハイム自治州上空~

 

リベール行きの定期飛行船……その中の座席に座る一人の青年がいた。

 

「ったく……親父の奴、家出する俺にとんでもねえ仕事を押し付けやがって……」

そうぼやいたのは、鞄を持ちオレンジのコートを着た赤毛と翡翠の瞳の青年……ランドルフ・オルランドの姿だった。ランドルフもといランディは三日前、『赤い星座』を抜けた……その事情は本人しか知りえないことであるが……元々クロスベルに向かう予定だったが、『家出』の際にバルデルとシルフェリティアが

 

『ランドルフ……リベールに行って来い。』

『はぁ!?』

『フフ……きっと、ランドルフにとってはいい経験になりますよ。』

 

と言われ、更には『然るべき時までのリベール滞在』を言い渡される形となったのである。尚、その間の身柄の預かりは『剣聖』と呼ばれる人物にあるとまで言われ……下手に逆らえば怖い予感しかしなかったため、已む無くリベール行きの飛行船に乗っていた。

 

(けど、何でだ……冷や汗が止まらねえぞ………)

だが、リベールに向かおうとすればするほど、ランディの冷や汗が止まらなくなっていた。これにはランディもその原因がよく解らなかった。すると、一人の少女が彼の姿に気づいて声をかけた。

 

「あ、ランドルフ・オルランド。」

「ん?って、フィー・クラウゼル!?」

互いに異なる猟兵団に属する人間……厳密に言えば、ランディは抜けた人間ではあるが……そのことを知っていたフィーは隣に座って、話をつづけた。

 

「話は聞いてるよ。団を抜けたって。」

「ったく、あの親父……にしても、てめえが何で飛行船に乗ってるんだよ……」

「帝都に野暮用があったから。ところで、ランドルフは観光しにでも行くの?」

「親父が仕事を押し付けやがったんだよ……あと、俺の事はランディと呼べよ。」

「ん。」

互いに妙な立場でありながらも……ここで争う雰囲気などなく……呑気に会話をしていた。

 

 

 




新章……この章ですが、オリジナルの依頼のオンパレードです。今までキャラが薄目だった人たちがてんやわんや状態になります。

そして、零の軌跡メンバー……文章内でちょろっと触れていますが、一足先に空の面々と色々活躍してもらいますw

補足説明ですが……

レミフェリア公国の首都→オリジナル設定です。

ティオの両親絡み→解決しています。なので、ロイドとの設定もちょっといじりますw

ニコル・ヴェルヌ→共和国側のオリキャラです。イメージはニコル・アマルフィ(SEED)です。

アリサ→父親生存、イリーナが会長なのは変わりませんが、副会長に父親(バッツ)になっています。理由はその内明かすと思いますw


というか……空の時点でエステル・ロイド・リィンの三人を出す私はどうかしているようですw(すっごく今更感満載)


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第80話 いざ王都へ

~遊撃士協会 ボース支部~

 

竜の騒ぎから一夜明け……被害の受けたマーケットでは早くも復旧に向けた作業に入っていた。そして、リラの意識も回復し、メイベルは彼女が目を覚ましたことに大変喜び、号泣していた。

エステルらはギルドに戻り、事の顛末を報告した。

 

「今回の竜騒ぎは本当にご苦労じゃったな。まさに遊撃士協会の面目躍如といった感じゃぞ。」

「う、うーん……そっかな?」

「だが、『実験』そのものは阻止できなかったからな……あんまり威張れやしねえさ。」

被害を最小限に食い止めることができたとはいえ、彼らの『実験』そのものを食い止めたわけでないため、苦い表情をしたエステル達。ある意味レーヴェもその一端を買っていただけにそう誇れることではない。

 

「しかし、これで自治州と王都を除く四つの地方で『実験』を行ったことになるわね……」

「となると、次は自治州あたりになるのかしら?」

サラとシェラザードの言葉……それを聞いてルグランがエステルらに話をし始めた。

 

「それなんじゃが……お前さん達にはグランセルに行ってもらえんかの?」

「グランセルに、ですか?」

「うむ。エルナンからの要請が来ておってな。生誕祭や不戦条約のこともあるからの。」

「あ……」

「フム……つまり、ここにいる全員でグランセルに来いということだね。」

ルグランの言葉にリィンは首を傾げたが、続いてルグランの口から出た言葉にクローゼは大方の事情を察し、オリビエは何かを納得したかのように言い放った。

 

「そういうことじゃ。協力員の方々にも手伝ってもらう形となるが……」

「僕は構わないよ。」

「私も異存はありません。」

「えと、宜しくお願いします!」

「俺もだな。」

「俺もです。」

「感謝するぞ。では、手配の方をしておくから少し休んでおいてくれ。」

協力員であるオリビエ、クローゼ、ティータ、スコール、リィンはルグランの問いかけに肯定の意を持って頷き、それを見たルグランはそう言って乗船券の手配などをするため通信機に向かった。

 

「となると、少し時間が空くわね……」

「そしたら、少し休憩にしましょう。飛行船の時間までは余裕があるわ。」

「じゃあ、買い物に行ってきますね。クローゼさん、ティータちゃん、行こうか!」

「そうですね。」

「あ、は、はい!」

「なら、俺が付き添おう。荷物持ち位は必要だろうからな。」

「それならば、僕も付き添うことにしよう。女性のエスコート役は必要だろうしね。」

エステルとシェラザードの言葉を聞いたアネラスはクローゼとティータの二人と買い物に行き、ジンとオリビエがその三人のサポートに入ることにした。

 

「それじゃ、アタシはメイベル市長に会ってくるわ。」

サラはメイベルに一言いうために、その場を後にした。残ったのはエステル、シェラザード、リィン、スコールの四人だった。すると、アガットが言葉を発した。

 

「………丁度いいな。」

「アガット?」

「エステル、お前に話しておくことだが……俺は過去に一度だけヨシュアに会ったことがある。」

「え……過去って、何時の話?」

「いまから十年ぐらい前……『百日戦役』の直前の話だ。」

「えっ!?」

アガットの言葉に一番驚いたのはエステル。昔……それも、十年も前のヨシュアと会ったことがある……それには驚きを隠せずにいた。だが、アガットの言葉は彼女に更なる衝撃を与えることになる。

 

「俺の故郷の村―――ラヴェンヌは『ハーメル村』……帝国南部の小さな村と交流があった。俺が行ったのは一度きりだったが、そこであの野郎……『レーヴェ』と幼い頃のヨシュア、それとヨシュアの姉と会ったことがある。尤も、戦役後……その村との交流は途絶えちまったが。」

「え……」

「……二人とも、ハーメルのことは知っているのかしら?」

「……すみません。俺には流石に……スコールは?」

「……十年前…正確には『百日戦役』終戦直後、帝国政府から『ハーメル村』への言及を避けるようとの通達があった。」

「え……」

「ちょっと待って……何で帝国政府が一介の村への言及をしないように通達なんて出したんだ!?」

アガットの言葉もそうだが、それ以上にスコールの言葉は衝撃過ぎた。その言葉に何となく納得がいったアガットが言葉を呟いた。

 

「成程な。(……だが、あの惨状と通達が出されたタイミングからすれば……『土砂崩れ』なんてただの方便だろうな。)……話は逸れちまったが、その時のヨシュアの性格は明るくてな……今となってはその面影すらない。」

「え……そうなの?」

『ハーメル』の事も気にはかかるが、アガットの口から出たヨシュアの『昔』と『今』の違い……それにはエステルも面食らった表情を浮かべていた。

 

「ああ………あの野郎も、な……ひょっとしたら、俺らの想像もつかない『地獄』を見たのかもしれねえ……」

そう言ったアガットも沈痛の思いを滲ませつつ、言葉を紡いだ。

 

話を終え、買い物に行ったメンバーらが戻ると、エステルらは飛行船に乗り………グランセルに到着した。

 

 

~グランセル国際空港~

 

「さて、と……何かとんぼ返りみたいな形になっちゃったけれど、また王都に戻ってきたわね。それじゃ、まずはギルドに行こっか?」

「ああ、支援要請ってのをエルナンから聞かないとな。しっかし……」

定期船から降りたエステルの提案にアガットは頷くと同時に少し難しい表情を浮かべた。

 

「アガット、どうかしたのかしら?」

「いや……俺やシェラザード、ジンにサラ、エステルにアネラスと六人の正遊撃士が揃ってる……それと、確かクルツ達もグランセルにいるはずだからな。エルナンが俺らを呼んだのは、ただ事じゃないかもしれねえな。」

「お前さんの言うとおりだな。今回の話だと国賓クラスが集うことになるからな。」

「それに、『結社』のこともありますからね。ひょっとしたら、その警護でもするのでしょうかね?」

「アガット。今の話だけれど……クルツさん達もこっちにいるの?」

「ああ。セントアークでちょっと会ってな。ルーアンとツァイスを回ってから戻ると言ってたし、もしかしたら戻ってきてるかもしれねえな。」

アガットが言うには、ちょうど入れ違いになる形でクルツらと会った。彼等はその後王国各地と一回りして王都に戻るとのことらしい。

 

「そういえば、今日は発着場にあの白い船が泊まっていないね。確か、『アルセイユ』といったかな。」

「え?あ、ホントだ。」

意外そうな表情でオリビエは誰かに答えを求めるかのように呟き、オリビエの呟きを聞いたエステルは首を傾げて、反対側の着陸場に目を向け、何もない着陸場を見てエステルは頷いた。

 

「確か、王家の巡洋艦だったか。どこかに任務で出かけてるんじゃないのか?」

「アルセイユはちょうどレイストン要塞に行っています。そこで完成したばかりの新型エンジンを搭載するそうです。」

「あ、整備長さんたちも工房船でレイストン要塞に出かけたって言ってました。」

「へ~、そうだったんだ。ってことは、あのカッコイイ船がさらにパワーアップするのよね?どんな風に変わるのか楽しみかも。」

「エンジンを交換するだけだから、外装は変わらないと思うけど……でも、間違いなく世界最速の船になるはずだよ♪」

ジンの疑問に事情を一番知っているクロ―ゼが答え、ティータがクロ―ゼの説明の補足をし、エステルの疑問にティータは嬉しそうな表情で答えた。

 

アルセイユに搭載されている『XG-04』エンジン……現時点でも二世代先の水準を満たしている代物を更に超える『XG-05A』『XG-X06』……ファルブラント級に搭載する予定の『XG-06』エンジンのための『最終試験』を行うためのエンジンであり、全八基のうち『04』の二倍の出力を誇る『05』エンジンを四基、『06』エンジンに使われる新型回路試験のための『05A』エンジンを二基、特殊装置の能力実験および稼働実験のための『X06』エンジンを二基……全基換装される形となる。

ティータは知らないが……それに合わせて推進部分の大幅な見直しが行われ、飛行船の要とも言える翼に大々的な改良がくわえられることになっている。

 

「あ、そういえば……あたしらが乗った『シャルトルイゼ』だっけ?アレはどうなったの?」

「あれでしたら、今は中央工房のドックにあります。生誕祭に合わせて、三番艦と一緒に正式にお披露目する予定になっています。」

「え?でも、三番艦って確か解体したんじゃなかった……まさか」

「実は、私も先日知ったのですが……元々二番艦『シャルトルイゼ』と三番艦『サンテミリオン』は元々『アルセイユ』のような運用ではなく、『航行実験』のための艦を無理矢理『軍用艦』として運用していたんです。解体は武装の取り外しという形で『軍用艦』としての枠組みを外しただけです。それを、期間限定ではありますが『軍用の巡洋艦』として正式運用することが決まったのです。」

「期間限定?」

「えと……それは……」

「―――次世代巡洋艦。そのための『穴埋め』ということだよ。」

言い淀んだクローゼの代わりに答えるかのごとく聞こえた声。一同がその方を向くと、少し着崩した軍服に身を包んだ一人の少年―――シオン・シュバルツの姿だった。

 

「シオン!?」

「久しぶりだな、みんな。」

「フフ……ところでシオン君。そのような発言を安易にしていいのかね?」

「別に構いはしない。中身はともかく、次世代巡洋艦の存在ぐらいお前の国にいる『鉄血の子供達』なら把握している事実だろうからな。」

あの御仁ならば、自分の手足を使ってそこら辺の情報ぐらい既に掴んでいるだろう。ただ、表面上に見える『秘匿』すらも彼等にとってみれば『氷山の一角にすらなり得ない』のだが……

 

「ところで、シオンがどうしてここに?」

「ちょっとした出迎えだよ。詳しくはギルドで話すよ。」

そしてエステル達はシオンが先導する形でギルドに向かった。

 

 



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第81話 グランセルの事情

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

「おや、皆さん。思っていたより随分とお早い到着ですね。」

「久しぶり、エルナンさん……と言っても、数日振りなんだけれどね。」

「久しぶりね、エルナン。」

中に入ってきたエステル達の姿を見て、自分が思っていたよりも大分早かったようで……エルナンは珍しく驚きの表情を浮かべ、エステルとシェラザードは挨拶を交わした。

 

「ええ、大半の方々もお久しぶりです……そこのお二人とは初対面ですね。初めまして、グランセル支部のエルナンと申します。」

「ご丁寧にどうも……スコール・S・アルゼイドです。」

「リィン・シュバルツァーです。よろしくお願いします。」

他の面識ある人たちに言葉をかけると、初対面であるリィンとスコールに自己紹介をし、二人も簡単に自己紹介をした。

 

「ええ、こちらこそ。にしても、協力員に帝国の方々……シュバルツァー“侯爵”縁の方がいるとは思いもしませんでしたが……」

「えと、リィン?確か、シュバルツァー家ってこの前の襲撃事件まで“男爵”位だったよな?」

「いや、俺も初耳なんだが……多分、俺がこっちに来てから……だと思う。」

「帝国方面の筋から連絡を頂きまして、どうやらユミルで一騒動あったらしく……皇族護衛の功績として“侯爵”位を賜り……帝都の北側、つまりは黒竜門を含むラマール州・ノルティア州・クロイツェン州の一部の割譲、更にはトリスタ、トラヴィス湖を含む直轄領の一部を治めることになったそうです。」

「………」

エルナンから聞かされた内容に唖然となったリィン。それもそうだろう……爵位だけでも驚きだというのに、自分の父親が治める領土まで拡大するとは思いもしなかったためだ。

 

「フム……貴族たちは反対しなかったのかな?誇り高き帝国貴族ならば皇族といえども異論が出ないわけはないだろうしね。」

「だな。<四大名門>の領地まで入っている以上、何らかの声明位は出していると思うが……」

「それもそうね。」

帝国出身であり、内情を『一番』よく知るオリビエ……元帝国出身ではあるが、国境を接している地方出身でその実情を目の当たりにしてきたスコール……帝国でもトップクラスの遊撃士として活動していたサラ……三人の反応はそう言った内情を知る者にしてみれば『当たり前』の反応だった。

 

「詳しい事情は分かりませんが……どうやら、貴族たちですら反論できない『何か』でその話に繋がったようです。」

「………」

事の発端は、ギルドのユミル支部廃止……それを帝国政府と<四大名門>が迫り……正規軍と領邦軍が男爵領を包囲するという一触即発の状態にまで発展した。だが、それはアスベル達が残した『置き土産』によって排除されることとなった。

 

『てめえら、俺のダチに手え出そうとはな………今度は遠慮なく潰させてもらうぞ。』

『今回ばかりは命の保障なんて出来ませんので………恨まないでくださいね。』

『ハハハハハハッ!!流石はバルデル。これだけの奴らと戦える機会が巡ってくるとは……やはりバルデルは“闘神”そのものだな。』

『ホント、凄い運の良さだね。』

『……やっぱこいつら、戦闘狂だわ。』

『だろ?』

“闘神”バルデル、“赤朱の聖女”シルフェリティア、“赤い死神”ランディ……『赤い星座』と、“驚天の旅人”マリク、“絶槍”クルル……『翡翠の刃』と、助っ人としてユミルに来ていた“調停”ルドガー……ある意味一線級の連中がユミルに集結していた。更には、

 

『わしの憩いの場を壊そうとするとは……おしおきせねばなるまいの。』

『私も戦います……父様と母様の……兄様と私の故郷を守るために。』

“剣仙”ユン・カーファイ……そして、後に“氷剣”と称されることとなるエリゼ・シュバルツァーの姿だった。その結果……包囲していたはずの軍はその全ての“装備品”をまたもや奪われたのだ。

 

相次ぐ軍の失態……交渉の全権を担っていたマリクはユミル支部廃止を飲む代わりに、ユミルへの賠償をはじめとした『シュバルツァー男爵側が提示する要求…その全ての責任の執行』を要求……結果として、先日護衛の任を遂行したエリゼの功績としての爵位……それに付随する形での領地割譲と相成ったのだ。無論、<四大名門>は反発したものの……『平和的なお話』によって<四大名門>は沈黙せざるを得ず、ドライケルス大帝の血縁を引く名門である事実を持つシュバルツァー家は実質的に『エレボニア皇家』のお墨付きを得て……後に<五大名門>の一角を担う『獅子の護り手』として、その影響力を強めることとなった。

 

「………ユミルでの騒動があったってことに驚きだけれど、それ以上の驚きしか出てこないんだが………というか、言葉が思いつかない。」

「俺にもその気持ちはわかる。十年前の時も、いきなりリベール領になって、しかも侯爵位だからな……」

「……(いやはや、鉄血宰相も四大名門も哀れとしか言いようがないね。どうやら、彼らの辞書には『人外』という単語が無いみたいだね……)」

ある意味自分で自分の首を絞めている状態の革新派と貴族派………前回の襲撃事件で懲りているはずなのに、同じ愚行を繰り返す様は最早『阿呆』と評する他ない状態だ。まぁ、『人間』という尺度でしか測れない人達にそれすら飛び越えた存在など推し量れないのは無理もない話ではあるが……

 

「こないだ聞いた婚約の事といい、何かとんでもないスケールの話になってるわね……あたしは絶対に体感したくないけれど。」

「俺らには縁がなさそうな話だがな……エステルの言い分には同感だ。」

「あはは……その、心中お察しします。」

「その……まぁ、頑張れリィン。」

小貴族が気が付いたら大貴族に……夢でも見ているかのような事実にエステルとアガットは揃ってため息をつき、ある意味近しい身分のクローゼとシオンはリィンに励ましの言葉をかけた。

 

(俺、女神(エイドス)様に粗相でもやらかしたのかな………)

「フフフ、お困りのようだね……ここは雰囲気を変えるために一曲」

「演奏せんでいいわよ!!」

目に見えそうな位負のオーラを纏わせつつ、落ち込んでいたリィンにオリビエはリュートを取り出そうとしたが、エステルは怒ってオリビエの行動を諌めた。

 

「やれやれ……エステルの周りはどうしてこうも『非常識』なのかしらね。」

「(それを言ったらお前さんも含まれるんだが……)ところで、応援要請とは何です?」

ある意味自戒に聞こえるシェラザードの言葉にツッコミを入れたくなったが、それは自分の性分ではなく……あとは、このまま続けていると話が一向に進まないために、ジンはエルナンに本来の用件を尋ねた。

 

「おっと、すみません。実は、生誕祭から不戦条約の締結式まで、王国軍の依頼を受けることになったのです。」

「軍の依頼、ですか?」

「ええ、簡単に言えば祭での催し物の協力、博覧会や締結式関連の警護ですね。」

「成程、生誕祭と不戦条約が重なったために、軍の手が回らないということですね。」

本来であれば生誕祭と不戦条約は別個で執り行う予定であったが、リベール国内の早急な安定化とクーデター事件で混乱した国民に明るい話題を提供する……アリシア女王の計らいによって、生誕祭の準備は今まで以上に活気あふれたものとなっていた。その為か、慢性的な人手不足となっていて……軍だけでなく遊撃士も忙しくなっている状態だった。

 

「後は今回の条約に際して招かれる国賓の方々……必要ならば、そちらの方々のフォローも我々の方で行う手筈になっております。これも、軍の司令官……カシウスさんの意向ですね。」

「やっぱり父さんなのね……というか、どうせ『面倒なことは遊撃士(エステル達)に押し付けておけばどうにかなる』とか思ってんじゃないの?あの不良親父は……」

「あのオッサンならやりかねねえな……」

「それはアタシも同意見ね……」

「……すまん、カシウスさん。俺も彼等と同意見だ。」

「否定できないな。むしろ肯定だな。」

エルナンから伝えられたカシウスの意向に、彼のことをよく知る面々―――エステル、アガット、シェラザード、ジン、そしてシオンは思い思いの言葉を呟いた。

 

「恐らくそれに付随する形となりますが……軍から相談がありまして。あとは先程連絡を貰ったのですが、迷子の依頼ですね。」

「つまり、急ぎはその二件ってことね。軍の相談っていうことは、『結社』がらみなの?」

「それなんですが……どうも通信では相談しにくい内容らしいんです。ですから直接、軍の担当者が来て事情を説明してくれるそうです。」

エステルの疑問にエルナンは真剣な表情で答えた。

 

「ふむ……通信では相談しにくい内容か。ひょっとしたら盗聴を警戒してるのかもしれないね。」

「盗聴!?」

「その可能性が高いわね……」

「ええ。導力通信は便利ですが傍受される危険もあります。ギルド間の通信であれば盗聴防止用の周波変更機能(スクランブル)が使えるんですけどね……」

オリビエの推測にエステルは驚き、サラはその可能性を示唆していたようで驚く様子もなく考え込み、エルナンも特に驚いた様子はなく頷いた。

 

「その盗聴防止の機能は軍との通信には使えないんだ?」

「軍は軍で、独自の通信規格を採用しているので無理なんです。通常交信しかできません。」

「そうなんだ……うーん、どうせだったら同じ規格にしちゃえばいいのに。」

「まあ、協力しているといっても一国の軍隊と国際的な民間組織だ。情報保全の独自性は避けられんさ。」

エステルの提案にジンは苦笑しながら答えた。

 

「……エルナン。どうやらあんたは、軍の相談が何なのか見当がついてるみてぇだな。でなけりゃ、わざわざ俺たちをボースから呼んだりしねえだろ。」

「おや、見抜かれましたか。これは私の読みですが……どうやら『不戦条約』に関する話である可能性が高そうですね。」

アガットの指摘を受けたエルナンは口元に笑みを浮かべた後説明した。

 

「『不戦条約』……それって最近、色々な所で耳にしてるけど。具体的にはどんな内容の条約なの?」

「女王陛下が提唱されたリベール、エレボニア、カルバード、レミフェリア―――西ゼムリア地域の四ヶ国間で締結される条約なんです。国家間の対立を武力で解決せず、話し合いで解決すると謳っています。」

「え……!それじゃあ戦争がなくなるってことなの!?」

エルナンの説明を聞いたエステルは首を傾げて尋ね、クロ―ゼが説明をした。それを聞いたエステルは驚いた表情でクローディアに再び尋ねた。

 

「決定的とも言える強制力はありませんが………それでも抑止力にはなりますし、国民同士の友好的なムードにつながるとお祖母様は考えていらっしゃるそうです。」

「そっか……」

「さすがはアリシア陛下だ。いい目の付け所をしてらっしゃる。」

「4つの国が仲良くできるきっかけになるといーですね。」

クロ―ゼの説明を聞いたエステルはどことなく嬉しそうな表情をし、スコールは感心し、ティータは嬉しそうな表情で頷いた。

 

「その不戦条約が、来週末に『エルベ離宮』で締結されます。外国の要人も集まりますしメディアにも注目されるでしょう。そんな状況で、もしも『結社』が何かを企んでいるとしたら……」

「確かに……シャレにならないわね。ちなみに、締結式には大使さんが?」

クロ―ゼの心配にエステルは真剣な表情で頷いた後、その要人が気になって尋ねた。

 

「それなのですが……締結式前に開催されるZCFの総合博覧会の関係で、かなりの数の要人が訪れることとなっています。エレボニアからは宰相名代のレーグニッツ帝都知事とラインフォルト社代表のアリサ・ラインフォルトさん、カルバードからは国家元首サミュエル・ロックスミス大統領とヴェルヌ社代表のニコル・ヴェルヌさん、レミフェリアからは国家元首アルバート・フォン・バルトロメウス大公とフュリッセラ技術工房代表のティオ・プラトー総合技術局長、更には招待客としてクロスベル自治州共同代表、ヘンリー・マクダエル市長がリベール入りすることになっています。」

錚々たる面々……その中の知っている名前にティータが反応した。

 

「ふえっ、ティオちゃんがこっちに来るの!?」

「ティータ、知り合い?」

「うん。クラトスさんの紹介で、一年ぐらいおじいちゃんのもとで修行してたんだ。私と同い年なのに工房の所長だなんて、やっぱりティオちゃんはすごいなぁ~。」

「はぁ!?同い年っつーことは……12歳で所長だと!?」

「えと、労働法とかに抵触しないのでしょうか?」

「クローゼ……言いたいことは解るが、それを言ったら俺はどうなる……」

「最近の子どもは末恐ろしいな……」

「すごいな~。きっと可愛いから凄いんだよ!」

「何よ、その理論は……」

ティータの言葉にアガットは驚きを隠せず、クローゼは冷や汗をかきながら疑問を述べ、シオンはジト目でクローゼの方を見つつ反論し、ジンは自分よりも年下の子どもの末恐ろしさに引き攣った表情を浮かべ、アネラスは力強い口調で持論を展開し、それを聞いたシェラザードは思わず頭を抱えたくなった。

 

「というか、ラインフォルト社とヴェルヌ社は双方共に現取締役の実子とは……」

「スコール、知り合いなの?」

「一方的な顔見知りだな。興味があって調べた時に偶然知ったってだけさ。」

スコール曰く、ちょっとした興味本位で今の経営者の事を調べた際に知ったことだそうだ。

 

「ふ~ん………あれ?マクダエルって確か………」

「ヘンリー市長はエリィの祖父よ、エステル。」

「あー、成程ね。エリィも一緒に来てるのかしら?」

「フフ……あの可憐な令嬢と見えれば尚いいがね。」

聞き覚えのある名字に首を傾げるエステル……それに説明をするシェラザードの言葉を聞いてエリィのことを思い出し、彼女の事を耳にしたオリビエはいつものように軽い口調で述べた。

 

「というかオリビエ、余計な醜態晒して恥をかくような真似は止めなさいよね。」

「解ってはいるさ。」

念のために釘を刺すような言い方でオリビエに忠告したが、彼はいつもの調子を崩すことなく返事を返した。それにジト目で彼の行動や言動を怪しんだが……とりあえず、もう一つの依頼の事を尋ねた。

 

「どーだか……あと、迷子の依頼は?」

「エルベ離宮からです。何でも……」

観光客の子供らしき迷子を保護したが……保護者が見つからずに困っている、とのことらしい。要するに、その子の保護者を見つけてほしいとの要請ということだ。

 

「そりゃあモチロン、引き受けさせてもらうわ。シェラ姉もいいよね?」

「ええ、問題ないわ。ただ、こちらも要請のことがあるから、少し急ぎましょうか。」

「助かります。エルベ離宮に勤めているレイモンドさんという執事がその迷子を預かっているそうです。離宮に着いたら訪ねてみてください。」

「わかったわ。」

そして、エステル、シェラザード、ティータ、リィン、クローゼがその迷子を捜すためにエルベ離宮へと向かうことになった。

 

 

 




ユミルというかシュバルツァー家ですが……色々パワーアップしました。

解りやすく言うと、ラマール州とノルティア州の接している境界線がシュバルツァー領によって完全分断、ヘイムダル(直轄領)と接していたノルティア州(アンゼリカの実家が治めている地域)、クロイツェン州(ユーシスの実家が治めている場所)の間にシュバルツァー領が割り込む形となります。

その要因はエリゼの護衛とギルド襲撃事件の際の『非道』……さらには今回の件での『非道』です。尤も、オズボーンはそれすらも利用して己の力を高めるための手段にするでしょう……それを織り込んだような形での事の次第です。

この章は少し長めです。今まで駆け足的にやってきたので、ここらでまったり書いていく予定です。『お茶会』もありますからねw


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第82話 赤と朱(あか)

 

その頃、飛行船に乗っていた一組の男女―――ランディ・オルランドとフィー・クラウゼルはグランセルに到着した。

 

~グランセル国際空港~

 

「へ~、ここがグランセルか。随分と長閑そうな場所だな。」

「まぁ、否定はしないかな。」

「……っと、そうだ。フィー、お前なら“剣聖”のことを知ってると思うんだが、心当たりは?」

「知ってるよ。この前の『仕事』で一緒に戦ったし。というか、聞かされなかったの?」

グランセルの街並みを見て、思ったよりも騒がしくなさそうな場所だということにランディは感心し、フィーもその言葉に頷く。しばらくその風景に見とれていたが、我に返ってランディが“剣聖”の事を尋ね、フィーが答えると同時に彼の父親ならば言っていてもおかしくはない存在を知らないことに首を傾げつつ尋ね返した。

 

「全く、と言っていいな。その『仕事』のことは少し聞いたが、棒術で戦車を破壊したなんて『非常識』にも程があるだろうが……」

「それはご尤も。」

剣や銃で戦車を破壊するぐらいならば、現実味がなくともある程度信じられるが………棒術で戦車を破壊すること自体、一体どうやったらそんなことができるのか不思議でならなかっただろう……少なくとも、ランディにはそう思った。

 

「けど、事実だしね……その本人のお出ましだけれど。」

「あ?」

すると、フィーがその人物に気付いて声をあげ、ランディは彼女の視線の先に映る人物が目に入る。そこにいたのは軍服に身を包んだ男性―――カシウス・ブライトの存在だった。

 

「成程、お前さんがバルデルとティアさんの息子か。俺はカシウス・ブライト。彼らからいろいろ話は聞いているぞ。」

「(この感じ……成程、下手すりゃ親父以上だな、この覇気は)どうも、ランディ・オルランドッス。色々世話になるとは思うけれど、よろしく頼みます。」

「ああ、こちらこそな。フィーも久しいな。」

「ん。相変わらず元気そうだね。」

カシウスは笑顔を浮かべて挨拶をし、ランディとフィーも挨拶を交わした。

 

「そういえば、この前の『騒ぎ』の事は聞いたが、大丈夫だったか?」

「(親父、そこまで話したのかよ……)ああ……何とか間に合わせで『コイツ』を使ったが、やっぱアイツのように上手くいかねえもんだ。」

そう言ってランディが取り出したのはダブルセイバー……ライフルの使用を嫌がったランディのことを鑑みたシルフェリティアが用意した代物………尤も、これを使っていた人物のような腕前とは言えないものの、間に合わせとしては上手く噛みあい……それなりの戦果を挙げるのに貢献していた。

 

「ふむ……ま、ここで話すのもアレだ。お前さんにはちょっとした訓練を受けてもらおう。」

「訓練ッスか?」

「ああ……いつまでも不慣れな武器で戦うのは致命的……それは、お前さんも実感しているのではないのか?」

「それには同感かな。とりわけ猟兵にしてみれば。」

武器の練度……それは命に直結しうる問題。特に危険と隣り合わせの傭兵であったランディには、その致命的な欠点が己を滅ぼしかねないことを嫌でもはっきりと解っているだけに肯定しかできなかった。

 

「………否定できねえのが辛いな。ってことは、カシウスのオッサンが俺の鍛錬を?」

「俺もそうだが……俺の知り合いも協力してくれることになった。特に約一名凄く協力的な人物がいてな。」

「凄く協力的って……」

「あ、あの人か。」

「さて、時間も惜しい。それでは移動しようか。」

ランディの疑問に笑顔で答えたカシウス。その笑顔に若干引いたランディ、それとは対照的にその人物が誰なのかを察し、納得したフィーだった。二人はカシウスの案内で軍の警備艇に乗り込み、レイストン要塞へと案内された。

 

 

~レイストン要塞~

 

「さて、到着したぞ。」

「いきなり軍の施設に連れていかれるとは思ってなかったぜ……」

「まぁ、済まないな。俺もそこまで自由に動けるわけではない。とりわけ、『今回』のような事態ではな。」

「よく言うよ。軍のトップにいる人が。」

「はぁ!?オッサンが王国軍のトップ!?」

「そう言うことだ。俺としてはとっとと引退してのんびりしたいが……」

だが、カシウスの言うことも事実ではある。『結社』の存在に『不戦条約』の件……その対応策に追われるカシウスだったが、アスベルらのおかげで少し余裕が出てきたのも事実。

 

「さて、お前さんの教官だが……お、ちょうどいいところに来たな、ダグラス。」

「カシウス、彼がお前の言っていた『生徒』か?」

「ああ。彼ならば『アレ』を扱えるだろう。素質は十分だと思うぞ?」

カシウスは彼の教官―――ダグラスの姿を見つけ、声をかけた。ダグラスはランディの姿を見て少し疑問に思うところはあったが、カシウスの『資質』という言葉にスコットは口元に笑みを浮かべた。

 

「成程……クロスベル警察学校教官、ダグラス・ツェランクルドだ。今回は旧友(カシウス)の頼みで、お前さんを鍛えることになった。」

「はぁ!?クロスベルの人間が何でここにいるんだ!?」

「その疑問は尤もだな…リベールには休暇で訪れていてな。そこでカシウスから話を聞いて……丁度お前さんのことも聞いたのさ。」

「………あのオッサン、どんだけ人脈があるんだよ。」

自分の父親といい、目の前にいるダグラスといい……軍のトップにありながらもその人脈の一端には脱帽ものという他なかった。

 

「さて、カシウスから聞いた話だとクロスベルに行くらしいな……なら、コイツだけでも一人前に扱えるよう叩き込んでやる。」

「ソイツはスタンハルバードじゃねえか。」

「ああ。警備隊はこれとライフル……尤も、ライフルは使わないって顔に書いてあるから、これだけでも前線を戦えるように仕上げるつもりだ。」

「(……このオッサンも相当の腕前じゃねえか)ハハ……お手柔らかに頼むぜ、ダグラスのオッサン。」

ランディの事情をあっさりと見抜いたダグラス……それには只者じゃないと察したランディは、引き攣った笑みを浮かべていた。

 

「こちらこそな……尤も、彼女の兄であるお前ならば、スタンハルバードなどすぐに使いこなせるようになるだろう。」

「え……今なんて?アイツがスタンハルバードを使ってるって……っ!?何だ、この威圧は……」

ダグラスの言葉……『彼女』という言葉にランディは首を傾げたが、その直後……自分にだけ向けられた威圧にランディの本能が警鐘を鳴らしていた。なぜならば、二人の下に近づくツインスタンハルバードを持った人物……同じ両親を持ち、ランディの実の妹……レイア・オルランドの姿だった。

 

「珍しい顔だと思ったら……どこぞのバカ兄貴じゃない♪」

「!!お、おう。久しいな、レイア。」

「お、レイアか。隊員たちとの模擬戦は終わったのか?」

物凄く笑顔のレイアに、引き攣った笑みを浮かべるランディ、そして呑気に声をかけたダグラス。その問いかけにレイアはため息が出そうな表情で呟いた。

 

「ええ。彼等も少しはマシになって来ましたけれど……ダグラスさんは兄貴の鍛練ですか?」

「ああ……そうだ、少し手合わせしてみるのはどうだ?」

「お、おい!オッサン!!正気か!?」

「……そうですね。本気を出させてくれればいいんですけれどね。」

「…………(いや、洒落にならねえぞ……親父曰く『本気を出したら昔の膂力なんて赤子程度』とか言ってたんだが!?)」

……拒否したいところではあるが、話の流れ的に拒否できない流れになっていた。ダグラスはランディにスタンハルバードを渡すと、一言呟いた。

 

「……アイツは強いぞ。何せ、付け焼刃程度に教えたスタンハルバードを独学で昇華させた。」

「………ああ、解ってるさ。アイツのセンスは下手すりゃ俺以上だからな。」

猟兵時代の時も、扱いが難しいブレードライフルを片手だけで使いこなしていた。そのセンスだけでなく、猟兵を抜けた後に磨いてきた技術……その完成された実力は彼女を纏う闘気からしてはっきりと感じ取れた。だが……

 

「男として……お前の兄貴として……何よりも『先輩』として、簡単に引き下がれるほど大人じゃねえからな!」

「そうくると思った……あの場所を抜けて七年……私も、あの時の私じゃない。覚悟してもらうよ?ランディ兄!」

(これが、こいつらの……正直、同じ人間とは思えないぞ……)

互いに纏うのは、闘気……その力に傍から見ていたダグラスも冷や汗をかくほどだった。

 

「元『赤い星座』……“赤き死神”ランディ・オルランド……いくぜ!!」

「同じく元『赤い星座』……“朱の戦乙女”レイア・オルランド……いきます!!」

“闘神”と“赤朱の聖女”……二人の血筋と力、その技の全てを受け継ぐ二人の戦いが幕を開ける!

 

「うおおおおおおおっ!!」

「はあああああああっ!!」

二人は特殊な呼吸法―――ランディは『ウォークライ』、レイアは『リィンフォース』を使い、互いに戦闘力を上げる。そして、

 

「そらっ!!」

「せいっ!!」

互いに武器を振りかぶる……その衝撃波が辺りに走る。

 

「この力……相当磨いたんだね、ランディ兄!」

「いつまでもお前に投げられっぱなしというのも、情けねえんで……なっ!」

「甘いっ!!」

ランディの膂力にレイアは感心した。ランディは笑みを浮かべつつ押し切ろうとしたが、レイアは軌道を逸らして距離を取った。

 

「そう簡単にいかねえか……コイツはどうだ!!」

「(ガイアブレイク!?)……はあっ!!」

ランディはスタンハルバードの威力を衝撃波に変換して直線状に放つ。その技をよく知るレイアはすぐさま同じ技で反撃し、衝撃を打ち消した。

 

「………流石だね、ランディ兄。初めての武器でこうまで戦えるなんて。」

「全く、皮肉なもんだぜ……親父から継いだ戦闘センスのおかげで、お前とこうして戦えるってことにな。」

……良くも悪くも、『闘神』の力と技を継いだ……そのことに感謝しつつも、皮肉めいた感じだった。

 

「それに……ちょっといい技も思いついたんでな………はあああああ……食らいな!クリムゾン、ゲイル!!」

「何の!クリムゾンフレイム!!」

互いにぶつかり合う戦技の衝撃波……その間に、互いに闘気を高め合っていた。

 

「赤き死神よ……戦場を駆け、強者どもを貫け……」

「朱(あか)の戦乙女よ……我の敵となりし者に、信念の鉄槌を下さん……」

互いに膨れ上がる闘気……そして、二人はSクラフトを放つ!!

 

「デス!スコルピオン!!」

「ブレイド・オブ・アンタレス!!」

武器に闘気の刃を纏わせ、突撃するランディのSクラフト『デススコルピオン』……そして、闘気の刃による衝撃波と武器による二重攻撃を相手の到達地点目がけて繰り出すレイアのSクラフト『ブレイド・オブ・アンタレス』………その衝撃波の余力で爆発が起き………煙が晴れると……

 

先程までいた場所とは正反対の位置にいる二人……立ち上がって息を整えるレイアと膝をついた状態で動けないランディの姿であった。

 

「ったく、お前はどこまで成長してるんだよ……今のですら手を抜いてただろ?」

「って、気付いてたの?」

「叔父貴が吹っ飛ばされた過去からしたら、それすらも出してなかった感じがしたんだよ……お前が戦技を放った時は流石の俺でも一瞬死を覚悟したんだぞ。」

「あはは……」

「笑い事じゃねえよ。ったく……」

レイアの場合、過去に本気を出したら『人を分割した』ことがあり、今の状態で本気を出せば恐らく『消滅』しても不思議ではないことに当の本人も苦笑を浮かべていた。

 

「何と言うか、末恐ろしいな。」

「まったくだ……うちの娘もそうだが。」

「エステルのことだね。流石レイアの弟子。」

「私なんてまだまだですよ。本気を出してもあの二人にはまだ勝ててないんですから。」

「………」

レイアですら勝てない相手がまだいるという事実……その非常識さにこれは夢なのではないかと思ったランディであった。

 

 

この後、ダグラス、カシウス、レイアの三人によってランディとフィーは徹底的に鍛えられることとなり……途中で加わったレヴァイス、アリス、アスベル、シルフィアにも徹底的に技術や傭兵としての勘を叩き込まれることとなった……

 

 




てなわけで、ランディ&フィーのパワーアップフラグです。別名パワーレベリング。

銃系統はダメだとおもったので、咄嗟に思いついたのがこれ(ダブルセイバー)です。

で、ダグラスさんに出張してもらいました+カシウスの指導……

地味にレイアもチートじみてますがw


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第83話 姫君の信念

~エルベ離宮~

 

エステルらがエルベ離宮に着くと、一般の人々が多く行き交っていた。

 

「あれ、何だか普通の人もいるみたいなんだけど……」

「普段は市民の方々にも開放している場所なんです。ちょっとした憩いの場所といったところでしょうか。」

「へ~、そうなんですか。」

「言われてみると、確かに家族連れとか多いみたいだな。」

エステルは王家縁の施設……その周囲に一般人がいる事に戸惑っていた。そしてエステルの疑問にクロ―ゼは答え、ティータとリィンはその光景を感心しつつ見ていた。これもアリシア女王の意向なのかもしれない。

 

「迷子というのもああいう家族連れの客の可能性が高そうね。それじゃ、あのレイモンドっていう執事のお兄さんを捜しましょうか。」

「オッケー。」

シェラザードの提案に頷いたエステルは仲間達と共にエルベ離宮に入って行った。

 

 

「はあ、参ったなぁ………どこに行っちゃったんだろ。」

「あの~。」

「あ、はいはい。どうかなさいましたか……あれ、そちらの君は……」

レイモンドはエステルの声を聞いて振り返ると、エステルの隣にいるクロ―ゼに気付いた。

 

「どうかなさいましたか?」

「いや、はは……そんな訳ないよな。他人の空似に決まってるか。」

「ふふ、ひょっとして恋人さんと間違えました?」

何か似たようなものでも見たようなレイモンドの言葉を聞いたクロ―ゼは微笑みながら尋ねた。

 

「と、とんでもない!えっと、それじゃあ君たちが依頼を請けてくれた遊撃士かい?」

「うん、そうなんだけど……いったいどうしたの?何か困ってるみたいだけど。」

「それが……その迷子の子なんだけど。いきなり『かくれんぼしましょ』って居なくなっちゃってさ……必死に捜している最中なんだよ。」

「あらら……あたしたちも捜すの手伝おうか?」

「え……いいのかい?」

どうやら、待っているのも退屈だったようで、迷子の子どもはかくれんぼをしようと言い出したようだ……それを察したエステルの提案に驚き、レイモンドは尋ねた。すると、その問いかけにシェラザードが笑みを浮かべて答えた。

 

「元々了承して受けた依頼だし、気にしなくてもいいわよ。それで、名前と特徴を教えてほしいのだけれど……」

「た、助かるよ。えっと……」

白いフリフリのドレスを着て頭に黒いリボンをつけた10歳くらいの女の子……名前は分からないと聞いたエステルは首を傾げたが、その疑問にレイモンドが説明をつけ加えた。

 

「いくら聞いても『ヒ・ミ・ツ』とか言って教えてくれなくってね……家族と一緒に来たと思うんだけどそれらしい人も見つからないし……困り果てて、ギルドに助けを求めたんだ。」

「何と言いますか、すごく元気な子なんですね。」

「うーん、元気というか……気まぐれ屋って感じかな。大人をからかって楽しんでいるような気もする。」

ティータの聞いた感じの印象を聞いたレイモンドは悩みながら答えた。

 

「いわゆる悪戯好きの仔猫って感じなのかな?」

「まさにそんな感じだね。はあ~、ホントにどこに行っちゃったんだろ。多分、この建物からは出てないと思うんだけど……」

「ということは、ここの建物の部屋全てが捜索対象になりますね。見たところ、かくれんぼにはもってこいの場所かもしれませんし。」

レイモンドの話を聞いたリィンは頷いて答えた。

 

「あと、外見で何か解ることは無いかな?髪の毛とか……」

「う~ん、菫色のミディアムぐらいの長さだったね。ここらじゃ見かけない色だからすぐ見つかると思うけれど……僕はいったん、談話室に戻ってあの子のことを待っているよ。見つけたら連れてきてほしい。」

「うん、わかったわ。」

そしてレイモンドは談話室に向かった。

 

「さーて、逃げた仔猫ちゃんを捜してみるとしましょうか。白いフリフリのドレスに黒いリボン……それに菫色の髪って言ってたわね。」

「ふふ、すぐに見つかりそうな外見ですね。どんな子なのか楽しみで……あれ?エステルさんにティータさん、どこかで見たような気がしませんか?」

「あ、やっぱり?あたしもそう思ったのよね。う~ん………」

「えと、確かに言われてみれば……」

エステルの言葉に頷いたクロ―ゼは微笑みながら答えたが、どこかしらで見たような姿だということにエステルとクローゼ、ティータは首を傾げた。ただ、ここで考えていても埒が明かないと判断し、その少女を探すことにした。

 

 

~客室~

 

 

「遅い!遅すぎる!フィリップめ……。雑誌とドーナツを買うのにどれだけ時間をかけているのだ!これ、フィリップ!私をどれだけ待たせれば……」

デュナンは部屋に入って来た人物を自分の執事――フィリップと思い、注意をしたが入って来たのはエステル達だった。

 

「へ……」

「あ……」

「そ、そ、そ……そなたたちはああ~っ!?」

デュナンを見てエステルとクロ―ゼは唖然とし、一方エステル達を見たデュナンは信じられない表情で声を上げた。

 

「あら、知り合い?」

「えと、どちら様ですか?」

「……見るからにやんごとなき身分のような感じはするけれど……」

デュナンの事を知らないシェラザードとティータ、リィンは首を傾げた。

 

「デュナン公爵……姿を見ないなと思ったら、こんな場所にいたんだ。」

「小父様……その、お元気ですか?」

「ええい、白々しい!そなたたちのせいでな……私はこんな場所で謹慎生活を強いられているのだぞっ!」

デュナンを見たエステルは意外そうな表情をし、クロ―ゼは言いにくそうな表情で尋ね、デュナンはエステル達を睨んで怒鳴った。

 

(ああ、思い出したわ……デュナン・フォン・アウスレーゼ。女王陛下の甥にあたるわ。)

(ということは、王族ですか……)

(……何か、イメージしていたのとは違いますね。)

一方、デュナンの名前を聞いて心当たりがあったシェラザードはリィンとティータに説明し、二人はそれを聞いてデュナンに複雑な視線を向けていた。

 

「あたしたちのせいって言われてもねぇ……別に公爵さんを貶めたつもりなんてまったくないし、リシャール大佐の口車に乗った公爵さんの自業自得だと思うんだけど。」

「謹慎程度であれば優しいです。普通であれば国家反逆罪……極刑すら免れない状況での女王陛下の温情には感謝すべきだと思いますが……」

「くっ……確かに陛下を幽閉したことがやり過ぎであったことは認めよう。リシャールに唆されたとはいえ、それだけは思い止まるべきだった。」

エステルとリィンの指摘を受けたデュナンは反論がなく、意外にも殊勝な態度で答えた。

 

「あら、女王陛下を幽閉した公爵さんにしては、なんだか殊勝な台詞ね?」

「フン、勘違いするな。私は陛下のことは敬愛しておる。君主としても伯母上としても非の打ちどころのない人物だ。」

デュナンの態度にシェラザードは意外そうな表情で尋ね、その疑問にデュナンは胸を張って答えたが、すぐにクロ―ゼを睨んで言った。

 

「だが、クローディア!そなたのような小娘を次期国王に指名しようとしていたのはどうしても納得がいかなかったのだ!」

「………」

デュナンに睨まれたクロ―ゼは何も返さず黙っていた。

 

「ちょ、ちょっと!聞き捨てならないわね!クローゼは頭が良くて勉強家だし、人を引き付ける器量だってあるわ!公爵さんに、小娘とか言われる筋合いなんて……」

「……エステルさん、いいんです。」

クロ―ゼの代わりに怒っているエステルをクローゼは制した。

 

「ふん、殊勝なことを。昔からそなたは、公式行事にもなかなか顔を出そうとしなかった。知名度でいうなら、私の方が遥かに国民に知れ渡っているだろう。すなわちそれは、そなたに上に立つ覚悟がないということの現れだ。聞けばそなた、身分を隠して学生生活を送っているそうだな。おまけに孤児院などに入り浸っているそうではないか。そんなことよりも、公式行事に出て広く国民に存在を知らしめること……それこそが王族の役目であろう!」

………小父様の言っていることは確かに事実であろう。けれども、それだけではない。私には私なりに悩んで……そして、決めた。

 

「以前の私ならば資格などない……そう思っていたことは事実です。ですが……私にも譲れないものはあります。今まで私が歩んできた『クローディア・フォン・アウスレーゼ』と『クローゼ・リンツ』としての道……その道と思い出は、誰にも否定はさせません。例え、それが小父様であろうとも!!」

「なっ……!?」

今まで出会ってきた人たち……そのいずれもが私という人間を育ててくれた。それも、あの場所に閉じこもっていなかったからこそできたことであり、王族という色眼鏡を通さずにありのままの私を見てくれた人々。その思いに今度は私が決意を持って答える番なのだと。

 

「私一人で出来ることはたかが知れています。お祖母様も、そのことを承知だからこそ……女王としての責務を全うしていると思うのです。私がお祖母様のような政治ができるかは解りませんが……私なりの信念と決意を持って、お祖母様の話を受けることにいたしました。」

「クローゼ……」

「クローゼさん……」

「はは……強いな、クローゼさんは。」

「ふふ……」

凛とした表情で言い放ったクローゼの姿を見て、あの時のシオンのような感じと似たような印象を受けたエステル、その凛々しさに感動に近い感情を覚えるティータとシェラザード、そして女性の芯の強さに驚かされるリィンであった。

 

「無礼は承知ですが……小父様は本気で謹慎なさっているようには思えません。小父様が今までの行いで無礼を働いた方々……エステルさん、ヨシュアさん、シュトレオン、アルゼイド侯爵、アルフィン皇女……それでも尚、お祖母様が小父様に謹慎という優しい処分を下したのか……それをもう一度お考えください。」

「ぐっ……ふ、ふん、馬鹿馬鹿しい。ええい、不愉快だ!とっとと部屋から出ていけ!」

「はいはい、言われなくても出て行くわよ。」

クローゼの意志を持った強い発言に押し黙り……苦し紛れともいえるデュナンの言葉を聞き、鼻を鳴らしたエステルは仲間達と共に部屋を出ようとしたが振り返ってデュナンに尋ねた。

 

「そういえば、ここに白いドレスを着た女の子がたずねてこなかった?」

「なんだそれは……わたしはここにずっとおる!そんな小娘など知らんわ!」

「あっそ、お邪魔しました。」

「……失礼しました。」

そしてエステル達はデュナンがいる部屋を出た。

 

「まったく……なんなのよ、あの公爵は!自分のことは棚に上げてクローゼをけなしてさ!」

「いえ、小父様の非難も当然と言えば当然だと思います。王族としての義務……それは確かに存在しますから。」

デュナンの部屋を出た後、憤っているエステルをクロ―ゼは宥めた。

 

「で、でも…クローゼさん…」

「帝国では皇家という存在と民から選ばれた宰相という存在がいるし、俺自身も一応貴族だからその身分の義務というのはある程度分かるが……」

「けれども、あの公爵さんの場合、悪い知名度が高まってしまった。もはや、彼が貴女よりも次期国王にふさわしいと考える者はリベールには存在しないでしょうね。」

「それは……確かにそうなのかもしれません。ですが、私の覚悟については先程私が述べた通りです。その決意に揺らぎはありません。」

リィンとシェラザードの言葉に頷き、クローゼは柔らかな笑みを浮かべて答えた。

 

「そっか……ということは、次期女王陛下ってことね?」

「はい。王太女の儀は既に終わっておりますが……正式には、不戦条約の締結式に王太女であることを国内外にお知らせする形となります。」

「ほえ~……その、頑張ってください!」

「少し気は早いけれど、頑張ってね『クローディア王太女殿下』。」

「自分は部外者だけれども……おめでとうと言わせてもらうよ。」

「ありがとうございます、皆さん。それでは、迷子探しの続きと行きましょうか。」

「それもそうね。」

そして、エステルらは迷子探しを再開した。

 




書いていて思ったこと……帝国の権力システム……

・皇帝(革新派と貴族派双方への影響力大)
・帝国政府宰相+帝国議会
・貴族(四大名門)

……これまでよく崩壊しなかったな……と思わざるを得ません。解りやすく言えば、江戸幕府の政治システムに議会政治のシステムを取り込んだ形ですので……


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第84話 かくれんぼ

その後迷子の捜索を再開したエステル達だったが、一向に見つからずレイモンドがいる談話室に一端戻った。

 

 

~エルベ離宮 談話室~

 

「どうだい、見つかったかい?」

部屋に入って来たエステル達に気付いたレイモンドは尋ねた。

 

「ううん、残念ながら。怪しそうな場所は一通り調べてみたんだけど。」

「も、もしかして……エルベ離宮の外に出ちゃった可能性は……」

エステルの答えを聞いたレイモンドは身を震わせたが、その問いかけにエステルがその考えを否定した。

 

「ううん……それはないと思うかな。」

「ほえ?どうしてですか?」

「『かくれんぼ』というのは、見つかることも前提の上…レイモンドさんが見つけられることも前提の上で、隠れているんじゃないかな、と思うの。」

迷子の子にしても、退屈まぎれとして遊びを提案した以上、レイモンドが頑張って探せば見つかることを織り込んでいる。半分以上推測のようなものだが、エステルの中には確信的な思いもあった。

 

「言われてみれば……」

「ああ、確かにそれは言えてるが……でも、部屋は全て探したような……」

「……ううん、全部じゃないわ。きっと……やっぱり。見つけたわよ。」

「ふみゃ~ん……あーあ、レンの負けね。」

シェラザードとリィンの言葉を聞き、答えを返しつつエステルはこの部屋のカウンターの下を覗き込むと……白いフリフリのドレスを着て、黒いリボンを付けた迷子の少女――レンがカウンターから出て来た。

 

「ええっ!?レンちゃん!?」

「カウンターの下に隠れていたなんて……(やっぱり……レンさんでしたか)」

「こんな所に隠れていたとはね………確かに、エステルの言うとおり『全て』探したわけではなかったわね。(ティータとクローゼが知っている子、みたいのようね……)」

(何だ……この言い知れない感じの『影』は……)

レンを見たティータは驚き、クローゼはレンの隠れていた場所に驚きつつもレイモンドから聞いていた人物像が自分の知る人物だったことに納得した表情を浮かべ、シェラザードは感心しつつも呆れるばかりであった。一方、リィンは笑みを浮かべるレンの中に潜む『何か』を察し、内心驚きを隠せずにいた。

 

「いや~、見つかってよかった。えっと君……名前はレンちゃんでいいのかな?」

「ええ、そうよ。レンはレンっていうの。ごめんなさい、秘密にしてて。」

迷子として保護していたレンが見つかったことに安堵の表情を浮かべているレイモンドの質問にレンは素直に謝って答えた。

 

「はは、気にしていないよ。でもどうして突然、かくれんぼなんか始めたんだい?」

「だって、遊撃士さんが来てくれるって聞いたから……一緒に遊ぼうと思って、がんばって隠れていたのよ。」

「でも、悪戯はほどほどにしなさいね?でないとお姉さんも怒っちゃうからね?」

「はーい。ごめんなさい、お姉さん達。」

レイモンドの疑問にレンは笑みを浮かべて答え、それを聞いたエステルの注意に返事をしたレンはエステル達に謝った。

 

「ところで、レン。君の家族はどこにいるのかな?見たところ近くにいるようには見えないが……」

「それは……レンにもよくわからないの。」

「わからない?」

リィンの質問に答えるように言ったレンの話を聞いたエステルは首を傾げた。親であれば少なからず子供に行先を告げるものだと思っていた。まぁ、エステルにしてみればそういう親の片割れがいるので、それが普通に思えた部分も否定できないが……

 

「レン、パパとママといっしょにここに遊びに来てたんだけど。お昼を食べたあと、パパたちがまじめな顔でレンにこう言ったの。『パパたちは大事な用があってレンとお別れしなくちゃならない。でも大丈夫、用が済んだら必ずレンのことを迎えに行くからね。パパたちが帰ってくるまで良い子にして待っていられるかい?』」

「ええっ!?」

「そ、それって……」

内容からするに、かなり長い時間……両親が戻ってこないというレンの話を聞いたティータは驚き、クローゼは嫌な予感がした。

 

「ふふっ、レンはもう11歳だから『もちろんできるわ』って答えたわ。そうしたら、パパとママはそのままどこかに行っちゃったの。」

「えーと……そんな事情とは思わなかった。どうしよう?保護者を捜すっていう話じゃなくなってきた気がするんだが。」

「うーん……シェラ姉、いいかな?」

本来の依頼からすれば近くにいると思った保護者……だが、この状況からすると、どこに行ったかすら解らない『両親の捜索』も兼ねる形での依頼になりうる……レイモンドの質問にエステルは唸った後、シェラザードに目配せをした。

 

「いいも何も、これも遊撃士の立派な仕事よ。受けた依頼も依頼だし、そうする他ないわね。」

「うん、解ったわ。執事さん、心配しないで。この子はあたしたちが責任をもって預かるから。」

「えっ……?」

民間人の保護……その意義を持って行動する遊撃士として当たり前であるとシェラザードは答え、エステルはそれに頷きつつレイモンドに説明をし、それを聞いた彼は目を丸くした。そしてエステルはレンの方に向いた。

 

「ね、レンちゃん。お姉さんたちと一緒に王都のギルドに行かない?すぐに、パパとママを見つけてあげられると思うわ。」

「そうなの?でもパパたち、大事な用があるって言ってたのよ?」

エステルの提案を聞いたレンは可愛らしそうに首を傾げて尋ねた。だが、その疑問すら吹き飛ばすかのごとくエステルが強い口調で言い切った。

 

「大丈夫。絶対に見つけてあげるから、お姉さんを信じなさいって!」

「うーん……それじゃあレン、エステルお姉さんといっしょに行くわ。よろしくお願いするわね。」

「うん!こちらこそよろしくね。」

「本当にすまない。その子のこと、よろしく頼んだよ。」

「ええ。それじゃ、ギルドに戻りましょうか。」

 

 

~キルシェ通り~

 

レンを連れて周遊道を抜けたエステル達は街道で意外な人物―――デュナンの執事を務めているフィリップと出会った。

 

「おや、貴方がたは……」

「あれ……?」

「フィリップさん。お久しぶりですね。」

エステルらの姿にフィリップが気付き、エステルとクローゼが挨拶を交わす。

 

「お久しぶりです。クローディア殿下、エステル様。エルベ離宮に行ってらしたのですか?」

「うん、そうだけど……」

「フィリップさんは王都に御用があったのですか?」

「ええ。」

公爵の申し付けで買い物などをしていた……とのことらしい。執事とはいえ、その献身ぶりは鑑たるものと言ってもいいだろう。尤も、当の本人がどこまで改善されるのかは……こればかりは本人の努力次第であろう。

 

「そういえば……皆様は離宮で公爵閣下とお会いになられましたか?」

「う、うーん、まあね。」

「久しぶりに挨拶をさせて頂きました。」

「……その様子では、やはり公爵閣下が心ないことを言われたようですな。誠に申しわけありません。臣下としてお詫び申し上げます。」

苦笑しているエステルとクロ―ゼを見て、フィリップは頭を下げて謝罪した。何と言うか、エステルらからすると、事ある度に謝っている姿を見かけることの多いフィリップ………その姿を見たクローゼはフォローしつつ言葉を呟いた。

 

「ふふ、とんでもないです。謹慎されていると聞いたので少し心配だったのですが……お元気そうで安心しました。それに、私の決意もお伝えすることができましたので……私にとっては良い機会の巡り会わせでした。ですので、フィリップさんが謝られる必要などありませんよ。」

「姫殿下……いえ、王太女殿下にそう言って頂けると助かります。それでは私はこれで……皆様、失礼いたします。」

クローゼの言葉を聞いて救われたような気持ちを滲ませつつ、フィリップはエステル達に頭を下げた後、エルベ離宮に向かった。

 

「は~、あの人、顔を合わせるたびに謝ってる感じだけれど……相変わらず苦労をしょい込んでるわね。あの公爵が小さい時から世話をしているらしいけど……」

「世話役としての経歴は20年以上だそうです。何でも、その前には親衛隊に勤めていたとか。」

「え、そうなの!?うーん、まさに人は見かけによらないわね………」

あの執事が元親衛隊……自分の親友兼師匠といい、本当に人間というものは外見で判断できないとつくづく感じたエステルだった。自分の父親の事に関しては未だに認めたくない気持ちでいっぱいだが。

 

「レン………今のオジサン……タダ者じゃないと見たわ。」

すると、レンは唐突に口を開いた。

 

「へっ……どうしたのよ、いきなり?」

「だって、あんな風に目をつぶって歩けるんですもの。レンにはゼッタイにできないわ。」

「あれは目をつぶっているんじゃなくて細目なだけだと思うけど……ちなみに驚いていた時はちゃんと目を見開いてたわよ?」

「あら、そうなの?うふふ、驚いたお顔も見てみたくなっちゃったわ。」

エステルの答えを聞いたレンは無邪気に笑って答えた。

 

「………(レンさん……そして、私が以前お会いになった彼女の『本当の両親』……)」

「クローゼさん?」

「え?ああ、すみません。少し考え事をしていました。置いて行かれてしまいますし、行きましょうか。(……とりあえず、シオンあたりに相談しないと……)」

「?ああ、わかった。」

一方、少し考え事をしていたクローゼだったが、リィンの声かけに我を取り戻しつつ平静を取り繕って、エステルらの後を追い、リィンも彼らの後を追う形でギルドに戻ることとなった。

 

 

~グランセル国際空港~

 

その頃、見るからに軽装の姿と鞄を持った一人の少女――端正な顔立ちと誰から見てもはっきりと解る立派なスタイルを有した容姿……藍色の髪と瞳を持つ少女は発着場に降り立ち、感慨深そうな感情と罪悪感を絵に描いたような感情が入り混じった表情……他の人には解らない程度ではあるが、ほんの少しその表情をした後、笑みを浮かべつつ一緒に付いてきてくれた『小さな助っ人』の方を向く。

 

「すみません、わざわざついてきてもらって…私自身、この国は初めてなので…それに、道案内までしてもらえるなんて。」

「いえ、お気づかいなく。私自身、この国はよく知っていますので。それじゃ、案内しますね、リーシャさん。」

「ええ、お願いしますティオさん。」

 

 

―――後にアルカンシェルのアーティスト、『月の姫』と呼ばれることになる旅行者……リーシャ・マオ。

 

 

―――『教団』の事件後、人生が大きく変わった一人……レミフェリア総合技術局長、ティオ・プラトー。

 

 

異なる目的を持った二人もまた、白隼の国に降り立った。




てなわけで……一人追加しました。彼女というか『彼』にはいろいろ出張ってもらいます……いろいろ不憫な目には遭うかもしれませんが、その後できっちり救済します(確定事項)


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第85話 悪戯な厄介事

 

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

「ただいま、エルナンさん……あ!」

「やあ、エステル君。先日顔を合わせて以来だな。」

「あれれ……リアン中佐じゃない!?」

「成程、軍の担当者ってのは貴方の事ね。レイストン要塞から来たのかしら?」

「ああ、その通りだ。つい先ほど、警備艇で王都に到着したばかりでね。」

エステル達がギルドに着くと、受付の前にいた人物――カシウスの部下にして“後継者”と目されるリアン中佐に気付いた。軽く言葉を交わした後、軍の相談の担当者なのか?というシェラザードの疑問にリアンは頷きながら答えた。

 

「おや……?そちらのお嬢さんはひょっとして例の……」

「ええ。事情があって連れてきたんだけど……」

「えっと、レンちゃん。お姉さんたち、少し話があるから2階で待っててくれないかな?」

「あら……。ひょっとしてお仕事の話?」

リアンの問いかけにシェラザードが答え、エステルは“部外者”であるレンには聞かせられない話だということは隠しつつ言い、言われた側のレンは首を傾げて尋ねた。

 

「う、うん……ごめんね。」

「別にいいけど……お仕事、お仕事ってまるでパパみたいな感じ。レン、そういうのあんまりスキじゃないわ。」

「うっ……………」

頬を膨らませて怒っているレンを見て、エステルは言葉に詰まった。

 

「あ、あの……レンちゃんって言ったかな?わたしと一緒におしゃべりでもしない?この前の時はあんまり喋れなかったし……わたし、レンちゃんのこと色々と知りたいな。」

「あなたと?うーん、そうね。おしゃべりしてもいいわよ。」

「えへへ、ありがとう。それじゃあお姉ちゃん。わたしたち、2階で待ってるね。」

事情を察したティータがレンに話しかけ、レンは少し考えた後ティータの提案に頷き、二人は2階に行った。その姿を見届けたエステルはティータの存在に感謝した。

 

「はあ……助かっちゃったわ。」

「ふむ、どういう事情かは後ほど聞くとしましょうか。まずは、リアン中佐の話を先に聞いていただけますか?」

「あ、うん、いいわよ。」

「ええ、早速聞かせてもらおうかしら。」

そしてエルナンの提案にエステルとシェラザードは頷いた。

 

「すまない。こちらも急ぎなものでね。まず、この話は王国軍からの正式な依頼と考えてもらいたい。君たちに、ある件の調査と情報収集をお願いしたいんだ。」

「ある件の調査……?」

「『不戦条約』は知っているね?実は、その条約締結を妨害しようとする脅迫状が各方面に届けられたんだ。」

リアンの説明を聞いた一同は驚いた。無理もない。来週末に調印される不戦条約絡みでの案件……それをギルドが受け持つことにも驚きだが………

 

「きょ、脅迫状!?」

「それは……穏やかではありませんね。一体どんな内容なんですか?」

「……これをご覧ください。」

リアンは一通の手紙をエステル達に差し出した。手紙を渡されたエステル達は一通の手紙を読み始めた。

 

 

「『不戦条約』締結に与する者よ。直ちに、この欺瞞と妥協に満ちた取決めから手を引くがよい。万が一、手を引かぬ者には大いなる災いが降りかかるだろう。」

 

 

「……何これ?リアリティーが全く感じられないわね。」

「エステルの言い分も尤もだけれど……これは確かに脅迫状ね。内容はこれだけなの?」

手紙の内容を読み終えたエステルは呆れ、サラは頷いた後、尋ねた。確かに脅迫状なのは、誰の目から見ても明らかだろう。だが、信用性が全くと言っていいほど感じられないのが正直な感想だ。

 

「ああ、これだけだ。そしてお気づきのように差出人の名前も書かれていない。正直、悪戯の可能性が一番高いと思われるんだが……」

「不戦条約の破棄以外に目立った要求すらしていない……だが、単なる悪戯とは思えない気がかりな要素がある―――そういうわけだね?」

言葉を濁しているリアンの代わりに答えるかのように、オリビエはリアンに確認した。このような悪戯とも思えて仕方がない脅迫状……それが嘘とも思えぬ理由をリアンは述べた。

 

「ああ……脅迫文が届けられた場所だ。まずはレイストン要塞の司令部。続いて飛行船公社、グランセル大聖堂、ホテル・ローエンバウム、リベール通信社。そして帝国大使館、共和国大使館、公国大使館、グランセル城、エルベ離宮。全部で11箇所だ。」

「そ、そんなになるんですか!?………ってあれ?11箇所??一つ、足りないような気が………」

送り付けられた脅迫状の送付場所……リアンの説明を聞いたアネラスは驚いたが……『送り付けられた場所と脅迫状の数が一致しない』事に気付き、尋ねた。

 

「ああ、言い忘れた。済まない。正確には『ある一箇所』に同じ手紙が2通届いたんだ………それは、グランセル城だ。」

「あ、あんですって~!?」

「どうして2通も届いたんでしょうか………?」

「それなんですが………一枚はリベール王家宛に届いて、もう一枚は………マクダエル市長宛に届いたんです。」

「えっ!?何故、マクダエル市長宛がグランセル城に………?」

リアンの説明を聞いたクロ―ゼは驚いて尋ねた。リベールはクロスベルと都市単位での協定は結んでいるものの、リベールはクロスベルの宗主国ではない。経済的・文化的に繋がりはあっても、政治的な繋がりはほぼない……その疑問に答えるかのようにエルナンが説明した。

 

「そのことと関わってくるのですが、エステルさんらがエルベ離宮に向かったのと同時位に、ヘンリー・マクダエル市長、孫娘のエリィさん、それと護衛の遊撃士らと共にグランセルに到着しました。」

「あ、あんですって~!?」

「えっ………!?もう、来られたのですか!?確かまだ、来訪の詳しい日は知らされていないはずですが………」

リアンの話を聞いたエステルは驚き、クロ―ゼは信じられない表情で尋ねた。

 

「話によると、下手に日程を決めれば『標的』にされかねない……市長自身の安全の配慮もあって、今日の来訪と相成ったそうです………その影響で城は今、マクダエル市長の歓迎の準備に追われている所です。」

「そう……なんですか。にしても、市長宛の脅迫状はいつ、届いたのですか?」

「それが………市長達が城に入城して、少ししてから届いたのです。」

クロ―ゼの質問にリアンは少しの間言葉を濁した後、答えた。

 

「なるほど……ただの悪戯にしちゃ狙ってやっている上、大規模だな。軍が気にするのも無理はないってわけだな。

「しかし、飛行船公社に七耀教会、ホテルにリベール通信か。一見、条約締結には関係なさそうな所に見える場所だが。」

リアンの話を聞き終えたアガットは真剣な表情で頷き、スコールは王家や大使館以外の場所に脅迫状が送りつけられたことが気にかかり、リアンに尋ねた。

 

「ところが厳密に言うと全く関係がないわけじゃない。まず飛行船公社は帝国・共和国・公国関係者を送迎するチャーター便を出す予定でね。同じくホテルもすでに関係者の宿泊予約が入っている状況だ。さらに大聖堂のカラント大司教は女王陛下から条約締結の見届け役を依頼されているそうだし……リベール通信は不戦条約に関する特集記事を数号前から連載している。」

「うーん、どこも何らかの形で条約に関わっているってことね。いったい何者の仕業なのかしら。」

「フム……これは一筋縄ではいかないね。国際条約……しかも、西ゼムリア四か国で結ばれる初の『包括的な国際条約』である以上、妨害しようとする容疑者は色々と考えられるだろう。」

「そうだな。カルバードかエレボニアの主戦派……もしくは四か国の協力を歓迎しないまったく別の国家の仕業か……」

リアンの話を聞き、エステルの言葉に頷いたオリビエとジンは考え始めた。今回の条約は今までになかった西ゼムリア地方全体に関わる『国際条約』。それに異を唱える人間がいたとしても何ら不思議ではない。

 

「……もちろん、王国内にも容疑者は存在すると思います。」

「そして……最悪の可能性が『結社』ね。」

クロ―ゼも真剣な表情で王国内にも犯人がいる可能性がある事を言い、エステルは『結社』の可能性がある事も指摘した。特に、『結社』の実験は自治州を除けば残すはこの王都を含むグランセル地方のみ。今回の脅迫状に彼らが関与していないという保障などない……幽霊騒ぎ、地震や温泉の異変、竜を用いた実験、霧……そのどれもが人々を混乱に貶めているだけに、彼らの可能性は捨てきれない。

 

「で、軍としては俺たちに何を調べさせたいんだ?」

「君たちにお願いしたいのは他でもない……。脅迫状が届けられた各所で聞き込み調査をして欲しいんだ。具体的には―――エルベ離宮とレイストン要塞を除いた9箇所だ。」

つまり、飛行船公社、グランセル大聖堂、ホテル・ローエンバウム、リベール通信社、帝国大使館、共和国大使館、公国大使館、そしてグランセル城を遊撃士が受け持つ形となったのだ。

 

「フッ、どこも制服軍人が立ち寄ると目立ちそうな場所だね。情報部を失った今、聞き込みをギルドに頼るのも無理はないかな。」

「恥ずかしながらご指摘の通りだ。そして新しい司令官殿の方針でギルドに回せそうな仕事は片っ端から回せとのことでね。それを実践させてもらったよ。」

オリビエの指摘にリアンは苦笑しながら答えた。確かに、不戦条約でピリピリしている以上、下手に刺激するのはかえって逆効果……適材適所ということではないが、フットワーク力のある遊撃士ならば諸外国の方々相手でも『国際的な民間組織』という身分が保証されている以上問題はない。

 

「まったくもう……条約の関係者絡みの件の事といい、父さんも調子いいわねぇ。」

「いかにもオッサンの言い出しそうな台詞だぜ……」

だが、その依頼を言い出したのが自分の父親だということに、エステルは厄介ごとを押し付けられたような気分であった。まあ、この時期でのこの依頼自体厄介事なだけに肯定するしかできないのだが。

 

「ふふ、君たちに依頼したのはあくまで私の一存さ。この度、条約調印式までの王都周辺の警備を一任されてね。警備体制を整えるためにはなるべく多くの情報が欲しいんだ。どうか引き受けてもらえないかな?」

「う、うーん……引き受けたいのは山々なんだけど。もう一つ、片付けなくちゃいけない事件が起きちゃって……」

「先ほどのお嬢さんの件ですね。かいつまんで説明していただけませんか?」

エステル達はエルナン達にレンの事情を説明した。

 

「なるほど……それは放っておけないな。しかし、あんな年端もいかない子供を置き去りにするとは……」

「うん………なんとか見つけてあげたいんだけど………」

「ふむ、そうですね。何かの事件と関わって娘さんを巻き込まないようにしたのかもしれない可能性があるかもしれません。しかし、それでしたら一石二鳥かもしれませんよ?」

「へっ?」

「話からするとどうやらレンさんのご両親は外国人でいらっしゃるようですね?なら、大使館やホテルなどに問い合わせた方がいいでしょうね。」

「あ、なるほど!」

エルナンの提案にエステルは明るい表情をした。確かに、聞き込みのついでに尋ねれば、どこかしらで反応はあるはず……淡い期待だが、やらないよりはましだ。

 

「どちらも脅迫状が届けられた場所ってわけか。あと、飛行船公社にも乗船記録があるはずだぜ。」

「王国軍も、各地に通達を回して親御さんの捜索に協力しよう。関所を通ったのなら分かるはずだ。」

「ありがとう、リアン中佐!」

「ふふ、どうやらこのまま話を進めても良さそうですね。具体的な調査方法と分担はこちらに任せて頂くとして……。やはり、調査結果の報告は文書と口頭がよろしいですか?」

話が上手く進んでいる事に明るい表情をしたエルナンはリアンに確認した。

 

「ああ、盗聴を避けるためにも導力通信は使わないでほしい。実は本日から、エルベ離宮に警備本部が置かれる予定でね。ご足労かとは思うが、そちらにお願いできるかな?」

「うん、わかった。それじゃあ、調査結果の報告はエルベ離宮に直接届けるわね。」

「よろしく頼むよ。」

そしてエステル達はリアンを見送った後、エステル、シェラザード、ジン、オリビエ、クローゼ、シオン、リィンが三国の大使館とグランセル城、リベール通信社を回り、アガットとアネラス、スコールがそれ以外の場所を調査するという分担になり、サラはエステル達が留守にしている間に一般の依頼が来た際、そちらの対応をする為にギルドに待機となった。

 

「それじゃあ、あたしたちはちょっと出かけてくるわ。ティータ、レンちゃん。悪いけどお留守番頼むわね?」

「それなんだけど……レンはティータと一緒にお買い物に行くことにしたわ。」

「へっ!?」

「ご、ごめんね、お姉ちゃん。レンちゃんがどうしても百貨店に行きたいらしくて……」

驚いているエステルにティータは申し訳なさそうな表情で答えた。

 

「あら、心外ね。ティータも、ぬいぐるみとか見てみたいって言ってたじゃない。」

「あう……。レンちゃんったらあ。」

口元に笑みを浮かべて答えるレンにティータは無邪気に笑って答えた。

 

「う、うーん……。いつレンちゃんのパパたちの情報が入るか分からないから待ってて欲しいんだけど……」

「ジー……」

「じー……」

エステルの言葉を聞いたレンとティータは恨めしそうな目線でエステルを見た。

 

「うっ……二人してその目はズルイわよ。」

「いいんじゃねえのか?ティータが付いてりゃ買い物くらい大丈夫だろ。」

二人に見られたエステルは弱めの抵抗をしたが、アガットやエルナンは賛成の様子だった。

 

「うーん……それもそっか。ティータ、レンちゃん。あたしたちも夕方には戻るからそれまでには戻ってきなさいよ?それに王都は広いから、迷子にならないよう気を付けるように。」

「うん、まかせて♪それじゃあレンちゃん。さっそく出かけようか?」

「ええ、もちろんよ。お姉さんたち、またね♪」

そして二人はギルドを出た。

 

「ふふ、すぐに仲良くなっちゃったみたいですね。」

「うん、さすがに年齢が近いだけはあるわね。でも、レンちゃんとティータの組み合わせかぁ。微妙に不安なコンビね。」

「あら、どうしてですか?」

「いや、だって……。ティータって押しに弱そうだし。レンちゃんに色々と振り回されそうな気がしない?」

「確かに……」

エステルの話を聞いたクロ―ゼは苦笑しながら頷いた。

 

「そういえばエルナン。あの子の両親の名前はちゃんと聞き出せたの?」

「ええ、何とか。クロスベル自治州に住む貿易商のご夫妻のようですね。名前は、ハロルド・ヘイワースとソフィア・ヘイワースだそうです。」

「クロスベルの貿易商、ハロルド&ソフィア夫妻っと……うん、手帳にメモしたわ。」

シェラザードに尋ねられて答えたエルナンの話を聞いたエステルは手帳にメモをした。

 

「こちらもオーケーだ。脅迫状の調査と合わせて聞き込みを始めるとするか。」

「打ち合わせ通り、エステルさんはエレボニア・カルバード・レミフェリア大使館とグランセル城、リベール通信社を当たってください。」

エレボニア大使館にはオリビエ、カルバード大使館にはジンという各々の出身者があたる形となり、グランセル城には王家の人間であるクローゼと親衛隊の人間であるシオン、そしてリベール通信にはナイアルやドロシーと付き合いが多いエステルが受け持つ形となった。

 

「ところで、レミフェリア大使館に関してはどうしたらいいの?」

「それでしたら、殿下と彼女……あ、戻ってきましたね。」

「ただいま、エルナンさん……って、エステルたちじゃない。」

「レイアじゃない!久しぶりね。ひょっとして、レイアに?」

「ええ。彼女はレミフェリアでの実績がありますので、無下にはされないでしょう。それと、大使は殿下の縁の方ですので問題はないかと。」

「そうですね。」

レミフェリア大使の事を考えると、大使と顔見知りのクローゼとレミフェリアに実績を持つレイアにお願いするのが筋だと考えた、というエルナンの説明にクローゼは頷いた。

 

「残りの大聖堂、飛行船公社、ホテル・ローエンバウムですが……アガットさんとアネラスさん、それとスコールさんにまとめて調査をお願いします。」

「ああ。その方が効率がいいだろう。」

「ええ、解りました。」

「了解した。」

 

そして、エステル達は調査を開始した。

 



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第86話 二つの調査~共和国大使館~

調査を開始したエステル達はまず、カルバード大使館にジンの紹介で大使館内に入った。

 

 

~カルバード大使館 館内~

 

「ほう、これはこれは……」

「へ~、これがカルバード大使館なんだ。さすが立派で豪華な雰囲気ね。」

「それに、どことなく異国情緒のある内装ですね。」

大使館内を見回したオリビエは感心した声を出し、エステルやクロ―ゼはそれぞれの感想を言った。内装はリベールのような古の情緒あふれるものとは異なり、主立った造りは西洋風ながらも東洋風の情緒を感じさせるような装飾の数々にカルバード共和国という国の特徴が目に見える感じだった。

 

「ま、東方からの移民を受け入れてきた国だからな。ちなみにエルザ大使の部屋は2階の奥にあるぞ。」

「うん、わかった。」

そしてエステル達はカルバード大使の部屋に向かった。

 

 

~カルバード大使館 大使執務室~

 

「ここが大使の部屋だ。早速、話を聞いてみるか?」

「うん、お願い。」

「よし、それじゃあお前さんたちを紹介しよう。」

エステルに確認すると、ジンは扉をノックした。

 

「……?どうぞ、入っていいわ。」

「……失礼しますぜ。」

部屋の中から聞こえた声―――入室の許可を聞いたジンはエステル達と共に部屋に入った。

すると、奥に座る女性とその手前にいた少女が目に入った。

 

「え?」

「あ、私の事はお気遣いなく。用事も済みましたので……失礼します。」

その少女はエステルらの姿を見ると、深々と礼をしてその場を去った。

 

「はぁ~………羨ましいスタイルだったわ。」

「あはは……その気持ち、わかります。はぁ……」

「上には上がいるのね……見たところ、エステルと同い年ぐらいかしら。」

「私ですら驚きかな……」

少女のスタイルの良さ……誰が見ても出ているところが目に入ってしまうぐらい……同じ女性であるエステルらもその良さには羨ましがった。

 

「ふむ……(あの佇まい……何故だか、アスベルを思い起こさせるな……)」

「お、奴さんの事が気になったか?」

「そう言う意味ではないんだが……寧ろ、リィンはどう思った?」

「俺か?……確かに、綺麗な女性とは思ったが……あとは、誰から見ても魅力的かなとは思ったぐらいだよ。」

一方、男性陣は色々物思いにふけったり、様々な発言が飛び交っていた。すると、大使らしき女性がジンの姿に気づいて声をかけた。

 

「あら、そこにいるのはジンさんじゃない。先日帰国したばかりなのに、またリベールに来たのかしら?」

「いやぁ、ギルドの仕事でやり残したことがありましてね。またしばらくの間はリベールに滞在しようと思ってます。」

「フフ、さすがはA級遊撃士。何かと忙しいというわけね。ところで、そちらの方々は?」

ジンの話を聞いたエルザは感心した後、エステル達を見て尋ねた。

 

「えっと、初めまして。遊撃士協会に所属するエステル・ブライトといいます。」

「同じく、遊撃士のシェラザード・ハーヴェイといいます。」

「遊撃士のレイア・オルランドです。」

「同じく、シオン・シュバルツだ。で、協力者の三人……オリビエとクローゼ、リィンだ。」

「フッ、よろしく大使殿。」

「お初にお目にかかります。」

「宜しくお願いします。」

エステルらは礼儀正しく自己紹介をし、オリビエとクロ―ゼ、リィンも続いて会釈をした。

 

「よろしく。カルバード共和国大使のエルザ・コクランよ。それにしても、まさかレイアさんにシオンさんとこういう形でまたお会いすることになるとはね。」

「あはは……その節はお世話になりました。」

「あの時は本当に助かりました。」

エルザは自己紹介をした後、顔見知りであったレイアとシオンに声をかけ、二人は苦笑しつつも言葉を返した。

 

「え?何?大使さんと知り合いなの?」

「まぁ、遊撃士絡みでちょっとね。」

「あれを『ちょっと』というのはお前さんぐらいだぞ……」

レイアとシオン……三年前の七耀歴1199年、カルバードで起きた中規模のテロ事件……観光目的で来ていた二人は図らずも<反移民政策主義>の連中に狙われる羽目となり、正当防衛という形で殲滅したのだ。その後、二人はジンや遊撃士として新人であったアリオスと協力して事態の収拾にあたった。その際、国家元首であるサミュエル・ロックスミス大統領とも出会っているが……二人の印象は『狸』ということで一致していた。エルザとはその時に出会い、事後処理の手続きで色々と世話になったことを明かした。

 

その後、レイアは別件のためにレミフェリアに向かい……『氷絶事件』の解決をすることとなり、シオンはカルバードに残ってジンの仕事の手伝いをこなしていた。

 

「カルバードにとっての恩人もそうだけれど、これだけの遊撃士の方……どうやら面倒な話があって訪ねてきたみたいね?」

「ええ、実は……」

そしてエステル達はエルザに脅迫状の件を尋ねてみた。

 

「あの脅迫状の件か……それじゃあ、貴方たちは王国軍の依頼で動いているの?」

「一応そういう事になります。ただ、遊撃士協会としても見過ごせる話じゃありません。それを踏まえて協力していただけませんか。」

今回の一件は国際的な問題へと繋がるだけに、不安要素は出来るだけ取り除く必要がある……それを込めたエステルの言葉に意を読み取ったのか……エルザは少し考えてからその願いに肯定の意味を込めて言葉を呟いた。

 

「……ま、いいでしょう。我々にも関係あることだしね。それで、何を聞きたいの?」

「えっと、まずは脅迫者に心当たりがないでしょうか?共和国に、条約締結に関する反対勢力が存在するかとか……」

「それは勿論いるわよ。例えば私なんてそうだしね。」

「ええっ?」

「ちょいと大使さん……あんまり若いモンをからかわないでくれませんかね?」

エステルの問いかけをあっさりと肯定してしまったエルザの答えにエステルは目を丸くし、その様子を見たジンは呆れた後、注意をした。

 

「あらジンさん、からかってはいないわよ。事実は事実だもの。私のエレボニア嫌いは貴方も知っているでしょう?」

「そりゃまあ……」

「それに、エステルさんやシェラザードさんにはその辺りも目撃されているようだし。」

「え?……って、あの時の事ですか?」

「よく覚えていましたね?」

「大使とはいえ『一国の顔』……これでも、記憶力には少し自信があるわ。」

呆れるジンに『隠したところで意味がない』とでも言いたげにエルザは呟き、先日のエレボニア大使との言い争い―――その一端を目撃したエステルとシェラザードのことにも触れ、それを言われるまで気付かなかったエステルとシェラザードはその記憶力に感心した。

 

「でも、勘違いしないで欲しいの。『不戦条約』は既に大統領が決定して、議会も承認した案件だからね。カルバード大使である以上、個人的な感情は抜きにして話は進めさせてもらっているわ。」

「成程ね。他に反対している方々はいないのかしら?」

「いるにはいるけど少数派ね。それらの勢力も本気で反対しているわけじゃないし。」

「本気で反対していない?」

エルザの話を聞いたエステルは首を傾げた。反対しているはずなのに本気ではない……その分だとあまり意味を成さない反対になっているのでは……そう考えたエステルにエルザは説明をつづけた。

 

「そもそも、不戦条約って実効性のある条約ではないの。『国家間の対立を戦争によらず話し合いで平和的に解決しましょう』って謳っているだけ……いわば『努力義務』を課すもので、罰則はない条約なの。そういう意味では条約というより共同宣言に近いけれど。」

「努力義務、ですか……確かに、反対するには本気ではない……それには納得ですね。」

「成程……その気になれば、いつでも破れる口約束に過ぎないということだね。」

「ふふ、そういうこと。まあ、確かにここ十数年、カルバードとエレボニアの関係は冷えきっていたから……今回のような機会を通じて話し合いの場が設けられるのは意義のあることだとは思うけどね。」

リィンの言葉とオリビエの意見に頷いたエルザは話を続けた。

 

西ゼムリア四か国……その関係は色々様相を呈している。『技術大国』としてその名を轟かせているリベールと国境を接するエレボニアとは微妙な関係ではあるが、同じように国境を接しているカルバードとは友好的関係を築いており、レミフェリアとは経済的な交流の結びつきが強い。レミフェリア側からすれば、国境を接する『三大国』の内の『二大国』―――エレボニアとカルバードとの関係は良好であるが、ノルド高原に近いレミフェリアにしてみれば、エレボニアとカルバードの領有権争いは目の上の瘤と同様のものである。そして、エレボニアとカルバード……西ゼムリアの覇権争いで長年いがみ合い続けている両者。

 

今回の条約締結は、そうした二大国のトップ同士が顔を合わせる初の出来事。エレボニア側は名代ではあるが、今回の一件を演出したアリシア女王の懐の広さ……ひいては『器』の大きさを知らしめるものとなる。

 

「確かに、厳密な『条約』とは言えない以上、脅迫状を出してまで阻止するほどの話じゃないか。」

「あの、エルザ大使。カルバードの関係者が脅迫犯ではないとするなら……誰が怪しいと思われますか?」

「そうね。個人的な先入観でいえばエレボニアの主戦派あたりが限りなく怪しいと思うけど……新型エンジンの件もあるし、その可能性も低そうなのよねぇ。」

エルザの話を聞き考えているシオン、それを聞いたクロ―ゼは真剣な表情で尋ね、エルザはエレボニア帝国側の可能性も考えたが、不戦条約の際にエレボニアやカルバード、レミフェリアが得られる“利益”の事を考えた場合、それらの可能性は低いことを示唆した。

 

「新型エンジンって……もしかして『アルセイユ』用の?」

「そう。それのサンプルがカルバードとエレボニア、レミフェリアの三方に贈呈されることになっているの。不戦条約の調印式の場でね。」

「あ……!」

「フッ、さすがはアリシア女王。まんまとエレボニアとカルバード、さらにはレミフェリアを手玉に取ったということだね。」

その“利益”……サンプルとはいえZCF製のオーバルエンジンを得られるという絶好の機会。それを手にできる機会だということを説明したエルザの言葉にエステルはその意味を察し、オリビエは感心しつつもアリシア女王の外交の強かさに内心驚愕した。

 

「ええ……悔しいけど大したお方だわ。新型エンジンは、次世代の飛行船の要とも言える存在……しかも、西ゼムリアにおける最大シェアと最先端水準を持つZCFが開発した肝いりのオーバルエンジン。それがサンプルとはいえ手に入るチャンスなんですもの。いくらエレボニアの主戦派にしたって水は差したくないでしょうね。レミフェリアにしてもさらなる導力技術が手に入るチャンスでもあるから。」

オリビエの意見に頷いたエルザは説明した。オーバルエンジンの性能は船の性能すら決める……ラインフォルト社やヴェルヌ社でも独自の新型エンジンの開発は進んでいるが、未だに最高船速の記録を伸ばし続けているZCFの技術力の高さ……その一端を手にできるというだけでも、かなりの成果になるのは疑いようもなく、そのためにも水を差すような真似はしたくない……エレボニアにしても、カルバードにしても、不必要な干渉や争いはしないだろう。

 

「な、なるほど……」

「ふむ、ということは……三国共に不戦条約を妨害する可能性はかなり低いということですかね。」

「そうなるわね。お役に立てなくて申しわけなかったかしら。」

「ううん、そんなことないです。容疑者が減っただけでも状況が分かりやすくなったし。あ、それとは別にお尋ねしたいことがあるんですけど……」

脅迫状に関する一通りの聞き取りを終えると、エステルはエルザにレンの両親に関して尋ねた。

 

「クロスベルの貿易商、ハロルド・ヘイワース……ふむ、心当たりはないわね。少なくともここの大使館を訪れてはないと思うわ。」

「そうですか……」

「にしても、クロスベルね……あそこは、エレボニアとカルバードの中間にある場所よ。エレボニア大使館にも問い合わせてみた方がいいかもしれないわね。あとは、マクダエル市長にも尋ねてみるといいわね。」

「はい、わかりました。えっと、色々と教えてもらってどうもありがとうございました。」

エルザの提案にエステルはお礼を言った。

 

「どういたしまして。ところであなた……エステル・ブライトと言ったわね。もしかしてカシウス准将の娘さん?」

「あ、知ってるんですか?」

「ふふ、あたり前よ。かつてエレボニア軍を破った英雄にして王国軍の新たな指導者ですもの。娘さんがいるとは聞いていたけど、こんな形でお目にかかれるとはね。」

「えっと、あたしはただの新米遊撃士なんですけど……」

「どこが新米なんだか……」

「まったくだな……」

「レイアにジンさん、何よその眼は?」

エルザに見られたエステルは苦笑しながら答えたが、ため息が出そうな表情をしているレイアとジンにジト目で質問を投げかけた。

 

「フフ……ウチの大使館もギルドには色々とお世話になっているの。今後、ウチの依頼があったら請け負ってくれると嬉しいわ。」

「あはは……機会があったら是非。それじゃあ、失礼しました。」

 

そしてエステル達はカルバード大使館を出た後、エレボニア大使館に向かった。

 

 



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第87話 二つの調査~帝国大使館~

 

~エレボニア大使館前~

 

「やあ、兵士君。元気でやってるかい?」

「オ、オリビエさん!?今まで何をしてたんですか。」

呑気に話しかけて来たオリビエに気付いた兵士は慌てて尋ねた。兵士の反応とは対照的に、それを不思議に思いつつもいつもの口調でオリビエが尋ねた。

 

「おや、どうしたんだい?鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべて……」

「どうしたもこうしたも……エルモに湯治に行ったきり行方をくらましたそうですね?ミュラーさんが怒っていましたよ。」

「フッ……相変わらず、僕の予測を裏切らないその反応……全くもって、可愛い男だな。」

「って、オリビエ……まさかあんた、あたしたちと一緒に行動していることを大使館というかミュラーさんに知らせてなかったの?」

兵士の話を聞いたエステルは平然としているオリビエを呆れた表情で睨んで尋ねた。前に一度その経験があるだけにある程度予測はしていたが、一度ならず二度までもそう言った行動をとったことには流石に怒りを通り越して呆れに近い感じではあるが……

 

「ハッハッハッ。何を言っているのかね、エステル君。僕は愛の狩人……愛を求めて彷徨う旅路は忍ぶものと決まっているからねぇ。それはともかく……中に通してもらえるかな?」

「構いませんが……ええと、そちらの方々は?」

「遊撃士協会の人間よ。こちらの大使さんにちょっと話が聞きたくてね。それで、このお調子者に紹介してもらおうと思ったの。」

エステルは兵士に正遊撃士の紋章と手帳を見せて答えた。

 

「なるほど、そうでしたか。身分も確かのようですし、お通しできると思いますが……大使館の敷地内は治外法権となっていますのでくれぐれもお気をつけて。」

「うん、わかったわ。」

そしてエステル達はエレボニア大使館の中に入った。

 

 

~エレボニア大使館内~

 

「ほう……こりゃまた立派な建物だな。」

「うわ~……カルバード大使館に負けず劣らず豪華な雰囲気の内装ねぇ。」

「壮麗にして力強い雰囲気……帝国風の調度で内装が統一されているようですね。」

「何と言うか……古の豪といった感じの質実剛健を体現したような装飾だな。」

カルバードとはいっそう変わった雰囲気……『黄金の軍馬』を形にしたかのような装飾を含めた内装にエステル達は驚きや関心といった表情を浮かべていた。

 

「フッ、大使館はいわば『国の顔』。こういった場所だからこそ大使館は『舞台』として、エレボニアの威光をアピールする場所だからね。尤も……残念ながら、役者の方がやや見劣りしているようだが。」

「その国の出身である無関係とも言えないお前が、率先して何を不穏なことを抜かしているか。」

大使館内の景色に感嘆な声を上げているエステル達とは逆にオリビエは不穏な事を呟き、その呟きに答えるかのように近くの部屋からミュラーが出て来て、エステル達に近付いて来た。

 

「おお、親愛なる友よ!久しぶりだね。元気にしてたかい?」

「貴様というヤツは……あれほど常に所在を連絡しろと言いつけておいたにもかかわらず……」

いつもの調子で話しかけて来るオリビエを見て、ミュラーは今にも怒りが爆発しそうな様子だった。それも無理はない話だ。人の言うことを無視し、あまつさえ連絡さえしていなかった御仁が目の前に現れ、それを悪びれる様子すらない……これで怒らないのは相当寛大な心を持つ御仁でなければ不可能の所業だろう。

 

「フッ、これも恋の駆け引きさ。離れているからこそ募る思いもあるものだからねぇ。」

「……エステル君、感謝する。どうやら、このお調子者が迷惑をかけてしまったようだな。」

諦めたのか、言っても無駄だと悟ったミュラーはオリビエを無視して、エステルにお礼と詫びが混じった言葉を言った。

 

「あはは……ま、それほどでもなかったわ。私が知る限りじゃ比較的おとなしくしてたしね。」

「まあ、そこの変人は一先ず放置しておくとして……君らはどうやらエレボニア大使館に用があって来たみたいだな?」

「あ、うん。実は、ここの大使さんに話を聞きにきたんだけど……」

いつものオリビエからすれば比較的大人しめだったのは否定しない……エステルはミュラーに、脅迫状の件を聞くためにエレボニア大使に面会に来たことを説明した。

 

「成程、あの脅迫状か……自分も気にはなっていたが、まさかギルドが動くとは思わなかった。つかぬことを聞くが、王国軍の依頼ということかな。」

「ええ。ただ、遊撃士という観点から、できるだけ中立の立場で調べさせてもらうつもりよ。」

「ふふ、いい心がけだ。それでは、自分の方からダヴィル大使に紹介しよう。そのお調子者よりは信用してもらえるはずだ。」

「え、いいの!?」

「いやぁ、助かるぜ。」

「ありがとうございます。」

「助かります。」

「ありがとう、ミュラーさん。」

ミュラーの申し出を聞いたエステル達は驚き、明るい表情をしてお礼を言った。

 

「それにしても……まさか、巷で噂のシュバルツァー家の御子息が君たちと行動を共にしているとはな。」

「!!ご存じだったんですか?」

「半信半疑の部分があったのは否定しないが……それと、俺は一度シュバルツァー侯爵がまだ男爵位だった頃に一度お会いしたことがある。中々に豪胆なお人だと感じた。お元気でいらっしゃるのか?」

「ええ。相変わらずの狩り道楽だと思います。尤も、先日の出来事絡みで手紙が届いて、忙しいことを嘆いておりました。」

「フッ……そうだったか。」

ミュラーとリィンの会話……あの一件以降、テオは<四大名門>と同等の地位……貴族でも<うつけ者>と呼ばれたかつてのそれではなく、<五大名門>の一角……皇族の信任を得た<守護貴族>の地位を与えられる形となった。そのため、かつての狩り三昧だった隠居に近い生活から、今は他の主立った貴族と同様に忙しい毎日を送っているとのことだ。尤も、シュバルツァー家の信条である『貴族は民に寄り添うべし』という考え方は全く変わっておらず、その影響は少しずつ出てきているのが実情だ。

 

「……そんなにボクって信用ない?」

「え!?あるとでも思ってたの!?」

「寧ろ、あると思っていたのが驚きなのだけれど?」

「まあ、お前さんの紹介だと余計な誤解を招きそうだしな。」

「えっと……ごめんなさい、オリビエさん。」

「すまん、どう考えても今までの行動からしたら信用できない。」

「ごめんね、オリビエ。」

「その……同じ国の出身としては、とても信用できるとは……」

オリビエの疑問にエステルとシェラザードは心外そうな表情で答え、ジンとレイアにシオンは呆れた表情で答え、クロ―ゼとリィンは申し訳なさそうな表情で答えた。

 

「シクシク……」

「賢明な判断だ。ダヴィル大使は2階の執務室にいる。確認を取ってくるからしばらく待っていてくれ。」

「うん、オッケー。」

そしてミュラーは先に2階に行き、エステル達は少ししてから2階に行き、大使がいる部屋の扉の前で待った。

 

 

~エレボニア大使館 大使執務室~

 

「えっと……ここが執務室なのかな。」

「フッ、その通りさ。それでは華麗に乱入して大使殿を驚かそうじゃないか。」

「ミュラーさんにぶん殴られるわよ。」

「寧ろ沈められますよ?」

オリビエにエステルとレイアが注意したその時、ミュラーが大使の部屋から出て来た。

 

「待たせたな。大使がお会いになるそうだ。」

「あ、うん。それじゃあ失礼します。」

そしてエステル達はエレボニア大使がいる部屋に入った。

 

「ようこそ。エレボニア大使館へ。私は駐リベール大使のダヴィル・クライナッハだ。」

エステル達が部屋に入るとエレボニア大使――ダヴィル大使が重々しく名乗った。

 

「えっと、遊撃士協会のエステル・ブライトです。」

「ジン・ヴァセック。同じく遊撃士協会の者だ。」

「シェラザード・ハーヴェイ、同じく遊撃士協会所属の者よ。」

「同じくレイア・オルランドです。」

「同じくシオン・シュバルツだ。」

「ジェニス王立学園2回生、クローゼ・リンツと申します。」

「協力員のリィン・シュバルツァーです。」

「そして愛と平和の使者、オリビエ・レンハイムさっ!」

エステル達は礼儀正しく名乗ったが、オリビエはいつもの調子で名乗った。

 

「フン……君か。何でもエルモ村に行ったきり行方をくらましていたそうだな。あまりミュラー君に心配をかけるのはやめたまえ。もちろん、私にもな。」

「フッ、これは手厳しい。」

ダヴィルの注意にオリビエは軽く目を閉じて答えた。

 

「さて………ん?ところで、其処の彼……今『シュバルツァー』と名乗らなかったか?」

「ええ、俺の事ですが……」

「……な、何ゆえ<五大名門>の方がここに!?」

「えと、大使さんが慌てちゃってるけれど……というか、<五大名門>って?」

「フッ、その問いに僕が答えよう。この国じゃ珍しい『貴族』の存在……エレボニア帝国には未だに貴族制度が残っていて、その中でも名実ともにトップクラスの四つの家がある。いや、あったというべきだろうね。」

東のアルバレア家、西のカイエン家、北のログナー家、かつて南を統べていた貴族にして、今は南西のサザーラント家。その四つを総称して<四大名門>と呼ばれていたのだが……リィンの実家であるシュバルツァー家が五番目の名門として相成ったのだ。

 

「けれど、帝国の貴族って確か血筋も重視しているはずよね?」

「それについては問題ないのさ。シュバルツァー家は『獅子心皇帝』と呼ばれたドライケルス大帝の血筋を引いている『皇族の分家』。リィン君の存在で疎ましく思おうとも、皇帝陛下の信任を得ている以上反論は出来ないってことになるのだよ。」

「成程……大変なことになっちゃってるね、リィン。」

「あはは……ここまで来ると、もうどうにでもなれって感じだけれど。」

シェラザードの疑問にオリビエはいつもの口調で答え、それを聞いたレイアは苦笑しつつもリィンに同情し、リィンは最早何かを諦めたかのように呟いた。婚約の事に家の発展……リベールに来てからというものの、リィンの心労は嵩むばかりで……結果として、もう行きつくところまで行ってほしいと思わざるを得ず……ある意味悟りの境地に突入していた。

 

「大使、驚かれるのも無理はありませんが、話が進みません。」

「う、うむ……例の脅迫状の一件で話を聞きに来たそうだな。どんなことが知りたいのかね?」

「えっと………それじゃあ、単刀直入に聞きますけど。大使は脅迫者に心当たりはありませんか。たとえば、エレボニア国内で条約締結に反対する勢力とか。」

ミュラーの言葉にようやく我を取り戻したダヴィルは質問を投げかけ、エステルは頷いた後、単刀直入に尋ねた。

 

「はは、率直な物言いだ。しかし、生憎だが全くもって心当たりはないな。皇帝陛下も条約締結には随分と乗り気でいらっしゃる。それに異を唱える不届き者など我が帝国にいるはずがなかろう?」

「成程ね……つまり、帝国の外に反対する者がいると大使はお考えで?」

ダヴィルの答えを聞いたシェラザードは大使の考えを聞くために尋ねた。

 

「当然、そうなるな。おおかた、カルバードあたりの野党勢力の仕業だろう。衆愚政治の弊害というやつだ。」

「そりゃ、どうかと思いますぜ。確かに共和国の与党と野党は毎度のように対立してますが……たとえ条約が阻止されたとしても大統領の責任になるとは思えない。」

ダヴィルの話を聞いたジンは心外そうな表情で答えた。ロックスミス大統領の責任になりえないものを邪魔してどのようなメリットがあるのか……いや、逆にデメリットしか生じないものに態々首を突っ込むこと自体『自殺行為』にしか成り得ないのだ。

 

「フン、詳しいことは知らんよ。確実に言えるのは、脅迫者が帝国の人間ではありえないことだ。それだけ判れば十分ではないかね?」

「う、うーん……」

ダヴィルの話を聞いたエステルは言葉に詰まった。そこにクロ―ゼがダヴィルに静かに問いかけた。

 

「……あの、ダヴィル大使。オズボーン宰相閣下は不戦条約について、どのように受け止めてらっしゃるのですか?」

「なに……!?」

クロ―ゼの質問にダヴィルは驚いた。

 

「ほう……」

「成程……」

「………」

「フフ……なかなか鋭い質問だね。」

一方横で聞いていたミュラーとシオン、リィンとオリビエは感心した。

 

「えっと……そのオズボーンさんって?」

一方クロ―ゼが出した人物の事がわからないエステルは答えを求めて、苦笑しながら尋ねた。そしてエステルの疑問にオリビエが答えた。

 

「帝国政府の代表者である宰相、“鉄血宰相”ギリアス・オズボーン。『国の安定は鉄と血によるべし』と公言してはばからないお方でね。帝国全土に導力鉄道を敷いたり幾つもの自治州を武力併合したりとまあ、とにかく色んな意味で精力的な政治家さ。」

「そ、そんな人がいるんだ……」

「こ、こらオリビエ君!自国の宰相を、批判めいた言葉で語るのは止めたまえ!」

オリビエの説明にエステルは驚きを隠せず、一方ダヴィルはオリビエを睨んで注意した。

 

「フッ、別に批判をしているつもりはないけどね。あくまでも帝国に住む市民が知る程度の情報を言ったまでの事。ただ、もう少し協力的になってもバチは当たらないんじゃないかな?先ほど、共和国のエルザ大使から色々と話を聞かせてもらったが……あちらの方が遥かに協力的だったよ。」

「な、なに!?」

「『三大国』の一角であるカルバードの顔を務める大使様があのような誠実さを見せてくれた……このままだと、おなじ『三大国』の看板を背負うエレボニアという国の度量が疑われてしまうことになる……それが僕には耐えられないのさ。」

「むむむ……」

オリビエの説明を聞いたダヴィルは反論が見つからず、唸ってオリビエを睨んだ。

 

「ところで……『三大国』とは、どういうことですか?」

「近隣諸国に彼らと渡り合える国なんてあったっけ?」

「おや……君らは知らないのか?」

ただ、その中で出てきた『三大国』という単語にクローゼとレイアは首を傾げ、それを見たミュラーは意外そうな表情を浮かべて二人を見た。

 

「ああ……エレボニアとカルバード……それらと引けを取らない国の存在なんて……」

「ま、無理もない話だね。『隣の芝は青い』……当事者である彼等にはなじみが薄いのも頷ける話さ。」

「は?え?何が何だか……」

「まさか……」

シオンの疑問に答えた形となるオリビエの発言にエステルは首を傾げ、シェラザードは何かを察したのかオリビエに問いかけた。

 

「その通り……『三大国』―――エレボニア帝国、カルバード共和国……そして、この国。リベール王国も大国の仲間入りを果たしたのさ。十年前の『百日戦役』でね。」

百日戦役で得た人的資源や領土に莫大な賠償金、其処から急激に発展した各地域。経済規模からすればクロスベルの三倍強、導力技術では西ゼムリアトップクラス、更には優秀な多くの遊撃士たちがこの国に所属している事実……軍事力に関しても、時代の最先端を行く飛行部隊に屈強な正規軍、国境を守る師団……そこにアリシア女王の強かな外交も合わさって、リベールは大国の一角を担うまでの規模に成長したのだ。

 

「………」

「え、えと……」

「ま、自覚はないだろうね。そう言っているのは諸外国……エレボニアやカルバード、レミフェリア……アルテリア法国あたりもそう思っている事実だね。」

「自覚ないんだけれど……」

「全くだ……」

その国に住んでいるエステル、クローゼ、シオンにしてみれば全く自覚がない。七年前に移ったレイアですら、そういった空気を感じることがなかった。

 

「……ダヴィル大使。その件に関しては、秘匿すべき情報はありません。率直な事情を説明しても問題ないのではありませんか?」

「……ふん、まあよかろう。先ほどの質問だが……陛下と同じくオズボーン宰相も条約締結には極めて好意的だ。むしろ宰相の方から陛下に進言したと聞いている。」

その様子を見て内心驚きつつもミュラーはダヴィルに言い、ダヴィルは重々しく答えた。

 

「まあ……」

「ほう……」

「えっと……それは条約締結の場で、新型エンジンが手に入るからですか?」

「いや、彼が陛下に進言したのは新型エンジンの話が出る前らしい。まあ、事情はどうであれ私としては妙な圧力がかからずにホッとしているというのが本音だ。」

軍拡政策を取り続けているオズボーン宰相が不戦条約に前向きであったというダヴィルの言葉にクローゼとオリビエは感心した。それを聞いた上で尋ねられたエステルの質問にダヴィルは否定した後答えた。

 

「(もしかして……)厳密、とは言いませんが、それはいつ頃の話か解りますか?」

「今年の初めごろ、だな。丁度年度が替わる時期に進言したということで聞いている。その辺りから不戦条約絡みの案件も関わっているからな。」

何かを察したのか、レイアがそのことを尋ねると、ダヴィルは詳しい時期こそ知らないものの、初春あたりにその話をしたとのことだ。それを聞いたレイアは再び考え込んだ。

 

「ふむ、なるほどな……こりゃあ、エレボニア関係者もシロの可能性が高そうだぜ。」

「うん、そうみたいね。大使さん、教えてくれてどうもありがとうございました。」

ジンの推測に頷いたエステルはダヴィルにお礼を言った。

 

「ふ、ふん……どうだ。私が最初から言った通りだろう。犯人探しがしたければさっさと他を当たるんだな。……ただでさえ、こちらは今回の会談に参加する事に非常に気を張っているのだから、せっかく張った気をまき散らすような事はできればやめてくれ。」

「えっと………どうして、そんなに緊張しているんですか?」

ダヴィルの話を聞いたエステルは首を傾げて尋ねた。それほどなまでに緊張する事態なのかと疑っているエステルにクローゼが説明した。

 

「エステルさん………何と言っても、カルバードからはロックスミス大統領、レミフェリアからはアルバート大公……共に国家元首が出てくるのですから、誰でも緊張しますよ。」

「あ、なるほど。えっと………忙しい所、本当にすみません。」

クロ―ゼに言われたエステルは頷いた後、ダヴィルに謝った。確かに今の時期ならば必要以上に神経質になっていても、張りつめていても何ら不思議ではない。それに、自分の国とは異なり、相手方とリベールは国家元首……役者不足の点が否めないことにダヴィルは言葉をつづけた。

 

「いや、君達に当たり散らした私も悪かった。………こちらとしてもカール帝都知事や私ではなく、皇帝陛下は無理としてもせめて皇族の一人でも参加させないと、役者不足と思っているのだが………生憎、皇族の方々は皆、スケジュールが合わなかったからな………」

謝られたダヴィルは逆にダヴィルも謝り、疲労感漂う様子で溜息を吐いた。

 

「あはは………あ、そうだ!えっと、実はもう1つ聞きたいことがあるんですけど……」

脅迫状の調査を聞き終えたところで、エステルはレンの両親についてダヴィルに尋ねてみた。

 

「そうか……それは不憫なことだな。うーむ、帝国商人なら時々この大使館を訪れるが……さすがにクロスベルの貿易商には心当たりがないな。ミュラー君の方はどうだ?」

「いや……自分も記憶にはありません。」

「そっか……うーん、こっちも前途多難な雰囲気ねぇ。」

ダヴィルとミュラーの答えを聞いたエステルは、レンの両親の情報が中々手に入らない事に溜息を吐いた。

 

「しかし、脅迫犯と迷子の親を同時に捜しているとはな……月並みな言い方にはなるが、あきらめずに頑張るといい。」

「あ……はい!」

「では、自分が門まで送ろう。」

そしてエステル達はミュラーと共に大使館を出た。

 

 

~エレボニア大使館前~

 

「ミュラーさん、ありがとう。おかげで大使さんから色々と聞くことができたわ。」

「いや……大したことはしてないさ。それに本来、4ヶ国の問題だ。協力するのは当たり前だろう。」

「はは、違いない。」

「何とか解決できるといいんですけど……」

「「………」」

ミュラーの答えを聞いたジンやクロ―ゼは同意していたが、レイアとオリビエは何故か真剣な表情で黙っていた。

 

「あれ……。どうしたの、レイアにオリビエ?」

「あ、ごめん。別件で考え事をしてたの。」

「同じく、少し考え事をね。脅迫事件の話じゃないから気にしないでくれたまえ。」

「う、うん……?」

珍しく真剣な様子のレイアとオリビエにエステルは首を傾げた。

 

「……オリビエ、王都にいる間は大使館に泊まるんだろうな?」

「フッ、もちろんさ。いつものように君のベッドで甘い夢を見させてもらうよ。」

「ええっ!?」

「まあ……」

「へぇ……」

ミュラーの問いかけとオリビエの答えを聞いたエステルとクロ―ゼは驚き、シェラザードは感心するかのように声を上げた。

 

「……お嬢さん方が信じるからくだらない冗談をさえずるな。あまり冗談が過ぎると遠慮なく簀巻きにして床に転がすぞ。」

「いやん、それっていわゆる緊縛プレイ?」

「お望みとあらばな。ミノムシのように窓から吊るしてやってもいい。」

「ゴメンナサイ、調子に乗りました。」

「さすが、幼馴染ですね。」

「はは、何だかんだ言ってバッチリ息があっているな。」

何だかんだで会話できているミュラーとオリビエの様子をレイアとジンは感心していた。

 

「二人しておぞましいことを言わないでもらいたい。まあいい……俺はこれで失礼しよう。調査の方、頑張ってくれ。」

「うん、ありがと。」

そしてミュラーは大使館の中に戻って行った。

 

「大使館を2つ片付けたから、あとは公国大使館にお城とリベール通信ね。手がかりがあるといいんだけど。………」

そしてエステル達は次に公国大使館に向かった………

 

 




閃の軌跡Ⅱの公式サイトがオープンしていましたが……登場人物……アリサに天使の羽が生えてるー!!(ガビーン)
というか、アリサ・エリオット・ラウラの台詞……まさか、零→碧の時と同じように全員の実績引き継ぎ可なのですか!?というか、前科があるだけにやりかねませんがw


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第88話 二つの調査~三人の調べ事~

『ふと思いついて書いていたら、こうなっていました。』

話のきっかけはこんな感じ。


~飛行船公社前~

 

その頃、アガットとアネラス、そしてスコールは調査を終え、飛行船公社前にいた。

 

「ふむ、ここでも心当たりは無し、か……」

「ま、解り切っていたことだがな。とはいえ、無駄足という訳でもねえな。」

「どういうことですか、アガット先輩?」

「レンとか言うガキのことだが……俺の思い過ごしかもしれねえが、一瞬だけアイツ―――レーヴェに近しい雰囲気を感じた。」

そう言ったアガット……レーヴェと直接やり合った時に感じた雰囲気……無邪気な子どもさが前面に出ているレンではあったが、ほんの一瞬だけ彼に近い感じがした。

 

「ええっ!?……さ、流石にそれはないかと思いますよ。ほら、レンちゃんは可愛いですし!」

「何だよ、その根拠のねえ論じ方は……」

「はは……けれども、ヨシュアの事を考えれば、ありえない話ではないかと。」

「スコール君までアガット先輩の味方ですか!?」

アネラスの言い分は放っておくとして、身近にいた例―――ヨシュアが保護されたときは確か11歳。それからすれば、彼女が『執行者』であっても、何ら不思議ではない。だが、確証がない以上下手な詮索で混乱させないのが賢明だと結論付けることにした。

 

「ま、残ってるのはホテルぐらいだな。とっとと片づけちまうか。」

「そうですね。」

「む~、了解です。」

頬を膨らませているアネラスをよそに、アガットとスコールはホテルへと向かった。アネラスも渋々二人の後をついて行くように歩いた。

 

 

~ホテル・ローエンバウム~

 

「いらっしゃいませ……おや、スコール様ではありませんか。」

「久しぶりです、フリッツさん。」

「って、知り合いなの?」

「ああ。昔はアルゼイド流の門下生で、師範代を貰う前に辞めてしまったけれど……まさか、ホテルの支配人をやっているとは思ってなかったですよ。」

ホテルの中に入ると、ホテルの支配人であるフリッツがスコールに声をかけ、スコールも挨拶を交わした。アネラスはスコールとフリッツが知り合いだということが気になって尋ねると、スコールがその問いに答えた。

 

「へぇ~、そいつは凄いな。遊撃士なら間違いなくトップクラスの逸材だな。」

「ご謙遜を。私は、師範代の荷を重く感じて逃げ出した『臆病者』ですよ。それに、今の仕事は忙しいですが、やりがいを感じるとともに武の道に誘っていただいた侯爵閣下には感謝しております。」

アルゼイド家の人間が認める腕前ということにアガットは感心し、フリッツは謙虚な感じで苦笑を浮かべつつもヴィクターへの恩義は忘れていないことをスコールに伝えるかのように述べた。

 

「成程な……おっと、仕事を忘れちゃいけねえな。実は―――」

アガットは我に返って、フリッツに尋ねた用件―――脅迫状のことについて話した。

 

「そのことですか……私としても、全くと言っていいほど心当たりがないのです。」

「そうですよね。ローエンバウムと言えば、グランセルでもサービスの質が良いホテルですし……その、同業者という可能性はありそうですか?」

「そちらも私の方で当たってみたのですが……全くと言っていいぐらいになかったのですよ。寧ろ、『脅迫に屈せずにがんばれ』とエールを贈られてしまったぐらいですからね。」

そう言ったフリッツ……となると、此方で調査する分の三ヶ所で心当たりなしということとなった。こうなってくると、エステルらの聞き込みの結果次第でその脅迫状の真偽が明らかになってくる、ということだろう。

 

「そうか……協力感謝するぜ。あと、ヘイワースって名前に心当たりはねえか?クロスベル自治州の貿易商なんだが……」

「少しお待ちください……えと、およそ一か月前に宿泊されていますね。」

アガットの問いかけにフリッツはリストを確認すると、名前を見つけて三人に伝えた。

 

「一か月前というと……」

「クーデター事件の前あたりってことか。それ以降にここを訪れたことは?」

「いえ、ありませんね。ハロルドさんと言いましたか……あのような特徴的な色の髪をしている方ならば、一目見ただけで解りますし……少なくとも、偽名でここに来たということは無いですね。」

少なくとも、フリッツが嘘を言っているとは思えない。だが、レンがエルベ離宮にいたことを考えた場合、グランセルのどこかに宿を取っている可能性が高い。それを察したのか、フリッツが三人に提案をした。

 

「それでしたら、同業の仲間にも聞いてみます。もしかしたら、見かけている人がいたかもしれません。もし見かけたらギルドの方にご連絡いたしますので。」

「ああ、解った。協力感謝する。忙しいと思うが、頼むぜ。」

「ええ。そちらも頑張ってください。」

「フリッツさんも頑張ってください。」

「失礼しました。」

フリッツの厚意に感謝しつつ、三人はホテルを後にした。

 

 

~遊撃士協会 2階~

 

ホテルから戻った三人はエルナンに報告を済ませようとしたが、エステル達が戻ってきてからの方がよいということで、2階に上がって休憩していた。ちなみに、サラは手配魔獣の依頼で街道の方に出かけているとのことだ。

 

「さて、これでこっちの担当分は片付いたな。」

「意外にも早く終わりましたね。そういえば、クルツさんたちはまだこっちに来ないのですか?」

「それなんだが……どうやら、ボースの方で動きがあったらしくてな。クルツとカルナ、グラッツはそっちに行ってるらしい。」

アガットの話―――エルナンから聞いた話によると、クルツらは当初の予定通りルーアンとツァイスを回る予定だったが、ボースからの応援要請を聞いてそちらに向かったとのことだ。王国北部の方はラグナとリーゼロッテ、リノアにトヴァルが担当を受け持って仕事をこなしているらしい。

 

「何でクルツさんらが?」

「エルナンの判断だそうだ。こっちは生誕祭に博覧会、調印式というでかいイベントが控えてやがる以上、下手に人手は減らせない……その判断らしい。」

「まぁ、正論ですね。」

今回の事も含め、調印式まで軍の手伝いを受け持っている以上は人手が足りなくなることは避けたい。そのため、エルナンは適材適所という形でクルツらに救援を頼むよう指示したのだと考えられた。

 

「成程……あれ?スコールさん、その指輪……」

ふと、アネラスはスコールの首―――ネックレスのチェーンに括り付けられている指輪が目に入った。ただのファッションの一環にしては不釣り合いなほどに高価そうなもの……それを尋ねられたスコールはその問いに答えた。

 

「ん?ああ、これか?こう見えても既婚者だしな。」

「へっ!?只のファッションじゃないんですか!?確かに傍から見ても高そうな指輪でしたけれど……」

「はあっ!?確かお前、俺よりも年下だよな!?」

「こう見えて今年で20になるけれどな。というか、今まで聞かれなかったのが不思議なくらいだ。」

あっさりと言い放ったスコールの言葉にアネラスとアガットは驚愕した。目の前にいる人間が既婚者……しかも、彼は貴族であるアルゼイド家の人間……そのお相手がどうも気になり、アネラスが尋ねた。

 

「えと、ちなみにお相手は誰なんですか?」

「話すも何も、お前らも会ってる人物だぞ?」

「俺らが……?」

アネラスの問いかけに首を傾げつつ、二人の知り合いだと言い放ったスコールに、アガットは考え込んだ。少なくとも、アガットやアネラスが知る……つまりは遊撃士か協力員の誰か……それでも答えの出てこない二人を見かねて、スコールは言い放った。

 

 

 

「………サラ・バレスタイン。今の名前で言うと、サラ・バレスタイン・アルゼイド。俺の妻だ。」

 

 

 

「「はい!?」」

アガットとアネラスは二人そろって驚愕した。見るからにグータラなサラが結婚していたことも驚きだが、その夫が貴族であり、武の名門であるアルゼイド家の人間だという事実には驚きしか出てこなかった。

 

「あの酒飲みが既婚者ぁ!?」

「しかも、スコールさんとですか!?」

「うん、まぁ……その反応はある意味真っ当だから困る。でも、事実なのには変わりないが。」

意外な反応とでも言わんばかりに困惑する二人を見て、スコールは慣れたように言葉をつづけた。

 

「サラとの出会いだが……俺はかつて、『結社』に所属していたことがあった。六年前まではな。」

「『結社』に?っつーことは……」

「レーヴェやヨシュア……二人とも面識はある。俺のかつての異名は『執行者』No.ⅩⅥ“影の霹靂”……その時に、サラと出会ったのさ。」

 

『初めまして、と言っておこうか。俺はスコール。『身喰らう蛇』に属するものだ。』

『『身喰らう蛇』……』

最初に出会ったのは七年前。場所は帝都の郊外……こちらとしてはさしたる用件でもなかったのだが……歳にしては不相応の実力……それを感じた俺は、その後も気に掛けるようになっていた。その一件以降、幾度となく出会うこととなり、幾度も剣を交え………そして、気が付けば

 

 

『はぁはぁ……強すぎるじゃない、アンタ。』

『気に入った。俺と付き合う気はないか?』

『何よそれ……アタシに『結社』に入れとでも?』

『いや、今回の件で『結社』から抜ける。お前とは、恋人として付き合いたい。』

『………はあ?』

 

 

一目惚れだった。サラも最初は呆れていたが、彼女の仕事を手伝ううちに色々と彼女のことを知り、ますますその気持ちが強くなっていった。年上好きだと公言してスコールのことなど全く相手にしていなかったサラであったが……それから五年後、

 

 

『ねぇ……アンタ、キスの経験は?』

『いや、ないな。それが……ん!?』

『……これが、アタシのファーストキス……スコールのせいなんだからね。年上好きだったアタシを変えた責任、ちゃんと取ってもらうわよ。』

 

 

サラの方が根負けして、恋人として付き合うようになり……そして、その一年後に籍を入れた。ただ、本人は遊撃士として活動したいと言っていたことと、リベールではあまり気にされていない貴族と平民の結婚……それがお隣のエレボニアでは煩かったため、今でも“アルゼイド”の名は名乗っていない。

 

「とまぁ、こんな感じだな。」

「……帝国出身の奴らがきいたら、驚くだろうな。」

「恐らくな。」

「いやいや、アガット先輩!?何で感心してるんですか!?元とはいえ『執行者』がいるんですよ!?」

互いに複雑な表情をしているアガットとスコール……それとは対照的に慌てふためくアネラス。

 

「アネラスの言い分も尤もだが、コイツを倒したらサラが本気で怒るだろうからな……それに、今は俺達の協力者なんだろ?」

「ああ……その気持ちに嘘偽りはない。」

確かに元『執行者』がここにいること自体異常なのかもしれない。だが、彼の戦いを見ていたアガットからすれば、彼の意志に嘘偽りはない……アガットの遊撃士としての勘がそう告げていた。

 

「後は……女性を怒らせると怖い……俺は二度体感してるしな。そんな思いはもうごめんだ。」

「アガットさん?その、顔が青ざめてますが……」

「(えと、もしかしてエステルちゃんのことかな?)」

尤も、女性を怒らせると碌な目に遭わない……エステルと自分の妹であるミーシャのことを思い出したアガットは顔が青ざめ、それを見たスコールは気遣うように声をかけ、アネラスは冷や汗をかきつつもその片割れの心当たりが自分のライバルと公言している彼女―――エステルのことではないかと推測した。

 

……ちなみに、これはアガット達に言わなかったことではあるが、スコールの母親であるアリシア・A・アルゼイド……いや、アリシア・ライゼ・アルノール・アルゼイド……エレボニアの現皇帝ユーゲント・ライゼ・アルノールⅢ世の実妹であり……つまり、ユーゲントの子であるセドリック皇太子、アルフィン皇女、オリヴァルト皇子とアリシアの子であるラウラとスコールは従兄弟の関係にあたる。

 

 




突発的に思いついたネタ。そして、原作×オリキャラのカップリング第一号。

てなわけで、初っ端救済?しちゃいましたwあと、スコールに『執行者』設定を加えました。

そして、彼女が姓を変えずに行動しているのも帝国の特性故、という理由付けもあっさりできましたw後は……この繋がりがあれば、オリヴァルト皇子からの誘いがあったという理由も生きてくると思いますのでw



私は悪くねぇー!!(責任転嫁)



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第89話 二つの調査~同志の邂逅~

 

~東街区 エーデル百貨店~

 

アガットはギルドに残ることとなり、スコールとアネラスは買い物のために百貨店を訪れていた。

 

「しかし、まさかあのサラさんが……人は見かけによりませんね。」

「アネラスはサラと一緒に仕事したことは?」

「今回の事以前にも何度か、ですね。酒飲みの印象が強くてそんなことなんて……あ、でも、一度だけ酔っぱらった状態のサラさんに愚痴というか惚気を聞かされたことはありますね。」

あの時はクルツらと一緒にいた時であり、それを傍から見ていた感想としては……まぁ、幸せなのだろうと率直に感じたのは言うまでもない。

 

「ゴメン、うちの身内が……」

「あはは……スコールさんが謝ることじゃないですよ。」

謝ったスコールにアネラスは笑みを浮かべつつも謙虚に答えを返した。こういった気遣いができるからこそ、きっとあのサラも惹かれたのだろう……すると、二人の視線に三人の少女の姿が目に入る。

 

「ん?………見慣れない女の子?二人はティータとレンみたいだが……」

「…………いい」

「ん?アネラス?……って、おい!」

冷静に呟くスコールとは対照的に何かのスイッチが入ったかのごとく固まったアネラス。すると、一目散に駆けだした。そして……その初対面とも言える子に抱き着いていた。

 

「あ~ん、可愛い子!ねえ、ティータちゃんにレンちゃん、この子どうしたの!?」

「あ、えと、私たちもさっき知り合ったばかりで……」

「ティオっていうのよ。ティオ、この人はアネラスさん。こう見えて遊撃士さんなのよ♪」

「レンさん、説明ありがとうございますが、離してください~!!」

少女―――ティオに抱き着いたアネラス、困惑しつつも説明するティータ、笑みを浮かべてティオに説明するレン、そしてレンの説明に感謝しつつもアネラスを引き剥がそうとするティオの姿だった。

 

「………何やってるんだ、ったく……ん?何かの気配?」

その様子にため息をついたが、別方向から高速で四人の下に駆け寄る物体……それを見たスコールは唖然とした。

 

「こ、これは、可愛い子が三人!?まさか、ここは天国なの!?」

「はわっ!?ティ、ティータ、助けて!!」

「ティ、ティータさん、お願いですから助けてください!!」

「あ、え、ふえっ!?」

銀髪の女性に抱きかかえられたレン。その素早さにレンは全く反応できず、ティータに助けを求めるが……ティオとレンから救援を求められたティータはどちらを優先すべきか解らず困惑していた。

 

「アネラスにエオリア……とりあえず、他の客の迷惑になるから外に出ようか。」

その光景に頭を抱えつつ、スコールは五人にそう声をかけ、百貨店の外に出た。

 

 

~東街区~

 

「さて、自己紹介がまだだったわね。私はエオリア・メティシエイル。遊撃士協会クロスベル支部所属のC級遊撃士よ。」

「アネラス・エルフィードです。遊撃士協会ボース支部所属のC級遊撃士です……まさか、私と同じ考えを持つ『同志』と会えるなんて思いもしませんでした。」

「ええ。それは私もよ……呼び捨てで呼んでいいかな?」

「えと、こちらもそうしていいですか?」

「勿論。見たところ年も近そうだしね。」

自己紹介をする二人……そして、互いに構えると……

 

 

 

―――我らが愛するは、可愛いもの!

 

 

 

―――美を超越し、そこにあるのは愛のみ!

 

 

 

―――その信念、永久に!次の時代へと語り継ぐものなり!!

 

 

 

―――我らは誓う!生涯に亘ってその意志を貫くことを!

 

 

 

―――我らは信じる!可愛いものが世界を救うのだと!!

 

 

 

「………はぁ………何やってんだか。」

……風景は熱い友情を育んでいる図なのだが、その台詞で台無しである。それをジト目で見ていたスコールであったが、一息ついて被害者たちの方を見ると……

 

「………」

「………」

「ティ、ティオちゃんにレンちゃん……そ、そこまで警戒しなくても……」

魔導杖を構えるティオ、警戒心を露わにするレン、その状態の二人を見て何とか諌めようとするティータの姿だった。

 

「ティータは解っていないわ。あれは猛獣ね。」

「……その意見に同感です。今度やってきたら街中だろうが遠慮なく解放(エーテルバスターを使用)します。」

「あわわわ……」

『猛獣』……可愛いもの限定ではあるが、その言葉に語弊がないというのが残念というか……複雑である。しかも、遊撃士を妻に持つスコールにしてみれば、同業者が民間人に迷惑をかけるなよ……という気持ちで一杯だった。すると、そこに一人の人物……黒髪のショートヘアの女性が姿を現した。

 

「この状況は……って、スコール。」

「ん?おお、リンか。状況は……まぁ、見ての通りだ。」

「把握した。」

その女性―――リンは顔見知りであるスコールに声をかけると、スコールは見た通りの状況であることを伝える。リンはその状況を見て大方の事情を察した。

とりあえず、レンやティオをなだめ、エオリアとアネラスに注意をした後、改めて自己紹介をした。

 

「私はリン・ティエンシア、クロスベル支部所属の遊撃士だ。うちの相方が迷惑をかけたようですまなかったな。」

「い、いえ……ティータ・ラッセルといいます。」

「レンはレンよ♪よろしくね、お姉さん。」

「ティオ・プラトーといいます。よろしくお願いします、リンさん。」

リンとティータたちは互いに自己紹介をしていて、それを傍から見ていたエオリアは、

 

「何、この扱いの差…でも、私は諦めない!可愛いものがそこにある限り!!」

「あはは……」

「こ、この人、伊達じゃないわね……」

「……」

「流石私の同志!これは、もっと精進しないと!!」

あの仕打ちを受けながらもこの立ち直りの速さ……これにはティータも苦笑し、レンにしては珍しく引き攣った表情を浮かべ、ティオにいたっては怖気が走っていることが解るような表情を浮かべていた。更には、それを聞いたアネラスが強い口調で宣言するかの如く意気込んだ。

 

「……すまない、スコール。」

「気にするな。で、確かエルナンさんがマクダエル市長の護衛に遊撃士を付けたと聞いていたが……それがリンとエオリアということか?」

「ああ……本来ならばアリオスさんが護衛に就く予定だったのだが……リベールだと聞いて、エオリアが力強くミシェルに直訴したらしくてな。」

「エオリアが?何でまた?」

疲れた表情を浮かべるリンに、スコールは労いの言葉を掛けつつ事情を尋ねると、リンは護衛の任はエオリアが直訴して当初の予定を変えたことに起因するという説明にスコールは首を傾げた。

 

「……シオン・シュバルツ。彼がカルバードの後、クロスベル支部に少し滞在していたことがあってな。その時になんだが……」

シオンはカルバードの一件の後、クロスベル支部に手伝いという形で依頼をこなしていた時期があった。その時、組んでいたのはリンとエオリアだった。ミシェルの『実力を見たい』という言葉に、アリオスの『彼ならば問題はないのだが……』と言っていたが、それでも半信半疑だった二人は彼をサポートとして入れる形で依頼をこなすことにした。

 

 

~遊撃士協会 クロスベル支部~

 

「ご苦労様、三人とも……それで、どうだったかしら?」

クロスベル支部の『異色』な受付……女性の言葉遣いだが、本人の性別は『男性』の受付―――ミシェルは依頼を終えた三人に声をかけた。

 

「驚きだったな……剣術だけでもアリオスさん以上としか思えない剣捌きだった。」

「前衛もできるのに後衛としても問題ない……私の役目がないって感じちゃった。」

そう率直に評価したリンとエオリア。実際、彼の戦闘経験は並の遊撃士からしても尋常とは言えない内容だったことは明らかだった。

 

「あの『教団』の事件に関わっていたというのは、強ち間違いじゃなさそうね。ところで、シオンは二人の強さをどう感じたかしら?」

「……リンさんは、あのジンさんの妹弟子ということもあって、相当の強さですね。『器』は持っていると思います。エオリアさんもその支援能力には俺も脱帽です。今回の依頼だって、エオリアさんの支援がなければ無傷とは言えませんでしたし。」

ミシェルの問いかけに、シオンは率直な言葉でそう評価した。このクロスベル支部で仕事をこなしているだけはある……その戦闘能力や判断能力は他の遊撃士―――A級にいても不思議ではないと感じた。

 

「ふふ、“紅隼”にそう褒めてもらえるとは……」

「もう、年下の癖に一人前の口を利くなんて……」

リンとエオリアは笑みを零しつつも、シオンの言葉に言葉を返した。

 

「フフ、シオンが来てくれてからは大助かりよ。いっそのことクロスベルに転属してみないかしら?」

「あはは……流石にそれは、あっちにいる人(クローゼとかユリ姉とか)が怒りますので……」

「冗談よ♪」

「ミシェルのそれは冗談に聞こえないんだが……」

「全くね……」

「失礼ね。アタシはいつだって半分冗談よ。」

「半分本気!?」

いつものペースを崩さないミシェルに溜息を吐くリンとエオリア、そして驚いたり慌てたりと表情をコロコロ変えるシオンの姿があった。

 

「まぁ、それは置いといて……そういえば、シオンはどこに滞在しているのかしら?」

「ああ……アカシア荘に空き部屋があったからそこでしばらくは滞在してる。家財道具とかも一通りそろえたし、不便はないかな。」

「まぁ、そこなら近いし、不便はないだろうが……エオリア?」

ミシェルの問いかけにシオンがそう答え、あの場所の立地なら問題はないとリンは答えたが……ふと、何かを考え込んでいるエオリアの姿が目に入り、声をかけるとエオリアは我に返って何事もないかのように取り繕った。

 

「……え?あ、何でもないわ。」

「そうか?ならいいんだが……」

「………」

エオリアがそう答えたが、シオンは彼女に『違和感』を感じてエオリアに近づいた。

 

「え……シ、シオン君?」

「エオリアさん、大丈夫?」

「え?だ、大丈夫だから……ちょっと2階で休んでるね。」

エオリアはシオンの行動に戸惑ったが、シオンの問いかけにはぐらかすかのように答えると、2階に上がっていった。

 

「……」

「シオン?」

「どうしたのかしら、シオン?」

「いや……ちょっとした違和感を感じてな。俺が知っている奴が偶に見せていた表情だったから……まぁ、思い過ごしならばいいのだけれど……」

黙り込んだシオンにミシェルとリンが尋ねると、シオンは自分がよく知る身近な人物が稀に見せていた表情……『無理を押し通す』かのような表情というか違和感を覚え、声をかけたのだと説明した。

 

彼のその懸念は、上から聞こえてきた大きな鈍い音で現実のものとなった。

 

「な、何かしら……!?」

「(まさか……)上を見てきます!」

「私も行こう!」

その音に三人は驚き、シオンとリンは急いで2階に駆け上がった。すると……

 

「エオリア!」

「エオリア、しっかりしろ!」

床に倒れこんだエオリアを見つけ、シオンが上半身を起こした。倒れていた状況からして咄嗟に頭部を守ったのだろう……彼女の手は赤くなっていた。荒くなっている呼吸に健康な状態とはいえない顔色……シオンが額に手を触れると、平熱とは思えない熱さを感じた。

 

「仕方ない……ここからなら、俺が借りてる部屋が近い。リンさんはミシェルさんに事情を説明して、医者を呼んでくれ。アカシア荘2階北側の部屋になる。とりあえず、安静にしないと……」

「解った。私は彼女の着替えとかを持って来よう。」

「そこら辺は頼む。流石に男の俺がやるべきことじゃないからな……」

「ああ」

そう言ってシオンはエオリアを抱きかかえると、急いで安静になれる場所―――自分が借りている部屋に急行した。リンは急いで飛び出していったシオンの姿を見たミシェルに事情を説明し、ミシェルは頷いて連絡を取った。

 

 

~アカシア荘 シオンの部屋~

 

『風邪ですね。暫くは安静にした方がいいでしょう。』

 

医者の不養生という言葉があるが、医師免許を持っているエオリアが風邪をこじらせたことが意外だった。彼女は可愛い物好きというどうしようもない一面はあるが、遊撃士という仕事に関しては真摯に向き合っており、今までこういったことは無かったらしい。

医者が帰り……部屋の扉の前で待っていたシオンだったが、扉が開いてリンが姿を現した。

 

「落ち着いたか?」

「ああ……ミシェルは何と?」

「暫くはエオリアさんをシフトから外すそうだ。彼女が復帰するまでは俺がリンさんのサポートに入り……一応、応援も呼んだ。」

「無難だな……応援とは?」

「ああ。俺のダチだが……“不破”“霧奏”の二人がヘルプに入ってくれることとなった。」

「……凄い応援だな。」

「本人たちはそう思っていないけれどな。」

エオリアが完全に回復するまでは暫定的な措置としてシオンの部屋で預かる形となり、そのヘルプとしてシオンと、応援としてアスベルとシルフィアの二人にも入ってもらうこととなった。

 

「にしても……エオリアさんが風邪とはな……リンさん、何か心当たりは?」

「心当たり、か……強いて言うなら、シオン。君の存在だろうな。」

「俺の?」

リンの言葉……エオリアの無理はシオンが原因だということに当の本人は首を傾げた。彼女を意図的に貶めたことなどしていないはず……その疑問に答えるかのようにリンが話し続けた。

 

「ああ……アリオスさんからシオンの存在を聞かされて、少しばかり無茶するようになってな。その時は私でもフォローできる程度だったが……君がサポートに入るようになってからは、拍車がかかったようだな……」

「………」

「シオンが気に病む必要はないさ。とはいえ、成り行き上だが……彼女の看病は頼む。」

「ええ、解りました。」

リンはああ言っていたものの、シオンにしてみれば自分の責任で彼女を追い込んでしまっていたのは事実……それが、今まで知らなかったことでも………

とりあえず、シオンは台所に向かって料理をし始めた。すると、その匂いに意識を取り戻したかのように寝間着姿のエオリアが目を覚まし、上半身を起こした。

 

「…………えと、ここは」

「俺が借りてる部屋ですよ、エオリアさん。」

「え、シオン……というか、私寝間着姿!?」

「とりあえず事情を説明します……」

シオンはエオリアに、ギルドで倒れたことと、やむなく一番近かったシオンの部屋に運んだこと、服や着替えに関してはリンが一通りしてくれたことを説明した。

 

「そっか……」

 

―――キュウ……

 

「はう……」

「……とりあえず、間に合わせで作りましたので。ちゃんと食べて薬を飲んで休んでください。」

お腹の鳴る音にエオリアは恥ずかしそうに顔を俯かせ、シオンはその光景に少し笑みを浮かべつつ、食事―――消化の良い粥を載せたトレーを運んできた。

 

「それじゃ、いただきます………美味しい。シオン君って、男の子なのに料理もできるんだ。」

「人並みですよ、人並み。」

エオリアの称賛にシオンは苦笑して言葉を返した。自分の料理はアスベルを超えようと躍起になってしまったクローゼとユリアの二次被害を被る形で学んだものであり……それを更に高めるために、グランセル城に勤めるジェルヴェ料理長や<アンテ・ローゼ>のロッソ料理長に教えを請い、学んだものだ。尤も、ジェルヴェ料理長も幼き頃の自分を知る数少ない人物で『私如きが王子殿下の手解きなどとは、畏れ多いです』と言われた……それでも、転生前から料理を叩き込まれていたアイツ(ルドガー)には勝てないだろうが……

 

料理を食べ終えると、薬を飲んでエオリアは横になった。すると、エオリアがシオンに話しかけた。

 

「ねえ、シオン君。どうして……君はその歳で戦っているの?」

「戦っている、ですか……そうですね。それは、やり遂げたいもの……叶えたい未来があるから、ですかね。」

「叶えたい未来?」

エオリアの質問に少し驚くが、真剣な表情を浮かべてシオンが言った事の意味にエオリアは首を傾げた。

 

「俺は、アイツらと一緒に幸せな未来を創る……そのためならば、この身が傷つこうが構わない。でも、命は惜しい……なら、強くなるしかない。自分と自分の護りたいものを護りきるために……すみません。子供くさいですよね。」

「本当ね……私ね、君の存在をアリオスさんから聞いたとき、羨ましいと同時に悔しいと思っちゃったの。」

「悔しい、ですか?」

シオンの力強い言葉……それを聞いたエオリアは本音を漏らすかのように呟き始めた。

 

「私はね、元々医者志望だったの。でも、親はそれに反対して、他にもちょっといざこざがあって……気が付いたら家を飛び出してて、遊撃士になっていた。あ、親とはちゃんと仲直りしてるから問題はないのよ。でも……他の人に比べたら私は非力だった。スコットのように銃の腕前があるわけでも、アリオスさんやヴェンツェルのように剣術が使えるわけじゃない。それに、リンのような武術の心得もない……」

エオリアの過去……そして、他の遊撃士に比べれば比べるだけ……自らの非力さを感じてしまっていた。そこに追い打ちをかけるかのようにアリオスから聞かされたシオンの存在……つまり、自らの非力さを更に助長させてしまったのだ。

 

「……力の在る俺が言うのもおかしな話ですが、エオリアさんだって非力じゃないですよ。」

「……え?」

「だって、突っ走りがちなリンさんのフォローが出来て、前のめりがちな遊撃士の面々をサポートできるのはエオリアさんしかいませんし」

クロスベル支部にいる面々……アリオス、スコット、ヴェンツェル、リン。その面々はいずれもある意味前のめり。スコットはサポート的位置にはあるが、しっかりしたサポート役となればエオリアを置いて他にはいないだろう。

 

「……それに、エオリアさんは自分自身の可能性をまだ試していないと思います。」

「可能性……?」

「『己の弱さを知ることが、己の強さを磨くことへの一歩』『目の前に囚われず、全ての可能性を捨てるな』……俺の剣の師が言っていたことです。この世界は広い……エオリアさんの知らない何かが、結びつく日が来ます。」

「シオン君……」

「ま、今は休んでください。それまではリンさんのフォローは引き受けておきますよ。」

一通り言いたいことを言い終えると、支度をして部屋を出た。

 

(可能性……か。年下の男の子に言われちゃうなんてね。)

鍵の閉める音が聞こえると、エオリアは目を瞑り、考えた。

そして、エオリアは何かを決めたかのような表情を浮かべつつ、眠りに就いた。

 

エオリアの風邪自体は軽いものだったので、丸三日休んでいた。全快すると、心配をかけたことに他の面々に謝った……けれども、シオンの部屋に入り浸るようになった。それには当のシオンも首を傾げた。

 

それから一か月後……リベールに戻るシオンを送り迎えするために遊撃士協会の面々―――ミシェル、アリオス、スコット、ヴェンツェル、リン……そして、エオリアの姿がいた。

 

 

~クロスベル国際空港~

 

「皆総出って……ありがとうございます。」

「気にしないで。アイナやエルナン、ジャンによろしく言っておいてね♪」

「アイナさんはいいとしても、エルナンさんやジャンさんは相当嫌がると思いますが……アリオスさん、ちゃんとシズクちゃんの面倒をみてくださいよ。あの子は口に出しませんが、寂しがってると思います。」

「そうだな……シオンにはシズクの面倒をみてもらって、本当に済まない。」

その光景に引き攣った笑みを浮かべたシオン。ミシェルの言葉には伝えるのが億劫になりそうだが、それは置いといてアリオスに娘であるシズクの事を念を押すように言い、アリオスはその言葉を真摯に受け止めた。

 

「スコットさんはパールさんとの時間をちゃんと作ってください。ヴェンツェルさんは、まあ、少し柔らかな感じにした方がいいと思いますよ。」

「はは……肝に銘じるよ。」

「む……そんなつもりはないのだが……」

「そう言うところが堅いってことよ。」

「………善処はしよう。」

スコットは図星を突かれたようで苦笑し、ヴェンツェルは反論したが、ミシェルの言葉に押し黙るしかなかった。

 

「リンさん、至らぬサポートでしたが、本当にありがとうございました。」

「何を言っているのだか……私の方が助けられた。この借りはいずれ返そう。」

「はは……ええ。覚えておきます。それと……」

リンと言葉を交わし、シオンは黙っているエオリアの方を見た。

 

「ほら、エオリア。アナタが今回シオンにお礼を言わなきゃいけない立場よ。」

黙っていたエオリアにミシェルが背中を押すかのように声をかけた。その言葉にエオリアがようやく口を開いた。

 

「……シオン君、その……前に言ってくれたよね?『可能性』のこと。」

「ええ、言いましたね。」

「私、もう少し信じてみようと思うの。自分の可能性を……それと」

エオリアはそう言うと、シオンの目の前に近づき……

 

「ありがとう……んっ」

「!?」

シオンの唇に感じる暖かな感触……エオリアの唇が触れていた。つまり、キスという訳で……

 

「…………」

「ミシェル、これはどういうことだ?」

「アタシがききたいわよ……というか、シオンですら予想外でしょう。」

「エ、エオリアが……」

「……ここ、公衆の面前なのだが……」

その光景に耐性の無いリンは石化したかのように固まり、事情が呑み込めないアリオスに、ミシェルも頭を抱えたくなり、仕事仲間の大胆な行動に慌てるスコット、そして冷静を取り繕いつつ呟いたヴェンツェルだった。

 

「えと……エオリアさん?」

「呼び捨てでお願いね。」

「はあ……エオリア、どうしてなんだ?俺は可愛いものとかじゃないぞ?」

「え?可愛いと思うけれど……でも、それ以上に」

 

 

『あの時、気付いたの。羨ましいとか悔しいとかそんなんじゃなくて……シオンのことが純粋に好きになっちゃったからって♪』

 

 

~東街区 今に至る~

 

「というわけなんだ。」

「成程な……ちなみに、シオンのことは?」

「まだ気付いてはいないが……まぁ、私らは護衛もあるから城に戻るが……」

「そっか……(あれ?確かシオンは城に行くはずじゃ……ま、いっか。邪魔して馬に蹴られたくねえし)」

リンの説明に納得しつつ、スコールは心なしかシオンの無事を祈った……半分ほど。

 

 




アネラスとエオリア……二人の邂逅というよりは、

シオン←エオリアフラグになりました。地味に三人目です。

まぁ……修羅場にするつもりなんてありませんが。修羅場になるのはロイドとリィンだけで十分ですよ(黒笑)


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第90話 二つの調査~公国大使館~

 

~公国大使館~

 

エステル達が次に訪れた公国大使館……中に入ると、その内装にまたもや驚いていた。

 

「え……」

「これは、何と言うか……」

「共和国や帝国の大使館とはまた違った趣だな……」

「歴史というよりも、技術を形にした趣とは……エレボニア大使館にもこれぐらいのインパクトは欲しいものだね。」

共和国大使館の異国情緒あふれる造り、帝国の重厚とした内装……それらとは一線を画くように、公国大使館の内部は技術的な趣を取り入れつつ、西洋風の荘厳な作りをマッチングさせた内装となっており、目の当たりにしたエステルらはその姿に目を奪われるほどであった。

 

「そうですね。レミフェリア大使館は最近できたものですので……それと、技術局長の意向でこういった装飾も施しているそうですし。」

「技術局長……って、ティータが言っていたティオって子ね。でも、12歳でこれほどの事が出来るの?」

「まぁ、出来ないことは無いんじゃないかな……それじゃ、行こうか。」

クローゼの説明にエステルが考え込み、レイアはそれに引き攣った笑みを浮かべたが……気を取り直して、大使の執務室に案内する。

 

 

~大使執務室~

 

「それじゃ、いいかな?」

「うん。いつでもいいわ。」

エステルに確認すると、レイアは扉をノックした。

 

『どうぞ、お入りになってください。』

「それじゃ……失礼します。」

中から聞こえた声を確認すると、扉を開けて中へと入った。

 

「あら……久しぶりね。レイアさんにシオン君。王都にいるなんて珍しいわね。」

「お久しぶりです、ルーシーさん。ま、遊撃士もいろいろ忙しいので……」

「久しぶりだな、先輩。今回は事情があってな……」

「そうみたいね……お久しぶりですね、エステルさんにシェラザードさん。それと……クローゼ。いえ、クローディア姫とお呼びしたほうがいいかしら?」

レイアとあいさつを交わすと、面識のあるエステルとシェラザード、クローゼに気付いて声をかけた。

 

「久しぶり、ルーシーさん。」

「久しぶり。一週間ぐらいかしら?」

「お久しぶりです、ルーシー先輩。それと、今はクローゼ・リンツですので……それでお願いします。」

「解ったわ……さて、初対面の方もいるので……レミフェリア大使、ルーシー・セイランドと申します。」

その言葉にエステルらは言葉を交わすと、ルーシーは改めて自己紹介をした。

 

「遊撃士のジン・ヴァセックだ。よろしくな。」

「リィン・シュバルツァーといいます。」

「愛の狩人、オリビエ・レンハイムさ。よろしく頼むよ、麗しの大使さん。」

「だから、エレボニアの恥になるようなことは止めなさいよ!ミュラーさんに引き取ってもらうわよ!!」

「寧ろ、ミュラーさんに頼んで簀巻きにしてヴァレリア湖に沈めるぞ!」

「ゴメンナサイ、調子に乗りました。」

「はぁ……」

「あはは……すみません、先輩。」

自己紹介の中でいつもの口調で口説こうとしたオリビエにエステルとシオンは注意し、オリビエは親友の名前を出されたことに謝り、レイアはため息を吐き、クローゼは苦笑しつつもルーシーに謝った。

 

「フフ……いいのよ。そのノリは帝国出身の誰かさんを思い起こさせるけれど……」

「え、オリビエのような奴がもう一人いるの?」

「ええ……その人は、王立学園の前生徒会長……ジルの前の生徒会長なのだけれど、素行がかなりひどくてね……まともに仕事しなかったのよ。」

「素行がかなりひどい……」

「まともに仕事しない……」

ルーシーの出た言葉にエステルとシオンは言葉を繰り返しながらオリビエにジト目を向けた。

 

「アノ、何でそこで僕を見るのかな?」

「いや、だってねえ……」

「結構フリーダムよね?」

「お前さんは何かとノリで生きてそうだしな。」

「リィン。同じ帝国人としてどう思う?」

「……ノーコメントで」

「……ごめんなさい、オリビエさん。」

オリビエはたじろぎながらも投げかけた質問に、エステルはあっさりと切り捨てたかのように思い起こし、シェラザードは彼の行動に疑問を呈し、ジンは断言し、シオンはリィンに尋ねたが、リィンは同じ帝国人として答えを返さずにいた。そして、極め付けにクローゼは苦笑を浮かべていた。

 

「シクシク……」

「ま、いっか……あたし達、脅迫状の件で大使さんに聞きたいことがあったので、お尋ねしたいのですが……」

ショックを受けているオリビエはさておくとして、エステルは脅迫状の事についてルーシーに尋ねた。

 

「例の件ね。ということは、王国軍の依頼ということで解釈して問題ないかしら?」

「はい。その、脅迫者に心当たりがないでしょうか?国内の反対勢力とか……」

「そうね……少なくとも、国内にこの条約に関して反対という声はほんの少数ですね。寧ろ、賛成が大多数でしたし、議会に関しても全会一致での賛成した案件ですから。」

ルーシーはエステルの質問にしっかりとした口調で言い切った。

 

「あら、それはリベールと似たような状況に置かれているからかしら?」

「そうですね……とはいえ、いまや『大国』であるリベールとは違い、レミフェリアはいわば眼前でエレボニアとカルバードの領有権争いを行われている身ですので。」

「眼前で?」

「成程、ノルド高原ですね。」

「ええ。」

シェラザードの問いかけ、そしてリィンの言葉にルーシーは真剣な表情でレミフェリアの置かれた状況……『ノルド高原』の領有権問題について話した。

 

ノルド高原……レミフェリアとクロスベル自治州の間に広がる広大な高原。ノルド族と呼ばれる先住民が暮らす地はエレボニアとカルバードが領有権を争っているが、それほどのいざこざとまではなっていなかった。だが、クロスベル問題の過熱……更には、帝国と共和国各々の調査により、ノルド高原には膨大とも言える七耀石の鉱山……それも、金耀石(ゴルディア)、銀耀石(アルジェム)、黒耀石(オブシディア)といった高価な鉱脈がかなりの規模で広がっており、試算では京単位のミラに換算されるほどの巨大な石が眠っている……このことから、ノルド高原も領有権争いで再燃する事態になっていた。

 

「レミフェリアも南部に黒耀石の鉱山を有している以上、他人事とは呼べない事態です。その問題の余波で帝国や共和国が火事場泥棒的に我が国の鉱山を襲撃する可能性は捨てきれない……なので、不戦条約には国全体を通して前向きです。」

「フッ、これは手厳しいご指摘だ。」

ルーシーの言葉にオリビエは笑みを浮かべつつもその言葉を甘んじて受け止めた。何せ、エレボニアには『前科』がある以上、ないという保証などないに等しい……ましてや、今の政府のトップが『彼』である以上は……

 

「ノルドの問題が再燃しているのは事実ですから。それに、レミフェリアはリベールとの経済的つながりが深い……リベールにその気がなくとも、大国である以上、下手な反抗は出来ないのですよ。」

「え、そういうものなの?」

ルーシーの言葉……エレボニア大使館でもオリビエが説明していたが…それに対して未だに実感がないエステルらは疑問に感じるところが大きい。それを見たルーシーはクローゼに問いかけた。

 

「……クローゼ、貴女はこの国が置かれている状況を俯瞰したことがあるかしら?」

「この国の状況、ですか?」

「……軍事力、とりわけ空戦力に関しては西ゼムリアトップクラス。経済力は今や貿易都市クロスベルすら超えている……それに合わせて伝統的な文化と強靭な外交力……そして、群を抜く導力技術。今のリベール王国は、他の国に無いものを持ちうる国になっているのですよ。」

……とどのつまり、リシャールがクーデターを起こす意味合いなど初めからなく……アスベルがリシャールに言った『完全な横槍』というのは、このことを指していたのだ。

 

リシャールの考えていたのは屈強な軍事力による強大な国家。だが、アスベルらの考えたリベールの“十か年計画”……それは、軍事・経済・文化……国民の生活基盤となりうる“安全保障”を軸とした国家体制作り。軍の横行に関しては、アスベルらも把握はしていたが……リシャールの事件を機として一斉摘発および“再更生”を行い、屈強な軍作りを一気に推し進めた。

 

更には『可能な限り独自での経済体制を維持できるだけのシステム作り』……諸外国が経済恐慌に陥っても、単独での早期回復を図れるだけの確固とした国内経済基盤を作ること。そして、“原作”におけるリベールの弱点は、交通手段の脆弱さと一歩進んだ導力技術の普及率。それらを克服するため、十年という月日をかける形であらゆる対策を講じてきた。その成果として、天候にできるだけ左右されない飛行船の発着ダイヤの構築……それと、導力に関しては既に対策を講じている状態だ。

 

「尤も、そういったことを敢えて自慢しないことで強かな外交力に繋げているのでしょう。」

「あ……」

「ふふ……」

「成程ね。」

ルーシーの言葉にクローゼは驚き、レイアは意味深な笑みを浮かべ、シェラザードは納得したような表情で呟いた。大国でありながらもそれを表面に出さず、言葉の重みとして『大国』たる器を知らしめる……そういった『駆け引き』も、大国ならではのやり方の一つ。それを体現しているのはアリシア女王の政治所以である。

 

「いやはや、共和国の政治家たちが聞いたら慌てる言葉だな。」

「それは帝国の議員や貴族たちにも言えることだろうね。寧ろ、耳の痛い話とも言うべきかな。」

「違いありませんね……」

共和国出身のジン、帝国出身のオリビエとリィンは各々の感想を呟く。同じ『大国』という器を持ちながらも、治める人によってこうもその姿が変わってしまうのかと……それを実感せずにはいられなかった。

 

「とはいえ、レミフェリアはリベールと経済連携協定を結んで十年という節目……この国とは公私共に良いお付き合いをさせていただいております。それに、いい友人や後輩にも恵まれましたしね。」

「あはは……恐縮です、ルーシー先輩。」

「それは、こちらもです。」

「……っと、済みません。皆さんも調査の方で忙しいというのに。」

「いえ、ためになるお話を聞かせていただきました。あと、もう一つお伺いしたいのですが……」

笑みを浮かべて述べたルーシーの言葉にクローゼとシオンは礼を述べ、それを聞いたところで我に返って謝ったが、いい勉強になったという意味を込めてエステルが答えつつ、もう一つの案件であるレンの両親について尋ねた。

 

「ヘイワース夫妻ですか……少なくとも、ここを尋ねたことは無いですね。」

「そうですか……ありがとうございます。」

「ええ。あ、そうだ。レイアさんとシオン君は残ってもらえるかしら?遊撃士絡みで少し大事なお話があるから。」

「?ええ、いいですけれど……じゃあ、エステル達。先にグランセル城に行ってて。」

「うん、解ったわ。それじゃ、失礼しました。」

ルーシーの呼び止めに頷き、レイアとシオンはここに残り、エステルらはグランセル城に向かうために大使館を後にした。そして、しばらくして……ルーシーは二人に話しかけた。

 

「さて……久しぶりね。その感じだと、拓弥に沙織かな。」

「は!?……って、美佳先輩!?」

「成程……貴方も『目覚めた』んですね先輩。」

「うん、そういうことになるかな。尤も、元の人格である『ルーシー・セイランド』さんがすんなり融合するとは思わなかったけれど……一応、私は『茅原美佳』であり『ルーシー・セイランド』である……それは、知っておいてほしいの。」

今までとは異なる雰囲気を纏ったルーシー。彼らが『美佳』と呼んだ彼女は、ルーシー・セイランドとして『転生』した人物であった。

 

「でも、先輩って私たちが生きていた時はまだ存命だったはずじゃ…」

「……私の父がね、貴方達のハイジャックを陰で指示していた一人だった。それを知った私と彼は『事故死』……ううん、『殺された』というべきかな。気が付いたら、この世界に転生していたの。」

「………」

「壮絶すぎるだろ………」

「ふふ……貴方達に比べれば、この世界での生き方は平穏そのもの。とはいえ、今まで培った知識が役立つというのは皮肉としか言いようがないけれど……」

ルーシーが大使となり得た理由……それは、『彼女』―――美佳が今までに父親から培った政治の知識や交渉術といった政治関連の駆け引きを一通り学んでいたからに他ならず、それを無意識的に引き出していたからである。ちなみに、クローゼにはそこら辺の知識などをまとめた資料を彼女に渡している。

 

「レイア、話しておくか……」

「そうだね……アスベル、シルフィア、ルドガー、マリク、セリカ……この五人も転生者です。あと………―――や―――もです。」

「そうなんだ……フフ、これは会う時が楽しみね♪」

(うわぁ、すっごい笑顔だなぁ。)

(出会い頭に腹パンかましても違和感なさそうだな……)

満面の笑みを浮かべる美佳もといルーシーの姿を見て、レイアとシオンはその相手となる人物に心なしか命の安否……生きて帰れることを“空の女神(エイドス)”に祈ったとか………祈らなかったとか………

 

 




以前???扱いだった三人のうち一人……ルーシーさんに転生していました。

元々秀才?であったルーシーさんが(政治的な意味で)ブーストかかった状態ですね。なので、大使が務まるという訳です。


……教えてくれ五飛、後何話で『お茶会』が終わるんだ!?(自業自得)


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第91話 二つの調査~リベール王国女王~

エステル達はまずヒルダ夫人のもとを訪れ、脅迫状関連とレンの両親に付いて尋ねた。

 

脅迫状に関してはヒルダ自身も確認しており、たいへん憤ったと話していた。その他の懸念材料として、最近城に届く陳情―――先日のクーデター事件の首謀者であるリシャールに対する罪の軽減や釈放を願う手紙が多く届いていることを明かした。

 

レンの両親については、数日前に城の見学に訪れていたと伝えた。その時の様子からしてレンはエステル達に見せていた表情らしいと判断できたが、両親の様子は心ここにあらずといった様子だったという。

 

それらの会話を一通り終えると、エステル達はアリシア女王の下へと移動した。

 

 

~グランセル城・女王宮 テラス~

 

「ふふ……やっと来てくれましたね。」

「へ……」

「お祖母様……?」

エステル達が女王がいるテラスに来るとリベールの女王――アリシア女王は微笑みながら、エステル達の方に振りむき、自分達が来る事をわかっていた様子の女王にエステルとクロ―ゼは驚いた。だが、その理由はテラスの手すりにいる『彼』の存在に気付くことでその理由を察した。

 

「ピューイ!」

「あれ、ジーク?」

「なるほど……ふふ、ジークが気を利かせてくれたんですね。」

自分達が来る事を知っていた理由がジークと気付いたクロ―ゼは微笑んだ。

 

「ええ、貴方たちが来ることを教えてくれました。お帰りなさい、クローディア。そしてエステルさん……よく来てくださいましたね。事情はカシウス殿から一通り聞かせてもらいました。本当に……色々と大変でしたね。」

「あ……えへへ、気遣っていただいてどうもありがとうございます。でも、やるべき事は見えているしクローゼたちも助けてくれています。だから、あたしは大丈夫です。」

女王に気遣われたエステルは恥ずかしそうに笑いながら答えた。

 

「あと、レナさんからもいろいろお伺いしております。その時のカシウス殿は非常に縮こまっておりましたが……」

「あはは……(お、お母さん……あたしが言えた台詞じゃないけれど、本気で怒ったんだね。)」

女王の言葉にエステルは自分の母親であるレナがカシウスに説教する場面が目に浮かび、自分が良くも悪くも母の子であることに苦笑を浮かべた。

 

「しばらく見ないうちに本当に頼もしくなりましたね…………オリビエさんもジンさんもようこそいらっしゃいました。どうぞ、部屋にお戻りください。紅茶の用意をさせてもらいます。」

そしてエステル達は女王と共に女王の私室に向かった。

 

 

~アリシア女王の私室~

 

「さて、初対面の方……なるほど、貴方がテオ殿が拾いになったご子息ですね。」

「え……父をご存じなのですか?そもそも、どうして俺の事を?」

見知った顔の中に女王が初対面の人物―――リィンの姿を見て、何かを思い出したかのように声をかける女王に、リィンは自己紹介すらしていないのに自分の名前を言っていたこともそうだが、父を知っていることに驚いていた。

 

「テオ殿の父君とは昔からの顔馴染でして、他の仲間たちと一緒によく探検したりしていましたから。その縁でテオ殿ともお知り合いになったのですよ。テオ殿からは写真も送られてきまして……それで一目見て分かったのですよ。」

「成程……」

「………え?お祖母様、お若い頃の話は聞いたことすらなかったのですが……」

女王の言葉に驚いたのはクローゼだった。自分の祖母が探検?……そういった話は今までにされたことなどなかった。おそらくは、シオンも聞かされていないことだろう。というか、サラッと出てきた話のために真実味が感じられなかったのは言うまでもないが……

 

「クローディアと同じぐらいの年頃の時でしたか……『アリス・メルフォーゼ』と名乗って、ユンさんやテオさんの父君であるバーニィ殿や帝国出身のウルフ殿、それとレナさんの母君であるエルさんと一緒に大陸のあちこちを巡っていたのです。」

「……ええっ!?お母さんの母親……ってことは、あたしのお祖母ちゃんと女王様が友達!?」

「ユン師父が、ですか……それと、バーニィ……なるほど、俺の義理の祖父、バーナディオス・シュバルツァーのことですね。」

「バーナディオス……まさか、師父と互角に渡り合ったという『金剛の覇拳』と呼ばれた御仁の名をここで聞くとは……」

その仲間の豪華さにエステルは驚き、リィンは驚きながらも冷静に自分の身内とも言える人間を思い出しつつ呟き、その呟きを聞いて自分の拳法の師匠が好敵手と語っていた人間だということに驚きを隠せないジンの姿があった。

 

「……というよりも、僕は『ウルフ』という名が気になったが……失礼ですが、それはもしかしてウォルフガング・ライゼ・アルノールのことでしょうか?」

「ええ。現皇帝ユーゲントⅢ世陛下の父君にして、『夢奏の詩人』と呼ばれたお人です。」

「成程……僕の目指しているお方が女王陛下と行動を共にしていたとは……」

「あんたが目指しているって……あの、どんなお人だったのですか?」

現皇帝の父君……つまりはエレボニア帝国の先代皇帝。その人物像に憧れるとまでいったオリビエの言葉に嫌な予感をしつつも、エステルはその人物の人となりを女王に尋ねた。

 

「そうですね……色々と型破りなお方でして、自分の気の向くままに行動しておりました。厄介事と聞けば自ら首を突っ込み、暗い雰囲気の時はすかさず演奏しようとしたり……エルさんやバーニィさんはよくツッコミ役になっていました。けれども、ここぞという時の真面目さや鋭い指摘、独学とは思えない銃の腕前で何度もピンチを救ってくれました。」

エステル達にしてみれば、聞くからにデジャヴとしか聞こえないその言葉………その言葉を噛み締めるかのように聞き終えた後、一人を除く彼らの視線は、その除かれた人物―――オリビエの方に向けられる。

 

「何と言うか………オリビエそのものね。」

「全くね……」

「だな……」

「………えっと、そうですね。」

「……お前さんは、とんでもない人物を目指しているのか?」

「ハッハッハ……僕なんぞとてもとても。聞けば、皇帝就任後は正妃に六人の側室がいたらしいからね。『愛の狩人』を名乗る僕からすればまだ道半ば……彼に至る道のりは遠いのさ。」

ジト目でオリビエを凝視するエステル、ため息を吐くシェラザードとリィン、引き攣った笑みを浮かべるクローゼ、良くも悪くもすごい人物を目標にしていることに疲れた表情をするジンだが、それらの反応にオリビエは『彼』のモテぶりを例に挙げつつ、其処に至るまでの道は遥か先だと発言した。

 

「合わせて七人の奥さんって……」

「そういった意味ではリィン君も他人事とは言えないんじゃないのかな?何せ、15で婚約者がいる身分だからね。」

「やめてください……こんな自分に婚約者だけでも過ぎたることだというのに……それに、自分はモテませんから……」

そう呟くリィンだが、実際にはかなりモテる部類に入る。端正な容姿に気遣いのできる優しい性格。それでいて謙虚な姿勢はまさに『紳士』というべきものである。それを実感する羽目になるのはこの二年後になるのだが……

 

「しかし……女王陛下にも、お転婆とも言える時期があったのは意外という他ありませんね。」

「ちょっとシェラ姉……」

「いえ、いいのですよ。そういった経験は私自身の今に繋がる貴重な経験……クローディアを学園に行かせることにしたのは、そういった経緯もあっての事なのです。そのお蔭で、エステルさん達とも知り合い、貴重な友や仲間を得たようですし……クローディアの『親』として、礼を言わせていただきます。」

「い、いえ……そうだ、あの……今日は遊撃士協会の調査で来たのですが……」

女王の礼にそこまで大それたことではないと思いつつも、その礼を素直に受け取りつつ、エステルは今回尋ねた経緯を簡単に説明した。

 

「そう……脅迫状の件で来たのですか。まさか、各国の大使館や教会にまで届いていたとは。単なる悪戯とは思えなくなってきましたね。」

「はい、そうなんです。そこで、関係者から話を聞いて脅迫犯についての目星をつけようということになって……」

「お祖母様は、今回の件に関して何か心当たりはありませんか?特に国内に関してですけど……」

真剣に考え込む女王に、エステルとクローゼは心当たりがないかどうか尋ねた。

 

「そうですね……クローディア。あなた自身はどう思いますか?」

「私……ですか?」

「あなたも次期女王を名乗る人間ならば、日頃から国内情勢について考えを巡らせているはず……それを聞かせてもらえますか?」

「は、はい………」

女王に言われたクロ―ゼは頷いた後、しばらくの間考え、そして答えを言った。

 

「不戦条約そのものに関してですが、国内で反対する勢力はほとんどないと思います。『百日戦役』という大きな経験を受けたリベールの国民からすれば、その脅威が少しでも削がれることには諸手を挙げて賛成する人たちは大多数かと……ですが、クーデター事件後極右勢力が追い詰められている、という話を聞いたことがあります。その追い込まれた先の『脅迫状』……という可能性はあるかもしれません。」

「ふふ……さすがね。私の意見も大体同じです。」

「えっと、どういう事ですか?」

今までのリベールのみならず、国境を接するエレボニアとカルバードとの関係……さらには、先日起きたクーデター事件の首謀者であったリシャールが唱えていた“軍拡主義”……それを踏まえてのクロ―ゼの答えに満足した女王は頷き、話を理解できないエステルは尋ねた。

 

「リシャール大佐以外にも軍拡を主張していた人々は少なくありませんでした。ですがクーデター事件後、そうした主張は完全に封じられた形になっています。さぞかし不安と不満を募らせていることでしょうね。もしそうだとしたら……それは彼らの罪というより他ならぬ私の責任でしょうね。リベールでは言論の自由が認められているのですから……」

「お祖母様……」

「あんまり同情する必要ないと思うんですけど……」

「いえ、言論の自由というものは何よりも増して貴いものです。軍拡論にしても、愛国の精神から来ているのは間違いありません。そうしたものをすべて検討しつつ国の舵取りをしていくこと……それが国家元首の責任なのです。私がこの地位に就いて四十年……特に、この十年は難しいかじ取りの連続でしたので。」

今やれっきとした『大国』であるが故……いや、『大国』だからこそ、その『責任』は重大。とりわけ『戦役』後のリベールはパワーバランス的にエレボニア・カルバードと比肩しうる大国と化した。

 

そう言える要因の一つはカルバード側からの“領土譲渡”だった。具体的にはリベールと国境を接するベガン連山東部側の割譲……不可侵条約の交渉材料不足により、カルバードは苦肉の策として提示し、リベール側はこれを承認した。これにはカルバード側の“誠意”を見せることで、エレボニアとの領有権問題にリベールを引き込もうとする魂胆であることは見え見えであった。この動きを見て、エレボニア側もすぐさま反応した。リベールとの国境沿いに設置した基地の撤去およびリベールに対する圧力への“謝罪”という形で賠償金を支払う流れとなったのだ。

 

双方共にリベールという『力』を引き込む魂胆……されど、女王はそれに対して包括的な外交を展開することで、リベールを戦渦に巻き込むことを避けようと尽力し続けてきた。軍拡主義者らにはその行動が“軟弱”だと非難し、先日のクーデター事件に繋がったのであろう。

 

「しかしそうなると……実際に条約が阻止される危険は低いということですか?」

「脅迫犯が軍拡主義者ならばそう言えるかもしれませんね。リシャール大佐が逮捕された今、彼らに事を起こす力はありません。問題は、それ以外の人間が脅迫犯だった場合なのですが……その可能性については私にも見当がついていない状況です。」

「そうですか……」

リィンの問いかけに対し、国内の勢力で考えられるのはその線だったが……それ以外の国内勢力ともなれば完全にお手上げであると女王は述べ、エステルはその言葉を聞いて静かにその事実を受け止めた。

 

「アリシア女王。1つお聞きしてもよろしいか?」

「ええ、何なりと。」

そこにオリビエが女王に尋ね、尋ねられた女王は頷いた。

 

「陛下はなぜ、今この時期に不戦条約を提唱されたのですか?何しろクーデター事件の混乱も完全に収まりきってはいない状況だ。今は国外よりも国内のみに目を向けるべきだと思うのですが。」

「ちょっとオリビエ……」

「ふふ、オリビエさんの仰る通りかもしれませんね。ですが不戦条約に関してはクーデター事件よりも以前に三国の政府に打診していました。それを遅らせたとあってはリベールの……国家の威信にも関わるでしょう。それに『クロスベル問題』『ノルド高原問題』も再び加熱しているようですしね。」

オリビエの疑問にエステルは注意しようとしたが、女王はオリビエのその疑問は尤もであると頷き、言葉を紡ぐ。確かに国内が未だ安定しているとはいいがたい状況下での“不戦条約”……ただ、これも国家の威信に関わりかねないと女王はしっかりとした口調で述べた。

 

「ほう……」

「クロスベルって……確か、あの子(レン)の住んでる自治州だったはずよ。」

女王の答えを聞いたオリビエは感心した声を出し、シェラザードはある土地名が出た事に驚きつつも呟いた。

 

「ええ、リベールの北東……エレボニアとカルバードの中間に存在している自治州です。近年、この自治州の帰属を巡って両国は激しく対立してきました。」

「ま、帝国と共和国のノドに刺さった魚の骨みたいなもんだ。それに関するイザコザをひっくるめて『クロスベル問題』って言われている。」

「あ……成程ね。エリィが言っていたことって、こういうことだったのね。」

女王とジンの説明を聞いたエステルは以前エリィから聞いたクロスベルの事情について思い出しながら、彼らの説明に納得した。

 

「つまり、不戦条約を通じて、第三の大国たるリベールが魚の骨を抜く……それを狙ってらっしゃるのですね。」

「一朝一夕に片づく問題ではないでしょう。ただ、そのきっかけを提供できればと思っていました。そしてそれは、大陸西部の安定……ひいては、リベールやレミフェリアの発言権を今以上に高めることにも繋がるはずです。今回の不戦条約は私とアルバート大公が共同提唱者という形でかかわっておりますので。」

強制力はないにしろ、ひとまずの枠組みとして過熱しつつある領有権問題を落ち着かせる……それを狙っての“国際条約”であることを女王は述べた。

 

「フッ、お見それしました。どうやら『百日戦役』……エレボニアのリベール侵攻は想像以上の愚策にして愚行だったらしい。それを改めて痛感しましたよ。」

「今さら何を言ってるんだか……あ、そうだ。ちょっと話は変わりますけど。」

「まあ……そんなことが。」

「さすがに女王様には心当たりはないですよねぇ?」

オリビエの発言に呆れたエステルだったが、レンの両親の事を女王に説明し、驚いている様子の女王にエステルは確認した。

 

「ええ……申しわけありませんが……グランセル城を訪ねていたらヒルダ夫人が知っていると思いますが……もう訪ねてみましたか?」

「はい……」

「ヒルダさんにも心当たりはないそうです。」

「そうですか……それでしたら、マクダエル市長に話を通しておくよう計らいます。クロスベルを預かる方ならば、その辺りの融通も利くと思いますので。」

「あ……はい!」

女王の心強い言葉にエステルは明るい表情で頷いた。

エステルらは女王に礼をした後、マクダエル市長がいる客室に向かった。

 

 




女王様にだってお転婆な時期があったのでは……そう思って、色々オリ設定で入れ込みました。そうでなければ、こんな長い間にわたって政治をこなせるとは思いませんし………クローゼを学園に行かせた理由付けにもなるかと思いました。

今回の話とは脈略がありませんが、アリサをオリキャラとカップリングさせる予定です。とはいえ、シオン以外で年齢が近いのはアスベル、ルドガー、スコールぐらいですが……誰とくっつけるのかはすでに決めています。本編あたりでその辺りを書く予定です。

まぁ、理由としては閃Ⅱの“あの画像”ですがw


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第92話 二つの調査~クロスベル市長~

エステルらは一度ヒルダ夫人のもとに訪れ、マクダエル市長のことを尋ねると、女王からその話は既に伝わっているようで……丁度手が空いていたメイドのシアが部屋の前まで案内することとなり、エステルらは案内されるがまま部屋の中に入っていった。

 

~客室~

 

「おや、見慣れない顔がいるが……」

「あら……エステルさんにオリビエさん、それとクローゼさん!?」

「久しぶり、エリィ!」

「お久しぶりです、エリィさん。」

「フッ、これは麗しきマドモアゼル。再び会えるとはこれも何かの巡り会わせだろうね。」

部屋の中に入ってきた人々に驚きを隠せないヘンリー、その傍らにいたエリィが見知った顔であるエステルとオリビエ、クローゼに声をかけ、三人は挨拶を交わした。

 

「全くコイツは……あ、すみません。」

「フフ、気にしておらんよ。君がエリィの言っていた『エステル』君だね。クロスベル自治州共同代表にして市長、ヘンリー・マクダエルという。孫がお世話になったようで、私からもお礼を言わせてほしい。」

「いえ、大したことはしてませんし、あたしと言うよりもレイアやシオンに言うべき台詞かと……あ、えと、遊撃士協会に所属するエステル・ブライトといいます。」

オリビエの口調にジト目で無言の注意をしたが、ヘンリーの姿に気づいて謝った。ヘンリーはそのやり取りに柔らかな笑みを浮かべてそう答えつつ、以前孫が世話になったことに触れ、エステルは自分に掛ける言葉ではないにしろ、一応その言葉を受け取りつつ、自己紹介をした。

 

「同じく遊撃士のシェラザード・ハーヴェイよ。」

「同じく、ジン・ヴァセックだ。」

「協力員のリィン・シュバルツァーといいます。」

そして、残った面々も自己紹介をした。すると、扉が開いて二人の女性が姿を現し……その胸には正遊撃士の紋章が付けられていた。

 

「ただ今戻りました……おや、ジンさんじゃないか!」

「お、リンか。久しぶりだな。」

「へ?知り合いなの?」

すると、片割れのショートの黒髪の女性がジンの姿に気づき、ジンもその女性の姿に気づいて挨拶を交わした。その様子にエステルは首を傾げ、ジンに尋ねた。

 

「ああ。俺と同じ流派の妹弟子で……」

「リン・ティエンシア。クロスベル支部所属の遊撃士だ。よろしくな。で、こっちが……」

「同じく遊撃士のエオリア・メティシエイルよ。よろしくね。尤も、シェラザードとは久しぶりになるかな。」

「ええ、久しぶりね……というか、『あの癖』は以前と変わらないのかしら?」

「全くだな……しかも、『同志』を見つけたらしく、えらく上機嫌のようで……」

ジンの説明の後、リンが自己紹介をし、続いてエオリアも自己紹介をしつつシェラザードに声をかけた。それに答えつつもシェラザードはリンにエオリアの癖の事を尋ねると、リンはため息が出そうな表情で呟いた。

 

「シェラ姉、『あの癖』って?」

「『可愛い物好き』……まさか、アネラスと会ったの?」

「ああ。で、金髪に赤い帽子をかぶった女の子、菫色に白のドレスっぽい服を着た女の子、それと水色の髪に黒の服装をした女の子が被害に遭った……」

「………」

エステルの問いかけにシェラザードは答えつつも『懸念』のことをリンに尋ねると、その予感は正解だとでもいうようにリンが答えつつ、被害に遭った面々の特徴を伝えると、エステル達はその中の二人に心当たりがあり、内心冷や汗をかいた。

 

「エオリア、アンタは何してるのよ……」

「え?知り合いなの?」

「水色の髪の子は知らないが、お前さんが抱き着いた子……菫色の女の子はこっちで保護してる子だ。」

「フフ、その大胆さ……僕も見習わなければいけないね。」

「習うな!!というか、アネラスも何やってるのよ……」

頭が痛くなりそうな出来事にエステル、シェラザード、ジン、リンは揃ってため息をついた。

すると、更に扉が開いて……レイアとシオンが入室してきた。その瞬間……

 

「え?」

「あ………お邪魔sって、ええっ!?」

シオンとエオリアの目が合い、シオンは反射的に踵を返そうとしたが……それよりも、欲が絡んだエオリアの速度の方が更に速く……

 

「シオンじゃない!!久しぶり~!!」

「………」

次の瞬間、エオリアの胸に顔を埋められる形で抱き着かれたシオンの姿がそこにあった。

 

「………」

一同唖然。この状況を言葉で表すならば、それ以外の表現方法などない。少しして、一番早く我に返ったのはある意味そういったやりとりを目の前で見てきたエステルだった。

 

「え、えと……レイア、どういうことなの?」

「え?えっと……多分、シオンがクロスベル支部の手伝いをしていた時に仲良くなったと思うよ?」

「可愛い物好きのエオリアがこんなになるまでとは……ユリアさんは苦労しそうね。」

「フフフ……流石はシオン。僕の好敵手として認めた御仁だ。」

この状況にエステルは問いかけ、レイアは戸惑いながらも答え、シェラザードはエオリアの姿にため息をついて苦労するユリアの姿が目に浮かび、オリビエは彼の魔性の魅力に感心しつつも、笑みを浮かべ呟いた。

 

「……ぜぇ、ぜぇ……いきなり抱き着くなよ。というか、前よりも威力が増してねえか……」

「シオンと別れてから努力していたようでな。」

「勿論よ。目指すはウルスラ病院のセシルさんだし。」

「………」

その努力は結構であるが、やられる側の身にもなってほしいものだとシオンはジト目でエオリアの方を見つめた。こちらとしては、下手すれば死にかねない……程々にしてほしいと思うが、今の彼女には何を言っても無駄であるというのは情けない話だ。一方、クローゼは………

 

「………」

「クローゼさん?………立ったまま気絶してる!?」

「この表情……『女として負けた』ような表情をしているわね。」

「冷静に分析してる場合じゃないでしょう!?クローゼ、しっかり!!」

直立不動で石化したかのように放心し……それにいち早く気づいたリィンが声をあげ、その様子を見てシェラザードが冷静に分析し、それにエステルがツッコミをいれつつもクローゼに声をかけ………一分後、ようやくクローゼは我に返った。

 

「……はっ!?川の向こうから写真で見覚えのある私の両親が手招きをしていましたが………夢だったみたいですね。」

「あ、危ないところまで……瀬戸際で止められてよかったわ。」

「まったくだ……」

クローゼの発言から、どうやら三途の川の直前まで行っていたようだ……川を渡られていたらアウトだっただけにエステルとリィンは安堵のため息をついた。とまぁ、こんな一騒動の後………

 

 

「改めて……クローゼ・リンツ……いえ、リベール王太女クローディア・フォン・アウスレーゼと申します。このような格好でのご挨拶になることに関しては大変申し訳ありません。」

「ク、クローゼさんが…次期女王様って…」

「ふむ……クローディア殿下、そのことはまったく知らされておりませんが……」

「この件は不戦条約の調印式後の会見にて国内外にお知らせする予定ですが……エリィさんとは良き友としてこれからもありたいことと、その祖父であるヘンリー市長を信頼し、お話ししたのです。」

クローゼは自己紹介をしつつ、ヘンリーに尋ねられたことについて凛とした表情ではっきりとその意図を伝えた。

 

「そうですか……ところで、私に聞きたいことがあって尋ねたようだが……」

「はい。脅迫状の調査をしているのですが……協力願えますか?」

「ヒルダ夫人から伝えられた件の事だな。うむ、私如きが力になれるか解らないが、協力しよう。」

「ありがとうございます。その、脅迫者に心当たりはありませんか?その、国内の反対勢力とか……」

ヘンリーの言葉を聞き、エステルは脅迫状の心当たりがないかどうか尋ねた。

 

「ふむ……そもそも、今回の事に関してクロスベルは条約を結ぶ側ではない。今起きている『クロスベル問題』を鎮静化させるためのものであるのは間違いではないが、クロスベルは『自治州』……それも特殊なケースとも言える。」

「へ?そうなんですか?」

「リベールにある自治州もそうですが……クロスベル自治州はいわばエレボニアとカルバード―――『二国の一部』という扱いです。例外なのはアルテリア法国が認めた自治州ぐらいですから。」

『国の一部』……クロスベルは『国家』ではなく、エレボニア帝国の一部であり、カルバード共和国の一部であるという極めて歪な環境の上に成り立っており、それが長い間にわたって続けられてきた。今回の条約は『国家』間での国際条約であり、クロスベル自治州はその条約に加盟することも批准することもできないのだ。

 

「ええ。強いて言うなら『ルバーチェ』くらいだけれど……利益の観点からして、リベールに喧嘩を売るような真似はしたくないでしょうし。」

「『ルバーチェ』?」

「簡単に言えばマフィアだな。クロスベルの裏を取り仕切る組織だ。だが、利益を追求するとなれば、その恩恵の一部であるリベールに喧嘩を売って大火傷を被る真似など好き好んでやるとも思えない。」

エリィの言葉の中に出てきた単語が気になったエステルが尋ねると、シオンがかいつまんで説明しつつ、その問いに答えた。単純に言えば『敵』は多いものの、『反対勢力』として表に出てくることは無い……その意味も込めて説明をつづけた。

 

「それじゃあ、何故今回の調印式に呼ばれたのかしら?」

「女王陛下の計らい、と言うべきだな。今回の事をきっかけに『クロスベル問題』を国内外に啓発することで眼に見えない抑止力を作りつつ、リベール=レミフェリア=クロスベルの包括連携を公表することが目的なのだ。」

「そして、リベールはクロスベル問題に対して本気で向き合う用意がある……そのことも意図されての招待だと思うの。」

その裏で動いているのは、アスベルらだった。

 

情報局を有する帝国、近々情報機関を設立する予定の共和国……不戦条約後に予測される『情報戦』を更に先取りする形で、二つの国とクロスベル自治州が『縦の連携』を行えるよう密かに進めてきた『国家機密級情報協定』……表向きはリベールとレミフェリア二国間の条約であるが、クロスベルの『信頼しうる人達』……セルゲイ・ロウ、ハロルド・ヘイワース、ミレイユ・ハーティリー、フェイロン・シアン、ソーニャ・ベルツ、ダグラス・ツェランクルド、ヘンリー・マクダエル、ミシェル・カイトロンド……この他にも各方面の賛同者を得る形で、国境を持たないテロリストや猟兵団、『結社』の存在をいち早く伝える『ネットワーク』を形成すること。

 

そして、不戦条約の“附則”にある自治州の統治規則……それに反した行動をとった場合、リベールにはその問題に毅然とした態度で介入することを示唆することで、下手な手を打たないように仕込んでいる。

 

「無論、私はこの四か国の条約に賛成だ。この条約でクロスベルが少しでも平和になってくれれば、これ以上のありがたいことは無いからの。」

「お祖父様……」

「……確かに、それが自治州のトップとしては賢明な考え方ですな。」

「フム……ヘンリー市長、無礼を承知でお尋ねするが……貴方自身の目から見て、クロスベルと言う場所をどう思われているのかな?」

ヘンリーの言葉にエリィも言いありげな表情を浮かべつつそれを聞き、ジンはその賢明さに感心していたが……オリビエは突然ヘンリーに彼が治めている場所について率直な感想を尋ねた。

 

「オリビエ、ちょっとそれは……」

「……そうだな。私は長いことクロスベルという地に携わってきたからこそ言える言葉ではあるが……『争いなき時などない』……こう結論付けるほかあるまい。」

「『争いなき時などない』……ですか?」

その問いかけは流石に無礼すぎるとエステルが注意しようとしたが、ヘンリーがその問いに答えたのでエステルは注意を止めた。ヘンリーの言葉を繰り返すかのようにリィンが問いかけた。

 

「うむ。私が生まれた年が丁度クロスベルが自治州となった年……いわば、私の人生はクロスベルの歩みと共にある、と言ってもいいだろう。その中で、二国が争ってきた『犠牲』は計り知れぬ……歴史の陰に追いやられたものなど、数えればきりがないほどに……」

「………」

真剣な表情で話すヘンリー、それを見つつも沈痛な表情を浮かべるエリィ。

だが、ヘンリーの言っていることは事実なのだ。クロスベルは自治州成立後……毎年謎の事故が発生し、似たような事故が起きるたびに揉み消されていた………それは、帝国と共和国の『暗闘』の結果であり、クロスベルに住む人々はそれに怯えながら暮らし続けていた。『百日戦役』後、その件数も大幅に減り……三年前の『事故』を最後に今のところは起きていないのだ。

 

「だが、リベール……この国は、私たちに『民の在り方』を示してくれた。」

「『在り方』、ですか?」

「クロスベルに生きるものは何かに追われる者ばかりだ……だが、この国の気質はそういった人々にきっかけという『種』を与えた。『国の在り様は民の在り様で決まる』……それがどのような『花』を咲かせるか解らないが……エステル君。君の父親は本当の“英雄”かもしれぬな。」

「あはは……父さんは自分で英雄だということを否定してましたが……」

ヘンリーの言葉……カシウスは本当の意味で“英雄”だということにエステルは笑みを浮かべつつも、とうの本人は否定したがるだろう……むしろむず痒くなるかもしれない、と言うことも含めて、答えを返した。

 

「……答えていただいて感謝します、ヘンリー市長。」

「め、珍しく殊勝ね……っと、そうだ。話は変わるんですが……」

いつもならば軽い口調のオリビエが真面目に答えたことに鳥肌が立ったが、気を取り直してレンの両親について尋ねた。

 

「ヘイワース夫妻か……ふむ、確か……一週間前にオレド自治州の方に家族旅行ということで聞いてはいたが……流石に彼らと直接連絡は取れないが……」

「そ、そうですか……」

ヘンリーは考え込んだ後、彼らから聞いたことを伝えたが、肝心の行方の方は解らず、エステルは落ち込んだ。だが……

 

「だが、妙だな。」

「妙、とは?」

「うむ。彼等には男の子がいる。だが、女の子がいるとは『聞いていない』し、『会ったこともない』のだ。」

「え!?で、でも、確かにヘイワースって名乗って……」

ヘンリーの言葉にエステルらは驚いていた。ヘイワース夫妻に子どもはいるのだが、『女の子』ではない……だが、レンが嘘をついているようには見えない……この状況に困惑していた。

 

「私も彼らと出会ったのは五年前……ちょうど男の子が生まれた後ぐらいだったから、それ以前となると分からないが……」

「これは驚きね……エステル、どうする?」

「……しばらく、このことを伏せておかない?変に勘繰られていなくなったりしたら大変だもの。」

「ま、それぐらいが落としどころだな。」

「そうだね。」

エステルが話している一方……

 

「………」

「……いやはや、何とも言えない感じだね。これは。」

真剣な表情を浮かべて考え込むクローゼとオリビエだった。

 

その後、リベール通信を訪れ、脅迫状の事に関しては『愉快犯』という線が強いというナイアルの予測、そしてレンの両親に関しては仲間に聞いてみるということを約束してもらった。その後、エステルらは報告をするためにギルドへと戻った。

 

 




調査編だけで時間かかった……ここから加速度的に事件が進みます。

あと、何人かオリジナルの名字にしています。



??「ウフフ……真夜中の『お茶会』にようこそ♪」


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第93話 『表』と『裏』

最近出番のなかった主人公の回w


~遊撃士協会 グランセル支部~

 

「ただいま~。」

「おっと、戻ってきやがったか……って、シオンの奴、やけに疲れてねえか?」

エステル達がギルドに戻ると既にアガットが戻っていた。アガットはシオンの様子に気づいて何があったのかを尋ねた。

 

「あ~、うん。ちょっとね……ところで、レン達は?」

「つい先ほど戻ってらっしゃいましたよ。二人は今2階で、お買い物の戦果を見せ合っているみたいですね。」

「そっか。楽しんできたみたいね。えっとそれじゃあ、あたしたちも報告しようかな。」

「ええ、よろしくお願いします。」

そしてエステル達は集めて来た情報をエルナンとアガットに説明した。それに加えて、今のリベールが置かれた状況の話も合わせて報告した。

 

「なるほどな……こっちのほうは、特にない。いや、『そういった形跡がない』……という感じだな。脅迫状にしても、あのガキの両親にしても」

「え……それ本当なの!?」

「ああ。飛行船公社のほうにも……両親の記録はなかったらしい。」

「ええ!?」

「………(やはり、レンさんは……)」

「フム………(ということは……どうやら、最悪の可能性も考えないといけないようだ。)」

アガットの報告を聞いたエステルは驚きを隠せず、クローゼとオリビエは考え込んでいた。すると、何かを思い出したかのようにオリビエが問いかけた。

 

「っと、エステル君。クローゼ君にレイア君、シオン君をお借りしてもいいかな?」

「いや、物じゃないんだから……って、どうしたの?」

「何、親友が呼び出したのさ。エルナンさんはその辺をご存じのはずだと思うけれど。」

「ええ。駐在武官のミュラーさんからお話は伺っております。一応依頼ということになりますが……」

突然言われたオリビエの言葉に首を傾げたが、ミュラーからの依頼であることを説明し、エルナンもそれを聞いていたようで補足の説明をした。

 

「それでしたら……エステルさん、すみません。」

「いいの、気にしないで。そうだ、ヒルダ夫人のお誘いなんだけれど……断ってもらえないかな?」

「ええ、解りました。私の方から伝えておきますね。」

「それじゃ、また後でね。」

「じゃあな。」

そう言って、オリビエ、クローゼ、レイア、シオンはギルドを出て、向かったのは帝国大使館ではなく……レミフェリア公国大使館であった。

 

 

~公国大使館~

 

メイドに客室の一室に案内された四人。そこには……

 

「来たか。」

「久しぶりだな。」

「やっほ。」

「アスベルさんにミュラーさん、それとシルフィさん!?」

先に来て寛いでいたアスベルとシルフィア、ミュラーの姿だった。これにはクローゼも驚きを隠せなかった。公国大使館という場所も異色だが、それ以上にこの場所を選んだ理由を計りかねていた。その問いかけに答えるようにアスベルが説明をした。

 

「さて、この場所で話をする理由だが……まず、帝国大使館と共和国大使館は明後日来られる予定のカール帝都知事とロックスミス大統領の出迎えで忙しいうえに、こちらの出方を知られるわけにはいかなかったからな。アルバート大公は先程来られて、彼の許可も頂いている……後は、城だとリシャールに近しい人間がいないとは限らないからな……その上での判断と思ってくれ。」

「そうだったんですか……でも、何故私まで……」

「……レン君のことだね。」

「えっ………あっ!」

アスベルの説明に納得はしたものの、自分まで呼ばれたことに首を傾げるクローゼ……だが、オリビエの言葉でその事情を察することとなった。

 

「ご明察。クローゼとオリビエはレイアから話は聞いていると思うけれど……彼女は五年前の制圧事件で助け出した人物の一人……そして、『三人目』の生存者なの。」

「え……レンさんが!?」

「ああ……そして、彼女は『身喰らう蛇』の『執行者』No.ⅩⅤ“殲滅天使”レン。」

大方の事情を知っているクローゼとオリビエ、そして彼の叔父が制圧作戦に参加していたミュラー……この三人に下手な隠し事は逆効果だとシルフィアは考え、敢えて情報を教えることにした。

 

「成程……ヨシュア君の事は聞いてはいたが、彼女も相当の実力者とみた。にしても、親友。『本気』のヨシュア君とやり合ったそうじゃないか?」

「フッ、流石に耳に入るのが早いな……俺ですら、あの時ばかりは命の危機を覚悟したが……妹ならばいい勝負ができたかもしれんな。」

「セリカ君の事だね。尤も、隙あらば飛行艇ごとヨシュア君を吹き飛ばしそうだが……」

「………我が妹ながら、こればかりはお前に同意せざるを得ないな。叔父上や俺も一度被害に遭っているしな。」

笑みを浮かべつつ、空賊のアジト跡での一件の事を尋ねると、軽く笑みを浮かべた後真剣な表情を浮かべてヨシュアとの戦闘の事を思い出し、オリビエは親友から出た言葉からミュラーの妹であるセリカの事を誇張表現するような言い方で呟き、ミュラーは冷や汗をかきつつ、こればかりはオリビエに同意するような評価を述べた。

 

「あはは………私も『あれはないわ~』って思ったし。」

「お前が言うなよ……で、アスベル。既に『お茶会』の『準備』は整っているが……どうするつもりだ?」

「ああ……この一件はエステル達に任せて、こっちは綿密な打ち合わせをしなきゃいけない。」

「打ち合わせ?」

「ああ。生誕祭や博覧会に不戦条約の調印式……忙しくなれば、下手に会うと勘付く奴らがいるからな……今をおいて他にないのさ。」

何せ、『お茶会』に関しては既に打てる手は打っている。いくら『殲滅天使』と言えども、『フェイク』と『聖天兵装』という予想外の要素が絡めば、この事態はあっさりと収束しうる事態だということに気が付いていないのだから。ゲームの攻略はできても、その中にある“隠れた要素”をどこまで見抜けるのか……これはいわば、アスベルのレンに対する“謎かけ”でもあった。ある意味見え透いた遊戯の結末なんて、考えるまでもない……今考えるべきはこの先、『導力停止現象』への『表』側の対策。その一点に尽きる。

 

「……『執行者』の動きはほぼこちらの手の内。イレギュラーとかあったけれど、大方計画通り。で、だ。『四輪の塔』絡みの件でいくと……十中八九、お前らの国―――<鉄血宰相>が動く。」

「成程、僕には『善意と称して攻め込まんとする悪役』を演じてもらうというわけか。やれやれ、もう少しモラトリアムを楽しみたかったのだがね。」

「ある意味年中モラトリアムのお前が言えた台詞ではないのだが……それで、アスベル殿。どうなさるおつもりか?」

「……オリビエ、いや、オリヴァルト皇子には悪いが、最悪の場合は『不戦条約に反する行為』―――国際条約遵守違反としてエレボニア帝国……正確には帝国政府を『外法』と認定するつもりだ。ちなみに、アルテリア法王猊下からの許可は既に得ているし、遊撃士協会からも先日の件からして黙認すると『お墨付き』を貰ったからな。」

<輝く環>が及ぼす導力停止現象の効果範囲……半径1000セルジュと言われているが、距離など関係なく“全て王国領土内に収まる”範囲になる。それに、通信手段に関しても既に手は打っている状態。一応今回の事件の際に“テスト”することも視野に入れており……残るは『例の人物』との接触ぐらいだ。

 

「「………」」

「……フフフ、流石は“紫炎の剣聖”。いや、この場合は“京紫の瞬光”とでも言うべきかな。この御仁を相手にする<鉄血宰相>は気が付いていないのだろうね。自らが描く遊戯盤に“白にも黒にもなりうる万能の駒たち”を放りこんでしまったことに。」

「アスベルは、本気で怒ったら怖いからね……」

「全くだ……ちなみに、そうならなかった時はどうするんだ?」

唖然とするクローゼとミュラーにオリビエは引き攣った表情をしつつも不敵な笑みを浮かべ、その言葉に同意したシルフィアとシオン。

 

「まぁ、次点ではサンプル扱いとして戦車や装備品諸共全部接収するつもりだけれど?」

「お、鬼がいる……。“外法狩り”よりもエグイ事するね。」

「失敬な。食糧や衣服は残すし、全員生かして強制送還するだけまともなつもりだが?……まぁ、仮にゼクスさんが出てきたら、フォロー位はちゃんとしておくよ。」

ゼクスとは制圧作戦後から一年後に再会し、その際ヴァンダール流の手ほどきを受けた。ゼクスからは執拗に勧誘されたが、これを丁重に断っている。そういった恩義がある以上、それを反故にするのは気が引けるため、ちゃんと救済するつもりだが……

 

「それはしっかり頼む……というか、大丈夫かクローディア殿下?」

「あ……え、ええ……これが、政治なんですね。」

「クローゼ、これは政治というよりも策略だから……まぁ、外交という意味じゃ政治なのだろうが……」

繰り広げられている会話に最早ついて行けずにいるクローゼ。まぁ、相手が相手だけ、というのもあるが……それ以上に、この異変ですら『序曲』でしかないのだが。

 

「……まぁ、それは向こうが色々突っぱねた場合だけれど……クローゼ、学園祭で会った人物の事を覚えているか?」

「オリビエの場合は、ボースで会った人物になるかな。」

「学園祭……市長らに侯爵閣下に皇女殿下に、アルバ教授ですね。」

「アルバ教授……もしかして、彼が?」

「鋭いな、オリビエ。察しの通り、そいつが今回の首謀者……“教授”ゲオルグ・ワイスマン。『身喰らう蛇』の『使徒』第三柱にして七耀教会の破戒僧、とでもいうべき人物。」

幸いにして、彼らと面識のあった二人はその記憶を操作されていなかった。恐らくは下手に操作すれば自分への疑いをかけられることを危惧してのものだったようだが……それが逆に仇となるとは思ってもいないだろう。尤も、二人には内緒で記憶消去および改竄無効化の法術をかけている。ワイスマンですら消せない・認知できない術式を使っている以上、手を打とうとしても無駄なのだ。

 

「その教授や僕の好敵手といい、あの戦闘狂といい、さらには“剣帝”に“殲滅天使”……どれも一筋縄じゃ行かない相手ということか……で、僕らにそれを話すということは、『見返り』が欲しいと見た。」

「察しが良くて助かる。オリビエに頼むのは二つ……一つは、帝国から王国に入ってくる『公人』の情報提供。これは、お前でないと出来ない仕事だな。もう一つは、『演奏家』としての仕事になるが……これに関しては、正式に決まり次第依頼するよ。」

「フッ………天才の演奏家である僕の腕を見込まれたからには、下手な演奏は出来ないね。前者の仕事に関しても無論かな。」

「アスベル殿……」

……情報局の連中はそう簡単にいかないだろうが、アーティファクトを持ちうるオリビエならではこその『情報戦』……『演奏家』としての仕事は完全に私情によるものではあるのだが……引き受けてくれたことは僥倖だろう。

 

「息抜き位は必要ですよ。これから相手にする輩は“炎の塊”みたいなものですし。で、クローゼには王国内での“許可”……“非常時における殲滅許可”を女王陛下に伝えてくれ。」

「えっ………」

「い、今……物騒な言葉が聞こえたんだけれど……」

「……どうやら、『黒月』と『赤い星座』の一部、『北の猟兵団』がリベールに向かっているらしい。最短でも二週間後……こちらの進行がうまく進めば、帝国が動き出すと同時になる。」

それを聞いたのは先日。ルドガーから連絡が入り、“教授”が“道化師”に指示を出して動かしたらしい。不戦条約の調印式は一週間後……となると、残された猶予は一週間程度しかない。まぁ、それだけあれば十分すぎるのだが……

 

「流石に王国軍が屈強と言っても分が悪いからな……レイア、『赤い星座』に関してはお前に一任する。身内とはいえ容赦はしてこないと思うが……」

「解ってる。それに、ちょうど良く兄もいるからね。戦場に出すかは決めかねているけれど。」

「兄というと……“赤き死神”ランドルフ・オルランドか。強大な猟兵団相手とはいえ、お前とランドルフだけでも血の雨が降りそうだぞ……」

「何言ってるの?予定ではシオンには幹部クラス相手に戦ってもらうんだから。」

「………不幸だ。」

レイアの言葉に頭を抱えるシオン。その様子を見たアスベルは少しばかりシオンに同情したくなった。

 

「『北の猟兵団』に関しては状況次第だが、とりあえずは俺が担当するとして……シルフィで『黒月』を抑える……いや、殲滅すると言った方がいいな。」

「そんな……アスベルさん達は、どうしてそんな簡単に……」

「……クローディア王太女殿下。俺とシルフィア、シオンは百日戦役を戦った人間です。人間というのはある意味エゴで生きているもの……かく言う俺もその一人ですが、謂れなき暴力に言葉を投げかけても通用しない時がある。かつての帝国軍……いや、主戦派の人間。そして、『結社』という存在。人々を混乱に貶め、自らの欲を満たすことでしか愉悦を感じない連中に、言葉など通用しない。結局のところ、戦うしかなくなる……だが、今戦わなければリベールという国がなくなってしまう。それは、この国に住む人が望むことじゃないはずです。」

「………」

簡単なことではない。彼女自身にだって解っていることだろう。だが、『力なき理想は空想』『理想なき力は暴力』……『国家』を動かすということは、『理想』と『力』の両立……その狭間で揺れ動き続けるものなのだ。安易に戦いを望んでいるわけではない。『結社』やマフィア、猟兵団という『謂れなき暴力』を退けるためには、こちらが『信念を持った力』で毅然と立ち向かうことが必要なのだ。

 

「十年前というと、アスベル君やシルフィア君は8歳……シオン君は7歳……カシウスさんから話は聞いていたが、末恐ろしいね君らは。」

「その時から戦って生き残った人間とは……本当に末恐ろしいな。」

「恐縮です……少なくとも、クローゼよりは『倍以上』の経験を積んでいるからこそ言えることですが。」

彼女は今回の事で色々と学んだだろう。だが、これ自体も女王の政治の“一角”なのであると。国の安全を担うということは、何も綺麗ごとだけでは成立しないのだと……

 

「………解り、ました。お祖母様にそう伝えておきます。」

「クローゼ……」

辛そうな表情を浮かべて頷くクローゼに、シオンは彼女の頭を撫でた。

 

「ふふ……ありがとう、シオン。私は、まだまだ弱いですね……」

「最初は誰だって弱いもんだよ。俺やアスベル、シルフィみたいに最初から“覚悟”や“信念”があるわけじゃないからな……」

(……さて、シオンは誰を正室にするのかな?)

