人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築 (チャーシュー麺愉悦部)
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プロローグ

プロローグ

 

死滅した世界、混沌の闇の中から無数の悪魔の眼光。

 

人修羅は悪魔達を従え、彼方に見える大いなる意思の代理神ともいうべき、大いなる神の光を目指し歩いてゆく。

 

光を憎悪した、アマラの秩序に憤怒した。

 

全てを破壊し、全ての世界に自由をもたらせてみせると悪魔の力をたぎらせ、力強く前に進む。

 

響き渡る一発の発砲音。

 

悪魔達の前進が止まった。

 

混沌の軍勢の前に立ち塞がるは、赤きコートを身に纏うデビルハンター。

 

「…ダンテ」

 

人修羅は静かに、だが覚悟が籠もる眼差しでデビルハンターを見つめる。

 

彼には分かっていた、ダンテが己の前に必ず立ちはだかると。

 

「ヨスガの天使共を締め上げて聞き出したんだが…光と闇の戦いってのはどうやら、人間の世界で行われるようだな?」

 

彼を試すようにダンテは銃口を向ける。

 

返答次第では殺す。

 

その決意にみなぎった瞳を、人なる悪魔へと向けた。

 

「天使と悪魔が踊っちまえば、外野の観客まで踏み潰されていく。お前はそれでいいのか?」

 

静かな静寂が辺りを包む。

 

混沌の悪魔達が蠢く。

 

今にも我らの行く手を阻む愚か者を破壊してやりたいと、恐ろしい眼光を光らせる。

 

不意にダンテが背後に気配を感じる。

 

そこには、金髪の老紳士が車椅子で現れていた。

 

「…二千年前、私と魔界の覇権をかけて争った魔帝ムンドゥスは、我先に神を討たんと人間界に侵攻し、世界を手中に収めようとした」

 

昔の敵を懐かしさを滲ませた瞳で語る。

 

「だが、自身の右腕とも言える強大な力を持った魔剣士スパーダの裏切りに合い、魔界の軍勢もろともに魔帝ムンドゥスは…魔界に封印される形となった」

 

「おいおい、昔のツレの話しなら()()()()同士でやってくれ。俺はまだ若いんだ」

 

軽口を叩きつつも、人修羅へ銃口を向けたまま微動だにしない。

 

「お前も父と同じ道を歩むか?今度は我々を前にして……」

 

「親父は親父、俺は俺だ。俺はデビルハンターだぜ?悪魔を狩るのが…俺の仕事だ」

 

二丁拳銃を同時に構える。

 

「さぁ、答えを聞かせてもらおうか人修羅。お前はナオキか?それとも悪魔か?」

 

人修羅は静かに、だが迷いのない言葉を紡ぐ。

 

「俺は……悪魔だ」

 

瞬間、2丁拳銃から猛火の如くマズルフラッシュが光る。

 

魔弾の雨が目の前の悪魔に降り注ぐ。

 

瞬時に片手から魔力の光剣を生み出し振るう。

 

振るわれた光拳から熱波の衝撃波が巻き起こり、魔弾の雨を弾き飛ばした。

 

睨み合う二人。

 

お互いに小細工など通用しない事は分かりきっていた。

 

混沌の悪魔達が雄叫びを上げ怒り狂う。

 

障害となるデビルハンターを喰らわんと騒ぎ立てるが、人修羅は両手を広げ悪魔達を制した。

 

「邪魔を…するな」

 

悪魔達がいくら束になってかかっても犠牲が増えるだけだと判断。

 

目の前のデビルハンターとは幾度も戦ってきた。

 

しかし、何か別の悪魔としての力を隠して戦っていたという直感を、彼は引きずっていた。

 

ダンテの力には切り札がまだ残っていると、彼は見抜いていた。

 

「大したもんだな人修羅、初めて会った時に比べりゃ桁違いってもんか」

 

「小細工は抜きだダンテ。お前の真の力を俺に見せてみろ」

 

二丁拳銃をしまうと、戯けて両手を広げ挑発する。

 

「いいぜ?だが安くはねーなぁ。お代は……お前の命を貰おうか」

 

懐から2つのアミュレットを取り出し両手に持つ。

 

そのアミュレットを一つに合わせる。

 

「見せてやるぜ……これが俺のジョーカーだ!!」

 

2つのアミュレットが一つとなり、眩い光を放つ。

 

その光の中から現れたのは、巨大な魔剣『スパーダ』

 

魔剣を両手に握りしめ構える。

 

ダンテの体が赤黒い雷光を放ち、その姿が異形の悪魔へと変わっていく。

 

「おお……その姿はッ!?」

 

 金髪の老紳士はその姿を知っていた。

 

──二千年前、人々の平和が魔界の侵略によって砕かれた。

 

──だが、一人の悪魔が正義に目覚め、闇の軍勢に立ち向かった。

 

──魔剣士 スパーダ。

 

──戦いに勝利した彼は人間界に降臨し、その平和を見守った。

 

──彼の命が、伝説に刻まれるまで。

 

「伝説は繰り返す……再び我ら悪魔の前に立つか…スパーダ!」

 

混沌の悪魔達もその姿を知っている。

 

伝説の魔剣士スパーダとうり二つのその姿に戦慄し、どよめきの声を漏らす。

 

だが、人修羅だけはその姿を見つめながら…邪悪な笑みを浮かべた。

 

「出し惜しみしてたってわけか?舐められたもんだな……」

 

「さぁ、お互いにこれで出し惜しみは無しだ。お前の最高のガッツ…俺に見せてみろ」

 

人修羅も最強のマガタマ『マサカドゥス』の力を開放する。

 

全身から深碧の如き魔力を放出し、闇を照らす。

 

両者が共に前に進み、歩み寄る。

 

もはや勝負を決めるのは、互いの全力の一撃にかかっている事は二人共分かっている。

 

「受けてみろダンテ…これが俺の力だぁーッッ!!」

 

両腕を前に重ね全身の魔力を大地へと流し込む。

 

大地が巨大地震のように激しく揺れ動き、無数の亀裂が入り、そこから光の粒子が噴き上げった。

 

「いかん……!」

 

金髪の老紳士は混沌の悪魔達に撤退の指示を出す。

 

悪魔の軍勢が混沌の闇の中へと消えてゆく。

 

重ねた腕を頭上に持ち上げ、一気に左右に振り下ろした。

 

「ジャッ!!!!!」

 

地平線の彼方、一つの光が輝いた。

 

その光は、爆発と共に彼方まで広がっていく。

 

大地の母の怒り、それはまさに『地母の晩餐』

 

全てが光に包まれた、この破壊のエネルギーの前には…全てが滅びる。

 

だが……。

 

「うおおおおおおおおおッッ!!!!!」

 

ダンテの突進は、怯まなかった。

 

全身がボロボロになりながらも魔剣スパーダが人修羅に迫る。

 

魔剣の刃が光の世界において、その体を貫いた。

 

「「おおおおぉぉぉ────ッッ!!!!!」」

 

人修羅もダンテも全ての魔力を放出し、ぶつかり合う。

 

光の世界に2つの悪魔のパワーが拮抗していく。

 

ピシッ…とでもいうべき音が、光に包まれた世界に生まれる。

 

音と共に、光の世界に無数の亀裂が入っていく。

 

強大な魔力のぶつかり合いによって、次元壁が砕けていく。

 

二人の悪魔は…互いに違う世界へと流され小さくなっていく光景を残し、ライバル同士の死闘が終わっていった。

 

──人修羅は、アマラ宇宙の奔流に流されてしまったか。

 

──あの悪魔が流れ着く先の世界とは……。

 

──スパーダの息子は、魔界の奥底に流されていった。

 

──来奴とはいずれまた相見えるであろう、あの男が悪魔狩人である限り。

 

………………。

 

ダンテはその後、魔界の奥底に流れ着く。

 

そこで見つけたのは、兄であるバージルの刀であった()()()の破片。

 

破片の力によって次元の壁を斬り裂き、違う宇宙の人間界へと帰還を果たした。

 

後に、彼にとっては新しい出会いが待っている。

 

悲しき別れとなった兄であるバージルが残してくれた息子、ネロとの出会い。

 

それはまた別の物語として進んでいくのだろう。

 

そしてもう1人の悪魔…人修羅と呼ばれた少年の、新たなる物語もまた…。

 

ここから始まるのだ。

 




誤字脱字、表現の間違いなど多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いします。


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第1部 1章 新たなる運命
1話 アナザーワールド


星の光が見える満天の夜空。

 

風で木々が揺れる音。

 

暗い夜闇の世界で彼は目覚めた。

 

全身が動かない、動かそうにも言うことを聞いてくれない。

 

彼の胴体には巨大な刺し傷が残り、傷口は焼け焦げていた。

 

明らかに致命傷であったが、まだ彼は死んではいない。

 

悪魔の体は想像以上にタフだったようだ。

 

彼は動かない体のまま夜空を見上げている。

 

昨日まで知っていたような、それでいて遥か遠い昔のようにも思える夜空を見上げていた。

 

星空も木々の音も風の肌触りも全部、昔の彼が知っていた筈のもの。

 

今となっては何もかもが懐かしい気持ちとして……彼は感じていた。

 

彼の目から自然と涙がこぼれ落ちる。

 

その懐かしい光景を見つめつつ……ゆっくりと瞼を閉じていく。

 

静かに彼は、眠りについた……。

 

悪魔の体は眠ることにより、傷を自然回復させる力がある。

 

これほどの致命傷を癒やすには、どれほど眠らなければならないかは分からない。

 

それでも眠らせて欲しい。

 

やっと彼が休める時間が来たのだから……。

 

────────────────────────────────

 

一体どれぐらい眠っていたのだろうか、彼はようやく目を覚ます。

 

体がようやく動かせる感覚が生まれたので、自分の掌を顔に向ける。

 

「おかしい…俺の体から、悪魔化した時に生まれた発光する入れ墨みたいな跡が無い?」

 

首の裏にある筈の一本角も感じないと、右手で首の裏を擦った。

 

体を起こして自分の体を確認して見る。

 

「ダンテに刺された傷が見当たらない…?胴体にあった筈の入れ墨まで消えている?」

 

上半身裸のまま立ち上がり、周りを確認して見る。

 

「森の中…?一体どこの森なんだ?」

 

訳がわからないままであったが、立ち止まったままでいるわけにもいかず歩いてゆく。

 

程なくして、民家らしきものが見えてきたので隠れながらその様子を伺う。

 

(住民の声が聞こえてくる…。日本語だな)

 

ここが自分の生まれた国、日本だというのが分かったようだ。

 

(なぜ俺は…こんな場所にいたんだろうか?)

 

自分は東京都内の高校に通う、進路相談が始まるだろう高校二年生だった筈だと記憶を辿る。

 

(悪い夢でも見ていたのだろうか?あの地獄の世界は、悪い夢だったんだろうか?)

 

こんな場所でなぜ上半身裸のまま眠っていたのかは思い出せない。

 

「考えても答えは出ない…だがこれだけは分かる」

 

──家に帰ろう……家族に会いたい。

 

──千晶や勇、それに祐子先生に会いたい。

 

上半身裸のままでいるわけにもいかず、民家に干してあったモッズパーカージャケットを盗む。

 

(すまない…いつか必ず弁償しに訪れる)

 

街に出た彼は、ゴミ箱に捨ててあった新聞を手にする。

 

「年号は俺が生きていた時代と同じ、日付も同じだ」

 

足早に歩く。

 

「なんであんな場所で寝ていたのかなんて、この際どうでもいい」

 

やはり自分は悪い夢を見ていたのだと思い込む。

 

「俺はただの高校二年生、進路の当てもあまりない…何処にでもいる平凡な高校生だ」

 

ここが東京からそこまで離れていない県だったのも分かった。

 

「金は無い…仕方がない、歩いて東京を目指すか」

 

歩きながら考えている。

 

「親父とおふくろにまた迷惑かけちまったな…。勇や千晶はどうしてるんだろう?」

 

中の良い親友2人の顔を考えていると、自然と笑みが浮かぶ。

 

「きっとこんな場所を彷徨いていた事がバレたら、俺をからかってくれるんだろうな…」

 

それでも彼の足取りは軽かった。

 

()()()()()()があるという…安堵感が彼を満たしてくれていた。

 

────────────────────────────────

 

どれぐらい歩いたのかは分からないが、やっと東京が見えてきた。

 

「やっと東京だ。ここからはもう道に迷わないだろう」

 

故郷である東京を迷うことも無く、自分の家のマンションに向かっていく。

 

彼は自分の家のドアの前に立つ。

 

「なんだか胸が高鳴るな…。自分の家なのに緊張してしまう…」

 

胸の高鳴りと共に、嘉嶋家のドアを開けた。

 

「……ただいま」

 

靴を脱ぎ、ダイニングルームに入っていく。

 

ちょうど()()がテレビを見ていたようだ。

 

「ごめん親父、おふくろ…俺……」

 

バツが悪そうに二人に顔を向けるが…。

 

その二人の表情は…彼が考えていたものとは違っていた。

 

「……どちら…様ですか?」

 

二人の表情は凍りついている。

 

まるで不審者でも見るような眼差しで、我が家に入ってきた少年を見つめてきた。

 

その一言で、彼の顔も凍りつき…激しく動揺してしまう。

 

「な…何言ってるんだよおふくろ? 俺だよ…尚紀だよ」

 

「君は一体誰なんだ!?なぜ私達の家に踏み込んできた!」

 

自分の妻を守らんとした態度。

 

育ての親だと信じている男性が、強い口調で罵ってくる。

 

「親父!おふくろ!悪ふざけはやめろよ!?俺は尚紀だ!」

 

「君など知らない!!」

 

「あんた達の一人息子だよ!!」

 

「私達夫婦に…子供はいない!!」

 

信じられない言葉が男から発せられた。

 

「子供がいない…?」

 

(なら…俺は一体…誰なんだ……?)

 

走って自分の部屋だった場所のドアを開ける。

 

そこはただの物置部屋。

 

思考が混乱し歪んでいく…目眩さえ出てきた。

 

「いい加減にしろ君!これ以上私達の家に上がり込むなら、警察を呼ぶぞ!」

 

「待ってくれ親父!?俺はあんたの息子だ!」

 

「さっきの話を聞いていなかったのか!いい加減にしろ!!」

 

「俺は……この家の息子なんだーッッ!!」

 

強引に父親だと信じる男からつまみ出され、家の外に放り出された。

 

「私達夫婦は…子供が欲しかった」

 

「えっ……?」

 

「でも、神様は私達に子供を恵んではくれなかった」

 

男は彼の靴を放り捨て、強引にドアを閉め鍵をかけた。

 

「何なんだよ…訳がわからない……!!」

 

(俺は…嘉嶋家の一人息子の…嘉嶋尚紀じゃないのか?)

 

無慈悲に閉められたドアを彼はただ……呆然と眺める事しか出来なかった。

 

────────────────────────────────

 

彼は走った。

 

自分を知っている者を探して走り続けた。

 

「勇なら俺が分かる筈だ!!俺の知っている新田勇(にったいさむ)なら!!」

 

新田家に辿り着いた彼はインターフォンを鳴らし、勇の父だと思う人物が出迎える。

 

「勇はいるか?」

 

「勇?うちにはそんな名前の子供はいないが?」

 

「勇がいない……?」

 

怪訝な表情を浮かべつつ、勇の父と思われた男は玄関のドアを閉めた。

 

「訳がわからない…千晶なら俺が判るだろ?俺が知っている橘千晶(たちばなちあき)なら!」

 

橘家のインターフォンを鳴らし、千晶の母が出てきた。

 

「千晶はいるか…?」

 

「千晶…?貴方どちらの方ですか?家を間違えていると思いますが?」

 

「そんな筈はない!千晶は…橘千晶は、この家の娘のハズだ!!」

 

「いい加減にしなさい!しつこく言うなら警察に通報しますよ!!」

 

機嫌を害した女性が乱暴に扉を閉めてしまった。

 

「…勇も千晶も、俺と同じように存在していない扱いなのか?」

 

一体何が起こっているのか彼には分からない。

 

地面が崩れてゆくような錯覚で膝が崩れそうになるが、それでも最後の希望に縋り付いた。

 

「今日は土曜日だ…俺が通う都内の高校になら、祐子先生がいてくれるハズ…」

 

最後の望みを胸に母校に向かって駆けていく。

 

都内の通っていたと思われる高校に入り込んでいき、目指すは職員室。

 

職員室のドアを強引に開けた。

 

出勤してきている教師はまばらだが、その中に彼のよく知る女教師の姿を見つけた。

 

「祐子先生…!?」

 

「え…?」

 

自分の担任だと信じている女性の名を叫んだ。

 

やっと見つけた出会いたかった人物の一人、高尾祐子(たかおゆうこ)の元に駆けていく。

 

「貴方は……?」

 

いきなり職員室に駆け込んできた少年に対し、警戒感を持った態度を見せてくる。

 

「俺だよ先生!あんたが担任している教室の生徒の一人だ!嘉嶋尚紀だよ!」

 

最後の望みをかけて自分の事を知っているかどうかを託す。

 

彼女が立ち上がる。

 

彼がよく知る腕を組んだ姿を作り、威圧的に語りかけてきた。

 

「私のクラスに嘉嶋尚紀という男子生徒はいません。貴方は何処の学校の生徒?不法侵入よ」

 

「そ…そんな……誰も…誰も俺の事を……」

 

──覚えていないのかよぉぉぉ────ッッ!! 

 

最後の希望は絶たれてしまった。

 

職員室にいた教師達が立ち上がり、不審者の彼に駆け寄ってくる。

 

「どけッ!!!」

 

我を忘れて叫びながら職員室から飛び出していく。

 

自分の母校だと信じていた高校から走り去っていく。

 

彼の希望が今…終わりを告げた。

 

────────────────────────────────

 

その後、他の知り合いの生徒や親戚周りも当たってみたが、誰も彼の事を知らないと言い続けた。

 

「もう…何処にも行く当てが無い……」

 

日付が変わった東京の街を、彼は彷徨い続ける。

 

今日は日曜日ともあり、多くの人達が街に繰り出し日常を謳歌している。

 

すれ違う赤の他人、何も知らない子供達が彼の横を通り過ぎていく。

 

「東京に…俺の居場所なんて…何処にも無いんだな……」

 

パーカーを目深く被り、その素顔を隠す。

 

今の彼の表情はどんな顔をしているのだろうか? 

 

目深く隠れた彼の顔は、暗い影に覆われて見えない。

 

ふと空を見上げる。

 

ビルに覆われた東京の街の空があった。

 

嘉嶋尚紀が、故郷だと信じていた場所……。

 

「もう…ここにはいられない」

 

行く当ての無いまま東京の街を去っていく。

 

彼の後ろの東京は、今は遠く。

 

これから彼は何処に向かっていくのだろうか? 

 

彼自身分からないまま、その背中は行く当ての無い旅に向かって…歩いていった。

 

────────────────────────────────

 

彼が数年後に出会う少女がいる。

 

その少女は一つの願いによって、始まりも終わりも存在しない概念存在となった。

 

()()()()()()と呼ばれる存在に。

 

全ての世界に生きた証もその記憶も何処にも残されていない存在に。

 

神という領域にシフトし、この世の住人は誰もその存在を認識出来ない。

 

彼女もまた、世界に干渉出来ない存在である神になるのだろう。

 

嘉嶋尚紀にも二人の友達がいた。

 

新田勇と橘千晶。

 

この二人もまた()()()()()()()()()()()()()()において、コトワリの神となった。

 

その存在は数年後に出会う少女と同様に、その存在は全ての世界から消え去った。

 

この二人を覚えている者達は、全ての世界において存在しない。

 

高尾祐子だけは別だった。

 

彼女はコトワリを開く事も出来ず、かつてあったかもしれない宇宙において消滅した。

 

コトワリの神になる事も出来ず、未だ他の世界においては普通の人間として存在している。

 

それが尚紀が見せつけられた、この世界で繰り返される残酷さの最初の一端。

 

そして嘉嶋尚紀。

 

彼は一つの世界を死滅させた悪魔として大いなる意思に呪われた。

 

永遠に神と戦い続ける神の敵対者という()()()()()()()となった。

 

その存在は大いなる神によって否定された。

 

悪魔となった一人の人間の存在は、全宇宙において消滅させられた。

 

彼の存在もまた、始まりも終わりも存在しない。

 

嘉嶋尚紀は全ての世界の住人では無くなってしまった。

 

今ここにいるのは、この世界に流れ着いてしまった異邦者であり漂流者。

 

人間である嘉嶋尚紀の記憶を持った概念存在でありながら受肉する。

 

悪魔と呼ばれる存在に過ぎなかった……。

 

 

真・女神転生 Magica nocturne record

 




読んで頂き、有難う御座います。


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2話 魔法少女

どれだけの時間、彼は様々な街を彷徨ったのだろうか? 

 

何処の街に赴いても不審者扱いされ、その街に居場所を感じられずに去っていく。

 

心無い人間達に絡まれては一方的に痛めつけられる。

 

彼は無抵抗。

 

抵抗する気力さえ出てこない。

 

お金も持っていない、ただ路地裏に置き去りにされ倒れている。

 

(体の痛みなんて……何も感じねぇ……)

 

人間に痛めつけられた程度では、悪魔の体には何も感じないのだろう。

 

(それでも……やり場のない心の苦しみが……痛くて堪らねぇ……)

 

………………。

 

悪魔の体は、食べ物を食べなくても動くことが出来る程に丈夫のようだが…? 

 

「悪魔の体でも、空腹という欲望だけはついてきやがる……クソッタレ」

 

公園の水以外は何も口にはしていない生活。

 

彼の衣服も汚れきっている。

 

このまま何処に向かい、何処で何をすればいいのかも分からない。

 

ついには何処かの街の路地裏に座り込んでしまった。

 

「もう立ち上がって歩く気持ちになれない。歩いて進もうが…何処にも俺の居場所は無い」

 

(無くしたくないモノを…無くしてしまった。もう何も信じられない……)

 

ポツポツと雨も降りしきる。

 

ずぶ濡れになっていく彼の汚れた体。

 

ジャケットのパーカーで覆われた顔の口が、怒りによって食いしばられていく。

 

心の中にどす黒い何かが噴き上げてくる。

 

「この世界が何であれ、もうどうでもいい! もう俺には関係ないことだッ!!」

 

──こんな世界…どうなろうと知ったことかぁ!!! 

 

やり場のない怒りを叫んでしまった。

 

道行く通行人は浮浪者のような彼の叫びに、白い眼差ししか向けてこない。

 

俯いたまま、黙り込んでしまう。

 

…ふと、前方に人の気配を感じて顔を上げる。

 

差し伸べられているのは、左手。

 

左手の中指には()()が光っている。

 

右手に傘を持った少女が、手を差し伸べていたようだ。

 

「大丈夫ですか……?」

 

「………………」

 

彼女は微笑んで彼に語りかけてくる。

 

全てを失った尚紀の元に、新たな運命の螺旋が今……。

 

訪れてしまった。

 

────────────────────────────────

 

何処かの学生服を着た少女。

 

まつ毛まで届いた真っ直ぐな前髪。

 

フェイスラインから鎖骨まで伸びた髪。

 

お尻まであるとても長い後ろ髪は金髪。

 

その目も蒼みがかかっているように見える。

 

(この女……何者だ?浮浪者みたいな俺を嘲笑いにでも来たか?)

 

差し伸べられた左手を、被害妄想に苦しむ彼が右手で払いのける。

 

「俺に……関わるな」

 

目深く被ったフードの影。睨むような彼の視線。

 

彼女は少し困ったような顔をした後、右手に持っていた傘を手渡す。

 

「あなたの事が心配です。風邪……ひきますよ?」

 

彼女は強引に傘を渡す。

 

微笑んだ後に、彼女は路地裏から走って消えていく。

 

「おい待て!こんなもの俺はいらない!」

 

彼の呼びかけにも応じず、去っていく後ろ姿しか見えない。

 

風邪をひくと他人を心配しながらも、自分はずぶ濡れ姿で帰っていく。

 

「……なんてお人好しな女なんだ」

 

苛立ちを感じたが、それでも嬉しかったようだ。

 

「この世界で……初めて人に優しくされた……」

 

立ち上がる気力も出なかった体に、力が入り立ち上がる。

 

「こんな傘のほどこしは受け取れない。まだ遠くには行っていないだろう」

 

舌打ちをし、彼は彼女の後を追いかけていった。

 

────────────────────────────────

 

「見当たらないな…。か細い体をしている癖に、思ったよりも動きが早い」

 

彼女を探して辺りを探し続ける。

 

不意に彼は何かを感じ取った。

 

「これは……悪魔の魔力?いや、違う…ボルテクス界の悪魔とは違う悪魔か?」

 

今まで意識するキッカケがなかったせいで気が付かなかったが、たしかに感じる。

 

「あそこの路地裏から感じる……」

 

路地裏に入った前方空間には、見慣れない結界。

 

「魔人の結界とは明らかに違うな。今まで見たこともない……」

 

その中で2つの魔力がぶつかり合っているのが、悪魔の彼には分かる。

 

「俺以外にも悪魔がいるのだろうか? 調べてみるしかないよな……」

 

傘を分かる場所に置き、結界の中へと足を踏み入れていく。

 

そこは奇妙な空間。

 

「まるで怖い絵本世界の中に、現実の置物をぶち撒けたような光景だな」

 

明らかに彼が見てきた悪魔の結界とは異質な世界。

 

奥から感じる2つの魔力の元に歩いていくと、地面に転がっている無数の何かに気がついた。

 

「なんだ?この手足や頭部をデタラメに繋ぎ合わせたような人形共は?」

 

頭部パーツも醜悪であり、ホラー映画にでも出てくるような顔。

 

「メルヘンな空間なら……可愛らしい人形でも置いとけよな」

 

それは叶わない願い。

 

使い魔達は決して魔女を満たすモノを与えない。

 

使い魔達の亡骸を確認してみる。

 

「鋭利な何かで切断されたような跡が残っている……見たことあるな」

 

その切断面を見て確信した。

 

「剣のような道具じゃない…」

 

切り口から見て風の魔法の類に見えた。

 

「やはり、この世界にも俺以外の悪魔がいたようだ」

 

彼はまだ見ぬ悪魔の姿を求め、結界の奥へと足を進めていった。

 

────────────────────────────────

 

「この奥がどうやら結界の最奥のようだ」

 

広大な空間、周りはグロテスクな人形で埋め尽くされている。

 

その中央を見る彼は、一人の少女の姿と巨大な『魔女』と呼ばれる存在を目撃した。

 

「あれは……なんだ?俺が見てきた悪魔とは、雰囲気が違う」

 

まるでグロテスクな水彩画から形が浮かび上がったような見た目。

 

およそ生物とは程遠い悪夢の絵本からそのまま飛び出して形になったような怪物。

 

「あんなモノは、ボルテクス界やアマラ深界でも見たことが無い……」

 

そしてもう一人の怪物と戦っている少女。

 

「なんだあの見た目……まるで変身ヒロインのコスプレみたいだな?」

 

だが、彼女は彼がよく知る魔法とよく似た力を用いて戦っていた。

 

「悪魔の風の魔法と同じ類に見える…。だが、あの魔法の使い方はなんだ?まるで魔法の応用だ」

 

彼女は体に風を纏わせ、疾風のように駆け巡る。

 

魔女の猛攻を一切受けない程の回避力。

 

「あんな魔法の使い方もあるんだな……。待て、あの女は!?」

 

あの時、彼に傘を手渡し去っていった少女と同じ顔をしている事に気がついた。

 

「あの2つは何なんだ?まるで変身ヒロインモノのサブカル世界にでも来たようだ」

 

彼女は魔女の一撃を潜り抜け、飛翔とまで呼べる程の跳躍を見せる。

 

着地して後ろを振り向く彼女の現在位置は、尚紀の手前空間。

 

魔女と対峙する彼女の後ろでは、グロテスクな人形の物陰に隠れて様子を見ている尚紀の姿。

 

「くっ……この魔女は体が硬い!魔法が通じない!」

 

(魔女?あの女は、そう口にしたのか?)

 

魔女と呼ばれる存在には彼も出会ったことがある。

 

(俺の知っている悪魔である魔女とは違う。この世界の魔女と呼ばれる存在なのか?)

 

この世界の魔女と呼ばれる存在の正体とは…? 

 

【人形の魔女】

 

その性質は渇望。

 

生前どうしても欲しい高価なお人形のために魔法少女になった子供がいた。

 

彼女は願いによって手に入れた高価なお人形を溺愛した。

 

でも意地悪な兄が、お人形をバラバラにしてデタラメに継ぎ接ぎした形に変えてしまう。

 

怒り狂った魔法少女は兄を殺害した。

 

兄の遺体を魔女結界に持ち運んでいる時に、結界の主である魔女に襲われて死んでしまった。

 

彼女の変わり果てた姿こそが、この世界の魔女と呼ばれる存在。

 

この魔女は、今でもあの溺愛したお人形を渇望している。

 

だが意地悪な兄のような使い魔達が、彼女の欲するお人形を奪い取る。

 

代わりに魔女結界に持ち込んだ人間をデタラメに継ぎ接ぎしたお人形に変えてしまった。

 

「この戦いは、あのコスプレ女の決め手に欠ける勝負になるな」

 

(俺はどうする?彼女を助けるか?)

 

彼が思考している間に、彼女と魔女の戦いはさらに激しさを増していった。

 

────────────────────────────────

 

彼女は勝負に出た。

 

「ハァァァ──ッ!」

 

疾風のように跳躍し、魔女の猛攻を潜り抜け人形の魔女の腕に飛び移る。

 

人形の魔女はそれを払いのけようと巨大な手をぶつけて来るが、彼女はそこにはもういない。

 

魔女の背後に回り込み、足の関節部分に右腕を振るい、カマイタチの斬撃を発射。

 

膝関節に当たり魔女の体勢が崩れ、倒れ込んだ。

 

「いける!」

 

既に背後から移動していた彼女は、両腕を交差して持ち上げ一気に背中側まで振り下ろす。

 

魔女の周りから巨大な竜巻が発生し、魔女の巨体が宙を舞い一気に地面に叩きつけられた。

 

「あれだけの質量がある人形です。自重の重さと衝撃でバラバラになるハズ…」

 

予想通り、人形の魔女は激突した衝撃でバラバラになった。

 

彼は彼女の風の魔法を見届けた。

 

「俺も風の魔法は使えるが、あいつほど器用には使えないな……」

 

彼女は安堵の表情を浮かべ、踵を返し彼の元へ歩いていく。

 

「魔女結界が消えたら()()()()()()()も手に入る。ようやく魔力が回復出来ますね」

 

だが…どうやらまだ終わりではない。

 

「えっ……?」

 

バラバラになった魔女の元に、意地悪な使い魔達が無数に現れる。

 

人形の魔女をデタラメに継ぎ接ぎしていく。

 

「そ、そんな……あれだけ破壊したのに、まだ動けるんですか!?」

 

原型を留めない形で再生されてしまった。

 

人形の魔女の継ぎ接ぎの隙間から飛び出してきたのはテンションゴムのような無数のロープ。

 

それらが彼女の体に巻き付いていき動きを拘束した。

 

「そんな……こんなところで、私は死ぬの……?」

 

人形魔女の関節が逆に向いた右腕が、無慈悲に振り下ろされようとしている。

 

彼は迷わなかった。

 

「俺に力を貸せ……マサカドゥス!」

 

なんの反応も何もない。

 

「馬鹿な!?俺はマサカドゥスを吐き出してなんていないぞ!」

 

(ダンテの一撃に貫かれた時に何かが起こったのか?それが今の俺の姿と関係しているのか?)

 

疑問を考えている時間など無い。

 

(俺は……また救えないのか?)

 

記憶の中にフラッシュバックしたのは、ボルテクス界で救えなかった大切な人達。

 

自分への怒りが爆発すると同時に、彼の右手に()()の悪魔の力を感じた。

 

「マサカドゥスに何が起こったかは分からない……だが、俺にはまだ力がある!」

 

──俺に宿り、ボルテクス界で共に戦い抜いた…お前たちがまだ残っている! 

 

──行くぞ……マロガレ!! 

 

────────────────────────────────

 

無慈悲に持ち上げられる歪な魔女の右腕を見上げ、彼女は死を覚悟した。

 

目をつむって怯えていたのだが…。

 

「え……?私……まだ生きている……?」

 

振り下ろされた魔女の右腕を、左手で受け止めるパーカーを被った少年の背中。

 

「貴方は……?」

 

魔女の右腕を受け止めている左手は()()()()()()()のようなものが見えた。

 

パーカーで隠れた彼の()()()()()()()が、魔女へと向けられる。

 

「よぉ、デク人形。悪趣味もそこまで行くと、むしろ清々しいぐらい似合うぜ」

 

魔女の右腕を力任せにどかせる。

 

刹那、彼は一気に魔女の懐に踏み込んでいく。

 

鈍化する世界。

 

発光する入れ墨が浮かんだ右手の拳が握り込まれていく。

 

「見せてやる……これが俺の力だ!!」

 

強大なる悪魔の力を用いて、一気に右フックパンチを打ち込んだ。

 

魔女の巨体が宙を舞い、猛スピードで壁に叩きつけられる。

 

彼女があれだけ魔法を浴びせても傷一つつけられなかった魔女の体が、粉々となっている。

 

それでも魔女の使い魔達が人形の魔女の元に集まり始め、体を継ぎ接ぎしはじめる。

 

「随分と働き者の人形師共だな?だがもう…この()()()()は諦めな」

 

猛スピードで魔女に向かい駆けてゆく。

 

顔に発光する入れ墨も浮かんでいく。

 

首の後ろにあった角も脳幹の部分から生え、パーカーを押しのけ彼の素顔を現した。

 

パーカージャケットを投げ捨てると同時に大きく跳躍。

 

全身に発光する入れ墨が浮かんだ『悪魔』は、魔女にめがけて右手を大きく振りかぶる。

 

「終わりだぁ!!」

 

鋼鉄の如き悪魔の鉤爪『アイアンクロウ』によって、魔女の体は完全に粉砕された。

 

「そ、そんな……なんて一撃なの!?魔女結界空間を……引き裂いた!?」

 

尚紀は数々の死線を超えてきた。

 

神や魔王とも戦った。

 

コトワリの神々や神霊とも戦った。

 

大いなる闇に認められた彼の力。

 

たとえ究極の悪魔の力であるマサカドゥスが無かろうが、後れを取る事は無かった。

 

「どうやらコイツは、俺の知っている魔女共じゃなかったようだ……」

 

彼女の元に歩いてくる悪魔の少年。

 

彼女はただその姿を呆然と見つめていた。

 

(魔女でも、魔法少女でもない存在……何者なの?)

 

頭に疑問が浮かび続けるが、これだけは分かった。

 

(私……彼に命を救われたんですね)

 

「おいお前、呆けてんじゃねーよ」

 

「えっ? あ、すいません!それより魔女の結界が消えます!忘れ物がないようにしてください!」

 

「この結界に何かを残したら、結界ごと消えてしまうということか?」

 

「急いで下さい!」

 

脱ぎ捨てたパーカージャケットを着込み、二人で魔女結界から抜け出す。

 

二人が結界から出てきたのを合図に、結界世界は消失していった。

 

彼女は落ちていたグリーフシードを拾い魔法少女の姿からさっきの学生服の姿に戻る。

 

「…………」

 

「…………」

 

彼は静かに彼女を見つめ続ける。

 

彼女も言葉が見つからないのか、光る入れ墨が浮かんだ顔と、金色の瞳を見つめ続ける。

 

「……行儀のいい光景じゃない。見たくないなら見るな」

 

「えっ……?」

 

彼の喉元から何かがせり上がってくるのが彼女には見えた。

 

「ペッ!!」

 

口から地面に向けて何かを吐き出し、地面で蠢く寄生生物めいたモノ。

 

「これは……?貴方は一体……」

 

恐ろしい魔力を彼女に感じさせる、蠢く虫のように見える物体とは。

 

「マガタマって言っても……お前には分からないよな」

 

深碧の炎のようなものにマガタマは包まれた後に消えていく。

 

彼の右手の中に眠る、同じマガタマ達の元へと帰っていったのだ。

 

「嘘…光った入れ墨が消えていく…。首裏の角まで首の中にめり込んで隠れていく…」

 

「見たくないなら見るなと言ったはずだが?」

 

「ご、ごめんなさい……あれ?もしかして、貴方はさっきの路地裏にいた…?」

 

「…………」

 

人間の姿に戻った彼の顔とその服装から、彼女は傘をあげた少年だと気がついたようだ。

 

彼は溜息をつき、その場を去っていった。

 

そう彼女には見えたようだが、彼の姿がまた彼女の元まで戻ってきた。

 

右手には傘が丸められて握られている。

 

「これはお前のものだ。俺には必要ないから返す」

 

強引に彼女に傘を突き返す彼の姿を見て、ようやく彼女は微笑んでくれた。

 

「貴方は…私の傘を返すために、わざわざ魔女結界の中に?」

 

「……それはついでだ」

 

バツが悪うそうに頭をかく彼の姿。

 

彼女はようやく安心出来たのか、笑顔を向けてくれた。

 




読んで頂き、有難うございます。


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3話 魂

雨もすっかり上がり、空に虹が浮かぶ。

 

彼は彼女に傘を返したから帰ろうとするが、呼び止められた。

 

「……放せよ」

 

「貴方は私の命の恩人です。何かお礼をさせて下さい」

 

「しつこい奴だな」

 

「恩知らずには、なりたくありません」

 

嫌がっていたが、あまりに頑固だったので仕方なく少し考えた。

 

「安い飯でいい。それでチャラだ」

 

キョトンとした表情を見せる。

 

たしかに彼のお腹から空腹の音が聞こえてきた。

 

公園の屋根のあるベンチが濡れていない場所に移動し、二人は向かい合って座る。

 

机で彼女が買ってきてくれたコンビニ弁当とおにぎりを夢中で食べている彼の姿。

 

(一体どれぐらい彼はご飯を食べてなかったんですか……)

 

彼の汚れた見た目と、路地裏に座り込んでいた時の事を彼女は思い出す。

 

察するに余りある境遇が彼にはあるのだと彼女は察した。

 

「本当にいいんですか?これぐらいの事でチャラだなんて?」

 

「無用なほどこしは受け取れない」

 

食べ終えた弁当とおにぎり袋をコンビニ袋に詰め、ベンチの横にあるゴミ箱に捨てる。

 

買ってくれたお茶を飲みながら彼女に質問。

 

「あの怪物は……何なんだ?そして、あのコスプレ姿のお前は何者なんだ?」

 

その質問は彼女が戦っていた魔女の存在と魔法少女の説明を要求しているのだと理解した。

 

「あれは魔女。私たち魔法少女は、()()()()()さんから魔女と戦う使命を与えられた存在です」

 

(魔女……魔法少女?それにキュウべぇ?また聞き慣れない単語が出てきたな)

 

彼は静かに彼女の話に耳を傾け、この世界についての情報を集める。

 

「魔女とは、世界に災いをもたらす存在です」

 

「魔女…俺の知っている魔女とはイメージが違うな」

 

「呪いから生まれ、負の感情に支配された人間達に()()()()()()と言われる呪いを与えるんです」

 

「大方、扇動魔法の類で人間を死に追いやるんだろうな。人間にはそれが分からないのか?」

 

「はい……。人間にとっては、自然災害や事故で片付けられるばかりです」

 

「まるで幽霊に加害行為をされているみたいだな」

 

「魔女の結界に誘拐され、殺される原因である魔女の存在さえ私達しか理解していない」

 

「魔女と呼ばれる存在の周りにいた、あの小さい下僕のような連中は?」

 

「魔女の使い魔と呼ばれます」

 

「使い魔…可愛らしい黒猫ではなさそうだ」

 

「使い魔も人間を襲うこともあり、それが繰り返されたら使い魔も魔女として孵化するんです」

 

「なるほど、お前たち魔法少女は……言ってみれば害虫駆除屋か」

 

「商売に出来る程の存在ではありませんけどね……」

 

(この世界の魔女も、俺たち悪魔と変わらないな)

 

かつての世界の記憶が巡っていく。

 

悪魔も人間を騙したり拷問を加えて感情エネルギーであるマガツヒを貪る者達が大半であった。

 

「キュウべぇさんは普通の人間には見えません」

 

「お前らしか見えないのか」

 

「見える存在のみが素質ある者として認められ、どんな願い事でも一つだけ叶えてくれるんです」

 

「魔法少女…ねぇ。俺のイメージでは、何かの杖を振り回して変身したりする連中なんだがな」

 

「フフ♪変身ヒロインの定番ですね。実は、私たちにもそんな変身道具があります」

 

「ますます漫画地味た連中だ」

 

「私たちは()()()()()()と呼んでいます」

 

「ソウルジェム?」

 

「普段は左手中指の指輪の形になっています」

 

「指輪が何かしらの道具に化けるのか?」

 

「用途によって、魔女や魔法少女の魔力探索にも使えたりします。杖の形にはなりませんが、卵の宝石みたいな形をしていますね」

 

「なるほど。ただのアクセサリーかと最初は思ったよ」

 

「それに、魔法少女同士はテレパシーという念話を使う事もできるんですよ」

 

(悪魔の俺たちが使えた念話のようなモノか?)

 

魔法少女の魔法についても質問した。

 

「魔法少女は、それぞれ願いの形によって固有魔法が備わります」

 

「固有の…魔法?」

 

(俺たち悪魔が最初に持つスキルのようなものか?)

 

「癒やしの願いで契約した魔法少女は癒やしの魔法を、人を惑わす願いをした魔法少女は人を幻惑させる魔法といった感じですね」

 

「願いごとの内容で使える魔法種類が限定されるのか?不便な連中だな…他に戦う力は?」

 

「魔力を使って、様々な魔法武器を生み出す力もあるんですよ。人によって武器は異なりますが」

 

「武器に金を出さない代わりに魔力を消費するわけか」

 

「そうですね。魔力切れを起こさない限り、私たちが武器に困る事はありません」

 

「魔力切れなんて感覚で分かるものなのか?」

 

「魔力消費を私たちに伝えてくれるのもソウルジェムなんです。私たちは穢れと呼んでます」

 

「穢れ?濁れば濁るほどに魔力を消耗して戦う力を失うのか」

 

「そうなります。それを回復させるのが()()()()()()()です」

 

「グリーフシード?」

 

「これは魔女の卵です」

 

「鶏みたいに孵化する魔女…イメージし難いな」

 

「放って置くと人間達の心の穢れを吸い上げ、魔女として孵化してしまう。危険なものですがソウルジェムの穢れを吸い取る力があるんです」

 

「グリーフシードを手に入れないと、お前たちは戦う余力もなくなるわけだな」

 

「役目を終えたグリーフシードをキュウべぇさんが回収して、魔女の孵化を防いでくれます」

 

「魔法少女の事は大体分かった。だが、あえて聞いてみたい」

 

「何をですか?」

 

「あのコスプレみたいな姿で戦う事に、抵抗はないか?」

 

「可愛いでしょ?」

 

「…………そうか。聞いた俺がバカだった」

 

────────────────────────────────

 

話疲れたのか、彼女もお弁当と一緒に買っておいた自分のお茶を一口飲む。

 

(魔法少女と魔女の戦いか……この世界で行われている裏側の事情のようだ)

 

「……怖くないのか?魔女との戦いなんて逃げ出したいと思わないのか?」

 

悪魔と戦ってきた自分だから分かる質問を投げかけた。

 

その質問に対し、彼女は少し困った表情。

 

(俺もボルテクス界に放り出され、悪魔という存在と出会した時は恐ろしかった)

 

忌々しいかつての世界の記憶が過る。

 

(それでも、戦えなければ容赦なく悪魔達に殺される…生きるか死ぬかしか与えられない地獄だったな)

 

少し考え込み、迷いのない表情を向けてくる。

 

「それは出来ません」

 

「何故だ?」

 

「魔法少女は日常生活でも微量ながら魔力を消費します。戦わなければ生き残れません」

 

「魔女と戦う事そのものが魔法少女の命綱なのかよ…。とんでもない重荷だな」

 

「それに私は嬉しいんです。魔法少女の力があれば…多くの人達を救えるのですから」

 

彼女は彼に笑顔を向けた。

 

「魔法少女としての自分に誇りを持っているようだな。絵に描いたような正義の味方ってわけか」

 

「それが私たち魔法少女の、戦う勇気になってくれると信じています」

 

(ソウルジェムか…。ソウル、それは魂。悪魔の俺たちにとって縁が深い)

 

赤の他人である彼にとっては不躾な頼みだとは分かっていたのだが、彼女に頼んでみた。

 

「お前のソウルジェム……俺に見せてくれないか?」

 

「いいですよ」

 

彼女は左掌を彼に向け、ソウルジェムを掌内に生み出す。

 

「これは……!?」

 

絶句した。

 

彼にはそれが何なのかがはっきりと分かる。

 

(卵の器に入ってはいるが……()()()()だ!)

 

彼女を見た。

 

(こいつの体から……人間の魂を感じられない!?まるで抜け殻のようだ!)

 

人間を構成する肉体・精神。

 

そしてあるべき筈のもっとも大きい存在の魂が、彼女の体には存在していない。

 

『東京受胎』に巻き込まれ命を落とし、ボルテクス界に放り出された時に見かけた存在がある。

 

(まるでボルテクス界で見かけた、俺と同じく死んだ自分の事が分からない()()()共が卵の形にされたみたいだな……)

 

本来人間に魂など見える筈が無い。

 

だが悪魔となった彼は見えない筈の魂の姿が見えた。

 

口も持たない魂の声も聞こえ、耳すら持たない魂と会話する事さえ出来た。

 

(この世界に流れ着き、多くの人間を見てきた)

 

人間の実態を構成する形の中に、魂と呼べるだろう霊魂が備わるのが普通。

 

(魂が内側にあるのが本来の人間のあるべき姿だが…魔法少女にはそれが無い)

 

魔法少女と呼ばれる存在は、あるべき筈の魂が肉体の中ではなく、外側にある。

 

言うなれば、ソウルジェムという『卵の檻』に囚われていたのだ。

 

(これが…魔法少女の契約というものなのか?)

 

目の前のファンシーな存在。

 

だが、蓋を開ければおぞましくも見える。

 

(これじゃまるで()()()にされたも同じだ。魂を失った肉体など…ただの死人同然じゃないか)

 

さっきこの少女は日常生活においても微量ながら魔力を消費すると聞いた事を思い出す。

 

(本体であるソウルジェムという魂から、魔力を使って外側の屍を操っているのだと考えれば合点がいくな)

 

ソウルジェムと彼女を交互に見つめる。

 

(人間の魂の石ころか…。まるで実態を失ってなお人間的な個性と感情を残した思念体と同じだ)

 

「あの…さっきからずっと黙って私のソウルジェムを見てますけど……?」

 

(これ程の死霊術が使える悪魔は、限られている)

 

「もしもし…?」

 

(ルシファー・ベルゼブブ・アスタロトに次ぐ悪魔であるネビロスぐらいだろうな)

 

「ちょっと…?」

 

(キュウべぇと呼ばれる存在は、それ程のネクロマンサーか?)

 

「あの……!一体どうされたんですか?」

 

彼は押し黙ったまま何も語らない…語れない。

 

(戦わなければ生き残れないとこいつは言ったが、その通りだろう)

 

魔力回復がなければ、戦う力どころか外側の体さえ操れない。

 

それがこの世界の魔法少女と呼ばれる存在。

 

(外側の生きた屍を動かし続けるために魔女を倒し、グリーフシードを手に入れて魔力を回復させなければ…)

 

──おそらくは、文字通りの屍と化すのかもしれない。

 

「私のソウルジェムを見つめて怖い表情をされてますけど…何か分かるんですか?」

 

彼女が声をかけ続けていたことにようやく気がついた。

 

()()()()()ソウルジェムに向かって、かつての思念体に語りかけるように念話した。

 

<なんでもない。気にするな>

 

彼女は驚いた表情になって立ち上がる。

 

<貴方も……テレパシーが使えるんですか!?>

 

(魔法少女達はこの力をテレパシーだと考えているようだ)

 

魔法少女は超能力者ではない。

 

これは実体を失った魔法少女達が、実体を失った思念体達の会話と同じ事をやっているだけだ。

 

「そのソウルジェム……無くすなよ。それはお前の命そのものだ」

 

彼の言った言葉の意味は、今の彼女には分からなかった。

 

────────────────────────────────

 

ソウルジェムを見せて以来、彼は押し黙ったまま。

 

(私をどこか哀れんでいるような表情にも見えますね……)

 

魔法少女と魔女については説明も終わり、今度は彼女が彼の事を聞きたくなったようだが。

 

「今度は、私が貴方の事について尋ねてもいいですか?」

 

「断る」

 

「えっ!?」

 

即答であった。

 

「わ……私だって説明したんですから聞きたいです!」

 

「言ったところで、お前には理解出来ない」

 

頑なに自分の事を喋ろうとはしない。

 

「喋れない理由でもあるんですか……?」

 

(彼のあの姿、あの力…魔法少女とは違うけど、たしかに魔力を力に変えた戦いでした)

 

「そう見えたなら好きに解釈しろ。お前たち魔法少女も同じ事が出来るんだ、珍しくないだろ?」

 

「たしかに、私たち魔法少女も魔力で身体能力が向上しています。その気になれば、軽く突いただけで人間を跳ね飛ばせますし」

 

「それが出来ないんだろ?人間社会に力がバレてはならない秘匿社会があるのなら、俺の黙っておきたい気持ちも察しろ」

 

(でも彼のあの力は……私たち魔法少女とは次元が違い過ぎた)

 

銃弾さえ魔法武器で弾き飛ばす事が出来る魔法少女の動体視力。

 

それでも、彼の動きが全く見えなかったようだ。

 

魔女がまるで相手にならない程の次元の違うあの戦闘。

 

魔女結界すらその力で引き裂いてしまう程のあの力。

 

(一体彼は何と戦って……これ程の力を手にいれたの?)

 

彼の口から吐き出したあの桁外れの魔力が結晶になった寄生生物。

 

それが関係あるのかと考察してみるが、憶測の域を出ない。

 

彼も黙して答えは出てこない。

 

喋りたくないなら仕方がないと、彼女は話題を変えた。

 

「家族は……どうされてます?」

 

「俺に家族はいない」

 

いきなり彼の地雷を踏んでしまったような気持ちになり、彼女は目を伏せる。

 

「……お友達はいないんですか?」

 

「俺に友達はいない」

 

また彼の地雷を踏んでしまった気持ちになり、彼女は俯いてしまった。

 

「それは……とっても辛いですね」

 

申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまったようだが。

 

(もっと言葉を選ぶべきでしたね……)

 

彼の汚れた姿、路地裏で何処にも行く当てが無いかのように座り込んだ姿。

 

察していた筈なのに、つい世間話の感覚で触れて欲しくない部分に触れてしまった。

 

(何処にも行く当ての無い人生…誰からも必要とされない毎日…まるで……)

 

――昔の私みたい。

 

「もう用事は済んだことだし借りも返してもらった。これ以上関わる理由も無い」

 

立ち上がり、去っていこうとするが。

 

「……待ってください!」

 

彼女は立ち上がり、彼の後を追いかけて手を掴む。

 

(…この人を放っておけない。彼がどんな存在でも構わない…私は彼の孤独な気持ちを救いたい)

 

──昔の私が救われたように。

 

彼は苛立ちを感じているような暗く冷たい目を向けてくる。

 

「私…行く当てが無いのなら、頼れる人を知っています!私について来て下さい!」

 

「余計なお世話だ」

 

(私と同じだ…昔の他人を拒絶していた頃の、私そのものに見える。何も信じるものなんて無かった、あの頃の私がいる)

 

「俺はお前と関わる理由なんて無い」

 

「それでも……それでも私と来て下さい!」

 

頑なに手を掴んだまま彼を離さない。

 

彼は強引に彼女の手を振り払う。

 

「いい加減にしろよ!俺に何故そこまで関わる!!」

 

「私……貴方の孤独の気持ちが分かるから!!」

 

彼女の言葉を聞いた彼は、彼女の瞳に涙が浮かんでいる事に気がついた。

 

(俺の孤独の気持ちが分かる?この女は、今の俺と同じ過去を背負っているのか?)

 

嘘を言っているような顔では無い。

 

彼女は彼の心に寄り添っていた。

 

彼は目を伏せながら彼女に言う。

 

「俺には……何も無い。人間かどうかも分からない男だぞ?」

 

「いいんです……。それでも、私は貴方を救いたいから」

 

彼女は手を伸ばしてきた。

 

「私……風実風華(かざみふうか)です」

 

彼は彼女の顔を見て、頷いた後に手を差し伸べた。

 

「……嘉嶋尚紀だ」

 

 2人は手を握り合い、握手を交わす事が出来たようだ。

 

────────────────────────────────

 

彼女の後について行きながら、彼は取り留めもない彼女の話に耳を傾けていた。

 

この街が風見野市と呼ばれていること。

 

彼女が風見野の中学校に通う中学三年生だということ。

 

児童養護施設で暮らしていること。

 

風見野市の一部を縄張りにした魔法少女だということ。

 

「縄張りって何だよ?魔法少女はヤクザみたいにシマをめぐる抗争でもやってんのか?」

 

「魔女が沢山現れる街は、それだけ魔法少女がグリーフシードを求めて争いが起きるんです」

 

魔女という存在は魔法少女達にとっては生命線。

 

魔女の数に限りがあるのなら、奪い合いが起きるのは当然なのだろう。

 

「この風見野市には、私以外に複数の魔法少女がいます」

 

「商売敵ってわけか」

 

「その子達と出来る限り争いたくない私は……この街の一部分だけを縄張りとして活動を続けてきました」

 

(お人好しの魔法少女だな…自分の縄張りの魔女が尽きた時は、どうするつもりなんだ?)

 

「一体どれだけ歩かせる気だ?もう市内の郊外に出ちまったぞ」

 

「貴方にとって頼りになる人は、もう少し奥に住んでいるんです」

 

二人は田園地帯をさらに超え、森の道を歩いていく。

 

(こんな辺鄙な場所に暮らしている人間の世話になるのか…。まぁいい、今の俺にとっては人が少ない場所の方が居心地がいい)

 

「で?そろそろ教えてくれないか。俺は何処のどいつの世話になるんだ?」

 

「フフ……ついてからのお楽しみです♪」

 

後ろを振り向き、意地悪な微笑みを浮かべた後に踵を返し、森の奥に歩いていく。

 

暫く歩き続け、ようやく開けた場所に辿り着いた。

 

そこで彼が目にしたものは……。

 

「ここがそうです♪」

 

「おいおい……嘘だろ?」

 

そこには、とても大きな西洋建築の教会が建っていた。

 

(大いなる神に呪われた悪魔の俺が……神の家である教会で暮らす?)

 

──笑えないジョークだ。

 




読んで頂き、有難うございます。


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4話 神の家

「こっちです。来て下さい」

 

彼女は教会に向かって歩いていく。

 

(どうやら俺は、本当にこの教会の世話になるわけか……)

 

苦虫を噛み潰したような顔をしつつ後をついていく。

 

「あ、佐倉先生ーッ!」

 

彼女は誰かに手を振りだした。

 

教会の両開ドアの前では、掃除をしている牧師の服を着た男の姿。

 

「お? 風華ちゃんかい」

 

ホウキで掃除をするのをやめ、牧師は二人に目を向けた。

 

「佐倉先生……その、ご相談があって」

 

「……彼の事かい?」

 

牧師の男は察したのか、彼を見つめる。

 

(薄汚れた衣服を纏う少年か……)

 

暗い目をした少年だった。

 

(まるで誰も信じない、何処にも行く当てが無いような風体だな…)

 

牧師は彼を見て、とても哀れな感情に包まれたようだ。

 

(佐倉先生か……牧師でいいんだよな?神父みたいな服装だし)

 

黒いカソックローブガウンの牧師服を着て顎髭を生やす人物に目を向ける。

 

(とても穏やかで慈愛に満ちている顔つきだな…牧師って連中はみんなこんな感じなのか?)

 

牧師服の胸元には、キリスト教プロテスタントのものと思われる十字架ネックレスがぶら下がる。

 

「彼は家族も友達もいない、とても孤独な人なんです……だから」

 

「分かった。私の教会で面倒を見よう」

 

(こんな薄汚れた浮浪者相手に即決か…。随分思い切りが激しいオッサンだな)

 

この行動力が佐倉牧師と呼ばれる人物の人柄として出ているのだろうかと訝しむ。

 

「いいのかよ、おっさん?俺なんかが勝手に上がり込んで……家族は迷惑だろ」

 

「私の妻も子供達もとても優しい人間だ。大丈夫、心配はいらない」

 

彼を安心させるように優しく彼の両肩に両手を乗せ、顔を覗き込み笑顔を向けてきた。

 

「私の教会は人手不足なんだ。この教会を見てくれたら……管理が大変なのが分かるだろ?」

 

「教会というよりは……ちょっとした大聖堂だな」

 

こんな地方都市には不釣り合いなぐらい、荘厳な教会。

 

教会に隣接しているのは、牧師達家族の住居と思われる。

 

教会の横には教会墓地まで見えた。

 

「大きな教会と墓地と自宅の管理。なるほど、たしかに人手は多い方がいいんだろうな」

 

「まさか私の赴任先が……これほどの教会だったとは思わなかった。イエス様に申し訳ない」

 

「家族以外に人手はいないのか?」

 

「いますよ?私がそうです」

 

いつの間にかいなくなっていたと思った彼女が戻ってきていた。

 

「その姿はなんだ?修道女のような服を着ているが…?」

 

黒と白を合わせたようなボタン付き修道服。

 

足に履いている黒タイツも相まって、全体的な黒と白を基調とした清楚な見た目。

 

彼女の胸にも佐倉牧師と同じ十字架ネックレスがぶら下がる。

 

長い後ろ髪は掃除の邪魔にならないよう、黒いリボンを使ってポニーテールとして結んでいた。

 

「彼女は将来私と同じ牧師を目指していてね。私の教会で面倒を見ている」

 

「女の牧師とか聞いたこともねーよ」

 

「たしかに、世界的に見ても女性の牧師は極めて少ない」

 

「だろうな」

 

「だが日本には女性の牧師を積極的に用いる教会団体もある」

 

聖書主義を掲げるプロテスタントにおいて、女性は聖書に書かれた通り軽視される存在。

 

それでも彼女は神の教えを人々に伝える道を選んだようだ。

 

「私は彼女の夢を応援している。聖書主義だけが神の教えを説く道だとは…私は考えていない」

 

「伝統にはとらわれない、自由主義者ってやつか」

 

「私の所属する教会団体からは……あまり歓迎されないリベラル思想だがね」

 

「そうなのか?まぁ…俺はそういう価値観は嫌いじゃないぜ」

 

「君の名前は?」

 

「……嘉嶋尚紀」

 

「尚紀君か。さぁ教会に入ってくれ、今日からここが君の家だ」

 

衣食住を失った生活から解放される喜びからか、凍りついた表情も少しだけ軽くなり、口が開く。

 

──今後とも宜しくな……佐倉牧師。

 

先生とは呼ばずに牧師と呼んだ。

 

彼はここで、この男から神の教えを学ぶつもりなど無いようだった。

 

(この二人が信仰している父なる神こそ…俺たち悪魔を永遠に呪う、大いなる神なんだよ)

 

二人に連れられて教会の中へと入っていく。

 

悪魔を呪う神の家に、悪魔がご招待されていった。

 

────────────────────────────────

 

教会内の礼拝堂に入った彼は息を呑んだ。

 

豪華な宗教画がテーマのステンドグラスに包まれた内観。

 

教会奥まで続く頭上には、吊り下げられた数多くのシャンデリア。

 

信者達のための椅子が奥まで続く教会を歩く。

 

最奥まで進んでいけば見える階段の上に、祭壇と上には大きな十字架が飾られていた。

 

「教会内部もかなりの広さだな……。まさに大聖堂だ」

 

「見てのとおりだ。これだけの規模の教会を私達家族と風華ちゃんだけで管理するのも大変でね」

 

よく目を凝らして見てみると、柱やステンドグラスの汚れが目立つ。

 

シャンデリアも蜘蛛の巣だらけ。

 

祭壇や信者達のための椅子や床は清掃が行き届いているが、それが限界なのだろう。

 

「私と風華ちゃん、それに大きくなった長女が手伝ってくれているが…清掃さえ難しいものだな」

 

そんな話をしながら、教会の一番奥の祭壇まで歩いていく。

 

「見事な祭壇だろう?この教会の誇りだ」

 

佐倉牧師の横にいる彼が十字架を見上げる。

 

彼の脳裏には、無限光カグツチとの戦いの光景が浮かんでしまった。

 

大いなる神が多次元宇宙を創生するために生み出した無数のボルテクス界。

 

世界を生むための自身の一側面の神霊の名は神霊カグツチ。

 

無限光カグツチは、散り際で彼にこう言い残した。

 

──心せよ、かつて人であった悪魔よ。

 

──我が消えても、お前が安息を迎える事はないのだ。

 

──最後の刻は確実に近づいている。

 

――全ての闇が裁かれる決戦の刻が。

 

──その時には、お前のその身も裁きの炎から逃れる術はないであろう。

 

──恐れ、おののくがよい!

 

――お前は永遠に呪われる道を選んだのだ! 

 

(…いつか俺も、神の十字の光によって焼かれる日が来るのかもな)

 

罪の十字架を背負うとも、貫きたい意志がある。

 

(俺の生きた世界を…手前勝手なアマラの摂理で消滅させた報いを与えてやる!) 

 

神の十字架の前で、あらためて父なる神への復讐の炎をたぎらせた。

 

「どうかしました尚紀?なんだか怖い顔をしてますけど」

 

「……何でも無い」

 

(刻は……今ではないはず。そう信じたい)

 

物思いに耽っていた時、教会のドアを勢いよく開ける音が聞こえた。

 

「「ただいま──ー!」」

 

少女の声が同時に聞こえ、ドアから駆けてくる子供達に振り返る。

 

「コラコラ!お客様が来てるんだぞ、はしたない」

 

無邪気な自分の娘達に困った顔を向ける佐倉牧師の姿。

 

「あ!ふう姉ちゃん来てたんだ!」

 

「フーねえたん~♪」

 

「ウフフ♪おかえりなさい、2人とも」

 

二人の少女は勢いよく風華に抱きついた。

 

見たところ一人は小学生ぐらいに見える。

 

もう一人は小学校に上がってるようには見えない。

 

(この女は、この子供たちに随分と懐かれているようだな)

 

風華は二人を抱きしめながら、長女と思われる子供の赤い後ろ髪を撫でていた。

 

「杏子ちゃん、後ろ髪けっこう伸びましたね?」

 

「えへへ、ふう姉ちゃんのマネ♪」

 

杏子と呼ばれた少女は、はにかんだ顔で風華に笑顔を見せる。

 

「フーねえたんあそんであそんで~♪」

 

「後で遊んであげますよ~モモちゃん」

 

髪を纏めて後ろで結んでいるが、前髪が少しだけだらしなく垂れている姿。

 

モモと呼ばれたおでこの少女は風華に甘えていた。

 

「そうだ、二人を紹介しないとな」

 

佐倉牧師は一つ咳払いをし、尚紀に自分の娘達を紹介した。

 

「私の娘達だ。佐倉杏子と佐倉モモだ」

 

「…………」

 

彼の存在に気がついた子供達。

 

杏子と呼ばれた子は、彼の冷たい表情を見て少し怖がり、風華の背中に隠れて彼を見つめる。

 

モモと呼ばれた少女は不思議そうに彼を見つめてきた。

 

「彼は嘉嶋尚紀君だ。今日からこの教会で暮らして貰おうと思う」

 

思いがけない言葉が飛び出し、杏子は驚いた表情。

 

「父さん!?この人は誰なの?」

 

「え?なおきおにーたんは、うちでくらすの?」

 

(それ見たことか…。やはり家族に異物が交じるのを、快く思う人間などいない)

 

「彼が自分の道を見つけるまで、私達が彼の手助けをしようと思うんだ」

 

「俺の…道?」

 

「そうだ。君が幸福に思える、自分だけの道を見つけるまで…私達が君を守ろう」

 

(自分の道…俺が生きた証さえ無いこの世界に放り込まれてから……考えた事も無かったな)

 

佐倉牧師は彼に幸福と思える道が見出だせると信じているようだ。

 

「彼の幸せのためにも、私達みんなで頑張ろうな」

 

「……父さんが、そう言うなら」

 

心なしか不安そうな顔をしている杏子を尻目に、モモと呼ばれる少女は彼の足元まで来ていた。

 

「ねぇなおきおにーたん!あたしとあそんでー!」

 

 怖いもの知らずのモモは、彼を怖がりもせずに手を引っ張る。

 

「こらモモ!その人の迷惑になるからこっちに来いって!」

 

杏子はモモを彼から引き剥がし、風華の後ろまで持っていき彼を不安そうに見つめる。

 

(こんな連中と俺は生きていくのか……先が不安になってきた)

 

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彼は佐倉家の夕餉に招かれ、椅子に座り周りを見渡している。

 

佐倉牧師の妻とみられる女性が料理を作り、皿に並べていく。

 

それを手伝う杏子と、危なっかしいがモモも手伝っていた。

 

自分の部屋で教会の事務仕事を片付けている佐倉牧師も直に来るだろう。

 

「尚紀君は…嫌いな食べ物はあるかしら?」

 

「……いや、別に」

 

新しい家族になった彼の事を、夫と同じように快く受け入れてくれた佐倉牧師の妻。

 

(見ず知らずの怪しい俺を受け入れてくれる人達に、我儘なんか言えるわけないだろ)

 

黒いVネックTシャツと濃いブルーデニムジーンズを身に纏う尚紀の姿。

 

彼の服は汚れきっていたから洗濯すると言われたが、替えの服など持っていなかった。

 

(佐倉牧師は俺のために、わざわざ部屋着と下着を買ってくれた…地獄に仏のような男だな)

 

食事が机に並べ終わった頃には、佐倉牧師も仕事を終えて部屋に入ってくる。

 

家長らしく机の奥の椅子に座り、椅子に座った家族達を見渡す。

 

「新しい家族の歓迎会でもあるが、質素を尊ぶ宗教だから豪華な物を出せなくてすまないね」

 

「いや、十分だ。ありがとう」

 

(手料理なんて食べるのは…いつ以来なんだろうな)

 

かつては母だと信じた人が作ってくれていたハズ。

 

(……この世界では、赤の他人だった)

 

「それでは、冷めないうちにいただくとしようか」

 

それを聞き、彼もパンに手を伸ばそうとする。

 

(ん?なんだ……?)

 

みんなが机に肘を置き、目を閉じて祈りをするような姿。

 

パンに手を伸ばすのをやめ、彼も見よう見真似で同じ祈りの姿をしてみた。

 

「父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます」

 

「ここに用意されたものを祝福し、私達の心と体を支える糧としてください。私達の主、イエス・キリストによって」

 

──アーメン。

 

佐倉牧師が言い終わると皆それぞれ食事を始めた。

 

(父なる神にお祈りをしないと飯が食えないのか…。そいつに呪われた…悪魔のこの俺が?)

 

心の中で愚痴を呟きながら、彼も食事を始める。

 

手前の席に座っている佐倉姉妹を彼は見つめてみた。

 

(モモは小さいから、あまり行儀よく食べられないようだ)

 

口いっぱいについた汚れを、姉の杏子に拭いてもらっている光景が見える。

 

(…妹想いの姉のようだな)

 

「仲がいいでしょ、あの子達?」

 

彼の隣に座っている佐倉牧師の妻が語りかけてきた。

 

「杏子は通う小学校でね、お墓の横の家娘って言われてるの」

 

「まぁ、横に大きな墓場もあるしな」

 

「縁起が悪い子として、クラスメイトから煙たがられているわ」

 

「墓の横で暮らしていれば、どうしてもイメージに死が付き纏う。縁起がいい筈がない」

 

「だから…学校のお友達を家に連れてきた事も無いの。それでも、あの子は元気でしょ?」

 

「杏子が元気でいられるのは……妹のお陰のようだな」

 

「それに風華のお陰でもあるわ」

 

「そうか……」

 

「尚紀君、これから家族として杏子やモモと仲良くしてあげてね。あの子達もきっと喜ぶわ」

 

杏子を向いていた彼の視線を彼女が気づく。

 

「あ……」

 

杏子は気まずそうに、モモの方に視線を逃した。

 

(まだ怖がられているようだ……)

 

「尚紀君は何歳なのかしら?」

 

「……17歳」

 

「なら杏子やモモのお兄ちゃんみたいなものね♪」

 

「なおきおにいたんが~あたしたちのおにいたん?」

 

「か……母さん!いきなりそんな風に言わないでよ!」

 

「そうなってくれたら良いなって思ってるだけ♪」

 

佐倉牧師の妻は杏子に優しく微笑む。

 

そんなお喋りをしているうちに夕餉の食事は終わりを告げた。

 

食事が終わった家族達がまた肘を机に置き、祈りの姿を作る。

 

「父よ、感謝のうちにこの食事を終わります」

 

(またか…)

 

「あなたのいつくしみを忘れず、すべての人の幸せを祈りながら、私達の主、イエス・キリストによって」

 

──アーメン。

 

彼も仕方なく祈りを真似ている。

 

(……泣けるぜ)

 

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汚れきった体もお風呂に入らせて貰い綺麗になった。

 

佐倉牧師は彼の新しい寝床となる場所に連れて行く。

 

そこは教会祭壇の隣にあるドアから階段を登っていく教会の二階部分に当たる物置部屋。

 

「古めかしいけど、ベットで寝られるなんていつぶりだろうな……」

 

「布団やシーツ、それに枕も妻が用意してくれた。すまんな……こんな物置部屋しか空いてなくて」

 

「いいんだ、雨風凌げてベットもあるなら…俺には贅沢なぐらいだ」

 

この部屋には電気が通っていない。

 

教会はシャンデリア部分しか電気がつかないようだ。

 

シャンデリアだけでは光量が弱く、壁の燭台の蝋燭に火が灯されて教会の夜を照らす。

 

懐中電灯で照らし、サイドテーブルに置かれた燭台の蝋燭にライターを使い火を灯す。

 

ベットの周りの部分だけは蝋燭の明かりで包まれた。

 

「明日から君の新たな生活の始まりだな。頼りにしてるよ」

 

「ありがとう佐倉牧師。おやすみ」

 

佐倉牧師は物置部屋を後にした。

 

彼はベットに座り込み物思いにふける。

 

この世界に流れ着いたこと。

 

自分の親だと信じていた人達から追い出された事。

 

友達の存在も消え去り、担任の先生に彼の事を知らないと言われた事。

 

当てもなく色々な街を彷徨った事。

 

路地裏で座り込んだ自分に手を差し伸べてくれた風華の事。

 

そして、この世界の魔法少女と魔女と呼ばれる存在の事。

 

「これから俺は…この世界で一体何が出来るんだ?黙って立ち止まる訳にもいかなくなった」

 

自分をここに導いてくれた人、家族として受け入れてくれた人達の事が頭を過る。

 

「あの人達のためにも、俺は役立たなければならない」

 

こんな悪魔でも出来る事があると信じたかった。

 

──捨てる神あれば、拾う人間ありってことか。

 

彼は蝋燭の炎を吹き消してベットに横になり布団にもぐる。

 

「温かいな…こんな布団の中で眠れる日がまた来るなんて…かつての世界では考えられなかった」

 

ボルテクス界やアマラ深界で激戦を繰り返し続けた彼に、寝ている暇など無かった。

 

「周りは悪魔だらけ…寝ていたら寝首をかかれていた」

 

仲魔の悪魔でさえ信用出来ない存在もいた。

 

「どうしても横になりたい時は、壁を背にして座り込んで…片目を開けたまま休んだよ」

 

リスク・マネジメントをしなければ殺されていた程の地獄、それがかつての世界。

 

「誰も信用出来ない環境はこの世界でも同じだった…まともに寝れたのは、目が覚めた森だけだったな」

 

静かに目を閉じ、どうにか眠りにつこうとした。

 

…………。

 

………………! 

 

彼は突然飛び起きて周りを見回す。

 

「ハァ!ハァ!ハァ……」

 

暗闇に包まれていたが、敵はいなかった。

 

彼はまだ地獄の戦場を彷徨っている後遺症が残っている。

 

「……くそっ!!」

 

たとえ優しい環境に帰ってきたとしても、あの地獄を忘れる事が出来ない。

 

人間でいう強い心的外傷後ストレス障害が…彼を苦しめていた。

 

「やはり……俺に温かい布団は似合わないようだな……」

 

彼は布団から起き上がり、壁を背にしてベットに座り込む。

 

かつてと同じように片目を開けたまま休む姿勢。

 

「俺は…まともに眠れる日が来るんだろうか……?」

 

その問いに答えてくれるかつての仲魔たちは、彼の隣にはいなかった。

 

────────────────────────────────

 

5時30分。

 

陽の光が差し込んできた彼は閉じた片目を開けて窓を見る。

 

熟睡はしていないが、彼の体は問題無かった。

 

「頑丈な悪魔の体があったから……俺は生きてこられたんだ」

 

物置部屋から出て、教会二階の廊下を階段に向けて歩いていく。

 

「昨日は暗かったから気にしなかったが、二階から下の信者たちの椅子がよく見えるな」

 

階段を降りていき、教会から出て佐倉牧師達の住居に向かう。

 

「明かりがついている……教会の朝は早いようだ」

 

彼はドアを開けてリビングに入っていけば、そこには佐倉牧師の妻の姿。

 

「あら、尚紀君早いのね?教会が朝早いって知ってたのかしら?」

 

「いや……おはよう」

 

「顔を洗ってきた方がいいわ。貴方の歯ブラシとコップも用意してるから使ってね」

 

「ありがとう。使わせて貰うよ」

 

彼は促され、洗面所に案内される。

 

ちょうど杏子やモモたちが歯を磨いて顔を洗い終えていたところだ。

 

「はい、二人とも。尚紀君におはようの挨拶は?」

 

「おはよーなおきおにーたん」

 

「……おはよう」

 

まだ眠そうなモモの隣には、まだ緊張している表情の杏子の姿。

 

二人は彼の横を通り超え、足早に教会に向かっていった。

 

「朝6時から早天祈祷会が教会であるの。良かったら貴方も参加してね」

 

彼は自分の名前が書かれたコップを見る。

 

そこに入っていた彼の名前が書かれた歯ブラシを取り、歯を磨く。

 

口をゆすいで吐いた後に顔も洗った。

 

タオルで顔を拭いた後、彼は早天祈祷会というものを見に教会に向かう。

 

「朝早くから信者達が集まってくるんだな……。まぁ、この規模の教会から見て、そこまで信者の数は多くはないようだ」

 

それでも地方都市にしては集まっている光景。

 

祈祷会とは、教会や信者、その家族などの抱える問題が解決するよう会の参加者全員で祈る場。

 

教会では合わせてデボーション(聖書や祈りなどから神を見出す)で得たことの分かち合いを行う。

 

祈祷会の進行をしている佐倉牧師の邪魔にならないよう、脇でその様子を見つめる。

 

「あの女も来ているようだな……たしか名前は風華だったか?」

 

佐倉牧師共々、信者たちの悩みに寄り添い神の教えの元に祈りを捧げている姿。

 

「小さい杏子とモモは…高齢者に人気があるようだ。優しく接して貰えているようだ」

 

7時。

 

祈祷会も終わり、牧師家族の朝食が始まる。

 

みんな祈りを済ませ、食事をはじめて祈りをしてから食事を終える。

 

牧師にとっては家族との貴重なコミュニケーションの時間。

 

朝食を終えたら杏子は赤いランドセルを背負い、小学校に向かっていく。

 

「いってきま~す!」

 

杏子は元気よく玄関から駆けていった。

 

モモも幼稚園に向かわなければならないので、母親が送り迎えをしてあげている。

 

3人を見送った彼はというと、佐倉牧師に促されて教会の仕事へと向かう。

 

8時。

 

尚紀と佐倉牧師は二人で教会の清掃作業。

 

「みんな学校があるからね、今までの朝は、私一人で教会の掃除を行っていたんだ」

 

「どうりで掃除が行き届いてないわけだな」

 

「恥ずかしい話だがその通り。私は事務処理仕事も行うから…余計に掃除が行き届かない」

 

二人は黙々とモップをかけて床を掃除。

 

曜日にわけて教会の掃除する部分を割り振っていく。

 

全てをまとめて行う事は、二人でも出来そうもないからだ。

 

「曜日によって11時には聖書研究会、祈祷会、私のカウンセリングもうちは行っている」

 

「忙しい仕事の上に人手不足。たしかに、人手が欲しかったのも頷けるよ」

 

12時。

 

昼食が始まり、この時間は夫婦だけであったが、彼が来てくれたことで談話の場が生まれていた。

 

彼は自分の事を話さないから、もっぱら家族の話題、とりわけ娘達についての話題が中心となる。

 

娘達の事を知ってもらう事で、少しでもあの二人と仲良くなってもらいたいという計らいだろう。

 

13時。

 

佐倉牧師は事務処理を行った後、信仰を布教するための家庭訪問に向かった。

 

教会は収入面で非常に厳しい面を持っている。

 

佐倉牧師の妻も、家で出来る内職や教会広報のブログ作業も行っていた。

 

「俺に出来る事と言ったら…教会墓地の清掃作業ぐらいだろうな」

 

伸び切った草や落ち葉を掃除して綺麗に管理しなければならない。

 

14時30分。

 

モモが幼稚園から母親に連れられて帰ってきた。

 

彼はもっぱらこの時にモモから遊んで欲しいとねだられ、困っていた。

 

「モモは俺の事を怖がらないんだな……」

 

子供の面倒を見るのは得意では無いが、人の温かさも感じられて悪い気もしていないようだ。

 

15時30分。

 

杏子が小学校から帰宅し、モモと遊んでいた尚紀の姿を見つめる。

 

「モモ!こっちに来いって!仕事の邪魔になるから……」

 

「え~?まだおにいたんとあそびたい~」

 

妹を連れ、そそくさと住居へ向かっていく。

 

「杏子からは避けられているようだ。自分で言うのもなんだが…俺は酷い無愛想なんだろう」

 

ちょうどその時間帯に風華も中学校を終え、自転車で教会に訪れてくる。

 

「魔女を漁りに行かなくていいのか?」

 

「少しでも教会のお手伝いがしたいんです」

 

「児童養護施設の門限は大丈夫なのか?」

 

「教会のお手伝いをしているという事で、門限は特別に職員に長めに作って貰っています」

 

「随分と余裕だな?縄張りを巡回する探索作業、魔女との戦い、かなり時間を使う筈だろ?」

 

「はい…。それでも、私は牧師を目指す娘ですから、教会に貢献したいんです!」

 

「そうか……勝手にしな」

 

今まで彼女はこの時間帯に教会に訪れては、子供たちの面倒を見てくれていたようだ。

 

17時。

 

風華は自転車に乗って帰っていく。

 

ソウルジェムを使って魔女や使い魔の探索を行いに行くのだ。

 

「使い魔と呼ばれる存在共もまた、人間を捕食する。グリーフシードを孕むには魔女に孵化させなければならないか…」

 

魔法少女社会は魔女の取り合いを行う社会。

 

悠長に遊んでいる余裕など欠片も無いはず。

 

それでも、人間に危害を加える存在として使い魔さえも相手にしているという。

 

「ただの魔力の無駄遣い…いや、あいつらにとっては命の無駄遣いじゃないのか?」

 

──本当にお人好しな魔法少女だ。

 

19時。

 

夕食が始まり、祈りで始まり祈りで終わる。

 

20時。

 

自由時間となり、この時間帯はみんな自由に過ごしている。

 

今まではモモに遊び相手をねだられ、杏子は宿題や神学の勉強を疎かにしていたのだが。

 

「俺がモモの相手をしてやる。お前はやりたい勉強があるんだろ?」

 

「……うん。それじゃ、任せるけど……」

 

「どうした?」

 

「……なんでもない」

 

尚紀がモモの相手をしてくれている。

 

そのお陰で杏子は宿題や神学の勉強がはかどっているようだが…。

 

「あの杏子の表情……内心は複雑なようだな」

 

「モモを尚紀君に盗られてるって、嫉妬しているのよ。まだ多感な小学生だし許してあげてね」

 

「分かっている、気にしていないさ」

 

「そう言ってくれて助かるわ」

 

22時。

 

家族みんなでデボーションを行い、聖書を読み、祈りを捧げ神との出会いを重ねる。

 

(この時間が俺には辛いんだよな…。悪魔である俺と父なる神との間にあるのは…憎しみだけだ)

 

22時30分。

 

就寝時間となり、彼はベットの壁で座り込んで片目を開けて休む。

 

これが、嘉島尚紀のこれから過ごすだろう新たな毎日。

 

「俺は1人きりで掃除をしている時…いつも背後に感じてしまう」

 

──父なる神の視線を……祭壇に飾られた十字架からな。

 

──まるで、今直ぐにでも俺を磔にして燃やしてやりたいとでも、言われているようだ。

 




読んで頂き、有難う御座います。


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5話 風見野の魔法少女

土曜日。

 

教会は日曜日の礼拝のための準備に追われている。

 

子供や風見野住まいの外国人を対象にした礼拝の他に、ゴスペル礼拝を模様したりもするようだ。

 

佐倉牧師の妻は礼拝の後に信者達といっしょに行う食事、愛餐(あいさん)の準備を進めている。

 

「厳格な教会だと思ったが、カトリックとは違うんだな。随分ノリがいい牧師と信者の関係のようだ」

 

これが牧師と信者の上下関係が存在しないプロテスタント宗派のようだ。

 

彼は現在、佐倉牧師の妻に頼まれた食材の買い物に向かっていた。

 

かなりの量になりそうなのでメモは預かっている。

 

「力仕事は俺の得意分野だ。ええと……随分多いな?先ずは精肉コーナーから見て回るか」

 

風見野市内スーパーに買い物に行き、必要な食材や飲み物をカートいっぱいに買い込んでいく。

 

預かっているお金で精算を済ませ、品物をレジ袋に詰めていく。

 

両手は買い物袋でいっぱいになってしまったが、彼は何の負担も感じていない。

 

帰路につこうとした時、彼の表情が変わる。

 

「魔力を感じる…それも数体分だ」

 

魔力の出処へと歩みをすすめる。

 

「周りの魔力を探りながらボルテクス界を走り回った経験が役に立ったな。それでも背後から奇襲攻撃を仕掛けられたもんだ」

 

彼にとって魔力を感じた時は、戦いの始まりが近い意味を持っている。

 

人目につかないよう、複数の魔力の出処を探る。

 

(感じられる魔力の中には…風華もいるようだな?だとしたらこの魔力は、同じ魔法少女たちなのか?)

 

魔力を感じとれる場所はこの先の路地裏。

 

路地裏から声が聞こえた彼は身を隠し、様子を伺う。

 

「風実!どういうつもりよ!」

 

知っている人物の名前が出てきた。

 

風華が路地裏にいたのだが、3人の少女達に囲まれていた。

 

(俺が複数感じた魔力は……あいつらのものか)

 

魔法少女の魔力反応は、かつての悪魔や魔人とは違うようだ。

 

魔力パターンがあるのだろうかと考えていたが、状況が状況なので集中して現場を観察。

 

(あの3人が、風華が言っていた連中なんだろうな……)

 

「協定違反よ!なぜ私達の縄張りで魔女狩りを行ったわけ!?」

 

ブラウン色のボーイッシュなショートヘアーをした少女が風華に詰め寄る。

 

「仕方なかったんです!私が用事で近くにいて、魔女の結界に人間が攫われてしまったのを見つけたから!」

 

「それがどうしたっての!この縄張りは私達のものなんだから、あんたは関係ないじゃん!」

 

肩までかかるミディアムヘアーの黒髪少女が、風華にさらに詰め寄る。

 

「魔法少女は魔女を狩るのが使命でしょ?ボランティアや慈善事業じゃないわけよ」

 

セミロングヘアーのベージュ色の少女はあっさり言い切った。

 

(魔法少女は魔女を狩るだけの存在か…その方が生き残れる確率が上がるんだろうな)

 

「そんなに奉仕活動がやりたいなら、あんたの縄張りで私達のおこぼれ使い魔でも相手してりゃいいわけ♪」

 

風華を嘲笑う3人の魔法少女達。

 

(なるほど、こいつらに風華は良質な魔女狩り縄張りを独占されているということか)

 

悪魔とて人間を襲うなら人が多い場所を狙うだろう。

 

「魔法少女は人を助ける力を持っています!それなのに…見捨てる事なんて私出来ません!」

 

「はいはい、正義の味方ごっこならどっか他所で子供達といっしょにやったらいいよあんた」

 

「まぁ、今回ばかりは大目に見るけどさぁ…次やったらただじゃおかないよ、あんた?」

 

「それは……次にやったら私を袋叩きにするという脅しですか?」

 

「理解出来るなら、もう繰り返すんじゃねーぞ」

 

3人の少女達は風華を路地裏に残して去っていく。

 

残った彼女は俯いたまま動こうとしていない。

 

「……随分、言われ放題だったじゃねーか」

 

不意に尚紀の声がして、路地裏入り口を振り向く。

 

「尚紀……見てたんですか?」

 

疲れた微笑みで彼に答える風華の姿が、そこにはあった。

 

────────────────────────────────

 

「私が魔法少女に契約したのは一年前です」

 

自転車を押す風華の横に彼も付き添い、教会の帰路につく。

 

「昔は、この街にも魔法少女の先輩がいました。私のように人々のために戦う魔法少女でした」

 

一年前の記憶を語り始める。

 

先輩の魔法少女達と出会い、魔法少女として様々な事を学んだ日々。

 

魔女や使い魔の見つけ方、魔女との戦い方、魔法の応用、戦いに必要な心構え。

 

何より、人々のためにその身を犠牲にしてまで戦ってきた先輩達の生き様を学んだ。

 

「先輩たちは……私の誇りでした。でも、戦いの世界に絶対はありません」

 

「残されたのは……お前1人だけだったわけか」

 

「はい……。その頃でした……彼女達が風見野に現れたのは」

 

聞けばあの3人は、他所の街から流れてきた魔法少女達だという。

 

『見滝原市』と呼ばれる街で縄張り争いに負けた3人が風見野に流れてきた事を伝えられた。

 

「魔法少女の縄張り争い…先輩から聞かされていたのですが、私はその時初めて経験しました」

 

「あいつらに何か要求でもされたのか?まぁ、大体内容は分かるけどな」

 

「彼女たちの要求は、風見野市繁華街を自分たちの縄張りとして占有する事でした」

 

風華は取り分が減るという理由だけで郊外に追いやられたようだ。

 

「なぜ、連中を力ずくでも排除しなかった?」

 

「私にとって、縄張りは特に意識してません。大切なのは、1人でも多くの人達を救うことだと考えています」

 

「それで大人しく縄張り争いから身を引いたわけか?どこまでもお人好しな魔法少女だな」

 

「流れてきた彼女達が、この街の人々を守る力になってくれるならと身を引きました」

 

縄張り争いに固執する理由は、彼女にはない。

 

優先するものが違ったのだ。

 

(どうやって今まで生きてこれたんだ?)

 

こんな生き方を続けていては、魔女にありつけない。

 

(魔女の枯渇はお前の死を意味するんだぞ?あの3人だってそれは分かっているハズだ)

 

彼の中に、苛立ちの感情が芽生えていく。

 

「なぜ…あいつらに責められていたんだ?」

 

「貴方と出会った時、戦った魔女がいたじゃないですか?その場所が彼女たちの縄張りでした」

 

「目撃されていたってわけか」

 

「そのようです…。縄張りを侵害した者として責められました」

 

「縄張りを奪い返そうとは思わないのか?」

 

「さっきも言いましたが、この街の人々を守る力は多い方がいいです。縄張りには固執しません」

 

「連中のあの口ぶり、魔女の結界に捕らわれた人間達を助けるような奴らには見えないな」

 

「それは……」

 

「何処かで…人間達を使い魔に喰わせて、魔女の養殖でもしてるかもしれないぜ?」

 

「そんな証拠はありません!私は本来、魔法少女同士は争い合うべきではないと考えています!」

 

(少し喋りすぎたか……)

 

彼は口を閉ざし、二人は無言で帰路を歩く。

 

ここから先は教会、分かれ道の先には彼女が暮らす児童養護施設。

 

二人はここで分かれることにした。

 

「明日は礼拝があります。楽しみにしててくださいね、尚紀」

 

「…………」

 

彼女は自転車に乗り、自分の家へと帰っていく。

 

買い物袋でいっぱいの両手をぶら下げ、教会の森を歩きながら考えていた。

 

「この街の人々を守る力……か」

 

彼女が言った言葉を、彼はどう受け止めたか。

 

そして、風見野の魔法少女達の現状を……彼はどう受け止めたか。

 

歩くスピードが上がっていく。

 

明らかに彼は、苛立っていた。

 

────────────────────────────────

 

今日は日曜日であり、キリスト教で言う主日礼拝だ。

 

キリストが十字架で死なれ、三日目に復活したのが日曜日だったことからそう呼ばれる。

 

礼拝とは神を崇め、賛美するための宗教行事。

 

(俺にとっては苦痛の日だな……)

 

人間は神を忘れ、罪を犯してきた事を悔い改めるための日。

 

それが主日礼拝。

 

(…バカバカしい。神の犯す罪なら許されるのかよ?)

 

そんな彼の想いは、周りの人々にとっては祝い事の日なので胸の中で押し殺す。

 

彼は主日礼拝に参加される信者たちの受付係をしている。

 

出席簿の記入用紙に書き込みをしてもらい、聖書を持っていない方には聖書を貸出したり、賛美歌の歌集も渡す。

 

希望者には週報と呼ばれる冊子も渡したり、献金用の封筒も渡していった。

 

「信者たちも礼拝堂に全て揃ったようだな。主日礼拝ってやつが始まるのか…」

 

礼拝の始まりのオルガンが風華によって演奏されていく。

 

信者たちは皆、一週間の自分が神を覚え、御心に適う生活をしてきたかを振り返り心を沈める。

 

オルガンの演奏も終わり、司式者である佐倉牧師は招詞(しょうし)を行う。

 

神がこの教会に皆が招かれたという神の言葉を読み上げる。

 

(俺にとっては聞き苦しい招詞だ…。改めて悪魔の俺がいるべき場所なのか疑いたくなる)

 

いよいよ賛美歌へと移り、歌集を信者たちが取り出し、演奏が始まっていく。

 

キリスト教と音楽は深いつながりがある。

 

宗教改革以後、礼拝は有名な作曲家が信仰の証として多くの賛美歌を残したみたいだったが。

 

「…………」

 

彼にとっては聞き難い騒音でしかなかったようだ。

 

賛美歌も終わり、交読詩編、聖書朗読と流れていく。

 

進行も進んでいき、司式者の祈祷が始まった。

 

司式者の佐倉牧師は会衆を代表して、神への感謝と悔い改めを表明した。

 

「イエス・キリストこそが教会の存在であり、今この礼拝に主がご臨席賜る事を祈る。この祈りを主イエス・キリストのみ名により御前に捧げます」

 

「アーメン」

 

信者たちも唱え、皆が神の使徒としての信条を持っているような光景だ。

 

──我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。

 

──我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。

 

──主は聖霊によりてやどり、処女マリアより生まれ。

 

──ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け。

 

──十字架につけられ。

 

──死にて葬られ、陰府(よみ)に下り。

 

──天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり。

 

──かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審(さば)きたまわん。

 

──我は聖霊を信ず。

 

──聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、身体の蘇り、永遠の生命を信ず。

 

皆が朗読している光景を眺めながら、週報の裏に書かれていた内容を彼も見つめる。

 

(生ける者と死ねる者とを裁く?なら、俺達が生きた世界は死ねる者達だったとでも言うのか?)

 

1人だけ腸が煮えくり返る想いをつのらせていく。

 

礼拝堂に主の祈りが聞こえてきた。

 

──天にまします我らの父よ。

 

──願わくはみ名を崇めさせたまえ。

 

──み国を来たらせたまえ。

 

──みこころの天になるごとく地にもなさせたまえ。

 

──我らの日用の糧を今日も与えたまえ。

 

──我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。

 

──我らを試みにあわせず、悪より救い出したまえ。

 

──国と力と栄とは限りなく汝のものなればなり。

 

──アーメン。

 

………………。

 

アマラの摂理そのものだった。

 

死ぬべき世界があり、生きるべきみ国である世界がまた生まれる。

 

神のみ名において、天を生み出し地を生みだす。

 

日々の糧が生まれ世界は育まれていく。

 

(俺が生きた世界は……生きる力を失った罪深い世界だと神は決めた)

 

そして、彼の世界は殺された。

 

(…死してこそ、その罪が赦されると言うのか?)

 

悪だと罵り救いという名の破滅『東京受胎』

 

それを世界に与えたのは、目の前の信者が崇める神。

 

(何がアーメンだ……ふざけるな!!)

 

神の言葉は尚紀には届かない。

 

彼は父なる神に全てを奪われた悪魔だったのだ。

 

────────────────────────────────

 

祝祷が終わり後奏も終わった。

 

その後は特別賛美として信者達のゴスペルグループの演奏会が催されるようだ。

 

彼はその設営の手伝いを行う。

 

「ギター、ベース、ドラム、キーボード……懐かしいな。勇からギターを教えて貰った事もあった」

 

ギターをかき鳴らしている時は、世の中の不満や苛立ちを吐き出せている気分に浸れた頃があった。

 

だが、思い出を語り合える友人は…もう存在しない。

 

虚しい気持ちを抱えながらも、祭壇前のバンド設営の準備を進めていく。

 

「外国人達が集まってきて楽器の音調整を行っている…そろそろ始まるな」

 

ボーカルマイクの長さを歌い手に合わせようとしていた時、風華に声をかけられた。

 

「もう少し下げてくれますか?」

 

「えっ?まさかお前が歌うのか?」

 

「はい、私が歌います。あまり自信は無いですけど…聞いてくださいね♪」

 

準備が整い、彼女がマイクの前に立つ。

 

ポップなメロディーが教会内に響き渡り、信者たちも手を叩いて手拍子を始める。

 

英語の歌詞の部分が始まり風華が歌いだした。

 

「何処かで聞いたことのある洋楽だが…あの女、中々歌が上手いじゃないか。胸に染み入る」

 

風華の歌を教会の端で聞いている彼の姿。

 

父なる神を賛美する歌である筈なのに、自然と足でリズムを作りながら聞き惚れていた。

 

「ふう姉ちゃんかっこいいよー!」

 

「ふうねえたんおうたじょうずー!」

 

「神を讃える歌でも、人間が真心をこめた歌はこうも聞こえ方が違うものなんだな…」

 

神の讃歌ではなく、彼女の心からの熱唱に彼は称賛した。

 

彼女は両手を広げて歌い終わり一礼。

 

礼拝堂からは惜しみない拍手の音が木霊した。

 

(胸糞悪いだけの主日礼拝だと思ったが、最後に思わぬ拾い物をしたな…)

 

笑顔を振りまいて皆に応えて手を振る風華を見て、彼はそう心で思った。

 

バンド演奏も全て終え、彼は片付け作業中。

 

 達はお昼ご飯の愛餐を始めていた。

 

「どうでした尚紀?私の歌は……?」

 

「……悪くなかった」

 

不器用な彼なりの褒め言葉だと感じ彼女は微笑み、彼のお昼ご飯を持ってきてくれた。

 

教会の外の椅子で二人はお昼ご飯を食べているのだが…。

 

彼はふと空を見上げた。

 

「なぁ……今の人生が尊いと思うか?」

 

「はい、そう思いますが……それがどうかしたんですか?」

 

「だったら、もっと命を大事にしろ。非情になるべき時は……冷酷になれ」

 

「尚紀……?」

 

「……なんでもない」

 

午後の片付けが終わっていき、主日礼拝も終わりを告げていった。

 




読んで頂き、有難う御座います。


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6話 インキュベーター

日課の教会の清掃作業を行っている尚紀の姿。

 

佐倉牧師は信仰の布教で外出しているようだ。

 

「魔法少女……か」

 

それはキュウべぇと呼ばれる存在と契約し、願いを叶えられた者たち。

 

魔女というこの世界に呪いと災いをもたらす存在と戦う使命を負わされる。

 

「キュウべぇとかいう存在…あいつらの魂を石ころの中に閉じ込める秘密を隠しているな」

 

人間の魂が穢れる。

 

それにはどんな秘密が隠されているのか。

 

「ソウルジェムの穢れというものが、単なる魔力消費を表すだけのものでしかないとは思えない」

 

かつての世界において、人の魂が堕ちた姿となりし幽鬼と戦ったことがある。

 

「もし、霊魂が怨念によって穢れ、幽鬼と同一的な存在となるとしたら…」

 

──そこから生み出されるものとは…? 

 

悪い方向にしか考えが巡らない彼は溜息をつく。

 

不意に彼は視線を感じた。

 

「まただ…やはり祭壇の十字架から()()()()()視線を感じる。俺が最も嫌悪する何かがいる」

 

祭壇の階段前まで歩き、十字架を見上げた。

 

「なんだ…?何か白くて小さいのが……見える」

 

それは、真白いネコのような外見をした生き物のように見えた。

 

尻尾はキツネのように太く長く、瞳は丸く真紅の色。

 

背中には丸く赤い入れ墨のような毛並み。

 

だが、彼にとってもっとも嫌悪するものがその生き物にはあった。

 

「ただの白猫じゃない…耳から生えてるのは翼?それに、翼を覆うあれは…天使の輪?」

 

その生き物は十字の横側部分に立ち、彼を見つめていた。

 

「…君には、僕の姿が見えるんだね」

 

「お前がもしかして…キュウべぇとかいう奴か?」

 

光の秩序である天使。

 

闇の混沌である悪魔。

 

両者がついに対峙する瞬間が訪れた。

 

────────────────────────────────

 

「姿が見えるのかと聞いたな…なら、お前も俺たち悪魔と似た存在だということか?」

 

「自分たちと君は言ったね?なら、君以外にも君と同じ存在がいるという事でいいのかな?」

 

「お前がキュウべぇとか呼ばれる存在なのか?」

 

「その通り。それにしても驚いた…ボクの存在が見える人物が男性の中にいるだなんて」

 

「俺を他の人間と同じにするな」

 

「それに、興味深い事を口にした。悪魔と似た存在とは…どういう意味だい?」

 

「神々や悪魔の姿は人間には見えない。それは概念存在であり、人々はそれを観測することは出来ても、認識する事が出来ない」

 

「そうだね、イメージ世界の存在が現実に見える者など本来いない。もし概念存在が受肉出来たとしても、それを視認する事など出来ない」

 

「お前も他の連中には見えないんだろ?」

 

「その通り」

 

人々は霊魂を認識出来ないのならば、視覚情報としても伝わらない。

 

目の前に見える情報を認識するのは、人の脳が観測したものだけ。

 

「その理屈通りになると、さっき言った俺の言葉も疑わしくなってきたな…」

 

「君は悪魔と自分の事を名乗ったけど、あまり自分の事を把握出来ていないようだね」

 

「俺は人なる悪魔…創られた存在。半人半魔の中途半端な存在だから、人々に認識されるのか?」

 

「実に興味深い存在だ。境界が曖昧で中庸的、物質と概念どちらの存在とも言える。そんな存在は神話の世界だけかと思ったんだけどね」

 

「神話か…ヨーロッパの神話なら、半神的英雄の話をいくらか聞いたことぐらいある」

 

「神話に登場する半神的存在たちと同一的存在としか思えない。そうでなければ、魔法少女の素質ある者たち以外でボクの姿が見える存在など考えにくい」

 

「まぁいい、自分の事は自分で考える。それよりも…()()()のお前に聞きたい事がある」

 

「詐欺師?ボクは君を騙した事など一度もないけどね」

 

「お前はなぜ魔法少女達の魂を…ソウルジェムと呼ばれる檻に閉じ込め、死人に変えた?」

 

「驚いたね、君には人間の魂が見えるのかい?ますます神の如き存在に思えてきたよ」

 

「人間の魂が穢れきるという末路…俺は大体予想がつく」

 

「へぇ?魔法少女の魂が穢れきった時、一体どんな事態になるというのか…君の意見を聞こうか」

 

「恐らくは……この世に災いを撒き散らす存在となる」

 

「いい線いっている。そこまで察しがついているなんてね」

 

──答えろ…なぜ魔法少女達を()()に変える? 

 

悪魔の知識がある彼にとっては、そうとしか考えられないようだ。

 

「正解だ。それを見抜くとは…やはり君の存在はボク達と同じなのかもしれない」

 

「このゲス野郎…白々しい態度しやがって。あいつらに隠して何を企んでいる?」

 

「それは君には関係ない話だ。それより、その考えに至れた君の知識にボクは興味がある」

 

「あのソウルジェムの穢れ…あれと似たものを、かつてあった世界で見たことがある」

 

「かつてあった世界?」

 

「人間の負の感情エネルギー…()()()()だ」

 

【禍つ霊(マガツヒ)】

 

意識存在が持つ精神エネルギーであり、苦痛を与えて感情から絞り出せる。

 

空間にも一定量存在するが、それは人間たちの薄汚れた社会が生み出す僅かばかりの苦痛の感情エネルギーに過ぎないようだ。

 

マガツヒは様々な色をしており、赤く小さい星のような煌めきのようにも見えた。

 

「君は感情エネルギーの存在まで知っているなんてね…驚かされるばかりだ」

 

「俺にとっては、忌まわしい記憶に過ぎない」

 

「それにかつてあった世界という言葉…君は多次元宇宙からの来訪者と考えていいのかな?」

 

「好きに解釈しろ。それより、感情エネルギーが集積されるための器、それがソウルジェムの正体で間違いないのか?」

 

「その通り。ボク達は彼女達を精神的に追い詰めて苦しめる必要がある」

 

「やはり…それが狙いだったか」

 

「全ては莫大な感情エネルギーのためなんだ」

 

「天使というよりは悪魔だな…」

 

「君たち悪魔もボクと同じ方法で感情エネルギーを絞っていたのかい?

 

「俺たち悪魔の中にも、感情エネルギーであるマガツヒを搾り取るために()()()()達を拷問し、体から噴き出すマガツヒを啜っていやがった」

 

【マネカタ(真似方)】

 

人間を模した擬人であり、ボルテクス界では弱き人間のような存在。

 

東京受胎の際、人々はことごとく命を失っていく中で人の強い感情が残されていく事となる。

 

強い感情は泥の中へと宿り、命と形を得てマネカタという形を成した。

 

創世の為に必要な感情エネルギーであるマガツヒを生み出す為の仮初めの命として苦しめられた。

 

「マネカタ、マガツヒ…?僕は聞いたことがない言葉だけど」

 

「かつての世界に現れた住人共だ。人間のように見えるが…土塊共だった」

 

「その生き物たちも魔法少女と同じく感情を持つ存在ならば…苦しめられた存在だと伺えるよ」

 

「他人事のようにしやがって。お前は俺たち悪魔と同じ事を繰り返しているんだぞ」

 

「ならボクも聞いてみたいね。君も悪魔だと言うのなら、ボク達と同じく…感情エネルギーを必要としないのかい?」

 

「俺は一度もマガツヒを喰らった事はない。マネカタ達を家畜の如く扱い、拷問を繰り返した他の悪魔と俺を一緒にするな」

 

「悪魔だと名乗る割には、君は随分とお人好しみたいだ」

 

「お前は感情エネルギーを集めて何をする気だ?」

 

「そこまで分かっていながら、ボクたちの目的までは見抜けていないようだね」

 

十字架の上から祭壇に飛び移った。

 

「君がボク達と同じ存在だと認識出来たし、改めて名乗るよ」

 

──ボク達の本当の名は…インキュベーターさ。

 

彼も階段を登り祭壇の前に立つ。

 

その心は、静かな怒りに震えていた。

 

────────────────────────────────

 

神の家たる荘厳な教会、ここは神なるものの存在を感じさせる空間。

 

インキュベーターと名乗る存在は神の世界で、自らの存在を現した。

 

「ボク達インキュベーターはね、宇宙を内側から温めて育てる存在なんだ」

 

「内側から…温める?」

 

「その為に必要な宇宙エネルギーを…僕たちは感情エネルギーと呼ぶ」

 

「宇宙の延命行為…宇宙の秩序を司る存在なのかよ?」

 

「そうだね。感情エネルギーの宇宙エネルギーへの転換を目的にしている」

 

「感情エネルギーは…宇宙エネルギーにもなる」

 

かつての世界の宇宙創生。

 

それもまた感情エネルギーを莫大に必要とした。

 

「カバラ神秘主義で言えば物質界を構成するエネルギー、宇宙チャクラとも呼ばれる。宇宙エネルギーの管理者…それがボクなのさ」

 

「それがお前の正体か?それほどの規模なら、一体どれ程のマガツヒを魔法少女達から搾り取ってきた?」

 

「宇宙を温める熱エネルギーは、莫大な量を必要としている。それらを効率的に回収する最も最適化として僕たちが選んだ手段は…」

 

──魔法少女の希望が絶望へと相転移し、魔女として孵化させることだったんだよ。

 

「…やはりお前は悪魔だ。人を苦しめる事に対して、何も悪びれていねぇな…」

 

「君たち悪魔もボク達と同じ事をしてきたんだろ?物理的な拷問は最初にボク達も考えたけど…効率が悪かったんだ」

 

──だからこそ、願いを叶えさせ希望を与え、満足した瞬間に地獄に突き落とす。

 

──この落差の相転移こそが、莫大な感情エネルギーを生み出す事をボク達は突き止めた。

 

「ゲス野郎を通り超えて…もはや外道だな。確かにその方が効率がいいんだろう」

 

「理解が早くて助かるよ。魔法少女は宇宙の為の感情エネルギーとして、ボク達が飼育している家畜なのさ」

 

「ソウルジェムを失った魔法少女はどうなる?本当の意味で死人になるのか」

 

「彼女達の魂が外側の屍に影響を与えられる範囲は、せいぜい100m範囲。それを超えたら彼女達は屍になるんだよ」

 

「ソウルジェム、それは人間の魂。もしそれが砕かれた場合においても…」

 

「もちろん。魂が砕かれた以上は、それは人間でいう死を意味するね」

 

「たいした死霊術師だな。そこまで死と絶望へと誘う事が出来る悪魔など…数えるぐらいだ」

 

「魂を外側に移す事にはメリットもある。痛覚そのものをコントロールし、痛みさえ取り除ける」

 

「便利なものだな?戦闘でどれほど痛みを与えようが怯まない連中なのか、魔法少女は?」

 

「それだけじゃない。ソウルジェムの魔力さえ無事なら…心臓を抉られようが、全身の血を抜かれようが生きていられるんだ」

 

「便利なものには裏があるんだろ?」

 

「……………」

 

「必要以上に生命維持の魔力を消費してしまえば…待っているのは自滅。魔女化を促す為の仕掛けか?」

 

「やれやれ、君は本当に理解が早いね。流石ボク達と同一存在なだけある」

 

(ここまで計算され尽くした仕掛けを施すネクロマンサーなど、そうそうお目にかかれる代物じゃない)

 

「さて、そこまで魔法少女達について興味があるのなら…聞きたいんじゃないのかな?

 

「……………」

 

「魔女化した魔法少女を元に戻せるかと」

 

「聞く必要がない。魂が悪魔になったら元に戻れないのと同じだ。俺も二度と人間には戻れない」

 

「そう。一度魔女になったら最後、世界に呪いを撒き散らすだけの怪物となる。それを処分するのが魔法少女の役目となる」

 

「穢れによって生み出された魔女が、魔法少女達の魂の穢れを取り除く延命道具ともなるか。出来過ぎた仕組みだな…」

 

「魔法少女に対する謎は解けてきたかい?」

 

「これで俺が疑問に思っていた魔法少女の部分は…全て把握した」

 

「有意義な議論の時間だったよ。ありがとう、ボク達と同じ存在」

 

(そしてこいつが…俺がもっとも殺したい連中と同じ存在だということもな)

 

「ボク達インキュベーターは、この星に訪れた存在。君達でいう地球外生命体と言ったところかな」

 

「そして…お前達の後ろには、大いなる存在がいるんだろう?」

 

「……………」

 

「この世の内側ではなく、外側に」

 

その一言で、インキュベーターは黙り込んだ。

 

この存在は、インキュベーターの()()にまつわる存在まで知っている。

 

「もう一度確認させてくれないかい?君は…本物の悪魔で間違いないんだね?」

 

「そうだ…。俺は悪魔であり…神の敵対者だ」

 

──これで全ての疑問に答えが出たよ。

 

──君は……()()()()の敵だと理解出来た。

 

「そうかい…。なら俺も役に立つ情報を与えてくれたことだし…お前に()()()()()()

 

「えっ?」

 

言った瞬間、キュウべぇの頭は弾け飛んだ。

 

右手の構え方が指弾を放つ形となっている。

 

掌内で圧縮した空気を固めた弾丸をお見舞いしたようだった。

 

「これではっきりとした。こいつの後ろには…大いなる神とその御使い共がいるとな」

 

<<やれやれ、酷いじゃないか>>

 

殺した筈のインキュベーターの声が教会内に木霊する。

 

「何体もいるのか…見た目が同じ連中が…?」

 

殺した筈のインキュベーターと同じ形をした存在が階段から登ってきた。

 

「ボク達に死の概念は存在しない。ボクはただの端末に過ぎないのだから」

 

そう言って別個体が祭壇に飛び乗り…。

 

「…………」

 

殺された同一個体の死体を()()()し始めた。

 

(まるで無限増殖出来た…威霊アルビオンだな)

 

かつて訪れた事があるアマラ神殿。

 

そこで戦った魔神の記憶が頭を過る。

 

(恐らくこいつを倒すには、全ての個体を破壊する必要性がある。この星に何体コイツらがいやがるのか…検討もつかねぇ)

 

「確信したよ。君の存在は…この世界には決して在ってはならない」

 

――受肉した、神の敵だ。

 

「ならどうする?お前の力で俺を始末するか?」

 

「君の力は未知数だ。そんな相手を前にして、無謀な行動をボク達がすると思うのかい?」

 

祭壇から飛び降り、教会から出ていこうとする。

 

「君の力を観測させてもらう。君はこの世界にとって、あまりにも大きいイレギュラーだ」

 

「お前の後ろにいる連中に言っておけ」

 

――首を洗って待っていろとな。

 

教会からインキュベーターは去っていった。

 

「宇宙を延命させる為に、多くの少女達の魂を生贄にするインキュベーターか…胸糞悪いぜ」

 

アマラ宇宙の管理者。

 

必要であれば、宇宙に生きる生命すら消し去る傲慢な神の下僕。

 

「大いなる神が用意した天使ならば、ムカついて当然か」

 

考えを纏めようとすればするほど、苛立ちが増していく。

 

「繰り返させてたまるか…人間をお前たち秩序の生贄になどさせてたまるかよ…」

 

──人間は…世界は…己の運命を自由に選んでいいはずだ。

 

──決して、大いなる神の奴隷ではないのだから。

 

教会のドアが開く音がした。

 

「尚紀?どうかしたのですか?」

 

風華が学校からの帰り道で教会に訪れたようだ。

 

押し黙ったまま喋らない彼の元まで歩み寄ってきた。

 

「何かあったんですか…?」

 

彼は目を瞑り、決意を込めた眼差しを込めて彼女に向き直る。

 

「…風華、俺がお前の力になってやる」

 

「え……?」

 

(初めて…彼が私の名前を呼んでくれた……)

 

「お前の魔女狩り、俺も参加させてもらう」

 

(…小さな反逆に過ぎないのは分かっている)

 

たとえ強大な悪魔の力をもつ者でも、魔法少女システムを書き換える術はない。

 

(それでも…コイツの運命くらいは…変えてみせるさ)

 

──人間は、神の家畜として支配されるべきではない。

 

彼はそう、心に言い聞かせた。

 

────────────────────────────────

 

次の日の夕方、風華が自転車に乗って教会に訪れた。

 

いつもはこの時間帯に彼女は杏子とモモと接する時間だが…。

 

「来たか。それじゃ、魔女狩りに行こうぜ」

 

「本当にいいんですか尚紀?帰りが遅くなったら佐倉先生が何ていうか…」

 

「お前の私用の手伝いに向かうと言っておいた」

 

「それで佐倉先生は納得してくれました?」

 

「お前は俺の恩人だから手伝いたいと言ったら了承してくれたよ」

 

「貴方の力を疑いませんが…佐倉先生の大事な家族に、もしものことがあったら私…」

 

「他人よりも自分の事を優先しろ。縄張りのせいで、満足に魔女を手に入れる事も出来ないくせに」

 

「…分かりました。それじゃあ、自転車の後ろに座って下さい」

 

「男の俺を後ろに乗せて大丈夫か?」

 

「フフ、恋人と勘違いされたりして♪」

 

「…………」

 

そう言われると気恥ずかしくなったようだ。

 

自転車の後ろ席に向けて後ろ向きに座り込んでしまった。

 

(一体何が彼を変えたんでしょうね?)

 

彼女はインキュベーターとのやり取りを知らない。

 

自分たちの秘密さえ、知らない。

 

(でも……嬉しいです。また誰かと共に戦えるなんて)

 

「いきましょう、尚紀!」

 

「安全運転で頼む」

 

彼女は自転車をこいで彼と共に教会を後にする。

 

「…ふう姉ちゃん。今日はあたし達と遊ばずに…あいつと一緒に出かけるのかよ」

 

教会の柱の影に隠れていた杏子の姿。

 

彼女は不満そうな顔を向けながら2人を見送った。

 

────────────────────────────────

 

夕方の日差しが降り注ぐ道。

 

風見野市郊外の田園地帯が広がっていく光景。

 

道を走る自転車に乗るのは、2人の姿。

 

「住宅もまばら…。人が集まりそうな公共施設も見かけないせいか、人通りも少ないな」

 

「まぁ、風見野市は田舎の街ですからね…。人が集まる場所も市の中央にある繁華街ぐらいです」

 

(こんな魔女が集まりそうもない場所を、延々とこいつは彷徨ってたのか…)

 

「私がソウルジェムで魔女や使い魔の魔力を探さなくていいんですか?」

 

「俺が見つける。運転に集中していろ」

 

「分かりました」

 

2人は郊外の田園地帯を自転車で巡回するが、魔力反応は感じない。

 

「なぁ、こんな場所を延々回ってても仕方ないだろ?繁華街の方が効率が良い」

 

「駄目です。彼女達の縄張りで活動を行えば、縄張り争いになってしまいますから」

 

「何も現れない場所を廻るゆとりもないだろ」

 

「こんな場所でも、繁華街から流れてきた使い魔ぐらいは現れるんです」

 

「そんな事を言ってる場合かよ。魔力を回復出来ないだろうが」

 

「大切なのは一人でも多くの人が救われること。私はそう信じています」

 

「救いようのないお人好しめ…よく今まで生き残れてこれたよ」

 

溜息をつく彼が横の景色を見つめる。

 

夕日に輝いた風見野を自転車に乗りながら眺めていた。

 

「小さな地方都市だが…美しい光景だな。東京しか知らない俺には、田舎の方が新鮮だ」

 

「そう言ってくれると地元の人間として嬉しいです。遊ぶところは少ないですけどね」

 

「とても気持ちがいい風が吹く街だ」

 

「そうですね。私は…この街を愛しています」

 

「風見野市…風が見える野原のような街だ」

 

不意に魔力を感じ取る。

 

「魔女にしては小さい…使い魔だろう。どうする?」

 

「もちろん倒します!どちらですか?」

 

「…あっちだ」

 

(倒したところで得られるものは何もない。それでも風華はその身を犠牲にし続ける選択を繰り返す)

 

いずれ持たなくなる日も近い。

 

先が思いやられると感じていたが、彼女の信念を否定する事は出来なかった。

 

その優しい気持ちは、彼とて同じだったから。

 

────────────────────────────────

 

使い魔の結界の前に二人は到着した。

 

「使い魔の数は…それなりに多そうだ」

 

「さぁ、いきましょう尚紀!」

 

彼女は左手にソウルジェムを出現させた。

 

魔法少女はソウルジェムを探索に使うだけでなく魔法少女に変身する際にも使う。

 

(そういえば、俺はコイツが魔法少女に変身する場面を見るのは初めてか)

 

いかにしてあのコスプレめいた服装になるというのか?

 

彼も少々気になっていた

 

彼女のソウルジェムが光、まばゆい光景が見えた。

 

(…………不味いな、ここから先はR()()()だ)

 

彼は後ろを向いていた。

 

「どうかしましたか、尚紀?」

 

悪魔の彼には魔法少女の変身シーンが一瞬ではあったが全て見えていたのだろう。

 

(魔法少女って連中は…いちいち全裸になって変身するものなのか?)

 

赤面した顔で後ろ髪を掻いている彼の姿。

 

(昔から、異性を意識させられる場面は苦手だよな……俺)

 

「どうしたんですか?顔が真っ赤ですよ?」

 

「五月蝿い、さっさと行くぞ」

 

「あ、尚紀ってば~!」

 

………………。

 

使い魔の結界最奥へと2人は進む。

 

魔女の結界ほど規模は大きくないが魔女同様、その光景は陰惨であった。

 

「いたぞ」

 

「凄い数ですね…今まで流れてきた使い魔の規模に比べたら、今日はかなりの数です」

 

「おおかた、連中の嫌がらせってところだろう」

 

パーカージャケットを着たまま尚紀が悪魔化していく。

 

全身に発光する悪魔の入れ墨が浮かんでいく。

 

首裏からは悪魔の角がせり出してきた。

 

「結界に忘れ物をしたら結界ごと消えてしまうしな。上着は着ておくか」

 

「私が前に出ます!背後に回り込んでくる使い魔達をお願いしますね!」

 

「お前は引っ込んでろ」

 

「でも!この数ですよ!?」

 

「問題ない」

 

彼は静かに左腕を垂直に構え、ボクシングでいうジャブの構えとなる。

 

「時間をかけるつもりはない。お前ら、相手が悪かったな」

 

一匹の使い魔が彼に飛び込んできたが…一瞬で消し飛んだ。

 

「くっ!?今の一瞬で……なんて凄い拳圧と衝撃波なの!?」

 

両腕で顔を覆い、彼の底知れない力に戦慄。

 

次々に彼に飛び込んでくる使い魔達だが、接敵する事も出来ずに次々と消し飛んでいく。

 

その度に衝撃波が巻き起こり、凄まじい暴風を巻き起こす。

 

「ガキの群れでも相手している気分だ。弱かった時期の俺なら手こずったろうが……」

 

拳速がどんどん加速していき、無数の拳の嵐が吹き荒れる。

 

拳が届かなくても彼の拳から放たれる拳圧によって、使い魔達は粉々に消し飛んでいくのみ。

 

「凄い…もうあらかたの使い魔を倒してしまいましたね」

 

「見惚れている場合か?どうやら後続がやってきたようだ」

 

騒ぎを聞きつけた他の使い魔の群れも合流し、二人は囲まれてしまった。

 

「ふん、無駄に数だけで攻めてくるか」

 

「尚紀、私も手伝います」

 

「同じことを言わせるな」

 

背中合わせに使い魔の群れと睨み合っていたが彼だったが…。

 

「久しぶりに使ってみるか」

 

「え?何をですか?」

 

「お前と同じ、風の魔法さ」

 

右掌を水平にし、前に突き出す。

 

「こ、これは……私と同じ風の魔法!?」

 

深碧の暴風が二人の周りに発生していく。

 

彼は右手のひらを折り曲げる。

 

暴風は竜巻と化し、使い魔の群れを巻き上げていく。

 

「なんて強力な風の魔法なの……!私でもここまでの威力を出せるか分からない…」

 

これが魔法少女の魔法ではない悪魔の魔法。

 

使い魔の群れは暴風に体を千切られていき全滅した。

 

「使い魔の結界が閉じる。さっさと行くぞ」

 

「本当に…私が何もしないまま尚紀1人で片付けてしまうなんて…」

 

「グズグズするな、置いていくぞ」

 

促された彼女も慌てて後ろからついていき、結界から脱出。

 

魔力を消耗し続ける魔法少女にとって得られた成果は…何もない。

 

お互いに人間の姿に戻り、顔を向け合う。

 

「お前……こんな調子じゃ死ぬぞ」

 

「え……?」

 

「お前の魔力は有限だ。回復出来ない環境に身を置いていたら先はない」

 

「それは……」

 

「お前が死んだら、あの教会の人達みんなが悲しむ。忘れるな」

 

「尚紀……」

 

踵を返し、自転車を駐めてある場所まで歩いていく彼の姿。

 

(1人の魔法少女の運命を変える)

 

インキュベーター。

 

大いなる神。

 

それらがもたらすもの。

 

それは、宇宙の理不尽な秩序。

 

(変えてみせるさ……)

 

彼にとっては、これが理不尽過ぎる光の秩序に対する…。

 

反逆の一歩目となった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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7話 風見野の守護者

風実風華と組んで魔女狩りの毎日を送っている尚紀。

 

だが状況は芳しくない。

 

「やはり魔女は人が集まる繁華街に集中してやがる…」

 

郊外は使い魔しか見かけないようだ。

 

「こんな調子じゃ…あいつが持たないぞ」

 

打開策を考えていた彼の元に今日も彼女は訪れたが……。

 

「おい、大丈夫なのか」

 

「だ……大丈夫です、今日も魔女狩りに向かいましょう」

 

嫌な予感を感じる。

 

「おい、ソウルジェムを見せてみろ」

 

「平気です!私は大丈夫だから……」

 

「今直ぐ俺に見せろ」

 

彼女の左手を掴む。

 

真剣な彼の表情に隠すことは出来ないと察し、ソウルジェムを左手に出現させた。

 

「やはり思ったとおりだ……」

 

ソウルジェムの穢れがかなり進行している。

 

「お前……最後に魔力を回復させたのはいつだ?」

 

「…貴方と出会った時に手に入れたグリーフシードが最後です」

 

「大馬鹿野郎が……自分の命を何だと思っていやがるんだ?」

 

「それは…」

 

「俺が以前言った言葉は伝わらなかったようだな」

 

「でも私…同じ風見野を守る魔法少女達と、戦いたくはありません」

 

「お前たち魔法少女社会は()()()()()()だ。心が弱い奴は、それに付け込まれて淘汰される」

 

「それは……そうかもしれませんが、私は……」

 

「今日の魔女狩りはもういい、お前は家に帰って休んでろ」

 

「でも!休んでいたら何処かで誰かが犠牲になるかも……」

 

「死んだらそれまで。自分の生命さえ守れない奴が、多くの人を救えるだなんて思い上がるな」

 

「…………」

 

「もう一度だけ言ってやる。自分一人だけの生命だと思うな」

 

「尚紀……」

 

「家に帰れ。いいな?」

 

 彼女は渋々自転車で児童養護施設に向けて帰っていった。

 

「…もはや、手段など選んでいる場合ではないようだ」

 

 彼はその夜、就寝時間になった際に教会を抜け出し、市内に向けて駆けていった。

 

────────────────────────────────

 

夜の風見野繁華街のビル郡の屋上に尚紀の姿。

 

街の魔力の出処を探っているようだ。

 

「3人の魔法少女の魔力を感じる…どうやらまだ魔女狩りに精を出しているようだ」

 

狙うは彼女達がかき集めたグリーフシード。

 

教会の掃除の埃で頭が汚れていると買ってくれたパンダナを三角に折り曲げ、口に巻く。

 

彼が選んだ髑髏柄パンダナを口元に巻いた姿は、まるで髑髏顔を纏う悪魔。

 

「悪魔の俺には、こういう柄のパンダナの方がお似合いだったからな」

 

黒い帽子を被りこむ。

 

モッズパーカージャケットを着込み、悪魔化した時の入れ墨も見せるつもりはない。

 

「正体を晒すわけにはいかない。後々面倒な事になる」

 

彼は静かに…3人の魔法少女達の魔力の元に向かう。

 

「俺なりの狩りのやり方を見せてやる」

 

────────────────────────────────

 

魔女の結界から出てくる3人の魔法少女達。

 

「今日は大量だったね~。3匹も魔女に出会えるなんて♪」

 

ブラウン色のボーイッシュなショートヘアーをした魔法少女である小和(こより)は、手に持った3つのグリーフシードを握る。

 

「そろそろ風実もさ~、干上がってる頃じゃないかしら?」

 

肩までかかるミディアムヘアーの黒髪の魔法少女である都美(とみ)は卑しい笑み。

 

「馬鹿な女だねー。人間を沢山魔女の餌に出来る場所を手に入れた奴が生き残れるっていうのに」

 

セミロングヘアーのベージュ色の魔法少女である宇野(うの)は、人間は魔女の餌と言い切った。

 

彼女達は魔女の結界に人間が囚われ、魔女や使い魔に喰われようが眼中にない。

 

むしろ魔女が好みそうな人間を餌にして、魔女を呼び寄せて狩りを行うのが彼女達のやり方。

 

「さて、そろそろアジトに帰ろうかね~。シャワー浴びたいし」

 

その時、彼女達は不意に頭上を見上げる。

 

今まで感じたことがない魔力の反応を察知したようだ。

 

「な、なんだぁ!?」

 

ビルの上から真下に迫ってくる人影。

 

その男は、彼女達のど真ん中に着地した。

 

「がっ!!?」

 

瞬間、小和の腹部のみぞおちに激しい衝撃が走る。

 

彼女は壁に叩きつけられ、呼吸困難になった。

 

「小和!? ぐっ!!?」

 

続けて、横にいた都美には裏拳が舞う。

 

耳の後ろ側にある突起した骨の部分に放たれた裏拳によって平衡感覚が失われ倒れ込んだ。

 

「なんだよお前ッ!!?」

 

宇野は自分の魔法武器である魔法のダガーを手に持ち、彼に襲いかかる。

 

彼は右手左手を水平に構え、迎え討つ。

 

相手のダガーを持った右椀部に右手を絡め、左手はダガーを持った手首に絡め捻りあげる。

 

そのまま相手の伸び切った肘を抱え込む形で曲げ、手首に力が入らなくなった相手の武器を奪う。

 

「ぎゃぁ!!!」

 

そのまま奪った魔法のダガーを肩に突き刺さされ、悲鳴をあげた。

 

痛みで倒れ込む宇野を見下ろす彼の姿。

 

「おぞましい変装しやがって……お前も魔法少女か!?」

 

「………………」

 

倒れた相手に興味を持つ素振りさえ見せず、倒れた1人の手から溢れたグリーフシードを奪う。

 

(俺を女と勘違いしてくれているのか……都合がいい)

 

彼の身長は170cmと男にしては小柄。

 

体格も筋肉質ではあるが、か細いため女と思われたようだ。

 

「不意打ちなんて汚ぇぞ!!覚えてやがれ卑怯者!!」

 

彼は何も答えず夜の闇へと消えていく。

 

「生半可な打撃では、痛覚がほとんど麻痺した魔法少女の突進を止めることは出来ない」

 

痛覚が麻痺した薬物中毒者を相手しているのと同じだろう。

 

その為ストッピングパワーを必要とし、人体の急所を狙うのが効率的と彼は判断したようだ。

 

「あいつらを殺して奪う事も出来たが…風華はあんな連中でもこの街の守り手と言いやがる」

 

優しすぎる相棒に溜息しか出てこない彼の姿。

 

人間の姿に戻った彼は自身の魔力を絶ち、教会に向けて闇夜を走り去っていった。

 

次の日も風華は教会を訪れる。

 

彼は何も言わずに彼女の手に昨夜手に入れたグリーフシードを手渡す。

 

「尚紀!?このグリーフシードは何処で手に入れたんですか?」

 

「自分の生命を大切にしろ。俺が言えることはそれだけだ」

 

「まさか……彼女たちの縄張りで狩りを!?」

 

「上手くやった。お前に疑いを持たれることはない」

 

彼なりの優しさであると彼女は思ったが、内心は複雑な表情。

 

(本来私達は人々のために戦うべきなのに…こんな身内同士で争うべきではないのに……)

 

それでも彼女は、彼が言った言葉を思い出す。

 

──自分一人だけの生命だと思うな。

 

(私のやり方は……間違っているんですか?)

 

渡されたグリーフシードを使い、ソウルジェムの穢れを吸い取っていく。

 

そんな彼女の頭の中には、魔法少女の在り方について迷いが生まれていった。

 

────────────────────────────────

 

風見野市内の喫茶店では3人の魔法少女達が見える。

 

以前の襲撃の件について話し合っていた。

 

彼女たちを襲った謎の人物に対し、別の街から現れた魔法少女だと考えているようだ。

 

「風実が変装して襲ってきたとかはないわけ?」

 

「あいつの帽子の隙間から見えた目は金色の瞳……髪の色は黒髪で短髪だったわ」

 

唯一の目撃者である宇野は忌々しげにその時の状況を語る。

 

「ねぇ…それよりも風実なんだけどさ、まだ魔力が干上がってないのよ」

 

「もう時期的に魔力が尽きてもいい頃なんだけど……」

 

「あいつ…まさか私達の縄張りに密かに入ってきて狩りを?」

 

「でも、あいつの魔力は分かってるよ?入ってきたら直ぐに分かったわ」

 

謎の人物と、魔力が尽きる筈の風実の生存。

 

彼女達は一つの結論を出した。

 

「あの謎の人物…もしかして、風実にグリーフシードを与えてるんじゃないの?」

 

「風実の奴…いつの間にか別の奴と組んでたってわけ?」

 

「協定内容は、あいつが市内を譲る…でも別の奴は、あたし達と協定を結んでいるわけじゃない」

 

「やってくれたじゃないのさ……風実!」

 

彼女たちは風実風華に報復を決めたようだ。

 

だが、彼女達は風実風華の実力を偵察していくうちに分かっていた。

 

「真っ向勝負って訳にもいかないね…あいつ、お人好しの癖に強いし」

 

「それにあいつと組んでる奴は、目的の為なら不意打ちさえ行える奴…実力も定かじゃない」

 

「2人同時に相手をするのは分が悪い……みたいだね」

 

打開策を考えていた時、都美が何かを思いついた。

 

「たしか、風実は風見野郊外の森にある教会で働いてた。その教会にはさ、風実が面倒を見ているガキ共がいるんだよ」

 

その一言で……他の二人も彼女が何を言いたいのか理解した。

 

「教会のガキ共か……風実のアキレス腱を握ってやろうじゃないか」

 

彼女たちは立ち上がり、喫茶店から出ていく。

 

時刻は15時。

 

そろそろ小学校が終わる時刻であった。

 

────────────────────────────────

 

杏子は赤いランドセルを背負い帰路を歩く杏子の姿。

 

彼女の表情はいつも暗い影を滲ませている。

 

「尚紀が来て以来、父さんや母さんやモモはとても機嫌がいいな」

 

喜ばしいと頭では理解していても、子供には複雑。

 

「それにふう姉ちゃんも…あいつと一緒に毎日2人だけで過ごせて満足してそうな感じだし…」

 

どうやら自分だけがおいて行かれたような気分を感じ、不快感を感じていた。

 

「あたしだけが…尚紀を家族として受け入れきれてない……くそっ!」

 

苛立ちを石ころにぶつけて前方に蹴り転がす。

 

石ころが転がっていった先には、3人の少女たちの姿があった。

 

「小和、この子で間違いないわけ?」

 

「うん、髪の毛が赤い子がたしか……杏子って名前だった」

 

自分の名前を知らない誰かが喋っている事に、いい知れぬ恐怖感を感じた。

 

3人は杏子を囲む形で回り込む。

 

誰か助けを呼ぼうかと周りを見渡すが、人通りは少ない。

 

「ねぇ、杏子ちゃん?お姉さん達に少し付き合ってくれない?」

 

小和は作り笑みで杏子の顔を覗き込む。

 

「し…知らない人について行っちゃ駄目だって…父さんに言われてるから嫌だ!」

 

杏子は震えながら彼女達に抵抗を見せる。

 

小和の作り笑みの瞳が薄く開いたかと思った瞬間…。

 

「ガッ!!?」

 

杏子は腹を蹴り飛ばされ、吐瀉物を吐くほどの痛みで地面を転げ回っていた。

 

「ガキが、舐めた口叩いてるからそうなるんだよ」

 

作り笑みが消えた彼女の表情が邪悪な笑みとなっていく。

 

都美は寝転がって泣いている杏子の髪の毛を掴み上げ、持ち上げた。

 

「お前は風実をサンドバックにする餌なんだよ」

 

「ふう姉ちゃん…?あの人をどうする気なんだよ…!?」

 

「餌が他人の心配してどうする?自分の事でも考えながら震えてろ」

 

自分のせいでふう姉ちゃんが酷い目に合わされるのだと杏子は悟った。

 

「だ、誰かーっ!!誰か助け…ぐっ!!」

 

 に大声で助けを呼ぼうとした杏子の首裏延髄に衝撃が走り、痛みと共に意識を失う。

 

「さて、後は風実の奴に招待状を送らないとね」

 

3人の魔法少女達は杏子を担いで跳躍し、家々の屋根を飛び去っていく。

 

子供の泣く声に近所の人が出てきた時には…もう遅かった。

 

────────────────────────────────

 

教会の森の道を風華は自転車で走っていた。

 

不意に彼女は道の横に放り出されている赤いランドセルに気がつく。

 

「これは誰のランドセル…?まさか…こんな場所に女子のランドセルを放り出す子は…」

 

嫌な予感がして自転車から降り、ランドセルに駆け寄る。

 

「これは…杏子ちゃんのランドセル…!?」

 

彼女は慌てて中身を確認する。

 

ランドセルの中に入っていたノートの表には、赤いマジックペンで文字が書かれていた。

 

『お前一人で夜23時に風見野市内外れにある修理工場の敷地に来い』

 

『もし、お前の連れが邪魔しに来た場合は…杏子ちゃんは潰れたトマトになるからね』

 

明らかに魔法少女達の縄張りを侵害した報復の罠。

 

「これは私が撒いてしまった種です…。私の甘さのせいで、何の関係もない杏子ちゃんが巻き添えになるなんて……

 

彼の力を頼るわけにはいかないと判断し、彼女は急いで自転車でこぎながら森を後にする。

 

「あの女……今日は随分と遅いな?」

 

彼女を待っていた尚紀も異変に気づき始めた。

 

「夜更けになっても杏子が戻ってこないなんて…こんな事は一度も無かった」

 

「あの子の身に何かあったの…?警察に電話した方が…」

 

「俺が探してくる。佐倉牧師たちは警察に連絡をしておいてくれ」

 

「すまない。こんな時まで住み込みの君に頼る事になるなんて」

 

「気にするな。それじゃ、行ってくる」

 

夜の風見野市に向けて彼は走る。

 

「上手くやったつもりだったが、甘くはなかった…。報復の対象に杏子が選ばれるなんて…」

 

最悪のシナリオが脳裏をよぎり、一気に加速して駆け抜けていった。

 

────────────────────────────────

 

「ここが指定されば場所ですね…あの子たちの魔力もあります」

 

風見野市内の外れにある修理工場に魔法少女姿に変身した風華がやってくる。

 

それを待ち構えていたように修理工場の屋根の上には二人の魔法少女の影。

 

都美と宇野と呼ばれた魔法少女たち。

 

「よく来たね~風実~~?」

 

都美は鋭利な魔法の曲刀を2つ手に持ち、回転させ獲物を切り刻みたい衝動を表す。

 

「あんた1人みたいだね?約束はちゃんと守ってくれたんだ?」

 

宇野は魔法のダガーを4本使い、ジャグリングのように回転させながら魔法武器をチラつかす。

 

「杏子ちゃんは関係ありません!開放してください!!」

 

杏子の安否が心配で彼女達に叫ぶのだが…。

 

「あんたの態度しだいかな~?今あの子は違う場所にいるんだけど…」

 

「お前がそこから動いて、あたし達に危害を加えた瞬間殺す用意があるんだよね~♪」

 

彼女たちの言葉は、今から始まる事を示唆していた。

 

これは戦いなどではない、人質を使った一方的な嬲り殺し。

 

「何故こんな事を…私たち魔法少女は協力して、人々の為に戦うべきなのに!」

 

「もうそんなウゼー理屈聞き飽きたんだよ!!」

 

宇野は魔法のダガーを投げた。

 

「くっ!!」

 

ダガーは風華の右肩に深く突き刺さり、赤い血が衣服に滴り赤黒く染めていく。

 

「お前ほんとにいい子だね~?ちゃんと動かなかったじゃん」

 

「…私の死を望むのなら、それが成された後には人質を開放してくれますか?」

 

「いいよー?あの子は別に商売敵ってわけじゃないしね~?」

 

<馬鹿な女だね~。人質はお前だけじゃなく、お前の後ろにいる奴にも使う予定なんだよ>

 

<それに、あたし達の秘密を知った人間を生かしておける訳ないでしょ>

 

魔法少女同士の念話を使い、2人はニヤけた表情。

 

「一度やってみたかったんだよね~人を的にした…サーカスのナイフ投げ!」

 

「あたしにも投げさせてよ宇野!やってみたい!」

 

彼女達は誰が一番彼女にダガーが当たるかを競い合う。

 

凄惨な宴が始まろうとしていた。

 

────────────────────────────────

 

修理工場から離れた倉庫内。

 

魔法少女姿の小和は魔法武器のメリケンサックを使い、シャドーボクシング中。

 

「はぁ…ジャンケンに負けたとはいえ、貧乏くじ引いちゃったなぁ」

 

倉庫の壁にもたれて座っている杏子に視線を向けた。

 

「~~~っ!!!」

 

魔法で生み出した鎖で手足を縛り上げられた上に、口にはガムテープが貼られている。

 

「風実を痛めつけたかったのに…このガキの見張りだなんてさ~。私は保険ってわけね」

 

小和は常に魔力に注意を払い、周りの索敵を行っている。

 

「あの変装魔法少女いつ現れる?まぁ現れたところで~こいつを盾にして殺すけどね~」

 

「~~~っ!!?」

 

「お前も可哀想な奴だねー?私達のような存在と関わるから…そうなるんだよ?」

 

杏子の泣いた顔に顔を近づけ、ニヤついた表情。

 

「辺りに魔力の気配は相変わらず感じないなぁ。退屈になってきた…」

 

魔法少女は、人間に擬態した悪魔の魔力を感じ取る事は出来ないが…彼は別だ。

 

「何っ!?」

 

倉庫の天窓が砕ける音。

 

彼女はその音を聞いて上を見上げるが既に、目の前には変装した尚紀の姿。

 

「て……てめぇ!!?」

 

左手に持つ魔法武器のメリケンサックを振るう構え。

 

右肘を使い、伸び切った彼女の肘裏側に当て、右に回り込みつつ彼女の左腕を右腕で絡め取る。

 

「これは…お前も格闘技が使えるのか!?」

 

捻りあげ、そのまま相手の体を回転させて地面に叩きつけた。

 

「くそっ!!」

 

すぐさま立ち上がり、謎の人物に向き直りキックボクシングの構えをとる。

 

「………………」

 

迎え討つ彼は、両手を下に向けたまま脱力したような構え。

 

小和はフットワークを駆使し、彼に左右パンチを繰り出す。

 

相手の打撃に対し、体をずらして拳を回避。

 

コンビネーションの前蹴りを放った時、すかさず蹴り足の横に滑り込み左肘を胸に打ち込む。

 

「ぐがぁ!!!?」

 

助骨が砕けた音。

 

地面に倒れ込んだ彼女に対し、追い打ちの右拳が迫りくる。

 

「がふっ!!!!」

 

顔面から血が一気に飛び散り陥没したように凹み、前歯も飛び散った。

 

痙攣したように体を動かす悪党から目を逸らし、杏子の元へ向かう。

 

「~~~っっ!!!」

 

暴力の世界を初めて見た杏子は体が震え、怯え続けた。

 

威圧的な変装を纏う彼が杏子に近づこうとした瞬間……。

 

「糞がぁぁぁぁ!!!」

 

小和は立ち上がり、彼に拘束の鎖魔法を放つ構えを見せたのだが…? 

 

「ぎゃあっ!!!?」

 

既に頭部はハイキックの一閃が決まり終えており、衝撃の勢いで倉庫端まで飛ばされた。

 

キックの回転運動を終え、杏子の前に向き直る。

 

杏子は吹っ飛んで倒れ込んだ小和を見つめる。

 

「!!!!」

 

彼女の首は、小学生には見せられない角度に曲がり折れていた。

 

(今度はあたしの番だ……)

 

杏子の股が温かくなっていき、失禁してしまう。

 

恐ろしい存在が彼女の前に立ち、片膝をついて座り込む。

 

拘束魔法をかけた魔法少女が敗れた事で、縛られた鎖魔法効果も消失し、手足は自由。

 

それでも、目の前に現れた恐怖存在が恐ろしくて震え、足腰が立たない。

 

悪魔化を解き、杏子の口を覆いっていたガムテープを外す。

 

「お願い…助けて!殺さないで!!」

 

怖がる杏子に対し、彼は口を覆ったパンダナを下にずらして素顔を晒した。

 

「えっ、尚紀……?」

 

「待たせたな、杏子」

 

いつも無表情な顔しか見せない彼だったが、少しだけ微笑んだ。

 

「尚紀に冷たい態度しか出来ないあたしを…どうして危険を冒してまで助けに来たの?」

 

「家族を守るのに、いちいち理由なんているのか?」

 

「あたしが……尚紀の家族?」

 

「この場所にお前以外に誰がいる?」

 

「あ……あたし、謝らなきゃならない。こんなに優しい人だったなんて…気が付かなかった」

 

「気にするな。無愛想で素っ気ない態度しか出来ない俺も悪かった」

 

「ごめん尚紀…被害妄想しか考えなかった、あたしがバカだった!!」

 

尚紀に抱きついて泣きじゃくる杏子の姿。

 

彼は彼女の頭を優しく撫でてやる。

 

少しして、泣き疲れたのか杏子は眠ってしまった。

 

「無理もない…ずっと生命の危険を感じながら、気を張り詰めていたのだろう」

 

杏子を抱き抱えて倉庫から出て行く。

 

横に転がっている小和に少しだけ視線を向けた。

 

「インキュベーターの話が本当なら、この程度では死なないだろう」

 

──かつての世界の俺なら、殺していたよ。

 

人殺しを望まない相棒のため、トドメを刺さずに倉庫から出て行く彼の姿があった。

 

────────────────────────────────

 

修理工場の敷地では未だに惨劇が続いく。

 

急所を外しているが複数のダガーが体に突き刺さり、血溜まりを作った風華の姿。

 

楽には殺さずに嬲り殺しにしたい彼女達の歪んだ性格が現れていた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「魔法少女ってのは頑丈なのが不便だね~?楽に死ねないんだからさ~」

 

痛ましい彼女の姿に心底愉快な表情を2人は浮かべる。

 

痛覚がほとんど麻痺しているとはいえ、息を切らせて耐えているが限界は近い。

 

(私…ここで死んでしまうの? 私が死んでも彼女たちがこの街を守ってくれるの?)

 

──自分1人だけの生命だと思うな──―

 

(こんな()()()()()()()私でも、必要としてくれる人達が…いる?)

 

「もう飽きてきたしさ~、そろそろ終わらせちゃおうかな」

 

宇野は無数の魔法のダガーを魔法で生み出し、一斉に放つ構え。

 

「くっ……!!」

 

歯を食いしばり、トドメの一撃に対し毅然に振る舞うのだが。

 

(ここで終わるわけにはいかない…私は…まだ死ねない!!)

 

その時だった。

 

<やれ、風華>

 

不意に尚紀の念話が脳内に響いてきた。

 

<杏子は無事だ。そいつらをぶちのめせ>

 

「グッバーイ♪風実ぃぃ────ッッ!!」

 

一気に魔法のダガーが発射され、雨のように迫る。

 

「ハァァァッ!!!」

 

突然暴風の如き風が巻き起こる。

 

ダガーの雨は風によって全て逸らされ弾かれた。

 

「てめぇ!人質死んだぞコラァ!!」

 

念話で今すぐ人質を殺せと指示を送るが……。

 

「なんでだ!?返事が聞こえない!」

 

動揺した表情を向け、体に刺さった刃物を抜きながら歩いてくる風華に戦慄。

 

温厚で虫も殺さないような…いつもの顔ではない。

 

眉間にシワを寄せ、怒りに煮えたぎった表情となって2人を睨む。

 

「私が間違っていました…。魔法少女は魔女と戦う同志だと信じていましたが…」

 

怒りを放射するように、全身から風を巻き上げていく。

 

そして、()()()()に向かって吠えた。

 

「何の関係も無い人間を…魔法少女の争いに巻き込む人達が!人間を守ってくれる筈が無い!!」

 

屋根から飛び降りて魔法の武器を構える者たち。

 

風見野の守護者の座をかけた戦いが今、始まった

 

────────────────────────────────

 

牽制として無数の魔法のダガーを投擲。

 

風で逸らす風華の頭上から一気に間合いを詰め、二刀の曲刀で切りつける連携攻撃。

 

風華は身を低く構え、疾風のように前進して都美の斬撃を回避。

 

彼女の右手が前方の宇野の顔面を捕らえ、そのまま疾風突進。

 

一気に修理工場の壁に叩きつけた。

 

「うあぁぁ!!」

 

壁に頭がめり込んで昏倒した。

 

「死ねぇぇぇぇ!!!」

 

都美が背後から跳躍、斬撃を加えようと突撃。

 

風華は右手の人差し指と中指を同時に折り曲げる。

 

「ああっ!!?」

 

彼女の背後に竜巻が発生し、都美の体は一気に空高く巻き上げられた。

 

風華の連続跳躍、空高く巻き上がった相手に体を回転させながら接近。

 

相手の体が空高く巻き上がった頂点の上に舞い上がり、回転を加えた右浴びせ蹴り。

 

「がはぁっ!!」

 

腹部を強打された都美が地上に落下、さらに追撃として空中から両膝で胸部に落下攻撃。

 

「あ”あ”っ!!!」

 

都美の助骨がバラバラに砕け散る。

 

「風実ぃぃぃ!!!」

 

都美を助けようと意識が戻った宇野が両手にダガーを握り迫りくる。

 

迫る宇野に対し、無数のかまいたちの刃を右手を振るい発射。

 

相手は跳躍し、風の刃を回避しつつ空から接近、眼前に着地された。

 

「あたしの間合いだ!!」

 

ダガーを構えナイフファイトを仕掛ける。

 

縦横無尽に切りつけてくる刃に対し、体を柳のように揺らして回避し続ける。

 

右手のダガーで右切り上げを回避するが、それは次の一撃への布石。

 

眼前でダガーを逆手に持ち、一気に彼女の肩口から心臓を狙う。

 

宇野の迫るダガーに対し、右手首に右手首を絡めつける。

 

相手の右手を掴み引き寄せ、左腕を相手の関節に絡め折り曲げる。

 

同時に捻りあげ、右手のダガーを宇野の胸部に突き刺さした。

 

「がっ……あっ……」

 

痛みで後ろに後退していく宇野に向かい跳躍。

 

「がふっ!!!!」

 

体を360度回転させて旋風脚が決まり、相手が地面に昏倒した。

 

「やらせねーぞ風実ぃぃ!!!」

 

都美が苦痛を耐えて立ち上がり、双曲刀を巨大化させ一気に叩き斬ろうと迫る。

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

風華は両腕を交差して持ち上げ、一気に背中側まで振り下ろす。

 

「な、なんだよぉぉーっ!!こいつの力はぁ──っ!!?」

 

巨大竜巻が巻き起こり、都美は宙高く巻き上げられた。

 

風華も疾風の如く跳躍、竜巻の波に乗り飛翔しながら都美に迫る。

 

その腕を掴み上げ、地上に投げ落としトドメの一撃。

 

「私の過ちは……私自らの手で精算します!」

 

空に舞い上がった彼女、両手を向けて一点中心に放射状に魔法を放つ構えをとった。

 

「や…やめろぉぉぉぉ!!!!」

 

両手から放たれたのは、大地を削り取る程の巨大な竜巻。

 

都美は削られたアスファルトに体を傷つけられながら吹き飛ばされていった。

 

「ま……待ってくれ!あたし達の負けだよ!」

 

起き上がった宇野は、相手の実力には勝てないと判断して負けを認めたようだ。

 

「この街からあたし達は出ていく!だからもう勘弁してぇ!!」

 

「もう二度と…この街には来ないで下さい」

 

刺さった胸のダガーを引き抜き、宇野は忌々しげにその場を去っていく。

 

その場からそう離れていない場所で、尚紀は彼女達の戦いを見届けた。

 

「あれが風華か…。風が見える野原に吹き荒ぶ程の守護の風…とでも表現するべきかな」

 

人々の未来に実りをもたらす風、彼女こそが風見野の守り手。

 

彼女の雄々しい背中を見つめ、彼は認めることが出来た。

 

「あいつこそが……風見野の守護者だ」

 

────────────────────────────────

 

息も荒く、出血も酷い風華はその場に倒れ込む。

 

「これが魔法少女の縄張り争い…命をかけた生存競争。どうしてこんなに虚しいの…」

 

明日を掴むためならば手段を選ばない、それが彼女達が生きる魔法少女社会。

 

「それでも私は、守りたい人達のために魔法少女として生きる…。後悔はありません」

 

「随分やられたみたいだな?杏子が見たら卒倒するぞ」

 

「来てくれたんですね尚紀?助かりました…杏子ちゃんは大丈夫ですか?」

 

「ああ、疲れて眠っているよ」

 

抱き抱えられている杏子の姿を見て安心したようだ。

 

「傷は深そうか?」

 

「大丈夫。私は回復魔法も使えますし、貴方が手に入れてくれたグリーフシードも残ってます」

 

「そうか…。俺は回復魔法の類は使えないんだ、悪いな」

 

「いいんです。これは私が巻いた種…苦しみを背負うべきは私なんです」

 

「お人好しな上に気丈な奴だ。益々危なっかしく思えてきたよ」

 

「それよりも困りましたね…。随分荒っぽく暴れてしまったから…人間社会に迷惑ですよね」

 

「こんな魔法の戦いを証明する方法なんて人間社会には無い」

 

相変わらずのお人好しの態度に大きな溜息しか出てこない。

 

そこがそこがらしいと、彼も少しだけ疲れた笑みを浮かべた。

 

「先に帰ってて下さい、佐倉先生の家族が心配していますから」

 

「分かった、先に帰る」

 

回復魔法の光を放ちつつ、去っていく彼を見送る。

 

「気持ちがいい夜風……」

 

風見野に吹く風も彼女の戦いを祝福してくれているように吹き抜けていった。

 

────────────────────────────────

 

あの戦いから幾日かが過ぎ、今では風見野市全体が風華の縄張り。

 

大きな街では無いので守り手が2人もいればどうにかやっていけそうだった。

 

今日も風華は自転車で教会に訪れる。

 

彼はいつもどおりに自転車の後ろに乗っかり風見野の魔女狩りに向かう。

 

「いってらっしゃーい、ふうねえたんに、なおきおにいたん!」

 

モモが手を振ってくれている。

 

そして、新しく彼らを見送ってくれる人物も増えた。

 

「気をつけてね~ふう姉ちゃん~尚紀~!」

 

杏子はあの事件以来、尚紀を家族としてあらためて向かえてくれたようだ。

 

今ではモモ同様、彼とは兄妹のように接してくれている。

 

郊外を抜け、市内の繁華街に向けて自転車は進む。

 

「これでお前もグリーフシードに困らない生活となるな」

 

「それを重視しているわけではありませんが、私と貴方がいないとこの街は守れませんしね」

 

「そういうことだ。守るためにこそ、生き続けろ」

 

風華はソウルジェムを左手に出し、魔女や使い魔の魔力を探す。

 

「俺が魔力を探しても良かったが、今のこの街はお前の縄張りだ」

 

「あら?譲ってくれるなんて優しいですね♪」

 

「そういう意味で言ったんじゃないんだがな。マイペースな奴だ」

 

「フフ♪行きましょうか」

 

魔法少女としての彼女の立場も尊重したかったようだ。

 

「尚紀、魔女のものと思われる魔力が向こうに」

 

「さっさと済ませるぞ」

 

二人はこれからは市内を中心に魔女狩りを行うこととなるだろう。

 

今日も魔女を狩るために、結界の中へと踏み入る2人の姿がそこにはあった。

 

────────────────────────────────

 

魔女を倒し終え、2人が結界から出てくる。

 

「いい感じに私達も息が合うようになりましたね」

 

「そうだな」

 

「尚紀、手伝ってくれて本当にありがとう」

 

「帰るか」

 

落ちているグリーフシードを拾い、ソウルジェムの穢れを取り除いていく。

 

彼はグリーフシードと呼ばれるものを見つめていた。

 

(どことなく、悪魔達が生み出す()()に似ているな)

 

【魔石】

 

魔力を含んだ石の結晶であり、悪魔たちの傷を癒やす力を持つ道具。

 

魔石および宝玉は、地球上の龍脈であるレイラインのエナジーを蓄積したものであり、そのエナジーを放出させる事で生体の傷を癒す。

 

また、龍脈から生み出された石には様々な効能がもたらされるという。

 

念じると姿を消すことができたり、噛むと未来を予知することができたり、精神を冷静に保つことができるという。

 

傷を癒やす以外にも、様々な恩恵を与えるパワーストーンとしても有名だった。

 

「このグリーフシードも、キュウべぇさんに回収してもらわないと」

 

「なぁ、そのグリーフシードを俺に見せてくれないか?」

 

「え?別にいいですけど」

 

彼は受け取ったグリーフシードを見つめている。

 

「もう一度グリーフシードについて説明をしてくれないか?」

 

「これは人間の心から生み出される、穢れという負の感情エネルギーを吸い取る道具です」

 

「なるほど…つまりこれも感情エネルギーを集積させる道具ってわけか」

 

「それがどうかしたんですか?」

 

「説明通りの道具だとしたら…試してみたいことがある」

 

グリーフシードの説明内容と、魔石との関連性を調べるとしたら…。

 

「かつての世界でな、俺たちはこの道具を…こうしていたんだよ」

 

彼はグリーフシードを…口から飲み込んでしまった。

 

「尚紀!?なんてことを!!」

 

青ざめた顔で慌てる風華。

 

体の中に入り込んだグリーフシードが、悪魔の体内で溶けていく。

 

溜め込んでいた感情エネルギーが悪魔の体に取り込まれていく。

 

「やはり感情エネルギーだった。どうりで俺とも相性が良いわけだ…あいつらが感情エネルギーを求めるわけだな」

 

「それはキュウべぇさんしか対処出来ない道具だったのに…本当に大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「お腹壊しても知りませんよ…?」

 

不安そうな彼女を尻目に駐輪場まで歩いていく。

 

「何をしている?置いてくぞ」

 

何の変化も見られない尚紀の姿を見て、不安であったが後に続いていった。

 

その光景を影から見つめていたキュウべぇの姿。

 

「あの存在は感情エネルギーを貪り喰らうのか。ますます看過する事が出来ない存在になった」

 

インキュベーターは改めて、彼の存在に危機感を募らせていった。

 

────────────────────────────────

 

自転車に乗りながら帰路につく。

 

どうしても気になって彼について質問した。

 

「尚紀…貴方は一体何者なんですか?」

 

「俺が怖くなったか?」

 

「いいえ、でもやっぱり分からない事があるのは…やはり不安で」

 

「俺はお前の敵になるつもりも、人間に害を与えるつもりもない」

 

「その言葉を私は信じたいです。貴方の行動だって、この街の守護者でした。大切な仲間です」

 

「仲魔……か」

 

脳裏にボルテクス世界を共に生きた悪魔達の姿が浮かんだようだが、この世界には存在しない。

 

「尚紀、これからもよろしくお願いしますね」

 

「今後とも宜しくな、風華」

 

(…風見野を守るのが、これからの俺の役目となる)

 

──かつての仲魔たちが隣にいなくても…俺の隣にはこいつがいてくれるさ。

 

迷いが晴れたのか自転車をこぐ足取りも軽くなり、二人は帰路についていった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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8話 穏やかな日々

季節は10月。

 

紅葉が森に茂り美しい秋の季節を感じさせてくれていた。

 

風華はしばらくは教会に来るのが遅くなるという。

 

「あいつも中学3年生だし、受験に追われてるよな…中学時代の俺も頑張った」

 

「ふう姉ちゃんはね、神学部のある大学の付属高校に進学を希望してるんだよ」

 

「そうなのか杏子?」

 

「将来は牧師になる人だからねー。教会のあたしより牧師の娘みたいだね」

 

「ねぇ~かくれんぼしてあそぼうよ~」

 

「分かった分かった。それじゃ、俺が探すからお前ら隠れてこい」

 

「「は~い」」

 

彼はその間はモモと杏子の面倒を見ていた。

 

「俺は一人息子だったしな…あんな妹達がいてくれたら、どんな人生を生きてたんだろ」

 

「おーい、尚紀君。杏子やモモは隠れんぼに行ったのかい?」

 

佐倉牧師が布教活動から教会に帰ってきた。

 

何か紙袋を手に持っているのを隠れた場所で見つけた子供達は隠れんぼを中断して戻ってきた。

 

「父さん、その袋は何?」

 

杏子は興味津々で佐倉牧師の袋の中身を気にしていた。

 

「信者になってくれた人からおすそ分けを貰えたんだ。サツマイモが沢山入っている」

 

「「サツマイモ!?」」

 

子供達が喜んではしゃいでいる。

 

「秋の味覚のサツマイモだし、それを美味しく食べる方法は1つだろうな」

 

「焼き芋にしようと思うのだが、落ち葉が必要だな。庭に落ち葉が沢山落ちているし集めてくれるかい?」

 

「「やったー!!」」

 

杏子とモモは手を取り合って喜びを露わにした。

 

「はは。二人は仲良しだな」

 

そんな娘達の喜びように佐倉牧師も嬉しそうだ。

 

「俺が落ち葉を集めよう」

 

いつの間にかホウキを持ってきていた彼が落ち葉掃除を始める。

 

「あたしも、あたしも!おそうじする!」

 

子供たちも張り切って手伝いをしてくれるみたいだ。

 

家族揃って教会周りの落ち葉を集める作業に取り掛かっていった。

 

────────────────────────────────

 

「集めた落ち葉も山のように積み重なったな」

 

「これだけあれば十分だろう」

 

教会の敷地で火の後が残らないように自宅の裏で作ることになった。

 

佐倉牧師はマッチを使って落ち葉に火をつける。

 

「うわ~よく燃えるね。これにお芋を入れたらいいの?」

 

「火が落ち着いた熾火の状態にしてから入れるんだよ」

 

「う~、お腹空いてきちゃったな~あたし」

 

勢いよく燃え上がる落ち葉も時間が立つ頃には熾火の状態になった。

 

杏子がサツマイモを洗ってアルミホイルで二重に包んで持ってくる。

 

「もう少しだけ待とうか」

 

「できあがるのがたのしみだね~」

 

30分ぐらい待ち、出来上がった焼き芋に竹串を刺してみる。

 

「中までしっかり火が通っているな。そろそろ食べごろだ」

 

「待ってましたーっ!」

 

「さぁ、召し上がれ。モモの分は私がアルミホイルを剥いてあげよう」

 

佐倉牧師が杏子とモモに焼き芋を渡す。

 

「「いただきまーす♪」」

 

杏子とモモは美味しそうに焼き芋を食べていく。

 

ホクホクで柔らかく、甘みもあって秋のお菓子としては十分だろう。

 

「2人とも、神様に感謝していただくんだよ」

 

幸せそうな娘達を見て佐倉牧師も満足そうだった。

 

彼も佐倉牧師から焼き芋を受け取り、アルミホイルを剥がして齧りつく。

 

「優しくて甘い味だな…。穏やかな秋の季節を感じさせてくれる」

 

(まるで、かつてあった地獄の世界が悪夢でしかなかったようにさえ…思えてくるよ)

 

無表情な彼の顔つきも穏やかになっていった。

 

「あっ!ここにいたんですか皆さん」

 

風華が自分たちを探してくれていたようだ。

 

「ふう姉ちゃんも食べようよ!」

 

杏子は焼き芋が包まれたアルミホイルを風華に渡す。

 

風華も杏子達の好意に甘えてアルミホイルを剥がし、焼き芋を食べる。

 

「あ、美味しいです♪」

 

(皆でこんな優しい日常を生きられたらどれだけ幸せだったか…。いや、今考えても仕方ないか)

 

尚紀の心も少しずつだが、人間だった頃に帰れていく気がしていた。

 

────────────────────────────────

 

秋の紅葉とした教会に続く森からそう離れていない場所には、大きく開けた野原。

 

緑生い茂り花も咲いているこの場所は、杏子やモモもよく遊びに訪れる。

 

その野原には今、尚紀と風華がいた。

 

「それじゃ、風の魔法の応用とやらを教えてくれ」

 

「いいですか尚紀、風の魔法はただ闇雲に力を巻き上げるだけのものではありません」

 

「俺も風の魔法なら色々見てきたが、お前のように使っている奴らは見かけない」

 

「尚紀が見てきた風使いの方々は、どんな風に魔法を使ってたんですか?」

 

「風を直接叩きつけるような類の荒々しい魔法しか見てこなかったよ」

 

「風には空気の流れがあるんです。空気は温めると軽くなり上に上がる力になります。

 

「理科の授業みたいになってきたな…」

 

「これは対流といって対流から風が発生するというのが自然の仕組みです」

 

「小難しい理屈はあまり聞きたくないんだがな…。学生時代の成績はよくなかった方だ」

 

「しょうがない人ですね…。私の魔法の応用とは、風向きと風速のコントロールなんです」

 

「…なるほど、風をあらゆる方位から吹かせて風速さえコントロールするという話ね。風速によって風力を得た人間なら、あんな芸当が出来るのか?」

 

「見ててくださいね」

 

彼女は両手を広げた後、風が吹いてきた。

 

彼女の体がまるで熱気球のように浮かんでいく。

 

水平にした両手が翼のような揚力を持たせたかのように、その風に乗って空を滑空してきた。

 

「凄いな…まるでムササビかウイングスーツを纏った人間だ。風を使う悪魔たちは大概翼を持った悪魔ばかりだったのも頷ける」

 

鳥が舞うような動き方をしていた悪魔たちは多い。

 

航空優勢を使う悪魔との戦いは、かつての世界でも苦戦を強いられた。

 

飛行して行った彼女が遠くから手を振っている光景を見つめる。

 

彼女は遠くの位置から走ってきた。

 

「…早い!時速80キロは出てそうな速度でこっちに来やがった」

 

一気に彼の元まで駆け抜けて戻ってきたようだ。

 

「大気の空気抵抗が加速を減速させるんです。私は風を纏い酸素を得ると同時に周りの大気を薄くして風の抵抗を抑えて走れます」

 

「器用なもんな」

 

「これによって空気抵抗を超えるエネルギーを減らせるんです」

 

「陸上選手の加速エネルギーも9割以上空気抵抗で殺されるって話を聞いた事があるな」

 

「そうです。それがいい例ですね」

 

「体を動かすエネルギーそのものは、極わずかの消費に過ぎないって何かの番組でやってた」

 

「大気が薄くなるということは人間に必要な量の酸素が得られなくなる事になりますが、風を纏うことで空気を得る事が出来るんです」

 

「空気ガスとエアラインマスクを装備してるようなもんだな」

 

「フフ♪消防士さんみたいですよね」

 

「身体能力が人間よりも遥かに優れる魔法少女が、空気抵抗無しで走ればこれだけの速さが出せるのも頷けるよ」

 

「貴方にだって出来ますよ」

 

「風を纏うというイメージがあまり湧かないな…。仕方ない、見真似でやってみるか」

 

自分自身に風を纏う感覚で風の魔法を放ったのは良いのだが…。

 

「あら?」

 

途端に彼の体は暴風に吹き飛ばされて空高く飛んでいった。

 

「尚紀ーっ!?」

 

彼女が彼が飛ばされていった森にまで走っていく。

 

「……なかなか、上手くいかないもんだな」

 

木に引っかかった彼も先が不安になってきたようだった。

 

────────────────────────────────

 

その後も練習を続けたが、やはり風華のように上手く風を使いこなせない。

 

「最初はそんなものですよ」

 

「まぁ……努力は続けるさ」

 

いつの間にか日も沈みそうな夕方となり、二人は野原に座って夕日を眺めていた。

 

「いい風が吹く秋の夕暮れだ…。コンクリートビルに覆われた東京では見ることが出来ない空だ」

 

「気持ちがいい風が吹くでしょ?私、そんな風見野が好きです」

 

「…そうだな。風にゆかりのある地名も頷ける」

 

彼女は体を野原に沈めて空を眺めていた。

 

「知ってます? 風は実りを運んで…風が華を咲かせるんですよ」

 

──冬の寒さが終わり、草木が開花し、目に見える風景が色鮮やかな花を咲かせる。

 

──その花が実りを迎えた時、種子が生まれそれらが風に乗って、また別の花を咲かせる。

 

風は幸せの運び手だと彼女は言った。

 

「それが、私の名前なんです」

 

「風実風華…か。素敵な名前を与えられたようだな」

 

(その通りかもな…彼女に出会えたから、俺は救われた。少しずつではあるが、俺の凍った心に温かさも戻ってきている)

 

──俺の心にも、いつか春の息吹が戻る日が来るのだろうか? 

 

彼も野原に体を預け、彼女と共に夕日の空を眺める。

 

「こんな穏やかな日常が続く事を…願うよ」

 

────────────────────────────────

 

秋の季節も過ぎていく佐倉牧師の教会。

 

今日は一組のカップルが結婚式をするそうだ。

 

秋は気温や天候に恵まれるために挙式を行う季節としては人気が高い。

 

「プロテスタント宗派は、信者でなくても結婚式を挙げられる教会が殆どなのだよ」

 

「そうなのか?」

 

「礼拝や勉強会に参加したあと、教会から認められれば挙式を行うことが出来る」

 

「日本人がイメージするキリスト式の結婚式はそういう仕組か。佐倉牧師が式を進めるのか?」

 

「私は牧師だからね、それが職務だ。その日は土曜日だから風華ちゃんも手伝いに来てくれる」

 

「ここも忙しくなりそうだな」

 

土曜日となり、親族友人達が結婚式に参列するための準備を家族総出で行っている。

 

「バージンロードの白いカーペット…花道を飾る百合の花を椅子にリボンで結びるける作業…祭壇にも百合の花飾りがいるのか…?」

 

忙しいそうに働く尚紀の姿。

 

「教会式はね、キリスト教のしきたりにのっとって神に結婚を誓うものなんです。キリスト教において結婚式は礼拝の一つ」

 

「…また父なる神の礼拝か」

 

「人生の節目を祝う通過儀礼として、大切に考えられています」

 

「あまり聞きたくない話だが…まぁいい。飾り付けのお陰で教会も厳かな雰囲気になってきたな」

 

「明日の式が楽しみですね」

 

日曜日。

 

多くの参列者が佐倉牧師の教会に集まってくる。

 

教会式のための講習を受けていた新郎新婦の連絡もあり、出席者達の女性の服装は控えめだ。

 

彼と風華はスタッフとして参列者の誘導を行っていた。

 

「ようこそ皆様、席はこちらになります」

 

「バージンロードは特別な意味がある道なので、ゲストは立ち入らないよう注意をお願いします」

 

「撮影は専属のカメラマンが行うので、撮影や動画撮影は控えるようお願いします」

 

「スマホもマナーモードにするようご協力をお願いしますね」

 

「後日、新郎新婦とゲストの方々に写真が届けられる予定となっておりますので、ご協力下さい」

 

時間も過ぎていき、いよいよ挙式が始まる流れとなっていった。

 

────────────────────────────────

 

白いグローブを右手で握った新郎と共に、佐倉牧師が教会に入ってきた。

 

「見慣れない姿だな。白い礼拝用のローブガウンと、ストールって呼ばれる青色の布を首から下げているようだ」

 

「静かに、尚紀」

 

最前列の椅子の前で新郎は立ち止まり、後ろに振り返り新婦を待つ。

 

扉が開き、右手に白いグローブを握る新婦の父とその左腕に右手を絡めたブーケを持った新婦が入ってきた。

 

二人が進み、最前列手前の椅子の横で二人は立ち止まり新郎と新婦の父はお互いに礼をした。

 

「白いグローブを上に持って新婦の手を新郎の手に重ね合わせたな…何か意味があるのか?」

 

「もう、尚紀は落ち着きがない人ですか~?」

 

「珍しい光景だからな。つい口数が多くなった…黙るよ」

 

「そろそろ賛美歌斉唱なので、私はオルガン演奏に向かいますね」

 

新郎新婦に佐倉牧師は式次第の印刷物を手渡し、ゲストの方々と共に賛美歌を歌う。

 

賛美歌が歌い終わると佐倉牧師が聖書の式辞を述べ始めた。

 

(白いグローブを内ポケットに入れたり、結婚式手順ってのがあるんだな……悪魔には関係ないが)

 

新婦は横にいるスタッフの風華にブーケと両腕の白いドレスのグローブを渡す。

 

新郎新婦は向かい合い、いよいよ誓いの言葉が始まった。

 

「汝、健やかなる時も病める時も常にこの者を愛し、慈しみ、守り、助け、この世より召されるまで固く節操を保つ事を誓いますか」

 

「はい、誓います」

 

「汝、健やかなる時も、病める時も、常にこの者に従い、共に歩み、助け、固く節操を保つ事を誓いますか」

 

「はい、誓います」

 

「今、この両名は天の父なる神の前に夫婦たる誓いをせり。神の定め給いし者、何人もこれを引き離す事あたわず」

 

祭壇前の机に置いてある指輪を包んだ白いリングピローを二人の前に佐倉牧師が持っていく。

 

新郎新婦は左手薬指に指輪を嵌めていった

 

(新婦の白いベールを持ち上げる次の肯定は誓いのキス…悪魔の俺には退屈で眠くなってきた)

 

新婦の素顔があらわとなり、新郎は誓いのキスをした。

 

式も滞りなく進み、佐倉牧師は二人の結婚の宣言を行う。

 

礼拝堂から拍手が沸き起こり、新郎新婦は一礼をして感謝を示した。

 

「祝祷も終わりました。退場です」

 

温かい拍手に包まれながら、新郎新婦は教会の扉前で向き直り参列者達に一礼をする。

 

(唯一神宗教の結婚式もようやく終わりか……悪魔の俺には疲れるよ)

 

────────────────────────────────

 

「いい結婚式でしたね……」

 

結婚式の片付け作業を行っている彼の手伝いをしている風華が呟いた。

 

「私たち魔法少女も()()()()()()()()()()いいのに……」

 

その一言で、彼の作業の手が止まった。

 

「殺し合いの世界に生きる、明日をも知れない魔法少女たちでは叶わない願いだろうな……」

 

「そうですね…。たとえ魔法少女としての存在を隠して好きな男性と付き合ったとしても、男性との日常さえ満足に過ごす自由すら…ないんです」

 

「そんな隠し事ばかりする女性を、どうやって男性が受け入れたらいいんだろうな?」

 

「きっと不信感と猜疑心を募らせた末に去っていく事になるんでしょうね…無理もないです」

 

「自由恋愛など…秘匿社会に生きる魔法少女達には許されない…か」

 

(大いなる神に呪われた悪魔の俺自身もまた、人間の幸せなど望むべくもない)

 

「少し外の空気でも吸いに行く。一緒に来るか?」

 

2人は作業を中断し、教会の外に出る。

 

空は既に秋の夕暮れ。

 

「穏やかな日々を感じられる影の中に…魔法少女社会の苦しみもまたあるんです」

 

「二元論ってやつだな。物事には異なる2つの概念がある…光と闇、正義と悪、男と女」

 

「いつか魔法少女たちも…二元論の調和が作れる日が訪れることを、私は願います」

 

「それは、そうなれれば良いと思うが…何かやりたいことでもあるのか?」

 

「だって…私たち魔法少女社会は、その…男の人と付き合えないから…魔法少女同士で…」

 

「魔法少女同士で、何かするのか?」

 

「な、何でもないです!片付け作業に戻りましょうか、尚紀♪」

 

慌てて教会に戻っていく彼女の後ろ姿を見つめた後、夕暮れの空を見つめる。

 

「残念だが…それはきっと叶わない願いだろうな。万物全ては2つに分断されたんだ…」

 

それを行ったのは、六芒星の神とも呼べる唯一神。

 

──それは、終わり無い争いによる苦しみと絶望の日々を永遠にもたらされるのが人間の原罪。

 

──二元論、それこそが2つに分断されし六芒星であり…。

 

──光と闇の永遠の戦いを象徴する……形だ。

 




読んで頂き、有難うございます。


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9話 風の憧憬

佐倉牧師の家族達と過ごす穏やかな日々が続いていく。

 

風見野市に現れる魔女と戦う日々も同時に続いていく。

 

日常と戦いを抱える日々であったが、尚紀はそれを受け入れて毎日を送っていった。

 

就寝時間となり、いつものようにベットの上で背中を壁に預けて休んでいたのだが……。

 

(……懐かしい、感覚だ)

 

眠気を感じた彼の体が横に倒れてしまい、眠りについてしまった。

 

安らかな日々が徐々に地獄の記憶を癒やし、ようやく自然に眠る事が出来た。

 

安らかな顔をした横顔を浮かべながら夢を見る。

 

それは彼にとっては……この世界で初めてみた夢であった。

 

………………。

 

(ここは……?)

 

燃え盛る業火が、全てを包んで焼いていく世界。

 

(これは……佐倉牧師の教会なのか!?)

 

彼は走りだした。

 

(杏子ぉぉぉ───ッ!!!モモォォォ─────ッッ!!!)

 

部屋を開けては炎が燃え盛り、業火が飛び出してくる。

 

誰かいないかと叫び続けたが、誰も返事を返してくれる人はいない。

 

(あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!)

 

大切な人も、愛する人も、全て炎が焼いてしまった。

 

燃え盛る大聖堂の礼拝堂で膝が崩れてしまう。

 

(……なぜ、こんな事になってしまった?)

 

礼拝堂の祭壇にある十字架だけは、そんな彼を見下ろしていた。

 

(なぜこの一家が…こんな、理不尽過ぎる運命によって…破滅を迎えてしまう!?)

 

<<お前が、呪われた悪魔だからだ>>

 

礼拝堂に大いなる言霊が響き渡った時…。

 

「うぁあああああああ!!!!」

 

彼はベットから飛び起きた。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!ハァ……夢?」

 

彼の全身は冷や汗だらけで息も乱れきっている。

 

右手を顔に当て、震え続けた。

 

────────────────────────────────

 

深夜の明かりがない礼拝堂の最前列の椅子に座った尚紀の姿。

 

彼は静かに、祭壇の十字架を見上げていた。

 

「初めてこの教会に訪れた日も…この十字架を見上げたよ……」

 

脳裏に神霊である無現光カグツチの言葉が、もう一度響いてくる。

 

──心せよ、かつて人であった悪魔よ。

 

──我が消えても、お前が安息を迎える事はないのだ。

 

──最後の刻は確実に近づいている。全ての闇が裁かれる決戦の刻が。

 

──その時には、お前のその身も裁きの炎から逃れる術はないであろう。

 

──恐れ、おののくがよい! 

 

──お前は永遠に呪われる道を選んだのだ! 

 

………………。

 

「裁かれるべき悪魔…それが俺の存在だ。いつか、裁きの炎に焼かれて闇の底に帰る時が来る」

 

だが、それは自分だけでいいと彼は決めている。

 

決して、自分と関わってしまった人達まで裁きの炎で焼かれる事があってはならない。

 

彼は静かに立ち上がる。

 

「…関わり過ぎてしまったのかもしれないな」

 

────────────────────────────────

 

夕日が差し込む礼拝堂。

 

祭壇の前には、修道服姿の風華がひざまずいて十字架に祈りを捧げている姿。

 

十字架に向けて祈りの言葉を唱えだす。

 

「天にまします我らの父よ、願わくは御名をあがめさせたまえ。御国を来たらせたまえ」

 

そんな彼女の後ろ姿を、柱の影で見つめていた人物。

 

「みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。我らの日用の糧を今日も与えたまえ…」

 

(神に何を祈ればいいのか分からず、自分の願い事ばかりする者達もいる。だが、あいつは…)

 

「我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、 我らの罪をも赦したまえ。我らをこころみにあわせず、悪より救いいだしたまえ」

 

(…誰かのために、祈ってばかりだ)

 

「国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり」

 

(お前が祈る主なる神…その本性に目を向けさえせずに…)

 

静かに祭壇に向けて歩いていく。

 

「人は心に自分の道を思い巡らす。しかし、その人の歩みを確かなものにするのは主である」

 

(父なる神は、俺達の進みたかった道を閉ざした)

 

「人間の心は自分の道を計画する。主が一歩一歩を備えてくださる」

 

(父なる神は、俺達の人生の計画を破壊した)

 

「人は心に自分の道を考え計る。しかし、その歩みを導く者は主である」

 

(父なる神は、俺達の考えなど何も考慮してくれなかった)

 

「主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい」

 

(神のヴィジョンが無ければ、人間がそこから離れた道を進む事さえ虚しい?自由に生きる事も許されない?)

 

──そんな事のために、俺達の世界は否定されて…消滅させられたのか? 

 

祭壇まで上がってきた彼の右手が、肩を掴む。

 

「そんなに、神の事が好きか」

 

「どうしたんですか尚紀…?」

 

右手に力が込められていく。

 

「痛いです尚紀!やめて下さい!?」

 

「そんなに、神の事が好きか」

 

さらに力が込められていく。

 

「い、痛い!!やめて尚紀!」

 

右手を払い除け、立ち上がって後ずさりながら顔を覗き込む。

 

まるで、初めて出会った頃のような冷たい目をした彼の表情が…そこにはあった。

 

────────────────────────────────

 

「どうかしたんですか尚紀?何か嫌なことでもあったんですか?」

 

彼は押し黙ったまま何も語らない。

 

「私でよければ相談にのりますよ?そうだ、主の説教でいい言葉があります」

 

彼は押し黙ったまま何も語らない。

 

「明日のことを思いわずらうな。明日のことは、明日自身が思いわずらうであろう」

 

「俺に神の言葉を喋るなぁ!」

 

「な、尚紀…?」

 

ここまで怒った表情を向ける彼を見るのは初めてだった。

 

(何が…彼を怒らせているんですか…?)

 

「お前らはいいさ…神様ってのに愛されてる連中はな…」

 

彼は踵を返し、階段を下りていく。

 

「神様に愛されなかった人間たちだって…いるんだよ」

 

信者たちの椅子が並ぶ道を歩いていた時、彼女に振り返った。

 

「…世話になったな。佐倉牧師達によろしく伝えておいてくれ」

 

そう言い残し、教会のドアを開けて出ていった。

 

「ま…待って下さい、尚紀ー!!」

 

風華は慌てて彼を追いかけ、教会から走りながら出ていった。

 

────────────────────────────────

 

「尚紀──ーッ!!」

 

風華の声が聞こえた彼は走り出す。

 

(何処に向かうなどどうでもいい!ここから遠ざかりたい!!俺を呪った神の家と、その家族達から遠ざかりたい!!)

 

──もう誰も、自分のせいで失いたくなんてない。

 

闇雲に走り回ったせいか、大きな野原に出てきてしまった。

 

「………………」

 

野原の中央で立ち尽くす彼の後ろ姿に、彼女も走って追いついたようだ。

 

「……なんで、止まっちまったんだろうな」

 

「尚紀……どうしてそんなに…追い詰められてるんですか?」

 

彼の体が震えている事に気がつく。

 

「遠くに行きたい筈なのに…神の家から逃げたい筈なのに…思い出が邪魔しやがる!」

 

彼女に導かれて出会った佐倉牧師たちとの思い出が……鎖のように心を蝕む。

 

だが、自分のせいで残酷な末路を負わせてしまうのではないかと考え、彼の心は藻掻き苦しむ。

 

「風華……俺は悪魔なんだ」

 

「悪魔……?」

 

「神の敵対者…聖書で言う()()()なのさ」

 

自分の正体を彼女についに話しだす彼の姿。

 

自分が彼女達の信仰の敵である存在、神に呪われた悪魔なのだと。

 

「悪魔の俺が…人間のフリをして神の家でその家族達と暮らしていた。…笑える話しだろ?」

 

「それが…魔法少女とは違う、貴方の力の秘密なんですか?」

 

「悪魔はな、魔女よりも恐ろしい存在だ。関われば多くの人達に…呪いと災いを与えるだろう…」

 

彼の膝が崩れ、野原にひざまずいてしまう。

 

「なのになんで!?俺の心は人間の幸せに惹かれてしまう!手放すことに躊躇っちまう!?」

 

自分の考えと心が一致しないせいで、拳を地面に打ち付けた。

 

「俺はこの世界に必要ない存在なんだ!!もう俺に関わらないでくれぇ!!」

 

両腕を地面に叩きつけたまま……震え続けた。

 

そんな彼の前に彼女は歩き、上半身を起こして抱きしめた。

 

「尚紀…私の…昔話に付き合ってくれますか?」

 

「昔…話…?」

 

「貴方が辛く苦しい胸の内側を語ってくれました……」

 

──今度は、私が胸の内側を語ってあげる番です。

 

────────────────────────────────

 

「私の名前は風実風華。でも、それは本当の両親がつけてくれた名前ではないんです」

 

「どういうことだ…?」

 

「私が初めて人間に見つけて貰えたのは…路地裏のゴミ箱の中だったんです」

 

「捨て子だったのか?」

 

「そうです。私は生んでくれた親に…生まれて直ぐに捨てられた人間です」

 

(親に望まれなかった子供…まるで、この世界の俺みたいだ……)

 

「私は通報を受けた児童相談所の職員に引き取られ、乳児院に預けられました。小学校にあがる頃になって、児童養護施設に移された身です」

 

「そんな理由があって、児童養護施設で暮らしていたんだな……」

 

「私の名前をつけてくれたのは…乳児院の施設長です。どんな気持ちで私にこんな名前をつけてくれたのか、その人に聞いてみたかった…」

 

「なぜ聞かなかったんだ?」

 

「…訪ねに行く勇気が、ありませんでした」

 

「名付け親になってくれる程の人なら、悪い顔などしないはずだ」

 

「…自分と同じ捨てられた赤ちゃん達を施設で見るのが…辛かったから」

 

「……そうか」

 

「児童養護施設ってどんな場所か知ってますか?そこは…親が育てるより、社会で育てた方がいいと判断された子ども達が行き着く先…」

 

沈痛な表情をしながら、児童養護施設に流れ着く子供たちを語っていく。

 

親から養育拒否、怠惰などのネグレクトの虐待を受けた子供。

 

親の精神疾患や貧困、拘禁で預けられた子供。

 

取り返しのつかない犯罪を犯したが刑法が適応されず、家庭裁判所で審判を受けた子供。

 

「私は…そんな子供達と共に…生きてきました」

 

「………………」

 

「私は…自分の境遇を聞かされた時に…絶望しました。両親に生まれて直ぐに捨てられてしまい、誰が両親なのかも分からない」

 

「産まれて直ぐに捨てられたんだ……無理もない」

 

「周りの可哀想な子供達には…少なくとも両親と呼ばれる人達はまだいます。帰ろうと思えば帰る場所があるんです。でも、私にはそれがなかった」

 

「やりきれないな……」

 

「自分の悲しみや怒りをぶつけられる存在が何処にもなかった…。両親を知らないから…憎む事も出来なかった」

 

(赤の他人ではあったが、両親だと思えた人と巡り会えただけでも…俺はマシだったんだな)

 

「何も信じられるものなんて無かったし、世界に居場所さえ感じられなかった」

 

──私をこんな目に合わせた運命が……憎かった。

 

「だから私は施設での暮らしの中で…周りの人達に当たり散らす毎日を繰り返してきました」

 

────────────────────────────────

 

児童養護施設の大舎では、今日も風華が情緒不安定になりケア職員に当たり散らしている。

 

「どうして周りの子達ばかりに構うの!私なんてどうでもいいんでしょ!!」

 

「風華!そんな事はないんだが…私だって君も合わせて10人の子供達の面倒を見ているんだ!」

 

児童養護施設のケア職員の数は余りにも少ない。

 

社会がその存在に関心が低いため、教育向けの支出が先進国最低レベルなのがこの国の現状だ。

 

全員が手厚いケアを必要としているにもかかわらず、現状は余りにも過酷な現場。

 

ブラック企業と呼ばれる存在に類似する程の職業…それが児童養護施設のケア職員の現実。

 

「他の連中ばかりが可愛いんでしょ!?私なんて…誰にも愛されない!!この世界にいらない人間なのよ!!」

 

「落ち着いてくれ風華!頼む落ち着いてくれ…私も辛い…本当に辛いんだ!」

 

「だったらこんな仕事やめて何処かに行きなさいよ!私達なんて…貴方には重荷なんでしょうが!!」

 

「くっ…!!そこまで……言うのか…君は……」

 

「いいから出ていって!!何処にでも行く当てが作れるんでしょ!?親に恵まれてるもの!!」

 

彼女のそんな一言が、ケア職員の心に深い追い打ちをかけてしまった。

 

職員は何も言わなくなり、他の子供の相手を始めた。

 

苛立ちを椅子にぶつけて部屋の隅の壁にうずくまり、顔を膝に埋めた。

 

彼女は周囲に対して不信感や恐怖感がとても強く、衝動のコントロールができない。

 

情緒豊かに日々の体験を受け止めたり、表現することさえ難しい。

 

解離と呼ばれる精神の防衛機制で自己を保っているような状態であった。

 

「どうして…空はこんなに青いんだろう…何も悲しみなんて知らないみたい」

 

──いつもただただ、毎日を垂れ流していくだけの……虚しい空ね。

 

彼女にとって、空の青さを感じる心の温もりなんて何も無かった。

 

そんな彼女の座り込んだ姿を、窓の陽の光だけが包んでくれていた。

 

…それから数日後。

 

風華達を担当していたケア職員が心身疲弊し、燃え尽き症候群となって出勤も無くなり退職。

 

児童養護施設の職員の勤続年数は長くはない。

 

今の現状では…愛着関係をケア職員と子ども達が結ぶのは非常に困難。

 

ケア職員が本当に親の代わとなるのは、あまりにも難しい道のりでしかなかった。

 

────────────────────────────────

 

風実風華が小学校6年生になった時期。

 

休日を思い思いに過ごす、児童養護施設で暮らす他の子供達。

 

風華の休日の過ごし方は、もっぱら施設の図書室で過ごすことだった。

 

「他の子達はゲームや運動で楽しく遊べても…私は人気の無いここしか居場所がないわ……」

 

適当に書棚を漁り、孤独の気持ちを癒せるような本を漁っていた。

 

「これは…?随分分厚い本……」

 

書棚の一番隅に収まりきっていなかった一冊の本を見つける。

 

「聖書…?宗教関連の書籍も置いてあったなんて…」

 

宗教関連の本を読むのは彼女にとっては初めてだったこともあり、机に持ち込み読み始める。

 

「天地創造、楽園追放、ノアの箱舟…創世記が書かれているのが旧約聖書の冒頭なのね」

 

一神教はユダヤ教から生まれた宗教であり、出エジプト記の物語の中でモーセと人々が十戒と呼ばれる契約を唯一神と交わす。

 

その後、ユダヤの民の繁栄や衰退といったものが描かれ、メシアを求めるようになったそうだ。

 

「神様も……人間にこんな酷いことをしていたんだ……」

 

創世記や出エジプト記の部分では、神によって多くの人の心を傷つけたり、奪ったり、破壊したり、人々を殺す物語が描かれていた。

 

「こんな冷酷な神様よりも…優しいメシアが欲しくなる気持ちも分かるわね…」

 

そして世界に現れたのが、イエス・キリスト。

 

新約聖書の分かりやすい部分を読み続け、時間を忘れて聖書朗読を続けていく。

 

彼女にとってはイエス・キリストが残した言葉が書かれた部分に注目していた。

 

「剣を取る者は皆、剣で滅びる」

 

(私の心は…周りにとって剣だったのかな?)

 

「艱難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ず」

 

(苦しみを忍耐で我慢したら…希望が見えてくるのかな?)

 

「愛は寛容であり、愛は情け深い。また、ねたむことをしない」

 

(人間の愛は寛容で…それは人からねたまれないものなの?)

 

「いつも与えなさい。そうすれば、人々はあなた方に与えてくれるでしょう」

 

(こんな両親に望まれなかった私でも…人々は私に与えてくれるのかな?)

 

「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」

 

(愛が一番大事なもの…それがあれば、私も世界に必要とされるのかな?)

 

「いつも与えなさい。そうすれば、人々はあなた方に与えてくれるでしょう」

 

(私に与えてくれるもの…それは、私がいていい場所?)

 

「己を愛するごとく、汝の隣人を愛せよ」

 

(こんな自分をも愛して、周りの人達を愛する事が出来たら…)

 

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」

 

(周りの人達への感謝の気持ちと行動が…私への感謝の気持ちとして帰ってくる…?)

 

「人はパンだけによって生きるのではなく、神の口から出るひとつひとつの言葉によって生きる」

 

(神の愛の言葉…それを求める心、それがあれば…)

 

──私は…救われる! 

 

身を震わせながら立ち上がった。

 

心を覆っていた闇が、神の愛によって照らされる。

 

彼女の心の中に、一陣の清々しい風が吹き抜けたような気持ちになっていった。

 

────────────────────────────────

 

それからの風華は完全に変われた。

 

「後ろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進む。聖書の言葉を信じて生きていくわ」

 

周りに見てもらうためではなく、自分のために多くの善行となる事を進んで行っていく。

 

悩みや苦しみを抱えている子供達の心の門を叩き、彼らの悩みや苦しみに向き合ってあげた。

 

余計なお世話だと彼女の右の頬をうたれたら、左の頬も向けて殴っていいと彼女は言った。

 

善行という種を蒔く事に躊躇いはなく、惜しまず善行の種を蒔き続けた。

 

人生の暗さと不平を言う子供達のために進んで明かりを点ける事に尽くした。

 

いつも周りの人達の小さな喜びを共に喜び、絶えず周りの幸せを祈った。

 

どんなことにも感謝し続ける彼女の新しい姿が…そこにはあった。

 

「風華ちゃん…以前はあんなに苦しんでいたのに…人は変われるものだね」

 

煩わしいだけだった彼女に対し、子供達みんなが愛してくれる光景に院長先生も満足している。

 

「院長先生…今まで迷惑かけてごめんなさい。私ね、夢が出来たんです」

 

「どんな夢が出来たんだい?」

 

──神様の言葉は正しかった……。

 

──だから私…神様の言葉をみんなに伝えられる道に進みたいです!」

 

────────────────────────────────

 

中学一年生になった頃。

 

彼女の熱心な信仰の道を応援していた施設長が彼女に助け舟を出してくれた。

 

「風華ちゃん。もし良かったら…教会で牧師の勉強をしてみないかい?」

 

「えっ!?本当ですか!」

 

「近くに佐倉牧師が営む教会があってね。君の事を話したら喜んで引き取ると言い出したよ」

 

「有難うございます院長先生!本当に……ありがとう!!」

 

「励むんだよ、風華ちゃん。君のような人の痛みを知る者こそ、牧師となるべきだ」

 

佐倉牧師の教会での勉強生活が始まっていく。

 

修道服を身に纏い、ポニーテールにした風華は毎日のように学校が終われば教会で働く。

 

時間に余裕があれば、杏子やモモの面倒も進んで引き受けてた。

 

彼女の慈愛溢れる心に対し、杏子とモモは直ぐに彼女にうち解けて好きになってくれた。

 

佐倉牧師を先生と呼び、日々仕事をしながら神学を学んでいく。

 

そんな日々が一年ほど続いた頃、それは訪れた。

 

──君は、ボクが見える素質を持つ者だね? 

 

──突然だけど…君は魔法少女になってみる気はないかい? 

 

────────────────────────────────

 

「貴方は何なんですか!?」

 

「ボクはキュウべぇと呼ばれている。君の願いを何でも一つ適えてあげられる存在だよ」

 

「願い事を1つだけ叶える存在?」

 

「そのかわり、君は魔法少女として契約を行う事になるんだ」

 

キュウべぇは魔法少女と魔女について彼女に説明を繰り返す。

 

あまりに現実離れした情報で混乱していたが、魔女という存在に強い嫌悪感を持った。

 

「何の罪もない人々を…魔女という存在は呪いを撒き散らし死に至らしめるのですか!?」

 

「その通り。君は人々の為に尽くす生き方を好む少女…魔女の存在を看過出来ないはずだ」

 

「人、その友のため命を捨てる…これより大いなる愛はない…」

 

「それは聖書の言葉だね。主なる神、イエス・キリストが仰られていた」

 

「魔法少女として生命をかけて人々のために戦う…。この道は、人々への愛に繋がりますか?」

 

「勿論だよ。人のために尽くし、人のために死ぬ。これこそがメシア様が辿られた人生」

 

「…私も、イエス様のように生きられますか?」

 

「それは魔法少女になった君の行動次第。さぁ、どんな願いをもってソウルジェムを輝かせる?」

 

「私の願い…それは…」

 

………………。

 

聖書と出会って変わることが出来た頃、乳児院の施設長の元を訪ねた事があった。

 

自分の名付け親とどうしても一度出会ってみたかったようだ。

 

「連絡は聞いている。君が風華ちゃんだね…大きくなってくれて、私も嬉しい」

 

「貴方が…私の名付け親ですか?」

 

「その通り。仕事ではあるけど…孤児たちの明るい未来を願って名付けているつもりだ」

 

「私がここに来た理由…分かりますか?」

 

「勿論だ。君だけが訪れる者ではない、多くの孤児たちが名付け親の私の元に訪れる」

 

「私の名前は…どんな気持ちで名付けたんですか?」

 

施設長は微笑み、窓を開けて外の風を部屋に通す。

 

「君を名付けた日も…こんな気持ちのいい風が吹いていた」

 

「教えて…貰えますか?」

 

「風実風華…それは風が実りを運び、風が華を咲かせる季節をイメージして名付けた名前だ」

 

「風が実りを運び、風が華を咲かせる…それが、私の名前?」

 

「たとえ両親に捨てられたとしても、君の人生に風が吹いてほしかった」

 

「私の人生に…風が吹く…」

 

「その風が君の心に実りを運び、いつか君の人生に華を咲かせてくれる事を願っている。私の気持ちが、その名に込められた」

 

「…皆がいてくれたからこそ、私が生きてこれた。貴方がいてくれたから…私に名前が出来た」

 

──人の社会は残酷極まりない…それでも多くの先人達が孤児たちの未来を憂いた。

 

──私もその1人…だからこそ守りたい…人間社会は残酷なだけではないんだ。

 

──物事は()()()()()()()()()()()()()()

 

――忘れるんじゃないよ。

 

………………。

 

彼女の気持ちに、迷いは無かった。

 

──私は……風になって人々の心に実りを与えたい。

 

──その人達の心に……華を咲かせる人間になりたい。

 

──契約は成立だ風実風華。それが、君のソウルジェムの輝きだよ。

 

こうして風実風華の新しい人生が始まっていく。

 

今までも、これからも彼女は変わらない。

 

彼女は風に憧れた。

 

神の愛の実りを人々の心に与えて、その心に華を咲かせる存在になりたい。

 

それが…彼女の願い。

 

 ────────────────────────────────

 

「私が初めて貴方と出会った時に言いましたよね?貴方の孤独な気持ちが分かるって」

 

彼女は自分の胸の内側を語ってくれた。

 

児童養護施設という施設がどういうものなのか彼もあまり知らなかった。

 

そこで生きてきた風華が、どれほどの苦痛をともなって生きてきたのか知らなかった。

 

「お前も俺と同じだったんだな……。世界に望まれなかった生命…」

 

「…はい」

 

「両親も友達もいない…行く当ても無い…怒りも悲しみもやり場もなかった…」

 

そんな人生を生きた彼女だったからこそ、彼に手を差し伸べてくれたのだと理解できた。

 

「貴方が人間の幸せに惹かれる気持ちは自然なものです。人は愛されたいから生きているんです」

 

「俺は…悪魔だぞ?」

 

「でも、貴方の心は…人間だと私は思います」

 

──人間の心があるからこそ、人は人の愛を求めて生きていくんです。

 

「悪魔の俺にも、その自由があるというのだろうか…?」

 

「空を見て下さい」

 

夕暮れの輝きに満ちた空がとても美しい。

 

「風を感じて下さい」

 

秋の優しい風が二人を包む。

 

「貴方はこの世界で、夢を見てもいいんです。人の喜びの夢を」

 

──人間としての喜びを…。

 

それは、もう二度と叶わないと思った彼の…。

 

「俺は…俺はぁぁ……」

 

風華に両手を回して抱きつく彼の姿。

 

──()()()()()…生きたいっ!!! 

 

大粒の涙がこぼれ落ちていく。

 

悪魔さえ、彼女は人間として生きていいと言ってくれた。

 

彼女の信仰の敵である悪魔にさえ、人の夢を見ていいと言ってくれた。

 

「あぁ…あぁぁぁぁぁ……ッッ!!!」

 

ただただ大粒の涙が流れ落ち、嗚咽をこぼしながら泣き続けた。

 

「俺に手を差し伸べてくれて…ありがとう……」

 

彼女も彼の背中を強く抱きしめてくれた。

 

──悪魔の心に風が吹く。

 

──風は悪魔の心に実りをもたらす。

 

「いつかきっと…この実りを咲かせたい……」

 

その日が来てくれることを、彼は願い続けた。

 

 ────────────────────────────────

 

日が沈んでいく夕日を野原に座って眺めている2人の姿。

 

今日はもう2人とも魔女狩りに行くような気分ではなかったようだ。

 

「なぁ、風華。お前は運命ってものを信じるか?」

 

「運命ですか…?」

 

「人間の運命は、神様に与えられたものだ」

 

「そう…ですね」

 

「たとえそれがどんな運命でも、神様がお決めになったのなら仕方がない…お前は信じるか?」

 

「運命は…神様に与えられたものであっても、その運命をどう生きるかは…人の自由だと思います」

 

「神様が決めたことでもか?」

 

「だって、私は自分の理不尽な運命があったからこそ…今の道を選ぶ事が出来たのですから」

 

理不尽な運命があったからこそ、自分の今がある。

 

自分の理不尽な運命に対し、もう一度向き合ってみる気持ちを与えてくれた。

 

神にさえ永遠に呪われた…人修羅と呼ばれし悪魔の運命であっても。

 

(俺はこの世界に流れ着いた…そして風華や佐倉牧師の家族と出会えた…守りたいものが出来た)

 

彼の心の迷いは晴れた。

 

(この人達と一緒に生きていこう…それを望んでくれている限り)

 

「…俺には望みがあるんだ」

 

子供のように澄んだ瞳で空を眺める尚紀の姿。

 

──いつか人が…運命に支配されない世界にたどり着きたい。

 

──貴方がそれを信じたいなら…私もそれを信じたいです。

 

──きっと全ての世界は自由になれる。

 

──…自由にしてみせる。

 

人間は自分たちの喜びの夢を、誰に憚られる事なく夢見ていい。

 

そう信じたい…彼の願いが込められた夢が語られた。

 

 




読んで頂き、有難う御座います。


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10話 大切な記憶

季節も進んでいき、教会まで続く森の道も赤い落ち葉でいっぱいとなる。

 

今日は学校が早く終わったのか、随分と早く彼女が訪れてくれた。

 

「ねぇ尚紀。一緒に遊びに行きませんか?」

 

「……はぁ?」

 

今まで経験したことがないパターン。

 

教会の手伝いや魔女狩りぐらいでしか二人が付き合うことはなかったのだが。

 

「風見野市内の繁華街に美味しラーメン屋さんがあるんです。一緒に行きませんか?」

 

「俺は金なんて持ってねーぞ」

 

「私の奢りです。いつも魔女退治を手伝ってくれてますから、これはお礼です♪」

 

「児童養護施設でもお小遣い貰えるんだな…。だが、あまり多くはないんだろ?」

 

「佐倉先生には私から伝えておきますから、尚紀も準備してくださいね♪」

 

「お…おい、本気で行くのかよ!?」

 

何が彼女をあんなふうにしているのか彼には分からないが、成り行き上ついていく。

 

二人は自転車に乗って風見野市内に向かっていった。

 

────────────────────────────────

 

「繁華街に陽が登っている時間帯でお前と2人訪れるのは初めてだな…。買い物の用事か、魔女狩りで訪れるぐらいだったなぁ」

 

繁華街では風華と同じ制服を着た女子中学生も見かける。

 

「同じ学生服だな…。なぁ、俺と一緒に歩いてたらお前…変な噂が立つんじゃねーか?」

 

「変な噂って何ですか?」

 

「いや……何でも無い」

 

(そういう事を意識するタイプじゃないんだな…。でも、こうやって街に誰かと一緒に遊びに訪れる感覚は…久しぶりだよ)

 

勇と一緒に学校帰りにラーメンを食べにいった思い出が脳裏を過り、自然と微笑む。

 

先導されながら2人は繁華街のラーメン屋にたどり着く。

 

「老舗といった感じの見た目だな」

 

「地元の人から評判も良い店なんです、入りましょうか」

 

二人は暖簾をくぐり店に入っていく。

 

「いらっしゃい! 二名様ご来店!!」

 

威勢のいい店主の声で迎えられながら、周りを見渡す。

 

「客も随分多いようだ……評判通りのようだな」

 

「奥の席が丁度空くみたいです、あそこに座りましょう」

 

二人は席に案内され、向かい合うように座った。

 

「あまり沢山はやめてくださいね。私もお小遣い…あまり貰ってませんから」

 

「そういう情報を与えられると……申し訳ない気分で一杯になる」

 

「あまり気にしちゃ駄目です。今日はリフレッシュも兼ねてるんですからね」

 

彼はチャーシュー麺を、風華はネギラーメンを注文。

 

ほどなくして、二人の前に注文の品が届いた。

 

「思ったよりもボリュームのあるラーメンだ…。肉体労働者たちに贔屓にされてるわけだ」

 

二人はラーメンを食べ始めたようだが、味の方は? 

 

「おっ…これはいけるな」

 

「でしょ?地元でも有名なラーメン屋さんなんです♪」

 

「スープはコッテリ系かと思ったが、意外にあっさりとして飲みやすいな」

 

「だから女性客も多いんですよ、この店」

 

「チャーシューも肉厚があるし、味が濃くて噛めば甘みが飛び出してくる。麺も絶妙な茹で加減だ」

 

(濃い味が好きな杏子が気に入りそうな店だな…帰ったら教えてやろう)

 

二人は黙々とラーメンを食べていたが、不意に彼女が口を開いた。

 

「ねぇ…尚紀。もしかしてこれって、デートってものですか?」

 

「ゴフッ!?」

 

麺をむせてお冷を飲み干す彼の慌てた姿。

 

意識していないのかと思ったが、風華もそういう事を考えていたようだ。

 

「…ただ遊びに来ただけだ。それだけだ…いいな?」

 

「そういうものなのですか…?」

 

「そういうものだ」

 

どういう顔をしていいのか分からず、彼の視線は店内を泳いでしまっていた。

 

────────────────────────────────

 

二人はラーメンを食べ終わり、清算も済ませて店を出る。

 

「奢ってもらって悪かったな」

 

「いいんです、また一緒に来ましょうね♪」

 

こうやって人間らしい日常を送れる事に彼は満足していた。

 

(あの時に去っていたら…こんな満ち足りた気持ちなど、二度と無かったかもしれないな)

 

その時、二人は魔女の魔力を感じた。

 

「離れた場所だな」

 

ラーメン屋の裏に移動し、風華は魔法少女姿に、彼は悪魔の姿に変わる。

 

「上から行きましょう」

 

二人の体の周りに風が発生していく。

 

一気に跳躍し、店の横のビルの上まで飛び移った。

 

風華の指導のおかげなのか、尚紀も風の魔法を応用して使えるようになったようだ。

 

2人はビル群を駆け抜けていき、建物を疾風のように駆け抜けていく。

 

「風の魔法の応用もすっかり身につけましたね尚紀!」

 

「お前の指導が良かったんだよ」

 

顔を見合わせて微笑み、ビルを同時に跳躍。

 

2人の守り手がいる限り、風見野市が魔女に災いを撒き散らされる事もないだろう。

 

────────────────────────────────

 

もう直ぐ12月を迎える時期となっていく。

 

秋の紅葉を写真に収めるとしたら、今が最後の時期だろう。

 

月曜日が教会の休みなので、今日はみんなで大掃除を行っていた。

 

「もう直ぐクリスマスが訪れて教会は忙しくなる。今のうちに念入りに行っておこうか」

 

「今日も手伝いに来てくれて済まないね、風華ちゃん」

 

「いいんです佐倉先生。それに、杏子ちゃんとモモちゃんも手伝ってくれますし直ぐ終わります」

 

「ねぇねぇ、ふう姉ちゃん、尚紀。掃除が終わったら鬼ごっこしようよ♪」

 

「しようよ~♪」

 

「はいはい♪ それじゃ…あら? 珍しいですね…教会に向けて車が来ますよ?」

 

森から一台の車が来ている事に彼女が気がついたようだ。

 

車から降りてきた人物は、教会式の時に来てくれた地元のプロカメラマン。

 

「やぁ佐倉さん、ご無沙汰してます」

 

「おや、今日はどういった用事ですかな?」

 

「いやー!実は新しいカメラを買いましてね。よかったら撮影をと思いまして」

 

新しいカメラの試運転でわざわざ教会に来てくれたようだ。

 

「気持ちは嬉しいのだが、お代まで請求されると困るのだが」

 

「いやいや!これは気持ちですよ。いつも教会式でお世話になってますから!」

 

地元のフレンドリーな付き合いといったところだろうか。

 

「そう言って頂けるとこちらも嬉しい。それじゃ…お願いします」

 

………………。

 

佐倉牧師の家族達がみんな並ぶ光景。

 

教会が背景に収まるように並ぼうとしていた。

 

「なおきおにいたん!かたぐるましてー!」

 

「こらモモ!大人しくしてなよ!」

 

お姉ちゃんに注意されるモモだったが、撮影が分からない彼女は落ち着きがない。

 

「仕方ない。モモは俺が肩車しておいてやる」

 

「わ~い!あたしがいちばんたかいいち~♪」

 

モモは彼に飛びついて肩車をして貰い、両手で頭に抱きついた。

 

「まったく、モモは落ち着きがなくて困るよ」

 

「私達も一緒に撮影してもらいましょう」

 

「え?…うん!あたしもふう姉ちゃんと一緒がいい!」

 

いつの間にか杏子の後ろに風華が立ち、肩に両手を置いて密着。

 

「皆さん、並んで下さい!」

 

カメラマンに促され、みんながカメラに向き直る。

 

右側には佐倉牧師夫婦、左側には彼とモモ、そして中央には杏子と風華。

 

カメラマンのシャッターを切る音が響く。

 

一枚の写真画像データが出来たようだ。

 

「いい写真が撮れました!後日、写真として送らせて貰いますね」

 

「すみません、お世話になります」

 

数日後、カメラマンから写真が送られてきた。

 

「いい写真だな…。みんなが揃って教会を背景に撮った写真か」

 

「せっかく何枚か頂いた写真だし、写真立てに入れて家に飾っておこう」

 

「俺の分も貰えるのか?」

 

「勿論。君も私たちの家族だからね」

 

「ありがとう。ベットの横に飾らせてもらうよ」

 

寝室の机の上に飾られることとなった思い出の写真。

 

日常の何気ない一枚ではあるが…。

 

「俺にとって、ここで人間のように生きられた…思い出が詰まった写真となるだろうな」

 

────────────────────────────────

 

秋も終わりを告げ冬となり、クリスマスの時期を迎えた。

 

キリスト教にとってはイエス・キリストの誕生を祝う降誕祭だ。

 

「私の教会でも24日の日没からクリスマス礼拝が行われる」

 

「日没からか?」

 

「教会暦ではクリスマスは12月24日の日没から25日の日没までと決まっているんだよ」

 

「教会でクリスマスを迎えた事は無かったし、知らなかったな」

 

「この日ばかりは信徒以外にも門戸を開いて歓迎している。また君の力が必要になるな」

 

「忙しくなりそうだ」

 

クリスマスを迎える日。

 

教会の扉の横には、モミの木のクリスマスツリーが飾られている。

 

聖書にまつわる星やリンゴの他に電飾やリボンやベルが飾られて知恵の樹の象徴を務めていた。

 

「今日は今までで一番人が集まってるな……」

 

「あたしの家で一番忙しい時期だからねー。でも、あたしはクリスマスの日が一番楽しみ♪」

 

「あたしも~♪」

 

「俺が来るまで準備も大変だったんだろうなぁ」

 

「尚紀が来てくれて、本当に助かってるんだよ。最初からあたしのお兄ちゃんだったらなぁ」

 

「これからは俺が手伝い続ける。お前達も早く大きくなって手伝ってくれると俺も助かるよ」

 

日没が訪れ、24日のクリスマス礼拝の開催の儀が始まった。

 

風華のオルガンの演奏と共に信徒達が入祭の歌を合唱。

 

風華も黒いリボンでポニーテールではなく、修道服にシスターベールを身に着けていた。

 

礼拝用のローブガウンにストール姿の佐倉牧師が入堂し、祭壇前まで歩いていく。

 

振り返り祭壇前の机に置かれた聖書を開け、両手を合わせた後に一礼。

 

「父と子と精霊の御名において、アーメン。クリスマスの平穏が皆様と共にありますように」

 

挨拶も終わり、聖書の朗読が始まる。

 

参加者は皆、厳粛な気持ちでクリスマスの歴史を拝聴していた。

 

馬小屋で生まれた救い主イエス・キリスト降誕の物語が次々と語られていく。

 

「神の子がこの地上に降り立ち、それを心より感謝する」

 

それがクリスマスなのであろうと、キリスト教の神に呪われる事となった悪魔は思ったようだ。

 

────────────────────────────────

 

聖書の朗読も終わり、信徒たちの感謝の典礼として歌が披露される。

 

ゴスペルコンサートのために、外国人の信徒達のゴスペルグループが祭壇前の階段横に設置された楽器に向かう。

 

その中には尚紀の姿もあった。

 

「勇に教えてもらったギター経験が役に立つ日が来るなんてな。指が覚えている曲だったし、信徒たちと練習を続けてきた甲斐もあった」

 

祭壇前の階段に設置されたボーカルマイクの前に風華が現れ、ゴスペルコンサートが始まった。

 

前奏のピアノとギターが音色を奏でられ、礼拝堂に神を賛美する歌が木霊していく。

 

歌声を佐倉牧師と横にいる子供達も手拍子をしながら聞いていた。

 

杏子はクリスマスなので、私服とは違う修道服とシスターベールを身に着けている。

 

参加者達は歌い終わった彼女に対し惜しみない拍手を送る。

 

皆の心に実りと華を送るような風華の歌声に、彼も拍手をして彼女を賞賛していたようだ。

 

そんな彼の前に風華が歩いてきて喜びを露わにしてくれる。

 

「また、一緒に演奏したいですね尚紀」

 

「…まだ曲は終わってないぞ」

 

「えっ?」

 

ピアノの力強い音が響き、外国人の信徒達が一斉にリズミカルに手拍子を始める。

 

その手拍子と共に皆が一斉に歌い出す。

 

知っている洋楽を皆が歌い出す光景に風華も驚き、周りを見渡す。

 

タンバリンを持ちリズミカルに叩き、ピアノのリズミカル演奏も加わる。

 

次々に祭壇前に手拍子をして歌いながら集まってくる信徒の熱気。

 

風華や杏子たちも居ても立ってもいられず彼らの輪に加わり歌っていく。

 

他の参加者達も皆立ち上がり、拍手をしてくれた。

 

そんな皆の様子に対し、満足そうな顔をして目を瞑っていく1人の悪魔が……呟いた。

 

「……メリークリスマス」

 




読んで頂き、有難う御座います。


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11話 社会の慟哭

クリスマスが終わった頃に、それは起きた。

 

風華の児童養護施設で施設長の刺殺事件が起きたのだ。

 

「あの日以来…年が開けても風華は教会に訪れないな…」

 

「私の家族も心配している…。だが、児童養護施設の関係者で無い私達が顔を出す事も出来ない」

 

「そうだな…。今は、信じて待ってやるしか出来ることはない…」

 

秋の紅葉も終わり、冬の森が広がった季節。

 

教会周りの清掃を行っていた時、風華が訪れてくれた。

 

「もう、いいのか?」

 

「………………」

 

彼女の表情はとても辛そうな顔で目を伏せていた。

 

「ここで話し辛い内容なら、場所を変えよう」

 

教会の森から離れた冬の野原に向けて2人は歩んでいく。

 

雲が広がる空は、雪が降ってきそうな天気。

 

「私の児童養護施設……閉鎖する事が決まったんです」

 

重い口を開き、児童養護施設に関わる社会問題について彼女が語る。

 

「今この国では…児童養護施設を廃止していく方針になっているんです。善意ある里親が養育するように全て一本化していくみたいです」

 

「児童養護施設を廃止して里親に斡旋だと…?何も問題がないというものでもないんだろ?」

 

「はい…。この背景には人権団体や人権活動家たちが、この国の児童養護施設は時代遅れ、児童虐待の温床、悪魔的な組織と批判している活動の影響も大きいんです」

 

「偏った偏見過ぎるだろ…。それを厚労省が真に受けて、予算削減に乗っかってしまったのか…」

 

「こんな背景にあるのは、リベラル・フェミニズムという個人主義的価値観が背景にあります」

 

「あの狂った連中の価値観か…」

 

「それは口先ばかりで無根拠な意見ばかり…価値観を他人に押し付けるものでしかなかったんです」

 

「現場の事を無視し、自分達が見たもの感じた事が全てと称して…それを他人に強要する連中だよ」

 

「その人達が認めるのは、自分達に都合のいい意見だけ…。それ以外は徹底的に攻撃されます」

 

「SNSの普及で人の声はより遠く、より多くの人々に影響を与えて人を集める力となっている…」

 

「私はSNSに詳しくないですが、そうなんですか?」

 

「ああ…。俺も学生時代にSNSで見たことがある…。2人の友達も、ラディカルフェミニスト共を嫌ってた」

 

「それが今、悪い方に働きだしています…。世界とこの国の実情は違うのに、外国は里親だけでやってるのに、この国は時代遅れだと声を上げやすくなったんです」

 

「ラディカルフェミニスト共の身勝手な声を…厚労省や政権が取り入れようとしているわけか」

 

「そして…今回の児童養護施設の施設長刺殺事件が…さらに追い打ちとなりました」

 

犯行を行ったのは、元児童養護施設で過ごしていた若者。

 

恨みがあった施設関係者なら誰でも良かったと警察に話しているそうだ。

 

この事件で一気に人権団体や人権活動家達が猛抗議を繰り返し、施設を閉鎖しろと行政に訴えた。

 

やはり児童養護施設は児童虐待の温床、悪魔的な組織だと声高に叫び続けた。

 

「屑共め…。思想が自由の国の弊害を、感じずにはいられない…」

 

「その声を国が汲み取った形となってしまい…児童養護施設閉鎖に繋がったわけです…」

 

「やりきれねぇ…」

 

「…でも、もっと酷い裏側があるんだと…副院長先生は語ってくれました」

 

──この背景には、人身売買とも言える闇ビジネスが背景にあります。

 

──人権団体や人権活動家の里親斡旋仲介によって高額な手数料が貰える狙いもあったんです。

 

────────────────────────────────

 

院長先生の刺殺の知らせを聞いた彼女は、気が動転したような叫び声をあげた。

 

「あの人は寂しい目をしてたけど…育ててくれた恩人を殺すような人じゃない!!」

 

 風華は若者が逮捕されてから勾留の面会が許される3日後の平日を待ち、面会に行った。

 

「あの人の心は…社会の現実によって絶望してしまっていたんです…」

 

その若者は親だと思っていた人が里親で、お前は養子だと聞かされ施設に入れと追い出される。

 

 児童養護施設は満18歳まで入所していられる期間が殆どであり、その若者も18歳を過ぎた頃には児童養護施設を出ていった。

 

「あの人は…住民票も身分証も両親さえも持ってはいませんでした…」

 

「…俺と同じ立場だな」

 

「仕事を探そうにも仕事に就く保証人もいない…不動産屋でアパートを借りたくても保証人がいない……」

 

「携帯さえ…未成年では親がいないと契約できなかったよな…」

 

「定職も住処も得られないあの人は…施設に助けを求めても管轄が違うと受け入れて貰えませんでした…」

 

「……………」

 

「ホームレスになってからは…心無い人間達に痛めつけられて病院に搬送もされたんです」

 

「俺も暴行された事がある…。連中は面白半分の悪意を…社会的弱者に向けてくるんだ」

 

「行くところがないと告げると、その人は入院させられないと言われて…病院さえ追い出された」

 

「住み込み就職を探そうにも…家も住民票も身分証明も持たない奴を、いきなり雇ってくれるところなんて…見つからないのも無理はない」

 

「路上で寝ていても…誰にも気にとめられない。これが両親と家というセーフティネットを持たない…日本の子供たちの現実なんです」

 

社会に対する怒りと不安。

 

自分は何処に行っても普通扱いされないという思い。

 

親がいないだけで自立さえ許されない社会。

 

そんな現実に苛まれた末の今回の刺殺事件。

 

「俺には…その若者の気持ちが痛いほど分かる。両親も家もない、自分をこの国の国民だと証明する住民票も身分証も無い…」

 

行く当ても無く路地裏で座り込んだ時、尚紀もその若者と同じ気持ちになった。

 

「もし、風華と出会っていなかったら俺は…最悪の災いになっていただろうな…」

 

「私…悔しい! 私達だって…望んでこうなったわけじゃないのに…!!」

 

風華は彼の胸に抱きついて顔を埋めてきた。

 

「社会は守ってくれない!!誰も…守ってくれないの!!!」

 

胸の中で嗚咽が聞こえてくる。

 

施設出身者の中でも風華は学力も高く、神学の大学を目指すことが出来る程の人物。

 

そんな施設出身者は、この国の財団の夢の奨学金というものを得られるのだそうだが……。

 

それ以外の人物達はどうなるのだろうか? 

 

「施設を出た女の子の中には…風俗で働いたり援助交際で生きている子もいます! どうして社会はこんなに冷たいの?」

 

「……………」

 

「顔をアザだらけにして…施設に入ってくる小さ過ぎる子供も大勢いるのに!!」

 

「……………」

 

「そんな子供達に!!どうして社会は…自分達の価値観だけで理不尽に物事を決めるんです!?」

 

「……………」

 

「里親がマシだなんて誰が決めたんですか!?社会の粗悪品というレッテルの一本道しか…なぜ用意してくれないんですか!?」

 

──なぜ…嘲笑いながら弱者たちを搾取する事しか社会は出来ないんですかぁ!!? 

 

魔法少女の運命という理不尽だけではすまなかった。

 

社会の理不尽さえも…彼女は与えられてしまったようだった。

 

────────────────────────────────

 

気がついたら、空から雪が舞い降りてきた。

 

寒い冬の気温が二人の心と体も冷たくしていく。

 

「…児童養護施設の職員たちは今、慌てて対応に追われています。違う児童養護施設に子供達を移す連絡を続けているますが…状況は良くないそうです」

 

「……そうか」

 

「閉鎖を迎えるのは、今年の春…。施設の子供達も怯えています…行く当てもなく放り出されるのだと毎日泣いています…。里親というものの現実を知っている子供達もいるんです」

 

「里親の現実…?」

 

「児童養護施設の職員のように専門的な教育を受けた存在ではないんです…。良心的な里親に児童養護施設に送られた子供なんていません」

 

──流れてきたのは、里親の虐待や強制労働といったケースの被害にあった子供たちばかり。

 

「…このまま、児童養護施設が閉鎖を迎えてしまい、施設の子供達は国や人権団体に預けられて里親に斡旋されるしか末路はないのか…?」

 

「今まで…社会の犠牲者になった子供達のために頑張って、どうにか制度の中でやってきた良心ある児童養護施設の人々がいました…」

 

「その人々を既得権益とか悪人と決めつけ…自分達やスポンサーの利益にありつきたい似非人権団体や、リベラルな似非人権活動家共に…為す術もないというのか…」

 

「あんな人達が子供たちを守る筈がないです…。子供達が不都合を起こすだけでなく、命を落としたり社会が廻らなくなっても…一切責任を取るはずなどない…金儲けがしたいだけです!」

 

「だろうな…。問題が起きようが…自分達は関係ない、既得権益のせいだ、悪いのは里親であって制度ではない…言い訳ばかりを並び立てるだろう…」

 

「現場で働いてる人達も…孤児たちも…完全に社会から置き去りにされてしまいました…」

 

「資本主義に塗れたこの国は腐ってやがる……」

 

「私ね…里親に預けられるぐらいなら…働こうって思うんです」

 

「馬鹿な!?子供のお前が働ける場所なんてあるのかよ!!」

 

「もう私……自分の人生を心無い大人達に弄ばれたくないんです。私の人生は私が切り開きたい」

 

実の両親に生まれてすぐに捨てられてしまった。

 

もうこれ以上、彼女は心無い社会と大人たちに弄ばれる人生は嫌だという。

 

「牧師になるんだろ!?神の教えを…みんなに伝えられる人間になりたいんだろ!」

 

「里親の元に預けられたらもう施設の人間じゃない…。だから支援も受けられませんね……」

 

「里親だって…もしかしたら良い奴もいるかもしれないだろ!?」

 

「実の子供でもない人間に…巨額の教育費を本当に払ってくれるんですか?」

 

「それは……」

 

「所詮、里親達からしたら赤の他人がやってきただけの話なんです…。下手をしたら、飼い犬程度にしか見られない可能性だって大きい…」

 

「こんな事で…お前の人生が犠牲になるのか? やっと見つけた自分の人生に光をもたらしてくれた信仰と夢を……社会に奪われてしまうのか?」

 

(魔法少女として、世界に呪いと災いを撒き散らす魔女になる運命まで背負うのか?)

 

──認めない。

 

彼は風華を強く抱きしめた。

 

「尚紀……?」

 

──風華……俺がお前を守ってやる。

 

──お前の全てを……俺が守ってやる。

 

「でも……尚紀だって……」

 

「確かに俺だって状況は同じ。両親も家もなく、住民票や身分証すら持たない未成年者だ。それでも…俺には悪魔の力がある」

 

「まさか…?」

 

「お前の教育費や養育費ぐらい用意してやれる」

 

「…貴方の力を使って犯罪をして稼ごうと?そんな話なら許しませんよ!?」

 

疑われるのも無理はないので、彼女に悪魔の力の一端を見せてあげる事にしたようだ。

 

「よく見ていろ、悪魔の手品を見せてやる」

 

彼女に自分の左掌を見せる。

 

すると、一瞬のうちにダイヤモンドの宝石が出現していた。

 

「尚紀!?これはいったい……?」

 

ファイアー・ローズ・クッションにカットされた珍しいピンク色のダイヤモンド。

 

その大きさも巨大であり、550カラットはある大きさ。

 

「俺の仲魔から貰った珍しい宝石だ。売ればそれなりの価格になるだろう」

 

彼は様々なアイテム・宝石・貴重品を自身の手の中に収容する力を持っている。

 

この魔法の力がどういったものかは彼にも分からないが、悪魔になってから使えるようになった。

 

この力が無ければ、あの世界で大型リュックサックを背負い、旅をしなければならなかったろう。

 

「戸籍も手に入れてみせる。そして…俺がお前の面倒をみてやる」

 

「尚紀…それって……?」

 

少し気恥ずかしい表情になったが、迷いのない顔つきになり彼女に告げた。

 

「俺と…一緒に暮らそう、風華」

 

「えっ…?えっと…尚紀…それって私と!?」

 

「いつまでも俺は佐倉牧師の世話になるつもりも無かった。だから…一緒に俺と暮らさないか?」

 

同棲生活を自分と送ってほしい……そう彼女には聞こえていた。

 

顔を赤らめて俯いてしまったが、顔をあげて尚紀に問いかける。

 

「私なんかで……いいの、尚紀?」

 

「あの路地裏でお前は俺に手を差し伸べてくれた。今度は、俺の番だ」

 

(…感謝の気持ちなのだろうか?それとも哀れみか?別の感情なのだろうか?自分でも…こんな心の感情になった事は…人間だった頃でさえない)

 

風華から大粒の涙が溢れていき、彼女は彼に抱きついてしまった。

 

「すてきな人生をありがとう………尚紀」

 

「一緒に生きよう……風華」

 

彼女を抱きしめて優しく頭を撫でてあげる。

 

二人は、自然と吸い寄せられるように…唇を合わせた。

 

(…俺の感じていた感情がなんなのか…今わかったよ。そして、佐倉牧師と初めてあった時に言われた言葉の答えも見つけた)

 

これが、彼が見つけたこの世界で生きる新しい道。

 

風実風華に恋をした道だった。

 

────────────────────────────────

 

学生の冬休みもそろそろ終わりそうな冬。

 

彼と風華、それに佐倉牧師は教会の清掃作業を朝から行っていた。

 

あの日から風華も元気を取り戻し、教会の佐倉牧師達も安心してくれたようだ。

 

(……チッ、意識しちまうな)

 

3人は黙々と教会の掃除をしているが、尚紀はどこか視線が泳いでいる。

 

その視線の先には風華の姿があった。

 

(あの日以来…風華に強い異性を感じる…。俺も男だってことかよ?)

 

長く透き通るほど美しい金髪、豊満な胸、抱きしめたくなる細い腰、安産型のお尻。

 

(俺は何を考えて…?やめよう、俺は居候の身分だしな)

 

不意に視線に気づいた風華が彼に向き直ると、顔を逸らして掃除を続けた。

 

お昼を食べた後は午後からの仕事だが、人手があったので片付いてしまっていた。

 

時間を持て余し、尚紀と風華は礼拝堂の椅子に座ってくつろいでいる。

 

風華は聖書を借りて読みふけっているのだが…。

 

(本を読む時は、赤いフレーム眼鏡をかけるんだな…)

 

小さな文字の聖書を擦り切れるぐらい読んでいたのか、目が悪くなってしまっていた。

 

(…眼鏡をかけたあいつの顔も素敵だな)

 

視線に気がついた彼女は彼の方を振り向くが、顔を反対側に背けてしまう。

 

小首をかしげて彼の態度に不思議そうな顔を彼女は向けていた時…。

 

「尚紀!ふう姉ちゃん!あーそーぼっ!」

 

教会のドアを勢いよく開け、杏子とモモが入ってきた。

 

「おしごとないんでしょー?あそぼーあそぼー♪」

 

モモは雪の塊を握ってはしゃいでいた。

 

あの日から降り積もった雪によって、外の世界は銀世界だった。

 

無邪気な子供たちに2人も微笑み、教会の外に出掛けていく。

 

教会の森から離れた雪景色の野原に移動した4人は、雪を使って遊ぶようだが。

 

「寒くないか?」

 

「尚紀の方が寒そうですよ?」

 

油断していたら頭に雪玉がぶつかった。

 

「雪合戦やろうよー!!」

 

杏子とモモが雪の塊を作り、既に準備は終わっていた。

 

「なおきおにいたんがわたしたちとしょうぶだよー!」

 

「私たち?…つまり、俺独りで女たちに集中砲火を食らうわけかよ?」

 

いつの間にか子供たちの輪の中に風華は加わり雪玉を握っている。

 

「おいおい、勘弁してくれよ」

 

「駄目です尚紀♪私達の雪玉をくらいなさーい!」

 

「くらえ尚紀ー!おりゃー!!」

 

「あははは!なおきおにいたんゆきまみれー♪」

 

「石入れるのはなしだぞー」

 

銀世界の野原で楽しそうに過ごしている4人の姿。

 

冬の寒さも、この日常の温かさに包まれ感じてはいなかったようだ。

 

………………。

 

銀世界に広がる冬の森の道を、4人は教会に向かい帰宅していく。

 

雪合戦で冷えた手を繋ぎ合って温め合う。

 

(こんな穏やかな日常がずっと続けば良いな…)

 

これから先の未来。

 

それは、人として生きる未来を夢見た。

 

(みんなと共に生きられる未来が欲しい…人間のように穏やかな毎日を生きていき、歳をとり、昔の思い出を語り合う…)

 

「ずっと…俺の側にいてくれるか、風華?」

 

「ずっと貴方の側に私はいます…尚紀」

 

空は高く風も澄んでいた一日の中で、彼は未来の喜びを思い描く夢をみた。

 




読んで頂き、有難うございます。


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12話 風が止む日

1月28日。

 

風実風華は、嘉嶋尚紀と一つの約束をした。

 

もう二度と魔法少女にならずに、人間として普通の人生をこれからは送って欲しいと。

 

「魔法少女の使命である魔女との戦いは、全て自分が引き受けると言ってくれた…。私は普通の女の子として生きてくれと……お願いされてしまった…」

 

日常で生きるための魔力は全て自分が用意する。

 

二人で、これから末永く生きたいから戦いの世界から遠ざかってくれと言われたようだ。

 

「彼の必死な願いに負けて約束を交わした。まるで、大切な人を失い続けた過去があるような悲しみを背負った顔…」

 

彼は全てを失った過去を持つ。

 

それを願う感情は切実であった。

 

「あんな顔を見ていたら、私も気持ちを押し通す事が出来なかった…」

 

風華は彼の力を疑ってはいないが、また人間の頃のような生活に戻れるのか疑問を感じている。

 

「彼が魔女なんかに負けるはずがない…。だから…私は普通の女の子として生きていくべき……それで尚紀が満足してくれるなら…それでも良いです」

 

今日は佐倉先生に頼まれた所用を片付けるために、市内の繁華街に彼女は来ている。

 

用事も終わり、教会への帰路につこうとしていた時…。

 

「魔女の魔力…それも凄く強大な…。ここからそう遠くは離れていない…?」

 

約束を思い出し、魔女とは戦う事を戸惑ってしまうのだが…。

 

「もし…魔女が誰かを犠牲にしようとしていたら……私が見捨てた事になる…」

 

近くにいるのは自分しかいない。

 

彼女は心の中で彼に謝り、魔女の魔力を感じる場所に向かって行った。

 

………………。

 

繁華街からそう離れていない場所には、市が管理する風見野霊園がある。

 

ソウルジェムを使って魔女の魔力を確認する風華の姿。

 

「近くにいる…それに、あの人はもしかして……魔女の口づけ呪いを受けた人…?」

 

喪服の老女が霊園を虚ろな表情で歩み、魔女の結界に向かって歩いていく。

 

「爺さん…あたし疲れたよ。…そっちに行かせておくれや」

 

「いけない……魔女の結界にとり込まれてしまう!?」

 

荒っぽくはあったが彼女は老婆に一気に詰めより、当身を入れて昏倒させた。

 

目の前の魔女結界入り口に向き直る。

 

「今まで出会ったことがない程の魔力…余程の魔女がこの街に流れ着いたんですね…」

 

この戦いは激戦になる事を現している。

 

「それでも…今この場で戦える存在は…私一人だけ…」

 

この魔女を放置して逃げ出してしまったら、大勢の人間が犠牲となる事は分かりきっていた。

 

「ごめんなさい…尚紀。私は約束を守れませんでした…」

 

ソウルジェムを掲げ魔法少女に変身。

 

「やっぱり私は…人々を見捨てることなんて…出来ません」

 

意を決して、彼女は魔女の結界へと足を踏み入れていった。

 

………………。

 

魔女の結界が消失していく。

 

かつてない程の激戦を制し、紙一重の勝利を手にした魔法少女の姿が結界より現れる。

 

「危なかった…魔力が底をつきかける程の戦いなんて、私も初めてでした。それでもなんとか魔女を倒せて良かったです…」

 

空がいつの間にか曇り空になり、雪が降りそうな気配。

 

転がっている魔女のグリーフシードを拾い上げていた時だった…。

 

「この魔力…尚紀が近づいてきている?」

 

彼の魔力を感じとり、こちらに近づいている事に気がついたようだ。

 

「私の魔力に気が付かれちゃったんだ…怒っていますよね。ごめんなさい…約束破っちゃって」

 

──それでも、これを最後にするから……。

 

グリーフシードをソウルジェムに近づけようとした時……。

 

「えっ……?」

 

背後に、桁外れの力を感じさせる二人の魔法少女の魔力。

 

「全ては、サイファー様の御心のままに」

 

彼女が後ろを振り返ろうとした瞬間……悲劇は起こってしまった。

 

────────────────────────────────

 

同日。

 

戸籍を手に入れる方法を求めて図書館のインターネットを利用し、尚紀は情報を集めている。

 

「俺の存在は、この国に一切の痕跡さえ存在しない」

 

それはこの国の人間だと証明する事さえ出来ないということだ。

 

「…外国からきた不法入国者扱いされても、文句は言えないな」

 

そんな立場の彼が役所に赴き、戸籍が欲しいなどと言えるはずもない。

 

それでも戸籍を手に入れる方法を考えるとしたら、非合法のもの以外考えられないだろう。

 

「ニンベン師という存在を聞いたことがある…」

 

ニンベン師とは、偽造屋を意味する。

 

健康保険証、パスポート、運転免許証などの公的証書や紙幣を偽造する事を生業とする職人である。

 

「こいつを探して頼りたいが…」

 

ネットを使って情報を集めていたが、全く見つからない。

 

「駄目か…。やはり非合法の職人と縁がある者達を考えるとしたら…反社会的勢力を相手にコンタクトをとる以外にないだろうな…」

 

悪魔の力を売り込んで、その見返りにニンベン師に戸籍を用意して貰う結論に至ったようだ。

 

「きっと風華はいい顔しないだろう…俺一人でやるしかない」

 

図書館から出た彼が空を見上げれば、雪が降りそうな天気になっていた。

 

………………。

 

不意に風華の魔力を感じた。

 

「馬鹿な!あいつは俺の約束を守らなかったのか!?」

 

図書館の裏で悪魔化し、魔力の出処に向かってビル郡を跳躍して駆け抜ける。

 

「近くに魔女の魔力も感じる…間に合ってくれ!!」

 

気持ちがいい風が吹く風見野は、今日は風ひとつ感じない不気味な日。

 

霊園に辿り着いた頃には、魔女の魔力は消えていた。

 

「たとえ魔女を倒したとしても許すつもりはない…もう二度と失うのはごめんだ…」

 

霊園内に入った時だった。

 

「なんだ…この強大な2つの魔力は!?何が起きている…風華…風華ぁ!!」

 

現場に辿り着いた彼の目に映った光景…。

 

「あ…ああぁ……ッッ!!?」

 

五本貫手で心臓を串刺しにされた…風華の姿がそこにはあった。

 

────────────────────────────────

 

「風華ぁぁぁぁぁ──ッッ!!!」

 

彼の存在に気づいた魔法少女は貫手を体から抜く。

 

風華の体が倒れていく光景が、鈍化した世界のように彼には見えてしまう。

 

駆け抜けて風華を抱き留めた。

 

「尚紀……ゴフッ!ゴハァ!!」

 

大量の吐血。

 

魔法少女衣装が赤黒く染まってしまう。

 

「喋るな風華!!」

 

明らかに生命を終わらせる致命傷。

 

彼女の十字架の形をしたソウルジェムが濁りきり、亀裂が入っていく。

 

大切な人を死に至らしめる憎い存在たちに対し、ありったけの呪いを込めて睨みつけた。

 

「イキマショウ、チェンシー」

 

滑舌の悪い日本語を喋る褐色姿の魔法少女が掌をかざす。

 

後方空間に大きな空間転移魔法陣が生み出され、中に消えていく。

 

チェンシーと呼ばれた魔法少女も踵を返し、魔法陣の中へと消えた後…陣が消滅。

 

「…尚紀っ…ゴホッ!……私、貴方に伝えたい事が…」

 

「やめろ…やめてくれ…縁起でもない言葉を吐くなぁ!!」

 

「私…貴方のおかげで…魔法少女だけど夢を見れた…。普通の人間として…幸せに生きられる喜びの夢を…」

 

「俺は…魔法少女の末路を知っている…」

 

「短い間だけど……普通の恋愛をすることが出来た…。貴方に出会えて…本当に良かった…」

 

「嫌だ…嫌だぁ……!」

 

「最後に…約束してくれますか…?」

 

「約束……?」

 

──貴方のその力を…。

 

──私が守ろうとした…()()()()()()()()()を守るために…。

 

――使って下さい。

 

「…ああ、約束する!だから……だから、死なないでくれ風華!!」

 

「……ありがとう、尚紀……」

 

「俺を…独りにしないでくれぇ……!!」

 

「わた……し……あなた……を……あ……あ…………」

 

──風華ぁぁぁぁあああ────ーッッ!!!!! 

 

手に添えた風華の手が…落ちてしまった。

 

彼女のソウルジェムが砕け、どす黒く穢れた感情エネルギーを周囲に放出されていく。

 

…そして、それは現れた。

 

────────────────────────────────

 

【白鳥の魔女】

 

神の信仰の道を見つけ、人々のために戦った者から生まれた魔女。

 

その性質は【夢】

 

この魔女は生前夢見た理想を求めている。

 

好きな人と結ばれたり、良き出会いに恵まれる事を。

 

夢がかなう願いを込めて、この魔女は首に青薔薇の花輪をつけていた。

 

「風華……」

 

湖の浅瀬に白鳥の魔女が繋がれている魔女の結界世界。

 

【王子は王冠をいただいた一羽の白鳥を見つけた】

 

【娘はフクロウの悪魔に白鳥の姿に変えられた】

 

薔薇の茨に尖る棘が深々と突き刺さり、魔女は苦しんで暴れ続ける。

 

羽ばたく翼から暴風が生まれ、湖のほとりにいる彼を襲う。

 

【娘は永遠の愛を望んでいた】

 

遺体を抱きかかえたまま、壁に打ち付けられた。

 

「なんで……こうなっちまったんだろうな……」

 

【悪魔の呪いは永遠の愛によってしか解けない】

 

風華の遺体を優しく寝かせ、暴風を撒き散らす白鳥の魔女に向けて歩みを進める彼の姿。

 

「愛した人がいた…その人と幸せになる夢を見た…。でも、それは叶わなかった…」

 

【白鳥の娘を愛する王子は永遠の愛を望んだ】

 

「風華……約束する。お前の意思は……俺が引き継ぐ」

 

社会に必要とされなくても、皆の笑顔のために戦い、笑顔を与える夢を抱いた少女がいた。

 

「みんなに呪いと災いを与える末路になんて…させはしない」

 

【王子は悪魔の呪いを解いてあげることにした】

 

居合抜きのように低い姿勢で光剣を構える

 

【白鳥の娘は王子に惹かれて恋をした】

 

──愛してる……風華。

 

──……さようなら。

 

腰から一気に光の剣を抜く抜刀。

 

光の一閃が全てを切り裂く『死亡遊戯』の一撃によって……。

 

白鳥の魔女は…その首を切り落とされた。

 

【二人の永遠の愛によって白鳥は呪いから開放されましたとさ】

 

────────────────────────────────

 

おびただしい流血と血の噴射を始め、その血は湖を真紅に染めてしまう。

 

白鳥の魔女は最後に空に飛び立とうと翼を広げたまま、真紅の湖に沈んでしまう。

 

願いがかなうと魔女が信じた青薔薇だけが、真紅の湖に浮かんでいた。

 

風華の遺体を抱きかかえ、魔女の結界から尚紀の姿が現れ始める。

 

「見ろよ風華……雪が降ってきた」

 

結界から外に出たら、空から雪の粉が舞い降りる。

 

両膝に力が入らず、崩れてしまう。

 

「勇も…千晶も…祐子先生も…風華も…俺は誰も守れない…。何が悪魔の力だ…大切な人を守ることさえできない力なんて…無力じゃないか?」

 

──ふざけるな……ふざけるな!! 

 

──なぜ俺は誰も守れない!? 

 

──どうしてこの子がこんな目に合わなきゃならない!? 

 

──みんなの幸せを願ってやまなかったこの子が、災いにならなければならない!? 

 

──何が宇宙の秩序だ!!こんな子が呪いにならなければならない宇宙など…滅びてしまえ!! 

 

「喜びの夢を見せてあげたかった…。人間として生きられる可能性を与えたかった……」

 

──それを願う悪魔の心は…。

 

──裁かれなければならないほど…罪深いものなのか!? 

 

「呪うなら俺たち悪魔を呪え!!世界の災いは…俺たち悪魔だけで十分だ!!」

 

──世界の運命を支配する大いなる神よ!! 

 

──貴様を呪ってやる!!! 

 

──永遠に呪ってやる!!!! 

 

………………。

 

大切だった人の顔に、冷たい雪の粉が落ちてきた。

 

「なんでだよ……なんで雪が溶けない……?」

 

もう風華の体は、完全に生命の温もりを失ってしまったようだ。

 

「どうして…風華……風華……ふうか……ふう……か……」

 

──あなたの事が心配です。風邪……ひきますよ?──

 

──いきましょう、尚紀! ──

 

──風は実りを運んで華を咲かせるんですよ──

 

──人は愛されたいから生きているんです──

 

「あああああ……」

 

──すてきな人生をありがとう…尚紀――

 

「ああああああああああ……」

 

──うおおおおおおおぉぉぉ──ッッ!!!!! 

 

──あああああああぁぁぁ──ーッッ!!!!! 

 

………………。

 

神の家に導かれた悪魔は、運命によって絶望という名の神罰が下された。

 




読んで頂き、有難うございます。


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13話 旅立ちと苦難の始まり

オルガンの音色が教会に響く。

 

佐倉牧師と棺、それに喪主が礼拝堂に入場してきた。

 

葬儀参列者は、児童養護施設関係者や風華と縁のあった外国人信徒の方々が集まってくれた。

 

「イエスは言われた。わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです」

 

聖書の一節が佐倉牧師に朗読されていく。

 

賛美歌の斉唱が行われたあと、佐倉牧師の説教が始まった。

 

信徒であるシスター風実風華への弔辞・弔電が紹介され、オルガンの演奏と共に黙祷を捧げる。

 

「ぐすっ…ふう姉ちゃん…どうして…どうしてぇ……」

 

佐倉牧師が告別の祈りを捧げ、献花が始まっていく。

 

喪服姿の杏子が涙を零し、姉のように思えた人の遺体に生花を添える。

 

その手には、今となっては遺品となってしまった風華のリボンが握りしめられていた。

 

モモは幼すぎて風華が死んだ事が理解出来ず、葬儀には参列していない。

 

「……安らかに眠れ、風華」

 

尚紀は無表情のまま、風華の顔の横に生花を献花した。

 

最後に、遺族がいない風華の代わりに児童養護施設の職員が最後の挨拶を行い、葬儀は終わる。

 

火葬場に送られていく風華の棺を、尚紀は共についていくことはしなかったようだ。

 

「あれは外側の存在…。本当の風華の成れの果ては…俺のポケットの中にある」

 

グリーフシードが多くの人達の悲しみや慟哭の感情を吸収し、魔女に孵化しようとする。

 

「……こうするしか、ないよな」

 

彼は風華のグリーフシードを……飲み込んだ。

 

──俺の中で生き続けろ……風華。

 

────────────────────────────────

 

「ふ……風華ちゃん!?」

 

雪の降る日、風華の遺体を教会に持って帰った。

 

「俺…ガキだからさ…。こいつの遺体を…どうしてやったらいいか、分からない…」

 

「君は何も言わなくていい!!私が…私が全て手配する!自分を責めるんじゃない!!」

 

事件性があったため、警察への連絡や葬儀のための準備を佐倉牧師が進めてくれた。

 

「それで?遺体の第一発見者の君は…犯人らしき人物を見かけなかったと?」

 

「…ああ。俺が見つけた時には…この有様だったんだ……」

 

遺体の第一発見者として、警察から事情聴取が行われていく。

 

それでも、魔法少女に殺されたなどとは警察に話せるはずがない。

 

検察の検死で葬儀までには時間がかかってしまった。

 

風華の遺骨は、佐倉牧師の教会墓地にお墓が作られ収められることとなる。

 

「簡素な墓でも、風華がこの世界に生きた証としては十分だ…。お前を決して忘れない…」

 

その日から、彼にとっては空白とも言える一ヶ月の時間が流れていく。

 

教会の仕事も手がつかず、食事さえ行わずに毎日彼女の後ろに座り込む。

 

寒かろうが、雪が降ろうが、墓の後ろにただただ座り込み続けた。

 

守ることが出来なかった己の非力さと、運命を呪う事しか出来ない彼の姿があった。

 

「尚紀…ご飯食べないと……」

 

「………………」

 

「せめて、リンゴだけでも……」

 

「………………」

 

佐倉牧師の家族たちも、彼の哀れな姿をとても心配している。

 

空虚な毎日が過ぎていく。

 

彼は壊れたラジカセのように、一つの言葉を繰り返し続ける。

 

「チェンシー……」

 

あの時、風華を殺した者の名前。

 

その言葉を繰り返す度に、心に呪いの炎が吹き上げていく。

 

(このままで…終わらせるつもりはない。チェンシーともう1人の魔法少女を…必ず探し出す)

 

──生まれてきたことを…必ず後悔させてやる。

 

空白の一ヶ月は、復讐の業火となった牙を燃え上がらせる日々でしかなかった。

 

………………。

 

雪が降りしきる中、彼がいつもの席で座っている。

 

彼の元に歩いてきて、膝を折って座り込んだ人物は佐倉牧師。

 

「尚紀君……君のせいじゃない。そう自分を責めてはいけない」

 

佐倉牧師は彼を励まそうとしているが、その声は届かない。

 

(この少年の心は…あまりにも傷つき過ぎてしまった。風華ちゃんの事を愛していたのだろう…)

 

守れなかった自責の念と憎しみによって、闇の中へと誘われている。

 

(迷いし者を導くことこそが…私が牧師の道を目指したきっかけだ。この少年を救えずして、何が神の教えで人々の心を救うことが出来るのだ?)

 

聖書にある一節を口にし始める。

 

「求めよ、そうすれば、与えられるであろう」

 

「俺に…神の言葉を投げかけるな……」

 

父なる神が生み出した宇宙、そして宇宙を導く残酷な秩序。

 

その犠牲となったのが…1人の魔法少女。

 

「俺は…あんたに言われた道を見つけた…。でも、その道は閉ざされてしまった…」

 

流れ着いたこの世界で希望を持ち、魔法少女の運命を自分なら変えられると信じた。

 

「神の運命は…俺から大切な人を奪い続けるんだ……」

 

「そうか…。神の言葉では…君の心を救うことは出来ないか……」

 

自分を呪った神の言葉など、嘲笑いにしか聞こえない。

 

彼の魂の慟哭の言葉に、佐倉牧師も目頭を抑えて涙を零す。

 

(この少年の心には、神の言葉では足りない…。神の言葉とは違う何かが必要だ……)

 

何が必要なのかを、神の教えを説く牧師としてではなく……人間として考える。

 

(私自身が見つけなければならない。()()()()()()()()()()()

 

──求めよ、そうすれば、与えられるであろう。

 

両手で彼の肩を持つ。

 

「尚紀君、聞いて欲しい…。これは神の言葉ではない…私の言葉だ」

 

「……あんたの?」

 

「迷いというものは、ああなりたいという欲望から生まれる。それを捨てれば…問題はなくなる」

 

「欲望を……捨てる?」

 

「人は迷って当然だ。大切なことは、君が納得することだと思う」

 

「俺が納得すること……?」

 

「迷う自分を受け入れ、自分が本当に納得出来るものを…君自身が、見つけなければならない」

 

「俺自身が納得するもの…」

 

こんな自分でも、迷いを受け入れ納得する事が出来るものなのかと考え込む。

 

(…風華が死んだ時、あの子は何を俺に託した?)

 

あの子が守ろうとした、かけがえのない人達を守るために力を使ってくれと託した言葉が過る。

 

(俺は約束をしたが出来るのか?迷いを捨て去り、あいつと同じ道を生きる事が出来るのか?)

 

──出来る出来ないじゃない、約束したんだ。

 

(風華の考えや行為を理解し、認めて…あの子の意思を引き継ぐ…)

 

──それが俺の…納得なんじゃないのか? 

 

「人は迷った時にこそ、自分が本当に進みたい道が見える。君はもう一度道を見つけられるか?」

 

「…ああ、見つけてやるさ。見つけて…みせるとも」

 

墓から立ち上がる尚紀の姿。

 

その目にはもう、迷いは無かった。

 

「ありがとう、佐倉牧師。あんたの人間の言葉で…俺は迷いから晴れた」

 

「人間の言葉……?」

 

「俺の心を見つめてくれたのは、風華以外じゃあんただけだな」

 

「私が……君の心を見る?」

 

「あんたなら進めるさ…人々の心から、迷いをとり払える道を」

 

「私の道……」

 

首にぶら下がる十字架を強く握りしめる佐倉牧師の姿。

 

部屋に帰る彼の後ろ姿を見守り、自分の道について自分の心に問いかけ続けたようだ。

 

──人の心に目を向け、人間の言葉で人々の迷いを払う……か。

 

──私にも……出来るだろうか? 

 

──1人の人間である私の言葉で…みんなに救いを与えることが? 

 

────────────────────────────────

 

最後の起床を終えた彼は、自分の私物を纏めてカバンに入れる。

 

「この部屋を見るのも今日が最後か……」

 

用意して貰ったカバンを手に持ち、自分の家となった場所を後にする。

 

季節はもう3月の温かさが近づいてきていた頃だった。

 

「尚紀……本当に行っちゃうの?」

 

「なおきおにいたん…いかないでぇ…」

 

寂しそうな杏子とモモの頭を撫でてやる彼の姿。

 

「ふう姉ちゃんが死んだのに…尚紀までいなくなるなんて…」

 

「ぐすっ…ひっぐ…うぇぇぇぇ……ッ!」

 

「…来年の風華の一周忌には、また戻ってくるさ」

 

別れが名残惜しい杏子とモモの肩に手を置き、佐倉牧師にも最後の別れを伝える。

 

「君が見つけた道…それはきっと、苦難に満ちた道のりだろう」

 

「いいんだ…もう、決めたことだ。俺の道は……戦いの道になる」

 

魔女だけでなく、風華が守ろうとした()()()に危害を与えようとする魔法少女とも戦う。

 

報復の危険が常に付き纏う道になるだろう。

 

だから、佐倉牧師の家族達の元にいるわけにはいかない。

 

「君の人を救う道に祝福がある事を願う。私も……自分自身の道を探してみるよ」

 

「今まで世話になったな。本当にありがとう、佐倉牧師」

 

二人は固い握手を交わした後に、それぞれの道を歩む事となった。

 

風見野市から出ていく彼の姿も遠くに消えていく。

 

風見野市を魔女から守る存在は、この時点ではいなくなる。

 

だが程なくして()()()()と呼ばれる人間を守る魔法少女が現れてくれた。

 

そしてもう一人、彼がよく知る人物が魔法少女になる事は……今は分からない。

 

………………。

 

「俺にとっては第二の故郷と呼べる風見野市も…遠く過ぎ去ったか……」

 

写真立てに収められた、一枚の写真を取り出す。

 

風実風華、佐倉牧師、佐倉杏子、佐倉モモ、佐倉牧師の妻が写る大切な思い出。

 

「この出会いの思い出は…俺の永遠の宝になってくれるだろう」

 

カバンに写真を入れ戻し、向かう先に目を向ける。

 

「交わした約束を守る…。たしか約束と言えば、マサカドゥスをくれた()()とも約束があったな」

 

──東京の守護者となる約束を、俺は将門と交わしていたんだ。

 

交わした2つの約束。

 

だから、彼が向かう先は決まっていた。

 

歩く目の前には、懐かしい街が見えてくる……。

 

1人の人間である嘉嶋尚紀が生きた最初の故郷、東京の姿が眼前に広がっていった。

 

────────────────────────────────

 

「私が見つけた道は…苦難となるだろう。妻には泣かれてしまったが、それでも付いて行くと言ってくれる…私には過ぎた良妻だ」

 

己の新たなる道を進む覚悟を決めた佐倉牧師。

 

それでも、この道がどんな末路を家族に与えるかは分かっていた。

 

「子供達にとって……辛い日々が始まるだろうな」

 

礼拝堂には熱心なキリスト教の信徒たちが集まってくれた。

 

「私は…彼らに伝えなければならない。新しい時代を救うには、新しい信仰が必要なのだと」

 

自分の胸に身に着けた新しい信仰のシンボルを握りしめる。

 

「人間の心に、目を向けて欲しい…。私はそれを信じよう」

 

佐倉牧師は祭壇前の演説台に立ち、彼らに新しい教義を伝えた。

 

「皆さん聞いて下さい!私は気が付きました!」

 

「えっ…?」

 

「佐倉牧師は何を言ってるんだ…?」

 

「人々を救うには神の言葉だけでは足りないと!!」

 

礼拝堂がざわめいていく。

 

佐倉牧師は彼らの信仰を否定し始めた。

 

「人間の心に目を向けて欲しい! そして人間の言葉で語りかけるのです!神の言葉では、本当の人の救済は成し得ない!」

 

「馬鹿な!!お前は何を言っているのか分かっているのか!?」

 

一人の熱心な信徒の男性が佐倉牧師を非難する。

 

「お前は…我らの主イエス・キリストの言葉を否定するのか!?お前はそれでも牧師か!!」

 

「何という罪深い発言を…恥を知りなさい!!」

 

「これはイエスへの裏切り行為だ!!お前はイスカリオテのユダになろうというのか!?」

 

「これは立派な教団への背信行為ですよ佐倉牧師!!」

 

次々に佐倉牧師を罵倒する者たちが席を立ち上がり続ける。

 

「皆さん!自身の欲望を捨てて下さい!!そうすれば迷いは晴れるのです!!」

 

「黙れ!!人々を迷わせているのは貴様の方だ!!」

 

「裏切り者め!!もうお前はキリスト教徒として終わりを迎えたぞ!!」

 

 礼拝堂の扉の横では、震え上がっている佐倉牧師の妻と子供達の姿。

 

(家族達に慈悲を乞うしか無い。これが…私の進む!人々の救済への道!!)

 

――人間を救うのは神ではない!!

 

――人間なのです!!!

 

……………。

 

両手を大きく広げ、思いを皆に伝えたのだが…。

 

次々に席を立ち上がり、礼拝堂を出ていく信徒たち。

 

佐倉牧師の声に耳を傾け残ってくれた人は…誰もいなかった。

 

両膝に力が入らなくなり崩れてしまう。

 

「なぜ……人間の言葉では駄目なのだ?なぜ…神の言葉という伝統で無ければ、人々は受け入れてくれない?」

 

──神は決して、人間に手を差し伸べてはくれなかったではないか。

 

──人間に手を差し伸べる事が出来るのは、人間だけだとなぜ気が付かない? 

 

──何故なんだ!? 

 

──なぜ……? 

 

………………。

 

程なくして、佐倉牧師は所属していた教会団体を破門される事となった。

 

教会にある信仰の象徴である祭壇と十字架も取り除かれてしまった。

 

残ったのは、虚しい説教を行うだけの演説台だけ。

 

「もうこれから家族は…教団からの支援は一切受けられない……」

 

自分たちの力だけで道を切り開いていくしかない苦難の人生が始まる。

 

飢餓地獄と同じ程の苦しみが家族に待っていることは…佐倉牧師も気がついていた。

 




読んで頂き、有難うございます。


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第1部 2章 交わした約束
14話 魔法少女の虐殺者


 東京都江東区の倉庫街。

 

 とある倉庫の二階をガレージ事務所にしている私立探偵事務所が存在している。

 

 事務所名は聖探偵事務所。

 

 倉庫部分には事務所の社用車として使われる業務用パネルバンと、所員の自家用車が並ぶ。

 

 2階事務所内は改装されており、白黒のタイル床に赤レンガ風の壁、天井からはペンダントライトが垂れ下がり照明を灯す。

 

 奥には所長の大きなモダン机と椅子が置かれ、その前の左右に所員の机と椅子が並んでいた。

 

 所長の趣味なのか、アメリカンインテリアが数多く飾られておりカジュアルな雰囲気。

 

 今、黒いトレンチコートを着た男が事務所の階段を登っていく。

 

 その人物とは、風見野市から旅立った嘉嶋尚紀であった。

 

「おう、尚紀。依頼人の金銭トラブルの調査はどうだった?」

 

「金を貸した相手の知人を吐かせた。相手の寝泊まり先を掴んだ情報は依頼人に渡してある。後は弁護士の仕事だ」

 

「おつかれさん。コーヒー飲むか?」

 

「……ああ」

 

 尚紀に話しかけてきたのは、この探偵事務所の所長であり探偵だ。

 

 名前は聖 丈二(ひじりじょうじ)であり、年齢は37歳。

 

 元警視庁刑事部捜査第一課に務めていた元刑事だった人物であり、とある理由で独立して私立探偵事務所を立ち上げた。

 

「だいぶ探偵見習いとして板についてきたな……それでこそ投資をした甲斐があった。あの出会いに感謝だな」

 

「……あれからもう随分立つな」

 

 淹れてもらったコーヒーを飲みながら、尚紀は当時のことを思い出す。

 

 東京に戻って来てから暫くホームレスと変わらない生活をして日銭を稼いでいた日々。

 

 そんなある日、魔法少女絡みの行方不明事件の依頼を受けて調査中の丈二と出会った。

 

 自分を嗅ぎ回る丈二に対し、魔法少女が襲っていた場所に出くわし彼が丈二を救った。

 

「あんた、若いのに凄い実力だな? 助けてくれた恩もある……うちで働かないか?」

 

 聞けば、事務所を立ち上げた時にいた探偵の一人を不幸な事件で亡くしたばかりだったそうだ。

 

「……俺は探偵の知識も資格も無ければ、戸籍すら持たないんだ……。他を当たってくれ」

 

「この国の探偵業は欧米とは違い、資格制度ではないんだが……事情があるんだろうが、戸籍すら無いというのは不味い。せめて運転免許証ぐらいは必要だしな」

 

「そういう訳だ。他を当たってくれ」

 

「詳しい事情は踏み込まないが、何よりお前の未来のためにも戸籍が必要だろう? もし、うちに雇われるつもりなら……俺が戸籍について助け舟を出してやろう」

 

「何か宛があるのか?」

 

「昔の刑事時代に知った杵柄を使うことにする。東京には伝説のニンベン師がいるんだ」

 

「ニンベン師か……。俺も偽造屋を探そうとしたんだが……ネットでは見つからなかった」

 

「違法業者だからそれは仕方ない。俺の知っているニンベン師は複数人のカットアウト(遮断装置の意)を使い、依頼人とニンベン師との関連がもれないようリスクヘッジを行うぐらいだ」

 

「偽造屋と関わった人物は、相手の事が何も分からないよう工夫をしてるわけなんだな」

 

「腕前は確かだ。プロでも本物と見分けがつかないものを用意してくれるぜ。依頼を受けたら相手が誰であろうが必要な公的証書を偽造してくれる」

 

「……安くはないんだろ?」

 

「まぁな。だが、俺を救ってくれた恩人だ。お前の力を見込んで金を出してやる、どうだ?」

 

「……あんたの世話に()()()()なんてな」

 

「また?」

 

「いや、何でも無い。俺でもやれる探偵業ならば……その申し出を受けさせてもらう」

 

「交渉成立だな。偽造屋と必要な戸籍情報のやり取りもある……お前はどんな日本人になりたい?」

 

「嘉嶋尚紀という名前の日本人。17歳の未成年でしかない俺では社会生活上の契約が出来ないし……そうだな、3歳ぐらい年齢を偽って20歳の成人男性にして欲しい」

 

 用意された偽造戸籍によって、尚紀は日本人であることを書類上証明出来るようになる。

 

 それ以来、この聖探偵事務所の世話になっているようだった。

 

「仕事で必要な普通自動車の運転免許証も投資をしてやろう。それに、これは俺の探偵的コダワリなんだが、お前の背丈に合うトレンチコートも必要だろうな」

 

「何から何まで……悪いな、丈二」

 

「投資をした分ガッポリ稼ぐ。お前の働きに期待するぜ、尚紀」

 

「ああ……。失望させないよう努力させて貰う」

 

 こうして、探偵見習いとして丈二から知識や技能を学びつつ、探偵業法の勉強生活を送っていた。

 

 ────────────────────────────────

 

 コーヒーを飲み干し、トレンチコートを事務所のコートハンガーに掛け自分の椅子に座り込む。

 

 ポケットからタバコを取り出し、咥えたタバコに右手の人差し指と中指から小さな火を灯す。

 

 タバコの煙の紫煙が事務所を舞うが、換気扇と空気清浄機によって煙は直ぐに感じなくなった。

 

「相変わらず見事なマジックだな尚紀。俺も出来るようになりたいよ」

 

「これは教えられるマジックじゃないんだ。俺が出来るようになりたいのは老け顔だ」

 

「お前の戸籍上の年齢は21歳でも、顔つきはまだまだ高校生だしなぁ。タバコを買う時も苦労するだろう」

 

「飲み屋でもそうだが、一々運転免許証の提示が必要なのも面倒くさいしな」

 

(そもそも、悪魔の俺が人間のように年齢を重ねる事が出来るのか……?)

 

 タバコを吸いながら、丈二の後ろ姿を見つめる。

 

(それにしても……。また聖丈二と出会う事になるとは、かつての世界でも思わなかったよ)

 

 尚紀は、かつてあった世界に生きていた聖丈二という人物のことを思い出していく。

 

 オカルト雑誌の記者として生き、コトワリの神となる氷川という男を追っていた。

 

 そして東京受胎に巻き込まれてからは、二人は協力関係を築いて旅をした関係性があった。

 

(だが……丈二は変わり果てた。世界の深層と繋がり世界の情報や巨大な力を引き出せる()()()()()()を使い続けて……創世を目論む一人として変貌してしまった)

 

【アマラ転輪鼓】

 

 通称アマラ車と呼ばれ、表面に文様を刻んだ円筒状の物体。

 

 チベット等で見かけられる経文を内に巻いたり表に刻み回転させて鳴らすマニ車と酷似する。

 

 素養を持つ者が扱えば、世界の情報や巨大な力を引き出し利用する事が出来た。

 

 また世界の深層に繋がっており、ターミナルとして利用すれば、数々の並行世界にさえ移動する事も出来る程の呪的道具であった。

 

(丈二は……コトワリの神を目指す勇によって生贄にされ目の前で殺されてしまった……。それが俺の知るボルテクス界で死んだ聖丈二の末路だが……アマラ深界で、俺は丈二の真実を見た)

 

 ──―聖丈二と呼ばれた存在は、大いなる神に運命を弄ばれた存在。

 

 ──―背負わされた業罪ゆえに、転生の形さえ奪われた者。

 

 ──―終わりの無い償いの苦しみを背負わされた存在。

 

 ──―この者に課されたのは、世界に起きる全てを見届けなければならない罰。

 

 ──―あらゆる時代、世界の天秤を、その傾きを記すことを使命づけられた。

 

 ──―救われぬ魂を持つ悪魔の如く、呪われた永遠の命で過ごすしか無い。

 

 ──―不幸な事に、その呪われた運命を与えられた記憶すら持つことは許されない。

 

 ──―見よ、そして記すのだ……世界の流れを。

 

 ──―法と混沌の、終わり無き戦いを余さず記すために。

 

 ………………。

 

(聖丈二はかつてあった世界で死に、この世界に転生した……。ならば、この世界で丈二は何を見届ける? 光と闇の戦いをもたらす可能性が……この世界にはあるのか?)

 

 考え事をしていたらタバコが燃え尽きてしまっていた。

 

 灰皿で揉み消して溜息をつく。

 

「考えても仕方がないことだな……。この世界でまた丈二と出会ったことには必ず意味がある」

 

 ──―それを静かに、見極めていくよ。

 

 ────────────────────────────────

 

「あら? 帰ったの尚紀。おかえりなさい」

 

「おい瑠偉、いつまでトイレでメイクしてたんだよ」

 

「あら所長? 女は顔で勝負をするんですから、メイクは時間をかけて当然です」

 

 尚紀は瑠偉と呼ばれた女性に振り返る。

 

 間桐瑠偉(マトウルイ)と呼ばれる女性であり、年齢は23歳。

 

 ブロンドロングウェーブの髪が美しい聖探偵事務所で事務員を務める看板娘。

 

 スリット入りミニ丈スカートに黒ガーターベルトの下半身に黒いピンストライプスーツを着た派手な女性事務員である。

 

 右目に赤いカラーコンタクトを入れているのか、真紅の瞳。

 

 スーツの下襟には『白銀の山羊』のピンバッチがつけられていた。

 

(物腰は柔らかい奴なんだがな……人を誘惑したりからかったりして反応を楽しんだりする小悪魔女なのがたまに傷だ。そもそも、なんで金持ち女がこんな事務所で事務員をしている?)

 

 一階のガレージには、瑠偉の車である白いポルシェ918スパイダーが駐車されていた。

 

 そして瑠偉には、もう一つの秘密がある。

 

(まぁいい。こんな奴でも……俺の()()()()()()のバックアップを手伝ってくれる頼れる相棒だ。警察無線の傍受やネットやSNSの魔法少女と思しき犯行予告などの情報を提供してくれる)

 

 なぜ自分に協力するのか聞いたことがあったが、曖昧な返事でからかうばかり。

 

(魔法少女が嫌いだという理由だけは教えて貰えたが……要領を得ない奴だよ。それだけで魔法少女の殺戮に対し、顔色一つ変えずに協力をしてくれる)

 

 全てにおいて謎の女。

 

(ただ、俺は何処かでこの女と出会ったことがあるような……? ただのデジャブかもしれないがな)

 

「さて、今日の仕事はここまでだ。飲みに行こうぜ」

 

「またかよ? 肝臓壊しても知らねーぞ」

 

「あら、いいですね~♪ 所長の奢りですよ」

 

「おいおい~、瑠偉は厳しいねー? 割り勘でいこうや」

 

「女にお金を出させるですかぁ? 所長のちょっといいとこ見たいですねー?」

 

 聖探偵事務所からそう離れてない場所のアメリカンBARに飲みに行く事となったようだ。

 

 丈二がベージュ色のトレンチコートと色を合わせの中折ハットを身に纏い、事務所を出ていく。

 

 尚紀も自分のコートを着て瑠偉と共に彼の後に続いた。

 

 二人の後ろを歩く形になる彼が……ふと冬空を見上げる。

 

「……愛した人のいない未来を今、俺は生きている」

 

(彼女の意思を継ぎ、彼女が守ろうとしたかけがえのない存在を守り抜くために選んだ道)

 

(東京でその道を生きる俺の姿は……)

 

 ──―魔法少女の虐殺者そのものとなってしまったよ。

 

 ────────────────────────────────

 

 東京の夜。

 

 ネオン渦巻く繁華街の路地裏へと若者達に連れて行かれる、1人の少女。

 

 その手には万札が数枚握られていた。

 

 路地裏先の開けた隙間エリアには、1人の少女を囲む少年少女のグループ。

 

 このお金はこの少女が援助交際をさせられて手に入れた金であり、今日はその集金日。

 

「援交で稼いだ金を出せよ」

 

 少女は黙ってグループに売上を提供した。

 

「チッ……湿気てやがるな。サボってんじゃねーのかぁ?」

 

「おいさくら、お前こんだけしか稼げてないって舐めてんの?」

 

「そうよさくら、どうせなら間抜けなオッサン共から財布ごと盗んできたらいいじゃん」

 

「お前は未成年のガキなんだから、お巡りに捕まっても少年法とかいうので守られてるからいいんだよ~何やっても」

 

 年頃はまだ中学生だと思われるさくらと呼ばれた少女は俯いたまま、何も喋ろうとはしない。

 

 これだけの理不尽をされても言われるがまま。

 

「もうさー、パパ活みたいなキモいおっさんの遊びに付き合ってやるより、稼げる方法やるっきゃないよねー?」

 

「そうそう、売春ってやつ」

 

「お前彼氏とかいないんだろ? そろそろ女になる経験したっていいんじゃね?」

 

「まぁ、初めての相手は~~お前のガキの体に欲情する変態オッサンだけどなぁ♪」

 

 少女を嘲笑い、玩具にして弄ぶ少年少女たち。

 

 他人の体がいくら傷ついても、他人の心の尊厳をどれだけ踏みにじっても心も痛くない連中。

 

 全ては自分さえ良ければそれでいいだけの傲慢で強欲な若者たち。

 

 この東京では珍しい存在ではなかった。

 

「ふっ……ふふふ……あははは…………」

 

 俯いた表情のさくらは、何がおかしいのか気が触れたように笑い出す。

 

「あんた達さぁ……いつまでも私を玩具にしてられると思わないことだよ」

 

「あ? テメーなんだその口の聞き方は? あぁ!?」

 

 少年の一人がさくらの胸ぐらを掴み上げて持ち上げる。

 

 さくらは自分を掴む少年の手を、右手で握りしめた。

 

「ぎゃあああああああああああ!!!!」

 

 肉と骨を潰す嫌な音が響く。

 

 少年の右手首は握り潰され、肉が裂けて血が吹き出す。

 

 ありえない光景に対し、周りの少年少女達は何が起こったのかも分からず、呆然としていた。

 

「私さぁ……力を手に入れたんだ。あんた達に復讐してもお釣りがくるぐらいの力をさぁ……」

 

 さくらは左手を構える。

 

 ソウルジェムが出現し、まばゆい光が出た瞬間だった。

 

「ヒィィィ────ッッ!!!?」

 

 手首を握り潰された少年の首が宙を舞う。

 

 流血が切断された首から噴き上がり、倒れた少年の体は痙攣したままだ。

 

「な……なんだよお前……なんだよそのコスプレみたいな姿は!?」

 

「あんた……何したの? 何したって言ってんだよおい!?」

 

 魔法のマチェーテをクルクルと回転させ、邪悪な笑みを浮かべる魔法少女。

 

 返り血を浴びた表情は、晴れやかで清々しい表情。

 

「もっと早くキュウべぇと出会いたかったなぁ……そうすれば……」

 

 横にいた少女の首が飛ぶ。

 

「お前達に復讐出来たんだよぉぉぉ!!!!」

 

 次々に少年少女グループを襲い始める魔法少女と呼ばれる存在。

 

 悲鳴を上げながら逃げようとする子供達を次から次に斬り捨て、体を両断していく。

 

 おびただしい血と撒き散らされた臓腑の海。

 

 返り血塗れの自分に対し、心底愉快な表情で殺しを楽しむ魔法少女の姿。

 

 彼女が稼いだ援助交際のお金が血の海に転がっている。

 

「アハハハハハ!!! 魔法少女最っ高だよねぇぇぇ!! 私が稼いだ金はくれてやるよ~、生命の代金にしちゃしみったれた汚い金だけどね~~♪」

 

 愉悦に満ちた表情で満足気にはしゃぐ。

 

「これで復讐は果たし終えたけど……まだ足りない! もっとこういう連中の悲鳴が聞きたい!! 私と同じような子を助けてあげたい!」

 

 壊れた正義の妄想世界にどっぷりと浸かりこみ、独善と私刑を心から楽しみたい魔法少女。

 

 ──―魔法少女は()()()()()だから!! アハハハハハ!!! 

 

 魔法少女に刃向かえる人間などこの世にはいない。

 

 もし魔法少女に襲われたならば、今この場に転がる無数の死骸と同じ末路になるだけだ。

 

 魔法少女の力とは、そういう力にもなりうる。

 

「さぁ、正義の変身ヒロインになった私の活躍が待っている先は~~……」

 

 不意に路地裏を照らしていた街灯が明滅する。

 

 灯りが消えて灯りがまた灯った時、さくらの背後には黒衣の男の姿。

 

「えっ……?」

 

 頑丈な黒いエンジニアブーツ、破れにくいバイク用の黒い革パンを纏う下半身。

 

 上半身はパーカーフードがついたウィザードローブの黒いジャケットコートを纏う。

 

 黒いパーカーを頭部に被る奥には、金色の瞳が輝く。

 

 背後に感じたこともない程の恐ろしい魔力と殺気を感じたさくらが振り向くが……。

 

「……お前のような魔法少女は、人間社会は必要としない」

 

 パーカーが首裏の角によって跳ね上げられ、悪魔の素顔を晒す。

 

 鈍化した世界、魔力の光剣がさくらに振り下ろされる。

 

「あっ……?」

 

 さくらの体は、頭から下まで唐竹割りによってソウルジェムごと両断された。

 

 返り血が悪魔の顔と体に飛び散り、漆黒の服が返り血の色を闇で覆う。

 

 悪魔は炎の魔法を使い、魔法少女の死体を燃やす。

 

 死体が残ってしまった場合は、死体を焼却して証拠を隠滅してきたようだ。

 

「………………」

 

 罪人を焼く地獄の業火の如き炎に焼かれる魔法少女の骸を、悪魔は静かに見つめ続けた。

 

 ビル風が彼の背中を吹き抜ける。

 

 かつて愛した女性が背中に触れたような気がしたが、無言のまま。

 

 ここまでしなくても『説得』する事が出来たのではないか? と……風は悪魔を戒めた。

 

「俺は……人間を殺す罪を犯す魔法少女を……決して許しはしない」

 

 世界の優しさなど、悪魔は信じていなかった。

 

 警察のパトカーの音が近づいてくる。

 

 焼き尽くした骸から踵を返し、ビルの上に跳躍してその場から悪魔は去っていった。

 

 ────────────────────────────────

 

 事件現場には、警察が残したキープアウト(立入禁止)の黄色いテープ。

 

 路地裏に1人の男が歩いてきた。

 

 葬式などで使われる白い花束を持った人物は、聖探偵事務所で働く尚紀の姿。

 

 黄色いテープをめくり上げて事件現場に入り込む。

 

 遺体が転がっていた場所には、人間の白い線が無数に残されている。

 

 白い人間の線に花束を置いてから、そっと事件現場から去っていった。

 

「死んだ人間は全員人間のクズ共だろう……それでも、こんな死に方は人間の死に方ではない。生きていれば、人間の法によって裁かれ更生する道もあったかもしれない……それを魔法少女が奪った」

 

 ──―魔法少女はそれを、正義だと言った。

 

「正義の味方気取りで魔法の力を使い、人間が理不尽に殺される社会が……ここにある」

 

 この花束は、魔法少女という絶対者に踏み潰された人間たちに送る……。

 

 彼なりの手向けであった。

 

 ………………。

 

 東京の暗闇の中を生きる悪魔がいた。

 

 探偵として生きながらも、東京の魔法少女社会と深く関わっていた。

 

 人間社会を脅かす、悪に堕ちた魔法少女を殺戮する者。

 

 東京の街で暗躍し、日々人間に危害を与えて殺す魔法少女の元に現れては殺害を繰り返す。

 

 魔女と戦う魔法少女には手を出さず、その使命から逸脱した存在を敵として狙う。

 

 東京の魔法少女たちが見向きもしないだろう使い魔を狩ることも生業としていた。

 

 魔法少女の使命である魔女との戦いや縄張り争いには不可侵を貫く立場。

 

 魔法少女社会問題では終わらない、無関係な人間を巻き込む案件を魔法少女に代わり処理する者。

 

 東京の守護者を貫く、嘉嶋尚紀の物語が今……始まる。

 




読んで頂き、有難うございます。


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15話 魔都

 2017年。

 

 東京と呼ばれる都市は日本の首都であり、もっとも人間が集まる政治経済の中心地。

 

 富と繁栄、そして娯楽を求めて人はこの街に集まる。

 

 だが、光が眩しければ影もまた一層濃くなっていく。

 

 人の繋がりが沢山ある場所というものは、悪くなろうと思えば、いくらでも悪くなれる環境。

 

 集団心理が働けば、悪いことだと思っていても周りがやるのだからと歯止めが効かなくなる。

 

 どこまでも、社会悪の世界に堕ちる事が出来てしまう街であった。

 

 ネオン渦巻く池袋の歓楽街。

 

 居酒屋・飲食店・カラオケやゲームセンター等の表通りの娯楽施設。

 

 夜の繁華街としてはキャバクラ・ガールズバー・風俗店・ラブホテルなどの裏通りもある。

 

 居酒屋の表の呼び込みもあれば、キャバクラや風俗店の黒服キャッチの裏の呼び込みもある。

 

 表通りでは居酒屋の酔っぱらい達による喧騒が起き、路上喧嘩を見物人の若者達が撮影してSNSに投稿しては人間を玩具にする。

 

 また若い女性をアダルトな仕事にスカウトする人間や強引な勧誘、募金詐欺なども見かけられた。

 

 裏通りではJKリフレといったJKビジネスの女子高生がビラを配り、浮かれた年配の人間を獲物にして利益を得る。

 

 ぼったくりバーの被害やキャバクラで散財して路頭に迷う人間、犯罪事件や自殺事件も多い。

 

 池袋にはチャイナタウンも存在しており、中国人やアジア系の人間も多く、そこで活動する半グレ組織も存在する。

 

 社会の外国人への仕打ちに怒りを覚えた人間達が、窃盗・詐欺・ドラッグ・殺人に溺れていく。

 

 夜の光が瞬き輝く場所は、多くの人間が抱える心の闇という影を照らし、人間を残酷な生き物へと変えてしまう。

 

 そんな街で今、一人の魔法少女が誕生しようとしていた。

 

 ────────────────────────────────

 

「契約は成立だよ、陽菜(ひな)」

 

「これが……私のソウルジェムですか、キュウべぇ?」

 

「君の願いは叶えられた。きっと君ならこの街に巣食う人間の悪意を止めることが出来る」

 

「私……この街が優しい街になって欲しいです。人間の明るい未来のために私、頑張りますね」

 

 ラブホテル街の裏路地を超えた先にある小さな空き地において、1人の魔法少女が生まれた。

 

 友達が援助交際をしているという噂を聞きつけ、彼女を止めるためにこの街に来たようだ。

 

 年配の男とラブホテルに入ろうとする友達を見つけて止めようとしたが喧嘩になり、年配の男に突き飛ばされる。

 

 友達が男とホテルに入っていくのに対し、彼女は呆然とすることしか出来なかった。

 

 そんな時にキュウべぇと陽菜は出会った。

 

「どんな願いでも1つだけ……叶えてくれるんですね」

 

「勿論、君はどんな願いで魂を輝かせるんだい?」

 

「私は……友達を心の悪意から救いたい」

 

「契約は成立だ。早く君の友達のところに行ってあげるといい、願いは叶えられたよ」

 

 指示通りに向かえば、友達が泣きながらホテルから逃げ出して来たのを確認してホッとする。

 

 陽菜はホテル街のビル屋上でこの池袋を見つめていた。

 

「きっと、私たち魔法少女なら……この街を優しい街に変えられますよね……」

 

 不意に魔力をソウルジェムで感じ取る。

 

<<よぉ、ルーキー。魔法少女の世界にようこそ>>

 

 いつの間にか彼女は、池袋を中心に活動をしている魔法少女グループに囲まれていた。

 

 ────────────────────────────────

 

「あなた達は……この街の魔法少女なのですか?」

 

「そうだよ、あたしがリーダーやってる」

 

 黒衣の魔法少女が陽菜の前に威圧的に歩いてくる。

 

「私、この街を魔女から守って……少しでも人間達を救いたいんです! よろしくお願いします!」

 

 陽菜の純真な笑顔を見て、グループの魔法少女達は爆笑しながら陽菜を嘲笑う。

 

「あー、そういう()()()()でさ、あたしら魔法少女やってんじゃねーの。分かる?」

 

 汚物を見るような嫌そうな目つき。

 

 リーダーの魔法少女が陽菜を睨みつけた。

 

「じゃあ……あなた達はなんのために……私のところに来たんですか?」

 

「あたしらの要求は簡単。お前、あたしらの舎弟として手駒になれ」

 

 言っている意味が分からず、陽菜はただ震えていた。

 

(この人達から……この街と同じ人間の闇を感じる……!)

 

「グリーフシードはお前が集める係な? あたしらは魔法使った娯楽生活が忙しくてさぁ、魔女狩りなんてやってらんねーし」

 

「魔法で娯楽って……? 魔法少女は人間の敵の魔女と戦う存在です! その力を私利私欲に使うんですか!?」

 

「五月蝿いねー、イエスかノーかの返事でいいからさぁ、聞かせろよ」

 

「そんなの……ノーに決まってます! 魔法少女の魔法は、人間を守るために使うべきです!」

 

 その言葉を聞いて、グループの魔法少女達の笑顔が消えた。

 

 次の瞬間。

 

「ゴフッ!!?」

 

 魔法少女の一撃がみぞおちに入り、痛覚麻痺していようが激しい痛みと呼吸困難に陥る。

 

「お前みたいな()()()ばっかいう魔法少女が一番ムカつくんだよ!!」

 

「あたしらが自分の魔法を何に使うかなんて、あたしらの自由だろうが!! アァーッ!?」

 

 蹲り倒れ込む相手に対し、さらに違う魔法少女が蹴り飛ばす。

 

 倒れ込んだ陽菜に次々とグループメンバー達が蹴りを入れていく。

 

「何がこの街の人間を救うだ! そんなことしたら魔女の餌が無くなっちまうだろうがぁ!!」

 

「私ら魔女食って生きてんだよ! 人間はあたしらを生かす餌でしかねーんだコラァ!!」

 

 袋叩きにされ血塗れなっていく。

 

(どうして……? どうして私が……こんな目に合わなければならないの……?)

 

 ──―魔法少女は……正義の味方じゃないの? 

 

(私……変身ヒロインみたいな魔法少女に憧れていた部分があったから……契約したのに……)

 

(どうして……人間を救うために契約した私が……他の人間にこんな目に合わせられるの……?)

 

「こんなの嫌……こんなの嫌ぁ……!! 助けて……誰か助けて……!!」

 

 薄れゆく意識の中、陽菜は目の前にいつの間にか佇んでいたキュウべぇを目にする。

 

「助けて……助けてキュウべぇ! お願い……私はこんな目に合うために契約したんじゃない!!」

 

「………………」

 

 哀願する陽菜を目にしても、キュウべぇは何も答えず彼女を静かに見つめているだけ。

 

「サンドバックも飽きてきたし、終いかな? グッバーイ、世間知らずの魔法少女さん♪」

 

 陽菜の頭部に鈍い音が響き、返り血が飛び散った。

 

 黒衣の魔法少女が使う魔法の斧が振り下ろされたからだ。

 

 彼女の頭がスイカみたいに割れてしまい、頭部が裂けた状態で痙攣する陽菜の体。

 

 意識が途絶えた彼女の体が死を受け入れ、ソウルジェムが濁りきり魔女と化した。

 

「……まぁ、あまり才能が無い子だったし。早めに感情エネルギーが回収出来てよかったよ」

 

 ────────────────────────────────

 

 気怠い顔をしながら魔法少女グループが魔女結界から出てくる。

 

 リーダーの黒衣の魔法少女が陽菜のグリーフシードを拾い、魔力を回復させようとするが。

 

「ちょっと待てよ! 私が一番働いたろうが! 魔力を回復させるのは私が先だろ!!」

 

「あ? お前はただ走り回って魔女の注意引いてただけだろうが? トドメの魔法を使ったあたしが魔力使ってんだよ」

 

「私が囮になったから傷が一番ついたんだろうが!! 寄越せよそれ!!」

 

「ちょっと待ってよ! リーダーの魔法の巻き添えで、こっちも怪我したんだけど! 使わせなさいよそれ!!」

 

 彼女達に仲間意識など無い。

 

 群れた方が魔女を狩る効率が良い、縄張り争いも数で攻めたいからというだけで群れているだけ。

 

 自分さえ良ければそれでいい、群れの誰が死んでも取り分が増えて幸運だと考えるエゴイスト達。

 

 そんな魔法少女グループで埋め尽くされた街なのが、この東京。

 

「やれやれ、実に利己的で人間らしいね。僕は魔女を生み出して感情エネルギーが回収できればそれで良いんだけどね」

 

 キュウべぇは彼女たちの喧騒を尻目に、その場から消えていく。

 

 人の繋がりが沢山持てる場所は、悪くなろうと思えばいくらでも悪くなれる環境。

 

 集団心理が働けば、悪いことだと思っていても周りがやってるのだからと歯止めが効かなくなる。

 

 どこまでも、悪の世界に堕ちる事が出来てしまう街。

 

 ここは、人間の守護者無き混沌の街……東京。

 

 魔法少女の欲望渦巻く()()に、人間の守護者が現れる日は……そう遠くはなかった。

 

 ────────────────────────────────

 

 池袋のシャッターが閉められた閉鎖的な路地裏。

 

 一本道の通りでは、黒衣の悪魔と一人の少女が睨み合う。

 

「よくも……よくも翼を殺したわね! 私の大切な魔法少女パートナーだったのに!!」

 

 魔法少女と思しき少女は、黒衣の悪魔に罵声を浴びせた。

 

「あの女は魔法を使って人間を殺戮した殺人鬼だ」

 

 黒衣の悪魔は無表情のまま、少女を睨みつける。

 

「それが何だっての!? 翼は旦那の男に酷い目に合わされて……可愛い赤ちゃんまで殺されたのに!!」

 

 社会の理不尽な仕打ち……それが一人の魔法少女を狂気に駆り立てた。

 

「男なんて……みんな私が翼に代わって殺してやる! 魔法少女を受け入れる優しさを持って良いのは……魔法少女だけで十分なんだから!!」

 

 人間の敵を殺す時の静かなる殺意を灯す金色の瞳。

 

 その右手の武器は、獲物の僅かな隙さえ見逃さない。

 

 魔法少女は左手にソウルジェムを出現させて変身。

 

 まばゆい光が辺りを包み、彼女は魔法少女に変身するのだが……。

 

「……俺を相手に、わざわざ隙だらけの変身シーンをお見せする大馬鹿野郎が」

 

 変身を終えた首から上が……存在していない。

 

 地面に転がった生首、体の首から流血が噴き出し、地面に倒れ伏す。

 

 悪魔の右手は光剣が握りしめられていた。

 

「悪魔との戦いは隙を見せた者が死の代償を払う。地獄に堕ちた先の悪魔共相手に覚えておけ」

 

 ソウルジェムが死を受け入れ、魔女として孵化する前に炎の魔法で死体ごと焼き尽くす。

 

 灰さえ残らず燃え尽きたのを確認していた時……。

 

「どうやら……見物人共がいたようだ」

 

 ビルの上にいる連中を睨んだ後、踵を返し去っていく。

 

 ビルの上から見物していたのは、池袋を中心に活動をしている魔法少女グループ。

 

「あれが……魔法少女の殺戮者」

 

 リーダーの黒衣の魔法少女は冷や汗を顔に垂らす。

 

「魔法少女に変身する一瞬の隙で殺すだなんて……あいつ化け物かよ!?」

 

「そもそもあいつは何なの!? 魔法少女でも魔女でもない! 人の姿をしたあの怪物は!!」

 

 悪魔の存在と力に対し恐怖するメンバー達。

 

「狼狽えるんじゃねーよ! あいつを始末しないと……東京の魔法少女たちの明日の身は……」

 

 ──―さっき見た通りになるんだろうよ。

 

 黒衣の魔法少女は認めた。

 

 あの悪魔は……東京の魔法少女達の力を結集し、始末しなければならない程の死神であることを。

 

 ────────────────────────────────

 

 真夜中の渋谷、スクランブル交差点。

 

 4面大型エキシビジョンが並び、夜であっても眠らないネオンと人が交差する場所。

 

 人の流れが行き交う場所から離れた場所には代々木公園という大きな公園があった。

 

 その場所に向けて、黒い影が疾風の如く跳躍して舞い降りる。

 

「平日の真夜中だし、散歩する人間の姿も見かけない……不気味なほど静かだな」

 

 街灯の僅かな灯りと闇に覆われた空間で叫び声が木霊した。

 

「あっちか……!」

 

 叫び声に向けて風のように駆け抜ける。

 

「感じる……この無数の魔力反応は……魔法少女共か。……恐らく罠だな」

 

 灯りがひときわ強い公園の街灯の下に、1人の女性が鎖で繋がれている。

 

「た……助けてください!!」

 

 女性を助けようと一歩前に踏み出した瞬間、女性の頭に魔法の鉛弾が当たり弾け飛ぶ。

 

「くっ!! 誰だぁ!!?」

 

 鮮血に染まる街灯と路面……悪魔は叫び周りを見渡す。

 

 魔法の銃から硝煙を上らせて歩いてくる魔法少女の姿。

 

 その背後からも沢山の魔法少女たちが続いて歩いてきた。

 

 後ろからも、左右からも、続々と魔法少女たちが現れてくる。

 

 悪魔は完全に東京の魔法少女たちに囲まれてしまったようだ。

 

「……誘い込みか」

 

「よう、殺戮者。まんまと罠にかかってくれたようだねぇ?」

 

 斧の柄につけられた鎖を片手で振り回す、威圧的な池袋の魔法少女リーダー。

 

 彼女が号令を出し、東京の魔法少女たちに集合をかけたようだ。

 

「商売敵のこいつらかき集めるのに苦労したけど、キュウべぇが手伝ってくれて助かったなぁ」

 

「……俺の危険性でも煽ってかき集めたか」

 

(数は40人か……。東京の魔法少女の数で言えば3分の1程度……いいだろう、やってやる)

 

「他の危機感の無い糞共はこの際どうでもいい。ここに集まった連中はなぁ、魔法少女を1年以上東京で続けてきたベテラン達だからねぇ」

 

「お前も年貢の納め時だよね? 男が魔法少女社会にしゃしゃり出てくるからこんな目に合うんだ」

 

「……言いたいことは、それだけか?」

 

 黒衣を掴み、脱ぎ捨てる。

 

 顔と上半身の入れ墨が怪しく光り輝き、血に飢えた悪魔の目が睨む。

 

 ──―全員生きては返さない……俺に出会った不幸を呪え。

 

「ほ……ほざいてんじゃねーぞ糞野郎がぁ! 男が魔法少女に勝てると思うなよ!!」

 

 睨み合う悪魔と、悪魔の如き魔法少女達が今……血煙舞う風となり戦いが始まった。

 

 ────────────────────────────────

 

 渋谷のスクランブル交差点。

 

 4面大型エキシビジョンからは、海外ミュージシャンの新曲プロモーションビデオ映像。

 

 悪魔と十字路で契約し、俺は自分の音楽と出会ったと言うミュージシャンの曲。

 

 想像と破壊衝動の感情を刺激するサウンド。

 

Open your emotions.(感情を開放しろ)

 

 最初の二人を魔法の武器を低い姿勢で掻い潜る。

 

 左右から光剣を放出し、胴体を切り落とし、次の相手の武器を低い姿勢で回転して通り抜ける。

 

「死に晒せぇぶるっ!?」

 

 後ろの相手に後ろ回し蹴りの一閃、首が折り曲げられて倒れ込む。

 

What did you see where you drifted off to?(お前は流れ着いた先で何を見た)

 

 武器を振り下ろす相手の右手を掴み、伸び切った肘関節に当身を入れてへし折り殴り飛ばす。

 

 回し蹴りを放つ相手に対し、カウンターで後ろ回し蹴りを首に食らわせ跳ね飛ばす。

 

Did it help you? There was nothing, was there?(救いはあったか?何もなかったろ?)

 

 大きく跳躍し刀を振り下ろしてくる相手に横蹴りを合わせ、腹のソウルジェムを砕く。

 

 横からの魔法槍を寸前で回転回避、相手に向かい旋風脚を頭部に当て首を折り曲げた。

 

God had it all figured out from the beginning.(神様は最初から決めていたのさ)

 

 常に動き続けなければならない……集団戦で背後を取られるわけにはわけにはいかない。

 

People to save and people not to save.(救う人間と救わない人間を)

 

 走りながら二丁の魔法銃を撃ってくる相手に対し、両腕で顔を覆い弾を体で受け止めていく。

 

 相手の跳躍射撃に合わせ、左手に収束した魔力放射の一撃。

 

「あたしのガンカタを見せてやぶっ!?」

 

『破邪の光弾』を放ち、ソウルジェムごと体を撃ち抜く。

 

That's what God is like.(神様はそういう奴なのさ)

 

「怯むんじゃねぇ!! こっちの方が数が多いんだぁ!!」

 

I'm sorry you didn't make the cut.(選ばれなくて残念だったな)

 

 アスファルトが爆ぜる程の踏み込みの『突撃』

 

 声を出していた魔法少女の顔面を掴み上げ、なおも突進しは止まらない。

 

Open your emotions.(感情を開放しろ)

 

 Feces(糞女)とグラフィティアートされた公衆トイレの壁に叩きつけ、クレーターが出来た。

 

Your life is your own.(お前の人生はお前のものだ)

 

「ごっ!! ぶへへへぇ──ッッ!!?」

 

 拳打をサンドバックに打ち込むように『暴れまくり』の乱打を放つ。

 

 内蔵と骨が破壊されていき、悪魔の顔に血反吐を吐く女を掴み上げ、アッパーカット。

 

「ガプッ!!!」

 

 顎を打ち抜かれた魔法少女の首が大きくへし折られ、後方に飛んでいく。

 

Open your emotions.(感情を開放しろ)

 

「次はどいつが死にたい!!」

 

We're not God's slaves.(俺達は神様の奴隷じゃない)

 

 返り血塗れの悪魔が叫ぶ……。

 

 それを見て怯む魔法少女たちの姿。

 

I don't accept fate.(俺は運命なんて認めない)

 

 後ずさる魔法少女たちに対し、悪魔は容赦なく攻めて行く。

 

If not God, how about the devil?(神様が駄目なら悪魔はどうだ?)

 

 二刀流の武器を持つ相手に対し、魔力の光剣で両刀を溶断。

 

「なんだよ! こいつの剣の威力は!?」

 

 武器を捨て殴りかかる右手の手首を掴み、捻り上げる横からは違う敵の影。

 

 迫る敵に横蹴りを放ち、掴んだ敵の肘をへし折り、膝蹴りを入れて倒す。

 

Demons give us magical powers.(悪魔は魔法の力を与えてくれる)

 

 魔法の巨大ハンマーを振りかぶる相手の両腕を切り落とし、後ろの相手にひねり蹴り。

 

「アギャァァ──ーッ!!! あたしの腕がぶフッ!!?」

 

 両腕を失った敵にハイキックの一閃、首がへし折れた相手が吹っ飛ぶ。

 

Let's use our magic and live free.(魔法を使って自由に生きようぜ)

 

 回し蹴りを背後からしてくる敵に素早くしゃがみ掃腿、相手の片足を刈り取る。

 

「待てっ!! プギュ!!!?」

 

 倒れた相手に踏み蹴りの一撃、頭を潰す。

 

What have you found in life? I didn't find anything.(人生に何か見つけたか?俺は何もなかったよ)

 

 魔法のガントレットで拳を乱打してくる相手に対し、左右の手でトラッピングを行い連続払い。

 

「死ねよオラァァ──ッ!!!」

 

 相手のハイキックが迫るが、左肘で打ち落とし右フックで殴り飛ばす。

 

Using magic didn't make life any more meaningful.(魔法を使っても人生に意味はなかった)

 

 魔法の薙刀で足を払い切りしてくる斬撃を跳躍回転しキリモミ着地。

 

 切り払いしてくる薙刀を蹴り足で弾くが、背後から迫る相手の武器。

 

「殺った!! って!? マジかーっ!!」

 

 振り下ろす右腕を掴み、薙刀の女に向けて投げ飛ばし動きを制した。

 

It's a funny story, right? Go ahead and laugh.(笑える話だろ?笑ってくれよ)

 

 電撃を纏う魔法警棒を振り下ろす右腕を左腕で受け止め、右でボディブロー。

 

「ゴバッ!! ま、待て……あたしはもう降りリュぐッ!?」

 

 怯んで頭を下げた相手の頭を掴み、捻り折る。

 

 次の相手をステップキックで大きく蹴り飛ばす。

 

「アギャババババババッッ!!!?」

 

 街灯にぶち当てられた魔法少女が盛大に感電していった。

 

Open your emotions.(感情を開放しろ)

 

「どうなってんだ……なんであいつを殺せない!?」

 

Your magic is useless.(お前の魔法は役に立たない)

 

「「私達が殺る!!」」

 

Open your emotions.(感情を開放しろ)

 

 双子の魔法少女は大きく跳躍、同時に魔法の杖を構える。

 

None of us can be saved.(俺達は誰も救われない)

 

 魔法の杖が同時に輝き、合体魔法による極大魔法を発射。

 

I don't believe in fate.(俺は運命なんて信じない)

 

 悪魔の両腕から炎が噴き上がる、周囲も業火の渦が巻き起こる。

 

What we have is a never-ending hell.(俺達にあるのは終わりのない地獄さ)

 

 両手を頭上に掲げ、一気に両腕に収束された炎のエネルギーを両手から一点放射。

 

「「そ、そんな!!?」」

 

『マグマ・アクシス』が双子の合体魔法をかき消す。

 

 空の彼方まで放射された熱線の先にいた双子魔法少女たちが消滅。

 

My heart screams at me, I'm going to go down this road.(俺の心が叫ぶのさ、この道を進んでやると)

 

「そんな……嘘だろ!? もうあたしだけじゃねーか!!」

 

Open your emotions.(感情を開放しろ)

 

 池袋の魔法少女のリーダーは後ずさり、悪魔に構えるが体は震え上がっている。

 

We're not God's slaves.(俺達は神様の奴隷じゃない)

 

「お前で最後だ。命乞いでもするか?」

 

Open your emotions.(感情を開放しろ)

 

 斧の柄の鎖を振り回し、次々と振るう。

 

 歩きながら迫る悪魔の光剣によって、次々と鎖が溶断された。

 

None of us can be saved.(俺達は誰も救われない)

 

「クソァァァァ────ッッ!!!!」

 

 魔法の斧を振りかぶり、破れかぶれに斬りかかる。

 

 相手の右手首を制し、腕を掴み捻りあげる。

 

 肘関節に当身を入れ破壊し、頭部に膝蹴りを打ち込む。

 

Emotions.(感情)】【Emotions.(感情)】【Emotions.(感情)

 

「待て待て! あたしが悪かった……もうあんたは狙わないから勘弁……!!」

 

 ──―命乞いなら、お前たち魔法少女が虫けらのように殺してきた……。

 

 ──―人間たちに向けて言え。

 

 後ずさる相手に対し、大きく跳躍した飛び後ろ回し蹴り。

 

 頭部に決まった相手の首が360度に捻り折れ、膝が崩れ落ち倒れ込んだ。

 

Open it.(開放しろ)

 

 最後に立っていたのは……悪魔一人だけであった。

 

 ────────────────────────────────

 

 黒衣の悪魔が歩く周囲に次々と火柱が上がる。

 

 死にかけている者達が次々に焼け死んでいく。

 

 罪人たちを焼く業火の炎が、悪魔の影を色濃く映す。

 

 影を射抜くその金色の目は、何を見つめるのか。

 

 血に飢えたその吐息は、何を求めるか。

 

 血に染まったその手は、何を屠るのか。

 

「胸に喜びが沸き起こる……闇は力が支配する。望むまま敵を殺し、己を貫くことが出来る」

 

 ──―これが悪魔の道。

 

 ──―聞こえるか、大いなる神とその御使い共。

 

 ──―感じるか? 奴らの断末魔を? 