(私としては、クローゼかアルフィンあたりが本命だと思うけれど……)

(私もアスベルの一番の……)

(何か言ったか?)

(な、何でもない!)

(アルフィン……これは、強敵かもしれないよ。)

(やれやれ……シュトレオン殿下の苦労が目に見えそうだな。)

シオンとクローゼのある意味微笑ましい光景……その光景に各々の言葉を紡ぐ五人であった。

 

 

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

その頃、ギルドに一報が入る。連絡先はボース支部……その内容は……クーデター事件で対峙した特務兵と遭遇したという一報だった。

 

「あの特務兵か……発見したのはギルドの人間らしいな?」

「ええ……クルツさんたちです。」

「クルツさんたちが!?」

特務兵達を見つけたのがクルツ達とわかったエステルは驚いた。クルツらはルーアン支部でボース支部からの応援要請を受け取り、予定を変更してボース支部に向かったらしい。エルナンは更に話をつづけた。

 

「ラヴェンヌ廃坑の内部でアジトを発見したそうです。あいにく、すでに引き払った後だったみたいですが……」

「てことは、空賊たちと戦った場所ってことね。」

「……引き払ったってことは、すでに別の地方に行ったのかしら?」

エルナンの話にエステルは昔を思い出し、サラは続きを促した。

 

「それが、ボース地方の各地で特務兵の姿が目撃されたらしく……現在、国境師団が総力を挙げて調査をしているみたいです。ただ、陽動の可能性もあります。現地の状況が分かるまで迂闊に動かない方がいいでしょう。それにどうやら……『結社』も動いているようです。」

「え……!」

「なんだと……!」

(……成程、『道化師』が動いたってことね。まったく、レン一人でも大丈夫だって言うのに……カンパネルラのお節介には呆れちゃうわね。)

不戦条約の調印式が控えているというこの時期に特務兵のみならず『結社』まで……そう驚くエステル達……只一人、レンを除いて。

 

レンの浮かべた表情はその時誰も気付いていなかった。

 

「クルツさんたちが廃坑のアジトで遭遇したそうです。『道化師カンパネルラ』―――『執行者』の一人みたいですね。」

「また新顔か……」

「更にアジトで奇妙なものが発見されたそうです。まずは『オルグイユ』という導力駆動の乗物の設計図……そして『お茶会』という符牒で語られた謎の計画メモです。」

「『オルグイユ』『お茶会』……うーん、訳が判らないわね。」

「お茶会というのも何だか気になりますね。」

(うふふ……そろそろレンも動こうっと♪)

エステル達が考え込んでいる中、レンは気配を消してギルドから出て行った。

 

「チッ、さすがに落ち着いていられねえな。」

「まあ、焦るなって。現地で軍とギルドが頑張っているみたいだからな。じきに状況も分かるだろうさ。」

焦っている様子のアガットにジンはいつもの表情で言った。

 

「ええ、気は逸るでしょうが王都に留まっていてください。今のところは各自、自由になさって結構ですよ。」

「うーん、そう言われても……あれ、そういえばスコールはどうしたの?」

エルナンの言葉に悩んでいたエステルだったが、あたりを見渡してスコールが居ない事に気付いて、エルナンに尋ねた。

 

「それが、先ほど連絡がありまして……野暮用ができたと仰ってお出かけになりました。すぐにギルドにお戻りになるそうですが。」

「ふーん、どうしたのかしら?……あれ?レンはどうしたの?」

「ふえっ……?あ、あれれ……さっきまではちゃんといたんだけど。」

エルナンの話が一通り終わった時、エステルは先程までいたはずのレンが居ない事に気付き、ティータもレンがいないことに驚いた。

 

「もしかして……話が退屈だったから遊びに行っちゃったとか?」

「そいつはありそうだな。」

「まぁ、子どもには難しい話だものね……」

エステルの推測にアガットとシェラザードは頷いた。

 

「そいつはありそうだな。」

「も~、しょうがないわねぇ。でも、もし王都を離れるとしたらレンのことも何とかしないと………あたし、ちょっとあの子を捜してくるわ。」

「あ、わたしも!レンちゃんが行きそうなところ分かるかもしれないし……」

レンを探す事に決めたエステルにティータが真っ先に申し出た。

 

「そっか、助かるわ。エルナンさん。そういうことなんだけど……」

「ええ、お願いします。私の方は、各地の支部と残党の行方について情報交換をしていましょう。」

そしてエステル、ティータ、そしてリィンは王都中を歩いて、レンを探した。レンの姿は時折見かけたが、すぐに姿を消し、さらに謎かけも残して行った。謎かけを解いてレンを探していたエステル達は空港に到着した。

 

~グランセル国際空港~

 

一方、スコールは飛行船に乗ったルドガーを見送っていた。

 

「じゃあな、スコール。お前の奥さんによろしく言っておいてくれ。」

「了解した。お前の方も“深淵”や“聖女”の相手は大変だと思うが、頑張れよ。」

「………まぁ、善処はする。いざという時は、あのお転婆娘のフォローを頼む。」

「元とはいえ、俺に頼むってことはそこまでってことか……解った。それとなくしておくさ。」

そしてルドガーを乗せた飛行船は飛び立った。

 

「おーい、スコール!」

「エステルたちじゃないか。こんなところにまで来るということは俺に用件でも?」

飛行船が飛び立った後、エステルがスコールに話しかけ、話しかけられたスコールは尋ねた。

 

「そういうことじゃないんだけれど……さっきのってルドガーよね?知り合いだったの?」

「まあ、腐れ縁って奴だな……何でも、知り合いから呼び出しがかかったらしくてな……そういうわけで俺は見送りに来たんだが。お前たちはどうして空港に?」

「あ、実はレンを捜しに来たんだけど……スコール、見かけなかった?」

「レン?って、そこにいるのはレンじゃないのか?」

「へ……」

スコールの指摘に首を傾げたエステル達は振り返った。するとそこにはレンがいた。

 

「うふふ♪」

「レ、レンちゃん!?」

「き、気が付かなかった……」

「い、いつのまに……こら、レン!まったく、いきなり居なくなったらダメじゃない!しかも色んな人を巻き込んであたしたちから逃げたりして~!」

レンの姿を見たティータ、リィン、エステルは驚き……笑顔を浮かべているレンに近付いたエステルは怒った。

 

「ごめんなさい……だって退屈だったんだもの。あのね、百貨店で紅茶とクッキーを買ったのよ?みんなの分もあるからおねがい、機嫌をなおして?」

「う……」

「まぁ、俺たちも結構楽しませてもらったし……おあいこでいいんじゃないか?」

素直に謝り、自分の機嫌をなおそうとしているレンを見て、エステルは言葉を詰まらせ、リィンは微笑んでエステルに言った。

 

「はあ、しょうがないなぁ。お小言はこれくらいで勘弁してあげる。」

「ホント!?」

「ふふ、よかったね。」

溜息を吐いて自分を許すエステルとは対照的にレンは嬉しそうな表情をし、その様子を見たティータはそれぞれ喜んだ。

 

「さてと、それじゃいったんギルドに戻りましょうか。何か情報が入ってるかもしれないし。」

「何かあったのか?」

「ちょっとボース地方で事件が起こったらしくてね。ギルドに戻ったら一通り説明するから。」

「了解した……っと、公社の前で待っててくれるか?ちょっとレンにお説教しなきゃいけないから。」

「……うん、解ったわ。」

「エステル!?」

「あはは……ごめんね、レンちゃん。」

「その……ごめんな。」

「ティータにお兄さんまで!?」

エステルの会話に首を傾げたスコールだったが、彼女の説明に納得しつつレンに用があるということでエステルに伝え、エステルとティータ、リィンはレンに謝りつつも先に行った。

 

「さて……説教というよりも“調停”からの伝言だ。『あまりやりすぎれば、“紫炎の剣聖”から痛い説教を食らう』とな……あと、お前はエステルのことを過小評価してるようだが……余り彼女を舐めてると、本気で痛い目を見るぞ?」

「………うふふ、まさか“影の霹靂”ともあろう実力者からそんな言葉が聞けるなんて……怖気付いているのかしら?」

「怖気付く、か……そうであるならば、どれほど楽な事か……ま、今回ばかりはお前の『企み』に一枚乗せられてやるよ。」

「それなら、レンの『お茶会』に喜んで招待してあげるわね。『執行者』No.ⅩⅥ“影の霹靂”さん。」

「元、だからな……」

“殲滅天使”と“影の霹靂”……その二人にしかわからない会話……それを終えるとエステル達と合流し、ギルドに戻って行った。

 

その後、リィンやティータ達が先にギルドに入って行き、その後を続くようにエステルがドアに手をかけた瞬間、レンが唐突に話しかけてきた。レンはエステルに手紙を渡し……その筆跡と文章からヨシュアなのではないかと思い、レンに尋ねると……レンはヨシュアの特徴を言い、それがヨシュアであると確信しつつあったエステルは手紙に書かれた時間が迫っていることに気付いた。

 

「夕方、グリューネ門側のアーネンベルクの上。夕方って……もうそろそろじゃない……」

「エステル?エルナンが各地の情報を説明するみたいだけれど?」

エステルはその時間が迫っていることに困惑していた時、ギルドに入って来ないエステル達に気付いたシェラザードはギルドから出て来て尋ねた。

 

「シェラ姉……どうしよう……あたし……」

「エステル?どうかしたの………これは……ヨシュアかしら?」

「うん……そうみたい。レンが、それらしい人から受け取ったんだって……」

エステルが無言で見せた手紙……その内容に驚いている様子のシェラザードにエステルは答えた。

 

「成程ね……行ってきなさい。」

「え……?」

事情を察したシェラザードの言葉にエステルは驚いた。

 

「せっかくのチャンスよ、早く行きなさい。他の人にはアタシの方から適当に言っておくから。」

「あ……ありがと、シェラ姉!それにレンも……教えてくれてありがとね!」

背中を押すかのようなシェラザードの言葉を聞き、エステルは一目散に待ち合わせ場所であるグリューネ門に向かった。

 

「あ……行っちゃった。そんなにその人と会いたかったのかしら?」

「ええ。ヨシュアは、あの子が旅をしている目的だもの。」

首を傾げているレンにシェラザードはエステルの後姿を見ながら、感慨深そうな表情を浮かべて呟いた。

 

 

「はあはあはあ……。グリューネ門のアーネンベルクの上……。早く行かなくちゃ……!」

そして王都を出たエステルは急いで、目的地に向かった。

 

 



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第94話 エステルの怒り

グリューネ門に到着した頃には既に夕方になっていて、エステルは急いで待ち合わせの場所に向かった。

 

~グリューネ門 アーネンベルク~

 

「……あ………ヨ、ヨシュ―――ア……?」

「へっ……?」

アーネンベルクに一人の人影を見つけたエステルは嬉しそうな表情をした。エステルは人影をヨシュアと思い、駆け寄ったが……そこにいたのはヨシュアでなく、ロレントへの飛行船で出会ったネギ頭の神父の青年―――ケビンだった。

 

「エステルちゃんか……?」

「ケビンさん……ど、どうしてここに……?」

「いや~、ひさしぶりやなぁ。しかし、こんな所で再会するなんてオレら、やっぱり縁が―――」

「ケビンさん!ここで誰か他の人に会わなかった!?」

ヨシュアでなくケビンがここにいる……自分に話しかけて来たケビンにエステルは切羽つまった様子で尋ねた。

 

「へっ……誰かって。まさかエステルちゃんもここで待ち合わせしとんの?」

「う、うん………って、ケビンさんも?」

ケビンも誰かと待ち合わせるためにここにいる……ケビンのその答えを聞いたエステルは首を傾げて尋ねた。

 

「ああ……手紙に呼び出されてな。」

「あ、あたしもだ。えへへ、面白い偶然もあるもんね。」

「はは、そうやね―……って、そんな偶然あるかいっ!」

「や、やっぱり?それじゃあケビンさんもヨシュアに呼び出されて……」

ケビンの突っ込みに苦笑したエステルは尋ねたが、

 

「ヨシュア?それって……エステルちゃんが言うとった例のカレシやったっけ?」

「う、うん……」

「し、知らんかったわ……ヨシュア君って、実はいい年したオッサンやったんか。そりゃ、愛があれば年の差なんて問題あらへんけど……それやったら、オレかて十分チャンスは……」

「あのー。微妙に話が噛み合ってないんですけど。それで、ケビンさんは誰からの手紙で呼び出されたわけ?」

同じように呼び出されたにしては、微妙に話が噛み合っていない事に首を傾げ、エステルは尋ねた。

 

「ああ、グランセル大聖堂にオレ宛ての手紙が届けられてな。届けたのは、身なりの良さそうな中年男性だったらしけど……」

「ヨシュアはあたしと同い年よ!少年だし、オジサンなはずないでしょっ!」

「あ、やっぱり?や~。オレもなんかおかしいと思ったんよね。」

「よく言うわよ……。でも、それって一体どういうことなの?………も、もしかして………」

ケビンの答えに呆れたエステルは真剣な表情で考え込んだ。

 

「二人を始末するための罠?」

「なんやて……?」

エステルの答えを聞いたケビンは真剣な表情になった。そしてその時、エステル達の元に空を飛ぶ機械兵器が近付いて来た!

 

「なっ……」

「マジか……チッ、人違いですって雰囲気でもなさそうやな……」

「……………けんじゃ……わよ」

エステルの言葉を聞き取れなかったケビンは首を傾げた。だが、彼女から発せられる怒りの闘気にケビンは冷や汗をかきつつエステルを落ち着かせようとした。

 

「へ?エ、エステルちゃん、落ち着いた方がええで!?」

「落ち着いているわよ……うん、そして決めた。ケビンさん、アレを叩き壊しましょうか?」

「あ、ああ……(………こ、この感じ……あん時のレナさんと同じ雰囲気やないか!?あ、心なしか兵器らも怯えとるような気がする……スマンな、オレかて命は惜しいんや。)」

そう言われたエステルの表情は笑みを浮かべつつも目が笑っていない……確かに冷静ではあるのだが……彼女を纏うオーラが、彼女の母であるレナが怒った時のオーラに瓜二つであり、それを一度体感していたケビンは体を震わせていた。そして、機械兵器の方を見ると心なしか引いており……ケビンは同情するものの擁護は出来ないと内心で呟いた。

 

「本気で行くわよ……烈破洸龍撃!!」

「!!」

光の闘気を纏った棒による連続打撃……『地龍撃』の力の応用をかつてのSクラフト『烈破無双撃』に生かしたエステルのクラフト『烈破洸龍撃』でまずは一体。

 

「あたしの想いを踏みにじった報い……受けなさい!行くわよ、『聖天光剣』解放!!」

そして、エステルの叫びに呼応し、聖天光剣『レイジングアーク』は『ヘイスティングズ』を媒体とし、光の両刃剣を形成する!!

 

「へ……(あの神気……それに『聖天光剣』……なしてエステルちゃんが『聖天兵装(セイクリッド・アームズ)』の……しかも『起動者(ライザー)』に選ばれたんや!?1200年もの間歴史から姿を消してたとかいう『幻の存在』を目の当たりにしたのはオレかて驚きしかないで……)」

その言葉を聞いたケビンは冷や汗をかきつつ、エステルが持っている武器が古代遺物の中でも最上位クラス…1200年もの間歴史の表舞台から姿を消していた『聖天兵装』……しかも、その『起動者』に選ばれたことに内心驚いていた。

 

「唸れ、光の刃。その輝きを以て、我が敵を撃ち払わん……とうりゃあああああああっ!!!」

八葉一刀流一の型“烈火”……その奥義である終式『深焔の太刀』。それと組み合わせた光の剣撃。エステルは高らかにその名を叫ぶ!

 

「奥義!洸耀の太刀!!」

Sクラフト『洸耀の太刀』……それを受けた人形兵器はなす術もなく、縦に真っ二つに斬られ、爆発四散した。エステルはそれを見て解放状態を解除すると、武器をしまった。

 

「ふう……こいつら………魔獣っていうより……ケビンさん?」

「へ?あ、ああ……城の封印区画にいた人形兵器と同じみたいやね。もっともアレとは違って最近造られたものみたいやけど。」

一息ついて兵器の残骸を見たエステルはケビンに問いかけたが、呆けていた状態のケビンはエステルの問いかけに我を取り戻し、先程戦った兵器について説明した。

 

「それってどういうこと?」

「封印区画の人形兵器が古代遺物の一種とするなら……これはオーブメントで駆動する現代の人形兵器ってところや。しかも性能は全然負けてへんみたいやね。」

「へぇ……どうしてケビンさんが封印区画のことを知ってるわけ?」

「……ギク。」

エステルにジト目で睨まれ、指摘されたケビンが嘘がばれたかのような表情をしたその時、王国軍の兵士と隊長格の兵士がエステル達に近付いて来た。

 

「何やら騒がしいと思ったら……。お前たち、いったいここで何をしていたんだ!?」

「ちょ、ちょっと待って!あたしたち、ここで変な機械に襲われただけで……」

「変な機械だと……って、その残骸は!?」

エステルの話に隊長格の兵士は首を傾げたが、二人の後ろにある残骸を見て驚いた。

 

「ああ、お騒がせしてエライすんませんでした。実は彼女、ギルドに所属する遊撃士でしてなぁ。とある連中を追って捜査中の身ってわけですわ」

「へっ?」

「遊撃士……本当なのか?」

「ほら、エステルちゃん。ブレイサー手帳を見せてやり?」

「あ、うん……」

ケビンに促されたエステルは手帳を兵士達に見せた。

 

「……なるほど、本当らしいな。とある連中と言ったが、一体どういう奴等なんだ?」

「それが『結社』とかいう正体不明な連中でしてなぁ。各地で妙な実験を色々としとるらしいですわ。そいつらの手がかりを追ってここに来てみたらケッタイな機械に襲われたんです。幸いにも弱かったので何とか止められましたが。」

「…………」

ケビンの説明を聞いていたエステルは驚いた表情をしていた。とてもではないが、一介の神父が知っていていい情報ではない。しかも、『結社』に関して一般人に対してはある程度情報が秘匿されている。

 

「そういえば司令部から『結社』とかいう連中について注意のようなものが来ていたな……とすると周遊道に現れたのはその『結社』の者たちなのか……」

「え、ちょっと待って!周遊道に現れたって一体何が起こったの?」

隊長格の兵士の話を聞いたエステルは驚いて尋ねた。

 

「ああ、先ほどエルベ離宮の警備本部から連絡があってな。何でも武装した集団が離宮を襲撃してきたらしい。」

「あ、あんですって~!?」

「幸い、リアン中佐によって難なく退けられたらしいがな。現在、周遊道を封鎖してその集団を追っているところらしい。」

「は~。エライことが起こったなぁ。こりゃオレらもギルドに戻った方がええかもな。」

「え、あ……」

隊長格の兵士の話を聞いて頷きギルドに戻るよう、ケビンに促されたエステルは戸惑った。

 

「ああ、ひょっとしたら君たちが追っている連中と同じなのかもしれない……よし、付近の警備とその残骸の回収は我々が当たるとしよう。君たちは急いで王都のギルドに戻るといい。」

「おおきに!ほな戻るとしよか。」

「ちょ、ちょっと……」

そしてケビンは戸惑っているエステルを連れて、兵士達から離れた。

 

「ちょっと待って!一体どういうことなの!?」

「あ~……。やっぱり納得せぇへん?」

怒鳴られたケビンは気不味そうな表情でエステルに尋ねた。

 

「あ、あたり前でしょ!あなた……いったい何者なの!?あたしたちの動きとか『結社』のこととか知ってたり……。本当にただの神父さんなわけ!?」

「正真正銘、七耀教会の神父やで。まあ、確かに……ただの神父とはちゃうけどな。」

ケビンの言葉……その言葉に何かを思い出したエステルは珍しく真剣な表情でケビンに問いかけた。

 

「あ~……成程、そういうことだったのね。思い出したの。トワが言っていたこと……ケビンさん、『星杯騎士団』の人でしょ?」

「……なして、そう思ったんや?」

エステルの言葉にケビンも真剣な表情でエステルにその理由を尋ねた。

 

「トワがね、『ケビンとか言う、同僚曰くネギ頭の軽い口調の青年が来るかもしれないから、エステルも仲良くしてあげてね』とか言ってたから。あと、トワも『星杯騎士団』だって聞いたし。」

「あいつ、口の軽いことで……ま、間違ってないことだけは確かや。せやけど、オレは新米やからな。(ネギ頭の軽い口調の青年って……アスベルといい、ワジといい、俺の髪型で弄るのはやめてほしいわ!)」

エステルの言葉にケビンは真剣な表情からいつもの軽い感じに戻りつつ、内心で“同格”である二名の『騎士』に対して文句の言葉を言い放った。

 

「はぁ……ところで、エステルちゃん。君のその武器はどこで?」

「これ?クラトス・アーヴィングって人が作った武器よ。何でも、あたしが正遊撃士になったお祝いとして……ひょっとして、これも回収するつもりなの?言っとくけれど、レグナートから“アーティファクトじゃない”って言われてるし……あたし以外には使えないって聞いてるし……なんだったら、相手してもいいけれど?」

「いや、エステルちゃんに悪いし、さっきの戦いを見せられたらソレの回収どころかオレの命が女神様に回収されそうやしな。それはせえへん。なんやったら女神(エイドス)に誓ってもええ。(レグナートって、確か“至宝”の“眷属”やったな。なんちゅう存在と会ってるんや、エステルちゃん……『聖天兵装』のことは一応総長に報告せなあかんな……)」

ケビンは『聖天兵装』について尋ねると、エステルは事情をある程度説明した後、真剣な表情で自分の持つ『聖天兵装』も回収するのかという問いかけに、ケビンはエステルの言葉から出てきた事の大きさに内心冷や汗をダラダラ流しつつ、エステルの懸念を払拭するかのように答えた。

 

「はぁ……ヨシュアに会えると思ったら、もう色々と大変ね。弱音を吐くつもりはないけれど、こんな時にアスベルがいてくれたら……」

「……へ?エステルちゃん、今なんて言うた?」

「え?アスベルのこと?アスベル・フォストレイトといって、同じ遊撃士で、軍人もやってるみたい。父さん以上の実力者らしいの。ヴィクターともこの間の大会で互角に渡り合ったし。ケビンさん、知り合い?」

「いや、知り合いに似た名前の奴がおったから、反応しただけや。(なして第三位“京紫の瞬光”がリベールで遊撃士兼軍人なんかやっとるんや!?っつーことは、第三位に付き添っとる第七位“銀隼の射手”に第三位付の“朱の戦乙女”もおるんか!?……まさか、総長……そないなところにオレを送り込んだのは、ある意味『お仕置き』するためなんか……)」

次々と爆弾発言の如く飛び出すエステルの言葉にケビンは本気で頭を抱えたくなった。第三位“京紫の瞬光”と第七位“銀隼の射手”……守護騎士の中でもトップクラスの事件解決能力を誇るツートップがリベールにいる可能性……それが極めて高いということだ。その可能性にケビンは内心嫌な予感しかせず、体が震えそうな感じだったが何とかそれを抑えた。

 

「とりあえず行きましょ……言っとくけど、ケビンさんのことは全面的に信用してるわけじゃないからね。」

「その言い分は素直に受け入れとくわ。ほな、行こうか。」

エステルの言葉にケビンは尤もであると言いたげに頷き、二人は急いでギルドに戻ることにした。

 

 



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第95話 『お茶会』への招待

~王都グランセル~

 

エステルとケビンは急いで王都に戻ってきたころには日が沈み、辺りはすっかり夜になっていた。

 

「流石に日が暮れちゃったわね。にしても、エルベ離宮の方はどうなっているのかしら?」

「ま、その辺りはギルドの方に連絡が入ってるかもな。オレらも行ってみようや。」

「それもそうね………えっと、さっきはゴメンね。あたし自身のことなのに、ケビンさんに少し当たり散らしちゃって。」

「ええて、ええて。カレシの事で頭ん中がグチャグチャしてたんやろ?誰でも大事な人絡みとなれば焦るのは当たり前やし。気にしてへんから、安心しい。」

先程のことについて謝罪するエステルに、ケビンは笑って気にしていない事を言った。

 

「ありがと、ケビンさん。でも……悪いけど、完全に信用できないっていうのは変わらないからね?」

「あいた、かなわんなぁ。ま、オレの格好自体胡散臭いし、否定できへんしな。それはともかく、ギルドに行ってみよう……ん?」

「どうかしたの、ケビンさん?」

「おや、貴女は……エステル様!」

二人がギルドに向かおうとしたところ、ケビンが何かに気付いたようでエステルが尋ねると……向こうから歩いてくる男性―――フィリップはエステルの姿を見つけると、慌てた様子で二人に近付いて来た。

 

「あれ、フィリップさん?こんなところでどうしたの?」

「ど、どうも。あの、エステル様……どこかで公爵閣下を見かけていませんでしょうか?」

「へ……公爵さんなら今日の昼過ぎにエルベ離宮で会ったきりだけど……どうかしたの?」

エステルが尋ねると、フィリップから彼の仕えている人物―――デュナンの事について尋ねられたのだ。これにはエステルも首を傾げつつ、自分の記憶を思い出しつつ答えた。

 

「夕方街に出かけたきり、城にお戻りになっていないのです。閣下が行きそうな場所は一通り捜してみたのですが……」

「あれ?公爵さんって謹慎中だったんじゃあ……」

「それなのですが……」

フィリップの話によると、今日の夕方に女王陛下から謹慎の解除を言い渡され、城に戻った後の行方が分からなくなったという。もしかしたら離宮に忘れ物の類でもしたのでは……そういう淡い期待を込めてフィリップが離宮に戻っていた時にエステルらと出くわしたのだ。

 

「あんの人は……何こんな時に迷惑かけてるのよ……フィリップさん。あたしはこれからギルドに戻るから、一緒に付いて来てもらえるかな?万が一公爵さんが迷惑をかけてたら、ギルドに連絡が入ってるのかもしれないし。」

フィリップからデュナンの事を聞いたエステルは呆れた後、フィリップに提案をした。この状況からすれば一緒に来てもらう方が心強い……それに、公爵と言えども王家の人間である以上、それ絡みでギルドに何かしらの情報が入ってきているかもしれない。

 

「そ、そうですな……それでは同行させて頂きます。……と、こちらの方は?」

「あ、七耀教会の巡回神父、ケビン・グラハム言いますわ。どぞ、よろしくー。」

「これはご丁寧に。私は公爵閣下の執事を務めてさせて頂いているフィリップと申す者でして……」

「あー、挨拶はあとあと。とっととギルドに戻りましょ!」

そして三人はギルドに向かった。

 

 

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

「エルナンさん、ただい……エ、エルナンさん!?」

エステルがギルドに入って受付を見ると……なんとエルナンが倒れていた。

 

「なんと……!?」

「クソ、そう来たかい!」

エルナンの状態に驚いた三人はエルナンに駆け寄った。

 

「エルナンさん!?エルナンさんってば!」

「呼吸は安定しとる……。どうやら眠っとるみたいやな。この人が王都支部の受付か?」

「う、うん……。……みんな!?」

エルナンの状態を調べたケビンの問いに答えたエステルは嫌な予感がして、2階に向かった。

 

「あ………」

エステルが2階に上がると、全員が倒れていた。

 

「リィン、スコール、ジンさん!それに……サラ、アネラス、ティータ、シェラ姉、クローゼ!」

男性陣は机に突っ伏す形で眠っており、女性陣は本棚の横に倒れこむような形で眠らされていた。

 

「あっちゃあ……。全員やられたみたいやね。どや、無事そうか?」

「う、うん。ただ眠ってるみたいだけど……。一体全体、どうなっちゃってるのよ~!?」

「ふむ、どうやら一服、盛られてしまったようですな。皆さん、急に睡魔に襲われ崩れ落ちたように見受けられます。」

「た、確かに……」

「おお、鋭いですやん。」

フィリップの推測にエステルとケビンは感心した。

 

「………(えっと……まさか、ね。)」

「エステルちゃん?どうしたんや、急に難しい顔して?」

「あ……ううん。って、テーブルの上に手紙……これって、あたしが貰った手紙と同じ封筒!?」

「なっ……この封筒、オレが貰ったやつと同じやな。エステルちゃん、それの中身は?」

「うん、今読んでみる。」

エステルはこの事態に妙な引っ掛かりを感じ、ケビンはエステルの様子を不思議がって首を傾げるが、エステルはとりあえずこの状況の把握が先だと改めて思い、辺りを見回す。すると、エステルは自分がレンからもらった手紙と同じ封筒であることに驚いた。それを見たケビンも驚いたが、エステルは封を開けて中身を確認した。

 

 

―――娘と公爵は預かった。返して欲しくば『お茶会』に参加せよ。

 

 

「なんやて……!?『お茶会』の場所はやっぱり王都やったか……!!」

「そんな……!?」

驚くケビンとフィリップ……だが、それとは対照的にエステルのほうは冷静だった。ヨシュアを取り戻すためにエイフェリア島で受けた訓練……そして、ロレントでの『一件』以降、自分の中でも“不思議と”落ち着いた感覚……それらのことがエステルにこの事態を見つめることに繋がっていた。

 

「……(この手紙とレンから貰った手紙……それと、テーブルの上にあるお茶と菓子類……)」

この状況を作り出した人間…手練れともいえるエルナンまで眠らされたこと…少なくとも、部屋が荒らされた形跡などなく、王家の人間であるクローゼを狙ったのではないことから外部の人間ではない。確かにレンはギルドの建物にいないものの、自分の身の危険が迫ればふらりと姿を眩ませることぐらいするだろう。彼女は『かくれんぼ』が得意なのだと自負していたのだから……

 

「(それと、以前会った時は気付かなかったけれど……一瞬だけ、ヨシュアと同じ感覚がしたのよね。)」

それは、ヨシュアから渡されたという手紙を受け取った時……あの時は、ヨシュアのことで考える余裕もなかったが、今思えばヨシュアの名前が出た時に、ほんの少しだけ感じた“負の塊”。

 

考えてみれば、同年代のティータや、かつての自分を比べると、それに匹敵すると思われる行動力…ティータの場合はラッセル博士の影響、自分の場合は親友兼師匠のレイアの影響を受けているが…周りから“おかしい”とまでいわれたバイタリティ……王都中を駆け巡っても疲れ一つ見せない体力を彼女が持っていること自体“異常”なのだと。

 

(………恐らく、あの子も……ヨシュアと同じなのかもしれない。)

レンの両親の事はともかく、彼女はごく一般的な“普通”ではなく、エステル自身の“普通”に比肩しうることからすると……レンは一般的に語られる“普通”の少女ではない。そこから考えうる“可能性”に思い当たる……『身喰らう蛇』の『執行者』。その可能性を。

とりあえず、エステルはその手紙の内容を見て事態を察し、申し訳なさそうな表情でフィリップに話しかけた。

 

「ごめん、フィリップさん。ひょっとしたら、公爵さんもとばっちりを受けたのかも……」

「いえ、そうとは限りますまい。仮にそうだとしても、こんな時間まで1人きりで遊び呆けている閣下ご自身の責任です。ですのでエステル様、ご自分を責めないでください。」

「そうやで、エステルちゃん。まずは手紙の『お茶会』が何なのか突き止めるのが先や。」

「う、うん。」

ある意味二人に元気づけられたエステルは『お茶会』を突き止める為に手紙を読み直した。

 

「そういえば『お茶会』って特務兵の残党の話が出たときにエルナンさんが言ってたような………って、ケビンさん。さっき手紙を読んだとき、『やっぱり王都やったか』とか言ってなかった?」

「なんや、聞こえてたんか。んー、実はちょっとした事情があるんやけど……」

「……その事情は私から説明させてもらおう。」

ケビンが事情を話そうとしたその時、クルツとカルナ、グラッツが下から上がって来た。

 

「お、ナイスタイミングや!」

「へ……クルツさん!?カルナさんにグラッツさんまで!?」

「久しぶりだね、エステル。ずいぶん大変なことになっているみたいじゃないか?ケビンさん、お互い間に合わなかったようね。」

「ええ、面目ないですわ。」

「ど、どうしてクルツさん達がここに……それになんでケビンさんと話が通じちゃってるわけ?」

ケビンと知り合いの様子のクルツらに驚きつつも、エステルは双方の関係性について尋ねた。すると、グラッツが事情を説明した。

 

「俺らが特務兵のアジトを発見したのはエルナンの奴から聞いていると思うが……ちょうどその時、コイツと知り合ってな。消えた残党の捜索に今まで協力してもらってたってわけだ。」

「そ、そっか……だからケビンさん、こっちの事情に詳しかったんだ。」

「へへ、そういうことや。」

「やれやれ……まったく、大変なことになっちまったな。」

その説明を聞いた後に聞こえた声……その特徴的な声に聞き覚えがないはずなどない……エステルがその方を向くと……

 

「アガット!?ギルドにいたはずじゃあ……」

「ああ……あの後情報整理をしようとした時に急遽依頼が入っちまってな。さっき終わってギルドに戻ってきてみればこの有り様……驚きというほかねえが。」

何でも、公国大使館から物品の調達依頼が入り、少し気がかりがあったアガットはそれを振り払うような形で依頼を引き受け、今しがた戻ってきたことを明かした。

 

「さっき確かめたが、通信機は使えなくなっちまってるようだ……って、アンタ!?」

「……無粋ながら、上の通信機も調べさせてもらった。どうやら部品が抜き取られていたみたいだね。やれやれ、相当念入りにやられたかな。」

「オリビエ!?」

そこに、3階から降りてきたオリビエがやってきて、予備の方も使えなくなっていることを伝えた。

 

「おや、エステル君。愛しの姫君とは再会できたのかな?」

「姫君って間違ってはいないけれど……って、今はそれどころじゃないでしょ。」

「解っている。実はエステル君たちと入れ違いになる形でクローディア姫と僕も戻ってきてね……エステル君、君はあの子の事をどう思った?」

「え?うん……まともじゃないと思っちゃったかな。」

「その懸念は正解だ。実はね……」

いつもは中々見せない真剣な表情を見せるオリビエ……彼は、エステルが出た後のことを思い出しながら呟いた。情報交換の際にレンが買ってきたと言っていたお茶とクッキー……それを口にしたが、オリビエはほんの軽く頂いた程度にして、用事があると言って3階に上がり、其処で睡魔に襲われた。ほとんど口にしていなかったためか数分程度意識を手放す程度だったが……微かに意識を取り戻した時……その際に、レンの言葉を聞いたという。

 

 

―――お兄さんも―――みたいね……これで、『お茶会』への準備は整ったわ♪さて、レンも行くことにしようっと。

 

 

「………」

「………それ、ホンマなんか?」

「こればかりは本気だと言わせてもらおう。尤も……エステル君とアガット君は逆に納得しているようだけれどね。」

「へ?」

唖然とするクルツやケビン達……とても少女のすることではないと思いオリビエに疑問を投げかけるが、オリビエは表情を崩さずに答えつつ、エステルらの方を見た。

 

「考えてみたら、ヨシュアがあたしと家族になったのはレンと同じぐらいの年だった……これだけ広い王都を息切れもせず、疲れも見せず、平然と歩けることが普通じゃないのよ。」

「あのガキの痕跡が全くなかったってこともそうだが……実は、公国大使館で両親の行方が判明した。オレド自治州……しかも、一週間前から滞在し、本人らにも確認は取ったらしい。『この一週間、リベールには行っていない』とな。」

彼女の持ちうるバリタリティ、そしてリベールには滞在していないというヘイワース一家……となると、あの少女―――レンの言っていることに信憑性が全くなくなってしまうということに繋がる。

 

「ふむ……カルナ、グラッツ。二人はエルベ離宮に行ってほしい。恐らく、軍としては連絡が取れないことに違和感を覚えているだろう。」

「あいよ。」

「解った。」

「そして…エステル君、私がサポートに入ろう。その手紙の信憑性はともかく、公爵が攫われた可能性がある以上、見逃せないからね。」

「うん、お願いします。クルツさんのサポートがあれば百人力ね。」

『お茶会』……そして、ギルドに残された『手紙』を見てクルツは考え込み、カルナとグラッツにエルベ離宮へ『伝令』ということで頼み、エステルに対してサポートに入ることを伝えた。

 

「アガット、オリビエ。二人にも協力をお願いしたいけれど……」

「無論だ。ガキに躾ぐれえしとかねえとな。」

「その問いかけは無粋というものだよエステル君。困っている人に愛の手を差し伸べるのは、愛の狩人を名乗る僕の義務なのさ。それに、悪戯好きな仔猫ちゃんには相応の礼をしなければいけないからね。」

「何調子のいいことを言ってるんだか……フィリップさんは悪いんだけどギルドで待機していてくれる?公爵さんは必ず取り戻すから。」

「……かしこまりました。待機している間、皆さんの介抱をさせて頂きましょう。どうか閣下をお願いします。」

そしてエステル達はギルドを出た。

 

 

~エルベ離宮 紋章の間~

 

「現在、周遊道北西エリアで第1、第2小隊が展開中。まもなく包囲が完了します。」

「南東エリアでは特務兵数名がロマール池のさらに向こうに逃亡中。第3、第4小隊が追撃を続けています。」

「ご苦労。現状を維持しつつ両集団の確保に努めてくれ。」

「は!」

一方、エルベ離宮ではリアンが各地の状態について兵士から報告を受けていた。リアンの指示に敬礼をした兵士達はそれぞれの持ち場に戻った。

 

「しかし解せませんねぇ……一体、何を考えているのやら。まさか、陽動のつもりですかね?」

兵士達が去った後、リアンの傍に控えた副官は特務兵達の行動がわからず、リアンに尋ねた。だが、リアンはその可能性に触れつつも答えた。

 

「陽動にしては詰めが甘い……仮に彼らの狙いがグランセル城だとしても、あそこには一個中隊を配備している。それと、『あの四人』も城にいる。我々をここに留めたところで彼らに制圧するのは完全に不可能だ。それとも、我々の知らない『切り札』が彼等にあるというのか……?」

「切り札、ですか?」

「失礼します!」

リアンの推測に副官が首を傾げたその時、一人の兵士が入って来た。

 

「どうした?」

「要塞司令部への連絡は完了。ただ、遊撃士協会の王都支部への連絡ですが……何かトラブルでもあったのか先方に通じない状態です。」

「なに……?」

兵士の報告にリアンは首を傾げた。確かに特務兵らは遊撃士らに辛酸を舐めさせられた形だが、ギルドが襲撃されたという報告は未だに入ってきていない。だが、音信途絶状態のギルドの事を聞き、リアンは考え込んだ。

 

「……中佐、いかがしますか?」

「ふむ、そうだな………念のため、『保険』をつかわせてもらうか。副長、ここは任せる。私はしばらく通信室に詰める。」

「了解しました。して、どちらに連絡を?」

「もう一度、要塞司令部だ。」

そしてリアンは通信室に向かった。

 

~通信室~

 

「―――以上が現在の状況です。」

『成程な……エルナンが何らかのトラブルに巻き込まれたか、通信機が使えない状況にある……もしくはその両方か。』

「恐らくはその可能性が高いと思われます。ですが、襲撃の報告は入ってきておりません。仮にそうだとすれば、真っ先に『彼等』が動きますので。」

リアンの報告に考え込み、推測する人物―――軍のトップであるカシウスはその考えをリアンに伝えると、彼も納得した表情でカシウスに返した。

 

「報告のあった“ゴスペル”の実験……このグランセル地方で行われていない以上、そのことも考える必要があるかと。」

『それに関してはアスベルから連絡があった。こちらの『保険』を使うことと、うちの娘やアガットが『切り札』を持っているとのことらしい。それと……ギルドに関しては、全員が眠らされていたそうだ。』

「成程……」

『ギルドにはフィリップ殿がいるとのことらしい。あと、幸か不幸か娘とアガットの奴はその場に居合わせていなかったらしい。俺としては、親として安堵すべきか、その運の良さに苦笑すべきなのか……』

「心中お察しいたします、カシウス准将。」

リアンの言葉にカシウスはため息が出そうな感じで答えた。自分の身内の人間がその切り札を持っていることに正直ため息しか出てこないのは言うまでもないが……

 

『……例の戦車、まだ見つかっていないらしいな?』

「ええ……まさか」

『可能性は大きい。戦力差の在りすぎる状態をひっくり返せるだけの“要素”……連中が『オルグイユ』を持ち出す可能性はある。しかも、運の悪いことにオーバルエンジンのサンプルが波止場にある……急いでほしい。』

「……解りました。城には私から連絡をしましょう。」

『ああ、頼む。』

彼等の行動……それがある意味筒抜けの如く交わされた通信。リアンはカシウスや城にいる部隊との通信を終えると、持ち場に戻って兵士らに指示を出した。

 

一方その頃、エステル達はギルドを出た時、エステルらのタイミングを見計らったかのようにジークが現れ、エステル達を案内するようにどこかにゆっくりと飛んで行ったので、エステル達はジークを追った。

 



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第96話 オルグイユ

波止場についたエステルらは軍用犬の襲撃を受けるが、難なく退け……そして、倉庫に着くと……特務兵が倉庫番に襲い掛かろうとしたため、これも打ち倒した。

 

~波止場 倉庫~

 

「ま、まあいい。これで時間は稼げた……あとは大尉殿にすべてをお任せするだけだ……」

「え………」

他の特務兵達が倒れている中、一人の特務兵が呟いた事にエステルは驚いた。彼等の存在自体が『時間稼ぎ』だということに……

 

「じょ、情報部に栄光あれ……」

「ちょ、ちょっと!?」

「アカン、気絶してもうた。」

エステルは今呟いたことを問いただそうとしたが、ケビンは特務兵の状態を調べて、溜息を吐いた。『お茶会』の意味も解らないだけでなく、『時間稼ぎ』の意味すらも解っていない……謎が解るどころかさらに深まったのは言うまでもないことだろう。

 

「ねえ、オリビエ。『大尉』ってもしかして……」

「間違いないだろうね。君が思っている人物……武闘大会で出会ったリシャール大佐の副官らしき人物の事だね。」

「うん。カノーネ大尉ってことね。」

呆れた表情をしているエステルの確認にオリビエは真剣な表情で頷いた。リシャールの副官的存在であるカノーネ・アマルティア大尉……彼女の行方に関しては、クーデター事件時に封印区画で出会った時以来行方知れずであった。その人物がこの王都にいるということだろう……

 

「あんたたち……本当によく来てくれた!」

「ありがとう……君たちは命の恩人だよ。」

エステル達が相談しているその時、倉庫番達が近寄ってお礼を言った。

 

「えへへ……どういたしまして。あれっ……ああっ!」

「どうしたんだ、エステル?」

「なんかゴツそうなオーブメント装置やねぇ。何に使うもんなんや?」

エステルはそこにあるものの違和感に真っ先に気付き……機械に近寄ったエステルにアガットは尋ね、ケビンは機械の正体を尋ねた。

 

「アルセイユ用に開発された高性能のオーバルエンジンよ!確か3つあったはずなのに……」

ケビンの疑問にエステルは焦った表情で叫んだ。レンを探していた時、グスタフ整備長がエンジンを運んでいたのを思い出しつつ、数が足りない事を言った。今ここにあるのは1基だけ……その疑問に倉庫番の人が答えた。

 

「ああ、こいつらの仲間が運搬車で持っていったんだ。この先にある波止場の方に……」

「あ、あんですって~!?」

倉庫番の答えにエステルは声を上げた。ここにある……あったエンジンは『アルセイユ』に搭載されている代物……正確にはかつて搭載していた物というべきなのだが、それを2基使う代物……その時点で嫌な予感しかせず、エステル達は波止場へ急いだほうが無難と考え、急ぐことにした。

 

「嫌な予感がするな……波止場に急ごう!」

「ああ!」

「了解した。」

「よしきた!」

そしてエステル達は先を急いだ。

 

 

~波止場 最奥部・倉庫前~

 

「フン、やはり来たわね。」

エステル達が奥に到着するとそこにはカノーネと複数の特務兵、そして特務兵に拘束されたデュナンがいた。各地に出現した特務兵は囮であり、狙いは初めから王都であったようだ。

 

「やっぱりあんただったのね……カノーネ大尉!」

「フン、元大尉ですわ。犬どもが騒がしかったからもしやと思って出てみれば……遊撃士というのはよっぽど鼻が利くみたいね。」

「なめんじゃないわよ!あんな真似をしておいて!」

「何を言ってるのかしら?私はただ、公爵閣下の王位継承をお手伝いするだけ。部外者はすっこんでいなさい。」

自分を睨み、怒鳴るエステルにカノーネは不敵な笑みを浮かべて答えた。

 

「公爵さん!?あんたまた馬鹿なことを……」

「だ、誰がこのような無謀な計画に荷担するかっ!こ、こやつらは私のことを利用しようとしているだけだ!」

カノーネの答えに驚いたエステルはデュナンを信じられない表情で見たが、デュナンは心底嫌そうな表情で否定した。見るからにそれは演技などではないということをエステルらが悟るのにさほど時間はかからなかった。

 

「うーん、何か本気で嫌がっとるみたいやねぇ。」

「となると、彼女らの独断ということだな……」

「カノーネ・アマルティア元大尉、いい加減本音を言ったらどうかな?本当の目的はリシャール大佐の解放ではないのかね?」

「ええっ!?」

ケビンとクルツはデュナンの状態を見て呟き、オリビエの推測にエステルは驚いた。

 

「行方知れずの特務兵ら、城に届いた陳情……それと、極右勢力が口を閉ざされている状況……それから鑑みれば、その筆頭であるリシャール大佐を釈放させようとするだろう。潜むということは、『そういったこと』への意思表示という他ないだろうしね。」

オリビエの意見は正論だろう。軍の呼びかけに対して素直に投降しなかったということは、再び同じようにクーデターを企むという意思の裏返し……城への陳情に関しては、そういったところを見せることで、リシャールへの道場を煽ろうとする目論見もあったに違いない。

 

「うふふ、そこまで判っているなら話が早い……―――これより『再決起作戦』を開始する!あなたたち!2分間だけ持たせなさい!」

「イエス・マム!」

そしてカノーネは特務兵達に指示をした後、数名の特務兵達と倉庫の中に入った。

 

「こら、待ちなさいよ!公爵さんはともかくレンは解放してくれても……」

「大尉殿の決意と覚悟、邪魔させるわけにはいかん!」

「来い、ギルドの犬ども!」

「こ、この~っ……」

「いい度胸だな……エステル、こいつらに労力と時間を費やすだけ無駄だ。少し下がってろ。」

エステルはカノーネを追いかけようとしたが、特務兵に阻まれ、武器を構えた……だが、アガットはため息をついてエステルを制し、後ろに下がらせると……背負っていた武器を構えた。

 

「ほう、我々相手に一人でかかってくるとはな……命が惜しくないと見た。」

「とんだ大馬鹿者もいたものだ……」

その姿勢に嘲笑う特務兵たち……

 

「エステル君、私達も加勢すべきではないのか?」

「せやな。流石に向こうも手練れのようやし……」

クルツとケビンもアガットの振る舞いには流石に焦りを感じ、手助けしたほうがいいのではないかと声をかけた。だが……

 

「あ~あ……あたし、知~らないっと……」

「???」

『事情』を知るエステルの言葉に、首を傾げるオリビエ。その言葉の意味は、その後にすぐさま理解した。

 

「……来いよ。」

「貴様……ギルドの犬如きが偉そうに!!」

口元に笑みを浮かべて手招きしたアガットの挑発に業を煮やした特務兵の一人が斧を振るうが、

 

「おせえよ。そらあっ!!」

「ぐあっ!!」

何と、アガットは振るわれた斧の上から叩き伏せるように剣を振るい、その反動で特務兵は吹き飛び……倉庫の壁に打ち付けられた。その光景に他の特務兵は動揺したが……

 

「どうした?あのロランスに鍛えられた連中がそんな様たぁ……情けねえな。」

「貴様っ……犬如きが調子に乗るな!!」

白兵戦主体の特務兵が爪付の手甲を振るい、アガットに襲い掛かる。

 

「犬如きねえ……なら、その犬に負けるアンタらは犬未満ってこった、なっ!!」

「は………なぁっ!?ぐはっ!?」

それすらも見えたアガットは返す刀の如く剣を振るい、爪を叩き折った。その光景を目の当たりにした兵士は夢でも見ているかのように焦燥の表情を浮かべたが……次の瞬間には、先程の特務兵と同じように、倉庫の扉に打ち付けられていた。

 

「さて、俺も今日ばかりは虫の居所が悪いんでな……これでおわりだっ!!」

アガットは残る特務兵らに向かって走り出し……飛び上がり、重力の慣性に従うかの如く剣を地面に向かって振り下ろす。

 

「ぎゃあああああっ!!!」

アガットの新しいクラフト……地面に剣撃を叩き付け、その衝撃波で相手を吹き飛ばすと同時にダメージを与える『グラウンド・バースト』によって、残った特務兵らも吹き飛び……最早彼らに戦闘する気力すら残っていなかった。

 

「……エステル君、アガットはいつの間にこれほどまで……」

「何でも、相当訓練を積んだみたいなのよ。父さん直々に鍛え上げてたみたい。それに、一人でレーヴェ相手に勝ったしね。」

「ハハ、それは頼もしいやっちゃな……(レーヴェと言うたら、確か『結社』の『執行者』“剣帝”……姉さんですら何とか引き分けに持ち込んだとか言うその御仁に勝ったって……この国の遊撃士、騎士団どころか“守護騎士”に匹敵するとちゃうんか?)」

冷や汗を流しつつ尋ねたクルツにエステルはそう答え、それを聞いたケビンは内心青ざめた感じでこの国の遊撃士のレベルの高さ……下手すれば“守護騎士”ですら簡単に捻ってしまうのでは……という懸念を抱きつつ、衝撃を感じずにはいられなかった。

 

「く、くそっ……」

「何て奴だ……」

「往生際が悪いわよ!ほら、とっととどきなさい……」

エステル達の攻撃によって蹲って呟いている特務兵達にエステルは怒鳴ったその時、特務兵らの後ろにある建物―――倉庫の扉が突如内側からへこんだ。

 

「わわっ……」

「な、なんや!?」

「まさか……これが設計図の……」

「ははは……間に合ったようだな……」

「じょ、情報部に栄光あれ!」

そして扉が何かによって吹っ飛んだ―――中から姿を見せたのは戦車。それも、かなりの重装甲を有し、火力に関してもそれなりのものを搭載していそうな雰囲気を出していた。

 

「せ、戦車……!?」

「これが『オルグイユ』……成程、あの場所にあった設計図はこれということか。」

「ご明察。どうかしら……この『オルグイユ』は?情報部が独自に開発していた最新鋭・高機動の導力戦車よ。火力はエレボニア製戦車の2倍―――ほぼ警備飛行艇に匹敵するわ。」

オルグイユを見て驚いているエステル達に戦車のハッチの中からカノーネが出て、勝ち誇った笑みで答えた。つまり、クルツ達が見つけたのはこの戦車―――『オルグイユ』の設計図だったということだ。

 

「ふむ……ラインフォルト社製のよりも遥かに重装甲……となると、火力に関しても、あながち嘘ではないみたいだね。」

「ム、ムチャクチャだわ……」

冷静にそのフォルムを見てオリビエは感想を述べ、エステルはその形に驚きと呆れが交錯したような言葉を述べた。

 

「これを動かせるだけの高出力なエンジンがなかったので、完成一歩手前で保管されたけど……まさか『アルセイユ』の新型エンジンが手に入るなんてね。うふふ、空の女神はわたくしに微笑んだみたいね。」

「ちょ、ちょっと……そんなものを使って何をするつもりなのよっ!?」

勝ち誇った笑みを浮かべて語るカノーネに、エステルは睨みながら何を企んでいるかを尋ねた。いや、この時点である程度の予測は出来ている……その予測は当たりだとでも言わんばかりにカノーネは高らかに言い放った。

 

「言ったでしょう。公爵閣下の即位を手伝うと。そのためには女王陛下に認めていただかなくてはねぇ。」

「ま、まさか……」

「狙いは城の女王様!?」

「ははは!今ごろ気付いても遅いわ!この『オルグイユ』ならたやすく城門も粉砕できる!城詰めの部隊も敵ではない!お前たちはせいぜい指をくわえて見ていなさい!」

そしてカノーネはオルグイユの中に入り、オルグイユを進ませた。自分達を轢くつもりで進んできたオルグイユに対して、エステルらは間一髪でかわした……そして、エステルらは城へと移動するオルグイユを急いで追った。

 

「ふふ……完全に引き離せたようね。このまま城を占拠して女王陛下を拘束できれば……な……!?」

安堵しきった表情のカノーネを突き崩すかの如く放たれた砲弾。突然の攻撃にカノーネは驚いて、攻撃が来た先を見た。そこには―――

 

「ふう……どうやら間に合ったようだな。」

ユリア率いる親衛隊達が大砲らしき導力の大型武器を設置して待ち構えていた。

 

「お、王室親衛隊……!それに……ユリア・シュバルツっ!」

「久しぶりだ、カノーネ。まさかお前とこんな場所で相見えることになろうとはな。」

「あなたたち……どうしてここに!?レイストン要塞で飛行訓練をしていたのではなくて!?」

ユリア達の登場にカノーネは驚いて尋ねた。王国軍はもとより、王室親衛隊の動きは全て把握していた。その動きのイレギュラーさにはさしものカノーネですら動揺を隠せずにいた。その問いかけに答えるかのごとくユリアが言葉を発した。

 

「リアン中佐から緊急の応援要請があってね。どうやらグランセル市街で変事が起こるのを読まれていたらしい。そこで我々が飛んで来たわけさ。」

「くっ……ただの昼行灯かと思えば……」

「中佐はリシャール大佐と同じくカシウス准将の元部下だからな。侮ったお前のミスということだ。」

マクシミリアン・シード……その実を知るのは、軍の中でも女王陛下やアスベルらを除けば、カシウス・リシャール・モルガン……そして、ユリアだけであった。そういった意味では、リシャールがカノーネにリアンのことを話していなかったからこそ、不意を突く形に持って行けただけに過ぎない。

 

「どうやらそのようね……。それで、あなた達。何をしようというのかしら?」

「なに……?」

「アルセイユに搭載された移動式の導力榴弾砲……。そんなものでこの『オルグイユ』に対抗できるとでも思って?」

眉を顰めているユリアにカノーネは不敵な笑みを浮かべて尋ねた。戦車相手に心許無い代物……たかが榴弾砲如きで何ができるのか、と。それを使って本気で対抗する気でいるのかと。

 

「対抗できぬまでも足止めくらいはできるさ。じきにリアン中佐の部隊もこちらに到着するはずだ。投降した方が身のためだぞ。」

「うふふ……。アーハッハッハッ!」

「……なにがおかしい。」

突如笑い出したカノーネをユリアは訝しがった。

 

「相変わらずね、ユリア……。真っ直ぐで凛とした気性は士官学校の頃のまま……昔から顔を合わせるたびにいがみ合ってきたけれど……。わたくし、あなたのそういう所は決して嫌いではなかったわ。」

「カノーネ……それは私の方も同じだ。」

士官学校時代に幾度となく顔を合わせてきた二人……得意とする分野や配属されることとなった部隊の違いはあれど、その実力は互いに認め合っていた。だが、片や王室親衛隊の中隊長……もう一方は、国家の反逆者……互いに国を思うが故に、対立する構図となったこの状況に、最早言葉など意味を成さない。

 

「でもね……。リシャール閣下の解放を邪魔するなら容赦しないわ!」

「!!仕方ない……。1番、2番共に発射用意!戦車の足を止めるぞ!」

カノーネの固い決意に説得を諦めたユリアは親衛隊員達に指示をし、親衛隊員達が導力榴弾砲にエネルギーを充填し始めた。

 

「撃て――」

ユリアが号令したその時、オルグイユに装着されてあった『ゴスペル』が妖しく輝き、ユリア達の周りの導力が全て停止した。

 

「な……!?」

「だ、だめです!機能停止しました!」

「くっ……導力停止現象か!?だが、そんな事をすれば肝心の戦車だって……」

導力が停止した事に焦ったユリアはオルグイユを見たその時、オルグイユは周りの導力が停止しているにもかかわらず動き始めた。

 

「ば、馬鹿な!どうして動ける!?」

そしてオルグイユは砲弾や高出力の導力を放って導力榴弾砲を破壊し、銃弾をユリア達に向けて連射して放った。銃弾を受けたユリア達は傷つき、跪いた。

 

「周囲の導力器を停止しながらも接続した機体は動かせるユニット……うふふ……予想以上の力ですわね。」

「くっ、カノーネ……。その『ゴスペル』はいったい……」

「うふふ、ある筋から入手したのよ。『実験』を手伝うのと引き換えにね。」

『ゴスペル』の想像以上の力に感激するカノーネ……導力停止下でも動いている『オルグイユ』のことも疑問に思うが、ユリアはカノーネが何故『ゴスペル』を手にしているのかを尋ねると、カノーネはぼかしつつ答えた。

 

「な、なによあれ!?」

「新型ゴスペルの実験……!チッ、こんな形でやるとは!」

一方オルグイユを追い掛けて、到着し、状況を見たアガットは驚いた。『結社』の実験をこのようなかたちでやるとは思わなかったことが裏目に出てしまったようだ。

 

「ちっ……マズイな。アレが動いている間はアーツの類も使えへん……待てよ。エステルちゃん、君の持っとる『力』は使えるか?」

「え?……うん、いけそう。」

ケビンはこの状況の打破を考えていた最中……エステルが言っていた言葉を思い出し、彼女に問いかける。エステルは確認するかのように意識を集中させ……問題なく使えることをケビンに伝えた。

 

「(この状況下でも使える……『聖天兵装』がアーティファクトやないとすると、騎士団でもノータッチにせなあかんな……こんな前例聞いたこともないで)なら、エステルちゃん。頼めるか?」

「オッケー。」

「私は念のために待機しよう。」

「僕は大人しく待機しておくよ。銃が使えないとなると演奏位しか取り柄がないからね。」

「なら、俺も加わろう。エステル、俺がアイツの気を引き付けるから、一気に近づいてぶっ壊せ。」

「了解したわ、アガット」

導力を用いない『聖天兵装』にケビンはその対応に頭を悩ませつつも、今はその突破口であるエステルに頼み、クルツとオリビエは後方に回り、アガットはエステルの行動をサポートすることにした。

 

「さて……『砲炎撃剣』解放!穿て、焔獄の柱!!」

アガットの叫びに呼応し、『レーヴァテイン』に内蔵された『ブレイドカノン』が煌き、『オルグイユ』の周囲に炎の柱を立ち昇らせ、動きを封じた。

 

「なっ!?」

「エステル、今だ!」

「解ってるわ!はあああああっ……!!」

動揺するカノーネ……『オルグイユ』が動きを止めたことにアガットはエステルに指示を送り、彼女は一目散に目標物―――『ゴスペル』に向かって走り出した。

 

「元凶を砕け、とうりゃああっ!!」

そして、自分の持てる膂力と武器―――ヘイスティングズと『ゴスペル』がぶつかる。そして、その瞬間を見逃さずエステルは更なる力を解放する。

 

「『聖天光剣』……解・放!!」

エステルの想いに呼応するかの如く光り輝く彼女の武器。その光は『ゴスペル』に罅を入れ……そして、『ゴスペル』は次の瞬間には完全に砕け、周囲の導力が正常に稼働し始めた。

 

「うん、やったわ!」

「し、信じられん……」

「こ、小娘如きが、一体何のトリックを……しかし、この『オルグイユ』は健在であることに変わりはないわ!」

笑顔を浮かべるエステル、彼女が為したことに夢でも見ているような錯覚を覚えたユリア、そして『ゴスペル』が壊されたことに憤りつつも、『オルグイユ』はまだ動けることを確認してエステルに攻撃をかけようとした。

 

だが……『オルグイユ』から聞こえてきたエンジンの唸り。それが突如として消え……その直後には『オルグイユ』が完全に停止した状態となった。

 

「え?」

「これは……」

「一体どうなって……」

その様子に首を傾げるエステル達……

 

「一体どうなっていますの……くっ、かくなる上は!!」

この状況はカノーネですら予想外だったようで、オルグイユから出て来て、カノーネに続くように特務兵達も出て来た。

 

「隠れている同士達よ!全員出てきなさい!!」

「なっ……まだこんなにいたの!?」

「これは、流石にまずい状況だね……」

「ああ……」

「チッ、俺らだけならともかく……」

更に、カノーネが叫ぶとさらに複数の特務兵達がさまざまな所から現れ、エステル達を囲んだ。その状況はエステルらに不利となったその時、

 

 

―――風巻く光よ、わが剣に集え。

 

 

思わぬ形での『援軍』が姿を現した。

 

 

「二の型が奥義―――風神烈破!!」

特務兵の包囲を崩すかのごとく吹き荒れる剣撃の暴風……その中心にいたのは、エステルらがよく知る人物だった。

 

「よっ、エステルにアガット、オリビエにクルツさん。……それと、懐かしい顔ぶれが色々いるな。」

「アスベル!」

頼もしき援軍―――“紫炎の剣聖”アスベル・フォストレイトの姿にエステルは声を上げた。さらに……

 

 

「―――泣いたところで、許してあげません!トリリオン・ドライブ!!」

 

「―――巻き起こすは暴風!クリムゾン・フォール!!」

 

「―――七耀の顕現せし力、刃となりて敵を貫け!ミラージュ・ストライク!!」

 

特務兵の包囲を難なく吹き飛ばす三人………“霧奏の狙撃手”シルフィア・セルナート、“紫刃”改め“赤朱の槍聖”レイア・オルランド、“紅隼”改め“紅氷の隼”シオン・シュバルツの姿だった。

 

「これは、頼もしい援軍だね。」

「だな。」

「そのようだな……」

「ハハハ……(やっぱりこの国におったんか……)」

彼等の姿を見たオリビエとアガットは珍しくも揃って彼らの頼もしさに安堵を浮かべ、クルツも彼らの実力を知る者として安心した表情をし、ケビンはシオンを除く三人が自分の“身内”であり、彼らが自分の予測通りこの国にいたことに対して内心青ざめつつ、もはや乾いた笑いしか出てこなかった。

 

「カノーネ。『彼等』も出て来た以上、お前の勝ち目は完全にない。それでもまだ、戦うか?」

「当り前よ!ユリア!遊撃士ども!これで最後よ!いざ尋常に勝負なさい!」

ユリアに尋ねられたカノーネは怒鳴って否定し、銃を構えた。

 

「戦車まで持ち出してきておいて、ムシがいい気がするけど……いいわよ!やってやろうじゃない!」

「お前との決着を付ける時が来たようだ………行くぞ、カノーネ!」

そしてエステル達はカノーネ率いる特務兵達との戦闘を始めた。

 

 




ここで、ようやくアスベルらの登場です。

次回は戦闘編になるのですが……とりあえず、カノーネ。次の出番までおやすみ(黒笑)

そういえば、閃Ⅱ公式が更新……トヴァルに加えてクレアサブキャラ!?いやっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!(超絶歓喜)


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第97話 『お茶会』の幕引き

~王都グランセル 波止場~

 

アスベル、シルフィア、レイア、シオン……四人の加勢で、形勢は一気にエステルの方に傾いた。

 

「いきなさい!」

「はっ!!」

カノーネの命令により、銃を持つ兵士らがエステルらに向かって銃弾の雨を浴びせようと攻撃を仕掛ける。

 

「各員、散開!一気に蹴散らすぞ!!」

「了解!!」

アスベルの号令に皆が頷いて士気を高め、銃撃をかわすように散らばる。

 

「それでは、奏でるとしよう……僕の愛は君らのような輩すら上回るのだと!」

オリビエが相手の出方を挫くように銃を放ち、特務兵の動きを鈍らせる。

 

「方術―――速きこと電光の如し!」

そして、クルツは新たに習得した味方の移動距離と速度を向上させるクラフト『方術・速きこと電光の如し』を発動させ、更にオーブメントを駆動させ始めた。

 

「くそっ!!」

「アーツを発動されては厄介だ……後衛から潰すぞ!」

特務兵らはクルツを狙いに定めたが……

 

「そうは問屋がおろさへんで!フレアバタフライ!!」

インターセプトする形でケビンがあらかじめ準備していたオーブメントが駆動し、アーツが撃ち込まれる。

 

「くっ!教会の神父風情が!!」

「神父風情で結構や。尤も……アンタらの運命は決まったようなものやけどな。」

「一体何を言って……」

悪態をつく特務兵だったが、ケビンは少しも動揺せずにあっさりと言い切った。その言葉に疑問を感じた特務兵だが、その次の瞬間にその意味を図らずも知ることとなった。

 

「ケビン君、感謝する。ライトニング!」

「ぎゃあああっ!?」

すかさずクルツから放たれた風属性のアーツに特務兵らは悲鳴を上げた。

 

「オリビエ君、とどめをお願いしよう。」

「エステル君の先輩とも言える君の頼みとあらば断る理由もない……君ら相手にこれを贈るのは無粋ではあるが、奏でさせてもらおう!」

クルツの呼びかけに、オリビエは懐から今まで使っていた物とは異なる意匠―――黒主体に赤金の装飾が施された導力銃を取出し左手に構え、右手には白金色主体に金の装飾が施された銃……それを構えると、特務兵らに向けて走り出しつつ銃撃を浴びせる。

 

「舞い踊るは奇蹟の顕現……奏でるは無限の協奏曲!」

さらには、明後日の方向に打ち出される銃弾……それは突然光り出し、敵の周囲を取り囲むかのように七つの魔法陣を顕現させると共に、オリビエは敵陣のど真ん中に布陣する形で二丁の銃を左右に向けた。銃口の前に展開された魔法陣はオリビエを守るかのように回転を始め……そして、彼の狙いは七つの魔法陣―――オリビエが考え出した新しいクラフト……『演奏家』として、そして『皇族』である身分の自分として……これから彼が戦う相手への決意を形にした、『銃撃の軌跡』―――オリビエは高らかにその名を叫ぶ。

 

「舞い踊れ、コンチェルトミラー!!」

オリビエの新たなSクラフト―――九つの魔法陣による反射・加速された銃弾が前後左右から敵を容赦なく襲う鏡の協奏曲……『コンチェルトミラー』が炸裂し、特務兵は気絶した。

 

「あの演奏家は……負けてられねえな!いくぜ、『ブレイドカノン』!!」

「あたしも行くわよ、『レイジングアーク』!!」

『起動者』の二人の呼びかけに、二つの『剣』は煌きを増す。そして、互いにSクラフトを容赦なく敵に浴びせる。

 

「いくぜ!ヴォルカニック、ダァァァァァァイブ!!」

「とうりゃああああああ!!奥義、聖天・鳳凰烈破!!」

“剣帝”の技『冥皇剣』を破ったアガットのSクラフト『ヴォルカニックダイブ』、そしてエステルは『聖天兵装』によってさらに強化された自身のSクラフト『聖天・鳳凰烈破』を特務兵に叩き付け、二人と対峙していた兵らは戦闘不能となって気絶した。

 

「全く、あいつらは……成長したにもほどがあるだろ……」

「ふっ……だからこそ、面白い!!」

「ま、その意見には同意するけど、なっ!!」

“原作”から大きくかけ離れたアガットとエステルの成長に呆れるシオン。同じように驚きつつも、笑みを零したアスベル……二人はそれぞれレイピアと太刀を構えると、銃を構える特務兵らに向かって走り出した。

 

「撃て!!」

特務兵は銃を撃つが、

 

「おせえな、おせえよ。」

「温い」

二人は銃の軌道が“見えている”かのごとくかわし……特務兵が気付いた瞬間には、二人が目前にいた。

 

「この先の『前哨戦』だ。遅れるなよ!」

「むしろ『準備運動』じゃねえの?ま、せいぜい頑張るさ!」

二人は姿を“消した”……特務兵らはその光景に唖然としたが、

 

「ふっ!はっ!せいっ!そらっ!」

「はああぁっ!!」

「ぎゃああああああああっ!!」

身に見えぬ速さで襲い来る攻撃に特務兵らは対応できず、一方的な蹂躙劇が展開されていた。そして、彼等がようやく二人の姿を見た時には、立っているのがやっとの状態だった。

 

「これでっ!」

「終わりにさせてもらおう……!」

そして、膨大な闘気を纏う二人。互いに“転生者”として、『百日戦役』を生き残った者として、武器は違えど奇しくも似たような戦闘スタイルを駆使する二人が繰り出す超高速戦闘のコンビクラフト。その名は、

 

『ファントム!』

『セイヴァー!!』

アスベルとシオン……超然たる高速戦闘が可能な二人だからこそ可能とする、不可視の剣撃の嵐を繰り出すコンビクラフト『ファントムセイヴァー』。その破壊力に銃を構えた特務兵らは鎧や兜を破壊され、全員強制的に気絶させられた。

 

「あらら……本気ではないにしろ、圧倒しちゃったね。」

「まぁ、仕方ないかな……あとは」

その様子に魔導突撃槍(オーバル・バスタードランス)―――スタンハルバードの衝撃変換ユニットデータや学園祭の時に取ったデータを基に、ラッセル博士がレイア専用の変換ユニットを完成させ、クラトスがそのユニットとゼムリアストーン、更にはレイアが回収したアーティファクトやらクラトスが持ち帰った物を組み合わせて完成させたレイアにしか使えない武器……『レナス』の名を冠した武器を片手で振るうレイアは彼等の速さに感心し、シルフィアはその光景を頼もしく思いつつ……ユリアとカノーネの方を見た。

 

「クッ……せめて貴様だけは!覚悟おし!」

「させん!」

特務兵達の状態を見て表情を歪めたカノーネは素早くユリアの懐に入って蹴りや銃を使って、ユリアに連続攻撃をし、カノーネの攻撃をユリアは防いでいた。

 

「なら……全弾ゼロ距離発射!!」

「くっ……やるようになったな、カノーネ。」

至近距離の銃の連射攻撃はさすがのユリアも防げずダメージを受けたが、素早く体制を整えるとすかさず反撃に出た。

 

「流石はリシャール元大佐の副官とも言うべきだ。武も鍛えたようだが……それでは、私には勝てない。行くぞ!はっ!やっ!せいっ!たぁ!!」

「キャアッ!?」

ユリアが放ったレイピアによる一糸乱れぬ見事な4段攻撃のクラフト――ランツェンレイターを回避できなかったカノーネは悲鳴を上げて、膝をついた所を

 

「我が主と義のために………覚悟!たあっ!………チェストォォォ!」

「キャアアアアアアアッ!?閣下……申し訳……ありません………」

ユリアはSクラフト『ペンタグラムクライス』をカノーネに放ち、カノーネは戦闘不能になり気絶した。

 

「ふう、なんとかなったわね。」

「何とかというか、これは一方的な戦いのような……」

「ま、うまくいっただけでも儲けものじゃねえか。」

カノーネと特務兵らは全員気絶し……エステルはそれを見て一息ついた。その様子をオルグイユの陰から見ていた人物―――デュナンが出てきた。

 

「お、終わったのか……?」

「あ、公爵さん……?」

「なんや……戦車に乗せられてたんか?」

デュナンがオルグイユから出て来た事にエステルは驚き、ケビンは尋ねた。

 

「うむ、まあな……。今回ばかりはお前たちに礼を言わねばなるまいな……。感謝の証に、私の秘蔵する傑作劇画セットを譲ってやろう!」

「え、遠慮しときマス……。でも、まさか公爵さんに感謝されるなんてね―――そうだ。フィリップさんがあちこち探していたわよ。クローゼも言っていたことだけれど、公爵さんも女王様の親戚なんだから、人に迷惑をかけるようなことは止めなさいよね?」

デュナンの感謝の言葉に脱力していたエステルだったが、フィリップの事やクローゼの言葉を思い出し、デュナンに説教した。

 

「………そ、それは、だな……」

「公爵さん、正座」

「えと、その、だな……」

「へ・ん・じ・は?解ったら正座して謝りなさい!」

「う、うむ!大変申し訳なかった!!」

煮え切らない態度のデュナンにエステルは威圧を込めた笑顔でデュナンに迫り、デュナンはたじろぐも……彼女の有無を言わせぬ言葉に屈し、正座して土下座をする羽目になった。

 

「エ、エステルちゃん……(こ、怖いで……笑顔なのに怒ってるやないか……)」

「ガクガクブルブル……(本当に恐ろしいね……ある意味カシウス殿より手ごわいね。ヨシュア君、早めに帰ってこないと命すら危ういとおもうのだが……)」

「……エステル君、その……逞しくなったみたいだな。」

「………女というものは本当に強いな。」

「エステル君……(フッ、やはりその物怖じしないところはカシウス殿やレナさんにそっくりだな。)」

怒られているわけではないのに体の震えが止まらないケビン、トラウマが再燃しているオリビエ、後輩の成長ぶりに少し躊躇いがちに呟くクルツ、その光景に遠い目をするアガット……そして、彼女が二人の子であることをしみじみと感じたユリアだった。

 

「……エステル、逞しくなったね。今こそ彼女こそが本物のキング・オブ・ハートだよ。」

「お前は何を言っているんだよ……しかも、それある意味死亡フラグじゃねえか。」

「大丈夫、いざとなったらアスベルにフラグ折ってもらうから。」

「はぁ………」

「あはは、アスベルお疲れ様。」

弟子の成長に感激しているレイアの言葉にツッコミを入れるシオン。彼女のいざという時のアスベル頼りに、当の本人はため息しか出てこず、シルフィアはアスベルの肩に手を置いて労いの言葉をかけた。

 

 

「ふぅ………さて、いるんでしょ。レン!」

公爵の謝罪を聞いて一息つくと……エステルは招待状に書かれた『娘』……レンの名前を呼ぶ。すると、

 

 

―――……やっぱり、エステルも『かくれんぼ』が上手なのね。レンを2回も見つけるなんて、少し感心しちゃった。

 

 

聞こえた声―――その方向は倉庫の上だった。エステルらはその方向を向くと、レンが立っていた。

 

「なっ!?」

「子どもが何故ここに……!?」

レンの姿に驚くケビンやユリア……だが、対照的にエステルらやアスベルらは冷静にレンの方を見ていた。

 

「うふふ、こんばんは。月がとってもキレイな晩ね。今宵のお茶会は楽しんでいただけたかしら?」

「お茶会……ってことは、やっぱりレンがこの『お茶会』の招待主ってことなの?」

「………」

「な、何よ、レン。その眼は?」

レンの挨拶を聞いた後、エステルの問いかけを聞いたレンは予想外の人物から予想外の質問が飛んできたことに驚いてエステルの方を見て、エステルはたじろぎながらもレンに問いかけた。

 

「うふふ、“影の霹靂”やお兄様の言っていたこともあながち嘘じゃなかったってことね。いつもの能天気さはお芝居だったのかしら?」

「誰がノーテンキですって?いっとくけれど、あれは演技じゃなくてアレもあたしよ。」

「成程ね……レンとエステルは、ある意味似た者同士かもしれないわね。」

「???」

レンでも予想外だったこと……あの二人の言っていたことは間違いではなかったと内心悔しそうにしつつも、エステルに問いかけ、エステルはジト目でレンの方を見つつ答えを返すと、レンは意味深な言葉を呟いてエステルは首を傾げた。

 

「ちょ、ちょっと待て……アレか?オレに手紙を出したのは嬢ちゃんやって言うんか!?」

「ええ、レンよ。脅迫状を11通。教会のお兄さんに1通。情報部のお姉さんに1通。そして、エステルに1通。全部で14通。うふふ、何だか手紙を書いてばっかりね。お兄様やレーヴェは、誉めてくれるかしら。」

信じられない様子でケビンに尋ねられたレンは悪びれもない表情で答えた。

 

「その名前……やっぱり、てめえはレーヴェと同じ『執行者』ってことか。」

「ご明察よ、赤毛のお兄さん。『身喰らう蛇』が『執行者』No.ⅩⅤ“殲滅天使”レン。皆様方……以後、お見知りおきを、なんてね。」

アガットの推察に肯定し……そしてレンは異空間より大鎌を取り出して、小悪魔的な表情を浮かべつつ自己紹介をした。すると、どこからか聞こえるブースターのような音……エステルらは流石にその音に首を傾げ……ユリアが上空から来る何かに気づき、叫んだ。

 

「上だ!気をつけろ!!」

そう叫ぶと同時に着陸したのは大型の機械兵器―――ゴルディアス級人形兵器『パテル=マテル』の姿だった。

 

「なあっ!?」

「何だコイツは!?レグナートに匹敵するでかさじゃねえか!?」

「これだけの大きさの兵器……カルバードやエレボニアはおろか、財団でもみたことがない代物だね。」

「オイオイ、結社というのは何でもアリなんか!?」

各々がその光景に驚きを見せている中、エステルはレンに問いかけた。

 

「レン……ひょっとして、あなたが連れていたとかいう両親も人形ってことなの?」

「正解よ、エステル。けれど、レンが側にいないと人間らしく操れないんだけどね。でも『人形の騎士』のペドロにも負けない自信はあるわ。あ、でも今回は、ユーカイされたりお茶会の主人になったりしたから……ティーア姫の役も多かったかしら?」

「あ、あんたって子は…………」

笑顔を浮かべて語るレンにエステルは怒りを抑えた様子でレンを睨んだ。

 

「レ、レンちゃん!?」

「みんな、目がさめたのね!?」

「はい。けど、この状況は一体……」

エステルに答えたクロ―ゼはカノーネ達やレンを見て、戸惑った。

 

「うふふ、睡眠薬の効果も時間ピッタリだったみたい。ヨシュアに教わった通りね。」

「……(あの時あたしを眠らせたヨシュア……同じ『執行者』なら知っていてもおかしくない、か……)」

レンの言い放った事実に、エステルもさすがに驚きはしつつも、ヨシュアに眠らされた事実からすれば『同じ存在』であるレンが知らないという保証などなく、これに関しては真実なのだと半分納得した。

そして、レンは<パテル=マテル>の掌の上に飛び乗った。

 

「にしても、レンを救ってくれた“恩人”に出会えるだなんて……今日は本当に楽しかったわ。」

「………」

「(アスベル、いいのか?)」

「(ここで下手に手出しして、“教授”が強行手段に出たら目も当てられないからな……)」

「(まあ、納得かな。)」

「(そうだね。)」

レンの言葉に黙ってレンを見続けるアスベルにシオンが問いかけた。確かにレンを取り押さえるのは容易だが、“教授”が暴走されても困るということでこの場は保留にすることとした。

 

「まさか『ゴスペル』を壊しちゃうだなんて、エステルは本当に凄いわね。レン、エステルの事が気に入っちゃったわ♪それでは皆様……今宵はお茶会に出席して頂き、誠にありがとうございました。」

そう礼を述べるような仕草をすると、彼女を乗せた<パテル=マテル>はスラスターを吹かして上昇すると、ヴァレリア湖を渡っていくような形で飛び去って行った。

 

 




この話で章を一旦区切る形にします。

次章は『結社』の連中も出ますが、残虐シーンというよりはバラエティっぽくなる予定です。

つまり……ワイスマンの出番はかなり少なめです。

その代わり、いろんなキャラが動き回ります。フラグの辺りも……ですがね(半分怒り)


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FC・SC第七章~担い手が集いし国~
第98話 それぞれの懸案


~ヴァレリア湖畔 『結社』研究施設~

 

レンを乗せて飛び立った<パテル=マテル>が降り立った場所……それは、ヴァレリア湖畔のどこかに建造された『結社』の研究施設。その屋上に<パテル=マテル>が着地すると、レンは掌から降りた。

 

(それにしても……エステルの『アレ』は何だったのかしらね。教授からそんなことは聞いていないけれど……)

「―――ご苦労だったな、レン。」

考え込むレンに掛けられた声。その主の方を向くと、そこにいたのはアッシュブロンドの髪の青年―――レーヴェの姿だった。

 

「ありがと、レーヴェ。一応データは取れたけれど、『ゴスペル』は壊されちゃった……」

「何……俺の時と同じように『ゴスペル』を壊したとは……そいつは赤毛の剣士だったか?」

レンはレーヴェに感謝の言葉を述べると、謝罪の言葉を口にし、その事態にレーヴェですら驚き、壊した人間の事を尋ねた。

 

「ううん。お兄さんは足止め程度で、壊したのはエステルよ。」

「(『剣聖』の娘が、か…この国はどれほどの『底力』を持つというのだ…)……それにしては、悔しいというより嬉しそうな表情を浮かべているようだが?」

だが、レンの口から出た言葉にレーヴェはまたもや驚いた。クーデター事件ではまだまだ荒削り……だが、その彼女が『ゴスペル』を壊したことには驚くほかないだろう。レーヴェはリベールという国の気質に少し冷や汗をかきつつ、レンが悔しさよりも嬉しさを滲ませていることについて尋ねた。

 

「うん、気に入っちゃった♪ヨシュアのことよりも今はエステルのことが凄く気になっているし。ヨシュアのことからしたら、また会えそうな気がするしね。」

「お前の『勘』は恐ろしいほどよく当たるからな……尤も、人のことは言えないがな。」

確かに、彼絡みならばまた対峙しないとも限らない……だが……

 

「でも、レーヴェ……“紫炎の剣聖”らとも会ったけれど……“教授”は自殺願望でもあるのかしら?」

「何故そう思った?」

「だって、闘気を解放していないのにレンの直感が『戦ってはいけない』って悟っちゃったから……ヨシュアと遊べるなら、『遊び』のほうがいいけれど♪」

「フッ……今度会えた時はそうしてやるといい(ヨシュアもある意味哀れという他ないな……)」

レンの言葉も尤もであった。感性が鋭いレンですらそう思わせる存在感……その中の一人であるアスベルと刃を交え、敗北したレーヴェですら彼等との戦闘は避けるべきだと感じていた。今だにその強さの底すら見せないアスベル、シルフィア、レイア、シオン……この四人が本気を出した時、自分の命など蝋燭に灯された火の如く、息を吹きかけられたら忽ち消えるかのように失うこととなるだろう。

 

「おや、ご苦労だったねレン。」

「その様子では『ゴスペル』は壊されたのかな、レン?」

「あ、教授にカンパネルラ。データは取れたから、後で渡しておくわ……ひょっとして、『ゴスペル』を壊されたことはまずかったの?」

すると、そこに姿を現したワイスマンとカンパネルラにレンは報告をし、データは後で渡すと伝えつつ、『ゴスペル』が壊されたことについて尋ねた。

 

「いやはや……レーヴェの件の事もあるからまさか、とは思っていたが……これで、計画は一週間ほど延期になってしまった。」

「ってことは、不戦条約の調印式に騒ぎを起こす予定だったのね。レンもちょっと残念。」

「その通り。だが、私はレン君を責めたりはしないよ。誰にだって“予測外の事態”というのは往々にして起こりうるものだからね。時期的にはカンパネルラに頼んだ“彼等”や“方舟”の派遣直前になるというところだがね。」

ワイスマンは眼鏡を指で直すと、レンの問いかけに柔らかな笑みを浮かべてそう答えた。そして、“彼等”や“方舟”の話になるとその凶悪さを滲ませるように不敵な笑みを浮かべた。その笑みにはカンパネルラも笑みを零した。

 

「フフフ、教授もエグイよね。“彼等”はともかく“方舟”まで持ち出すだなんて……」

「全くだ……このリベールを焦土にでもするつもりか?」

「私とて、そのような無粋な真似はしないよ……尤も、この美しい国の民の悲鳴による合唱ぐらいは音楽を嗜んでいる者として……“指揮者”として奏でさせたいものだがね。」

目を瞑るレーヴェに、ワイスマンは人の負の感情による“大合唱”のためには何でもやると言わんばかりの会心の笑みを浮かべた。

 

「とはいえ、改めてご苦労だった“殲滅天使”。再び忙しくなることは確実なのでね。今の内に休んでおくといい。」

「それじゃあ、またね」

そう労うとワイスマンとカンパネルラは踵を返してその場を後にした。その場に残されたレンとレーヴェ……気配を確認すると、レーヴェはレンに先ほど中断した会話の答えを伝えた。

 

「レン、先程お前が問いかけた『答え』だが……“教授”は第七位の存在に気付いているが、第三位“京紫の瞬光”の存在に気づいていない。俺もそのことは聞かれなかったから答えていないが。」

「ふぅん……でも、それだけじゃないんでしょ?」

「……これは、直接対峙した俺だからこそ言えることではあるが……」

 

 

―――“京紫の瞬光”……“神羅”曰く、本気を出せば『使徒』第七柱“鋼の聖女”と互角、あるいはそれ以上の可能性がある奴だけでなく、それに匹敵・追随しうる実力者が多いこの国……“教授”がその可能性を見過ごしている以上、この計画は破綻する公算が高い。カンパネルラもその可能性位は気付いているだろうが、それを伝えないということは、他の『使徒』……もしかすると『盟主』の考えというものもあるのだろうがな……

 

 

そう呟いたレーヴェの言葉……その意味を“身を以て”知ることになるとは、ワイスマン本人は気付いていなかった。

 

 

 

エステルらは結局、クローゼのご厚意でグランセル城に宿泊することとなり、大使館に泊まるはずだったオリビエやジン、さらにはナイアルやミュラーまで巻き込んで大宴会状態と化していた。ちなみに、ドロシーに関してはナイアル曰く『アイツを呼んだらややこしいことになる』ということで呼ばなかったらしい……

 

「うう………ヨシュアのバカぁ………」

「エ、エステルお姉ちゃん…あうぅ…」

「その……大変だな……」

シェラザードに無理矢理飲まされたエステルは、普段口にしないヨシュアに対する愚痴をこぼしながらも泣きはじめ、酒の被害の無かったティータはエステルの抱き枕状態になってしまい、アガットは珍しくもエステルを慰めた。

 

「~~♪」

「シオン~~♪」

「………不幸だ。」

「楽しそうで何よりですね。昔を思い出しますよ。」

「へ、陛下……」

クローゼに関しては酒を飲まされたせいか……途中から参加してきたエオリアと意気投合し、二人してシオンに甘えまくっていた。当の本人は疲れた表情を浮かべていたが……クローゼに酒を飲ませたのはアリシア女王で、これにはユリアも本気で頭を抱えた。

 

「お前さんはいいのか?折角の機会だというのに。」

「シェラ君のペースに飲まれたら命がいくらあっても足りないからね。今日ぐらいは飲み友達や君の麗しい妹弟子とゆっくり盃を交わすのも一興というものだよ。」

「麗しいという言葉には疑問だが……貴方の懸念には同感という他ないな。」

「……成程、このお調子者も嫌がるとはな。」

オリビエはシェラザードの被害を避けるべくジン・リンと穏やかに酒を楽しみ、ミュラーもそれに同席することとなった。

 

「あ~ん!ティオちゃんってば、やっぱり可愛い!!お持ち帰りせざるを得ない!!」

「た、助けてください、ルーシーさんにエリィさん、ヘンリー市長!!」

「あはは……」

「その、ごめんなさいねティオちゃん。」

「フフ、仲良きことは美しき哉。」

「お、鬼がいます!むしろ悪魔ですか、貴方達は!?」

酒が入っていつもの癖が更に加速したアネラスの前にティオはなす術もなく捕まり、それを見て二次被害を被るのは御免とだと察した三人はティオに謝罪の気持ちを向け……ティオはそれに悪態をついたのは言うまでもない。

 

「ウオオ……オオオ………オオッ…クウウッ…!!」

「お前さんもその歳で苦労してるんだな……(シュバルツァー家の御曹司にも、色々あるんだな…この時ばかり程平民で良かったと思わざるを得ないな…)」

同じく酒を飲まされたリィンは日頃のストレスから力を解放してしまい、銀髪灼眼の状態で今度は泣き上戸的な状態になっていた。それを見たナイアルはリィンを同情の目で見つめながら慰めた。

 

「アンタもいい飲みっぷりね!」

「アンタもね!それ、もう一杯!」

「ったく、自重しろよ……」

酒癖の悪いシェラザード……そして酒に関しては無尽蔵のサラに愚痴を零しつつも、何かと世話を焼くスコール。

 

「やれやれ……少しは自重してほしいものだが……」

「そういうカシウスさんですが、レナさんのところにちゃんと帰ってますよね?」

「ギクッ………ハハハ、ヤダナアスベル。チャントカエッテイルニキマッテルジャナイカ。」

「………シルフィ、レイア、それでは判決を。」

「有罪(ニコッ)」

「刑は強制送還で。ちゃんと反省してくださいね(ニコリ)」

「ハイ………」

そこから一歩引いたところで、カシウス、アスベル、シルフィア、レイアが飲み交わしていた……レイアに関してはまだ18になっていないのでノンアルコールではあるが。

 

……言いたいことは山ほどあるが、規定年齢未満での飲酒はダメ、絶対。

 

 

そんなこんなで一夜が明け、エステルらはギルドに来ると……エルナンが通信器で連絡を取っており……それが終わるとエルナンはエステルらに気付いて声をかけた。

 

「そうですか……ええ……わかりました。それでは宜しくお願いします……っと、おはようございます、皆さん。昨晩はお疲れ様でした。」

「おはよう、エルナンさん。何かあったの?」

通信器を置いて、自分達に振り返ったエルナンにエステルは尋ねた。

 

「ええ、カノーネ元大尉が事情聴取に応じたそうです。詳しい事情が分かったらギルドにも教えてくれるでしょう。」

「そうですか……」

「あの強情そうな女が話をする気になったなんてね。どんな手を使ったのかしら?」

「ええ、全くね。」

エルナンの説明にスコールは安堵の溜息を吐き、サラとシェラザードはカノーネの事を思い出して、カノーネに口を割らせた方法が気になった。

 

「あのカシウス殿の事だ……もしかしたら、リシャール元大佐でも使ったのではないのかね?」

「ええ?いくらなんでも父さん……ならやりかねないわね。」

「ええ、それぐらいやるでしょうね。」

「……あのオッサンなら、それぐらい平然とやりそうだというのには否定できねえな。」

オリビエの推測にエステルは幾らなんでも……と思いかけたが、バイタリティ溢れる自分の父親の事を思い返すとその推測もぶっ飛んだものではないということに納得し、リィンも頷き、アガットはカシウスの読めなさには同意した。

 

「ま、そっちの調査は王国軍に任せておきましょう。アタシらはアタシらで情報を整理したいところだし。」

「そうですね……では、まずは今回の仕事の報酬をお渡しするとしましょう。細々とした依頼への対応も併せて査定しておきましたよ。」

そしてエルナンはエステル達にそれぞれ報酬を渡した。ちなみに、クルツらは事態の収拾確認と脅迫状関連の報告を代りに引き受ける形でレイストン要塞に行っているとのことだ。

 

「あの、エステルさん……本当にレンちゃんは『結社』の……」

「うん、間違いないと思う。」

「そう……ですか……」

「………」

クローゼの問いかけに、エステルは冷静に答え、クローゼとティータは信じされないような表情を浮かべた。それに、アネラスがエステルに問いかけるように言葉を発した。

 

「で、でも、あんな女の子が『結社』の手先だなんて……しかも、『執行者』って物凄い使い手なんだよね?何かの間違いじゃないのかな?」

「ううん、多分本当の事だと思う。ヨシュアが拾われて家に来た時は、レンと同い年ぐらい……その時には既に『執行者』だったから。」

「……その認識は間違ってないな。」

「スコール?どういうことかしら?」

エステルの言葉に肯定したのはスコール。その言葉にシェラザードが首を傾げた。

 

「『執行者』は素質と実力さえあればなれてしまう……かくいう俺も元『執行者』の人間だったからな。」

「あんですって~!?」

「ってことは、アンタ……今までエステル達が出会った『執行者』のことを知っているのかしら?」

スコールの身元にエステルは驚きを隠せず、シェラザードもさすがに驚かずにはいられなかったようで、スコールに問いかけた。

 

「俺が知ってるのはNo.Ⅰ“調停”ルドガー・ローゼスレイヴ、No.ⅩⅦ“緋水”フーリエ・アランドール、No.Ⅸ“死線”シャロン・クルーガー、No.0“道化師”カンパネルラ、No.Ⅶ“絶槍”クルル・スヴェンド、No.Ⅹ“仮面紳士”ブルブラン、No.Ⅵ“幻惑の鈴”ルシオラ、No.Ⅷ“痩せ狼”ヴァルター、No.Ⅱ“剣帝”レオンハルト・メルティヴェルス、そしてNo.ⅩⅢ“漆黒の牙”ヨシュア・アストレイ……尤も、“殲滅天使”に関しては俺が抜けた後で入ったようだから全く知らないが……」

そう言うスコールではあるが、ルドガーとは今でも“友”としての付き合いは続けており、その折にレンの事について相談されたのだ。それと、ルドガーがいるときにレンにも出会っているので、レンとも顔見知りであったというだけの事なのだが。

 

「ほう、僕の好敵手と認めた人間を知っているとは……」

「ルシオラ姉さんのことも……」

「ヴァルターまでとはな……」

オリビエ、シェラザード、ジンの三人が驚くのも無理はない話だ。『結社』という繋がりがなければ出会うことの無い異色な面々なだけに、その陣容の広さには眼を見開くばかりだ。

 

「にしても、あの娘が何を考えて、今回の真似をしたかを考えるべきだな。」

「ええ。それにしても、徹底的に振り回してくれたわね。カノーネに『ゴスペル』を渡して戦車を使った再決起を唆したのもあの子だったみたいだし……」

「各方面に脅迫状を送ったのもあのガキだったらしいしな……とはいえ、一体何のためだったんだ?」

ジンの言葉に頷いたシェラザードやアガットは真剣な表情で考え込んだ。今までの『結社』の『実験』と質は違えど、その本質には『ゴスペル』の性能実験であったことには違いないのだが……その問いかけに答えるかのようにエステルが言葉を発した。

 

「なんとなく、だけど……そうした方が面白そうだったからじゃないかな?」

「なに……?」

「レンは今回の件を『お茶会』に見立ててたわ。そしてあたしたちを含めた大勢の人間を参加させるために色々と準備して招待した……。そんな気がするのよね。」

その主体としてあったのは『実験』であろうが、レンのあの性格……短い間ではあったが、無邪気な言動や行動からすれば、より多くの人を巻き込んで『実験』を行う……そのための『お茶会』なのだと思った。

 

「……マジか。(やれやれ……ルドガーの奴も大変なことだな……)」

「レ、レンちゃんって一体………」

「ふむ、あの仔猫ちゃんならそのくらいはやりかねないね。現に、僕たちを眠らせた睡眠薬の量もコントロールしていたみたいだからね。」

スコールやティータは驚きを隠せず、オリビエに至ってはいつもの軽い感じではなく真剣な表情でレンの行動を思い返していた。

 

「ある意味難を逃れたオリビエ以外……ちょうどアタシらがあのタイミングで波止場に到着できるようにね……やってくれるじゃない……」

「えっと、やっぱりみんなあの子に眠らされちゃったわけ?」

怒りを抑えている様子のシェラザードを見て、エステルは仲間達に尋ねた。

 

「ええ……恐らく。レンちゃんが百貨店で買ってきたクッキーを頂いた直後でしたから……」

「しかし……痛い失態だったな。彼女が殺すつもりで毒でも使われていたら全員死んでいたのかもしれん。」

「あ……」

「いえ、それに関しては私の失態です。皆さんをバックアップする身としてもう少し気を付けるべきでした。本当に申しわけありません。」

クローゼの言葉、そして真剣な表情で語るジンの言葉を聞いたエステルは呆け、エルナンはエステル達に謝罪した。仮に彼女が猟兵団の一味で、帝国で起きたギルド襲撃事件と同じような形……あるいは無差別殺人をやられていれば、王国中が忽ちパニックに陥っていただけに、今回の一件は不幸中の幸いとして『教訓』になってしまったのは皮肉という他ないだろう。

 

「ううん……今回ばかりはあたしたち全員の責任だと思う。まさかレンが『執行者』であんな事をするなんて、誰も思わなかったし……(あたしだって、ほぼ直前で気付いたようなものだし……)」

「レンちゃんは一体何を考えてこんな事をしたんだろうね……」

謝罪するエルナンをエステルは慌てた様子で声をかけ、ティータは不安そうな表情で呟いた。

 

「ティータ……もう、元気出しなさいよ!今度会ったら、絶対にあの子を『結社』から抜けさせるんだから!!」

「ふえっ……?」

エステルの言葉にティータは首を傾げた。レンを『結社』から抜け出させる……ある意味現実味に聞こえない言葉を聞いて夢なのかと思ったが、エステルは強い口調で言葉を発する。

 

「父さんは五年前にヨシュアを『結社』から抜けさせた……きっと、あの子もヨシュアに匹敵するぐらいの『闇』を抱えてるかもしれない……でも、父さんにできて娘であるあたしに出来ないという道理なんてないわ!決めたからには絶対にやり遂げて見せるんだから!!」

「お、お姉ちゃん……うんっ、そうだよね!」

「はは……流石、カシウスさんの娘というだけはあるかもな。」

「ふふ……さすがエステルさん。」

「うんうん、その意気だよ!」

かつて、カシウスがヨシュアを結社から抜けさせた時と同じようにレンも助ける……エステルの心強い言葉にティータは明るい表情をし、リィンとクロ―ゼは微笑み、アネラスは嬉しそうに頷いた。

 

「フッ、気持ちいいくらいのあっぱれな前向きさだねぇ。流石はエステル君。」

「ったく……軽く言ってんじゃねえぞ。ガキとは言え、相手は『結社』の人間なんだからな。」

「ふふ、いいじゃないの。これがエステルなんだから。」

「『結社』相手にも怯まないなんて、この子の強さは計り知れないわね。」

「こういう前向きさは旦那以上かもしれんなぁ。」

エステルの決意表明とも言える言葉にオリビエは感心し、アガットは呆れ、シェラザードは微笑み、サラはエステルの気持ちの強さに驚嘆し、ジンは口元に笑みを浮かべて感心していた。

 

「うーん、ええなあ。ますます惚れてしまいそうや。」

「あ……!」

「ケビン神父。お待ちしていましたよ。」

すると、それを聞きつつも姿を見せたネギ頭の神父の青年―――ケビンの登場にエステルは驚き、エルナンは笑顔で出迎えた。

 

「やー、遅れてスンマセン。ちょいと事情がありましてな。」

「あのー、今更といえば今更な質問なんですけど……結局ケビンさんって何者なんですか?」

「ええ、それがあったわね。あたしたちも結局、はぐらかされたままだわ。」

「尤も……相当武芸に通じている者の雰囲気を感じるわね。それが『一介の神父』だなんてことはないでしょうし。」

「そうだな……かなりの場数を踏んでいると見た。」

首を傾げているケビンにアネラスは不思議そうな表情を浮かべて正体を尋ね、彼女に続くようにシェラザードも尋ね、サラとスコールはケビンの纏っている雰囲気からしてそれなりの手練れであることはひしひしと感じていた。

 

「そやな……改めて、自己紹介しようかな。―――七耀教会『星杯騎士団』に所属するケビン・グラハム神父や。以後、よろしく頼みますわ。」

「『星杯騎士団』ですか……?」

ケビンが名乗った時、言った組織名がわからなかったティータは首を傾げた。

 

「ほう、これは恐れ入った。まさかキミみたいな若者が『星杯騎士』だったとはね……」

「オリビエ、知ってるの?」

「アーティファクトが教会に管理されているという話は聞いたことがあると思うが……その調査・回収を担当するのが『星杯騎士団』と呼ばれる組織さ。メンバーは非公開ながらかなりの凄腕が選ばれるらしい。」

「へえ、詳しいですやん。残念ながらオレは騎士団でもペーペーの新米でしてなぁ。凄腕ちゅうのは過大評価ですね。」

オリビエの説明を聞いたケビンは苦笑しながら答えつつも、先程の大聖堂でのやり取りについて思い返していた。

 

~グランセル大聖堂~

 

「しかし、オレかて驚きや。第三位“京紫の瞬光”、第三位付“朱の戦乙女”、第七位“銀隼の射手”の三名がリベールにおるなんて……」

「何だよ、俺が故郷に居ちゃいけないというのかよ?第五位“外法狩り”。」

ケビンの言葉に腕を組んでジト目で睨むアスベル。それを見たケビンは慌てて取り繕った。

 

「い、いや、そういうことやないけれど……第四位“那由多”や第四位付“黒鋼の拳姫”がリベールにおったことといい、第八位“吼天獅子”の『継承』絡みといい、総長はその辺をオレに伝えへんのや……」

「まぁ、ケビンは仕事に関して口が堅くても、全て背負い込みそうだから総長も言わないんじゃないのかな?ただでさえ、ケビンの今の仕事は重大な任務だしね。」

「………それについては、否定できへん。」

変に全部を知られて、それで動きにくくする状況を生み出すのは御免被る……特にケビンに関しては元“身内”の抹殺という大任を担っている以上、それに専念してもらわねばならない。尤も、あの総長の事だから『済まない、忘れていた』とあっさり言い切りそうだから困るのだが。

 

ちなみに、第八位“吼天獅子”の『継承』……これに関しては、詳細な説明を省く形となるが、前任者が任務中に致命傷となる怪我を負い、偶然その場に居合わせた少年に<聖痕>を移植させたとのことだ。不幸中の幸いというべきか、その少年も<聖痕>を顕現するに足りうる資格を持っていたようで、法王が自らこの“異例”を認め、第八位は“彼”に引き継がれたらしい。

 

「まぁ、『聖天兵装』に関しては“教授”や最悪の事態への『切り札』になる以上、不干渉ということにする。そもそも、管理すると謳っておきながら俺らが古代遺物を使っている“矛盾”を指摘されたら反論できないからな。まぁ、『ソレ』にしろ『騎神』にしろ、アーティファクトと呼べない代物だし。」

俺の持っている『七の至宝』が一つ、時の至宝『刻(とき)の十字架<クロスクロイツ>』。人が持つには強大過ぎる力……このことはシルフィアとレイアには伝えたが、それ以外の人間には言っていない。

 

人の過去・現在・未来……『因果律』を司る『幻(デミウルゴス)』の力、空間の生成・消滅といった『存在』を司る『空(オーリオール)』の力、そして上位三属性の『時空間』を司る力……『時(クロスクロイツ)』の力。その一端を担うものとして、下手にその力を明るみに出せばゼムリア大陸全土で『七の至宝』を巡る大戦争が勃発しかねないからだ。そんなのは俺ですら望まないし、何よりも考えることが多くなって億劫になると判断したからだ。

 

「ケビンにはこのまま三味線を弾き続けて“教授”の抹殺を遂行してもらう。幸いにも“教授”はシルフィの動向に注視しているからな。俺としても動きやすい状況には変わりないが。」

「ま、シルフィは何かと目立つことやしな……大方、総長のせいやけれど。」

「この時ほど義姉上を本気で殴りたいと思ったことは無いけれどね……」

身内とはいえ、アインの行動には呆れしか出てこない……それはアスベル、ケビン、シルフィア、レイアの共通見解であった。それを確認した後、アスベルは気になることがあってケビンに尋ねた。

 

「ちなみに……ケビン。リースには連絡とかしてるか?」

「ギクッ……」

「……ケビン、ちょっとお話しようか?」

「ちょ、ちょい待ち!アンタのそれは……!?やめやめとめ、とめったで!?」

ケビンの反応を見たアスベルは今まで見たことの無いぐらい超絶とも言える笑顔を浮かべてケビンに近付き、ケビンは逃げようとしたが、首根っこを掴んで空いている部屋に入っていった……

 

―――しばらくお待ちください―――

 

「で?どうするんだ?」

「この異変が終わったら連絡することにします……なので、許してください。」

(ケビンが丁寧な言葉遣い……)

(やっぱり、序列って大きいんだね。)

数分後、威圧を放っているアスベルに正座して反省させられているケビンの姿があった……

 

 

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

「まぁ、それはともかく、これからも宜しくたのんます。『身喰らう蛇』について何か解ったら情報交換してや。」

「えっ……!?」

「オレがリベールに来たのは『結社』の調査のためやからね。正確に言うと……連中が手に入れようとしとる『輝く環』の調査なんやけど。」

「!!!」

「『輝く環』……!」

ケビンの話を聞いたエステルとクロ―ゼは驚いた。

 

「女神が古代人に授けた『七の至宝』の一つ……グランセル城の地下に封印されていると思われていた伝説のアーティファクトですね。」

「ええ、そうですわ。どうもここ最近、大陸各地で『七の至宝』に関する情報を集めとる連中がいるらしくて……教会としても、その動向にはかなり目を光らせていたんですわ。そんな折、リベールの方から『輝く環』の情報が入ってきた。そこで、真偽を確かめるべく新米のオレが派遣されたわけです。」

クロ―ゼの確認するように尋ねられたケビンは頷いて答えた。ケビンはそう言ったが、よくよく考えればアーティファクトの中でもトップクラスに入る『七の至宝』絡み“如き”に新人を寄越すこと自体ありえないことだ。まぁ、遊撃士や王家……七耀教会以外の人間にしてみれば、事情を知らないからこそ通る嘘なのだが。

 

「そうだったんですか……」

「それじゃあ『輝く環』って本当にリベールにあるわけ?封印区画に無かったってことはただの伝説だと思ってたけど……」

「そもそも、どういう物かも判ってねえそうじゃねえか?」

「ま、そのあたりの真偽を調べるのもオレの仕事なわけや。今日来たのは、こちらの事情を説明してもらおと思ってな……つまり、また何かあった時はお互い協力しようってこっちゃ。」

『真偽』の話など既に分かり切った話だ。何せ、教会……とりわけ『星杯騎士団』は全てのアーティファクトの知識を知り尽くしたエキスパート……アーティファクトのプロフェッショナル的存在なだけに、この国に『輝く環』があることは既に判明している。ただ、事情を知らない人達に真実を突き付けても混乱を招くだけなので、今のところは伏せておくが。

 

「なるほどね……。うん、こちらも望むところよ。」

「そうだな。こちらとしても助かるぜ。」

「これも何かの縁だし、困ったことがあったら連絡して。」

「おおきに!ほな、今日のところはこれで失礼させてもらいますわ。またな~、みなさん!」

そしてケビンはギルドを去った。

 

「行っちゃった……」

「オリビエとは違った意味で毒気を抜かされる神父さんね。」

ある意味嵐の如く来ては去っていったケビンの後姿を見つつ、呆気にとられた様子のエステルにサラはオリビエに悪態をつくような勢いで呟いた。

 

「フッ、ボクに言わせればまだまだ修行不足かな。もう少し優雅さが欲しい所だね。」

「あんたの世迷言のどこに優雅さがあるってゆーのよ。」

髪をかきあげて語るオリビエをエステルはジト目で睨んで指摘した。

 

「しかし『輝く環』ですか……『結社』が各地で『ゴスペル』を使った実験をしているのと何か関係があるのでしょうか?」

「そうですね……その可能性は否定できません。ちなみに、今回の事件は関係ありませんでしたが、自治州を除く王国全ての地方で『ゴスペル』の『実験』終えた事になります。この分だと、自治州でも実験が行われる可能性は捨てきれませんね。ただ、不戦条約までは下手に動けませんので……遊軍としてクルツさんらに動いてもらうことになっています。それと、アネラスさんにはそちらに加わっていただきます。」

「チームってことはやはり『結社』対策かい?」

「はい、『結社』の拠点を捜索することになると思います。」

「拠点の捜索ですか?」

ジンの問いに答えたアネラスの言葉にリィンは首を傾げた。

 

「これまでの動きから見て『結社』は国内の何らかの拠点を築いている可能性は高そうです。そこを叩かない限り、根本的な解決にはなりません。今後は王国軍と全面協力して捜索活動を行う必要があるでしょう。」

「確かにそうですね……」

エルナンの説明を聞いたクロ―ゼは納得して頷いた。一々遠距離を移動する方法は非効率的であり、何らかの形で国内に拠点を有しているのは間違いなさそうである。でなければ、エステルとケビンを襲った兵器の事も説明が全くつかないということになるのだ。

 

「確かに、俺らが一気に動くのは難しいな……結社対策チームがもう1つ必要になるのも当然か。」

「うーん、そうなるとクルツさんのチームにも戦力が必要になりそうだし……アネラスさんを取られちゃうのも仕方ないかぁ。」

「えへへ、ごめんね。『結社』の拠点を見つけたらエステルちゃんの力も借りることになると思うから。その時に一緒に戦おう?」

「うん……そうね!」

そしてアネラスはエステルらと別れてギルドを出て行った。

 

 




この章に関しては色んなキャラの絡みを書いていく予定ですが……メインだけでも

<空>エステル、シェラザード、ティータ、クローゼ、アガット、ジン、オリビエ、ケビン

<零>ロイド、エリィ、ティオ、ランディ、リーシャ

<閃>リィン、アリサ、マキアス、フィー

<オリジナル>アスベル、シルフィア、シオン、レイア、ルドガー、スコール、クルル

これだけいますw

いくつかは考えていますが、サブキャラも結構いるので……もしかしたらメインキャラさらに出演させるかもしれませんが(オイッ!!)


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第99話 遊撃士の警護

前半はちょっとした息抜きイベントみたいなものですw


 

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

「さて、皆さんには色々仕事をこなしていただく形となるのですが……その前に二日ほど各地に行っていただき、リベール通信の依頼をこなしていただきたいのです。」

「リベール通信となると……ナイアルが?」

「ええ。」

エステルの問いかけにエルナンは頷き、その依頼内容を話し始めた。

 

依頼者はナイアル。何でも、生誕祭の開催に合わせて特別号を出す予定であり、遊撃士協会に“巷の有名人お薦めの一品”依頼と各地方の観光スポットを探してきてほしいとのことだった。

 

「前者の依頼に関しては……ここにいる人たちで言うと、エステルさん、シェラザードさん、アガットさん、ジンさん、サラさん、クローディア王太女殿下、ティータさん……それに、リィンさんとスコールさんもですね。」

「あはは……リィンやスコールはともかく、あたしなんかが有名人だとは思えないんだけれど……」

「そんなこと言ったら、私だって同じだよエステルお姉ちゃん。」

「先生の影響もあるかもしれないけれど……僅か一ヶ月でB級に昇格したエステルが言えた台詞ではないと思うわよ?それに、ティータだってラッセル博士絡みである意味“有名人”なのだし……」

苦笑を浮かべるエステルとティータにツッコミを入れるシェラザード。色んな意味で枠にとらわれないエステルの存在と、あの天才博士の孫娘という肩書は否応にも目立つ……それを知らぬのは本人達だけである。

 

「あはは……となると、あたしとシェラ姉はロレントかな。」

「自ずとそうなるでしょうね。」

「フッ、ならば同行させてもらうとしよう。」

「……(オリビエ、自ら死地に飛び込むだなんて……)」

「エステル君………その生暖かい目は何だね?」

エステル、シェラザード、オリビエはロレントに

 

「俺はツァイスだな。キリカの奴が色々言ってきそうだ……」

「あはは……」

ジンとティータはツァイスに

 

「俺はボースだな。ミーシャの奴が家に帰ってるらしいから、会いに行かねえとな……」

「なら、俺も同行させてもらいます。」

「ああ。オッサンやアスベル仕込みの腕前、期待してるぜ。」

アガットとリィンはボースに

 

「アタシはルーアンね。お薦めと言えばあそこしかないでしょ。」

「そう言って、本当は飲みたいくせに……」

「てへっ♪」

「笑って誤魔化さないの。」

「その、道中の護衛お願いします。」

サラとスコール、クローゼはルーアンに行くこととなった。

 

「決まりましたね。グランセル、アルトハイムとレグラムの方は他の遊撃士の方にお願いしておきます。」

 

 

1.ロレント~エステル・シェラザードの場合~

 

「あたしは何と言っても『十段重ねクレープ』!程よく酸味と甘味が上手くマッチングしててすごく美味しいのよ。顔馴染になれば裏メニュー的の二十段重ねクレープが食べられるしね。」

「……冗談だと思いたいが、エステル君の食べっぷりからするとありえない話ではないね。」

「どういう意味よ、オリビエ……シェラ姉は?」

「アタシは『天々テンプラー』ね。素朴かつシンプルなのに素材がいいだけあって単品でも確かに美味しいけれど、酒のつまみとしても結構イケるのよね♪」

「何と言うか、やっぱりシェラ姉らしい感じなのね……って、オリビエ?」

「ガクガクブルブル……」

「あ、トラウマが再発しちゃったのね……」

 

 

2.ボース~アガット・リィンの場合~

 

「色々あるにはあるが……『豪華飲料<楽園>』だな。疲れた時に飲めば、この先も頑張ろうって気にさせてくれるからな。」

「俺は以前ハーケン門で食べた『グルグル熱視線』ですね。辛みがありながらもその旨みはなかなか味わえません……アガットさん?」

「……アレを美味いと言った奴はお前が初めてだろうな。何せ、日によって辛さが違うらしい。俺が食べた時は一番辛い時に当たってな……」

「あはは……ご愁傷様です。」

 

 

3.ルーアン~サラ・スコール・クローゼの場合~

 

「ルーアンは魚料理がおいしいけれど……アタシは『潮風のスープパスタ』ね。あの魚介類が凝縮した旨み……海の男たちの料理って感じが最高で、酒も進むのよ!」

「お前が絡むと全部酒にしかならないな……『厳選ハラス焼き』も捨てがたいが、俺はエア=レッテンで食べれる『塩釜の甲羅焼き』だな。ああいったシンプルさが素材の味を存分に引き出していて、こっちにきたらよく通ってるよ。」

「何と言うかアダルティですね。私は『魅惑の魚介畑』です。料理のおいしさもさることながら、マリノア村のロケーションを楽しみながら美味しい料理を頂けるのがよいところですね。」

「……言ってることは至極まともなんだが、それ普通の2倍以上の量じゃないか?」

「え?シオンもこれぐらい食べますし、普通ですが?」

「いやいや、シオンはともかくとして……アタシですら、王太女様の胃袋が謎に思えて来たわ……」

 

 

4.ツァイス~ジン・ティータの場合~

 

「俺は『漢鍋<山>』だな。山の風味が凝縮したかのような美味さ……カルバードにも美味しい料理はあるが、リベールはそれ以上かもしれない。ティータは?」

「えと、『陸珍味<粋>』です。以前お祖父ちゃんに勧められてからはまっちゃって……あの、ジンさん?どうかしましたか?」

「いや、お前さんの感覚が年相応に思えなくなったのさ……(それ、酒のつまみなんだが……)」

「ジンはある意味当然とも言える感じだけれど、ティータさんは私でも意外だったわ。」

「グッ、容赦ねえな、キリカ……」

「あははは……マードックさんにもそう言われたことはあります。」

 

 

5.レグラム~ヴィクター・トヴァルの場合~

 

「私は『レインボウの塩焼き』だな。エベル湖で釣れるレインボウは身が引き締まっていて、食べ応えがあるからな。」

「何と言うか、魚が聖女様の加護でも受けてるんですかね……俺は『ビターオムレツ』だな。ほろ苦な感じがこれまた癖になるんだよな。」

「それには同意するが、私としてはやはり妻の料理が一番だな。」

「惚気はやめてくださいよ……」

 

 

6.アルトハイム~ラグナ・リーゼロッテ・リノアの場合~

 

「俺は『百戦百勝ステーキ』だな。コイツがねえと人生の半分を損した気分になるからな。」

「何と言うかラグナらしいね。私とリーゼロッテは『ロイヤルジェラート』なんだけれど………」

「~~~♪(十五段重ねを堪能中)」

「リーゼの『これ』には勝てないわ。」

「いや、勝とうとする方が間違ってるから。」

 

 

7.グランセル~アスベル・シルフィア・レイア・シオンの場合~

 

「俺は『ホット海汁』だな。本場となるとルーアンになっちまうが、それに比肩するほどの海鮮の甘味が癖になるのさ。」

「シオンは海鮮系か……私は以前のアレと同じぐらいに気に入っているのは『漢鍋<力>』かな。ああいうガッツリ系じゃないとここぞという時に力が出ないしね。」

「それ、漢の台詞じゃないの、レイア……私は『情熱タマゴ焼き』ですね。シンプルなものほど素材の味というのがダイレクトに出ますし……アスベルは?」

「『完熟ライスカレー』だな。グランセルにきたらよく行ってるし、お蔭で顔を覚えられたよ。尤も、店を除けばウェムラーさんの鍋でも書こうかと思ったんだけれど……」

「アレを食べて無事だったのはお前とルドガーぐらいだぞ……」

「アスベル、人間なの?」

「人間だよ……………多分」

 

 

~二日後 リベール通信 編集室~

 

「………」

「あれ?ナイアル先輩、どうしたんですか?」

「ん?ああ、ドロシーか。今度出す特別号の特集記事の編集だ。」

出されたコメントレポートと睨めっこする形で向き合っていたナイアルの姿にドロシーが首を傾げつつ声をかけ、ナイアルは答えつつもレポートを読み進めていた。

 

「ほえ~……って、エステルちゃんたちのレポートですか。中身が濃いコメントですね~。」

「流石は遊撃士というべきか……おかげで手間が省けるどころか編集が大変なんだがな。」

遊撃士という職業はここまで事細かにレポートするのかと思いつつ、頭を抱えたくなりながらも編集を進めることになったナイアルであった。

 

「ほえ~、大変ですね。」

「お前も他人事じゃないんだがな……こいつ等が集めてくれたところの写真を撮ってきてくれ。」

「あ、ハイ!了解しました~!!」

「……その元気が羨ましいぜ。」

ある意味呑気さもこういった時ぐらいは役に立つのだと……ナイアルはほんの少し思った。

 

 

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

二日後、報告をするために再び集結したエステル達。なお、クローゼに関しては式典の準備などのために朝一でグランセル城に戻った。

 

「皆さんご苦労様でした。ただ、先方からもう少し簡潔にしておくよう頼まなかったのはこちらのミスだとか言っておりましたが……」

「あはは……」

「ある意味職業病みたいなものだから、勘弁してほしいわね。」

エルナンから伝えられた言葉にエステルは苦笑し、シェラザードも笑う他なかった。

 

「報告を見たところ、『塔』の光の事もあるようですが……そちらは王国軍に任せることとします。今日の午後には女王生誕祭の開催式……各国の首脳陣もお目見えします。皆さんにはそちらの警護に当たっていただきます。」

「えっ?」

「それは、遊撃士というよりは軍の仕事なんじゃねえのか?」

エルナンの言葉にリィンは流石に首を傾げ、アガットも疑問を投げかけた。確かに、この場合で言えば王国軍が護衛に就かなければ面目が保てないのでは……その疑問は尤もだとエルナンは答えつつも説明をつづけた。

 

「先日の件からして同じことが起こらないという保証はありません、ということもあるのですが……『中立』の立場から国賓を護衛するとともに、リベール王国軍と遊撃士協会が友好関係を築いていることで『二重の安全』を内外にアピールする……その狙いもあるようです。」

「成程……」

「ほえ~……」

先日の再決起未遂事件……その反省から、カシウスは街道などの警護に軍を充て、そして国賓の警護にはそのプロフェッショナルとも言える遊撃士―――エステル達を抜擢したのだ。幸か不幸か一線級の実力者揃いのリベールの遊撃士協会……実力的にも申し分ないと判断したのだ。

 

「役割ですが、ジンさんはサラさん、スコールさんとロックスミス大統領ら共和国の方々をお願いします。」

「妥当な役割だな。」

「ま、それがいいでしょうね。」

「了解した。」

カルバード出身のA級遊撃士“不動”ジン・ヴァセック。A級遊撃士の“紫電”サラ・バレスタイン、元『執行者』にして“光の剣匠”の嫡男……“影の霹靂”もとい“黒雷の銃剣士”スコール・S・アルゼイド。

 

「帝国にはリィンさん……後で来ますが、アスベルさんやシルフィアさんの指示に従ってください。」

「了解です。」

帝国出身者の<五大名門>―――<守護貴族(インペリアル・ガーディアン)>シュバルツァー家の嫡男であるリィン・シュバルツァー、S級遊撃士“紫炎の剣聖”アスベル・フォストレイト、同じくS級“霧奏の狙撃手”シルフィア・セルナート。

 

「クロスベル自治州……マクダエル市長らはエステルさん、シェラザードさん、オリビエさんにお願いします。あと、シオンさんもそちらに加わっていただきます。」

「ある意味無難ね……オリビエを除いて。」

「全くね……」

「失敬な。この時ばかりは空気を読めないほど愚かではないつもりだよ……というか、大丈夫なのかね?シオン君を入れて……」

「……まぁ、向こうにも遊撃士はいるけれど……大丈夫だと信じたいわね。」

B級遊撃士エステル・ブライト、A級遊撃士“銀閃”改め“陰陽の銀閃”シェラザード・ハーヴェイ、『不世出の天才演奏家』オリビエ・レンハイム………その正体は、『放蕩皇子』オリヴァルト・ライゼ・アルノール、そして『王家』シュトレオン・フォン・アウスレーゼの名を伏せて生きている王室親衛隊大隊長にしてA級遊撃士“紅氷の隼”シオン・シュバルツ。

 

「公国にはアガットさん、ティータさん……後で来るレイアさんでお願いします。」

「成程、先日の依頼で顔を合わせてるし、ティータはあのガキと知り合いだからな。それと、申し分ねえ実力のレイア……無難な人選ってとこか。」

「そーですね。えへへ、レイアお姉ちゃんやティオちゃんと一緒に行動できるんだ……」

A級遊撃士“重剣”改め“紅蓮の剣”アガット・クロスナー、ラッセル博士の孫娘にしてアスベルらと強い信頼関係を持つ“導力技術の申し子”ティータ・ラッセル、そしてS級遊撃士“赤朱の槍聖”レイア・オルランド。

 

「そういや、女王陛下やクローゼの方は大丈夫なのか?」

「ええ。そちらに関しては王室親衛隊が受け持ってくれるそうです。後は、カシウス准将も念のためにグランセル城まで来るそうです。」

「父さんが!?」

「西ゼムリアの四か国のトップらが一堂に会しますから……女王陛下としても『英雄』であるカシウスさんの存在感は出しておきたい……そういった狙いかもしれませんね。」

今までになかった四か国の国家元首クラスが一堂に会する………本来であれば、四か国の中間地点……クロスベルでの開催を検討していたのだが、安全上の理由からリベールでの開催となったことを説明に加えつつ、話を続けた。

 

「それに、今回は条約のみならず、ZCFの総合博覧会もあります。その関連でティータさんの警護は重要……なので、アスベルさんやシルフィアさんの次に実力的に申し分ない方……アガットさんとレイアさんを抜擢しました。」

「そっか、アガットはレーヴェ、レイアはヴァルターって人に勝ってるから……『執行者』と同等だものね。」

報告にあった『戦績』から鑑みても、二人はティータの護衛としては申し分ない……エルナンはそう結論付け、エステルもその実力を目の当たりにしているだけに納得して頷いた。

 

「ええ。あと、クルル・スヴェンドさんとフィー・クラウゼルさんがティータさんの護衛に就くことになりました。」

「……あれ?クルル・スヴェンドって……」

「スコールが話していた『執行者』の名前と同じだけれど……元ってことなのか?」

そして、更なる名前の中に気になった名前―――エステルはそれが引っ掛かり、同じように引っ掛かりを感じたリィンがクルルについて尋ねる。

 

「ああ……その二人は強い。特にクルルは“剣帝”以上の実力者だ。」

「………強さって何なのかしらね。」

「全くだな……」

スコールの言葉を聞いたサラとジンは遠い目をして『若者の人間離れ』という現実から目をそむけるような印象を感じさせる佇まいをしていた。

 

 




次回、いよいよ生誕祭開幕。

彼とかアイツとかアレとか彼女とか色々はっちゃけます(誰だよ!)


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第100話 リベールの翼

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

警護というか護衛の役割分担は決めたものの、時間があったので各自自由時間にすることとした。エステルは買ってきたリベール通信の記事を読んでいた。それに気づいたリィンやシェラザードもエステルの読んでいた記事の内容に目を通す。

 

「ロレントの時計台……エステルにしてみれば、色々と思い出深いスポットだものね。」

「えへへ、まあね。本当だったら釣りポイントの記事も書きたかったけれど。」

あの場所は百日戦役の時にアスベルらに助けてもらい、遊撃士として旅立つ時にヨシュアと語らった場所……ロレントを象徴する場所であり、エステルにしてみれば“始まりの場所”とも言える感慨深い場所なのだ。

 

「エステルらしいことで……お、俺の書いたコメントが載ってるな。」

「へ~、リィンはマリノア村の風車の事を書いたんだ。」

「ああ。エステルらと会う前にちょっと行く機会があってさ。俺の故郷と似てるところが多いのはエルモの方になるけれど……あ、シェラさんのコメントですね。」

「エルモのことね……というか、コメントではそういった表現はないけれど、酒絡みなんじゃないの?」

「あはは………まぁ、いいじゃない」

ちなみに、他の方々が書いたコメントの場所を一部抜粋すると………

 

 

クローゼ:ラングランド大橋

 

『ルーアンを象徴する場所でもありますが、この橋にはおまじないみたいなものがありまして……満月の夜に橋の上で告白すると必ず結ばれるというジンクスがあるのです。(かくいう私も…いつかはそうしたいです……)』

 

シオン:アーネンヴェルク

 

『城壁の上から眺める夕焼けは絶景の一言に尽きる。あと、この場所は王国ができた時に建造されていて、昔の『誇り』を今に伝える場所だな。』

 

クルツ:ヴァレリア湖畔

 

『リベールを象徴しているとも言うべきヴァレリア湖。この穏やかさを感じつつ、釣りや読書、瞑想にふけるというのもこの国の気質がそうさせてくれる、という場所だな。(だが、私の中の何かが“舟聖”という単語を想起させるのだが……)』

 

 

「う~ん、何と言うか個人の性格がにじみ出てるわね……っと、そろそろ行かないと。」

「そうね、行きましょうか。」

「だな。」

時計を見て時間が近いと察したエステルは読みかけの通信をテーブルの上に置き、シェラザードとリィンもそれに気づいて1階に下り、他の面々と合流してギルドを後にした。

 

 

エステルらが空港に着くと、普段以上の人の多さで混雑する空港の風景を目の当たりにすることとなる。ごった返す人の群れ……それを王国軍の兵士らが空港を利用する客の妨げとならないよう通行整理を行いつつ、万が一国賓らに襲い掛かる人間が出てきてもすぐさま対応できるよう図らっていた。

 

~グランセル国際空港~

 

「な、何これ……」

「凄い人だかりね……各国の国賓が来るというのは確かに一大スクープとも言えるけれど、この前の時はこれほどじゃなかったわよ。」

エステルは今まで目にしたことがない光景に目をパチクリさせ、シェラザードもその光景に対して冷静を装いつつも普段はあまり見ることの無い光景に驚きを隠せずにいた。

 

「って、そういやシェラザードはオッサンの付き添いで何度か護衛に就いていたらしいな。」

「ええ。レミフェリアの国家元首、アルバート大公の護衛でね。あたしは内心ドキドキものだっていうのに、先生ったら大公様と仲良く話してるんだもの……」

「ハハ、流石カシウスの旦那だな。」

アガットは思い出したかのように尋ね、シェラザードはその時の事を思い出しつつ疲れた表情を浮かべ、ジンはそれを聞いて笑みを零した。

 

「あ、エステルちゃん!」

「お、エステル達じゃねえか!」

「ドロシーにナイアルじゃない。」

すると、その観衆らの中に居る二人―――ドロシーとナイアルがエステルらに気付いて声をかけてきた。

 

「アンタらが此処にいるってことは、大方取材か?」

「おうよ。何せ、国家元首クラスがこのリベールに来るってこと自体大スクープだからな。そういや、何でお前らがここにいるんだ?」

「まぁ、ちょっとね。」

流石に国賓の護衛の事は言えないため、それを伏せつつ会話をした後、ナイアルらと別れた。

 

「にしても、父さんってば……まったく、軍人になっても相変わらずの不良中年ね。」

「それをお前が言えた台詞じゃないんだが……」

「どーいう意味よ、それ。」

エステルの言葉にスコールがツッコミを入れる。今までエステルが取ってきた行動は、いろんな意味でスケールが大きすぎて、下手するとカシウスですら“小物”に見えそうなほどのものだとエステル以外の一同は納得していた。それを不満に思うエステルの前に一人の軍人―――エステルの父であるカシウスが姿を現す。

 

「……娘にそう言われるのは甚だ心外なんだが。」

「父さん!?」

「元気そうだな。それと、先日はご苦労だったな。」

「………うん。父さんの方も忙しそうね。」

カシウスの姿に驚くが、すぐに気持ちを切り替えてエステルは答えを述べた。未だにヨシュアとは会えていないが、『結社』と関わっていくことでいずれは……焦ってしまっては事を仕損じる。そのことは、自分自身が誰よりも一番わかっていることだから。

 

「ああ……王国内の警備に国賓らの警護……不戦条約に向けての話し合い……やることはかなりあってな。」

「大変ですね、カシウスさん。」

「気遣い感謝する。にしても、懐かしい顔ぶれだな。スコール、お前さんの『奥方』は相変わらずのグータラなのか?」

「まぁ、そうですね……でも、母のお蔭で少しは改善されました……ほんの少しですが。」

「む………」

カシウスの問いかけにスコールは苦笑しつつも答え、サラはその答えに納得がいかずジト目でスコールに無言の反論をした。

 

「……スコールって、結婚してたの!?」

「……俺とアネラスは聞かされたが……サラがスコールの妻らしい。」

「へ……へっ!?」

「あ、あんですってー!?」

「サ、サラ君がスコール君の……(と言うことは、僕にしてみれば義理の従妹と言うことになるではないか……ラウラ君もさぞかし苦労していそうだ。)」

「酒飲みにしか見えないサラが既婚者とは……」

「アンタ達、ちょっと裏で話し合いましょうか?」

アガットの口から出た事実にシェラザードは一瞬思考が停止し、エステルは声を上げて驚き、オリビエは内心冷や汗をかき、ジンはサラのイメージからしてとてもそう言う風には見えず……当の本人は口元に笑みを浮かべて反論した。

 

「ほえ~……サラさん、その、末永く幸せになってくださいね。」

「あ、ありがと……」

ティータは感心した後にサラに対して言葉をかけ、流石のサラもティータに対しては率直に感謝の言葉を返すことしかできなかった。

 

「というか、リィンは知ってたの?」

「スコールからな。ある意味“身内”になることが決まってる俺としては複雑な気持ちだが……」

確かにそうだろう。彼の妹を婚約者に持つリィンにしてみれば、そういった気持ちを抱くのは至極当然とも言えよう。その気持ちを思い出しつつ、どうしてこんなことになったのだろうかと思わざるを得ないとでも言いたげな表情を浮かべていた。

 

「そういえばカシウスさん、何であたしらに護衛の依頼を?」

「一部は何か誤解をしているようだが……先日の残党の件もそうだが、軍と言うのは柔軟に動けない部分が多い。それと、今回の来訪に合わせて各地を巡るようでな……そういった意味では、柔軟に対応できて尚且つ軍とも繋がりがある遊撃士協会に頼むのが一番だと判断した。」

国賓と言えども、最低限の護衛位は連れてきているだろうが、それをカバーリングするという意味では王国全土に繋がりや土地勘を持つ人間―――とりわけ荒事にもそれなりに精通している遊撃士ならば問題はないだろうとカシウスは判断し、エルナンに依頼したのだ。

 

「成程、不自由を減らすためですね。」

「ああ、その通りだリィン。うちの娘と比べると物わかりが良くて助かるぞ。」

「どういう意味よ、父さん!」

リィンの言葉を聞いたカシウスは笑みを浮かべて弟弟子である彼の物わかりの良さを自分の娘と比べ、それに納得いかないエステルは声を荒げた。すると、四人の男女―――アスベルらが現れた。

 

「……何やら、面白い話でもしてるのかな?」

「アスベル!シルフィ、レイアにシオンまで……」

「こうして顔を合わせるのは久しぶりだな。ま、今回はお互いに忙しい身だ。よろしく頼むぞ。」

アスベルが代表するような形でエステルに挨拶を交わし、同時に励ましの意味も込めつつ言葉をかけた。

 

「うん、まかせて!……そういえば、来賓の人達って……あれ?」

「この音……飛行船の音じゃないですね。」

エステルはふと疑問に思ったが……それよりも聞こえてきた音に首を傾げ、ティータはその音が飛行船の音ではないことに首を傾げた。

 

すると、観衆の一人が何かに気づき、周りもそれに気づいてどよめいた。

 

「え!?何!?」

「どうやら、到着したようだな……」

「みたいですね。」

エステル達はそのどよめきに驚いていたが、カシウスやアスベルらは冷静に呟いて、空を見上げた。そこには、上空に浮かぶ三つの艦影……定期飛行船のものではなく、それは、『白き翼』の系譜を持ち、『百日戦役』を戦い抜いた三隻の巡洋艦。

 

アルセイユ級巡洋艦―――白きフォルムが特徴的な一番艦『アルセイユ』、銀のカラーリングに身を包んだ二番艦『シャルトルイゼ』、そして蒼い塗装が施された三番艦『サンテミリオン』が空港の上空に姿を見せたのだ。

 

「成程、国賓らをリベールが誇る巡洋艦で送迎する……何とも粋な計らいじゃないか。エレボニアにはできない芸当を披露してくれるとは……流石、女王陛下と言うべきなのだろう。」

「カルバードにもこういったことは出来ないな。流石アリシア女王陛下だな。」

航空技術で一歩進んだリベールならではこその『計らい』……一般的に市民が交通の足として利用できるほどに発展しており、その最先端をひた走っている巡洋艦による送迎は相手方の国を驚かせるだけでなく、提唱国としての振る舞いとしても内外に少なからず影響を与える。それは同時に相手を『客』として招いているということを印象付けるのにも一役買った形となるのだ。

 

「こういった強かさを見せることで、『提唱国』であり『三大国』の器を見せる……流石、と言ったところね。」

「否応にもインパクトがあるからな。迎えに行った『あちら側』の連中もさぞかし驚いたことだろうな。」

スコールの言葉……それは、間違ってはいなかった。それは、半日前―――今日の早朝にまで遡る。

 

 

~エレボニア帝国帝都ヘイムダル ヘイムダル国際空港~

 

人口80万人を有する西ゼムリア最大の都市、緋(あか)の帝都ヘイムダル。その国際空港……飛行船発着場では、帝国政府、帝都庁など公人が集っており……その中に、『鉄血の子供達(アイアンブリード)』と呼ばれる人達―――“氷の乙女(アイスメイデン)”クレア・リーヴェルト、“かかし男(スケアクロウ)”レクター・アランドール、“白兎(ホワイトラビット)”ミリアム・オライオンの姿があった。

 

「ここまでは音沙汰もなく、か……まるで、襲撃事件の時のことが“なかったこと”のように思わされるな……」

「ええ。その兆候すら認められないでしょう……本当に、あの国はなにを考えていることやら。」

「確かに怖いよね。ボクもリベールの底知れなさには驚きだよ。」

ギルド襲撃事件においての帝国軍出動の件、そしてユミル包囲の件……いずれにしても、ここまで沈黙を保っていることが逆に彼らに対して“焦り”を覚えさせているのは言うまでもない。

 

「レクターは直接リベールに行っていますし、その辺りの連絡は貰っているでしょうから信憑性は高いのですが、ユミルの件に関してはともかく、その前絡みでここまで何もないというのは不自然という他ありません。」

「だよなァ。強いて言えば、装備品を根こそぎ持ってかれたぐらいだ。」

「へ~……ガーちゃんもその対象に入るのかな?」

「いや、たぶんそれはねぇと思う。」

「ミリアムちゃん以外に扱えないものを奪う道理なんてないと思いますが……」

「二人して酷いよ~!!」

ガーちゃん―――ミリアムが“相棒”として使っている『アガートラム』……不可思議な機械兵器の渾名である。それはともかく、リベールが一体何を考えているのか……卓越した頭脳と言えども全てを読み切れるわけではなく、その真意を計りかねていた。

 

「やれやれ……この音、飛行船…にしちゃあ、違う……」

すると、聞こえてくる音……最初は飛行船の物かと思ったが、その特徴的な音は飛行船ではないとレクターが気付く。その音の正体にレクターのみならず、周りの公人らも首を傾げた……だが、上空から次第に大きくなる影をミリアムが捉え、声を上げて叫んだ。

 

「あ、もしかしてあれじゃない?ほら、上から降りてくる青い影!!」

「は………はぁっ!?」

「あれは………青い『アルセイユ』!?」

高速巡洋艦アルセイユ級三番艦『サンテミリオン』……蒼き『アルセイユ』の登場に一同は愕然とするばかりだ。無理もない。リベール側からは出迎えのチャーター便を出すとの連絡は受けていたが、まさかアルセイユ級をチャーター便として出迎えをさせることに驚きを隠せずにいた。

 

「これはこれは……」

「………(パクパク)」

「これは驚いたわね……『眠れる白隼』の名に偽りなし、ということね。」

「いや、驚きどころじゃないでしょ!?リベールがいつの間に三番艦を復活させてたのよ!?」

これには政府代表のカールも目を丸くし、彼の息子であるマキアス・レーグニッツも口をパクパクさせ、イリーナは内心冷や汗をかきつつその姿にリベールの底力を感じ、二番艦と三番艦は解体されたと聞いていたアリサもこれには声を荒げるほどの勢いだった。

無論、驚いていたのは彼等だけではない。政府関係者も驚いており……

 

「………」

「や、やるじゃねえかリベール……」

「カッコいいね~、あの艦!」

クレアは目の前に映る光景に現実味を感じられず、レクターは引き攣った笑みを浮かべ、ミリアムは対照的に『サンテミリオン』の外装を褒めていた。

尤も、彼等だけではない……

 

 

~バルフレイム宮 ベランダ~

 

「カ、カッコいいです……あれが、『アルセイユ』なのですか!?」

「やはり、『かの艦』といい、『アルセイユ』は素晴らしいですわね。」

率直な感想を述べるセドリックとアルフィン、

 

「リベールの『翼』ですか…あの姿はまさにリベールの『誇り』ともいうべきシルエットですね。」

「フ……流石はアリシア女王陛下。我が父が『親愛なる友』と話していた御仁だ。」

彼等の母であるプリシラ皇妃は『サンテミリオン』の雄姿に率直な感想を述べ、エレボニア皇帝であるユーゲントはかの国を治める“彼女”が自分の父―――先代皇帝が友と話していた方の事を思い出し、口元に笑みを浮かべつつ、その『器』に感心していた。

 

更には……

 

 

~バルフレイム宮 宰相執務室~

 

「………」

驚きを隠せないオズボーン。彼が<鉄血宰相>と呼ばれた御仁と言えども、リベールのこの動きは知らされておらず、面を食らった形となった。自分が圧力をかけて解体させたはずの艦……だが、リベールはこの五年間、それをうまくかわし……こうして目の前に姿を見せた。となれば、あのアリシア女王に進言したであろう人物の名を呟く。

 

「フ、フフ……やってくれるではないか、カシウス・ブライト。」

カシウスがそれを考えたのは間違いではないが、二つの艦を隠ぺいしたのは主にアスベル。なのに、何故オズボーンが彼を知らないのか……

 

理由はいたって単純。アスベルは帝国内で遊撃士の活動はおろか、星杯騎士としての活動をある程度制限していたからに他ならない。派手に動き回れば動きが逆にとりずらくなる……なので、二つの仕事は帝国政府と極力避ける形で執り行っていたからだ。それに、帝国内にいる『結社』の存在もそういった自粛した行動に繋がっていることを知らない。故に、S級と言えども最低レベルだと錯覚させるためだ。そのために何人もの記憶を改竄したか……少なくとも、三桁は下らないだろうが。

 

「だが、既に遅い……種は蒔かれたのだからな。」

オズボーンはそう言い放って踵を返し、執務を行う机の上に視線をやる。目の前に映る立案書と設計書―――軍の緊急時派遣に関する法案と蒸気戦車の設計書を見て、口元に笑みを浮かべる。

 

 

「“遊戯盤”ができる前の前哨戦……せいぜい私を楽しませることだな。カシウス・ブライト……そして、リベール王国女王、アリシア・フォン・アウスレーゼ。貴殿らはこの危機にどう立ち向かうか……最前列で見させてもらうとしよう。」

 

 

その言葉の“真の意味”を知るギリアス・オズボーン……その意味は、彼にしか解らなかった。

 

 



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第101話 集い来る者

~グランセル国際空港~

 

三隻の『アルセイユ』……その登場に周囲の観衆だけでなく、エステルらも驚きを隠せなかった。

そこに、更に追い打ちをかけるかのごとく姿を見せた『彼女ら』の登場で、驚きに包まれた。

 

「エステルさん、それに皆さん。お久しぶりですね。」

「じょ、女王様!?」

「それに、クローゼ……いえ、クローディア姫とお呼びすべきかしら。」

そこに現れたのは正装に身を包んだアリシア女王とクローゼもといクローディア姫の姿であった。

国家元首とそれに連なる次期継承者の登場には、一同面を食らったのは言うまでもない。

 

「わぁ~、綺麗なドレス……見てるだけで感動しちゃいます。」

「ふふ、ありがとうティータさん。」

「……って、シオンは何か言わないのか?」

「話を振るな、リィン。俺にしてみれば“見慣れている”ものだしな……なぜそこで俺を見る、クローゼ。」

「むぅ……」

クローディアのドレス姿に感動に近い印象を持ち、率直に感想を述べるティータ。リィンはシオンに問いかけるが、シオンは怪訝そうな表情をしつつも事情を説明したが、それに納得がいかないクローディアはジト目でシオンのほうを睨んだ。

 

「ふふ、クローディアも青春を謳歌しているようで何よりです。クローディア、行きましょうか。それと、皆さんも護衛のほうお願い致します。」

「了解した。高貴なる女王陛下の名に恥じぬよう立派に務めることとしよう。」

「あのオリビエが……言ってることはまともに聞こえるんだけれど。」

「失敬な、エステル君。僕がここで恥をかいたらエレボニアの質が疑われてしまうからね。」

女王の言葉に誠意ある対応をしたオリビエにエステルは疑念の目を向けるが、オリビエは疲れたような表情をしつつ、いつもだとあまり見せない口調で述べた。

 

 

空港の飛行場から最初に姿を見せたのは、二番艦『シャルトルイゼ』から降りてきたカルバード共和国の国家元首、サミュエル・ロックスミス大統領の姿であった。その体格やにじみ出る雰囲気は“庶民派”と謳われるだけの印象を決定づけるのに十分であった。

 

「これは、女王陛下。それにクローディア殿下もお久しぶりでございますな。女王陛下に至りましては、風の噂で体調を崩されていたと聞きましたが、ご壮健で何よりです。」

「ええ、不可侵条約調印式以来ですね、ロックスミス大統領閣下。」

「お久しぶりです、大統領閣下。そちらも壮健のようで。」

「ハハハ、こう見えても少し痩せてしまうほどの忙しさですよ。今回のお招き、真に感謝いたしますぞ。」

女王やクローディア、ロックスミスのやりとり……単なる『国家を与る者』同士のそれに見えないだけに、周囲の観衆らはそれに気づかないものの、エステルらにはそれをひしひしと感じ取っていた。

 

「……あのロックスミスとかいう狸のおじさん、只者に見えないんだけど。」

「『狸のおじさん』は失礼よ、エステル。けれども、飄々としながらもその意志に揺らぎが見られない……カルバードという大国を与るだけのことはあるわね。」

「共和国は元から住む人や移民ら……多種多様な民族が居住してるのさ。それだけあって、遊撃士の忙しさはリベール以上かもしれんな。」

移民を受け入れる―――それは、多種多様な民族・文化・宗教・習慣の流入も意味し……それらによる価値観の違いが摩擦を生み、争いに発展することもある。カルバードとて、建国してから約100年という月日が経過しているが、その裏では血で血を争うという残酷な歴史がなかったとは必ずしも言えない。殊更、それが民族にとっての“存在”に関わるものであるならば、尚更だろう。

そして、その後ろから現れた二人の人物に女王が気付いて尋ねた。

 

「おや、そちらの方々は……」

「おお、そうでしたな。紹介しましょう。我が友人の子、ニコル君。そして、隣の彼はニコル君の護衛です。」

女王の問いかけにロックスミスは意気揚々とした口調で二人を紹介した。

 

「お初にお目にかかります、アリシア女王陛下、クローディア姫殿下。僕はニコル・ヴェルヌと申します。」

「これはご丁寧に。リベール王国女王、アリシア・フォン・アウスレーゼと申します。」

「クローディア・フォン・アウスレーゼと申します。成程、レオ先輩が仰っていた“新緑の貴公子”とは貴方の事でしたか。」

「いえ、それほどの事でもありませんよ。で、こちらが僕の護衛を引き受けてくれた……」

自己紹介をしたニコル、女王とクローディア。そして、ニコルが隣にいる人物―――ロイドのことを紹介するように言い、ロイドは自己紹介をした。

 

「ロイド・バニングスです。今回はニコルの護衛として参りました。よろしくお願いします、女王陛下にクローディア姫殿下。」

「ええ、こちらこそ。にしても、見たところクローディアと歳が近いようですが……」

「今年で16です。女王陛下も写真で拝見したのよりも綺麗で驚きました。クローディア姫殿下も実際にこうしてお会いすると、まるで宝石のような輝きを表現したかのような美貌を持っていますね。」

「ふふ、お世辞でもうれしいですよ。」

「あはは、恐縮です………(何と言いますか、エステルさんに対するヨシュアさんに近しい雰囲気を感じますね。)」

「ロイドは相変わらずですね。」

ロイドの自己紹介の後、ロイドの殺し文句にアリシアは笑みを浮かべ、クローディアは以前エステルからきいた話を連想させてヨシュアに近しい感じがすると思い、ニコルは息を吐くように出たロイドの言葉に半ば諦めつつ疲れたような表情を浮かべた。

 

「ハッハッハ!話は聞いていたが、流石ロイド君ではないか!」

「?は、はあ……どうも。」

ロックスミスの称賛に首を傾げつつも、頷いたロイド。その光景に……

 

「………なに、あの人。(というか、クラトスさんに近しい感じがするんですけど……)」

「なぁ、スコール。あの人は危険人物なのか?」

「………いや、多分あれは無自覚なんだろう。」

ロイドの言動というかその雰囲気にエステルはジト目でロイドを睨み、リィンは引き攣った笑みを浮かべつつスコールに尋ね、その問いかけに我に返り、ため息を吐きつつ答えたスコール。

 

「あの物言い……誰かさんにそっくりね。」

「失敬な、シェラ君。いくら僕でもあそこまでストレートに物言いは出来ないさ。」

「あの、えと……個性的な人みたいですね。」

その光景にシェラザードはオリビエの方を見つつ呟き、オリビエはその言葉に反論し、ティータは言葉に迷った挙句ロイドのことを個性的と評した。

 

「やれやれ……あの言動は兄そっくりのようだな。」

「って、ジンさんは知ってるの?」

「ああ、数年前にな。それ以降も度々顔を合わせてたんだが……」

彼が自分の知る彼の兄に似てきていることにジンはため息を吐き、サラの問いかけに彼の兄であるガイと面識があったことを明かした。

 

「あはは………」

「変わってないというか、寧ろ悪化してない?」

「俺に聞くな…俺だって頭が痛いわ。」

「その気持ちわかるぜ……」

“原作”以上に拍車がかかっていそうなロイドの性格にアスベル、シルフィア、レイア、シオンの四人は揃って彼の人となりに頭を悩ませていた。

 

ロックスミス、ニコル、ロイドの三人はジンら三人と共にその場を後にして共和国大使館へと向かった。

 

すると、次にお目見えしたのは三番艦『サンテミリオン』から降りてきた方々……帝国宰相名代にして帝都知事であるカール・レーグニッツ帝都庁長官、彼の息子であるマキアス・レーグニッツ、ラインフォルト社の代表として派遣されたアリサ・ラインフォルトの姿であった。

 

「はじめまして、アリシア女王陛下。それと、クローディア姫殿下。帝都知事カール・レーグニッツと申します。この度は帝国宰相ギリアス・オズボーンの名代として参りました。」

「これはご丁寧に。リベール王国女王、アリシア・フォン・アウスレーゼと申します。」

「クローディア・フォン・アウスレーゼと申します。で、そちらの方々は?」

三人が自己紹介をした後、カールから一歩引いた感じで立っていた二人が自己紹介をした。

 

「マキアス・レーグニッツと申します。そ、その、お会いできて光栄です。」

「アリサ・ラインフォルトです。ま、まさか女王陛下や姫殿下とこうして対面できるとは……」

緊張しているマキアスとアリサ。彼等の反応に関しては無理もない話だ。自分らの身分からすれば、帝国で言えば皇族……皇帝陛下と謁見するに等しいからである。

 

「ふふ、そこまで畏まらなくてもよいのですよ。」

「そうですね……公的な場では致し方ありませんけれども。話は聞いていると思いますが、三人には護衛をつけさせていただきます。」

その反応に笑みを浮かべる女王とクローディア。そして、クローディアは更に話を続けた。

 

「これはこれは……といいますと、王国軍なのでしょうか?」

「そうですね……軍属とも言えますが、彼らの本分は“遊撃士”です。それと、もう一人そちらの出身者がおりますので、その方にもお願いいたしました。」

「遊撃士……ですか。」

カールの問いかけに女王が説明を加える形で話し、マキアスは帝国で最近聞かなくなった“遊撃士”という言葉に考え込む。

 

「三人はお若いですが、実力は保証いたしますよ。」

クローディアのその言葉を聞いて近づいた三人の姿……アスベル、シルフィア、リィンが自己紹介をする。

 

「遊撃士協会ロレント支部所属正遊撃士、アスベル・フォストレイトです。」

「同支部所属正遊撃士、シルフィア・セルナートと申します。」

「協力員、リィン・シュバルツァーと申します。」

三人はそれぞれ自己紹介をした。すると、リィンの家名―――“シュバルツァー”という名前にカールらは反応した。

 

「お若いのに遊撃士とは……ところで、そちらの少年なのですが、今『シュバルツァー』と聞こえたのですが……」

「ええ。尤も、俺自身血は繋がっておりませんが。」

「成程、貴族らが批難していたシュバルツァー家の“浮浪児”でしたか……」

「そ、それはともかく……<五大名門>の御曹司!?(にしては、貴族らしい雰囲気が感じられないのだが……)」

「ユミルのシュバルツァー侯爵家……って、なんでそんな身分の人がこの国にいるのよ!?」

マキアスとアリサの言葉もある意味納得だろう。やんごとなき身分……それも、彼らの出身であるエレボニア帝国の貴族……それも、皇族の信頼を得ているシュバルツァー家の嫡子がリベールにいること自体、ありえないと思わざるを得ないだろう。尤も、彼ぐらいならばその驚きもたかが知れているのだが……

 

(貴族はともかく、皇族の『コイツ』がいるぐらいだもの……つくづくエレボニアという国が読めないわね……)

「やだなぁ、シェラ君。昼間だというのにそんな熱い視線は勘弁してくれたまえ。」

「じゃあ、今からロレントに行きましょうか?アイナもオリビエ相手なら喜ぶと思うわよ?」

「カンベンシテクダサイ。」

エレボニア帝国の皇族の一人……オリビエもといオリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子。考えて見れば、そういった人たちの中心にいるのはエステルであり、彼女の『力』にシェラザードは少し恐怖を覚えたのは言うまでもない。

 

「あはは……とはいえ、宜しくお願いします。」

「あ、ああ……こちらこそお願いする。」

「そ、その、お願いするわね。」

アスベル、シルフィア、リィンはカール、マキアス、アリサを連れて帝国大使館へと向かった。その後、城に戻る二人とカシウスを護衛する形でエステルらも城に向かった。

 

 

~帝国大使館 客室~

 

カールに関しては駐在武官であるミュラーが護衛を務める形となり、マキアスはアスベルとリィン、アリサはシルフィアが守る形で大使館に泊まることとなった。その一室で、マキアスとリィン、アスベルが話していた。

 

「成程……風変わりな貴族もいたものだな。」

「まぁ、否定はしない。父さんも『位は上がろうとも、生き方は変えられん。他の連中が口煩く言おうが、ウチはウチだ。』といいのけてたぐらいだからな。」

「何とも、テオさんらしいセリフなことで……」

どうやら、マキアスに関しては貴族に対する恨み……“原作”よりは幾分か抑え目になっているものの、革新派である父の事もあってか、良い感情を持っているとまでは言えない……ただ、話せば解ってくれるというのは正直ありがたい話だろう。

 

「で、行きたいところとかあるか?こちらとしては行動の制限をしたくないしな。」

「そうだな……リベールにも温泉地があると聞いたのだが、其処でも構わないか?」

「別にいいけれど……カールさんの影響か?」

「そうかもしれないな……うちの父さん、休みが取れると温泉地や観光地を巡ることが多くて。」

カールとしては、家に閉じこもってばかりでなく外へ連れ出すことで見聞を深めるのも目的の一つかもしれないし、親として子であるマキアスに不憫な思いはさせたくないのであろう……その意味も感じ取れたような気がした。

 

「そういえば、リィンはユミルの出身だったか。」

「ああ。ま、田舎の小さな町という感じだよ。ちなみに、変に畏まられると俺も困るから、普通に接してほしい。」

「つくづく君という人間が皇族から信頼されている貴族とは思えないな……そう言うんなら、僕も努力しよう。よろしく、リィン、アスベル。」

「ああ、こちらこそな。」

「宜しく頼む、マキアス。」

遊撃士(軍人・星杯騎士)、貴族(皇族の分家の養子)、平民(帝都知事の息子)……つくづく濃い面子なのだと感じたアスベルであった。

 

その後、アスベルは部屋に入ってきたメイドから伝言を預かり、その伝言を見た後……リィンとマキアスに簡単に事情を説明し、大使館を出て大聖堂に向かった。

 

 

~グランセル大聖堂~

 

アスベルがグランセル大聖堂に着くと、其処にいたのは……

 

「ア、アスベル………よかった、お前だったか。」

「ルドガー……って、変に疲れてねえか?」

アスベルと同じ“転生者”にして『結社』の『使徒』第一柱“神羅”兼『執行者』No.Ⅰ“調停”ルドガー・ローゼスレイヴの姿だった。彼の表情を見るにかなり疲れていることが見て取れたので、そのことについて尋ねた。

 

「じ、実はな……その………」

 

―――第七柱“鋼”と第二柱“深淵”が既成事実を作ろうと迫ってきたので、ゼラム系アイテムを駆使しつつSクラ20発かまして逃げてきた……らしい。

 

「……だからって、リベールに逃げてくるなよ……」

「頼れるのがお前か“影の霹靂”、“絶槍”ぐらいだったから……」

何でも、盟主は二人の使徒を煽り立てたようで、他の使徒ら―――第四柱から第六柱の三人もそれに拍車をかける形で煽ったらしい。何故か近くにいた“仮面紳士”ブルブランも煽ってきたため、そいつに関しては腹パンかまして悶絶させたらしいが……

 

「で、あの眼鏡野郎(ワイスマン)は?」

「知らないと思うぞ……ここで騒ぎを起こしたら、あの二人を怒らせかねない。」

「ん?どういう意味だ?」

アスベルはルドガーの言葉の意味に首を傾げる。どうやら、あの二人の目的はあくまでもルドガー(性的な意味で)であり、それを邪魔しようものなら同僚であろうとも抹殺するのだと……盟主の許可も貰っているらしい。

 

「“深淵”はまだいい……“鋼の聖女”がそんなんでいいのか……?」

「それを言うな……何せ、部下の三人をボコボコにしてたからな……」

「というか、何でそんな事態になったんだよ?」

「ああ……」

それは、先日―――本拠地に戻った時の事だった。

 

 

~身喰らう蛇 本拠地 星辰の間~

 

『ご苦労様でした“神羅”……そういえば、ルドガーも18歳ですね。家族を持とうなどとは考えないのですか?』

「はい?いきなり何を言っているのですか?」

『『使徒』とはいえ、人間……ですが、性欲が見られないのも困りものです。もしや、そちらの気でも』

「ありませんから。」

事の発端は『盟主』の発言だった。いきなり何を言い出すのかと思えば……と思うルドガー。だが、盟主は更に言葉をつづけた。

 

『“殲滅天使”レンに惚れられているのに、手を出さない……親として心配です。』

「アンタは俺に何を望んでんだ。というか、それが『親』の台詞ですかコノヤロー。」

『無論、混沌(カオス)な幸福ですが?ううっ、そんな言葉遣いをする子に育てた覚えなどありませんのに……悲しいです。』

「よし解った、腹パンしてもいいよな?答えは聞かねえけれど……なっ!?」

上司と部下というよりは、ハチャメチャな親と常識的な子の遣り取り……ルドガーが盟主に対して青筋を立てて歩みだそうとしたその時、後ろから感じる獣のような殺気……それに驚きつつもルドガーが後ろを向くと、

 

「……“神羅”殿」

「ふふっ、御機嫌ようルドガー。」

第七柱“鋼”アリアンロード、第二柱“蒼の深淵”ヴィータ・クロチルダの姿であった。

 

「な、何で二人が……」

「盟主にお願いされたのです。貴方の事に関して……」

「安心して、裏切者の始末じゃないわ。そもそも、ルドガーを裏切者にはできないし……今回は盟主と私らの利害が一致したの。」

「利害……おい、盟主!何を吹き込んだんだ!!」

ただならぬ雰囲気……まるで、全てを食らい尽くさんとするかのような覇気にルドガーは盟主に問いかけた。すると、盟主は笑みを浮かべたような口調でこう告げた。

 

 

『諭しただけですよ……手に入らぬのであれば、奪ってしまえばいいのですよ。貴方の遺伝子を……と。』

 

 

「カッコつけたつもりだろうが、それって既成事実作れば逃げられねえって言ってるのと同じじゃねえか!!アイネス、エンネア、デュバリィ!!こいつらを止めろ!!」

「無駄ですよ。既に私が気絶させましたので。」

「何やってんだ、アンタァァァァッ!!」

いつもならばそのようなことなどしないアリアンロード……だが、今の彼女は目的の為なら部下にすら容赦ない有り様にルドガーは叫んだ。お前聖女じゃねえよ!寧ろ悪魔だよ!!と言いそうになったが、余計こじれそうだったので内心に止めた。

 

「抵抗しても無駄よ、ルドガー……さぁ、私らとイイコトしましょうか♪」

「ああ……もう……俺はまだ青春を謳歌してえんだよ!!!」

……結果として、Sクラ20発……ヴィータはともかく、アリアンロードに関しては更に頑丈になっていたので苦労したが……何とか逃げ切った。

 

 

~グランセル大聖堂~

 

「とまぁ……今に至るわけで。」

「大変だな、ルドガー。今も昔も苦労してるんだな……とりあえず、明日エルモに行く予定だから……来るか?」

「ああ……宜しく頼む。」

彼の心労を察しつつ、アスベルは彼を労うために誘い、ルドガーもそのお誘いに頷いた。

 

 




後半に関してはある意味ギャグシナリオと言ってもいいかもしれません……ヴィータはともかく、アリアンロードも普段のタガが外れる+盟主の言葉という『大義名分』という感じで書いたらあんな感じに……『結社』の存在がお笑い集団になっているような気がします。その元凶は9割方カンパネルラとブルブランのせいですがw


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第102話 鐘鳴る地の担い手

~王都グランセル~

 

各国首脳がリベールを訪れた翌日、女王生誕祭が幕を上げた。

 

第60回女王生誕祭―――その節目とも言える今年は、何時にもまして大変な賑わいとなっていた。とりわけ、先日の“再決起事件”があってか観光客の減少も懸念されていたようだが……暗いニュース続きだったからこそ、明るい話題として賑わいたいという国民の気質も相まっていつも以上の熱気に包まれていた。端の方からその様子を見つめる二人の人物―――ニコル・ヴェルヌとロイド・バニングスの姿があった。

 

「すごいですね、ロイド。カルバードでもこれほどの賑やかさはありますが、不思議な感じですね。」

「そうみたいだな。叔父さんにもいろいろ連れまわされたしな………個人的には思い出したくないんだけれど。」

ニコルの言葉に何かを思い出してため息を吐くロイド。祭りと言えば普通は楽しいイベントなのだが、彼にとって共和国の祭りは『曰くつき』のものとなっていた。その様子に心当たりがあったニコルはそれに答えるかのように言った。

 

「“彼女”のことですか……ロイドにしてみれば“天敵”みたいなものですしね。出発前にもロックスミスさんにしがみつかれてましたし。」

「はぁ……正直、俺なんかが彼女と釣り合いが取れないと思うんだけれどなぁ……美人だということは認めるけれど。」

ニコルの口から出た“ロックスミスさん”―――彼女はロックスミス大統領の実子であり、本人曰く『ろっくんの婚約者だよ~♪』とあちこちに言いふらしているようで、ロイドはその火消しに奔走していた……その行為がある意味火の中にガソリンをぶち込むぐらいのことをしでかしているということに当の本人は気付いていないが。

すると、二人に近寄る人物―――スコール・S・アルゼイドは両手に持っている飲み物が入ったカップを二人に手渡した。

 

「とりあえず、飲み物な。」

「ありがとうございます、スコールさん」

「すみません。パシリみたいなことをさせてしまって。」

「気にするな。俺にしてみれば慣れたようなものだ。」

カップを受け取った二人の言葉に、スコールは大したことなどしていないかのように答え、ニコルの横に座った。

 

「そういや、今チラリと聞こえたんだが……ひょっとして、ルヴィアゼリッタ・ロックスミスのことか?」

「ええ。共和国で最も実力の飛び抜けたピアニストにしてヴァイオリニスト……天然さも相まって、相当人気が高いです。僕にしてみれば立派な目標ですね。」

「帝国の“蒼の歌姫(ディーヴァ)”、クロスベルの“太陽の姫”と並ぶ共和国の“空の奏人(そらのかなでびと)”ねぇ。俺も雑誌で何度か顔を見たことはあるが………で、何で彼女の話が?」

ニコルの説明にスコールは思い出しつつもその説明に補足しつつ、何故彼女の話題が出たのか不思議に思って尋ねた。確かにロックスミス大統領の実子である以上、出てこないという話題ではないにしろそれを不思議に思ってしまったのだ。

 

「実はですね……彼女、ロイド君にぞっこんでして。昨日出発する際にも引き止められてましたし。」

「へぇ~……周りの人間は止めなかったのか?」

「止めないというよりは“止められない”んですよ……彼女、泰斗流の使い手ですし。止めようとしたら天井やら壁やら床に人型クレーターが量産されてしまいますし……父親である大統領閣下もその被害を被ってますし。」

「ああ………引き剥がすのに苦労したよ………」

泰斗流―――つまりはジンやリン、そしてヴァルターが学んでいた拳法を駆使するだけの実力を持つ。尤も、それを無駄な方向に使っているというのは否定しようもない事実であるが……

 

「尤も、ロイドも役得でしたよね。ラッキースケベとも言うべきですか。」

「あれは故意じゃないから!引き剥がそうとした時に誤って胸に手が触れてしまっただけだからな……」

「………」

「スコールさん!?何で黙るんですか!?」

その時に“美味しい”ハプニングがあったようであり、ロイドは疲れた表情を浮かべ、ニコルは苦笑し、スコールに至っては目を瞑って黙っていた。それを見たロイドはスコールに釈明するかの如く言い放った。

 

「いや、その女難っぷりというか……ロイドの兄にそっくりだよ。」

「ロイドのお兄さんというと……」

そして、スコールが口を開くと……そこから出た言葉にロイドのみならず、ニコルも目を丸くした。

 

「兄貴をご存じなんですか?」

「ああ……最後に会ったのは四年前ぐらいかな。それ以前も交流はあってな……尤も、あの御仁を射止めたセシルも相当苦労していたようだし。」

そう言って、スコールは話し始めた。

 

スコールとセシルの出会いはクロスベルの日曜学校だった。当時のスコールは結社を抜けたばかりで、自らを高めるための鍛練をするために父の紹介でクロスベルの遊撃士協会支部に顔を出していた。その際通うことになった日曜学校でセシルや彼女の親友であるイリア・プラティエとも仲良くなり……そして、セシルの紹介でガイと知り合うことになった。その時、ロイドとも面識があり……それを聞いたロイドが思い出してスコールに問いかけた。

 

「あ……あの時の少年がスコールさんだったんですか!?」

「ご明察。ようやく思い出してくれたな……ロイドは当時から魔性の魅惑を纏っていたが。毒牙に掛からなかったのはロイドの幼馴染ぐらいか。」

「毒牙って……というか、魔性って何ですか……俺にそんな大層な魅力なんてないですから。」

本人はこう言っているが、彼と仲の良かった友達の男女比はやや女の方が多めだった。それにはガイも頭を抱えたくなったが、『貴方が言えた台詞ではないですよ』という表情を浮かべたセシルの姿にスコールの中で冷や汗が流れた。事実、ガイが関わっていた人物……彼に対して恋愛感情を抱いていた人物は結構いたらしい……知らぬのは本人ばかりなりといったところであるが。

 

「成程……結構天然と言われるルヴィアさんを落としたのは、お兄さん譲りとも言えるロイドの魅力なんですね。」

「だから……俺にそんな魅力はないし、彼女の心を動かすような大それたことなんてしてないのに……」

「(自覚なし、か……コイツの妻は一体何人に増えるんだか……)」

ゼムリアの世界では、一夫一妻という縛りは存在しない。一応その辺りの決め事に関しては国ごとの対応―――『民法』という形で取り決めがなされているが、一夫多妻ということに関しては禁止しているところが少ないのだ。尤も、そのことを認識しているのは貴族位であり、この数百年間もの間に“一夫一妻”という考え方が定着し、そういった取り決めになっていることすら忘れ去られているのが実情である。

 

「にしても、ニコルはいいのか?どこか行くのならばついて行くことぐらいはするのに……」

ちなみに、ジンとサラは大統領の護衛ということでグランセル城に向かった。どうやら、アリシア女王との首脳会談のため……らしい。

 

「そうですね……ただ、博覧会のときに演奏イベントがありまして……それの練習で時間が取れなさそうなんです。」

「演奏イベント?」

「女王陛下の計らいだそうです。各国の著名人を招待して、四か国合同の演奏会を開催するんです。僕が随行しているのはその辺りもあったりしますし。」

ニコルの話によると、各国のアーティストや音楽院の生徒らも招く形で合同演奏会を開く催しとのことらしい。それを聞いたスコールは一つの疑問をニコルにぶつけた。

 

「待てよ……ニコル、それって彼女も来るということなんじゃないのか?」

「いえ…ルヴィアさんは共和国での音楽イベントが丁度重なっていますので、こちらに来ることは無いかと。」

「それは本当にありがたいよ……こんなところにまでルヴィアさんが来たら洒落にならないし……」

幸いにして、ロイドの精神的疲労の種はなさそうである。『今のところは』という前提が付くことになるが……すると、ロイドらには見慣れない組み合わせの三人組がスコールの姿を見つけて近づいてきた。

 

「あ、スコールさん。」

「ん?おお、ティオっち。久しいな。それと……何か異色の組み合わせだな。」

そう言ったスコールの言葉はある意味的を射ていた。なぜならば……

 

「えと、お久しぶりね。スコール。」

「まさか、アンタとここで出くわすことになるたぁな。“影の霹靂”さんよ。」

パールグレイの髪の少女、エリィ・マクダエル。そして赤髪の青年、ランディ・オルランドの姿だった。これにはスコールのみならず、ニコルやロイドも驚いていた。

 

「久しぶりだな、エリィ。あとランディ、その異名で呼ぶな“赤いヘタレ”」

「本来の異名よりもひでえな、オイ!それならちゃんとしたほうがマシじゃねえか!」

「五月蝿い。ある意味家出した奴をヘタレ扱いして何が悪い……エリィ、ティオっち。説明を頼む。」

ランディの言葉に不機嫌な表情を浮かべつつ皮肉ったスコールの言葉にランディは反論するも、息をつかせぬ物言いをしつつ、エリィとティオに説明を求めた。

 

「実はですね……アルバート大公の方はアガットさんやティータさん、レイアさんらとともに病院の視察に行ったのですが……私は魔導杖のテストもありますし、ちょうど来ていたエリィさんのお誘いを受ける形で一緒にいるんです。」

「俺はオッサンの頼みでな。それに、温泉と聞けば美味しい酒もあるに違いないという理由で引き受けたのさ。」

「まぁ……ランディが言ったけれど、エルモの方に行くことになったの。お祖父様の日頃の疲れを癒す場所としてエルモならいいかと思ってね。」

どうやら、各々の事情があっての行動……ランディのほうは私情入りまくりであるが。だが、何故スコールのもとを訪れたのかが気になった……それに答えるようにエリィが説明を続けた。

 

「で、スコールのところに来たのはアスベルから誘うように頼まれたのだけれど……」

「アイツか……ま、悪い気はしないし。受けることにするよ。(大使館に伝言ぐらいしておくか……)」

その依頼主を聞いて特に疚しいことではないと判断し、スコールは頷いた。そして、後で大使館に連絡をしておこうと思いつつ、ニコルとロイドの方を向いた。

 

「何だったら、ニコルとロイドも来るか?」

「え?ですが……」

「堅いこと言わねえの!たまには音楽以外のことで思い出位作らねえと後悔するぞ!というわけで、ニコルとロイドは参加(確定)だからな。」

「「拒否権なし!?」」

珍しくも強気かつ強引な物言いに二人は何も言い返せず、ニコルとロイドも参加することとなった。

そして、ロイドが自己紹介をした。

 

「えと、初対面だから自己紹介だな。ロイド・バニングスだ。出身はクロスベルなんだが、事情があって共和国で暮らしてる。よろしくな、三人とも。」

「え……」

「へっ……?」

「へぇ~……」

その自己紹介にエリィは目を丸くし、ティオは聞き覚えのある名字に首を傾げ、ランディはロイドの名前を聞いて興味深そうな感じでロイドの方を見ていた。

 

「あれ?なんかおかしいこと言ったかな?」

「ううん、違うの……私はエリィ・マクダエル。貴方と同じクロスベル出身よ。」

「レミフェリア総合技術局長ティオ・プラトーです。よろしくお願いしますロイドさん。」

「俺はランディ。ランディ・オルランドだ。堅苦しいのは嫌いだから、言葉遣いはタメ語で頼むぜ。」

その反応に戸惑ったロイドだったが、それを取り繕うように三人は改めて自己紹介をした。

 

「やれやれ……ニコル・ヴェルヌといいます。よろしくお願いします、エリィさん、ティオちゃん、ランディさん。」

「ええ、宜しくね。」

「こちらこそ、宜しくお願いします。」

「おう、よろしくな。」

ため息を吐きつつ、ニコルは自己紹介をしつつ挨拶を交わした。

 

スコール、ニコル、ロイドは一度三人と別れて大使館に説明した後、ある程度の荷物を持って三人と合流し、他の面々との合流場所―――現地集合という形ではあるが、飛行船に乗ってツァイスに降り、そこから徒歩でエルモに向かうこととなった。

 

~ツァイス市 南側入口~

 

一行は南側の入り口―――リベールの名所の一つであるエルモ温泉とカルバード共和国を結ぶ関所、ヴォルフ砦へ行く道があるトラット平原へとつながる場所に着くと、一度立ち止まってスコールが問いかけた。

 

「さて、この先の街道には魔獣が出てくるわけだが……話を聞いているエリィやティオっち、それとランディはいいとして、ロイドとニコルは?」

「後方支援位なら何とか……」

「武術ならそれなりには……こう見えて捜査官を目指している身ですから。」

スコールの問いかけにニコル、ロイドが答える。

 

「そうなの……よろしくお願いしますね。」

「敬語はいいよマクダエルさん、見たところ年も近そうだし。」

「そう?ちなみに私は16だけど。」

「ああ、それなら俺やニコルと同い年だ。」

敬語で話したエリィにロイドは歳がそう変わらないことを確認して、続けて言葉遣いや呼び方もタメ語でいいと伝えた。

 

「それでしたら僕の事は名前でいいですよ、エリィさん。」

「なら、私の方も名前でいいわよ。よろしくね、ロイドにニコル。」

「ああ、こちらこそな、エリィ。えっと、あなたたちは………?」

エリィの答えを聞いて頷いたロイドはランディとティオを見回して尋ねた。

 

「俺は19だが、堅苦しいのは苦手だからタメ口でいいぜ。よろしくな、ロイド、エリィ、ニコル。」

「ええ、こちらこそ。」

「ああ、よろしく頼む。」

「よろしくお願いします。」

尋ねられたランディは答え、ランディの言葉に頷いたロイド、エリィ、ニコルの三人はランディと共にティオを見つめた。

 

「………えっと……それで、君の方は………?」

「12ですが、問題が?」

「い、いや、別に問題があるわけじゃ………って、12歳ッ!?」

あっさりと出てきたティオの答えを聞き、ロイドは苦笑しながらティオを見つめたが、すぐに驚きの表情で叫んだ。

 

「ハハ、なんだ。見た通りの歳ってわけか。」

「驚いた………そんな若いのに、局長だなんて……」

ランディは笑みを浮かべ、エリィは驚きの表情で見つめた。

 

「いやいや、普通に考えたら常識外れだし!労働基準法とかそこら辺はどうなってるんだよ!?」

「まぁ、よく言われますよ。けれども、ティータさんだって同い年にして導力技術にかなり長けていますし、別に変なことではないかと思いますが?」

驚きを隠せない様子にティオは慣れたような表情を浮かべつつ素直に反論した。

 

「ティオっち、それは比較すべき対象がおかしいから。ちなみに俺は20だ。ま、タメ口でいいわ。俺自身年上にタメ口使うこともあるしな。」

それには『その説明はおかしい』とツッコミを入れつつも、スコールも自分の年齢を述べた。そして、スコールは言葉をつづけた。

 

「とりあえず、互いの戦闘スタイルは確認しておくか……俺の得物はこれだ。」

そう言ってスコールが取り出したのは二丁の銃。そのフォルムは他の導力銃から見てもどこかしら重厚的かつ未来的な印象を感じさせる形をしている。

 

「へぇ、双銃とは珍しいな。」

「まぁ、厳密に言えばコイツは単なる銃じゃない……ブレード展開。」

感心するようなランディの言葉に笑みを浮かべてスコールがキーワードのようなものを呟くと、二丁の銃は変形して二本の片刃剣―――銃に剣を組み合わせたような形状に“変形”した。更には、その二つを組み合わせると一本の大剣へと“合体”したのだ。

 

「へ……武器が変形に合体!?」

「凄いわね……」

「そんな武器……見たことも聞いたこともありません。」

「オイオイ……凄いってレベルじゃねえぞ。」

「驚きしかないですよ……ヴェルヌ社でも作れない代物です。」

その武器にロイド達は最早驚きしか出てこない様子であった。無理もない……現行の技術水準で行けば『ありえない』部類の武器だからだ。

 

「魔導双銃剣『エグゼクスレイン』…出所に関しては俺もよく解らないが…俺にしか扱えない、俺専用の武器さ。(というか、コイツの出所は流石に明かせないからな……)」

スコールの持っている武器……盟主から齎された“外の理”の魔剣と『十三工房』の技術を組み合わせた代物。銃・片刃剣・大剣の三形態を駆使することで、どの距離にも対応した代物であり、総合武術である“アルゼイド流”の師範代であるスコールだからこそ、この武器を余すところなく使いこなすことができるのだ。

 

「ま、状況に応じて“遊軍”ができるということだな。ティオっちはその『魔導杖』か?」

「ええ……ちなみに、皆さんの武装は何ですか?」

「僕はこれですね。」

ティオの問いかけにまず反応したのはニコル。取り出したのは魔導弓(オーバルアーチェリー)であった。

 

「ソイツは弓だな……」

「ええ。導力ユニットを搭載していますから、矢に属性を持たせることもできます。ただ、ZCF製のものには勝てませんが……」

「愛着のある武器で戦う……それも悪くないと思うわ。」

「でも、後方支援としては問題ないですね。ロイドさんはどんな武器を?」

ランディが感心したようにそれを見、ニコルが魔導弓の説明した。武器の使い込みの度合いを見てエリィは笑みを浮かべ、似たような戦闘スタイルだと思いつつ、ティオはロイドに尋ねた。

 

「ああ。俺の得物は、これだよ。」

尋ねられたロイドは自分の武器―――“トンファー”を見せた。

 

「それは、警棒の一種……?」

「トンファーか。東方で使われる武具だな。殺傷力より防御と制圧力に優れているらしいが……」

「普通のトンファーならそうですが……ロイドの使っているトンファーはヴェルヌ社製の特殊なトンファーです。」

「特殊、ですか?」

エリィがその出で立ちに首を傾げ、ランディが思い出すかのようにその武器の事を述べ、ニコルはそれに説明を加える形で言い、ティオがそれに問いかけた。

 

「ああ……何でも、衝撃を蓄積・解放する機構のテストタイプを搭載しているんだ。スタンハルバードに近い感じかもしれないな。」

トンファーへの衝撃を全て内蔵された特殊な結晶回路内に蓄積し、それらを威力として変換して打ち出す機構……スタンハルバードの変換ユニットに近い印象だが、これを装備したことによる使用者への“反動”の関係から今のところロイドにしか扱えない代物と化している状態……ロイドはテスト要員としてこのトンファーのデータを取るために使っているとのことだ。

 

「それでエリィの得物は?」

「私が主に使う武器はこれね。」

「導力銃……少し古いタイプですね。」

「ずいぶん綺麗な銃だな………」

ロイドに尋ねられたエリィは導力銃を見せた。

 

「競技用に特別にカスタムしてもらったものよ。旧式だけど、狙いの正確さは期待してくれてもいいと思う。で、ランディはどういう武器なのかしら?」

「ん?ああ。俺の得物はコイツだ。」

エリィに言われたランディは自分の武器―――スタンハルバードを見せた。

 

「それは………ずいぶん大きな武器だな。」

「以前、財団の武器工房で見かけたことがあります。導力を衝撃力に変換するユニットが付いていますね。」

「ああ、スタンハルバードだ。ちょいと重くて扱いにくいが一撃の威力は中々のもんだぜ。」

「スタンハルバード……成程、レイアの使っていた武器と同じ系列なのね。」

ロイドらの言葉にランディは説明し、エリィはそれを使いこなしていた人物―――レイアの名前を出した。すると、それに反応したのは他でもないランディであった。

 

「へっ……お嬢、今『レイア』って……」

「お、お嬢って……ひょっとして、ランディがレイアの言っていた『お兄さん』なのかしら?」

「ああ……レイアは俺の妹でな。アイツの膂力は半端ねえからな……」

ランディのエリィに対する呼称に困惑しつつも以前レイアから聞いていたことを尋ねると、ランディは疲れたような表情を浮かべつつ頷いて答えた。

 

「ええ。魔獣をホームランするぐらい、朝飯前だったわ。」

「……はい?」

「身近に『非常識』がいるなんて、凄いですね。」

「……正直ありえないと思いますが。」

「アイツなら平気でやりかねないのがなぁ……」

エリィの言葉にロイドらは各々の反応を返す。ただ、彼女の事をよく知るランディを除いて共通していることは『人間業じゃない』という思いで一致していた。

 

「色々凄いな………まぁ、ティオの杖が、どういうものかわからないけど………魔獣との戦闘になったらバランスよく戦えそうだな。」

色々説明を聞いたスコールは頷いた後、エリィ達を見回して言った。

 

そして、一通り確認し終えた後、スコールらはトラット平原へと向かった。

 

 




オリキャラ一人増えましたw共和国勢の印象薄かったので、強烈なキャラを持ってくることにしました。
『どこかしら天然っぽい』『武術に秀でてる』……あと『CV=ミスティの中の人』。イメージについてはお察しください。

次回、特務支援課組戦闘の巻。


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第103話 秘められたもの

 

~トラット平原~

 

平原道を進み、分岐からエルモ方面へと歩いていたスコール達。その間、お互いのことについて話していた。

 

「それにしても、ティオすけが局長たぁ……そんなに人材不足なのかよ?」

「ランディさん、その呼び方は何ですか。」

「いいじゃねえか。その方が愛着湧きそうだしな。」

「ティオっち、諦めろ。コイツの呼び方にツッコミ入れてたら日が暮れるぞ。」

「ですね……はぁ……」

ランディの呼び方に些か不服だったようで、ティオはジト目で睨みつつ不満を漏らしたが……ランディのあっさりとした物言いに加え、スコールの言葉に諦めた表情を浮かべてため息を吐く。

 

「私の場合、確かに人材不足ということもありますが……それ以上に、私はラッセル博士の直弟子の一人ですので、その点での抜擢というべきですね。」

「ラッセル博士と言いますと……」

「アルバート・ラッセル博士……エプスタイン博士の直弟子にあたる人ね。」

導力革命を齎したエプスタイン博士の直弟子であるラッセル博士。ティオはその人に師事し、直弟子の一人として認められている。その過程で彼の孫娘であるティータとも知り合った。同い年ということもあって、互いに親友とも呼べる間柄でもある。彼に師事するきっかけは偶然だったにしろ、ティオにとっては一つの『転機』であったことには違いない。

 

「それに、私自身アルバート大公に何かと世話になった身ですので。局長への打診も大公からのものですし。」

「成程……というか、同じ名前だから混同しやすいな。」

「それは僕も思いましたよ。」

同じ『アルバート』の名前を持つ二人。しかも、双方著名人なだけに呼称をきちんとしないと間違えそうだということをスコールが呟き、ニコルも同意した。

 

「それにしても、ロイドさんはどうしてニコルさんと一緒に?」

「ああ……ニコルとは叔父さんの紹介で知り合ってさ。尤も、そのお蔭でいろいろ苦労してるけれど……」

話を変えるようにティオがロイドに問いかけると、ロイドはその問いに答えつつも疲れた表情を浮かべていた。

 

「ん?どういうことなのかしら?」

「実はですね……以前、演奏会の手伝いをお願いしたのです。幸いにもギターの演奏ができるということでその辺りもお願いしたのですが……その際に、ロイドのファンクラブができたんですよ。」

「ファンクラブって……コイツ、そんなに有名人なのか?」

「五人とも……どうやら、話はお預けのようだ。」

首を傾げるエリィとランディ……ニコルの説明でも納得できずにいた。まぁ、尤もだろう。この三人と会ってからまだロイドの『真骨頂』は披露されていないのだから。だが、その疑問を感じている暇はないと察したのはスコールだった。

 

その言葉にロイドらが眼前を見ると、大型の魔獣:オーバーアビスワームに中型の魔獣:アビスワームが七体いた。

 

「なっ……」

「あの大型、なんつーでかさだよ!?」

(あれは……もしかして、ヴァルターの奴がここで実験してた時の影響で変化した奴か?)