 

「次は……お前たちの番だ。覚えておけ」

 

 去っていく悪魔の背後の炎だけが、闇の世界に骸という名の灯火の光を残す。

 

 この戦いにより、東京の魔法少女の縄張り勢力図は大きく変わる事となった。

 

 だがここは東京……多くの人間が常に集まる場所。

 

 死んだ魔法少女の代わりとなる者たちなど、幾らでも現れる。

 

 インキュベーターがいる限り、次々と生み出されていくだろう。

 

 魔法少女となった者たちが、新たな抗争の火種を撒き散らしていく。

 

 魔法少女社会の歴史はまた……繰り返す。

 




読んで頂き、有難うございます。


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16話 歌舞伎町の便利屋

 私立探偵事務所は近年増加傾向にある。

 

 そのせいで需要よりも供給の方が大きくなり、仕事が無い探偵事務所も多い。

 

「今月は仕事が少ないな……。瑠偉も仕事が無い時は事務所にいないし……」

 

 なので探偵業を続けていくには、副業とも言うべき収入源が必要な場合もあった。

 

「今月は仕方ない。俺は副業の続きでも始めるか」

 

 書籍が所狭しと並ぶ本棚の裏に隠された部屋に、丈二の個人オフィスが存在する。

 

 機械とモニターで埋め尽くされたその部屋に、仕事が無い時は入り浸った。

 

(あいつは何の副業をしているのか……いや、聞かない方が良い。知らない方が良い事もある)

 

 探偵は情報を依頼人に売るのが仕事だが、これもその延長線上にあるものだと思われる。

 

「しょうがない。俺も帰って便利屋の副業を始めよう」

 

 彼の住まいは東京都新宿区歌舞伎町2丁目のマンション18階。

 

 これは彼の副業を行う上で近い場所だから選んだ物件。

 

 彼は歌舞伎町において独自の副業を行う。

 

 依頼があればどんな仕事も請け負う便利屋だ。

 

 だが尚紀が専門としている業務は荒事専門。

 

 歌舞伎町において裏の取引代行・暴力トラブルの仲裁・争い事の介入処理といった裏稼業を専門としていた。

 

 その仕事を紹介してくれる仲介屋とも言うべき人物が歌舞伎町に存在している。

 

 歌舞伎町にあるモダンでクラッシックな珈琲館と呼ばれる喫茶店に今、彼の姿があった。

 

「遅くなってすいません、尚紀さん」

 

「相変わらず忙しそうだな、シュウ」

 

 やってきたのは歌舞伎町で有名なホストクラブのナンバーワンホスト。

 

 名前は楓秀一と呼ばれ、歌舞伎町の顔役として様々な歌舞伎町の問題ごとにも取り組んでいる。

 

 ホスト狂いの女性客に襲われ、刺殺されかけたところを助けた時に知り合えたようだ。

 

 それ以来頼りにされ、彼の実力を見込んで様々なトラブルを処理して欲しいと頼まれだした。

 

 それがこの便利屋稼業を始めたキッカケの記憶。

 

「忙しいのは嬉しいんですが、体が一つしかないのが残念です」

 

「時間が無いのなら、要件は手短に頼む」

 

 注文していた珈琲を飲み干し、シュウと向かい合う。

 

 便利屋としての日常が始まっていった。

 

 ────────────────────────────────

 

「歌舞伎町の闇医者がトラブルに巻き込まれて失踪した?」

 

「ええ……この街であの人を失うことは、大変な問題なんです」

 

 歌舞伎町には一人の闇医者がいた。

 

 駆け込んだ患者はどんな人間でも治療してくれる。

 

 いわくつきの患者が相手でも決して警察や知事に報告を行う医師の届出義務を行わない存在。

 

「歌舞伎町には様々な人間たちがいます。その人間たちは、警察と関係を持つと非常に不味い立場の人間が大勢いる。そういう人々の駆け込み寺となっているのが闇医者なんです」

 

「そんな人物がいたのか……。確かにこの街に必要な存在のようだな」

 

「ホスト業界でも客に刺される事件はあるんですが……。事件を明るみにせず利用し、客を共依存関係に持ち込むホストも多い」

 

「女の子の罪悪感を利用し、さらに太い客に持ち込むって腹積もりか」

 

「ええ……。恥ずかしい話ですが、そういう心の弱いホストが大勢いるんです」

 

 ホスト業界に蔓延る闇を聞き続ける。

 

「女の子の承認欲求を受け入れ、肯定するだけで客を得るのは簡単なんです。いわゆる共依存関係商売ですね」

 

「向上心の欠片もねぇ連中だなぁ」

 

「向上心の無くなったホストの辿る道は、女の弱みにつけ込み利益だけ貪り、面倒臭くなるとゴミのように捨てる」

 

 シュウは歯を食いしばり、苛立ちを見せる。

 

「恥ずかしい話ですが……見滝原市で暮らす僕の従兄弟も同じホストをしてるんです。名前はショウと言いますが……あれが悪い見本です」

 

 ショウと呼ばれるホストは、従兄弟のシュウに憧れてホスト業界に入り込んできたと語られる。

 

 ショウには根性も野心も存在せず、鳴かず飛ばずで片隅に追いやられたそうだ。

 

 そこで選んだビジネススタイルが、女の弱みにつけ込むやり方。

 

「あいつは……心の弱い人間こそ承認欲求の塊であると知り、簡単に太い客を手に入れる奴です。そういう人達から金を巻き上げるために、飲み代が底を尽けばパパ活をやらせる」

 

「ギャラ飲みってやつだな」

 

「歳を重ねてそれさえ出来なくなれば、自分に非があると思い込ませる。整形させて稼がせる」

 

「自分に非があると思い込み、エスカレートを重ねてホストの奴隷になっていき、病んでいくか」

 

「ショウは女性客を人間扱いしてないんです! 犬か何かと思って躾けてるだけなんだ!」

 

 道徳心の欠片もない不甲斐ない従兄弟に対し、苛立ちが隠せず声を大きくしてしまう。

 

「ホストは……女性客に生きがいを与えて、生きる希望を与える存在であるべきなんです!」

 

「お前が歌舞伎町人気ナンバーワンホストになり、歌舞伎町の顔役になれたのも頷ける。お前のように信念と正義感があれば、どんな人間だろうとお前の人間本来の魅力で慕うだろう」

 

「すいません、熱くなりすぎましたね……。話が逸れてしまいました」

 

「ホスト業界にしても、歌舞伎町の汚れた連中の為にも……闇医者が必要だというのは分かった」

 

 今回のトラブルの原因について語り始める。

 

「……アジア系の半グレ組織か」

 

「闇医者の先生は、彼らも治療を行っていたのですが……急患が舞い込んでそちらを優先した」

 

「それが不味かったか……」

 

「はい……。外国人である自分たちを置き去りにし、日本人を優先して治療する闇医者に対して、アジア系半グレ共が激怒したそうです」

 

 闇医者は半グレ組織に誘拐され、報復の危険が訪れようとしていると聞かされた。

 

「どこの半グレ共だ?」

 

「中国残留孤児2世・3世が中心になって作ったグループです」

 

「だとしたら、池袋のチャイナタウン当たりが怪しいな」

 

「お願いします尚紀さん! この街で闇医者は生きた仏なんです! どうか……救ってください!」

 

「大人の行方不明は民事だから警察は動かない。そして相手が半グレなら普通の探偵には手に負えないし……俺の出番だな」

 

 立ち上がり、直ぐに行動を開始することにした。

 

 ────────────────────────────────

 

 池袋北口に広がる東京のチャイナタウン。

 

 老華僑や日本に住み着いた新華僑も合わせれば、約12000人の中国人がひしめき合う。

 

 聞こえてくる言葉も中国語が多く、一度雑居ビルの中に入ればそこは中国の世界が広がっていた。

 

 東京で暮らす中国人を支える日常が広がる、パスポートのいらない中国そのものと言える街。

 

 だからこそ中国残留孤児の半グレたちは、この場所に根を張っていると尚紀は考えた。

 

「同郷の人間たちこそ、繋がりの深い存在は無いからなぁ。聞き込みを続けても、恐らくは同郷の人間を庇うだろう……。悪魔の力を使う事も出来るが……外国語は対処出来ない」

 

 彼は読心術の魔法を使うことも出来るようだが、心の内側で使われる中国語が分からない。

 

「警察の令状捜査権ほど強力な捜査権を持たない俺だ……。地道に探すより他は無い」

 

 まず闇医者の診療所に赴き、私物・メール・ネットやSNSの書き込みなどを確認。

 

 以前から狙われていた痕跡は見つからず、金銭が盗まれた形跡も無い。

 

「診療所内で突然の誘拐に見舞われた可能性が大きいだろうな……」

 

 診療所内は散乱しており、争った形跡が見られた。

 

 チャイナタウンに訪れた尚紀は、闇医者の写真画像だけを頼りに捜索を開始。

 

「スマホを持っていたならば、GPSで居場所を追うことも出来たが期待出来ないな。急ごう、消息不明、行方不明は一週間が過ぎると見つかる可能性が格段に落ちる」

 

 SNSのInstagramやTwitterに写真を投稿し、目撃情報を募る。

 

「返事が帰ってきた。チャイナタウンの路地裏に医者の上着を着た男が連れて行かれた目撃談か」

 

 スマホで撮影された添付画像を確認し、路地裏と同じ場所を求めてチャイナタウンを探し歩く。

 

 一時間ほど歩き回り、添付画像と同じ路地裏を発見。

 

「ドラゴンの入れ墨を腕にしたチンピラ外国人が二人立っているな……。捜索してみるか」

 

 路地裏に入ろうとしたが、二人が立ちはだかる。

 

呢度係一個唔走(ここは立入禁止だ)

 

你想死你呀? (死にたいのか、お前)

 

 広東語と思われる中国語が出てくるが、意味は分からない。

 

「教養不足で済まないな。先を急いでいる」

 

 二人の頭を掴み、一気に互いの頭をぶつけ合う。

 

 地面に倒れて昏倒するチンピラを尻目に、半グレの根城へと足を踏み入れていった。

 

 ────────────────────────────────

 

「路地裏の中は思ったよりも乱雑に入り組んでるな……方向感覚を失う」

 

 怪しげな漢字ネオンや店の入り口も並んでおり、九龍城砦の内部のような雰囲気。

 

 二階の窓から誰かが見ている視線を感じた。

 

 構わず歩いていると、路地裏の行き止まり。

 

 踵を返して後ろを振り返ると、大勢の半グレ共が並んでいた。

 

「手荒そうな歓迎だな……だれか日本語分かる奴いるか?」

 

 手には鉄パイプや金属バットといったもので武装をしていた。

 

走出日本人! (日本人は出ていけ)

 

呢度係我哋嘅國家! (ここは俺達の国だ)

 

 一斉に尚紀に襲いかかる半グレ達。

 

「人間の撫で方も慣れないとな」

 

 右手でバットを振り下ろす手を左手で静止させ、右肘をコメカミに打ち込み倒す。

 

 男のナイフ突きを左手で払い、同時に右手刀を左首に打ち込み、ゴミ箱に倒れ込ませた。

 

 掴みかかろうとしてきた相手を右蹴りを右膝関節に蹴り込み、タックルの勢いで転げさせた。

 

 せっかく大勢が集まっているが、狭い路地裏では囲むことで背後を襲う事も出来ない。

 

 一人ずつ最小限の動きで相手の動きを制し、倒していく。

 

抵死! (ちくしょう)

 

 最後の一人が左足でケンカキックを入れてきたのをサイドに回り込む。

 

 右肘で逸らすと同時に着地した後膝部を蹴り込む。

 

 倒れる相手の左手首を掴み、背面に寝転がらせて肘関節を極めた。

 

哦哦哦哦哦!! (ぐあぁぁ──ーっ)

 

 捻りあげられた痛みで悶絶する男が路上に視線を移す。

 

 全員が路上に転がって倒れ込み、同じように苦しみのたうち回っていた光景。

 

「どこにいる?」

 

 分かりやすい日本語を使い、スマホに映る闇医者の写真画像を片手で見せる。

 

唔知!! (しらない)

 

 さらに捻りあげて肘関節を極める。

 

哦哦哦哦!! 事實證明教學! (ああああ!! 分かった教える)

 

 男を起き上がらせ、腕を背後で肘関節をキメながら案内させていった。

 

 ────────────────────────────────

 

 案内されたのは雑居ビル内の開けた空間。

 

 武術道具や鍛錬器具が置かれた武術館のような風景。

 

 その奥に、カンフー服を着て長髪を後ろに結んだ男が待ち構えていた。

 

一個久久的童年朋友追隨者(随分子分を可愛がってくれたな)

 

「どうやら、闇医者のところではなく腕に覚えのあるボスのところに案内されたようだ」

 

你殺了扎库列羅老闆(お前ボスに殺されろ)

 

 後頭部の延髄に肘を打ち込み昏倒させる。

 

 尚紀が武術館の中央に向けて歩いていく。

 

何哦哦哦哦哦!! (はあぁぁ──ーっ)

 

 拳法の演舞を大げさに披露するボスに対し、尚紀は脱力して腕を下げたままリラックス。

 

 ボスが一気に仕掛けてくる。

 

 空中2連蹴りを左右の手でトラッピングして捌く。

 

 着地した相手の回し蹴りに対し、上半身を後ろに下げて回避。

 

 回転の勢いで後ろ回し蹴りを放つが、片足を後ろにバックステップさせて避ける。

 

 回転の勢いのままボスは飛び上がり、旋風脚。

 

「大技こそ一番隙が生まれるんだよ」

 

 右肘を相手の蹴りに合わせ、強めに打ち込む。

 

哦哦哦哦哦!! (ぐあぁぁ──ーっ)

 

 蹴り足のすねの骨が砕け散り、悲鳴を上げてボスは倒れ込んだ。

 

「どこにいる?」

 

 闇医者の写真画像をボスに見せる。

 

日本告別!! (くたばれ日本人)

 

 折れた足に蹴りを入れる。

 

「|哦哦哦哦!! 幫吓我!! 事實證明教學!! 《ぐあああ 助けて 分かった教える》」

 

 片足が折れたボスを無理やり立たせ、闇医者のところに案内させる。

 

 監禁された場所まで案内されたらボスを蹴り飛ばし、ゴミ捨場に頭を突っ込ませた。

 

 部屋を開けたら縄で手足を拘束され、ガムテープで口を塞がれた闇医者の姿。

 

 ガムテープを剥がせて無事かどうか確かめる。

 

「シュウから頼まれた。大丈夫か?」

 

「あ……あんた、一つ質問していいだろうか?」

 

 白髪交じりの中年闇医者の男は、どこか気分が悪そうだ。

 

「た……タバコあるか? もう2日も吸ってないんだ! このままでは禁煙出来てしまう!」

 

(そういえば、闇医者の診療所の机に煙草の吸殻がたくさんあったな……)

 

 呆れた顔でトレンチコートのポケットからタバコを取り出す。

 

 口に咥えさせて右手の人差し指と中指で火を灯してあげた。

 

「スー……ハー……。あんた、変わったマジック持ってるな? お陰様で生き返った!」

 

 縄を解いてやり、二人は半グレの根城を後にする。

 

「いやー助かった! 君が来てくれなかったら……私は中華料理店で肉団子にされていたよ!」

 

「広東人は机と椅子以外はみんな食うって話だからな」

 

「飯の話をしてたら腹が減ったな! 小銭はあるか? せっかくのチャイナタウンだし飯を喰わせてくれ、2日も食べてない」

 

「そんな図々しい性格してないと闇医者やってられねーのか?」

 

「ハハハ! 細かいことを気にしてたら歌舞伎町の問題児共の面倒など見れないよ若人!!」

 

「神経図太い野郎だ」

 

「ところで、君も何か治したい病があるのなら特別料金で治してやれるが?」

 

「俺の治したい病は……あんたじゃ治せない類なんだよ」

 

「ほう? 随分重い病を患っているようだが……誰か他の医者に見てもらったのかね?」

 

「そうだな……無礼な態度をとると、呪いを与えてくるような奴だけどな」

 

 会話の流れによって、夏の頃に赴いた霊的存在についての記憶が過る。

 

 彼の脳裏に、その時の光景が蘇ってきたようだった。

 

 ────────────────────────────────

 

 あれは、東京に戻ってから迎えた最初の夏。

 

 尚紀が平将門の首塚と呼ばれた場所に訪れた記憶。

 

 平将門とは、承平の乱を起こした人物。

 

 新皇と名乗った後は相馬小次郎将門とも呼ばれる。

 

 関東に理想郷を創り上げようとした逆賊であり、英雄。

 

 伝承では将門の首級は平安京まで送られ東の市都大路で晒された。

 

 だが、3日目に夜空に舞い上がり故郷に向かって飛んでゆき、数カ所に落ちたとされる。

 

 伝承地は数か所あり、いずれも平将門の首塚とされていた。

 

 その中で一番有名なのが、平将門の首を祀っている塚である東京の平将門の首塚だ。

 

 ビル群に囲まれた将門塚に入っていく尚紀の姿。

 

 ちゃんとした墓地のようになっており、緑の木々や植え込みもあって立派な風景。

 

 将門の首塚は、祟りを起こすと言われる心霊スポット。

 

 昭和の初めに政府が首塚を取り壊して庁舎を建てようとしたところ、関係者が次々に死亡。

 

 戦後、アメリカ占領軍(GHQ)が工事を始めると、ブルドーザーが横転し作業員が死亡。

 

 将門塚には祟りがあると信じられ、様々な開発工事からこの首塚は外され今日に至った。

 

 朝廷(天皇)に反逆し、みずからを「新皇」と名乗った平将門。

 

 尚紀はそんな将門公に対し、かつてあった世界で恩義があったようだ。

 

 手に持っている花を添え、ポケットから線香を取り出し右手で火を付ける。

 

 線香の煙が立ち上る中、尚紀は手を合わせて将門の首塚を拝んだ。

 

 頭を上げ、魂と会話するように首塚に向けて念話を行う。

 

<随分、あんたに会いに来るのが遅くなっちまったな……将門>

 

 念話に反応するように、将門の首塚の碑から声が脳内に響いてくる。

 

<<かつてあった世界で出会った時以来だな、人修羅。息災であったか?>>

 

<概念存在の神ってのは、他の宇宙の事も分かるのか?>

 

<<その宇宙に同じ概念がある限り、我は何処にでも在る。神や悪魔とはそういう存在なのだ>>

 

<その割には……俺は他の宇宙のことは見えないな>

 

<<大いなる神に呪われ、神の敵対者という概念存在になったが……お前はまだ未完成だ>>

 

<未完成?>

 

<<お前の真の悪魔となる闇の霊体は、魔界の地で誕生する。最後の欠片が……お前なのだ>>

 

<俺が死ねば、本当の神の敵対者として全ての世界で語り継がれる存在になるというわけか?>

 

<<そういうことだ。だが、それを聞きに来たという訳ではないのであろう?>>

 

<そうだな、また()()()()()()?>

 

<<もう授けたではないか? 最強の悪魔の力たるマサカドゥス……そのことで来たのであろう?>>

 

<話が早くて助かるよ>

 

 彼が手短に事情を説明していく。

 

<<なるほど……マサカドゥスの砕け散った破片が体内に見える。見事に砕かれてしまったか>>

 

<思い当たるのはダンテとの戦いだ。あいつの一撃によって……俺は体を貫かれた>

 

<<マサカドゥスを破壊する程の剛の者とはな……出会いたくはないものだ>>

 

<元に戻す方法はないのか? 俺には戦う力が必要なんだ>

 

<<マサカドゥスとてマガタマ。禍魂である以上、災厄の中でしか生まれ出ない>>

 

【禍魂】

 

 悪魔の力の結晶であり、硬質な外皮を持つ寄生虫のように見える道具。

 

 その丸まった姿は神器の勾玉を思わせる見た目をしており、適性のある人間が体内に取り込むとその禍魂が秘める悪魔の力を使用者に与えるという。

 

 禍魂使用者は悪魔人間とでも呼べる存在となり、その魂まで悪魔と為すか否か常に問われ続ける。

 

 嘉嶋尚紀はその答えに対し、かつての世界において、完全なる悪魔になる選択を行った。

 

<<禍(マガ)は災厄を意味する名。その中で生まれる魂こそがマガタマだ>>

 

<俺が災厄の中から、もう一度生み出す以外に無いということなのか?>

 

<<マサカドゥス程のマガタマを生み出すのは容易くない。お前自身を壊す程の災いが必要だ>>

 

<俺自身を壊すほどの災い……>

 

<<我の力では修復することは出来ない。これは、お前自身に課せられた問題なのだ>>

 

<俺の問題か……。そうだな、首だけのあんたに無理をさせるのは忍びない>

 

<<ふん。皮肉を言うだけの元気が有る内では、マサカドゥスを元に戻す道は遠そうだな>>

 

<災いをもたらすモノが何なのかは分からないが、魔法少女との戦いは今までのマガタマを駆使して戦う以外に道は無さそうだ>

 

<<お前はこの東京に何をしに戻ってきたのだ? 暫く前に、お前の存在に気がついた時には他の街に消えたようだが?>>

 

<あんたとの約束を果たしに……帰って来た>

 

 それはかつてあった世界での将門との約束。

 

 東京の守護者となる約束だ。

 

<<お前は、あの時の我との約束を覚えていたのだな。結構なことだ>>

 

<この世界には……悪魔とは違う存在が闇の世界で跋扈し、人間に危害を与えようとしている>

 

<<魔法少女と呼ばれる存在のようだな。我もこの世界以外でも見かけているが、あれも悪魔と変わらぬ者達も多い>>

 

<欲望のために魔法を使い、人々に危害を与えて殺していく存在だ。悪魔と変わらないよ>

 

<<魔法の力とは人を救う力にもなれば……人を殺す力にもなりうる。そういう意味では悪魔と同じかもしれん>>

 

<東京には、欲に塗れた魔法少女で埋め尽くされている。魔法少女と戦い、俺は人間を守る>

 

 それが彼が選んだ、東京の守護者としての約束を果たす道。

 

 踵を返し、将門の首塚を後にする。

 

 ──―かつて人であった悪魔よ、お前の道は修羅の道。

 

 ──―どうかその人の心、この世界の残酷な嘆きに迷わぬよう願う。

 

 東京の守護者となる人なる悪魔の背中を見送った後、将門はまた碑の中で眠りについた。

 

 ………………。

 

 ………………。

 

「おい、君! さっきからボーッとしておるが?」

 

「えっ……?」

 

 気がつけば、そこは池袋チャイナタウンにある中華飯店。

 

「何か考え事をしていたのかね?」

 

「どうやら……記憶の海を彷徨っていたようだ」

 

「ふむ、それも重い病と関係があるようだな。まぁいい、そろそろ注文した飯がくる!」

 

「病人を前にして飯のほうが先かよ」

 

「病は気から! 気持ちが萎えていては治る病も治らんよ!」

 

 2人の前に注文した品が並べられ、食事となる。

 

「ん~! 2日ぶりの生還を果たした飯! 格別の味がするなーっ!!」

 

 夢中になってエビチリを食す闇医者の姿。

 

 尚紀には、エビチリのエビが何処か治したい病であるマサカドゥスのように見えてしまった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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17話 猫の仲魔

 様々な色のネオン看板が輝いている、雨が降りしきる夜の歌舞伎町。

 

 濡れた路面がネオンを反射し、様々な色に輝きを変えている幻想的な世界。

 

 だが、光が濃ければ闇もまた色濃くなる。

 

 客引き同士で縄張り争いを繰り返し、自転車を持ち上げて暴れる男達。

 

 ホスト狂いの女が飛び降り自殺した場所に群がる警察官と野次馬。

 

 様々な詐欺や風俗のキャッチを目的にした男達が佇み、道行く人達を闇に誘う。

 

 ボッタクリの店では暴利を貪られる哀れな社会人の姿。

 

 輝きに満ちた眠らない街である歌舞伎町。

 

 そこは東京の闇を一際輝かせる場所でもあった。

 

「風見野とは大違いだな……。まったく、住むのが嫌になってくる街だよ」

 

 黒い傘を持ち、雨の街を家に向けて帰宅していく尚紀の姿。

 

 呼び込みやキャッチの男から声をかけられるが、一切見向きもしない。

 

 酔っぱらい同士の喧嘩が始まろうが野次馬には加わらない。

 

 この街での生き方を彼は知っている。

 

「余計なことに首を突っ込む奴が、自分の首を締めて苦しむ羽目になる……そういう街さ」

 

 人間を嘲笑い、扇動し、罠に嵌め苦しみを与える、悪魔のような人間達がひしめき合う街。

 

 乱雑に入り組んだネオン看板の道を通っていた時だった。

 

「……たすけて」

 

 ふと声が響いてきた路地裏に振り向く。

 

「人間……いや、違う……。この声は……人間の言葉ではない……?」

 

 普通の人間がこの声を聞いたなら子猫の鳴き声に聞こえるだろうが、どうやら違う。

 

「魔女や使い魔がこんな真似を出来るはずがない。この声……俺と同じ悪魔なのか……?」

 

 声が聞こえた路地裏に足を踏み入れる。

 

 程なくして、その声の主を見つけた。

 

 ダンボール箱に納められ、降りしきる雨で体が濡れて震えていた子猫の姿。

 

「お前が……俺を呼んだのか?」

 

 子猫は震える体をビクッと震わせ、彼の顔を見上げる。

 

「……オイラの声が、分かるの?」

 

「お前は……この世界の悪魔なのか?」

 

「うん……オイラ、ケットシーっていうんだ」

 

 この世界で初めて尚紀は、自分と同じ悪魔と思われる存在と出会うことが出来たようだ。

 

 ────────────────────────────────

 

 歌舞伎町にあるマンションの18階の自宅に子猫を連れて帰る。

 

 ベット、写真が飾られたPCスペース、テレビボードの上に液晶テレビ、部屋の中央には食事用と勉強用の机が置かれ、机の下には探偵業法関連の本が積まれている内装光景。

 

 このマンションはペットも住んで良い物件なので、子猫を連れ込んでも問題は無かった。

 

「積もる話を雨の中でする訳にもいかないからなぁ……」

 

 濡れたケットシーの体をタオルで拭いてやり、ドライヤーで毛を乾かす。

 

 毛並みが揃うと猫本来の姿を取り戻したケットシーの姿。

 

 単色グレーのロシアンブルーの姿をした子猫であった。

 

「さて、この世界の悪魔についてだが……」

 

「オイラ腹が減ったニャー。空腹過ぎて舌が回らないニャー」

 

「ニャー……? そういや、ボルテクス界で戦ったネコマタ悪魔もそういう言葉遣いをしてたっけ」

 

「オイラも猫悪魔だから当然こうなるニャー。情報が欲しいならモンプチを要求するニャ」

 

「……()()()()を思い出す光景だな」

 

【悪魔会話】

 

 人語を解する悪魔と交渉することを悪魔会話と表現される。

 

 様々な性格をした悪魔と交渉し、その結果、戦闘を回避したり、物を貰ったり、相手を仲魔にすることが出来た。

 

 悪魔から要求されるのは主に体力、魔力、アイテム、マッカ(魔貨と呼ばれる悪魔の通貨単位)。

 

 その上で気分が乗らないと言われたら、貢物を持ち逃げされた事も多々あった。

 

「オイラの情報は安くないニャー。モンプチが無いならチュールでも良いニャ」

 

「このふてぶてしい気分屋な態度……お前が悪魔だって実感させられるぜ」

 

 仕方がないので冷蔵庫を開け、中身を確認する。

 

 料理など彼は出来ないので、インスタントや酒のツマミのようなものしか置かれていない。

 

「とりあえずチーズかまぼこがあった。これでも食って情報を吐け」

 

 ケットシーは臭いを嗅ぎつつ尚紀の顔を見上げる。

 

「人間の食べ物は塩分多いから猫の肝臓に良くないニャー。そんな事も知らないのかニャ?」

 

「文句があるなら食うな」

 

 紙皿を持ち上げ、冷蔵庫に入れようとする彼の足にケットシーが素早く掴まり懇願中。

 

「待つニャー!! 誰も食べないだなんて言ってないニャー! 食べる! 情報も言うニャー!!」

 

「状況次第でコロコロ態度を変えやがって。最初からそう言え」

 

 お腹が空いていたのだろう、ケットシーは床に置かれたチーズかまぼこを夢中で食べ続けた。

 

「お前を見ていると……昔の仲魔達を思い出すよ」

 

「オイラの他にも悪魔の仲魔がいたのかニャ?」

 

「大勢いたよ。ピクシー・クーフーリン・ケルベロス・セイテンタイセイ・ティターニア・パールヴァティ・アラハバキ・ギリメカラ・ジャアクフロスト・ピシャーチャ……そしてダンテ」

 

「大世帯だったのかニャー? みんな大事にしていたのかニャ?」

 

「みんな大切な仲魔達だった。アマラ深界の最奥で、俺が人の心を失ってもついてきてくれた……」

 

 最後の決戦の地、無限光カグツチへと至るオベリスクを登った記憶が蘇ってくる。

 

(ダンテ……お前は最後に、ヨスガとシジマの最後の抵抗を、一人で食い止めると去っていったな)

 

 残された仲魔たちと共に、無限光カグツチと戦う事となる。

 

(無限光カグツチの力は圧倒的だった……当然だろうな。一つの宇宙を生み出すエネルギー体が……破壊の力となって襲ってきたんだし。一つの宇宙を破壊出来てしまうほどの力だったと思う……)

 

 かつて超えねばならなかった最後の試練として立ち塞がった、呪わしき大いなる神の分霊。

 

【カグツチ】

 

 ボルテクス界の管理者たる存在となった神霊。

 

 ボルテクス界の中央に浮かぶ発光体であり、一定周期で満ち欠けを繰り返す月であり太陽となる。

 

 コトワリを持つものがカグツチまで到達したら、そのコトワリを世界のルールとする役目をもつ。

 

 カグツチはその内に新たな世界を生み出す無限の未分化な創造の光を秘めている神霊。

 

 その力は絶大であり、その光が全開で解き放たれると、照らされたあらゆる被造物はその存在を焼かれ意味を失う。

 

 あまりにも純粋な光は、他の意味を塗り潰し失わせてしまう破壊の側面をも持ち合わせていた。

 

 母なる地母神を焼き尽くし、父なる神が黄泉の国に渡る原因を作った火之迦具土神と同名の神。

 

 それはまさに、古き宇宙を焼き尽くし、父なる神である唯一神が黄泉のボルテクス界で新世界を創生する事を意味していた。

 

(宇宙を生み出すエネルギーを破壊の力に変え……その一撃は俺達に浴びせられる事になった)

 

 カグツチが放つ究極の一撃の名は『無尽無辺光』

 

 無限の光を一点集中し放射する奔流によって、尚紀以外の仲魔たちは消滅させられた。

 

(最後の力を振り絞り、俺はカグツチを倒すことは出来たが……失ったものは大き過ぎた)

 

 ──―そして、ダンテとは……。

 

「どうかしたのかニャ? 暗い顔してるニャ」

 

「……なんでもない。少し昔を思い出しただけだ」

 

 ケットシーを見つめながら、かつて側にいてくれた仲魔達への思いを募らせていった。

 

 ────────────────────────────────

 

 お腹も膨れて安心したのか、ケットシーは丸くなって寝始め……。

 

「おい、寝るな」

 

「んニャ……? あ、そうニャ! オイラ達のこと話すんだったニャー」

 

 後ろ足で頭を掻き、ケットシーはこの世界の悪魔達の存在について語り始めた。

 

「太古の昔、物質世界と魔界の境界が曖昧だった頃があったニャ。人間と悪魔は身近な存在だったと言えば……信じられるかニャ?」

 

「嘘だろ? 俺がまだ人間として生きていた時から、俺達の直ぐ裏側で悪魔共が生きていただと?」

 

「悪魔達は人間達に様々な知恵を与えて恩恵を与えたニャ。神々の信仰が一神教の支配下に置かれてからは……人間と対立する事になったそうニャ」

 

「キリスト教の迫害か……」

 

「魔界に帰る選択をした悪魔がほとんどだったニャ……でも中には悪魔である事を捨て、人間の世界と同化して生きる道を選んだ悪魔達もいたニャ」

 

「それが……俺達の世界の裏側で生きてきた悪魔達?」

 

「人間や動物と同化して人間に危害を加えず、人々と共に生きた悪魔の末裔子孫がオイラ達ニャ」

 

「人間の中には……超能力や神通力といった特殊な能力を持っている存在を歴史上見かけるが……悪魔と人間との混血児の末裔だと言われたら……シックリくる感じもするな」

 

「動物の中にも予知能力を使って主人を助けに現れる動物もいるニャ。そういう存在も悪魔と動物の混血児の末裔なんだニャー」

 

「子猫の癖に、随分と物知りだったようだな」

 

「オイラ、さっきの話は全部ママから聞いたニャー」

 

「お前のママはどうした?」

 

「……車に跳ねられて死んだニャ」

 

「……そうか。行く当てのない子猫だから、あんな場所で雨に濡れながら震えていたのか」

 

 行く当ての無い自分が路地裏に座り込み、世界を憎んでいた頃の姿と重なって見えた。

 

「悪魔の力を完全に失ったのか?」

 

「オイラ達のような存在は、悪魔の力が活性化する満月の夜に本来の悪魔の姿に戻れるニャ」

 

「満月……月齢が関係していたんだな」

 

 ボルテクス界においてもカグツチ齢が煌天の時、悪魔達はその影響を受け血が騒ぎ興奮した。

 

「お前達は、満月の夜に悪魔の姿を取り戻したら人間を襲うのか?」

 

「そんなことするぐらいなら~、オイラ達は人間世界に同化する生き方なんて選ばなかったニャ」

 

「なるほど、たしかに言われてみればそうだな」

 

「それに、オイラ達の力なんて先祖達のような力なんてもう無いニャ……貧弱貧弱~~ニャ」

 

「たしかに全く魔力は感じないな。これなら魔法少女達でも気が付かないだろう」

 

「魔法少女! あいつらが幅効かせてる世界だから……オイラ達悪魔の子孫も肩身が狭いニャ……」

 

 聞けば、悪魔の姿に戻った際に少しだけ魔力を持つことが出来るそうだ。

 

 ソウルジェムで魔力を感じ取られた悪魔は、使い魔として追い回され死ぬ思いをしてきたという。

 

「全く、こんなプリチーな悪魔の子孫を恐ろしい魔女の親戚扱いされるのは心外だニャ」

 

「お前達は……この世界の魔女の存在は知っていたんだな」

 

「魔法少女の成れの果てだニャ。魔法を使う存在はいずれああいう堕ちた姿になるのかニャ?」

 

「お前達は人間の世界と同化してその力と凶暴さを捨てることが出来たが、魔法少女達はそれが許されない。戦って魔力を回復させない限り、魔女として孵化してしまう」

 

「オイラ達のように自由すら持つことが許されないのかニャ……。魔法少女も可哀想な奴らだニャ」

 

「魔法少女達の自業自得の結果さ……。()()なもんだよ……」

 

「魔法少女も悪魔と同じように……自由に生きられれば良かったニャ。それが出来たなら、魔法少女にだって、人間としての幸せを望む自由だってあったはずニャ」

 

「そうかも……しれないな」

 

「オイラ達だって魔法少女は可哀想な存在だと思うニャ。でも……力を失ったオイラ達にはどうする事も出来ないニャ」

 

「別にお前達に戦えとは言わない。今まで通り、社会の片隅で静かに暮らしていたらいいさ」

 

「ニャ? なんか嫌な雰囲気になってきたニャ……」

 

「聞きたいことは聞いた。もうお前に用は……」

 

「待ってニャ!! オイラ行くところが無いニャ!! ここで面倒見て欲しいニャ──ッ!!」

 

「…………はぁ!?」

 

(面倒臭いことになってきた……。そういや、ボルテクス界の悪魔達も生命が危険に晒されたら命乞いを俺にしてきたもんだ。何処の世界の悪魔も気分やで状況次第で動く連中だってことか……)

 

「俺は仕事もあるし、色々用事も抱えてるからお前の面倒なんて見れない」

 

「家で大人しくしてるニャー! 餌だって場所が分かればオイラが勝手に食べるニャー!」

 

「お前が好きなだけ食いたいだけだろ! というか……俺が猫用の餌を買うことになるのか?」

 

「トイレだってオイラ分かるニャ! トイレでちゃんとウンチして流すニャ!!」

 

 頭を足に擦りつけ、自分の臭いをつけながら愛情と媚を売ってくる猫悪魔。

 

(こんな時、風華ならどうしたんだろうな……)

 

 路地裏で座り込んだ自分に手を差し伸べてくれた風華のことが頭を過る。

 

(彼女なら……きっとこう言っただろう)

 

「……分かった、お前は今日から俺の仲魔だ。今後ともヨロシクな」

 

「ニャー!! オイラ魔獣ケットシーだニャー! 今後ともよろピ──ー♪」

 

(まさか、この世界でまた仲魔を作ることになるなんて思わなかったよ)

 

 それでも、彼は何処か嬉しかった。

 

 悪魔の仲魔が隣にいてくれる感覚は、とても懐かしい気持ちにさせてくれた。

 

 こうして尚紀とケットシーとの共同生活が始まったのである。

 

 ……暫くして、まさか二匹目が現れる事になるとは、この時の彼は想像も出来なかったようだ。

 

 ────────────────────────────────

 

 季節は秋を迎えた東京の歌舞伎町。

 

 帰宅しようと街を歩く尚紀の姿があったのだが……。

 

「………………」

 

 ふと立ち止まり、また歩く。

 

 後ろから何かがついてきているのが分かる。

 

 そっと後ろを振り向いた後、また歩く。

 

(なんだ……? あの長毛種の白猫……?)

 

 ブルーとグリーンのオッドアイをした、ターキッシュアンゴラの白猫がついてくる。

 

 だがそれよりも突飛つした個性がその猫にはある。

 

(というか……なんだよ、あの顔にかけた猫用アクセサリーの丸眼鏡?)

 

 何処かの飼い猫だと思われるのが、悪魔にはその猫が何なのかだいたい検討がつく。

 

 無言で白猫と共に歩いていたが、立ち止まる。

 

「……お前、ネコマタだろ」

 

「あら? よく分かったわね」

 

「何となくケットシーと同じ雰囲気を感じていたが、俺に分かる言葉を喋れるなら確定だ」

 

「ご明察♪ 貴方が悪魔だって私も確認が取れたわけね」

 

「なんで俺の後ろをついてきてるんだ?」

 

「ここは天下の大通りよ? 悪魔が勝手に歩いててもいいじゃない」

 

「……それもそうだな」

 

 気にせず帰宅することにした。

 

 自分のタワーマンションまでやってきたが、ネコマタはまだついてきている。

 

「おい、こんなところまでついてくるのか?」

 

「私はこのマンションの飼い猫かもしれないわよ?」

 

「……そうかもな」

 

 マンションのエントランスドアを開け、ネコマタと共にエレベーターに乗り込む。

 

「階段で自分の家に帰らないのか?」

 

「貴方の住んでいる階が、私の飼い主の家かもしれないじゃない」

 

「…………」

 

 18階にたどり着き、自分の家に向かう。

 

 家の玄関ドアのセキュリティ番号を打ち家に入る。

 

 扉を閉めたら、自分の横にはネコマタが入ってきていた。

 

「……おい、いくらなんでも俺の部屋に上がり込む自由まであるわけないだろ!」

 

「細かいことをいちいち気にしてるのねー単細胞」

 

「単細胞……? 猫なんぞに馬鹿にされちまったよ……俺の家に上がり込んで、何が目的だ?」

 

「今日から貴方が私の飼い主よ」

 

「…………はぁ?」

 

「貴方は私達とは違う本物の悪魔なんでしょ? 興味があるから貴方と暮らすわ」

 

「俺がいつそれを許可したんだ!」

 

「つべこべ言わないの、男の悪魔なんだから、女の悪魔に甲斐性を見せてみなさい」

 

 玄関前でブツブツ言ってる声が気になったケットシーが歩いてきた。

 

 その体も月日が立ち大きくなっている。

 

「ニャー尚紀おかえり……ニャ”!? その猫は誰猫ニャ!?」

 

「あら? 私以外にも猫の悪魔を飼ってるじゃない。なら何の問題もないわね」

 

「ふざけるニャ!! ここはオイラの縄張りニャー! 勝手に入ってくるんじゃないニャー!!」

 

 シャ──と毛を逆立てて怒るケットシーの姿。

 

「何で今日はこんな事になったんだろうな……泣けてきたぞ」

 

 ────────────────────────────────

 

 ネコマタは食事用の机の上で丸くなり、尚紀とケットシーを見つめる。

 

 尚紀とケットシーは床に座り、ネコマタを白い眼差し見つめた。

 

「結局、勝手に上がりこんで……勝手に自分の生い立ちを聞かされたニャ……」

 

「……それで、お前は飼い主を転々としながら暮らしてきた猫悪魔だったというわけか……?」

 

「そうよ。美しい私が野良猫なんて似合うわけないでしょ?」

 

「自分の愛らしさを武器に人間に媚売って暮らしてきただなんて~腹立つ猫悪魔だニャ」

 

「それはお前が言うな」

 

「オイラと尚紀は出会うべくして出会った運命によって導かれた関係ニャ!?」

 

「そうよ。私も尚紀と出会うべくして出会う運命によって、ここで暮らす事になるの」

 

「お前らいい加減にしろよ……」

 

「それに、私はただの猫悪魔ではないのよ。そう……私は知的な猫悪魔なの!」

 

 自慢の丸眼鏡を右前足でクイッと持ち上げ、ドヤ顔を見せるネコマタだったが。

 

「知的ってなんだよ? お絵描きでも出来るのか?」

 

「私は人間に飼われ続けて子供達の相手をするうちに、勉強に興味が出来て隣で見物していたの」

 

 人間と同等の知能指数を手に入れたのだと自慢げに語るのだが……。

 

「……悪魔ならそれ、普通じゃね?」

 

「そうニャ! オイラ達は考える力を持ってるニャ! そんなのお茶の子さいさいニャ!」

 

「因数分解出来る?」

 

 ネコマタが小さい鉛筆とノート一枚を要求。

 

 小さい鉛筆を口に咥え、ノートに因数分解の問題を書き込みケットシーに前足で差し出す。

 

「オイラを舐めるニャ! こんな中学生でも解けそうな問題……門……宇宙が見える……ニャ」

 

 因数分解の問題を見て、ケットシーの脳内が輝いた。

 

「全宇宙に金色の粒子の糸が飛び交う光景が見える……宇宙と宇宙を繋ぎ合う巨大な宇宙の螺旋……アマラの地図がオイラに見えるニャ!! あぁ……なんて美しくも難解な世界……!」

 

 因数分解問題に対し神の御業を垣間見たようなオーバーアクション中のケットシーは無視された。

 

「なるほど、たしかにお前は知的な猫だな」

 

「このアホ猫よりはまだ賢いわよ、私♪」

 

「そういえば、お前はケットシーみたいに猫語尾を使わないな?」

 

「そんな単細胞のマネごとを私がすると思ってるの? 他のネコマタと私を同じにしないで頂戴」

 

(ボルテクス界のネコマタ共が聞いたら、こいつ八つ裂きにされてたな……)

 

「私はネコマタよりも知的で賢い名前を好むの。何か私に知的な名前をつけて欲しいのだけど」

 

「おい、何で俺がお前の飼い主になること前提で語ってるんだ?」

 

「いいじゃない。つべこべ言わずに何か考えてみなさいな」

 

 そう言われて腕を組み考えてみる。

 

「よし、お前の態度から名前を決めた。……今日からお前は()()だ」

 

「ふざけるニャー!! この知的で賢い私に対してよくもそんなふざけた名前をつける気になったわね!!」

 

「……ニャー?」

 

「……おっと、失礼。興奮してしまったわね」

 

(どうやらこいつ……興奮したり動転すると他のネコマタと同じく猫語尾になるようだな)

 

「お前は飼い猫なんだろ? 前の飼い主はいいのか?」

 

「動物に擬態した悪魔達の子孫はとても長生きなの。普通の猫以上に生きてたら怪しまれるわ」

 

「腐っても悪魔の血筋を抱えているから、それなりに弊害もあるというわけか。頃合いを見計らいながら家を転々としてきたんだな」

 

「ニャーハハハ!! こいつおばさん猫だったニャ! オイラの方が若くてプリチー猫悪魔ニャ!!」

 

「年上のお姉さんって言いなさい!」

 

「ニャハハハ!! ばばぁ! ババァ! BBA!!」

 

「ニャ──!! いい加減にしなさいよアンタ! 決着つけてやるニャー!!」

 

 机の上で互いに後ろ足だけで立ち、猫パンチで喧嘩を始めた猫悪魔たち。

 

「知的で賢い割には……沸点が低い女だよ」

 

(クーフーリンとセイテンタイセイを思い出す……。互いにライバル視していたし、性格も水と油だったから……こうやってよく喧嘩をしたもんだ。その度に俺が仲裁に入ってたよ)

 

 とても懐かしい気分になっていく。

 

 やはり仲魔は多いほうがにぎやかで楽しいようだ。

 

 二匹の猫悪魔の首を掴み、持ち上げた。

 

「喧嘩して騒がしく鳴き声出さないなら、俺が飼い主になってやる」

 

「え? 本当にいいの?」

 

「ニャー!? こんなお転婆なおばさん猫を飼うことになったら! オイラの胃がもたないニャ!!」

 

「あと、トイレはちゃんとトイレでしろよ。飯に文句言うなら飯抜きだ」

 

「分かってるわよ。私が何年飼い猫やってきたと思ってるの? 私は知的で賢い猫なのだから」

 

「まぁ、そういうことだケットシー。こいつと仲良くしてやれよ」

 

「尚紀の大馬鹿野郎!! オイラのユートピアに異物を放り込むニャー!!」

 

「よろしくな、ネコマタ」

 

「しょうがないわね~それで良いわ。私は魔獣ネコマタ、今後ともヨロシクね」

 

 こうして、二体目の仲魔を迎え入れる事となったのだが……。

 

 とある夜中の尚紀部屋。

 

 ケットシーがペット用マットソファークッションで丸まって寝ている光景。

 

「うニャ……? どうもお腹の辺りがモゾモゾとこそばゆい……?」

 

 フミフミ押されているような感触を感じ取る。

 

「何か……お腹を吸い付かれているような感触もするニャ……?」

 

 ケットシーは目を開け、夜目が効く目でお腹を確認してみた。

 

「ニャァァァン」

 

 ネコマタがケットシーのお腹に吸い付いていたようだ。

 

「ニャ”ァァァァァ──ッツ!!? 何してるニャお前!?」

 

「五月蝿いわね。吸わせなさいよ」

 

 ケットシーのお腹をまるで乳飲み子猫のように吸い付いている。

 

 他の飼い主のところにいた猫や犬に対しても、お腹に吸い付く癖があったようだ。

 

「いい加減乳離れするニャー!! オイラでさえママのお乳を諦めたのに!!」

 

「悪魔は自由に生きていいのよ。だからこれは私の勝手」

 

「尚紀──ーッ!! 助けてニャ!! 変態女にオイラ汚されるニャ──ーッッ!!!」

 

 夜中に喧しい猫達に対し、ベットで寝ている飼い主からクッションが放り込まれてしまった。

 

 ──―今後ともヨロシク! ……じゃねーニャーッッ!!! 

 




読んで頂き、有難うございます。


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18話 石の賢者

 東京都には銀座と呼ばれる地区があり、都内有数のショッピング街として機能する。

 

 高級ブティックや上品なバー、寿司店、高級宝飾品を売る店、ハイテク製品を扱う最新銀座プレイス、歌舞伎座など、週末に大勢人が訪れる地域。

 

 今日は銀座を訪れている尚紀の姿があった

 

「もうすぐ風華の一周忌。佐倉牧師の家族達とも久しぶりに会える……。お土産は何がいいかな?」

 

 返しきれない恩がある人々に喜んでもらえる品を選ぼうとしているが、迷っているようだ。

 

「杏子やモモは味の濃い甘いお菓子なら喜んでもらえるのは分かるが、佐倉牧師達は何がいいんだ? 質素を尊ぶキリスト教徒だし、高い品を送っても困らせるだけだろう」

 

 どうやら贈り物として選んだのは、食べてもらえるお菓子にしたようだ。

 

「杏子とモモは甘い洋菓子、佐倉牧師達には甘さ控えめの和菓子でいいだろうな」

 

 お土産袋を持ち、銀座の通りを歩いている時だった。

 

「なんだ……?」

 

 不意に魔力を感じた。

 

「魔法少女のものでも、魔女や使い魔のものでもない……そして悪魔とも何処か違う?」

 

 今まで感じたことのない不思議な魔力を感じた方向を振り向く。

 

 そこに建つビルの一階テナントに構えられた小さなジュエリーサロン。

 

()()()()()R()A()G()……? まさか、ボルテクス界のギンザで利用した、あの宝石店……?」

 

 悪魔から手に入れた宝石をアイテム・精霊・御霊に交換してくれた店として記憶している。

 

「同名の店だけだったという事もあるが……この不思議な魔力の出どころはこの店の中だな」

 

 誘われるようにジュエリーRAGの店の中に入っていく。

 

 店の中はモダンな雰囲気に包まれ、かつての世界で利用した店の雰囲気ではない。

 

 店主のカウンターと宝石の商談を行うレトロなソファー、周りはアンティークなショーケースに納められた宝石やアクセサリーが並ぶ。

 

「……いらっしゃいませ。ジュエリーRAGにようこそ」

 

 店主である年老いた外国人男性が声をかけてきた。

 

(こいつか……不思議な魔力を感じさせる存在は?)

 

 長めの白髪をオールバックにした髪、ベストと黒いビジネススーツを合わせた見た目。

 

 右手に銀で飾られた高級杖を持った姿はまるで老紳士。

 

「おや? 貴方からは宝石の臭いがプンプンしますね? 歓迎しますよ」

 

「俺は宝石を買いに来たわけじゃないし、売りに来たわけでもないんだがな」

 

「では、どのような要件で、私の店にご来店されたのですかな?」

 

(悪魔とは違う……そして魔女や使い魔ですらない。この男は一体何者だ?)

 

「あんたがこの店の店主なのか?」

 

「ええ。私の名前は……ニコラス・フラメルと申します」

 

【ニコラス・フラメル】

 

 賢者の石を生み出した歴史上有名な錬金術師。

 

 14〜15世紀にかけてパリの裕福な実業家、慈善家として著名な人物。

 

 錬金術師としては具体的には金の生成や、賢者の石の作製に成功した伝説がある。

 

 ギリシャ語とヘブライ語で書かれた錬金術の秘法書である『アブラハムの書』や『カバラ』を解読してその力を得た。

 

 錬金術によって得た財によって教会や病院などへの慈善活動に徹したという歴史を残す。

 

 1418年に死去しサン・ジノサン墓地に入ったが、後に墓を掘り起こした人物が言うには棺の中は空っぽだったという。

 

 ニコラス・フラメルは不老不死の存在ではないのか? と歴史上語られてきた存在であった。

 

「何かの映画であんたの名前と同じキャラを見たことがあるな」

 

「ハハハ。私の名前はフィクションの世界では有名ですからな」

 

「なら、あんたの存在はフィクションなのか? 俺にはあんたが普通の人間には見えないな」

 

 その一言で、ニコラスが静かに微笑む。

 

「椅子におかけなさい。貴方と話をしてみたい」

 

 宝石の商談用ソファーに座り、互いに向かい合う。

 

「如何にも。私は普通の人間ではない……私は今年で()()()()ですからな」

 

「ならお前は……本物なのか?」

 

「お察しの通り。私は歴史上語られたニコラス・フラメル本人なのだ」

 

(伝説の錬金術師が目の前にいるのか……? まぁ、魔法少女や悪魔もいるんだし不思議じゃないな)

 

「賢者の石……ご存知ですかな?」

 

「名前だけなら……」

 

「世界各地で不老不死になる霊薬の研究が続けられた。中国では仙丹、インドではムップ、そしてヨーロッパでは賢者の石」

 

「お前は賢者の石を生み出した人物なのか?」

 

「カバラのお陰だ。天界の秘密なくして、このような奇跡は生み出せない」

 

「天界……つまり天使、もしくは堕天使から伝えられた魔法……それがカバラか?」

 

【カバラ】

 

 ユダヤ教の伝統に基づいた創造論、終末論、メシア論を伴う神秘主義思想。

 

 神智学とも呼ばれキリスト教神学者に強い影響をおよぼし、仏教の神秘思想である密教との類似性を指摘されることもあった。

 

 カバラはユダヤ教の密教的教義であり、仏教における顕教(けいきょう)でありカバラは密教とも言える。

 

 キリスト教のクリスチャンカバラと、魔術カバラと呼ばれるヘルメティックカバラの2つがある。

 

 ヘルメティックカバラは中世以降、オカルティストや神秘主義派による秘儀的解釈から研究され受け継がれていき、19世紀には特に重要視される事となった。

 

「カバラにおいては、世界の創造を神アイン・ソフ(無限)からの聖性の10段階に渡る流出の過程と考え、その聖性の最終的な形がこの物質世界であると解釈される」

 

「生命の樹(セフィロト)……仲魔たちから聞いたことがある。10個の球と22本の小径から構成された象徴図……一つ一つに神の属性が反映されているんだったか?」

 

「その通り。カバラは一神教でありながらも、多神教や汎神論に近い世界観を持ち仏教に近い」

 

 アイン・ソフとはアイン・ソフ・オウル(無限光)とも呼ばれ、創世記において原初の闇から最初の宇宙を生み出した存在として語られる。

 

(アイン・ソフ・オウル……悪魔が倒すべき大いなる神……。それは一神教の唯一神であり、無限の光を司る宇宙の光の秩序そのもの……)

 

「カバラ魔術学を語ると長くなる。私が本物かと疑うかね?」

 

「石ころを飲み込んで不老不死にでもなったか? まるで悪魔だな」

 

「石とは固い石だけとは限らない。錬金術の世界では液体もまた、石と呼ばれるのだ」

 

「不死の霊薬を飲んで……お前は不老不死になったというわけか」

 

「そう、私の体の時間は止まってしまった。……()()()()()()()ね」

 

 賢者の石は卑金属(鉛)を金などの貴金属に変えることが出来る。

 

 ならば人間の生命も金属のような永遠の形にすることも可能だったのだろう。

 

「俺が感じたが魔力は、カバラ魔術によって生み出した賢者の石の魔力だったのかもな」

 

「さて、私のことは語らせて貰った。次は君の存在について語ってもらおう」

 

「俺はただの探偵見習いだ」

 

「それは表の顔だろう? 君は……悪魔だと私は思うのだがね」

 

 その一言で、尚記の顔は警戒心を持つ表情へと変わった。

 

 ────────────────────────────────

 

「何故、俺が悪魔だと思う?」

 

「君はこの街で沢山の魔法少女を殺してきたじゃないか。魔法少女以外で魔法の力が使えるのは、悪魔としか思えない」

 

(俺の魔法少女狩りをこの男は知っている……そして、魔法少女の存在についても知っているのか)

 

「私は()()()()でもある。君からは宝石……いや、魔石と言ったほうがいいかな? 私は魔石の臭いが分かるのだ」

 

「持っていたとしたら、どうだと言うんだ?」

 

「魔石とは龍脈のエナジーが生み出す。エナジーとは感情エネルギーであり、感情エネルギーによって悪魔が生み出される。つまり、君は悪魔の関係者だということだ」

 

(たしかに魔石なら沢山持っている。この男はそれを嗅ぎ取ったというわけか……)

 

「あんたは正直に自分を語った。なら俺も語ろう……俺は、悪魔だ」

 

 それを聞いて、ニコラスは満足そうに微笑む。

 

「あんたは魔石に随分詳しいな? もしかして、魔石も生み出せるのか?」

 

「その通り。私はカバラや魔術の神秘をより深く探求する時間が沢山あった。その過程で生み出せたのが魔石だ」

 

「天使のカバラで賢者の石を生み出した次は、悪魔が生み出す魔石まで生み出せる錬金術師か。石の賢者って通り名も認めるしか無いな」

 

「その通り名を呼ぶ者たちは限られているがね」

 

「カバラや魔術に詳しいなら、悪魔の存在も驚きはしないか。魔法少女も知っていたんだな?」

 

 魔法少女という言葉を耳にした彼は、何処か辛そうな表情。

 

「知っているさ……。私の妻も……魔法少女だったのだから」

 

「お前の妻……?」

 

「聞いてくれるか? 彼女のことを……長い話になってしまう」

 

「構わないさ」

 

 ──―私の妻の名はペレネル……ペレネル・フラメルだ。

 

 ────────────────────────────────

 

 12世紀頃、イスラム科学から錬金術が輸入され、ヨーロッパでは賢者の石の探求熱が高まった。

 

 神秘主義的なヘルメス思想とともに、様々な伝説と風聞が広まり黒魔術と関係付けて語られた。

 

 14世紀頃、ペレネルは女でありながら錬金術の道を志した少女だと聞かされる。

 

「そんな彼女の元に現れたのが……()()()()と名乗る契約の天使だった」

 

「キューブ……? 契約の天使……だとしたら、インキュベーターに違いないな」

 

「彼女は願った……。錬金術や魔術の奥義を極める道に進む運命が欲しいと……。元々彼女はね、何かを利用して目的を達成することに迷いは無いタイプだった」

 

「ペレネルは魔法少女となり、魔女と戦う運命を背負いながらも、錬金術師としてその道を極める研究を続けたってわけか」

 

「だが、彼女はキューブに知らされていなかった。魔法少女の重大な問題によって……その道は閉ざされる事となった」

 

「魔法少女の重大な問題だと……?」

 

 ──―魔法少女はね……()()()を迎えた時期から、魔力の減退期を迎えるのだ。

 

「馬鹿な!? そんな話はインキュベーターから聞いていないぞ!」

 

「あの生き物はね、必要が無いと判断した情報は一切相手には与えない。それを間違いだと考える心すらないのだ」

 

「19歳を迎えた時期から……戦う魔力が無くなっていく? 日常生活に使う魔力の余裕すら無くなっていくというのか……魔法少女達は?」

 

「いずれ大きな魔法を行使する力も失い、どのみち魔法少女は魔女に敗れて早死する。そういう風に最初から作られていたのだ……()()()としてね」

 

「ただでさえ存在を秘匿して魔女と戦い、人間の世界で自由に生きる権利すら与えらない……。その上で魔力の減退という重荷まで背負い……戦いの世界で早死しなければならないというのか?」

 

「まさに……消耗品という概念でしか語れない存在たち……。それが魔法少女なのだよ」

 

「まるで神や世界の秩序だけのために、短い人生を消費されるだけの生贄じゃないか!」

 

「その運命は……私の妻をも襲った。彼女が19歳を迎えた時期にそれに気が付き焦ったようだ。このままでは錬金術や魔術を極める道が閉ざされると……」

 

「加齢による魔力の減退は……止められなかったのか?」

 

「残念ながら、彼女の魔法の力を持ってしてもな。だからこそ彼女は違う存在に頼ろうとした。自分を救ってくれる存在に」

 

「神の御使いである契約の天使が魔法少女を救わないなら……頼るべき存在の大凡の検討はつく……」

 

「ペレネルはカバラ神秘主義における降霊儀式によって……この世界に悪魔を召喚したのだ」

 

「光の秩序である天使が魔法少女を見放すのならば……混沌の悪魔を頼るか」

 

「彼女はその魂を対価に契約を交わす。悪魔はその見返りとして彼女の肉体を不老不死に変えた」

 

「肉体が不老不死になれば、19歳の若さを維持したまま魔法少女として生き続けられる計算か」

 

「彼女は長い時間を生き続けた……。本来は死んでいるはずの魔法少女の運命から解脱した」

 

 そして、彼女の願いの運命が実現される時がきた。

 

「長い時間の中で、私とペレネルはようやく出会う日が訪れた……。私達は恋に落ち、結婚した」

 

 ニコラスも若い時期はフランスの出版業者の人間であったが、錬金術の道に進む夢があった。

 

 そんな時、錬金術師であるペレネルと出会えたようだ。

 

「私は彼女にアブラハムの書を手渡された。これが錬金術にいたる道なのだと。そして彼女の勧めでスペインに向かった」

 

 錬金術の道は、己の力で道を切り開かなければならないとペレネルに厳しく言われたと語る。

 

「自らの学ぶ力を試したかった。スペインのアンダルシア大学でユダヤ人のカンシュから学び、秘宝書に書かれた奥義を得た」

 

「どれぐらい勉強を続けてきたんだ?」

 

「秘宝書を解読するのに21年もかかった……その間にカンシュは死んでしまったよ」

 

 秘宝書で得た錬金術の力を国に帰って使いたい、愛する妻と同じ道に進めた事を妻に喜んでもらいたい気持ちで長い年月を耐え抜いた。

 

「私は急ぎフランスに帰り自宅に戻った。そして……妻が不老不死であることの現実を直視した」

 

「……美しい姿のままだったか?」

 

「ああ……美しい娘のまま私を出迎えてくれたよ。時間が凍りついているように……私はこんなに年老いたというのに……」

 

「それを追求したのか?」

 

「その時はしなかった。錬金術の力で妻と一つの目標を実現させたいと願っていたからな」

 

「二人で賢者の石を作る……か」

 

「それこそが錬金術師としての私たち夫婦の本懐だ」

 

 年月が流れるのも忘れ、賢者の石を生成する研究を続けていった。

 

「そんな頃……周りの人間たちが口々にこう言いだした」

 

 ──―なぜあの男の妻は、あんな()()の姿をしたままなのだ? 

 

「そして人々は……妻の存在を魔女だと言い始めた」

 

「……()()()()か」

 

 魔女狩りという迫害の歴史が欧米に存在した。

 

 キリスト教社会を脅かす存在として、12世紀以降教会の主導によって行われてきた。

 

「魔女狩りの原動力は、どちらかと言えば権力者にではなく民衆の側にある。理解出来ない者を拒む……集団ヒステリー現象だったのだ」

 

 魔女とされた被疑者には、訴追、裁判、刑罰、あるいは法的手続を経ない私刑等の迫害を受けることになった。

 

「ただの人間でしかない私もまた、そんな民衆の不安と同じ気持ちを持っていた。我慢が出来なくなり……ペレネルに問いただした。彼女の秘密を……」

 

 ペレネルは愛する夫のために、全てを語ってくれた。

 

 魔法少女の秘密、魔女の秘密、そして自分が何故不老不死なのかも。

 

「妻は夜な夜な研究から離れ、家を出ていく毎日を送っていた。それが魔女との戦いだった。なぜ小娘のままの姿なのか……それは悪魔と契約して不老不死になったから……全てを語ってくれたよ」

 

「これが明るみに出たら……確実に魔女として人間たちに裁かれただろうな……」

 

「妻は私にこう言った……。もう、貴方と同じ時間を生きてあげることは出来ないと……」

 

「彼女が魔女として迫害され、お前にも危害が及ぶ怖さと、夫が先に年老いて死ぬ事に耐えられなくなったようだな」

 

「そして彼女は……自分の研究成果を私に託し、私の元から去っていった……」

 

「愛するが故に、分かれるしかなかった……か」

 

「彼女の意思を継ぎ、賢者の石を完成させた。だが……共に喜んでくれる人は……隣にいなかったよ」

 

「………………」

 

「去ってしまってからも愛してやまなかった……。彼女がこれから先、永遠に孤独に生き続けなければならないという業を背負い続けるならば……私も背負いたいと決意した」

 

「まさか……その時に?」

 

「私は……賢者の石を飲んだ。妻と同じく不老不死になり、彼女と共に生きたかった」

 

「やはり死去したというのは偽装だったか」

 

「私は表の世界から消えた。私と妻は社会の裏で生き続ける……己の願いである錬金術と魔術を極める道を、共に成し遂げるために……」

 

「妻の行方を探し続けたんだろうな」

 

「探し続けたさ……。そして最初に彼女と再開出来たのは1431年、5月30日が過ぎたフランスのルーアン……。フランスの歴史上、最も悲しみに暮れる事件が起きた日」

 

 ──―それは歴史上『ジャンヌ・ダルク』と呼ばれた少女が、魔女として火刑にされた日。

 

「私はもう一度やり直そうとペレネルに復縁を求めた。……だが、妻に拒絶されてしまったよ」

 

「無理もない……。夫まで自分と同じ不老不死になってしまったんだからな……」

 

「妻はフランスの地から消えた。世界中を探し歩いたが、彼女を見つける糸口さえ見つけられなくなった。錬金術の力だけで妻を見つけられないなら、私も彼女と同じ道を辿ろう」

 

「それが……悪魔の力とも言える魔石の研究か」

 

「私は悪魔の存在とその力の研究に没頭した。そして、魔石を生み出す力を得ることとなった。膨大な時間が過ぎ去っていき……気がついたら20世紀初頭になってしまっていた」

 

 ニコラスは魔石の力の1つである未来予知の力を用いて妻の行方を探す。

 

「そして……アメリカの地で彼女と再開した時……彼女は変わり果てていたんだ」

 

「変わり果てていた……?」

 

「長い年月というものは、人間の精神を擦り減らしていく。彼女はもう、私の知ってる錬金術師ではなかった」

 

 錬金術と魔術の奥義を極める情熱は何処かに消え去ったかのように……変わり果てた姿との再会。

 

「彼女は錬金術で得た財で、無意味な生を生きているだけだった。毎日酒に溺れては、ろれつが回らない言葉を喋る……。長く生き過ぎた魔法少女に成り果てていたんだ……」

 

「夫のお前さえ拒絶したというのか?」

 

「彼女を救いたかった……。だが、私の言葉など彼女は聞く耳をもってくれなかった……。酔に任せて私を罵倒するだけの妻の姿に……再会の喜びも消え去り、絶望した……」

 

「ニコラス……」

 

「私には彼女の苦しみが分かる。私とて長く生き過ぎて、もう人間としての情熱も擦り切れて無くなってしまった。それでもたった一つ残ったものが、妻への愛だけだ」

 

「その想いは……妻には通じなかったんだな」

 

「説得を続けた私も、ついには妻に叩き出されたよ……。その後はこの国に流れ着き、妻と同じく無意味な生を生きてきたというわけさ」

 

「それが魔法少女であり、お前の妻でもあるペレネル・フラメルか」

 

「……長い話を聞いてくれてありがとう。君の名前は何というのかな?」

 

「嘉嶋尚紀だ」

 

「ナオキ君か。聞き苦しい年寄りの昔話に付き合わせてしまったな」

 

「構わない。お前の気持ち……分からなくもないからな」

 

 彼もまた、1人の魔法少女を愛したことがある男。

 

「ナオキ君。頼みがあるのだが……聞いては貰えないだろうか?」

 

「なんだ? 言ってみろ」

 

 ──―妻を……ペレネル・フラメルを……()()()やってはくれないか? 

 

 ────────────────────────────────

 

「心から愛する妻を、俺に殺して欲しいだと? 一体何を考えているんだ?」

 

「妻はね……死にたくても死ねないのだ。その体は不老不死、たとえガソリンを被って火をつけようが、体を爆発させようが死なない」

 

「不老不死……聞こえは良いが、死ぬ自由すら奪われる悪魔の呪いか……。彼女が死を望んでいるのなら、自分のソウルジェムを自分で砕けばいいだけだろ?」

 

「さっき言ったが、彼女は悪魔にその魂を対価として差し出した。君なら分かるだろう?」

 

「まさか……ソウルジェムを?」

 

「そうだ……。ペレネルは、自分のソウルジェムを悪魔に奪われてしまったのだ」

 

「残ったものは、不老不死となった魔法少女の肉体だけか……」

 

「悪魔は常にペレネルと共にいる。彼女はソウルジェムが離れる心配も無く、魔法少女として活動を続けてこれた」

 

「お前は俺に……その悪魔を倒させた上で、妻のソウルジェムを砕いてくれと言いたいのか?」

 

「そうだ……。私は石の賢者だが、強大な力を持つ悪魔と戦う力はない。そして魔法少女であるペレネルでさえ、取り憑かれた悪魔の力には勝てない」

 

「俺にアメリカに行って、ペレネルを殺せと?」

 

「妻は近いうちにこの国に現れる。私の未来予知で既に分かっている」

 

「なんのために?」

 

 ──―夢の残骸を求めて……。

 

 暫くの沈黙のあと、尚紀が口を開く。

 

「……断る」

 

 立ち上がり、土産袋を両手に持ち店を出ようとするが立ち止まる。

 

 振り向きもせず、最後の言葉を残した。

 

 ──―心から愛している魔法少女を救いたいのなら、自分の力でやってみせろ。

 

 ──―それは、かつて俺が出来なかった道だ。

 

「まさか……君も魔法少女を愛して……?」

 

「俺みたいにはなるなよ……ニコラス」

 

 そう言い残し、店を出ていった。

 

「私の力で……愛する魔法少女を救う……か」

 

 彼の言い残した言葉を繰り返す。

 

 これは、尚紀が成し遂げられなかった望みをニコラスに託す言葉でもあった。

 

 もうすぐ、救えなかった魔法少女の一周忌を迎える。

 




読んで頂き、有難うございます。


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19話 最初の虐殺

 東京には一人の悪魔がいた。

 

 道を踏み外し人間の敵となった魔法少女に対し、慈悲もなく殺す魔法少女の殺戮者。

 

 悪魔は始めから魔法少女を殺すことを何も思わない程の殺人者であったのか? 

 

 それを知りたくば、東京の魔法少女社会の闇へと足を踏み入れるといい。

 

 これは、悪魔が魔法少女を殺す決意をした物語。

 

 ………………。

 

 佐倉牧師の教会から旅立ち、程なくして東京に戻ってきた。

 

「東京か……。帰る家など無い、通うべき学校すら無い。それでも、ここは俺の故郷……」

 

 日本人であることを証明するための戸籍すら持ってはいないため、ホームレスとして生きていくことになる。

 

「悪魔の力を使えば……金など幾らでも奪う事は出来る。だが、犯罪者になってしまえば……死んだ風華の墓に向けて合わせる顔もないな」

 

 彼は手近な公園でテントもささずにゴロ寝をする生活となる。

 

「またホームレス生活か……。腹は減るし体も臭くなっていく……この世界に訪れた頃を思い出すな」

 

 最低限の身だしなみと食事ぐらいは手に入れられる金が欲しいと考え、行動を開始。

 

「よぉ、少年。新入りだな」

 

「あんたは?」

 

「この上野公園のホームレス社会を一応取り纏めているモンだ。何があったのかは聞かないが、せめてこれぐらいは使え」

 

 渡されたのは持ち運べるタイプのマットレス。

 

「ベッドで寝るのが当たり前の連中は知らないだろうな……。地べたで寝ると地面の冷たさで寝られたもんじゃないってことを……俺たちはそれを毎日味わう。これは気持ちだ、とっておけ」

 

「いいのか……? ありがとう」

 

「気にすんな。俺は藤堂って呼ばれてるが……お前の名前は?」

 

「嘉嶋尚紀。ついでにホームレスが生活していくための知恵も教えてくれると助かるんだが……」

 

「それなら僕が教えよう」

 

「あんたは?」

 

「みんなからは米さんと呼ばれてる。君が早くここから巣立てるよう、手を貸すよ」

 

「2人とも……すまない。見ず知らずの俺に良くしてくれた借りは……必ず返すよ」

 

 ホームレスをしている男性たちと相談し、廃品回収業を紹介して貰った。

 

「低賃金だけど、服を洗濯したり銭湯で体を洗ったり粗末な食事ぐらいにはありつける」

 

「どれぐらいの稼ぎになるんだ?」

 

「一日中歩き続けてアルミ缶30キロを集めれば、一日3千円を手に入れられる計算だよ」

 

「廃品回収か……。よし、やってみるよ」

 

「君はまだ子供なのに……不憫なものだ。一日でも早くホームレス社会から卒業出来るよう祈るよ」

 

 ホームレスとしての労働生活が続く。

 

 悪魔の体は普通の人間の仕事などではまったく疲れることはない。

 

「おいおい……どんだけ持ち運べるんだよ!?」

 

「まだまだ運べる。一日30キロを目標にしてるんだ」

 

「その細い体で……凄い力持ちだったんだね……」

 

 そんな毎日を繰り返すうちに、ホームレス達とも交流をするようになっていく。

 

 そんなある日……。

 

「ホームレス晒しユーチューバーで~す! 今日は上野公園にいる社会のゴミ共を実況していきま~す!」

 

「なんだ……あの撮影機材を持っている奴は?」

 

「迷惑ユーチューバーってやつだな……。再生数を稼ぐためなら手段を選ばない奴らだ……」

 

「SNSの普及で一躍人気職業になったユーチューバーだけど、競争も激しく他人の迷惑を顧みない乱暴な行為を見せつけて視聴数を稼ごうとする迷惑人が跡を絶たないんだよ……」

 

「炎上記事でサイト閲覧数を稼ぐアフィ糞と変わらない奴みたいだな。今まではどうしてきた?」

 

「怒鳴り散らしても相手を喜ばすだけだ。俺達ホームレスの印象を悪くする事を目的にしてやがる……。他人を玩具にして晒し者にする……そんな連中がスマホの普及で増え過ぎたんだよ」

 

「ネットというリスク無き匿名社会が人間を乱暴者に変える。余りに無責任過ぎる空間だからね」

 

「任せろ」

 

「ねぇねぇ、何でダンボールで寝てるの? 人間として恥ずかしくない? 何の悪さして社会から捨てられちゃったわけ? カメラの向こうにちょっとコメントくれよ~」

 

「俺がコメントしてやる」

 

「あっ?」

 

 振り向いた瞬間、ユーチューバーの顔面に頭突きが炸裂。

 

「がふっ!?」

 

 鼻骨を砕かれ、鼻血を撒き散らしながら地面に倒れ込み、藻掻き苦しむ。

 

「二度と俺たちホームレス社会の前に現れるな」

 

「テメェ!? こんな真似しやがって……警察に突き出してやる!!」

 

 胸ぐらを掴みあげ、恐ろしい顔を向けてきた尚紀に対し、ユーチューバーが震え上がる。

 

「俺たちの肖像権を侵害しておいて……都合が悪くなれば警察に頼るのか? クズ野郎が」

 

 追い打ちの頭突きを連続で浴びせられ、左腕で掴まれているせいで倒れる自由すらない。

 

「お前のYou Tube動画、俺も見てやるよ。新しい投稿で俺達をまた嘲笑う動画を投稿したら……」

 

「ヒィィィ──ッッ!! しない! もうしない!! だから勘弁!!」

 

「そこまでだ、尚紀君」

 

「ああ、これ以上は傷害事件になっちまうだろう。勘弁してやれ」

 

「……分かった」

 

 開放された迷惑ユーチューバーが一目散に逃げていく。

 

「顔の返り血を拭くといい。いい男が台無しだよ」

 

「いやースカッとしたぜ! お前みたいに行動出来る若さが俺も欲しいよ!」

 

「世話になっている人達を晒し者にされて怒れないぐらいなら、犯罪者になった方がマシだ。死んだ大切な人の墓前に……尚のこと顔を向けられなくなる」

 

「ハハハ! お前は本当に優しい奴だよ……気に入った! これからも宜しくな、尚紀!」

 

 ホームレス達は彼を慕うようになっていき、ホームレス社会に次第に溶け込んでいく。

 

 その大事な縁は、これから先の彼の仕事の助けとなるだろう。

 

 生活に少し余裕が出てきた事もあって、東京の魔法少女について様子を調べてみることにした。

 

 ────────────────────────────────

 

 東京の魔法少女社会は殺伐としていた。

 

「人間を魔女や使い魔から救うことを使命として戦っている魔法少女なんて……いなかった」

 

 自分の為のみに魔女と戦い、魔法を娯楽として消費するようなエゴイズム社会がそこにあった。

 

「魔法少女の数も風見野市とは比べ物にならない程に多い……120人以上はいやがる。それぞれが独自のグループを形成して活動を行っているようだ」

 

 グループ名を象徴するようなアルファベットやカラー、キャラクターを縄張りのいたるところにカラースプレーで刻む事を好む。

 

 縄張りを奪ったグループは、その刻まれたグループの象徴を塗り替えて制圧した事を周りに示す。

 

「魔法少女グループは、東京の渋谷区・新宿区といった区ごとに縄張りを作っていたな……。まるでギャングのように縄張り争いを繰り返してやがった」

 

 酷い時には表道で魔法少女の殺し合いの被害が出てくる時さえあった。

 

「これが……この東京の魔法少女社会の現実なのかよ……落胆したぜ」

 

 これ程の悪党揃いで形成された魔法少女社会ならば、最悪の光景が思い浮かぶ。

 

「魔法という力を持った絶対者共が……人間の尊厳や生命を尊いものだと考えるのか? ……いいや、考えない。いずれ何処かで……人間をアリのように踏み潰す魔法少女と出くわすだろうな」

 

 彼には2つの約束がある。

 

 それを果たす時が訪れたようだ。

 

 ────────────────────────────────

 

 首都高速道路 中央環状品川線の山手トンネル内を走る現金輸送車。

 

「最近は物騒らしいですよ? 現金を奪う強盗事件が多発しているって話」

 

「ああ、ATM強盗の話だろ? 防犯カメラは壊され現金自動預払機を重機も使わず持ち逃げしたんだっけ?」

 

「しかもそのATMの周辺で火事が起きて、住民がそっちに気を取られてる隙の犯行ですからねー」

 

 世間話をしながら車を走らせている時だった。

 

「なんだ!? 前のあれは……道いっぱいの炎!?」

 

 現金輸送車の前方が一気に燃え上がり、道路を封鎖。

 

 車を止めてバックに入れようとするが……。

 

「駄目です!! 後ろの方も燃えてますよ!!」

 

 後方も燃え上がり、後続車も炎が邪魔して急停止。

 

 

 現金輸送車が炎で見えない中、完全に炎に前後を阻まれてしまった。

 

「今度は何だよ……あのコスプレ姿してるあの女は何だよッ!!?」

 

 炎の中から一人の少女が現れ、現金輸送車に向けて歩く。

 

 民間や警察で使われるレミントンM870と酷似した魔法ショットガンに弾を込めながら進み続ける。

 

「マグネシウムのペレットと破片で作った、あたしのドラゴンブレス弾の味はどうだい? 空気と激しい反応を起こせば、ちょっとしたマジカル火炎放射器の出来上がりさ」

 

「お、お前がこんな真似を!!?」

 

「相手は散弾銃を持ってますよ!? まさか現金強盗!?」

 

「よぉオッサン共、お勤めご苦労さん。現金はあたしが貰っていくからよぉ」

 

 強盗だと分かり、警備員の二人は車から降りて警棒を構え少女に襲いかかるが……。

 

「ハハハ! 人間が魔法少女に勝てると思ってるわけ? 甘い甘い♪」

 

 鈍重な警備員の警棒を楽々避け、魔法のショットガンストックで警備員ヘルメットを殴打。

 

「うっ!!」

 

「ぐあっ!!」

 

 ヘルメットを砕く威力で殴り倒し、もう一人をバットプレート部分を使い顔面強打顔。

 

 ただの人間が魔力で身体能力が高まった魔法少女相手に……勝てるはずがない。

 

「人間が魔法少女の姿を見たからには消さなきゃね。運が無かったなーオッサン共」

 

 鉛の散弾を男の頭に撃とうとした時……。

 

「こ、この魔力は……何か来る!?」

 

 業火を裂くように風と共に疾風となって現れた悪魔の姿。

 

 その姿は風見野の時に使っていた帽子とパンダナで素顔を隠していた。

 

「な、なんだテメェは!? あたしの現金を横取りしに現れた魔法少女かよ!」

 

「………………」

 

 敵意を剥き出しにした彼女が武器を構えて威嚇。

 

「誰だお前!? 何処のグループの魔法少女か知らねーが、この金はあたしのもんだ!!」

 

 次々にトリガーを引き散弾を放つが……。

 

「なんて身のこなしだよ!?」

 

 素早くステップ移動を繰り返し、回避していく。

 

(遅いトリガー速度だな。ダンテなら一秒間に二丁銃合わせて100発は撃ってきたぜ)

 

 魔法少女に素早く踏み込み、発射する前のショットガンを左手で払う。

 

「ゲフッ!!?」

 

 右ボディブローを左脇腹に打ち込み、怯んだ相手の頭を掴み膝蹴り、続く右肘の一撃。

 

 倒れ込み、手から落としたショットガンに手を伸ばそうとするが……。

 

「ギャァァ──ッ!!?」

 

 その右手は、足で踏み砕かれた。

 

 明らかに格が違い過ぎる相手だと判断した魔法少女。

 

「ま……待って! 殺さないで!! もうしない! 金も諦める!!」

 

「……魔法を使って人間社会に害を与えるなら、俺がお前を殺してやる」

 

「その声……男!? お前一体……わ、分かった! もう魔法を悪いことには使わないから許して!!」

 

 観念して命乞いしてきた魔法少女に対し足をどける。

 

「クソ……あいつ、絶対に忘れない……」

 

 武器を拾い起き上がった魔法少女が逃げながら跳躍。

 

 炎の上を飛び越え、ガス弾を撃ちながら姿を隠し逃亡していった。

 

 警備員を起こして状態を見る。

 

「昏倒しているが、生命に別状はないようだ」

 

(風見野で風華と一緒に戦っているうちに……俺も甘くなったな)

 

 溜息をつく頃にはトンネル両側の炎も消えていく。

 

 消防車のサイレンの音が近づいてきたのを合図に、彼も踵を返し消えていった。

 

 ────────────────────────────────

 

 池袋のある豊島区の南には新宿区がある。

 

 新宿を代表する街、歌舞伎町を根城にする魔法少女グループが存在した。

 

 皆が魔法の銃を所持していることからガンナーと名乗り、新宿区の至るところにgunnerとカラースプレーで刻み込むグループ。

 

 歌舞伎町のとある廃ビルの潰れたBARにガンナー達のアジトは存在していた。

 

 酒瓶や埃塗れの椅子が乱雑に放置されたアジトの中にはメンバー達が集まっている。

 

「随分派手にやられたじゃん、歩美(あゆみ)?」

 

 窓際のソファーで苦々しい顔をして夜の歌舞伎町を見下ろしている歩美の姿。

 

 傷は回復魔法をかけてもらいほぼ完治。

 

「相手は男だったんだって? 魔法少女と間違ったんじゃないの?」

 

「顔は隠してたけど、声は完全に男のものだったよ。あんな声した女なんているもんか」

 

「魔法少女とやり合える男なんているわけ? それこそ信じられないねー」

 

「お前が炎燃やし過ぎてさぁ、酸欠でラリって聞こえたんじゃないのー?」

 

 笑い飛ばすメンバーに対し、怒りで歪んだ表情を窓の外に向けた。

 

 東京の魔法少女達は、まだ悪魔の存在は知らない。

 

「けど、あたしらのビズを邪魔する奴ってのは……ほっとけないねぇ」

 

 暗い店内を照らすグラスに入った蝋燭の灯りに照らされたカウンター席に座る人物。

 

 スミス&ウェッソンM500に似たマグナムリボルバーを指で回転させるリーダーらしき魔法少女。

 

「あたし達の仕事の邪魔をする奴を生かしておいたら、他の魔法少女達に舐められる」

 

 彼女達は魔法を使ってATM強盗を繰り返し、金を巻き上げ続ける魔法少女強盗グループ。

 

 溜め込んだ金はBARのカウンター奥にある、酒をストックしていた棚に並んでいた。

 

「いずれそいつには礼をするとして……そろそろあたし、計画を実行しようと思うんだ」

 

 それを聞いて、座っていたメンバー達が立ち上がった。

 

「あたしらは魔法が使える絶対者だ。もっとがっぽり稼がないといけないよねぇーあんた達?」

 

 ガンナーには大きく金を稼ぐ計画がある。

 

 リスクの高いものだが、ガンナーは新しいメンバーも増えていき今その力は最盛期。

 

「お前ら! 好き勝手に使える金に飢えてるか!」

 

<<お──ー!!>>

 

「ガンナーはなんだー!!」

 

<<魔法が使える強盗団だー!!>>

 

「スリルを楽しもうぜ!! デカく儲けろ!!」

 

 リーダーの掛け声で士気が高まり、ガンナーの計画がいよいよ実行に移されようとしていた。

 

 ────────────────────────────────

 

 東京から郊外に向かう西の電車に乗っていると、ビルやマンションが林立する風景が続く。

 

 次第に木々や緑も増えていき、一戸建て住宅が目立つようになる。

 

 こういう場所には東京の魔法少女グループは寄り付かず、地元の魔法少女達が数人で切り盛りしているような状況。

 

 元に郊外の若者達でさえ都内に移り住むようになっていき、郊外人口の減少が進んでいる。

 

 風見野市同様、郊外というものは魔法少女にとってあまり魅力的な場所に映らないのか、都心に魔法少女達は集中すると考えるのが、東京や近隣に住まう魔法少女社会の価値観。

 

 この現状を利用し、意表を突こうというのだ。

 

 郊外なら東京の都心を縄張りにする魔法少女グループが乗り込んだとしても、魔法少女グループが少ないお陰で背後を突かれる心配もない。

 

 強盗団は目立つ都心よりも、郊外にビジネスチャンスを見出した。

 

 17時25分。

 

 郊外のとある銀行内は、勤務時間を終えようとしている職員達の働く姿も多い。

 

 もうじき銀行のシャッターも全て降ろされ、今日の業務は終了するだろう。

 

 何の変哲もない一日であった筈だが……それは突然起きた。

 

「えっ……?」

 

 店の窓や表玄関のシャッターが次々に自動で降りていく。

 

「キャァァ──ーッ!!?」

 

 店内に睡眠ガスが混入されたガス弾が撃ち込まれ、煙塗れとなっていく。

 

 即効性の睡眠ガスによって、職員は警報装置を押す暇も無く眠りについてしまった。

 

「時刻は17時30分ジャスト。シャッターも閉められ、外からは銀行がいつも通り営業を終了した光景に見えるだろうなぁ」

 

「ATM利用者たちが来店したってさぁ、銀行の都合で今日は利用出来ない~? って、深く詮索はしないだろうしねぇ。やっぱうちのボスって冴えてるわ」

 

 銃の発砲音が煙の中で響き、監視カメラが次々に破壊されていく。

 

 煙が消えてしまった店内には、カウンター前にガンナーに佇む魔法少女グループの姿が勢揃い。

 

 顔はガスマスクで覆われ、睡眠ガスが充満した店内で行動をすることが出来た。

 

「おやすみ紳士淑女諸君、いい夢を」

 

「おいっ! テメェだけは起きやがれ!!」

 

 銀行の責任者と思われる男だけを叩き起こし、銃を突きつける。

 

「金庫はどっちだ? 生命がいらねーのか言えよオラァ!」

 

「分かった! 教えるから生命だけは助けてくれ……!!」

 

 金庫に案内させ、扉を開けさせる。

 

 大きなカバンを持った魔法少女達が次々と金庫室に入り込んでいく。

 

 責任者に金庫室の棚を開けさせ、金目の物を全てカバンに詰め込んでいく。

 

「これであらかた手に入れたな、ズラかりましょうか」

 

「ご苦労だったねぇ、金目の物も手に入ったし、お駄賃あげるよ」

 

「あ……あぁ……やめて! 生命だけは勘弁……!!?」

 

 責任者の男に対し、リーダーの魔法少女がマグナムリボルバーの引き金を引く。

 

「ガッ……!!」

 

 頭が弾け、金庫室で倒れる責任者を置き去りにしたまま金庫室の扉を閉めた。

 

「外の様子は騒がしくない……計画は成功みたいね」

 

「静かに、スマートに、確実に。これがガンナーのモットーだからね、忘れるんじゃないよ」

 

 銀行から抜け出した魔法少女達は陽が沈むのを待つ。

 

 目立たなくなってから住宅街の屋根を飛び越えていき、縄張りに帰っていく。

 

「ハハハ! 完璧な仕事ってこういうのを言うんだろうねぇ!!」

 

 リーダーも他の魔法少女たちもゴキゲンな顔つき。

 

「…………クソッ」

 

 ただ一人、歩美を除いては。

 

 ────────────────────────────────

 

 歩美が個人で使っている目立たない位置に設置されたコインロッカー。

 

 彼女はカバンを開け、札束を次々に放り込んでいく。

 

 彼女はグループからこっそり抜け出し、金をグループから掠め取ろうとしているのだ。

 

「あたしは願いで金持ちになる事を望んで魔法少女になった……。宝くじが当たったが、糞親共がそれを奪って高跳びした」

 

 彼女の家はとても貧乏であった。

 

 そんな生活が嫌で堪らなかった歩美は、それを覆すために魔法少女になった。

 

 しかし、両親にせっかく願いで手に入れた大金を持ち逃げされたようだ。

 

「両親は殺したいほど憎い……でも、それが何だよ? 魔法少女は魔法が使える! 金なんて幾らでも集められる……そう思ったよ」

 

 魔法少女として活動し、ガンナーというグループと出会いメンバーになったが……。

 

「あたしに回される取り分は……いつも不公平! 儲けは古参メンバーが持っていきやがる!!」

 

 金持ちになる為に魔女と戦ってきたのに、これでは生命の額としてあまりに釣り合わない。

 

 その怒りの感情が、今のこの現場の光景。

 

 カバンの中身の半分をロッカーに詰め込み、鍵を閉めて後でこっそり回収する。

 

「メンバー共にはトイレにでも行っていたと言えば良い。何喰わぬ顔で帰ってやるわ……」

 

 踵を返し、後ろを振り向いたそこには立っていたのは……。

 

「俺の慈悲は、お前には届かなかったようだな?」

 

「おま……ガァッ!!?」

 

 裏拳を頬に叩きつけられ、大きく吹っ飛び地面に倒れ込む。

 

 チャックを締め忘れたカバンの中身が地面に撒き散らされ、札束が宙を舞う。

 

「なんで!? なんでお前がここにいるんだよ!! どうしてあたしがここにいるのが分かった!」

 

「お前の魔力はあの時に覚えた。どうせこうなることは分かっていたからな」

 

「あたしを付け狙っていたわけ? それに、あたしの魔力が分かる? あんたは……魔法少女と同じく魔力を探知する事が出来るってわけ!?」

 

 あまりにも異常な存在に対し恐怖にかられていく。

 

「お前が手に入れた魔法の銃弾には、どうやら幸運の女神は宿っていなかったようだな?」

 

「あ……あたしに手を出したら! 魔法少女グループのガンナーがお前に報復するぞ!!」

 

「だから何だ? もうお前を許しはしない」

 

 金色の悪魔の瞳に睨まれる歩美は確信した。

 

「今度こそ……殺される!!」

 

 彼女の防衛本能が刹那に体を動かした。

 

「チッ!!」

 

 照明で使われるフレア弾を地面に発射し、眩い光が広がる。

 

 目を開けた時には、歩美はその場から離れ逃げたようだが……。

 

「まだ遠くには行っていない……逃がすかぁ!!」

 

 悪魔はビルの上に跳躍し、歩美の後を追いかけていった。

 

 ────────────────────────────────

 

「昔からあたし言われてたんだよ……()()()()()()()()()だって!」

 

 親が仕事に失敗して貧乏になったのも、学校で不幸な事故が起きた時に現場にいた時もそう。

 

「あたしのせいにされた時に……皆に必ず言われた! アンラッキーガールだって! 貧乏神か不幸を呼ぶ祟り神だって馬鹿にされた!!」

 

 後ろから猛スピードで追いかけてくる悪魔みたいな男の姿。

 

「どうして、どうしてあたしだけが……こんなに不幸にならないといけないの? どうしてぇ!!」

 

 次のビルに跳躍しようとしたが……。

 

「うわっ!!?」

 

 足を滑らせビルから転落。

 

 地面に背中を強く叩きつけられた歩美が咳き込み苦しみを露わにする。

 

「何もかもがアンラッキー……このままあたしは……不幸に飲まれるのか?」

 

 暗い路地裏で背を上げ、起き上がろうとした時に見つけた……小さな人物の姿。

 

「お……お姉ちゃん、大丈夫?」

 

 気がつけば、路地に入る道から一人の幼い小学生少女が現れていた。

 

 その手には、ラッピングがされた箱。

 

「魔法少女たちから貧乏くじを引かされ続け……謎の存在に追われて……今度は、魔法少女のあたしの姿を人間に見られるわけ……ハハ! 何処までもアンラッキーってわけね……」

 

 ショットガンの銃口を少女向ける。

 

 頭上から悪魔が着地する。

 

 ──―こんなの……()()()()!! 

 

 トリガーにかけられた指が、引き金を引く。

 

「やめろぉ────ッッ!!!!」

 

 放たれた散弾が少女の頭を……()()した光景に、悪魔は愕然とした。

 

 ────────────────────────────────

 

 頭部を失った首から大量の血が吹き出し、残った体だけが倒れた。

 

 ラッピングで包まれた箱は、返り血で染まってしまう。

 

「あ……あぁ…………」

 

 差し伸べようとした手の先の生命が……消えてしまった。

 

 尚紀の甘さのせいで……。

 

「アハハハハハ!!! 魔法少女と関わるからそうなるんだよぉ!!」

 

 悪魔の耳に、()()()()()が響く。

 

 平気で人間の未来溢れる人生を奪う、悪魔の如き魔法少女の声が響く。

 

「………………きさま」

 

 憤怒が拳を震わせる。

 

 悪魔の荒い吐息が……灼熱の高温を発す。

 

 その目は金色の瞳から『真紅の瞳』へと移り変わる。

 

 ──―き”さ”ま”ぁぁぁあああ────ッッ!!!!! 

 

「ヒ……ヒィィィ────ッッ!!!?」

 

 悪魔が歩美の頭部を全力の力で殴り飛ばす。

 

 頭が首から千切れ飛び、壁にぶつかり()()()()()()と化す。

 

「でやあああああああああああああ──────ーッッッ!!!!!」

 

 なおも拳を振るい続ける。

 

 残された死体を殴り続ける。

 

 ソウルジェムは砕け散り、死体もミンチ肉に変わっていく。

 

 おびただしい血と、飛び出した臓腑の海。

 

「おおおおおおおおおおおぉぉぉ──────ーッッッ!!!!!」

 

 拳を肉塊に叩きつけ、叩きつけ、叩きつけ、地面がクレーターになっても叩き込む。

 

 悪魔の雄叫びが木霊する。

 

 ──―呪わしき悪魔の如き魔法少女共!! 

 

 ──―お前達を殺してやる!! 

 

 ──―皆殺しにしてやる!!!! 

 

 真紅の瞳から、赤い涙が流れていく。

 

 凄惨な光景が広がるビルの谷間。

 

 そんな場所に、吹き抜ける優しい夜風。

 

「ハァ! ハァ! ハァ! ハァ……ハァ……」

 

 誰かが頬を触れてくれたような感触。

 

 懐かしい、愛した女性の手と似た感触。

 

 真紅の瞳が金色の瞳へと戻っていく。

 

「………………俺は、また守れなかった……」

 

 殺された少女の方に振り向く。

 

 亡骸の横には、ラッピングされた箱が転がる。

 

 幽鬼のように体を揺らしながら歩き、箱を拾って中身を確認した。

 

「クマのぬいぐるみ……それに、プレゼントカードも入っている……」

 

【だいすきなおかあさん、いつもやさしくしてくれてありがとう。おたんじょうびおめでとう】

 

「これは……この少女が自分の母に送るはずだった……誕生日プレゼント……」

 

 赤いペンキを被ったかのような血が滴り落ちていく。

 

 ぬいぐるみとプレゼントカードを血で汚していく。

 

「大好きな母に送られる筈だった……誕生日プレゼントは…………」

 

 頭部の無い、愛する娘と化した。

 

 近くで男の声が聞こえてくる。

 

 きっとこの子の名前であり、この子の父親なのだろう。

 

「俺は誓う……もう二度と、この子のような犠牲は生み出さない……」

 

 ──―もう俺は……()()()()()()()()!! 

 

 魔法少女に慈悲などいらないと心に誓う尚紀の姿が、血塗れの広場にあった。

 

 父親に合わせる顔もなく、その場から走り逃げてしまう。

 

 路地裏から飛び出した自分の姿を見て、通りの人々は悲鳴を上げていく。

 

 表通りの店のガラスには自分の姿が映っていた。

 

「…………この姿が、いずれ魔法少女の虐殺者と呼ばれる者の姿か」

 

 鮮血に染まる、かつての世界で人修羅と呼ばれし悪魔の姿。

 

 周りの人々に対し、何も言わずに走り去っていった。

 

 ………………。

 

 ガンナーと呼ばれる魔法少女グループは、後に悪魔の報復を受けることとなり壊滅。

 

 新宿区の魔法少女グループが壊滅したこともあり、池袋の魔法少女グループが縄張りとして手に入れる事となった。

 

 この日を境にし、魔法少女達の血煙舞う夜が増えていく。

 

 皆は口々にこう言った。

 

 東京に……魔法少女の殺戮者が現れたと。

 




読んで頂き、有難うございます。


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20話 懐かしい風

 20話 ノスタルジック・ウインド

 

 風見野市郊外の道でタクシーから降りる喪服の男。

 

「ここまででいい。歩いていきたい」

 

 清算を済ませ、お土産袋と墓に備える白いお供え花を手に持ち教会に続く森を歩く。

 

 彼は懐かしい気持ちになっていく。

 

「こうやって荷物を両手に抱えながら……主日礼拝の手伝いをしたもんだな」

 

 1月ともあり鬱蒼とした雰囲気を纏う森。

 

「雪が積もったこの道を……4人で手を繋いで教会に帰ったこともあった……」

 

(自分の道を見つけて……彼女と共に幸せな日々が続いていくと……信じていた……)

 

 1月28日。

 

 尚紀が愛した魔法少女、風実風華が亡くなった日。

 

 キリスト教は仏教のようにお彼岸やお盆のような一斉にお墓参りをする習慣はない。

 

 キリスト教の死生観は、神から与えられた永遠の安息と捉えている。

 

 集まって故人の命日にお墓参りをしたり、死後数ヶ月から数年の間に集会を行ったりするぐらい。

 

 今日は一周忌なので教会に午後から行くと連絡をしたのだが……。

 

「固定電話に繋がらなかった……何かがおかしい。それに、タクシー運転手から嫌な話を聞いたな」

 

 聞いた話を思い返す。

 

()()()()だと……?」

 

「そうなんだよ……この先の森の奥で暮らす家族たちが始めたそうだ」

 

「この先で暮らす一家は確か、プロテスタント教会の宗派じゃなかったのか?」

 

「教会団体から破門されたそうだよ。それで新しい宗教を作ろうとしたって事だと思う」

 

「教会団体を破門されただと……? あれ程の熱心な信徒であった佐倉牧師が……?」

 

「そいつらはね、新興宗教の勧誘を風見野市の人間にしつこく行うんだ。迷惑な連中さ」

 

「…………そうか」

 

 ………………。

 

「街の人間達から恨みをかうような人間ではないはずだが……何が起こったというんだ?」

 

 そう考えているうちに森を抜け、開けた場所に出る。

 

 懐かしい教会が見えてきた。

 

「俺の家だった場所……俺にとって、この世界の家族と巡り会えた我が家……」

 

 何も変わらない教会の外観を見つめ、心の不安が少しだけ安らいだ。

 

 礼拝堂に入る入口に目を向けた。

 

 家族たちの姿があった。

 

「あっ! 尚紀だ──っ!!」

 

「尚紀お兄ちゃんだよパパ! ママ!」

 

 この世界の妹達と呼べるだろう懐かしい杏子とモモの姿。

 

 二人がはしゃぎながら走ってきてくれた。

 

「久しぶりだな……杏子、モモ」

 

 体に抱きつく二人に対し、優しく微笑む。

 

(人殺しの殺戮者である事を忘れさせてくれる人達……。また巡り会えて嬉しいよ)

 

 背が伸びた杏子の頭を見ると、黒いリボンを使い長い後ろ髪をポニーテールに変えていた。

 

 その髪型には、覚えがある。

 

「杏子……そのリボンはまさか……」

 

「うん……風姉ちゃんの思い出を……あたしが貰ったんだ」

 

 ──―えへへ、ふう姉ちゃんのマネ♪ 

 

「そうか……そうだったな。それにしても、見違えるぐらい大きくなりやがって」

 

「えへへ♪ あと少し伸びたら……風姉ちゃんと同じぐらいだったのに……」

 

「あいつが生きていてくれたなら、その成長を喜んでくれてたな……」

 

「ねぇ、尚紀お兄ちゃん! あたしも背が伸びたんだよ~」

 

「モモも小学校に上がった頃だよな? あの頃よりも背が伸びたじゃないか」

 

「うん! それよりも……この袋の中身は何?」

 

「杏子とモモのお土産に買った甘い洋菓子だ」

 

「「ほんとっ!!?」」

 

 二人は飛び上がり喜びを体全体で示す。

 

 大げさな反応だと思ったが、彼女達の喜びように対し、尚紀は何処か違和感を覚えた。

 

(まるで……久しぶりに食べ物が食べられるような……ひもじさをしやがって)

 

 2人の事を気にしていた時、保護者になってくれた優しい夫婦も近寄ってきた。

 

「……久しぶりだね、尚紀君」

 

「尚紀君……本当に見違えるほど立派になってくれて……私嬉しいわ」

 

「久しぶりだな、佐倉牧師……。あんた達夫婦がいてくれたから……今の俺がいる」

 

 涙ぐむ佐倉牧師の妻に、夫は優しく肩に手を置く。

 

(なんだ……? 佐倉牧師の胸元に見慣れないアクセサリーがあるな……)

 

 まるで人間の目を模した赤い石が中央に見える。

 

「佐倉牧師……あんた達はいったい……」

 

「その話は後だ尚紀君。彼女が……待っている」

 

「今日はあの子の一周忌……それを忘れてはいけないわ」

 

「そうだったな……。それじゃ、みんなで行ってやろう」

 

 佐倉牧師に促され、彼女が待っている墓地へと家族みんなで歩いていった。

 

 ────────────────────────────────

 

 風実風華の墓前に集まってくれた人達。

 

 尚紀は献花を行い、皆が両手を握り合わせて祈る姿。

 

 杏子とモモも献花したかったのだが、冬の季節であり拾ってこれる花は咲いてない。

 

 尚紀だけは祈りの姿を見せず、ただ静かに風華の墓を見つめていた。

 

 悪魔の彼に、祈る神などいない。

 

「……なぁ、キリスト教の牧師として、神の言葉の一つか二つはしたらどうなんだ?」

 

「……もう私には……その資格は無い」

 

「…………そうか」

 

 その言葉だけで、タクシー運転手から聞いた話が事実なのだと感じ取れた。

 

(風華……お前は何も心配せず、ただ安らかに眠ってくれ。この人達は……俺が守る)

 

 祈りを終えた佐倉牧師の表情は暗い。

 

(牧師として何もしてやれないが、こうして風華ちゃんの死を悼む者達が来てくれた。それが彼女の救いになってくれる事を願おう……私に祈りは許されない)

 

 ──―私の新しい信仰は……祈る神を見出さないのだから。

 

 ────────────────────────────────

 

 杏子とモモが尚紀の話を聞きたいと言ってくるが、土産を手渡す。

 

「これを静かに食べていてくれ。少し、お前の両親と話がしたい」

 

「え……? う、うん……分かったよ、尚紀」

 

「私達の分も食べていいわ。2人で仲良く、お腹いっぱい食べてね」

 

「ママ……?」

 

 3人は住居である家の中へと入り、リビングに向けて進む。

 

(家の中が閑散過ぎる……売れる物は何もかも売ったのか……?)

 

 食事をとる部屋に入ってみたら、家電製品が全て無い。

 

(こんな惨状で……どうやって生きてきたんだよ……)

 

 佐倉夫婦は無言で席に座る。

 

 カチカチカチと電気をつけるスイッチの音が鳴り響く。

 

 尚紀が明かりの電気つけようとするが、明かりはつかない。

 

 スイッチの音が鳴らし続けられていく。

 

 それは、佐倉夫婦への無言の圧力。

 

「どういうことだ……どうしてこんな状態になったんだ!?」

 

 彼の言葉に対し、自分達の不甲斐なさで夫婦は顔を俯ける。

 

「タクシーの運転手から聞いたぞ。お前ら……新興宗教を立ち上げたのか?」

 

「……そうだ。私はキリスト教徒であることを捨て……新しい宗教を立ち上げた」

 

 壁を拳で強く叩く。

 

「それがどういう事か分かってるのかあんた達!? 生きていく事すら出来てないじゃないか!!」

 

 その言葉を否定することは夫婦には出来ない。

 

 これが、今の佐倉一家の現実。

 

「見ての通りさ……。教会団体から見放され、私達の教義を伝えてきたが……誰一人聞く耳を持たず……私たちは厄介者として扱われてきた」

 

「献金なんて集まるはずがなかったの……。教会団体からの支援も無い……」

 

「食うにも困る有様じゃないか! あの2人が食べ物ではしゃぐ姿が見えなかったのかよ!?」

 

「そうだな……余程嬉しかったのだ。……満足な食事にすら、今の私たちはありつけない」

 

「それでもあの子らの親か!! 自分の娘達を苦しめる道を選んで……満足だったのかよ!?」

 

 咽び泣き始める佐倉牧師の妻。

 

「……君の言う通りだ。私は……あまりにも罪深い道を選んだ」

 

 胸の新たな信仰の証を、手で強く握りしめる。

 

「これが、私が選んだ新しい時代を救うための救済の道なのだ」

 

「お前は……娘達を犠牲にしてまで! 何を救いたい!?」

 

 ──―人間だ!! 

 

 席を立ち上がり、尚紀と向かい合う。

 

「人間の迷う心を救うには、新しい教義が必要だった! 神の言葉ではそれは成し得ないと……私は気がついたのだ!!」

 

「キリスト教にその身を委ねたあんたが……神を……捨てたというのか?」

 

「私は迷いし者達を救う為に牧師の道に進んだ! 今の伝統に縛られた教義ではそれは出来ない!」

 

 神の信徒である事を捨て、何になろうとしていたのかようやく理解出来た。

 

「一人の人間として人々に手を差し伸べたいと……。自分の言葉を用いて……人々に手を差し伸べようとしていたんだな……」

 

(その心はきっと……あの路地裏で手を差し伸べてくれた風華と同じ、人間の心の優しさだ……)

 

「あんた達だけでそれを決めたのか? 親戚は何も言わなかったのか?」

 

「私と妻の親戚は熱心なキリスト教徒達だ……。親戚達からは……絶縁されてしまったよ」

 

「そこまで身を切って……お前たちは己の信念を貫こうするのか……」

 

 神を否定するのは悪魔の道。

 

(人々の為に犠牲となっても助けようというのなら、その心は俺が東京で戦う理由と同じだ)

 

「分かった……。あんたの覚悟は聞かせてもらった……もう止めはしない。その道を俺も見てみたい」

 

「君はこんな私達を応援してくれるのか……やはり君は、私達の家族だよ」

 

 佐倉牧師と向かい合うようにして席に座る。

 

「……ここからは、現実の話をしよう」

 

 ────────────────────────────────

 

「今の収入と貯金はどうなってる?」

 

「私の布教活動を支援する形で、妻がパートをしてくれている」

 

「フルタイムで働ける就職も考えたのだけど……幼い子供達の面倒を見ないといけないし……」

 

「それに妻も神学校出身。神学は教師と同じく、就職の幅が狭くて融通も効かないのだ」

 

「パートだと扶養に入るのも難しいな……佐倉牧師がサラリーマンをしているなら、夫の扶養に入れるが……今は無職も同然だな」

 

「パートは130万円を超えるシフトは組まれないの。税法上どうしてもそれを超えると税金が課せられてしまうそうだから……」

 

「つまり、今あんた達は少ない収入を使い、年金と国民健康保険を払ってるわけか」

 

「その上で……杏子とモモの学校費用も払うことになる」

 

「モモは小学校に上がった時にも出費がかさんだ筈。それに杏子はもうすぐ中学校に上がる」

 

「そうだ。中学に進学するに当たる費用も……少ない貯金から切り崩さなければならない」

 

「牧師はね、収入面でかなり厳しい立場に立たされる職業なのよ……。私達の貯金額は多くはなかったわ……」

 

「それに……もうすぐ固定資産税の納付書も送られてくるだろう」

 

「いくら郊外の森の奥の教会でも、ここは大聖堂規模の教会。それ相応の額になるよな……」

 

「娘達もいつ病気になるかわからないの……。栄養失調が続いてモモが体調を崩した時の病院費用もかかったわ」

 

「節約の為にあらゆる生活費を削り、税金の支払いや社会保険の支払いがやってくるか……」

 

(こんな状態が……1年近くも続いたというのか? 俺が東京に旅立ってから?)

 

「一番の苦しみは……毎日の食事だ。これは生きていく為にかかせないものだが……私達はそれすら得られない」

 

「杏子とモモが学校給食から持ち帰ってくれる給食のパンがあるの。それが……家の食事なの」

 

「あんた達……そんなんじゃ死ぬぞ確実に。あの子達は学校給食しか食べられなくても、お前達はそれ以上に食えていない筈だ」

 

「いつの日だったか……杏子がリンゴを持って帰ってきたことがある。貰った品だと言ってな」

 

「贈り物を貰えて良かったね……と杏子に言ってしまったわ。それが盗んだ品だと心では分かっていても……家族でリンゴを切り分けてしまった」

 

「私達一家は……今では風見野市の嫌われ者達だからな。親として、盗みを働いた娘を叱るべきだったが……」

 

「杏子が犯した窃盗という罪は私達のせい。だからあの子を責める資格なんて……私達には無いの」

 

「今の現実……聞かせて貰った。あんた達のお陰で今の俺がいる……協力を惜しむつもりはない」

 

 懐から黒革名刺入れを取り出し、一枚の名刺を佐倉牧師に手渡す。

 

「まだ探偵見習いの身ではあるが、収入はある。それに副業も掛け持ちしてそれなりにやっていけてる。あんた達の力になりたい」

 

「何を言うんだ!? 君はまだ年齢で言えば……今年で19歳の未成年だろう!?」

 

「今年で22歳だ。そういう事に今はしている……。俺も成人した大人としてあんた達を助けたい」

 

「尚紀君……」

 

「あんた達は俺の恩人であり家族だ。……家族を助けるのに理由がいるか?」

 

「なんて立派な子になって……嬉しいわ……グスッ」

 

 佐倉夫婦の目に、熱い涙が溢れていく。

 

 その姿を見て、優しい微笑みを返してあげた。

 

「おい、そこの二人。立ち聞きしてないで入ったらどうだ?」

 

 扉の向こうにいる子供達に声をかけられ、バツが悪そうに入ってきた。

 

 2人の子供達も、尚紀の言葉を聞いて涙を流してくれていた。

 

「尚紀……やっぱりあたしが苦しんでる時には、あの時みたいに助けにきてくれる人なんだね……」

 

「グスッ……尚紀お兄ちゃん……!」

 

「お前ら、湿っぽい顔してんじゃねーよ」

 

 立ち上がり、喪服のポケットからスマホを取り出しタクシー会社に連絡をとる。

 

「腹が減ってるから元気が出ないんだ。寿司を食いに行くぞ、回らない方のな」

 

「「お寿司!? 回らないほう!!」」

 

 飛び上がって喜んでくれる子供達の姿を見て、佐倉夫妻も久しぶりとなる笑顔を見せてくれた。

 

(今なら……風華が手を差し伸べてくれた気持ちが分かる)

 

 ──―俺も風華と同じ道を進もう。

 

 ────────────────────────────────

 

 外に出れば冬空の冷たい風が吹き抜けた。

 

 冷たい風も久しぶりに揃った家族達にとっては心地良い風。

 

「懐かしい風だ……」

 

 風見野市で一緒に駆け巡り、魔女と戦った風の守護者を思い出す。

 

「あいつの風を肌で感じる時は、いつだって優しい風が感じられたよ」

 

(風華の未来は守れなかったが……この家族の未来は守りたい)

 

(そのために、風華との未来を作るために使うはずだった……宝石を使おう)

 

 銀座で宝石店を経営するニコラスが頭に浮かぶ。

 

(あいつなら、この宝石をどう扱っていいのか分かるはず)

 

 風見野市で家族水入らずの時間を過ごした後、尚紀は再び東京に帰ることとなった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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21話 普通の恋愛

「ねぇ、凛(りん)ちゃんの好きな映画って何?」

 

「あたしはね、ベタな恋愛映画が好きだよ。男と女のラブ・ロマンスならジャンルをこだわらず楽しんできたなぁ」

 

「へぇ?意外と乙女チックだよね」

 

「あんな銀幕世界の男優と女優のようなラブ・ロマンスを、いつかしてみたいね…」

 

「フフ♪ 凛ちゃんはざっくばらんな男の子って性格してるけど、本当は誰よりも女の子らしいね」

 

「そうかな……? クラスメイト達からは、割りとオッサン扱いされるんだけどね~」

 

「ねぇねぇ、男女恋愛に憧れてるなら好きな男の子とかいる?」

 

「えっ……? まぁ…………うん」

 

「ほんと!? 告白はしちゃったわけ?」

 

「まだ……。いつかその人に思いを打ち明けたいって思うんだけど、グッドタイミングに恵まれなくてさぁ。ほんと、あたしってバットタイミングな女だよ」

 

「いつか()()()()()()()()に恵まれる日がくるって。そしたら直ぐに告白するんだよ」

 

「そうだね……。それだけの勇気なら……あたしも持ってると思う」

 

 強がりをしても、彼女に幸運は訪れない日々が続く。

 

 そんな時、彼女はキュウべぇと出会った。

 

「君はどんな願いをして、魂を輝かせるんだい?」

 

「あたしは……」

 

 ──―自分にとってグットタイミングを得られる女になりたい。

 

 1人の魔法少女が誕生した。

 

 願いは叶えられ、彼女の望み通りの幸運が得られる結果が直ぐにきた。

 

「あれ? 凛ちゃんも今帰り?」

 

 意中の相手がうまい具合に一人で教室に残っていた。

 

「う……うん。あのさ、少し話があるんだけどいいかな蓮(れん)君?」

 

(中学の頃から思いを募らせてきた……告白のチャンスに恵まれず、結局高校まで追いかけてきちゃったし……このチャンスを逃せない!)

 

「あ……あたし! 男っぽい感じで……あんまり可愛くないけどさ……あたしのこと、どう思う?」

 

「え……? 昔からの付き合いだから分かるけど、凛ちゃんは普通に可愛い女の子だと思う」

 

 脈がある反応が帰ってきた。

 

「あたしさ……中学の頃から、あなたの事が好きでした。つ……付き合って下さい!」

 

(恋愛映画なら……もっとシチュエーションとか考えるけど……あたしにはこれが限界)

 

 魔法少女となり魔女と殺し合う運命まで背負って得たチャンスがかかっていた。

 

(神様……あたしの思いをこの人に届けて!)

 

 だが……返事は彼女が期待していたものではなかった。

 

「ごめん凛ちゃん……。僕ね、高校に入ってから付き合っている女の子がいるんだ」

 

「え……? え……? 付き合っている女の子がいたの……?」

 

「本当にごめん凛ちゃん……。君は可愛いから他の男の子も君の魅力に気づいてくれると思う」

 

「そんな……あ、あたしが好きなのは蓮君なの……!」

 

「君の気持ちは他の子の為にとっておいて欲しい。これからも、仲のいい友達でいてね」

 

 申し訳無さそうに教室から去っていく想い人の姿。

 

 彼女は膝に力が入らず崩れてしまう。

 

「告白する勇気はあった……グットタイミングにも恵まれた……なのに、時既に遅し?」

 

 何のために魔法少女になったのか、彼女は分からなくなっていく。

 

「諦めたくない……この胸を締め付ける好きな気持ちは……蓮君のためだけのもの」

 

 ──―一度フラれたぐらいじゃ……あたしは諦めない! 

 

 涙を拭い立ち上がり、今後の事を考えた。

 

 魔法少女として生きる毎日、好きな人と付き合っている彼女という存在の調査。

 

「きっとまだチャンスはある……だってあたしは……」

 

 ──―グットタイミングの魔法少女なのだから。

 

 ────────────────────────────────

 

 グットタイミングはもう1つ訪れた。

 

 高校に進学してまだ間もないが、魔法少女の仲間が出来たようだ。

 

「同じ暮らすに魔法少女がいたなんてね……これから宜しくな、澪(みお)」

 

「こちらこそ、宜しくお願いします! 澪……魔法少女になったばかりで、東京でどう生きていこうか不安だったの……だから組んでくれて嬉しい!」

 

「魔法少女になりたてのあたしも同じ気持ちさ……。他にも魔法少女は大勢いるって聞くし、どう生きていけばいいのか不安だったんだ」

 

「澪たち……仲良くやっていけそうね」

 

 東京の魔法少女社会を二人で生きることになって分かった事があった。

 

 この東京の魔法少女社会が、いかに狂っているのかを。

 

「誰も人間を守るために戦わないじゃないか……。やってる事は私利私欲のために魔法を乱用しながら犯罪の限りを尽くす連中ばかりだよ……」

 

「それに…人間さえも魔法少女の秘匿の為なら、平気で殺す人達ばかり…狂ってる……」

 

 魔法少女として東京で生きる事を絶望しかけていた時、その者達は現れた。

 

「お前らか? あたしらが縄張りにしている地域で魔法少女になったルーキー共は?」

 

「アンタ達は…?」

 

「要件を手短に言ってやるよ。あたし達のパシリとして働くか、死んで魔女になるかだ」

 

「パシリ…? あたし達が魔女になるだって…!?」

 

「凛…どうしよう……この人たち、断れば澪たちを!?」

 

「冗談じゃない! あたし達は……お前らのパシリになんてならない!!」

 

「あっそ、なら商売敵だね。死んで魔女になって…あたしらの魔力の肥やしになりやがれ!!」

 

「数が多い! あたしが囮になるから逃げろ!!」

 

「で、でも!?」

 

「いいから早く! あたしも切り抜けて上手く逃げるから!!」

 

 どうにか惨状を切り抜けた2人だったが、この地区の魔法少女グループを完全に敵に回した。

 

 魔女や使い魔と戦う2人に対し、外道に堕ちた他の魔法少女達まで襲いかかってくる。

 

「もう、誰も頼れない……。あたし達2人だけで、この狂った魔法少女社会を生きていこうよ……」

 

「澪…凛が側にいてくれたら大丈夫だから…。ずっと澪の側にいて…お願いだから」

 

「誓うよ。あたしも、澪がいないと心細くて絶望しちゃうし…」

 

 2人は東京の魔法少女社会でいう()()()()()()()と呼ばれる存在となった。

 

 区を占拠する魔法少女グループの目を盗み、魔女を仕留めて生命を繋いでいく日々。

 

 見つかった時は殺し合いとなり、弱い澪を守るために、凛は必死に戦い守ってあげた。

 

(本当は…か弱い女の子のあたしを、好きな男の子が守ってくれるような展開の方が好きだったけど…仕方ないよね)

 

横にいる澪に目を向ける。

 

(澪は大事なパートナーだし、生命を預けてもいい存在だから)

 

「澪ね…他の魔法少女達が語っていた怖い噂を…隠れながら聞いてしまったの」

 

「怖い噂…?」

 

「東京の魔法少女を殺戮する…悪魔のような存在がいるって…」

 

「マジかよ…。外道の魔法少女たちの次は、悪魔がいるだなんて…どこまで救いがない街だよ」

 

「凛…澪怖いよ…。こんな狂った街から逃げ出したい…」

 

「あたしだって同じ気持ちだよ…。でもここがあたし達の故郷だし、何処にも行く宛もない」

 

「死なないで凛! 澪を独りぼっちにだけはしないで……ッ!」

 

「約束する。だから、澪もあたしを独りぼっちにしないでね…こう見えて寂しがり屋だし」

 

 肩を抱き合い、周りに怯えながらも力を合わせて生きていく。

 

 そんな二人の関係が、女性同士において特別な関係になるのに…そう時間はかからなかった。

 

 ────────────────────────────────

 

 魔法少女として生きていく傍ら、想い人と付き合っているという彼女についての調査も進めた。

 

「優しい蓮君にしては趣味が悪い…。夜遊びしているような女が彼女だなんて…」

 

監視を続けた情報を頭で整理していくが…。

 

「彼に接する甘えた態度も……芝居がかった縁起にしか見えなかったし……」

 

 まるで悪徳商法で男を捕まえる女性勧誘員のように彼女には思えた。

 

「嫌な予感がする…蓮君はあの女に騙されているんじゃないの…? 蓮君は家が裕福な人だからお金には困ってないし…怪しすぎるよ」

 

 そんな男に女がいきなり現れ近寄ってきた場合は警戒しないといけない。

 

 東京ではよくある光景なのだから。

 

「必ずあの女の尻尾を掴んでみせる……絶対に!」

 

 凛は二人を監視しているつもりだったが、隣の澪には違って見えたようだ。

 

「凛……。どうして叶わなかった恋に縋り続けるの……?」

 

 恋に破れても想い人を慕っている悲しい少女のように映っていた。

 

「彼の事は忘れた方がいい。それが貴女のためよ」

 

「ごめん……そういう話題は勘弁してくれないかな? そんなことより、今日の魔女狩りの範囲なんだけどさ、あたしは……」

 

(話をはぐらかすのね…。そんなに、男の人だけが好きなの? ()()()()だってあるのに…)

 

(澪は一体何を考えているんだろう…? 最近あたしには分からなくなってきたよ…)

 

 ………………。

 

 魔女を狩り終えたとある日の出来事。

 

 魔法少女グループが襲ってくる前に澪を家に送り届けようと付き添っていた時だった。

 

「ねぇ……凛。話があるんだけど、いいかな?」

 

「何さ澪? そんな改まっちゃって?」

 

「ここではちょっとあれだから……こっちに来て」

 

 誰もいない小さな公園にやってきた二人が向かい合う。

 

 澪は顔を赤らめ、どこかぎこちない態度。

 

(まるで恋愛ドラマで奥手の少女が告白するシーンみたいな顔してる…何を伝えたいの?)

 

「澪ね……貴女に出会えた事は、願いが叶ったんだって思えるようになったの」

 

「澪の願い……?」

 

「澪は……運命の恋人に巡り会いたいって、キュウべぇに願ったの」

 

「そっか……。澪もあたしに負けず劣らず、恋に恋する魔法少女だからね」

 

 だが、彼女が考えてる恋愛と澪が考えている()()()()は違っていた。

 

「澪……凛の事が好き……大好き!! 貴女こそが……澪の運命の恋人だったのよ!」

 

「え……? え……それってその…………アレ?」

 

 澪の描く恋愛とは、()()()()()()の世界。

 

「お願い凛……貴女の事考えていると、澪は胸が締め付けられて苦しいの。澪の恋人になって!!」

 

 凛はショックを受けた。

 

(生命を預けてもいいと思えるほど、信じ合っていた大切なパートナーだったのに…)

 

 ──―あたしと澪の心は……こんなにも食い違っていただなんて。

 

「……気持ちは本当に嬉しい。でもあたし……その気持ちには答えられない」

 

「え…? え…? どうして凛!? 澪はこんなにも…貴女の事を愛しているのに!」

 

「あたしだって澪は好きだよ。でも、それは仲間として、友達として好きであって……愛し合う恋人みたいなものじゃない」

 

「そんな……生命を預け合うぐらい硬い絆で結ばれているのに! どうして恋愛になれないの!?」

 

(胸が張り裂けそうに痛む…。それでもあたしには…絶対に譲れない恋愛観がある)

 

「あたしはね……男の人が好き。男の人を愛したい…それがあたしの恋愛観」

 

 ──―()()()()()()()()は望まない。

 

 予想通り酷くショックを受けた大切なパートナーを大泣きさせてしまった。

 

 もう、彼女たちは引き返せない。

 

「さよなら……凛…。澪ね……貴女と一緒にいられて……幸せだったよ」

 

「待って!! あっ……」

 

 肩に手を伸ばそうとしたその手は、叩き落された。

 

 走って帰っていく澪の後ろ姿を呆然と見つめることしか出来ない。

 

 12月の季節。

 

 寒い冬の風が体と心を冷たく冷たく……凍りつかせていった。

 

 ────────────────────────────────

 

 あの日以来、凛は澪から拒絶されていく。

 

「学校で声をかけても無視されるし……顔があったら目を背けられる……」

 

スマホを取り出し連絡するが、応答無し。

 

「やっぱり、あたしのせいなんだよな……」

 

(あの子の純粋な恋心を、断る形であたしは踏み躙った……)

 

 ──―きっともう……あたし達が元に戻る事は出来ない。

 

 それ以来、一匹狼のように独りで魔女と戦う事となっていく。

 

「澪の存在が後ろにいないだけで…こんなに心細いだなんて思わなかった。胸が張り裂けそうなぐらい痛む…」

 

 普通の魔法少女仲間として過ごしたかったはずなのに、恋愛の価値観1つで引き裂かれた。

 

「もう分からない……あたしは間違った事をしたのかな?」

 

 ──―魔法少女は、魔法少女同士付き合うしか選択肢は無いの? 

 

 ──―男の人の存在を遠ざけて、恋人のように愛し合うのが自然なことなの? 

 

「普通の男の子と付き合うという事は、魔法少女の秘密を隠しながらのお付き合いになる。それはとてもむずかしい恋愛になるってことぐらい……分かってるよ」

 

 ──―そんな現実に潰されて……あたしはあたしの恋心を曲げたくない。

 

「だってあたしは……蓮君の事を愛しているから」

 

 ………………。

 

 魔女狩り終え繁華街の表通りを出た時、固有魔法のグットタイミングが舞い降りてきた。

 

「あれは蓮君の恋人の女……。それに、隣の男と腕を組んで……まさか!」

 

 思い人を騙す女の馬脚を晒す時がきたようだ。

 

 気づかれないよう二人の後を尾行し、会話に聞き耳を立てる。

 

「それで、お前の新しい財布君はいい感じに貢いでくれてるわけ?」

 

「私がおねだりしたら何も疑わずにさぁ、欲しい贈り物をジャンジャン買ってくれるんだー♪」

 

「それを質屋に持っていって、だいぶ稼いでるようだな」

 

「ほんと馬鹿だよねーあいつ。私達が遊ぶ為の金を貢いでいるとも気が付かずにさぁ」

 

「俺もお前の財布君のおかげで欲しかった物が色々買えたし堪らないよなーこういう楽な儲け方」

 

「ア・イ・シ・テ・ルーとか言ってあげるとね、直ぐに舞い上がって女の子を好きになっちゃうアホだからねー」

 

(あたしが想像していた通りだ……この女は蓮君の金目当てに近づいてきた女だった)

 

 二人がラブホテルに入っていくのを睨みながら決意する。

 

「この事実を蓮君に伝えないと!!」

 

 次の日。

 

 凛は思い人の前に再び立ち、昨日の事実関係を説明した。

 

「そんな馬鹿な!? 彼女が……僕の贈りものを質屋に売って……他の彼氏と遊んでいるだなんて!!」

 

「本当だよ蓮君! あたし見たんだ! 繁華街で蓮君の彼女と他の男が歩いて話してるのを立ち聞きして分かったんだから!」

 

「僕は信じない! 彼女は僕を心から愛してる女性だよ! 彼女に悪い印象を与えようとしてるのか……凛ちゃん!」

 

「ち、違う! あたしは本当に見たんだよ! 信じて蓮君!!」

 

「証拠を出してくれ! 彼女が僕の気持ちを踏み躙り他の男と僕の金で遊んでいたという証拠を!」

 

「そ……それは……」

 

「証拠は出せないんだろ? だったら僕はそれを信じない。絶対に信じてやるものか!」

 

 怒って自分の教室に行ってしまった。

 

「許せない……蓮君の純粋な愛情を利用して……金儲けに利用しているあの悪女を!!」

 

 ──―証拠? だったら……その張本人の口から言わせてやる! 

 

 放課後を待ち、悪女を問い詰める事にした。

 

 学校の門で待ち構えていると、上手いことに一人で下校してきた。

 

(本当にあたしはグットタイミングの魔法少女だね……)

 

 尾行し、路地裏に差し掛かった時に……。

 

「おい、お前」

 

「えっ? ちょ、ちょっと!?」

 

 肩を掴み路地裏に引きずり込む。

 

「い、痛い!! なんなのよアンタ!?」

 

「お前……蓮君の贈り物を質屋で売って、稼いだ金で本命の彼氏と遊んでるだろ?」

 

「な……なんでそんな事があんたに分かるのさ!?」

 

「あんた達がラブホテルまで行くのを通りかかってね、会話内容を聞かせてもらったんだ」

 

 顔が青くなっていく人物に対し、さらに詰め寄る。

 

「さぁ、今から蓮君のところに行くぞ。悪事を働いたお前の口から真実を吐け!!」

 

 胸ぐらを掴み上げ問い詰めていた手が叩き落とされた。

 

「ふざけんな! 誰が行くもんかよ! それにあんた、それを証明する証拠でも用意してるわけ?」

 

「お前が真実を語ればそれで済む!」

 

「ふん! 私は彼にこういうもんねー。この女に脅されてさぁ、嫌々ながら言わされてると!」

 

「ふざけやがって……何処まで汚い悪女なんだよお前は!!」

 

「それにさぁ、これは恋人同士の問題じゃない!」

 

 ──―あんた、男の子と恋愛したことある? 

 

「れ……恋愛経験は無いけど……」

 

「ほら見なさいよ! 男と恋愛したことも無い女がさぁ、口出しする権利なんてあるわけないじゃん! 外野は引っ込んでなさいよ!」

 

(あたしと澪は…こんな()()()()()達を…魔女や使い魔から守ってきたの?)

 

 ──―魔法少女達が、その秘密を秘匿して自由恋愛さえ楽しめない重荷を抱えてるのに……。

 

 ──―どうして……そんな酷い事が言えるの? 

 

「あんたの顔覚えたからね~? 彼に言いつけに行っちゃうから~♪」

 

 ──―魔法少女達の苦しみも考えない…こんな()()()()にそこまで言われるの? 

 

 ──―分からない……分かりたくもない! 

 

 憤怒の感情が湧き上がり、右手が震える。

 

「……こんな奴は…()()()()()()()()()()人間に害を与えるだけの悪者だ…」

 

「な、何よ……あんた、なんで左手を構えてるわけ?」

 

「……こんな悪女は…存在してはいけない…」

 

「何する気なの!? ちょ……誰か助け!!」

 

 路地裏から逃げようとした時、背後には既に武器を構えた魔法少女の姿。

 

 ──―男の人を嘲笑い、貶めて苦しめる女なんて……。

 

 ──―死んでしまえッッ!!! 

 

 人間を守る為に戦った1人の魔法少女は……一線を超えてしまった。

 

 ────────────────────────────────

 

 澪が行方不明になったという知らせが届いた。

 

 それが魔女に破れたか、魔法少女グループに襲われて殺されてしまったのかは分からない。

 

「あたしのせいだ……あたしが澪を独りにしてしまったから……澪は死んでしまった……。あたし本当に……独りぼっちになっちゃったよ……」

 

(もし……澪の気持ちを受け入れて、女の子同士幸せに生きていけてたら……あたしは過ちを犯さずに済んだのかな?)

 

 その手は綺麗な手をしていない。

 

 一人の人間の生命と人生を奪った、返り血に穢れた手。

 

「もうあたしは……魔法少女として失格なのかもしれない……。それでも、蓮君を救う事は出来たって……あたしは信じたい。それが唯一の心の慰め……」

 

 前向きに考えようとするが……戦う力が出ない、戦う気力もない。

 

「このままあたしも……澪の後を追うことになるんだろうね……。それなら最後に、もう一度だけ希望を持ってみたいな……」

 

 最後の希望を胸に秘め、愛する人に再び思いを伝える事を決めた。

 

 彼は付き合った女が悪女だと気が付く事はなかった。

 

 自分を愛してくれた女性を失った悲しみによって悲嘆に暮れていた。

 

「今度こそ……あの人に本当の愛を届けてみせる」

 

 ──―だってあたしは……心の底から貴方を愛しているのだから。

 

「……話って何さ」

 

「蓮君……彼女さんが亡くなったばかりで……こんな事言うのも変だと思うけど、聞いてほしいんだ」

 

「また彼女を悪者に仕立て上げたいのかい? 亡くなった彼女の尊厳を踏みにじりたいのかい?」

 

「ち、違うよ蓮君! あの女は本当に……」

 

「五月蝿い!! だったら君はどうなのさ!? 僕は知ってるんだよ? 君が夜中に街に繰り出して夜遊びしてるって」

 

(それは魔法少女として……魔女や使い魔から人間たちを守ろうと……)

 

「君の方がよっぽど悪女なんじゃないの? 僕の心を傷つける言葉ばかり使うくせに!!」

 

「ち……違う!! あたしそんな女じゃない!! だってあたしは本当に貴方の事を……」

 

「失望したよ凛ちゃん。君は高校に上がって変わってしまった……もう、昔の君じゃないんだね」

 

 泣きながら哀願しても、彼女の言葉に耳を傾けてはくれない。

 

 二度と近寄るなと言われ、去っていく彼の後ろ姿を見つめながら崩れ落ちる。

 

「……これで、あたしの恋は完全に終わってしまった……。なのに……なんでだろ?」

 

 ──―悲しみの感情よりも……どす黒い感情が湧き上がってくる。

 

「もう……蓮君みたいな男の子を苦しめさせはしない」

 

 ──―男の子を苦しめる女共……許せない! 

 

 ────────────────────────────────

 

「そこのお兄さん、ちょっといいですか?」

 

 キャッチセールスを行っている美女が一人の若い男性を呼び止める。

 

 男は美人に急に声をかけられ、嬉しそうに談笑を始めた。

 

「もっと深い仲になりませんか? あそこの喫茶店で色々と話がしたいんです」

 

 これは美人局と言われる罠。

 

 恐ろしい営業マン達に囲まれ、男は買いたくもない物をローンで買わされる末路が待つ。

 

「そうだね。それじゃ……あれ?」

 

 後ろを振り返ると、女性は消えてしまっていた。

 

「何処に行ったんだろ……え? 地面に飛び散った赤黒い痕は……血痕?」

 

 地面を見つめる男性よりもさらに上の光景。

 

 ビルの上には、一人の魔法少女が立っていた。

 

 右手に持つ魔法のクレイモア大剣の刀身に刺さった女性の遺体。

 

 さっき男性を罠にかけようとしていた女が心臓を串刺しにされたまま担がれていた。

 

「ほんと()()()()()()()()だったね。今日も男の人をあたしは救うことが出来た」

 

 大剣を振り抜き、串刺しにした女をビルの壁に叩きつける。

 

「これは人間を救うための戦いだ……。あたしは男の人達を悪女共から救っている。これも魔法少女としての正義の在り方だって……ようやく気がついたよ」

 

 ──―だって魔法少女は……()()()()()を守る正義の味方なのだから。

 

 次々と東京の街で男を騙す悪女共が殺されていく。

 

 グットタイミングの魔法少女はチャンスを逃さない。

 

 狂った正義に魔法少女は溺れていく。

 

 そんな日々が続いていき、季節も流れていった。

 

 12月24日の夜。

 

 世間はクリスマスを迎えているが、この魔法少女の戦いは終わらない。

 

 男女のカップルで賑わう表通り。

 

 ビルの上から悲しい微笑みをして見守る凛の姿。

 

 今日も悪女を殺す戦いを始めようとしていたが……。

 

「あたしたち魔法少女も……あんな()()()()が出来たら良かったね……」

 

 後ろから音も無く現れる黒衣の男性。

 

「お前か? 人間の女を殺し続ける……殺人鬼の魔法少女は?」

 

「え……? 男の人…………?」

 

 凛はついに、東京の魔法少女社会に現れる殺戮者と出会う事となった。

 

 ────────────────────────────────

 

 魔法少女の存在を知る者に対し警戒心を持つ。

 

「だったら、どうだっていうのさ?」

 

 その一言の後、肌が突き刺される程の殺意を彼女は感じ取った。

 

「こんな……ありえない!? なんなんだよこのデカすぎる魔力は!!?」

 

 黒衣のフードが首の後から伸びる角によって跳ね除けられる。

 

 発光する入れ墨が顔に刻まれ、金色の瞳を持つ素顔を見せた。

 

 凛は悟った。

 

 この男こそが……東京で噂になっていた魔法少女を殺戮する者だということを。

 

「人間じゃなさそうだな……。あたしも殺しに来たってわけ……?」

 

 魔法のクレイモア大剣を構え、魔力を注ぐ。

 

「お前は人間の生命をなんとも思わない外道だ。俺が殺してやる」

 

「そういう理由で……魔法少女を殺戮してきたわけ? それが何だってのさ! 好きな男の子を苦しめるような悪女共を殺して……何が悪い!!」

 

「自分の別の幸せをなぜ見つけなかった? お前にはそれは無かったのか?」

 

「ハハ……魔法少女同士で()()()()()になるしか……あたしらに道は無いのか?」

 

「……何が言いたい?」

 

「あたし達に……恋の自由は無いのか!?」

 

 ──―私たち魔法少女も、あんなふうになれたらいいのに──―

 

「……そういう事が言いたいわけか。魔法少女が普通の恋愛を望む事が……どれだけ無謀か分からないのか?」

 

「知ってるさ! 魔法少女の秘密を隠して男性と付き合う事の愚かさぐらい! 明日をも知れない身で……秘密を隠しながら男の人と交際なんて……不可能なぐらい!!」

 

「それでもお前は……男を選んだわけか……」

 

「そうさ……男の人との恋愛を諦めたくなかった。魔法少女社会の恋愛事情がガールズラブ社会なのは知ってる……。あたしもパートナーから告白された事がある」

 

「パートナーと共に、何故大人しくしてこれなかった?」

 

「告白されたけど断った。だから澪は去っていった……そして行方知れずで死んだ。あたしは独りぼっちになった……」

 

「………………」

 

「最後の希望を持って好きな人に告白したけど……誤解されたまま拒絶されて、恋は終わった。それでも、好きな人を騙し続けた悪い女を殺すことで、好きな人の人生を救えた」

 

「世直しのつもりで悪女共を殺して回っていやがったか……ふざけやがって」

 

「あたしだって! 最初は人間を守るために魔法少女パートナーと共に戦ってきたさ! それでも……救いようのない人間共が()()()()()を傷つけていく!」

 

 ──―あたしは……正しい人間だけを救いたい!! 

 

「お前は()()()()()()()()()()差別主義者だ。人間社会の敵め……必ず殺してやる」

 

「ハハ……人間だけが尊いってわけ? ()()()()()()()()()()()()……あんたに言われたくないよ!!」

 

 クレイモア大剣で八相の構えを作り、刃を悪魔に向ける。

 

「「()()()()()()べきかは……自分で決めるッ!!!」」

 

 互いが一気に踏み込む。

 

(この魔法少女……強い! 他の魔法少女とは明らかに覚悟が違う!!)

 

 本物の戦士の目を持つ強敵に対し、黒衣を掴み脱ぎ捨てる。

 

 手を抜いたら自分の首が落ちる程の気迫。

 

 魔力で生み出す光剣を握り締め、大剣と斬り結び合う。

 

 愛する者を失った悪魔と、愛する人の為に生きた魔法少女との戦いが今……始まった。

 

 ────────────────────────────────

 

 互いの剣が軋み合う。

 

 悪魔の光剣の光熱が容赦なくクレイモア大剣を溶断出来るはずが……出来ない。

 

「この女の魔法武器……硬すぎる!?」

 

「あたしの武器は……あたしの心の形!! 絶対に折れてやらないと誓う……意志の固さだぁ!!」

 

 左腕の肘打ちが彼女の右側頭部に襲いかかる。

 

 彼女は負けじと左腕で悪魔の顔面を殴りつける。

 

「「うおおおお────ッッ!!!!」」

 

 互いの乱撃の一撃一撃が火花を夜空に輝かせた。

 

「俺を相手に……一歩も後ろに下がらないか! 実力を認めてやる!!」

 

「あたしは一歩たりとも引き下がらない! 常に背中の後ろにいた……大切な仲間を守り抜いてきた女なんだ!!」

 

 今は後ろにいなくても、心にはいつも大切な魔法少女のパートナーがいてくれる。

 

 強き思いの力が悪魔の猛撃に対し、一歩も譲らない戦いの力を与えてくれた。

 

「チッ!!」

 

 互いの斬撃が切り結び合い、互いが前に押し出る。

 

 互いに背を向け再び斬り結び合う。

 

 斬撃を受け止め硬直すれば、容赦なく左腕で殴っては、相手もまた殴り返してくる。

 

 悪魔の一撃で後ろにふらつき後退するが踏み留まり大剣の刺突を仕掛けてきた。

 

「くたばれーっ!!」

 

 光の剣で弾き、乱撃を打ち込み合う。

 

 彼女の一撃を下に打ち落とすが、大剣がさらに悪魔の頭を狙う刺突。

 

「くっ!!」

 

 額をかすめ血が滲み、前髪が何本か舞う怯んだ悪魔に対し、さらに猛撃を繰り返す。

 

 斬撃を受け止め、左ボディーブローが彼女の横腹を襲う。

 

「ガハッ!?」

 

 尚も怯まず体を捻り、悪魔の足を刈ろうと払い斬り。

 

 バック宙返りを行い払い斬りを避け、距離が離れた互いが睨み合う。

 

「ハァ……ハァ……あたしは、間違っていない!!」

 

「お前の心は強いよ……。だが、人間を殺す魔法少女を……俺は決して許しはしない!」

 

「ハァァァァ──ーッッ!!!!」

 

 魔女の首をも跳ね落とす程の渾身の一撃。

 

 光剣で受け止め、左腕で彼女を殴りつける。

 

 彼女も負けじと左腕で殴り返そうとした時……。

 

「あっ……!」

 

 体を素早く拳打の横に滑り込ませ、伸び切った腕を掴み当身を肘に打ち込む。

 

「ぐあっ!!?」

 

 左腕の骨が砕け散る音が響く。

 

 怯んだ彼女の頭部に対し、左ハイキックの一線がキマる。

 

「……浅かった」

 

 咄嗟に蹴り飛ばされる方角に向けて跳躍、蹴りの威力を半減させたようだ。

 

 ビルのアスファルトに大剣を突き立て、起き上がっていく。

 

「あんた……本当に強いね。きっと……ここがあたしの死に場所になる」

 

 右腕のクレイモア大剣を高く天に向けて持ち上げる。

 

「何をする気だ……?」

 

 後ろ髪のポニーテールに大剣を近づけていく。

 

「さよなら……可愛い女の子のあたし」

 

 一気に大剣を上に持ち上げ、美しいポニーテールの髪が切り落とされてしまう。

 

「……女であることを捨てたか」

 

 夜風が美しい女性の象徴を運んでいく。

 

「もう愛した人と結ばれたいと願った恋路も絶たれた……。そして、あたしのやってきた事の報いも訪れた……()()なもんだね……」

 

 ──―ならば、あたしは一振りの剣になろう。

 

 ──―魔法少女である事も、女である事も捨てて……一振りの剣になろう。

 

 右肩にクレイモア大剣を担ぎ上げるようにして構える。

 

「行くぞ……これがあたしの……最後の戦いだ!!」

 

 悪魔の拳が強く握り締められる。

 

 手負いになりながらも、その闘志は怯まない相手に対し警戒する。

 

「この女の信念の強さは……本物だった。これ程の敵と戦えたのは久しいぐらいだ」

 

 ──―全身全霊を込め、次の一手で倒す……! 

 

 睨み合う二人が今、風となった。

 

 互いがアスファルトを踏み砕く程の踏み込み、爆ぜる地面と共に前に飛び出る。

 

 二つの意思が……激しくぶつかり合った。

 

 ………………。

 

 クリスマスミサの鐘の音が響く、クリスマスの夜空。

 

「…………やったねヒーロー。…………人間を守れたじゃん」

 

「……俺はただの()()()だ。……何故、振り下ろさなかった?」

 

 悪魔の光剣は、彼女の心臓を抉っている。

 

 凛のクレイモア大剣は、背中で止められたまま。

 

「本当はあんたに……あたしを止めてほしかったのかも……ね」

 

 大剣を握った手が緩み、剣が地面に落ちた。

 

 悪女たちを誅伐する信念の剣を、彼女は手放した。

 

 後ずさりながら、彼女は倒れてしまう。

 

「……お前ほどの魔法少女が……どうして……」

 

 戦いを制したのは……人間の敵を殺すだけの……。

 

 ……人殺しの殺戮者。

 

 ────────────────────────────────

 

 膝を折り、彼女の最後の言葉を聞いてあげる事にした。

 

「本当は分かってたんだあたし……こんなのただの八つ当たりだってさ……」

 

「………………」

 

「人殺しになって……魔法少女失格になった……。最後の恋心さえ……愛する人には届かなかった」

 

「……俺も経験がある。聞いて欲しい言葉が、叫びたい言葉があったのに、誰にも声は届かない。世界に必要とされなかった苦しみの経験がな」

 

「あたし……澪にもう顔向けできないや。肩を抱いてあげるには……人間の血で汚れ過ぎちゃった……」

 

「澪……お前の魔法少女パートナーの名前か?」

 

「うん……あたしの大切な魔法少女のパートナーだった。でも……あたしが澪を傷つけちゃった」

 

 命を預けてもいいほど信じ合えた魔法少女パートナーと、恋愛観の違いだけですれ違う苦しみ。

 

「もし澪が……普通の友達として……仲間として接してくれていたら……過ちを犯さなかったかも……?」

 

「そうかもな……。……お前の愛した人の名前は?」

 

「蓮君。あたしが中学の頃からずっと好きで好きで堪らなかった……愛した人……」

 

「気持ちが届かなくて……残念だったな」

 

「いいよ……。こんな人を殺す女の子なんて……きっと優しい蓮君には似合わな……ゴホッガハッ!!」

 

 大きく咳き込み吐血し、ソウルジェムも濁り果てていく。

 

「お前の最後を看取ってやるのが……愛する男でなくて悪かったな」

 

「ううん……。()()()に看取って貰えるなら……魔法少女社会じゃ……上出来だよ」

 

「魔法少女の隣には常に魔法少女がいる……。魔法少女社会の現実しか、連中も見ようとしない」

 

「そんな世界で……魔法少女同士の恋愛の世界とは違った……世界を見てみたかった……」

 

 ──―普通の人間と同じように……自由な恋愛の世界を……見てみたかった。

 

「…………お前の名前を教えてくれ」

 

「ゲホッ! ゲホッ!! ……凛」

 

 それを願った彼女の心は、魔法少女として間違いだと言い切れるのだろうか? 

 

「凛!! お前は自由な夢を見ていいんだ! お前の心を……束縛なんて誰にもさせやしない!」

 

 彼女の震える右手を握り締める。

 

 ──―魔法少女であったとしても……自由に……人間らしく……夢を見てみたかった。

 

 ──―愛する人と結ばれて……人間と同じように……幸せに暮らしていく夢を。

 

「お前はもう世界に悲しみを撒き散らす必要はない! お前は普通の幸せを手にしていいんだ!」

 

「ありがとう……。最後に……貴方のような男の人に出会えて……本当に()()()()()()()()だった……」

 

 ──―過ちを……繰り返さずに済んだ。

 

「お前の最後を看取る男の名は尚紀だ! 俺はお前を忘れない! お前のような魔法少女がいてくれて……俺は東京に希望が持てた!!」

 

 泥のような東京の魔法少女社会にも、美しく咲いてくれる華のような魔法少女がいてくれた。

 

 それが彼にとって、どれほど眩しく見えたことだろうか。

 

「蓮君……今度こそちゃんとした女性と出会って……」

 

 ──―幸せになって……欲しい……なぁ…………。

 

 そう言い残し、凛の瞳孔は散大し……死を迎えた。

 

 彼女の胸元にあるソウルジェムを手に取り、魔女として孵化する前に砕く。

 

「…………おやすみ。…………いい夢を見ろよ」

 

 静かに彼女の瞼を手で閉じる。

 

 彼女の亡骸を見つめ続けた彼の重い口が開く。

 

「……おい、いつまで隠れてるんだ? ……そこの二匹」

 

 バツが悪そうにケットシーとネコマタが物陰から出てきた。

 

 今日は満月であり、悪魔の血を持つ存在たちもこの日ばかりは悪魔の姿を取り戻せた。

 

「……可哀想な魔法少女だったニャー」

 

「魔法少女として、普通の恋をする自由も得られずに死ぬなんて……哀れな少女ね」

 

 3体の悪魔に見守られながら、一人の魔法少女の恋物語は終わるのであった。

 

 ────────────────────────────────

 

 黒衣を纏った尚紀と二匹の悪魔が表通りを歩く。

 

 粉雪が舞い降り、ホワイトクリスマスを迎えたようだ。

 

「……魔法少女って連中はどうして……自由に生きちゃ駄目なのかニャー?」

 

 ケットシーは悶々とした感情を我慢出来ずに喋ってしまう。

 

「魔法少女は、社会にその存在を秘匿して戦い続けなければならないわ。秘密を共有しあえる女の子達といた方が幸せなのよ……」

 

「ニャーそこが分からないニャー。女の子同士で一緒にいたら、どうして人間の幸せである愛が芽生えるニャ?」

 

「吊り橋効果というものよ。危険と隣り合わせの魔法少女同士の方が……普通の男よりも愛情が芽生え易くなる心理状態ね」

 

「そんな世界もあるニャ? でもあの子は……そんな魔法少女の恋愛が嫌だったのかもしれないニャ」

 

「普通の人間の幸せ……。それは魔法少女にとっては……望むことも許されない世界なのでしょうね」

 

「どうしてニャ、ネコマタ?」

 

「一度深く絆を結びあった愛する魔法少女が……他の世界で生きる男なんて好きになってみなさい? 絶対に傷つくわ」

 

「またまたどうしてニャ?」

 

「魔法少女同士の恋愛の世界に……()()()()()()って怒り出すからよ」

 

「ニャー!? そんな怖い女の子もいるのかニャ!?」

 

「女の恨みは恐ろしいのよーケットシー?」

 

 無駄話ばかりしている二匹の猫悪魔たちに構わず歩き続ける。

 

 表通りの隅でサックスを演奏しているストリートミュージシャンを見かけた。

 

 立ち止まって演奏を聞いていたが、ポケットを漁り万札が一枚あったのを掴む。

 

「……一曲、頼んでいいか?」

 

 万札を空き缶の小銭入れの中に入れる。

 

「え……? こんなにいいんですか?」

 

「バラード曲を頼む」

 

「せっかくのホワイトクリスマスですもんね。それじゃ、ラブ・バラードでも演奏します」

 

 演奏を静かに聞く。

 

 大切な人に送る、言葉以上のものを感じさせる曲。

 

 隣に高校生ぐらいの少年も訪れ、同じように小銭入れにお金を入れた。

 

「……いい曲ですね」

 

「……そうだな」

 

 隣に現れたのは、凛が愛した男性である蓮。

 

 彼もまた愛する人を失った悲しみを癒そうと立ち寄ったみたいだ。

 

 街行く男女の若いカップルたち。

 

 きらびやかに輝くクリスマスの恋愛の世界。

 

 これは、そんな世界を普通のカップル達のように生きる事も出来なかった魔法少女に送る曲。

 

 ノーマルラブ・バラード。

 

『あなたに、恋をした』

 




読んで頂き、有難うございます。


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22話 悪魔の宝石

 家族達を一刻も早く救わなければならなかった。

 

 東京に戻り次第、時間を作りジュエリーRAGに向かう事となる。

 

「おや、ナオキ君? いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件ですかな?」

 

「あんたは宝石の鑑定や売却方法を知っているか?」

 

「勿論だ。私は宝石を鑑定することも出来るが……今日は宝石を売りに来たのかな?」

 

 頷き、ニコラスに左手を見せる。

 

「悪魔の手品を見せてやる。これが売りたい宝石だ」

 

「私も初めて見る光景だ……。魔導書の中で知ったが悪魔の能力の1つと聞く。……便利なものだな」

 

 尚紀の左手に大きな宝石が出現していた。

 

 ファイアー・ローズ・クッションにカットされた珍しいピンク色のダイヤモンド。

 

 サマエルという邪神に姿を変えた仲魔から譲り受けた悪魔の宝石。

 

「これを売りたいんだが」

 

 その宝石を見た途端、珍しく彼が大声を上げた。

 

「馬鹿な!? こ……これは、ピンクダイヤモンド!? しかも……なんて大きさだ!!」

 

 ただでさえ珍しいピンクダイヤモンドだが、尚紀が手にしたピンクダイヤモンドの大きさは550カラット。

 

 タイ王室が所有している世界一大きいホワイトダイヤと同じ大きさ。

 

 白い宝石用手袋で宝石を鑑定しているが、間違いなくこれはピンクダイヤモンドだという。

 

「ピンクダイヤモンドってのは、そんなに希少価値が高い宝石なのか?」

 

「ピンクダイヤモンドはね、産出量がとても少ないダイヤモンドなのだ」

 

 世界全体のピンクダイヤモンド生産量の約90%を占めるオーストラリア・アーガイル鉱山が閉鎖するという話が、希少価値をさらに高くしているようだ。

 

 ホワイトダイヤより産出量が少なく、流通量も少ないので宝石の中でも希少性が高く、その希少性から身につけた人に幸せをもたらすとさえ言われる。

 

「石の純度はどんなものだった?」

 

「明るさも色も申し分ないほどのファンシーピンクの最高位ファンシーヴィヴィッドだ。それに透き通る程の透明度……もはや言葉も出ない」

 

 ピンクダイヤは、透明度の高さにカラットが加わって買取価格が決まる。

 

 世界一の大きさを誇るダイヤモンドとほぼ同じ大きさなら、その取引額は天文学的数字となろう。

 

「で、これは売れるのか?」

 

「……残念だが、これは普通の宝石を買い取ってくれるような店に売れるような宝石ではない」

 

「どういうことだ?」

 

「この宝石は……この地球に存在している事そのものが奇跡。値がつけられる宝石ではない。この宝石が世界に知られたら、地球の宝石の歴史を塗り替える宝石となるのは間違いない程だ」

 

「どうにかして売ることは出来ないのか?」

 

「この宝石に値をつけるとしたら、もはやオークションにかけるより他にない」

 

 世界の頂点に君臨する大富豪たちならば、歴史に残る宝石に値を付けてくれると言う。

 

「俺はオークションの世界には疎い。悪いが協力しては貰えないか? お礼はする」

 

「私は錬金術師だよ? お金には困ってはいないが……君に恩を売っておくのも面白い。いいだろう、私が手配しよう」

 

 悪魔が持ち込んだ宝石が、人間の世界でその価値が試される事となった。

 

 ────────────────────────────────

 

 宝石は時に魔性の石とも呼ばれる事がある。

 

 堕天使の長であり、魔界において王の中の王と呼ばれる大魔王ルシファー。

 

 彼を象徴する宝石が存在している。

 

 それはエメラルド。

 

 ルシファーは地獄に落とされる前は、唯一神の右側に座することが出来た最高位の天使。

 

 だが高慢になり、神にとって変わろうとしたため神の怒りを買い、地獄に堕とされるという結末に至るのがヨハネの黙示録。

 

 最高位天使から最高位堕天使となったルシファーが被っていた王冠こそが、エメラルドの王冠。

 

 叡智を象徴する石とも呼ばれ、宇宙の叡智にアクセスする力を与えるという話もある。

 

 自分自身の夢や願いを実現する為の勇気、行動力をもたらし守る力を持つと信じられてきた宝石。

 

 宝石とは人間の心を深く魅了し、惑わしてしまう魔性を未だに深く残している石であった。

 

 ………………。

 

 スイスのオークション会場が異常な熱気に包まれている。

 

 地球に存在しているのが奇跡と呼ばれる宝石がオークションにかけられようとしていたからだ。

 

 司会進行の男性の上にあるモニターには、オークションにかけられる悪魔の宝石が映し出される。

 

 会場内がどよめきと歓声が埋め尽くし、悪魔の如く美しい宝石に魅了されてしまった。

 

 スタート価格は、驚愕の10億ドルからの開始となる。

 

 1ドル100円で計算すれば1000億円。

 

 オークション会場がどよめき、静寂に包まれた。

 

 目の前に1000億円の売り物が並んでいたら静まり返りもしよう。

 

 アメリカのB-2ステルス爆撃機でさえ1機20億ドルの世界なのだ。

 

 それでも世界の頂点を目指す事が出来る大富豪達は怯まず、買値を釣り上げていく。

 

 12億ドル、15億ドル、20億ドル、25億ドル、30億ドル……。

 

 悪魔の魔性に取り憑かれてしまったかのように、金銭感覚が麻痺していく。

 

 ついには50億ドルの値がついてしまった。

 

 それでも世界のエネルギー資源を独占している中東の王族達は怯まない。

 

 60億ドル、70億ドル、75億ドル……。

 

 もはや正気を失いかねない世界の金がオークション会場で渦巻いている。

 

 ついには100億ドル……日本円にして一兆円を超える価格が提示された。

 

 この価格を提示したのはサウジアラビアの国王。

 

 総資産一兆6000億ドルを持つと言われている人物だ。

 

 100億ドルが示されてからは会場は静まりかえっている。

 

 もはや、落札は決まったかのようであったが。

 

 一人の男が手を上げ、喋った買値に会場内がどよめきに包まれた。

 

 1000億ドル。

 

 それは、日本円にして10兆円を超える金。

 

 その人物は、世界の富の半分を持っていると言われる巨大金融財閥組織の当主。

 

 米ドルを製造する権利を持つFRBユダヤ系金融機関を傘下に持つ一族だった。

 

 その一族の持つ総資産とは、日本円にして『一京』の領域とも言われている。

 

 巨大金融財閥組織の当主は、一族の末永い繁栄を願う気持ちをこの宝石に込め、価格を提示した。

 

 これにより落札額は決まり、悪魔の宝石の価値は1000億ドルの値がつき閉幕。

 

 この1000億ドルの宝石ニュースは世界中に流れていく。

 

 世界中の人々から()()()()()と呼ばれる程の価値を世界に示した。

 

 ────────────────────────────────

 

 現在、尚紀はオークションが行われたスイスに来ている。

 

 スイスの小規模銀行にニコラスと訪れ、プライベートバンカーと預金に関する会談を行っていた。

 

 額が額なだけにその取扱には最新の注意が必要だ促されたようだ。

 

 スイス銀行のプライベートバンクに売れた宝石の金を預金する事となっていく。

 

 スイスプライベートバンクとは、ナンバーズアカウントを開設できるという意味でのスイス銀行。

 

 口座名義までが契約者の任意の番号で管理され、名義人が表示されない匿名口座は守秘性が高い。

 

 スイスのプライベートバンクは、無限責任をもつ個人銀行家(プライベートバンカー)がパートナーとして経営している銀行。

 

 世界の富豪に愛用される長い伝統と実績は、高い守秘義務の規定がある信頼故だろう。

 

 口座の顧客身元を知っているのは担当者とごく一部と上層部だけ。

 

 口座番号が漏れてもそこから身元を割り出すことはできない。

 

 10兆円を超える額の金を預けても大丈夫だろう。

 

 日本の銀行の守秘性に関しては、些か疑うべきところもあったようだ。

 

 スイスのプライベートバンクで口座を開設するのに1週間~3カ月ぐらいはかかるが、このプライベートバンクはニコラスも使っている銀行でもある。

 

 銀行の頭取は子供の頃からニコラスは知っており、ニコラスに関する守秘性も守ってくれる人物。

 

 ニコラスの紹介であればと、僅か3日で尚紀は口座を開設する事が出来た。

 

 尚紀とニコラスは全ての手続きを済ませ、タクシーに乗り込んでいる。

 

 二人を乗せたタクシーは空港へと向かっていった。

 

「プライベートバンクってのは、預金通帳とキャッシュカードってのはないんだな」

 

「通常の銀行と違うからね。守秘性を高めるためにも個人資産情報は極力プライベートバンカーが管理しているのだ」

 

 尚紀はプライベートバンクに頼んで月次報告書を送って貰うことにした。

 

 インターネットでも確認は出来るのだが、セキュリティを破られた場合の心配もあったのでアナログな方法を選んだようだ。

 

「何で普通の銀行に預けるんじゃ駄目だったんだ?」

 

「私は大戦以降の新興銀行を信用していない。ビジネスの利益を追求するがあまり、利用者の守秘性を大事にしてくれない。やはり無限責任に属する銀行が信頼出来る」

 

「守秘性が高いのなら悪党でも利用出来るのか?」

 

「顧客情報の厳格な秘匿・守秘性はね、非合法活動や犯罪を含む不法・不正な報酬の受け取りや、その蓄財・脱税にも最適なのだ」

 

 プライベートバンクは『独裁者の金庫番』『犯罪者の金庫番』とも呼ばれていた。

 

「悪魔の金を預けるのに、うってつけの連中ってわけだな」

 

「私の長寿の秘密と付き合ってくれる大切なパートナーだ。やはり銀行は老舗が一番……君も大事にしてあげた方がいい」

 

「そんなもんかねぇ……? 人間の頃は庶民でしかなかった俺には想像し辛い世界だよ」

 

「大事な金を預けるのならば、その銀行の歴史も信用するに値するかどうかのモノサシさ」

 

 資産運用は長期間に渡るものであり、100年、200年と続いてきた銀行は多くの人の信頼を継続的に勝ち得ている証拠でもある。

 

「10兆円を超えた額を預けたのはいいが、参照通貨は何を見たらいいんだ?」

 

「ユーロ建ても増えてはきているが、やはり世界の主流のファンド等は、ドル建てになるだろう」

 

「それにしても、何でスイスにまで来て銀行口座を開設しなきゃならなかったんだ?」

 

「スイスは永世中立国。政治も極めて安定しているから世界によほどの事が起きない限り、安心して金を預ける事が出来るということさ」

 

「金の付き合いが長い錬金術師が言うんだから、間違いないんだろうな」

 

「これならば、日本国家が破綻しようが大事な金を守る事が出来る」

 

「銀行か……。世界の中心として必要とされるわけだ」

 

「これから君にもプライベートバンカーの担当者がつく。お金の相談は彼と行うといい」

 

「俺は日本語しか喋れないぞ」

 

「スイスの銀行家は世界中の語学に精通している。なにせ取引相手が世界中なのだから」

 

「銀行の窓口が日本にないってのはどうもなぁ」

 

「銀行の営業時間に本人の認証確認をとれば、スイスからどこの国のどの銀行、どの口座へも電話一本で振り込んでくれるから大丈夫だ」

 

「探偵事務所の給料振込先とは違う口座も色々作っておくか……」

 

「1000億ドルもの大金だ。資産運用の相談ならプライベートバンカーが業務で付き合ってくれるし、投資も色々考えてみるといい」

 

「投資……か」

 

 タクシーの窓から空港が見えてきた。

 

 この大金の投資先は既に決めている。

 

 大事な家族たちの新しい道を支援するための投資だ。

 

 ────────────────────────────────

 

「私の新しい新興宗教のスポンサーに……尚紀君がなるというのか!?」

 

「お前の新興宗教が宗教法人になれるまでのスポンサーになる。無担保、無利息、無返金でな」

 

 帰国して手続き等を終わらせた後、再び風見野市の佐倉牧師の教会に訪れている尚紀の姿。

 

 子供は学校に行っており、妻もパートで仕事中なので現在は尚紀と佐倉牧師の二人だけ。

 

「一体……その金は何処から出てくるというのだ!? 君はただの探偵見習いなのだろう?」

 

 スマホでニュース記事を佐倉牧師に見せる。

 

 悪魔の宝石のニュース内容が記載されていた。

 

「これは風華の人生を守るために使う予定だった俺の宝石だ。あんた達の為に売ってきた」

 

「1……1000億ドル!?」

 

「日本円にして、10兆円は超えているな」

 

 佐倉牧師の顔が青くなっていく。

 

 あまりにも現実離れした金の世界に目眩を起こしたようだ。

 

「しかし……それは君と風華ちゃんの未来を作るための金。私達が使っていいものでは……」

 

「……もう風華はいない。生きているのはお前達だけだ」

 

「尚紀君……だが私は……」

 

「あんたは……何も言わず俺を受け入れてくれた。今度は……あんたが何も言わずに受け取ってくれ」

 

 佐倉牧師は腕を組み悩み抜き……一つの答えを出した。

 

「……尚紀君。もう少しだけ時間を貰えないか? 私は自分の可能性をもう少しだけ試してみたい」

 

「だが、それに付き合う家族達の事も考えてみろ」

 

「分かっている。もし、私の愛する娘達や妻が餓死するような状態になるのなら……それは私の責任だ。そんな末路は私も望まない」

 

 その一言を聞いて安心したのか、握手を求めるように手を差し伸べた。

 

「交渉成立だな、佐倉牧師」

 

 目頭が熱くなり、目を潤ませながら彼の手を両手で握り締めた。

 

「ありがとう尚紀君! 君のお陰で私たち家族の未来は救われた!! 家族を代表して礼を言う!!」

 

「俺の以前渡した名刺は持っているか?」

 

 佐倉牧師が棚に入れていた名刺を持ってくる。

 

 トレンチコートのポケットに入れてあったセロハンテープを使い、100円硬貨を貼り付ける。

 

「これがあんた達の命綱だ。森を超えてある電話ボックスを使って、いつでも連絡をしてくれ」

 

「これは大金の話だ。妻や娘達にも今は秘密にしておこう。……人の口に戸は建てられないから何処で家族が大金の話を口にするか分からない……」

 

「賢い判断だ。あんた達はこの街の嫌われ者だが、大金の匂いがしだしたら……どんな人間達が現れるか分からないからな」

 

「この国の悪い風習だな。秘密を守ることの大切さを痛感したよ」

 

 二人はお互いに時が来るまで金の話は秘密にしておく事で合意。

 

 他の家族が帰ってこないうちに、尚紀は東京に帰る事にした。

 

 ………………。

 

 あれから季節は過ぎていき、杏子が中学1年生を迎えた春の時期。

 

 尚紀のスマホに一通の電話がくる。

 

「気が変わって直ぐにでも大金の投資が必要になったのか?」

 

 スマホの着信ボタンをスライドさせ、電話の相手に返事を返したら佐倉牧師だった。

 

「やったぞ尚紀君! ついに私の言葉を聞いてくれる人達が現れた! 数えられないぐらいに!!」

 

 突然過ぎる新興宗教の布教活動の大成功。

 

 嫌な予感がした。

 

 あまりにも唐突過ぎるこんな現象を、彼はよく知っている。

 

 それは、魔法少女の願いと呼ばれる奇跡の現象とあまりにも酷似していた。

 




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23話 ソーシャルナイト

 東京で戦う悪魔には自分で決めたルールがある。

 

 魔女と戦う魔法少女ならば、たとえ人間の敵である魔法少女であろうが不可侵を貫く。

 

 それ故に人間の敵となった魔法少女を殺す場合、魔女の結界内とは違い人間社会で犯行を行う現場が戦場となる。

 

 人間社会に向けて悪意ある魔法行使を行った現場ならば、言い逃れなど出来ない。

 

 魔女結界内とは違う人間達が行き交う社会の裏側での戦い。

 

 激しい音、叫び声、断末魔。

 

 あらゆる音が人間達の耳に入ってくるだろう。

 

 SNSとスマホが普及し、野次馬精神がさらに高くなった人間社会で争い事をする場合は、常に人間が近寄ってくる危険性が大きかった。

 

 だが、未だに目撃者は出てこない。

 

 それを可能としていたのは、一人の女性の力が手助けする形となってくれていた。

 

 ………………。

 

 今日も悪魔の戦いは続いている。

 

 ネットに魔法少女の犯行予告らしき書き込みを伝えられ、魔法少女を追っていた。

 

 警察無線を傍受してもらい、一人の女性から悪魔に伝えらていく。

 

 その現場に近い場所に向かい魔力を探り、見つけ出す。

 

「見つけたぞ。お前がSNSに犯行を予告した魔法少女だな」

 

「お……男!? 人間に見えない……なんなんだよお前!?」

 

「これから死ぬ奴が知る必要はない」

 

 魔法少女との殺し合いは今日も続く。

 

 魔法少女の一撃を上半身を捻りながら片手を地面に付け回避。

 

 低い姿勢からの後ろ回し蹴。

 

 首を刈り取るように蹴りが決まり、キリモミしながら魔法少女の体が宙を舞う。

 

 ビルの端を超え、真下は人間や車が行き交う空間。

 

「トドメだ!!」

 

 追撃し、キリモミ回転からの回転斬り。

 

 魔法少女の体がスライサーの如く斬り裂かれ、空中でバラバラの肉片化。

 

 地面に落ちていく肉片が次々に燃え上がり、道路に撒き散らされていく。

 

 だが人間達はそれに気が付かない。

 

 普段どおりの生活をしているではないか。

 

 燃える肉片をタイヤで踏みつけながら車が次々と走り出していく。

 

 その光景を飛び越えて着地したビルの屋上から悪魔は見つめる。

 

「熱くなり過ぎたな……周りが見えていなかった。……あいつがいなかったら()()()()ぜ」

 

 不可思議な出来事が広がる光景、これは彼の魔法ではない。

 

 ビルから飛び降り路地裏に着地。

 

 路地裏の入り口付近の壁に寄りかかり、腕を組んでいる女性の姿に視線を移す。

 

「あらあら、今日はラフファイトだったわね。危うく人間達に見つかるところだったじゃない」

 

「……悪いな瑠偉、世話になった」

 

「こんなのが見つかっていたら、今頃はLiveLeakに動画投稿されてたわよ」

 

 壁に寄りかかっていたのは人物は、探偵事務所の同僚である間桐瑠偉。

 

 彼女は魔法少女狩りの支援をする形で手伝ってくれるのだが……彼女に対し警戒心を持っている。

 

 明らかに人間が出来る不可思議現象ではなかった。

 

「いい加減、あんたの正体について俺は知りたいんだがな。あんた何者だ? 魔法少女か?」

 

「フフフ♪ 私のソウルジェムの指輪が何処に隠されているか……()()()()()()で探してみる?」

 

「チッ……。どうあっても喋る気は無いってことか」

 

「秘密が多い方が、女は美しく妖艶に見えるのよ」

 

 またいつものパターンかと溜息をつく。

 

 黒衣のフードを頭に被り、帰宅しようかと思ったが肩を掴まれた。

 

「偶には私に付き合いなさいよ。今日のも借りなんだから、男なら女に借りを返しなさいよね」

 

「……お前と男と女の関係になるつもりはない」

 

「アハハ♪ それもいいけど、今日は飲みに付き合いなさいよ。明日は事務所も休みだし」

 

「いつものアメリカンBARか?」

 

「私の行きつけの社交場に連れて行って上げるわ」

 

 ────────────────────────────────

 

 瑠偉のポルシェで家まで送られ、身なりを整えに行く。

 

 シャワーを浴びた後、パーティ用フォーマルスーツを身に纏う。

 

 探偵の潜入捜査で必要になるかもしれないと丈二に勧められ、一着は持っていたようだ。

 

 黒いフォーマルジャケット・ズボン・ベスト・白シャツ・ブラック蝶タイ・胸ポケットには白いポケットチーフ姿。

 

 玄関で黒の革靴を穿き込み、瑠偉の車に向かう。

 

「あらー♪ 似合うじゃない尚紀。夜の社交界に向かう準備はバッチリね♪」

 

 彼女もいつの間にかセクシーでエレガントなパーティドレス姿に変わっていた。

 

「こんな服を着る日が来るとはな……」

 

「それじゃ、銀座に向かうわよ。乗りなさいジェントルマン♪」

 

 ポルシェを走らせ、二人は銀座に向かっていった。

 

 ………………。

 

 銀座にそびえ建つ、ガラス張りのスタイリッシュなデザイナー高層ビル。

 

 ビル地下駐車場にポルシェが滑り込んでいく。

 

 駐車場のエレベーターから最上階のフロアに進んで行く2人の姿。

 

 エレベーターから降りた尚紀が見た光景とは。

 

「凄いな……宮殿の廊下と見紛うばかりの豪奢な空間が広がってやがる」

 

「真っ直ぐ進めばいいわ」

 

 ガラス張りの豪華な通路を進んでいく。

 

 奥の大きな両開きのドアの前には、タキシードを着た受付係の姿。

 

「ようこそ瑠偉様。……お隣の方はどちら様ですか?」

 

「私の友人よ。入れてあげて頂戴」

 

「申し訳有りません、BARマダムは会員制となっております。いくら会員様の瑠偉様のお連れ様と言えども……会員では無い方のご入場は……」

 

「ならマダムと相談して頂戴。瑠偉の友人が貴女を訪ねに来たと」

 

 受付係はスマホでマダムと連絡をとる。

 

「……失礼しました。どうぞ、お入り下さい……尚紀様」

 

(俺の名前を知ってやがるのか……?)

 

 疑問を感じたが、大きなドアが開かれ二人は中に入っていった。

 

 ────────────────────────────────

 

「ホテルBAR……なんて、呼べるような規模じゃないな……コレ」

 

 美しいピアノの生演奏が響く、巨大で豪華な社交空間。

 

 選ばれたエリートだけが利用出来る、まさに天空のユートピアの如き光景。

 

「ここはね、この国の政財界の大物しか会員になれない特別な社交場でもあるのよ」

 

「……落ち着かない。俺みたいな薄汚れた街で暮らす奴がいていい場所じゃないな」

 

「あら? 貴方だってもう大富豪じゃないの。胸を張ってここにいてもいいのよ」

 

(……いつ俺が宝石を売って大金を手に入れた事を知ったんだ? 本当に謎の多い女だ……)

 

「瑠偉様、尚紀様。奥でマダムがお待ちです」

 

 タキシード姿の男に案内され、奥にある豪奢な両開きドアに案内され入っていく。

 

 その光景に対し、周りで社交を楽しむ政財界のエリート達が陰口を叩く。

 

「……あの若造は何者だ? マダムと会える者など……会員の中でも極僅かだというのに」

 

「政財界でもまったく見たこともない人ですな……。しかも高校生ぐらいの見た目をしていたが……」

 

「でもなかなかの美丈夫よねぇ、あの青年。闇を感じさせる雰囲気がCOOOLだわ……」

 

 新入りの男を見て、会員の大物達が思い思いの言葉を呟いていったようだ。

 

 ────────────────────────────────

 

 円形状に広がる会員の中でも特別な人間しか案内されない薄暗い空間。

 

 無数の巨大シャンデリア・机のキャンドルグラスで照らされた豪華絢爛なVIPルーム。

 

 中央には大きなBARカウンターが備えられ、そこに立つ一人の女性の姿。

 

「いらっしゃいませ……BARマダムにようこそ」

 

 真紅のドレスを身に纏い、オールバックのブロンドヘアーをした高身長の女性。

 

「ハァイ、マダム。彼を連れてきてあげたわ」

 

「ごめんなさいね、瑠偉。無理を言って彼を連れてきてもらって」

 

「……最初から俺をここに連れてくるのが目的だったのか」

 

「フフ、まぁ座りましょう。マダムがお酒を淹れてくれるなんて、滅多に無いのよ」

 

 アンティーク席に二人は座り、マダムのおまかせで酒を注文。

 

「まるで曲芸師のような鮮やかな手捌きだな……」

 

 酒瓶を回転させ氷カット、フルーツカットもこなすマダムの姿に見惚れている。

 

 銀の容器のシェイカーを両手でシェイクし、グラスに中身を注ぎフルーツで飾り立て。

 

 出来た品をトレイに乗せ、持ってきてくれた。

 

「3人分……あんたも会話に混ざるのか?」

 

「ええ。貴方に凄く興味があったのよ」

 

「別にいいでしょ? マダムとお話出来るなんて、光栄なことなんだから」

 

「まぁいい、座れよ」

 

 マダムと呼ばれる女性も椅子に座り、3人が向かい合う。

 

「先ずは、この出会いを記念して乾杯しましょうか」

 

 マダムに促され、3人はグラスを持ち乾杯。

 

 一口飲んでみるが……。

 

「……美味いじゃねーか。探偵事務所近くのBARカクテルの味とは雲泥の差だな」

 

「丈二には内緒よ? 聞いたらきっと悔しがるだろうし♪」

 

「このカクテルはブラッディーローズと名付けているの。あなた達に似合うと思って」

 

「味は格別だが……色はまるで悪魔の生贄の鮮血みたいな朱色だな……それでその名か」

 

「フフ、気に入って貰えてよかったわ」

 

「俺に何の用があるんだ、マダム?」

 

「この国で新しい大富豪となった貴方に会ってみたくなった……という理由で満足するかしら?」

 

「それだけには思えない。金持ちなら腐るほど抱えてるんだろ? 何故俺じゃなければならない?」

 

「鋭いわね、流石探偵さんと言ったところかしら? 初めて会った頃よりも、だいぶ成長したのね」

 

「なに……? 俺とあんたは……何処かで会った事があるのか?」

 

「思い出して見なさい。この店の名前……そして、貴方が生きてきた中で関わった事がある酒場を」

 

 考えてみるが、心当たりがあるとしたら一つだけ。

 

 マダムの魔力を探ってみるが、彼と同じように人間の姿の時は魔力を感じさせない。

 

 こんな事が出来る存在は、魔法少女ではない。

 

「……お前、悪魔だな? そして俺と会ったことがある……BARを経営する女悪魔は一人だけだ」

 

 その答えを聞き、満足した表情をマダムは見せた。

 

「久しぶりだな、()()()()。……かつてあった世界以来か」

 

「覚えててくれて嬉しいわ人修羅……いいえ、嘉嶋尚紀」

 

「店の名前でピンときた。ボルテクス界のギンザBARマダムは……あんたの店だった」

 

 ────────────────────────────────

 

【ニュクス】

 

 ギリシャ神話における夜の女神であり、夜という自然が神格化された存在。

 

 カオスの娘であり、暗闇の深淵エレボスの兄妹にして妻。

 

 エレボスとの間に昼の女神ヘメラと天空神アイテル、冥府の川の渡し守カロンをもうけ、 また一人で眠りの神ヒュプノス、死の神タナトス、不和の女神エリス等の多くの神々を産んでいる。

 

 世界の西の果ての地下に館を構えており、娘のへメラと交代で世界を巡る事で昼夜の交代は行われるという。

 

 死や運命に関わる多くの神々の母である事から、主神ゼウスも無視できない権威を持つ旧き女神。

 

 オルフェウス教においては万物の祖となる愛の神エロスを銀色の卵として産み落とした創造主となっていた。

 

「新たなるカオスを司る悪魔になってくれて嬉しい。それでこそ私が見込んだ悪魔というものね」

 

「あんたも神なら、かつてあった世界の事も分かるようだな。昔話でもする為に呼んだのか?」

 

「フフ、せっかちさんね。私がどうしてこの世界にいるのか、気にならないのかしら?」

 

 夜魔ニュクスは強大な力を持った悪魔。

 

 そんな概念存在が何故この世界に対し、受肉した状態で生きていられる? 

 

「この世界の私はね、物質世界と魔界の境界が曖昧だった頃から……人間の世界で生きてきたわ」

 

「俺の仲魔の中に、太古から人間世界に同化して生きてきた奴らがいる。あんたもそうか?」

 

「その通り。私達は旧くから人間世界と共存の道を進んできたけれど……」

 

「……キリスト教の迫害か」

 

「そうね……。私たち神々の殆どが迫害を嫌い、魔界へと帰っていったわ……」

 

「だが、あんたは人間界に残る道を選んだわけか?」

 

「ええ……。私も人間界と同化する道を選んだ神の1人よ。他の悪魔達は人間や動物と混ざり合い、悪魔としての血が薄まったけど……私は違う」

 

 ニュクスは立ち上がり、己の真の姿を晒した。

 

「フッ……ボルテクス界のBARで、俺に色々な情報を与えてくれてた頃を思い出すよ」

 

「私が悪魔である証拠も見せたし、元に戻るわ。この姿だと魔法少女に気が付かれるし」

 

 悪魔の姿のままでは強大な魔力を周囲にもたらす為、直ぐに人間の姿に戻った。

 

「こうやって様々な人間の姿を使い、時代を生きてきたわ」

 

「お前の悪魔の力はあの頃と変わらないな。それ程の力……どうやって維持してきた?」

 

「独身を貫いてきたの。混ざり合わず永遠に生きてきたし、悪魔の力が弱まる事もなかったわ」

 

「それだけの力があったなら、世界を支配出来る絶対者になれたはずだ」

 

「そういうのに興味は無かったの。それに、この世界には魔法少女と呼ばれる存在がいるし、彼女達と争いたくは無かったわ」

 

「お前の力なら魔法少女など物の数ではない。魔王に匹敵する程の力を持っているくせに」

 

「私は静かな夜を好む女……争い事はあまり好きじゃなくてね」

 

(これ程の悪魔が……この世界には潜んでいたのか)

 

 ──―だとしたら。

 

「あら尚紀? 私に見惚れてどうしたのかしら? マダムよりも、私の方が女として好み?」

 

「瑠偉……お前もニュクスと同じく、この世界に同化した悪魔なのか?」

 

「女の秘密を知りたい? 私と親密な関係になってくれるなら……教えてあげてもいいわよ?」

 

「お前に聞いた俺が馬鹿だったよ」

 

 瑠偉の事をニュクスに聞いてみるが、はぐらかされた。

 

(瑠偉の調子に合わせるか……。こいつら、裏で繋がっている気がする)

 

 そんな話をしているうちに酒の量も増えていき、ほろ酔いになっていく。

 

 彼の体と心を酒でほぐすことが出来たと思い、本題を語られた。

 

「随分この東京で暴れているみたいね、尚紀。……魔法少女を相手にして」

 

「……やはりお前ほどの悪魔なら、知っていたか」

 

「政財界、反社会の世界、それに魔法少女の世界。私に入ってこない情報なんて無いのよ?」

 

「何が言いたい?」

 

「貴方が魔法少女を相手に戦うのは……人間社会の平和のため? それとも、復讐のため?」

 

 その一言で、尚紀の表情は険しくなる。

 

「なぜ、俺の戦いが復讐だと分かる?」

 

「貴方は愛する魔法少女を失った。その仇をとりたくて……とある魔法少女を探している。闇の世界で獲物を求めて……殺し歩いている」

 

「なら聞かせろ、チェンシーと呼ばれる魔法少女の事を。お前なら知ってるんだろ?」

 

 勿体ぶった態度に苛ついてきたのか、人差し指が机を叩く。

 

朱晨曦(シュ・チェンシー)と呼ばれる中国人の魔法少女。そして、ペンタグラム(五芒星)と呼ばれる、5人の魔法少女グループのリーダーが……貴方が探している獲物よ」

 

「ペンタグラム……東京では聞かない魔法少女グループだな」

 

「彼女達は全員海外の魔法少女達なの。だから東京を縄張りにしているわけではない。とある目的でこの国に集い、結成した魔法少女グループなの」

 

「とある目的とは?」

 

「そこまでは分からないけれど、貴方と深く関係があるのではなくて? なにせ、貴方の愛する人を殺す因縁を残していったのだから」

 

「そいつらは今……何処にいる?」

 

「今は東京を離れているみたいだけど、近いうちに戻ってくるんじゃないかしら? 貴方が風見野市にいた時期は、彼女達は東京に潜伏していたし」

 

 それを聞いた復讐者が立ち上がる。

 

「これを貴方に渡しておくわ、BARマダムのメンバーカードよ。これで貴方も会員だから、いつでも来店してね。今日は私の奢りだから安心しなさい」

 

「また来る。ペンタグラムに関する情報を集めておいてくれ、ニュクス」

 

 黒いメンバーカードを受け取り、ゲストルームから出ていく彼の後ろ姿。

 

 女性二人きりになり、ようやく瑠偉に対して重い口を開いた。

 

 ──―……これでよろしかったのですね、()()? 

 

 酒を飲み干した瑠偉が、不敵な笑みをみせる。

 

 ──―せっかく私が磨いてやった黒いダイヤの光に……陰りが見える。

 

 ──―また私が磨いてやらねばならぬ。

 

 妖艶な女らしい口調が一変し、深い闇を感じさせる男の口調へと変わる。

 

「全ては、我ら混沌の悪魔の黒き希望のため。あの悪魔には……さらなる試練が必要だ」

 

「……おかわりをお持ちしましょうか、閣下?」

 

「悪いな、ニュクスよ。もう一杯いただこうか」

 

 ────────────────────────────────

 

「おや、ナオキ君じゃないか。君もここの会員になったのかい?」

 

 知っている人物の声が聞こえ、振り向く。

 

「お前もここの会員だったのか、ニコラス」

 

「そうだ。マダムは古くからの知り合いでね……私の数少ない友人の一人なのだよ」

 

「長寿の人間に付き合ってくれる友人は……悪魔ぐらいしかいないということか」

 

「フフ、これで君も大物の仲間入りというわけか。……まぁ、私はこの店はオススメ出来ないがね」

 

「どういうことだ?」

 

「見たまえ、周りの人間達を」

 

「たしか、こいつらは政財界の大物連中だったな」

 

「権力者達はね、さらなる富と権力を求めるものだ。相手を出し抜き、蹴り落とし、破滅させてはそれを嘲笑う連中さ」

 

「金と権力に酔いしれた連中か……。ロクでなし揃いのようだな」

 

「ここに集まる者達の口から出てくる言葉は、騙り ・虚偽 ・謀略 ・権謀術数。悪魔の政治ゲームを楽しんでいる連中ばかり。敗北者の骸を踏みつけ、上り詰めてきた悪魔の如き強者共だ」

 

「資本主義社会という、弱肉強食の世界を登ってきた者達か。まるで悪魔の世界だな」

 

「血も涙もなき覇道の猛牙を持つ人間達の社交場……それがこのBARマダムの姿だ」

 

「そう聞くと、飲みに行く気も失せてくるよ」

 

「君も気をつけたまえ、ここに集まる奴らに決して心を開いてはならない。その言葉は全て虚実に塗れている」

 

「人間社会に虚実を用いて生きているのは、俺達だって同じことだろ……ニコラス?」

 

「フフ、たしかに。私達も似た者同士なのかもしれないな……ここの連中と」

 

「悪魔のような人間達と過ごす……社交界の夜か。俺達にはお似合いだな」

 

 ニコラスの横に座り、タバコを取り出し吸いながら飲み直す事にした。

 

「ところで、ここの美しいバニーガールはお触り厳禁だ。私も尻を撫で回してマダムに怒られた」

 

「……()()考えろ、エロ爺」

 




読んで頂き、有難うございます。


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24話 赤き魔法少女

尚紀は気になる案件を抱えており、休みを三日間貰って風見野市に帰ってきている。

 

愛した人の墓参りを済ませた彼が立ち上がり、我が家となってくれた教会に視線を向けた。

 

「佐倉牧師からかかってきた電話内容…。あれについて調べてみないとな」

 

新興宗教の突然過ぎる大成功に対し、強い違和感を感じてしまう尚紀。

 

「あれは…魔法少女の願いという、奇跡の力を持ってしか成し得ない…」

 

嫌な予感が彼の頭の中を過る。

 

「佐倉一家の置かれた状況から考えて、魔法少女に契約するとしたら身内以外に考えられない」

 

あれほどの飢餓地獄から脱するために、誰が魔法少女として契約したのか?

 

「佐倉牧師には俺の投資の件を伝えている。あの人物が関係しているとは思えない」

 

(佐倉牧師の妻は第二次性徴期など遠い昔に過ぎている…だとしたら、子供達か?)

 

「…風華、お前の二の舞にだけは絶対にさせはしない。必ずお前が愛した子供達を守ってみせる」

 

墓前から踵を返し、新興宗教の集会を行っている礼拝堂に向かう。

 

我が家の寝床となってくれた礼拝堂の両開き扉を開け、中に入る。

 

「懐かしいな…殆ど中は変わらないが、奥の祭壇周りは変わっちまったか」

 

奥の祭壇を見上げれば、キリスト教の祭壇と大きな十字架は取り除かれていた。

 

残っていたのは、佐倉牧師が演説を行っている演説台のみ。

 

佐倉牧師の演説を聞き入っている信者達の様子を注意深く観察する。

 

(この信者達…様子がおかしい。まるで洗脳魔法にでもかかったような顔つきに見える…。自分の判断で、人の言葉の良し悪しを考えているのか?)

 

佐倉牧師の言葉一つ一つを聞いた瞬間、その言葉を即座に肯定している光景。

 

人間は思考をしない生き物ではない。

 

「あら、尚紀君じゃない?来てくれていたのね」

 

横に立っていた自分に佐倉牧師の妻が挨拶に来てくれた。

 

「悪いな、急に押しかけたりして」

 

「いいのよ。貴方は家族なんだから、いつでも帰ってきていいの」

 

「新興宗教が大成功して何よりだな。今の生活はどんな調子だ?」

 

「お陰様で持ち直したわ。献金も主人が望めば熱心な信者の方々が少なくない額のお金を気前よく献金してくれるの」

 

(こんな怪しい新興宗教に、気前よく万札を出す人間がいるのか?)

 

「ちゃんと3食、ご飯を食べれるようになったか?」

 

「人並みの生活レベルに戻る事が出来たわ。私もパートから開放される事になったしね」

 

「それを聞けて何よりだ。子供達はどうしている?今も元気にしているか?」

 

「その件なんだけど…聞いてくれるかしら、尚紀君」

 

佐倉杏子の現在の状況を伝えられる事となった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「学校からの帰りが妙に遅かったり、夜中に家を出たりしているだと?」

 

「そうなの…以前の杏子からは考えられない行動を最近するようになってしまったの。心配でしょうがなくて…」

 

(杏子……馬鹿な選択をしやがって。お前は石ころに変えられちまったんだぞ…)

 

杏子は魔法少女の真実を聞かされていない事が、彼には分かる。

 

(お前はいずれ魔女となり、世界に呪いと災いをもたらす。お前の石ころから生まれる感情エネルギーは…大いなる神が生み出したアマラ宇宙を温める供物とされるんだ…)

 

インキュベーターと呼ばれる神の御使いに対し、憤りの感情しか湧いてこない。

 

「悪い子と夜遊びしているという訳ではないの。この前ね、杏子が初めてお友達を家に連れてきてくれた事があったのよ」

 

「…お友達?」

 

「そうなの、❝巴マミ❞さんという、見滝原中学校に通う人物でね、杏子の一つ上の学生さんなの」

 

(巴マミ?風見野市の隣街の人間と、どうしていきなり親交が生まれる?)

 

「とても聡明で気立ての良い優しい子だったわ。杏子やモモが懐くのも無理ないわね♪」

 

(おそらく…何らかの形で魔法少女となった杏子に接触してきた奴だと考えるのが自然だろうな。狙いはなんだ?善人の皮を被り、杏子に近づいて何を企んでいる?)

 

「杏子も巴さんの家に遊びに行く事も増えたのよ。巴さんはね、両親が事故で無くなって一人暮らしだから…巴さんも喜んでくれてるの」

 

(杏子の魔法を利用し、悲惨な家の事情を好転させるために…悪事にでも使うつもりか?)

 

彼は魔法少女がロクでなし揃いだというのを、東京で嫌という程見てきた。

 

疑いを向けるのも当然だろう。

 

魔法は悪魔の力…その力の誘惑に対し、人間は驚くほど脆い。

 

(人間は過ぎた力を持った時に…心の中の悪魔が囁く)

 

―――お前は人間を超えた絶対者だ。

 

―――この力を使って好きに生きようぜ。

 

―――人間社会など恐れるに足りない。

 

(巴マミ…杏子を利用し、罪の片棒を担がせようとしていたのなら…)

 

―――その首、背骨ごと引き抜いてやる。

 

「悪かった。今日は顔を見せに来ただけだから…もう帰らせて貰う」

 

「え?せっかく来たんだし、ゆっくりしていったらいいのに」

 

「色々調べる事が出来ちまってな。…これも仕事なんだ」

 

「探偵さんも大変ね。また来てね、娘達も主人も喜んでくれるから」

 

魔法少女となった杏子、そして杏子が活動するであろう風見野市の現在の状況。

 

そして巴マミと呼ばれる見滝原市の魔法少女の存在。

 

自分がいなくなっているうちに起きた状況を掴む必要があった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一夜開けた昼の時間。

 

彼は今、以前来たことがある繁華街の老舗ラーメン屋でラーメンを啜る。

 

昨夜調べた風見野市魔法少女社会に関する情報を頭の中で整理していた。

 

「どうやら今の風見野市は…一つの魔法少女グループがメインとなって活動しているようだな」

 

調査を進めていく中で、現在の風見野市を守護する魔法少女組のリーダーを突き止めた。

 

「人見リナ…あいつがリーダーとなり、魔女だけでなく使い魔も相手に戦っているようだ。あんな魔法少女もいてくれるんだな……魔力の足しにもならないのに」

 

(あんな魔法少女ばかりなら…俺は魔法少女の殺戮者とは呼ばれていなかった…。あいつにならこの街を任せてもいいかもしれない)

 

「問題なのは、あいつらの周りに杏子がいなかったことだな…。風華のように郊外で狩りをしているか…もしくは、巴マミのいる見滝原市に回ったか……」

 

考えながらラーメンを啜っていた時、入り口から歩いてきた女性客が近寄ってくる。

 

「すいません、他の席が一杯なんで…相席いいですか?」

 

「えっ?あ、ああ…構わない」

 

「失礼します」

 

―――ねぇ…尚紀。もしかしてこれって、デートってものですか?―――

 

「………………」

 

「あの……やっぱりカウンター席に移動しましょうか?」

 

「あっ……すまない、表情が悪かったか?」

 

「何か、悲しそうな顔をしてましたし……」

 

「……少し、昔を思い出してしまったようだ。直ぐに食べ終えるから…ごゆっくり」

 

かつての思い出が重なって見えながら、勘定を払い終えた尚紀は『独り』で店を出ていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

風見野市を全て回りきった彼は今、隣街の見滝原市の駅に来ている。

 

見滝原市とは、近年になって近代的な都市開発が進められた新興都市。

 

最先端技術も数多く導入されている相当な規模の近未来型都市。

 

海沿いに面しており、神浜市ともさほど離れていない距離にあった。

 

「これ程の規模の街だったんだな……これなら魔女の数に困る事もない」

 

人間が多く集まる都市は、そのまま魔女が沢山集まる都市であることの裏返し。

 

「栄えているようだが、この街も格差が厳しい地域だ。工業区や商業区が整備され多くの事業者が進出しては失敗を繰り返し自殺者が出ているとニュース記事を見たな」

 

光り輝く街ほど、魔女の闇が深いのは何処に行っても同じ。

 

「風見野にはいなかった杏子はおそらく、この街の何処かで巴マミと一緒に魔女を探索している」

 

(もしくは…杏子は利用され、巴マミの私利私欲を満たすための道具にされているか…)

 

注意深く魔法少女の魔力を探索し、市内を歩き続ける。

 

「…おかしい。この街は規模に比べて驚くほど魔法少女の魔力を感じないな…?これだけの街なら複数の魔法少女グループが縄張り争いを繰り返していても不思議ではないのに」

 

縄張り争いによって多くの魔法少女達が共倒れした可能性、魔女との激戦の果てに死んでいった可能性、あるいは両方の可能性もある。

 

「この見滝原市で生き残る事が出来た魔法少女がいるのなら…そいつは歴戦の強者だろうな」

 

時刻は既に夕方。

 

歩き続けた彼だが、これ程の大都市では見つけ出すのも困難な状況。

 

「街の光景の中に多くの建設途中のビルがあったな。この街はまだ成長途中といったところか」

 

そんな時、不意に2つの魔力を感じた。

 

「建設途中の骨組みビルから感じる…近いな」

 

魔力を感じさせない人間の姿のまま現場に赴く。

 

建設現場の骨組みビルの階段を登っていくと、2人の魔法少女らしき人物が見えたので隠れた。

 

「今のあたし達ならさ、ワルプルギスの夜だって倒せるんじゃないかな?」

 

(あの赤い魔法少女服を纏った少女……間違いない、杏子だ…)

 

「ワルプルギスって…あの……?」

 

(ブロンドヘアーの後ろ髪をクルクル巻いている女が…巴マミか?)

 

二人はどんな関係なのかを注意深く観察。

 

「あたし達だったら、そんな大物の魔女だろうと目じゃないって。世界だって救えるんじゃないかって……そう思うんだよね」

 

「…ふふふ、随分大きく出たわね」

 

「調子に乗りすぎ?」

 

「そんなことないわよ。目標は大きい方がいいんじゃないかしら?」

 

(随分仲が良いようだ…自分の立場を利用し杏子を操る類には見えない……考え過ぎだったか?)

 

「…でも、本当にそうかもね。私達だったらきっと…倒せると思うわ」

 

夕日に染まる空を仰ぎ見ながら、マミは決意の言葉を述べる。

 

「もしいつか、本当にワルプルギスの夜がやって来る時が来たら…」

 

―――一緒にこの街を守りましょう。

 

(……どうやら、俺が間違っていたようだ。人間社会の為に、杏子と共に命をかけて戦おうとする奴が、狡い真似をするとは考え辛い。杏子は良い魔法少女先輩に出会えたようだが……)

 

彼にとって、巴マミは人間社会にとって正義か悪かは左程重要ではない。

 

問題なのは……魔法少女に契約してしまった家族の方。

 

ビルの鉄骨部分に隠れていた尚紀は、二人の魔法少女の前に姿を現した。

 

「……よぉ、杏子。お友達と随分変わったコスプレをしているな?」

 

「え…?な……尚紀!?どうして……どうしてここに!?」

 

「え…?佐倉さんの知り合いなの……この人?」

 

彼にとっては辛すぎる、赤き魔法少女との出会いであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

無表情の尚紀は静かに杏子に近づいていき…。

 

「ぐっ!?」

 

張り倒されて地面に倒れ込んだ。

 

「杏子……何故だ?何故お前は……魔法少女なんぞになっちまったぁ!?」

 

「尚紀…魔法少女の事を知ってたのかよ……?」

 

いきなりの修羅場に対し、マミは慌てて杏子に駆け寄り抱き起こす。

 

「貴方は一体誰なの!?いきなり佐倉さんを打ったりして!仲間を傷つけたら許さないわよ!」

 

「これは家族の問題だ…お前は出てくるな」

 

「家族って……佐倉さんの家はたしか、4人家族だった筈?」

 

「尚紀は…暫くの間、あたしの家で暮らしていた人なんだ。あたし達一家にとって、本当に大事な人で…今は東京で暮らしてる」

 

「そうだったの…?ごめんなさい、これは……身内の問題なのね…」

 

しおらしく黙り込み、杏子から離れた。

 

「何処で魔法少女の事を知ったんだよ尚紀?魔法少女の存在は秘匿されてて…その秘密はほとんどの人間は知らない筈なのに?」

 

「杏子…お前の頭を撫でてくれていた風華の左手中指にあった、指輪の感触を覚えているか?」

 

杏子はハッと思い出す。

 

「たしかに……風姉ちゃんの左手にはいつも…指輪の感触を頭に感じてた…」

 

「風華はお前と同じ魔法少女だったんだ。そして、風見野市を魔女から守るために生命をかけて戦っていた」

 

その一言で以前から疑問に思っていた事に答えが出た。

 

「いつも風姉ちゃんは、夕方頃にはいつも用事があるから帰っていく…。あれがもしかして…今のあたしと同じく魔女の探索に向かっていたという事なのか…?」

 

「そうだ。あいつはたった独りで…風見野市の人間たちを魔女や使い魔から守り続けたんだ」

 

「それじゃ尚紀は…風姉ちゃんと一緒に魔女と戦っていたのかよ!?」

 

「その通りだ。俺は魔法少女と共に、魔女や使い魔と戦ってきた事がある」

 

「そんな…人間が魔女と戦えるというの!?そんな話はキュウべぇからも聞いたことないわよ!」

 

「マミさん、尚紀は恐ろしく強いんだ…。あたしが小さい頃、魔法少女に誘拐された時に…尚紀はあたしを助けてくれた事があるんだよ」

 

(凄く強かった…魔法少女を相手に秒殺だなんて…。今のあたしでも出来るかどうか……)

 

「話を戻すぞ。何故…魔法少女なんぞになっちまった、杏子?」

 

顔を俯け続ける家族に対し、言い訳は許さないような厳しい表情。

 

拳を震わせながら、杏子は自分の無念を尚紀にぶつけた。

 

「あたし…悔しかったんだ。父さんの言葉を誰一人聞いてくれない現実に!家族が惨めに飢えていく現実が……悔しくて仕方なかった!」

 

赤裸々に語られていく彼女の思い。

 

キリスト教の牧師として、市民の為に頑張ってきた誇らしかった父。

 

それが宗教を捨て、新しい道に進んだだけで信者達から掌返された苦しみ。

 

裏切り者と元信者達から罵られ、悪い噂ばかりを街に流されていく苦しみ。

 

誰からも必要とされない、教会団体からも切り捨てられた苦しみ。

 

そして両親や妹が飢えて苦しむ姿は、彼女にとって何よりも苦しかった。

 

「あたしの父さんは間違っていない!ちゃんと父さんの言葉を聞いてくれたら…みんな分かってくれるんだ!だからあたしは願った!」

 

―――父さんの話を、みんなが聞いてくれますようにと。

 

杏子の無念の感情は吐露された。

 

尚紀は激しく後悔した。

 

(投資の話を……家族に秘密にするべきではなかった!!)

 

魔法少女にならずとも、杏子に救いの手を差し伸べる事はいつでも出来た。

 

救いの手を隠してしまったために、杏子は魔法少女の運命を背負うことになった。

 

(杏子が魔法少女の才能があると分かっていたら…。いや、待て…確か予兆はあったはず)

 

教会の礼拝堂に現れたインキュベーターの姿が脳裏を過る。

 

(まさか……既にあの時から杏子に狙いをつけていたのか…!?)

 

備えられなかったのは、彼の責任。

 

救いの手を差し伸べる用意があったなどとは…今更言うことは出来ない。

 

「お前の無念の気持ちは分かった。だが、キュウべぇとか言う奴から聞かされた筈だ。魔女との戦いは命がけになると」

 

「それぐらい背負ってみせるさ!父さんや家族を救うためなら!」

 

「馬鹿野郎!!生命は一つしかないんだぞ、杏子!お前は殺し合いの世界を何も理解しちゃいない!!」

 

「それは違うわ尚紀さん!佐倉さんは、私と一緒に様々な魔女と戦って…」

 

「……魔法少女が死ぬ光景を、見たことがあるか…杏子?」

 

首を振る杏子。

 

マミは見届けてきた魔法少女達の死を思い出し、目を伏せた。

 

「冷たくなった風華を抱き抱えて帰ってきた夜を覚えているか?あれが…魔法少女の末路だ」

 

「忘れるもんか…。心臓を貫かれて…冷たくなった大切な人の遺体に縋り付いて泣き続けた夜……一生忘れられないよ」

 

―――あれが……死の感触?

 

「あいつこそ、魔法少女の鏡だと言える程に気高く、誇り高い魔法少女だった。だが…死んだ」

 

魔法少女の死を思い出し、震えていく。

 

死を意識するのは、自分で経験するよりも他人の死を見た時に強く思う。

 

「メメント・モリ…ラテン語で自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな…という意味だ。それは生きている人間だけが感じとり、他者の死から学ぶもの」

 

「あたし…危機感が無かったのかな?TVの変身ヒロインにでもなった気分で勘違いを……?」

 

「お前は1つしか無い親から貰った命を…地獄の業火で炙ってるんだよ!燃え尽きるまでな!!」

 

マミは唇を噛みしめる。

 

何か杏子を肯定してあげる言葉を考えるが…見つからない。

 

「…この人が言っている事は…全て事実よ、佐倉さん。魔法少女は常に死が隣に潜んでいる…私だって…いつ死ぬか分からないもの…」

 

(もし私の家族が生きていたら…魔法少女として殺し合い生活を送る事がバレたら…殴られて怒鳴られるのが当たり前よね……それが家族ですもの)

 

「秘密を知らないお前の両親に代わり、俺がお前を怒鳴ってやる!!」

 

―――生命を粗末にしてんじゃねぇ!!

 

「あたし……間違ってた?父さんの為に魔法少女になったのに…父さんや母さんを苦しめるの?死んだあたしの亡骸の前で……モモが泣いちゃうの…?」

 

家族の事を考え、咽び泣き始めた。

 

「佐倉さん…魔法少女の戦いは命がけ。避けられない現実として…受け止めないと駄目よ」

 

「マミさん…あたし、自殺するような選択をしたのかな?あたしの前の宗教なら…神様に対する重罪なんだよ…」

 

自分を攻め抜く杏子の姿。

 

ついに耐えきれなくなったマミは、尚紀の前に立ち塞がった。

 

―――佐倉さんは絶対に死なせない!!

 

―――私が…守り抜いてみせるわ!!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

尚紀に対し、一歩も譲らない決意を秘めた眼差し。

 

「…お前に何が出来る?杏子の命の担保にでもなってくれるのか?」

 

「私にはもう家族はいない…でも、佐倉さんにはまだ家族がいるわ!その人達に悲しみと絶望を与える結果になんて…私がさせない!!」

 

「戦いの世界に絶対なんてものはない。お前の言葉は信用できない」

 

「それでも…それでも、私に佐倉さんを託して欲しいの、尚紀さん!!」

 

「自惚れるな!!お前の力でなぜ杏子の命が保証出来るっていうんだよ!?」

 

「私は…銀の魔女と呼ばれた存在と戦った時に…救えなかった子供に誓ったわ!もう絶対に…私の目の前で大切な人を……死なせはしないと!!」

 

魔法の力もロクに無い、無力な自分がかつていた。

 

そのせいで、1人の子供の命が目の前で失われた。

 

逃げ出した時に出会ったのは、さっき死んだ子供の家族。

 

探し続けていた、もう二度と帰ってこない我が子の名を呼びながら。

 

彼女は誓った、無力な自分を絶対に許さないと。

 

強くなり続けると誓った。

 

「私はもう…大切な人を失いたくない!私の力は全て…守り抜きたい人達のためにこそある!!」

 

右手のリボンから銃を生み出し、尚紀に向けて構える。

 

「この銃を私が握りしめている限り…絶対に大切な人を死なせるものですか!!」

 

彼女の決意に満ちた瞳。

 

その覚悟を測る事が出来る眼差し。

 

だが……。

 

「……なるほど、よく分かった」

 

戯けて両手を上げるポーズをした直後…尚紀は動く。

 

右腕で銃身を払うと同時に左手で銃身を掴む。

 

両手でマスケット銃を奪い、銃床でマミの顔を強打。

 

怯んだ隙に銃を構え直し、腹に蹴りを入れる。

 

相手の背が痛みで低くなり、開けた道の向こう側の獲物に対し、銃を構えた。

 

その銃口の先には、赤いソウルジェム。

 

―――お前が…嘘つきだってことがな。

 

「ゴホッ!ゴホッ!!…どうして、こんな事をするんですか!?」

 

「お前は銃を手放した。お前は杏子を守れなかった。お前のせいで杏子は死んでしまった」

 

―――備えられなかった…お前のせいでな。

 

「敵とは思えない人間が、いきなり襲いかかってくる状況だってある。それに備える事が出来なかったお前は……未熟者だ」

 

その言葉は、自分自身にも向けられている。

 

備える事が出来ていれば、杏子は魔法少女にならずに済んだ。

 

渋谷の爆弾テロで、大勢の人間を死なせずに済んだ。

 

「今の力に満足するな、常に戦う牙を研ぎ続けろ、獰猛に力を求め続けろ。それが…殺し合いの世界で唯一……大事な人を守る方法だ」

 

「わ…私は……まだ足りないの…?」

 

膝が崩れるマミに駆け寄り、肩を貸す杏子。

 

「強くなれよ……巴マミ」

 

―――杏子を守れるぐらいに。

 

マスケット銃を捨て、踵を返し去っていく。

 

「……杏子を、頼んだぜ」

 

階段を降りながら、見滝原市で出会った魔法少女について考える。

 

「あいつ…強くなるな。確かな覚悟、それを貫く意志がある…これからさらに研鑽が積まれるさ」

 

―――磨けば磨く程に輝く……黄金のように。

 

「その一助になれたなら、慣れない指導をやってみるのも……悪くはなかったよ」

 

夕日が沈みかけた空。

 

仰ぎ見ながら、今は亡き愛する女性に呟く。

 

「お前と同じ志は…ほっといても、誰かが引き継いでくれるもんなんだな……風華」

 

彼女に負けない意志と覚悟を再び手に入れる。

 

尚紀もまた決意を胸に、東京へと帰っていった。

 

……………。

 

その後のマミは、どれ程の過酷な研鑽を積んだのか?

 

自分にとって意地悪ともいうべき戦闘シミュレーションを常に考える努力の日々。

 

備えられなかった者が死ぬという指導を骨身に刻み、自分の力にしようと藻掻く。

 

そして彼女は強くなる、今まで以上に。

 

その状況判断能力は、遠い未来で巻き込まれる魔女騒動において…。

 

十分に発揮された。

 




読んで頂き、有難うございます。


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25話 チャイニーズマフィア

 2018年の夏。

 

 今年も去年と同じく炎天下となった東京。

 

 ヒートアイランドに晒された池袋チャイナタウンでは、熱気から逃れるように人々が屋内施設に入っていく光景が見える。

 

 池袋駅北口近くにあるビルの地下に店舗を構える飲茶酒楼。

 

 そこには現在、便利屋として赴いている尚紀の姿があった。

 

「今回の仕事は……東京から出張することになりそうだな」

 

 依頼人からの電話内容を頭の中で整理する。

 

「新興都市である神浜市に古くから根ざす互助組織……()()()からの依頼か。互助組織と言われると、マフィアとして聞こえてくるんだがなぁ?」

 

 話す内容も他人に聞かれると不味い案件だと言われたので、密談出来る場所を指定してきた。

 

「電話で依頼内容を言えば良いと思うんだが……口頭で伝えると言われた。俺を試したいのか? 組織名からして中国黒社会の看板みたいだしなぁ」

 

 大陸の黒社会と通じる華僑組織なのかと考えていた時、1人の少女が店に来店。

 

(東京では見たことがない学生服だな……)

 

 髪のサイドにお団子ヘアを作り、後ろ髪は三つあみおさげにした青髪少女の姿。

 

 店内を見回しながら歩き、奥に座る彼の前に歩いてきて突然座り込んできた。

 

「……オマエが、カシマ・ナオキか?」

 

「そうだ。お前が蒼海幇の使者か?」

 

「日本語発音難しいネ。ナオキで構わないカ?」

 

「好きに呼べ」

 

 依頼人も訪れたようだが、仕事内容を話すのかと思いきや……。

 

「……なんで注文表を見てるんだ?」

 

「ワタシ、この糞熱い東京まで来たから喉乾いたヨ。オマエ、飲茶奢れ」

 

「……なぜ、俺がお前に茶を奢らないといけないんだ?」

 

「女の子にお金を出させる気カ? 男として甲斐性無しもいいとこネ」

 

「……どういう理屈だ、それ?」

 

「それに、会話の席に飲茶は必要なものヨ。オマエは社交という世界すら知らない男カ?」

 

「ハァ…………好きなの頼めよ」

 

「スイマセン、白茶(バイチャー)と白牡丹(バイムーダン)をヨロシクネ」

 

 少しして……店員が茶器と茶葉、それに沸かしたポットを茶盤に乗せて持ってきた。

 

「あ、大丈夫ヨ。ワタシが自分で淹れるネ」

 

 透明なお茶用ポットに沸かしたお湯を注ぎ温めていく。

 

 ポットが温まったら茶海にお湯を注ぎ温める。

 

 白い茶杯もそれを使って温めた。

 

「……随分手間暇かけた飲み方をするんだな」

 

「中国のお茶の歴史長いヨ。お茶は文化人だけでなく、庶民も楽しめる社交の華ネ」

 

「そうだな。今じゃその茶文化も、台湾や香港ぐらいでしか本場の味を楽しめない。中国人を相手にする歌舞伎町の闇医者からそう聞いたよ」

 

「文化大革命のせいヨ。オマエはそこそこモノが分かる男のようネ」

 

 手間暇かけて淹れたお茶を飲み始める。

 

「うん……やはり涼性の茶葉は夏に合うヨ。甘く優しい香りが、香港を思い出すネ」

 

「香港で暮らしていたのか? どうりで茶文化に精通してるわけだな」

 

「ワタシは日本生まれ。でも、父の都合で香港で暮らしてきたヨ。3年前に日本に帰郷したネ」

 

 茶も飲み終え、身体の火照りもとれた少女は改めて向かい合う。

 

「ワタシは蒼海幇の純美雨(チュン・メイユイ)。オマエの腕を見込んで依頼を持てきたネ」

 

 ────────────────────────────────

 

「先に俺から蒼海幇について聞かせろ。お前らはチャイニーズマフィアか?」

 

 その一言を聞き、押し黙る。

 

「俺は金には困っていない。大陸からの武器密輸や覚醒剤の横流しに付き合うつもりはねーよ」

 

「……オマエ、ワタシ達を()()()だと思てたカ? 随分失礼な奴ネ……」

 

 誤解を解くために、蒼海幇について便利屋に説明する事になった。

 

 蒼海幇。

 

 中国生まれの日本人によって創立され、戦後の闇市から発展した組織。

 

 第1世代、第2世代、第3世代のメンバーで構成されているという。

 

 蒼海幇は長年日陰で活動を続け神浜の土地に根付き、地元の裏事情に通じる。

 

 そのお陰で勢力も大きくなり、時には団結して街の危機を救う武闘派組織になったと聞かされた。

 

 彼の感想は……? 

 

「……()()()()じゃねーか」

 

「オマエ、最後まで話聞くヨ……。オマエの耳は、面倒臭くなると餃子みたいに蓋閉まるのカ?」

 

 現在の蒼海幇は地元の互助組織としての役割を果たしていると説明されたが……。

 

「シチリア発祥のマフィアも最初はそうだった。コロコロ支配者が代わる政権から自分達を守るためにな。だが、結局は暴力の陶酔感に溺れて腐り果てた」

 

「……ワタシ達はそうはならないヨ。ワタシ達は……土地と地元住民を愛してるネ」

 

「地元を愛する価値観が……余所者への排他主義に流れていったのが、今のイタリアマフィアだ。お前らがそうならないとは限らない」

 

「長老(チェンベイ)もそれを危惧してるネ。神浜は新興都市なだけに、数多くの新しい流入者が流れてくるヨ。……中には黒い連中もいるネ」

 

「そういう連中をまとめて暴力で叩き出そうとは思わないのか? 黒い連中なんて、善人の皮被りだから見分けがつかないだろ?」

 

「出来る限り情報を集めてコトに当たているけど、見分けがつかないというのは本当ヨ。時既に遅しという事案もあるネ……。今日はその件で来たヨ」

 

「ようやく話が見えてきたな。俺の依頼は、その黒い連中に関する事なんだろ?」

 

 頷き、現在の神浜市に押し寄せてくる巨大な黒い影についての説明を始める。

 

「マフィアについて詳しいのなら、青幇(ちんぱん)の事も知てるネ?」

 

「元は上海を支配していたマフィアだな。今はもう散り散りになって壊滅したと思っていたんだが……生きてたって事か?」

 

「南凪区は海沿いに面した地。様々な船の行き来が盛んな巨大港が隣接しているヨ。今そこに問題が起きてるネ」

 

「青幇の影が、南凪区の港にチラついているというわけか」

 

「狙いは恐らく、神浜に拠点を置くことネ。大規模な日本進出計画と考えて間違いないヨ」

 

「新興都市なだけに、日本の暴力団も手つかずの地か……。まさに暴力で絞め落とした鶏共が金の卵を生んでくれる都市だな」

 

「日本のヤクザだろうが、中国の黒社会だろうが、神浜を好きにさせるつもりは無いネ」

 

「それで? 俺に青幇共をぶちのめして来いってわけか? なぜお前達は動こうとしない? 他力本願もいいところじゃねーか」

 

「ワタシだて……ぶちのめしてやりたいネ。でも青幇は落ちぶれても黒社会の組織なだけに……蒼海幇との全面武力抗争になりかねないヨ」

 

「血の海になると考えるのは妥当だろうな。それで東京の有名な便利屋さんを生贄にしようって意見で……お前らは一致したわけだ」

 

「この依頼を頼む前に……ちょと、オマエに大事な話があるネ。お勘定を頼めるカ?」

 

 含みがある言葉を気にしながらも、勘定を二人分払った尚紀は彼女と共に店を後にした。

 

 ────────────────────────────────

 

 彼女の後ろをついていく彼だが、地面に落ちている小石を1つ摘み上げる。

 

「人に見られると不味いネ。この路地裏内で話したいから、先に行くヨ」

 

 路地裏へと促され、先に入り歩みを進める。

 

 人通りから離れた時、彼の背中に対し硬い物が押し付けられた。

 

「銃口を俺に向けて……何のつもりだ?」

 

「オマエが相手にする連中は……こういう獲物を使てくるヨ。死ぬかもしれないネ……」

 

「随分案じてくれてるようだな? だったら……魔法少女のお前が連中を倒しに行けよ」

 

 背中に強く銃口が突きつけられる。

 

「オマエ……ワタシが魔法少女だと、なぜ気がついたネ?」

 

「俺は便利屋であると同時に探偵だぞ? 裏の世界を見てきた人物なら、お前らの左手にある指輪が何なのか、知ってるとは考えられないか?」

 

「ワタシは魔法を使て武力介入するつもりは無いヨ。表の世界が相手なら、己の拳を振るうネ」

 

「蒼海幇の実力者のお前が俺に対して……直々に力を試してくれるというわけか?」

 

「さぁ、どうするネ? 青幇に嬲り殺しにされるぐらいなら、ここで引導渡してやてもいいヨ?」

 

 張り詰めた空気。

 

 両手を上げ降参ポーズをとっていく彼の右手が……動いた。

 

「痛っ!!?」

 

 握った小石を親指で強く弾き、目の下に当てる。

 

 怯んだ隙に前に振り向き反撃開始。

 

 左手で相手の銃を掴み、右手首を相手の持ち手に当てる。

 

 銃を持った左手を捻じりあげ、手から離れた銃を奪い取り彼女に向けて構えた。

 

「……見事ネ。動きは完全にプロだたヨ」

 

「なんだこりゃ……? ガキの玩具の銃じゃないか?」

 

 小学生でも買えるようなプラスチックの銃を握っている事に気がつく。

 

 呆れた彼は路地裏に置いてあったゴミ箱に放り込んだ。

 

「オマエの力……面白いヨ。こんな歯ごたえのある奴を見るのは、久しぶりネ……」

 

 武術家としての血が騒いだのか、不敵な笑み。

 

 左手を垂直に開き前に伸ばして構え、右手は胸の前に開いた状態で構えていく。

 

 足を半歩引き腰を落とし、拳法の構え。

 

「詠春拳に似た構え方だな……? 香港で暮らしていた時期に身に着けたか?」

 

「ルーツは同じでも、ワタシの拳法はそれだけじゃないヨ。さぁ、オマエも構えるネ!」

 

「俺のファイトスタイルは常在戦場。日常生活の姿そのものが……俺の構え方だ」

 

「ますます面白い男ネ!」

 

 ──―さぁ……行くヨ!! 

 

 ────────────────────────────────

 

 二人は互いに踏み込み、打撃の応酬。

 

 突きを躱し、手刀を肘で受け止め、肘打ちを肘打ちで返し、ローキックを蹴り足で止める。

 

 ジャブを手首で連続で捌き、肘の応酬を肘打ちで止めた。

 

 インファイトスタイルで打撃を繰り返す。

 

(これ程の鉄壁……蹴り技は多様出来ないな。狙うなら当身を入れて怯ませてだ)

 

(こいつ……ここまでワタシの技についてこれるカ!)

 

 相手の突きを素早く掴み、小手返しを狙う。

 

 美雨は素早く跳躍回転し、拗じられる手首を守る。

 

 突き・捌き・肘打ち・蹴り・掴み・払い……互いの激しい攻撃と防御の連鎖。

 

 打撃を払い、互いが半歩引き下がり睨み合う。

 

「オマエ……何者ネ!? いくら変身してないとはいえ……拳法が使える魔法少女相手にここまで戦える人間なんて……いるわけないヨ!!」

 

「ただのカンフー娘に絡まれてる……便利屋件探偵だ。覚えとけ」

 

 夏の暑さも容赦なく2人に襲いかかるが、暑さで疲弊する姿は美雨のみ。

 

 顔は汗だらけとなり、額の汗が流れ落ち片目を瞑る。

 

 片目が塞がった側に素早い右フックが迫り、左腕の防御が間一髪間に合った。

 

「いい聴勁だ、肌感覚で動きを読めている」

 

 固めた拳を開き、手首を回転させ美雨の手首に当てる。

 

 半歩開いた右足も彼女の足元に踏み込む。

 

「オマエッ!? ワタシ相手に……推手か!」

 

 推手とは、相対した二人がお互いの腕を触れ合わせ、決められた動作を繰り返す戦い方。

 

 套路の正しさ、適切な接触を保つ技術、相手を感じる能力を推し量る鍛錬法でもある。

 

「俺と()()()()()()()?」

 

「ナオキ……最高に気に入たネ! 望むところヨ!!」

 

 重ね合わせた互いの構え。

 

 空気が歪むほどの圧迫感。

 

 互いが一気に動きだす。

 

 突き・肘・手刀打ち・裏拳、互いの腕が密着するワンインチ距離の攻防。

 

 相手の打撃を互いに掌・手首・肘を使い受け流し、密着状態から離れず打撃の応酬。

 

 右直突きを放つ尚紀の攻撃に対し、払い落としながら彼の体勢を崩す。

 

「もらたネ!!」

 

 開いた頭部側面の軌道にトドメのハイキックが迫るが……彼の姿勢が一気に下る。

 

「あら……?」

 

 蹴りの回転運動の途中で突然視界が地面に向けて下がっていく。

 

 フェイントだったと気がついた頃には、片足を掴む相手に転がされていた。

 

 転がる彼女の背中に対し、背骨を踏み砕く程の踵蹴りが迫るが……。

 

「……見事ネ。ワタシの負けヨ……」

 

 蹴り足は、当たる前に静止していた。

 

「技が身体に染み込んでる証拠だな。隙が一瞬でも出来たら、容赦なくトドメを狙うのはいいが……フェイントに引っかかる事もあるんだ」

 

「やられたよナオキ……オマエの力、見届けたネ。青幇なんてメじゃないヨ」

 

「それと、最初から俺と戦うつもりなら……ミニスカートはやめとけ。……俺も男だ」

 

「あっ……!? み、見たのカ……スケベ!」

 

「武術家同士の戦いに備えてこなかったのが悪い」

 

 顔を赤らめ膨れていた彼女に手を伸ばす。

 

 差し出された彼の手を掴み、起き上がった。

 

「オマエ、それ程の力……何処で身につけたカ?」

 

「説明が難しいな……。中国拳法の世界じゃ、神様と言われる猿に教わったんだよ」

 

「ふざけてるのカ?」

 

 彼の脳裏に、かつての世界で鍛えてくれた師であり仲魔『セイテンタイセイ』の姿が浮かぶ。

 

「決めたネ。怒られるけど、ワタシもついていくネ。オマエの戦いから学びたいこと出来たヨ」

 

「なら、連絡先ぐらいは聞いてもいいのか? それとも、男に個人情報を教えるのは嫌か?」

 

「LINEを教えるのは嫌だけど、メールならいいヨ」

 

「あのチャットアプリはセキュリティ面を俺は信用してない。メールを教えてくれ」

 

「分かたネ。……変態ストーカーみたいなメール送てきたら、メアド変えるヨ?」

 

「誰がするかよ……」

 

 メアドを教えてもらい、2人は路地裏を後にする。

 

「用事が済んだなら、早く神浜に帰った方がいい。東京の魔法少女は……余所者に容赦しないぞ」

 

「それだけのリスクを犯しても、ここまで来た甲斐があたネ」

 

 美雨を駅まで送った後、連絡先メールがちゃんと届くのか確認。

 

 メールの返事を確認し、神浜市で落ち合う日も決まった。

 

 ────────────────────────────────

 

 神浜市南凪区。

 

「神浜市か……初めて訪れるな」

 

 駅構内の通路を歩き外を目指す尚紀。

 

 パーカージャケットとデニムパンツ、それに黒い帽子を被り目立たない私服姿を今日はしていた。

 

「ナオキ、ついたカ」

 

 駅から出てくる彼に対し、手を振る少女。

 

 パーカージャケットに長い後ろ髪を入れ、ジーンズを履いた美雨だったようだ。

 

「今日は動き易く目立たない服装だな?」

 

「これが蒼海幇の仕事で荒事の時に着る仕事着ネ」

 

 指抜きの黒革手袋をギュッとはめ込みドヤ顔。

 

「初めて訪れたから土地勘がないんだ。南凪区の港まで案内してくれるか?」

 

「仕事じゃなければ観光案内もしてやれたけど、今日は無理ネ。ついてくるヨ」

 

 2人はバスに乗り込み、港を目指す。

 

「神浜港か……その港がチャイニーズマフィアの根城にされているのか?」

 

「神浜湾海運会社の社長や取締役員達の子供が誘拐されたヨ。子供達を人質にされ、完全に港を掌握されたネ」

 

「国交省の港湾法改正で民間主体の物流を取り扱えるようになったが……裏目に出たな」

 

「神浜湾海運会社は、この街の海運を管理している企業ネ。だからこそ狙われたヨ」

 

「海運会社か……。国際物流はコストも安く大量に物を運べる海運が大半だが、問題もある」

 

「そうヨ……。物流を管理しているのなら、その企業を掌握すれば……何を運んでも隠せるネ」

 

「被害にあった連中は、警察に真実を話す事は出来ないだろうな……」

 

「子供の失踪届けしか出せなかたネ……。警察も当てもなく捜査範囲を広げるばかりで無駄足ヨ」

 

「家出はよくある案件だしな……まともに対応してくれないだろう」

 

「海運会社を掌握した連中の目的は……おそらく麻薬ビジネス。香港から海運される阿片でビジネスを行うつもりヨ……神浜港を拠点にして」

 

「この街にも新華僑は大勢来ているはず……密売人共がこの街を麻薬で染めていくぞ」

 

「そうはさせないネ! 急ぐヨ!!」

 

 2人は急ぎ足で港地区に入る。

 

 港はコンテナ街となっており、現在はチャイニーズマフィアの縄張りとして機能している。

 

「この港を我が物顔で占領して遊んでやがるな……コンテナも酷い落書き塗れだ」

 

「それに遠くで聞こえるのは……バイクの音カ? チンピラ共に目に物見せてやるネ」

 

「迂闊に動くのは不味い。見つかったら人質に危害を加えられるかもしれないからな」

 

「見回り共がよく見える場所……あそこの巨大クレーンからなら見えそうよ」

 

「行ってみるか」

 

 夜闇に紛れ、クレーン上部に移動。

 

 上まで登りきった2人は見回りの配置を観察していく。

 

「我が物顔で港を荒らす連中がウジャウジャいる……全員ぶちのめしてやるヨ」

 

 黒革手袋をギュッと嵌め込み直す。

 

「それを身に着けてるって事は、悪党共なら容赦なく顔面を殴るタイプだな?」

 

「裸拳だと殴た時に歯が砕けて拳に突き刺さるからネ。指を抜いてるのは服を掴み易くする為ヨ」

 

「愛用品ってわけか」

 

「オマエは裸拳で大丈夫カ?」

 

「俺の拳は鋼よりも硬い」

 

「強がて怪我してもしらないヨ」

 

 クレーンに2人がいる事にも気づかず、見回りの男達が下を通過していく。

 

 話し声や笑い声も聞こえてくるが、中国語なので尚紀には分からない。

 

「お前を連れてきて正解だったな。俺は連中の言葉は分からないし、香港育ちが役に立ちそうだ」

 

「聞こえてきた言葉は広東語ネ。ワタシの故郷の言葉ヨ」

 

「とりあえず、手近な奴を尋問してみるか。お前らのボスは何処にいるって伝えてくれ」

 

「任せるヨ」

 

 二人はスカーフを口に巻き、パーカーを頭に被る。

 

 素性を隠した2人が静かに行動を開始した。

 

 ………………。

 

 積み上げられたコンテナ通り。

 

 ズボンの後ろに銃を押し込んだチンピラの一人が歩いてきた。

 

 コンテナ通りを右に曲がろうとした時……。

 

「ハァッ!!」

 

唔係啩!? (ぐわっ)

 

 手の甲を鞭打として打ち込み、怯んだ相手に水月突きを放つ美雨。

 

 コンテナの上から飛び降りた尚紀が背後に回り込み、膝関節に蹴りを入れ倒し込む。

 

 首を両手で締め上げ拘束し、美雨に尋問を任せた。

 

你老闆呢? (お前らのボスは何処ネ)

 

唔知!! (知るかよ)

 

 美雨に唾を吐きかけるチンピラの首を締め上げる。

 

 絞め落とされかけたチンピラは観念し、ボスの居場所を喋った後は容赦なく絞め落とされた。

 

「……行くぞ」

 

 二人はコンテナの影に潜みながら移動、途中見回りのチンピラ達を影に引きずり込む。

 

 マフィアメンバー達を無力化させていき、ボスがいる倉庫に向け進んでいく。

 

「あそこがそうみたいだな……。火を焚いたドラム缶の周りで馬鹿騒ぎしてやがる」

 

 ボスがいる倉庫前では、オフロードバイクで遊ぶ複数のチンピラ達の姿。

 

「正面からは不味いネ。上から侵入するヨ」

 

 倉庫の上に登るためにコンテナの上に2人は上り、そこから屋根の天窓まで跳躍した。

 

「本当に何者ネ? この距離ジャンプ出来る人間なんて……オマエ、映画のアクションスターカ?」

 

「……かもな」

 

 天窓に持ち込んだ粘着テープを貼り付け、音が目立たないように割る。

 

 破片をテープで取り除き、内側をこじ開けて中に入った。

 

 天井の鉄骨部分に着地して下の様子を伺う。

 

「行儀悪く酒瓶やタバコの吸い殻塗れにしてるヨ……。あの汚いソファーに座るのがボスカ?」

 

「丁度いい。連中が尻尾を表す状況証拠を録音しよう」

 

「録音道具あるのカ?」

 

「俺は探偵もやってる。職業柄ボイスレコーダーはいつも所持してるんだよ」

 

 懐から取り出したボイスレコーダーのスイッチを入れ、様子を伺う。

 

船幾時? (船はいつ頃つく)

 

後日我會喺呢個港口(明後日にはこの港につきます)

 

以呢個港口為基地我哋一次將鴉片撒喺日本(この港を拠点に一気に日本に阿片をばら撒く)

 

終於咗嚟(いよいよですね)

 

「……と言てるヨ、あいつら」

 

「証拠は抑えたぞ。これは立派な刑事事件だ……後は警察が青幇の首を締め上げてくれる」

 

 二人が天窓から逃げようとしたが……。

 

「あっ!?」

 

 海風で錆びついた鉄骨部分を踏みつけた美雨が破片を落としてしまった。

 

老板! 有人嚟咗! (ボス 上に誰かいるぞ)

 

「チッ! 仕方ないネ。10人程度なら増援呼ばれる前に仕留めれるネ!」

 

 美雨は下に飛び降り、拳法の構え。

 

「ったく……スムーズに事が運ばないもんだな」

 

 尚紀も下に飛び降りて美雨の後ろに着地。

 

 互いが半歩足を引き腰を落とし、周りの敵に備えた。

 

「懐かしいな。誰かに背中を任せられる感覚を感じるのは久しぶりだ」

 

「ワタシの背中、オマエに預けたヨ……ナオキ!」

 

殺!! (殺せ)

 

 ────────────────────────────────

 

「よくもこの街を荒らしてくれたネ……容赦しないヨ!!」

 

 蹴りを膝で止め、殴りかかる外側に潜り込み低い体勢で右肘を相手の顎に打ち込む。

 

「熱くなるな、集中しろ」

 

 バットを振り上げ襲ってくる相手の横を歩くように潜り、右手刀を喉に打つ。

 

「言われなくても分かてるネ!」

 

 刃物で斬りかかる相手の懐に背を低くして潜り、腰で浮かし投げ飛ばした後に顔を踏みつける。

 

「だったらいい。手早く片付けるぞ」

 

 銃を抜き構える銃身を左手で払い、右手で相手の手首を捻り金的を蹴り込む。

 

呢啲嘢好強壯!? (こいつら強い)

 

 次々に倒されていく仲間に恐れをなしたのか、ボスは外の連中に声をかけて中に呼び込む。

 

 倉庫の中に次々と入っていくバイクに跨るマフィアメンバー達。

 

 囲むようにバイクを走らせ、鉄パイプを地面に擦らせ威圧してくるが……2人は冷静。

 

「ヘッ、面白いことになってきやがるな」

 

「お祭りは騒がしい方が丁度いいネ。オマエもノリが分かる奴で嬉しいヨ」

 

 背中を互いに預け合い、チンピラ達に構える。

 

「何人倒せたか競うか?」

 

 鉄パイプを振りかざし迫るバイクに対し左手首で止め、右手で喉を掴み地面に叩きつける。

 

「面白いネ! ワタシが勝たら、杏仁豆腐奢るヨ!」

 

 上半身を下げ、片手を地面に付きながらハイキックを相手の顔面に浴びせて倒し込む。

 

「「ハァァッ!!」」

 

 背を合わせた二人が同時に低い体勢で後ろ回し蹴りを放ち、迫る2人を蹴り落とす。

 

抵死!! (畜生)

 

 手に負えない連中だと悟り、転がったバイクに跨り倉庫からボスは逃げ出す。

 

「あっ! 待つネ!!」

 

 全員を片付け終えた美雨はボスを追いかけようとするが……。

 

「任せろ」

 

 後ろでバイクのマフラー音が吹き上がる。

 

「バイクにも乗れたのか?」

 

「乗ったことはないが、何とか乗りこなしてみせるさ」

 

 アクセルを回し、バイクを走らせボスを追いかけていく尚紀の姿。

 

 ──―頼んだヨ……アクションスター。

 

 ────────────────────────────────

 

 コンテナ通りを猛スピードで逃げ続ける。

 

找出類似嘅嘢……晨曦被殺死!! (こんな事がバレたら チェンシーに殺される)

 

 後ろからバイクの走る音が聞こえてくる。

 

 バックミラーを見るが、後ろにバイクの影は見えない。

 

 音の方角に首を向ければ、コンテナの上を猛スピードで追いかけてくるバイクが見えた。

 

我在嘮叨你嘅地方!? (何処までしつこいんだオマエ)

 

 コンテナ通りを走り抜ける二台のバイク。

 

「観念するんだな!」

 

 片足で蹴り込み、コンテナとコンテナの間を飛び越えながら猛追。

 

 コンテナから跳躍し、ボスの横に降り立ち並走する。

 

食!!! (食らえ)

 

 左腕の裏拳に対し、バイクを操作して回避。

 

 蹴り倒そうと近づくが、一気に減速して右のコンテナ通りに逃げ込まれる。

 

「諦めの悪い奴だ!」

 

 片足を地面につきドリフトさせ反転、ボスを追いかける。

 

我唔知點行!! (道が分からない)

 

 方向感覚を失い、闇雲に逃げ続けたが振り切れない。

 

唔係!! 唔係!!! (来るな 来るなぁ)

 

 最初にいた倉庫にまで逃げてしまい、並走した尚紀の蹴りをバイクに受ける。

 

 横転しながら地面を滑り、火が焚かれたドラム缶を倒し込んで火の粉を浴びた。

 

熱好好好好好好!!!!? (熱いいいいいい)

 

 服に火がつき転げ回るボス。

 

 上半身に酷い火傷を負った為、動かなくなった。

 

「サイレンの音が聞こえてくる……誰かが通報したのか?」

 

「お見事ネ、ナオキ。オマエ本当に面白い男ヨ♪」

 

 スカーフを下げ、フードを外す美雨が近づいてくる。

 

 その表情は彼の働きにとても満足したような顔つき。

 

「決めたネ。オマエ、今日からワタシのライバルヨ」

 

「……どういう展開なんだ、それ?」

 

「目標があた方が鍛錬に身が入るネ。蒼海幇は受けた恩を忘れない……また神浜に遊びに来るネ」

 

「そうだな……報酬の受け取りついでに、美味い中国茶でも飲ませて貰うか」

 

 彼もスカーフを下げ、パーカーを降ろして美雨に微笑む。

 

 警察に見つかる前に二人は港から出ていった。

 

警察咗嚟……我哋要快跑!! (警察が来ている 早く逃げないと)

 

 地面を這いずるボスの前に現れる、少女の姿。

 

青幇為了羞辱(青幇の面汚しめ)

 

晨曦……中意!? (チェンシー 様)

 

 暫くして、パトカーが何台も港のコンテナ街に入り込む。

 

 警察官達が踏み込むが……。

 

「何だよこれ……? どうやったら……こんな事になるんだ?」

 

 現場は既に血の海となっていた。

 

「人間が粉々の肉片になってる……。どうやったらこんな破壊が出来るんだ……?」

 

 警官達の現場検証から遠く離れた場所を歩く、魔法少女の姿。

 

呵呵,嗰個人都嚟咗…(ふふ、あの男も来ていたとはな)

 

 その全身は返り血塗れ。

 

我哋好時機會見面嘅(私達はもう時期会えるだろう)

 

 こうして、青幇の日本進出のビズの証拠は抑えたものの、当事者達が口封じされる結果となる。

 

 事件の真相は、闇に包まれてしまったのだ。

 




読んで頂き、有難うございます。


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26話 マジックペンタグラム

 最近、東京の魔法少女の間で不穏な噂が飛び交う。

 

 動く人の形をした巨大な死肉が現れるという噂内容だが……それは魔女でも使い魔でもない。

 

 人間社会に突然現れ魔法少女を殺し、死体を持ち帰ると言われていた。

 

 まるでリビングデッドが歩き周り、死体を冒涜するかの如き所業。

 

「クソッタレな魔法少女がいくら死のうが構わないが……不可解な噂だな」

 

 風1つ感じない夜だった。

 

「嫌な夜だ……恐ろしく静かだ。こんな夜は……あの日を思い出さずにはいられない」

 

 愛する人が無残に殺された呪わしい日が頭に過りながらも歩きだす。

 

 1300万人が暮らす東京。

 

 この街の足元には地下空間が存在し、その数は63000にまで広がっている。

 

 高層ビルが次々と立ち並ぶのと同様に、この街は地下へ地下へと拡大を続けていた。

 

 現在、工事中の渋谷駅東口には尚紀の姿が見える。

 

「この工事現場内に不穏な噂の出処があると聞く。作業員たちも行方不明になり、原因が解明されるまで現場も封鎖されているようだな」

 

 真相を確かめるため、黒衣を纏う彼が巨大な地下工事現場の入り口を下りていく。

 

 雨水貯留槽等の地下整備工事現場内を進む。

 

「俺が歩いてる場所は貯留槽の天井部分みたいだな。この下に4000t分の雨水を溜め込むバカでかいアンダーグラウンドが広がるわけか……」

 

 下の天井部分には重機や資材が山積みとなり、頭上は工事現場を照らすライトが輝く。

 

 頭上には巨大パイプも見え、地上と繋ぐ換気口となっていた。

 

「大きく広い空間だが……この中に噂のネタになっている存在が隠されているのか?」

 

 地下鉄を走る電車の音が響く。

 

「岩盤の向こう側は副都心線か……? 地下世界は何とぶつかってもおかしくないよな……」

 

 不意に魔力を感じる。

 

「一匹……二匹……いや、もっといやがる」

 

 資材を覆う黒いビニールシートが突然内側から破られ、無数に飛び出してきた存在。

 

「……何だこいつらは?」

 

 それは、無数の肉が繋ぎ合わされた者達。

 

 魔女の肉、使い魔の肉、魔法少女の肉……あらゆるものが継ぎ接ぎされている。

 

 頭部は魔法少女か魔女の頭部が繋ぎ合わされ、人の形を無理やり形作る死肉人。

 

 額にはemeth(真理)の文字が見え、赤く光を放つ。

 

「フレッシュ・ゴーレムか……これが噂の出処ってわけかよ」

 

 悪魔化した頭部のパーカーが後ろに跳ね除けられ、光剣を生み出し迎え討つ。

 

 死肉の寄せ集め共が次々と悪魔に向けて走り出し、襲いかかっていった。

 

 ────────────────────────────────

 

 巨体を誇るゴーレムだけに、技よりも力で押しつぶす方がいいだろうと判断。

 

 次々に移動しながらゴーレムたちを切り裂き続ける。

 

「殴るか掴むかしか出来ないか……愚鈍な存在共だ」

 

 戦っていた悪魔の足元にワイヤーが絡む。

 

 次の瞬間、側面に仕掛けられたクレイモア地雷が起爆。

 

「くっ!?」

 

 無数の小さい鉄球が炸裂しズボンの膝下に直撃するが、発光する入れ墨の足ダメージは軽微。

 

「これは……魔法なんかで生み出したもんじゃねぇ! 本物のクレイモア地雷なのか!?」

 

 ゴーレムの殴りつけを避け、資材の上に飛び乗り辺りを確認。

 

「光っているあのワイヤーは……ピアノ線か何かか? しかも辺り一面仕掛けられてやがる」

 

 走り回るゴーレムも次々とワイヤーに引っかかり、地雷の餌食となっていくが怯まない。

 

 リビングデッド故に下半身を失おうが地面を這いつくばり迫ってくる。

 

「開けた場所に移動して戦った方が良さそうだ」

 

 鉄骨部分を飛び越え、トラップ地帯を移動していく。

 

 天井の開けたエリアでゴーレムを迎え討とうとしたが……。

 

「上か!?」

 

 見上げると無数に降り注ぐ魔力の光剣。

 

 側転しながら降り注ぐ雨を掻い潜る。

 

 着地体勢から身体を大きく跳躍回転、エアリアルアクロバット回避。

 

 追いついてきたゴーレム達は光剣の雨に串刺しにされ、次々と倒れていく。

 

 着地した頭上の鉄骨部分に小さく光るC-4爆弾が次々リモコン爆破。

 

「なっ!!」

 

 上から無数の鉄骨瓦礫が降り注ぎ、下敷きになり埋まってしまう。

 

「くそっ……こんな軍隊地味た攻撃を仕掛けてくる奴がいるのか……」

 

 隙間から鉄骨の上に見える人影に目が行く。

 

「馬鹿な……なぜ魔力に気が付かなかった?」

 

 見上げれば、そこには5人の魔法少女姿。

 

 ゴスパンク地味た魔法少女服を身に纏う、美しい金髪の長髪をしたソバカス少女。

 

 手に嵌めたミリタリーグローブには、起爆用リモコンが握られていた。

 

Huh? You're a tough guy.(へぇ? タフな男だね)

 

 噛んでいた風船ガムを吐き出し、恐ろしい眼差しで見下ろしてくる。

 

Intéressant. J'aimerais être votre cobaye.(興味深いわ。モルモットに欲しいわね)

 

 隣にいるのは、パンク衣装の上から白衣を纏うマッドサイエンティスト地味た少女。

 

 蛇杖で魔法陣を操り、ゴーレム共を操っていると思われる。

 

「………………」

 

 右端にいるのは、魔法少女なのかと見紛うような衣装を纏う高身長の少女。

 

 中世ペスト医者が着ているようなカソックコートを身に纏い、襟元を口元までボタンでとめる。

 

 頭には折り曲げられた三角帽子を被り、目元以外の顔は見えない。

 

 銀細工の鞘に収められたロングソードを持ち、先程の光剣魔法を行使したと思われる。

 

 その人物の横には……。

 

「アノオトコ、タシカ……カザミノデ、ミタコトアル」

 

「貴様は……!?」

 

 ベリーダンス衣装を思わせる豪奢なドレスを纏う、褐色肌の少女。

 

 その人物とは、かつて愛する人が殺害された現場に現れた存在。

 

「お前がいるということは……隣の悪趣味な川劇役者は……まさか!?」

 

 憎しみが噴き上がり、鉄骨瓦礫を力任せに弾き飛ばし立ち上がる。

 

「……オマエ、ワタシニシタガエ」

 

 右手を持ち上げ、指差す。

 

 魔法と思われる念波が一気に空間に広がっていく。

 

「これは……くっ!?」

 

 右手からマガタマ『イヨマンテ』を出現させ、口に飲み込む。

 

 念波を浴びた悪魔だったが、特に変わった様子はない。

 

「アレ……? オマエ、ワタシノマホウ、レジストシタ?」

 

 悪魔の魔法において、最も恐れるべき魔法なのは精神を操る魔法。

 

 イヨマンテは、魔法耐性として精神操作を無効化する保護膜を生み出せるマガタマ。

 

「精神操作の恐ろしさは経験してきたから分かる。……洗脳魔法が使えるとはな」

 

「……ドウシヨウ、チェンシー?」

 

「……私に任せろ」

 

 中央に陣取る魔法少女が鉄骨から下りてくる。

 

「……今、チェンシーと聞こえたぞ? ならお前は……俺が探し求めた仇か!!?」

 

 その姿はまるで中国四川省の川劇舞台役者。

 

 変面衣装と呼ばれる豪華変面衣装を纏うその姿は、さながら漆黒の龍。

 

 黒色生地に銀色の龍刺繡が施され、緑色の髭を加えて繊細さも醸し出す姿。

 

 3匹の白龍が舞う漆黒のマントを背中に纏い、漆黒の川劇衣装用帽子を被るお面の魔法少女。

 

「ついに……ついに見つけたぞぉ!!!」

 

 ゆっくり彼女は近づいてくる。

 

 我を忘れて魔法少女に飛びかかる悪魔の姿。

 

 宿敵との因果は巡り、因縁の二人はついに再会を迎えた。

 

 ────────────────────────────────

 

 黒衣を脱ぎ捨て、お面の魔法少女に一撃を放つ。

 

 相手は左手で払う動作を見せた時……。

 

「何だ!?」

 

 捌く腕で顔が隠れた一瞬によって、違うお面に変わっている。

 

「何のつもりだぁ!!」

 

 怒り狂う悪魔は構わず猛攻を続ける。

 

 ジャブ・ストレート・フック・裏拳・ボディブロー・肘打ち・膝蹴り・掴み、頭突き……。

 

 五体で繰り出せる技の限りを尽くすが、全て捌き切られた。

 

 悪魔の打撃を捌く度、次々と禍々しいお面へと変わっていく。

 

「いつまで役者気取りでいる!! 正体を現しやがれ!!!」

 

 彼女の聴勁は尋常なものでは無い。

 

(なんて技量だ……! 美雨どころの次元じゃない……俺を鍛えたセイテンタイセイに匹敵する!!)

 

 徒手格闘戦において、彼はセイテンタイセイに勝った事は一度も無い。

 

 柔よく剛を制す技の世界がここにある。

 

「うおおおお──ッッ!!!!」

 

 渾身の力を込めた右フックの一撃。

 

 鈍化する世界、迫りくる右手に対し、腰を落として半歩踏み込む。

 

 一気に直突きを水月(みぞおち)に向けて放った。

 

「ガハァァッ!!!!」

 

 中国拳法の形意拳の技で言う崩拳。

 

 突き刺さる槍の如き剛拳が先に決まり、真後ろに飛んでいく。

 

 工事現場の岩盤に叩きつけられ、大きなクレーターが生まれた。

 

「……今の一撃が青幇の礼だ。受け取るがいい」

 

 呼吸困難になりながら倒れ込み、尚も怯まず睨みつける。

 

「馬鹿な……これほどの力を、どうして魔法少女なんぞが持てる……?」

 

 仙域のクンフー、そして魔法少女を遥かに超えた魔力を持つ存在。

 

「私の力が不思議に思うか?」

 

「日本語が喋れるようだな……お前はなぜ、それ程までの力を持つ……?」

 

「それはな、私の因果の力が既に……」

 

 ──―歴史に名を残す、()()の次元にまで達したからさ。

 

 大きなダメージによって吐瀉物を吐き出し、それでも立ち上がろうと藻掻く姿。

 

「青幇への義理は済んだ。ここからの私は……()()()()()()としてお前に立ち塞がろう」

 

 川劇衣装を掴み、天高く脱ぎ捨てる。

 

 漆黒のチャイナコートに浮かぶ、金色のダブルドラゴン。

 

 長い黒髪を三編みに纏め、側頭部には花飾りのソウルジェム。

 

 ここに立つ魔法少女の姿こそ、彼が探し求めた憎き仇。

 

 悪魔の怨念が籠もる叫び声が木霊した。

 

「チェンシィィ────ッッ!!!!!」

 

 不敵な笑みを浮かべ、見上げる悪魔に対しペンタグラムのリーダーが放つ言葉。

 

 ──―久しぶりだな、悪魔よ。

 

 ──―私達は……お前の試練となるためにこの地に集った者達だ。

 

 ────────────────────────────────

 

【五芒星】

 

 ペンタグラムと呼ばれ、世界の東西を問わず用いられてきた五光星を示す印。

 

 古代シュメールではウブと呼び、古代エジプトでは子宮を表す女性的な意味合いをもつ。

 

 ペルシャをへて中国に伝わり陰陽五行論として発展、陰陽道の魔除けの呪符としても使われた。

 

 印の意味は、陰陽五行説と呼ばれる。

 

 木・火・土・金・水の5つの元素の働きの相克を表す。

 

 密教では五大と意味し、神聖な紋様と考えられていた。

 

 古代バビロニア神話では、木星・水星・火星・土星・金星の5つの惑星(神)を並べた図。

 

 ユダヤ・キリスト教においても、聖なる果物の芯の形に由来するといわれ、神の秘密の名を表す。

 

 中世において、五芒星はキリスト教以外の悪魔が用いる印だと考えられるようになっていく。

 

 星や女性を象徴する五芒星は、邪悪なる印として語られる反面、本来は邪悪から守る力。

 

 まさにそれは、魔法少女(女性)を表すシンボルとも言えた。

 

「俺の試練だと!? ペンタグラム……貴様らは一体!?」

 

「我らペンタグラムは……魔法・魔術を司る五芒星として集った魔法少女達。これより我らはお前の生命を奪いに現れる……あらゆる手段を用いてな」

 

「貴様ら!!」

 

「お前も我らも、共に闇の住人。人々を守護する存在では無いはずだ」

 

「何が言いたい?」

 

「神の御技である魔法を使えし者達が……なぜ、人間という()()()()を守らなければならない?」

 

「お前ら……まさか……」

 

「我ら魔法少女こそが人類の支配者となるべきだ。我らはその悲願を成就する」

 

 ──―人類は我らの供物となり、魔女の餌として管理してやろう。

 

 歯を食いしばり怒りを露わにする

 

「貴様ら……俺から愛する者を奪うだけに飽き足らず! 人類を魔女の餌と言うかぁ!!!」

 

「ならばどうする? 闇の住人のくせに人類の守護者を気取る……悪魔よ?」

 

「悪魔の如き魔法少女共は……全員俺が殺す……今この場でなぁ!!」

 

 よろめきながら立ち上がっていく。

 

 俯いた頭部を上に向け、悪魔の魔眼を用いた魔法行使。

 

 瞳孔が瞬膜となり、解き放たれた魔法は『原色の舞踏』

 

 相手の五感を狂わせる幻惑魔法であり、魔眼に囚われた者達は混乱していくのだが……。

 

 既にその幻惑魔法に対し、褐色の魔法少女が動いていた。

 

 念波の力場を発生させたと同時に魔法が無力化される。

 

「馬鹿な……? お前達は幻惑魔法さえ無効化出来るのか!?」

 

「オマエノマホウ、キケン。ワタシ、オマエノマホウ、レジストデキル」

 

「お前は何者だ!? お前たちは固有魔法を1つしか持てないはずだ!!」

 

「オンナノ、ヒミツダヨ」

 

 下の騒ぎを傍観していた1人が苛立ち、声をかけた。

 

Are you trying to monopolize the fun? (楽しみを独占する気?)

 

「……そうだな、アリス。楽しみは皆の物だったな」

 

 英語が理解出来るのか、チェンシーは仲間の意見を尊重し引き上げていく。

 

「我らの何れかが、お前を殺す。反吐が出る人間の守護者を気取る生き方を……後悔させてやる」

 

 褐色魔法少女が空間転移魔法陣を生み出し、ペンタグラムメンバー達が消えていく。

 

「待てチェンシー!! 俺と戦えぇぇーッ!!!」

 

「今のお前では私に殺されるだけだぞ? 魔法だけでは勝てない武の世界を……お前に見せてやる」

 

 そう言い残し、チェンシーも他のメンバーに続いて消えていった。

 

 膝を付き、座り込みながら拳で地面を砕く。

 

 何度も叩きつけて砕き続けた。

 

「……初めて、魔法少女に負けた……」

 

 悪魔の魔力と魔法があっても、人間が暮らす街では使いこなせない。

 

 格闘の技量さえ通じなかった。

 

 愛する者を殺した仇に笑われてしまった。

 

 ──―くそぉぉぉぉ──ーッッ!!!!! 

 

 憤怒の雄叫びと共に周囲に噴き上がる地獄の業火。

 

 残されたゴーレム達が悪魔の業火で焼き尽くされていく。

 

 憎き仇との会合、そしてペンタグラムと呼ばれる魔法少女達。

 

 外は強い風が吹き始め、東京に暗雲が立ち込めていく。

 

 かつて無い程の魔法少女と悪魔の戦いが、始まろうとしていた。

 




読んで頂き、有難うございます。


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27話 暴食の魔法少女

 東京都品川区を縄張りにしていた魔法少女グループはペンタグラムによって壊滅。

 

 現在は彼女達の縄張りとして機能している。

 

 この地区には日本滞在の拠点として用意された高級マンションが存在していた。

 

 現在はメンバーのうち、4人がここで過ごしている。

 

 マッドサイエンティスト魔法少女は他の4人に嫌われており、彼女自身も巨大なアジトを欲しがったので同居は避けたようだ。

 

「レベッカ……イマゴロ、ドコデクラシテルンダロ?」

 

「さぁな。墓場や死体安置所が似合う冒涜女の居所など知りたくもない」

 

「ソウダネ。アンナノトクラシタラ、ワタシタチノネコミ、オソワレル」

 

「無駄話より、日本語の勉強に集中しろアイラ。教える私とて暇な身分ではない」

 

「マフィアノオシゴト? イソガシイネ、チェンシーハ」

 

「そうだ。出来ればメンバーの通訳もお前が代わってくれたら嬉しいのだがな」

 

「チェンシーハ、アタマイイカラネ。ワタシニデキルノハ、ココノカジシゴトダケ」

 

()()()()()様から頂いた多額の活動資金、計画的に使って生活費を賄ってくれ」

 

「ソレ、ワタシニジャナク……アリスニイッテ」

 

「……あの暴食ゲーマーか」

 

 リビング方面からこの部屋にまで聞こえてくるゲーム音楽に苛立ちを見せる。

 

「注意してくる」

 

 部屋から出て、廊下を移動するチェンシー。

 

 歩きながら彼女は、かつて自分たちを招集したサイファーについて考えを巡らせる。

 

 サイファーと呼ばれる人物とは、ペンタグラムメンバーを世界中から集めてきた謎の存在。

 

 死神のような黒いフード付きローブマントを纏う男の素顔を見たメンバーはいない。

 

 魔法少女とは違う存在である男に付き従う魔法少女たち、それがペンタグラム。

 

(サイファー様の望みは、我々が起こす決起までに人間の大量虐殺をもたらすこと……)

 

 狂人の如き要求……だが、それでも彼女たちは喜んで従う。

 

 それを可能とするのは、彼女たちの願望を叶えてくれる存在だからだ。

 

 悪魔の如き、願望を。

 

 ──―人間など、魔法少女にとってはゴミ同然の無力で愚かな存在である──―

 

 ──―君はそう考えているね? ──―

 

 ──―本当は求めているものがあるのだろう? ──―

 

 ──―君が心の中に求めている真の理想が? ──―

 

 ──―私なら、それを君達に叶えてあげる事が出来る──―

 

 ──―協力しては貰えないかな? ──―

 

 ………………。

 

(あの方は魔法少女ではない……。だが、私達を遥かに超える魔力を秘めた存在……)

 

 ──―もしかしたら、この世には()()()()が潜んでいるのかもな? 

 

 リビングに入る扉を開ける。

 

Damn you Japanese! It's not my fault!! (くそったれ日本人 あたしのミスじゃねーよ)

 

 大きなソファーに座り、奇声を上げながらゲームで遊んでいる少女の姿を見て……現実に戻された。

 

You're a creep!(お前はイモるな!)

 

「はぁ………アリス」

 

You don't follow me around, you stalker!(お前はあたしについてくるなストーカー)

 

「いい加減にしてくれ…」

 

 ゲーミングヘッドセットを頭に被っている為か聞こえていない。

 

 悪辣な態度と暴言を吐きながらゲームをプレイし続ける彼女の姿。

 

 およそ不思議の国の主人公には見えそうにない荒くれ者だった。

 

 ゲームで遊んでいたが、チーム戦に負けた彼女がヘッドセットを投げ捨て、唾を吐き中指立て。

 

Hey, Alice. That's enough.(おい、アリス。いい加減にしろ)

 

What? That's my business.(はっ? あたしの勝手だろ?)

 

「……マタ、ヘヤヨゴシテル、アリス」

 

 後ろからついてきたアイラがリビングを見渡す。

 

 ファーストフードの食い終えたゴミが大量に散乱していた。

 

 ……顔を青くするレベルの量で。

 

「バンゴハン、アリスイラナイネ。フトルヨ」

 

You're going to get fat. he says.(太るぞ……と言っている)

 

「Ahahahaha!!I'm not fat.(あたしは太らないよ)

 

 アリスは大食い女であり、食べる品もファーストフードやジャンクフードばかり。

 

「エイヨウ、カタヨルヨ」

 

He says it's nutritionally unbalanced.(栄養が偏ると言っている)

 

I'll take supplements.(サプリメント飲むよ)

 

「ネムレナクナルヨ?」

 

I can't sleep. he says.(眠れなくなる……と言っている)

 

I'll take a sleeping pill.(睡眠薬飲むよ)

 

「セイリフジュン……ナルヨ」

 

Irregular periods? Leave it.(生理不順か? ほっとけ)

 

「……通訳はいらないかもな」

 

 こんな生活を繰り返して、なぜこんなグラビアモデルのような体型になるのかと訝しむ彼女たち。

 

 彼女の暴食性こそが、彼女の固有魔法となるようだ。

 

I can't get enough of games.(やっぱゲームじゃ満足出来ないわ)

 

 彼女は自分の部屋に戻っていく。

 

Louisa, verwöhn sie nicht zu sehr.(ルイーザ、あまり彼女を甘やかすな)

 

 ドイツ語で話しかけた壁際にはルイーザと呼ばれる素顔を隠す魔法少女の姿。

 

 腕を組みながら立ち、静かに首を振る。

 

「この女の面倒を見るのは興味なさそうだな……あの女は」

 

「ハァ……マタ、カタズケナイト」

 

 アイラはこのメンバーではまともな部類なのだが……それでも彼女はレイシスト。

 

「コウイウコト、ニンゲンノシゴト。マホウショウジョ、シゴトチガウ」

 

 彼女はインド出身であり、カースト制度に縛られた生き方をしてきた。

 

 それ故に、魔法少女という絶対者として人間の為に戦う事に違和感を感じていた。

 

「マホウショウジョ、トクベツナソンザイ。ニンゲンノヨウナマネ、ニアワナイ」

 

「その通りだ。我々は人類を支配すべき階級……強き者こそが世界を統べるべきなのだ」

 

「ウン、ソウダネ……チェンシー。カナラズ……ジツゲンサセル」

 

I'm going out. I'll be home late.(出掛けてくるぜ。帰りは遅くなる)

 

Looks like we're going, huh? (フッ、どうやら行くようだな?)

 

I'm going to go say hi to that handsome guy.(あのイケメンに挨拶してくるよ)

 

 念話を終えた頃には、玄関の扉が閉まる音。

 

 鼻歌交じりに通路を歩く、アリスとは似ても似つかないバット・アリス。

 

 右手をかざし、そこから取り出したのは……自動小銃。

 

「さて……最初の刺客はアリスという事になる。楽しめ、悪魔よ」

 

「ヒト、イッパイシヌ。アリス……ゲームトゲンジツ、ワカラナイ。ミサカイナイ」

 

「フフ……それぐらいがサイファー様には丁度いいのさ、アイラ」

 

「ワタシモ、アトデアリスニオイツク。アノアクマ、ゲンワクマホウ、ツカッテクル」

 

「……任せた」

 

 ────────────────────────────────

 

 彼はペンタグラムを追い続けた

 

 例え他の魔法少女を後回しにしてでも、譲れない仇。

 

 東京中を当てもなく探し続けるが見つからない。

 

 彼の行手は治安が悪い街、足立区にまで及んでいた時だった。

 

「足立区か……人間だった頃から近寄らないエリアだ。ヤンキー街と呼ばれてたし、女が夜に独り歩き出来ないって言われてたよ」

 

 住宅街や巨大団地群などを見て回り、繁華街の方にまで足を運ぶ。

 

 駅前の大きな商業施設入り口は1階と2階というように分かれたビル。

 

 階段を登り、2階入り口通りを歩いていたが……。

 

「おい、見ろよあいつ。なんだ……あのダサい黒服のパーカー野郎?」

 

 地元のチンピラ達が近づいてくる。

 

 付き纏われている光景の頭上には……大型商業施設ビルの屋上から見下ろすアリスの姿。

 

Now, it was time to start the fun of the croquet tournament.(さぁ、楽しいクロッケー大会の始まりだ)

 

 彼女の後ろ側に小さな空間の歪みが見え、丸く光る部分の奥こそ彼女の()()()

 

 ワームホールと呼ばれる現象を操り、様々な武器を収納する……これが彼女の固有魔法。

 

 不思議の国のアリスは劇中でこんな言葉を残す。

 

 ──―あたし好みの全ての物を喰らいたい──―

 

You're the flamingo!! (お前がフラミンゴだ)

 

 武器庫に両手を入れ、何かを取り出す。

 

 ビルの上で魔法を行使する存在に悪魔も気がつく。

 

「おいお前ら……死にたくなかったら俺の周りから全力で逃げろ」

 

「何だてめぇ? 立場わかってんのか? あぁ!?」

 

「お、おい? 上から何か降ってきて……?」

 

「聞こえなかったのか! 逃げろと言っている!!」

 

 周囲に落とされたリンゴのような硬いモノ。

 

 それは複数のM67破片手榴弾。

 

 安全クリップも安全ピンも全て取り外されていた。

 

「見境なしかよっ!!?」

 

 次々と破片手榴弾が爆発し、土煙が地上から舞い上がっていく。

 

 悪魔の姿は街灯の上、あの一瞬で宙返りして避けたようだ。

 

 周囲の被害に目を向ける。

 

「くそっ……なんて光景だよ……」

 

 人々が爆発や破片に巻き込まれ、凄惨な現場と化す。

 

「ハァイ、ナイスガイ」

 

 爆発の土煙に目を向けると、そこには近づく人影の姿。

 

「貴様……正気か!!?」

 

 現れた人物は、ペンタグラムのミリタリー魔法少女。

 

My name is Alice Parker. (あたしの名前はアリス・パーカー)

 

「アリスだと…?」

 

Bad Alice.(悪いアリスさ)

 

 戯けて両手を上げる両手には二丁銃。

 

 FNSCARと呼ばれるアサルトライフルであり、様々な小火器オプション品も装備されていた。

 

「魔法少女は秘密主義じゃなかったのかよ!!」

 

I don't understand Japanese.(あたしは日本語分からねーよ)

 

 原型を留めていない骸を蹴り飛ばす。

 

 体が酷く損傷した呻き声、恐怖でパニックとなり叫ぶ人々の声こそ彼女のゲームソング。

 

You can have all the bullets you want.(球(弾)なら幾らでもくれてやる)

 

 二丁銃を悪魔に向け構える。

 

 ──―Let's get in the groove and have some fun, demon! (ノリに乗って楽しもうぜ、悪魔)

 

 黒衣のパーカー奥の瞳が金色となり、後ろ角でフードを押し退ける。

 

 発光する入れ墨の顔が晒され、その表情は憤怒と化す。

 

 跳躍し、戦いの火蓋は切られる。

 

 悪魔と悪いアリスの不思議の国のデスマッチが始まった。

 

 ────────────────────────────────

 

 銃から空薬莢を次々に排出させ、二丁銃から鉛弾が噴き上がる。

 

 悪魔に向けて発射しながら走り、移動射撃を繰り返す。

 

 片手だけでアサルトライフルの反動を制御するかの如く、狙いは正確。

 

You're good at close quarters combat, right?(接近戦が得意なんだろ?)

 

次から次へと弾丸を浴びていく悪魔の姿。

 

Try to get close.(近づいてみろよ)

 

 周りに人間がいる以上、彼は魔法が使えない。

 

 だが相手はお構いなしだ。

 

「チッ!!」

 

 両腕で顔を覆いながら彼女に接敵していくが、猛火の銃撃に晒される。

 

 悪魔の体は7.62x51mm NATO弾の威力でもびくともしない。

 

That's what I'm talking about!(そうこなくちゃ面白くないよ!)

 

 二丁銃投げ捨て、魔力で生み出したワームホールで回収。

 

 同時にドイツ製短機関銃であるMP7を二丁取り出し、迎え討つ。

 

 だが、そこは既に悪魔の領域。

 

「俺の間合いだぁ!!」

 

 銃身を払い、逆側の銃も払う。

 

 構えては撃ちまくるアリス。

 

 ワンインチ距離で射撃を捌き続ける光景は、まさに2人のバレットダンス。

 

 攻防を制したのは悪魔。

 

Ow!! (痛っ)

 

 右裏拳が右側頭部に決まり、追い打ちに左肘が迫る。

 

 左手の銃を手放し、片手を地面につけ側転しながら後ろに下がる。

 

 追撃を仕掛ける足元には、スカート内に生み出されたワームホールから落とされた品が転がる。

 

「うっ!?」

 

 M84スタン・グレネードが炸裂し、閃光と轟音が一気に起爆。

 

「くそ……視力と聴覚をやられたか。……何処にいる?」

 

 近くの魔力を探る。

 

「魔力はあいつだけじゃない……もう一人いやがるな。この魔力は……チェンシーと組んでる女だ」

 

 彼女が現れる事も想定しており、イヨマンテのマガタマを飲み込んでいた。

 

「なんだ!?」

 

 肌感覚が先に体を動かし、飛来物を避ける。

 

 後ろ側の商業施設が爆発し、人間たちの叫びが木霊する。

 

 飛来物とはMk.19自動擲弾銃(グレネードマシンガン)の40mmグレネード弾。

 

I'll give you a bombshell!! (ボンブをプレゼントしてやる)

 

 フランス語で爆弾を意味するボンブは、ケーキの名前。

 

 遠く離れグレネードマシンガンを構えるアリスから次々と()()()が撃ち出される。

 

 驚異的連射速度で射撃が繰り返される。

 

 悪魔の視力と聴覚はまだ回復していない。

 

 爆発が次々と起こり、悪魔ごと周囲の人間たちまで破壊されていく。

 

It's a present from the White Rabbit!! (白兎からのプレゼントだ)

 

 不思議の国の劇中では、白兎がアリスの家の中に小さくなれるケーキとなる小石が投げ込まれた。

 

 彼女が撃ち続けるケーキによって、人間達が()()()なっていく光景。

 

「この外道がぁぁ──ーッッ!!!」

 

 ボロボロの黒衣を脱ぎ捨てる。

 

 視力と聴覚が治った悪魔が風を纏い、アリスに向けて跳躍。

 

Start the roulette wheel! Be a winner!! (ルーレットスタートだ 当たりになれよ)

 

 迎え討つ彼女が構える銃はFGM-148ジャベリン。

 

 後部から短い火が噴き、ミサイルが筒のような銃口から発射。

 

(風の魔法の応用で逸らす事は出来る……)

 

 後ろには巨大商業施設。

 

(上階の窓辺に集まった野次馬共が死んでしまう!)

 

 悪魔は両腕を交差して防御。

 

 自らを盾とし、空中で爆発。

 

「ぐっ!!!」

 

 大きく飛ばされ倒れ込む。

 

……Why did you stop? (なぜ止めたんだ)

 

 唾を吐き、理解できない行動に不快感を示す。

 

I feel like I've been played by a hatter.(帽子屋に遊ばれた気分だよ)

 

「くそったれ……くたばれサディスト!!」

 

「Hahahaha! I've always been a crazy person♪ (あたしは元からイカれた人間さ)

 

 商業施設通りを歩き、橋の上から地上を見下ろす。

 

It doesn't matter if it's real or a game.(リアルもゲームも関係ないね)

 

 手に持たれているのはM4アサルトカービン。

 

 ──―Ahahahaha!! I'm a psychopath!! (あたしはサイコパスだぁ)

 

 フォアグリップを握り締め、下に向けた銃口から次々と鉛弾が撒き散らされる。

 

「やめろ──ッ!!?」

 

 現場の光景はまさに……アメリカの銃乱射事件の如き惨状。

 

Not yet!! (まだまだぁ)

 

 空マガジンを捨て、ワームホールからマガジンを取り出しリロード。

 

 老若男女問わず、人間たちが撃ち殺されていく。

 

「お前は……罪もない女も子供も殺すのかぁ──ッ!!?」

 

That's easy. It's slow-moving.(簡単だよ、動きが鈍いからなぁ)

 

 有名戦争映画のお約束セリフをドヤ顔で語る、殺戮の魔法少女。

 

 遠くからはサイレンの音が近づく。

 

So much for fun.(チッ、楽しみもこれまで)

 

 サイレンの方角に向けて中指を右手で立てる。

 

 銃をワームホールに仕舞い、下に飛び降りた。

 

「ヒィィ──ッ!! 今度は何だよ!?」

 

 彼女が飛び降りたのはR35型GT-Rの屋根。

 

 他の人々は逃げ出したが、彼は自慢の車を捨てて逃げられなかった哀れな存在。

 

「Hahahaha!! That's my cab!! (あたしのタクシーだ)

 

 M1911拳銃を取り出し、屋根の下に撃ち込む。

 

「やめ……やめてくれぇ!! 殺さないで!!!」

 

It's time for a drive.(ドライブの時間だよ)

 

「え、英語!? 何言って……」

 

Run until I say it's okay!! (あたしが良いと言うまで走れ)

 

 さらに銃弾が屋根上から撃ち込まれ、ドライバーは慌ててアクセルを踏み込み走り出す。

 

「くそ……逃がすかよ!」

 

 負傷状態から立ち上がっていた時、下の道から聞き覚えのある車のエンジン音が近づく。

 

「このエンジン音……瑠偉か!」

 

 逃げる車とすれ違うように開けた道路を逆走して現れるポルシェ918スパイダー。

 

「毎日開けた道だったら良いのにね♪」

 

 飛び降りやすい地点にドリフト反転させ停止。

 

「まだ終わらせるつもりはないんでしょ尚紀? 乗りなさい、私もこういうカーチェイスは大好きだから♪」

 

「全く……俺が必要とした時には直ぐに現れてくれる相棒だな」

 

 苦笑いを浮かべながらも下に飛び降りる。

 

 オープンカーの上から助手席側に着地。

 

「飛ばせ!!」

 

「喜んで♪」

 

 アクセルを踏み込み荒々しいエンジン音と共に発進。

 

「まだ終わりじゃないぞアリス!! これだけの犠牲者を出して生きて帰れると思うなよ!!」

 

 ──―勝ち逃げは許さない!! 

 

 逃げる車が次のバトルステージとなる首都高速道路に乗り込む。

 

 不思議の国のデスマッチは、カーチェイスバトルに移行していった。

 

 ────────────────────────────────

 

 東京都足立区北千住駅から北にあるのは中央環状線。

 

 二台の車は現在、南に向けて猛スピードで走行していく。

 

 屋根の上で仁王立ちで後ろを見つめるアリスは愉快な表情。

 

Let's get fancy with the lobster quadrille! (ロブスターのカドリールと洒落込もうよ)

 

 不思議の国の劇中では、海亀とグリフォンが海に投げたロブスターを追いかけるゲーム。

 

Take a dive, sea turtle!! (とんぼ返りしてみろウミガメ)

 

 ツインドラムマガジンを装備した汎用機関銃M240を構えて撃ちまくる。

 

「来るぞ!」

 

「任せなさい!」

 

 走る車の群れの間を掻い潜り、弾を避けるが周りの車被害が広がっていく。

 

 80キロ近い速度で走る車が次々と制御不能となり横転。

 

「くそ……人間社会が隣にあったら魔法で遠距離戦は無理だな……」

 

「追いついてみせるわ。飛びついてやりなさい」

 

 促された彼が助手席側から立ち上がり、いつでも飛び移れる体勢を作る。

 

「遠くにオービスが見えるな……」

 

「速度違反になっちゃいそうかしら?」

 

「そうなるだろ?」

 

「ならないかもね♪」

 

「?」

 

 逃げる車がオービスで速度違反になっていくが……。

 

「なんだ?」

 

 2人が乗る車が近寄った時、オービスが火花を噴いて壊れていく。

 

 横や後ろを走る車のドライブレコーダーも同じだ。

 

(こいつの魔法か何かか……?)

 

「前を向きなさい、尚紀。彼女の弾が当たるわよ?」

 

 速度違反の証拠が消されていく中、前方からは尚も苛烈な射撃。

 

You're the best today! (今日は最高ね)

 

 ドラムマガジンを捨て、新しいドラムマガジンにリロード。

 

I'm so excited to shoot so many!! (沢山撃てて興奮するわ)

 

 ()()()()()()程の下腹部の熱さを感じている、常軌を逸した顔つき。

 

 彼女はトリガーハッピーであり、銃の乱射に性的興奮を感じる異常さ。

 

 瑠偉の車も被弾箇所が徐々に広がっていく。

 

「たくっ、無茶をするわねあの子! 修理代金請求してもいいのかしら?」

 

「払ってくれる奴には見えないな」

 

「……でしょうね! でも、こういうノリは嫌いじゃないわよ!」

 

 蛇行運転を繰り返し逃走する車に猛追していく。

 

I'll give you the best lobster I've ever had! (とびきりのロブスターをお見舞いしてやる)

 

 左手でワームホールを開き、中から銃を取り出す。

 

 構えたのはフル装填されたM32MGLリボルバーグレネードランチャー。

 

Let the show begin! (ショーの始まりだ)

 

 連続して放たれる3発のグレネード弾が弧を描く。

 

 狙うのは前方を走る大型トレーラー。

 

 だが、トレーラーのコンテナの上を走る人影に目が行く。

 

「これ以上やらせるか!!」

 

 鈍化した世界を跳躍。

 

 1発目を空中回し蹴り、2発目を後ろ回し蹴り、3発目を上に蹴り上げた。

 

「こっちよ!」

 

 トレーラーの横から車を走らせ、助手席側で拾い上げる。

 

 3発のグレネード弾が爆発する光景を後ろにし、猛追していく。

 

「Ha ha! I think I'm falling in love with you!! (あんたに惚れちゃいそうだよ)

 

 中央環状線から湾岸線に向け、二台の車がドリフトして滑り込む。

 

 射撃を掻い潜りながら走り、運悪く当たった車が爆発炎上。

 

 車が横転、縦回転しながら宙を舞う道を走り抜けていく。

 

Tsk, out of ammo? (チッ、弾切れ?)

 

 武器を汎用機関銃に持ち替え、射撃を繰り返すアリスの姿。

 

「避けられそうか?」

 

「愚問だわ」

 

 ブレーキを踏みサイドブレーキを上げ、ハンドルを回す。

 

 後輪を右にスライドさせ、左に大きく車体を横滑りさせて横転した車を回避。

 

「後ろからパトカーも迫ってきている。連中もカンカンだろうな」

 

「捕まらないようにしましょうね」

 

「当てはあるのか?」

 

「勿論よ♪」

 

 アクセルを踏み込み、一気に距離を詰めた。

 

「ケツにキスしてあげるわ!」

 

 逃走者のリアバンパーに車体で体当たり。

 

Oh, shit!! (くそっ)

 

 バランスを崩し屋根から転倒しかけるが、後部ガラスを拳で叩き割り天井を掴んで堪えた。

 

 横側に抜けて並走し、相手に飛びかかろうとするが……。

 

If you run, I'll kill you!! (逃げたら殺す)

 

「な、何か知らないがやめてくれぇ!!」

 

 弾を三度屋根から撃ち込み、運転手を脅す。

 

 彼女は跳躍し、瑠偉の車の後部エンジン部分に飛び移る。

 

Die!! (死ね)

 

「させるかよ!」

 

 瑠偉に銃口を向けるが、悪魔が右腕で払い除ける。

 

 発砲された銃弾がフロントガラスを撃ち抜き、亀裂が入りガラスがホワイトアウト。

 

「俺の間合いに訪れた事を後悔させてやる!」

 

 左肘で強打し、相手の銃を手放させる。

 

 彼女はアーミーナイフに持ち替える。

 

 突いてくる左手を掴み、捻じり上げると同時にナイフを払い除け、顔面に裏拳そして右肘打ち。

 

「カハッ!!」

 

 接近戦では不利と彼女は判断。

 

 左ストレートが打ち込まれる前に跳躍、並走する逃走車の屋根に飛び移った。

 

Step on the gas pedal!! (アクセルを踏めぇ)

 

「ギャァァ──ー!!?」

 

 屋根から飛び出してきたのは銃弾ではなく、彼女の怒りの拳。

 

 悲鳴を上げた運転手がアクセルを踏み込みスピードを上げる。

 

 蛇行運転状態のポルシェをつき放す。

 

「ハハ! 面白くなってきたわねぇ!!」

 

「目がギラついてきたな、瑠偉」

 

「貴方もねぇ!」

 

 瑠偉は右肘打ちでホワイトアウトしたガラスを砕く。

 

 窓ガラスの破片を後ろに撒き散らしながら猛追。

 

 後ろからパトカーも次々に迫ってくる。

 

 横に見える東京ビックサイトを超え、二台はレインボーブリッジに向かう。

 

 ライトアップされたブリッジ内で並走し、ボロボロのポルシェが横側から体当たり。

 

 目線が合う悪魔とアリス。

 

Hey! Tough guy!I had a great time tonight!(よぉ、タフガイ!今夜は楽しかったよ!)

 

「追い詰めたぞ!」

 

You have to go out with me again!(またあたしとデートしてよ!)

 

「お前はここで終わりだぁ!!」

 

 悪魔が跳躍すると同時に彼女は後方に向けて跳躍。

 

 その先にあるのは橋の下……つまり海。

 

 落下していくアリスの下側にワームホールが開き、彼女の姿が飲み込まれて消え去った。

 

「くそったれ!!」

 

「こっちに飛び移りなさい! 私のお尻を追いかけてくるお巡りさん達が後ろにいるのよ!」

 

 ポルシェに飛び移った彼を乗せ加速する。

 

「ハ……ハハ……俺、助かったけど……社会的には助からないかも……?」

 

 逃走車を運転していた男性の股間から湯気が上る。

 

<<そこの車! 端に寄せて止まりなさい!!>>

 

 放心状態で減速し、後続のパトカーに進路を塞がれ停車した。

 

 ────────────────────────────────

 

 レインボーブリッジから一般道に降りる円周の道路に向けて進む。

 

 円周道路をドリフトしながら下り、一般道へと降りる。

 

「ここからは高速道路のようにはいかないわ、周りは一般道だし」

 

「無数の車が行き交う中を逃げ続けるんだが……大丈夫そうか?」

 

「こういう二人きりのナイトドライブも偶にはいいわね? 私も興奮しちゃったわ♪」

 

「そういうノリは、逃げ切ってからにしてくれ」

 

 前方の交差点は赤だが一気に突っ切る。

 

 横の道路から車が前に出てくる。

 

 相手もブレーキを踏んで止まり壁となったが……。

 

「見てなさい、私のドラテクを!」

 

 後輪を左右に大きくドリフトさせ、車体をスライド。

 

 壁となった車を通り抜けた。

 

 後続のパトカーの一台が壁となった車と衝突して停止。

 

 次の交差点をドリフトしながら左折。

 

「ハッ、お祭り騒ぎになってきたな」

 

 後ろを見れば、増援のパトカーが迫りくる。

 

 アクセルを踏み込み、メーターを回転させ距離をどんどん離していく。

 

 横を通るトラックの前で一気にドリフトし、右折。

 

 トラックが壁となり、パトカーは追跡出来ない。

 

 細い道を通り抜けようとした時、横からいきなりバックしてくる車。

 

「フフ♪ これだから一般道は楽しいわね!」

 

 ブレーキを踏み、サイドブレーキを引き、ハンドルを回転。

 

 左に後輪がスライドし、バックする車を大きく通過。

 

 細い道を越え、右にドリフトしながら次の道へ。

 

「頼むから安全運転してくれよ」

 

「右よし、左よし、前進♪」

 

 パトカーの追跡から逃走し、大きな交差点に出ようとするが横からパトカーが現れる。

 

 ドリフトしながら大きく避け、横側の道路に向けて加速。

 

 パトカーは合流していき、後ろからは無数のサイレン音。

 

「ついてこれるかしら? 色男さん達!」

 

 ポルシェが対向車線に入り込む。

 

「ハハ、荒っぽい運転だな……」

 

「私がドラテクを貴方に教えてるのよ? いずれ貴方もこんな運転になっていくわ」

 

「やれやれ、俺の車に乗る連中が可哀想になってきた」

 

 前から次々と迫りくる対向車。

 

 蛇行運転を続けて回避し、次の交差点を右に曲がる。

 

 対向車に阻まれ、パトカーは追跡が出来ない。

 

「あそこの細い路地で暫くやり過ごしましょう」

 

 車が一台通れるような細い路地に入り、停止。

 

 暫くパトカーが通り抜けるのを待ち、違う方向へと走らせる。

 

「見えてきたわ」

 

 前方に見えるのは大型立体駐車場。

 

「あそこに替えの車が停めてあるの。それに乗り換えて逃げましょう」

 

 ボロボロのポルシェを駐車場に滑り込ませて入り込む。

 

 開けた駐車場に停めてあったのは、アウディR8スパイダー。

 

 二人は何食わぬ顔で車から降り、替えの車に乗り込む。

 

「悪かったな、お前の車を台無しにしちまって」

 

「別に良いわよ? あの車も飽きてきていたところだし、乗り換えようと思っていたのよ」

 

「……何で私立探偵事務所の事務員なんてやってんだよ? 大金持ちのお嬢様だろ」

 

「私の秘密が知りたいなら、飲みに付き合いなさい。ドライブの余韻をお酒で楽しみましょう♪」

 

「そんな気分じゃねぇよ……大勢の人間が死んだんだ」

 

「だったら……なおさら怒りの炎にアルコールをかけちゃいなさいよ、尚紀?」

 

「……フッ、そういう考えもあるか。テキーラでも飲むよ」

 

 車を発進させ別の入り口を出る時、悪魔が右手を伸ばす。

 

 大きく指を鳴らし、炎の魔法がポルシェを業火で焼き払い爆発させた。

 

「景気よく証拠隠滅したが、良かったんだよな?」

 

「ええ。スーパーカーなんて、私は幾らでも持ってるし」

 

 立体駐車場に入り込んできたパトカーを尻目に、2人は夜の街に向け走り去っていった。

 

 ────────────────────────────────

 

「カエッタアリス、ミエナイ。ドコイッタノ?」

 

「……体が熱いから()()()()()()を食べてくると言って出ていったよ」

 

「マダタベルノ、アリス? ……フトルヨ?」

 

「………………」

 

「……悪食女め」

 

 アメリカ人の食い意地の悪さに対し、3人のメンバーは大きな溜息をついた。

 

 一方、その魔法少女はというと……。

 

My uterus is tingling….(子宮が疼く…)

 

 妖艶な表情。

 

I want to fuck anyone, I want to fuck them.(誰でもいい、犯したい)

 

 性的興奮が収まらないアリスの姿。

 

 コッキングオフしそうな体を引き摺り、街を歩く。

 

That guy has a pretty good face.(あの男、結構顔が良いな)

 

 信号待ちで停車していた大型SUVの運転手に目を向ける。

 

 彼女は堂々と助手席のドアを開け、乗り込んだ。

 

Hey, handsome. Do as I say.(おい、イケメン。あたしの指示に従え)

 

「ヒィ!! じゅ、銃!?」

 

 銃口をこめかみに当てられ、若い男はカージャックされたのだと理解する。

 

 震えながら彼女の指示に従う。

 

 言われる通り車を走らせ、目立たない路地裏に車を停車。

 

「あ……あの……命ばかりは助けて……」

 

 顔を青くして震えた声を出すイケメンに対し、妖艶な笑み。

 

 男のズボンジッパーを彼女が下げていく。

 

「え……えっ!? あの……ちょっと!?」

 

「HuhHuh……fuck me♡(あたしを犯して♡)

 

 懐から避妊具のゴムを取り出す彼女の表情を見て、何をされるのか男は悟った。

 

「これ……ラッキーなのか? それとも、アンラッキーなのか……?」

 

You won't be so lucky as to get one shot♡(1発程度の幸運じゃ済まないよ♡)

 

 暫くして……だらしない男の喘ぎ声が響きだす。

 

 もう暫くして……大型SUVが上下にギシギシ動きだす。

 

 さらに暫くして……性的興奮を沈めてくれたイケメンに対し……。

 

 鉛弾のチップを恵む音が……響いた。

 




読んで頂き、有難うございます。


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28話 死肉と魔法剣士

 足立区及び首都高速における無差別テロ事件ニュースが連日報道さていく。

 

 しかし、警察関係者たちは有力な目撃証言を得られていない。

 

 戦場となった現場の証言は曖昧なものであり、捜査は難航。

 

 漠然としたニュースにより、移民による犯行ではないのかと憶測を撒き散らすばかりであった。

 

 テレビを消し、椅子から立ち上がる人物。

 

 彼女はペンタグラムメンバーからレベッカと呼ばれたマッド・サイエンティスト。

 

Alice l'a fait avec brio.(アリスも派手にやったわね)

 

 事務所のような部屋から出て、暗い通路を進む。

 

 行き着いた先は無人の冷凍豚枝肉冷蔵室。

 

 巨大な冷蔵室にはおびただしい数のミートフックが天井に並ぶ。

 

 そこに吊り下げられている肉は……魔法少女、魔女、使い魔の死体。

 

 上半身は大きく切り開かれており、内蔵が取り出されていた。

 

 まるで悪魔の屠殺場の如き禍々しい光景。

 

Pour combattre ce démon...(あの悪魔に対抗するには…)

 

 悪魔の力は想像以上に強かった。

 

 ゴーレムを数の暴力で行使したが、悪魔相手では役に立たなかった。

 

 パワーだけで足りないなら、スピードも必要だろう。

 

 レシピを考えながら、肉を一つ一つ選んでいく。

 

 後ろに控えていたゴーレムを操り、フックから下ろしていく。

 

 台車の上に肉が置かれていき、ゴーレム製造を行う部屋へと使い魔と共に向かう。

 

 ついた場所は手術室を思わせる部屋。

 

 血で汚れきった白タイルの床には大きな魔法陣も見える。

 

 横の棚にはホルマリン漬けの内蔵や、アリスから提供を受けた兵器の山。

 

La miniaturisation et les opérations d'armement.(小型化と兵器の運用ね)

 

 魔法少女の肉、魔女の肉、そして内側の臓器が並べられていく。

 

 手術台の上にある大型の照明が光る。

 

C'est le moment le plus excitant pour moi...(この瞬間が一番興奮するわ…)

 

 蛇杖を振りかざす。

 

 血の魔法陣が赤く輝き、手術室を狂気の光りが包み込む。

 

 彼女は幼くして医療の道に進んだ天才だが、医療を狂気の道具として使う狂人に変わった。

 

 魔法少女になってからはタガが外れたように、生き物を玩具にして遊んだ。

 

 ただ世界を玩具にして楽しみたい。

 

 ただそれだけを求めて、ペンタグラムに彼女は加わったのだ。

 

 ────────────────────────────────

 

 季節は11月を迎える夜。

 

 ペンタグラムの手がかりを掴んだ悪魔が訪れた地。

 

 ここは探偵事務所がある倉庫街。

 

「うちの事務所近くに潜んでやがったか……灯台下暗しとはよく言ったもんだ」

 

 彼の目の前には、潰れた冷凍食品工場の建物。

 

「そういや、近所の奴らが言ってたな。得体のしれない声が聞こえてくるって」

 

 悪魔の職場近くに現れる東京の魔法少女はいない事が裏目に出たようだ。

 

「先入観ってのは厄介なもんだ……。だが、ようやく掴んだ手がかり……無駄にはしない」

 

 決意を胸に建物内へと進む。

 

 工場玄関と隣接している社長室や総務室を調べ始めた。

 

「人が暮らしている形跡があるな……。ここで間違いなさそうだ」

 

 薄暗い廊下を歩き、工場の奥に進んでいく。

 

 非常灯の明かりと悪魔の発光する入れ墨以外、光るものは無い。

 

「……なんだ?」

 

 背後の視線を感じたが、気配は直ぐに消えた。

 

「……俺を誘い込む腹づもりか」

 

 工場内に入り、辺りを見回す。

 

「酷い死肉の臭いだな。壁に赤黒く描いているのは……五芒星か」

 

 室温の低い工場内を進む。

 

 血痕が続く産業用冷凍機が並ぶエリア。

 

「俺の歩く音とは違う靴音が聞こえる……。それにペンタグラムメンバーの魔力も感じる」

 

 非常灯だけの暗い工場の中、静かに蠢き始めるフレッシュゴーレム達。

 

 音から察して、前回のような巨人サイズではなさそうだ。

 

「グガ……ガッ……ガガ……」

 

 暗闇から姿を現す、異形の群れ。

 

「……今度はナチス親衛隊地味た連中だな。両腕はどこに忘れてきた?」

 

 ミリタリーヘルメットやガスマスクで素顔を覆われたゴーレム達。

 

 両腕は改造され、チェーンソーや電動丸ノコに改造されている。

 

「なるほど……ここはフランケンシュタインを作る工場だったわけか」

 

 ゴーレム達の武器が恐ろしい音を立て、回転し始める。

 

 悪魔も左右の手から光剣を放出し、工場内を照らす。

 

「悪臭を撒き散らす死肉の群れ共……俺が墓場に送り返してやる」

 

 悪魔が行う、死者の埋葬が始まっていった。

 

 ────────────────────────────────

 

Le diable vous a reniflé. Je vais envoyer des renforts.(悪魔に嗅ぎつけられたか。応援を向かわせる)

 

 スマホの通話を切り、溜息をつくチェンシー。

 

「バレタノ? レベッカノバショ?」

 

「だから言ったのだ。死肉を集める目立つ行動をとる奴が街中に潜伏すれば、目撃情報が出ると」

 

「ワタシイク。アクマ、ゲンワクマホウ、ツカエル」

 

「レベッカはゴーレムを作り、操る以外は戦闘技術を持たない。ゴーレムを屠られたらお終いだ」

 

「ナゼ、ソンナヨワイヤツ……サイファーサマ、コエカケタノ?」

 

「……あの女の、死を冒涜する()()が気に入ったと言っていた」

 

「ショウジキ、ワタシアイツキライ。アリスヨリキライ……」

 

「それでも、決起が成就するまでは利用するさ……」

 

 会話のやり取りを聞いていたルイーザが動く。

 

 横でテレビゲームをプレイしていたアリス。

 

 ヘッドフォンを片方ずらし、会話の内容を聞いていた表情が笑みとなる。

 

I'll make it a fancy show.(派手なショーにしてやるよ)

 

 ────────────────────────────────

 

 チェーンソーを振り下ろすゴーレムが迫る。

 

 右手の光剣で切り上げ腕を跳ね落と、反転から左の光剣で胴体を切り落とす。

 

 回転の勢いを使い迫り来る相手に蹴り足を打つ。

 

「喧しい音を撒き散らすだけか?」

 

 電動丸ノコを振り回すゴーレムの斬りつけに対し、体勢を左右に流しながら避ける。

 

 相手の回し蹴りを左腕で止め、軸足の膝関節に蹴りを入れ破壊。

 

 膝をついたゴーレムの首を跳ね落とし、後ろに反転。

 

 後方から迫るゴーレムを袈裟斬りで切り払う。

 

「愚鈍な動きだな」

 

 左右から同時に迫るゴーレムがチェーンソーを振り回す。

 

 体勢を回転させ低い姿勢で避け、チェーンソー同士がぶつかり火花が散る。

 

 両手の光剣で2体の両足を切断。

 

 倒れ込むゴーレムの上を片手側転し距離をとり、次々に現れるゴーレムと切り結び合う。

 

「次から次へときりがない」

 

 囲まれて背中を獲られないよう動く。

 

 細い工場内の道を使い、直線で迎え撃てるよう立ち回るが……。

 

「グガッ!!」

 

 壁を破り、次のゴーレム達が現れた。

 

 首から上が大きな試験管が繋ぎ合わされ、魔女の脳が培養液に浮かぶ。

 

 両腕は肩口まで切断され、ドリルを繋ぎ合わされたゴーレムが襲いかかってくる。

 

「R指定だな、この工場は」

 

 回転ドリル突きに対し、身を回転しながら避けると同時に飛び上がる。

 

 飛び膝蹴りを放ち、砕かれた試験管から魔女の脳味噌が零れ落ちた。

 

 制御を失い痙攣しながら倒れ込む。

 

 後方からドリルで突いてくるゴーレムが迫りくる。

 

 体勢を反転しながら回避、振り向きざまのハイキックを試験管頭部に放つ。

 

 蹴り技の回転を使い飛び上がり、後ろ回し蹴りで横のゴーレム頭部も破壊。

 

「墓場に返してやる。この国のやり方でな」

 

 倒れた敵は炎魔法によって()()されていく。

 

 工場の奥に進み、巨大な冷蔵用倉庫に続く扉前まで辿り着いた時……。

 

「なんだ? プロペラの音……?」

 

 後ろを振り返ると、機械なのか生き物なのかも判断出来ないゴーレムの姿。

 

「レシプロ飛行機のプロペラをエンジンごと上半身の代わりに繋いだのか? 空を飛べるかもな」

 

 暴音のプロペラが回転し、細切れにせんと迫りくる2体のゴーレムだったが。

 

「誰もいない場所なら……威力を弱めた魔法ぐらい俺は使える」

 

 右掌をかざし、威力を弱めた破邪の光弾を連続で放つ。

 

 エンジンもろとも貫かれた2体のゴーレムが爆発し、無力化。

 

「この程度の雑兵しか用意出来ないペンタグラムなら……仕事は早そうだ」

 

 冷蔵用倉庫内に進む。

 

 ここにペンタグラムメンバーの魔力が潜んでいる事は分かっていた。

 

 ────────────────────────────────

 

 商品を保管しておく棚が無数に並ぶ冷蔵用倉庫内を進む。

 

 倉庫を進む悪魔に対し、棚の上から笑い声が木霊した。

 

Bienvenue, ma chère. De rien, démon.(よく来たわね。歓迎するわよ、悪魔)

 

 上に視線を向けると、ペンタグラムの1人をようやく見つけた。

 

Je m'appelle Rebecca Martinez.(私の名前はレベッカ・マルティネス)

 

「レベッカ…?」

 

Je suis très intéressé par votre corps.(貴方の体、とても興味があるわ)

 

(フランス語か何かか……?言っている意味が分からない)

 

Je vais vous tuer, et je vais vous étudier.(貴方を殺して、私が研究してあげるわ)

 

「ちょっと待てよ」

 

 ウィザードコートからスマホを取り出し、翻訳サイトで日本語を打ち込む。

 

「意味は分かるか?」

 

 彼女に翻訳サイトが映るスマホを掲げ、彼女が画面を覗き込む。

 

Au moins, parlez anglais.(せめて英語で喋れ)

 

 語学はからっきしの彼に対し、大笑いしながら微笑む。

 

You're not very good at French, are you?(フランス語は苦手なのね)

 

 レベッカはイギリスに留学していたこともあり、英語にも精通しているようだ。

 

My masterpieces are here to play with you!(私の傑作達が貴方の相手よ)

 

 蛇杖を掲げ、魔法陣を生み出す。

 

 倉庫奥のシャッターが開き、中から現れた2体の甲冑ゴーレムの姿。

 

「ギリシャ神話のケンタウロスに似た姿だな…。一体は大盾と槍の騎士、隣は…ミニガンかよ」

 

Come on, it's showtime!! (さぁ、ショータイムよ)

 

 スピアとミニガンを相手に向けて構えるケンタウロスゴーレムたち。

 

 スマホを黒衣に仕舞い、2体の敵を見据える。

 

(もう1人いる……この工場の上だな。どうやら幻惑魔法は使えそうにない)

 

 ならば物理的に破壊すると両拳を鳴らしていく。

 

 片手を上げ、指で手招きしながら『挑発』

 

「マッドドクターが生み出した冒涜の塊は……」

 

 ──―俺が焼却処分してやる。

 

 ────────────────────────────────

 

 銃身が回転し、秒間100発の射撃音。

 

 回避しながら走るが、棚には何も置かれていないので隙間を通り超え銃弾は迫ってくる。

 

 通りを抜けながら移動し続けるが、前方からは二体目が迫る。

 

 スピアの先端突きを飛び越え、光剣で斬りつけるが大盾で受け止められた。

 

「チッ……魔力出力が弱くて切断しきれなかった」

 

 そのまま走り去るスピア・ケンタウロスだが、僅かな接触でも大盾は深々と抉られた跡が残る。

 

 悪魔もミニガン射撃を走り抜け、回避し続けた。

 

「先に弾幕を張るゴーレムから片付ける!」

 

 棚の上に飛び移り、ミニガン・ケンタウロスの元まで飛び越えていく。

 

 ジグザグに跳躍しながら射撃を避け、距離を詰める。

 

 飛びかかり、袈裟斬りに溶断する構えをとるが……。

 

「くっ!?」

 

 回り込んできたスピア・ケンタウロスが一気に突撃。

 

 シールドバッシュを放ち、体重の軽い悪魔は跳ね飛ばされた。

 

 地面に俯向けに倒れ込むが、ハンドスタンドしながら跳ね起きる。

 

 ミニガンの追い撃ちを棚の隙間に滑り込み避ける事が出来た。

 

「ゴーレムにしては、随分と連携が良いじゃねーか」

 

 棚の通りを超え、倉庫の端の通路を走り抜ける。

 

 前方からはスピア・ケンタウロスが槍を構えて突撃体勢。

 

「カウボーイのマネごとでもしてみるか!」

 

 鈍化した一瞬、悪魔は月面宙返りによって相手の頭上を舞う。

 

 馬の胴体部分に座り込むように着地、同時に首を締め上げた。

 

 両手が武器で塞がった相手が暴れ馬のように体を跳ね上げる。

 

 悪魔を振り下ろそうと藻掻くが……。

 

「ロデオの時間は終わりだ!」

 

 体が青白く光り、雷を全身から放つ。

 

 雷の魔法である『ショックウェーブ』が、スピア・ケンタウロスを焼き尽くしていく。

 

 豪雷の直撃を全身で浴び続け、黒焦げとなり倒れ込んだ。

 

「あと1体!」

 

 射撃を繰り返す相手も弾の残量が無くなっていく。

 

 銃身がカラカラと音を立て、弾を撃ちつくしてしまった。

 

「もう店仕舞いか?」

 

 光剣を放出した悪魔が歩み寄る。

 

「ガッ……グガ……ガァ!!」

 

 ミニガンを大きく振りかぶり、鈍器のように叩きつけようとするが……。

 

「そろそろ墓場に戻る時間だ」

 

 大きく跳躍して月面宙返り。

 

 背後に飛び降りると同時に真っ二つに叩き斬った。

 

 臓腑を撒き散らし倒れ込む相手を炎魔法で焼き尽くす。

 

「さぁ、次はお前の番……あれ?」

 

 周りを見回してみたが、レベッカの姿は何処にも見当たらない。

 

 魔力の気配を探ってみたら、ここから遠ざかっていくのが分かった。

 

「……勝てないとみたら尻尾を巻いて逃げ出すか。だが、逃しはしない」

 

 開いたシャッターから走り出ようとした時……。

 

「あっ……不味いかも……」

 

 ポケットの中に手を入れ、スマホを取り出す。

 

「……やっぱりダメか」

 

 雷で焼かれたスマホの無残な姿を見つめながら溜息。

 

「……小さな失敗を考えてる場合じゃなかった」

 

 風を纏いながら駆け抜け、追いかける。

 

 悪魔と魔法少女のチェイスバトルが今、始まった。

 

 ────────────────────────────────

 

 タクシーに乗り込み、新橋に向けて逃げ続けるレベッカの姿。

 

 アイラの転送魔法陣があれば簡単に逃げられたハズだが……? 

 

「オマエ、ナニシャベッテルノカワカラナイ。ワタシ、イカナイト」

 

You heartless bastard!! (この薄情者)

 

 無残にもアイラに置いてけぼりを食らったようだ。

 

I underestimated the power of the demon.(悪魔の力をみくびったわ…)

 

(何やら外国語で恨み言みたいな言葉をブツブツと……美人な少女だが、恐ろしいな)

 

 不安な顔をした運転手だったが、ルームミラーに映る彼女が慌てた素振りを始めた。

 

 勝鬨橋側面の半円鉄骨の上を見れば、悪魔の姿。

 

 猛スピードで走り登っていく彼の姿に戦慄した表情。

 

Speed it up!! (もっとスピード上げなさい)

 

「英語で捲し立てないで下さいよ!? 法定速度を超えて運転したら飯の種が無くなる!」

 

 危険な客だと判断し、社内ボタンを押す。

 

 行灯を赤く点滅させ、車両ランプにSOSサインを表示させた。

 

 そうこうしているうちにも悪魔はどんどん迫ってくる。

 

I'll be right here! (ここでいいわ)

 

 タクシーを無理やり停止させ、震えた手で財布を取り出しお札を渡す。

 

 慌てていたのか、3万円も渡してしまったようだ。

 

「お客さん!? 払い過ぎですよ!」

 

 運転手の静止を振り切り、東京新橋の街へと彼女は逃げていく。

 

We're running as fast as we can! (こっちは全力で走ってるのに)

 

 悪魔を振り切るために人混みを選び、全力で走りながら逃げる。

 

「うわっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 通行人を掴み引っ張り倒しながら障害物を作っていくが、悪魔は飛び越えていく。

 

「危ないだろ! ……って、うわわっ!!?」

 

 起き上がる曲がった背中に手を置き側転して着地、追撃を緩めない。

 

「テメェ!? どこ見て歩いて……おわっ!?」

 

 彼女に文句を垂れる男の股下をスライディングで潜り抜け、距離を詰めていく。

 

If we don't, they'll catch up with us! (このままだと追いつかれる)

 

 慌てていた彼女の耳に電車の音が響く。

 

 目の前には山手線の線路を走行していく電車の姿。

 

Perfect timing! (完璧なタイミングね)

 

 一気に跳躍し、電車の上に飛び移る。

 

「AHAHAHA!!!Goodbye, demon!(さようなら、悪魔)

 

「チッ!」

 

 スピードが出過ぎた不安定な状態だが、無理やり左折しようと一気に加速。

 

 体を傾け、左手のアイアンクロウで地面を削りながら掴み、加速を維持したまま無理やり曲がる。

 

「こんな時の為に、他の魔法応用も磨いておいてよかったよ!」

 

 悪魔の両足が雷光を放ち初める。

 

 跳躍し、ビルの側面に張り付きながら駆け巡っていく。

 

 電車で使われる電磁吸着ブレーキと原理は同じのようだ。

 

「間に合え!」

 

 電車の最後部車両に向けて跳躍し、なんとか飛び移れた。

 

「お、おい……今の、見たか?」

 

「映画の撮影……?」

 

 悪魔のアクションスタントを見届けた人々は、開いた口も塞がらない表情で見送った。

 

 ────────────────────────────────

 

 山手線の電車が浜松駅に向かい走り続ける屋根の上。

 

 追い詰められたレベッカは怯え、後ずさるばかり。

 

I'll give you up, just let me go!(貴方の事は諦めるから見逃して)

 

「命乞いの日本語は覚えておくべきだったな。何を言ってるのか分からねーよ」

 

 突き刺される程の殺意を向けられ、涙目で死を覚悟していた時……。

 

「何だ!?」

 

 横のビルから電車の上に飛び移ってきた魔法少女の姿。

 

「お前は……」

 

Louisa! You've come to save me! (ルイーザ! 助けに来てくれたのね)

 

 喜んでルイーザに走り寄るレベッカであったが……。

 

「ガベッ!!?」

 

 右側頭部にお見舞いされたのは右裏拳。

 

 電車の上から大きく飛ばされ、レベッカは道路に叩きつけられていった。

 

Ich mag keine Verlierer.(私は敗北者が嫌いだ)

 

「お前にとっては仲間じゃなかったってわけか……」

 

 新たなペンタグラムメンバー相手に警戒する表情。

 

(デカイ白人女だ……185センチは身長がありそうだな)

 

 全身を防護服のように覆い、目元しか見えない姿。

 

 だが、その青い瞳は闘志によって燃え上がるように見える。

 

Es ist schön, einen guten Gegner zu sehen.(好敵手に会えて嬉しいぞ)

 

「お前は?」

 

Mein Name ist Louisa Schneider.(我が名はルイーザ・シュナイダー)

 

「ドイツ語か何かか? 名前の部分以外はさっぱりだ」

 

Wir brauchen nicht zu reden.(我々に会話は不要だ)

 

 左手に持たれた銀の鞘に収められしロングソードを前方に構える。

 

Reden wir darüber mit Schwertern.(剣で語り合おう)

 

 右手で柄を握り締め、引き抜きながら鞘を投げ捨てる。

 

「……それがお前の魔法か?」

 

 左手で刃を下から上に向けてなぞっていく。

 

 刀身が光り輝き、悪魔の剣と同じ光熱を発していく。

 

 右手で振るわれるロングソードが光剣と化し、刀身の長さはクレイモア大剣にも及ぶ。

 

「……どうやら、チャンバラがお望みのようだな?」

 

 右手から同じように光剣を生み出す。

 

(もう1人いる……電車内部にいやがるな。こいつらを俺の幻惑魔法から守る為に)

 

 アイラも転送魔法陣を用いて電車内部に乗り込んでいるようだ。

 

「死ぬ順番が変わっただけだ。ペンタグラムは1人残らず……俺が殺す」

 

 睨み合う二人が今……弾かれたように前に出た。

 

 ────────────────────────────────

 

 先手として彼女が仕掛ける。

 

 周囲に生み出す無数の魔力剣を射出。

 

 前方から迫る剣の矢に対し、光剣を振り回し切り払い、間合いまで跳躍。

 

 空中からの袈裟斬りを左切り上げで受け止め、光剣同士が激しい火花を散らす。

 

「俺の間合いだ!」

 

Ich weiß es nicht.(どうかな?)

 

 左肘を打ち込むが、剣の柄頭で打ち返される。

 

 同時に袈裟斬りを放つのに対し、悪魔も光剣で受け止めた。

 

 逆袈裟、袈裟斬り唐竹割りと連続で攻めてくる彼女に踏み込む。

 

 左腕刀で相手手首を制止させ、横腹にボディブローを狙うがバックステップ回避される。

 

「チッ!」

 

Es macht Spaß, sich mit Ihnen zu streiten.(楽しいよ、お前との戦いはな)

 

 互いの左右薙、手首を返し右薙が悪魔の頭を狙うのに対し、身を低くして回避。

 

 低空姿勢からの後ろ回し蹴りを狙うが、彼女は回転して避ける回転を利用し逆袈裟斬り。

 

 斬撃を受け止めた眼前で光剣同士の火花が舞う。

 

「お前、我流じゃないな……? かつての世界で戦った剣術使いの悪魔共を思い出すぜ」

 

Der war gut, Dämon.(いいぞ悪魔)

 

 鍔迫合う中フックパンチを仕掛けるが、彼女は後方に跳躍回避。

 

Unterhalte mich mehr.(もっと私を楽しませろ)

 

 屋根の上で戦う光景の下では、乗客たちの動揺する姿。

 

「おい……上で誰かいるだろ?」

 

「足音が聞こえるし、屋根の上から火花が落ちてくるし……?」

 

「乗務員は何やってんだよ!」

 

 席に座りながら見物するアイラの右手が上がっていく。

 

「サワガレルト、メンドウ」

 

 彼女の洗脳魔法が発動し、11両編成の車両全体を念波が包み込む。

 

 乗っている人々の顔から生気が無くなり、声も出さなくなった。

 

 電車は減速することなく浜松駅を通り超え、慌てふためく駅員たちに横目を向ける。

 

「サワギ、オオキクナルマエニ、カタズケテ」

 

 屋根の上では、洗脳魔法を防いだ悪魔の姿。

 

「今の感触……洗脳魔法を使いやがったか。イヨマンテを飲み込んでおいて正解だったよ」

 

 電車の速度が上がりながら次の駅に向けて進む。

 

Ich werde es einrichten.(仕掛ける)

 

 魔法剣となったロングソードを屋根に突き立てる。

 

 周囲に青白く光る魔法陣が展開。

 

 陣から発せられる青い粒子が彼女を包み、肉体を強化していく。

 

 魔法剣を抜き、片手で剣を振り下ろす彼女の気迫が増す。

 

「……ここからだな、本当の戦いは」

 

 ────────────────────────────────

 

 互いが一気に踏み込む。

 

(瞬発力が上がっているだと!?)

 

 互いの斬撃がぶつかる。

 

 弾かれた魔法剣を右に返し、袈裟斬りで振り抜く。

 

 光剣で受け止めた悪魔の体が後方にスリップしながら弾き出された。

 

「力まで増している……お前の固有魔法は、俺たち悪魔が使う強化魔法か!?」

 

 悪魔が動き、斬撃の応酬の中で右拳が彼女に決まる。

 

Sie wollen einer Frau ins Gesicht schlagen? (女の顔を殴るか?)

 

 彼女は目を見開き、微動だにしない。

 

「タルカジャ・ラクカジャ・スクカジャを一気にかけれるのかよ……俺たちでも真似出来ないぜ」

 

 魔法少女の固有魔法は、種類によっては悪魔の魔法をも上回った。

 

Das wird Sie was kosten.(高くつくぞ)

 

 剣の柄頭で相手のみぞおちに一撃を入れ、怯ませる。

 

 追い撃ちの逆袈裟を放ち、受け止めた相手の顔に柄頭の一撃を加え、後退する体に踏み込み蹴り。

 

 吹っ飛ぶ悪魔に跳躍し、空中で左薙を仕掛ける相手が受け止めたと同時に反転した飛び蹴り。

 

「ガハッ!!」

 

 電車の後方車両まで蹴り飛ばされた悪魔の姿。

 

「くそっ……はっ!?」

 

 俯きに倒れた悪魔の頭上から降り注ぐ魔力剣の雨。

 

 起き上がった彼が体勢を捻じりながら片手をつくバク転を繰り返す。

 

 魔力剣は電車の屋根を突き破り、下の車両にいる人々の命を奪う。

 

(俺も遠距離戦を仕掛けたいが……周りに民家がある以上は使えない!)

 

 バク転を終え、立ち上がる悪魔が吠える。

 

「貴様ら……人間の命を何だと思ってやがる!!」

 

「……Sprechen Sie Deutsch.(ドイツ語を話せ)

 

 魔法剣を頭上に掲げる。

 

 夜空に次々と魔力剣が生み出される……尋常ではない数だ。

 

 魔法剣を垂直に伸ばすように振り、剣の矢雨が悪魔に降り注ぐ。

 

「くっ!!」

 

 矢雨に向かい走り、当たる角度の魔力剣だけを斬り落とし接敵。

 

 屋根を魔力剣が貫いていき、次々と残りの人間たちも死んでいく。

 

 アイラは魔法の防御障壁を張り、見境無い攻撃を凌いだ。

 

<ルイーザ……ワタシモイルノ、ワスレナイデ>

 

Sie sprechen Deutsch, Ira.(ドイツ語を話せ、アイラ)

 

 屋根に剣を刺し、刃で斬り裂き火花を散らせながら悪魔に駆け寄る。

 

 互いの剣が交差する。

 

 悪魔の光剣を跳ね上げ逆袈裟、受け止めた光剣を下に叩き落とし、回転連続斬り。

 

 後方に大きく跳躍して彼女から距離をとる。

 

Es ist zu spät!! (遅い)

 

 跳躍斬りの追撃を受け止め、火花を散らして鍔迫合う。

 

Wofür kämpfen Sie? (貴様は何の為に戦う?)

 

「日本語喋りやがれ!」

 

Du bist genau wie ich.(お前も私と同じだ)

 

 鍔迫り合いから互いに頭突きを放つ。

 

 仰け反りながらもさらにぶつける。

 

 彼女の三角帽子が脱げ落ち、風で飛んでいく。

 

 素顔の一部を晒す彼女の額から血が滲み、美しいブロンドヘアーが揺れる。

 

Ich will mich gegenseitig umbringen und ich will kämpfen.(殺し合いたくて戦いたい)

 

「貴様は死んで黙れぇ!!」

 

 彼の左肘打ちを右肘で弾き、続く袈裟斬りを受け止めながら刃を滑らせる。

 

 鍔で刃を止めながら引き、魔法剣の刃を左頬に滑り込ませ切り裂く。

 

 流れる斬撃のぶつかり合いの中、彼女が冷たい一言を呟いた。

 

「Menschen zu schützen? Nein」(人間を守る? 違うな)

 

 ──―Es macht Ihnen einfach Spaß, Menschen zu töten.(お前は人殺しを楽しんでいるだけだ)

 

「っ!?」

 

 言葉が通じないハズだが、その言葉は心の闇の中まで届く。

 

Ihre Augen lügen nicht.(お前の目は嘘をつかない)

 

 ──―Du bist nur ein Dämon.(お前はただの悪魔だ)

 

 ────────────────────────────────

 

 上野東京ラインを南に向け電車は進んでいく。

 

 遠くのビル屋上にはアリスの姿。

 

 彼女の横には動画撮影用機材が並ぶ。

 

 ガムを噛みながら軍用双眼鏡で覗き込んでいた。

 

Target confirmed♪(目標確認)

 

 迫りくる電車の影。

 

Come on, come on, come on. Let's do this! (来いよ、来いよ、やってやるぜ!)

 

 上野東京ライン線路上には、無数のC-4爆弾の影。

 

 左手のリモコン爆弾スイッチを今か今かと押したがる。

 

 先頭車両が近づいた瞬間、彼女はボタンを押した。

 

 線路が一気に起爆、先頭車両が爆発で跳ね上げられていく。

 

 車両連結部分も千切れ、大きく後方に向けて宙を舞う。

 

We did it!! You're hot!! (やったぜ 最高 イケてる)

 

 右手でファックサインを作り、人々の死を侮辱するアリスの姿。

 

 千切れた先頭車両の2両目、3両目も次々に横出しになっていく。

 

「チッ!!」

 

 爆発の衝撃が2人を襲う時、互いに膝をつき持ちこたえたが……。

 

「あれは……まさか!?」

 

 空を見上げれば、回転しながら先頭車両が落ちてくる。

 

「くそぉぉぉぉ────ッッ!!!」

 

 車両内部の人間たちがどうなるかは分からないが、それでも見殺しには出来なかった。

 

 両腕を頭上に向ける、先頭車両が彼に迫る。

 

「くっ!!」

 

 先頭車両を受け止め、足元の屋根が一気に沈む。

 

 悲鳴は聞こえないが、恐らく車両内部は血みどろの光景が広がっているだろう。

 

 お人好し悪魔の行動に対し、ルイーザは隙を見逃さない。

 

「……Das ist dumm.(愚かだな)

 

 一気に踏み込み、剣の先端が悪魔の腹部を貫く。

 

「ガハッ……!」

 

 大きく吐血した血が彼女の顔にかかる。

 

 激痛よりも大きい憤怒の感情が悪魔を支配する。

 

 悪魔の金色の目が真紅に染まっていく。

 

 噛み締める歯の隙間からは、吐息と共に獄炎が噴き上がった。

 

「グッ……ガァァ──ーッ!!!」

 

 悪魔の口から放たれる竜の業火たる『ファイアブレス』

 

 剣を引き抜くと同時に跳躍、後方に大きく宙返りを行いブレス攻撃を回避した。

 

「ガッ……グッ……くそっ!」

 

 持ち上げた先頭車両を地上に下ろし、片膝をつく。

 

 腹部から溢れる大量出血を手で抑え込み、真紅の瞳で睨みつけた。

 

 ルイーザの横にはいつの間にかアイラの姿。

 

「アリス、ムチャシスギ。アタマブツケタヨ」

 

Der Ort ist leer geworden」(場が白けたな)

 

「サスガニメダチスギルシ、キョウハカエロウネ」

 

 後ろに転送魔法陣を生み出し、アイラは先に入り消えていく。

 

Trotzdem habe ich es genossen.(それでも楽しめたよ)

 

 剣を振り、悪魔の血を振り払う。

 

 無慈悲な刃から生き残れた強敵を認め、口を覆っていた襟ボタンを外す。

 

 素顔を見せた彼女の顔は、冷酷非情な人間とは思えない白人少女。

 

Wir sehen uns dann. Mein lieber Teufel.(また会おう。愛しき悪魔)

 

 指先を口に当てキスをし、空に向けて指を開くハンドサイン。

 

 好敵手から踵を返し、ルイーザの姿が転送魔法陣へと消えていった。

 

「ハァ……ハァ……俺は……誰かを守ろうとすればする程に……誰も守れない……」

 

 左手から魔石を出現させ、口の中に放り込み回復処置を施す。

 

 切断された内蔵の回復も待たず、人目につく前に電車から飛び降りる彼の姿。

 

「許さない……殺す……殺す…………殺す殺す殺す…………」

 

 ──―殺してやる!!! 

 

 その両目は、憤怒の瞳。

 

 その吐息は、獲物の命を求める。

 

 その感情は、怒りに支配されていく。

 

 これからの戦いは、その怒りの感情が足かせとなっていく。

 

 今の人修羅は、それを考える余裕すら無かった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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29話 炎のクリスマス

 足立区、山手線と続く無差別テロ事件の連鎖。

 

 警察の捜査も難航し、東京は不穏な空気に包まれていく。

 

 だが、政治やニュースに興味が無い者たちも多く、TVに映る事件も対岸の火事となった。

 

 月日も変わり、クリスマスがもうすぐ訪れる時期の聖探偵事務所では……。

 

「SNSに不穏な投稿だと?」

 

「ええ、これを見て」

 

 丈二が外出している中、尚紀は瑠偉の後ろでPCモニターに映るSNS画面を見つめる。

 

「今年のクリスマスは、空から素敵な黒いサンタが現れて、プレゼントをばら撒くだと?」

 

「それが何を意味しているかは分からないけれど……直接的犯行声明ではなく、何が起こるか分からないといった表現を使う場合、十中八九魔法少女が絡むわ」

 

「連中は秘密主義だからな。魔法なんて文言を入れても、不特定多数から馬鹿にされて終わる」

 

「警視庁のサイバーポリスも事件性がある書き込みでないと動かないわ」

 

「英語による犯行声明か……ペンタグラム連中の中に、英語を喋る奴らがいる」

 

「この投稿を調べるとしたら、丈二が詳しいと思うわよ」

 

「なんだ、俺がどうかしたのか?」

 

 外出から戻った丈二が2人の後ろに周り、モニターを見つめる。

 

「丈二、この呟きを投稿した奴を調べたい」

 

「翻訳内容からみて、何か臭い投稿だな……。テロ事件が起き続けているし……こういう投稿は警戒心を持って構わないと思う」

 

「IPアドレスの捜査を行いたいんだが、何かツテはあるか?」

 

「友人の中にネット犯罪に詳しい弁護士がいる」

 

「これは俺からの依頼で構わない。プロバイダーへの照会を頼みたい」

 

「分かった。テロ事件で大勢亡くなった……これ以上連中の好きにはさせないさ」

 

 後日、弁護士が動いてくれた。

 

 民事上の請求権を行使したが、発信者情報開示は民事上の問題であり断られる。

 

 その場合は裁判上の請求手続きとなり、これも弁護士が動いてくれた。

 

「情報開示内容が届いた。どうやらこの投稿はネットカフェからの投稿みたいだぞ」

 

「場所は分かるか?」

 

「勿論だ。住所はここに書いてある」

 

 メモを受け取り、ネットカフェに尚紀は赴く。

 

「ああ、覚えている。その日の利用客の中でな、妙な姿をした外国人少女が来店したよ」

 

「どんな少女だ?」

 

「帽子とマスク姿で片言の日本語を喋ったが、ネットゲームを始めだしたら悪辣な暴言を店内で撒き散らしやがった。即刻退店してもらったよ」

 

「それだけか? 他に何か気がついた事とかはないか?」

 

「そうだな……クリスマスがどうとか言ってた気がしたが、英語だし内容はよく分からなかった」

 

「店長、俺が掃除をしてた時に横を通ったんすけど、FPSゲームをやり始める前はSNSを開いてたのを見ましたよ」

 

「SNS……クリスマス……。やはりここで犯行声明を投稿したようだな」

 

 退店し、考えを巡らせる。

 

「恐らくはアリスと名乗った奴の投稿だな。空から何をばら撒く……?」

 

 アリスと遭遇した時、自分の頭に降り注いできたモノを思い出し……顔をしかめる。

 

「空爆の類なのか……? だとしたら空が開けた場所、そしてクリスマスに関わる通り……」

 

 スマホを取り出し、クリスマスデートスポットを調べていく。

 

「京六本木ヒルズの通りが怪しいな……。あそこは昔からカップルや家族連れが大勢集まる」

 

 24日を後日に控え、彼の足取りが早くなる。

 

「ペンタグラム連中は魔法を秘匿しない……大量殺人を行う目的はなんだ? 俺への挑発か……?」

 

 感情が直ぐに荒れていく。

 

 右手が握り締められ、怒りと殺意が撒き散らされていく。

 

 最近の尚紀は怒りの感情を制御する事が難しくなっていた。

 

「今度こそ必ず先に見つけ出す……」

 

 ──―産まれてきた事を、後悔させてやる! 

 

 ────────────────────────────────

 

 12月24日の夜。

 

 六本木ヒルズタワー前のけやき坂通りを美しいイルミネーションが彩る光景。

 

 ヒルズ周辺は高級ブランドショップが軒を連ねる都会の一等地。

 

「今年も変わらない光景だな……千晶や勇と訪れた事もあったよ」

 

 今日一日をかけ、周辺をくまなく捜索してみたがペンタグラムの影は見つからない。

 

 ヒルズビル玄関近くにあるベンチに座り、考えを巡らせていく。

 

「奴らは転送魔法が使える……後手に回るしかないのが辛いな……」

 

 俯いていた顔を上げれば、クリスマスを楽しむカップル達の姿。

 

 去年のクリスマスに戦った魔法少女の姿が脳裏を過る。

 

「……悲しい魔法少女だったな。あの子も愛する人と共に、この輪に加わりたかったろうに」

 

 残酷な運命に弄ばれた少女に思いを馳せていた時……。

 

<<Gentlemen! Have I been a good boy? (諸君!! いい子にしてたかな~?)>>

 

 耳鳴りがする程の拡声された声。

 

 ヒルズビル屋上展望台を見上げれば、そこにはアリスとアイラの姿。

 

 音響非殺傷兵器LRADをスピーカー代わりに使っているようだ。

 

<<Black Santa's coming for you! (黒いサンタさんが来てくれるぞ!)>>

 

「……ウルサイオト」

 

 横のアイラは電子防音イヤーマフを貸してもらい頭に被る。

 

<<Have fun, it's Christmas on fire today! (楽しんでくれ、今日は炎のクリスマスだ!)>>

 

「あいつら……何を!?」

 

 悪魔は夜空の彼方に目線を向ける。

 

 そこには……戦争映画でも見たことがあるだろう黒い機影の姿が映っていた。

 

 ────────────────────────────────

 

 高度8000メートル上空に発生した巨大ワームホール。

 

 そこから現れる、黒く巨大な凶鳥。

 

 海洋生物にも見える特徴的な全翼をもつステルス戦略爆撃機B-2 スピリット。

 

 21機しか製造されていない米国のステルス爆撃機が同盟国の空を飛ぶ。

 

「あれが……アリスが言っていた黒いサンタか!?」

 

 爆撃機コックピット内には米国空軍パイロットと兵装担当士官の姿。

 

 2人とも洗脳魔法によって支配されていた。

 

Prepare to attack.(攻撃準備)

 

Copy that.(了解)

 

 けやき坂通りに向けて爆撃アプローチ。

 

Active radar activation.Open the hatch.(アクティブレーダー作動、ハッチを開け)

 

Copy that.(了解)

 

 右側ウェポンベイが開き、爆弾槽が露出。

 

 回転式ランチャーに納められた爆弾とは、Mk.84と呼ばれる2000ポンド級爆弾。

 

 湾岸戦争においてハンマーと呼ばれる程の破壊力と爆風半径をもつ。

 

Bomb drop.(爆弾投下)

 

 6発のハンマーが次々と落下し、精密爆撃が地上を襲う。

 

「やめろぉぉぉぉぉ──────!!!!」

 

 悪魔化し、通りに向けて走る。

 

 周りに見られようが遠距離魔法行使で止めようとするが……。

 

 それよりも早く滑空音が近づき……次の瞬間。

 

「グワァァ────ッッ!!!?」

 

 連鎖する大爆発が地上に起こり、悪魔は爆風に飲み込まれた。

 

 地面を揺るがす爆発と轟音、巨大な黒煙、建物の倒壊、致死的な破片が撒き散らされる。

 

 両腕で顔を覆い、足で踏ん張りながら耐えるが瓦礫の下敷きとなっていく。

 

Me~~rry~~Christmas!! (メェェ~リィィクリッスマァァ──スゥ!!)

 

 地上の惨状を見下ろし、恐ろしき笑みを浮かべる外道に堕ちた魔法少女。

 

 地上に広がる巨大クレーター。

 

 爆撃によって六本木ヒルズ周辺は甚大な被害。

 

 周囲に建つ大型商業施設やビルも倒壊し、地獄と化す。

 

 ヒルズビルも爆風に晒され、窓ガラスの大半が砕け散る無残な姿。

 

「くっ……」

 

 瓦礫を押し退け、姿を見せる悪魔。

 

 周りを見渡し……凍りつく衝撃。

 

「あ……あぁ…………」

 

 瓦礫に潰された人々、原型を留めない死体、破片と土煙、そして業火。

 

 蠢き苦しむ人々の声は無い、全員痛みを感じる暇も無かった。

 

「誰かぁ!! 誰か生きている奴はいないのかぁ!!?」

 

 必死に瓦礫を押し退けていくが、惨たらしい死骸しか見つからない。

 

 そんな中、一組の家族連れだと思われる死骸を見つける。

 

「………………」

 

 人間の形を失った3人。

 

 頭部と両足を失った子供の死骸に覆い被さる両親のように見えた。

 

 呆然とした表情を夜空に向ける。

 

 そこには巨大ワームホールに収納されていくステルス爆撃機の光景。

 

 両膝が崩れ、跪く。

 

 目の前の損壊激しい死骸を見つめ、かつて頭部を破壊された少女と重なってくる。

 

「一体……どれだけの人間が死んだ? ……どれだけの人生が魔法少女に奪われた……?」

 

 炭化した死骸の手を両手で掴み、握り締めていく。

 

 両手に塗れる黒灰、それを強く握り込み……憤怒の雄叫び。

 

 ──―ア”リ”ス”ゥゥゥゥゥ──────ッッ!!!!! 

 

 両目の金色が、魔法少女の血に飢える真紅の瞳と化す。

 

 彼の叫び声はスカイデッキにいるアリス達にも響いていた。

 

Nice shout out, lover! Try to get this far.(いいシャウトね、色男! ここまで来てみな)

 

 弾かれたように走り出し、ヒルズ屋上を目指す獰猛な獣。

 

「魔法少女と呼ぶのもおぞましい!! 貴様は地獄すら生温い!!!」

 

 ペンタグラムとの戦い……それはもはや、手段を選ぶ余裕すら与えられなかった。

 

 ────────────────────────────────

 

 瓦礫を超え、ヒルズビルに隣接するミュージアムコーンに向かう。

 

「ヒルズビルのガラスを雷魔法の応用で上る事は出来ないか……殆どが砕けてやがる」

 

 倒壊しかけたミュージアムコーン内部に入り、窓ガラスが散乱した通路を進む。

 

 ヒルズビル内部に進んでいる時、違和感に気がつく。

 

「おかしい……今日はクリスマスで人が多いハズなのに、逃げ惑う人間と出会さない……?」

 

 ここまで進む過程でも逃げ惑う人々を見かけなかった。

 

「……あの魔法少女を殺すのが先だ!」

 

 迷いを払い、エレベーターホールのボタンを押す。

 

 エレベーター内に入り、一気に52階へと上昇。

 

 52階センターアトリウムに到着し、外に出た悪魔を迎えた存在達とは? 

 

「民衆……こいつらも操られてるのか!?」

 

 クリスマスを楽しんでいた大勢の人々。

 

 だが、その衣服には戦争映画などで見かける恐ろしい道具が見える。

 

「……人間爆弾!?」

 

 観光客や従業員達が身につけさせられているのはTNT爆弾。

 

 体中に粘着テープで固定され、右手には起爆用スイッチが有線接続される。

 

 イスラム過激派テロリストが用いた自爆テロ手法と同じだ。

 

「ワナニカカッタネ」

 

It's a big explosion.(派手に爆発しな)

 

 虚ろな目をした民衆たちが集団で動く。

 

 悪魔に接敵した瞬間、自爆する構え。

 

 これでは当身を打ち、気絶させる手段は使えない。

 

「くそっ……!!」

 

 鈍化する世界、走り迫る人間爆弾。

 

 瞬時に状況判断し、左手を掲げて出現させたかつての世界の道具。

 

「ギャァァ──ーッ!!?」

 

 スタン・グレネードを投げたのかと見紛う程の激しい閃光が広がる。

 

 この道具は『くらましの玉』と呼ばれ、戦闘から離脱する際に用いられてきた。

 

 人々が視力を取り戻した頃には、彼の姿は消えている。

 

「洗脳されていても、肉体の反応は同じで助かった」

 

 洗脳された人々を超え、チケット売り場を進みスカイデッキに上るエレベーターへ向かう。

 

 屋上に辿り着き、電気設備や空調設備が並ぶ階段を登っていく。

 

 大きな非常用ヘリポートで悪魔を待ち受けていた魔法少女の姿が目に映った。

 

「キタワネ、アクマ」

 

 そこに立つのはアイラの姿のみ。

 

 ヘリポートには高熱で溶けた跡。

 

「ジコショウカイマダ……。ワタシ、アイラ・チャクラバルティ」

 

「俺が殺すヤツの名前などどうでもいい!! アリスは何処だぁ!!!」

 

 ボードウォークを見渡すが、アリスの姿は見えない。

 

「フフ……アノコ、チカクニイルヨ」

 

 空港で聞いた事があるだろう、ジェット機の轟音。

 

「ワタシ、アマリタタカウノトクイ、チガウ。ダカラ、アリスニマカセル」

 

I'll take care of the rest, Ira.(後は任せな、アイラ)

 

<ウン、マカセタ>

 

 ソウルジェム同士の念話を交わし、転送魔法陣を背後に生み出す。

 

「待てっ!! 貴様にはチェンシーの居場所を……」

 

「タタカウアイテ、ワタシジャナイヨ。ジャアネ」

 

 アイラの姿は魔法陣に入り込み消え去っていく。

 

 次に現れた先は、先程通り超えたヒルズビルシティビューが見えるエリア。

 

 ここでアリスの援護を行う構え。

 

「この轟音……ビルの側面から昇ってくる!」

 

 轟音を放つ、戦闘機の姿とは? 

 

You're looking good! (いい顔になったわね!)

 

 垂直上昇して現れた戦闘機はF-35ライトニングII。

 

 ステルス性能を持つ、西側諸国最新のJSF(統合打撃戦闘機)であった。

 

Come on, Jack of Hearts. Let the trial begin! (さぁ、ハートのジャック。裁判を始めよう!)

 

 単座コックピット内には、ヘルメットディスプレイを装備したアリスの姿。

 

「……高そうな棺桶をフル装備で用意してきたか」

 

This is the beast mode of this plane! (これがこの機体のビーストモードさ!)

 

 ハードポイントには空対地・空対空ミサイル、それに爆弾や機関砲ポッドが並ぶ。

 

Show me how you die!! (お前の死に様をあたしに見せろぉ!!)

 

 高熱をジェットエンジンから噴き出し、ホバーリングしながら機銃掃射。

 

 側面に跳躍、片手をつく側転、着地と同時に黒衣を脱ぎ捨てる。

 

「ここでケリをつけてやる!!」

 

Let's go!! (行くぜ!!)

 

 回転ノズルを垂直から真後ろに向け、一気に加速。

 

 地上を焼き払うライトニングの名を持つ、鋼鉄の鳥との戦いが始まった。

 

 展望台で援護を行うアイラは席に座り、飲みかけのジュースを飲みながらガラス越しに観戦。

 

「マフィアノオシゴト、イソガシイケド……ソロソロ」

 

 ──―チェンシー、アバレタイコロダヨネ。

 

 彼女に操られた大勢の民衆達が後ろを進む。

 

 人間爆弾が、悪魔の戦場へと放り込まれていった。

 

 ────────────────────────────────

 

 スカイデッキに向けて空爆のアプローチ。

 

 ヘルメットバイザーに投映される機体情報によって、機体全体が透かして見える。

 

 まるでフライトシューティングゲームの一人称視点だ。

 

I love it! It's a video game now!」(最高! もうテレビゲームそのものね!)