とりわけ、その中に居る大型の魔獣―――アビスワームの三倍以上の大きさを有する魔獣にロイドとランディは驚きの声を上げるが、スコールは元身内がしていた『実験』の話を思い出し、彼によるものではないかと推測した。おそらくは他の五人でも厳しいと思われるレベル……スコールは一歩前に出て、『エグゼクスレイン』のブレードを展開する。

 

「ロイド達、あのデカブツは俺が引き受ける。残りの連中でも厳しいと思うが、何とか耐えてくれ。」

「スコールさん!?」

「オイオイ……アンタ一人でアレと対峙するって、正気か!?」

スコールの言葉に慌てふためくニコルとランディ。だが……

 

「……解りました。スコールさん、お願いします。」

「ロイド!?」

「ニコル、この中に居る人たちの中でも、恐らくスコールさんが一番の手練れ。それに、あの大物をここで仕留めないと街に被害が出かねない……その意味でもスコールさんが適任だと思う。」

ロイドは冷静に事態を分析し、スコールの提案を呑んだ。あの大型の魔獣:オーバーアビスワームをここで捕捉できたのは偶然だが、ここで逃がせばツァイス市やエルモに甚大な被害を及ぼすようなことにも繋がる。それと、スコールから放たれる闘気を感じ取り、その印象からしても彼に任せるほかないというのが現時点での選択であった。

 

「悔しいけれど、お願いします。でも、耐えるぐらいなら打ち勝って見せます。」

「その意気だ……なら、この場でのリーダーはお前だ。いずれ捜査官を……お前が目標としている兄を目指す身ならば、その任を果たして見せろ。」

スコールはそう言って、ロイドの前に立つ。その姿にロイドは兄の姿を一瞬思い起こさせた。

 

―――兄貴、俺は兄貴のようになれるかどうかはわからない。けれども、俺は俺なりのやり方で兄貴を目指す。兄貴は言ってくれたよな?『お前に何があろうとも、俺はお前を信じる。だから、お前はお前自身を信じて貫け。今は解らなくてもいい……ロイドならいつか、その意味を解ってくれる。』って……その答えはまだ解らないけれど、今はそれを見つけるために足掻く。いつだって、どんなときだって……兄貴も、きっとそうだったように。

 

「……了解です!みんな、いくぞ!!」

「おうよ、リーダー!」

「ええ、任せたわ!」

「了解です。」

「了解、ロイド!」

「ああ!」

ロイドの掛け声に味方のメンバーは士気を向上させる。

 

ロイド・バニングス、エリィ・マクダエル、ティオ・プラトー、ランディ・オルランド……カルバード、クロスベル、レミフェリア、エレボニアの公人と縁の深い面々であり、後にクロスベル警察特務支援課として集うこととなる四人の『最初の戦い』が幕を上げる。

 

「それじゃ……お前は俺が相手だ」

「!!」

スコールはそう言って、オーバーアビスワームに近寄り、攻撃を加える。その攻撃に臆することなく反撃をスコールに向けて繰り出すが

 

「おっと……ちっ、流石に図体だけじゃないってことか。」

その攻撃をブレードで流すようにかわしたものの、ブレードから伝わる振動にスコールは舌打ちした。どうやら、単純に大きくなったわけではなく、スピードとパワーをそのまま倍加させたような印象が伝わってきた。

 

「(スコールさんがひきつけてくれている……となると)時の加護を、クロノブースト!!」

その様子を見たニコルは『クロノドライブ』の上位アーツであり、地点指定範囲内の味方の素早さを上げる『クロノブースト』を発動させ、ロイド達の行動速度を向上させる。

 

「―――解析完了。この敵はダメージを受けると、全体に地震攻撃を放つようです。」

ティオはクラフト『アナライザー』を発動させ、アビスワームのデータを詳細に掴み、ロイド達に伝えた。

 

「となると、速攻で行くしかねえか。」

「いや、数がけっこういる……最低でも三手番ぐらいは必要だ。」

ランディの言い分も尤もであるが、一気に片づけるとなるとかなりの高火力と広範囲の代物が必要。少なくとも、そう言った武器を持つのは現状で言えばエリィの銃ぐらいだろう。その中、ティオは『ある手』を使うことを四人に提案した。

 

「……私に考えがあります。ロイドさん、ランディさん。あの魔獣を出来るだけ直線に誘導できますか?」

「え?」

「ああ、それぐらいならお安い御用だが……どうする気だ?」

「魔導杖の機能―――砲撃形態『バスターモード』を使って薙ぎ払います。エリィさんとニコルさんには二人の補助をお願いしてもいいですか?」

「解ったわ。」

「了解しました、ティオちゃん。」

(……何と言いますか、提案した私が言うのもなんですが、皆さん本当のお人好しですね。)

ティオの提案にすんなりと乗った形の四人に内心苦笑したが、今は眼前の魔獣の掃討が先だと気持ちを切り替え、準備を始める。

 

「いくぞ、ランディ!」

「合点承知!」

ロイドとランディは魔獣を挑発するかのように動き回り、魔獣はそれにまんまと乗る形で二人を追いかけ、通常攻撃や落雷を繰り出す。

 

「ぐっ!?」

「ちっ!」

「二人とも、回復します。ホーリーブレス!!」

「ありがとう、ニコル!」

「サンキューだぜ!」

二人でも流石にかわしきれずに傷を負うが、ニコルが『ホーリーブレス』を発動させて二人の体力を回復させた。

 

「チャージ完了。エリィさん!」

「二人とも、離れて!!」

「ああ!」

「おう!!」

そして、ティオの声にエリィは叫び、ロイドとランディが離れる。そして、エリィは銃を構え、ティオは砲撃形態に変形した魔導杖を構える。二人の構える武器の銃口の前に展開される魔法陣……二人のSクラフトが放たれる。

 

「気高き女神の息吹……力となりて我が銃に集え!エアリアルカノン!」

「『バスターモード』起動、導力回路(オーバルドライバー)出力最大……エーテル、バスター!」

エリィの大気中のエネルギーを銃に集中させて光弾を放つ『エアリアルカノン』、ティオの魔導杖から放たれる砲撃のクラフト『エーテルバスター』が直線に並ばされたアビスワームらに直撃し、大ダメージを負う。

 

「コイツはどうだい………はあああああ!クリムゾン、ゲイルッ!!」

「これで決める!とう!はぁっ!とう!やぁ!……ライジング、サァーーーン!!」

そして、間髪入れずにランディとロイドがそれぞれ範囲攻撃のSクラフト『クリムゾンゲイル』『ライジングサン』を放ち、魔獣はその攻撃に耐え切れずに崩れ落ち、動かなくなった。

一方、スコールのほうはというと……

 

「……どうした?これで手の内は終いか?」

そう言い放つ“無傷”のスコールに対し、斬撃と銃撃の傷が無数につけられたオーバーアビスワーム。その光景からしても『異常』とも言える実力差。だが、魔獣は相対している相手が元『執行者』だということを知らない。尤も、それを知らずにこの魔獣は倒される運命にある……それを本能的に悟った魔獣は地中に逃れようとするが、

 

「逃がすか!」

スコールの斬り上げによってその巨体は高く打ち上げられる。間髪入れず、スコールは両手に握った片刃剣形態の『エグゼクスレイン』の握っている手に力を籠め、ブレードはその力に呼応するかの如く光り輝く。

 

「………はあっ!!」

そして、ブレードを振り下ろすと、刃から数多の光の刃が打ち出され、オーバーアビスワームの体はその刃によって空中に『固定』される。そして、その時には既にスコールはその場にいなかった……なぜならば、

 

「セイバー、フルアクティブ!」

大剣(セイバーモード)を構え、アビスワームの直上に飛び上ったスコール。そして、重力の慣性に従うかの如くスコールは剣を眼前に突き出し、彼の叫びにその刃は神秘的な光に包まれる。

 

「はああああっ!敵を撃ち砕け、漆黒の雷!」

そして、その剣は魔獣に突き刺さり、スコールは一足先に地面に着地した。

 

「―――ミスティック・エクレール。」

Sクラフト『ミスティック・エクレール』……そう呟いたスコールの言葉と同時に魔獣が光に包まれ、爆発する。そして、その中から回転して彼のもとに落ちてくる『エグゼクスレイン』……彼はそれの柄をしっかりを受け止め、振り下ろした。

 

「………」

その光景に、ロイドらも茫然としていたが、我に返ってスコールのもとに近寄り、スコールも一息ついてロイドらの方を向いた。

 

「お、そっちも無事だったか。多少は傷を負ったみたいだが……」

「ええ……というか、驚きだったんですが。」

「あんな化物を倒すなんてな……アンタ、相当強いな。」

「ははは……とりあえず、少し休んでろ。ちょっとこの先の状況を確認してくる。」

ロイドらにねぎらいの言葉をかけると、スコールはその場を離れた。すると、五人は力が抜けたように座り込んだ。

 

「はぁ……流石に疲れました。」

「今回のようなのは流石に“想定外”だと思うけれど……エリィとランディは見るからに疲れてなさそうだな?」

「そうでもないわよ。ちょっとばかり慣れていたことだし。」

「ハハ、この中じゃスコールを除けば年長者だしな。そういや、ティオすけもそんなに疲れてねえみたいだな?」

「まぁ、ある意味ラッセル博士に鍛えられましたので……あの人について行こうと思ったら、並の体力だと持たないんです。」

戦闘経験がほぼ皆無のニコルとロイドとは異なり、エステルやレイアらと行動を共にしたことがあるエリィ、カシウスらに鍛えられたランディ、そしてラッセル博士に“鍛えられた”ティオ……事情が異なるとはいえ、リベールに鍛えられたと言っても過言ではない三人には『慣れてしまった』ものといえるだろう。

 

(ん?何だ…?)

その時、エリィの後方……かすかに蠢く気配……その気配にロイドは違和感を覚える。

するとその時、倒したアビスワームらの中に蠢く“八体目”がエリィを急襲する。

 

「!!お嬢!後ろだ!」

「……え」

その気配に真っ先に気付いたランディが叫ぶも、エリィは反応が遅れ、

 

「「エリィさん!」」

ニコルとティオが叫んだ。

 

「………っ!」

エリィはその場から動けず、思わず身を庇うように手を翳し、目を瞑る。

 

だが、魔獣は……『彼女を襲わなかった』

 

「…………えっ」

いつまで経っても来ることの無い衝撃……それを不思議に思ったエリィが目を開けると、其処に映ったのは

 

 

「くっ………」

トンファーでアビスワームの突進を防いでいたロイドの姿だった。彼は咄嗟の判断でエリィの前に立ってその攻撃を受け止めた。彼の得物がトンファーだったというのもある意味功を奏した結果とも言える。

 

「この、やらせるかぁぁぁぁっ!!」

そして、自身の中の何かがキレたような感覚……彼の叫びと共に、彼を纏う蒼のオーラ。その呼応と共に髪の一部が空色に染まり、瞳の色が金色に変わる。

 

「ロ、ロイド!?」

「……久しぶりに見ました、ロイドのこんな姿は。」

「コイツは……」

「(この感覚……何故、ロイドさんが!?)」

その変貌に驚く四人……その中でも、ティオはその『力』が自らの持つ能力と同質であることに内心驚いていた。

一方、ロイドは魔獣を防ぐどころか弾き飛ばし、技を放つ構えを取る。

 

「放て、相応の一撃……ゼロ・ブラスター!!」

その叫びと共に放たれた彼のSクラフト……トンファーのインパクトと同時に蓄積された衝撃の威力を全て打ち出すことで甚大なる破壊力を生み出す『ゼロ・ブラスター』が炸裂し、魔獣は吹き飛んで破裂した。

 

「はぁ、はぁ………(くっ、また『使ってしまった』か………)」

その姿を見た後、ロイドの瞳と髪は元に戻り、オーラも収まると膝をついて座り込んだ。ロイドにとっては、ある意味『諸刃の剣』なだけに使いたくなかった『力』……すると、四人がロイドに駆け寄った。

 

「ロイド、大丈夫ですか!?今、回復しますね。」

「やれやれ、無茶しすぎだっつーの。カッコつけもいいところだぜ。」

「ロイドさん……」

「はは……ともあれ、皆に怪我がなくて良かったよ……エリィ?」

ニコル、ランディ、ティオの言葉にロイドは乾いた笑みを浮かべつつ、答えを返した。だが、そこで言葉をかけてこないエリィの存在に気づき、ロイドが声をかける。

 

「その……ロイド、ごめんなさい。私が動けていれば……」

「いや、あれは仕方ないと思う。まさか『八体目』がいたとは思えなかったし……俺も咄嗟に動いただけだし、それに……」

エリィの謝罪の言葉にロイドは彼女の責任ではなく、自分たちの責任だと言い、それに気づけたのは偶然だったと説明した。そして………

 

「それに、偶然とはいえ怪我もなくて何よりだよ。女の子を傷物にするようなことを防げてよかったし、特にエリィのように綺麗な子は、傷一つでもつけたら大変だしな。」

「………」

「………」

「………」

「………はぁ」

笑顔でそう言い放ったロイドの言葉にエリィ、ティオ、ランディは茫然とし、ニコルはため息を吐いた。

 

「(うぅ、この状況でその言葉は反則だわ…気になっちゃうじゃない…)」

「(この人、流石ガイさんの弟なだけはありますね……)」

「(サラッとそんなセリフを吐きやがって……あれか!?他の女性にもそんなこと言ってるのか!?だからファンクラブとかあるのか!?)」

「(ロイド……君は一体何人奥さんを作るつもりなの?)」

先程の言葉にエリィは頬を赤く染めつつ気持ちが揺らぎ、ティオはある意味兄譲りの魔性さにジト目でロイドを睨み、ランディはニコルの言っていたファンクラブがそう言ったことからできたのではないかと推測し、ニコルに至っては遠い目をしていた。

 

「あの~?四人とも?黙り込んでどうしたんだ?」

「おーい、今戻った……何だこの状況………」

四人の表情に何が何だかわからない表情を浮かべるロイド……すると、そこにスコールが戻ってきた。スコールは一通り見回して状況を『把握』した後、ロイドに一言。

 

「ロイド、エリィに対してちゃんと責任を取れよ。」

「え?はい?」

その言葉の意味が解らず、首を傾げるしかなかったロイドであった。その後は先程よりも弱めの魔獣を倒しつつ、エルモに到着した一行であった。

 

 




ロイドの力に関してですが、これは本編で触れていた出来事に関わる話です。
あと、早速フラグ1個目。

スコールの技はエグゼクスバインのT-linkセイバーという技をイメージして書きました。武器の名前『エグゼクスレイン』ですし。

次回、温泉回……の予定。


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第104話 飾らない『自分』

~エルモ村~

 

魔獣らと戦闘を繰り広げたロイドらだったが、何とか無事に目的地であるエルモ村にたどり着いた。

 

「へぇ~、なんつーかこじんまりとした感じだな。」

「確かにそうだけれど……そういえば、お祖父様達は先に来ているのかしら?」

率直な感想を述べるランディ、そして先に行ったであろう自分の祖父の事が気がかりなエリィ。それも無理はないだろう。先程自分たちが遭遇した大型の魔獣の一団……それらの襲撃がなかったとは言えないだけにロイドらも心配したが、彼等の姿を見て声をかける少女がいた。

 

「あれ?エリィにスコールじゃない。」

「え?」

「おお、エステルか。無事だったか?」

少女―――エステルの声にエリィは自分の名前を呼ばれたことに首を傾げ、スコールは視線の先にエステルの姿を見つけ、声をかけた。

 

「無事って……あたしやシェラ姉、リンさんや市長さんも問題なくたどり着いたわ。」

「そっか…ん?シオンとエオリアは何かあったのか?」

「……シオンはエオリアさんに抱き着かれてるわ。シオンも諦めちゃったみたい。」

「わぁお」

エステルの言葉から察するに……どうやら、エオリアの毒牙にシオンが根負けした形となったようだ。というか、エルナンあたりはこの状況を内心楽しんでそうしたに違いないと思った。でなければ、シオンとエオリアを同席させようなどとは考えないはずだろう……変わってやりたいとは思わないが。

 

「ま、それはそれとして……エステル、さっきアビスワームの変異種みたいなものに襲われたんだが……そっちは何ともなかったのか?」

「変異種というか、七色に光るアビスワームに出会ったわ……気色悪すぎて全力で吹き飛ばしちゃったけれど。」

「レ、レインボーに光るアビスワームって……」

「想像するだけで気色わりぃな、オイ。」

「悍(おぞ)ましいことこの上ないですね、その魔獣。というか、何なんですかこの国。」

「あははは………」

エステルの言葉に対する各々の反応も尤もだろう。恐らくは『結社』の『実験』による影響であると思われるのだが、それにしたとしても……正直気分が悪くなるのは誰にだって同じだろう。

 

「ま、それはともかく……そっちの四人は初対面よね。あたしはエステル。エステル・ブライトっていうの。こう見えても遊撃士よ。よろしくね!」

「どうも……ロイド・バニングスという。よろしくな。」

「ティオ・プラトーです。よろしく。」

「ニコル・ヴェルヌです。よろしくお願いします。」

「ランディ・オルランドだ。よろしくな、エステルちゃん……って、ブライト?ひょっとして、カシウスのオッサンの?」

自己紹介をする四人……ランディはエステルの名字に気付いて彼女に尋ねた。

 

「あ、うん。その、ウチの父さん、何か失礼なことしなかった?ああ見えていい加減なところがあるし。」

「そこら辺は問題なかったぜ。寧ろ、レイアのほうが……」

「レイア……ひょっとして、レイアのお兄さんなの?」

「へ……俺の妹だが、レイアを知ってるのか?」

「勿論よ。あたしにしてみれば棒術や遊撃士の『先輩』というか『師匠』だしね。」

「成程……(レイアが教えたとなると、エステルちゃんもそれなりの膂力があるのか?)」

ランディとエステルのやり取りで出てきた事実にランディは頭を抱えたくなった。実の妹の『弟子』ということは、自分の叔父すら投げ飛ばした膂力の一端が彼女にも引き継がれていると思うと、冷や汗が止まらなかった。

 

「ま、ここで話し込むのもアレだし、宿に行きましょ。」

「そうだな。」

エステルの提案にスコールは頷き、一行は宿へと向かった………

 

そこから十分後、二人の女性が姿を見せた。一人は帽子と眼鏡をかけ、カジュアルな格好に身を包んだ女性。もう一人は、清楚な感じがにじみ出た感じの服(イメージ的にはセシルの私服に近い感じ)で身を包んだ女性の姿だった。眼鏡をかけた女性はエルモの光景に笑みを浮かべ、もう一人の女性は顔を俯かせたままだった。

 

「へ~、ここがエルモね。長閑で良さそうな場所……って、『アリア』はいつまで黙ってるのかしら?」

「“深淵”殿、何故に私はこのような格好をせねばならないのですか……」

「こーら、今の私は『ミスティ』だって言ったでしょ、“聖女”殿♪それに、貴方のいつもの格好だと周りから不審がられるでしょう?こんなところに鎧の状態で来たら大騒ぎになっちゃうわ。」

「うっ………」

そう、この女性らは『結社』の『使徒』が第二柱“蒼の深淵”ヴィータ・クロチルダ、第七柱“鋼の聖女”アリアンロードであった。なぜ、二人がこの場所にいるかと言うと……

 

『そうですね……私の予測ですと、エルモあたりが怪しいのではないかと。もし“白面”殿が妨害したら、遠慮なくお仕置きしても構いません。あくまでも、計画に支障の出ない範囲でお願いします。』

 

盟主の“予言”を信じ、私服に身を包んで二人は来たのだ。最初、アリアンロードに関しては鎧で行こうとしたため、ヴィータがその危険性を説明してやっとこさ私服に着替えさせたのだが……着慣れない服に戸惑っているようだ。

 

「にしても、いろんな人の気配がするわね……ま、今回の目的は『彼』だけだしね。」

「はぁ……早く行きましょう。」

呑気な様子のミスティにため息しか出ないアリア……二人も宿に向かった。

 

その更に十分後……蒼の髪を持つ男性と金髪の女性、そして蒼の長い髪を後ろで束ねている少女の姿があった。

 

「長閑な場所ですね……このような場所があったとは驚きです。」

女性―――アリシア・A・アルゼイドが感想を述べ、

 

「まるでユミルのような場所だな……尤も、向こうはこちらよりも寒いが。」

男性―――ヴィクター・S・アルゼイドは帝国にある温泉郷ユミルの事を思い出しつつ呟き、

 

「にしても、父上がエルモに行こうと提案なされたのには驚きましたが……」

少女―――ラウラ・S・アルゼイドは今回ここに来るきっかけとなったヴィクターに話しかけた。

 

「フッ、私とて人の子ということだ。それに、スコールもこっちに来ているらしいからな……少なくとも、道中で見た『あの残骸』はスコールと彼の付き添いによるものだろう。」

ヴィクターはそう言って自分の息子であるスコールの腕前を率直に評価していた。彼が『結社』に所属していたことは驚きだったが、今では遊撃士である彼の妻の手伝いというには、それに止まらない実力を身に付けていることに驚きを通り越して感心していた。

 

「あ、あれを兄上がですか?」

「ふふ、男の子というものは、女の子に負けられない一線がありますしね、あなた?」

「それは否定しない……さて、行こうか。」

ヴィクターらも話を切り上げ、宿へと向かった。

 

 

~エルモ村 紅葉亭~

 

スコールらが到着する前……宿である紅葉亭の一室にいるアスベル、シオン、ルドガー。ふと、ルドガーは何かを感じ取った。

 

「!?」

「ルドガー?」

「どうかしたか?」

「いや、一瞬怖気が……(この感じ……まさか、アイツらが近くにいるのか?)」

青ざめた顔色を浮かべるルドガーにアスベルとシオンは問いかけるが、振り払うかのようにルドガーは笑って答えたが、内心は冷や汗が止まらなかった。

 

「にしても、使徒二人がかり+盟主の助長とは……やっぱ、何か持って生まれてるんじゃないのか?」

「勘弁してくれよ……とりあえず、飯を食べたら温泉に行くぞ。」

「だな……」

だが、折角の温泉というからにはのんびりしたい……それには同意だった。

 

ちなみに、部屋割りはどんな感じかというと……先程のアスベル、シオン、ルドガー……その部屋にオリビエが加わる形となる。それと、

 

「へぇ~……何かいいことがあったみたいね?」

「シェ、シェラザードさん!?」

「ふふふ、夜は長いからの、じっくり話を聞こうではないか。」

「エステルまで!?」

「……頑張ってください、エリィさん」

シェラザード、エリィ、エステル、ティオの部屋、

 

「ほう……できれば詳しい話を聞きたいものですな。」

「ふふ……年寄りのたわごとでよければの。」

「是非お願いしたい。」

「これはいい夜になりそうだ。」

マリクとヘンリー、スコールとレヴァイスの部屋、

 

「くそっ、羨ましすぎるだろ!ロイドのこともそうだが、その歳で婚約者だとぉ!?」

「意味が解らないんだけど……」

「何で羨ましがるんですか……」

「まぁ、その辺は僕も似たような気持ちだがな。」

「マキアスまで!?」

「ははは……頑張ってくださいね、二人とも」

ランディ、ロイド、リィン、マキアス、ニコルの部屋、

 

「よろしくね、アリサ。」

「あ、はい。よろしくお願いしますシルフィアさん。」

「これはこれで、中々面白そうだな……エオリア、夜這いは禁止だぞ。」

「そんなことはしないわ。せいぜいシオンと一緒に寝るぐらいよ。」

「それもダメだ。」

「リンのケチ」

「「…………」」

シルフィア、アリサ、リン、エオリアの部屋となった。

 

 

各自夕食を取った後、ランディ、オリビエ、シェラザード、スコール、ヘンリーが酒盛りを始めたため、アスベル、リィン、シオン、ルドガーは温泉に行くこととなった。

 

~紅葉亭 男湯~

 

「はぁ~、気持ちいい……」

「生き返るよな……」

その気持ちよさにシオンとルドガーは笑みを浮かべて呟いた。その言葉にはアスベルやリィンも同意見だった。

 

「まったくだな……そういや、ユミルも温泉の名所だったな。」

「ああ。とはいっても、温泉ぐらいしかない辺境の田舎だけれど。」

リィンはそう言うが、大きく変わりつつあるエレボニア帝国の中でも変わらないものがあるというのは非常に希少な存在だろう。

 

時代の流れというものは光景というものを一瞬にして変えていく。小さな集落が都市へと変わり、それがいつしか国という流れを生み出し、亡んでいく……そういったサイクルの中に在って、変わらないものというのは本当に数えるぐらいだろう。不変なるものはないに等しい……伝承にしろ、お伽話にしろ、語り継ぐ人が代わる時点で不変とは言えないだろう。だが、その本質を違えることがなければ、歴史は不変のものとして語り継がれる。尤も、その歴史の見方によっても変わらないとは必ずしも言えないが……

 

「そういや……アスベルは恋人とかいないのか?」

「俺か……『恋人』という括りに入るか解らないが、『パートナー』ならばシルフィとレイアだな。あえて順序をつけるならシルフィが一番になるが。」

ふと、リィンから問いかけられた言葉にアスベルは少し考え込んだ後、そう答えた。

 

「おや、意外とあっさりな答え。」

「変にこじれさすのは嫌いなんだよ、俺は。ただでさえ、身近で色恋沙汰を散々見せられてきた身としては、余計なことで身動きが取れなくなるよりさっさと決着をつけた方がいいと思ったからな。」

シオンの言いたいことも解る……俺自身が色んなところで影響を与えている(菓子的な意味で)のは納得いかないが、色恋沙汰はまた別だ。現にあの二人からは恋愛感情を持たれていたのは知っていたから……一応、二人に対しては“けじめ”と“誠意”を見せているので問題はないと思っている。多分……そういった意味も込めてアスベルが呟いた。

 

「身近というと……目の前にいるコイツ含めた四人ってことか。」

「アスベルはまだいいほうだろうが……俺は、全員肉食系だぞ………」

ルドガーの言い分も解らなくはない……あの連中に惚れられている時点で、逃げ場などない状態だ。しかも、彼の上司が煽っているだけに性質が悪い。同情はするが、代わりたいとは思わない……それはルドガーだけでなく、シオンやリィンもある意味同義であろうが………

 

「えと、ルドガーさんってどんな人に惚れられてるんですか?」

「歌バカ、戦バカ、悪戯バカだな。」

「……えと……」

「おいルドガー、対象がバカばっかりじゃねえか!」

「………(ある意味合っているだけに否定できない………)」

オペラスター、『結社』でも髄一の実力者、悪戯好きかつ思考の天才……そう考えると、ルドガーのバカ発言もなまじ間違いではない……彼だからこそ言える言葉ではあるが。

 

「でも、シオンも大変だな。」

「俺はルドガーと違って既に考えてはいる……正妻をどうしようか考えてる最中だが。」

シオンもそういった意味では、周囲からプレッシャーを浴びていることだろう………尤も、シオンもといシュトレオンが国王となるならばクローディアを側室に、クローディアをそのまま女王として続投させるならばアルフィンが側室に……どっちにしろ、クローディアやアルフィンとの結婚は確定事項なのだが。

 

「ふう……それじゃ、俺は露天風呂のほうに行くよ。」

「おう、『気を付けて』な。」

「俺らも後で行くぜ。」

「ああ。」

アスベルは三人と別れ、露天風呂へと向かった。

 

 

~紅葉亭 露天風呂~

 

アスベルは露天風呂に浸かった。無論、ここが混浴だということを知っているので、タオルはつけたままだが……

 

(ここまではほぼ計画通りに事は運んだ……さて、次の一手は既に決めているが、どうしたものかな……)

恐らくは、調印式前後あるいはその後……『結社』が動くだろう。既に拠点の調査にはクルツらが動いてくれているので問題は無いが、その後起こりうる『全ての可能性』……『結社』の強化猟兵や人形兵器、『猟兵団』、そして『リベル=アーク』……その仕込みはすべて終えたが、やはりその後のための仕込みも始めなければならない。

アスベルがそう考えていると、ふと、後ろの方………厳密には女湯の方から歩いてくる人影に気付く。それは……

 

「え?アスベルさん?」

「君は……アリサ?」

自分が護衛している対象、アリサ・ラインフォルトの姿であった。

 

「ここ、混浴なんだけれど……とりあえず、入っておきなよ。風邪ひいたら大変だろうし。」

「は、はい……」

話を聞くに、どうやら色々と色恋沙汰の話になったようで……それでいたたまれなくなってこっちに来たらしい。

 

「成程な……この場にいる度胸よりも、あの場にいる恥ずかしさが勝(まさ)ったみたいだな。」

「それを言わないでください……私だって、恥ずかしいんですよ!」

「はいはい……」

確かに護衛をしている遊撃士相手とはいえ、他人に素肌を見せるのは抵抗がある……至極真っ当な反応だろう。その反応がある意味新鮮に感じてアスベルは笑みを零した。

 

「にしても、アリサはどうしてこの国に?………まぁ、大方ラッセル博士とのコネクションでも作りに来たのか?」

「!?ど、どうしてそれを……」

「まぁ、ラインフォルトとヴェルヌ……その取締役や会長ではなくその実子が来るとなれば、大方ティータとの繋がりを得て、そこから博士とのコネクションを作る……現に、フュリッセラ―――ティオは博士の直弟子にしてティータの親友だしな。それを手本にしようとしての行動だろうとは思うが。」

そもそも、ZCFの総合博覧会はこれから出される予定の新製品の商談会も兼ねている。そこに実力者を送りこまないということは、今回の博覧会に関してはコネクションづくりを優先……エレボニアにしても、カルバードにしても、高い導力技術を持つリベールを味方に付けたいという魂胆が見え見えだ。だからこそ、妥協案的なものとしてオーバルエンジンのサンプルを提供することに決めたのだ。

 

「はぁ……あなた、本当に遊撃士なんですか?」

「本当だよ……そういや、グエンさんはどうしてるんだ?」

「お祖父様なら、三年前に会長職をやめてしまいましたが……知り合いなんですか?」

「知り合いというか人生の先輩だな。あの人から道楽をいろいろ教わったし、導力技術の事も教えてもらったのさ。」

グエン・ラインフォルト……ラインフォルト社の前会長にして、現在のラインフォルトの基礎を確立した人。彼には釣りやファッションやらアウトドア系の事を教わった……言動が下系だということを除けば、真っ当な人間だが。いや、真っ当じゃないからこそ、ラインフォルト社を拡大することができたのだろう。

 

「にしても、会長職を辞めてたのか……何でなんだ?」

「……お祖父様は三年前、母様と株主の裏切りに遭い、会長職を辞した。その時はシャロンも父様もお祖父様が去っていくことに何も言わなかったんです。」

「三年前……ガレリア要塞に配備された『列車砲』のことだな。」

「ええ…今までそんなことがなかっただけに、母様のしたことは私にも解らなかったんです。その後は父様が仲裁してくれたから、特にいざこざは起きなかったのですが……」

そう……企業であるならば、とりわけ武器を作り、売る側としては客商売……そこに善悪の価値観は生まれない。単に普通の兵器であるならば……

 

「家族に亀裂が走ったが何とか修復できた……しかし、歪なものに変わってしまった……そんなところか?」

「ええ……」

「………グエンさんは、初めて自分の作ったものに疑問を持ったんじゃないかな?」

「疑問、ですか?」

「あの『列車砲』は一度見たことがあるが……固定された場所から放たれる大量破壊兵器。しかも、攻撃範囲が最長でもクロスベル市……クロスベルの民を殺すためだけの殺戮兵器と言っても過言じゃないと思う。」

本来の『列車砲』は移動式……だが、それを固定式にしてガレリア要塞に配備した時点で『用途』は限定される。ハッキリ言えば殺戮兵器そのものだ。長い視点から見ても、仮に共和国がクロスベルを支配した際に帝国側から仕掛けられる『破壊兵器』ともなりうる。

 

「だからこそ躊躇った……今まで作ったものを否定するわけではないが、ただ人を殺すためだけの兵器を作ってしまったことに………ま、俺はグエンさんじゃないから、その辺は本人に聞かないと解らないけれど……」

「いえ……あ、その、お祖父様の知り合いとは言え、色々愚痴を零してしまって……すみません。」

「別に気にしないけれどな。それで悩み事が減ってくれたのなら男として冥利に尽きるが……」

「そ、そうですか……じゃ、私は……」

ここで下手に褒め言葉なんて使おうものなら、フラグ成立しかねない……そう思いつつアスベルは言葉を選びながら呟き、アリサは立ち上がって温泉から上がろうとした……その時だった。

 

「え……きゃあ!!」

「!危ない!!」

滑りやすくなっていた床……それに足を取られたアリサ。それに気づいてフォローに入るアスベル……その結果…

 

「危ない……大丈夫……か………」

「あ、は……はい………」

互いに正面から密着する形でくっついている二人……アリサの色々柔らかいところがタオル越しに伝わって……それよりも、二人の顔の距離は数cm。

 

「………」

「………」

気まずい、いろんな意味で気まずい……そう思っていた時、アリサから話しかけられた。

 

「アスベルさん。そ、その……」

「ん?(え、ま、まさか……)」

アリサのどきまぎとした感じにアスベルは冷や汗をかくが、その次の瞬間……

 

「んっ………」

「!!!」

唇を塞ぐ感覚……目の前に映るのは目を瞑ったアリサ……ということは……キスってことですよね、これ。

 

「ふぅ………そ、その、迷惑でしたか?」

「迷惑じゃないんだけれど……その、今に至る理由を教えてください。」

正直、フラグを立てた記憶等ございませんが……ええ、はい、殺し文句とか言ってないし。

 

「えと、その……私、生まれが生まれなので……貴族からは疎まれ、平民からは特別扱いされてたんです。」

「そうだろうな……」

「その、さっき話してた時、私の事を特別扱いしなかったこと……それが嬉しかったんです。ラインフォルトとか関係なく、アリサとしての私を見てくれたことが。」

……アリサの言葉にアスベルは内心頭を抱えたくなった。確かに考えれてみれば、そういった環境下に置かれた人間だと、そういう色眼鏡なしに見てくれる人間……対等に話せる人間というのはほとんどいなかっただろう……まぁ、過ぎたことにどう足掻こうが意味などないのだが。

 

「あ~、その……気持ちは素直に受け取るが、アリサは三番目になる……尤も、女性は全員幸せにするのが義務だと心得ているが……あと、言葉遣いはタメ口でいいよ。」

「えっと……シルフィアさんもそうなの?」

「ん?やっぱ、そういう風というか……夫婦みたいな感じに見えたのか?」

「長年付き添っている感じ、かしら。でも、平民なのに一夫多妻とか大丈夫なの?」

アリサのその疑問も尤もであるが……アスベルはため息を吐きながら、呟いた。

 

「……この国の女王、自分の孫をそうしようと画策してるんだが。」

「え、何それ。教会とかは何も言わないの?」

驚くアリサ……驚きたいのはこちらである、と言わざるを得ないが。そこに至り、アスベルは尋ねた。

 

「………まあな。というか、一つ質問。流石にそれだけだと好意を抱く根拠には足りないんじゃないのか?」

「……よ。」

「え?」

「一目惚れというか……私にとっては、初恋。」

「……もしかして、あの時のか?」

アスベルの問いかけに頷くアリサ……アリサが初恋だという切っ掛けは……今から五年前の話。

 

遊撃士に転向したカシウスの付き添いという形で帝国に足を運んでいたアスベル……ザクセン鉄鉱山での依頼の手伝いを行っていた時、突如魔獣が発生した。どうやら、発破した先で魔獣の巣に通じてしまったようで……何とか、その元凶を取り除くことに成功したものの……魔獣が起こした振動の影響で坑道の一部が崩れたため、手分けして救護活動を行っていた矢先の事だった。

 

「おい、お嬢は!?」

「それが、通じている坑道は全て塞がれてしまって……」

「……アスベル」

「ええ。事情をお聞かせ願えませんか?」

話を聞くと、一緒に来ていた少女と坑道の崩落によって分断されてしまったらしい。遠回りながら行けるルートはあるが、多くの魔獣が徘徊している……だが、二次崩落に巻き込まれない保証などない。それを聞いたアスベルはカシウスに救護者の方を任せると、その少女の元に駆け出した。実力と行動の速さ……その点においては、カシウスに引けは取らないと判断した上での行動であった。

 

アスベルは“神速”を使い、迅速に要救出者へ着くことを優先……そして、視界の先には少女らしき姿と、それを取り囲んでいる魔獣。アスベルは鞘に納められている太刀を構えると、抜き放つ。瞬時に殲滅されていく魔獣の姿に呆然とする少女であったが……太刀を納めたアスベルの姿に安堵したのか、その場に座り込んだ。

 

「大丈夫?怪我とかしていない?」

「う………わああああああんっ………!!」

怖かったのだろう……自分が死んでしまうかもしれない……その恐怖と戦い、何とか打ち克った。大声を出して泣いていたが……泣き疲れたのか、先程までの緊張が解けたのか、一気に疲れが出たようで静かに寝息を立てていた。アスベルは彼女を起こさないように抱きかかえ、カシウスらがいる場所へと戻った。

 

その後、彼女の母親を見た時は驚いた。イリーナ・ラインフォルト……その時は会長ではなかったものの、その人物からその少女がアリサ・ラインフォルトだと知った時は……言葉も出なかった。そして、アリサはその時に、アスベルに対してよく解らない感情……後に解る、恋心を抱いた。

 

「あの時のアスベル、お姫様を助けに来た王子様みたいだった。その時にアスベルのことが好きだって思った……気付いたのは、さっきだけれど。」

「はは……俺としては、死なせたくないと思って助けただけなんだけれど。」

「謙虚ねぇ……そういったところも、貴方らしいってところなのかしらね。」

(アスベル)は覚えていないかもしれないが……私の身に付けている髪留めは、アスベルがルーレを離れる際に渡してくれたもの。私にとっては、宝物の一つ。そして、五年という間……この想いを忘れずにいられた、大切な証。

 

 

その後、自分の身分を明かし、シルフィアと、後から来たレイアにも説明はした。三人はすぐに仲良くなっていて、俺としては一安心だろう。俺が『星杯騎士』だということに関しては秘密にするということで約束してもらった。ただ、『転生者』ということについては、シルフィアとレイアに任せることとした。

ちなみに、一夫多妻の事についてあまり口煩く言わなかった理由については……

 

『アスベルの話からも真剣さが感じられたし、シルフィやレイアからもお墨付きをもらったからね。』

 

とのことだ………もしかすると、俺の運命を決めるものなのかもな。

 

 

そう内心で思ったアスベルの言葉が現実となるか否か……それは、女神(エイドス)のみぞが知ることだろう。

 

 




てなわけで、アスベルに原作キャラのアリサをカップリング……

本当は、原作のまま行く予定でしたが、閃Ⅱの公式HPでテンションアガットして、くっつけました。爆ぜろリィン(黒笑)

アスベル、シオン、ルドガーの中でちゃんとした考え(ハッキリと答えを出す)を持っているのはアスベルで、これはある意味身内とも言えるカシウスやヨシュアを反面教師にした結果です。いい意味でも悪い意味でも、ですがw

温泉編はまだまだ続きます。


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第105話 進みゆく未来

~エルモ村紅葉亭 露天風呂~

 

先程、互いの気持ちを確認したアスベルとアリサ。そこに、二人の女性―――シルフィアとレイアが現れた。

 

「あ、アスベル。」

「お、シルフィにレイアか。……アリサが、三人目に加わりました。」

「ア、アスベル!?」

二人の姿を見たアスベルはアリサとのことをすんなり明かし、アリサはアスベルの方を向いて声を荒げた。

 

「あはは……無自覚じゃないとはいえ、女殺しに定評があるアスベルだよね。」

「失敬な。アイツ等ほどじゃないよ。」

女殺し……その最たるものはルドガーだろう。アイツの料理は耐性(好きな人がいること)の無い奴相手だと一瞬で陥落させられる。転生前は、アイツの料理で全校生徒の半分が陥落してしまったのだから……どうしてそんなことになったのかって?解りやすく言えば、学校祭で模擬店を出した際の調理係……それで生徒はおろかお客さんとして来ていた他校の生徒すら陥落させやがった人間なのですよ、彼は。その彼が面白いこと好きの“深淵”、戦好きの“鋼”を陥落させたことからも、その破壊力は推して知るべきだろう。

 

「なるほど……にしても、アスベルともうキスしたのかな?」

「あ、あう、その……」

「にゃははは……ま、私らも似たようなものだけれど。にしても、大胆だね。」

シルフィアの問いかけにアリサは顔を俯かせ、それを見たレイアは笑みを浮かべつつも他人事ではないと答えていた。

 

「その、アスベルとシルフィアさんのやり取りを見て……その後、アスベルと話しているうちに彼の事が気になって……何と言うか、負けたくないって気持ちが強くなっちゃったんです。でも、その、奪おうとは考えていませんから。」

「そっか……意外と独占欲強いのね。でも、同じ人を好きになったのだから、仲良くしたいかな。私のことはシルフィでいいよ。よろしく、アリサ。」

「私もタメ語でいいよ。よろしくね!」

「…ええ。よろしく、シルフィにレイア。」

………この三人、内面的には似た者同士なだけに、特に争いになるようなことは無く、すんなり打ち解けたようだ。その光景を見てアスベルは安堵の表情を浮かべた。変に修羅場的な展開は俺だって御免こうむりたいほどだ。

 

「というか、お前がここにいるってことは、ティータもここにいるってことか?」

「そうだね。あと、アガットやラッセル博士も来てるよ。博士の方はエルモに来たいということで護衛も兼ねてだけれど……途中で金・銀・銅に輝くアビスワームに出くわしたけれど。」

「なんだ、そのメダルの如きコントラストの魔獣。」

まるで、大会の表彰式を連想させるかのような色合いの魔獣だな……と思いつつ、それがアビスワームだということには色々言いたいことはあるが……悍(おぞ)ましいことこの上ないのは確かだろう。

 

「………あの、三人とも、博士と知り合いなの?」

「うん。」

「ああ。」

「知り合いというか、仲の良い友人みたいなものかな。」

「へぇ………え”っ。」

うん、まあ、アリサの驚きもある意味解らなくもない…リベールにおける導力技術の父と知り合いである…それを聞きつつ、三人は言葉をつづけた。

 

「まぁ、俺とシルフィ、レイアは遊撃士の中でもトップクラスに入るからな……博士にはオーブメントの事も含めて色々世話になっているし。」

「そうだね。レイアあたりは特に、かな。」

「うん、否定は出来ないね。」

第七世代型戦術オーブメント『ALTIA(オルティア)』……“第七世代”という括りではあるが、技術水準で言えばその五世代先ぐらいの代物だ。それだけでなく、飛行艇やアルセイユ級高速巡洋艦、“メルカバ”参号機と漆号機の改修……他にも色々と博士の世話になっているのは事実だろう。

 

「話には聞いてたけれど……ZCFの底が全く見えないわね。」

「底知れなさという点では、ラインフォルトも同じだと思うけれど?」

「あれは、どちらかといえば不気味さの方なんだけれど……」

現会長の娘であるアリサがそう言うのには理由がある。それは、ラインフォルト社の構造というか、それぞれの立場がラインフォルト社内にあるからだ。

 

ラインフォルト社の社内部署は独立採算方式を取り入れている。鉄鋼/大型機械全般を扱う貴族派寄りの第一製作所、銃器/戦車/兵器全般を取り扱う革新派よりの第二製作所、導力列車/導力飛行船を取り扱う中立派の第三製作所、導力通信技術(導力ネット含む)/戦術導力器(戦術オーブメント)を扱う会長直轄の第四開発部という構成になっている。

 

だが、独立採算方式には欠点がある。それは、物の流れを全て把握することが難しいことだ。内密に兵器の開発をしているということは、裏で何をやられても他の部署が介入できない弱みを持ってしまっているのだ。それは、会長である彼女の母、イリーナ・ラインフォルトであろうとも同じことだろう。尤も、貴族派・革新派双方の支援を受けている以上、難しいかじ取りを迫られているのは言うまでもないことだろう。

 

一方、ZCFはというと……連結採算方式を取る形で、金とモノの流れを逐一管理し、更には王国軍や王国議会の監査という厳しいチェック体制を敷いている。

部署に関しての括りはなく、トップにマードック工房長とラッセル博士、彼の直弟子である外部顧問のフィリオや、博士の孫娘であるティータ……彼女の両親に工房で働く従業員……ツァイス工科大学の卒業生のほぼ全員がZCFに配属。更には、現遊撃士にしてかつて帝都科学院に所属していた元『鉄血の子供達(アイアンブリード)』のNo.2……“漆黒の輝耀(ダークネス・スター)”リーゼロッテ・ハーティリーも外部顧問として参加しており、一丸となる体制を敷いている。

 

大量生産が可能なラインフォルトとヴェルヌと比べれば割高になるが、彼らが追随できない程の技術力と安全性……それをZCFが担保しているのだ。尤も、その裏でマードック工房長が胃を痛めつつも苦労しているのはツァイス市民には周知の事実であり、市長に対しての好感度という点ではリベール一だろう。ある意味不本意的なものであろうが。

 

「ま、難しい世辞は抜きにして、博士やティータと話してみるといい。似たような立場だからこそ、その考えを聞けるというのはいい機会だと思うぞ。」

「………え?」

「何かを変えるには、まず動かないと……ってことね。」

「そういうこと……先に上がるな。」

そう言って、アスベルは先にその場を後にした。

 

「はてさて、アリサはいつ捧げちゃうのかな?」

「レイア!?な、何言ってるのよ!!」

「ちなみに、シルフィはもうあげちゃったのかな?」

「………ノーコメント」

自由気ままなレイアの発言にアリサは頬を赤く染めて反論し、シルフィアも頬を赤く染めつつ黙り込んだ。

 

 

~紅葉亭 休憩室~

 

上がる際に露天風呂へと向かうルドガー、シオン、リィンと言葉を軽く交わした後、着替えて休憩室で寛いでいるとシルフィアら三人もアスベル達のところに来た。

 

「おう、上がって来たか………」

「アスベル?」

「えと……」

「どうかした?」

アスベルは三人の色っぽさに茫然とした。それを不思議に思った三人が問いかけると、アスベルは我に返って取り繕った。

 

「いや、艶っぽくて……思わず見とれただけだ。」

「もう、アスベルったら相変わらずの照れ屋さんなんだから♪」

その言葉を聞くとより上機嫌になったレイアはアスベルに抱き着き、シルフィアはその光景にため息をついた。

 

「レイア、そう言って抱きつくのは止めなさいよ……」

「え?別にいいじゃない~」

「はぁ……人目を考えろよ。只でさえスタイルいいんだし……理性が持たんから。」

「成程……そういうところを見ると、人並みなのね。」

一応、男の子ですから。俺もな……そう考えると、性欲が暴発しなかったのは奇跡的だろう……

 

「そういえば、シルフィとはもうシたの?」

「お前はこういう状況だと、容赦なくそういう発言するよな……シルフィは何と?」

「ノーコメント……というか、そう言うってことはシたってことだよね?」

「レイア!いい加減にしなさい!!」

「あははは……(私もいつかはそうなるのかしら……)」

こういうところだと自重しないレイアの発言にアスベルは頭を抱えたくなり、シルフィアは頬を赤く染めつつレイアに向かって注意し、アリサは苦笑しつつ内心『そういったこと』もするのかと思うと最早笑うしかなかった。

すると、そこに風呂上がりの男性―――アルバート・ラッセル博士の姿があった。博士はアスベルらの光景を見て笑みを零した。

 

「おや、アスベル達ではないか。相変わらず仲が良いことじゃのう。まるで昔のわしのようじゃ。」

「……そういえば、博士の若い頃ってどんな感じだったんですか?」

「わしか?若い頃は相当モテたぞ。仲間からは嫉妬させるほどにな……尤も、妻には頭が上がらんかったが。」

「あはは………」

この光景を見てそう言うということは、かなり信憑性があるのだろう……すると、博士はアリサの姿に気づき、声をかけた。

 

「おや、そちらのお嬢さんは見ない顔じゃの。ひょっとして、アスベルの新しい奥さん候補かのう?」

「お、お、奥さんって…あぅ…」

「博士。ある意味間違ってはないですが、ストレートに言うのは止めましょうよ……アリサが困りますし。」

「ん?アリサ……お前さん、ひょっとしてグエンのお孫さんか?」

博士の歯に衣着せぬ物言いに、アリサは恥ずかしさのあまり顔を赤くして俯き、アスベルはジト目で博士の方を睨んだ。すると、アスベルの口から出た彼女の名前に心当たりがあったのか、博士がアリサに尋ねた。

 

「え?ええ、そうですが……お祖父様を知っているのですか?というか……貴方は?」

「そういえば、自己紹介がまだじゃったの。アルバート・ラッセル……お前さんの祖父、グエン・ラインフォルトとは親友にして好敵手みたいな関係だったというべきじゃな……元気にやっておるのか?」

「顔は見せませんが、時折手紙を寄越すぐらいで……」

まぁ、考えれてみれば確かに歳が近そうだし、知っていても不思議ではない……

 

「その気まぐれさも相変わらずじゃの。おそらくは女性に対するスケベ発言も治っておらんじゃろうな。」

「………まあ、その通りです。」

(当時からなんですか………)

知っているどころの話ではなかったようだ。どうやら、かなり近しい関係にいたのは間違いなさそうだ。

 

博士が言うには、アルバート(博士)とグエンの関係は約60年前……二人の少年時代にまで遡るとのことだ。導力革命を起こしたC・エプスタイン博士の直弟子であったアルバートとゲルバレット・シュミット博士。彼等とグエン、ヴェルヌ社の前会長でありヴェルヌの基礎を作り上げたエドゥアール・ヴェルヌ……この四人はエプスタイン博士の開いていた導力技術のための学習塾のような場所で勉学を共にしていた。その25年後、同窓会という形で顔を合わせた居酒屋で……

 

『まったく、発明ばかりやってねえで家族位作れ。そうしないと行き遅れになるぞ、エド。』

『お前に言われたかねえよ、グエン!ちゃっかり子供まで作りやがって!何だ!?俺へのあてつけか!?』

『ねぇ、どんな気持ち?一番行き遅れになると言った奴に先を越されてどんな気持ち?』

『その減らず口、いまここで塞いでやらあ!!』

『………騒がしいな。』

『その意見には同意する。』

グエンとエドゥアールは犬猿の仲というか永遠の好敵手みたいな感じであるが……まぁ、互いのことを気遣っている辺りからすれば、何だかんだ言って仲が良いということなのだろう。それには傍から見ていたアルバートとゲルバレットも同感であった。アルバートはリベールに、グエンとゲルバレットはエレボニアに、エドゥアールはカルバードへと帰り……各々の国の技術向上に努力していった。

 

「あやつが会長職を辞めてから、こっちに顔を出すかと思えば中々来なくての。まぁ、あ奴が来たとしても追い返すつもりじゃが。」

「あ、なるほど……」

確かに、ティータに対してスケベ発言をしないとも限らないので、仮に来たとしても追い返すという発言には合点がいった……過激という言葉が当てはまってしまうと思っているのは、きっと俺だけではないはずだ。

 

「にしても、グエンのお孫さんが来るとはのう……あ奴に塩は送りたくはないが、一肌脱ぐとしようかの。」

「え?」

そう言った博士の言葉にアリサは首を傾げる。

 

「アスベルら、『ARCUS』の改良品を彼女に託してもよいかの?」

「まぁ、その辺は博士に一任していますので、お任せしますが……」

「えと、『ARCUS』というのは……」

「ふむ、お前さんは知らないのか。エプスタイン財団とラインフォルト社が共同開発しておる第五世代型戦術オーブメントのことじゃよ。」

「え”。」

アリサの驚きも尤もであろう。ラインフォルト社が戦術オーブメントに関わっていたこともそうだが、ZCFがその存在を知っているということにも愕然とさせられたに違いない。

 

「“戦術リンク”……あの機能はわしですら驚愕させられたわい。オーブメントを介して思考をリンクさせることによって、多彩な戦術を生み出す……一線級の遊撃士や軍人らが見せる連携攻撃を再現させるための機能を未完成とはいえ搭載しておったからの。」

『ARCUS』に搭載された戦術リンク……その解析と改良は既に進んでおり、実際にはその戦術リンクを軍の部隊で試験運用中なのだ。そのためか、軍の連携の練度は非常に高くなっているのだ。

 

「………あの、私ですら知らないことを何で知ってるんですか?」

「簡単な話じゃ。エプスタイン財団から試作品を貰ったからの。その辺りの交渉はアスベルらにやってもらったんじゃよ。」

「成程……リベールが財団に頼らずに独自の戦術オーブメントを使っているのは噂じゃなかったんですね。」

リベールの戦術オーブメントは遥か先を見据えた仕様……その仕様は五年前から財団とは異なる“最新規格先行対応型”として運用を始め…急ごしらえではあるが、第六世代型の『ENIGMAⅡ-2(エニグマ・ダブルセカンド)』を既に十数機準備している。

 

「グランセルに戻る際にわしの家に来てくれ。その時に渡しておこう。あと、コーヒーぐらいはあるぞい。」

「あ、その……ありがとうございます!」

「気にするでない。あ奴はその辺りに疎いからのう……少しは『仕返し』しておかんとな。」

((((何かあったんだろうか……))))

満面の笑みを浮かべた博士の言葉にアスベルらは彼とグエンの間にあった『何か』が気になったのは言うまでもない。

 

一方その頃……露天風呂では……

 

 

~紅葉亭 露天風呂~

 

「………」

「………」

気絶して寝かされているシオンとリィン。

 

「………ちっ!やっぱあの時の気配は間違ってなかったな。」

舌打ちして警戒するルドガー……そして、目の前には………

 

「…………」

「みーつけた♪イイコトしましょ、ルドガー。」

顔を俯かせるアリアもといアリアンロード、そして笑みを浮かべてにじり寄ろうとするミスティもといヴィータ・クロチルダであった。言っておくが、露天風呂にいる面々は全員タオルを着用済みだ。そうであっても、アリアンロードとヴィータの立派なスタイルは隠し通せるものでもない……ただ、慣れない格好をしているアリアンロードは顔を赤くして俯いたままであるが。

 

「色々おかしいだろ!そもそも、“白面”に話はしたのかよ!」

「したわ。今も屋上のベッドでおねんねしてる頃だと思うわよ?やったのはアリアンロードだけれど。」

「それは貴女もでしょう!ワイスマンとカンパネルラに対して『幻想の唄』でトラウマ植え付けようとしたではないですか!」

「お前ら、揃いも揃っておかしいわ!!」

ルドガーがツッコミを入れなければならない状況を作り出したこの二人……だが、ここには遊撃士や星杯騎士がいる以上、下手に身分を明かすような真似は避けたい。だが、俺は真っ当な青春がしたいんですよ!アスベルとシオンの奴が羨ましい!!

……そう内心でルドガーが思った頃、アスベルがくしゃみをしたのは言うまでもない。

 

「大体、恥ずかしいのですから、とっとと捕まってください!」

「目的があれなのに、言うことはそれって……ヴィータはともかく、アリア姉は参加しなきゃよかったんじゃ……」

「だって、その………(もじもじ)」

ルドガーの冷静なツッコミにアリアンロードはもじもじしながら俯いている。何この可愛い生き物。その光景にむぅと膨れた顔をするヴィータは腹が立ったらしく、

 

「そぉい!!」

「きゃああああっ!!」

「ぶっ!!!」

アリアンロードの付けていたタオルをひん剥き、アリアンロードはそれに悲鳴を上げ、ルドガーは噴き出した。タオル装備のアリアンロード-タオル=……つまり、『何も装備していない』アリアンロードが目の前にいるということだ。解りやすく言えば何も身に付けていないのだ。

 

「ヴィータ、タオルを返しなさい!」

「いーや♪いっつもすまし顔の貴方が恥ずかしがる姿なんて見れたものじゃないし♪」

「こ、この……って、槍はルドガーに没収されたままでした。渡しなさい!」

ヴィータとアリアンロードは喧嘩を始めたらしく、アリアンロードは異空間から槍を出そうとしたが、ルドガーに没収されたことを思い出して詰め寄ろうとするが、彼女の『刺激的な光景』にルドガーはたまらず後退した。

 

「渡せるかよ!渡したら大惨事だろうが!!というか、叫んでるのに何で誰も……」

「~~~~♪」

「お前かぁぁぁぁぁぁっ!!」

道理で誰も注意しに来ないわけだ………まぁ、おそらく結界の類だろうが……解析は何とか『間に合った』な。

そう結論付けると、ルドガーは結界に干渉して……破壊した。

 

「えっ……!?」

「け、結界を……!?」

「俺は……俺は、家庭的な女性が好みなんだよぉぉぉぉぉぉぉ………」

そう叫びながら、シオンとリィンを連れ出すことを忘れずにその場を去っていった。

 

「………」

「………」

そして、その場に残された二人。

 

「泣かしちゃったか……後で謝っておかないとね。」

「それには同意ですが、タオルを返してください。」

「ああん、もう立派なのに隠すことなんてないじゃない。」

「は、恥ずかしいのです!」

彼に対する罪悪感は一応あったようで、バツが悪そうな表情を浮かべるヴィータとアリアンロードであった。そして、アリアンロードはヴィータからタオルを奪い取って巻き直しながら、ヴィータの言葉に反論した。

 

(にしても、家庭的な人か………)

(残念ながら、ルドガー以外にそういう人って皆無なのですよね、『身喰らう蛇(われわれ)』は。)

(それに近いのは、シャロンかしらね?)

(彼女しかいないというのは……複雑ですね。)

すんなり、彼の事を諦めたわけではない……彼のタイプである『家庭的な女性』を目指す……ただ、それに当てはまる人間が皆無だということに、二人はため息を吐いた。というか、そういった人間がいない組織の行く末は本当に大丈夫なのであろうか……それもほんの少し思った二人だった。

 

 

 

その頃………

 

~ヴァレリア湖畔 身喰らう蛇拠点 屋上~

 

屋上にできた二つの窪み……そこにフィットするかの如く佇んでいる二人……“白面”ゲオルグ・ワイスマンと“道化師”カンパネルラは………

 

「ハハハ……久しぶりに……こんなにゆっくり星を眺めているような気がしますよ。」

 

「ウフフ……奇遇だね教授、ボクも同意見だよ。」

 

二人の『使徒』によって叩き伏せられていた二人は、目の前に映る星空を見ながら、乾いた笑みを浮かべていたのであった……

 

 




オーブメントの設定を少し変更しました。閃開始時はちょっと変わりますw
あと、シュミット博士の名前とヴェルヌ社の会長の名前はオリ設定です。


次回、シオン、リィン、ロイド受難編(予定)


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第106話 人間の性(さが)

~エルモ村 紅葉亭~

 

ルドガーが二人を起こして着替え、休憩室に戻ってくると……そこにいたのは

 

「おう、シオンにリィン。」

「ふふ、お邪魔してるわよ。」

スコールと別れたはずのジンとサラであった。二人の様子からするにどうやら酒盛りで盛り上がっていたようだ。

 

「お前らまで来たのかよ……というか、大統領の護衛は?」

「トヴァルに押し付けちゃった♪」

「いや、それでいいんですか……」

「はぁ……(トビー、ご愁傷様……)」

シオンがその辺りを尋ねると、一段落してグランセルに来ていたトヴァルにその辺りを丸投げしてきたようだ。これにはリィンだけでなく、流石のシオンも頭を抱えたくなった。その光景を見たジンが補足するように言い始めた。

 

「お前さん達の言いたいことも解る。その代り、こっちもキリカの奴から仕事を頼まれたんだ。」

「へぇ、珍しいな。キリカさんが頼みごととは……」

「そんなに珍しいのか?」

「まあな。」

ツァイス支部の受付を務めるキリカが支援要請を頼むこと自体少なく、大抵は所属している遊撃士だけで回せているために他の地方と比べるとその処理速度の差は歴然である。尤も、その要因としてはキリカ自らが出向いて処理している案件も少なからずあるだろうが、それを差し引いても支援要請があまりないのだ……あるということは、ある意味『大事』なのであろうが。

 

「おや、そういえば……お前さんとは以前会ったことがあるな。遊撃士のジン・ヴァセックだ。」

「どうも。ルドガー・ローゼスレイヴといいます。ジンさんとは共和国で以前お会いして以来ですね。」

「珍しい繋がりだな。」

「珍しいかな……」

ルドガーとジンの出会いは六年前。その時丁度いたカシウスとも顔を合わせる羽目となった。ちなみに、ジンにはバレていないが、カシウスには一発で『執行者』であることを見抜かれた。というのも、カシウスは以前にも『身喰らう蛇』と戦ったことがあり、その中で最たるものは『執行者』のブルブランを打ち負かしたとのことだ。実力的な意味でと謎かけ的な意味で。

 

その当時のルドガーはようやく『修羅』の領域に踏み込んでいたので、何とか引き分けにまで持ち込めたが、本人曰く『次戦ったら、間違いなく負ける確率が高い』と言わしめたらしい。

 

「で、その仕事とジンさんらがここにいる理由……護衛ですか?」

「あら。流石トップクラスの遊撃士ね。御褒美にキスでもあげようかしら♪」

「そんなにしたかったら、スコールさんにでもしてください。」

「確かに。」

「納得だな。」

「何よ、その態度ー!」

シオンの推測が入った言葉にサラは酒に酔っているのか大胆な発言が飛び出したが……三人はジト目でサラの方を見つめ、それに納得いかないのか、サラは手足をバタバタさせて駄々をこねるかのようにしていた。

 

誰も好き好んで地雷原に踏み込んでいくような真似はしたくない。ましてや、彼女の旦那は“光の剣匠”に追随しうる実力を有していることを知っているだけに、彼の怒りを買うようなことは避けたいのが本音であった。

 

「で、一体誰……(あれ、この感じの気配は……)」

ともかく、話を進めようとしたリィンであったが、その時覚えのある気配を感じてその方向を見やると……三人の内、シオンとリィンが……とりわけリィンがよく知っている人物がそこにいた。その人物もリィンの姿に気づき、声を上げた。

 

「!?」

「に、兄様!?どうしてここに!?」

「気配に覚えがあったからまさかとは思ったけれど……その、エリゼはどうしてここに?」

その人物―――リィンの妹であるエリゼの登場には流石にリィンも驚きを隠せず、エリゼもリィンに驚いていた。

 

「私は護衛みたいなものです。その……“姫様”が駄々をこねまして。」

「へ………ああ、成程。エリゼも大変だな」

ため息が出そうな表情を浮かべつつ説明したエリゼの言葉にリィンは大方の事情を察し、労うようにエリゼの頭を撫でた。

 

「に、兄様…もう、子ども扱いはやめてくださいと……」

「そんなつもりじゃないけれどな。それに、こういうことをするのはエリゼぐらいだし。」

「……まぁ、嬉しかったですけれど。」

「何か言ったか?」

「な、何も言っていません!いいですね、兄様?」

「あ、ああ……?」

その行為に頬を赤く染めつつ、戸惑いがちな口調で窘めるエリゼにリィンは弁明し、エリゼはその言葉を聞いて小さな声で喜びの言葉を述べたが、リィンの問いかけに対して我に返り、慌てて無理矢理取り繕ったエリゼの姿と疑問符が目に見えそうな感じで首を傾げるリィンの姿があった。

 

「ははは、仲がいいな。」

「そうね。(尤も、エリゼは苦労しそうね……)」

「あの馬鹿は……」

「やれやれだな……」

ジンはその微笑ましさに笑い、サラはそれに同意しつつも内心でエリゼの苦労に同情し、シオンは頭を抱え、ルドガーもその光景に溜息を吐いた。すると、そこにエリゼが“姫様”と呼んだ人間が姿を現し……

 

「シーオーンー!!」

「うおっ……って、アルフィン!?エリゼの言っていた“姫様”からしてそうじゃないかと思ってたが……」

「お久しぶりですわね、シオン。およそ一ヶ月ぶりですわね。」

シオンは自分に抱き着いたアルフィンの姿に驚きつつも、あくまでも冷静に取り繕って言葉をかけた。その言葉にアルフィンは笑顔を浮かべてシオンに抱き着く力を強めた。

 

「………」

シオンは、内心冷や汗ものだった。それは何故かというと……アルフィンの成長ぶりだ。大体言いたいことは伝わると思うが、彼女の“ある部分”……まぁ、胸なのだが。確か、原作では同い年のアルフィン、フィー、エリゼ……見た目上(外見上)は変わらないはずだ。それがどうなっているか……大雑把に言うと『=エステル前後』。サイズ的にはアルフィン>フィー>エリゼ……その成長ぶりには、シオンも冷や汗ものであったことは言うまでもない。

 

「あら?どうかしましたか?」

「……成長しすぎなんじゃないか?」

「いやん、シオンったらエッチですわ♪」

「てい」

「はうっ!?」

流石のシオンもアルフィンの積極的な言動には耐えきれなかったようで、彼女の額を小突いた。

 

「ははは……」

「まったく、姫様ったら………」

その光景を傍から見ていたリィンとエリゼは皇族であるアルフィンの行動に内心頭を抱えたくなり、

 

「微笑ましいな……(羨ましい……)」

「若いっていいわね~。」

「お前さんが言うと、俺はとっくにおっさんなんだが……」

その光景に内心羨ましさを漲らせていたルドガー、微笑みを浮かべて見つめるサラ、その彼女の言葉にため息をついて呟くジンの姿があった。

 

「で、何でアルフィンとエリゼがここにいるんだ?」

「私が説明します……」

先日、アルフィンの呼び出しがあり、呼び出されたエリゼが事情を尋ねると、有無を言わさずリベールに行くことを伝えられ、エリゼの反論もむなしく半ば強制的に連れ出されたのだ。で、シオンのことをエルナンに聞き、ツァイスに向かい……そして、護衛の依頼ということでジンとサラにお願いしたとのことだ。

 

「もう、エリゼったら……単なるお茶目じゃない。」

「……罰として、今日は簀巻きで寝てもらいますよ?」

「うっ……ごめんなさい。」

アルフィンの弁明にも耳を貸さない感じの表情を浮かべつつ、笑みを浮かべたエリゼの言葉に『やりすぎた』と思ったのか、アルフィンは思わず謝った。

 

「エ、エリゼ………」

「随分と逞しくなって………」

「大変だな………」

「あはは…」

「やれやれ、この光景はあの御仁らにそっくりだな。」

皇族に対する口のきき方……帝国では不敬罪に問われても仕方ないであろうその光景にリィンは冷や汗をかき、シオンとルドガーはエリゼの成長に遠い目をし、サラも笑うしかなく、ジンはその光景に以前見たことのあるオリビエとミュラーの光景を思い起こさせるかのような印象を感じた。

 

「そういえば、部屋はどうするんだ?」

「俺はスコールの旦那らの部屋だな。」

「アタシはリン達の部屋だけれど……」

まぁ、その二人は順当だが……アルフィンとエリゼはどうしたものか………そう思っていた矢先、ルドガーからとんでもない提案がなされた。

 

「何だったら、俺らの部屋にリィンを移して、リィンとエリゼ、シオンとアルフィンで寝ればいいんじゃないか?」

 

「「ルドガー!?」」

「それはいい考えですわね。エリゼもお兄様と寝られるのですから、いいのではありませんか?」

「姫様!?」

「やっちゃいなさいよ。むしろ、ヤっちゃいなさいよ♪」

「お前さんはそれでいいのか……」

ルドガーの発言にシオンとリィンは驚きを隠せなかったが、アルフィンとサラのある意味援護射撃にエリゼは顔を赤くして叫び、ジンは疲れた表情を浮かべた。

 

「それでは、いきましょうか♪ルドガーさん、お手伝いしていただけますか?」

「僭越ながら……お手伝いさせていただきましょう、姫様。」

「ルドガー、離せ!離してくれ!!」

「エリゼ、頼む!アルフィン皇女とルドガーを止めるよう………」

「ごめんなさい、兄様。(久々に、一緒に寝たいのです……)」

「エリゼエエエエエエエエェェェェェッ!?」

最後の砦であったエリゼも兄という誘惑に勝てるはずもなく……五人は、というか笑顔の三人と魂が抜けたような表情を浮かべるシオンとリィンはその場を後にした。

 

 

~紅葉亭 渡り廊下~

 

一方その頃、渡り廊下にいたロイドは自分の掌を見つめていた。その表情は物思いにふけった顔であり、彼が考えていたのは先程の戦いの事だった。

 

「…………まだまだだな。」

先程の戦いをそう評する。見えている敵に対しては問題なく動けているが、突発的な対応に関してはまだまだである。ただ、そういった欠点が見えただけでも、この先の事を考えたら大きな収穫であることには違いない。

そう考えていると、浴場があるほうから一人の少女が姿を現した。

 

「あれ、ロイドさん。」

「ティオか。」

少女―――ティオの姿を見て、表情を正す。ティオはそのままロイドの方に近づいてきて、彼の隣に立った。

 

「意外と早かったんだな……他の人はまだ上がってきてないのに。」

「これでも一時間ぐらいは入っていましたが……ロイドさんや男性の風呂の時間が短いだけです。」

「それは否定しないけれど……」

そこら辺に関しては、性別による感覚の違いだろう。尤も、男性でも長く浸かる人もいれば、女性でも短い人がいるだろうと思われるので、一概にとは言えない。

 

「ところで……ロイドさんに聞きたいのですが、ガイ・バニングスという人を知っていますか?」

「!?それって、うちの兄貴だけれど……兄貴と知り合いだったのか?」

「はい。知り合いというよりは命の恩人というべきでしょうが。」

「命の恩人……」

ふと、ティオから尋ねられた人―――ガイの名前が出たことにロイドは驚きつつも自分の身内であることを伝えつつティオとガイの関係を尋ねると、ティオは思い出すだけでも悍ましいことではあるが……勇気を出して言葉を呟く。

 

「今から七年ぐらい前……私は、ある組織に誘拐されました。およそ二年の間……来る日も来る日も実験台にされ、もはや道具扱いの状態でした。」

「………確か、『D∴G教団』とか聞いたことがあるけれど……」

「ええ、その教団です。そこに助けに来てくれたのがガイ・バニングス……ロイドさんのお兄さんです。」

「……そっか、兄貴が助けてくれたんだな。」

ロイドもそのことについては少しばかり調べたことがあった。出てきた情報はほんのわずかではあったが、そのどれもが常軌を逸していて、普通ではない言葉に都市伝説めいたことも言われていた。ガイからも少しだけその話を聞いていたので、ロイドはすんなり信じることができた。

 

「……助け出されたときには弱りきっていたので、半年ほど入院して、その後はレミフェリアへガイさんが送ってくれました。」

「そうだったんだ……しかし、兄貴と繋がりがあったなんて、驚きだよ。」

ロイドは昔、ガイが一度出張と称してレミフェリアに行くと言ったことがあり、その際に女の子をエスコートすると笑って話をしていたが……おそらくはその時に話していた子なのだとロイドは推察した。

 

「そうかもしれませんね……ロイドさん、一つ聞いていいですか?」

「ん?」

「その……昼間の戦闘で見せた『アレ』は一体……?」

ふと、ティオはその流れで思い出した『あること』……ロイドが見せた『変化』について尋ねた。

 

「『アレ』か……正直、俺にも解らないんだ。」

「解らない、ですか?」

「ああ。実はさ、俺自身は全く覚えていないんだけれど、六年前に俺も誘拐されたらしいんだ。それから一年間の記憶が全くない……どこにいたのかも、何をしていたのかも……それと引き換えに手にしたのは、昼間俺が見せた力。」

「………」

「俺自身の感情が昂ると、どうやら現れるんだ。まぁ、その後はかなりの疲労を貰う形になるけれど。……だからこそ、俺自身の力でできることを増やそうという思いで鍛えてるんだ。」

ロイドが言うには、所謂『火事場の馬鹿力』……『リミッター』を外す能力。その反動は凄まじいため、ロイドはそれに依存しない『実力』を身に付けるべく、鍛練に励んでいたことを明かした。

 

「ということは……君も似たような能力を?」

「そうですね……私の場合は感応力と思考の高速化ですが。」

「………なるほど。」

「ロイドさんは、その……辛くないんですか?」

ふと出たティオの質問……その問いかけにロイドは真剣な表情で答えた。

 

「確かに記憶がないってことは辛いかな……けれども、君のように鮮明に覚えていない分、俺はまだ救われたのかもしれない。それをはっきりと覚えているティオのほうがもっと辛いと思う……目を背けるわけじゃないけれど、背けずにいられる分だけ前向きでいられることにさ。」

「ロイドさん……」

「……俺は兄貴のようには出来ないけれど、困ったことがあったら俺を頼ってほしい。困った女の子を助けるのは男の義務だって兄貴も言っていたことだしな。」

「………(無自覚で言うあたり、流石ガイさんの弟ですね)」

自分などまだいい方……その悪夢を未だに思い出せてしまうことの方がよっぽど辛い……そう言った後に言い放った言葉を聞いて、ティオは内心苦笑を浮かべた。

 

「解りました。その時が来たら遠慮なく頼らせてもらいますね。」

「ああ。よろしくな、ティオ。」

「ーーーー!!!(こ、この人……私も、気を付けないといけませんね……)」

そして、満面の笑みを浮かべているロイドに、ティオは図らずもときめきのようなものを感じた。

 

 

こうして、夜は更けていった………

 

 

ちなみに、次の日の朝……シオン、アルフィン、エオリア……そして何故かいたクローゼが同じベッドで眠っており、別のベッドではリィンとエリゼ、話を聞きつけたラウラが眠っていた。

 

「フフ……いい光景だね。」

「笑みがこぼれますね、オリヴァルト。」

「それには同意するが、今の僕はオリビエですよ、アリシア様。」

「やれやれだな……」

その光景に微笑ましい表情を浮かべるオリビエ、アリシアと……内心頭を抱えたくなったアスベルの姿があった。

 

 




温泉編はもうちっとだけ続きます。

そう言えば、88話で出てきたフリッツさんですが……閃で、同性同名の人が初伝クラスにいたことを忘れてました。ま、そのまま行くこととしますがw


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第107話 底知れぬもの

閃Ⅱの本編は、年齢が変わってないところを見るとⅠの直後位(1204年11月以降)だと思うのですが……となると、碧で不透明だった断章や終章の時間軸辺りも判明することになるかもしれませんね。それ以上に、オズボーンがどうやって貴族派を打ち負かしたのかが気になりますが。その辺も描かれることを期待しつつ……


~エルモ村 紅葉亭前~

 

何か色々とあったが……いや、ありすぎたが、何とか無事に……朝を迎えられなかった人間が何名かいたが。

 

「「はぁ………」」

揃ってため息を吐くシオンとリィン。それもそうだろう……アスベルが寝る前に確認した時は二人ずつだったはずなのに、朝起きたら四人と三人に増えていた。同室だったアスベルやある意味共犯者であるルドガーが驚くのも無理はない。というか、城にいるはずのクローゼが何故部屋にいたのか……その理由は、

 

『えと、私にも解らないんです。昨日は自室で寝たところまでは、はっきりと覚えているのですが……』

 

本人ですら理解できていない状況であった。ただ、女王宮に出入りできる人間はかなり限定される。そうなると考えられる線は……『アリシア女王がユリアに命令してエルモまでクローゼを運んだ』………疑いたくはないが、現実的な線で行くとこれしかないのだ。

ちなみに、着替えもちゃんと用意してあったところを見ると、ひょっとするとメイドのシアやヒルダ夫人も一枚噛んでいるかもしれない……あの人たちが頭を抱えつつも仕事する光景が目に浮かび、アスベルやエステルは冷や汗をかく。

 

「………何なの、この国。」

「それを言うな……」

この状況を見て、推測を聞けば、誰だって混乱する。俺だって混乱している。大丈夫なのか、この国(リベール)。

 

「ちくしょー!お前ら揃いも揃ってリア充しやがって!!特にロイド、リィン、シオン!!爆発しちまえ!!」

「ランディさん!?」

「はぁっ!?」

「って、何で俺まで……」

ランディの言葉にリィンとシオンは驚きの声をあげ、ロイドは心外とでも言いたげに疲れた表情をしていた。まぁ、ランディの嫉妬も解らなくはない。ただ、モテないのは本人のせいだということを付け加えておく。

一方……

 

「ヘンリー市長、為になる話を聞かせていただき、ありがとうございます。」

「フフ……君らのような人間が傭兵とは、世の中面白いこともあるものだな……傭兵を辞めて、政治家になってみないか?君らならば凄腕の政治家になりうるだけの素質を持っていそうだ。むしろ、私直々に教えてみたいものだよ。」

「あはは……“倒産”したら考えておきますよ。」

マリクは深々とお辞儀をし、ヘンリーはマリクやレヴァイスの中にある“資質”に光るものを感じ、勧誘をすると…レヴァイスは前向きな検討はしておくと言いたげにしつつも、半分断りを入れた。

 

さて、この後はどうしたものかと考えようとした矢先、博士がある提案をした。

 

「そうじゃ。お前さん達……わしの実験を手伝ってくれんかのう?」

「実験?(ま、またこないだの時のようなことをやらされるのかしら……)」

博士の言葉に首を傾げつつ、内心ではクーデター事件前の時のような『無茶ぶり』をやらされるのでは……そう思ったエステルであったが、博士はそれを否定するかのように言葉をつづけた。

 

「そうではない。お前さん達に頼むのは“性能実験”じゃな。遊撃士協会の方には依頼としてお願いしておる。」

「性能実験?」

「うむ。」

博士が言うには、今度の博覧会で展示する導力製品……導力武器の展示と商談も行うのだが、其処に展示する武器の運用データが足りないという事態になっていたのだ。そこで、遊撃士協会にも依頼として出していたが……ここに集った大勢の人物がいればそのデータもまとめて取れる……そこに博士は目をつけて、ここでその話を持ち出したのだ。

 

「あの、僕やアリサさんをはじめ、他国の人間がいるのですが……」

「その辺は問題ないわい。寧ろ、その実験を通しての“宣伝”だと思えば、外国に商談に行くよりも安く済むしの。」

「………流石、博士ですね。そういうところは変わってないようです。」

「あう……お祖父ちゃんってばぁ~………」

他国の人間……とりわけ、他国の軍事を担っている企業の関係者であるニコル、アリサ、ティオの三人への心象をよくすることにより、ZCFそのものの宣伝になりうる。それすらも見越した発言に一同は感心したり、呆れたりと様々な反応を見せていた。

 

「どうしよう?」

「別にいいんじゃねえのか?」

「ええ、アタシも同意見よ。」

「俺もそう思う。断る理由がなさそうだからな。」

「………解ったわ、博士。その依頼、引き受けるわね。」

エステルは先輩であるアガットやシェラザード、ジンらの言葉を聞き……はっきりとその依頼を受けることを伝えた。

 

「うむ。アルバートやヘンリーには御足労願うが、構わないかのう?」

「ええ、構いません。」

「私も構わない。」

「なら、決まりじゃな……迎えも丁度来たようだしの。」

博士はアルバート大公とヘンリー市長の快諾を得ると、笑みを浮かべて空を見上げた。すると、そこに浮かぶのは“純白”の翼―――アルセイユの姿だった。

 

一同はアルセイユに乗ると、アルセイユは北へと進路を取る形で飛び立った……そして、到着したのは……

 

 

~アルトハイム自治州 セントアーク郊外 王国軍大規模演習場~

 

アルトハイム自治州二番目の都市、静水の白都(はくと)セントアーク郊外にある王国軍の大規模演習場。ここは元々ハイアームズ家が管理していた領邦軍の演習場であり、『百日戦役』後は王国軍の演習場として活用されていた。その規模にエステルらは目を丸くしていたが……更に驚いたのは、一同の眼前に映る車両だった。

 

「へ~、ここが……って、あれって戦車!?」

「装甲車まであるわね……」

「ウチで開発中の装甲車や戦車とも違うわね……」

「ええ。ヴェルヌはおろか、ラインフォルトにも見られないデザインですね。」

戦車や装甲車の姿にエステルは驚きを隠せず、シェラザードも驚きの言葉を述べ、アリサやニコルはそのデザイン性や武装からして一線を画したものであるという推測を述べた。その言葉を聞いて、博士が説明した。

 

「それも当然じゃわい。あれらはZCFで設計・開発した導力戦車に装甲車じゃからのう。」

「そ、そーなの!?お祖父ちゃん、私そんな話は聞いてないけれど!?」

「ティータはおろか、マードックの奴にも言っておらん。何せ、今度の博覧会で初お目見えさせる最新鋭のものじゃからな。カシウスからの緘口令のせいじゃよ。」

元々、山岳地であるリベールには戦車や装甲車は過ぎた長物……だが、帝国から割譲された現自治州や共和国との交渉で得た土地は平地が多い……そう言った意味でも、陸の戦力強化は必要と考え、カシウスと博士、女王の三名に加えてアスベルらの数名で導力戦車と装甲車の開発に取り組んだのだ。その裏で、先日の襲撃事件で得た“戦車のサンプル”を解析し、それを基に再設計・開発した代物だということを付け加えておく。

 

「簡単に説明はしておこうかのう。戦車のほうはXW-52『フェンリル』、最高速度は1400セルジュ(140km/h)、主砲となる導力電磁砲(オーバル・レールカノン)の最長射程は500セルジュ(50km)、副砲の射程も最長900アージュ(900m)に達しておる。装甲車はXR-03『ヴァルガード』こちらは最高速度1800セルジュ(180km/h)程度、機関砲も射程300アージュ(300m)程度じゃが、その装甲は並の徹甲弾如きでは傷一つ付けられぬ特殊な装甲を採用しておる。」

「………あ、あの、そのスペックって本当なんですか?」

アリサは戸惑いがちに尋ねた。確かに、そのスペックは普通ならば『規格外』の代物なのだ。だが、博士はその質問にも肯定して説明を続けた。

 

「うむ。その辺の実証実験は一通り済んでおるからのう。アスベルらには本当に世話になったわい。」

「あの時ばかりは本気で冷や汗が流れましたけれどね……」

そう言い放ったアスベル……実は、『フェンリル』の主砲への実験の手伝いと称してその砲弾と相対したことがあった。あの時ばかりはここぞという時の全力で何とか砲弾を叩き斬ったが……もう二度とやりたくないのが本音であった。

 

スペックに関して、まず戦車の『フェンリル』だが……通常の戦車の大きさでありながらも現代の普通乗用車並みの速度で走り、主砲は列車砲並の最長射程……それだけ聞けば、その戦車の化物っぷりが窺えることだろう。おまけに、車両自体の重量はラインフォルト社製導力戦車の6割程度、更には特殊なキャタピラのため、街道を傷つけることなく高速で移動できるのである。

 

そして、装甲車の方だが……相転移式装甲……エネルギーを流すことで相転移を起こす特殊な金属でできた装甲のことである。そもそも、相転移というのは細かく説明するとやたら長くなるので簡潔に説明すると、『外部から何らかの影響を受けた物質の状態が変化する』というもので、氷←→水←→水蒸気といった状態変化も相転移の一種である。

特殊な金属というのは、この世界ではゼムリアストーンやその他の希少金属を混ぜた合金板であり、このレシピを知るのはアスベルただ一人。その合金板を装甲として採用し、導力を流すと物理攻撃を無効化するという反則級の代物である。

 

あと、双方共に導力通信技術と導力制御技術を採用しているが、操縦系統と通信系統は完全に独立しており……更には、万が一乗っ取られても遠隔操作での自爆装置も装備済である。これも前に述べた二つの系統とは完全に独立している。しかも、その自爆装置の起動には二つの鍵が同時に作動しないと起動できないようになっているのだ。万が一の場合は女王のみが持つことを許された“鍵”で爆破することも可能。更には、戦車の主砲も砲撃手の認証がないと動かせないように組み込まれている。要するに、『乗っ取ろうとしても無駄である』ということだ。

 

「正直、ヴェルヌの戦車でも勝てませんよ。飛行艇ですら的扱いですね、これの前では……」

「ウチの戦車でも無理ね(確か、『18(アハツェン)』が開発中とか聞いてたけれど……それですらいい的よね。)」

「流石、天下のZCFと言うべきかな。(……『鉄血宰相』は正気なのかね?これが猛威を振るえば、数など問題ではなくなってしまうだろうに。)」

空戦どころか、陸戦力に関しても最早従来の水準を大きく超えた代物……ZCFの特性とも言える『ワンオフ』の長所を十二分に生かした代物となっている。これには、関係者―――アリサやニコル……さらにはオリビエも内心冷や汗が止まらなかった。この砲撃能力を飛行艇に使われた日には……想像するだけでも恐ろしい代物になるのは違いないだろう。

 

(……よくバレなかったね。)

(まぁ、偵察してた野郎どもは全員『外法』扱いで『処分』してるけれどな。)

(おお、怖い怖い。)

帝国や共和国のスパイは結構やってきていたが、その悉くを手短に『処分』している。国家の存亡を揺るがすような輩には一切の妥協は許されない。ましてや、その背後にいるのがロックスミス大統領であり、オズボーン宰相なのであるのだから。

 

「話しが長くなってしまったの。お主らには、ここから東にある森の中で実証実験―――平たく言えば、魔獣との戦闘じゃの。無論、参加したいもので構わないが……で、武器がないものに関してはこちらで用意しておる。オーブメントも用意してあるぞ。あそこの小屋にあるから、必要なものを持っていくといい。まぁ、貸与ではなく贈呈じゃがの。」

博士がそう言って小屋らしき建物を指さす。

 

「………(パクパク)」

「ありがてぇんだが……爺さん、それでいいのか?」

「い、いろいろ驚きよね……」

「驚きと言うか、気前がいいというか……」

驚きを隠せない面々。武器はともかく、戦術オーブメントは十数万ミラもする高価なもの。それを『贈呈』というのは、ありがたさよりも後ろめたさの方が大きく感じてしまう。

 

ともかく、参加する面々……とはいっても、ラッセル博士やアルバート大公、ヘンリー市長やアリシアを除く全員……さらには、アルセイユに乗っていたユリアや、偶然乗り合わせていたミュラーまで参加することとなった。

とりあえず、一通りの準備が済んだ後……アスベルが思いついたように提案をした。

 

「そうだ。折角実証実験をするわけだし……鬼ごっこしてみないか?」

「鬼ごっこ?」

「ああ。ここらの魔獣は比較的危険が少ない……そこで、参加する面々には鬼から逃げつつ、魔獣と戦ってもらうってのはどうだ?博士にしても、対人のデータぐらいは欲しいと思うし。」

「それはありがたいのう。」

まぁ、この演習場だからこそできることではある。他のところなら提案しないようなものだが………困惑しつつも、その提案が受け入れられることとなった。

 

「ルールは簡単。逃げ回ればいい。で、魔獣との戦闘中に鬼が捕まえることはしない。安全面の事もあるしな。鬼に捕まった回数が多いチームには罰ゲームをしてもらうが。」

「罰ゲームって……」

「まぁ、変なものじゃないよ………一応。」

「え、何その言い方。怖いんですけれど!?」

一通りルール説明をした後、鬼と逃げる人に別れることとなった。鬼はアスベル、シルフィア、レイア、シオン、マリク、ルドガーの六人。そして逃げる方だが、こちらは魔獣との遭遇も配慮して3~4人で一組とし、くじ引きで決めることとした。その結果……

 

「あたしはシェラ姉と同じチームね。」

「ふふ、よろしく頼むわね。」

「お前さんらなら心強いな。リン、鍛え上げた成果、この目で見させてもらうぞ。」

「こちらこそ、その腕前をしかと拝見させていただきます。」

エステル、シェラザード、ジン、リンの『遊撃士(ブレイサー)チーム』

 

「おいおい、何でこうなるんだよ……」

「“闘神”の血筋を引くもの、その技を見せてもらうぞ。」

「ま、ガンバ」

「他人事みたいに言うんじゃねえよ、フィー!」

ランディ、レヴァイス、フィーの『猟兵団(イェーガー)チーム』

 

「えと、宜しくお願いします。」

「こちらこそ、宜しくお願い致しますわ。」

「やれやれ……エレボニアの皇族と言うのは、こういう方々が多いのですか?」

「何と言うか、済まない……あと、その件に関してはノーコメントとさせてもらいたい。」

クローゼ、アルフィン、ユリア、ミュラーの『姫と騎士(ロイヤルナイツ)チーム』

 

「宜しく頼むぞ、エリゼ。」

「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね、ラウラさん。」

「……頼むから二人とも、俺の腕をがっちりホールドしつつ挨拶するのは止めようよ。」

「あはは………」

リィン、エリゼ、ラウラ、ニコルの『トライアングラー+1チーム』

 

「あの、宜しくお願いしますね、アガットさん。」

「お、おうよ。こないだの時みたく、無理すんじゃねえぞ。」

「………(じー)」

「うっ……わ、解ってるよ。」

「………成程。この感覚が恋愛というものなのですね。勉強になります。」

「フフ、このもどかしくも甘酸っぱい感じ……青春だねえ。」

アガット、ティータ、ティオ、オリビエの『青春謳歌(ユースフル)チーム』

 

「スコールにサラ。二人の腕前、しかと拝見させてもらう。」

「がっかりされぬよう、精進します。父さん。」

「武闘大会で見せた程とは言いませんが、頑張らせていただきます。」

「“光の剣匠”にその息子、遊撃士……僕が場違いに思えてくる面々だな。」

ヴィクター、スコール、サラ、マキアスの『家族会議(ファミリー)チーム(一人除く)』

 

「よろしくな、エリィ」

「え、ええ……こちらこそ。って、エオリアさん?」

「フフ、エリィちゃんも青春してるのね。好きなの?」

「え、い、今はそういうことは無いかと思います……多分」

「???」

「あはは……」

ロイド、エリィ、エオリア、アリサの『クロスベル+αチーム』という分け方になった。

 

「それじゃ、1分後にスタートな。その30秒後に鬼が追いかけるから。」

 

エステルらvsアスベルら……時代の英雄を担うものらと二つの世界を渡って生き続ける者たちの『鬼ごっこ』が始まるのであった。

 

 




次回、ある意味極限の惨劇(ただし、死人は出ない)が繰り広げられます。

あと、ZCFの戦車……少数でも十分戦略兵器並の代物です。これ使えば『アレ』壊せるんじゃないかと思われますが……『今回』は使いません。


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第108話 (一部にとっての)惨劇

 

制限時間30分、6vs27の鬼ごっこ……いや、これを体感した者にしてみれば、これは最早鬼ごっことは言えない何か……後にトールズ士官学院へ入学することとなるマキアス・レーグニッツは、当時のことをこう振り返った。

 

―――あれはもう、生きた心地がしなかったな。そのお蔭というか、そのせいで大抵の事には慣れてしまったが……敢えて例えるならば、『強制綱渡り』をしているような心境だな。

 

そう言ってしまうほどの何か……鬼ごっこと言う名の『惨劇(ゲーム)』の始まりであった。

 

~セントアーク郊外 王国軍大規模演習場~

 

「さて、誰を捕まえに行くか……」

「とりあえず、ロイドは罰ゲームにさせておきたい。」

「その意見には同意だな。後リィンも。」

「(ロイド、リィン……頑張って生きろよ。)」

笑みを浮かべるアスベル、マリク、ルドガー。その光景に被害を被るであろうロイドとリィンにシオンは心なしか安否を祈った。何せ、シオンの眼前に映る三人の闘気からして『殺る気』としか思えないほどの意気込みを感じたからに他ならない。

一方、女性の二人はと言うと……

 

「う~ん……私はそこまで拘る相手がいないからあれだけれど……レイアは随分とやる気なのね?」

「勿論。兄貴に対して堂々と『処刑(ぶんなぐる)』ができるしね。」

「さ、さらっと言うのね……」

シルフィアはともかく、レイアは身内を正当な理由でボコれることに意気揚々とした感じであった。これにはいつも義姉に対して辛辣な態度をとるシルフィアですら冷や汗をかくほどであった。

 

「それじゃあ……始めるとしますか。」

アスベルは太刀を抜き、構えると……太刀に膨大な力の奔流が生まれる。そして………放った。

 

「月牙天衝!」

アスベルのクラフト、膨大な剣圧と闘気の刃を一気に放出することで甚大なる破壊力を生み出す『月牙天衝』が炸裂し、アスベルの眼前にあった木々は、次の瞬間に“消滅”し……一直線上に『道』ができていた。

これには、先に逃げていた面々……とりわけ、近くにいたロイド達のチームの面々が驚いていた。

 

「なあっ!?」

「け、消し飛んだの!?」

「で、出鱈目にもほどがあるじゃない!アリオスさんですら、こんなことはできないわよ!」

「…………」

ロイドやエリィは勿論、エオリアもこの光景に驚きを隠せず、アリサに至っては冷や汗が止まらなかった。だが……これもアスベルにとっては力の一端を見せただけに過ぎない。そのことは彼等ですら解らなかった。

 

「じゃ、行くか……どうした?」

『いや、何でもないです。』

「?なら、いいけれど……先に行ってるぞ。」

技を放ち終えたアスベルが他の五人の方を振り向くが、五人が愕然としていることにアスベルは首を傾げる。それに気づいて慌てて取り繕ったため、アスベルはそれ以上の追及を止めて先行した。

 

「………ストレス、溜まってたんだろうな。」

「無理もないよ。相手が相手だけにかなり権謀術数の類を使っていたし……」

「多分、アイツ以上に苦労してる奴はいねえだろうな……シルフィ、アイツのフォローは任せた。ある意味『夫婦』なんだいでででででで!?」

「余計なこと言わないの!!」

「………(アスベル、お前さんも苦労してるんだな)」

ルドガーの言葉にレイアは頷き、シオンはその辺りのフォローをシルフィアに任せるような言葉を呟くと、その物言いに頬を赤く染めて反論しつつシオンの頬を抓った。その光景を見たマリクは内心でアスベルの苦労人としての性に同情した。

 

だが、考えて見れば彼のストレスがたまるような出来事……『百日戦役』から始まり、リベール、エレボニア、レミフェリア、クロスベル、カルバード……それらの国をあちらこちら行っていたのだから、そのストレスの量は半端ではない。今回の鬼ごっこは彼の『ストレス解消』なのでは……そう思うと、同じ『転生者』である五人は冷や汗が流れるとともに、彼等の安否を祈った。

 

 

~リィンたちのチーム~

 

リィン、エリゼ、ラウラ、ニコルの四人はロイドらのチームとかなり離れていたが……先程の衝撃音には流石に驚きを隠せずにいた。そして、その直後に魔獣に襲われたが、『結社』との戦闘経験があるリィン、エリゼ、ラウラの活躍により、これを難なく撃退した。

 

「なんとかなったか……」

「そうみたいですね、兄様。それにしても、ラッセル博士が仰っていた『試作』とは思えないほどの武器ですね。」

二人が使っているのは、ZCFで試作された太刀。刀身の根元の部分に付けられた結晶回路(クォーツ)のスロットにクォーツをはめ込むことで、戦術オーブメントの効果に上乗せすることができる仕組みで、リィンの持つ太刀は黒銀の刀身に銀の装飾、エリゼの太刀は深紅の刀身に金の装飾が施されていた。

 

「なるほど…この武器も大した業物だな。父の持つ宝剣と遜色ないかもしれない。」

そう感慨深そうに呟いたラウラの持つ大剣は蒼の刀身に銀の装飾が施された立派なもので、柄の上に当たる部分にマスタークォーツのスロットが搭載されている。今回は物理攻撃力を上昇させるマスタークォーツ『フォース』がZCFからの提供で装備されている。それ以上に、機能のみならずしっかりと拵えられたその武器の出で立ちに、武を扱う者として感慨深そうにその剣を見つめた。

 

「あはは……話には聞いていましたが、皆さん、本当に貴族なんですか?」

そう言ったニコルが持っているのは魔導弓……とはいっても、ZCFで試作されたものであるが。こちらにはクォーツのスロットは搭載されていないが、その代わりに照準補助の機能が搭載されており、相対する敵との距離や効果的にダメージを与えられる箇所の分析を自動で行ってくれる優れものだ。尤も、敵の解析は必須であることには変わりないが。

 

「アルゼイド家は元々“アルゼイド流”を今に受け継ぐ武の一門だからな。貴族と言う身分をあまり聞かない共和国出身のそなたにはなじみが薄いかもしれないな。」

「ま、それは本当かな……俺やエリゼはユン師父に剣を習ったから。」

「ほう。ユン・カーファイ……『八葉一刀流』だったか。それは初耳だな。いつか、リィンやエリゼとは手合わせしたいものだ。」

「その、お手柔らかにお願いします。私など未熟者もいいところですし。」

「三の型の皆伝を師父から貰ったエリゼが『未熟者』って言うことじゃないと思うんだけれど……エリゼが未熟者なら俺だって未熟者だぞ。」

リィンの言葉を聞いたラウラは興味深そうにリィンやエリゼを見つめ、エリゼは申し訳なさそうな表情を浮かべて呟き、その言葉に引き攣った表情を浮かべつつ反論したリィンであった。

 

「……ちなみに、二人とも。僕はそういう武術に疎いのでよく解らないのですが……二人はどれほどの腕前なのですか?」

「俺は一の型“烈火”、四の型“空蝉”の免許皆伝を貰っている。近々、二の型“疾風”の皆伝も近いってアスベルが言っていたけれど。」

「私は三の型“流水”の免許皆伝を頂いております。あとは、七の型“蛟竜”のほうも今のところ中伝ぐらいですね。」

「なっ!?」

「……免許皆伝と言うことは、達人クラスってことですか!?」

ニコルの問いに答えたリィンとエリゼの言葉にラウラは目を丸くし、武術に疎いニコルですらもそこら辺の知識は知っていたようで、驚きを隠せずにいた。リィンは15歳、エリゼは13歳という若さで達人クラスの高みに到達していた。これには“剣仙”と謳われるユン直々の教えということもあるが、それ以上に大きな影響を与えたのが彼等……とりわけリィンと歳が近く、18という若さでありながらも八葉一刀流筆頭継承者の資格を持ちうるアスベルの存在があったからに他ならない。

 

「父上が以前言っていたが、達人という『理』は『器』のある者にしか至れないという……ふっ、その一人が私の婚約者とは、私も負けていられないな。」

「……そういえば、兄様はアルゼイド侯爵閣下と手合わせしたことがあるのですか?」

「一度だけだよ。紙一重ぐらいの差だったけれど……何とか勝てた。正直、二度とやりたくないけれど。」

リィンは一度だけヴィクターと手合わせしたことがあった。“起動者”としての力を完全解放してどうにか勝ちをもぎ取ることは出来たものの、あのような“死闘”は二度と御免こうむりたいのが本音であった。

だが、その時四人に掛けられる声……

 

「なら、今度は俺が挑ませてもらうぞ。」

 

「!?上……って、アスベル!?」

「というか、ニコルさんがいつの間に気絶してます!」

「………何と言う気迫だ。」

そこにいたのは、気絶したニコルを抱えたアスベルであった。その佇まいと気当たりにリィン、エリゼ、ラウラの三人は冷や汗が止まらなかった。アスベルは近くの木にニコルを寝かせると、太刀を抜いて構えた。

 

「改めて……久しぶりだな、エリゼにラウラ。その感じからするに、ちゃんと鍛練はしていたようだな。」

「お久しぶりです。そういうアスベル様もこの一ヶ月でかなり鍛え上げたようですね。」

「何、大したことではないよ。」

「そう言う割には全く隙が見えないではないか……だが、遠慮なく行かせてもらう!」

アスベルの放っている威圧に屈することなく言葉を紡ぐエリゼとラウラの様子を見て、アスベルは笑みを零した。少なくとも、リィンのみならずエリゼとラウラもこの短期間でかなり鍛え上げたことは間違いなかった。

 

「鬼ごっことはいうが、ぶっちゃけ30分間戦い続けるようなものだ。リィンは3倍増し位で行くが。」

「って、何で俺だけそんなことに!?」

「五月蝿い。男なんだからそれぐらい耐え抜けミスター朴念仁。」

人の事を棚に上げるわけではないが、女性に対して無自覚な言動は自覚させるのが手っ取り早い……この行動で自覚するというのは“空の女神(エイドス)”直々に天啓が下るぐらい難しいかもしれないが。

 

「何ですか、その不名誉な……って、エリゼとラウラは何で納得してるんだ!?」

「とは言われましても、ね?」

「うむ。レグラムのあの状況を生み出したのは他でもないリィンなのだからな。」

「???」

アスベルの言葉に同意するように頷いたエリゼとラウラ。その意味が解らずにリィンは首を傾げた。

レグラムでリィンが何を起こしたのか……それは後々語られることになる。

 

 

その後、各チームがどのような状況になったのかというと………

 

 

「ほらほらほら、逃げ惑え~!!」

「容赦ないな!?」

「兄様……」

「その…頑張れ。」

「………(気絶中)」

アスベルの攻撃に反撃しつつも有効な決定打を与えられないリィンらのチーム……とはいっても、戦闘しているのはリィンだけで、被害を被りたくないエリゼとラウラは気絶するニコルを魔獣から襲われないように退治しつつ、二人の様子を見ていた。

 

「そぉい!!」

「がああああっ!?」

「おー、人ってあんなに飛ぶんだ。」

「みたいだね。」

レイアの攻撃にピンボールの如く弾き飛ばされるランディ、それを呑気に見つめるレヴァイスとフィー、

 

「どうした、もう終わりか?」

「出鱈目にもほどがあるじゃない!何で背中からビームが出せるのよ!」

「本当に隙が無いわね。下手すると先生以上よ。」

「……俺ですら、予想外だな。」

「まったくです。」

マリクの変則的な攻撃に苦戦するエステルらのチーム、

 

「いくぞ、幻影乱舞(ファントムレイド)!」

「なんの、オメガエクレール・ゼロ!」

「……頼もしき若者たちだな。」

「アタシは正直置いてけぼりなのですが。」

「………(僕は、夢でも見ているのか?)」

激しく戦っているルドガーとスコールの姿を見て驚きやら呆れやら浮かべるヴィクターやサラ、眼前の光景に現実ではないものを見ているような感覚を覚えるマキアス、

 

「ほいっと……まだやるのかな?」

「当たり前だ。折角の機会を逃せねえしな!」

「はぁ……ごめんなさい、シルフィアお姉ちゃん。」

「……この人、戦闘狂ですか?」

「否定できないだろうね……」

シルフィアにあっさりと退けられつつも、立ち向かっていくアガットの姿にティータ、ティオ、オリビエの三人は呆れ、

 

「シオン、私を捕まえて~♪」

「アホか!?って、クローゼにアルフィンまでこっちに近寄るなよ!!」

「その……ダメなの?」

「駄目なのでしょうか?」

「当たり前だろうがあぁぁぁぁっ!!!」

 

―――スパンッ!ベシッ!パァンッ!

 

「きゃんっ!」

「あうっ!」

「はうぁっ!」

 

「「「………」」」

「シオン、済まない。姉の私と言えども殿下には逆らえないのだ……」

「済まない、シオン殿……皇女の命には逆らえないのだ。許してくれ。」

逃げるどころか追いかけてくるエオリア、クローゼ、アルフィンにシオンはハリセンでツッコミを入れ、ロイドとエリィ、アリサはその光景に呆然とし、ユリアとミュラーは揃って上司に逆らえないことを嘆きつつ、シオンの安否を祈ることしかできなかった。

 

その結果………

 

ロイド達のチーム、366回(エオリアのとばっちり)

 

リィン達のチーム、366回(アスベルの私刑のせい)

 

「…………」

その他のチームも軒並み200回程度捕まることとなったため、鬼ごっこが終わった後は全員疲労困憊の状況だった。

 

「お疲れ様。この後パルムの温泉に行く予定だから」

「「温泉はもうやめてくれ!!」」

シオンとリィンの言葉もむなしく、温泉に連行され……結果的にエルモの時と似たような状況になった(リィンとシオンに女性が添い寝していた)のは言うまでもない。

 

 




次回、最新作で出る予定の方をスポットに当てます。

誰でしょうねー(棒)


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外伝 氷の乙女の憂鬱

~王都グランセル 東街区休憩所~

 

「はぁ~……」

 

第60回女王生誕祭で賑わいを見せる王都グランセル……その休憩所のベンチに座り、ため息を吐いた人物がいた。普段はあまり着ることの無い私服に身を包んだ空色のサイドテールの女性―――『鉄血の子供達』の現No.2、“氷の乙女(アイスメイデン)”クレア・リーヴェルトの姿であった。

 

エレボニアでは重鎮中の重鎮、とりわけエレボニア帝国の最精鋭部隊とも謳われる『鉄道憲兵隊(TMP/Train Military Police)』を率いるリーダー格の女性がこのような場所にいる理由……それは、ある男の言葉が切っ掛けであった。

 

『そういや、クレアに男とかいねぇのか?ま、いるわけねぇよなァ。そんな仕事一筋じゃ、妹に先こされちまうぞ?』

 

その言動と言葉遣いから予測はつくと思うが、同じ『鉄血の子供達』の“かかし男(スケアクロウ)”であるレクター・アランドールの言葉であった。その言葉にクレアは反論するも、同時にクレアは妹であるリノアの事を思い出し、青ざめた。彼女はクレアと違って社交的であり、交友関係は広い。それに、彼女はラグナと恋仲であるらしく、ラグナも照れながらその事を認めていた。そのことまで思い出したクレアは泣きそうになり、気が付けば自室に戻って私服に着替え、必要最低限の荷物を持って部屋を飛び出し……気が付くと、リベールに来ていた。

 

仮にも『百日戦役』で刃を交えた相手……未だにその全容すら見せない『眠れる白隼』。その国に来たのは、知り合いがいるという理由も一つなのだが、彼女にはもう一つ理由があった。

 

「………」

クレアが見つめるのは、彼女の掌に乗っているもの―――ペンダントであった。そのロケット部分に填められているのは蒼曜石(サフィール)。彼女がこれを感慨深そうに見つめる理由……それは、今から二年前に遡る。

 

 

~七耀歴1200年 ノルティア本線 沿線~

 

当時、20歳であったクレアはその若さで中尉という階級を担い、近々昇進も間近というほどの実績を打ち立てていた。だが、ある時……いつものように沿線住民の要請で魔獣退治に来た時。

 

「くっ………!」

クレアですら予想だにしていなかったこと……それは、大型の魔獣であった。話に聞いていた魔獣は難なく退治できたのだが、それすらも軽く捻ってしまうほどの膂力を持つ魔獣との遭遇に、彼女の部下はなす術もなく打ち倒され、彼女も打ち身の影響で動けずにいた。そして、魔獣はクレアの姿を見つけると、一目散に駆けだしてきた。

 

―――駄目、やられる……!

 

彼女の思考はそう判断した……

 

 

―――その時、風が吹き荒れた。

 

 

「――――――風神烈破」

 

 

吹き荒れた風は魔獣を難なく吹き飛ばした。そして、未だに動けない彼女の前に立っていたのは、見たところ十代半ばの少年の後姿であった。その姿を疑問に思うクレアには目もくれず、その少年は魔獣に向かって駆け出し、

 

「二の型“疾風”が弐式―――『風塵怒濤』」

 

目にも止まらぬ無数の剣閃が魔獣に刻み込まれ、それを受けた魔獣はなす術もなく崩れ落ち、次の瞬間には名も知らぬ肉塊へと姿を変えていた。その少年は持っていた太刀についた血を掃うと、鞘に納めてこちらに向かってきた。クレアは思わず身構えるが、少年は手を翳すと回復アーツをクレアにかけた。

 

「あ、貴方は……」

「……遊撃士ですよ。尤も、この国には偶然立ち寄っただけです……そうでした。これを要請があった住民に渡してください。おそらくは、その方が言っていた『落し物』だと思いますので。それでは……」

そう言って踵を返すと、部下にも回復アーツをかけ、少年は静かにその場を去った。

 

一方、クレアは茫然としていた。彼の肩に付けられていたエンブレムは確かに『支える籠手』―――遊撃士協会の物であることには違いなかった。だが、彼女が関わったことのある遊撃士の物とは異なり、白金のエンブレムであったことに疑問を浮かべた。

 

「……っと、いけない。戻らないと……」

我に返り、部下たちを起こすと……要請した住民のもとを訪れ、経緯の説明と彼から渡されたペンダントを返そうとした。すると、その人はそのペンダントは感謝の気持ちとして受け取ってほしいと言われてしまったのだ。これにはクレアも頭を抱えたが、やむを得ず彼女が持つこととなったのだ。

 

―――“氷の乙女(アイスメイデン)”……私の事がそう呼ばれるようになった切っ掛け。

 

その一件以降、クレアは努力に努力を重ねた。だが、それが誰の為であったのかは……クレア自身にも解らなかった。自分の上司であるオズボーン宰相閣下の為なのか、鉄道憲兵隊という部隊を率いる立場としての自分自身の為なのか、レクターやミリアムのような他の『鉄血の子供達』に負けないという意地なのか……その理由が見いだせずにいた時、零れ落ちたかのように出てきた一冊の資料。

 

『遊撃士協会帝国支部連続襲撃事件』……先日の事件の資料だった。その中にあったカシウス・ブライトの資料。そして、その中にあった一枚の写真。それは、カシウスの付けていたエンブレムがかつて出会ったことのある少年の持つエンブレムと同一であったことに目を丸くした。確か、カシウス・ブライトは遊撃士協会でも非公式のランクとされるS級正遊撃士……となると、その少年はカシウスと同クラスの実力者。それと、カシウスをはじめとしてS級正遊撃士が多く在籍しているリベール王国。

 

 

~王都グランセル 東街区休憩所~

 

「………」

可能性としては0に近いだろう。だが、藁にも縋る思いでクレアはリベールに向かった。その裏で、レクターがオズボーンに説教を食らった後、ミリアムのアガートラムによる『遊戯』に付き合わされたことは知る由もないのであるが……

そう思い返していた時、一人の青年が声をかけた。

 

「……まさか、このような場所にいるとはな、エレボニア帝国鉄道憲兵隊大尉、『鉄血の子供達(アイアンブリード)』クレア・リーヴェルト。」

「!……貴方は。」

クレアの視界に映ったのは栗色の髪に水色の瞳を持つ男性にして、肩に付けられた白金の『支える籠手』のエンブレム。そして、その成り立ちはクレアにとって一番馴染みのあった……自分を助けた遊撃士と瓜二つの容姿。“紫炎の剣聖”アスベル・フォストレイトその人であった。

 

「ま、見るからに仕事じゃなさそうだから気にはしないが……変な動きを見せたら、容赦なく淘汰させてもらう。“遊撃士”としてではなく、“軍人”としてな。」

「………そのようなことはしません。私も個人的な用があってこの国に来ただけですから。」

リベール王国軍少将アスベル・フォストレイト……准将であるカシウス・ブライトよりも上の位でありながらも、軍のトップとしての役割をカシウスに任せている人物。そして、遊撃士協会においてもトップクラスの実力者。そのエンブレムからしてカシウスと同じS級正遊撃士。先日の事件では、彼が秘密裏に動いていたという噂が流れていたが、確証に至る証拠が一切出てこなかったため、その噂は噂でしかないと結論付けた。

 

「ですが、一つだけ。何故、あの時私を助けたのですか?」

「……俺の近くで、不慮の事故による死人が出るのは御免被りたかった。それだと理由にはならないか?」

「流石に、ですね。先日の事件以前にも私達は貴方方遊撃士に対して妨害をしていた。あのまま見逃せば貴方方の障害となりうる要素を排除できたのでは?」

……確かに、鉄道憲兵隊が遊撃士の行動を妨害するような行動をとっていたことは事実であろう。現に、サラやトヴァルのような帝国出身者の遊撃士にしてみれば、あまりよくない感情を持っていることは事実だし、その親玉であるオズボーンに対しても良くない感情を向けているのは言い逃れのできないことだった。だが……

 

「その部分は否定しない。でも、この広大な帝国を遊撃士だけでカバーできるかと言われたら正直難しい。元々、帝国にいた遊撃士の連中は是々非々でアンタらとやっていくつもりだったが、それを断ったのはお前らであり、お前らの上司であるあの“鉄血宰相”なのだからな。」

互いに協力できるところは協力する……そのスタンスを破壊したのは鉄道憲兵隊自身であり、その上司であるオズボーン宰相。あの御仁も鉄道憲兵隊のみであの広大な帝国をカバーリング出来るのかと言うと……本気でそう思っているのならば、施政者として二流の烙印を押されることとなるだろう。それを敢えてやっているのであれば、施政者と言うよりも国の破壊者としての悪名を貰うことに気付いているのであろうか。

それを解っていてやっているのであれば、性質が悪いことこの上ないのであるが。

 

「だが、元はといえば『アンタら自身……あの“鉄血宰相”の失態』だということも忘れるなよ。尤も、その意味を知った時には既に遅いだろうがな。」

「どういう意味ですか?」

「言葉通りだよ。」

彼女は知らない。帝国がひた隠しにしている『ハーメルの悲劇』、帝国政府と情報局・鉄道憲兵隊ぐるみによる『王国皇太子夫妻および王子殿下の暗殺』、『王子殿下の生存』…それと、先日の『遊撃士協会支部襲撃事件』…この三つを国内外に発表した際、“鉄血宰相”はおろか、<五大名門>の内の“四大名門”……革新派・貴族派共に大ダメージを負うことが確実視されることは想像に難くない。ただ、その事案も三つだけですめばまだいいのであろうが……それ以上のダメージを“因果応報”という形で負うことに“鉄血宰相”は気付いていない。

 

「言っておくが、この場で俺を殺そうとしても無駄だぞ。たとえ、この国にいるアンタらの仲間が近くにいたとしてもな。」

「!?」

「このことはカシウスさんも知っている。だが、敢えて生かしておいている。ここまで言えば、その意味は聡明な頭脳を持つ貴女なら解るでしょう……その『意味』を。」

『人質』……言うならば、そういうことだ。その気になれば、今すぐにでもその者たちの殺害を行使できる。リベールの動きを把握するために送り込んだはずが、それが仇となっているこの状況を察し、アスベルを睨んだ。だが、それを意にも介さず、彼女だけに向けて殺気を放った。

 

「!?!?(こ、この感じは……駄目、彼には……勝てないっ………!)」

その殺気に当てられたクレアは身体の震えが止まらなかった。そして、本能的に彼の実力を察してしまった。目の前にいる彼を敵にしてしまった時、間違いなく殺される……そう直感したクレアを見て、アスベルは殺気をしまいこんだ。

 

「………ま、折角の祭りだ。ただ来ただけじゃつまらないし、見物ぐらいしていけよ。」

そう言って踵を返すと、その場を後にしようとしたアスベル。その時、アスベルの後ろから聞こえた声……クレアは息を整えながらも呼び止めた。

 

「……待って、ください。」

「驚いたな……(あれほどの殺気を受けて、正気を保っていられるとは……)で、何だ?」

「貴方は、それだけの力がありながら何故、頂点に君臨しようとしないのですか?」

クレアの疑問も尤もであろう……だが、いや、だからこそであると思いつつ、アスベルはその質問に答えた。

 

「力を以て頂点に君臨したら、それは『王』ではなく『独裁者』だ。俺は別に『王』になる気などないし、『王』の資格足り得るものがいる以上、そいつに任せるのが筋だ。『理想』と『現実』……そのバランスを見極められる人間が施政者に必要なんだよ。尤も、“鉄血宰相”に忠誠を誓うお前らに言っても、無駄な説法だろうがな。」

只でさえ強大な力を持っている上に、これ以上の地位となると……それは、未来に大きな禍根となって争いの火種となる。力はただ力……だが、簡単に揮える力こそ厄介なことこの上ない。なればこそ、その力の重大さはそれを扱う者にとって大きな責任だ。その責任を負えるだけの強靭な精神力や信念が必要なのだ。

 

「そうですか………お礼と言っては何ですが……」

それを聞いたクレアは自分の中で何か納得したような表情を浮かべて、懐から取り出したのは一個の指輪。見るからに白金の指輪であり、小さな蒼曜石が填め込まれていた。

 

「これを、貴方に渡します。」

「いやいや、何でそうなるんだ?俺としては単純に警告しに来ただけなんだが?」

仮にも敵……しかも、“鉄血宰相”の側近とも言える彼女からものを貰う訳にはいかない。だが、クレアのほうは笑みを浮かべて有無を言わせない感じを漂わせていた。

 

「ここにいるのは、帝国から来た一人の旅行者であるクレア・リーヴェルトです。私の相談に乗ってくれた依頼の報酬という形ならば、文句はありませんよね?」

「……流石、一筋縄じゃ行かないところは“氷の乙女(アイスメイデン)”たるところだな。」

その物言いならば、無碍に断ることは出来ない。アスベルは渋々受け取ることとした。

 

「それでは、失礼します。」

「ああ。」

クレアは軽く会釈をして、その場を後にした。

 

(………何故でしょうね。私が『クレア・リーヴェルト』でいられる証……あの指輪を彼に渡したのは。)

彼に対して弱みを作るわけではない。単純な動機……個人的に気になった人物だった。彼の前では、“氷の乙女”と言う異名も形無しのように感じてしまった。この身命は敬愛する宰相閣下に捧げた……いや、今にしてみれば捧げた『はず』であった。

 

宰相閣下以上の『器』……殺気に当てられたとき、それを感じ取ってしまった。それに対して、私は今までの忠誠の意味を改めて見つめなおすこととなってしまった。この思考が自分の中で一つとなった時、今までのように宰相閣下を敬愛して忠実に彼を支える『鉄血の子供達』となりえるのか……それは、私自身にも解らなかった。

 

 

「『眠れる白隼』……確かに、この国は恐ろしいですね。本当に……」

 

 

そう呟いたクレアの表情は悔しさというよりも、何故だか喜びという感じであった。

 

“氷の乙女”……彼女がその答えを出すのは、そう遠くない未来であった。

 

 




番外編……というか、アスベルにフラグ立ちました。

リィンとロイド→褒める的な殺し文句
アスベル   →文字通りの殺し文句

なのですが、どうしてこうなった……そこ、『お前が言うな』って言わないでくださいよw

そういえば、閃の公式HPを見ていて思ったのですが……帝国軍の中に戦艦の記述があったんですよね。でも、Ⅰの段階で出てきていないような……あっ(察し)

少なくとも、Ⅱでは新たに星杯騎士は出てきそうですがね。ケビンの例もありますし、ガイウスが世話になったという神父もはっきり出てきてませんし。

あとは、碧EvoのHPも見てきたのですが……イメージイラスト追加とはいい仕事するなぁ(感激)


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第109話 静けさの宴

 

鬼ごっこから二日後。女王生誕祭も大詰めを迎え……迫る不戦条約の調印式。その一角である帝国大使館には錚々たる面々が集っていた。

 

 

~王都グランセル 帝国大使館~

 

「フッ、それにしても、御供一人でこの国に来るとは……父様には話を通したのかい?」

「ええ。セドリックは猛反対しましたけれど、無理矢理押し切りましたわ♪」

「ふふっ、流石は兄の子ですね。そういったお茶目さは昔の兄そっくりです。」

笑みを浮かべながらそう話しているのは、オリビエ・レンハイムもといオリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子、アルフィン・ライゼ・アルノール皇女、そしてアリシア・A・アルゼイド……旧名アリシア・ライゼ・アルノール皇女と呼ばれた、エレボニア皇家の面々であった。

 

「ということは、調印式にはアルフィンが参加するということでいいのかな?」

「ええ。私としては、もっと呑気な気持ちで来たかったのですが、お父様から交換条件として言いつけられまして……」

「心配ないですよ、オリビエ。いざという時は、私もフォローいたしますので。」

ため息を吐くアルフィン。皇家の人間とは言え、まだ社交界デビューすらしていない13歳の人間が政治の表舞台に立つことには周囲から色々言われるであろうが……そこら辺は特に問題ないと切り捨てていた。

 

「そういえばお兄様。調印式の後に会食パーティーがあるそうですね。」

「フフ、その通りだよアルフィン。あと、僕の事はオリビエ・レンハイムで頼むよ。」

「はぁ……知名度のお蔭で自由闊達に振る舞えるお兄様が羨ましいですわね。こうなったら、私も『アルフィ・レンハイム』と名乗って、エステルさん達と旅をしようかしら?」

「やめてください、皇女殿下。これ以上の苦労はご勘弁願いたい。それに、エリゼ嬢の心労が嵩むようなことは控えていただきたいものです。」

アルフィンの冗談とも思えぬ言葉にミュラーが反応し、冷や汗を流しつつもそれを諌めた。

 

「僕に関しては皇室ではなく、『演奏家』として招待されているからね。各国の首脳の心を射抜くような演奏を披露しようではないか。」

「お前、何時の間に招待されていたんだ?」

「ああ、公国大使館に行った後さ。図らずもエステル君やシェラ君のお墨付きも頂いたことだしね。」

会食パーティーの演奏……各国首脳が集う前で『演奏家』として皇室の人間が演奏する……事情を知る者が見たら、どう考えても『おかしい』状況であることには違いないが。

 

「オリビエの演奏ですか……以前聞かせていただきましたが、ゼムリアの中でも五指に入りそうな腕前でした。」

「フ……アリシア殿のお墨付きを頂けるとは、僕にとっても鼻が高いことです。当日はもっと素晴らしき演奏を披露させていただきましょう。」

「流石、お兄様ですわね。」

「………」

色々な思いを抱いている面々……それは、帝国だけではなく、共和国や公国、当事者であるリベールも同じであった。

 

 

~グランセル城 空中庭園~

 

「……嵐の前の静けさ、だな。」

そう呟いたのは、アスベル・フォストレイト。彼は、遊撃士としての仕事着でなく、王国軍としての仕事着に身を包み、眼前に映るヴァレリア湖を見つめていた。

すると、そこに現れたのはワインレッドの髪の女性―――シルフィア・セルナートであった。

 

「……全く、アスベルも色々突っ走るんだから……ま、前の時からそうだったし、今更って感じだけれど。」

「悪かったな……」

シルフィアの言葉に対してバツが悪そうな表情を浮かべて返した後、真剣な表情を浮かべてシルフィアの方を向いた。

 

「そういえば、この前のオルグイユの停止……あれは何だったの?」

「ああ、アレか?連中がオルグイユを隠していたことは掴んでいたから、もしもの時の為にエンジンに細工しておいた。アレを使って起動させた際、一定時間後に回路がショートするように仕込んでいたのさ。」

とはいえ、連中が導力技術に対してどれほどの知識を持っているか解らなかったため、新型回路の試作品を無理矢理組み込んだのだ。そして、一定出力以上の導力を一定時間流し続けると、回路がショートするように仕込んだのだ。これも、新型エンジンに向けての『実験』であったことを情報部の連中はおろか、『結社』ですら気づいていないであろう。

 

「だが、本題はここからだ。“教授”との化かし合い……連中が何の疑いもなく『グロリアス』を“この国”に持ってきたら、こちらの勝利はほぼ揺ぎ無いものとなる。そのために、第二位“翠銀の孤狼”がこちらに来る手筈になっている。」

「え、あの人がこっちに、ってことは……」

「ああ。彼には『グロリアス』を奪取、最悪の場合は破壊してもらう。まぁ、どちらにせよ破壊するけどな。」

アスベルが言った第二位“翠銀の孤狼”……アスベルやシルフィアと同じ守護騎士(ドミニオン)であり、アインと並ぶ守護騎士最古参メンバーの一人である。その彼に『方舟』の破壊の任が下ったということは、つまり……

 

「“教授”の抹殺は第五位にやってもらい、俺らは他の『執行者』を抑える。まぁ、大方はエステル達に任せることになるが。幸いにも“調停”は動かないと確約を貰っているからな。」

尤も、事の次第に絶対という文字などない。この先だってすべて事がうまく運ぶとは限らない……そのためには、使えるものはすべて使っておく必要がある。

 

「第三位のアスベルに第七位の私、第五位のネギに第二位“翠銀の孤狼”……そして、第六位“山吹の神淵”カリン・アストレイ。本当に豪勢だよね。」

「……シルフィ?」

シルフィアはその面々の盛大さにため息をつきつつ、アスベルに抱き着き……アスベルは疑問を浮かべながらもシルフィアを優しく抱き留めた。

 

「アスベルって、本当に弱みとか言わないよね……」

「……弱みを言われる前に、救われてるからだよ。他の連中もそうだが、特にシルフィにはな。」

この言葉に関しては、嘘は言っていない。すべて本当の事だ。確かに弱みを言いたい時ぐらいはある。それを吐き出す前にいろんな奴らから助けてもらっているので、その弱みはいつしか消えてなくなっていた。そう言う意味ではシルフィアに対して感謝してもしきれないぐらいの気持ちを持っている。この世界に転生してから、初めて会った人物であり、俺の幼馴染の中でも一番大切な人なのだから。

 

「………勝とうね。」

「ああ。」

そう言って二人の影が重なる……その姿を夜空に浮かぶ星と月が優しく照らし出していた。

 

 

ZCFの博覧会……そこで執り行われた演奏会は凄まじい有り様となった。

 

「~~~♪」

「………なぁ、ルドガー」

「言わないでくれ……頭が痛い。」

最初はニコルと、彼に頼まれて立候補したオリビエだけであったのだが、ロイドのことがいてもたってもいられずに飛んできた“空の奏人”ルヴィアゼリッタ・ロックスミス、ルドガーを追いかけてきた“蒼の歌姫”ヴィータ・クロチルダ、休暇という形でリベールを訪れていた“炎の舞姫”イリア・プラティエが乱入、更には家族と旅行に来ていたエリオット・クレイグが巻き込まれる形となり、結果的にちょっとしたコンサートというか、ある意味歌劇的なものになってしまったのだ。その後のあいさつで、ルヴィアはエリィの表情を見て一言、

 

「負けないからね。」

「えっ?」

「???」

その言葉にロイドとエリィは揃って首を傾げたのは言うまでもない。

 

不戦条約はエルベ離宮にて執り行われ、リベール王国国家元首アリシア・フォン・アウスレーゼⅡ世、エレボニア皇帝ユーゲント・ライゼ・アルノールⅢ世が名代アルフィン・ライゼ・アルノール皇女、エレボニア帝国宰相名代カール・レーグニッツ帝都知事、カルバード共和国国家元首サミュエル・ロックスミス大統領、レミフェリア公国国家元首アルバート・フォン・バルトロメウス大公、更には特別招待客であるクロスベル自治州共同代表ヘンリー・マクダエル市長といった錚々たる面々が一堂に会し、調印を執り行った。

 

その後、同席したアルバート・ラッセル博士よりニコル・ヴェルヌ、アリサ・ラインフォルト、ティオ・プラトーの三名を通じてZCFのオーバルエンジン『XG-02』が贈呈された。更に、非公式という形でラッセル博士からヴェルヌ社にロイドの持っていたトンファーの改良データや第五世代型戦術オーブメントの基礎データを無償贈呈、ラインフォルト社には『ARCUS』の改良品、レミフェリア総合技術局には『魔導杖』とレミフェリアで開発が進められている『ENIGMAⅡ』の改良品の提供を決定した。尤も、これらのデータはZCF側にしてみれば『お古』を押し付けるようなものではあるのだが……これにより、三国に対するリベールのアドバンテージはさらに増す形となった。

 

その後の記者会見では、今回の条約提唱者であるリベールや共同提唱者であるレミフェリアに質問が集中する形となり、今回の条約における『三大国』のパワーバランスはリベールが一歩抜きん出た形となり、これ以降におけるリベールおよびレミフェリアの発言力は、エレボニアやカルバードにとっても無視できるものではなくなっていたのである。更には、今回招待されたクロスベル自治州の共同代表の存在も大きな意味を果たし、クロスベルにおけるリベールの存在感を印象付ける結果となったのである。

 

 

~グランセル城~

 

その後の会食パーティーでは、演奏を執り行うこととなったニコルやオリビエの姿があった。それを見ているエステルらは正装姿……女性陣はドレス姿であった。

 

「……博覧会の時も思ったけれど、やっぱり納得いかないわね。認めてはいるけれど……」

「ま、普段があれだからエステルの気持ちも解るわ……とはいえ、アタシはこの格好が落ち着かないけれど。」

髪をおろし、淡い橙のドレスに身を包んだエステルはオリビエの演奏にジト目で見つめ、どこかぎこちないシェラザードはラベンダー色のドレスに身を包んでいる。

 

「あはは、その気持ちは解るけれど、シェラ姉も似合ってるじゃない。」

「そういうエステルもね。こうしてみると、本当にレナさんそっくりよ。」

「そ、そっかな?」

シェラザードの褒め言葉に照れつつも、自分の母親に似てきたことに嬉しさを感じていた。そこに、エステルの見知った顔が次々とあいさつに来た。

 

「やれやれ、こういう格好は嫌いなんだが……」

「でも、似合ってますよアガットさん。あ、エステルお姉ちゃんにシェラザードさん。二人とも綺麗です~」

怪訝そうに呟くスーツ姿のアガットに、三人を褒める桃色のドレスを着たティータがやってきた。

 

「ありがと、ティータ。」

「にしても、ティータのドレス姿を見てると、お人形さんみたいね。」

「あ、あう……ありがとうございます。」

「ふふ、そうですね。皆さんとてもお似合いですよ。」

三人の会話に入ってきたのは、白のドレスに身を包んだクローゼの姿であった。

 

「ありがと。でも、やっぱクローゼには敵わないかな。本当のお姫様だもの。」

「あはは……恐縮です。」

「ここにいたか……にしても、錚々たる光景だな。」

エステルは率直にクローゼの格好を褒めると、クローゼは苦笑しつつも礼を述べた。すると、そこに軍服に身を包んだ男性―――アスベルが現れた。

 

「あ、アスベル……って、その軍服?みたいなのは……」

「これが『天上の隼』の制服なんだよ。あまり言いたくないが、王国軍の軍服としてのデザイン的にファンションセンスが……な。」

「あはは………」

『天上の隼』の制服は王国軍の軍服とは異なっている。(イメージ的には『鋼の錬○術師』のアメストリス軍部の軍服)その理由は、王国軍の軍服の機能性は理解していたものの、デザイン的に納得がいかず……軍服として動きやすいものを選んだ結果である。

 

「まぁ、それはともかく……アレを見てくれ。」

「アレ?………えっと、女性のようだけれど……」

その辺りの話を切り上げ、アスベルが指した先にいる二人の人物。長髪にドレス姿の女性……なのだが、その姿に見覚えのある一同。

 

「あちらに見えますのは、罰ゲームで女装してもらったロイドとリィンです。」

「え”っ?」

「……言われてみれば、確かにロイドとリィンね。」

「ほえ~……綺麗ですね。」

「そうですね。女性の私でも羨ましいと思います。」

二人のチームへの罰ゲーム……それは、『全員女性らしい格好(男含む)』であった。ニコルの場合は、演奏という役目のため、これから除外する形となり、ロイド、エリィ、エオリア、リィン、エリゼ、アリサ、ラウラの七人が全員ドレス姿と相成ったのだ。

 

「………リィン」

「言うな、ロイド……俺だって辛い。」

ある意味朴念仁である二人の女装姿………だが、あまりにも似合いすぎているために……

 

「ふふ、ロイドってばお似合いね。私が嫉妬してしまいそうよ。」

「これは面白いというか、違和感がないのよね。」

「その気持ちには同感ね。」

「……私が兄様に嫉妬してしまいそうです。」

「その気持ちは解るぞ、エリゼ。」

淡いピンクのドレスを着たエリィ、緑のドレスに身を包んだエオリア、深紅のドレス(シャロンが用意したもの)に身を包んだアリサ、蒼のドレスに身を包んだエリゼ、そして空色のドレス姿のラウラが各々感想を述べた。

そこに……

 

「ろーっくーん!」

「どわっ!ルヴィアさん!?」

「む~、ろっくんってばつれないな。呼び捨てでいいのに。」

紫紺のドレスに身を包んだルヴィアゼリッタが現れ、目にも止まらぬ速さでロイドに抱き着いていた。

 

「ルヴィア……その、当たってますから。」

「いやだなぁ、解ってて聞くんだ……ろっくんだから、当ててるんだよ♪」

「いや、意味わかりませんから!」

ロイドとルヴィアゼリッタの会話……傍から聞けば、ロイドが受け入れるとバカップルと言われようとも過言ではない光景であった。ちなみに、ルヴィアゼリッタのスタイルはかなりいい。下手すると、セシルに匹敵しうるほどのスタイルの良さである。

 

「(……何でかしら、ロイドが他の女性とああしていると、胸が痛むのよね……)」

だが、その光景を見たエリィは胸のあたりに痛みを感じ、それがロイドに関わることだというのは気付いていたが、それが何なのか解らずにいた。

 

この後、ロックスミス大統領やカール帝都知事、アルバート大公が帰ったのを見計らって宴会へと突入することとなった。その結果……

 

「ーーーー!!!!」

「んっ………」

「ろっくん、次は私とキスしよ♪」

ロイドは酔っぱらった勢いで迫ってきたエリィにキスされ、それに触発されたルヴィアゼリッタはロイドにディープキスし、それに火がついてエリィとルヴィアゼリッタから交互にキスされる羽目となった。

 

「兄様……」

「リィン……」

「………(どうしろっていうんだよ、この状況)」

リィンに関しては彼の左側にエリゼ、右側にラウラからがっちりとホールドされ、身動きが完全に取れなかった。

 

「今日はシオンの上で眠りますわね♪」

「アウトだよ!誰だよ、アルフィンに酒飲ませた奴は!?」

「私よ♪」

「何やってんだ、良い歳した大人が!?」

「シオン……」

「クローゼもかよっ……!!」

三人に言いよられているシオンは本気で頭を抱えたくなった。

 

「……大変だね。」

「そう言う意味じゃルドガーもだけれどね。」

「代わってくれ。割と本気で。」

「それやると、俺が死ぬ。」

「だよなぁ……」

その光景を生暖かく見つめる他の面々であった。

 

ちなみに、アリシア女王とヘンリー市長は旧知の仲らしく、二人曰く『曾孫が見たい』らしい。いや、それでいいのかアンタらは……そう思ったのは言うまでもなかった。

 

 

―――『導力停止現象』まで、おおよそ一週間前のことであった。

 

 




一応、この話で区切る形となり、いよいよ本筋に戻ります。


次章の嘘予告

ケビン「オレの釣り力は……53万や。しかも、あと二回覚醒を残しとる。」

エステル「あ、あんですってー!?」

ルヴィアゼリッタ「ヴァルターちゃんの戦闘力……たったの5か。フッ……」

ヴァルター「てめえ、殺す!!」

ワイスマン「実は私、マキアス・レーグニッツの未来の姿なのですよ。」

マキアス「嘘を言うなっ!!」



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FC・SC第八章~顕現する環~
第110話 迫りくる脅威のために


~グランセル国際空港~

 

不戦条約の調印式が無事終わり、翌日の朝……レミフェリア公国およびクロスベル自治州の関係者は一番艦『アルセイユ』、カルバード共和国の関係者は二番艦『シャルトルイゼ』、そしてエレボニア帝国の関係者は三番艦『サンテミリオン』にて見送られる形となった。

その中で、昨晩の出来事のせいでぎこちないことになっている二人がいた。

 

「えと、その、昨日はごめんなさい。酔っぱらっていたせいとはいえ、迷惑をかけてしまって……」

「いや、エリィが謝ることじゃないよ。元はと言えば、俺がきちんと拒否しなかったのも悪いわけだし。」

ロイド・バニングスとエリィ・マクダエルの二名であった。昨晩の『キス騒動』に関して互いに弁解するという状態に陥っていた。ロイドの方は事故とはいえキスを奪ってしまったことに謝り、エリィの方は酔っぱらっていたとはいえ迫ることをした事実に対しての謝罪を述べていた。

 

「………(困ったな……このままじゃ平行線だな。どう責任を取ればいいか……)」

「………(こんなはずじゃなかったのに……確かに、気になってはいたし、ルヴィアさんがロイドに迫っていた時は嫉妬していたのだし……)」

「ろーっくんにゃ!?」

互いに解決策が見いだせずにいた時、そこに割り込もうとしたルヴィアゼリッタ………だが、

 

「少しは自重しろ。」

「に”ゃあ!?リン、放してよ~!!」

問答無用でリンがルヴィアゼリッタを引き止め、首根っこ掴んでその場を離れた。だが、ルヴィアゼリッタの引き起こした被害は既に出ており………

 

「マキアス……実は、私の本体は眼鏡だったんだ………」

「父さん!?何を言っているんだ、しっかりしてくれ!!」

「流石は私の愛娘……いい蹴りだ………ぐふっ」

「大統領閣下ーーー!?」

ルヴィアゼリッタの進路上にいたカールとロックスミス大統領は彼女によって壁に吹き飛ばされ、マキアスやジンが彼等の手当てに奔走していた。

 

「申し訳ありません……」

「いえ、命は取り留めておりますから……むしろ、そちらの身内の方が大きなダメージを負っているみたいですし、今回の件はお互い見なかったことにしましょう。」

「皇女殿下のご配慮、感謝します。」

その横でエルザ大使がアルフィンに謝罪し、この時ばかりは流石のアルフィンも冗談めいたことは言えず、真摯な態度で応対していた。

そんな騒ぎの中……エリィは一つ問いかけた。

 

「そういえば、ロイドはクロスベルの出身なの?」

「え?ああ……そっちに戻ってきたら警察に入るつもりさ。」

「そうなの…もし手伝えることがあれば、遠慮なく頼って。」

「ああ、そうさせてもらうよ。とはいえ、エリィのように綺麗な子を頼るというのも、男としてのプライドが……」

「……もう、回りくどい言い方だと駄目なのね。」

「え、それって……」

互いにクロスベルで再会する……彼女の言葉と申し出にロイドは頷くも、女に頼るというのに抵抗感を感じていた。一方、エリィは自分の言葉の意味を理解していない彼に対してムッとした表情を浮かべた後、ロイドに近付き……

 

「んっ………」

「ん!?」

触れる唇。それが数秒の後、離れると……互いの頬は赤く染まっていた。

 

「フフ、さっきの言葉はあなたの『パートナー』になりたいって意味よ。それと、ルヴィアさんには負けないという意味での『宣戦布告』。流石に貴方にしてみればファーストキスじゃないかもしれないけれど。」

「……いや、昨晩エリィに迫られたときのキス、あれが俺のファーストキスなんだけれど。」

「………と、ともかく、覚悟してよね?私をときめさせた責任、取ってもらうんだから。」

「そ、それって、つまり……(パートナーと言うか…こ、恋人ってことだよな……)」

エリィの言葉に流石の鈍感なロイドも薄々勘付いていた。エリィがパートナーになること自体は吝かではないが、自分の気持ちがよく解っていなかったロイドであった。それを見たニコルは二人……エリィの方に近付き、

 

「エリィさん、これを。ロイドの住んでいる場所です。」

「あら、ありがとうニコル君。」

「ニコル!?」

「いいじゃないですか。ロイドはきちんと責任を取るべきですよ」

反論しようとしたロイドを一喝する様な口調で言い切ったニコル。その表情は満面の笑みであった。

 

「………何故でしょう。私が将来苦労する光景が目に浮かびます。」

その光景を遠くから見ていたティオはその様子を見て、将来あの二人のせいで苦労することになりそうな気がした。

 

一方、その頃……サンテミリオンの停泊する乗り場の近くで話している二人の姿があった。

 

「その、今回はいろいろありがとう。」

「気にすることは無いかな……ま、こっちの仕事が一段落したらルーレの方にも顔を出しておくよ。」

「ええ、楽しみにしているわ。」

そう言葉を交わしていたのは、先日に仲睦まじい関係となったアスベルとアリサの二人。

二人が話していると、其処に割り込む形で聞こえてきた声。現れたのは一人の女性。そして、その恰好は紛れもなくメイドの格好そのものであった。

 

「あらあら……お二方とも、とても仲がよろしいですわね。」

「え?」

「シャ、シャロン!?」

「はい♪シャロンでございますよ。」

メイドの格好をした女性―――ラインフォルト家のメイドであるシャロン・クルーガーの登場にアスベルも少し驚きを隠せず、アリサに至っては慌てふためいていた。それもそうだろう……アスベルはルドガーからその辺の話を聞いてはいたが、ここまでの行動力には脱帽ものだろう。

 

「シャロン!貴女、母様の出張についてったんじゃなかったの!?」

「そちらは予定よりも早く終わりまして、会長と副会長の言い付けでこちらに来たのですよ。それはともかく……初めまして。ラインフォルト社のメイドをしております、シャロン・クルーガーと申します。」

アリサの追及をのらりくらりとかわし、シャロンはアスベルの方を向いて挨拶を交わした。

 

「これはご丁寧に……遊撃士協会ロレント支部所属、アスベル・フォストレイトと言います。貴女の事はマリクから聞いています。」

「成程。マリク様からお話を聞いていたのですか……あまり驚かれなかったのはそのためですね。そういえば、お二方は婚約者のようなものでしょうか?」

「シャ、シャロン!いい加減にしてよね!!」

シャロンのことはマリクのみならず、クルルやスコールからも聞いているのだが……『執行者』No.Ⅸ“死線”の肩書を持つ人間。『執行者』ということからすれば、並ならぬ実力者だというのは手に取るように解る。

それよりも、シャロンは二人の雰囲気からそれとなく問いかけ、アリサは顔を赤くしてシャロンを睨んだ。

 

「アリサ……気持ちは解らなくもないが、そうやって反論するだけ墓穴を掘るのと同じだぞ?」

「う”っ……」

その様子を見たアスベルはため息を吐きつつアリサを諌め、アリサもその言葉を聞いて押し黙った。この手の人間には、下手に反論するだけ墓穴を掘ってしまうのが明白である。尤も、恋人以上の関係とはいっても数日前にそうなったのであるし、婚約者という括りに入るかどうかは正直解らない……まぁ、護衛と言う形でデートっぽいことは幾らかしていたのであるが。

 

「お嬢様が15歳で将来を捧げるお方と巡り合えるとは……このシャロン、嬉しさのあまり涙が止まりませんわ。」

「シャロンの言ってることは事実なんだけれど、ツッコミ入れていいかしら?」

「………やめとけ。余計酷くなるのがオチだ。」

「そうね……」

とりあえず、シャロンに言いたいだけ言わせておくことにしたアスベルとアリサは二人そろってため息を吐いた。

 

「一人で盛り上がっているシャロンは放っておいて……これを貴方に。」

「これは、指ぬきグローブ…うん、サイズもぴったりだ。ありがとう、アリサ。大事にするよ。」

「ううん、どういたしまして。」

そして、アリサはシャロンを無視してアスベルに指ぬきグローブを渡し、アスベルはそれを左手にはめた。感触としては悪くないと思いつつ、アリサに礼を述べた。その言葉にアリサも笑顔を浮かべて彼の言葉を率直に受け止めた。

 

「……あれ?そういえばシャロンは?」

「……エステル、彼女は?」

「さっきのメイドさん?あたしにギルドの場所を聞いて、空港を出て行ったけど?」

「…………アスベル」

「ははは……もうどうにでもなれ、だな。」

彼女―――シャロンの行動からするに予想がつく展開にアスベルとアリサは顔を見合わせ、最早苦笑いしか出てこなかった。恐らくは彼女の雇主であるアリサの両親―――イリーナ・ラインフォルトとバッツ・ラインフォルトにそのことを報告する光景が目に浮かんだ。

 

「とりあえず、リィンを送り届ける時に顔を出すことにする。」

「ごめんなさい……ウチのメイドが迷惑をかけて。」

「あははは……」

「大変だね、アスベルも。」

どちらにせよ、こちらの『異変』が一段落した後にエレボニアに行くことは確定事項となってしまった……そのことにとりあえず覚悟だけは決めておこうと思ったアスベルだった。

 

その後、ヴィクター、アリシア、ラウラの三人はトヴァルが護衛という形でレグラムに戻り、ルドガーもエステルらと別れた。そして、アスベル、シルフィア、レイア、シオンの四人も別件があるということで、既にグランセルを離れていた。

 

 

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

「皆さんお疲れ様です……リィンさんはやけにお疲れのようですが、何かあったのですか?」

「……そっとしておいてあげて。」

「え、ええ……解りました。」

エルナンは入ってきた一同……その中で疲労の顔が見えたリィンの事に付いて尋ねるが、シェラザードの言葉に大方の想像がついたようで、頷いて答えた。

 

「ひとまず『結社』の妨害はなかったけれど……これで自治州の都市全てで『実験』が行われたことになるわ。次に“結社”がどう動くか、すぐに見極めないといけないわね。」

サラは真剣な表情で現在の事情を言った。今まで立て続けのような形で行われてきた『結社』の『実験』。この一週間、動きがなかったことには驚きを隠せずにいた。これをどう捉えるかにもよるが、散々混乱させてきておいていきなり姿を顰める……これを脅威が去ったと読むには、些か腑に落ちないのが現状での見解だろう。

 

「それなのですが……この辺で一度休息されてはいかがでしょうか?」

「へ……」

「休息って……どういうことだ?」

この状況下において出たエルナンの提案にエステルは驚き、アガットは尋ねた。

 

「聞けば、各々状況は違えどもここ一カ月ほど働き尽くめだと聞いています。この先の事を考えると、一度休息をしていただいて身も心もリフレッシュするのがよいかと。」

「あ……で、でも……『結社』がまだいるし……」

「だな。また連中が何か起こしたら、俺たちが出向く必要がある。オチオチ休んでられねぇと思うんだがな……」

エルナンの提案も尤もであるのだが、エステルとアガットはその提案に難色を示した。確かに、『結社』がいつ動くか読めない以上、下手に休むのは危険だというのも解らなくはない。その言葉にも説得力はあるとエルナンは言った上で言葉をつづけた。

 

「エステルさんの懸念やアガットさんの仰ることも解りますが……この提案をしたのには、もう一つ理由があります。ボース支部から連絡がありまして、クルツさんらが目星をつけたらしいのです。」

「ええっ!?」

「目星というと……もしかして、“身喰らう蛇”の拠点!?」

エルナンの話を聞いたエステルは驚き、シェラザードは尋ねた。

 

「ええ、数日中に確かな情報が入りそうです。もし、連中のアジトが判明すれば一気に忙しくなるでしょう。ですから、休めるうちに休んでおいて欲しいというわけです。」

「そっか……」

「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらうべきだろう。コンディションの調整も遊撃士の仕事と言えるからな。」

「確かに……」

「ここいらで軽く一休みも悪くねえか。」

エルナンの話を聞いたエステルは頷き、スコールは納得した表情で言い、シェラザードとアガットはスコールの言葉に同意した。考えて見れば、エステル、シェラザード、リィンはロレント、ボース、グランセルと立て続けに『結社』に関わっており、その上で『不戦条約』の護衛……ここらでコンディションを整えておくのは、今後を考えるとこの時をおいて他にはないであろう。

 

「フッ、いい感じに話がまとまってきたじゃないか。しかし、骨休みを勧めるということは何か心当たりがあるのかな?」

「ご明察です。実は、メイベル市長から竜退治の報酬とは別に、皆さんへの感謝の気持ちとして『いい物』を頂きました。」

オリビエの言葉にエルナンは頷きつつ、エステルに何かのチケットを渡した。

 

「南の湖畔にある“川蝉亭”の特別チケットです。皆さん全員が三日ほどタダで泊まれるものです。」

「ほ、ほんと!?」

「おお……さすがは名高きボース市長だ。」

「ふふ……先輩らしい心遣いですね」

「えとえと、それって……。みんなでどこかに出かけてお泊まりするってことですか?」

エルナンの話を聞いたエステルは明るい表情で驚き、オリビエとクローゼは感心し、ティータは嬉しそうな表情で尋ねた。

 

「ふふ、そうよ。ヴァレリア湖畔にある眺めのいい宿屋さんでね。お酒も料理も美味しいし、舟遊びとかも出来ちゃうわよ?」

「わぁ……!」

「ふむ……そいつは中々良さそうだ。」

「ヘッ、確かにあそこならいい気分転換にはなるかもな。」

「フフ………楽しみですね。」

「疲れを癒すには最適でしょう。」

「うんうん!どうせだったら思いっきり羽根を伸ばしちゃおう!」

シェラザードの言葉にティータは目を輝かせ、他の面々も休息することに異存はなく、楽しみであることを窺わせる台詞が飛び交っていた。

 

 

~ツァイス市 ラッセル家~

 

一方その頃、アスベルらは定期飛行船でツァイスに到着し、ラッセル家に入ると……博士と一人の女性がいた。

 

「おお、アスベルたちか。」

「お久しぶりです、アスベルさん、シルフィアさん、レイアさん。それに、はじめましてシオンさん。」

博士とその女性……女性の方は特殊な法服に身を包み、チェーンで括り付けられた星杯のメダルを持つ女性。彼女の名はカリン・アストレイ。エレボニア最南部にあった村『ハーメル』の生き残りであり、現在は七耀教会星杯騎士団所属『守護騎士』第六位“山吹の神淵”の肩書で各地を飛び回っており、今回はアスベルの要請を受けてリベールに来ていた。

 

「お久しぶりです……博士、例の話は?」

「既にしておる。にしても、まさか帝国がのう……その後の不審さにも納得はいくが。それと、ヨシュア君がその一人だとは……」

「それは私もです。姿を消したと聞いたときは驚きましたが……」

互いに知っている事情……『ハーメル』のことは無論であるが、ヨシュアのことは身内であるカリンにとっても他人事ではなかった。とりわけ、その事情に関わっている人間が自分の所属する組織の元関係者なだけに怒りを禁じ得ずにはいられなかった。

 

「ま、ヨシュア絡みの辺りは俺らがやる仕事じゃねえんだけれどな……」

「それはともかく、カリンさん。周囲の状況はどうなってますか?」

「ええ……『北の猟兵』、『赤い星座』の一部、『黒月』……いずれも、見たことの無い赤い兵装を纏った兵士が接触したようです。それと、東の方角の方から赤い戦艦とも言うべき謎の飛行物体を確認できました。」

彼女の言葉からするに、『結社』は巨大空母である『方舟』をこの異変に持ち出してきたようだ。それと、猟兵団やマフィアの存在……これらの調査ができるのは、国という柵を持たない星杯騎士だからこそであり、『メルカバ』あっての結果とも言える。

 

「猟兵団に『黒月』といえば共和国方面のマフィアじゃったか……ひょっとして『結社』絡みかのう?」

「ええ。奴らは本格的にこの王国を戦場にするつもりでしょう…最悪の場合は、『方舟』を用いて王国を焦土にするつもりでしょうが……」

「そこまで、ですか……」

だが、奴らは自分で自分の墓穴を掘っていることに気付いていない。『結社』のしでかす結果次第では、自らの置かれる立場そのものを一層危うくすることにも……まぁ、解っているのであれば『実力行使』などせずに『直接対決』してくるのであろうが。

 

「ただ、今回の件で解ったことは……不幸中の幸いにも、向こうの首謀者は王国軍の練度を舐めきっているな。」

導力さえ封じてしまえば、圧倒できる……その考えで動いていることは明白であり、それを確実に行うための白兵要員として猟兵団や武闘派のマフィアを雇ったのであろう。そして、導力停止下でも導力技術を用いることができる『結社』の兵士や人形兵器………正直『温い』と評価せざるを得ない。

 

「博士、準備の方は?」

「既に整っておる。お前さんの言っておったもの全てのな。で、お主らはどうするつもりじゃ?」

「行くところがありまして……カリンさんも同行願えますか?」

「ええ……して、どこに?」

アスベルは博士に確認した後、カリンに同行を願い、カリンはそれに頷いた。

そして、彼女の問いかけに答えたのはシオンであった。

 

 

―――ジェニス王立学園。そこに眠る『力』を目覚めさせる。

 

 




次回、オリ展開です。


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第111話 銀の騎神

~ルーアン地方 ジェニス王立学園~

 

アスベル、シルフィア、レイア、シオン……それに、カリンの五人が飛行船に乗ってルーアンに、そこから徒歩で学園に着くと、彼らの姿を見かけたコリンズが声をかけた。

 

「おお、シオン君。」

「学園長。珍しいですね、こんな時間に……で、どうしました?」

「うむ。詳しい話は中で話した方がいいだろう。」

コリンズはそう言って五人を学園長室へと案内した。

 

 

~本校舎内 学園長室~

 

「鐘の音……ですか?」

何でも、コリンズが言うには……先月の旧校舎の調査から一か月後……エステルらがブルブランと対峙した後のことではあるが、その辺りから鐘の音が聞こえたというのだ。

 

だが、それが聞こえたのは全員ではなく……生徒会長のジル・リードナー、副会長のハンス・シルベスティーレ、書記のミーシャ・クロスナーの三名のみであった。彼等自身も最初は各々そのことを知らず空耳であると思っていたのだが、この前三人で遅くまで残っていた際にその音が聞こえ、三人揃ってその音が聞こえたことに首を傾げていた。念のため、コリンズに相談してきたので、コリンズもどうしようかと思っていた時であった。

 

「それで、その鐘の音が旧校舎のものではないかと三人は言っておったのだが……シオン君、その調査を頼めないか?」

「………解りました。確認してみる必要性はありそうですね。それに、こちらとしても色々世話になっていますしね。」

コリンズの頼みにシオンは頷き、旧校舎への鍵を受け取ると、学園長室を出て旧校舎へ向かった。

 

 

~ジェニス王立学園 旧校舎~

 

五人が旧校舎に着くと、その目的の建物である旧校舎の様子がおかしいことに気付く。それは、旧校舎全体が青白く光っていたからだ。

 

「旧校舎が光っている……」

「(ねぇ、これって……)」

「(可能性はありそうだな。)」

青白く光る建物。そして、旧校舎の周りを結界のようなものが覆っている。このような状況は初めてなだけに色々思うところはあるが……転生前の自分らが知っている『例の士官学院』と同じ状況になっていることを察した。となると……そう思ってアスベルは『ALTIA』を取り出す。すると、オーブメントが光っており、まるで旧校舎と共鳴しているかのような感覚が走った。

 

「これは……」

「共鳴している……『ALTIA』と旧校舎が……」

「みてえだな……」

「あの、四人とも……それは一体?見たところオーブメントのようですが……」

そして、同じように『ALTIA』を持つシルフィア、レイア、そしてシオンもその共鳴現象を見て、驚きを隠せず、一方……そのオーブメントを見たことがないカリンは驚き半分不思議半分で尋ねた。

 

「ええ、そのようなものです。どうやら……この建物の中には俺とシルフィ、レイア、シオンの四人しか入れないようです……カリンさんは学園内にて待機を。念のため、鐘の音が聞こえた三人のケアの方もお願いします。」

「……見たところ、そうするしかないようですね。解りました。四人に“空の女神(エイドス)”加護あらんことを。」

『ALTIA』を持つのは、この場面では四人しかいない……カリンはアスベルの言葉に頷き、その場を後にした。そして、アスベルらは旧校舎の中に入っていき、エステルらが行きついた地下の最奥部に向かった。

 

 

~ジェニス王立学園旧校舎 最奥部~

 

エステルらがブルブランと戦った最奥部……その場所は様変わりしていた。

 

「これは……!」

「扉………」

最奥部……いや、最奥部『であった』場所というべきであろう。その場所には光る歯車が両脇で動き、巨大な扉が立ち塞がっていた。となると、エステルらが戦った遺跡の守護者―――ストームブリンガーはこの扉の『鍵』であったと推測される。

すると、五人の脳裏に響く声。

 

 

―――時ハ至ッタ。周囲ニ<起動者>ノ存在ヲ確認。コレヨリ、『第二ノ試練』ヲ開始スル。

 

 

「ぐっ……」

「シオン!?」

「(この反応……まさか、シオンがこの先に眠っている物の<起動者>なのか?)」

聞こえた声が話し終えた直後、シオンは胸のあたりを押さえて苦しそうな表情を浮かべた。これにはレイアも驚いたが、アスベルは心配そうな表情を浮かべながらも彼の持っている『もう一つの力』ではないかと推察した。

そして、扉のロックが外れる音がした後、扉が開いた。だが、何かが渦巻いているようで、その先を確認することは出来ない。

 

「……シオン、行けそうか?」

「ああ……どうやら、俺に用があるみてえだからな……」

シオンが言うには、学園に入ってから胸の痣が痛み出したらしく、最初は病気の類とも思ったが……身体は健康そのものであるという診断結果から、何であるのかという追及は避けていたらしい。だが、時ここに至り、最早引き返せない様相であるというのは、言うまでもないであろう。何せ、ジルやハンス、ミーシャが苦しんでいる以上、引き返すわけにもいかない。

 

「行こう、アスベル、シルフィ、レイア。」

「ああ!」

「うん。」

「了解~」

シオンの言葉に三人は頷き、扉の先へと進む。

 

 

~巨(おお)イナル影ノ領域 領域ノ一→最奥部~

 

扉の先に広がる世界……もはや普通の常識で語ることができない“異空間”。その光景に四人は各々の反応を示していた。

 

「これは……」

「異空間……まるで“あの場所”みたいだね。」

「へぇ……あの場所に私達が立っているなんて、感慨深いね。」

「まぁ、気持ちは解らなくもないがな……」

確かに、自分らにとってみれば『画面の向こう側』だっただけに、いまこうして似たような場所に立っていることには感慨深いものがあるのは事実。だが……ここでのんびりしていられないのも事実だ。アスベルらは領域の仕掛けを解き、立ち塞がる魔獣を難なく退け……そして、最奥部にたどり着いた。

 

ちなみに、全員のレベルはというと………

 

アスベル:Lv.160 シルフィア:Lv.159、レイア:Lv.155、シオン:Lv.152(碧基準)

 

……原作からすると、おかしいレベルではある……だが、彼等は『潜り抜けた場数』が他の面々と違いすぎるのだ。『百日戦役』『教団制圧事件』『ギルド襲撃事件』……その他にも、大規模な組織と渡り合ったこともある。そして、『結社』とも……その経験による蓄積が、今日の彼等を形成しているのだ。だが、彼等の到達点はここではない。彼らの目指す『到達点』……それは絶対なる力を持つ『神』。それに匹敵しうる力まで磨き上げることである。

 

そして、彼らが全力を出すのは……それが必要となった時だけ。だが、慢心はしない。その甘えが自らの命を奪うことにも繋がる。故に、必要となれば全力を出すことも躊躇わない。

 

最奥部に立ち塞がるのは“扉”―――彼らの姿を見たのか、気配を感じ取ったのか……扉の中央に填められた“宝珠”が眩く光り始め、周囲に“声”が響き渡った。

 

<起動者>候補ニ告ゲル―――コレナルハ“巨イナルチカラ”ノ欠片。手ニスル資格アリシカ……『最後ノ試練』ヲ執行スル―――

 

そして、“宝珠”は更に輝き、四人は取りこまれた―――

 

 

~影ナル試練ノ領域~

 

四人が目を開けると、其処に広がるのはモノクロの世界……剣と槍が無数にも地面に突き刺さっており、まるで凄惨な戦場跡……言うなれば、ここが『影ナル試練ノ領域』ということだろう。

 

「ここが……」

「実際にこう目にすると、とんでもねえ場所だな。」

「確かに……」

「!!皆、来るよ!」

シルフィアが感じた『気配』……すると、影が集まり……一体の巨大な魔物を生み出す。

 

「ロア・エレボニウス……いや、ここはリベールだから、さしずめ『ロア・リベリニアス』って感じかな。」

「どうやら……やるしかないか。」

「ま、最初っからそのつもりだったけれどね。」

「それじゃ……はりきっていきますか!」

その魔物―――『ロア・リベリニアス』は雄叫びをあげて四人を威嚇するも、その四人はそれに怯むことなく、各々武器を構えた。その様子を見たロア・リベリニアスは仲間を呼び、周囲に小型の影の魔物が姿を現す。

 

「解析完了―――HPは………え?」

敵の解析をしたシルフィア。だが、彼女はその魔物―――ロア・リベリニアスのHP数値に驚いていた。

 

ロア・リベリニアス HP:2,000,000(二百万)

 

「ゴメン、ツッコミどころしかないんだけれど……これ、ラスボス戦だった?」

「周囲の敵も解析したが……HP二十万って……単体でエレボニウスに匹敵ってなんだこれ……」

「………全力で戦えってことね。これ。」

「だな。」

四人は頷き、『ALTIA』の機能―――『戦術リンク』を解放する。そして、各々は真剣な目つきになり、闘気を解放する。その闘気は最早、人という枠組みすら踏み越えた『力』であるということは、彼ら以外の人間がいたらそう思うことであろう。

 

「守護騎士第三位“京紫の瞬光”アスベル・フォストレイト。」

「王室親衛隊大隊長“紅氷の隼”シオン・シュバルツ!」

「守護騎士第七位“銀隼の射手”シルフィア・セルナート!」

「守護騎士第三位付正騎士“赤朱の槍聖”レイア・オルランド!」

「「「「いくぞ(わよ)(きます)!!」」」」

世界の不条理という『壁』を経験した“転生者”………その四人は今、下手をすれば神に近き力を顕現する“巨(おお)イナル影”ロア・リベリニアスに持てる力全てを懸けて挑む!

 

「さぁ、みんな……油断せずに行くぞ!!」

「ああ!」

「ええ!」

「オッケー!」

アスベルの掛け声にシオン、シルフィア、レイアは力強く頷き士気を高める。

 

「!!」

ロア・リベリニアスはエネルギーを収束させ、四人のもとに光の奔流を放つ。その光をかわすように四人は散開した。

 

「そんじゃまぁ……最初からクライマックスで行くぜ!ミラージュ・ブレイク!!」

先鋒はシオン。防御能力を低下させ、遅延効果を発生させるクラフトを放ち、ロア・リベリニアスと周囲の敵は容赦なくその攻撃を受けた。シオンはそれを確認すると、次の攻撃の準備のためにオーブメントを駆動させ、いったん下がる。

そこに入ってくるのはアスベル……ここから彼が振るうのは、八葉一刀流九つ目の型“破天”―――八つの型の技巧を組み合わせた技を繰り出す。

 

「九頭竜、業炎刃!」

一の型“烈火”と六の型“蛟竜”の混成技、『九頭竜業炎刃』をフィールド全体に放ち、荒れ狂う九つの斬撃は竜の如く敵を飲み込んでいく。だが、ロア・リベリニアスはそれに怯むことなくアスベルに襲い掛かるが、アスベルはそれを見越して次の技の準備を“終えていた”。

 

「絶氷瞬迅剣!!」

三の型“流水”、四の型“空蝉”……そして、七の型“夢幻”を用いたカウンター技『絶氷瞬迅剣』を至近距離から叩き込み、ロア・リベリニアスを怯ませることに成功する。それを見たアスベルはロア・リベリニアスの背後へと回り、ロア・リベリニアスの左側面に退避していたシルフィアがアーツを放つ。

 

「いきます!『ALTIA』同時駆動、『エクスクルセイド』『アルテアカノン』発動!!」

空属性全体攻撃アーツ『エクスクルセイド』『アルテアカノン』を放ち、先程アスベルの攻撃でダメージを受けたロア・リベリニアスと周囲の魔物に直撃し、魔物はその攻撃に耐え切れずに消滅する。それをみたロア・リベリニアスはまたもや影の魔物を呼び出し……そして、散らばった四人に対して全体の薙ぎ払いでダメージを与えようとするが、

 

「「「「アースガード!!」」」」

予め準備していた『アースガード』で完全防御し、その場をしのぐ。だが、ロア・リベリニアスは更にエネルギーをチャージさせ始めた。次も『アースガード』で凌げたとしても、正直いたちごっこになるのは目に見えている。

 

 

ならば―――彼等の『持ちうる力』全てを叩き込めば、勝機はある。

 

 

―――我が深淵にて煌く、紫碧の刻印よ。我が求めに応え、七耀に聖別されし力の鍵となれ。

 

 

「はあっ!せいやっ!!これで、決めてやるっ!!」

アスベルは<聖痕>を発動させ、それを『鍵』として自身の中に眠る『七の至宝』が一つ『刻の十字架<クロスクロイツ>』を顕現させる。そして、太刀に収束するは時属性の力……アスベルはそれを鞘にしまい込んで駆け出し、ロア・リベリニアスと魔物を蹴りで叩き落とし、蹴り飛ばす。そして、自身も蹴り飛ばされた魔物の群れに飛び込み、EXクラフトを発動させる。

 

 

「斬空刃無塵衝……九十九之神(ツクモノカミ)!」

 

 

最早人智すら超えた―――歩法“刹那”を用いて、一つの斬撃がSクラフトに匹敵する九十九連撃の斬撃技。アスベルが咄嗟に思いついたSクラフト『斬空刃無塵衝-九十九之神-』により、かなりの体力を持っていたロア・リベリニアスもかなりのダメージを負わせることに成功した。だが、その反動でアスベルも疲れでその場に膝をついた。

 

「きっかけはできた………三人とも、一気に行け!!」

その掛け声に三人は頷き、自身の考えうる最高のSクラフトを放つ。

 

「先鋒は私……我が深淵にて煌く白銀の刻印よ。全ての敵を討ち貫く数多の刃となりて、汝を討ち果たさん!」

シルフィアの背中に現れる<聖痕>。それが眩く光り輝くとともに、シルフィアの周囲に顕現する光の刃。だが、次の瞬間にはロア・リベリニアスの周囲に顕現する―――そして、シルフィアは指を鳴らすと、容赦なくその刃はロア・リベリニアスを襲う。

 

「聖天、百花繚乱!!」

シルフィアの<聖痕>によって強化されたEXクラフト『聖天・百花繚乱』が放たれ、ロア・リベリニアスもダメージを負う。その隙を見逃さないようにレイアが既に待機していて、シルフィアはそれを瞬時に察してその場を離れる。

 

「我が名は“槍聖”。全ての敵を討ち貫くものなり。」

掲げた魔導突撃槍に集う闘気の渦。それをロア・リベリニアスに撃ち出し、ロア・リベリニアスと周囲の敵は完全にロックされる。それを確認すると、膨大な闘気を纏って槍を掲げると、一気に加速する。

 

「絶技、グランドクロス!!」

レイアが今持てる力の全て―――全力のSクラフト『絶技グランドクロス』を受け、魔物は散り、ロア・リベリニアスもかなりのダメージを負った状態にまで追い込んだ。

 

だが、彼等の攻撃はまだ残っている。アスベル、シルフィア、レイア……そして、この試練で試されているであろうこの人物が。

 

「サンキュー、三人とも……ハアアアアアアアアアアアァッ!!!」

シオンは目を見開き、力を覚醒させる。白銀の髪にかつての色であった『真紅』の瞳。そして、彼が繰り出すのは……かつて使っていた技。剣の師匠からは使用を封じられ、アスベルにも破られた技。それをより高めたシオンが繰り出すSクラフト『絶技ディバイン・クロスストーム』をも超えたEXクラフト―――白隼の血族に生まれながらも過酷な人生を歩んできた彼だからこそ完成できた戦技が炸裂する。

 

「王家の血筋、その身に焼き付けろ!この技で沈め!アカシック、ノヴァァァァァッ!!」

膨大な闘気は隼の姿を顕現させ、その闘気と刃を相手にぶつける突撃技。シオンが今持てる全ての力を込めたEXクラフト『アカシック・ノヴァ』がロア・リベリニアスにぶつけられた。

 

その奔流にロア・リベリニアスはその原型すら保てられず………影は次第に崩れ落ちはじめた。

その中で、四人に再び声が聞こえた。

 

 

―――コレニテ『最後ノ試練』ハ完了。<起動者>ヨ、覚悟セヨ。コレナルハ“巨イナルチカラ”ノ欠片。世界ヲ呑ミ込ム“幻”ニシテ“牙”ナリ―――

 

 

その声と共に、四人の視界は白く包まれた………。

そして、四人が目を覚ました場所は最奥部の扉の前だった。

 

 

~巨イナル影ノ領域 最奥部~

 

「……大丈夫か?」

「ああ。」

「そうだね。」

「まぁ、何とか……」

一番最初に目を覚ましたアスベルが三人を起こすと、三人も目を覚まして無事を確認する。

 

それ以外の変化とするならば、扉にあったはずの宝珠が無くなっていることぐらいだろう……すると、扉が静かに開きはじめ……完全に開ききると、灯る光。そこにあったのは………一体の兵器。それも、『結社』の持っている物とはフォルムが異なり、流線形のデザインとなっていた。

 

「『騎神』……」

「しかも『銀の騎神』か……まぁ、<起動者>に関しては該当者一名だが。」

「解ってるから……“銀の騎神”『イクスヴェリア』……それが、コイツの名前だ。」

「『イクスヴェリア』……これはまた、凄い名前だね。」

 

 

シオンの剣となる銀の騎神。その出番が来るのは、そう遠くない未来なのかもしれない。

 

 




アスベル達が本気出したら、あれぐらいのHPぐらい削れるのでは……そう思って書きました、ハイwだから策に徹していたり、クラフトで済ませたりしてるわけです。

今回の話の発端はSCでのストームブリンガーですね。しかも、建物の出で立ちが数百年前からあるとかなんとか……あれ、空シリーズだとそこら辺触れられてなかったような……ということで、書きました。


……まあ、これでオーバルギアの強化フラグも立ちました。頑張れ、アガットさん(他人事)


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第112話 “白面”

旧校舎での異変を片付けた後、コリンズに事の次第……とはいっても、『銀の騎神』に関しても一応報告はしたが、シオンの持つ権限で伏せておくよう頼み、コリンズもそれを了承した。その後、既に夜遅くとなっていたので、コリンズの計らいで今晩は寮に泊めてもらうこととした。その際、旧校舎にある『銀の騎神』イクスヴェリアを近くまで持ってきていたメルカバ参号機のデッキに載せた。旧校舎が『騎神』が出られるように対応していたのにも驚きだが……まぁ、その疑問はこの際置いておくこととする。

 

そして翌朝、シオンの提案でこの機体を確実に隠せる場所―――ツァイスへと運び入れることとした。

 

 

<ツァイス市郊外 秘密ドック>

 

運び込まれたのはツァイス市のラッセル家所有の秘密ドック。そこには最新鋭の戦車や装甲車、現在建造中の飛行艦が軒を連ねていた。着陸したメルカバを見て、連絡を受けて待機していたラッセル博士が近寄ってきた。

 

「博士、すみません。この忙しい時期に……」

「何、気にするでない。で、あれがお前さんの言っていた『尋常ならざるもの』か?」

「ああ。『銀の騎神』イクスヴェリア……訳あって、俺にしか動かせないが。」

博士の問いかけにシオンが答えながら、メルカバのデッキに佇むイクスヴェリアを見やる。

 

「ふむ、連中の兵器とは全く違うもののようじゃ。わしの娘が見たら歓喜してしまうこと請け合いじゃのう……で、どうしてほしいのじゃ?」

「イクスヴェリアの保管、それと出来る範囲内での解析をお願いします。とてもじゃないですが、これ一機だけとは思えませんし。」

「確かにな……」

アスベルらが知るのは『灰の騎神』と『蒼の騎神』。それらと互角以上の性能を持つと思われる『銀の騎神』……それに『準ずる存在』が出現する可能性がある以上、この機体の解析は重要である。こちらの『情報』が確かならば、既に『蒼の騎神』は動いている可能性が高い。

 

「いろいろ驚きですが……アスベルさん達は、どこまで読んでいるのですか?」

「その先も、ですね。尤も、それは相手が尋常じゃないですから。」

考えうる手段を講じても、相手が相手なだけに油断は出来ない。『革新派』『貴族派』『帝国解放戦線』……厳密に言ってしまえば、その裏で暗躍している『結社』によって引き起こされるであろう帝国の内戦。その状況下において旧帝国領を有するリベールも無関係とは言えない。下手をすれば、王国もその戦火を被る可能性すらある。ただ、その時にはクロスベルあたりも『尋常ならざる事態』ということになってしまうのであろう。

 

「アスベルは、敵と認定した輩には容赦ないですから。」

「物理的、精神的、社会的に追い詰めていくしね……」

「正直敵にしたくねえよ……」

「お前ら、俺はそこまで外道じゃないぞ?」

シルフィア、レイア、シオンの物言いにジト目で睨みながら、アスベルは反論の言葉を述べた。生憎、そこまでして喜ぶほど捻じ曲がった性格ではない。マッドサイエンティストとかの類と同類に扱われるのはこちらから願い下げであると言いたげな表情を浮かべた。

 

「ならば、『あの機体』はここで保管しておこう。どの道シュトレオン殿下にしか動かせないとなれば、あれが悪用されることもなさそうじゃし、ここならばセキュリティ面もある程度信用におけるからの。」

「ありがとうございます。」

博士の言葉にシオンは礼を述べ、イクスヴェリアを降ろした後、メルカバ参号機はステルス機能を展開してグランセルへと向かった。

 

それから四日後……

 

休暇を楽しんでいたエステル達であったが、流されてきたボートとそれに倒れた状態でいたクルツを発見した。そして、休暇の御相伴にあずかっていたケビンの法術によって、クルツはヴァレリア湖畔北西側に『結社』の拠点を発見したこと、上空にはブルブランの実験の応用と思われる『ダミー映像投射』と、湖岸から近づこうとするとルシオラの実験の応用と考えられる『霧が発生する』ようになっていたらしい。

 

クルツのように記憶を奪われていることを考慮し、エステル、ケビン、クローゼ、アガット、ジンの五人で向かうこととし、残りの面々はクルツの看病を行うこととした。

 

拠点にたどり着いたエステルらは記憶を奪われて操られたカルナ、グラッツ、アネラスの三人と相対し、これを抑えこんで、無事に正気に戻すことに成功する。そして、その先にいた『倒れているヨシュアの後姿』を発見し、エステルらが近づいて確認するが……それはヨシュアの姿をした人形兵器であり、ヨシュアとほぼ同じ動きに翻弄されつつもこれを退けた。

 

だが、その奥にいた人物の罠によって、エステルらは眠らされてしまい………エステルはその人物の『招待』という形で、連れ去られてしまった。

 

 

~???~

 

「……あれ?ここって………」

エステルが立っていたのは真っ黒な場所……となると、ここは夢なのだろうか……すると、エステルにとっては『二度目』となる人物らとの邂逅だった。

 

「ふう、あんな気色悪い夢なんて消しておくに限るよ。」

「それには納得ですが……おや、久しぶりですね。」

「うん。あの時以来かな。」

金髪の少女と銀髪の女性……エステルはその二人と面識があった。

初めての邂逅は“幻惑の鈴”ルシオラとの時。エステルが見た夢は、目の前にいた二人が幸せだと感じていた時の夢。だが、エステルは二人との面識など全くない。それもそうであろう……目の前にいる二人とエステル。その三人は『同じ世界の人間』ではないのだから。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったね。私の事はアリシアって呼んでね!」

「私はリインとお呼びください。」

「………あたしが知ってる人の名前と同じだったり似てたり……不思議なんだけれど。」

金髪の少女―――アリシアと、銀髪の女性―――リインと自己紹介したことに、エステルは同名の人の事や近しい名前の人の事を思い出しつつ、引き攣った笑みを浮かべた。

 

「というか、そもそもの疑問なんだけれど……なんであたしの中に二人がいるの?」

「それはですね……」

リインが説明したところ、アリシアとリインはある意味『不条理』で殺されたり歪められてしまった存在。だが、それを哀れんだ神様が二人を転生しようとしたところ……生まれて間もない頃のエステルにその魂が吸い込まれたらしい。尚、魂というか精神自体は既に融合しているが、人格そのものは深層心理に残っていたということらしい。

 

「……そんなこと、ありえるの?」

「以前、それを偶然にも神様に聞ける機会があったので尋ねたところ……どうやら貴女には『人の域を超えた力』が眠っているらしく、それが働いた結果ではないかと推測していましたが。」

「…………(パクパク)」

「リインさん、固まっちゃいましたよ。」

「事実を言ったまでの事ですが……まぁ、この世界ですと一神的なものですし、無理もないですが。」

リインの言葉にエステルは口をパクパクさせて呆然とし、アリシアは疲れた表情を浮かべ、リインは苦笑してエステルが回復するのを待った。

 

「……はっ!で、でも……あたしが『聖天兵装』の<起動者>ということを考えたら、強ち間違ってないかも……それでも、あたしは人間でありたいんだけどなぁ。人外はあの不良親父だけで十分間に合ってるわけだし。」

「あはは……(………どうする?事実を言う?)」

「(ええ。)エステルさん。今言ったことは事実です。そして……私達はあなたと既に融合している以上、私らが今までに得た知識を使うことができます。尤も……こうして会えるのは最期になってしまいますが。」

困惑するエステルにアリシアはリインに尋ね、リインはそれに答えるとエステルにこれからのことを話す。

 

「………うん、解った。でも、あたしは忘れない。二人に会えたこと……ふたりは、あたしの大切な友達だから。会えなくても、一緒に生きていくわけだしね。」

「ふふ♪流石エステルだね!」

「ええ、宜しくお願いしますね、エステル」

二人としっかり握手を交わすエステル。そして、視界は白く染まり、意識が引き上げられていった―――

 

 

~???~

 

「……ん……………………」

ベッドの上で眠っていたエステルは目を覚ました。

 

「……あれ?あたし、拠点で眠らされて……というか、ここどこ?」

エステルは目の前に映る光景―――どこかの部屋のような印象を感じたものの、少なくとも人工的な部屋の中で彼女の記憶と合致するものはなかった。すると、扉が開いて一人の少女が姿を見せる。少女はエステルが起きていることに気付くと、笑みを浮かべて声をかけた。

 

「あら、目が覚めたのね。久しぶり、エステル。」

「レン!?……レンがここにいるということは……」

「恐らくエステルが思っている通りよ。ここは、『身喰らう蛇』の拠点よ。」

「ここが結社の“拠点”………てか、そんなあっさりとバラしていいの?」

少女―――レンの姿にエステルは驚くも、レンがここにいるということから自分が置かれている状況をそれとなく察して尋ねると、レンは隠す気もなくあっさりと言いのけた。その大胆さにはエステルもため息を吐きレンに問い直した。

 

「フフ、それも当然よ。窓を見てみて、エステル。」

「へ?窓………?」

レンの言葉を聞いたエステルはベッドから降りて窓から外を見た。

 

「な…………!」

窓の外を見たエステルは驚いた。なぜなら、エステルは巨大な赤色の飛空戦艦の中にいて 、そして戦艦は空を飛んでいた!

 

「………………(パクパク)」

「“紅の方舟”グロリアス……この飛行艇だけで、一国の軍隊を圧倒することが可能だって、“教授”は楽しそうに言っていたわ。ちなみに、かなり高いところにいるから脱出は不可能よ♪」

窓の外を見て、呆けているエステルにレンは笑みを浮かべて説明した。そのスケールの巨大さに圧倒されっぱなしのエステルであったが、そのエステルに対して声が響いた。

 

 

『ようこそ、エステル君。寝心地はいかがだったかな?こんな場所に連れて来られてさぞかし混乱しているだろう。だが、我々は君に対して危害を加えるつもりはない。安心してくれて結構だ。』

 

「………………………………」

その声質……口調は変わっているが、エステルにとっては“唯一思い出せなかった人物”であることを察し、真剣な表情を浮かべた。

 

『どうだろう、一度ゆっくり話してみるつもりはないかね?結社のこと、我々の目的、そして共通の友人について……。色々な疑問に答えてあげられると思うよ。』

「……いいわ。聞かせてもらおうじゃない。」

声の話を聞いたエステルは怒りを抑えた表情で答えた。

 

『よろしい、待っているよ。』

「それなら、レンが案内するわね。逃げ出そうとしたら命の保障は出来ないわよ?」

「笑顔でそれを言われるとちょっと怖いわね……」

レンの案内でエステルをある大部屋まで連れて行った。そしてレンをその部屋の前に残して、エステルは大部屋に入った。

 

 

~グロリアス 聖堂~

 

エステルが入ると、奥でワイスマンがオルガンを弾いていた。そしてエステルの気配に気づくと、オルガンを弾くのをやめた。

 

「ようこそ……“紅の方舟”グロリアスへ。そして……久しぶりだね、エステル君。」

「アルバ教授……やっぱりあなただったんだ。さっき声を聞いてようやく思い出せたわ。」

「フフ、さすがは“剣聖”の娘といったところかな。軽くとはいえ、封鎖された記憶を自力で思い出してしまうとはね。」

エステルの話を聞いたワイスマンは凶悪な笑みを浮かべながらエステルに感心していた。ヨシュアに掛けた暗示程ではないにしろ、暗示を自力で解いた人間などあまり見たことがないだけに、彼女の力が父親である“剣聖”譲りであることを素直に感心していた。

 

「…………」

「ちなみに本当の名前は、ゲオルグ・ワイスマンという。『身喰らう蛇』を管理する“蛇の使徒”の一柱を任されている。」

「“蛇の使徒”……。“結社”の最高幹部ってとこ?」

「まあ、そのようなものだ。さてと―――先ほど言ったように私には君の疑問に答える用意がある。何か聞きたいことはあるかね?」

エステルの疑問に答えたワイスマンはエステルに尋ねた。

 

「……聞きたいことがあり過ぎて、何から聞こうか迷うんだけど……」

「焦ることはない。ゆっくりと考えたまえ。よかったら一曲、弾かせてもらおうか?」

「結構よ。ていうか、そんな趣味を持ってる人とは思わなかったんだけど。貧乏な考古学者っていうのは完全に嘘っぱちだったわけね。」

ワイスマンの申し出を断ったエステルはジト目でワイスマンを睨んで言った。

 

「フフ、貧乏はともかく考古学を研究してるのは本当さ。ちなみにパイプオルガンは教会にいた頃、嗜(たしな)んでいたものでね。あの帝国人ほどではないが、それなりの腕前だっただろう?」

「きょ、教会にいた……?」

「いわゆる学僧というやつさ。“盟主”と邂逅したことで信仰の道は捨ててしまったが……その時に学んだ古代遺物アーティファクトの知識は今もそれなりに役立っている。そう、今回の計画においてもね。」

『教会』……この世界で教会というものを指し示すのは『七耀教会』。そして、アーティファクトの知識ということは、ケビンが所属しているという『星杯騎士団』に近い存在。それを指し示しつつも、ワイスマンがその問いに答えた。

 

「……………大佐をそそのかしてクーデターを起こさせたのも……各地で《ゴスペル》の実験をして色々な騒ぎを起こさせたのも……全部……あんただったわけね。」

クーデター事件……そして、各地で『執行者』が齎した混乱……それらの二つに繋がる『ゴスペル』。そして、それの裏側にいるのがワイスマンなのではないか、という推測をエステルは真剣な表情で尋ねた。

 

「その通り―――全ては『福音計画』のため。」

「『福音計画』……。あの研究所のデータベースにもそんな項目があったけど。要するに“輝く環”を手に入れる計画ってわけ?」

「手に入れるというのはいささか誤った表現だが……まあ、そう思ってもらっても構わないだろう。」

「“輝く環”って何?女神の至宝って言われているけど具体的にはどういうものなの?」

「“輝く環”の正体に関しては現時点では秘密にさせてもらおう。せっかくの驚きを台無しにしたくはないからね。」

「驚きって……」

ワイスマンの答えを聞いたエステルは呆れた表情をした。

 

「計画も第三段階に移行した。もう少しで、その正体は万人に遍く知れ渡ることになる。フフ……その時が楽しみだよ。」

「………………………………」

「そして“環”が現れたその時……我々は、人の可能性をこの目で確かめる事ができる。」

「人の可能性……。“レグナート”もそんな事を言っていたような……」

「ほう、あの聖獣からそこまでの言葉を授かったか。ふむ、あながちお父上の七光りだけではないようだね。」

エステルの話を聞いたワイスマンは感心した表情でエステルを見た。

 

「お世辞は結構よ。何よ……色々質問したってはぐらかしてばかりじゃない。」

「これは失礼……そんなつもりじゃなかったのだが。だが、君が一番聞きたい質問にははっきり答えられると思うよ。」

「………」

「おや、何をそんなにためらっているのかな?恐れることはない。勇気をもって訊ねてみたまえ。」

「…………ヨシュアは……どこにいるの?」

ワイスマンに促されたエステルは不安げな表情で尋ねた。

 

「フフ……それは私にも分からない。どうやら空賊たちと一緒に何かを画策しているようだが……いまいち動きが掴めなくてね。今のところ、生きているのは間違いないだろう。」

「そ、そうなんだ……」

「ヨシュアの能力は、隠密活動と対集団戦に特化されている。そのように調整したのは私だが予想以上の仕上がりだったようだ。フフ……どこまで頑張ってくれるか楽しみだよ。」

「あんた……」

自分の生み出した作品……まるで、自信作を意気揚々に語る美術家のようなワイスマンの言葉を聞き、エステルは睨んだ。

 

「ああ、そんなに怖い顔をしないでくれたまえ。私の元に預けられた時、ヨシュアの心は崩壊していた。そんな心を再構築するなど私にも初めての試みだったのだ。その成果を気にかけるのは研究者として当然とは思わないかね?」

「………あの生誕祭の時、ヨシュアに何を言ったわけ?」

「封じた記憶を解除して真実を教えてあげただけだよ。君の家に引き取られた彼が無意識のうちにスパイとして『結社』に情報を送っていたこと……。そして、彼の情報のおかげでリシャール大佐のクーデターが成功し、我々の計画の準備が整った事をね。そのご褒美として、改めて『結社』から解放してあげたんだ。」

「……やっと分かった……。ヨシュアがどうして……あの夜……姿を消したのか……。どうしてあんな顔で……さよならって言ったのか……」

ワイスマンの話を聞いたエステルは頭をうつむかせて、身体を震わせながら、静かに呟いた。

 

「いや、それについてはさすがに遺憾に思っているよ。自分を取り戻したヨシュアが君たちの前から姿を消すとはね。そのまま素知らぬ顔で君たちと暮らしていくといいと勧めておいたのだが……。フフ、親切心が仇になったかな?」

 

「よくも……そんな事が言えるわね……そんな道を選ぶしかないようヨシュアを追い詰めたくせに。あんな顔をして……ハーモニカをあたしに渡して……さよなら……エステルって……」

ワイスマンの言葉にエステルは棒を構えた。だが……彼女はその怒りの感情に支配された際、以前レイアに言われた言葉を思い出す。

 

『―――直感で行動するのは結構だけれど、感情を行動に持ち込んだら大変だよ。』

 

「……」

その言葉に一旦冷静となり……棒をしまった。

 

「おや?てっきり殴りかかってくるかと思えば……臆病風に吹かれたのかな?」

「違うわよ。考えて見れば、私が眠らされたときも用意周到だった。そんなあんたが何の備えもなしにあたしと直接話したいだなんて『おかしい』わよ……」

その行動に笑みを浮かべてあざけ笑ったワイスマンであったが、それに反論しつつエステルは目の前にいる首謀者の態度に違和感を感じていた。いや、態度ではなく……正確に言えば、ぼんやりとではあるが『ワイスマン以外の気配』を感じたのだ。

 

「あんたに対して今すぐにでも吹っ飛ばしてやりたいのは山々だけれど……何か、『五人ぐらい傍にいる』んでしょ?」

「ほう……」

「一人は知らないけれど、確か……レーヴェ、ルシオラ、ヴァルター、ブルブランって名前だったかしら?予想だから当たっているとは言えないけど、仮にそうだったとしたら、いくらなんでもあたし一人に負える相手じゃないわ……話が終わったんなら、失礼するわね。」

その気配からすると、先程『最高幹部』と名乗ったワイスマンの下で働いている人間……それが仮に自分が対峙してきた『執行者』らならば勝ち目が薄いことを述べつつ、レンがいるであろう場所に踵を返してその場を去った。

 

「………フフフ、カンパネルラは仕方ないとしても、気配を感じていたようだな。流石は“剣聖”の血を引いた人間か。」

「完全に気配は殺していたのだがな……」

「やれやれ、驚きね。」

「俺の気配まで読んでやがるたぁ……おぼろげだが、合格点じゃねえか。」

「フッ、この私まで予想していたとは……カンパネルラ君は残念そうだね。」

「折角の自己紹介シーンが台無しじゃないか。教授も人が悪いなぁ。」

エステルが部屋を出た後、陰から姿を現したレーヴェ、ルシオラ、ヴァルター、ブルブラン、そしてカンパネルラ……おぼろげながらも、『執行者』の気配を感じていたことに『執行者』の面々はおろか、ワイスマンも感嘆に価するほどの表情を浮かべていた。

 

「何、『結社』への勧誘は“殲滅天使”がやってくれることだろう。彼女が戻ってきたら手筈通りに頼む。ここの守りは“剣帝”に任せよう。」

「了解した。」

 

その後、レーヴェはレンと入れ替わる形でエステルのいる部屋に入ることとなるのだが……その際、

 

『レンか。勧誘は上手くいったのか?』

『う~ん……冗談半分でNo.ⅩⅨ『爆釣王』とかどう?とか言ったら、怒られちゃった。えへっ♪』

『………フッ、レンらしいな。』

 

という会話があったらしい。

 

 




エステルは、大変逞しく成長しております。

次回………の嘘予告

レーヴェ「真・分け身!(マ○リックスのエージェントス○ス張りの分身)」

エステル「訳が解らないわよ!」

????「姉さん、レーヴェがついに人間を辞めてしまいました。」

レーヴェ「フフフ、お望みとあらば……」

エステル「それは、○仮面!?」

オリビエ「残念だな、レーヴェ。それは僕の十八番なのだよ。時よ止まれっ!!」

レーヴェ「この場にいないはずの奴の攻撃だとっ!?」



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第113話 “闇”を知ることの意味

~グロリアス エステルがいる部屋~

 

レンと入れ替わりに入ってきた男性―――レーヴェの姿にエステルは少し身構えるが、それをみてレーヴェは笑みを零した。

 

「あんたは……って、何で笑うのよ!?」

「これは失礼した。お前のような『お人好し』に気配を悟られるとは思っても見なかったのでな。」

「余計なお世話よ。それよりも……やっぱりあの教授の近くにいたのね。」

「ああ……」

エステルの言葉にレーヴェは頷く。他の連中に聞いた話や、以前会った時とは見違えるほどの佇まいにレーヴェは正直に感心していた。

 

「にしても、流石“剣聖”の娘というべきか。」

「あたしや父さんのおかげじゃないわ。あたしを教えてくれたり、支えたりしてくれた人がいたから……」

あたしの両親、シェラ姉やアガットやアネラスさん、クローゼ、オリビエ、ジンさん、サラさん、ヴィクター、リィン、アスベル、シルフィア、シオン、レイア……色んな人たちとの出会いで得たことが、今のあたしを形作っている。そして……

 

「その中に、ヨシュアも入るという訳か……」

「ねぇ“剣帝”……あなたとヨシュアって一体、どういう関係なの?」

「ほう、どうしてそう尋ねた?」

「あなたが“ロランス・ベルガー”と名乗っていた時から、ヨシュアは貴方の存在が気になっていた。顔は分からないのに誰だか知っているみたいで……。それでいて正体を知ろうと必死になっていた気がする。」

初めてロランスを見た時のヨシュアの反応……今までに見せたことの無い表情だからこそ、エステルは気になった。その疑問に答えるかのようにレーヴェが口を開いた。

 

「フッ……無理もない。あいつは記憶の一部を教授によって封じられていた。“結社”の手を離れた瞬間から具体的な情報が思い出せなくなるよう暗示をかけられていたはずだ。自分が“結社”でどんなことをしていたか覚えていても、関係者の名前は思い出せない。そんなジレンマがあっただろう。」

「あ……」

考えて見れば、クルツも同じように記憶を封じられていた。思い返せば、性格が変わっていたカプア家の首領、『ゴスペル』を渡された相手のことを忘れていたリシャール……彼に掛かれば、その辺りの調整も難なくやってのけるであろう。

 

「幼い頃の記憶も同じ。恐らく、カリンは覚えていても俺の記憶は曖昧になっていたはずだ。」

「そっか……それで……。って、『カリン』ってどこかで聞いたことがあるわね?」

「………」

レーヴェから出たある名前が気になったエステルが呟いた言葉を聞いたレーヴェは黙った後、窓に近づき、外を見ながら話し始めた。

 

「―――カリン・アストレイ。俺の幼なじみでヨシュアの実の姉だ。10年前に亡くなった。」

「!!!」

「お前の持つハーモニカは元々はカリンの物だった。それを形見としてヨシュアが受け取り……それをお前が受け取ったわけだ。」

「ヨシュア……お姉さんがいたんだ。あの……どうして……カリンさんは……お姉さんは亡くなったの?」

「……それを知ったらお前は真っ白のままで居られなくなる。ヨシュアや俺たちの居る“闇の領域”を覗き込むことになる。その覚悟はあるか?」

エステルに尋ねられたレーヴェは静かに問いかけた。ここから先はヨシュアの“闇”……それを知ることは、無関係ではいられなくなるということも……その覚悟はあるのかと。

 

「………うん、教えて。覚悟があるかどうかはちょっと分からないけど……あたしは……ヨシュアの辿ってきた軌跡をどうしても知っておきたい。その気持ちは本当だから。」

「……いいだろう」

そしてレーヴェは自分とヨシュア、そしてカリンの過去を話し始めた。

 

 

「あれは10年前……俺たちのいたハーメル村が『まだ地図にあった頃』のことだ。ハーメルは小さな村でな……子どもが少なかったこともあって俺たちはいつも一緒に過ごしていた。俺はいずれ遊撃士になることを夢見てヒマを見つけては剣の練習をし……それをカリンと小さなヨシュアが眺めているのが日課になっていた。」

 

 

――それはどこにでもある小さな村の平和な光景。争いとは無縁ともいえる生活が営まれていた―――

 

 

「……練習が終わった後、俺とヨシュアは、カリンの奏でるハーモニカの旋律に耳を傾けた。カリンは何でも吹けたが、俺たちの一番のお気に入りは一昔前に流行った『星の在り処』だった。そんな日がいつまでも続く……そう俺たちは信じて疑わなかった。」

 

 

―――青年達は小さな平和がずっと続いて行くと、信じ続けた………しかし、その平穏は脆くも崩れ去った―――

 

 

「村が襲われたのは、そんなある日のことだった。王国製の導力銃を携えた黒装束の一団。彼らは村を包囲した上で住民たちをなぶり殺しにしていった。ただ一人の例外もなく、年寄りから赤子に至るまで。一息で殺された者はまだ幸せだったかもしれない。……女たちの運命はさらに悲惨だった。」

 

 

――――平和だった村は現世の地獄と化した……男は殺され………生きていた女は犯され、そして殺されていった――――

 

 

「俺たちは―――その地獄の中を必死に逃げた。家族とみんなの断末魔を聞きながら『逃げろ!』という声に押されてただひたすらに村外れを目指した。そして、村外れに出たところで俺は追っ手を攪乱することにした。すぐに追いつくと言い聞かせてカリンとヨシュアを先に行かせた。」

 

 

―――青年は女性と少年を逃がす為、一人戦い続けた。女性達が必ず逃げ切ると信じて……―――

 

 

「だが……襲撃者たちは想像以上に用意周到だった。逃げた村人を始末する者を待機させていた。」

 

 

―――青年が追いついたその時、その願いは儚きものであったという現実を突きつけられた―――

 

 

「俺が追い付いた時、その場は奇妙に静かだった。喉を撃ち抜かれた男の死体……。銃を握って呆然とするヨシュア……。肩から背中を切り裂かれながらヨシュアを抱き締めるカリン……。カリンは……まだ辛うじて息が残っていた。」

 

 

―――青年は血相を変えて女性に駆け寄り、声をかけた。すると女性は瀕死の傷を負っているにも関わらず、穏やかで満ち足りた笑顔を浮かべ、青年を見つめた―――

 

 

「なぜかカリンは……穏やかで満ち足りた表情を浮かべていた。愛用のハーモニカをヨシュアに託し、ヨシュアのことを俺に頼んで……俺はヨシュアを連れてその場を去った。おそらくは、カリンも静かに逝ったのだろう。」

 

 

「………なんで。どうして……そんな事が……」

レーヴェの話を聞き終えたエステルは信じられない表情で呟いた。

 

「帝国軍がリベールに侵攻したのはその後……二週間後のことだ。王国製の導力銃を携えた襲撃者によって起こされた国境付近での惨劇。それは侵略戦争を始めるにはあまりにも格好の口実だった。」

「……そんな。本当にリベールの兵隊が……?」

レーヴェの話を聞いたエステルは信じられない表情で尋ねた。確か、自分の父親であるカシウスもその当時は軍人であり、今ほどではないがかなりの重鎮にいた人物。そして、アリシア女王は積極的侵攻を是とはしていなかったはず……そう疑問に思ったエステルに対して衝撃的となる発言がレーヴェの口から放たれた。

 

「襲撃直後、軍に保護された俺たちは最初そのように聞かされていた。だが数ヶ月後……帝国軍の敗退で戦争が終わった時、俺たちはまったく別の説明を受けた。村を襲った者たちは猟兵団くずれの野盗たちだったと。そして、決して襲撃のことを口外しないように俺たちを脅して……軍は、土砂崩れが起きたと発表し、ハーメルに至る道を完全に封鎖した。」

「ちょ、ちょっと待って!?なんでわざわざ嘘をつく必要があるわけ?それじゃあまるで……」

保護された直後と終戦後の言葉の食い違い……言っている事実が全く異なるレーヴェの説明を聞いたエステルは血相を変えて尋ねた。つまり、『百日戦役』はリベールが発端ではなく……

 

「クク……全ては帝国内の主戦派が企てたリベールを侵略するためのシナリオだったというわけだ。戦争末期、その事が露見し、帝国政府は慌てふためいたという。当時、一歩進んだ航空戦力を得た王国軍に立て続けに敗北した上、帝国南部は猟兵団『西風の旅団』と『翡翠の刃』に支配された状況にまで追い込まれていた。このままでは、帝国中部はおろか帝都まで占領されかねない………なりふり構わず停戦を申し出、首謀者たちを悉く処刑することで事件を無かったことにした。これが―――『ハーメルの惨劇』の真相だ。」

帝国に最も近かったが故に……大きい都市ではなく、情報の隠蔽が容易な小さな村があったが故に……ハーメルはその『要らぬ犠牲』を強いられた舞台となってしまった……尤も、レーヴェですら知っている『真相』はその程度であるが、更なる『事実』がその裏で蠢いていたことは知らない。そして、それが意味することも……その意味を知った時、この世界が大きく変わりゆくことも。

 

「………」

「そんな日々の中……ヨシュアの心は完全に壊れた。」

姉の死、親の死、隣人の死、初めて人の命を奪ったショック、そして欺瞞に満ちた世の中。6歳の子どもの心が壊れるには十分すぎるほどの出来事だった。立て続けに自分の身近な人を奪われる光景を目の当たりにし、そして大人らの身勝手で自分の居場所すら奪われた………大人ですら耐えられないであろう惨状をまだ幼かったヨシュアが目の当たりにしてしまったのだ。耐えきれずに心が壊れてしまうのは無理もない話だ。

 

「多分、その先のことはヨシュアから聞いているだろう。心が壊れたヨシュアはハーモニカ以外に興味を無くし、次第に痩せ衰えていった。そんなヨシュアと俺の前にあのワイスマンが現れて……。俺は彼にヨシュアを預けて『身喰らう蛇』に身を投じた。そしてその二年後、教授に調整されたヨシュアも俺と同じ道を辿ることになった………これが闇だ。エステル・ブライト。お前とヨシュアの間にどんな断絶があるのか……ようやく理解できたか?」

 

「……うん。やっと、ヨシュアが居なくなった本当の理由が見えてきた気がする。」

「なに……?」

エステルの答えを知ったレーヴェは驚いた表情でエステルを見た。

 

「あたしは絶対に『身喰らう蛇』には入らない。『結社』が好きか嫌いかそういうのとは関係なく……あたしがヨシュアを追い続ける限り、絶対にね。あ、レンには悪いことしちゃったかな……謝れば許してくれるよね?」

「………フッ……おかしな娘だ。今の話を聞いて逆に迷いを吹っ切るとはな。どうやら、ただ“剣聖”の娘というわけでは無さそうだ。」

決意を込めたエステルの言葉にレーヴェは黙り込んだ後、口元に笑みを浮かべて、エステルに感心した。

 

「そ、そう?よく分からないけど……そういうあなたこそ、ただヨシュアの昔の仲間ってだけじゃなかったわけね。お兄さん的な存在だったんだ。」

レーヴェの言葉を聞いたエステルは苦笑しながら、レーヴェを見て言った。

 

「………誤解のないように言っておくが、俺があいつの兄代わりだったのは10年前までだ。今の俺にとって、あいつは排除すべき危険分子に過ぎない。」

「え……」

しかし、レーヴェの答えを知ったエステルは驚いた。

 

「教授はヨシュアを泳がせて楽しんでいるようだが……俺の考えは教授とは異なる。いずれ近いうちに俺自身の手で始末するつもりだ。」

「ちょ、ちょっと!どーしてそうなるのよ!?カリンさんに……ヨシュアのお姉さんに頼まれたんでしょっ!?」

「俺は俺の、選んだ道がある。その道を遮るものは如何なるものも斬ると決めた。たとえそれがカリンの願いであってもな。」

「そんな……」

レーヴェの答えを知り、エステルは悲しそうな表情をしたその時、グロリアスのどこかが開いた音がした。すると赤い飛行艇が四隻、どこかに飛んでいった。

 

「あれって……」

「教授と他の連中だ。計画の第三段階がいよいよ実行に移される。」

「だ、第三段階って……」

「フッ……お前がそれを知る必要はない。事が成ったら、父親の元に返してやることもできるだろう。それまではせいぜいここで大人しくしているがいい。」

「ちょ、ちょっと!?」

「言っておくが……逃げようなどと考えるなよ。地上8000アージュの高みだ。どこにも逃げ場などないぞ。」

そう言うと、レーヴェは部屋を後にした。それを見届けた後、エステルは懐からハーモニカを取り出した。

 

「……お姉さんの形見だったなんてね、バカヨシュア……そんな大層なものをあたしに預けないでよ。」

彼の持っていたハーモニカ……その意味を知ったエステルはため息を吐いた。彼がしていることの意味もそれとなく理解できた……けれども、だからこそ……彼に会いたい。いや、彼を捕まえるのだと。

 

「…………逃げようなどと考えるな、か。そう言われたらかえってやってみたくなるのが人情よね。幸い、教授達は出かけちゃったみたいだし……。よし……そうと決まれば!」

レーヴェが出て行った後、エステルは部屋の隅々を確認した。見たところ、大したものはなさそうである……そして、エステルは目を瞑って精神を集中させる。

 

「(二人が言っていた記憶……杖や斧っぽいものに、剣に、鎚に、指輪?それに、何か不思議な……魔法?アーツとは違うのかな?)」

エステルは二人の記憶を辿り……その脳裏に出てきたものを連想する。武器はともかくとして、魔法に関しては今の自分の装備でも何とか発動できそうだと解り、眼を開く。

 

「……………タイミングが命だけど、それさえ見極められれば。油断させるために2時間ほど大人しくして………うん!試してみる価値はありそうね。」

そしてエステルは脱出する油断を作る為、しばらくの間、部屋に待機した………………

 

 

二時間後……部屋の外側に待機していた見張り役の猟兵が退屈そうにしていた頃、交代しに来た猟兵が近づいてきた。

 

「交替の時間だぞ。小娘の様子はどうだ?」

「はは、大人しいもんだ。いくら遊撃士とはいえ、所詮は子どもということだな。恐くてベッドで震えているんだろうさ。」

「フン……ガキの見張りで留守番とはな。まったく、つまらん任務だ。俺も起動作戦に参加したかったぜ。」

「そうボヤくなよ。レオンハルト様の命令なんだから。」

「それなら、僕も参加させてほしいものだね。」

「なっ」

猟兵達が笑い合っていたその時、ふと聞こえた聞きなれない声に猟兵らがそれに問いかけるまでもなく……

 

「ぐっ……」

「ば、馬鹿な……」

猟兵は気絶させられていた。その姿を一瞥しながら、その人物はエステルのいた部屋の扉をノックする。

 

「窓を破って陽動だろうとは思うけれど、話を聞いてくれないかな?こちらに敵意はない。何だったら、脱出を手伝ってもいい。どうだろうか?」

そう言った人物の言葉に部屋の中の音は静まり返り、しばらく沈黙していたが……

 

『……言っとくけれど、嘘だったらぶっ飛ばすからね。』

「了解したよ。」

了承が得られ、その人物は部屋の中に入った。

そして、部屋の中に居た人物―――エステルは入ってきた人物……正確には、その人物が腰に付けている『星杯の紋章』が目に入り、驚きを隠せなかった。

 

「え……トワやケビンさんと同じ物を!?」

「おや、二人とは知り合いか。なら、話は早いかな……『星杯騎士団』所属、ライナス・レイン・エルディールという。」

「というか、見張りとかはどうしたのよ!?」

「彼等ならおねんねしているよ。床のベッドにね。」

「…………(パクパク)」

銀髪の青年の姿の男性―――ライナスの登場にも驚きであるが、笑みを浮かべて答えた彼の言葉には流石のエステルも開いた口がふさがらなかった。

 

「ここに忍び込んだのは偶然でね……偶然見つけた飛行艇にリベールまで送り届けてもらおうと思ったら、着いたら『身喰らう蛇』の空母の中だったのさ。アハハハハッ!」

「非常識なのか面倒くさがりなのか判断に迷うわね……というか、さっきの約束、忘れないでよね。」

この人物の非常識さには驚きとか怒りとか……それすらも遥かに通り越して呆れしか出てこなかった。エステルはジト目で睨みつつ、先ほど言った約束を遵守するよう念を押した。

 

「それは勿論。それじゃ、姫君を連れて脱出するとしよう。地下辺りに飛行艇位あると思うしね……よいしょっと。」

「ハァ……その図太さには感心しちゃうわ。ともあれ、よろしくねライナス……って、何ソレ?」

ライナスはそう言った後、何かを担ぎ……エステルは見るからに大きいものの正体を尋ねた。

 

「いや~、折角だからお土産を持って帰ろうと思ったら、いいもの見つけちゃってね。でも、これは渡せないよ。これはあの人の依頼で頼まれたことだしね。」

「あの人?」

「それと……ポチッとな。」

「わわっ!?」

ライナスは笑みを崩すことなく言ってのけた後、スイッチらしきものを押す。すると、艦全体が揺れ、エステルも転びそうになるが何とかこらえた。

 

「何したのよ!?」

「いや~、スイッチらしきものを拾ってね。押したらこうなりました。」

「………何この人。ケビンさんといい、星杯騎士団ってこういう人ばかりなの?」

エステルの懸念も尤もであるが……星杯騎士団に関しては至極真っ当である。『例外』が濃すぎるが故にそう言った目では見られないのが事実ではあるが。

 

「ともかく、これで“剣帝”は足止めできるんじゃないかな。疑問には後で答えてあげるから。」

「ああ、もう……絶対に説明してもらうんだからね!!」

ライナスとエステルは部屋を出て下層に向かい……結社の飛行艇を一隻奪って『グロリアス』を脱出した。

 

 

道中、結社の追手も予想されたが、特に追撃もなく……二人と『お土産』を乗せた飛行艇はライナスの言う『あの人』の許へと向かっていた。

 

 




というわけで……ギルバートの出番なくなりました。
嫌いじゃないけれど……腹パンしたいぐらい好きですが?w

あと、オリキャラ出しました。イメージ的には絶チルの兵部京介です。このイメージにした理由もちゃんとありますが……それは今後語っていく予定です。

ヨシュアに関しては……お察しください。


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第114話 悲しみの先に

 

『紅の方舟:グロリアス』から脱出したライナスとエステル、そして彼の担ぐ『お土産』……その行先は……

 

「到着したよ、エステル……って、エステルさ~ん?」

「…………ここ、ここって……」

エステルが驚くも無理はない。何故ならば、リベールにおいて彼女が『最もよく知っている場所』なのだから。

 

 

「何で行き先があたしの家なのよーー!!!」

 

二人の到着した先……ロレント郊外にあるブライト家。そして、エステルの生まれ育った家だった。

 

 

~ブライト家~

 

「た、ただいま~……」

「あら、おかえりなさいエステル。それと……ライナスさん、すみませんでしたね。」

「お邪魔します、レナさん。いやぁ、一宿一飯の恩としてこれ如きでは足りないかもしれませんが……」

驚きつかれたエステルが先に入ると、夕食の準備をしていたレナがエステルの姿に気づき、声をかけた。それと、エステルの後ろにいたライナスの姿が目に入り、ライナスは申し訳なさそうな口調でしゃべりながらも、『お土産』を降ろした。

 

「い、いろいろ聞きたいけれど……まずは、これ何なの?」

「お、そうだったな……よいしょっと……」

色々ありすぎて、何から聞こうか悩むエステルだったが……とりあえず、ライナスが『お土産』と称した物体が気になり、ライナスがその包みをほどくと……中から出てきたのは、人の姿であった。その姿にレナは目を丸くし、エステルは茫然とした。

 

「…………え?」

「あら………」

「おや、知り合いなのかな?」

その人物の姿は見紛うことなく……エステルにしてみれば両親や幼馴染に匹敵するぐらい馴染みのある人物だと言っても過言ではない。

 

「ヨ、ヨヨヨヨヨヨ………ヨシュアっ!?」

包みの中から出てきたのは、エステルが今一番会いたかった人物―――ヨシュアの姿だった。

 

いろいろ驚きではあるが、ヨシュアを彼の部屋に寝かせると、エステルが傍に着く形で椅子に腰かけた。

 

レナとライナスから簡単に説明は聞いたが……二人によると、以前生き倒れていたライナスをカシウスとレナが見つけ、一晩だけ泊めたことがあるらしい。それもエステルが生まれる前の話だったらしく、これにはエステルも驚きを隠せなかった。そのレナと再会した際、ヨシュアを連れ戻してほしいという願いを聞き、ライナスは飛行艇に忍び込んだらしい……その過程でエステルも助け出されたことにため息しか出てこなかったのは言うまでもないが。

 

「……そういえば、初めてヨシュアと会った時もこんな感じだったっけ。」

 

―――五年前、カシウスが連れてきた傷だらけのヨシュア……以後、ブライト家の一員として育てられてきた思い出の深い場所。あたしにとっても、思い出がいっぱいある場所……

 

エステルがそう思い返していると、ヨシュアの意識が戻ってきたようで、瞼が静かに開かれた。

 

「…………えっ」

「あ………えと、久しぶりだね、ヨシュア。」

「………ここは。」

「ヨシュアの部屋……ううん、あたしとヨシュアが生まれ育った家。」

困惑するヨシュアにエステルは説明した。会いたかった人に抱き着きたいという衝動はあるが、一先ずそれを抑えてこの状況を説明した。

 

「……っ!エステル、君は確か捕まったんじゃ……」

「脱出したわよ。尤も、意外な人の助けを借りれたけれど。」

「あの艦には“剣帝”もいたはず……」

「妨害とかはなかったわ……でも、“剣帝”から話は聞いたわ。ヨシュアとヨシュアのお姉さん、“剣帝”の関係も。」

「そっか……でも、僕にはそれが悲しく感じられないんだ。」

エステルの言葉にヨシュアは俯いた。だが、悲しそうな笑みを浮かべつつエステルに言い放った。

 

「“教授”に調整されたせいなのかな。戦闘には邪魔な要素だって……僕自身が経験したはずなのに。というか、どうして僕を追いかけて来たんだ!僕に関われば『結社』とも無関係じゃいられなくなる。それなのに、君はそう無鉄砲なことを……」

「………」

「君ともう一度会えてとても嬉しかったけど……それでもやっぱり僕たちは一緒にいるべきじゃない。僕みたいな人間がいたら君のためにもならないし……正直、君がいても足手まといになるだけだ。だから……エステル?なんで君がため息を吐くのかな?」

はぁ……とため息をついたエステルにヨシュアはため息をつきたいのはこっちだと言わんばかりの感情を込めて尋ねたが、エステルは

 

「ヨシュアのバカ、鈍感、朴念仁。」

「なっ……」

率直に今のヨシュアの言葉を率直に評価し、ヨシュアは目を見開いた。それを見た後、エステルは言葉を続けた。

 

「ヨシュアだって気付いてるはずよ。教授はこの国で大層なことをしそうなことも……となると、罪のない人たちが傷つくことになる。それを助けるのは遊撃士の仕事であり、遊撃士であるあたしの役目。その時点で関わりになるな、とか……ヨシュアはあたしにそういった人たちを見殺しにしろって言うの?」

「い、いや……そういうことじゃなくて………」

「それに、『執行者』と対峙している以上……あたしももう無関係でいられない。ううん……ヨシュアがこの家に来て、家族となった時から既に無関係じゃないんだと思うの。」

今までに起きたことから目を背けるのは簡単なことかもしれない。けれども、エステルは持ち前の直感でそうしたとしてももう無駄なのではないかと悟っていた。だからこそ、カシウスの願いを聞き届け、自分自身も『結社』と戦うために力を磨き上げてきた。それは、ヨシュアがブライト家の一員となってから決められた『運命』なのかもしれない。それに……

 

「それに………さっき、他人事にしか思えないってヨシュアは言ったけれど……ヨシュアは受け入れられないだけだと思う。お姉さんが死んだってことを……ヨシュアが壊れてるからじゃない。自分のせいで大切な人を失ってしまったことを受け入れるのが怖くなって、逃げてるだけ。」

「!!!」

自分自身も、目の前からヨシュアがいなくなった時、その現実から逃げるような行動をとっていた。恐らくは、ヨシュアは知ってしまった事実からエステルを危険な目に遭わせたくないと思い……あのような形でエステルと別れたのだろう。

 

 

「自分のせいでお姉さんが亡くなったと思い込んで……同じことが、あたしの身に起きることが耐えられなくて……だからあの夜、ヨシュアはあたしの前から逃げ出したのよ。それ以外の理由は後付けだわ。」

「………」

「ヨシュアは壊れてなんかない。ただ恐がりで……自分に嘘をついているだけ。今のあたしには自信をもって断言できるわ。」

「そんな……でも………」

静かに語るエステルの話に反論しようとしたヨシュアだったが、反論の言葉は見つからなく黙り、エステルから顔を背けた。

 

「どうして君は…………そんなことまで……」

「前にも言ったけど、あたしはヨシュア観察の第一人者だから。ヨシュアの過去を知った今、あたしに敵う相手はいないわ。教授にだって、レーヴェにだって、絶対に負けないんだから……もし、仮にカリンさんが生きていたとしてもね。………恐がりで勇敢なヨシュア。嘘つきで正直なヨシュア。あたしの……大好きなヨシュア。やっとあたしは……ヨシュアに届くことができた。」

そしてエステルは顔を背けているヨシュアを背中から優しく抱き締めた。

 

「……っ………」

抱き締められたヨシュアは驚いて硬直した。

 

「でもあたしは……守られるだけの存在じゃない。さっきも言ったけれど……あたしが遊撃士を続ける限り、危険から遠ざかってばかりはいられない。ヨシュアがいようがいまいが、その事実は変わらないんだよ。だってそれは、あたしがあたしであるための道だから。」

「…エステル……」

「だからヨシュア、約束しよう。」

「……え…………?」

エステルの唐突な提案にヨシュアは呆けた声を出した。

 

「お互いがお互いを守りながら一緒に歩いていこうって。あたしは、これでもヨシュアの背中を守れるくらいには強くなった。ヨシュアが側にいてくれたらその力は何倍にも大きくなる。『結社』が何をしようと絶対に死んだりしないから……だからもう……ヨシュアが一人で恐がる必要なんて、どこにもないんだよ。」

「……エステル………………あ………………」

優しげな微笑みを浮かべて語るエステルの言葉を聞いたヨシュアの目から涙がこぼれ落ちた。これにはヨシュアも驚きを隠せなかった。自分があの時以来見せることの無かった“哀”の感情の発露。その証拠とも言える涙を自分が流したことに……

 

「なん……で……涙なんて……姉さんが死んでから……演技でも、流せたこと……ないのに……」

「えへへ……そっか……」

信じられない様子でいるヨシュアを見たエステルは恥ずかしそうな表情で笑った後、優しい微笑みを浮かべて言った。

 

 

「―――見ないであげるから……そのまま泣いちゃうといいよ……。こうしてあたしが…………抱き締めててあげるから……」

 

 

そしてヨシュアはしばらくの間、泣き続け、やがてヨシュアの泣き声は止まり、泣き終えたヨシュアは涙をぬぐって、エステルを見た。

 

 

「えへへ……な、何だか照れるわね。」

「うん……そうだね」

「あ……そうだ!これ、返すからね」

お互い恥ずかしそうな表情を浮かべていたが……エステルはハーモニカを取り出し、ヨシュアに渡した。

 

「あ……」

一方、エステルからハーモニカを渡されたヨシュアは呆けた声を出した。

 

「まったくもう……お姉さんの形見なんでしょ?ヨシュアにとって大切なものを簡単に人に渡すんじゃないわよ。」

「うん……確かに、軽率だったかな。」

呆れた表情で溜息を吐いて語ったエステルの言葉にヨシュアは頷いた。考えて見れば、大切なものを大切な人に預ける行為など、これから自分は死にに行くのだ、と言っているようなものだからだ。そしてエステルはある事を尋ねた。

 

「そういえば、カリンさんって……どんな人だったの?」

「うん……そうだね……気立てが良くて優しいけど、どこか凛としていて……レーヴェとすごくお似合いで子供心に少し妬いていたよ。」

「気立てが良くて優しくて凛としたタイプね……それって、クローゼやセシリアさんみたいな感じ?」

「はは……そうだね。顔立ちとかは違うけれどタイプは似ているかもしれない。………エステル、その……」

エステルの問いかけに答えた後、ヨシュアは顔を顰めて肝心なことを言おうとしたが、エステルは

 

「資格がないとか言ったら許さないわよ?それを言ったらスコールやクルルに失礼なことを言ってるも同じじゃない。」

「えっ……“影の霹靂”に“絶槍”を知ってるの?」

その申し出をきっぱり否定し、ヨシュアはエステルから出た人物の名に目を丸くした。

 

「うん。あたしたちと一緒に行動したこともあるしね……大事なのは組織じゃなくて、本人の意思ってことじゃないの?そりゃあ、あたしだってあの二人が元『執行者』だって吃驚したけれど……でも、今ではあたしも二人を大事な仲間だって認めているわけだし……そうでしょ、ヨシュア?何だったら、『結社』の計画についての情報を父さんにでも話したらチャラよ。いわゆる司法取引ってやつ?」

「それは違うと思うけれど………やれやれ、君には勝てないよ。」

エステルの言葉に呆れた表情で溜息を吐いた後、笑みを浮かべてエステルの方を見た。

 

「ともかく、皆に迷惑をかけたことは事実なんだから……ちゃんと謝りなさいよ!」

「うん、解ったよ。」

何はともあれ、ヨシュアの説得に成功し、無事に再会することもできた。

すると、丁度よく扉が開き、二人の知る人物が近寄ってきた。

 

「起きたのね、ヨシュア。」

「お母さん!」

「母さん……ずっと心配をかけて………ごめんなさい。」

レナの姿を見てエステルが声をあげ、ヨシュアはレナの姿を見て辛そうな表情を浮かべつつレナに謝罪の言葉をかけた。

 

「あなたが家を出て行った理由………あなたが過去に何をしていたか………大体の事はカシウスから聞いたわ。」

「か、母さん………?」

謝罪するヨシュアにレナは静かに答えた。そしてレナはヨシュアを静かに見つめた後、黙ってヨシュアを抱き締めた。その行動にはヨシュアも焦りを覚えた。

 

「本当に…………心配したのよ…………あなたが無事に戻って来てくれて、本当によかった………!」

そしてレナは涙を安堵の表情で涙を流しながら言った。

 

「母さん………うん………本当にごめん……………」

「お母さん………」

レナの言葉を聞いたヨシュアは驚いた後、レナに抱き締められた状態で静かな声で謝り、その様子をエステルは微笑んで見つめていた。その後、ヨシュアから離れた後、エステルの方を見て微笑みながら呟いた。

 

「それにしてもエステル。貴女にもようやく恋人ができるなんてね。それもこんな素敵な男の子を見つけるなんてね。」

「も、もうお母さんったら…………」

「ヨシュアもよかったわね。エステルの事………ずっと好きだったものね。」

「ハハ……母さんには僕がエステルが好きだって事、わかっていたんだ。」

レナの言葉を聞いたエステルは照れ、ヨシュアは苦笑しながら答えた。

 

「貴方を家族になってから貴方を見ていたのはエステルだけでなく、私やカシウスも“家族”として勿論見ていたから、わかるわよ。」

「フフ…………でも、一番ヨシュアを解っているのはあたしなんだからね!」

「はいはい。勿論それはわかっているわよ。」

自慢げに言うエステルをレナは微笑みながら言った。だが、その後……レナの表情の笑みが増していくことにヨシュアの頬を伝う様に冷や汗が流れ始めた。

 

「さて………と。ここからは親として、ヨシュアに聞きたい事や言いたい事がたくさんあるわよ?」

「か……母さん?」

「当然、あたしも色々あるんだからね!」

そしてレナは凄味の笑顔をヨシュアに見せて言った。それに続くかのようにエステルも凄味のある笑顔でヨシュアに迫っていた。

 

「エ、エステルまで!?」

「フフ……ゆっくりでいいから……ちゃんと、私達に本当の事を話してね~?」

エステルの様子を見てさらに焦ったヨシュアに止めを刺すかのように、レナは背後にすざましい何かの気を纏って凄味のある笑顔で言った。

 

「ハイ…………………」

二人の様子を見て逃げられないと悟ったヨシュアは諦めて、肩を落として答えた。それから数時間に亘って“色々”言われたり聞かれたヨシュアは心身ともに疲れ切った状態になった。

 

 

「………つ、疲れた。」

「何言ってるのよ……“この程度”で疲れるなんて情けないわよ。」

(どこがなの!?)

「だって、人のファーストキスをあんな形で奪ったんだから……でも、怒ってるのはあたしだけじゃないけれど。アスベルも怒ってたしね。」

「………」

疲労感あふれるヨシュアであったが、エステルの言葉の中に出てきた人物の名にヨシュアは冷や汗を流し、その人物の言っていた『罰』に何故だか嫌な予感しかしなかった。エステルが窓の外を見ると、空は夕焼けに染まっており、夕方になっているのが目に取れた。

 

「って、もう夕方なんだ。そういえば……お母さん、夕食の準備はいいの?」

「大丈夫よ。今日は彼女たちに頼んでいるの。」

「彼女たち?(あれ……何でだろうか?心なしか、どこかで感じた気配が……)」

エステルは気になる質問をレナに尋ね、レナが微笑んでそう答えると、ヨシュアは二人の追及で手一杯になっていた状況から解放されて初めて、下に感じる気配を察し、その気配に覚えがあることに首を傾げた。

 

「とりあえず、一階に下りましょうか。ヨシュアはもう大丈夫かしら?」

「うん、問題は無いかな。ただ気絶してただけだし。」

「そっか……あ~、安心したらお腹がすいちゃったわ。もうペコペコよ。」

だが、確証がないため……ヨシュアも一階に下りることとし、レナとエステルも続いた。

 

ライナスに関しては、他の仕事があるということで既にいなくなっていたが……一階に下りると、そこにはエプロン姿で食事の準備をしていた二人がレナの姿を見て声をかけた。

 

「レナ殿、話は終わったようですね。」

「レナさん、味見してもらえますか?」

「ええ、解ったわ。」

二人の言葉に笑みを浮かべつつ、レナは二人に近寄っていった。

 

「え、えっと、誰なの………ヨシュア?」

「な、な、な………」

見たことの無い大人の女性二人の姿にエステルは首を傾げるが、エステルの横にいたヨシュアが吃驚した表情を浮かべていることに彼女は首を傾げた。そして、ヨシュアは声をあげた。

 

 

「何で貴女達がここにいるんですか!?『使徒』第二柱“蒼の深淵”ヴィータ・クロチルダ、第七柱“鋼の聖女”アリアンロード!!」

 

 

―――『結社』の最高幹部である『使徒』二人の姿。“剣帝”や“調停”絡みでよく知っていた二人であった。

 

 




うまく書けているか疑問ですが……(汗)

せっかくだったので、ヨシュアと出会った場所でのシーンに仕上げました。

そして、最後のシーンに関しては次回をお楽しみに、としか言えません!


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第115話 女性の強さ

 

~ブライト家~

 

無事に和解できたエステルとヨシュア。レナとの話も終わり、一階に下りてきたレナはその二人に対して平然と接していて、エステルは首を傾げ……そしてヨシュアは、

 

「何で貴女達がここにいるんですか!?『使徒』第二柱“蒼の深淵”ヴィータ・クロチルダ、第七柱“鋼の聖女”アリアンロード!!」

驚きの声をあげていた。無理もない……自分が抜けたはずの組織の人間がここにいることもそうだが、カジュアルな私服姿にエプロンをつけて食事の支度をしている“ありえない”光景にヨシュアは頭を抱えた。

すると、二人はヨシュアの姿を見ると呑気に挨拶をした。

 

「あら、“漆黒の牙”……ヨシュアじゃない。お久しぶりね。」

「お久しぶりです、ヨシュア殿。」

「………ええ、まあ。お久しぶりです。色んな意味でお二人がここにいること自体おかしいですが。」

その言葉に敵対する気も失せたのか、ヨシュアはジト目で二人を睨みつつ挨拶を交わした。すると、エステルが疑問に思ったことを投げかけた。

 

「ねえ、ヨシュア。ブルブランといい、ヴァルターといい……『結社』って変な奴ばかりなの?」

「………ごめん、エステル。ノーコメントにさせてほしい。」

真っ当な奴もいることにはいるのだが……いかんせんアクの強すぎる面々なだけに、どう答えても元身内の恥を曝すことにしかならず、ひいては自分の恥かしいところを暴露するような出来事のため、ヨシュアは押し黙るしかなかった。

 

「というか、お母さんも良く平然としてられるわね……」

「ふふっ、二人は私の弟子のようなものだしね。」

「へっ?」

「『使徒』が弟子って……何でそんなことになったの、母さん?」

「それはね……」

自分の母親がヨシュアの元身内……それも、あのワイスマンと同じ『使徒』と呼ばれる人間を弟子扱いすることになった経緯を、レナが話し始めた。

 

―――事の起こりはおおよそ一週間前。レナがいつものように食事のための買い物に出ていた帰りの事であった。

 

『あら?』

レナが家の前に着くと、二人の女性が家の前にいた。少なくともレナにしてみれば見覚えのない人間であり、これにはレナも首を傾げた。すると……二人は何かを言っていたようであった。

 

『“深淵”殿、何故にここへ来たのですか?』

『“剣聖”カシウス・ブライト……彼や、あの子を育んだこの場所なら、きっと力になってくれると思ったからよ。ヨシュアの知り合いとでも言っておけば、どうにかなるんじゃないかしら?』

『……まぁ、理屈は適っていますが……本当にどうにかなるのでしょうか?』

 

少なくとも、ヨシュアの身内らしいことは確定であったので……レナは疑問に思いつつ、尋ねた。

 

『あの、家に何かご用でしょうか?』

『え?あの……』

『えと、実は私達、ヨシュア君にはお世話になってまして……折り入った相談ができないかと……』

『ヨシュアの……そうですか、解りました。お茶ぐらいはご馳走しますよ?』

二人の言葉には少なくとも嘘が感じられず、レナは二人を招き入れることとした。そして、二人は出されたお茶を飲みながら、相談したいことをレナに話した。相談の内容としては、家庭的な女性には何が必要なのかをレナに聞いたのだ。あの“剣聖”やその娘、そして“漆黒の牙”を育んだ目の前の女性ならばいい答えが出ることを期待して……それに対してレナは笑みを浮かべて答えた。

 

『……成程。それでしたら、私ができる範囲でお教えしますよ。ですが……』

(な、何この威圧……)

(こ、この感覚……流石“剣聖”の妻ですね……)

『やるからには徹底的に叩き込みます………逃げ出すことは許しませんからね?』

『『ハ、ハイ!!』』

凄味のあるレナの笑顔にヴィータとアリアンロードですら素直に返事することしかできなかった位“脅威”を感じたのは言うまでもないが。

 

「………ヨシュア。」

「………何も言わないで、エステル。僕もこの現実から目を背けたいんだ。」

この家の最強は父であるカシウスではなく、母親であるレナ………それを垣間見た瞬間に立ち会ってしまったことにエステルとヨシュアは二人揃って疲れた表情を浮かべた。

 

「まぁ、そういうことだからしばらく厄介になるわね♪」

「……ちなみに、“教授”はそのことを?」

「知らないと思いますよ。私らはそこまで知己というわけではありませんから。」

「―――敵対しないのなら、敢えて見なかったことにしておきます。」

ヴィータはともかく、アリアンロード相手では流石のヨシュアも分が悪すぎる……幸いにも、向こうに争う気がないので今回は“停戦”ということで結論を出すことにしたヨシュアであった。

 

その後、ヴィータの作った料理を食べることになり………その感想は

 

「お、美味しいけれど……あ、あり得ない……」

ヨシュアは自分の知る人物が作ったとは思えないその料理の味に頭を抱えたくなり、

 

「あ、この味付け、ほとんどお母さんと同じ……美味しいのは認めるけれど……」

エステルはその料理を作ったのがヨシュアの元身内だということに納得しかねながらも料理に舌鼓を打ち、

 

「ふふ、短期間でここまで頑張れたけれど……まだまだね。」

二人の師匠であるレナは辛口評価であった。

 

……翌朝、三人に見送られる形でエステルとヨシュアは家を出て、一路ロレントに向かっていた。その二人の様子はというと……

 

「「はぁ………」」

疲れ切っていた。それもそうだろう……自分たちの家にワイスマンと同じ『蛇の使徒』がいるだなんて、誰が想像できたであろうか。いや、出来ないであろう。

 

「何か、“教授”と対峙するよりも疲れた気分だね。」

「それには同意するわよ。というか、大丈夫かしら?」

「“蒼の深淵”はともかく、“鋼の聖女”のほうは騎士道に則って行動しているからね。そこだけは安心できるかな……」

第二柱は読めないが、第七柱に関してはそれなりに義理堅いことを知っているだけに、その点だけは信頼しておきたいというのがヨシュアの本音であった。

 

「尤も、母さんの強さの前だと二人も形無しみたいだけれど……」

「というか、何であの二人は母さんに教えを乞うようなことをしたんだろ?家庭的な人ってそんなにいないの?」

「残念ながらね……」

これにはヨシュアも肯定せざるを得なかった。なぜなら……そういった事ができる人よりも、実力的な面が保証されているがために、『執行者』はそういう面に疎い人間ばかりが集ってしまったのだ。それは『使徒』も同様であろう。

 

「これ以上は、考えるだけ深みに嵌りそうだし……ギルドに行こっか。」

「………そうだね、エステル。」

これ以上考えても意味がないだろうと結論付け、二人はギルドに向かった。意味がないというよりは、考えるだけ無駄と言った方が無難であろうが。

 

 

~ロレント市 遊撃士協会ロレント支部~

 

ロレント支部に入った二人に、受付にいた女性が気付いた。

 

「あら……エステル!無事だったみたいね。それに……」

「アイナさん。その、心配かけちゃったみたいね……」

「……お久しぶりです、アイナさん。」

受付のアイナは入ってきたエステルとヨシュアに声をかけ、二人は申し訳なさそうに言葉を返した。

 

「フフ、エステル。私もそうだけれど、その言葉は貴方達の仲間に言ってあげなさい。」

「……うん、ありがとうアイナさん。そうだよね……みんな心配してるだろうし。」

アイナはエステルに諭し、エステルはその言葉に感謝を述べた。そして、アイナはヨシュアの方を向き、

 

「それと、ヨシュア。」

「は、はい……」

「事情はシェラザードから聞いているわ。今度女の子を泣かせるような真似をしたら、とっ捕まえて酒盛りに強制参加させるからね。」

満面の笑みで放たれた『最後通告』のような言葉に、ヨシュアの背中を冷や汗が流れた。その光景を一度だけ見たことのあるヨシュアにしてみれば、それはまさに自分にとっての『死刑台』のようなものであることは知っているだけに、それを裏切るようなことは許されない………その意味が込められているのであろう。

 

「………す、すみませんでした。」

「解ればいいのよ。」

「あはは………」

アイナのその言葉にはヨシュアも素直に謝ることしかできず、エステルも苦笑を浮かべていた。

 

「さて……二人が行く先となると、グランセルでいいのかしら?」

「ええ、お願いします。」

「解ったわ。二人分のチケットは手配しておくから。それと、向こうに着いたらギルドに立ち寄っておきなさい。」

「うん、わかったわ。」

アイナの言葉を聞き、エステルとヨシュアはギルドを出て飛行場へと向かった。

 

 

~定期飛行船西回り~

 

飛行船に乗った二人……すると、二人に馴染のある人物が近づいてきた。

その人物―――ライナスは二人に声をかけた。

 

「おや、邪魔してしまったかな。」

「貴方は、あの時の……」

「ライナスさんじゃない。って、ヨシュアも知り合いなの?」

「うん………多分、エステルが脱出しようとした時にね。助けてもらったんだ。」

ヨシュア曰く、あの後駆動炉に仕掛けを講じていた時、運悪く“剣帝”と遭遇し、剣を交えた。その際にライナスが割って入り、ヨシュアを気絶させるとその場を去ったらしい。

 

「フフ、僕としては余計なおせっかいをしたかな?」

「いえ………聞けば、僕とエステルを助けていただいたのですから……ありがとうございます。」

「そうか……ならいいのだけれどね。あの場に部外者がいたのは“剣帝”も驚きだったようだ。」

ライナスは申し訳なさそうにするが、ヨシュアは素直にライナスへ感謝の言葉を述べた。突然の介入とはいえ、あのまま戦っていれば“剣帝”に殺されていたかもしれない……そう考えると、彼の介入はある意味助けであったことに変わりない。

 

「あたしですら驚きだったわよ……そういえば、ライナスさんはどうしてここに?ケビンさんと同じく『身喰らう蛇』や『輝く環』の調査だったりするの?」

「……えっと、エステル。そっちの知ってることって……」

「あ、そっか。ヨシュアはいなかったわけだし……あたしが知っている範囲で教えるわね。あ、でも……」

「僕の事は気にしないでくれ。というか、遊撃士協会とは僕の仕事の関係で協力しなきゃいけないからね。」

「そうなんだ。えっと……」

二人の言葉を聞いて、エステルは話した。尚、その際にライナスはこっそりと遮音の結界を張っていた。

ヨシュアを連れ戻してほしいとカシウスに頼まれたこと……そのために訓練を重ねたこと……『結社』の実験、ロレントで“幻惑の鈴”ルシオラ、グランセルで“殲滅天使”レン、ボースで“剣帝”レーヴェと対峙したこと……レーヴェとの戦いを通じて“至宝の眷属”と呼ばれるレグナートに出会ったこと……その過程で『聖天兵装』の存在を知り、アガットとエステルがその<起動者>となったこと。不戦条約の調印式を通じて色んな人と関わりを持ったことも……

 

「僕のいない間にそんなことが……」

「そんな顔しないでよ。言ったでしょ?あたしが選んだ道だって。」

「うん……そうだったね。」

「それでいいの。で、ライナスさんは何の仕事なの?」

自分がいない間にエステルの歩んだ道の過酷さにヨシュアは申し訳ない表情をし、一方エステルはそれに対して笑みを浮かべてはっきりと答えた後、ライナスに尋ねた。

 

「僕はケビンと違うことを頼まれたのさ……『輝く環』の回収。それが困難な場合は破壊せよ……尤も、状況次第ってことになりそうだけれど。」

「えっ!?」

「そもそも、破壊なんて出来るんですか?聞くところによれば、かなり高位のアーティファクトですが……」

『七の至宝』……それを破壊するという『夢物語』を聞いているような感覚にエステルとヨシュアは二人揃って目を丸くした。そもそも、アーティファクトを破壊すること自体大丈夫なのかどうかという疑問もあるが。それに対してライナスはため息を吐いて言葉を続けた。

 

「正直、方便だろうね。誰も破壊できるだなんて思っていない……だが、可能性はある。同じ“空の女神”が作った代物ならば、ね。」

「それって………あたし!?」

「エステルの持つ、『聖天兵装』ですか。」

「ああ、そうなるね。」

ライナスが言うには、導力で動かず、<起動者>の精神力や闘気に呼応してその姿を顕現させる『聖天兵装』………故に、アーティファクトではない“例外の贈り物”と呼ばれた代物。だが、その姿を見たものは顕現した約1200年前を最後に途絶え、その存在は外典に少し触れる程度の記載しか残されていないのだ。

 

「とはいえ、僕は君を便利屋扱いできない。お互いに道具ではなく人間なわけだしね。まぁ、回収は最善の手でしかないわけだし……本音は破壊しておきたいけれど。」

「成程………そちらも、色々ありそうですね。」

『結社』のみならず『七耀教会』にもいろいろ事情があることを悟り、ヨシュアはライナスに同情した。

 

三人を乗せた飛行船はグランセルに着き、大聖堂に向かうライナスを見送った後、二人はギルドへと向かった。

 

 

~王都グランセル 遊撃士協会グランセル支部~

 

扉を開いて入ってきた二人を待ち侘びたかのように、受付の男性―――エルナンは二人の姿を見て、安堵の表情を浮かべつつ声をかけた。

 

「エステルさん、それにヨシュアさん。ロレント支部から連絡は聞いていましたが、無事で何よりです。ボース支部の方に連絡は既にしております。今頃は他の皆さんもこちらに向かっていることでしょう。」

「エルナンさんにも迷惑をかけちゃったわね……それと、ありがとうございます。」

「本当にすみませんでした。」

エルナンは二人に労いの言葉をかけ、仲間たちにも既に連絡をしたと伝えた。その言葉に二人も各々言葉を返した。

 

「いえ……ヨシュアさんは、私ですら及ばぬ事情がおありなのでしょう。さて、こちらを二人に渡しておきます。」

「これって……」

「グランセル城―――女王陛下への紹介状です。尤も、エステルさんやヨシュアさんは顔パスでしょうが……一応渡しておきますね。」

「ありがとう、エルナンさん。」

「すみません。何から何まで……」

「いえ、私など紹介状を書いただけです。お二方とも頑張ってください。」

エルナンから紹介状を貰い、二人は素直に礼をした後、女王陛下へと面会するためにグランセル城へと向かった。

 

 

―――『導力停止現象』が起こるまで、あと一日。

 

 




確か、原作ではこのあたりのくだり(女王面会前のシーン)がなかったはずなので、完全にオリジナルです。容量の関係とはいえ何故省かれたし……尤も、原作だとルーアンなのでジャンあたりの反応も見たかったですね……別に変な意味などないですが。

そういえば、閃Ⅱの情報を見た(ファミ通・電撃プレステ)のですが……神気合一で『疾風』→『裏疾風』……ファッ!?(驚愕)
あと、ガイウスが槍二刀流でした。必殺技はキックですかー!?(B○SARA的な意味で)
そのうち設定が出たら、ひっそり書き換えてるかもしれません(オイッ!)


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第116話 縁と絆

二人は渡された紹介状を見せると、女王への謁見を許され……アリシア女王と傍に控えているモルガンに『グロリアス』やヨシュア自身が手に入れた結社の情報を話した。

 

 

~グランセル城 謁見の間~

 

「―――以上が、これまでの顛末と“方舟”潜入時に掴んだ情報です。」

「なんたる事だ。そんな化物じみた巨船がリベールに潜入していたとは……『結社』はそんなものを持ち出して一体何をするつもりなのだ……」

ヨシュアの話を聞き終えたモルガンは唸った後考え込んだ。全長250アージュ(250m)……その規模で言うと、弩級……空母とも言える飛行艦をこの国に持ち出してきた狙いを計りかねていた。

 

「『福音計画』の全貌はとうとう掴めませんでした。ですが、彼らはすでに次の行動を開始しています。」

「たしか……“第三段階”とか言ってたわよね。」

ヨシュアの説明を補足するようにエステルは呟いた。ヨシュアが先ほど言った情報通りだとすると……王城地下の封印区画解除が『第一段階』だと教授がいっていたらしく……となると、『第二段階』は各地方での『実験』という意味合いなのだろうと推測される。つまり、『第三段階』はこれまでの動きを踏まえての新たな展開ということになる。

 

「大変な事態になりましたね……モルガン将軍。王国軍の対応はどのように?」

「昨夜のうちに、この二人からカシウスに連絡が行ったようでしてな。すでに彼の指示で、全王国軍に第一種警戒体制が発令されております。さらに飛行艦隊を出動させて王国全土の哨戒に当たらせました。」

「そうだったのですか……エステルさん、ヨシュア殿。本当にご苦労さまでしたね。」

モルガンの話を聞いて頷いた女王はエステルとヨシュアに優しく微笑んだ。

 

「い、いえ。当然の連絡をしただけですし。」

「正直……もう少し早い段階で連絡すべきだったかもしれません。空賊艇奪還事件の件を含めて本当に申し訳ありませんでした。」

その言葉にエステルは大したことなどしていないと言いたげに言葉を返し、ヨシュアに至っては今まで自分のしたことも含めて謝罪の言葉を述べた。『結社』と戦うためとはいえ、結果的には『犯罪』を犯したことには変わりないのは事実だ。

 

「ちょ、ちょっとヨシュア。」

「いいんだ、エステル。裁きを受ける覚悟はできているから。」

「ふむ……陛下、如何いたしますか?」

確かに、考えて見れば“犯罪”…あの空賊と行動を共にしていたことから、最低でも“犯罪幇助”の罪は免れない……覚悟を決めている様子のヨシュアを見たモルガンは女王を見て尋ねた。

 

「そうですね……超法規的措置にはなりますが。今回、ヨシュア殿が明らかにした『結社』に関する様々な情報……それをもって過去の行為は不問としましょう。」

「ホ、ホントですか!?」

「ですが……」

女王の答えを聞いたエステルは明るい表情をし、ヨシュアは反論しようとしたその時、女王は玉座から立ち上がりエステル達に近づいて、そして言った。

 

「いいのです、ヨシュア殿。この程度の裁量……“ハーメル”襲撃によって居場所を奪われた貴方への償いにもならないでしょうから。」

「え。」

「………」

女王の言葉にエステルは呆け、ヨシュアは静かな様子で黙っていた。ヨシュアの様子を見た女王は笑みを浮かべつつも、ヨシュアの方を見つつ話を続けた。

 

「……ヨシュア殿はどうやらご存じだったようですね。わたくしがあの虐殺事件を知りながらも今まで沈黙してきたことを……」

「ええっ!?ど、どういう事ですか!?」

女王の言葉にエステルは驚いて尋ねた。その問いに対して女王に代わり、モルガンが答えた。

 

「戦争開始時、エレボニアは宣戦布告をリベールに行ったが……その時、ハーメル村の虐殺が王国軍によって起こされたという断固とした指摘がなされていたのだ。しかし終戦間際、帝国政府は突如としてその指摘を撤回し、即時停戦と講和、猟兵団との仲介を申し出てきた。……ハーメルの一件について一切沈黙することと引き替えにな。」

「!!!」

モルガンの説明を聞いたエステルは絶句した。それもそうだ……エステルがレーヴェから聞いた顛末と連動する形でのその説明に、彼の言っていたことはすべて事実であったということだ。

 

「……前後の事情を考えると、帝国内部でどんな事があったのか朧げながら想像がつきました。ですが、反攻作戦が功を奏し、そして帝国が私らや猟兵団を恐れているとはいえ、帝国軍は未だに余力を残していました………ですが、国土をこれ以上焼くようなことは望みませんでしたし、何よりも民達もこれ以上の戦いは望んでいない―――そう判断したわたくしは……その条件を呑むことに決めました。」

「あ……」

「………」

女王の話を聞いたエステルは呆けた声を出し、ヨシュアは辛そうな表情で黙っていた。

 

『百日戦役』はある意味幸運続きの状況で運よく王国軍を建て直し、防衛に徹する形で勝ちえたもの。現在の状況から比べると余りにも脆弱であった王国軍も戦争後半には疲弊していた部分も見られた。その状況下で帝国政府から講和の申し出が出たため……早急にこの戦争を終結させることが今のリベールに必要なことであると結論付け、女王はその申し出を受けたのだ。だが……

 

「……自国の安寧を優先してわたくしは真相の追及を放棄しました。隣国とはいえ、背後にいるはずの被害者たちの無念を切り捨ててしまったのです。」

「女王様……」

「……陛下、どうかご自分をお責めにならないでください。そもそも虐殺に関わりがない上に自国の平和がかかっていたのです。国主としては当然の判断でしょう。」

目を伏せて語る女王をエステルは心配そうな表情で見つめ、ヨシュアは静かな口調で言った。国を与る者である以上、自国の安全と安定を願うのが施政者たる者の務め。戦争という状況下では、小を切り捨てることなどそう珍しいことではない。ましてや、被害に遭ったのは自国ではなく隣国の民という状況では、下手な介入は“内政干渉”と受け取られかねない。

 

「ヨシュア殿……」

「このリベールという国は僕の凍てついた心を癒してくれた第2の故郷ともいう地です。その地を守った陛下のご決断、感謝こそすれ、恨みなどしません。」

「ヨシュア……」

「ありがとう……ヨシュア殿。そう言って頂けると胸のつかえが取れた気がします。」

ヨシュアの答えを知ったエステルはヨシュアを見つめ、女王がヨシュアに感謝したその時

 

「エステルさん、ヨシュアさん!」

「あ……!」

「みんな……」

連絡を受けてボースからかけつけてきたクローゼ達が謁見の間にやって来た。

 

「まったく……本当に心配したんだから。」

「ま、それには同感だが……ヨシュアも戻ってきたんだ。それは素直に喜ばねえとな。」

「あう……よ、良かったよ~、エステルお姉ちゃんにヨシュアお兄ちゃん。」

二人の姿を見て笑みを浮かべるシェラザード、いつもは中々見せない笑顔で言ったアガット、ティータに至っては二人の姿を見て泣きそうな表情を浮かべていた。

 

「無事でよかったわ、エステル。それと久しぶりね、ヨシュア。女の子は泣かせるものじゃないわよ?」

「二人とも……よく無事に戻ってきたな。」

「フッ、これも女神達のお導きというものだろうね。」

続いて……サラ、ジンやオリビエも安堵の表情を見せて言った。

 

「はは……はじめましてかな。リィン・シュバルツァーという。」

「僕はヨシュア・ブライト。よろしくね、リィン。聞けば、僕がいない間はエステルを守ってくれたみたいだね?ありがとう。」

「いや、大したことはしていないさ……ヨシュア。大切な存在なら、傍でちゃんと守ってやれよ。」

「………うん、解ってる。ありがとう、リィン。」

そして、リィンとヨシュアは互いに自己紹介をし……リィンの意志がこもった言葉を素直に受け取り、礼を述べた。すると、そこに現れたのはレイアとシオンの姿だった。

 

「ヨシュア、久しぶりだね……とりあえず、エステルに迷惑をかけた罰として、一度星になっておく?」

「やめろ、レイア。お前が言うとヨシュアが本当に星になりかねない……ともかく、二人とも無事で何よりだ。」

レイアの言葉が冗談に聞こえず、シオンは頭を抱えたくなったが……気を取り直して二人の無事を素直に表現した。

 

「うん。ありがと、レイアにシオン。」

「ありがとうございます……二人とも。」

「ま、俺やレイアは気にしてないんだが……この場にいないアスベル、シルフィア、スコール、クルルの四人はえらく怒ってたぞ?」

「えっ……」

シオンの言葉にヨシュアは首を傾げた。

 

「事の顛末をアスベルから聞いた三人……シルフィア、スコール、クルルもそれにはお冠でね。『ヨシュアがエステルのことを何も考えず、勝手にいなくなったことに対して、それを本気で後悔するぐらいの罰を与える』と意気込んでいたよ?まぁ、痛めつけるとか訓練を課すとかじゃないらしいけれど。」

「………その、ごめんなさい。」

レイアの説明を聞いたヨシュアはその罰の内容も気になったが……星杯騎士二人+元執行者二人というある意味『最悪』の組み合わせの面々を怒らせたことに悪寒を感じ、震えが止まらなかった。

 

「ヨシュア、あたし達に心配をかけるなっていう事がわかったわね?」

「まったくもってその通りやで。まあそれは、エステルちゃんにもあてはまるんやけどな。」

シオンやレイアの話を聞いたエステルがヨシュアに言ったその時、ケビンも謁見の間にやって来た。

 

「あ、ケビンさん!」

「エステルちゃんが掠われた時は目の前が真っ暗になったわ。ホンマにもう……あんまり心配させんといてや。」

「うん……ゴメンなさい。」

ケビンの言葉を聞いたエステルはケビンに謝った。

 

「んで、こっちが例の……」

「初めまして、ケビン神父。ヨシュア・ブライトといいます。」

「うぐっ……予想以上のハンサム君やね。って、オレのこと知っとんの?」

ケビンに見られたヨシュアは自己紹介をした。ヨシュアの容姿を見たケビンは唸った後、自分の存在を知っていたことに気づいてヨシュアに尋ねた。

 

「あなたの存在については僕の情報網にも入っていました。それと、エステルから貴方の話も聞いています。エステルの危ない所を何度も助けてくれたそうですね。ありがとう……感謝します。」

「むむむ……まあええか。仲直りしたんやったらオレから言うことは何もないわ…………ただな。」

ヨシュアにお礼を言われたケビンは唸った後、ヨシュアに耳打ちをした。

 

(……あんまり可愛い彼女を放っておいたらアカンで。オレみたいな悪い虫にコナかけられたくなかったらな。)

(……肝に銘じます)

「?どうしたの?」

小声で何か話している二人の様子を見たエステルは首を傾げて尋ねた。

 

「いやぁ、ちょいとな。」

「男同士の話をね。」

「なんかヤラしいわね……」

「失礼します、陛下。」

ケビンとヨシュアの答えを聞いたエステルがジト目で睨んだその時、カシウスが謁見の間に入って来た。

 

「あ……」

「父さん……」

カシウスに気づいたエステルとヨシュアはカシウスを見た。

 

「カシウス殿、ご苦労様でした。」

「各方面への指示は完了したのか?」

「ええ、先ほど終わらせてこちらの方へ飛んできました。そこで少々、父親としての義務を果たそうと思いまして。」

「え……」

女王とモルガンの言葉に頷いたカシウスはヨシュアに近づいた。カシウスの言葉を聞いたエステルは呆けた声を出した。

 

「……昨日、通信で話したが……実際に顔を合わせるのは久々だな。」

「うん……そうだね。ごめん、心配をかけてしまって。」

自分を見つめて静かに語るカシウスにヨシュアは静かに頷いて答えた。

 

「お前の誓いを知っていた以上、俺も共犯みたいなものさ。謝る必要はないが……義務は果たさせてもらうぞ。」

そしてカシウスはヨシュアの頬を叩いた。

 

「っ……」

「きゃっ……」

「ちょ、ちょっと父さん!?」

カシウスの行動にティータ、クローゼは驚き、エステルはカシウスを睨んで責めたが、

 

「……いいんだ、エステル。母さんとエステルに隠して家を出たんだ……家出息子には、当然のお仕置きだからね。」

「そういうことだ。レナにも既に会ったと聞いたが……お前が思っていた以上に皆に心配をかけていたこと。それが、ようやく実感できたようだな?」

ヨシュアは叩かれた頬を手で抑えて静かに語り、カシウスは頷いた後、ヨシュアを見て尋ねた。

 

「……うん。僕なんかのために―――なんて思ったら駄目なんだよね。」

「ああ……人は、様々なものに影響を受けながら生きていく存在だ。逆に生きているだけで様々なものに影響を与えていく。それこそが『縁』であり―――『縁』は深まれば『絆』となる。」

人に限らず、この世に生を受けるものは何かしらの影響を与える。だが、その繋がりをはっきりと認識し、それを深めることを己自身で実感できるのが人間である。どのような形であれ、好き嫌いがあれども、それは『縁』という形で結びつき、それが深まることによって、幼馴染、親友、師弟、家族、恋人、好敵手、天敵……様々な形で『縁』から『絆』へと変わっていく。互いに敵対しうるものを『絆』ということに語弊があるかもしれないが、ある意味『切っても切れない縁』なのには違いない。

 

「……『絆』……」

「そして、一度結ばれた『絆』は決して途切れることがないものだ。遠く離れようと、立場を違えようと何らかの形で存在し続ける……その強さ、身を以て思い知っただろう?」

『絆』……その言葉を聞いて呆けているヨシュアにカシウスは説明し、そして笑顔を見せて尋ねた。

 

「うん……正直侮っていた。確かに僕は……何も見えてなかったみたいだ。ううん、見ようともしていなかったんだね。」

「ヨシュア……」

「フフ、それが解ったのなら、お前が家出した甲斐もあっただろう。」

そしてカシウスはヨシュアを抱き締めた。

 

「ヨシュア……この馬鹿息子め。本当によく帰ってきたな。」

「フッ、親馬鹿が……」

「ふふ……本当に良かった。」

ヨシュアを抱き締め、安堵の表情で語るカシウスを見て、モルガンは口元に笑みを浮かべ、女王は微笑ましそうに見ていた。

 

(『絆』……か……)

その様子を見たリィンはヨシュアとカシウスのやり取りを見て、自分も似た存在であることを思い返し、カシウスの言葉を胸に刻み込むようにしっかりと受け止めていた。

 

「失礼します!」

「ユリア大尉……如何しましたか?」

すると、謁見の間に駆け込んできたユリアの様子から……何か重大な事を知らされると思った女王は気を引き締めた表情になった。

 

「王都を除いた七大都市の近郊に正体不明の魔獣の群れが現れました!報告から判断するにどうやら人形兵器と思われます!」

「あ、あんですって~!?」

「動き出したか……」

ユリアの報告を聞いたエステルは驚き、ヨシュアは気を引き締めた表情で呟いた。機械仕掛けの兵器……人形兵器となると、動き出したのは『結社』だということをすぐに察した。

 

「それと、各地の関所に装甲をまとった猛獣の群れと紅蓮の兵士たちが現れました!現在、各守備隊が応戦に当たっております!」

「そうか……」

「急いでハーケン門に戻る必要がありそうだな……」

ユリアの報告にカシウスは重々しく頷き、モルガンも頷いた。

 

「そ、それと……」

「なんだ、まだあるのか?」

言いにくそうな表情をしているユリアにモルガンは尋ねた。

 

「詳細は不明なのですが……『四輪の塔』に異変が起きました。得体の知れぬ『闇』に屋上部分が包まれたそうです。」

「!!!」

「塔の件もそうだけど、敵は本格的に動き出したようだね………」

「チッ……嫌な予感が当たりよったか。」

ユリアの報告を聞いたエステルは目を見開いて驚き、レイアは真剣な表情で呟き、そしてケビンは舌打ちをした後真剣な表情で呟いた。

 

「なお、哨戒中の警備艇が調査のため接近したそうですが……すぐに機能停止に陥り、離脱を余儀なくされたのことです。」

「『導力停止現象』か……」

「地上からの斥候部隊は?」

「すでに派遣されたそうですが……」

カシウスの疑問にユリアが答えようとしたその時、

 

「も、申し上げます!」

一人の王国軍士官が慌てた様子で謁見の間に入って来て、報告をした。

 

「各地の塔に向かった斥候部隊が撃破されてしまったそうです!し、信じ難いことですが、どの部隊もたった一人によって蹴散らされてしまったとか……しかもその中には巨大な機械人形もあったそうです!」

「なに……!?」

「そ、それって……!」

「『執行者』だろうね。巨大な機械人形というのも気になるし、父さん……彼らは一般兵の手に余る。ここは僕に行かせてほしい。」

士官の報告を聞いたユリアは驚き、エステルは血相を変え、ヨシュアは静かに頷いてカシウスを見て提案した。

 

「ふむ……」

ヨシュアの提案にカシウスは考え込んだ。その時、エステルがヨシュアの言葉を聞いて、割って入る形で口を開いた。

 

「ちょっとヨシュア……なに1人で行こうとしてるのよ。昨日の約束をもう忘れたの?」

「エステル、でも……」

「『結社』が動き始めた以上、遊撃士としても放っておけない。ヨシュアがどう言おうとも、あたしは絶対に付いて行くからね。」

「エステル……」

エステルの答えを聞いたヨシュアはエステルを見つめた。そこに……

 

「エステルだけじゃないわ。あたしも付き合わせてもらうわよ。個人的な因縁もあるしね。」

「ああ、俺も同じくだ。」

「例の連中とは直接関わりはないけれど、『執行者』には散々お世話になったからね。アタシも手伝うわよ。」

「シェラさん、ジンさん、サラさん……」

「相手は強大……となれば、ここは協力するのが筋ってものじゃないか?」

「ま、『結社』に拘りがあるのは、何もお前だけじゃねえってことだ。この際抜け駆けはナシにしようぜ。」

「そ、そうだよヨシュアお兄ちゃん!こーいう時こそみんなで力を合わせなくちゃ!」

「リィン、アガットさん、ティータ…………ありがとう、助かります。」

『結社』の問題は最早ヨシュア一人の問題ではなく、各々『結社』に対して何らかの拘りや因縁がある以上、エステル達全員の問題だと……シェラザード達の心強い言葉を聞いたヨシュアはお礼の言葉を言った。

 

「決まりのようだな………遊撃士協会にお願いする。『四輪の塔』の異変の調査と解決をお願いする。これは軍からの正式な依頼だ。」

「うん……分かったわ!」

「しかと引き受けました。」

カシウスの依頼にエステルとヨシュアは力強く頷いた。

 

「……お祖母様。私に『アルセイユ』を貸していただけませんか?」

その様子を見ていたクローゼは決意の表情で女王にある提案をした。

 

「へっ……!?」

「で、殿下!?」

「ほう……」

「ふふ……確かに一刻を争う事態です。わたくしも『アルセイユ』を提供しようと思いました……いいでしょう。リベールの希望の翼、好きなように使ってみなさい」

クローゼの提案にエステルとユリアは驚きの声をあげ、シオンはその言葉を聞いて感心するように呟き、凛とした表情のクローゼを見た女王は微笑んで言った。

 

「ありがとうございます。ユリア大尉、発進の準備を。可及的速やかに『四輪の塔』へ向かいます。」

「承知しました!」

クローゼの指示にユリアが敬礼をした。

 

 

「やれやれ……ここまで『あ奴らの筋書きの想定内』とは……お前も人が悪いな。」

エステルらが去った後、モルガンは笑みを浮かべつつ、カシウスに言葉をかけた。

 

「仕方ありません。相手がヨシュアを完全に解放したとは言えないでしょうし、あの二人が言っていた感じからすれば、再びヨシュアが彼の『手駒』として操られる可能性もまだ残ったままです……その状況下で此方の手の内を晒すのは宜しくないでしょう。」

ヨシュアを通して得られたあの“教授”の発言は、ヨシュアのみならずエステルから伝えられた印象からして『正直信用ならない』のが本音だろう。この状況でこちらの『全て』を知られるわけにはいかない。

 

「そうか……陛下、手筈通りに。」

「………本来ならば認められないことですが、彼からその申し出が来るということは、私も決断せねばならないということですね……アスベルさん達に『再び』その責を負わせてしまうことを。」

モルガンの言葉を聞いて女王は沈痛な表情を浮かべていた。十年前の時と同じように……図らずも、彼等にその『罪』を強いてしまうことに。

 

「ですが、今はエステルさん達と……アスベルさん達に託します。この国の未来を……カシウスさん、そのことをよろしくお伝えください。」

「承知しました………心苦しいのは私も同じです、陛下。自分たちで決めた道とはいえ、やはり親としては複雑です。」

「それはわしも同様です……あ奴らに責任を負わせなければならない……大人として失格ですな。」

そう話した女王、カシウス、モルガンの三人……この国の運命をエステル達に……そして、アスベル達のような若い力に託さざるを得ない状況に、子や孫を持つ親として本当に情けないものだと互いに呟いた。

 

 

~グランセル城 空中庭園~

 

「……アスベル、いいの?」

シルフィアの懸念も尤もであるが……心配には及ばないとでも言いたげにアスベルが呟いた。

 

「ま、レイアとシオンが付いてるからな……“翠銀の孤狼”も間に合った。これで、こちらも本筋を進めることができる。“白面”の描くシナリオを叩き壊すための、『天の鎖』『水の鏡』『焔(ほのお)の矢』……全ての手はこちらに揃った。まずは、『天の鎖』と『水の鏡』が発動する……後は、それからだ。」

 

 

ワイスマンの『福音計画』………それの『対抗策(カウンタープラン)』とも言える三重の策のうちの二つ、『天の鎖計画』と『水の鏡計画』が十年という長い月日を経て……発動するまであと『半日』。

 

 



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第117話 迫りくる刻限

王城を出て国際空港の発着所に到着し、アルセイユに乗り込もうとしたエステル達だったがオリビエ、レイア、シオンが乗り込んでいない事に首を傾げ、三人に尋ねると……オリビエは帰国する為、レイアとシオンは別件での仕事があるため、アルセイユに乗らない事を言った。

 

 

~グランセル国際空港~

 

「うーん、まさかオリビエが帝国に帰っちゃうなんて……」

「ホント、随分いきなりね。」

自分達を見送ろうとしているオリビエに驚きの表情でエステルは呟き、シェラザードも頷いた。この状況を考えれば、確かに外国人であるオリビエが帰国するのもやむを得ない感じだが、前置きもなしにそうなってしまったことには驚きを隠せないだろう。

 

「いや、本当はもう少し前に帰国する予定だったのだがね。エステル君が掠われてしまったので予定を伸ばして滞在していたのだよ。」

この言葉自体は嘘ではない。オリビエは確かに帰国するのであるが……彼にしてみれば、“一時的な帰国”であることに変わりなかった。

 

「そうなんだ……ゴメンね、あたしのせいで。」

「フッ、気にすることはない。君の帰りを待ったおかげで愛しのヨシュア君とも再会することができたしね。」

オリビエの説明を聞いた後、自分の責任で帰国が遅れたしまったことに謝るエステルに対し、オリビエはいつもの調子で答えた。これには流石のヨシュアも苦笑を浮かべたのは言うまでもない。

 

「はは、相変わらずですね。あの、オリビエさん。」

「おや、なんだい?」

「貴方は………いえ、何でもありません。今までエステルの旅を助けてくれて感謝します。」

ヨシュアに呼ばれたオリビエは不思議そうな表情でヨシュアを見た。彼に対して何かを言いかけたヨシュアだったが……言うのをやめて、オリビエにお礼を言った。

 

「フッ、望んでいたことなのだから水臭いことは言いっこナシだよ。だが、そこまで言うのならお礼に熱いベーゼでも……」

「えーかげんにしなさい。もう、最後までそんな調子とはね……最後くらいちゃんとお別れしようよ。」

相変わらずふざけている様子のオリビエにエステルはジト目で睨んだ後、呆れた表情で溜息を吐いた。

 

「はは、愛の狩人たる僕はいつでも真面目なつもりなんだがねぇ。エステル君、ヨシュア君。シェラ君に他のみんなも……色々と大変だろうが気を付けて行ってくるといい。このオリビエ・レンハイム、帝国の空から君たちの幸運を祈っているよ。」

オリビエは笑顔を浮かべ、今まで旅を共にしてきた仲間―――エステル達に向けて無事を祈る言葉を贈った。

 

「うん、ありがと!」

「ふふ……あんたの方こそ気を付けて。」

「……どうかお元気で。」

エステル、シェラザード、クローゼ……

 

「はは……いずれ、またお会いしましょう。」

「また機会があったら呑もうや。」

「今度会ったら酒飲みに付き合わすんだから、覚悟しておきなさいよ?」

リィン、ジン、サラ……

 

「今度はその変人っぷりをちったぁ直してきやがれよ。」

「あはは……。あのあの……さよーなら!」

「いや~、短い付き合いでしたけどごっつ楽しかったですわ。」

アガット、ティータ、ケビン………オリビエに別れの言葉を告げたエステル達はアルセイユに乗り込んだ。

 

 

~アルセイユ ブリッジ~

 

「あ……」

「お、おじいちゃん!?」

アルセイユに乗り込むと、そこには……ユリアだけでなく、彼女の隣にラッセル博士がいた。

 

「久しぶりじゃの。ティータや。元気にしておったか?」

「えへへ……うんっ!」

懐かしそうな表情の博士にティータは嬉しそうな表情で頷いた。

 

「おいおい、爺さん。アンタがここにいるのは不思議じゃねえが……何でなんだ?」

「ま、色々あって数日前から乗り込んでおったんじゃ。それよりも……エステル、ヨシュア。2人とも本当によく無事で戻ってきたのう。」

アガットの疑問に答えた博士はエステルとヨシュアに笑顔を向けた。

 

「あはは……うん、何とか。」

「……心配をかけて申しわけありませんでした。」

博士の言葉にエステルは苦笑しながら頷き、ヨシュアは軽く頭を下げた。

 

「なに、戻ってきたのならそれで万事オッケーじゃよ。しかし、『四輪の塔』に異変が生じたとはのう……こりゃわしも、気合いを入れて調査する必要がありそうじゃな。」

「うん、頼むわね。ところで……どの塔から行けばいいのかな?」

「そうだね……距離的なことを考えたら“琥珀”か“紅蓮”が近いけど……」

博士の言葉に頷き、呟いたエステルの疑問にヨシュアは考え込んだ。

 

「『アルセイユ』の速さならどの塔でもあまり変わらないさ。敵の情報が分かっている所を優先した方がいいかもしれない。」

「敵の情報?」

ユリアの提案を聞いたエステルは首を傾げた。

 

「先ほど、『翡翠の塔』に向かった斥候部隊から続報が入ってきた。現れたのは、仮面を付けた白装束の怪しい男だったそうだ。」

「あの変態怪盗男!」

「斥候部隊とはいえ、たった一人で撃破するなんて……」

「ヘッ、ただの変な野郎じゃなかったみてぇだな。」

「“怪盗紳士”ブルブラン……。分身や影縫いを始め、トリッキーな技を使う執行者だ。一筋縄では行かないと思う。」

ユリアの話を聞いたエステルは声を上げ、クローゼは信じられない表情で呟き、アガットは真剣な表情になって呟き、ヨシュアは冷静な表情で敵の情報を説明した。

 

「そっか……でも、敵の正体が分かっただけ、他の塔よりはマシだと思うし……うん!まずは『翡翠の塔』に行きましょ!」

「了解した。発進準備!これより本艦は、ロレント地方、『翡翠の塔』に向かう!」

そして、アルセイユは『翡翠の塔』に向けて飛び立った。

 

 

その一方、オリビエはアルセイユが飛び立つのを見届けていた。

 

「フッ……これで『猶予期間(モラトリアム)』も終わりか……。いや、まだ最後のチャンスが残っているかな。」

「ま、待って~!」

オリビエが静かに呟いたその時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「?おや、君たちは……」

声に気付いたオリビエが振り向くと、そこには息を切らせているドロシーとナイアルがいた。

 

「ああ、行っちゃった……」

「ぜいぜい……ま、間に合わなかったか。」

飛び立つアルセイユを見たドロシーとナイアルは肩を落とした。

 

「どうしたんだい、記者諸君?もしかして、『アルセイユ』に乗り込むつもりだったのかな?」

「ああ、それとヨシュアが帰ってきたって聞いたんでな。まあいい、ドロシー。急いで『アルセイユ』を撮れ。望遠レンズを使えばそこそこ使える画が撮れるだろ。」

「アイアイサー!」

「フフ……」

乗りそびれても、只では転ばないドロシー達の様子を見て、口元に笑みを浮かべたオリビエはその場を静かに去った。

 

「……挨拶は済んだのか?」

オリビエが発着場の出口に着くと、ミュラーが待っていた。

 

「フッ、一応ね。そちらの準備はどうだい?」

ミュラーに尋ねられたオリビエは頷いた後、尋ねた。その問いかけにミュラーは静かに答えた。

 

「叔父上の方は何とかなった。宰相閣下も、むしろ好都合だと判断されたようだ。」

「確かにあの人なら王国人受けしそうだからね。フフ……楽しくなりそうだ。」

ミュラーの言葉にオリビエはこれから対峙するであろう人物を思い出し、彼の性格ならばリベールにいい印象を与えるに違いないと話しつつ、これから自分が起こすことに対して彼の驚く顔を想像しつつ笑みを浮かべた。

 

「まったく……何という悪趣味なヤツだ。一部はこのことを知っているが……彼らの驚愕した表情が今から目に浮かぶようだぞ。」

口元に笑みを浮かべているオリビエにミュラーは呆れた表情で呟いた。これからオリビエのやろうとしていることは“宣戦布告”……その重大さを目の前の御仁は解っているだけにため息が出そうであった。

 

「ハッハッハッ。まさにそれが僕の狙いだからね。」

ミュラーの呟きに笑って答えたオリビエは空を見上げた。

 

(今度、相見えた時にはお互い“敵同士”というわけだ。くれぐれも『結社』ごときに後れを取らないでくれたまえよ……尤も、彼等がいる限り、この国が後れを取ることなどないのだろうがね。)

オリビエは内心でそう呟いた後、ミュラーと共に国際定期船に乗り込み、一路帝国へと向かった。

 

 

一方その頃、それをオリビエたちとは別の場所で見送ったレイアとシオンのもとに、二人の人物が近づいてきた。

 

「お前さんらがアスベルやシルフィアの言っていた二人か。」

「貴方は……」

「『翡翠の刃』団長、マリク・スヴェンド。それに、“絶槍”クルル・スヴェンドだったか。」

「ん。二人の実力は既に聞いてるよ……さて、私らも動こうか。」

「ああ。俺は王室親衛隊大隊長、シオン・シュバルツだ。」

「私は遊撃士協会所属、レイア・オルランド。まぁ、二人にしてみれば『赤い星座』のほうがなじみ深いかもしれないけれど。」

金髪の男性―――マリクと淡い緑にオッドアイを持つ少女―――クルルの姿を見て、二人も自己紹介をした。

 

「となると、私らが受け持つのは……『結社』ってことになるね。」

「ロレントの方は『西風』が受け持つから、心配ないかな。」

「そうなるな……あの二人は『北の猟兵』と『黒月』を受け持つみたいだが……大丈夫なのか?」

「ま、行けると思うよ……間違いなく。」

そう言い切ったレイアの言葉にシオン、マリク、クルルは首を傾げた。だが、その続きをレイアは言った。

 

 

―――あの二人が『力』を攻撃の手段として使った場合、それは単純に『武器』ではなく、『核』クラスの『兵器』と化す。それが、私があの二人に勝てない理由だよ。

 

 

そう言い切ったレイア……あの二人が持つ『聖痕』が取り込んだ『アーティファクト』……それは、一度発動すると甚大な被害を及ぼす『禁断兵器』そのもの。その意味を………『黒月』は知らない。

 

 

エステルらが『翡翠の塔』のブルブラン、『紅蓮の塔』のヴァルター、『紺碧の塔』のルシオラと戦い、何とか退けていた頃……オリビエを乗せた国際定期船が無事帝都ヘイムダルに到着し、待機させていた兵士の案内で皇族の離宮であるカレル離宮へと到着した頃には既に夜遅くとなっていた。

 

 

~帝都ヘイムダル郊外 カレル離宮~

 

カレル離宮に宛がわれたオリビエの部屋。そこには、今まで来ていた白いコートではなく、ミュラーと似たような意匠の服に身を包み、長い髪を束ねたオリビエの姿があった。

 

「フフ……まさか、この軍服に身を通す日がこようとは……僕も予想外ではあったかな。これなら普段着の方がまだマシだと思えてしまうよ。」

「仕方ないだろう……あの格好で戦場に行く方が失礼と言うべきものだろう。」

そう言ったオリビエの格好は皇族が着る軍服。その恰好を鏡に映しながら、オリビエはため息を吐き、ミュラーは自分の親友がこれから行く場所の重要性や、これからやろうとしていることを鑑みると、普通の格好であることを述べた。そう………ここから先はある意味“戦争”とも言うべき状況を押し付けるための『偽善』を押し通すためのものなのだから。

 

「第三機甲師団は既に国境沿いに展開済みだ……一応、アルトハイム侯爵に連絡はしてあるが……正直、ここから先は俺でも読めないぞ。」

「猟兵団の後に僕達がハーケン門前まで迫る……そういえば、聞くところによると今回使う戦車は普通の導力戦車じゃないらしいね?」

「普通の……というか、導力ですらないらしい。俺も詳しい話は叔父上から聞いていないが。」

ミュラーの言葉にオリビエは尋ねるが、詳しいことは何ら知らされていないとミュラーも答えた。だが、オリビエは大方の検討を呟いた。

 

「ふむ……となれば、内燃機関や火薬を用いた戦車ということかな。ラインフォルト社は元々『そういったもの』を手掛けてきた企業。出来ないわけは……無いと思うよ。」

 

―――オリビエのその言葉……実際に現地へ赴いたオリビエとミュラーが目の当たりにしたものは、その推測通りの代物であった。

 

 

~リベール=エレボニア国境線 北側~

 

国境線より北に10セルジュ(1km)……国境線近くに展開した戦車群を伴う陣地……現地に到着したオリビエとミュラーが見たのは、そのどれもが導力戦車ではない代物であった。

 

「………やはり、のようだね。」

「そのようだな……見たところ、内燃機関のようだが……」

二人はその予測が当たっていたこともそうだが……何故そのような非効率的な戦車を製造し、ここに配備したのか………それを疑問に思う二人のもとに、この部隊を指揮する司令官……オリビエにとっては師にあたり、ミュラーにとっては身内と呼べる隻眼の男性が二人に声をかけた。

 

「皇子殿下、ここまで御足労いただき、感謝いたします。それにミュラー、久しぶりだな。」

「お久しぶりです、叔父上。」

「これは、中将自らのお出迎えとは…お久しぶりです。で、前置きはいらない。今後の予定をお願いできるかな?」

男性―――ゼクス・ヴァンダールの姿にミュラーは挨拶を述べ、オリビエも挨拶を交わすと、今後の予定をゼクスに尋ねた。

 

「ハッ!翌日0:00を以て国境線を越え……到着は二日後の朝になる予定です。皇子殿下、かなりの長旅になりますが……」

「それは構わない。とりあえず、一息つける場所に案内してほしい。空いている場所で構わないからね。」

「畏まりました、殿下。殿下を休憩所へお連れしろ。」

「ハッ!」

必要最低限の情報を聞いた後、オリビエとミュラーは兵士の案内で休憩所に案内された。

 

 

~陣中 休憩所~

 

「……あの戦車、周りの兵に聞いてみたが、どうやら“蒸気機関”の戦車のようだ。」

「………やはり、というべきだね。」

オリビエの休憩中にミュラーが周りの兵から情報を集めたところ、内燃機関の戦車であるということは確定的であり、それを聞いたオリビエはやはり……という感じで呟きながら、設置されたベッドに腰かけていた。だが、腑に落ちない点が一つある。それは、何故“蒸気戦車”をこのタイミングで投入するようなことをしたのか。

 

それだけではない。兵士らが持っている銃は全て火薬式に換装されており、導力関連の兵器は殆ど持ち込まれていないのだ。強いて言うならば、導力通信器ぐらいだろう……どう考えても『導力が停止した状況でも対応できる装備』を持ち込んでいる……そこから導き出される結論。

 

「リベール……その領土全域が『導力停止現象』に見舞われる……ということかな。」

「どういうこと………まさか、『結社』絡みか?」

「その可能性は高い……そして、今回の件も『あの御仁』が関わっていると見た。」

グランセル城で聞いた『四輪の塔』の異変……その異変が収束した後、リベールが『導力停止現象』に見舞われる。つまり、『彼』は数か月前……あるいは半年前からそのために“蒸気戦車”の製造をしていたのであろうと考えられる。製造から試験、実走までには少なからずそれだけの時間は必要……しかも、数十台とはいえそれを用意する“先読み”の異常さは最早疑念のレベルであろう。

 

『結社』の動きを全て把握していなければできようがない所業……先日の件はともかくとしても、今回の件に関しては確実に疑いをかけなければならない。でなければ、ほとんど生産されていない蒸気戦車を配備し、一定のタイミングで『導力を用いない装備』を配備した師団を送り込むという離れ業など、ハッキリ言ってできない。『結社』に頼らない場合、未来を知っていなければ出来ない所業であることには違いないだろう。

 

「だが……本気でやる気か?」

「無論だよ。そのために、僕はここまで来たようなものだしね……『宣戦布告』を、ね。」

そう言ったオリビエは笑みを浮かべた。

 

オリビエ・レンハイム……いや、オリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子……庶子であり、帝国の皇族では知名度が低い彼の“初陣”は、すぐそこまで迫っていた。

 

 




後半のオリビエとミュラーの部分はほぼオリ想像です。
原作では多分パルムでの合流だと考えられますが、この作品だとサザーラント州がリベール領なのであの描写になりました。

塔の戦闘なのですが……三人ほど原作と変わらない感じなので省きました。レンに関しては戦闘させようか考え中です……

あと、活動報告にてアンケートを取っていますので、よければご協力ください。


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第118話 天の鎖、水の鏡

~アイゼンロード~

 

各地で人形兵器や猟兵の対応に追われる王国軍……だが、その戦況は……“白面”からすれば『想定外』もしくは『計算外』の戦況を呈していた。

 

「………」

「少佐、この辺りの鎮圧は完了しました。」

「ご苦労です。だが、油断はしないでください。引き続き、二交代で警戒に当たるよう指示を。」

「ハッ!!」

軍服に身を包んだ一人の青年……『少佐』と呼ばれた青年は報告をしに来た兵の説明を聞いた後、的確な指示を出してその場を去った兵を見送ると……その光景を改めて確認する。

 

気絶する猟兵たち………最早原型を留めているのが少ないぐらいの軍用獣………そして、人形兵器を覆う装甲がまるで紙の如く切り裂かれたり、変形したり……中には最早バラバラになっている人形兵器の残骸が散乱していたり、という光景。言うなれば『地獄絵図』を見ているような光景であろう。

 

「『結社』には聡明な方がいないのかな……いや……首謀者はどうやら、人の“練度”を推し量れない御仁のようだな。」

そう呟いた黒髪の男性の名は、リベール王国軍国境師団少佐、クロノ・アマルティア。名字で解るとは思うが、カノーネの実弟に当たる。先日の『クーデター事件』と『再決起事件』にて彼女の身内ということであらぬ容疑をかけられ、『内部からクーデターを煽っているのでは?』という噂も流れた。だが、直接の上司であるモルガンの鶴の一声で噂も容疑も消滅した。そのことを聞いた女王から直々に昇進のお声がかかり、現在では実姉よりも位の高い少佐としてモルガンの副官を務めている。

 

 

―――閑話休題

 

クロノがここにいる理由は単純にモルガンの留守中、アイゼンロードに出現した兵器や猟兵を鎮圧したり殲滅したり……それができるようになった王国軍を末恐ろしく思った。それに加えて女王をはじめとした王家への忠誠は半端ではない。

 

彼等の実力を言われてもピンと来ないので説明すると……まず白兵戦だけで言うと、最低でもLv.40程度。練度が高い隊長クラスならLv.65前後はある。中には、戦車の装甲まで貫通できるとかできないとか。

 

白兵が苦手な兵は銃を用いるが、最新式の火薬・導力切替式銃を内密に採用しているのだ。しかも、その火薬は改良されており…1.5mの鉄板よりも固い特殊合金板を難なく貫通させられる程の威力を持つ。その監修を手掛けたのはレイアであり、猟兵団さながらの威力を誇る銃弾を発射することができる。

 

加えて、二人一組による戦術リンクを用いた連携戦術……尤も、練度が高い者同士となると、アイコンタクトだけで動きを把握して連携できるらしい。

 

そもそも、体術に関してはあの訓練設備での特訓を受けた人間曰く

 

『あそこに行くぐらいなら、魔獣と戦ったほうがマシ』

 

だそうだ。あの場所の訓練は『止まったら命に関わる状況』を地で行っているため、本気で対処しないと生き残れないのだ。かく言うクロノもその訓練を受けており、何とか生き残れたが……同期の中でやや反抗的だった士官候補生が、その訓練を終えた後……真人間へと変貌していたことに驚きを隠せなかったのは言うまでもない。

そう思い返していたクロノのもとに、部下の一人が近づいて報告をした。

 

「失礼します、少佐。北側の斥候からの連絡です………」

「……そうですか。例のプラン通りに、門の守りを固めるよう指示を。こちらが片付き次第、僕も戻ります。」

「了解しました!」

報告を聞いたクロノはすぐさま指示を飛ばし、未だに残骸などが残る場所へと踵を返した。

 

(……レイア・オルランド……元『赤い星座』の遊撃士。シオンはともかく、女性に託すのは忍びないが、僕は僕の役目を果たそう。ハーケン門の留守を預かる者として。)

男として……女性に迫りくる状況を打破してもらうことにはやや抵抗はあるものの、自分は一軍人である以上勝手なことはできない。ましてや、自分の上司が王城にいる以上、門の守りを指揮できるのは自分だけしかいないのだと……それを噛み締めるように小さな声で呟き、アイゼンロードの残骸撤去作業(後片付け)を急ぐよう指示を飛ばしつつ、その手伝いをこなしていった。

 

~同時刻 レイストン要塞 指令室~

 

「―――以上をもちまして各方面からの報告は終わりです。再編成が功を奏したようで、戦闘が想定していたよりも速く終わり、『アルセイユ』の遊撃士も含め、予想以上に順調と言っていいかと。」

「ふむ……そうか。」

士官の報告を聞いたカシウスは頷いた。王国軍の練度は想定したものよりも上のレベル……少なくとも、特務兵らと遜色ないほどの仕上がりにはカシウスも感心した。これには、カシウスのみならず“その道における経験者”によるお蔭であることもこの短期間で練度を高められた要因である。

 

「しかし、『結社』と言っても所詮は犯罪者の集まりですな。王国軍の敵ではなさそうです。」

「油断はするな。各地で撃退したとはいえ、『結社』には例の“方舟”が残っている。警備艇には引き続き王国各地の哨戒に当たらせろ。なお、『緊急指令』は全部隊に徹底させるように。」

「了解しました!」

カシウスの指示に敬礼をして答えた士官は部屋を出て行った。士官が部屋を出て行った後、カシウスは一息ついた。そして、一束の計画書を手に取った。

 

「『福音計画』の『対抗策(カウンタープラン)』……『天の鎖計画』『水の鏡計画』……そして、『焔の矢計画』。前者の二つはともかく、後者の一つは俺ですら躊躇いそうな内容だな……」

そうカシウスが表現するのには理由がある。前者の二つはあくまでも『欺く』もの。だが、後者の『焔の矢計画』は、明らかに『殲滅』や『破壊』を前提としたプランなのだ。

 

「天の鎖によって“古”を縛り、水の鏡によって“白”を欺き、焔の矢によって“鉄”を焼き払う……確か、そう言っていたな。その意味は未だに解らないが。」

そうカシウスが呟いた言葉は、先日計画書を渡しに来たアスベルの言っていた言葉。その言葉の意味をカシウスは図りかねていた。だが、彼は同時に次の言葉も残していた。

 

『彼等が『導力停止現象』の引き金(トリガー)を引くとき……それが、計画開始の合図(トリガー)です。』

 

(……待てよ。単純に導力停止を防ぐためならばそこまで大仰な仕掛けは必要ない。)

カシウスは考え込んだ。以前博士から聞いた『導力停止現象』への対策案の依頼をアスベルがしていたこと。だが、アスベルから渡された計画書はそれだけに止まらず、『結社』という存在を考慮した上での三重の策として立案された。確かに、『執行者』の事を考えれば、その為の対策は必要であろう。それならば『天の鎖』と『水の鏡』には納得できた。『結社』や猟兵団、マフィアなどといった存在の対処に関しては『天の鎖』の計画の中に組み込まれている。

 

では、『焔の矢』は一体何を想定した計画なのか。その内容を見通したカシウス……やがて、一つの結論にたどり着く。

 

「まさか………この計画―――『焔の矢計画』は、前者の二つと連動しつつも連動しない……そういうことなのか?」

なぜならば……『焔の矢計画』のことは、その概要しか書かれていない。それ以外に関しては、細かい概要が記載されていない。だが、計画書を渡したアスベルは同時にこうも言っていた。

 

『一つ言っておきます。『焔の矢』は、『この異変』ではまだ放たれません……それは、『来るべき時』のための“矢”なのですから。』

 

そのアスベルの言葉の意味を本当の意味で知ることになるのは……そう遠くない未来になることをカシウスですら知り得なかった。

 

 

一方、エステル達は琥珀の塔でレンを見つけ……レンを『結社』から抜けさせたいというエステルとヨシュアの言葉にレンは自らの“闇”を明かし……その覚悟があるかどうかということでレンと彼女の操る<パテル=マテル>と対峙したが、レイア直伝の膂力を発揮したエステルは何と<パテル=マテル>を

 

「おりゃあっ!!」

「<パテル=マテル>を、一本背負い!?」

棒による梃子の原理と螺旋の型を応用し、投げ飛ばしたのだ。これには主人であるレンも驚きを隠せなかった。

 

「エ、エステル……どんどん人間じゃなくなっていくわね。」

「シェラ姉、どんなに頑張ってもあたしは人間でいたいの!」

「いや、説得力がねえんだが……」

「…………(ポカーン)」

「レ、レンちゃんが固まってる……」

「そ……その、ごめん。」

シェラザードはため息を吐き、エステルはジト目で反論し、アガットは冷静にツッコミを入れ、口が開いたまま唖然とするレンにティータは慌て、ヨシュアは冷や汗をかきつつレンに謝った。

 

「フフ―――いいわ、エステル。最高に気に入っちゃった♪」

「あれ?気にしてないのかな?」

「いや、あれは多分逆に吹っ切れたんだと思うよ。」

笑顔なのだが、ある意味エステルに恐怖を覚えた様子のレンにエステルは首を傾げるが、ヨシュアは苦笑しつつも言葉を呟いた。そして、エステルは少し考えた後……レンに一つの提案をした。

 

「ねぇ、レン。あたしたちと鬼ごっこしよっか。レンが逃げる役で、あたしとヨシュアが捕まえる鬼ってことかな。あたしらが諦めるか、捕まるか……勝負しない?」

「―――その提案、乗ったわ。尤も、かくれんぼはエステルの勝ちだけれど、今度はレンが勝って見せるんだから!」

「ふふん、後で弱音を吐いても責任は取らないからね?」

ただ捕まえるのではなく、『お茶会事件』のかくれんぼと同じように……今度は大陸全土の鬼ごっこ。どちらも自信満々の様子を見て……

 

「やれやれ、そういった大胆さはオッサン譲りだな。」

「エ、エステルお姉ちゃん………」

「ヨシュア。頑張りなさいね。」

「ええ、解っています。」

カシウス譲りの性格にアガットは疲れた表情を浮かべ、ティータは引き攣った笑みを浮かべ、シェラザードはヨシュアにねぎらいの言葉をかけ、ヨシュアは素直にその言葉を受け取った。

そして、レンは体勢を立て直した<パテル=マテル>の掌に乗り、飛び立とうとしたとき……エステル達に言葉を残した。

 

「あ、そうそう……一杯驚かせてくれたエステルに餞別の言葉をあげるわね。さっきまで塔を包んでいた結界は<環>の“手”だったってことらしいわ。レンにもよく解らないけれどね………また会えるといいわね、エステル。あと……(じー)」

「いや、レン……確かに『結社』を抜けた僕を恨むのは解らなくもないけれど……」

「エステル、ヨシュアは鈍感だから気をつけなさいね♪」

「え、いや、何を言って……」

ヨシュアの言葉を聞くまでもなく、レンを乗せた<パテル=マテル>は塔の屋上から飛び立っていった。

 

「………」

「あはは……とりあえず、戻ろっか。」

「そうね。」

「え、えと、ですね。」

「だな……」

納得いかない表情を浮かべるヨシュアに苦笑を浮かべつつも、エステルらは一度『アルセイユ』に戻ることとした。

 

 

~アルセイユ ブリッジ~

 

艦に戻ったエステル達のもとに来た博士が、塔の中で回収したデータクリスタルの“カペル”による解析が終わり……『四輪の塔』の役目が『デバイスタワー』であり、『第二結界』を発生させるものであること。そして、『ゴスペル』は<輝く環>の『端末』であることを明かした。すると、通信を知らせるアラームが鳴り、通信士のリオンが繋ぐと、モニターが起動して、ワイスマンが映し出されたのだ。

 

『フフ、初めましての方もいるので改めて自己紹介しよう。『身喰らう蛇』の『蛇の使徒』、ゲオルグ・ワイスマンという。以後お見知りおきを。』

「!!!」

「きょ、教授!?」

「なにッ!?」

「彼が……」

「こ、この人が……」

「「………」」

モニターに映っているワイスマンを見たヨシュアは目を見開き、エステルは信じられない表情で呟き、エステルの呟きを聞いたアガットとリィン、クローゼは驚き、サラとケビンは真剣な表情でワイスマンを睨んでいた。

 

「フフ……初めまして、ラッセル博士。それだけのシステムを自力で実現されたとは驚きです。さすが、かのエプスタイン博士の直弟子の1人だけはある。おかげで、普通に通信する羽目になりましたよ。」

「ふん、イヤミか。言っておくが、航行制御・通信管制・火器管制のいずれもが独立しておる。そちらからこの艦を操ろうとしてもムダじゃぞ。逆にお前さんらが痛い目を見ることになるぞい。」

ワイスマンに感心された博士は鼻を鳴らした後、ワイスマンを睨んで答えた。

 

「いえいえ。そんな事はしませんよ。皆さんには、せっかくの決定的な瞬間を見逃して欲しくなかったのでね。こちらからわざわざ連絡しただけなのです。」

「なに……?」

「決定的な瞬間……まさか!」

「フフ、その位置だと前方甲板に出るといいだろう。それでは皆さん、よい夜を。」

エステル達に意味ありげな事を言い残したワイスマンの映像は切れ、モニターが戻った。

 

「ヨシュア……!」

「ああ……甲板に出よう!」

そしてエステル達は甲板に急いで向かった。

 

~アルセイユ・甲板~

 

「ど、どこ……!?」

「前方甲板から一番よく見える方向……」

甲板に出たエステルは何かを探し、ヨシュアはワイスマンが言った事を思い出して呟いたその時

 

「……あれや!」

何かを見つけたケビンが指さした方向――ヴァレリア湖上空を見ると、一閃の光が走った後空間が割れ、巨大な輝く浮島――浮遊都市のような物が現れた!

 

「な、な、な……」

「まさかあれが…………あの巨大な都市が……」

「うん……間違いない……」

「“輝く環”……オーリオールっちゅう事か!」

巨大な浮遊都市の登場にエステルは口をパクパクさせ、信じらない表情で呟いたクローゼの言葉にヨシュアは頷き、ケビンは真剣な表情で叫んだ。

 

「―――いかん。ユリア大尉!急いで艦を降ろすんじゃ!」

一方我に返った博士は血相を変えて、ユリアに言った。

 

「……え……」

「カシウスが伝えた緊急指令があったじゃろ!急がんと手遅れになるぞ!」

「!!!」

博士の言葉にユリアはすぐさまその意味を察し、急いでブリッジに戻ると“一度”艦を降ろした。

 

その次の瞬間、黒い光の波動が発生し……導力によって動いていた機器―――光が次々と奪われ、次第に王国全土から光が消えた。

 

~グロリアス 甲板~

 

「おお……!」

「これは……」

「クハハ……マジかよ!」

「ウフフ………ステキね。」

「あはは!確かにこれはスゴイや!教授が勿体ぶってたのも納得だ!」

一方その頃、浮遊都市の登場をグロリアスの甲板で見ていた執行者達は、視線が完全に釘付けだった。

 

「フフ……お気に召したようで何よりだ。“輝く環”は永きに渡って異次元に封印されていた……。だが端末たる“福音”があればこちらの次元にも干渉できる。問題はレプリカの精度をどこまで上げられるかだったのだ。」

「そして幾度もの実験を経て真なる“福音”は完成した。“環”はそれらを通じて己を繋ぐ“杭”を引き抜き……そして今、昏き深淵より甦った。―――それが第3段階の真相か。」

ワイスマンの説明を唯一人、冷静な様子で浮遊都市を見続けているレーヴェが答えた。

 

「ククク……その通り。」

レーヴェの話を聞いたワイスマンは凶悪な笑みを浮かべて頷いた後、高々と叫んだ。

 

 

「諸君の働きのおかげで第3段階は無事完了した!これより『福音計画』は最終段階へと移行する!」

 

 

~グランセル城 空中庭園~

 

「―――ありがとう、ゲオルグ・ワイスマン。おかげで『デバイスタワー』を起動させることができる。」

笑みを浮かべたアスベル。そして、彼は『ゴスペル』に似た白いオーブメントを手に掲げ、<聖痕>を顕現させて計画の始動キーを発動させる。

 

 

―――我が深淵にて煌く紫碧の刻印よ。我が求めに応え、七耀の鍵となれ。女神より齎されし『時の至宝』……今こそ、『天の鎖』…そして、『水の鏡』となりて、『空』を欺け。

 

 

その言葉に白きオーブメントは眩い光を放つ。それに連動するかのように……王城地下の『封印区画』に光が灯り、同時に『四輪の塔』の屋上にある装置も再び光が灯された。

 

 

すると、四つの塔から見えない光が黒い光を弾き飛ばし、その黒い光を“輝く環”の周囲に押し止めた。さらに、塔から薄い光の膜が王国全土を覆うように展開され、展開し終えたころには………都市や街道の導力の光が再び灯り始めた。

 

 

~グロリアス 甲板~

 

「ん?…………」

「どうかしたのかね、“剣帝”?」

「いや……“漆黒の牙”がどう立ち向かってくるのか気になっただけだ。(今、何か光が……気のせいか。この状況下で導力は動かせないのだからな)」

甲板で“輝く環”を見ていたレーヴェは薄い光を見たような気がし、ワイスマンが尋ねたが、レーヴェは見当違いのことを言って誤魔化しつつ、今のは自分の目の錯覚なのだと考え、これ以上の詮索を止めた。

 

「フフフ、“漆黒の牙”は動けないよ。何せ、彼には彼の母親を“猟兵団”から救う役を担ってもらうのだからね。」

 

レーヴェの言葉に答えるようにそう言ったワイスマン。

 

 

だが、彼の計画は既に崩壊し始めたことを知るのは、その対抗策を知る者だけだということを……彼はまだ知らない。

 

 




事の詳細は次回以降にて。

それと、次回以降は……一方的な虐殺シーンがあるかもしれません(予定)


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第119話 欺くことの意味

~アルセイユ 会議室~

 

緊急指令による着陸で難を逃れたアルセイユ。そこでエステル達やユリアが今後の動きについて話し合っていた。すると、様子を見に行っていた博士とティータが戻ってきた。

 

「あ、博士にティータ。どうなの?」

「うむ。エンジンの故障はなさそうじゃが、動力源がやられてしまったからのう……復旧だけでなく、その他の機器の調整もあるから、諸々合わせて丸一日かかりそうじゃ。」

「そうですか。」

エステルの問いかけに博士はそう答え、ヨシュアもその答えに頷くしかなかった。先程の“輝く環”の光……恐らくは、以前ツァイスのラッセル家で見せた黒い光と同質のもの―――『導力停止現象』を引き起こすものに違いなかった。その証拠に、エステル達が使っているオーブメントを駆動させようとしても、中のEPが空になってしまっているため、全く機能しない状態だ。試しにEPを回復させても動かなかったのがその証拠だ。

 

「けれど、弱ったわね……導力銃を使うアタシや導力砲を使うティータちゃんにはかなりの痛手よ。」

「あう、そうですよね……」

「フム……それの心配はいらんぞ。」

「それって、どういうことかしら?」

オーブメントが使えないとなると、導力を用いた武器を使うサラやティータにとってはかなり厳しい。自分の得物を封じられたも同然なのだから。だが、博士はその心配をする必要などないと断言し、シェラザードが首を傾げた。

すると、扉が開いて現れたのは……エステル、ヨシュア、アガット、ティータ、クローゼが知る人物との対面だった。

 

「あ、クラトスさん!」

「お久しぶりです。」

「おう、久しいな。二人に渡した武器の姿を見ると、俺も嬉しいぜ。爺さん、頼まれてたものを持ってきたぞ。」

エステルやヨシュアと挨拶を交わした人物―――クラトスは博士の方を向いて、持っていた荷物をテーブルの上に下ろして包みを開ける。

 

「これは、銃に導力砲みてえだが……それと、変わった形のブレードだな。」

「魔導銃『ストライクルージュ』、魔導砲『ファーディライズ』……そして、魔導剣『ディオスパーダ』。サラっていう人とティータちゃんの武器だ。」

「へ、アタシの武器!?」

「そ、それに魔導って……導力とは違うんですか?」

アガットの感想を聞きつつもクラトスが説明したことにサラは自身の武器を持ってきたことに驚き、ティータはクラトスの言葉に疑問を浮かべた。

 

「う~ん、俺も人伝で聞いた話だからすべて納得したわけじゃないんだが……お前らは導力というものをどう思ってる?」

「どうって……う~ん……」

「どう、と言われても……」

「今となっては生活に無くてならないもの、という他ないでしょうが……」

クラトスの問いかけにエステルらは明確な答えが出せずにいたが……博士は違っていた。

 

「そういうことではなく……導力そのものの意味、ということじゃな。」

「ああ。そもそも、導力というのは全ての人が恩恵を受けられる存在じゃなかったんだそうだ。」

「えっ!?」

(確かにそやな。教会の人間でも、その恩恵を受けられる人間は限られとるし)

『導力革命』というもののお蔭で導力そのものの恩恵を受けることができるが、そもそも、それは導力を引き出すための機械を通しての恩恵であり、使用者自身が七耀石から『導力』を取り出しているわけではない。厳密にその恩恵を受けているのは、そういった『神の加護』を受けたものか、法術によってその力を発揮できている者など……『空の女神』に関わる者が多いのが事実だ。だが、ごく稀に突然変異的な形でその力を引き出せる者が生まれることがあるのも事実だが、その大半はそれを知ることなく一生を終えることが大半である。

 

「本来の『導力』は、自身の精神力を媒介にして超常現象を引き起こす力。オーブメントは、『女神の加護』に縁のある七耀脈から精製された七耀石を用いて『導力』を発現させているに過ぎない……と聞いている。つまり、俺が持ってきた武器は……」

「精神力で『導力』の代わりをさせるってことね……」

「ああ。」

「………」

クラトスの説明に納得したサラが問いかけ、クラトスが頷く。一方、ケビンはクラトスの持っている知識を疑問に思いつつ、クラトスのほうを黙って見ていた。その後、クラトスが取り出したのはオーブメントであった。

 

「こっちはマードックさんから預かったものだ。」

「あれ?戦術オーブメントみたいだけれど……あたし達が使ってるのとは微妙に違うような……」

「第五世代型戦術オーブメント『ALTSCIS(アルトサイス)』……最大の特徴は『零力場発生器』を組み込んでおる。簡単に言うと、『ゴスペル』が発生させる特殊な波長の導力場……それによる共鳴を相殺する力場を発生する機能というわけじゃ。」

『ALTSCIS』……ALl-round orbmenT driver system and Septium-jamming CancelIng System(全局面対応型オーブメントシステム兼導力停止現象無効化機構搭載型)の略称であり、ZCF主導の第五世代型戦術オーブメントにして、第七世代型『ALTIA』に続いて『二つ目』の規格となる戦術オーブメントである。今エステル達が持っているのは第四世代型……つまりは世代交代となる。

 

「つまり、この状況下でもアーツは使えるということですね。」

「そういうことじゃ。じゃが、一応規則でこのオーブメントを渡せるのは殿下、それと国内所属の遊撃士のみじゃ。それ以外の者に関しては『零力場発生器』搭載の第四世代型オーブメントの『貸与』となっておる。すまんのう。」

「いえ、お気遣いなく。」

「リィンや俺はアーツをメイン戦う訳じゃないからな……これも、“柵”という奴か。」

この面子の中では、リィンとジンが対象になってしまうが、彼等は元々アーツをメインに戦っているわけではない。それでも、貸与とはいえ他の面々と同じようにアーツを使えることに安心した。

 

「え?何でリィンやジンさんは……」

「エステル、彼等は事情があるとはいえ、出身が出身だからね。」

「確かに……リィンさんは帝国出身、ジンさんは共和国出身ですから。」

オーブメントの技術に関しては、エプスタイン財団でも最近第四世代型に移行したばかり。それを飛び越した形での第五世代型導入のため、技術漏洩は避けたい……そのために、王国所属の遊撃士のみにオーブメント支給がなされることとなっている。それだけでなく、この第五世代には“個人適性による完全区別化”が導入され、本人以外がオーブメントを使用できないようにされているのだ。そのことに関してはエステル達にも知らされていない。

 

「さて、一通り済んだところで……遊撃士協会に依頼をせねばなるまいのう。全ての街の様子を見てきてほしいのじゃ。」

「街の様子?」

「うむ。これは王国軍から『予想だにしない事態』が発生した際、それを頼むようお願いされておる。報告に関してはカシウスに頼むぞ。あやつがその依頼主じゃからな。それと、レグラムとアルトハイムに関しては、既に遊撃士が動いてくれておるからのう……ツァイス、ロレント、ボース、ルーアン……それと、王都グランセルの五か所じゃな。」

確かに、今回の『輝く環』の出現によって混乱していないとも限らない……話し合いの結果、エステル、ヨシュア、クローゼ、シオン、アガット、ティータがルーアン・ボース方面へと回ることとなり、シェラザード、ジン、レイア、リィン、ケビンがツァイス・グランセル方面を受け持つ形で見回ることとなった。

 

エステル達が出て行って少し経つと……博士はため息をついた。それを見て、ユリアも沈痛な表情を浮かべた。

 

「しかし……彼等に嘘をついてしまうのは心許無いですね。そのために、博士には態々『ゴスペル』の模造品まで作っていただきましたし……」

「仕方ない。これも、あの『首謀者』を騙すやり方じゃからのう。」

そう話す二人……それはエステル達と合流する前。正確には塔の異変が起こる前、『アルセイユ』に集ったユリア、博士、カシウス……アスベル、シルフィア、マリク……そして、そこにいたのはかつて国家に反旗を翻した黒の軍服に身を包んだ人物―――アラン・リシャールであった。

 

 

~三日前 『アルセイユ』会議室~

 

「『天の鎖計画』、それと『水の鏡計画』だと?」

「ええ。今回の作戦の要とも言うべき『対抗策』です。」

そう切り出したのはカシウスの発言。それにアスベルが頷く。

 

「ふむ……『首謀者』を燻りだすもののようだが……内容はどのような感じなのかね?」

「それはこれから説明します。」

リシャールの言葉にアスベルは機械を操作してモニターに王国の地図を表示する。

 

『輝く環』単体での『導力停止現象』の範囲は、半径1000セルジュ……直径範囲2000セルジュ(200km)の円形状に及ぶ。これは、“カペル”による『ゴスペル』の効果範囲の力場が及ぼす効果から割り出した分析結果。更に、端末である『ゴスペル』を用いると、更に拡大可能。大本である『輝く環』から一定の範囲内であれば、更に拡大可能の代物である。

 

「『天の鎖』の要は第二結界……つまり、空間拘束を担う『デバイスタワー』に『ゴスペル』を用いるでしょう。尤も、彼等は執行者を動かしますから必要以上に手を出すのは拙い。下手すれば『方舟』を本格的に持ち出してくるかもしれませんしね。」

そこで、『デバイスタワー』にある仕掛けを施した。『結社』が第三段階となる行動を実施した際、四輪の塔の封印装置を一定以上のエネルギーが流れた際に強制遮断するように仕込んだのだ。これには、今まで奪ってきた『十三工房』の知識を生かす形となった。強制遮断すると、今までの封印が解ける形となるように……

 

「そして、王城地下の封印区画。実は、アレも細工してあったんです。博士の協力を得た形で。」

「なっ!?」

「博士、本当ですか?」

「うむ。そのお蔭でわしもいい勉強をさせてもらったわい。」

更に、『時間拘束』を担う『封印区画』にもゴスペル使用時に強制遮断、封印解除のシステムを組み込んだのだ。だがそれは……この先の事態を乗り切るための、『事前準備』に過ぎない。

 

「『天の鎖計画』は『結社』を止めるための計画。そして『水の鏡計画』は『結社』を欺くための計画なのですから。」

そう言い切ったアスベル。

 

仕組みはこうだ。『零力場発生器』を組み込んだ封印区画と四輪の塔……それの始動キーであるゴスペルと同じ形の白いオーブメント『テスタメントゥム(聖典)』を用い、五つの場所の装置を再起動させる。そして、四輪の塔は『輝く環』の周囲に目視できない程薄い空間の力場を形成して、導力吸収範囲を狭める。

 

『テスタメントゥム』……『ゴスペル』の上位版で、『条件付きでの導力停止』および『ゴスペル』―――『導力停止状態』の強制無効化の能力を持っている。その能力を四輪の塔に接続することで、『テスタメントゥム』による『導力停止状態』無効化の『空間拘束』を可能にした。その開発は内密に行われ、その実情を知るのは七耀教会の星杯騎士団といえどもごく少数……アスベルとシルフィア、そして総長であるアイン・セルナートの三人だけである。

 

それと同時に、封印区画の時間拘束によって異空間形成の補助を行うと同時に、四輪の塔へエネルギー供給を行う。封印区画のエネルギーそのものに状態変化の時間凍結を行い、『永遠に減らない導力エネルギー』によって無限供給を可能にする。そのエネルギーで王国の上空全体に“導力停止状態のリベール”を投射するものだ。更に、各都市や街道に密かに配置された『テスタメントゥム』により、『指定されたもの以外の導力をすべて吸収する』という状態を意図的に作り出し、一時的に導力停止状態を作り出す。

 

あと、『輝く環』停止時にZCFが優先して動き、今回の事態で導力機器が問題ないかどうかという名目で一度回収し、帝国進撃後にすべて返す予定だ。その間に関しては、都市に蓄えられた備蓄の開放や、内燃機関などの利用でその場をしのぐこととした。一応全国民には抜き打ち式で二~三日ほど“導力が停止した際の訓練”の実施ということで通知を行い、理解を得ているので問題は無く、王国議会や王国軍もこれに同意している。

 

後は、通信器の細工やら、王国軍での導力に頼らない戦略・戦術……多岐にもわたる対策を立て、実行してきた。

 

「敵を騙すためには味方から、か。中々いい案だな。」

「アスベル、大変だったでしょ?」

「ここまで来るのに結構苦労したけれど……こちらの読みが正しければ、帝国軍は来ます。それがもし、“導力に頼らない武装”だった場合……その辺はカシウスさんにお任せします。オリヴァルト皇子とも色々話してましたからね。」

「そこまでお見通しか……アスベル、その根拠は?」

「向こうの軍の動き……第三機甲師団が帝都南部に集結していました。」

帝国正規軍がこの時期に演習場もない帝都南部にいる意味……そこから予想できるのは、“嫌な予感”だけであろう。

 

「この時期に、となると些か邪推しかしないがね。私の部下からの報告では、王国へ軍を差し向けるというのは確かなようだ。」

……原作では、リシャール率いる情報部は解体された。ここでも、“名目上”解体された形である。だが、実際には解体しておらず、『天上の隼』傘下の『特務部隊』という形に収まっている。折角の情報網を自ら手放すのは不本意……そこで、アスベルとカシウス、女王にモルガン、リアンやシオンの説得により、リシャールらは非公式に恩赦を与えられ、今の地位―――特務中佐に収まり、『特務部隊』の隊長を務めることとなった……まぁ、『芝居』とはいえ王家に剣を向けたことに対する寛大な処分には、本人が苦笑いを浮かべたのは言うまでもない。

 

「っと、失礼する。」

すると、会議室の通信器が鳴り、ユリアが応対する。

 

「どうした………何っ!?……解った。大佐に伝えておこう……カシウス殿、エレボニアとカルバードの国境師団より連絡。『赤い星座』『北の猟兵』それと……『黒月(ヘイユエ)』が国境を越えたそうです。ですが、自治州の各都市やヴォルフ砦を通らず……その後、行方が分からなくなったそうです。」

ユリアはその重大さに驚くが、すぐさま気持ちを切り替えて報告を聞き終えた後、他の面々に通信内容を伝えた。

 

「この時期に、か……」

「大方『結社』に雇われた……そう見るべきですか?」

「その可能性が高いだろう。アルトハイムやレグラム、それとツァイスではないとなると……」

「グランセル、ロレント、ボース……その三都市ですか。」

「だろうな。」

報告を聞いた博士は黙り込み、リシャールは可能性をカシウスに尋ね、カシウスはそれに答えつつも彼等の狙いはアスベルの述べた三都市の可能性が高いと考えた。尤も、ボースは貿易の中継地とはいえ、其処を落としたとしても戦略的に価値が薄い。となれば、ロレントとグランセル……その辺りが落としどころだろう。

 

 

~霧降り峡谷~

 

アスベル達が『アルセイユ』で話していた頃、滅多に人の出入りが少ない峡谷。そこにいるのは屈強な兵士たち。そして、その一番奥にいるのは見るからに偉丈夫と表現するにふさわしい男性、そしてその傍には活発そうな少女の姿だった。すると、その二人に近づく一人の男性―――彼らの部下の一人が情報を伝え、その場を離れると男性は笑みを浮かべた。

 

「フン……にしても、『結社』とやらは随分と羽振りがいいな。ミラと戦場を態々用意してくれるとは……俺達を理解してくれているようだ。」

「だよねぇ。シャーリィも楽しみになって来たよ。なんたって、凄い人たちがいるんでしょ?確か“剣聖”だったっけ?」

「それだけではないみたいだがな。強者の匂いがこの国に集まっている……こいつ等にいい場所を提供してやれそうだ。」

男性―――“赤い戦鬼(オーガ・ロッソ)”シグムント・オルランド、少女―――“血染め(ブラッディ)のシャーリィ”シャーリィ・オルランド。名字からわかると思うが、二人は『赤い星座』の一員。シグムントはバルデルの弟にして副団長、シャーリィはシグムントの娘である。

 

二人がこの依頼を引き受けたのは、団長であるバルデルと副団長のシルフェリティアが所用で団を離れている際、『結社』の使いが来たのだ。最近激しい戦いをしていなかったシグムントはこの依頼を団長の意向を無視した形で受け、シャーリィや彼を慕う面々らが集った形ではあるが、一個中隊ほどの規模となっていた。

 

「それに、この国には“猟兵王”や“驚天の旅人”もいるらしい。そいつらを食らうのも、一つの楽しみだな。」

「む~……シャーリィには手が余りそうだよ。あ、でも、レイアもいるのかな?楽しみだなぁ。」

「フ、久々の再会になったら遊んでやれ。“俺達の流儀”でな。」

「解ってるよ、パパ♪」

シグムントの言葉にシャーリィは少しむくれるも、自分の身内である少女の事を思い出し、すぐに笑みを浮かべた。その一方、ミストヴァルトにも屈強な者たちが集っていた。

 

 

~ミストヴァルト~

 

「しかし、よろしいのですか?」

「確かにその点に関しては腑に落ちねえ。けれども、長老たち(ジジイども)がああ言っている以上」

「無視もできない、ということですか。」

そう言っているのは、東方風の服装に身を包んだ二人の男性。共和国に広い基盤を持つマフィア『黒月(ヘイユエ)』で若くして一、二を争う実力者“赤炎竜”ライガ・ローウェン。そして、その副官であるラウの姿であった。ライガは口にくわえた煙草を指で持つと、息を吐いた。

 

「ああ。ラウ、お前はヤバくなったら真っ先に離脱しろ。俺にしちゃあ不服だが、ツァオの野郎にはこの国の“現実”を知ってもらわなきゃならねえ。」

「……ライガ様、やはり“黒月”を恨んでおられるのですか?」

「クク、さあてな。あのジジイども、正直八つ裂きにしてえのは事実だが……それを言えるのはラウぐらいだぜ。」

「初対面から度肝を抜かす発言を平然としたのは、後にも先にもライガ様ぐらいです。」

マフィアにおいてそういう発言は『粛清』の対象になりえるのだが……ライガはそれを己の身一つで退け、中には長老どもの場所に直々乗り込んで脅したこともある。これには長老たちもライガへの圧力は無意味であると結論付け、必要以上の干渉をしないことに決めた。ライガが『黒月』にいること自体他のマフィアに対する抑止力みたいなものになっていたのは、否定しようもなく、長老たちは胃を痛める状態であった。そこに降ってわいたかのように『結社』の依頼……長老どもはライガにリベール行きを勧め、最初は拒否しようとしたが……何か考えがあったらしく、これを引き受けることとした。

 

すると、二人のもとに仮面と特殊な服装で姿を隠した人物が現れる。

 

『フン、“赤炎竜”とも呼ばれる人間が殊勝な台詞を吐くとはな。』

「貴様、一体何者だ!?」

「落ち着け、ラウ。もしかして、お前が長老たちの言っていた“銀(イン)”とかいう凶手か。」

その人物の物言いにラウは食って掛かるが、それを制してライガが問いかけた。

その凶手―――“銀”と呼ばれた少年は口元に笑みを浮かべた。

 

『如何にも。此度の協力は『黒月』との長期契約の一環、と捉えてくれていい。尤も、こちらがやるのは奇襲ではあるがな。何か質問は?』

「特には無い。こちらとしても借りれる手は多い方がいいからな。」

『いいだろう……貴殿の健闘を祈っておこう。』

そう言葉を交わすと、銀はその場を去った。

 

「よろしいのですか?」

「大方長老たちが付けた監視役みてえなもんだろ……だが……」

「だが?」

「いや、なんでもねえ。他の連中にも英気を養うよう言っておけ。」

「畏まりました。」

 

 

 

―――この戦い。いや、戦いになるかどうかすら、俺自身疑わしくて仕方ねえんだよ。

 

 

 

先程言いかけた、ライガが内心で呟いた言葉。その言葉が現実となるまで、あと四日のことだった。

 

 




単純に無効化するのではなく、段階的に無効化を解いていく……頑張って描写していきます、ハイ。

“敵を騙すにはまず味方から”とも言いますしね。原作だと、ヨシュアは『あるシーン』まで普通に行動していましたが、その間にも情報を流してなかったとは解りませんので……そういうことがある前提で話を進めています。

それと、ツァオと対になるようなオリキャラを持ってくることにしました。


次回、エステルらの奇妙な冒険~スターライトブレイカーズ~(嘘)


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第120話 燻る狼煙

クラトスが先に帰ろうとした際、入り口にいた人物―――ケビンの姿が目に入り、クラトスが目を細めた。

 

「おや、教会の神父さんが俺に何の用かな?」

「一つ質問や。エステルちゃんに作った武器の事といい、『導力』のことを知っているといい……何者や?」

「何者、か……職人であることは偽りないのだが……それだと納得しないって表情だな。」

クラトスの言葉もある意味的を射ていた。目の前にいる人物はただの神父ではないということは、既に知っているし……それに、クラトスの本能がこの人物の『本質』をそれとなく感じていたからに他ならない。それを感じつつも、クラトスは言葉を続けた。

 

「『聖天兵装』は、この国で見つけたものだ。今のところ9本……俺は、それを心ある者にしか渡さねえと決めているし、『聖天兵装』が主を選ぶ以上、俺にはどうしようもない。そもそも、『古代遺物』じゃねえものに関与する義理は無いはずだぜ。『古代遺物』を回収すると謳っておきながら、それを武器として使役する星杯騎士……いや、『守護騎士』さん?」

「!?」

「大方の事はお前さんの知り合いに聞いた。だが、俺は別に教会と敵対するつもりはない……それだけは、断言しておくぜ。」

クラトスの言葉にケビンは反論できなかった。しかし、クラトスはそのことを公表しないと断言した上で、ケビンに背を向ける形でその場を去ろうとする。すると、何かを思い出したかのように、クラトスは呟いた。

 

 

―――ああ、そうだ。お前さんの得物が何であれ、俺相手に刃を向けたら……“京紫の瞬光”“銀隼の射手”の二人がお前を殺す。殺すという言葉は物騒極まりなかったがな……

 

 

その言葉を残してクラトスが去った後、ケビンの表情は身震いが止まらなかった。クラトスの彼に対する言葉……その中に出てきた二人の渾名。それが何を意味しているのかということに。

 

「………冗談やない。アイツら二人相手なんて、オレかて嫌やわ。」

そう言い切ったのには理由があった。以前、その二人と個人戦という形で手合わせすることになり、ケビンは不意を突く形で彼の中に顕現する『アーティファクト』を用いて彼らに攻撃を仕掛けた。だが、その一手は完全にケビンにとっての悪手であった。

 

シルフィアの『古代遺物』―――他の『守護騎士』とは一線を画した『攻守一体の刃』。その変幻さと圧倒的破壊力にケビンの『アーティファクト』すらいとも簡単に退けた。一方のアスベルの『古代遺物』………その力の全容は同じ存在であるケビンを以てしても『底が見えなかった』のだ。しかも、この二人の『アーティファクト』は少なくとも1200年以上も前の『ゼムリア古代文明』時代の代物であるらしいのだが………その存在はこの1200年もの間、誰も見たことの無い代物であるのは違いなかったが、ケビンはおろか総長であるアインですらその存在を知らなかったのだ。

 

(『氷霧の騎士(ライン・ヴァイスリッター)』……それと、『天壌の劫火(アラストール)』と言うとったな。)

 

彼等がそう言った、<聖痕>が取り込んだ『アーティファクト』。だが、それを聞いた総長が冷や汗をかいていたのを見たケビンが一度尋ねたことがあった。その時の答えは……

 

 

―――『在り得ない』

 

 

その一言だけであった。ケビンはその意味を調べるべく、法典や外典をくまなく探ったが……その意味を知ることは出来なかった。ただ、一冊だけ……外典『ユリシール=ロアの福音書』の中の一節に、次のような言葉があった。

 

 

『怒りの裁きは劫火となり、冷徹なる裁きは氷霧となり……『女神』と出会いし時、彼の者の<刻印>は全てを討ち払う剣とならん。』

 

 

その意味は、その『古代遺物』を扱う当の本人ら―――アスベルやシルフィアの二人にも解らなかった……

 

 

 

その頃、エステルらは市内の状況を把握するためにギルドへと向かった。ギルドに着くと、キリカが彼等の到着を待ちわびていたかのように口を開いた。

 

~遊撃士協会 ツァイス支部~

 

「……来ると思っていたわ、エステル、ヨシュア、ジン、シェラザード、アガット、シオン、レイア。それと、久しいわねサラ。大方、帝国のギルドが畳まれた関係でアイナに頼ったってところかしら?」

「久しぶりね、キリカさん。」

「久しぶりね、キリカ。にしても、あちらこちらをフラリとしてたアンタがギルドの受付だなんて、どういう風の吹き回しなのかしら?」

キリカの言葉にエステルが言葉をかけ、サラがそれに続く形で言い、自分だけでなく自分の目の前にいた“根無し草”がギルドの受付という職業をこなしていることに笑みを浮かべつつ尋ねると、キリカも笑みを浮かべた。

 

「それは追々話すことにしようかしら……で、こちらの状況を簡単に伝えるわね。」

キリカが言うには、飛行船はすべて運休が決まっており、観光客に関しては王国軍と連携する形で既に全員の身元を確認済みであるという。市民への影響に関しては微々たるもので、王国軍による支援やZCF・ツァイス工科大学の人達が率先して事態の収拾にあたっており、さしたる影響はないと述べた。備えがあったとはいえ、この国の気質が人々の連携意識を持たせていることにキリカは少なからず感心していた。

 

「ってことは、大した混乱じゃねえんだな?」

「ええ。他の支部も大方そういう風だと聞いているけれど……ただ、グランセル・ボース・ロレントはかなり忙しい状況みたいね。」

「え?何で他の支部の情報を知っているんですか?」

アガットの問いかけにキリカは冷静に答えを返すが……その言葉に違和感を感じたヨシュアがキリカに尋ねた。この導力停止状態で連絡が取れる理由……それにキリカが答えた。

 

「二日前、カシウスさんとラッセル博士が通信器に『零力場発生器』を付けていったのよ。他の支部、軍関連施設、それとアルトハイム自治州およびレグラム自治州の領事館にね。」

「お、おじいちゃんがですか?」

「ってことは……」

「ギルドや王国軍の通信に関しては問題ないと思っていいわけか。」

「ええ、そういうこと。」

いくらこの状況下に対する備えがあると言っても、『情報』を封じられては効果的な一手を打てない。それに対する『対抗策』を打っていることにエステルらは安堵の表情を浮かべたのは言うまでもない。だが、エステルはそこで一つの可能性に気づき、ヨシュアに尋ねる。

 

「あ、でも……ねえ、ヨシュア。“教授”は動くと思う?」

「……彼の性格なら動くだろうね。“輝く環”に一人執行者を残して、他の面々を動かすことも考えられる。いや、寧ろ可能性が高い。」

“輝く環”出現に対する混乱……それがワイスマンの企みの一つ。だが、その混乱が最小限に抑えられている以上、それに対する強行策を打っている可能性があると述べた。最悪は『グロリアス』による攻撃であるが……それを聞いたキリカが口を開いた。

 

「成程ね。他の支部や軍にはこちらから連絡しておくわ。貴方達は他の支部に向かうといいでしょう。」

「ありがとうございます。」

「それじゃ、こっからは別行動ね。」

「ああ。そっちも気を付けろよ。」

そして、エステルらは二手に別れ、各都市の様子を確認するために徒歩で向かうこととなった。

エステル、ヨシュア、クローゼ、シオン、アガット、ティータの六人は道中トラブルもなく、無事にルーアン支部へと到着し、受付のジャンがエステルらの姿を見て声をあげた。

 

 

~遊撃士協会 ルーアン支部~

 

「お、エステル君達じゃないか!エステル君とヨシュア君は無事に正遊撃士になったようだし……しかし、エステル君は今やシオン君と同じA級まで到達したか。」

「お久しぶり、ジャンさん。それと、ありがとう。」

「お久しぶりです。正直エステルがA級だなんて夢みたいですけれどね。」

「あんですって~、ヨシュア?」

ジャンの褒め言葉にエステルは礼を言い、ヨシュアは苦笑しつつもエステルの今のランクの事を夢のようだと話し、エステルはジト目で反論した。だが、立て続けに『結社』の事件のみならず、他の依頼も片手間程度にこなしており、ある意味納得できる成果なのであるが………

 

「あのオッサンにしてコイツあり、って感じだがな。」

「あはは……」

「アガットにティータまでひどくない!?」

正遊撃士になってからエステルが解決した依頼件数(『結社』絡み除く)は約四週間で合計80件程度。この件数は並の遊撃士では真似できない程の件数であり、『風の剣聖』に匹敵する解決件数は遊撃士協会でも高く評価されており、近々エステルに対してS級の申請をする噂まで立っているほどだ。“剣聖”カシウス・ブライト……S級遊撃士としての実績を持つ彼の娘という“看板”は、遊撃士協会の知名度を上げる絶好の対象という側面があるのは否定できない。

 

「はは……まぁ、こちらの状況としては、特に大きな混乱は起きていないかな。ノーマン市長は初めての経験に慌てたけれど、何とか冷静さを取り戻しているよ。レイヴンのメンバーや教会の人達、セシリアさんも手伝ってくれているからね。」

「はあっ!?アイツらが!?」

ジャンの言葉―――真っ先に『レイヴン』に反応したのは、彼等と浅からぬ縁があるアガットだった。ならず者扱いのレイヴンの連中がこの状況手伝いをしていることに、夢を見ているような感じであったのには否定できない。

 

「ああ。ギルドの有志として炊き出しとかに協力してもらってるよ。」

「………(パクパク)」

「ア、アガットさん……」

「まぁ、無理もないか。」

「あははは……」

レイヴンの面々をよく知っているだけにアガットは唖然とし、ティータとクローゼは苦笑し、シオンは引き攣った笑みを浮かべつつアガットに同情した。

 

「何と言うか、人生解らないものね……」

「それをエステルが言うかな……ジャンさん、他に手伝えることはありますか?」

ヨシュアは呑気に呟かれたエステルの言葉にツッコミを入れつつ、ジャンの方を向いて尋ねた。

 

「そうだね……そうだ。ジェニス王立学園に行ってほしい。」

「学園に、ですか?」

「ああ。マリノア村の方はセシリアさん伝手で情報は聞いているんだけれど、王立学園の方は未だに解らないからね。幸いにも、王太女殿下とシオン君がいるから、問題ないと思うよ。」

『零力場発生器』が置かれているのはギルド・軍関連といった主要な王国関連施設………王立学園のほうもその対象として置かれたのだが……どうやら、通信が繋がらないらしい。

 

「ま、無理もないか……俺は賛成だが、エステルにヨシュア、どうする?」

「あたしは賛成よ。」

「僕もかな。アガットさんは?」

「別に構わねえぜ。」

シオン、エステル、ヨシュア、アガットの四人が頷き、クローゼとティータもそれに頷いて、ジャンの方を向く。

 

「決まりのようだね。そしたら、よろしく頼むよ。」

ジャンの言葉に頷いて、六人はギルドを後にして一路王立学園へと向かった。

 

その後、学園を占領した兵士らを追い返すべく、合流したクルツ、グラッツ、カルナ、アネラスの四人と力を合わせて学園を奪還し、首謀者であるギルバートをあっけなく叩きのめしたが……カンパネルラの乱入により、ギルバートは連れ去られ、兵器や猟兵らも完全に撤退した。

 

そして、王城へと向かうこととなったシオンとクローゼの二人やクルツらと別れ、エステルら四人はボースへと向かった……エステルが以前通った『近道』を通る形で。

 

 

~王都グランセル 遊撃士協会グランセル支部~

 

一方その頃、ジン、サラ、シェラザード、リィン、レイアはグランセルのギルドへと到着した。グランセルに着いたころには既に日が傾き、少しずつ暗くなっていた。ちなみに、ケビンは今後の対応を大司教と協議するために大聖堂へと向かった。本来ならば『星杯騎士』であるレイアも来るように言われたのだが……レイア曰く

 

『決まっていることに今更何をしろと?』

 

ということだった。五人の姿を見た受付のエルナンは声をあげた。

 

「これは皆さん。御無事で何よりです。」

「ええ。お陰様でね。それで、状況は?」

「それはこれから説明します。」

グランセルも大した混乱はないが、飛行船と鉄道が使えない影響で観光客が王国に滞在せざるを得ない状況に陥っていた。なので、王国軍は宿泊業の業者らと相談し、ホテルに滞在してもらいつつ、食事に関しては国の備蓄を一部開放することとした。それと、エルベ離宮を臨時の宿泊所として宛がうこととしたのだ。

 

「フム、大した影響は無しか。」

「軍の方々が尽力されましたので……流石に今日は日が遅いですし、ここで一泊された方がいいかと。ヒルダ夫人の方から、王城の方に皆さんの宿泊場所を提供する申し出がありました。」

「ホテルの方は観光客で一杯ということですか……」

「なら、仕方ないね。」

確かに、観光客の関係で泊まれる場所は王城か大使館……それならば、ということで五人はその好意に甘える形でギルドを出て王城へと向かったが………レイアは用事があると言ってジンたちと別れ、郊外へと向かった。

 

グランセル郊外……そこに着いたレイアを待っていたのは白の方舟。特殊作戦艇『メルカバ』参号機……アスベルに与えられた『舟』の姿を見つけると、その傍にいた人物もレイアの姿に気づいて歩み寄った。

 

「―――来たか。」

「ゴメンゴメン」

「ま、遅刻じゃないけれどな。」

その人物―――いつもの仕事着でなく、特殊な法服に身を包んだ『守護騎士』第三位“京紫の瞬光”アスベル・フォストレイトの姿であった。謝るレイアのほうも、いつもの服ではなく法服に身を包んでいる。つまり、彼等がこれからすることは“仕事”。それも、かなり大がかりな……

 

「レイアはロレント西側で待機。俺は北部の方を受け持つ……グランセルのほうは王国軍とアイツらに任せることとするさ。」

「ロレントということは、狙いはおそらく……」

「だろうな。だが、ルドガー曰く『彼女に関してはたぶん大丈夫だと思う……敵の方が哀れだ』とか言ってたが。」

「何それ?」

「さあ?」

流石の聡明な頭脳を持つアスベルですら、その真意を計りかねていた。

 

 

~霧降り峡谷~

 

「さて……今回の作戦は“戦い”だ。俺らの視界に映るものは全て壊せ。相手に情けはかけるな。野郎ども、覚悟はいいな?」

「オオッ!!!」

「お~、気合入ってるねぇ~!!シャーリィもこの『テスタ・ロッサ』を本気で振るえると思うと、ワクワクするよ~!!」

 

 

~ミストヴァルト~

 

「さて……行こうか、野郎ども。」

「ハッ!!」

 

 

辺りが夜という闇に包まれる……夜というフィールドに長けた者同士がロレントを中心に戦闘が始まろうとしていた。いや、それを後に『戦闘』と呼ぶものはおらず、それはもはや一方的な『蹂躙』の幕開けであった。

 

 




余談ですが、瞳の色が琥珀色(ヨシュア、ティオ、レン、???、??)というのは目立ちますが、それ以上に気になったのは紫色(系統)の瞳を持つ人間で……

○クローディア・フォン・アウスレーゼ
○オリヴァルト・ライゼ・アルノール
○レナ・ブライト
○アネラス・エルフィード
○ヴィータ・クロチルダ
○リィン・シュバルツァー
○アガット・クロスナー
○クルツ・ナルダン
○レーヴェ
○ルーシー・セイランド
○ツァオ・リー

……この面子だと嫌な予感しかしない(疑念)


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第121話 狂戦士の末裔

~ミルヒ街道~

 

ロレントの西側、ロレントとボースを結ぶミルヒ街道……そこに佇むのは、淡い栗色の髪に翡翠の瞳を持つ少女。そして、その手に握られているのは機械仕掛けの突撃槍。彼女の名前はレイア・オルランド。元『赤い星座』―――“闘神”バルデル・オルランドと“赤朱の聖女”シルフェリティア・オルランドの娘にして、“赤い死神”ランドルフ・オルランドの妹にあたる。

 

『―――………貴方に、転生先での祝福を。』

 

そう思い返すのは、生まれ変わる前の光景……正確には、この世界に転生する前に話した神様との会話。そう、神様から“特典”を貰ったのは何もアスベルだけではない。シルフィアも、シオンも、ルドガーも、マリクも、セリカも……そして、レイアもその一人だ。一応言っておくが、その特典は彼女の膂力とは関係ない。膂力は、知らず知らずのうちに身に付いたものであり、これには当の本人も苦笑したのは言うまでもない。

 

「………来たみたいだね。父さんや母さんは何やってるんだか……愚痴っても仕方ないけれど。」

今までに培ったレイアの目が捉えたもの……それは、レイアにしてみれば『見慣れた』装備や獣の姿……『赤い星座』の部隊であることを確信しつつ、内心でため息をついた。『戦闘狂』である彼等をコントロールしきれなかったこともそうだが、『結社』の依頼を何故受けたのか……いや、両親はこの件に関して『何も知らない』可能性があることをそれとなく察しつつ、魔導突撃槍『レナス』を構え、“覇気”を解放する。

 

「!?」

「な、何だ……この威圧感は!?」

レイアの覇気を肌で感じ取った猟兵らは冷や汗をかいていた。その威圧は言うなれば全てを喰らう『竜』の如き覇気。だが、猟兵の一人は強がるように言い放った。

 

「怯むな!我々は『赤い星座』……たかが一人如き、出来ることは知れている!いくぞ!!」

「了解!!」

その言葉に猟兵らは奮い立ち、ブレードライフルを構えて、レイアに突撃する。だが、彼等はその強がりが……『無駄』であると悟ることは……“なかった”

 

 

―――煌け、レナス

 

 

そう呟いたレイアの言葉に呼応し、『レナス』は光を収束する。そして、それを振るう。次の瞬間、最前列にいた猟兵は……その存在すら『消された』。その光景を目の当たりにするまでもなく、

 

『アルティウム、セイバー!!』

 

レイアの戦技によって跡形もなく吹き飛ばされた。被害としては十数人……だが、その被害の甚大さに後続の猟兵までもがたじろいでいた。無理もないことであろう……何せ、目の前にいるのは、普段の『リミッター』を外した“だけ”のレイアなのだから。彼女だけが使える呼吸法もまだ温存した状態だ。そして、彼女はまだ“固有の能力”を解放していないのだから。

 

 

「『赤い星座』……私としては『身内』だけれども、第二の故郷とも言えるこの国を襲うのなら、容赦するつもりはない。」

「へぇ~……やっぱり、この国にいたんだ。」

「……シャーリィ・オルランド。」

レイアの言葉を聞いたのか聞いていないのか……チェーンソーライフルを持つ赤毛の少女―――シャーリィ・オルランドの姿が目に入るが、レイアは静かにシャーリィの方を見つめる。

 

「もう、久しぶりに従姉妹同士で会えたんだからさ、もう少し愛想よくしてくれてもいいのに。」

「『テスタ・ロッサ』を持って言う台詞じゃないんだけれど?それに、どうしてここにいるのかな?」

「決まってるじゃない……戦うためだよ。パパもシャーリィもね。」

「成程……」

シャーリィの事はさておくとしても、彼女だけでなく彼女の父親であるシグムント・オルランドがいることにレイアは考え込んだ。今回の事に関しては、バルデルやシルフェリティアも与り知らぬ可能性がある。これに関しては後で確認することにしつつ……すると、レイアとシャーリィのもとに一人の偉丈夫が姿を見せた。

 

「フ……このような場所にいるとは、腑抜けたようだなレイア。」

「……“赤の戦鬼(オーガ・ロッソ)”シグムント・オルランド。にしても、腑抜けたというのは、どういうことですか?」

「決まっているだろう?かつて俺を投げ飛ばした少女がこのような国でぬくぬくとやっているようだが……かつての無邪気さは形を潜めたようだな。」

偉丈夫―――シグムントの言っていることにレイアは黙って聞いていた。だが、シグムントが言いたいことを言い終えると、レイアは少し距離を取り、笑みを零した。確かに、無邪気さはそれなりに形を潜めたことだろう。だがそれは、物事は単純でないことを実感したからに他ならない。その笑みを見て、シャーリィは首を傾げた。

 

「レイア姉?何で笑ってるの?」

「アハハ……家出したランディ兄ならいざ知らず、私にそんなことを言うなんてね。でも、訂正してほしいね。」

「訂正だと?」

レイアの言葉に険しい表情を浮かべるシグムント。そして、レイアは冷淡に、こう言い放った。

 

 

―――腑抜けた?勘違いしないでほしいね。寧ろ、『鋭くなった』ぐらいだよ。

 

 

「ハアアアアアアァァァァァッ!!!」

「!?!?」

「な、何だこの覇気は……!?」

レイアは特殊な呼吸法『リインフォース』を発動させ、先程よりも密度の高い“覇気”の顕現にシャーリィは驚きを隠せず、シグムントは以前の―――膂力のみであった幼少期のレイアとは考えられないほどに変化した彼女の様子に戸惑いを覚えた。

 

七年という月日……彼女にしてみれば、怒濤の連続であった。だが、『猟兵』『星杯騎士』『遊撃士』『軍人』……その全ての経験が今のレイアという存在を形作っている。いまだに解決しない謎はあるが、それはひとまず置いておき……レイアは武器を構えた。

 

「リベール王国軍『天上の隼』が三席、レイア・オルランド。この国に混乱を齎そうとする『赤い星座』……この場で排除します!!」

「面白い!『赤い星座』副団長シグムント・オルランド。“朱の戦乙女”の力、喰らってやろう!!」

「『赤い星座』部隊長シャーリィ・オルランド!楽しませてよねぇ、レイア!!」

昔―――中世、“槍の聖女”リアンヌ・サンドロット……その彼女が率いた鉄騎隊でその名を轟かせた『狂戦士(ベルゼルガー)』の血を引く戦士(オルランド)の系譜。数奇な運命を辿るその一族同士の戦いが幕を開けた。

 

 

「いっくよ!それそれぇ!!」

その火ぶたを切るかのように、シャーリィが持っていたライフルを乱射し、レイアは槍で弾丸を弾き飛ばしつつ必要最低限の動きでその銃弾の雨をかいくぐる。それに続くかのようにシグムントが双戦斧を振るい、レイアは白刃流しの要領でその軌道を逸らす。すかさず切り込もうとしたが、シャーリィが火炎放射のクラフトを放ったため、すかさず後ろに下がった。

 

「……ふ、副団長と部隊長が戦ってるんだ!今の内に進むぞ!!」

その動きに呆然としていたが、部下の猟兵らはレイアがシグムントとシャーリィの二人を対峙している間に進もうと試みたが……それは叶わなかった。

 

「残念。ここから先は行き止まりだ。」

「ん。邪魔はさせない。」

「なっ!?“猟兵王”に“西風の妖精(シルフィード)”だとっ!?」

彼等の目の前に現れたのは彼等の宿敵とも言える『西風の旅団』。その団長であるレヴァイスと、実力者の一人であるフィーの姿であった。さらに、二人の後ろに待機しているのは『西風の旅団』の団員達であった。その数は一個中隊ほどの規模……数だけでいえば『赤い星座』の部隊とほぼ互角の様相を呈していた。

 

「各員、生き残ることが最優先の任務だ。戦闘開始!『赤い星座』の連中を追い返せ!!」

「了解。」

「イエス、サー!!」

レヴァイスの号令にフィーを始めとした面々が返事を返し、各々武器を構えると『赤い星座』の猟兵らに向かって突撃を開始した。

 

その光景を横目で見つつ、シグムントはレイアと刃を交えた。

 

「『西風の旅団』がここにいるとはな……つくづく、お前という人間は『猟兵』という性から逃れられないようだな。」

「否定はしないけど……ねっ!!」

交わされる刃……その衝撃は周囲の空気を震え上がらせる。シグムントは刃を交わしながら、目の前にいる自分の姪の成長を恐ろしく感じた。

 

(この膂力……チッ、加減をさせてくれないとはな……!!)

感じる手応えに内心舌打ちをした。刃から伝わるその膂力の底知れなさ……下手をすれば、自分など簡単に呑み込まれないと率直に感じるほどの力と、彼女の放っている“覇気”。その姿は最早、シグムントの知るレイア・オルランドという人間の姿でないことを本能で感じ取っていた。そう察したシグムントは一度距離を取り、闘気を高める。

 

「そらそらっ!!遠慮なく潰れろぉー!!!」

「ふっ………やるね。でも……煌け。」

その隙を逃さずに仕掛けようとしたレイアであったが、シャーリィが『テスタ・ロッサ』のチェーンソーが唸りを上げて彼女に振るわれ、レイアはそれを槍で防ぐ。……並の武器ならば、レイアの持つ槍が折られるであろうその行動だが……レイアの言葉に『レナス』は光の刃を形成し、

 

「はあっ!!」

「くうっ!………う、嘘!?『テスタ・ロッサ』のチェーンを!?」

彼女のチェーンソー部分を叩き斬った。動揺するシャーリィを他所に、レイアは闘気を高め、彼女に向けて突撃する。

 

「一閃必中……サンライト・スマッシャー!!」

「あうっ……つ、強いね……レイア……姉………」

唸りを上げる彼女の突撃槍がシャーリィを捉え、武器破壊によってその戦力の半分を奪われた形となったシャーリィはその技をまともに食らい、気絶してその場に倒れ込んだ。

レイアはそれに対して感傷に浸る間もなく、“覇気”を高めて、技の準備をする。この場にいるのは彼女(シャーリィ)だけではない……もう一人の人物(シグムント・オルランド)がいる以上は。

 

赤の戦鬼(オーガ・ロッソ)の力、とくと味わえ、朱の戦乙女(レイア・オルランド)!!」

その人物は自らの持つ武器をレイアに向けて投擲した。レイアはそれを上手くいなしてその攻撃を避けることに成功するが、二本の斧は自ら意思を持つかのごとく自在な軌道を描き、高く舞い上がる。そして、それと呼応するかのようにシグムントもまた、高く舞い上がった。

 

「喰らえ、クリムゾンフォールッ!!」

その斧を掴んだシグムントが自らの闘気を双戦斧に纏わせ、レイア目がけて降下する。シグムントのSクラフト『クリムゾンフォール』……普通ならば、ここで距離を取って隙を取るのが定石かもしれない。シグムントもレイアならばそうするであろうと踏んだ。

 

だが、レイアの取った行動はある意味全くの逆だった。シグムントの着地ポイントに敢えて近付き、そして

 

「はああっ!!」

「なっ!?」

片手で槍の切っ先を向け、シグムントの斧を受け止めるという“荒業”にシグムントは目を見開いた。そういった行動は自分の娘はおろか、自分の兄にして団長であるバルデルですら取らない行動……下手をすれば自らの得物を破壊しかねない無謀な行動だ。だが、彼女にはその行動に至らせるだけの“自信”があり、彼女の得物である槍もその“頑丈さ”を如何なく発揮しうる状況……無論、それだけではないのだが。

そして、レイアはその槍を“両手”で持った。

 

「『レナス』、制限解除(オーバルリミット・リリース)!」

「なっ!?何だその力はっ!?」

そして、レイアの持つ槍は各部が分割・展開し、彼女の属性である空属性と風属性―――翠金色の翼と刃が武器から発生し、その姿を顕現させる。更に、巻き起こる力の波動……その力の強大さにシグムントは恐怖という感情を覚えた。だが、それを感じる間もなく、シグムントは上空に“飛ばされた”

 

「はあっ!!」

「ぐあああっ!!!」

攻撃をすべて防ぎきるどころか、それすら上回る破壊力を叩き付けられ、シグムントは為す術もなく上空に打ち上げられる。それを見つめつつも、レイアは槍を構え、更に自らの能力を解放する。すると、周囲に巻き起こる“雷”の力。

 

紺野沙織(レイア・オルランド)がこの世界に転生する際に齎された“特典”……“超常能力特級昇華”。一つだけではあるが、自分が今までに見たことのある能力を完全特化および最上級の能力に昇華させる能力。様々な能力の中で彼女が選んだのは、“電撃使い(エレクトロマスター)”の能力。

 

解らない人がいると思うので説明するが、『エレクトロマスター』は御坂美琴という人物の“超能力”ということだ。その最たるものは“超電磁砲(レールガン)”。弾速36,750CE/h(3,675km/h、マッハ3)、毎分8発程度、コイン程度の大きさなら50m程度の射程を誇る。これがどうなるかというと……弾速73,500CE/h(7,350km/h)、毎分20発、空気抵抗軽減……その時点でかなりヤバい代物だということがおわかりだろう。

 

だが、その能力の最も恐ろしい点は金属に対する磁力の発揮という点にある。レイアが使うのは主に電気の力とこの磁力の力であり、超電磁砲は“最後の切り札”として温存している。更には、本来電気を通さないはずの物まで帯電性を及ぼすという常識を離れた超常現象をも引き起こすことができる。尤も、彼女にしてみれば“過ぎたるもの”という代物であるが……

 

レイアは槍を構え、その槍に雷を纏わせ、そして放たれるは彼女が自分なりに昇華させたEXクラフト。彼女が目指す領域の“その先”を掴み取るため、今ここにその力を顕現させる。

 

「絶技!エアレイド・グランドクロス!!」

「がああああっ!!」

レイアなりに編み出した自らのEXクラフト『絶技エアレイド・グランドクロス』の光の奔流はシグムントを容赦なく巻き込み、後続にいた猟兵や獣らはなす術もなく巻き込まれ、吹き飛ばされた。

 

彼女が放った技の跡に残るのは……辛うじて立ち上がったシグムント、その奔流を受けて無残にも装備を破壊された猟兵、最早原型を留めていない獣……被害が各々違いすぎるが、これには理由がある。シグムントは上空に飛ばされたためその被害は軽微、猟兵らは衝撃の余波を受ける形で、獣らは直撃を受けたためである。だが、軽微でありながらもその状態は戦闘を継続するには無理という他ないだろう。

 

「……『身内』を殺すのは、流石に躊躇うしね。父さんと母さんに免じて、ここは見逃してもいいよ。尤も、そちらが戦うのならば容赦なく行くけれど。」

そう言い切ったレイアの姿にシグムントはここいらが潮時だと悟った。この状況でこれ以上任務を継続することは不可能……そう思っていた矢先、二人にとって聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「おうおう、こりゃ派手にやらかしたなぁ……シグムント。」

「!!なっ!?」

「あ、父さん。」

シグムントとレイアには馴染のある人物―――バルデルは呑気に、その惨状を見つめていた。だが、次の瞬間にバルデルの表情は真剣な目つきでシグムントを睨み、彼はバルデルの視線に対して強張った。

 

「……ま、ご苦労とだけ言っておこう。お前に取っちゃいい“経験”になっただろうしな。レイア、ここは俺が責任を持って退かせよう。それでいいだろう?」

「うん。そういうなら任せるよ。」

「感謝する。野郎ども、撤退だ。」

バルデルがそう言うと、待機していた猟兵どもが気絶した仲間を回収し、シャーリィを肩に担ぎ、シグムントの首根っこを掴む形でバルデルはその場を後にした。

 

「済まない、兄貴………」

「気にするな。てめえの性分は理解してるつもりだ……けれどな、シルフェリティアも言ってたが、てめえがそんな調子だったら死んだ“アイツ”が浮かばれねえぞ。それだけは覚えておけ。」

「………」

バルデルの言葉にシグムントは苦い表情を浮かべ、何も言えずにいた。この後、『赤い星座』はリベールより完全撤退し、これ以降『福音計画』に参加することは無かった。

 

一方、その光景を見て疑問を感じたフィーはレヴァイスに尋ねた。

 

「いいの?追わなくて。」

「言いたいことは解る。けれど、アイツが義理を果たすんなら、追う理由はねえのさ。」

「………そっか。」

バルデルとレヴァイスにある関係。単純に宿敵という括りでは語れない“縁”を感じ、フィーはそれ以上の問いかけを止めた。

 

ロレント西側の戦いが収束した頃、北と南でも……その戦いが始まっていた。

 

 




レイアの特典が解放されました。
まぁ、純粋にヤバいので、まだまだ完全解放とは行きませんが(汗)

鉄騎隊の件に関してはオリ設定交じりです。
「オルランドの一族が中世の騎士から続く一族」「レグラムの鉄騎隊の像で語られなかった左側の斧を持った戦士」「シグムントの武器」……それから連想して考えた設定です。後で違う設定が出てきても、今作におけるオリ設定ということで勘弁してくださいw

……何だかんだ言って『赤い星座』には個人的に愛着あります。ただしシャーリィ、てめーの行動に関してはダメだ。


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第122話 天壌の劫火

~マルガ山道~

 

鉱山とロレントを繋ぐ山道……ロレントの北側に立っているのは、栗色の髪を持ち、法服に身を包んだ少年の姿。名はアスベル・フォストレイト。七耀教会星杯騎士団所属『守護騎士』第三位“京紫の瞬光”の渾名を持つ人間だ。

 

「………」

西側の『赤い星座』はレイアが、南側の『黒月』はシルフィアが……そして、北側を受け持つアスベル。そのいずれもが単独で軍隊相手に戦える面々であり、そのための準備は怠っていない。しばらくして、近づく気配を感じ……アスベルは閉じていた目を開いてその姿を確認する。その視界に映るのはライフルや剣を装備した猟兵に軍用獣……更には、彼等の中でも使い手が限られる特殊な剣を持つ猟兵もおり、アスベルはそれを確認する。

 

銃剣(ガンブレード)……どうやら、『北の猟兵』は本気のようだな。」

『銃剣』……その最大の特徴は、装填された特殊な弾丸を爆発させることで刃に力を流し込み、破壊力を高めるもの。そのコンセプトに近いものと言えば、スタンハルバードが最たるものであろう。尤も、スタンハルバードが導力式であるのに対し、彼等の持つものはどうやら火薬式のようである。それらを見ているアスベルのもとに、最前列を歩いていた猟兵が声を荒げた。

 

「何者だ、貴様は!」

「何者ねぇ……お前らを止めるものだと言えばいいかな?」

「……ハハハハッ!何を言っているんだ、このガキは!たった一人で俺らに挑むだと?」

「冗談にも程がある!ガキはとっとと帰ってねんねしな!!」

その物言い……アスベルにしてみれば、ある意味『二度目』とも言える言葉にアスベルは目を細め、踵を返す。

 

「解ればいいのさ……野郎ども、進むぞ!」

「応!!」

その様子に戦う気はないと判断したのか……猟兵らはアスベルの両脇をすり抜けるかのごとく進軍した。

 

いや、進軍“しようとした”のだが、“できなかった”……何故ならば、次の瞬間………アスベルの両脇を通ろうとした猟兵や軍用獣は次の瞬間に、『炎に包まれて』いた。

その光景にさっき悪態をついた奴とは別の猟兵がアスベルに銃を向けた。

 

「!?き、貴様!何をした!?」

「何をした……か。人の忠告を聞かない人間を“滅した”だけだ。」

その様子に怯むこともなく、アスベルは猟兵らの方を向き直り、二本の小太刀を抜き放つ。そして、彼の精神に呼応するかの如く、紅蓮の“覇気”がアスベルを包み込む。

 

「貴様……俺達が『北の猟兵』だと知って、言っているのか!」

「所詮、『結社』に雇われている以上は『屑未満の何物でもない』だろう。」

単純に『身喰らう蛇』を『悪』だとは判断出来ないにしろ、“白面”がやっていることは明らかに民を……罪もない大勢の人々を苦しめるやり方だ。そして、それに加担した以上……慈悲をくれてやる必要などない。

 

「戯言を……ここにいる『北の猟兵』は三千!てめえ一人で殺せると思うなよ!!」

そう言い切った猟兵……1対3000という圧倒的物量差……だが、それを見たアスベルは、静かに呟いた。

 

「……やれやれ。馬鹿もここまでくると却って呆れるな。」

頭を抱えたくなるような表情を浮かべていた。なぜならば、つい先日に彼は3000という数すら少ないと思うような戦いを経験している。クーデター事件前に起きた帝国ギルド支部連続襲撃事件……その際の物量差は5対39000という常識外れの戦いを潜り抜けているだけに、その半分程度の数など驚きにもならない。無論、彼等はそれを知らないので無理もない話なのであるが。

 

「国の復興も結構だが……てめえらが関与した時点で“外法”と認定する。ま、ほかのお仲間に関しては滅する余裕もないから無罪ということにしておこう。」

「“外法”……!その服、まさか!?」

そう言ってアスベルが太刀を構える。その言葉に少し冷静さを取り戻した猟兵の一人がその言葉と彼の身に付けている法服を見て、声を荒げる。

 

「リベール王国軍中将………いや、七耀教会星杯騎士団所属『守護騎士』第三位“京紫の瞬光”アスベル・フォストレイト。『北の猟兵』を『結社:身喰らう蛇』との関与あり、汝らを“外法”に認定する。恨むなら、自らの行いを恨むんだな。」

ある意味非常識な戦い……いや、『蹂躙劇』が幕を開けた。

 

「いくぞ!!はああああああっ……はあっ!!」

「野郎ども、いくぞ!!!」

「おう!!」

アスベルは自らの身体能力を上げる麒麟功の上位技『凄龍功(せいりゅうこう)』を発動させる。猟兵らは銃を放ち、剣を持つものは一斉に斬りかかる。その動きを見たアスベルはすぐさま距離を取る。それを見つつ、猟兵らは指示を飛ばし、アスベルを取り囲むかのごとく連携した動きを見せる。

 

「かかれっ!!」

「ガアッ!」

軍用獣が先手を取る形で襲い掛かり、その爪がアスベルに襲い掛かるが……

 

「雷徹・時雨」

奥義之二の弐式『雷徹・時雨』……『徹』の斬撃を十字に重ねることで威力を引き上げる技を発動させ、軍用獣の腕を吹き飛ばす。その一瞬の出来事に痛みを察する間もなく……

 

「はあっ!!」

すぐさま返しの刃によって、その獣は切り刻まれ、全身から血を噴き出し、崩れ落ちる。だが、それを感じる間もなく軍用獣が次々と襲い掛かるが、彼に恐怖はなかった。いや、恐怖がないというのは嘘ではあるが、彼には次の一手が見えていた。すぐさま構えを取り、そして技を繰り出す。

 

「風の刃に沈め………『飛燕』」

最大十二連撃を放つ高速抜刀の斬撃………目にも止まらぬ速さのアスベルの振るう刃に襲い掛かる軍用獣は為す術もなく切り刻まれ、見るも無残な姿で崩れ落ちた。

 

「やってくれる……撃てっ!!」

その光景に怯まず、猟兵らはライフル銃による弾丸の雨をアスベル目がけて放つが、それはアスベルにしてみれば無駄な行為であった。息を整えると、太刀を構え……

 

「ふぅぅぅ………斬っ!!」

そして、斬った。斬られた弾丸は運動エネルギーを喪い、アスベルの前に転がり落ちた。

 

「焦るな!確実に追い詰めろ!!」

その命令に銃剣を持つ猟兵がアスベルを取り囲んだ。さらに、その猟兵は一人が囮となってアスベルに向かって銃を放ち、それを見た他の猟兵が続けざまに銃を放ち、間髪入れずに銃剣を持つ猟兵らが襲い掛かるが、

 

「一閃!」

「ぐっ!?」

アスベルの放った“御神”の技、数多の“飛ぶ斬撃”を繰り出す奥義之三の発展系『射抜・夕立』によって銃弾もろともその猟兵を斬り刻み、更に“残月”の抜刀術を応用し、更に襲い来る銃弾を退け、取り囲んでいた猟兵らを難なく沈めた。

 

「ば、馬鹿なっ……これが同じ人間の仕業だとでもいうのか!?」

「まだ“完全な本気”じゃないのに失礼だな……それじゃあ、いくとするか。」

動揺する猟兵に呆れるアスベルであったが、気を取り直して両手の小太刀を納め、構えた。

 

「奥義之八……『瞬爛』!!」

アスベルの超高速抜刀術のSクラフト……この先、『閃』だけでは戦っていけないと考えた……右手に持った小太刀で薙ぎ払い、その瞬間に“神速”状態に移行させ、左に持つ小太刀で敵を引き斬る様に太刀筋を走らせる『瞬爛(しゅんらん)』が炸裂し、前方にいた猟兵らをまるで草を刈り取るかのごとく絶命させていく。

 

「やってくれる……プランC、いくぞ!!!」

「了解!!」

その行動が無駄だと悟り、猟兵らは銃剣を構え、アスベルに斬りかかる。だが、その単調的な行動パターンにアスベルは妙な違和感を覚えた。

 

(……動きが変わった?)

その行動に不信感を感じ、アスベルはその真意を探るべく、ひとまずは防御に徹する。次々と襲い来る猟兵に蹴りや掌底を浴びせ、彼らの動きを見極める。すると、腕を上げた指揮官の合図に呼応するかのように猟兵らが用意した物……その物の正体にアスベルは目を見開いた。

 

「………なっ、あれは!?」

「撃てっ!!」

指揮官の合図で放たれた特殊な弾……その行く先はアスベルと味方の戦闘エリア。そして、その弾は味方の背中に当たる形で炸裂し、強烈な光の後……轟く爆音と猛烈な爆発……そして、爆発の後、燃え上がっている光景を見て、指揮官は笑みを零した。

 

「クククッ、ガキを殺すのは忍びねえが、確実に殺させてもらったぜ。」

彼等が使ったのはいわば高火力の爆弾。弾すら斬る相手でも、味方の猟兵と斬り結んでいる状況でこの爆風相手には太刀打ち出来ない……そう考えて実行した『味方すらも犠牲にして確実に殺す策』……この威力ではあの『守護騎士』といえども生きてはいない……そう思っただろう。

 

だが、指揮官の目に映る光景―――その『炎』は唸りを上げる。そして、渦巻くように炎の壁が彼等を困惑させた。

 

「………な、何だ!?」

 

そして、指揮官の耳に聞こえてくるのは先程の少年の声。

 

 

―――お前らの考えはよく解った。改めて、お前らを“外法”と認定し、魂ごと灰燼に帰す。

 

 

「何を言っている!?」

 

 

―――お前らがそれを知る必要などない。何せ……

 

 

『これから死にに行く奴に、渡し賃以外の余分なものをくれてやる必要などないのだからな。』

 

 

その言葉を聞いたのち、指揮官の意識は完全に途切れた。何故ならば、次々と襲い掛かる炎の刃に装備は溶かされ、身体は焼かれ、もはや言葉にならない悲鳴が木霊した。その先も、次々と来た猟兵らもなす術もなく巻き込まれ、その存在が焼かれ、絶命していく。

 

「な、何が起こっている……あ、あれはっ!?」

後続にいた部隊長が前方から来る熱風を異常と思いつつ先鋒と合流すると、前線にいたはずの猟兵……いや、人と呼んでいた何かが大量に……辺りに転がっていた。そして、その光景の奥にいる太刀を構え、紅蓮の炎が包むように顕現している少年の姿がいた。

 

少年は彼の姿を見ると、その姿は部隊長の視界から完全に消えていた。部隊長が背中から感じる“殺気”に勘付いて背を向けるが、

 

「遅い」

少年の太刀筋に武器もろとも斬られ、次の瞬間……部隊長や周囲にいた猟兵もその炎に焼かれた。

 

そうして数時間経ったか……少年が太刀を納めて後ろを振り返ると、その光景は凄惨な物と化していた。さながら灼熱地獄が通り過ぎたかのごとくの様相を呈していた。少年は一息つき、自身の<聖痕>を顕現させると、

 

<在の金耀、因の銀耀……その相克を以て、虚ろなる器を天に返したまえ>

法術を唱え、その亡骸を消滅させていった。

 

先程アスベルが顕現させていた紅蓮の炎……『古代遺物』“天壌の劫火<アラストール>”。それを手にしたのは、七年前……“仕事”で赴いたエレボニア帝国の遺跡内に眠っていた代物であり、同じように眠っていたもう一つの『古代遺物』は同行していたシルフィアに吸収されたのだ。それ以降、かなりの重罪人相手にしか使わないが、アスベルの能力の一つとなっていた。“意思を疎通する炎”……使用者の意志に従ってその牙を振るう最凶の能力。尤も、その炎の能力はまだあるのだが……ここでは説明を省くこととする。

 

 

「さて、帰ると………つっ!!」

その仕事を終えると、少年―――アスベルは踵を返してその場を後にしようとしたその時、殺気を感じて屈む。その直後に通り過ぎる剣筋。アスベルはすぐさま距離を取って相対する。アスベルの目に入ったのは一人の青年。それも、空色の髪に青色の瞳を持ち、その手にはヴィクターほどではないにしろ、それなりの大きさの剣を構えていた。

 

「貴様……貴様が部隊長を、皆を殺したのか!!」

「……そうだと言ったら、どうするんだ?」

「決まっている……お前を殺す!皆の敵討ちのために!!」

その青年が滲ませているのは殺気……アスベルにしてみれば『慣れてしまった』もの。アスベルは一息ついて太刀を構えた。

 

「一つ言っておく。お前らがやろうとしたことは民を混乱させようとしたこと。お前らの出自がどうあれ……その事実は変わらない。」

「!!ならっ、殺すことなんてなかったはずだ!!」

その青年は何も知らない……いや、仲間たちが『正義』だと信じ切っているのだろう。事情はどうあれ、その真っ直ぐさにアスベルは呆れかえり、太刀を納めて踵を返した。

 

「逃げるのか!?」

「………どうやら、お前は真実を知らない。猟兵はお前のような人間には『似合わない』……それでも刃を向けるのというのなら、今ここでその現実をその身に教えることになる。」

立場が変われば、その人の『価値観』なんて簡単に変わってしまう。ある人の『正道』が、別の人から見る『邪道』に見えるということはさほど珍しいことではない。盲信してしまうということは、その価値観しか見ようとしない……『思考の停止』に等しい。そうなってしまうと、それは最早『人』とは呼べず、ただの『道具』でしかない。

その忠告に怯むも、青年はアスベルに斬りかかる……だが、

 

「―――『牙折り』」

アスベルの振るった拳が刃を粉砕した。そして、アスベルは続けざまに振りかぶり、

 

「『水鏡掌』」

「ぐはっ!?」

八葉一刀流八の型“無手”の内部打撃技『水鏡掌』をまともに食らい、その青年は吹き飛ばされ、岩肌に叩き付けられた。

その様子からして命に別条はないと判断すると、アスベルは背を向けて……そして言い放った。

 

 

―――己で考えて見出せなきゃ、自分が生きてる価値すら見出せないぞ……『流氷の蒼剣』

 

 

そう言い残してその場を去ったアスベル。

 

 

そして、残された青年はその言葉を噛み締めるように呟き……哭いた。

 

この後、『流氷の蒼剣』……青年―――ヴェイグ・リーヴェルトはその意味を知るべく、『北の猟兵』を抜け、自らを知るために光の世界へと歩むことになるが、それはまだ先の話であった。この戦いによって、『北の猟兵』3000人はたった一人の生存者を除いて全滅……その亡骸も、遺留品もすべて消失した。その結果を受け、『北の猟兵』はリベールから完全に手を引かざるを得ない状況に追い込まれることとなった。

 

 




唐突にオリキャラ投入しました。あと、『北の猟兵』にガンブレード持たせました。だって……それぐらいインパクトあってもいいかなと(オイッ!)

やっぱり、残虐シーンは難しいですね(実感)


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第123話 “銀”の刃

~エリーズ街道~

 

レイアが『赤い星座』、アスベルが『北の猟兵』と戦っている頃、ワインレッドの髪を持つ少女―――『紅曜石』の義妹にして、『守護騎士』第七位“銀隼の射手”シルフィア・セルナートも南側から来る襲撃者を相手にしていた。

その襲撃者は『結社』の猟兵とは異なり、『痩せ狼』や『不動』のように格闘術を駆使してシルフィアに襲い掛かっていたが……元々武術には長けていたことに加え、星杯騎士として体術を磨いた結果……武器なしでも相手を制圧するぐらいは出来るようになっていた。

 

「ば、馬鹿な……」

「相手はたった一人…なんだぞ…」

だが、それ以上に彼女を相手にしている『黒月』の面々は驚きを隠せずにいた。彼女の周囲に転がるのは彼等と同じ『黒月』の構成員。彼らはいずれも既に絶命している状態……それも、的確に心臓を貫く形で。焦燥の表情を浮かべる仲間に対し、いつもの様子とはかけ離れた冷酷な表情でシルフィアは静かに“警告”した。

 

「これが最後です……これ以上刃を交えるというのなら、彼等のようになりますよ?貴方達とて、無駄な犠牲は払いたくないでしょう?」

いわば“最後通告”……自らの命と『黒月』としてのプライドを天秤にかけられた形の言葉に構成員は動揺を隠せない。そこに、彼らを率いる“指揮官”―――ライガ・ローウェンが姿を見せた。

 

「へぇ~……コイツはまた麗しいお嬢さんだ。だが……油断しているとその棘に命を奪われそうだな。」

「成程。貴方がこの部隊の指揮官とお見受けしますが。」

飄々とした物言いでありながらも、その佇まいに一切の隙が見当たらない……シルフィアは目を細め、ライガの方を見やる。

 

「ご明察、だな。オレはライガ、ライガ・ローウェン。『貿易会社のしがない社員』だ。」

「よく言いますね……リベール王国軍『天上の隼』次席、シルフィア・セルナート“准将”です。」

自己紹介したライガとシルフィア。

 

ちなみに、シルフィアの階級は間違いではない。ついでに言うと、アスベルの階級もだ。クーデター事件後、女王の計らいにより、昇進する形となった。アスベルは少将から中将へ、シルフィアは大佐から准将へ、レイアは中佐から大佐へと昇進していた。

 

ついでの話になるが、リアン中佐はその実力から『天上の隼』の四席預かりとなり、トップ三人が動かない時は預かり上の隊長代理として働くことが多く、大佐への昇進も近い。カシウスに関しても軍の立て直しという功績を勘案して、飛び級昇進となる中将への昇進も近い。あと、現在大隊長を務める准佐のシオンも近々中佐への昇進を控えている状況だ。

 

ここまで立て続けに昇進が重なっていいのかと疑問なのであるが……それには“クーデター事件”や今の“異変”も大きく関係している以上、『結社』のせいでこうなっている状況に流石のカシウスも頭を抱えたくなったらしい。

 

話を戻すが……武器を構えるシルフィア、拳を握りしめるライガ……その相対する光景に彼らの周囲に立つものは最早冷や汗を感じずにはいられなかった。

 

「てめえがあの『紅曜石(カーネリア)』の妹か……おもしれえ!こんな国と高を括っていたが、どうやらいい戦いができそうだなぁ!!……なっ!?」

そう言い放ったライガの闘気が膨れ上がり、挨拶代わりと言わんばかりにシルフィアに向けて拳を振りかぶった。だが、それは見えない『何か』に阻まれた。その状況にライガも目を丸くするが、シルフィアの振りかぶった法剣を察し、ライガはすぐさま距離を取った。

 

「あぶねえ……人の域を超えたとも噂される『紅曜石』……その妹だけあって、人智を外れた能力を持ってるみてえだな?」

「………それはどうも。正直嬉しくありませんが。」

「そりゃそうだ。人間が“化物”扱いされるようなもんだしな……けど、今のは“化物”と言われても仕方ねえんだがな!!」

ライガが繰り出すのは無為無策……本能のままに体術を駆使する『我流』。それを計らずも食い止めたシルフィアはまさしく“人外”と呼ぶそれなのだと断言しつつ、ライガは変幻自在の拳や蹴りをあるがままに繰り出す。

 

拳法使いにとって一番の天敵は『型』がない人間。本来の武術を嗜んでいる人間は多かれ少なかれその型を維持している。あの『痩せ狼』ですらも、根本にあるのは泰斗の武術……だが、ライガはその型すらもない希有な存在とも言える。それでいて『黒月』において部隊長的ポジションを任せられるほどの逸材……それ相応の実力を有していることであろう。

 

だが、奇しくもシルフィアの周りには“そういった人間”がいることもあって、特に驚くこともなくライガの体術を裁きつつ、周囲にいる構成員の命を確実に刈り取っていく。

 

そして数刻後……そこにいたのは肩で息をするライガと、辛うじて致命傷を避けられたラウ、その周囲には既に絶命した構成員が転がっていた。それとは対照的にシルフィアは息を整え、隙を見せることなく法剣を構えた。

 

「(このままだと分が悪いな……)ラウ、撤退しろ。」

「し、しかし……」

「ごちゃごちゃ言うな!」

「ラ、ライガ様!?………御武運を、お祈りしますっ!……」

ライガは乱暴にラウを突き飛ばした。それに対してライガの真意を悟り……ラウは悔しそうにその場を後にした。その光景を見たシルフィアは意に介することなくライガを見つめた。

 

「俺に取っちゃここで捨石かもしれねえ……けどな、せめて一撃は食らわせてやる!!」

「………いいでしょう。」

ライガはそう言い放って『構えた』。その様子を見届けたシルフィアも法剣を構えた。互いに走る緊張……そして、互いに踏み込み、駆け出した。

 

「そおらっ!!!」

「っ!!!」

速い突き……それは確実にシルフィアの見えない壁を越え、彼女の腹を捉え……彼女は法剣を落とした。だが……

 

(何だ、この妙な手ごたえは………)

ライガが感じたのは、あるはずの内蔵の感触が感じられなかったこと……既にその油断が命取りとなった。シルフィアは両手をライガの両脇腹に打撃を打ち込み……そして、シルフィアは屈んで彼の腹部に寸勁を打ち込んだ。

 

「………がはっ!!」

その威力にライガは血を吐き、膝から崩れ落ちた。シルフィアは息を整え、法剣を拾う。

 

彼女がやった技は打撃の内部浸透ラインをライガの体内で結ぶことにより爆発的な威力を発揮させる『凶叉』という技。そして、ライガが感じた違和感の正体は……特殊な呼吸法で内臓をあばらの中に押し上げる『内蔵上げ』によるもの。彼にはその理由を知ることなどできない。寸勁は東方の拳法の中に取り入れられているが、『内蔵上げ』は空手……この世界にあるかどうかは不明だが、彼女が転生前に習っていた武術の技巧の一つを発揮できたことに他ならない。

 

「フ、フフ……俺の負けだ。さあ、遠慮なく殺せ。どうせ“始末役”に殺されるぐらいなら……お前のような女性に殺された方がマシだな。」

「……解りました。」

その言葉を辞世の句として受け取り、シルフィアの法剣は彼の首と胴体を分かつかのごとく振るわれ、ライガ・ローウェンはその場に息絶えた。

 

シルフィアは血を掃う……すると、妙な気配を感じ取り、法剣を構え……

 

「………アークフェンサー!」

シルフィアの法剣が近くの木を真っ二つにした。すると、そこから飛び出す影。その影は真っ直ぐシルフィアを捉えていた。そこでシルフィアが取った行動は、強引ながらも伸ばした法剣をそのまま横薙ぎするように軌道を変えて振るった。その行動にその影は距離を取り、シルフィアと相対した。

 

「フ……流石は“銀隼の射手”。あの“紅曜石”の妹ということも伊達ではないようだな。」

「仮面にフード……さしずめ、貴方が東方の凶手“銀”ってところか。貴方も襲撃をするというのかな?」

口元に笑みを浮かべる人物―――銀はシルフィアを見つめ、シルフィアはある意味“銀”という言葉に縁のある相手と相対することに内心笑みを浮かべつつ、真剣な表情で剣を構えた。

 

「元よりそのつもりはない。今回はあくまでも『監視役』……偶然とはいえ、銀という字に縁がある人間と会えるとは……今宵はこの場で失礼「させると思う?」!?」

銀の言葉はある意味本当の事だとは思いつつ……シルフィアは本気で法剣を振るい、銀は間一髪でそれをかわすが……

 

―――ピシッ……コトッ

 

「え………」

仮面を割られた銀……その仮面の奥から見せた顔は少女の顔であった。

 

「やっぱりか……リーシャ・マオ。」

「っ!?」

「あ~はいはい、ストップ」

「あうっ!!」

顔を見られたことにすぐさま自殺を試みようとしたが、シルフィアにツッコミのチョップを入れられ、その場に蹲った。そして、シルフィアはため息を吐いてリーシャに話しかけた。

 

「事情はあえて聞かない。けれども……取引しよっか?」

「取引、ですか?」

「うん。」

シルフィアが提案したのは……『自分の身内と相対することになった際、出来る限り争いを避ける』……その取引さえ守ればリーシャの正体を明かすことはしないと約束した。それに同意したリーシャは姿を隠すようにその場を退いた。

その前……リーシャはその礼に一つ情報を提供した。

 

『今回の作戦、私達はおろか『赤い星座』や『北の猟兵』は囮。本命はブライト家にあり、とのことです。』

 

「……まぁ、心配はしてないかな。」

そう言い切って剣を納めるシルフィア。だが、念のためにシルフィアは後片付けをした後、ブライト家へと向かうこととした。

 

 

~ブライト家~

 

「はぁ~……面倒なことをさせないでほしいわね。」

「今回ばかりは貴女に同感ですよ。」

そのブライト家の周囲に転がるのは猟兵や人形兵器の残骸……そして、それを面倒そうに見ながら呟いたのはヴィータ・クロチルダとアリアンロードの二人であった。要するに、この二人が猟兵らを殲滅したのだ。

 

「…え…こ、これは……」

「あ、レナさん。」

「大丈夫ですか?」

「ええ……その、ありがとうございます。」

「フフ、“先生”には世話になっているし、これぐらいはさせてほしいです。」

「ええ、幸いにも心得はありますので。」

静まり返った外の様子を見に来たレナにヴィータとアリアンロードは笑みを零してそう答えた。『結社』の『使徒』が同じ『結社』の猟兵を滅する……一時的とはいえ、これには苦笑を浮かべたのは言うまでもない。

 

「ともあれ、疲れたでしょう。飲み物を用意してありますから。」

「その、済みません。」

「では、お言葉に甘えまして……」

そう言って家の中に入る三人の姿があった……

 

 

結果、“白面”の立てたこの作戦は完全に失敗し……街中にいた猟兵らも『翡翠の刃』や『西風の旅団』らによって殲滅され、殆どの住民はその戦いの事や顛末を知ることなどなく、静かな一夜を過ごした。

 

 

~遊撃士協会 ボース支部~

 

「ふむ………お、来たようじゃの。」

「おはよう、ルグラン爺さん。」

「おはようございます。」

受付にて何かの書面に目を通していたルグランは、入ってきたエステルらの姿が目に入り、挨拶を交わした。

ボース方面に関しては、飛行船の運航停止による経済活動の多少の混乱はあったものの、今のところ物流に関しては代替案となる陸路での物流によって問題なく商いが行われている……これもアスベルらの案の一つであった。

 

更に、もう一つの案として活用しているのはヴァレリア湖を往来する船を用いた運送。幸いにもボース・ルーアン・グランセル・ツァイスの四地域は湖岸に接しているので、その部分に港を造設し、船舶による運送を行っていた。とりわけ戦車や装甲車などといった重い積載物の運搬にも一役買っているため、その重要性が近年になって再確認させられる形となり、ルーアン市の財政もノーマン市長に変わってから大幅に改善された。

 

「って爺さん、何かあったのか?」

「……お前さん達なら知っておいて問題は無かろう。昨晩、ロレントが襲撃されたらしいのじゃ。」

「あ、あんですってー!?」

アガットはルグランの表情に気付いて尋ね、ルグランが話した内容にエステルは驚きの声を上げた。

 

「もしかして、『結社』絡みですか?」

「それだけでなく、『赤い星座』や『北の猟兵』、『黒月』も動いていたようじゃ。」

「って、かなりの規模じゃない。それで被害は?」

ヨシュアが真剣な表情で尋ね、ルグランの説明にその陣容の大きさをそれとなく察しつつも肝心の被害の方を尋ねた。

 

「うむ。それを察していた軍の方で手を打ったのが功を奏したようで、特に被害は出ておらん。」

「そうですか……よかったです。」

ルグランの言葉にティータは安堵の表情を浮かべた。

 

さて、説明をしておくと……『赤い星座』―――中世の騎士の一族が傭兵となり、そして大陸西部最大規模の猟兵団へと成長した猟兵の一団。『北の猟兵』―――元はノーザンブリア自治州の国防軍が前身であり、『塩の杭』異変により国が混乱……その後、自治州となったノーザンブリアが外貨を稼ぐために傭兵化した集団。そして『黒月(ヘイユエ)』―――前者とは異なり、この組織はマフィアであり、共和国の裏社会の覇権争いを行う大規模の組織形態を持つ。猟兵団とマフィア……形が違うとはいえ、『結社』に雇われた以上はかなりの実力者であるということを察するのに時間はかからなかった。

 

「でも……何でこの時期に?」

「考えられるとすると……ひょっとしたら、目的は母さんだったかもしれない。」

「ふえっ!?」

「考えられなくはねえか……オッサンは実質軍のトップ。それを抑えるための“人質”って可能性があったってことか。」

「ええ。“教授”ならそれぐらい考えて仕向けることぐらいは容易いかと。」

アガットの予測にヨシュアは頷く。この状況でレナを人質に取れば、カシウスだけでなくエステルやヨシュアをも抑えられる状況ができる……それを見越した上でワイスマンが仕向けた可能性があることを述べた。

 

「ともかく、大きな混乱は起きておらん。レナの奴もアイナを通じて無事を確認しておる。」

「(ねぇ、ヨシュア。ひょっとして……)」

「(………考えたくないけれど、その可能性しかないか。)」

ルグランの言葉にエステルとヨシュアは小声でブライト家に寝泊まりしている二人の事を思い出し、内心疲れた表情を浮かべた。『結社』の企みから『結社』に助けられる……傍から聞けばシュールな光景であること間違いなしであろう。だが、レナが無事だということからすると、独自に介入したとみるのが道理だろう。それを認めるのは何故だか癪に障るが。

 

 

~グロリアス~

 

「グッ……何故だ!!何故失敗した!!」

報告を聞いたワイスマンは激昂していた。生き残ったものは極少数……その兵らから聞いた報告は『ほぼ全滅』という結果であった。『導力停止状態』という一方的に有利な状況……こちらがアーツをつかえるという状況でありながら、完膚なきまでに叩きのめされたということ。

 

しかも、導力が停止していながらも、市民の生活は混乱していなかった。まぁ、明かりが使えない以上寝静まるのが早いぐらいだ。そして、それがかえって今回の戦闘の秘匿性を高めることに繋がっていた。

 

「フフ……ラッセル博士とカシウス・ブライト……それならば、私も『礼』をしなければなりませんね。“剣帝”、『執行者』たちに王都へ向かわせるよう指示を。こうなれば、あの二人を人質に取らせてもらおう。」

「別に構わないが……俺は?」

「君にはリベル=アークの留守を頼まないといけないのでね。それと、時間稼ぎのための“援軍”も既に近づいている。」

「解った……四人にはそう伝えておこう。」

ワイスマンはひとまず冷静さを取り戻し、レーヴェに他の『執行者』を王都へ向かわせるよう指示し、彼はそれを聞くとワイスマンのもとを離れた。

 

「ククク…いくら“剣聖”とはいえ、『執行者』四人相手には敵うまい……せいぜい悲鳴の合唱を奏でてくれたまえよ?フフフ………ハハハハハハハハ!!!」

そう不敵な笑みを浮かべ、高らかに笑ったワイスマン。

 

その願いが届くかどうかは……誰にも解らなかった。

 

 



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第124話 かつての“壁”を越えて

“白面”ゲオルグ・ワイスマンの個人的なお願いによって王都グランセルへと赴いた“幻惑の鈴”ルシオラ、“痩せ狼”ヴァルター、“怪盗紳士”ブルブラン、“殲滅天使”レン。そして、彼等の背後には多くの強化猟兵と人形兵器が待機していた。だが、彼らが到着した頃、王都は本来あるべき姿をしていなかった……

 

~王都グランセル~

 

「……これは、一体どういうことなのかね?」

そう呟いたブルブランを含め、四人が見た光景………それは、静まり返った王都の姿であった。見るからに人一人の気配すら感じられない……それはおろか、見回っているはずの王国軍の兵士の姿すらもない。

 

「流石にこれは不気味ね……まさか、罠なのかしら?」

「いや、俺らが来るとはいえ、そう簡単に王都を空にするとは思えねえ………チッ、そういうことか!!」

「ヴァルター?どうかしたのかしら?」

「“痩せ狼”殿、どうしたのかね?」

その状況を見たルシオラが首を傾げたが、ヴァルターはその感じた気配を察して、舌打ちをした。そのことにレンは首を傾げ、ブルブランも気になって尋ねた。

 

「“剣聖”カシウス・ブライト……奴め、この王都にとんでもねえ置き土産をしていきやがったとはな………やってくれるじゃねえかっ!」

「そういうこと………」

「ここから先は……」

「一歩たりとも通さない。」

そう言い放って姿を見せたのは……A級正遊撃士兼王室親衛隊大隊長―――“紅氷の隼”シオン・シュバルツ、元『執行者』にして『翡翠の刃』の急先鋒―――“絶槍”クルル・スヴェンド、そして元『執行者』で正遊撃士―――“影の霹靂”もとい“黒雷の銃剣士”スコール・S・アルゼイドの三人だった。

 

「我々の動きを読んでいた……いや、そのための配置という訳だったのか!」

「ご明察。下手すりゃアスベルクラスのカシウスさんにヴィクターさん……それと今までにてめえらを圧倒した連中がロレントやボースにいれば、手薄になるよう仕向けた王都を急襲し、女王陛下と王太女殿下を人質にすることも織り込んでな。」

ここまで想定外の事態が続けば、ワイスマンは次の手段としてこの国のトップである女王、そして王太女であるクローゼを人質にする可能性が高いと踏んでいた。更に、猟兵と人形兵器による襲撃を勘案して、市民らにはエルベ離宮や各国大使館、競技場などの公共施設に避難させており、被害を最小限に留めるための対策は既に取られていた。そして、女王とクローゼの護衛役としてジンたちに待機させている………ある意味盤石の体制が整っていた。

 

「ウフフ、やってくれるじゃない……でも、三人だけでレンたちを止められるのかしら?」

「……はぁ、レーヴェから話を聞いていないのかな。」

「というか、アンタらはある意味幸運だったかもしれないがな。」

「全くだ……」

「そう言ってあげるな……君らの実力は、私はおろか、カシウスさんやヴィクターさんですら感心させられるほどだからね。」

レンの物言いにため息が出そうな表情を浮かべる三人に対してかけられた言葉……その声の主である金髪の男性―――リベール王国軍特務中佐アラン・リシャールは静かにシオンらのもとに歩み寄り、並び立った。

 

「馬鹿な……アラン・リシャールだと!?」

「ふふ……『結社』の『執行者』の諸君、先日は君らの主に世話になった。私がここにいること、それがどういう意味を持つか聡明な君らならば、お分かりと思うが?」

いずれも錚々たる実力者……とりわけ、そのうち二人は元『執行者』。しかも、“絶槍”は“剣帝”以上の実力者であるだけに、その置き土産が凄まじく大きなものであることを実感したことだろう。

 

「……やってくれるじゃねえか。だからこそ、おもしれえ!!クルルにスコール、手加減はしねえぞ!!」

その陣容に俄然やる気が出たのか、ヴァルターは闘気を解放して不敵な笑みを浮かべる。

 

「はぁ……俺がヴァルターを引き受ける。」

「なら、私はルシオラのほうね。」

「私はあの御仁を引き受けよう。」

「となると……俺がレンとか……ルドガーに怒られねえよな?」

「大丈夫じゃない?多分……」

最早戦うことは不可避なだけに、スコールはヴァルター、クルルはルシオラ、リシャールはブルブラン、そしてシオンはレンと戦うこととなった。

 

「彼等は我らで引き受ける。その隙に王都制圧せよ!」

「了解!!」

その光景を見たブルブランは後ろに控えていた猟兵と人形兵器に指示し、彼等は四人の横を通る形で移動したが……彼等は一切危害を加えなかった。その様子を見たブルブランらは不思議に思って尋ねた。

 

「ほう……簡単に行かせるとは。貴殿らはそれでいいのかな?」

「……ま、彼らを抑えるのは俺らじゃねえからな。それに、てめえら相手の前に無駄な力は使いたくねえんでな。」

「何……?」

シオンのその言葉………その意味をブルブランが知ることなどなかった。何故ならば、彼等の相手は既に王都にいたのだから……

 

進軍する猟兵ら……その姿を確認した女性士官が声を上げ、指示を飛ばす。

 

「来たわね……各員、散開!」

「はっ!!」

その指令に漆黒の武装を身に付けた兵士―――特務兵と、王国軍の軍服に最新式の銃を装備したり、白兵戦用の剣を装備した正規軍の兵士が猟兵らを取り囲んでいた。その光景を目の当たりにした猟兵らは流石に混乱していた。

 

「な、何!?」

「ば、馬鹿な!?特務兵に正規軍の混成部隊だと……!?」

それもそうだろう……特務兵は先日のクーデター事件における首謀者側の面々。それが正規軍と行動を共にしていることには驚きという他ない。その光景を見る女性士官のもとに、王室親衛隊の制服に身を包んだ女性……女性士官にしてみれば、好敵手のような存在の女性が姿を見せたことに内心驚きつつも悪態をついた。

 

「フン、遅かったじゃないユリア。」

「相変わらずの口のきき方だな、カノーネ。だが、今は余計な言動をしている暇もないようだ。」

「解ってるじゃない……各員、戦闘開始!」

「王都を必ず守り抜け!!」

『了解!!』

特務部隊副官カノーネ・アマルティア特務少佐、そして王室親衛隊中隊長ユリア・シュバルツ大尉……士官学校から互いに因縁のある二人が、国の危機のため……互いに背を預ける形で協力して『結社』の猟兵や人形兵器らを確実に制圧するべく、戦闘を開始した。その光景を見つめつつ、カノーネは四人の思慮深さに感心させられていた。彼等が敵ではなく味方であったことは不幸中の幸いだということも……

 

「(アスベル、シルフィア、レイア…それに、カシウス・ブライト…まったく、侮りがたいお人たちね。短期間で特務兵と遜色ない実力まで、正規軍を叩き上げる……閣下が仰られていたことは、こういうことだったのね。)」

 

 

~グランセル城~

 

その事は『再決起事件』解決後に遡る……グランセル城でカノーネからの事情聴取を行うため、リアン、カシウス、モルガン、ユリア……そして、軍服姿のリシャールがそこにいた。それにはカノーネも驚きを隠せなかったが、リシャールはその事情を語り始めた。

 

「情報部は解散……といきたかったのだが、カノーネ君には詫びなければいけないことがある。」

「え……」

「今回の事件……本当の目的は、私を使ってこの事態まで予測し、更なる混沌を齎そうとする輩……その足取りを掴むため、アスベル君、シルフィア君、レイア君……そして、カシウス殿と協力して一芝居を打っていた。ロランス君に見つからないかと戦々恐々ではあったが……どうやら、ここまでは上手くいった。その関係で君には迷惑をかけてしまったな。」

「か、閣下…私こそ…申し訳ありません!閣下の気持ちすら解らず、このようなことを……私は、閣下の部下として失格です……!」

リシャールの言葉にカノーネは自分自身のしでかしたことが愚かなことであることに青褪めた。自分の信ずるリシャールが真に国を脅かす輩を見つけるべく、その身を犠牲にする形でこの国に殉じていた。その行動からすれば自分のしたことは本当に愚かという他ない……カノーネは涙を流し、謝るが……リシャールは笑みを零してカノーネの肩に手を置く。

 

「そのようなことはない……君は今でも私の立派な部下であり、右腕だよ。それでもまだ君が罪悪感を感じるならば……然るべき時まで君には今回の『償い』として、例の訓練場で正規軍を鍛えてほしい。これは軍全体の総意であり、私と同じく真に国を憂う君だからこそ頼めることであり、私の願いでもある。どうか引き受けてくれるかな?」

「……承知しました。その大任、謹んでお受けいたします。」

リシャールの言葉に心打たれ、カノーネは深々と頭を下げた。その様子を見たカシウスは申し訳なさそうにリシャールに声をかけた。

 

「済まないな、リシャール。謹慎中のお前に無理強いさせてしまって。」

「いえ、これはある意味私への『罰』ですので……それに、その芝居をさせたのはカシウス殿ですよ。ある意味共犯のようなものです。」

「ま、否定はしない。」

 

 

~グランセル 入口~

 

市街地で特務兵・正規軍の混成部隊と猟兵・人形兵器が戦っている頃、シオンらと『執行者』もまた激しい戦いを繰り広げていた。

 

“痩せ狼”ヴァルターと“影の霹靂”スコール・S・アルゼイド……互いの拳と剣筋が紙一重でよけては、体術を駆使して一撃をぶつけ合う……一撃重視のヴァルターとある意味手数重視のスコール。互いに決定打とも言える一撃を入れるには至らず、距離を取った。

 

「やるじゃねえか……そらっ!!」

「はあっ!!」

ヴァルターの拳とスコールの刃……その衝撃で辺りの空気が震え上がる。膂力だけでいえばほぼ互角の様相……これを感じたヴァルターは笑みを浮かべて昔とは違うスコールの力に喜びを感じていた。

 

「六年前に抜けて腑抜けになってるかと思えば、俺も予想しねえほどに更に磨き上げてくるたぁ……感心しちまうぜ。思えば、てめえやルドガーの勤勉さには俺も怒りを通り越して感心させられるぐれえだったからな!!」

「そいつはどうも。身内がアレだからなっ!!」

 

スコールとヴァルターの関わり……数か月程度であったが、ヴァルターの武術を見て興味があったスコールは、ヴァルターに教えを請うたことが切っ掛けだった。

 

『ヴァルター、拳法を教えてほしい』

『はあ?何で俺に頼むんだ?』

『……ま、単純に珍しいと思ったからな。』

『ケッ……覚えたきゃ、見よう見真似で覚えて見せろや。』

そう言ったヴァルター……それを聞いたスコールは毎日ヴァルターの鍛錬や仕事の動きを見て……そして、それを独自の解釈で己の技巧としていった。

 

ルドガーを“努力の天才”とするならば、スコールは“観の目の天才”とも言うべき存在。相手の動きを熟知し、それを己の技巧で再現してしまう異才を持つ……似たような存在ならば、守護騎士である“那由多”がいい例だろう。一ヶ月もしないうちにヴァルターの技をある程度再現したことに本人は根負けし、スコールに基本的な技巧を教えることとなった。その時の経験からか、レンやヨシュアにも少しばかり拳法の基本である“力の運用”を教えていた。

 

「“光の剣匠”に“紫電”……特に、“紫電”はてめえのお気に入りだったからな。その一途さには俺も驚きという他ないぜ。」

ヴァルターは踵落としを繰り出すが、スコールは飛び退き……ヴァルターの足によって地面に亀裂が走る。それを見てスコールは銃形態にして銃弾を浴びせるが、ヴァルターは繰り出した拳の拳圧で銃弾を叩き落とした。その間にスコールは大剣形態に変形させて、息を整える。その隙を逃すまいとヴァルターは闘気と共に一気に踏み込み、自身の持てる力を込めた戦技を繰り出す。

 

「そおらぁっ!!!」

ヴァルターの寸勁を繰り出すSクラフト『ファイナルゼロ・インパクト』がスコールを捉える。その手ごたえからして直撃……それに笑みを零したヴァルターであったが………

 

その油断がまずかった。

 

「へっ………なっ!?」

「捕まえたぜ……」

それに笑みを零したのはスコール。先程の技を受けて何故無事なのか……それを察する間もなく、スコールは剣を振り上げ、ヴァルターは苦痛を漏らす。

 

「ぐはっ!?(な、何でだ……確かに直撃していたはず……!!まさかあいつ、寸勁外しをやったというのか!?しかも、それを独学で会得したというのか!?)」

ヴァルターが考えた可能性……この土壇場という状況下で、スコールは寸勁外しによってヴァルターの打ち込んだ寸勁を無効化したとしか考えられない。その技巧は妙手クラスのもの……それを、スコールは自らの思考で辿り着いたということに他ならなかった。

だが、スコールの攻撃はまだ終わっていない。スコールは闘気を解放し、『エグゼクスレイン』に闘気の刃を顕現させる。

 

「アルゼイドの剣……『槍の聖女』に連なる剣技、今こそ受けよ!」

元『執行者』……そして“光の剣匠”を父に持ち、その父をも超えるべく磨き続けるその技巧……影から光へとなるために……“黒雷の銃剣士”は今ここに、自身の剣術の全てを力にして繰り出す。

 

「絶技、洸凰剣!!」

「があああああああっ!?!?」

アルゼイド流の『奥義』の一つ、『絶技・洸凰剣』が炸裂し、ヴァルターは吹き飛ばされた。

 

 

その頃、ブルブランとリシャールの戦いも熾烈を極めていた……それを打破するべく、ブルブランは自身のSクラフト『デスマジック』を放ち、リシャールはなす術もなく棺桶に入れられ、ブルブランの放ったステッキによって貫かれた。

 

「……フフフ、いくら“剣聖”の技を継いでいるとはいえ、私の華麗な技の前には……何っ!?」

笑みを浮かべたブルブランであったが、出てきたリシャールが霞と消えたことに驚き、本当のリシャールがその後ろにいたことに驚愕した。

 

「流石、『身喰らう蛇』の『執行者』……一片たりとも気が抜けないとは……」

「馬鹿な……確かに直撃させたはず……まさか!?」

息を吐いたリシャールの姿に考え込んだブルブランであったが……一つの可能性に至り、リシャールに問いかける。

 

「ロランス君……いや、君らと同じ『執行者』“剣帝”……彼の技を少しばかり使わせてもらったのさ。」

「“分け身”……面白い!」

“剣帝”レーヴェの“分け身”……そのコツを元同僚のクルルやスコールに教わり、それをぶっつけ本番ながらも何とか成功させた。この時ばかりは元味方のロランス(レーヴェ)に感謝すべきことであった。

 

「美を語るわけではないが……これにて終幕とさせてもらおう!」

そう言ってリシャールは刀を納め、闘気を高める。

 

 

―――咲き乱れ、桜花の如く。煌け、満ち足りた月の如く。我が剣の極致、しかとその身に刻むがいい!!