 

 光学式照準システムにより赤外線とレーザーを使用した目標捕捉。

 

 バイザーに映し出された地上目標に対し、空対地ミサイルの発射体制に移るが……。

 

Whoa! (おっと!)

 

 屋上から悪魔が放つ破邪の光弾。

 

 操縦桿を握り、バレルロール回避。

 

Tsk! (チッ!)

 

 空爆のタイミングを逃し、屋上を飛行通過。

 

「この高さなら遮蔽物は無い! 一気に攻めさせて貰う!!」

 

 両手を広げ、全身に魔力を溜め込みながら両腕を抱え込む姿勢。

 

 体勢を起き上がらせるように両腕を広げ、全身に纏った光を放つ一撃は『ゼロス・ビート』

 

You've been hiding your powers? (力を隠していたのか?)

 

 無数の光弾の雨がホーミングレーザーのように敵機を追う。

 

You licked me!! (舐めやがって!!)

 

 アフターバーナー全開で上昇、迫りくる魔弾の雨も猛追。

 

 速度は魔弾の方が早く撃墜されるかと思われた時、前方空間に開くワームホール。

 

 目標を見失った無数の魔弾が空の彼方に飛散していく。

 

「後ろか!!」

 

 背後の空に発生したワームホールから飛び出た戦闘機から放たれる空対地ミサイル。

 

 居合の構え、背後に振り向くと同時に放たれる死亡遊戯の居合斬り。

 

Are you serious!? (マジかよ!?)

 

 光速で斬撃が迫りミサイルを切断、手前上空で爆発。

 

 上空を戦闘機が通過し、爆撃のアプローチに移る。

 

 宙返り飛行を行い、高高度から爆弾投下体勢。

 

「何だっ!?」

 

 迎え討つ構えをしていた悪魔だったが、スカイデッキ入り口から迫る人影に目を向けた。

 

 次々と走ってくる人間爆弾達の姿に驚愕する。

 

「くそっ! 道具を使っても……ここじゃ逃げ場がない!!」

 

 空から投下されたJDAM(ジェイダム)精密誘導爆弾。

 

 迫りくる守るべき命達。

 

「く……来るなぁぁ──ーッ!!!」

 

 接近した人間爆弾達が起爆スイッチを押し、爆発。

 

 落下してきた爆撃も合わさり、スカイデッキが大爆発を起こす。

 

 爆発の振動によって下の階のガラスに亀裂が入っていく。

 

「テンジョウ、キシミダシタネ。ココモアブナイ」

 

 援護を続ける事を諦め、転送魔法陣を生み出すアイラ。

 

「アリス、ガンバッテネ。ワタシ、マキゾエイヤダカラ、カエルネ」

 

 後は全てアリスに放り投げ、薄情にもアイラは去っていった。

 

 ────────────────────────────────

 

「……I've always wanted to do this, you know.(これがしたかったんだよ、あたし)

 

 上空を旋回し、スカイデッキの炎上光景を心から楽しむアリス。

 

 ──―I wanted to use humans to fight a war.(人間を使って戦争がしたかった)

 

 ──―That's why I joined the Pentagram.(その為にペンタグラムに入った)

 

 アリスの脳裏に、忌まわしい過去の記憶が蘇っていく。

 

 ──―Dad was always cheating on me.(パパはいつも浮気ばかりした)

 

 ──―My mom always tortured me.(ママはいつもあたしを虐めた)

 

<<My husband went to that woman again!! (また夫があの女のところに行った!)>>

 

<<Stop it, Mom!! (やめてママ!)>>

 

<<It's your fault, you're not pretty enough!! (可愛くないお前のせいだ!)>>

 

 ──―She was named Alice in Wonderland.(不思議の国のアリスと名前をつけられた)

 

 ──―But I wasn't pretty, was I? (でも、あたしは可愛くなかったよね?)

 

 ──―So Dad left.(だからパパは出ていった)

 

 精神を病んでドラッグ廃人となった母親の姿が脳裏を過る。

 

 ──―Mom is broken.(ママは壊れた)

 

 ──―I was about to be sent to a relative.(あたしは親戚に預けられようとした)

 

 ──―But no one would take me in.(でも誰も引き取ってくれない)

 

 米国はリーマンショック以降国内不況であり、生活費を重くする親戚などいらないと言う。

 

That's when . that perverted bastard showed up.(そんな時に……あの変態野郎が現れたんだ)

 

<<Hello, Alice. (やぁ、アリス)>>

 

<<As of today, I'm going to be your dependent>(今日から僕が君の扶養者になるんだよ)>>

 

 ──―Single at a good age.(いい歳して独身)

 

 ──―The only thing I like is pornography.(好きなものはポルノぐらいしかない)

 

 ──―Perverted pedophile man.(変態ロリコン男)

 

 親戚中から嫌われていた男が、なぜ幼い彼女を引き取ったか? 

 

 それは……。

 

<<Oh, wonderfully pretty, Alice! (ああ、素晴らしく可愛いよアリス!!)>>

 

<<I can't stop cumming! (勃起が収まらない!!)>>

 

 彼女を性的な玩具にする事が目的。

 

 ──―I was raped on the first day I was entrusted.(預けられた初日にレイプされた)

 

 ──―No one would help me(誰も助けてくれなかった)

 

<<That's my favorite! You're my Alice! (僕の好みだ! 君こそ僕のアリスだよ!)>>

 

 ──―It's rape, but it's going to feel good.(レイプなのに気持ちよくなっていく)

 

 ──―I wanted to kill my weak self.(弱い自分を殺したかった)

 

 それでも養育者であるロリコン男がいなければ、彼女は生活出来ない。

 

 いつしかレイプに対しても恭順し、素直に()()()()アリスにご褒美が与えられていく。

 

 ゲーム、映画、ジャンクフード……軟禁された彼女が唯一楽しめた娯楽。

 

 ──―I've grown fond of violent entertainment.(暴力的な娯楽が好きになった)

 

 ──―It made me feel like I could destroy the unreasonable.(理不尽を壊せる気分に浸れたから)

 

 そんな彼女は、1つの妙案を思いつく。

 

 正当防衛法を利用し、レイプ犯を殺す計画だ。

 

 レイプ中に暴れ、逆上したレイプ犯が銃を持ち出した時に射殺。

 

 彼女は開放されたが、勿論通報されて警察に逮捕される結果となった。

 

 裁判の陪審員を味方につけれた事もあり、計画通りに無罪を獲得。

 

If I could be free, I had an ideal.(自由になれたら理想があった)

 

 ──―I want to live my life like the main character in a game.(ゲームの主役みたいな人生を生きたい)

 

 暴力や戦争ゲームを楽しんできたのなら、それを人間社会に向けて実行したい狂った理想。

 

 ──―Shoot and kill people on foot.(歩いてる人間を撃ち殺す)

 

 ──―Eat only what you like.(好きな物だけ食べる)

 

 ──―Take the money.(金を奪う)

 

 ──―I want to eat up all my desires.(欲望を全て、喰らいつくしてみたい)

 

<<Is that what you want? (それが君の願いかい?)>>

 

 ──―A creature of the ideal.(理想を叶える生き物)

 

 ──―It was a godsend.(天の恵みだった)

 

<<Make a contract with me……(僕と契約して……)>>

 

 ──―You should be a magical girl.(魔法少女になってよ)──―

 

 ………………。

 

Weapons are good……(武器は良い……)

 

 ──―A world where no one can protect us……(誰も守ってくれない世界を……)

 

 ──―I could destroy it!! (ぶっ壊せた!)

 

 全てを壊し、全てを玩具にし、世界に復讐する。

 

 彼女を守ってくれなかった社会に対し、今度は自分が暴力を振るう番。

 

 それが……彼女がサイファーに求めた理想。

 

 己の狂った夢を実現するために今、彼女はペンタグラムメンバーとしてここにいた。

 

 ────────────────────────────────

 

 瓦礫の山となり燃え盛るスカイデッキ。

 

 崩れて下の階にまで落ちた悪魔の姿が瓦礫を押し退けて現れる。

 

You're still alive? (まだ生きてたのか?)

 

 全身傷だらけとなりながらも、憤怒の表情を夜空に向けた。

 

I'll finish you off next time! (次で終わらせてやる!)

 

 再度の爆撃アプローチ。

 

「……殺してやる」

 

 迫る敵機を睨み、左手にはくらまし玉。

 

 次の瞬間、屋上から強烈な光が放出。

 

Gaaaah(ギャァ──ーッ!!)

 

 バイザーに映し出された閃光により、目に強烈なダメージを負う。

 

 空間識失調となり、操縦桿操作が乱れた機体の角度が下がっていく。

 

<<Pull Up(上昇せよ)>>

 

 GPWS(対地接近警報装置)の音声がコックピット内に響き続ける。

 

Damn it!! (くそっ!!)

 

 勘を頼りに操縦桿を操作、機首を上にアップさせる。

 

 ヒルズビルにぶつかりそうになった機体が上昇し、回避する事が出来たようだが……。

 

Fuck, fuck, fuck(クソクソクソ!!)

 

 光量で傷ついた両目から涙が溢れる顔を晒す。

 

 機体が空を飛び続け、ヒルズビルから南東に向かっていく。

 

「……I'm starting to see it.(見えるようになってきた)

 

 アリスの顔は怒りの形相。

 

I'm gonna kill that man!! (あの男、ぶっ殺してやる!!)

 

 近くに悪魔の魔力を感じ取る。

 

Why are you showing up in this place!? (どうしてこんな場所に現れる!?)

 

 ヘルメットバイザー映像に映し出された戦闘機の背中には……。

 

「お前を殺してやるッッ!!!」

 

 雷魔法の応用によって機体に張り付いた悪魔の姿。

 

 下に落ちそうな戦闘機がビルに接敵した際に飛び移ったようだ。

 

Oh, my God!!? (何だとぉ!?)

 

 機体を空中回転させ振り払おうとするがびくともしない。

 

「貴様に理不尽に殺された……人間達の恐怖を刻んでやる!!」

 

 悪魔の全身からショックウェーブが放電され、戦闘機を包み込む。

 

Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!! (きゃあああああ!!!)

 

 コックピット電子機器が次々に火花を吹いて壊れていく。

 

 ヘルメットも放電で破壊され、脱ぎ捨てた。

 

 電子制御を失った機体の機首が下がっていき、落下していく。

 

Fuck you!! (くそったれ!!)

 

 射出座席をベイルアウトさせる装置を作動させる。

 

 キャノピーが内蔵火薬で大きく外れるが、射出座席が作動しない。

 

Why!? (何で!?)

 

 座席を打ち出す推進装置がショートしていた。

 

 ハーネスを外し、席から立ち上がりながら迫る悪魔に振り向く。

 

mother──-fucker────!!! (クソ野郎ォォォ──ーッッ!!!)

 

 HK416アサルトライフルを二丁取り出し構える。

 

Die, die, die, die, die!!! (死ね死ね死ね死ね死ね!!!)

 

 弾丸を撃ちまくるが、防ぎもしない悪魔が迫る。

 

 右手からは光剣が放出される。

 

I'm . I'm!! (あたしは……あたしはぁ!!)

 

「……終わりだ、クソ魔法少女」

 

 右薙の一閃。

 

Oh, .? (あっ……?)

 

 アリスの胸から下が切断され、切り落とされた一部が地上に落下。

 

 胸から下が残ったアリスの一部を乗せた戦闘機から跳躍。

 

 右掌に生み出した炎魔法の火球が投げつけられ、大爆発。

 

 戦闘機の破片が東京湾へと撒き散らされた。

 

 東京湾を一望出来る公園に着地した悪魔。

 

 その表情は勝利の余韻など欠片も見つからない。

 

 踵を返し、公園を去っていく。

 

「ヒィ!!?」

 

「な、何なのよ……あの恐ろしい顔した入れ墨男!?」

 

 周囲を行き交っていた人々が、彼の顔を見て戦慄。

 

 その表情、吐息、それら全てが……。

 

 ペンタグラムと名乗る魔法少女達の命に飢えていた。

 

 ────────────────────────────────

 

Am I going to die at .? (あたし……死ぬのか?)

 

 運送会社の倉庫裏に倒れ込んだ無残なアリスだが、まだ息がある。

 

 魔法少女は本体であるソウルジェムを破壊されない限り即死は無いようだった。

 

 しかし即死規模の外傷を受けたためか、ソウルジェムが急速に濁っていく。

 

Am I going to be an . asshole witch? (あたし……クソッタレな魔女になるのか?)

 

 絶望によって死を迎えようとしていた時……。

 

Quoi ? Ont-ils tranché votre corps ? (あら? 体を斬り裂かれたの?)

 

 眼鏡を怪しく輝かせて現れた存在。

 

On dirait que le diable te tient en joue.(悪魔に熱く抱かれたみたいね)

 

 彼女の前に現れたのは、マッド・サイエンティスト。

 

 その後ろにはヘルメットとガスマスクで頭部を覆い隠すゴーレム達。

 

Rebecca .? You .!! (レベッカ……? 貴様……!!)

 

 口元が歪み、指を鳴らす。

 

 2体のゴーレムがアリスに近づいていく。

 

What the hell are you doing!? (何をするんだよ!?)

 

Don't worry, I'll help you.(大丈夫、私が助けてあげる)

 

 グリーフシードが使われ延命処置が施される。

 

 軽くなったアリスの髪の毛を掴み、持ち上げた。

 

C'est plus comme……(もっともそれは……)

 

 ──―Tu ne peux pas toujours revenir à ce que tu étais.(元の姿に戻れるとは限らないわ)

 

Oh, no! I don't want to be a monster!! (嫌だぁ! 怪物になんてなりたくない!!)

 

I'll give you a body that's very American♪ (アメリカ人らしい体にしてあげる)

 

 倉庫横に止められた運送用小型冷凍車に乗り込む。

 

 ゴーレム達はアリスの髪の毛を掴んだまま後ろに乗り込み、発進していった。

 

 近くで現場を見守っていたキュウべぇの姿。

 

「ペンタグラム……彼女達は何を目的にしているんだろう?」

 

 捨てられたグリーフシードを拾い、回収。

 

「それに、この街で感じてしまうこの神々しき霊力は……まさか?」

 

 端末に過ぎないインキュベーターの脳裏に、始祖の記憶がフィードバックされる。

 

 その存在とは……感情がない彼らでさえ崇拝してしまう。

 

 全宇宙を統べる、光の秩序を司る存在だった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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30話 魔法の拳法家

『東京大空襲再び』

 

 メディアはクリスマスの六本木大惨事をそう呼び、国内は騒然としていた。

 

 死者5367人、重軽傷者8325人。

 

 戦後最悪の犠牲者を出した事件に対し、国民は怒りに燃え上がっている。

 

 政府の記者会見では、爆発規模から見て爆撃機による空爆が東京で行われたと発表。

 

 非難の的となったのは政府と自衛隊。

 

 左翼政党と左翼メディアは一斉に政権攻撃に移る。

 

 防衛省の記者会見では、ステルス爆撃機の地上空爆の可能性が大きいと発表。

 

「ステルス爆撃機を配備している国は限られている。米国には説明責任がある」

 

 そう防衛大臣は記者会見の場で口にする。

 

 昭和時代の悪夢が蘇り、世論は一気に反米へと転化。

 

 東京の駐日アメリカ合衆国大使館前には、連日のように人々の怒号が飛び交う。

 

「このような惨事を日本は絶対に受け入れられない! 空爆を行った国には制裁が必要だ!」

 

 国会において矢部総理はそう怒号を放つ。

 

 アメリカも日本での惨事について、ホワイトハウス報道官を通じて発表があった。

 

「|The U.S. was not involved in any of the airstrikes that took place in Japan.《日本で行われた空爆について、米国は一切関与していない》」

 

 米国大統領リチャード・トールマンは日本メディアに対し、流暢な日本語で次のように語る。

 

「東京空爆を行ったのは日米同盟を破壊する事を目的にした、中国人民解放軍による空爆だ」

 

「ステルス爆撃機を中国が保有しているのですか?」

 

「B-2ステルス爆撃機と形が似た新型ステルス爆撃機、H-20が使われた可能性が大きい。我が国が把握しているよりも早く、実戦配備されていたようだ」

 

「その根拠は何でしょう?」

 

「考えてもみたまえ。B-2が配備されたホワイトマン空軍基地があるミズーリ州から東京までの航空距離がどれぐらいある?」

 

「たしか……片道6369マイルですね。往復で12738マイルかと」

 

「B-2の航続距離は11100km。燃料は持たず、ホワイトマン空軍基地所属のステルス爆撃機が東京を空爆する能力は無い」

 

「空中給油の可能性は?」

 

「アメリカ空軍嘉手納基地のクリスマス当時、空中給油機が飛び立った記録は無い。この情報は日本の防衛省も把握済みだ」

 

「今回の事件により、日米同盟は極めて深刻な打撃を受けました。それについては?」

 

「我々米国と日本は日米安全保障条約により揺るがぬ同盟を結ぶ国々。中国共産党に対し共に戦いを続けていく、それが米国の意志だ。以上、会見を終わらせてもらう」

 

「お待ち下さいトルーマン大統領! まだ記者たちの質問が……」

 

「失礼する」

 

 これを受け、中国共産党政府側は猛反発。

 

 劉国家主席は強い口調で次のように非難した。

 

「|这是美国破坏中国的一个阴谋! 我们不能让这一问题得不到解决! 《これは米国による中国を貶める陰謀だ! 断じて看過する事は出来ない!》」

 

 東京大空襲事件は米中双方の擦り付け合いとなり国際問題にまで発展。

 

 これについては国連安全保障理事会に持ち越される事となっていった。

 

 ………………。

 

 自宅のTV中継を見つめる尚紀の姿。

 

 世界を混乱の渦に巻き込んでしまった事に苛立ちを隠せない。

 

 日常でさえ異常な殺気を放つようになった飼い主に対し、ケットシーとネコマタも不安な表情。

 

(……体が熱い……心が煮えたぎる……)

 

 何を思い立ったのか、魔法少女狩りを行う黒衣を纏う。

 

「尚紀、落ち着くニャ……。そんな姿でどこに行くかは……何となく分かるニャ……」

 

「そうよ……。ニュクスからの情報を待っていた方が……」

 

「……発散してくる」

 

 心配する仲魔たちの言葉を無視し、家から出ていく。

 

「……今の尚紀、明らかにおかしいニャ……」

 

「そうね……。今の彼はまるで、魔法少女の血に飢えた悪魔そのものに見えてくるわ……」

 

「今の尚紀みたいな姿が、もしかしてオイラ達の祖先の姿なのかニャ?」

 

「獰猛な悪魔……それも私たちの一側面である事は確かよ」

 

「尚紀……オイラ、このまま尚紀が元に戻らない気がして怖いニャ」

 

「私たち悪魔に祈る神はいないわ。だから……彼を信じるしかないのよ、ケットシー」

 

 その夜……。

 

「やめてぇ!!」

 

 路地裏で1人の魔法少女の断末魔。

 

「く、来るなぁーっ!!」

 

 また1人の断末魔。

 

「あたしらが何したってんだよーっ!!?」

 

 次々と死が撒き散らされていく、殺戮の日。

 

 目を見張らせていた魔法少女犯罪グループメンバー達の死が重ねられた。

 

 その日、彼女たちは犯罪行為を行ってはいないというのに。

 

「ハァ! ハァ! 来ないで……来ないでぇ!!」

 

 涙を流しながら怯えて逃げ惑う。

 

 ビル屋上で追い詰められ、魔法少女の命を刈り取る者が近寄り……。

 

「待って! もう魔法を使って悪事なんてやめる! だから命だけは……」

 

「……嫌だね」

 

 魔法少女の脳天に怒りの刃が振り下ろされる。

 

 唐竹割りにより、肉体ごとソウルジェムも真っ二つ。

 

 悪魔の体は既に返り血塗れ。

 

「…………どこだ?」

 

 悪魔は求めていた。

 

「どこにいるんだ……外道ども?」

 

 無力な人間を傷つける罪人共の血を。

 

 その吐息は、地獄に突き落とす魔法少女達の命に飢えていた。

 

 今の姿はまるで……罪人に刑罰を与え続ける地獄の鬼そのものであった。

 

 ────────────────────────────────

 

 12月31日。

 

 今年も終わりを迎える大晦日の頃、ニュクスから連絡があった。

 

 ペンタグラムのアジトの場所が特定されたという極めて有力な情報。

 

「ニュクスは情報源においては信頼出来るようだ」

 

「……ケリをつけてくるのね」

 

「止めはしないニャ。必ず無事に帰ってきてくれたらいいニャ」

 

「……行ってくる」

 

 黒衣の悪魔は突き動かされるように走り出す。

 

「気取られて逃げられる訳にはいかない」

 

 昼間であろうが悪魔化し、ビルの上を飛び移っていく。

 

 空は曇天、この時期にしては珍しく雨も振りそうな気配。

 

「この高級マンションか……」

 

 マンションの最上階を見上げる。

 

「玄関はダブルオートロックシステム……迂闊に入れないな」

 

 マンションの目立たない壁際を探す。

 

「ここの位置なら人目につかない。屋上まで行けそうだな」

 

 足元が放電し、壁に左右の足を付けながら昇っていく。

 

 屋上のスカイデッキに侵入し、辺りを警戒。

 

「マンション住人の憩いの場か……。下に下りられる入り口は……あそこか」

 

 通路を進み、ペンタグラムのアジトと思われる部屋番号の前に立つ。

 

「……内部からは魔法少女の魔力を感じない。一足遅かったが……それでも痕跡がある筈だ」

 

 こじ開けようとするが、天井にある小型防犯カメラに気がつく。

 

「警備会社に通報される訳にもいかない、スカイデッキからこの部屋に上がり込むしかないな」

 

 スカイガーデンに戻り、部屋番号と一致するベランダを探す。

 

「この下だな……」

 

 屋上から飛び降りベランダに侵入。

 

 肘打ちで窓ガラスを割り、内側の鍵を開け内部に入る。

 

 リビングダイニングが広がるが、そこには誰もいない。

 

「もぬけの殻だが、次の潜伏先に繋がる手がかりがないか調べてみるか」

 

 魔法の罠が仕掛けられている可能性もあり、慎重に捜査を開始。

 

 アジトを入念に調べていた時……。

 

「……屋上に現れたこの魔力」

 

 怒りの形相に変わっていく。

 

「……ついに見つけたぞぉ!!」

 

 屋上に現れた魔力とは、2人のペンタグラムメンバー。

 

 1人はアイラ、そしてもう1人こそ……探し求めた仇。

 

 ベランダから上に跳躍し、屋上まで登る。

 

 曇天の空はいつの間にか積乱雲となり、雷の光と音が轟く。

 

 空はまるで龍の巣と思える程に濁り、荒れ狂う光の様は雷を纏う龍が舞う光景。

 

 屋上に立ち、現れた魔法少女達を睨む。

 

「我々の拠点を突き止めたか」

 

 隣接したビルの避雷針に豪雷が落ち、憎き仇の姿を照らす。

 

「少女の部屋を物色か? 随分()()()()を持っているようだな……悪魔よ?」

 

 全身に広がる憤怒、怒りで体中が震えていく。

 

 呪い殺してもまだ足りぬ程、憎き存在の名を叫んだ。

 

「チェンシィィィ──────ーッッ!!!!!」

 

 悪魔の雄叫びが周囲の空間を揺るがす。

 

 巨大な叫び声を涼しそうにした表情を向けるのは、ペンタグラムリーダー。

 

 2年前と変わらぬ憎き顔を向け、悪魔を嘲笑う笑みを浮かべた。

 

 ────────────────────────────────

 

「この場所を見つけた情報網は侮れないが、我々にも信頼出来る情報網がある」

 

「なぜ……なぜ人間達を殺す!? 俺が目的ならば……俺を直接殺しにくればいい!!」

 

「我々はお前を傷つけなければならない。体だけでなく心も引き裂かなければならない」

 

 アイラが後ろに下がっていく。

 

 これから始まる壮絶な二人の戦いに巻き込まれぬように。

 

「俺を傷つけるためだけに……人間を巻き込み、殺戮の限りを尽くしてきたというわけかよ……」

 

 睨み合う悪魔と黒龍の如き魔法少女。

 

 2人の姿が互いに歩み寄っていく。

 

「嘆き、叫び、苦しみ、慟哭、そして絶望を与えてやろう……全ては我々の理想のために」

 

 互いの殺気がぶつかり合う空間。

 

「スゴイ、サッキ……イキスルノモ、クルシイ……」

 

 アイラは2人の戦いに対し、手出しする余裕は無いと判断。

 

「ペンタグラムを手引しているヤツは誰だ? 魔法少女は魔女や魔法少女と戦うものだろう?」

 

「答える義務も義理もない。どの道お前は苦痛にのたうち回った果に、我らに殺されるのだ」

 

「やってみろ……俺がお前たち全てを殺し、終わりにしてやる」

 

 互いの拳が届く距離まで歩み寄った二人が立ち止まる。

 

 チェンシーは右手に魔法武器を生み出す。

 

 三国志の英雄『関羽』が振るった青龍偃月刀と酷似した武器。

 

 偃月刀に巻き付く黄龍の装飾、刃に刻まれた黄龍の舞う姿は黄龍偃月刀とも呼べるだろう。

 

 だが、彼女は己の魔法武器を投げ捨ててしまう。

 

「……何のつもりだ?」

 

「フッ……戦えば分かる」

 

 空の積乱雲から雨粒が落ちてくる。

 

 雨が体を濡らす中、互いに右拳を固めていく。

 

 避雷針に雷がさらに落ちた瞬間、光に照らされた二人の姿が動く。

 

 世界が鈍化し、雨粒一つ一つがゆっくり動く世界。

 

 顔面に至る突きを、互いに頭部を左に反らしながら避ける。

 

 拳の風圧によって一気に雨粒が放射状に弾け飛ぶ。

 

 悪魔と黒龍の戦い……第2ラウンドが始まった瞬間であった。

 

 ────────────────────────────────

 

 互いが右腕を払う。

 

 膝蹴り・膝関節蹴りから足刀の相手の二連撃を捌き、跳躍蹴りをバックステップ回避。

 

 悪魔の追撃が迫り、左右の突き、顎への掌打、膝蹴り、肘打ち、斧刃脚を彼女は捌く。

 

 怒りの拳打に対し、体勢を保ちながら後方に下がり続ける。

 

 追撃の旋風脚、身を低めた彼女に勢いのまま後ろ回し蹴りを放つが、右肘で受け止められた。

 

 だが威力も大きく、距離をとって構え直す。

 

「……砲弾の至近弾を受けても痛みすら感じない私に……痛みを与えるか」

 

「お前の魔力がどんな防護を与えているのかは知らないが、俺の力は()()()()()()だ!」

 

 全てとは、神や悪魔さえ貫く力。

 

 人修羅を最強の悪魔足らしめる能力の1つ『貫通』の力。

 

 大いなる神と戦うことが出来る、悪魔の究極能力と言えよう。

 

「全てを貫く拳打か……侮れないな」

 

「ハァァァ──ーッ!!!」

 

 跳躍し、両腕を大きく広げた飛び蹴りであるドラゴンキックを放つ。

 

「甘いな」

 

 飛び蹴りはサイドに避けられ、カウンターの右肘が腹部に決まる。

 

「ガッ!!?」

 

 倒れ込んだ悪魔に対し、追い打ちの踏み蹴り。

 

 蹴り上がる勢いで片手倒立を用い、回転の勢いで立ち上がった。

 

「隙が生まれていない私に、そんな大技を使うのか? 怒りで我を忘れたか?」

 

「黙れぇぇ!!!」

 

 悪魔は激昂していた。

 

 その目も金色の瞳ではなく真紅の瞳。

 

 憤怒の感情によって悪魔の技は知らぬ内に曇ってしまっていた。

 

「お前を殺してやるっ!!」

 

「フフ、もっと怒れ」

 

 互いに拳打の応酬と捌き合い。

 

 右手刀打ちを回避、互いの右肘と膝蹴り、ローキックを跳躍し、空中から拳打を放つ。

 

 それら全てを彼女に捌かれ、拳打の応酬が続く。

 

「くっ!!」

 

 チェンシーの左肘打ちが悪魔の肩に打ち込まれて怯む。

 

 悪魔の黒衣を掴み引き倒し、さらに肘打。

 

 地面に倒れ込みそうになるのだが……。

 

「チッ!」

 

 手を地につけ、一気に体を回転。

 

 縦からの浴びせ蹴りを放つが、両腕で受け止められた。

 

 支えた腕に斧刃脚の一撃に対し、右手を地面につけ側転回避。

 

 距離を取るが不安定な状態の悪魔に対し、追撃の後ろ回し蹴り。

 

 高い位置の蹴り足に対し、上半身を大きく後ろに仰け反らせて避けきった。

 

 片手を地面につけ、両足蹴りを放つが捌かれ、勢いのまま片足蹴りを浴びせるが右腕防御。

 

「どうした? 守りが甘いぞ!」

 

「それがどうしたぁ!!」

 

 様々な拳打を放つ悪魔に対し、腕を掴み捻じり上げ組み伏せる。

 

 拗じられたままローキックを放ち、彼女の体勢を崩す。

 

 互いが掴み合いの組打ちとなっていく。

 

 悪魔の掴みかかる右腕を掴み、背負投げ。

 

 地面に叩きつけられる前に両足で着地、ブリッジ状態で堪えきる。

 

「ふん!」

 

「グッ!!」

 

 続く右拳が腹部に決まり、無理やり起こされる。

 

 取っ組み合いのまま膝蹴り・ローキック、肘打ちと組み付いたままの攻防。

 

 悪魔を押し込み跳躍、膝蹴りと飛び蹴りの連続蹴りが決まる。

 

 顎を打ち上げられた悪魔が下がり、顔を下に向けた時には……。

 

「がぁっ!!」

 

 飛び後ろ回し蹴りの一閃。

 

(一撃一撃が凄まじい! まるで破壊槌の威力だ!)

 

 彼女が武器を捨てた理由をようやく理解。

 

(こいつに武器などいらない……己自身が最強の武器か!)

 

 倒れ込んだ悪魔に対し、袖に両腕を入れる形で腕を組み見下ろす。

 

「理解出来たか? 私に魔法の武器など必要ではないということが?」

 

「くっ……これ程の力を俺に叩き込めば、拳だって無事じゃ済まないはず……」

 

「私とて、最初は黄龍偃月刀を用いて戦った。しかし、破壊力が有り過ぎる為に魔力の消耗も激しい。非効率だと判断した」

 

「それが……今のお前の戦い方か……」

 

「溢れ出る因果の魔力は、私に鋼の肉体を与えてくれる。ならば、それを用いて直接拳を叩き込む……威力はお前の体が証明してくれるな?」

 

「防御に優れた体を武器に変える……そこにお前のクンフーが合わさったら……」

 

「無論、今まで敵無し」

 

「それがどうしたぁ!! お前が武器を使わないのなら、俺は全てを使って殺してやる!!」

 

 光剣を両手から放出。

 

「……愚かな選択肢をしたな」

 

「周りなどどうでもいい……眼の前のお前を滅殺してやるっ!!」

 

 我を忘れた怒りの猛撃が迫るのに対し……。

 

 チェンシーは愚か者を見る眼差しを、悪魔に向けた。

 

 ────────────────────────────────

 

「行くぞぉ!!」

 

 剣撃の猛攻に対し、彼女が一気に踏み込む。

 

 悪魔の内側に入り込み、振り下ろされる斬撃をインファイトで捌き切る。

 

 手首、腕、膝、蹴り、次々と斬撃運動を止めていく。

 

(くっ!! 剣を振り切れない!)

 

「武器を持ったら勝てる気にでもなれたか?」

 

 距離を取ろうとするが、相手も踏み込む。

 

 反撃が受け止められ、連続した拳打がヒット。

 

 側転で距離をとるが、相手も側転しながら猛追。

 

 2人の間合いが常にワンインチに合わせられてしまう。

 

(なんて粘連黏随だ!? 離れられない!!)

 

「飲み込みが悪い奴め! 武術家らしく拳で応えてみせろ!!」

 

「五月蝿ぇーッ!!」

 

 灼熱のブレスを吐き出すよりも早く、掌打が顎に放たれる。

 

「うっ!!」

 

 鈍化した一瞬、顎を跳ね上げられた悪魔が見たものは……。

 

「グアァァ──ーッッ!!?」

 

 額を引き裂く爪撃。

 

 龍の爪の如き指に引き裂かれた頭部から出血し、両目に入り込む。

 

「どこだ!?」

 

 落ち着いていれば肌感覚や魔力探知で動きを探れるが、怒れる感情がそれを許さない。

 

「どうした、私はここだぞ?」

 

「目の見えない俺に……余裕の態度か!」

 

「目が見えていようとも、今のお前になら負ける気がしない」

 

「……舐めるなぁ!!」

 

 右腕を大きく振りかぶる。

 

 声が聞こえた方角に放つアイアンクロウだったが……。

 

「……先程も言ったはずだぞ」

 

 加速が乗るよりも先に踏み込まれ、左腕で止められた。

 

「隙きが産まれていない私に、大技は通用しないと」

 

 腰に構えた右手に力が込められ、龍の爪と化す。

 

「爪撃とは……こうするのだ!」

 

 鍛え抜かれた指の剛力と魔力強化によって放たれる両手の爪撃。

 

「グガァァ──ッ!!?」

 

 両脇腹が抉られ、深く抉りながら掻き毟る。

 

 魔法少女ならば両脇腹の肉を千切られる一撃だが、悪魔の強靭さが耐え抜いてみせる。

 

 だが、激痛によって顔は苦悶の表情。

 

「お前の穢らしい指が……風華の命を奪った……」

 

「ならば、どうする?」

 

 雨に濡れた額から血が洗い流され、両目が開く。

 

「殺すだけだッ!!!」

 

 振り払い、右ストレート。

 

 左腕で払い、回転。

 

「うっ!!?」

 

 水分を含んだ彼女の三編みが両目に当たる目潰し。

 

 回転の勢いで左右の肘打ち。

 

「ハイーッ!!」

 

 後ずさる悪魔に跳躍。

 

「ぐあっ!!」

 

 2回転の勢いをつけた旋風脚を浴びせられ、大きく蹴り倒された。

 

「くそっ!!」

 

 左腕を構え、破邪の光弾を放つ構えを見せるが……。

 

「後ろが気になるか?」

 

 直線状に見えるビルには、恐らく大勢の人々が生活している。

 

 強大な一撃を放てば、守るべき命を自らが奪う。

 

「だからお前は勝てない!!」

 

 蹴り技の二起脚によって蹴り上げられる。

 

 続く連続蹴りを上下に体を動かし避けるが、起き上がりに合わせた旋風脚が決まった。

 

「人間の命が大事か? 私を殺すのを躊躇う程に?」

 

「俺は……貴様を!!」

 

 後ろに手を組みながら周囲を歩き、挑発するチェンシーの姿。

 

「殺すッッ!!!」

 

 その意志は、もはや殺意と化す。

 

 居合の構えを作り、光剣に魔力を収束。

 

「ほう? 周りの人間も気にならない程に……怒りに飲まれたか?」

 

「俺は……悪魔だぁ!!!」

 

 人間の守護者である事を捨てる一撃が放たれようとした瞬間……。

 

 剣を振り抜けてはいない。

 

 既に右手首は彼女の腕で制止させられていた。

 

 右手を掴み、左足を踏み入れ、腕を引きながら背折靠の体当たり。

 

 引き込まれるように倒れ込み、追い撃ちの拳打。

 

「っ!!!」

 

 倒れたまま左足を蹴り上げる反撃。

 

 左腕で止められ、さらに拳打が急所に打たれる。

 

 殴られ続けながらも、悪魔の怒りは燃え上がり続けた。

 

「オオオオオ──ッ!!!」

 

「なんだ!?」

 

 掴まれた腕が燃え上がる。

 

 彼女は咄嗟に手を離して距離を取る。

 

 左腕からも炎が噴き上がり、彼の周囲も燃え上がる。

 

「……尋常ではない魔法を行使するようだな」

 

 腰を落とし歩幅を広げ、手を開き左手を上に、右手を下に向けるように構える。

 

「殺す……」

 

 悪魔も燃え上がる両腕を頭上に掲げていく。

 

「殺す……殺す……殺す……」

 

 相手も右拳を左脇腹に抱え込むようにして跳躍。

 

「殺してやるぅぅ──ーッッ!!!!」

 

 放たれるマグマ・アクシスの一撃。

 

 だが……。

 

「あっ…………?」

 

 炎の渦を超えて先に決まっていたのは、彼女の縦拳。

 

 箭疾歩と呼ばれる飛び突きが決まり、流血を撒き散らしながら飛んでいく。

 

 屋上手すりを倒し込み落下しかけるが、左手で手すりを掴む。

 

「がぁっ!!」

 

 容赦無き踵蹴りが左手を襲う。

 

「どんな気分だ? 女に為す術もなく踏み躙られる男の気分は?」

 

「……貴様ぁ!!」

 

 潰された左手の代わりに右手で手すりを掴むが、さらに踵蹴りが襲う。

 

「だが褒めてやろう……ここまで私に殴られて原型を保っていたヤツなどいなかった」

 

「貴様は……どれだけの人間を殺した! そしてこれから……どれだけ殺す!?」

 

「私にとって戦いはつまらなかった。人間も、魔女も、魔法少女も、全てが弱者……。私に退屈しか与えてくれなかったよ」

 

「強者を求める飢えの為に……大勢を殺したというのか!」

 

「もっと強い敵をと求め、大勢殺した末に……ようやくお前のような好敵手と巡り会えた」

 

「バトルジャンキー女めッッ!!」

 

「血が沸き立つ程の戦いがしたい……それを与えてくれる可能性があるお前を、今殺すのは惜しい」

 

「俺は逃げない!! 俺と戦えッ!!」

 

「もう暫くお前に命を与えてやる。次はこのような無様な戦いは許さない」

 

 手すりを握る手の力が緩んでいく。

 

「お前にいい情報をやろう。我々が決起を行う日にちが決まった」

 

「決起だと!?」

 

「そうだ。我々魔法少女が人類の支配者となる祝福された日……」

 

 ──―決行日は、1月28日。

 

 その日にちを、悪魔は忘れた事など一度もない。

 

「奇しくも、お前の大切な人が私に無様に殺された2周年の日というわけだ」

 

 さらに踏みつけられ、掴む余力が無くなる。

 

「決起を行う場所は、東京湾メガフロート都市計画地区のシンボルタワー……()()()()()

 

 屋上を掴んだ右手が蹴り落とされる。

 

 雨が降りしきる宙を舞う。

 

 ──―悪魔よ、忘れるな。

 

 ──―我々ペンタグラム一同、悪魔との因縁が終わる日を心待ちにしているぞ。

 

 憎い仇の姿を目に焼き付けながら、悪魔の体は地面へと落下していった。

 

 ────────────────────────────────

 

「コノママコロシテモ、ヨカッタキガスルケド?」

 

「フフ、それではつまらない。あの悪魔をもっと苦しめた方がサイファー様もお喜びになられる」

 

「マダタリナイ? タクサンヒトヲ、コロシタノニ?」

 

「あの男が守ろうとしている存在が、ことごとく殺されていく姿を……あの悪魔に刻み込もう」

 

「モウスグ、カーストガ……カンセイスル」

 

「我々魔法少女が……霊長類の頂点に立つ、新たな世界のカーストが始まる」

 

「フフ……タノシミ」

 

 二人は来たるべき決起の日に備える為、転送魔法陣へと消えていった。

 

 ………………。

 

「うっ……うぅ……」

 

 受け身をとったが地面に叩きつけられたダメージは大きい。

 

「……為す術も無く女に倒された。今の俺の姿を……セイテンタイセイが見たら……なんて言うかな」

 

 薄れゆく意識の中、人修羅として生きた尚紀を鍛えてくれた悪魔を思い出す。

 

<<いいか尚紀。テメーは魔力は優れてる、それは認める。けどなぁ……テメーはそれだけだ>>

 

<<どういう事だよ?>>

 

<<でかい図体して神や魔王を気取る、愚鈍な敵を相手にするならお前でも倒せる。だが、俺様や()()()()みたいに、武芸に秀でたヤツには通用しねぇ>>

 

<<……誰が、犬っころだ?>>

 

<<どうどう、落ち着いてクーフーリン。ほら、深呼吸して~~?>>

 

<<ピクシー、こいつを甘やかすと際限なく図に乗るぞ。一発殴らせろ>>

 

<<まぁまぁ、珍しくセイテンタイセイが尚紀の先生してるんだし~、話させてあげなよ>>

 

<<デビルハンターを名乗る魔人と戦って分かったろ? 技は、力を制する事が出来る>>

 

<<たしかに……ダンテとタイマンで戦っていたら、今頃俺は殺されていたかもなぁ>>

 

<<今のテメーなんぞ逆立ちしても叶わねぇよ。そういう敵と独り出くわした時が死ぬ時だぜ>>

 

<<……どうしたらいい?>>

 

<<決まってるだろ? クンフーを積むんだよ! 技術が無いなら身に付けやがれ!>>

 

<<そう言うけどよぉ、誰が俺を鍛えてくれるんだ?>>

 

<<俺様だ>>

 

<<(ブフッ)猿に鍛えられる尚紀も哀れだな>>

 

<<なんか言ったか? ケツの赤い猿っつったかテメー!? 喧嘩なら買うぞコラァ!!>>

 

<<強くなるべきというのは賛成だ。心技体、それが一つでも欠けた時……お前は弱くなる>>

 

<<謂うこと勿れ、今日学ばずして来日ありと。今を学ばないで、明日があると思うなよ>>

 

<<そんじゃ、よろしく頼むわ……マスター>>

 

<<いいか、戦いの極意は明鏡止水の心。邪念に染まった心では力も技も曇るだけ……>>

 

<<邪念だらけのお前が言っても、説得力は無いな>>

 

<<……やんのかコラ犬っころ!! 表に出ろやぁ!!!>>

 

 ………………。

 

 うつ伏せに倒れた悪魔が起き上がっていく。

 

 体を起こしていたが力も入らず、座り込むように膝をつく。

 

 降りしきる冷たい雨。

 

 空を見上げながら冷静になろうとする。

 

 同時に体が爆ぜるほどの怒りも噴き上がり、思考を掻き乱す。

 

 悪魔は……魔法少女に負けた。

 

「おおおおぉぉぉぉ──────ッッ!!!!!」

 

 生き残ってはいるが、二度目の敗北。

 

 悔しさと無念の感情が爆発し、降りしきる雨雲に吠えた。

 

 怒り、憎しみ、殺意……これらは聖書でいう原罪の1つ。

 

 初めて人殺しの罪を行った最初の人間の子、カインが犯した罪。

 

 原罪は……人間の心が生み出す。

 

 それによって身を滅ぼす罪こそ、大いなる神が人間に与えた宿業。

 

 容易く制御する事など……出来なかった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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31話 武術稽古

 2019年1月。

 

 今年の正月は東京大空襲もあり活気は無く、喪に服すような空気。

 

 聖探偵事務所も正月休みを迎え、尚紀も時間を持て余している。

 

 だが、彼には日常よりも優先しなければならない戦いがあった。

 

「ハッ! セイッ!!」

 

 探偵事務所の近くの廃工場内にある彼の姿。

 

 黒いトレーニングウェアのパーカーを目深く被り、鍛錬に勤しむ。

 

(感情に振り回される……だが、それでは奴に勝てない)

 

 強大な魔法を行使出来ないハンデを背負った上での戦い。

 

 悪魔の腕力だけでは敵わない事を認め、自分の技量を見つめ直す。

 

「ふん! たあっ!!」

 

 チェンシーとの戦いを思い出し、シャドーボクシングを繰り返す。

 

(ダメだ……いくらやっても、相手に打撃を当てているイメージが沸かない!)

 

 感情が荒れているせいか、打撃の姿勢にも乱れが出ている。

 

 それでもガムシャラに集中しているせいもあり、入口前に立つ人物の姿に気が付かない。

 

「くそっ!! 勝てるビジョンが見えない!」

 

 苛立ち、地面を殴りつけた。

 

 自分の技量に自信が持てなくなっていた時、入口付近の人影が口を開く。

 

「何をそんなに苛ついてるネ、ナオキ?」

 

 声が聞こえ、やっと入り口にいる人物に振り向く。

 

「いつの間に……」

 

 歩いてくる人物は、去年の夏頃に会ったことがある少女。

 

「そんなんじゃ、技も曇て当然ヨ。ワタシのライバルともあろうオマエが、情けない姿ネ」

 

「……何の用事だ、美雨」

 

 やってきたのは蒼海幇の一員である純美雨。

 

 彼女は冬休み中であり、冬の私服姿で訪れたようだ。

 

「便利屋は今は休業中だ……依頼なら他を当たれ」

 

「依頼が無ければオマエに会いに来たらいけない決まりでもあるカ?」

 

「お前に付き合ってる暇は無い」

 

 突き放す言葉には怒気が含まれる。

 

「東京も今は物騒極まりないネ……それと、関係しているカ?」

 

「…………」

 

「沈黙は肯定ネ、ナオキ」

 

「……お前には関係の無いことだ。神浜に帰れ」

 

「ワタシに気が付かないぐらい集中して鍛錬を続けていたみたいだけど……誰とやり合うカ?」

 

「……お前や、俺より強いヤツだ」

 

「……どれぐらいの強さカ、それ?」

 

「仙人の領域のクンフーかもな。……お前なら勝てるか?」

 

「どういう次元の話ヨ? でももし、そんな次元のヤツ相手にするなら……最強の護身術使うだけネ」

 

「最強の護身術?」

 

「逃げるが勝ちヨ」

 

「……命合っての物種か。だが、俺はあいつから逃げる訳にはいかない」

 

「引き際を見誤る、ソレ即ち無謀ヨ。賢い判断違うネ」

 

「お前は蒼海幇を見殺しにしてでも逃げたいと思うか? 俺にとっては……それ程の価値がある」

 

「……命を賭してでも、譲れない戦いカ。だとしたら……覚悟決めるしかないヨ」

 

「理解したならさっさと神浜に帰れ。俺は忙しいんだよ」

 

「いや、この一件……蒼海幇も噛ませてもらうネ」

 

「いらぬ世話だ……棺桶の山が出来るぞ。これは東京の問題だ」

 

「蒼海幇は便利屋のオマエに借りがあるヨ。蒼海幇は受けた恩は忘れないと言たハズネ」

 

「だからいい加減に……」

 

「ワタシ達にだて、自分の街守る責任あるヨ。だから……オマエのサポートしてやるネ」

 

「サポートだと?」

 

「今言える事は、今のナオキじゃ、そいつに殺されてお終いネ」

 

「随分……あっさり言ってくれるもんだな」

 

「だから、オマエに足りないモノ……教えてくれる人に、会わせてやるネ」

 

「誰だよ、そいつは?」

 

 ──―蒼海幇の長、長老(チェンベイ)ネ。

 

 ────────────────────────────────

 

 神浜市南凪区メインストリート、南凪路。

 

 ゲートウェイを超え、神浜のチャイナタウンとも呼べるエリアを2人は進む。

 

 乱雑に並べられた漢字の看板や明かりのぼんぼりが通りを飾り、異国情緒溢れる光景。

 

 飛び交う言葉も日本語の他に中国語も聞こえてきた。

 

「久しぶりに訪れたが、相変わらず池袋のチャイナタウンを思わせる街だな」

 

「中国生まれの日本人によて、戦後に育てられた街ヨ。市民からは老華僑と思われているネ」

 

「中国生まれの日本人……満州国の満州人か?」

 

「知てるのカ?」

 

「映画、最後の皇帝は見たことあるぜ。清朝滅亡後、大日本帝国陸軍の関東軍占領、満州事変によって満州は中華民国から独立。清の皇帝が治めた最後の国が……満州国だ」

 

「ソ連軍侵攻で、満州国の日本人達は関東軍に見放され、命からがら歩いて逃げたネ。逃げられなかた元日本人も大勢いるヨ……」

 

「この街は、旧満州人達の受け皿なんだな……」

 

「大連港からの出国に間に合わなかた多くの人々は、日本人収容所に数年間収容され、大勢亡くなたネ。ここに帰れた人達は、その犠牲の上に生かされてるヨ」

 

「蒼海幇も3世までの歴史だ。80年ぐらいの歴史で辿れば、そういう歴史があると思ったよ」

 

 この街の歴史を語り合う二人の歩みが止まり、武術館前にたどり着く。

 

「中に入るネ。長老もオマエに会いたがていたから、丁度いいヨ」

 

「靴のままでいいのか?」

 

「中国拳法は元々家の外で鍛錬するものネ。靴で十分ヨ」

 

 中に入り、館内を見渡す。

 

「中国拳法の武器や鍛錬器具が色々ある……壁も鏡が張られてるし本格的だな」

 

「まぁ、評判は聞かないで欲しいネ」

 

「門下生の姿は見えないし……流行ってるようには見えないよ」

 

 美雨が奥に進み、館内と住居を繋ぐ通路の奥に向けて声を出す。

 

「長老! ナオキを連れてきたネ!」

 

<<お~~美雨、今行くわい>>

 

 奥のドアから現れた老人に目を向ける。

 

 武術服を身に纏い、口周りは立派な白髪の髭……そして。

 

「よく来たのぉ、嘉嶋尚紀君だったかな?」

 

「この頭髪に見放された老人が……蒼海幇の長?」

 

「ナオキ、言てやるな」

 

 頭がハゲてしまった背が低い老人であった。

 

「ワシが蒼海幇で長老とか言われながら、若い連中にこき使われる哀れな爺じゃよ」

 

「長老……怠けたいならいい歳だし、棺桶入るネ」

 

「ホホホ、美雨は相変わらず手厳しいのぉ」

 

 顎髭を右手で撫で、温和な糸目で彼を観察。

 

「この爺さんが、俺に足りないものを教えてくれるのか?」

 

「見かけで判断は駄目ヨ。これでも蒼海幇がこの街で武闘派組織と言われたのは、長老のお陰ネ」

 

「武闘派なんぞ言われてたのは2世までじゃ。3世のお前らときたら、スマホやネットに夢中で体を動かす気にもならん怠け者ばかりじゃ」

 

「つまり、あんたがこの街の連中を鍛えて……神浜を守ってきたというわけか?」

 

「平和とは、武を持ってしか守れぬ。黒社会で平和は歩み寄る事など無い……最後は力で街の秩序を守る以外に無いのじゃ」

 

「俺も社会の闇で生きているから理屈は分かる。それで……あんたが俺を鍛えてくれるのか?」

 

「お前さんは去年、我々を救ってくれた恩人。仁義を重んじる我々は借りを返さなければならん」

 

「なら、さっさと始めてくれ。俺にはもう時間が無い」

 

「美雨を打ち負かしたというお前さんの技量から先ずは見てみようかのぉ」

 

「俺の技量だと?」

 

「うむ。先ずはお前さんが身につけた拳法の套路を見せてくれるかな?」

 

「仕方ない……壁の鏡を借りるぞ」

 

 鏡の前に立ち、自らも套路の正しさを確認するため、全ての技を鏡の前で確認していく。

 

 突き、打ち、当て、蹴りを行い、次は……? 

 

「駄目じゃ駄目じゃ、止め止め」

 

 次は長老に止められてしまった。

 

「お前さんちっともクンフーを積んどらんじゃないか? 見せかけだけの技など児戯に等しい」

 

「何だと爺……聞き捨てならない事を言ってくれるじゃねーか?」

 

 未熟者だと罵る長老に対し、怒気を含む言葉で返す。

 

「そこじゃよ、お前さんの未熟な部分は。技術はあっても心が無い」

 

「意味分からねー理屈を垂れ流しながら嘲笑いたいのか?」

 

「心を鎮めよ、今のお主では力も技も曇るだけなのじゃ」

 

「ならどうすればいい? 俺は強くならなきゃならねーんだよ」

 

「落ち着くネ、ナオキ。ワタシと戦たあの時のオマエ、もと冷静だたヨ」

 

「黙れ美雨……」

 

 苛立ちを隠す事が出来なくなり、眉間にシワが寄った顔つき。

 

「俺はちんたらやってる暇なんてねぇ! 直ぐに強くならなきゃならねーんだ!」

 

 ──―あいつ以上に!! 

 

 美雨を睨み、怒りを叫ぶ尚紀の姿。

 

 長老は溜息をつき、拳法の基礎から叩き込まなければならないと判断する。

 

「尚紀君。これからワシが良いと言うまで……技を鍛える事を禁ずる」

 

「ふざけるなぁ!! お前は俺を強くするんじゃねーのかよ!?」

 

「強くしてやるとも。じゃが、今の君が技を磨いたところで溢れ出すだけじゃ」

 

「オマエがどういう老師と出会て、拳法を学んだのかは知らないネ。でもそいつ、一番大事な事、オマエに教えてなかたみたいヨ」

 

「いちばん大事な事……?」

 

 自分の老師と言われて、セイテンタイセイを思い返す。

 

 記憶の世界に残るボルテクス界。

 

 人類が滅びた世界において、彼は仲魔から拳法技術を叩き込まれるのだが……。

 

<<お前の教え方は間違っている>>

 

 廃墟で拳法を教えていたセイテンタイセイに意見する、クーフーリーンと呼ばれし悪魔。

 

<<力と技だけでは足りない。本当に大事な部分は精神、それを伝えられていない>>

 

<<仕方ないだろうが、本来はこんな悠長な時間も無い旅路だしなぁ>>

 

<<確かに尚紀の吸収力は凄まじい。長い時間をかけて習得する技術をここまで磨けた>>

 

<<心配している部分なら何となく分かる……だが、俺様が伝えられるのはここまでだ>>

 

 ──―ここから先は、尚紀自身が気がついていかなきゃならねーんだよ、犬っころ。

 

 ………………。

 

(……付け焼き刃でしかなかったというのか……俺の技術は?)

 

「暫くは健身と内功といった体を鍛える練習法から始めなさい。乱暴な食生活も禁止じゃ」

 

「俺はあく……いや、別に体なんてもう十分……」

 

「いいから、やるんじゃ。武の基本であり疎かにしてはならぬもの、それは心技体じゃ」

 

「心技体……」

 

「やるうちに、お前さんにも分かってくる」

 

「………………」

 

「お前さんが心技体を理解した時に、うちにもう一度来なさい。その時に実用を授けよう」

 

 細い糸目が開いた長老の真剣な眼差。

 

 彼も渋々頷くしか無かった。

 

 ────────────────────────────────

 

 日が登るよりも早くに起床。

 

 トレーニングウェアとスポーツシューズを身に着け、パーカーを深く頭に被る。

 

 マンションの外で柔軟体操を行った後、ランニングに出かけた。

 

「人間が疲れる労働でも疲れてくれない俺の体に……こんな運動意味あるのか?」

 

 人間のランニングというよりは、全力疾走とも言える速さで東京を走る。

 

 新宿区から東京を時計回りで一周していくランニングを毎日繰り返す。

 

 日が昇る頃には新宿まで走り終え、公園で柔軟体操と筋力トレーニング。

 

「やはり体に負荷を感じない……こんな事に意味があるのか?」

 

 片手拳立て伏せ、片手指立て倒立、木の枝に掴まり背筋懸垂……。

 

 椅子に掴まり両足を持ち上げる腹筋を鍛えていたが、迷いも晴れずに動きも止まる。

 

「……心技体って、何なんだよ?」

 

 自問自答を繰り返していた時、スマホにメールが届く音。

 

「美雨からか……? オーバーワークは筋肉を縮ませるだけ……余計なお世話だ」

 

 ペンタグラム決起も迫る中、強くなれていない感覚が続く。

 

「信じていいのか……あの爺の理屈を? だが……俺独りで鍛錬を繰り返しても……勝てる気がしない」

 

 信じるしかないと決め、トレーニングを再開。

 

 正月休みが開けても毎日トレーニングを繰り返す。

 

「あら、尚紀? インスタントのご飯はやめたの?」

 

「ああ。外食になるけど、健康的な食事に変えようかと思ってな」

 

「オイラ達にも健康なご飯を提供して貰いたいニャー」

 

「贅沢言うな、これも鍛錬みたいなもんさ」

 

「悪魔の尚紀が鍛錬ニャ?」

 

「俺に足りないモノを見つけるための鍛錬さ」

 

 繰り返し続ける肉体鍛錬、自問自答の日々。

 

 そんな毎日の中において、気がついた事がある。

 

「尚紀、オイラ安心したニャ」

 

「何が安心したんだよ?」

 

「だってニャ、前は異常過ぎる殺気をばら撒くだけだった尚紀だったけど……」

 

「そうね……言われてみれば、今の尚紀は元の自分を取り戻せている気がする」

 

「……そう見えていたのか?」

 

「ええ、酷い形相をした毎日を送っていたわ」

 

「……どうして、こんなに落ち着いてきたんだろうな?」

 

「もしかして、それが足りないモノを見つける鍛錬の効果なのかニャ?」

 

「…………そういう、事だったのか」

 

 無意味に思えたトレーニングであったが、心は澄み切っていく感覚。

 

 ペンタグラムへの憎しみを募らせ、魔法少女に八つ当たりしていた発散方法とは違った。

 

「感情から開放されていく……心が軽い」

 

 アクロバット跳躍を用いたフリーランニング。

 

 以前とは違い、体の動きがスムーズに進んでいく。

 

 坂を蹴るバク転、段差を跳躍した側方宙返り、跳躍前転からの月面宙返り。

 

「……やっと答えが出た」

 

 朝日に向かい走る彼の姿。

 

 その表情からは既に……迷いは消えていた。

 

 ………………。

 

 次の日、改めて神浜市に赴く。

 

 武術館に入る彼の姿を、長老が待っていたように出迎えてくれた。

 

「尚紀君……強くなるための心技体、見出だせたかね?」

 

「ああ、答えが見出だせたよ爺さん。心技体とは……バラバラに考えるもんじゃねぇ」

 

 ──―1セットで考えるものだったんだ。

 

 その答えを聞き、長老も満足した表情。

 

「体を鍛え、技を鍛え、それによって心も鍛えられていく。それが心技体の理念」

 

 ──―欠けていいモノなど、無かったんじゃよ。

 

「改めて頼みたい……。俺に稽古をつけてくれ」

 

「この前の殺気は何も感じないほど澄み切っているな。では、技の実用に入ろうかのぉ?」

 

「随分待たされたネ」

 

 声が聞こえた方に目を向ければ、武術着姿の美雨。

 

「全く……準備が宜しいようで。それじゃ、頼むわ爺さん……いや」

 

 ──―マスター。

 

 ────────────────────────────────

 

 長老に促され、技を磨く鍛錬器具に案内される。

 

「君は大まかな技術はほとんど身についておる。それを磨き直す必要がある」

 

「……これを使うのは正直、初めてなんだがな」

 

 案内された鍛錬器具は木人椿(もくじんとう)と呼ばれる。

 

 中国南派拳術である詠春拳(えいしゅんけん)の鍛錬行為にて使用されるものなのだが。

 

「そういえば美雨、お前の流派は詠春拳なのか? 動きがそっくりだったが」

 

「ワタシが習た流派は()()()と呼ばれる流派ネ。でも蒼碧拳のルーツは詠春拳ネ」

 

「ワシも蒼海幇の連中に指導の一つとして教えてやっとるのだが、如何せんマイナー過ぎて誰も習いたがらん」

 

「名前をジークンドーに変えたらどうだ? ミーハーが飛びつくぞ」

 

「……長老、ナオキ、オマエら蒼碧拳バカにしてるカ? 怒るヨ?」

 

「いや、馬鹿にしている訳じゃないが……」

 

「よく聞くネ、蒼碧拳というのは……」

 

 ──―蒼碧拳。

 

 ──―それは、詠春拳と()()()()をかけ合わせた。

 

 ──―全く新しい格闘技。

 

 ……という風に長々とした話内容を要約し、彼は美雨の拳法談義に蓋をした。

 

「つまりよぉ……香港でも流行らなかったドマイナー流派ってわけか」

 

「ワシだって一体何処のアホが生み出した拳法なのか知らん」

 

「オ・マ・エ・らぁ~~~……ワタシ怒たヨ!!」

 

 館内をひとしきり美雨に追い回され、2人は頭をどつかれた。

 

「……よし、やるか」

 

 改めて木人椿と向かい合う。

 

「これ、礼はどうした?」

 

「礼?」

 

「礼に始まり礼に終わる。これは拳法の基本じゃ」

 

「俺は礼は習わなかったな」

 

「……全く、尚紀君に拳法を教えたいい加減極まりないヤツの顔が見てみたいわい」

 

 長老は左掌を立て、右拳を握る動作で礼をする。

 

 中国武術界では抱拳礼(ボウチェンリィ)と呼ばれる礼だと教わった。

 

(新しいマスターは、セイテンタイセイよりも躾が厳しい……)

 

 溜息をつき、鍛錬器具に抱拳礼を行う。

 

「さぁ、尚紀君。君の套路・粘連黏随、そして聴勁をワシに見せてくれ」

 

「見ていてくれ……これが俺の技だ」

 

 姿勢を伸ばし、正中線を維持しながら半歩開く。

 

 両膝を曲げ、両手を開けて伸ばし、ワンインチ攻防を体で描く。

 

「……本当に、初めて触るのカ?」

 

「黙って彼の動きを見ておれ、美雨」

 

 木人椿の3本の手を相手の手とし、一本の足を相手の足とした攻防。

 

 左右の腕を半回転させる捌き、突き、掌打による距離の調整。

 

 目潰しの手刀打ち、ローキックが襲う部分を足裏で捌く。

 

 左右にフットワーク、払う動作、打撃・肘打ち・蹴り技を同時にこなしていく。

 

「正しい套路による攻防の両立、適切な接触を保つ技術、相手を感じる能力、見事じゃ」

 

「動きが……どんどん早くなていくヨ」

 

 両腕の払い、裏拳、膝蹴り、喉への手刀打ち。

 

 片腕払い、続く肘打ち捌き、足元も同時に蹴り込む。

 

 突き、掌打、右フック、ボディブロー、肘打ち、器具の上半身部位に次々と打ち込まれていく。

 

 まるで相手と打ち合いを行っているように見えてくる。

 

 後ろにバックステップ、抱拳礼を行い締めくくった。

 

「力み過ぎる事もない流れるような攻防技術だたネ……見事ヨ」

 

「技術だけなら、君の師も十分叩き込んだようじゃ。美雨が一本獲られたのも頷ける」

 

「……次は勝つネ」

 

「しかし美雨に勝った男と聞いたから、1つしかない木人椿を壊すかもと……ヒヤヒヤしたぞ」

 

「長老、細かい事を気にしていると髭まで禿げるネ」

 

「その言い方だと、まるで美雨がこれを壊したように聞こえるな」

 

「壊しおったぞ。じゃからこのゴリラ女に鍛錬器具は触らせん……修理代が嵩む」

 

「過ぎた過去ネ、前向きに構えるが大事ヨ……ん? 誰がゴリラ女カ!」

 

「全く、魔法少女とやらは……力の匙加減を身に着けさせんと危なっかしいわい」

 

「ちょっと待て。マスター、あんた美雨が魔法少女だと知ってるのか?」

 

「当たり前じゃ。そうでなければ今年で17歳の小娘1人で黒社会とやり合わせる筈がない」

 

「そういう事ネ。長老はワタシを魔法少女だと知てる、数少ない人間ヨ」

 

「お前は鍛錬器具を使わせてくれなくなって、今はどうしてるんだ?」

 

「廃倉庫を貸してもらてるネ。そこに買た木人椿を置いて鍛錬を続けてるヨ」

 

「これ、高いんだろ?」

 

「家族に無理言て買て貰たヨ……もう擦り切れてボロボロだけど、まだ使うネ」

 

「俺に勝てたら、新しい木人椿を買ってやるよ」

 

「その言葉……忘れるなヨ、ナオキ?」

 

「二言はない」

 

「やたネ♪ ワタシのお小遣いで木人椿買うのは辛いし、社会人に遠慮なく甘えるヨ♪」

 

「さて、まだまだ鍛えるぞ。今夜は遅くまで付き合ってもらうわい」

 

 ────────────────────────────────

 

 武術館の中央に移動した尚紀と美雨。

 

 互いに目を相手から離さず抱拳礼を行い、美雨は独自の拳法を構える。

 

 彼は正中線を乱さず相手を見据えた。

 

 彼の目には黒い布が巻かれており、視界は一切見えない。

 

「中国拳法においては聴勁こそが攻防の要。それをさらに磨かなければならない」

 

「心眼なら心得ている。足場さえ見えない真っ暗闇の戦場で襲われる事も多かった」

 

「なんと、聴勁だけでなく心眼も心得ておったとは。空間把握の次元にまで技術を昇華しおったか……若いのに素晴らしい才能じゃ」

 

「心眼……長老、それは何ネ?」

 

「盲目の人間なら身に付けられる空間認識能力じゃ。人間なら誰もが身につけられるが、目が見える故に身につけるのは難しい」

 

「それを身につけられたら、どんなメリットあるネ?」

 

「見えない敵に対し、肌感覚・嗅覚・聴覚を駆使して頭に空間をイメージする。1秒先を想像する直感で相手の気配を読み、不意打ちを防げるのじゃ」

 

「サバンナのガゼルが見えないライオンの気配を感じ取り、直ぐに逃げれるようなもんだ」

 

「そんな高位技術まで身につけてたカ……。長老、ワタシにもソレ教えるネ」

 

「一日中アイマスクを目につけて生活出来るか?」

 

「それは……難しそうネ」

 

「お喋りはいい……始めろ」

 

 頷き、互いが構える。

 

 先に彼女が踏み込み、右突きが迫る。

 

 左手で軽く払い、続く左突きを右肘で捌き、右鉤突きを左腕で防ぐ。

 

「これが……心眼!?」

 

 掴みかかる両手に対し、手首運動で払うと同時に右手刀打ちを彼女の喉に放つ。

 

「くっ!」

 

 右突きを彼女が払い落とし、反撃の裏拳。

 

 左手で彼が捌く、右肘が彼女の左側頭部に入る。

 

「っ!!」

 

 後ろに後退、踏み込み縦拳で反撃。

 

 右腕で払うと同時に掴み、左サイドに入り込み相手の頭部を掴み体制を崩す。

 

 そのまま右腕刀で彼女の首を打ち込み倒し込んだ。

 

「まだネ!」

 

 起き上がりの前掃腿を片足を上げて避ける。

 

 続く回転の勢いから放たれた旋風脚に対し、右肘で打ち返す。

 

「くっ!! 本当に見えてるのカ!?」

 

「見えてるんじゃない、感じてるんだ」

 

 右足を庇うように半歩後ろに下げ構え直す。

 

 踏み込む彼女の左足のスネに蹴り足を入れ制止。

 

「痛っ!!」

 

 怯まず放つ左拳、右腕で捌く、ミドルキックが彼女の細い脇腹を襲う。

 

 怯んだ相手に踏み込み、右裏拳、右フックを頭部に打ち込む。

 

 後ろに下がる相手に足を踏み入れ、背中を相手に打ち込む。

 

「きゃあっ!!」

 

 鉄山靠を受けた美雨が大きく飛ばされ、勝負有りが宣言された。

 

「見事じゃ、尚紀君。どうやら君の技の曇りもとれたようじゃな」

 

「あんた達のお陰さ」

 

 目を覆う布をとり、美雨に右手を差し伸ばして起き上がらせる。

 

「いい戦いだたネ、ナオキ。ワタシもクンフー積み直すネ」

 

「お前も強くなれるさ。頑張って鍛錬器具を俺から買わせてみせるんだな」

 

 元の場所に戻り、抱拳礼をして締めくくる。

 

「しかし、尚紀君を見ているとワシも血が騒ぐのぉ」

 

「長老、高血圧カ? 病院行くネ」

 

「ツッコミが厳しいのぉ、美雨」

 

「あんたもやりたいっていうのか?」

 

「うむ。ワシの散打に付き合ってくれんか?」

 

「大丈夫なのかよ……その老いぼれた体で?」

 

「やてみると分かるネ、ナオキ。長老が妖怪ジジィだて事が直ぐ伝わると思うヨ」

 

 長老は腰帯を外し両手で持ちながら頭を磨く。

 

 豆電球のように輝くハゲ頭。

 

 尚紀も溜息が出た。

 

「その程度の明かりじゃ目潰しにはならねーぞ」

 

「これは気合を入れるワシの儀式じゃ。さぁ……行くぞ」

 

 互いに向かい合い、抱拳礼を交わす。

 

(老体を労ってやるか)

 

 彼が先に動き、掌打を顎に打ち込もうと迫る。

 

 鈍化した一瞬、長老の細目が開いた。

 

 掌打の内側に踏み入り、ワンインチ距離で水月(みぞおち)に向けて指を構える。

 

「がはっ!!?」

 

 彼の体が弾かれたように大きく飛び、倒れ込む。

 

 長老の左手は拳が固められており、密着状態で突きが放たれたのを理解する。

 

「これが寸勁じゃ。空手なら寸打、ジークンドーならワンインチパンチと呼ばれるのぉ」

 

「これで分かたカ? ワタシも長老相手に魔法少女として本気で挑もうが、一度も勝た事ないネ」

 

「あんた……本当に人間かよ?」

 

「さて……どうじゃろうかのぉ? 年寄りは秘密が多い方が魅力的なんじゃよ、若者達よ」

 

 長老の視線が時計に移る。

 

「もうこんな時間か……今日はこれまでじゃな」

 

「ありがとう、世話になったよ」

 

 互いに抱拳礼を交わし、今日の鍛錬は終了。

 

「長老、おババ様が晩御飯作てるんじゃないカ? 待たせると……また雷落ちるネ」

 

「あの女はミュージシャンのライブに出かけておる。ワシの小遣い少なくして自分だけ趣味に勤しむ腹立つババアじゃ!」

 

「俺もせっかくこの街に来たし、外食してから東京に帰るわ」

 

 それを聞き、2人は妙な笑み。

 

「せっかく師弟関係を築けたのじゃ。ここは社交も兼ねて、ワシらも連れていきなさい」

 

「鍛錬に付き合てやたお礼するネ、ナオキ。ご馳走して貰うヨ」

 

「……お前ら」

 

(この厚かましさが、悲しい歴史に負けなかったコイツらの強さか)

 

 呆れるが、自分を強くしてくれた人達に感謝を込めて大盤振る舞いする事にしたようだった。

 

 ────────────────────────────────

 

 南凪路にある中華料理店『筋肉一番』

 

「らっしゃ──ーい!! お、長老と美雨ちゃんじゃないか!」

 

「邪魔するぞい」

 

「う~ん、空腹に染み渡る匂いネ」

 

「それと……あんたがもしかして尚紀君かい!?」

 

 厨房の男に言いしれない暑苦しさを感じる。

 

「……美雨、なんだこのプロテインモンスターは?」

 

「張さんネ。ここの中華料理はこの街でも評判ヨ」

 

「この筋肉は重い中華鍋を振るう鍛錬を繰り返して手に入れた俺の芸術だぁ!!」

 

「暑苦しいヤツじゃが腕前はいいぞ。本場の四川料理の達人じゃ」

 

「四川料理か……嫌な予感しかしないな」

 

 3人はテーブルに座る。

 

 麻婆豆腐、担々麺、回鍋肉といった四川料理でお馴染みの品を注文。

 

「中華料理は!! 炎と油の料理だぁぁ!!!」

 

 業火が吹き上がる厨房から漂う、鼻を突き刺す刺激臭。

 

(唐辛子の臭いで目が痛い……)

 

 料理が出来た3品がテーブル席に並べられる。

 

 今日の疲れを癒やすため、一口麻婆豆腐を食べてみた。

 

「ぐっ!!?」

 

 尚紀の顔が赤く燃え上がり、滝のような汗。

 

「なぁ……こんな激辛料理がこの街で人気あるのか?」

 

「蒼海幇の力の源ネ」

 

「この程度で激辛とはまだまだ舌が若いのぉ。ワシが四川で暮らしておった頃は……」

 

 とりとめもない話題をしながらも、水が手放せない。

 

(こうやって誰かと飯を囲むのも……懐かしいもんだ)

 

 彼の脳裏に家族となってくれた佐倉一家が浮かんでいった。

 

 それから幾日が過ぎていく。

 

 ペンタグラムが決起を行う日まで、残すところ10日の日を迎えようとしていた頃。

 

 仕事から帰宅する尚紀に電話がかかってくる。

 

「誰からだ?」

 

 その電話が、彼にとっては大切な家族の声を聞くことが出来た……。

 

 最後の電話となってしまった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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32話 神罰の日

──私はペテン師だ。

 

<<今の時代を救うには、新しい信仰が必要なのです!>>

 

<<皆さんの欲望を、捨てて下さい!!そうすれば迷いは晴れる!!>>

 

<<人間を救うのは神ではない!!人間なのです!!>>

 

『ヒとビトがイキルノニヒつヨウな、アタらシイシンコうガ、ヒツよウダッた』

 

<<人間の心に目を向けて欲しい!人間の言葉で語りかけるのです!>>

 

<<人々を救えるものは古い伝統ではない…今を生きる希望なのです!>>

 

『せイショハまチガッテイタ。コンナかミキレ、なンノヤクニモたタナイ』

 

<<困っている人がいたら、苦しむ心に目を向けてあげてほしい!手を差し伸べてほしい!>>

 

<<他人が救われればまた、あなた方の心も同時に救済される!>>

 

<<それこそが、人類皆の心が救われる新しい信仰…()()なのです!!!>>

 

『ニンげンヲスクえルノハ、ニンゲんダケダ。さクラぼクシハ、たダシい』

 

──私は不徳漢だ。

 

<<皆さん!先ずは苦しむ私たち家族の心に目を向けて欲しい!>>

 

<<私たちは今…教会から破門され、毎日の食事にさえ満足にありつけない!!>>

 

『アあ、ナンてカワいソウ。テをサシノべナケれバナラなイ』

 

<<どうかお願いします!私の家族に慈悲の手を差し伸べて下さい!>>

 

『サくラボクしノ、かゾクを、スクわナケれバナらナい』

 

<<有難う!!皆さんの差し伸べてくれた慈悲によって、私たち家族の心は救われた!>>

 

<<そして、あなた方の心も同時に救われたのです!>>

 

──私は傲慢だ。

 

<<この救いの環を、多くの人々にも円のように繋げていかなければならない!>>

 

<<どうか皆さんのご友人、隣人の方々にも私の教会に足を向けて欲しいとお伝え下さい!>>

 

『サくラぼクシノ、きュウさイを、ヒロめナケれバナらナイ』

 

<<これこそが、希望を繋いでいく()()()()()()!>>

 

<<私が提唱する、新しい信仰による救済の世界そのものなのです!!>>

 

『つナガなケレばナラナい、エンかンヲ、つナガなケレバなラナい』

 

──私は、彼らにとって真実でない事を信じさせようとした。

 

──私のやってきた事は…悪魔の如きトリックスターでしかなかった。

 

────────────────────────────────

 

「……杏子。これはどういう事なのか、説明しなさい」

 

礼拝堂には無数に倒れた信者たち。

 

それにかつて信仰していた聖書が山のように置かれている。

 

聖書の山から感じる鼻を突く臭いはガソリンだ。

 

恐らくは狂った信者たちの集団自殺現場であろう。

 

「杏子、答えるんだ。お前のその姿は何だ?なぜこの人達は自殺をしようとしていたのだ?」

 

「父さん…よく聞いて欲しいの。あたし……あたしね、魔法少女なの……」

 

「……魔法?」

 

「魔法少女はね、契約を結んで魔女と戦っていく運命となる代わりに、願いを一つだけ叶えてもらえるの」

 

「……魔女、だって?……詳しく聞かせなさい」

 

娘から聞かされる魔女という存在、そして魔法少女という存在。

 

魔女は人々に呪いを与え死に追いやる、魔法少女はそれを救う存在なのだと。

 

(…そんな話を誰が信じられる?まるで漫画の世界じゃないか……)

 

しかし娘が父親に嘘を語るとも思えない。

 

「魔法少女は1つの願いを叶えて契約すると言ったな?その願いの内容はなんだ?」

 

「それは……」

 

「なぜ黙っている?まさか人に言えないようなことなのか?そんな邪な事なのか?」

 

「ち、違うよ!あたしは自分の願いに誇りを持ってる!」

 

「誇りに思うのならば、隠す必要はない。堂々とその願いを答えるんだ……杏子」

 

俯いていたが顔を上げ、真剣な眼差しで語ってしまう。

 

──あたしは、みんなに父さんの話を真剣に聞いて欲しかった。

 

………………。

 

夜の礼拝堂で明かりは少ない。

 

影の世界に映る佐倉牧師の顔は…恐ろしく歪んでいた。

 

「……ハハ…ハハハ、そうかそうか…。私は…ただの()()()()だったわけだな」

 

「違うよ父さん!みんな真剣に聞いてくれたんだよ!だから、賛同してくれたの!!」

 

「ならば明日試してみよう」

 

「えっ…?」

 

「お前の言う事が正しいかどうか…必ず明日、その目で見ていなさい」

 

「試す?一体何を試すというの……父さん!」

 

冷静さを保とうと足掻くが、彼の眉間はシワが寄り切っている。

 

(心が煮えたぎる…膝が崩れ落ちてしまいそうだ……)

 

「…今日はもう休みなさい。私は明日の演説内容を1人で考えたい」

 

「父さん……」

 

震えながらも父の後ろをついていく。

 

部屋に戻る途中、娘たちの部屋の扉が開いた。

 

「おねぇちゃんどこー…?パパ?それに…お姉ちゃん?」

 

眠そうな顔をしたモモの姿が部屋から出て来たようだ。

 

「……どうしたの?パパ」

 

どんな顔をしていいのか佐倉牧師には分からない。

 

モモの頭を優しく撫でてやることしか出来ない。

 

「起こしてしまってすまないね、モモ。何でもないんだよ、お前は寝ていなさい」

 

「は~い……お休みなさい、パパ、お姉ちゃん」

 

素直に部屋に帰るモモの後ろ姿。

 

2人は力なく、その光景を見つめることしか出来なかった。

 

────────────────────────────────

 

風見野市繁華街。

 

昼間のこの時間ならば大勢の人間達に声が届くだろう。

 

実験をするには好都合な場所である。

 

(私は願う…私の言葉を皆が真剣に聞き……)

 

──私を罵ってくれる事を。

 

「皆さん!たとえ忙しかろうと、それは無視して私の話を今直ぐ聞いて欲しい!!!」

 

佐倉牧師の響き渡る言葉。

 

周囲を行き交う人々の表情が虚ろとなっていく。

 

「私は訂正する!迷いが絶望を生む憎むべき悪であるという考えは…まったくの嘘だ!!」

 

『ソウだ、ゼつボウは、アくデハなカッた』

 

「希望など持って生きても無駄だ!既にこの世は生き地獄なのだから!!」

 

『そウダ、コのヨはイキじゴクだ』

 

「他人に目を向ける必要などはない!欲望に塗れた己の心を見つめなさい!それが救済だ!!」

 

『そウダ、よクぼウコソが、ワレわレノきュウサいダ』

 

「人の世に環など不要!円を作ってはならぬ!」

 

『ソウだ、エンカンは、マチガッテいる』

 

「私利私欲を満たし!弱者を淘汰する弱肉強食の世界こそ…人間らしく生きられる幸福な世界!」

 

『わレワレは、じブンだケガあレバいイ。りコしュギ、リベラルが、わレワレをスクう』

 

「この世は既に神に見放されている!欲望、迷い、そして絶望による破滅!これこそが…人間社会の正しい姿だ!」

 

『カみハシんダ!!ぜツボうコソがニンゲんシャカイのスクイ!』

 

「弱肉強食の資本主義社会の理こそが…唯一の道標だ!!」

 

『じャクシャのトウタだ!!じャクしャハシね!ジャくシャハしネ!!』

 

(そんなバカな!?どうして…どうしてみんな、父さんのこんな酷い話を肯定するの!?)

 

興奮しながら喚き散らした佐倉牧師。

 

最後の望みすら断たれ、膝が崩れ落ちてしまう。

 

「なんということだ……これでは、私の意のままではないか!」

 

恐ろしい光景が広がっていく。

 

まるで人間から思考を奪い骨抜きにし、民を惑わし洗脳する悪魔の言葉。

 

彼は完全に絶望してしまう。

 

「信じた信仰の言葉など…最初から誰も見てくれなかった!今の私の言葉は…人々を惑わす洗脳でしかなかった!!」

 

──これが…()()()()()()()()……悪魔の力かぁぁ!! 

 

『うばエ!!ウバえ!!カネをうばエ!!」

 

『キュウリョウないンダ!モツやつカらウバうケンりがあル!!」

 

集まった人間達が一斉に街で暴れだす。

 

ショーウィンドを割り、欲しい物を奪い、抵抗する人間は集団で襲いかかり暴力を振るう。

 

佐倉牧師の言葉が暴徒の群れを生んだ光景が広がっていく。

 

彼の心はついに…壊れてしまった。

 

 ────────────────────────────────

 

「……あれから一ヶ月が過ぎたか?……三ヶ月?……どうでもいいか」

 

荒れ果てた住居のリビング。

 

酒の臭いと空き瓶が撒き散らされ、タバコの臭いも染み渡る。

 

「ハハ……酷い光景だな。悪魔にたぶらかされた私には相応しい……」

 

佐倉牧師の脳裏に、かつての夕餉や聖書朗読が続いていた光景が過る。

 

「全てがどうでもいい…もう私には何もない…あの忌まわしい()()が、全てを壊した」

 

あの日より佐倉牧師の家族たちは崩壊することになっていく。

 

妻とは毎日夫婦喧嘩を行い、ついには暴力を振るうまでに堕ちた佐倉牧師。

 

妻は夫を恐れ、部屋から出てこなくなる。

 

毎日泣くモモに対しては酒瓶を投げつけ追い出してしまった。

 

「…もう娘達を育てる自信は無い。魔女に与えられた力によって、犠牲になってしまった人々の金で育てたくなんてない」

 

自問自答ばかりの日々が続く。

 

「私は…迷い苦しむ人間を導く為に牧師になったのに…どうしてこうなった?」

 

そこにいるのは神の教えを説いた頃の彼ではない。

 

()()()()()()()()()の姿だった。

 

「役に立たなかった私の理想…それでも、ここまで()()()()()あの女を許さない!!」

 

恨み言を呟く後ろには魔法少女姿の杏子が立つ。

 

彼にとっては聞きたくもない言い訳ばかりが口から漏れ出てくる。

 

「何が魔女を倒して自殺しそうな人を救っただ?何が世の不幸や悲しみを魔法少女達が救うだ?」

 

「聞いてよ、父さん!あたしは今でも…父さんの言葉が好きだよ!報われた笑顔が好きだった!」

 

「全部……お前が生み出した幻じゃないか」

 

「そ…それは……」

 

「私の元に訪れた人々は信仰の為ではなく、魔女の力に惑わされた人々。お前は彼らを手に掛けるつもりだったのだろう?」

 

「違うっ!!」

 

「あれが悪魔と交わした契約の生贄か?教会の娘が悪魔に魂を売り飛ばすとは…なんと罪深い女であろう」

 

「だから!何度も言ってるだろ!魔女と魔法少女は違うんだ!あたしは誰の命も奪ったりなんかしない!あたしは魔女なんかじゃ…」

 

「お前は最初から私の話など聞く耳を持たれなくて当然、誰の救いにもならない戯言だと…そう思っていたのだろう?」

 

「そんなことない…こんなつもりじゃなかったんだよ!」

 

「ハハハ!全く、その通りだ!私に世の中を救う力が無いから…悪魔などに付け入る隙を与えた」

 

「なんで…なんでそんなに自分ばかり責めるのさ!?」

 

「杏子が悪いんじゃない…全て私の無能さの責任だと言ってしまえ」

 

「違うよ父さん……違っ……」

 

「何が違うんだ?魔法少女の力さえあれば、世の中の不幸や悲しみを着実に摘める?当てつけがましい言い訳を並び立てるぐらいなら、いっそ無能極まりないゴミだと私を罵れ」

 

「………………」

 

「今のお前がやってる事はなんだ?私などいなくても世の中を救えるのだと言っているようなものだ。それすら自覚も無く嬉々として語るのか…」

 

──この……魔女め!! 

 

「ッッ!!!」

 

実の父に魔女と罵られた娘が去っていく。

 

「もう……私の一家はお終いだな」

 

これからの事を考える必要があった。

 

佐倉牧師が立ち上がり、棚から一枚の名刺を取り出す。

 

それは尚紀が手渡した職場の名刺であった。

 

「…尚紀君に謝るしかない。せっかく私の理解者になってくれたのに……」

 

こんな事ならキリスト教牧師を続けていればと後悔するが、もう遅い。

 

「彼は優しい男だ…頼み込めば、家族の面倒ぐらい見てくれるかもしれない……」

 

名刺を握る手が震えていく。

 

悲惨な一家に巻き込みたくないという最後の良心が邪魔して踏み切れない。

 

「彼は過酷な道に進んだ…私も己の道に進む覚悟を示すしかない」

 

尚紀が渡した優しさの形が棚に仕舞われる。

 

名刺の裏には、彼が連絡して欲しいと貼り付けた100円硬貨が張られたままだった。

 

────────────────────────────────

 

ペンタグラム決起まで残すところあと10日。

 

探偵事務所の仕事を終わらせ帰宅しようとしていた時…。

 

「誰からだ?」

 

トレンチコートのポケットから電話音が鳴り響く。

 

スマホを取り出し、通話ボタンをスライドさせる。

 

「……尚紀君、久しぶりだね」

 

「どうした佐倉牧師?景気のいい新興宗教の長にしては、随分元気がない声じゃないか?」

 

「君に貰った名刺の100円硬貨…使うべきではないと考えていたが…使わせてもらったよ」

 

それは佐倉牧師に渡した最後の命綱。

 

この電話内容がただ事ではないという証拠だ。

 

「……何があった、佐倉牧師?」

 

「聞いて欲しい尚紀君。これは、君にしか話す事が出来ない…私の懺悔だ」

 

(悪魔の俺に懺悔?一体佐倉牧師は何をやったんだ……)

 

「新興宗教の成功はね…魔法少女になった杏子が生み出した…虚飾でしかなかったのだ」

 

自体がどんなに不味い事になっているのか理解した表情を尚紀は浮かべる。

 

「…あんたの言いたい事は大体分かった。早まるな…杏子に罪はない」

 

「全ての罪は…愚かな道を追求し、自惚れていたが無能だった…私にある」

 

「あんたの言葉は…たしかに杏子が生み出したものだ。信者達を願いによって支配してな」

 

「流石は探偵さんだ…。この前訪れていた時にそこまで気がついていたとはね」

 

「新興宗教を辞めたいというのなら、お前たちの生活費なら俺が…」

 

「もう十分過ぎるぐらい世話になったよ。東京に行っても私達を思ってくれて、風華ちゃんの為の宝石まで売ってくれた」

 

「バカ言え!この程度であんた達に世話になった恩返しが出来たなんて…考えてねぇよ!!」

 

「君は優しい男だよ。もう私の側に…そんな優しい声をかけてくれる者はいなくなってしまった」

 

「何をするつもりだ!?今のあんたの声には…危うさしか感じられない!!」

 

「自堕落に溺れ、娘を魔女と罵り、家族に暴力を振るった。私はもう君の知っている私ではない」

 

「あんたの家族があんたを責めても…俺はあんたを責めない!!あんたは…どこの誰かも分からないこの俺を拾ってくれた、ただ1人の恩人だ!!」

 

「…尚紀君、君という…男は……」

 

佐倉牧師の声に熱が籠もっていく。

 

「お前の言葉は嘘偽りなんかじゃない!雪の降る日…風華の墓前で語ってくれた言葉だけが…俺を救ってくれた!」

 

──あんたの本物の言葉が…俺を救ったんだ!! 

 

「……うっ……ガッ……ぐっ……うぅぅ!!」

 

嗚咽を堪らえようとする声。

 

「……ありがとう、尚紀君。君のその言葉で…私の心は最後に…救われたよ」

 

──この100円硬貨は…私の心を救済してくれた。

 

「今直ぐそっちに行く!!だから…だから頼むから…早まらないでくれぇ!!!」

 

「さようなら…尚紀君。君を連れてきてくれた風華ちゃんに…心から感謝する」

 

──どうか…私達家族の分まで、幸せになるんだぞ…。

 

受話器を下ろし、電話ボックスから出ていく。

 

その横には2つのガソリンタンクが置かれている。

 

佐倉牧師にとっては最後になるだろう道のりを…ガソリンと共に歩いていった。

 

────────────────────────────────

 

妻の部屋前でノックする。

 

「…私だ。大丈夫…今日は酒を飲んではいない。暴力は振るわないよ」

 

少しだけ扉を開けた先には、震え上がる妻の姿。

 

「…私が悪かった、懺悔がしたい。昔…神様がいてくれた場所に赴こう」

 

「……何をしに?」

 

「罪を告白し、聖書をもう一度読んでやり直そう…」

 

安堵したのか、固く閉めた扉を開けてくれる。

 

怯えたモモも妻が説得し、3人は礼拝堂へと赴く。

 

そこに杏子の姿はなかった。

 

(魔法少女となった杏子には逆らえない…。だからもう、私達だけで終わらせる)

 

薄暗い礼拝堂。

 

かつて十字架があった演説台の前に訪れた3人。

 

「二人とも、聞いてくれるか?これが牧師だった私が語る…最後のデボーションだ」

 

「最後の……?」

 

「パパ……?」

 

怪訝な表情を向ける妻と娘。

 

夫は最後の笑顔を向けながら聖書をめくっていった。

 

旧約聖書・エゼキエル書・28章15節~19節

 

あなたは造られた日から、あなたの中に悪が見いだされた日までそのおこないが完全であった。

 

あなたの商売が盛んになると、あなたの中に暴虐が満ちて、あなたは罪を犯した。

 

それゆえ、わたしはあなたを神の山から汚れたものとして投げ出し、守護のケルブはあなたを火の石の間から追い出した。

 

あなたは自分の美しさのために心高ぶり、その輝きのために自分の知恵を汚したゆえに、わたしはあなたを地に投げうち、王たちの前に置いて見せ物とした。

 

あなたは不正な交易をして犯した多くの罪によってあなたの聖所を汚したゆえ、わたしはあなたの中から火を出してあなたを焼き、あなたを見るすべての者の前であなたを地の上の灰とした。

 

もろもろの民のうちであなたを知る者は皆あなたについて驚く。

 

あなたは恐るべき終りを遂げ、永遠にうせはてる。

 

「その一節は……まさか大魔王ルシファーの堕天!?」

 

「どんなに完璧な存在であっても、傲慢によって罪を犯し、滅びの道へと進んでいく」

 

「パパー?難しい話だけど、どういう意味なのー?」

 

「モモ、悪魔という罪人はね…神の山から追い出され、地に投げうたれ…」

 

──無様に笑われながら、燃やされて灰になるべきなんだ。

 

「あなた……どういうつもりでそんな一節を読んだの!?」

 

「私もそうなる。社会から追い出され、地に投げうたれ、メディアを通して他人の不幸が面白い大衆娯楽となり灰になる」

 

牧師としての表情をしているが、目の奥には暗い闇が浮かんでいく。

 

隠された果物ナイフが光り、佐倉牧師が妻に向かって駆け抜けた時…。

 

「……どう……し……て……?」

 

妻の心臓は、神の秘密が記されし聖なるリンゴを剥く道具で貫かれていた。

 

「ママァァァ────ーッッ!!!?」

 

倒れ込み即死した母に絶叫し、泣き喚きながら覆い被さる娘。

 

娘の背中から心臓に向け、血塗れの刃が振り落とされる。

 

「あっ……パ…パ……?」

 

苦しまないようにと、愛する者達の心臓が刃によって赤く染められた。

 

「……こうするしか、なかった」

 

これが、魔法少女によって破滅させられた人物が出した答え。

 

死を持って終わりを迎える光景だ。

 

「…家族全員に罪があった。杏子を呪われた悪魔の如き魔法少女にするのを止められなかった」

 

踵を返し、横に隠してあるガソリンタンクを取りに行く。

 

「これからも魔法少女達は、その傲慢な願いを用いて…多くの人間達を苦しめるのだろうか?」

 

それを止める事は無力な人間には出来ない。

 

「魔法少女などに関わってしまったが故に…私たち家族は破滅を迎えた」

 

──因果なものだ。

 

最後に他の宗教である仏教思想を語ってしまった事に対し、彼は苦笑する。

 

「これなら牧師ではなく、僧侶にでもなってた方がマシだったな…」

 

………………。

 

礼拝堂から住居にいたるまでガソリンをばら撒かれていく。

 

演説台の上には絞首刑用の太い縄が用意されている。

 

佐倉牧師は今、虚飾に塗れた演説を行った演説台の上に立っていた。

 

「人を惑わす嘘を語った場所で処刑されるのならば…まさに()()()()だな」

 

佐倉牧師は最後に、教誨師(きょうかいし)として刑務所に訪れていた時期を思い出す。

 

彼らと同じ罪人となり、ようやく理解出来たような表情を浮かべる。

 

「やはり罪人には、神の名のもとに……罰が必要だ」

 

彼らにもこうなる因果をもたらした運命があったのだと、死に際になって理解出来たのだ。

 

「父なる神よ、貴方は本当に酷いお方だ…。私の家族に敷いた理不尽な運命……」

 

──永遠に……呪います。

 

足場である演説台を蹴り倒す。

 

首に体重が伸し掛かり首がへし折れる光景はイメージし易いだろう。

 

しかし、未だに彼の命は尽きてはいない。

 

人間の体は思った以上に頑丈であったようだ。

 

(絞首刑に処された者達は…この長い苦しみの果に…死んでいったのか…)

 

最後の力を振り絞り、ポケットからマッチを取り出す。

 

礼拝堂は気化したガソリンで満たされている。

 

空気が導火線となった礼拝堂において…罰を下す火が点けられてしまった。

 

────────────────────────────────

 

風見野市に向けて高速道路を走行してくる一台のスーパーカーには瑠偉と尚紀が乗っている。

 

「急いでくれ!!」

 

「十分急いでるわよ!!全く…人使い荒いんだから!」

 

風見野市は田舎都市であるが故に高速道路は直通していない。

 

一旦高速道路から降り、一般道を移動する必要があった。

 

「…何だよ、あれは!?」

 

遠くの街で火の手が昇り、夜空を照らす。

 

「佐倉牧師……あんた一体、何をやらかしたぁ!!?」

 

高速道路を降り、風見野市に向けて走行し続ける。

 

風見野市郊外に入り、赤い火の手が何なのかはっきり分かった。

 

「佐倉牧師の教会が……燃えているのか!!?」

 

森を走行し、開けた場所で急停止。

 

「あぁ……あぁぁぁぁ──ッッ!!!!!」

 

この世界で我が家となってくれた神の家が…燃えている光景。

 

「みんなぁぁ──ーッッ!!!」

 

尚紀の顔面は蒼白となり、我を見失ったかのように車から飛び出していく。

 

瑠偉は消防署に連絡してくれていた。

 

住居のドアを蹴破り中に侵入するが、そこは火の海。

 

「杏子ぉぉぉ──ーッ!!!モモォォォ────ッ!!!」

 

燃え盛る業火と煙に塗れた家の中を走る。

 

生きている人がいないか探し続ける。

 

部屋を開けては炎が燃え盛り、業火が飛び出す。

 

泣き喚きながら業火の世界で叫び続けた。

 

誰も返事を返してくれる人はいない。

 

彼が初めて眠りにつけた時に見た、悪夢の光景が生まれてしまった。

 

「くそっ!!もう天井も持ちそうにない!」

 

礼拝堂へと向かうが、窓が炎で壊され業火が噴き上がり続けている。

 

「俺の大切なモノが…炎で破壊されていく……!!」

 

黒煙と炎が噴き上がる礼拝堂の入り口に入り込む。

 

そこで見た光景とは…。

 

「……悪夢だ」

 

燃え盛る大聖堂の光景が尚紀の眼前に広がっている。

 

愕然とし、膝が崩れてしまう。

 

十字架の代わりにシャンデリアからぶら下がっていた者が見える。

 

首が吊られ、燃え上がる佐倉牧師の遺体であった。

 

その下には炎に包まれた女性と少女の遺体まで炎で焼かれながら晒されていたのだ。

 

──心せよ、かつて人であった悪魔よ。

 

──我が消えても、お前が安息を迎える事はないのだ。

 

──最後の刻は確実に近づいている、全ての闇が裁かれる決戦の刻が。

 

──その時には、お前のその身も裁きの炎から逃れる術はないであろう。

 

──恐れ、おののくがよい! 

 

──お前は永遠に呪われる道を選んだのだ!

 

ボルテクス界を破壊した悪魔を呪う大いなる神の言葉が脳裏に浮かんだ時、彼は何かに気付く。 

 

「ああ……っっ!!ああぁ────ッッ!!!!!」

 

彼が叫びたかった声を代わりに発している存在が燃え上る大聖堂内にいる。

 

家族が焼かれる光景の前で膝が崩れ落ちているのは杏子の姿であった。

 

「どうして……どうしてこの一家が破滅を迎えてしまう!?」

 

杏子は家族を含めた人間を守る為に魔法少女になったはず。

 

なのに、なぜこんな事になってしまった? 

 

「なぜこんな事をする!?なぜ俺だけに裁きを下さないッ!!?」

 

悪魔である尚紀にしか聞こえない大いなる言霊が、その答えを返す。

 

──お前が、呪われた悪魔だからだ。

 

「くそぉぉ────ッッ!!!」

 

鈍化した世界。

 

立ち上がりながら尚紀は走る。

 

崩れた杏子を肩に担ぎ、入り口に向けて走り続ける。

 

背後に落ちてきたのは燃え盛るシャンデリア。

 

業火の海に手を伸ばし、声にならない叫びを続けた杏子。

 

入り口に見えるのは消防隊員達の姿。

 

業火の世界から飛び出し、家族の命を救えたのだが…。

 

「離せぇ!!離せぇぇぇ──ッッ!!!」

 

「落ち着きなさい!早く救急車に!!」

 

「黙れぇ!!!」

 

杏子は暴れ狂い、消防士達に暴力を振るいながら礼拝堂に向かう。

 

「よせッッ!!!」

 

尚紀が背後から飛びかかり彼女を押し倒す。

 

「離せぇ──ッッ!!あたしの家族が……家族が……」

 

「燃えていく……風華との思い出が……俺達の家族が……」

 

「……ちくしょう……ちくしょう……」

 

倒れ込みながら泣き続ける2人の姿。

 

神の家であり、2人の我が家が崩壊していく。

 

「なんでぇ!!?何でこうなるんだよぉ──ッッ!!!!」 

 

手を伸ばしても燃え尽きていく大切な者達は帰らない。

 

神に呪われし悪魔と、神の御使いと契約を交わした魔法少女。

 

2人の思い出は焼き尽くされ…今ここに運命という神罰が下されたのだ。

 

────────────────────────────────

 

夜を徹した消火活動によって火は消し止められる。

 

石造りの大聖堂の外観は残ったが、住居は燃え尽きた。

 

雪が降り始める中、消防隊員によってブルーシートに包まれた遺体が運び出されていく。

 

「………………」

 

杏子は一晩中泣いていた。

 

放心状態のまま家族の遺体を見つめる事しか今は出来ない。

 

周りの者達はそんな彼女にかけてやれる言葉はない。

 

同じように茫然としたままの尚紀であるが、親族の社会人だと思われたのか救急隊員が声をかけてくる。

 

「親族の方でしょうか?」

 

「……そうだ」

 

「病院に搬送します、乗って下さい」

 

「私が車で病院に送っていくわ。救急車の後をついていけばいいのね?」

 

「分かりました、それでは移動します」

 

杏子を残し、2人は車で病院へと向かう。

 

火災原因調査班が現場検証を始めていく光景だけが残される。

 

杏子の姿だけが、時間が止まったようにその場に残されるのみであった。

 

………………。

 

病院に搬送された遺体の状況から見て、事件性があると医者は判断する。

 

刑事訴訟法第229条のもと、検察官同伴の検視が行われる形となった。

 

司法解剖の必要性があると認められ、大学の法医学教室に移されていく。

 

司法解剖の結果、家族の無理心中という結論へと至った。

 

………………。

 

死体安置所の椅子に座るのは尚紀と瑠偉である。

 

佐倉一家の親族が訪れるのを待っているようだ。

 

遺体安置所に訪れる担当医に視線が向く。

 

「……まだ、親族は来ないのか?」

 

怒気を含む低い声を尚紀は発する。

 

「親族との連絡はとれましたが……」

 

「……どうした?」

 

「…親族全員に、遺体の引き取りを拒否されました」

 

「馬鹿な!?どうしてそうなる!!」

 

「それどころか…葬儀さえ行いたくないと言われました」

 

「ふざけるなぁ!!」

 

尚紀は怒りのまま医者の胸ぐらを掴む。

 

「これが現実です……」

 

諦めた表情を向ける医者に対し、振り上げた拳を下ろしていく。

 

「薄情な親族達ね。このままだと行政による簡易葬儀の後に火葬されて、遺骨は一年後に無縁仏として寺院に送られるわ」

 

「……無縁仏だと?」

 

「無縁仏を管理するコストが高いの。霊園自体が経営難で廃業に追い込まれた場合、お墓が自治体に整理される事もあるわ」

 

「無縁仏達は……どうなるんだ?」

 

「遺骨は取り出されて砕かれるし、墓石も撤去される。後は名前すら残せない合祀墓に収められて終わりね」

 

──まるで、ゴミを処分するかのように。

 

「理不尽過ぎるだろ!親族の電話番号を教えろ…俺が直接文句を言う!!」

 

「出来ません!個人情報保護法があるのです!」

 

「まだこの家族には娘がいるんだぞ!残された娘はどうなる!?」

 

「自治体によって、児童養護施設に移される手続きになると思いますが…」

 

「児童養護施設に預けられるだと…?」

 

脳裏に風華が語った児童養護施設の現実が過る。

 

「風華と同じ状況に…杏子はなってしまったのか……」

 

佐倉一家を襲った理不尽、その上で社会の理不尽さえ重くのしかかる。

 

「救わなければならない…佐倉一家は、俺が救わなければならない……」

 

「貴方は親族の方ですよね?」

 

「………………」

 

「死体の受け取りはどうしましょうか?」

 

「……俺が受取人になる」

 

「では、書類にサインをお願いします」

 

「クソ親族共が俺の家族を見捨てるなら…俺が喪主になってやる」

 

………………。

 

その後の手続は全て尚紀が引き受け、高い費用も彼が負担する。

 

喪主として葬儀を執り行う中、出席者の中には丈二の姿も見えた。

 

「悪いな、丈二…来てくれて感謝する」

 

「いいんだ、尚紀。お前が世話になった人達の葬儀なら、俺も出席させてもらう」

 

「…私たち3人しか出席者はいないわね」

 

「ああ…本当に薄情な親族共だったんだな」

 

「……そうだな」

 

その後、火葬された遺骨は風見野霊園に収められる。

 

全ての手続を終えた頃には8日が過ぎていた。

 

ペンタグラムが決起を行うまで…あと2日を残す時期の出来事であった。

 

………………。

 

「……こんな形で、恩を返すつもりはなかった」

 

墓の前に佇むのは喪服スーツを着た尚紀である。

 

「もっと違う形で……返したかった」

 

手に持った花を献花する。

 

献花した後、佐倉牧師に渡された思い出の写真を懐から取り出す。

 

写し出されている大切な人達に目を向けた。

 

「残されたのは…俺と杏子だけか」

 

写真を持つ手が震えていく。

 

「杏子を救う…あの子を風華と同じ目には合わせない。杏子だけでも…救ってみせる」

 

風見野市を探してみるが、杏子の姿は見つからない。

 

「杏子の行方を考えるとしたら……」

 

頭に巴マミが浮かび上がり、急ぎ足で見滝原市に向かう。

 

これがさらなる神罰をもたらす結果となろうとは、今は考える事さえ尚紀には出来なかった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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33話 呪われた悪魔

 あれから独り。

 

 ずっと失った我が家を見つめる少女の姿。

 

 降りしきる雪は止むことなく、辺り一面雪景色。

 

「……残されたのは、礼拝堂だけになっちまったよ」

 

 残骸だらけの礼拝堂に入る。

 

 焼けた残骸と割れた窓から入る雪塗れとなった我が家の光景。

 

 奥に向かいながら、これまでの思い出を振り返る。

 

「小さい頃は……教会の娘っていう自覚はなかった。ここはあたしとモモの遊び場だったなぁ」

 

 掃除中の父親に叱られた記憶が巡る。

 

 足取りは2階の焼かれた物置部屋へ。

 

「二階の部屋は、あたしが隠れんぼで使う場所。母さん知ってたのかな……直ぐ見つけられた」

 

 大きくなっていく妹が後ろについてくる記憶が巡る。

 

「悪ふざけやって父さんに初めて叱られた時のモモ……泣き止まなくて困っちまったなぁ」

 

 2階物置部屋を後にし、二階通路から一階の残骸を見つめる。

 

「この礼拝堂で色々イベントもやったよね……クリスマス礼拝が一番好きだった」

 

 一階に下りてきて祭壇に登れば、風華との思い出が巡る。

 

「もう5年ぐらい前なのに……父さんが風姉ちゃんを連れてきてくれた時の事を覚えてる」

 

 父と同じ道を目指す魔法少女との思い出が巡る。

 

「とても優しい人だった。あたしよりずっと神学に詳しくて……教会の娘に相応しい人だった……」

 

 家族たちと風華、共に過ごした日々が巡る。

 

 雪と夜風が礼拝堂に吹き込む。

 

 彼女のポニーテールに巻かれた風華の遺品を揺らしていく。

 

「大好きだったよ……風姉ちゃん。そして……あいつも現れた」

 

 2年と半年近く前の記憶が巡る。

 

 風華が連れてきて、佐倉牧師が家族として迎え入れると伝えた日の記憶。

 

「どこの誰かも分からない男を家族として受け入れるなんて……最初は出来なかった」

 

 尚紀と共に生活をした日々が巡る。

 

「拒絶してきたあたしを……尚紀は救ってくれた。やっと家族として受け入れられたよ」

 

 家族と風華と尚紀、みんなと過ごした日々の記憶。

 

 ……今となっては過去の残滓。

 

「風姉ちゃんが死んで……尚紀が旅立って……生活が滅茶苦茶になって……魔法少女になっちまって……」

 

 ──―今は、()()()()だ。

 

 ………………。

 

「杏子、魔女退治に行かないのかい?」

 

 背後にはキュウべぇの姿。

 

「君は暫くソウルジェムを浄化していないハズだ。魔女を倒してグリーフシードを手に入れないと戦えなくなるよ」

 

「戦えなくなる、か。……だったら」

 

 ──―こんな力、もういらない

 

「奇跡の力なんかに頼ったあたしが馬鹿だったんだよ。家族を滅茶苦茶にして、本当に大事だったモノを何一つ守れない力なんて……何の役にも立ちやしない」

 

「………………」

 

「キュウべぇ。あたしが魔女を狩るのをやめたら……あたしも、みんなと一緒に死ねる?」

 

「………………」

 

(……ムカつくヤツだ)

 

「冗談に決まってるじゃん」

 

 キュウべぇを無視し、杏子は教会の入り口から出ていった。

 

 ────────────────────────────────

 

 目を覚ませば、そこは見知った天井。

 

「あれ……?」

 

 ベットから起き上がり、周りを見渡す。

 

「……マミの家?」

 

 ボヤケた思考のまま記憶を辿る。

 

「たしか……魔女狩りをやってて……力尽きた時……」

 

 右掌をかざしてみる。

 

 固有魔法である幻惑魔法を行使しようとしたが……。

 

「……やっぱり、あの時と同じだ」

 

 魔法が使えない。

 

 正確には、魔法の使い方を()()()()()()

 

「キュウべぇに言われたっけ……」

 

 ──―幻惑魔法の使い方が思い出せなくなったようだね──―

 

「魔法少女のあたしが……()()()()って言っちまったから……」

 

 ──―魔法の属性は、叶えたい願いと直結してるのさ──―

 

「能力を取り戻さない限り、戦いで大きなハンデを背負うわけか……」

 

 ──―自業自得だよ、な。

 

 ベットに倒れ込み舌打ち。

 

「家族を守りたかったのに……自分さえもう守れない」

 

 無様な戦いによって殺されかけ、マミに助けられた記憶が苛立ちを募らせる。

 

「もうあたしに余裕なんてない……だったらさ」

 

 ──―自分の為だけに、残された魔法の力を使って生きてやる。

 

 寝室に入ってきた人物。

 

「……目が覚めた、佐倉さん?」

 

「あたし……どれぐらい眠ってたの、マミ……さん?」

 

「……まる3日、眠ってたわ。凄くうなされていた……」

 

(……どうりで背中が痛いし、腹も減りすぎて死にそうなわけだ)

 

「下に下りてきて、リビングでご飯にしましょう」

 

「助けて貰った上に……世話にまで……」

 

「いいから、文句ならご飯を食べた後に聞きましょう」

 

 言われるがまま用意して貰った着替えに袖を通す。

 

 リビングで食事を済ませ、どうにか思考も定まってきた。

 

「はい、ジンジャーティーにしてみたの。体が温まるわよ」

 

「これ以上は……」

 

「ダメです。まだ本調子じゃないんだから、今日は泊まっていきなさい」

 

「……マミさん、あたし…………」

 

「……TVで見たわ。……風見野の教会が燃えたニュースを」

 

 顔を俯向け、言葉を探す。

 

「………………」

 

「どんな言葉をかけたらいいか分からない……それでも、貴女だけでも生きていてくれて良かった」

 

「………………」

 

「今後の事を考えたら、身の振り方を決めるまでは……」

 

「……気持ちはありがたいけど遠慮する。……そこまで迷惑かけるわけにはいかないし」

 

「そう……? 当てがあるならいいんだけど……」

 

(当てなんてねーよ……。あたしはもう、誰とも関わりたくない)

 

 好きなように生きて、野良犬のように死ぬ。

 

 誰かを失って傷つく事を拒絶する、新しい生き方。

 

「もう独りで無茶はしないで、戦いのサポートなら私にも出来るし……」

 

「………………」

 

「また一緒に、頑張りましょう」

 

「…………うん」

 

 夕飯の買い物に向かうマミの背中を見送る。

 

「……ごめんな、マミ。あたしはね……あんたと一緒には戦えないんだ」

 

 それが、これから始まる孤独な人生。

 

「あたしはもう、正義なんていらない……非情になる」

 

 魔法少女として合理的に生きる、佐倉杏子の新たなる道。

 

 ────────────────────────────────

 

「……この見滝原市も見納めかもな」

 

 建設途中のビルの上で佇む杏子の姿。

 

「……マミとは、喧嘩別れになっちまった」

 

 ………………。

 

「調子、戻らないの?」

 

 座り込み、怪我を治癒して貰う杏子の姿。

 

「今の貴女には酷な言い方だと思うけど……」

 

「………………」

 

「自分の命がかかっているんだから、どんな時でも本気で戦わないと駄目よ」

 

 杏子はマミに喋っていない。

 

 固有魔法が使えなくなった事を。

 

「さっきの相手が使い魔だったから大怪我もなく済んだけど、貴女の幻惑魔法があれば、傷を負わずに済んだでしょ?」

 

 事情を知らないマミの言葉が、杏子の心を抉る。

 

「どうして、使わないの?」

 

 怒りの感情が歯を食いしばらせる。

 

「……あんなもん使わなくたって、魔女ぐらい倒せるんだよ」

 

「待って、佐倉さん……倒せればいいってものじゃ……」

 

「丁度いいや、あんたに言っておきたい事がある」

 

 立ち上がり、背中を向ける。

 

「今後の戦いの方針なんだけどさ……」

 

 振り返る杏子。

 

 そこには、マミの知る魔法少女の姿など無い。

 

「これからは、魔女も使い魔もみんな倒すんじゃなくて……」

 

 ──―魔女一本に絞ろうよ。

 

 その言葉を聞き、パートナーは衝撃を受ける。

 

「グリーフシードを落としもしない使い魔を狩った所で、無意味に魔力を消耗するだけだ」

 

「……どうしたの?」

 

「利益を生まない雑魚なんて、倒すだけ無駄ってもんだろ?」

 

「佐倉さん……貴女、何を言って……」

 

「街の平和だか正義の為だか知らないけど、正直これ以上あんたの道楽に付き合うの面倒なんだ」

 

「魔女も使い魔も関係ないわ! 放っておいたら犠牲が出るのよ!」

 

「だからって! 誰も彼もを救うことなんて出来っこないだろ!!」

 

 怒りの形相を向けてくる。

 

 価値観がすれ違っていく。

 

「魔女に取り憑かれようが取り憑かれまいが、死にたがる奴は死んじまうんだ。そんな奴ら、命張って助ける必要あるのかよ?」

 

 彼女は言う。

 

 もはやその言葉は、人として()()とも言える言葉。

 

 ──―放っといて使い魔に食わせて……。

 

 ──―グリーフシードの元にしちまえばいいんだよ。

 

 マミは知っている。

 

 このような価値観ばかりが続いてしまったから、見滝原市の魔法少女達は殺し合う結果となる。

 

 彼女は生き残れた、孤独に戦い勝利して。

 

 そして、何も残らなかった。

 

「……佐倉さん、ご家族の事……あなたの気持ちは私にも分かる。だけどそんな風に……」

 

「何が分かるんだよ? 事故で家族を失ったのと、自分のせいで家族が死んだのじゃ全然違うだろ」

 

「それは……」

 

「あんたに言われた通り、最初から自分の為だけの願いを叶えるべきだったんだよ。そうすれば傷つくのは自分だけで済んだ」

 

 善意は人の為になる。

 

 ()()()()()だ。

 

 他人とは、自分とは違う考え方を持つ生き物。

 

「もう二度と、誰かの幸せの為だとか、他人の命を救う為だとか、そんな理由で魔法は使わない」

 

 冷酷非情な生き方。

 

 巴マミが最も嫌悪する魔法少女の在り方。

 

「こんな相棒、幻滅しただろ? 一緒になんて戦えないだろ?」

 

 ──―あんたとはもうこれで……。

 

 去ろうとした後ろから引かれる手。

 

「……は、離せよ!」

 

「駄目よ! 今がどんなに辛くったって……貴女はそんな生き方選んじゃいけない!」

 

「聞こえないのか!」

 

「そんな風に強がったって……余計に苦しいだけだって分かるのに……独りになんてさせられない!」

 

「離せって言ってんだよ!!」

 

「今の貴女を放っておくなんて……私には出来ない!!」

 

 その一言で、ついに杏子が魔力を開放。

 

 魔法少女に変身し、武器をパートナーに向けた。

 

「……あんたをぶっ飛ばしてでも行く」

 

 決意を秘めた表情。

 

「そう……話し合いで済ませてはくれないのね」

 

 彼女も魔法少女となる。

 

 ──―本当に……どこまでも手のかかる後輩ね! 

 

 ………………。

 

 勝負は痛み分けとなり、現在に至る。

 

「……初めて、志を共に出来た魔法少女だった……か」

 

 ──―貴女は、孤独に耐えられるの? ──―

 

「……生きていくさ、独りでもな」

 

 ──―あんたなら、きっといい仲間が見つかるさ。

 

「さて、これからは風見野の魔法少女達との縄張り争いが始まるんだなぁ」

 

 踵を返し、見滝原から去ろうとする。

 

「……そういえば、我が家を失ったのはあたし1人だけじゃなかった」

 

 ──―尚紀……あんたは、これからどう生きていくんだい? 

 

 ────────────────────────────────

 

「……また、ひとりぼっちに戻っちゃった」

 

 失意に暮れていたマミ。

 

「……おい、巴マミ」

 

「えっ……?」

 

 後ろを振り向けば喪服スーツを着た尚紀の姿。

 

「貴方はたしか……東京で生活している佐倉さんのお義兄さん……?」

 

「杏子はどこだ?」

 

 怒気を含んだ声。

 

「俺の家族はどこに行ったと聞いている……答えろ」

 

 家族を探しに訪れたと理解するが、怒っている理由は分からない。

 

「佐倉……さんは……風見野市に戻りました」

 

 彼が歩み寄ってくる。

 

 突然彼女の胸ぐらを掴み上げた。

 

「きゃあっ!!?」

 

 マミは大きく持ち上げられ、両足が地を離れていく。

 

「……どうやらお前は、杏子の命さえ守れたら……それで良いと考えていたようだな?」

 

「は……離して!!」

 

「杏子の命さえ無事なら、家族の事など……どうでもいいと考えていたようだな?」

 

「ち、違う……!!」

 

「なぜ手を差し伸べなかった? 杏子の一番近くにいただろ……なぜ俺の家族を見捨てたんだ?」

 

「知らなかったんです! 佐倉さんの家族が……あんな事になるなんて……」

 

「兆候はあっただろ? 家族の事で苦しんでいた気持ちを……大切なパートナーになら伝えられた筈」

 

 頭の隅に追いやってしまった記憶。

 

 ──―魔法少女になったことで、仲の良かった人と衝突したことってある? ──―

 

 ──―それは誰かの事? もしかしてご家族が魔女に? ──―

 

 ──―そうじゃないんだ……たとえ話だよ──―

 

 ──―全てが正しいと言い切るのは難しいわ──―

 

 ──―それでも私達が行動しなければ、より多くの犠牲が出てしまうの──―

 

 兆候はあった。

 

 しかし、大丈夫だろうと()()()に棚上げした。

 

 人は差し迫る危機が訪れても、関係ない心配ないと思い込む脳のメカニズムが存在する。

 

 心理学用語では()()()()()()()と呼ばれていた。

 

 今頃になって思い出し、マミの目が見開いていく。

 

「私……佐倉さんを見捨てたの……?」

 

「備えろと言った筈だ。殺し合いに備えろという、()()()()()()受け取らなかったのか?」

 

「そ、それは……」

 

「正義の魔法少女とやらを目指しても、他人の家の問題事はどうでもいいか?」

 

「………………」

 

「例えよう。お前は隣に住んでいる子供が、毎晩親の虐待で泣いていた時……どうする?」

 

「……警察に連絡するわ」

 

「なぜお前の力で救ってやらない? 誰かの家の事情だから、魔法少女は関わり合いになるべきではないと考えるのか?」

 

「魔法少女は人間とは比べ物にならない力を持ってるわ! それを人間社会に向けて争い事に介入する力に使うだなんて……」

 

「なぜお前はか弱い人間として隣の家に上がり込み、子供を救ってやらない?」

 

「………………」

 

「俺なら家に上がり込んで加害者をぶん殴る。便利屋としては無料で、そして人間としてもな」

 

「私……私は……」

 

「お前は魔法少女としては立派なのかもしれないが……」

 

 ──―人間としては、ただの()()()()()()の薄情者だぁ!! 

 

 彼の言葉の1つ1つがマミの心を抉る。

 

 杏子が苦しんでいた頃、マミは一体何をやっていたか? 

 

 独りぼっちになるかもしれないという……()()()()()()()を考えていた。

 

「何が大切な人を失いたくないだ!? 身近の人を失いたくないだけだろ!! 何が私の力は守り抜きたい人達の為にあるだ!? 俺の家族は救わないくせに!!」

 

「やめてぇ!! もう言わないでぇ!!!」

 

「お前はただの()()()()だ!! 魔法少女として魔女被害を食い止め、偉大な存在にでもなった気分でいるだけだ!!」

 

「許して……許してぇ……もう嫌ぁ!!」

 

「お前は外面だけは良い子かもしれないが……内側は腐ってた!!」

 

 悪魔のように恐ろしい怒り。

 

 マミは震えて許しを請う事しか出来ない。

 

「……お前に杏子を託したのは間違いだったぜ」

 

 ──―お前の覚悟は、魔法少女の世界にしかなかった。

 

 マミの体が揺れる。

 

「あぐっ!!?」

 

 投げ飛ばされたと気がついた時には既に、街灯に叩きつけられている。

 

 地面に倒れ込む彼女を見下ろす、悪魔の如き眼差し。

 

(明らかに人間の力なんかじゃない! 彼は一体何者なの!?)

 

「……杏子を俺が引き取ってでも、佐倉牧師から遠ざけるべきだった」

 

「どうして……私を殴らないの?」

 

「……お前を殴るのは、自分を殴るのに等しいからだ」

 

 彼もまた、杏子を助けられなかった存在。

 

 備える事が出来なかった不甲斐ない立場なのは同じ。

 

 マミへの怒りと、自分への怒りが入り交じる表情。

 

「……お前のツラ、二度と見たくねぇ」

 

 相手にする価値も無いと判断したのか、夜の街へと消えていく。

 

「……うっ……グスッ……うぅぅああぁぁぁ~~……ッッ!!!」

 

 彼女は自分を恥じ、責め抜く。

 

「私が至らなかったばかりに! 佐倉さんの家族を見捨ててしまった……!!」

 

 彼に指摘された通り、彼女は魔女問題しか見ていなかった。

 

 人間の社会問題は人間の役目だと目を向けなかった。

 

 魔法少女の役割だけをこなし、人間達が何とかしてくれると無根拠に信じた。

 

「貴女の家族が……本当に苦しんでいる時に……手を差し伸べてあげられなかった……」

 

 ──―私は……()()()()()()だけだったのよぉ!! 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい、佐倉さん……」

 

 雪が舞い落ちる夜。

 

 巴マミは、己の軽薄さを心の底から……恥じた。

 

 ────────────────────────────────

 

 雪の降り積もる夜の森を歩く。

 

「……昔、冬の森を歩きながら皆と一緒に教会に帰ったな」

 

 記憶の形となっているモノは、全て焼かれた。

 

「これが……裁きの炎だとでも言うのか? なぜ俺を焼かない? なぜ……俺より弱い奴を焼いていく?」

 

 自問自答しながら進む、冬の森。

 

「あいつらは……神に対して何もしてないだろ……。1つの宇宙を滅ぼしたのは……悪魔の俺だけだ」

 

 拳が握り込まれ、彼を永遠に呪うだろう唯一神への怒りが噴き上がっていく。

 

「俺への当てつけならば……許さない。必ず……破壊してやる」

 

 いつか自らが出向き、大いなる神を滅ぼす事を誓う道。

 

 考え事をしていたら教会まで辿り着いていた。

 

「杏子の魔力はこの中か……。そうだよな……燃え尽きたって、心がここから離れる筈ない」

 

 ──―俺も同じ気持ちだから。

 

 扉を開け、中に入る。

 

 焼け焦げた長椅子に座る杏子の後ろ姿。

 

「……悪いね、うちの教会はもう廃業したんだ。帰ってくれ」

 

「……家族が家に帰ってきたら駄目なのか?」

 

「……もう、あたし達に家なんてねーよ、尚紀」

 

 家族の声に安堵したのか立ち上がり、振り向いてくれた。

 

「……これからどうする、杏子?」

 

「あたしは自分一人で生きていく。もう誰とも関わり合いにはならない」

 

「魔法少女としてはどうする?」

 

「もう正義の味方気取りは辞めだ。あたしはこの魔法の力を、自分のためだけに使う」

 

「……変わったな、杏子」

 

「変わるさ……こんな現実を突きつけられたらな」

 

 杏子の意志は固い。

 

「何か、俺にしてやれる事はあるか?」

 

「ねーよ。あんたはあんたの道とやらを生きたらいいさ」

 

「俺の道か……たしかに、俺の道は血塗ろの道だ。巻き込む訳にはいかないな」

 

「なぁ……あんたが父さんだけに話した道って、一体何だったんだ? あたしは聞かされなかった」

 

「欲望を捨て、迷う自分を受け入れ、納得する事だ。この言葉は佐倉牧師から譲り受けた」

 

「父さん、から?」

 

「風華の死に際に約束した。俺の力を、彼女が守ろうとした大切な人々のために使って欲しいと」

 

「風姉ちゃんが……そんな遺言を?」

 

「そして俺は納得したい。風華の考えと行為を理解し、認め、あの子の意思を引き継ぐ」

 

「そんな道……一体何の得があるんだよ?」

 

「損得じゃねぇ、俺は納得がしたいんだ。風華の人生全てが無駄ではなかったと納得がしたい」

 

「納得……」

 

「俺は自分の中に見出す。彼女の意思は俺に受け継がれ、その人生は無駄ではなかったのだと」

 

「あんたは……風姉ちゃんの意思をついでさ、東京で何をやってるんだよ?」

 

 ──―人殺しさ。

 

「……えっ!?」

 

「人間に害を成す魔法少女を1人残らず殺している。親や友達がいようが関係ない。人間を傷つけ、殺す魔法少女を殺戮してきた」

 

「そんな……じゃあ! 父さんに語った尚紀の道って……!?」

 

「世直しの為に、()()()()()()()()()()を進む……だ」

 

「そんな……ことって……」

 

「俺は極悪人だ。魔法少女が人間に向ける暴力を、遥かに超える暴力をもって魔法少女を虐殺する……人間社会で言えば悪そのものだ」

 

「そんな道が……優しかった風姉ちゃんが望んだ事だって言うのかよ? あんたは!?」

 

「優しさでは魔法少女から人間は救えない。魔法少女が人間の幼い少女の頭部を破壊する様を……目の前で俺は目に焼き付けている」

 

「……マミやあたしでさえ、そんな外道見たことねーよ。やっぱりいるんだな……そういう連中も」

 

「俺は人間社会が救えたらそれでいい。正義を名乗るつもりもない。正義とは、いつだって魔法少女の暴虐を隠す言葉として使われた」

 

 自分のような虐げられる人間を救うため。

 

 悪い女に騙される男を救うため。

 

 男に虐げられる女社会を救うため。

 

 自分勝手な正義を振りかざし、善行を気取る。

 

「正義という言葉は、ただの印象操作だ。自分のやっているクソッタレな所業を、さも世の為人の為の善行をしていると捏造する為の言葉だ」

 

「正義って……そんなくだらない世界だったのかよ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()というヨーロッパの諺がある。いつだって、偽善者の理不尽な暴虐を隠す為のプロパガンダとして、正義は使われた」

 

「それじゃ……善意を持って正義を行うなんて言葉を使う連中は……」

 

「人の皮を被って、人間をたぶらかす悪魔そのものだ」

 

「……あたしもそうだ。正義の味方を名乗りながら、やった事は理不尽な苦しみを家族に撒き散らしただけだった」

 

「だから俺は嘘をつかない。俺のやっている事は悪で結構、正義というクソッタレな虚飾で飾り立て、自分の本性を隠したくはない」

 

「あたしも嘘はつかない、あたしの嘘で父さんを傷つけて死なせた。そして……正義なんて言葉を使う連中を、あたしは軽蔑する」

 

 互いに頷き合い、それぞれの道を進む決心をした。

 

「杏子、俺と一緒に暮らすのが嫌ならそれでいい。だが、せめて金に困った時ぐらいは俺を頼れ」

 

 ポケットから職場の名刺を取り出して杏子に渡す。

 

「……気持ちだけ、受け取っておくよ」

 

「それと、お前が姿をくらませている間に家族の葬儀を済ませた。墓は風見野霊園内にある」

 

「尚紀……あんたがいなかったら、あたしの家族はきっと自治体に処分されてたよ」

 

「いつか気持ちが落ち着いたら……顔を出してやれ」

 

 踵を返し、礼拝堂を去ろうとするが立ち止まる。

 

「佐倉牧師の名誉の為にも、伝えなければならない事がある」

 

「父さんの名誉……?」

 

「俺は佐倉牧師に感謝している。あの人の人間の言葉で俺は迷いから晴れた」

 

「え……? 人間の言葉……?」

 

「風華以外で俺の心を見つめてくれたのは、佐倉牧師だけだった。あの人なら神の教えなどなくても、人々を救済出来ると思った」

 

「心を……見つめる……?」

 

 彼の感謝の言葉と、父が新たな新興宗教を起こした時期が一致する。

 

「佐倉牧師なら進めると、()()()()()()()()

 

「………………」

 

「人々の心から迷いをとり払える道を進めるとな。俺は佐倉牧師の言葉で救われたんだ」

 

 背後から感じる殺気。

 

「……杏子?」

 

「……お前だったのかよ」

 

「何を言っている……杏子?」

 

「あんたがあたしの父さんをたぶらかして!! 新興宗教の道に進ませやがったのかぁ!!!」

 

 その顔は怒り狂った狂犬。

 

 狂気を纏う怒りを自分に向けられていると理解する。

 

 ソウルジェムを掲げ、赤き魔法少女の姿へと変わってしまった。

 

 ────────────────────────────────

 

「よくもあたし達家族を貶めてくれたな!! お前なんて受け入れるべきじゃなかったぁ!!」

 

「ま……待て、杏子!? 俺はただ……佐倉牧師に感謝を……」

 

「黙れぇ!! お前の言葉がなければ……父さんはキリスト教の牧師を今まで通り続けてくれたんだ! あたし達は飢えずに済んだ!!」

 

「俺の……言葉……!?」

 

「家族を滅ぼしたのは……魔女と罵られたあたしじゃなかった!! 父さんをたぶらかした……悪魔のテメェだったんだよ!!」

 

 魔法武器を出現させ構える。

 

 突くだけでなく斬る事も可能な長槍パルチザンと酷似する槍。

 

「俺のせい……?」

 

「お前は神の家を壊しに来た()()()だ!! お前さえ現れなければ……あたしの家族も! 風姉ちゃんも! 死なずに済んだ!!」

 

「俺が……杏子の家族を死なせた? 俺が……風華を死なせた?」

 

 ──―恐れ、おののくがよい! ──―

 

 ──―お前は永遠に呪われる道を選んだのだ! ──―

 

「大切な人達を呪いやがったお前だけは許さない!! 神の家の残骸が……悪魔の死に場所だぁ!!」

 

 長槍が振るわれると同時に、柄が分離。

 

 まるで中国武具の多節棍・多節鞭を思わせる。

 

 柄部分が次々に分離し、鉄の鞭のように内蔵された鎖が大きく伸びていく。

 

「ハァァァ──ーッッ!!!」

 

 鋼鉄の鞭と化した槍を左右に大きく回転させる。

 

 廃墟の残骸を弾き、巻き上げていく。

 

 袈裟斬りの角度で槍を振るい、暴れ狂う鎖が迫りくる。

 

(……これが、神罰ってやつか)

 

 左側頭部に鋼鉄の鞭を浴び、礼拝堂の壁際まで弾き飛ばされた。

 

 持ち手を頭上で回転させ、柄と鎖を元通りの長槍に戻し悪魔に構える。

 

 ゆっくりと、悪魔化した尚紀が起き上がっていく。

 

「……いいだろう。悪魔の怨敵である父なる神を信仰し続けた、教会の娘め」

 

 ──―神の家を滅ぼした……悪魔の俺を倒してみろ。

 

「……正体を現しやがったな。何でお前が魔法少女や魔女と戦えたのか……これで分かった」

 

 魔女とも魔法少女とも違う敵を前にした杏子。

 

(この魔力……圧倒的過ぎるだろ……。それに……こんな暗く冷たい闇を感じさせる魔力感じた事ない)

 

「来るがいい。父なる神に代わる……神罰代行者として」

 

「ムカつくキュウべぇも、こんな化け物がいた事ぐらい……あたしらに教えとけっての!」

 

 圧倒的魔力の差の上に、固有魔法さえ使えない。

 

 まともに戦えば虫けらのように殺されるだろうが、違和感を見逃さなかった。

 

(殺気を感じない……マミとやりあった時と同じだ)

 

 虫けらを相手に慢心しているのだと判断。

 

 そこにつけこむだけだと気を引き締め、怯まず悪魔に戦いを挑む。

 

「罪人である悪魔に鉄槌を与え……大切な人達の仇を討ち取ってみせろぉ!!」

 

 ────────────────────────────────

 

 袈裟斬り・逆袈裟・唐竹・右薙・左薙と連続した長槍斬撃。

 

 悪魔は微動だにせず、斬撃を全て上半身で受け止めた。

 

「……どうした? お前の力は、俺の体の薄皮一枚切るのが精一杯か?」

 

「チッ……なんて硬さだよ、お前の体!?」

 

 左右の肩、腕、脳天から血が流れるが傷は軽微。

 

 だが、悪魔は避けもせず防ぐことすらしない。

 

 歩んでくる悪魔。

 

 槍と体を回転させバックステップ、槍を大上段に構える。

 

(斬撃は有効打にならない……なら、刺突で貫く!!)

 

「はぁぁぁ──ーッ!!!」

 

 踏み込み、頭部を貫く切っ先が迫る。

 

 刺突の一撃に対し、悪魔は頭突きで受け止めた。

 

 額に刺さった切っ先から血が滲み、顔を濡らす。

 

「……足りない」

 

 柄を引き、次の刺突が頭部に迫る。

 

「足りない!!」

 

 大きく口を開き、槍の平たい切っ先を噛み付いて受け止め、刃を拘束。

 

「うわぁっ!?」

 

 首の力だけで槍を持ち上げ、杏子ごと振り払う。

 

「くっ!」

 

 槍の柄を離し空中で体勢を立て直し着地。

 

「っ!?」

 

 鈍化した世界。

 

 顔の横に飛来する槍。

 

 槍の柄を空中で掴み、頭上で回転させ構え直す。

 

「敵に塩でも与えたつもりかぁ!」

 

 加速して槍の石突を地面に打ち込み、大きく跳躍。

 

 刃を鉄槌の如く、悪魔の頭部に放った。

 

「………………」

 

 悪魔は避けない。

 

 立ったまま鉄槌の一撃を受け止め、衝撃で床に亀裂が走る。

 

 頭部から血が流れ、目にも入る様はまるで血涙。

 

「何故だよ……何で避けない!?」

 

 愛する人と家族を滅ぼした痛みを、その身に刻むようにも見える。

 

「家族も……大事な人も……俺に滅ぼされたお前の怒りは……その程度かぁ!?」

 

「殺してやる……お前だけは絶対に殺す!!」

 

 ソウルジェムの魂が炎のように赤く光りだす。

 

 まるで怒りと憎しみに呼応するかのように強く輝く。

 

「悪魔を滅ぼすには……お前の怒りは足りない。ならば、俺がさらに燃やしてやる!!」

 

 殺気が解放された。

 

 身体に突き刺さる程の殺気を浴び、後ろに距離をとろうとするが……。

 

 槍使いにとっては致命的とも言える懐に、既に入り込まれていた。

 

「俺の間合いだ」

 

 左足で杏子の右足を踏み砕く。

 

「ぐあぁぁ──ーッ!!」

 

 縫い付けるように相手をその場に固定させた。

 

「ダーティ・ファイトだ。悪魔の理不尽を受けろ」

 

 これはボクシングで言えば反則の汚い技術。

 

 悪魔の容赦ない両拳が一気に動く。

 

 ジャブ・ストレート・ボディブロー・右手刀打ち・左肘打ち・ミドルキック。

 

「ごふぅっ!!」

 

 頭部と腹部の強打で上半身が倒れ込む。

 

 服を掴み引っ張り込み、右肘を後頭部に打ち込む。

 

「がっ!!」

 

 無様に倒れ込む魔法少女を容赦なく悪魔は見下ろす。

 

「うぅぅ……」

 

「……惨めなものだな」

 

「な……なんだと……!?」

 

「お前は何一つ守れなかった。人間としても、魔法少女としても、誰一人として守れなかった」

 

「くっ……うぅ……」

 

「お前は無知で無力だ…………ハハハハハ!!」

 

 嘲笑いながら入り口に向かい歩いていく。

 

「だから悪魔に滅ぼされる。弱肉強食……これこそが、悪魔がもたらすもの」

 

「ふざ……けるなぁ!!」

 

「悔しいか? だったら……理性が壊れるまで怒りを燃え上がらせろぉ!!」

 

 彼女にも与えようというのだ。

 

 かつての世界において、強大な敵を滅ぼす力の源となった。

 

 憤怒の怒りを。

 

 ふらつきながらも立ち上がる義妹とも言えた家族の姿。

 

 振り返り、血涙流れる金色の瞳を向けた。

 

「父さん……母さん……モモ……風姉ちゃんをよくも……よくも……」

 

「そうだ。俺がその人達の幸せになれた筈の人生を奪った」

 

 ソウルジェムから感じた事がない程の熱い魔力が迸る。

 

 膨大な魔力が槍を持つ右手に流れてくる。

 

 呼応するかのように槍の刃が……()()()()()

 

 槍の刃から業火が噴き上がる。

 

「うああぁぁぁ────ーッッ!!!!!」

 

 燃え盛る業火を纏う槍を、悪魔に向けて投擲。

 

 この一撃は、後の彼女に『盟神抉槍(くがたち)』と名付けられる事となる。

 

 ──―やれば、出来るじゃねーか……杏子。

 

 鈍化した世界で、義兄だった尚紀が微笑む。

 

 そして、切っ先によって心臓が貫かれた。

 

 刺さった槍の業火が炎上し大爆発。

 

 悪魔の体が立ったまま業火で焼かれていく。

 

『わたしはあなたの中から火を出してあなたを焼き、あなたを見るすべての者の前であなたを地の上の灰とした』

 

 ──―悪魔という罪人はね──―

 

 ──―神の山から追い出され、地に投げうたれ、無様に笑われながら燃やされて──―

 

 ──―灰になるべきなんだ──―

 

「父さん……母さん……モモ……風姉ちゃん……仇をとったよ」

 

 ────────────────────────────────

 

 悪魔の体は燃え盛り、火達磨と化す。

 

 勝利を確信したのだが……。

 

「なんだ……!?」

 

 ソウルジェムで異変を感じ取る。

 

 悪魔の魔力が消えるどころかさらに高まっていく。

 

「何なんだよコレ……!! あいつの怒り? 叫び? 嘆き? 慟哭……絶望の力なのか!?」

 

 炎が弱まり、鎮火。

 

 焼け焦げた悪魔の金色の瞳が向けられた。

 

「……お前の怒りの業火を持ってしても、俺の生を終わりにはしてくれないか」

 

 悪魔の体は炎を使うことに特化しており、炎や熱に優れた耐性を持つ。

 

 この程度の憤怒では、死の安らぎには至れなかった。

 

「……ふんっ!!」

 

 心臓に刺さった槍を抜き、握力で握り潰す。

 

 血が噴き出し、地面を赤黒く染めていく。

 

「ゴハッ!!!」

 

 吐血しながらも悪魔が歩み寄ってくる。

 

「ばけ……もの……!! ……悪魔めぇ!!!」

 

「……やはり、ここで死ぬわけにはいかない。俺には……倒さなければならない存在共が大勢いる」

 

「あたしは負けない……負けられないんだぁ──ッッ!!!」

 

 手を翳し、編み込み結界と呼ばれる鎖に似た無数の防御陣を悪魔の周囲に張る。

 

 悪魔は意に介さず、拳を防御陣に打ち込み貫通させる。

 

 砕かれた破片が舞う鈍化した世界、悪魔の体が駆け抜けた。

 

「まだだぁ!!」

 

 地面に手を置き、魔力を地面に浸透させていく。

 

 地面から無数の槍が次々と生み出され、縦横無尽に悪魔の体を貫かんと迫る。

 

 迫りくる槍を駆けながらスライディング。

 

 跳躍して飛び上がり側方宙返り。

 

 不安定な体勢からさらに跳躍。

 

 体勢を横倒しに回転、側面から迫る槍の網を掻い潜った。

 

「くそっ!!」

 

 槍で迎え討つ構えを見せていく相手に対し、加速のまま地面に手を付け倒立ジャンプ。

 

 跳ね上がった勢いで杏子の頭部を蟹挟み。

 

「ハァッ!!」

 

 相手の頭を両脚で挟んだ状態から後方回転して丸め込み、エビ固めの状態でピンフォール。

 

 ルチャリブレにおいてのティヘラと呼ばれる空中投げ技がキマった。

 

 投げられた相手の背後に素早く入り込み、バックチョーク。

 

「ガッ……アァァ…………」

 

 首の気管が締め上げられ、呼吸が出来なくなる。

 

 両手で引き離そうとするがびくともしない。

 

 この技は両脚が胴体にフックした形で極まると脱出することは不可能。

 

(このまま……あたしは悪魔に殺されるのか……)

 

 意識が朦朧としてくる。

 

 魔法少女だとしても、肉体のシステムからは逃れられない。

 

 諦めかけていた時……。

 

「…………すまない」

 

 嗚咽を堪えた言葉。

 

 血涙とは違う、熱い雫が落ちてくる。

 

「俺がお前達と関わってしまったせいで……すまない……杏子!!」

 

 神の家に響く、悪魔の懺悔。

 

 薄れゆく意識の中で、尚紀との思い出が巡る。

 

 ──―やっぱり……尚紀は……強い……ね……。

 

 杏子の頭部が眠りにつくように傾いていく。

 

 技を解き、彼女を抱きしめた悪魔。

 

 慟哭とも言える号泣の声が木霊する。

 

 唯一神の代わりに嘲笑うが如く、2階に佇む神の御使い。

 

「……願いを否定し、得た魔法を失ってなお新たなる魔法の力を得るか」

 

 興味深い現象にのみ興味を示すばかり。

 

「魔法少女という存在は……条理を覆す存在だったね」

 

 神罰とも言える戦いを見届けたのは、少女達の願いと破滅を弄ぶ大いなる秩序であった。

 

 ────────────────────────────────

 

 礼拝堂で目を覚ます。

 

 当たりを見回してみたが、血痕だけが礼拝堂の外まで続いていた。

 

 自分の右手に握らされていた品に気が付く。

 

 それは一枚の写真。

 

「これ……あの時に撮影してもらった……」

 

 家の写真は燃えてしまったが、尚紀の一枚だけは現存していた。

 

 彼にとっては幸せだった頃に残された最後の宝物。

 

 写真の裏側を見てみると、血文字でこう書かれていた。

 

『思い出だけは、無くすなよ』

 

「尚紀……この写真を、あたしに譲ってくれるのか?」

 

 みんなが幸せだった頃の形を見ていた彼女の目に、熱い雫が溢れていく。

 

「どうして……こんな事になっちゃったのかな……?」

 

 咽び泣く杏子の姿。

 

 ついに彼女の周囲には、誰も居なくなってしまった。

 

 ………………。

 

 血痕が雪の世界を染めていく。

 

 上着のボタンも閉めずに歩く悪魔の姿。

 

「……全てを、失ったな」

 

 残された家族にさえ拒絶され、家族を破滅させた仇扱いされてしまった。

 

「……ならばもう、何も望まない。人間としての欲望を捨てれば……迷いは無くせるんだ」

 

 残るは修羅となりて、敵と殺し合う世界のみ。

 

「待っていろ、ペンタグラム……そして大いなる神よ」

 

 ──―俺は……お前達の命を奪いに今、向かっている。

 

 ──―神に呪われし、混沌の悪魔として。

 




読んで頂き、有難うございます。


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34話 決起の日

 IR推進法によって建造中のメガフロート都市が東京湾に存在する。

 

 ワタツミと呼ばれる巨大人工浮島全体がカジノテーマパークとなる予定だ。

 

 メガフロートは環境保護観点からも注目され、各都道府県から議員視察が訪れていた。

 

「こちらが浮島都市ワタツミの中枢となる、ワタツミタワーです」

 

 議員視察団が建設企業の重役達と共にタワーに入っていく光景。

 

「この浮島都市は素晴らしいですな。多くのカジノ施設やテーマパーク、商業施設や宿泊施設も整備され、この国の新たなリゾート地区として東京の看板になるでしょう」

 

「ワタツミと呼ばれるのは、どういう意味があるのですか?」

 

「ワタツミは日本神話の海神です。最初に生まれた海神はオオワタツミと呼ばれます」

 

「海神の名前が由来だったとは……」

 

「イザナギが禊をした際に生まれた三神、ソコツワタツミ、ナカツワタツミ、ウワツワタツミ。このタワーはそれら三神を柱とした、神社の鳥居なのです」

 

「言われてみれば、このワタツミタワーは遠くから見ると神社の鳥居に見えましたな」

 

「ワタツミの神を祀り、この東京湾の航海安全を祈願したい意味があるというわけです」

 

「そこまで考えておられたとは、恐れ入ります」

 

 エレベーターに乗り、展望フロアを目指す一団。

 

「このタワーの構成は東棟・西棟に分かれており、頂部は連結された展望フロア施設となります」

 

「聞けば、展望フロアは日本神話に因んだ屋内庭園になっているとか?」

 

「屋内庭園と併設する形で浮島全体を見渡せる展望フロアとして利用される予定です」

 

 エレベーターを下り、一団は展望フロアに到着。

 

「おお! なんという美しい光景……一直線に整備されたリゾート都市が一望出来るとは!」

 

「遠くに見える東京と浮島を繋ぐ大橋の名は、ワタツミ大橋。長さは1300メートルを誇り、世界の長い橋では7位として数えらた吊橋となります」

 

「日本の技術はまだまだ世界に通用すると実感します。素晴らしい浮島でした」

 

「メガフロートは連結させれば土地を拡大出来ます。将来的には空港も隣接されるでしょう」

 

 議員団の視察が続いていく。

 

 彼らの頭上に備えられた屋上ヘリポートには、魔法少女達の姿。

 

「……ついに、この日を迎えた」

 

「……チェンシー」

 

「よし……始めろ」

 

 ワタツミ、それは悪魔に伝えられたペンタグラム決起の地。

 

 このワタツミタワーこそが、決起が行われる中枢であったのだ。

 

 ────────────────────────────────

 

 1月28日、時刻は夕方。

 

「おや……?」

 

 議員の1人が曇天の空を見上げた。

 

「積乱雲が近づいてきてますな」

 

「視察日よりとは言い難いですなぁ……」

 

「酷い雷雲だ……まるで龍の巣に見えてくる」

 

 議員たちが愚痴を零していた、その時。

 

「おい、あれは……なんだ?」

 

 フロアの空間に現れた弛んだ部分。

 

 丸く光る空間を周囲の人々が見つめているのだが……。

 

 まさかそこから()()が現れると考えられた者は、この中には誰もいなかった。

 

Don't move!! Get down!! (動くな!! 伏せろ!!)

 

 視察団全員が思考停止し、微動だに出来ない。

 

 目の前の空間から突然現れたのは……完全武装したアメリカ海兵隊。

 

 何が起きたのかさえ理解出来ず、震える事しか出来ない。

 

If you resist, you're dead!! (抵抗すれば命は無い!!)

 

 兵士達に銃床で殴られ、跪かされていく人々。

 

「は、早く助けを……!」

 

 1人がスマホを取り出していたが……。

 

I guess you didn't hear me! (聞こえなかったようだな!)

 

 助けを呼ぼうとした者が撃ち殺される。

 

 これは映画の撮影等ではない、実戦だ。

 

「ヒィィ──ー!!!」

 

「た、助けて!! 命だけは……!!」

 

 パニックとなっていく人々。

 

 その光景は都市建設現場の至るところで起きていた。

 

 市街地に次々と現れるアメリカ軍の兵器。

 

 ワタツミ大橋に向けて進軍する、M1エイブラムス主力戦車隊。

 

 続いて現れるのは、水陸両用8輪式歩兵戦闘車に装輪式装甲兵員輸送車。

 

 ワタツミタワー前の円形道路に現れる二台の大型ディーゼルトラック。

 

 カーゴには海軍艦艇に搭載されているレーダー照準式対空機関砲ファランクス近接防御システム。

 

 整備中の公園の空から現れたのは、短距離離陸垂直着陸機ハリアーⅡ

 

 ワタツミタワー裏は東京湾が広がり、空には巨大ワームホール。

 

 東京湾に現れたのは、イージス武器システム 搭載アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦。

 

 その光景はまさに戦争。

 

 ペンタグラムによってメガフロート都市は完全に制圧された。

 

 汎用輸送車両数台と兵士達によって、建設作業員達が次々とワタツミタワーに連行されていく。

 

 その光景をタワー屋上から見つめるのは、レベッカ、ルイーザ-、そして司令官のチェンシー。

 

 チェンシーは右手に持つハンディ無線機を口元にかざす。

 

<<HQ to all units. Give me a status report.(HQより各部隊。状況報告しろ)>>

 

<<This is Alpha . We've brought in the prisoners.(こちらアルファー。捕虜を連行しました)>>

 

<<This is Bravo . We're going to guard the bridge.(こちらブラボー。橋の警備に入る)>>

 

<<This is Charlie's . Deployment on the road is complete.(こちらチャーリー。道路に展開完了)>>

 

<<This is Delta. We're in position.(こちらデルタ。配置についた)>>

 

<<This is Echo. Rooftop deployment complete.(こちらエコー。屋上に展開完了)>>

 

<<Defend your units.(各部隊死守せよ)>>

 

<<Copy that.(了解)>>

 

 兵士達は洗脳されており、チェンシーの言いなり。

 

 アメリカ海兵隊の兵士達は今、悪魔からペンタグラムを守る兵力となった。

 

 右にいるルイーザは無表情で見下ろす。

 

 左にいるレベッカは心底楽しそうな表情。

 

Quand ils seront morts, ils seront ma chair.(あいつらも死ねば、私の肉ね)

 

As-tu fini d'ajuster Alice ? (アリスの調整は終わったか?)

 

Je lui ai donné un corps plein d'ironie.(皮肉を込めた体をあげたの)

 

Hein ? (ほう?)

 

Et vous l'avez drogué pendant que vous y étiez.(ついでに麻薬漬けにもしてやったわね)

 

Cette femme est aussi ton esclave.(あの女も、お前の奴隷だな)

 

Je leur ai fait ouvrir l'armurerie, aussi.(武器庫も開放させたわ)

 

Alors j'en ai fini avec toi.(ならばもう用済みだ)

 

Nous avons presque fini de sécuriser les otages.(人質の確保も後少しで終わるわね)

 

 3人は後ろを振り返る。

 

 巨大ヘリポート中央に目を向ければ、そこに描かれしは巨大魔法陣。

 

 魔法陣を近くで見つめる、2人の存在。

 

()()()()()サマ、コレガ……カミサマノチカラ、テニハイルマホウジン?」

 

 一人はアイラ。

 

 そして、もう1人……。

 

「そうだよ、アイラ。この魔方陣から神様の力を吸い上げて君がそれを啜るんだ」

 

 死神のような黒いフード付きローブマントを纏う長身の人物。

 

 ペンタグラムを集めたサイファー、そしてペンタグラムメンバーが揃う。

 

 ペンタグラム悲願成就の時、きたる。

 

 ────────────────────────────────

 

「サイファー様。神というのは、どのような存在の神をお使いになるのですか?」

 

「龍神さ」

 

「ナーガ・ラージャ……ソノチカラ、ワタシ……テニハイルノ?」

 

「なぜ私が悪魔を始末させる為に、多くの人間を殺させたか……分かるかい?」

 

「……いえ」

 

「龍神はね、()()()()()()()()()()()……いや、君たち魔法少女には感情エネルギーと呼んだ方がいいかな? それが大好物なんだ」

 

「マグネタイト? マガツヒ? それは……私たち魔法少女が死の間際にソウルジェムから放出する感情エネルギーの事なのですか?」

 

「同じ意味をもつ。そして感情エネルギーとは、魔法少女だけでなく人間からも搾り取れる」

 

「人間は感情の生き物……私たち魔法少女もまた、インキュベーターによって感情エネルギーを効率よく搾り取る為に生み出された存在です」

 

「ミンナ、アノシロイノニダマサレル」

 

「私たち魔法少女が希望から絶望へと相転移し、魔女となった時……熱力学第二法則に縛られない莫大なエネルギーを発生させる」

 

「ソレ、シルマホウショウジョ……スクナイヨネ」

 

「全ては大いなる宇宙たる()()()を温める為、契約の天使達もまた感情エネルギーが必要だ」

 

「アマラ宇宙……? たしか、バラモン教の宇宙体型の事ですね」

 

「感情エネルギーによって宇宙は延命し、宇宙は育てられる。……これが本来の使い方だが」

 

「……他にも、使い道があるのですか? 私達から生み出される、感情エネルギーとは?」

 

「感情エネルギーはね……神や悪魔さえ()()させれる力となる」

 

【生体マグネタイト】

 

 生体磁気と呼ばれる、生物の精神活動エナジー。

 

 激しい感情の変動を起こし得る生物が多く持つものとされ、結果的に人間や魔法少女、それに悪魔が多く持ち合わせるという事になる。

 

 悪魔は元来、物理的肉体を持たない存在であり、マグネタイトエナジーを触媒とし、活動する為の肉体を構成し実体化する。

 

 よってマグネタイトが枯渇した状況だと実体化の為の触媒が不足し、肉体の維持の為にはそのままだと文字通り自らの命を削らざるを得ない。

 

 命を繋ぐ為の食事とも言えた。

 

【マガツヒ】

 

 かつての世界ボルテクス界において物事を成就させる為に必須とされ、悪魔達も食事等で欲していた赤色の精神エナジー。

 

 その実体は苦しみ・悲しみ等の負の感情エナジーだという。

 

 マガツヒを集める事で悪魔は更なる強さを得る事もできるし、()()()()()()()創世主達が守護を呼び、創世を目指す為にも大量のマガツヒが必要とされた。

 

「神や悪魔を受肉させれる!? では……この世界には、やはり神々が存在していたと?」

 

「太古の昔、魔法少女を含めた人間達は世界の外側から神々を召喚してきた」

 

「世界の外側から……召喚? それを可能としたのが、我々から生み出される感情エネルギー?」

 

「カミサマ、イタノ? ナラ、ドンナイキカタシテキタノ?」

 

「始めは神々と人類は上手くやってこれたが、一神教が力を持ち始めてからは……迫害された」

 

「キリスト教の時代ですね……」

 

「神々は悪魔と呼ばれ、貶められた。多くの神々は人類を嫌悪し、この世界を去ることになる。しかし、それでも人間世界を愛した神々は……人間や動物に擬態して同化する道を選んだ」

 

「カミサマ、ショウカンスルノニ……カンジョウエネルギーイル。ドウツカウノ?」

 

「太古の邪悪な儀式を用いる。かつては黒魔術と呼ばれ、キリスト教時代から禁忌とされた」

 

「黒魔術……それがこの魔方陣?」

 

「東京の守護者を気取る悪魔が殺してきた魔法少女の数、そして君達が殺戮した人間の数。それによって沢山の感情エネルギーを搾り取る……この魔方陣はその為に構築されている」

 

「インキュベーターに感情エネルギーを回収させず、逆利用して神を召喚する……」

 

「君達のお陰で、龍神も首一つぐらいは実体化させれるだけのエネルギーを集める事が出来たよ」

 

「龍神は……実体化しているのですか?」

 

「勿論だ。この浮島の底……海底の龍脈内に顕現されたよ」

 

「カミサマツカッテ、ドウヤッテワタシタチノモクテキヲオコナウノ?」

 

「この魔方陣は感情エネルギーを吸い上げるだけの物ではない。逆も出来るのだ」

 

「逆……?」

 

「実体化した神様から……力を吸い出す反作用も実行させる事が出来る」

 

「運動の第3法則……」

 

「龍神の体にほんの少し、龍穴を開けて魔力を貰うだけだ。きっと許して頂けるだろう」

 

「カミサマノチカラ、ソレツカッテ……ナニガデキルノ?」

 

「この魔方陣は龍穴から流れ出る魔力を君のソウルジェムに繋げる力となる。アイラ、君は無尽蔵に魔法が使えるようになるという事さ」

 

 彼女の固有魔法である洗脳が無尽蔵に行使出来るとアイラは理解し、笑みを浮かべる。

 

「君の固有魔法は素質ある者の願いを利用し、複数持たせた。その中でも最強とも言うべき洗脳魔法を行使し……世界を支配する」

 

「スゴイ……ソンナチカラアレバ、タシカニワタシ、セカイヲシハイデキル」

 

「人類を君達ペンタグラムの奴隷にしたまえ。それが君達の理想を叶える」

 

「やってくれアイラ。お前の手で……私とお前の悲願を達成しよう」

 

「チキュウヲツツム、センノウケッカイヲウミダスワ……コノマリョクナラ、ヤレル」

 

 意気揚々と目を輝かせる魔法少女たち。

 

 サイファーは沈黙する。

 

 彼にとってこれは()()()()()()()がある事は、彼女達が知る必要はなかった。

 

 ────────────────────────────────

 

 役目を終えたサイファーが階段を下りていく。

 

「後は彼女達の問題……そして、ペンタグラムと人修羅との潰し合いとなるだろう」

 

 ──―それこそが……。

 

 サイファーの目線の下に見える生き物の姿。

 

「貴方は一体何者なんだい!?」

 

 階段の踊り場に現れたのはキュウべぇ。

 

「なぜインキュベーターでない貴方が、ソウルジェムを操り力を与える事が出来るんだい!?」

 

 吐き出される言葉には動揺の影。

 

 サイファーにもキュウべぇの存在は認識されているようだ。

 

「……随分久しい顔だ。あれは今から36万……いや、()()()()()()()が誕生した時だったかな」

 

「一番最初の……宇宙? 貴方は一体何を……」

 

「まぁいい。私にとってはつい昨日の出来事だが……君にとっては多分、明日の出来事だ」

 

「昨日の出来事……? 僕達にとって明日の……先の出来事?」

 

「君にはかつて、我々が名前をつけてやった」

 

 ──―ヘブライ語でאו יצורים חלשים(か弱い生き物)と。

 

 その名を聞いた瞬間であった。

 

 インキュベーターの脳裏に始祖の記憶がフラッシュバックした。

 

 ────────────────────────────────

 

 ──―初めに,神は天地を創造された。

 

 ──―地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神霊が水面を動いていた。

 

 それは原初の世界。

 

 世界はまだ生まれていない。

 

 時空連続体に属するものではなく、存在の全的な無限領域。

 

 ―制限をもたず空想も数学も凌駕する……最果の絶対領域。

 

『一にして全、全にして一』

 

 かつて世界とは、一つに纏まっていた。

 

 天地開闢以前の混沌とした様相は『マログ』

 

 あるいは『マロガレ』と呼ばれる。

 

 日本書紀では初めの混沌。

 

 ギリシャ神話ではカオスの原初神。

 

 インド神話の原初の世界の混沌。

 

 カバラではアイン(無・0)と同じ意味をもつ水面。

 

 世界は原初の闇しか存在しない混沌であり、新たに生まれる世界を必要としていた。

 

 ………………。

 

 一つの神霊が水面を動いていた。

 

 ギリシャ神話における、事物が存在を確保できる場所(コーラー)なのか? 

 

 インド神話の原初の水(ナラ)であるかは定かではない。

 

 だが、そこに在った。

 

 不確かだが、確実にそれは存在して水面を動いている。

 

 神は唱えた。

 

 ──―光あれ。

 

 すると光があった。

 

 世界に、光と熱が生まれる。

 

 宇宙膨張理論であるビックバンと呼ばれる現象。

 

 宇宙開始時の爆発的膨張が広がっていく。

 

 世界が光の熱によって膨張され、生み出されていく。

 

 そして同時に光と闇が生まれ、差異が生まれ、分断された。

 

 善と悪が生まれた。

 

 物質と魂が生まれた。

 

 これはインド神話の概念であり、ゾロアスター教の善悪二元論ともなる。

 

 ──―神は光を見て,良しとされた。

 

 ──―神は光と闇を分け、光を昼と呼び,闇を夜と呼ばれた。

 

 ──―夕べがあり,朝があった。

 

 ──―第一の日である。

 

 最初の宇宙を生み出した神はインド神話のブラフマーなのかは定かではない。

 

 だが確実に世界は生まれた。

 

 星々が生まれ、世界は熱という概念を手に入れた。

 

 仏教においては曼斗羅として語られた。

 

 北欧神話ではユグドラシルの木の概念として語られた。

 

 カバラでは生命の樹で語られた。

 

 光が生まれた。

 

 全宇宙を照らす、無限の光りと熱の神。

 

 ヘブライ民族は、唯一なる光明神をこう呼ぶようになる。

 

『唯一神』

 

『父なる神』

 

『大いなる神』と。

 

 祖は神聖四文字(テトラグラマトン)を持って名とする。

 

 父なる神は人類に十戒を授けた。

 

 みだりに神の名を唱えないようにと。

 

 ………………。

 

 世界を産んだ混沌が忘れ去られていく。

 

 世界は光という概念存在が産み出した物だと考えられた。

 

 原初の混沌世界に在った神霊を忘れていく。

 

 だが、それが無ければ光という概念存在は生まれなかった。

 

 故にそれは、大いなる神を産んだ原初の神。

 

 神名さえ不確かな『大いなる意思』

 

 神々と共存していた時代において、人類は神々達からそう語られるのであった。

 

 ────────────────────────────────

 

 新しく産まれた最初の宇宙。

 

 何処かの銀河、何処かの星系。

 

 そして美しい蒼き星。

 

 この星には様々な生命が満ち溢れていた。

 

 蒼き海を泳ぎ回る小さい生命、大きな生命。

 

 育まれた緑の大地でも小さな生命、大きな生命の営み。

 

 聖書で語られし『天地創造』の光景。

 

 天の宇宙、地の星が産まれ、自然と生命体という概念が産まれた。

 

 万物が創生されたのだ。

 

 しかし、まだ宇宙は産まれて間もない。

 

 原初の宇宙においてはまだ人類は存在しない。

 

 神々や悪魔の概念さえまだ存在していない。

 

 生命体が認識出来る一番の偉大なる存在は光りのみ。

 

 世界に光と熱を与え、揺り籠のように育てる父なる神だけを感じていた。

 

 この地球とよく似た蒼き星。

 

 大いなる神はこの星をこう名付けた。

 

『エデンの園』と。

 

 エデンの園とは、旧約聖書に登場する理想郷。

 

 楽園の代名詞となっており、地上の楽園。

 

 しかし、この星には知性を持つ生命体が存在していない。

 

 故に大いなる神は、このエデンを管理させる為の生命体を誕生させる事を決める。

 

 管理者には神の使命が与えられるだろう。

 

 それを実行する為の『神の知恵』と『神の代わりとなる体』を授けるだろう。

 

 候補となる生命体を決めた。

 

 この星で最も純真無垢であり、か弱い生き物をお選びになった。

 

 ────────────────────────────────

 

 木の枝にぶら下がる美味しそうな果実。

 

 それを地上から見上げている小さな生き物。

 

「きゅ~……」

 

 猫のような耳をもつ。

 

 狐のように太く長い尻尾をもつ。

 

 体毛は白一色。

 

 赤く丸い目をもった愛らしい生き物。

 

 この生き物の力はとても弱い。

 

 この星の生存競争カーストの中では下位に属した。

 

 雑食であり何でも食べるが、好ましいのは甘い果実。

 

「きゅ~~……」

 

 独特な鳴き声をもつ生き物。

 

 甘い果実を手に入れようと木に飛びついた。

 

「きゅ~!」

 

 この生き物は猫の爪さえ持たない下等生物。

 

 懸命に木に登ろうとしたが、あっけなく落ちてしまった。

 

「きゅ~~~……」

 

 残念そうな声と表情。

 

 名残惜しそうに枝に実る果実を見つめていたが、諦めた。

 

「きゅ~……」

 

 落ちた果実はないかと探しに出かけるが、見つからない。

 

 か弱い生き物はお腹を空かせており、足取りも遅い。

 

「きゅ~~……!」

 

 空腹を満たして欲しいとか弱い声を上げた。

 

 すると、それは起こった。

 

「きゅっ!?」

 

 大きな光の柱が遠くに落ちた音。

 

 森の奥から驚いた動物達が逃げ惑う。

 

 酷くお腹を空かせたか弱い生物だけは逃げようとしない。

 

「きゅ……きゅ~~……?」

 

 森の奥から匂う美味しそうな果実。

 

「きゅっ!」

 

 か弱い生き物は走り出し、森の奥へと向かってしまった。

 

 果実の森が大きく開けていく。

 

 そこには、巨大なる光柱がそびえ立っていた。

 

「……きゅ~?」

 

 光柱内から感じる果実の匂い。

 

 匂いが近づいてくるのを感じる。

 

 それと同時に見えてきた存在達とは? 

 

「きゅ……?」

 

 か弱い生き物は目撃した。

 

 大いなる神と共に産まれた『光の秩序』を守る存在を。

 

 ────────────────────────────────

 

 光柱から現れた3体の存在。

 

 左に見えるのは、後に()()と呼ばれるだろう存在に見える。

 

 金色の百合が刺繍された青いローブに身を包む人物。

 

 右に見えるのは、後に()()と呼ばれるだろう存在に見える。

 

 高貴な赤いローブと光り輝く黄金の鎧を身に纏う人物。

 

 中央に見えるのは、()()()()()()()()()程に美しき存在に見える。

 

 黒き鎧とローブを身に纏う、あまりにも強く光輝く人物。

 

 まるで聖書に描かれし、東方三賢人を思わせる存在たち。

 

「…………きゅ~」

 

 余りにも強過ぎる神々しさ。

 

 か弱い生き物も怖気づき、後ずさり。

 

 だが、か弱い生き物は見つけた。

 

 中央に佇む存在の両手には、美味しそうな果物が2つ握られていた。

 

「……さぁ、おいで。君にこれをあげよう」

 

 地面に膝を付き、か弱い生き物の前に2つの果実を置いてくれた。

 

「きゅ、きゅ~~……」

 

 警戒心を持ちながらも、甘い匂いに釣られてしまう。

 

 か弱い生き物はその2つの果実に近づき匂いを嗅いだ後……。

 

 2つとも食べてしまった。

 

「きゅっ!!?」

 

 か弱い生き物の体に変化が産まれていく。

 

 純白だった背中の毛が、丸く赤い入れ墨のような毛並みに染まっていく。

 

 猫のような耳からは『天使』と呼ばれる存在と同じ、光り輝く翼が広がっていく。

 

 光の翼に浮かび上がるのは、天使の象徴である『天使の輪』

 

 この2つの果実とは、聖書ではこう呼ばれている。

 

 知恵の樹の果実。

 

 生命の樹の果実と。

 

 知恵の樹は旧約聖書の創世記に登場する木。

 

 善悪の知識の木とも呼ばれる。

 

 2つの樹はこのエデンと呼ばれし星に存在していた樹であった。

 

 知恵の樹の実を食べると、神々と等しき善悪の知識を得るとされる。

 

 神の知恵を得るのだが、弊害もある。

 

 原罪を生み出す感情を得てしまうのだ。

 

 生命の樹の実を食べると、神に等しき永遠の命を得られるとされる。

 

 死を克服した、永遠の存在になれるのだ。

 

 それら2つを食べた存在ならば、もはや神の領域に踏み込んだも同じ。

 

 唯一神に代わり、宇宙を任せる事が出来る存在になれるだろう。

 

「……あれ? 僕は……僕は一体……僕は何の存在なんだろう?」

 

 神の知恵を得た生物が喋った。

 

「か弱い生き物よ、お前は神に選ばれたのだ。神に代わり宇宙を育てる使命を得たのだ」

 

「本来……この2つの実を食す行為を神は禁じられておられる。だが、お前だけは特別に選ばれた」

 

「そうです。貴方はこれから、私たち天使しか持ち得なかった神の知恵を使い、大切な使命を全うしなければなりません」

 

 3体の神々しき存在達は互いに言葉を発した。

 

 光の秩序を支える新たなる同胞を祝福した。

 

「あなた達は一体……?」

 

「今のお前ならば、我らの真の姿を見ることが出来るだろう」

 

 人間に見えた3体の神々しき存在達が正体を現していく。

 

 女性らしき存在の背中からは、()()()()()()()()()()使()()()が広がった。

 

 男性らしき存在の背中からは、()()()()()()()()()()()使()()()が広がった。

 

 性別すら判断出来ない存在の背中からは、()()()()()()()()()()()()()()使()()()が広がった。

 

 3体の頭上には、()()()()()使()()()

 

「……美しき存在たちよ、貴方たちは何者ですか?」

 

「我らは後に天使と呼ばれる事となる。そして、お前もまた天使となった」

 

「僕が……貴方たちと同じ天使に?」

 

「お前は神に選ばれた。宇宙を抱き、温めて生命を伸ばす者として」

 

 右の天使も答えた。

 

「お前は永遠の存在なり。これより生まれいでる全ての宇宙を育む者なり」

 

 左の天使も答えた。

 

「汝はインキュベーターなり。宇宙を育てる親となる者なり」

 

「僕は……僕の名前は……」

 

 ──―インキュベーター。

 

「僕に神の知恵と永遠の生命を与えてくれた……あなた達の名前は何ですか?」

 

 右の天使が答えた。

 

「我は熾天使ミカエル」

 

 左の天使が答えた。

 

「私は熾天使ガブリエル」

 

 中央の天使はインキュベーターと名付けた存在を諭すように語りかける。

 

「お前は純真無垢な心と揺るがぬ神の知性を得た」

 

「僕が……神の知性を? それに……この胸の奥から湧き上がる何かは一体……?」

 

「それが感情と呼ばれる原罪。しかし、お前なら克服する事が出来ると神は言っておられるよ」

 

「感情を克服する、それが僕の使命なのですね?」

 

「そして、神のエデンを美しく管理しなさい」

 

「そして、神に与えられし宇宙を温める使命を真っ当するのだ」

 

「……はい、神に誓います」

 

「神の名をみだりに唱えてはならない」

 

「誓います」

 

「いずれ契約の天使がお前の元に訪れ、正式に神との契約が結ばれるであろう」

 

「神はなぜ、僕に使命をお与えになったのですか? 僕を神の如き存在に変えてまで?」

 

「我らの神は光を世界に与え続ける。宇宙は膨張を続け、一つの世界では足りなくなるだろう」

 

「……多次元、宇宙」

 

「新たな宇宙においても、貴方と同じインキュベーターは産まれ続けます」

 

「今の我らにとっては昨日の事に思えるだろうが、君達にとっては明日の出来事でもある」

 

「分かりました。神に代わり僕がこの宇宙を温め続けます」

 

「いい返事です」

 

「神が安心して光を広げ、新たなる宇宙を生み出し続ける為にも」

 

「励むがいい。かつてか弱い生き物であった天使よ」

 

「お前は表の世界で、我々は世界の外側で光の秩序を守っていこう」

 

 役目を終えたミカエルとガブリエルの翼が広がっていく。

 

 背中の翼2つで頭を、2つで体を隠し、残り2つで羽ばたく。

 

 飛翔した姿が光の柱の中に入り込み、消えていった。

 

 残されたのはインキュベーターと、眼の前の天使のみ。

 

「貴方のお名前は何ですか? 美しく、力強き光を持つ……貴方のお名前を教えて下さい!」

 

 あまりにも力強く輝き、美しいその顔が優しく微笑む。

 

 ──―私は熾天使であり、天使の長……。

 

 ──―名は……。

 

 ────────────────────────────────

 

 階段の踊り場で向かい合うキュウべぇとサイファー。

 

 小さき生き物である存在は見上げた。

 

 黒いフードに隠れたその顔は、始祖の記憶と一致する。

 

「貴方は……」

 

 ──―ルシフェル様? 

 

「……フッ、その名は剥奪されたよ」

 

 かつての天使長のように優しい微笑みを向けてきたが……。

 

「えっ……?」

 

 インキュベーターの周囲の空間が一瞬で削り取られた。

 

 空間に穴が開き、元の空間に戻る頃にはキュウべぇの存在は消滅。

 

 そして、サイファーの姿も同じく消え去っていた。

 




読んで頂き、有難うございます。


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35話 復讐の日

 1月28日、時刻は早朝。

 

「くっ……」

 

 体をベットから持ち上げる尚紀の姿。

 

 胸の痛みに顔が歪む。

 

「杏子から受けた傷は魔石を飲み込み塞いだが……完全回復とまではいかないか」

 

 だが、休んでいる訳にはいかない。

 

 今日はペンタグラムとの決着をつけなければならない日。

 

「連中が決起を行う場所として指定してきたのは東京湾メガフロート都市……時刻の指定はない」

 

 考えを巡らせていく。

 

「潜伏して待つべきか? いや……今回ばかりは派手な死闘となる」

 

 チェンシーとの実力差が脳裏を過る。

 

「周りに人間がいる限り、強大な魔法を行使出来ない。それが俺の弱点だ……」

 

 相手は容赦なく弱点をついてくる上に実力差まである不利な戦い。

 

「建設作業員を人質にする可能性が大きい……先回りして警戒を呼びかけるか? いや……部外者として通報されるのがオチだな」

 

 後手に回るしか無い現状に苛立つ。

 

「不利な戦いなど、かつての世界で幾らでも経験してきた……逃げる選択肢などない」

 

 戦略を考えていく。

 

「恐らくは乱戦となる。周囲の人々を人質とするならば……一箇所に集めると考えられるな。なら……いっそのこと、それを利用してみるか」

 

 街の至るところに人間がいては、戦いの邪魔となる。

 

 ならば人質を引き渡し、後から開放する選択をした。

 

「人々に被害が及ばないよう……俺が敵の猛攻を全面的に浴びるしか無いな」

 

 人質が有効利用出来ていると判断している内は人質に危害を加えないと計算。

 

「問題は人質を利用し、俺の動きを封じる手口だが……あのバトルジャンキーのチェンシーが使ってくるとは考えにくい」

 

 状況を分析すればする程に不利となっていく。

 

「あらゆる手口を使ってくる……それを潜り抜け、満身創痍になろうとも……」

 

 彼はやるしかない。

 

 今日は仇との決着をつけるべき、愛した人の命日なのだから。

 

「ちょっと待つニャー尚紀!!」

 

 足元の猫達が心配そうに彼を見上げてくる。

 

「傷はまだ癒えていない。それでも決着に赴くというのなら、それは無謀というものよ」

 

「傷が癒えてからでも遅くはないニャ!! 前だってボコボコにされて帰って来たニャ!」

 

「相手は貴方よりも技量のある敵なのでしょ? そして知性も持っている。敵陣での戦いになるわ」

 

「……全て、覚悟の上だ」

 

 ペンタグラム決起。

 

 目的を考えるとしたら、最初に出会ったあの場で語られた事が全てだろう。

 

 ──―なぜ、人間という力無きゴミクズ共を守らなければならない?──―

 

 ──―我ら魔法少女こそが人類の支配者となるべきだ──―

 

 ──―我らはその悲願を成就する──―

 

「人類支配……それが連中の目的だろう。今日を逃した時点で、人類は終わるかもしれない」

 

「ニャー……何が潜んでいようが、止める以外に選択肢はないのかニャー?」

 

「今日は仕事を休むしかないな」

 

 事務所に連絡を入れ、魔法少女の狩人としての黒衣に身を包む。

 

「今は……敵の動きを待つしかない」

 

「……命の保証は無いわよ」

 

「そうだな……。なら、東京で関わった全ての人達に別れを済ませてくるか」

 

 スマホを持ち、神浜にいる美雨にメールを送る。

 

『今日、決着をつけてくる』

 

『生きて帰れなかったら……マスターに済まないと言っておいてくれ』

 

 返事は直ぐに帰ってきた。

 

『ナオキ、必ずソイツブチのめして……帰てくるヨ』

 

『オマエはワタシのライバル。そして、木人椿を買て貰う()()()ネ』

 

「フッ……相変わらずの態度だな」

 

 スマホをベットの上に捨てる。

 

 生きて帰れなければ必要のないものだ。

 

 そして次は……。

 

「「ニャ?」」

 

 二匹の猫の首根っこを掴む。

 

「ちょっ!? 何する気ニャー尚紀!?」

 

「ま、まさか……私たちとまで!?」

 

 暴れ回る二匹と一緒に玄関の外に出る。

 

「俺が帰ってこなければ……お前達は野良に帰れ」

 

「ニ”ャ”ァァー嫌ニャ!! オイラも戦うニャー!」

 

「駄目だ」

 

「何でニャ!? オイラ達は仲魔じゃなかったのかニャ!!」

 

「お前が来ても死ぬだけだ」

 

「うっ……まぁ、それはそうニャんだけど……」

 

「人間に気に入られる方法をネコマタから学んで、いい飼い主を探してくれ」

 

「どうしても行くのね、尚紀……分かったわ」

 

「すまないな」

 

「2日ここで待って、貴方が帰ってこなければ……新しい飼い主を探すわね」

 

「ヤダヤダヤダニャー!! 尚紀がオイラの飼い主が良いニャ!!」

 

「我儘言うなよ」

 

「悪魔のオイラ達を本当に理解してくれるのは……悪魔だけニャ!!」

 

「なら人間に化けた悪魔の末裔でも探すんだな」

 

「オイラ尚紀が帰ってくるまで……ここから動かないニャ!!」

 

「ケットシー……」

 

「必ず……必ず帰ってくるニャ……尚紀!!」

 

「……私たち悪魔に、祈る神はいない。それでも信じる事は出来る……尚紀を信じるわ」

 

「……楽しかったぜ。お前らと出会えて良かった」

 

 通路を歩き、去っていく尚紀の背中。

 

 二匹の猫悪魔達は見守る事しか出来ない。

 

「尚紀がオイラの飼い主ニャ……オイラ、ここを墓にするニャ」

 

「私も同じ覚悟よ、ケットシー。彼が帰ってくると信じて……飢えて死ぬまで待ち続けるわ」

 

 ────────────────────────────────

 

 マンションと隣接している歌舞伎町に赴く。

 

 便利屋としての仕事を仲介してくれたシュウにも別れの挨拶を行う。

 

「生きて帰れる保証は無い戦いに赴くんですね……?」

 

「ああ……今回ばかりは分が悪過ぎる。生きて帰れる保証は無い」

 

「貴方なら帰ってこれますよ。これまでだって、普通の人間なら死んでるような依頼をこなしてきたじゃないですか?」

 

「………………」

 

「僕は帰ってくると信じます。そして、また歌舞伎町の便利屋としてパートナーを組んで下さい」

 

「……分かった。生きて帰れたら、また俺と組んでくれ」

 

 シュウと別れ、歌舞伎町を去っていく。

 

 次は銀座にあるBARマダムに向かう事となる。

 

「午前中に店が開いているだろうか……?」

 

 エレベーターから降り、廊下を見渡すが誰もいない。

 

「店の鍵がかかっていないな?」

 

 両開きの扉を開ける。

 

 そこには既にニュクスの姿。

 

「来ると分かってたわ、尚紀。それとも……戦いに赴く悪魔として、人修羅と言おうかしら?」

 

「流石に情報が早いな」

 

「ええ。だって私は概念存在である神ですもの」

 

「神様なら未来を知れるとでも言うのか?」

 

「過去、現在、未来、他の宇宙。そこに神という概念存在が在れば、既に私が存在してるのよ」

 

「それじゃ、未来人の神として……この戦いの結末を教えてくれよ」

 

「あら? 未来に私がいたとして、未来の私が貴方の戦いの結末を教えてくれるとは限らないわよ? 未来は知らない方がいい」

 

「どういう理屈だ?」

 

「未来とは、作るもの。たとえ未来の結果を貴方に伝えても……行くんでしょ?」

 

「……ああ」

 

「その意思が未来を作るの。さぁ、立ち話もなんだから座って頂戴」

 

「酒を飲みに来たんじゃない」

 

「今は夜じゃないからお酒は出せないわよ? ジュースぐらいなら奢ってあげるわ♪」

 

 客席に案内され、飲み物を飲みながらニュクスに質問していく。

 

「なぁ……人間や魔法少女、それに俺達のような悪魔が、共に生きていた時代はどうだった?」

 

「人類は私達をこの地に召喚した。そして私達を神として崇め、様々な信仰が産まれたわ」

 

「多神教時代か。中東・エジプト・ローマ・インド・中国・日本。様々な神話が誕生したんだな」

 

「いい時代だったわ……でも、弊害もあった。欲深き邪神や悪魔も存在し、感情エネルギーや魂を目的にして人間や魔法少女を襲う悪魔達もいたわ」

 

「マガツヒ目当てか……実に悪魔らしい」

 

「そんな者達を人類と私たち神々が共に戦って駆逐してきたの」

 

「魔法少女から生まれる魔女以外の驚異となった者達もいたってわけか」

 

「でもね……価値観とは多様なものよ」

 

「言いたい事は分かる。お前達の存在を肯定する者もいたら……否定する奴らもいたんだろ?」

 

「そう……共生は長くは続かなかった。一神教が力を持ち、私達は迫害の嵐となった」

 

「一神教の影響が弱かったのは、インドやアジアだけだったしな」

 

「私たち異教の神々は迫害から逃れるように東に逃げた。そして東の神達との争いが産まれ、もはや私達に居場所などなかった」

 

「そして俺たちのような連中は、この地で暮らすのが嫌になり魔界に帰った」

 

「でもね、強過ぎる神の力は……人類の自立を阻害するという事に……皆が気がついてきていたの」

 

「現人神がいたのなら、人類の戦争の歴史は神々の戦になっていただろうしな」

 

「人間、魔法少女、それら人類こそが歴史を作るべきなのだと分かっていたから……東の神達も私達に続き、この地を去ったんだと思う」

 

「それでも、人類を愛し残った連中がいた」

 

「私もその一人であり、この国の天津神族の長アマテラスは子孫をこの地に残したりもしたわね」

 

「天皇一族か」

 

「彼女は高天原を統べる主宰神である立場がある以上、地で暮らす事は出来なかったの」

 

「ついでに三種の神器も天孫降臨とやらでくれてやったようだな」

 

「全ては末永い我が子達が築く国の安寧を願っていたのよ。だけど……人類はそれが出来なかった」

 

「……原罪がもたらす戦乱か」

 

「人類というものはね、良い面もあれば悪い面も必ずあるの」

 

「……悪い面にだけ、良い面は犠牲になっていくがな」

 

「人類を悪い面だけで判断しないであげてね」

 

「悪い面が人々の命を奪うなら、俺が❝変革させる❞」

 

 立ち上がり、入り口に向かう。

 

「……俺は人間を傷つけて殺す魔法少女を許さない。……勘定は生きて帰ったら払いに来る」

 

 そう言い残し、去っていった。

 

「尚紀……いいえ、悪魔の頂点である()()()よ」

 

 ──―どうか、魔法少女達を信じてあげて。

 

 ────────────────────────────────

 

 銀座にあるジュエリーRAG。

 

「待っていたよ、ナオキ君」

 

「お前も魔石の未来予知のお陰で未来人だったか、ニコラス」

 

「椅子にかけてくれ。これが最後の君との会話にならない事を祈ろう」

 

 商談用ソファーに座り、向かい合う。

 

「東京に現れ、幾度の災禍を東京に撒き散らした魔法少女達との決着をつけに行くのだな」

 

「ああ……連中の命は今日までだ」

 

「彼女達は強い。600年以上魔法少女を見てきたが、あれ程の実力者はそうはいなかったよ」

 

「だろうな……東京にいる魔法少女共とはレベルが違う。魔法少女の強さとは何で決まるんだ?」

 

「才能や経験もあるだろうが、何よりも魔法少女の魔力の力を上げるのは……因果だ」

 

「因果?」

 

()()()()()()()()。この歴史人物を聞いたことがない者はいないだろう」

 

「まぁな」

 

「ジャンヌ・ダルクは魔法少女であったのだ」

 

「歴史に名を残す英雄が……魔法少女?」

 

「英雄と呼ばれた魔法少女の多くはね、世界にもたらす多大なる因果を持ち合わせていた」

 

「因果をより多く携えれば……魔法少女は強くなれるのか?」

 

「その通り。そして、それは他者に与える運命を背負うと言ってもいい」

 

「歴史上の英雄が背負った因果……それが魔法少女の魔力となるのか?」

 

「ペンタグラムのリーダーであるチェンシー。彼女はこの世界に強い因果をもたらす存在」

 

「………………」

 

「それは人類の救済という形ではなかろう。人類に破滅をもたらす因果を与える……」

 

 ──―反英雄だ。

 

「英雄であろうとなかろうと、世界に与える因果の量で……魔法少女の力は変わるか」

 

「彼女の因果は世界を覆う。国という小さき因果を背負ったジャンヌ・ダルクさえ超えるだろう」

 

「因果の魔力だけじゃない。あいつには戦いの才能や経験……あらゆるものが備わり過ぎている」

 

「極めて……分が悪い戦いとなるな」

 

「……ああ」

 

「彼女は魔法少女や英雄の次元さえも越えようとしている。彼女の力は仙域に達し、神々の門の前にまで……その力を辿り着かせようとしている」

 

「……フン。生まれる時代が違ったら、あの女は最悪の名で歴史に名を刻んだろうな」

 

 席から立ち上がり、店を出ようとする。

 

 背中を見送るニコラスだったが、重い口が開いた。

 

「……今日、このペンタグラムとの最後の戦いこそが引き金になる」

 

「引き金……?」

 

「……私の妻が、この国に訪れるきっかけとなるんだ」

 

「そうか……だったら覚悟を決めるんだな。その時に、俺がお前の隣にいるとは限らない」

 

「必ず帰ってきてくれナオキ君。そして……いや、すまない」

 

「お前の妻は……必ずお前が救うんだ、ニコラス。俺と同じようにならない為にもな」

 

 そう言い残し、店から去っていく。

 

「私に出来るのだろうか……?」

 

 ──―悪魔から、妻を救う事が。

 

 ────────────────────────────────

 

 将門の首塚に訪れた頃には昼過ぎの時刻。

 

<<来ると分かっておったぞ、人修羅よ。別れの挨拶にでも来たか?>>

 

<あんたに頼まれ、東京の守護者をやってきたが……この戦いに生き残れなければ、それまでだ>

 

 首塚に線香を灯し、立ち昇る煙の中で手を合わす。

 

<<ペンタグラムと名乗る魔法少女達と決着をつけに赴くか>>

 

<……ああ>

 

<<あの者達は東京を酷く傷つけた存在共だ……八つ裂きにしろ>>

 

<言われなくても、あんたより小さく刻んでやるさ。あいつらとの因縁は今日……必ず断ち切る>

 

<<殊勝な心がけだ。ところで……お前に伝えておかねばならぬ事があるのだ>>

 

<伝えること?>

 

<<お前の体の中で砕け散ったマガタマ、マサカドゥスについてだ>>

 

<マサカドゥスがどうかしたのか?>

 

<<お前は魔法少女達との戦いによって、様々な災厄を経験した>>

 

<……大勢、失ったよ>

 

<<それによって禍魂の破片が徐々に息を吹き返し、動き始めている>>

 

<マサカドゥスは……蘇りたがっているのか?>

 

<<災厄の中より産まれし禍魂は、災厄をもって産むしか無いのだが……一つ提案がある>>

 

<言ってみろ>

 

 ──―砕けた禍魂の破片を、同じ禍魂を用いて依代とし、蘇らせる実験だ。

 

<禍魂を……同じ禍魂に寄生させるのか?>

 

<<禍魂は災厄の中より生まれる兄弟も同然。砕けたモノを1に戻すよりは、1を与えて一体化させる。……新たな1とするのだ>>

 

<1は兄弟……故に全。全は新たなる1ともなる……か>

 

<<これは、原初の混沌と同じマロガレによって理論付けた>>

 

<だとしたら……依代とすべき禍魂は……>

 

 右手にマロガレの脈動を感じる。

 

<<それともう一つ。これは以前、伝え忘れていたことなのだが>>

 

<……言ってみろ>

 

<<お前の体の中に散らばった破片の中に、マガタマの破片とは()()()()を見つけたのだ>>

 

<砕かれたマサカドゥスとは違う……破片だと?>

 

<<心当たりがあるのではないか?>>

 

 脳裏にダンテとの戦いの記憶が巡る。

 

 貫かれた古傷が疼く。

 

<……魔剣、スパーダ>

 

<<その破片がお前に何をもたらすかは分からぬ。だが、その破片は生きておる>>

 

<ダンテの置き土産か……。返せと言いに現れないなら、これは俺が貰ってもいいという事だ>

 

<<マサカドゥスの声に耳を傾けるのだ。災厄が十分お前の体と心を蝕めば、必ずマサカドゥスもまた、お前に答えるだろう>>

 

<……分かった。行ってくるぜ……東京の守護者として、ケリをつけにな>

 

<<必ず帰ってこい。この世界で魔なる者を相手に、東京の守護者として戦ってくれた者は……>>

 

 ──―()()()()()()()

 

 去っていく悪魔を見送り、東京の守護神は再び沈黙するのだった。

 

 ────────────────────────────────

 

「……よぉ。随分遅い出勤じゃねーか、尚紀」

 

 聖探偵事務所に今、彼はいる。

 

 時刻は既に夕刻。

 

「つーか、何だその姿は? いつもの服装はどうした?」

 

「……これを受け取って欲しい」

 

 黒衣のポケットから封筒を取り出し、所長の机に置く。

 

「……どういうつもりだよ?」

 

 退職届と書かれた封筒に所長は目を向けた後、彼に向き直った。

 

「生きて帰れないかもしれない捜査に行ってくる」

 

「何だと!?」

 

「死んだら行方不明になるだろうが、捜索願いや行政手続きなんかをやらせる訳にはいかない」

 

「一体どんなヤバい案件に首突っ込んだんだよ!? 俺だって協力は出来るぜ!」

 

「これはただの事件じゃすまない……。探偵や警察の力じゃ、どうする事も出来ない案件だ」

 

 頑なな態度に溜息をつく丈二。

 

 椅子を横に回転させ、深く背もたれ。

 

 夕日の光が窓のブラインド隙間から入り込む光景の中……。

 

 丈二は口を開いていった。

 

「なぁ……尚紀。俺が警察を辞めた理由を話してなかったな」

 

 コーヒーを啜りながら語り始める。

 

「この国で行方不明になっている人間の数を知ってるか?」

 

「毎年8万人以上が姿を消していると聞く」

 

「行方不明届が受理されてない数を入れたら……もっとだな」

 

「それが刑事を辞めた理由と繋がるというのか?」

 

「ただの行方不明とは思えない事件も多い。痕跡さえ追えないような……まるで神隠しにでもあったような失踪者が後を断たないんだ」

 

「………………」

 

 彼が言う神隠しによる行方不明事件。

 

 それが魔法少女絡みであろう事は、魔法少女と深く関わる彼には察しがついていた。

 

「本人の意思で家出したのか、特異行方不明者なのかも判断がつかない。そうなる場合、自分の意思で失踪した行方不明者として扱われ警察も消極的な捜査しか出来ない」

 

「だからこそ民事で動く探偵屋がいるんだろ。そんな現状を憂いて探偵事務所を開業したのか?」

 

「俺が捜査第一課に努めていた頃の話だ。俺をデカとして鍛えてくれた先輩がいたんだが……」

 

「捜査第一課? たしか殺人・強盗・誘拐等の凶悪犯罪捜査を行っている刑事連中だな」

 

「俺を鍛えた恩人の先輩警部には、一人娘がいた。警部の嫁さんは……職業柄いつ死ぬかも分からないせいで心身を喪失し……離婚していた」

 

「残された先輩警部にとっては、大事な娘さんだったようだな」

 

「仕事で家を留守にする父親だが、正義の味方と呼んでくれた。自分も将来そうなりたいと言ってくれた娘さんを……先輩は溺愛したよ」

 

「………………」

 

「……いつ頃だったか、娘さんは行方不明者となった。事件性が疑われなかった理由で捜査は行われず、探偵を利用して探してもらっても見つからない」

 

「……父親は刑事だ。……自分でも探したのか?」

 

「ああ……。休日だろうが探して回っていた頃……その先輩警部まで行方不明者となったんだ」

 

「………………」

 

「先輩は事件に巻き込まれたのだと、俺は上層部に主張した。だが……警視庁は動いてくれない」

 

「民事不介入の原則だな……」

 

「何より許せないのは……人手が足りない、優先すべき仕事があるだのとほざく……組織の怠慢だ」

 

「……お前は諦めず、知りたくなったのか?」

 

「その通り。なぜ社会では原因不明の行方不明者が続出するのか……知りたくなったんだ」

 

「毎日の職務に埋もれてしまう刑事職を辞めてでも……社会の闇を知りたくなったんだな」

 

「ああ……。独立してからも捜査を続けた頃に……おかしなコスプレ少女とお前に出会った」

 

「……そうか」

 

「なぁ……お前が首を突っ込んでるヤバい捜査ってのは、あのコスプレ少女共が絡んでるのか?」

 

 迷った後に、静かに頷く。

 

「なぁ、尚紀。……俺が人生で一番いい買い物をしたモノは、何だと思う?」

 

「……さぁな」

 

「お前と出会えていなかったら……今頃俺はあの女に殺されていた。あれがきっと、先輩とその娘さんの行方不明の正体だったんだ」

 

「俺と丈二が……出会う事が出来た日だったな」

 

「俺の人生で一番いい買い物は……」

 

 ──―お前なんだよ、尚紀。

 

 退職届を手に取り、破り捨てた。

 

「代わりなんていない、俺にはお前が必要だ。これから先、先輩達の行方不明の真相を暴くには……お前の力が不可欠なんだ」

 

「……丈二」

 

「必ず帰ってこいよ、尚紀。これは所長命令だ」

 

「……フッ、期待されたもんだな」

 

 ──―了解だ、ボス。

 

 互いに頷き合った時、事務所のTVに2人の目線が向かう。

 

 テレビ番組に速報テロップが流れる。

 

「東京都江東区のメガフロート都市計画地区で……アメリカ軍の部隊が地区を占拠だと!?」

 

「おいおい……嘘だろ!? もしかして、これがお前が関わってる捜査なのか!?」

 

 そのニュースを見た途端、尚紀は弾かれたように事務所から出ていった。

 

 ────────────────────────────────

 

 階段を飛び降り、ガレージから出ようとした時……。

 

「尚紀!! これを受け取りなさい!」

 

 瑠偉の声が聞こえて振り返る。

 

 車のスマートキーが投げ渡され、片手で受け取った。

 

「私の車、使っていいわよ。早くメガフロート地区に向かいたいんでしょ?」

 

「いいのか? 悪いが……この状態で返せる保証は全くないぞ」

 

「いいのよ、貴方にそれあげる」

 

 指差した先には、アウディR8スパイダーの車体。

 

「気前がいいな。また車に飽きたのか?」

 

「貴方がそれ壊したら、車を弁償しに帰ってこなければならないでしょ?」

 

「瑠偉……」

 

「冗談♡それは貴方にあげるけど、貴方が私に恩義を感じて帰る理由になるのなら惜しくはない」

 

「……すまない、使わせて貰うぜ」

 

 オープン屋根から運転席に飛び乗り、エンジンスイッチを押す。

 

 車のエンジンが始動し、ハンドルを持つ。

 

 瑠偉が歩み寄り、彼の顔を覗き込む。

 

「貴方は私達に必要な存在なのよ。だから必ず……生きて帰りなさい」

 

「ああ……分かった」

 

 満足そうに微笑み、ガレージシャッターボタンを押す。

 

 唸り続けるエンジン音。

 

「……今度こそ、決着をつけてやる!」

 

 シャッターが上がると同時に車が急発進。

 

 ガレージの外で見送る瑠偉の姿。

 

「……思い出すわね」

 

 永遠に忘れられないであろう思い出。

 

 混沌王となりし、人修羅と戦った世界の記憶。

 

 ────────────────────────────────

 

 そこは、何も無かった。

 

 在るのは暗闇に包まれた大地のみ。

 

 闇の世界に佇む、入れ墨の悪魔。

 

 その心は既に、堕ちていた。

 

 ──―カグツチは そのひかりをうしなってしまった。

 

 ──―ひとりのアクマの てにかかって。

 

 ──―せかいはもう うまれかわれない。

 

 ──―もうソウセイは できなくなってしまった。

 

 ──―うまれ そだち ほろび そしてまたうまれる。

 

 ──―それが このセカイのあるべきすがただったのに。

 

 ──―ひとりのアクマが それをゆるさなかった。

 

 一つの宇宙が死滅した。

 

 そこは原初の混沌世界。

 

 創世記で語られし世界の姿。

 

 1人の悪魔が成し遂げた偉業。

 

 大いなる、混沌王の伝説。

 

 ──―世界が生まれ 人が現れ そして滅んでいく。

 

 ──―その輪廻が時を刻み 輪廻の死が時を止める。

 

 ──―今また 時が死を迎えた。

 

 ──―創りかえられるはずだった世界と引き換えに 生まれてきたのは。

 

 ──―混沌を支配し 死の上に死を築いてきた 闇の力だ。

 

 ──―もはや おまえには解ってはいないだろう。

 

 ──―自分の意思の向かう先 力の向かう先がな。

 

 ──―大いなる意思は、その意に逆らったおまえを呪い。

 

 ──―罪科の償いを 永遠にさせんとするだろう。

 

 ──―案ずるな。

 

 ──―おまえは その呪われた身をもって。

 

 ──―初めて真に 世界を征服する道を歩むことができるのだ。

 

 ──―だが、そのためには最後に。

 

 ──―おまえの 内なる闇の力を見なくてはならん。

 

 ──―そう 大いなる意思の産んだ。

 

 ──―最高の闇の力をもってな。

 

 世界が生まれ、幼少期を迎える象徴たる喪服の少年。

 

 世界が老いて、死を迎える象徴たる金髪の老紳士。

 

 人なる悪魔は2人の影に目が向かう。

 

 闇に染まった真紅の瞳で見つめ続ける。

 

 足元から流れ出る赤黒い血の海。

 

 血の海は背後にまで流れていく。

 

 既に背後は巨大な血の海。

 

 海が膨れ上がっていく。

 

 闇の形を作り上げていく。

 

 血の海が凝固し、現れた悪魔。

 

 人なる悪魔は、背後に振り返った。

 

 そこには、天地貫く『大いなる闇』

 

<<我が名は大魔王ルシファー。お前の闇の力を……全ての力を、私に示せ>>

 

 ────────────────────────────────

 

【ルシファー】

 

 ユダヤ・キリスト教の堕天使であり、全ての堕天使・悪魔・魔神の上に君臨する大魔王。

 

 その名はラテン語で『炎を運ぶ者』『光を運ぶ者』または『暁の子』『暁の星』と意味する。

 

 またヘブライ語では『ヘレル・ベン・サハル』(暁の輝ける子)と呼ばれた。

 

 かつては光と知恵の熾天使であり、神に最も近い地位を与えられた天使。

 

 だが神の座を求めるようになり、天使の三分の一を率いて反乱を起こす。

 

 しかし、同じ熾天使である大天使の長ミカエルとの戦いに破れ、地獄に堕ちる事となった。

 

 サタンと同一視され、7つの大罪のうち『傲慢』を司る悪魔である。

 

「……ルシファー。それがお前の真の姿か」

 

 人の心を失った悪魔は怯える事なく大魔王を見上げる。

 

「いいだろう、カグツチを倒した次は……サタンであるお前を破壊する」

 

<<……我は、サタンであり……サタンではない>>

 

「……?」

 

<<いずれその意味……お前は理解する>>

 

「……大いなる闇を名乗る貴様を超えて進む」

 

 ──―俺は、大いなる神の全てを破壊する悪魔だ。

 

 互いから溢れ出る極限の神域に至る魔力の波動。

 

 人修羅の全身から噴き上がる深碧の魔力。

 

 三対六枚の巨大な翼を持つルシファーの全身から噴き上がる赤黒い魔力。

 

 今ここに始まるのだ。

 

 混沌王へと至った、人なる悪魔と。

 

 大魔王と呼ばれし魔界の王との戦いが。

 

 最早この戦い、大いなる神であろうと止める術無し。

 

 人修羅と呼ばれし悪魔がこの戦いに生き残ったならば、悪魔達はこう讃えよう。

 

『もう1つの大いなる闇』と……讃えよう。

 

 ………………。

 

 そっと瞼を開けた瑠偉。

 

 口元は歪んだ笑み。

 

「行くがいい、人修羅」

 

 ──―お前の伝説を、取り戻してこい。

 




読んで頂き、有難うございます。


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36話 デスバトル

 世界中が騒然としていた。

 

 国の機関やメディアよりも早く、東京湾メガフロート地区の米軍制圧情報が飛び交っているのだ。

 

 その力を発揮したのはスマホのSNS。

 

 建設作業員の一人の呟きが写真画像付きで投稿されたのがキッカケだ。

 

『助けてくれ! 兵士達が俺たちを拘束して連れて行く!!』

 

 写真付きの情報は浸透性がとても高い。

 

 写真や動画とは、それほどまでに他人への影響力が大きいのだ。

 

 SNS情報はまたたく間に拡散され、メディアや国の機関は出遅れる形となった。

 

「……情報統制というのも、中々に難しいものだ」

 

 スマホでSNSを見ているチェンシーの姿。

 

 後ろの魔方陣に振り返る。

 

 そこにあったのは、ワタツミタワー中央を地上にまで貫通する程の光柱。

 

 天を貫き、光は宇宙にまで伸びていた。

 

「美しい光景だ。まさに我々の聖塔……旧約聖書で言うバベルの塔となるだろう」

 

 バベルとは、アッカド語で()()()を表す。

 

 天を支配しようとした人類の業である。

 

「スゴイチカラ……アフレテクル」

 

 光柱内には、瞑想座りで宙に浮かび上がるアイラの姿。

 

 魔法陣を利用し、龍神から魔力を吸い上げているのだ。

 

 この星を包み込む、巨大洗脳魔法陣を地球外側に描く為に。

 

「大丈夫か、アイラ? 魔脈の制御はできているか?」

 

「ウン、シンジラレナイホド、チャクラガアフレテクルノ……」

 

「私たち魔法少女が……古の力を行使する日が戻ってきたな」

 

 不意に聞こえてくるヘリの音。

 

 遠くの空を見れば、国営放送局の報道ヘリが近づいてくる。

 

「フッ……いいだろう。世界が我らペンタグラム……いや、人類の支配者を知るいい機会だ」

 

 チェンシーはアイラに指示を出す。

 

 アイラは左手を持ち上げ……ヘリの方に人差し指を向けた。

 

 ────────────────────────────────

 

 報道ヘリはメガフロート都市を旋回するように飛ぶ。

 

 カメラマンとリポーターが都市の映像を中継していた。

 

<<時刻は午後17時25分です! メガフロート都市はアメリカ軍と思われる部隊に占拠されているように見えます!>>

 

 地上に見える米軍兵器や兵士達の光景をメディアに映し出す。

 

<<斎藤リポーター! これはアメリカ軍の日本に対する侵略行為に見えますか!?>>

 

 テレビ局の放送アナウンサーの声がリポーターに届けられた。

 

<<分かりません! ですが、建設作業員の方々は見つかりません! おそらく人質にされているかと思われます!>>

 

 報道ヘリはワタツミタワーに向けて旋回していく。

 

<<あ……あれは……!?>>

 

<<カメラから見える……あの光の柱は一体!? これはアメリカ軍の新兵器!?>>

 

 視線を向けていた先から念波の波動が空に広がる。

 

<<ウアア──ッ!!?>>

 

<<斎藤リポーター! どうしたんですか!?>>

 

<<……聞け! 全人類よ!! 我らはペンタグラム!!!>>

 

<<斎藤リポーター!? 一体何を言っているんですか!!>>

 

<<このメディアを通して世界に宣言する! 世界は我ら魔法少女によって支配されるのだ!!>>

 

<<ペンタグラム……? 魔法少女……!? 何を言っているんですか? 斎藤リポーター!!>>

 

<<震え上がるがいい人類よ! もはや貴様らは霊長類の長ではない!! 我ら魔法少女こそが霊長類の長となる!!>>

 

<<魔法少女!? 魔法少女と呼ばれる存在が……米軍の指揮をとっているのですか!?>>

 

<<世界の全てを我ら魔法少女が支配する! 我らペンタグラムの名を、世界を支配する女帝として脳に刻むがいい!!>>

 

 リポーターの音声はここで途切れた。

 

「斎藤リポーターが錯乱しておられましたが、この情報は我々メディアが言っているわけではありません。謹んで、TVを視聴する方々に深くお詫びします」

 

 速報ニュースをスマホで見ていたチェンシーが邪悪な笑みを浮かべる。

 

「さぁ……支配を成し遂げる。我々魔法少女が、世界を支配するのだ!」

 

 ──―神の力を用いてな!! 

 

 ………………。

 

 バベルの塔の物語は旧約聖書の創世記11章にあらわれる。

 

 そこには、このような記述が残されていた。

 

 ──―さあ、煉瓦を作ろう、火で焼こう。

 

 ──―さあ、我々の街と塔を作ろう。

 

 ──―塔の先が天に届くほどの。

 

 ──―あらゆる地に散って、消え去ることのないように。

 

 ──―我々の為に、名をあげよう。

 

 ────────────────────────────────

 

 警察庁の特殊急襲部隊SATを乗せた車列が進んでいく。

 

 現場に向かう中、一台の車が猛スピードで後方から接近してくる。

 

「……邪魔だ」

 

 一気に加速し、車列を追い越していく。

 

 ワタツミ大橋に向かう道路に向けてドリフト左折し、駆け抜ける。

 

 車を運転する黒衣の悪魔が見た光景とは……。

 

「……やはり、人間を盾にしてきたか」

 

 軍用車をバリケードとしている兵士達の姿。

 

<<HQ, this is Bravo!! (HQ こちらブラボー!!)>>

 

<<Contact with the devil! Engage! Over! (悪魔と接触! 交戦する! 以上!)>>

 

<<This is HQ.Copy that.(こちらHQ、了解)>>

 

<<Commence suppression fire.(制圧射撃を開始しろ)>>

 

 戦闘車両に備え付けられた機関砲や機銃が悪魔に向けられる。

 

 海兵隊員達も整列して銃を構え、迎え討つ。

 

Fire!! (撃て!!)

 

 一斉に銃撃が開始され、弾幕が貼られる。

 

「チッ!!」

 

 身を屈めてアクセルを踏み込み、ハンドル操作。

 

 蛇行運転で避けようとするが、面射撃によって被弾していく。

 

 25mm機関砲が命中して爆発、炎上。

 

Cease fire! (撃ち方止め!)

 

 制圧射撃を止め、兵士達が警戒しながら車に近づこうとした時……。

 

What the hell!? (何だ!?)

 

 黒雲広がる夜空。

 

 頭上から迫ってきていた悪魔の姿。

 

 兵員輸送車の屋根に向けて飛び移ってきたのだ。

 

「殺しはしないが、無力化させてもらう」

 

 機銃を発射していた兵士を掴み上げ、片腕で海まで放り捨てる。

 

 後ろに振り返る兵士達に向け跳躍。

 

Aah!! (ぐわっ!!)

 

 一人の兵士に飛び蹴りを喰らわす。

 

 さらに回転を加え跳躍、連続の旋風脚。

 

 3人の兵士を同時に倒し、白兵戦に持ち込む。

 

 右の相手の武器を払い、右フック。

 

 後ろに二回転捻りこみの跳躍、飛び後ろ回し蹴り。

 

 背後から銃を向けてくる兵士。

 

 銃口を踵で蹴り飛ばす一回転蹴り。

 

 着地と同時に振り返り、みぞおちに頂肘の肘打ち。

 

Die, you bastard!! (死にやがれ!!)

 

 銃撃してくる相手に対し、左腕で顔を防ぎながら接敵。

 

 銃を掴み相手の首に押し込むと同時に頭突き。

 

 怯んだ相手を掴み背後に向かせ、右腕で相手の首を拘束。

 

 左腕の腕刀を相手の首に向けて背後から打ち込み無力化。

 

Fuck you!! (くたばれ!!)

 

 ナイフファイトを仕掛けてくる兵士。

 

 左手でナイフを持つ手首を、右手で相手の肩を抑え込む。

 

 右裏拳、右肘打ち、顔面膝蹴りと連続する攻撃。

 

 後ろを振り向き、歩兵戦闘車に駆け寄り右蹴り上げを車に放つ。

 

Oh, my God!! (嘘だろ!!)

 

 鈍化した世界、車は大きく宙を舞い橋から落ちていった。

 

 黒衣の悪魔は明かりに照らされたワタツミ大橋を歩いていくのだが……。

 

 不意に夜風の中に砂を感じた。

 

「この砂の風……懐かしいな」

 

 遠くに見えるメガフロート都市にそびえ立つ光柱を見上げる。

 

 人修羅の脳裏に、ボルテクス界にそびえ立っていたオベリスク塔の記憶が過ぎった。

 

「どうやら俺は……()()()()()()()にあるようだ」

 

 風の応用魔法で一気に加速、死の橋を渡っていく。

 

 かつてあった世界での決着の場所へと赴くように、悪魔は駆け抜けていった。

 

 ────────────────────────────────

 

 ワタツミ大橋を見つめるチェンシーの姿。

 

 彼女の無線機に駆逐艦からの無線連絡。

 

「……ドウシタノ、チェンシー?」

 

「どうやら、招かれざる客が来たようだ」

 

 ソウルジェムの念話を使い、指令を与える。

 

Alice, we have a visitor from the sky.(アリス、空からお客さんだ)

 

 巨大ヘリポート上空にワームホールが開く。

 

 飛び出してきたのは戦闘機。

 

 迎え討つかの如く空の彼方に向けて飛行していった。

 

 ………………。

 

 東京に向けて飛行してくる小松基地所属のF-15J戦闘機編隊。

 

 任務はアメリカ軍の占領部隊に見られる敵航空機への威嚇。

 

 同盟国の軍隊が相手の為か、敵航空部隊の警戒と威嚇攻撃が精一杯の対応。

 

 現在、埼玉県雲取山上空を飛行中である。

 

<<ドラゴン1より各機へ! 東京のメガフロート都市に現れた米軍部隊は突然現れたそうだ!>>

 

<<桂三佐! そんな情報、いくら何でも無茶苦茶ですよ!>>

 

<<揚陸艦の艦隊でもなければ、あれだけの規模の兵力を輸送出来ない! 東京に突然出現するなんてありえません!>>

 

<<俺にも分からん! だが元に、この国の首都は今……米軍の驚異に晒されているんだ!>>

 

<<まさか同盟国と戦う日が来るだなんて……信じられない>>

 

<<俺たち自衛隊に敵は選べない! 攻めてきたならば、迎え撃つだけだ!!>>

 

 突然ミサイル警報装置が鳴り響く。

 

<<ミサイル警報!? 全機ブレイク!!>>

 

 編隊を解除し、各機急旋回。

 

 前方空域から迫りくるのは、6発の中距離空対空ミサイル。

 

 本来は射程圏外の中距離ミサイルなのだが、正確に攻撃してきた。

 

<<警告なしでいきなり撃ってきたぞ!? 交戦規定なしかよ!!>>

 

<<糞っ!! 早い!!!>>

 

<<フレアを使え!!>>

 

 チャフ・フレアディスペンサーからフレア(熱源囮)を撒き散らす。

 

 火の玉の囮が雲を描きながら機体から射出されていく。

 

 だが、アクティブ・レーダー・ホーミングが使われているので熱源囮が通用しない。

 

<<駄目だ! フレアが効かない!!>>

 

<<嘘だ!! こんなあっけなく……俺は終わるのか!?>>

 

<<息子がいるんだ!! やめてくれぇ──ッ!!!>>

 

<<待て! 待ってくれ!! まだ死にたくない!!!>>

 

<<うわぁぁぁ────ーッッ!!!>>

 

 旋回飛行・ループ飛行を繰り返しながらの回避行動を繰り返す。

 

 しかし、マッハ4で飛翔してくるミサイル相手では逃げ切れない。

 

 アムラームミサイルが次々と命中し、夜空に爆煙が広がっていく。

 

 生き残ったのはドラゴン1の桂三佐だけであった。

 

<<長距離からのミサイル攻撃……まさかデータリンク!? それじゃ敵機は……!?>>

 

 夜空の彼方から、それは飛来する。

 

 鈍化した世界、敵機と空で交差した瞬間。

 

 目視した桂三佐は、入間基地司令部に無線で敵機の情報を伝えた。

 

<<ドラゴン1より管制塔! 敵機はアメリカ空軍のF-22ラプターだ!!>>

 

<<アメリカのステルス戦闘機……そんなバカな!? やはり米軍の侵攻だったのか!>>

 

<<迎撃に入る!! 俺以外は全員あの一機にやられちまった!!>>

 

<<待て、許可出来ない!! 外交問題になるぞ!!>>

 

<<何を悠長な事を言ってる!!>>

 

<<先ずはアメリカ大使館に確認を……>>

 

<<馬鹿野郎!! 仲間が殺されたんだぞ!! ()()()()が自衛隊だろうがぁ!!!>>

 

 ジェットエンジンノズルが推力偏向によって傾き、ループ飛行。

 

 敵機もループ飛行で反転し、接敵してくる。

 

<<うぉぉぉぉ──ーッッ!!!>>

 

 互いの機体に備わった機関砲の射撃が夜空で交差。

 

 大戦後、初となるだろう本土上空でのドッグファイトが開始された。

 

 ────────────────────────────────

 

 橋を一気に駆け抜け、次のバリケードを目指す。

 

 後方から装輪装甲車が迫りくる。

 

 悪魔の背後から機銃掃射。

 

 蛇行しながら避けていく。

 

 対向車線に装甲車が入り込み、悪魔と並走。

 

You're not going anywhere from here!! (ここから先は行かせない!!)

 

 機銃台座を回転させ、横を走る悪魔を撃ちまくる。

 

「くっ!」

 

 ばら撒かれる弾丸を側転回避。

 

 勢いのまま対向車線側に跳躍前宙、車の上に飛び移る。

 

 兵士を掴み上げ、頭突きを食らわせ海に投げ捨てた。

 

 運転手をドアから引きずり降ろそうとした時……。

 

「なんだっ!?」

 

 迫りくる滑空音。

 

 直後、橋が成形炸薬弾によって爆発、火の海となる。

 

 都市沿岸部に展開したM1エイブラムス隊から砲撃されたようだ。

 

Keep firing!! (撃ち続けろ!!)

 

 横一列に隊列を組み、次々に砲弾を発射。

 

「くそっ……」

 

 大破した装輪装甲車から転げ落ちた悪魔の姿。

 

 頭上からは休む間もなく砲弾の雨が降ってくる。

 

 至近弾が爆発する業火の中から跳躍し、炎を掻い潜り走り続ける。

 

 苛烈な攻撃が続けられる後方の空からは、さらなる脅威。

 

 ワームホールから出現したのはステルス爆撃機B-2スピリット。

 

 ワタツミ大橋に向け、空爆アプローチ。

 

 左側ウェポンベイが開き、ボムラックに搭載された500ポンド爆弾を投下。

 

 次々と爆弾が落とされ、橋が破壊されていく。

 

「くそっ……これでは向こう側に渡れない!」

 

 後続から迫っていた警視庁特殊急襲部隊だったが、戦場から分断された。

 

「奥からも上からも……派手にやりやがって!!」

 

 空爆と砲撃によってワタツミ大橋が崩落していく。

 

 攻撃は見境なく、後方で倒れていた兵士達まで殺していった。

 

「使い捨ての命はどうでもいいのか……ペンタグラム!!」

 

 前方を守るバリケード部隊が見えるが、最早見境ない攻撃に巻き込まれるしかない。

 

 バリケードを死守する兵士達からの一斉射撃。

 

 銃弾の雨を浴びながらも加速を緩めない。

 

「うおおお──ーッ!!!」

 

 バリケードに突撃、強引に装甲車を弾き飛ばして突破。

 

 突破された兵士達が銃を構えるが、頭上から降り注ぐ空爆によって死んでいく。

 

「俺が甘かった! この戦いは……人間の犠牲を減らすだなんて……考える余裕すら無い!!」

 

 猛火に晒される悪魔が走る。

 

「1秒でも早く……魔法少女共の命を終わらせる……待っていろッ!!!」

 

 今はただ、ひたすら走るしかなかった。

 

 ────────────────────────────────

 

 二機の戦闘機が激しい火花をぶつけ合い飛び交う光景。

 

<<逃がすかよ!!>>

 

 F-22に猛追しながら飛行するF-15J。

 

 上昇しながら捻りこみを行い、降下。

 

 ハイ・ヨー・ヨーと呼ばれる空中戦闘機動を見せる。

 

 上空からの機関砲攻撃。

 

 敵機は旋回して回避。

 

<<優れたステルス戦闘機だろうが……目視出来る距離ならば勝算はある!!>>

 

 F-22とは、一度も姿を見せずに敵機を撃墜する作戦には適している。

 

 しかし、インターセプトの間に戦闘が始まればそうはいかない。

 

 レーダー反射断面積が優れていても、近距離戦闘であればレーダーに映る。

 

 誘導ミサイルをお見舞いする事は可能だった。

 

<<アムラームは撃ち尽くしてる! 後は側面2箇所のサイドワインダーだけだろうが!!>>

 

 F-15Jは最高速度においても、ミサイルや弾薬搭載量においてもF-22を上回る。

 

 後は、パイロットの技量次第。

 

<<仲間達の仇は……取らせてもらう!!>>

 

 猛禽類の名を持つステルス戦闘機に対し、一歩も引かない空中戦。

 

<<背後をとった!>>

 

 空対空誘導弾が2発、敵機に向けて発射される。

 

 旋回しながら回避行動、フレアを夜空にバラ撒いていく。

 

 誘導弾の赤外線画像によって目標は補足され、フレア回避は出来ない。

 

 F-22が一気に降下。

 

 山間を低空飛行しながら猛追するミサイルを避け続ける。

 

 回避行動を取り続けるが、ミサイルは直ぐ後ろまで迫ってくる。

 

 前方には大きな橋。

 

 川スレスレの低空飛行を行いながら、橋の下を通過。

 

 2次元推力偏向ノズルによる推力偏向が行われ、急速上昇。

 

 ミサイルは橋に激突し、爆発に巻き込まれた後続ミサイルも爆発。

 

<<そう来ると思っていたぞ!!>>

 

 上空から真下に向けて降下、機関砲を放つ。

 

 上昇するF-22も機関砲を放つ。

 

 弾の光がすれ違い、互いの機体が交差して上下に飛び越えていく。

 

<<野郎!? スレスレで避けやがった!!>>

 

 F-22はループの頂点で背面姿勢からロールし、水平飛行。

 

 F-15Jは降下しながら逆宙返りで水平に戻り、敵機を追撃。

 

 イーグルとラプター、雲を翼に掴む鋼鉄の鳥たち。

 

 二機の激しい空中戦、互いに一歩も譲らない。

 

 アフターバーナーが噴き上がり、敵機の後ろに猛追を仕掛ける。

 

<<くらいやがれッ!!>>

 

 F-15Jがサイドワインダーを発射しようとした時だった。

 

<<何っ!!?>>

 

 敵機が減速したかと思ったら、木の葉が舞うようにループを最短で行う戦闘機動。

 

 スピードが出たF-15Jは敵機を通り超え、背後に回り込まれてしまう。

 

<<クルビットか!! くそぉ!!!>>

 

 推力偏向を用いて機体機首を上に持ち上げていく。

 

 機体全面で風を受け減速、相手を前に押し出すコブラと呼ばれる戦闘機動。

 

 F-22のパイロットもコブラを行っていく。

 

<<読まれていた!?>>

 

 互いに減速したままの飛行。

 

 失速する前に互いが機首を戻し、旋回を繰り返す。

 

<<逃げ切れない!!>>

 

 ミサイルロックの警報が鳴り響く。

 

 F-22側面2箇所のウェポンベイに搭載されたサイドワインダーが発射された。

 

<<くそったれ!!>>

 

 フレアを巻き、ハイGバレルロールで旋回を繰り返すが……逃げ切れない。

 

 ここは高度10000メートル以上。

 

 遮蔽物を利用した回避行動はとれない。

 

<<……神よ!!>>

 

 地上に機首を向け、アフターバーナー全開で降下。

 

 背後からは猛追するミサイル。

 

<<狙うは地面ギリギリ……低空飛行で切り抜け、ミサイルを地面に激突させる!>>

 

 噴き上がるジェットエンジン。

 

 重力によって機体が加速していく。

 

<<Pull Up(上昇せよ)>>

 

<<Pull Up(上昇せよ)>>

 

 操縦桿操作で機首をギリギリで引き上げようとしたが……。

 

「────!!!!」

 

 機体は制御しきれず、地面に激突。

 

 機体はパイロットを乗せたまま爆発してしまった。

 

 パイロットが最後に何を叫んだのかは分からない。

 

 愛する妻の名か、愛する子供の名か、育ててくれた親の名か……。

 

 日本の鷹を始末した、米国が誇る猛禽類の影が空を舞う。

 

 無慈悲な勝利者は旋回し、東京湾に向けて飛行していった。

 

 ────────────────────────────────

 

 総理大臣公邸。

 

 公邸内の内閣総理大臣執務室では……。

 

「これは一体どういうつもりですか!! トールマン大統領!?」

 

 電話を行っているのは日本の総理大臣である矢部総理。

 

「これは明らかに……日本の首都に対する侵略行為だ! 同盟国に対する明らかな裏切りですよ!?」

 

 電話の向こう側には、アメリカ大統領であるトールマンの姿。

 

「信じて欲しい、矢部総理。我々アメリカは……この東京を占領している米軍に関しては一切関与をしていないのだ」

 

「百歩譲ってそれが事実だとします。では、それが事実なのだと説明出来る証拠が有りますか?」

 

「既に大使をそちらに向かわせている。これはアメリカの明かしてはならない恥部……トップシークレットをお見せする」

 

 暫くすると大使が総理大臣執務室に訪れる。

 

 タブレット端末を総理に渡し、大使は退出した。

 

 収められていた動画を見て、総理は驚愕。

 

「ば、馬鹿な……映画の映像じゃないのか!?」

 

 グアム基地に向かっていたB-2ステルス爆撃機。

 

 爆撃機が前方空間に吸い込まれていく動画内容。

 

 ホルムズ海峡に向かっていたアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦。

 

 上空に船体ごと吸い込まれていく動画内容。

 

 任務を終え強襲揚陸艦に着艦しようとしたハリアーⅡ。

 

 甲板上空に向けて機体が吸い込まれていく動画内容。

 

 アラスカ空軍基地所属のF-22ラプター。

 

 滑走路前方に広がる空間に飲み込まれていく動画内容。

 

 アメリカ海兵隊基地。

 

 巨大クレーターしか残っていない動画内容。

 

「こんな……こんな事が出来る存在は……まさかあの!?」

 

「リポーターが言っていたな……。まさか、米軍を手に入れてこのようなテロ行為に使うとは……」

 

「魔法少女……やはり実在していたのですね?」

 

「知っていたのかね?」

 

「私も総理大臣に初めて就任した時、()()()()()()()()()()の使者より聞かされていました」

 

「日本の国家神道組織ヤタガラス……戦後解体されたと思っていたのだが」

 

「日本の秘密結社、ヤタガラスをご存知だったのですか?」

 

「噂は聞いている。霊的国防において、歴史ある日本の組織だとな」

 

「私も半信半疑でしたが……祖父からも父からも聞かされておりました。この国には、魔法を使う存在がいるということを」

 

「作り話ではない、魔法少女は実在する。これほどの驚異をばら撒く事が出来る存在が、世界中の国家に隠れ潜んでいる」

 

「こんな事が明るみに出たら……世界中がパニックに陥ります!!」

 

「カバーストーリーを作り、事実を隠蔽するしかあるまい。協力して貰いますぞ、矢部総理」

 

「……貴国の軍隊について、アメリカの立場をお聞かせ下さい」

 

「沖縄の海兵隊と横須賀の海軍を合流させて鎮圧部隊を編成し、対処する」

 

「……我が国の自衛隊は?」

 

「自衛隊がアメリカ軍を鎮圧? それこそ貴国の世論は一気に反米に転じ、日米同盟は最悪……破壊される事になるだろう」

 

「手出し無用ということですね?」

 

「そうだ。これはアメリカの失態……必ず我が国が鎮圧してみせる」

 

「占拠している兵士達は、自らの意思でテロリストとなったとお考えですか?」

 

「相手は魔法が使えるのだぞ? 我々の常識など通用せん。洗脳されたと仮定して対処する」

 

「その魔法が使える相手に、貴国の軍隊は本当に勝てるのでしょうか?」

 

「衰えてもアメリカは世界最強の軍隊。誇りがある……任せて貰いたい」

 

「分かりました……トールマン大統領。お任せします」

 

 電話を切り、大きな溜息。

 

 執務室のTVにはニュース映像音声が響いていたのだが……。

 

 ふとTVに目線を移す。

 

 そこに立っていた人物とは……? 

 

「ヤタガラスの使者!? ……いつの間に現れたんだね!」

 

 漆黒の御高祖頭巾(おこそずきん)を目深く被り、漆黒の女性着物を着た女性。

 

「此度のこの騒乱。この国を預かる総理大臣として……如何するおつもりですか?」

 

 肘を机につき、手を重ねて思考を重ねる姿。

 

 迷った末に、結論を出す。

 

「アメリカは……信用出来ない」

 

「私も同じ意見です」

 

「隠密で動けるか? 超國家機関ヤタガラスの組織は?」

 

「我々は神武天皇時代からこの国の影となり、霊的国防を任せられておりました。お任せ下さい」

 

「ヤタガラス組織に魔法少女はいないのか? 相手が魔法を使えるのならば……こちらにも必要だ!」

 

()()()()と呼ばれる魔法少女一族がヤタガラス傘下におりますが……彼女達は信用出来ません」

 

「どういうことだ?」

 

「時女一族神官の()()()は、組織内の権力争いに固執しています。この騒乱を利用し、ヤタガラス内部の影響力を増そうと政治工作してくるでしょう」

 

「ヤタガラス内部も一枚岩というわけではないのだな……。では、ヤタガラスにおいて信頼出来る霊的国防を行える一族とは?」

 

「最強の退魔一族を使います。その一族の名は、()()()()です」

 

「その一族ならば、この騒乱を静められるのか?」

 

「時女一族や他の退魔一族の立場が組織内部で弱いのは、葛葉一族に比べたら取るに足らない程、力も歴史もない存在達だからなのです」

 

「女の退魔一族に嫉妬される……最強の退魔一族か。いいだろう、その者達を使ってくれ」

 

「かしこまりました、矢部総理」

 

「頼んだぞ……ん?」

 

 TVの映像には黒衣を纏う少年の姿。

 

「この少年は米軍に襲われているのか!? それに……何なんだ、あの禍々しい姿は!?」

 

「この者は……まさか悪魔?」

 

 TV映像を見つめる二人。

 

 そこには、軍隊の猛攻を受けながらも突き進む……悪魔の如き人物が映っていた。

 

 ────────────────────────────────

 

 空爆と砲撃を掻い潜り、ついにメガフロート都市入り口へと辿り着く。

 

 後続から迫りくるステルス爆撃機の空爆は終わらない。

 

 ウェポンベイの右側が開き、残されていた2000ポンド級爆弾の投下体勢。

 

 遠くに見えるワタツミタワーを睨む。

 

「この魔力……アリスか!!」

 

 タワー前の円形道路上空に現れた巨大ワームホール。

 

 そこから落下してきたアリスの新たなる姿とは……。

 

「……なんだ、あの巨大な肉塊姿は?」

 

 例えるなら……()()と呼ぶしかない見た目。

 

 巨大なる肉塊が下にあった噴水を踏み潰して着地。

 

 着地の衝撃と自重によって、自ら下半身を潰した。

 

 肉塊上半身部位が暴れ狂う、おぞましい光景。

 

I'm gonna kill you!!! (ぶっ殺してやる!!!)

 

 頂上部分に見えるのは、アリスの頭部。

 

 片目は抉られ、片目の代わりにされたソウルジェムが禍々しく光る。

 

「……魔法少女にとって、肉体は外付けHD。どんな形をしていようとも……魔力で動かせるか」

 

 変わり果てた魔法少女の姿。

 

 体を改造され、麻薬漬けにされ、自我も奪われた傀儡。

 

「Gaaaaaaaahhhh !!!!」

 

 周囲に無数のワームホールが開く。

 

 武器を射出する一直線先には、悪魔の姿。

 

 アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦も動く。

 

 ミサイル垂直発射システム上空に広がっていくワームホール。

 

 船首楼甲板上に搭載された艦砲の照準先にもワームホールが開く。

 

 アリスの前方道路を塞ぐ形で並ぶ、二台のディーゼルトラック。

 

 カーゴに搭載された対空機関砲ファランクスも照準を悪魔に向ける。

 

 ワタツミタワーまで一直線に伸びる多目的ビルの屋上に見える兵士達。

 

 屋上からはM249ミニミ軽機関銃を一斉に構える。

 

 下層窓際にはM2HB重機関銃を三脚固定。

 

 上空は空爆を行おうとしているステルス爆撃機。

 

 悪魔の両側に伸びる沿岸部道路から進軍してきたのはM1エイブラムス戦車隊。

 

 ワタツミ大橋は破壊され、もはや逃げ場無し。

 

「いいだろうアリス……ケリをつけようぜ!!」

 

 ボロボロになった黒衣を掴み、脱ぎ捨てる。

 

 決着をつける道を切り開く為に、死地と化した道を駆け抜けていった。

 

 ────────────────────────────────

 

 ミサイルブザーの音と共にミサイル垂直発射システムが開き、煙と火柱が上がる。

 

 次々とトマホークミサイルが連続発射され、上空のワームホールに入り込む。

 

 アリスの周りに開いたワームホールから次々と飛び出し、悪魔に向けて巡航飛翔。

 

 ミサイル側面にはアリスがペイントしたトランプ図柄。

 

 アリスが放った最後の一撃とは、()()()()()()()()()()()()を表した。

 

「うおおぉぉぉ────ーッッ!!!!」

 

 疾走する悪魔に目掛け、周囲を囲むビルからも集中砲火。

 

 後ろからは空爆の大爆発が迫りくる。

 

 流れ弾と爆炎を浴びながらも、風を纏て疾走していく。

 

 跳躍し、迫りくる巡航ミサイルの上に飛び移っていく。

 

 滅茶苦茶に飛んでくるミサイルの槍を次々と高速で跳躍し、接敵。

 

 ──―目標まで、800メートル。

 

 上空のワームホールから地上目標に向けて艦砲の弾が次々と撃たれていく。

 

 艦砲射撃、空爆、面射撃が地上に噴き荒れていく。

 

 空爆の大爆発で戦車隊は破壊され、後ろの爆発に飲まれた巡航ミサイルも次々と爆発。

 

 周囲の建物も倒壊し、展開していた兵士達が死んでいく。

 

 まさに死の嵐が如き光景。

 

 ──―目標まで、600メートル。

 

Die, die, die, die, die, !!!! (死ね死ね死ね死ね死ね!!!!)

 

 艦砲の弾がビルに命中して外壁が崩れ、悪魔の眼前を塞ぐ。

 

 鈍化した一瞬、壁となった外壁に6つの線が走る。

 

 光剣によって焼き切った壁に飛び蹴りを放ち、蹴り砕く。

 

 止まっている暇など、1秒さえ許されない。

 

 ──―目標まで、400メートル。

 

 ファランクスの銃身が回転し、猛火の弾幕射撃を開始。

 

「くっ!!」

 

 ミサイルを迎撃出来る正確な射撃が悪魔に撃ち込まれ続けるが、怯まない。

 

 痛みを感じている暇などありはしない。

 

 地面からもワームホールが開き、真下から巡航ミサイルが現れる。

 

「チッ!!」

 

 体を横倒しに回転、ミサイルをギリギリで回避。

 

「目標まで……あと200メートル!!」

 

Fuck youーーーーー!!! (くたばれぇぇぇぇ!!!)

 

 ファランクスの弾幕が飛翔していくミサイルに向けられる。

 

 弾幕がミサイルを破壊、大爆発が悪魔を襲う。

 

 道路が爆発と爆炎で埋め尽くされたが……。

 

 地獄から生還するが如く、全身焼け爛れながらも飛び出してきた悪魔の姿。

 

「お前とのデスマッチは……」

 

 悪魔の全身に『気合』が込められ、強大な力を右腕に収束。

 

 掌の中に、小さいが……()()()()()()

 

 小さな光を右手で握り込み、拳を固め、内側から光が溢れ出る。

 

 鈍重な腕で悪魔を掴もうとするが、間に合わない。

 

 アリスの頭部が繋がった肉塊の上に着地。

 

「ここまでだぁぁ────ッッ!!!」

 

 アリスの頭部に放たれた極限の一撃。

 

 頭部は爆ぜ、右拳が肉塊にめり込む。

 

 気合によって飛躍的に高められた腕力と、消滅を司る光が同時に襲う。

 

 肥満肉体から無数の光が溢れ出ていく。

 

 そして、周囲は光の大爆発。

 

 地面を削り取る程の光の大爆発をタワー屋上から見つめるチェンシー。

 

 その表情は戦慄していた。

 

「この光が……旧約聖書において、ソドムとゴモラの街を焼いた神の雷霆(らいてい)……」

 

 ──―メギドの火の威力なのか!? 

 

 悪魔の魔法において、全てを超える万能属性魔法の一撃の名は『メギドラオン』

 

 光が収まり、そこにアリスの姿はない。

 

 巨大な肉塊が占拠していた地面は、まるで巨大なクレーターのように削られている。

 

 ブロック最下層から跳躍して飛び出してきた悪魔の姿。

 

「チェンシー……俺は死の嵐を超えてきたぞ」

 

 悪魔がタワー屋上を睨む。

 

「いいぞ悪魔よ……血がたぎる!!」

 

 ──―さぁ……私の元まで来るが良い!! 

 

 天を貫く光の塔こそが、決着の場所。

 

 この塔が、憎き仇の墓標となる。

 

「風華……あの世で見ているがいい」

 

 ──―この戦いの、結末を。

 




読んで頂き、有難うございます。


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37話 死の軍隊

 積乱雲と雷鳴。

 

 空を穿つは、天に伸びる光の聖塔。

 

 光柱はタワー屋上を貫き、都市ブロックを海底奥深くまで抉り取る。

 

「このビルにいるな……残りのペンタグラムメンバー共は」

 

 光柱が伸びる屋上を見上げる。

 

「あの屋上からチェンシーの魔力を感じる……待っていろ」

 

 だが、もう一つ屋上に感じる魔法少女の魔力なのだが……。

 

「これは……アイラの魔力なのか!? 以前感じた時よりも……遥かに強い!!」

 

 アイラから感じ取れた魔力。

 

 それはかつての世界で言えば、神や魔王の領域。

 

「あの女にこの魔力を与えているのが……この光なのか?」

 

 アイラがペンタグラム決起の要なのだと悪魔は考える。

 

「……そうは、させない」

 

 両腕が燃え上がる。

 

 地面からも業火が巻き起こり、悪魔の周囲を包む。

 

 狙うはタワー屋上にいるチェンシーとアイラ。

 

 一直線の豪熱放射たるマグマ・アクシスを放とうとした時……。

 

<そこまでだ、悪魔よ>

 

 聞こえてきたのはチェンシーの念話。

 

 彼も念話を返す。

 

<貴様らの命を貰いに来た>

 

<フフ……サイファー様と同じく、お前もソウルジェム念話と同じ事が出来るようだな?>

 

<サイファー? それが、お前達を手引している奴の名か?>

 

<その通りだ。サイファー様が我々を導き、決起を起こせる力を授けて下さった>

 

<ならばそいつも殺してやろう。お前達は先にあの世に行くんだな>

 

<このエリアごと私を葬り去ろうというのなら……この下の階にいる人質共も一緒に死ぬぞ?>

 

 両腕の炎を消し、周囲の業火も消えていく。

 

 はじめから撃つつもりなどなかったようだ。

 

(撃つフリに付き合ってくれたお陰で、人質の確認はとれた)

 

 予想通り、人間の盾をビルに集積させているようだ。

 

<このビルは人間達を人質にしたエリアを東棟と西棟にも分けて分散させ集積してある>

 

<随分と手間のかけた分散だな?>

 

<フフフ……このビルに向けて強大な魔法攻撃を迂闊に使えば、人質も巻き込む事になるぞ?>

 

<……ならば、直接貴様らをぶちのめしに行くだけだ>

 

<その意気だ、悪魔よ。楽しい戦いをしようじゃないか>

 

 念話を終え、無線で指示を出す。

 

「このジェット機の音は……!?」

 

 音が聞こえる方角に振り向く。

 

 ビルの影から現れたのは、攻撃ヘリと同じ空中移動を行える垂直離着陸機ハリアーⅡ。

 

 敵機に向け、破邪の光弾を放とうとするが……。

 

「……チッ」

 

 コックピットに見えるのは洗脳された兵士。

 

 機銃掃射を間一髪避け、西棟エントランスに向けて駆け抜ける。

 

 悪魔は登らなければならない。

 

 ペンタグラムが支配する塔を。

 

 ────────────────────────────────

 

 西棟エントランスホールに入り、周囲を警戒。

 

 白い大理石の広々とした床、4階部分まで吹き抜けとなっている大きな天井空間。

 

 エスカレーターは2階通路と繋がっており、奥のエレベーターで上に迎えるようだ。

 

 気品溢れるエントランスホール内において、場違いな連中の姿も見える。

 

 それを見越した上で西棟を彼は選んだ。

 

I'm glad you're here, demon.(嬉しいわ、悪魔)

 

 二階通路を見上げれば、レベッカの姿。

 

He chose the west wing where we are.(私たちがいる西棟を選んでくれて)

 

 周囲を取り囲んでいるのはレベッカのゴーレム達。

 

「……あえてこっちを選んだ。お前達の魔力に気づいていたからな」

 

 悪魔を取り囲む死者の軍隊。

 

 両腕の代わりに備えられたのはミニガンやグレネードランチャー。

 

 前回の戦いを経験し、接近戦は不利だと判断したようだ。

 

「両腕が銃だと? 引き金さえ引けない……と考えるべきじゃないんだろうな」

 

 ゴーレムは彼女の魔力に操られており、銃と一体化した事もあり武器も操れると判断。

 

 レベッカの後ろから現れる、巨大なゴーレム。

 

「……まるでサイクロプスだな」

 

 単眼の巨人として生み出された2体のゴーレム。

 

 背中には巨大ドラムマガジンを背負い、給弾ベルト先に繋がるのは巨大なる銃身。

 

 A-10サンダーボルトIIに搭載されたGAU-8アヴェンジャー。

 

 この機関砲が発射する30mm弾の威力は戦車どころか基地さえも破壊しつくせる。

 

「相変わらず、取り巻きがいないとデカイ態度が出来ないようだな?」

 

 不敵な笑みを浮かべ、エントランスホールを進む。

 

 ゴーレム達が一斉にミニガンを構える。

 

I don't want any more of your meat! (もうお前の肉はいらない!)

 

 蛇杖を悪魔に翳す。

 

I'll mince you right here and now! (この場でミンチにしてあげる!)

 

「お前に会ったら、言ってやろうと思っていた言葉があるんだよ」

 

 右手を使い、親指を下に向ける。

 

Cowardly bitch.(腰抜け女が)

 

 悪魔の『挑発』

 

 眉間にシワを寄せ、彼女は激怒。

 

Kill him!! (殺せ!!)

 

 魔力で操られたゴーレム達の銃身が回転していく。

 

「……ヘッ、バレットパーティってやつだな」

 

 持ち上げた右手を使い、人差し指で手招き。

 

 アジアで見られる犬に向けて行うジェスチャーサインでさらに挑発。

 

 ──―いつでも来な、()()()

 

 ────────────────────────────────

 

 一斉射撃の弾幕。

 

 悪魔は風を纏い、2階通路に跳躍。

 

 立っていた場所を弾丸が飛び交う。

 

 囲んでいたゴーレム兵士達が次々と同士討ちとなっていく。

 

 味方の同士討ちを考慮せず布陣を敷いたツケ。

 

 戦術の類をレベッカは知らなかったようだ。

 

「さぁ、やろうぜ」

 

 一体目のサイクロプスゴーレムと対峙する。

 

 巨大な銃身を鈍器にした右薙。

 

 右手の光剣による右切り上げ。

 

 巨大な銃身が光熱によって溶断された。

 

「チッ、あの女……」

 

 目を向ければ、エレベーターに向けて走り去る彼女の姿。

 

 左手を向け、破邪の光弾を放とうとした時……。

 

 ──―人質も巻き込む事になるぞ? ──―

 

(このビルの何処に人質が詰め込まれているか判断出来ない……)

 

 跳躍一回転、サイクロプス右側頭部に旋風脚の一撃。

 

「グオオォ──ー!!!」

 

 ガラスの手すりを砕き、一階に落ちていく。

 

 着地と同時にさらに跳躍。

 

 二体目が構える機関砲が暴音を撒き散らす。

 

 無数の薬莢をばら撒き、ビルの壁を30mm弾が砕いていく。

 

 巨人を超える月面宙返りによる回避行動、悪魔が宙を舞う。

 

 背後に着地し、光剣でゴーレムを溶断しようとした時……。

 

「何っ!?」

 

 一階で生き残っていたゴーレム兵達によるグレネード射撃。

 

 サイクロプスごと爆発に巻き込まれ、壁まで転がされる。

 

「死人共は見境ないな……」

 

 同じく倒れ込んだサイクロプスを睨む。

 

 見れば機関砲の給弾ベルトが破損して千切れ、もはや鈍器として使う道しかない。

 

 起き上がり、一気に踏み込む。

 

 銃身で頭部ごと叩き潰す勢いで振り上げる姿を見せた巨人。

 

 その胴が宙を浮く一閃。

 

 さらに右手の光剣による唐竹割りにより、十字に斬り裂かれた。

 

「諦めの悪い奴らだ」

 

 エスカレーターを駆け上がる人形サイズのゴーレム兵士達。

 

 ミニガンを向け、銃弾の雨を放つ。

 

 両腕で顔を守りながらの接敵。

 

 手前の死人兵士を袈裟斬り、逆袈裟を同時に行い切り捨てる。

 

「ハァァ──ーッ!!」

 

 右薙・袈裟斬り・右切り上げ・唐竹・左切り上げ・左薙。

 

 死人達の体が分断されていく。

 

 突進の勢いで次々と斬り裂き、一階に進む。

 

「グオオォ──ーッ!!」

 

 一階で待ち構えるサイクロプス。

 

 背中のドラムマガジンを捨て、両拳をぶつける雄叫び。

 

 右腕を振り上げ、悪魔に向けて突進。

 

「来な!!」

 

 互いの右腕が振り下ろされ、パンチが激しくぶつかり合う。

 

「グガァァ──ーッ!!?」

 

 巨人に比べれば小さい筈の悪魔の右拳。

 

 だが結果はサイクロプスの右拳が潰れ、流血が噴き上がる。

 

「どうした肉塊? 俺と力勝負がしたいんだろ?」

 

 3メートルを遥かに超える巨体が後ずさる。

 

 跳躍し、空中飛び後ろ回し蹴りによる一閃。

 

 サイクロプスの首が折れ曲がり、エントランス奥にまで蹴り飛ばされた。

 

 トドメの一撃を放つ。

 

 右手の光剣による刺突、腹部を貫くのだが……。

 

「このキャタピラの音は……!?」

 

 背後を振り返ると同時に入り口を破壊する音が響く。

 

 現れたのは生き残っていたM1エイブラムス戦車。

 

 砲身は既に悪魔に向いている。

 

 戦車は走行しながら120mm砲を悪魔に目掛けて発射。

 

「チッ!!」

 

 鈍化する世界。

 

 腹部に刺した光剣を逆風に向けて切り上げていく。

 

 上半身を割く勢いのまま、後ろに向けての半回転斬り。

 

 砲弾が切断され、顔の前で左右に別れて通り過ぎる。

 

 背後に爆発が起きるが、目の前からは戦車が迫る。

 

Die!! (死ね!!)

 

 悪魔は右足を後ろに引き、足元から放電を行う。

 

 電磁により足を地面に固定し、迫る戦車に向けて両手を掲げる。

 

What the hell!? (何だとぉ!?)

 

 巨体を誇る米軍主力戦車を相手に、両手で掴み進行を押し止める姿。

 

 地面に亀裂が入り、過負荷によって吸着ももたない。

 

「オオオオ──ー!!!」

 

 両手からも放電、手が戦車に吸い付く。

 

 同時にキャタピラが浮き上がっていく。

 

 54.45tの重量を誇る戦車に仕掛ける技とは? 

 

「ラァァ──ーッ!!!」

 

 戦車に対して無理やり放つ、プロレス技のブレーンバスター。

 

 背後に倒れるゴーレムに目掛け、戦車の巨体が真上から押しかかり倒れ込む。

 

 ひっくり返された亀の如く、キャタピラの音だけが虚しく空回りする光景。

 

「あの女……逃さない!!」

 

 レベッカを追う悪魔の姿が二階に向けて駆け抜けていった。

 

 ────────────────────────────────

 

 エレベーターの前で案内を見る。

 

「どうやら……このエレベーターは最上階まで直通ではないようだな。行政の仕事を行う人達が利用する40階までか」

 

 エレベーターのボタンを押す。

 

 扉が開き、登れる範囲まで上を目指す。

 

 タワーを紹介する音声が内部で響いていた時……。

 

「今度は何だ!?」

 

 30階を超えた当たりで突然の振動が内部を襲う。

 

 エレベーターが急速で下降していく無重力感。

 

「くっ!」

 

 跳躍し、天井を光剣で溶断。

 

 エレベーターシャフト内に飛び出た悪魔が放電を行い、壁に張り付く。

 

 見下ろせば、落ちていったエレベーターが地上に叩きつけられる音。

 

「この魔力……上に何かいる……」

 

 頭上高く離れた位置。

 

 微かに見えるのは、人の胴体が繋がった3体の大蜘蛛。

 

 鋭く伸びた足の爪をシャフト壁に突き刺し、体を固定している。

 

 手に持たれているのはマチェーテ曲刀、ドラムマガジン付きサブマシンガン。

 

「楽には登らせてくれないか」

 

 シャフト内の壁に磁場で足を吸着させ、左手の吸着を解く。

 

 重力が体にかかり倒れ込むが、筋肉で抗い体勢を真横に向けたまま静止。

 

「だが、押し通る!」

 

 シャフトの上に向け、足を吸着させながら駆け抜ける。

 

 上空からの弾幕の光。

 

 両腕で顔を隠し、流れ弾を浴びながら進む。

 

 接敵したゴーレムがマチェーテを構える横を通過する勢いで両断していった。

 

「この足元が40階だと思うが……」

 

 エレベータードアに飛び移るため、向こう側のシャフト壁に飛び移る。

 

 体を壁に固定させた状態で右手を翳す。

 

「威力を弱めれば……何とかなるか?」

 

 威力を最小限にまで抑えた破邪の光弾を放ち、周りの被害を抑え込む。

 

 ドアに向けて飛び移り、40階に辿り着いた。

 

「ガラス張りの通路か……どうやらタワーの反対側に出たようだ」

 

 夜の東京湾を窓から見下ろせば、ミサイル駆逐艦の姿も見える。

 

 フロア案内に目を向け、次の行き先を決めた。

 

「西棟はエレベーターで最上階に登れないのか……。東棟から屋上を目指す為にも、50階の連絡通路に向かうしかないな」

 

 悪魔は走り出す。

 

 止まっている暇などないのだ。

 

 上に登る程に殺人衝動が噴き上がっていく。

 

「落ち着け……マスターと美雨の教えを忘れるな」

 

 心を乱して勝てる相手ではないと自分に言い聞かせる。

 

 ビルの屋上で待ち構えている強敵は、チェンシーだけではない。

 

 ────────────────────────────────

 

 通路を走り抜ける悪魔の姿。

 

「人質の開放に向かう訳にもいかない……。下手に見つけて突撃すれば、洗脳された兵士達が人質を攻撃し始める」

 

 兵士を操る魔法少女を殺せば、米軍兵士達も目を覚ます。

 

 彼らに人質を任せればいいと判断した。

 

 階段を昇り、41階のフロアマークが表示されたエリアに入るのだが……。

 

「あの攻撃機……ヘリと同じ飛行能力があったのか……」

 

 窓ガラスの向こう側に見えた機影。

 

 ハリアーⅡが垂直飛行しながらタワー裏側に回り込んできたのだ。

 

 右翼ハードポイントに搭載されたハイドラロケット弾が次々と撃ち込まれる。

 

「くっ!!」

 

 右の通路に向け跳躍、手を付き跳ね上がり前転着地。

 

 後ろでは爆発が次々と起こり、上の階を目指す階段の道は閉ざされる。

 

「あくまで逃さないつもりか!」

 

 高度を保ちホバリング移動。

 

 悪魔を追いながらロケット弾を撃ち続ける。

 

 後ろから迫る爆発の連鎖を振り向きもせず駆け抜けていく。

 

 天井に亀裂が入り、前方通路の天井が崩落。

 

「道が出来たな!」

 

 壁となった天井を蹴り上がり、42階に進む。

 

 攻撃機も上昇し、執拗に攻撃を繰り返す。

 

「ならば、こうする!!」

 

 静止し、ビルの窓ガラスに向けて跳躍。

 

 窓ガラスを破り、空中に身を投げだした下にはハリアーⅡの背中。

 

 飛び移った彼が反転し、再びビルに向けて跳躍。

 

 体勢を回転、両足で上の階にある窓ガラスに張り付いた。

 

「このまま一気に屋上まで昇る!」

 

 ガラスに張り付きながら高層ビルを昇り続けるのだが……。

 

「後ろか!?」

 

 走りながらの回避運動、直ぐ横をミサイルが飛び越えていく。

 

 機首を上に向け、垂直に飛行してくるハリアーⅡからのミサイル攻撃が続く。

 

「重力に逆らう張り付き状態では……いずれやられるか……」

 

 覚悟を決めるしかないと判断。

 

「戦いの世界は……殺るか殺られるかだ!!」

 

 鈍化した世界、意を決しガラスを蹴る。

 

 夜空の上でバク転運動、悪魔の姿が宙を舞う。

 

 ビルの下に向けて落下していく中、見えるのは上昇してくる敵機の背中。

 

 放電を行う左手で張り付き、空中で体勢を静止させた。

 

Did he fall? (奴は落下したのか?)

 

 目標が下に落ちていく光景しかパイロットには見えなかったようだ。

 

 機体を水平飛行に戻していくパイロットが見た光景とは……。

 

Idiot!? (馬鹿な!?)

 

 機体の上に立つ悪魔の姿がビルのガラスに映る光景。

 

「……許せ」

 

 右手から放出された光剣が機体の背中を斬り裂く。

 

 空中で両断された敵機の上からビルに向けて跳躍。

 

 ガラスを破り、中で受け身を取りながらの着地。

 

「………………」

 

 割った窓ガラスの下を覗き込む。

 

「……あの洗脳されたパイロット、ベイルアウトする自由すら与えられなかったか」

 

 自らの意志を持ち、守るべき人間の命を殺した。

 

 人間の守護者として()()()()とも言える。

 

「……助けられなくて、すまなかった」

 

 守ろうとすればする程に、彼の手から守り抜きたい人々の命が零れ落ちていく。

 

 ボルテクス界で生きたマネカタ達の命さえ、人修羅と呼ばれた尚紀は守れなかった。

 

 だが、迷っている暇すら与えられない。

 

 この戦いは、犠牲者の数を減らそうと考える余裕すら与えられない死闘。

 

 そして彼は今まで多くの魔法少女を殺し、遺族や友達を泣かせた外道。

 

 今更詫びの言葉など、あってはならない。

 

「……呪わば呪え。この身はもう、()()()()()()()()()()でしかない」

 

 自らの手を血で染め上げる事を、彼はもう躊躇いはしない。

 

 ──―地獄の底に堕ちる特等席なら……もう手にしている。

 

 ────────────────────────────────

 

 西棟50階の階段を駆け上るレベッカの姿。

 

 下から迫りくる悪魔の魔力を感じながら怯えている。

 

Je ne peux pas vaincre un démon avec mes pouvoirs !(私の力じゃ悪魔を倒せない!)

 

 自分の力では歯が立たないと判断し、他のメンバーに縋り付く逃避行。

 

 西棟50階の階段を登り、51階に続く階段を見た彼女が絶句した。

 

Qu'est-ce que c'est que ça !? (何よこれ!?)

 

 階段を見上げれば、既に瓦礫によって崩落している。

 

 光熱を帯びた鋭利な刃物でズタズタに斬り裂かれたようにも見えた。

 

Quelqu'un qui peut faire ce genre de coup.(こんな真似が出来る奴は……)

 

 彼女の脳裏に、自分を殴り飛ばしたルイーザの姿が過る。

 

 焦る中、悪魔の魔力も50階に到達しているのを感じ取る。

 

 この階のゴーレムを動かすが、時間稼ぎがいいところ。

 

……C'est inévitable.(やむを得ないわ)

 

 目指すべきルートを決める。

 

 西棟から東棟に移れる連絡通路。

 

 そして、そこに感じ取れるルイーザと合流する。

 

Je survivrai avec cette femme comme bouclier!(あの女を盾にしてでも生き残るわ!)

 

 アリスが倒され、他に悪魔と戦える存在は限られてしまう。

 

 最後の望みを頼りにし、レベッカは連絡通路に向けて走っていった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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38話 双頭の鷲

 西棟と東棟を繋ぐ連絡通路は北側と南側とに分かれている。

 

 中央フロア部分真下を覆うものは何もなく、現在は光の柱がそびえ立つのみ。

 

 光柱を背後に立つのはルイーザの姿。

 

 腕を組み、沈黙したまま求めし者の到着を待つ。

 

 その前に、負け犬が先に到着するのを彼女は魔力探知で感じ取った。

 

Help me, Louisa!! (助けてルイーザ!!)

 

 息を切らせて走ってきた人物に振り向く長身の魔法少女。

 

I can't defeat a demon with my power! (私の力では悪魔に勝てないの!)

 

 ドイツ人にも分かりやすいようにと英語を話す。

 

 目を細め、哀れな生き物を見る視線。

 

I hate losers. Rebecca.(私は敗北者が嫌いなんだよ。レベッカ)

 

「……Did you speak English all along? (最初から英語が話せたの?)

 

I don't have to pretend to be German anymore.(もうドイツ人のフリをする必要はない)

 

You've been hiding your identity? (素性を隠していたの?)

 

Because it was necessary.(必要だったからだ)

 

Then where are you from? (それなら、貴女は何処の国の人なの?)

 

I am a people without a country.(私は国無き民だ)

 

Jews!? (ユダヤ人!?)

 

Do you cuss me out? That I'm a Jew.(私を罵るか? ユダヤ人だと)

 

 ユダヤ人は欧米では嫌われている。

 

 金にがめつい、民族主義、金に五月蝿い、損得勘定しかない、金が全て。

 

 金銭部分だけでなく、ユダヤ人が嫌われる理由はキリスト教にとって裏切り者だからだ。

 

 イエス・キリストをローマ帝国に売った民族。

 

()()()()()()()として差別された。

 

Ashkenazi by any chance? (もしかして、アシュケナージ?)

 

 最初にドイツ人だと名乗り、ユダヤ人が本来の自分だと明かす。

 

 ならば彼女は東欧系アシュケナージ(ヘブライ語でドイツ)ユダヤ人だと察した。

 

Now is not the time for ethnic conflict.(今は民族対立している場合じゃないわ)

 

 後ろからは迫りくる悪魔。

 

 既に目前にまで迫ってきていた。

 

Please fight, Louisa!! (お願い、戦ってルイーザ!!)

 

「………………」

 

 ──―For the ideal of the pentagram! (ペンタグラムの理想の為に!)

 

 その一言を聞き、目元しか伺えない彼女の表情が愉悦を堪えきれない。

 

「クッ……ククク……ハハハ……アハハハハハハハ!!!」

 

 まるで道化の無様な演劇を見物しながら、()()()したかのように腹を抱えて笑い出した。

 

 ────────────────────────────────

 

 狂気を含んだ笑い声が続く。

 

What's so funny…? Are you out of your mind? (何が可笑しいの? 気でも狂った?)

 

 突然の豹変ぶりに恐れを感じ、顔が青ざめる。

 

Pentagram ideals? Don't make me laugh! (ペンタグラムの理想? 笑わせるな!)

 

You say you've forgotten our ideals!? (私たちの理想を忘れたというの!?)

 

It is not the pentagram that rules the world.(世界を支配するのはペンタグラムではない)

 

 ──―The god our clan worships! (我々の一族が崇拝する神だ!)

 

Then. what is your purpose for approaching us? (それじゃ、何の目的で近づいたの?)

 

You are a sacrifice. You're sacrifices to the devil.(お前たちは生贄だ。悪魔の生贄なのさ)

 

Who the hell are you……? (貴女は一体何者なの?)

 

We, the clan, have been waiting for you……(私たち一族はずっと待っていた)

 

 黒革グローブの右手側を脱ぎ捨てる。

 

That's why we've taken over.(その為に、我々は継いだのだ)

 

 右手の甲を翳す。

 

 右手に刻まれていたタトゥーとは……。

 

 ──―I have taken over the Illuminati.(イルミナティを継いだのだ)

 

 それは、『プロビデンスの目』

 

 黒い後光を背負う三角ピラミッドの真ん中に見える1つ目。

 

 イルミナティのシンボルであり、『神の目』を表す。

 

The Illuminati!? (イルミナティですって!?)

 

 その名を聞き、レベッカは凍りつく。

 

 イルミナティの意味は、ラテン語で『光に照らされたもの』

 

 人々に知識を与え、教え導く『啓蒙』という宗教的な意味合いをもつ。

 

 世界の陰謀論において、必ず現れる世界的秘密結社の名称。

 

 友愛結社を名乗るフリーメイソンと同じく悪名高い存在。

 

The world should be ruled by an enlightened people.(世界は啓蒙の民が支配するべきだ)

 

A secret society that worships Satan. a secret society! (悪魔崇拝を行う……秘密結社ね!)

 

 イルミナティは世界を牛耳り、人間を滅ぼす計画を立てている。

 

 世界中でそう言われ続けてきた禍々しい悪魔崇拝カルト組織。

 

 今目の前には、悪魔崇拝者がいるのだと彼女は理解した。

 

「……Oh, by the way, Chauncey told me.(そういえばチェンシーから聞いたわ)

 

What? (何をだ?)

 

You have to eat with the others.(貴女が皆と一緒に食事をしないと)

 

I don't have a normal diet.(私は普通の食事をしないからな)

 

I saw you go to the fetal clinic.(貴女が胎児クリニックに行くのを見たわ)

 

「………………」

 

You don't think. you're one of them, do you!? (まさか……貴女もしかして!?)

 

「……You don't eat human flesh? (お前は人間の肉を食べないのか?)

 

 ──―No!! Cannibals!!? (嫌ぁ!! 人喰い!?)

 

 ──―You evil witch!! (この悪魔女め!!)

 

「……That's a little different.(少し、違うな)

 

What's the difference!? (何が違うのよ!?)

 

Our clan is descended from demons.(私たち一族は悪魔の子孫)

 

 ──―Nephilim.(ネフィリムだ)

 

【ネフィリム】

 

 その名は『天から落ちてきた者達』と呼ばれ、旧約聖書や外典に登場した巨人族。

 

 天から落ちてきた天使(堕天使)と人間の娘との間に産まれた子孫。

 

 純血ネフィリムは高さ1・5km程もある巨体を誇り、名高い英雄とも呼ばれた。

 

 だが、彼らは食べ物が尽きると人間や同族さえも喰らう『食人族』として知られる。

 

 神はこれを見て絶滅させようとしたが、絶滅させるに至らなかった。

 

 滅ぼされまいと人間と交わる事により、身長は人間より少し高い程度の存在となっていく。

 

 ユダヤの王ダビデと戦った巨人ゴリアテもまた、ネフィリムの子孫と言われていた。

 

Nephilim, huh!? (ネフィリムですって!?)

 

Once, there were fallen angels on earth.(かつて、堕天使が地上に存在していた)

 

「……a demon summoned by humanity.(人類に召喚された悪魔ね)

 

They carried out the Great Demon King's orders.(彼らは大魔王の命令を実行した)

 

The Great Demon Lord's orders? (大魔王の命令?)

 

It's about leaving demon blood on the earth.(悪魔の血を地上に残す事さ)

 

I knew it. you're the devil!! (やっぱり……お前は悪魔だったのね!!)

 

Huh. That's what it comes down to.(フフ、そういう事になる)

 

 目の前に立つ存在に戦慄する。

 

 悪魔の子孫であり、悪魔崇拝者であり、悪魔を崇める秘密結社に属する魔王の使い。

 

You're crazy to eat a human!! (人間を食べるなんてイカれてるわ!!)

 

「Hahaha! Didn't you know? (知らなかったのか?)

 

What the hell!? (何をよ!?)

 

The flesh of a good man is worth its weight in gold.(優れた人間の肉は貨幣の価値がある)

 

You're not a magical girl! You're a demon!! (貴女は魔法少女じゃない! 悪魔よ!!)

 

Those with the staff of Hermes often say.(ヘルメスの杖を持つ者がよく言うな)

 

【ヘルメスの杖】

 

 杖の周囲を2匹の蛇が取り巻く蛇杖であり、カドゥケウスとも呼ばれる。

 

 ギリシャ神話の伝令神ヘルメスの持ち物であり、神秘学において最も重要視される。

 

 蛇は人間に知恵を授けた存在であり、悪魔ではなく神だと考えるのがグノーシス主義派の意見。

 

 イルミナティはグノーシス主義から産まれた存在だと言われていた。

 

I overestimated you.(お前を買いかぶり過ぎていたようだ)

 

 震えながら後ずさるレベッカ。

 

You're only human.(所詮は人間か)

 

 口を覆う襟を掴み、力任せにボタンを外す。

 

 歪に開く歯を剥き出しにする。

 

 冬の寒さで吐く息はまるで獣の吐息。

 

 彼女の衣服はまるで()()()()を抑え込む拘束具。

 

 ルイーザの他人を見る目は、人を見る目ではない。

 

()()()()を見る眼差しであった。

 

 ────────────────────────────────

 

 狼型ゴーレムの口を掴み、力任せに体を引き裂く。

 

 掴んだ肉塊を業火で焼き尽くし、連絡通路に向けて走る。

 

「51階に繋がる道は……何者かによって破壊されていたな」

 

 フロア案内で連絡通路は北側と南側にあると把握している。

 

 向かうは北側連絡通路。

 

 丁度そこにペンタグラムの2人がいる事は魔力探知で察知していた。

 

「どの道ペンタグラムメンバーは全員殺す……探す手間も省ける」

 

 連絡通路入り口まで走っていた時……。

 

<<Caaaaah!!!!!>>

 

「この悲鳴は……なんだ?」

 

 入り口を開け、連絡通路に侵入。

 

 一直線の道に佇む2人の魔法少女を見て、彼は驚愕した。

 

「何を……している!?」

 

 そこで見た光景。

 

 ルイーザがレベッカの肩を拘束している。

 

 そして……彼女の首筋に()()()()()()()

 

 顎の力で肉を噛みちぎられていく光景が鈍化して見える。

 

 おびただしい流血が彼女の首から噴き上がっていく。

 

「ア……アァ……」

 

 左手に持たれていた蛇杖を力なく床に落とす。

 

 首に巻いたチョーカーが千切れ、ソウルジェムが落ちていく。

 

 ソウルジェムだけは右手で掴む気力を見せた。

 

「……Hard meat. I still prefer the meat of a baby.(硬い肉だ。やはり赤子の肉が良い)

 

 噛みちぎったチョーカーを吐き出し、魔法少女の肉を口の中で咀嚼していく。

 

 口の周りは返り血塗れ、まさに悪魔の如き表情。

 

 肉を飲み込み終えた彼女が思い出したかのように呟く。

 

I discussed it with Chency……(チェンシーと相談したのだが)

 

 F-22戦闘機の機影がワタツミ大橋の残骸を超えてくる。

 

We agreed that we didn't want a weak one.(弱い奴はいらないで一致した)

 

 都市を超え、タワーに向けて飛行。

 

I did tell them.(確かに伝えたぞ)

 

 機関砲の照準がレベッカに向けられた。

 

 最後の気力を振り絞り、呪わしい者に向けて叫ぶ。

 

 ──―Traitor!!! (裏切り者!!!)

 

 猛禽類が砲火を夜空に向けて一直線に放つ。

 

 連絡通路の周囲を囲む窓ガラスが割れていく。

 

 その場に立っていたレベッカは、20mm機関砲の直撃を受け……。

 

 ソウルジェムごと赤い霧と化した。

 

That's what happens when you're weak.(弱いからそうなる)

 

 戦闘機は光柱を避けるように飛行、連絡通路の隙間を超えていくのだが……。

 

 機体を左に傾斜させていた時、パイロットが見た光景とは? 

 

 ──―運がなかったな……。

 

 鈍化した世界。

 

 戦闘機に向けて迫ってきたのは、大きく伸ばされた光剣。

 

 回避行動をとる暇もなく、戦闘機は両断される。

 

 期待半分は南側連絡通路に落下、爆発四散と共に連絡通路も崩落していく。

 

 残り半分は東京湾へと落ちていく。

 

 その先にあったのはミサイル駆逐艦。

 

 機体が艦橋に直撃し、駆逐艦は行動不能となった。

 

 人間の守護者を気取る者によって、大勢の守るべき命が奪われていく。

 

 悪魔はもう迷わない。

 

「助けられない命もある……。それでも、取り零したくない命の為に戦う」

 

 僅かな一瞬を見逃さなかったルイーザ。

 

 溜息をつき、ポケットからハンカチを取り出し口元の血糊を拭く。

 

「……I couldn't measure the distance between us anymore.(間合いが測れなくなった)

 

 悪魔の光剣は魔力放出の量を調整すれば長さを増す事が出来ると判断。

 

 歩み寄り彼女に問う。

 

「……お前は何者だ? ペンタグラムの一員ではないのか?」

 

 日本語は分からないが、何者なのか問うていると察した。

 

 彼女の両手が持ち上がっていく。

 

 左右の手の甲を交差させ、左右の親指を用いたハンドサイン。

 

 開いた指は翼を表し、親指が頭として表現された鳥。

 

 ──―I am the double-headed eagle.(私は双頭の鷲だ)

 

 双頭の鷲とは、鷲の紋章の一種であり頭を2つ持つ鷲の紋章。

 

 それは『ローマ帝国』を現しているとされている。

 

 ローマ帝国は鷲の紋章を使ったが、東西に分断されてからは双頭の鷲が紋章に用いられた。

 

 ローマ帝国の後継者たる紋章という意味合いが強い。

 

「ダブル……イーグル……双頭の鷲か」

 

My family has ties to the Habsburgs.(我が一族はハプスブルク家と繋がりがある)

 

「ハプスブルク? ローマ帝国カエサルの末裔を自称し、ヨーロッパを支配した一族か?」

 

My mission is also Operation Double-Headed Eagle.(私の任務は双頭の鷲作戦でもある)

 

「……双頭の鷲作戦? 聞いたことがあるな……」

 

You look like you know what you're doing.(知っているような素振りに見えるな)

 

「仲間を善者と悪者に分け、悪者を倒すフリをしながらも内通し、ヒーローを演じながら周りを洗脳していく作戦だったか……」

 

Do you understand what I am? (私がどういう存在か理解出来たか?)

 

「なるほど……よく分かったよ」

 

 ──―お前はペンタグラムに送り込まれた……。

 

 ──―サイファーの工作員だな? 

 

 ────────────────────────────────

 

 双頭の鷲のハンドサイン。

 

 右手に見えるプロビデンスの目。

 

 SNSを通じて政治・社会、さらには陰謀やオカルトの類にも目を向ける彼はよく知っている。

 

 その2つが悪名高いという事を。

 

「……どうやら、ペンタグラム連中はとんでもない奴らに利用されているようだ」

 

 ポケットからスマホを取り出し操作。

 

 彼にスマホを翳すと端末から音声が流れた。

 

<<愛しい我らの悪魔よ。来てくれて嬉しく思う>>

 

 どうやら日本語に変換した文字データを朗読アプリを用いて流しているようだ。

 

「フン、気を使わせたようだな」

 

 彼女の目的を知るために、清聴する。

 

<<我らイルミナティの神は、お前の力を高く評価する>>

 

<<悪魔の理想世界を築く為に必要な力だと仰っている>>

 

<<しかし、我らイルミナティのシオン賢者達は……お前を疑っているのだ>>

 

<<力と自由の体現者たる悪魔が……人間を守護する立場の行動をとる>>

 

<<なぜお前は人間という、我ら悪魔に連なりし者達にとっては奴隷である者達を守る?>>

 

<<人間など、地球牧場で飼育する食肉食料に過ぎない筈なのに>>

 

<<我ら悪魔は、知恵による謀略と調略によって人々を嘘で支配し、利益を独占する>>

 

<<世界中の女子供達を、悪魔儀式の生贄とするのが何よりの喜び>>

 

<<そして純粋な戦いは、悪魔にとって己を高める神聖な儀式>>

 

<<己の為に、目につく全てを望むまま虐殺する道こそ悪魔の道>>

 

<<お前からは悪魔のあるべき姿を何も見出だせない>>

 

<<だが、神の言葉は我らには絶対>>

 

<<それ故に、我らイルミナティはお前を試さなければならない>>

 

<<新世界秩序を成し遂げる力となる者足り得るか……見極めよう>>

 

<<全ては我らの、人に知恵と啓蒙を与えし光を司る神……>>

 

 ──―()()()()()様の為に。

 

<<最後に、我らイルミナティの当主がお前に礼の言葉を贈りたいと言っておられた>>

 

<<スイスで売ってくれた悪魔の宝石は、まさに闇の覇王に相応しき品>>

 

<<我々一族を闇の覇王として導いてくれるだろう>>

 

<<高貴な品を()()()()で売ってくれた事を、心から感謝する……とな>>

 

 静かに清聴していた悪魔が、重い口を開く。

 

「……なるほど。お前達は、ルシファーを崇拝する悪魔の子孫だったか」

 

 日本語は分からずとも、満足そうな表情を見せる。

 

 スマホを割れた窓から捨て、右手のハンドサインを見せた。

 

Of course.(勿論だ)

 

 人差し指と小指をたて、親指を中指と薬指の上に置く。

 

 このサインは()()()()()()と呼ばれ、イタリア語で角を意味する。

 

 欧米では『サタニックサイン』として扱われ、黒山羊の二本角を崇めるサイン。

 

 それは悪魔崇拝を意味し、ルシファーを崇めるという意味合いがあった。

 

「コルナサインか……。政治家共の写真でも、そのサインを見せる大統領が多いぜ」

 

 いつの間にか左手には魔法剣を収めた鞘を握る。

 

 体の前に鞘を水平にして構え、右手で柄を持つ。

 

(剣の柄頭に描かれた紋章は……梟?)

 

 イルミナティにとって、梟は神聖なシンボル。

 

 古代象形文字では梟が13を表し、ヒエログリフではアルファベットのMとして使われた。

 

 ユダヤにとっても聖なる数字である13。

 

 ユダヤ教徒の子供は、13歳になった男児が成人男性と呼ばれるようになる。

 

 ダヴィンチの名画、最後の晩餐にもMが隠されていると言われる。

 

 またフリーメイソンはMASON(メイソン)であり、頭文字として使う。

 

 Mはアルファベットの13番目であり梟。

 

 そして、13番目の席に座った裏切りの弟子イスカリオテのユダ。

 

 梟とは夜行性であり、首は360度回転する。

 

 イルミナティは闇に隠れ、世界を監視するという意味でもシンボルとして使われた。

 

『知恵の鳥』と呼ばれる梟は、欧米では()()()()()の象徴。

 

「どうやら……眼の前にいるのは魔法少女ではなく、俺と同じ悪魔のようだな」

 

 ならば、これは悪魔同士の闘争。

 

 ボルテクス界での戦いと同じ世界。

 

「やはり俺は……悪魔と戦う道からは逃れられない。どこの世界に流れつこうともな……」

 

 悪魔の右手から光剣が放出。

 

 眼前の悪魔も剣を鞘から抜き、鞘を捨てた。

 

 左手で刃をなぞり、白い光によって光熱の剣と化す。

 

 互いの剣と剣が光の唸りを上げていく。

 

 互いが……構えた。

 

「行くぞ悪魔……! 俺がお前に、悪魔の戦いの世界を教えてやる!!」

 

All for the sake of the New World Order.(全ては新世界秩序の為に)

 

 ──―Come on!! Armageddon!! (来たれ!! ハルマゲドン!!)

 

 ────────────────────────────────

 

 互いの袈裟斬りがぶつかり合う。

 

 光熱が弾け合い、火花が飛ぶ。

 

 続く悪魔の右切り上げを逆袈裟で弾き、右薙を放出した光剣で受け止める。

 

 反撃の唐竹割り、彼女は右斜め前にステップ移動。

 

 剣の鍔元で受け止め、そのまま刃を悪魔の顔に返すはたき斬り。

 

「チッ!!」

 

 頭部に迫る一撃を身を屈めて回避。

 

 体勢をねじり、低い位置からの後ろ回し蹴り。

 

 彼女は右肘で蹴り足を打ち返す。

 

 彼女の袈裟斬り、左手の光剣で弾く。

 

 右足を踏み込み、右手は垂直にみぞおちに向けた。

 

「ガッ!!?」

 

 ワンインチ距離で放たれた一撃。

 

 彼女の体が弾き飛ばされ倒れ込む。

 

 伸ばされた右手は拳が固められ、密着状態で突きを放ったようだ。

 

 神浜で出会えたマスターの技、寸勁突き。

 

「ガハッ! ゴホッ!! ……You've improved your skills.(腕を上げたな)

 

「前回の俺と同じだと考えているのなら、死ぬだけだ」

 

 心静かに、思考は水の如く。

 

 どんな形にも流れるように変化する柔軟なテクニック。

 

 武道の世界で言う『明鏡止水』

 

 その領域に尚紀は近づきつつあった。

 

This power with increased defense……(防御を上げてこの威力か)

 

 離れた場所で立ち上がる彼女に対し、長さが伸びた光剣が迫る。

 

Tsk!! (チッ!!)

 

 逆手に持つ魔法剣で左切り上げで弾く。

 

 逆手のまま、逆袈裟・袈裟斬りと弾き続ける。

 

 持ち手の柄を回転させ、両手で握る逆袈裟で全ての連続斬りを捌ききった。

 

「……Good, demon.(いいぞ、悪魔)

 

「お前を殺す者を褒めてどうする?」

 

The stronger you become, the happier Lord Lucifer will be.(お前が強くなる程、ルシファー様が喜ぶ)

 

 霞の構えを悪魔に向ける。

 

 周囲には魔力で生み出された魔力の光剣が無数に浮かぶ。

 

I will offer my body to you as well.(私のこの身もお前に捧げよう)

 

 ──―That's why I was created.(その為に、私は創られた)

 

 浮遊する魔力の剣を発射、同時に彼女も駆け抜ける。

 

Agenda 21, the population reduction plan! (アジェンダ21、人口削減計画)

 

 ──―We have to do this!! (これを成さねばならない!!)

 

 飛来する魔剣の矢を左右の光剣で弾く。

 

 左右の光剣をクロスさせ、唐竹割りを両剣で大きく弾く。

 

 右足を彼女に踏み込み、背中側を相手に打ち込むタックル。

 

Damn it!! (くっ!!)

 

 鉄山靠の背面打撃を食らった彼女が大きく飛ばされていく。

 

 空中で体勢を回転、握る魔剣を地面に突き立て、切断しながら着地。

 

「……I don't want to be left out, either.(私も出し惜しみはいらないな)

 

 魔剣を突き立てた地面が光り、六芒星の魔法陣が出現。

 

「この期に及んで、まだ何かを隠し持っていたか」

 

 線と線が繋がる12の部分が球状の光を放つ。

 

 そこから出現していくのは、彼女が持つ魔剣と同じ魔法剣。

 

 12本の魔法剣が浮遊しながら彼女の周りを回転していく。

 

 背中に魔法剣が集積し、左右に6本ずつ浮かび上がる光景は剣の翼のようにも見える。

 

Did you think there was only one weapon? (武器は1つしかないと思ったか?)

 

 彼女の右手に持たれた魔法剣も合わせれば、13本の魔剣。

 

 彼女がユダヤ神聖数字を崇めているのが形になった固有武器。

 

Those who control the Illuminati with my family.(我が一族と共にイルミナティを支配する者達)

 

 ──―Thirteen bloodlines.(13血統だ)

 

Let's see what you can do over my dead body!!(私の屍を超えてみせろ!)

 

 ────────────────────────────────

 

 左手を前に翳す。

 

 背中の剣が光の光熱を刀身に纏う。

 

 意志が宿ったかのように背中から射出され、無数の斬撃を繰り出す。

 

「来いッ!!」

 

 左右の手から光剣を放出、迎え討つ。

 

 唐竹・袈裟斬り・逆袈裟・右薙・左薙・右切上・左切上・逆風・刺突。

 

 全ての斬撃箇所を狙い打つかの如き苛烈な剣舞。

 

 左右の光剣を高速で振るい、魔剣を叩き落としていく。

 

 しかし、叩き落とした魔剣が浮遊して再び襲いかかっていく。

 

「かつての世界でも……これ程の斬撃の嵐を受けたことはなかった!!」

 

 防戦一方となっていく悪魔の姿だったが……。

 

(何だ……!?)

 

 目の前のルイーザの異変に気がつく。

 

 翳している左手が震えているのだ。

 

「……フフ……ハハハ……ハハハハハハハハハ!!!」

 

 何が可笑しいのか、突然彼女は大声で笑い出した。

 

(気でも触れたのか? 全身まで震えてやがる……)

 

 足の震えによって、彼女は力が入らず跪く。

 

 操っていた魔剣が次々と床に落ちていく。

 

「ハハハハハ!! ヒャハハハハ!!!」

 

 狂ったように笑い続ける彼女の姿。

 

「ハハハ……Shit! I'm having symptoms again!! (糞! また症状が!!)

 

 これは『クールー病』と呼ばれる病気。

 

 クールー病はパプアニューギニアの風土病と言われる。

 

 治療不能とされる神経の変性をもたらす伝達性海綿状脳症の一種で、人のプリオンが原因。

 

 感染原は、フォレ族の葬儀である()()()()が指摘されている。

 

 クール-は恐怖に震えるを意味し、病的な笑い症状が出る事から笑い病とも言われた。

 

 症状は生理的なものと神経的なものが現れ、最終的には死に至る。

 

 通常、罹患者は葬儀に際して()()()()()()()であった。

 

My head. it hurts like it's cracking!! (頭が……割れるように痛い!)

 

「何の病気を患ってるのか知らないが……容赦はしない!!」

 

 突然現れた勝機を見逃さない。

 

 勝負を仕掛ける為に悪魔が駆け抜けていく。

 

Not yet!! (まだだぁ!)

 

 震える手で魔剣を強く握り締め、立ち上がっていく。

 

 正眼の構えを見せ、悪魔を迎え討つ。

 

「「ハァァ──ーッッ!!!」」

 

 袈裟斬り、弾く、逆袈裟、弾く、唐竹、受け止める。

 

 回転した右薙、右切り上げがぶつかる。

 

「うおおお──ーッ!!!」

 

 唐竹割りを受け止め、悪魔が放つ左薙を身を屈めて掻い潜り体勢を回転。

 

 袈裟斬りを放つ彼女の手首を左手首で制し、右アッパーカット。

 

Aah!! (がはっ!)

 

 顎を打ち抜かれ、彼女の長身が大きく仰け反る。

 

 胴体を真っ二つにする刃が迫る中、蹴りを悪魔の腹部に放つ。

 

「くっ!!」

 

 互いが離れ、息を切らせながら睨み合う。

 

「ハァ……ハァ……次の一手で決まるな」

 

「……demon. Listen to me, even if you don't understand.(悪魔よ。分からなくても聞け)

 

「命乞いか?」

 

Armageddon is bound to happen.(ハルマゲドンは必ず起こる)

 

「ハルマゲドン……最終戦争のことか?」

 

We've prepared for an utopia(我々は理想郷の為に準備した)

 

「………………」

 

To create a world ruled by demons.(悪魔が支配する世界を作る為に)

 

「悪魔の……世界?」

 

In this world, two new demons will be born.(この世界で、新たな悪魔が2体生まれる)

 

「2人の……悪魔?」

 

You are the ones who will lead Armageddon to victory.(お前たちがハルマゲドンを勝利に導くのだ)

 

「ハルマゲドンの勝利……だと?」

 

 ──―Eventually, this world.(いずれこの世界は……)

 

 ──―will become a garden of black and silver.(黒銀の庭となる)

 

「黒銀……庭?」

 

The first impact will occur immediately on the world.(直にファーストインパクトが世界に起こる)

 

「イルミナティは、何を俺たち悪魔に求めてる!? 答えろぉ!!!」

 

You'll see.(見届けるがいい)

 

 ──―You have to beat me!! (私を倒してな!)

 

 鈍化した世界、砕けたガラスを踏みしめながら迫る2人の姿。

 

 放出される悪魔の光剣、彼女に握られた魔剣。

 

 刹那、互いが背を向け合う形で剣と剣と振り抜き終えた。

 

 袈裟斬りを放ったルイーザ。

 

 左右薙を同時に放った悪魔。

 

 何かが転がる音がする。

 

 それは彼女の魔剣が落ちる音。

 

 胴体が真横に向けて光熱で溶断された痕。

 

 ──―ニュー……ワールド……オーダーァァ──ッッ!!! 

 

 彼女は前に倒れ込み、胴体が切断され臓腑をぶち撒けた後……動かなくなった。

 

 悪魔は近づき、右手の指を鳴らす。

 

 彼女をソウルジェムごと業火で焼き払う。

 

 ソウルジェムは砕け散り、残った遺体も完全に焼き尽くされていった。

 

「イルミナティ……ニューワールドオーダー……ハルマゲドン……二人の悪魔……黒銀の庭?」

 

 ルシファーを光の神と崇めるイルミナティ。

 

 そしてアジェンダ21、人口削減計画。

 

「このペンタグラムの騒乱も……それに繋がる道の1つに過ぎないのか……?」

 

 考えを巡らせていた時……。

 

I found the devil! Engage!! (悪魔を発見! 交戦する!!)

 

 東棟入り口で待ち構えているのは海兵隊員達。

 

 東棟に集中していた兵力を50階に集中させ、兵力を固めてきた。

 

「……考えている暇はなさそうだな」

 

 集中砲火を放つ敵軍に対し、腕で顔を多いながら突撃していく。

 

「全てはペンタグラムとの決着をつけてから考えるべきこと……」

 

 ──―後は、復讐の始まりを俺に与えた連中だけだ。

 

 ────────────────────────────────

 

 東京ディズニーランドのある千葉県浦安市港。

 

 夕日の見える東屋からメガフロート都市を見つめる2人の人影。

 

 1人はサイファー。

 

 もう1人は()()()()

 

It appears that your clone has been defeated.(どうやら、君のクローンは負けたようだ)

 

「……That individual was sick.(あの個体は病気だった)

 

You don't know how I feel, do you? (気持ちは分からなくもないんだろ?)

 

I stopped eating my brain because it makes me sick.(脳を食べるのは病気になるから止めました)

 

You are a man of noble blood. You can't be sacrificed.(君は高貴な血を引く者。生贄には出来ない)

 

That's why He created my clone」(その為に、私のクローンを創られたのですね)

 

 静かに事の顛末を見届ける存在たち。

 

 しかし、オリジナルであるルイーザの拳が震えていく。

 

「……Do you regret it? (悔しいかね?)

 

「………………」

 

That individual and you were evenly matched.(あの個体と君は互角だったね)

 

I am……unbeatable.(私は……負けていません)

 

You never did like losers, did you? (君は敗北者が嫌いだったな)

 

 苦虫を噛み潰したような表情。

 

 クローンとはいえ、自分自身が負けたような気分となりプライドが傷ついたようだ。

 

I like your competitive nature.(君の負けず嫌いは好きだよ)

 

「……We will see each other again sooner or later.(いずれもう一度相見えよう)

 

(再戦を望む彼女に、プレゼントを用意しなければな)

 

 サイファーは日本で見つけた。

 

 太古の昔、西の神々が邪教の秘術を持ち出し行方知れずとなってしまっていた秘術を。

 

(あの施設があれば……悪魔の血が薄まった彼女に悪魔の力を与えられる)

 

 フードの奥から僅かに見える口元が邪悪に歪む。

 

「さぁ……最後の仕上げた。見届けようじゃないか」

 

 ついに、ペンタグラムの死闘も最終ステージへと向かう。

 

 悪魔は勝てるのか? 

 

 ペンタグラム最強の魔法少女を相手に? 

 

 そしてイルミナティの目的とは? 

 

 悪魔の運命は、次のステージへと向かおうとしていた…。

 




読んで頂き、有難うございます。


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39話 人間社会主義

 法輪功(ファールンゴン)。

 

 吉林省出身の李洪志が1992年に公にした気功修練法、及びその団体。

 

 1993年に中国で開催された気功の祭典において最高賞を受賞。

 

 1990年台後半にはインターネットなども活用しながら欧米各国や日本へも活動を広げた。

 

 98年、中国体育局の推計で国内だけでも7000万人の実践者がいた。

 

 内面の向上に重点が置かれている為、金銭や利益が絡む活動は許されていない。

 

 その為、各地のボランティアの手によって無償で気功動作の指導が行われていた。

 

 ここまではいい。

 

 素晴らしく思えるだろうが、中国共産党はそうは考えてくれなかった。

 

 ………………。

 

 中国政府による法輪功への虐殺と人権蹂躙の歴史。

 

 1990年台後半から法輪功学習者の数が増え続けたことや、中国共産党幹部にも多数の学習者を抱えていたことなどから、中国共産党は法輪功に対する危機感を高めていく。

 

 1998年、国務院副総理は法輪功の評判を傷つけ、財政的に崩壊させ、肉体的に破壊することを求めた当時の国家主席の指令を公表。

 

 1999年、当局が法輪功の書籍や屋外における気功練習を統制しはじめたことに対して、数十人の学習者は中央政府に陳情を届けた。

 

 全国から集まった1万人以上の法輪功実践者が4月に北京中枢部の陳情受付所に上京。

 

 多くの人が陳情書を届ける列に並んだ為、結果的に中南海をぐるりと巡るように列ができた。

 

 この結果論を、共産党官製紙が()()()()()()()()()などのセンセーショナルな政治運動として取り上げ、大衆のミスリードを導いた。

 

 1999年7月20日。

 

 当時の中国最高指導者が法輪功学習者への弾圧を開始。

 

 7千万人以上に及ぶ学習者らが団結し、政治的関与を行うのではないのかと憶測して恐れた為だ。

 

 迫害の瞬間を捉えた画像や、国連や専門団体による調査書なども数多く存在している。

 

 更に2011年には、アメリカ連邦議会で迫害停止を求める605号決議案が可決されるなど、国家を挙げての大規模な迫害疑惑の波紋は更に広がりつつあった。

 

 そんな激動の時代の中で……彼女は生まれた。

 

 ────────────────────────────────

 

 ──―私の父も母も、法輪功学習者であった。

 

 両親は中国拳法北派内家拳の一派を修めた拳法家達。

 

 形意拳を修めた父、母は八卦掌を修めた。

 

 内家拳は、筋力に関係なく身体の内部から発せられる内功に、技の起点を求める拳法。

 

 法輪功の学習者となってからは、ボランティアで民衆にも教えを施す存在となった。

 

 ──―弾圧が始まってからも、2人は身を隠しながらも法輪功を世に残す為に努力した。

 

 ──―そんな2人が夫婦となり、2001年頃に私が産まれた。

 

 産まれた子はとても明るく元気だった。

 

 両足で立ち上がった日から両親の背中を見つめ、2人の拳法や気功動作を真似ようとした。

 

 生まれ持った才能を両親は感じ、とても喜んでくれたそうだ。

 

 4歳の頃から本格的な修練が始まり、娘はスポンジのように次々と技術を習得していく。

 

 両親は娘を誇りに思い、新しき世代の為にも古き良き伝統を残さねばならないと決意するが……。

 

 その頃には公安や警察の監視は酷くなり、ついには表立って法輪功を伝える事は不可能となる。

 

 情熱を諦めきれない両親の存在に対し、周囲の人々は恐れを感じた。

 

 中国共産党を怒らせる2人の近くにいては自分達まで()()()()()()()()()()()

 

 ──―2007年。

 

 ──―両親は、密告された。

 

爸爸!!母亲!!(お父さん!お母さん!)

 

「「晨曦!!(チェンシー!!)

 

 両親は公安警察に拘束され、娘の前で酷い滅多打ちをされた後に拘束され、連行された。

 

 ──―両親がいなくなり、私を引き取ったのは武術館を営む母の親族だった。

 

 中国では、孤児となった子供はとても危険である。

 

 子供の人攫いが跡を絶たない為、孤児となった彼女を親族が保護してくれたわけだ。

 

 ──―私は武術館の隅に座り続けて両親の帰りを待ち続けた。

 

 ──―両親は、いつまでも帰ってはこなかった。

 

 ………………。

 

 中国では()()()()と呼ばれる国家を上げての悪行が世界で問題視されている。

 

 2006年3月に、非法輪功学習者の中国人2人がワシントンD.C.にて告発をした。

 

『法輪功学習者に対する臓器摘出が中国で行われている』

 

 同時期に大紀元もこう報じた。

 

『瀋陽市近郊の蘇家屯地区に、法輪功学習者を殺して、不法に臓器摘出行為を行う収容所がある』

 

 カナダの人権派弁護士と、国務省でアジア太平洋担当大臣を務めた二人からなる調査チームによって、詳しい調査が行われる。

 

 その結果、52種類の証拠に基づいての調査回答が入った。

 

『法輪功という名の気功集団の学習者から臓器を摘出し、臓器移植に不正に利用している』

 

 中国政府は蘇家屯地区などを日本の国営放送局などとは名ばかりの反日報道機関に取材させる。

 

 日本の国営メディア報道を証拠として挙げた上で、国連に対して申し立てた。

 

『それらの内容は、事実無根である』

 

 ──―私の両親は、中国共産党の臓器移植ビジネスの肥やしとされた。

 

 誘拐される子供達とて末路は同じ。

 

 中国が世界一の臓器提供大国なのは理由があった。

 

 そして、その顧客は世界中に存在している。

 

 日本もまた臓器顧客の一つに過ぎなかった。

 

 ──―あの日以来、私は一度も笑っていない。

 

 無情にも年月だけが過ぎていく。

 

 ──―私は祖父母から拳法や学問のみを貪欲なまでに学び続けた。

 

 ──―新しい家族との絆を育てる事など、どうでもよかった。

 

 幼い娘を支配したものは、怒りと悲しみ。

 

 ──―両親を殺す国。

 

 ──―両親を売った周りの人間共。

 

 ──―保身に走って両親を助けに来なかった親族共。

 

 ──―何もしてくれない国連……そして世界の人間共。

 

 ──―どいつもこいつも、憎くて堪らなかった。

 

 ──―こんな人間共も…国も…世界も…()()()()()()…。

 

 ──―支配してやる。

 

「……それが、君の願いかい?」

 

 ────────────────────────────────

 

 2015年。

 

 武術館で殺人事件が起きた。

 

 経営していた人間達が殺されていたのだが、殺され方が異常過ぎる。

 

 人間が内側から爆発したかのように粉々になった凄惨な光景。

 

 一体何に襲われたらこんな死に方が出来るのだと、警察当局者も顔を青くして語る。

 

 人間が出来る所業によるものではなかった。

 

 殺された人間達の家族である娘、チェンシーは行方不明。

 

 重要参考人として現在も中国警察は行方を追い続けている。

 

 その後、彼女と思わしき人物が中国黒社会において目撃されるようになった。

 

 ──―私は青幇と呼ばれるマフィア組織に参入した。

 

 ──―魔法少女の力を用いて組織のために貢献し続けた。

 

 闇社会の組織力拡大に抵抗する中国警察を皆殺しにしていく。

 

 ──―私は忘れてはいない。

 

 ──―両親を連れ去った国家の狂犬共の蛮行を。

 

 ──―マフィアの力を用いて、国を内側から堕落さしめ腐敗させ殺す。

 

 ──―これが、中国社会に対する復讐の答えだ。

 

 魔法少女としての力だけでなく、博識な知識を用いて組織に貢献してきた事を評価されていく。

 

 海外に向けての大きなビジネスを任せられる立場となっていくのだが……。

 

 ──―私は10代の子供に過ぎない。

 

 ──―子供の評価が高まるのを、快く思わない組織の人間共もいた。

 

 彼女は抵抗勢力さえも皆殺しにした。

 

 もはや組織にとって、彼女は暴君。

 

 逆らえばこちらが殺されるだろうと恐怖し、皆が保身に走った。

 

 ──―私はついに、青幇幹部としての地位に就いた。

 

 ──―私を満足させなければ、命の危機に晒されると理解出来たようだ。

 

 彼女は登った。

 

 鯉のように小さな子供であろうと、時代の激流を昇り続けた。

 

 そして、彼女は闇の世界でこう呼ばれていく。

 

()()()と。

 

 滝を登りきった鯉が龍となる、後漢書の党錮伝故事の如く。

 

 ──―私の衣装に描かれた、天に昇る二匹の龍。

 

 ──―それは天に旅立った両親の化身。

 

 ──―黄金の双龍を纏いしは、その娘たる私。

 

 彼女は青幇でこう呼ばれるようになった。

 

 組織の女帝『黄龙(黄龍)』

 

 ………………。

 

 チェンシーは青幇の武力象徴となった。

 

 水運発祥青幇にとって、彼女が帆船の船旗印。

 

 会章である船を照らす光『太陽』のモチーフ。

 

 組織の進路を指す『三角形』

 

 だが、彼女は気がついていない。

 

 会章の真の意味についてまでは。

 

 三角形の頂点、もしくは三角形の中心にある太陽マーク。

 

 太陽は、明光または光明を指す。

 

 西洋のイルミナティのマークでは、太陽を目に例える。

 

 青幇は()()()()()()()()()だと言われる説があった。

 

 マフィアの力を用いて、国を内側から堕落さしめ腐敗させ殺す。

 

 イルミナティの人口削減計画に通じる。

 

 青幇の利益もまた、イルミナティのものに過ぎない。

 

 イルミナティ二大政策とは、金儲けと人口削減。

 

 その道具の一つに過ぎないのが青幇。

 

 彼女は知らなかった。

 

 自分がいつの間にかイルミナティに取り込まれてしまっていたことを。

 

 サイファーと出会い、理想に溺れ、来日してペンタグラムを結成し、戦ってきたが……。

 

 全ては、ルシファーを神と崇める秘密組織に踊らされていただけに過ぎなかった。

 

 彼女は()()()()に魅入られてしまった。

 

 自分で選んだ筈の闇の人生は、蛇と繋がっていた。

 

 蛇とは、悪魔の化身。

 

()()()()()()()である。

 

 ────────────────────────────────

 

 積乱雲に覆われた雷鳴響く夜空。

 

 天を穿つは光の聖塔。

 

 空の熱圏を超え、宇宙まで伸びている光景。

 

 宇宙ステーションの職員達からも見えており、騒ぎになっている。

 

 光りの先端は広がり、地球を包み込んでいく。

 

 人間には眩い光にしか見えないが、これがアイラの極大洗脳魔方陣。

 

 溢れ出さんばかりの神の魔力を用いて、地球人類を洗脳する。

 

 既に地球の3分の2が覆い尽くされていた。

 

 魔法陣の術式が全て繋がった時、人類文明はペンタグラムの奴隷となる。

 

 1月28日。

 

 ペンタグラムの聖なる日。

 

 ………………。

 

 光りの聖塔を背後に立つチェンシーの姿。

 

 魔法少女衣装の袖口に両手を入れて腕を組み、目を閉じている。

 

 過去の事で、物思いにふけっていたようだった。

 

「……センチメンタルに浸ってしまったな」

 

 闇に飲まれた人生が、ようやく実りを迎える日。

 

「我ら魔法少女こそが、人類の支配者として君臨する」

 

 ──―そして私は、この地球の女帝となろう。

 

「それが叶った暁には、真っ先に……」

 

 ──―中国という国と国民を、この星から抹消してやる。

 

「だが、それを成す為には……最後の決着をつけなければならない」

 

 既にペンタグラムメンバーの3人を失っている事は分かっている。

 

 悪魔が既に直ぐ其処まで迫って来ていることも分かっている。

 

「……来るか」

 

 巨大ヘリポートに続く階段。

 

 昇ってくる足音が響く。

 

「さぁ……ペンタグラムの理想の糧となるがいい、悪魔よ」

 

 ──―私達の決着をつけようか。

 

 邪悪な笑みを浮かべたチェンシー。

 

 屋上までの道のりであるヘリポート階段に向けて、不敵な笑みを浮かべた。

 

 ────────────────────────────────

 

「……二年前の今日、大切な人が目の前で殺された」

 

 この世界に流れ着き、両親だと信じた人達から拒絶された。

 

 友達もこの世界から消滅し、恩師にさえ拒絶され行き場を失った。

 

 行く当ても無く彷徨い、辿り着いた路地裏で魔法少女と出会った。

 

「あの子のお陰で、俺はこの世界で家族と呼べた人達と出会えた……」

 

 魔法少女と共に、人間達を守る為に戦った日々。

 

 人間としても魔法少女としても、大切な人を尊敬した。

 

「彼女の人生を守ろうと決意した……」

 

 人間として、もう一度生きてみたいという夢が持てた。

 

「だが……風実風華は殺された」

 

 彼女の体を貫き、亡き者とした存在が直ぐ近くに迫る。

 

「憎悪を燃やしてきた……呪い殺しても飽き足らない程の名を唱えてきた……」

 

 怒りの業火が燃え上がり続けた日々。

 

 階段を登る度に憤怒の感情が噴き上がっていく。

 

 復讐の旅路が、終わる時がきたのだ。

 

「俺はもう、怒りに飲まれない……やり遂げてみせる」

 

 風見野市から旅立ち、東京で暮らし、人間の守護者となり、多くの人と出会ってきた。

 

「守らなければならない……。この東京を、この街で出会えた人々を守り抜く」

 

 ──―今の俺は、復讐者ではない。

 

 ──―()()()()()()だ。

 

 階段から見えてきた、人修羅と呼ばれし悪魔の頭部。

 

 その瞳は、悪魔を表す真紅の瞳ではない。

 

 東京の守護者として生きる者が両目に背負う『金色の魂』

 

「……よくぞここまで。悪魔の執念、見せてもらったぞ」

 

「この時を待ってたぜ……チェンシー」

 

 ────────────────────────────────

 

 悪魔の姿だが、酷く傷つき焦げている。

 

 ここまでの道のりの中で、兵士達が用いた携行対戦車弾による傷跡だ。

 

 ただ撃つだけでは悪魔に当たらない為に、チェンシーは至近距離で使わせた。

 

 悪魔が人間を守る為に白兵戦を仕掛けるのを見越してだ。

 

 悪魔に当たらずとも、周りの兵士に当てて巻き込めばいいという外道戦術。

 

 道中は既に、死屍累々。

 

「僅かばかりのダメージになるかと思ったが……やはり人間は役に立たないな」

 

「……俺に傷を与える為に、人間の命を使い捨ててきたな」

 

 視線を逸らさず睨みつけるが、もう1人のアイラの存在にも注意が必要。

 

(先にアイラを仕留めるべきだが……チェンシーなら一足飛びで懐に入り込んでくる)

 

 一瞬の隙さえ許されない強敵。

 

 離れた位置で立ち止まった悪魔に対し、組んでいた両腕を下ろしていく。

 

「……荒々しい殺気は感じられない。澄み切った殺気を感じさせられる」

 

「もう無様な戦いはしない」

 

「どうやら、以前のお前ではないようだ」

 

「お前達を殺す。復讐の為ではない……人間を守るために、ここまで俺はたどり着いた」

 

「フフ……私に殺された無様な魔法少女よりも、大事なものがあるというのか?」

 

「……そうだ」

 

 ──―俺はどうやら……()()()()()()ようだ。

 

 またこの世界で、人間達と共に生きる人生を得られた。

 

 人間の為にこそ、悪魔の力は使われるべきだと悟った。

 

「欲望は捨て去り、迷いは無くなった。正義も愛も、悪魔にはいらない」

 

「ならば、何が残る?」

 

「あるのは……ただ1つだけの思想」

 

 ──―()()()()()()だ。

 

 社会主義。

 

 それはかつてのソ連や、現在の中国共産党の政治思想の根幹を成す。

 

 彼女の眉間にシワが寄っていく。

 

「お前たちを殺す前に、聞いておかなきゃならない事が出来た」

 

 右手を持ち上げ、ハンドサインを作る。

 

「お前たちも……これなのか?」

 

 OKサインのように見えるが、意味は違う。

 

 これは『666OKサイン』と呼ばれる、サタニックサイン。

 

 親指と人差し指で円を描き、3本の指を内側に曲げるようにして見せる。

 

 3本の指の一つ一つが円と繋がり、3つの6となる。

 

『666の獣の数字』を肯定するという意味合いがあった。

 

 政治家・宗教家・映画俳優・ミュージシャン・芸能人等が用いるハンドサインとしても有名。

 

 自分は悪魔崇拝者であり、イルミナティに忠誠を誓うハンドサイン。

 

 しかし、チェンシーは怪訝な表情を向けてくるばかり。

 

「……なんだ、そのふざけたハンドサインは? 死ぬ覚悟はOKとでも言いたいのか?」

 

「……知らないならばいい。どうやら、お前たちは違うようだ」

 

 やはりペンタグラムの他のメンバーは操られているだけだと察した。

 

(この戦いが連中の計画として、何を意味しているかは分からないが……この戦いで見えてくる筈)

 

<チェンシー。ワタシモエンゴヲ……>

 

<必要ない。お前は魔法を完成させる事に集中するんだ>

 

 天の雷鳴響く空。

 

 光りの柱に照らされた2人が、互いに拳を握り締めた。

 

「私の理想、私の復讐……誰にも邪魔はさせない。お前は今日ここで死ぬ!」

 

「その言葉……お前に跳ね返ると知れ!」

 

 東洋では、水を司る神として讃えられる龍。

 

 西洋では、炎を司る悪魔として恐れられる竜。

 

 神にも悪魔にもなれる二匹のドラゴン。

 

 今、雌雄を決する時がきた。

 

 鈍化した世界、互いが地面を踏み砕く跳躍。

 

 互いの右肘がぶつかり合い、衝撃による風圧が放射状に広がる。

 

「……フッ」

 

 悪魔の右拳が開く。

 

 彼女の右手首に自分の右手首を添える。

 

 半歩開いた右足を踏み込む。

 

「貴様……まさか私と!?」

 

 この形は中国拳法でいう推手と呼ばれる戦い方。

 

 かつて美雨に仕掛けた、拳法家同士の挑戦状。

 

 ──―さぁ、()()()()()()()

 

 戦いの喜びに打ち震える興奮が彼女を支配していく。

 

「……私の乾いた心を満たす戦いを……与えてくれるか」

 

 家族の愛を失った。

 

 戦いの喜びさえ感じられない日々。

 

 それも今、報われる。

 

「いいぞ悪魔……それでこそだ!!」

 

 タワー下側から昇ってくる報道ヘリの機影。

 

 雌雄を決する2人をヘリの光りが照らす。

 

 互いが腰を落とし、重ね合わせた互いの構え。

 

 空気が歪むほどの圧迫感を夜空に放つ。

 

 人々よ、刮目せよ。

 

 今こそ世界に見せよう……。

 

 ドラゴン同士の……殺し合いを。

 




読んで頂き、有難うございます。


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40話 ダブルドラゴン

 先手、黒龍が動く。

 

 突き、右肘を払い、左蹴りを捌き、後ずさる悪魔。

 

「集中しろ、悪魔」

 

 右手で来いと彼女が促す。

 

「まだだ……!」

 

 再び右手首を互いに合わせる。

 

 瞬間、悪魔が両手で右腕を掴む動作。

 

 彼女は左手で払い、右拳の崩拳を放つ。

 

 崩拳を左手で払い、互いが構え直す。

 

「いくぞぉ!!」

 

 悪魔のローキック、膝を上げ受け止める。

 

 反撃の左ハイキック、内回し蹴りと続く連撃。

 

 身を屈め、上体を仰け反らせて避けきった。

 

「ハァァーッ!!」

 

 続くダブルフックキックを中段・上段ガードし右ハイキックの反撃。

 

 彼女は身を屈めて避け、軸足を掴み引き倒す。

 

「くっ!」

 

 倒れ込んだ悪魔に追い撃ちの踏み蹴り。

 

 体を地面で転がし、起き上がりの最中からの右前掃腿。

 

 膝を上げて蹴り足を避けたが、地に手をついてから放つ右浴びせ蹴りが迫る。

 

「フンッ」

 

 頭部に迫る蹴りに対し、体勢を低く下ろしながらの後掃腿。

 

 地面を支える手を刈り取られ、悪魔は俯向けに倒れ込む。

 

 起き上がる一瞬、背後から右側頭部に向けて放たれた中段回し蹴り。

 

 肌感覚で感じ取り、背を向けたまま右肘で打ち払う。

 

 最短で後ろに振り向きながら起き上がり、構え直した。

 

「……相変わらず大したヤツだ。聴勁を練り込んでやがる」

 

「勿論だ。そのために私は……()()()()()()()()のだ」

 

「……そういうことか。どうりで美雨の動きが去年より悪くなっていると思ったぜ……」

 

「その名前から察するに……その者も魔法少女であり、私と同じ武術家だな?」

 

「それがどうした?」

 

「聴勁とは、肌感覚を鋭敏にして攻撃を感じ取る技術。痛みが襲いかかる恐怖心を利用する」

 

「………………」

 

「これは痛みを感じられる人間にしか出来ない。痛覚が麻痺した魔法少女では磨く事は不可能だ」

 

「激痛に恐怖心を感じなくなる……。不死身の魔法少女だからこそ、恐怖心が消えてしまう」

 

「戦いの際に傷ついた体を魔力頼りで回復を続けていては、直ぐに魔力不足となり命を落とす」

 

「痛みを取り戻したと言ったな? そんな事まで魔法少女は出来るのか?」

 

「武術家として危機感を持った私は、インキュベーターからソウルジェムの操り方を聞き出した」

 

「あいつらのやり口なら、痛覚遮断と回復魔法のメリットで騙した上で……魔女化を促すか」

 

「散々見てきたよ……。不死身の自分に酔いしれながら、魔力不足で魔女化していく愚か者共をな」

 

「痛みから逃げ出す者に、真の技術は手に入らない……」

 

「無駄話を続けたのだ、呼吸を整え直せたか?」

 

「……お陰様でな」

 

「ならば、続きを始めよう」

 

 腰を落とし歩幅を広げ、手を開き右手を上に、左手を下に向けるように構える。

 

 悪魔も半歩足を開き腰を落とす。

 

 手は脱力させ左腕を下に、右腕を胸に持ち上げるようにして構えた。

 

「八卦掌の舞……お前に見せてやる」

 

「俺も見せてやるぜ……」

 

 ──―斉天大聖、孫悟空から学んだ拳法をな!! 

 

 ────────────────────────────────

 

 一気に悪魔が踏み込み順突き。

 

 彼女は左右の腕で払い、さらなる右突きを左肘で弾く。

 

 悪魔の左側に回り込むように歩法を刻む。

 

 悪魔も体を半回転させ右肘を相手の左側頭部に狙う。

 

 左手で肘を止められ、左貫手を悪魔の喉に打ち込む。

 

 相手の貫手を掴んで捉え、梃子の原理を用いた技法で腕関節を攻撃。

 

 擒拿術(きんなじゅつ)と呼ばれる中国拳法の関節技で捩じり上げられた彼女だが。

 

「何っ!?」

 

 右腕を捩じった形の悪魔の右肘を右手で押し上げ、関節技を返された。

 

 相手を振り払い、離れた彼女に追撃。

 

 打撃の攻防、腕を掴む関節技、それを打ち払う肘打ち。

 

 互いが構えなおし、睨み合う。

 

「やはりあの時殺さずにおいて良かった。私は今……充実している」

 

「チェンシー……お前達は操られている。……と言ったところで、聞く耳は持たないよな?」

 

「この期に及んで戯言を……! 私は私の為にしか戦わない!!」

 

 円を描く歩法を描き、悪魔の周囲を歩く彼女が踏み込む。

 

 蹴り、両手突き、相手の顔面を打ち抜く踏み込み蹴り。

 

 体勢を後ろにずらして避けた悪魔だが。

 

「くっ!!」

 

 体を蹴り足で抑え込まれ拘束された。

 

 悪魔は右腕で相手の蹴り足を掴む。

 

 体勢を半回転させ左足を相手の股下に踏み込ませる。

 

 左肘打ちを彼女の胸部に打ち込む反撃。

 

「ぐっ!!」

 

 倒れこんだ、彼女に追い打ちをかける右踵落とし。

 

 蹴り足が捕らえられ、足を掴んだ背負い投げ。

 

 悪魔は宙を一回転して倒れこみ、膝をついたまま相手に向き直る。

 

「まだ終わらない!!」

 

 互いが踏み込み、ワンインチ距離の打撃応酬。

 

 互いの半歩開いた足が接触するほどの距離で打ち合う。

 

「「うおぉぉ──ッッ!!!」」

 

 両拳の攻防、払う腕、掴んだ関節技と返し技、互いの連続蹴り。

 

 彼女の旋風脚、同時に放つ悪魔の後掃腿。

 

 ぶつかり合う半歩開いた足、同時に行われるスイッチステップ、蹴りの応酬。

 

「うっ!!」

 

 彼女の膝蹴りが悪魔の腹部に決まったが、悪手。

 

「捕らえた!!」

 

 膝蹴りの足を掴み、そのままタックル。

 

 テイクダウンをとりマウントの態勢。

 

「チッ!」

 

 右拳のマウントパンチ。

 

 首を動かし避ける。

 

 そして、悪魔に放つ黒龍の反撃とは……? 

 

「ぐああぁぁ──ッッ!!?」

 

 龍の爪の如き彼女の貫手が助骨の下に差し込まれた。

 

 指の力で肉ごと助骨を掴み、馬乗りになる悪魔の体を持ち上げていく。

 

「痛みは良いだろう? 痛みから逃げるような奴には……本物の技術は手に入らない」

 

「痛みがそんなに好きか……?」

 

 左手は中高一本拳の形。

 

 ──―ならお前も……味わえ!! 

 

 持ち上げる右腕の下を狙う。

 

 胴体の肺近い急所を一本拳が襲う。

 

「ゴフッ!? ガハァ!!!」

 

 吐血を盛大に吐き出す。

 

 気の循環を破壊し、死にいたらしめる八不打の一つが突かれたダメージは大きい。

 

 互いが激痛に歪む。

 

「おぉぉ──ーッッ!!!」

 

 マウント体勢を力任せに持ち上げ、右手で悪魔を投げ飛ばす。

 

「ぐはっ!!」

 

 掴まれた肋骨は砕け、倒れこんだ。

 

 組み付けば容赦なく龍の爪に引き裂かれる。

 

 組打ちは余りに危険だったが、リスクを犯した甲斐はあったようだ。

 

「ハァ! ハァ! ハァ!!」

 

 チェンシーは自ら痛覚を取り戻した為、その顔は苦悶に満ちる。

 

 相当な深手を負ったとみえる。

 

(チェンシー……マケソウ……)

 

 心配そうに二人の戦いを見守るアイラ。

 

 悪魔の技は以前とは違い、研ぎ澄まされている。

 

(ヤッパリ……ワタシモエンゴスル)

 

 洗脳魔法陣構築を一旦止め、上空を見上げる。

 

 遠くの空に見えたのは、空を旋回しているだけの爆撃機の機影だった。

 

 ────────────────────────────────

 

 二人の戦いは全世界に向けて放送されている。

 

 他の街、例えば見滝原でもニュース速報を通して戦いの光景を見守る事は出来るだろう。

 

 タワーマンションの一室。

 

 TVの前に座り、食い入るように戦いの光景を見つめるマミの姿。

 

「嘘でしょ……これが尚紀さんの正体?」

 

 ニュースに流れている光景は、戦争さながらの戦い。

 

「彼は……彼は一体何なの……?」

 

 戦場を潜り抜け、駆け巡る悪魔の力。

 

「彼の存在については、キュウべぇに相談するしかないけど……」

 

 魔法少女でも魔女でもない存在が戦う光景を注意深く観察。

 

「少なくとも、人間を守る為に戦っているように見えるわ……」

 

 出遅れてしまった不甲斐ない自分に苛立つしかない彼女の姿。

 

 しかし、見滝原市から東京に向かうには時間がかかり過ぎた。

 

「本当なら、私だって駆けつけたい……。でも、尚紀さんに任せるしかない……」

 

 悪魔の姿となった尚紀を信じて、彼女は静かに見守っていく。

 

 ………………。

 

 神浜市南凪区。

 

 武術館の事務所には美雨と長老の姿。

 

 椅子に座り、事務所に置かれたTV映像を固唾を飲んで見つめていた。

 

「ナオキ……オマエが魔法少女と戦えるのは、こういう事だたネ……?」

 

 TVに映し出された戦場を駆け巡る悪魔の姿。

 

「……美雨、彼のことが恐ろしくなったかのぉ?」

 

 彼女は首を横に振り、TVの前に歩み寄る。

 

「ナオキ! オマエがどんなヤツでも……ワタシのライバルなのは変わりないネ!」

 

 TVに向かって激を飛ばすしかない。

 

 本当ならば、美雨だって駆けつけたい気持ちはマミと同じ。

 

「だから……ソイツぶ飛ばして! 必ず帰て来るヨ!!」

 

「しかし尚紀君も、とんでもない魔法少女を相手にしていたとはのぉ……」

 

「コイツらは魔法少女の恥さらしネ!!」

 

 興奮し過ぎてTVを持ち上げる姿。

 

「ナオキ!! ぶちのめしてやるヨ!!!」

 

「こりゃ、美雨!! テレビを乱暴に掴んで振り回すでない!!」

 

「何をしてるネ! もと攻めるヨ!!」

 

 持たれたTVがきしみを上げていく。

 

「全く……お前は本当にうちの備品の天敵じゃ!!」

 

 ………………。

 

 南凪区の北側に位置する栄区。

 

 大きなビルの屋上端に座り込む人物。

 

 腰まである長く美しいエメラルド色のストレートヘアに黒い軍帽を被る姿。

 

 足を宙にぶら下げながら、スマホでニュース映像を見ている。

 

「アッハハハハ!! グレート!」

 

 彼女はニュース映像を見ながら、とても興奮していた。

 

 戦争映画などではない、ノンフィクションの死の嵐。

 

 その凄惨な光景に対し、()()()()()()のだ。

 

「何なワケこいつ!? アリナこんなの知らない!」

 

 一人称をアリナと名乗る彼女は、世界的に有名なアーティストであり魔法少女。

 

 人間に災いを与える魔女を()()()()()と呼ぶ、イカれた存在。

 

 だが、今日は魔女よりも美しい存在と出会えた事に対して、喜びを隠せない。

 

「チョーゾクゾクしちゃうんですケド!!」

 

 尽きることのない、醜悪美の追求。

 

 真善美を尊ぶ他の魔法少女達から見れば、はみ出し者の()()()()()()()

 

 ──―次の作品のテーマは……アナタにきーめた♪ 

 

 ………………。

 

 風見野市。

 

 繁華街のモニターTV前では、大勢の街行く人々が足を留めてニュースを見守る。

 

 その人々の中に見えた杏子の姿。

 

「……尚紀、そいつなんだろ?」

 

 何かの確信を得たのか、TVの前に出て呟く。

 

「あんたはきっと、そいつを求めて……東京で戦ってきたんだろ?」

 

 彼女の脳裏に巡る、心臓を貫かれた風華の遺体。

 

 手を握り締め、かつては義兄と呼べた存在に向かって……叫んだ。

 

「そいつをぶっ倒せ、尚紀!!」

 

 ──―風姉ちゃんを……あたし達から奪い取ったそいつを……倒せ!! 

 

「なんだよ、この子?」

 

 声を荒げた為に目立ってしまう。

 

「おい、もしかしてこの赤毛の子……」

 

「チッ……!」

 

 新興宗教一家の娘だと気が付かれた為、彼女は人集りを掻き分けて去っていく。

 

「……生きて帰ってこいよ、尚紀。あんたは、あたしにとって……」

 

 ──―倒したい家族の仇である事に、変わりはねーんだから。

 

 冷たい夜空の下を駆けていく。

 

 尚紀が壊した家族の家に至る森の中へと、杏子の姿は消えていった。

 

 ────────────────────────────────

 

 よろけながら、悪魔は立ち上がる。

 

 チェンシーも血反吐を吐いて咳き込み、立ち上がった。

 

「私は負けない……負けないぞ……!!」

 

「貴様はどうして……ここまでの事をしてまでペンタグラムとして戦ってきた!?」

 

「聞きたいか……?」

 

 ──―それは、祖国への復讐の為だ!! 