 

 

己の罪と、己の国に対する忠誠……自らの愚かさを見つめなおし、そして見出した己の道。そして、その思いを貫くための刃。その気持ちの迷いから至ることのできなかった剣の極致。今、真に国を憂う“剣聖”の後継者が繰り出すは、アラン・リシャールにしかできない五の型“残月”の極式。

 

 

「五の型“残月”が極の太刀……『月天桜剣(げってんおうけん)』!!」

 

 

「ああっ………う、美しい………」

その剣の軌跡は舞い散る桜のように煌びやかに……そして、月の光のように輝くが如く……リシャールの新Sクラフト『絶技・月天桜剣』を受け、ブルブランはその美しさに目を奪われて直撃し……ついに膝をついた。

 

その一方、クルルとルシオラ……そして、シオンとレンの戦いも完全にクルルとシオンのペースで戦いが進んでいた。そして、ヴァルターとブルブランの様子を見てクルルが問いかけた。

 

「どうするの“幻惑の鈴”?このまま全滅してもいいの?」

「……見逃すと言うの?」

「私が受けたのは『執行者』を追い返すこと。ともかく早く退かないと……死ぬよ?」

クルルの表情と言葉……それは最早、警告ではなく宣告……それを察したルシオラはレンを呼び、撤退するよう言い放った。

 

「………感謝するわ。レン、撤退するわよ!」

「むぅ~、シオンとの鬼ごっこは楽しいのに……じゃあね、お兄さん♪」

シオンと“鬼ごっこ”していたレンは不服そうであったが、ここで退かないとヴァルターとブルブランが危ないことを察し、渋々レンも退却した。更に、僅かな兵士らがブルブランとヴァルターを回収する形で去っていった。脅威が去ったことを確認すると、四人は武器を納めた。

 

「ふう……リシャール中佐、お見事です。」

「秘匿しているとはいえ、殿下にそのようなお言葉を頂けるとは……このアラン・リシャール、感謝の極み。」

「こうするとシオンって王子様なんだよね。」

「そうだな。」

「それを言うな……」

シオンの言葉に最敬礼をするリシャールの姿を見て、クルルは感心し、スコールは笑みを零し、一方のシオンはため息を吐いた。

 

結果として王都への被害は軽微なものとなり、王都に住む市民への被害は奇跡的に0、正規軍と特務兵らは軽傷を負ったものは数名ほどいたが、それでも殆ど被害がない状態での完勝となった。この様子は偶然にも街区にいたナイアルとドロシーがその様子を取材し、特別号として『王国軍の底力!謎の兵士や兵器らあいてに大奮闘!!』と大々的に扱われることとなった。

 

 




ヴァルター&リシャールのオリジナルSクラ追加しました。


次回、ある意味究極の茶番劇

テラスチャラカ「ここは僕の演奏を聞くがいい!!」

音楽マネージャー「やめんか、阿呆が!!」

女学生「なら、私が歌を担当すればよろしいのですね?」

不良中年「その願い、しかと聞き遂げましたぞ」

爆釣王「や・め・な・さ・い・よ・!!!」

爆釣王以外『ゴメンナサイ、調子に乗りました』

夏候惇「……済まない、家の皇子殿下が迷惑をかける。」

ネギ「オレには真似できへんわ……って、誰がネギやねん!!」

腹ペコ「ま、それが公式だし」

中性「そうそう、それがニラ・グラハムの宿命だよ♪」

ニラ「お前、いつかボコボコにしたろか!!」

※名前欄はプライバシーの関係のため、本名を伏せております。


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第125話 迫りくる軍馬の足音

~グランセル城 謁見の間~

 

『準備』があるというユリアは別行動という形で王都を後にし、その場に先程『執行者』と戦ったシオン、クルル、スコール、リシャールが謁見の間に入ると、そこには女王と王太女の制服に身を包んだクローゼ、そして女王とクローゼの護衛という形でグランセル城にいたジン、サラ、シェラザード、リィンの四人、そしてリアンと合流する形で鉢合わせになった。

 

「あら、シオン達も……って、リシャール大佐!?」

「おや、大佐殿がシオン達と一緒にいるとは……」

「残念ながら大佐ではないのだがね……今では一介の軍人という身分さ。そこの黒髪の少年は初対面だったな。私の名はアラン・リシャール。かつて王国軍大佐を務め、今では一介の軍人となった大罪人さ。」

リシャールの姿を最初に見たシェラザードが声を上げ、続くようにジンが述べると、『大佐』という言葉に苦笑しつつもリシャールは言葉を返しつつ、初対面であるリィンに対して自己紹介をした。

 

「リィン・シュバルツァーといいます。にしても、クーデター事件の首謀者がこうしてここにいるということは……まさか、女王陛下はこの事態をある程度予測しておられたのですか?」

「リィン?」

自己紹介を返しつつ、その様子を傍から見ていたリィンの言葉にサラは首を傾げた。すると、女王陛下は真剣な表情で説明を始めた。

 

「私が……というよりも、カシウス殿が立てたプランであり、彼自身がリシャール中佐の説得……そして、この事態が仮に起きた時の対策を立てていました。」

「私を唆(そそのか)し、クーデターを仕掛けた人物……カシウス殿はその時起きていた帝国での事件との『連動』に対して早々に気づき、帝国での事件を早々に片付けてこちらへと内密に戻ってきていたのだ。」

「成程ね……」

女王の言葉に続くように述べられたリシャールの言葉。それに対してサラはその片方の事件に関わっていただけに、その意味がそれとなく理解できていた。

 

「帝国での事件ね……」

「確か、ギルド支部が止む無く撤退したらしいが……サラ、その辺りも関わっているのか?」

シェラザードはカシウスの乗っていた(途中下車した)飛行船が行方不明になった事件を思い出し、ジンは帝国におけるギルドの撤退の噂を思い返しつつ、その辺りの事情に詳しそうなサラに尋ねた。

 

「アタシから見ても、トヴァルから見ても……今思えば『おかしい』事件だったのよ。確かに猟兵団とはいがみ合い程度のいざこざはあったけれど、まさかカシウスさんを引っ張り出すために大仰な手を打ってくるだなんて……と思ったのには違いないわ。」

後にカシウスから聞いたのだが、その際情報局や鉄道憲兵隊(Train Military Police)も動いていたらしい。ただ、それは猟兵団を探る目的ではなく、カシウスや同じような重要人物の動きをマークするためだったらしい。既に解決した事件ではあるが、それ以降の帝国政府の動き……いや、<鉄血宰相>の一派―――『革新派』の動きは露骨となり、ギルドは相次いで撤退を余儀なくされた。現在残っている帝国のギルド支部はなく、強いて言えば元帝国領現自治州であるアルトハイム、セントアーク、パルム、レグラムの四支部である。

 

さて、ここで各自治州の事について、改めて説明しておく。

 

レグラム自治州は旧アルゼイド子爵領および旧クロイツェン州南部であり、首都は“霧湖の街”レグラム。国境線はレグラムと翡翠の公都バリアハートの中間線辺りに引かれている。鉄道のレグラム支線は未だに開通の目途が立っていないため、運輸や移動は専ら飛行船を用いた空輸という形である。ただ、鉄道再開を望む声が多いため、非公式ではあるが政府間交渉が始まっている。鉄道の路線自体は、リベール側に関しては王国軍によって管理されている。

 

アルトハイム自治州はサザーラント州全域がそのまま自治州化し、北部に造設された軍関連の施設を有する自治州の首都にして人口40万人を有する『アルトハイム』、中央部にある旧サザーラント州の首都であり、人口35万人を有する“静水の白都”『セントアーク』、南部にある人口10万人の“紡ぎの街”『パルム』がある。こちらの自治州もヘイムダルとの鉄道網が完全に復活していないため、現在再開に向けた交渉が進められている。

 

ちなみに……リベール王国の首都であるグランセルの人口はというと、経済規模の拡大により現在ではクロスベル市と同じ50万人にまで増加している。その結果、人口規模はエレボニアやカルバードに及ばないものの……一人当たりの所得は既にエレボニアやカルバードの二倍以上―――クロスベル自治州という特異的な存在を除けば、西ゼムリアにおいて最も豊かな国の一つとなっている。

 

「私も詳しいことを聞いているわけではないが……私の見込みを上回る形でカシウス殿は戻ってきた。その時にきつく説教されてしまってね……そのお蔭で私も目が覚めた。そして、この役を買って出ることとしたのだよ。私自身が犯した『罪』を償う訳ではないがね。」

話を戻すが、カシウスはアスベルらと話し、帝国での事件はカシウスを帝国に縛り付けるための『罠』―――その理由付けとして、各州の領邦軍と帝国正規軍という普段は対立関係にある二つの軍隊が猟兵団殲滅という名の『証拠隠滅』に関わってきたのだ。尤も、それを知っているのはカシウス、アスベル、シルフィア、レイア、レヴァイス、バルデル、シルフェリティア、フィー、ヴィクター、ラグナ、リーゼロッテ、リノア……いずれも組織の『要』に属する者や属していた者らだ。<鉄血宰相>がこれに対して何らかの手を打ってくることは想像に難くないが……彼はその手を逆に『打つことができない』。

 

理由は単純明快。彼の勢力である『革新派』をひっくり返しうる『決定的事実』―――『軍が遊撃士支部襲撃時、何もしなかった』ことだ。これを遊撃士であった人物―――帝都支部の臨時代表を務めていたカシウスが公表すればどうなるか……『百日戦役』の功労者であり、各国にその知名度と信用を持つ彼の言葉は忽(たちま)ち大陸中を駆け巡ることとなる。そうなれば、エレボニアは戦役時を上回る『賠償』を要求される。それだけでなく、カルバードの台頭を許すことにも繋がる。つまり、関係者の暗殺は『百害あって一利なし』だ。

 

その理由をリシャールは知らないものの、カシウスからきつい『説教』を受け、自らの役目を買って出た。傍から見れば『道化』ともいえる役割。この行いによって自らの罪を払拭できるものではないが、国ひいては王家に対する謝罪の一端にはなるかもしれない……そんな淡い期待を抱いていたリシャールだったが、女王からの恩赦は彼の想像をはるかに超えうるものだった。

 

「私は愚かだったと言う他あるまい。女王の施政にばかり固執しすぎて、この国の本当の姿を見ようともしていなかったのだからね。だが、陛下は私を赦した。ならば、今一度私は一介の人間としてこの国に命を賭す覚悟を決めた。」

「リシャールさん……」

「リィン君……君の事はカシウス殿から聞いた。同じ八葉の兄弟子として……私は情けない姿を見せてしまったようだね。」

「いえ……師父も似たようなことを言っていました。『悩むのが人間だ。生まれた時から悩まずに道を進める人間など、この世界にはいない。』……それを言うならば、俺も似たような事情を持っていますので。」

「そうか……お互い、師父には足を向けられないな。」

「ええ。」

リシャールとリィン……立場は異なるが、同じ『八葉』の人間として、“剣仙”と謳われるユンの言葉を思い出しつつ、互いに苦笑を浮かべた。一方、サラはクルルが『執行者』相手に本気を出さなかったことをスコールから聞き、問いかけた。

 

「しかし、アンタが『執行者』相手に手を抜くだなんて……」

「手を抜いたわけじゃないよ。私が言われたのは『追い返す』ことだし、これからのことを考えると余計な労力は使いたくなかったから。」

「し、失礼します!」

クルルはこの先起こりうることを直に感じ取っていた。何と言うか雰囲気のような場の流れというような……そのような“風”を感じ取り、クルルはそれを含めた感じで答えを返した。その意味を察する前に、兵士の一人が謁見の間に姿を見せ、すぐさま報告をした。

 

「報告いたします!ハーケン門北に帝国軍が姿を見せました!!それと、どうやら見慣れないタイプの戦車を有しているようです!!」

「えっ!?」

「これは……」

「カシウス殿の予測通りか……相手の部隊の詳細は?」

兵士の報告にクローゼは驚き、女王は険しい表情を浮かべ、リシャールは自ら得た情報とカシウスの推測が合致したことに真剣な表情を浮かべつつ、他に情報がないか探ることとした。

 

「見る限りでは帝国正規軍第三機甲師団……“隻眼”の部隊かと思われます!」

「“隻眼のゼクス”ね……」

「ゼクス・ヴァンダール。帝国では五指に入るほどの実力者ですね。」

兵士の報告にその異名を知るサラとリィンが呟いた。部隊の司令官はゼクス・ヴァンダール―――“隻眼”の異名を持ち、帝国では五指に入るほどの実力者。そして、ミュラー・ヴァンダールの叔父にあたる。王国で彼と面識があるのは、カシウス、アスベル、シルフィア、レイア、ヴィクター、シオンの六人。

 

「ああ、あの御仁の部隊か……となると、本人も来ている可能性があるな。」

「……御祖母様、私がハーケン門まで出向きます。」

「解りました。非常時ではありますが、頼みましたよ。」

シオンの言葉を聞き、クローゼは意を決めて女王に話し、その決意を見た女王はクローゼに事態の収拾役を任せることとした。それを聞いたジンが考え込んでいたが、リアンがジンらに向き直って声をかけた。

 

「ふむ……となると、俺らはここに残った方がいいのかもしれないな。」

「いや、ここは私とリシャール中佐が受け持とう。君らには王太女殿下の護衛をお願いしたい。『結社』が再び王都を襲撃する可能性が残っているからね。」

「既にこちらの『切り札』を一枚切った以上、それが妥当だろう。心配することはあるまい……いざという時は強力な助っ人がいるからね。」

恐らく、『結社』―――ワイスマンはリシャールの存在にも気づいていただろう。そのために王都襲撃を行った可能性がある。彼らがどこまで読んでいるのかわからないが、執拗に攻撃を加えずに帝国軍を近づけさせたことも彼らなりの『意図』があり、『楔』を打ち込んだのだろう。尤も、その『楔』がそれに見合う役割を持っているのか甚だ疑問ではあるが。

 

「ジンさん、シェラザードさん、サラさん、リィンさん……宜しくお願いします。そして、シュトレオンにクローディア、気を付けるのですよ。」

女王は頭を下げ、彼等にこの事態の収拾を任せることとした。この場にモルガンがいたら『一国の元首が頭を下げるなどとは』と思うであろうが、この事態を若い人たちに託してしまうことに女王として心苦しいものがあったのだろう。それを静かに察し、ジンたちは決意を新たにして、謁見の間を去った。

 

 

~ハーケン門~

 

一方その頃、門の屋上部には一人の男性がいた。ハーケン門の向こう側に見える軍勢―――そして、双眼鏡を通して見慣れないタイプの戦車の姿を確認し、王国軍の制服に身を包んだ男性―――モルガンは双眼鏡を下ろすと苦い表情をしながら視界の先に映る帝国軍を睨んでいた。すると、その副官であるクロノ・アマルティアが近付き、敬礼をした後報告をした。

 

「将軍、配置完了しました。『フェンリル』『ヴァルガード』も既に戦闘準備は整っております。」

「そうか……クロノ、わしはあの光景とあそこにいるであろう御仁―――“隻眼”の存在を見ると、嫌でも十年前を思い出してしまう。」

「『百日戦役』……ですか。」

「うむ。」

そう言ってモルガンは帝国軍の光景を見やる。長いことこの地を任されてきたモルガンにとって、十年前の襲撃は自らの力不足を見せつけられた苦い思い出があった。

 

あの襲撃の時……遊びに来ていた娘が危うく命を落としかけた時、それを救ったのは遊撃士。後にその遊撃士は娘の夫となり、仕事の関係で娘は夫に付き添う形で外国にいる。孫娘のリアンヌの名前の由来は『リアンヌ・サンドロットのような凛々しい心を持って欲しい』という二人の気持ちから名付けたそうだ。ただ、軍人であるモルガンからすればその心境は複雑であり、元々敵愾心のようなものを持っていた遊撃士嫌いに拍車をかけ、更にはカシウスの遊撃士転向もそれに拍車をかける形となった。

 

そう言った心境の部分もそうだが、王国の軍人として……長いことハーケン門を守ってきた指揮官として……この場所を守れなかったことはモルガンにとって今でも苦い思い出以外の何物でもなかった。だからこそ、他の者たちよりも人一倍ハーケン門に対して思い入れが強い。今度こそ、絶対に守るのだと。

 

「年寄りの意地みたいなものだが……だが、一人の軍人として死守できなかったことは、わしの“失態”という他あるまい。」

「将軍……いつもなら、年寄り扱いするなとかいう将軍がそれをおっしゃいますか。」

「フ……否定はせぬよ。わしとて押し寄せる年波には勝てぬ。カシウス、リシャール、リアン……次代は既に任せたのだからな。後の人生はこの場所を守りきることに人生を『駆ける』つもりだ。それは、お前も同じだぞクロノ。」

「ええ……散々聞かされましたから。それよりも、帝国軍を見て将軍が飛び出していかなかったことに驚きなのですが。」

いつもならば聞くことの無いモルガンの言葉を聞きつつ、クロノは一番のききたいことである疑問を投げかけると、モルガンは引き攣った笑みを浮かべた。

 

「……否定出来ないのが痛いがな。わしが待機しておるのは一つ疑問があってな。」

「疑問ですか?」

「うむ。十年前ならいざ知らず、旧サザーラント州……アルトハイム自治州は我が国の領土。それを土足で踏み込むようなもの……いわば『侵略行為』。それを向こうはそれを承知でやっているのかとな。プライド高き帝国軍ならば宣戦布告と同時に攻撃という『百日戦役』と同じようなことも考えたが、それすらも見せておらん。」

その疑問も尤もであり……現に、帝国側から何の通告もない状況だ。これには流石のモルガンも頭を抱えた。確かに、ヴァレリア湖上空に姿を見せた巨大構造物を見れば、下手すれば『大国のリベールの最新導力兵器か』と疑われてもおかしくはないのだ。ましてや、現状では軍・ギルド以外の通信機能がマヒしている以上、そういった“デマ”を流される可能性もあるだけに事態は切迫している。

 

「だが、入ってくる情報から整理すると、今のところこちらに向かってくるだけで被害は出ておらん。それが尚不気味さを感じさせるのだ。」

「侵攻とは言いづらい……ですが、事前通告なしの無断越境・領土侵入……言われれば、確かにそうですね。それに、『不戦条約』の手前もあります。」

「あのようなものが現れたら、『リベールに侵略の意図在り』……帝国がそう捉えたのならば腹立たしいが、まずは交渉せねばなるまい。とはいえ、わしでは頭が固いし、お前は身内の事もある……王都にもこのことは伝えられているはずだから、交渉役は来るだろう。そやつに任せる他あるまい。」

「ですね。待つしかありませんか……」

ともかく、交渉役に相応しい人間が来ることは違いなく、モルガンとクロノは自分らの置かれた状況に揃ってため息を吐いた。

 

 




今回で行けるかなと思ったのですが……前準備的な感じになりました。

モルガン将軍のあたりはオリ設定いれてます。単純にカシウスが抜けたから遊撃士嫌いになったのでは理由が薄いと思ったためです。
あと、ちょっと自制するようになったモルガンです……何気に優遇したいキャラですね(何)

あと、活動報告にて3rd編に関するアンケート(+α)を引き続き行っていますので、良ければご協力ください。


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第126話 成長の片鱗

ジンらを伴ってハーケン門に到着したクローゼ。それを出迎えたモルガンはクローゼがこの場に姿を見せたことに驚きを隠せずにいた。そして、クローゼのその表情は凜としており、その姿はまるで祖母である女王……そして、彼女の姉のような存在であるユリアや、従兄であるシオン(シュトレオン)を思い起こさせるかのような雰囲気を感じた。

 

~ハーケン門 南口~

 

「モルガン将軍、クロノ少佐。ご苦労様です。」

「殿下、御足労いただき感謝します。」

「いえ……将軍、事態の説明をお願いできますか……将軍?」

クローゼの言葉にクロノは敬礼をして言葉を返し、クローゼはモルガンの方を見やると、その彼は茫然としており、クローゼが首を傾げると、モルガンは我に返って慌てて取り繕った。

 

「……はっ!?失礼いたしました、殿下。さて、そなたらも来てもらうぞ。」

「ええ、解りました。」

「これはこれは……遊撃士嫌いの将軍があたし達を招き入れるだなんてね。」

「殿下が同行を許している以上、わしの私情など二の次だ。それに、今はそういうことをしている場合ではないというのは、わしにでも解っておる。なので、否応問わずに協力してもらうぞ。」

シェラザードの物言いにモルガンは目を伏せて答えた。先日の空賊絡みの事件では互いにいがみ合っていただけに、今回のこの状況に遊撃士を入れるのは心苦しいだろう……だが、今は面子に拘っている場合ではない。拘ったが故に、先日の事件では自ら動きを封じられ、危うく国家反逆の烙印を押されてしまうところであったのだから。その様子にシオンは苦笑を浮かべつつ、モルガンに尋ねた。

 

「やれやれ……将軍、エステル達は既に?」

「先に会議室で待ってもらっておる……この事態に『中立』の力を借りねばならんとは、情けない話だ。」

「でも、仕方ないですぜ。俺は数年前の事件で各国の連中と協力しましたが……そこでも国という柵(しがらみ)は大きいと感じたほどです。」

モルガンの言葉にジンは率直な意見を述べた。何せ、数年前の事件における制圧作戦でも、先頭に立っていたのは遊撃士であったカシウスだ。国という柵に囚われる人間には、自国の利益という部分が付きまとう。その意味でも『中立』であるというのは良い意味でも悪い意味でも強力な存在となり得る。それはその組織に属する者としてジンはそう思っていた。

 

「そうか……さて、ここで立ち話も宜しくない……それでは殿下、案内いたします。」

「ええ、解りました。」

モルガンに先導される形でクローゼらは案内され、ハーケン門の会議室に案内された。

 

~ハーケン門内 会議室~

 

会議室に案内された一行がまず目にしたのは、エステル、ヨシュア、アガット、ティータの姿であった。エステル達はクローゼたちに気づき、声を上げた。

 

「あ、将軍さん……って、クローゼ!?」

「それに、シェラさんやジンさん、サラさんにスコールさん。」

「シオンにリィンもか。って、お前は確かクルルだったか。」

「あのあの、お久しぶりです。」

その面々にエステルらは驚きや喜びなどが入り混じった表情を浮かべ、クローゼたちの方を見た。ひとしきり声を掛け合った後、モルガンが説明を始めた。

 

「まず、あの部隊が姿を見せたのは、二時間前……目測ではあるが、ここから北に15セルジュ(1.5km)ほど離れた場所で陣を構えておる。指揮官の姿は確認できておらん。それと、未確認情報ではあるが……あの部隊に皇族の人間がいるらしい。」

「皇族って……アルフィンみたいな身分の人ってこと?」

「まぁ、それは当たってるんだけれど……不敬すぎやしないかい?」

「え?でも、アルフィンに聞いたら『エステルさんはいたく気に入りましたので、私に対する敬語は禁止ですわ。』とか言われちゃったし……」

「………」

「ある意味旦那を超えているな、エステルは。」

皇族という言葉にエステルはアルフィンの事を思い出し、ヨシュアが彼女に対する敬意に触れると、エステルは肝心の本人から敬語は禁止と言われたらしく、帝国出身のリィンは頭を抱えたくなり、ジンは笑みを浮かべてエステルの方を見ていた。カシウスの娘の交友関係には流石に冷や汗が流れたモルガンであったが、気を取り直して説明を続けた。

 

「まぁ、流石に皇女殿下が来るとは思えぬが……可能性があるのは、オリヴァルト皇子であろう。」

「オリヴァルト皇子、ですか?」

「オリヴァルト・ライゼ・アルノール……庶子出身の皇族で、その知名度の低さから“放蕩皇子”なんて呼ばれているらしい。尤も、俺も名前ぐらいしか知らないんだけれど。」

モルガンの言葉にティータが首を傾げ、リィンが付け加える形で説明した。とはいえ、帝国内でもその知名度からあまり知られていない出で立ち……一説によると、演奏家のように振る舞い、大陸のあちらこちらを旅する吟遊詩人的な人物像らしい。ここにいる殆どの人物はその正体を知らないが……彼の出で立ちを知る人間は、

 

(あはは……)

(アイツはなぁ……)

(ホント、いろんな意味で度肝を抜かしてくるわね、オリビエは。)

内心引き攣った笑みを浮かべるクローゼ、シオン、シェラザード。ただ、彼がここに来るということは、エステルらが驚くこと間違いなしであろう。本当にいろんな意味で“曲者”という他ない。すると、一人の兵士が急いで入ってきて、モルガンに耳打ちをした。

 

「しょ、将軍!」

「どうした?………何っ!?」

(う~ん……何かあったのかしら?)

(この状況だとすると…もしかして…)

その光景にエステルとヨシュアは首を傾げつつ考え込んでいた。

 

「済まぬな……向こうから会談の申し入れがあった。」

「会談、ですか?」

「詳しいことは解らないが……向こうから三人がハーケン門に来るようだ。そのうちの一人は皇族の軍服らしきものを着ていたようだ。」

その言葉にクローゼは少し考え込んだ後、エステルとシオンに声をかけた。

 

「………となると、こちらも三人でいきましょう。エステルさんとシオン。護衛をお願いできますか?」

「あたしは構わないけれど……遊撃士って意味ならシオンもそうじゃないの?」

「俺はその前に王室親衛隊の肩書が大きいからな。エステルならば“カシウス・ブライトの娘”という肩書は大きなインパクトを持ちえるし、他の人から了解は得ている。」

「う~ん……あの不良中年親父の肩書ってことには納得できないけれど……というか、ジンさんとかシェラ姉とか、こういった場所にうってつけの人材がいるのになんであたしなわけ?」

エステルの言うことも尤もであろう。確かに自分の父親のことがあるとはいえ、こういった外交の交渉においては国際的な事件に関わった経験のあるジンや、遊撃士として先輩であるシェラザードやアガット、サラの存在がある以上、自分の役割は低いのでは……そう思ったエステルであったが、

 

「この状況だと俺は部外者のようなものだしな。ここはこの国出身の人間の方がいい。」

「あたしやアガットは斬った張ったがメインだしね。」

「だな。」

「それに、何だかんだ言ってみんなを引っ張ってきたのは他でもないエステルなわけだしね。」

「………あ~もう、解りました。こうなったら毒を食らわば皿までよ!やってやろうじゃない!!」

先輩の方々に言われ、渋々納得したエステルであった。

 

「頑張って、エステル。僕らは周辺の警戒をしておくよ。」

「……うん、解ったわ。」

ヨシュアの言葉に笑みを浮かべて頷き、会談を行う貴賓室に向かった。部屋の中に入るとまだ到着しておらず、クローゼはソファーに座り、シオンとエステルはその後ろでクローゼの護衛にあたることとなった。

すると、扉が開いてその三人が姿を見せる。そして、その中の一人―――皇族の軍服という格好であろう服装に身を包んだ金髪に紫の瞳を持つ青年。その姿は見紛うことなく……

 

「へ………?」

「まぁ、ある意味妥当っちゃ妥当だが……」

「あはは……ようこそおいで下さいました、ゼクス中将、ミュラーさん……そして、オリヴァルト皇子殿下。リベール王国王太女、クローディア・フォン・アウスレーゼと申します。」

エステルは茫然とし、シオンはその出で立ちに引き攣った笑みを浮かべ、クローゼもさすがに苦笑しつつも立ち上がり、会釈をした。

 

「これは、久しい顔がおるな。シオン・シュバルツ……数年前の制圧作戦以来か。」

「ええ。お久しぶりですヴァンダール少将。いえ、中将でしたか。そちらも更に洗練された佇まいですね。」

「フフ……お久しぶりですな、クローディア殿下。この度は王太女になられたそうで……遅ればせながら、祝いの言葉を贈らせていただきます。」

互いに面識のあるシオンとゼクスは軽いあいさつ程度に言葉を交わした後、ゼクスはクローゼに向き直り、言葉をかけた。一方、エステルは皇族であるオリヴァルト皇子もといオリビエの姿に驚きの声を上げた。

 

「な、何で……何でアンタが皇族……というか、アルフィンのお兄さんってことなの!?」

「そういうことになるな……こちらとしては不本意なものであるが。」

「おいおい、ミュラー君。折角の段取りが台無しじゃないか。こちらは真剣な話をしに来たのだからね。」

「お前が出てきた時点で真剣な話も台無しにしか成り得ないんだが……」

「嫌だなぁ、シュt「ここは王国。俺には生殺与奪の権利がある。いいか?」ハイ、ワカリマシタ。」

エステルとミュラーのやり取りにオリビエは笑みを浮かべて述べ、シオンのツッコミにシオンの本名を言って反論しようとしたが、シオンの抜かれたレイピアが首元に突きつけられ、命の危険を感じてすぐさま謝罪した。その光景にミュラーとクローゼは揃って引き攣った表情を浮かべていた。

 

「まったく……」

「あはは……心中お察しいたします。それで、ゼクス中将。此度の進軍についてお聞かせ願いたいのです。」

ソファーに座るクローゼとオリビエ……話を切り出したのはクローゼのほうだった。

 

「リベール王国上空に姿を見せた浮遊物……あの出現によって帝国南部は混乱しております。おそらくは王国とて同じ……そこで、オズボーン宰相閣下が皇帝陛下に進言し、急遽軍の派遣が決まったのです。」

「それは解らなくもないが……帝国南部の状況は?」

「情報局からは、酷く混乱しておるようです。特にサザーラント州南部がその被害を受けております。」

その情報の出所にシオンは考え込んだ。

 

情報局はいわば宰相の肝煎りとも言うべき存在だ。しかし、アスベルらから聞かされた内容からして、その地域における損害はないはずだ。なのに、被害があるように報告した……既にその情報はブラフであると信頼できる情報筋から聞いており、これも<鉄血>の策の一つであると推測される。

 

「(成程……)では、事前通告なしの領土侵入……これに関してはどう説明されるおつもりですか?」

「それについては僕から答えよう。既にアルトハイム侯爵にはこちらから軍の通過の旨を伝えている。女王陛下にはその辺りも説明しておきたかったのだがね。……だが、あの浮遊都市はリベールに対して嫌疑を掛けられているのも事実。『リベールの最新兵器』ではないかとね。」

「そう取られてもおかしくはない……残念ですが、それも事実ですね。」

オリビエの言葉にクローゼは目を伏せて答えた。浮遊都市―――“輝く環”の存在は、事情を知り得ない諸外国からすれば『リベールの兵器』と見られたとしても何ら不思議ではない。これに関しては事実であろう。

 

「……確かに、事情が知らない人からすればそう見えちゃうのよね。となると、そうではないという証拠をどう見せればいいのかしら?『オリヴァルト皇子殿下』?」

「至極簡単なことだ。こちらを納得せしめるだけの“証明”をしてくれることだよ。できれば今すぐにでもそちらであの浮遊都市を何とかできれば、こちらも軍を引かざるを得ないだろう……だが、それができない場合は……」

エステルの言葉にオリビエは含みを持たせた言葉を投げかけようとしたが……それを遮るかのようにシオンが呟いた。

 

「言っておくが、お前らの軍……完全に包囲されているからな。」

「なっ!?」

「何ですとっ!?」

「あんですってー!?」

その言動にはシオン以外の面々が驚いていた。それに驚く暇もなく、クローゼが続けて言葉を発した。

 

「ゼクス中将にオリヴァルト皇子、貴方が言ったことに対して二つ指摘をしないといけません。一つ目は帝国南部―――サザーラント州南部に関しては“知り合い”の情報提供によって、導力停止の影響を受けていないことが確認済みです。二つ目は『不戦条約』の“本則”―――軍の通行には『国家元首』の許可が必要です。ユーゲント皇帝陛下が認可されたとしても、我が国の国家元首たるアリシア女王陛下が認可されない以上、貴方方の行為は“侵略行為”と見なされ、こちらでの処罰の対象となります……まさか、自ら積極的に動いた<鉄血宰相>ともあろうお方が国際条約違反を堂々と犯す愚をされるわけではありませんよね?」

「「「………」」」

「ク、クローゼ……」

「ははは……」

『不戦条約』において罰則はない……しかし、侵略行為に対しての罰則は各々の国家に存在するため、この状況においては『不戦条約』を理由にする形で処罰を行う権限がリベールにはある。その意を込めたクローゼの言葉に帝国側の三人は押し黙る他なく、エステルやシオンも今までに見たことの無いクローゼを見て、引き攣った笑みを浮かべていた。

 

「ですが、こちらとしても無用の争いは避けたいのは事実。なので、こちらの事態が収束してから四日以内に撤退していただければ、“今回”はお互いに矛を収めることで手を打たせていただきますが……それでよろしいでしょうか?」

「いやはや……御見逸れしたよ。まだ十代でありながらその神算鬼謀の片鱗を窺わせるような佇まい……アリシア女王陛下から次期女王に見初められるだけのことはあるようだ。」

「いえ……私などまだまだです。至らぬ知識と言葉を上手く使っただけに過ぎませんので。」

その成長ぶりに冷や汗をかきつつオリビエは誉めの言葉をかけ、クローゼは謙虚にその言葉を受け止めた。

 

「(……シオン、クローゼに何吹き込んだのよ?)」

「(今の情勢を簡単に伝えただけだ。ま、身近で策略や政治に触れて……短期間でここまで成長するとはな。)」

シオンの言っていることも真実だが、それに加えて『転生者』の一人であるルーシーの存在も彼女を大きく成長させた要素である。クローゼは元々頭の回転の速さは持っており、その結果が王立学園における成績にも繋がっている。そこに政治におけるバランスや駆け引きを身に付けさせれば、彼女にとって“鬼に金棒”……女性に対してその言葉のあやはよろしくないであろうが、

 

「さて、そろそろ到着しているでしょう……参りましょうか。」

クローゼはそう言って立ち上がり、ハーケン門の北口へと五人を連れる形で先導した。その先に映った光景は……飛行艇や戦車・装甲車に包囲される帝国軍の姿であった。

 

「なあっ!?」

「これはこれは……いやはや、『眠れる白隼』侮るなかれ、だね。」

「呑気に抜かしている場合ではないでしょう……」

その光景にゼクスは驚き、オリビエは感心するように見つめ、ミュラーは青筋を立てつつオリビエを諌めた。すると、彼等の近くに降り立つ純白の飛行艦………高速巡洋艦アルセイユ級一番艦『アルセイユ』。そして、その甲板に立つ一人の人間が声をかけた。

 

「これが我が国の可能性です……とくとご覧あれ。」

「と、父さん!?」

「カ、カシウス・ブライト!?」

その人物―――軍のトップであるカシウス・ブライトの姿にエステルとゼクスは驚きを隠せなかった。それ以上に『アルセイユ』や飛行艇が空を飛んでいることに驚きを隠せずにいた。

 

「おや、そこにおられるのはゼクス中将ではありませんか。お久しぶりですな。」

「世辞は良い!なぜ、その飛行艦や飛行艇が空を飛ぶことができるのだ!?」

「それは機密事項故お答えできません。貴殿らがその戦車を保有しているのと同じ理由ですよ。」

「ぐっ………!?」

「ふむ……これが噂の“アルセイユ”か。そして貴公が、かの有名なカシウス・ブライト准将なのかね?」

カシウスの指摘を聞いて苦々しい表情で唸ったゼクスとは逆にオリヴァルトは全く動じていない様子で尋ねた。

 

「お初にお目にかかります、殿下。はて、何やらどこかでお会いした事があるような気もいたしますが……」

「奇遇だな、准将。私もちょうど同じ事を感じていたところでね。」

「それはそれは……」

「まったく……」

そして2人は口元に笑みを浮かべた後

 

「「ハッハッハッハッハッ。」」

同時に笑顔で笑った。

 

「まったく……」

「やれやれですね。」

その光景にシオンとクローゼは揃って苦笑し、

 

「……何となくそんな気はしてたけれど。やれやれよ。」

ある意味似た者同士の二人を知るエステルは疲れた表情を浮かべ、

 

「どういうことなのだ、これは!?」

「簡単な事ですよ、ゼクス中将。」

ゼクスは声を荒げた。すると、一人の人物が姿を見せた。ここにいる面々がよく知る人物―――アスベル・フォストレイトの登場であった。

 

「お前は……アスベル・フォストレイト!?」

「事情を簡単に説明します。今回はカシウス殿とオリヴァルト皇子の立てたプラン……そして、オリヴァルト皇子の“宣戦布告”です。<鉄血宰相>に対して。」

「おっとアスベル君、そこから先は僕に言わせてくれ。こればかりは僕の口から言わないと先生も納得してくれないだろうしね。」

アスベルの言葉にオリビエはいつもの感じの雰囲気で言葉を述べた。それを見たゼクスはミュラーに対して声を荒げながら事の次第を問いかけた。

 

「よもや皇子がリベールでこのような事を企んでいたとは……ミュラー!お前が付いていながら何事だ!」

「叔父上、言いたいことは理解できますが……このお調子者が俺の言うことを素直に聞くと?」

「ぐっ………」

怒り心頭の様子のゼクスの言葉に対して、冷静に述べられたミュラーの言葉に押し黙る他なかった。更に続けられたミュラーの言葉、

 

「それに……俺にも納得できないことがある。『ハーメルの悲劇』……この一件で初めて知りましたよ。どうやら、叔父上はそれを知っていたようですが。」

「!!!」

ゼクスは驚愕の表情を浮かべていた。それに対してオリビエはフォローするかのように言葉をかけた。

 

「無理もないよ、ミュラー君。先生はかの『百日戦役』時の指揮官……それに、当時から軍の重鎮にいたのだから知らないわけはない。」

「というか、なぜお前はそれを知っているんだ?」

「僕かい?無論父上から聞いたのさ。事の顛末に至るまでの全てをね。」

「………」

ミュラーが呟いた言葉をオリビエは笑いながら指摘し、ゼクスは目を伏せて黙り込んだ。それを見たオリビエはゼクスに対して言葉をかけるように述べた。

 

「先生、貴方を責めるわけではないよ。当時の主戦派が企てたことであり、先生がそれを知ったのは『戦役』開戦時だったようだしね。あまりに酷いスキャンダルゆえ、徹底的に行われた情報規制……。賛成はしかねるが、納得はできる。臭い物にはフタを、女神には祈りを。国民には国家の主義をと言うわけだ。だが……」

 

 

―――十年前と同じ『欺瞞』……『ハーメル』のような悲劇を繰り返させることは許さない。

 

 

「……ッ…………」

冷たい微笑みを浮かべたオリビエ……その表情を見たゼクスは身体を震わせて驚いた。

 

 

「先生、貴方も気付いているはずだ。唐突とも言える蒸気戦車の導入、まるで“導力停止状態”に陥ることを予見しての非導力装備の投入……更には『結社』と連動するかのような宰相の政治運営。間違いなく彼は『結社:身喰らう蛇』と通じている。人々に混乱を齎しうる存在と繋がりがあることが今後の帝国にどのような影響をもたらすかはまだ解らないが……少なくとも、いい方向への流れは誰にとっても期待は出来ないだろう。」

「皇子……まさか、貴方は……」

オリビエの言葉にゼクスは一つの可能性に至り、問いかけた。その言葉にオリビエは決意の表情で述べた。

 

「フフ、そのまさかだ。10年前に頭角を現して、帝国政府の中心人物となった軍部出身の政治家。帝国全土に鉄道網を敷き、幾つもの自治州を武力併合した冷血にして大胆不敵な改革者。帝国に巣食うあの怪物を僕は退治することに決めた。今度の一件はその宣戦布告というわけだ。」

「……何ということを。皇子、それがどれほど困難を伴うことであるのか理解しておいでなのか?」

「そりゃあ勿論。政府は勿論、軍の半数が彼の傘下にあると言っていい。先生みたいな中立者を除けば、反対勢力は<五大名門>のうちの四家のみ。さらに、タチが悪いことに父上の信頼も篤(あつ)いときている。まさに“怪物”というべき人物さ。」

ゼクスに尋ねられたオリビエは疲れた表情で答えた。口に出すだけでもその勢力の大きさは半端ではない。その人物に喧嘩を売るという困難さはオリビエにも嫌というほど理解できていた。

 

「ならばなぜ……!」

「フッ、決まっている。彼のやり方が美しくないからさ。自らの色に無理矢理染め上げ、自らの決めたレールに無理矢理帝国を圧し止めようとする彼のやり方にね。」

「!?」

オリビエの答えを知ったゼクスは驚いた。

 

「リベールを旅していて、僕はその確信を強くした。人は、国は、その気になればいくらでも誇り高くあれる。現に、この国はエレボニアやカルバードと同じように大国足り得る器を持ちえながら……エレボニアのように屈強な軍を持ちながらも、カルバードと似たようにほぼ平民しかいなくとも、その気質は二国のどちらにもない誇りを持っている。自分の国を愛し、人を愛する心に満ちている。ならば、僕の祖国にもそれができないはずがない……そして、同胞にも同じように誇り高くあってほしい。できれば先生にもその理想に協力して欲しいんだ。」

『革新派』・『貴族派』………そのどちらにも『誇り』というものはあるのだろう。だが、その誇りは一体誰のためのものなのかを知ることは出来ない。傍から見れば身分という『誇り』に拘った形での対立。それに対してオリビエは一石を投じる覚悟を決めた……その決意を込めた言葉を述べた。

 

「…………皇子。大きくなられましたな。」

オリビエの話を聞いたゼクスは黙り込んだ後、静かに答えた。

 

「フッ、男子三日会わざれば括目して見よ、とも言うからね。ましてや先生に教わった武術と兵法を教わっていた時から3年も過ぎた。僕も少しは成長したということさ……僕はこのまま彼らに同行する形とする。エレボニア側の視察ということであればあの御仁も帝国政府も納得するだろうしね。」

「……そうですな。撤退に関しては了解しました。ただし、我が第三機甲師団はあくまで先駆けでしかありませぬ。すでに帝都では、宰相閣下によって10個師団が集結しつつあります。今日を入れて4日……それ以上の猶予はありますまい。」

「ああ……心得た。」

「ミュラー。お前も皇子に付いて行け。危なくなったら首根っこを掴んででも連れて帰るのだぞ。」

「ええ、元よりそのつもりです。」

ミュラーの答えを聞いたゼクスは振り返り、エレボニア兵達に指示した。

 

「全軍撤退!これより第三機甲師団は、パルム市郊外まで移動する!」

「イエス・サー!」

 

ゼクスの指示によって後退していく戦車群……その光景を見つつ、オリビエはため息を吐いた。

 

「これで時間は何とか稼げたか……しかし、当初の段取りが少し崩れてしまったよ。僕のかっこいい雄姿を見せつけられるはずが、クローゼ君の雄姿を見せつけられる羽目になったんだからね。」

「お前にかっこよさを求める方が間違っていると言いたのだがな。」

「酷いじゃないか、ミュラー君!このオリヴァルト・ライゼ・アルノールのどこが悪いというのかね!?」

「ならば、今この場でその全てを披露してやろうか?」

「ゴメンナサイ、僕が悪かったですのでそれはヤメテクダサイ。」

当初の段取りとは違う格好になってしまったことにオリビエは納得できない表情を浮かべていたが、ミュラーは冷静に日ごろの行いのせいだと断言するかの如く言い放ち、オリビエはすぐさま反論しようとしたがミュラーの言葉に押し黙り、謝った。

 

 




政治的にブーストのかかったクローゼ、強力な後ろ盾を得たオリビエ……その結果は追々わかることになるかと思いますw

とりあえず、この話で章区切りまして……FC・SC編最終章突入です。


次章嘘予告

ワイスマン「さぁ、いでよ!エージェントヨシュア!!」

エージェントヨシュア×いっぱい「コンゴトモシクヨロ」

ティータ「ヨシュアお兄ちゃんのロボット……中身調べたいなぁ(キラキラ)」

クローゼ「ティ、ティータさん……」

ヨシュア「…………ねぇ、レーヴェ。ワイスマン八つ裂きにしていいよね?今までの恨みも込めて」

レーヴェ「待て、その前に俺が首と胴体をおさらばにしておきたい」

アガット「焼却ぐらいなら手伝ってやってもいいぜ。」

ワイスマン「助けて執行者、オーリオール!!」

ヴァルター「悪い、ジンと戦うので手が離せねえ」

ブルブラン「宿敵との戦いに集中させてほしい」

ルシオラ「ゴメン、今手が離せないの。」

レン「エステルと大事なお話し中なの。邪魔したら殲滅しちゃうわよ。」

輝く環「『その願いは私の範囲を超えております』」

ワイスマン「馬鹿なっ!?」


???「飢えず餓えず……煉獄に還れ」

ワイスマン「き、貴様は一体……ぎゃあああああっ!?」


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FC・SC最終章~空の軌跡~
第127話 集う者、見つめる者


FC・SC最終章、開幕。


~ハーケン門~

 

話も早々に切り上げてハーケン門へとやってきたオリヴァルト皇子ことオリビエとミュラー。だが、その少し後………

 

「あの、済まない。これはどういうことなのかね?」

簀巻きにされて吊り下げられたオリビエの姿がそこにあった。事情が呑み込めないオリビエの質問に代表してエステルが満面の笑みで答えた。

 

「決まってるでしょ……あんたって人は~!!人を騙しておいて何サラッと何食わぬ顔をしてるのよー!!」

「痛い、痛い!?あ、でも……何かに目覚めそう……って、下ろしてぇっ!?」

エステルの棒による打撃……一応初心者用の練習棒でオリビエを叩き、その痛みに何かが目覚めそうな表情を浮かべていた。その光景に呆然としたミュラーにヨシュアが言葉をかけた。

 

「あの、すみません……」

「いや、隠していたのはこちらだからな……大方、先程の『芝居』についてだろうが……カシウス殿は?」

「えと、飛行艇でロレントに連行されました。今頃は母さんの説教かと。」

「……お互い、苦労しているようだな……先日剣を交えた者同士でこのように共感するとはな。」

「……ですね。僕自身も驚きです。」

お調子者というか破天荒の類の扱いには慣れない、とでも言いたげにヨシュアとミュラーは揃ってため息を吐いた。この二人……先日は事情が事情とはいえ、剣を交えた人達の台詞ではないということは、当の本人たちにも解っていた。

 

「あの、それよりも、オリビエさんはいいのですか?」

「いや、まぁ、その……」

「元はアイツが蒔いた種だ。エステル君の機嫌が収まるまでそっとしておいてくれ。」

「は、はぁ………(すみません、皇子殿下)」

帝国出身者の二人の言葉に先ほどは立派な姿勢を見せたクローゼも、この答えに対して押し黙る他なかった。それから数分後……ようやくオリビエは解放された。

 

「うう……ヒドイじゃないかエステル君!ひょっとして、それが君の愛の鞭という奴なのかな。それならば僕も喜ぶのだがね。」

「……やっぱ、オリビエだわ。ミュラーさん、いつもこんなの相手だと疲れるでしょ?」

「察しの通りだ。」

「ミュラー君も容赦ないねぇ……フフ、それも僕の事を知り尽くしているからこそ言える台詞ということかな。」

「悍(おぞ)ましいことを言うなっ!!」

ちっとも悪びれる気すら感じさせないオリビエに呆れるエステル、青筋を立てているミュラー……そして、その彼を傍から見ていた人物たち……

 

「リィン、サラ、あれが帝国の皇族なのだが……感想は?」

「ノーコメント」

「ゴメン、アタシも同意見よ。」

(元)帝国出身のスコール、リィン、サラ……その破天荒っぷりに最早形容する言葉が見つからず、引き攣った笑みを浮かべていた。すると、其処に姿を見せたのはエステル達も何度か顔を合わせていた青年―――ケビン・グラハムにティータの祖父であるラッセル博士、そしてアルセイユの艦長であるユリア・シュバルツの姿であった。

 

「いや~、質実剛健とも謳われる帝国の皇族にしては愉快そうなお人ですなぁ。」

「ケビンさん!?それに……」

「わしもじゃよ。」

「おじいちゃん!?」

「それに、ユリアさんまで!?」

三人の登場に彼らと繋がりのあるエステル、ティータ、クローゼが驚きを隠せなかった。彼等との再会を喜ぶ前に、アガットが問いかけた。

 

「一つ聞きたい……どうして『アルセイユ』が空を飛んでやがるんだ!?」

「ひょっとして、通信器のものを大型化したの?」

「うむ。その通りじゃ。『零力場発生器』……その関係でずいぶん時間はかかってしまったが、こうして効果的な演出もできたし、結果オーライじゃの。」

アガットとティータの言葉に頷いて説明する博士。だが、厳密には試験用の新型エンジンに内蔵された『零力場回路』によるものであり、発生器そのものは積んでいないのだ。更には、アルセイユのための装備を搭載したため、翼の部分が以前より大型化している。

 

「そういえば、翼のところが前よりも大きくなってるようだけれど……これって……」

「高速巡洋艦のアルセイユのための装備じゃ。これをお披露目できる機会があれば尚の事いいのじゃがな。」

「そうなんだぁ……見てみたいなぁ~」

得意気に説明する博士の言葉にティータは瞳をキラキラさせていた。

 

「で、ケビンさんはなんでここに?」

「ま、簡単に言うと“輝く環”の正体が解ってな。今朝大聖堂に騎士団本部から連絡があったんや。そんで、カシウスさんに話しとったら、ここまで連れてこられたんや。」

「ええっ!?」

「”輝く環”の正体……ですか?」

ケビンの説明を聞いたエステルは驚き、ヨシュアは真剣な表情で尋ねた。輝く環のことはエステルらでも漠然としてしか掴めていなかっただけに、一同はケビンの方を向いた。

 

「ああ……“輝く環”っちゅうのはあの浮遊都市そのものやない。都市全体に導力を行き届かせてコントロールする古代遺物らしい。そして、その端末があの“ゴスペル”だったわけや。」

「都市をコントロールする古代遺物……」

「で、でもどうしてそんな物が導力停止現象を?」

ケビンの説明にエステルは驚きを隠せず、ティータも導力を生み出す遺物が何故導力停止という逆の事を引き起こしているのか……という問いかけにケビンは推測混じりの説明をした。

 

「これは推測やけど……“環”は外界に存在する異物を排除する働きを備えてるらしい。この場合、異物っちゅうんは現代に造られた新たな導力器―――すなわちオーブメントってことや。」

上位三属性の内の一つである“空”……“存在”を司る属性の古代遺物―――とりわけ“至宝”ならばその存在のコントロールも容易にできるだろう。この場合、浮遊都市を“環”の導力が動く範囲として定め、周囲の導力という“存在”を強制的に排除する。そうなれば、導力を持つものは浮遊都市以外にないことになるのだ。

 

「影響範囲内にある異物(導力)をことごとく無力化する……いわば防衛機構といったところか。」

「その可能性は高いじゃろう。そしてそれが本当なら一条の光明が見えてくる。あの巨大さゆえ、都市そのものをどうにかするのは困難じゃが……都市のどこかにあるという“環”の本体さえ発見できれば、対策の立てようもあるはずじゃ。」

ケビンの説明を補足するようにジンが話し、博士も頷いて言った。

 

「なるほど……そういうことですか。」

「本体を叩いて全てを無力化ね……確かに光明かも……」

博士の説明を聞いたヨシュアは納得した表情で頷き、エステルも頷いた。

 

「ふむ、いい感じで最終目的が定まってきたようじゃないか。それでは早速、『アルセイユ』であの浮遊都市を目指すわけだね?」

「それを決めるのは『アルセイユ』を所有するリベール王家になりますな。殿下……どうかご決断を。」

オリビエに尋ねられたモルガンはクローゼを見た。

 

「……分かりました。これより『アルセイユ』はヴァレリア湖上に現れた古代の浮遊都市へと向かいます。ユリア大尉、発進の準備を。」

「了解しました!」

クローゼの指示に敬礼をして答えたユリアは一足早くアルセイユに向かった。

 

「そして遊撃士の皆さん……どうか窮地にあるリベールに皆さんの力をお貸しください。恐らく、この件に関しては最後の依頼になると思います。」

「ふふ……そうね。」

「ま、答えは決まっているようなもんだが……」

「ここはひとつ代表者に答えてもらうとしようか。」

「賛成ね。」

「ん……代表者?」

クローゼの話を聞き、シェラザード達の会話を聞いたエステルは首を傾げた。

 

「あのな……エステル。お前の事に決まってるだろ?」

「ええっ!?」

アガットの指摘を聞いたエステルは驚いた。

 

「ふふ……何を面食らってるんだか。確かに、それぞれ個人的な因縁……あたしとアガット、ジンさんは持っているけれど……でも、何だかんだ言ってあたしたちは皆、あんたの旅に付き合わされたようなものよ。」

「その意味では、エステル。お前さんは間違いなく俺たちのリーダーってわけさ。」

「あ、あうあう……さっきのことといい、もちあげ過ぎじゃあ……」

シェラザードとジンの話を聞いたエステルは緊張して、口をパクパクさせた。

 

「やれやれ……お前たち、そやつにはまだ荷が重いんじゃないか?」

エステルの様子を見たモルガンは呆れた表情で答えた。

 

「……そんな事はないです。どんな時もエステルは前向きに、決して希望を諦めずにいてくれました。その輝きはどんな時でも僕を―――僕たちを導いてくれていました。だから……エステルじゃなきゃ駄目なんです。」

「ちょ、ちょっとヨシュア!」

「えへへ……お姉ちゃん、真っ赤だよ?」

「~~っ~~~~。あーもう、分かったわよ!クローゼの依頼……謹んで請けさせてもらうわ!必ずや、あの浮遊都市にある《輝く環》を見つけ出してこの事態を解決してみせるから!」

ヨシュアとティータの言葉を聞いて恥ずかしがったエステルは気を取り直した後、答えた。

 

「決まりのようだな。」

「あ、アスベル!それに……」

「ふふ、力を貸すよ。」

「ええ、ここまで来たからには、ですね。」

「シルフィにレイア!」

それを聞き遂げるように現れたアスベル、シルフィア、レイア。アスベルはヨシュアに近寄り、一通の手紙をヨシュアに渡した。

 

「これは……」

「ま、内容は自分で確認してくれ。全く、世話が焼ける『弟』だな。」

「ごめん……えと、ちなみに罰って何なの?」

「それは言えない。ま、お前相手に肉体的な罰は意味ないし、さらさらやる気などないが。」

(い、一体何をする気なの?)

アスベルの言葉にヨシュアは冷や汗が止まらなかった。そこに、更なる助っ人が姿を見せた。

 

「何で俺まで……」

「折角の戦闘が出来そうなところに俺らが行かなくてどうするよ。」

「まさか、空の上に浮かぶ場所だなんて、私でも想定外。」

ランディ・オルランド、レヴァイス・クラウゼル、フィー・クラウゼル……更には、エステルと面識がある二人の人物も姿を見せた。

 

「おや、エステル君じゃないか。」

「あら、貴女はボースで出会った……」

「ライナスさん!?それにあの時の……」

「え………(ね……姉さん………?)」

ライナスの姿にエステルは驚くが、それ以上に隣にいた女性の姿を見たヨシュアはその女性の雰囲気が自分の良く知る人物に似ていたことに驚いてた。

 

「はじめまして、コレット・メルティヴェルスと申します。若輩者でありますが、ライナスさんと同じ『星杯騎士』を務めております。」

「………(パクパク)」

丁寧にお辞儀をしたカリンもといコレットにケビンは開いた口がふさがらず、たまらずアスベルとシルフィアに問い詰めた。

 

(オイオイオイオイ!第二位“翠銀の孤狼”に第六位“山吹の神淵”が何でここにおるんや!?総長(あのひと)、何で一言も連絡せんのや!!アスベルにシルフィ!何で説明せえへんのや!!)

(五月蝿いよ、“雑草魂”ネギ・グラハム。)

(貴方は重要な任務があるでしょう。ニラ・グラハム。)

(お前ら揃いも揃って総長に似てきてないか!?)

ケビンの物言いをあっさりと受け流す二人に、ケビンは頭を抱えたくなった。

 

(とりあえず、『アレ』まで持ち出したんだ……失敗は出来ないんだ。)

(………解っとる。)

アスベルの言葉にケビンも静かに頷いた。ケビンの任務は重要……そのために、目くらましとも言える第二位の存在を引っ張ってきたのだから。ただ、この先の事に関してはケビンですら知らないのだが……それは数日前、総長であるアインとアスベル、シルフィアの会話……

 

 

~数日前 『メルカバ』漆号機 ブリッジ~

 

「……それは本当ですか?」

『ああ……実はお前たちの取り込んだ古代遺物を調べた際、それが出てきた。』

「つまり、あれを何らかの形で取り込もうとしたら……」

『間違いなく暴走する……いや、そうなるように“仕向けられている”可能性があるだろう。』

いつもは見せない表情で述べられたアインの言葉にアスベルとシルフィアも表情を強張らせる。あの都市の中にある“輝く環”はただの至宝に非ず……というのは解ってはいたことだが。

 

『とはいえ、あれが暴走する際、共鳴現象が起きる可能性が高い……その時の判断はお前たちに一任しよう。』

「………解りました。」

そう言って通信が切れると、アスベルとシルフィアは揃ってため息をついた。

 

「これ、どうする?」

「……しかた、無いかな。とりあえず、出来ることはしておこっか。」

「……そうだな。」

総長から伝えられた事実……その事実を素直に受け止め、ある程度覚悟しておくことしかできない……そう感じた。

 

 

『―――お前たちの古代遺物は、ある意味“七の至宝”とは別次元の存在。私としても半信半疑だが……そう結論付けるほかあるまい。それと、あそこにあると思われる“輝く環”だが、あれに関しては純粋な至宝とは言えないかもしれない。』

 

 

アインの述べた推測……この後、それがどういう意味を持つのか……アスベルやシルフィアには分からなかった。

 

 

~ロレント郊外 ブライト家~

 

その頃、カシウスは軍服姿のまま正座させられ、レナは笑みを浮かべてカシウスの方を見つめていた。

 

「さて……言い分があればどうぞ?」

「ありません。全ては俺の責任だな……済まなかった。」

傍に誰かが見ていたら、見紛うこともなく綺麗な土下座をしているカシウスに、レナは柔らかい笑みを浮かべつつ、カシウスに歩み寄った。

 

「あなたが決めたこと……そして、あなたがしていること……解ってはいます。ですが、仕事ばかりではないのでしょう?」

「……そうだな。これではあの時と同じ目に遭っていただろうな。」

レナの言葉にカシウスは頭を上げ、十年前―――『百日戦役』の事を思い出していた。自分が軍という仕事に集中したがために、本来守るべきはずのレナやエステルを危険に晒してしまったことに。それを思い返して沈痛な表情を浮かべるカシウスに、レナは彼に抱き着くように身を寄せた。

 

「貴方の責任ではありません……ですが、それでもまだ責任を感じるのならば……守ってください。エステルやヨシュア、そして“私達”を。」

「私“達”……ひょっとして、レナ。」

レナの言葉に妙な引っ掛かりを感じたカシウスはレナの方を見つめた。その視線に彼女は照れつつもお腹の辺りを優しくさすった。

 

「ええ……あの子たちの弟か妹……私たちの子どもですよ。今度は、ちゃんと貴方が考えてくださいね。」

「ああ……解った。それが俺の責任だな。」

その言葉にカシウスは力強く頷き、そして今頃はあの浮遊都市に向かっているであろう自分たちの子どもを見つめるかのように、カシウスとレナは窓の外に映る空を見た。

 

―――エステルにヨシュア。この先も困難があるだろう。だが、ある意味俺を超えつつあるお前たちならば、きっとやり遂げるだろう……空の女神(エイドス)よ。困難に立ち向かうあいつらやその仲間たちを照らす光となって見守ってくれ。

 

 




てなわけで、原作+ランディ、サラ、フィー、“猟兵王”+オリジナル面子となります。

次回、
■■■■■?○○○○○?
貴様ら全員(わっほい)に処する!

※あまりにも残虐すぎるため、伏せられました。


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第128話 駆ける翼

~アルセイユ級一番艦『アルセイユ』 ブリッジ~

 

「―――安定翼、格納完了。そのまま湖上の浮遊都市に向かえ。」

「イエス・マム。」

「敵の迎撃があった場合は?」

部下達に指示をしているユリアに、ブリッジクルーに混じって砲術士の席に座っているミュラーは尋ねた。この先はいわば敵の本拠地……エステルとヨシュアから聞いた『方舟』の妨害も考慮する必要があると考えた上での発言にユリアは考え込みながら答えを返した。

 

「……そうですね。迎撃するということも可能ですが、都市への着陸を最優先とします。」

「了解した。ちなみに、自分に敬語は無用だ。階級はともかく、こうして砲術士として手伝っている以上、貴官の指揮下にあるのだからな。」

「……了解した。」

「へえ、ミュラーさんって砲術士なんかもできるんだ?」

砲術士の席に座っているミュラーを見たエステルは驚いて尋ねた。ミュラーの事に関してはヨシュアから聞いたのだが、“アルゼイド流”と並ぶ帝国屈指の武術“ヴァンダール流”の使い手で、あの“隻眼のゼクス”の甥にして彼の所属する部隊ではエースを張っているらしい。その彼が導力関連のものを扱えることに少し驚きを隠せなかった。

 

「帝国軍で最も導力化された機甲師団で鍛えられたからねぇ。顔に似合わず、その手の業務は一通りこなせるわけさ。」

「……顔に似合わずは余計だ。」

笑いながら言ったオリビエの言葉にミュラーは顔を顰めて答えた。

 

「最も導力化された師団……第七機甲師団の事ですね。」

「となると、あいつか。」

「何だなんだ、知り合いでもいるのか?」

リィンが思い出したように呟き、スコールがその部隊にいる人物のことを思い出し、ランディが興味ありげに割って入ってきた。

 

「ああ、あの部隊の指揮官だが……帝国軍では珍しい女性の師団長でな。“神速の剣閃”セリカ・ヴァンダール。三年前、若干13歳にして部隊の副師団長、現在では師団長を務めている。」

スコールの口から述べられた言葉……その人物を見たことがあり、共に戦った経験のあるエステルは驚いていた。

 

「ええっ、セリカが!?……って、“ヴァンダール”?」

「あの、ミュラーさん……」

「お察しの通り、血縁者だ。俺にすれば実の妹ということになる。」

エステルの言葉に続くようにヨシュアが問いかけると、ミュラーは目を伏せて静かに述べた。だが、彼の心中は穏やかでなく、それを吐露するかのごとくオリビエが言葉を発した。

 

「ミュラー君にしてみれば心中穏やかじゃないよね。何せ、自分の妹が上司なのだから。でも、そのお蔭で好き勝手出来るじゃないか♪」

「そうするように仕向けたお前が言うなっ」

オリビエの言葉に青筋を立ててミュラーが反論の言葉を述べた。理解のある上司だということは否定できないが、それが自分の身内……ましてや、自分の実妹の影響だということにはやや納得できず、しかも、ブリッジに立っている自分の『親友』とは仲の良い兄妹のような間柄であるのがミュラーにとっての悩みの種である。唯一の救いは、彼女はまだ空気を読んで行動する点であろう……いや、仮にも師団長がそのような行動をとっていいのかと聞かれたら、上手く答える自信などないのだが。

 

「ちなみにレイア、その子の実力は?」

「う~ん……膂力だけだと今のエステルに匹敵するんじゃないかな?」

16歳の少女が師団長……嫌な予感を覚えつつ、ランディが尋ねると……レイアは首を傾げつつ凡その予想を含めながら話した。

 

「ってことは、<パテル=マテル>背負い投げできるってことに……」

「出来るかもしれないね。蹴りで戦車ひっくり返すし、拳で殴って戦車の装甲貫通できるし。」

「はあっ!?(オイオイオイオイ!?最近の女の子は怖いな!?)」

その予想を聞いたヨシュアは顔を青褪め、レイアはそれぐらい簡単にやってのけるのではと言い、ランディは妹の知り合いは非常識な女子しかいないのかと若干引き気味であった。

 

「まぁ、彼氏いないし……ランディ兄、立候補したら?」

「……いや、丁重にお断りしたいんだが。」

「実の兄ながら、その判断は賢明と言わせてもらう。」

レイアが笑みを浮かべながら出した提案にランディは引き攣った笑みを浮かべ、自らの命の危険を察して辞退するように言葉を呟き、その判断は間違いではないと言いたげにミュラーが述べた。

 

「あはは……ところでオリビエってばいつの間に着替えちゃったの?」

「帝国皇子として視察するんじゃないんですか?」

エステルとヨシュアは、先程までの軍服でなく普段の服装―――『オリビエ・レンハイム』としての服装になっているオリビエを見て尋ねた。

 

「ハハハ、そんなのただの建前さ。これが終わったら、ボクの自由で優雅な時間は終わりを告げてしまうからねぇ。せめてそれまでは気楽な格好でいさせてもらうよ。」

「はは……成程。最後のモラトリアムというわけか。」

「はあ、エレボニアの国民が知ったらどう思うことやら……というか、もう知られてるけれど。」

「アタシは見なかったことにしておきたいわ……」

「僕としては知られても一向に構わないのだがねぇ。どうだい、記者諸君たち。リベール通信でスッパ抜いては?」

オリビエの説明にジンやシェラザードはそれぞれ率直な感想を述べ、サラですら頭を抱えたくなり、オリビエは後ろにいたナイアルとドロシーを見て尋ねた。

 

「おっと、いいんですかい?」

「だったらバンバン写真撮っちゃいますけど~。」

「頼むから、そいつの戯言をいちいち真に受けないでくれ……」

オリビエの言葉を真に受けている二人にミュラーは怒りを抑えた様子で言った。仮にも『百日戦役』でいがみ合った国の皇族がそのような実態だと知られれば、ある意味『身内』の恥を曝すことにも繋がりかねず、それは流石に御免被りたかったのだろう。

 

「えっと、それはともかく……どうしてナイアルたちがいつの間に船に乗っているわけ?」

「もしかして、お祖母様が手配したんですか?」

「ええ、お察しの通りです。陛下がカシウス准将に口添えをしてくれましてね。従軍記者扱いで乗艦させてもらったんですよ。」

「ハーケン門での、姫様たちのカッコイイ姿も撮っちゃいました♪現像、楽しみにしててくださいね~?」

エステルとクローゼの疑問に二人はいつもの様子で答えた。

 

「あ、あはは………」

「やれやれ……どうにも緊張感がねえな。」

その言葉を聞いたクローゼは苦笑し、アガットは呆れた。これから向かう場所の事を考えると緩すぎる空気なのだが、緊張をほぐしてくれたと考えれば、ありがたいことなのだろう。

 

「あはは……そういえば、おじいちゃん。『零力場発生器』の調子はどう?」

ナイアルの様子に苦笑していたティータは博士に尋ねた。

 

「うむ、今のところ順調じゃ。何も起きなければ浮遊都市に着陸するまでは持ってくれるじゃろう。」

「ちょ、ちょっと待った。ってことは……何か起こったらヤバイとか?」

「うむ。問答無用で墜落じゃろうな。」

「命に直結するようなことをサラッと言わないでよ……」

博士の言葉を聞いたエステルは疲れた表情で溜息を吐いたその時、レーダーに反応があった。

 

「レーダーに反応あり……!ステルス化された艦影が8機、急速接近してきています。」

「来たか……」

「『グロリアス』に搭載された高速艇みたいですね……」

「ふむ、敵のステルスもはっきり見破れたようじゃの。」

部下の報告を聞いたユリアは気を引き締め、ヨシュアは真剣な表情で呟き、博士は頷いた。向かう場所を考えれば解りきっていた妨害ではあるが……ブリッジに緊張が走った。

 

「―――主砲・副砲展開用意!」

「イエス・マム!」

「………撃てっ!!」

ユリアの指示に部下達は頷いた。すると艦前方部のアルセイユの主砲が展開され、更に翼の部分から副砲が展開された。それと同時にアルセイユは加速して、アルセイユに気づき、攻撃して来た飛行艇達を主砲で撃破しつつ、突破した。更に、追いすがる飛行艇は副砲によって撃破された。

 

「全機撃破を確認。追跡する艦影は認められません。」

「やった!」

「ああ、見事だ。」

「いやはや……これが最先端の空中戦か。僕も以前帝国の飛行艇での戦闘は見たことがあるが……それの比じゃないね。最早圧倒的とでもいうべきかな。」

部下の報告を聞いたエステルは明るい表情をし、ジンとオリビエは感心していた。

 

「ふむ……この主砲は素晴らしいな。かなりの威力のはずだが、大した精度と反動の小ささだ。それに、高精度の迎撃能力を持っているとは御見逸れした。」

「わはは、当然じゃ。主砲は『フェンリル』のデータを基に小型化した物じゃし、副砲は『ラティエール』級の運用データを基に搭載された代物―――レーダーと連動した迎撃砲もついておるからの。」

ミュラーの感心した言葉に博士は笑いながら答えた。

 

「副砲……それって、翼に付けた装備のこと?」

「うむ。」

ティータの問いかけに博士は頷いた。

 

全ての『アルセイユ』は連動する―――レーダーの迎撃能力や精度は実戦で使っている『西風の旅団』や『翡翠の刃』……『デューレヴェント』『クラウディア』における運用データや『シャルトルイゼ』『サンテミリオン』の実験データからフィードバックされ、『アルセイユ』の大幅強化につながっている。更に、現在建造が進められている四番艦に関しても、次世代型“巡洋艦”『ファルブラント級』を見据えた要素をふんだんに取り入れているのだ。

 

また、『フェンリル』『ヴァルガード』の試験データから得られた武装も取り入れられており、その結果……船体の大きさは42アージュ→60アージュへと大型化し、最大船速は4300CE/hから4600CE/h(460km/h)へと上昇している。だが、この船速はあくまでも搭載されたオーバルエンジンの“半分”―――4基しか動かしていない状況でのものだ。

 

解りやすい比較対象で説明すると、“原作”におけるアルセイユ級Ⅱ番艦『カレイジャス』は全長85アージュ、最新鋭のZCF製オーバルエンジン20基を積み、最大船速3050CE/h(305km/h)……対して、この『アルセイユ』はそれの7割程度の大きさを有しつつ、4基のオーバルエンジンで事足りるどころかそれ以上の船速を叩きだしているのだ。

 

これはアルセイユの登場が本来よりも10年早かったことが起因する。皮肉なことではあるが、戦争というものは技術を洗練させる要因の一つだ。そして、隣国のエレボニアやカルバード……大国という脅威は技術力の向上に一役買ってしまった形となっている。その結果、リベールの航空技術は下手するとゼムリア大陸でも髄一の技術力を誇ることになる。

 

その時、またレーダーが反応した。

 

「レーダーに反応あり……!」

「熱源からかなり大型の艦影―――8時の方向から全長250アージュの超弩級艦が接近中……!」

レーダーの反応を見た部下達は緊張した口調で報告した。

 

「そ、それって……!」

「例の『方舟』ってヤツか……」

「……ヨシュア君。『グロリアス』の基本性能と武装は分かるか?」

報告を聞いたエステルとケビンは真剣な表情をし、ユリアはヨシュアに尋ねた。

 

「機動性、最大戦速共に『アルセイユ』には及びません。ですが、強力な主砲に加え、無数の自動砲台に守られています。攻撃・防御ともに完璧でしょう。」

「そうか……4時方向へ全速離脱!敵戦艦の追撃をかわしながら浮遊都市の上空を目指せ!」

「アイ・マム!」

ヨシュアの情報を聞いて頷いたユリアの指示に部下達は頷いた。そして雲の切れ間から『グロリアス』が現れ、『アルセイユ』に向かって大量の砲弾を撃ってきた。砲弾の中には追尾する弾―――ミサイルもあったが、『アルセイユ』は急旋回と副砲による迎撃、そして最大船速4600CE/h(460km/h)をフルに生かすことで全ての砲弾をかわし、最大戦速のまま『グロリアス』との距離を引き離した。

 

「砲弾、全弾回避成功……『グロリアス』の射程圏内から離脱しました。」

「ほっ……」

「よ、良かったです……」

「さすがに緊張したわね……」

「もうドキドキだわ。でも、これで敵の妨害は全部かわせたんじゃないかな。」

報告を聞いたクローゼとティータ、シェラザードは安堵の溜息を吐き、エステルは安心した様子で言った。

 

「いや……油断しない方がいい。」

「ああ、常識は通用しねぇ相手だ。最後の最後まで気を抜かねぇ方がいいだろ。」

「だな。」

安心は出来ないというヨシュアの忠告にアガットは真剣な表情で頷いた。相手は何せ『結社』の最高幹部に『執行者』。心配し過ぎても逆に足りないぐらいであろう。それは、元『結社』出身のスコールも頷いて答えた。

 

「にしても、『アルセイユ』は流石に速いな。」

「ああ……私ですら、この速度には驚かされたからな。」

「何せ、わしの最高傑作じゃからのう。無論、まだまだ速くなるよう頑張るつもりじゃ。」

シオンとユリアは感心するように言葉を呟き、博士は自慢げに言い放った。

 

「で、またマードックさんが胃痛を抱えると……薬でも、差し入れしとこっかな。」

「大変ですね、ティータさん。」

「あう……お恥ずかしながら。」

その光景を見たレイアはマードックの安否を気遣い、クローゼはティータの苦労を労い、ティータは苦笑を浮かべつつ答えた。

グロリアスの追撃をかわして数十秒後……アルセイユは浮遊都市上空に到達した。

 

「と、都市上空に到達しました……」

ユリアの部下は上空から見える浮遊都市の景色――さまざまな建物や緑豊かな庭園に目を奪われながら報告した。

 

「………すごい………………」

「これが……古代ゼムリア文明の精華ですか……」

「……想像以上の代物やな。」

浮遊都市の景色を見たエステルは口を大きくあけて呟き、クローゼとケビンは真剣な表情で呟いた。それはどう見てもエステルらの常識と完全にかけ離れた光景―――いわば喪われし科学技術の粋を集めた結晶そのものを見ているようなものなだけに、その感動もひとしおであろう。

 

「ふむ……向こうの方に巨大な柱のようなものが見えるな。おそらく、この都市にとって重要な施設の一つであるはずじゃ。着陸するならまずはあの近くがいいかもしれん。」

「了解しました。エコー、周囲の状況はどうだ?」

博士の推測を聞いて頷いたユリアは部下に尋ねた。

 

「……はい。50セルジュ以内に敵艦の反応はありません。『グロリアス』も完全に引き離せたと思われます。」

「よし……。ルクス、速度を落としながら前方の『柱』付近に着陸するぞ。」

「アイマム。」

「あれ~?」

その時、突然ドロシーがブリッジの窓の外に映る“違和感”に気づき、声を上げた。

 

「どうしたの、ドロシー?」

「なんだ?感光クオーツでも切れたかよ?」

突然声を上げたドロシーにエステルとナイアルは尋ねた。

 

「あ、ううん。それは大丈夫ですけど~。なんか、向こうの方から変なものが近づいて来るな~って。」

「なに!?」

「う、うそ!?」

ドロシーの言葉を聞いたエステル達は慌てて前を見た。

 

「―――な、なんだあれは!?」

ユリアは前方にいる黒い竜の形をした人形兵器を見て驚いた!

 

「―――さあ、見せてもらおうか。希望の翼が折られた時……お前たちに何が示せるのかを………なっ!?」

黒い竜の人形兵器―――ドラギオンを駆るレーヴェが高速で近づこうとした。その際、『アルセイユ』の甲板にいる人物―――アスベルの姿が目に入り、それに危険を察したレーヴェはすぐさま引き返そうとしたが、時既に遅し。

 

「悪いが……お前たちの『茶番』は終わりだ。ここから先は……力づくででも押し通させてもらう。『月牙天衝』!!!」

アスベルの太刀から放たれた『月牙天衝』の刃はドラギオンに無数の傷をつけ、本来のコースを大きく逸れる形でドラギオンは不時着していった。

 

「………」

「い、何時の間に……というか、あれに乗ってたのって……」

「レーヴェだね……ご愁傷様。」

「や、やけに冷静だな、ヨシュア。」

「僕はアスベルの本気を一度肌で味わったことがあるからね……レーヴェがせめて生きていてくれることを祈るよ。父さんに似て、結構悪運強いから。」

「ははは……(レーヴェ……相手が悪かったですね。)」

その光景に呆然とするユリア、現実味が感じられないとでも言いたげに呟くエステル、一度アスベルの本気を味わったことのあるヨシュアはレーヴェの生存を祈り、リィンはヨシュアの冷静さに引き攣った表情を浮かべ、コレットに至っては苦笑する他なかった。

 

「ユリアさん、ラッセル博士……このまま『柱』の近くに着陸すれば、また襲撃がないとも限りません。ここは一度、周縁部のあたりに降りるべきかと。」

「どうやら、その方が良さそうですね。先程のが直撃していたら、『アルセイユ』は間違いなく落とされていたことでしょうし……アスベル殿には感謝しなくてはいけないようです。」

「仕方あるまいが……状況からすれば、その方が良さそうじゃの。」

クローゼの言葉にユリアと博士は頷き、『アルセイユ』は周縁部の危険が少ない場所―――都市の西端部に降り立った。

 

(しっかし……アスベルも相当ストレス溜まってたんだな……)

(結果オーライだけれど……レーヴェが哀れに見えちゃうね。)

(そうだね。)

そして、先程のアスベルの行動に同じ“転生者”であるシオン、シルフィア、レイアは揃ってレーヴェへの同情を禁じ得なかったのは言うまでもない。

 

 




リベールの航空技術は(ゼムリア)世界一いいいいいいいいいっ!!……な回です。

あと、レーヴェ……大丈夫、刀背打ち(みねうち)ですから(何)

探索は程々書いて、一気に『執行者』戦まで持っていく予定です。
ただ、折角なので……ちょっと趣向を凝らす予定です。


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第129話 侵入者?

~『アルセイユ』 会議室~

 

レーヴェの突発的な襲撃はアスベルによって防がれたが、今後の事も鑑みて『アルセイユ』は周縁部……都市の西端に着陸した。エステルらは会議室に集まり、今後の動きを話し合っていた。

 

「まず、我々がいる場所はこの都市の西端部……そして、斥候からの情報によると、東端部に『グロリアス』が停泊しているようだ。」

「となると、まずは当初の予定である『柱』を目指すってことかな。」

「そういうことになるな。」

ユリアの言葉にエステルは先程の着陸予定であった『柱』を目指すことを念頭に置く形で探索を行い、ジンもそれに頷いた。だが、純粋にこのエリアの探索だけでもかなりの労力であろう……そこで、シオンが一つ提案をした。

 

「とはいえ、ただ闇雲に進んでも埒が明かない……とりあえず、この都市における『鍵』を見つけるのが先決だな。」

「『鍵』?」

「これだけの都市だ……その技術からしても、俺らが全てを把握するのは難しい。だが、その機能をほぼ十全に使える『鍵』があれば、1200年前の代物でも使える可能性はある。」

これは、“転生者”でもあるシオンだからこそ言える台詞であった。ここから徒歩のみで『柱』を目指すのは無謀。かといって『アルセイユ』ではまた襲撃を受ける可能性がある。ならば、この都市の『証明書』なるものを手に入れれば、『柱』へのアクセスも容易にできるだろう。

 

「とはいえ、ここはある意味『結社』の本拠地……しっかり準備しねえとな。」

「そ、そうですね。」

「だな。」

「ええ……あら、アスベル……って、どうしたのよ?」

アガットの言葉にティータ、スコール、サラは頷いた。すると、そこに頭を抱えながら入ってきたアスベル。その姿を見たヨシュアはいつもは中々見せない彼の表情に首を傾げた。

 

「はぁ………」

「アスベル?何だか冴えない表情だけれど……」

「いや……はぁ。」

「アスベルにしては、何だか煮え切らない返事ね。何があったのよ?」

その様子を見たヨシュアとシェラザードはアスベルに問いかけた。

 

「ま、いっか……実は、先程後ろの格納庫から妙な気配を感じてな。確認しに行ったら、二人ほどいた。」

「まさか、侵入者!?」

「うーん……侵入者というか……オリビエ、ミュラーさん、リィン、シオンの知り合い。」

アスベルの言葉にユリアは言葉を荒げるが、アスベルから続けて放たれた言葉に名前を出された四人はその共通点に思い当たる節があり……

 

「帝国出身の僕やミュラー君にリィン君、それとシオン君…だが、同じ帝国出身のヨシュア君が知らない…ミュラー君、嫌な予感がするのだが。」

「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ。」

引き攣った表情のオリビエに、珍しくオリビエと意見があったミュラー、

 

「俺もです……」

「とりあえず、会いに行ってみるか……どこにいるんだ?」

「医務室にいてもらってる。ケビンなら問題ないだろうし。」

その人物の大方の予想がついてしまい、リィンとシオンは疲れた表情を浮かべつつ、その二人がいる医務室に向かった。流石に医務室は狭いので、エステル、ヨシュア、オリビエ、クローゼ、シオン、リィンの六人で向かうこととなった。

医務室に入ると、ある意味予想通りの二人とケビンがそこにいた。

 

 

~『アルセイユ』 医務室~

 

「お、エステルちゃんたちか。何や、怪我でもしたんか?」

「いや、そうじゃないけれど……って、アルフィンにエリゼ!?」

「あら、お久しぶりですわねエステルさん。それに、クローディア殿下に“シオンさん”もお久しぶりです。」

「えと、お久しぶりです。それと、そちらの方は初めてですね。」

ケビンの言葉を否定しつつ、エステルは二人の人物―――アルフィンとエリゼの姿に驚き、アルフィンとエリゼも言葉を交わした。

 

「そうですね……初めまして、ヨシュア・ブライトといいます。アルフィン皇女殿下、それとエリゼ・シュバルツァーさん。」

「これはご丁寧に……アルフィン・ライゼ・アルノールと申します。ですが、ここは公式の場ではありませんし、王国ですので……私のことは『アルフィン』で構いませんわ。それと、年相応の言葉遣いでお願いします。」

「姫様!……はぁ。エリゼ・シュバルツァーと申します。私の方も呼び捨てで構いません。」

「うん……宜しく、アルフィンにエリゼ。」

ヨシュア、アルフィン、エリゼ……ある意味『百日戦役』に深い関わりを持つもの同士……とはいえ、アルフィンやエリゼはその事実―――『ハーメルの悲劇』を知らないので無理もない話であるが。

 

「いやはや、あのお兄さんといい、皇族が愉快な方やと思わんかったわ。これなら、エレボニア帝国の未来は明るそうやな。」

「何と言うか、やっぱりオリビエの妹なのね……」

「……(正直、アイツが義理の兄になるのは認めたくねえがな)」

ケビンは笑って言葉を呟き、エステルは疲れた表情を浮かべ、シオンは将来の事を考えるとオリビエ(変態)が義理の兄になることに頭を抱えたくなった。アルフィンとオリビエは半分しか血が繋がっていないとはいえ異母兄妹の関係……その系譜に名を連ねるのはリベールの王家としてどうなのかという疑問を浮かべたのは言うまでもない。

 

「えと、エリゼ。事情を説明してくれないか?何で忍び込んだんだ?」

「はい……実は」

事の発端はオリビエ(オリヴァルト皇子)がカレル離宮に戻って来た際、それを偶然見たアルフィンは仲の良いセリカから話を聞き出し、エリゼを渋々納得させるとともに、プリシラに言伝をして陣の中に忍び込んだらしい。そして、荷物搬入のために着陸していた『アルセイユ』の裏口から潜入し、荷物の中に紛れ込んだとの事だ。その大胆さはともかくとして、やっていることは完全に“不法侵入”以外の何物でもないのだが。

 

「えっと……どうしますか、シオン?」

「俺に聞くな…俺だって訳が解らん…(アスベルが頭を抱えた理由がようやく解った。これは確かに厄介な問題だな。)」

オリビエもといオリヴァルト皇子に関しては、帝国政府の代表としてこの艦に同乗しているので問題は無い。だが、アルフィンに関しては完全に部外者……しかも、犯罪とも言える行動をした上での同乗……とはいえ、相手はれっきとした皇族なだけに、無下な扱いは出来ない。その御供であるエリゼも皇族に連なる者である以上、この問題はややこしいことこの上なかった。

 

「エステルたち、ここはひとまず任せていいか?対応を協議してくる。」

「あ、うん。解ったわ。」

「……その、元帝国出身者として、ゴメン。」

「あはは……」

エステルらにその場を任せてシオンは一度医務室を離れ、会議室に戻って……ユリア、オリビエ、ミュラー、アスベル、シルフィア、レイアらと話し合い、対応を協議した。その結果………

 

『アルフィン・ライゼ・アルノール、ならびにエリゼ・シュバルツァーの両名に関しては“エレボニア帝国の特務大使として浮遊都市の見届けを行う”扱いにする。ただし、行動する際はオリヴァルト皇子、ミュラー・ヴァンダール少佐、シオン・シュバルツ、リィン・シュバルツァーの同行を前提とする。』

 

肩書云々は建前であるが、その辺りはオリビエに上手く演出してもらう形とすることで折り合いをつけることとした。まぁ、<鉄血宰相>相手にするための一歩としては、中々憎い演出であろう。

 

「むぅ……致し方ありませんね。」

「何を言ってるのよ。犯罪を犯してこの程度で済んでいるのだからありがたく思いなさい。いっそのこと首根っこ掴んででも帰らせますからね。」

「うっ………」

残念そうな表情のアルフィンに、エリゼはジト目でアルフィンを睨み、それには流石のアルフィンもそれ以上言えずに黙る他なかった。その様子に流石のエステルも呆れる他なかった。

 

「やれやれ……とりあえず、探索を始める?」

「それなんだけれど……エステル、色々と装備を切らしていて補充しなくちゃいけないんだ。少し待っててくれるかな?30分ぐらいあれば済むから。」

「あ、うん。解ったわ。あたしもオーブメントのあたりとか、いろいろ確認しておきたかったし……それじゃ、先に行ってるわね。」

そう言ってエステルらは先に医務室を出て行った。そして、ヨシュアはケビンに向き直った。

 

「まったく……君もいいかげん罪作りやね。」

「……すみません。」

僕も向き合わなければならない……僕を縛り続けてきた『刻印』……いわば、教授の作り上げた『呪い』のようなもの。だが、これを克服しなければ、僕は本当の意味でエステルの傍にいることなどできない。それによってまた悩むことは増えるだろうけれど……やらないよりも、やって後悔したほうがマシなのだと。これはいわば『賭け』……その賭けに勝てるかどうかは、正直運次第ではある。

 

「謝るんなら、後でエステルちゃんに謝り。……ホンマにええんか?」

「もう、決めた事ですから。ケビン神父……どうかよろしくお願いします。」

「ったく、しゃあないな……。よし、時間もないことやしとっとと始めるか。」

ヨシュアの決意を聞いたケビン……それから20分後、一通りの処置が済み、ケビンは声をかけた。

 

「……よし。こんなもんやろな。」

「ありがとうございます。お手を煩わせてしまって……」

「気にせんでええ。オレに出来るのはこの程度やからな。」

申し訳なさそうにヨシュアが言い、その言葉に笑みを零しつつケビンは大したことなどしてないと返した。それを聞いたヨシュアは……ケビンに一つの質問をぶつけた。

 

「そうですか……あの、ケビンさん。コレットさんは、その……いつ星杯騎士になったか解りますか?」

「ん?ああ、あの人か。オレが星杯騎士になる前にはいとったし、確か、知り合いの話やと10年ぐらい前やな。なんや、エステルちゃんに惚れてるのに、早速浮気か?感心せえへんなぁ。」

「軽そうに見えるケビン神父と一緒にしないでください……その、知り合いによく似ていたもので。」

その質問にニヤけるケビンの姿にジト目で睨んだ。それにはケビンも図星を突かれたような表情をしつつ、言葉を返した。

 

「あいた、そういったところはエステルちゃんに似とるなぁ……ヨシュア君の出身、確か『ハーメル』やったか。」

「ええ……どこでそれを?」

「あの軍人さんに少しな。オレが全て知っとるわけやないけれど……あの事件、オレも気になってちょっと調べたことがあってな……聞くか?」

「お願いします。」

ケビンの口から出た言葉……ある意味村を飛び出すように出て行ったヨシュア。エステルと別れた後、一度あの場所を訪れたヨシュアであったが……ケビンの調べたことが気になり、真剣な表情を浮かべてその話を聞くことを了承した。

 

「実は、ここに来る前に村の跡地に寄ったんや。ま、自由気ままにブラリとしてただけなんやけれどな。流石に10年も経っとる以上、目ぼしいものはなかったんやけれど……一点だけ、妙な感じがしたんや。」

「妙な感じ、ですか?」

「何て言うかな……まるで、村全体に法術の類をかけたような感じが残ってたんや。ほんの僅かな残滓程度やけれど。」

ケビンが持つ力―――他の星杯騎士が持たない“力”のお蔭で、ケビンは辛うじて同類とも言えるその力を察することができた。しかも、隅々まで歩き回ったからこそ気付けたことではあったが。

 

「法術……ひょっとして、同じ星杯騎士が?」

「それは解らへんけどなぁ……せやけど、ひょっとしたら君と同じように『ハーメル』の生き残りがいるかもしれへん。もしかしたら、ヨシュア君の身近な人も生き残っている可能性が出てきたってことやな。エステルちゃんは君の事を諦めなかったように、諦めなければ何か掴めるかもしれない……頑張りや。」

「そうですか……ありがとうございます、ケビン神父」

その言葉に一縷の希望が見えたヨシュアは深々と頭を下げ、医務室を後にした。そして、一人残ったケビンは考え込んでいた。

 

(法術のあの波長からして……おそらく『第七位』やろうな。確か、噂では総長も『ハーメル』に行っていたとか……あの姉妹を敵に回すのはオレかてゴメンや。『ハーメル』のことは専門家に任せて、オレは任務に集中せんとな。)

凡その推測は出来ていたが、彼女を敵に回せば、ある意味守護騎士の半数を敵に回しかねないため……『ハーメル』のことはこれ以上関わらないことに決め、ケビンは自分の“仕事”のために着々と準備を進めていった。

 

一方、ヨシュアは休憩室に行ってみたが、エステル達の姿が見えなかったため、オーブメントや武器の部屋に足を運ぶこととした。

 

「あ、ヨシュア。思ったよりも早かったね。」

「うん。それで、こっちのほうは?」

「大方の準備はできました……ただ、姫様が自ら戦うと言い出して……」

ヨシュアの姿を見たエステルは声をかけ、ヨシュアも言葉を返すと、エリゼはため息が出そうな表情で事のあらましを簡単に説明した。

 

「お兄様やエリゼが戦っているんですもの……私も親衛隊相手に勝った経験がありますし、問題はありませんわ。」

「とは言われても………」

確かに、その光景はエステルやヨシュア、クローゼも見ているだけに実績としては十分なのだが……相手はそれ以上のレベルなだけに、その場所へ皇族を連れていくことには難色を示した。

 

「聞けばティータさんは私より一個年下でかなりの経験をしておりますし、皇族という意味ならば、王族であるクローディア王太女殿下や私のお兄様も前線で戦っております……それでも、駄目だというのですか?」

「………どうしよう、ヨシュア。」

「困ったね……」

確かにそれを言われたら言い返せない……それに割って入ったのは、一人の青年であった。

 

「そこまで言うのであれば、同行させようじゃないか。」

「オリビエ!?」

「アルフィンはこう見えて結構頑固でね……一度決めたら梃子でも動かないのさ。フォロー役として僕も同行しよう。」

「流石、お兄様。」

「はぁ……ま、しょうがないか。」

 

結果……

 

・エステル (エレボニア軍を破った英雄の娘)

・ヨシュア (元エレボニア帝国出身)

・クローゼ (エレボニア皇家と仲の良いリベール王家)

・シオン  (エレボニア帝国に両親を奪われた王家の人間)

・リィン  (<五大名門>シュバルツァー家の養子)

・アルフィン(エレボニア皇位継承権第二位)

・エリゼ  (<五大名門>シュバルツァー家の長女)

・オリビエ (エレボニア皇家の庶子)

 

……何だかんだでエレボニアに関わりのあるメンバーでの探索となった。

 

 




というわけで……原作なら非戦闘員扱いのアルフィンがパーティーメンバー入りしましたw

身近に戦う人間(オリビエ)がいる以上、その辺りはそれとなく察していますし、シオンの存在がありますからね。武器は、一応考えてあります。単純に魔導杖持たせるというのもアレですしw

……閃のあのイベント、どうするかな。なんとかしますw

本編進まねえorz(自分のせい)


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第130話 帝国の縁

 

~リベル=アーク~

 

早速探索を始めたエステルたち……その光景は科学の粋を集めた古代文明の技術そのもの。その光景に目を奪われつつも、先に進むと……駅のような場所に出た。そこにあった端末を調べると、様々な情報を知ることができた。

 

まず、『レールハイロゥ(光輪の線路)』……どうやら、その言葉の意味を察するに『鉄道』を更に進化させたものであると推測される。それだけでなく、この都市の機能を使うには『ゴスペル』が必要となるようで……それには今まで『ゴスペル』に関わってきたエステルらは驚いていた。

 

そして、この都市の名前である『リベル=アーク』……つまりはリベールの語源の由来であると推測され、この都市に暮らしていた祖先の末裔が今のリベールに住む人なのであろうと考えられる。

 

「しっかし、ここでも『ゴスペル』とはね……」

「因縁深いですね……」

「私には解りませんわね……」

「アルフィンは仕方ないさ。この面々だと、『ゴスペル』を知らないわけだしね。」

ある意味仲間外れのアルフィンだが、無理もないことだ。八人の中では唯一『ゴスペル』に触れていないだけに、置いてけぼりになっている状態だということは周りの面々も理解していた。とりあえず、先に進むために地下道のロックを解除して、地下道へと進んだ。

 

 

~地下道~

 

「いきます!」

地下道に降りたところで敵に出くわし、アルフィンは魔導銃杖―――魔導杖に内蔵したライフル型の魔導銃を用い、敵に銃弾を放つも、流石に百発百中とまではいかず、何発か外すが

 

「ここは僕がフォローしよう。それっ!!」

「隙ができた……ヨシュア!」

「うん!!」

オリビエは二丁の導力銃で的確に敵の関節部分を狙い撃つ。その動きを逃さず、シオンとヨシュアが斬り込む。そのダメージで流石の敵も苦し紛れにアルフィンを狙い撃とうとしたが、

 

「どっせいっ!!」

「はあっ!!」

「はっ!」

「せいやっ!!」

エステル、リィン、クローゼ、エリゼの攻撃によって敵は完全に沈黙した。その様子を見てアルフィンは気が抜けたのか……その場に座り込んだ。それを見たシオンとエリゼが近寄り、ヨシュアとエステルは周りの警戒に当たっていた。

 

「はぁ……流石に上手くいきませんわね。」

「そうでもないさ。初陣とはいえ、ちゃんと当てていたからね。」

「見るからに銃術は嗜んでいたようですが……皇子が教えたのですか?」

「護身程度ではあるがね。僕も最初は躊躇ったが、アルフィンが食い下がってね……とはいえ、結果的に功を奏した形になったかな。」

アルフィンの言葉にオリビエは十分過ぎると言い、その扱いからして素人ではないと見抜いたクローゼの問いかけに、オリビエは笑みを浮かべて答えた。皇族が銃を持つなど烏滸がましい……などと貴族の人間ならば言いそうではあるが、自分の身を自分で守れずに威張るというのは三下のすることだとオリビエは思っていた。その根底にあるのは庶子という自分の境遇から来るものもあるのだが……

 

「あまり無理はしないの。私はともかく、アルフィンは実戦経験が少ないのだから。」

「そういうエリゼも、傷物になったらお兄さんに嫌われますわよ?」

「もう……ひ・め・さ・ま・!!」

「あはは……」

「やれやれだね。」

ある意味微笑ましいアルフィンとエリゼのやり取りに、クローゼとオリビエは揃って苦笑を浮かべた。

とりあえず、ここにいてもまた敵が来る……八人は移動を再開し……長い道のりを抜けて、ようやく次の区画らしき場所に出た。

 

 

~リベル=アーク 居住区画~

 

「ここは……見たところ、住宅街のようなものかな。」

「綺麗な街並み……。どうやら古代人が暮らしていた場所みたいですね。」

「俺達が拠点にしている場所より、人が住んでいる雰囲気があるみたいだな。」

「うん……。静かで良い感じの雰囲気かも。でも……なんで昔の人たちはこんな立派な街を捨てちゃったのかな?」

シオンやクローゼ、リィンの言葉に頷いたエステルは首を傾げた。

 

確かに、言われてみればそうなのであろう。ここまで見る限りにおいては、利便性の高い街という印象を強く受ける。だが、祖先の人々はこの場所を捨て、封印した。つまりは、この都市が抱えている問題―――いや、この都市を張り巡らせている導力……その大本である“輝く環”にも何らかの問題があると考えるのが自然だ。

 

「……調べて行けば、当時の状況が分かるかもね。新たなルートを探す必要もあるし、さっそく周囲を探索してみようか?」

「ん、オッケー。」

ヨシュアの言葉にエステルは頷いた。その後エステル達は街を調べながら進んで行った。

 

しばらく進むと、意外な物……エステルやヨシュアにしてみれば『馴染み深いもの』を見つけた。

 

「ヨシュア、あれ……!」

「……うん。どうしてこんな所に……あれは!!」

エステルの言葉に頷いたヨシュアは驚いた後、ある事に気付いた。その『馴染み深いもの』を守るように一人の少女が必死に抵抗している姿が目に入ったからだ。

 

「そ、それ以上近寄るなっ!これ以上“山猫号”を傷付けたら絶対に許さないんだから!」

意外な物――“山猫号”の傍で人形兵器に囲まれているジョゼットは銃で人形兵器達を退けていたが、流石に数の差という状況はジョゼットを不利な状況に追い詰めていた。一際大きい人形兵器がジョゼットに攻撃し、命中したジョゼットは呻いた後、後退した。

 

「あうっ……!うう……キール兄……ドルン兄………ヨシュア…………」

「ふふん、お困りみたいね?」

ジョゼットが泣き言を言っていたその時、武器を構えたエステル達が登場した。

 

「ノーテンキ女!?……そ、それに……」

「だ~から、誰がノーテンキよっ!」

ジョゼットの言葉にエステルは怒ったが

 

「話は後だ!まずはこいつらを片付けるよ!」

「う、うんっ!」

「まったくもう……ブツブツ」

自分を無視してヨシュアの言葉に頷いているジョゼットを見て、文句を言いつつ戦闘を開始した。

 

「皆、いくわよ!」

「やれやれ……さぁ、気を引き締めていくぞ!」

「ええ!」

「うん!」

「ああ!」

言いたいことは色々あるが……まずはこの状況の打破が先だと感じ、エステルとリィンは号令をかけて仲間の闘志を高める。

 

「時間はかけてられない………はあああっ!!」

「それには同感だな………慣れておくためにも、ここは飛ばすぜっ!!」

リィンとシオンは“神気合一”を発動させ、二人の髪の色は銀髪灼眼……厳密に言うと、シオンの方は青みがかった銀髪ではあるが、色が変わる。その姿に一番驚いたのは他でもないエリゼであった。

 

「え……兄様にシオンさんまで……その姿はっ!?」

「えっ……!?」

「これは……」

「(う~ん……ひょっとして、レグナートが言っていた『起動者』のことかしら?あたしにアガット……そこにリィンもいたし、そう考えるのが自然よね。)」

一度目の当たりにした経験があり驚きを隠せないエリゼ、同じように驚くクローゼ、その力の顕現に目を見開くヨシュア、そしてエステルは以前レグナートが言っていた『起動者(ライザー)』絡みなのではないかと推測した。

 

「顕現せよ、我が内に眠る力……」

「炎よ、我が剣に集え……」

そして、剣を構えるシオンとリィン……各々の武器に集まる闘気。それを持ち、二人は駆け出し、互いに敵に向かって繰り出す。

 

「我が放つは幻氷の刃……『インビジブル・ブレイバー』!!」

「八葉が一の型“烈火”極の太刀……『素戔嗚(スサノオ)』!!」

シオンの属性である幻と水属性を纏った超高速の突きを繰り出すSクラフト『インビジブル・ブレイバー』、リィンの属性である火と時属性を纏った黒炎の連続斬撃を繰り出すSクラフト『素戔嗚』が同時に炸裂し、敵の人形兵器はその大半が完全に破壊された。

 

「説明などは後だよ、諸君。顕現せよ、銃撃の雨……『シューティングレイン』!!」

「いきますわ!!」

戦況を冷静に見詰めたオリビエはかつてカルナが使っていたクラフト『シューティングレイン』で残った敵を一掃し、アルフィンも先程の経験で得た感覚を修正しつつ、敵を的確に撃ち抜き、沈黙させていった。

 

「ふう……何とか片づいたわね。大きいヤツはやたらと固かったけど……」

「結社の重人形兵器“レオールガンイージー”だ。普通は拠点防衛用に使われることが多いんだけど……」

安堵の溜息を吐いて呟いたエステルの疑問にヨシュアは考え込む表情をしながら答えた。ともかく、ジョゼットに事情を聞くためにエステルらは彼女に近づいて行った。

 

「まあとにかく……本当に無事で良かった。でも、なんで君たちがこんな場所にいるんだい?」

「う、うん……ボクたち、あんたと別れた後、国境近くに潜伏してたんだけど……いきなり空に変な物が現れたから近寄って様子を見ようとしたら山猫号の導力が止まっちゃって……」

ヨシュアに尋ねられたジョゼットは状況を思い出しながら答えた。とどのつまり、山猫号は導力停止状態の余波をもろに受け、墜落した場所は幸か不幸かリベル=アークであったということだ。命的には幸運なのだが…この場所の事を考えると不幸としか言いようがなかった。

 

「成程……それで墜落しちゃったわけね。あれ、そういえば………あんたのお兄さんたちはどうしたの?姿が見えないけどどこかに出かけちゃってるとか?」

「…………っ…………。ううう……うぐっ……」

エステルに尋ねられたジョゼットは急に涙を流して、泣き始めた。

 

「わわっ、な、なんなのよ!?」

「ジョゼット……落ち着いて。ゆっくりでいいから事情を話してもらえるかい?」

ジョゼットの様子にエステルが驚き、ヨシュアが優しい表情で尋ねたその時

 

「ううっ……。ヨシュア……ヨシュアああっ!」

ジョゼットは泣き叫びながらヨシュアの胸に飛び込んできた。

 

「「あら………」」

「ほう……これはこれは」

「えっ………………」

「ハハ………」

その様子を見たクローゼとアルフィン、エリゼは驚き、オリビエはその大胆さに感心し、リィンは呆け、シオンはエステルを気にしつつ、冷や汗をかいて苦笑しながら見ていた。

 

「な、な、な……」

そしてエステルは口をパクパクさせた後、怒鳴ろうとしたところを

 

「け、結社の連中に兄貴たちが捕まったんだ!ボクを逃がすためにみんなで囮になって……ねえ、ヨシュア!ボク、どうしたらいいの!?」

ジョゼットが予想外の事を泣きながら叫んだ。

 

「………」

「とりあえず、ここだとまた襲われかねない……場所を変えて話そう。」

「うん……そうね………」

エステル達は、ひとまず無人の家でジョゼットから詳しく話を聞くことにした。

 

「……ごめん……。驚かせちゃったみたいだね。もう落ち着いたから大丈夫だよ。」

「まったくもう……。色々な意味で驚いたわよ。」

落ち着いた様子で話すジョゼットをエステルはジト目で睨んだ後、溜息を吐いた。確かに、エステルにしてみれば心中穏やかでないことには変わりないだろう。目の前で自分の彼氏に女の子が抱き着いたのだから……

 

「それでジョゼット……他の人達が捕まった時の状況をもう少し詳しく教えてくれるかな?」

そしてヨシュアは真剣な表情で尋ねた。

 

「……うん……ボクたち、ここに墜落してから、すぐに“山猫号”の修理を始めたんだ。エンジンは何とか無事だったけど、それ以外の装置は壊れちゃってさ……。修理に使えそうな材料がないかこのあたりを探索してたんだけど…………それから3日後くらいかな。足りなかった材料も揃って本格的に修理しようとした矢先にタコみたいな人形兵器が現れてさ……。ボクがそいつを撃った後で紅い飛行艇が飛んで来たんだ……。着陸するなり、例の猟兵たちがわらわら降りてきちゃって……」

「哨戒中の“ヴォーグル”を倒してしまったのか……。多分、破壊された時に発せられる緊急信号が敵に伝わったんだろう。」

ジョゼットの説明にヨシュアはすぐに察し、その言葉を聞いたジョゼットはさらに落ち込んだ。自分の責任で自分の身内を危険に晒してしまったのだから……その反応はある意味当然であろう。

 

「やっぱりそうなんだ……。ど、どうしよう……。ボクが余計な事をしたせいで兄貴やみんなが……」

「ジョゼット……」

「あ~もう!そんな顔するんじゃないわよ!捕まってるんだったら助ければいいだけじゃない!」

「え……」

自分の推測を聞いて顔を青褪めさせているジョゼットをヨシュアは心配そうな表情で見つめていた所、煮え切らない感じを打破するように言い放たれたエステルの提案に気付き、ジョゼットはヨシュア達と共にエステルを見た。

 

「いくら犯罪者といえど、不当に監禁されているんだったら遊撃士の保護の対象だわ。どうせ『結社』とは決着を付けなくちゃいけないんだし……あんたのお兄さんたちもついでに助けてあげるわよ。」

「エステル……」

「ちょ、ちょっと待ちなよ!どうしてボクたちが遊撃士なんかに助けられないといけないのさ!?」

ジョゼットの兄たちを助ける、と言い放ったエステルの説明を聞いたヨシュアは口元に笑みを浮かべ、ジョゼットはエステルを睨んで反論したが、

 

「へ~、遊撃士“なんか”にねぇ。だったらあんた、自分1人で助けられるわけ?さっきだって危なかったところを助けてもらって、それでも強がれるの?」

「うぐっ……」

得意げな表情のエステルに尋ねられ、ジョゼットは反論がなく、唸った。

 

「それに、レイストン要塞で黙ってくれてた借りをまだ返してない訳だしね。ここいらで勝手に返させてもらうわよ。」

「~~~~~っ~~~~」

「ジョゼット……エステルの言う通りだよ。君が一人でここに居たって何の解決にもならないはずだ。それは分かるよね?」

「………」

この状況を理解できない程愚かではない……ジョゼットが選べる選択肢は、エステル達の力を借りて仲間を助け出すしかないのだと。それは、彼女自身も解りきっていることだった。

 

「よかったら、しばらくの間、アルセイユで待っているといい。多分、ドルンさんやキールさんたちは『グロリアス』に捕まっているはずだ。このまま探索を続ければ停泊場所へのルートが見つかるかもしれない。その時は必ず君に伝えるから。」

「…………分かった。ヨシュアがそう言うなら。でも、ただ世話になるのはカプア一家の名折れだからね!探索だろうが、きっちりと協力させてもらうよ!」

エステルの言葉に悔しそうな表情をしていたジョゼットだったが、ヨシュアに諭され、考え込んだ後納得して頷いた。

 

「あー、はいはい。ほんと素直じゃないんだから。」

「ふ、ふん……。どこかのお人好しみたいに単純にできてないもんでね。」

「あ、あんですって~!?」

「ふう、まったくもう………何が原因か知らないけど、少しは仲良くできないのかな。」

エステルとジョゼットの口喧嘩に呆れて溜息を吐いたヨシュアだったが、その発言は明らかに“失言”という他なかった。

 

「あのねぇ、ヨシュア……」

「……あんたがそれを言う?」

「え……?」

その言葉を聞いたエステルとジョゼットに睨まれて尋ねられ、驚いた。

 

(………やれやれ、踏んでしまったようですわ……)

(……鈍感。)

アルフィンとクローゼは呆れ、

 

(はぁ……鈍感すぎるのも考え物ですね…兄様ももう少し鋭くあってほしいのですが……)

(エリゼ……何で、そこで俺を見るんだよ……)

エリゼはジト目でリィンの方を見つめ、リィンは冷や汗をかきつつ黙るしかなく、

 

(おやおや、これは……)

(ヨシュア。今回ばかりはお前の自業自得だぞ……鈍すぎるのも考え物だな。)

オリビエは興味ありげな笑みを浮かべ、シオンは頭を抱えたくなった。そして、そのやり取りのあと、先程までいがみ合っていた二人とは思えないほどに意志疎通しているエステルとジョゼットは意見が一致したようで……

 

「ねえ、ジョゼット…今は、あたしたちがいがみ合ってる場合じゃないと思うの…ここは、一時休戦にしない?」

「……同感だね。どうやら、当面の敵はお互いじゃあなさそうだし。」

「えっと、その……打ち解けられたのはいいんだけど……何かマズイことを言ったかな?」

自分を睨みながら打ち解けているエステルとジョゼットにヨシュアは戸惑いながら尋ねたが

 

「ううん、ちっとも。言っていないのなら堂々としてればいいんじゃない?」

「そうそう、ヨシュアの気のせいじゃないの~?」

「そ、そう……(二人とも、目が笑ってないんですけど……)」

目が笑っていない二人に見つめられ、冷や汗をかきながら頷いた。

少しして、ジョゼットはどこかで見覚えのある人物―――アルフィンの姿に気づき、尋ねる。

 

「って、あれ?そういえば……そこの人って……ひょっとして、アルフィン皇女?」

「ええ。そのまさかですわ。そして、兄の……」

「オリヴァルト・ライゼ・アルノール……人は僕の事を“放蕩皇子”と呼んでいるけれどね。」

「う、嘘でしょ!?このおちゃらけた人が、ボクの住んでいた国の皇子様!?」

「ジョゼット……気持ちは解るけど、本当なの。あたしも信じたくなかったけれど。」

「その気持ちはお察しします……」

「まったくだ……」

一度剣を交えた人間が自分の出身国の皇族……色々と出鱈目すぎる状況に頭を抱えるジョゼットの姿にエステルらも同情した。

 

 

その後、様子を見に来たミュラーやユリアにジョゼットの事を説明して、三人は『アルセイユ』に戻り、八人は探索を再開した。

 

 




登場人物の半数以上はエレボニア帝国で出来ています……と言っても過言じゃないですね。

その代わり影が薄いカルバードェ……

そして、サラッと“神気合一”出しましたが……その辺りの絡みは次回以降にて。


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第131話 不釣り合い

 

~リベル=アーク 居住区画~

 

八人は居住区画の大きな建物―――市役所にて、データクリスタルの中に残っていた人物の名『セレスト・D・アウスレーゼ』を入力すると……オリジナルの……当時使われていた『ゴスペル』その物を“二つ”手に入れることができた。

 

「これが、オリジナルの『ゴスペル』……」

「にしても、クローゼとシオンに反応したということは、何か関わりがあるのかもしれないね。」

「偶然だとは思いますけれど……」

「いや、これを偶然で片づけられるのか?(にしても、二つってことは……何か仕掛けでもあるのか?)」

エステルとヨシュアの言葉にクローゼは苦笑を浮かべ、一方シオンは考え込んでいた。本来ならばここで手に入るはずの『ゴスペル』が二つというのは腑に落ちない。だが、ここで考えていても埒が明かないと判断し、先に進むこととした。

 

その後、各区画で手に入れた『ゴスペル』を用いて使える機能を増やしていくことに決め、エステル、ヨシュア、ジョゼット、クローゼの四人と、シオン、アルフィン、エリゼ、リィンの四人で別れて行動することとした。

 

 

~リベル=アーク 行政区画~

 

シオンら四人がたどり着いたのは、まるで現代におけるオフィス街のように立ち並ぶビル。その光景にシオンらは各々の感想を述べていた。

 

「これは……行政区画みたいだな。」

「まるで近未来的な光景ですわね。帝都でも建物は多くありますけれど、どちらかといえばルーレの方が近そうですわ。」

「確かにそうかもしれませんね。」

「だな。」

帝国でいえば、そのイメージに近いのはルーレ……もっと範囲を広げると、貿易都市クロスベルの光景が今目の前に映るものに一番近いであろう……だが、どうやらそういった気持ちに浸っている暇もなく、徘徊していた人形兵器が襲ってきた。

 

「リィン、エリゼ、前衛は任せる!俺がバックアップに回る!!」

「解った!」

「お願いします!」

「アルフィン、遠方から攻撃とアーツによる補助で二人をサポートしてくれ。」

「解かりましたわ!」

シオンは的確な指示を三人に出して陣形を整え、四人は武器を構えて駆けだした。

先程ジョゼットを助けた時とは異なり、人数が半分になっている分だけその分のフォローの負担がシオンに掛かる形となったが、何とか退けることができた。息を吐いて武器を納めるシオンは三人の方を見ると、見るからに疲労の色を隠せずにいた。とりあえず、シオンは無人となっているビルで休憩することを提案し、三人も頷いた。

 

「大丈夫か?」

「ああ………」

「ええ………」

「こ、これは……確かに疲れますわね……」

純粋に無理もないことだ。リィンはエステルらと行動は共にしてきた分はともかくとして、先程の“神気合一”による負担はまだ大きい。エリゼに関しては、元々カウンター主体の型を得意としており、自ら攻めるタイプではない。先日のユミル絡みもあくまで防衛戦であり、今回のようなことには慣れていない。そしてアルフィンだが……クローゼのように身近に剣術を教える人間がいないため、ということもあるが、皇族という立場上気軽に出歩けない部分がこういった形で表れた形になったのだろう。

 

一方のシオンは、王室親衛隊大隊長という立場、いついかなる時でも王家の人間を守るために素早く行動できることが求められている以上、その鍛錬には余念がない。自分の剣術の才能に関しては、まぁ、それなりにあると自負はしている。だが、これでもまだ道半ばでしかない。『執行者』相手には十全に戦えてもその上の領域にいる連中相手に自分の剣術がどこまで通用するのか……

そう考えていたシオンに、エリゼが問いかけた。

 

「シオンさん。」

「ん?何か聞きたいことでも?」

「その…なぜ、兄様のように…シオンさんもその力を持っているのですか?」

その質問……いや、疑問に思って当然なのだろう。

 

「あの時は俺も気に留めなかったが……なぜ?」

「何故でしょうね……シオンさんとリィンさんは繋がりがないわけですし……」

リィンとアルフィンから出た言葉……その問いかけにシオンが答える。

 

「何処まで言っていいものか解らないが……リィンは以前、レグナートに会ったらしいな。」

「ああ……そういえば、あの時『起動者(ライザー)』が『三人』いるって……もしかして、俺のこの力が?」

「断言はできないがな……そして、その仮説が正しければ、俺も『起動者』の一人ということになる。」

『騎神』の『起動者』……俺は既に『銀の騎神』としての『起動者』に選ばれている。ただ、気になったのは本来導くはずの『一族』が傍にいなかったことだが……いや、待てよ。もしかしたら、アスベル、シルフィア、レイアの三人の誰かが『一族』絡みだとすれば筋は通る。アイツらの中に居る該当者は、それを自覚していないということになるのか?……いろいろ考えることが増えているが、シオンは気を取り直してエリゼの問いに答えるように説明を続けた。

 

「俺の力が目覚めたのは12年前……物心つくぐらいだったかな。ある日、遊んでいたクローゼと俺……その時、地震が起きて、手すりの一部が崩れて落下してきた。元々その部分だけ劣化していたみたいでな……クローゼに身の危険が迫った時、俺の中に眠る“獣”の力が覚醒して、クローゼの頭上に迫った手すりの瓦礫から逃れるように、クローゼを抱えて回避していた。」

その時の事はよく覚えている。まるで自分の中のリミッターが外れるような感覚……まぁ、転生していたせいで精神年齢が高かった影響からその時の事をよく覚えているのだが。ちなみに、シオンは赤ん坊の時からその精神を持っている。

 

……補足ではあるが、転生者を軌跡シリーズの知識の多さで並べると、

アスベル(輝)≧ルドガー(悠一)≧マリク(智和)>(独自考察の壁)>セリカ(伊織)≧レイア(沙織)>シルフィア(詩穂)>シオン(拓弥)>(閃・零・碧の壁)>フーリエ(柚佳奈)>ルーシー(美佳)

……という順になる。

 

話を戻すが、シオンはその後……事情を聞いたカシウスが自ら稽古をつけることとなった。

 

『ほらほら、あと100回こなさないと昼飯抜きだぞ。』

『鬼か!むしろ悪魔か!くっそおおおおおおおお!!!』

……嫌なトラウマまで思い出してしまった。ともかく、今の強さがあるのはカシウスのおかげでもある。シオンはある意味カシウスのチートさを実感していたであろう。同じ転生者であり、カシウスに勝ったことのあるアスベルですら『二回目は確実に負ける公算が大きい』と言いのけてしまうほどであった。

 

「ま、その理由はよく解らないが……どちらにせよ、これも俺の一部ってわけだしな。それを否定したら自分自身を否定しちまうことになるのさ。リィンもユンさんから聞いてるんだろ?“天然自然”の理を。」

「ああ……強いな、シオンは。アスベルに叩きのめされてようやく理解できた俺とは全く違う。」

「いや、俺もアスベルに叩きのめされたからな……似た者同士って訳だ。(アイツ、転生前より磨きがかかってるんじゃねえのか?というか、アイツ一人だけでも『グロリアス』破壊できそうだが……いや、流れを知ってるから、敢えてそうしないのかもな。)」

互いの成長に関わっている人間―――アスベルの存在に、シオンとリィンは二人揃って苦笑を浮かべた。

 

「ふふ……ますます好きになりましたわ♪それでこそ私の将来の旦那様(フィアンセ)ですわ。」

「ア、アルフィン!?」

「……大変だな。」

「そっちもな。」

アルフィンのことは嫌いではないのだが……部類としては“好き”のカテゴリーに入るのであるが……ここまでどストレートに気持ちを表現してくるアルフィンにリィンは労いの言葉をシオンにかけ、シオンはリィンも“似た者”であると言いながら苦笑を浮かべた。すると、一羽の白隼―――ジークが窓の外にいるのを見て、シオンは席を立って外に出た。

 

「ピュイ!」

「クローゼからのメモか……えと、何々……は?」

シオンの右腕に乗っかったジークの足に括り付けられたメモを取り、シオンが目を通すと……その文面に唖然とした。すると、シオンの様子に気づいた三人もシオンとジークに近寄ってきた。

 

「どうかしましたか?」

「シオンさん?」

「向こうで何かあったのか?」

「………」

「「「えっ……!?」」」

その問いかけにシオンは無言でメモを見せ、其処に書かれた文面に三人も目を丸くした。その内容は、

 

 

『―――『グロリアス』発見。戻る途中、変態出る。今撤退中。』

 

 

『(変態って……一体何が?)』

その文面に首を傾げる四人(+一羽)……とりあえず、シオンはジークに聞いてみることにした。

 

「ジーク、この変態って何なんだ?」

「ピュ、ピュイピュイ……」

「………ジーク、こっちも急いで戻るとクローゼに伝えてくれ。」

「ピュイ!!」

ジークから伝えられた情報に頭を抱えたくなったが、ともかく襲撃されていると判断してシオンはジークに用件を伝えると、ジークは飛び立っていった。

 

「とりあえず、エステルらと合流する。三人とも、いけるか?」

「ああ。」

「ええ。」

「はい。」

シオンの言葉に三人は頷き、来た道を戻るようにしつつエステルらとの合流を目指した。

 

 

~工業区画<ファクトリア>~

 

それから少し前に遡る……エステルらは『グロリアス』を発見するも、その中に居る猟兵や兵器の事を考えると、もう少し手勢がいた方がいいというヨシュアの言葉に頷き、エステルらが西端部への道のりを急いでいた時、そこに響き渡る声。

 

「あらぁ~、見つけちゃったわよぉ、ヨ・シュ・ア・くぅ~ん!!」

その声と共に姿を見せたのは、一人の人物………腰位まである黒髪に青の瞳…その服装はかなり際どく……服装に目を瞑れば、見るからに端麗な容姿の女性が姿を見せた。

 

「なっ!?」

「あんた、もしかして『執行者』!?」

「…ヨシュアさん、あの人は…ヨシュアさん?」

「………」

驚きの声を上げるジョゼットとエステル、クローゼはヨシュアに問いかけようとするが、そのヨシュアの表情が青ざめていることにクローゼは首を傾げた。

 

「フフフ……『執行者』No.Ⅲ“表裏の鏡”イシス。そして、そこにいる“漆黒の牙”とはただならぬ関係よ♪」

「ええっ!?」

「そ、そうなのヨシュア!?」

「違うから……大体、」

女性―――イシスと名乗った人物の言葉にジョゼットは驚き、エステルは慌ててヨシュアに尋ねるも、ヨシュアは真剣な表情でイシスを睨んで……

 

―――貴方、男でしょう!!

 

「あ、あんですってー!?」

「え、う、嘘でしょ!?」

「み、見るからに女性にしか見えませんが……」

ヨシュアの言葉に女性陣―――エステル、ジョゼット、クローゼはイシスの姿からして男性とは思えなかった。だが、イシスはそれを聞いて恥ずかしそうな表情を浮かべる。

 

「いや~ん、乙女の秘密をばらすなんて、ヨシュア君のイケズぅ。でも、そういうストイックさも嫌いじゃないわぁ……」

「………逃げよう。三人とも。」

「えっ?」

「いいから!」

「ちょ、ちょっと!」

「………」

イシスはどうやらトリップ状態に入ってしまったようで……それを見たヨシュアは三人を無理矢理引き連れる形で逃げだした。

 

 

~西カルマーレ駅~

 

何とか無事に逃げ出せた四人……ヨシュアは安堵の溜息を吐いた。

 

「はぁ……まさか、六人目の『執行者』がここにいるだなんて……」

「ねえヨシュア、あのブルブランとは別の意味で変態なあの人は何者なの?」

「『執行者』No.Ⅲ“表裏の鏡”イシス……『執行者』の中でも一番の好色家だね。元は男性なんだけれど、外見は両方の特徴を持っているらしい……何でも、執行者の半分ぐらいは食われたらしい。僕やレンの場合はレーヴェやルドガーのお蔭で何とかその被害を逃れられたけれど。」

ヨシュアは彼に対して恐怖を抱いていた。自分も危うくその餌食になりかけたが、レーヴェとルドガーのお蔭でその被害を免れていた。イシスは手下である猟兵の殆どに手をだし、『執行者』だけでなく、『使徒』に対しても容赦なく襲うらしい……それだけ聞けば『変態』なのだが、腐っても『執行者』……その実力は一線級である。

 

「あはは………」

「でも、『執行者』ってことは、強いんでしょ?」

「そうだね……あの人が本気を出せば、“剣帝”や“調停”にも比類する強さだ。“仮面紳士”ブルブランの術すら効かないからね。(しかも、“死線”のワイヤーすら自力で引き千切ったからね……)」

「デ、デタラメじゃない!?」

「うん……僕もそう思ったさ。」

実力もなまじあるだけに、下手すれば“食われる”……それを直感したエステル達だった。とりあえず、ジークにシオン達への伝言を託し、一度『アルセイユ』に戻ることとなった。

 

 




敵側に一人追加しました。
あの性格はどうなのかと少し思いましたが……ある意味突き抜けている輩ばかりなので、問題ないかなと。


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第132話 歪(ひず)み

 

~アルセイユ 会議室~

 

戻ってきたエステルらとシオン達のグループ。そこから得られた情報をもとに、メンバー編成を決めることとなった。とはいえ、道中で出会った『執行者』―――イシスがまた襲撃する可能性もあるため、そのための討伐メンバーを組むこととなった。

 

「“剣帝”や“調停”に匹敵する、か……となると、俺が行くしかないか。」

「俺も行こう……正直、嫌だけれど。」

そう言ったのは、シオンとスコール。話を聞くだけでも相手にしたくない輩であるが、この状況下では泣き言も言っていられない。そして、以下のように決まった。

 

まず、空賊救出組には主戦力と補助をこなせるエステル、アタッカーのヨシュア、攻守の要を担えるクローゼ、遠距離からのサポートができるジョゼットに加えてオリビエとミュラーがバックアップという形で入る。冷静に状況を把握して攻守ともに長けたオリビエと、もしもの時の一点突破の要や殿を任せられるミュラーならば問題は無いと判断した。次に、救出組への戦力集中を避けるための陽動組だが、これにはアスベル、フィー、ライナス……レヴァイス、レイア、ランディ……そして、シルフィアとコレットの三グループで各階層の制圧にあたる。

 

そして、『執行者』のイシスには、シオンやスコール、サラ、アガットの四人で当たることとした。ヨシュアの言葉を信用しないわけではないが、身内にすら本当の実力を隠している可能性を考えるとこれが妥当な布陣だろうと考える。

『アルセイユ』にはユリアは当然の事であるが、ジン、シェラザード、ティータ、リィン、エリゼ、アルフィンがもしもの時の防衛として残ることとなった。

 

段取りとしては、陽動組と対『執行者』組が先行し、一気に道を切り開く。それからタイミングを見計らって救出組が一気に突入する形だ。形としてはシンプルであるが、敢えて単純な方法で相手の虚を突く……戦術の一つであろう。言葉を変えれば力押しということは否定できないが……ともかく、時間も惜しいと判断し、移動を開始した。

 

 

~工場区画『ファクトリア』~

 

「あらまぁ、今度は“影の霹靂”が会いに来るだなんて……お姉さん、嬉しいわぁ。」

「………相変わらずだな、“表裏の鏡”の野郎。」

「ってことは、あれで男なの!?」

「にしちゃ、隙がねえ……あの野郎と同じってことか。」

「ああ………こりゃ変態だわ。」

早速対峙することとなったイシスとシオンら……彼の言動にげんなりするとことろではあるが、その佇まいから一切の隙を感じられない、とアガットは真剣な表情を浮かべた。

 

「変態だなんて……わたしにとっては褒め言葉よ。」

そう言ってイシスが両手に構えたのは双剣(ダブルセイバー)……扱いが難しいとされる武器を二つ構え、闘気を放ち始める。そして、転移してくる気配……姿を見せたのは二体の大型人形兵器。その姿に見覚えのあるサラはイシスを睨む。

 

「それは……『封印区画』の……!」

「ウフフ……これはそれを基にした『トロイメライ・アクセラ』。『結社』の最新型であり、攻撃力や防御力は元の二倍以上よ。」

「一筋縄じゃ行かねえということか……」

『封印区画』の守護者『トロイメライ』を上回るスペックであるとイシスは言い放った。それを見たシオンらも武器を構えた。

 

「『執行者』No.Ⅲ“表裏の鏡”イシス……これより、貴方方を喰らって差し上げるわ。」

「元『執行者』No.ⅩⅥ“影の霹靂”スコール・S・アルゼイド……目前に立ち塞がる障害を撃破する。」

「遊撃士協会所属、“紫電”サラ・バレスタイン……参る!」

「同じく、“紅蓮の剣”アガット・クロスナー……いくぜっ!」

「王室親衛隊大隊長、“紅氷の隼”シオン・シュバルツ……お前を打ち倒す!」

“調停”“剣帝”に連なる実力者と『封印区画』の守護者をも上回る人形兵器。それ相手に戦闘を開始した。

 

「それじゃあ、わたしの相手は貴方といきましょうか!」

「全く、その言葉遣いには反吐が出るな……いくぞっ!」

イシスはスコールを相手に選んだようで、スコールは悪態をつきつつも刃を交える。

そして、残りの三人で二体の『トロイメライ・アクセラ』を相手にすることとなった。

 

「!!」

『トロイメライ・アクセラ』は先手を取る形で三人にビームを浴びせていく。

 

「ちっ!」

「やるわねっ!!」

「くっ……『ALTSCIS(アルトサイス)』駆動!」

流石に全てを躱しきれず、三人はダメージを負う。すかさず、シオンは後方に下がり、オーブメントを駆動させる。この状況で三人とも前衛に回れば、『執行者』相手に戦っているスコールも無事では済まない。ここはサポート役に徹する形を取った。

 

「いくわよっ!!」

「そらっ……なっ!?」

サラは銃弾を放つ。流石の敵も全てを躱せずに被弾するが、その損害は全くと言っていいほど無傷であった。そこにアガットが剣を叩き付けるが、敵は腕の部分を分離して浮遊兵器となり、その斬撃を強引に逸らした。その結果、アガットの斬撃は通路を叩き付ける形となった。

 

「癒しの恵みを……ラ・ティアラ!」

「へへっ、すまねえな」

「ありがと、シオン。」

そこに駆動を終えたシオンが放ったアーツによって、二人の体力は回復した。すると、もう一方の『トロイメライ・アクセラ』も腕の部分を分離させ、三人を取り囲むように回転し始めた。そして、本体の方もエネルギーをチャージし……何と、そのエネルギーを浮遊兵器に向けて放ったのだ。

 

「(間に合うか……!?)」

それを見て察したシオンら……それが早いか遅いか……放たれたエネルギーを受けた浮遊兵器は三人に向けて高密度のエネルギーを放った。エネルギーを放ち終えた瞬間に巻き起こる爆発と振動……敵は浮遊していた兵器を腕に戻し、その煙がおさまるのを待った……その先に映った光景……そこには、“誰もいなかった”

 

「!?」

驚愕する敵は周囲を見回すが、映るのはイシスと刃を交えるスコールだけ……ならば、先程いた三人はどこにいるのか……その答えは簡単だった。敵が感知した熱源……その場所は

 

「そらっ!!」

「はあっ!!」

「せいっ!!」

彼等の腕部―――浮遊兵器の上だった。三人は刃を叩き付け、浮遊兵器にダメージを与えて、飛び退いた。それに驚きつつも、再び浮遊兵器を分離して、三人に先ほどの技を食らわせようとするが、それよりも早かったのはシオンの技であった。

 

「穿て、無限の剣製……サンクタス・ブレイドッ!!」

上空から降り注ぐシオンのSクラフト『サンクタス・ブレイド』を浮遊兵器に叩き付け、先程の攻撃によってダメージを受けた箇所から火花が上がり、爆発する。

 

なぜ、あの技を躱しきれたのか……それは、アガットの持つ武器の力に他ならなかった。アガットの持つ“聖天兵装”―――『ブレイドカノン』の力で炎の鏡を形成し、エネルギーを乱反射させて相殺爆発を誘導させた。その上で、爆発するエネルギーを上手く利用する形で飛び上がり、『ホロウスフィア』を各自でかけて浮遊兵器に紛れたのだ。本来の『ホロウスフィア』ならば動いた瞬間に切れてしまうのだが……戦術オーブメントの恩恵というべきか、多少の動きでも解除されなかったのが功を奏した形だ。

 

浮遊兵器を失った敵は守りを固めた。どうやら、カウンターを狙っての行動のようだ。それを見たシオンは二体の間に入る形で駆け出し、攻撃を加える。そして、飛び上がったシオンを見た二体の敵は、シオンに向かって肩部の装甲を展開し、シオンに攻撃を加えようとする。いや、それがシオンの狙いだった。彼に向かってそのエネルギーが放たれる瞬間、いつの間にか彼らの背後にいたアガットとサラが背中に強烈な一撃を浴びせる。

 

「そおらっ!!」

「せいっ!!」

その一撃でも大したダメージではないものの、体勢を崩させるには十分な一撃だった。互いに高エネルギーの砲撃を浴びせようとした二体の敵が背中に打撃を与えられる……つまりは、距離が縮まる……シオンは敵の装甲に足が付いた瞬間、すぐさま地面に向かって跳躍し、通路に着地すると、敵と距離を取った。そして、敵は衝突し、放たれるエネルギーの渦。その直後、爆発が起きる。

 

「くっ!!」

流石のシオンもその衝撃には目を瞑った。それはアガットやサラも同様で、何とか爆発の衝撃に堪えるのが精いっぱいであった。その衝撃波がおさまると……装甲がボロボロの状態となった敵と、衝撃波によってダメージを負った三人であった。だが、その状態となっても、敵はその刃を向けようとしてくる。そうなると、こちらも弱音は吐いていられない……シオンらも何とか立ち上がり、武器を構えた。

 

「二人とも、後は頼む……ラ・ティアラル!!」

シオンはあらかじめ駆動させていたオーブメントを発動し、アガットとサラの体力をほぼ全快の状態にまで戻す。それを受けてアガットとサラは武器を構え、同時に駆け出した。

 

「はああっ!!」

「せいやっ!!」

アガットの叩き付けられた刃、サラの放つ刃と銃撃の嵐……その攻撃は次第に通るようになり、敵のあちらこちらから火花が上がり始める。そして、アガットとサラは並び立ち、刃に闘気を収束させる。

 

「ライトニングッ!」

「ブレイクゥ!!」

同時に振りかぶった刃から放たれた奔流はまじりあい、大きな刃となって敵を飲み込む。アガットとサラのコンビクラフト『ライトニングブレイク』によって敵は完全に沈黙し、爆発を繰り返しながら崩れ落ちていった。それを横目で見ていたイシスは感心するようにスコールに話しかけた。

 

「あら……あっさり落としちゃうなんて、貴方達も凄いのねぇ。」

「そう言いつつ、一撃を入れさせてくれねえとはな……」

「そう言う貴方もじゃない………よっと。」

スコールの振りかぶる刃を苦も無くいなすと、イシスは武器をしまって距離を取り、転移陣を展開した。

 

「とはいえ、わたしの“役目”は果たしたから、これにて失礼するわね。もっと強くなっていることを祈るわよ。“影の霹靂”。」

そう言い残して、イシスは転移した。その言葉にスコールは少し考え込んだが、武器をしまってシオンらのもとに近寄っていった。

 

「大丈夫か?」

「何とかな……」

「上手くいったから良かったものの、下手したらお陀仏だったわよ。」

「同感だな……アイツは?」

「どっか行った……奴曰く、『役目』を果たしたとか言っていたが……よく解らん。」

大方の推測は出来るものの、確証に至るにはまだ判断材料が少ない……そう思いつつ、スコールはアーツで三人を回復した。

 

「とりあえず、どうする?」

「他の連中の加勢……といきたかったが、流石に疲れた。この後『柱』のこともあるし、俺らは一度退こう。」

「だな……」

「仕方ないけれど、それが無難ね。」

四人はその場を後にし、『アルセイユ』へと戻ることとした。

 

結果から述べると、『グロリアス』への救出作戦は成功した。陽動組が必要以上に大暴れしたのも要因だが……ともあれ、捕まっていたドルンやキールをはじめとした面々を救い出すことができた。その途中でギルバートの妨害も受ける形となったが、ギルバートを先に戦闘不能にできたことで彼の連れていた人形兵器に集中できたため、やや苦労しつつも退けたが、カンパネルラがギルバートを連れて転移したため、ギルバートの拘束は諦めた。

 

その後、ドルンらの提案によってジョゼットが連絡役として同行することとなった。そして、彼等からパスワードのことを聞き出し、ようやく『柱』―――浮遊都市の中枢塔『アクシスピラー』への道が開けた。

 

 




今回は短めです。

え~……グロリアスの部分は原作に沿う形でしたので、カットしました。


次はアクシスピラー編ですが……原作とまるっきし変わります。
所謂オリジナル展開です。


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第133話 白銀の皇城

~リベル=アーク中枢塔 『アクシスピラー』第一層~

 

探索を開始したエステル、ヨシュア、クローゼ、オリビエ、ミュラー……エステルとヨシュア以外に関しては、くじ引きという運試し的なものとなり……いや、本拠地とも言える場所にそれでいいのかと思ったが、特に対案もなく行われ、この五人での探索となった。道なりに進むと、リフトらしき場所に出たものの、何らかの結界が張られており、先に進めないようになっていた。

 

「これって……」

「結界みたいだね。」

エステルの言葉にヨシュアは冷静に呟いた。ともあれ、近くのモニターを起動させてみることとした。すると、次のような言葉が表示された。

 

『この先に進みたくば、四つの試練を同時に潜り抜けよ。赤き道には不動、蒼き道には銀閃、昏き道には太陽と漆黒、白き道には白隼の君と好敵手を伴わなくば、拒まれよう。』

 

「この文面からするに……この場所から伸びている通路の事でしょうか?」

「赤、青、黒、白……文面と一致しているね。」

クローゼの言葉に答えるようにオリビエが呟いた。先程五人が通ってきた道とは別に、エレベーターのあるこのフロアから放射状に延びている通路。それらはきちんと色分けされていた。だが、昔の人が今の人間の事など把握しているはずなどない。となると、結論からして……

 

「結社の試練……ということになるな。」

「しかも、先に待ち受けるのは間違いなく『執行者』……ご丁寧に指名までしているとはね。」

「ジンさん、シェラさん、エステルに僕、クローゼにオリビエさん……しかも、指定した人間を伴わないと駄目で、同時に攻略しなければならない……」

戦力の分散を狙っての行動であると考えるのが妥当であろう。幸いと言うべきか、こちらもそれなりの人数がいるので、エステルらは一度戻って他の面々と話し合った。

 

現在いるメンバーは……

“原作”メンバーのエステル、ヨシュア、クローゼ、ユリア、シェラザード、アガット、ティータ、オリビエ、ミュラー、ジン、ジョゼット、ケビンの12人……“その他”のレヴァイス、フィー、ランディ、リィン、エリゼ、アルフィン、コレット、ライナス、スコール、サラの10人……更には、“転生者”のアスベル、シルフィア、レイア、シオンの4人………合計26人。

 

ただ、後の事も考慮して、転生者組とライナス、コレット、ケビン、ユリアの8人は残ることとした。流石に“教授”がただ待っている“だけ”とは限らないからだ。

話し合いの結果……ジンの同行メンバーはレヴァイス、フィー、ランディ…シェラザードの同行メンバーはスコール、サラ、ジョゼット…エステルとヨシュアにはアガットとティータ……クローゼとオリビエにはリィン、エリゼ、アルフィン、ミュラーが同行する運びとなった。

彼等を見送った後……シオンとユリアを除く6人は『アルセイユ』の会議室に入る。

すると、ライナスは真剣な表情でケビンのほうを見た。

 

「へ?ど、どないしましましたか?」

「そうだね……色々言いたいことはあるけれど……リースに話はしたのか?」

「!?………」

その問いかけにケビンは黙る他なかった。あの事件のことは……ケビンにしてみれば、身内を自分の手で殺めたと言われても弁解しようもない出来事であるだけに、どう言い訳しようとも意味のないことだと。その表情を見たライナスはケビンに近寄った。

 

「その様子だと、何も言っていないみたいだね……あの事件はおろか、お前がこの五年間やってきたことの全てを。」

「………言えるわけ、あらへんやないですか。」

「その意見は素直に聞きいれよう……彼女にそれを受け入れるだけの度量があるかどうかは……けどな!」

ライナスはケビンに掴みかかった。その勢いにケビンは圧され、反応できずに捕まった。

 

「あの施設にいたということは、お前と同じようにその道を目指す可能性がある。そして、俺の見立てでは“千の腕”程とは言わないが、素質はあると感じた。恐らく、お前自身もそれを解っていたはずだ。……だが、なぜお前は逃げ続ける!?それでも“守護騎士”の端くれか!!」

「っ………」

ここにいる“守護騎士”……第二位のライナス、第三位のアスベル、第六位のコレット(カリン)、第七位のシルフィア……そして、第五位のケビン。この中では、一番の“年長者”であるライナス、二番目に長いシルフィア、三番目のアスベルとコレット……ケビンとはその年季が違うだけに、その言葉の重みはひしひしと伝わってきた。

 

「……止めないのですか?」

「止められる問題じゃない。こればかりは“身内”の問題だからな。」

「ええ。」

「……だね。」

コレットの言葉にアスベルは首を横に振り、シルフィアは静かに頷いた。

ライナスは“千の腕”―――彼の口から出た“リース”の姉に当たる人物とは家族同然の付き合いをしていた。そのことは、位階の近いアスベルやその部下のレイア、彼女の上司兼弟子であったシルフィアもよく知っていた。良く知っているからこそ、今のライナスの気持ちは痛いほどよく解っていた。

 

「だが……お前が相当なヘタレだってことも知っている。だから、一年の猶予をやる。それまでに……リースにお前がやってきたことを話してやれ。アイツの性格はお前も一番よく知っているはずだ……いいな?」

そう言って掴んでいた手を離すと、ライナスは会議室を後にした。一方、ケビンの表情は沈痛な面持ちだった。しばらくして、ケビンの口から笑みが聞こえたと思うと、震えるような口調で呟いた。

 

「………ハハハ……キツイやっちゃな。正直、殴られることも、殺されることも覚悟しとったけれど……オレにしてみればもっとキツイ『説教』や……」

「当たり前だろう……それがお前の『罰』なんだから。」

「………せやな………少し、一人にしてくれへんか。“仕事”はきっちりこなしたいしな。」

「解った。」

「解りました。」

ケビンの言葉を素直に聞き、四人は会議室を後にした。

 

一方その頃、ピラー攻略組はそれぞれの道を進んでいた。

 

 

~『アクシスピラー』 白銀の間~

 

クローゼ、オリビエ、リィン、エリゼ、アルフィン、ミュラーの六人は道なりに進み、ゲートをくぐると……その先に映ったのは、

 

「え………ここは?」

見たところ、玉座のような場所……だが、その基調は純白や黄金を称えるような印象。その光景に見覚えのないクローゼは戸惑いを隠せない……だが、それ以外の面々には『見覚えのある光景』であった。

 

「ここは……」

「フム、おそらくは『ゴスペル』の技術を応用したものかもしれないが……」

「……ここまで完全に再現しているだなんて。」

「驚きですわね。色は異なるとはいえ、ここまで再現してしまうとは……」

「『結社』の技術力、侮りがたし……といったところか。」

各々感想を述べる五人。それを不思議に思うクローゼはオリビエに尋ねた。

 

「オリヴァルト皇子、この場所は一体?」

「配色は異なるが、ここはエレボニア帝国の皇城『バルフレイム宮』。しかも、この場所は謁見の間ということさ。どうやら、この場所を再現した“彼”も僕らの国に関わりがあると見た……そうだろう?我が好敵手?」

「フフ、その通り。」

オリビエはクローゼの問いかけに答えつつも、真剣な眼差しで奥の方を見つめた。すると、玉座の裏から姿を見せる仮面に白いコートとマントを纏った人物―――“怪盗紳士”ブルブランの姿であった。

 

「フフ……白隼の姫君に獅子心の姫君、それに黄金の姫君とは……私もつくづく幸運に恵まれているな。」

「……どちら様ですか、その変態さんは?」

「なっ!?」

クローゼ、エリゼ、アルフィンの姿に笑みを浮かべるブルブランであったが、唐突に放たれたアルフィンの言葉にブルブランの表情が凍り付いた。

 

「ア、アルフィン殿下……あの人は『執行者』です。油断されないほうがよろしいかと。」

「というか、挑発してどうするのよ。」

「何と言いますか、自分に酔っている雰囲気を感じてしまったものですから。そちらの方、気に障ったのなら謝りますわ。」

クローゼとエリゼは冷や汗をかきながらアルフィンを諌め、諌められた側のアルフィンは率直に自分の感じた印象を述べつつも、ブルブランに対して謝罪を込めた言葉を投げかけた。

 

「成程……このお調子者と同類ということだな。」

「あはは……」

「失礼だね、ミュラー君。僕は彼のように人様を悲しませる迷惑をした覚えなどないよ……さて、相対したということは、戦うということで相違ないのかね?」

ミュラーはブルブランがオリビエに近しい空気を感じ、リィンは苦笑を浮かべ、オリビエは反論を交えながらもブルブランに銃を構えた。その光景にブルブランは笑みを零した。

 

「勿論だとも、我が好敵手!オリビエ・レンハイム!!」

その言葉にブルブランも得物を構え、同時に展開される魔方陣。そこから姿を現したのは、クローゼ、オリビエ、エリゼにとって見覚えのある人形兵器を模したものが二体顕現した。

 

「その兵器は、旧校舎地下で見た……!!」

「『サイクロンブリンガー』……貴殿らの相手として、これほど相応しいものはあるまい。さぁ、貴殿らの『希望』という名の美……この私が盗んで差し上げよう!!『執行者』No.Ⅹ“怪盗紳士”ブルブラン……参る!!」

その言葉に、オリビエ以外の五人も武器を構える。

 

「リベール王家、クローディア・フォン・アウスレーゼ。貴方方の企み、国のために止めさせていただきます。」

「八葉一刀流一の型・四の型免許皆伝、リィン・シュバルツァー……参ります。」

「同じく三の型免許皆伝、エリゼ・シュバルツァー。いきます!」

「エレボニア皇家、アルフィン・ライゼ・アルノール……“友”の危機を救うべく、戦いますわ!」

「エレボニア帝国軍第七機甲師団所属、ミュラー・ヴァンダール……あるじを脅かす輩を、排除させていただく!」

 

「それならば、僕も二人目の“宣戦布告”をしよう……“漂泊の詩人”オリビエ・レンハイム改め“放蕩皇子”オリヴァルト・ライゼ・アルノール。貴殿の美の価値など、“愛”の前には意味を為さないと証明して見せよう!!」

ある意味旧校舎地下での戦いの再現……オリビエの“宣戦布告”によって、戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

「みんな、いくぞ!!」

「はい!」

「了解です!」

「かしこまりました!」

「ああ!」

「了解した。」

リィンの激励に他の五人は頷き、闘気を高める。そして、前衛組のミュラーが片方のサイクロンブリンガーに取り付く形でポジションを取り、もう一体はリィンがその進路を塞ぐ形を取った。二体のサイクロンブリンガーは相対する二体に向かって剣を振り下ろす。

 

「むっ!?」

「くっ!」

「(あの感じ……)気を付けてください、姫殿下、皇子殿下。前よりもかなりパワーアップしています。」

その攻撃にミュラーは受け止めようとするが、嫌な予感を察して軌道を逸らす程度にとどめ、リィンは持ち前の回避能力の高さで飛び退き、少し距離を取った。それを見たエリゼは、以前同型と戦った経験のあるクローゼとオリビエに呼びかけた。それを証明するかのように、二体のサイクロンブリンガーは一気に駆け出して前衛の二人を圧し潰そうとするが、

 

「止めさせていただきますわ……ダークマター!」

オーブメントを駆動させていたアルフィンは二体を巻き込むようにアーツを放ち、敵は已む無く押し止められた。だが、それでも大したダメージではなく、サイクロンブリンガーは立て続けに剣を叩き付け、フィールド全体に衝撃波を起こす。

 

「くっ!」

「あうっ!」

「きゃっ……!」

「やるねっ……!」

「回復します……ラ・ティアラ!」

ミュラーとリィンは辛うじて躱せたが、後衛組の四人はダメージを負ったが、クローゼがあらかじめ準備していたアーツですぐさま持ち直すことに成功した。だが、敵はその二体だけではない。奥に控えていたブルブランが動き出した。

 

「さて、華麗なるマジックショーをお披露目しよう……煌け!」

ステッキを構えると、ステッキの宝玉が光を放つ。すると、『サイクロンブリンガー』の色がそれぞれ赤と青主体のカラーリングに変わった。ミュラーとリィンはそれぞれ攻撃を試みるが、

 

「何っ!?」

「この感じは……くっ!!」

その違和感に二人は距離を取った。ただでさえかなりの防御力を有しているのに、先程よりもかなりの防御力を得ている様子……それを後方で解析したオリビエは冷静に呟いた。

 

「成程、敵の防御力はかなり向上している……通常攻撃だと恐らくまともにダメージは通らないと見た。」

「その通り。これが私の力の一端……驚いていただけたかな?」

「ああ、驚いたね……なら、こちらも攻撃力を上げて崩せばいいだけさ。」

「何?」

ブルブランの放ったクラフト……味方の防御力を著しく上げる『奇術・ビューティフルマインド』……それを知ってか知らずか、オリビエは感心するように呟いた後、銃を構えた。

 

「成長したのは君だけではないということさ……さあ、過激に、情熱的な旋律を奏でよう!!」

オリビエの持つ銃から上に向けて放たれた深紅のエネルギー……それがはじけ、オリビエを含む全員に降り注ぎ、攻撃力と闘志を高めるオリビエのクラフト『フォルティッシモ・マーチ』を放つ。それを見たブルブランは笑みを浮かべると、

 

「それならば……我が奇術の集大成……とくと味わってもらおう!」

ステッキを上にかざす。すると、周囲にせり出したのは巨大な棺桶……そのふたが開かれ、その底は暗闇……ブルブランはステッキを振り下ろす。その暗闇からゆっくりと姿を見せるのは、花道の剣山を連想させるかのような大量のナイフ。

 

「その美しき姿、永劫に縛り続けて差し上げよう……我が心の中に!!」

そう言い放つと同時に、敵全体に向かって加速する数多のナイフ―――ブルブランのSクラフト『マジシャンズレッド』。最早逃げ場などない……その状況を見て笑みを浮かべたブルブラン。

 

「させません!………友に襲いくる脅威を跳ね除け……『ユニコーンドライブ』!!」

だが、其処に割り込んだのはアルフィン……彼女の祈りに呼応するかのように、味方全員に完全防御のフィールドを展開するSクラフト『ユニコーンドライブ』を割り込ませ、『マジシャンズレッド』の攻撃を何とか防ぎ切った。これにはブルブランも驚愕の表情を浮かべた。

 

「なっ!?ならば……」

「「させません!!」」

「何!?」

ブルブランはアルフィンに攻撃を加えようとしたが、エリゼとクローゼがブルブランに攻撃を加え、流石のブルブランも防戦に回る他なかった。これを好機と見たオリビエはアルフィンと共に追撃となるクラフトを放つ準備を始める。

 

「さあて、初めてのセッションだ……準備は良いかい?我が妹よ。」

「勿論ですわ、お兄様。」

オリビエは両手に銃を構え、銃弾を放ち、数多の魔方陣を顕現させる。アルフィンはその魔方陣に向かってエネルギー弾を放つ。すると、その魔方陣はその場で回転を始め、変幻自在のエネルギー弾が的確にブルブランとサイクロンブリンガーを追い詰めていく。

 

「やるではないか……はあっ!!」

「くっ!!」

「やりますね……」

ブルブランは巧みに躱しつつも『ワイルドカード』『マジックナイフ』を放ち、クローゼとエリゼにダメージを負わせる。だが、ブルブランとは対照的にサイクロンブリンガーの方はその巨体さが仇となり、かなりのダメージを負っている。

 

「この好機……逃さん!!はぁぁぁぁっ!!」

ミュラーは剣を上に掲げ、闘気を高める。そして、その闘気は蒼き炎となり、ミュラーの持つ大剣に集う。そして、その刃は持っている剣の三倍以上の長さとなり、ミュラーはその剣を振りかざす。

 

「これが、今持てる俺の全力……奥義……破邪断洸剣(はじゃだんこうけん)!!」

研ぎ澄まされた光の刃……ミュラーが独学で磨き続け、親友を守る剣として研ぎ澄ませ、かつて帝国の双璧と呼ばれた“アルゼイド流”の闘気の刃をも取り込んだ、彼のSクラフト『奥義・破邪断洸剣』によって、サイクロンブリンガーの一体は綺麗に縦に斬られ、爆発を起こして崩れた。

 

「いきます……はあああああっ!!」

リィンの方も“神気合一”を発動させ、刀を構えて一気に駆け寄る。そして、放たれるは四の型“空蝉”の奥義が一つ。

 

「四の型が終の太刀……『空断(からたち)』!!」

超音速の斬撃のSクラフト『空断』……振りかぶられたリィンの太刀……その形をなぞるように敵の装甲に太刀筋が入り、崩れ落ち、爆発する。それを見たクローゼはアーツで自分とエリゼを回復させると、

 

「はあっ!!!」

「何と、血迷ったか姫君!!」

何と、背後からエリゼに向けて突きのクラフト『ミラージュ・ストライク』を放ったのだ。これには気が狂ったのかとブルブランは驚愕したが、これはクローゼとエリゼからすれば、『布石』であった。エリゼは体を少しだけ屈ませると、クローゼのレイピアをなぞる様に太刀を滑らせ、

 

「「はああっ!!!」」

「ぐっ………だが、我はまだ……なっ!?」

そこから強引な形で三の型“流水”奥義の参式『氷逆鱗』を放つ。双方共に加速したクラフトにブルブランはステッキを反射的に構えるが、その反動で後方に吹き飛ばされる。すぐさま立て直そうとした彼であったが、顔を見上げた時にいたのは……自分の好敵手の姿であった。

 

「君には無粋だが、これにて、終幕とさせてもらおう……波濤は氷結し、光も闇に凍る!」

オリビエの放った弾丸はブルブランの周囲から水柱を立ち上り、ブルブランを飲み込んで瞬時に凍り付く。それを見たオリビエは背を向け、銃を横に向ける。

 

「無情なる諸行に…挽歌を!グランドフィナーレ!!」

「お、お見事………」

オリビエのSクラフト『グランドフィナーレ』……砕けた柱から姿を見せたブルブランはその場に膝をついた。マントの所々は破け、そして仮面の一部をヒビが入った状態であった。

 

「フフフ………よもや私の仮面に…………ヒビを入れようとは……」

戦闘不能になり、地面に跪いているブルブランは仮面の割れた部分を抑えて、笑みを浮かべつつも信じられない表情で呟いた。

 

「はぁ、はぁ……」

「な、何とかなったのでしょうか……」

「何とか退けられたか……」

息があがっている様子のリィンやアルフィン、そして流石に疲労の色を隠せない様子のミュラーも呟いた。

 

「……どうやら……砕けたのは貴方の傲慢だったようですね。」

「絆が生み出す希望の強さ……分かっていただけましたか?」

「フッ……そして希望の灯火を燃やし続ける愛の偉大さ、思い知っただろう。」

「…………よかろう……ここは大人しく退いておく。だが、教授のゲームはまだ始まったばかりでしかない。今回のような幸運は、これ以上続かぬものと覚悟した方がよかろう。」

エリゼとクローゼ、オリビエの答えを聞いたブルブランは考え込んだ後立って、ステッキを構えた。

 

「忘れるな……諸君はこの私を退けたのだ。立ちふさがる絶望の壁を乗り越えて必ずや美の高みへと至るがいい。……それでは、さらばだ。」

そしてブルブランはその場から消えた。すると、玉座の前に装置らしきものが現れ、その奥に転位陣のようなものが姿を見せた。

 

「これは……」

「結界の解除装置のようだね。ともかく、これを操作して、戻ることにしようか。」

「……だな。」

クローゼらはその装置を押して解除した後、転位陣に乗って転移した。

 

 




解りやすく言うと、原作の階層方式ではなく、碧の領域方式を取り入れた形です。双方共に“至宝”絡みですので、これぐらいは可能かと。

そして、今回の風景ですが、これも純粋に可能なのではと思いました……ある意味拡大解釈なのは否定しませんがw

単純に戦いだけ書く予定はありません。まぁ、約一名だけ戦いよりも遊びに傾倒している人間がいますのでw


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第134話 紅蓮の闘技場

~『アクシスピラー』 紅蓮の間~

 

一方その頃、ジン、レヴァイス、フィー、ランディの四人が赤く染められた道を進み、ゲートをくぐると……そこは紅蓮に染まった闘技場(アリーナ)……そして、中央に描かれた紋章は白隼を象徴するリベールの国章……その場所に立ったことのあるジンとフィーが声を上げる。

 

「真っ赤だね。現物は白かったけれど。」

「だな……」

「見るからに、ここは闘技場のようだが……」

「確か、グランアリーナだったか?というか、俺らは塔の中に居たはずなんだが……」

その場所を知っているジンとフィー、対照的にその場所に立ったことの無いレヴァイスとランディ……空間構造からしても、あの塔の中に収まるとは考えにくいが、“至宝”の力が大きく関係しているのだろう……

 

「……どうやら、ここの『門番』のお出ましか。」

「クックックッ、ご明察だ。ジン。」

そう考えていると、ジンたちとは反対側の門から姿を見せた人物。煙草をくわえ、黒いサングラスをかけた男性。そして、隠すことすらしない殺気……それに一番覚えのあるジンは表情を険しくする。

 

「ヴァルター……」

「この場所に立っている意味……そして、てめえと俺が相対している意味……それを履き違えているようなら……殺すぞ。」

「……(成程……)」

「……(この感じ……これが『執行者』……)」

「……(殺気だけでも叔父貴や親父並じゃねえか……)」

ヴァルターの殺気に表情を険しくするレヴァイス、冷静に分析するフィー、そしてその殺気が身内と同レベルだということにランディは思わず冷や汗をかいた。すると、ヴァルターはジンの後ろにいる三人に気づき、声をかけた。

 

「って、よく見りゃあ……“猟兵王”に“西風の妖精(シルフィード)”か。それに、そっちの赤毛の野郎はどこかしらあの小娘に似た空気を感じやがる。」

「小娘……まさか、レイアか?」

「チッ、やっぱりか……“朱の戦乙女”に伝えとけ……次は俺がぶちのめすとな。」

「あ、ああ……(オイオイ、コイツに勝ったって言うのか!?)」

その中に自分を負かした人物の関係者がいることを知り、ヴァルターは舌打ちをしつつも、伝言のようなものを言い放ち、ランディは頷きながらも自分の妹の実力が今の自分すらも既に上回っていることに驚愕した。ヴァルターはそう言い放った後、指を鳴らす。すると、ジンと他の三人を隔てるように、結界のようなものが展開された。

 

「レヴァイスの旦那、それにフィー、ランディ!?」

「クク……この領域はいわば俺の思い通りに操作できるみたいらしい。それにさしたる興味はねえが……てめえとはサシでやり合いたいと思っていたからな。」

「………」

「この状況を打破する方法は一つ……俺を打ち負かすことだ。塔ではアイツの邪魔が入ったが……今度はてめえ一人で戦わなきゃいけねえ。これはてめえの意思なんざ関係ねえ……これは宿命だ。」

「……解った。」

そう笑みを零すヴァルター……この状況でどう取り繕うとも、どうにもならない……それを悟ったジンは構えた。その光景にランディは悔しそうな表情を浮かべた。

 

「オイ、良いのかよ!?」

「……見える壁相手ならとっくにどうにかできている。だが……」

「そだね……いわば敵陣(アウェー)……この状況だと、あの人を信じるしかない。」

ランディの気持ちは理解できる……その上で、レヴァイスは呟いた。物理的な破壊であればこちらの十八番であるが、この結界は“至宝”の力によるもの……そうなると、破壊は難しいというレヴァイスの意見にはフィーも同意し、結界の向こうに立つジンが勝つことを信じるしかなかった。

 

「俺にしちゃあ、あの時出来なかった手合わせ…『執行者』がNo.Ⅷ“痩せ狼”ヴァルター…いくぞ、ジン。てめえがあのジジイから継いだ『泰斗流』と『活人拳』……見せてみやがれ!」

「遊撃士協会共和国支部所属、“不動”ジン・ヴァセック……俺の思いと、師父から学んだ功夫……俺の持つ『泰斗』……貫き通して見せる!!」

かつて、同じ師父のもとでその武を教わった二人の弟子……天賦の才に恵まれながらも、恵まれ過ぎたが故に『殺人拳』に魅入られ、堕ちてしまった『執行者』……そして、その兄弟子に劣りつつも、愚直なまでにその武を磨き続け、『活人拳』を貫き続ける共和国屈指のA級『遊撃士』……道を隔ててしまった二人の『泰斗』の戦いが幕を上げた。

 

「そおらっ、いくぜ!!」

先手を切る様に飛びかかるのはヴァルター。踏込と同時に功夫を練り上げ、ジンに蹴りを浴びせようとするが、

 

「ふっ、はあっ!」

その巨体からは想像もできないほどに素早く飛び上がって躱すと、ヴァルターに向けて拳を繰り出した。

 

「やるじゃねえか、だが、今のは挨拶程度だ!!」

ヴァルターは素早くジンの腕を掴み、その勢いで投げようと試みるが、ジンは素早く右足を踏み込ませ、左脚で蹴りを放ち、ヴァルターは素早く右脚でガードし、二人は互いに距離を取る。そこからヴァルターは拳に気を込め、気の弾をジンに向けて放つ。

 

「はあっ、龍閃脚!!」

「チッ……そら、そらぁ!」

それを見たジンは素早く躱すと、連続した蹴りを繰り出す『龍閃脚』を浴びせるが、ヴァルターは咄嗟にガードし、それを凌ぎ切ると、ジンに我流の連撃『インフィニティコンボ』を浴びせる。これには流石のジンもダメージを負うが、自らの体力を回復させる『養命功』を発動させ、再び構えた。だが、それよりも早かったのはヴァルターであった。

 

「がら空きだぜ……そおらっ!!!」

「ぐはっ!?」

ヴァルターは素早くジンの懐に飛び込み、最大にまで練り上げられた功夫を打ち込む寸勁―――Sクラフト『ファイナルゼロ・インパクト』を叩き込む。その威力には流石のジンも呻き、その反動で闘技場の壁に叩き付けられ、壁の一部を破壊した。

 

「………」

「なんて戦いだよ………」

「………あれが、『執行者』というわけか。」

その光景に三人は唖然とした。双方共にかなりの実力者……そのレベルが上がれば上がるほど、一瞬の隙でも命に直結しうる……まさしく、彼等の目前で映る戦いはその縮図であると。だが、先程技を放った側であるヴァルターは納得いかないような表情を浮かべていた。それを証明するかのように、壁の向こうから何かが飛び出した。それは紛れもなく、ジンの姿であった。

 

「雷神脚!!」

「ぐうっ!!」

空高くから蹴りを繰り出す『雷神脚』を繰りだし……その攻撃は流石のヴァルターとはいえダメージを負う形となり、ヴァルターが飛び退いた。一方のジンも先程ヴァルターから受けたダメージが残っているようだが、戦闘に支障はないと感じていた。これにはヴァルターも笑みを浮かべ、高らかに笑った。

 

「ククク………ハッハッハッハッハ!さっきは殺すつもりで寸勁を撃ったが、それでも生き残るとはなあ……さっきの違和感はこういうことかよ。」

「ある意味、あんたのお蔭だ。散々打ち負かされてきたからな……隙を見せれば打ち込んでくる。それは、俺が一番よく知っている。」

良くも悪くもヴァルターのお蔭であると、ジンは述べた。同じ『泰斗』を学んでいたからこその直感……その型は我流とはいえ、戦い方の本質というものはそうそう変わるものではない。ある意味勘のようなものではあったが、今回はそれが生きたからこそ、何とか力を分散させることができた。だが、二度目は無いであろう。

 

「だが、それじゃあてめえの拳は、俺には届かねえよ。あん時も言ったが、愚直に『泰斗』にしがみ付いているてめえにはな。」

「……フフッ」

「何だ、その柄にもねえ笑い方は?」

ヴァルターの言葉―――その言葉で何かを思い出したように笑みを零し、ジンの様子を見たヴァルターはある意味自分の知る人間らしくない笑みに表情を険しくして問いかけた。

 

「気に障ったのなら謝るが……同じことを二人の人物に言われたからな。いや、二人じゃないな……“六人”に言われてしまったからな。今あんたが言ったのと全く同じ言葉を。」

「何だと?」

ヴァルターの言葉を聞くまでもなく、ジンは先日言われた言葉と先程言われた言葉を思い返していた。先日の言葉は、妹弟子であり……ヴァルターと同じように天賦の才を持っているルヴィアゼリッタ・ロックスミス。そして、先程の言葉というのはライナス・レイン・エルディール……見るからに完全な我流の格闘術を嗜んでいる人間が、ジンの事をこう評した。

 

ルヴィアゼリッタは、

 

『―――ジンさんは何と言うか、拘りすぎだと思うんだ。何て言うか、教わった人の教えを愚直すぎるほど拘ってる気がするの。あと、誰かに遠慮している気がする。それだと、いつか取り返しのつかないことになると思うな。』

 

ライナスは、

 

『―――踏み込みが足りないね。中途半端に踏み込んでいるからこそ……いや、人の命を奪うのが怖いからこそ、躊躇っている気がするよ。中途半端な躊躇いは、余計に人を殺すだけだ。』

 

………拘ることが悪とは言わない。躊躇うことも悪いことではない……だが、ジンのその姿勢では、『活人拳』と振るおうともいつかはその半端さが人を殺す……自分の知る同門の人間にもよく言われたことを突き付けられてしまった結果である。だが、その言葉は…妹弟子のリン、同門であり師父の娘であるキリカ、自分に師事した押しかけの弟子、そして…かつて師父が生きていた頃に、よく言われた言葉でもあった。

 

『ジン、優しさは結構……だが、優しさ故に半端な拳を振るえば、それは人をも殺す凶器となる。そのことだけは、よく覚えておけ。』

 

……今、眼前に映るかつての兄弟子は、自分を殺そうという覚悟で向かってきている。いわば“決死”の覚悟。そうなると、自分の『活人』を切り開くために必要なのは“死中の活”……“決死”の覚悟でヴァルターという人間を“活人”する。それだけではなく、この問題はいわば自分自身の問題……自分の手で師父とヴァルターの死合のことを聞き出すためにも、自分自身が勝たなければ意味がない。それを決意したかのごとく、ジンは闘気を高める。

 

「こおぉぉぉっ………はぁぁぁぁぁぁっ………はあっ!!」

「(この感じ……)ようやく、“本気”になりやがったか。ジン・ヴァセック!はあああっ!!」

エルモの洞窟……紅蓮の塔……そのいずれでも見せることの無かったジンの“本気”。躊躇いや拘りという枷を解き放ったその闘気にヴァルターはある意味喜びを感じるとともに、更なる闘気を解放する。

 

「これが、“不動”の本来の闘気……(下手すりゃ俺やバルデルでも勝てるかどうか……)」

「で、出鱈目じゃねえのか!?(お、叔父貴といい勝負じゃねえのか……!?)」

「……正直、私じゃ勝てないかも。」

その闘気の威圧に三人は驚きを隠せなかった。これが先ほどと同じ人間が放っている闘気なのかと……その威圧だけでも、数えるほどの人間しかいないであろう。しかも、その闘気の質は違えども、眼前に映るもう一人の人物―――ヴァルターとほぼ同じぐらいの威圧を放っているのだ。

 

「感謝はしておく、ヴァルター。これで何の迷いもなく……お前を“活人”する!!」

「ぐっ!?(これだけの功夫を隠していたか…師父の言う通りだったってことか………)なめるなっ!!」

ジンは素早く踏み込み、先程とは見違えるほどの速さで蹴りを繰り出し、ヴァルターはガードするが、その威力にヴァルターの足の周囲が陥没した。これにはヴァルターも内心舌打ちし、蹴りを弾くと、そのまま裏拳でジンに攻撃を加える。だが、

 

「はあっ!!」

「ぐはあっ!?……舐めるんじゃ、ねえっ!!」

ジンは屈んで躱すと肘打ちによる寸勁を繰りだし、ヴァルターは呻きつつも何とか踏ん張り、腕を掴んで強引にジンの体を壁に叩き付けた……はずなのだが、ジンは咄嗟にヴァルターの腕を巧みに使い、身体をひねって足で壁に着地させ、激突を辛うじて免れた。そこから、ジンは右足を壁にめり込ませると、そのまま壁を蹴り飛ばした。

 

「なっ!?……くっ!」

今までそう言った手段を取ることの無かったジンの行動にヴァルターは素早く手の力を抜き、とんできた壁の破片から逃れて距離を取った。そして、その間にジンも着地して構えを整え、ヴァルターに近づいた。それを見たヴァルターは反射的に功夫を練り上げる。そして、互いに放たれる拳。

 

「ゼロ……インパクトォッ!!」

「泰炎……朱雀功ぉっ!!」

ぶつかり合う拳……その衝撃で地面に亀裂が走り、二人が立っている周囲のフィールドが陥没する。その相殺による反動で互いに弾き飛ばされ、互いに距離を取って構えた。

 

「まさか、壁を利用してくるたぁ……今までのてめえなら躊躇う戦法をとるとはな。」

「“武器は己の肉体のみならず”……師父がよく言い、あんたがよくやっていた戦法を少しばかり模倣しただけさ。」

ヴァルターの言葉にジンは苦笑を浮かべた。使えるものは何でも使う……それが達人級に近ければ近いほど、全ての状況の“流れ”を自分に引き寄せるためには、そのあるがままを受け入れるだけでなく、状況を利用することも立派な戦術の一つである。

 

「だったら……次の一撃で、結社で磨いた秘技の全てを拳に込めてやる……『泰斗』の全てを葬るためにな。」

「ならば……師父とあんたから学び、遊撃士稼業の中で磨いてきた『泰斗』の全てをこの拳に乗せる。そして、修羅となり闇に堕ちた不甲斐ない兄弟子に活を入れてやる。多分それが、あんたの弟弟子として俺ができる最後の役目のはずだ。」

そう言って、互いに構える…膨れ上がる膨大な闘気…そして、放たれるは……互いが持ちうる、最高の奥義。

 

「これで終わりだ、ジン・ヴァセック!……ダーク・デストラクション!!」

「『泰斗流』が奥義……泰河青龍功(たいがせいりゅうこう)!!」

ヴァルターは今まで磨いた秘技の集大成のSクラフト『ダーク・デストラクション』………そして、ジンは『泰斗流』の奥義が一つ、膨大な気を拳に込めて相手の内側と外側に叩き付けるSクラフト『泰河青龍功』……二人の攻撃が同時に交差した。

 

「………」

「………ぐっ!?」

「ククッ………こんな時まで、世話が焼ける弟弟子だな、テメエ……は……」

互いに背を向けるジンとヴァルター。すると、ジンが崩れて膝をつく。その一方、ヴァルターは笑みを浮かべると、そのまま地面に倒れ込んだ。ジンは息を整えると、アーツで回復し、ヴァルターのもとに近寄った。それを見たヴァルターは笑みを浮かべたまま、話し始めた。

 

「…ある日の事だ…ジジイは俺に言ったのさ。『活人、殺人の理念に関係なく、素質も才能もジンの方がお前よりも上。近い将来、お前はジンに負けるだろう』……とな。そしてジジイは、より才能のある方に『泰斗流』を継がせるつもりでいた……それが何を意味するのか。鈍いてめぇにも分かるだろうが?」

「………それは解る。だが……俺があんたよりも格上なんてそんなの冗談もいいところだろう!?それに師父が、キリカの気持ちを無視してそんなことをするはずが……」

ヴァルターの話を聞いたジンは信じられない表情で戸惑った。武術の才能に関してはヴァルターの方が上であると、少なくともジンはそう思っていた。だが、師父であるリュウガはそう思っていなかったのだ。

 

「……ククク……だからてめぇは目出度(めでた)いんだよ。流派を継ぐわけでもないのに、師父の娘と一緒になる……そんなこと、この俺が納得できると思うか?だから俺は、てめぇとの勝負で継承者を決めるようジジイに要求した。だが、ジジイはこう抜かしやがったのさ。」

 

『―――ジンは無意識的にお前に対して遠慮をしている。武術にしても、女にしてもな。お前が今のままでいる限り……あやつの武術は大成せぬだろう』

 

「………な………」

ヴァルターの話をさらに聞いたジンは驚いた。リュウガの言うジンにとっての枷……それは他でもなく兄弟子のヴァルターという存在そのものであり、輝かしい武の才能を放っていたヴァルターの前にはジンも遠慮がちになり、彼の中に眠る才能は開花しないであろう……と。

 

「クク……俺も青かったから余計に納得できなかったわけだ。そしてジジイは、てめぇの代わりに俺と死合うことを申し出て……そして俺は―――ジジイに勝った。」

「………」

「ククク……これが俺とジジイが死合った理由だ。お望み通り答えてやったぜ。」

「………俺はずっと確かめたかった。師父がなぜ、あんたとの仕合いに立ち合うように言ったのかを……ようやく、その答えが見えたよ。」

「……なんだと?」

不敵に笑っていたヴァルターだったが、ジンが呟いた言葉を聞き、眉を顰めた。

 

「ヴァルター……あんたは勘違いをしている。これは俺も、後でキリカに教えてもらったことなんだが……あの頃、リュウガ師父は重い病にかかっていたそうだ。悪性の腫瘍だったと聞いている。」

「……な……!」

そしてジンの説明を聞いたヴァルターは驚いた。

 

「だからこそ師父はあんたとの仕合いを申し出た。無論、あんたの武術の姿勢を戒める意味もあっただろうし……未熟な俺に、武術の極みを見せてやるつもりでもあったのだろう。だが、何よりも師父が望んだものは……武術家としての生を一番弟子との戦いの中で全うしたいということだったんだ。」

「…………クク……なんだそりゃ。そんな馬鹿な話が、あるわけねえだろうが。じゃあ何だ?俺は体よく利用されただけか?そうだとしたら……俺は……」

ジンの話を聞いたヴァルターは皮肉気に笑った。この場合はヴァルターの身勝手さとリュウガの身勝手さが偶然にも合致した結果……だが、その事情を知らず、しかも自分の師匠が武術家としての“生”を全うするための最期の相手に一番弟子であったヴァルターを選んだこと……だが、ヴァルターにしてみれば、それが『泰斗』と決別する理由であっただけに、自分は何のためにこれまでの人生を歩んできたのか……それすらも崩れ去ってしまうほどの衝撃だろう。

 

「確かにそれは……身勝手な話なのかもしれん。だが、強さを極めるということは突き詰めれば利己的な行為なんだろう。それが、俺たち武術家に課せられた宿命といえるのかもしれない。だからこそ師父は……あえて己の身勝手さをさらけ出した。そうする事で、あんたや俺に武術の光と闇を指し示すために……」

「……クク…しかし、それだけの功夫を持ち腐れにしてたとはな……大方、ルヴィアゼリッタあたりにでも何か言われたのか?」

「………」

「ハハ、図星かよ……頼みごとじゃねえが、アイツには俺みてえな人間になどなるな、と言っとけや……………」

ヴァルターは先程の戦いの中でジンにアドバイスした人物―――ルヴィアゼリッタの存在に笑みを零し、ジンにそう言い放つと気絶した。すると、三人を遮っていた結界が解除され、中央に解除装置のようなものが出現し、ヴァルターが出てきた門側に転位陣が出現した。結界が解除されると、三人が駆け寄ってきた。

 

「大丈夫か、ジン?」

「ええ、何とか……」

「しっかし、一人で『執行者』を倒しちまうたあ……」

「正直凄い。」

ジンを労う言葉をかけるレヴァイスにジンは苦笑しつつも答え、ランディとフィーは気絶しているヴァルターの姿を見つめながら、ジンを褒めた。その言葉にジンは首を横に振った。

 

「勝てたのは、俺が『泰斗流』を背負っていたからに過ぎんさ。もしあいつが『泰斗』の正当な使い手としてこの勝負に臨んでいたら……倒れていたのは多分、俺の方だったかもしれない。」

「……だろうな。コイツに対する遠慮があった以上、無意識的に手加減していたかもしれないしな。」

「否定は出来ないが、レヴァイスの旦那も容赦ないな。」

「当たり前だろ?猟兵(おれら)の世界では甘えや妥協が命に直結する……ま、今回ばかりはお前の勝利に変わりないけどな。」

今回の勝利は……自分の拘りや躊躇いを指摘してくれた人々のおかげともいうべきだ。これは疑いようもない事実である。それには、後で感謝を述べなければならないとジンは感じていた。

 

「それはともかく、行けそうか?」

「ああ……ヴァルターもしばらくは立ち上がらないだろう。俺らはこのまま、進もう。」

「だな。」

「だね。」

四人は装置を操作して結界を解除し、転位陣に乗って転移した。

 

 




個人的に書きたかったイベントです。

何と言うか、サシで対決してほしかったので……そのための領域方式だったりします。


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第135話 紺青の塔、白黒の住処

 

~アクシスピラー 紺青の間~

 

ジンがヴァルターとの決着をつけた頃、紺青の間―――蒼に彩られた超高層の塔……ここに立っている人間は解らないが、蒼いオルキスタワーの屋上……シェラザードたちの方もその領域の守護者である“幻惑の鈴”ルシオラとの決着がついていた。

 

「フフ……なるほど。『影の霹靂』も以前より強くなった……これならば、上に進む資格があるかもしれないわね。」

戦闘不能になり、地面に跪いたルシオラは立ち上って、口元に笑みを浮かべて言った。

 

「……姉さん。ひとつだけ訂正させて。あたしは姉さんを恨むことなんてできないわ。あたしの元を去ったことも、座長を殺めてしまったことも。ただ……どうしようもなく哀しいだけよ。」

シェラザードにしてみれば、自分を可愛がってくれた座長も……目の前にいる姉のような存在も……両方とも大切な人間だ。どのような事情であれ、事実を曲げることなどできなくとも、恨むことなどできなかった。それに対して敵討ちをしたとしても……自分自身に『身内を殺した』という事実が重くのしかかるだけ。只でさえ悲しい事実に哀しさを上塗りするだけだと。

 

「シェラさん……」

「シェラザード………」

「………」

「………シェラザード……」

シェラザードの答えを聞いたスコールとサラ、ジョゼットは心配そうな表情で見つめ、ルシオラもまた……シェラザードを見つめた。

 

「それに、やっぱり信じられない。姉さんがそんな理由で座長を殺めてしまっただなんて……。あたしたちのことを思って辛い選択をした座長のことを……あたしの知る姉さんならば、それだけでそんな行動に移すとは正直思えないし、納得できない。」

一座の事だけでそんな簡単に人を殺める価値観の安い人間ではない……少なくとも、一座で長い時を過ごしてきたシェラザードだからこそ言える直感というのもあったが……座長とルシオラの関係を考えた時、その理由だけで凶行に及ぶには『決め手』が欠けていた。

 

「……ふふ……さすがに、シェラザード相手には誤魔化せなかったか。」

シェラザードの話を聞いたルシオラは皮肉気に笑って言った。

 

「え……」

「さっきの話にはね……続きがあるの。あの人を説得しようとしてそれでも決意が固いと知った時……私は、ずっと秘めてきた想いをあの人に打ち明けてしまっていた。」

「!!!姉さんが……座長のことを。……そう……だったんだ……」

ルシオラの話を聞いたシェラザードは信じられない表情をした後、頷いた。その表情にルシオラは笑みを浮かべ、言葉を続けた。

 

「ふふ、親子ほども離れていたから想像できなかったでしょうね。そして……それはあの人にとっても同じだった。」

 

 

『娘のように大切に思っているけど想いに応えることなど考えられない。一時の感情に流されず、相応しい相手を見つけるといい』

 

 

「……そう、諭すように拒まれたわ。拒まれたこともショックだったけど、私はそれ以上に怖くなってしまった。私を惑わせないように……相応しい相手を見つけられるように。あの人が、本当の意味で私から離れていってしまう可能性が。」

「あ……」

座長なりの考えや事情もあったのだろう……『自分には相応しくない』……ルシオラほどの人間ならば、彼女を幸せにしてくれるであろう人物はきっと現れる。だが、ルシオラにその思いは届かなかった。

 

『恋は人を盲目にする』―――とはよく言ったものではあるが、ルシオラはまさしくその言葉の通りであったのだろう。『自分の想いを拒否された』………『あの人とは永遠に結ばれない』………嫌だ、離れたくない……逃がさない……そんな感情がルシオラを次第に支配していき……

 

「……そう悟った瞬間、私の奥底で何かが弾けていた。……離れていかないように……永遠に私のものにするために……その囁きに従って……あの人をこの手にかけていた。」

「……ルシオラ……姉さん……」

気が付いたときには、自分の大切な人を自分の手で殺した………想うが故に………恋い焦がれたが故に………その人物を自分のものだけにしようと“独占”するために……彼を殺したのだと。自らの本能の赴くままに行動したのだと言い放たれた言葉に、シェラザードは驚きと悲しみの表情をルシオラに向けていた。

 

「自分の中に潜んでいた闇に気付いたのはその時からよ。私は、その闇に導かれるように『身喰らう蛇』の誘いに応じて……いつの間にか……こんな所にまで流れてきてしまった。フフ、そろそろ潮時かもしれないわね。」

「え……」

ルシオラの言葉を聞いたシェラザードが驚いたその時、ルシオラはシェラザード達の方に身体を向けたまま、飛び降りた。

 

「姉さん、だめええっ!………くっ……」

ルシオラが落ちる瞬間、シェラザードは鞭を振るって、ルシオラの片手に鞭を巻き付けた。しかし、重みに耐えられず、シェラザードも塔から落ちそうになった。

 

「ふふ……なかなか鞭さばきも上達したじゃない。最初の頃はあんなに不器用だったのにね。」

一方、ルシオラは片手に鞭を巻き付けられた状態で感心していた。自分の見ない間に成長した妹の姿と力量……姉として、これほど喜ばしいことに笑みを零した。

 

「シェラザード!」

そして、スコール達もシェラザードに急いで近寄った。

 

「スコール……少しの間でいいから……このままこの娘と話をさせて。」

「で、でも……」

「ルシオラ……お前……」

「は、話なんかしてる場合じゃないでしょう!?引っ張り上げるから掴まってて!」

ルシオラの頼みにジョゼットは戸惑い、スコールは静かに呟き、シェラザードは血相を変えて言った。

 

「ねえ、シェラザード……あの人を手にかけた事は今でも後悔していないけれど……唯一、気がかりだったのが貴女の元を去ったことだった。」

 

貴女がどうしているか、それだけが私の心残りだった。でも、私がいなくても貴女はしっかりと成長してくれた。自分の道を自分で見つけていた……それはきっと、彼女の師匠然り、仲間然り、同僚然り……そして、ルシオラもよく知るエステルとヨシュアも……シェラザード(この子)がきっと成長させてくれたのだろう。人の縁―――『絆』というものは……世間というのは、広いようで本当に狭いものだ。

 

「それが確かめられただけでもリベールに来た甲斐があったわ。本当は貴女に私のことを裁いてほしかったのだけど……。さすがにそれは……虫が良すぎる話だったわね……」

気まぐれで、マイペースで、明るくて……でも、どこかしら理知的な妹のような存在。そんな彼女に自分を殺してほしいなどというのは、流石に欲張りすぎだったのかもしれない……ルシオラはそう思いながら淡々と呟いた。

 

「姉さん……お願いだから……お願いだから、ちゃんと掴まっていてよおっ!」

自嘲気に笑っているルシオラにシェラザードは悲痛そうな表情で叫んだ。

 

「……サラ・バレスタイン、だったかしら。」

「………何かしら?」

「色々気まぐれ屋さんな妹だけれど……仲良くしてやって頂戴。」

「『執行者』からそんなことを言われるなんてね……あんたの元『同僚』だった夫の顔に免じて、その願い……承ったわ。」

ルシオラの頼みにサラは静かに答えた。

 

「フフ、それを聞いて安心したわ………良き仲間達に…友に出会えてよかったわね………さようなら……私のシェラザード。」

そしてルシオラは鉄扇を取り出して、シェラザードの鞭を切って、落下して行った。

 

「ルシオラ姉さあああんっ!」

 

―――リーン………

 

シェラザードが叫んだ時、鈴の音が寂しげに響いた。

 

「………」

そしてシェラザードはしばらくルシオラが落下した場所を見つめていた。

 

「……え、えっと、その……」

「シェラザード……」

「…………大丈夫……あの姉さんが落ちたくらいで死ぬはずない。いつの日かきっと……きっと……また会えるわ。」

心配そうな表情で見つめているジョゼットやサラ達に、シェラザードは静かに答えた。

 

自分の妹同然のエステルだって、諦めずにいたからこそ、忘れずにいたからこそ、再会できた。今の自分にはやるべきことがあり、信じることしかできないけれど……今はそれでいいのだと。

 

「そうだな……アイツなら、その内ひょっこりと顔を出すかもしれないし……どっかでひっそりと占い師でもやるかもしれないしな。」

「ふふ……そうね………」

スコールの言葉にシェラザードは寂しげに笑った。すると、中央部に転位陣が出現し、その近くに装置が姿を現した。それを見つつ、サラはシェラザードに声をかけた。

 

「シェラザード、無理そうなら一度戻っても構わないけれど?」

「大丈夫よ……ここで立ち止まったりしたら、姉さんに怒られてしまいそうだわ……装置を解除して、行きましょうか。」

「解った……」

サラの言葉にシェラザードは気を取り直して答え、スコールは静かに頷いた。

 

「………(ボクやドルン兄、キール兄が味わった経験よりも、ずっと重いものを背負ってるだなんて……)」

一方、ジョゼットはこの戦いを通して知ったことと自分の経験を比較していた。物を盗む行為はしていたが、人の命まで奪う行動をしたことがなく、想像もできなかった。それが、自分が“遊撃士ごとき”といった身分の人物本人ではないが、その人物の身近な人物が身近な人物の命を奪った……例えて言うならば『キール兄がドルン兄を殺した』という経験をしていたということになる。

 

きっと、ヨシュアにも何らかの事情があって『身喰らう蛇』にいたのだろう……それこそ、『自分の大切なものの命』を喪ったがために……それから比べれば、財産と土地だけで済んだ自分たちなど、マシな方なのであると痛感させられた。

そう思っているジョゼットにスコールが声をかけた。

 

「おーい、ジョゼット。とっとと行くぞ。」

「え?あ、解った。というか、気安く名前を呼ばないでよね!」

「ふふっ……」

「やれやれね……」

四人は装置を操作して結界を解除し、転位陣で戻った。

 

 

~アクシスピラー 漆黒の間~

 

時間は少し遡って、四組が同時に通路へと入り、ゲートをくぐった時……エステルらが目にしたものは、白黒の家であった。

 

「モ、モノクロ?」

「これは……」

「どっかの家みてえだが………」

「テーブルに椅子に台所……見るからに普通の家ですね。」

「フフ、その通りよ。」

エステルは驚き、ヨシュアは冷静に見つめ、アガットはその光景を見ながら考え込み、ティータはその様子や風景から一般家庭の家であると見抜いた。すると、エステルの後ろから聞こえてきた声……無邪気そうな声は四人ともに聞き覚えのある人物の声だと気付き、その方向を振り向く。するとそこにいたのは予測通りの人物―――“殲滅天使”レンの姿であった。

 

「や、やっぱり……」

「アンタは……」

「レ、レンちゃん!?」

「ようこそ、エステル、赤毛のお兄さん、ティータ。レン、歓迎しちゃうわ。ついでにヨシュア。」

「……いつも思うんだけれど、何で目の敵にするのかな?僕、怒らせるようなことをしたかな?」

驚くエステルらにレンはにこやかに挨拶するが、皮肉めいた言葉を投げかけられたことヨシュアは疲れた表情を浮かべて尋ねた。

 

「レンは優しいから、ヒントぐらいは教えてあげるけれど……女の敵って奴ね。エステルなら解るんじゃないかしら?」

「あ~……だいたい解っちゃったわ。」

「え?エステル、どういうことなの?」

その問いかけにレンはジト目でヨシュアを睨みつつ口元に笑みを浮かべて答え、その言葉にエステルもジト目でヨシュアを見て呟き、ヨシュアはエステルに問いかけたが、

 

「聡明なヨシュアなら、すぐわかる問題なんじゃないかな?」

「尤も、解るようで解らない問題かもしれないけれどね。」

「………君たち、仲良いね。」

生まれや育ちが違うはずなのに……境遇も違うのに……何故か通じ合っている様子のエステルとレンが仲の良い姉妹みたいに見え、ヨシュアはため息を吐いた。

 

「やれやれ……毒気が抜かれるな……」

「レ、レンちゃん……それに、エステルお姉ちゃんも………」

その光景を傍から見ていたアガットは内心頭を抱えたくなり、ティータも引き攣った笑みを浮かべていたのは言うまでもない。それを見てレンは気を取り直し、四人の方を向いた。

 

「さて、この領域はレンの領域なんだけれど……レンとお茶してくれたら、通してあげてもいいわ。いわばゲームにおけるボーナスステージみたいなものね。」

「ず、随分と親切だな。後、言っておくが……俺はアガット・クロスナーだ。」

「ご丁寧にどうも、アガットのお兄さん♪まぁ……次は今までの『執行者』以上に厳しい相手だしね。特に、ヨシュアにしてみれば。」

「!!……成程、この先に待つのは“剣帝”……そして“教授”ということか。」

笑って言いのけたレンの言葉にヨシュアは表情を険しくした。この状況では連戦も覚悟していたが……どうやら、幸いにも戦わずに済む可能性が出てきた事には、安堵を浮かべた。相手の事を考えると十全の状態で臨む方が尚良い。ここは、下手に戦って消耗するよりもその方が無難と判断した方が良さそうだと。

 

「お茶ねえ……あ、お茶菓子なら、持たせてくれた奴があったんだった!」

「あ、アスベルお兄ちゃんが持たせてくれた奴ですね。」

「へぇ~、持ち込みのお茶菓子……ウフフ、いいわよ。」

エステルは思い出したように持ってきていた茶菓子―――クッキーを取り出した。それを見たティータは笑顔で喜び、レンも年相応の笑みを浮かべていた。

 

「はぁ……なら、俺がお茶を淹れよう……って、何だその眼は。」

この流れは変えようがないと判断したアガットは諦めたようにため息を吐き、紅茶を淹れようと提案したところ、周りから奇怪な目で見られ、眼を細めた。その中のティータは感心し、エステルは彼の妹の存在を思い出しつつ尋ねた。

 

「ほえ~……」

「ひょっとして……ミーシャから教わったの?」

「ま、そんなところだ。ちょいと待ってやがれよ。」

その問いかけに目を伏せつつも、黙って台所に向かい、力押しのアガットがやっているとは思えないほどの手際の良さで準備を進め、紅茶を淹れていく。その味は……

 

「これは驚きました……ここまで手際良くこなせるだなんて。」

「ヘッ、大方オッサンのせいだがな。それと、ミーシャにも色々言われちまったからな……ま、家の事情もあるんだが。」

中々の好評だったようで、アガットも思わず笑みを零した。カシウスにいろいろこき使われたこともそうであるが、元々両親をミーシャが幼い頃に亡くしていたため、家事に関してはアガットが率先してこなしていた。ミーシャができるようになってからは彼女に任せる機会が多くなったものの、それでも気が向いたときや家に帰った時はこなすようにしていたのだ。

 

「それはいいんだが………あのガキとエステルは何で落ち込んだ顔をしてやがるんだ?」

「え?」

それはともかく……アガットは気になった光景を尋ねると、ヨシュアもそちらの方を向く。

すると……

 

「………」

「………」

「あ、あの、えと……レ、レンちゃん?エ、エステルお姉ちゃん?」

何かに敗北したかのように落ち込んでいたエステルとレン。一方、ティータはその二人の様子を見て動揺していた。

『圧倒的大差』という単語など生易しいぐらいの敗北感漂うその状況。

 

その理由は……『クッキー』にあったのだ。

 

「………(この感覚……あたしが以前プライドを折られた感覚。ってことは、コレはアスベルお手製のクッキーってことじゃない。)」

「………(何故かしら……ルドガーの料理と似た感じ……レンのプライドを容赦なく折るだなんて……手ごわいわね。)」

アスベルが渡したクッキー……いや、正確にはアスベルが渡した『手作り』クッキーであろう。彼のお手製菓子類は女性陣限定の『兵器』。味としては文句のつけようもなく美味しいのだが……その美味しさがかえって二人の“女”としてのプライドを折られたのだ。しかも、レンにしてみればルドガーに料理で“骨抜き”にされてプライドを“折られ”、アスベルの菓子類でプライドを“更に”折られたのだ。そうなると、女性としてのプライドなど完全に地に墜ちたも同然であろう。

 

ちなみに、何故ティータは無事なのかというと……これもよく解らなかったのだ。ティータにしてみれば『とても美味しい』クッキーでしかないのだが……これには流石のティータも首を傾げた。

 

「え……レンちゃん、泣いてるの?」

「ち、違うのよ、ティータ!?これは涙じゃなくて、汗なんだからね……く、悔しくなんて……ないんだからぁ!!」

「あっ………」

ティータの言葉にツンデレのような言葉を吐き、その場を切り抜けつつ、レンは立ち上がった。そして、そのままどこかに走り去っていった。すると、五人が座っていた場所の近くに装置が現れ、エステルらが来た場所に転位陣が出現した。

 

「………今なら、レンの気持ちが少しわかる気がするわ。」

「……とりあえず、装置を操作して、解除しましょう。」

「だな。」

「は、はい……(レンちゃん、大丈夫かなぁ………)」

色々納得しかねる部分は多いが……エステルら装置を操作して結界を解除し、転位陣に乗って戻っていった。

 

 




一人だけ原作通りに殺風景な場所で戦うのは何だか違う気がしたので、そうしました。純粋に思いつかなかっただけとも言いますが(オイッ!)あと、レンの領域の風景は、レンのファミリーネームの家の二階を想像してください。

何と言うか、銃持ち三人相手に遠距離戦の撃ち合いというのも何だかなぁ……というか、純粋に前二話分の戦闘シーンに一杯一杯で思いつきませんでした(コラッ!)
レンに関しては、下手に戦うとエステルの餌食なので、ああいう扱いに。

せんとうなくてもいいじゃない にじそうさくだもの れん


………同じ銃使いでも、オリビエとジョゼットだとオリビエの方が進むんですよね。ゴメン、ジョゼット。

あと、レンのプライドへし折りました。流石、アスベル!俺たちにできないことを平然とやってのけるっ!!