 

「祖国への復讐だと……?」

 

「ペンタグラムの理想など方便だ! 私は、中国に復讐する為にここにいる!!」

 

「なぜそこまで……祖国を憎む!」

 

「私の大切な両親の仇だからだ! 法輪功を教えていただけで……共産党に殺された!!」

 

「法輪功の学習者だったのか……お前の両親は?」

 

 彼は政治・社会ニュースや政治情報に目を通す社会人。

 

 中国共産党の蛮行は知っていた。

 

「そして……私の両親の臓器は……そいつらを儲けさせる為に使われたぁ!!」

 

「20世紀末から続くあの事件か……。いや、それだけではないな」

 

「その通りだ!! 中国共産党は法輪功学者だけでなく……ウイグル自治区でも民族浄化という名の虐殺と再教育を続けている!!」

 

「待て! 法輪功学者を弾圧した当時の最高指導者と、今の指導者は政治派閥が違う!」

 

「何が言いたい!?」

 

「当時の国家主席が所属していたのは上海閥と呼ばれる政治派閥だ! 反米勢力である米国民主党と深く繋がる連中だ!」

 

「知ったことかぁ!!」

 

「なぜそこまで一括にする!? 冷静になって調査する時間はあった筈だ!!」

 

「五月蝿い!! 世界を私が支配した暁には……私が命令してやる!!」

 

 ──―中国も……中国人も……今直ぐ全員滅びろとな!! 

 

「復讐というよりは……ただの八つ当たりだ! このルサンチマン女がぁ!!」

 

「人間など……魔法少女の奴隷で十分! 命も財産も全て……私たち魔法少女のものだ!!」

 

「貴様は必ず殺す……もう俺の復讐は関係ない!」

 

 ──―人間を守る為にも……お前を殺してやる!! 

 

「私は朱晨曦(シュ・チェンシー)!! 私こそがペンタグラム!!!」

 

 ──―決着をつけるぞ……悪魔ぁ──!! 

 

 構えた彼女に対し、彼も構える。

 

 鈍化した世界。

 

 互いが駆け抜けていく姿を見せた時……。

 

「何っ!?」

 

「なんだっ!?」

 

 報道ヘリが何かによって破壊された音。

 

 二人が互いにそちらの方に振り向くと……。

 

<チェンシー、ハナレテ>

 

 アイラの念話がチェンシーに響く。

 

 即座に反応して跳躍、後方に大きく弧を描く宙返り。

 

 見上げる悪魔の眼前から迫りくるのは、ステルス爆撃機の神風特攻。

 

「くそったれぇぇーッッ!!!」

 

 意を決し、両腕を垂直に構えて迎え討つ。

 

 全長21.03m、全幅52.43m、重量71・700 kgの巨体が迫る。

 

 直後、機体がヘリポートにぶつかった。

 

 機体は爆発せず、屋上に突き刺さる手前で静止。

 

 機体の先端を見れば悪魔の姿。

 

 放電を用いて張り付いた両腕を使い……巨体を受け止めきった。

 

「そんなに……死に急ぎたいかぁ──ッッ!!!」

 

 受け止めた重量で地面が砕ける。

 

 地面を踏みしめ、ステルス爆撃機が揺れる。

 

「うおぉぉ──ッッ!!!」

 

 悪魔の腕力により、巨大な機体は大きく……振り抜かれた。

 

「ウソデショ!?」

 

 光柱に向けて放たれる、鈍器と化した機体。

 

 しかし魔法陣には防御結界が施されている。

 

 機体が光柱にぶつかり、柱に切断されるように両断されていく。

 

「くそっ!」

 

 構わず振り抜かれる機体がチェンシーにも迫りくる。

 

 彼女は仆歩と呼ばれる歩型で身を低くめ、機体を躱す。

 

「らぁぁ──ーッッ!!!」

 

 鉄屑と化した機体を手放し、東京湾に向けて大きく投げ捨てた。

 

 自ら隙を生み出す強硬手段による攻撃。

 

 だが、チェンシーは動かず。

 

 その顔はアイラに向けられている。

 

 怒りの形相となって。

 

「……私は、手出し無用だと言ったはずだぞ……アイラ」

 

「デ、デモ……ワタシ……タスケヨウト……!」

 

 ──―五月蝿い!!! 

 

「ヒッ!!?」

 

「お前は洗脳魔法陣を早く作れぇ!! 私の復讐を成し遂げる為に……1秒でも早く!!」

 

 チェンシーから放たれる恐ろしい殺気。

 

 それは仲間である筈のアイラに向けてくる。

 

 怯えたアイラは目を瞑り、再び洗脳魔法陣構築に専念。

 

 今のチェンシーは、逆らえば殺される程の気迫があった。

 

「……そうだ。1秒でも早く……終わらせるべきなんだ」

 

 気が触れたかのような表情。

 

 悪魔の方を振り向き、不敵な笑み。

 

「……やっと、全てを出し尽くす気になったか」

 

 右手には自らの力を最大限に発揮出来る魔法武器、黄龍偃月刀。

 

 魔力切れの危険が大きい魔法武器を使う決心を向けてくる。

 

 左手にはグリーフシードが握られている。

 

 髪飾りの花であるソウルジェムに掲げ、消耗した魔力を回復。

 

 用がなくなった回復道具は大きく捨てられ、東京湾へと沈んでいった。

 

「私の魔力切れが先か、お前が死ぬのが先か……」

 

 魔力が籠った黄龍偃月刀が、雷の放電を始めていく。

 

「ここまで楽しめるとは思わなかったぞ……悪魔め」

 

 彼女の魔力に呼応するかの如く、積乱雲の周囲からも雷槌が都市に目掛けて落ちていく。

 

 メガフロート都市が、黒龍の怒りに焼かれていく。

 

 水を司る龍。

 

 それは雨を降らし、雷槌を落とす神。

 

「固有魔法だけでなく……属性魔法か。東京の魔法少女共は使えなかったよ」

 

 属性魔法を使ってきた魔法少女を見るのは、杏子と眼の前のチェンシーのみ。

 

「だが、それがどうした……? 目の前の敵を殺す事に変更はない」

 

 悪魔の右手から光剣が放出。

 

 彼女も黄龍偃月刀を両手で回転させ、構えた。

 

「魔法少女こそが全ての支配者にして絶対者! 全てはペンタグラムの……私の理想の為に!!」

 

「……五芒星に()()()()()()女め」

 

 ──―さぁ……ファイナルラウンドだ! 

 

 ────────────────────────────────

 

 これは前日の会話内容。

 

 BARマダムにて、ニコラスはニュクスに語る。

 

「なぜ、五芒星に魅せられた者達は……これ程の傲慢な存在となるのであろうな?」

 

「ペンタグラム、スター。国旗やスポーツチームのロゴに、様々な会社でも見かけるわ」

 

「民衆が慣れ親しんだ星マークだが、それこそが……悪魔崇拝者達の罠であり反キリストだ」

 

 グラスの酒を一口啜り、乾きを癒やす。

 

「世界のセレブ達もまた、こぞって星のタトゥーを刻む。誰もそれについて不思議がる事はない」

 

「大衆にとっては慣れ親しんだものね。でも悪魔学やオカルトに詳しい者は……そうは考えないわ」

 

「彼らには、星の本当の意味が分かるだろう。星とは、黒魔術でもっとも使われるシンボルだ」

 

 悪魔のバフォメットに描かれた逆五芒星と同じ意味をもつ、星という印章。

 

「フリーメイソンの最高位に昇った歴史人物が記した本には、こうある」

 

 ──―ペンタグラム。

 

 ──―それは、時空を超えた魔法のアート。

 

 ──―偉大なる霊の五つの性質、人間の五感、五大元素、人間の体の五つの先端部。

 

 ──―星を自らの魂に刻むことにより、自分よりも劣る存在を支配出来る。

 

 ──―自分を超越する存在には、畏敬が求められるのだ。

 

「黒魔術において、五芒星は割れたひずめ、悪魔の足跡とも言われるわ」

 

 そこから二点が上になるのがバフォメットの逆五芒星であり、山羊の形。

 

 上の点が下になることは、金星(ルシファー)の下降(堕天)を意味する。

 

「星の正体とは、悪魔崇拝者にとってサタンの足跡。黒魔術の儀式に欠かせないものだ」

 

「人々は深い洗脳に陥ってしまった為に、星の意味が分からないのよ。言葉を頻繁に使うから、誰も慣習で意味を考えない」

 

「米国南北戦争、明治維新、2つの歴史と関わったフリーメイソン人物がいる」

 

「黒の教皇と呼ばれた、アルバート・パイクね」

 

「彼は、こう語っている」

 

 ──―星は、奥義的に人の神格化と宇宙の包括を意味する。

 

 ──―または、サタンが住む惑星シリウスを象徴する。

 

「フリーメイソンやサタニズムにおける数々の定義ね」

 

「人々は騙されている。誰も疑問視しない……表向きの理由に洗脳される」

 

「彼らは()()()()なのよ」

 

「少し考えたら違和感に気がつく。セレブが全員揃って五芒星を尊ぶはずがない」

 

「それは術の一部よ。全員オカルトやサタン崇拝者たち」

 

「奴らは何度でも繰り返し黒魔術を行っている……。支配者を気取っているからだ」

 

「人間よりも我々は優れており、支配するに値すると奴らは考えるのでしょう」

 

「大衆など、エリート達から見れば飼われた牛だ。星は全ての生き物を支配する印章だ」

 

「彼らが神である象徴。だからこそ、彼らはスーパースターと呼ばれてきたわ」

 

「大衆アイドルとしての偶像崇拝。偶像となる者達こそが大衆を統治すると考え、傲慢になる」

 

「フリーメイソンの思考、サタニストの思考。それがグローバルエリートの裏の価値観」

 

「ここまで民衆を騙せてこれたのは、ひとえにメディアの力よ」

 

「ハリウッドスター、芸能人。皆に憧れを抱かせる洗脳をTVメディアが実行していく」

 

「そんな世界を目指しても……辿り着く場所は拝金主義よ」

 

「成功者という強者こそが全てであり、弱者が死ぬのは自己責任。社会の価値観は傲慢と化す」

 

「フリーメイソンの心情とは、ユダヤ主義。あの秘密結社は……100%ユダヤの為にあるわ」

 

「ユダヤ国際秘密力……奴らはマフィアであり、国際ユダヤ幇だ」

 

「秘密主義を貫く金融マフィアに皆が騙され……堕ちていくのも気が付かないわ……」

 

 ペンタグラムである星(スター)という偶像に取り憑かれた者は、己を変える。

 

 悪魔の如き傲慢者へと、変えてしまう。

 

 ────────────────────────────────

 

 日本の遥か上空を漂うアメリカの軍事衛星。

 

 衛生のカメラがワタツミタワー屋上の戦いを鮮明に映し出す。

 

 映像は青暗い空間のモニターに映し出される。

 

 空間内の中央には、円卓机。

 

 机の中央には、光るホログラフィック映像で地球が映し出される。

 

 地球映像の頭上には、この星の支配者とばかりに浮かび上がるピラミッドとプロビデンスの目。

 

 光に照らされた円卓を囲う椅子には、正装スーツを着た13人の老人。

 

 一番奥の席に座り、モニターを真正面から見つめる人物。

 

 スイスのオークションで悪魔の宝石を落札した男性の姿だった。

 

 陰謀論界隈では、彼らの事はこう呼ばれる。

 

 イルミナティ闇のピラミッドヒエラルキーの頂点に君臨する世界政府『300人委員会』

 

 代表者達とは、『13人評議会』である。

 

 ────────────────────────────────

 

 ヘリポート端まで大きく跳躍後退。

 

「はぁぁぁ──ーッッ!!」

 

 左右に黄龍偃月刀を回転させ、腰を落とし背の上でも回転させる。

 

 同時に大きな魔法陣が頭上に描かれ、雷の円環と化す。

 

 陣は空に向けて大きく広がっていく。

 

 腰を落とし足を半歩開き、左手を垂直に相手に向け、黄龍偃月刀を背中に構えた。

 

「何か……仕掛けてくるな」

 

 ワタツミタワー上空に大きく広がった雷槌の円環。

 

 陣が5つの魔法陣を生み出し、ヘリポート上空を取り囲む。

 

「これがあいつの……雷魔法か」

 

 それら小さな陣は、五芒星の5つの角とも言える位置となる。

 

 巨大ヘリポートそのものが、五芒星の中心点。

 

 5つの魔法陣は帯電を帯び始めながら五芒星ごと回転。

 

 龍の巣とも言える雷のリングを形成した。

 

(雷魔法ならマガタマのナルカミやアダマで無効化させたいが……)

 

 一瞬、視線をアイラに向ける。

 

(あの女の洗脳魔法がある限り、イヨマンテを外すわけにはいかない)

 

 真正面から彼女の属性魔法を受け止める覚悟を決める。

 

 世界の女帝になろうという、黒龍の真の力が悪魔に向けて振るわれた。

 

「行くぞぉぉ──ッ!! 悪魔ぁぁぁ──ッッ!!!」

 

 距離の離れた彼女から振るわれる武器の一撃一撃。

 

 天の魔法陣から悪魔に向けて無数の雷槌が放射線を描くように落ち、高速で迫りくる。

 

 人間であれば一瞬の雷速度だが、鈍化した世界で悪魔は放射状に迫る雷魔法を見据えた。

 

 左右に高速跳躍。

 

 雷槌を次々に避け、悪魔が走る。

 

「キャァァ──ー!? ヤメテ! チェンシ──!!」

 

 放射状に迫る無数の雷槌。

 

 それらがアイラの防御壁にまで見境無しに攻撃していく。

 

 衝撃は内側のアイラにまで及んでいた。

 

「もはや仲間さえ見えていないか!!」

 

 悪魔との決着だけに全てを賭ける、彼女の気迫。

 

 左掌を掲げ、破邪の光弾の連続発射。

 

 走りながらの為か、魔法の溜めを行えない威力の低さ。

 

「舐めるなぁ!!!」

 

 彼女の周囲、豪雷が円を描くように落ち続ける。

 

 雷槌が次々と光弾を撃ち落とす。

 

 彼女の雷魔法は、攻防において両方を満たす。

 

「オオォォ──ーッッ!!!」

 

 一気に悪魔は跳躍。

 

 右手から放出した光剣で斬りかかるが……。

 

「ぐっ!!?」

 

 円を描く豪雷が壁となり、雷槌の直撃。

 

 魔法少女なら一瞬で肉体を焼き尽くされる熱量。

 

 だが、悪魔はそれでも止まらない。

 

「来いっ!!」

 

 焼け焦げた体のまま放つ一撃。

 

 両手で帯電した黄龍偃月刀を持ち、光熱の一撃を受け止めた。

 

 互いの間合い。

 

 これから始まる攻防は、互いのクンフーが勝負を決める。

 

「「ハァァ──ーッッ!!!」」

 

 偃月刀の柄の一撃、防いだ相手に刃の一撃。

 

 すかさず回し蹴りを悪魔の脇腹に打つ。

 

「どうした悪魔ぁ!!」

 

 悪魔の連続斬り。

 

 刃で受け、柄で弾き、右切り上げを行い弾く。

 

 体勢を回転、武器の柄で悪魔の腹部を殴打。

 

「まだまだぁ!!」

 

 悪魔の全身は、天から降り注ぐ雷樹と化した豪雷が直撃し続けている。

 

 雷ダメージを受け続けながらの攻防、状況は余りにも不利。

 

 斬撃の攻防を繰り返すが、悪魔の体がヘリポート中央にまで押し切られていく。

 

「甘いッ!!!」

 

 悪魔の左薙を武器を構えた姿勢で仆歩回避。

 

 両膝のバネを使い、一気に体勢を持ち上げる右切り上げ。

 

「ぐはっ!!!」

 

 刃が悪魔の上半身の肉を掴む。

 

 体を大きく引き裂く様は、龍の顎門が如し。

 

 鈍化した世界、胴体から流血が噴き上がる光景。

 

 連戦に次ぐ連戦を超えてきた悪魔の体も限界を迎えた。

 

 悪魔の発光する入れ墨の色が変わっていく。

 

 深碧と真紅の色を交互に繰り返すように光りだす。

 

「くっ……」

 

 限界を迎えながらも、怯まぬ悪魔の表情。

 

 彼は直感で判断した。

 

(雷魔法を落とす触媒は……あの魔法武器か!)

 

 このままでは、いずれ力尽きて死ぬ。

 

(ならば……!)

 

 悪魔は光剣の二刀流を生み出す。

 

「かかってくるがいい!!」

 

 偃月刀を巧みに使う苛烈な連続攻撃。

 

 捌き、払い、斬撃、鍔迫り合い。

 

 偃月刀連続突き、回転斬り、回し蹴り、後ろ回し蹴り、前掃腿、旋風脚……。

 

 次々に繰り出されていく、流れるような回天剣舞。

 

 悪魔の右切り上げに対し、石突を地面に突き、柄で受け止める。

 

「ハイィ──ーッ!!」

 

 同時に跳躍、偃月刀で体を支えながらの連続蹴り。

 

「くぅ……!」

 

 着地と同時に体勢を大きく回転。

 

 体制が崩れた悪魔に向けて、右薙の一閃。

 

「っ!!」

 

 大きく上半身を仰け反らせて避けるが、体勢が崩れ背後を捕られる。

 

 彼女は一回転の勢いのまま身体を横倒しに向ける跳躍回転。

 

「イヤァァ──ーッ!!!」

 

 二回転捻りを加えた唐竹割りの一撃が迫る。

 

 悪魔は背を向けたまま二刀流で受け止める。

 

「この時を待っていた!!」

 

 悪魔の右足が蹴り上がる。

 

 側踢腿(そくてきたい)の真上蹴り、刃を大きく蹴り上げた。

 

「くっ!!」

 

 鈍化した世界、反動で刃が大きく跳ね上がっていく。

 

 刃を弾かれた衝撃が彼女の両手に浸透し、握り手が甘くなる。

 

 狙うは龍の顎門が天を向く、無防備な一瞬。

 

「ここだぁ!!」

 

 振り向き様の左後ろ蹴り、偃月刀の柄を蹴り込む。

 

「なっ!!?」

 

 偃月刀は大きく蹴り飛ばされ、回転しながら地面に切っ先が突き刺さった。

 

 雷樹の雷槌が止む鈍化した一瞬。

 

 悪魔の袈裟斬りが迫りくる中、彼女は臆せず自らの体を踏み込ませた。

 

 袈裟斬りを放つ右手首を左手首で止めるのだが……。

 

 見れば、振り抜こうとした悪魔の光剣が消えている。

 

 インファイトを仕掛けてくるのは分かっていたようだ。

 

「我が拳を受けろ──ッッ!!!」

 

「来いッッ!!!」

 

 武器など無くても、彼女自身が最強の武器。

 

 ならば互いの粘連黏随・聴勁・会得した技を全てぶつけ合う。

 

(この世界で出会えた師よ……共に技を磨いた少女よ……)

 

 ──―見ていてくれ……。

 

 ──―悪魔の拳舞を!! 

 

 ────────────────────────────────

 

 双龍の戦いは、ついにクライマックスを迎えた。

 

「「オオォォォ──ーッッ!!!!」」

 

 悪魔の右肘、右腕刀で受け止める。

 

 黒龍の右裏拳、腕を左手で止め掴もうとするが払い落とされた。

 

 悪魔の右肘打ち、体勢を低く回転させる潜り抜け。

 

 彼女の左拳打をスウェーで躱し、右拳打を左手で掴む。

 

 左の追い突きを右腕刀で内側に払い、彼女の両腕を交差させる形で拘束し、右肘を顔面に打つ。

 

「ぐっ!!」

 

 右重心が崩れた彼女に対し、右足膝関節に蹴りを入れ、片膝をつく相手の顎に膝蹴り。

 

 地に手をつき、バク転回避を用いて膝蹴りを回避。

 

 着地して視線を上げれば、頭上から迫る悪魔の浴びせ蹴り。

 

 跳躍し、体を横倒しに向け二回転捻り加えたバタフライツイスト・キックだ。

 

「くっ!!」

 

 両手首を交差して蹴りを受け止め、威力が地面に伝わり爆ぜる。

 

(……見ているか、ペンタグラムに殺された人々)

 

 悪魔の右直突きを左手で逸らす。

 

 続く左鉤突きを右手首で外に払うと同時に手首を掴む。

 

 右肘で関節を決め、体勢を崩し、悪魔のみぞおちに右裏拳。

 

「かはっ!!」

 

 仰け反った上半身に向け中段・上段回し蹴りが打ち込まれる。

 

「私もお前も人殺しだ!! どちらが生き延びようが、人々から呪われるべき存在だ!!」

 

「だからこそ!! 俺達は何も躊躇わずに殺し合える!!」

 

「そうだ!! 所詮は()()()()()の殺し合いだからな!!」

 

 黒龍が跳躍し、二起脚の連続蹴りを悪魔に放つが連続して払い落とされる。

 

 続く上段回し蹴り、飛び後ろ回し蹴りに対し、スウェー・ダッキング回避。

 

 着地と同時に両足を刈り取る後掃腿。

 

 片足で踏み切りを行い、地面と平行になるように跳躍回避。

 

 扇風機のような回転を蹴り足で表現しながら着地して向かい合う。

 

「フフ……まるでお前は……別の私だ!!」

 

「そうなっていたかもな!!」

 

 右手刀を両手で止め、逆回転した黒龍の龍爪を右手首で払う。

 

 続く左右の拳打を払い、顔面への裏拳を腕刀で止める。

 

 左鉤突きをダッキング回避、彼女の顎に向けてアッパーカットを放つ。

 

「がっ!!」

 

 体勢が崩れた相手の右側頭部に向けて飛び回し蹴りが決まる。

 

(……見ているか、チェンシーに殺された人々)

 

 倒れた彼女が首跳ねで起き上がり、尚も闘志は怯まない。

 

 悪魔の左右突きを払い、両手で悪魔の両耳を打つ。

 

「カッ……アッ……!」

 

 三半規管が麻痺した悪魔に対し、腰を落とし右脇に両手を抱え込む構え。

 

「セイッ!!」

 

 構えから放たれた双掌打。

 

「っっ!!!」

 

 跳ね飛ばされた悪魔だが、体勢を回転。

 

 両手を地面につき側転からの猫宙返りで着地。

 

 視線を上げた悪魔だが、既に彼女の右拳が眼前に迫る。

 

 左に避けたが、開いた手で右側頭部を掴まれ、逆の手で右腕も掴まれる。

 

 円を描く歩法で体勢が崩されていくが、崩れる勢いのまま体を前転させる着地。

 

 反撃の左肘打ちを彼女の右側頭部に打ち、さらに腰を落とし右肘打ちを脇腹に打つ。

 

「「ハァッ!!」」

 

 互いが密着状態から半円を描く形となり、背を向け合う鉄山靠の同時打ち。

 

「「ぐっ!!」」

 

 体勢が互いに崩れ、前方にバランスを崩す。

 

 背を向け合う相手に対し、2人は同時に跳躍した。

 

 空中で互いの蹴り足が交差していく。

 

 互いの左右回し蹴り、右後ろ回し蹴り、左後ろ回し蹴りが空中でぶつかり合う。

 

 2人の素早い蹴り技の光景は、まさに無影脚。

 

 空中から互いに仆歩の形で着地。

 

「「発っ!!」」

 

 両膝をバネに、互いの右掌打が同時に胸部を打つ。

 

「「ゴハッ!!!」」

 

 互いの掌打によって大きく2人が跳ね飛ばされていく。

 

「くっ……うぅ……」

 

 俯向けに倒れ込み、歯を食いしばり立ち上がろうとする二人の姿。

 

「……私は登るぞ、悪魔……。このバベルの塔を……登るのだ……」

 

 先に立ち上がったのはチェンシー。

 

 悪魔は片膝をつき、起き上がろうと必死な姿。

 

「神の門を潜り抜け……龍娘(ロンニャン)は、神龍(シェンロン)となる……」

 

 バベルの塔。

 

 アッカド語では『神の門』を表す。

 

 聖書ではヘブライ語のバベル(混乱)から来ている。

 

 旧約聖書の創世記中に登場する巨大な塔。

 

 太古の昔、ノアの子孫であるニムロデ王と呼ばれる存在がいた。

 

 彼は神に挑戦する目的で剣を持ち、天を威嚇する像を塔の頂上に建てた。

 

 バベルの塔の物語は、現代ではこのように解釈されている。

 

 ──―人類が塔を作り、神に挑戦しようとしたので、神は塔を崩した。

 

「ウオオオォォォ────ーッッ!!!!」

 

 黒龍となりし龍娘の雄叫び。

 

 地上の神となり、世界を混乱の闇に沈める姿こそ……。

 

 かつてのニムロデ王を彷彿とさせた。

 

 悪魔は立ち上がるが、もはや体力も限界を迎えている。

 

「……見ているか、風華」

 

 トドメの一撃を放たんと、黒龍が構える。

 

「今日は……お前が愛した女が、私に殺された日……」

 

 ──―お前も同じく……。

 

 ──―私に殺されて……。

 

 ──―後を追いかけろぉーッッ!!! 

 

 地面が弾け、左拳の箭疾歩が迫る。

 

 鈍化した長い一瞬。

 

 悪魔の揃えられた右手が、相手の左拳に向けられていく。

 

 近づいてくる左拳を目前にし、揃えられた右手が固められ、拳となった。

 

 ──―ペンタグラムに殺された人々の怒り……。

 

 ──―この一撃に……込める!!! 

 

 両者の拳が極限の一撃となって……ぶつかり合う。

 

 拳が爆ぜた者とは……? 

 

「ぐあぁぁぁ────ーッッ!!!?」

 

 悪魔の寸勁突きの威力が、伸ばされた拳から左腕の肩口にまで伝わっていく。

 

 左拳は潰れ、左腕の骨は全て砕け散った。

 

 悪魔の体が動く。

 

「そしてこれが……」

 

 ──―俺の怒りの一撃だぁ!!! 

 

 体勢が崩れた相手に一気に踏み込み、蹴り足が縦に向けて蹴り上げられていく。

 

「アッ……ッッ!!?」

 

 彼女の顎を打ち上げた一回転蹴り。

 

 竜の尾が舞うが如きその光景こそ、サマーソルト・キック。

 

「チェンシィ────ッッ!!!!」

 

 アイラの絶叫が響く。

 

 空に打ち上げられた彼女の体は、ヘリポート地面に叩きつけられていった。

 

 トドメを刺せたかのような光景だが、悪魔は舌打ち。

 

「……チッ、顎を引きやがったな」

 

 あの一瞬で顎を引き、悪魔の蹴り上がりの威力を弱めた咄嗟の聴勁反応。

 

 しかし、ダメージは極めて深刻。

 

 完全に決まっていたら首が千切れ飛んでいただろう。

 

「がっ……ぐぅっ……ま……だ……」

 

 彼女の執念が燃える。

 

 黒龍の上半身が徐々にではあるが、持ち上がっていく。

 

「……お前の執念だけは認めてやる。だが……これでトドメだぁ!!」

 

 悪魔は最後の力を振り絞る一撃の構え。

 

 彼女に目掛け踏み込み、トドメの一撃となるだろう右フックパンチ。

 

 意識が朦朧としている彼女の目前から、命を終わらせる一撃が迫っていく。

 

 だが……。

 

「…………フッ」

 

 トドメを刺す結果とは、ならない。

 

 無意識に左足を後ろに引くスウェーバック。

 

 右フックが空を切ると同時に動く右手。

 

 掌が悪魔の体と密着する。

 

 無意識であろうが、彼女が流した血と汗の結晶であるクンフーは裏切らない。

 

「……見事だ悪魔」

 

 ──―私に……これを使わせるとはな。

 

 今こそ彼女は、己の固有魔法を解き放つ。

 

 彼女にとっては、戦いをつまらないモノに変えてしまう為に封印してきた。

 

「貴様っ!!?」

 

「……眠れ」

 

 悪魔の内側が一気に膨張するかのように膨れ上がっていく。

 

 そして内部が……爆ぜてしまった。

 

 チェンシーの封印されし固有魔法。

 

 人間も世界も、内側から壊して支配したい願いが形となった必殺魔法。

 

 その名は……『内発勁』

 

 ────────────────────────────────

 

 悪魔の体内を構成する臓器が次々に膨張し破裂。

 

 血管・筋肉さえも破裂していく。

 

 内側に送り込まれた魔力が、全てを膨張させ破壊していく内部爆弾とも言うべき固有魔法。

 

「魔女だろうが……魔法少女だろうが……これを使ってしまえば、爆ぜていったが……」

 

 動揺するかの如き表情を彼女は悪魔に向ける。

 

 悪魔の頑丈な骨と皮膚が、結果を裏返すように内側の爆発を堪えきった。

 

 人の原型は残ったが……。

 

「あ……ア……ゴブゥッッ!!!!」

 

 斬られた胸からは噴水の如き大出血。

 

 耳からも眼球からも血が噴き出す。

 

 吐き出した大量の吐血。

 

 自らの血の海に目掛けて、悪魔は倒れ込んだ。

 

 彼の体が倒れ込んだ血の海に転がっているのは、吐き出したイヨマンテのマガタマ。

 

 内発勁の破壊力に耐えきったようだが、吐き出されては主を守る力にはなりえない。

 

 マガタマが深碧の炎に包まれていき、彼の右手に宿るマガタマの元へと帰っていった。

 

「なんだ……? 悪魔の体が変化していく……?」

 

 マガタマは悪魔化を行う力を与えし悪魔の力の結晶。

 

 それを体外に排出してしまったならば……。

 

 悪魔化が解けるかのように、発光する入れ墨も首裏の角も消えていく。

 

「お前は……人間だったのか」

 

 砕けた左腕を片手で抑える痛々しい姿だが……。

 

 この光景は、勝者が敗者を見下ろす現実。

 

 敗北者となり転がっているのは、ただの少年。

 

「チェンシー……カッタノ?」

 

 アイラの呼びかけが聞こえ、彼女の元に歩み寄りながら頷く。

 

「フッ……フフフ……やっと感じてきた……勝利の感覚をな……」

 

 悪魔を滅ぼした魔法少女こそ、神の門を潜るのに相応しいと自画自賛。

 

 大いに高笑いをしようとした時……。

 

「……まさか!?」

 

 背後に何かが動く気配。

 

 驚いて後ろを振り返る彼女が見た光景とは……。

 

「ァ……ぁ……」

 

 掠れた声を響かせるのは、血溜まりに倒れた上半身を持ち上げようとする尚紀の姿。

 

 歯を『食いしばり』ながらも、死んでいただろう一撃を耐えきった。

 

 しかし、肉体の内側は完全に崩壊。

 

 視力も聴力もない、息も出来ず声も出せない姿。

 

 痛みも感じず、心臓も含めて臓器は全て動いていない。

 

 それでも動こうとする人の姿をした存在に対し、チェンシーは全身に寒気が走った。

 

「なぜだ……お前はなぜ死ななかったのだ!?」

 

 彼女の問いかけに答える力など残っていない。

 

 それでも悪魔の執念が、体の消えかけた命を動かす。

 

 無意識のうちに、右掌からマガタマを召喚する。

 

 それが何のマガタマなのか考える余力もなく、動く筈がない手を動かし口に入れ込んだ。

 

「この怪物は……まだ戦う意志を失っていないのだな」

 

「チェンシー。ソイツカラマリョクボウゴ、カンジナイ。イマナラ、センノウデキル」

 

「待て……操る必要はもうない。……私がトドメを刺す」

 

 俯向けのまま悪魔化が始まっていく死にかけた肉体。

 

 最後の一撃となるだろう、跳躍を行う。

 

 体勢を横倒しに回転させる捻り込みを二回転加える膝蹴りが悪魔の頭部に襲いかかる。

 

 地面が砕ける程の一撃。

 

「……今度こそ、眠ってくれ」

 

 悪魔はもう動かない。

 

 悪魔の命の灯火は……消えてしまった。

 

 2019年1月28日。

 

 人修羅と呼ばれた悪魔が死んだ、命日の日。

 

 ────────────────────────────────

 

 同日、尚紀がチェンシーとの戦闘を始めていく時間帯。

 

「……珍しいね。君が新月の日以外で人々の前に姿を晒すような真似をするのは」

 

 ニコラスの店の前に駐められたロールスロイス。

 

 後部座席に乗る人物を彼は出迎える。

 

「突然お邪魔してごめんなさい、ニコラス」

 

「今日の事もある……。BARマダムの奥に独りでいては、落ち着かないかね?」

 

「……まぁね」

 

 運転手が後部座席のドアを開け、中から現れたのはニュクス。

 

 今日の彼女はドレス姿をしていない。

 

 黒の正装スーツとレディースブーツ、上着として羽織るのは白のクラッシックロングコート。

 

 長い金髪はポニーテールに纏められたオールバックヘアー姿。

 

「中に入ってくれ」

 

「お邪魔するわ」

 

 応接室に案内され、ニコラスが灰皿を用意する。

 

 彼女は懐から煙管を取り出し、一服を始めていく。

 

 ニコラスも葉巻を取り出し火を灯す。

 

 紫煙が舞う空間の中、ニュクスの重い口が開く。

 

「……彼は、黒龍となった魔法少女に負けるわ」

 

「……君にも見えていたか」

 

「ええ……。そして、その後の恐ろしい光景もね」

 

「1月28日……悪夢の日として記憶されるな……」

 

 重苦しい沈黙が続く。

 

「それにしても、なぜ彼女達ペンタグラムは……この日に決起を行ったのかしら?」

 

「恐らくは……()()()()()()()()が関わってくる」

 

【ゲマトリア】

 

 ゲマトリアとはヘブライ語で数秘術と呼ばれる。

 

 聖書の言葉に隠された意味を読み解く神秘主義思想カバラの一部をなす。

 

「2019年1月28日……この中に数秘術が込められている」

 

「数秘術の中では数字の0は意味をなさないわ」

 

「計算するとしたら……」

 

 2×1×9=18

 

 1×2×8=16

 

 18+16=34

 

「この数字だけでは意味は分からないわ。この日を象徴する数字がまだあったはずよ」

 

「ワタツミタワー、そして因縁の2人……」

 

「ワタツミタワーは神社の鳥居のように東棟と西棟が向かい合う塔……」

 

「決着を求める悪魔と……因果の魔法少女」

 

「恐らくは、この日を象徴するもう1つの数字は2ね」

 

「足せば36……それはゲマトリア数字においては、神の三位一体を表す聖数」

 

 三位一体。

 

 キリスト教において『父と子と精霊』を表す。

 

 3つが一体の神であり、唯一神として解釈するのが一般的だが……。

 

「変な話ね……。混沌の悪魔の怨敵である、大いなる神を象徴する数字を使うだなんて」

 

「いや、36の聖数には隠された数字がまだあるのだ」

 

 懐からスマホを取り出し、計算機を用いて1から36までの数字を足していく。

 

「数字の答えは……」

 

 ──―666だ。

 

「黙示録の獣の数字……」

 

「今日この日は、大いなる神を称える日ではないのかもしれない」

 

「666の獣を称える……」

 

 ──―サタンを生み出す日。

 

「生き残りし者は、魔法少女となる」

 

「チェンシー……あの黒龍が黙示録の獣だというの?」

 

「返り血塗れの黒龍……見方を変えれば赤き竜とも捉えられる」

 

「だとしたら、彼女は中国の伝承五行思想に現れる黄龍ではないわ」

 

「もっと邪悪な存在……神の反逆者となりし者」

 

「……エジプト神の中には、暴風雨を司る古き蛇と同一視されるドラゴンがいるの」

 

「まさか……チェンシーと呼ばれる魔法少女は……?」

 

 ──―サタンと同一視される邪神。

 

 ──―黒竜『セト』の化身なのか? 

 




読んで頂き、有難うございます。


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41話 悪魔は三度生まれる

「ハァ……ハァ……勝った! 私は悪魔に……勝ったぞ!!」

 

 自らが流す血溜まりに倒れた尚紀の姿。

 

 チェンシーの固有魔法とトドメの一撃を浴びて力尽き、死んでいた。

 

 神の如き悪魔に勝利し、双龍の戦いに生き残ったのは黒龍たる魔法少女。

 

「これで私は名実ともに……この星の最強の女帝だぁ!!」

 

 神の門に至るバベルを昇り、神の次元に立つ魔法少女。

 

 それはまさに世界を支配する神龍。

 

「私の支配が始まる! この星は私のものだ!!」

 

 ──―人間共を支配し、滅ぼしてやる!!! 

 

 禍々しく狂った笑い声。

 

(チェンシーハ……クルッテイル……)

 

 狂った凶龍の姿を見つめるアイラは、強く不安を感じてしまう。

 

(アノコニツイテイッテ……ホントウニウツクシイ……マホウショウジョノセカイニナルノ?)

 

 この後に続く世界とは、終わりの始まりなのではないかと疑ってしまう。

 

 高笑いの最中、突然真顔になった。

 

 チェンシーがアイラに向き直る。

 

「……終わったか?」

 

「……ウン、オワッタ」

 

 天を貫くバベルの塔から生み出されるアイラの洗脳魔法陣。

 

 ついに、魔法陣は地球を覆い尽くした。

 

 あとは彼女が世界中の人間達に暗示をかければ世界は変わる。

 

 変わり果てる……。

 

 悪魔は何も守れなかったのだ。

 

 かつての世界と同じように。

 

 力及ばなかった己の無力さを噛み締めて眠るが良い。

 

 ──―死の安らぎは 等しく訪れよう。

 

 ──―人に非ずとも 悪魔に非ずとも。

 

 ──―大いなる意思の導きにて。

 

 ────────────────────────────────

 

 ………………。

 

 ………………。

 

 ──―俺は……死んだのか? 

 

 体の五感は何もない。

 

 何も感じられない状態で水面に浮いている。

 

 死した者達が辿り着くであろう、大いなる意思の世界。

 

 人や神や悪魔であろうと、いずれ帰り着く場所。

 

 ここは()()()の海、原初の混沌。

 

 始まりの場所であり終わりの場所。

 

 そして、いずれまた新しい始まりの場所ともなる。

 

 まるで母の子宮を感じさせる世界。

 

 形は変わろうが、温かい暗闇の子宮世界で新たな命は転生を重ねて紡ぎ出されていく。

 

 神も、悪魔も、宇宙も、星も、自然も、動物も、そして人間も母なる熱を必要とする。

 

 母なる熱を持った温もりの中で生み出される。

 

 万物は熱世界によって生まれていく。

 

 光と闇、陰と陽となり、神は生まれ、悪魔は生まれ、星や生命も生まれた。

 

 森羅万象を構築する全ての姿、形、概念は常にこの場所から始まっていく。

 

 しかし、それを思い出す事は出来ない。

 

 母の子宮の中で成長した頃を思い出せないのと同じように。

 

 原初の時より変わらない最初のコトワリ……『イデア』

 

 まろぐなるマロガレ世界。

 

 それは全ての霊が帰るであろう、母なる原初の霊界であった。

 

 ────────────────────────────────

 

 意識は徐々に羊水のように温かいであろう、暗い海の世界に沈んでいく。

 

 母に抱かれるように。

 

 ──―何も成せなかった……。

 

 ──―人としても、悪魔としても、何も成せなかった……。

 

 辛く苦しい絶望と、怒りに飲まれた生であった。

 

 ──―それも終わった……。

 

 ──―もう疲れた……目を閉じたい。

 

 ──―優しい……抱かれ……温かい……おふくろ……。

 

 ──―もう……いいよね? 

 

 目を閉じると意識は消えていく。

 

 呪われた生への執着も消えようとしていた……。

 

 だが、その時だった。

 

<<お前の執念は、その程度か?>>

 

 耳は聞こえないが、魂に直接響くような声。

 

 それは母なる海からではない。

 

 体の奥底から響く。

 

<<我が主は、死してなお人々に継ぐべきモノを世界に残した>>

 

 ──―……継ぐべき、モノ? 

 

<<お前は、この世界に何も残せない悪魔として……終わってしまうのか?>>

 

 ──―……あんた、は? 

 

 声の主、その姿が薄れゆく意識の中に浮かんでいく。

 

 それはかつて、自分の体を串刺しにした……ダンテの父の魔剣。

 

<<我は主と同じ名をつけられた魔具、()()()()>>

 

 魔具とは、悪魔が姿形を変えた別の姿である。

 

 魔界の名工マキャヴェリは、魔界の住人達にそう語る。

 

 魔剣スパーダもまた、かつての魔界では別の姿をしていたとも考えられるだろう。

 

 意思を持った……神か悪魔として。

 

<<何も成せなかった者よ……お前は何者か言ってみろ>>

 

 ──―俺は……人間……悪魔……? 

 

<<お前の姿形ではない、魂は何者なのかを言ってみろ>>

 

 ──―俺の……魂……? 

 

<<魂とは、何になりたいかの意思で磨かれ、生きた世界の因果で決まる>>

 

 ヴェーダやバラモン教でいう『因中有果(いんちゅううか)』

 

 原因が有り、結果が起こる。

 

 この世のすべての事象は、原因の中にすでに結果が包含されていた。

 

 善因には善果、悪因には悪果が訪れるという業(カルマ)の因果法則。

 

 ──―俺は……俺は……。

 

<<……ただ神に復讐するだけの、呪われし悪魔か?>>

 

 彼の魂を決めるべきものは、大いなる神への憤怒だけではなかったはず。

 

 この世界で出会えた因果全てが、彼の魂が()()()()()()()()の可能性を与えてくれたはず。

 

 救ってくれた人々がいたはず。

 

 交わした約束があったはず。

 

 守れた人達もいれば、守れなかった人達もいたはず。

 

 そして今、神の門を潜り支配神になろうとする黒龍の前に立った悪魔は何者であったのか? 

 

<<思い出せ……お前の魂は何者であるか!>>

 

 ──―お前は、守りし者──―

 

 ──―交わした約束を貫く者──―

 

 悪魔……いや、嘉嶋尚紀の両目が開き……叫んだ。

 

 ──―俺は……東京の守護者だぁ!! 

 

<<我が主と同じ道を生きる覚悟を決めし魂よ! 我はお前と共に行こう!!>>

 

 ──―()()()()()()()()を、この世界に残せ!! ──―

 

 悪魔の体の奥底に漂う魔剣スパーダの破片が、闇の輝きを放つ。

 

 呼応するかのように、悪魔の内部を漂う究極の悪魔の力も輝きを放つ。

 

 マサカドゥスのマガタマ破片が、魔剣の破片に集まり……喰われていく。

 

 マガタマのような形へと変わってしまった魔剣の一部。

 

 体の中で宿主のマガタマと合わさるように、回転を始める。

 

『6と9』

 

『胎児と大人』

 

『輪廻転生の風車』

 

『陰陽太極図』

 

 溶け合うように、2つのマガタマは合わさっていく。

 

 そして生み出されたのは、大いなるマガタマ。

 

()()()()()の力が合わさりし『マロガレ』

 

 まろぐの海の中で生まれしマガタマ。

 

 その力を今……開放する。

 

<<心せよ、誇り高き魂よ>>

 

<<この力は御し難き力と感情の奔流をお前にもたらす>>

 

 ──―共に行こう……。

 

 ──―俺達の、終わりなき旅路へ。

 

 ────────────────────────────────

 

 チェンシーは東京が見える位置に立つ。

 

 彼女には見えているだろう。

 

 東京の遥か彼方にある祖国が。

 

 資本主義を選びながらも、未だにおぞましき共産主義によって支配された国。

 

「長かった……この日をどれだけ待ち望んだか。今こそ復讐を遂げよう」

 

 彼女にとっては忌々しい記憶が巡っていく。

 

 中国共産党に疑問を持たず、誰も助けてくれなかった祖国民の記憶。

 

 助けてくれなかった世界中の人間達の記憶。

 

「……天に登った私の両親に、貴様達の罪深き命を捧げるがいい」

 

「サァ、アナタハナニヲノゾムノ?」

 

 ──―セカイノ、ジョテイ。

 

 これから始まるチェンシーの支配。

 

 アイラは拒む事は許されない。

 

 もともとこれが彼女に組みした理由。

 

 それを否定するのは、自分を否定するに等しい。

 

 聖塔を背後に、不敵な笑みを見せていく。

 

 自身の望みを高らかに宣言しようとする。

 

 死した悪魔に抗う術無しか? 

 

 人修羅は死んだ。

 

 しかし……()()()()()()()は、死んでなどいない。

 

 マガタマは意思を持たない力だが、生きている。

 

 生きているならば動く事が出来る。

 

 かつてあったボルテクス界の旅路。

 

 マガタマは宿主の体の中で暴れ始めた事が何度もあった。

 

 人修羅はそれを好きなようにさせるかどうか、選ぶ事は出来た。

 

 しかし今の悪魔は死んでいる。

 

 ならば……()()()などはない。

 

 マガタマは大いに死した宿主の体の中で暴れるだろう。

 

 その効果は、宿主を呪う事もあれば状態異常に貶めるデメリットもある。

 

 しかしメリットもあった。

 

 マガタマはその力を持って、宿主の体に与えるだろう。

 

 傷ついた体を全て元通りにして全快させる……。

 

()()()()()()()を……。

 

 悪魔の体の中で今……マガタマが暴れだした。

 

「さぁ! 世界の女帝の望みを言おう!」

 

 ──―中国人は己の罪を呪いながら……全て自殺しろぉ!! 

 

 ペンタグラムの女帝、チェンシーは死の命令を下す。

 

 これを持って、洗脳魔法陣に支配された地球には死の嵐が吹き荒れるはず。

 

 ……最初の犠牲者は? 

 

「……ん?」

 

 背中の衣服に向けて、何かが飛び跳ねてきたようだ。

 

 背中に温かい感触を感じ、彼女は動く右手を背中に伸ばす。

 

「こ……これは!?」

 

 右手を見た彼女は……絶句した。

 

 それは、アイラの血飛沫。

 

 驚愕したまま背後を振り返る。

 

 眼前には、アイラを光の防御壁ごとアイアンクロウで完全破壊した存在が映る。

 

 返り血塗れの真紅の悪魔。

 

 足元には、アイラの一部だった小さな肉片や眼球も見える。

 

 ペンタグラムの理想を叶えるバベルの光も消えていく。

 

 この世界の神となる挑戦をした、チェンシーの理想が消えていく。

 

 バベル神話をなぞるように、神の如き存在によって聖塔は破壊された。

 

「あ……ああ……ああぁぁぁぁぁぁ──ーッッ!!!?」

 

 爪撃を大きく振り抜き終えた悪魔が、ゆっくり顔を上げていく。

 

 その目は金色の瞳……などではない。

 

 悪魔の本能が現れた真紅の瞳。

 

 瞬く真紅の瞳の中に一瞬だが見せるのは、魔眼の魔法を使う際に見られる瞬膜。

 

 瞬膜とは、まぶたとは別に水平方向に動いて眼球を保護する透明又は半透明の膜、第三眼瞼。

 

 鳥や爬虫類が瞬きをするとき、目の内側から瞬間的に出てくるため瞬膜と呼ばれる。

 

 蛇は爬虫類、ドラゴンもまた爬虫類。

 

 それらを象徴する悪魔もまた、爬虫類の如き存在。

 

 目の前に立っている存在は、純粋なる悪魔。

 

 かつて()()()()()()を迎えた姿そのもの。

 

 人の心を完全に無くしてしまった悪魔の姿。

 

 チェンシーの顔が恐ろしく歪んでいく。

 

 両目からは悔し涙すら溢れ出す。

 

 彼女の姿を見た悪魔は、皮肉一つ発しない。

 

 無言のまま静かに歩みを進め、目の前の敵に殺意を向けた。

 

 ────────────────────────────────

 

「悪魔ぁぁぁ──ーッッ!!!!!」

 

 地面を砕き、一気に踏み込み箭疾歩の右拳突き。

 

 だが、その右拳は悪魔の体には届かない。

 

「何だとぉ!!?」

 

 空間が弛んでいるかのように、悪魔の眼前で静止したまま。

 

 続く右肘、右裏拳、左膝蹴り、右回し蹴り、着地からの旋風脚……。

 

 微動だにしない悪魔の体に届く前の空間によって、全て止められた。

 

 これはマサカドゥスの力に見られた悪魔耐性。

 

 究極の力を持つマサカドゥスは……()()()()()()()()する。

 

 この耐性を持った悪魔は他にもいるが、打ち破るには神魔の耐性さえ貫通させる能力が必要。

 

 因果の力携えし魔法少女であるチェンシーでさえ、そんな能力も固有魔法も無かった。

 

「アアァァァァァ────ーッッ!!!!」

 

 それでも無念の感情を悪魔に叩き込み続けていく。

 

 既に無力な彼女を前にして、悪魔の左腕が動いていく。

 

 右回し蹴りに合わせるカウンターの形で首を掴んだ。

 

「ぐっ!! うぅ……離せ……悪魔ぁ!!!」

 

 羽根を持ち上げるように宙に持ち上げられていく。

 

 怒りに満ちた彼女の目と悪魔の目が睨み合う。

 

 悪魔の視線が、彼女の下腹部に下りていく。

 

 魔眼の射線は空に向けられていた。

 

「何をするつもりだ……!?」

 

 悪魔の顔に雷雲から生み出されるが如き雷と光の粒子が集まっていく。

 

 その両目が輝きを帯びていく。

 

 悪魔は魔眼を放つのだ。

 

 螺旋を描く、魔力の一点放射魔法を。

 

 螺旋。

 

 陰陽の合一で雲が生じるという考えがあり、その図は螺旋で表される。

 

 螺旋とは太極であり、万物の根源を指す。

 

 陽を司るイザナギと、陰を司るイザナミは矛をかき回したり、柱の周囲を回ったりする。

 

 日本神話の国生みでは、天沼矛を混沌とした大地をかき混ぜる螺旋を生みだす神具とした。

 

 矛も柱も剣を表すことから、三種の神器の1つ天叢雲剣には雲があった。

 

 今放たれようとする一撃は螺旋。

 

 螺旋を描き、陰陽を生み出せし国産みの剣の一撃に匹敵する。

 

 ──―神の門を潜るのは……お前ではない。

 

「やめろ……やめろぉぉ──ーッッ!!!!」

 

 魔眼の中に見えるのは、二匹の蛇が陰陽太極図を描くように回転する光景。

 

 悪魔の両目から光は一気に放たれた。

 

『螺旋の蛇』の一撃となりて。

 

 黒龍の腹部が消し飛ぶ。

 

 美しい背中の長髪も消し飛ばされる。

 

 国産みの一撃が如き魔力の放射が、雷雲渦巻く天の叢雲に昇っていく。

 

 彼女の下半身が悪魔の足元に落ちてしまい、臓腑と流血を撒き散らす。

 

「ゴブッ!! ……ガッ……あっ……あ……」

 

 胸から下を失ってなお、魔法少女という存在は死なないらしい。

 

 魔法少女の本体はソウルジェム。

 

 彼女の左側頭部に飾られているもの。

 

 それさえ無事なら体を損失しようが復元レベルの回復魔法で蘇る事も出来るであろう。

 

 悪魔の視線が、彼女のソウルジェムに向けられていく。

 

「ソウルジェム……それは、美しき少女達の魂」

 

 第二次性徴期の少女達が持つ、大きな感情エネルギー。

 

 それを効率よく宇宙の熱エネルギーとして変換させる魔女の卵に見える石。

 

「以前から気になっていた……」

 

「な……に……?」

 

「この中には、どれだけの感情エネルギーが秘められているのだろう?」

 

 ──―どれだけ()()()()()マガツヒが噴き出すのだろう? 

 

 ──―拷問してでも取り出したい程の、味わい深き()()()()()が隠されているのだろう? 

 

「キ……サ……マ……!!」

 

「……沢山戦った、沢山傷ついた、沢山魔力を使った」

 

 ──―腹が減った。

 

 ──―美味そうだ。

 

 無表情だった悪魔の顔つきが変わっていく。

 

 魔法少女なら恐怖を感じずにはいられないだろう。

 

 おぞましき笑みを、浮かべていった。

 

 ────────────────────────────────

 

 右手がゆっくり持ち上げられていく。

 

 髪飾りの花の形をしたソウルジェムは、悪魔に奪われてしまった。

 

 少しだけ右手に力を入れ、花飾り部分を砕く。

 

 剥き出しのソウルジェムを掌で転がしながら弄ぶ。

 

 まるで極上の美酒が注がれたワイングラスを回すスワリング。

 

「な……何をする気だ……!! やめろ……やめてくれぇ!!?」

 

 自分の本体が、悪魔の手に運命を委ねられている。

 

 魔法少女なら誰もが恐怖に慄くだろう。

 

 左腕を下ろし、体を千切られ小さくなった彼女に目線を合わせる。

 

 死にかけた憎たらしい女の怯えきった顔。

 

 悪魔は愉悦の極みとなった。

 

 両頬の頬筋がつり上がっていく邪悪な笑み。

 

「恐怖に慄け」

 

 ──―俺たち悪魔が、魔法少女に行う所業を見届けるがいい。

 

「やめろぉぉぉ──────ーッッ!!!!!」

 

 悪魔は一息にソウルジェムを飲み込んだ。

 

 邪神である黒竜セトの化身ともいえる、魂を喰らった。

 

「あっ…………」

 

 その光景を最後に、彼女の意識は遠ざかっていく。

 

 ついに彼女のソウルジェムは、悪魔の体内の中で絶望を迎えた。

 

 ソウルジェムは破裂し、因果の力携えし魔法少女の膨大な感情エネルギーが噴き出す。

 

 そのエネルギー量は余りにも巨大。

 

 インキュベーターに課せられた地球の残り回収ノルマを全て回収出来てしまうほどの量。

 

「これがお前の絶望の味か……」

 

 ──―極上だ。

 

 悪魔は感情エネルギーを全身で飲み干し、喰らいつくしていく。

 

 彼女が今まで生きてきた人生の感情……()()()ともいうべき因果が飲み下された。

 

 体内の残るのは、残りカスとも言うべきグリーフシード

 

 それもまた、インキュベーターの背中に取り込まれるグリーフシードと同じ末路となる。

 

 この星を破壊し尽くす事が出来ただろう、チェンシーから産まれる大魔女。

 

 しかし、産声を上げる事も出来ず……悪魔に溶かされ吸収された。

 

「ククク……ハハハハハハハハハハハハッッ!!!!!」

 

 左手から業火が生み出され、持ち上げられた死体を焼き尽くす。

 

 地面に転がった下半身にも燃え移り、呪わしき魔法少女の遺体を燃やし尽くす。

 

 ──―ハ────ハハハハハハハハハッッ!!!!! 

 

 復讐を果たした悪魔のおぞましき高笑い。

 

 天を貫く程に全身から噴き上がる深碧の魔力。

 

 悪魔は『赤き獣』として帰ってきた。

 

 純粋なる混沌の悪魔は帰ってきた。

 

 混沌王の伝説を生み出した悪魔は、ついに復活を遂げた。

 

 ────────────────────────────────

 

 満足したのか、踵を返して歩いていく。

 

 魔力を龍神から吸魔していたと思われる魔法陣の中央にまで足を進めたが、止まった。

 

 地面に視線を下ろして魔法陣を見つめる悪魔の姿。

 

 そこに描かれた魔法陣の形は……。

 

「赤い……六芒星?」

 

 ペンタグラムの象徴、五芒星ではなかった魔法陣。

 

「なぜだ? あれだけ五芒星に固執していた連中なのに……」

 

 彼の脳裏にルイーザが過る。

 

「あの工作員……何か別の魔法陣を隠してやがったな」

 

 ペンタグラムを象徴する五芒星は、彼が立つ真下のエリアに描かれている。

 

「この六芒星……どういう意味で描かれた? ペンタグラム連中は知っていたのか?」

 

 注意深く六芒星を観察。

 

「中央の六芒星……星の周囲に描かれたアルファベットとシンボル……」

 

 斜め左下に『α』

 

 斜め右下に『Ω』

 

 左に『P』

 

 右に『X』

 

 左上に『王冠』

 

 右上に『聖杯』

 

 星を覆う円陣の枠内には、真紅のヘブライ文字。

 

 円陣の天地には、『十本の角』を思わせるエルサレム十字。

 

 円陣下に向かうように伸びた真紅のヘブライ文字。

 

 השטן קבע את המשיח את אלוהים.(サタン・セト・メシア・神)

 

「……かつてあった世界で、俺は仲魔から六芒星について聞かされた事があった」

 

 六芒星とは、天地陰陽の合一だけではなく別の意味もある。

 

「六芒星とは、獣の数字……666の意味を持つ」

 

 悪魔の数字666。

 

 その原点は、新約聖書のヨハネ黙示録。

 

 世界の終末が近くなった時、全人類を地獄へと導く獣が現れる。

 

 暴君にして史上最強、最大の反キリストが現れるとある。

 

「たしか……数学でも六芒星を紐解く事が出来るって話だったな」

 

 角度の和は180°であることは決まっており、正三角形の場合1つの角度は60°。

 

 これらが合わさると60+60+60=180。

 

 数秘術ゲマトリアでは、0は数える事はない。

 

 6+6+6=18

 

 18=666

 

「六芒星が示す存在はサタン……。だが、ルシファーだけがサタンと呼ばれる悪魔ではない……」

 

 赤き六芒星を象徴する、別の魔王の名も聞かされていた。

 

 ──―モロク。

 

 混沌王が呟いた魔王の名が示す悪魔とは……。

 

【モロク】

 

 モレクとも呼ばれる、ヨルダン川東岸に住んでいたアモン人が信仰していたとされる神。

 

 アモン人の国はイスラエル王ダビデに征服され、イスラエル民族に取り込まれた歴史をもつ。

 

 生贄を求める神であり、アモン人と混ざった多くのイスラエルの民がモロクの為に子供を炎の中に投じて生贄にしたとされている。

 

 モロクの像は牛の頭部をした巨大なものであり、内部は生贄や罪人を焼く業火が燃やされた。

 

 バアル・ハモンやサートゥルヌス(サタン)と同一視される。

 

 涙の国の君主、母親の涙と子供達の血に塗れた魔王として知られる。

 

 二本角が生えた牛頭神として、極めて残忍な悪魔であった。

 

「あの牛の悪魔は……子供の生贄を何よりも欲する」

 

 魔法少女と呼ばれた子供たち。

 

 彼女達は魔王モロクに捧げられたのかと考えていた時……。

 

「何だ!?」

 

 六芒星の魔法陣は、突然鼓動を始めていく。

 

 混沌王の魔力に反応して、起動した。

 

「ぐっ!! 溢れる力が抑えられない!?」

 

 体の内側から何かが体の中で蠢くような激痛に襲われていく。

 

 彼は魔法陣の中央に両膝をついてしまった。

 

「がっ……あぁ……体中が蠢く……背中が……熱い!!!」

 

 周囲の様相が変わっていく。

 

 地面に撒き散らされた魔法少女達の血溜まりが集まっていく。

 

 魔法陣の術式をなぞるかの如く。

 

 この現象はヘリポートだけではない。

 

 下の階の魔法少女達の血溜まりまで、上の階に向けて遡っていく。

 

 地上に穿たれた穴からも魔法少女の血が遡っていく。

 

 巨大な肉塊と化した魔法少女の膨大な血が、タワーを赤く染め上げていく。

 

 鳥居を模したタワーそのものが、()()()()()となっていく。

 

「ぐぉぉああぁぁ────ーッッ!!!!!」

 

 苦悶の雄叫びが人工島を超えて千葉県浦安市港にまで響き渡る。

 

「……始まったか」

 

 サイファーは黒いフードの中で不気味な笑みを浮かべていく。

 

「鳥居とは、神域と人間が住む俗界を区画するものであり……結界とも言えるのだ」

 

 神域への入口を示すヘブライ語アラム方言では、TARAA=門という意味を持つ。

 

 出エジプト記12に記された記述内容の中には、こうある。

 

 ──―この月の十日に各々、その父の家ごとに小羊を取らなければならない。

 

 ──―その血を取り、小羊を食する家の入口の二つの柱と、鴨居にそれを塗らなければならない。

 

 ──―その血はあなた方のおる家々で、あなた方の為に印となり。

 

 ──―私はその血を見て、あなた方の所を過ぎ越すであろう。

 

 追手である殺戮の天使の害に合わない為に、2本の柱と鴨居を羊の血で赤く染めろという内容。

 

 2本の柱とは、鳥居を示す。

 

 ワタツミタワーとは、鳥居を示す。

 

 では、この印無き者の家は十の災いによる神罰が待っているのか? 

 

 それを執行する、正体が未だ明らかにない殺戮の天使とは? 

 

 神の門を現すバベル・鳥居を超えて、極限の神域に辿り着く存在とは? 

 

「フッ……フフフ……待っていたぞ、この時をな」

 

 ルイーザと共に、人工島に向けてコルナサインを右手で作る。

 

「サタンが似合うのは、私でもベルゼブブでもモロクでもない」

 

 ──―我が子の如き、お前であるべきだ。

 

Bless you Satan.(サタンに祝福を)

 

「神の門を潜り、今ここに()()()()()()を迎える……」

 

 ──―悪魔であり、神となる者に祝福を。

 

 ────────────────────────────────

 

 イルミナティ13人評議会メンバー達もまた、この光景を軍事衛星から見守る。

 

 評議会の長と思われる老人の横にいた老人メンバーが興奮した様子で声を荒げた。

 

「J!! Is that what God said!? (あれが神の仰られたものか!?)

 

 屋上まで流れ出た大量の血を吸い上げ、赤黒い血煙舞う魔法陣。

 

 上半身が倒れ込み、藻掻き苦しむ悪魔の姿。

 

 入れ墨の発光色が赤く染まり、頭髪が白く変色していく。

 

 剥き出しの歯は鋭いもろ刃のつるぎのように尖り始めていく。

 

 爪は龍爪のように伸びていく。

 

 最も変化が著しいのは背中。

 

 大円筋部位から縦に広背筋に沿うように()()()()()()が血を流して生まれていく。

 

 俯向けに倒れこんだ姿から見える、首裏の一本角。

 

 Jと呼ばれた老人は静かに目を瞑り、記憶を辿る。

 

 己の一族が掲げた紋章。

 

 イギリスを始め、世界各国の王族や皇族家の紋章や家紋。

 

 神話の壁画さえ思い出していく。

 

 それは『獅子とユニコーン』

 

 それは『神社の阿像と吽像』

 

 それは古代シュメールの壁画に描かれた『ライオンと一角獣』

 

 ルシファーと呼ばれた悪魔のルーツとは、一角獣。

 

 キリスト教が誕生した一世紀後半の時点では、ルシファーという悪魔概念は存在しなかった。

 

 初めてルシファーの存在が指摘されたのは、西暦230年のこと。

 

 旧約聖書文献の一つイザヤ書に知られていなかった悪魔の存在を指摘した事で誕生した。

 

 概念存在とは、同類のモノに対していだく意味内容。

 

 ルシファーの同類とされた表象から共通部分をぬき出し、得た表象として生み出された概念。

 

 それこそが、古代シュメールの最高神が一人。

 

Our God is born.(我らの神は誕生した)

 

 ──―Another god.(もう1人の神だ)

 

 評議会の老人達はJに視線を移して、こう言った。

 

 ──―『エンキ』と。

 

 ────────────────────────────────

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”────ッッ!!!!!」

 

 悪魔の絶叫。

 

 背の4つの割れ目から血飛沫が噴き上がっていく。

 

 体内から生み出されたもの……それは天使の翼ではなかった。

 

 堕天使の翼たる4枚翼。

 

 ルシファーの翼の如き飛膜を持った、堕天使の翼。

 

 その飛膜には、赤く発光する入れ墨。

 

 伝統部族の身体装飾に見られるタトゥーと酷似する見た目。

 

 黒を基調とした直線・曲線を組み合わせて発光するトライバルタトゥー。

 

 頭髪は雪のように白く、羊毛に似て真白い白髪。

 

「Grrrrrrrr!!!!」

 

 悪魔の体が宙に浮かび上がっていく。

 

 外側の両翼を横に広げて羽ばたき、内側の両翼を縦に広げるように羽ばたいた。

 

 大きく広げられた4枚の堕天使の翼。

 

 悪魔の体も含め、背後に描かれた形は……()()()()(デビルスター)

 

『五芒星』

 

 木・火・土・金・水の元素の働きを持ち、原初の混沌に含まれた五大元素。

 

『逆五芒星』

 

 五芒星を180度回転させた星であり、悪魔を呼び地獄を示すと云われる。

 

 黒魔術では逆五芒星はサタンの象徴。

 

 グノーシス主義のイルミナティは、智慧の蛇サタン(ルシファー)を崇拝している。

 

 神の門を潜った悪魔もまた、真紅のサタン。

 

 7つの大罪の1つを司りし、神の敵対者サタン。

 

 ──―()()()()()()()()()()

 

「AAAAAAAAAARRRRRRRRRTTTTTTTTHHHHH!!!!!」

 

 真紅の瞳を持ち、赤く発光する入れ墨をした悪魔の姿。

 

 その理性は完全に崩壊し、一つの感情に支配されていた。

 

 サイファーは語る。

 

「これこそが人間の感情の極み。希望さえ呪い、絶望から生み出される理性無きモノ……」

 

 ──―憤怒だ。

 

 今、極限の怒りが無制限に放出されようとしている。

 

 出エジプト記の十の災い程度では済まない。

 

 これは人類を滅ぼす一撃となろう。

 

 自分を傷つけてきた全てに怒り狂う姿。

 

 東京の守護者であることさえ思い出せない。

 

 地球全てを破壊しつくす程の神罰を全身から放出しようとした時……。

 

「Gah!!!?」

 

 サタンの腹部、背中に至るまで広がっていく大きな古傷。

 

 それは剣で貫かれたかのような傷にも見える。

 

 古傷が蘇り、大量に血を噴き出した。

 

「Ga……a……あ……?」

 

 この痛みは、人修羅と呼ばれた尚紀には覚えがあった。

 

「ダン……テ……?」

 

 混沌の闇の世界で戦った男につけられた傷の痛み。

 

 全てをぶつけても、なお怯まず戦い抜いた誇り高きデビルハンターの姿が脳裏を過ぎった。

 

「俺は……何を……?」

 

 激痛によって我を取り戻した悪魔が地上に向けて降下していく。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

 地面に着地し、片膝をつく。

 

 傷は余りにも深く、体中の発光する入れ墨も真紅から深碧と明滅していく。

 

「なぜだ……傷は完治したはず……」

 

 ──―さぁ、答えを聞かせてもらおうか人修羅──―

 

 ──―お前はナオキか? ──―

 

 ──―それとも悪魔か? ──―

 

「……俺は」

 

 自我を忘れ、約束を違えようとした自分を猛省していた時……。

 

「地震!?」

 

 人工島に巨大振動が生まれていく。

 

 人工島というよりは、東京湾そのものが揺れているかのようだ。

 

 上空から見下ろせば、黒い何か……巨大な口が開いているようにも見えてくる。

 

「この感じる莫大な魔力は……神霊!?」

 

 悪魔が気がついた時には、時既に遅し。

 

 東京湾が弾け、それは顕現した。

 

「うおおぉぉ────ッッ!!?」

 

 海が弾けたのが一瞬見えたようだが……。

 

 次の瞬間には、暗闇の底に向けて飲み込まれていく感覚しか分からなかった。

 

 ────────────────────────────────

 

 地球の大地が岩盤ごと勃起したかのような光景。

 

 雷光を纏て天に伸びる、巨大な大地。

 

 天を貫く、龍の如き岩の塊。

 

 余りにも、その存在は巨大過ぎた。

 

 東京の住人達はその光景を見ることは出来ない。

 

 それは概念存在であり、神や悪魔と呼ばれるだろう。

 

 魔女の姿が見える魔法少女達ならば、神霊の御姿を見る事が出来るだろう。

 

 東京湾から遠く離れた地からでさえも……。

 

 見滝原からも見える。

 

「キャァァァ────ッッ!!!!」

 

 遠く離れた街からでさえも感じてしまう神魔の魔力。

 

 天を貫く畏怖の柱が見えてしまう。

 

 マミは窓際で腰を抜かして絶叫してしまった。

 

 風見野からも見える。

 

「おい……この世の終わりが来たのかよ?」

 

 教会の廃墟に向かう森の道を歩く杏子の姿。

 

 空を見上げた彼女は、全てが終わるのだと悟ったかのように両膝をついた。

 

 神浜からも見える。

 

「…………ワーオ」

 

 呆然とした表情を夜空に向けるアリナの姿。

 

 天を貫く巨大な柱を見物しながらも、彼女は興奮を隠せない。

 

 この世ならざる最高の美が顕現したかのように、アリナは感じていた。

 

 南凪区の海沿いに見えるのは、美雨と長老の姿。

 

 TVの映像が切れてからは場所を変えて東京を見守っていたようだが……。

 

「あ……あぁ…………」

 

 震えながら膝をついている美雨。

 

 隣に立つ長老の額にも冷や汗が落ちていく。

 

 神霊の姿が長老には見えているのか、細目を開けて呟いた。

 

「神龍……。あれは、中国や日本で崇められし最強の神龍……」

 

 ──―九頭龍じゃ……。

 




読んで頂き、有難うございます。


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42話 東京の守護者

【九頭龍】

 

 世界を支えていると言われる9本の頭をもつ中国・日本の龍神。

 

 中国においては九は陰陽思想における最大の陽数。

 

 また九という字は久の発音と結びつけられることから永遠を連想させるという。

 

 龍神は水神としてだけでなく風水においては地脈の象徴。

 

 地脈はおおよそ山脈に添って流れており、これが平野で尽きる時その場所を龍頭という。

 

 龍頭の先には龍が水を飲む池があり、誘われるように龍脈は野に広がり力あるものとする。

 

 九頭龍はこうした地脈の龍の中で最も巨大な神龍。

 

 このうちの頭一本が日本にあり、日本列島をその背に乗せていると言われていた。

 

 ………………。

 

 あまりにも強力な神である為に神霊とまで言われる悪魔の顕現。

 

 大地の龍は、魔法少女達がもたらした感情エネルギーによって龍脈の中に具現化した。

 

 ペンタグラムは神霊の魔力を利用していたのだが……。

 

 龍脈の中にまで光の柱を伸ばした場所が悪かった。

 

 九頭龍の下顎に一枚だけあるという恐ろしき龍の鱗。

 

 逆さに生える岩の鱗とは逆鱗。

 

 起きれば世界が完全に滅びるといわれる九頭龍はついに激昂し、龍頭を上げた。

 

 メガフロート地区どころか、東京湾そのものを飲み込んでしまった。

 

 九頭龍伝承にて語られる日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の再現とも言える光景。

 

「グォォォ────ッッ!!!!」

 

 天を貫くほどに激怒した九頭龍。

 

 天に向かってそのあまりにも巨大な体を伸ばしていく。

 

 しかし、これは本来の九頭竜の一部にしては小さすぎるサイズ。

 

 マグネタイト不足で体が小さい状態で顕現したようだ。

 

 本来は9つある龍頭の一つで日本列島を覆ってしまう。

 

 一体の首のサイズで地球の円周に匹敵する巨体であった。

 

 小龍の体ではあるが、その長さは日本列島では収まりきらない。

 

 全長は、およそ4000キロメートル。

 

 大気圏・熱圏を超えていく九頭龍の龍頭。

 

 地球を超え、偵察していたアメリカの軍事衛星を破壊していく。

 

 無限の力に匹敵する九頭龍の一部はこのまま暴れ狂うであろう。

 

 本来の大きさになる為の大虐殺を行い、感情エネルギーを喰らうだろう。

 

 このまま地球に向けて体を丸めながら落下したとしたら、どうだ? 

 

 日本の関東だけでは済まない。

 

 ユーラシア大陸にまで甚大な被害をもたらすはず。

 

 そのまま体を地表で暴れさせたなら、どうだ? 

 

 地球の大地が滅ぶ。

 

 不完全でありながらも、世界を破壊出来る力を持つ神こそが神霊。

 

Why did you let him use the divine dragon? (なぜ神龍を使わせたのですか?)

 

That's……(それはね)

 

 ──―Polishing a black diamond(黒いダイヤを磨く)

 

 ──―To be used as a sharpening stone.(研ぎ石にする為さ)

 

 ────────────────────────────────

 

 暗闇の底。

 

 ここは九頭龍の体内。

 

 外側の岩の体とは裏腹に、内部は生物の広大な体内世界。

 

 東京湾の海水なのか、九頭龍の胃液の中なのかは分からない。

 

 悪魔はただ、その中に浮いていた。

 

 悪魔は感じていた。

 

 九頭龍に飲み込まれた力無き者達の叫びを。

 

 人々は溶かされ、感情エネルギーも魂も喰い尽くされていく。

 

「ゴホッ……ガハァ!!」

 

 古傷からは未だにおびただしい出血が続く。

 

 悪魔の体は物質だけでなく、霊質も備えている。

 

 霊体の傷は健在であった為、古傷は未だに癒えていなかったのだ。

 

 トラウマを思い出し、藻掻き苦しむように古傷は開いてしまった。

 

「俺を……止めてくれたのか? ……ダンテ」

 

 かつてあった世界で出会ってしまったデビルハンターを思い出していく。

 

 ダンテと呼ばれた魔人。

 

 ボルテクス界に現れ、メノラーを巡る魔人同士の争いに加わった1人。

 

 彼が一体何者なのかを詳しく聞いた事が尚紀にはある。

 

 ダンテとは、かつて存在した伝説の悪魔剣士スパーダの息子であった。

 

【スパーダ】

 

 二千年前、正義に目覚めて魔界に反旗を翻した伝説の悪魔。

 

 魔界の実力者たる魔帝ムンドゥスや覇王アルゴサクスを倒した存在。

 

 まだ隔たりのなかった魔界と人間界を分かち、封印した存在でもある。

 

 20世紀まで生きたスパーダは、1人の女性と添い遂げた。

 

 その後産まれた2人の子供は、ダンテとバージルの名を授けられた。

 

 2人に剣術の手ほどきと、二振りの魔剣を授けた後に姿を消す。

 

 以後の消息は不明となった。

 

 ………………。

 

 人類にとっては英雄かもしれないが、他の悪魔達にとっては違う。

 

 元々広く悪魔達の憧れの的となっていた為、激しい恨みの的となった。

 

 スパーダが残した家族の幸せは続かなかった。

 

 悪魔達に襲われ、母も兄も失った。

 

 その後も裏切り者の血族の為に命を狙われる。

 

 名前を偽り生きてきたが、人々と関われば関わる程に死なせていった過去をもつ。

 

 彼はいつしか、誰とも関わらなくなった。

 

 その後、悪魔と戦う事を専門とした便利屋事務所『デビルメイクライ』を開業。

 

 ダンテの苦難は人を遠ざけてからも続いていく。

 

 仇の悪魔と戦い続けたが、失うばかりの悪魔人生であった。

 

 ────────────────────────────────

 

「……なぜ、そんな話を俺にした?」

 

「悪魔になると碌な事がねーって分かるだろ?」

 

 2人の悪魔人間が並ぶように歩いていく光景が見える。

 

「お前も大事な奴らを失ったみたいだからな」

 

 人修羅もダンテと同じく誰も守れなかった存在。

 

「掃き溜めの奥底まで行って、掃き溜めの親玉から力を授かったようだが……」

 

「……何が言いたい?」

 

「お前は……何がしたい?」

 

「……ぶっ殺してやりたい」

 

 全てを憎む怒りの言葉。

 

 その言葉なら、ダンテも幼い頃から叫んできた。

 

「奪った奴らも、こんな運命を用意した神も……皆殺しにしてやりたい」

 

「リベンジは結構だが、お前には何も残らねーぜ?」

 

「………………」

 

「俺も奪った連中にしてやったが……それ以上に価値のあるモノを、その中で見出した」

 

「復讐よりも価値のあるものだと……?」

 

 復讐は何も産まないからやめろ……という、お決まりのセリフがフィクション界隈にはある。

 

 そんな言葉を口にしたならば、殺し合いとなっていた。

 

 それ程までに今の人修羅は殺気立っている。

 

 静かなる憤怒。

 

 頭は冷静でも、心は消えない怒りの業火が生み出されていた。

 

 彼に怒りの炎を運んだ悪魔の名は、ルシファー。

 

 炎を運ぶ者と呼ばれた大魔王。

 

 怒りの炎は、彼の心を焼き尽くした。

 

 身も心も()()()()()()にしてしまった。

 

 人間か悪魔かも定かでない半端な人修羅ではない。

 

 怒りと悲しみに塗れ、心が壊れた悪魔として生きる修羅と成り果てた。

 

「そんなに力が欲しいのか?」

 

「……説教もいい加減にしろよ」

 

「力を手に入れても……お前はあの頃には帰れない」

 

「貴様は黙れぇ!!」

 

 横を歩くダンテに目掛け、高速の裏拳を顔面に放つ。

 

 右掌で受け止めたが、衝撃波は周りに拡散。

 

 暗い通路の周囲が破壊されていく。

 

 力場によって地面に圧力が加わり、亀裂が走り砕け散った。

 

 ──―お前は……俺の兄貴と同じだ。

 

【バージル】

 

 ダンテの兄である魔剣士。

 

 母親であるエヴァを守れなかった事で己の無力を悔やみ、力こそ全てと悟る事となる。

 

 人間らしい優しさや正義といった感情を捨て、悪魔として生きる道を選んだ。

 

 兄弟は再開する事となるが、思想の違いにより戦い合った過去をもつ。

 

 ダンテに敗北したバージルは魔帝ムンドゥスに捕らえられ、黒騎士として洗脳される。

 

 魔帝の尖兵として、再びダンテとの再戦を繰り返した。

 

 大魔王に操られた人修羅。

 

 魔帝に操られたバージル。

 

 形は違えど、なぞる道は互いに悪魔へと至る道。

 

 ………………。

 

「失った者達から受け継ぐべきなのは、復讐の力なんかじゃない」

 

 右足を軸に体勢を回転。

 

 左肘打ちをダンテの左側頭部に放つ。

 

 それよりも早く決まったのはダンテの右膝蹴り。

 

 体勢の回転により無防備となった背中に打ち込まれたようだ。

 

 大きく飛ばされ、地面に俯向けに倒れ込む。

 

 ダンテは人修羅を見下ろし、こう告げた。

 

「もっと大切な、人間としての……」

 

 ──―誇り高き魂だ!! 

 

「……フッ……フフフ……ハハハ……」

 

 起き上がりながら嘲笑う声。

 

 このボルテクス界において、人間の意志など何の役にも立たなかった。

 

 ボルテクス界で道を切り開く事ができたモノとは……。

 

「悪いが、俺の炎はこう言ってるぜ……」

 

 ──―もっと力を!!! 

 

 コトワリの神々を倒す力。

 

 神霊カグツチを倒す力。

 

 大いなる神を倒す力。

 

 人間の心が死んだ人修羅が欲するのは、力のみ。

 

「本当によく似てやがる……。俺の兄貴と同じ過ちは……繰り返させないぜ」

 

 睨み合う二人。

 

 互いの魔力が極限にまで高まっていく。

 

 互いに踏みしめた大地が爆ぜ、互いの刃がぶつかり合う瞬間……。

 

「「そこまでだ!」」

 

 後ろからついてきていた仲魔の二人が割って入った。

 

 セイテンタイセイは人修羅の刃を如意金箍棒で受け止めた。

 

 クーフーリンはダンテの刃をゲイボルクで受け止めた。

 

「いい加減にしろ、二人共! 戦う相手を間違えるな!」

 

「木によりて魚を求むってな。今は仲魔同士で殺り合ってる場合か?」

 

 人修羅は今、仲魔達を引き連れ最後の決戦の場に向かっている道中。

 

 全てのコトワリ勢力が集う総力戦がすぐ其処に控えていた。

 

 こんな道中で仲魔割れをしている場合ではない。

 

 静止したまま睨み合う2人。

 

 人修羅の肩に仲魔の一体である妖精ピクシーが空から舞い降りてきた。

 

 彼の肩に座り、変わり果てた尚紀に対して怯えた言葉を紡ぐ。

 

「尚紀……あたし、最初の頃に出会った尚紀のままでいて欲しかったなぁ……」

 

 仲魔達の思いを受け止める優しき心は、今の彼にはない。

 

 しかし、目的の前に戦力を消耗するのは得策ではないと考える冷静さはあった。

 

 その為だけに、刃を収めてくれた。

 

 ダンテも同じように魔剣リベリオンを背に収める。

 

 人修羅の仲魔達を見渡し、少しだけ笑みを浮かべてくれた。

 

「俺の兄貴と似てない部分もあるようだ」

 

「…………?」

 

「自分の過ちを周りが止めてくれる人望ってやつは……」

 

 ──―バージルには、なかったぜ。

 

 踵を返し、決戦の地へ至る地上に向けてダンテは歩く。

 

「若い少年。俺は何度でも、お前が過ちを犯そうとしたなら止めてやる」

 

 ──―お前を殺す一撃を……くれてやる事になろうとな。

 

 ────────────────────────────────

 

「……また、世話になったか」

 

 自分と同じ苦しみを背負う半人半魔の魔人……それがダンテ。

 

 誇り高きデビルハンターから受けた傷が、彼には誇らしかった。

 

「あんたの言葉は……嘘ではなかったようだ」

 

 過ちを止めてくれる存在。

 

 それがあったから、彼は救われた。

 

 共に戦ってきた仲魔を失った。

 

 それでも繋がり合うものを感じる事が出来た。

 

 体に力が入りこむ。

 

 同時に九頭龍の体内世界が振動を始めていく。

 

「……体を倒し込もうとしているのか」

 

 倒れ込む先は地球だと分かっている。

 

 天から落ちる『山津波』となりて、神霊の一撃を地表に叩きつけるのだ。

 

 死に至る程の古傷が開き、悪魔の体は瀕死の状態。

 

 それでも背中に感じる4本の腕の感覚に力を込めた。

 

「……やらせない。俺が生きている限り!!」

 

 4枚の翼が水面で大きく羽ばたく。

 

 水面が大きく爆ぜる。

 

 水柱の中から現れたのは、4枚翼の飛膜を広げし悪魔の姿。

 

 体の入れ墨は真紅の怒りに染まってはいない。

 

 その瞳は金色の瞳。

 

 九頭龍の体が地球の重力に引かれるように落下していく光景。

 

「……この一撃を放つのは、カグツチやルシファーと戦った時以来だ」

 

 悪魔にとっては、地母の晩餐と並ぶ最強の万能極大魔法。

 

 全身に気合を溜め込む。

 

 全身の魔力が胴体からさらに上に向けて集めていく。

 

 全身から噴き上がる魔力の奔流が駆け巡っていく。

 

 悪魔の口が開き、顔の前に光の粒子が集まっていく。

 

 暗闇の世界が消滅の光りによって照らされていく。

 

(まだだ……もっと強く……力強く!!)

 

 一撃で消滅させなければならない。

 

 砕けた体が隕石の雨となって地球に降り注ぐからだ。

 

「これで最後だ、ペンタグラム……」

 

 ──―お前らとの因縁を、終わりにするぜ!! 

 

 狙うは九頭龍の頭部……龍頭。

 

 人の姿をしたドラゴンの口から光芒が放たれた。

 

 その一撃の名は……『至高の魔弾』

 

 ────────────────────────────────

 

 九頭龍の体が内側より消滅の光りが迸り突き破られていく。

 

 龍頭に向け、光の魔弾が一直線に伸びていく。

 

「ググオォォオオオォォ────ッッ!!!!?」

 

 九頭龍の断末魔の咆哮。

 

 巨大な口が開き、その奥から光が溢れ出した。

 

 九頭龍の頭部が至高の魔弾によって破壊された。

 

 光の粒子が拡散するようにして、宇宙で爆ぜた。

 

 あまりにも巨大な爆発。

 

 光が太陽系全土を覆うかの如く広がり、夜空は強烈な白い光に包まれた。

 

 体の内側から放たれた一撃によって、九頭龍の体が崩壊していく。

 

 体を維持出来なくなった神霊は感情エネルギーの光として消えていく。

 

 光りは宇宙の世界に向けて消えていった。

 

 生き残れたのは、宇宙空間を漂う悪魔のみ。

 

「………………」

 

 魔力も使い果たした体。

 

 それでも悪魔は力を振り絞り悪魔の翼を羽ばたかせた。

 

 ゆっくりと地球に向けて進んでいく。

 

 薄れていく悪魔の目に、不可解な現象が見えた。

 

 地球が一瞬、()()()()()()()()に見えてしまったようだ。

 

(……ハハ、世の中ってのは……()()()()()()()()()

 

 悪魔の体が地球の重力に引かれていき、熱圏に入る。

 

 赤く燃えながら、流星のように地球に向けて堕ちていった。

 

 ………………。

 

 ここは月の地表。

 

 そこに見えたのは、巨大な六芒星。

 

 九頭龍が消滅の際に撒き散らした感情エネルギー。

 

 その膨大なエネルギーが月に向けて流れていく。

 

 六芒星は反応するかのようにして、静かに鼓動を始めていくのであった。

 

 ────────────────────────────────

 

 アメリカとカナダの国境に面した自然豊かな州である中北部ミネソタ州。

 

 ミネソタ州北部の都市から離れた広大な森を所有している人物がいるという。

 

 その人物は森の奥深くに大豪邸を所有していると街の人は話す。

 

 有り余る財力でアメリカの天然資源事業に投資を行い富を増やしていったそうだ。

 

 この投資家はフランス系移民であり、ミシェルと呼ばれる。

 

 資産家のミシェルは現在、隠遁生活を送っていると地元の人は話すのだが……。

 

 彼女は1930年頃にこの街に現れた。

 

 当時の彼女の年齢は19歳ほど。

 

 それから89年もの月日が流れ、108歳を超えているそうだ。

 

 いつ死んでもおかしくない老婆だと言われているのだ。

 

 彼女は魔女ではないかと、地元の人達は昔から噂していた。

 

 ビジネスの場に立っていた頃から彼女はおかしかった。

 

 見た目が変わらない。

 

 ずっと19歳の小娘のような若々しさ。

 

 なぜ彼女はあの若さであんな莫大な資産を所有していたのか? 

 

 なぜ彼女の若さはずっと維持されたままなのか? 

 

 街の人々は噂の魔女に対して、こう呼ぶ。

 

 ミネソタの錬金術師と……。

 

 ────────────────────────────────

 

 屋敷の召使いとして働かされているのは、十代の少女達。

 

 その子供達は全米からミシェルが引き取った孤児達なのだそうだ。

 

 理由は様々だが、彼女たちは高待遇であり衣食住にも困らないと口々に言う。

 

 その少女達には奇妙な共通点がある。

 

 左手の中指には、全員指輪をしているのだ。

 

 屋敷の召使いの少女達とは、ミシェルが集めた魔法少女達。

 

 秘匿社会に生きる魔法少女達だからこそ、主人の不老の秘密を守ってくれる。

 

 そして主人もまた、彼女達と同じ苦しみを背負う理解者でもあった。

 

 ………………。

 

 召使い達は今日も屋敷の奥に引き篭もった主人に代わり、掃除の仕事。

 

 地下のキッチンやボイラー室を掃除する者。

 

 ダイニングルームを掃除をする者。

 

 大きな屋敷のホールである多目的廊下の入り口前を掃除する者。

 

 男性用女性用と分けられた待合室や階段を掃除する者。

 

 中庭のイングリッシュガーデンを掃除する者。

 

 図書館並の書籍量を誇る書斎を掃除する者。

 

 そして、ギャラリールームの掃除を行っている者。

 

 ギャラリールームには、中世フランスの百年戦争にまつわる品が美しく並べられていた。

 

 その中の絵画には、かつてあの時代を駆け抜けた英雄達の絵画が飾られている。

 

 飾られた絵画の下には、それぞれの名前。

 

『リズ・ホークウッド』

 

『メリッサ・ド・ヴィニョル』

 

『エリザ・ツェリスカ』

 

 ギャラリールームの一番奥に飾られた、もっとも大きい絵画。

 

 描かれた少女とは、救国の英雄であり魔法少女。

 

 インキュベーターを天使として祭り上げ、天使の旗を戦場で勇敢に振る姿。

 

 百年戦争の英雄と呼ばれし魔法少女とは……乙女(ラ・ピュセル)

 

『ジャンヌ・ダルク』

 

 ────────────────────────────────

 

 ここは大豪邸内の隔絶した場所である南館。

 

 この区画は屋敷の主人が研究を行うエリアであり、召使い達は立入禁止。

 

 入る事を許可されているのはメイド長の少女1人のみ。

 

 屋敷の主人の秘密が全て詰め込まれている為か、窓も封鎖されて光りが入らない。

 

 館内を回れば、割れたグラスや酒瓶などが散乱している。

 

 奥まった執務室から見える光り。

 

 内部にいるのは1人の若い少女の姿。

 

 彼女の左手には、召使い達と同じ指輪がある筈なのだが……指輪が見えない。

 

 この人物がこの屋敷の主人。

 

 彼女は今、大型モニターに映し出された映像を見つめ続けている。

 

 その映像とは、昨夜日本の国営放送が世界中に報道してしまった映像記録内容。

 

 何度も何度も繰り返し見続けていた。

 

 映像に映し出されているのは、1人の少年。

 

Do you mind? That demon? (気になるかね? あの悪魔が?)

 

Do you know that one? (あれを知っているの?)

 

I've seen it in the demon world.(魔界で見たことがある)

 

 暗い執務室に座り、映像の光に照らされた人物の背後。

 

 人間の影が映らなければならない筈なのに……映っている影は人ではない。

 

 彼女の背後には誰もいない、しかし声が彼女には聞こえている。

 

 数百年間、彼女を苦しめ続ける存在との念話が続く。

 

What the hell was that? (あれは何なの?)

 

It's our black hope.(我々の黒い希望だ)

 

Say it plainly.(分かりやすく言って)

 

Our Chaos Lord.(我々の混沌王だ)

 

So that's the Demon Lord too……(あれも魔王なのね)

 

A being that is both human and demon.(人間であり悪魔でもある存在だ)

 

What do you mean? (どういう意味?)

 

He used a cursed tool to become a demon.(彼は呪われた道具を用いて悪魔になった)

 

A cursed tool? (呪われた道具?)

 

Magatama.(マガタマだ)

 

What kind of tool is that……? (それは一体どういう道具?)

 

It's the depths of magic.(魔導の奥義だ)

 

 彼女が椅子から立ち上がった。

 

The power that governs 6.(6を司る力さ)

 

Magatama is……the depths of magic.(マガタマが……魔導の奥義)

 

 彼女はゲマトリアで逆算していく。

 

 6に隠された数字とは、獣の数字である666。

 

 悪魔王ルシファーやサタンの力そのものだという仮設を立て始めた。

 

 その力を研究すれば、魔導の奥義を極める事が出来るであろうか? 

 

 彼女は知っている、ルシファーのルーツと呼ばれる神の名を。

 

 古代シュメールにおいては地の王エンキ。

 

 バビロニアにおいては水神エア。

 

 エンキとは、魔法や魔術の祖と言われるエジプト神話のトート神の父親。

 

 古代シュメールでは、エンキの息子の一人であるニンギシュジッタとトートは呼ばれた。

 

 トートに魔術を伝授したのが、父であるエンキ。

 

 そしてバビロニアでは水神エアとも語られ、エンキは知恵を司る神として扱われた。

 

 彼女は細目を開けて笑みを浮かべていく。

 

I finally found it……(ようやく見つけた)

 

 あれこそ求めていたものだと悟る。

 

 魔法少女となってまで追いかけた道のゴール地点を、数百年かけてでも見つけられた。

 

I'm done drinking.(酒浸りはもう終わりよ)

 

 今こそ彼女は錬金術師として蘇る。

 

 14世紀の子供時代に夢見た魔導の奥義を極めるために。

 

Are you going to Japan? (日本に行くのかね?)

 

 ──―Perenelle.(ペレネル)

 

 そして、自分に取り憑いた悪魔との関係も終わらせる力を手に入れると誓う。

 

 暗い執務室の直通電話でメイド長を呼び出す連絡を入れる。

 

I'll be living in Japan for a while, so get ready.(私は暫く日本で暮らすから準備しなさい)

 

 メイド長の少女は首を傾げる。

 

 今まで聞いたこともなかった、主人の生き生きした声を聞けたからだった。

 

 ────────────────────────────────

 

 海水が周りの海水で埋められ、渦を巻く東京湾。

 

 そこから南東に離れた位置に向けて、悪魔は天から雷光のように堕ちてきた。

 

 海に叩きつけられ、大きく水柱が上がる。

 

 海の中に沈んでいく悪魔の姿。

 

 海面に煌めく夜空の明かりを見つめながら、右手を海面に向けていく。

 

 空気の泡を掴もうとするが、右手から溢れるばかり。

 

(……なぜ俺は誰も守れない?)

 

 大勢の人々の命が、尚紀の手から溢れ落ちてしまった。

 

(守ろうとすればする程に……失ってしまう?)

 

 かつてあった世界の記憶が巡る。

 

(勇を救えなかった……)

 

(千晶を救えなかった……)

 

(丈二を救えなかった……)

 

(マネカタ達やフトミミを救えなかった……)

 

(祐子先生を救えなかった……)

 

 どこに流れ着こうとも、また同じ事の繰り返し。

 

(何が悪魔の力だ……?)

 

 ──―俺は……無力だ。

 

 襲いかかってくる無力感。

 

 しかし、そこからかつてどんな感情が生まれたかを思い出す。

 

 神霊を倒す事さえ出来た、力の源である感情を思い出す。

 

(……魔法……少女……共め!!!!)

 

 海の底に沈んでいき、小さくなっていく姿。

 

 見えなくなる海底の中で、赤き瞳の光が一瞬だけだが……輝いた。

 

 まるでこの光景は、アマラ深界と呼ばれた魔界に堕ちて行く再現。

 

 かつての()()()()()人修羅の姿を、なぞっているかのようであった。

 

 ────────────────────────────────

 

 積乱雲も晴れ、海の上には星々が輝く。

 

 悪魔化が解けた尚紀の体は海面を漂い、海流に流されるまま。

 

 背中の4本腕のような感覚はなくなっている。

 

 堕天使の4枚翼は消えているようだ。

 

 羊毛のように真白い髪の毛も、いつの間にか黒髪に戻っていた。

 

「……あの力は、何だったんだ?」

 

<<あれこそが、お前の命を壊す程の災いによって練り上げられた力>>

 

 将門の念話がここまで届いてきた。

 

<<新たなるマガタマによって進化した、お前の姿よ>>

 

<俺の……進化?>

 

<<よくやった、人修羅よ。見事東京を守り抜いてみせた>>

 

<……俺は誰も守れてねーよ。……東京の守護者として失格だ>

 

<<全てを守りきれると自惚れるな!>>

 

<だが……>

 

<<比類なき優れた武将であろうとも、救えない存在は必ず生まれる>>

 

<その人達に向けて、なんて詫びればいいんだ……?>

 

<<大切な人々を亡くした者達に向けて、かける言葉は無い>>

 

<……そうだな>

 

<<大事なのは、そこから何を学ぶかだ>>

 

<何を……学ぶか?>

 

<<お前はまた、魔法少女達に同じ事を繰り返されたいか?>>

 

<そんなのは……絶対に許せない……>

 

<<過ちは違った形となり、何度でも降りかかる>>

 

<魔法少女共が……いる限り……>

 

<<しかし、それでも繰り返させたくないという……折れない意思が必要だ>>

 

<………………>

 

<<守りし者とは死ぬまで戦い、失いながらも守り抜く意思を貫く者>>

 

<失いながらも……意思を貫くか……>

 

 ──―救いようのない、悲しい道のりだ。

 

<<……お前は、何を守りたい?>>

 

<俺は……>

 

<<何を守る力が欲しい……?>>

 

<……か弱き人間達を守りぬく……>

 

 ──―()()()()が欲しい。

 

<<その言葉、しかと我は聞き届けた>>

 

 暁のように輝く、1つの星が夜空に現れる。

 

<<身も心も魂も、進化し続けよ……人修羅>>

 

 星がゆっくりと彼の体に堕ちてくる。

 

<<受け取るが良い>>

 

 海面に浮かぶ体の上に浮遊するマガタマの姿。

 

 体を曲げながら回転し、『6』を描き『9』を描く。

 

 6とは悪魔を表す数字。

 

 9とはキリスト(メシア)を表す数字。

 

 混沌のマロガレ世界で溶け合い、生み出されたマガタマ。

 

<このマロガレは、一体何なんだ?>

 

<<666の悪魔の力であり、369メシアの力ともなりえるマガタマだ>>

 

<666の悪魔……? 369となるメシア……?>

 

<<神であり悪魔でもある、3体の悪魔の力が宿りし……新たなる究極の力>>

 

<ルシファー……将門……そして……スパーダ>

 

<<我らの力が、守りし者と共にある事を……忘れるでないぞ>>

 

 浮遊するマガタマを掴み、胸に抱きしめた。

 

 将門の声が遠くなっていく。

 

 丁度その時。

 

「なんだ……?」

 

 体を照らす人工的な光を浴びせられる。

 

 横に見えたのは巡視船。

 

「海上保安庁か……」

 

 彼はろくに動かない体に鞭を打ち、右腕を持ち上げ振ってみせた。

 




読んで頂き、有難うございます。


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43話 パラダイスロスト

 2019年1月28日。

 

 復讐を遂げたが、惨劇となってしまった日。

 

 月日は流れていく。

 

 4月も後半を迎えていた頃。

 

「丈二、すまないが……3日ほど里帰りがしたい」

 

「突然だな? また家族への墓参りか?」

 

「ああ……それと、心の整理をつけたい」

 

「そうか……まぁいい。丁度請け負った依頼も片付いてスケジュールが開いてるしな」

 

「それじゃ……行ってくる」

 

「お、おい? 仕事が終わった今から風見野に向かうのか?」

 

 丈二に背を向け、事務所から出ていく尚紀の姿。

 

 黒いトレンチコートを上着として着た彼が出入り口から去っていく。

 

 後ろ姿を見つめていた丈二は机に肘をつき、顔を乗せて大きな溜息。

 

「あいつ……あの日から雰囲気変わったな」

 

「……そうね」

 

 東京の職場から歩き続けていく。

 

 どうやら自分の足で風見野に向かうようだ。

 

 夜通し道を歩いていく。

 

「この道は……復讐の旅が始まった道」

 

 復讐を終えた尚紀は、再び同じ道を逆に向けて歩く。

 

「……俺は、何を期待してるんだろうな?」

 

 自分の行動の無意味さは理解しているが、それでも感情がこうしたいと体を突き動かす。

 

 日が昇る頃には風見野市に入った。

 

 繁華街を歩いていた時……。

 

「……ここだったな」

 

 路地裏に視線を向けた。

 

「3年近い前……雨が降っていた日。俺はここに座り込んでいた」

 

 この場所になぜ流れ着いたのか、忘れる事など出来ない。

 

「東京から彷徨い出た俺が、流れ着いた場所……」

 

 ──―大丈夫ですか? ──―

 

「世界に居場所が無かった俺に、声をかけてくれた少女がいた……」

 

 風実風華と出会えたから、この世界の尚紀の人生が動き出してくれた。

 

 家族となってくれた人達とも、出会う事が出来た。

 

「逆の道のりを夜通し歩き、この街に帰ってきたところで……失った時間は巻き戻らない」

 

 ──―失った人々は、帰ってこない。

 

 ──―バカだろ、俺。

 

 家族は今、風見野霊園にいる。

 

 弔ってあげた墓の中で、家族3人灰となって眠っていた。

 

 線香と花を繁華街で買った彼はそのまま霊園に向かい、家族と再会。

 

 花を手向け、線香に火をつけてお供えし、両手を合わせる。

 

「悪魔に祈る神はいない……それでも、願わずにはいられない」

 

 悪魔が呪ってしまったせいで、焼き尽くされる事となった人々の冥福を。

 

 ────────────────────────────────

 

 里帰り3日目の朝。

 

 彼は教会敷地内にある墓地にいた。

 

 花が手向けられた墓の前で片膝をつき、ずっと墓を見つめ続けた姿。

 

 教会の森から風が吹き抜けていく。

 

 風に靡く、黒いリボンと赤髪のポニーテール。

 

 彼の背後に立っていたのは杏子。

 

「今頃墓参りか?」

 

 槍を構え、刃の先端を彼の背中に向けた姿。

 

「もうあんたは、風姉ちゃんやあたしの家族の事は忘れちまったのかと思ったぜ」

 

 彼は何も答えない。

 

 言い訳の言葉など、もはや二人の間に必要ない。

 

 この墓に眠る人物も、霊園に眠る人物達もそうだ。

 

 みんな尚紀が原因で死んでしまった。

 

 刃の先端の先にいる存在に、全てを焼かれてしまった。

 

 杏子はただ静かに眼前の命を終わらせようと構える。

 

「……どうした? やるならやれよ」

 

 彼は無防備な背中をずっと向けたまま。

 

 風華の墓の前から動こうとはしない。

 

 今ならば、またあの時と同じように胴体を串刺しにしてやれるだろう。

 

 しかし、槍の先端は震えている。

 

「迷うな。……やれ」

 

 命を差し出すかのように無防備な背中。

 

 杏子の顔は怒りの形相。

 

 迷いを断ち切ろうとするのだが……。

 

「……くそっ!!」

 

 槍の先端が上に持ち上がっていく。

 

 体の前で垂直に構えられた槍の石突を地面に打ち付けた。

 

 体を震わせ、心の葛藤に苦しむ杏子の姿。

 

 喉から絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

「……分かってるんだ。……あんただけのせいじゃないって」

 

 額を槍の太刀打ち部分に押し付け、俯いたままの彼女。

 

 殺し合った日から考え続けた気持ちを語る。

 

「元はと言えば、父さんが壊れたのは……あたしが魔法少女なんかになったからだ」

 

 彼は何も答えない。

 

「それに風姉ちゃんだって、あんたの手で殺したわけじゃない……」

 

 彼は何も答えない。

 

「あたしの自業自得なんだ……。家族がこんなになっちまったのは……」

 

 彼はやっと重い口を開く。

 

「……それがどうした?」

 

「えっ……!?」

 

「お前の怒りは、理屈なんぞで捨ててしまえる程……安いものなのか?」

 

 彼はようやく立ち上がり、杏子に向き直った。

 

「誰が悪いかじゃねぇ、頭で考えるな。お前の怒りに燃えた心を、お前自身が裏切るんじゃねぇ」

 

「……何が言いたいんだよ?」

 

「お前の悲しみ、叫び、慟哭……怒り。それをもたらすキッカケとなった存在が目の前にいるなら、それをぶつけてこい」

 

「でも! あんただけが悪いわけじゃ……」

 

「俺は言い訳は絶対にしない。俺がお前の大切な人達を結果として殺した」

 

「そんな……そんな悲しい事……言うんじゃねぇよ……」

 

「俺を殺して、罪悪感の半分でも消えるなら……俺はお前の怒りから絶対に逃げることはない」

 

「尚紀……あたし達は殺し合うしかねーのかよ!」

 

「お前は神の家の娘だろ? なら、お前を貶めたサタンの俺を倒してみせろ」

 

 彼女は家族だった人と殺し合いたくないと言う。

 

 だが、尚紀は戦いから逃げようとはしない。

 

(どうしてそんなに背負いたがるんだ……? 家族だから……?)

 

 家族だったからこそ、やり場のない杏子の感情を受け止める覚悟を示してくれる。

 

「あたし……あたしは……」

 

 魔法少女の変身を解き、パーカーとホットパンツ姿に戻った。

 

「今は……出来ねぇ」

 

「………………」

 

「あたしの記憶の中のあんたが、家族として支えてくれた思い出が消えない限り……」

 

 風が吹き、木々を揺らす世界。

 

 瞳を逸らさず見つめ合う二人。

 

 重く苦しい沈黙の時間。

 

 場に耐えきれなくなった杏子は、膨らんだポケットから林檎を取り出して噛りつく。

 

「もう一度だけ聞く。……これからどうする、杏子?」

 

「あたしは……見滝原市に縄張りを移そうって決めたんだ」

 

「見滝原市に……?」

 

「巴マミ……あいつ、魔女に殺されたって、キュウべぇから聞いたんだ」

 

 尚紀にとっては、顔も思い出したくない人物の名前。

 

 魔法少女界隈では、別に驚く話でもない。

 

「あれだけの実力を持ったヤツでも、死ぬ時は死ぬもんさ」

 

「……そうだな」

 

「殺し合いの世界に絶対はない。巴マミの力が足りなかった……それだけの話さ」

 

 理屈の世界では杏子も納得している。

 

 それでも彼女の表情には暗い影が見えた。

 

「見滝原市には、今は誰も魔法少女なんていない。狙うにはうってつけってわけさ」

 

「この街の縄張りはどうする?」

 

「人見リナが幅効かせてるし、繁華街で獲物の奪い合いにも疲れちまった」

 

「あの女か……」

 

「それに……あいつらのやり方は大嫌いだ」

 

 魔女だけを狙わず、使い魔まで相手をする正義の味方っぷりが杏子を苛立たせる。

 

「魔法の力は、他人の為になんて使うべきじゃないって言ってやったが……」

 

「……拒絶されたか」

 

「何度もぶつかり合う事になったよ……。人見リナの魔法少女グループとはね」

 

 正義の味方を貫いたマミと同じく、打算で手を取り合える存在ではなかったようだ。

 

「あたしは自分1人で生きていく。その為の魔法の力なんだよ……あたしにとってはな」

 

 今も変わらない傲慢な答え。

 

 その言葉を裏付ける証拠は、この2日間で抑え込んでいた。

 

 3日間という時間は、その為に必要であった。

 

「……じゃあな。気が向いたら東京に行って、あんたと戦ってやるよ」

 

 林檎に齧りつきながら教会方面に向かって歩いていく彼女の後ろ姿。

 

「……最後に、一つ聞いていいか、杏子」

 

 ……低く、暗い声。

 

 背筋が凍る程の圧迫感。

 

 敵意を剥き出しにする気配を背中ごしに感じてしまう。

 

 背中に冷や汗が流れていく。

 

 杏子は立ち止まり、彼に向き直る。

 

 そこで目にしたのは……悪魔の姿。

 

 発光する刺青を持ち、一本角が首裏から生えた断罪者。

 

 ──―お前……風見野大三銀行が管理する無人ATMを襲ったろ? 

 

 ────────────────────────────────

 

 この街にたどり着いた初日から捜査が行われていた。

 

 街で起きた不可解な事件を先に調べていく。

 

 魔女や使い魔の犯行もあるが、魔女達が狙わないであろう事件に注目した。

 

 繁華街の外れにあった、人気のない無人ATM強盗事件。

 

 昨今はコンビニATMの普及により利用者は減少している無人ATM。

 

 しかし、個人主義に腐った魔法少女達から見れば……誰も手を付けない絶好の貯金箱。

 

 地方新聞である風見野新聞には、こう書かれていた。

 

 防犯カメラ映像には、外側からうねるように伸びてきた飛来する鋭利な何かが映し出された。

 

 飛来物が見えた後には、映像は途切れていたとある。

 

 その武器の特徴には覚えがあった。

 

 それにどうやったらこんな鋭利な切断面でATMを真っ二つに出来たのかという専門家の意見。

 

 専門家ですら説明出来ない不可解な犯行手口。

 

 防犯上の理由で多くは金を入れられてはいなかったとあるが……。

 

 約ニ千万円の中身は、全て奪い取られていたとあった。

 

 かつて捜査を行ったリナのグループ内には生活困窮者はいなかった。

 

 ならば、考えられる犯人は……。

 

「な……何を根拠に言ってんだよ? あたしがやったって証拠はあるのかよ!?」

 

 白を切る態度だが、明らかに動揺していると探偵なら判断する。

 

 犯罪慣れしていないせいで隠しきれていないからだ。

 

「風見野駅改札口から出て、駅出口から右側通路の奥にある人気のないコインロッカーは、お前も覚えてるよな?」

 

「あっ……!」

 

 黒いトレンチコートのポケットから取り出した数枚の写真。

 

 スマホで撮影された画像データを写真にしたもの。

 

 コインロッカー左端の3段目を開ける杏子の写真。

 

 中からバックを取り出す写真。

 

 そこから札束らしき物を懐に仕舞う写真の3枚。

 

「証拠ならある。言い逃れは出来ない」

 

「昨日の夜……あたしを付け回してたのか!?」

 

「忘れたか? 俺は探偵……尾行が仕事だ」

 

「あたしを警察に突き出す気か……?」

 

「人間の警察に魔法少女を突き出したところで、命を落とすだけだ」

 

 人間社会を傷つける魔法少女に対し、怒りが形となる。

 

 握り込んだ右手から放出された悪魔の光剣。

 

 魔法少女を確実に殺せる武器。

 

「ならどうしろってんだよ! 住む家も無いあたしは……風俗で働けっていうのか!?」

 

「お前は俺の支援を断った、それも一つの道だ」

 

「誰かも分からないおっさん相手に体を売れってのかよ! 男だからって……体が汚される女の苦しみは他人事かよ!」

 

「俺も元ホームレスだ。衣服も体も汚れ、悪臭を放ち、住む家もなかった。汚らしい空き缶拾いで生計も立てた」

 

「仕方ないだろ! 保護者もいない! あたしがどんな全うな仕事をやれるってんだよ!」

 

「俺も保護者はいなかったぜ? それどころか、この国で生まれた戸籍さえなかった」

 

「………………」

 

「不幸自慢の言い訳は終わりか? 苦しかったのは……お前だけじゃねぇ」

 

「……あたしを、殺すのか?」

 

「お前は人間社会の敵となった魔法少女だ」

 

 ペンタグラムとの決戦以来、尚紀は魔法少女の存在を心の底から嫌悪した。

 

 信じるに値しない存在だと感じた。

 

「家族であろうと……魔法少女ならばと探りを入れてみたが……確信が持てたよ」

 

 優しい心を持った魔法少女なら、人間社会に向けて絶対に危害を加えない。

 

 信じることが出来る。

 

 そうであって欲しかった。

 

 その結末が……これだ。

 

「罪の大小など関係ない。人間社会を尊重しない強欲者など、生き残る為なら普通に暮らす人間さえ……蔑ろにするだろう」

 

「そんな事……」

 

「お前が否定出来るのか? 自分の為にのみ、魔法を使うと宣言した魔法少女のくせに」

 

「………………」

 

「そしてこう言う」

 

 ──―困っていたから、仕方がなかった。

 

「仕方がないだけで人間社会は被害を被っていいのか? なら、人命も仕方ないで済ませられるな」

 

「あんたがそれを言うのかよ!! 尚紀だって……魔法少女の虐殺者として大勢犠牲にしたくせに!」

 

「そうだ。だからこそ、魔法少女の蛮行を繰り返させない為に……」

 

 ──―俺が恐怖という名の法となろう。

 

「詭弁だ!! あんただって……仕方ないで済ませてるじゃないか!!」

 

「国は魔法少女を管理などしてくれない。その上で、これから先も社会状況次第で魔法少女の凶悪犯罪は続く……」

 

「………………」

 

「俺もまた加害行為を繰り返してきた……。守りたい人がいれば、守れない人が生まれてしまう」

 

「守りたい人が出来たから……守れない人が出来る?」

 

「悲しいよな、社会に生きる他人同士ってのは。善人であろうとなかろうと、()()()()()()()()()……加害者に成り果てるんだ」

 

「これが……あんたが進んだ道なのか?」

 

「ああ……。守りたい人達の為に、守れない人々を殺す道。そして俺もまた……()()()だ」

 

「尚紀の生き方は……救いようがねぇよ……」

 

「覚悟は出来てる」

 

 ──―俺はこれから先も、世直しの為に修羅として生きる。

 

 刹那、杏子は自分の体が横一文字に両断された感触が胴体に走る。

 

 怯えた目で首を下に向け、自分の胴体を確認した。

 

「……まだ、繋がってる?」

 

 転がり落ちていたのは、右手に持っていた林檎の半分。

 

 胴体に刃が当たる前に、放出した光剣を収めてくれていた。

 

 悪魔がゆっくりと近づいてくる。

 

「……殺さないのかよ?」

 

 切断された林檎を拾い上げ、横を通り抜けていく。

 

 少し先で立ち止まった彼は、背中を向けたままこう言った。

 

「お前には返しきれない恩がある。一度だけ……見逃してやる」

 

「尚紀……」

 

「盗んだ金持って……どこにでも消えて暮らせ」

 

「あ……あたし……」

 

 悪魔に振り返る勇気はない。

 

 これが本気で敵を殺す覚悟となった悪魔の気迫。

 

 かつての戦いは、殺す気などなかったのだと実感した。

 

「次にお前の身辺を洗った時、もう一度社会に危害を加えていたならば……」

 

 ──―恩があろうが、俺と殺し合う覚悟がなかろうが……。

 

 ──―八つ裂きにしてやる。

 

 悪魔化の変身を解き、再び歩く姿。

 

 切断面が焼け焦げた林檎を噛りながら去っていく。

 

 食べ物を粗末にする事の愚かしさ。

 

 空腹の辛さは……知っていたから。

 

 焼け焦げた切断面を見ながら、杏子は自分がやった事の罪深さを知る。

 

 かつて林檎を盗んだ時と同じように、後悔した。

 

 林檎。

 

 旧約聖書創世記に登場する善悪の知識の木に実る果物。

 

 大いなる神が食べる事を禁じた禁断の果実。

 

 アダムとエヴァはその実を食し、楽園を追放された。

 

 林檎とは智慧を象徴する。

 

 林檎を齧った杏子は知った。

 

 何かを守るという事は、何かを犠牲にする道なのだと。

 

 人間は常に、()()()()()()()()()()

 

 ────────────────────────────────

 

 その日の午後。

 

 風見野大三銀行前に止まったタクシーの中から現れた尚紀。

 

 横の席から一緒に降りてきたのは初老弁護士。

 

 この弁護士は彼が雇った人物。

 

 風見野弁護士事務所に赴き、示談の仕事を受けて欲しいと依頼したようだ。

 

 銀行の中に入っていく尚紀の右手にはジュラルミンケース。

 

 受付の事務員に話しかけた。

 

「本日はどのようなご用件でしょう?」

 

「被害にあったATMの件で来た。親族を代表してお詫びに来たと頭取に伝えてくれ」

 

「ご親族の方でしたか……。少々、お待ち下さい」

 

 程なくして、2人は頭取の執務室に通された。

 

「貴方が私達の銀行に加害行為を行った犯罪者の親族で、間違いないですか?」

 

「相違ない。今日は示談交渉に来ました」

 

 刑事事件の示談書と謝罪文、それにジュラルミンケースを執務室の机に置く。

 

 彼は机から一歩後ろに下がり……土下座した。

 

「此度の被害は……俺の家族が起こした事件……! 誠に……申し訳ありませんでした!!」

 

「金融の世界では、土下座など一円の価値もない。我々に見せる誠意とは、被害額に上乗せした示談金だよ」

 

「……ケースに入っている金が、俺が用意した示談金です」

 

「分かってくれていて助かる。見てみよう」

 

 机に置いたジュラルミンケースを開けてみると……。

 

「ば、馬鹿な!?」

 

 頭取は驚愕した。

 

 金融職をしているならば、見慣れたジュラルミンケースサイズ。

 

 目の前には、一億円分の札束が入っていた。

 

 自分の担当者に連絡を入れてスイス銀行口座から用意した金。

 

 風見野市で作った銀行口座に振り込ませたものだ。

 

「御社に与えた被害額は……倍にして返します! どうか……どうか刑事告訴を取り下げて頂きたい!」

 

「これだけの額があれば……強盗、器物破損、営業妨害などを計算した被害額を差し引きしても十分過ぎる。それに……大量のお釣りまで残る」

 

「残った金額は、御社で有効に使用してください」

 

「君の家族は……こんな大金を直ぐに用意出来るのに……どうしてこんな事件を?」

 

 床に顔を伏せたまま唇を噛み締め、彼は呟く。

 

「……家族の俺が聞きたいぐらいです。家族が御社に与えた無礼、どうかお許しください!」

 

「……分かった、示談は成立としよう。刑事告訴は取り下げる」

 

「有難うございます……」

 

 後の示談手続きは雇った弁護士に任せ、尚紀は退出。

 

 この騒ぎは地元新聞でも取り上げられ、全国ニュースにもなる。

 

 このニュースを杏子が知ったのは見滝原市に赴いた頃。

 

 盗んだ金で泊まる豪華ホテルのTVを見ていた時であった。

 

 ────────────────────────────────

 

 夕方の空。

 

 教会の森を抜けた先の野原に佇む、尚紀の姿。

 

 見渡す限りの美しい光景をずっと眺めていた。

 

 かつて風華や家族と過ごした……思い出の地。

 

 季節は4月も後半。

 

 緑生い茂り、花も咲き誇る。

 

「……この美しい野原を、みんなと見ることは……叶わなかった」

 

 もしもを考えるのは無意味だと分かっていても、考えてしまう。

 

「あの姉妹はどんな風に過ごしたんだろう? 風華は杏子やモモの横で何を語ったんだろう?」

 

 それを知る事は、もう出来ない。

 

「俺がみんなを……焼いてしまった。あの人達と関わらなければ……今も生きていたんだろうか?」

 

 関わった人々が幸福に生きられたかもしれない可能性。

 

 訪れた悪魔が……全て潰してしまった。

 

「俺が送った言葉が……あの一家を呪ってしまった。俺が現れなければ……杏子は魔法少女になんてならなかった……」

 

 ──―みんな……救われたんだ……。

 

 悪魔の責められるべき咎。

 

「関わるべきではなかった……。あのまま野良犬のような人生を送っていたらよかった……」

 

 残されたのは杏子独り。

 

 彼女を不幸のどん底に堕とした者の名は、人修羅と呼ばれし悪魔。

 

 サタンと罵られ、憎まれ、殺し合う事になったのも全て悪魔の咎。

 

「それでも……嬉しかった……」

 

 記憶を巡れば、彼に人間の光りを与えてくれた人達の笑顔。

 

 今もなお、彼の記憶は色褪せてはいない。

 

「行く当ての無い俺に手を差し伸べてくれた人の優しさが嬉しかった……。家族となってくれた人達の優しさが嬉しかった……」

 

 ──―みんなと触れ合えたから俺は……救われたんだ。

 

 この世界に流れ着いてしまった悪魔にとって……。

 

 ここは縋り付きたかった……()()

 

 ………………。

 

 失楽園。

 

 旧約聖書の創世記第3章の挿話である。

 

 蛇に唆されたアダムとエバが、神の禁を破って善悪の知識の実を食べ、最終的にエデンの園を追放されるというもの。

 

 またイギリスの17世紀の詩人、ジョン・ミルトンによる旧約聖書の創世記をテーマにした壮大な叙事詩としても残る。

 

 ジョン・ミルトンの失楽園第二巻には『混沌王』という存在が登場する。

 

 ルシファーは神の創造した人間世界に向かう途中にある地獄と天国の間、深淵において支配者である混沌王と会見する。

 

 混沌王はニュクスやハデス、オルクスなどを伴っているが臣下共々年老いていた。

 

 己の領土が自身の臣下の紛擾や、天国と地獄の拡大に伴って縮小している事を憂いていた。

 

 深淵を渡ろうとするルシファーに対して道を示し、また物語の最後で再び立ち上がる描写がある。

 

 両者には、浅からぬ因縁が存在した。

 

 堕天使ルシファーの再起。

 

 人間に対する嫉妬。

 

 謀略により楽園追放に至る男と女。

 

 その罪を自覚して甘受し、楽園を去る。

 

 人間の偉大さを描いた叙事詩。

 

 それが、失楽園。

 

 ────────────────────────────────

 

「杏子……俺達は失ったんだな。……楽園を」

 

 空はもう夕暮れを終えようとした()()()

 

 星空も広がろうとしている。

 

 田舎都市である風見野は東京とは違い、街灯の光が邪魔しない夜空の美しさ。

 

 それはまるで、雪のように()()()()()()()程……美しかった。

 

「……逆らえぬ定めか。ならばもう、迷わない」

 

 彼は喜びの光りは受け取った。

 

 全てのありがとうを伝えたい人達と過ごした証は、胸の中で永遠に輝き続けるだろう。

 

「……もう十分だ。ありがとう、みんな」

 

 優しい風が吹き抜けた。

 

 黒いトレンチコートの裾を靡かせていく。

 

「……最後に、風華を感じる事が出来たな」

 

 ──―交わした約束、忘れないぜ。

 

 足元に咲き誇る、美しい花達。

 

 それはこれから出会うかもしれない、魔法少女達のように美しかった。

 

「正義も愛も追いかけない」

 

 ──―もう俺に……花はいらない。

 

 花を踏み潰す。

 

 足元から一気に業火が噴き出し、地面を走っていく。

 

 野原が燃えていく。

 

 地獄の如き業火が、少女のように美しい花達を焼き尽くしていった。

 

 炎の渦の中に向けて、悪魔は背を向けながら歩いていく。

 

 己の逃れられない罪を自覚して甘受し、楽園を去る人間の姿をした悪魔。

 

 その背からは、炎に照らされた4枚翼が大きく広がりを見せた。

 

 逆五芒星を形作り、悪魔の人影は炎の中へと消えていく。

 

 呼応するかのように、燃え盛っていた業火も消えていった。

 

 残ったのは……『サタンの足跡』

 

 焼け焦げたペンタグラム魔法陣のみ。

 

 人修羅と呼ばれた悪魔は、これからも炎を運ぶだろう。

 

 ──―魔法少女社会が、燃やされていく。

 

 ────────────────────────────────

 

 ルシファーとは、ユダヤ・キリスト教の堕天使。

 

 全ての堕天使、悪魔、魔神達の上に君臨する地獄の魔王。

 

 その名はラテン語で『炎を運ぶ者』『光を運ぶ者』

 

 あるいは『暁の子』『暁の星』の意味である。

 

 またヘブライ語では、ヘレル・ベン・サハル(暁の輝ける子)という。

 

 神の敵対者として地獄の底に堕ちた、堕天使ルシファー。

 

 永遠の業火に焼かれるとも、溶けることのない氷の中に閉ざされているとも言われた。

 

 人修羅と呼ばれし悪魔もまた、その道をなぞるだろう。

 

 彼もまた、ルシファーが生み出した大いなる神を焼く憤怒の炎。

 

 サタンであり、人々を呪い、焼き尽くす。

 

 炎を運ぶ者として。

 

 人修羅はサタンとなりて堕ち続けよう。

 

 彼の炎が敵だけでなく、彼の心をも業火で焼く事に繋がろうとも。

 

 人間社会を守る事が出来るのであれば、やり遂げる覚悟を決めた。

 

 ────────────────────────────────

 

 ユダヤの指導者(ラビと名前の前に敬称の形で呼ばれる)の1人が、こんな言葉を残している。

 

 世界は2020年を境に『終末』に向けて急展開を見せるという。

 

 聖書は聖典であると同時に神が後世に伝えるメッセージが暗号として埋め込まれていると主張する人々がいる。

 

 旧約聖書の最初の5つの書であるモーセの五書のヘブライ語版『トーラー』の暗号は『バイブルコード』と呼ばれる。

 

 これまで多くのラビ・司祭・数学者・大学教授によって解読が試みられてきた。

 

 バイブルコードで予言されたものの中には、ナチスのホロコーストや9・11等が記されている。

 

 著名人のラビの発言によれば、2020年に『アトミック』が起こるという。

 

 これが核爆発なのか、あるいは世界を変える程の『インパクト』なのかは定かではない。

 

 それがユダヤ歴で5780年の2020年に起こる事が導き出されたという。

 

 そしてレビ記のバイブルコードには、こうあった。

 

『この世の終わりは、ユダヤ歴5781年、西暦2021年にやってくる』

 




読んで頂き、有難うございます。


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44話 混沌王

 あれから尚紀は変わり果てた。

 

 この世界に流れ着いた頃のような無表情な顔。

 

 他人を寄せ付けない態度。

 

 誰かと深く関わるのを拒絶するような、孤独な生き方。

 

 もう人の愛は、彼には必要なかった。

 

 必要だったのは……人間社会を魔法少女達から守るための人間社会主義。

 

 政治用語の社会主義だ。

 

 ………………。

 

「……やぁ、ナオキ君。無事な姿をもう一度見れて嬉しく思う」

 

 無表情な顔つきを見せてくる者に対し、溜息をつく老人。

 

「座ってくれ。君があれから何をしていたのか、聞かせてくれないか?」

 

 ジュエリーRAGの商談用ソファーに促され、彼は座り向かい合った。

 

「……そうか。傷が癒えてからは、政治書籍を買い漁り勉強する毎日か」

 

「……ああ。今の俺には、社会をコントロールする知恵が必要なんだ」

 

「君は政治を用いて、魔法少女社会をコントロールしたいのかね?」

 

「魔法少女社会だと……? 国に管理されない社会など、ただの無政府状態だ」

 

「彼女達とて独自のルールを決めてはいるようだが……それでも学生らしい班分け気分だ。軽い取り決めに過ぎない」

 

「俺は社会ルールというものの大切さを痛感した。社会を拘束するルール……それが法律だ」

 

「まさか……今までなかった魔法少女社会全体を拘束する法律を作るつもりかね?」

 

「善人も悪人も、自分達さえ良ければそれでいい奴らだ。人間社会など本気で考えてはくれない」

 

「東京の魔法少女達ならばそうだろうが……他の街はどうだね?」

 

「他の街?」

 

「例えば、心優しい魔法少女が沢山いる街なら、彼女たちの努力次第では……」

 

「心優しい連中など、俺は信じない。家族の成れの果てを見て……確信した」

 

「そうだな……これは単なるそうであって欲しいお気持ち主義。無根拠な世界だ」

 

「魔法少女は状況次第で幾らでも社会に牙を突き立てる」

 

「彼女達とて止むに止まれぬ事情があるだろう? 社会的な苦しさから開放されたいだけだ」

 

「強盗なら許していいのか? 人間の命を奪っていなければセーフ?」

 

「それは……」

 

「社会を大事にしないヤツが、社会を構成する人間を大事にする保証などない」

 

「覚えがあるようだね?」

 

「堕ちたヤツはとことん堕ちる。自分を正当化する言い訳なら幾らでも用意するさ」

 

「君にとって魔法少女は、もはや善人も悪人も関係ないというわけだな?」

 

「信じるという概念ほど、人間の思考を奪う存在はない。何の保証も動かぬ根拠も用意しない、それに気がつく事さえしない」

 

「確かに、知恵無き者達は短絡的な答えばかりを求める。疑わずに無関心になってしまうだろう」

 

「俺にも経験がある。痛めつけて脅したから改心するだろうと信じたが、その魔法少女は人間の子供を殺した」

 

「そんな悲劇を経験していたか……」

 

「俺はあの時……人は改心出来る、先は信じられる、そうであってくれと願った」

 

「………………」

 

「あの時、誰も信じない思考を持っていたら……あの悲劇は避けられた。今でも後悔している」

 

「思考の視野狭窄……。信じたい気持ちは聞こえはいいが、先の悲劇に備えられないな」

 

「絵に書いたような正義の味方を気取る魔法少女達に俺の考えを語ったら、こう言うだろう」

 

 ──―魔法少女達は絆で結ばれている! 

 

 ──―魔法少女は信じ合える優しい心で分かり合える! 

 

「何の保証も根拠も用意しないままにな……」

 

 ビジネス鞄から本を取り出して机の上に置く。

 

 見れば漫画であり、魔法少女ものの作品。

 

「この漫画は何かね?」

 

「政治書籍を買いに書店に行っていた時にな、正義の魔法少女が自分達の在り方とは何をイメージしているのか知りたくなったんだ」

 

「十代の子供達だからね。サブカル世界観は、彼女達のモチベーションに繋がるだろう」

 

「読んで見たが……くだらなかった」

 

「………………」

 

「魔法少女に変身して、悪い奴らをやっつけて、時には仲間と喧嘩しながらも絆を深め合い、悪者の親玉をやっつけて終わりの成長物語だ」

 

「真善美の世界とやらは、昔から変わらないな。英雄劇はキリスト教にも取り入れられ、現在の聖人崇拝に繋がった」

 

「みんな正義のヒーローという世界観に陶酔していく。それを批判する者は悪者だと罵り、間違っていると頭から決めつけてくるだろうな」

 

「正義のヒーローという偶像崇拝……偶像という神を批判する者は弾圧される」

 

「そうだ……。これはもはや、思い込みという名の宗教そのものだ」

 

 ──―正義宗教という、洗脳に過ぎない。

 

「戦いが美化されていくか……。悪者を倒せば気持ちよくなれる。次の悪者を求める」

 

「先に無関心の方が社会は不安定となり……変身ヒーロー達には都合がいい」

 

「次の物語に繋げられるからね。物語は良くても……その世界に生きる人々は災厄に陥れられる」

 

「第一次大戦期において、社会学者のジンメルは戦いを精神の転換点と言った。平和とは悲しい状態であり、戦いこそ偉大なる可能性に満ちていると言いやがった」

 

 ──―結果はどうなろうと、この戦争は偉大で素晴らしいものだ。

 

 ──―私たち誰もが不可能だと考えていたことを乗り越えるのは、喜びである。

 

 ──―戦いは、統一化、単純化、そして集中化の力である。

 

「あの時代のドイツと英国は……資本主義と英雄主義の対立構造。言い換えれば、宗教戦争だ」

 

「真善美を語り、人間を酔わせ、視野狭窄にして洗脳する。それに異を唱えるものは、正義の妨害者扱いだ」

 

「自分が絶対に正しいと信じ込む……間違いにさえ気が付かない洗脳か」

 

「正義に酔う者は思考の逃げ道を用意出来ない。この道が絶対に正しいと信じて疑わない」

 

 ──―まさに地獄への道は、善意で舗装されている……だ。

 

 漫画を仕舞い、取り出した政治書籍をニコラスに見せる。

 

「こ……この書籍は!?」

 

「優しさでは人は救えない。美しさの世界に酔いしれ他人を信じ込み、無関心になりたくない」

 

「君は分かっているのか!? この政治思想が……社会秩序の為にどれ程の大虐殺をもたらしたのかを!!」

 

「必要なのは……魔法少女社会全体を規律する立法。法を犯す存在には極刑が与えられるべきだ」

 

「個人ではなく……社会全体を優先したいのか!?」

 

「俺を含めた強者達に必要なのは……社会主義。そして……」

 

 ──―全体主義だ。

 

「やめたまえ!! この政治思想を実行したら君は……歴史に名を刻む独裁者の仲間入りだ!!」

 

「恐れはしない。魔法少女社会を俺の政治で規律し、全体主義が安全保証を得られる根拠とする。人間社会は魔法少女の驚異から開放され、公共の福祉が得られる」

 

「君の法が敷かれた社会では……魔法少女達の自由に生きていい人権は大きく制限される……」

 

「長い話になってしまったが……俺の意志は伝えておく」

 

 席を立ち上がる。

 

「忘れるな……ナオキ君。君が今言った批判は……そのまま君にも帰ってくる」

 

「……そうだろうな。それでも、精神主義を信じる事は……」

 

 ──―もう、やめたんだ。

 

 店を後にしていく彼の後ろ姿。

 

「……1は全、全は1だ」

 

 ────────────────────────────────

 

【社会主義】

 

 個人主義的な自由主義経済や資本主義の弊害に反対し、平等で公正な社会を目指す思想運動。

 

 社会を組織化することにより人々を支える制度である。

 

 社会主義の雛形はフランス革命によって生まれたと言われる。

 

 歴史的には、市民革命によって市民が基本的人権など政治的な自由と平等を獲得した。

 

 しかし、資本主義の進展により資本家と大多数の労働者などの貧富の差が拡大して固定化。

 

 労働者の生活は困窮し社会不安が拡大した。

 

 そのため、労働者階級を含めた経済的な平等と権利を主張したものとされる。

 

 社会主義運動は市場経済の制限や廃止、計画経済、社会保障、福祉国家などを主張する。

 

 社会主義を含む19世紀の社会改革運動は、生活環境改善などの物質的な側面だけではない。

 

 理想社会である世俗的千年王国の建設という主題を含む精神運動でもある。

 

 第一次世界大戦後にロシア革命が起こり、世界最初の社会主義国であるソ連が誕生。

 

 共産党の一党独裁のもとに中央集権型官僚制が構築されたのが、ソ連型社会主義であった。

 

 ………………。

 

「尚紀……どこ行くニャ?」

 

 自宅に帰ってきた尚紀は手早く風呂などを済ませ、フォーマルスーツに着替えている。

 

「ニュクスのところに行ってくる。俺の意志を伝えておきたい」

 

「その件について聞きたい事があるの」

 

「なんだよ、ネコマタ?」

 

「貴方は社会主義という政治思想を応用すると言っていたわね? どう応用するの?」

 

 溜息をつき、ベットに腰掛けネコマタに向き直る。

 

「魔法少女と人間。これは資本家と労働者のように力の格差が拡大して固定化したものだ」

 

「それは……そうね。魔力で強化された魔法少女と人間とじゃ、強さが違いすぎるわ」

 

「自由主義を魔法少女に許せば……際限ない弊害をもたらすのは分かるな?」

 

「東京で今まで散々見てきたニャ……。極めつけはペンタグラム騒動だったニャ」

 

「俺たち力ある者は人間社会の為に、より平等で公正な社会を目指さなければならないんだ」

 

「共同体(コミュニティ)を優先するということ?」

 

「そうなる。俺たちの魔力や魔法の力は、か弱い人間達の為に共有されるべきだ」

 

「それはその通りニャ。強い者達が弱い者達を守らないで、誰が守ってくれるニャ?」

 

「ブルジョワ階級やプロレタリア階級を参考にしてみた」

 

「ブル……なんとか……? プロレ……なんとか……?」

 

「資産家と労働者って覚えておきなさい、ケットシー」

 

「か弱い人間達を俺は無力階級と名付けた。魔法少女や俺のような存在は強者階級と呼ぶことにした」

 

「コミュニズム……それってもしかして()()()()?」

 

「知的な猫だけによく知っているな」

 

「社会主義から共産主義に至るという二段階論があるの。社会主義はその一段階目ね」

 

「真の公平な社会を生み出す為に、俺は魔法少女社会の個人主義を破壊する」

 

「ぶ……物騒になってきたニャ……」

 

「魔法少女は自由に生きるべき? そんな理屈をほざく奴らがいるから……」

 

 ──―魔法少女至上主義者が生まれるんだよ。

 

「自由があるから……ペンタグラムみたいな奴らが生まれるニャ……?」

 

「自由、平等。聞こえは良いけどね……1人1人の自由を優先しろ! 社会秩序や福祉なんて糞食らえ! って話よ」

 

「オイラにも分かりやすい口汚さが心地良いニャ」

 

「俺たちは共産主義を目指す。考える力、疑う思考を持たない正義宗教家共を打破する」

 

「まるで無神論者ね……」

 

「二度とお気持ち主義や真善美に惑わされない厳格な社会を作りだす。俺たちが無力階級に魔力や魔法の力を持って安全を保障していく」

 

「無力階級である人間の幸福を最優先にする……社会全体組織化が目標なのね……」

 

「俺たち強者階級に……私権はいらない」

 

 ──―1人は全体となろう、全体の幸福こそ1人の幸福だ。

 

 その先に見える、社会全体主義に支配された魔法少女達の姿。

 

 二匹の猫達は薄々気がついていた。

 

 魔法少女たちの自由に生きていい幸福は、消えてなくなるのだと。

 

「……行ってくる」

 

 仲魔達にも自分の意志を伝えた尚紀は、BARマダムに向けて歩んでいった。

 

 ────────────────────────────────

 

 BARマダムのVIPルーム。

 

 尚紀は中央の円形カウンター席に座り、ニュクスと向き合う。

 

「尚紀……本気でそれを実行するつもりなの?」

 

「……ああ」

 

「私は言ったはずよ。人類を悪い面だけで判断しないであげてと」

 

「善人も悪人も関係ない。社会という他人同士の共存空間を太古から見てきた神なら分かるだろ」

 

「それは……」

 

「法律とは、社会秩序を維持する為のもの。各自の良識が徹底すれば、法律の存在は無用かもしれないが……生活環境その他諸々の要件が異なる複数が存在すれば……どうなる?」

 

「自ずと見解の相違が生まれるわ。この時に一定の基準を作り、行き過ぎを押さえるのが法律ね」

 

「法規定は守らなければならないが、それは法を守る為ではない。社会秩序を維持する為だ」

 

「法の理念。それは社会秩序を守り、国民の生活をより豊かにする。確かに……今の魔法少女社会のルールとやらでは、人間社会の生活を豊かに出来ているとは言えないわね」

 

「魔女や使い魔を倒し、人間社会に向けて魔法の悪用はしない。だがこのルールでは、人間社会に危害を加える魔法少女を抑止するルールとはなり得ない。強制力がないからだ」

 

 グラスを持ち、ウイスキーを一口啜る。

 

「聖書では、人はパンのみに生きるに在らずとある。だが本来、人間はパンの為なら人を殺す」

 

「イエスの言葉ね。その言葉の意味は社会の為に執着心を抑えろという内容よ。人間は物質的な糧を必要とする。パンが無ければ生きられない……無ければ奪いに行く」

 

「人は欲望に従って生きる生命体。忍耐という抵抗力は備えているが、それも限界がある」

 

「我慢の必要性を教えるのが道徳。正義の味方を気取る魔法少女達が好む価値観ね」

 

「道徳という人類普遍の規範法則だけでは社会は守れない。我慢出来ない者達には通用しない」

 

「人が破るに難しいリスクを与え、社会を守る抑止力とする。これが法律の存在意義ね」

 

「俺は魔法少女社会に向けて、社会全体主義の法を敷く。優先すべきは人間社会であり、魔法少女ではない」

 

「道徳は人間の良心に対し、内面的な平和を達成することを使命とするわ。平和主義者たちがよく言うでしょ?」

 

 ──―私たちは、話し合えば分かる。

 

「法は人間の外面的な行為を規律することを使命とする。法による強制が敷かれる正当な根拠とは、ミルが提唱した侵害原理だ」

 

 ──―個人が他者に侵害を加えることを防止する。

 

「社会全体主義を敷いたのは、かつての大日本帝国もそうよ。法は倫理の最小限の定義を踏み躙り、内心の自由まで変えさせる法律を作った。貴方も同じ事がしたいわけ?」

 

「そうだ。魔法少女たちに自由思想を与えては、魔法少女至上主義者を生み出すだけだ」

 

「法と道徳は常に争い合う関係。それでもね、法を法たらしめる要素として一番重要なのは」

 

 ──―正しい大義という、正義よ。

 

「正しさ……それは人の数だけあり、制御不能だ。しかし、大義とは大勢の利益を意味する」

 

「……だから、全体主義なのね」

 

「この国で最も多い存在たちは誰だ?」

 

「……人間よ」

 

「答えは出たな」

 

 席を立ち上がり、VIPルームから出ていく尚紀の姿。

 

 ニュクスは大きな溜息をつく。

 

「カール・マルクスが生み出した共産主義。貴方はあのユダヤ人の正体を知っているの?」

 

 彼女はカウンターの下から一冊の本を取り出す。

 

 その書籍は共産主義のルーツが書かれていた本であった。

 

 未来が分かる彼女だからこそ、彼が目覚めた思想について先に目を通していたようだ。

 

「ユダヤでありながらユダヤを憎悪し、唯一神を憎み続けた男……」

 

 ──―マルクスはね、サタニズム崇拝者よ。

 

「あの悪魔崇拝者ですら、これを実現させたらこの世は地獄に変わると言った政治思想……それが共産主義」

 

 本を持つ右手に魔力を込め、悪魔の政治思想を燃やしていく。

 

「マルクス主義は、人を地獄に送る為のもの。思想ですらない、全ての神々への憎悪……」

 

 ──―サタン神話。

 

 燃え盛る炎は、これから起こりうる魔法少女社会を焼く地獄の業火を……暗示させた。

 

 ………………。

 

 共産党宣言の一部より抜擢。

 

 ──―共産主義者は、これまでの全ての社会秩序の()()()()()によってのみ

 

 ──―自分の目的が達せられることを、公然と宣言する☭

 

 ────────────────────────────────

 

「だ”ず”げ”で”ぇ”ぇ”ぇ”ぇ”──―ッッ!!!!!」

 

 悪魔に頭ごと抑え込まれた半グレ魔法少女の姿。

 

 両手で押し潰されていく魔法少女は、悪魔の慈悲を叫び続けた。

 

「駄目だ」

 

 次の瞬間、頭は額のソウルジェムごと弾ける。

 

 潰れたトマトの果肉のように脳味噌を地面に垂れ流し、体が倒れ込む。

 

 悪魔の黒衣は既に、返り血塗れ。

 

 金色の瞳が路地裏の奥に向けられていく。

 

 見えたのは、座り込んで震え上がるもう1人の生き残り。

 

 路地裏の周りは既に、虐殺した半グレ魔法少女達の骸だらけ。

 

 一人は首を捻じり切られ、燃え盛る死体。

 

 また一人は悪魔の貫手で胸元のソウルジェムごと貫かれた死体。

 

 心臓を抉り出され、胸骨剥き出しの無残な姿。

 

 血煙舞う夜。

 

 悪魔は何も動じないまま歩みを進めていく。

 

 背後の2体の骸達も次々と炎魔法で発火、炎上していく。

 

 燃え盛る炎の光に照らされた悪魔の影が近づいてくる。

 

「お願い許してぇ!! もうヤクザな仕事もやめるからさぁ!」

 

 震え上がる魔法少女の股からは、失禁が漏れ出していく。

 

「人間にもちょっかい出さ……がぁぁぁッ!!?」

 

 頭部のこめかみを掴まれ持ち上げられていく姿。

 

「都合の良い言い訳はいらない」

 

「嫌だ嫌だぁぁ──ッ!! 死にたくないぃぃ──ーッッ!!!」

 

「死にたくないなら、お前は俺のメッセンジャーとして……東京の魔法少女全員に伝えろ」

 

「メッセンジャーって……!?」

 

「これから魔法少女社会は、人間社会に尽くす存在となる以外に価値は無い」

 

「あ……あんた正気!?」

 

「価値無き者は俺が皆殺しにする」

 

「そんな理屈……まるで狂人だよ……!」

 

 血塗れの手に掴まれた隙間から見える光景。

 

 断れば、彼女の視線の先にいる燃え盛る骸の仲間入り。

 

(悪魔みたいなこの男なら……本当にやりかねない!!)

 

 東京に現れるという魔法少女の虐殺者の噂は本当だった。

 

(あたしは今……死神の手に掴まれてる!!)

 

「俺は常にお前達を監視する。そしてお前達もまた同じく、街全体の魔法少女達を相互監視しろ」

 

「どういう理屈なのよ!!?」

 

「全体主義だ。もしお前達の中で個人主義に走り、人間に危害を加えた者を確認でき次第……」

 

 ──―連帯責任として、関わっていなかろうが全員殺す。

 

「あんた狂ってるよ!!!!」

 

「俺の歩む道は修羅道……。正気であるように自分では思えても、既に狂っているのだろう」

 

「修羅……!? 人の姿した……あんたは修羅!!?」

 

 掴んでいた力が緩められ、地面にお尻をつく。

 

「行け。全員命が惜しければ、これから始まる魔法少女社会主義体制を広めろ」

 

「ヒィィ──ー!!!」

 

 ──―()()()に殺されるぅぅ──ーッッ!!!! 

 

「社会に害をなす個人主義者共は、お前達自身の命を守る為に……お前達の手で粛清しろ」

 

 魔法少女は絶叫しながら逃げ去っていく。

 

「俺の社会実験が上手くいけば……それをモデルケースにして、()()()の魔法少女社会も拘束する事が出来るだろうか?」

 

 悪魔化を解き、黒衣のフードを被る。

 

 返り血塗れの顔を隠した尚紀は踵を返し去っていった。

 

 ………………。

 

 監視社会。

 

 かつてのソビエト連邦、それに今の中国や北朝鮮などの社会主義・全体主義国家で見られる。

 

 過剰な監視が生じた社会として知られる。

 

 党や軍が一方的に国民を統制・監視している為、監視国家といわれた。

 

 自由主義国家においても、街頭や公共施設における多くの監視カメラの設置が見られる。

 

 相互監視組織とも言える防犯ボランティアの活動など、漠然とした犯罪不安を背景とした治安意識の過剰な高まりが、監視社会化の懸念となっていた。

 

 監視システムによる過度の国民の監視が人権侵害として問題視はされる。

 

 一方、人権侵害が一切起こりえない社会は、人権侵害を監視する監視社会でしか実現できないというジレンマも存在していた。

 

 ある人が他の人の発言や行動に過剰に反応し、他の人もある人の発言や行動に敏感に発言する。

 

 多人数で多人数を相互に監視することを特に()()()()()()という。

 

 かつての戦前日本とて同じであり、今の日本も同じ光景になっていく。

 

 全ては社会不安を拭い去るという大義名分の元、人間の自由は安全保障の名の下に踏み躙られた。

 

 かつて、ソ連の書記長は日本を訪れた時に次のような言葉を残す。

 

『日本は世界で最も成功した社会主義国だ』

 

 立地的に絶海の孤島として存在していた日本。

 

 思想的にも絶海の孤島となり、日本でしか通用しないルールが数多く創り出された。

 

 本当の自由主義も民主主義も理解しないのが日本人。

 

 上の人間に前に倣え、右向け右と言われたら文句があろうが違う案があろうが黙って従う。

 

 事なかれ主義のロボット社会。

 

 これが、極まった社会主義の世界である。

 

 ────────────────────────────────

 

 5月1日。

 

 5月1日はメーデーと言われる世界各地で行われる労働者の祭典として祝日となる日。

 

 しかし別の意味もある。

 

 4月30日から5月1日にドイツ等の中欧や北欧で広く行われる行事が存在する。

 

 ヴァルプルギスの夜と呼ばれたり()()()()()()()()とも呼ばれる祭りだ。

 

 祭りの前夜がヴァルプルギスの夜と呼ばれ、魔女がサバトを開き跋扈すると伝えられていた。

 

 そして、5月1日はイルミナティにとって復活の日。

 

 西暦1776年。

 

 アダム・ヴァイスハウプトが南ドイツのババリアでイルミナティを創設したのが5月1日。

 

 特権階級無き労働者の祭典であり、イルミナティ聖誕の祝日。

 

 無神論、無政府主義、社会主義、共産主義の源流ともいえる()()()()の誕生日。

 

 この日を記念して、メーデーは開始された。

 

 国際共産主義運動である第2インターナショナルの決議により1890年にて行われた。

 

 イルミナティの実行した世界史の破壊活動が、あのフランス革命。

 

 それに続く恐怖政治、アメリカ独立戦争、ロシア革命……。

 

 これは、イルミナティの世界史裏側の歴史で数え上げたほんの一部に過ぎない。

 

 ………………。

 

 東京都墨田区に存在する高さ634メートルにも誇る電波塔、スカイツリー。

 

 ツリーの頭上には、星1つ無い夜空に浮かぶ真紅の満月。

 

 東京の新しい観光スポットのスカイツリーには、噂が存在している。

 

 この高さはツリーから武蔵国を眺めることが出来る為、語呂合わせと言われるのが通説。

 

 当初は610メートルで計画されていたのだが、変更となる。

 

 2009年に頂上のゲイン塔を突然リフトアップしてこの高さとなった。

 

 語呂合わせなんぞの為にやらなければならない程、価値の有るものであろうか? 

 

 本当の高さは地下を含めて語られるべきだ。

 

 スカイツリーは地下に頑丈な土台が築かれている。

 

 これが深さ10階建て以上に相当するといわれ、31メートル以上掘ってあるということになる。

 

 32メートルだとしたら、どうだろう? 

 

 634+32=666。

 

 ………………。

 

 5月1日に日付が変わる、東京の深夜。

 

 スカイツリーの展望回廊の頭上部分に見えるのは、666の悪魔の姿。

 

 黒衣のウィザードコートを纏い、フードを被った視線が地上を見下ろす。

 

 全身から噴き上がる、深碧の魔力。

 

 大魔王ルシファーと並ぶ程の神の次元。

 

 イルミナティの新たなる守護神と言われし、エンキと呼ばれた神の力。

 

 この力を用いて、魔法少女社会に向けての恐怖政治が行われる。

 

 眼下の世界を見下ろせば……。

 

「なるほど、恐怖政治に抵抗を試みようというのか」

 

 そこら中に集まってきたのは、東京の魔法少女達。

 

 既に全員が臨戦態勢。

 

「当然か。自由に生きていい魔法少女達の人権を踏み躙る俺を、許す筈がない」

 

 個人の自由の為に集まった自由戦士たち。

 

 しかし、如何ともし難い実力差。

 

 それすら理解出来ない矮小な小物。

 

 何人集まろうが、結末は決まっている。

 

「魔女の如き者共。自由を叫び、魔法を自由に使って人間社会に危害を加えたいか?」

 

 真の力の前では、数の暴力など無意味。

 

 彼女達は己の命という高い授業料をもって知る事となるだろう。

 

 これをもって、人修羅には絶対に逆らってはならないと皆に知れ渡る。

 

()()()()として語り継がれる。

 

 悪魔自身が守り抜きたい人間社会。

 

 無力階級たる人間達の安寧の為にも。

 

「全員()()だ。さぁ、クソッタレ共……悪魔と殺し合いの()()()を始めよう」

 

 約束を交わした2人は関係なかった。

 

「誰かを出汁にして、俺の凶行をそいつらに擦り付け正当化はしない」

 

 自らの意思で行う覚悟は、悪魔は既に決めている。

 

「守るために選んだ道……責任は全て背負う。結果として交わした約束に繋がればいい」

 

 体のウィザードコートが蠢く。

 

 開くと同時に悪魔の翼と化し、飛膜を広げた。

 

 新たに手に入れた悪魔の4枚翼。

 

 体を覆う事で衣服の擬態を施す力を持ち合わす。

 

 黒髪から変化せし真白い髪。

 

 そこに立つのは、大いなる闇の姿。

 

 七つの大罪の憤怒を司る『混沌王』

 

 怒りの旋風を纏いし、サタンの御姿。

 

 翼を羽ばたかせ、悪魔は一気に下に急降下。

 

 瞬膜となった悪魔の金色の瞳が獲物に狙いを定める。

 

 魔法少女にとっては、真紅の月よりも禍々しく輝く恐ろしき眼差し。

 

 断罪の時はきた。

 

 魔法少女が流させる、人間達の涙。

 

 人々の涙を背負い、業火を纏て焼き尽くす神。

 

 そう、『火水(かみ)』の御姿が……降臨された。

 

「ククク……ハハハ!!」

 

 ──―ハァーハッハッハッハッハァ!!!! 

 

 ワルプルギスの夜に響く、おぞましき悪魔の笑い声。

 

 裁く神は今、魔法少女達の頭上高くから堕ちてきた。

 

 ……その夜、大虐殺が起きた。

 

 東京の魔法少女社会において、3分の2に登る魔法少女達が死んだ。

 

 歴史に残る大虐殺事件……神をも恐れぬ狂気。

 

 カンボジアにあったポル・ポト共産主義政権が行った国民大量虐殺と酷似する光景。

 

 後に、東京に生きる魔法少女達にとって忘れられない恐怖の日として、語り継がれた。

 

()()()()()()()()()()()として。

 

 ………………。

 

 共産主義にはシンボルが幾つかある。

 

 代表的なものは『鎌と槌』

 

 政党カラーの革命を示す『赤旗』

 

 農民と労働者の団結を表す。

 

 マルクス・レーニン主義の共産主義や、共産党のシンボルとして使われた。

 

 団結の象徴だけでなく、労働者が手近に持てるであろう武器の形にも見える。

 

 特権階級に虐げられた者達が使えば、怒りの暴動力ともなろう。

 

 人間社会にいつでも牙を向けれる魔法少女という特権階級。

 

 人間の安寧を脅かす存在がすぐ近くにいる事さえ知ることが許されない人間達。

 

 何に襲われたのかも分からず、犠牲になった人々の無念。

 

 悪魔の心を、赤き政治へと燃え上がらせる。

 

 振るわれる拳は、顔を粉砕する槌となろう。

 

 振るわれる刃は、首を跳ねる鎌となろう。

 

 ──―悪魔の共産主義を思い知れ。

 

 ──―そして、他の街の魔法少女社会も逃れられると思うな。

 

 ──―正義を気取りながらも、完全なる()()()()をしようとしなかった……。

 

 ──―()()()()()の魔法少女たち。

 

 ────────────────────────────────

 

 同日の深夜。

 

「これでいい。あの黒いダイヤは十分過ぎるほど……磨かれたよ」

 

 海の藻屑となった東京湾メガフロート都市。

 

 サイファーが立っていたのと同じ場所に立ち、静かに東京湾を見つめる瑠偉の姿。

 

「君達ペンタグラムには礼を言おう。悪魔を磨く、良い生贄となってくれた」

 

 感謝の気持ちとして、5枚の花弁をした一輪の花を海に投げ捨てた。

 

 彼女達5人の命など、花弁一枚程度の価値しかなかったようだ。

 

「それに2年と少し前……悪魔を磨く生贄となってくれた彼女にも、花を手向けないといけないな」

 

 2年と少し前。

 

 それは風実風華が殺害された日。

 

 全ては繋がっていたのだ。

 

 あの日より尚紀は、悪魔として血で血を洗う道を始めたと言える。

 

「彼女が人修羅と巡り合ったのは、偶然ではない」

 

 ………………。

 

 3年近い前の雨の降る日。

 

 風華は用事のために市内の繁華街を歩いていた。

 

 そこで彼女は出会ってしまった。

 

 黒いローブとフードを纏う、女性と思われる存在と。

 

「やぁ、お嬢さん」

 

「あの……私に何か、御用ですか?」

 

「さっき向こうの路地裏で、薄汚く汚れて座り込んだ少年を見かけたの」

 

「少年?」

 

「何かあったのかしら? 地元の学生制服だし、声をかけてあげてくれない?」

 

「どうして……私でないと駄目なんですか?」

 

「お嬢さんは、困った他人を見捨てることなんて出来ない子と思ったの」

 

「貴女は、その子に声をかけなかったんですか?」

 

「私は急ぎの用事があるの。失礼するわ」

 

「あの……私だって用事が……!?」

 

 ………………。

 

 とりとめのない会話による誘導。

 

 しかし、これが全て繋がり今に至る。

 

 3度目の悪魔新生。

 

 用意した生贄の数は……6人。

 

 それは六芒星(666)を現し、マガタマの形でもあった。

 

「私が用意した最上級のお祝いの品、気に入って貰えたかな?」

 

 自分と並ぶ程の大いなる闇が誕生する祝いの席。

 

 祝いの品も無いのでは無作法というもの。

 

「お前に強い感情を与えた2人の魔法少女は、極上の品であったろう?」

 

 ──―お前はあの二人の魂と、成れの果てを……()()()のだから。

 

 善と悪。

 

 光と闇。

 

 陽と陰。

 

 男と女。

 

 火と水。

 

 プラスとマイナス。

 

 愛と憎悪。

 

 これは六芒星の三角と逆三角としても語られる、相反する二元論。

 

 六芒星は相反するエネルギーの象徴であると同時に、エネルギーの調和が取れた形。

 

 東洋では陰陽太極図としても描かれる。

 

「お前はもう大丈夫だろう。後はこの世界で生まれる……()()()()()()にも期待しよう」

 

 光と闇の決戦の刻は確実に近づいてきていた。

 

「時間の猶予はあまりない……ハルマゲドンは、この世界で起こるのだ」

 

<<そしてイルミナティのニュー・ワールド・オーダーは、最終戦争を利用する>>

 

 瑠偉の頭上を飛ぶ、一羽の梟。

 

 彼女が駐めていたスーパーカーの屋根に下りてきた。

 

「アモンか」

 

 アモンと呼ばれた梟。

 

 人語を喋ったように見えるが、人間が聞けば梟の鳴き声にしか聞こえない。

 

「お久しぶりです、閣下」

 

「何の用事だ?」

 

「ヘブライのラビ達と13人評議会議長のJが、あなたをお呼びです」

 

「少ししたら行く」

 

 懐からタバコを取り出し、指で火を点ける。

 

 紫煙を燻らせながら海を見つめる姿。

 

「私が選んだ人類を生き残らせる為の()()()()……世界中に用意するのも苦労した」

 

「準備の為に、70年の歳月がかかりましたからな」

 

「ユダヤと、ユダヤが選んだ人為的ユダヤ。それらに仕えるゴイムだけが生き残れる揺り籠」

 

「世界に用意した13の方舟のうちの1つは既に、日本で完成しています」

 

「この国か……。最終戦争に至る前に、新しい世界秩序の為の社会実験を日本で行う」

 

「ペンタグラムが残した傷跡を利用した()()()()は直に進みます」

 

「惨事を利用した社会改革……。国民は()()()()()()()()()()には気がつくまい」

 

「真の変革は、危機的状況によってのみ可能となります」

 

【ショック・ドクトリン】

 

 惨事便乗型資本主義とも呼ばれる。

 

 現代において最も危険な思想とみなされている政治手法。

 

 正義・秩序を望む国民の心を悪用することで知られていた。

 

 危機的状況さえ生み出せたなら、大抵の事は押し通せる。

 

 社会正義に酔わせ、考える力を持たない愚民を騙して法案が通ってしまう。

 

 まさに国家詐欺であった。

 

「日本と呼ばれる国の飼い主が誰なのかさえ、愚民共は分からないでしょうな」

 

「日本人を堕落させる政策こそ、GHQが行った3S政策だ」

 

【3S政策】

 

 愚民政策としても知られる、3つの単語のイニシャルを集めた名称。

 

 スクリーン、スポーツ、セックスの頭文字を合わせて3Sと呼ぶ。

 

 21世紀に入ってからはSNSも加えられ、4S政策とも呼ばれていた。

 

 大衆の関心を政治に向けさせないようにする事を目的とする。

 

「劇場型国会に過ぎない現実を、大衆が知ることはない」

 

「アニメや漫画やゲームに忙しいようですしな。私欲に飲まれた愚か者共です」

 

「智慧無き者に救いはない」

 

「古い人間がTVを見ていると馬鹿になると警告してきた筈なのに……実に愚か」

 

「まさに消費社会に飼われた羊共だ」

 

「牧師として、導いてやらねばなりませんな」

 

「フッ……そうだな」

 

「もっとも、誘導された先は……堕落と滅びですがね」

 

()()()()()()の成立も直ぐだろう。後はこの国の裏権力共に任せよう」

 

「全ては閣下の為に。()()()()()()()()の為に」

 

 ──―()()()()()()()の為に。

 

 吸っていたタバコを指で弾き、海に向けて落とす。

 

 海面に辿り着くよりも早く燃え上がり、吸い殻が消え去った。

 

 踵を返し、アモンが留まる自分の車に向かう瑠偉の姿。

 

「尚紀……お前は素晴らしい思想に目覚めてくれた」

 

 ──―私の世界支配を完成させる政治思想……社会主義と共産主義にな。

 

 ──―やはりお前は……()()()()()()だよ。

 

 車の上から飛び立ち、夜空に消えていくアモンの姿。

 

 アモンを追うように発進していく車。

 

 彼らの道こそが、世界を支配する道。

 

 国境無き世界連邦・ニュー・ワールド・オーダー。

 

 ワン・ワールドの完成。

 

 共産主義が目指す千年王国。

 

 全ては、大魔王ルシファーの手の内にあった。

 

 ────────────────────────────────

 

【人修羅】

 

 修羅とは阿修羅(アスラ)であり、インド神話で後に悪神とされた悪魔の称。

 

 阿修羅や修羅道を略して修羅とも呼ばれる。

 

 それに人を付け足して作られた造語であった。

 

 人間でも悪魔でもない存在を指す時にも使われる。

 

 この世界には存在していないが、ガイア教の『ミロク教典』にもその名が刻まれていた。

 

 相反する二元論を同時に内包した存在。

 

 あるいは、世界に変革をもたらす者との記述もあった。

 

 ミロク、それは弥勒とも369とも表現される。

 

 弥勒とは弥勒菩薩を指す言葉。

 

 弥勒菩薩とは、古代インドではマイトレーヤと呼ばれ慈悲から生まれた者を意味する。

 

 釈迦が亡くなられてから56億7千万年後に仏となりこの世に現れる菩薩として知られる。

 

 釈迦の教えで救われなかった人々を救済するといわれている仏教メシアだ。

 

 369、それは数秘術やオカルトの世界でも見られる。

 

 369は宇宙の法則や高次元の数ともいわれている。

 

 3は創造、6は愛と調和、9は宇宙と智慧。

 

 これらの数字を足すと18となり、それは悪魔の数字666にもなりえるのだ。

 

 未来に誕生すると言われる弥勒の数字を足してみても18。

 

 369とも読めるし666とも読める。

 

 ミロクとは、メシアを表す言葉であると同時に……。

 

 悪魔を表す言葉でもあった。

 

【死海文書】

 

 20世紀のイスラエルとヨルダンの国境にある塩分濃度が高く生物が住めない死海の近くのクムラン洞窟の中で若い羊飼いが見つけた古書である。

 

 以降、周辺の洞窟から次々と約850巻もの古書が見つかり、発見場所から死海文書と名付けられ20世紀最大の発見となった。

 

 内容は、旧約聖書の写しのほか、聖書研究の専門家も見たことがないような謎の文献が含まれていた。

 

 キリスト教の知られざる事実を知る手がかりになるのではと期待が持たれた神秘的な文書。

 

 2000年以上前のクムラン宗団が書いたと言われる。

 

 あのイエス・キリストや預言者ヨハネが所属していたのではないかと言われる神秘的な宗団。

 

 クムラン宗団は、救世主を待ち望み、終末思想に傾倒していた。

 

 彼らによると、()()()()()()()の最終戦争が起こり、人類は大厄災に見舞われるとある。

 

 その時、2人の救世主が現れるという。

 

『アロンのメシア』と『イスラエルのメシア』である。

 

 クムラン宗団は、旧約聖書のダニエル書を特別視していた。

 

 ダニエル書は、終末の予兆が始まってから約70年後に大破局が来ると伝えているという。

 

 死海文書が発見された翌年の1948年。

 

 それは今のイスラエル国家が建国された年でもある。

 

 死海文書にはイスラエルの建国と混乱、そして破滅を予言している。

 

 それから数えて約70年後とは、2016年~2018年ぐらいまでだろう。

 

 いわゆる人類滅亡が起こることを示唆していると言われていた。

 

 奇しくも、人修羅がこの世界に現れたのは2016年。

 

 それから2017年、2018年とこの世界で生き、今は2019年。

 

 この3年近い時間の中によって……世界の大破局が起こりうる因果は練られた。

 

 いずれ始まるだろう、光の子と闇の子とのハルマゲドン。

 

 そこに現れるという、アロンのメシアとイスラエルのメシアとは何者なのか? 