どうでもいいことですが、零Evoと碧EvoをPS3で出してほしいと願う私は異端なのでしょうかね……(割と本気で懇願)


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第136話 刃と牙

 

~アクシスピラー 屋上~

 

「………」

剣を傍に置き、『執行者』No.Ⅱ“剣帝”レーヴェは柱によしかかる様に座り……静かに目を瞑り、何かを待っているようであった。ふと、彼の脳裏に聞こえる声。

 

『……辛いのか?』

「フッ……まさか。俺自身はそう決めた。無論、ヨシュアの答えを聞いてからではあるがな。」

その声に笑みを零した。あの時、俺はカリンを見捨てた……そして、弱っていくヨシュアに何もできなかった……俺の中に残ったのは、故郷を奪われたことに対する“怒り”“憎しみ”“苦しみ”……それに対する答えは、俺が『結社』に入り、その感情を今まで学んできた剣術に注ぎ込むことぐらいしか出来なかった。そうして得たものは……“修羅”という領域であった。

 

「無理に付き合うこともない……お前は俺の奥底にでもいておけ。」

『……何を言っている。私の事はお前がよく知ってるはずだ。お前は私で、私はお前だ……そうだろう?』

「………」

到達したとき、俺の中に芽生えたもう一つの人格……いや、魂の欠片とでも言うべき存在。『彼女』は、いわば俺の写身という存在ではなく、俺とは別の人間であったという……だが、俺は彼女に頼らなかった。いや、頼ってしまえば……俺は自分という存在意義を失うのだと。しかし……レーヴェの中に居る人格は“笑っていた”。

 

『まさか、私がこのような形で生を受けるとは思っていなかったが……だが、それも悪くはない……そなたの道に、幸運あらんことを』

そう言って、聞こえなくなる声……本人が言うには、限界が近づいていたと言っていた。呼びかけても、帰ってくることの無い声。この代わりに、自分の内に湧き上がる“炎”の鼓動。その置き土産に、レーヴェは笑みを浮かべ……剣を持って立ち上がると、紋章が浮かぶ塔の中央部に歩みを進める。

 

「幸運……か。今の俺には、過ぎたる産物だろう……」

そう自虐的に言葉を零す。その言葉を言い終わるのと同時に上がってくるリフトの声が聞こえ、レーヴェは息を吐き、覚悟を決めた。その覚悟を知ってか知らずか……そこに姿を見せたのは、エステル、ヨシュア、アガット、リィン、サラ、クローゼの六人であった。

 

「……来たか。」

「レーヴェ……」

レーヴェの言葉にヨシュアは表情を険しくする。

 

「……意外と早かったな。俺の見立てではもう少しばかり待たされるかと思っていたが……」

「ま、あたしたちも少しは成長してるってことよ。さすがに、あなたのお仲間にはかなり手こずらせてもらったけど。」

感心しているレーヴェにエステルは口元に笑みを浮かべて答えた。実際のその通りであろう。

“殲滅天使”はともかく、“怪盗紳士”“痩せ狼”“幻惑の鈴”には強力な人形兵器を与えていた。その内の“痩せ狼”に関してはおそらく使わずに一対一の勝負を挑んだことであろうが……それを抜きにしても、彼らを破ったということは相応の成長を遂げたということであろう。

 

「フフ……言うようになったな。だが、この“剣帝”を彼らと同じには考えないことだ。正面からの対決において俺を凌駕する者はそうはいない。たとえS級遊撃士や『蛇の使徒』といえどな。」

エステル達のメンバーを見て静かに答えた。

 

「ケッ……吹いてくれるじゃねえか。」

「やれやれ………天晴れと言わんばかりの自信ね………」

レーヴェの言葉を聞いたアガットはレーヴェを睨み、サラは溜息を吐いた。

 

「……あなたの強さはイヤと言うほど分かっているわ。でも、あたしたちも理由があってこんな所までやってきた。“輝く環”による異変を止めて混乱と戦火を防ぐために……。沢山の人たちに助けられてあたしたちは今、ここにいる。だから……退くつもりはないわ。」

「フ……理由としては悪くない。だが、ヨシュア。お前の理由は違うようだな?」

「え……」

レーヴェの言葉を聞いて驚いたエステルはヨシュアを見た。

 

「お見通し……みたいだね。僕は……自分の弱さと向き合うためにここまで来た。あの時、姉さんの死から逃げるために自分を壊したのも……教授の言いなりになり続けたのも……全部……僕自身の弱さによるものだった。それを真正面から気付かせてくれた人に報いるためにも……大切な人を守るためにも、僕は……正面からレーヴェや教授に向き合わなくちゃいけないんだ。」

「ヨシュア……」

本当の意味で向き合うためには……彼と向き合うことでもあり……刃を交えること。ヨシュアの目は決意に満ちていた。。

 

「………巣立ちの時か。もうカリンの代わりに心配する必要もなさそうだ。」

ヨシュアの答えを聞いたエステルは笑顔になり、レーヴェは考え込んだ後、剣を構えた。

 

「……これでようやく手加減する必要はなくなった。本気で行かせてもらうぞ。」

「ちょ、ちょっと!どうしてそうなるのよ!?ヨシュアのことを心配しておいてどうして―――」

「いいんだ、エステル。覚悟を決めただけではレーヴェは納得してくれない。その覚悟を貫き通せるだけの力が伴っていないと駄目なんだ。」

レーヴェの言葉を聞いて反論しようとしたエステルをヨシュアは制した。言葉だけならば繕うことなど簡単だ。だが、それでは“覚悟”の証明にはならない。正面と向き合うこと……それは、教授を倒すことであり、目の前にいる兄同然の人物―――“剣帝”を倒さねばいけないということだと。

 

「フフ、そういうことだ。」

ヨシュアの言葉に不敵な笑みを浮かべたレーヴェは獅子のような姿をした人形兵器の強化版――ライアットセイバー・セカンドを呼び寄せた。

 

「―――俺にも俺の覚悟がある。もし、お前たちの覚悟が俺の修羅を上回っているのなら……力をもって証明してみるがいい。『身喰らう蛇』が『執行者』、No.Ⅱ“剣帝”レオンハルト・メルティヴェルス……いくぞ、ヨシュア!そして、その仲間たち!!」

 

「元『執行者』No.ⅩⅢ“漆黒の牙”ヨシュア・アストレイあらためヨシュア・ブライト……僕の決意、貫かせてもらう!」

「遊撃士協会所属、エステル・ブライト。いくわよ、レーヴェ!!」

「八葉一刀流にしてカシウス・ブライトの弟弟子、リィン・シュバルツァー……参ります!」

「遊撃士協会所属、アガット・クロスナー。いくぜ!!」

「やれやれ…遊撃士協会所属、“紫電”サラ・バレスタイン…本気で行かせてもらうわ!!」

「リベール王国王太女、クローディア・フォン・アウスレーゼ。貴方達の企み……その剣を、止めて見せます!」

……かつて、ハーメルという村を襲った悲劇。それによって世の中の不条理を経験した二人が、異なる立場で剣を交える。片方は混乱を齎す物を止めるため、片方はこの世に混乱という形で問いかけるため……互いの譲れない信念が真正面からぶつかり合う。

 

「ヨシュア、あたし達が兵器を抑えるから……レーヴェのところに行って!!」

「でも、それじゃあ……!」

「……ヨシュア、きっちり決着をつけてこい。」

「アガットさん……」

「サポートはします……さぁ、皆、「「いく(ぞ/わよ)!」」」

戦闘開始直後、エステルの口から言われた言葉にヨシュアは驚くが、他の面々は頷くと同時に……エステルとリィンが号令をかけて皆の闘志を高める。

 

「心想う彼らに女神の祝福を……セイクリッド・シャイン!!」

そこに、クローゼが味方全体の防御力を高める新たなSクラフト『セイクリッド・シャイン』を放ち、エステルらの防御力を高める。

 

「そおらっ!!」

「はああっ!!」

「……ありがとう、皆!……ふっ!!」

そこに、先陣を切って飛び込むサラとアガット。同時に放たれた攻撃を見て……ヨシュアは皆の意思を受け取り、踏み込んだ。見る見るうちに加速するヨシュア……その視界の先に映るのは無論……

 

「来たか、ヨシュア!!」

それを待ち構えていたかのように放たれるレーヴェのSクラフト『鬼炎斬』……ヨシュアは飛び上がり、直上からレーヴェに直接攻撃を加える。それを見たレーヴェも瞬時に体勢を立て直し、剣を振りかざし……互いの刃がぶつかり、空気が震える。すると、彼の剣から生み出される炎に気づき、ヨシュアはもう片方の剣で弾き、距離を取る。

 

「レーヴェ……その炎は。」

「そうだな……その答えは、お前が勝ったら聞かせてやろう!!」

「そう言うと、思ったよっ!!」

レーヴェは闘気の炎の刃をヨシュアに向けて放つ。今までにないレーヴェの戦術にヨシュアはある意味攻めあぐねていた。だが、怯むわけにはいかない……ヨシュアはさらに踏み込んで、レーヴェの背後を取るべく動くが、それは彼の炎の刃に遮られる。それを叩き落とすようにヨシュアは刃を振りかざすが、その間にレーヴェは体勢を立て直してヨシュアに剣を振るう。

 

「フフ……やるな。……ならばこちらも全開で行かせてもらうぞ。」

「!!!」

そしてレーヴェは周囲の空気を震わせるほどのすざましい闘気を纏った。そして、一気に間合いをつめてヨシュアに一閃を喰らわせた。そこからの攻防はレーヴェが圧倒的でヨシュアは防御するのに精一杯だった。圧倒的剣術の“剣帝”と隠密・暗殺に特化した“漆黒の牙”……タイプが違うとはいえ、その実力差は肌で感じ取れるほどであった。

 

「くっ……!」

レーヴェの攻撃を双剣で受け止めたヨシュアは鍔迫り合いの状態で呻いた。

 

「どうした、ヨシュア!唯一勝るスピードを活かさずにどうやって勝機を掴むつもりだ!?」

「…………ねえ、レーヴェ。1つだけ答えて欲しいんだ。どうして教授に協力してこんなことをしているのか……」

レーヴェの言葉に対し、ヨシュアは静かに問いかけた。

 

「!!」

ヨシュアの問いかけに対し、レーヴェは顔色を変えた。

 

「前に……カリン姉さんの復讐が目的じゃないって言ったよね。『この世に問いかけるため』……それは一体……どういう意味なの?」

「………………大したことじゃない。人という存在の可能性を試してみたくなっただけだ。」

「人の可能性……」

レーヴェの言葉を聞いたヨシュアは訳がわからない様子で呟いた。

 

「時代の流れ、国家の論理、価値観と倫理観の変化……。とにかく人という存在は大きなものに翻弄されがちだ。そして時に、その狭間に落ちて身動きの取れぬまま消えていく……。俺たちのハーメル村のように。」

「!!」

戦争、革命、クーデター……文化、宗教、経済、政治……人の生み出したものによって人は翻弄され続け、その渦中にあるのは常に何も罪なき人間。時代の変遷は何も綺麗ごとばかりではない。国家の一存で容易く切り捨てられる国民……大本は同じ宗教でありながらも、その解釈の違いで起こりうる対立……持つ者と持たざる者の諍いによる争い……得をする者もいれば、損をする人間がいる。100%Win-Winの関係など、起こりえないのが世の常だ。

 

「この都市に関しても同じことだ。かつて人は、こうした天上都市で満ち足りた日々を送っていたという。だが、“大崩壊”と時を同じくして人は楽園を捨て地上へと落ち延びた。そして都市は封印され……人々はその存在を忘れてしまった。まるで都合が悪いものを忘れ去ろうとするかのようにな……」

「………」

自分たちが犯した罪に目を背けたくなったのかもしれない……だが、人々は……現にかつてリベル=アークにいた人々は“輝く環”を封印し、地上に降り立った。そこにいかなる事情があったのかは知る由もない。自らの得てきた幸せを……利便さを敢えて捨てなければならなかった理由も。

 

「真実というものは容易く隠蔽され、人は信じたい現実のみを受け入れる。それが人の弱さであり、限界だ。だが“輝く環”はその圧倒的な力と存在感をもって人に真実を突きつけるだろう。国家という後ろ盾を失った時、自分たちがいかに無力であるか……自分たちの便利な生活がどれだけ脆弱なものであったか……。そう……自己欺瞞によって見えなくされていた全てをな。」

その言葉……ある意味的を得ているのは事実である。でも……

 

「それを……それを皆に思い知らせるのがレーヴェの目的ってこと……?」

「そうだ。欺瞞を抱える限り、人は同じことを繰り返すだろう。第2、第3のハーメルの悲劇がこれからも起こり続けるだろう。何人ものカリンが死ぬだろう。俺は―――それを防ぐために『身喰らう蛇』に身を投じた。そのためには……修羅と化しても悔いはない。」

 

「………それこそ……欺瞞じゃないか。」

「…………なに?」

不敵な笑みを浮かべて言ったレーヴェだったが、ヨシュアが呟いた言葉を聞き、目を細めた。

 

「僕も弱い人間だから……レーヴェの言葉は胸に痛いよ。でも……人は大きなものの前で無力であるだけの存在じゃない。10年前のあの日……僕を救ってくれた姉さんのように。」

そうだ……人間はたしかに、一人ではちっぽけな存在だろう。かつて泣き虫であった僕も、その意味はよく解る。だが、人の心は……その力に屈することない大きな意志を持つことだってある。

 

「…………ッ……………」

「そのことにレーヴェが気付いていないはずがないんだ。あんなにも姉さんを大切に想っていたレーヴェが。だったら……やっぱりそれは欺瞞だと思う。」

「…………クッ………………」

ヨシュアの言葉を聞いたレーヴェは顔を歪めた後、鍔迫り合いの状態でヨシュアを後ろに押し返して、自分も一端後退した。

 

「カリンは特別だ!あんな人間がそう簡単にいてたまるものか!だからこそ―――人は試されなくてはならない!弱さと欺瞞という罪を贖(あがな)うことができるのかを!カリンの犠牲に値するのかを!」

 

「だったら―――それは僕が証明してみせる!姉さんを犠牲にして生き延びた弱くて、嘘つきなこの僕が……。エステルたちと出会うことで自分の進むべき道を見つけられた!レーヴェのいるここまで辿り着くことができた!人は―――人の間にある限りただ無力なだけの存在じゃない!」

 

レーヴェの叫びに対し、ヨシュアも叫んだ。人一人で出来ることなんてたかが知れている。たとえ一騎当千並みの武力を持っていようとも、全てを覆すだけの叡智を持っていても……その範囲は限定的だ。だが、人と人が手を取り合い、多くの人を巻き込めたとき……それは大きな意志となり、信念となり、力となる。一人悩んでいたって何も解決しない……ただ、そう思っているだけに過ぎない。ならば、僕は今こそ……“絆”という力を以て、その欺瞞を打ち砕く!

 

そう決意したヨシュアの両手に握られた剣の刃が光に包まれる……それを知ることなく、ヨシュアは踏み込んで、レーヴェの視界から完全に消えた。それを察したレーヴェが気付いたときには、自分の手から剣が弾き飛ばされていた。

 

「………なっ!?」

「はあっ……はあっ…………はあっ……はあっ……」

ヨシュアの言葉にレーヴェは驚いたその時、ヨシュアは一気に間合いを詰めて、連続で突きの攻撃をした後、最後にすざましい一撃でレーヴェの剣を弾き飛ばしたのだ。だが、それは単純にヨシュアのトップスピードだけではない。彼の兄のような存在であるアスベル……彼から教わった歩法“神速”。その歩法をこの土壇場で初めて成功させることができたのだ。

 

「俺に生じた一点の隙に全ての力を叩きこんだか……まったく、呆れたヤツだ。」

「はあ……はあ………ダメ……かな……?」

レーヴェの言葉を聞いていたヨシュアは何度も息を切らせながら尋ねた。

 

「フッ……。“剣帝”が剣を落とされたのではどんな言い訳も通用しないだろう。素直に負けを認めるしかなさそうだ。」

「………あ………」

「それに、向こうもどうやら決着がついたようだ。」

そう言葉を零したレーヴェの向こうでは……煙を上げて動かなくなっているライアットセイバー・セカンドの姿があった。

 

「よし、うまくいったわ!」

「じゃねえだろ!いきなり雷落とすだなんて吃驚したじゃねえか!!」

「あはは……ゴメンゴメン。向こうがアガットに向けてビーム撃とうとしたから、つい反射的に……」

「反射的に雷落とせるエステルが怖いんだが……」

「雷を扱うアタシも吃驚よ……」

「ははは……あ、向こうも終わったようですね。」

事情を聞く限り、アガットが攻撃されようとした瞬間にエステルが反射的に雷の魔法を使ったようで、これには周囲にいたリィン、サラ、クローゼの三人も苦笑を浮かべざるを得なかった。すると、五人はヨシュアとレーヴェの姿が目に入り、決着がついたのだと察して近寄っていった。

 

 



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第137話 人形

久々の更新です。そしてシンプルなタイトル。

そして、9000字……私は悪くぬぇ!(ある意味開き直り)


~アクシスピラー 屋上~

 

決着がついた二人―――ヨシュアの言葉にレーヴェが笑みを浮かべつつ答えると、レーヴェの繰り出した兵器を退けたエステル達も二人のもとに近寄ってきた。エステルはヨシュアの行動を称賛した。

 

「凄い!凄いよヨシュア!あの“剣帝”に勝ったんだよ!しかも……剣だけを弾くなんて!」

「そうでもしない限り……万に一つの勝ち目もなかったからね。なるべく相手を傷付けずに無力化することを優先する……。父さんに教わった遊撃士の心得が役に立ったよ。」

はしゃいでいるエステルにヨシュアは立ち上がって苦笑しながら答えた。純粋な力押しで勝てないことはいかにスピードで勝っているヨシュアとて解りきったことであった。目にも止まらぬスピードを駆使して一点突破を狙う……万に一つの勝機を見出す突破口はこれしかなかった。尤も、純粋なスピードではなく言葉による揺さぶりもあったからこそ、彼の一瞬の隙を作り出すことができた。これは、今までの彼にはできなかったことであり、それを教えてくれたのは目の前にいる大切な人であり……彼女の両親もまた、彼のそういったところを育んできたのだ。

 

「そっか……」

「なるほど……“教授”に仕込まれた技術と“剣聖”から教わった心得……その2つを使いこなせば、俺が敗れるのも道理か……(『至る』だけでは勝てない……まさに、クルル・スヴェンド(あいつ)の言う通りになってしまったということか。)」

かつて刃を交わした“絶槍”の言葉を思い返しつつ、レーヴェは苦笑を浮かべた。だが、それは自分の実力不足と言うことを指摘されたからではない。自分には、彼等のような“領域”に踏み込むことができる……なぜなら、“絶槍”は単純に悪口は言わない。可能性があるものに対しては、率直に意見することが多い。そのことを見抜けなかった自分に対して『情けない』と思うのは皮肉に感じられた。

 

「レーヴェ……」

「………俺は人という存在を試すために『身喰らう蛇』に協力していた。その答えの一つを出した以上、もはや協力する義理はなくなった。そろそろ……抜ける頃合いかもしれないな。」

「あ……!良かった……本当に良かった!……レーヴェが……レーヴェが戻って来てくれた!」

「お、おい……」

レーヴェの答えを聞いたヨシュアはいきなりレーヴェに抱きついた。自分に抱きついて嬉しそうに言うヨシュアにレーヴェは戸惑った。無理もないだろう……先程まで真剣に対峙し、凛とした表情の『弟』のイメージなど大気圏の彼方に吹っ飛ぶほどの変わりようというか、昔のヨシュアのような性格がここに来て出たことに困惑していた。

 

「父さんに引き取られてからもずっと気にかかっていたんだ……。……声や顔は思い出せるけど誰なのかぜんぜん思い出せなくて……。やっと思い出せたと思ったら……敵として立ち塞がっていて……。……ずっと……不安だったんだ……」

「そうか……」

「あ、あの~……」

ヨシュアとレーヴェの会話を聞いていたエステルは戸惑いながら声をかけようとした。

 

(やれやれ……。マセてても、まだまだ甘えたい盛りのガキってところか。)

(そ、そうなのかなぁ?)

アガットの小声の言葉にエステルは首を傾げ

 

(な、なんだか………凄く仲がいいんですね………うらやましい…………)

(ちょっと、クローゼ………そこで顔を赤らめないでよ………)

さらにクローゼの小声の言葉にはエステルは顔を赤らめ、

 

(あはは……)

(何と言うか……『身喰らう蛇』が可愛いものに見えてきたあたしは末期なのかしらね?)

(ゴメン、ノーコメントにしておきたいわ。)

「あ……ご、ごめんエステル……何だかはしゃいじゃって……。まだ何も解決してないのに……」

リィンとサラは揃って苦笑を浮かべ、それに対して『身内』のエステルはため息が出そうな表情で言葉を返した。すると、先程のエステルの声が聞こえたのか、ヨシュアは我に返ってエステルに弁明した。

 

「ヨシュア……。もう、そんなことでいちいち謝らなくていいわよ。久しぶりの仲直りなんでしょ?いっぱいお兄さんに甘えなくちゃ!」

「あ、甘えるって……」

その弁明にエステルは笑みを浮かべて遠慮することなどないと言い放ち、言われた側のヨシュアは苦笑を浮かべ、レーヴェも笑みを零した。

 

「フフ……。エステル・ブライト。……お前には感謝しなくてはな。ヨシュアの事……俺には出来なかったことを軽々とやってのけたのだから。そして、様々な者たちをも導いてここまで辿り着いた……。フフ……本当におかしな娘だ。」

「な、なんか全然、感謝されてる気がしないんですけど……」

レーヴェの言葉を聞いたエステルはジト目でレーヴェを睨んだ。

 

「アガット・クロスナー。傍から少し見せてもらったが……竜気をまといし必殺の重剣技、なかなかどうして大したものだ。」

「お、おう……。って、したり顔で解ったような口利いてんじゃねえっての!オッサンそっくりだぞ、あんた!」

そして次に声をかけられたアガットは戸惑いながら頷いた後、レーヴェを睨んで言った。さらにレーヴェはクローゼに視線を向けて言った。

 

「クローディア姫……いや、王太女殿下だったな。女王宮で俺が言った言葉、今でも覚えているかな?」

「『……国家というのは、巨大で複雑なオーブメントと同じだ。』あの時の貴方の言葉、今ではこの上なく真実に思えます。でも……そうした仕組みだけが人の世のあり方ではないと思うんです。人は、『運命』に縛られるのではなく、『運命』を作り出すもの……私は探してみたい……数多の巨大な歯車が稼働する中でも、人が人らしくいられる世のあり方を。この世界の不条理の一端を経験なさった貴方にしてみれば、“甘い”と仰られるかもしれませんが……」

 

「いや……未だ若きそなたがそこまで思い至ったのなら、最早俺ごときが口出すまでもない。その誇り高き決意に敬意を表させてもらおう。」

「……ありがとうございます。」

レーヴェの言葉を聞いたクローゼは微笑んで頷いた。そして最後にレーヴェはリィンとサラを見て言った。

 

「“剣仙”に剣を教わりし者、そして“影の霹靂”に見初められし者とは……つくづく、世の中の狭さを実感させられるな。」

「へ……師父を知っているのですか?」

「スコールのことも知っていて当然、か……」

「“剣仙”とは一度だけ手合わせしたことがあってな……上手く引き分けに持ち込まされた感じだな。“影の霹靂”にはよく稽古をつけていたことがあった。尤も、“光の剣匠”という存在がいれば、アイツの剣術は大成するだろう。傍目で見させてもらっていたが……特に、其処の少年は昔の俺よりも強い。(この感じ……もしや、“蒼の深淵(あの女)”がいっていた『起動者』という類の人間か?)」

リィンとサラの言葉に答えを返しつつ、リィンの中に眠る力の波長にレーヴェはかつて第二柱が言っていた言葉を思い返していた。

 

「そういえば……どうしてレーヴェはここにいたの?まさか、この魔法陣みたいなのが“輝く環”ってことはないわよね?」

「いや、これは単なる光学術式だ。『根源区画』より送られた力を“奇蹟”に変換するためのな……」

「!!!」

「『根源区画』……そこに“輝く環”があるんだね?」

レーヴェの言葉にエステルは驚き、ヨシュアは静かに尋ねた。

 

「ああ……。この『中枢塔(アクシスピラー)』はいわば、“環”の力を都市全域に伝えるためのアンテナ兼トランスミッターにあたる。その直接的な影響範囲はおよそ半径1000セルジュ。端末である“ゴスペル”を中継すればリベールはおろか、大陸全土にも影響を及ぼすことができるそうだ。」

これまでの『ゴスペル』による異変を考えれば、出来なくもない話である。端末同士で“輝く環”の能力を中継してしまえば、その効力は更に拡大することであろう。

 

「と、とんでもないわね……。それじゃあ、異変を止めるには『根源区画』にある“輝く環”をどうにかする必要があるのよね?」

「そういうことだ。だが、“環”はそう簡単にどうにかできる代物ではない。アーティファクトの一種らしいが、自律的に思考する機能を備え、異物や敵対者を容赦なく排除する。1200年前、“環”を異次元に封印したリベール王家の始祖もさぞかし苦労させられたそうだ。そしてお前たちは、その苦労に加えて“白面”も相手にしなくてはならない。」

エステルに尋ねられたレーヴェは静かな表情で警告した。

 

「!!」

「……当然、そうなるだろうね。でも、レーヴェが協力してくれたら教授にだって対抗できる気がする。」

「こいつめ……。俺が付いて来るのを当然のようにアテにしてるな?」

「へへ……」

苦笑したレーヴェに見つめられ、ヨシュアが口元に笑みを浮かべたその時…………

 

 

『フフ……仲直りしたようで結構だ。しかし少々、打ち解けすぎではないかな?』

 

 

「ガッ……」

聞こえてきた声……その声の主であるワイスマンが杖から電撃を放って、レーヴェに命中させた。レーヴェは吹っ飛ばされて地面に倒れた。

 

「あ……」

「レーヴェ……!」

それを見たエステルは呆け、ヨシュアはレーヴェに駆け寄った。

 

「フフ……ご機嫌よう。見事、試練を乗り越えてここまで辿り着いたようだが……。こういうルール違反は感心しないな。」

「な、なにがルール違反よ!あたしたちは正々堂々と執行者たちと戦ったわ!そしてヨシュアは……レーヴェとの勝負に勝った!変な言いがかりを付けてるんじゃないわよ!」

ワイスマンの言葉にエステルは怒りの表情で怒鳴った。だが、それを鼻にかけることもなく、ワイスマンは話を続けた。

 

「フフ、まだまだ今回の計画の主旨に気付いてないようだね。結社に属する者は皆、それぞれ何らかの形で『盟主』から力を授かっている。そのような存在が君たちに協力してしまったら、正確な“実験”は期待できないだろう?」

秘匿していたこととはいえ、“輝く環”の存在に目が行ってしまい、この計画の本質を知らないエステルらにしてみれば、突拍子もない言葉であるのには違いなかった。今回の計画はいわば“序章”。今までに築き上げてきた月日の努力……いや、この場合は努力と言うよりも、実験の“成果”の積み重ねを邪魔されるのはワイスマンとて不本意であった。なので、予定は少し狂ったが、こうしてエステルらのもとに出向いたということのようだ。

 

「じ、実験……?」

「……まさか……。僕たちがここに来たことすら計画の一部だったというのか!?」

ワイスマンの話を聞いたエステルは呆け、ヨシュアはワイスマンを睨んで言った。

 

「フフ……幾分、私の趣味は入っているがね。少なくとも計画の主旨の半分を占めているのは間違いない。」

「“福音計画”………“輝く環”を手に入れるだけの計画ではなかったんですか………」

その実験自体に、『執行者』は利用される側でしかない、とでも言いたげなワイスマンの言葉を聞いたクローゼは、真剣な表情でワイスマンを見て言った。

 

「クク……全ては『盟主』の意図によるもの。その意味では、ヨシュア。君も実験の精度を狂わす要素だ。非常に申し訳ないが……そろそろ“私の人形”に戻ってもらうよ。」

「!!!」

ワイスマンの言葉にヨシュアが驚いたその時、ワイスマンは指を鳴らした。するとヨシュアの肩に描かれてある『結社』の刺青が反応した。

 

「ぐっ……!」

「ヨシュア!?」

呻いているヨシュアを見たエステルが心配そうな表情で叫んだその時、

 

「………」

ヨシュアはその場から消え、エステル達と対峙するように双剣を構えた状態でワイスマンの傍にいた。

 

「!!!」

「そ、そんな………」

「野郎…………!」

「ヨシュア………!」

「成程、やってくれるじゃない……」

何の感情もないヨシュアの瞳を見たエステルとクローゼは表情を青褪めさせ、アガットとリィン、サラは怒りの表情でワイスマンを睨んだ。

 

「ヨシュア……嘘だよね……。ねえ……こっちに戻って来てよ……」

「………」

悲痛そうな表情で尋ねるエステルの言葉にヨシュアは何も返さず、感情のない目でエステルを睨んでいた。

 

「お願いだから……そんな目をしないでよおおっ!」

「フフ、無駄なことは止めたまえ。かつて私は、壊れたヨシュアの心を修復するために“絶対暗示”による術式を組み込んだ。その時に刻んだ『聖痕(スティグマ)』がいまだ彼の深層意識に眠っていてね。その影響力は大きく、働きかければたやすく身体制御を奪い取ってしまう。」

悲痛そうな表情で叫んだエステルを見たワイスマンは凶悪な笑みを浮かべて説明した。一から心を組み立てるために……それと同時に、自分を裏切らない保険のために……ワイスマンは『聖痕』をヨシュアに埋め込んだのだ。

 

「……そんな…………」

「ああ、ちなみにヨシュアの肩にある紋章は刺青ではなくてね。私が埋め込んだ『聖痕』に対するヨシュアのイメージが現出したものだ。フフ……記憶が戻ったのと同時に現れたから彼もさぞかし不安に思っただろうね。」

ワイスマンにしてみれば、ヨシュアをただで解放するなど勿体ないと言いたいのだろう……恐らくは、ヨシュアもそのイメージの現出による恐怖も、エステルのもとを去った一要因であると……エステルはその考えに行きつき、エステルは手に握る力を強めた。

 

「………嘘、だったんだ。ヨシュアを散々苦しめた挙句に自由にしてやるって言っておいて……。それすらも……嘘だったんだ……」

「別に嘘は言っていないさ。君と共にヨシュアがこんな所まで来さえしなければ私もここまでしなかっただろう。クク……全ては君たちが選んだ道というわけだ。……それに君達のお蔭で“方舟”が奪われた。彼ぐらいは返してもらわないとねえ?」

エステルが呟いた言葉を聞いたワイスマンは凶悪な笑みを浮かべてエステル達を見て言った。

 

(ヨシュアのことは解るが、あのデッカイ『舟』が奪われたって……どういうこった?)

(奪われた……?何か聞いてる?)

(いえ、俺は何も……そういえば、ここに来るとき、『方舟』がなくなっていたことには驚きましたが……)

(私も解りませんね。)

その言葉にエステルを除く面々はワイスマンの言葉に首を傾げていた。まぁ、知らなくて当然だろう……何せ、グロリアスの行方を知るのは『エステル達には知り得ない』ことなのだから。

 

「っ……ふざけんじゃないわよ!あんたなんかにあたしたちの歩いてきた道をとやかく言われたくなんかない!ヨシュアを操ったからって今更へこんだりするもんですか!あんたなんかぶっ飛ばして絶対にヨシュアを取り戻すんだから!」

「フフ……そう来なくては。だが、私もこれから外せない大切な用事があってね。『根源区画』で待っているから、是非とも訪ねてきてくれたまえ。」

エステルの怒鳴りの言葉を聞いたワイスマンは凶悪な笑みを浮かべて答えた後、ヨシュアと共にその場から消えた。

 

「ああっ……!」

「ヨシュアさん……!」

「……さすがにピンチですね。」

「……どうすれば、“根源区画”って所に行けるんだ?」

ワイスマンとヨシュアが消えるのを見たエステルとクローゼは悲痛そうな表情をし、リィンとアガットは真剣な表情で考え込んだその時

 

「……奥にある……大型エレベーターを使え……」

倒れているレーヴェが苦しそうに言った。

 

「レーヴェ……!よかった、無事だったんだ!奥にあるエレベーターって……」

「まさか……あの大きなプレート!?」

レーヴェの言葉に気がついたエステルは安堵の溜息を吐いた後、尋ねようとしたその時、何かに気付いたクローゼが声を上げた。

 

「“環”が眠る『根源区画』に…………降りることができるはずだ……。急げ……もう時間がない……」

「わ、分かった!」

レーヴェの言葉を聞いたエステル達はエレベーターに向かおうとしたが、数体の巨大な機械人形達と、同じく数体の巨大な翼を持った更に大型の人形兵器が現れて行く手を阻んだ。

 

「これは……レーヴェが乗っていた……!」

「それに巨大な人形兵器もいます……!」

新たな敵の存在にリィンは真剣な表情を浮かべ、クローゼは警戒した表情で言った。

 

「“トロイメライ=ドラギオン”……。ワイスマンめ……俺の機体以外にも用意していたのか……しかも俺も知らない巨大兵器も用意していたとは………」

それを見たレーヴェは悔しそうな表情で呟いた。そして敵達は攻撃の構えをした。

 

「チッ、さすがに簡単に通してくれなさそうね………」

「くっ………何とかして切り抜けないと………」

敵達の様子を見たサラは油断なく剣と銃を構えた状態で周りを見回して呟き、エステルが言ったその時、

 

「―――いや、ここは我々が引き受けよう。」

なんとユリア率いるアルセイユの仲間達、そしてカプア一家のジョゼット、キール、ドルン。さらに、

 

「かなりのデカブツだな、これ……」

「いや、もう少し焦ろうよ……」

「アスベルに、シルフィたちまで!」

アスベルやシルフィアらの“転生者”の面々もその場に姿を見せた。

 

「アルセイユのほうは無事が確認できてね……とりあえず、動ける面々で此方に来た。」

「わしはオマケじゃが……こりゃ、凄い所にきたのう!」

エステル達の疑問にユリアは答え、博士は周りの機械人形を見て、感心していた。

 

「フフン、言っとくけどボクたちも忘れないでよね!」

「ま、山猫号の修理もそろそろ終わる頃合いだからな。」

「お前さんたちの様子をちょいと見に来たってわけさ。」

そしてジョゼット、キール、ドルンも事情を説明した。

 

「あの馬鹿な弟に一発でも食らわせて、引き戻して来い。全員無事で、生きて帰ってこいよ。」

「アスベル……それに、みんな……ありがと!」

アスベルの激励の言葉にエステルは表情を明るくしてお礼を言った。

 

「行け……!エステル・ブライト……!……その輝きをもってヨシュアを取り戻すがいい……!」

「……うんっ!!」

そして、レーヴェの言葉にエステルは力強く頷いた。

仲間達が戦闘をしている隙にエステル、リィン、クローゼ、サラ……そして、アガットの代わりにスコールとレイア、ケビンの七人がエレベーターに乗って、下に向かった。下に向かっている最中、屋上でも現れた不明の大型機械人形が襲い掛かって来たが、

 

「はあっ!!」

「ふっ!!」

レイアがその人形を吹き飛ばし、スコールと共にエレベーターから飛んで、その人形兵器に追撃をかけた。

 

「レイア!?スコールまで!?」

「エステル……ヨシュアと対峙するかもしれないけれど、ヨシュアをぶっ飛ばしてでも正気に戻してあげて!」

「駄目なら、ワイスマンをフッ飛ばせばいい!!エステルなら……できるよな?」

「……うん、そうね。やってみる!」

『(出来ないって言えないあたりが……)』

二人の言葉にリィン、サラ、クローゼ、ケビンの四人は冷や汗を流した。何せ、見た状況が若干異なるとはいえ、『前例』を目の当たりにしているだけにヨシュアもそうだが、彼を操っているワイスマンは果たして無事にいられるであろうか……その懸念を口にしたのは、この場に……いや、リベル=アークにいない一人の人間だった。

 

 

~ハーケン門 屋上~

 

「恐らくですが……ワイスマンはうちの娘にボコボコにされるでしょう。」

「その根拠は?」

「一年前、俺が面倒をみていたアガットとうちの娘が手合わせをしていたのですが……バカにされた娘は、一方的な試合展開を……正直、レナが審判の補佐をしていなかったら、軽いけがやトラウマと言うレベルでは済まなかったでしょう。」

その根拠を述べたのは父親のカシウス・ブライト。問いかけられたモルガンの質問に、そう答えつつため息を吐いた。レナと話をした後、状況確認のためにハーケン門を訪れていたのだ。

 

「あの調子だと、例え神だろうと恐れずに立ち向かっていく気がします……」

「何を言うか。二十年前に竜に挑んだというお前さんが言えた台詞ではないのではないか?」

「………返す言葉もありません。」

親も親なら子も子……モルガンが突き付けた『血は争えない』という現実に、カシウスは頭を抱えたくなった。それはひとまず置いて、状況の確認をする。

 

「帝国軍にあれから動きは?」

「パルムからの報告からでは今のところ動いていない。国境付近からは、師団が集まりつつある情報を既に受け取っている……<鉄血宰相>の方は?」

「彼絡みか解りませんが、一つ報告が。将軍から受けた『帝国からの来訪者』ですが……どうやら、過去に王立学園に在籍していた人間。そして、宰相肝煎りの<情報局>絡みの人間である可能性が高いかと。」

時期的には帝国軍の第三機甲師団が国境を通過し、ハーケン門で対峙……そして、オリヴァルト皇子が『アルセイユ』でリベル=アークに向かった時期にこの門を通過した。

 

この時期の来訪者はいわば“不自然”そのものであり、自治州北の国境師団から連絡を貰ったモルガンはクロノに相談し……カシウスにその旨を報告した。それを聞いたカシウスは一つの可能性を示唆した。その可能性通り、彼の姿が写った写真を見たコリンズ学園長がその人物の名を語り、カシウスは遊撃士として関わった『あの事件』のことを思い出し、その際に知った一つの出来事から全てを見抜く形で結論付けた。

 

 

―――<鉄血宰相>ギリアス・オズボーン……彼の存在を。

 

 

「それは、お前が関わった『例の事件』絡みか?」

「恐らくは。“尖兵(ジェネラル)”ラグナ・シルベスティーレ、“漆黒の輝耀(ダークネス・スター)”リーゼロッテ・ハーティリー、“水の叡智(アクアノーレッジ)”リノア・リーヴェルト……あの三名が、その人物と同じ『立場』にいたことから解ったことではあるのですが。」

レクター・アランドール……帝国政府第二書記官にして帝国軍情報局特務大尉。その詳しい経緯は同僚でもある彼等にも不明だが、彼は『鉄血の子供達(アイアンブリード)』―――鉄血宰相の子飼いの部下たちであり、その有能さでオズボーン宰相をサポートしているらしい。レクターの異名は“かかし男(スケアクロウ)”……非公式の会談や交渉をほぼ成功させてきた曲者である。

 

「<鉄血宰相>の……すると、彼がこの国を訪れる可能性は?」

それを聞いたモルガンは一つの可能性を連想し、カシウスに尋ねると……彼は真剣な表情を浮かべて答えた。

 

「大いにあるでしょう。こちらはいわば帝国から見れば『戦勝国』……悪く言えば『敵国』です。釘を刺すために自治州の市長や女王陛下を非公式で訪問する可能性は大いにあるかと……『黄金の軍馬』の大国は未だ健在という無言の圧力を以て。」

単純な人的資源の差から言えば、帝国軍は未だに健在。寧ろ、その勢力はさらに拡大している可能性すらある。リシャールからの情報では、軍事費を拡大して大量の戦車を準備しているとのこと……膨大な鉄鉱石の産出を誇るザクセン鉄鉱山と皇帝からの信頼が篤いオズボーン宰相だからこそできるやり方に、頭を悩ませる要因だということは当のカシウスも解っていた。

 

「ともかく、これ以上隙を見せなければ問題は無いでしょう。その辺りも、彼らに相談しておきますが。」

「フッ……立役者であり、命の恩人には頭が上がらんようだな。」

「……彼等にしてみれば、大したことなどしてないと片づけられそうですがね。」

そう言葉を交わしたカシウスとモルガンは、門の北側に広がる平原を見つめていた。

 

 




レイアとスコールですが……FF・テイルズ・無双シリーズといった『滝から落ちている間も戦い続ける』感じをイメージしてください。

そして次回ですが……原作とはまるっきり変わります。

だって、ねえ……(遠い目)


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第138話 10年越しの邂逅

 

~アクシスピラー 屋上~

 

エステル達を先に行かせるために留まったメンバー。その中、対峙している敵の一体が突如光を放つ。

 

「なっ!?」

「全員、伏せろ!!」

それに驚く間もなく、其処にいた面々を飲み込み……塔の上に、四輪の塔の時のような結界で覆われるかの如く光で包まれ……その光が収まった時には、その場にいたはずの『全員』がいなくなっていた。

 

 

~???~

 

アスベルが目を開けると……目の前に映ったのは、闘技場(コロッセオ)……足に伝わる感覚からすると、どうやら異空間であることには違いなかった。

 

(“影の国(ファンタズマ)”から考えれば在り得なくもないが……“原作”に無かったことから考えると……俺の“至宝”に反応した可能性は……高いか。)

七の至宝(セプトテリオン)”同士の干渉の度合いはよく解らないし、そもそも知識に無い以上はどうしようもないが……外敵を排除しようとした過程で“至宝”の存在に“輝く環”が反応したとなれば、ある程度の辻褄は通る。そして、『サブシステム』からこの空間を生み出し、排除を試みているとみていいだろう。そう思いつつ辺りを見渡すと、近くには倒れているアッシュブロンドの髪を持つ青年と……そして、図らずも“変装”が解けた女性の存在だった。ともかく、レーヴェを回復させることにした。

 

「……ティアラル」

「う………アスベル・フォストレイト、か。お前に助けられるとは……俺も腕が落ちたものだ。」

「よく言うよ、パッと見で“修羅”に至ってる覇気を出してるのに……さて、そちらも目が覚めたようだな。」

意識を回復したレーヴェはアスベルの姿を見て事情を察し、苦笑を浮かべた。『執行者』が『星杯騎士』に助けられるというのは、少々苦いことだけに尚更であった。それには『そうだ』とでも言いたげに頷き、うつ伏せに倒れていた女性が起き上がった。その女性を見たレーヴェは驚きの表情を浮かべた。

 

「……なっ……馬鹿な……」

「う~ん……って、あれ!?私、変装が解けて……って、レーヴェ!?」

「カリン……本当に、カリンなのか?」

コレット……いや、カリンは自らの姿を見て変装の法術が解けていることに気づき、一方のレーヴェは恐る恐るながらも、カリンに問いかけた。その光景にアスベルは頭を抱えていることにも気づかずに。

 

「……ええ。私は正真正銘、カリン・アストレイよ。尤も、守られる存在ではなく……支える存在へと変わったの。」

「星杯騎士……アスベル・フォストレイト。お前は、何か知っているのか?」

「……ここから先は秘匿しておけよ。彼女は『守護騎士』第六位“山吹の神淵”の位階を持つ者。ハーメルでの事件をきっかけに、彼女に『聖痕』が刻まれた。」

そう言って、アスベルは説明した。ハーメルでの一件で、その場にいたシルフィアが助けたこと。ハーメルにいた人間は、レーヴェとヨシュアを除いて全員救出したこと。尤も、それから十年も経っているため、何人かは老衰で死んでいるが……そして、彼等はその身元を隠して生活を送っていることも。

 

「………」

「全てを助ければ、第2、第3のハーメルを生む可能性があった。そのために、お前やヨシュアには辛い思いをさせてしまった。」

「いや、それは俺にも解った……確かに、俺やヨシュアを助ければ、成功の確認もできない……俺はむしろ、この力を得たことに初めて喜びの感情を抱いた。そう考えると、『身喰らう蛇』に身を投じたことは……決して無駄とは言えないな。ヨシュアやカリンを守れるだけの力を得たのだから。」

「もう、レーヴェったら……」

アスベルの説明にレーヴェは頷き、カリンは苦笑を浮かべた。結果はどうあれ、レーヴェもカリンも……そして、ヨシュアも自らを守るだけの実力を身に付けることができた。教授に操られることとなったヨシュアの事は気になるものの、カリンはアスベルに気になることを尋ねた。

 

「そういえば、アスベル。ここは、どこなのでしょうか?」

「異空間……そう考えれば辻褄は合います。“輝く環(オーリオール)”が“空間”を司る空属性の至宝……空の女神(エイドス)が自ら与えた“奇蹟”とすれば、それぐらいは造作もないことかと。」

「ともすれば……どうやら、俺達を止める相手がお目見えのようだ。」

すると、近寄ってくる気配を感じ、アスベルは太刀を抜き、レーヴェも剣を構え、カリンも法剣を構えた。そこに姿を見せたのは、先程光を放った人形兵器であった。だが、その人形が放っている力の雰囲気に違和感を覚えた。

 

「(まさか……)カリンさん、先に仕掛けてみてください。レーヴェ、“剣帝”の実力見せてもらう。」

「先日まで敵対していた人間にそう言われるとは……“紫炎の剣聖”の実力、見せてもらおう。」

「やれやれ……解りました。援護をお願いします!」

その決意を読み取ったのか……敵は戦闘態勢に入った。

 

「七耀教会星杯騎士団所属、『守護騎士』第三位“京紫の瞬光”アスベル・フォストレイト……行くぞ!!」

「元『身喰らう蛇』が『執行者』……No.Ⅱ“剣帝”レオンハルト・メルティヴェルス……新たな決意と共に、参る!」

「『守護騎士』第六位“山吹の神淵”カリン・アストレイ……参ります!!」

『百日戦役』でかつて悲劇があった。ハーメル村と言う小さな村が……それを全て覆した人間と、故郷を追われた人間……その村に関わる人間が揃い、その先に見据える未来のために、ここに集いて敵を討つ。

 

「行きます……はあっ!!」

カリンが最初に仕掛け、人形兵器に攻撃を加えた。その攻撃でよろけて装甲に傷が入るも……その傷に光が集まり、瞬時に回復したかと思うと、敵はビームを放ってカリンに襲い掛かるが、

 

「カリンは殺させない……はああっ!!」

レーヴェが『鬼炎斬』で割り込みをかけ、剣撃の衝撃波とビームの嵐を何とか相殺する。レーヴェはすぐさま『分け身』を使い、四方向から剣撃の嵐を浴びせるが、それすらも超常的な回復力を以て回復し……レーヴェがいったん下がると、そこにいたのは『戦闘前』の状態の敵と何ら変わりなかったのだ。

 

「ならば、シルバーソーン!」

「アルテアカノン!」

「イグナプロジオン!!」

三人は一斉にアーツを放つが……煙が晴れた後の敵は完全に無傷であった。

 

「そんな……!」

「これは、まさか“輝く環”の力を受けているというのか……アスベル、先にカリンに仕掛けさせたのは……」

「可能性はありました。何せ、都市の中とはいえ“輝く環”が防衛機構を備えていないという保証などない。外の“導力停止”の防衛機構は十全でも、内の“防衛”自体に何も処置をしていないとは思えなかったんです。」

ただ、この事態は当のワイスマンですら予見していなかった可能性がある。何故ならば、その機能を備えていた機体を作れたのならば、全機に搭載してもおかしくなかった。だが、そうではないと考えると、この事態は“異常”。それも、あの“輝く環”は総長の懸念通りになりうる可能性が一気に高まってしまったのだ。

 

そして、至宝の力の供給を受けた人形兵器……その耐久力はほぼ無限。これには、カリンはおろかレーヴェも苦い表情を浮かべていた。となると、手段は少ない……アスベルは意を決して、二人の前に出る。

 

「……ラ・フォルテ」

彼は攻撃力を上げるアーツを全体に掛け、そして言葉を紡ぐ。

 

―――我が深淵にて煌く紫碧の刻印よ。我が魂の炎を顕現し、我が力となれ。

 

アスベルの背中に輝く紫碧の刻印。そして、彼の周りに深紅の炎が立ち上る。

 

「アスベル!?」

「その力は……(何だ、この力の波動は……)」

「二人とも、俺がアレから至宝の力を何とか切り離します。その後、一斉に仕掛けてください。」

それを見たカリンとレーヴェは驚きを隠せずにいた。だが、アスベルはそれを気にすることもなく、二人にそう言い放って、太刀を構えた。彼の決意に呼応するかのように炎は立ち上り、その炎は紫色の炎へと変わる。

 

「いきます……クレセントミラー!」

「解った……アースガード!!」

彼の言葉を信じ、二人もアーツをかけて準備を整え、剣を構えた。それを見た人形兵器は砲撃形態をとり、三人を照準に定め、その砲口から光の奔流が三人を襲う。だが、それを受け止めたのはアスベルの炎であった。それに対して辛そうな表情を浮かべつつ、アスベルは意を決して太刀を握るその手に力を込めた。

 

「女神の奇蹟の一端……その身に受けよ、聖なる焔……断ち斬れ、極光!」

その太刀で光の奔流を切り払い、アスベルは高く飛び上がる。そして、その炎は太刀に収束し、一筋の光となりて、敵に襲い掛かる。

 

「天覇、神雷断!!」

アスベルのSクラフト『天覇神雷断』により、人形兵器は大ダメージを受け、先程と同じように回復しようとするが、回復しきれずに各部から火花が上がる。それを見た二人も、追撃となる一撃を繰り出す。

 

「我が深淵にて煌く琥珀の刻印よ……大いなる刃となりて我が剣に集え!」

カリンの背中に顕現する琥珀色の<聖痕>。そして、溢れ出す力が上に掲げた法剣に集い、巨大な一振りの刃となる。そして、それを構え、振るう。

 

「斬り裂け……エンジェルハイロゥ!!」

そして、法剣の飛び交う刃はまるで天使の輪の如く敵を容赦なく襲い、切り刻む……カリンのSクラフト『エンジェルハイロゥ』による追撃を見たレーヴェも剣を構え、闘気を高める。

 

「フ………我が“剣帝”の一撃……その身に刻むがいい。」

闘気と共に、レーヴェの持つ『ケルンバイター』に銀色の炎が顕現する。それに対して色々思うところはあるが、レーヴェは真剣な表情をして敵に向かって行く。

 

「轟炎、冥皇斬!!」

そして振るわれた横薙ぎの刃―――レーヴェのSクラフト『轟炎冥皇斬』を編み出し、敵を飲み込み……大爆発を起こして消滅した。それを見たカリンとレーヴェはため息を吐いた。

 

「フッ……流石に買いかぶりとまではいかないが……大丈夫か?」

「ええ……って、アスベル!?」

「なっ……」

互いに無事を確認すると笑みを零した……だが、倒れているアスベルを見つけ、二人は駆け寄った。カリンが抱き起すと、それに気づいたのかアスベルの目が開かれる。

 

「……あ……はは、すみません。」

「もう……シルフィアさんが心配しますよ。」

それで大方の事情を察したアスベルは苦笑を浮かべ、カリンはため息が出そうな表情でアスベルを支え、回復魔法をかけていた。

 

「どうやら、先程の力はお前ですら躊躇う力のようだな。」

「……まあ、そういうことにしておいてください。」

俺の中に眠る『天壌の劫火(アラストール)』……いくら俺でも、その力を無制限に解放するのは厳しい。他の守護騎士にも言える言葉ではあるが、古代遺物や<聖痕>を無制限に解放するのは人の身である以上厳しいのだ。とりわけ俺やシルフィにはその力の反動が凄まじく、余程の事態でない限り、古代遺物の力を解放しないと決めている。実を言うと、俺とシルフィの<聖痕>の覚醒方法が他と異なるため、ケビンや軽い口調の“翠銀の孤狼”や“第九位”には無い能力を備えているのだが、その力は今後の切り札として伏せておくことにする。次第に落ち着いて来たのか……アスベルはゆっくりと立ち上がった。

すると、周囲の風景が変わり……一足先にアスベル、レーヴェ、カリンの三人は屋上に戻ったが、他の面々は姿が見えなかった。

 

「戻ってきたのはいいが……」

「どうしましょうか……」

「……俺らだけで、先行しよう。あの“教授”が何もしないとは思えないからな。」

「はぁ……解った。(流石にさっきの戦闘で全力は出せないが……)まあ、頑張るさ。」

「ですね……でも、エレベーターは下りたままなのですが……」

「そう思っていた……」

レーヴェはアルセイユを襲おうとした時に乗っていた『トロイメライ=ドラギオン』を呼び出し、レーヴェとカリン、アスベルはそれに乗った。

 

「というか、何か空気読まなくて済まない。」

「あの、言いたいことは解りますが、この場で謝られても困りますよ……」

「全くだ……ともかく、急ぐぞ。」

(ヨシュアとは違って鋭いな……となると、あの鈍感さは“教授”と“剣聖”のせいだな。)

カリンとレーヴェの答えにアスベルがそう思った頃、その二人がくしゃみをしたのは言うまでもない。そんなやりとりを交わした後、三人を乗せた『トロイメライ=ドラギオン』は『根源区画』へと急いだ。

 

その縦穴を進むと、あちらこちらに傷やら穴が開いており……それを不思議に思った三人であったが、その答えは更に下りたところで判明した。この一角にめり込んだ人形兵器らしき残骸。その被害状況と凹み具合を確認したアスベルはその張本人に心当たりがあり、その下を見やると……予想通りの人物が穴の窪みで休んでいた。

 

「あ、アスベル。って、レーヴェにアストレイ卿!?正体バラしちゃったんですか!?」

「ばれたというより、不可抗力的なものだけどね……でも、大丈夫よレイア。」

その一人である少女―――レイアの言葉にカリンは笑みを零しつつ言葉を返した。それを聞いて事情を察したスコールはため息を吐いた。

 

「その物言いと言うか……守護騎士と執行者がこうしてここにいること自体、『おかしい』だろうが……」

「それを言ったらキリがない……」

「だな……」

敵対している組織の人間同士がこうして談笑しているのはおかしいかもしれないが……純粋に『悪』とも言えない以上、こういう関係も一つの“絆”なのだろう。それはともかく、この縦穴の惨状を見てアスベルは、

 

「とりあえず、上司として一言。自重しろよ。」

「………はい、ご主人様。」

『ご主人様!?』

レイアの言葉にまた騒動が起きる羽目となり、アスベルはため息を吐きながらもレイアにデコピンをかまし、三人に対して事情の説明をするのに精神を使う羽目となったのであった。

 

「どういうことなんだ?」

「その原因というか……参号機、女性の騎士しかいないからね。」

「俺は男も入れてくれって頼んだし、スカウトしようともしたんだが……総長の奴、何を思ったのか女性しか送り込んでこないんだよ。」

アスベルが管轄する参号機の搭乗員は現在……正騎士はレイアを含めて二人、従騎士は五人……何故か全員女性。しかも、そのいずれもが美人、美少女+スタイルのいい人間ばかり送り込んでくるのだ。流石に手は出してない。そこまで飢えていないというのもあるのだが、それをしたら人として負けのような気がするため……であった。既にパートナーを三人抱えているアスベルが言えた台詞ではない……というのも解ってはいる。搭乗員が自分に対して尊敬と言うか絶対服従のような感情を向けていることも知っている……だが、

 

「総長の奴、『英雄色を好む、ということから……お前の艦に預けるのが適任だ』とか言われたが……本気でぶっ飛ばしたい……」

「………アスベルさん、頑張ってください。」

ハッキリ言う。そんなことして支障が出るのもゴメンだし、なにより修羅場はこちらから願い下げである。今度出会ったら、『ソロモンの悪魔大全集催眠学習の刑』に処してやると思いつつ、アスベルはこの事態を収拾し、先を急ぐことにした。

 

 




総文字数 1,000,000字……そんなになるのかー(棒)

ということで、アスベルに一定の制限がかかります。
解りやすく言えば、エステル達のLv+50程度にパワーダウンします。

碧Evoの特典画像を見ましたが……エリィとリーシャ関連は……うん(納得の表情)

あと、閃Ⅱの特典を見て………ま、いっかw(オイッ!!)
この作品ではジェスター猟兵団は完全に消滅しております。ご了承ください。


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第139話 人の『絆』の可能性

~根源区画~

 

「ようこそ……大いなる秘蹟の源たる場所へ。」

エステル達が奥に到着するとそこにはワイスマンとヨシュアがいた。

 

「ヨシュア……!」

「………」

エステルの呼びかけにヨシュアは何も答えず黙っていた。ワイスマンは彼等を待ち侘びていたかのように言葉を発した。

 

「フフ、最後の試練も何とか潜り抜けたようだね。それでこそ“環”の復活に立ち会う資格があるというものだ。」

「そんなものに興味はないわ!あたしが望むのは今回の異変を終わらせること!それと……あんたがヨシュアを解放することよ!」

“輝く環”のことも気にならないと言えば嘘になってしまうが、今のエステルにとって最も大事なのはヨシュアを取り戻すこと。だが、ワイスマンは、それは『叶わぬ相談』とでも言いたげに凶悪な笑みを浮かべ、言い放った。

 

「フフ……残念だが、それは無理だな。」

「!!!」

「君たちが幾ら取り繕ってもヨシュアの心が造り物であるのは否定できない事実なのだ。この肩の『聖痕』がその証……“身喰らう蛇”の―――私の所有物である証明なのだよ。」

『聖痕』を埋め込んだのは、他でもないワイスマン自身。彼の心を生み出した人間であり、ひいては彼の“創造主”とでも言いたげな表情を浮かべていた。

 

「……あんた………………」

「フフ、あるいはヨシュアが自分の意志で『聖痕』を消せたら真の解放もありえたのだが……残念ながら今回は、そこまでは至らなかったようだ。唯一の気がかりは“彼女達”がこの『聖痕』を消す恐れもあったのだったが……ヨシュアはその可能性がある事に気付かなかったようだからね。今しばらく私の研究素材として在り続けてもらうことにしよう。」

ワイスマンの気がかりは、この国にいるであろう第七位“銀隼の射手”の存在であった。彼女がヨシュアと接触し、ヨシュアがその可能性に至れば……ということも考えたが、どうやらワイスマンの杞憂に終わった。これは、ワイスマンにしてみれば“嬉しい誤算”ともとれる事象であったようで、その笑みには計画が無事進んでいることへの喜びが溢れているように感じられた。

 

「…………」

「……なんて人……」

「この人は……」

「……悪趣味極まりないわね。」

「………」

その話を聞いたエステル達はそれぞれワイスマンを睨んだ。だが、それに対してワイスマンは呆れた表情を浮かべて、エステル達に衝撃を与えるような言葉を言い放つ。

 

「やれやれ、人聞きが悪いな。おそらくヨシュアは、肩にある『聖痕』の意味に気付いていたに違いない。そして、この事態が起こり得ると予想して悩んでいたことだろう。にもかかわらず、彼は君達に一言も相談しなかったようだ。そして君達もまた彼の悩みを察してやれなかった。クク、ヨシュアが君達に相談し、“彼女達”に助けを求めれば『聖痕』を消す事もできたというのに。クク……君たちの『絆』などその程度ということではないかね?」

「…………ッ………」

「……………あ……」

「…………チッ……」

「………」

そしてワイスマンの言葉に全員は黙ってしまった。

 

「まあ、そう悲観することはない。ここに辿り着けた時点で君たちには資格が与えられた。後は正しい選択をするだけだ。」

「……資格……選択……。それって……どういうことなの?」

「フフ、君たちはどの程度知っているのかな?―――この“輝く環”を巡って1200年前に何が起きたのかを……」

「あ……」

「やはりそれが“輝く環”……」

ワイスマンの言葉を聞いたエステルはワイスマンの背後にある金色の輪に気付いて声をあげ、クローゼは真剣な表情で呟いた。

 

「その通り……。無限の力を生み出し、奇蹟へと変換することのできる究極のアーティファクトの1つだ!しかし、古代人は1200年前、この大いなる至宝を封じてしまった!一体、どうしてだと思う?」

「く、詳しいことは分からないけど……。人や社会の在り方が悪い方向に変化したからだって裏の塔の記録には残されていたわ。」

「ほう、あれを解析したのか。フフ……ならば話は早い。その真相を君たちに教授しよう。」

エステルの話を聞いたワイスマンは感心した後、説明を始めた。

 

「―――数千年前。女神は人に『七の至宝』を授けた。それらは『世界の可能性』をそれぞれ異なる方法で利用することで奇蹟を起こすアーティファクトだった。そして至宝ごとに七派に分かれた古代人たちは様々な形で『理想』を追い求めた。その一つこそが、“輝く環”を中心に建造されたこの実験都市、『リベル=アーク』だ。汎用端末の『ゴスペル』を通じてあらゆる願いが“環”に叶えられる人の手によって築かれた空の楽園……。そこで人は、一切の争いのない豊かな生活を享受できるはずだった。」

 

しかし、人は『ゴスペル』を通じて“輝く環”がもたらす人工的な幸福に次第に魂を呑み込まれていった。物質的快楽はもちろん、“環”が構築する夢―――仮想現実に精神的な充足すら見出してしまったのだ。……そして人は麻薬のように奇蹟に依存することで破滅への道を歩き始めてしまった。

 

倫理と向上心を失い、精神的に失調してゆく市民たち……出生率が低下する一方、自殺・異常犯罪は増加し続け、社会全体が緩慢な死に向かい始めた。しかし“環”は我関せず、求められるまま奇蹟を与えてしまう。そうして空に築かれた楽園は、虚ろで醜悪な培養槽と化していった。

 

「リベール王家の始祖たちが“環”を封印する計画を立てたのはそうした背景があってのことだ。“環”が妨害のために放った“守護者”に苦しめられながらも封印区画とデバイスタワーを建造し……そして遂に、“環”は浮遊都市ごと異次元に封印されることとなった。」

『奇蹟』に翻弄され続けた人々……もはや人としての存在を奪われる状況にまで浸食してしまった『リベル=アーク』……事態を重く見たリベール王家の始祖たちが封印した経緯……それらを一通り説明した。

 

「それが……1200年前に起こった事……」

「まさか………そんな事があったなんて………」

「……とんでもない話やな。」

ワイスマンの説明を聞き終えたリィンは真剣な表情を浮かべ、クローゼとケビンは信じられない表情をした。

 

「確かに、王家の始祖たちは良くやったと言ってもいいだろう。―――しかし、考えてもみたまえ。その代償として、人は混沌の大地へと放り出され一からやり直すことになったのだ。そして今も、覇権を巡って飽くなき闘争を繰り返している……。果たしてそれは正しい選択だったのだろうか?」

「………それは………」

「そして一方で人はオーブメントという技術を手に入れ、再び豊かな生活を享受し始めている。だが、今のままでは行き着く先は2つしかあり得ない。飽くなき快楽を求め、自ら律することも叶わぬまま世界を巻き込み滅びてゆくか……。もしくは古代人のように全てをシステムの管理に委ねることで家畜のような生を続けてゆくか……。物質的な破滅か、精神的な破滅か、どちらかしかあり得ないのだよ。」

栄枯盛衰……人の世の中はずっとその繰り返しだ。その過程で人は争い、豊かな生活を得ようといがみ合い……その結果、いくつもの国や町がその歴史から姿を消したことなど、幾星霜の如く。それを克服するために、ワイスマンが出した答えは……

 

「………」

「それを防ぐためには、人自身が進化するしか道はない。―――いかなる誘惑、逆境にも揺らぐことのない絶対の理性!感情に囚われることなく、正しい答えを出せる究極の知性!その両者を兼ね備えた段階に人という種を導いてやること……。まさにそれこそが『福音計画』の最終目的なのだ!」

人の域を超えた、新たな段階の人間。『超人』や『革新者』……広義的に言うところの『新人類』というべきであろう。その領域に人類を導く……まるで、自分が先導者たらんとするかのような物言いだと感じた。

 

「こりゃまた、大きく出るとは……」

「……どうかしてるわね……」

高々と叫んだワイスマンにケビンは呆れ、サラは蔑みの目線でワイスマンを見た。

 

「クク……そんな誇大妄想狂をみるような目で見ないでくれたまえ。人は想像を絶する事物に直面した時、畏れとともに変革を余儀なくされる生き物だ。その意味で“輝く環”はまさに格好の存在と言えるだろう。私はこの巨いなる至宝をもって人を正しい進化に導いて見せる……。それこそが『盟主』より授かった『使徒』としての使命なのだ!」

「はあ……正直、余計なお世話なんですけど。」

「………………」

高々と説明をしていたワイスマンだったが、溜息を吐いたエステルの言葉を聞いて驚き、黙ってエステルを見た。エステルの表情から読み取れる感情は“呆れ”であった。それにはワイスマンの表情も目を細めた。

 

「―――いかなる誘惑、逆境にも揺らぐことのない絶対の理性?感情に囚われることなく、正しい答えを出せる究極の知性?そんなものにどんな価値があるっていうの?」

「……君は人の話を聞いていなかったようだね。物質的、もしくは精神的な破滅を避けるために人は進化するしか……」

呆れた表情のエステルの言葉を聞いたワイスマンは再度説明をしようとしたが、エステルの言葉によって黙らせられることとなった。

 

「そんな話をしてるんじゃないわ。あたしが言いたいのは……そんなご大層な存在になる前に出来る事があるんじゃないかってこと。」

「………」

正直ピンとこないものではあるが……絶対の理性……そして、究極の知性……その行きつく先は“機械”のようなものだとエステルは直感でそう考えた。リベル=アークでの出来事、そして導力革命による生活の変化。確かに、導力がさらに普及すれば、リベル=アークのような出来事がないとは必ずしも言い切れない。ワイスマンの言っていることもあながち間違いではない。だが……人間の可能性に気付いていないワイスマンがそのような言葉を言い放っても、“絵空事”に聞こえてしまっていた。

 

「ヨシュアも言ってたけど……あたしたちは無力な存在じゃない。今回の異変にしたって、みんな最初は戸惑いながらも次第に協力して前に進もうとしていた。王国各地を巡って……あたしはそれをこの目で確かめた。別に進化しなくたって何とかやっていけると思わない?」

エステルが感じた“人の結束”の力。それを聞いたワイスマンは『当たり前』のことだと思いつつ言葉を返した。

 

「……群れて生き延びるのは獣や虫ですらやっていることだ。その程度の行動をもって君は人の可能性を語るつもりかね?」

「別に同じでもいいじゃない。あたしたちだって生き物であるのは確かなんだし。それが生きているってことの強さなんじゃないかな?」

「なに……?」

その言葉にワイスマンは目を細めた。人の可能性……エステルは率直に思ったことをぶつける。

 

「もちろん人は……それだけの存在じゃないと思う。そうした命の輝きを原動力に自分らしく生きて行こうとする……そんな存在だと思うの。でも、それはあんたの言うような万能超人である必要なんかなくて……みんなが、ちょっとした思いやりでお互い助け合うだけでいいんだと思う。」

単純な本能で生きる動物や植物……その中に無論卓越した知能を持つ者は少なくないが、その中でも人間はより多く考え、学び、紡いで行ける力を持っている。自分のできることなど、時代の流れという大きな奔流の前では無力に等しいだろう。だが、争いや革命は、そういった力が束ねられ、大きな流れとして……大きな意志として顕現することがある。宗教然り、文化然り、伝統然り……初めは小さな意志だったものが人同士を繋ぎ、それが一つの形として形成される。

 

「多分……“輝く環”を封印した人たちも同じ考えだったんじゃないかな?“奇蹟”に頼りきっちゃうことも良くないことかもしれないけど……それ以上に、人と人がお互い助け合う余地がなくなることが何よりも良くないことだって……」

人の可能性を信じたからこそ……彼等は人としての存在を奪った“奇蹟”の力を恐れた。普通には起こり得ない現象……それが“奇蹟”なのだと。そして、何でも叶ってしまうからこそ、互いに助け合うという概念が薄れ……人としてあるべき……生物としての相互関係……助け合いという生物の生存本能すら奪ってしまうことに危機を抱いたのかもしれない。だからこそ、リベール王家の先祖は、封印したのだと……“奇蹟”に頼らずに、自らの意志で自分たちの思い描く世界を作り出すために。

 

「全く、この子は……」

「エステル……」

「エステルさん……」

「ハハ………さすがはエステルちゃんやな。その指摘……かなり的を得てると思うで?」

エステルの話を聞いていたサラは口元に笑みを浮かべ、リィンとクローゼは微笑み、ケビンは感心してエステルを見つめた。

 

「クク……何を言うかと思えば助け合いか……。そのような事は、歴史を振り返ってから言いたまえ。例えば幾度となく繰り返されてきた戦争という名の巨大なシステム……。その狭間において、人の絆は無力な存在でしかなかっただろう?」

「―――そんなこと、ない!」

一方、その言葉を聞いたワイスマンは嘲笑したが、エステルが大声で否定した。彼女が歩んできた道……彼女が経験した『百日戦役』……その中で、彼女は人の『絆』によって、今こうして生きていることに。

 

「父さんはあたし達を……この国を守るために戦っていた!お母さんは戦火の中、命がけであたしを守ってくれた!そしてアスベルやシルフィは戦火の中、お母さんの命を救ってくれた!その事がきっかけで、あたしは遊撃士の道を志して、そして今……ここに立っている!この異変を止めて戦火を未然に防ぐために!それでも……人は無力だと言えるの!?」

ワイスマンは知らない……人の『絆』の力を。確かに戦争と言う巨大なシステムの前では、人は無力だろう。だが、そのシステムを動かしているのもまた“人間”なのだ。欲望と言う点において看過は出来ないが……争いは人と人の間にある限り、起きないことなどない。『十人十色』の言葉の通り、人の考えなど千差万別だろう。だからこそ、人は考え、行動する。

 

立場は違えども、己の生存本能を……存在を守るために戦う。帝国と言う強大な存在から守るために、己の出来ることを集結させて……そして、打ち勝った。『百日戦役』はまさにそれの……人の『絆』が齎した勝利であると。

 

「フン……ああ言えばこう言う……」

「もし、あなたが本気で人が無力だと信じてるのなら……。だから進化させる必要があるんだと思い込んでるなら……。だとしたら、あなたはとっても可哀想な人だと思う。」

「!!」

エステルの言葉を馬鹿にしたワイスマンだったが、エステルに哀れに思われ、顔色を変えた。

 

「だって信じ合って、助け合うことの喜びを知らないんだもの。あたしたちが……人が足掻いているのを見ることにしか喜びを見出せないなんて……。そんなの……寂しすぎるよ。」

エステルは目の前に映るワイスマンのことを全て知っているわけではない。彼の過ごしてきた事情など知る由もない。きっと、エステルが想像するよりも遥かに凄惨な光景を見てきたのかもしれない……だが、その恨みを、人が苦しませることにぶつけ、喜びを得る……エステルにしてみれば、彼の行動理論など『理解できない』だろう。だからこそ、寂しいと評した。

 

「………」

「でも、あたしは遊撃士だから……。あなたが、自分の事情にみんなを巻き込むことは見過ごせない。悪いけど……力づくでも止めさせてもらうわよ」

そしてエステル達は武器を構えた。

 

「………無知な小娘が大層な口を利く……。ならば、その身をもって己の言葉を証明したまえ。」

ワイスマンは凶悪な笑みを浮かべた後、指を鳴らした。すると魔眼が放たれ、エステル以外の仲間達の動きが止まった。

 

「くっ!?」

「こ、これは……!?」

「か、身体の自由が……!?」

「ま、魔眼というヤツか……」

「なっ…………!」

それを見たエステルは驚いて仲間達を見た。

 

「フフ、君たちはそこで大人しく見ていたまえ。さぞかし面白い見物になるだろう。」

「あ、あんですって~……」

「……ヨシュア。少し遊んであげたまえ。」

ワイスマンの言葉にエステルが怒ったその時、ワイスマンの指示によりヨシュアは武器を構えた。

 

「………」

「ヨ、ヨシュア……」

「クク、エステル君。是非とも私に見せてくれたまえ。絶望の中、人という存在がそんな強さを見せてくれるのかをね。」

その言葉にエステルは目を閉じ、棒を取り出して回し始める。その脳裏に浮かぶのは……探索を開始する前に、ヨシュアが用事があると行った後のことであった。あの後、エステルは自分の良く知る人物と出くわし、そのまま甲板に移動した。

 

~『アルセイユ』 後方甲板~

 

「へ?リミッターを外す?」

「うん。私は今後槍メインで戦うからね。棒は勿論使うけれど……今のエステルになら、問題ないと感じたから、かな。」

そう言い放ったのは彼女の師匠兼先輩であるレイア・オルランド。彼女はそう言って指を鳴らすと……エステルの体が光り、光が収まると、彼女の体から重りが解き放たれたかのように軽く感じ、エステルは試しに棒を軽く揮うと、その速さでもエステルが力を込めた時と同様の速さだと手応えを感じていた。

 

「この先、ヨシュアとまた戦うことも想定される……でも、エステルは顔に出やすいから、一つだけ暗示を掛けさせてもらうよ。」

「暗示?」

「うん。」

そう言ってレイアが取り出したのは星杯の紋章。それを見たエステルは驚きの声を上げる。

 

「え……レイア、ひょっとして。」

「私も『星杯騎士』ってこと。トワやケビンと同じくね。詳しいことは機密事項だから話せないけれど。」

「はぁ……レイアも色々出鱈目な存在よね。」

「それは言いっこなしってことで。じゃ、始めるよ。」

「うん……って、どういう暗示をかけるの?」

「それはね……」

 

―――ヨシュアと戦う時まで、私の事やそれに関わることの記憶を一時的に封じるものだよ。無論、リミッターの事もね。

 

 

~根源区画~

 

ヨシュアと再び戦う……そんなことなど考えたくなかったが……図らずも現実になってしまったことに、エステルはため息を吐いた。でも、約束した。仲間の皆と……レーヴェとも、約束したことだから。あたしはそれを実現するために……父さんから教わった棒術、母さんから教わった優しい心、アスベル……シルフィ……レイアの三人から教わった武術。そして、いろんな人から学んだこと…『聖天兵装』…更に、私に宿った二人の力。人の『絆』の力は、決して無力ではないのだと証明する。

 

「……見せてあげようじゃない。あんたが言う『可能性』……でも、その代償は……ヨシュアを返してもらうことでチャラにさせてもらうわ!」

 

これまでの旅……本当の意味で、心想う彼を取り戻すために……“剣聖”と謳われた英雄の血を受け継ぐ娘は、その闘志を紅き瞳に秘め、棒を構えた。今までに学んできた全てを以て……ヨシュアを解放するために、彼女は駆け出した。

 

 




次回、完全オリジナル展開……エステルvsヨシュアです。

原作ならいざ知らず、パワーアップしたエステルにヨシュアは勝てるのでしょうか!?

その行方は次回にて。


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第140話 太陽の刃

 

~根源区画~

 

互いに武器を構える二人……ワイスマンに操られたヨシュア。そして、それを取り戻すべく棒を構えるエステル。

 

「………」

「……いくわよ、ヨシュア!」

互いに踏み出し、駆け……ヨシュアの振るった刃をエステルは辛うじて受け流すと、踏み込んでヨシュアに振るう。その軌道を読んだのか、ヨシュアは紙一重で躱してエステルに刃を繰り出すが、エステルはそこから棒の軌道を変えて打ち上げるように振るい、ヨシュアは咄嗟に回避して距離を取る。それを見てエステルも棒を構えなおした。

 

「このっ!!はああっ!!」

「……!」

すぐさまエステルは『旋風輪』を放つが、これにはヨシュアも剣の刃で防御して凌ぎ、彼は『双連撃』を振るう。エステルもこれには少しダメージを負うが、すかさず『金剛撃』を放ってヨシュアを怯ませ、その間に駆動しておいたオーブメントでアーツを放ち、体力を回復させる。

 

「ほう……流石“剣聖”の娘。あの時、私の背後にいた“気配”をそれとなく察していたことといい、一筋縄ではいかないようだな。」

それを見てワイスマンは笑みを零す。スピードに特化したヨシュアならば彼女など無力化するのは一瞬と思っていたが、それに何とか対応しているエステルの様子には、意外にも感心したような表情を浮かべていた。だが、いつまで彼の攻撃に対抗できるか……それを考えた時の顛末が目に浮かび、ワイスマンは凶悪な笑みを浮かべた。

 

「………」

「!……はああっ!!」

ヨシュアの『漆黒の牙』にエステルは『絶招・桜花大極輪』で対抗し、ぶつかり合う刃……パワーの面で言えばエステルに、スピードの面で言えばヨシュアに分がある……男女の差という関係で言っても、二人の差は最早経験の差ぐらいしかない。だが、それを補って余りあるエステルの直感力がヨシュアと互角に戦えている要因となっていた。

 

片や“剣聖”の娘として生まれ、両親の愛情を受けて健やかに育ち、同い年の“師匠”にその術を学び、自らの意志で道を切り開いてきた少女。片や幼い頃に身内を亡くし、その心さえ砕け、偽りの心の楔によって暗殺者となった少年。“光”と“闇”……“太陽”と“月”……正反対の存在とも言える二人は、“剣聖”の存在によって引き合わされた。互いに寄り合う存在……互いに想う存在となるのに、そう時間はかからなかった。

 

エステルの振るう棒に吹き飛ばされつつも、『結社』の技術をフルに生かして襲撃するヨシュアにエステルも防戦を強いられている。だが、攻撃すると解っていれば、対処のしようは幾らでもある……剣の軌道を逸らすとそこから空いた空間に割り込んで振るい、ヨシュアにダメージを与えていく。

 

大切な人に対して刃を振るうのは……武器を振るうのは辛いことである。エステルもそうである。だが、相手は元『執行者』。しかも、ワイスマンの暗示によってその制限や加減は一切ない。中途半端に躊躇えば、それは自分の命が奪われる。だからこそ、エステルも全力を以てヨシュアを取り戻すべくその武器を振るう。

 

「エステル……」

「エステルさん……」

「これは驚きね。」

「(驚きやな…ヨシュア君のスピードについていけとるとは……)」

その様子を見ていたリィン、クローゼ、サラ、ケビンはエステルの奮闘ぶりに感心していた。だが、一方でワイスマンにしてみれば面白く展開であることに目を細めた。これ以上時間をかけるのは自分の心情にもよろしくないと判断したのか、ヨシュアにこう言い放った。

 

「………だが、私としてもこれ以上の邪魔はしてほしくない。なので、こうしよう。ヨシュア、『エステル・ブライトを殺したまえ』。」

「!!」

その言葉に、ヨシュアは距離を取り、一気に加速した。ヨシュアのトップスピード……それを捉えるのは容易ではない。恐らくは先程のエステルが放った技も、ヨシュアにしてみれば一度見ている技だ。それを使ったとしても凌げるとは限らない……焦りを感じたエステルだったが……その時、一つの技を思い出す。迫りくるヨシュアの刃……その刹那、エステルが振るった棒は、“床”を突いていた。

 

「!!」

その衝撃波にヨシュアの分身はすべて消滅した。だが、本体の刃は止まらない……彼女の首を捉えるかと思ったその刃であったが……その刃が首を刎ねることなどなかった。なぜならば、

 

「ふぅ……間に合ったわね。」

「……!!」

そう言ったエステルの足元には魔方陣らしきものが浮かび、そしてヨシュアの手足は鎖のようなもので完全にロックしていた。だが、それを確認する間もなく、エステルは棒に闘気を込めた。そして、形作られるは……巨大な刃。それを握ったエステルの表情は笑っていたが、口元が笑っていなかった。これには……

 

「「はは………」」

「はぁ………」

「エステルちゃん、ホンマ怖いで……」

リィンとクローゼは引き攣った笑みを浮かべ、サラはため息を吐き、ケビンに至ってはその怖さを味わうのは三度目であり、冷や汗が流れた。その様子を見たワイスマンですら、彼女のその行動に驚きを隠せなかった。

 

「どういうつもりだ、エステル・ブライト!彼を殺すつもりか!?そうなれば、君の大切な人を自ら殺めたことになるのだぞ!?」

「ううん……これは、ヨシュアを殺すための刃じゃない。それに、誰かを殺す刃でもない……これは、あたし自身の思いを込めた刃!」

その決意に呼応するかのように光の刃は収束し、膨大な神気を纏い始めた。そして、エステルが振るうのは大切な人を救うための“刃”。ヨシュアを縛り付けた“刻印”を破壊するための刃。その名は、

 

「絶技!天翔蒼破斬!!」

「!?」

「なっ………があああっ!?」

その光の奔流はヨシュアを巻き込んだ。更に、偶然にもその延長上にいたワイスマンすらも呑み込み、ヨシュアは階段下に、ワイスマンは壁に打ち付けられた。光の奔流が収まり、エステルはヨシュアのもとに駆け寄って状態を確認する。

 

「ヨシュア、大丈夫!?」

「ん………エステル……あれ、『聖痕』が……」

すると、先程まで肩にあった『聖痕』は消えており、ヨシュアは目を覚まして、エステルの方を見た。その目の輝きからしても、ヨシュアは本当の意味で解放されたようだ。これにはヨシュアも驚きを隠せなかった。

 

「あたしが消滅させたのよ。尤も、楔みたいなものが撃ち込まれていたみたいだから利用しちゃったけれど……ひょっとして、また父さんなの?」

「父さんもそうだけれど……ケビンさんのお蔭かな。」

「あ、そういえば……って、無事みたいね。」

一通り言葉を交わした時、魔眼に囚われていた四人の事を思い出して振り向くと、先程のワイスマンへの攻撃のお蔭か、効果が切れて動けるようになり、四人もエステル達のもとに近寄ってきた。ケビンは冷や汗を流しつつも、ヨシュアが本当の意味で解放されたことに笑みを浮かべた。

 

「全く、エステルちゃんも無茶するなぁ……せやけど、上手くいったみたいやね。」

「ええ……ありがとうございます、ケビンさん。」

それに対してヨシュアは礼を言った。正直賭けの要素が大きすぎたが、それに加えてエステルの『聖天兵装』が上手くいったようであり、エステルには大きな借りを作ったことに苦笑を浮かべた。

 

「エステルさん、ヨシュアさん、無事でしたか!?」

「うん、あたしもヨシュアも無事よ。」

「まったく、『執行者』相手に無茶するなんて……あたしも人の事は言えないけれど。」

「はは……でも、とりあえず目的は一つ達成できましたね。」

クローゼの問いかけにエステルは元気な口調で答え、自分と同じような無茶をしつつも目的を達成したことにサラは苦笑し、年が近いリィンもエステルのこの行動には驚きを隠せなかった。そして、リィンの言葉に気を取り直して、この空間にいるもう一人の人物―――ワイスマンの姿を探すと、よろけながら彼らのもとに近寄るワイスマンの姿があった。

 

「ワイスマン……これが、あたしが見せた可能性よ。」

「クッ、エステル・ブライト……そして、ケビン・グラハム……騎士団の新米と侮っていたが小癪な真似をしてくれる……」

一方、ワイスマンは悔しそうな表情で呟いた。『聖痕』を破壊するための仕込みが既に整えられていたことには、怒りの感情を向けていた。

 

「正直、彼には感謝してるよ。そして………この事を僕に気付かせてくれた人にもね。」

「な、なに………」

ヨシュアの言葉を聞いたワイスマンは狼狽えた後、考え込み、そしてある答えに至った。ヨシュアの身近にいて、ヨシュアの事情を察し、それに対する本質を見抜くことのできる人間。彼の父親であり、彼女―――エステルの父親である人物の存在。

 

「まさか………カシウス・ブライトの入れ知恵か!」

「あ………」

ワイスマンの言葉を聞いたエステルは、『アルセイユ』の出発前にカシウスがヨシュアに手渡した封筒を思い出した。あの時渡した封筒と、探索前のヨシュアの行動……それから大方の事情を察することができた。

 

「そっか……あの時の……」

「うん……手紙にはこうあったんだ。」

 

『お前の呪縛を解く鍵はケビン神父が持っているだろう。だが、その鍵をどうやって使いこなすかはお前自身の問題だ。ワイスマンとやらの行動を見抜いて自由を勝ち取ってみせろ』

 

「はは……流石と言うか、何と言うか。」

「まったくもう……ほんと父さんらしいわ」

「…………」

ヨシュアの説明を聞いてエステル達が明るい表情をしている一方、ワイスマンは歯を噛みしめた。

 

「正直……かなり悩んだよ。再び僕を操った貴方が一体、何をやらせるだろうと。そして僕は……その一点に全てを賭けてみた。貴方が、僕が最も恐れることを僕自身の手で行わせる可能性にね。そして貴方はその通りに命じ、結果的に『聖痕』は砕け散った。もう僕は……完全にあなたから自由だ。尤も、エステルの一押しがあったからこそ……というのもあるのだけれどね。」

ヨシュアは考えた。ワイスマンの性格的に一番ダメージを負わせる方法……ヨシュアの心を完全に破壊する方法。

 

それを考えた時に一番なのは、共に戦ってきた一番大切な存在を自らの手で殺すこと。その条件に見合うのはエステルただ一人。そこから、自分がエステルを殺そうとした時、一気に負荷がかかって砕けるように仕向けた。

 

そして、エステルの『聖天兵装』の力が『聖痕』ごと消滅させたのだ。一押しと言うよりはダメ押しに近いことではあるが、ヨシュアの呪縛は完全に解き放たれた。

 

「……愚かな……このまま私に従っていれば、遥かな高みに登れたものを……新たなる段階へと進化させてやったものを……」

「エステルと同じく……僕もそんなものに興味はない。それに道というのは……他人から与えられるものじゃない。暗闇の中を足掻きながら自分自身の手で見出していくものだ。」

ワイスマンの言葉をヨシュアはハッキリと否定した。そのような人種になった所で、理解してくれる人間などいるのかと……それに、運命は誰かに押し付けられるものではない。未来なんて解らなくて当たり前だ。だからこそ……今を精一杯生きるのだと。そのために、人は手を取り合い、協力して道を切り開くのだと。

 

「はは……それが出来れば世話はない!人の歴史は、闇の歴史!大いなる光で導いてやらねばいつまで経っても迷ったままだ!」

「違う―――!人は暗闇の中でもお互いが放つ光を頼りにして共に歩んでいくことができる!それが……今ここにいる僕たちの力だ!」

闇とか光とか……その価値観を決めるのは、歴史で勝ったものだけだ。歴史を学ぶがあまり、一側面しか見れなくなっているワイスマンにヨシュアは強い意志を持って叫んだ。

 

それに対して睨むワイスマンであったが……彼の丁度頭上にある“輝く環”は突如光を放ち始め、直下にいたワイスマンを飲み込み始めた。

 

「な、何っ!?まだ取り込んでもいないはず……ぐっ……おおおおおおっ……!」

その膨大な力にワイスマンは為す術もなく取り込まれ、光が収まると……巨大な生命体―――言うなれば『大天使』のような姿に変わっていた。

 

「て、天使………!?」

「くっ………何という霊圧だ………!」

「今までの敵とはけた違いの強さを持っているようね………!」

「そうみたいやな……!」

変わり果てたワイスマンの姿を見たクローゼは驚き、リィンとサラ、そしてケビンは警戒した表情になった。すると、彼等のもとに降り立ったドラギオンにエステルらは驚くが、それから飛び降りた面々……とりわけ、姿が変わったコレットらしき人物にヨシュアは驚きを隠せずにいた。

 

「エステル、ヨシュア!」

「アスベル!?それに……レーヴェ!?」

「エステル・ブライト、どうやらヨシュアを救えたようだな。」

先に降りてきたアスベルとレーヴェにエステルは驚きを隠せずにいた。一方……

 

「…ま…まさか……姉さん、なの?」

「ええ。今まで黙っていてごめんなさい。でも……再会の挨拶は後にした方がいいですね。」

呆ける様子のヨシュアにカリンは笑みを零しつつ、武器を取り出して構えた。

 

「ヨシュアさんのお姉さん……!?」

「レイアにスコールまで……」

「色々あるけれど、アレ何?」

「そうね……」

「“輝く環”を取り込んだワイスマンってとこやな。」

「説明感謝する。」

そして、レイアの質問に答えたケビンの言葉を聞きつつ、スコールは武器を構えた。そして、他の面々も武器を構える。最早人とは呼べないワイスマンから発せられる……迸る力。その力は尋常ならざるものだと肌で感じ取れるほどだ。だが、負けるわけにはいかない。全員、生きて帰るためにも……彼等を代表するかのように、エステルは叫んだ。

 

「全員、生きて帰るために………みんな、行くわよ!」

「おう!!」

 

“至宝”という大いなる存在……女神の奇蹟の力と、人の『絆』の力のぶつかり合い……未来を勝ち取れるか否か。クーデター事件……いや、遡れば『ハーメルの悲劇』から続くこの『福音計画』……それを打ち破るために、エステル達の決戦が幕を開ける!

 

 




と言うことで、取り押さえのシーンと第一段階カットです。ボスイメージ的にはワイスマン最終形態+天使の羽が12枚と言う感じです。

丸々バトルになるかは……テンション次第ですので、解りません。

なるべく頑張ります。


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第141話 全てを以て

―――かつて、空の女神より齎された七つの至宝。

 

―――地・水・火・風・時・空・幻……七耀の“奇蹟”を齎す宝。

 

―――それに対して女神は眷属を遣わし、人々の答えを聞くために、見守り続けてきた。

 

―――1200年という長き沈黙を破り、至宝の一端はその姿を顕現させる。

 

―――目覚めに呼応するかのように蘇った『聖天兵装(セイクリッド・アームズ)

 

―――女神がつくりだした二つの“奇蹟”が今、“軌跡”となりて交わる。

 

 

~浮遊都市中枢塔(アクシスピラー) 根源区画~

 

「みんな、いくわよ!」

「おう!」

エステルの掛け声に他の面々―――ヨシュア、リィン、クローゼ、サラ、ケビン、アスベル、レーヴェ、カリン、レイア、スコールが声を揃え、闘志を高める。それをみた敵は空間を歪め……彼等を案内した場所は―――

 

「!?」

「そんな、ここは……!?」

「ハーメル村……だと……」

「ええっ!?どうして!?」

「……もしかしたら、ワイスマンの記憶から読み取ったのかもしれない。」

ヨシュア、カリン、レーヴェには見覚えのある光景……燃え上がっているハーメル村の姿であった。この短時間で敵が読み取ったとは考えにくいが……敵の本体であるワイスマンがハーメル村の事を知っている可能性が出てきたということになる。『福音計画』の発端とも言える『ハーメルの悲劇』。それを終わらせる場としては皮肉がききすぎているのも事実である。だが、今はそんなことを詮索している余裕などないということは、誰しもがわかりきっていた。

 

それを象徴するかのように、敵は二体に分身し、彼等にビームの雨を降らせる。それを察した面々は一斉に行動を開始し、散開した。一体はエステル、ヨシュア、リィン、クローゼ、サラ、ケビンが……もう一体はアスベル、レーヴェ、カリン、レイア、スコールが相手をすることになった。

 

「九の型『破天』―――『水神衝(すいじんしょう)』!」

今の自分の状態で躊躇えば負け……アスベルは、この世界に転生する際、神より齎された“外の理”の太刀―――『姫神「雪桜」』を抜き、今までに学んだ八葉の一端を集約した型―――『破天』の型の技を繰り出す。竜の如き“曲がる剣筋”は一体に大きなダメージを与えるが、至宝による強靭な回復力によってすぐさま無傷の状態に戻る。

敵もそれを喰らって利口ではない……至宝による恩恵をフルに生かし、空属性のアーツをほぼノータイムで繰り出す。これには流石のエステルらやアスベルらもダメージを負うが、

 

「みんな、気張りや!」

「祝福の祈りを、女神の癒しを貴方方に……!」

ケビンとカリンが『セイクリッドブレス』を放ち、すぐさま立て直す。それを受けてヨシュアが持ち味であるスピードを生かして突撃し、エステルもまた棒を振るい、敵を怯ませるも……敵の攻撃は一向に止む気配がない。今はいいが、この後を考えるとここで体力を使い切るのは拙い。だが、相手は“至宝”……その力は無尽蔵。だが、

 

「はああああっ!!」

「いくよっ!!」

止まるわけにはいかない。いや、ここで止めなくてはいけない。今はこの状態で収まっているが、『結社』が『ゴスペル』を量産して大陸中にばらまいたら……導力停止状態が大陸中に起きて、大混乱が起きる。その想像は難くない。それを阻止するためにも、今ここで彼(ワイスマン)を……“輝く環”を止めなければいけない。

 

互いに一進一退……次第に、エステルらもアスベルらもジリ貧の状態になっていると感じていた。

 

「(さて……どうしたものか……)」

手がないわけではない。だが、『この後』のことを考えると『時の至宝(切り札)』をここで切るのは拙い。『天壌の劫火』にしても、ここで『二度目』の解放をしたら間違いなく数日は意識がなくなるほどに体力が持っていかれる。そう考えていた時であった。ふと、ヨシュアの剣が光りを放ち始めた。

 

「え……」

それに気づいたヨシュアであったが……次の瞬間には、ヨシュアの周りはモノクロのように映っていた。突然の事に驚くヨシュアであったが、ヨシュアの目の前には……さらに奇怪な人物がいた。

 

「………あの、どちら様ですか?」

そう言葉を述べたヨシュアの視界に映るのは、見るからに奇特な衣装を身に纏う人間。印象的には東方系―――解りやすく言えば東方系のシスターのような清楚な服。『巫女服』を纏った少女であった。

 

『私は……刻時空剣『ブリューナク』。女神より与えられし命にして役割……『聖天兵装』に選ばれし『円卓の守護者』。』

「え、えっと……」

その少女の言葉にヨシュアの思考は混乱していた。一体何を言っているのか……ヨシュアのその思考を読んだかのように、少女は説明を続けた。

 

『貴方が持ってる武器……私は姿を変えて宿った。貴方にはその資格がある。そして、貴方の仲間にも……私と同じ存在を使役している人がいる。赤毛の人と活発な子。』

「まさか……エステルとアガットさんのことなのか?」

ヨシュアのその問いに少女は首を縦に振り、肯定する。どうやら、クラトス・アーヴィングから貰った武器にかなり高位の力を宿した存在がいたことにはヨシュアも驚きを隠せなかった。

 

『一つ聞かせてほしいの。貴方は、何を望むの?』

少女から言われた言葉。それを聞いてヨシュアは考え……そして、一つの答えに至る。

 

「僕はもう人形じゃなく一人の人間だ。でも、どう生きればいいのかなんて僕にはまだ解らない部分が多すぎる……そんな僕だけれど、この国(リベール)に来て、色んな人と関わってきて……その結果に、今の僕がある。守れなかったハーメルの二の舞にしたくない。第二の故郷であるリベールを……そして、僕が心想う大切な『パートナー』を支え、守りたい。これだけは、ハッキリ言える。」

今まで言いなりになって生きてきた……疑問を持つこともなかった……だが、カシウスと出会い、レナやエステルと出会い、他にも色んな人との出会いがあった。その結果として、“ヨシュア・アストレイ”ではなく“ヨシュア・ブライト”としての自分をこの国は育んでくれた。この感情に感謝こそすれど恨みはない。最早自分の故郷となった場所を守り抜く。それに嘘偽りはないと感じた少女は笑みを零し、光になってヨシュアを包み込む。

 

―――汝の赴くままに、私は貴方の剣に。貴方の思いを……剣に込めて届けましょう。

 

光が収まると、ヨシュアは剣を構え……決意を秘めた表情で一気に加速した。襲い来るアーツの雨のようなフィールド……だが、ヨシュアはそこからさらに『加速』した。最早人の領域では見るのも難しいヨシュアのトップスピードにアスベルは笑みを零し、太刀を構え……“神速”をも超えた“刹那”で接敵している一体に向けて加速する。

 

「いくぞ、ヨシュア!」

「わかったよ、アスベル!」

二人は一気に二体の懐に飛び込み、其処から放たれるは息をつかせぬような斬撃の嵐。互いに超高速戦闘を熟知しているからこそ……組織という柵によって対立していた二人が『遊撃士』という同じ道を歩み、その中で磨き上げてきた技能。下手をすれば相手を傷つける斬撃であるが、互いに放つ軌道が読めるからこその連携技。実の兄弟の様に育った二人が放つコンビクラフト。その名は、

 

『双撃・幻影烈破!!』

 

その技によって敵は体勢を崩して地面に倒れ込む。それによってアーツの雨が止み、クローゼが味方全体にアーツをかけて体力を回復させた。技を放った二人は互いの顔を見て笑みを零したが、すぐさま敵のほうを見ると……一体に戻ったが、その敵は見るからに何重もの障壁を展開したのだ。ここにいる面々だけで破壊しきれるか……そう思っていたエステルらであったが、そこに屋上で戦っていたメンバーらが駆け付けた。

 

「エステル!それに……」

「ヨシュアお兄ちゃん!」

「どうやら、皆無事のようだが……」

「え、どうやってここに!?」

無事を祝いたいところではあるが、それよりもエステルは根本的な質問を投げかけた。すると、皆を代表するかのようにシェラザードが答えた。

 

「屋上の兵器を何とか倒して、エレベーターで降りている途中、光に包まれたの。気が付けば、ここにいたのよ……で、あれは?」

「“輝く環”を取り込んだワイスマン。」

「解りやすい説明で感謝する。ともあれ、アレをぶっ飛ばせばいいんだな?」

「フフ、それでは輝かしい未来のために幕を下ろしてあげようじゃないか。」

「唐突に出てきて仕切るなー!!」

幸いにも人数は多い……各々の持てる力全てを注ぎ込む。その決意に皆が奮起した。その先手は、

 

「“猟兵王”らしく、一番乗りはいただこう……ふっ!」

「あ、私も。」

「オイオイ、一番乗りはずるいだろ、オッサン!それにフィー!!」

『西風の旅団』の団長“猟兵王”レヴァイス・クラウゼル、『西風の旅団』“西風の妖精(シルフィード)”フィー・クラウゼル、『赤い星座』“赤き死神”ランディ・オルランドが駆け出す。

 

「さぁ、荒れ狂う西風の刃、受け止めきれるか………ハリケーン・エアレイド!」

上空から降り注ぐ風の牢獄―――猟兵の長を務めるレヴァイスのSクラフト『ハリケーン・エアレイド』

 

「私も負けない………シルフィード・ミラージュ!」

シルフィードダンスをさらに改良した『幻想の妖精』、自身のスピードを更に磨き上げ……その機動はフィーが何人にも分身したかのような動き……フィーのSクラフト『シルフィード・ミラージュ』

 

「オッサンに負けてられるかよ………デススコルピオン!」

スタンハルバードを持って突撃するランディのSクラフト『デススコルピオン』の三つが合わさり、第一障壁を突破する。だが、まだ複数の障壁は健在。

 

「それなら、次は僕が名乗りを上げよう……かなっ!」

「俺も行かせてもらおう……はああっ!」

そこに追い打ちをかけるように飛び出したのは“翠銀の虎狼”ライナス・レイン・エルディール。そして、“不動”ジン・ヴァセック。互いの得物である“拳”を障壁に打ち込む。

 

「決めさせてもらおう………クライムハザード!!」

ライナスが放つは、外部破壊に特化させた拳に全体重と“氣”を乗せて放つ『クライムハザード』

 

「“泰斗”が奥義……泰河青龍功!!」

ジンが放つは『泰斗流』の奥義が一つ、Sクラフト『泰河青龍功』を繰りだし、第二障壁を突破。それを見て続いたのは……

 

「そんじゃまぁ、いきましょうか。」

「いくぜ。」

「了解よ。行きましょっか、スコール。」

「ああ。」

“陰陽の銀閃”シェラザード・ハーヴェイ、“紅蓮の剣”アガット・クロスナー、“紫電”サラ・バレスタイン、そして“黒雷の銃剣士”スコール・S・アルゼイドの四人であった。

 

「貴方の運命……カードの赴くままに……はあっ!!」

シェラザードはそう言って一枚のカードを放つ。カードに描かれたのは“魔術師”……その刹那、巨大な魔法陣が敵の足元に顕現し、その刹那、巨大な光の柱が立ち上り、敵にダメージを与えるシェラザードのSクラフト『カード・オブ・アルカナ』が炸裂する。

 

「いくぜ!ヴォルカニック、ダァァァァァイブ!!」

その直後、アガットは障壁目がけて自身のSクラフト『ヴォルカニックダイブ』を繰りだし、『ブレイドカノン』は煌いて炎を発現して敵を飲み込む。

 

そしてアガットが離れると、二体を包み込む光の刃によって特殊なフィールドが形成され、さながら“土星”をイメージするかのような状態であった。それを見つつ、スコールは大剣状態の『エグゼクスレイン』に闘気を込め、傍らにいるサラもブレードに雷の闘気を込める。そして、振るわれる刃。

 

「ダブル!」

「オメガ!」

『エクレール!!』

互いに似た戦闘スタイル……そして、互いに寄り添う存在だからこそ、合わせられる呼吸……スコールとサラのコンビクラフト『ダブルオメガエクレール』により、第三障壁も突破した。ここで、敵は小型の兵器を繰り出す。それを見たオリビエとアルフィンは互いに表情を見やり、頷く。

 

「やれやれ……折角の花道を邪魔する者には、厳しい罰を与えなければいけないね。」

「その通りですわね。」

アルフィンは銃弾を上空に放ち、その銃弾をオリビエが銃で撃ち、魔法陣を形成する。傍から見れば人間離れした芸当なのだが、今はそのことに驚いている余裕などない。アルフィンは銃杖を掲げると、その魔法陣は煌きはじめ、エネルギーを収束する。そこに、オリビエは収束したエネルギー弾を放つと、複数の魔法陣は巨大な魔法陣となって上空に顕現する。放たれるは、数多の光の柱。

 

「悪しき者に浄化の調べを」

「我らが奏でるは未来への凱歌。聞き届けたまえ、その賛美を!」

『イングリッドワルツ!!』

二人のコンビクラフト……エレボニア帝国の皇族であるオリビエとアルフィンの『イングリッドワルツ』により、その兵器らを一掃する。それでも小型の兵器は次々と出てくるが、

 

「万物の根源たる七耀を司るエイドスよ……その妙なる輝きを持って我らの脅威を退けたまえ。光よ!我に集いて魔を討つ陣となれ……サンクタスノヴァ!」

「我が主と義のために………チェストォッ!!」

「破邪顕正………ヴァンダールの剣の前に沈むがいい。」

リベール王国の次期女王であるクローディア・フォン・アウスレーゼ王太女の『サンクタスノヴァ』、王国軍王室親衛隊大尉ユリア・シュバルツの『ペンタウァクライス』、そしてエレボニア帝国軍第七機甲師団少佐ミュラー・ヴァンダールの『真・破邪顕正』、

 

「い、いきます!やああああああっ!!」

「罪深き所業に罰を……サンクタス・エクスキューション!!」

「絶技……グランドクロス!」

導力の父とも呼ばれるラッセル博士の孫にして導力に関しては人一倍の博識さを持つ少女ティータ・ラッセルの『カノンインパルス』、王室親衛隊大隊長“紅氷の隼”シオン・シュバルツの『サンクタス・エクスキューション』、元『赤い星座』にしてS級遊撃士“赤朱の槍聖”レイア・オルランドの『絶技グランドクロス』によって完全に掃討される。それを見たレーヴェとカリンは剣を構え、闘気を高める。

 

「行くぞ、カリン……遅れるなよ。」

「ええ、解っているわ……レーヴェ。」

カリンが振るった刃は敵の周囲を包み込むように展開し、一つの輪を形成する。そして、レーヴェの闘気の氷に反応して一本の巨大な氷柱を形成……敵を閉じ込める。互いに想う存在として幼き頃より育ち、10年前に起きた悲劇によって分かたれた二人が放つは、その決意の証。

 

「その戒めを解くことなどできない……」

「我らが放つは、未来への決意の証。お前(ワイスマン)如きに邪魔はさせん。」

『アブソリュート・ゼロ!!』

二人のコンビクラフトによって第四の障壁も突破した。残す障壁は一枚。

 

「ほんなら……女神の祝福を。あと一押しや!」

そう言ってケビンは残っている面々に闘志や能力を上げる『チェインスフィア』を放ち、後を任せる。そして、残っている面々は……この先の時代を担う六人の若者たち。その先陣を切ったのは、

 

「この場においてはもう何も言わない……いくぞ、エリゼ。」

「……はい、兄様。」

“浮浪児”と呼ばれつつも、家族の愛情を受けて育ってきたリィン・シュバルツァー。そして、その彼に命を救われ、兄としてではなく異性として彼を想うエリゼ・シュバルツァーの二人は太刀を構え……繰り出すは、自身の持てる最高の技。

 

「八葉が一端……一の型“烈火”極の太刀………火竜一閃!」

「三の型“流水”が極式………天水刃嵐!」

荒れ狂う焔の刃―――リィンのSクラフト『火竜一閃(ひりゅういっせん)』、斬ったことすら知覚させない水の刃―――エリゼのSクラフト『天水刃嵐(てんすいじんらん)』を敵に叩き付け、最後の障壁を叩き割った。砕けた障壁を見て、一気に飛びこむのは

 

「終の型“破天”が奥義、壱式―――鳳凰天翔駆!」

「私もいくよ……百花繚乱!!」

遊撃士・軍人・守護騎士……三つの肩書を持つ“転生者”アスベル・フォストレイトが放つ『鳳凰天翔駆』、そして同じような肩書を持ち、“紅耀石”を姉にもつ“転生者”シルフィア・セルナートの『百花繚乱』によって、敵は大ダメージを負う。あと一手……それを務めるのは、かつてこの国を救った英雄の子たち。

 

―――『転生者』らによってその才能を開花させた英雄の娘、エステル・ブライト。

 

―――元『執行者』にして、戒めから解き放たれた英雄の息子、ヨシュア・ブライト。

 

二人の全力を以て、敵にぶつける。

 

「僕は……もう、逃げない!」

「いくわよ……はあああっ!」

『<聖天光剣『レイジングアーク』/刻時空剣『ブリューナク』>、解放!!』

闘気を纏ったエステルが顕現させうるは黄金に光り輝く鳳凰。そして、ヨシュアが闘気を纏って駆け出し、数多の斬撃。互いに異なりながらも、ある意味互いに近い存在だからこそ……五年と言う長いようで短いような時間……その二人だからこそ繰り出せる合わせ技。『絶技・桜花大極輪』『聖天・鳳凰烈破』『漆黒の牙』『真・幻影奇襲』……その四つを組み合わせたコンビクラフト。その名は、

 

『聖天・大極烈破!!』

 

二人が技を放ち終えると、敵から光が漏れ出し……光の珠らしきものが飛んでいったかと思うと、その巨体は光になって次第に小さくなり……ワイスマンの姿に戻っていた。そして、エステルらが元々いた根源区画に戻ってきていた。

 

 




イメージ的にはな○はA'sのラスボスフルボッコシーンですね。

話を聞きましたが、エリゼ参戦とは……私ですら予想外でした。
しかも、レイピア。学生……レイピア……クローゼとは仲良くなれそうな気がしますねw

次回についてですが……お察しください。


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第142話 さらば白面の教授

ネタバレだって?気にしないでください。

別にエリゼとかクレアとかサラが閃Ⅱのサブキャラになったことに対してのフラストレーションだとか……そう言うことではないですから!(真剣な眼差し)


 

~アクシスピラー 根源区画~

 

元の場所に戻ってきたエステル達。ワイスマンは自身の状態と頭上にあったはずの“輝く環”がなくなっていることに愕然とし、最早計画が崩れ去ったことに対して認められない気持ちで一杯であった。

 

「ば、馬鹿な……“輝く環”が消えただと……………」

女神の齎した“奇蹟”を覆したのは……女神の“奇蹟”に選ばれた『起動者』の存在。『聖天兵装』……その存在はワイスマンでも聞いたことはあったが、その存在自体は確認されておらず、眉唾物だと思っていた。だが、目の前にいる面々の中に居る『三人』は奇しくもその『起動者』。しかも、その内の一人が……自分が道具扱いしていた少年であったということは皮肉という他ない。

 

完璧だったはずの計画………それが崩れ去ったことにワイスマンは叫んだ。

 

「馬鹿な……そんな馬鹿なああああっ……!!」

そして、どこかへと転移した。それを見たケビン、アスベル、シルフィア、ライナス、カリン……そして、レーヴェはどこかへと移動した。

 

「ええっ、消えた!?」

「って、ケビンさんやアスベル達もいなくなってる……(姉さんにレーヴェまで……)」

「……積もる話は後だ。アイツらも無事に合流するだろうし、俺らは早く脱出しよう。」

エステルやヨシュアの言葉や心配も尤もであるが、シオンはここからの脱出を最優先することにした。“輝く環”の行方はどこに消えたのか……それを考えるのは後にすることにした。この都市を支えていた大本が無くなった以上、ここが崩れるまでの刻限はそう遠くない。そして、それに頷いたスコールはヨシュアを担いだ。

 

「え、スコールさん!?」

「話はざっくり聞いたが、あの“白面”に操られてたんだ。それがなくなった反動を考えると、この方が無難だと判断した。」

何せ、あのワイスマンがヨシュアの深層心理に刻んだ代物だ。それがどのくらいの反動を生み出すかはわからないが、ここから脱出する際にそれが顕現されても困る……それを考えたスコールはそのような行動に出たことにヨシュアは申し訳なさそうにスコールを見やった。

 

「………すみません。」

「気にするな。元は同じ組織にいた馴染って奴だ。急ごう。」

「そうね。」

彼等は彼等でやるべきことがある……それをなんとなく察したスコールの言葉に皆が頷き、塔から脱出を開始した。

 

 

一方その頃、ボロボロの状態のワイスマンが弱った身体で進んでいた。

 

「……馬鹿な……そんな馬鹿な……。こんな事態……ありえない……。」

計画は完璧であった。その部分に綻びなど生じるはずもなかった。一体何処から歪みが生まれたというのか……“盟主”の予言にも、このような事態になるとは一切の余地もなかった。だが、そこでワイスマンは一つの結論に至る。

 

「……ま……待てよ……。た、試されたのは……この私も同じだったということか……。くっ………戻ったら問い質さなくては……「悪いけど、それは無理やね。」!?」

ワイスマンの行く手を遮るようにケビンが前から来た。そして……その傍らにいるのは、この計画に参加していた人物と、自分が道具扱いしていた人物によく似た女性であった。

 

「な、お前は…“剣帝”…それに、ヨシュアに似ているが……何者だ!?」

「カリン・アストレイ……貴方に操られたヨシュア・アストレイの姉にして、レーヴェと同じハーメル村の生き残りです。」

「何だと……」

彼の姉の存在……それに驚くワイスマンであったが、それに対しての言葉を待つ間もおかずにレーヴェが問いかけた。

 

「驚くのは後にしてもらおうか……ワイスマン。『ハーメルの悲劇』……貴様はどの程度、関与していた?貴様のやり口はよく解っている。弱味を持つ人の前に現れて破滅をもたらす計画を囁く……。そして手を汚すことなく、自らの目的を達成してしまう……。実際、主戦派の首謀者たちは当時あったという政争に敗れて後がない者たちばかりだったと聞く。もし、10年前の戦争すら今回の計画の仕込みだったのなら……全てのことに説明がつくと思ってな。」

潜在的な帝国と言う脅威……それを持った状態で内政を混乱させる。事実、リシャールも弱みに付け込まれてクーデター事件を引き起こした。そして、脅威となりうるカシウスを国外へと誘い出すためにギルド襲撃事件を起こした。そう考えれば、ハーメルの一件はそれに関わるキーとなった可能性にワイスマンは凶悪な笑みを浮かべた。

 

「概ね指摘通りと言っておこう。もっとも私がやった事は、彼らに猟兵くずれを紹介してハーメルの名を囁いただけさ。それだけで事態は動きだし、瞬く間に戦争へと発展してしまった。クク……人間の業を感じさせる実験結果だったよ。」

「なるほど……。大方、予想通りということか。」

一方、レーヴェは冷静な様子で答えた。その様子に首を傾げつつワイスマンは尋ねた。

 

「……おや、意外と冷静だね。私としてはもう少し、憤って欲しいところではあるが。」

「俺はそれが聞きたかっただけだ……それに、貴様の処刑は適任者に譲ることにする。」

「どういう……貴様らは!?」

このような人を人とも思わない人間に憤った所で力の浪費にしか成り得ない……誰よりもそれを知っていたからこそレーヴェは一歩下がる。その様子を不自然に思ったワイスマンは来た道の方を振り返ると、其処に立っていたのは三人の人物。

 

「久しいね……ゲオルグ・ワイスマン。」

「話は聞いていたが、まさかこんな形でお目にかかるとはな……」

「ま、私に関しては姉絡みかもしれないけれどね。」

ライナス・レイン・エルディール、シルフィア・セルナート……そして、アスベル・フォストレイトの姿であった。

 

「“翠銀の孤狼”、“銀隼の射手”……それに、“紫炎の剣聖”だと!?この私を滅するのに“二人”の守護騎士を送り込んだというのか!?」

「驚くのも無理ない話だな……だが、僕は個人的に恨みがある。貴様によって“殺された”両親の仇……それを晴らさせてもらう。」

ライナスとワイスマンの因縁……正騎士となった十数年前、帰省したライナスを待ち受けていたものは……変わり果てた姿の両親。彼らに刻まれた“聖痕”の刻印……そして、悲しんだ彼の目の前に浮かび上がったのは、翠銀の刻印。彼は、幼馴染であった“紅耀石”の部下から、彼女と同じ立場へと変わった。そして、独自に調べた結果……ゲオルグ・ワイスマンの存在が浮かび上がった。そして、ようやく対面することができた。普段の彼からは見ることのできない表情に、ケビンらも驚きを隠せなかった。

 

「どけ……貴様らのような奴らに関わっている場合ではない……!」

それを見たワイスマンはクラフト――真・魔眼を放ったが、ケビンらは星杯の紋章を掲げ、自分自身に結界をはって魔眼を無効化した。紋章を持たないレーヴェに関しては、カリンが目の前に立って紋章を掲げることで無効化した。

 

「……貴様ら……“魔眼”が効かないのか!?いくら教会の騎士とはいえ新米ごときに防げるわけが……それに、“紫炎の剣聖”……なぜ貴様がその紋章を!?」

これにはワイスマンも驚愕した。その力を無効化できるとは思えなかった……だが、ケビンは笑みを零しつつ呟いた。

 

「あー、スマン。ちょいと三味線弾いてたわ。オレは騎士団の第五位。それなりに修羅場は潜っとる。それに……一つ訂正しとくわ。ここにいる守護騎士は……五人。つまり、“剣帝”を除く全員や。」

「何だと……!?」

その言葉にワイスマンは周りを見回すと、各自苦笑を浮かべていた。

 

「どこがそれなりなんだか……守護騎士第三位“京紫の瞬光”アスベル・フォストレイト。」

「第六位“山吹の神淵”カリン・アストレイ。貴方を滅するために、派遣されました。」

「…ば、馬鹿な……」

その言葉には最早驚きしかなかった。守護騎士五人がこの国にいる事実……そこまでワイスマンの古巣である“七耀教会”を本気にさせてしまったということだろう。

 

「ま、それでも本調子のあんたに勝つのは難しかったけど……。今なら付け入る隙があるからな。」

「なに………」

ケビンの言葉にワイスマンが驚いたその時、ケビンがボウガンの矢をワイスマンに放った。

 

「くっ……」

弱っていたワイスマンは身体もろくに動かせず、矢に当たり、呻いた。

 

「……オレの本当の任務は“輝く環”の調査やない。最悪の破戒僧、ゲオルグ・ワイスマン―――あんたの始末というわけや。」

「クク……なるほどな……。だが、この程度の攻撃でこの“白面”を滅するなど……な……なんだ……」

ケビンの冷たい視線を見たワイスマンは凶悪な笑みを浮かべていたその時、瞬く間にワイスマンの身体が白く固まり始めた。その現象からワイスマンはすぐに、それがアーティファクトの一端であることを見抜いた。

 

「し、『塩の杭』……。かつてノーザンブリア北部を塩の海に変えた禁断の呪具……。私一人を始末するためにこんなものまで持ち出したのか!」

「あんたは少々やりすぎた。いくら教会が中立でも、もはや見過ごすわけにはいかん。大人しく滅びとき。」

信じられない表情で叫んでいるワイスマンにケビンは冷たい視線を向けたまま、淡々と言った。

 

「おのれっ……この“白面”を舐めるなああああああっ!!」

しかしワイスマンは叫んだ後、自分自身に法術を放って、塩化を止めようとした。それを見たライナス、アスベル、シルフィア、カリンは背中に刻印を顕現させた。

 

『―――我が深淵にて煌く(翠銀/紫碧/白銀/琥珀)の刻印よ……』

 

「巨(おお)いなる大地の力にて、汝を飲み込み、後悔の念も与えぬまま全てを塵に帰(き)せ……断て、ガイアクラッシャー!!」

ライナス・レイン・エルディールのアーティファクト、『大地の破錠(はじょう)(ガイアフォース)

 

「深焔の業火となりて、悪しきものを滅し、その魂まで融かし尽くし、全ての意義を灰へと帰(かえ)せ……轟け、業魔灰燼(ごうまかいじん)!!」

アスベル・フォストレイトのアーティファクト、『天壌の劫火(アラストール)

 

「その悪しき魂、全て奪い、汝の行いを永劫まで後悔しなさい………凍てつけ、エターナルコフィン!!」

シルフィア・セルナートのアーティファクト、『氷霧の騎士(ライン・ヴァイスリッター)

 

「聖なる輝きを以て、悪しき汝に聖なる罰を………輝け、セイクリッドハイロゥ!!」

カリン・アストレイのアーティファクト、『熾天使の輪(セイクリッドハイロゥ)』……四人の放った技が次々とワイスマンに襲い掛かり、弱っていたワイスマンの体力や精神力を根こそぎ奪い尽くしていく。

 

「があああああっ!?」

「………やれやれ。そのまま大人しく滅びとけば、そのように苦しまずに逝けたものを。………ええやろ。あんたを最高クラスの“外法”と認定し、オレ自身が徹底的に狩ったるわ。………おおおおおおおっ…………ハアッ!!」

そしてケビンは自分の背中に何かの紋章を顕現させた。それは、四人が顕現させたものと同じ刻印。

 

「な………!?」

それを見たワイスマンは驚いた。なぜならそれは……ライナスやシルフィアと同じような刻印……自らがヨシュアに刻んだものと同質でありながらも異なるもの。“聖痕”を持っていた。つまり、彼はライナスらと同じく、“守護騎士”であるという証でもあった。

 

「クク………まさかオレにコイツを使わせることになるとはな…………祈りも悔悟(かいご)も果たせぬまま!千の棘をもってその身に絶望を刻み!塵となって無明の闇に消えるがいい!!」

そしてケビンは凶悪な笑みを浮かべた後、ボウガンを構え詠唱を始めた。すると、異空間から無数の魔槍がケビンの周りに現れ、そしてケビンのボウガンにも魔槍が装着された。そしてケビンは装着された魔槍を放つと、ケビンの周りに浮かんでいた無数の魔槍達もワイスマンを襲った。

 

「砕け………時の魔槍!!」

「おのれえええええ――――!狗どもがあああっ―――――――!!」

聖痕の力を解放し、アーティファクト、“ロアの魔槍”を放つケビンのSクラフト――魔槍ロアを受けたワイスマンは最後の叫びを上げながら、身体は塩化し、さらにまだ塩化していない部分は魔槍に貫かれ、さらにワイスマンの周りに刺さった魔槍達は大爆発を起こして、ワイスマンを肉塊の一欠けらもなく滅した。

 

「狗か……ま、その通りだけどね。」

「………」

「それには同意しますが………ヨシュア君、君は運がいいで。オレなんかと違ってまだまだやり直せるんやから。」

「ケビンさん……」

ワイスマンが消滅した後を見つめてケビンらが呟いた。すると、アスベルとレーヴェは揃って妙な気配を感じ、アスベルはワイスマンの杖を回収しつつそちらの方を見やる。

 

「同意はしたいが……それよりも、もう一人いるようだが。」

「この感じだとすると……“道化師”か。」

「フフ……流石は“京紫の瞬光”に“剣帝”。やっぱバレちゃうか。」

その時、カンパネルラが現れた。

 

「第二位“翠銀の孤狼”、三位“京紫の瞬光”、六位“山吹の神淵”、七位“銀隼の射手”に……守護騎士(ドミニオン)第五位―――“外法狩り”ケビン・グラハム。うふふ……噂に違わぬ冷酷ぶりじゃない。」

「『執行者』No.0“道化師”カンパネルラ……悪いけど……彼の方は手遅れやで。」

「フフ……聞いてるかもしれないけど僕の役目は『見届け役』なんだ。計画の全プロセスを把握し、一片の例外もなく『盟主』に報告する。教授の自滅も単なる結果であって防ぐべき事態じゃないんだ。」

ケビンの言葉を聞いたカンパネルラは不敵に笑った。つまり、今回の事態に関しては成功しようがしまいが……あくまでも“結果”ではなく“過程で起きた事象”を見るためのものだと言い放った。これにはケビンもその組織の底知れなさを感じつつ笑みを浮かべた。

 

「なるほどな……。『身喰らう蛇』―――まだまだ謎が多そうや。その辺は“剣帝”にでも聞いてみるか。」

「フ……お前たちが知っている以上の事は俺でも知らないがな……今回の件で『結社』を抜ける。これは餞別として貰っていくつもりだ。」

ケビンの言葉にレーヴェは笑みを零しつつも、カンパネルラに対して魔剣である『ケルンバイター』を構えつつ、カンパネルラに言い放った。

 

「フフ、君たち騎士団だってそれは同じだと思うけどねぇ。さてと……これで僕の役目も終了だ。ホント、余計で大迷惑な事をしてくれたよ………“絶槍”“影の霹靂”に続いて“痩せ狼”と“剣帝”は引き抜かれちゃうし、“グロリアス”は強奪されたし、落し物も回収どころか、完全に“吸収”されちゃったしねぇ………」

「なに……!?」

カンパネルラの言葉にケビンらが驚いたその時、カンパネルラは指を鳴らした。するとカンパネルラは消えようとした。

 

「あはは!それではどうもご機嫌よう!次に滅するのは君達にとって最高の罰当りと言ってもおかしくない行為をした少女かな?また次の機会に会えることを祈っているよ!」

そしてカンパネルラは消えた。

 

「落し物って……まさか……」

「………これ以上はオレの権限外や。急いでエステルちゃん達と合流せんとな……」

「そうだな……(“吸収”された?……一体何処にだ?)」

カンパネルラの言葉を聞いたケビンは信じられない表情で呟いた後、エステル達と合流するため急いで引き返していった。

 




さようなら、ワイスマン。てめえのことは3rdぐらいまで覚えておきます。名前とその性格だけ(何!?)


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第143話 栄華の終焉

~リベルアーク地下道~

 

急いでいたアスベル、シルフィア、ライナス、レーヴェ、カリン、ケビンの六人……突如、アスベルが崩れ落ちた。それに気づいたシルフィアが慌てて駆け寄った。

 

「アスベル、大丈夫!?」

「く……(くそ、こんな時に反動が出るとは……)な、何とか……」

原因は解っていた。恐らくは『天壌の劫火』の使用反動と<聖痕(スティグマ)>の解放による反動が同時に出てきたようだ。これには流石のアスベルも思わず立ち眩むほどであった。その様子に他の四人も気付いて駆け寄ろうとした瞬間、足元から聞こえる亀裂が走る音にレーヴェとライナスが気付いた。

 

「カリン!」

「ケビン、下がれっ!!」

「「っ!?」」

四人が飛び下がると、アスベルらがいる場所とケビンらがいる場所を繋いでいた部分の通路が崩落したのだ。こうなると、ここで手を拱(こまね)くよりも別のルートを探した方が無難であると考え、ケビンはレーヴェに尋ねた。

 

「マズいで……“剣帝”、ここ以外に通路はあるんか?」

「俺もすべてを把握したわけではないが……恐らくは、非常用の通路があるはずだ。そこからお前たちの飛行艦に辿り着けるだろう。」

「それしかないか……アスベル、シルフィア。二人とも後で必ず合流しよう。」

「気を付けてくださいね!」

「ああ!」

「ええ!」

四人は先に向かい、アスベルも立ち上がってシルフィアに言葉をかけた。

 

「すまない……とりあえず、急ごう。」

「ううん……行こう、アスベル。」

二人は別の非常用通路を通り、工業区の別の非常口を目指していたのだが……そこで立ち塞がったのは、双剣の二刀流を構えた女性らしき人間であった。二人の見覚えのない人物……首を傾げる二人に、その女性らしき人間は残念そうな表情を浮かべた。

 

「あら~?てっきりヨシュア君あたりでも来ると思ったのだけれど~……お姉さん、残念ねぇ……」

「ヨシュアの知り合いとなると……『執行者』ってことか。」

「ご明察♪No.Ⅲ“表裏の鏡”イシスよぉん。よろしく頼むわね、“守護騎士”のお二人さん。」

女性?―――イシスの言葉にアスベルとシルフィアも武器を抜いて構えた。

 

「!?この人、私達の事も……武器を持っているということは、戦うつもりですか。」

「勿論よ。三人の執行者を奪われたもの……せめて、貴方達だけでもここで滅ぼさせてもらうわ!」

「来るぞっ!!」

崩れゆく都市の中、戦う三人。だが、相手は十全の状態。対してこちらは満身創痍に近い……だが、生き残るためにはやるしかない……不利の状況を覆すために、決意を固め、二人は駆け出す。

 

「はあっ!!」

「やるじゃない……でも、甘いわねっ!」

「きゃあっ!?」

シルフィアの振るう法剣の刃を全て弾き飛ばすと、イシスはクラフト『サイクロンシザーズ』を放つ。風の刃による衝撃を受けてシルフィアが飛ばされる。それを見たアスベルが“疾風”で一気に接近して斬撃を振るうが、それすらもあっさり防ぐと、アスベルを弾き飛ばした。

 

「アスベル!……ダークマター!!」

「やるじゃないの………せいやっ!!」

「なっ!?」

シルフィアは立ち上がってアーツを放つが、イシスは何とそのアーツを叩き斬るという離れ業を披露したのだ。これにはアスベルやシルフィアも驚きを隠せなかった。だが、その当の本人は不満げな顔で二人を見ると、闘気を高めた。そして、彼女が放つは、双剣による“飛ぶ斬撃”。

 

「面白くないわねぇ………終わりにしましょう。デッドリー………クロスエンドッ!!」

「ぐうっ!?」

「きゃっ!?」

イシスのSクラフト―――『デッドリークロスエンド』により、二人は大ダメージを負い、別の場所に叩き付けられた。それを見たイシスはシルフィアの方に近寄り、気を失っているシルフィアに刃を向けつつ、アスベルの方を見やる。

 

「さて、貴方はそこで見ているといいわ。この子を死なせたら、貴方はどんな悲鳴を上げるのかしらねぇ?それを考えただけでもゾクゾクするわぁ……」

「!?シルフィ、起きろ!逃げるんだ!!」

その表情は、まるでワイスマンのような笑み……人の苦しむ姿に恍惚を浮かべる姿……アスベルにはそう直感し、シルフィアに向かって叫ぶが、彼女は完全に反応しない。その光景にイシスの笑みは凶悪さを増していった。

 

「ウフフフ………さて、いただきましょうか。その命の輝きをね。」

振り上げられる彼女の刃。それがまるでスローモーションのように見えた。

 

 

―――失う?

 

 

―――………認められない。認めたくない。

 

 

アスベルはその瞬間にあらゆる可能性を全て弾き出し……そして、出した結論は………

 

 

―――この場で燃え尽きたとしても、彼女を救う。“アスベル・フォストレイト”だけでなく、“四条輝”としての存在も全て賭けて……アイツを……

 

 

『殺す』

 

 

そう思った直後、アスベルの視界は全てモノクロに映り、小太刀を抜き……放つは今持てる全力の……“御神流”の奥義が一つにして、最大最長の射程を誇る技を彼なりにアレンジした“二発”の刃。二刀の小太刀を太刀にて連ねて放つ技……

 

『奥義之参―――射抜・双爛』

 

その飛ばされた刃に一発目は辛うじて叩き落とすが、連続して放たれた二発目の小太刀が左肩に突き刺さり、持っていた双剣を落としてしまう。その隙を見逃す筈もなく、アスベルは自分の兄でもしなかった“神速”の『三重掛け』で一気に駆け出した。イシスは『デッドリークロス』による剣の衝撃波を放つが、彼はその衝撃波によって傷つきながらも、イシスの肩に突き刺さっていた刀の柄を掴み、一気に引き抜くように斬り上げた。

 

「ぐうっ!?」

それに呻くイシス。巻き上がる血飛沫……アスベルはその血しぶきを浴びるも、それに介せず、いつの間にか納めた太刀を抜き、振るう。

 

 

『御神流奥義之極―――閃』

 

 

本来ならば小太刀による抜刀であるが、彼はこの土壇場で太刀による奥義を放ち、イシスの心臓を通過するように通った剣筋によって、イシスは口から血を吐き、倒れ込んだ。アスベルは刀を納め、弾かれた刀も拾うと、シルフィアに近寄るが……その瞬間、亀裂が走り、アスベルは……落ちてゆく。

 

(限界、かな………)

 

薄れゆく景色の中……アスベルは笑みを零した。微かに映った竜のような姿に……何故だか安堵し、そのまま意識を手放した……中々激動な10年と言う月日ではあったが、彼なりに言えば楽しかった。自分の力で“二度”も大切な人を救えたのだから……まぁ、心残りと言えば、パートナーの三人は絶対に悲しませることになってしまうが……これには苦笑した。

 

(…まったく……色々事欠かないよな……)

 

ぼやきは声に出ることもなく……アスベルは意識を手放した。

 

 

『―――まだ、終わっていない。終わらせない……一緒に、生きるって……』

 

 

その後……聞こえた言葉は、アスベルに届くことは無かった。

 

 

 

崩れ落ちる浮遊都市“リベル=アーク”から…アルセイユと山猫号は周回しながら離れて行った。だが、ブリッジの中に居る面々は安堵感に包まれてはいなかった。アスベルとシルフィアの二人が戻ってきていないことに、彼等は焦燥感や絶望といった負の感情に包まれてしまっていた。

 

~山猫号 ブリッジ~

 

「お願い、キール兄!このままじゃあの二人が……!」

「駄目だ、ジョゼット…………あの様子じゃ、もう……」

ジョゼットの懇願にキールは悔しそうな表情で答えた。

 

「そんな……」

「……クソッ……最後の最後でなんで……。こんな時に……女神様は一体何やってやがる!」

キールの答えを聞いたジョゼットは悲しそうな表情をし、ドルンは悔しそうな表情で叫んだ。それほどの付き合いでなかったにしろ、あの二人は仲間として行動していただけに……その悔しさは痛いほど滲ませていた。

 

 

~アルセイユ ブリッジ~

 

「そ、そんな……」

「ま、間に合わへんかったか……」

「…………」

「う、嘘だろ……」

一方アルセイユで崩れ落ちるリベル=アークを見つめていたエステル、ケビン、ヨシュア、アガットは信じられない表情や無念そうな表情をし、

 

「や、やだ……。そんなのやだあああっ!」

ティータは泣き叫んだ。

 

「嘘だろ……」

「そんな……」

「………」

「信じたく、ないわね……」

それは、リィンやエリゼ、スコールやサラも……いや、レヴァイス、フィー、ランディも、シェラザードも、シオンも、レイアも、ライナスも、アルフィンも、レーヴェも、カリンも同じ気持ちであった。この中では髄一の実力者であった彼ら二人が無事に戻ってくることを疑わなかった。だが、彼等は………この場に戻ってこなかった。

 

「ユリアさん!どうかお願いします!避難通路の方向から考えてアスベルさんたちは北西の端にいるはずです!どうかアルセイユをそこへ!」

「……申し訳ありません……。いくら殿下の命令でもそれは……従いかねます。」

「……今、再び都市に近付けば間違いなく崩壊に巻き込まれる。そうですな、ラッセル博士?」

クローゼの必死の懇願にユリアは悔しそうな表情で答え、ミュラーも静かに答えた後博士に尋ねた。今ここで助けに行ったとしても……二次被害によってここにいる全員が巻き込まれる可能性の方が大きくなる。それはもう、疑いのない事実であった。

 

「……その通りじゃ。」

「……そ、そんな…………」

「はは……参ったな……。場を和まそうと思っても頭が真っ白だよ……」

「……ああ、俺もだ。」

博士の言葉を聞いたクローゼは絶望した表情をし、オリビエは肩を落として溜息を吐き、ジンは無念そうな表情で頷いた。彼等が戻ってこない衝撃は大きすぎた。オリビエもいつもの口調が言えないだけに、事の深刻さは最早甚大なるものであった。

 

「あいつら……うう……。これからだってのに…………こんな事になっちまって……」

「シルフィアちゃん………アスベル君……あれ~?」

アルセイユのメンバーが悲しみに暮れる中、ドロシーが自分の視界に映った光景に首を傾げつつ声を上げた。

 

「おい……ドロシー……。こんな時くらい……大人しくしてろっての……」

ドロシーの声を聞いたナイアルはドロシーに注意した。

 

「いえ、その~……なんだかジーク君が嬉しそうに飛んでいったなあって。」

「へ……」

「あ……」

今しがた映ったジークの様子を伝えるドロシーの言葉を聞いたナイアルは驚き、エステルは何かに気付いて声を上げた。

 

 

するとジークが飛んでいった先―――その雲をかき分けるように浮上する大きな存在。

 

 

それはエステル達も見たことのある竜の姿。“至宝”の“眷属”であるレグナートが浮上してきたのだ。

 

 

そして、彼の背中に乗っているのはエステルとヨシュアの父親であるカシウス・ブライト。更には………彼等が戻ってこないと不安に感じていた二人の姿があった。

 

 

「ん……ここは………」

「あ………アスベル!!」

目を見開くと、そこは空の上であった。だが、落ちているわけではない。すると、背中に感じる暖かい感触……自分を支えている少女がアスベルの意識が戻ったことに気づき抱き着いた。少女―――シルフィアは泣きじゃくりながらアスベルにしがみつき、アスベルは笑みを零して彼女の頭を撫でつつ、その視界の向こうに映る人物―――カシウスと、竜―――レグナートに声をかけた。

 

「どうやら、閻魔様に嫌われたみたいですね……いや、女神様に助けてもらったのでしょうかね……カシウスさん、レグナート。ありがとうございます。」

「気にするな。王国全土の導力がようやく回復してくれたんでな。モルガン将軍に後事を任せてこうして彼に乗せてもらったんだ……まったく、無茶をしてくれる。」

(フ……20年前に我に挑んだ其方がいう台詞ではないがな。初めまして、と言うべきかな。“遥かなる時”を統べし帝。そして……“真なる空”を統べし帝よ。)

「「!?」」

アスベルの言葉にカシウスはため息が出そうな表情を浮かべるが、レグナートはそれを嗜めつつも、アスベルとシルフィアに自己紹介をした。だが、彼の言葉にアスベルとシルフィアは反応した。

 

(かつては人であった“女神(エイドス)”の生み出したものが、今こうして人を祝福していたとは……人間とは、つくづく因果な生き物だな。)

「……カシウスさん。大方の事情は掴めたと思いますが……」

「ああ……何も聞かなかったことにしておこう。もし、お前たちを滅しようとしたら、俺の名前を遠慮なく出していいぞ。」

「あはは……」

その単語から予測できること……つまり、“輝く環”が吸収された先は……

 

「お前ってことか……」

「私も初耳なんだけれど………」

だとすれば、色々合点はいく。単純に<聖痕>を発現させただけでは総長を上回る可能性はかなり低い。だが、彼女にはそれを受け入れるだけの資質があったということだろう。ただ、気になるのはワイスマンのように暴走する可能性はないのかと……それにはレグナートが答えた。

 

(“刻の十字架”、“輝く環”……その二つはいずれもお前たちを受け入れたようだ。ただ、その力を無限に使うことは出来ぬ。人の身である以上、限界はある。)

 

とのことだ。正直、現実味がなさ過ぎて……手に余る代物です。

 

「というか……盟約云々はいいの?」

(それは“輝く環”を前におぬしらが答えを出すまでのことだ。そして答えが出された今、古の盟約は解かれ、禁忌も消えた。ゆえに“剣聖”の頼みに応じ、こうして迎えに来たというわけだ。)

「古の盟約ね……」

「すみません……訳、分からないんですけど……」

「安心しろ、俺にも分からん。何しろこの堅物ときたら肝心な事はロクに喋ってくれないのだからな。」

レグナートの念話を聞いたアスベルは驚き、シルフィアはジト目になり、カシウスは疲れた表情で溜息を吐いて答えた後、レグナートに視線を向けた。流石にその辺は考えてもキリがないというか、仕方ないのでこれ以上の追及は止めることにした。

 

(フフ、許せ。竜には竜のしがらみがある。ただ一つ言えることは……運命の歯車は、今まさに回り始めたばかりということだ。そして、一度回り始めた歯車は最後まで止まることはない……。心しておくことだな。)

「そうか……」

「ええ……」

「解っています。」

レグナートの念話を聞いたカシウス、アスベル、シルフィアは真剣な表情で頷いた。“激動の時代”……『結社』による引き金は、引かれてしまった。ここからが、本当の意味での戦いなのだと。

 

「運命は別の場所で、別の者たちが引き受けることになるだろう。―――とにかく今回はお前たちも本当によくやった。いや、こちらが世話になってしまったほどにな……今はただ何も考えず、ゆっくり休むといいだろう。かけがえのない仲間と共にな。」

しかしカシウスはアスベル達を安心させるかのような優しい表情で二人を見つめて言った。今回の戦いの功績は非常に大きい……特に、この二人がいなければ、ここまでスピーディーに解決することもままならなかっただろう。だからこそ、今は翼を休める時だとそう呟いた。

 

「ええ……」

カシウスの言葉に頷きつつも……アスベル達がカシウスが向けた視線を追っていくと、そこには甲板に出たアルセイユと山猫号のメンバーの達が嬉しそうな表情でアスベル達を見つめたり、手を振ったりしていた。

 

アルセイユ、山猫号、そしてレグナートは浮遊都市から全員脱出し……グランセルへと戻っていった。

 

 

リベール国内で起きたリンデ号失踪事件から端を発し、孤児院放火未遂事件、ラッセル博士誘拐事件、クーデター事件、『結社』の実験……そして、この異変。これらの事件を総称し、発生から100日と言うスピードで起きた事態を次々に解決したこの一連の事件は、後に『百日戦役』の再来とも言うべき事柄―――『リベール百日事変』として語られることとなる……

 

 




SC本編的には終了ですが……もうちっとだけ続きます。ハイ。


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第144話 黄金の軍馬の柵(しがらみ)

ようやく更新できました。


エステルらと別れてカシウス、アスベル、シルフィアの三人が降り立った場所……それは、なんと……

 

 

~パルム郊外 エレボニア帝国軍第三機甲師団陣地~

 

「な、なっ!?」

「り、竜だとっ!?」

突如、降下してくる竜の姿に慌てる兵士たち……彼等は思わず銃を向けるが、

 

「ふっ!」

「なっ!?」

アスベルの振るわれた刃によってその銃はまるでハリボテの如く容易く斬りおとされた。そして、アスベルはゆっくり立ち上がると、兵士らに用件を伝えた。

 

「司令官のゼクス・ヴァンダール中将に、『カシウス・ブライト、アスベル・フォストレイト、シルフィア・セルナートの三名が会いに来た』と伝えてください……レグナートはここから早めに離脱してください。戦車相手だと貴方も無事では済まないでしょうし。」

(その方が良さそうだな……健闘を祈る。)

「やれやれ……お前がやらなかったら、俺が戦う予定だったのだが。」

「カシウスさんってば……」

その場から逃げ帰る様に陣地の奥へと走っていく兵士を見ながら、各々が言葉を交わす。三人が降りた後、レグナートはその場から飛び去って行った。それを見届けていた三人のもとに兵士が来て、案内するという言葉に三人は頷いて、警戒は怠りなく奥へと進んだ。案内された指令所らしきテントの中に居る一人の隻眼の軍人。そして、その傍らには金髪の若い軍人の姿もあった。

 

「失礼します、中将にナイトハルト少佐!お話にありました三名をお連れしました!」

「ご苦労。下がってよい……やれやれ、貴方方は色々非常識だな。カシウス准将、アスベル中将、シルフィア准将。」

「なに、これが我々の国ですからな。強大な軍事力と広大な領土を併せ持つ帝国相手には、それぐらいは必要でしょう。」

隻眼の指揮官―――ゼクス・ヴァンダールの言葉にカシウスは笑みを浮かべつつ答えた。すると、若い軍人の方はゼクスの口から発せられた階級に驚き、アスベルとシルフィアの方を見た。

 

「中将に准将!?カシウス殿はご存知でしたが……まだ二十歳にも満たぬ彼らが……失礼、第四機甲師団所属、ナイトハルト少佐であります。」

「第四機甲師団というと“赤毛のクレイグ”の部隊……リベール王国軍中将、アスベル・フォストレイトです。」

「同じく王国軍准将、シルフィア・セルナートです。“クレイグ”って……ミュラーさんやセリカが言っていた親馬鹿のあの人の事かな?」

「………なるほど、“神速のセリカ”や彼の知り合いですか。そして、我が指揮官の事は……何も言わないでください。」

どうやら、あの指揮官の癖は部下であるナイトハルトにとっても悩みの種であることは違いなかった。だが、ここで根本的な質問を投げかけた。本来は部隊の異なるナイトハルトがここにいる理由……それを察しつつ、ゼクスが言葉を発した。

 

「だが、カシウス殿らの来訪は、『丁度良かった』というべきだろう……軍司令部より通達があった。『皇女殿下を誘拐した疑いありのため、全軍を以てリベール領に侵攻。』との命令が下った。」

だが、軍司令部はもとより、“あの御仁”は今のリベールに喧嘩を売ることを本気で理解していない。原作の戦力ならば簡単なのだろうが……たとえアハツェンが導入されていたとしても、こちらの切り札の一つである『フェンリル』を実戦投入し、新型の砲撃弾を用いれば、戦車など鉄の塊同然の代物と化す。いや、それが狙いと言う可能性も捨てきれない。ともかく、アスベルは事情を説明すると、ゼクスとナイトハルトは納得してくれたが……既に11個師団が国境北に集結しているとのことだ。

 

「(『ラティエール』全機投入あたりでも半壊は可能だけれど……)シルフィア、『アルセイユ』に連絡を。ゼクス中将、貴方方にアルフィン皇女の護衛をお願いしてもよろしいですか?」

「なっ………!?」

「あの御仁は貴方を処罰する可能性があります。ですが、皇女殿下を護衛したという事実があれば、最悪左遷程度で済むかもしれません。」

アルフィンの行動は予想外であるが、ゼクスに彼女を護衛してもらえば、勝手に軍を止めた懲罰はあろうともその功績を勘案せざるを得なくなる。彼とてヴァンダールの人間……アルノール家の守護者たる名門を蔑ろにしようものならば、その反発は必至。尤も、アルフィンにはもう一つ『役目』を負ってもらう予定であるが。

 

「ただ、今頃はグランセル城にて女王陛下と謁見しておられると思います。オリヴァルト皇子に関しては事後処理の関係で三週間程滞在されると伺っております……その後に関しては、こちらで責任を持ってエレボニアまで送り届けます。」

彼の決意を最大限に生かすため……こちらで打てる手はすべて打つ。虚実織り交ぜた策略……それがまたあると思うと、内心色々大変なことは確定済みであるが。

 

どこぞの准将の言葉ではないが……覚悟はある。関わったからには『戦う』……今更逃げることなど赦されない。前世も今世も……そういった柵(しがらみ)があることには内心苦笑を浮かべた。

 

「そこまで『本質』を見抜けるようになったとはな……俺にしてみれば自慢の息子のようなものだ。」

「はは………」

(このような人物がいる限り、エレボニア(わ れ わ れ)はこの国に勝てないのだろうな。昔も今も……)

カシウスとアスベルのやり取りにゼクスは冷や汗をかいた。それは傍にいたナイトハルトも同感と言わんばかりに黙り込んでいた。同じ“大国”という器を持ちえながらも……その奥底に秘めるものの違いに、ゼクスはこう直感した。

 

―――『例え逆立ちしたとしても、エレボニアはリベールを屈服させることなど不可能』であると。

 

『常在戦場』……その在り様は、奇しくもエレボニアによって齎されたもの。だが、それ以上に感じたのは軍と言う形の在り様であった。軍単独ではなく、状況に応じて遊撃士協会や七耀教会とも情報を共有し、連携を図る―――各々ができる“役割”を必要以上に追い求めないことこそが彼等の強みともなっているのだと……

そう考えているゼクスにアスベルは一枚の写真を取出し、ゼクスに見せた。

 

「あと、一つ聞きたいのですが……この人物に覚えは?」

「!?……この者は、どこに?」

「ハーケン門を通過した帝国からの役人……本人はそう言っていたらしいのですが、『鉄血宰相』絡みの人間ですね?」

「門を通過する前にこちらへ来た。先ほど述べた命令を携えてな……情報局特務大尉、レクター・アランドールだ。それ以上は明かせないうえ、こちらも知らないのでな。」

それを聞いてカシウスは考え込んだ。ゼクスからの言葉が『本人』が述べていた言葉だとするならば、自分の想像していることはますます現実味を帯びてきたことになる。

 

「中将、あまり情報を明かしては……」

「前門の“白隼”、後門の“軍馬”……この状況下においては、軍人としてどうすることもできん。少しでも有利な状況を提示してくれた以上、それの対価としては些か少ないがな。」

「………」

その言葉に押し黙る以外の選択肢などなかった。そして、カシウスは問いかけた。

 

「そういえば、ナイトハルト少佐は何故ここに?」

「構わん、話してもいい。」

「……情報局経由での命令です。内容は『内情調査』。実際には監視役と言うべきでしょう。」

それなりの実力のある人物を出向させて、内情を調査……その上で掌握する際の“障害”を排除していく。恐らくは、他の師団にもそう言ったやり方をしてきたのだろう。それを聞いたカシウスは真剣な表情でゼクスとナイトハルトに向けて言い放った。

 

「『鉄血宰相』にお伝えください。『貴方が我々の国を平穏に訪れるのならば、その意に対して歓迎しましょう。貴方がこの国に対して武器を携えるのならば、その刃が自分を殺す刃になります』……と。」

 

「………(これが、“剣聖”とも呼ばれた者の覇気……)」

「………(過信や虚勢ではない……これが、カシウス・ブライトの“力”ということか。)解った。一言一句違えることなく彼に伝えよう。私の帝国に対する……皇帝陛下に対する忠義を以てここに誓おう。」

その言葉にゼクスとナイトハルトは押し黙る他なかった。リベールの“英雄”たる人間の脅威を今ここで見せつけられては、大人しく従う他ない。それだけでなく、かつての帝国最高の剣士……実力的にはこの人物と双璧とも言われる“光の剣匠”もリベールにいる。この事実には、ゼクスは本気で冷や汗をかくほどだった。

 

用件が終わると三人は陣地を後にした。それを見届けたゼクスは一息つき、ナイトハルトは冷や汗を拭った。

 

「あれが、リベール王国軍のトップ……ですか。」

「武も智も一線級………そして、この国の遊撃士も一線級揃い。奇しくも、帝国出身者を取り込む形でな。」

先日の帝国ギルド襲撃事件の詳細はゼクスやナイトハルトも知らされていなかったが、ギルドが軒並み撤退し、その殆どは辺境かリベールに移籍したとのことだ。精強な軍とプロフェッショナル揃いの遊撃士協会……その二つを併せ持つリベールに対して喧嘩を売ろうものならば、返す刃で大損害を被る……下手をすれば、『百日戦役』の損害など微々たる程度のものになりかねないほどに。先程のカシウスの言葉はそう言う意味を含めての言葉だと感じていた。

 

三人が陣地を出ると同じぐらいに降り立つ『アルセイユ』。

そこから出てきたのは、アルフィン、エリゼ、シオン、ユリアの四人であった。

 

「まさか、誘拐騒ぎになっていたとは驚きでしたわ。」

「それは当然でしょう……アルフィンの我侭のせいで、こういう事態になったのですからね。」

あっけらかんな表情で話すアルフィンにエリゼはジト目で彼女を睨んだ。それを見たアルフィンはシオンに助けを求めるが、

 

「あぅ………シオン、フォローしてくださいませんか?」

「今回ばかりはお前が悪い。帰ったらちゃんとお説教を受けなさい。」

「エリゼもシオンも手厳しすぎますわ……よよよ………」

ばっさりと切り捨てたシオンの言葉にアルフィンは涙ぐんだ表情を浮かべるが、今回の事は流石にフォローのしようがないので……助け舟を出す人間はいなかった。その光景に頭を抱えたくなったユリアであったが、気を取り直してカシウスらのほうに向きなおった。

 

「カシウス准将、お疲れ様です。それで、首尾の方は?」

「大方はな。国境付近にいる連中に第二種戦闘配置の発令を。あくまでも、こちらからは発砲するなと徹底させるように。」

「ハッ、了解いたしました!」

ユリアが艦内に戻るのを見つつ、カシウスはアルフィンに会釈をしつつ、言葉を交わした。

 

「申し訳ありません、皇女殿下。ある意味人質扱いのような扱いになってしまったこと……お詫びのしようもございません。」

「あ……いえ、元はと言えば私の我侭でこういう事態になったのですから……私の方こそ、皆さんに詫びなければいけない立場です……シオン、ごめんなさい。」

色々なトラブルがあったとはいえ、このような事態になってしまったことにアルフィンは詫びの言葉を述べ、シオンにも向き直って深々と頭を下げた。それを見たシオンはため息をついて、アルフィンに諭した。

 

「ま、今回は良い教訓になったろう……ちゃんと、立場をわきまえて行動しろよ。」

「ええ……そのお詫びと言っては何ですが……んっ」

「!?」

シオンの言葉にアルフィンは頷き、シオンに近づくと……自分の唇を彼の唇に重ねた。つまり、キスと言うことで………

 

「流石、オリビエの妹……」

「あはは、だね……」

「やれやれ、最近の女性は逞しいことで………」

アスベル、シルフィア、カシウスは苦笑を浮かべ、

 

「…………」

「…………」

迎えにきたゼクスとナイトハルトは石化したかのように固まり、そして、彼女のお付きでもあるエリゼは、

 

 

「何やってるんですか、アルフィン!!」

 

 

叫んだ。

 

本人の持てる全力を振り絞るかのように放たれた彼女の言葉は帝国軍の陣地中を駆け巡るかのごとく響き渡ったという……

 

 

この後、第三機甲師団はアルフィン皇女殿下を送り届けるという名目で撤退………それを聞いた帝国宰相ギリアス・オズボーンは第三機甲師団に対して、皇族護衛の大任と命令への背信行為を比較し……周囲からの声もあり、共和国への牽制と言う建前のもと北東部のノルド高原の入り口にあたるゼンダー門への事実上の“左遷”を行ったのである。その代りにヴァンダール家は“侯爵”の階級を賜ることとなる。家としての昇格と軍としての降格……これにてバランスを取ることで周囲からの反発を抑えることにしたのだ。

更に、リベールの浮遊都市崩壊の一報を受ける形で国境沿いに展開していた帝国正規軍の11個師団は撤退を決定したのだ。

 

それから約一週間後……

 

~バルフレイム宮 帝国宰相執務室~

 

「第三機甲師団の移管は完了。後任には、第十四機甲師団が帝都南部を担います。」

「そうか……ご苦労。」

報告している女性軍人―――クレア・リーヴェルトの言葉を聞き終え、オズボーンは静かに頷き、クレアに労いの言葉をかける。相手の出端を挫くつもりがあっさりと押し返し……こちらの落としどころまで完全に見極められる形となったことにオズボーンは笑みを浮かべた。自分の描く“遊戯盤”―――『激動の時代』には、あの国も無関係ではいられなくなる。だが、あの国は巧みに立ち回ってくることも想定済みであった。このゲームには、彼らも参加してもらわなければ“面白味”がない。

 

「東部への視察の日程はどうなっているかね?」

「ほぼ予定通りです。レクターからは、数週間のうちに整う手筈と……」

その言葉を聞いて、こちらの計画通りに事が進んでいるようだ。尤も、表向きは東部への視察であるが、実際はそうではない。そうしているのは自分への敵対勢力所以の為でもある。

 

「そうか……では、予定通りに話を進めてくれ。」

「ハッ……失礼します。」

 

クレアが部屋から出た後、オズボーンは静かに椅子に座りこみ、顔の前で手を組むと、口元に笑みを浮かべた。そして、机にある一枚の写真―――第三機甲師団に同行していたこの国の皇族の一人にして、自分に“宣戦布告”した人物。オリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子……“放蕩皇子”と噂される人間が写った写真を見つつ、呟いた。

 

 

「さて、どうひっくり返すつもりなのか……お手並みを見せてもらう前に、私なりの“挨拶”をせなばなるまい……“宣戦布告”をな。」

 

 

現皇帝と平民であった女性の間に生まれた“庶子”。彼には十歳ほど離れた妹がおり、二人の母親は十年前に死去……いや、正確には“殺された”とも言うべきだろう。

 

『ハーメルの悲劇』による主戦派の主張……果ては、彼女を人質にしてまで強引に迫り、皇帝は已む無く開戦を決めた。しかし、戦争後半……主戦派の人間は『ハーメル』に関わる事実を突き付けられるも、彼女が人質にいることで皇帝は動けなかった。だが、彼女を人質にしていた主戦派が何者かによって死亡。それに伴う二次被害を被る形で……彼女も亡くなった。兄は十五歳、妹は五歳………その後で解ったことではあるが、人質を取っていた主戦派の一人は“貴族”であったのだ。そして、彼は<四大名門>―――現在の<五大名門>に連なる一人だということも。

 

 

~王都グランセル エレボニア帝国大使館~

 

「………」

「入るぞ……まだ起きていたのか……いや、眠れないのか?」

窓の外を見つめる一人の男性。すると、扉が開いて彼の親友である人物―――ミュラー・ヴァンダールが入ってきた。ミュラーはいつもならば軽い口調を零す彼がいつもならぬ表情をしていたことをすぐに見抜き、言葉をかける。

 

「流石親友……この国のことは僕にとっても他人事じゃないからね……もう、十年になるかな。」

「………そうか。もうそんな時期なのか。」

言葉をかけられた人物―――オリビエ・レンハイムもといオリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子。オリビエはそれに肯定しつつも、今日ばかりはセンチメンタルな気持ちになるのだと言わんばかりに呟き、それで大方の事情を察したミュラーも目を瞑った。

 

「僕も目を背けたかった……いや、無意識の内に目を逸らし続けていた。それでいてこの体たらくというわけだ……フフ、因果応報とはまさにこのことだろうね。」

だが、現実というものは時にして残酷というものだ。こうやって目を逸らしていたものが回りまわってこの結果になったのだから……オリビエは窓の外に映っている月と星空を見つめながら、自らの決意を空に願う様に、内心で呟いた。

 

 

(母上、貴女が言ってくれた言葉……『誰よりも皇族らしく在れ』……その言葉に誓って、僕は動く。エレボニアという良き国を……この国のような“誇り高き国”にするために……)

 

 




オリビエに関わる部分はオリジナル設定です。

こう考えた理由はいろいろあるのですが……一番の理由は、戦争を嫌がっていた皇帝が主戦派に押されて開戦し……終戦後に主戦派を処罰し、その派閥の中核とも言うべきオズボーンを宰相に自ら任命した『矛盾』です。

しかも、ほぼ全幅の信頼を宰相にしており、貴族派に対して明確な敵意というものがあると感じました。で、オリビエも貴族派を恨んでいるような発言関連から……おそらくはオリビエの母絡みであると思います。オズボーンの言葉の感じだと、それを当事者のような感覚で知っているのはその点なのではないかと……あくまで可能性ですが。

プリシラ皇妃の言葉もある意味ヒントですね。少なくとも、オリビエの母とプリシラ皇妃は仲が良かったのだと思います。私感ですが。

あとは、ハーメル絡みで一年もの間調べ続けるという精力さですね。『百日戦役』自体もそう言った意味ではまだまだ謎が多いです。



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第145話 まだ見ぬ未来へ(SC編終了)

『リベル=アーク』の崩壊……幸いにも、その落下による被害は微々たるもので済んだ。

 

本来の物理学云々で述べるならば、あれだけの構造物が分割して落下したとはいえ、ヴァレリア湖にすべて落ち切る可能性は低い上、ヴァレリア湖に落下したとしてもその落下による津波による被害は不可避であると考えられた。現実の津波もそれが言えるだろう。水という物体はその速度次第で凶器にもなりうる……仮に50cmの津波が80cm程度の幅、1cmの奥行だとしても、脚に掛かる重みは4kg……奥行きが25cmで1000000立方センチメートル……100リットル……浴槽の半分に満たない量で100kgの負荷に相当するのだ。水に高圧をかけてカッターのように使うことができるように……その恐ろしさは諸刃の刃とも言うべき自然の源である。

 

だが、その破片による被害は2アージュ(2m)程度の津波で済んだのだ。釣り人が津波に巻き込まれたものの、すぐに助け出されて命に別条はなかったようだ。そして、ヴァレリア湖周辺への被害も特に報告されることは無かった。

 

アリシア女王とクローディア王太女は今回の事件を受けて、エレボニア帝国代表として『アルセイユ』に同乗したオリヴァルト皇子並びにアルフィン皇女と公式会談を行うこととなった。

 

『今回は我々に落ち度があったと認めるべきであろう……その誠意として、未だに動かない鉄道網の再開も含め、二国間のあらゆる懸案事項を解決するための手助けをお約束しよう。皇族に連なる僕の……エレボニアとしてのせめてもの償いとさせてほしい。』

『ええ……オリヴァルト皇子のその言葉。これからの行動にて見せていただきます。』

『ふふ……』

『やれやれ、王太女殿下より手厳しいお言葉を頂くとは……だが、これも僕への試練ということでしょう。』

『オリヴァルト皇子。これからのご活躍……期待しておりますよ。』

 

今回の事件に対するエレボニア帝国側の『謝罪』の言葉を述べ、大国である二国間で未だに滞っている経済交流の促進などの懸案を解決することで合意。そのための進言を皇帝並びに帝国政府へ働きかけることを明言したのだ。そして、そのための親書をアルフィン皇女が届けるという大任を任されたのだ。オリヴァルト皇子は事後処理の関係で大使館に残ることを伝えた。

 

導力停止状態はわずか三日で収まり、『封印区画』と『四輪の塔』の装置も自動停止し……まるで何事もなかったかのように平穏を取り戻していた。人々の生活も混乱することなくいつも通りの生活に戻っていた。念のためにエステルらは各都市を回って復興状況の確認や依頼をこなしていった。

 

 

~ツァイス中央工房 大型ドック~

 

新たに建造された大型ドック。そこに佇むのは二隻の超弩級とも言うべき大型艦。一隻は白銀のシルエットに身を包んだ300アージュ(300m)クラスの空母。そして、もう一隻は『深紅の方舟』……そう、『結社』の所有していた超弩級戦艦『グロリアス』である。それは全て計器等に繋がれ、一部は解体され始めている。それを見て唸っているラッセル博士のもとに、彼の知り合いである青年―――アスベル・フォストレイトと男性―――カシウス・ブライトが近づく。

 

「博士、どうですか?」

「『結社』はつくづく化物じゃのう……その技術を知る儂ですら、これには驚きじゃ。」

博士はそう言葉を零して『グロリアス』を見上げる。『グロリアス』を強奪したのはライナス……そして、それをただ解体するよりもデータ分析して利用するという星杯騎士団の意向により、ツァイス中央工房が秘密裏に増設した大型戦艦ドックに収容され、解体が進んでいる。

 

「『導力停止状態』を前提とした駆動システム……現行の技術ですら追い越す物を軽々作り出していますからな。」

「うむ……じゃが、お前さんがああいった事を提案した時は驚いたぞ。」

「あはは……使えるものは埃を被らせるよりも使ったほうがマシですよ。」

そう言ったアスベルが提案したのは……『結社の拠点のデータ解析』であった。幸いにもそのデータの大半が残っていたので、あらかた回収した後に爆破済みである。無論、只爆破するのではなく砲弾の実験も兼ねての発破作業であるが。それを聞いた後、カシウスはアスベルに気になる懸案を尋ねた。

 

「アスベル、帝国にいる“あの御仁”がここを訪れる可能性は?」

「高いかと。まあ、表向きは国内地域の視察という形でテロ対策を行った上での非公式訪問の可能性が高そうですが。」

ましてや、帝国の皇族の一人が彼に対して“宣戦布告”している以上、それに対して釘を刺す……あるいは皇子の力を試すためにあえて行動する可能性がある……大陸西部でその領土を拡大する大胆不敵な施政者の彼ならば『やらない』という根拠などない。ましてや、彼の忠実な部下がこの国を訪れているということからも窺い知れることだろう。その答えを聞いたカシウスはため息を吐いた。

 

「やれやれ……大方俺に対しても釘を刺すつもりなのだろう……『先日の事件』で俺やお前も目を付けられているはずだからな。」

「でしょうね……まぁ、オリビエには色々頑張ってもらいますよ。」

それに、只でさえカシウスは『先日の事件』で帝国軍や情報局に目を付けられている可能性があるのは間違いない。それを言えば同じような立場であるアスベルやシルフィアも似たようなものではあるが。だが、彼が帝都を離れるというのはある意味好機であり、その側近である“かかし男”もそれに付随するとなれば、こちらの“プラン”も成功確率が高くなる。

 

「………博士、例の四番艦とファルブラント級の進捗状況は?」

「四番艦の方は大方済んでおる。それと……巡洋艦は既に九番艦まで建造は開始しておるが……七番艦のみ船体まででよいのか?」

アスベルの問いかけに博士は笑みを浮かべつつ答えたが、気になることを問いかけ、アスベルは静かに頷いた。

 

「ええ………元々計画では11隻のうち一隻はそうする予定でしたし。」

「今度は何を企んでいるんだ?」

「企むって……そうですね……」

本来の予定よりも繰り上がったアルセイユ級……その後継機となるファルブラント級の一隻が担う護り手は、王国ではない。その翼が舞う場所は、既に決めている。

 

 

『『速き隼』のⅦ番艦……その翼を、帝国を駆ける抑止力に仕立て上げます。ZCF・ラインフォルト社の共同プロジェクトとして……』

 

 

~リベール-エレボニア国境 フレイア門~

 

その頃、リベールとエレボニアを隔てる国境に聳え立つ……フレイア門を通り抜けた二人の人物。銀の髪を持つ男性―――ライナス・レイン・エルディールの隣を歩くのは、サングラスをかけた人物……『執行者』No.Ⅷ“痩せ狼”ヴァルターであった。彼がすんなりここを通り抜けられた理由……それは、彼の身柄を七耀教会―――星杯騎士団が預かる形で拘束したのだ。

 

ライナスが『グロリアス』を占領する際、ヴァルターと一戦交えたが……ほぼ十全の状態とも言えるライナスの前にはヴァルターもあっさりと敗れたのだ。死をも覚悟したヴァルターであったが、ライナスはこう問いかけた。

 

『僕は教授が嫌いだ。だが、君を殺す気にはならない。君は自分の意義に迷っている気がする……』

 

図星を突かれ、ヴァルターは押し黙る他なかった。あっさりと見抜いた自分の事情……それを見たヴァルターは、彼の言葉を聞き、問いかけた。

 

『なあ……俺は強くなれるのか?』

『弱腰だね……武術は気の持ちよう。単純にそういうことだと思うけれど?』

『クックック……ジジイと同じことをぬかしやがるたぁ……だが、負けた身分で反論は出来ねぇなあ……俺をアンタの部下にしてくれ。』

『フフフ………僕は少々荒っぽいよ?』

『望むところだ。『結社』仕込みの力、甘く見るんじゃねえぞ?』

 

そう言う形ではあるが……ライナスの従騎士としてヴァルターは生きていくことにした。人殺しすら厭わないその仕事……ヴァルターにしてみれば、ある意味『結社』と変わらないことに苦笑を浮かべた。そして、ヴァルターという名前は……あの時に死んだ。これから彼が名乗る名前は……

 

「『“破壊者”バルバトス』……これが、これからの俺の名という訳か。」

「そういうことだね………さて、そろそろ迎えに来る頃だろうけれど………」

そう話している二人に近寄るのは漆黒の服に身を包んだ青年。その青年は二人を見つけると笑みを零して話しかける。

 

「これはライナス殿。それに……よもや『結社』の『執行者』を連れてくるとは……総長殿は大笑いしておりましたよ。」

「“黒鍵”フィオーレ殿自らとはね……ともかく、彼の……『“破壊者”バルバトス』の事は一任する。」

「フフ、承知しました……第十位“黒鍵”フィオーレ・ブラックバーンという。その名に恥じぬ働きを期待しよう。」

「言ってくれるじゃねえか……(コイツ、奥底が見えねえぐれえに黒すぎる……)」

“守護騎士”……その第十位の位階を持つフィオーレの持つ雰囲気にヴァルターも思わず一歩下がってしまうほどであった。フィオーレに連れられる形でヴァルターもといバルバトスは去り……それを見届けたライナスはリベールへと戻っていった。

 

 

~東回り定期船『セシリア号』~

 

……ラヴェンヌ村にある共同墓地を訪れていたのは、エステル、ヨシュア、カリン……そして、レーヴェの姿であった。エステルとカリンは慰霊碑の前に花束を添え、四人は静かに目を瞑って祈りを捧げた。そして、祈りが済むと、村を後にし……ボースから定期船でロレントへと向かうこととなった。

 

「それにしても、レーヴェの措置には驚いたわ……」

「そうだね……」

そう言葉を零したエステルとヨシュア。それにはレーヴェも苦笑を浮かべつつ言葉を返した。

 

「それは俺自身も思ったことだ。ヨシュアとは違って表舞台に出ていた俺に“恩赦”が与えられるとは思わなかった……それと、終身までこの国の騎士であることを命ぜられるとは……紛い物であったロランス・ベルガーという役割がこういった形となって俺を手助けするとは思いもよらなかったがな。」

「フフ、そうですね。」

『執行者』としてこの国を混乱に齎しながらも、最後は協力して首謀者の殲滅の功績を七耀教会から打診され、それを受けた女王陛下は無期限でのこの国への奉仕活動とする“恩赦”を与えた。それをスムーズにするために、カリン・アストレイには王室親衛隊中隊長(大尉)の階級を任ぜられ、『天上の隼』の五席に加わることとなった。これにはカリンも笑みを零した。

 

非公式ではあるが……今回の事件によって第一種国際犯罪組織に認定された『身喰らう蛇』、準一種国際犯罪組織として『赤い星座』『北の猟兵』『黒月』が認定されたのだ。非公式としたのは元組織の人間である面々に配慮することでもあるのだが……『不戦条約』絡みにも関わることでもあったのだ。

 

「それ以上に、カシウス・ブライトが提案したことにも驚いたがな……」

「でも、私は賛成ですよ。家族が増えるのですから……レナさんも『私の事はお母さんと呼んで』と言われましたし。」

「はは……カリン・アストレイ・ブライト…レーヴェとカリンさんが結婚するわけだし…レーヴェもいずれ家族になるのよね。」

「そういうことになっちゃうね……」

カリンはカシウスとレナの提案を快く受け入れ、ブライト家に養子として入ることとなった。元々ハーメルの関係で戸籍が完全に鬼籍化していたため、ヨシュアを引き取ったカシウスならば問題ないということで女王陛下自らが許可したのだ。エステルにしてみれば自分の姉と兄のような存在が増えることに喜び半分と困惑半分であったが、ヨシュアの事を考えると諸手を上げて賛成したのだ。

 

「も、もう、エステルさん………」

「あ……家族になるわけだし、カリンさんのこと、お姉さんって呼んでいいかな?あたしのことは呼び捨てでいいわよ、“姉さん”。」

「………そうね、エステル。」

(………)

(どうした、ヨシュア?)

(いや……女性って強いね。)

(そうだな……)

考えて見ると……リベールの英雄であるカシウス、『蛇の使徒』ですら家事の前では敵わないレナ、レイア仕込みの膂力と父親譲りの武術の才能と母親譲りの性格を持つエステル、『守護騎士』であるカリン……そこに、元『執行者』であるヨシュアとレーヴェ……ブライト家の存在が他よりも完全に浮き出た存在になっていることにヨシュアは頭を抱えたくなった。

 

「あ、そういえば……レーヴェ、第二柱“蒼の深淵”と第七柱“鋼の聖女”って知ってる?」

「なに……会ったのか?」

「あ、うん。うちのお母さんに家事を習っていたみたいだけれど……心当たりあるかしら?」

「………第一柱“神羅”。恐らくは彼絡みだろうな。」

「…………ヨシュア、本当なの?」

「うん………僕もエステルも信じたくなかったけどね………そうだ、姉さん。これ、返しておくね。」

エステルの口から出た事柄に、元身内とも言うべきレーヴェは唖然とした表情を浮かべた。これにはカリンやヨシュアも複雑な表情をしていた。すると、ヨシュアが思い出したように懐から楽器―――ハーモニカを取出し、カリンに差し出した。それを見たカリンも目を見開いた。

 

「これは………」

「そのハーモニカは………」

「あ……それってヨシュアの………ううん、カリンさんの………」

カリンは手渡されたハーモニカを見つめて呆けた声を出し、ハーモニカを見たレーヴェは驚き、エステルは驚いた表情で呟いた。彼女がずっと持ち、ヨシュアに手渡され、そしてエステルに渡されたハーモニカ……ここにいる四人を繋いだ大切なものは、十年という月日を経て元の持ち主である彼女の手へと戻った。

 

「姉さんがあの時、手渡したハーモニカ………ずっとそれを姉さんの代わりとして持っていたけど、姉さんが生きている以上それは僕が持つ物じゃないよ………それにやっぱりそのハーモニカは姉さんが持つべき物だもの。」

「ヨシュア…………ありがとう…………」

ヨシュアの話を聞いたカリンは優しい微笑みを見せて、ハーモニカを両手で大事そうに包み込んだ。

 

「……そうだ!ねえねえ、姉さん。せっかくだし、ここで一曲吹いたら?そうね……“星の在り処”で。」

「フフ、そうね…………わかりました。ちなみに確認しておくけど、“星の在り処”でいいですか、エステル。他の曲もたくさん吹けますが………」

「うん!他の曲なんていらないわ!」

「だって姉さんには………」

「俺達が好きなあの曲………“星の在り処”が一番似合っているからな。」

カリンに確認されたエステルは力強く頷き、ヨシュアが言いかけた所を口元に笑みを浮かべたレーヴェが続けた。

 

「…………もうっ……………」

三人の答えを聞いたカリンは恥ずかしそうに笑った後、ハーモニカで優しい微笑みを浮かべながら“星の在り処”を吹き始めた。その心地よいメロディーは定期船に乗るすべての人々に響き渡る様に……これからの四人を祝福するかのように包み込んでいったのであった。

 

 

 

―――『リベール百日事変』……崩れ落ちる浮遊都市……そこからこぼれ落ちた光の欠片。

 

 

 

―――それから半年後……その欠片が齎すは、様々な人との出会い。

 

 

 

―――そして“転生者”は各々の闇に向き合う。今まで彼らが負ってきた“業”に。

 

 

 

―――出身も身分も異なる彼らが、一人の人間と関わったことによって起こる事件。

 

 

 

―――世界と時間を超えた“軌跡”……空の軌跡最終楽章―――『The 3rd』。

 

 

 

―――………彼らの因縁は、まだ終わらない。

 

 

 




ということで、おおよそ三ヶ月でSC編終了です。次は3rd編です。

進め方としては、各キャラエピソード→キャラ設定→3rd本編の流れの予定です。
少なくとも各キャラ1エピソードぐらいは用意してあげたいです。


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3rd編~影の国御一行様~
ケビンの扉 ~外法狩り~


最初はこの人から


数年前……正確には、『紫苑の家』事件後……俺はケビンのもとを訪れた。

 

 

~アルテリア法国 星杯騎士団本部~

 

法国にある本部の一室……そこにケビンの姿があった。見るからにやつれている様はこの数日間何も飲まず食わず……それが手に取るようにわかる感じであった。

 

「失礼する……やれやれ、すっかり痩せちまって………」

「……アスベル。」

その様子からするに、ルフィナのことはただの知り合いなどではなく、ケビンにしてみればある意味特別な存在であるということはアスベルのみならず、誰の目から見て明らかであろう。

 

「……ルフィナのことは残念だった。だが、不幸な事故というものは往々にして起こるものだ。俺らのような手合いにはな。」

だからこそ、アスベルはひたすら力を磨き続けている。この世界を変えるためには、最終的に『神』を相手にしなければならない……故に到達点はないのだが……人を失う悲しみは、人生すら狂わせる……尤も、目の前に映る御仁は全ての事情を知っているわけではないが……

 

「……殺して………くれ…………」

「………なに……………」

顔を地面に下に向けたまま呟いたケビンの嘆願を聞いたアスベルは驚いた後、目を細めてケビンを見つめた。

 

「もう………オレが騎士として………やっていく意味なんてない………それどころか………生きてる………意味すらも………アスベルにやったら………文句はない…………痛みを感じるヒマもなく………一思いに………やってくれそうやし………」

身内殺し……だが、今のケビンの言葉はわがままを言っているようにしか聞こえなかった。

 

「解った、いいだろう―――なんて、俺が言うと思ったか?痛みを感じる暇もなくひと思いに殺して欲しいだと?笑わせるな。てめえにそんな権利があるとでも思っているのか?その血と肉を七耀の理に、魂を女神に捧げたはずのお前に?しかも、年下の俺にそんなことを頼むとは、とんだ弱虫だな、お前は。」

「…………っ……………」

責めるような口調のアスベルの問いかけにケビンは唇を噛んだ。

 

「……とまぁ、総長なら皮肉たっぷりにそう言い放つところだろうが……泣き言が言えるんなら、まだ生への渇望位は残っていると見た。今回に関しては俺ですらも躊躇ったからな。お前にしてみれば、処刑よりも辛い処分になるだろうが。」

一方ケビンの様子を見たアスベルは不敵に笑った後、溜息を吐いて答えた。“上”の決定とはいえ、この宣告とも言うべき言葉は今のケビンにとって“罪”を背負う言葉だということに。

 

「……………どういう………ことや?」

「―――従騎士ケビン・グラハム。法王猊下の命により、本日をもって貴公を“守護騎士(ドミニオン)”第五位に迎える。」

「…………え…………」

アスベルの言葉を聞いたケビンは黙り込んだ後、わずかに顔を上げて信じられない様子で呆けた。まるで『聞き捨てならない言葉を耳にした』かのような言葉に……ケビンはアスベルに困惑の表情を向けるが、アスベルは話を続ける。

 

「ここ数十年、『第五位』が空位だったのは噂程度には知っているだろうが……お前がその『第五位』だったわけだ。」

「………」

呆然とするケビンではあるが、無理もない話だ。星杯騎士同士で殺し合ったようなもので、それに対する処分……ケビンにしてみれば罰が来るものだと思ったのは違いない。

 

「これでお前と俺は同格………長らく主のいなかった伍号機もようやく日の目を見るってことだな。」

「………なんや………それ………」

だが、告げられたのは自身の『昇格』……それも、星杯騎士の中で最も特別な存在である十二名の騎士―――『守護騎士(ドミニオン)』の一員として選ばれたことに愕然としている。

 

「ああ、それと守護騎士は自ら渾名(あだな)を名乗る習いらしい。お前も今の内に適当に考えておくといいだろう。」

「そ、そんなこと………聞いてるんやない………な、なんでオレが………そんな………姉さんを………ルフィナ姉さんを………守れんかったオレが………」

 

 

「『―――確かに、その件に関しては悲しい出来事だ。されど、“第五位”の顕現は非常に喜ばしいことでもある。だが、今は『悲しみ』よりも彼女を喪った『損失』……彼女に匹敵しうる行動を“第五位”には切に願う―――』―――法王猊下直々のお言葉だよ。」

ケビンの言葉に答えるようにアスベルは淡々とした口調で答えた。法王とて今回の事件は悲しいと表現していた。だが……今は改革の最中。ここで歩みを止めるわけにもいかない。そのことは、法王のことを知っているアスベルにも痛いほど理解していた。

 

「………クク………ハハハ…………なんやそれ………なんなんやそれ………ひゃははははッ!!」

アスベルの言葉を聞いたケビンは声を低くして笑って呟いた後、やがて顔を上げて大声で笑った。

 

「………」

ケビンの様子をアスベルは黙って見つめていた。

 

「クク………オレが!?ルフィナ姉さんを守りたくて騎士になったこのオレがっ!?その姉さんを喰いものにして守護騎士に選ばれるやと………!?あはは、傑作や!傑作すぎて笑い死んでまうわ!ひゃー――っははははははッ!!」

「…………」

確かに、その当事者からすれば、『そう捉えた』としても何ら不思議ではない。とりわけ、裏で力を持つということはそれ相応のリスクが伴うということだ……かつての俺自身がそれの被害者なだけに、ケビンの気持ちも分からなくはないが……アスベルの眼前に映る彼は『優しすぎる』……それは、率直に思っていたことだ。

 

「………クク………ハハハ………ふふ………はは…………」

笑い終えたケビンはやがて声を落とした後、黙り込んだ。

 

「――――さて。どうするんだ?ケビン・グラハム。お前にはこの要請を辞退する権利がある。もっとも騎士団千年の歴史で守護騎士に選ばれながら辞退した者はただの一人もいないという話だがな。」

「フフ、そうやろな………」

アスベルの問いかけにケビンは嘲笑した後、やがて顔を上げ、凶悪な笑みを浮かべ、さらに目をどす黒く濁らせ、アスベルを見上げて答えた。

 

「―――“守護騎士(ドミニオン)”第五位、謹んで拝命させてもらいます。さっそく今日からでも仕事を回してくれて結構ですわ。」

「………了解した。総長には俺から伝えておこう。」

ケビンの疑問にアスベルは重々しく頷いて答えた。

 

「ああ、回すんならなるべくハードなのを頼むで。おっと………それから渾名やったか?うーん、そやな………“外法狩り”―――そんな感じで行くとするわ。」

自分がこれから名乗る渾名――“外法狩り”を口にした。

 

「解った。とりあえず、腹を満たしておけ。肝心な時に動けなかったら、その渾名も泣いちまうぞ。」

「容赦ないな、アスベルは。ま、守護騎士としては先輩やしな……素直に従っておくわ。」

そう言って、アスベルは踵を返すと……部屋を後にした。部屋を出ると、其処にいたのは同じ守護騎士の人物であり、その容姿は二十歳前後の青年であるが、本人曰く『30歳』だという御仁であった。

 

「ライナスさん。」

「ご苦労だね、アスベル。僕だとケビンを殴り殺していたかもしれなかったからね……そう言った意味じゃ、君には苦労を掛けてしまったね。」

「シルフィほどじゃないですよ。俺なんかまだまだ……」

守護騎士第二位“翠銀の孤狼”ライナス・レイン・エルディール。特徴的なのはその銀髪。それに対して翡翠の特殊なコートに黒のシャツとズボンという出で立ちをしている。騎士団の中では副長的存在であり、アインやシルフィアのことをよく知る人物であり、ルフィナとは婚約者の関係であった。

 

何でも、ルフィナとは来月結婚式を挙げる予定だったらしく、紫苑の家に帰った際にはそのことを打ち明ける予定だったという。その矢先の出来事………ちなみに、ルフィナの生存の事はライナスに伝えているが、やはり今回の一件は許せるものではないというのは、彼の放っている威圧からして明らかであった。

 

「しかし、典礼省のオーウェン神父か……例の破戒僧のことといい、内部がどうにもきな臭い。」

「ええ……まぁ、シルフィが鞭打って総長を動かしてましたので、どうにかなるかと。」

「………その言葉だけを聞くと、シルフィアがトップに聞こえそうだね。」

それにはアスベルも苦笑を浮かべた。とりあえず、一息ついてライナスに真剣な表情を向ける。

 

「例の破戒僧、やはり『結社』に?」

「その可能性が高いね。僕の見立てじゃ五年以内……枢機院の改革のお蔭で、少しは楽になったけれど、あのグータラはまた難題を言ってきそうだ。」

「解っている分性質が悪いのですがね……」

三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだ。たとえ変わる素振りが見えても、その人の本質そのものが変わるわけではないだけに、アスベルとライナスは揃ってため息をついた。すると、そこに一人の男性……漆黒の神父服に身を包んだ青年が姿を見せ、アスベルとライナスは表情を強張らせる。

 

「フィオーレ・ブラックバーン……守護騎士でもきっての“処刑人”がこんな場所に来るとは、珍しいこともあったものだ。」

「これはこれは、“翠銀の孤狼”殿に“京紫の瞬光”殿。何、私がここに来たのは彼―――『第五位』の後見を枢機院に頼まれたからですよ。」

「何?」

真剣な表情を崩すことなく言ったライナスの言葉を意にも介さず、フィオーレと呼ばれた人物はこの場所に来た理由を述べ、アスベルは目を細めた。

 

「ご心配なく。私は個人的に“翠銀の孤狼”殿や“京紫の瞬光”殿を気に入っております故、反故になるようなことは致しませんよ。その点は女神に誓っても構いません。」

「(ケビンの事を考えれば、ある意味適任者なのには違いないが……)解った。枢機院のことはともかく、第五位“外法狩り”ケビン・グラハムのことは“黒鍵(こっけん)”殿に一任する。」

「これは物騒な渾名を名乗るのですね……畏まりました。ケビン・グラハムに関しては私が責任を持って預からせていただきましょう。それでは、枢機卿へのご挨拶がありますので、これにて……」

フィオーレの言葉には些か腑に落ちないが、それでも守護騎士であることを反故にしない人物であるが故に、アスベルは一息ついた後、ケビンの後見を認め、その言葉を聞いたフィオーレは軽く会釈をして、その場を後にした。

 

「いいのかい?」

「いいも何も……ケビンが望んでいる『ハードな奴』ですと、後見にはそれを専門に引き受けている人間の方がいいでしょう……男に気に入られているというのは寒気しかしませんが。」

「その気持ちには同情するよ……僕としては怖気が走るぐらいだよ。」

守護騎士第十位“黒鍵”フィオーレ・ブラックバーン……守護騎士の中でもハードな任務……とりわけ、アーティファクトによる重罪人の処刑を中心に取り扱ってきた人間。見るからに極悪そうな笑みを浮かべることがあるが、それでもアインに対して絶対の服従を誓っているらしい。本人曰く

 

『彼女は主、私は下僕。そういうことなのですよ。』

 

ということらしい。その意味に関しては大方の察しがついてしまうので聞かなかったことにしておきたいが……あと、ライナスやアスベルのことも個人的に気に入っているらしいが、彼らにしてみれば恐怖の対象でしかない。男が男に惚れられる……そう言う趣向が好きな人には歓喜ものであるが、ライナスとアスベルは普通の嗜好であるということを付け加えておく。

 

「後は、ケビン君次第ということかな。」

「……ですね。」

 

―――第五位“外法狩り”ケビン・グラハム……後に大任を得ることになる彼のはじまりであった。

 

ケビンはフィオーレのもとでその技術を磨き、<聖痕>の扱いや『アーティファクト』のコントロールもこなせるようになっていった。そして、この四年後……

 

 

~特殊作戦艇『メルカバ』伍号機 ブリッジ~

 

『―――ということだ。』

「エラい気の入れようですな……いや、そこまでせえへんとヤツは倒せへんちゅうことですか?」

停泊中のメルカバのブリッジにて、ケビンは通信でモニターに映る自分の上司的存在―――総長であるアイン・セルナートと話していた。彼女の口から述べられたこの艦の『任務』を聞き、ケビンが尋ね返すと、アインは珍しくも真剣な表情を浮かべた。

 

『過去に戦った経験から、とでも言っておこう。ともあれ、予定通りに動いてくれ。』

「解りました………はぁ」

そういうやり取りがあってモニターが収納されると、ケビンはため息を吐いた。いつものことながら総長(あの人)はいつも唐突なのだ。そのことは解っているのであるが、どうにも慣れない表情を浮かべると、操縦をしている彼の部下の騎士が言葉をかける。

 

「お疲れ様です、グラハム卿」

「いつもお疲れ様ですね。」

「あ~……その言葉が今は胸に染みるわ……グランセルの近くで降ろしてくれへんか。ほんで、そちらは予定通り本国へ戻って『アレ』の運搬を頼むで。」

「了解しました。」

そう言ったやり取りの後、ケビンはグランセル近郊に降り立ち、メルカバは重要な任務のために飛び立っていった。

 

 

~王都グランセル~

 

(さて……まずは大聖堂に挨拶とグランセル城に足を運ぶとしよか。というか、流石に雨を浴び続けるのは嫌やし……ん?)

色々あるが、まずは当初の予定を片付けようと足早に大聖堂へと向かおうとしたケビンであったが、ふと気になる者が過ったことにケビンがそちらを見やると、ツインテールの少女が走って空港に向かって行ったのを目撃した。単純に雨を避けるために急いでいるという風にも見えたが……どうにも気がかりを感じてケビンは少し考え込む。

 

(……追っかけてみるか。たまには自分の直感を信じてみるのも悪うない。)

少し段取りは狂うが、今回の任務にもしかしたら関係あるかもしれないという彼女の存在に何かを感じたケビンは急いで彼女の後を追うことにした。

 

 

その結果、ケビンは上手く任務をこなすことができた。“教授”の抹殺は秘密裏とされ、その表舞台から完全に消されることとなった。それから半年……ケビンはエレボニア帝国東部の都市、“翡翠の公都”バリアハートの飛行場にいた。

 

 

~バリアハート 飛行船乗り場~

 

ケビンの周囲にいるのは、上流階級や軍人、平民と様々であった。その中でも一際目立つ格好のケビンは自分の目の前に映る飛行船を見つつ、ため息を吐いた。

 

「豪華客船『ルシタニア号』……はぁ、仕事やなかったらバカンスを楽しむところなんやけれど。」

今回の仕事は『古代遺物の回収』ならびに『所有者の逮捕』。本来ならば第二位がその仕事を請け負う予定であったが、他の仕事との兼ね合いのため、ケビンにそのお鉢が回ってきたのだ。ケビンはリベールにいる第三位、第六位、第七位にその仕事を請け負うよう総長に進言したものの、

 

『―――その三名は今リベールにいない。第三位はレマン自治州、第六位はレミフェリア、第七位はカルバードに赴いている。』

 

との返答にケビンは何も言い返せなかった。やむなくその仕事を引き受けたのはいいものの、処罰ではなく逮捕ということにはケビンも面倒な任務になるであろうと思っていた。ともあれ、『蛇』絡みの可能性があるため、気を引き締めて事に当たる必要があると感じた。

 

「ま、パーティーには一応参加できることやし……おもいっきり楽しんどこうか。」

 

そう言って他の乗客に紛れ込むように乗り込んだケビン………その彼を艦の上で見つめる一人の人物。その表情を仮面で覆い隠す人物は、静かに笑みを零すような声をあげた。

 

 

『フフフ……ようやく会えたね。ケビン・グラハム……』

 

 

そう言って姿を消す……

 

乗客を乗せた『ルシタニア号』は静かに上昇していく………その夜、宴の序章が幕を上げる。

 

 




暫くはインターミッション的な扱いです。
話のナンバリングは本編に入ってからとなります。


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リースの扉 ~守護騎士~

 

~アルテリア大聖堂~

 

リベールの事変解決後より四か月後……アルテリア法国にて、一人の女性が祈りを捧げていた……シスター服に身を包んだ女性―――彼女の名前はリース・アルジェント。ルフィナ・アルジェントの妹であり、ルフィナやケビンとは幼馴染の関係に当たる。

 

それをみていたパールグレイの髪の少女―――エリィ・マクダエルが声をかけた。

 

「おはようございます、リースさん。」

「おや……おはようございます、エリィさん。少々お早いのでは?」

リースがそう言いながら時計を見やると、時間は5時半を差していた。施設にいた時からこの時間に起きるのが当たり前となっていた自分とは違い、留学に来ている彼女にとっては少し早い時間だと述べると、エリィは笑みを零しつつ言葉を返した。

 

「そうかもしれませんが……私もたまにこの時間に起きることがありまして……その癖で今日は早かっただけですので。」

「成程。折角ですので、掃除のお手伝いをお願いできますか?」

「ええ。構いません。」

その言葉を聞いてリースは箒を手渡し、エリィはそれを受け取った。二人が手早く掃除を進めていると、そこに一人の女性―――リースにとっては師匠的存在であり、自分の姉の親友とも言える女性の姿が目に入り、リースは手を止めて挨拶をする。

 

「これはセルナート卿、おはようございます。」

「ああ、おはよう。おや、マクダエルさんにも手伝ってもらっているのか。」

「私も早く起きてしまったので……おはようございます、アインさん。」

「おはよう……私はおとなしくしているから、早く掃除を済ませてくれ。」

リースの武術の師匠―――星杯騎士団『守護騎士』第一位“紅耀石”アイン・セルナートの姿に二人は手を止めて挨拶をかわし、挨拶を返しつつもアインは近くの椅子に腰かけ、二人の様子を見守る。彼女が“大人しくする”という言葉に違和感を抱きつつも、リースは掃除を再開し、エリィもリースの動きを見て掃除を再開した。

 

その後、リースとエリィはアインの案内で大聖堂近くにある大衆食堂に案内され、朝食をとることになる。その店は主食系お代わり自由なので、人一倍というか人三倍食べるリースにとっては凄く重宝しているお店の一つであり、今や常連となっていた。

 

「あ、相変わらずですね、リースさんは……」

「いつみても変わらないな……ルフィナやケビンはさぞかし苦労しただろうな。」

「お、大きなお世話です!」

 

エリィにしてみれば、そのカロリーのどこに消費する要因があるのか不思議でならなかった。サラダも主食もおかずもデザートも普通の女性どころか男性ですら引くぐらいの容量を食べきっているのだ。アルテリア法国内に大盛りチャレンジ系の店がないのは、彼女の存在があるからだと噂されるほど、リースの存在は他の従騎士に比べて浮いた存在であった。ただでさえルフィナ・アルジェントの妹という存在と、師匠が星杯騎士団の総長という有名税的なものがあるだけに、その動向は注目されていた。

 

朝食を食べ終えると、アインはリースを連れ出す形でエリィと別れ、とある場所に来ていた。その場所に並ぶは墓石……墓地である。それも、星杯騎士の墓地。ここにある墓石の半分近くはその下に遺体がない……そして、リースの姉の墓石もその一つである。

 

『―――Rufina=Argent(ルフィナ・アルジェント)

 

その場所に来た二人は静かに祈る。尤も、リースはともかくアインは本気で祈っているわけではなく、あくまでも“フリ”である。祈りを終えると、アインはリースに真剣な表情を向ける。

 

「さて、私から教えることは殆ど教えた……だが、お前にしてみれば『肝心な事』を聞いていない……そんな表情だな。」

「はい……姉様はどうして死んだのか……そして、あの事件以降連絡が取れないケビンのことも……」

解らなかった……星杯騎士となった姉と、同じく星杯騎士となった自分の幼馴染のような存在……その二人の事を私は何も知らなかった。幸いにも才能があったため、姉の親友であったアインの教えを乞うことができたが……彼女も口をつぐんだままであった。その言葉を聞いたアインは懐から一枚のメモを取りだし、リースの手に握らせた。

 

「これは……」

「私の幼馴染……そして、ルフィナの婚約者であった存在がいる場所のメモ……奇しくも、私と同じ立場という男だよ。」

「え……」

その言葉にリースは反応しつつも、言葉が見つからなかった。自分の姉に婚約者がいたことも……そして、その相手は“守護騎士”だということも……驚きという他なかった。困惑するリースを見つつも、アインは煙草を吹かしながらも踵を返した。

 

「ソイツのもとで二ヶ月ほどの修行だ。所属は追って説明する……幸運を祈る。」

そう言ってその場を後にしたアイン。残されたリースはメモに書かれた場所に目を通しつつも、日光に照らされる自分の姉の名前が刻まれた墓を見つめた。彼という存在に一縷の望みを託しつつ、リースは大聖堂へと戻った。

 

 

翌日、書かれた場所―――都市郊外の森の中の一角に開けた場所。そして、傍らには木造の家屋。更に聞こえるのは……金属がぶつかり合う音であった。その音の方向にリースが歩みを進めようとした瞬間、右の方向から何かが飛んできて、リースは得物である法剣(テンプルソード)を抜き放ち、構えるが……その人物は少年―――しかも、自分にとっては“上司”である人間だった。

 

「え……ヘミスフィア卿!?」

「な……へぇ~、シスター・リースがこんなところに来るとは……もしかして、師匠絡みかな?」

「恐らくは……ヘミスフィア卿は師匠の幼馴染ではないですよね?」

「流石にそれは無いかな……何せ、僕が守護騎士に“なった”時に初めて出会ったわけだしね♪後、流石に歳が離れてるからね。」

第九位“蒼の聖典”ワジ・ヘミスフィアはリースの姿に驚きつつも、リースの問いかけにいつもの軽々しい口調で答えを返した。すると、奥の方から彼の師匠的存在である第二位“翠銀の孤狼”ライナス・レイン・エルディールが姿を見せた。

 

「おや……リースか。大方アインの差し金か……おそらくは二ヶ月ぐらい面倒を見れってことか?」

「……あの、何で解るんですか?」

「君の所属は既に決まっているということさ……『第五位』の所属にね。」

 

ライナスの言葉にリースは表情を険しくした。第五位“外法狩り”……その噂は星杯騎士であるリースも耳にしていた。十二名いる『守護騎士(ドミニオン)』の中で重罪人の処刑を一手に引き受けている人間。その人間への所属が決まっていることにはリースも反対はしない……だが、第五位に関しては色々と噂があるのも事実であった。報告書はまともにあげない……浮ついた行動が目立つ……神父というよりはナンパが趣味の軽い青年という噂が立つほどであった。色々と大丈夫なのだろうかとリースは不安を感じずにはいられなかったが、それを察してかライナスとワジは話を続けた。

 

「『第五位』というと、彼か。『不幸なハーレム騎士』の名誉(?)がついた『第三位』とか、『影の実力者』とか言われる『第七位』に比べるとインパクトが薄い人間であるけれどね。」

「そう言ってやらないの、ワジ。彼等の大本はあのグータラ総長(アイン・セルナート)の仕業だからね……ともあれ、リースが行っても問題は無いと思う。いざとなったらビンタしてでもいい。僕が許すよ。」

「………」

第三位“京紫の瞬光”アスベル・フォストレイト、第七位“銀隼の射手”シルフィア・セルナート……その両名はリースにとっても顔馴染であった。姉の所属は第七位付正騎士であり、その上司であるシルフィアと……アイン自らが見つけたアスベルとは何かと顔を合わせることが多かった。とはいえ、彼等も紫苑の家に関してはその全てを明かすことはしなかった。というか、同じ立場とはいえそのようなことを軽々しく言っていいのかとリースは率直に思った。

 

「ともあれ、その様子だと法剣の扱いはそれなりに出来ているから……基礎体力を徹底的に磨くよ。」

「え………」

「ということは、『アレ』をやるんだね。やれやれ……シスター・リース。覚悟を決めた方がいいよ。」

「???」

ワジの言葉の意味………リースは文字通り知ることになる。基礎体力……それは何と………

 

「(な、何でこんなことに……)」

「(これが師匠流なのさ……)」

断崖を登るロッククライミング……しかも、命綱なしという超危険なものだ。だが、慣れていないリースに関しては一応命綱を付けている。仮に落下したとしてもライナスの法術で助ける+衝撃吸収マットという措置は取っている。だが、落ちようものなら翌日の訓練メニューが二倍に増えるという鬼畜仕様でもある。

 

『星杯騎士の命は失われやすい』……その生存率を上げるには、命の瀬戸際を知ることというライナスの持論に基づく訓練法である。無論、ロッククライミングだけではない……砂地でのシャトルラン・中距離走・反復横跳び……模擬戦や魔獣との実技訓練……基礎を徹底的に固めることで応用の底上げを同時に行うものである。その結果………

 

「………」

「気絶しているね……師匠、初日から飛ばし過ぎじゃない?」

「これぐらいはこなしてもらわないと……アスベル、シルフィア、レイア、トワ、セリカは最後までやりきったからね。」

「いや、あの五人はある意味“常識外”だから…第六位“山吹の神淵”でも、最初の方は気絶していたわけだし…」

空腹だとか言う前に、完全にぐうの音も出ないほどに疲れ切っているリースを見てワジが諌めるが……ライナスの言葉に反論しつつも未だに起き上がらないリースを見つめる。それを見て仕方ないとでも言いたげにライナスは息を吐き、リースを抱えて家屋へと入っていった。それを見つつも、ワジも彼らの後を追う様に家屋の中に入っていった。

 

目を覚ましたリースは用意されていた六人前もあろうかという量の食事を平らげ、一日の疲れを風呂で癒し、本能の赴くままに寝床へと入って眠りに就いた。その光景を呆れ半分笑い半分で見つめたワジは眠ったリースの姿を確認すると、静かに寝室を後にした。

 

「……で、彼女にはいつ話すんだい?第五位……ケビンのことは。」

「訓練が終わるころに話してほしい……総長がそう言っていた。今は訓練に集中してほしいからね。変に気が回って怪我でもされたらたまったものじゃないし。」

「ま、当然そうなるよね……了解。」

彼女はそれを聞きたかったのだろう……だが、ライナスは今の訓練の最中に話すことは己を傷つける結果にしかならない……アインの提案に半ば乗る形ではあるが、それに概ね賛成であった。それを聞いてワジも静かに頷いた。

 

それから二ヶ月……ワジは一足先に自らが潜入している場所に戻り、リースも無事に訓練の課程を終えた。それを見たライナスはリースに告げる。彼女にってはある意味酷とも言える言葉を。

 

「さて、改めて……星杯騎士団総長アイン・セルナートより発令……従騎士リース・アルジェント。ただ今を以て『守護騎士』第五位“外法狩り”ケビン・グラハム付の従騎士に任命する。この命令に拒否権はない。既に先方には連絡がいっている……心してあたる様に。」

「………えっ?エルディール卿、その言葉は事実なのですか!?ケビンが『守護騎士』というのは……」

ライナスの口から告げられた言葉―――その中の名前にリースは驚愕する。自分の幼馴染とも言うべき人間が『守護騎士』であるということには困惑を隠せなかった。思わず、声を荒げてライナスに詰め寄った。その問いかけに、ライナスはケビンのヘタレ加減に呆れつつもリースに対して答えた。

 

「事実だよ……どうやら、何も聞かされていないようだね。僕はケビンに、君にちゃんとそのことを伝えるよう言ったのだけれど……」

「ええ……あと、総長から、エルディール卿が姉様の婚約者であったと聞きましたが……」

「それも本当。あの事件の時、仕事が立て込んでしまってね……彼女の事を聞いたのは、事件の後だった。」

 

後に解ったことではあるが、ライナスにそうなるよう仕向けたのは当事者であったオーウェン神父であった。彼は金の力で枢機院を動かしたのだ……尤も、その当事者は紫苑の家にて既に“外法”として処罰されているため、それに対する恨みはなかったのだが。

ただ、ケビンも正直軽率であったという他ない。それは率直に感じていた……過ぎたことに愚痴を言うつもりなどない。

 

「色々納得できないことや解らないことは多いだろう……でも、ケビンを本当の意味で支えられるのは、リース……君だけだと思う。」

「………正直、彼とは五年も会っていません。彼が私の事を覚えているかどうか……」

 

『それでも、だよ。リースにしかできないこと……それは君自身が一番よく知っているとおもうから。』

 

 

~アルテリア法国 飛行船乗り場~

 

ライナスの言葉を思い返しながら目を瞑るリース。すると、アナウンスが流れる。

 

『―――西回り国際定期船搭乗のお客様は3番ゲートにお進みください。』

 

そのアナウンスを聞くと、リースは静かに目を見開き、鞄を持ってゲートに向かって歩いていく。その姿に気付く少女―――エリィはリースの姿に疑問を浮かべつつも問いかけた。

 

「リースさん?……ひょっとして、クロスベルに?」

「いえ、リベールのほうに用事がありまして……詳しくは言えませんが、仕事の関係です。エリィさんは故郷に帰られるのですか?」

「ええ……その後はレミフェリアのほうに向かう予定ですが。」

「そうですか……お互いに女神(エイドス)の加護あらんことを。」

そう呟きつつも飛行船に搭乗するリースとエリィ……この二人はまだ、これから起こりうることに巻き込まれる運命だということを知らなかった。

 

 



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アスベルの扉 ~四条輝~

番外編です。

※軌跡要素ほぼ皆無です。


―――これは、アスベル・フォストレイトと呼ばれた人物が“四条輝”という名を名乗っていた時の事。

 

 

~???~

 

夕暮れに染まる都市……だが、その風景……その看板の文字……そのいずれもが、“日本ではない場所”であった。その一角にて、一つの戦いが起きようとしていた。

 

『周囲に影なし………よし、行け。』

『ああ。』

とある建物。そこに人が生活している形跡は確認できず、只の廃墟と言っても差し支えなかった。そこに潜入しているのは銃を持ち、プロテクターや防弾チョッキに身を包んだ男たち。曲がり角にて鏡を取出し、人影がないことを確認すると、合図をして仲間を先行させる。

 

『S1部隊、配置完了』

『S2部隊、こちらも問題ありません。』

『S3部隊、こちらも完了した。』

次々と配置に付いていく兵士とも言うべき人達。指揮官らしき人の合図によって進撃しようとした兵士らであったが、その最後尾にいた兵士の目の前に映った腕……正確には、その手に持っているワイヤーで首を絞められ、気絶させられた。それを確認すると、天井にいた黒髪の青年は飛び降りて床に着地する。この先にいる“彼女”の腕前ならば、後れは取らぬであろうと信じ、青年は次なる場所へと移動する。

 

―――青年の名は高町恭也。古武術『永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術』―――“御神流”の師範代であり、暗器を用いる御神不破流の使い手でもある。

 

『ケビンはどうした?……遅いな。』

『まさか、既に……』

一方、その部隊の兵士らは仲間の一人―――ケビンが遅れていることに疑問を感じていた。もしかすると、敵は既に動き出している……そう思っていた矢先に聞こえた甲高い音。兵士らがその音が聞こえた先―――夕焼けの光が漏れる扉の向こう側からのもの。

 

その向こうにいるのは黒の長い髪を一つに編んだ一人の女性。気配を感じ、手に持った鉄パイプを構える。彼女は目を瞑り、扉の向こうにいる兵士の気配を“正確に把握”し……兵士がドアノブを掴んだ瞬間、彼女が目を見開き、鉄パイプが“飛んだ”。

 

「がっ!?」

ドアノブを掴んだ兵士は、突如飛んできた扉に反応できず、壁と扉に押しつぶされる形で叩きつけられた。そして、その部屋にいた女性は持っていた鉄パイプで扉の前にいた兵士を突くと、それを手放して背中から二本の小太刀を抜き、小太刀の峰で相手の後頭部に打撃を与え、気絶させる。それを見たもう一人の兵士がライフルを持ち替えて彼女に格闘戦を挑むが、それを見た女性は反射的に屈み、左手の小太刀の峰で右手を弾き飛ばすと、右手の持ち手を変えて柄で相手の顔面を突き、気絶させた。

 

周囲に敵がいないことを確認し、女性は息を軽く整える。―――彼女の名前は高町美由希。古武術『永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術』―――“御神流”の剣士である。

 

(ここはもう大丈夫か……恭ちゃんと輝ちゃんは……心配いらないかな。)

兵士らが動かないことを確認すると、美由希は気を引き締めて次の場所へと向かった。

 

 

『ダメです、S2部隊……応答在りません。』

『カウンターテロ専門の特殊部隊がだと……』

『バカな……相手は銃器を持たないたった三人……しかも、二十歳そこそこが二人に、十代半ばが一人なんだぞ。』

一方、他の部隊の兵士らは混乱していた。近代兵器を一切持たない相手に、一個小隊が簡単に制圧されたという事実には驚愕という他なかった。その無線を別のビル―――指令所のような場所で聞く初老の男性は、窓のそばにいる黒髪の麗しい女性に話しかける。

 

「僅か十二分でもう五人を倒すとは……強いね。」

「まあまあです。」

その兵士の強さを知っているかのように話す男性に対して、女性の評価は至って辛口と称するに値するほどのものであった。それを聞きつつも、男性は言葉を続けた。

 

「しかし、地の利があるとはいえ、銃器と言った近代兵器を持たない戦いには……限界があるのではないのかね?」

男性―――ジェフリー・レイの言うことも尤もである。謂わば近接戦闘の刀に対して、近代兵器は近寄らずとも制圧するための武器。どう足掻いたとしても、普通に考えればそのリーチ差によるハンデは大きいものがあるのだと……それを聞きつつも、女性―――御神美沙斗はそれを肯定しつつも言葉を続ける。

 

「限界はあります―――ですが、“ここではない”のです。まぁ、見ていてください。」

 

そう自信を持って言いきった美沙斗の言葉を図らずも実感するのは、この数分後であるということを。

 

 

(…………“来た”、か………)

目を瞑り、立っている一人の少年。そして、近寄ってくる気配を感じる……数は六人。いずれも連射式ライフルを持つ兵士。兵士はその少年の姿を見つけると、物陰から手榴弾らしきもの―――スタングレネードを投げ込み、眩い光を放つ。その隙を逃すまいと兵士は一気に走り、少年に向かって銃弾を放つ。見るからに当たったと思しき様子に一瞬喜びを感じた兵士たち。

 

だが……その喜びなど、束の間の“ぬか喜び”だと知るのは、彼等が目覚めた後であった。

 

なぜならば、その光が完全に収束した瞬間には、地に伏せていたのは兵士たちであり、彼等が通ってきた道の入り口にはその少年が立っていたのだから。何をしたのかと言うと、彼は正面に高速移動し、刀背(みね)打ちで気絶させるというある意味無茶なやり方で彼らを制圧したのだ。人間と言うのは、正面に迫り来る者に対して恐怖を感じてしまう。彼が利用したのは、高速移動の歩法“神速”を用いてその恐怖を強制的に抱かせるものであった。結果としては、上手くいった形となった。

 

すると、響くサイレンの音。この合図は『訓練終了』の音である。どうやら、もう一部隊と指令所の方は兄と姉が押さえたということを認識した。すると、無線の音が鳴り、彼はそれを取る。

 

『恭ちゃん、輝ちゃん。こちらで指令所を制圧。勝ったよ。』

『了解。輝の方は?』

「こちらも一部隊制圧……とはいえ、流石に加減は難しい……」

『ふっ……そうだろうな。』

『はは……いつも本気で鍛練しているからね。』

そうため息をついて話している少年は、四条輝。兄である恭也と同じく、十代にして“御神流”の師範代となり……そして、その流派の中でも御神の一族のごく一部にしか伝わっていない小太刀二刀術“御神理心流”の最後の使い手でもある。

 

その夜、輝、恭也、美由希、美沙斗、ジェフリーの五人はジェフリーの奢りと言う形で中華料理店で夕食を食べることとなり、本場の香港料理を堪能していた。

 

「輝は大分腕を上げたようね。ひょっとすると、同じぐらいの時の恭也や美由希以上かもしれないね。」

「それは俺も感じたな。正直教えることがないくらいだ。」

「むぅ………」

「姉さん、睨まれても困るから……」

美沙斗の言葉に恭也は同意し、その言葉を聞いた美由希は嫉妬の感情を込めたジト目で輝を睨み、睨まれた側の輝はため息をつきながらぼやいた。恭也、美由希、輝の三人の中では美由希が一番物覚えが悪かったのだが……恭也の厳しくも丁寧かつ気の行き届いた鍛錬により剣士として成長していったのだ。その反面、“似たような血筋”の輝が、物覚えがいいことには納得いたしかねるのも無理ない話だ。それで因縁つけられても迷惑この上ないのであるが。そう諌めつつも、料理を小皿にとって恭也と美由希に渡した。

 

そして、話は先程の訓練の話になった。無傷で済んだ者がいないというジェフリーが述べた事実に美由希は申し訳なさそうに謝り、美沙斗は自分の娘を責めるような口調はやめるようにとジェフリーに対して釘を刺した。

 

「ただまぁ、彼等には良い教訓になっただろう……自分たちの近代武術や戦法が全く通じない……そんな相手がいることにね。」

そのような人物など、ある意味一握りではあるが……自分たちの武器を過信しすぎると、ミイラ取りがミイラになってしまうかの如くの結果を生み出すのだと……ジェフリーのその言葉には美由希が苦笑を浮かべた。

 

「香港警防に卓越したサムライソードの使い手がいるとは聞いていたんだが……」

「母さん、有名人?」

「さぁ、どうだろうね……」

(卓越と言う言葉が温く感じるがな……)

(それには同感だよ。)

この女性が“卓越”という言葉で収まるのならば、世の中の達人の意義が捻じ曲がるであろう。そう思いつつ輝と恭也は箸をすすめる。

 

「その弟子たちまでこれほどの腕前とは……」

「いえ、彼等に剣を教えたのは私の兄です。そして、娘の剣術は彼等が教えたものです。」

そう答えた美沙斗の言葉にジェフリーの視線が二人に向けられ、恭也と輝は静かに頷く。

 

「流派は何と言ったか……確か」

「小太刀二刀―――“御神流”です。」

「私は御神流正統、兄と母は御神不破流、弟は御神理心流です。」

小太刀二刀術の“御神流正統”、くない、ワイヤーなどの暗器を用いる“御神不破流”、そして小太刀二刀術を更に洗練させ、太刀二刀術のリーチを体現させるための“御神理心流”。その武術の奥深さにはジェフリーも驚きを隠せなかった。

 

「となると、三人とも香港警防に?」

「俺と姉さんは学生ですし、兄さんは家業の方があるので部隊には所属していないんです。」

「家業と言うと……ヒットマンか?それとも、剣道の師範とか?」

ジェフリーの言葉に四人が笑みを零した。これにはジェフリーも首を傾げた。そして、美由希の……

 

「喫茶店です。」

「……え?」

その言葉にジェフリーが驚くのも……ある意味自然な流れであった。

 

次の日、輝、恭也、美由希の三人は日本にいる皆に土産物を買うためにマーケットへ足を運んでいた。一通り買い物を済ませて、夕食に立ち寄ることとなった。

 

「しかし……輝には色々済まないな。トレーニングに付き合わせることになって。」

「まぁ、気にしてないよ。詩穂と沙織にチャイナドレスを買って来いと頼まれて、買ったけれど。」

「あの二人がかぁ……忍さんでも羨む位のスタイルだものね。」

「確かにな……」

平均的な高校生のスタイルと比較すると、二人は“かなり良い”部類に入る。それには輝も同意するが、その目的からすると、輝の心中は穏やかではなかった。どうやら、美由希のほうも頼まれていたようで……最近会っていないフィアッセにも買って送ってやろうかと話していた時、輝の携帯に連絡が入り、電話を取る。

 

「『もしもし』……美沙斗さんですか。ええ……え?フィアッセからですか?………解りました。こちらから連絡してみます。というか、何で俺の携帯なんですか?」

『何と言うか、美由希は今頃食事しているだろうし……フィアッセ絡みなら輝に連絡したほうがいいと思ってね。』

「………あえて何も言いません。それでは、後で。」

ツッコミどころ満載の美沙斗の言葉に輝は何かを諦めたかのように呟き、電話を切る。

 

「どうした?」

「いや……やっぱり美由希姉さんの母親なんだなぁって……」

「???ともあれ、イギリスに行くの?」

「どうだろうな……輝はどうする?」

「付いていくよ………目下の問題は姉さんの飛行機の耐性だけれど。」

「うぅ……恭ちゃん、弟が意地悪だよぉ。」

「諦めておけ。」

「ガクッ……」

そんなやりとりの後、三人は部屋に戻り……イギリス行の準備を始めることとなった。

 

三人はとある事件に巻き込まれることとなるが、その事件の首謀者を鎮圧することに成功し、フィアッセのツアーも滞りなく行われることとなった。その関係で一ヶ月ほど“公欠”扱いとなった輝を待っていたのは、泣きじゃくる幼馴染の少女を慰める仕事であった。

 

あれから、一年……剣士の一人であった輝は、帰らぬ人となってしまった。

剣術とは全く関係のない……不運な事故と言う形で……それから更に一年と言う月日が経った。

 

 

~高町家 武道場~

 

「今日はここまでにしよう。二人とも、しっかり休んでおくといい。」

「ああ……」

「そうだね……」

男性―――高町士郎の言葉に恭也と美由希は頷き、妹であるなのはの用意してくれたタオルとスポーツドリンクを手に取った。タオルで汗をぬぐい、スポーツドリンクで喉を潤すが……二人は未だに拭えない“違和感”に表情を暗くする。

 

「あれから、もう一年か……やっぱり、輝ちゃんの存在は大きかったかな……」

「ああ……フィアッセがそれを聞いて、倒れたと聞いた時は気が気じゃなかったな。」

幼い頃から、二人と士郎が剣を交え、輝が鍛練に加わり、なのはも少しはかじるようになり……その矢先に、輝がこの世からいなくなった。それに一番ショックを受けたのは、彼に対して好意を抱いていた女性―――今や世界的な歌手の一人であるフィアッセ・クリステラだった。暫くは精神的ショックで寝込んでしまったが……恭也や美由希たちの支えで無事に復帰することができた。

 

「こうして鍛練していると、輝がその内顔を出すような気がしてくるんだ……既に死んでいることに、俺も正直認めたくないことへの裏返しなんだろうな。」

剣を交えていると、きっとその内輝が顔を出してくるような気がして……そう思ってしまうほど、高町家における輝の存在は大きかった。二人が今鍛練しているのは、輝が使っていた“御神理心流”を使いこなすため……道半ばでその命を亡くした彼の生きた証を自らの手で継いでいくために。

 

「私もそう思うんだ……模擬戦でボロボロになりながらも……何だかんだ言いつつも、一番早く起きて剣を振っていたのは輝ちゃんだったから。」

彼の両親は、美由希の父―――御神静馬の兄と……不破家にして御神理心流の使い手であった高町士郎の従妹………二人の間に生まれた子供。だが、物心つく前に両親を亡くし、それを聞いた士郎は彼を引き取り……彼の母の旧姓である“四条”を名乗ってもらうことにした。本当の両親の愛情すら知らずに育った彼を支えたのは、剣術への興味であった。奇しくもその才覚は両親譲りであったがため、その成長は早かった。その反動として……あまり友達を積極的に作るような性格ではなかった。中学に入ってからは、彼にも同性・異性の友達ができたようで、一安心していた矢先の出来事であった。

 

片方の親が生きているだけでも幸せなのだと……それには二人揃って苦笑した。そして、日の光が差し込む道場に……輝がいた頃の光景が目に見えるように映し出されていた。すると、彼等の妹であるなのはが顔を出す。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。朝ご飯ができたよ。」

「そっか。美由希、行こうか。」

「そうだね。」

その言葉に二人は頷き、武道場を後にする。

 

“彼”と言うピースを喪いつつも……世界はゆっくりとその時を刻んでいくのであった。

 

 



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エステルの扉 ~マドリガルの意志~

第二弾は主人公の一角であるエステル。

オリ設定全開です。


事変解決後から一か月後……年の瀬ということもあって、エステルとヨシュアは家の手伝いに駆り出されていた。正確にはカシウスの手伝いだが。その内容は……

 

 

~ブライト家 書斎~

 

「しっかし、よくこんなに本があるわね。あたしだったらこんなに熱中できないわ。」

「(よくそんなに持てるよ……)そう言いつつも、リベール通信は買って読んでいるじゃないか。」

ため息をつきつつ、本を運ぶエステル。彼女の持っている本の多さに冷や汗をかきつつ、ヨシュアも同じように本を運んでいた。

 

事の発端は、家の改築……新しい家族が増えてもいいように、家を拡張することにした。今までの家とは少しお別れになるため、エステルらは家財道具を全て運び出していた。工事中はアスベルらの家に滞在することが決まっている。で、その中で最も多い……カシウスの書斎の本を二人で運び出していたのだ。尚、最早家族の一員でもあるカリンとレーヴェは仕事のために王都にいる。

 

「ナイアルとドロシーには色々世話になったもの。少しぐらいは感謝の気持ちを形にしておかないとね。記事は色々面白いし……そもそも、ヨシュアが言ってたことじゃない。」

「え?」

「ちゃんと世の中を知っておけ、って。そんな感じのことを言ってたじゃない。」

その言葉があったからこそ、あたしはヨシュアを追いかけようと思った事は否定できない。それに、ヨシュアと別れたことは結果的に、あたし自身を見つめるいい機会になった。その点だけは感謝したいけれど……そういうことを思いつつ、エステルはそう呟いた。

 

「そんなぶっきらぼうに書いてはいないけれど……でも、律儀にエステルが守ってくれてることは意外かな。」

「誰かさんとは違うからね、だ・れ・か・さ・ん・と・は。」

意外な表情と感心したような口調でエステルの成長を嬉しく思うヨシュアの言葉に、エステルは悪戯な笑みを浮かべてヨシュアのことを皮肉るかのように呟いた。

 

「エステル、それに関しては散々謝ったじゃないか。」

「……祝賀会の時、クローゼから聞いたけれど……あたしに断りもなく旅に出ようとしたんだって?」

「……え、えと、それは……(しょ、正直……“教授”よりも怖いんだけれど……)」

ヨシュアは疲れたような表情でエステルの方を向いて弁解するが、それを見たエステルから満面の笑みを浮かべながら放たれた言葉に、ヨシュアは“教授”の悪巧みを絵に描いたような笑みとは違うが、それ以上の恐怖を感じるほどの威圧を感じて、顔色が青ざめていた。

 

「ヨシュア、今度あのようなことをしたら、どこまでも追いかけて、あのスチャラカ演奏家のようにぶっ飛ばすから。い・い・わ・ね?」

「………ハイ」

父親である“剣聖”と彼女の親友である“紫刃”仕込みの棒術……いくらスピードに自信のあるヨシュアでも敵うはずがないと反射的に察し、怒気を含んだ笑顔のエステルに対してただ返事を返すことしかできなかったヨシュアであった。

 

(フフフ、エステルったら逞しくなったわね。母親として…同じ女性として嬉しく思うわ。)

(ますますレナに似て来たな……ヨシュア、頑張れ。)

そして、そのやり取りを陰から見ていたレナは娘の成長を喜ばしく感じ、カシウスは娘がますます妻に似てきていることと、義理の息子……ひいては娘の夫になるであろうヨシュアの苦労をひしひしと感じつつ、儚いエールを内心で呟いた。

 

そのようなやりとりはあったが、数時間後に一通りの片付けが済んだ。

 

「どうやら、一通り運び出せたね。」

「そうみたいね……あれ?」

「どうしたの、エステル?」

綺麗に片付いた書斎――その光景にヨシュアは安堵の表情を浮かべ、エステルも笑みを浮かべたが……ある一角が気になり、エステルは声をあげ、ヨシュアはその言葉が気になってエステルに尋ねる。

 

「ねぇ、ヨシュア。ここの床……何だか、微妙に色が違わなくない?」

「色?……確かに、言われてみれば。エステルも、大分観察眼が鍛えられたね。」

エステルが指摘したのは床の一角……正方形型で周りのところとは微妙に色や木目が違っていた。ヨシュアもそれに気づくとともに、エステルの観察眼に感心した。

 

「あはは、大体は特訓のお蔭だけど。でも、何でだろう。」

「……隠し扉のようになってるね。エステル、ちょっと下がってて。」

「うん。」

隠し扉になっているその床……ヨシュアがそれを調べ、エステルはいつ何が起きてもいいように棒を構える。

そして、ヨシュアがそれを開けると……

 

「えと、ヨシュア。問題なさそう?」

「うん。罠とかはなさそうだ……これは、本?」

「うわ、結構年季が入ってるわね。」

その扉の先は収納スペースになっており、しまわれていたのは数冊の本……そのいずれもが年季の入ったものであるとすぐに解り、それなりのものであると感じていた。

 

そのうちの一冊……その本のタイトルに二人は目を奪われた。

 

“Madrigal of White Flower”

 

「『白い花のマドリガル』……あれ、それって……」

「あの劇は史劇だからね……ちょっと読んでみる?」

「うん、そうね。」

二人にとっては、色々と関わりの深いもの……一通り片付けも済んでいたので、休憩も兼ねてその本を読み始めた。その本は二人が演じた劇の台本と違い、歴史書のようなものだった。

 

 

―――七耀歴1100年、第二十三代リベール国王――ライディース・フォン・アウスレーゼ国王崩御。継承権の持つ妻――ティアーユ・フォン・アウスレーゼ王妃も既に亡くなっており、次期継承権を持つセシリア・フォン・アウスレーゼ姫が第二十四代国王『アリシアⅠ世』……リベール王国では初めてとなる初代女王の誕生となった。

 

「へぇ~、セシリア姫って初代女王様だったんだ。そんな大役をヨシュアがやったなんて……」

「いや、それを言われても正直嬉しくないから……」

 

―――同年、貴族と平民の対立が勃発。一時期は内戦状態にまで発展したものの、同じころに起きたエレボニア帝国の侵攻に際してアリシアⅠ世が双方に呼びかけ、和解が成立。互いに協力して侵攻を食い止めた。その後、アリシアⅠ世の提唱によって貴族制度が廃止された。

 

―――1101年、アリシアⅠ世は元貴族出自でエレボニア侵攻阻止の立役者、“紅き騎士”ユリウス・セントフェインと結婚、ユリウスはアウスレーゼ性を名乗ることを許された。その翌年、女王は長男:エドガーを出産。出産や育児の間の執務はユリウスと、彼の幼馴染であり宰相であったエレボニア侵攻阻止の立役者“蒼き迅雷”オスカー・オライオンが担った。さらに、翌年……次男となる男児を出産した。

 

―――1120年、18歳という若さでエドガー・フォン・アウスレーゼがアリシアⅠ世より王位を譲り受け、第二十五代国王となる。1135年に結婚、1138年には長男、二年後には次男、四年後の1144年に長女:アリシア・フォン・アウスレーゼが誕生。

 

「あ、ここで女王様なのね。」

「なるほどね。」

 

そして、1160年に次男が亡くなり、1162年に長男であった王太子が急逝、その2年後の1164年にエドガーが崩御、アリシアが第二十六代リベール国王……二代目の女王になったところで締めくくられていた。

 

「えっと、おそらく女王様のお兄さんの孫がシオンだっけ?」

「そうだね。」

次期女王……第二十七代国王となりうるクローゼ、それを支える立場のシオンとデュナン……だが、ここで二人の中に一つ疑問が生まれていた。それは、ユリウスらが存命中にセシリア姫――アリシアⅠ世が生んだとされている“次男”の存在だ。だが、その書の中にはそれ以上の事が触れられていない……そのことが疑問だった。

 

「う~ん……とりあえず、これも持っていく?」

「そうだね……って、エステル。落としたよ。」

「って、あわわ……ページでも抜け落ちたのかな?」

それを疑問に感じつつもエステルが本を閉じた時、本の隙間から抜け落ちた二枚の紙……エステルは慌ててそれを拾い上げる。だが、それはさっきまで見ていたページとは異なっていた。

 

「これって……」

「家系図だね。えと……」

二人が拾ったのは家系図………そこには、衝撃的な事実が書かれていた。

 

 

「あ、これがオスカーって人ね……え?」

「えっと……オスカー・ハーシェル・“ブライト”……えっ」

「って、よく見たらセシリア姫と子どもがいるってことになってるわね。これがさっき見てた中に出てきた次男で………はい?」

二人が知る衝撃な事実の連続……極め付けは、その続きに書いてあった家系図だった。

 

 

―――オスカーとセシリアの子……その家系図の行き着く先は、カシウス・ブライト。

 

 

さらに、其処に書かれたブライト家の家系図は……

 

 

―――父:カシウス・ブライト、母:レナ・ブライト、長女:エステル・ブライト、『次男』:ヨシュア・ブライト

 

 

「え……ヨシュアが次男?」

「これは……エステル、何か知ってる?」

「ううん…あたしは何も。」

「……それは当然だな。エステルが生まれる前の事だったからな。」

二人の疑問に答えるかのように聞こえた声……その声の主であるカシウスのほうを二人は見た。

 

「父さん、どういうこと?」

「そうだな……場所を移して話そう。」

レナが買い物に行っているため、誰もいないリビングにエステル、ヨシュア、カシウスの三人はテーブルの席に座り、カシウスが話し始めた。

 

 

「エステルが生まれる二年前のことだ……」

 

レナは出産を控えていたため、俺はつきっきりで面倒を看ていた。初めての家族の誕生……俺とレナは心から喜んでいた。だが、その喜びは脆くも崩れ去った……

 

俺は軍の急用のため、已む無く家を離れ、偶然遊びに来ていた友人にレナと赤ん坊の世話を任せた。

だが、俺が家を離れたその晩……赤ん坊はいなくなった。聞くところによると、催眠薬のようなもので、二人は眠らされたという。そして、俺とレナの子どもは連れ去られた……

 

「………」

「そんなことが……」

「俺もショックだったが、レナはそれ以上でな……一時は自殺すらしそうになったほどだ。」

初めての子ども……それを奪われた怒りや悲しみ……それを最も痛感していたのは、自らの身で赤ん坊を生んだレナ自身だろう。一時は本当に危なかった……俺や事情を知ったアリシア女王の説得により、何とか生きる気力を取り戻した。

 

「その危機的状況を救ったのは、エステル。お前の存在だ。」

「へ、あたしが?」

「ああ。お前が無事に生まれ、成長していく姿にレナは凄く喜んでいた。だが……それと同時に、息子への罪悪感が募るようにもなってしまった」

明るく元気なエステル。レナはエステルに惜しみなく愛情を注ぎこんだ。だが、彼女の行動や言動を見ているうち、そうできなかった息子への罪悪感が募っていった。そんな中、カシウスはヨシュアを拾ってブライト家に招き入れた。これには、カシウスなりの“気遣い”があったことも話した。

 

「……俺がヨシュアを拾ったのは、そういったところを紛らわせるためでもあった……すまないな、ヨシュア。」

「気にしないでよ、父さん。僕みたいな存在を家族として受け入れてくれだけでもうれしいし、僕ですら気付かないところで父さんたちを救えたのならば、これほど嬉しいことは無いよ。」

「……そうか。」

結果的に、お互い打算的な部分はあった。けれども、家族として過ごしたことは決して打算的ではなく、心からそう思って行動したことだ。ヨシュアはそのことを込めつつカシウスに感謝の言葉を述べ、カシウスは息子の器量の大きさに感謝した。

 

「それよりも……父さんがオスカーとセシリア姫の子どもの末裔って……あれ?ってことは……」

「エステルはアウスレーゼ家の末裔……クローゼとは遠い親戚になるってこと………エステル?」

 

 

「あ、あ、あ………」

 

 

「あんですってえええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~………!!!?!?!?」

家が揺れそうなほどに響き渡るエステルの声………余りの衝撃的事実に、超弩級の絶叫ともいえる声が木霊した。

 

「エ、エステル……」

「お、驚きすぎでしょ………」

「これが驚かずにいられないわよ!なによ、この事実……」

「ただいま帰ったわ……あら、どうかしたのエステル?」

この声に耳を押さえたカシウスとヨシュアの言葉にエステルはすかさず反論しつつ、あまりの事の大きさに対してため息をついた。すると、買い物から戻ってきたレナが三人の姿に気づき、首を傾げつつエステルの様子に気づいて声をかけた。

 

「あ、おかえり。そうだ母さん、父さんがセシリア姫の末裔って本当なの?」

「ええ。もっとも、私も似たような身分よ。」

「え?」

エステルはレナに挨拶を交わすと質問をし、それで大方の事情を察したレナは頷き、自らの身分を話した。

 

「あなたの身分がばれた以上、私も明かさないといけないわね……帝国南部にあったシルフィル男爵家の長女、レナ・シルフィル。それが私の旧姓になるわ。」

「シルフィル男爵家……確か、シュバルツァー侯爵家の親戚にあたる一族だったはず。」

レナの言葉にヨシュアは元帝国人としての知識を思い返しつつ呟いた。その言葉に反応したのはエステルであった。

 

「シュバルツァー侯爵家って確か……リィンやエリゼの家よね……ってことは、二人ともあたしと親戚ってこと!?」

「リィンは養子だから血は繋がってないけれどね(それはともかく、エステルの身分が凄いことになるんだけれど……)。」

とどのつまり、エステルは『リベールの王族』と『エレボニアの貴族』の血筋を引いた人間だということになる。そして、それを茫然と見ていた来客が一人……いや、正確には一人と“一羽”だが。

 

「………」

「ピュイ?」

「あ、え?ク、クローゼ?それにジークじゃない。」

「えと、いらっしゃい。というか、何故ここに?」

「あ、はい。お邪魔します。実は……」

クローゼとジーク……実は、カシウスに頼み事も兼ねて態々ロレントを訪れ、偶然出会ったレナを護衛する形でブライト家を訪れたのだが……彼女にとっては、今の話は衝撃的だった。

 

「というか、カシウスさん。今の話は……」

「ええ、本当です王太女殿下。これが証拠です。」

クローゼの問いかけにカシウスは頷き、証拠ともいえる家系図をクローゼに見せた。

 

「これは…(間違いなく、王家に保管されたものとほぼ同一ですね……)…エステルさん、今年の生誕祭はスケジュールを空けておいて頂けますか?」

「あ、うん。それはいいけれど……どうして?」

それを見て納得したクローゼはエステルの方を向き、頼みごとをした。エステルはそれに疑問を浮かべつつ頷いた。

 

「それは秘密です。あ、もう一つ話したいことがあるので、どこか部屋をお借りできますか?」

「それじゃ、あたしの部屋に行きましょう。ジークもいこっか。」

「解りました。」

「ピュイ!」

「(何故だろう……心なしか嫌な予感がするけれど……)ところで、父さんと母さん。」

そして、エステルとクローゼ、ジークは二階のエステルの部屋に向かった。それを見届けたヨシュアはカシウスとレナの方を見て、一つ疑問を投げかけた。

 

「僕とエステルの兄……その行方って今でも?」

「!!……あなた、どうして……」

「彼らが真実に気付いた。だから、話した。済まないな…お前に一言ぐらいでも言えば良かったな。」

「いえ。いずれ気付くことだとは思ってました……その、今でも解らないの。」

 

「そっか……でも、諦めなければきっと会えると思う。エステルが僕の事をあきらめずに追いかけて捕まえたように。」

経験者は語る……ヨシュアの言葉に二人は暖かい笑みを浮かべた。

 

 

可能性は限りなく低いかもしれない。けれども、諦めなければその先にどんな結果が待っていようとも、知りたい『真実』は見えてくる……かつて僕が臆病故にエステルと別れ……けれども、エステルが僕を追いかけて、救ってくれたように。

そう思っていたヨシュアは一つの疑問を投げかけた。

 

「というか……どうやって父さんと母さんは出会ったの?ある意味国際結婚みたいなものだし……」

「追々“そういうこと”になるお前が言えたことではないのだがな……もう二十年以上も前の話だ。」

 

カシウスは当時、ある意味怖いもの知らずの血気盛んな人間であった。そして、無自覚の女泣かせであった……らしいとカシウスは言ったが、レナ曰く『事実』ということにカシウスは黙る他なかった。

 

ユンに連れられる形で帝国へ武者修行することになったカシウス……その道中で出会った穏やかそうな貴族の娘。それがレナ・ブライトとなる女性であった。道中にて魔獣に襲われそうになった彼女を助けたカシウスは彼女の誘いを受ける形で屋敷に招かれ……その時に一目ぼれしたという。

 

そして、リベールに帰ってきたカシウスを追いかける形でレナが家出するという事態となり……下手すると国家間の問題になりかねなかったが、エレボニアの皇帝とアリシア女王の取り成しにより、なんとか沈静化したのだ。そして……国を挙げての盛大な結婚式となったらしい。

 

「………ゴメン、何と言うか……スケールが大きすぎるんだけれど。」

「………まぁ、気持ちは解らんでもないな。」

「フフ………」

おそらくは、女王陛下はカシウスにかかわる事柄を知っていたのだろう……だからこそ国を挙げての結婚式という大それた事態になったのであると……だが、カシウスの娘である自分の恋人もまた王族の人間……他人事ではないとヨシュア自身も薄々勘付いていた。

 

 



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マリクの扉 ~翡翠の刃~

『………』

俺……獅童智和は今、困惑していた。赤ん坊に転生したのはまあいい……目の前に映る両親らしき人物らにも納得はしよう…生まれ変われたことにも文句は言わん。だが……だがな………

 

「この子の名前なんだけれど……リューヴェンシスはどうかしら?」

「それはいい……いずれ、『アルバレア家』を継ぐ立派な人物になってくれることだろう。」

 

………何で、こうなった。誰か説明してくれ。

そう思うマリクの願いもむなしく、マリクの意識は次第に微睡に堕ちて行った。

 

その六年後、リューヴェンシス(マリク)も順調に成長していた。両親は彼を非常に愛し、育ててくれていた。だが、それに納得いかなかったのが、腹違いの兄であり……後にアルバレア公爵となる人物であった。彼は鍛練と称してリューヴェンシスを一方的に叩きのめしていた。それがずっと続くと……その兄は思っていただろう。だが、彼の見積もりを誤っていたことに彼は気付いていなかった。

 

「いつつ……ま、これもこの先を生き残るための経験だと思えば安いものだ。」

そう言葉を零すリューヴェンシス。彼は曲がりなりにも『転生者』。そして、彼は同じように転生することになるアスベルらとは異なり、社会人として既に世の中に関わっていた。その中で繰り広げられる知略戦に比べれば、この程度など児戯に等しいであろう……しばらくは芝居をしつつ、ある意味平穏な生活を送っていた。

 

それから更に七年後……13歳となっていたリューヴェンシスは運命的な出会いを果たした。きっかけは個人的に行きつけになっていたレストランでの出来事であった。いつものように知り合いと話し、料理を待っていると……そこに近寄る一人の女性の姿があった。

 

「ふふ、いつもここに来られますね。屋敷ではお食事を召し上がらないのですか?」

「あの……見たところ貴方が年上なのに、敬語を使われるのは少々心苦しいのですが。」

女性の言葉にリューヴェンシスは言葉遣いを嗜めると、その女性は驚きを含ませつつも笑みを浮かべていた。

 

「………アルバレア公爵家の御曹司の言葉とは思えない発言ですね。」

「よく言われる。爺からもよく口煩く言われるさ。『公爵家の人間たる者、果敢かつ優雅に』と言ってな。そんなのは、それができる奴に言ってほしいものだよ……幻滅したか?」

周囲の貴族たちを見ていると、平民に対する高圧的な態度には反吐が出る。自分たちが誰のお蔭で生活できているのか一度は考えたことがあるのかと………それからすれば、噂に聞く『アルゼイド子爵家』や『シュバルツァー男爵家』の領地運営の方が遥かに『貴族らしい』とも言えるだろう。

 

「いえ……むしろ好感を覚えます。」

「そんなことを言われたのは、貴女が初めてですよ。かなりの変わり者…と言うべきでしょうか。」

「そのお言葉、そっくりお返しいたしますよ。」

そう言って互いに笑い合う二人……この女性は後に、ある人物の母となる人物であった。

 

互いに変わり者の二人が惹かれあい……次第にその関係は恋人へと発展した。エレボニアでは身分違いの恋というものはご法度……だが、公爵家と言う肩書を持つだけでなく、彼等の悪口や嫌がらせに対して凄まじいほどの嗅覚で原因を見つけ、それを正すリューヴェンシスの前に反論を言う貴族らはいなかった……“ただ一人”を除いて。

 

「リューヴェンシス、あの女は平民だぞ!それを解っているのか!?そのような血を入れては、我がアルバレア家に傷がつくというものだ!!」

「血筋如きで伝統が傷つく、ですか……つくづく兄上は、父さんや母さんが懸念された人物になってしまわれたようだ。」

「話を逸らすな、リューヴェンシス!」

彼の兄は、その様子を聞いて憤っていた。そして、事あるごとにリューヴェンシスを呼び出しては怒鳴りつけていた。これには流石のリューヴェンシスも怒りどころか呆れかえっていた。これ以上の問答は無意味だとリューヴェンシスが踵を返し、その場を後にしようとしたその時、

 

「こうなれば、実力行使だ!」

剣を抜いて襲い掛かってきた。だが、リューヴェンシスの姿は目の前から消えていた。それを驚く間もなく、彼の視界は目まぐるしく変わり、真っ暗な空間を映し出していた。

 

「がはあっ……!!」

「………」

簡単な話だ。リューヴェンシスが彼の視界から姿を消すように彼の剣が握られている側の反対側である左側方に移動し、そこから体を捻って右手で彼の頭を掴むと、そのまま壁に叩き付けるように吹き飛ばした。未だに打ち付けられたような状態で壁にいる自分の兄に向かい、

 

「情けない人間ですね、兄上は。本当に同情しようもない屑ですね……」

そう言い放ったリューヴェンシスが部屋を出た後、ようやく壁から解放された兄は怒り、憎しみ……そんな表情に満ち溢れていた。

 

「…あのガキが……舐めるなよ………私を誰だと思っている……誇り高き、アルバレア家を継ぐ人間なのだぞ。」

いつのまにか自分を超える実力……それどころか、自分の息子であるルーファス以上の才覚と気品を持つ……そして、両親の信頼も篤い……事ここに至り、彼の内面に浮かぶのは―――蹂躙。彼の居場所を……彼の大切なものを奪う……彼の表情はそんな感情に支配されていた。

 

 

それから一年後……彼の運命を大きく変える日が訪れてしまった。

 

「………」

「兄上、いらっしゃったのですか。言っていただければお迎えにあがりましたのに。」

「ルーファスか。何、喧嘩別れしたはずのどうしようもない兄風情が呼び出したのが気になってな。」

声をかけてきたルーファスにリューヴェンシスはそう答えたが、内心は穏やかではなかった。彼の寄越してきた手紙には、こう記してあった。

 

『お前にも大切な話だ。アルバレア家に関わる重大な祝い事がある。』

 

その言葉に引っ掛かりを感じつつ、やむなく足を運ぶことにしたのだ。それと関係あるかどうかは解らないのだが……自分の恋人でもある女性と最近連絡が取れずにいた。彼女の兄に聞いても、無事という連絡が来るだけで、他は何もわからないという。たまに姿を見せることはあるらしいのだが、『リューヴェンシスには顔を見せるだけで辛い』と言われたらしい……

 

「まあ、碌でもない話なら、とっとと切り上げてお前の鍛錬にでも付き合うよ。」

「解りました、兄上。」

そう言って、ルーファスは下へと降りていった。それを見届けて、リューヴェンシスはノックをし、部屋の中に入った。そこで彼を待ち受けていた光景は……

 

「………なっ………」

「よく来たな、我が弟。」

「………っ……」

笑みを浮かべる自分の兄……それはまだいい。だが、その手前に立っている女性―――リューヴェンシスの恋人である女性の姿であった。女性はリューヴェンシスの姿を見て、辛そうな表情を浮かべ、眼を背けた。

 

「………」

「その驚きの表情を見たかったのだよ、リューヴェンシス。本題だが、彼女は私が側室として迎えることにした。そして……子供も身籠っている。」

「………(コイツ……)」

「っ………」

あの後以降、まるで説教しなかった自分の兄が取った行動……恋人の女性を無理矢理奪い、既成事実を作り、側室として迎える。彼に対するダメージとしてこれほど有効的な手はないとリューヴェンシスの兄はほくそ笑んでおり、女性は辛そうな表情を浮かべる。すると、兄は立ち上がり、リューヴェンシスの横を通り過ぎる時、

 

「私に逆らう人間はこういう運命にあるのだよ……この愚弟が。」

「…………」

そう言い放って部屋を後にした。部屋に残されたのはリューヴェンシスと彼の恋人“であった”人物。すると、彼女は泣き崩れて、その場に座り込んだ。

 

「ごめんなさい、リューヴェンシス!彼に……『逆らえば、一家全員殺す』と脅されて……彼に、無理矢理おかされて……こんな……こんなことに………」

納得は出来ないが、これも身分制度の掟……その様子をみたリューヴェンシスは女性に近寄り、静かにその女性を抱きしめた。

 

「君が悪いわけじゃない。こうなることを読み切れなかった俺の責任だ。そして、君や君の家族を脅かしてしまった……全て、俺の責任だ。」

「そんな…リューヴェンシスは…」

「身内の責任は『アルバレア家の責任』……つまりは、俺の責任でもある……なあ、一つ……お願いをしてもいいか?」

「え?え、ええ……」

リューヴェンシスのお願いと言う言葉に、女性は首を傾げつつ静かに頷く。それを見たリューヴェンシスは笑みを浮かべつつ、彼女と向き合った。

 

「君が身籠ったその子に……『リューヴェンシス』を受け継がせてほしい。アイツの子と言うのは癪だが、ルーファスのことは悪く言えないし……そうすれば、その子は俺と君の子どもだ。」

「リューヴェンシス……」

血筋はともかく、自分の名前を彼女の身籠った子どもに継いで欲しい……我侭な事であるのは重々承知していた。彼女だって望まぬ子を身籠ったようなものなだけに、それは酷かもしれなかった。でも、命は大切にしてほしい……その思いを静かに感じ取ったのか、女性は静かに頷いた。

それを確認すると、リューヴェンシスは立ち上がり、

 

「難しいかもしれないが、幸せに………いつかまた、会おうな。」

そう言って、部屋を後にした。残された女性は涙を零しつつ、命が宿る自らの腹部辺りを優しくさすった。

 

「……はい。また会える時を……楽しみにしております。」

 

 

リューヴェンシスは部屋を出た後、自分の兄の執務室にドアをけ破って入り、一気に詰めよって彼の顔面目がけて顔が変形しそうな位殴り飛ばした。

 

「ぐはあっ!!」

「………」

「痛い痛い痛い痛い!や、やめないか、この愚弟如きが!」

それだけでなく、彼は騎士剣を振るい、彼に致命傷にならないほどの斬撃をお見舞いし、彼はその痛みにこらえつつリューヴェンシスを睨んだ。だが、彼は強引に彼の裾を掴み上げると壁に叩き付けた。

 

「ぐ……あ………」

「『アルバレア家』はお前にくれてやる。俺はこの家を出る。その代り……一つだけ約束しろ。彼女やその子ども、彼女の家族―――ひいては『平民』を見殺しにするようなことをすれば、今度は命などないと思え。お前や、お前に賛同した者共の当事者全員をな。」

そう言い放って突き飛ばすと、リューヴェンシスは部屋を出ようとする。すると、彼はリューヴェンシスを睨み、

 

「貴様……誰に向かって口を……ひいっ!?」

そう言い放つ前に、彼の後ろの執務机が破壊された。これは彼もたじろぐ。それを見た後、さして興味もなさそうにリューヴェンシスはその場を去った。

 

外は雨が降っていた。必要最低限の装備と、とりあえず持てるだけの路銀を手にし、リューヴェンシスは……いや、既にその名を捨てた名無しの人物は、静かに自分の出てきた屋敷を見つめた。今まで暮らしてきた我が家……最早、実家とは呼べない……アルバレアの名は捨てたのだから。

 

「今まで……ありがとうございました。」

そう言葉を零し、礼をする。これまでの平穏な日々は終わりを告げる……これからは、自分の力で生きていくのだと……そう思い、少年は慣れ親しんだ翡翠の公都に別れを告げた。

 

彼が最初に身を寄せたのは、レグラム……アルゼイド子爵であった。彼とは面識があり、彼の妻とも面識があった。事情をそれとなく知った若き当主であるヴィクター・S・アルゼイドは、彼に帝国内での身分の保証を皇帝陛下に取り計らった。その時から、彼は自身の名前を『マリク・スヴェンド』と名乗ることにした。

 

それから六年の間……彼は、様々な人と出会い、その力を磨き続けた。その中で、彼の転機を齎す出会いがあった。マリクの師であり、猟兵団の団長をしていたガラド・リナスフィアーグの存在であった。ガラドはマリクの素性を見抜き、そして彼の中に眠る才覚を肌で感じ取った。

 

「お前、俺のもとで働く気はないか?綺麗ごとばかりじゃねえが、三食昼寝付きだ。」

「……」

「諦めろ。団長はお前さんが気に入ったようだ。」

「そうみたいだな……」

ガラドの言葉にマリクは茫然とするが、彼の部下に諭され、マリクは二つ返事で頷いた。

ガラドのもとで体術や武術、経験を積み……二か月後には実戦を経験するほどにまで成長していた。そんな彼の様子をガラドは我が子の成長を見守るかのように見つめていた。

 

そうして1年の月日がたったある日。マリクは中々起きてこないガラドの様子を見に行ったところ、ガラドはベッドに眠っていたが……様子がおかしいと気付いて近づくと、

 

「………嘘、だろ………」

「………」

ガラドは、まるで夢でも見ているかのように微笑んでいたが……呼吸をしていなかった。それに愕然とするマリクのもとに、仲間たちも中々姿を見せないマリクとガラドの様子を見に来た。その光景を見て、状況をすぐに察してしまった。

 

「マリク、大丈夫か?」

「………」

「無理もないわ………」

泣き叫ぶもの、沈痛な表情を浮かべるもの……その部屋は悲しみに包まれていた。すると、マリクは彼の枕元に一通の手紙を見つける。彼は気を取り直して立ち上がり、その手紙を開けて、中にある便箋を読み始める。

 

 

―――これを読んでいる頃には、俺は天国か地獄に行っていることだろう……なんつーか、この眠りが最期になるような気がしちまってな……俺は爆弾を抱えていた。悪性の腫瘍で、気付いたときには、既に末期だったらしい。

 

 

―――この団は、マリク。お前に託す。一年という短い間だったが、俺にとっては、充実した一年だった。

 

 

―――俺はさ、妻と娘がいたんだ。だが、事故で逝っちまった。ノーザンブリアっつう場所でな、ある日でっかい杭が降ってきて……ようやく事態が収まって俺が見に行ったときには……二人は塩に変わってしまっていた。

 

 

―――柄じゃねえな……昔の事を語るだなんてよ。マリク……お前ならきっと、猟兵団はおろか、もっと凄い人間になることができる才能がある。俺が保証してやる。その代り……俺の部下たちを……家族たちを任せた。

 

読み終わったマリクは仲間たちにその手紙を見せた。そして、彼は決意した。

 

「俺が目指すのは、猟兵にあらざる猟兵……“義の猟兵団”。弱きを助け、強きを挫く。こんな甘っちょろい思想でよければ……ついてきてくれるか?」

彼のその言葉……猟兵からすれば、到底甘い言葉ではあった。だが、仲間たちは彼に笑みを向けた。

 

「何を言っているのかしらね。これからは貴方が私達の団長なのだから……付いていくわよ。」

「まったくだぜ!マリクといると、楽しいことこの上ねえしな……なあ、お前ら!」

「ああ!」

「落ちこぼれとも言われた僕を引っ張って、ここまで来させたんです……今更抜けるだなんて言いませんよ。」

 

「お前ら……揃いも揃って、馬鹿ばっかりだよ。」

彼等の言葉にマリクは笑みを浮かべた。ならば、目指すは『赤い星座』『西風の旅団』に匹敵しうる『猟兵団』。それを胸に秘め、マリクは宣言した。

 

「これから俺たちの猟兵団が名乗る名前は……『翡翠の刃』。皆、力を貸してくれ!!」

「了解、団長!!」

 

それから、マリクの率いる猟兵団『翡翠の刃』は急速に勢力を拡大した。各猟兵団のペイルアウト組を取り込み、彼等の適材適所を見抜き、団全体の底上げと勢力拡大を一気に推し進めた。マリクの持っている圧倒的カリスマ力と前団長仕込みの武術の前にはならず者ですらいとも簡単に屈服させ……わずか三年で『赤い星座』『西風の旅団』と並ぶゼムリア西部の大勢力を保有する猟兵団へと成長していた。

 

そして、“闘神”や“猟兵王”とサシで勝負し、一進一退で勝負がつかず…最後は宴会になって、酒を飲み交わしていた。この時にこの二人や彼らの関係者と知り合った。その後、『翡翠の刃』は『百日戦役』に介入し、功績を挙げる。

 

 

講和条約から九年……マリクはヴァレリア湖畔から、湖上を見つめていた。すると、彼の背後に近寄る気配……そちらの方を見ると、おしとやかな女性が笑みを浮かべて、近づいた。

 

「こちらにおりましたか。」

「セラか……クルルは?」

「魔獣退治に行くと言って、出て行きましたよ。」

「やれやれ……」

セラと呼ばれた女性は笑みを浮かべつつもクルルのことを答え、その答えを聞いたマリクは頭を抱えたくなった。それを見つつ、セラはマリクの隣に立った。

 

「こうして……二人でいるのは、いつぶりかな。」

「いつも、賑やかですから。」

「だな……残してきたお前の……『俺たちの』息子にはあまり気分がよろしくない話だろうが。」

「かもしれませんね………でも、あの子の事はルーファスが責任を持ってくれると思います……母親としては、失格でしょうが……」

「必ず……また話せるときは来る。それに、俺達の思いは……『アイツ』が継いでいる。そうだろう?」

「………はい。」

 

二人の会話の意味……それを解っているのは、その当事者である二人だけであった。

 

その一年後………再び刃を交わしたマリクとガラド。

 

「強くなったな、マリク。」

「何言ってやがる……俺たち四人でかかっていってようやく片膝程度って冗談じゃないぞ……」

「この人、ホンマに『赤い星座』や『西風の旅団』ほどではない猟兵団の団長やったんか?」

「それは勿論だ。星杯騎士なら知ってるであろう“紅耀石”……そいつの手解きをしたのが俺なんだからな。」

「師匠のお師匠様ですか……」

「それは道理で強いわけですよ。」

マリクとケビン、リースとレイア……四人のSクラフトを立て続けに放ち、どうにか退けることが出来た。ガラドは彼等の様子を見つつ、話を続けた。

 

「俺もかつては星杯騎士の一人だった。その伝手でアインと知り合い、アイツに稽古をつけてやった。だが、俺はその時に図らずも自分の寿命を知ってしまった。ケビン・グラハム、お前なら聞いたことがあるだろう?そう言った類のアーティファクトの事を。」

「え?……確かに、そんな話は聞いたことありますけど……」

「残りの時間を悟った俺は、このまま言いなりの人生を送るよりも自分の生きたいように生きると決めた……その結果が猟兵という道だったというだけの話だ。マリク、お前がどのような道を歩もうとも……俺は応援してやる。だから挫けるな。貫き通せ……それが俺の最期の言葉だ。じゃあな……」

そういって光となって消えたガラドの言葉に……マリクは涙を流していた。

 

「まったく……変なところでお節介な団長だよ……ありがとう、“親父”」

 

マリクの言葉は……そのまま空間の中へと溶け込んでいった。その言葉が届いたかどうかは女神のみぞが知っている。

 

 




一気にストック開放しました。

次はどうするか未定です。


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ジンの扉 ~旅の終わり~

 

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

リベル=アーク崩壊より三ヶ月後……共和国の遊撃士協会所属のA級遊撃士―――“不動”の異名を持つジン・ヴァセックは受付のエルナンと会話を交わしていた。

 

「―――そうですか。もう共和国(カルバード)に帰ってしまわれるのですね。」

「ああ、向こうの仲間に仕事を任せきりだからな。ま、これもA級遊撃士としての社会的責任というやつだ。俺としてはむしろこの国の遊撃士の質を羨ましく思うがな。S級四人にA級が十二人……これも、この国の……女王様の人徳という奴かもしれないな。」

エルナンの言葉にジンは頷いて答えつつも、リベールの遊撃士の陣容を羨ましがるように呟いた。元S級のカシウスに加え、現役S級のアスベル、シルフィア、レイアにヴィクター。A級のエステル、ヨシュア、クルツ、シェラザード、アガット、シオン、サラ、トヴァル、ラグナ、リーゼロッテ、リノア、セシリア……遊撃士協会支部が撤退したエレボニアや、同じく大国であるカルバードでもその陣容には舌を巻くほどであった。

 

「言われればそうかもしれません………できれば残って頂きたい所ですが、そう言われては仕方ありません。それで、ご帰国はいつです?」

「ふむ、こうなると早いに越したことはないからな。出来れば、明日にでも発とうと思っているんだが………共和国行きのチケットを一枚、手配してもらえるかい?」

「ええ、それは一向に構いませんが………キリカさんには挨拶されていかないんですか?」

ジンに頼まれたエルナンは頷いた後、意外そうな表情で尋ねた。ツァイス支部の受付であるキリカとの関係はエルナンも耳にしていた。同じ共和国出身であり、同じ“泰斗流”の使い手でもある彼女に挨拶もせずそのまま帰るという、義理堅いジンらしからぬ行動に疑問を浮かべるエルナンにジンは怪訝そうな表情を浮かべつつ答えた。

 

「いや、俺もそのつもりだったんだが………当の本人に釘をさされちまった。『挨拶する暇があるなら、早く共和国に帰れ』だとさ。」

「はは………そうでしたか。そう言われてしまっては是非もありませんね。」

「ま………いいとするさ。別にアイツとはこれっきりというわけじゃないしな。」

その言葉を聞いたエルナンは如何にも彼女らしいと笑みを浮かべ、ジンは気持ちを切り替えてそう述べた。

 

「まあ、それもそうですね。それに、どうやらお二人には切っても切り離せないご縁があるようですし。」

「はは、ただの腐れ縁と言うがな。」

エルナンの言葉を聞いたジンは豪快に笑って答えた。世の中というのは広いようで狭い……ヴァルターにしろ、キリカにしろ、ルヴィアにしろ……その縁というものは切っても切れないものであるということは、ジン自身もはっきりと解っていた。

 

「ふふ………さてと、名残惜しいですがそうも言ってられませんね。それでは、早速チケットを手配しましょう。」

そしてエルナンがチケットを手配しようとしたその時、通信器が鳴り、エルナンが応対する。

 

「おや、通信のようです。………失礼。…………はい、こちら遊撃士協会グランセル支部……ええ、はい。……はい。ええ、ちょうど来ていらっしゃいますが………ジンさん。」

通信器で話していたエルナンはジンを見て呼んだ。

 

「ん、どうしたんだ?」

「共和国大使館のエルザ大使からのご連絡です。何でも、ジンさんを温泉旅行に誘いたいとか………」

「はァ!?」

エルナンの言葉を聞いたジンは驚いて声を上げた後、通信器でエルザと話した。

 

「ジン・ヴァセックです。温泉旅行って、どういうことです?」

『フフ……そうね、貴方にも関係のある話と言っておこうかしら。それに、共和国支部所属の遊撃士としてこの事件に寄与した貴方を労う……といったところね。』

「それはありがたい話ですが……珍しいですな。生真面目な大使さんがそのような話をしてくるとは。」

『周りにもそう言われてしまったわ……で、貴方を誘った理由はもう一つあるの。キリカ・ロウラン……彼女も誘ってほしいのよ。』

「えっ……?」

 

それから二日後―――

 

 

~エルモ村~

 

夕方のエルモ村をジンとキリカが二人並んで歩いていた。

 

「ふむ、エルモ村か……久しぶりに訪れたが、やはり風情のある場所だな。」

「ふふ、そうね………ここは私達の故郷にも似ているから。」

その光景に郷愁の思いを馳せる二人。それを感じつつジンは大使とのやり取りを思い出していた。

 

「……ふう、しかし本当に焦ったぜ。最初に話を聞いた時は、よもやエルザ大使と二人きりの旅行かと思ったからな。」

「あら、ジン………残念そうね。何なら、私はここで引き返してもいんだけど?」

「あ、あのな………さしものオレも大使は対象外だ。第一、大使はお前にこそ用があるって話なんだろう?」

キリカの言葉を聞いたジンは驚いた後溜息を吐き、真剣な表情で尋ねた。それを見たキリカはジンの様子に笑みを零した。

 

「ふふ、この程度の冗談で動揺するなんて相変わらずね。ルヴィアゼリッタのように少しは気の利いた返し方はできないのかしら?」

「うぐ………まったく………相変わらず容赦がないな。リベールの遊撃士連中もよく付いて来れるモンだぜ。」

口元に笑みを浮かべたキリカの言葉を聞いたジンは唸った後、呆れた様子でキリカを見た。この国の遊撃士の面々はよくこの人間についていけているものだと推測を述べたが、キリカは意味深な笑みを浮かべつつジンに向き直った。

 

「まあ、こんな態度はあなたにしかしてないから………って言われたら嬉しい?」

「ちっとも嬉しくない!」

キリカに尋ねられたジンが呆れた様子で大声を上げたその時、エルザが二人に近づいて来た。

 

「あら、お二人さん。……ふふ、お待ちしてたわよ。」

 

「ど、どうも大使さん。」

「お招きいただいて恐縮です。」

エルザに気づいた二人は軽く会釈をした。

 

「あら、ジンさん。落ち着かない様子だけど何かあったのかしら?」

「え、あ………大使さんの気のせいでは?」

「ふふ、なんといっても美女二人との温泉旅行………落ち着けるわけがないものね。」

エルザに尋ねられたジンは苦笑しながら誤魔化そうとしたが、キリカが茶化した。

 

「お、おい、キリカ……」

キリカの言葉を聞いたジンは慌てた様子でキリカを見た。

 

「ふふ、そうね………私ももう少し若かったら、ジンさんのことを放っておかないんだけど。」

「い”っ……………」

さらにエルザの言葉を聞いたジンは顔をひきつらせた。どうにも女性というのは時として逞しいものである……これにはジンもたじたじの御様子であった。

 

「ふふ、冗談はさておきまずは夕食にしましょうか。今夜はマオ女将みずから包丁を振るってくださるそうよ。堅苦しい話については食後の一服ついでということで。」

「あ、ああ………その考えには賛成だ。」

「では、行きましょう。」

エルザの提案にジンとキリカは頷いた。そしてジン達は夕食を済ませた後、エルザから話を聞き始めた。その内容は……

 

 

~紅葉亭~

 

「ふむ………要するに、共和国に新たな情報機関が出来る訳ですか。」

カルバード共和国に設立する情報機関。それを聞いたジンは驚きを隠せなかった。

 

「ええ、大統領の主導でまもなく設立される予定よ。通称『ロックスミス機関』――その名の通り、ロックスミス大統領の直属に置かれることとなるわ。」

「ほう………大統領の。」

「………なるほど。つまり、組織運用が議会に左右されないわけですね。」

エルザの話を聞いたジンはまたもや驚いた表情で、キリカは冷静な表情で頷いて言った。

 

共和国は議会政治制度……一つの政策を決めるだけでも膨大な時間の摺り合わせや野党などの反発を退け、時には妥協する柔軟さ……その繰り返しでは、これから迫りくる突発的事態に対応できない……その結論の一つとしての『ロックスミス機関』ということに相成った。

 

「その通り………話が早くて助かるわ。決定を先送りにし、組織をフルに活用できない悪癖ともいえる体質………一部の特権者たちによる悪質かつ不透明な組織運用………そんな問題を抱える機会から権限を切り離したことが本組織の一番のポイントね。」

大統領直属ということで組織の運用をフルに生かす………無論、そういう形での組織運用にもデメリットは存在しうる。要は組織の使いよう……その点を熟知した上で、決められたものである……とは信じたいが。

 

「ふむ………それは興味深い話ですな。確かにエレボニアの軍情報局やリベールの旧情報部に比べても従来の組織は見劣りしますからな。」

「ええ……本当に。共和国は何につけても統制のなさがネックだから………そういった意味では、この国(リベール)の統制能力は下手すると西ゼムリアにおいて比肩できる国は無いでしょう。」

ジンは話程度に聞いているが、帝国軍情報局の情報網の『一部』をカシウスから聞いたときは度肝を抜かされた。無論、この国の旧情報部も国内外にかなりの情報網を築いているということは噂程度に聞いているが……それと比べると、共和国の組織はどれも“二流”の烙印を押されることに違いないという印象を強く持った。だがそれも、移民という存在を受け入れているカルバード独自の問題でもある。

 

「ま、そこは移民を受け入れてきた国の性(さが)とも言うべきかもしれませんな。しかし、何より驚いたのはあの大統領が積極的に働きかけているって事ですか。これまでの政策を見る限りてっきり保守派とばかり思っていたんですが………」

サミュエル・ロックスミス大統領……“庶民派”と謳われ、低・中所得層の所得底上げや内政に力を入れる一方、高所得層である人間や企業などにも飴と鞭をぶら下げる巧みな政治的駆け引きをするとともに、領土を争うエレボニアに対しての戦力増強に余念がなかった。革新的な施策も見受けられるが、どちらかといえば保守派よりの思想と政策を中心に執り行ってきた大統領自身が、まるで“心変わり”とも受け取れるような対外的施策を行うことにジンは驚きを隠せなかった。

 

「ま、それは現在置かれている共和国の情勢を考えるとうなずけるかもしれないわね。今もなお拡大を続けるエレボニア帝国、『百日戦役』でその頭角を見せ…『百日事変』をも独力で乗り切り…名実ともに三大国の一角を担うリベール王国、リベールに追随する導力技術と突出した医療技術を持つレミフェリア公国、それに国内に潜伏する過激派絡みのテロリスト集団………挙句の果てには『結社』などという得体の知れない勢力まで現れた………もはやこうした情勢にただ指をくわえて見てるだけにはいかないでしょうから。」

「クロスベル自治州、ノルド高原……当事者とも言えるエレボニアとカルバードだけでなく、リベールとレミフェリアもその問題に関わる用意がある以上……その対応策は必要ということですか。」

 

西ゼムリアの状況はただならぬ状況……この状況下となれば、領有権を争っているクロスベル自治州やノルド高原も瞬く間にエレボニアに飲み込まれる……只でさえ『百日戦役』において行動がすばやいエレボニア帝国になす術もなかったのだから、その変わりゆく状況に対応できるだけの情報を把握するための力が必要なのだとエルザは述べた。

 

「ええ、そうね。なんにせよ、これからの時代はより柔軟な対応が常に求められることは疑いないわ。……と、ここまで話が長くなっちゃったけど。そろそろ話を本題に進めさせてもらうわよ。」

ジンとキリカの言葉に頷いたエルザは二人を見て言った。

 

「ああ、キリカに話があるって事ですが………」

「―――それで、用意したポストは?」

「へ!?」

ジンは思い出したように言いかけたところ、その先を見透かすようなキリカの言葉にジンは驚愕し、エルザは感心するようにキリカの言葉を受け止めた。

 

「ふふ………さすがと言うべきかしら。大統領の直属にして国内外の情報収集と分析を一手に引き受ける情報機関――……貴女には是非ともその一員となって共和国のために働いて欲しいの。それにあたって、貴女には室長クラスのポストが用意されることになっている……これは大統領自らのご意向よ。」

「………」

「そ、そういう話か………しかし、どうしてまた大使さんがそんな話を?てっきり大統領直々に選んだスカウト辺りが話す内容かと思ったのですが。」

エルザの説明を聞いたキリカは考え込み、ジンは真剣な表情で尋ねた。本来の筋からすれば大統領自らが選出したスカウト辺りから来る話であると推測したが、エルザはそのジンの疑問に答えるように説明を続けた。

 

「ふふ……確かに、本来こういうのは各地に出向いているスカウトの仕事なんだけど……ロックスミス氏とはずいぶん昔からの馴染みでね。キリカさんのことは個人的に頼まれちゃったのよ。」

「なるほど………」

ロックスミス大統領とエルザ大使の関係……信頼関係から来るやり方にジンは感心し、一方のキリカは真剣な表情を浮かべてエルザに問いかけた。

 

「………私をスカウトする理由は?」

「あら、そんなことをわざわざ私に言わせるつもり?もちろん『泰斗流』の奥義皆伝としての腕前のも理由の一つではあるけど………それ以上に欲しいのは貴女がギルドの受付として示した卓越すべき情報処理と分析能力よ。それは新たな機関において何よりも必要とされる才能だわ。」

「……………………」

「じ、事情はわかったが……現役の遊撃士を目の前にしてギルドの人員を引き抜きとはね。なかなか堂に入ったことをしれくれるじゃないですか。」

エルザの話を聞いたキリカは黙って考え込み、ジンは呆れた表情で話した後、口元に笑みを浮かべてエルザを見た。

 

「ふふ、貴方ほどの人なら立場に囚われることなく仲立ちをしてくれると思ってね。で、どうかしら………キリカさん。貴女の率直な感想が聞きたいのだけど?」

「そうですね………興味深い話だとは思います。ですが………やはり受ける理由はないかと。」

「でも―――受けない理由もない。そうじゃなくて?」

「そ、それは………」

「………」

エルザに尋ねられたキリカは戸惑い、ジンは静かな表情で黙り込んだ。

 

「ふふ、さすがの貴女も少し戸惑ってるみたいね。ま、じっくり一晩考えてもらえるかしら。そのためにこの旅館を取ったんだから。返事は明日聞かせてもらうわ。最良の決断を期待してるわよ。」

「………ええ。」

キリカの返事を聞いたエルザは席から立ち上がって退出するためにキリカ達に背を向けて歩き出したが、数歩歩くと立ち止まって考え込み、キリカ達に振り返って言った。

 

「そうそう、最後にこれだけは言っておくわね。………あなたのその才能は、とてもギルドの受付に収まるものじゃないわよ。」

「………………………」

「それじゃ、また明日ね。」

そしてエルザは退出した。

 

 

「…………………………………」

キリカは一人旅館と温泉を繋ぐ通路で中庭を見つめて複雑そうな表情で考え込んでいた………すると、ジンが温泉のある建物からやって来た。

 

「早いわね、もう上がったの?」

「おいおい、これが早いって?たっぷり1時間は浸かってたと思うんだが……珍しく考え込んでるみたいだな。」

ジンはキリカに近づいた。いつもは見せることの無い彼女の表情を見つめつつ、キリカの言葉を待った。

 

「ええ………あと一押しがなくてね。」

「そうか………」

キリカの答えを聞いたジンは重々しく頷いた後、キリカのように中庭を見つめ、そして口を開いた。

 

「リュウガ師父が亡くなってもう六年か……ずいぶん旅をしたらしいな?」

「ええ、あちこちね……でも、旅だなんてそんな格好のいいものじゃないわ。ただ、大陸中を流れ流れてその片隅に引っかかっただけ……川を行く落ち葉がいいとこよ。」

師父が亡くなり……ジンは知り合いの伝手で遊撃士となり、ヴァルターは『結社』に……そして、師父の娘であったキリカは自分の中に燻る『問いかけ』の答えを探すために、各地を渡り歩いた。そして六年という月日を経て、この国で三人が出会うというのは世間の狭さを知らされるきっかけともなった。

 

「……………それで、前に言ってた答えとやらは見つかったのか?」

キリカの話を聞いて頷いたジンは尋ねた。

 

「ふふ、答えなんてものは今も見つからないわ。あえて言うなら、そうね……結論のようなものは見出せたのかもしれない。」

「結論………」

「ねえ、ジン………どうして私が直接戦う事のないギルドの受付になったと思う?」

「そうだな……俺やヴァルターのような阿呆共と同じ道を歩きたくなかった。案外、そんな所じゃないか?」

キリカに尋ねられたジンは考え込んだ後、自分なりに出した推論をキリカに尋ねた。

 

「ふふ……あなたたちが阿呆というのは確かに否定はしないけど。」

「おい、そこは一応否定してくれよ!」

キリカの表裏の無い言葉にジンは思わず反論するが、キリカはそれを無視するように言葉を零し始めた。

 

「………私はね、確かめたかったの。父が説いてくれた活人拳の意味を。『戦いを通して互いに高め合う』という、その理念を。確かに………その理念は理想に近いのかもしれない。……でも、そもそも戦いが前提なのはどうかと思ってしまった。」

「ふむ………」

拳を交えることで己の力を、相手の力を高める……確かに、人間というものは自ら傷ついて成長していく生き物だ。だが、キリカにとってはそれが疑問だった。“活人拳”というものの意味……そもそも、戦いでしか“活人拳”は見いだせないのか……誰よりも聡明であったからこそ、キリカにしてみれば疑問以外の何物でもなかった。

 

「武人として、生を全うすることの意義はわかる。その上で死が訪れても後悔がないのも理解できる。その考え自体は私だって今も変わらないわ。でも………父が亡くなって、ヴァルターが居なくなったときにふと思ったのよ。戦いを通さない“活人”の道……そんなのがあってもいいんじゃないかって。」

「………」

戦わずして人を活かす道……“不戦の活人”……それを思い立ったというキリカの話を聞いたジンは驚いた表情で黙っていた。

 

「その答えを求めて大陸中を巡り歩いたわ。そして、旅の途中で幾つもの争いや暴力を見ては自分の無力さを痛感した………そんな時に駆け込んだのがこのリベールのギルドだった。どんな時も『民間人の安全』を第一に行動するという組織理念………その理念の下で働いていれば答えが見つかる気がした。だけど……結局は戦いから逃れることができなかった。」

「………『人が人である以上、どこまでも闘争はつきまとう。なら、その戦いを通してどう争いを収めるか―――その“現実”を見据えた上で“理想”を謳う。』……それが師父の言葉だったな。」

 

“闘争”というのはいわば人間の……ひいては生きとし生けるもの全てに付きまとう代物。戦わずして“活人”を貫くというのは極限の理想論……だが、キリカが直面した現実は“戦い”という抗いようのない現実を目の前に突き付けられる形となったのだ。それを聞いたジンはかつて師父が諭した言葉を思い返すように呟いた。

 

「ええ……そして、その考えからすると……私は現実から目を逸らしたことになるわ。」

「おいおい……だからと言って、そうじゃないことはお前だってわかってるだろう。師父の言う“現実”は何も戦いだけを指しているわけじゃないんだからな。」

キリカの言葉を聞いたジンは呆れた後、真剣な表情で言った。自分の視界に映るもの全てが“現実”ではないのだと……だが、ジンの言葉にキリカは否定した。

 

「……いいえ、それとこれとは別問題なの。この数年間……私はけっして自分の足で歩こうとしなかった。新たな活人の道……それを探すと言い訳しながら私は放棄していたのよ。……ギルドの居心地の良さに甘えながら、ね。」

ジンの言葉を聞いたキリカは答えた後、苦笑した。

 

「………」

「その意味で私は……父の弟子の中では一番の落ちこぼれかもしれないわね。その在り方の是非はともかく………あなたにしても、ヴァルターにしても……そして、あの子(ルヴィアゼリッタ)にしても……己の道を選び、歩き続けてきた。父の説いた活人拳に正面から向かい合って各々の答えを出した。そして、それぞれのやり方でこの世界という“現実”と向き合っている……結局……私だけが歩いていなかった。」

そうため息混じりに放たれたキリカの言葉にジンは考え込んだ。確かに俺やヴァルター、ルヴィアは各々の生き方で各々の答えを出した。だが、キリカは彼女なりに……

 

「…………いや、お前はちゃんと歩いてたさ。お前はお前なりに“現実”と向き合い、師父の説いた活人拳と向き合っていた。」

「え?」

考え込んでいたジンが呟いた言葉を聞き、キリカは驚いてジンを見た。

 

「ただ……それは、俺やアイツらのように自分の為の道でなく……他人のための道だったというだけだ。ギルドにいたお前は他人が進む道を踏みならすためにひたすら歩いた……それこそ、まさに“活人”の道だったと思うぞ。」

「………ふふ……もしかしてそれで慰めているつもり?」

「ぐっ……悪かったな、口下手で。と、とにかく俺が言いたいのはだな……お前はあまりにも強すぎてあまりにも生真面目すぎるんだ。そして、その強さと真面目さがお前自身を縛っているように見える。」

それはジン自身が痛感したことだった。ルヴィアゼリッタとライナスという二人の言葉があったからこそ、俺は自分なりに“活人”の意義を見出すことができ、ヴァルターを少しでも上回れた。そしてそれは、目の前にいる彼女にも同じことが言えた。

 

「あ………」

「だから……キリカ。少しは肩の力を抜けよ。少し……ほんの少しでいい。そうすりゃ、お前なら色々と見えてくるはずだぜ。」

「………」

強すぎるが故に肩に力が入りすぎている…生真面目すぎるが故に道が狭まっている…『ほんの少し力を抜け』というジンのアドバイスを聞き終えたキリカはジンに背を向けて黙って考え込み、そして口を開いた。

 

「………ねえ、ジン。私が国に戻ったら嬉しい?」

「な、なんだ、いきなり。」

キリカの唐突な問いにジンは戸惑った。だが、有無を言わせぬ感じで問いかけに答えるようキリカは促した。

 

「いいから答えて。」

「う、うむ………そりゃあ。どちらかと言われれば嬉しいに決まってるだろ。そ、それがどうした?」

「いえ……大統領の誘い、受けることにするわ。」

「お、おい!?そりゃ一体どういう……」

キリカの結論を聞いたジンは驚いてキリカを見た。

 

 

「勘違いしないで。ただ、旅を終わらせるきっかけが欲しかっただけよ。それと、『自分の力をより活かせる場所』をね……」

 

 

キリカが結論を出した翌日の朝、エルザを加えたキリカ達は紅葉亭を後にした。

 

「はあ~、久々にぐっすり眠れたわ。お2人とも、楽しんでもらえたかしら。」

「ええ、そりゃあもう。」

「おかげで英気を養えました。少なくとも、新しい環境に挑戦してみようと思うくらいには。」

エルザに尋ねられたジンは頷き、キリカも頷いた後口元に笑みを浮かべてエルザを見つめた。

 

「そ、それじゃあ………」

「……謹んでお受けします。ただし、条件が一つ。」

「なに、聞かせて?」

その言葉を聞いて笑みを浮かべたエルザであったが、続けて放たれたキリカの言葉にエルザも緩んだ表情を引き締めた。

 

「私はあくまでも自分の信念に基づいて組織に身を置くつもりです。もしも組織の運用に少しでも疑問を感じたときは………組織そのものの在り方を容赦なく正していくつもりです。それでもよければ、大統領閣下によろしくお伝え下さい。」

見出した“結論”……そして、自分の在り様を組織に左右されることなく貫く。ジンやヴァルター、ルヴィアゼリッタのように……自らの戦いをするというキリカの言葉にエルザは笑みを零した。

 

「ふふ、勿論よ。遊撃士協会というある意味、危ういバランスで成り立っている組織にいた人間。それをスカウトするという事は正にそういった役割も大統領は期待していると思うわ。」

「(……コイツの相手を毎日することになる人間は、さぞかし胃を痛めそうだな……)」

キリカの話を聞いたエルザは口元に笑みを浮かべて頷き、ジンは内心でこれから彼女を相手にする人間がストレスで倒れかねないか心配していた。

 

「ふふ、どうでしょうか。それと仕事の引き継ぎもあるので帰国は二、三ヶ月後になります。その点もご了承ください。」

「まったく問題ないわ。共和国で会えるのを楽しみにしてるわよ。」

「ええ、こちらこそ。」

そしてエルザは一足早くエルモ村を出て、ジンとキリカは二人並んで話しながらエルモ村を出ようとした。

 

「ふむ………」

「何か考えごと?」

ジンの様子に気付いたキリカは立ち止まってジンを見て尋ねた。

 

「いや、さっきの話さ。引継ぎが済むまで二、三ヶ月って言っただろ?」

「ええ、そうだけど………それがどうかしたの?」

「向こう(カルバード)も忙しいだろうが、そこまで緊急の仕事が待っているわけでもなさそうだ。それなら俺も、まだしばらくリベールに居ようかと思ってな。」

「何を言うかと思ったら………私に付き合う必要はないわ。あなたはとっとと帰りなさい。この国はカルバードとは人材の規模が違って、優秀な人材が多いのだから。」

ジンの提案を聞いたキリカは呆れた後、ジンを見て言った。

 

「ふう………まったく冷たいヤツだな。」

「ふふ、いいじゃない。どうせこれからは嫌でも顔を合わせる事になるのだから。」

「あ………」

キリカの言葉を聞いたジンは呆け、それを見たキリカは歩き出した。

 

「………はは、そうだな。何も焦る事はない……か。」

「ジン………何をぼうっとしてるの?」

「ハッ!?お、おう………スマン。ってお前も一人でとっとと行こうとするなよ!」

そしてジンはキリカと共にエルモ村を出た。

……気配を完全に消し、その光景を陰から見ていた人物……静かにその場を後にした。その人物が向かった先は……

 

 

~レイストン要塞 司令室~

 

「失礼するぜ、カシウスのおっさん。」

「おう、ラグナか。済まないな、このような真似ごとをさせてしまって。」

「気にすんな……アンタには恩がたくさんあるからな。で、これが頼まれてた分だな。」

その人物―――ラグナ・シルベスティーレが訪ねたのはレイストン要塞にいる軍のトップ―――カシウス・ブライト“中将”である。カシウスは先日の導力停止状態における適切な指揮が評価され、昇格したのだ。これにより名実ともに軍のトップとなったことにカシウスは頭を抱えたくなった……

 

閑話休題。

 

カシウスは元『鉄血の子供達(アイアンブリード)』であり、こういった潜入捜査に長けたラグナに個人的依頼を頼み、カシウスに恩のあるラグナはこれを了承して王国内に対するエレボニア・カルバードの動きを探った。そして、『ロックスミス機関』にキリカ・ロウランを引き抜くという情報を手にし、彼等が気付かないように本気で気配を隠し、動きを探っていたのだ。相手が武術家ということもあって内心見つからないか冷や汗ものであったのは言うまでもないが……ラグナは他にもスカウトのあった人物のリストを手渡した。

 

「アスベル・フォストレイト、シルフィア・セルナート、セシリア・フォストレイト、スコール・S・アルゼイド、リーゼロッテ・ハーティリー、リノア・リーヴェルト…それにヨシュアやカリンもリストアップされていたとはな……」

「いずれも一線級揃いの面々……まぁ、流石に猟兵団絡みの人間はリストアップされてませんでしたが。俺が入っていないということはそういうことなんでしょう。」

 

この陣容にロックスミス大統領の本気さを窺い知るカシウス。だが、奇しくも彼等はリベールにある意味忠誠を誓っている面々。その切り崩しを狙っての行動ということにカシウスも表情を険しくした。しばらく考え込み、彼は通信器を取った。

 

「ああ、俺だ……そうか。なら、すぐ司令室に来てくれ。」

短めの会話をしてカシウスが通信器を置くと、入ってきたのはこの国の重鎮とも言える少年の姿―――シオン・シュバルツであった。

 

「失礼する……って、ラグナ?」

「おう、お邪魔してるぜ。」

「来てくれたか……“殿下”、どうやら相手は相当本気のようです。こちらがリストです。」

襟を正すようにそう言い放ったカシウスの言葉に、手渡されたリストを覗き込みつつシオンは考え込んだ。

 

「やっぱり、というべきか。ま、エレボニアの情報局の陣容……“かかし男(スケアクロウ)”を考えるとこのリストもその本気さが見えるな。」

「アイツは曲者だからな……全員に聞いたところ、ハッキリと断ったそうですが……」

「対策はしてある。もし、彼等や身近な人間を人質に取るようなら……俺自ら大統領府に乗り込んで病院送りにする用意があるとな。」

「「………」」

乗り込んで大統領らを問答無用の病院送りにするどころか、大統領府を破壊し尽くすまでやりかねない……満面の笑顔のカシウスを見て、シオンとラグナは揃って押し黙る他なかった。

 

後日……念のため、カルバード側が強攻策をとった場合の措置をエルザ大使に伝えたところ、彼女の表情が青ざめたことも付け加えておく。そして、それを聞いたロックスミス大統領が後日、非公式でリベールを訪れ……カシウスに謝罪する事態にまで発展することとなる。カシウスは数年前の教団ロッジ制圧作戦の責任者。いわば共和国にとっても“英雄”とも言える彼を敵に回すのは拙いと判断した上での結果であった。

 

それを聞いたアリシア女王は笑みを浮かべ、クローディア王太女は苦笑し、ユリアは引き攣った表情で冷や汗をかき、モルガンも思わずため息を吐いたという……あと、それを見たルヴィアゼリッタは自分の父親絡みだというのに腹を抱えて本気で笑ったらしい……

 

 




ジンのエピソードなのに、カシウスのインパクトが強いと感じた……何故だろう……


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スコールの扉 ~アルゼイドの絆~

スコール・S・アルゼイド……とはいえ、本人がそのフルネームを知ったのは、『結社』を抜け……サラと付き合い始めた頃にまで遡る。

 

エレボニア帝国東部の街、ケルディック。クロスベル自治州・公都バリアハート・帝都ヘイムダルを結ぶ中継地。その酒場でスコールはサラの“いつもの癖”に付き合いつつも、女将であるマゴットに話しかけられる。

 

「しっかし、この呑んだくれのサラちゃんに恋人とはねえ……はい、これサービスしておくわ。」

「あ、どうもありがとうございます。」

マゴットがサービスしてくれた料理に感謝しつつ、スコールは食べ始めた。

サラとマゴットの付き合いは結構長く、鉄道憲兵隊云々に関わらず困った時にはよく駆けつけてくれるサラの意外な義理堅さに笑みを浮かべつつ、食事を進めた。すると、すっかり出来上がっているサラがスコールに絡み始める。

 

「もう、スコールも飲みなさいよ~」

「すっかり出来上がってるな……明日も依頼があるんだぞ……」

「あによ~?アタシの酒が飲めないって言うの?」

絡み酒とも言えるサラであったが……スコールにはそれに対する方法などいくらでもあった。その一つは……

 

「………明日の鍛錬、倍に増やすぞ。」

「ごめんなしゃい」

スコールの有無を言わせぬ言葉にサラは謝った。何せ、サラの今の戦闘スタイル……ブレードと導力銃を用いる戦い方を教えたのは他でもないスコール本人であるが……実は、もう一人サラに異なる武器での戦闘術を教えた人間がいる。ここではその説明を省くが……スコールはいわばサラの師匠であり、扱いはそれなりに熟知していたのだ。今やA級の正遊撃士でも、武術の先輩であり未だに勝てない相手とも言える彼氏には頭が上がらなかった。それを見て笑みを零したのはマゴットであった。

 

「自由闊達のサラちゃんが、ここまでとは……手がかかるだろうけれど、見捨てないでやっておくれ。」

「……ええ。」

惚れたのはこちらの方であり、年上好きの嗜好を変えさせたのは他ならぬ自分……それに対して責任は取る……スコールは笑みを零しつつそう述べた。

 

翌日、二人はバリアハート地下道の魔獣退治の依頼をこなしていた。そのレベルは一線級とも言えるレベルに成長したスコールやサラにしてみれば大したことはなかったが……戻る途中、梯子に引っかかっていた封筒を見つける。スコールはそれを拾って外側を確認するが、爆発物の類は仕掛けられていない様であった。外見を見てみるものの、宛先や差出人の類は書かれていない……しかも、封はされていない様であった。

 

「とりあえず、確認してみたら?」

「そうだな……これは、カルテ?」

サラに促される形でスコールが中身を確認すると、出てきたのは個人情報と顔写真が貼られたカルテのようなものであった。だが、そのカルテに掛かれている出身の内訳は……少なくともここの街やクロイツェン州『以外の』場所が大半であった。そして、その中にあった一枚のカルテ。それに目を通したスコールとサラは驚きを隠せなかった。

 

「え…これって………」

「………」

其処に映っているのは紛れもなく自分の幼い頃の写真……鏡で何度も見ていた自分と瓜二つの顔。だが、驚くのはそこに書かれていた名前。

 

『―――Squall=S=Arseid(スコール・S・アルゼイド)

 

「………」

だが、スコールには心当たりがあった。

自分がかつて所属していた『結社』―――『身喰らう蛇』。その使徒の一人である第七柱“鋼の聖女”アリアンロードに手解きをしてもらった際、こう言っていた。

 

『―――私が知る者の末裔にこうして剣を教えることが出来ることに、感謝したいですね。』

 

その言葉が真実ならば……そう思ったスコールは奥から歩いてくる人物に気づき、銃を向ける。それを見たサラも武器を構える。二人の視線に映ったのは研究者らしき人物。だが、その足取りはおぼつかない状態……だが、その人物は彼等を見ると、突如苦しみだし……そして、次の瞬間には魔獣よりも凶悪な姿に変貌していた。

 

―――敢えてその姿を表現するならば……『悪魔』。

 

『ミツケタゾ……アルゼイドノソザイ……』

「!?こいつ……」

「成程……問いかけの答えを持ってきてくれたということか……(人間が悪魔化……“剣帝”か“調停”あたりが関わっていたはずだな。)」

最早化物とも言うべきその姿にサラとスコールは戦闘態勢に入る。

悪魔はその鋭き爪で二人に襲い掛かる。

 

「時の加護を我らに……クロノドライブ!……長期戦だと不利になる。息の根を止めるつもりでやるぞ!」

「ええ!……はっ!」

それをみたスコールはオーブメントで駆動させていたアーツを放って速度と移動距離を高め、サラと共に駆け出す。サラは牽制で銃弾を放つも、今までの魔獣とは異なるかのような装甲の前に弾かれる。それに舌打ちをしてオーブメントを駆動しつつも、クラフト『鳴神』を放つ。これには流石の装甲を持つ悪魔でも怯むが、反撃と言わんばかりに咆哮を浴びせ、その衝撃で二人もダメージを負う。

 

「風の癒しを……ブレス!」

「ありがと、スコール……せいやっ!!」

スコールはアーツを放って回復し、サラは感謝しつつも続けて『電光石火』を浴びせるものの、中々決定打には至っていない。この状況では自分が守りに入ってはジリ貧だとスコールは判断し、『エグゼクスレイン』のブレードを展開し、刃に雷の闘気を纏わせる。そして、壁を伝って飛び上がり……悪魔の直上に到達すると、天井を蹴って一気に加速した。

 

「天なる罰を受けよ……黒の雷(シュヴァルツ・エクレール)!!」

「!?!?」

スコールの突撃技とも言えるクラフト『黒の雷』をまともに喰らい、悪魔もよろめく……それを好機と見たスコールは武器を変形させて大剣形態にし、サラも武器に闘気を纏わせる。

 

「一閃必中……フェイデッドサークル!!」

「オメガ……エクレールッ!!」

スコールの闘気の刃による横薙ぎのSクラフト『フェイデッドサークル』、サラのSクラフト『オメガエクレール』を喰らい、悪魔は崩れ落ちる。その動きを見て立ち上がるような素振りを見せないことを確認すると、二人は息を整えて武器を納めた。

 

「……にしても、魔獣とは思えないけれど……何かの実験生物なのかしらね?」

「さてな……ともあれ、報告に戻るか………っ!?」

人が悪魔に姿を変えて襲ってきた……いろいろ考えるところはあるが、ともかく報告へ行こうとした二人……その時、静かに起き上る気配。それを感じ取ったスコールは嫌な予感を感じて武器を抜き放ち、構えていた。

 

「嘘でしょ……」

「コイツ……確かにとどめを刺したはずだ……」

先程倒れていた悪魔が起き上がっている。しかも、その傷は完全に回復しきっている……これにはスコールとサラも冷や汗をかいていた。この状況では確実にジリ貧……だが、その悪魔の襲撃は……届くことは無かった。

 

焦りを感じた二人が見たもの……縦に真っ二つに斬られた悪魔……その姿は光となって消え去った。そして、二人の目の前にいつの間にかいた人物……スコールと同じぐらいの大剣を片手で振るう一人の男性の姿。そして、その闘気は尋常ならざるものであると感じていた。その男性は一息つくと、二人に向き直った。

 

「大丈夫か?」

「ええ、お陰様で……」

「って、ヴィクターさん!?なんでここに!?」

その男性―――ヴィクター・S・アルゼイドの姿にスコールは感謝の言葉を述べ、一方サラは彼がこの街にいることに驚愕していた。ともあれ、魔獣退治の報告をした後……三人は落ち着いて話ができる場所へと移動することとなった。

 

ヴィクターがここを訪れていたのは偶然で、戦闘の振動と気配を感じ、地下道にやってきたということらしい。そして、一段落すると、スコールはヴィクターに問いかけた。

 

「ヴィクターさん……差し出がましい質問かもしれませんが、貴方には息子さんがいませんでしたか?」

「!?……何故、そのことを?」

「………どうやら、俺がその親不孝者だということらしいです。」

スコールはそう言って、自分が今までの経歴……十五年前に行方不明になったこと。その後は『結社:身喰らう蛇』に拾われたこと、『執行者』として活動していたこと、そして傍にいるサラ・バレスタインとは恋人の関係であること……それと、地下道で拾ったカルテの存在と悪魔が言っていた『アルゼイドの素材』という言葉の事も。それを聞いたヴィクターは話を始める。

 

「……確かに十五年前、私の息子は教団に誘拐された……このカルテは、その教団のものだろう……良く生きていたな、スコール。」

それに目を通した後、珍しくも潤んだ瞳をしつつ、スコールの頭を撫でた。それにはくすぐったさを感じつつもスコールは言葉を述べた。

 

「はは……まぁ、女神(エイドス)のお蔭かもしれませんね……」

「よかったわね、スコール……アタシとしては内心複雑だけれど。」

スコールとは対照的にサラは疲れた表情を浮かべていた。まさか、恋人の身分が“貴族”だということに頭を抱えたくなった。エレボニア帝国では“平民”と“貴族”という身分の異なる人間関係は口煩いのだ。それを察してか、ヴィクターがサラに話しかけた。

 

「何、気にすることは無い。私はスコールが幸せになってくれれば特に口煩く言うつもりはない。」

「………」

「そう緊張しない……寧ろ俺の方が緊張してるんだから。」

その言葉がかえってプレッシャーに感じてしまうサラの様子を察し、スコールはサラの肩に手を置く。そのやり取りの後、ヴィクターの招きでスコールとサラはレグラムに向かうこととなった。

 

 

~レグラム自治州 領事館~

 

「お、これは……おかえりなさいませ旦那様。」

「留守中は変わりなかったか?」

「ええ……!?旦那様、後ろにおられる方はもしや……」

「ああ、行方知れずだった息子……スコールと、その恋人だ。」

レグラムに着いた三人……それを出迎えたのは、アルゼイド家の執事であるクラウスであった。彼はヴィクターの後ろにいたスコールの姿に気づき、ヴィクターに問いかけると……静かに頷いた。

 

「スコール様……よくぞ生きておられました。生きている間にお会いできるとは、このクラウス……感謝のあまり言葉もありませんぞ。」

「……ただいま帰りました、クラウスさん。」

そのクラウスの言葉に笑みを浮かべて言葉を返し、スコールも少し戸惑いつつ言葉を返した。そして、クラウスが案内するように三人も館の中に足を踏み入れると、そこにいた眩い黄金の髪を持つ麗しい女性が彼等の姿に気づく。

 

「あら……おかえりなさい、あなた。」

「ただいま帰ったぞ。」

「見たところ怪我もなさそうですね……そちらはサラさんかしら?」

「あ、し、師匠!?ど、どういうことですか!?」

女性―――アリシア・A・アルゼイドはヴィクターと言葉を返した後、後ろにいる女性―――サラの姿を見つけて声をかけ、サラはその女性……自分のもう一人の師匠とも言うべき存在がこの家にいることに驚いていた。その様子を見たヴィクターはスコールに尋ねた。

 

「……知り合いなのか?」

「俺も初耳です。おそらくは俺と知り合う前に出会ったのではないかと……」

スコールがサラと初めて出会った時、彼女の戦闘術は今のスコールと似たような戦闘スタイル―――二丁銃と二刀流を切り替えるスタイルだったのだ。銃関係はおそらく“死人返し(リヴァイヴァー)”だと思われるが、剣関係は全く分からなかった。聞いた話では、女性に習ったらしく……彼女が名乗っていた異名は“金の雷(トールブレイド)”……超然たる破壊力と技の鮮やかさを兼ね備えた人物だったというのだが……これほど身近にいたとは思いもしなかった。

 

サラと話していたアリシアはヴィクターと話していた人物―――スコールに気づき、その姿に戸惑いつつもヴィクターに話しかけた。

 

「え……ひょっとして……あなた……」

「ああ……スコールだ。」

「えと………ただいま、“母上”。」

「っ!!」

ヴィクターに続くようにスコールはそう述べると……アリシアは涙を零しながら、スコールに抱き着いた。その行動にスコールは戸惑うも、ヴィクターは優しい笑みを浮かべてスコールに諭した。

 

「女神様……ありがとうございます。よかった……スコール……」

「えと……」

「暫くそうしてやるといい……叶わぬと思っていたことが叶ったのだからな。」

「………ええ。」

十五年間行方不明………最早絶望的とも言われた息子が生きて帰ってきたのだ。それにはこの反応などごくごく当たり前のものであると……そう感じたスコールはそのぬくもりを感じるようにアリシアを抱き留めた。

そうすること数分……落ち着いたアリシアはスコールから離れた。

 

「それにしても、スコールにサラさん……ひょっとして、付き合っているのかしら?」

「あ、えと、その……」

「まぁ、そうなりますね。」

「ふふ、そうですか……世間は狭いですね。」

正直その通りだろう。自分の母親の弟子とも言える人物が自分の恋人であるという事実にはさしものスコールですら驚きであった。とはいえ、まさかこんな形で自分の身分を知ることになろうとは思いもよらなかったが。

 

すると、扉が開いて一人の少女が姿を見せる。見るからにスコールよりも五つぐらいは年下であろう少女。その少女―――13歳になるラウラ・S・アルゼイドは彼等の姿を見て首を傾げた。

 

「お帰りなさいませ、ラウラ様。」

「ただいま帰りました………父上に母上?それに爺。お二人はどちら様ですか?」

「ってことは……父上、ひょっとしてこの子は。」

「うむ。ラウラ、この二人は大事な人たちだ。お前の家族にもなる人だよ。」

「?……ラウラ・S・アルゼイドという。よろしく頼む。」

ラウラは目の前に映るスコールとサラに首を傾げつつも自己紹介をする。

 

「サラ・バレスタインよ。貴方の父のヴィクターさんや母のアリシアさんの二人にはお世話になってるわ。」

「ほう、いつもならそういうことを中々言わないサラにしては殊勝な台詞だな。」

「しょ、しょうがないでしょ!?師匠がいる以上、変なことは言えないのよ!」

サラの自己紹介を聞いて思わず皮肉めいた言葉を口にしたスコールにサラは慌てつつも言葉を返した。それを聞きつつも、スコールも自己紹介をする。

 

「はいはい……俺はスコール・S・アルゼイド。ラウラにとっては、実の兄ということになる。よろしく、ラウラ。」

「え………父上、母上。どういうことなのですか!?」

その自己紹介を聞いたラウラはヴィクターとアリシアは詰め寄るが、二人はラウラにその事実を説明した。

 

「今まで明かせなかったが……いや、私達も諦めていたというべきだろう。お前が生まれる五年前に生まれた子ども……それが、スコール・S・アルゼイド。そこにいる彼ということだ。」

「そして、サラさんは貴方の兄のスコールの恋人ってことよ。」

「………」

「はは………」

その説明にラウラは唖然とし、それを見たスコールは苦笑を浮かべた。『実は、貴方には実の兄がいたのよ』といきなり言われて納得できるかと聞かれたら……無理という他ないだろう。この場合は幼少期を知るヴィクターとアリシア、クラウスがいたからこそすんなり通る話であったが。そもそも、ギリギリ物心つかない頃の容姿をよく覚えていたものだとスコールは半ば感心していた。

 

「まぁ、いきなり信じろと言われても無理かもしれないけれど……」

「……さい。」

「ん?」

「手合わせしてください!」

「………はい?って、自分で歩け、極まってるよ、ラウラ!痛い痛いいt……」

だが、ラウラから出てきた言葉にスコールは思わず首を傾げた。そして、有無を言わせぬ感じでスコールの腕をつかむと、そのままスコールを引きずるように館から出て行ったのであった。その光景には周りの面々も面食らった様子であった。

 

「……ラウラ様があのような我侭を……」

「えと、どういうことですか?アタシには何が何だか……」

「恐らくは、自分の身内に兄ができたことが嬉しかったのだろうな。」

「そうでしょうね。いつも慕われる側のラウラが慕える相手が出来たのですから。」

同い年ぐらいの男子よりも男勝りな感じのラウラ。なので、周りからはよく慕われるのだ。だが、彼女が慕う人間は同い年ぐらいの子の中にはいなかったのだ。五つほど年上とはいえ、自分の父や母よりも年が近い人間ができたことに対する彼女なりの照れ隠しなのだとヴィクターとアリシアはそう感じていた。

 

そんなことがあったものの、スコールはすんなりと受け入れられた。ラウラとは仲の良い兄妹として羨ましがられる一方、ラウラを慕う女性から嫉妬の感情を向けられることはあったが、殺意を感じなかったのでスコールは見ないふりにして無視していた。

 

この一年後、サラと婚姻し……身内だけの結婚式…サラの友達であるアイナ、シェラザード、メイベル…同じ遊撃士であるトヴァルとヴェンツェル、ラグナ、リーゼロッテ、リノア……そして、アスベル、シルフィア、レイア、シオンも参加した。そして、ブーケトスでそれを受け取ったのは……サラにとって義理の妹となるラウラであった。それに困惑するラウラ……この一年後、ラウラの運命を変える出会いがあることに当の本人は気付いていなかった。

 

 




地味にアルノール家が武闘派集団に……セドリックは綺麗なままでいさせます。ある意味エリオット2号的ポジションを捨てさせるなんて勿体無いじゃないですか(マテw)


オリビエ →ボケ・ツッコミ両方
アルフィン→同上
セドリック→常識人

……ミュラーとエリゼに胃薬かな、これは。


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シオンの扉 ~弟の気遣い~

 

―――事変解決後より二ヶ月後……

 

 

~王都グランセル グランセル城 謁見の間~

 

王室親衛隊中隊長ユリア・シュバルツ大尉がグランセル城を訪れる前……謁見の間にいたのは、アリシア女王と……ユリアの義弟であり、実際にはリベール王家の“次期王太子”と言われても不思議ではない人物。王室親衛隊大隊長シオン・シュバルツ准佐もといシュトレオン・フォン・アウスレーゼの姿であった。

 

シュトレオンもといシオンがこの場所にいたのは、ある重要な話を女王にするためでもあった……

 

「なるほど……確かに、彼女ほどの人物ならば、立派に務めあげることでしょう。……シュトレオン、貴方はそれでいいのですか?」

「良いも何も……どの道このまま隠しきれるとは限らないから……それは、お祖母様とてご存知の事だ。今のエレボニア帝国の皇帝はともかく、政府代表のギリアス・オズボーン宰相……そして、彼の肝煎りというべき帝国軍情報局や鉄道憲兵隊。彼らを前に隠しきるよりは、こちらから打って出る。アスベルらも同様の意見だったからな……ま、公表するタイミングは既に決めているが。」

 

いつまでも『シオン・シュバルツ』として隠せる保証などない。隠したまま…また危険な目に遭うよりは、こちらから打って出る形で公表する。言い訳などはどうにでもなるし、幸いにも国内にいる“スパイ”は全員居場所を掴んでいる。クローディアや自分を狙うようならば、その覚悟は彼等にあるのか……『撃つということは、撃たれる覚悟があるのか?』……ということを帝国に突き付けることも出来る。無言の圧力……それを体現するための『切り札』を切るということだ。

 

「それもあるけれど、ユリ姉……ユリア大尉の性格はよく知っているからな。ま、弟として世話になっているお礼みたいものになるけど。」

 

それはともかくとして、あの謙虚な義姉の上にいては、彼女も色々萎縮しかねないし、いつまで経ってもその立場に甘んじる可能性があった……そこでシオンが提案したのは……今回の事変解決の功績を称える形での昇進と……ユリア・シュバルツを王室親衛隊大隊長に昇格させることへの提案であった。

 

シオンは一時的な措置としてクローディア王太女の“近衛騎士”という地位を新設し、暫くはシオンがその地位に就くこととする。武術的にも王室親衛隊大隊長を務めた実績からして問題は無く、クローディア王太女の全幅の信頼を持ちうるシオンに対しては誰も反対しようがない……女王もその提案に賛成した。

 

「解りました……ユリア大尉には、シュトレオンからの提案だということは伏せておきましょう……身内とはいえ、これが礼儀ですが……シオン・シュバルツ准佐。本日を以て王室親衛隊大隊長を解任いたしますが、後任が正式決定するまでその任を続けるようお願いいたします。以後はクローディア王太女の近衛騎士として一層の精進を果たしてください。そして、クローディアの護衛ならびに王都への攻撃を防いだ功績を称え、中佐への二階級昇進といたします。」

「その任と階級、しかとお引き受けいたします。以後はこれまで以上に精進し、迫りくる脅威を討ち払う刃とならんことをここにお誓いいたします。」

「………ふふ、昔はやんちゃだったシュトレオンも随分と丸くなったものですね。」

「何時の話だよ、お祖母様……」

 

王家の……クローディアの近衛騎士となり、事変時の功績から中佐となったシオンに女王は柔らかい笑みを浮かべた。彼女の言葉はある意味事実であるが、いつまでもそう言う感じではいられないということはシオン自身も解っていたことだ……ある意味自分の姉と、自分を好いている彼女の存在による『被害』を被り続けた結果とも言えなくはないのだが……

 

一通り話を終えた後、シオンは謁見の間を後にして、自分に宛がわれた執務室に向かった。すると、そこにいたのはかつて“鬼の大隊長”とも呼ばれ、今はシオンの身内とも言うべき人間の教育係的存在とも言える執事―――フィリップ・ルナールの姿であった。彼はシオンの姿を見つけると畏まって挨拶をした。

 

「これは殿下、ご無沙汰しております。」

「……フィリップさん。その、立場的には同じ大隊長だったわけですし、人生的には貴方の方が上ですし、レイピアの方も貴方に色々手解きしていただきましたし……」

「ですが……」

 

フィリップの生真面目さ……王家に対する忠誠心は見事なものである……だが、その堅苦しさは、今は必要ないということでシオンは滅多に使わない“王家の人間”としての命令を下す。

 

「じゃあ、王子として……せめて名前ぐらいは読んでほしい。ただし、今はシュトレオン・フォン・アウスレーゼではなくシオン・シュバルツということ。その代り、普通にしゃべらせてもらう……それでいいか?」

「……解りました、シオン殿。」

「……それが落としどころか。何と言うか、その忠誠心は驚嘆の一言に尽きるよ。」

 

フィリップの呼び名を聞いてシオンは笑みを零しつつ、備え付けてあったお湯を注ぎ、紅茶を淹れる。それをフィリップに差出し、ソファーに座るよう促した。

 

「どうかな、味の方は?流石に本職の人間には劣るだろうけど。」

「滅相もありません。淹れ方一つとっても、文句のつけようがありません……そういえば、先程大隊長『だった』という言葉を聞きましたが……」

 

本職であるフィリップも思わず見とれてしまうほどの手際の良さ……本来ならば自分の仕事であるはずのその作業なのだが、彼のその作業には思わず言葉を無くしてしまうほどの芸術性を感じるほどであったらしい。そう褒めつつも、フィリップは先程シオンの口から聞かれた言葉について尋ねると、シオンは笑みを浮かべつつ答えた。

 

「まぁ、正式発表があるまでは黙っていてくれるとありがたいが……大隊長の任を降り、クローディアの近衛騎士となった。後任にはユリ姉を推薦している。」

「ユリア大尉ですか……確かに、彼女ほどの人間ならば立派に務めあげることでしょう……どうかされましたか?」

 

かつて“鬼の大隊長”と言われた人間の目から見ても、ユリアの実力は問題ないという言葉に、シオンは彼女が慌てふためく様子が脳裏に過ぎり、笑いがこぼれ……それを不思議に思ったフィリップが尋ねた。

 

「いや、失敬……あの姉の事だから、『自分はその立場になって日が浅いので……』とか言いそうなんだよ。」

「ふむ……そう言われれば、そうかもしれませんな。」

「ところで、フィリップさんは何でここに?公爵閣下に付き添ってなくていいのか?」

「実はですね……」

 

フィリップが言うには、デュナンから『たまには息抜きをしておけ。この程度の仕事であれば私一人でも問題ない』と言われ、暇を与えられたのだ。確かにデュナンの能力ならば一人でも問題ない内容ではあった……困ったフィリップは、城にいるシュトレオンもといシオンを頼ることにしたのだ。これにはシオンも驚きであった。今までフィリップをパシリ同然に使っていたデュナンとは思えない言動と配慮に、フィリップはその原因を述べた。

 

「どうやら、エステル殿に『迷惑をかけるのは止めなさい』ということをきつく言われたようでして……それからは、私だけでなく他の方々にも何かと配慮されるようになったのです。クローディア殿下に対しても、何かと至らぬ点をフォローするようになっておりました……」

「ハハハ………(やっぱ、何か持ってるな……あの一家は)」

フィリップの説明に引き攣った笑みを浮かべるシオン………エステルといい、カシウスといい……ブライト家の影響力は半端ないということを改めて実感する羽目になった。

 

「とはいえ、クローゼはエルベ離宮のほうに行っているし…政務も一通り片付いている…フィリップさん、久々に手合わせ願えますか?」

「これはこれは……今や“紅氷の隼”とも謳われる神技……このフィリップ・ルナール、僭越ながらもシオン殿のお相手をいたしましょう。」

そう言ってシオンとフィリップが空中庭園へと向かっている頃、ユリアは謁見の間に入り、女王に対して今回の事変の顛末を全て報告し、女王はその報告を一言一句たりとも聞き逃さないという姿勢で聞き入っていた。

 

「―――以上が、今回の『百日事変』に関する詳細な報告となります。」

「ユリア大尉、良くやってくれました。あれほどの状況に屈することなく終止符を打ち、この国に再び光を齎してくれたこと、心より感謝します。」

その報告を聞き終え、女王はユリアを労うが、その言葉は身に余るとでも言いたげにユリアは言葉を返した。

 

「陛下……そのような勿体なきお言葉……」

「いえ、全ての民を代表して礼を言わせていただきます……『事変』後の王国各地の事後処理にも飛び回っていただきました。現在も親衛隊を束ねる者として非常に多忙だとは聞いていますが、一先(ひとま)ず労を労(ねぎら)わせてください。本当にご苦労様でしたね。」

「はっ……ありがとうございます!」

だが、王室親衛隊という職務につきながらも国内の安定に尽力したことに対する率直な評価を素直に受け止め、ユリアは女王に礼の言葉を述べた。

 

「大尉の功労に対する褒章などは、後ほど正式に贈られることと思います。ふふ、モルガン将軍も昇進は堅いと仰っていましたし、私(わたくし)も楽しみにしていますよ。」

「い、いえ陛下。そのような……此度の事件解決は、多くの人々の尽力によるものです。自分の成したことなど、ほんの些細なものに過ぎません。ですから、褒章や昇進をお受けするわけには……」

今回の功績でいえば、遊撃士であるエステルらや、帝国との交渉役を引き受けたクローディアやシオン、他にも多くの人々によるものであり、自分のしたことなど『アルセイユ』を指揮し、飛び回った程度なのだと……一個人で成したものではないため、身に余るというユリアの言葉であったが、

 

「……ユリア大尉。貴女の言う通り、『事変』を止めることが出来たのは多くの人々の力によるものでしょう。何かと戦った者、大切なものを守った者、そしてあの困難に耐え抜いた人々も……皆が皆、『事変』の終息に貢献していたのです。しかし、『アルセイユ』という翼がなければ事件が解決を見なかったのも明らかです。そして、その翼を率いていたのは……他でもないユリア大尉、貴女なのですよ。」

女王の言葉も尤もである……あの状況下で冷静に状況を判断し、適切な対応を行えるだけの強靭な精神力。普通の人間ならば精神的にまいってしまう可能性が高い状態にありながらも、任務を遂行したユリアは率直に評価されるべきなのであると……だが、それでもユリアにしてみれば戸惑っていた。

 

「し、しかし、褒章はまだしも昇進はお受けできません。自分は大尉となって浅い身ですし、これ以上の大任は……」

「ふふ、そんなに謙遜しないでください。あなたは自分が思っているより、多くの事を成してきたのですから………そうですね……ユリア大尉、本日は貴女の休暇にしたいと思うのですが、どうでしょう。」

これでは完全に鼬ごっこである……そう感じた女王が出した提案にユリアは目を丸くする。

 

「は………?休暇……でしょうか?」

「ええ、堅苦しい話よりも……今は私個人の感謝の気持ちを示したいと思います。聞けば、大尉は毎日のように軍司令部とグランセル城を往復なさっているそうですね。親衛隊の者たちからも『大尉を休ませてほしい』という話を伺っております。」

「も、申し訳ありません。そのような話を陛下の耳に入れることになってしまい……(ルクスかリオンだな………あの二人、顔を合わせるたびに『大尉、少しはお休みください!』などと……)」

女王の言葉に対して申し訳なさそうに謝りつつ、心当たりともいえる『アルセイユ』のクルーの面々を思い出し、彼等が女王に対して働きかけたのではないかと推測した。だが、ユリアはここで一つの可能性を捨てていた。彼等よりも女王に身近で、ユリアにとっても身近な人間の存在を。

 

「ユリア大尉。今日一日は手を休め、十全に休息をとってください。そして、また明日からは親衛隊“全体”を束ねる者として、新たな気持ちで職務に励んでほしいと思います。」

だが、その労いを反故にするわけにはいかない……女王の言葉を聞き終え、襟を正すような感じで背筋を張り、女王に敬礼しつつその提案を受けることとした。だが、その言葉に妙な引っ掛かりを覚え、ユリアは尋ねた。

 

「は、はい………了解しました。王室親衛隊中隊長ユリア・シュバルツ。本日はお休みとさせていただきます。(今、何か引っかかる言葉を聞いた気がするのだが……)それと、陛下……先程親衛隊全体と仰られましたが……それは一体……」

「ふふ……褒章や昇進とは別になりますが……明日付を以て、ユリア・シュバルツ大尉にはシオン・シュバルツ“中佐”の後任―――王室親衛隊大隊長の任に就いていただきます。」

「………………えっ」

 

女王の言葉―――弟とも言える人物の昇進と、弟が務めているはずの地位―――『王室親衛隊大隊長』の後任に自分が入る……そのことを聞いたユリアの表情が完全に固まったのは言うまでもない。

 

謁見の間を出て、階段を降りながらもユリアは先程言われたことを考え込んでいた。

 

(昇進か……本来ならば、喜ぶべきところなのだろうな……それはともかく、まさかシオン自らが私を後任に推していたとは……)

王室親衛隊の中隊長には既に後任となるカリン・アストレイ・ブライトが決まっていたが、自分の処遇は全く分からなかった。そこにシオンが大隊長の任を降り、自分がその任に就くことには衝撃と言わんばかりであった。自分の弟のような存在から評価されることは決して悪くはない。むしろ嬉しかった……そして、弟自ら自分の妹のような存在である“彼女”を守る存在となることにも異論はなかった。だが……ユリアの心中は複雑であった。

すると、ユリアの姿を見た親衛隊士が声をかける。

 

「大尉、お疲れ様です!」

「お疲れ様です!今日は休暇となったそうですね。」

労いの言葉をかける隊士がユリアの事情を知っていることに疑問を感じ、尋ねると……

 

「……あ、ああ………お前たち、随分と耳が早いな。」

「いえ、それほどでも。」

「リオンさんがレイストン要塞から通信で言いふらしていましたからね。何でも、エコーさんが陛下に直訴したそうですよ。あとは、シオン准佐や王太女殿下にも相談していたようですし。」

「じ、直訴………!?(エコーのやつ……そういえば、あいつも何か言いたそうな顔をしていたが……全く、三人とも揃いも揃って……!)」

そこから聞いたとんでもない事実にユリアは本気で頭を抱えたくなった。まさか、女王に直接相談する事態にまでなっていたことには完全な落ち度というべきであった。いや、この場合はユリアの生真面目さが却ってこの事態を生み出したと言っても過言ではない。尤も、そこまでの考えに行きつくほどユリアの思考が柔らかいわけではないので、その事に気付くかどうかは彼女次第なのであるが……ユリアは切り替えてクローディアの事を尋ねた。

 

「ところで……殿下はもうお出かけになってしまったのか?」

「ええ。殿下でしたら……」

「クローディアならば先程発ったところだぞ。」

その問いかけに隊士が答えようとした時に聞こえた声……ユリアがその方を向くと、ユリアが先ほど降りて来た階段から歩いてくる人物―――デュナンが姿を見せた。

 

「今日はエルベ離宮の視察の予定だ。何だ、聞いておらんかったのか?」

「デュナン侯爵閣下。い、いえ……できれば自分も、視察にご一緒させていただこうと思ったもので。」

デュナンの問いかけにユリアは申し訳なさそうに答えつつも、その理由を述べるとデュナンは思い出すように言った。

 

「ふむ……護衛の任か。そう言えば、そなたは昔からよくクローディアの護衛を買って出ておった気がするな。もう一階級という身分でもなかろうに。」

「は、はい……」

デュナンの言葉にただ返事を返すことしかできず……心配そうな表情を見たのか、デュナンはユリアに言葉をかけた。

 

「……まあ、親衛隊の者が何名か付いておるのだ。心配はなかろう。そう気を揉むでないぞ。」

「はっ………ありがとうございます、閣下。」

「うむ、それでは政務があるので失礼する。」

安心させるような言葉を聞かされ、ユリアはその礼を素直に述べ、それを聞いたデュナンは政務があると言ってその場を去っていった。その光景を見た隊士がデュナンの変貌ぶりを見て感心するように話し始めた。ユリアはそれを諌めると、後の事を任せてグランセル城を後にした。

 

 




ある意味中途半端な切り方ですが……この後に投稿する予定の『ユリアの扉』との前後二部構成となります。


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ユリアの扉 ~仕える心~

 

~グランセル城 正門前~

 

珍しくも休暇を賜る形となったユリア・シュバルツはこれからの行動について思いを馳せていた。

 

(さて、思いがけない休暇となったが、どうしたものか……買い物か、武器の手入れか……部屋に戻って読書でも……いや、休暇はもっと有意義に使わなければ……)

だが、今まで仕事に追われることの多かったユリアにとって休暇の意義を見出すのは難しいものであった。自分以上の職務を負いつつも、遊撃士という仕事をこなすことの多い自分の弟ですら、普通に休暇を取っている……それからすれば、自分の仕事に対する中毒さは目に見えて明らかであった……尤も、当の本人はそういった自覚などまるで皆無なのであるが。

 

「……そうだな。久しぶりにのんびりと周遊道を回ってみるか。あるいは足を伸ばして街道沿いを散策してみるのもいいかもしれないな。」

ともかく、いろいろ歩き回って考えることにしようと思いつつ歩き出そうとしたところ、目の前に映っている騒がしい光景が目に入る。

 

「……様がグランセルに帰ってきてるって本当ですか!?」

「……様はどこっ!?」

(?……何かあったのか?)

聞こえてくるのは女性の声……それも複数。そして、それを抑えこんでいる二人の兵士。クローディアはエルベ離宮にいるので少なくとも関係なさそうであるが……一体何の騒ぎなのかを確かめるべくユリアが近寄り、事情を尋ねることにした。

 

「これは一体、何の騒ぎなのだ?」

「た、大尉……!?こんなタイミングで……!」

「危険です、お下がりください!」

ユリアの姿を見た兵士が彼女に退避を促す。その意味を推し量る前に……その女性陣の一人がユリアに気付いて声を上げる。

 

「あ、ユリア様よっ!」

「キャー、ユリア様ー!!」

「こっち向いて~!!」

その声を皮切りにまるで連鎖反応するかの如く湧き上がる黄色い歓声。そして、そのオーラは周囲を震え上がらせるような圧力を纏わせ、ユリア自身も何が起きたのかを把握する前に、それに対して一歩引き下がるほどであった。二人の兵士が必死に止めようとするも、その女性陣の波は最早二人でも抑えきれないほどに押し迫り、何時なだれ込んでくるかもしれないという危機的状況であった。

 

「くっ……!(お二人とも……済まないっ……!)」

今まで対峙してきた相手よりも遥かに“強敵”という印象を受けたユリアの取った行動は……城に逃げ込むという手段しかなかった。そして、彼女らを必死で抑える二人に内心詫びながらも城の中へ全速力を以て駆け込んだ。

 

何とか城の中へと逃げ込んだユリアは先程の状況から解放された安堵感から疲労を感じ、その場に膝をつく。そして、それを見た隊士が駆け寄ってきた。

 

「ユリア大尉、ご無事ですか!?」

「一旦城門は閉じさせていただきました。お怪我はありませんか?」

「あ、ああ……問題ない。」

隊士の問いかけに息を整えつつ、ユリアは立ち上がった。しかし、休暇を取ろうとした矢先にあのような場面に出くわすとは……しかも、その歓声からしてどうやら自分に対する歓声ということは認識できたのだが……疑問はある。以前ならばこのようなことはなかったはずなのだが……『今になって』……そのことを一人で悩んでも仕方ないので、隊士に事情を尋ねた。

 

「しかし、アレは一体……何か知っているのか?」

「見たところ、ユリア大尉のファンの方たちのようですね。そういえば、今朝方……城の方にも大尉のファンレターが大量に届いていたようですが……何か関係があるのでしょうか?」

「は……ファ、ファンレター……?」

ユリアはその言葉に引き攣った表情を浮かべた。クローディアやシオンから話を聞いているのだが、そういう類の人々は“アイドル”を個人的に応援・尊敬……極論で言えば“崇拝”にまでとも言える存在らしい。しかし、先程の人々が自分のファンだということに加え、大量のファンレター……何かした覚えなどないユリアに、隊士は思い出したように先日城を訪れた人間のことや昨日の事を話す。

 

「昨日、どこかの雑誌社が大尉の特集記事を組んだみたいですよ。それで『浮遊都市』でのご活躍を色々と書き立てたらしく……」

「ああ、それで思い出しました。大尉がお留守の間にリベール通信の記者とか名乗る方々がいらっしゃいまして……『ウチでも特集記事を組むからぜひ取材させてほしい』とか『国民的人気にあやかりたい』とか……」

「い、いや、もういい……何となく想像はつく……」

それで大方の事情を察したユリアの表情は青褪め、これ以上の事情を聞くのは流石に躊躇った。要するに、雑誌などでの特集記事により、アイドル的存在へとされてしまったということなのだろう。これには流石のユリアでも理解できた。

 

『男性よりも漢らしい』……『男装の麗人』……同性にしてみれば、王家に対する忠義の深さというものが『カッコいい』という風にとらえられたのだろう。後は、本人の冷静な性格や凛々しさなどもそれに拍車をかけている……そういった部分に関して鈍いユリアはこの状況に困惑していた。『何故このような事になってしまったのか』と……

 

(私はただ、殿下をお守りしたいと思っているだけだったのに……ここのところは碌に護衛もしていない……仕方の、無いことなのだろうか……)

女王をはじめとした周りからの高い評価……ファンやファンレター……雑誌での特集……周囲からすると、下手すれば“英雄”のような持ち上げよう……その状況にただただ振り回されている……自分がしたいと思っていることが碌に出来ず……だが、人間とてそこまで万能ではないというのも少しは理解していた。だからこそ、ユリアの悩みは一層深まっていった。

そう考え込む彼女の後ろから近付いて来る人達……その中の一人であるヒルダは休暇のはずのユリアがいることに首を傾げつつ声をかけた。

 

「おや、ユリア大尉。今日は休暇だったと聞いておりますが……」

「あ、いえ……これは大司教、失礼いたしました。」

ユリアはヒルダに何事もないと弁解しつつも、彼女の前にいたカラント大司教に挨拶を交わす。

 

「ユリア君、久しぶりだね。長らく顔を見ないから心配していたのだよ。一応シオン君から話は聞いていたのだがね。」

「申し訳ありません。ここのところミサにも参加しませんで………」

「ああ、君が多忙なのはよく解っておるつもりだ。しかし、どんなに忙しくとも自分を見失ってはいけない。大切なものは、何時も身近にあるものだからね……ところで、休暇のはずの君がどうしてこの場所に?」

「いえ…その……」

大司教の言葉にユリアは申し訳なさそうに言葉を返すも、大司教はそれを諌めつつも先程耳にした言葉を尋ねると、彼女は口籠った。それを見た大司教は事情を察し、こう言った。

 

「そう畏まらなくともよい。これでも世俗に耳を傾けることが多いのでね……私などでよければ一肌脱ごう。」

「え………?」

そう言い放った大司教の言葉にユリアは首を傾げた。

 

先程の城門ではユリアのファンが相変わらず居座っており、さながら『出待ち』の様相を呈していた。その時城門が開き……ファンはユリアの登場を期待していたのだが……出てきたのは大司教と、シスター服に身を包んだ女性であった。その光景に唖然とするも……兵士からは『ユリア大尉は先程グランセル城を発たれた』ということを伝えられ、ファンたちは渋々ながらも街に戻ることとなった。

 

一方、大司教とシスターの女性……いや、シスター服に身を包んだユリアは街区に出ると、ユリアは申し訳なさそうに大司教の方を向いて話し始める。

 

「申し訳ありません。クーデター事件の時に続いて……」

「いや、大したことではないよ……君も大変だね、彼女たちのあの熱狂ぶりでは。とりあえず、ほとぼりが冷めるまで大聖堂にでもどうかね?」

「そうですね……」

二人がそう話していた頃……

 

「(やれやれ、ようやく国に帰れるな……)ん……?」

リベールの北にあるエレボニア帝国正規軍の軍服を纏った人間……オリヴァルト皇子の護衛を務めるミュラー・ヴァンダールはあれこれ考えつつもグランセルの街区を歩いていた。よもやあのお調子者(しんゆう)の事後処理のために再びリベールを訪れることには、内心頭を抱えたが……その処理も大方済み……あとは帰国するだけとなった。そう考えていたミュラーの視線の先にいた人物。その片割れに心当たりがあり、挨拶しておこうと思い二人に歩み寄っていった。

 

「(ミュ、ミュラー少佐!?なぜこのような所に……既にリベールを発ったはずでは!?)」

その姿に気づいたユリアはカラント大司教の背に隠れるようにした。それを見て何かを察したのか、ミュラーが話しかけた。

 

「……これは失礼した。よもや、ユリア大尉がシスターを兼任していたとは。それと大司教殿、お久しぶりです。」

「あ、あ~……いえ、これは、その………」

「おや、ミュラー君ではないか。皇子殿下と帝国の方に帰られたと聞いていたが……」

「事後処理の関係で此方に足を運ぶことになったのです……ユリア殿、いえ……シスター・ユリアとお呼びしたほうがよいだろうか?」

「ミュ、ミュラー少佐……!?」

ミュラーはそう話しつつも大司教に挨拶をし、カラントも挨拶を交わした。一方、平然と話している光景を目の当たりにしたユリアは困惑していた。すると、カラントはユリアの方に向き直り、

 

「知り合いであれば問題はなさそうだな……私はミサの準備があるので、失礼させてもらうよ……ミュラー君、皇子殿下によろしく言っておいてくれたまえ。」

「ええ、そう伝えておきます。」

「え、あ、あの……!?(先程の……ど、どうすれば……)」

慌てふためくユリアを他所に、カラントはミュラーにユリアのことを任せるような形でその場を後にした。どうにも困り果てているユリアであったが、そこに先ほど城門にいたであろう女性陣がこちらに来ることに気づき、万事休す……そのような状況を見て助け舟を出したのは、他でもないミュラーであった。

 

「事情は分からぬが、その恰好をせねばならない事態とお見受けする……大尉、よければ自分がカモフラージュになろう。」

 

「え?」

「この場合、却って堂々とした方がバレにくいものだからな。どこか安全なところまでお送りしよう。」

「………お願いします。」

彼がその提案を出したことには驚くが、今はその彼の提案に乗ることしか突破口となる道はないようで……ユリアは頷き、落ち着ける場所へ移動するため、ミュラーが先導する形でユリアも彼に付いていった。道中で女性陣とすれ違うものの、何とかやり過ごすことが出来……東街区の休憩所で一息つくことにした。幸いにも周囲に人はおらず、それを確認したミュラーはユリアにそう話すと、頭に被っていたものを取り、ベンチに腰掛けた。

 

「申し訳ありません。お見苦しいところをお見せして……」

「いや……俺も隠れて逃げ回るのには慣れているからな……大抵はあのお調子者(オリビエ)の起こしたトラブルの所為だが。」

「はは、そうでしたか……しかし、実際情けない限りです。あの程度の騒ぎで休日の外出もままならない。彼女達を収めることも出来ず、このような格好で外に出ることになってしまった……」

ユリアは情けないと言いたげに言葉を零した。少なくとも大尉自身の失態ではないと感じ、ミュラーは率直な言葉を述べる。

 

「大尉に落ち度はないと思われるが……噂程度に耳にしているが、レイアもそういったことがあったと……」

「彼女の場合は『彼氏がいるのでそういうのは……』ということをはっきりと言い切り、雑誌にも“英雄扱い”すると実力行使に及ぶと……」

「……俺の妹も似たようなものだ。どうやら、そういった人間はどこにでもいるものなのだな。尤も、団結した女性陣程怖いものはないが。」

女性らしく在りつつも、一軍人であり、遊撃士として活躍するレイアも女性たちにとってはあこがれの的とも言える存在であった。とはいえ、彼女の場合は“生まれ”の関係もあり、特集記事を組もうとするのならば実力行使すると釘を刺されていたのだ。それに対して燻っていた記者たちが飛びついたのがユリアであったのは、ある意味自然な流れであった。どうやら、セリカも同じような経験があったようで、ミュラーが答えつつも、難しい表情を浮かべる。

 

「はは…少佐もそう言ったご経験が……?」

「俺とその同期絡みでな。なので、大尉の気持ちは少し解らなくもない。あのお調子者には散々煽られたが。」

ミュラーと……その同期であり帝国軍の若きエースであるナイトハルト少佐。その実力と帝国男子らしいカッコよさに非公式ではあるがファンクラブができていて……それ絡みで一度被害に遭ったことがあるのだ。中にはミュラーとナイトハルトの本を非公式で出しているらしいのだが……それはともかく、ユリアの気持ちは解らなくもない……そう述べた。

 

その時にオリビエが散々からかってきたので、簀巻きにしてバルフレイム宮のバルコニーから吊り下げて一晩放置したこともあったらしい……それを聞きつつも、ユリアの表情は晴れやかではなかった。

 

「………私は、親衛隊隊士として……本当に務めていけているのか……正直不安なのです。」

ユリアがそう零した理由……彼女が守りたいと思っているクローディアの傍に仕えることのできない自分が、果たして本当に親衛隊としての責務を果たせているのかどうか……クーデターの時は、旧情報部に追われ……事変の時は『アルセイユ』を担う者として………そのいずれの時も、彼女を守ってきたのは自分の上司であり、弟のような存在であり、本来ならば守る存在のはずのシオンがいつも、クローディアの傍にいた。事の顛末を知ったのは、その殆どが通信や報告によるものであった。

 

「……少なくとも、自分の目から見たとしても、大尉は十二分とも言える働きをしていると思われるが。力の及ぶ限りで職務を全うする……人間は、誰しもが万能ではないのでな。」

「それも解ってはいるのです……いえ、納得や理解はしているのです。」

人に持ち上げられるのは構わない。褒章や昇進も喜ばしいことではある。だが……昇進すればするほど、その責務と職務の大きさは増えていき……自分が本来あるべき姿として描いていた“クローディアの護衛”という立場から遠ざかっていくことが彼女を悩ませていた。

 

そのようなことなど今まで誰かに言ったことの無いこと……同じような立場にいるミュラーにだからこそなのかもしれないが……そのこともお構いなしにユリアはその悩みを打ち明けた。

 

それを聞いたミュラーは……自分がそのようなことを言うのは烏滸がましいことかもしれないと断りつつも……

 

『―――それは、幸せな事なのではないか?』

 

と述べた。それに対して彼女の表情を険しくしてしまったのかと思いつつも、ミュラーは話を続けた。

 

「いや、気に障ったのならば謝罪するが……俺は“生まれた時から”あのお調子者の御守り役を義務付けられたも同然だからな。少々、大尉の忠節が羨ましいと思ったまでだ。」

課せられた義務ではなく、自らの意思で忠節を誓っていることが羨ましい……そう述べたミュラーの“家”……その事情を思い出すようにユリアが呟く。

 

「オリヴァルト皇子の……そういえば、ミュラー少佐のヴァンダール家は……」

「皇族の護り手とも言うべき武の一門だ。形式上は“貴族”を賜っているが……まったく、あのような家に生まれたことが運の尽きというヤツだな。」

帝国の武の一門であり、かつては元帝国の武門であったアルゼイド家と並んで双璧とも謳われる一族。その殆どは正規軍に属し、自分や自分の叔父……更には自分の妹も軍人であり……妹は皇帝の懐刀ともいうべき大任を務めている。そして……

 

「成程。ましてや、その相手がオリヴァルト皇子ともなれば……」

「然り。御想像の通りだ。」

幼少期に出会い、親友のような間柄であり……しかも、非常識の塊とも言えるお調子者の相手を長い間にわたって続けてきた。だが、それでもミュラーがオリヴァルト皇子の護衛を続けていられるのも……オリヴァルト皇子がミュラーを護衛としているのも……長年の信頼関係……“絆”がある。

 

「大尉、自分の大切な人に仕え、尽くすことが出来るのは幸せな事なのではないか?尤も、これは主(あるじ)に苦労させられている俺の勝手な意見だがな。」

「……確かに、こうして悩んでいることも贅沢な事なのでしょう………」

ミュラーの言い分も解らなくはない。だが、この手で守れていない現状に悩み続けるユリアにミュラーは一つの提案をした。

 

 

「―――大尉に一つ、良い気晴らしの方法をお教えしよう。」

 

 

その提案……それは、手合わせであった。

ユリアとミュラー……得物も戦法も異なる二人の戦い……その結果を知るのは彼等だけであるが……その戦いの後、ミュラーはこうアドバイスした。

 

『自分がいなくなった世界を想像してみるといい。その上で気がかりなことが残っているのならば……それが、貴女の心を決めるものだ。』

 

その言葉を聞いてユリアは……自分の中に一つの決断をする。

 

王室親衛隊大隊長……自分の弟が背負ってきたものを、今度は私自身が背負う番なのだと。どこかしらで、甘えていた部分があったのだと……だが、もう決めた。自分の決意は揺るがない。自らの意思で……私なりのやり方で殿下を守るのだと。そう心に決めたユリアは女王宮に向かっていたところ、その前に備えてあったテーブルと椅子に人影があった。

クローディアとシオンにジーク、そして彼等の世話を積極的にしているフィリップの姿であった。

 

その光景に驚きつつも笑みを零し、ユリアは三人(+一羽)に決意を述べた。傍で仕えることが出来なくとも、クローディアを支えていく……それを聞いたクローディアは静かに頷き、先程女王から『ユリアに似てきた』と言われたことを伝えると、ユリアはきょとんとした表情を浮かべた。それにはシオンやフィリップも笑みを零した。

 

「………折角だ。シオン、一勝負といこうか。」

「……えと、ユリ姉。ひょっとして怒ってるのか?」

「何のことかな?」

「あはは……」

「ピュ、ピュイ……」

「やれやれ……殿下も苦労が耐えませんな……」

 

王室親衛隊大隊長ユリア・シュバルツ准佐……後に、白隼の護り手として……“紅氷の隼”に劣らぬ強さやその麗しさから“隼の麗姫”と呼ばれることとなる。

 

 




次、だれにしましょうか……ネタはあるんだけれど、整理がつきません(汗)


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????の扉 ~擦れ違う思い~

一人オリキャラ増えました。


―――『事変』解決後より三ヶ月……

 

 

~ヴァレリア湖畔 ルーアン側~

 

夜明けの空を描くヴァレリア湖の湖畔……そこに一人の少女が佇む。彼女は得物であるレイピアを構え、それを振るう。その剣捌きは女性のものとは思えないほどに力強く……鋭いものであった。やがて、それを振るい終えると、鞘に納めて一息つく。

 

「ふぅ………」

その少女は今や、この国……リベール王国の次期女王―――『王太女』を名乗る人物。クローディア・フォン・アウスレーゼその人である。彼女が何かに疲れたときや悩み事があるとよくここに来て剣を振るう。無論、一人ではなく……傍には自分の護衛とも言うべき人物がいるのだが。その人物―――クローディアと同じ制服に身を包んだシオン・シュバルツであった。

 

「お疲れさん……いい加減吹っ切れよな。」

「……解っています。でも……やっぱり名残惜しいのには、変わりないですから。」

「やれやれ……」

クローディアがそう言った理由……クローディアとシオンは、近々王立学園を離れる。卒業までの単位は全取得しているため、形式上は“卒業”となるのだが……一年早めの卒業には、多少寂しい気持ちを抱くのも無理はなかった。それを察してか、シオンはクローディアの頭を撫でた。

 

「ま、俺も似たようなもんだが……ん?」

少しの間そうしていたが……シオンは少し遠くの波打ち際に妙な影を見つけ、其処に向かって走り出す。それを不思議に思ったクローディアだったが、彼女もすぐにその後を追った。二人が近づくと、そこにあったのは人影。うつ伏せになっているのでその表情を窺うことは出来ないが、見るからにシオンやクローディアと歳が近そうな印象を受けた。

 

「おい、しっかりしろ!………脈はあるし、呼吸はしてるみたいだな。クローゼ、学園長に言ってくれ。俺はコイツを運ぶ。」

「え、ええ、解りました!」

シオンが向きを変えて確認する……水を飲んだかどうかは解らないが、脈拍・呼吸は安定しているようであった。ともかく、安静な場所に運ぶことが第一と考え、クローゼに連絡を任せてシオンは彼を抱きかかえた。すると、彼の懐から零れ落ちたものに気づき、それを拾い上げる。

 

それは、ペンダント……そして、落ちた拍子に開き……それに納められたものが目に入る。それを見たシオンは“転生前”の記憶にある人物と瓜二つの人達がここに映っていることに驚きを隠せなかった。正確には『彼がやりこんでいたゲームの登場人物達』とも言うべきであるが。

 

「………ともかく、コイツを運ぼう。」

色々考えることや聞きたいことが増えたことに……『柄じゃない』と思いつつもシオンは頭を抱えたくなった。見慣れない少年を担ぐシオンの姿を見たコリンズは驚きつつも、すぐさま手配をし……その少年は総合病院へと運ばれることとなった。

 

ルーアン総合病院……リベールとレミフェリアの経済連携や文化交流の一環として建設されたリベールの総合医療施設である。本来ならば、そういった近代医術は七耀教会の領分でもあるのだが、教会の人間でも一筋縄ではいかない部分もある。それと、この国にいる“守護騎士”の存在が、教会と病院の共存を可能にしている。

 

その病院の診察室では、運ばれてきた少年を診察した医師……ルーシー・セイランドの母であるルーフェリア・セイランドが、彼の状態を聞くために訪れたクローディアとシオンに、その結果を伝えた。

 

「まず、命に別条はなさそうです。水を飲んだとも思えませんし、呼吸や脈拍も安定しています。念のためにレントゲンも取りましたが……健康体と言っても間違いないほどです。恐らくは極度の疲労から来るものですから……しばらくすれば意識は回復すると思います。」

「そうですか……シオン?どうかしましたか?」

その報告を聞いて安堵を浮かべているクローディアであったが、傍にいたシオンの表情が気にかかって彼に尋ねる。すると、彼は意を決してルーフェリアに尋ねた。

 

「……先生、一つ聞きたい。『一ヶ月以上』漂流して健康体なんてことがあり得るのか?」

「え……」

「………それは、どういうことでしょうか?」

「ああ………」

シオンはあの時、少年の姿に驚いていたが……それ以上に気にかかったのはその少年が流れ着いた時の状況であった。彼が持っていたと思しき時計……今では珍しい導力式ではない時計。それには日と曜日が表示できるようになっており……時計が指示していたのは少なくとも一ヶ月以上も前の日曜日。その日と曜日の組み合わせからして、最低でも先月のその日が該当する。彼の服もかなり水に晒されていたと思われた。だが、そのペンダントの写真は色褪せることなく……まるで“水に浸かっていなかった”かのようにその姿を示していたのだ。

 

シオンがそのことを話すと、ルーフェリアは難しい表情をした。何せ、医学では到底説明できそうにない事情である可能性の話を聞かされたのだ。

 

「普通ならば、内臓が腐り始めていても不思議ではないと思われます……いえ、既に死んでいる可能性の方がはるかに高いです。医学的には“奇跡”と言われても不思議ではないでしょう。」

「だろうな……」

「ですが、女神(エイドス)の起こした“奇蹟”というならば、説明はつくかもしれません。医学に携わる者がそのような言葉を言うのはおかしいと言われるでしょうが。」

「いえ……」

だが、問題はもう一つある。それは彼の身元だ。こればかりは幸いにも王家に携わるクローディアとシオンも苦笑を浮かべた。彼の身元の照会を遊撃士協会や各国大使館を通じて行うことにした。

 

それから数日後……その少年は目を覚ます。

 

 

~ルーアン総合病院 個人病室~

 

「………ここ、どこだよ?」

少年……金色の髪に、透き通る蒼の瞳を持つその人物は、目を覚ました場所の光景に首を傾げる。服装は入院患者が来ているようなもの……そして、ベッドと、繋がれた点滴……だが、その光景は自分が知る“病院”ではないことに頭を悩ませていると……扉が開いて、そちらに視線が向く。すると、白衣姿の女性に、剣らしきものを帯刀する男女の姿があった。

 

「おや、ようやく目が覚めたみたいですね……ティーダ・スタンフィールドさん。」

「!?……どうして、俺の名を知ってるんすか。」

「身元不明じゃ色々問題があるから、調べたんだよ……よもや、あの“暴風”に息子がいたとは衝撃的だったが……」

少年―――ティーダは、白衣の女性の後ろにいた自分と同い年ぐらいの少年が、自分の父親の異名を知っていることに驚きを隠せず、その人物―――シオンを見やる。

 

「とりあえず……覚えてる限りでいいから説明してくれないか?」

「あ、そうっすね……」

シオンの言葉にティーダは説明を始める。

 

凡そ一ヶ月前……クロスベルの東側を流れる川でティーダは日課とも言える水練をこなしていた。すると、突然水底から吸い込まれるように渦巻き……為す術もなく呑み込まれたという。それを聞いた三人は驚きを隠せなかった。

 

「えと、何かおかしかったっすか?」

「……とりあえず、今の状況を説明しておく。気が付いていると思うが、ここはリベール。そこの病院だ。そして……今日の日付は……というわけなんだ。」

「…………えっ」

ティーダのその反応は至極当然とも言えるものであった。何せ、聞いた日付は巻き込まれた日から一ヶ月以上も後の話であった。それに、リベールまで流れ着いていたことに驚きという他なかった。

 

「まぁ、二~三日あれば完全に回復するだろう……とりあえず、今は休んでおけ……ということで、先生にクローゼ。ここは任せた。」

「え、シ、シオン!?」

「やれやれ……ティーダさん、とりあえず診察してもよろしいですか?」

「あ、はい。」

この時ばかりは、アスベルがいつも抱えている悩みが少しばかりわかるような気がしたシオンであった。

 

元々健康体であったため、三日後には退院していた。一応礼を言うためにグランセル城まで足を運ぶこととなった(寧ろシオンに連行された)ティーダであったが……そこで、彼に関わるもう一つの事情が判明したのだ。それは……

 

「ええっ、それは本当なんですか!?」

「そうみたいだな……」

それは、彼の身元というか……彼が住んでいた場所は既に引き払われていた。しかも、行方不明というか“死亡”ということで既に遺品整理が済んでいたらしいのだ。それを聞いたティーダは肩を落としていた。

 

とはいえ、唯一の救いは彼が使っている口座がまだ生きていることであった。それに関しては、どうやら手違いによって手続きが滞った状態で止められていると判明……シオンがマクダエル議長やエリィを介する形でその口座の現金を引き出し、王家預かりという形で彼の資産をどうにか確保した。その額は……ざっと計算しても、この国で普通に生活したとしても有り余るほどの額であった。これに関してはティーダ曰く、

 

『あのオヤジ、『この先困らないように俺様が与えてるんだ。だが、俺は困らねえ……なんたって、俺様は特別なんだからな。』とか言いながらポンポン入金してったんだよ……』

 

とのことらしい。それを聞いたシオンは笑みを零した。

 

「な、何だよ?」

「いや、あの人らしいな……と思っちまってさ。俺もジェクトさんとの付き合い自体はオッサン絡みだったんだが……」

そう言ってシオンはティーダの父親……“暴風”ジェクト・スタンフィールドとの出会いを話した。

 

およそ九年前……帝国での事故の後、シオンは改めてカシウスに師事を乞い……遊撃士として活躍していたカシウスに付き添う形でクロスベル支部に一時期厄介になっていた。その時に出会ったのがジェクトであった。

 

豪快な性格でありながら、周りに対しての気遣いを忘れず、マフィアに対して一歩も退かず、むしろ積極的に潰すぐらいの勢いを見せていた。不正と聞けば相手が議員だろうが貴族であろうが外国人であろうが容赦なく叩き潰す……勿論、遊撃士の目的である“民間人の保護”を建前としているが、その暴れっぷりから付けられた異名は“黒き暴風(ブラック・ハリケーン)”……または“暴風”とも謳われていた。その暴れっぷりはカシウスですら引くほどであったが……気が合ったのか、カシウスとジェクトはすぐに仲良くなり、シオンもその被害を食らう形で絡まれることが多かった。

 

その彼が実は既婚者だということを知るのは彼と出会って一年後……遊撃士協会支部に足を運んだシオンが目にしたのは、ジェクトと仲良く話す一人の女性。どこかしら気品あふれる印象を強く受けるが、それ以上にジェクトとはまるで正反対の女性が彼と話していることに驚きを隠せなかった。幸せそうな光景……それに対してむず痒そうにしているジェクト……だが、そんな光景はある日突然終わりを告げた。

 

七耀暦1199年……クロスベルの表通りで起きた導力車事故。その被害者は、ジェクトとその妻、そしてアリオス・マクレインの妻と娘であった。突発的な事故……まがりなりにもA級遊撃士となっていたジェクトの穴は大きすぎた。そのため、カシウスとアスベル、シルフィア、レイア……シオンがその穴を埋める形で度々出張することとなった。

 

「まあ、何と言うか……ジェクトさんはいろいろ不器用だったのは確かだった。聞けば、本人は物心つかない時に両親や親族を失い、天涯孤独だったらしい。『自分の子どもにはそういう人間になってほしくない』……そう言って、よく絡まれていたからな。」

「え………」

父親としての接し方……親の愛情を受けずに育ってきたジェクトにとって、その考えはよく解らなかった。なので、よくカシウスにそのことを相談していた……とはいえ、そううまくいくはずもなく……目の前にいる彼(ティーダ)は、少なからず父親に対して良い感情を持っているとはいえなかった。

 

今まで自分が見てきた父親の印象……それとはまるで真逆の事実を知り、困惑するティーダ。それを見たシオンは傍に置かれた包みを手に取り、ティーダに差し出した。言われるがままに受取り、その包みをとると……そこにあったのは一本の片刃剣。見るからに立派な意匠を持つその剣を不思議に思うティーダに……シオンはその剣のことを話す。

 

「それは、ジェクトさんの置き土産。16歳になったら、それを渡す予定だったらしい……どんな道にせよ、自分を守れるだけの技量を磨け……多分、そういうことだったんだと思う。」

「………オヤジ、最後の最後まで……俺はガキじゃねえってのに……」

「何時まで経っても、親は自分の子のことが心配なんだよ……多分、そういうことだと思う。」

物心つかない時に親を亡くしたクローディア、親離れとも遠い時期に両親を失ったシオン……それからすれば、不器用ながらも子どもに対して愛情を注いでもらっていたティーダはまだ幸せな方なのだと……シオンは率直にそう述べた。そして………

 

「シオン………」

それを静かに見つめていたクローディアの姿があった。

 

その後、ティーダはカシウスに師事し、三ヶ月の鍛錬を終えてクロスベルに戻り……親交のあったノイエス家に居候する形で警察学校に通うこととなった。幸いにもティーダの学籍は残っていたため“休学”扱いとされ……同期たちと共に己の力を磨いていった。自分の父親がどうあれこのクロスベルを守っていた……ならば、ティーダは自分なりのやり方で……親父とは違うやり方で平穏を勝ち取るために……

 

ティーダ・スタンフィールド……彼の戦いはまだ始まったばかりであった。

 

それに触発される形でクローディアも政治の駆け引きや国内外の情勢を自ら進んで学びつつ、王族としての務めをより一層果たしていった。学園卒業後も度々学園やマーシア孤児院に顔をだし、語らいを楽しんでいた。

そして………

 

「……まさか、シオンがそこまで考えていたとは思いもしませんでした。」

「ユリ姉は謙虚過ぎるんだよ。ある意味天才だしな……“自分を追い込む”という才能の。」

シオンから大隊長をユリアに引き継がせることに、クローディアは驚いた。それ以上に、シオンが自分専属の護衛を引き受けることに驚いた。……もっと驚いたのは、彼が『アウスレーゼ』を名乗るということを決めたことなのだが。もはやこのまま隠し通せはしない……それを聞いたクローディアも、一つの決意をする。

 

「シオン……私は、もっと精進します。お祖母様以上の人間となれるよう……いいえ、なります。」

「………解った。」

“鉄血宰相”や先輩……いえ、“かかし男”との出会いは決して無駄ではなかった……彼等の底知れなさを知り、自らの力不足を痛感し……だからこそ、私の心を決めるものがはっきりと見えた。この先に迫り来るもの……それに対して、私ができることは限られているが……躊躇いは無い。

 

そう決断するクローディア……その瞳に満ちた決意をシオンは感じ、静かに頷いた。

 

 




ここで登場した彼には零・碧と頑張ってもらいます。実力的にはロイド達よりちょっと上ぐらいでしょうかね。

次はエリゼかシャロンかサラあたりの予定……全員閃キャラだこれー!?


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サラの扉 ~歩んだ軌跡~

少し短めです。
そして、オリ設定混じりです。


………アタシの生まれ育った故郷はノーザンブリア……突如起こった厄災により、国としての体を成さず………自治州となってしまった。不幸中の幸いというべきか、アタシは武術の才能があった。それを見初められた兵士にスカウトされ、アタシは猟兵団『北の猟兵』に所属することとなった。其処での生活も、その団に入る前の生活と変わっていたが……食べるものがあるという点では、まだ救われていたのかも知れない。

 

猟兵団に所属してから七年後………数え年で十四歳になっていたアタシは、任務ということで猟兵団の一員として随行していた。目的は……『鉄血宰相』ギリアス・オズボーンを脅すことであった。元帝国軍所属とはいえ、たかが人間……その任務は容易く終わるはずであった。だが……その見通しは甘かった。

 

中核を担っていた猟兵団『アルンガルム』は全滅……サポート役を担っていた『北の猟兵』もほぼ壊滅状態となっていた。そして、アタシは不覚にも襲撃を受け……重傷を負ってしまった。このまま殺される……そう思っていた時に聞こえてきた声……女性の声に気付くも、意識は遠くなっていった。そして、目が明けた時には……

 

「おや、目が覚めましたか。ここは帝国軍の救護テントですよ。」

「え………」

助けられていた。その相手は帝国正規軍大佐……エルシア・ベアトリクス。

 

その異名は“死人返し(リヴァイヴァー)”……味方だろうが敵だろうが、負傷者がいれば黙らせて治療してしまう……解りやすく言えば、三国志における魏の名将である張遼的な扱いだったという。ある意味『黙らせてからお話を聞かせてもらう』という感じのものであり、敵はおろか味方からも恐れられる人物が助けてくれたことには、その少女も黙る他なかったし、大人しく治療を受けるしかなかった。その様子には流石のベアトリクスも苦笑を浮かべたらしい。

 

重傷というか……その原因は多量の出血だったため、一ヶ月で回復した。とはいえ、猟兵としてこの国に刃を向けてしまったからには今更猟兵に戻るのも難しいであろう……そう考えたベアトリクスは、ある人物を紹介することにした。

 

「この子ですか……私、オルティシア・レンハイムというの。よろしくね。えと………」

「………サラ。サラ・バレスタインと……いいます。」

オルティシア・レンハイム……本名アリシア・A・アルゼイドとの出会い……そして、彼女は知り合いに遊撃士がいるということで、その人の研修を受け、準遊撃士となった。そして、彼女の付き添いをしつつ、各支部の依頼をこなすことになったのだが……

 

「み”ゃあああああああああ~~!?!?」

「はい、次~♪」

「にゃるごおおおおっ!?」

その修練は半端なかった。歳は十ほど離れているのだが、一分の隙もないその攻撃密度に耐えるという選択肢は出来なかった。寧ろ、気絶しても強引に叩き起こされる……究極の理不尽を突き付けられつつも、サラはこう思った。彼女やベアトリクス……いや、そもそもギリアス・オズボーンに関わったことがアタシの運の尽きなのではないのか……と。

 

そんな修練を叩き込まれつつも鍛練を続け………三ヶ月後には、史上最年少の速さで正遊撃士となっていた。オルティシア(アリシア)はそれを喜びつつも、次に向かう場所があると言ってサラと別れた。その一ヶ月後……自分の伴侶とも言えるスコールとある意味運命的な出会いを果たすことになる。

というか、なぜそんな話を?……その理由は、遊撃士となって約八年……ベテランとも言えるサラの目の前に映る光景であった。

それは………

 

 

~帝都ヘイムダル ヘイムダル駅~

 

リベル=アーク崩壊より二ヶ月後……クロイツェン本線を象徴する緑の車両からヘイムダル駅に降り立った二人の人物。スコール・S・アルゼイドとサラ・バレスタインの二人であった。

 

「………」

「やれやれ……まだ納得しかねる表情だな、サラ。」

「しょうがないじゃない……皇族の方に呼ばれるだなんて想像してなかったのよ。」

彼等がここにいるのは遊撃士の仕事としてではなかった……三日前、アリシア経由で渡された招待状……今やリベールの人間とも言える自分らをエレボニア帝国の皇族が招く……スコールにしてみれば、実の母が皇族に連なる人間という以上、それは納得できる話であるが…何故サラまで呼んだのか計りかねていた。

 

「―――おや、時間通りとは流石だね。」

すると、二人を見つけたかのように聞こえてくる声と……遠くから歩いてくる人間。二人にしてみれば親戚にあたり、リベールの事変では共に行動した皇族の人間。そして、エレボニアでは下手するとオズボーン以上に話題の中心とも言える人物―――オリヴァルト皇子の姿であった。そして、その傍らにはミュラーの姿もあった。

 

「久しぶりだな、オリビエ。それにミュラーさんも。」

「久しいな、スコール。」

「ということは、アタシ達を呼んだのは……」

「そういうことになるね。立ち話もなんだし、早速移動しよう。」

挨拶を交わした後、四人はリムジンに乗って移動する。その車中でも、話題が尽きることは無かった。

 

「帝国時報を見させてもらったが……結構活躍してるじゃないか……リベールでやってきたことを見ると、嘘のように見えるが。」

「それは否定できないな……」

「ヒドイじゃないか、スコール君にミュラー君!」

「ほう?お前がミュラーさんのいない間にやってきたこと今ここでバラしても……」

「ゴメンナサイ、調子に乗りました。」

「あははは……殿下も相変わらずですね。」

「サラ君、僕の事はお兄さんと呼んでもいいのだけれどねえ?」

「やめんか、阿呆が。」

いつも政務に明け暮れている反動なのか、オリビエの口調に三人は各々の反応を返しつつ会話は続き……リムジンは皇族の住まいとも言えるカレル離宮に案内された。その一室に案内され、二人は出された茶菓子をつまみつつ、ここに呼んだ意図をオリビエは話し始めた。

 

「「士官学院の教官?」」

「僕はトールズ士官学院の理事長を務めていてね。少し前まではお飾りみたいなものだったのだが……」

トールズ士官学院……エレボニア帝国中興の祖であるオリビエの祖先―――“獅子心皇帝”ドライケルス・ライゼ・アルノールが創立した学校である。“貴族”と“平民”という棲み分けが出来ている教育機関の中で数少ない……その二つの身分が通う学校である。とはいえ、身分間の問題もあって貴族クラスと平民クラスの二つに分かれている。そして、その学院の創立者が皇族と言う縁からか、その学院の理事長は皇族が務めている。そして、現在はオリビエ―――オリヴァルト皇子が理事長を務めているのだ。

 

オリビエが帝都に帰還し……その際に打ち立てた“功績”により、お飾りではなく実績に裏打ちされた理事長と相成った。しかも、庶子と言う身分により、オズボーンからその人気をかっさらう形で平民からの圧倒的支持を受けているのだ。そのことはひとまず置いておくが……理事長としてオリビエが始めたのは……学院に新たな“風”……この帝国の現状を見据え、突破していくために、貴族や平民と言った身分の垣根を超えた第三のクラス……オリビエが経験した、エステル達の様にあらゆる身分や事情を超え、一つの力としての“絆”……特科クラス<Ⅶ組>の設立であった。

 

「その為に、各方面から協力は取り付けているのだけれど……君らにもその一端を担ってほしいのさ。サラ君は戦術教官として……スコール君は聞くところによると、軍事学に詳しいそうだから、その補助をお願いしたい。」

「サラだけでなく俺も、ねえ……大方、ラウラに留学させるようにしてほしいのか?」

「フフ……このクラス設立にはシュバルツァー侯爵も一枚噛んでいる……といえば、解ってくれるかな?」

「ああ、成程ね……」

そもそも、トールズ士官学院があるトリスタは……シュバルツァー侯爵家が預かる“センティラール州”の統治下にある。ともあれ、侯爵の『領主は民に寄り添うべし』という考え方は周りの<四大名門>にしては面白くないが、彼の頑固さと皇帝からの信頼も相まって……それに対する反論を強く言えるものなどいなかった。身分的に上であるアルバレア家やカイエン家ですらも突っぱねるその屈強さは、中立を決め込んでいる帝国貴族の面々から歓迎されていることが多い。

その家の養子であるリィン……そして、彼が士官学院に通うとなれば、婚約者である彼女も後を追う形で行こうとするだろう……その光景が目に浮かび、スコールは苦笑した。幸いにも、先日エレボニアとリベールとの間で留学制度に関わる取り決めが締結されたのだ……オリビエはそれを利用する形で内外からクラスの面々を集めるつもりのようだ。

 

「とはいえ、依頼だからね……どうだろう?」

「………アタシ個人としては、“鉄血宰相”に個人的恨みみたいなものがあるし……いいわ、その話……引き受けることにするわ。あの男が泡吹く姿を拝みたいしね。」

「フフフ、サラ君とは良い酒が飲めそうだね。」

「とか言いつつ、先日は二人して騒いでいたではないか……!」

「ははは………」

そうしてオリビエの頼みを引き受けることになり……サラとスコールはそのことをヴィクターとアリシア、クラウスに伝えた……ラウラに伝えなかったのは、『驚かせたいから』だそうだ………そして、二人が学院に教官として着任し、その<Ⅶ組>で執り行う『特別実習』のテストメンバーが集まる日……

 

「ふむ……」

その光景に意味深な笑みを浮かべるライダースーツに身を包んだ少女、アンゼリカ・ログナー……

 

「えと………」

どうしてそうなっているのか理解できなかった幼い容姿の少女、トワ・ハーシェル……

 

「スコール教官、其処にいる人物は?」

スコールに問いかけた見るからに大らかそうな風貌と性格を持っている少年、ジョルジュ・ノーム……

 

「ああ。逃げ出そうとしたのでとっ捕まえてきた四人目……クロウ・アームブラストだ。」

「…………」

「ふぁ………」

簀巻きにされて気絶しているクロウを担いできたスコールの姿があった。そして、その光景に半分呆れつつも欠伸をするサラがいたのであった。それから二ヶ月……サラは街の郊外の街道で武器を振るっていた。

 

「はあっ!!」

銃と剣……本来ならばどちらかに傾倒する戦闘スタイルでありながらも、彼女はそのやり方をずっと貫き通してきた。猟兵団や軍にいた時の銃捌き、師匠から教わった剣術、そして最愛の夫から教わった複数の武器を用いた戦術……それらがサラを作り上げ、磨かれてきた。その相手は魔獣……とはいえ、並の魔獣では相手になるはずもなく……あっさりと退けたサラは武器をしまい、振り向くと……そこには最愛の人が彼女の戦いを見ていた。

 

「はぁ……気配の隠し方にますます磨きがかかってるわね……『結社』にいた時よりも怖かったわよ。」

「サラ相手だとそこまでやらなきゃ意味ないからな。『漆黒の牙』の方がもっと凄いが。」

「あの子ね……つくづくカシウスさんの恐ろしさを垣間見るわ。」

猟兵……軍……そして、遊撃士。どれも、今のアタシ―――『サラ・バレスタイン』と言う存在を作り上げて来たもの。その過程で失ったものもあるが、得たものもある。目の前にいる人物も、その一つなのだと……

 

「さて、早く帰りましょ。今日はスコールが当番なわけだし。」

「はいはい、解りましたよ。お姫様。」

「………バカ」

でも、一つだけ心残りがあると言えば……妹の存在だった。生まれつき体が弱く、何かと世話を焼くことが多かった……遊撃士になって以来、あの場所には帰っていない。願わくば、無事に生きていることを……そう女神に祈った。

 

その一週間後、ベアトリクス教官から事情を聞いたスコールの提案でノーザンブリア自治州を訪れた。そこで聞いた話は……サラの妹は“行方不明”となっていたことであった。流石に時間が経ちすぎていたために詳細は掴めなかったが、死亡ではないということにサラは少しばかり期待を抱いた。いつか、彼女と出会えることを……

 

だが、サラは気付いていなかった。その妹と呼んでいた人物は……既に“出会っていた”ことに。

 

 




あの戦術殻絡みで、そういう設定にしました。

そして、オリビエとの会話で出てきた内容は彼のエピソードで語る予定です。


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アスベルの扉 ~異色のサポート~

アスベル・フォストレイト……『百日戦役』の引き金とも言える『ハーメルの悲劇』にて<聖痕>を発現し、『守護騎士(ドミニオン)』第三位の位階を任ぜられた少年。彼がその守護騎士としてのバックアップとして与えられた特殊作戦艇『メルカバ』参号機。そのクルー……いや、彼のバックアップメンバーは守護騎士の中でも一際異色であった。なぜならば……

 

そのクルー全員が女性……しかも、『美女』や『美少女』と呼んでも差し支えの無い人間であった。

 

 

~オレド自治州 上空~

 

『リベル=アーク』崩壊より三ヶ月後……アスベルは“仕事”を終えて『メルカバ』に戻ると、彼のサポートをしている正騎士の女性と艦のオペレーターを担当する三人の女性が声をかけてきた。

 

「お疲れ様です、フォストレイト卿。」

初めに声をかけてきたのは、レイアと同じ第三位付正騎士アミタ・フェルティアーノ。淡い赤の髪に翡翠の瞳で、長い髪を三つ編みにして纏めている。得物は剣と弓の二形態を持つ導力弓剣『アクセラレイター』を使用する。アスベルが守護騎士となった時からの付き合いであり、アスベルが信頼をおいている人物である。年齢的にはアスベルと同い年でもある。もっとも、アミタにしてみれば上司であるアスベルに対しての感情は……『信頼』というよりも『尊敬』に近い部分であるが。

 

「お疲れ様、アスベル。今回も大変だったみたいねぇ。」

「こら、キリエ!仮にも上司の前ですよ!」

「別にいいじゃない。アスベルだって認めてるわけだし、本国でお偉いさんと会ってるわけでもないし。」

アスベルを労いつつ、そうアミタと話すのは第三位付従騎士キリエ・フェルティアーノ。桃色の長い髪と瞳を持った女性で、アミタとは双子の姉妹の関係である。彼女もまたアスベルが守護騎士となった時からの付き合いであり、他の従騎士やアミタとの緩衝的役割を持つ。得物はアミタと同じものを使用している。キリエとしては、アスベルに対して好意があるものの……自分の上司である“彼女”の手前があるので、今のところは仲の良い異性の友達と言うスタンスに収まっている。

 

「も、もう……すみません、フォストレイト卿。」

「あはは……アミタさんもお疲れ様です。」

その当時の年齢で言えばアスベル、アミタ、キリエは8歳……本来の筋で言えば守護騎士のサポートメンバーに選ばれること自体が異常なのだが……そのあたりを解決したのは総長であるアインの存在であった。アミタとキリエは“孤児”……彼女らが5歳の時にアインが拾い上げ、直々に鍛え上げた。彼女との関わりの中でシルフィアとも出会い、シルフィアも彼女らの想いに気付いていた……奇しくも同じ人物に拾われた者同士として仲が良いらしい。

アスベル自身も彼女らと最初出会ったとき、面食らったのは言うまでもない……アミタはアスベルの補佐および『メルカバ』の指揮代理、キリエは操縦士を務めている。

 

「レベッカさんにリアさんも元気そうで何よりです。」

「おう!って、たった二時間しか経ってないけどな。」

「レベッカ、フォストレイト卿……アスベルさんのお世辞なのですよ。それぐらい察しなさいな。」

「う、うるせーな!それぐらいわかってりゃい!」

そう話しかけられたのは、キリエと同じ従騎士である淡い金髪と深い蒼の瞳を持つヴィクトーリア・エクセリエル、ワインレッドのツインテールに赤紫の瞳を持つレベッカ・グランディシール。ヴィクトーリアはエレボニア帝国西部の貴族出身で、身なりの整った騎士服に身を包み、得物は斧槍。レベッカはカルバード共和国の出身で、祖先に極東地方の人間がいた傾向からかまるで“番長”とも言われるような恰好をしており、格闘術を駆使する。

 

この二人もアインが直々に見出してきたものであり、一通りの戦闘訓練後にアスベルのもとへと配属された。この二人は元々いたキリエ以外のオペレーターの後任として二年前に配属された経緯を持つ。配属された当初は互いにいがみ合っている敵国の人間同士と言うこともあってギスギスしていたのだが……

 

『…………』

『うう………お菓子作りが得意な守護騎士って前代未聞ですよ……』

『流石、アスベルねぇ。』

『茶化すな。』

アスベルの作った菓子の前にプライドを完全に折られ、それからは今までの険悪さはなくなり、軽口を言い合える仲になっていた。その過程でアミタもプライドを折られていたのであるが……

 

「ま、仔細は追って話すけれど……このままヘイムダルに向かってほしい。通信があったら知らせて。」

「わかりました。」

アスベルはそう言ってブリッジを離れ、休憩室に足を運ぶ。そこに備え付けられたカウンターの席に座ると、その向こうにいた従騎士と既にカウンター席にいた少女が声をかける。

 

「アスベルさん……失礼しました、フォストレイト卿。」

「気にしなくていいよ。とりあえず酒以外で一杯もらえるかな。」

「解りました。」

栗色の髪をサイドテールでまとめ、緑の瞳をもつ少女……ルミネ・メルレイユ。一年前に配属された新参者であるが、他の従騎士の面々にも引けを取らない実力を持っている。彼女は主にこの艦の物資面を担当している。

 

「そして、ティシーさんもお疲れ。」

「はい。」

薄い媚茶色のウェーブがかった髪に黄金の瞳の少女……ティシー・オルグランド。戦術オーブメントおよび動力系統の管理を担当している。

 

ルミネとティシーはこの艦の中では非戦闘要員的部類に入るものの、星杯騎士として一通りの武術訓練を受けている。曲がりなりにも従騎士としての実力を持っている。ルミネはともかく、ティシーに関しては元々引きこもりがちであったが、彼女の才能を知ったアスベルが引き抜いたのだ。この艦にはアスベル以外男性がいないということもあって、彼女の対人的な恐怖は次第に改善され、現在では完全に克服している。ちなみに、アスベルは流石に肩身が狭いということもあって男性の配属を打診しているのだが……アインに却下を食らっている。

 

アスベルは他愛ない会話をした後、執務室で仮眠をし……ふと、後頭部に心地よい感触を感じて目を開けると………

 

「え、あ、そ、その、フォ、フォストレイト卿……こ、これは、ですね……」

自分の部下であるアミタが膝枕をしてくれていた。アスベルが目を覚ましたことにアミタは慌てふためくが、アスベルは少し考えた後……

 

「心配してくれたんだよな。ありがとう、アミタ。いつも助かってるよ。」

「あ、はい……」

「いや~、眼福だねえ……」

そのお礼の言葉を聞いてアミタが頬を赤く染めていると聞こえてくる特徴的な声。アスベルは上半身を起こし、その声の方向にいる人物―――アスベルの部下であり、アミタと同じ正騎士であるレイア・オルランドの方を向く。

 

「レ、レイア!?」

「はぁ……ま、いつものことだからいいけれどな。」

レイアのからかい癖はいつもの事で……それにはアスベルも時折頭を悩ませることもあった。尤も、パートナーの一人であるだけに今更と言った感じで……ある意味悟りの境地を開けるかもしれないと思った。

 

「ま、いっか。ヘイムダルに野暮用があるから、レイアにも来てもらうよ。」

「了解、アスベル。」

「はぁ……」

疲れた表情を浮かべるアミタをフォローしつつ……アスベルとレイアは帝都ヘイムダル郊外に降り立った。彼らの行く先は………この国(エレボニア)の皇族がいる場所。

 

 

~カレル離宮~

 

二人は応対したメイドに案内され、客室に招かれる。そこにいたのはアスベルらと面識があり、この国の皇族に名を連ねる風流人―――オリビエことオリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子であった。

 

「やぁ、よく来てへぼっしゅ!!」

「フッ……あのお調子者にはいい薬だな。」

「そうですね。」

出迎えたオリビエを反射的にハリセンでぶっ叩いたアスベルとレイア……その光景を傍から見ていたミュラーはそれを見て清々しい表情を浮かべていた。彼の中々見れない表情を見た彼の妹であるセリカも笑みを零した。アスベルらがそうした理由……それは、彼等を呼び出したのは他でもないオリビエであったからに他ならない。ハリセンで叩かれたオリビエは恍惚の表情を浮かべつつも立ち上がった。

 

「フフ、出会い頭にハリセンとは……流石わが親友じゃないか。」

「ミュラーさん、もう一発いっても?」

「許可しよう。」

「容赦ないねぇ……」

「てなわけで、レイア。」

「オッケー」

次の瞬間、天井に磔にされるかの如く飛ばされたオリビエの姿であった。それでいてもケロリとしているオリビエの姿に、『こいつギャグ補正持ってるんじゃないのか?』とこの場にいたオリビエ以外の面々が少なからず疑問を呈したのは言うまでもない。それはともかくとして、呼び出した本人の話を聞くことにした。

 

「さて、僕は僕なりに色々“悪あがき”をさせてもらっているが……アスベル君に手伝ってほしいのだよ。」

「俺に?」

「そう……君ともう一人……ルドガー君にね。他にも手伝ってほしい人には声をかけて承諾してもらっているよ。」

オリビエが理事長を務めるトールズ士官学院……その場所にて手伝ってほしいという言葉には、流石のアスベルも面食らった表情を浮かべていた。

 

「そういう表情になるよねぇ……これも理由があるのさ。」

四ヶ月前……リベールとエレボニアの国家元首同士で結ばれた合意項目の中にある“留学制度”に関してのもの。だが、いきなり留学とはならないのも常。とりわけ、リベールとエレボニアは『百日戦役』終結からまだ十年少ししか経っていないだけに、互いの感情もいいとは言えないのが実情である。それと、エレボニア帝国政府代表のギリアス・オズボーン宰相……彼の政策と近年における帝国の動きからしても周辺諸国に良い影響を与えているとは到底思えない。残念なことに、これが見紛う事なき事実である。

 

そこでオリビエは、まず元帝国領であった地方の出身者の受け入れから行うことにし、自ら足げに通っては頭を下げるという営業みたいなことを積極的にこなしていた。その結果としてアルトハイム地方とレグラム地方から数名ではあるが、帝国にある教育機関への留学を行えるような体制が整った。そして、それを加速させる意味においてもリベール本国出身者……その一人であるアスベルに白羽の刃を立てたのだ。

ルドガーに関しては、おそらく『結社』に対しての牽制役として配置する思惑があるのだろう…『結社』の人間がそう簡単に動くかどうかは解らないが……そう考えつつも、アスベルは問いかけた。

 

「まぁ、それに関しては了承したけれど……こっちから提示する条件がある。それを飲めるのならば本格的に話を詰めよう。」

「そう言うと思っていたよ。僕もタダで君を受け入れられるとは思っていないからね……最大限の努力を約束しよう。」

 

一通りの条件を詰めた後……二人はカレル離宮を出た。この先、どう動くかはわからない……それでも、打てる手はすべて打つ。この先に待ち受ける未来を全て覆すために。その二人が向かった先は……

 

 

~帝都ヘイムダル アルト通り~

 

人口80万人という大陸西部でも最大規模の人口を有するエレボニア帝国の首都―――『緋(あか)の帝都』ヘイムダル。その一区画の通りにあるアルト通り……二人が訪れたのはその通りの一角にある建物。遊撃士協会帝都東支部……いや、正確にはその前に『元』という肩書がつくのであるが……二人は感慨深そうにその建物を見つめる。

 

「ここには数回足を運んだ程度だったが……それでも懐かしく感じるな。」

「そうだね。私やアスベル、シルフィやシオンにとっては……」

リベールにおける『クーデター事件』と連動する形での『帝国ギルド連続襲撃事件』……その事件の後、オズボーン宰相ら帝国政府は『遊撃士という存在が今回の事件を招き、人々に不安を与えた』という大義名分の下でギルドに対して大幅な行動制限をかけていったのだ。そのためにまともな活動が出来ず……結果としては撤退せざるを得ない状況に追い込まれた。ギルドの建物は帝都庁や各州の領主が管理する形となり、その後の治安活動は鉄道憲兵隊や領邦軍が一括して執り行うようになった。

 

だが、彼等には遊撃士のようなノウハウが存在しないため、その全てをカバーできるだけの活動は行えていないのが実状だ。

 

そもそも、遊撃士の仕事内容はそれこそ『依頼者の身分にかかわらず』、『多種多様の仕事』を引き受ける……それこそ、治安活動とは縁の遠いものまで引き受けることがあるのだ。対して鉄道憲兵隊と領邦軍の本分は『治安維持』……それから逸脱した物を引き受けたとしても、解決は難しい。

それに、遊撃士は本来単独行動および二人一組を前提としている反面、鉄道憲兵隊と領邦軍は『軍隊』……集団での活動を前提とするものがそう言った行動など取れるはずもないということに、今の政府を与る人間は本気で『何も考えていない』と異論を放たれても答えられないであろう。その辺はそれらの治安部隊があることを盾にするだろうが……鉄道の通っていない場所は何もしないと言っているのに変わりない。それこそ、『ハーメル』の一件のような……

そう考え込んでいると、二人に声をかける老人の姿……二人にしてみれば、『顔馴染』のある人物であった。

 

「おや、アスベルにレイアではないかね。随分と逞しくなったようだ。」

「お久しぶりです、ヘミングさん。」

その老人―――ヘミングはこの通りで喫茶店を経営しているマスター。昔は名を馳せた奏者であり、先代皇帝とは幼い頃からの顔馴染であり、愛用していたリュートを下賜されたことがあるらしい。その証拠とも言うべき写真が店の片隅に置かれている。あと、皇族―――オリビエもこの店によく顔を出すことがあり、彼曰くヘミングは『二人目の師匠』と言っていた。その彼が持っている手提げの買い物袋を見て、アスベルが尋ねた。

 

「そちらも元気そうですね……珍しく、ヘミングさんが買い出しですか?」

「今日はオーラフの若造が帰って来るらしいのでな。あと、エリオットが誕生日を迎えてな……フィオナと相談して、今夜はうちでちょっとしたパーティーをするのだよ。良かったらどうかね?」

「……是非。レイア、向こうに連絡しといてくれ。」

「りょーかい。」

 

音楽喫茶『エトワール』で行われたささやかなパーティー……エリオット・クレイグの誕生会。彼や彼の家族とは初対面であったが、すぐに打ち解けられた。その理由は……

 

「誕生日というこの日を迎えられたこと……女神様、感謝いたします。」

「と、父さん!」

「あらあら……」

「まったく、相変わらずだな……」

「「………」」

 

要するに、オーラフが“赤毛のクレイグ”という異名を感じさせないほどの親馬鹿を発揮していたのだ。これにはアスベルとシルフィアの表情が凍り付いたのは言うまでもない。そんなハプニング(?)がありつつも、楽しい時間は過ぎて行った。

 

 




ちなみに、アスベルのサポートメンバーのイメージですが……

アミタ・キリエ→なのはINNOCENT(アミティエ・フローリアン、キリエ・フローリアン)
ヴィクトーリア→なのはVivid(ヴィクトーリア・ダールグリュン)
レベッカ→なのはVivid(ハリー・トライベッカ)
ルミネ →あかね色に染まる坂(長瀬湊)
ティシー→ビビッドレッド(四宮ひまわり)

です。偏りが激しいのは仕様です。


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ミュラーの扉 ~“ヴァンダールの剣”~

ヴァンダール侯爵家……現皇帝一族:アルノール家の守護者と呼ばれる武の一族であり、その連なりは『獅子戦役』にまで遡ると言われている。帝国でも指折りの大剣術『ヴァンダール流』……その異質性から一族以外の人間では扱うのが難しい剣術である。

 

帝国建立時よりその剣術の存在は知られていたが、その剣術の名を内外に知らしめたのは『獅子戦役』の時。

 

のちに“獅子心皇帝”と呼ばれるドライケルス皇子に付き従ったビッテンフェルト・ヴァンダール……一族の中でも変わり者と呼ばれ、その苛烈な破壊力を振るう有り様は“殲滅者(エクスキューショナー)のビッテン”と呼ばれるほどであった。そして、相手が皇子であろうとも躊躇いの無い言葉は皇子も感慨深く受け止め……後世の史記には『ビッテンがいたからこそ、私は早まった行動を抑えることが出来た。私にとって得難いもののひとつは、彼の存在である。』と残している。

 

ビッテンフェルトは皇帝となったドライケルスに付き従い、時には臆さぬ物言いで皇帝を諌める役割を買って出るほどであった。尤も、破壊力の方はさらに磨きがかかったのであるが……彼はドライケルス皇子と共闘したリアンヌ・サンドロットが率いた『鉄騎隊』の一人を伴侶とし、彼の子や孫……子孫たちは以後250年もの間……代々アルノール家に迫る敵を討ち払う守護者として名を馳せることになった。

 

その際にサンドロット伯爵家より贈られた大剣『エルンストラーヴェ』……アルゼイド家に伝わる宝剣『ガランシャール』と同様にその詳しい出所は不明であるが、250年もの間ヴァンダール家の当主に受け継がれてきた代物。それを扱うのはミュラーの父親……ヴァンダール家の現当主である。そして、その次の担い手はミュラーかその妹であるセリカ……奇しくも双方共にヴァンダール流に関しては凄まじい実力を持ち、武に詳しい者曰く『武の天才とも謳われたビッテンフェルトの再来』とも言われていた。

 

 

~エレボニア帝国北東部 ゼンダー門~

 

『リベル=アーク』崩壊より五ヶ月後……ノルティア州の北に広がるアイゼンガルド連峰……険しい山々を超えた先にある『辺境』の門。言い方を変えれば、下手すると『最前線』とも言える場所―――ノルド高原の玄関口に相当するこの場所を訪れたのは、この門に配属された第三機甲師団の“身内”の存在であった。その門の執務室にて、隻眼の軍人であり……先日のリベール侵攻の責を負う形で左遷された第三機甲師団の司令官、ゼクス・ヴァンダール。相対しているのは彼の甥と姪にあたり、ヴァンダール流の使い手でもあるミュラー・ヴァンダールとセリカ・ヴァンダール……そして、

 

「ミュラーやセリカはともかく……よもや、皇子殿下が自ら視察なされるとは驚きでしたな。」

「フフ……僕のせいで先生がここに飛ばされたわけだからね。償いは出来ないけれど、こういう形で慰労のための訪問位はできるわけなのさ。」

ゼクスの教え子であり、ミュラーの親友であり、セリカとは悪友のような存在……オリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子であった。彼らは『カレイジャス』での帝国各地の慰労訪問……その手始めに、帝国とは関わりの深いこの場所を選んだのだ。今の帝国のきっかけを作った場所にして、今では共和国との対立の一つでもある『ノルド高原』を訪問するということは彼なりの敬意であり、帝国とは良き友人であるということを内外に知らしめること。

 

「ともあれ、皇子殿下の機転で極刑を免れることは出来ました。ここでの生活も少しばかり不便ですが、ようやく慣れてきました。この土地に住む人々ともよい関係が築けております。」

「それは重畳……共和国の方は?一応僕がこの地を訪れることは大使館を通じて知らせているが。」

「目立った動きはありませんな。ですが、皇子殿下……なぜそのようなことを?」

ゼクスの言葉に笑みを零しつつ、オリビエは気になる事象―――『共和国』の事について尋ねると、特にそちらも問題ではないと答えつつ、オリビエにしては珍しく配慮したことに問いかけた。

 

「形はどうあれ、皇族に連なる人間だしね。無断でも良かったのだけれど、そうなると要らぬ波風を立てることになる。その辺りも配慮してのことさ。」

「その気遣いを向こうにいた時も持っていてほしかったのだが。」

「はは………」

このゼンダー門の北に広がるノルド高原は帝国(エレボニア)共和国(カルバード)の係争地……双方が宗主国であるクロスベル自治州と同じく、その領土争いが起きつつある場所でもある。その目当てとも言えるのが、高原の地下に眠る七耀石の鉱脈。不戦条約によってその動きは沈静化したものの、その水面下では未だに火種が燻る状態であった。

 

「して、皇子はこの後集落に向かわれるとのことですが……乗馬で良いのですか?」

「フッ……ドライケルス帝はこの場所を徒歩で歩き、ノルドの民に馬を教わったと聞く。それに倣って僕も馬で向かうつもりさ。幸いにも心強い護衛がいるからね。先生も含め、ヴァンダール家には世話になっているよ。」

「その感謝があるのならば、お前にはもう少し行動を抑えてほしいものだがな。いつもいつも常識外れの行動をしおって……!」

「兄様、それは難しい注文ですよ。」

オリビエの言葉にミュラーは怒気を含めつつ言葉を吐き捨てるように述べ、セリカはそれを聞いて苦笑する他なかった。だが、オリビエのこの行動も意図してのものである。歴代の皇族に連なる人間はこの地を訪れていた……彼がこの場所を訪れることは、エレボニアとノルド高原の関係を内外に知らしめる狙いもあり、カルバードに対しての牽制をも兼ねている。

三人はゼクスの用意した馬に跨り、ゼンダー門を後にして一路北へと向かう。目指すはこの地にすむ先住民のノルド族の集落。

 

「にしても、オリビエさんも馬には慣れているのですね。」

「皇族の嗜みという奴だね。こうしているとシュバルツァー侯爵との狩りを思い出すよ。」

「あのお方か。リィン君の養父ということもあって、中々に気骨のあるお方だったな。」

この一ヶ月前、皇族主催の狩りで見える機会があり、リィンやエリゼ、アルフィンとの繋がりから互いに良き関係を築いていた。<五大名門>において最も皇族の信頼を得ている貴族……いわば大きな“味方”を得たことにオリビエは笑みを零した。

そうして馬を走らせること約半刻……ノルドの民の集落に辿り着いた。

 

「ほう、ここがノルドの集落のようだね。なんとも長閑な場所じゃないか。」

「そのようだな。叔父上からはこの集落の人間と話がついているらしいが……」

三人が郷愁の思いを馳せていると、出迎えたのは長身で褐色の肌を持つ男性の姿であった。その姿に対して興味深そうに見つめる三人にその男性が何かを思い出しつつも話しかけた。

 

「おや……其方たちがゼクス中将の言っていた者たちかな?」

「えと、貴方は……」

「ラカン・ウォーゼルという。三人の来客者と聞いているが……君たちの事かね?」

どうやらゼクスとはかなりの顔見知りであるようだ。事実、ゼクスもこの集落には何度も足を運んでおり、この集落に住んでいる人間に世話になったと言っていた。見る限りでは人の姿は少ないので……この集落の誰かということには違いないだろう。

 

「ええ、相違ないかと……ゼクス叔父上の姪で、帝国軍第七機甲師団の師団長セリカ・ヴァンダールといいます。」

「第七機甲師団所属少佐、ミュラー・ヴァンダールという。叔父上から世話になっているとお聞きしている。」

「ほう……ゼクス殿の縁者とは……してそちらは?」

「自己紹介が遅れたね……現皇帝ユーゲントⅢ世の嫡子にして庶子、オリヴァルト・ライゼ・アルノールと申します。」

「これは、皇族直々の御訪問とは……」

ゼクスの縁者どころか、エレボニア帝国の現皇帝に連なる人間……その訪問には流石のラカンも畏まったような態度を取ったが、それをオリビエは制した。

 

「そう畏まらなくてもいい。僕の祖先……ドライケルス帝とノルドの戦士は“戦友”―――いわば“親友”ということだ。ならば、僕の肩書もここでは仲の良い友人の出身である以上、立場は対等ということになる……おかしい物言いであったかな?」

「いや……一杯食わされたな。よろしくお願いする、オリヴァルト皇子。」

「こちらこそよろしく頼むよ、ラカン殿。それと、僕の事は“オリビエ”で構わない。」

そう言って互いに交わされる握手。それを見つめるミュラーとセリカは互いに顔を見合わせた。

 

「やれやれ……」

「ま、いいじゃないですか。正確には、ここは帝国ではありませんからね。無論、共和国側の場所もですが。」

「……ああ。」

帝国ではないが、帝国と無関係ではない……カルバードという存在がこの地を危ぶませているのは事実。尤も、向こうにしてみれば強大な帝国が共和国の存在を脅かしているという言い分に取って代わられるのは言うまでもない事実である。

 

ラカンの用意した宿で一泊した後、三人は帝国の監視塔へと足を運んだ。すると、兵士らの鍛錬が行われており、それを静かに見つめる一人の男性の姿。彼は三人の中に居るセリカとミュラーの姿を見つけ、声をかけた。

 

「おや、ミュラーにセリカ。」

「父上!?」

「どうしてこんなところに!?」

「ふふっ、気まぐれというものだよ。」

ミュラーとセリカの父親、リューノレンス・ヴァンダール。“ヴァンダール流”筆頭伝承者およびヴァンダール家現当主にして、大剣『エルンストラーヴェ』の現在の持ち主。見るからに温和そうで戦いなど無縁と思えるような出で立ちであるが、一度剣を握ればアルノール家の前に立ちふさがる敵を殲滅する守護者たらん剣術を惜しげもなく披露する。

 

「そして、オリヴァルト殿下……ご活躍はかねがねお聞きしております。」

「貴方ほどではないのだがね…前第三機甲師団の師団長、“神速”の名と地位を譲ったその実力は未だに衰えていないようだ。」

「当主の地位は何かと融通が利きますので。」

異名と地位を自分の娘であるセリカに譲り渡したとはいえ、“帝国最強”の肩書は未だに健在。その隙の無い佇まいはヴァンダール流を詳しく知らないオリビエですらはっきりと認識できるほどであった。

 

「とはいえ……折角、こうして会えたんだ。どれぐらい強くなったのか、見せてもらうよ。」

そう言うと、リューノレンスは眼鏡を取り……『エルンストラーヴェ』を構え、その闘気を解放する。その闘気は“アルゼイド流”のヴィクター、“剣聖”とも謳われるカシウスに近いものをミュラーやセリカは感じ取っていた。彼の実力は『帝国最強』……叔父であるゼクスですら恐れるその実力を前に、二人は剣を構えて闘気を解放する。

 

「“ヴァンダール流”筆頭伝承者、リューノレンス・ヴァンダール。いざ参る。」

「ミュラー・ヴァンダール……参る。今日こそは勝たせてもらうぞ、父上!」

「“神速”セリカ・ヴァンダール……参ります!!」

震えあがる空気……三人は刃を構え、刃を交わす。その結果は……

 

「くっ……」

「ううっ……」

「二人とも、一年という期間で見違えるほどに成長したね。これは、僕の引退も近いかな?」

「少しも息が上がっていない父上が言えた言葉ですか……俺らの動きについてきながらも分け身で二人を相手にする……常識外れにも程があります。」

「まったくだよ……」

息を整えて剣を納めるリューノレンスに対し、膝をつき剣を支えにして何とかこらえるミュラーとセリカの姿があった。この光景を傍から見ることになった兵士らも彼の強さに呆然とするばかりであった。これにはオリビエも面食らった形であるが……リューノレンスは向き直り、オリビエに頭を下げた。

 

「皇子殿下……これからも愚息と仲良くして頂きたい。それと、セリカとも。いかなる脅威であろうとも、皇族に刃を向ける者を討ち払う刃として……このリューノレンス・ヴァンダール、改めてアルノール家への忠誠を誓わせていただく。」

「このオリヴァルト・ライゼ・アルノール……エレボニアの皇族たる者として、貴殿の言葉今ここで確かに承った。」

オリビエの言葉を聞き終えると、リューノレンスは改めてお辞儀をしてその場を去った。

 

三人は再びノルドの集落に戻ると、集落の長老と話す機会に恵まれ……また、ゼクスの窮地を救ったラカンの長男であるガイウス・ウォーゼル、彼の弟であるトーマや妹のシーダとリリ、ラカンの妻であるファトマと夕食を共にし、親交を深めた。そして、ノルドで泊まることになった三人。既に就寝したオリビエを残し、軽装姿のミュラーは自分の得物である剣を携え、テントの外に出た。

 

あたりを包み込むのは自然溢れるノルドの姿。帝都ではお目に掛かれない数多の星煌く姿が夜の空一面に広がる。その星空のもとで、ミュラーは剣を構え、振るった。

 

「………ふっ!」

自分の父であるリューノレンスとの実力差……『結社』との戦いを経て強くなったミュラーであっても、彼我の差は明らかであった。帝国ではかなりの実力を持ちうる者として扱われるが、当の本人はまだ道半ばであると感じていた。自分の実力など、まだまだ未熟である。そう考え込んでいると、不意に聞こえてくる声があった。

 

「やるねぇ。流石はわが親友。」

「……オリビエ。起きていたのか?」

「セリカ君は熟睡していたけれどね……昼間の事かい?」

「……ああ。」

護るべき対象であり、親友とも言える間柄のオリビエの姿を見てミュラーは少し驚きつつも彼の問いかけに答えた。非常識な行動が目立つが、本質を見抜く力や機転がきく柔軟な発想力はミュラーも認めていた。そんな彼は自分の悩んでいたことをすぐさま見抜いた。

 

「『帝国最強』……その道は遠い。それに」

「ミュラー君の父親がその最大の『壁』だからねぇ。」

見えているのか見えていないのか……ミュラーは見えない『壁』にぶつかっていたのも事実であった。この先起こりうる出来事を考えた時、自分は果たしてこの任を全うできるのかと……同じように悩んでいた彼女は自分なりに答えを出した。今度は自分の番なのだが、その壁の高さが解らない……どれぐらい強くなれば親友を守れるのか、と。それの答えは偶然にもオリビエの言葉にあった。

 

「でも、焦ることは無い。セリカ君だって才能があったとはいえそこまで至ることが出来たのは努力の結果だ。僕だって色々なことを学ばなければ、このように出来ていなかったし。ようは、出来ることはやっていくってことなのかもしれないよ。」

「………」

その言葉に、ミュラーは妙に納得できた。そして、今まで悩んでいたものの本質がようやく見えた。いや……その壁が余りにも大きいものに錯覚していたのかもしれない。

 

「おや……珍しく笑顔じゃないか。いいことでもあったのかな?」

「フッ……否定はしない。」

結局のところ、立ち止まるよりも進むこと……今よりも強く……父の様とはいかないまでも……自分なりの、“ミュラー・ヴァンダール”としての人の在り様を追い求める。そのために、ミュラーは視界に映る親友を守り抜く。命を捨てるのではなく、手に届く範囲のものを守りきるために。ただ、この親友に真面目な事を言っても弄られそうなのであえて口にはしない。自分なりの姿勢で彼を守り、支えていくのだと。

 

 




オリ設定結構含まれています。

あとは、リィン、オリビエ、ティータ、ヨシュア、シルフィアの扉の後、3rd本編に突入します。


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リィンの扉 ~帝国の一事情~

 

『リベル=アーク』崩壊より四ヶ月後……一人の少年はパルム駅に来ていた。

彼の名前はリィン・シュバルツァー。ユミルの“浮浪児”とも呼ばれ、貴族からは疎まれている存在であった……その彼を取り巻く環境はここ数年で大きく変化した。

 

“剣仙”ユン・カーファイ……“風の剣聖”アリオス・マクレイン……“剣聖”カシウス・ブライト……“残影の剣聖”アラン・リシャール……そして、“紫炎の剣聖”アスベル・フォストレイト。五人の剣聖と謳われる人々と『八葉一刀流』との出会いは、リィンの中に秘める“力”と向き合うこととなった。そして、自分では到達しえないと思っていた『極式』の境地を、その力を用いてこじ開けることが出来た。とはいえ、その力なしには至っておらず、まだまだ修行不足であると感じていた。

 

「さて……よし、忘れ物は無いな。」

そう言ってリィンは到着した列車に乗り込んだ。

 

リィンはあの後、カシウスの招きでブライト家にしばらく滞在することとなり、エステルやヨシュアの仕事の手伝いをこなしつつもカシウスから剣の手ほどきを受けていた。剣を置いた身であるとはいえ、棒術で磨かれたとも言うべき剣筋は鋭いものであった。これでもカシウス本人にしてみれば『全盛期よりも劣るぐらいだ』との弁であったが……それらが終わり、リィンはエステルやヨシュアと共にパルムへ向かい、そこで別れてリィンは鉄路で故郷であるユミルを目指すこととなった。

 

「しかし……この国の器は底知れないな……」

「あれ、リィンじゃないか。」

そう言葉を零すリィンの姿を見つけた一人の少年。リィンと同じ武器と剣術を用いる人物………アスベル・フォストレイトの姿であった。その声に気付いたリィンも言葉を返すように話しかけた。

 

「アスベル、どうしてここに?」

「ちょっと仕事でユミルまで行くのさ。」

「そうなのか。にしても、それならルーレまで飛行船でも問題ないと思うんだが。」

「気分的な問題もあるしな。それに、リィンの事情を考えるとこの方がいいと思って。」

「……好きでこうなったわけじゃないけれどな。」

リィンの言い分も解らなくはないとアスベルは苦笑を浮かべた。リィンの養われている家は皇族に縁のある『シュバルツァー家』―――獅子心皇帝に縁のある名家であり、皇族の女性が嫁いだことから『皇族の分家』として有名である。男爵家でありながらもその血筋は無視できるものではなく、その領地運営は初代当主より『領主は民に寄り添うべし』という信念のもとに行われている。

 

先日の『帝国ギルド襲撃事件』に関わる一連の事件の後、シュバルツァー家は“侯爵”の位を賜り、広大な領地を得て五番目の州である“センティラール州”としてその領地運営を任されることとなった。その領邦軍に関してもテオ・シュバルツァー侯爵自らが選定し、選び抜いた精鋭達に領地の治安を任せているが、そこでもシュバルツァー家の教えを第一に考え、民の安全を守る役割を徹底させている。

 

周りのカイエン公爵家、ログナー侯爵家、アルバレア公爵家からは冷たい視線で見られているが、彼にしてみればどこ吹く風とも言わんばかりにその頑固さを発揮させている。何せ、五大名門が集まった会議では四人の内最も武闘派とも言われかねないログナー侯爵を殴り倒すという事態にまで発展したのだ。その前にログナー侯爵がテオに対して『うつけ者』と罵ったことが直接の原因であるが……彼の父親であり泰斗流のリュウガとも互角に渡り合ったバーナディオス・シュバルツァー譲りの武術はここに生きていた。それを聞いたログナー侯爵の娘であるアンゼリカ・ログナーは目を輝かせていたのは言うまでもない。

 

「それにしても……この列車、かなり豪華だな。」

「まあな……俺も驚いたけれど。」

そう言葉を零した対象は二人の乗っている列車……言うなれば“新幹線”クラスの設備の充実さである。

 

飛行船分野では飛び抜けた技術力を持つZCFが次に取り掛かったのは鉄道分野……ラインフォルト社の領分とも言える導力列車であった。現状運用されている牽引方式では故障した際の対応が難しくなる……そこで考え出されたのは、“新幹線”に代表される高速鉄道方式の採用であった。

 

『XG-02』で得た運用データや各種導力車の実験データを基に小型化された導力列車専用高出力オーバルエンジン『XT-03』を設計・開発し、全車両の車体下部に搭載されている。デザインはツァイス工科大学全面協力の元で開発される……形状的にはE5系―――『はやぶさ』と言われる車両をイメージしたものに近くなっていたことには流石のアスベルやシオンも引き攣った笑みを浮かべたが……そして、車体の素材は『アルセイユ』から流用され、台車の部分についてはラインフォルト社のものではなく、ZCFが一から作り上げている。それだけでなく、魔獣対策のための線路設備や高速鉄道を運用するためのノウハウなど……エレボニアでいうところの特別列車運用ノウハウを独自で組み上げた。

 

そうして完成された『ZXT』シリーズ……最高速度3200CE/h(320km/h)、起動加速度0.25CE/h/s(2.5 km/h/s)……ボース-パルム-セントアーク-アルトハイム-ヘイムダルを最短2時間半で結ぶ国際線、大陸縦断高速鉄道として3週間前に開業したばかりである。その費用の全ては『百日戦役』時に得た賠償金から賄われており、その金額の膨大さの一端を窺い知ることが出来る。その過程で運休していた線路を用いての実験データは大いに生かされている。

 

その運行初日、ヘイムダル駅はいつになく大盛況であった。なにせ、エレボニアでは帝国政府の要人や鉄道憲兵隊御用達の高速鉄道を一般客が搭乗できるということもあって、運行初日の切符は即完売となったほどだ。だが、観衆を驚かせたのはそれだけではなかった。

ボースからの第一便から降りてきたのは、リベールの次期女王であるクローディア・フォン・アウスレーゼ王太女……それをアルフィン皇女とセドリック皇太子、オリヴァルト皇子が出迎えるというサプライズがあったのだ。リベール王家とエレボニア皇家の親密さをアピールする狙いもあるが、話題性を生み出す意味でもこの高速鉄道は大いに役立っている。

 

ちなみに、帝都直通便は一日に往復十二便(片道六便)運行されているが、料金面では国際定期船より少し割高に設定されている。この開通に合わせて国際定期船も2500CE/h(250km/h)の高速便を就航させており、利便性を向上させている。『百日戦役』から十年余り……こうした所でリベールとエレボニアの関係が修復されることには周囲の人々も喜ばしい話題ではある。だが……

 

「とはいえ、ここ(パルム)もそうだが……今は完全に王国領とはいえ、元帝国領というのはあまり喜ばれる話題じゃないからな。とりわけ<四大名門>……<五大名門>の一角にしてみれば。」

「……俺も日曜学校で習ったが、ここら辺はハイアームズ家が管轄していた場所だったな。」

「ああ。」

アルトハイム地方……元サザーラント州はハイアームズ侯爵家が統治していた場所。その家の出身にしてみれば『奪われた』場所である。とはいえ、当時の状況から<四大名門>もその動きに加担していたということもあり、自業自得という感が否めない。それを抜きにしても、ハイアームズ家もとい帝国貴族の<四大名門>はその州を取り返すことに躍起になっているという噂もあるほどだ。そのことは今や<五大名門>の一員となったリィンも無関係とはいかなくなったのも事実。

 

「そういえば、リィンはこの先どうするんだ?実力的にはより取り見取りだろうけれど。」

「より取り見取りって……父上が貴族だけ進学する場所も勧めてはくれたんだが、選択肢は多い方がいいと思ってトールズ士官学院への進学を考えてるんだ。ギルドが帝国内にあれば、遊撃士という選択も考えたけれど。」

「そうなのか……って、リィンが遊撃士……貴族らしからぬ発言に聞こえるな。」

「まぁ、俺自身に関わることもあるけれど……エステルやヨシュアとの関わりで興味が出てきたってところかな。」

そう言った意味ではリィンがリベールに来たことは大きな収穫であったというべきであろう。貴族という身分ではなかなか体験できないことを自ら進んで行う……それは、彼の養父であるテオ・シュバルツァーも似たようなものである。とはいえ、八葉に関わるものがここまで遊撃士に馴染み深いとなると流石のアスベルも苦笑した。

 

「自ら苦難の道に進むか……」

「はは……まぁ、性分みたいなものだから。」

そう話し込むこと二時間半……列車は無事ヘイムダル駅に到着した。降りた二人を待つように立っていた人物……栗色の髪の少女とワインレッドの髪の少女が二人に近づいてきた。

 

「あ、アスベルにリィン!」

「レイアにシルフィアじゃないか。久しぶりだな。」

「ええ。しかし、便利になったものね。」

「ああ。」

二人の少女―――レイアとシルフィアは帝国西部の方に遊撃士絡みで依頼をこなした帰りで……アスベルとリィンのことを聞いて、ヘイムダルで落ち合う約束をしていたらしく……初耳であったリィンは流石に驚いていた。とりあえず、昼食のために一度外に出て食事をした後、ノルティア本線に向かおうとした時、彼等を待つようにしていた人物が四人に近づいてきた。その人物をよく知るリィンは驚いていた。何せ、『彼女』は……

 

「エ、エリゼ!?」

「ここはユミルではないですけれど……おかえりなさいませ、リィン兄様。」

リィンの義妹、エリゼ・シュバルツァーであった。エリゼとリィンは言葉を交わすと、彼女は傍にいたアスベルらに話しかけた。

 

「ああ、ただいま。にしても、どうしてエリゼがここに?」

「それは説明いたしますが、その前に……アスベルさん、シルフィさん、レイアさん、お久しぶりですね。」

「久しぶり、エリゼ。」

「久しいね……で、どういうことなの?」

「はい。実は……」

エリゼが聞いた限りだと、身内だけの会食を開くとのことで……世話になっている四人を招待してほしいというオリヴァルト皇子の粋な計らいであった。そして、その会場になったのは……

 

 

~巡洋艦『カレイジャス』 会議室~

 

アルセイユ級Ⅳ番艦『カレイジャス』―――ZCFがカレイジャス用に開発した新型オーバルエンジン『XG-03C』を10基搭載し、最高速度4000CE/h(400km/h)という常識外れの速度を叩き出す皇室専用巡洋艦として帝国に譲り渡された艦での会食。当然その主催者は……

 

「フフ、今日は無礼講ということで行こうじゃないか。」

「まぁ、そんな感じはしてたが……」

オリヴァルト・ライゼ・アルノール……“放蕩皇子”の主催に招かれたアスベル、レイア、シルフィア、リィン、エリゼ……そして……

 

「あたしはいろいろ驚きなんだけれど……これ、『アルセイユ』よね?」

「紅い『アルセイユ』……確か、開発途中で放棄されたと聞いたことはあったけれど……」

エステルとヨシュアもであった。彼らは帝国東部で依頼をこなしていた先でオリビエに出会い、今回の招きを受ける形となったそうだ。出された料理に舌鼓を打ち……そうして食事も終わった所でヨシュアはオリビエに問いかけた。

 

「オリビエさん、何故今回の催しを?単に僕らを招くのならば、このような場所でなくとも出来たでしょう?」

「流石ヨシュア君。この艦はいわば帝国政府への抑止力みたいなもの……そして、君らにはこれから起こりうるであろう出来事に備えてほしいのさ。聞くところによると、エステル君とヨシュア君は大陸を回るみたいだしね。」

「成程……あたしがやってたことを大陸でやるみたいな感じね。ま、あんたの頼みというのは気が引けるけれど、受けてやろうじゃない。父さん以上に強くなるって決めたしね。」

「はは……」

オリビエとはいえ、出来ることには限界がある。そういった面で言うと、エステルやヨシュアのような存在は大きい助けになりうる。これから迫りくる『激動の時代』に向けて己を鍛えることは悪くはない。一通りの話をした後『カレイジャス』はルーレに降り、ルーレに用のあるアスベルらと別れ、リィンとエリゼはユミルへの帰途へとついていた。

 

「ん?……やれやれ、寝ちゃったみたいだな。」

リィンはふと、肩に重みを感じて視線を向けると……彼の肩に凭れ掛かるように眠っているエリゼの姿があった。その穏やかな寝顔を見てリィンは笑みを零した。同い年のアルフィンの護衛や、リベールでの異変……数々の激戦を潜り抜けてきた彼女は未だに13歳。その年相応の表情はなかなか見られないものとなっていただけに、彼女を起こさないようにしつつ窓の外を見やった。

 

「………」

自分の運命はまだ解らない。けれども、自分がするべきことは答えを出せている。自分の正体が何であろうとも……自分をそれとなく慕ってくれている彼女のために、出来ることはする。彼女の幸せのために……そう考えるリィンの見出した答えは、隣で眠るエリゼにも解らなかった。

 

リィン・シュバルツァー……彼の取り巻く運命は、すでに動き始めている。

 

 



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シルフィアの扉 ~パートナーとして~

個人エピソードというよりは、リィンの扉の続きです。


 

~黒銀の鋼都 ルーレ~

 

リィンらと別れたアスベル、レイア、シルフィアの三人。彼等が向かったのは、この都市で最も目立つ建物………ラインフォルト社の本社ビルであった。中に入った三人を待っていたのは、見覚えのあるメイドであった。

 

「ようこそ、ラインフォルト社の本社ビルに。」

「あ、相変わらず察しがいいね……」

「……流石に、向こうの人間なわけだしね。」

「フフ、お褒めの言葉ありがとうございます。ですが、ヨシュア様ほどではございませんよ。」

「いや、比較対象が間違ってるから……」

ラインフォルト家のメイド、シャロン・クルーガーの出迎えに三人は少し驚きつつも、彼女の案内でエレベーターに乗り込んだ。どうやら、ルーレにいることはそれとなく察していたらしく……そこに『執行者』たる風格は少しも衰えていない様であると感じた。尤も、その力の使い方を間違っているような気がするのはあえて口にしないが……

 

「そういえば、レオンハルト様もそちらの国の騎士になられたそうで……先日お会いになった際には驚かれておりました。ヨシュア様にもお会いしましたが。」

「……『執行者』ってこんな感じだったか?」

「私らも人の事は言えないけれどね……」

『守護騎士』と『執行者』……本質的に一癖あるような面々ばかりなのは、否定できないだけにアスベルとシルフィアは揃って苦笑を浮かべた。エレベーターは23階……会長室に案内された。シャロンに先導される形で中に入ると、三人にしてみれば“意外な光景”が目の前に映っていた。さほど書類は多くなく、今しがた休憩をしているこの会社の会長……イリーナ・ラインフォルトの姿があった。『原作』では仕事に集中する姿であったが……夫が生きていることから、それほどワーカーホリックということでもない様子であった。

 

「あら、シャロン。貴女の休暇は明日までの予定のはずだけれど?」

「その予定だったのですが、意外な来客がありましたので私が応対させていただいたのです。」

イリーナの言葉にシャロンは笑みを零しつつも答えた。どうやら、シャロンは休暇中に応対してくれたようだ。こういったところも自分らの知る知識ではなかったことだ。ただ、シャロンに関しては暇を持て余すぐらいに仕事をこなすだろうと思うので、彼女に至っては過労という言葉などないのだろうが。

 

「成程……リベールでは重鎮とも謳われるS級遊撃士三人が……確か、あの子は鉄鉱山の方に行っているのよね?」

「ええ…お呼び出しいたしますか?」

「もう少しで戻ってくるだろうし、無用よ……シャロン、客人にお茶でも出してあげて。」

「かしこまりました。」

そう言葉を交わした後、イリーナは立ち上がって三人の前に立った。

 

「さて、自己紹介がまだだったわね。ラインフォルト社の会長、イリーナ・ラインフォルトよ。不肖の娘が何かと世話になったみたいね。」

「いえ……アスベル・フォストレイトです。」

「シルフィア・セルナートと言います。」

「レイア・オルランドです。」

そう自己紹介をした後、四人はソファーに座った。シャロンがいつの間に用意していた紅茶と茶菓子を召し上がりつつ、会話をし始めた。

 

「にしても、娘の彼氏がこれほど立派な人間とは……粗相なことはしていないかしら?」

「それほど立派という訳では……まだまだ至らぬことが多いですよ。にしても、もう少し仕事人間という印象が強かったのですが。」

「そう言われても不思議ではないわね。でも、夫が頑張ってくれるおかげで私がしているのは決済の承認程度よ。それに、シャロンが何かと世話を焼いてくれるおかげで不自由していないから。」

副会長であり、イリーナの夫であるバッツ・ラインフォルト……そして、メイドであるシャロンがそれなりに仕事をこなしているため、彼女がしているのは決済の承認程度であり、他にも彼女を慕う部下がその仕事を精力的に行っている。やり手のキャリアウーマンという印象が強く感じられた。そして、厳しい表情ではなく少し柔らかくなったような感じであった。

 

「そう言えば、貴方達には何かと世話になったわね。よもや『ARCUS』の改良品を持ち帰ってきたときは私ですら面食らってしまったわ。それを見たシュミット博士も『ラッセルめ……』と唸っていたほどだし……あの高速鉄道といい、ZCFの技術力は末恐ろしいわ。」

「あはは……」

同業者に塩を贈られる形となったことに驚きを隠せなかったと呟くイリーナの言葉にレイアが苦笑を浮かべる。戦術オーブメント『ARCUS』……導力飛行艦『カレイジャス』……導力高速鉄道『ZXT』……帝国で見るZCFの技術力には脱帽ものであった。事実、エレボニアの技術者の卵とも言える学生たちはツァイス工科大学への留学希望が後を絶たない状況が続いている。そのため、その対応策の一環としてルーレ工科大学でツァイス工科大学の講義を受けられる『出張講義』……導力ネットの無線ブースターを中継して、ツァイス工科大学での講義を生中継という形で受けられる試みが始まっている。それでも尚ツァイス工科大学への希望者は後を絶たないのが現実であるため、『出張講義』枠の拡充を進めている。

 

ラインフォルト社自体もかなり様変わりしていた……

 

・鉄鋼/大型機械全般を扱う第一製作所

・銃器/戦車/兵器全般を取り扱う第二製作所

・導力列車/導力飛行船を取り扱う第三製作所

・導力通信技術(導力ネット含む)/戦術導力器(戦術オーブメント)を扱う第四開発部

 

その四つに加えられる形で、会長直轄で新たに二つの部署が立ち上がったのだ。その一つが第六開発部……次世代導力機関研究を専門に取り扱う部署。第一~第三製作所の兵器全般や、第四開発部の導力技術のフィードバックおよびそれらの課題解決のための研究を専門に行う部署。そしてもう一つは第七製作所。巡洋艦『カレイジャス』の整備を専門に取り扱う部署であり、そこで得たデータを基に、一部は第三製作所へのフィードバックも行われている。

 

「さて、貴方方がただ娘に会いに来たとも思えないけれど……」

「察しがいいですね……シルフィ。」

「うん……イリーナさん、こちらを。」

シルフィアが取り出したのは企画書……それに目を通すイリーナ……そして、イリーナは目を通し終えると……ため息を吐いた。

 

「……正直、ZCFにしては破格の条件ね。これを本気で?」

「ええ。ラッセル博士からは承認してもらっています。」

その企画書、『Lプロジェクト』という呼称のついた企画書の内容は……リベールで現在試験航行中の次世代型巡洋艦『ファルブラント級』。その七番艦の船体を無償でラインフォルト社に譲り渡すもの……流石に素材に関しては機密事項の部分も多いので船体の骨格部分に留められるが。

そして、その艦の開発はZCF・ラインフォルト社の共同開発、外部参画という形でエプスタイン財団とフュリッセラ技術工房が入ること……それの交換条件として提示したのは、『ARCUS』の後継機にZCFも開発に関わること。ラインフォルト社の導力車関連の技術提供、それと『魔導杖』の開発に関しても共同開発という形で参画すること。

 

「ちなみに、このプロジェクトの主導者はオリヴァルト皇子殿下です。資金に関しては大方問題は無いと思ってください。」

「……成程、『カレイジャス』と同様、皇室専用艦ということね。」

『百日戦役』で得た賠償金の一部、その後の経済発展で得た膨大な貯蓄金……しかも、『ファルブラント級』は開発ノウハウをZCFが持つために、それほど開発資金はかかっていない。そもそも『アルセイユ級』でかなりの実験データを蓄積しているというアドバンテージがここに生きてくるのだ。そしてIBCに頼らなくても自国の経済を成り立たせているリベールだからこそ成せる業であるが……そのことをエレボニアやカルバードは“時代遅れ”と称する人も中にはいる。

 

「皇室からの依頼ともなれば断る理由はないわね……この計画、賛同させていただくわ。」

「ありがとうございます。」

この帝国を包み込むであろう“焔”……その焔を飲み込み、駆逐するための“波”を起こすための翼。これで、ようやく全てのピースの仕込みが完了した。すると、扉が開き…イリーナと同じ金髪を持つ少女―――アリサの姿があった。

 

「お、アリサ。久しぶりだな。」

「ええ……母様、お邪魔だったかしら?」

アスベルの言葉に答えつつも、テーブルの上に乗っかっている物に気づき、イリーナに問いかけた。

 

「いえ、丁度終わった所よ。シャロン、この後の予定は空いていたかしら?」

「はい。旦那様も夕方には戻られると伺っておりますし……お三方も今日は是非お泊り下さい。」

「う~ん……お言葉に甘えちゃう?」

「まあ、急ぐわけではないし……それでいいかもね。」

「そうだな。」

当初の予定では二、三日以上の粘りを覚悟していただけにある意味拍子抜けではあったが……折角の好意を無碍にするわけにもいかず、三人は頷いた。

 

「ふふ♪ルドガー殿とまではいきませんが、腕によりをかけていただきますわね。」

「……アスベル。ルドガーって、エルモで会った彼?」

「ああ……アイツの料理はある意味『大量破壊兵器』……って、シルフィにレイア。何故俺を睨む。」

「むぅ………」

そんなことがありつつも、バッツが帰ってきたところで夕食と相成った。アリサが言うには、忙しいこともあって家族全員が食事を一緒にするのは週に二回程度であったが……それでも、温かい家族の印象がそれなりに感じられた。

 

『ふむ……アリサの彼氏にしては、中々の面構えだね。アリサのこと、末永く宜しくお願いするよ。色々気難しい子だけれど。』

『それには同意ね。アリサが迷惑をかけないか心配ね。』

『ふふ、アスベル様。アリサお嬢様の事、宜しくお願い致します。』

『父様に母様!!それにシャロン!!気が早いわよ!!』

『『『ははは……』』』

どうあれアリサの両親からはいい返事をすんなりもらえたことにアスベルは苦笑し、レイアとシルフィアも笑みを零した。そして……

 

「どうしてこうなった……」

「大方シャロンのせいね……」

大きめのベッドがアリサの部屋に置かれ、アスベル、アリサ、シルフィア、レイアの四人が寝るという事態にアスベルは理性が持つかどうか……いや、本気で理性を持たせようと心に決めた。翌日、何もなかったことにイリーナ、バッツ、シャロンが三人で『既成事実』云々を話していたことに、アスベルは本気で悪寒を感じた。それはさておくとして……アリサを加えた四人で一路ヘイムダルへ向かうこととなった。目的はショッピング……まぁ、言わずもがな女子の買い物は長い。そして、アスベルを除く三人がランジェリーショップに入ると、そこにいたのは……

 

「?」

「あれ、貴方は……」

「クレア大尉?」

「え……シルフィア・セルナートにレイア・オルランド!?」

私服姿のクレア・リーヴェルトの姿であった。私服姿に伊達眼鏡と帽子……それでも、面識のあるシルフィアとレイアにはすぐに解ったが。そして、彼女が持っていた下着を見てレイアは、

 

「え、それであの親父を誘惑するの?リノアさんと違ってそう言う趣味が……」

「違います。」

「えと、どちら様ですか?」

「クレア・リーヴェルト……鉄道憲兵隊大尉で“氷の乙女(アイスメイデン)”とか言われてる。」

「……見るからに、普通の女性という感じだけれど。」

どうやら、クレアは普通に私用で訪れているということを聞き、納得した。一方、クレアのことを知らないアリサはシルフィアに尋ねつつ、クレアの印象が少なくとも鉄道憲兵隊のイメージにはない感じということを印象付けていた。

 

「ところで、その……アスベル・フォストレイトはこの近くに?」

「ま、いるけれど…何かあった?」

「いえ……その、何と言いますか……」

何とも煮え切らない感じ……それを見たレイアは察し、クレアに問いかけた。

 

「ひょっとして、好きなの?」

「そういうわけではありません。彼には色々世話になっていますので……その、好みなどを……」

この場所で“好み”とか聞いている時点で、どう考えても好いているという感じが否めない……そのあたりをこの人物(クレア)は解っていっているのだろうか……そのやり取りを見て、シルフィアとアリサは揃ってため息を吐いた。

 

「はぁ……でも、アスベルって無意識的に口説かないわよね?」

「それはそうだね……そこら辺は気を付けているし。まぁ、その子の悩みを親身に聞くことが多かったし……その辺りが好意になってることが多いけれど。」

転生前でも、アスベル(輝)は恋愛相談を持ち掛けられることが多く、その悩みを聞くうちにアスベルに対して好意が向けられることが多く……シルフィア(詩穂)がそれに対して焼きもちを焼くことが多かったのも事実であった。

 

「まぁ、あの身なりで親身に相談されたら……私が言えた台詞じゃないけれど。」

「はは……お互いに苦労しそうだね。」

とはいえ、転生後は流石に自重しているのでそう言った機会が少なくなったことには安堵したものの……よもや、“氷の乙女”がその『被害』を受けたことには焼きもちを焼きたくなったシルフィアであった。その一方、レイアのセクハラ(?)を受けることになったクレアに店の中に居た一同は引き攣った表情を浮かべたのは言うまでもない。

 

「お、ようやく……って、クレア大尉まで……レイア、おしおき。」

「はうっ!?」

そして、店を出た四人を察してアスベルがレイアにチョップをかますという事態になったということも付け加えておく。とりあえず、そのお詫びも兼ねて五人で昼食を食べることとなり、ヴァンクール大通りの一角にある帝国風レストランに入った。男性一人に女性四人……不釣り合いな人数構成の一行には、周りの視線が集まるのも無理はない。それ以上に……遊撃士(星杯騎士/軍人)三、平民(ラインフォルト社の一族)一、軍人(『鉄血の子供達』)一……事情が知れるとヤバい面子しかいない。

 

「それで、クレア大尉は何でここに?」

「……レクターが、またおちょくったのですよ。」

「レクター?……ああ、あのお調子者ね。」

話を聞くに、レクターが『彼氏もいないなんて、余程の仕事バカだな。もう少し人生を楽しめよ。』と言ったらしく、それに腹が立って、休暇を出して今日一日は買い物で時間を潰そうとしていた時にシルフィアらと出会ったという。

 

「全く、余計なお世話ですよ……」

「(ねえ、ルーシーさん呼ぶ?)」

「(呼んだら飛んできそうで怖いんだが……)」

そう話していた時……外から聞こえてきた声。シルフィアがそれに気づいて窓の外を向くと……その姿と声は……

 

『げ、げえっ、ルーシー!?何でお前がここに!?』

『何でもいいじゃない……さて、レクター。少し……O☆HA☆NA☆SHIしましょうか?』

『待て、何でお前がそれを知ってやがるんだ!?』

『いいじゃないですか……優しくしますから。』

『いや、その言葉は………………アッー!!』

 

「………そっとしておこうかな。」

それを目撃したシルフィアは見なかったことにして、四人との会話に再び加わった。その中で、クレアのアスベルを見る目は……自身がアスベルを見る目にそっくりであったことを見抜き、苦笑を零しつつも……

 

「クレアさん、よかったら仲良くしましょう。これから先、一緒に行動することもあるかもしれませんし。」

「……そうですね。こちらも、宜しくお願いします。」

少なからずクレアはアスベルに対して好意を持っている……アスベルの一番のパートナーとして、というのもあるが……彼女自身の本心もあった。そうやって楽しい会話をし……クレアと別れて四人はルーレへの帰途についていた。すっかり疲れて眠っているアリサとレイアを見つつも、アスベルとシルフィアは互いに見つめ合って笑みを零した。

 

「アスベル……私は、何があってもアスベルの味方だからね。」

「ああ……俺もだよ。」

そうやって自然に重なる二人の唇……彼等の絆をささやかながら祝福するかのように、夕焼けの光が車窓に差し込んでいた。

 

 



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レイアの扉 ~変わりゆく勢力図~

 

~ヘイムダル ヴァンダール家~

 

アスベルとリィンに合流する前……仕事を終えたシルフィアとレイアはヴァンダール家にいた。その屋外演習場で得物を持っているのはレイアと……その反対側に立つ馬上槍を構える女性の姿。煌びやかに輝く銀色の長い髪を持つ女性の名はシルベリア・ステイルス。レイアとシルベリアの因縁……それは、レイアが『赤い星座』にいた時代……八年前に遡る。

 

帝国軍と『赤い星座』との戦闘……圧倒的実力を以て奇策を用いる猟兵団相手に正規軍はなす術もなく……

 

『…………』

『ぐっ………』

シルベリア自身もまた、自分の持つ槍よりも数倍の重さがあろうブレードライフル……並外れた膂力を持つわずか十歳の少女に完膚なきまでに叩きのめされた。この戦いで生き残ってしまったシルベリアは鍛練を重ねた……そして、自身が所属する第十二機甲師団の師団長にまでその実力を以て上り詰めたのだ。

 

だが、その少女との再会は思いがけないものであった。彼女は猟兵ではなく……シルベリアと同じ軍人。しかも、『百日戦役』で刃を交えたリベール王国軍……シルベリアは失望した。『何故あのような小国の軍人に』……そう思ったシルベリア。そして、彼女はレイアに対して手合わせを願った。そして今、こうして刃を交えることとなった。場所の関係でヴァンダール家の屋外演習場にいる。そして、シルベリアが問いかけた。

 

「レイア・オルランド……かつての牙を顰めたその真意……私が勝ったら聞かせてもらおう。」

「……はぁ。ま、いいよ。」

この手の人間はレイア自身も何度か刃を交えているだけにため息が出た。だが、もはや戦闘は不可避……レイアは息を整え、自分の得物である魔導突撃槍『レナス』を構える。それを見たシルベリアは、笑みを浮かべる。

 

「ほう……よもや、似たような得物とはな……そのような脆弱な槍で、勝てると……舐めないでもらおう!」

そう言って放つ闘気……その闘気を感じつつも、レイアは諦めたような表情を浮かべ、槍を構える。

 

「解ってないのはどっちなんだか……久々に、『少し本気』で行くよ。」

レイアもシルベリアと同じぐらいの闘気を解放し、槍を構えた。

 

「エレボニア帝国軍第十二機甲師団長……“鋼の槍聖”シルベリア・ステイルス、いざ、参ります!」

「リベール王国軍独立機動隊三席……“赤朱の槍聖”レイア・オルランド……いきます!」

互いに“槍聖”と謳われる者……その戦いが幕を開ける。同時に駆け出し、ラッシュをかけるのはシルベリア……だが、リーチ差をもろともせず、レイアは滑り込ませるように突きをシルベリアに向けるが、それらを弾き返すように振るう。見た目のリーチ差からすれば圧倒的にシルベリアが有利……だが、実戦経験が豊富なレイアにしてみれば、その攻撃すらも温いものと感じざるを得ない。

 

「ならば……こうするまでだ!」

シルベリアは地面を抉るように突きを繰りだし、土ぼこりを巻き上がらせる。これを見たレイアは咄嗟に下がる……その判断の虚を突くように、土埃の中から飛び出したのは土属性の槍―――『アースランス』であった。これを見たレイアはオーブメントを駆動させつつ、相手の出方を待った。だが、晴れていくその視界の先にシルベリアの姿はなかった。彼女は気配を探り……その殺気が迫る方角―――レイアの直上から迫りくるシルベリアを捉えた。

 

「………っ!!」

この状況では反撃もおろそかになる……レイアは回避に専念しつつも、すかさず切り込む。これにはシルベリアも上手く反応し……互いの得物がぶつかり合い、一進一退の状態へと変わる。

 

「……何と言うか、流石だな。“鋼の槍聖”とはよく言ったものだ。」

「本当ですね。」

それを傍から見ているミュラーとシルフィア。見るからにこの戦いは一進一退……だが、同じくこの戦いを見学していたセリカはレイアの違和感に疑問を感じていた。

 

「シルフィ、レイアの膂力的には加減しているように見えるけれど……」

「……おそらくは、相手に全力を出させるつもりです。その上で、自分も全力を出すのでしょうね。」

立場が変わったとはいえ、『相手の全力を、全力を以て叩き潰す』……『赤い星座』としての本質が彼女に根付いていることには傍から見ていたシルフィアが述べた率直な感想であった。

 

「あれで、全力ではないと?」

「ええ……見ていたらわかると思いますよ。」

ミュラーの言葉にそう言い切ったシルフィアの言葉を知るのは、この十分後であった。

 

「……(このままだと拙い……ならばっ)」

既に戦闘を開始してから七分……互いに一進一退……このままでは、自分がいずれ押し負ける……そう感じつつあったシルベリアは、一度距離を取り、構える。そして、己の出せる全力を以て……地面を蹴り飛ばすように踏み込み、人が知覚できる速さすら超える……『槍の聖女の再来』とも謳われた彼女が繰り出すSクラフト……神速の突撃槍『神技セイクリッドクロス』をレイアに向ける。未だに構えていないレイアの姿を捉えたシルベリアに笑みがこぼれた。

 

―――勝ったっ!

 

その一瞬の慢心を、レイアは逃さなかった。そこからさらに飛び退き、彼女も構える。そして……

 

「はあっ!!」

彼女の槍の切っ先に自分の槍の切っ先を合わせる……神業とも言えるその所業を………成し遂げた。だが、彼女はここから、更なる力を解放する。『レナス』が展開し、巨大な光の槍を顕現させる。そして……

 

「一閃必中………『神技グランドクロス』!!」

「きゃあああっ!?…くっ……」

“鋼の聖女”アリアンロードが使っていた技『神技グランドクロス』……先日の事変でその手ごたえをつかんだレイアと、最早絶技を超えたその技の冴えは誰が見ても『神技』の名に相応しいものとなっていた。その技をまともに受けたシルベリアは崩れ落ちるように倒れ、意識を手放した。

 

シルベリアが次に目を覚ましたのは、ヴァンダール家の屋敷……客室であった。傍にいたレイアの姿を見ると、シルベリアは謝罪の言葉を述べた。

 

「済まない……先程の言葉は非礼とも言うべきだったな……許してくれ。」

「ま、いいけどね。猟兵だったことは事実だし……今の私も、過去の私も、レイア・オルランドという人間には変わりないし。」

「……そうか。」

完敗という他なかった……シルベリアはレイアに先ほどの言葉が、自分の中で思っていたイメージを崩されたことに対する自分勝手な失望だと釈明した。それにはレイアも戸惑ったが、過去も今も……自分という人間は捨てていないのだと言葉を返した。

 

幼い頃から両親の愛情と戦場の血の匂い……相反する環境で育ってきたレイアにしてみれば、真っ当な生き方をしているシルベリアはまぶしいと感じるほどであった。そもそも、ある意味達観した生き方が出来ているのは、一度死んで転生しているという事実があるからなのかもしれないが……

 

ヴァンダール家を後にしたレイアはシルフィアと話しつつ……アスベルらとの合流地であるヘイムダル駅へと向かった。

 

この一ヶ月後……シルベリアは自ら師団長の座を降りた。そして……

 

「……行くのね。混迷の地に。」

「ええ。私はまだまだ視野が足りない……彼女との戦いで実感したことだから。」

最低限の荷物を持つシルベリアを私服姿のセリカが見送りに来ていた。シルベリアはこれから大陸各地を回り……今取り巻いている現状を見る……そのための旅であると、かつて同じ師団長であり、親友の間柄であるセリカだけに話した。

 

「元気で……気を付けてね。」

「セリカこそ……エレボニアのことは、貴女に任せます。」

シルベリアは大陸横断鉄道の車両に乗り込み、彼女を乗せた蒼の車両は静かに駅を離れていく。それを見届けたセリカは踵を返して、その場を後にした。そして、それと同じころ……

 

 

~レイストン要塞~

 

「クロスベルに、か。まぁ、シルフィが行くよりかはマシだろうけれど……」

「反論できないのが辛い……」

「しょうがないよ……」

レイアは今後の情勢を鑑み、先んじてクロスベル入りすることにした。ただ、あの地に関してはクロスベル大聖堂を預るエラルダ大司教が根っからの封聖省嫌いであり、星杯騎士がクロスベル入りすることを拒んでいる。幸いにも総長絡みの人間は身元が割れていないのでバレる可能性は低い。そう言った意味ではレイアの存在は非常に重要とも言える。

 

「まぁ、俺はクロスベルに直接行けない可能性が高いし、シルフィアは総長絡みがあるからバレる可能性が高いしな……守護騎士関連は流石にバレてないから、シルフィアをクロスベル入りさせることも考えてるけれど。」

「セシリアさんは?」

「それこそ一発でバレるでしょう……」

いろいろ面倒事は増えるが……これで『結社』が関わってきたら、あの大司教はそれでも『星杯騎士をクロスベル入りさせるのに反対』と言えるのだろうか。寧ろ、自身の責任はかえって増すだろうが。

 

レイア・オルランドはその後、ロレント支部からの応援という名目で遊撃士としてクロスベル入りすることになる。S級遊撃士という肩書を持ちうる彼女が助っ人に来たことに受付のミシェルは歓喜し、A級遊撃士であるアリオス・マクレインは複雑そうな表情でレイアを見ていた。クロスベルで働き始めてから二週間が過ぎたある日……寝泊まりしているアカシア荘の屋上から空を眺めていた。

 

「………ん?」

レイアはふと、一筋の流れ星を見た。それを見て何故だか不思議な感覚がしたが……その感覚に戸惑いつつも、明日の依頼のために部屋へと戻った。その彼女の感覚は、間違いではなかったと知ったのは……その一週間後。彼女の住まいを尋ねたのはなんとアスベル。意外とも思える来訪者にレイアは焦りつつも、中に招き入れた。

彼から話された内容……それは、

 

「え………本当なの?」

「そうらしい……ただ、死体は見つかっていないから生きている可能性はある……としか言えないな。」

「そっか……」

アスベルから聞かされたのは『赤い星座』と『西風の旅団』の団長同士の一騎打ち……その経緯は、互いの副団長が相手の団員に負傷させられたことから端を発したものであった。傍から聞けば第三者の疑いありと判断できるもの……だが、彼等は全面戦争的な戦いとなり、最終的には『西風の旅団』が辛くも勝利したが……その損害は大きいものとなった。

 

『西風の旅団』は団長であるレヴァイスと副団長のアルティエス、フィーや数名の幹部たちが生き残った程度で、他のメンバーについては生死不明の混乱状態であった。『赤い星座』は団長バルデル・副団長シルフェリティア共に行方不明……もう一人の副団長であるシグムントが暫定的に団長代行として『赤い星座』をまとめることとなった。そして……この戦いに関与しなかった『翡翠の刃』が突如その姿をくらましたという。

 

「捜索はこちらで内密にやっている……とはいえ、場所が場所だからな。」

彼等が衝突したのはアイゼンガルド連峰……過酷な条件のフィールドでの一騎打ちというのは流石にアスベルも凍り付いたのは言うまでもない。『翡翠の刃』が姿をくらました理由は解らないものの、心当たりはあった。それは、クロスベル……あの場所に関わるとなれば、いずれ姿を見せる可能性がある……アスベルはそう感じつつも、レイアの頭を撫でた。彼女は……涙を零して泣いていた。

 

「まったく、いつもは大胆不敵なくせに……変なところで泣き虫だな、レイアは。」

「だって……だってぇ………」

「……泣きたいときは泣いていい。それでこそ、人間なのだから。」

あんな人間でも、自分の両親なのだと……それを悲しむレイアをアスベルは慰めていた。

 

 

~アイゼンガルド連峰~

 

「バラバラになっちまったか……状況は?」

「『デューレヴェント』やそのクルーは無事ですが……こちらは被害甚大ですね。」

「そのようだな……生き残ってるのは?」

「戦いに出たのでは団長を入れて十名ほど……クルーを合わせても二十名ほどです。その他は生死が掴めていない状況です。」

レヴァイスは自身の団の状況を聞くと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。そして……思考すると、

 

「お前ら……もし、俺があの地で旗揚げすると聞いたら……ついてきてくれるか?」

「無論ですよ、あなた。」

「ん。勿論。」

彼の言葉に生き残った面々は頷き、それを見たレヴァイスは苦笑を零した。だが、これも一つの『道』なのだと……

 

「解った。マリクの奴に連絡を……『翡翠の刃』に合流する。」

そう呟いたレヴァイスの見つめる先は……南東の方角を向いていた。火種が燻る混迷の地……その戦いは、既に始まりの鐘を告げていた。

 

 

 

 




ちょっと早めのイベント消化も兼ねています。

関係ないですが、ライノの花とアルノール家のライゼのミドルネーム……ヴァンクール大通りとヴァンダール……何か関係がありそうですね(凄く邪推)。


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オリビエの扉 ~鉄血宰相への挑戦状~

やりたかったエピソードです。
自重は投げ捨てます(コラッ!)


―――リベル=アーク崩壊より1ヶ月後

 

グランセル城での祝賀会の後、エステル達を始めとする仲間達がそれぞれ王都を去った頃……帝国大使館にオリビエこと、オリヴァルト・ライゼ・アルノールの姿があった。

 

 

~エレボニア大使館・執務室~

 

「ま、まさか……あなた様がオリヴァルト皇子殿下であらせられたとは………」

執務室でオリビエと対面して座っているエレボニア大使――ダヴィルは驚いた表情でオリビエを見ていた。

 

「そう畏まることもあるまい。宮廷はおろか社交界にすら滅多に顔を出さない人間など、付き合ったところで出世の道が開けるわけでもない……正直言って、何のメリットにもなりはしないからね。」

驚いているダヴィルにオリビエは口元に笑みを浮かべて説明をした後、いつもの陽気な様子で答えた。皇族である手前に、皇族らしからぬ行動をしていたのは事実とでも言わんばかりに述べた。それにはダヴィルも苦笑を浮かべた。

 

「こ、これは……とんだお戯れを……」

「寧ろ、僕の方が大使の方に感謝すべきことが多いのさ。帝国の国民たる心がけを畏れ多くも有り難く頂戴したのだからね。」

「!そ、それはその……!」

笑いながら言ったオリビエの言葉を聞いたダヴィルはオリビエの正体を知らずに忠告していた過去を思い出し、顔を青褪めさせ、焦りながら言い訳を考えていた。焦るのも無理はない。庶子とはいえ、オリビエはれっきとした“皇族”の人間。しかも、ここは治外法権故に帝国の法律が適用される。皇族に対する無礼を働いたとなれば、『不敬罪』に問われてもおかしくない。

 

「……皇子、そのくらいで。大使殿に非は無いでしょう。この場合は素性を隠していた我々の責の問題です。」

ダヴィルの様子を見たオリビエの横に控えていたミュラーはオリビエの言葉を諌め、元々こちらの事情で身分を偽っていたことは大使ですら知らなかったことであり、知らなかった以上はそれを咎める権利などないのである……と静かな口調で言った。

 

「ミュ、ミュラー君……」

「確かに、ミュラー君のいうとおりだね。大使殿にはこの状況下で多岐にわたる仕事を無事こなしてくれた。帝国を与る皇族の一人として、礼を述べなければいけない。本当にご苦労であった、ダヴィル大使。」

「も、もったいないお言葉……殿下こそ、危険極まる視察、本当にお疲れ様でございました。」

「大したことではないのだがね。僕自身、周囲の状況を利用しただけに過ぎない。僕自身がこう言うのもなんだけれど、帝国男子たる気風とは程遠い形になってしまったことには反省すべきかな?」

ダヴィルの賞賛にオリビエは苦笑しながら答えた。ある意味自分のしていることは自分が宣戦布告した“あの御仁”に近しいことであり、今までの帝国人のイメージたる“質実剛健”を崩してしまうことに苦笑しても何ら不思議ではないだろう。

 

「失礼を承知で申し上げればそうかもしれません。ですが、これからの帝国を作り上げるには殿下のような柔軟な発想をお持ちの方が必要となるのかもしれませんな。帝国に改革を続けるかの“鉄血宰相”が執り行っているものとは別の……」

「大使………」

「おや、僕はてっきり大使が“鉄血宰相”の支持者であるとばかり思っていたのだが……貴族たる身として、肩身が狭くなる改革路線には反対なのかな?」

苦笑した後、目を伏せて呟いたダヴィルの言葉を聞いたミュラーはダヴィルから視線を外し、オリビエは意外そうな表情をして尋ねた。エレボニア帝国の大使を任ぜられている以上、帝国政府の信任……ひいては帝国政府代表である“かの人間”の信頼を得ている。貴族という身分からして政策に反対しているのかという問いかけに対してダヴィルは……

 

「私自身貴族とは言っても、しがない男爵位でしかありません。私個人としては宰相閣下の改革路線には賛成しておりますが……この国に私も影響されたのでしょう……閣下の進めている改革に対して時折怖さを感じることがあるのですよ。あのお方はエレボニア帝国という国を言った何処に導こうとしているのかと……」

「……なるほどね…………………」

その話を聞いたオリビエは真剣な表情で頷いた後、目を閉じて考え込んだ。

 

―――貴族と言えども一枚岩ではない。それを言えば、平民と言えども一枚岩ではない。なればこそ、僕がその隙をつく形での動きをやっていけるだけの『猶予』はまだ残されているようだ。

 

「……殿下?」

オリビエの様子を見たダヴィルは不思議そうな表情で尋ねた。

 

「いや、最後にこのような有意義な話が出来て良かった。大使殿には、今後も諸国の平和のために、尽力してもらえるとありがたい。できればエルザ大使(カルバード)ルーシー大使(レミフェリア)と協力してね。」

「……これは、殿下に一本取られましたな。確かに、不戦条約以降……『ノルド高原問題』や『クロスベル問題』は具体的な進展を見せ始めているようです。提唱したのが今や『三大国』の一角のリベールである以上、自分の役割は想像以上に大きい……そういう事ですな?」

オリビエの話を聞いたダヴィルは苦笑した後、真剣な表情で尋ねた。

 

「フッ、どうやら無用な心配だったようだね。これで心置きなく帝都に戻れるというものだ。」

「どうかお任せ下さい。わたくしも、今後の殿下のご活躍、楽しみにさせていただきますぞ。」

「ありがとう。」

その後オリビエはミュラーと共に退出して、自分が泊まっている部屋に戻った。

 

 

~エレボニア大使館 客室~

 

「しかし、改めて……リベール、恐るべしだね。今やエレボニアやカルバードと比肩するほどの大国にしてこの『力』……まさか、プライド高い帝国貴族からあのような言葉が聞けるとは僕自身も度肝を抜かされたよ。」

「ああ、俺も大使殿はもう少し頑迷な御仁と思ったのだがな。確かに、この空気には人を変える力があるようだ。」

この国の気質……人を変える力には、驚きを隠せない。エレボニアやカルバードと比肩しうる国力を持ちえながらも、そういった気風を保ち続けていることを一番実感しているのは、他でもないオリビエとミュラー自身でもあった。

 

「そういう君こそ、この国に来てから柔らかい表情をすることが多くなったじゃないか。」

「……いささか不本意ではあるがな。俺としては、お前にこの国の気品と節度を身に付けてほしかったのだがな……妙なところを際限なく伸ばしおって……」

「フフ………それも考えたけれど、僕の長所を殺してしまうのは忍びないしね。あの御仁に勝つためにはそれしかなかったというべきかもしれないけれど。」

ミュラーの言い分も解らなくはない。だが、彼がこの先戦おうとしている相手は……一筋縄ではない。

 

「それはさておくとして………段取りに変化は?」

「今の所は全て順調だ。宰相閣下は三日前に東部諸州の視察旅行に出発した。それと入れ違いに、お前は明日『アルセイユ』で帝都に帰還する。各方面への根回しも万全の状態だ。」

「フム……今のところ、妨害要素は何か動きを見せているかい?」

「情報局の四課が多少な。まあ、“放蕩皇子”の取るに足らない見世物だという風に受け取っているのだろう。」

「実際、その通りであるということは否定しようもないのだけれどね……」

ミュラーの説明を聞いて疲れた表情で頷いたオリビエだったが、静かな笑みを浮かべて言った。今までの知名度が低いというツケがここに帰って来たのは手痛いことであるが、それ以上に得たものも大きい。その足掛かりを一歩に“踊る”しかない。たとえ、今は単なる“道化”として見られようとも……ミュラーの答えを聞いたオリビエは頷いた後、窓の外を見て何かに気付いた。

 

「ほう………」

「なんだ、どうした?」

「いやなに……月が出ていただけさ。それも見事な満月だ。」

そして二人は窓から夜空を見上げた。

 

「リベールの月もこれで見納めか………少々惜しい気もするがな。」

「フフ、君にもようやく雅趣のなんたるかがわかってきたようだね。まあ、せいぜい頑張ってまた見に来れるようにしよう。お互い、生きている内にね。」

「フッ、そうだな。」

すると、窓がノックされた。

 

「―――皇子殿下。夜分遅くに失礼いたします。」

「(その声は……)入って来たまえ。」

「失礼します……よっと。」

「おや……」

オリビエはその声に気付いて窓を開け、入ってきたのは、リベール王国軍の制服を身に纏ったシオン・シュバルツだった。

 

「これは、シオン君。こんな夜分にくるとは……君の愛のベーゼならば、僕はいつでもオッケーだよ」

「ふざけるのも大概にしろ……で、どうかされたのですか?」

いつもの調子でしゃべるオリビエにミュラーは青筋を立てて怒りつつ、一息つくとシオンに問いかけた。すると、シオンは一息ついて二人に話した。

 

「ええ。オリヴァルト皇子……彼から『手筈は整った』との言伝を伝えるよう、言われました。」

「確かに承った……でも、それだけならば君自身が『お忍び』でここまで来ることはあるまい。」

「察しがいいな……明日、ギリアス・オズボーンがこちらに……グランセル城に来る。」

シオンは彼――アスベルからの伝言を伝えると、オリビエは静かに頷いた。そして、用事がそれだけではないことを察して問いかけると、シオンはいつもの口調で話した。

 

「なっ!?」

「ふむ……大方僕の宣戦布告をレクター君が伝えたところだろうね……となると、こちらの手の内や動きも彼の『子供達(アイアンブリード)』が掴んでいる、というわけかな。」

「ま、その通りかな。宰相はその後クロスベル入りして共同代表の一人……帝国派のハルトマン議長と非公式の会談をする予定だ。」

シオンから齎された情報に、ミュラーは驚き、オリビエは予測していたとはいえこうまで動きが早いことには驚きを隠せなかった。

 

「………俺らの動きをすべて読んでいたということか。」

「いや、宰相の頭脳だけじゃない。いかなる行動すらも予測できる“頭脳”…“氷の乙女(アイスメイデン)”が彼のバックにいるからね……ただ、こちらも彼女の妹である“水の叡智(アクアノーレッジ)”を味方に付けることができたのは、まさに僥倖という他ない。それに……彼らから『結社』との繋がりの『裏付け』も取れた。」

現在遊撃士であるラグナ、リーゼロッテ、リノアの存在……『鉄血の子供達』であった彼らが齎した情報と、ギルド帝国支部襲撃事件における『結社』の存在……そして、リベールの異変で姿を見せた『ジェスター猟兵団』――レーヴェ(ロランス)の存在。それらの情報はオリビエの決意をより一層固めるものであった。対外的には、レーヴェはエイフェリア島にいる。これは、オズボーンの来訪を予測しての事だ。

 

「あと、ラグナが帝国における火種を調べてくれた……『貴族派』というか『反革新派(テロリスト)』とも言うべき連中だが、早くても一年半……遅くても二年以内に動き出す可能性が高い。クロスベルあたりが動き出したら更に早まる可能性もある。」

「二年……」

「相当緊迫した状況……ということか。帝国そのものを火の海にでもするつもりなのかな、あの御仁は。いや、元帝国領を抱えたリベールも無関係ではない……そのための『アレ』ということらしいからね。」

「何で知ってるんだか……ま、それに関しては秘密にしておいてくれ……てなわけで、オリビエ。ちょっと芝居してもらうから。」

シオンの言葉にミュラーは首を傾げるが……オリビエはその真意を察して不敵な笑みを浮かべた。

 

「芝居……?」

「フフ、成程……君も顔に似合わずエグイ攻め方をするね。僕の見世物の『一人目』は“鉄血宰相”ギリアス・オズボーン、というわけだね。」

 

そして翌朝、オリビエとミュラーはグランセル城にて女王達に見送られようとしていた。そこに突如の来客……オズボーン宰相とレクターの姿であった。その後、オズボーンとオリビエは一対一で話し合い……彼の怪物ぶりをまざまざと見せつけられたオリビエであった。その一方、レクターはというと、ルーシーの手紙の意志を受け取ったクローゼのお仕置きがあったということは……当事者以外知らなかった。

 

 

~グランセル国際空港~

 

オリビエらに礼をし、国際線の定期船に乗り込む宰相とレクター……それを見つめるオリビエらがいた。

 

「……」

「目にしたのは初めてだが……ギリアス・オズボーン、確かに中々食えない人物だな。」

クローゼは複雑そうな表情で、シオンは彼の印象から『只者』ではないと率直に感じていた。あれが、リベールの北を治める『軍馬』の長なのだと……

 

「フフ……なかなかスリルがある相手だよ。それよりもシェラ君。わざわざ見送りだなんて済まなかったね。」

シェラザードの言葉を聞いたオリビエは口もとに笑みを浮かべた後、シェラザードを見た。

 

「ちょうど仕事で王都に用事があったついでよ。……その様子じゃ当分、会えなくなりそうな雰囲気だしね。」

「フッ、ボクの夢はあくまで、シェラ君みたいな美女と一緒に気ままな日々を送る事なんだがねぇ。」

正直、あの御仁を相手にするよりもシェラザード相手の方が楽であると言わんばかりにオリビエは呟いた。

 

「はいはい。それよりも先生、宰相の隣にいた『彼』は?」

「ほう、わかるか。」

「そりゃあ、今までそういったレベルの人たちと対峙してましたし……流石にアスベル達ほどではありませんが、腕は立つみたいですね。」

シェラザードはギリアスの隣に随行していた青年に気付き、カシウスに尋ねる。普通の歩きでも、その尋常ではない立ち振る舞いに気付いた弟子の成長にカシウスは感心し、シェラザードは苦笑して答えた。

 

「ああ、アイツはレクター・アランドール。帝国軍情報局の大尉で、二等書記官。何でも宰相の子飼いである『鉄血の子供達(アイアンブリード)』の一人だ。で、一時期ジェニス王立学園の学生だった。俺やクローゼの先輩だった人間だ。卒業直前に退学したが……」

「……」

「なっ!?」

「彼が学生として、か……流石は『鉄血宰相』の駒というべきかな。」

「つまりは、我々よりも先にリベール入りしていた、ということか。帝国独自の情報網をリベール国内に持つために。」

「成程…な。クーデターの件から『異変』のことを知られていたとしても不思議ではないな。(アイツらが言っていた『軍馬の尾』というのは、おそらくそれのことだろうな。)」

『鉄血の子供達』……要は、鉄血宰相の頭脳となり手となり足となり動く、鉄血宰相に忠誠を誓った忠実な駒……レクターもその『子供達』の一人である。シオンが話した内容にクローゼは苦々しい表情を浮かべ、ユリアは驚きを隠せず、オリビエやミュラーもレクターが学生としてリベールにいたことを知り、驚きを隠せない。カシウスだけは彼の素性を知っていただけにあまり驚いてはいなかった。

 

「………オリヴァルト皇子。先ほど、先輩から殿下への伝言を承りました。『踊り疲れた所を、怪物に呑み込まれないように気を付けろ』と。」

「やれやれ……まったく、宰相の訪問や会談といい、レクター君の事といい……『解っていたこと』とはいえ、ここまで攻められると、何かに目覚めそうな気がするよ。」

クローゼから伝えられたレクターの伝言にオリビエは溜息を吐いた後、酔いしれた表情になった。

 

「おい、オリビエ……」

「けれども……宰相がクロスベルに行ってくれるというなら、尚の事だね。こればかりは<五大名門>どころか“鉄血宰相”も『驚き』を隠せなさそうだ。この案を考えた『彼ら』の期待にぜひ応えないと。」

「何?」

「それってどういう……」

オリビエのある意味冗談めいた言葉にミュラーはため息をついて呟くが、彼から続いて出た言葉はミュラーのみならず周りの人間を驚かせた。

 

「ユリア大尉、出航したら一つお願いしたことがあるのだが、いいかね?」

「ええ。貴方の事でしょうから、大方『宣戦布告』ですね。」

「流石はオリヴァルト皇子ですね……ですが、それだけではありませんよ。」

オリビエの言葉を理解してユリアは頷くが、それに続く言葉が彼らの後ろから聞こえ、一同はそちらを見る。

 

「じょ、女王陛下!?」

「お祖母様!?なぜ、ここに!?それと、リシャール中佐!?」

「正確には“特務中佐”なのだが……それに、普段は一介の軍人だ。」

「お前が“一介”というと、語弊がある言い方でしかないが……」

「全くですよ。」

「“剣帝”に“琥珀の姫騎士”も随行されているとは……」

そこにいたのはアリシア女王とリシャール特務中佐の姿だった。その後ろには女王の護衛であるレーヴェとカリンの姿もあった。そこにいた面々を見て、カシウスは考え込む。国のトップである女王がここにいる意味……

 

「それよりも、クローゼ。留守中はお願いしますね。大方の事はシオンや“彼ら”に相談するとよいでしょう。」

「え、え?一体何処へ……」

「成程……これが、彼らの立てた『策』ですか。」

アリシアの言葉に戸惑うクローゼ、一方で彼女の発言の意図を理解し、カシウスは呟いた。

 

「流石はカシウス中将。『策』というよりは『プラン』とも言うべきものなのだが……僕は、知っての通り“鉄血宰相”に『宣戦布告』するわけなんだけれど、その土台を彼らは用意してくれたのさ。」

「土台?というか、俺もその話は初耳だぞ?」

「ゴメンね、ミュラー君。彼らに緘口されていたからね。で、アルセイユによる帰還もインパクトが高いけれど、彼らは僕を通してもっと凄いインパクトを彼にぶつけることにした。鉄血宰相には、クロスベルから帰還した後に知ってもらう予定さ。」

時代を一歩も二歩も先に行く“鉄血宰相”……その彼をも追い越して進み続ける“彼ら”は、オリビエにその打破となる『楔』を打ち込んでもらうため、一計を案じた。

かつてエレボニアが受けたリベールへの『代償』を想起させる『楔』……そして、彼らへのささやかな『逆襲』を込めた一撃を。

 

 

「深紅の翼、アルセイユ級Ⅳ番艦『カレイジャス』。以後はエレボニア皇家専用巡洋艦になる艦のお披露目ということさ。」

 

オリビエを乗せた『アルセイユ』はその後、宰相の乗る飛行艇に近付き……バラの花束を銃で撃つという“宣戦布告”……完璧なものなどありはしないということを行動で示したその行いに……宰相は笑った。そして、オリヴァルト皇子の“悪あがき”を楽しみにしているかのように、『アルセイユ』が飛び去った方向を見つめていた。

 

~半刻後 レグラム市 レグラム空港~

 

「お待ちしておりました、オリヴァルト皇子。それと、久しいなミュラー。叔父上は元気か?」

アルセイユが専用の停泊場に止まり、オリビエとミュラーが通路を渡ると一人の男性が出迎えをした。その人物はヴィクター・S・アルゼイド……レグラム州を治める当主にして、元はエレボニアでもヴァンダールの“剛剣”と二分するほどの武門の名家。袂を分かったとはいえ、二人がよく知る人物だ。

 

「ええ。相変わらずの頑固ぶりです。それと、もし会えたら『こちらは元気にやってる』と伝えてほしいと。」

「成程…僻地でもあの性格は変わらずか。それでこそゼクスらしいな。」

ゼンダー門に左遷されたゼクスのことを聞き、ヴィクターは笑みを零した。

 

「これはこれは、当主自ら出迎えとは……もしかして、カレイジャスのかい?」

「はい。女王陛下の要請により、一時的ではありますが『カレイジャス』の艦長を務めさせていただきます。」

「そうか。よろしく頼むよ。」

二人はヴィクターに案内され、カレイジャスに乗り込んだ。

 

「オリヴァルト皇子のこれからのご活躍、元帝国人として応援させていただきます。」

「“神速”に並ぶ“光の剣匠”に応援されたとならば、無下にはできないね。無論、彼らにも。」

 

 

――果たして、『道化』になりうるのはどちらなのかな?“鉄血宰相”ギリアス・オズボーン。

 

 

オリヴァルト皇子の帰還……それも、高速巡洋艦アルセイユ級一番艦『アルセイユ』とⅣ番艦『カレイジャス』……純白と深紅の翼の来航に帝国の国民は驚愕の表情を浮かべた。

 

だが、それだけではなかった。

 

アリシア女王からエレボニア皇室に対して“親交の証”という形で、『カレイジャス』をオリヴァルト皇子――ひいてはエレボニア皇室専用の巡洋艦として無償譲渡することが決まった。

 

更に、リベール王国の主であるアリシア女王の帝国来訪……百日戦役以降、帝国政府が難色を示していたが、リベールの異変の解決の立役者の一人であるオリヴァルト皇子が今回の帰還に合わせて来訪していただくという形で『仲介役』として全面に立ち、今回の来訪を実現させたのだ。

 

リベール王国女王アリシアⅡ世とエレボニア帝国皇帝ユーゲントⅢ世の『会談』……『百日戦役』以降、初めて実現した“三大国”……二国間の首脳会談をリベールの異変における立役者の一人であるオリヴァルト皇子仲介のもと実現させるという一大ニュースが帝国中はおろか西ゼムリア地方全体を駆け巡った。

 

だが、それだけではなかった。

 

会談の中で、互いにこれからの綿密な協力が不可欠であるという認識に達し、お互いの要請に全面承認する形で話は進んでいった。そのスピード承認の裏にはアスベル達が積極的に関わり、情報局や諜報機関をかわしつつ綿密なセッティングをしていたからに他ならない。それを可能としたのはシオンもといシュトレオンの存在所以だ。そして、アルフィン皇女に持たせた親書も一役買っていたのだ。ただ、導力技術に関しては一方的なものだとカルバード側が反発することも想定し、カレイジャスの無償譲渡および艦船の整備技術提供のみにとどめた。

 

リベール側から

『百日戦役後萎縮していた帝国領・元帝国領(サザーラント州・クロイツェン州南部)間での経済交流全面解禁』

『帝国鉄道網のレグラム・セントアーク方面行き復活(国際線化)、それに伴う経営や警備ノウハウの情報提供要請』

『元帝国領現自治州のリベール完全帰属』

『飛行船公社によるリベール=エレボニア直通定期便就航』

 

エレボニア側から

『貿易関税に関わる自由枠(0%枠)の設定』

『ツァイス工科大学の出張講義枠の拡充』

『リベール王国からトールズ士官学校、聖アストライア女学院、ルーレ工科大学含めその他教育機関への留学生呼び込みの協力』

『カレイジャスの皇家譲渡、整備などの技術をラインフォルト社に譲渡要請』

 

が要請され、その場で相互承認・即日調印を執り行った。これにより、レグラム自治州ならびにアルトハイム自治州はエレボニアがリベール王国領であるということを承認というお墨付きをもらい、リベール王国への完全併合を果たした。

その後の合同記者会見で『百日戦役の時と同様、リベールに領土的野心があるのでは』と聞いた帝国時報の記者に対し、皇帝自ら『百日戦役の時、リベールに領土的野心はなく、我々からの脅威を取り除くために反撃したに過ぎない。』とし、今回の要請もそれを示すものであるとした。さらに、皇帝と女王両陛下は、今回の会談が行われこのような実りのあるものにできたのは、ひとえに『事変』解決に対して積極的に動いたオリヴァルト皇子の尽力の賜物であると称賛した。

 

 

「オリビエ、『土台』とは聞いていたが……流石の俺でもこれは想定外だぞ。」

「……僕ですら驚いているよ。ここまで盛大にやってくれるとはね……でも、ここまでお膳立てしてもらったのならば、それを生かすのが僕の腕ってことさ。“放蕩皇子”……その初陣としてね。」

唖然としつつ呟くミュラーに、オリビエは苦笑しつつも不敵な笑みを浮かべ、自らが信じる道のための一歩を踏み出したのである。

 

 

オリヴァルト皇子はこれ以降、帝国内でも大々的な知名度と支持を得る形となり、とりわけ“庶子”という出自……それが功を奏する形で貴族と平民両方からの支持を集めることに成功する。その一環としてトールズ士官学校の『理事長』―――今までのようにお飾りではなく、皇家としての『実績』に裏打ちされた発言力を持つ『理事長』として、大胆な改革案を打ち出していくことになる。その中には、特科クラス<Ⅶ組>の設立、常任理事四名の選出、教育課程の抜本的見直し、そしてリベールからの留学生受け入れを積極的に推し進めていくこととなる。

 

一方、カルバード共和国はこの一報を聞き、翌年の女王生誕祭一か月前にロックスミス大統領自らが出向いて、アリシア女王との首脳会談を行う運びとなった。“三大国”であるリベールとエレボニアの首脳会談は、カルバードにとっても危機感を抱いていた。下手をすればクロスベルやノルド高原などの領有権をエレボニアと争う立場が危うくなる可能性すらあったためだ。

 

この動きもアスベルらの『予想の範疇』だった。飛び抜けた導力技術と圧倒的な航空戦力、さらには強化されてきた地上戦力を持ちうるリベールの動きは西ゼムリアにおいて無視できるものではないためだ。だが、これすらも彼らにとっては『序曲』でしかないことにエレボニアもカルバードも気付いていなかった……

 

 



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設定(SC終了時・『空』原作メンバー)

『―――強くなるって決めたからにはやり通す。それがあたしの道よ。』

“聖天の光に選ばれし剣聖の娘”エステル・ブライト

Estelle=Bright

年 齢:16(FC・SC)→17(3rd)→18(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:リベール王国ロレント市

武 器:棒(+太刀)

所 属:遊撃士協会ロレント支部(正遊撃士A級)

属 性:空・火

特 技:釣り

趣 味:スニーカー集め、菓子作り

苦 手:勉学

レベル:115(SC終了時)

武 器:『ヘイスティングス』(聖天光剣『レイジングアーク』)

<オーブメント>(ALTSCISⅡ)

○マスタークォーツ

 『メルフォース』(火属性・『フォース』上位版)

 ・開始6ターンSTR+25%

 ・敵一体倒すごとにCP+35

 ・ピンチ時、STR+25%

 ・Sクラフト使用時、防御耐性のある相手に対して防御貫通効果

○ライン

 Line1:4(空:1)

 Line2:3

 Line3:1(火:1)

<クラフト>

・攻撃

 『烈風輪』『雷光撃』『極・金剛撃』『地龍撃』

・補助

 『激励』自身中心/中円 CP+10、STR+25%

<Sクラフト>

 『洸龍無双撃』『桜花大極輪』『鳳凰烈破』

<EXクラフト>

 『聖天・鳳凰烈破』

 

 

『―――僕はもう逃げない。エステルのために強くなると、決めたのだから。』

“新たな道を模索する漆黒の牙”ヨシュア・ブライト

Joshua=Bright

年 齢:16(FC・SC)→17(3rd)→18(零・閃・碧)

性 別:男

出身地:エレボニア帝国ハーメル村

武 器:片刃剣二刀流

所 属:結社『身喰らう蛇』→遊撃士協会ロレント支部(正遊撃士A級)

属 性:時・地

特 技:ハーモニカ

趣 味:読書

苦 手:場の空気を読むこと

レベル:113(SC終了時)

武 器:『幻影竜牙』(刻時空剣『ブリューナク』)

<オーブメント>(ALTSCISⅡ)

○マスタークォーツ

 『サーベラス』(時属性・『レイヴン』上位版)

 ・開始7ターンSPD+50%

 ・ピンチ時、SPD+50%

 ・回避率+20%

○ライン

 Line1:4(時:1)

 Line2:2

 Line3:2(地:1)

<クラフト>

・攻撃

 『真・魔眼』『極・双連撃』『真・朧』『真・絶影』

・補助

 『麒麟功』自身/単体 SPD+50%、AGL+50%

<Sクラフト>

 『断骨剣』『漆黒の牙』『真・幻影奇襲』

<EXクラフト>

 『???』

 

 

『―――まったく、手のかかる妹ね。』

“陰陽の銀閃”シェラザード・ハーヴェイ

Scherazard=Harvey

年 齢:23(FC・SC)→24(3rd)→25(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:???(スラム街出身)

武 器:鞭

所 属:遊撃士協会ロレント支部(正遊撃士A級)

属 性:幻・風

特 技:占い

趣 味:酒盛り

苦 手:過去の話(ルシオラ絡み)

レベル:117(SC終了時)

<オーブメント>(ALTSCISⅡ)

○マスタークォーツ

 『アルティーグル』(風属性・『ミストラル』上位版)

 ・開始7ターンATS+50%

 ・ピンチ時、ATS+50%

 ・攻撃アーツ「クリティカル」発生確率40%

○ライン

 Line1:7(風:1、幻:1)

 Line2:1

<クラフト>

・攻撃

 『バインドウィップ』『シルフェンウィップ』『クインビュート』

 『フォックステイル』

・補助

 『ヘブンズキス』

<Sクラフト>

 『ジャッジメントカード』『カード・オブ・アルカナ』

<EXクラフト>

 『???』

 

 

『―――ぶっきらぼうだが、生憎俺に出来るのはこういうことぐらいなんでな。』

“紅蓮の重剣”アガット・クロスナー

Agate=Crosner

年 齢:24(FC・SC)→25(3rd)→26(零・閃・碧)

性 別:男

出身地:リベール王国ボース地方ラヴェンヌ村

武 器:大剣

所 属:遊撃士協会ボース支部(正遊撃士A級)

属 性:火・地

特 技:力仕事

趣 味:鍛練

苦 手:女性関連

レベル:119(SC終了時)

武 器:『レーヴァテイン』(砲炎撃剣『ブレイドカノン』)

<オーブメント>(ALTSCISⅡ)

○マスタークォーツ

 『グローリー』(火属性・『ブレイブ』上位版)

 ・開始7ターンSTR+50%

 ・ピンチ時、STR+50%

 ・攻撃・クラフト「クリティカル」発生確率35%

○ライン

 Line1:3(火:1)

 Line2:3(火:1)

 Line3:2(地:1)

<クラフト>

・攻撃

 『スパイラルエッジ』『フレイムスマッシュ』『ドラグナーエッジ』

 『グラウンド・バースト』

・補助

 『ドラゴニックレイジ』

<Sクラフト>

 『ファイナルブレイク』『ドラゴンダイブ』

<EXクラフト>

 『ヴォルカニックダイブ』

 

 

『―――シェラ先輩、この子お持ち帰りしていいですか!?』

“芯のブレない剣仙の孫娘”アネラス・エルフィード

Anelace=Elfead

年 齢:18(FC・SC)→19(3rd)→20(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:リベール王国ボース市

武 器:太刀

所 属:遊撃士協会ボース支部(正遊撃士C級)

属 性:空・風

特 技:剣術

趣 味:可愛いモノ集め(ぬいぐるみ)

苦 手:???

レベル:111(SC終了時)

<オーブメント>(ALTSCISⅡ)

○マスタークォーツ

 『ロゼフレイム』(火属性・『バーミリオン』上位版)

 ・HPが高いほど物理ダメージUP(最大2.5倍)

 ・一体倒すごとにHP1000回復

 ・攻撃・クラフト「炎傷」発生確率55%

○ライン

 Line1:2

 Line2:3(空:1)

 Line3:2

 Line4:1(風:1)

<クラフト>

・攻撃

 『蓮風閃』『八葉滅殺』『独楽舞踊』

 『裏疾風』『滝落(たきおとし)』

・補助

 『極・風花陣』

<Sクラフト>

 『極・洸破斬』『風神烈破』『竜牙絶閃』

<EXクラフト>

 『???』

 

 

『―――私ができることをただするだけです。でなければ、この名を名乗っている意味がありませんから。』

“白隼の後継者”クローディア・フォン・アウスレーゼ

Klaudia=von=Auslese

年 齢:16(FC・SC)→17(3rd)→18(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:リベール王国グランセル

武 器:レイピア

所 属:リベール王家(王太女)

属 性:水・空

特 技:菓子作り(特にパイ系やクッキー)

趣 味:食べ歩き

苦 手:???

レベル:110(SC終了時)

<オーブメント>(ALTSCISⅡ)

○マスタークォーツ

 『アクアリウム』(水属性・『ヲロチ』上位版)

 ・ランダムで物理ダメージアップ(最大1.5倍)

 ・ランダムで魔法ダメージアップ(最大3.0倍)

 ・通常攻撃・クラフトで「凍傷」発生確率50%

○ライン

 Line1:8(水:2、空:1)

<クラフト>

・攻撃

 『シュトゥルム』『ミラージュ・ストライク』

 『ランツェンレイター』『ミラージュ・スプラッシュ』

・補助

 『ケンプファー』

<Sクラフト>

 『リヒトクライス』『サンクタスノヴァ』『???』

<EXクラフト>

 『???』

 

 

『―――傍にいなくとも、私は殿下を支える。私の信ずるもののために。』

“隼の麗姫”ユリア・シュバルツ

Julia=Schwarz

年 齢:27(FC・SC)→28(3rd)→29(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:リベール王国グランセル

武 器:レイピア

所 属:王国軍王室親衛隊

属 性:空・地

特 技:変装(主にシスター服)

趣 味:読書

苦 手:追っかけ

レベル:116(SC終了時)

<オーブメント>(ALTSCISⅡ)

○マスタークォーツ

 『ブレイドナイツ』(空属性・『シュバリエ』上位版)

 ・HPが少ないほど物理ダメージアップ

  与ダメージ最大2倍

 ・敵を引き付ける 戦闘中90%の確率で発生

 ・ピンチ時に「STR・DEFアップ」

  5ターンの間、STR・DEF+50%

  HP20%以下で発動(戦闘中1度)

○ライン

 Line1:2

 Line2:4(空:1)

 Line3:1

 Line4:1(地:1)

<クラフト>

・攻撃

 『シュトゥルム』『ミラージュ・ストライク』

 『ランツェンレイター』『ミラージュ・ブレイク』

・補助

 『ミラージュベルク』『突撃号令』

<Sクラフト>

 『ペンタウァクライス』『???』

<EXクラフト>

 『???』

 

 

『―――今こそ、私は守らなければなるまい。その恩義に報いるためにも。』

“残影の剣聖”アラン・リシャール

Alan=Richard

年 齢:34(FC・SC)→35(3rd)→36(零・閃・碧)

性 別:男

出身地:リベール王国ルーアン市

武 器:太刀

所 属:王国軍情報部→独立機動隊『天上の隼』

属 性:火・時

特 技:剣術

趣 味:散歩、雑誌の定期購読

苦 手:盲信する人

レベル:120(SC終了時)

<オーブメント>(ALTSCISⅡ)

○マスタークォーツ

 『ダークグリント』(時属性・『レイヴン』上位版)

 ・通常攻撃・クラフトで「能力低下」

  発生確率100%(効果はランダム)

 ・攻撃アーツで「能力低下」

  発生確率25%(効果はランダム)

 ・通常攻撃・クラフトで「即死」

  発生確率25%

○ライン

 Line1:2(火:2)

 Line2:6(時:1)

<クラフト>

・攻撃

 『真・光連斬』『真・光輪斬』

 『真・光鬼斬』『真・光柳斬』

・補助

 『洸翼陣・改』

<Sクラフト>

 『残光破砕剣』『桜花残月』

<EXクラフト>

 『月天桜剣』

 

 

『―――私にできること……レンちゃんに追いつきたいって気持ちは嘘じゃないから……!』

“導力の申し子”ティータ・ラッセル

Tita=Russell

年 齢:12(FC・SC)→13(3rd)→14(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:リベール王国ツァイス市

武 器:導力砲

所 属:ツァイス中央工房

属 性:空・地

特 技:導力関連設備の整備

趣 味:温泉

苦 手:強引な人

レベル:130(SC終了時)

<オーブメント>(ALTIA)

○マスタークォーツ

 『ホーリー』(空属性・『エンブレム』上位版)

 ・HPが少ないほど、ダメージ軽減

  与ダメージ最大80%カット

 ・ドロップアイテム入手率アップ

  入手率+100%

 ・ドロップアイテム増加

  入手アイテム数4倍

○ライン

 Line1:2(地:1)

 Line2:5(空:2)

 Line3:2

 Line4:3(空:1)

<クラフト>

・攻撃

 『クラスターカノン』『スモークカノン』

 『メルトカノン』『サーチカノン』

・補助

 『バイタルカノン』

<Sクラフト>

 『カノンインパルス改』『サテライトキャノン』

<EXクラフト>

 『オーバルギア-CODE:AAL-』

 

 

『―――ならば僕は、せいぜい華々しく踊らせてもらおう。付いてこれるかな?』

“放蕩皇子”オリヴァルト・ライゼ・アルノール

Olivert=Reise=Arnor

年 齢:25(FC・SC)→26(3rd)→27(零・閃・碧)

性 別:男

出身地:エレボニア帝国

武 器:導力砲

所 属:エレボニア皇家(皇子、継承権なし)

属 性:空・風

特 技:楽器演奏全般

趣 味:旅行

苦 手:酒豪の人

レベル:122(SC終了時)

<オーブメント>(ARCUS)

○マスタークォーツ

 『ラクシュミ』(空属性・『メビウス』上位版)

 ・回復アイテム・回復クラフトの効果アップ

  HP・EP回復量2倍(戦闘中のみ)

 ・アイテムの射程距離アップ

  RNG+8

 ・回復クラフトと補助クラフトの範囲上昇

  範囲+3

 ・回復アイテムの効果が範囲化

 ・回復のSクラフト消費CPが1/2となる。

範囲・円M

○ライン

 Line1:1(風:1)

 Line2:7(空:1)

<クラフト>

・攻撃

 『ハウリングバレット』『シューティングレイン』

 『スナイプショット』『クイックドロウ』

・補助

 『ハッピートリガー』

<Sクラフト>

 『ハピネスシンフォニー』『レクイエムハーツ』

 『コンチェルトミラー』

<EXクラフト>

 『グランドフィナーレ』

 

 

『―――まったく、貴様という奴は毎度ながら……!!』

“皇子が最も信頼する親友”ミュラー・ヴァンダール

Muller=Vander

年 齢:28(FC・SC)→29(3rd)→30(零・閃・碧)

性 別:男

出身地:エレボニア帝国

武 器:大剣

所 属:帝国正規軍第七機甲師団(少佐)

属 性:水・時

特 技:簀巻き

趣 味:剣術の鍛錬

苦 手:皇子の非常識な行動

レベル:130(SC終了時)

<オーブメント>(ARCUS)

○マスタークォーツ

 『シヴァ』(水属性・『セプター』上位版)

 ・こちらからの与ダメージのHP・EP30%分回復

  『治癒』装備でHP回復40%に上昇

 ・通常攻撃・クラフト・攻撃アーツでセピス入手100%

 ・経験値アップ 経験値入手量1.35倍

範囲・円M

○ライン

 Line1:2

 Line2:3(水:1)

 Line3:2

 Line4:3(時:1)

<クラフト>

・攻撃

 『ガイアブレイク』『ブレードダンサー』

 『ハウンドゲイル』『ラグナバインド』

・補助

 『ミラージュエッジ』

<Sクラフト>

 『真・破邪顕正』『破邪断洸剣』

<EXクラフト>

 『???』

 

 

『―――いや、まだまだ修行の身さ。』

“泰斗を継ぐもの”ジン・ヴァセック

Zin=Vathek

年 齢:30(FC・SC)→31(3rd)→32(零・閃・碧)

性 別:男

出身地:カルバード共和国

武 器:格闘

所 属:遊撃士協会共和国支部(正遊撃士A級)

属 性:地・幻

特 技:武術

趣 味:酒

苦 手:妙齢の女性、キリカ

レベル:133(SC終了時)

<オーブメント>(????)

○マスタークォーツ

 『タウロス』(地属性)

 ・通常攻撃のダメージアップ

  与ダメージ2.5倍

  遅延+25

 ・命中率アップ

  命中率+100%

 ・通常攻撃・クラフトが「クリティカル」

  発生確率15%

○ライン

 Line1:2

 Line2:1(幻:1)

 Line3:1

 Line4:2(地:1)

<クラフト>

・攻撃

 『極・月華掌』『極・雷神脚』

 『極・龍閃脚』『極・雷神掌』

 『絶招・泰山玄武靠』

・補助

 『挑発』『極・養命功』『真・龍神功』

<Sクラフト>

 『絶招・泰炎朱雀靠』

 『絶招・泰河青龍靠』

<EXクラフト>

 『絶招・泰斗麒麟靠』

 

 

『―――オレ、和み系目指してんねん。』

“謎多き神父”ケビン・グラハム

Kevin=Graham

年 齢:21(FC・SC)→22(3rd)→23(零・閃・碧)

性 別:男

出身地:???

武 器:ボウガン

所 属:七耀教会星杯騎士団(守護騎士第五位)

属 性:時・空

特 技:素敵トーク(公式設定)

趣 味:釣り

苦 手:アイン・セルナート総長

レベル:105(SC終了時)

<オーブメント>(ALTIA-ZERO)

○マスタークォーツ

 『ムラクモ』(時属性)

 ・通常攻撃・クラフトが「クリティカル」

  発生確率20%

 ・命中率アップ

  命中率+100%

 ・「クリティカル」のダメージアップ

  ダメージ量2.25倍(通常1.5倍)

○ライン

 Line1:3

 Line2:4(時:2)

 Line3:2

 Line4:3(空:1)

<クラフト>

・攻撃

『デスパニッシャー』『クロスギアレイジ』

・補助

『サクリファイスアロー』『セイクリッドブレス』

『チェインスフィア』

<Sクラフト>

『グラールスフィア』『????』『????』

<EXクラフト>

『?????』

 

 

『―――全ての道は食に通ず。女神も聖典でそう仰っている。』

“腹ペコシスター”リース・アルジェント

 

年 齢:17(FC・SC)→18(3rd)→19(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:???

武 器:法剣

所 属:七耀教会星杯騎士団(守護騎士第五位付従騎士)

属 性:幻・空

特 技:大食い

趣 味:食べること全般、教会の聖典を読むこと

苦 手:特にない

レベル:102(SC終了時)

<オーブメント>(ALTIA-ZERO)

○マスタークォーツ

 『パンドラ』(幻属性)

 ・攻撃アーツのダメージアップ

  与ダメージ2倍

  消費EP1.25倍

 ・アーツの範囲がアップ

  範囲+2

 ・幻属性発動後の硬直時間減少

  硬直時間50%カット

○ライン

 Line1:5

 Line2:4(幻:1)

 Line3:1

 Line4:2(空:1)

<クラフト>

・攻撃

 『インフィニティスパロー』『アークフェンサー』

・補助

 『ホーリーブレス』

<Sクラフト>

 『ヘヴンストライク』『ヘヴンスフィア』

<EXクラフト>

 『???』

 

 

『―――言っておくけれど、やるからにはきっちり手伝うんだからね!』

“負けん気の強い元空賊の子”ジョゼット・カプア

Josette=Capua

年 齢:16(FC・SC)→17(3rd)→18(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:エレボニア帝国北部

武 器:導力銃

所 属:運送会社『カプア特急便』社員(経理・営業担当)

属 性:地・火

特 技:算術、猫かぶり

趣 味:???

苦 手:エステル・ブライト(天敵)

レベル:105(SC終了時)

<オーブメント>(????)

○マスタークォーツ

 『ジャグラー』(地属性)

 ・通常攻撃・クラフトで「状態異常」

  発生確率90%(効果はランダム)

 ・攻撃アーツで「状態異常」

  発生確率20%(効果はランダム)

 ・通常攻撃・クラフトで「悪夢」

  発生確率50%

○ライン

 Line1:3(地:1)

 Line2:3(火:1)

<クラフト>

・攻撃

 『アンカーフレイル』『スタンビート』

 『オーバルボム』『フラッシュバレット』

・補助

 『ギミックハンド』

<Sクラフト>

 『ワイルドキャット』

<EXクラフト>

 『???』

 

 

『―――ウフフ♪面白そうだから手伝ってあげるわね。』

“無邪気な殲滅天使”レン・ヘイワース

Lenne=Hayworth

年 齢:11(FC・SC)→12(3rd)→13(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:カルバード共和国

武 器:大鎌

所 属:結社『身喰らう蛇』(No.ⅩⅤ“殲滅天使”)

属 性:なし

特 技:情報収集

趣 味:遊び

苦 手:エオリア、アネラス

レベル:120(SC終了時)

<オーブメント>(ARCUS)

○マスタークォーツ

 『マギウス』(幻属性)

 ・HPがすくないほど魔法ダメージアップ

  与ダメージ最大2倍

 ・アーツの範囲がアップ

  範囲+2

 ・ピンチ時に「ATS・ADFアップ」

  5ターンの間、ATS・ADF+25%

  HP20%以下で発動(戦闘中1度)

○ライン

 Line1:8

<クラフト>

・攻撃

 『カラミティスロウ』『ブラッドサークル』

・補助

 『???』

<Sクラフト>

 『レ・ラナンデス』『???』

<EXクラフト>

 『???』

 

 




国別・組織別だと色々差が出てきます。特にオーブメント絡み。
その辺りをカバーできるだけの補正は組む予定です。


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設定(SC終了時・オリキャラメンバー)

ちょっとネタバレありです。


『―――俺にだって、負けたくないものがある。そのためならば、“覚悟”はある。』

<御神と八葉……相反する剣を持つ彼が見据えるものは道半ば>

“紫炎の剣聖”アスベル・フォストレイト(転生前:四条輝)

Asbel=Fostraite

年 齢:18(FC・SC)→19(3rd)→20(零・閃・碧)

性 別:男

出身地:リベール王国ロレント市

武 器:太刀/小太刀二刀流(+暗器系)

所 属:遊撃士協会ロレント支部/リベール王国軍独立機動隊『天上の隼』/七耀教会星杯騎士団

   →???

外 見:アスベル・ラント(TOG、TOGf CV:櫻井孝宏<クロウと同じ>)

属 性:時・火

特 技:剣術全般、暗器系の扱い、菓子作り

趣 味:剣術の研究、釣り

苦 手:怠けること

レベル:165(SC終了時)

百日戦役を食い止めた功労者の一人。『転生者』。百日戦役時に<聖痕>を発現し、星杯騎士団『守護騎士』第三位“京紫の瞬光”を名乗る。紫苑の家事件後、遊撃士協会に所属しS級正遊撃士となる。転生前に習っていた小太刀二刀流の古武術『御神流』、ユン・カーファイより教わった武術『八葉一刀流』を使いこなす。『理』と『修羅』の両面に到達した数少ない人物である。恋愛事に関しては周りよりも鋭く(周りが鈍すぎた反動もあるが)、今のところパートナーになっているのはシルフィア、レイア、アリサの三人。

<聖痕>が取り込んだアーティファクトは『天壌の劫火<アラストール>』。完全開放すると、辺り一帯を何もなき灰塵へと帰す程の超然たる火力を誇る。ミストヴァルトで眠らされ、時の至宝<クロスクロイツ>(と思しきもの)を完全に発現した。リベール王国軍ではNo.2の地位である中将の階級を持つが、あくまでも非常時における役割だと割り切っている。

彼の作る菓子類は女性陣曰く『兵器』であるが、本人は否定している。

戦 技:

<攻撃>

一の型“烈火”極式『素戔嗚』

二の型“疾風”極式『瞬諷』

三の型“流水”極式『蒼氷顕刃斬』

四の型“空蝉”極式『瞬凰剣』

五の型“残月”極式『天神絢爛』

六の型“蛟竜”極式『雪燕』

七の型“夢幻”極式『夢現之舞(ゆめうつつのまい)』

八の型“無手”極式『震天空』

<補助>

『凄龍功』   自身/CP20 4ターンの間、自身のSTRおよびSPD+50%

『号令』    円M/CP30 3ターンの間、自身を含む範囲内(中円)のCP+20、およびSTR・ATS+25%

『天壌の加護』 自身/CP35 6ターンの間、CP+30の効力を得る。

Sクラ:終の型“破天”極式『天十六夜』、『斬空刃無塵衝―九十九之神―』、『閃・月牙天衝』

EXクラ:『?????』

 

 

『―――全く、アスベルったら相変わらず突っ走るんだから。』

<星杯騎士団屈指の騎士は、共に生きると決めた彼のために献身する>

“霧奏の狙撃手”シルフィア・セルナート(転生前:朱鷺坂詩穂)

Sylphya=Selnert

年 齢:18(FC・SC)→19(3rd)→20(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:???

武 器:法剣・短剣

所 属:遊撃士協会ロレント支部/リベール王国軍独立機動隊『天上の隼』/七耀教会星杯騎士団

   →???

外 見:シェリア・バーンズ(TOG、TOGf CV:河原木志穂)

属 性:空・地

特 技:空手、合気道、柔術

趣 味:旅行

苦 手:義姉(アイン)の面倒事

レベル:160(SC終了時)

百日戦役を食い止めた功労者の一人。『転生者』。星杯騎士団『守護騎士』第七位“銀隼の射手”を名乗る。

紫苑の家事件後、遊撃士に所属しS級正遊撃士となる。アスベルとは公私にわたるパートナーとも言える間柄であり、言葉を交わさなくとも、互いの思いを汲み取れるほどの以心伝心っぷりを発揮することも。家事は一通りこなせるが、アスベルに対して嫉妬の感情を向けることがある。武術にも秀でており、無手での攻撃力もそれなりにある(本人談)<聖痕>が取り込んだアーティファクトは『氷霧の騎士<ライン・ヴァイスリッター>』。見えない無数の刃による斬撃はあらゆる敵を一掃する。

戦 技:

<攻撃>

『インフィニティ・スパロー』『アークフェンサー・トリノ』『スカーレット・スマッシュ』

<補助>

『ホーリーベル』  円L/CP40 範囲内の味方のHPをMAXHPの25%分回復する。

『ディフェクター』 円S/CP20 範囲内の敵を解析する。

『氷霧の加護』   単体/CP40 DEF+25%、一度だけ物理攻撃を完全防御する。

Sクラ:『百花繚乱』『トリリオン・ドライブ』『?????』

EXクラ:『聖天・百花繚乱』

 

 

『―――不幸だ。』

<白隼の忘れ形見は、静かに羽ばたく時を待つ>

“紅氷の隼”シオン・シュバルツ(シュトレオン・フォン・アウスレーゼ)

(転生前:逢須拓弥)

Schion=Schwarz/Schtrion=von=Auslese

年 齢:16(FC・SC)→17(3rd)→18(零・閃・碧)

性 別:男

出身地:リベール王国グランセル

武 器:レイピア

所 属:遊撃士協会グランセル支部/王室親衛隊→???

外 見:シン・アスカ(SEED DESTINY CV:鈴村健一)

属 性:水・幻

特 技:レイピア

趣 味:読書

苦 手:カシウス・ブライト

レベル:156(SC終了時)

百日戦役を食い止めた功労者の一人。『転生者』。十代という若さでありながら王室親衛隊大隊長を務め、『紅氷の隼』の異名で呼ばれる。遊撃士も兼任しており、A級正遊撃士の肩書も持っている。料理の腕前はそこそこで、(クローゼたちのとばっちりではあるが)家事も一通りこなせる。

十代にして『理』に到達した『神童』であり、王家の中でも一番の実力者。1194年に起きた帝国での事件後容姿が変わっており、ユリアの義理の弟として育てられた。恋愛事に関しては次期女王であるクローゼ、婚約者的存在であるアルフィン、同じ遊撃士のエオリアから想いを寄せられていて、頭を悩ませている。

戦技:

<攻撃>

『ミラージュ・ラッシュ』『ミラージュ・ストライク』『ランツェンレイター』

<補助>

『突撃号令』円L/CP20 自身を含む範囲内の味方は3ターンの間、SPD・MOV+25%

『麒麟功』 自身/CP25 4ターンの間、自身のSTRおよびSPD+50%

『紅翼陣』 自身/CP45 6ターンの間、CP+30の効力を得る。更に3ターンの間、STR・DEF+25%

Sクラ:『サンクタス・エクスキューション』『?????』

EXクラ:『アカシック・ノヴァ』

 

 

『―――とりあえず、星になっとく?』

<“槍の聖女”の力と“闘神”の血筋を引く、『赤い星座』屈指の星杯騎士>

“赤朱の槍聖”レイア・オルランド(転生前:紺野沙織)

Leia=Orlando

年 齢:17(FC・SC)→18(3rd)→19(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:不明

武 器:突撃槍(イメージ的には、武○錬金のサンライトハートⅡ)/ブレードライフル/棒

所 属:遊撃士協会ロレント支部/リベール王国軍独立機動隊『天上の隼』/七耀教会星杯騎士団

外 見:レイア・ロランド(TOX、TOX2 CV:早見沙織<エマと同じ>)。

属 性:風・空

特 技:力仕事

趣 味:登山

苦 手:細かい作業

レベル:158(SC終了時)

元は猟兵団『赤い星座』の一人。『転生者』。団長バルデルと副団長シルフェリティアの娘で、ランディを兄に持つ。クーデター事件後カシウスが軍に戻ったため、それと入れ替わる形で6人目のS級遊撃士となる。猟兵仕込みの戦闘技術と星杯騎士・遊撃士の事件解決能力は髄一で、現在いる猟兵の中でもトップクラスの人間。その外見からは予想もできない常識外れた膂力でブレードライフルを軽々と振り回す。クーデター事件後、得物をツインスタンハルバードから突撃槍に変え、自らの異名も母の異名から『赤朱の槍聖』と名乗るようになる。理由は不明だが、『槍の聖女』を想起させるような闘気を放つことがある。

戦 技:

<攻撃>

『アルティウムセイバー』『シュトルムランツァー』『アングリアハンマー』(槍使用時)

『雷光撃』『活心撃・神楽』『旋風撃』(棒使用時)

<補助>

『リインフォース』『ウォークライ』

Sクラ:『絶技グランドクロス』『ニーベルング・ベルゼルガー』

EXクラ:『絶技エアレイド・グランドクロス』『活心撃・神雷』

 

 

『―――今の俺は“義の猟兵”。その名も資格も、昔に捨て去ったものだ。』

<全てを捨てた彼が至った境地は、全てを変えるための意志に>

“驚天の旅人”マリク・スヴェンド/リューヴェンシス・アルバレア

(転生前:獅童智和)

Malik=Svend/Ruevensys=Alberea

年 齢:30(FC・SC)→31(3rd)→32(零・閃・碧)

性 別:男

出身地:エレボニア帝国クロイツェン州バリアハート

武 器:飛刃/騎士剣

所 属:猟兵団『翡翠の刃』

外 見:マリク・シザース(TOG、TOGf CV:東地宏樹)

属 性:火・水

特 技:裁縫

趣 味:狩り

苦 手:アルバレア公爵(寧ろ嫌っている)

レベル:151(SC終了時)

百日戦役を食い止めた功労者の一人。『転生者』。猟兵では変わり者と言える『義の猟兵』と自負し、その実力は“闘神”や“猟兵王”に引けを取らない。本人曰く転生前はただのリーマンだったらしいが、その指揮能力や人を引き付けるカリスマはどう見てもただの猟兵とは思えないほどの力を持っている。近接戦闘のカバーをするために護身程度ではあるが騎士剣を使うこともある。猟兵団『翡翠の刃』の団長を務め、他の猟兵団にはない“遊撃士との共存”をはかっている。

マリクは元々アルバレア家に生まれ、アルバレア公爵の弟にあたる。本名は『リューヴェンシス・アルバレア』であり、次期当主として呼び声が高かった。だが、恋仲にあった恋人を兄に奪われ、それが元で喧嘩別れをし、『奪ったからには幸せにしないと俺がお前を殺す』と言い放って家を飛び出し、その過程で自分の師と出会い、猟兵の道を歩むこととなった。

戦 技:

<攻撃>

『旋の炎』『漆の玄』『クイックトリック』

<補助>

『ライトニングオーダー』 円M/CP40 1ターンだけ自信を含む味方のSTR・DEF・ATS・ADF+50%

Sクラ:『エターナル・セレナーデ』『カラミティ・ロンド』『マリクビーム』

 

 

『―――揃いも揃っておかしいだろ!』

<生まれ変わろうとも、苦労人の性はもはや不可避のものに>

“神羅”ルドガー・ローゼスレイヴ (転生前:神楽坂悠一)

Ludger=Rosesrave

年 齢:18(FC・SC)→19(3rd)→20(零・閃・碧)

性 別:男

出身地:不明

武 器:双剣/導力銃/鎚

所 属:結社『身喰らう蛇』

外 見:ルドガー・ウィル・クルスニク(TOX2 CV:近藤隆)

属 性:時・幻

特 技:家事全般

趣 味:料理の研究

苦 手:現在の上司・部下全般

レベル:170(SC終了時)

転生前のアスベル、シルフィア、レイアと幼馴染だった人間。<結社>の人間として転生した。アリアンロード直々の特訓(ルドガー本人曰く『地獄の日々』)を受け続け、気が付けば『使徒』第一柱“神羅”になっていたらしい。現在は主に<執行者>No.Ⅰ“調停”として執行者の育成を担当している。レンに惚れられ、一方的に婚約者扱いされていることに頭を悩ませている。更には、第二柱“蒼の深淵”ヴィータ・クロチルダや、第七柱“鋼の聖女”アリアンロードにも惚れられている。今一番欲しいのは平穏らしい。『福音計画』終了時に『執行者』としての任を解かれ、『使徒』として動くことになるのだが……

戦 技:

<攻撃>

『極・朧』 『極・双連撃』 『極・魔眼』 『極・絶影』

Sクラ:『真・幻影乱舞』 『魔神剣・刹牙』

EXクラ:『?????』

 

 

『―――それじゃあ……いきましょうか。』

<剛剣を振るいし“神速”の継承者>

“黒鋼の剣士”セリカ・ヴァンダール(転生前:初野那々美)

Celica=Vander

年 齢:15(FC・SC)→16(3rd)→17(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:エレボニア帝国

武 器:大剣/格闘

所 属:帝国正規軍第四機甲師団(師団長)/七耀教会星杯騎士団(第四位付正騎士)

外 見:ジークリンデ・エレミア(なのはVivid イメージCV:水樹奈々)

属 性:水・時

特 技:ハリセン投げ(ツッコミ用)

趣 味:ランニング

苦 手:スケジュールだけに縛られること

レベル:145(SC終了時)

十代にしてエレボニア帝国軍第四機甲師団長に抜擢された神童とも謳われる人物。皇帝や皇妃からの信頼が篤く、年が近いセドリックやアルフィンとは兄弟姉妹のような付き合いをしている。実の兄であるミュラーとは年が離れているが、兄妹仲は良い。時折空気を読んでは(?)奇想天外な行動をすることがあり、オリビエの悪ノリに付き合うこともある。オリビエのボケがあまりひどくなるとストッパーに回り、どこに隠しているのか解らないがハリセンをかます。ヴァンダール流の使い手であり、ミュラーに勝るとも劣らない実力を有する。星杯騎士としての裏の顔を持っており、その場合は格闘術を駆使して敵を圧倒する。

戦 技:

<攻撃>

『アルカトラズ・ダンス』『ヴォルテクス・バインド』『ハウンドファング』『断崖斬』(大剣)

『ゼロ・インパクト』『スパイラル・ラッシュ』『サンダーボルト・スパイク』(格闘)

<補助>

『青龍陣』(アンゼリカの『ドラゴンブースト』に準ずる)

Sクラ:『真・破邪顕正』 『????』

EXクラ:『?????』

 

 

『―――その言い分も驚きも納得できる。事実だがな。』

<“闇”を知る彼が目指すは、“光”の異名を持つ自らの父親の極致>

“黒雷の銃剣士”スコール・S・アルゼイド

Squall=S=Arseid

年 齢:20(FC・SC)→21(3rd)→22(零・閃・碧)

性 別:男

出身地:リベール王国レグラム市

武 器:二丁銃/剣二刀流/大剣

所 属:結社『身喰らう蛇』→遊撃士協会協力員→トールズ士官学院 軍事学担当補佐

外 見:スコール・レオンハート(FF8 CV:石川英郎)

属 性:風・時・火

特 技:手品

趣 味:鍛練

苦 手:凝り固まった思想を持つ人間

レベル:143(SC終了時)

ヴィクターの嫡子にして、ラウラの兄。父譲りの剣術と、結社にいた時に磨いた体術・銃術を合わせた複合武術を用いる。元『執行者』であり、No.ⅩⅥ“影の霹靂”でもあった。実力的には『結社』を抜ける前は“剣帝”に及ばなかったが、クルルやルドガーの手ほどきを受けてかなりの成長を遂げた。現在はアルゼイド流師範代として剣術を教える一方、妻であるサラの手伝いをしている。本人曰くサラは『世話が焼けるが、可愛げのある女性』。何でも、一癖ある女性を妻に迎えるのはアルゼイド家の“伝統”のようなものらしい(ヴィクター談)サラの戦闘スタイルを教えた一人である。

戦 技:

<攻撃>

『地裂斬』『大雪斬』『鉄砕刃』『洸閃牙』『雷光石火』『鳴神』

<補助>

『洸翼陣』

Sクラ:『絶技・洸凰剣』『オメガエクレール・ゼロ』『ミスティック・エクレール』

EXクラ:『?????』

 

 

『―――あ、おひさ。元気にしてた?』

<武の極致を見据える彼女が目指すのは、自らの想いを実現させるための強さ>

“絶槍”クルル・スヴェンド

Crul=Svend

年 齢:18(FC・SC)→19(3rd)→20(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:不明

武 器:十字槍

所 属:結社『身喰らう蛇』→猟兵団『翡翠の刃』

外 見:アインハルト・ストラトス(なのはVivid イメージCV:松来未祐<クレアと同じ>)

属 性:炎・風

特 技:投擲

趣 味:音楽鑑賞(ロック系)

苦 手:頭脳を使う作業全般

レベル:160(SC終了時)

『翡翠の刃』に所属する猟兵。かつて『結社』に所属しており、『執行者』No.Ⅶ“絶槍”の異名を持つ。その力はルドガーに次ぐ実力を持つ。現在は結社と完全に袂を分かっている。マリクのことが大のお気に入りであり、彼が女性と話していると面白くない表情を浮かべることが多い。武器は<外の理>で作られた十文字槍『魔炎槍グラムザンバー』。

戦 技:

<攻撃>

『轟突貫』『烈風旋』『朱雀翔』

<補助>

『烈火陣』

Sクラフト:『流刃雀火』『炎覇冥皇刃』

 

 

『―――俺は今、アンタという“壁”を超えてやる。俺自身のために!』

<元『鉄血の子供達』筆頭は、その力全てを以て『激動の時代』に抗う>

“尖兵”ラグナ・シルベスティーレ

Ragna=Silvestiere

年 齢:24(FC・SC)→25(3rd)→26(零・閃・碧)

性 別:男

出身地:エレボニア帝国ブリオニア島

武 器:両刃大剣+銃

所 属:遊撃士協会アルトハイム支部→トールズ士官学院 数学担当

外 見:アルヴィン(TOX、TOX2 CV:杉田智和<トヴァルと同じ>)

属 性:幻・炎

特 技:情報収集、値引き交渉

趣 味:市場巡り

苦 手:レクター・アランドール、ギリアス・オズボーン

レベル:151(SC終了時)

元帝都支部所属の正遊撃士。元『鉄血の子供達』の一人で彼らの筆頭、かつては帝国一等書記官兼帝国軍第四機甲師団所属の特務中佐だった。その時から“尖兵(ジェネラル)”の異名を持っている。それ以前は猟兵団にいた経歴を持つ。その猟兵団を<鉄血宰相>に潰された際、『鉄血の子供達(アイアンブリード)』として拾われた。その後、特に疑問を浮かべることなくオズボーンの手足として働いていたが、ジュライ市国の併合の際に知ってしまったオズボーンのやり口と、カシウスとの出会いを通じて『鉄血の子供達』を抜け、遊撃士への転向を決めた。その際にリーゼロッテとリノアも連れ出す形を取っている。本人曰くリノアとは恋人の関係。

戦 技:

<攻撃>

『シューティングレイン』『ファリスティア・インディクション』

<補助>

『ソリッドプロテクション』

Sクラ:『エクスペンダブルプライド』

 

 

『―――ん?あわわ、見ないでください~!!』

<魔導に通ずる歳不相応の少女は、自らの意志を持って戦いを決意する>

“漆黒の輝耀”リーゼロッテ・ハーティリー

Lieselotte=Heartily

年 齢:14(FC・SC)→15(3rd)→16(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:クロスベル自治州

武 器:魔導杖

所 属:遊撃士協会アルトハイム支部→???

外 見:エリーゼ・ルタス(TOX、TOX2 CV:堀中優希)

属 性:空・時

特 技:オーブメントなしでの魔法発動(魔導)

趣 味:スイーツの食べ歩き

苦 手:幽霊

レベル:135(SC終了時)

元帝都支部所属の正遊撃士。本来であれば遊撃士になれない年齢だが、『特例』により認められている。史上最年少で帝都工科院に所属していた過去を持つ。元『鉄血の子供達』の一人で元No.2ということからも察することができるが、歳不相応の高い分析能力を持ち、下手するとレン以上の頭脳を持つ。アーツによる攻撃を得意としている。元はクロスベルの出身であり、ミレイユとは姉妹の関係を持つ。好物は甘いものであり、本人曰く『別腹』。さらに特殊な能力を有しており、オーブメントなしでもアーツのような力を発揮することができるが、詳細は不明。

 

 

『―――とりあえず、もう一回逝っとく?』

<『鉄血の子供達』髄一の曲者の奥底に秘めるは、確固たる未来への決意>

“翠穹”リノア・リーヴェルト 

Rinoa=Rieveldt

年 齢:20(FC・SC)→21(3rd)→22(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:エレボニア帝国

武 器:導力弓/導力銃

所 属:遊撃士協会アルトハイム支部→???

外 見:リノア・ハーティリー(FFⅧ イメージCV:植田佳奈)

属 性:空・風

特 技:弓での長距離狙撃

趣 味:ショッピング

苦 手:生真面目すぎる人

レベル:155(SC終了時)

元帝都支部所属の正遊撃士。元『鉄血の子供達』の一人で、元帝国軍鉄道憲兵隊所属。その時の階級は少佐で、“翠穹”あるいは“水の叡智(アクアノーレッジ)”の異名で呼ばれていた。クレアは実の姉にあたる。髪の色が似ていないのはそれぞれの親譲りだったため。得物は導力弓を用い、導力銃が配備されている憲兵隊においても彼女はその得物を使い続けている。銃は使えないこともないが『銃は牽制用、弓は攻撃用』と割り切っている。下手をすれば『鉄血の子供達』の中でも髄一の切れ者であるが、同時に一番の曲者であり、オズボーン曰く『レクターごときなどまだ可愛い方』と言わしめるほど。

 

 

『―――オヤジは、俺に何を伝えたかったのか……追いかけてみるさ。』

<“暴風”の残した道を探る、明るき青年>

“父譲りの斬り込み隊長”ティーダ・スタンフィールド

Tida=Stunfield

年 齢:18(零・閃・碧)

性 別:男

出身地:クロスベル自治州

武 器:両刃剣

所 属:なし→???

外 見:ティーダ(FFⅩ CV:森田成一<レクターと同じ>)

属 性:空・風

特 技:球技系全般、家事全般

趣 味:水泳

苦 手:父親絡み

レベル:40

“黒き暴風”ジェクトを父に持つ青年。母親とは仲が良かったものの、ジェクトとは本人の育て下手ということも相まって互いに意地を張り合う関係であったが……五年前に両親を亡くし、ジェクトの知り合いであったヘンリー市長の伝手で、いろんな場所への助っ人という形で働いていた……原因不明の水難事故に巻き込まれるも、特に問題なく退院できた。リベールでの出会いを経て……クロスベルに戻る彼を待ち受けるものとは……

ちなみに、声が似ていた関係でルーシーにリベール中を追い掛け回され……必死の説得で何とか理解してもらうことに成功した。

 

 

『―――私は大丈夫です、兄さん。覚悟は……あります。この時代を生き抜く覚悟を。』

<皇族の血族を秘める彼女は、迫る激動の時代に何を見るのか>

“紫紺の奏者”/“緋色の戦姫” ステラ・レンハイム/セティアレイン・ライゼ・アルノール

Stellar=Renheim/Cetiarain=Reise=Arnor

年 齢:18(零・閃・碧)

性 別:女

出身地:エレボニア帝国ヘイムダル

武 器:導力銃剣(オーバル・ガンブレード)

所 属:トールズ士官学院<Ⅶ組>

外 見:ミラ・マクスウェル(TOX・TOX2 CV:沢城みゆき)

属 性:空・炎・幻

特 技:楽器演奏

趣 味:小物集め

苦 手:堅苦しい雰囲気

レベル:15(SC終了時・閃基準)

オリビエの実妹。一見するとオリビエとは正反対のしっかりした性格だが、根本的な部分はオリビエと同じ。セリカとはオリビエとミュラーの繋がりで知り合っている。独学で剣術を学び、『北の猟兵』の得物である銃剣を偶然にも知り、それを基に帝都工科院で試作された導力銃剣を自らの得物として用いる。庶子ではあるが、同じ父を持つセドリックやアルフィンとは仲が良い。自分の身上から表舞台には出ず、愛称の『ステラ』と母の旧姓である『レンハイム』を名乗って生活している。幼い頃に母を亡くし、オリビエと共にユーゲントのもとへと引き取られた。ユーゲントとプリシラを親同然のように思っている。

感情が昂ると紫紺の瞳が緋色に変わるが、その原因は本人もよく解っていないとのこと。

 

 

<身喰らう蛇>

 

・盟主

 

『使徒(アンギス)』

 

・第一柱“神羅”  ルドガー・ローゼスレイヴ

 

・第二柱“蒼の深淵”ヴィータ・クロチルダ

 

・第三柱“白面”  ゲオルグ・ワイスマン

   →“????”?????・????

 

・第四柱“虚構”  ?

 

・第五柱“破戒”  ?

 

・第六柱“博士”  F・ノバルティス

 

・第七柱“鋼の聖女”アリアンロード

 

『執行者』

 

No.Ⅰ “調停”  ルドガー・ローゼスレイヴ(兼任)

    →“劫炎”  マクバーン

 

No.Ⅱ “剣帝”  レオンハルト(元)

    →“流刃”  ???

 

No.Ⅲ “表裏の鏡”イシス(不明)

 

No.Ⅳ “鉄の城壁”???

 

No.Ⅴ “律調”  ???

 

No.Ⅵ “幻惑の鈴”ルシオラ(不明)

 

No.Ⅶ “絶槍”  クルル・スヴェンド(元)

    →“???” ???

 

No.Ⅷ “痩せ狼” ヴァルター(元)

    →“伏武”  ???

 

No.Ⅸ “死線”  シャロン・クルーガー(休業中)

 

No.Ⅹ “怪盗紳士”ブルブラン

 

No.ⅩⅢ“漆黒の牙”ヨシュア・アストレイ(元)

    →“闇の水禍”???

 

No.ⅩⅤ“殲滅天使”レン・ヘイワース(?)

 

No.ⅩⅥ“影の霹靂”スコール・S・アルゼイド(元)

    →“紅の稲妻”???

 

No.ⅩⅦ“緋水”  フーリエ・アランドール

 

No.0 “道化師” カンパネルラ

 

 

 

 

<登場キャラ(支援課・Ⅶ組関係を始めとした原作メンバー除く)※ネタバレ注意!>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<零の軌跡(クロスベル自治州編)>

 

(零:序盤~)

ティーダ・スタンフィールド

リノア・リーヴェルト

 

(零:二章~)

マリク・スヴェンド

 

(零:三章~終章)

シルフィア・セルナート

レイア・オルランド

ヴェイグ・リーヴェルト

 

(零:三章)

アルフィン・ライゼ・アルノール

エリゼ・シュバルツァー

クローディア・フォン・アウスレーゼ

シュトレオン・フォン・アウスレーゼ

ユリア・シュバルツ

レオンハルト・メルティヴェルス

カリン・アストレイ

 

(零:終章)

クルル・スヴェンド

レヴァイス・クラウゼル

アルティエス・クラウゼル

バルデル・オルランド

シルフェリティア・オルランド

 

<閃の軌跡(エレボニア帝国編)>

 

(閃:序盤~)

ルドガー・ローゼスレイヴ

スコール・S・アルゼイド

ラグナ・シルベスティーレ

 




ティータのエピソードなのですが……ほぼ原作通りになりかねないため、カットしました。本編中にてその産物を出す予定です。


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ルドガーの扉 ~幻焔計画~

~アルテリア法国~

 

『リベル=アーク』崩壊後……アスベルとシルフィアは星杯騎士団総長である“紅耀石”アイン・セルナートの元を訪れていた。無論、報告するのは……

 

「そうか……ご苦労だった。一角とはいえ『使徒』を一人滅したのだからな。とはいえ……」

「ええ。まだ六人もいるわけですからね。」

「それに、空いた席に誰かが座らないという保証もないからな。」

『身喰らう蛇』の『使徒』第三柱“白面”ゲオルグ・ワイスマン……彼は確かに死んだ。だが、彼と同等かそれ以上の実力者が現れないとも限らない……まだまだ忙しいことには変わりないようだ。そこまで報告したところで、アスベルはため息を吐いた。

 

「何かあったのか?」

「いえ……ワイスマンが使っていた杖なのですが……回収したものの、どうやら都市崩壊の際に落としてしまったようで……」

アスベルはワイスマンが滅されたときに杖を回収したのだが、イシスとの戦闘後からレグナートに拾われる過程で紛失していたのだ。報告はしなかったものの、ワイスマンが何らかの力を持つ武器を有していることは予見していただけに、それに対する追及がなかったのを不思議に思って呟くと……総長から帰ってきたのはあっさりとした回答であった。

 

「そのことか。何、彼のアーティファクトの力を弾き返せるのだから特に問題ないと思ったので、追及はしなかったが……ともあれご苦労だった。と言いたいところだが……」

((うわぁ、嫌な予感しかしない……))

彼女が改まって何かを言う時、大抵は碌でもない任務を押し付けられるのだ。それが解っているからこそ二人は嫌そうな表情を浮かべた。その予見通り、アインはこう述べた。

 

「西ゼムリア地方……その遺跡の調査を頼みたい。『結社』がいつ動き出すか……いや、既に動いているだろうが、だからこそ今やるべきことなのだろう。」

ちなみに、東ゼムリアの方の調査は既に第十位から第十二位の三名が動いているとのこと。ここまでくると最早原作の知識など意味を成さないが、歴史の修正力の影響からかある程度は“原作”に沿ったストーリー展開を基軸にして動いているのは確かだろう。アスベルとシルフィアはその件について了承した。それを聞くと、セルナート総長は二人に問いかけた。

 

「二人に聞きたいことがある。アスベルは元からだが……シルフィアが最近手にした……いや、眠っていたものが目覚めたというべきか、その人ならざる力は何なのだ?」

「「!?」」

彼女の言葉に二人の表情がこわばる。流石に、伊達に星杯騎士団の総長を務めあげているわけではない。<聖痕>が取り込んだ力とは異なるもの……アインに説明しようとしたところ、改めてアスベルは自身の力の特異性に気付くことになる。それは……

 

「……最初は“七の至宝(セプトテリオン)”……その可能性を考えました。“眷属”であるレグナートからは、俺は“刻の十字架(クロスクロイツ)”、シルフィアには“輝く環(オーリオール)”……その力を受け継いだ、と。ですが……」

「気になることでもあるのか?」

「“輝く環”はどこかに消えましたし、シルフィアに吸収された様子もなかったのです。シルフィ、そういった感じは?」

「流石にそれはなかったかな。“氷霧の騎士”を吸収した時には流石に力の波動を感じたし……」

無論それだけではない。俺がその力を発現した際にできたこと……“無傷の状態でありながら負傷した後の記憶を持つ人間を顕現させたこと”と“武器としての発現”。この時点で、“時空”を操る時属性だけでは到底説明できない事象を引き起こしている。少なくとも、上位三属性の時(時空)・幻(因果律)・空(空間)の力を融合させなければ前者は到底不可能に近い。となると、力の波長は“七の至宝”に似つつもそれとは異なる高次の力を有していることになる。

 

「そして、自分が目の当たりにしてきた力を考えると……各属性に特化した“奇蹟”を起こす“七の至宝”では到底説明できない代物のようです。」

未だに全容が見えないシルフィアの力は予測できないが、自分の力には心当たりがあった。三属性を同時に発現できるだけの力……“零の至宝”。むしろ、それ以外に思い当たる節がなかったというのもあるが……となると、“輝く環”はどこに消えたのか……カンパネルラは“吸収”されたと言っていたが、こうなると何がどうなったのかすら予測できない状況であった。だが、『リベル=アーク』が崩壊したことを考えれば少なくともリベールにはない可能性がある。

 

「フッ……解った。このことは私の中に留め置こう。ともかく、“至宝”の行方は知れずなのは痛いが、この先起こるであろう反動に備えておくように。」

その言葉を聞いて、二人は静かに部屋を後にすると……アインは引き出しから写真立てを取り出す。其処に映っているのは自分と、かつて行動を共にした金髪の青年と、親友とも言える女性の姿であった。それを見つつ、アインは笑みを零しながらも……呟いた。

 

「さて……これから、忙しくなるな。」

 

 

~『身喰らう蛇』 星辰の間~

 

 

「………待ちかねましたよ、“道化師”カンパネルラ…………」

「ふふっ………皆さん、お揃いみたいだね。」

カンパネルラが呟くと、カンパネルラの周りに浮かぶ六本の柱……言うなれば、端末のようなもの。

 

「しかし………まさか、警戒心が人一倍強い“白面”が滅びるとは。お前もその一端なのではないのか?“蒼の深淵”。」

「そこまでひどいことはしていないわ。今回ばかりは彼自身の責任とでも言うべきでしょ、カンパネルラ。」

柱の内の一本――『蛇の使徒』の一人、第五柱は驚いた様子で呟き、さらにもう一本――同じく『蛇の使徒』の一人――第二柱“蒼の深淵”はカンパネルラに尋ねた。今回の一件で第三柱であったワイスマンが死んだことには、多かれ少なかれ動揺が見られた。

 

「ま、その通りかもね。彼の古巣……七耀教会が本気になっちゃった結果、彼の死に様は身体中が塩にされている最中に大地の槍、紫電の炎、白銀の刃、金色の輪、そして無数の魔槍に貫かれて、最後に魔槍が爆発して肉塊の欠片も残さず吹っ飛んじゃったんだ。ミンチよりも酷かったから、そういったのは“深淵”殿向きの代物かもしれないね。」

「“塩の杭”………ノーザンブリアに出現した特異点の産物だね。それらの力や魔槍も“塩の杭”とはまた違った特異点の産物だろうね。ふーむ、出来ればこの目で確かめたかったところだが………」

カンパネルラの言葉に、蛇の使徒の一人、第六柱――F・ノバルティス博士の声が聞こえてきた。

 

「ハハ、しかし意外だなァ。“白面”はかなり注意深い奴だ……そいつを欺くとは、かなりの使い手とみた。」

そしてさらに違う柱からは『蛇の使徒』の一人、第四柱の声が聞こえてきた。確かに、この中では一番の慎重な性格を持ちうるワイスマンをいとも簡単に欺いたことには感心したような印象を覗かせていた。

 

「………となれば、相手は『守護騎士』であろう。それも、今まで不在とされていた“第五位”に違いあるまい。それと、十年前から姿を消した“第三位”と“第七位”、あとは“第六位”だな。」

「なるほどねェ……“紅耀石”と同格とも謳われる“第二位”の存在に気を取られ過ぎて隙が生じたか。そいつら、なんて名前なんだ?」

第五柱の話を聞いた第四柱は頷くような声で言った後、カンパネルラに尋ねた。

 

「―――守護騎士第五位ケビン・グラハム。かの“紅耀石(カーネリア)”に学び、“外法狩り”を名乗っている。あとは、“紅耀石”の妹にして第七位“銀隼の射手”シルフィア・セルナート、そして……第六位“の神淵”カリン・アストレイ。“漆黒の牙”の実の姉が守護騎士だなんて、因果を感じちゃうね。それと、第三位“京紫の瞬光”アスベル・フォストレイト。“剣聖”と“剣仙”の剣を継ぐ人物で、実力だけで言ったら“剣帝”以上かも。」

「“紅耀石”、それに“剣帝”の………うふふ、何だかますます興味をそそられてしまうわね。」

カンパネルラの話を聞いたヴィータは妖しげな笑みを浮かべたような声を出した。これには第四柱もげんなりしたような声で喋った。

 

「おいおい“深淵”の。“神羅”に対して完全にお熱だというのに他の男漁りかよ?浮気性が強い女だこと……“神羅”殿も苦労しそうだ。」

「あら、心外ね。これでも彼の事は愛しくてたまらないのに。寧ろ冗談よ。」

「いっそのこと、他の人間に気が向いて頂ければ私も気が楽で済むのですがね。私としては、“剣帝”が『結社』を離れたことには残念でなりません。」

ヴィータの甲斐性が自分にとってプラスとなってくれれば御の字とでも言いたげに第七柱“鋼の聖女”―――アリアンロードはそう言い放ちつつも、“剣帝”レオンハルトが『結社』を抜けたことに対して残念そうな感じで呟いた。

 

「確かに。純粋な『執行者』の中で貴公と剣で渡り合えたのは彼くらいであったか………」

「ええ、よく無理を言っては稽古に付き合ってもらいました。ですが、守るべきものを得た今、ひょっとすると私を上回る剣士となるかもしれません。」

「フフ……確かに。」

第七柱の言葉を聞いた第五柱は頷いたような声を出した。人間という者は守るべきものを見出した時、その力は更に輝きを増す……それを見出した彼の成長を目の当たりにしてみたい気持ちはあった。

 

「戦力全体における損失は極めて軽微――想定の範囲内だよ。今後の影響を考えると“グロリアス”の方が大問題さ。」

「ハハ、アンタも流石に『グロリアス』の存在は無視できねぇか。」

ノバルティスの言葉を聞いた第四柱は苦笑するような声で言った。『結社』が持つ巨大空母……それを敵側に奪われたということは、後々自分らに向かってくる刃ともなりうる。

 

「……その性能に過信していた私達にも非はあるでしょう。博士、貴方が“パテル=マテル”に執着している事や私達もゴルディアス級の重要性は理解しているつもりです。……ですが、度が過ぎれば己をも滅ぼす。博士ならご理解していらっしゃいますでしょう?現に、ワイスマンはその執着の強さ故に滅んだも同然なのですから。」

「………」

そして今まで今まで黙っていた柱――『蛇の使徒』の一人、第一柱“神羅”―――ルドガー・ローゼスレイヴはいつもとはかけ離れた口調で述べ、博士は黙り込んだ。

 

「うふふ……“神羅”の言う通り、教授の漆黒の坊やへの執着は少々度が過ぎていた気がするけど。」

「ええ……そうでしょう、カンパネルラ?」

ヴィータの言葉に頷いたルドガーはカンパネルラに問いかけた。

 

「確かに、ヨシュアに拘りすぎたのは彼の敗因の一つかもね。あのケビン君にもそのあたりを狙われたみたいだし。」

「………はいはい、わかったよ。とはいえ、私だって『十三工房』を預かる身。早急に新たなゴルディアス級の開発に移らさせてもらうよ。そちらの開発を最優先事項にさせてもらうからね。」

「ええ、それは博士にお任せします。それより皆さん――そろそろ降臨なされますよ。」

ノバルティスの言葉に頷いたルドガーは全員に言った。

 

「む……そうか。」

「うふふ……ドキドキしてしまうわね。」

ルドガーの言葉を聞いた第五柱と第二柱はそれぞれ頷き、カンパネルラは跪き、その場は静寂が訪れた。すると一際大きい柱が降りて来た。

 

「皆……揃っているようですね。」

「は……“第三柱”を除きまして全員、揃いましてございます。」

一際大きい柱―――『盟主』にルドガーは答えた。

 

「……ご苦労。カンパネルラも……我が代理としての見届け役、大儀でありました。」

「……恐れ入ります。すでに『福音計画』の顛末はご存知かと思いますが……もっとも重要な事を説明させてもらいます。」

盟主に名前を呼ばれたカンパネルラは跪いた状態で“輝く環”がワイスマンに利用された挙句、どこかしらに“吸収”されたことを報告した。

 

「何ですって!?」

「まさか“至宝”が……」

「……カンパネルラ、一つ訂正しましょう。既に“輝く環”は回収して盟主に渡しております。」

驚きを隠せない他の使徒を他所に、ルドガーはカンパネルラの説明に付け加える形でそう述べた。

 

とはいえ、回収できたのは全くの偶然であった。ワイスマンの杖を拾ったルドガーは近くに光る光の珠―――“輝く環”を見つけたのだ。それをワイスマンの杖に吸収させ、その場から転移した。まぁ、そこまで詳しく言う義理は無いので……というか、こういった時以外は基本的に碌でもないことばかり押し付けられるため、ルドガーも回収した事実のみ盟主に伝え、ワイスマンの杖ごと“輝く環”を渡している。

 

「………ええ。既にこちらで預かっております。とはいえ、『福音計画』ではあまりにも多くの犠牲を払ってしまった………全ての責はこの私にあります。」

「滅相もありませぬ!」

「……どうかご自分をお責めにならないでください。“白面”殿の死は自業自得というものでしょう。」

「もし責められるならば、彼を諌めもせずに看過してきた我々『使徒』全員のはずですわ。」

後悔した様子で語る盟主に第五、七、二柱はそれぞれ自分達の意見を言った。

 

「いいえ、この事態を私は半ば想定していたのです。それでも私は………全ての決定を彼に委ねました。それがこの世界にとって必要と判断したがゆえに………ですから全ての責は……私にあるのです………この後しかるべき揺れ戻しが起きることが予想されますが……恐らく、その件に関しては七耀教会が動くことになりましょう。彼らに任せておきなさい。」

使徒たちの問いかける間も与えず、この先を見通しているかのような言葉を、盟主は静かな口調で言った。

 

「……承知しました。」

「ふふ……少し気になりますが御心のままにいたしますよ。」

「して、我々はこの後、どう動くといたしましょうか?」

「………」

第四柱に尋ねられた盟主はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。『結社』が進める、全容の見えない『オルフェウス最終計画』……その次のステップを指し示す言葉が放たれた。

 

「西方の鐘は鳴らされ、第一の盟約は解かれました。今、この時をもって『オルフェウス最終計画』―――『福音計画』の完了と―――そして次なる段階――『幻焔(げんえん)計画』の始動を宣言します。」

「おお……!」

「うふふ……承知しましたわ。」

「はは、どうかお任せあれ。」

「我等『蛇の使徒』一同、大いなる“盟主”の御心に沿うべく……」

「これより全身全霊を持って計画遂行に着手いたします。」

『計画』の第二段階……『幻焔計画』。その開始に、使徒たちは盟主に対する忠誠の言葉を述べつつ、使徒一丸となりて計画の執行を行うと高らかに宣言した。

 

 

殆どの使徒が抜けた後……星辰の間に残った盟主と第一柱。すると、盟主の方から言葉を発した。

 

「第一柱“神羅”ルドガー・ローゼスレイヴ。ただ今を持ちまして『執行者』No.Ⅰの任を解きます。ですが、以後も新たなる『執行者』候補の教育係をお願いいたします。」

「その任、しかとお引き受けいたします。これまでと変わらぬ忠誠を以て、後進の者達の教育に勤めます。」

元々ルドガーは使徒の取りまとめ役。そして、盟主への取次役……別名『中間管理職』。『執行者』No.Ⅰの座は新たな人間……“劫炎”に引き継がれる。そして、彼が教育しているのは新たなNo.Ⅱ、No.Ⅷ、No.ⅩⅥの候補。正直言うと……“漆黒の牙”をも超える闇を抱えている者達ばかりであった。

 

人並み外れた頭脳を持つが故に周囲の全ての人……本来の味方であった家族にも裏切られ、その果てに、自分の住んでいた村一つを滅ぼした者。力を持たぬが故に力を欲し……運命という言葉を嫌い……自らの幸せを奪った全てを壊す者。望まぬ力を与えられ、人ではなくただの都合のよい兵器として操ろうとする大人たち……彼等に反旗を翻した者。三者三様の理由で、『執行者』を目指している者。

 

それに比べると、ルドガーの闇などたかがしれているのだろう……だが、彼もまた『蛇の使徒』……少なからず“闇”を抱えているのは事実であった。

 

道具扱いする少女を救い出すために飛び込んだ自分……それは、ルドガー・ローゼスレイヴでも、その前の神楽坂悠一の時でもない、“さらに前”の記憶。その過程で自分には抗いようのない“殺人衝動”と“凶暴化”を引き起こすウイルスが原因で、多くの人を傷つけ、命を奪う寸前まで行ってしまったこともある。そして最期は……もうこれ以上、誰も傷つけたくなかったから……命を救ってくれた人や、その友人たちが苦しむ姿を見たくなかったから……全てを終わらせることと引き換えに、命を絶った。

 

これを“闇”と呼べるのかはわからない……けれども、二度生まれ変わっても結局はこの記憶が付きまとってしまうことに、内心でため息を吐いた。ルドガー・ローゼスレイヴ……彼の悩みが晴れるのは、一体いつになるのか。それは、彼の本心だけが知っている答えであった。

 

そう考え込んでいたルドガーのもとに一人の人間が姿を見せる。見るからに軽そうな風貌をしながらも、その実力は『執行者』たるにふさわしい人物……新たなるNo.Ⅰの執行者“劫炎”マクバーンの姿であった。

 

「……聞いていたのか?」

「偶然だよ、偶然。」

「……聞いていたと思うが、お前が次のNo.Ⅰに座る。心してかかれ。」

「俺の方が年上だというのに、生意気だなぁ……燃やすぞ?」

「やれるならな……次の計画には関わってもらう理由がお前にあることを忘れるなよ。」

そう呟いてその場を去ったルドガーの後姿を見送りながら、マクバーンはやれやれ、とでも言いたげなポーズをしつつ、首を横に振った。そして、姿が見えなくなるとこうつぶやいた。

 

『第一柱“神羅”……奴も、『蛇の使徒』に足り得るってことか。』

 

その言葉の意味は…呟いたマクバーン本人だけが知っていた。

 

 




ちょっとネタバレも含んだ形ですね。敵側……『結社』側にもテコ入れします。とはいえ、閃Ⅱで新たに執行者とか使徒とか出てきそうなので……(汗)


ふと思い浮かんだNGという名のコメディシーン

盟主「これより『オルフェウス最終計画』が第一段階『福音計画』が了……第二段階『幻焔(ルドガーハーレムハウス)計画』を……って、別の原稿でした。」
第四柱「お、何だか楽しそうだなぁ。」
第五柱「そちらも計画に入っているのですか?」
ルドガー「待てやコラァッ!?何だその人いぢり計画は!?」
ヴィータ&アリアンロード「立候補いたします!!」
ノバルティス「機材の準備は任せてくだされ。十三工房が総力を挙げて準備いたしましょう。」
ワイスマン(怨念)『面白そうですねぇ。高みの見物をさせていただきますよ。幽霊だけに。』
盟主「ちなみに、執行者候補は全員女性を選びました。」

ルドガー「安西先生、○ー人事したいです……」
盟主「諦めたら、其処で試合終了ですよ?」
ルドガー「どの口が言うかぁぁぁっ!!」


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アスベルとエステルの扉 ~剣聖~

過去描写、難しいです。




 

~レミフェリア公国~

 

「ふぅ……」

仕事が終わって一息ついた少年―――アスベル・フォストレイトは、ホテルの一室で休んでいた。“守護騎士”としての仕事と“遊撃士”の依頼……ようやく一段落ついたことに安堵したのか……ベッドの上に寝そべった。

 

「久しぶりだな………こんな風に一人で……なんだ?辺りが白く……」

 

そのまま眠れそうだとアスベルが呟いたその時……周囲の風景が白くなり始め……そして、アスベルの目の前が一気にまぶしく輝いた。これには流石のアスベルも目を瞑った。そして……ホテルの一室にいたはずのアスベルの姿は、最初からそこにいなかったかのように……消えていた。そして、アスベルの周囲の光が収まった時……彼の視界に映るものは………

 

 

~影の国拠点 隠者の楽園~

 

「くっ、閃光弾かっ………って、え?」

まさしく異空間そのもの……そして、視界に映る人の影……そのいずれもが、異なる場所にいるはずの面々であった。まぁ、大方の事情は“知識”として知っていたが……とりあえず、

 

「とりあえず、説明しろ。ネギ・グラハム。」

「何か謂れのない怒りをぶつけられとるんやけれど!?」

ケビンの説明を聞き……どうやら、“影の国”の第六星層の終着点まで到達しているとのことだった。それにしても……アスベルは集まっている面々―――3rdの原作メンバー以外の面々が……シルフィア、レイア、シオン、ルドガー、マリク、クルル、スコール、サラ、セリカ、レーヴェ、カリン……ある意味順当な顔ぶれであった。

 

「ふむ………そこまで行ってるんなら、俺の出番はないように思うんだが……」

「そうでもありませんよ、アスベル。」

「リースか…久しぶりだな。」

彼女の話だと………どうやら、アスベルを伴わないといけない扉がいくつか見つかっていて……アスベル以外で試したものの、駄目だったらしい。こういう時こそ“方石”の真価を発揮する場面なのだろう。

 

 

―――汝、剣聖の力と技を継ぎし太陽と紫炎、我が前に引き連れよ。さすれば扉を開かん

 

 

―――汝、失われし魂に命を吹き込んだ聖痕に選ばれし二人、我が前に引き連れよ。さすれば扉を開かん

 

 

―――汝、時の運命に誘われし焔の剣聖、我が前に引き連れよ。さすれば扉を開かん

 

 

―――汝、御神の力と記憶を持ちし渡り人、信頼できる者を伴い、我が前に引き連れよ。さすれば扉を開かん

 

 

………正直な感想として、どれも嫌な予感しかしません。ともあれ、一番最初の扉にエステルと共に入る。その扉の中で映し出される記憶が流れ始めた……。

 

 

~???~

 

『この子が俺達の息子か……感慨深いな。それと同時に、正直実感がないというのもあるが……』

『今はまだ、ですか……それよりもあなた。この子の名前、ちゃんと考えていますか?』

『ああ。ちゃんと(ガウェイン王太子が)考えているぞ。』

一軒家……そこで暮らす若い夫婦……夫婦は、誕生した新しい家族に喜んでいた。これからの生活に思いを馳せていた……そんな希望を、不埒な侵入者が打ち砕いた。

 

侵入者は女性を眠らせ……生まれたばかりの赤子を連れ去った。

 

『そんな……あの子が………いやぁ………』

『……これは、かなりの重症のようですね。……殿、大司教殿に話は通しておきました。』

『申し訳ありません、……………。』

悲しみに打ちひしがれる女性………それを慰める別の女性。その人に対して頭を下げる男性。この後、神父服の男性が訪れ、泣き喚いていた女性はようやく落ち着きを取り戻した。

 

『今度こそ……この子は、あの子の分まで育てます。』

『……そうか。』

その赤ん坊がいなくなってから約二年後……女性は無事に女児を出産した。今回ばかりは男性もしばらくは家を離れず……二人に見守られながらも、健やかに成長していった。

 

その光景を見つめていたエステルとアスベル……ここで、一つの疑問が浮かぶ。何故自分がこの記憶を見せられることとなったのか……すると、周囲の光景が変わり、ブライト家の前になった。驚きを隠せない二人……すると、扉が開いて……二人の子ども……とはいえ、片方はヨシュアではない誰か……その姿は、幼い頃のアスベルと瓜二つであった。

 

「どういうこと?」

「………要するに『あの子が本来過ごす筈だった未来』……そして、『エステルがヨシュアと出会わなかった未来』……ということかな。」

「あ、成程。」

『そういうことだ。』

とどのつまり、俺の……いや、この身体の本来の人格が過ごす筈であった光景。そして、扉から姿を見せたのは、エステルにとって一番馴染みのある人間の姿―――カシウスの姿であった。それを見たエステルは二度目の戦いとなることに頭を抱えたくなった。

 

「って、また父さんなのね……」

『どうやらそうらしい。にしても、俺が初めて出会った“転生者”がよもや行方知らずだった馬鹿息子だったとはな……帰ったら、覚悟しておけよ。』

「勘弁してほしいですよ………俺だって、半信半疑だったんですから。」

ちょっとした推測がここまで大仰なものになっていたことにはアスベルもため息を吐いた。

 

『この世界では『枷』はない……ヨシュアから聞いたが、俺よりも強くなる、と………ならば、いざ勝負といこうか。』

彼から発せられる闘気……波というよりは、もはや闘気の塊その物。

 

「………はぁ、全開でやれってことね。これ。」

「全く……」

最早戦うことは決定事項のようで……エステルとアスベルは隣に並び立ち、アスベルは太刀を……エステルは棒を構える。

 

「アスベル……というか、兄さんって呼んだ方がいいかな?」

「そこはエステルが呼びやすいのでいいよ……互いに、生き残るぞ。」

「モチのロンよ、兄さん!」

「ふっ………お前たちがこの先、『激動の時代』を生き残るために……“剣聖”という壁、乗り越えて見せろ!アスベルにエステル!!」

“白隼”の英雄……“剣聖”の血を継ぎ、彼に勝るとも劣らぬ資質を受け継ぎ………アスベル・フォストレイトとエステル・ブライト……二人の『兄妹』は今、幻影とはいえ自身の父親を超えるために、力強く駆けだした。

 

「挨拶代わりに行くわよ、この不良中年!!」

「おおっ、相変わらず出鱈目な威力だな。ヨシュアに愛想を突かれないようにしろよ。」

「それ、父さんが言えた台詞?ヨシュアのアレはある意味父さんのせいでしょうが!!」

エステルの振るう『極・金剛撃』を紙一重で躱すものの、棒が床に衝突した衝撃までは防ぎきれず軽口を叩くが、エステルは『極・旋風輪』を振るいつつも反論する。戦いというよりは親子喧嘩……その隙を突く形で、アスベルが攻撃に加わる。

 

「『裏疾風』まで完全に物にしているか……流石は俺の息子だな。」

「エステルの攻撃を流しつつも、凌ぎ切るだなんて……人間ですか?」

「人間だぞ、俺は。」

「絶対ありえないわよ。『不良中年』というカテゴリの生物ね。」

不意を突いたつもりが完全に凌ぎきっていた……しかも、技の速さだけで言えば“風の剣聖”以上の『裏疾風』をだ。これにはアスベルも冷や汗をかいた。正直な感想を言えば、エステルのカテゴリー付けが真っ当なものに聞こえそうなほどに納得がいった。エステルは息を整え、棒を振るう。カシウスもすぐさま対応して棒を振るい、二本の棒は交わる。

 

「これだけの膂力……やれやれ、血は争えないか。」

「それは解ってるけれど、ねっ!」

「何っ……なっ!?」

女性らしからぬその膂力にカシウスは自分の娘の将来を心配したくなったが、エステルは自分の棒を掴んでいた片手を離し、カシウスの棒を掴む。すると、それを力の赴くままに放り投げる。この意表を突いた行動にはカシウスも驚いたが、空中で体制を整え、あっさりと着地する。だが、彼の背後からは……アスベルが近づいていた。そして……

 

「二の型“疾風”が終式……“黒皇剣”!!」

二の型の奥義が一つ、“黒皇”を放つアスベル。これを何とか防御するものの、その反動でかなり後退させられた。一方、これでも有効なダメージを与えていないことにアスベルは一息ついて武器を構え直した。

 

「二人ともアーツに頼らずここまで戦えるとはな……引退も近そうだ。」

「何を言ってるのかしらね、この親父は。」

「全くだな。」

アーツを使わないのではない。“使えない”のだ。カシウスに対してアーツを使って追いつめるという選択肢も有効な手段と考えるべきであるが、彼の技量のレベルからするとこちらに対してまだ余裕のある状態で戦っているのは周知の事実。それを直感的に悟っているからこそ、エステルとアスベルは武器を構えなおす。それを見たカシウスは笑みを零した。

 

「直感的とはいえ、そこまで悟っているとは流石だな……では、こちらも本気で行かせてもらうぞ。」

「!エステル、右!!」

「っ!!」

カシウスの姿が消え……瞬時に察したアスベルの声に反応して防御するものの、強制的に吹き飛ばされる。だが、怪我に至っていなくて何よりだ。それを好機と見たのか、アスベルも仕掛ける。

 

「お前と出会って十一年……感謝することが多そうだな。」

「それはお互い様ですけれどね。というか、とっとと倒れてくれるとありがたいんですが。」

「男というのは見栄っ張りなものだ。それはお前がよく知っていることだろう。」

アスベルの振るう“蛟竜”の剣撃すらも凌ぎきり、互いの得物がぶつかり合う。カシウスの言わんとしていることも解る。だからこそ、自分は意図的に能力の一端を封印していた。アスベルは斬り返してカシウスの武器を弾き、互いに距離を取る。

 

「エステル!」

「解ってるわよ!どおりゃあああ!!」

「ほう……むんっ!!!」

そこにエステルが『奥義・桜花大極輪』を繰りだし、カシウスはそれに対応すべく『金剛大極輪』を発動させる。互角の様相………エステルは…咄嗟に力を緩め、カシウスの技に弾き飛ばされる。

 

「やれやれ、まだまだひよっ子………アスベルが、いない?」

それを見たカシウスはため息を吐きたくなったが……近くにいたはずのアスベルの気配を感じない……そして、先程のエステルとの技のぶつけ合い……

 

「まさかっ……!!」

それで何かを察したカシウスは駆け出し、闘気を纏いながら高く上がる。

 

「………(うん……上手くいった。)」

その駆け出した先……エステルは雲よりも高い……上空遥か高くにいた。徐々に加速していく自身の身体。それに対する恐怖などない。

 

エステルがあの時、力を緩めた理由……自身の持てる『最高の技』を彼にぶつけただけでは勝てる可能性が低かった。エステルは何か自分を加速させられるだけの要因が欲しかった。そこでエステルがいかすことにしたのは……“空”。この空間の許容範囲は解らないが、“輝く環”のサブシステムを担っていた場所ならばかなりの距離を稼げる……アスベルの推測に、エステルは望みを賭けた。咄嗟に力を抜き、自身の回転とカシウスの技の威力を合わせて……結果的には上手くいった。こればかりは博打的要素が強かったので、二度もできるかといえば疑問であるし、命の危機をそう何度も味わいたくはないのだが。

 

エステルは息を整え、目を見開いて……自身の持てる力を全て込めて……彼女の周囲に膨れ上がる金色の闘気。その力は鳳凰の形を成し、天より彼に向けて飛来する。

 

「いっくわよ、父さん!奥義……『聖天・鳳凰烈破』ぁっ!!」

「男として、親として負けられんな!奥義、『神雷・鳳凰烈破』!!」

雲を突き破った先にいたのは、エステルと同じように鳳凰の闘気……雷が迸る蒼き鳳凰を顕現させたカシウス。互いの本気のぶつかり合い……その拮抗を、ここにはいない一人が、彼女の後押しをする。

 

「二の型“疾風”が極式……“瞬諷”!!!」

アスベルが振るうのは“疾風”の極技。だが、その力の先はカシウスではなく、エステル。その風の刃はエステルの纏う闘気を包み込み、彼女の闘気は更に輝きを増していく。その闘気のぶつかり合いは互いに譲らず……眩い光が迸った直後、爆発が起きる。その爆発から飛び出すように出てきたエステルは何とか着地し、爆発の向こう側を睨む。

 

「っと……で、デタラメにもほどがあるわよ……ま、わかっちゃいたけれど。」

「流石だな……俺の力も利用して高高度からの技とは……ヨシュアが苦労しそうだ。」

「何言ってるんだか……ふっ!!」

爆発の向こう側……そこにいたのは、無傷のカシウスの姿。その外見からしてもダメージは無いに等しいようだ。これには流石のアスベルもため息しか出てこなかった。自分はよくこの人間に勝てたと思う……アスベルは一息つき……一気に駆け出した。その刹那、アスベルの姿が“消えた”。

 

「極の型“破天”極式………」

「くっ!?」

 

―――『天十六夜(あまつのいざよい)』

 

八つの型の技巧全てを集約させた、アスベルだけの極式……エステルとのぶつかり合いによる隙を突く形で放たれた神速の剣技。これにはカシウスも防ぎきれず、ダメージを負い片膝をつく。だが、カシウスも一人の男性。そして、エステルの父親なのか、傷つきながらも立ち上がり、アスベルに向かって行く。だが……そこにいるのはカシウスとアスベルの二人だけではない。

 

「―――奥義、『天翔蒼破斬』!!」

エステルの……光の刃を纏った棒にさしものカシウスでも不意を突かれる形となり、カシウスは吹き飛ばされた。そして、起き上がってこなかったところを見ると……どうやら、何とか勝てたようだ。

 

「はぁ……勝てたの?」

「………フフフ、成長したな二人とも。」

「それはどうも……あれだけ食らってピンピンしているのは納得いきませんが……」

流石に疲れたのかその場にへたり込むエステルを見つつ、既に立ち上がっているカシウスは答えた。全力を叩き込んでもそうやって平然と話していることに納得いたしかねる状態であった。

 

「だが、アスベルにエステル。お前たちの置かれている状況は刻々と変化する……お前たちの“妹”が生まれる前には、ロレントに戻ってこい。」

「って、女の子なんだ。一気にブライト家に家族が増えた感じね……そういえば、兄さん……って、さっきはそう呼んだけれど慣れないから……アスベル、彼女とかいないの?」

エステルにしてみれば一気に増えていく身内……ふと、エステルは悪戯な笑みを浮かべつつ尋ねた。

 

「いるにはいるが…三人いるぞ。」

「三人……シルフィアにレイアのこと?あとは、セシリアさんかトワってこと?」

「前者はあってるが、後者は違うから。というか、エステルにしてはあまり口煩く言わないな……」

「何と言うか、父さんの子なわけだしね。お母さんから若い頃の父さんの話を聞いた感じだと、かなりの『女泣かせ』だったみたい……二人を見てると、ちゃんと接しているって解ってたから。」

親も親なら子も子……ある意味父親譲りでありながらも、ちゃんと弁えているアスベルのことは、彼と関わっているシルフィアとレイアの二人からしてそれとなく察していた。

 

「そっか……女王陛下から『一夫多妻でも構いませんよ。何でしたら法律にしてでも認めます』とか言っていたし。」

「何と言うか、流石女王様というべきか……というか、そうなった原因は父さんにも一端があるわね。」

「何でそうなる。」

ともあれ、リベール王族の血筋に遊撃士、軍人、“守護騎士”……肩書がどんどん増えていくことに溜息を吐きたくなった。そういうものは便利な反面、厄介なトラブルも生み出すので心苦しいのだが………俺の望んでいた平穏な生活はどこへ行った。いや、関わると決めたからには解りきっていた結果ではあったが……

 

「ともあれ、無事に戻ってこい。俺とレナはあの国で待っているからな。」

「うん……解ってる。」

「ああ。」

そう言って姿を消したカシウス……周囲の風景も変わり……二人が気付くと、そこは扉の前であった。ともあれ一通りの経緯を説明した後、一度拠点に戻ることとなった。

 

 





3rd本編にはナンバリングしません。全部扉絡みで行きます。

エピソード尽くめということでお願いします。


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ラウラの扉 ~変化と不変~

私の両親―――父上であるヴィクター・S・アルゼイドは“光の剣匠”と呼ばれ、帝国屈指……いや、今では王国屈指というべきか、かなりの腕前を持っている……あれをかなり、と言っていいのかは語弊があるだろう。以前、父上に連れ添う形でグランセルの王立競技場に行った際、父上とこの国屈指の“剣聖”……その戦いを見せられた時、私が驚愕したのは言うまでもない。常軌を逸した剣筋……相手は剣を置き、棒という武器を携えながらも、その筋は父上に匹敵していた。

 

後で聞いた話なのだが、その人物が習っていた『八葉一刀流』は、かつて父上と手合わせしたことのある“剣仙”の弟子の一人だったそうだ。

 

七耀の属性を表すかのような剣術……火の如く猛り、水の如く静かに佇み、風の如く駆け、地の如く雄々しく……時の如く潜み、空の如く大らかに、幻の如く虚ろに……七つの剣術と一つの無手による東方武術の一つ。私もいずれはその使い手と手合わせをしたいと思っていた……と、話が逸れた。

 

私の母親、アリシア・A・アルゼイド……かつての名前はアリシア・ライゼ・アルノール。エレボニア帝国の現皇帝ユーゲント・ライゼ・アルノールⅢ世の実妹。父上とは年が五つほど離れているらしく、年下の女房という感じである。まぁ、言葉だけを聞けばそういう風に見えるのだが……ラウラはヴィクターとアリシアの結婚式での写真に目を落としつつ、近くのソファーに座って寛いでいる両親と写真と比較する。ヴィクターのほうは年相応に貫禄が出てきたと言った感じなのだが……問題はアリシアの方であった。

 

「母上、これは本当に二十年以上も前の写真なのですか?」

「ええ、そうよ。少し老けてしまったかしらね……」

「そのようなことはあるまい。寧ろ美しさに磨きがかかっているほどだ。“黄金の薔薇”の名前は今でも掠れていないと思うぞ。」

「もう、あなたったら。」

美しさに磨きがかかっている……その言葉の通りであろう。何故なら、その写真と現在の実物を見比べると……まるで昔をそのまま切り取って来たかのような若さを維持している。解りやすく言うと、アルフィン皇女の身長を10cmぐらい上乗せして、魅力のあるプロポーションにした感じであろう。

 

今も変わらぬアリシアの風貌を見ていると、現皇帝と兄妹……というよりは、皇女と姉妹なんて冗談を言われても不思議ではないぐらいの若さであった。現に、時折ヘイムダルに顔を出せば、見知らぬ人から姉妹のように扱われる。身長差ということもあるのだが、娘である私の方が姉のように見られることには複雑な気分だ。母曰く『ラウラはもう少し美しくなったら私のようになれるわ』と言っているのだが……正直、私と結婚することになるであろう御仁からどのように見られるのか……

 

 

それ以上に……私が聞いた昔話は壮絶なもの……いや、驚愕などという感情を通り越して、よもや“都市伝説”と謳われても致し方ない代物であった。

 

真紅の戦線(ロート・リーニエ)”―――由来は中興の祖であるドライケルス帝に協力した“殲滅者”のビッテンや“槍の聖女”リアンヌ・サンドロット、“狂戦士”などといった十二名の戦友たちを称えたもの……帝国で最も強いと謳われる十二人の人間に贈られる称号。その中には無論ヴィクターも含まれていた。他には、“神速”と謳われたヴァンダール家当主のリューノレンス、“隻眼”のゼクス、“赤毛”のクレイグ………いずれも、帝国きっての猛将揃いの中で、その中にかつて名を連ねていた人物がいた。

 

私の母親―――アリシア・A・アルゼイドもといアリシア・ライゼ・アルノールも“金色の雷”としてその中に名を連ねていたことがあったらしい……しかし、そこまで知った所でラウラは首を傾げた。

 

(父上と母上……どういう経緯でこうなったのだ?)

武に通ずる者同士ならば、出会いはそれとなく予想がつくのであるが……今はリベールの“侯爵”。しかし、『百日戦役』以前は子爵位ということは聞き及んでいた。普通に考えれば位の低い貴族と、国の重鎮を担う皇族。それも、現皇帝の妹君ともなれば将来の皇帝候補という可能性もないわけではない。そのような結婚がすんなり認められたとは正直考えにくかった。されど、両親はそういったことについては中々話してくれず………困ったラウラは、アルゼイド家に古くから仕えている執事のクラウスに尋ねてみることにした。

 

「……成程、旦那様も奥方様も、そういったところに関しては恥ずかしがり屋ですからな。」

「笑い事ではないのだぞ、爺。」

「いえ、仕方ないのです。あのお二方に関しては互いに不器用だったのですからな。」

そう言葉を零すと、クラウスは昔を懐かしむように話し始める。

 

 

二十年以上も前………士官学院を卒業し、将来のために軍への道を進もうとしたヴィクターであったが………両親が相次いで他界し、軍への道を諦めて当主となったヴィクターはクラウスの助けを借りつつ、慣れない領主運営に四苦八苦しながらも懸命にこなしていった。

 

「ご苦労様です、旦那様。一息入れてはいかがですか?」

「クラウス……ありがとう。貴方には色々迷惑をかける。」

「構いませんよ、旦那様。元々大旦那様に拾われた身……このような人間がお役に立てるというのであれば、どんな苦労も厭いません。」

そう言って謙遜するクラウスだが、彼の敏腕と多彩な博識ぶりには何度も助けられており、これに対しては率直に評価したいと思っていたという。

 

「そういえば、旦那様宛に園遊会への招待状が届いておりました。」

「私に?……確かに、父に連れ添って皇帝陛下に謁見を賜ったことは何度かあるが……」

「差出人は『リューノレンス・ヴァンダール』となっておりました。」

「アイツか……そういえば、皇族の人間とは仲が良いと話していたな……そうでなくとも、皇族の守護者たる以上面識は十二分にあるのだが。」

ヴィクターとリューノレンス……互いに武の双璧とも謳われる流派の使い手であるが、その出会いは親同士の交流からではなかった。

 

二人が出会ったのはトールズ士官学院……ドライケルス帝の理念を継いだ学院に入学したヴィクターに、最初に話しかけたのがリューノレンスであった。貴族同士ということもあり、すんなり受け入れていた。

 

そこからが凄かった。リューノレンスは『貴族・平民関係ない。良い奴は良い奴、悪い奴は悪い奴ですから。』と豪語し、色々とトラブルを起こすことが多く、なし崩し的に巻き込まれることが大半……だが、今まで剣の道一辺倒に生きてきたヴィクターにとってはすべてが新鮮で、今となっては良き思い出の一つであった。

 

その中で、彼女―――アリシア・ライゼ・アルノールと出会った。正確には『アリア・レンハイム』と名前を偽って……元々、アリシアは引っ込み思案な性格だったのだが……学院の中でもかなりの武術の腕を誇るほどで、同学年はおろか同性の先輩・後輩相手でもよくて引き分けぐらいだった。その時のヴィクターは、そんな彼女にどこかしら不思議な魅力を感じていた。それが彼女に対するどういった感情なのかはよく解らなかった。

 

卒業後……ヴィクターは家の都合でレグラムの領主となり、リューノレンスは帝国正規軍に入り、アリアは……連絡がつかなかった。

何処で何をしているのか……同じクラスメートとして、気になっていた。それから数年……そこに舞い込んだ園遊会への招待状に書かれた一文―――『アリアも来るよ』という文字を見つめ、クラウスに向き直る。

 

「しばし留守にする。済まないが、頼めるか?」

「お任せを。」

逸る気持ちを抑え、ヴィクターは佇まいを整えて園遊会の出席のために一路ヘイムダルへと向かった。この気持ちは何なのだろう……ヴィクターは内心でそう思いながら。

 

園遊会で久々に出会ったヴィクターとリューノレンス、そして……ドレス姿のアリアもといアリシア・ライゼ・アルノールの姿であった。これには、多少なことで動じまいと決めていたヴィクターですら面食らったほどだ。それを見て、悪戯が成功したかのように笑みを浮かべるリューノレンスとアリシアの姿があった。久々に顔を合わせる三人…話題は尽きない…時折、アリシアがヴィクターの方をチラチラ見て、ヴィクターがそれに気づいて視線を送ると、慌てて目線を逸らし、ヴィクターは首を傾げた。リューノレンスはそれに対してため息を吐き……

 

「とりあえず、二人で踊ってこい。ついでに爆発しろ。」

「「何を言ってるん(だ/ですか)!?」」

文句のつけようもないほどな笑みを浮かべたリューノレンスの強引な提案に押し負け……二人はぎこちなさそうに手を合わせ、ダンスを踊っている人たちの中に入る。互いに、貴族や皇族という身分である以上、ダンスの心得はあるのだが…その時の二人は一杯一杯であった。周囲からはアリシアと踊るヴィクターに注目の視線が集まる……一方の本人は、そんな余裕などないのだが。どうにか一曲踊り切ると……互いに疲れたのか、そのままベランダに出た。

 

「はは………視線を集めるのは仕方ないかもしれませんが、私もさすがに………」

「そうだな。私に殺気を向けていた貴族の御曹司もいたよ……っと、失礼しました皇女殿下。」

「その堅苦しい口調はやめてください……貴方の前では、皇族ではなく一人の人間として立っているのですから。」

「………解った。ともあれ、その限りではありませんが。」

互いに他愛のない会話を続けるが……アリシアが自分の方を見つめていることに、ヴィクターは彼女の方に視線を向ける。何か悪いことでもしてしまったのだろうか……そう思っていたヴィクターにアリシアは意を決したように近付き………そして………

 

「ん………」

「+*dfghjk#$%&@☆~¥!?!?」

交わされる唇………唇同士のキス………それには、ヴィクターも声にならない驚きを上げる。唇が離れ、アリシアは拗ねた表情をして呟いた。

 

「もう………相変わらずの朴念仁ですね。この数年間……私がどれほど苦しんだのか、解っているのですか?」

「えっと……何を言っているのか、さっぱりわからないのだが。あと、これでも勘は鋭い方だぞ?」

「そうでしょうね………そういったところが朴念仁です。」

武にストイックなヴィクター……帝国男子たる“質実剛健”さは女子の間で人気が高く、ラブレターが最低一通は机の中にあるという状態であった。それに対して丁寧に断りを入れるものの、中には諦めきれずに『愛人でもいいから』と言ってのける強者がいたほどで……それも丁重にお断りしている。『剣の道に生きる自分など、夫にしたところで魅力などない』……それが、ヴィクター自身の価値観であった。

 

「ほんと……に………ヴィクター…の………ばかぁ……」

 

それでもなお好意を向けてくる女子の中に居ながらも……その想いを伝えられなかったアリシア。卒業後、彼の事を諦めようと……行く先を伝えず、皇族であるということも隠し続けた。だが……皇族という身分から打算的に頭を下げてくる貴族の御曹司たち……正直、うんざりしていた。そのストレスと今まで隠してきた好意……それがかみ合った形で爆発した……気が付くと、アリシアの頬を伝わるもの……涙であった。

 

「一緒に語り合って………弁当とかも……っく………一緒に……食べたり……とか…ひっく……」

「………」

彼女を泣かせてしまったのは他でもない自分……そして、彼女が自分に向けてくる好意。流石のヴィクターでもこれにはバツが悪そうに表情を曇らせつつ、彼女の涙を指で掬うように拭った。そして、息を整えると……アリシアに問いかけた。

 

「私は知らないことが多い若輩者。剣の道に生きる身。それでいいというのならば……そなたの夫にさせてほしい。皇族であるそなたを泣かせた私の責任として、いかがでしょうか?」

 

「……いいでしょう。ただし、家に入るのは私です。私に対する“罪”……一生かけて、償っていただきます。」

 

その後、アリシアに案内される形で時の皇帝であるウォルフガング・ライゼ・アルノールとの面会を賜ったヴィクター。“金獅子”とも謳われたウォルフはヴィクターとアリシアを見て、こう言葉を零した。

 

「我が娘は制御のきかない暴れ馬のような不肖者だが……末永く、よろしく頼むぞ。」

「お、お父様!!」

「陛下……はっ、我が忠誠とアルゼイドの名に恥じぬよう、精進致します。」

 

何はともあれ、親にも認められた二人。親友であるリューノレンスからも祝いの言葉をかけられ、二人は戸惑いながらも返答したという……ヴィクターとアリシアの結婚は大々的に伝えられ、貴族からは反発も出たが……皇帝から『反論があるというのならば聞こう。この私を話術で説得できる準備があればの話だが』という物言いに震え上がり、押し黙る他なかった。

 

 

「―――とまぁ、このような感じですな。」

「……意外だな。てっきり剣を交えてのものかと思ったが。」

「そうですな。奥方様が武もお強いと聞いたときは、さしもの私もそう思った程ですからな。」

クラウスから話を聞いたラウラの感想は『意外』という答えであった。それにはクラウスも笑みを零して呟く。自由闊達な父親の原点は彼女然り、そして親友である彼然り……人の力は誠恐ろしいと思った。私にも、いずれそういった人間が現れるのだろうか……父や兄に対する尊敬ではなく……愛おしいと思える人。

 

ラウラの視界の先に映るラクリマ湖……その先に聳え立つ白き城は、日の光を浴びて煌びやかにその佇まいを主張していた。

 

 




オリジナル要素満載です。

トワ会長の“魔導銃”に!?と思いましたが……やはり、誤植ではないようですね。スクリーンショットを見てると、エクシリアの技を思い出すのは私だけでいいw

サブキャラにルーファス……ユーシスとどう差別化を図るのか、気になります。ユーシスが馬なら、ルーファスは戦車……ダメだな、戦車はクレイグ中将が先にやってるし(何)……空母召喚(マテや!!)


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ロイドの扉 ~空の奏人~

リクがあったので、書いてみました。


人には評価というものがある。その人の評価は、言葉の意味をどう捉えるかにもよるが……

 

 

―――ある者は『天性の交渉人(ネゴシエーター)』と言い、

 

 

―――ある者は『音を具現化するもの(イリュージョンマスター)』と言い、

 

 

―――ある者は『武の神童』と言う。

 

 

一見、どういった繋がりから見ればその言葉が繋がるのだろう……という風に思っても仕方がない。だが、これらは全て一人の人物に対する評価であった。その人の名前はルヴィアゼリッタ・ロックスミス……サミュエル・ロックスミス大統領の実の娘にして共和国でも五指に入るほどの実力を併せ持つピアニスト。そして、東方武術“泰斗流”の師範代の一人である。

 

 

~カルバード共和国 パルフィランス駅~

 

七耀暦1204年2月……クロスベル方面行の大陸横断鉄道を待つロイド・バニングス。そして、その隣にはルヴィアがいた。彼の叔父は仕事の関係で忙しく、親友であるニコルもコンサートの準備で忙しいということで見送りが出来ず、本来ならばルヴィアもそのコンサート絡みで忙しいはずなのだが……何故かそこにいるルヴィアは珍しく、ロイドに対して寂しそうな表情を浮かべた。

 

「そっか、ろっくんも故郷に戻るんだ。ルヴィアさん、寂しいです。」

「ええ……正直言って、ルヴィアと敵対することになるかもしれないけれど。」

「あはは、何を心配してるのかな~?私はいつでもろっくんの味方なのだよ、ワトソン君。」

「誰ですか、ワトソンって……というか、コンサートの準備があるんじゃないですか?」

「私を誰だと思っているのかな~?天下無敵のルヴィアゼリッタさんなのですよ。」

解りやすく結論だけを言うと、リハーサルを抜け出してまでもロイドの見送りに来たのだ。この行動力はロイドにしてみれば『当たり前』のようなもので、とうの昔に諦めていた。言ったところで聞くような人間でもない……

 

ロイド・バニングスとルヴィアゼリッタ・ロックスミス……二人の関係は、三年前に遡る。

 

ガイが(表向き上)亡くなって……クロスベルに身よりの居なかったロイドは彼の婚約者であったセシルの世話になるのは気が引け……親戚の居るカルバードに引っ越すこととなった。元々子どもの居なかった叔父夫婦はロイドを大いに歓迎し、実の子どものように育てていた。記憶の中ではおぼろげにしか残っていない父親と母親との触れ合い……それを思い起こさせるような行為に、ロイドは思わず涙を零した。

 

それから、ロイドは兄と同じ警察官になるべく勉学と鍛練に励んでいた。それから一ヶ月ぐらい経ったある日、思いがけない出会いをすることになる。いつものように朝の日課としてランニングをしていた……その日は、少し余裕があったのでいつものコースとは異なるルートを通っていた時……向こうから自分と同じような動きやすい格好でランニングに励んでいた少年の姿が目に入る。それなりに広い共和国の首都で出会った二人……

 

「へぇ~……警察官になるため、ですか。っと、自己紹介がまだでしたね。ニコル・ヴェルヌと言います。ニコルで構いません。」

「ロイド・バニングスだ。よろしくな、ニコル。って……ヴェルヌって、あのヴェルヌ!?」

「ええ、そうです……とはいっても、僕は会社を継ぐ立場とは程遠いですが。」

自ずと会話が弾み、朝は二人でランニングすることになり……次第に打ち解けていった。それから更に一ヶ月が過ぎたある日……自宅にロイドを招いたニコルは、頼みごとをした。

 

「へ?コンサートの手伝い?」

「ええ。君の叔父さんから話を聞いたのですが、楽器演奏もそれなりにできると聞いて……」

「って、そっちの手伝い!?俺なんかが入って大丈夫なのか?」

その頼みごとを聞いたロイドは内容を察し、驚愕した。そのコンサートは噂程度にロイドも聞いていたが、共和国中のアーティストが一堂に会して執り行う一大イベント。そのようなプロフェッショナルがたくさんいる中に、音楽に関してはアマチュアの自分が入って問題は無いのか?と……その疑問を解決するかのようにニコルが言い放った。

 

「ロイドはあくまでもサポート的なものですが……練習はみっちりやりますから、覚悟してくださいね。」

「………ハイ。」

ニコルは普段おとなしい性格なのだが……音楽の事となると、一切の甘えや妥協を許さない鬼軍曹さながらの気迫を見せる。そうなった彼を止める術などない……ロイドに残された選択肢は、彼の依頼を引き受け、無事にコンサートを終わらせるために努力するということだけであった。そんなこんなでニコルの地獄の特訓が始まり、その時にストレスの爆発でリミッターが外れかけたが……何とかこらえて、無事(?)にコンサート当日を迎えることが出来た。そんなロイドの様子というと………

 

「少し、やりすぎましたかね?」

「………(ここを、本番を乗り切れば……終われるんだ…ゴールできるんだ……)」

完全にグロッキーであった。今のロイド・バニングスの奥底にあるのは、コンサートを無事に終わらせることだけ。その様子をフォローしつつも、会場入りする二人……それを見ていた一人の少女がいた。ニコルの姿を見て、笑みを零した。

 

「ニコル君、ようやく参加する気になったんだね。にしても、隣の子は誰なのかな……おっと、いけない。私も行かねば……」

気になることを口にしつつも、見るからに奇抜な格好の少女も彼らの後に続くように会場入りした。

 

一方、カルバードの大統領府では……一騒動起きていた。

 

 

~共和国大統領府 大統領執務室~

 

「―――なんだとっ!?テロリストからの犯行予告だとっ!?」

そう怒号を上げるかのごとく叫んだのはサミュエル・ロックスミス大統領。政務官はその声に驚きながらも、報告を続けた。

 

「は、はい。『ただちに大統領の任を降りろ。さもなくば今日の正午、血塗られた“鎮魂歌(レクエイム)”が流れ、貴殿に悲劇が襲うであろう。』……現在、大統領府の半径100アージュ以内の立ち入りを禁じております。狙撃可能ポイントについては、既にこちらで差し押さえております。」

「ふむ……ひとまずは、安心というべきか。いや、自爆テロの可能性もある。警戒は厳に、と。それと、報道機関を通じて市民に対し、この事態に対して冷静に対応するようにと。ただ、テロリストということは伏せておくように。」

「りょ、了解しました!」

犯行予告の文を読み上げた後、この周辺の狙撃可能場所の徹底的な捜索と、この手紙を送り付けた人間の調査を行っていると告げた。ロックスミス大統領は少し考え込んだ後、指示を出し……それを聞いた政務官が慌てて退室すると、ロックスミス大統領は机の上に残されたテロリストが出したと思しき手紙を見やりつつ、考え込んだ。何故、今回のテロリストは犯行文を送り付けたのか……そして、珍しくも時間指定されたもの。その時間まであと二時間……一体何が起こるのか……それの見当がつかぬまま、時間は刻々と過ぎていく。

 

 

~カルバード共和国歌劇場『トライヴァルケル』~

 

一方その頃、コンサートは開幕し……大統領府の中で起きている騒動などとはお構いなしに、どんどん進んでいき……そして、プログラムは午前の部最後の演目………ルヴィアゼリッタ・ロックスミスとニコル・ヴェルヌの合同セッション。そして、ロイドはそのバックミュージックの一角を担うことになったのだが……

 

「ニコル君のしごきは大変だっただろう?」

「え、ええ、まぁ……」

「ま、気合を入れるのも解るわ。なんたって、“空の奏人”とのセッションなんだもの……それより、君はどういう経緯で?」

「えと、彼の頼みでこうなりまして……(ニコルも結構知られてるんだな……そういや、向こうに座ってるのがその“空の奏人”……どういう人なんだろ?)」

バックミュージックのメンバーにある意味同情と言うか憐みの感情を向けられ、ロイドは困惑した。とはいえ、会場に入る前のグロッキーさは抜けきっており……そういった意味では感謝したいと思った。演奏は始まり、ロイドもそれに付いていこうと懸命にサポートし………演奏が終わり、拍手の雨が降ろうとした瞬間、

 

――― 一発の銃声が響き渡る。

 

観客席中央の通路で硝煙を上げる銃を持つ一人の男性。彼は銃を構えると、ゆっくりとルヴィアゼリッタに近寄る。一方、観客たちはパニック状態となって一目散に逃げ出し、アーティストたちの多くも逃げ出していた。だが、男性に銃口を向けられているルヴィアゼリッタ……その近くにいたニコル……そして、その状況を見てニコルに近づいたロイドの三人がステージ上に残っていた。

 

「ククク……ルヴィアゼリッタ・ロックスミス。貴女に罪はないが、貴女の父親がいけないのですよ?」

「……」

「(ニコル、これって……!?)」

「(恐らくはテロリストです。『反移民政策主義』を掲げる人達……父さんから、話だけは聞いたことがあります。)」

「貴女には人質になっていただきます……お父上が賢明なお方ならば、無事に解放して差し上げますよ。」

そう呟いた男性は指を鳴らすと、数にしておおよそ十人……そのいずれもが、マシンガンを装備していた。この状況を見たロイドは“絶体絶命”であると感じた……だが、ルヴィアゼリッタは違った。

 

「はぁ………ルヴィアさんの邪魔をするなんて……頭、冷やしてあげちゃうよ。」

そう言って飛び退くと……ステージ上に置かれたピアノの背後に回り……片手でそのピアノを“押し飛ばした”

 

「なあっ!?」

それを見たその男の光景は……迫りくるピアノの姿であった。その激突によって巻き上がる粉塵と振動。

 

「ロイド!?」

「この状況だと、ニコルが被害を喰らうことだって考えられる……ルヴィアさんは、俺がフォローして見せる。」

その間にロイドはニコルを安全な場所に避難させた。この状況では、ニコルが被害を被らないという保証などない……一先ず安全な場所に預け、ロイドは“万が一”ということも考えて荷物の中に持ってきていた自分の武器―――『トンファー』を取り出すと、ステージに向かって駆け出していた。正直未熟な腕で彼女の手助けができるのか……そんなことを考えていたロイドは、ステージに戻った時……自分の目に映った光景に疑問を浮かべた。

 

「………へ?」

其処に映ったのは、完全に制圧されたテロリスト。ある者は天井にめり込み、ある者は床に……ある者は壁のオブジェになったかのようにめり込んでいた。一通り制圧が終わった状況……目をパチクリさせて呆然とするロイドの姿をルヴィアゼリッタが気付き、近寄って声をかけた。

 

「あれ、ひょっとしてニコル君の連れかな?」

「え?あ、はい。ロイド・バニングスといいます。にしても……お強いんですね。」

「にゃはは、ある意味私のお父さんのせいなんだけれどね~」

女性が強いというのは別に珍しい話でもないが、こうまで圧倒的実力は流石のロイドでも若干引き気味であった……ともあれ、何事もなくホッとして視線を見上げると……彼女の背後に鈍い煌きを感じた。

 

「(何だ………っ!?)」

よく目を凝らしてみると……それは、拳銃。トリガーを握っているのは、血塗れの男性。ルヴィアゼリッタの飛ばしたピアノの直撃を受けた男の姿であった。その銃口から予測できる銃弾の行く先は―――ロイドの目の前にいるルヴィアゼリッタ。それを悟った瞬間、ロイドの脳裏に過去の記憶がフラッシュバックする。

 

『―――可愛そうに。』

 

それは、自分の兄が亡くなった後……葬式での記憶。だが、それだけではなかった。

 

『―――………!しっかりしろ!!』

 

『―――くそ、こうなるんなら……ロイドと………セシルに………』

 

響き渡る男性の声……その片割れは聞き覚えのある自分の兄の声と、彼のおぼろげな視界…自分には覚えのない記憶。そして、その虚ろの視界に立つ男性……その全体像を見ることは出来ないが……彼が握っていたのは……

 

―――『拳銃』。

 

「!!うあああああああああっ!!!」

自分の全く知らない記憶……その記憶と、拳銃を向けられているルヴィアゼリッタ……その光景が重なり、ロイドの中の『何か』が外れ……思考とは関係なく、身体が反応して……そこで、ロイドの意識は途絶えた。

 

「…………えっ………」

一方、ルヴィアゼリッタは今起こった出来事を整理できずにいた。

ありのままに述べるならば、『ロイドという少年が叫びと共に碧のオーラを纏い、瞳の色が金色に染まるとその場から消え……悲鳴が聞こえて振り向くと、気絶している男の姿とロイドの姿があった』ということなのだが……流石の天才と謳われるルヴィアゼリッタでも全てを理解できなかった……理解できたのは……『この少年に私は助けられた』という事実だけであった。

 

 

「………っ……ここ、は。」

「……目を覚ましたか、ロイド。」

ロイドが次に目を覚ましたのは、叔父夫婦の自分の部屋であった。丁度良く入ってきた叔父に、ロイドは事情を尋ねた。

 

「えと、俺はどうして……」

「ニコル君が運んでくれた。事情は彼から一通り聞いている。」

あの後、一応病院で精密検査を受けたが、特に身体の大きな損傷はないということでニコルが知り合いに頼んでここまで運んだとのことだ。それを聞いてロイドは納得したものの、体中に鈍い痛み……筋肉痛のような痛みを感じていた。あの時自分が見たもの……そして、視界がまるでスローモーションになったかのような感覚……それが何なのか……今まで感じたことの無いものに、ロイドは考えたものの、答えが出るわけでもなく……一先ずは休むことを優先することにした。

 

 

~パルフィランス~

 

それから二日後……筋肉痛も取れ、朝のランニングを再開したロイド。すると、いつも合流する場所に“二人”いることに気付く。一人は親友とも言えるニコル。もう一人は……先日のコンサートで初対面だったルヴィアゼリッタの姿であった。

 

「あ、ロイド!もう大丈夫なんですか?」

「おはよう、ニコル……って、ルヴィアゼリッタさん!?」

「ハロハロー、ろっくん。おひさ~♪」

「な、何ですかその『ろっくん』って……ニコル、どうしてここにこの人がいるんだ?」

気さくに挨拶してくるルヴィアゼリッタ……そこまでの関係になった覚えのないこともそうだが、彼女のロイドの呼び名に疑問を呈しつつ、ニコルに尋ねた。

 

「実は、ロイドの事をしきりに尋ねられまして……で、『ロイドのことを紹介してくれたら、新曲提供する』という条件で教えたのですよ。」

「俺の個人情報はルヴィアゼリッタさんの新曲の価値と同じってどういうことだよ!?」

「失敬だなぁ。私の曲は億単位の価値があるのだよ、ホームズ君。」

「そういう意味で言ったんじゃありませんから!というか、ホームズって誰ですか!?……ああもう……何で、俺の事を?」

もうツッコミが追い付かない……ため息しか出てこないロイドであったが、根本的な質問を尋ねた。その問いに対して……

 

「そうだね~……私、こう見えて飽きっぽい性格でね………今やってることも、楽しいからやってるんだ………でも」

 

 

―――あの時のろっくん、カッコよかった。面白そうだとかそんなんじゃなくて……私、本気で『好き』になっちゃったかも。

 

 

「……………」

その答えにロイドは茫然とし…………そして、

 

「え”!?」

引き攣った表情を浮かべた。聞くからに一目惚れ……しかも、彼女は現在の大統領の娘。下手すると逆玉の輿になりかねない。だが、ロイドは困惑する一方であった。

 

「あはは……」

これにはニコルも苦笑を浮かべる他なかった………

 

 

~パルフィランス駅 ホーム~

 

『―――間もなく、クロスベル・エレボニア方面行き大陸横断鉄道が参ります。危ないですので、安全なエリアまでお下がりください。』

「……それじゃ、お別れかな。ありがとうルヴィア。休みが取れたら遊びに来るよ。」

「むぅ……向こうはエリィちゃんがいるし、よろしくやっちゃうんでしょ。」

「いや、意味わからないから。」

ぶっ飛んだ会話をいなしつつ、到着した列車に乗り込むロイド。そして、ルヴィアゼリッタのほうを向き直ると、ロイドは小さな箱を彼女に向けて投げ渡し、ルヴィアゼリッタはそれをキャッチする。

 

「色々騒がしかったけれど、俺なりの感謝の気持ちだよ。」

その言葉と共に扉が閉まり、列車はクロスベルに向けて静かに動き出していった。それを見送ったルヴィアゼリッタは投げ渡された箱を開けると……小さな銀耀石(アルジェム)が埋め込まれたブレスレットだった。それを見たルヴィアゼリッタは笑みを零した。

 

「まったく、無自覚にもほどがあるんじゃないかな、ろっくんは。こうやって女の子を口説いちゃうんだもの……うん、ルヴィアさんも一肌脱ぐときが来たようだね。ちょ~っと時間はかかっちゃうけれど……エリィちゃんに負けてられないからね。」

 

そう言葉を零し、決意したルヴィアゼリッタ……その意味を、ロイドはこの数ヶ月後に知ることとなる。

 

 




共和国と言う殆ど描写されていない場所なので、オリ設定です。

ネックとして考えたのはロイドが警察学校に行っていた時期ですが……そこら辺も考えてかなりぼかした書き方にしています。

ロイドが見た光景は『鍵』となります。

音楽やってる人がそんなことしていいのか?という疑問もありますが……非常時であれば、「何を使おうが生き残ればいい」が優先されます。相手は命すら厭わない相手ですので。

そもそも、テロリストがこんな時期から活動していたのかという疑問もなくはないのですが……お察しください、としか言えませんが。


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零の扉 ~オルフェウスの竪琴~(エピローグ)

~アルテリア法国~

 

法国の星杯騎士団本部……その執務室に、総長であるアイン・セルナートと、守護騎士第五位ケビン・グラハム……そして、先日第五位付従騎士として配属されたリース・アルジェントの三名がいた。ケビンからメルカバで報告した内容の詳細を説明していた。

 

「成程……“七の至宝”絡みなだけはあるということか。」

ケビンの口から語られた『影の国』―――“輝く環”のサブシステムにして、限りない人の願望を際限なく取り込むため、その中に多彩な可能世界を実現すべく自己組織化する世界を生み出し、変化し続ける代物。“輝く環”を失ったそのシステムが目を付けたのはケビンの<聖痕>。それに対して『何故自分が選ばれたのか』といった表情を浮かべているケビン。あの場にはケビンの他にも複数の守護騎士がいた……下手すれば、複数の<聖痕>がコピーされていたとしても何らおかしくはなかったが……それに対する疑問はセレストでも解らないという回答のため、これ以上の詮索は出来ないということで納得する他なかった。そして、『影の王』となったルフィナ・アルジェントの精神…その報告を聞いた総長は静かに笑みを零していた。

 

「―――とまぁ、これが『影の国』の詳しい顛末です……あの、総長?」

「ん?ああ……済まない。珍しくケビンがちゃんとした報告を上げてくれたからな。明日は女神様が降臨されるかもしれないな……リース、いい仕事だな。」

「いえ、私は特に。」

「あのですね……」

ケビンが真っ当な報告を上げてきたのはいつ以来であったか……これは、明日あたり女神の天啓でも降りてくるのかと言わんばかりの口調で総長が呟き、リースもそれに頷きつつ答えを返し、ケビンは冷や汗をかきながら二人の方を見つめた……そんなんで女神が降臨でもされたらこちらの命が持たないと率直に感じていた。

 

「それでケビン、“外法狩り”に代わる渾名はもう決めたのか?」

「ええ……それに関してはリースに相談して決めました。」

「少しは私を労わってほしい……ケビンの出すもの、全部ネタにしかならなかった。」

「うっ……そのことはもう謝ったやろ。」

「あの程度で私の怒りが収まると思ったら大間違い。ケビンには百貨店のパン全種10個ずつ買ってもらう。」

「……せめて9個ずつでお願いします。」

総長に渾名を変えることを伝えた後、ケビンはリースの所を訪れ……それからケビンのボケと言う名の珍ネーム祭と、それに対するリースの冷静なツッコミというコント(?)が繰り広げられ……何とか、アルテリア法国に到着する前に決めることが出来た。

 

「第五位“外法狩り”改め……“千の護手(まもりて)”ケビン・グラハム。宜しくお願いします、総長。」

「成程……姉の意思を受け継ぐか……了解した。リースも引き続き、ケビンの補佐を頼む。」

 

そのようなやりとりが交わされている頃、アルテリア郊外の小高い丘に佇む一組の男女。煌くような銀の髪を持つ男性と……その傍らには炎をイメージさせるような赤い髪の女性が立っていた。彼等の見つめる先はアルテリアの街並み……ふと、男性が口を開いた。

 

「会わなくて、いいのかい?総長からは『会ってもいい』と言われているのだろ?」

「―――いえ、いいの。あの子たちは自分たちで答えを出した……そして、あの場所―――『紫苑の家』で元々死んでいた身。既に死んでいる人間が顔を出して、あの子たちの決意を鈍らせたくない……」

「生真面目だね。」

「私にとっては褒め言葉のようなものよ。」

あの二人―――ケビンとリースは、答えを出した。そして、自らの道に向き合うと決めていた。そこに自分が姿を見せれば、その決意を揺らがすことになってしまう……彼等がこの先も生き抜いていくためには、この方がよいのだと。二人は言葉を交わした後、静かにその場を去ろうとした。去り際に女性は振り向き……心の中でエールを贈った。

 

『頑張って、ケビンにリース。私はいつでも、貴方達を見守っているから』

 

そう内心で呟いた後、女性は男性の後を追う様にその場を去った。

 

 

―――空は、これ以上ないというほどの晴天であった。

 

 

~???~

 

―――私は、生まれた。

 

―――幼い頃から、既に卓越した知識を持っていた。

 

―――その知識を以て、人を助けたい。

 

―――だが、現実はそう甘くはなかった。

 

 

『……何この子。』

 

 

『……化物め。』

 

 

疑いの眼差しを向ける大人たち……まるで魔獣のように扱う……同年代の子供達も、私をのけ者にした。そして……そのまなざしは、やがて彼等だけでなく……

 

『―――ゴメンね。許して………』

 

『―――済まない。………』

 

本来、私を救ってくれるはずの親までもが……私を、殺そうとした。

 

 

―――殺す?誰を?私を?

 

―――何故だ。何故こんなことになった?

 

―――私はただ、その知識を以て幸せになりたかった。彼等にも、幸せになってほしかった。

 

 

だが、少女の願いとは裏腹に……彼等は武器を取る。それを見た少女は本能的に悟った。そして……

 

 

―――ワタシノ幸セヲ壊スノナラバ………ワタシガ、全テヲ奪ウ。

 

 

燃え上がる家屋……床に倒れ込む血みどろの動かない村人……そして、返り血に染まった少女。彼女にとっての『全て』を壊したその日、彼女は壊れてしまった。その少女の人格……それを直したのは、自分を“魔法使い”と名乗った人間であった。

 

『……彼のようにはしませんが、君のその力……我々のために役立てていただきますよ?』

 

その問いかけに答えることは無く……“俺”は、“白面”によってこの世に生を受けた。それからの人生と言うのは……訓練漬けの毎日であった。特に考えることもなく、ひたすら剣を振り……ただ、彼の命令するままに敵を滅する。その繰り返しの毎日。そんな俺の日常は、“白面”の死をきっかけに変わってしまった。

 

「っ!?………この感覚、まさか……死んだのか?」

俺の中に刻まれた<聖痕>……それは、“漆黒の牙”とは異なり、その主であるワイスマンの生存を確認出来る……その反応があるからこそ、俺は彼に従うしかない。そう思ってきた……いや、それしか知らなかったというべきなのかもしれない。だが、彼の死と共に俺の<聖痕>も砕け散り、それによって抑制された“私”の記憶も蘇る。“俺”と“私”……その人格が混ざり合い……そこにいたのは、“私”でも“俺”でもない人格であった。

 

「………“僕”は、全てを掴もう。たとえ、相手が“漆黒の牙”や“剣帝”であろうとも。」

人に理解されない悲しみを背負った“私”と、彼の言いなりの人形であった“俺”………そこから生れ出た“僕”という人格。その本質を理解できるのは、もはや誰もいない………そして、彼女……“彼”は告げられた。

 

『………。ただ今を以て、貴女を『執行者』No.Ⅱ“流刃”として任命いたします。』

『畏まりました。』

“剣帝”の後継……“流刃”。僕はこの地位を得た。そして、僕は自分の使命を果たそう……

 

 

―――この世に、『御神』の力は一つだけでいい。

 

 

そう思った彼の心の中に響き渡るのは……『独占』。

 

僕は知った。ワイスマンが死ぬとき、彼が見てきた記憶の一部が……その中で、“漆黒の牙”が使っていた技巧は、紛れもなく『御神』の技。そして、ヨシュアのそのスピードについていけていた人間……アスベル・フォストレイト。彼もまた、『御神』の技を知る人間である……七耀教会星杯騎士団『守護騎士』第三位“京紫の瞬光”……その名は、ヨシュアから聞いたことがあった。小太刀二刀術の使い手……間違いなく、彼は『御神』の何かを知っている。それがどこまでかは解らないが……だが、僕の使命のために……彼を殺して、『御神』の技を担えるのは僕だけのものにするために。“漆黒の牙”は歩法ぐらいしか知らないようだから、生かしてやろう……だが、“京紫の瞬光”は惨たらしい死に様に仕上げてあげよう……せめてもの、慈悲としてね。

 

「………」

その光景を傍から見ていた使徒第一柱“神羅”ルドガー・ローゼスレイヴ。“彼”の異常なまでの執着さには、ルドガー自身も頭を抱えていた。以前手合わせした時、彼はルドガーの構えを見て即座に剣を向けてきた。とはいえ、アリアンロードに匹敵しうるルドガーの前には“彼”自身なす術もなかった。そして、その中で聞いた………『御神』という言葉。それで悟った……執着している。『御神』という技の存在に。

 

「(…………)」

悩んだ末にルドガーは静かにその場を離れ、人知れないところで転位した。

 

 

~レミフェリア公国 首都フュリッセラ~

 

北国レミフェリア公国……冬を迎え、肌寒い時期……首都の一角の酒場に、ルドガーと彼が呼び出した相手―――アスベル・フォストレイトの存在があった。正直、『幻焔計画』の事は伝えられないにしても、『このこと』だけは伝えておかないといけない。

 

「アスベル……新しい『連中』が増えた。その中の一人が、お前を狙ってるようだ。」

「………“向こう”から渡ってきた、ということか?」

「そうみたいだな……“教授”のおかげで、大変なことになったが……奴は、『御神』に執着してる。その言葉の意味はよく解らんが……」

俺としては、『使徒』として敵に売るような真似はしたくない。けれども、同じ転生を果たした“仲間”を見殺しにはできない……だからこそ、一番信頼の置けるアスベルだけを呼んだ。俺の言葉を聞いたアスベルは少し黙り込んだ後……

 

「そっか……悪いな。」

そう一言だけ返した……聞き遂げて勘定の代金を置き、立ち去っていくルドガー。扉が閉まる音を聞き終えると、アスベルはまるで『予め予測していた』かのような表情を浮かべていた。アスベルは勘定をテーブルに置き、酒場を後にした。

 

 

~???~

 

一方……クロスベル自治州からそれほど遠くない場所に、歴戦の勇士の風格を覗かせる一人の男性―――猟兵団『翡翠の刃』団長、“驚天の旅人”マリク・スヴェンド。そして、その隣にいたのはマリクと同格と噂される猟兵団『西風の旅団』団長、“猟兵王”レヴァイス・クラウゼルの両名であった。

 

「聞いたぞ、一騎打ちのこと。」

「ああ……今にして思えば、『罠』だったんだな。つくづく俺がバカだ……そして、バルデル(あ い つ)もそう思ってるだろう。」

『西風の旅団』の副団長“西風の聖女”アルティエス・クラウゼル……そして、『赤い星座』の副団長“赤朱の聖女”シルフェリティア・オルランドの負傷。不幸中の幸いにも双方ともに大した怪我もなかったのだが……その際に得られた証言から双方の印象が悪化し……団長同士による一騎打ちをきっかけとした全面戦争に発展。その際のルールとして“アイゼンガルド連峰の中で行うこと”としたことが、互いのプライドを上手く刺激した形となり……結果的に民間人への被害は0で済んでいた。

 

「気にすることは無い……全員死んだわけではないから、立て直そうと思えばできる……バルデルは?」

「怪我としては俺と同等だったが、あの高さから落ちたんだ……生きていてほしいと思うが。」

実力的に完全に拮抗していたバルデルとレヴァイス……バルデルは谷底に落ちていった。その光景をレヴァイスは黙って見れるはずもなかったが、バルデルと戦いの前にかわした約束が彼を思い止まらせた。

 

『手助けは無用。結果はどうあろうとも、その結果を粛々と受け止める。』

 

“猟兵”としてのプライド……それが理由であった。そのプライドが大切なことも解っている……それでも、レヴァイスには納得できかねる部分があった。特に、彼の娘にはどう説明したものか悩んでいた……豪胆に見えて実は繊細……というのは、良くあることだ。実際、実の娘のような“彼女”もそのような雰囲気を感じることがある。

 

「そういえば、“絶槍”が姿を消したと聞いたが?」

「ああ………アイツは、アイツなりに考えたんだろう。その答えを探すために、旅に出る……そう書置きがあった。」

一ヶ月前……書置きと共に、クルルは姿をくらました。その行先は解らないが、マリクに一番忠誠を誓っていた人間が姿を消す理由……彼のやろうとしていることを知り、その為に必要なことを見出すために……手紙にそういった言葉がなくとも、その手紙に託したであろう彼女の気持ちは、マリクもそれとなく察していた。尤も、肝心な部分の感情に関しては気付いていないのであるが。

 

「ともあれ、必要な段取りは整った。いやぁ、あの爺さんには頭が上がらないな。」

「……最初聞いたときはどんな裏技使ったんだと思ったがな。だが、悪くはない。俺とお前の野望……実現させてやろうぜ。」

「おう。(……あの野郎は、どんな表情をするのだろうな。驚く顔が目に見えるな。)」

『翡翠の刃』と『西風の旅団』……その二つの猟兵団は表舞台から姿を顰めた。その二ヶ月後……クロスベル市の港湾区……クロスベル通信社ビルの隣に一件の店が開かれる。その名前は……

 

―――総合雑貨『セディティエスト』

 

他の店とは異なり、レミフェリア公国とリベール王国で作られた農作物や工芸品などを専門に取り扱うお店。風の噂では、この店の登場に警戒感はおろか恐喝をかけてきた人間もいたのだが……それを悉く病院送りにし……更には、『ルバーチェ商会』の本部まで殴り込みをしたという噂まであった……あまりにも現実離れした噂であったため、都市伝説レベルではあるがある意味タブー化している代物だった。

 

 

~港湾区 『黒月貿易公司』~

 

同じ区にある『黒月貿易公司』……一見すると貿易会社であるが、その実はダミー会社。カルバード共和国の東方人街の巨大な犯罪組織『黒月(ヘイユエ)』のクロスベル進出のための拠点。その3階の執務室で、側近の報告を受けている若き男性がいた。

 

彼の名前はツァオ・リー……“白蘭竜”の異名を持つ実力者で、二十代半ばでありながら、その卓越した頭脳と腕っぷしを駆使して幹部にまで上り詰めた人間。無論、彼はその地位で満足しているわけではない。彼の最終目標は無論、『黒月』のトップ……それは、彼がライバルと称し、そして互いに高め合った戦友にして親友の存在がいたからに他ならない。

 

「ご苦労様です、ラウ。して、やはり彼らは?」

「ええ。『翡翠の刃』と『西風の旅団』のメンバーのようです。我らとは異なり、真っ当に商売をしている……その中心人物の存在は認められませんが。」

「成程……『ルバーチェ』に“驚天の旅人”……もしかすると、“猟兵王”もいる……この街は“魔都”と呼ばれる所以になるでしょうね。」

“赤炎竜”の死……生死の隣にいることが常の『この世界』では別に珍しくもない。だが、その死をラウから聞かされた時、内心は悲しんだが表情に出さなかった。そして、彼の亡骸が埋められた墓前でツァオは誓いを立てた。

 

『私は貴方の分まで戦いましょう……この組織の頂点に君臨するまでは、這ってでも生き延びます。』

 

「ともあれ、最近は『ルバーチェ』の動きも気になります……ですが、目立った動きは避けるよう徹底してください。こちらから火の粉を蒔く様な動きは避けたいですから。」

「はっ。それと、『赤い星座』がどうやら共和国の方に向かったようで……ツァオ様に一時的な召還命令が出ております。」

「……やれやれ、あの方々も相当な臆病のようだ。ラウ、“留守”中は任せます。」

「解りました。ツァオ様も御武運を。」

 

この数か月後……共和国で『赤い星座』と『黒月』が大規模な戦闘を引き起こす事態にまで発展することとなる。

 

 

 

―――『オルフェウス最終計画』が第二幕、『幻焔計画』。

 

 

 

―――鐘交わる地で響き渡る音色。

 

 

 

―――それに呼応する西ゼムリア全体を覆う戦乱の焔。

 

 

 

―――『激動の時代』を生き抜くために、世界を渡る者同士がぶつかり合う。

 

 

 

―――『七の至宝』……『聖天兵装』……そして、『忘れ去られた奇蹟』。

 

 

 

―――今こそ、全ての決着をつけるために……全ての因縁を……ここで断ち斬るために。

 

 

 

―――その狼煙があがるのは……そう遠くない未来であった。

 

 

 




敵側に一人追加しました。まぁ、具体的な実力は伏せたままですが。
『こういう可能性』だってあるのを具現した結果ですね。











さて、この小説ですが、これにて一区切りとさせていただきます。

コメントを読んで再考したのですが……

私自身『矛盾』だと感じていないところ、気付いていない部分が多いのでは、と思います……このまま続けて私自身がその『矛盾』に気づいたときには手遅れである……正直に言いますと、細かい描写や説明の不足……私の力不足です。

投げっぱなしと言う部分には否定できませんし、非難や批判も当然あると思います。それに対しては申し訳ありません。ただ、削除はしません。

零・碧・閃編については、まったくの白紙です。続きを書く予定は今のところ在りません。

と、ここまでが小説の事情で、もう一つ私個人の事情もあります。

とはいっても仕事の関係なのですが、指を酷使することが多く、時には鈍い痛みを感じるほどです(病院には行っております)。その影響でこちらの執筆にも影響が出ていて、この先を考えると大事に至る前に指の負担を軽くした方がよい……そういった個人的事情も含めての一区切りとなります。


このような拙作を読んでいただき、誠にありがとうございました。



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