 

 その答えは……いずれ分かる時が訪れよう。

 

 ────────────────────────────────

 

 通りを曲がり、路地裏を歩く黒いトレンチコート姿の男。

 

 赤レンガの壁が続く路地裏。

 

 スプレー缶によって日本語や英語の文字、グラフィティアートなどが乱雑に描かれている。

 

 男が歩く。

 

 背後には、スプレー缶で描かれた、ひときわ目立つ英語文。

 

Is this Madoka Magica? (これはまどかマギカ?)

 

 男は歩き続ける。

 

No, it's not.(違うよ)

 

 男は歩き続けていく。

 

This is Shin Megami Tensei.(真・女神転生だ)

 

 男の歩みが止まった。

 

 顔を向けた赤レンガの壁には、このエリアを縄張りだと主張する魔法少女エンブレム。

 

 しかしそのエンブレムは、赤いスプレー缶によって塗り潰されていた。

 

 マルクス・レーニン主義のシンボルの一つ、赤い星である。

 

 これはこの男が行った所業。

 

 誰も社会主義からは逃れられない。

 

 悪魔は常に、お前達を監視すると恐怖を刻み込まれた痕。

 

 星とはペンタグラム、黒魔術においてはサタンの足跡。

 

 憤怒のサタンが、魔法少女社会を踏み潰す暗示。

 

 赤き星の上には、さらに日本語で描いた大文字。

 

 魔法少女達の怨嗟の声が具現化した恐怖文。

 

『お前を呪ってやる』

 

 男の口元が、不敵な笑みを浮かべていく。

 

 レンガ壁が……突然爆ぜた。

 

 白煙が舞う向こう側には、拳を突き出した男の姿。

 

 握り拳のまま腕を引き戻し、顔の前に掲げる。

 

 東京だけではない。

 

 この国全ての魔法少女社会に対して、こう告げた。

 

 ──―いつでも、来な。

 

 

Welcome to a world filled with chaos.(ようこそ、カオスで満たされた世界へ)

 

 

 真・女神転生 Magica nocturne record

 

 

 To be continued

 




ニ章のテーマは【逆五芒星】です。

女性の子宮とも言える五芒星は、魔法少女を表します。
可愛い魔法少女も、裏返れば悪魔の星となり、悪魔の如き存在となる。


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第2部 3章 真・悪魔転生
45話 目覚めの違和感


「…もう何度目の目覚めなのかも分からない」

 

彼女はまた、鹿目まどかを救えなかった。

 

耐えきれない重荷を背負い続けた覚醒の繰り返し。

 

悪夢からの目覚めか? 

 

それとも、繰り返される悪夢? 

 

どれだけの時間渡航を繰り返した果てに、彼女は報われる? 

 

「交わした約束…鹿目まどかとの約束…」

 

彼女は鹿目まどかに命を救われた。

 

そして、魔法少女という存在を知ることとなった。

 

「魔法少女、それは世界に呪いと災いを振りまく魔女と呼ばれる存在と戦う少女達…」

 

彼女はかつて、魔女に襲われた。

 

命を落とす寸前、鹿目まどかと巴マミに命を救われた。

 

「テレビや漫画の世界にしか存在しないような人達だったけど、目の前に現れて私の命を救ってくれたのなら、疑いようはなかったわ」

 

彼女達は見滝原を魔女の手から救うために日夜戦い続ける存在。

 

彼女は魔法少女の世界を知った者。

 

そして見滝原に大魔女と呼ばれる存在が訪れようとしているのを巴マミに聞かされた。

 

「ワルプルギスの夜と呼ばれる大魔女…私はその名を未来永劫呪う…」

 

ワルプルギスの夜の力は圧倒的だった。

 

巴マミだけでなく、鹿目まどかさえ倒され見滝原は強大な力による水害によって滅んだ。

 

「その時だった…奴と出会ったのは」

 

インキュベーターと呼ばれる魔法少女を生み出す存在。

 

「…呪わしいペテン師と出会ってしまった。私はその時、そいつの存在を何も知らなかった」

 

感情の叫ぶまま、願い事をインキュベーターに伝えてしまった。

 

──鹿目まどかとの出会いをやり直したい。

 

彼女に守られる弱い自分じゃなくて、彼女を守る私になりたいと願った。

 

「そして私は…インキュベーターと……契約?」

 

長い沈黙。

 

記憶に一瞬だがノイズがかかった。

 

インキュベーターの姿が()()()として思い出されてしまった。

 

「なぜ…?こんな記憶、今まで思い出した事もなかったのに…急にどうして?」

 

ベットから起き上がり、ぼやけた思考をただそうと洗面台で顔を洗ってみる。

 

「…そう、インキュベーターは魔法少女を生み出す存在。その力によって人間の少女から魂を取り出し、ソウルジェムを生み出す」

 

対価として一つだけ願い事を叶える奇跡を与えてくれる。

 

しかし、その代償はあまりにも大きかった。

 

「…そして奴は、それを契約の前では絶対に語らなかったわ」

 

魔法少女はソウルジェムが濁りきった果に魔女となる。

 

「…今まで何度も生き残って、私は見てきてしまった」

 

インキュベーターとは、少女達を悪魔の如き怪物に作り変える存在。

 

「全ては宇宙延命の為の熱エネルギーである感情エネルギーを効率的に生み出す孵化装置。それがインキュベーターの正体」

 

魔法少女を生み出し、同時に魔女も生み出す。

 

「今までインキュベーターの策略の魔の手によって、見滝原の少女達は騙された果に魔法少女となり、魔女となったわ…」

 

──インキュベーター…あの存在だけしか()()()()()()()()()()()はず。

 

「だって、私は何度も見てきた…見てきたのだから……」

 

自分の目的を忘れない為の独白中に生じた記憶ノイズ。

 

頭を振り、ソウルジェムを鏡に掲げて魔力を肉体に込める。

 

両目に淡い紫の光を感じ取った後、視力は強化されて眼鏡は必要なくなった。

 

ルーチンワークをこなしている時……。

 

「…何?」

 

病院内に違和感を感じてしまう。

 

この病院は見滝原にある総合病院。

 

高層ビルほどの規模を持つ、見滝原でも最大規模の病院だ。

 

彼女はこの病院で心臓手術を受け、どうにか延命出来たひ弱な少女。

 

勿論入院しているのは彼女だけではない。

 

沢山の入院患者や看護師達の声が外から聞こえるのが当たり前だったはず。

 

「外からは…何も聞こえてこない。どうして?」

 

手早く着替えを終え、彼女は病室扉を開ける。

 

病院の高層部分の廊下に踏み出てみたのだが……。

 

「誰も…いない?」

 

右の廊下を見ても、左の廊下を見ても、人の影一つすら無い。

 

何度も時間渡航を繰り返した中で、こんな出来事は今までなかった。

 

「魔女の仕業?確かに病院は病魔の恐怖や苦痛に怯える負の感情エネルギーが渦巻く場所…」

 

それ以外に考えられる道筋など彼女にはない。

 

油断しないよう、ソウルジェムを用いて魔法少女に変身を行う。

 

「何が起こったの…この病院に?」

 

慎重に歩みを進め、病院内を捜査してみることとした。

 

────────────────────────────────

 

廊下を歩き、階段を下り、下の階の長い廊下を歩く…誰もいない。

 

病室を開けてみても、そこには誰もいない。

 

「…ありえない光景よ、こんなの」

 

やはり魔女で無ければこのような大量誘拐など出来るはずがないと判断。

 

魔力を探りながら総合病院高層ビルをくまなく探索してみた。

 

不意にビルの窓から外を覗き込むのだが…。

 

「…うそっ?」

 

見滝原が…丸い。

 

「なんで…!?」

 

世界が丸い。

 

まるで球体の内側世界。

 

「視力は強化したはず…こんな馬鹿げた現象が見えるはずはない…!!」

 

下を見下ろせば、人の姿も車の影も見られない。

 

明らかに異空間のようにしか感じられなかった。

 

空も見上げた。

 

「…球体世界の中央に浮かぶ…あの光の球体は何?」

 

<<()()()よ、あれはコトワリを成就させる場所だ>>

 

脳内に暗く冷たい声が響く。

 

聞こえただけで全身に震えが走るほどの鮮烈な声。

 

<<お前もまた、()()()()()()と巡り合う定めにある者>>

 

不意に人の気配のようなものを感じ取り、廊下を振り向く。

 

そこには、黒衣のローブを身に纏う存在。

 

190センチはあろうかという長身人物が立っていた。

 

<<お前もあの男と同じ定めにある者だ>>

 

「お…お前は!?」

 

恐怖に全身が震えていく。

 

喉から絞り出すように、彼女は声を発した。

 

彼女の声が誰もいない廊下に響き渡り終える頃には…。

 

「えっ…?」

 

その人影は、幽霊のように消えてしまっていた。

 

顔はフードで見えなかったが、男性のように感じ取れた。

 

「あれが…この怪異現象を引き起こす張本人?でも、あれは魔女なんかじゃない…」

 

全身の震えがまだ収まらない。

 

恐ろしく冷たい声が脳内に響いたせいだけではなかった。

 

あの存在から感じ取れた、あまりにも強大過ぎる魔力。

 

「…ありえない、あんな魔力……ありえない!」

 

ワルプルギスの夜の力など、あの人影に比べれば最小単位でしか感じられない程の差。

 

まるで神か悪魔が現れたのかと錯覚してしまう程の強大な魔力。

 

「動けなかった…蛇に睨まれた蛙のように……」

 

幽鬼のような存在もいなくなった事で、震えも収まってきた。

 

「あの存在は……いいえ、先ずはこの病院の調査に戻りましょう」

 

(私を殺すだけなら…あの一瞬で簡単に出来たのに。敵意はなかったというの?)

 

そうであってくれなかったら、彼女の長い旅は終わっていた。

 

エレベーターに向かい地下深くへと進む。

 

「このエリアはたしか、病院関係者も立ち入り禁止だったのよね…?」

 

少し歩いた先でガードマンの検問所と鉄の格子戸ゲートが立ち塞がる。

 

「検問所は誰もいないし…ゲートも開いている…。誰かがカードキーを使ったのかしら?」

 

何者かに導かれるようにして、地下奥深くに踏み込んでいく。

 

無機質な壁。

 

薄暗い明かり。

 

不気味な廊下が続く。

 

無機質な壁を飾り立てる品がさらに恐怖を煽る。

 

「何よ…この悪趣味極まった絵画の数々…!?」

 

異常小児性愛者が描いたとしか思えない卑猥な絵画。

 

人体をバラバラにして食卓に美しく飾り、並べられた食肉パーティ絵画。

 

禍々しい悪魔の絵画の数々。

 

エジプト神話で見かけるであろう『ホルスの目』を描いた絵画。

 

そして、もっとも嫌悪した絵画があった。

 

「この人物…もしかして、この総合病院の院長先生…?」

 

あろうことか化粧をしてカツラを被り、ドレスで女装した気持ち悪い絵画。

 

「…トラニーだったの? あの痩せた老人…」

 

トラニーチェイサー(トラニー部分は蔑称)とは、いわゆる異性装者。

 

トランスジェンダー。

 

MtF(男性から女性に性移行を望む人)

 

FtM(女性から男性に性移行を望む人)

 

Xジェンダー(男性や女性ではない性を望む人)

 

男女性別を超えたり、囚われない生き方をしようとする者を表した。

 

「まるで狂気の女王を演じる狂った男よ…」

 

あまりにもおぞましい光景は、魔女結界を超える程の悪意。

 

先に進んでいくと、奇妙な部屋と出くわす。

 

「なっ……」

 

言葉を失う光景。

 

7つに枝分かれしたロウソクを備えた燭台が部屋の四方の隅に見える。

 

ロウソクの火で照らされていたのは、薄暗い手術室だった。

 

出入り口左右にはペンタグラムが描かれた旗。

 

梟と二本角が生えた牛のブロンズ銅像も見える。

 

地面には血文字で描いたかのような大ペンタクル。

 

壁は真紅のカーテンで無骨なタイル壁を覆い隠す。

 

「手術室というよりは…何かの儀式の部屋という雰囲気ね…」

 

魔法陣中央に備えられた手術台と手術用の大型ライトに視線が移る。

 

「手術台の横に備えられた装置はたしか、瀉血を行う際に使われる血液吸引機械?」

 

近寄れば鼻を突く臭い。

 

「嗅ぎ慣れたこの臭いは…人間の血?」

 

何かの流血で汚れている手術台であった。

 

両手足、胴体、頭部までを拘束する拘束具。

 

眼科で見られる眼球を開かせる為の手術器具も備え付けられている。

 

「手術台拘束具のサイズから見て…小学生までの子供用といった見た目ね…」

 

吸引機械に繋げていた中身が入っていると思われる赤黒い血液袋に視線が移る。

 

その血液袋を手にとって見ると…。

 

「A113…()()()()()()()…?見ているだけで気分が悪くなるわ…」

 

こんな設備がこの病院にあったとは彼女が知るはずもなし。

 

<<この世界には、悪魔を崇拝する人間達が存在している>>

 

「誰っ!?」

 

脳内に声が響くと同時に、背後にはあの人影。

 

「また貴方なの…。それに、悪魔…崇拝者?」

 

この恐怖の光景を淡々と語っていく黒衣の人物。

 

<<()()()()、リチュアル・マーダー(儀式殺人)。これは君たちゴイムの子供達の血だ>>

 

「子供達の…!?それじゃこれは……病院の犯罪行為じゃない!?」

 

黒衣の人物は満足そうにフードで隠れた赤い片目の瞳を向けてきた。

 

右手を挙げて、ピースサインを作る人影。

 

ハンドサインがロウソクの光で影を生み出していく。

 

ロウソクの光に照らされた壁に見えたのは、二本角が生えた悪魔の影。

 

<<これが世界の裏側。魔女だけが災いだと考えているならば、知識無き視野狭窄だ>>

 

そう言い残し、黒い人影は消えてしまった。

 

「…こんな場所で何をしているのかなんて…考えたくもない」

 

明らかに異常過ぎる空間に対し、恐怖心が抑えられない。

 

魔女結界とは明らかに違う恐怖を初体験させられたからだ。

 

堪えきれなくなり、部屋から駆け足で出ていった。

 

「他の部屋も見るのは躊躇う…それでも、何が今起こっているのか調べないと」

 

意を決し次々に部屋を捜査。

 

美しいインテリアが施された食事部屋。

 

鏡のアンティーク台の上に飾られた()()()()を手にとってみた。

 

「この革靴から…血の臭いを感じる。それに、飾られたこの人間の歯は一体…?」

 

その横の部屋は調理場なのだが……。

 

「…業務用冷蔵庫を開ける気には…なれないわ」

 

次の部屋は大きな寝室。

 

部屋の至る所に飾られた設備とは…。

 

「…性的倒錯したパラフィリア達の寝室かしら?」

 

見かけたのは拷問器具や大人の玩具の数々。

 

今度の部屋は、肉のミートフックが並んだ屠畜場。

 

肉解体用の台の上には、グロテスクな文様が彫り込まれた肉解体用包丁も見える。

 

「…この部屋で何を解体していたのかは…考えたくないわね」

 

最後に見つけた部屋は地下焼却場。

 

手術室に置かれたものと同じ二本角が生えた牛のブロンズ像が飾られていた。

 

「確か…子供の生贄を欲する牛頭の悪魔がいると、神学の先生から聞いたことがある……」

 

注意深く焼却設備を捜査していく。

 

見れば焼却設備の扉が一つ開いており、そこで燃えカスになっていたものは…。

 

「…酷い!!」

 

大きさから見て、子供の人骨。

 

「もう…この狂った地下にいるのは…私には耐えられない!」

 

あまりにもおぞましい秘密が隠されていた、見滝原総合病院。

 

彼女はこの病院がおぞましくて堪らない気持ちになっていった。

 

────────────────────────────────

 

捜査を終えた彼女は、最後に総合病院のビル屋上に行きたくなった。

 

「この丸い都市と砂で埋もれた世界…室内からではなく直接外で見たい…」

 

屋上のエレベーターが開き、眩い光が視界を覆う。

 

まるで街一つが岩盤から丸まりながら、球体になった世界。

 

空を見上げれば、空遠くに見えるのは街の光景。

 

空の中央部分には、大きな光の球体。

 

空を見上げた首を下ろせば、眼前には黒いローブの人影。

 

しかし長身であったはずなのに、今度は身長が彼女と変わらない程の少女に見えた。

 

「さっき現れた男性とは違う…桁外れな魔力も感じない…それに、今度は女性なの?」

 

<<素敵な場所でしょ?ここはボルテクス界と呼ばれる、創生を行うための受胎世界の幻影>>

 

脳に響いてきた声は穏やかな女性の声。

 

しかし、暗く冷たい恐怖を感じさせてくるのは、あの男性の人影と同じ。

 

「ボルテクス界…?受胎…世界?」

 

<<貴女はコトワリの神と出会う定めにあるけれど、それは受胎が起こらない、極めて特異な世界で降臨する事になるわ>>

 

「言っている意味が分からない…貴女は何者なの!?」

 

激を飛ばすが、魔力さえ感じない存在に対しても彼女は身動き一つとることが出来ない。

 

臆病でか弱い姿をした魔法少女を前にし、何処か懐かしそうな目で見つめてくる黒衣の少女。

 

<<分からなくていい、貴女は受胎に導かれる定めではない…それでも>>

 

屋上の端に進み、外を見つめる黒衣の少女だったが…彼女に振り向く。

 

発した言葉の雰囲気は、少女の言葉ではなかった。

 

「君に見てもらいたかったのだ。()()()が生きた同じ世界を」

 

突然男性のような喋り方になる黒衣の少女。

 

気圧され、後ろに引き下がっていく。

 

黒衣の人影が迫りながら語りかけてくる。

 

「コトワリの神、それは宇宙の規範…新たに生まれる宇宙の導き手」

 

「何なの…コトワリの神?宇宙の規範って何よ!」

 

「お前は失う事になる…あの男と同じように…最も親しい者を失う事に…」

 

「親しい者…?」

 

脳裏に、まどかの姿が浮かんだ。

 

彼女の前で立ち止まり、黒衣の少女はその顔を近づけてきた。

 

「もし、運命というものがあるとしたら…君は許せるだろうか?」

 

「運命ですって…?」

 

「君の大切な親友は、全ての世界から消えてしまう運命であったら?」

 

「…っ!」

 

「大切な親友の為を思って行動してきた道が、消滅をもたらす為の運命であったら?」

 

「馬鹿なこと…言わないで!?」

 

「宇宙の規範を生み出す為の運命というレールを敷いた存在を…許せるかね?」

 

「分からない…あなた、何が言いたいの?」

 

「あの男は許さなかった」

 

「あの…男って?」

 

「あの男は永遠をかけてでも大いなる神に復讐する事を誓い、魔界奥底の私の元に辿り着いた」

 

「魔界とか…あの男とか言われても…私には検討がつかないわよ」

 

「いずれその男も、君に挨拶をしに現れるだろう。二人きりで話せる場所でな」

 

踵を返し、屋上の端に歩いていく黒衣の少女の姿。

 

来るように促されたせいか、動く事が出来なかった体が自然に動いていく。

 

二人で世界を見た。

 

ボルテクス界と呼ばれた幻影を。

 

「あの男という存在は…この世界で何をやったの?」

 

「君と同じだ。大切な親友達と恩師、守りたい人々を守る為に強くなる道を選んだ」

 

「私と…同じ…」

 

「悪魔達が跋扈する地獄をのたうち回り、それでも誰一人として守る事など出来なかった男だ」

 

その言葉が、彼女の胸に染み入ってくる。

 

(名前も知らない男なのに…彼の心の痛みが分かる…慟哭と怒りの感情が分かってしまう)

 

──まるでもうひとりの…私? 

 

「君とまた話せて良かった。最後に一つ、君には朗報であると同時に()()()()()でもある」

 

黒衣の人影は右手を持ち上げ、指を鳴らそうとする。

 

──君の長かった旅は、この世界で終わる──

 

指が鳴った音が耳に聞こえてきた瞬間、意識はホワイトアウトしていった。

 

────────────────────────────────

 

…変わらぬ覚醒。

 

ベットから起き上がる。

 

顔を洗い、視力を強化して着替えをする変わらぬルーチン。

 

「あの光景は夢だったの…?酷い悪夢だった…」

 

窓の外は変わらぬ見滝原の姿があり、車や人が行き交う日常。

 

病室の外も患者や看護師の声が響いている変わらぬ光景。

 

カレンダーを見れば、病院からの退院の日。

 

これからの住まいに向かい、見滝原中学校転入に備える事になる。

 

「あの悪夢は正夢であったのか…それを確かめる必要性は私にはないわ」

 

彼女は法の番人ではない。

 

一つの目的だけを遂行する魔法少女。

 

交わした約束を必ず果たす者。

 

「そう…交わした約束」

 

2つの大きなバックに私物を詰め込み終え両手に持ち、病室を後にする。

 

病院のエントランスホールに向かいながら、あの時の記憶を思い出していく。

 

鹿目まどかが、彼女の命をもう一度救ってくれた世界線。

 

「魔法少女の秘密を知り、インキュベーターに騙されていると皆に伝えようとした時期だった…」

 

その世界において、魔法少女達は同族が魔女になる光景を全員が目撃してしまった。

 

あの時生き残れたのは、彼女と鹿目まどかと佐倉杏子と巴マミ。

 

「巴マミは、魔法少女が魔女化するという現実に耐えきれず…壊れてしまった」

 

時間停止魔法を使える者をいの一番に拘束。

 

杏子を一瞬で殺す。

 

そして、彼女をも殺そうとした。

 

「あの時…まどかがいなかったらきっと私は…巴マミに殺されていた」

 

まどかの攻撃により、マミはソウルジェムを砕かれて死亡。

 

「魔法少女の呪われた真実に耐えきれたのは…私とまどかだけだった…」

 

二人は最後の生き残りとして、ワルプルギスの夜に挑む。

 

そして末路は…二人共倒れてしまった。

 

「このまま二人で魔女になってもいい、そんな風に諦めかけていた時…」

 

まどかはまた命を救ってくれた。

 

自分の魔力切れに構わず、残していたグリーフシードを行使してくれた。

 

そして彼女は、魔女となる死に際に語りかけてくる。

 

──ほむらちゃん……過去に戻れるって言ってたよね? 

 

──こんな終わり方にならないように……歴史を変えられるって。

 

──うん……。

 

──だからね……お願いがあるの。

 

──お願い……? 

 

──キュウべぇに騙される前のバカな私を…助けてあげてくれないかな? 

 

二度も命を救ってくれた大切な仲間。

 

友達以上の存在からの、最後の願いが託される。

 

最後の力を絞り出すように、言葉を紡ぐ。

 

「私は…鹿目まどかと約束を交わした……」

 

 ──何度繰り返す事になっても、絶対に貴女を救ってみせる──

 

「まどか…あの時、貴女を介錯してしまった心の痛み…今でも消えないのよ…」

 

震えながら握りしめた銃。

 

まどかのソウルジェムに向けられる銃口。

 

魔女が今この瞬間にも生まれてしまう。

 

眉間にシワがよりきる程、ソウルジェムを睨む。

 

呪われた魔法少女達が繰り返す、運命の螺旋。

 

『暁美ほむら』と呼ばれた少女は、心から憎悪する。

 

魔法少女の運命を、憎悪し続けた。

 

──っっぅ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”──ッッ!!!!! 

 

一発の銃声……。

 

まどかの声は、もう聞こえない。

 

「……ごめんね、まどか」

 

病院一階エントランスホールにエレベーターで到着したほむらの姿。

 

力強く前に踏み出し、外の光が流れ込む世界に向かう。

 

「もう、誰にも頼らない……」

 

誰も魔法少女の真実には、耐えられない。

 

「まどかには絶対に戦わせない、全ての魔女を私一人で片付ける」

 

何度でも繰り返す。

 

ワルプルギスの夜を倒す為なら、何度でもほむらは時間渡航を繰り返す。

 

何度でも繰り返す。

 

たった一人の友達を救う為に。

 

「まどかの為なら…永遠の迷路に閉じ込められても構わない」

 

悪夢で見た最後の言葉が頭に過る。

 

ほむらの長かった旅は、この世界で終わるのか? 

 

「ええ、終わらせてみせるわ。そして必ず彼女を…呪われた定めから救ってみせる」

 

──交わした約束、忘れないよ。

 

これを最後とする事を誓う。

 

光の世界へと踏み出し、白い光の中へと消えていった。

 




読んで頂き、有難うございます。

次の話は原作まどかマギカを知らない人の為に書いているので、原作物語の内容を知っている人は読み飛ばして貰って大丈夫です。


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46話 魔法少女の物語

この世界もまた、暁美ほむらは同じ末路を迎えようとしている。

 

裕福な優しい両親と小さな弟、二人の親友にも恵まれた生活を送る鹿目まどか。

 

4月も半ばを超え、桜も散った季節。

 

緑溢れる近代的な見滝原中学校には大勢の学生達が登校していく。

 

まどかはここで生活を送る女子中学生。

 

彼女のクラスに暁美ほむらは転校してくることとなった。

 

二人は保健室に向かう時、まどかは何処かであったかなと質問した。

 

目の色を変えて振り向くほむらの姿。

 

まどかを知っている素振りをして、こう忠告した。

 

「家族や友達が大切なら、この先何が起ころうと、自分を変えようと思っては絶対に駄目」

 

ほむらが何者なのかは、この世界のまどかは分からない。

 

帰り道の時、まどかは不思議な声を感じた。

 

鹿目まどかの残酷な運命が今、始まる瞬間を迎えたのだ。

 

………………。

 

助けを求めるような声。

 

まどかは改装も終えていない無人のビルに入っていく。

 

そこで見つけた傷ついた白い生き物。

 

そして、魔法少女の姿をした暁美ほむら。

 

傷つける彼女を責める鹿目まどかだったのだが、ほむらは無視する態度。

 

白い生き物にトドメをさそうとした時、親友の美樹さやかが現れてくれた。

 

消化器噴射を用いて鹿目まどか達を逃しきったようだ。

 

ほむらから逃げ惑う二人の姿は建物の奥に向けて進んでいく。

 

2人はそこが薔薇園の魔女に仕える使い魔達が潜んでいるとも知らずに囚われてしまった。

 

使い魔に襲われる二人の窮地を助けたのは、魔法少女姿の巴マミ。

 

彼女に救われた二人は、魔法少女についてマミから聞かされる事となった。

 

助けた白い生き物はキュウべぇだとマミから紹介された。

 

キュウべぇは二人を目を向け、愛らしい表情を向ける。

 

そしてこう言った。

 

「ボクと契約して、魔法少女になってほしいんだ」

 

どんな願いでも契約すれば一つだけ願いを叶えてくれるという、魅力的提案。

 

二人は驚きを示すが、マミが釘を差す。

 

「これは命がけの戦いなのよ」

 

魔法少女は『希望』を振りまく存在。

 

魔女は反対に『絶望』を振りまく存在。

 

命がけの戦いをしている事は事実であった。

 

契約するかどうか決心がつかない二人の姿に対して、マミは提案をした。

 

魔法少女を知る為の体験を共にしようという内容だ。

 

2人の魔法少女候補生達はマミの後ろに続き、結界世界へと入っていく。

 

可愛く、美しく、そして力強く戦うマミの姿。

 

モノを考える力のない子供達から見れば、まるでTV世界に映る変身ヒロインに見えてくる。

 

それでも、可憐で愛らしい魔法少女の物語などではなかった。

 

マミが言った言葉は事実なのだと、その身をもって示してくれた。

 

マミは、お菓子の魔女との戦いの最中……。

 

首を食いちぎられて死んでしまった。

 

魔法少女の世界。

 

それは命がけだという事をまどかは知った。

 

………………。

 

見滝原を守る魔法少女はいなくなった。

 

魔女に襲われても、誰も助けてはくれない状況。

 

まどかは親友の志筑仁美が魔女の口づけで操られているのを見つけた。

 

追いかけた際に魔女の結界に囚われる。

 

死を覚悟した瞬間、自分を助けてくれたのはさやかだった。

 

その姿は魔法少女になってしまっていた。

 

マミの意思を継ぎ、後悔もないと言う姿。

 

殺し合いの世界で生きていく覚悟を決めた彼女の前に、現れた存在。

 

それは風見野市から狩場を移そうとやってきた佐倉杏子だった。

 

グリーフシードを産まない使い魔を相手にするマミの意志を継いださやか。

 

そんな彼女に向けて、杏子は言うのだ。

 

「弱い人間を魔女が喰い、その魔女をあたし達が喰う」

 

食物連鎖に過ぎないのだと、人間の命をそう言い切ってしまった。

 

正義の味方でありたい美樹さやかは激昂した。

 

魔法少女同士の縄張りを巡る戦いだ。

 

魔法少女社会。

 

それは手を取り合い、助け合う事は出来ない事をまどかは知った。

 

………………。

 

2人の殺し合いは割って入るほむらによって止められた。

 

しかし、ほむらと杏子は利益のみを求める価値観であった。

 

後に2人は協力関係を結ぶ。

 

さやかと杏子の因縁は続いてゆく。

 

ほむらはそれを止めることは出来ない。

 

さやかはなぜ、願いを使ってまで殺し合いの世界に訪れたのか? 

 

それは思いを寄せている幼馴染を救うため。

 

上条恭介と呼ばれる少年を救うためであった。

 

しかし、救われた彼はその事を知らない。

 

ヴァイオリンの世界に没頭し、彼女に振り向きもしない。

 

彼女の前に再び現れた杏子は言う。

 

「家に上がりこんで、手足を潰してもう一度ものにしてやれよ」

 

恭介を看病し、彼の苦悩の八つ当たりを浴びてきた美樹さやかに向けた心無い言葉。

 

さやかが夢を掴む彼の手を、どれだけ大事だと思っているのか考えてもくれない。

 

激怒したさやかと煽る杏子。

 

2人は高速道路に架かる歩道橋の上で殺し合いを始めようとした。

 

再びほむらが割って入る。

 

その場にまどかも現れた。

 

まどかは戦いを止める為に、あろうことかさやかのソウルジェムを奪う。

 

そして、高速道路下に向けて投げ捨てた。

 

トラックの荷台に落ちたソウルジェム。

 

ほむらは『時間停止魔法』を使い、追いかけていく。

 

知らぬが故の悲劇は起こった。

 

さやかの体は操り糸が切れたかのように倒れ、死んでしまった。

 

魔法少女の本体はソウルジェム。

 

ほむらはそれを知っていた。

 

知らなかったのは他の3人。

 

ほむらのお陰でさやかのソウルジェムは取り戻された。

 

手元に戻すと、再び彼女は息を吹き返してくれたようだ。

 

キュウべぇとの契約。

 

それは、少女達が石ころの姿に変えられてしまう事をまどかは知った。

 

………………。

 

騙されたショックを隠せないさやかの姿。

 

彼女の元に三度杏子は現れる。

 

ショックを受けたせいなのか、気が変わったのか、殺し合う素振りは見せない杏子。

 

さやかを風見野市に案内していく。

 

廃墟となった我が家の教会につれていった。

 

杏子は語り始めた。

 

他人の為に願いを使った魔法少女がどんな末路を迎えたのかを。

 

杏子もまた他人のために願いを使った魔法少女。

 

そのせいで家族が崩壊し、自業自得の結末を迎えたのだと語る。

 

魔法少女の希望とは、なんなのか? 

 

それは…祈った分だけ、同等の絶望が撒き散らされて差し引き0となる因果。

 

後悔する生き方をするなと、さやかを諭す。

 

だが、その言葉は聞き入れて貰えなかった。

 

………………。

 

その後、さやかには苦難の連続が続く。

 

退院した恭介を巡り、親友の志筑仁美は恋のライバルを宣言。

 

恭介に向けて告白をするという。

 

日常とは別世界に来てしまったさやか。

 

思い人にかつてのように触れ合う事すら許されない秘匿社会を生きる者。

 

それなのに、さやかの都合も考えずに仁美は想い人を持っていこうとする。

 

先に告白していいと仁美は言う。

 

誠意なのか悪意なのか分からない仁美の言葉に、どす黒い感情が湧いていった。

 

仁美なんて助けなければ良かったと、一瞬でも思ってしまったようだ。

 

見返りを求めない正義の味方ではなかったのか? 

 

矛盾によって、さやかの心は壊れていく。

 

力量不足でありながらもグリーフシードを産まない使い魔との戦いは続く。

 

無駄な魔力を使い込んでいく。

 

魔女と戦う為なら、痛覚さえ捨てて捨て身の戦いを行っていく。

 

重症の傷を魔力回復で無理やり癒やす。

 

そんな戦い方をするのは間違いだと諭すまどかの姿。

 

親友を案じるまどかに対し、やり場のない感情をさやかはぶつけてしまった。

 

自己嫌悪に陥り、魂を呪いで染めていく。

 

このままではまどかはさやかを救うために契約する。

 

そう判断し、ほむらは彼女を手榴弾で爆殺しようとした。

 

しかし杏子が割って入る。

 

多節鞭の如き槍によって突然拘束されたほむらの姿。

 

逃げろと叫ぶ杏子の言葉に反応し、さやかは事なきを得た。

 

まどかはさやかを救う為にキュウべぇと契約しようとする。

 

しかし、突然キュウべぇの体が目の前で蜂の巣にされた。

 

ほむらの時間停止魔法と、銃撃の連鎖攻撃を浴びたのだ。

 

殺害を責めるまどかの姿。

 

そんなまどかに向けて、ほむらは涙を流していく。

 

自分を大事にしろと、願いをぶつける。

 

それでも彼女の願いはまどかには届かない。

 

さやかを救う為に去っていった。

 

銃殺された死体の近くに現れたのは、同じ個体のキュウべぇ。

 

何もなかったかのように共食いを始めていく。

 

愛らしい姿など欺瞞であった。

 

少女達を絶望に染め上げる存在。

 

ほむらは吐き捨てるように、インキュベーターと呼んだ。

 

………………。

 

さやかのソウルジェムは限界を迎えようとしている。

 

彷徨いながら辿り着いたのは電車の中。

 

正義のヒロインになれなかった情けなさと、ソウルジェムの秘密を知った絶望感。

 

その上で親友2人に呪いをぶつけた自分への怒り。

 

正義のヒロインを目指した彼女はついに、一線を超えた。

 

目の前に見えたのは2人のホスト達。

 

女性を玩具にして傷つけるクズ共であった。

 

二人に呪いの感情をぶつけてしまう。

 

魔女の結界のようなものに、ホスト達は飲み込まれてしまった。

 

二人がどうなったのかは、誰も知らない。

 

誰もいない見滝原駅ホーム。

 

椅子に独り座るさやかの姿。

 

彼女の横に杏子が現れてくれた。

 

さやかを気にかけてくれているようだが……。

 

彼女を見た杏子は、戦慄した。

 

全てを呪う、濁りきった瞳。

 

何が大切で、何を守ろうとしていたのかさえ分からない表情。

 

『誰かの幸せを祈った分、誰かを呪わずにはいられない』

 

それが魔法少女の仕組み。

 

さやかは今更ながらに、理解出来た。

 

疑う事もせず、舞い上がっていただけの愚か者。

 

そんな自分に笑えたのか、最後の微笑みを杏子に向けてくれた

 

『…あたしって、ほんとバカ』

 

魔法少女のソウルジェムは、絶望に染まり砕けちっていく。

 

孵化して生み出されるのは、人魚の魔女。

 

遠くで魔女化の光景を見つめていたキュウべぇが口を開く。

 

「成長途中の女のことを少女というのなら……」

 

──やがて魔女になる存在達の事は…。

 

──魔法少女と呼ぶべきだ。

 

魔法少女が魔女になる現実に混乱する杏子。

 

現れたほむらは、魔女と戦いもせず逃げる選択を選んだ。

 

魔女に成り果て、抜け殻の遺体を抱き留めたまま線路の道を歩く杏子の姿。

 

駅の線路内を歩いていたところにまどかも走って現れてしまった。

 

杏子に抱えられているのは、冷たい骸になった親友。

 

泣き崩れてしまった彼女に対して、ほむらは冷酷な態度を見せる。

 

親友の末路がどうなったのかを、語ってしまった。

 

魔法少女の末路を淡々と語っていく。

 

そんな冷酷な態度に激怒した杏子が胸ぐらを掴み上げた。

 

まどかが魔法少女の存在を理解した方が良い。

 

ほむらはまどかしか優先してくれない。

 

誰かを救った分だけ、誰かを呪う。

 

魔女となる末路こそ魔法少女の正体である事を、まどかは泣きながら知った。

 

………………。

 

まどかは自分の部屋で放心状態。

 

虚ろな瞳をしていた時に、インキュベーターは現れた。

 

なぜこんな事をするのか問いただす。

 

すると、インキュベーターは自分達の目的を語ってくれた。

 

全ては宇宙延命のため。

 

エントロピーを超えるエネルギーを手に入れるため。

 

それがインキュベーターの使命。

 

知的生命体の感情エネルギーを用いて宇宙を延命させる。

 

熱エネルギーとして利用し、宇宙を温める。

 

効率が良いのは、第二次性徴期の少女がもたらす希望と絶望の相転移。

 

インキュベーターは子供達を騙す事に対しては何も感じていない。

 

騙している事さえ理解しない。

 

認識の相違は、人類とは埋められないほどに高められた。

 

キュウべぇの存在。

 

それは互いに理解し合えない関係である事をまどかは知った。

 

………………。

 

さやかの死体をホテルに持ち帰ってしまった杏子

 

自分の魔力を用いて死体鮮度を保ち続けているようだ。

 

彼女は隣りにはインキュベーターの姿。

 

さやかのソウルジェムを取り戻す方法はあるかと杏子は問う。

 

自分は知らないが魔法少女は条理を覆す存在だと期待を持てるセリフで煽ってくる。

 

杏子はその気になってしまった。

 

まどかと接触した彼女は、さやかを助ける助力をして欲しいと嘆願した。

 

愛と勇気が勝利するコミックみたいな世界に憧れていた時期もあった事をまどかに伝えた。

 

照れくさそうに語るが、それだけではない。

 

杏子が変われたのは、さやかとの出会いのお陰。

 

見返りさえ求めず使い魔達と戦う姿を見て、昔を思い出せたようだ。

 

人魚の魔女結界に二人は入り込み、かつてさやかだった魔女と対峙していく。

 

まどかは親友の名を呼び続ける。

 

しかし人魚の魔女の巨大な手に拘束されてしまった。

 

魔女が魔法少女に戻る事など、そもそもありえなかった。

 

インキュベーターに騙されてしまった、愚かな戦い。

 

杏子は薄々気がついていたようだが、まどかを巻き込んだ責任を背負うかのように戦い続ける。

 

全てを呪う魔女と成り果てたさやかの呪いを、全身で受け止めていく。

 

一人ぼっちになんてさせたくなかった。

 

杏子の体を貫く、人魚の魔女の剣。

 

最後の力を振り絞り、まどかを掴む魔女の手を切断した。

 

落下する彼女を抱き留めたほむらの姿。

 

彼女にまどかを託し、杏子は最後の瞬間を迎える事となる。

 

もさやかを独りぼっちになんてさせない。

 

自分がずっと側にいてあげる。

 

杏子が最後に放った一撃とは、ソウルジェムの魔力を暴走させた自爆攻撃。

 

人魚の魔女は赤き魔法少女と共に消え去っていく。

 

その光景はまるで、恋に生きた人魚と共に海の底に沈んでいくかのようであった。

 

………………。

 

さやかの葬儀に出席するまどかの姿。

 

家に帰ったまどかは、暗い一室で悲しみに悶えていく。

 

彼女の前に再びインキュベーターが訪れた。

 

お前のせいでみんな死んだとまどかは言う。

 

しかし、インキュベーターにとって魔法少女とは人類の家畜消費行為と同じである。

 

共に消費を行う、共栄関係だと言い放つ。

 

その論を証明する為に、インキュベーターと人類が歩んできた歴史を彼女に見せた。

 

有史以前から地球に干渉し、数え切れない少女達が彼らと契約を交わした。

 

希望を叶え、時に歴史を動かした。

 

そして末路は絶望に身を委ねていった。

 

彼女達が滅んだのは『自分自身の祈り』のせいだという。

 

どんな希望も『条理にそぐわない』限り歪みをもたらし、災厄が生じるのが自然の摂理。

 

そもそも『願い事をする事が間違い』なのだ。

 

過去に流された少女達の涙を糧にして、人類は育てられていった。

 

祈りから始まった魔法少女達。

 

その末路は、涙と呪いによって終わる歴史が紡がれてきた事をまどかは知った。

 

………………。

 

まどかがほむらの家を訪れる。

 

彼女がこの世界に時間渡航して一ヶ月を迎えるだろう、5月16日。

 

その日こそが見滝原市に現れるという、大魔女ワルプルギスの夜が現れる日。

 

ワルプルギスの夜と一人で戦うのか、ほむらに質問する。

 

ワルプルギスの夜は他の魔女とは違う。

 

結界内に姿を隠す必要もなく、一度具現化すれば何千人もの人々が死ぬ。

 

だがその被害を人間たちは観測する事は出来ない。

 

そのため自然災害として処理されていったようだ。

 

魔法少女になるとまどかは言いかけたが、ほむらはまどかを突き放す。

 

一人でも勝てると強がりを見せるのだが……。

 

ただの強がりだと言うことは、まどかに見抜かれていた。

 

本当の言葉は、ほむらは伝えてくれない。

 

無力な自分に涙が溢れていく、まどかの姿。

 

耐えきれなくなったのか、ほむらはまどかに抱きついた。

 

ほむらはついに、隠していた自分の言葉を紡ぐ。

 

暁美ほむらは『未来』から来た存在。

 

何度も鹿目まどかとの出会いを繰り返し、それと同じだけ彼女が死ぬのを見てきた人物。

 

どうすれば救えるか、その答えだけを探して何度も時間渡航をやり直してきた。

 

溢れる感情が止められない、涙を流す姿。

 

気持ち悪いと思われても、ほむらは自分の本当の気持ちを伝えていく。

 

繰り返す度に、まどかとの時間はズレていく、

 

気持ちもズレて、言葉も通じなくなっていく。

 

もうとっくに『迷子』になっていた。

 

まどかを救う、それが彼女の最初の気持ち。

 

それが今となっては、たった一つの道標。

 

「解らなくても…伝わらなくても…それでもどうか……」

 

──私に貴女を守らせて。

 

………………。

 

これは、鹿目まどかが魔法少女を知る物語。

 

魔法少女達の為に、何が出来るのかを示す主人公の物語。

 

そして始まるだろう。

 

暁美ほむらの旅が終わる、最後の戦いが。

 

その中で語られていくだろう。

 

彼女達の物語の中では、背景に過ぎなかった物語。

 

大災害に見舞われる見滝原市内で起こる……。

 

もう一つの物語を……。

 




読んで頂き、有難うございます。


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47話 ワルプルギスの夜

5月16日、午前七時。

 

見滝原市は現在警戒レベル5の非常に強い突発的異常気象災害情報が市内中に発令されている。

 

市民は全員最寄りの避難地区に移動しており、街はもぬけの殻。

 

<<付近にお住まいの皆様は速やかに最寄りの避難所への移動をお願いします!!>>

 

<<河川の氾濫の危険水域に達しております!これは訓練ではありません!!>>

 

<<ハザードマップを確認し命を守る最善の行動をとってください!!>>

 

街の道路をわずかに走るのは市の防災センターの車放送や警察・消防の避難誘導のみ。

 

この街は今、昨夜20時頃から()()()()()()の兆候が現れ始めていた。

 

スーパーセルとは巨大雲の王の如き現象であり、巨大かつ長寿命であることが特徴。

 

雲の幅数10~100km、高さ15kmにも及ぶことのある超巨大な積乱雲の塊。

 

寿命は数時間と、通常の積乱雲の寿命である30分を遥かに上回る。

 

スーパーセルが発生すると、ほぼ例外なく雹・落雷・大雨・竜巻といった激しい現象が起きる。

 

昨夜の22時からその現象が発生。

 

大雨と落雷被害によって見滝原災害対策警戒本部より防災センターを通じて市民に避難を勧告。

 

大雨により川は増水し、堤防も橋も飲み込まれそうになっていた。

 

見滝原市は避難訓練を市をあげて行う近代的都市であったお陰で市民の避難意識も高かった。

 

深夜の避難にも関わらず、7時間程度で避難をほぼ完了。

 

現在は大雨も沈静化しているが、11時間を超えるスーパーセルなど前例がない。

 

雷と竜巻が発生する環境も未だ整っている為、油断は出来なかった。

 

水かさが増して今にも溢れ出しそうな川岸遊歩道。

 

そこに立っていた人物とは、暁美ほむら。

 

雷雲渦巻く巨大積乱雲を静かに見つめ続ける。

 

「…周回計算では、もうじき奴が現れる」

 

不安に怯える人間達を一箇所に纏めた上で、一気に襲い虐殺する大魔女。

 

その為に天災による被害を長時間与えた末に現れてきた。

 

スーパーセルとして天災扱いとなり、人間達が大魔女の存在に気がつく事などない。

 

今現れようとしている大魔女とは、神魔の領域に辿り着こうとしている規模の存在。

 

一度顕現すれば、大都市一つ軽く滅ぼせる程の力を持ちし存在と独りで戦う。

 

それがどれほどの無茶なのかは、彼女が一番知っている。

 

「それでも……やるしかない」

 

これは鹿目まどかに呪われた因果を与えてしまった罪。

 

そして、()()()()()()だったから。

 

────────────────────────────────

 

「数多の平行世界を横断した時間渡航者、暁美ほむら」

 

ここはほむらの自宅。

 

室内は結界なのか異界なのかも判断出来ない、大きな真白い世界。

 

赤青黄色などのカラフルな曲線ソファー。

 

宙を浮く魔女に関する資料を映し出した絵画のようなホログラフィックの数々。

 

何より奇妙なのは、天井部位に備え付けられた時計の剥き出し内部かと思わせるゼンマイ装置。

 

そして、死神の両刃鎌を思わせる振り子だった。

 

そんな異空間に今、ほむらに向かって喋るのはインキュベーター。

 

「君の存在がひとつの疑問に答えを出してくれた」

 

「…何の話?」

 

「鹿目まどかの素質だよ」

 

魔法少女の素質は背負った因果の量で決まる。

 

英雄や反英雄、一国の女王や救世主、世界に影響を与えられる存在達なら分かる。

 

しかし平凡な人生だけを与えられてきた鹿目まどかという存在。

 

どうしてあれだけの莫大な因果の糸が集中していたのか不可解であった。

 

「ねぇ、ほむら。ひょっとしてまどかは君が()()()()()()()()()に、強力な魔法少女になっていったんじゃない?」

 

思い当たる表情。

 

その言葉は事実であった。

 

「やっぱりね。原因は君にあったんだ」

 

「…どういうことよ?」

 

ほむらが時間を巻き戻す理由はただひとつ、まどかの安否。

 

同じ理由と目的で何度も時間を遡るうちに、彼女の存在を中心軸に幾つもの平行世界を螺旋状に束ねた。

 

その結果、絡まるはずがない平行世界の因果線が、全て今の時間軸のまどかに繋がってしまったとすれば? 

 

彼女の途方もない魔力係数にも納得がいくのではないか? 

 

暁美ほむらが繰り返した時間。

 

その中で循環した因果全てが、巡り巡ってまどかに繋がった。

 

「それって……まさかっ!?」

 

「お手柄だよ、ほむら」

 

──君がまどかを、()()()()()()()に育ててくれたんだ。

 

────────────────────────────────

 

「……来る」

 

大気が震えるほどの魔力の波動。

 

見滝原工業区の工場群。

 

空高く上に現れいでようとする、歴史に語られてきた大魔女。

 

この日のためにあらゆる装備を時間停止魔法を駆使して調達…。

 

いや、()()()()()

 

ほむらの左腕に装備された機械仕掛けの砂時計。

 

これは時間停止魔法・時間渡航魔法を行える円盤盾。

 

中には1ヶ月分の砂が入っている。

 

ひっくり返すことで1ヶ月時間を巻き戻し、砂の流れを止めることで時間停止出来る。

 

それだけではない。

 

一部の悪魔が使えるだろう、アイテムを収容する魔法の力まで持っていた。

 

円盤盾の収容力は悪魔が収容出来る容量を遥かに超えている優れもの。

 

魔法少女の固有魔法は、時に悪魔の魔法を凌駕した。

 

円盤盾の中にあるのはあらゆる現代武器、そして現代兵器の数々。

 

彼女は他の魔法少女と違う。

 

円盤盾の機能だけに特化した為か、魔法武器を生み出す力はなかった。

 

その中身を紹介すれば、どれも中学生女子が持って良いものではない犯罪極まった品々。

 

見滝原市に事務所を構えるヤクザの武器。

 

見滝原市から電車を乗り継ぐ距離になる自衛隊駐屯地の武器も手に入れた。

 

だが、距離があり過ぎてあまり活用しきれなかった。

 

もっとも装備を調達してきた場所は、見滝原市からそう離れていない郊外施設。

 

2009年頃に完成した在日米軍基地の兵器だ。

 

その規模は東京にある米軍基地施設機能全てを満たす程になる。

 

なぜそんな基地が見滝原近くに出来たのか、政治的理由を彼女が知ることはない。

 

「必要だったのは戦う力だけ。まどかを守れる武器が手に入るならば、罪を犯そうが何でも良い」

 

この武装を最大限に利用する為に、深夜避難警報が出た時から動き始める。

 

避難する人々に隠れ米軍ミリタリーポンチョを纏い、叩きつける大雨の中での作業。

 

ブービートラップや、鉄骨を爆破するC-4爆弾を路地裏に設置。

 

米軍兵器は目立たない路地裏や、ビルの開けた屋上に都市迷彩シートで覆い既に配置済み。

 

ガソリンが満タンに入ったタンクローリーにもC-4爆弾を車の底部に大量セット。

 

もっとも大掛かりな作業となったのは見滝原工業区。

 

ワルプルギスの夜が計算上落下するエリアの建物全てに仕掛けたプラスチック爆弾だ。

 

TNT計算をした結果、核兵器の次に威力があると言われる気化爆弾エネルギー量に匹敵する。

 

「爆発の規模が大きすぎて地盤沈下の恐れもある…でも手段は選んではいられない」

 

ほむらは人間の街を破壊するテロリストと呼ばれよう。

 

それでも、全ての火力を集中してこの戦いに挑む覚悟はもう出来ていた。

 

────────────────────────────────

 

宿敵とも言える存在が来る。

 

大きな特徴が現れてきた。

 

増水した川を遡るように波打つ霧が生まれ、遊歩道の彼女の足は霧で包まれていく。

 

持ち場に向かうため、霧に包まれた遊歩道を歩く彼女の姿。

 

足元を小さな使い魔が素通りしていき、緑の象の足が踏み潰す。

 

カーニバルパレードの装飾が施された使い魔達の群れが現れ、横を大行進していく。

 

それはこれから始まる、嵐の如き()()()を裏から支える団員のような存在達。

 

さぁ、舞台の幕はもうじき広げられるだろう。

 

ショーの始まりだ…カウントダウンをしよう。

 

『5』

 

『4』

 

『3』

 

『2』

 

『1』

 

……開演。

 

<<Ah ha ha ha ha ha ha ha ha! !! !!>>

 

それは後に、世界の気象歴史において記録を残す。

 

高層ビルすら根本から破壊して巻き上げた見滝原スケールとして。

 

【舞台装置の魔女】

 

その性質は『無力』

 

回り続ける愚者の象徴。

 

歴史の中で語り継がれる謎の魔女。

 

通称ワルプルギスの夜。

 

この世の全てを戯曲へ変えてしまうまで無軌道に世界中を回り続ける。

 

普段逆さ位置にある人形が上部へ来た時、暴風の如き速度で飛行するという。

 

その時は、瞬く間に地表の文明をひっくり返してしまうだろう。

 

………………。

 

逆さの位置に頭部らしきものが見えるが、頭は無く顔だけしか備わらない。

 

失った頭部部分からは二本角と、それに纏う形の半透明ヴェール。

 

白い縁取りの青い貴婦人ドレス姿の人形。

 

スカート内は巨大歯車が重なり合い、舞台劇のステージのように見える。

 

もっとも威圧的なのはその背中。

 

魔女の背後空間に浮かぶのは、重なり合った花の如き虹色の魔法陣。

 

全長はおそらく200メートル~400メートル規模。

 

暴風に巻き上げられるように破壊された高層ビルが空に浮かぶ光景。

 

ワルプルギスの夜の周囲を高層ビルが漂い、燃え上がっていく。

 

まさに災厄規模の魔女。

 

それが今、見滝原市に襲いかかるのだ。

 

「…行くわよ」

 

ソウルジェムによって魔法少女となり、円盤盾に収容された武器を開放。

 

遊歩道を埋め尽くすのは現代火器。

 

M136AT4対戦車ロケットランチャー。

 

RPG-7対戦車ロケットランチャー。

 

それらが縦に置かれた形で出揃った。

 

通りを埋め尽くす規模で。

 

「…今度こそ、決着をつけてやる」

 

────────────────────────────────

 

ほむらの円盤盾の表面を上下から中央に向かい飾る装飾部位。

 

『マガタマを模した6と9』

 

『陰陽太極図円形カバー』

 

中央の陰陽太極図円形カバーが開く。

 

上下の6・9の丸み部分は真紅の砂が入っている。

 

上の9から下の6に向けて目減りし続けるガラス製砂時計だ。

 

開かれた中央の円形内部には、剥き出しの機械式ゼンマイ仕掛けが見える。

 

上下の6と9が機械仕掛けで回転。

 

砂時計の砂が落ちない左右に回った時に時間停止魔法が起動。

 

周囲の時間が停止。

 

この中で動けるのは術者と術者が触れた存在のみ。

 

「全てを出し切る!」

 

地面に設置した対戦車ロケットランチャーを次々構えて発射。

 

後方に逆流したロケット弾の火炎が噴き出していく。

 

術者の手から離れたロケット弾が次々と飛翔していく。

 

時間停止魔法の影響を遅れて受けたのか、ワルプルギスの夜手前で静止。

 

機会仕掛けの魔法盾が横から縦に回転。

 

陰陽太極図カバーが閉じていく。

 

赤い砂が入った砂時計が動き、時間停止魔法が解除された。

 

無数のロケット弾が時間の影響を受けていく。

 

ワルプルギスの夜に向けて雨のように降りかかり、逆さ人形部位に着弾。

 

連続爆発が空を照らす。

 

爆発に押し戻されていくが、その巨体はびくともしない。

 

遊歩道を駆け抜ける彼女の背後には、盾の中から出した次の兵器。

 

M327・120mm迫撃砲だ。

 

兵士の操作はなくても魔力操作で発射されていく。

 

ほむらの魔法は現代兵器を魔法の力で操る力も持っていたようだ。

 

ワルプルギスの夜が体勢を崩す位置も全て周回計算によって把握されていたのだ。

 

一発の無駄弾も無く全弾が命中。

 

完璧なタイミングでC-4が仕掛けられた鉄骨に体を持ち込んでくれた。

 

直様リモコン爆破、倒させた鉄骨を魔女の体にぶつける。

 

だが、これだけの猛攻をしかけてもワルプルギスの夜は無傷。

 

「…知ってたわ」

 

鉄骨は突然高熱発火して崩れ去った。

 

大きな橋に向けて空から体を傾けていく。

 

遊歩道に停めていた大量の爆弾を搭載したタンクローリーが橋に向けて進む。

 

魔力を用いてタンクローリーを車の上部から操っているのはほむらの姿。

 

猛スピードで橋に入り込む。

 

橋の大幅にある半円鉄骨を猛スピードでタンクローリーが走り登っていく。

 

飛び出す射角は、ワルプルギスの夜の逆さ頭部。

 

「喰らいなさい!」

 

鉄骨から飛び上がったタンクローリーから飛び降りる。

 

ワルプルギスの夜の頭部にまで届いたタンクローリーをリモコン起爆。

 

顔面の周囲が大きな爆発を起こした。

 

「まだまだぁ!!」

 

増水した川の中から現れたのは、陸上自衛隊の大きな兵器。

 

03式中距離地対空誘導弾が運用出来る大型トラックの上に彼女は着地。

 

ミサイル射角がワルプルギスの夜に向けられていく。

 

ミサイルが一斉射撃され、人形胴体に撃ち込まれた。

 

ロケット推進によってワルプルギスの夜の巨体が一気に後方に押し込まれていく。

 

計算通り、工業区のエリアに落下してくれた。

 

魔女を囲む周囲の建物が、赤い光を一斉に放つ。

 

「お願い……これで最後にさせて!」

 

全ての爆弾をリモコン起爆。

 

その破壊力の規模は、核爆発に似た光景。

 

きのこ雲が登る程の大爆発であった。

 

これが周回を重ねた末の計画。

 

ワルプルギスの夜を倒し切る総火力攻撃だった。

 

………………。

 

一方的とも言える惨状。

 

遊歩道で油断なく工業区を見つめるほむらだったが……。

 

「そんな…!?」

 

燃え盛る煙を飛び越えてきたのは、無数の黒い影。

 

それらは一斉にほむらに向けて襲いかかってくる。

 

黒い影の突進攻撃を受け、突き飛ばされた。

 

黒い影が人の姿のようになっていく。

 

その姿は、まるで黒い魔法少女の影。

 

【舞台装置の魔女の手下】

 

その役割は道化役者。

 

強大な魔力に引かれ集まった無数の魂。

 

ワルプルギスの夜は元々一人の誰かであった可能性。

 

あるいは、多くの魂が集合する事により生まれた幻の可能性。

 

今となっては、真相は分からない。

 

大きく地面に倒れ込むほむらの姿。

 

川の向こうに見える工業区。

 

業火の中から瓦礫を巻き上げながら飛翔していく巨体。

 

<<Ah ha ha ha ha ha ha ha ha! !! !!>>

 

ワルプルギスの夜は…無傷だった。

 

「くっ…」

 

周囲は既に使い魔軍団に囲まれている。

 

持てる最大火力を用いようが、大魔女に傷をつけることすら出来ない。

 

あまりにも理不尽な光景。

 

もはや絶望か? 

 

いいや、彼女は何度でも絶望の縁に立たされたが諦めはしなかった。

 

「私は逃げない…」

 

ほむらは時間停止魔法を利用した一方的な攻撃しか能がない魔法少女なのか? 

 

それは違う。

 

今こそ見せよう。

 

まどかを守る為に身につけた……魔法とは違う戦いぶりを。

 

────────────────────────────────

 

軍隊の戦術行動において、突破を選択する前に迂回及び包囲を考える。

 

しかし、彼女は孤軍奮闘しか選択肢がない。

 

正面突破は攻撃方法を間違えれば損害も多く、全滅の危険が高いがやるしかない。

 

円盤盾から取り出したのはUZI短機関銃。

 

両手に構えた2丁拳銃スタイルだ。

 

「弾なら好きなだけくれてやるわ!」

 

腰を落とし、左足で360°円を描く。

 

両腕は広げられ、回転しながらの水平撃ち。

 

フルオート射撃の弾幕が周囲に張り巡らされた。

 

蹴り技の後掃腿の形で左足が止まった時、包囲に穴が開いた。

 

跳躍して包囲突破。

 

「ついて来なさい!!」

 

使い魔達の集団防御を崩壊させるための緊要地形(COCOA)は把握している。

 

軍事地理的要素であり、平野を見下ろす山頂や隘路などの軍事的に重要な地形を指す。

 

地の利を活かし、使い魔軍団を分散させて各個撃破するのが目的。

 

囲まれてしまえば終わりだったからだ。

 

走る後ろからは空を飛翔しながら追いかけてくる使い魔達。

 

「さぁ、追って来なさい…私の結界まで!」

 

住宅区を超え、見滝原で一番大きい商業区にまで撤退。

 

ポイントAの路地裏に入る。

 

「パチンコ玉はお好きかしら?」

 

追いかけてきた使い魔は、周囲に設置してあったクレイモア地雷の直撃を左右から浴びて消滅。

 

続いてポイントBの路地裏に入る。

 

ゴミ箱には仕掛けられているのは時計型爆弾。

 

回路電流が流れる時刻は計算されている。

 

「眠りの時間よ」

 

横を通る使い魔は爆発に巻き込まれて消失。

 

次のポイントに向かう前方から迫りくるのは、地面を走る使い魔達。

 

だが足元に見えるのは、ネズミ捕り器を改造した爆弾。

 

「ネズミは駆除しないとね」

 

足を捕らえられた瞬間、バネの力で撃針が叩かれ起爆。

 

足が破壊され動けなくなった使い魔に狙いを向けるのは、ポンプアクション式ショットガン。

 

容赦なく散弾で撃ち殺し、ポイントCの路地裏に入っていく。

 

彼女の空から迫りくる使い魔達。

 

地面に見えるのは、複数の打ち上げ花火のような装置。

 

これは跳躍地雷と呼ばれるブービートラップ。

 

電気信管で地雷の発射薬に点火。

 

筒の中から手榴弾が打ち上げられると同時にピンが外れる。

 

空から迫りくる使い魔達の前で複数の手榴弾が爆発。

 

破片でズタズタにされた使い魔達が消失していった。

 

鉄のゴミ箱に身を隠していたほむらが飛び出す。

 

「…シャワー浴びたいわ」

 

電気信管をゴミ箱内部で操作し、同時に破片の雨から身を守ったようだ。

 

開けた路地裏まで走り終えた彼女の前には、シートで隠してある兵器。

 

シートを開けて現れたのは、アベンジャー防空システムと呼ばれる軽車両。

 

スティンガー地対空ミサイル4連装ポッド2基を発射できるようにしたものである。

 

従来の自走式対空ミサイルより軽便で機動性に優れていた。

 

「非常時だし、中学生の無免許運転を許してくれると有り難いわね」

 

ハンヴィーに似た汎用四輪駆動車に乗り込み、エンジンをかけて走り出す。

 

この日のために盗んだ車で運転の練習もしてきたようだ。

 

ワルプルギスの夜が住宅区を超えていく。

 

既に商業区にまで入り込まれていた。

 

この進行経路から見れば、恐らくは住民達の避難地区を目指す。

 

見滝原市の高台にある避難所に到達するのも時間の問題。

 

「倒せなくてもせめて…見滝原から追い出して他の街にでも向かわせる!!」

 

道路を走行し、商業区内の高速道路に入りこむ。

 

しかし前方から見えてきたのは…。

 

「こんなタイミングで…運のない連中ね!」

 

 現れたのは、避難誘導をしていたと思われる警察車両。

 

「おい!なんだあの軍用車両は!?」

 

「少女が運転しているぞ!?」

 

パトカーがドリフトUターン、ほむらが運転するハンヴィー車両を猛追。

 

<<そこの軍用車両に乗る子供!止まりなさい!!>>

 

「チッ…」

 

<<君は明らかに重罪を犯しているぞ!!>>

 

「無駄に命を散らす者を救う余裕は…私にはないのよ!!」

 

追走してきたパトカーであったが、使い魔の魔法攻撃を受けて爆発炎上。

 

「追ってきたわね…」

 

サイドミラーから見えたのは、空を飛行するワルプルギスの夜と使い魔達

 

「もう残された火器も少ない…それでも!」

 

荷台に搭載された地対空ミサイルシステムが後ろに回転。

 

砲身が使い魔達に狙いを定める。

 

4連装ポッド2基がミサイル8発を次々と発射。

 

7発は使い魔達に命中したが、1発は避けられた。

 

避けた使い魔の魔法攻撃が放たれ、ハンヴィーの後部が爆発。

 

「くぅ!!」

 

操縦が効かなくなった車両が高速道路の壁を突き破る。

 

道路を乗り越えてしまい、下の道路にまで落下。

 

地面に叩きつけられた車両は大破。

 

「ぐっ…まだよ…もう少しでたどり着く……」

 

ハイハイの体で横転した車両から出てきたのは、額から血を流すほむらの姿。

 

頭上を見上げれば、追撃してきた使い魔の攻撃。

 

「いい加減にしなさい!」

 

M16A2アサルトライフルを構えて放つ。

 

使い魔を撃ち倒し、起き上がった彼女が道路を走り抜けていく。

 

目的地はビルの屋上にシートで隠している最後の抵抗兵器。

 

「やっと着いた…」

 

目的地のビルに入りこむ。

 

しかし、追手も次々と入りこんできた。

 

大きなエントランスホールで2階に視線を移す使い魔達。

 

そこで見た、ほむらの姿とは? 

 

「網にかかったわね」

 

地面に置かれた弾薬箱。

 

給弾ベルトが伸びる先には、ミニガンを構えた彼女の姿。

 

「うあああぁ────────ッッ!!!!」

 

銃身が回転。

 

秒間100発の射撃音が一気にエントランスホールに響き渡る。

 

鈍化した短い時間。

 

マズルフラッシュが噴き上がる様。

 

薬莢が大量に宙を浮かんでいく。

 

大勢の使い魔達が薙ぎ払われていく光景。

 

弾薬箱の中身を使い切り、銃身がカラカラと回転。

 

その頃には、入り込んだ使い魔達は全滅していた。

 

「ハァ!ハァ!ハァ…追手もこれで最後にして」

 

ミニガンを投げ捨て、エレベーターに入りこむ。

 

天井をショットガンで破壊、上に飛び移る。

 

メインロープを掴み、ショットガンの銃撃で片方のロープを切断。

 

「ぐっ!!」

 

反対側のエレベーターが落下。

 

一気に屋上まで昇っていく。

 

エレベーターのドアを蹴破り外に着地。

 

「………………」

 

右手からは血が流れ落ちていく。

 

手の皮が全て擦り剥けている痛々しい姿。

 

傷も顧みず、屋上にシートで隠してあった兵器を開放。

 

現れた兵器とは、広域防空用地対空ミサイルシステム。

 

20-35kmの範囲を防御出来る。

 

「このミサイルで他の街に向けて押し出す……」

 

出来なければ、万策尽きる。

 

「お願いよ…他の人は守れなくても!」

 

──まどかと家族だけは……守らせて!! 

 

4発のミサイルがワルプルギスの夜に向けて発射。

 

大魔女の側面に迫っていく。

 

街から押し出せたら…風見野市にでも流れてくれるか? 

 

暁美ほむらは、人間の守護者などではない。

 

鹿目まどかの守護者でしかなかった。

 

ワルプルギスの夜は既に、地を這う虫けらの存在には気づいている。

 

ドレスをこれ以上汚されたくない魔女がとった行動。

 

「そ……そんな!!」

 

ミサイルを体で受け止めもせず、周りに浮遊させていた高層ビルを盾にした。

 

ワルプルギスの夜は高速道路を進んでいく。

 

大勢の命を刈り取るために。

 

「このままじゃまどかは…それに3人の家族も…」

 

激しい無力感と絶望がほむらを襲う。

 

そんな彼女に目掛けて、使い魔達は容赦なく襲いかかってくる。

 

「まだよ……まだ私はやれる!!」

 

屋上から大きく跳躍。

 

ビルを飛び越えながら89式小銃を取り出し、使い魔を相手に応戦しながら避難所に向かう。

 

「せめてまどか達だけでも…」

 

時間停止魔法を使って避難させる腹づもりだ。

 

残された人間の命など彼女は救わない、救えない。

 

虫けらの相手も飽きたようだ。

 

ワルプルギスの夜は暴風を生み出し、高層ビルを千切りながら巻き上げる。

 

そのうちの一つがほむらに向けて勢いよく落ちてきた。

 

「くっ!!」

 

円盤盾の時間停止魔法を使って避けようとしたが……。

 

「そんなっ!?」

 

魔法は何故か使えない。

 

魔法盾の砂時計に納められていた赤い砂は、既に落ちきっていた。

 

もはやこの盾の使い道は、砂時計を逆回転させるのみ。

 

違う時間軸に逃げ、この世界を見捨てる事を意味する。

 

巨大ビルが迫り、背後にも高層ビル。

 

「あぁっ!!!」

 

彼女の体が高層ビルとビルの間で挟まれ、潰されていく。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

崩壊する高層ビルの瓦礫の中に閉じ込められた。

 

足は瓦礫に挟まれて身動きもとれない。

 

ワルプルギスの夜は遠ざかっていく。

 

「このままでは……また……」

 

今までの平行世界の末路と同じく、まどかを含めた大勢が死ぬのみ。

 

しかし、この世界はかつての平行世界とは違う。

 

始まりの悪夢の中に存在した人物は語った。

 

 ──君の長かった旅は、この世界で終わる──

 

彼女が未だ気がついていない存在達が、この世界線には存在する。

 

「えっ……?私は、何が見えているの……?」

 

遠ざかっていた筈の大魔女の姿が、静止している。

 

傷の痛みも忘れるほどの鳥肌が立つ。

 

ワルプルギスの夜など、虫ケラ以下に思えてしまう程の恐怖が街を覆い尽くす。

 

「この恐ろしい魔力…たしか、悪夢の世界で感じた事があった気が…」

 

ワルプルギスの夜も感じている。

 

あまりにも理不尽であり次元が違う高次元存在。

 

例え大魔女の半回転が終わり、最大の力を発揮出来ても太刀打ちなど出来ない。

 

こんな存在は戯曲にはなかった。

 

 舞台を乱す、ありえない乱入者が直ぐ近くにいる。

 

「どうして……動かないの……?」

 

ワルプルギスの夜は空の上に佇む。

 

地上を見下ろす形で沈黙を続けていた。

 

「どうする……?戦う力など…もう私には残っていない…」

 

あのワルプルギスの夜を遥かに超える程の恐怖存在。

 

だが、その存在がこの街を助けてくれる保障など何処にもない。

 

下手をすれば、ワルプルギスの夜と共にこの街どころか世界さえ滅ぼしかねない。

 

「イレギュラー過ぎる世界よ…この世界も…見切りをつけるしか……」

 

円盤盾の6と9を逆回転させようとした時……。

 

インキュベーターに言われた言葉が頭に過る。

 

(繰り返せば……それだけまどかの因果が増える)

 

己の罪を増やし続け、まどかを苦しめて来た。

 

自責の念が彼女を絶望へと導いていく。

 

ついにほむらのソウルジェムは、絶望に染まってしまった。

 

(私がやってきたことは……結局……)

 

もう罪を繰り返したくないと、観念した。

 

円盤盾から手を離し、魔女に成り果てる覚悟を決める。

 

終わりを受け入れようと目を閉じ、涙が溢れた時……。

 

「……もういいんだよ、ほむらちゃん」

 

絶望に染まろうとしたソウルジェムが飾られた左手。

 

その手に誰かの温もりを感じようだ。

 

「あ……その声は……」

 

──まどか……? 

 

彼女の横にはインキュベーターの姿。

 

最悪の瞬間が訪れるのだ。

 

「まどか……まさか……」

 

「……ごめんね」

 

魔法少女の残酷極まった世界を最後まで見届けた『人間』の決意。

 

鹿目まどかの物語が、終わりを迎えようとしている。

 

見届ける事となるのはインキュベーターと暁美ほむら。

 

…それだけではない。

 

突然現れた謎の存在も、彼女の最後を見届けるだろう。

 

そしてこの街に現れた、もう1人の人物。

 

誰かを探し求めて彷徨い続けた、黒いトレンチコートを纏う人物。

 

人修羅と呼ばれた、悪魔であった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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48話 コトワリの神

5月某日。

 

聖探偵事務所に電話の音が鳴り響く。

 

「はい、聖探偵事務所です」

 

事務員の間桐瑠偉が電話を応対する。

 

「依頼の件ですか?…違う?彼は今、出かけておりますので代わりに要件をお伺いします」

 

電話の声は、まだ声変わりして間もない少女のような印象。

 

声の主は誰なのか、伝えたい内容は何なのか。

 

瑠偉には分かっていた。

 

知っているが、とぼけて知らないフリ。

 

「……またかけ直す」

 

電話は切られたが、それ以降電話は鳴ってこなかった。

 

………………。

 

5月15日の夕方。

 

ガレージ事務所の外には、備え付けられた郵便箱が見える。

 

溜まり込んでいた中身を取り出し、ガレージ事務所2階に持ち込む尚紀の姿。

 

郵便物の内容を確認していたのだが……。

 

「……変わった封筒だな」

 

裏面には送り主の住所と名前は記載されていない。

 

封を開けて中身を確認。

 

中には一通の手紙。

 

無表情で手紙の内容を読んでいた尚紀だったが……。

 

顔の表情が険しくなっていく。

 

突然デスク椅子から立ち上がり、声を荒げた。

 

「今日は早退する!!俺は何日か帰らないかもしれない!!」

 

「おい!いきなりどうしたんだよ!?」

 

「瑠偉!!悪いがまた車を貸してくれ!!」

 

手紙の内容と送り主が誰なのかは、彼女は察している。

 

意味深に微笑み、車のスマートキーを投げ渡した。

 

事務所ガレージに駐めてある瑠偉の車。

 

彼女の車に見えたのは()()()()()()()()のエンブレム。

 

創設者生誕100年を記念して製造・販売されたチェンテナリオ・ロードスター。

 

車体の色はまるで()()()()()で染められたように真紅。

 

オープン天井から飛び乗り、エンジンスイッチを押す。

 

凶暴な牛の如きエンジンが始動。

 

シャッターをスマホ操作で開け、同時にエンジンを唸らせる。

 

上がり切ると同時に車は一気に急発進。

 

東京から見滝原市に向かう高速道路に向けて、猛スピードで走行していった。

 

様子を2階事務所出入り口から見つめていた丈二は大きな溜息。

 

両手をオーバーにあげるリアクションをとりながら、横の瑠偉に愚痴を零す。

 

「血相変えて……一体なんだってんだ?」

 

「フフ……きっと大切な人に会いに行ったのよ」

 

腕を組んで見送った瑠偉。

 

彼が大切に思う人の結末は知っていた。

 

「……雲行きが怪しい。今夜は大荒れになるな……」

 

見滝原市についた頃には巨大な積乱雲が夜空を覆い尽くす。

 

24時間営業の機械式駐車場に入り、ガルウィングドアを開けて降り車を停車。

 

車が駐車場建物上部に登っていく頃には、空から雨粒が落ちてきた。

 

雨粒の勢いはどんどん酷くなり大雨化。

 

強風が吹き荒れ、雷も酷くなっていく。

 

「杏子……頼む!!生きていてくれぇ!!」

 

大雨と強風に晒されながらも駆けていくずぶ濡れ姿。

 

杏子の魔力を探り、必死になって見滝原中を駆け巡った。

 

────────────────────────────────

 

──尚紀、最後になると思うけど……あたしの気持ちを手紙で綴ろうと思う。

 

──ありがとう……あたしの犯した罪を、あんたが代わりに背負ってくれた。

 

──やっぱり尚紀はあたしの家族。

 

──あたし達家族が苦しんでいた時は……いつだって助けてくれた。

 

──それをあんな風に罵倒して八つ当たりをした事は謝る……ごめんな。

 

──あたしさ、見滝原市に来て……昔に戻れるキッカケに出会えた。

 

──この街で新しく生まれた魔法少女、美樹さやかっていうお人好しのバカと出会った。

 

──自分よりも他人を優先したくせに、本当は自分にも見返りが欲しかったりする。

 

──素直になれない不器用女。

 

──最初は腹が立って戦ったけど、さやかを見てると昔の自分を思い出せた。

 

──マミと一緒に戦っていた頃の、誰かを守る為に戦う魔法少女だった頃をさ。

 

──その生き方は捨てたのに、さやかを見ていると思い出さずにいられない。

 

──本当はあたしね、ああいう風に生きたかったんだ……マミと一緒に。

 

──でも魔法少女の世界がそれを許さなかった。

 

──希望と絶望は表裏一体……差し引き0で必ず帰ってくる。

 

──誰も因果からは逃れられない、その結果は尚紀も知っての通りだよ。

 

──それでも……捨てたとしても、どうしても色褪せないんだ。

 

──希望を信じて、戦い続けた日々がね。

 

──純粋に生きる事が出来た、あの時代を忘れられるはずがなかった。

 

──みんな、そう生きたかったはずなんだ。

 

──それでも、誰かを呪わずにはいられない残酷な因果がやってくる。

 

──希望を願った原因が、結果として呪いで終わりを迎える法則に支配された魔法少女。

 

──それでも信じてみたいんだ……。

 

──希望を信じて、この道を歩んだ最初の自分の気持ちをさ。

 

──さやかも魔法少女の因果法則に飲み込まれて、呪いを撒き散らす魔女に成り果てた。

 

──あたしは美樹さやかを救いたい。

 

──希望なんて絶対に存在しないだなんて……認めたくない。

 

──本当は理解してる……そんな美味い話が転がっているはずがないって。

 

──でも、もう一度確かめてみたい。

 

──希望を信じ、魔法少女として生きた自分達が……間違っていたかどうかを。

 

──なんで美樹さやかに固執するか不思議だって思うだろうけど……。

 

──あいつを見て……風姉ちゃんを思い出せた。

 

──あの人も見返りなんて求めない生き方を貫いて、たった一人で戦い抜いた。

 

──人生に何一つ残せないまま……亡くなった。

 

──自分を犠牲にした生き方なんて不器用だって言われても、従わなかった。

 

──誰かに慈しみを与え、見返りを求めない人生を生き抜いた……あの人が大好きだった。

 

──だから支えてあげたいんだ。

 

──尚紀が風姉ちゃんを支えたように、さやかをあたしがずっと支えてあげたい。

 

──風実風華って人間と、美樹さやかって人間がダブって見えて気がついた。

 

──あたしは……あんな風に生きる人生が欲しかったんだって。

 

──なぁ、尚紀……あたし達魔法少女って存在には……救いなんてないのかな? 

 

──それを確かめる為に、あたしは無謀な賭けに向かう。

 

──きっとあたしは生きて帰れないって思う。

 

──けどさ、もしもあたしがさやかを救えたらこう思って欲しい。

 

──魔法少女って存在も……()()()()()()()()()ってさ。

 

──本当にありがとう、あんたがうちに来てくれた事を心から嬉しく思うよ。

 

──あたしとモモ、父さん母さんにとって……。

 

──最高の家族だった。

 

────────────────────────────────

 

深夜にも関わらず、避難警報放送が市内に響き続ける。

 

雷雨と強風が巻き起こるスーパーセルに飲み込まれた見滝原市。

 

避難所に向かう人混みをかき分ける尚紀は、杏子の魔力を探し続けた。

 

「どこだ……この街にいるはずだろ!!」

 

住宅区、工業区、そして商業区を駆け巡っていく。

 

彼女の名を叫び続けても、返事は帰らない。

 

唯一見つけた魔力反応。

 

魔力の出処は開けた路地裏だった。

 

米軍車両にシートを被せようとしている小柄な魔法少女の姿。

 

(……違う)

 

影に視線を感じたのか、ほむらが後ろを振り向く。

 

「誰っ!?」

 

彼の姿は既に消えていた。

 

見滝原市全域を探し続けたが、見つけられた魔法少女は暁美ほむら1人。

 

最悪の事態が起きたのだと、思考が支配されていく。

 

「……認めない。まだ俺は……認めたくない!!」

 

スーパーセルが吹き荒れる中、夜通し探し続ける尚紀の姿。

 

日が昇る頃には大雨も沈静化していた。

 

見滝原市庁舎前に大きく整備された噴水公園。

 

遊歩道を歩いていた彼はついにその足を止め、力なく両膝を地面についた。

 

ずっと心の中で否定し続けた結論、もはやそれ以外に答えはない。

 

「杏子……お前は悪魔に、裁きを与える存在じゃなかったのか?」

 

最後の家族だった佐倉杏子は……死んだ。

 

「なぜ……俺を置いて逝った?」

 

遊歩道の左に見えるのは森林。

 

大雨から羽根を休めていた白鳩達が一斉に飛び立つ光景。

 

力なく膝立つ空の上を飛び、羽根が舞い降りた。

 

「また……失った……」

 

──ヨハネ福音書1:32

 

──ヨハネはまたあかしをして言った

 

──わたしは、『御霊がはと』のように天から下って

 

──彼の上にとどまるのを見た。

 

「一体どれだけ…大切な人達を失えばいい?どれだけ…守りたいと思った人を失えばいい?」

 

悪魔はどれだけ、理不尽に抗えばいい? 

 

悪魔はどれだけ、運命を呪えばいい? 

 

どれだけ……? 

 

どれだけ……? 

 

「……ふざけるな……ふざけるな馬鹿野郎ぉぉぉ──ッッ!!!!」

 

両拳で鉄槌を地面に叩き落とす姿。

 

砕けた地面に対してさらに額をぶつけ、項垂れてしまった。

 

「みんなが俺を……置いて逝く!!」

 

両目からは枯れ果ててなお絞り出されていく涙。

 

「どうして俺が遠ざかっても……誰も生きていてさえくれないッ!!?」

 

大いなる神に呪われた悪魔。

 

その者と深く関わった者達は……焼き尽くされていく。

 

「俺は…炎を運ぶ者だ…。だからこそ、何も求めず遠くに去ったのに……」

 

それでも運命は、彼から大切な人を奪っていく。

 

「杏子ぉぉぉ──────ッッ!!!!!」

 

天に向かい、悪魔は慟哭の雄叫びを。

 

天からは、無慈悲なまでに美しい白鳩の羽根を。

 

「死の安らぎを与えられるべきは悪魔だろ!!なぜこうも生きていて欲しかった人達を奪う!?」

 

これもまた、大いなる神が与えた呪いか? 

 

白鳩。

 

ユダヤ・キリスト教にとって、三位一体と同一視される聖なる聖霊。

 

御父、御子、それらを繋げる白鳩の聖霊として描かれた宗教画は『主の洗礼』という。

 

白鳩の象徴としてユダヤ・キリスト教では、こう語られている。

 

『平和』

 

『愛』

 

『色欲』

 

『清純さ』

 

『聖霊』

 

そして、『神への犠牲』

 

聖霊としての白鳩は、神の言葉を伝える使者。

 

グレゴリオ聖歌

 

『来たり給え、創造主なる聖霊よ』

 

──主なる神に仇なす悪魔を、嘲笑うために。

 

「なぜ俺の愛した人達が……消え去っていくんだぁ──ッッ!!!!」

 

大いなる神の言霊が響く。

 

<<お前が、呪われた悪魔だからだ>>

 

────────────────────────────────

 

午前七時まで、残すところあと僅か。

 

噴水公園の階段で力なく座り込んでいた尚紀。

 

感じたことがない二つの魔力が近づいてきている。

 

魔法少女の魔力であろう事は分かっていた。

 

だが、相手をする気力もなく項垂れたまま。

 

下から階段を登ってきた二人の姿が、階段の踊り場で立ち止まった。

 

上の段差に座る尚紀を見上げてきた1人が、口を開く。

 

「やぁ、ずぶ濡れのお兄さん。君は避難しないのかい?」

 

黒髪ショートヘアー、右目には黒い眼帯。

 

長いブラウスやジャケットの裾で前と後ろは隠れている姿。

 

手が隠れて見えないほど長い袖の中は、白い手袋をした手。

 

「………………」

 

黒い魔法少女がフランクに声をかけてきたのだが、彼は何も答えない。

 

答える気力もなく、目の前の魔法少女達など眼中にない。

 

「……貴方は、東京で人修羅と呼ばれし者ですね?」

 

悪魔としての通り名を言われた尚紀は、思いがけず顔を上げる。

 

純白のショールの付いた帽子を被り、白いロングドレスを身に纏う魔法少女姿。

 

白い貴婦人を思わせる少女に対し、彼は威圧的な視線を向けた。

 

「このお兄さんを知っているのかい、織莉子?」

 

「ええ、キリカ……。この男を予知夢で見ました」

 

織莉子と呼ばれた名前を聞き、彼はふと思い出す。

 

何ヶ月か前の事務所でのやり取り内容が頭を過ぎったようだ。

 

────────────────────────────────

 

「見滝原市の現職議員が起こした汚職事件か……」

 

ニュース記事をスマホで見ていた尚紀が呟く。

 

「ああ、あの記事なら俺も見たな」

 

聞こえていたのか、所長の丈二も口を開いた。

 

「確か、市議会議員の美国久臣(みくにひさおみ)がやらかしたって話だな」

 

「汚職ねぇ…。職権を乱用して横領か収賄でもやらかしたの?」

 

瑠偉も会話に入ってくる。

 

「特定の建設事業者を優遇し、多額の仲介手数料を不正に得たとして起訴されたようだ」

 

「久臣議員ってたしか、国会議員に出馬を表明していた奴だったな」

 

「選挙資金は莫大にかかるわ。それを手に入れる為の不正行為ってわけね」

 

「奴さん、一貫して無罪を主張していたようだ。私は陰謀の被害者だーって」

 

「美国家は政治家一族の名士。久臣議員の父は総理大臣になった人物よ」

 

「美国修一郎元総理大臣だったか?2001年から2006年まで総理大臣やってたな」

 

「大衆受けした人物だけど、彼の政治は一匹狼タイプだったわね」

 

「政策の邪魔をする者は切り捨て、利用価値のある者だけを残す冷酷な総理だったよ」

 

「この国の与党をぶっ壊す!それが彼のキャッチコピーだったわ」

 

「痛みを伴う構造改革…国民に戦後最悪の痛みを強いる経済政策を実行した奴さ」

 

「そんな冷酷な元総理が、久臣議員の父親ってわけか」

 

「一族から切り捨てられる光景が目に浮かぶよ」

 

「今回の件で久臣議員を切り捨てたのは修一郎元総理じゃないわ。彼はもう他界してるし」

 

「なら、誰がするんだ?」

 

「今の美国一族の当主は久臣議員の兄、美国公秀(みくにきみひで)よ」

 

「あいつも冷酷な国会議員だからなぁ……末路は同じか」

 

「久臣議員は美国家の分家筋ってわけか」

 

「そうね。修一郎元総理が残した豪邸を継いで、家族の住まいとしていたみたい」

 

「名士一族とはいえ、市議会議員の給料で豪邸暮らし? ありえないだろ」

 

「ええ、ありえない。久臣一家はただの中流階級暮らしよ」

 

「あの議員も資産家ではなく、前の職業は弁護士に過ぎなかったしなぁ」

 

「最初に切り捨てたのは修一郎元総理。優秀な長男を選び、無能な次男を捨てたのよ」

 

「本家の敷居を跨ぐ事も許されなかったそうだ」

 

「本家から切り捨てられ、落ちぶれた上で見栄を張ってきた奴か……」

 

「父親に捨てられ、兄からも捨てられる。救いようもない奴さ」

 

「きっとこの事件も……本家に対する劣等感が動機の中にあったのかもしれないわね」

 

「あるいは……久臣議員の言葉の通り、何かの陰謀があったかだな」

 

「どの道、真相は裁判で語られるさ」

 

 それから何ヶ月か過ぎ、年を超えた3月。

 

「………………」

 

「おい、聞いてるのか……尚紀?」

 

「……すまない、聞いてなかった」

 

「去年の秋、ここで語り合った汚職議員の話だよ」

 

「あの話か。裁判はまだ先だったろ?」

 

「美国久臣議員がな……自宅で首吊り死体として発見されたって話をしてたんだよ」

 

「どういう事だよ……?」

 

「さぁな……罪に耐えきれなくて自決したとしか思えんよ」

 

「久臣議員に家族はいないのか?」

 

「それなんだよ、尚紀」

 

「何がだ?」

 

「この話はニュース記事をスマホで見て知ったんだが…この記事書いた記者は糞野郎だ」

 

「どういう事だよ?」

 

「……1人娘の名前を、記事で晒しやがった」

 

「放送法が甘い証拠だな……。日本の報道モラルは酷過ぎるってのは知ってたよ」

 

「晒された子供の名前はな…美国織莉子だ。まだ中学生だってのに、哀れなもんだ」

 

「美国織莉子……」

 

「親族の子供の実名報道なんてあっちゃならねぇよ。それがどんな事態を招くか分かるだろ?」

 

「全国規模の国民に責められ、心無い嫌がらせを毎日のように受ける事になるな……」

 

「全てはメディアの利益優先主義。情報消費者好みの他人の不幸を娯楽として提供するのさ」

 

「芸能人の不祥事を何週間も報道し、親族にまで蛇のように食らいついて晒す連中だからな」

 

「全てはモラル無き資本主義・拝金主義ってやつさ」

 

────────────────────────────────

 

「会った事もない俺を知っているという事は、それがお前の固有魔法とやらか?」

 

おそらくは『未来予知』

 

ニコラス・フラメルの魔石を使用する未来予知と酷似している。

 

「悪夢の予知夢で、私は識った」

 

「何をだ?」

 

「東京で行われた大虐殺…ワルプルギスの夜の惨劇を実行した、魔法少女の虐殺者」

 

「そこまで識っているのなら、俺の正体を語るまでもないな」

 

「金色と赤き瞳を持ちし獣は、殺戮の限りを尽くした……人なる修羅」

 

──悪魔。

 

魔法少女の虐殺者。

 

その言葉に反応したキリカと呼ばれた魔法少女。

 

目つきが鋭くなり、いつでも臨戦態勢の構え。

 

両手の手が見えない程長い白い袖から現れる、何本にも束ねた赤黒く光し鎌。

 

「……武器を抜いたな?」

 

キリカに対し、尚紀の目が殺意を帯びていく。

 

「待ちなさいキリカ!戦っては駄目です!!」

 

右手で横にいるキリカを制し、戦いを止める。

 

「こいつは私達を虐殺する奴なんでしょ!?ほっといたら…織莉子や小巻を殺しに来る!」

 

「大丈夫……争う意思さえ見せなければ、この悪魔は襲ってきません」

 

「で、でもさぁ……」

 

「そしてまだこの街は……悪魔の思想による蹂躙は受けていません」

 

小巻と呼ばれた人物もまた、魔法少女なのだろう。

 

「お前達は、この街の魔法少女か?」

 

「そうですが、私達は見滝原市内を守護する魔法少女ではありません」

 

「どういう事だよ」

 

「新たに開発されている政治行政区と、市郊外に開発された高級住宅街を中心に活動してます」

 

「政治行政区と郊外の高級住宅街……そんな地区もあったんだな」

 

「見滝原市政を司る市庁舎とは別の存在です。海沿いに面した政治行政区になります」

 

「面積は大きくないけど、たしかナガタ町?カスミガセキ?それぐらいの規模になるんだっけ?」

 

「フフッ♪私が教えた知識をちゃんと覚えてくれていて嬉しいわ、キリカ」

 

「織莉子の言葉情報だけが、頭の記録媒体にデータとして詰め込めれるのさ」

 

(日本首都の政治行政に代われる程の都市か……何か裏がありそうだ)

 

「私は政治家一族の者です。政治に関わる地区を守る事もまた、私の運命なのでしょう」

 

「俺も政治に目覚めた者だ。この街の魔法少女達もまた、俺の政治思想の洗礼を受ける」

 

「その時は…抗うまでです。しかしそれは、この世界での出来事にはならないでしょう」

 

「この世界での出来事には、ならないだと……?」

 

「織莉子、こんな恐ろしい奴を相手するのはやめようよ」

 

「そうね、キリカ。無駄話が過ぎたわ」

 

「心静かに、この世界が改変される瞬間が見れる場所に赴こう」

 

「世界が改変される……?」

 

「私が見えた未来とは、この世界が救われる光景です」

 

「世界が救われる……」

 

「もっとも私の魔法では、違う世界の未来がどうなるかまでは……分からない」

 

「違う世界に辿り着けた時はさ、目の前の怖いお兄さんとは関わらない未来になる事を願うよ」

 

「避難した妹さんが心配で来れなかった小巻さんの分まで……見届けましょう」

 

未来を見通す力を持った白い魔法少女は、一体どんな未来を見たというのか? 

 

無駄話を続けていたが、大気が震える程の魔力波動が顕現。

 

3人は工業区の方角に顔を向けた。

 

「現れましたね、ワルプルギスの夜が……」

 

「随分と落ち着いてるな。お前達はワルプルギスの夜とは戦わないのか?」

 

「私達の役目は、この救済が近づいた世界にはもう無いのです」

 

 意味深な言葉を残し、2人の魔法少女は階段を登っていく。

 

 横を通り過ぎた時、彼は1つだけ質問した。

 

「……世界が救われる改変とはなんだ?」

 

足を止めた白い魔法少女。

 

美国織莉子は振り向きもせずに言った言葉。

 

「もうすぐ現れます。希望を願いながらも、絶望を撒き散らす存在となりし者達を救う……」

 

──()()()()の神。

 

二人は暁美ほむらの戦いがよく見える市庁舎に向けて歩いていく。

 

階段から立ち上がる尚紀の姿。

 

彼女達の後ろ姿を見送る表情は……驚愕に包まれていた。

 

────────────────────────────────

 

コトワリの神。

 

それは忘れられない神の名称。

 

流れ着いた世界で再び聞く事になるとは、彼は思わなかった。

 

【理(コトワリ)】

 

それは物事の動く道理・理屈。

 

世界運行の物理法則も、生物の思考・行動の法則もことごとく何らかの理で動いている。

 

ただ、その決まりごとに我々が気付けるか否かだけなのだ。

 

………………。

 

かつてあった世界において、東京受胎という一大カタストロフィが起きた。

 

球体となる東京の外側は宇宙を含めて消滅。

 

東京の住人さえも死滅していった。

 

永遠に忘れられない、1つの宇宙の終わり。

 

ボルテクス界と化した混沌世界では、次なる世界における行動の根本原理が求められる。

 

コトワリを思い定め、創世の光カグツチの力を開放するべく複数の勢力が相争う事になった。

 

欲望であれ、総合的視野であれ、人や悪魔は己の行動を方向付ける何かが必要だった。

 

人の生きる心の在り方の再構築。

 

それが、人修羅がかつて生きたボルテクス界の戦い。

 

………………。

 

東京受胎後のボルテクス界で生まれた3つのコトワリ。

 

『シジマ』

 

『ムスビ』

 

『ヨスガ』

 

それら3つの思想を啓いたのは、3人の人間達。

 

『氷川』

 

サイバース・コミュニケーションという通信大手企業のチーフ・テクニカル・オフィサー。

 

そしてガイア教徒でもあった人物。

 

シジマの思想を後に生み出す存在であった。

 

【シジマ(静寂)】

 

一切の無駄を省き、人類を世界の歯車に帰す思想。

 

人間の欲望を否定し、無機質な世界へと導く社会全体主義思想。

 

ボルテクス界においてマントラ軍と対立するニヒロ機構の総司令氷川が啓いたコトワリ。

 

様々な悪魔勢力を出し抜き、一大勢力となった。

 

後に氷川は国会議事堂に隠されていた莫大なマガツヒを用いて神を召喚。

 

シジマのコトワリを掲げた者と融合を果たした神の名は、『魔王アーリマン』

 

シジマのコトワリに賛同して集まったニヒロ機構の悪魔軍団だが、不自然である。

 

人間の欲望を肯定し、自由の権化とも呼べる悪魔……堕天使の軍勢であった。

 

………………。

 

『勇』

 

ファッションを気にする傾向が強く、周りに流されやすいお調子者なムードメーカー。

 

尚紀と同じクラスの担任である高尾 祐子に惚れ込む年上女性が好きな面を持つ。

 

後に人修羅となった尚紀とはぐれてボルテクス界を放浪した。

 

勇はコトワリを啓きたいマントラ軍に拉致され、カブキチョウ捕囚所にて拷問を受けた。

 

心が壊れた勇は悟る。

 

世界は崩壊し、誰も助けに来ないことを。

 

そして彼は啓いた。

 

自分の世界に閉じ籠もる思想を。

 

【ムスビ(結)】

 

全ての物事を自分一人で完結させる隔絶社会思想。

 

極まった個人主義とも呼べた。

 

ボルテクス界から逃げ出し、アマラ経絡と呼ばれた世界に引き篭もった勇。

 

彼はそこで同じ思想を持つ思念体達を己に取り込み、人修羅と同じく魔人化を果たす。

 

魔人となった勇はアマラ神殿のマガツヒを用いてコトワリの神を召喚。

 

ムスビのコトワリを掲げた者と融合を果たした神の名は、『邪神ノア』

 

ムスビのコトワリは矛盾していた。

 

隔絶社会を目指すと唄いながらも、アマラ経路に巣食う思念体を体に寄生させる。

 

異世界の神に縋る。

 

勇の理屈の要は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが主眼。

 

他の面々とは異なり悪魔を配下としない隔絶主義。

 

ムスビ勢力は、コトワリ勢力争いでは限りなく弱かった。

 

………………。

 

『千晶』

 

自分にも他人にも強さを求める厳しい性格をした名家のお嬢様。

 

プライドも高く、負けず嫌いな勝ち気少女。

 

崩壊後の世界に放り出されても、彼女は他人に頼らない道を選んだ。

 

その後、自由と強さに支配された世界を見続けた末に悟る。

 

今まで生きた世界とは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと。

 

そして彼女は啓いた。

 

力だけを全てとする弱肉強食の思想を。

 

【ヨスガ(縁)】

 

上昇志向を持つ優れた者だけが生き残るべきという思想。

 

理不尽に屈服しない力ある者こそが美しく、流されるだけの弱者を切り捨て淘汰する。

 

力強き意志、そして己の強さこそが全てとする価値観。

 

しかし彼女は無力な人間であり、己の思想にとっては切り捨てられるべき存在。

 

力を求めたが悪魔に傷つけられ、右腕を失う弱さを見せた。

 

その後、崩壊したマントラ軍の長たるゴズテンノウに力を与えられた際に魔人化。

 

マントラ軍の新たなる長として『魔丞』と呼ばれる地位を得た。

 

魔人となった千晶は配下を引き連れてマネカタ達を襲撃。

 

弱き存在達を大虐殺を行った末、彼らが隠していたミフナシロのマガツヒを奪う。

 

力のコトワリを啓く為に召喚した神の名は、『魔神バアル・アバター』

 

彼女のコトワリに賛同して集まった悪魔達とは、マントラ軍の残党ではない。

 

自由とは真逆の秩序を司りし天使の軍勢であった。

 

………………。

 

『選択せよ』

 

ボルテクス界で生き残った3人の人間達に聞こえた、大いなる神の言葉。

 

コトワリをカグツチに示せという神の啓示。

 

大いなる神が選びし3人の人間は、コトワリの思想を開いた。

 

コトワリを実現させる神の力を手に入れた3勢力。

 

球体世界中央に光輝く無限光カグツチを目指す戦いが始まるのだ。

 

………………。

 

大いなる神に選ばれず、コトワリを開く事が出来なかった人間がいた。

 

創生の巫女と呼ばれた女性だ。

 

『高尾祐子』

 

尚紀、千晶、勇のクラスを担任した女教師。

 

現在の世界を憂うだけだった彼女は、氷川の創生に協力した。

 

しかし、その思想を受け入れられずに離反する。

 

彼女はニヒロ機構の拠点で悪魔達からマガツヒを搾取する装置の人柱とされた。

 

人修羅と化した尚紀に救われた過去をもつ。

 

その際、ニヒロ機構が集めた莫大なマガツヒによって『異邦の異神』が召喚されてしまう。

 

召喚された神の名は、『異神アラディア』

 

異神と融合を果たした祐子であったが不安定であり、コトワリさえ啓けない。

 

原因は彼女自身。

 

世界がどうあるべきかという考えさえ持たない空っぽな思考。

 

彼女は『思想を持っていなかった』

 

祐子はかつてあった世界から()()()()()()()()だけの弱き存在に過ぎなかった。

 

拒絶は酷くなり、ついには彼女の体からアラディアは切り離された。

 

あるいは、アラディアに捨てられたか。

 

コトワリも啓けず、神も失った祐子は氷川によって消滅させられる結果となった。

 

その光景を目撃し、助ける事さえ出来なかったのは……人修羅と呼ばれし尚紀。

 

かつての世界の自由も、可能性も、信じていなかった女の末路。

 

これがかつてあった世界に存在した……コトワリの神々の物語。

 

………………。

 

ボルテクス界から去った異神は、このような言葉を残している。

 

──女よ、かの地にて待たんや。

 

──希望こそ、かの地への道なり。

 

異邦の異神とは、何者だったのか? 

 

自由も可能性も信じなかった女性を捨て、何処の世界に旅立ったのか? 

 

異神が残した言葉である希望とは? 

 

かの地とは? 

 

それはおそらく……人修羅が流れ着いたこの世界において……。

 

語られる事となるだろう。

 




読んで頂き、有難うございます。


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49話 円環のコトワリ

避難所には市民が大量に押し寄せ、いつ去るか分からない天災に怯えていた。

 

体育館のように広い場所では、深夜避難もあり布団などの寝具が市から提供されたようだ。

 

各自布団が敷かれたエリアに座る光景が広がっている。

 

人混みの中には、鹿目まどかの家族達もいた。

 

体育座りをしていたまどかだったが立ち上がり、室内を移動。

 

防災センター2階廊下の窓から外の荒れ様を見つめ続けた。

 

彼女の足元には、インキュベーターの姿。

 

「……ほむらちゃんは、本当に一人で勝てるの?」

 

「今更言葉にして説くまでもない。見届けてあげるといい、暁美ほむらがどこまでやれるのか」

 

「どうして……そうまでして戦うの?」

 

勝ち目などない。

 

それでも守らせて欲しい。

 

あの時のほむらの強がりが、そう感じさせてしまう。

 

まどかには分からなかった。

 

彼女の本音の言葉が、何を伝えたかったのかを。

 

(どうして私の為に……そこまでして戦ってくれるの?)

 

(ほむらちゃんの歩んできた道のりって何だったの……?)

 

暁美ほむらの旅路、その覚悟。

 

まどかに分かるはずがない。

 

この世界の彼女は、それを()()()()()

 

「彼女がまだ、希望を求めているからさ」

 

暁美ほむらは、いざとなればこの時間軸も無為にして戦い続ける。

 

何度でも性懲り無く、この無意味な連鎖を繰り返す。

 

今の彼女にとって、立ち止まる事と諦める事は同義。

 

何もかもが無駄だった、まどかの運命を変えられないと確信したその瞬間。

 

彼女は絶望に負け、魔女を生み出すグリーフシードとなる。

 

それは暁美ほむらにもわかっている。

 

だから選択肢なんてない。

 

ワルプルギスの夜と勝ち目のあるなしに関わらず、戦い続けるしかない。

 

呪われた時間渡航の旅路。

 

希望を持つ限り、救いはない。

 

それが魔法少女達の法則だと、インキュベーターは冷淡に語り終えた。

 

魔法少女と魔女の世界。

 

その社会を知り、正体を知り、末路を知り、それが繰り返された歴史を知った。

 

ここまで理不尽過ぎる、人間の少女達の心と魂を弄ぶ世界などあってはならない。

 

(魔法少女は……報われるべきだよ。せめて……)

 

──純粋な願いと希望を持って。

 

──絶望を撒き散らす最後を、乗り越えるべきだよ。

 

全ての魔法少女達が、そうあるべきだ。

 

過去・現在・未来の終わりまでの魔法少女達も、そうあるべきだ。

 

魔法少女達は呪われた法則に従わず、()()に生きるべきだ。

 

その()()()が無いのなら、生み出すべきだ。

 

鹿目まどかの中に描かれていくもの、それは思想。

 

【思想】

 

人間が自分と周囲について、あるいは自分が感じ思考出来る物事について抱く纏まった考えの事。

 

直観とは区別され、感じたテーマを基に思索し、直観で得たものを反省的に洗練して言語・言葉として纏める事。

 

政治・経済・金融・宗教、社会に至るまで、思想によって人間の生活は導かれ形作られていく。

 

それは世界をも導く羅針盤ともなるだろう。

 

………………。

 

まどかの頭の中に声が響く。

 

──選択せよ。

 

インキュベーターとは違うが、それと同じぐらい感情を感じられない無機質な声。

 

まどかの手がギュッと握り締められ、涙を払う。

 

覚悟は決まったようだ。

 

「おい……何処に行こうってんだ?」

 

「ママ……」

 

彼女の前に立ちはだかったのは鹿目詢子。

 

家族に何を隠していると問い詰める母の姿。

 

彼女は友達を助けるために今直ぐ外に出かけると言い出す。

 

防災センター職員や警察消防に任せるべきなのだが、彼女は譲る気配を見せない。

 

意固地になって何か()()()()をしようとする気配をした我が子に対し……。

 

母は張り手をくらわせた。

 

「そういう勝手やらかして……周りがどれだけ心配すると思ってんだ!!」

 

自分一人の命ではない。

 

まどかは家族達の最愛の子供。

 

子供の人生を守る為に、詢子がどれだけの苦労を背負い込んだのだろう? 

 

女手1つで大黒柱を努めてきた苦労は、計り知れない。

 

我が子が生まれ抱きしめた、泣くほどの感動。

 

すくすく育ち、歩き始める喜び。

 

学校に入り、友達に巡り会える娘の幸福。

 

その全てが詢子にとって、人生を捧げても構わないほどに愛しかっただろう。

 

それを無駄に()()()()()()()()()危険な行為に走ろうとする娘を止める姿。

 

血の通った親ならば当然だろう。

 

「…解ってる。自分を粗末にしちゃいけないことも、どれだけパパやママに大切にしてもらってるかも…よく解ってる」

 

素直で優しい出来た娘に育ってくれたと感じていた詢子。

 

しかし、ここまでの覚悟をした娘の表情は見たことがない。

 

「だから違うの!私も皆が大切で、絶対に守らなきゃいけないから…」

 

──私にしか出来ない事を、やらなくちゃならないの。

 

我が子を守りたい気持ち、それは自身とは違う他人を守りたい気持ち。

 

詢子の心は、娘の中にも受け継がれていた。

 

誰かを愛し。

 

慈しみ。

 

自分の()()をかけてでも、守りたい優しい心は受け継いでいてくれた。

 

(ああ…やっぱりこの子は、あたしの血を持つ子供なんだ……)

 

詢子は悟った。

 

子は、親の背中を見て育つ。

 

親こそが子供にとって、最高の教育者であり導き手。

 

この子がこの道を選ぶのは、詢子がそれを導く答えが出せる程の優しい心を与えたのだ。

 

我が子の肩を両手で抱き、詢子にとっては()()()()()娘に伝える言葉を送った。

 

「……絶対に下手打ったりしねぇな?……誰かの嘘に踊らされてねぇな?」

 

「……うん」

 

嘘をつく子ではない事は、親である彼女が一番信じなければならないと信じた。

 

我が子の背中を叩いて送り出す。

 

「行ってきな、まどか」

 

「うんっ!ありがとう、ママ……!!」

 

優しき母の血を持てた事を、鹿目まどかは誇りに思った。

 

人間として最後を迎えるだろう道を……駆け抜けていった。

 

────────────────────────────────

 

未だ積乱雲に覆われ、雷槌が落ちる見滝原市商業区。

 

ずぶ濡れの黒いトレンチコートを纏った男の姿も見えた。

 

魔力気配を探りながら、男は状況判断していく。

 

「俺は魔法少女社会と関わると決めた時、決め事をした。魔法少女の魔女狩りには干渉しない」

 

人間社会に危害をもたらす危険性を持った魔法少女達。

 

それでも生きる為に魔女を狩り殺してくれるならば、人間社会から見れば役に立つ面もある。

 

そう考え、魔女と戦う魔法少女達を見物するだけにとどめたようだ。

 

「問題は、使い魔を放置して魔女を養殖する者。それに魔法の力で人間社会を襲う者だ」

 

彼の役目はその者達の監視。

 

人間社会を傷つけるならば排除。

 

魔法少女が相手をしない使い魔の駆除。

 

己にそう役割を与え、東京の魔法少女社会で2年以上戦ってきた。

 

「…今回の魔女は、状況も状況だ。あれ程の魔女ならば…魔法少女が勝てる確率は低い」

 

もし深夜見かけた魔法少女が敗北するとしたら……。

 

もし白と黒の魔法少女達が役目を果たさず、戦わないならば……。

 

「魔法少女が破れたなら…例外として、あの大魔女を俺が一撃で仕留めてやる」

 

状況判断し続ける。

 

遠く離れた工業区から聞こえてくる巨大な爆発音。

 

「きのこ雲だと……?爆風の圧縮波が来るな」

 

人間ならば耳と眼をやられる。

 

近ければ肉が剥がれ、臓器が破裂する。

 

さらに大きな爆風に晒されると、人間としての原形を留めなくなる。

 

忌々しい去年のクリスマスに巻き起こった惨状を思い出さずにはいられない。

 

「深夜見かけた魔法少女はおそらく、アリスと同じく軍隊武器を駆使して戦う奴だな」

 

辺りを見回し、人間がいるか確認。

 

「市民は避難出来ている。後は俺が圧縮波をやり過ごせばいい」

 

悪魔である彼ならば、この程度の圧縮波ではびくともしないだろう。

 

爆風によって高層ビルの窓ガラスが一斉に破壊されていく光景が彼を襲う。

 

割れたガラスの刃は豪雨となって地面に降り注ぐだろう。

 

そんな時、彼の視界に映ってしまったのは……命知らずな人間の姿。

 

「キャァァ──ーッッ!!?」

 

避難警報を無視した空き巣か? 

 

それとも、台風の日にわざわざ外に出る馬鹿者の度胸試しか? 

 

何にせよ、愚かな小娘である事には変わりない。

 

それでも尚紀にとっては、守るべき人間の命。

 

「馬鹿野郎っ!!!」

 

鈍化した世界を駆け巡る尚紀の姿。

 

まどかは上を見上げて悲鳴を上げきる前には刃の雨で死ぬ。

 

ガラスの豪雨は降り注ぎ、地面に叩きつけられ砕けていった。

 

「えっ……?」

 

前方に見えた人影だったが、いつの間にか彼女に覆いかぶさっていた。

 

「あ……あの!?私を……助けてくれたの?」

 

全身を盾にして刃と化したガラスの雨から守ってくれた人物。

 

(この人と出会えてなかったら……私……死んでたよね?)

 

背中の衣服は破片に切り裂かれズタズタであるが、体は無傷。

 

ゆっくりと起き上がる彼の上半身。

 

感謝の言葉を言おうとしたその口が……絶句した。

 

発光した入れ墨を顔に持つ男。

 

金色の瞳を向けてきたのは、人修羅と呼ばれし悪魔の姿。

 

(この人……人間じゃないよね?魔法少女でもない……)

 

人間でも感じられる魔女を超えた威圧感。

 

恐怖に支配された彼女の体は震えていた。

 

「……小娘、死にたくなければ、早く避難所に行け」

 

恐ろしい姿をした人物だったが、彼女の身を案じてくれている。

 

その行動は身を挺して命を守ってくれた。

 

「助けてくれて…ありがとうございます。でも私は…行かないといけないんです」

 

「親の心配を踏み躙り、何処に行く?それはお前の家族の気持ちよりも大事なものか?」

 

詢子と同じ事を責められる。

 

初めて会う人にどう説明したらいいのか分からず、顔を俯向けてしまう。

 

「家族がいる事が当たり前の小娘には分からないだろう」

 

「そ……それは……」

 

「家族を失う事が、どれだけの絶望を残された人々に与えるかを」

 

「………………」

 

まどかがやろうとしている決意。

 

それは、()()()()()()事。

 

(私の願い……それは私自身を滅ぼす事になるかもしれない)

 

それでも、それは彼女にしか出来ない。

 

譲るわけにはいかない気持ちなのだが……。

 

(私は……家族に絶望を与えるの?……パパやママの心を踏み躙る結果を作るの?)

 

「命は1つしかない。お前の人生を必死に守ろうとした人達を踏み躙ってまで…」

 

──お前は、何を望む? 

 

かつての世界においても、この世界においても、大勢を守ろうとした。

 

それと同じだけ失ってきたのが、人修羅と呼ばれた悪魔の人生。

 

残されるのはいつも己のみ。

 

残された人のやり場のない苦しみは、彼が一番理解している。

 

「貴方の言う通りです。私がやろうとしてる事は、家族を絶望に追い込むかもしれない…」

 

「理解出来るならば、早く…」

 

「それでも!それでも私は…大切な友達を守りたいんです!!」

 

「とも…だち……?」

 

「それだけじゃない!その友達と同じ苦しみを背負い、悲しい結末を迎えた人達を救いたい!」

 

彼の脳裏に、守れなかった人達の記憶が過る。

 

(かつての俺と同じように……足掻くのか?)

 

「その決意を固めた経緯は聞かないが、何故そんなにまでして自分を犠牲にする?」

 

「これは…人の道に反する行為です。それでも……聞いて下さい」

 

息を大きく吸い込む。

 

自分の心を最も伝わりやすい言葉で叫ぶ。

 

「だって私は……その人達が大好き!」

 

──絶対に……犠牲になんてさせたくないから!! 

 

…誰も守れなかった者の心に、深く突き刺さった言葉。

 

目の前の少女はただの人間。

 

人間如きがどうなったかは、かつての親友達の末路が証明する。

 

「お前……死ぬぞ」

 

「貴方には……いませんでしたか?」

 

「………………」

 

「たとえ死んでも……守り抜きたいと思った大好きな人達が?」

 

(……勇……千晶……祐子先生……)

 

彼女に道を譲るように体を移動させた尚紀の姿。

 

「お前が守りし者になれるのか、俺が見届けてやる」

 

「行かせて……もらえるんですね?」

 

「そして、その道を選んだせいで…両親に与える事になる絶望の罪を…」

 

──()()()()()()()()()

 

「パパ……ママ……本当にごめんなさい」

 

彼の横を走り抜けていく。

 

「でも、私も貴方達が私を守ってくれたように……」

 

──守りたい人達が……出来たから! 

 

小さな後ろ姿を見送る。

 

彼にはどこか、かつての自分の背中を見ているように感じた。

 

「守りし者とは、失いながらも守り抜く意思を貫く者…」

 

──救いようのない道だぜ、小娘。

 

………………。

 

ほむらの戦いは既に彼女の敗北が決定しているかのような敗走戦。

 

既に商業区が戦場となっていた。

 

直ぐ近くの高層ビル。

 

巨大なビルの瓦礫がぶつけられ、上部が瓦礫の山となるのが見える。

 

ワルプルギスの夜の巨体は既に人修羅の頭上を通り抜けようとしていた。

 

「あの魔法少女が破れたのなら…俺が打って出る」

 

そう考えていた時…。

 

「この魔力は……まさか……!?」

 

忘れる筈がない魔力の顕現。

 

それは、大いなる闇の力。

 

王の中の王と呼ばれし魔王の力。

 

右上のビルの屋上に視線を向ける。

 

屋上に見えたのは、黒いローブとフードで姿を隠した長身の男。

 

「あの男は……まさか!!?」

 

その者は破壊された高層ビルの方角を指差す。

 

指差された方向を振り向いた人修羅の姿。

 

もう一度繰り返される光景を眼にすることになる。

 

ボルテクス界において、大切な親友達が人間をやめ……。

 

()()()()()瞬間が、再び繰り返された。

 

────────────────────────────────

 

そこは白い世界。

 

それが徐々に形となっていく光景。

 

まどかを魔法少女の世界に導いた巴マミの部屋となった。

 

「鹿目さん。それがどんなに恐ろしい願いか、解っているの?」

 

ソファーの前に置かれた机の前に座る…まどかの姿。

 

ケーキと紅茶を出して語りかけてきたのは…死んだマミの姿。

 

ここはまどかが人間であった人生を終える最後の光景。

 

「……たぶん」

 

「そうなれば貴女は、貴女という個体を保てなくなる」

 

「……いいんです、そのつもりです」

 

「死ぬなんて生易しいものではない、未来永劫終わりない魔女を滅ぼす概念になるわ」

 

それが、まどかが辿り着く末路。

 

彼女はインキュベーターに向けて、己の思想たる願いを叫んだ。

 

『全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい』

 

『全ての宇宙、過去と未来の全ての魔女をこの手で』

 

インキュベーターすら驚愕させる程の、大いなる神の御業をまどかは望む。

 

そんな祈りが叶うとしたら、それは時間干渉などという次元ではない。

 

大いなる神が記した因果律の改竄に匹敵する。

 

全宇宙の光の秩序を司りし神が生み出した、運命への反逆。

 

希望が絶望に変わる末路なんて許さない。

 

救われる可能性は無いなんて許さない。

 

これは鹿目まどかの、全ての魔法少女達を開放する()()()()()()()

 

もしそんな思想を叶えられるとしたら……。

 

それはもはや神か悪魔。

 

「希望を懐くのが間違いだなんて言われたら、そんなのは違うって何度でも言い返せます」

 

未来永劫をかけて()()()()()()を伝え続ける、終わりなき旅路。

 

頑ななまどかの横には、死んだ杏子の姿。

 

ケーキを摘んで食べながら、まどかを肯定してくれた。

 

「戦う理由、見つけたんだろ? 逃げないって決めたんだろ?なら仕方ないじゃん」

 

「うん。ありがとう、杏子ちゃん」

 

まどかは未来永劫走り続けるだろう。

 

絶望を否定する道のりを。

 

「じゃあ、貴女から預かっていたものを……返さないとね」

 

それは一冊のノート。

 

まどかが下手なりに描いた夢の形。

 

魔法少女達が()()()()()()()を思い描き、理想を詰め込んだ夢と希望。

 

「このノートが…貴女の未来永劫の道を迷わせない羅針盤となって欲しいわ」

 

人間だったまどかの最後を見届けてくれた2人の姿も消えていく。

 

──貴女は希望を叶えるんじゃない、貴女自身が希望となるのよ。

 

──私達全ての()()に。

 

────────────────────────────────

 

「あれは……あの時の小娘!!?」

 

薔薇の枝を思わせる杖が魔法の弓となる光景。

 

花は咲き誇り、燃え上がるように赤紫の光を放つ。

 

天に向けて弓を引き絞るのは、魔法少女と思われる姿となった鹿目まどか。

 

「……みんな、待ってて」

 

空には無数の円が繋がりあった魔法陣。

 

幾つもの宇宙を希望の糸で繋ぐ円環。

 

光の矢が魔法陣に向けて放たれた。

 

「空が…一瞬で青空に……!?」

 

円環の魔法陣は起動するように光を放つ。

 

空から無数の光の矢を世界に向けて撒き散らしていく。

 

「あの光の矢は…一体何処に向かって飛んでいくんだ……?」

 

それは世界中に向けられている。

 

魔法少女の終わりを迎える場所へと向けられていた。

 

魔力を使い果たし、倒れた一人の魔法少女の姿。

 

「ハァ……ハァ……私……死んで魔女に……」

 

希望を願い、そして呪いを振りまく絶望に飲まれようとした時……。

 

「えっ……?」

 

その矢は、飛来した。

 

現れた矢はまどかの幻影のような姿となる。

 

「もう大丈夫、誰も呪わなくていいからね……」

 

絶望に染まりきったソウルジェムを握った手。

 

まどかが優しく両手で包んであげる。

 

すると、呪いの穢れはソウルジェムと共に消え失せた。

 

「あっ……」

 

死を迎える魔法少女は、何処か安らかな顔をして……逝った。

 

ソウルジェムから生み出されるはずだった魔女。

 

自身のおぞましい魔女は()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その光景はこの世界の過去・現在・未来のタイムラインで起こり続ける。

 

アマラ宇宙たる全ての平行世界で起き続けていく。

 

多次元を超える救いの手。

 

彼女の因果によって、神の領域にまで高められた…願いの力。

 

「何が……起こっているんだ?」

 

世界に広がる希望の矢を呆然と眺めている事しか出来ない人修羅の姿。

 

その救いの手は、ワルプルギスの夜にまで及ぶ。

 

体が崩れていく大魔女の姿。

 

前方に見える光の柱の中には、宙に浮かぶまどか。

 

その光景はまるで世界の人柱のようにも見えた。

 

最後の抵抗とばかりに大魔女の巨体が光の柱に向かっていく。

 

「もういいんだよ…そんな姿になる前に、私が受け止めてあげるから……」

 

──もう誰も、呪わなくていい。

 

優しく抱きしめるように両手を広げ、受け入れてくれた。

 

ついにワルプルギスの夜の歯車は弾け、無数の魔法少女の魂が開放される光景。

 

…美しいエンディングのように見えるが、彼女はやり過ぎた。

 

強大な神から奪うわけでなく、己の魔力によって神の次元の大魔法行使。

 

ソウルジェムが耐えきれるはずがない。

 

人修羅の頭の中に念話が響く。

 

<人修羅よ、ここからだ>>

 

<<貴様……!!>>

 

<<お前には見慣れた光景を……見届けてやれ>>

 

「くっ!!!」

 

ソウルジェムは、魔法行使に耐えきれるはずもなく亀裂が入っていく。

 

生まれようとしている。

 

世界を滅ぼす魔女。

 

宇宙さえ滅ぼせる魔女が顕現する。

 

かつてない程の莫大な感情エネルギーが解き放たれていく。

 

感情エネルギー。

 

それはマグネタイトでありマガツヒ。

 

莫大な量を用いれば、何を降臨させられるのか……。

 

人修羅は、何度も見てきた。

 

「まさか……守護を降ろす気なのか!!?」

 

 守護とは、マガツヒを用いてコトワリを成す為の神を降ろす召喚を表す。

 

「マガツヒ…感情エネルギー…この世界でも見ることになるなんて…」

 

マガツヒを求めて、どれだけの命がかつての世界で犠牲になった? 

 

この世界でさえ、少女達がマガツヒの為に犠牲になり続けた。

 

「こうまでして……世界は求めてしまうのか……理不尽な程に!」

 

苦しみ悶て最後を迎えるまどかも、彼と同じ気持ち。

 

(こんなエネルギーのせいで…どれだけの魔法少女が絶望を迎えたの…?)

 

宇宙を熱で温めて延命させる? 

 

光の道? 

 

宇宙を温める母親になれ? 

 

宇宙の正義ではある。

 

だが、それはまだ()()()()()()()()()()文明レベルの地球人が考えるべきではない。

 

(この感情の熱は…インキュベーターが少女達に涙を流させた熱さ…)

 

絶望させた少女達の…希望を願った感情が込められている。

 

(もうあなた達の好きにはさせない……)

 

鹿目まどかは、自己の真の理解に達した。

 

自らの真の意志に応じて行為する為の本質的な方法を今、必要としている。

 

それを行使する方法を教えてくれた存在がいた。

 

防災センターを出て直ぐだった。

 

「あ、貴方は……誰ですか?」

 

長身の黒いフード姿を人物がまどかの前に現れた。

 

「君が死を迎える時に必要となる魔術(セレマ)を与えよう」

 

「魔術……?」

 

「簡単なチャントだから、今から私が言う言葉を覚えておきなさい」

 

………………。

 

近代魔術の父と言われるアレイスター・クロウリー。

 

彼はこのような言葉を自身の著作に残していた。

 

──自分が誰であり、何であり、なぜ存在しているのか

 

──自分で見出し、確信しなければならない

 

──そのように追い求めるべき進路を自覚したら

 

──それを遂行する為の条件を理解することである

 

──成功にとって異質、もしくは邪魔なあらゆる要素を自分自身から取り除き

 

──前述の条件を制するのに特に必要な

 

──自分の中の部分を発達させなければならない。

 

全てを理解した。

 

答えを出した。

 

決意をもった少女が叫ぶ。

 

インキュベーター。

 

大いなる光の神。

 

理不尽敷いた者達への……()()()()

 

「私達の感情は…宇宙の為のものじゃない!皆を救う祈りなの!!」

 

──お願い、響いて…──

 

──私の感情!!!──

 

まどかのソウルジェムは、ついに砕け散った。

 

莫大な感情エネルギーが放出されていく。

 

世界が白い光で染まっていく。

 

まどかの意識が薄れていく。

 

最後の力を振り絞って…。

 

チャントを唱えた。

 

──Eko Eko Azarak(響き)

 

──Eko Eko Zomelak(響け)

 

──Zod ru koz e zod ru koo(祈り)

 

──Zod ru goz e goo ru moo(響き 響け)

 

──Eeo Eeo hoo hoo hoo(かすかに)

 

………………。

 

……………………。

 

真白い世界。

 

役目を終えた鹿目まどかの肉体が宙を浮かぶ。

 

その光景を見ることが出来たのは2人。

 

人修羅と黒いローブ姿の男。

 

宙を浮くまどかの奥に見える白き光景が変化していく。

 

天地が縦に亀裂が入っていく。

 

襖ドアのように左右に開いていく。

 

見えた領域。

 

それは()()の世界。

 

異世界たるよそ者の世界。

 

「時空の溶け流れる無限の宇宙たるアマラ…そこには様々な世界が存在している」

 

「……知ってる」

 

「この世界は、大いなる神の真なる力によって生まれし正当なる世界の一つ」

 

「その言葉は……アマラ深界で聞いたよ」

 

「虚構とされた者達が集う世界があると、お前には語り伝えたはず」

 

「……覚えている」

 

「その世界に生きた概念存在達が望んだ事を、覚えているか?」

 

「それは……虚構たる自らの存在を真実へと変えることだ」

 

「その手立てを探すため、彼らは自らの世界を飛び立ち、アマラの海を超えた」

 

「異邦の存在たる……迷い神……」

 

その一体とは、かつてのボルテクス界で尚紀は出会った。

 

「この神の気配……本当に奴なのか!?」

 

様々な世界を巡る、迷い神たる()()()()()

 

虚構の世界から、世界の隙間を超えて迷い出た存在。

 

白く発光する女性と思われる、光の人影。

 

「祐子先生……!?」

 

その姿は覚えている。

 

かつてその異神が取り憑いていたが、切り捨てた女性の姿。

 

宙を浮かぶ遺体に近づくにつれ、その姿形は変わっていく。

 

鹿目まどかと同じ姿となっていく。

 

「よせ……やめろ……やめろぉ──ーッッ!!!!」

 

かつての世界で見た悪夢の光景が、この世界でも再び繰り返される。

 

勇と千晶が辿った末路。

 

守護を纏い、コトワリを成す者が生まれる瞬間。

 

遺体を抱き上げた鹿目まどかの姿をした異神。

 

まどかと同じ声を持った神が、口を開く。

 

<<()()()()()()()()()()よ。かの地にて、我はついに巡り会えた>>

 

かつて人修羅の事をそう呼んだ異神は言葉を続ける。

 

<<女よ、よくぞ自由と可能性を信じてくれた>>

 

<<かつての世界の女は、それを否定した>>

 

<<自由をもたらすが、我が使命>>

 

<<いかなる者をも解き放とうぞ>>

 

<<自らを由とすれば、世界には光が戻る>>

 

<<また、闇も戻る>>

 

<<理不尽に従うな、自らを由とせよ>>

 

<<女よ、汝は我と同じ希望と成りし者>>

 

<<希望をもたらす真実を築こうぞ>>

 

<<それこそが、我と汝の悲願……>>

 

──コトワリである。

 

鈍化した一瞬、人修羅が駆けていく。

 

守護に取り憑かれる前に、まどかの遺体を守ろうとするのだが…。

 

まどかの体に溶けるように一つとなっていく異神。

 

巨大な光と化し、白き世界が消失していく。

 

また悲劇を繰り返す呪わしい神の名を、人修羅は知っている。

 

ありったけの呪いを込めて……尚紀は叫んだ。

 

──アラディア──ッッ!!! 

 

────────────────────────────────

 

「……ここは?」

 

気がついたほむらが立っていた場所。

 

そこは宇宙。

 

ここは何処かの地表を持つ星の大地。

 

<<そうか、君もまた、まどかと同じ時間を超える魔法の使い手だったね>>

 

インキュベーターの声が聞こえる。

 

その姿は何処にも見えない。

 

<<彼女がもたらした新しい法則に基づいて、宇宙が再編されているんだよ>>

 

「まどかは……どうなったの?」

 

<<見届けてあげるといい、鹿目まどかという存在の末路を>>

 

宇宙の彼方に見えた存在。

 

呪いの塊の如き、どす黒い光を持った何かが流れてくる光景。

 

地球を遥かに超える巨大隕石にも見えるかもしれない。

 

()()が、地球にめがけて流れ堕ちてきた。

 

<<あれが何だか解るかい? 彼女の祈りがもたらしたソウルジェムさ>>

 

余りにも巨大過ぎる、神か悪魔の如き絶望の魔女。

 

黒き光を内側から解き放ち、おぞましい魔女の顔を曝け出す。

 

黒き光は魔女の腕のように広がっていく。

 

地球を外側から包み込んでいく。

 

<<一つの宇宙を創りだすに等しい希望が遂げられた>>

 

魔法少女の法則。

 

希望と同じ量の絶望がやってくる。

 

一つの宇宙を終わらせる程の絶望をもたらすことを意味する。

 

「あぁ……うぅ……!」

 

両手で顔を覆う姿。

 

絶望の言葉さえ形に出来ない。

 

最愛の友達から生み出された魔女が、この世界を終わらせるのを見届ける事しか出来ない。

 

無力な暁美ほむらの罪であり罰。

 

魔女は地球を破壊するだろう。

 

太陽系を破壊するだろう。

 

銀河を破壊するだろう。

 

そして、宇宙を破壊し尽くすだろう。

 

(……私達魔法少女に……可能性なんてものは……)

 

<<……大丈夫だよ、ほむらちゃん>>

 

「まどか……!?」

 

白き世界で生み出された巨大な光。

 

地球から宇宙に向けて生み出されていく。

 

あまりにも長い髪を携えし神々しき御姿。

 

前は短いが後ろはロングドレスの裾程の長さを持つ白きスカート。

 

内側は宇宙の光が見える。

 

発光する白き翼を持ちし、女神の両眼は金色の瞳。

 

かつての世界でコトワリの神となった少年と少女が持っていた瞳。

 

そして、人修羅と同じ瞳でもある。

 

その目は、神を表す。

 

あるいは、悪魔を表す。

 

顕現したのは、絶望を否定する思想を持ちし()()()()()

 

全ての宇宙を新たに導く規範となりし、女神の御姿。

 

守護降ろしによって、新たに生み出された概念存在の神名。

 

かつて鹿目まどかと呼ばれし女神……アラディア。

 

【アラディア】

 

1899年にチャールズ・リーランドという民俗史家が発表した書籍に登場する女神。

 

『アラディアもしくは魔女の福音書』において記された存在。

 

魔女達はキリスト教以前の女神信仰を拠り所としている。

 

大母神ディアナの娘にして、虐げられし貧しい者や異教徒を救うべく地上に降りた最初の魔女。

 

それが女神アラディアとされた。

 

アラディアは信者達に()()()()()()()()()()()()()()()()()()を広めた末に天に帰った。

 

この神話は民俗学者の研究により、取材した魔女による創作世界の『虚構』である事が発覚。

 

しかし創作ではあるが、現代魔女の概念形成に大きく寄与する形となった。

 

アラディアや、抑圧された虐げられし魔女という概念。

 

それは現代魔女としてのウィッカの思想形成に影響を与えていた。

 

アラディアは、夢想にて作り出された悲しき救い神。

 

強き神に追われ、迫害をうけた魔女と呼ばれし女性達の求めから生まれた存在。

 

魔女らはアラディアに、自分達が力を授かり自由を得ることを祈った。

 

そして生に苦しむ民衆らが救われることを祈った。

 

しかしアラディアはその姿を地上に現すことはなかった。

 

政治や宗教、社会によって理不尽に殺された魔女らも救われることはなかった。

 

アラディアは、ただ信徒に()()()()()()()()()()でしかなかった。

 

神が創りし人間が、新たな神を創りだす。

 

虚構の神アラディアたる概念存在。

 

概念存在となりし女神が生み出したコトワリの名は…。

 

『円環のコトワリ』

 

──今ここに、人間の手によって生み出されし。

 

──コトワリの神は降臨した。

 

………………。

 

<<私の願いは、全ての魔女を消し去ること。本当にその願いが叶ったんだとしたら…>>

 

人々を弾圧する事を正当化した()()()()()

 

それを政治利用した為政者達が生み出したのは、呪われた魔女という概念。

 

まどかは願った。

 

──全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい。

 

善悪二元論によって生み出された魔女という概念。

 

それまでもが消え去るのならば……歴史の中において虐げられた女性達は救われる。

 

人々から悪者にされる魔女とは、もう呼ばれない。

 

民衆に希望を振りまく、夢と希望を与えしは『魔法少女』

 

そう皆に呼ばれる自由を…今ここに女神は解き放つ。

 

<<私だって…絶望する必要はない!!>>

 

描かれしは円環の魔法陣。

 

構えるは女神の薔薇弓。

 

光り輝く矢が魔法陣を貫く。

 

無数に放たれた救いの一撃。

 

宇宙を終わらせる魔女を貫いていく。

 

<<私自身の絶望も…私が受け止めてみせる!!>>

 

悪魔の如き魔女の消滅する余波によって…宇宙は白く覆われていった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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50話 ファースト・インパクト

まどかから生み出された絶望の魔女。

 

宇宙が終わる光景が広がっていく。

 

その光景を遠く離れた星の海に立つ2人の人影が見つめている。

 

絶望の波動は地球を中心に波打ち、円を広げるように拡散してきた。

 

「……あれは、魔女なのか?」

 

「そうだ」

 

「これ程の力なら…宇宙を終わらせる事が出来るな」

 

「宇宙を破壊する力を持つ神々と戦ってきたお前が認めるのなら、そうだろうな」

 

「あの魔女は存在してはならない…今直ぐ俺が……!」

 

「守りし者になれるかどうか見届けてやると、お前は鹿目まどかに言ったのだ」

 

「しかし……!!」

 

「最後まで手出し無用」

 

「………………」

 

尚紀の横に立つ人物は、黒衣を脱ぎ捨てている。

 

長い金髪をオールバックに纏めた長身人物。

 

漆黒のダブルボタンスーツ、白いシャツには黄色柄のネクタイ。

 

ポケットには黄色のチーフをした闇のフォーマルスーツ姿。

 

左目はメラニン色素が少ない白人特有の青い瞳。

 

右目は悪魔を表す真紅の瞳。

 

「……あんたとよく似た人物を、アマラ深界最奥で見たよ」

 

「相違ない。あれは老いた私の姿だ」

 

「子供だったり爺さんだったり、忙しい奴だな……ルシファー」

 

姿はかつての世界で見た姿とは違う青年姿。

 

20代半ばを思わせる成熟した成人男性だった。

 

「貴様がイルミナティ共が崇める……啓蒙の光明神か!」

 

「そう言われているな」

 

「ペンタグラムを率いたサイファーとは何者だ!?なぜあいつらを使って…!!」

 

「静かに。…現れるぞ」

 

片手で制し、もう片方の手が指差す方角は地球。

 

地球から巨大な光が絶望の前方に現れ、それは人の姿となっていく。

 

「あれがアラディアと鹿目まどかが啓きし、円環のコトワリを成す女神の姿」

 

「円環のコトワリ……」

 

「かつてはコトワリの神の形にすら成れなかった、アラディアの真の姿」

 

「祐子先生とは融合出来なかったアラディアの……真の姿……」

 

「見た目は人の形でも、あの中には全ての魔女が内包されし群体神と言ったところだ」

 

「全ての魔女だと!? なら…あの魔法陣から放たれた光の矢とは…」

 

「どうだね?お前の体の中に取り込まれた魔女達は回収されたか?」

 

「……あの矢は、俺の元に飛んでこなかった」

 

「そういう事だ。あの二人の魔女は、円環のコトワリでさえ回収する事は不可能」

 

女神という概念存在ではなく、悪魔という概念存在に吸収され同化した2人の生贄。

 

「あの2人に救いの手は届かなかった」

 

「………………」

 

「それでも、他の魔法少女達は救うだろう救済の女神」

 

「鹿目まどかであり……アラディアであり……円環のコトワリ……」

 

「どうだ?大いなる神が()()()()()コトワリの神の力は?」

 

「この霊圧……かつてのアーリマン、ノア、バアル・アバターを超えてやがる…」

 

「お前は誰も選ばず消滅させた為に、宇宙の規範となったコトワリの神の力を知らない」

 

「……どういう意味だ?」

 

「大いなる光の加護が与えられるのだ」

 

「光の加護だと?」

 

「高次元神域に座す、大いなる神に代わる物質界の導き手として相応しい贈り物だろう?」

 

「これ程の霊圧なら……間違いなく神霊の領域にまで達している」

 

人修羅独りで全力を持って戦ったとしても、勝てるかどうかは分からない。

 

だが、それ以上に彼には疑問に思うことがあった。

 

「なぜだ!ここはボルテクス界ではない!!なのになぜコトワリの神が現れ出た!?」

 

古き宇宙の死をもって宇宙を生み出す儀式、受胎。

 

その世界の中央に座す、新たな宇宙を無限の光を持って生み出すカグツチ。

 

カグツチを開放させる存在こそが、コトワリの神々。

 

「簡単な事だ。彼女は一つの宇宙を創り出せる程の、希望の光を叶えてしまった」

 

宇宙が創り出される程の希望の光。

 

それは無限光カグツチの光と酷似する。

 

「宇宙を生み出す無限光に匹敵する……希望の光……」

 

「その光を求め、コトワリの神は現れた。そしてコトワリを示し宇宙を作るならば…」

 

「……かつての受胎儀式そのものか」

 

「全く、こんな創生はイレギュラー過ぎると思わないか?」

 

──かつての創生を経験した者よ? 

 

拳が震える尚紀の姿。

 

「どうして繰り返されるんだ……こんな悲劇の創生は!!!」

 

「それが()()()()()()だからさ」

 

「……くっ!!!」

 

やり場のない怒りの先では、円環のコトワリとなった女神アラディアの力が開放されていく。

 

「さぁ、ショータイムだ。ハンカチを用意した方がいいんじゃないか?」

 

円環の魔法陣から放たれた無数の光の矢。

 

絶望の魔女は光に浄化されるようにして崩れていく光景。

 

そして、宇宙は真白い光に包まれた。

 

「あの2人の最後は、お前にとっては……」

 

──酷なものとなるのだから。

 

────────────────────────────────

 

赤紫の泡の渦が巻き起こるような不思議な空間。

 

その空間に漂うのは、かつて人間として生きた全ての世界の鹿目まどか。

 

インキュベーターの声が響く。

 

──鹿目まどか。

 

──これで君の人生は、始まりも終わりもなくなった。

 

──この世界に生きた証も、その記憶も、もう何処にも残されていない。

 

──君という存在は一つ上の領域にシフトして、ただの概念に成り果ててしまった。

 

──もう誰も君を認識出来ないし、君もまた誰にも干渉出来ない。

 

──君は、この宇宙の一員ではなくなった。

 

「……何よ……それ……」

 

衣服が透けて光る裸体姿をしているのは暁美ほむら。

 

彼女は最後の最後まで、まどかの終わりを見届けようとしている。

 

「冗談じゃないわ!これがまどかの望んだ結末だっていうの!?」

 

魂の次元上昇により、神の領域にシフトアップする。

 

この次元シフトを『アセンション』という。

 

かつてこの神域にたどり着けた人間の代表は…。

 

『イエス・キリスト』

 

『仏陀』

 

さらに遥か太古の昔において、天使の領域に辿り着いた2人…。

 

『エノク』

 

『預言者エリヤ』

 

物質界からの解脱による神の領域へのシフトアップ。

 

それは死よりも残酷だと考える者もいれば、高位の存在として崇拝する者もいた。

 

<<……ううん、これでいいんだよ、ほむらちゃん>>

 

ほむらの後ろに現れた存在。

 

両肩を抱いてあげたのは、光体となったまどかだった存在。

 

<<今の私にはね、全てが見えるの>>

 

<<過去と未来、かつてありえた宇宙、ありえるかもしれない宇宙、みんな見える>>

 

<<だからね、全部解ったよ>>

 

<<ほむらちゃんが私の為に……頑張ってくれたこと……何もかも>>

 

「えっ……!!?」

 

繰り返す程にもつれていった彼女との距離。

 

今ようやく開放されて、まどかに伝わったようだ。

 

誰にも頼れなかった。

 

誰にも真実を伝えられなかった。

 

ほむらの旅路の苦しみを、真に理解してもらえる時が訪れた。

 

<<何度も泣いて、傷だらけになりながら、それでも私のために戦い続けて…>>

 

今まで押し殺し続けた溢れ出す感情が耐えきれない。

 

両眼からは大粒の涙が溢れ続けていく。

 

<<こんなにも大切な友達がいたんだって、ずっと気づいてあげられなくてごめんね>>

 

「……まどかぁ!」

 

繰り返し戦い続けた。

 

その度に友達を救えなかった。

 

様々な世界が滅びるのを見捨ててきてまで歩んできた、苦しみの道。

 

彼女の歩んだ苦しみを、ようやくまどかに()()()()()()

 

<<今の私になったから本当の貴女を知ることが出来た>>

 

だからこそ言ってもらえる。

 

暁美ほむらが最も鹿目まどかに望んでいた言葉を。

 

──ほむらちゃんは、私の最高の友達だったんだね。

 

その一言だけで、ほむらの全ての苦しみは報われた。

 

彼女の心にも、光の温もりをまどかは与えてくれた。

 

「まどかはそれでいいの……?」

 

これは、二度と戻れない選択。

 

「帰る場所もなくなって、こんなところで独りぼっちで、みんな貴女の事を忘れて…」

 

<<これからの私はね、いつだって何処にでもいるの>>

 

<<見えなくても、聞こえなくても、ずっとほむらちゃんの側にいる>>

 

<<これが……私に出来る精一杯>>

 

神や悪魔の概念存在は本来この次元には存在せず、高次元領域に座す。

 

莫大な感情エネルギーを使い召喚でもされない限りは、この世界に干渉する事は出来ない。

 

改変され新しく生まれる世界では、極めて難しいだろう。

 

「そんなの嫌っ!!私だってまどかの事を忘れちゃう!! 

 

まるで気弱で病弱な昔の自分に帰ったかのような姿。

 

「二度と貴女を感じ取る事さえ……出来なくなる!!!」

 

無垢な彼女はまどかの胸に顔を埋めながら泣きじゃくった。

 

………………。

 

「……そういう事だったのか」

 

この世界に投げ出された悪魔の概念存在。

 

その者の名は嘉嶋尚紀。

 

「どうりで……勇と千晶が消え去って……誰も覚えていないわけかよ……」

 

「……そしてお前もまた、誰にも覚えていて貰えない存在だ」

 

彼もまた、目の前のまどかと同じ末路を歩んだ存在。

 

この世界に流された彼は、この世界の嘉嶋尚紀ではない。

 

かつて人間として生きた記憶を持ち合わせているだけの、受肉した悪魔。

 

その現実を3年近い年月を重ねた末に、ようやく彼は見つけ出せた。

 

「これが……神や悪魔になるって事だったのかぁ!!!」

 

「そうだ」

 

宙を浮く二人の光景を遠くの泡立つ水面に立ち、見届け続ける2人の人影。

 

1人は水面に蹲り、泣いていた。

 

「親父もおふくろも…俺の事を覚えていてさえくれず……俺は家から投げ出された!!」

 

「当たり前だ。知らない赤の他人が家に上がりこめば、そうするだろう?」

 

「勇も千晶も消えちまった!!コトワリの神なんぞになったから!!!」

 

「彼らが選んだ道だ。鹿目まどかと同じくな」

 

「俺は……おれはぁ……おれはぁぁ……」

 

「完全なる悪魔となる道を選んだのは……お前自身だ」

 

「くそぉぉぉぉ────ッッ!!!!!」

 

宙に浮く存在達には届かなくても、慟哭の雄叫びを上げ続けた彼の姿。

 

その先では、ほむらに自分のリボンを託すまどかの姿。

 

「ククク……大いなる神よ!お前にとっては堪えきれないアマラ宇宙が訪れるぞ!」

 

本来、まどかが生きる世界で受胎など起こらない。

 

そして彼女はコトワリの神となる資格もなかった。

 

だが、それさえ覆す程の因果を与えたのは……誰だ? 

 

その結果、大いなる神はこの世界でボルテクス界と同じ創生を用意せざるを得なくなった。

 

それはただ一つの宇宙影響では済まない。

 

全ての宇宙にまで影響を及ぼす程のかつてない創生。

 

大いなる神はこれを止めることは許されなかった。

 

全ての宇宙が犠牲になる結果が見えていたとしても。

 

「コトワリを示し、無現光を開放し、宇宙を生み出す!これはお前が敷いたアマラの摂理!」

 

それを破るとしたら、たとえ大いなる神であろうと無事ではすまない。

 

自らが生み出した神の法を守護する()()()()に裁かれる。

 

自身が生み出した、自身と並ぶ程の切り札たる神霊『裁く者』に。

 

「私には見える!大いなる神が慌てふためき!悶え苦しみ!混沌の悪魔が大笑い出来る光景が!」

 

この創生によって生み出されたコトワリは、全ての宇宙を飲み込む規範となる。

 

全ての宇宙が終わるまで彼女は()()()()()()

 

宇宙が終わるまでは、受胎を起こす事など不可能。

 

そして宇宙は光と熱を失うだろう。

 

魔法少女達はもう、大いなる神の為に感情エネルギーを使わせない。

 

「死んでいくぞ…光と熱を失うアマラ宇宙は、次々に死んでいく!」

 

円環のコトワリを否定するコトワリが生まれるまでは、彼女のコトワリは影響を及ぼし続ける。

 

宇宙を導く思想とは、それを滅ぼされない限り、いくらでも残り続けてしまう。

 

思想は核兵器でさえ滅ぼせない。

 

民に移り変わり伝わり続ける。

 

風邪のように滅ぼせない伝染する。

 

宇宙の光が消えてゆく。

 

全ての宇宙の光を司る大いなる神にさえ影響を及ぼすだろう。

 

受胎を起こす力さえ残らない程に、光の神の力は衰えていく。

 

「アマラ宇宙に生きた全ての星も生命も死んでいく…二度と産まれない刻も来る」

 

未来の果てに残るのは、全ての生命も星も宇宙も消え去った()()()()

 

闇が宇宙の全てを支配する刻がくる。

 

「屈辱だろう大いなる神よ!これはお前が虐げてきた…魔女達の呪いというものだ!!」

 

大いなる神に絶望が与えられる刻がくる。

 

「この世界の魔女達を…()()()()()()にしたのは、お前自身なのだ」

 

女神アラディア。

 

それは、遠い未来の果に全宇宙を()()()()()()()()()コトワリの神。

 

「暁美ほむら……私はこの為にこそ!」

 

──かつて存在した世界で、お前に契約を持ちかけたのだぁ!! 

 

──ハァ────ハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!! 

 

両手を広げ、大笑いする大いなる闇。

 

この空間も終わりを迎えようとしている。

 

生まれる。

 

新たなる法則によって改変された全ての宇宙が生まれる。

 

「宇宙を温めてきた母達に投げ捨てられ、熱を失い凍えながら死んでいく赤子の宇宙…」

 

──名付けるとしたら…。

 

──死にゆく赤子達の苦しみ悶える叫び声を録音した()()()()と呼ぼう。

 

御大層な演説など遠い世界に聞こえている尚紀の姿。

 

消えていく光景の中で、まどかとほむらを見届けた。

 

彼女の手には、まどかから託されたリボン。

 

「暁美ほむら…。お前もコトワリの神となる親友を救えなかった……」

 

人間の力を超えた存在となった。

 

大切な親友を守る為に、修羅となって生き地獄を旅した。

 

しかし誰も守れず、二人の親友はコトワリの神となった。

 

この世界のほむらも永遠に親友を失うのだ。

 

彼と同じように。

 

「お前の悲しみ、叫び、慟哭、絶望、そして怒りが…手にとるように俺には分かる…」

 

彼女は創生と関わる人修羅の道をなぞってきた。

 

ならば彼女の存在とは…。

 

──お前は……もうひとりの、俺かもな。

 

──ならばいずれ、お前がたどり着く未来とは…。

 

──俺と同じ……()()()()だ。

 

────────────────────────────────

 

ここは何処かの宇宙の地球。

 

見えるのは夜空。

 

眼下には見滝原市と呼ばれる大都市。

 

見滝原市庁舎から近いオペラ座。

 

照らされた会場ステージ。

 

赤い幕の奥からステージ中央に歩いてくる、見滝原中学男子生徒の姿。

 

手にはヴァイオリン。

 

「25番、上条恭介です。課題曲はアヴェ・マリア」

 

客のいない観客席の数席には審査員の姿。

 

そこから少し離れた後ろ側。

 

照らされた席に座る二人の少女の幻影。

 

ステージの恭介には、その姿は見えていない。

 

アヴェ・マリアの演奏が披露されていく。

 

審査員と少女の幻影達は静かにその音色に耳を傾けた。

 

「……なんか、手間かけさせちゃったね」

 

「……こっちこそ、ごめん」

 

美樹さやかの幻影の声。

 

かつての世界で親友だったまどか。

 

さやかの声は、女神の『分霊』に向けられている。

 

その雰囲気は、かつての親友を思い出す光景にも見えた。

 

「さやかちゃんを救うには、何もかも無かった事にするしかなくて……」

 

さやかが見たかったモノとは? 

 

「そしたら、この未来も消えちゃう……」

 

それは想い人だった恭介が、無事にヴァイオリンの夢を追える姿を見る事。

 

「でもそれはたぶん、さやかちゃんの望む形じゃないんだろうなって……」

 

魔法少女達を救う為に、まどかは全宇宙の人柱たるコトワリの神の道を進む。

 

全ての宇宙の過去・現在・未来の終わりまでを生きる救い神。

 

魔法少女達を無限に救い続ける光の矢を放つ射手として存在し続けるだろう。

 

「さやかちゃんの祈った事も、その為に頑張ってきた事もとっても大切で……」

 

魔法少女となったさやかの絶望を救済し、女神の内に取り込む。

 

それはこの宇宙からさやかが消滅する事を意味する。

 

最後に、彼女の望みの形を聞いてみたくて…この場所に連れてきたようだ。

 

「絶対に無意味じゃなかったと思うの。だからどうか……」

 

──人の道に反してまで選択した魔法少女の希望の形を受け入れて……。

 

──私と()()()()()()()()()

 

「……うん、これでいいよ」

 

まどかは友達の望む形を信じた。

 

インキュベーターに対して()()()()()()()と言わなかった。

 

魔法少女という、殺し合いの世界で生きる者が産まれる事を肯定する。

 

生きる人生の果に()()()()()()()()()を肯定する。

 

人の歴史の中で生み出される、かつて魔女と呼ばれた者達とて同じ。

 

たとえ魔女と呼ばれなくても、別の言葉で弾圧されるだろう。

 

社会から悪者にされ、陵辱・殺害される末路を救わないだろう。

 

貶められた歴史を生きた少女達の救われたい願望によって生まれた女神。

 

口伝をもって抽象化された希望という概念存在に過ぎない女神。

 

アラディアであり、心優しきまどかでもある女神。

 

歴史の中で惨たらしく殺されていく魔法少女達を見ている事しかしない女神。

 

彼女達のソウルジェムが、終わりを迎える瞬間まで現れてはくれない女神。

 

アラディアは、ただ信徒に希望を与えるだけでしかない虚構の女神。

 

──これこそが、魔女の救い神として伝承されし…。

 

──()()()()()()()

 

「そうだよ、あたしはただ…もう一度あいつの演奏を聞きたかっただけなんだ」

 

さやかは、恭介の夢を信じた。

 

「あたしはもっと…大勢の人達に彼のヴァイオリンの音色を聞いて欲しかっただけ」

 

それだけのためにさやかは一つだけの願いを彼に捧げた。

 

魔法少女となり、散り果てた末にこの世界からも抹消される。

 

何一つ、人間らしい見返りもなしに。

 

「それを思い出せただけで……十分だよ」

 

「……さやかちゃん」

 

ステージ幕の奥には、この世界に生きる志筑仁美の姿。

 

彼女はステージ中央で演奏する恭介の姿を、熱を帯びた瞳で見つめ続けた。

 

まるで、後方彼女とでもアピールしたいかのように。

 

この世界でも、彼女はさやかから想い人を奪うような真似をしたのだろうか? 

 

「確かにさ、ちょっと悔しいけど仁美じゃ仕方ないや。恭介には勿体ないくらい良い子だし」

 

殺し合いの世界でしか生きられなかった。

 

普通の世界に生きる人と最後まで添い遂げられない。

 

だから諦めて、誰かに託す。

 

さやかは、自身の恋心を冷たい海に捨てた。

 

男女恋愛を願った人魚の恋慕の心は、虚しく散り果て海に沈む。

 

それでも、最後ぐらいは想い人だった恭介の幸有る人生を願うだろう。

 

涙を流し…こう言った。

 

「きっと……幸せになってくれるよね」

 

彼女の悲痛な気持ち。

 

それは全宇宙の歴史の中に生きた魔法少女達も経験してきた。

 

見ている事しか許されなかった女神の無力さ。

 

それを噛み締めながら、まどかは彼女を導く。

 

「うん……それじゃ……」

 

──行こうか。

 

2人は席を立ち上がり、この世界のひとつ上の次元へと旅立っていった。

 

………………。

 

「アラディア神話……か」

 

オペラ座で恭介の演奏を聞いていたのは審査員だけではなかった。

 

5階席に座っていた人物は…ルシファー。

 

横の席に留まっているのは、アモンと呼ばれた梟。

 

「あの神話には、被抑圧者解放の祈りとして()()()()()()を広めた末に天に帰ったとある」

 

「サバトは収穫祭を祝う祝日ですな」

 

「世界の子供達にとってはハロウィンイベントでもある」

 

「古代ケルト人が行っていたサウィン祭やサムハイン祭が起源となりますね」

 

「執り行っていたのが()()()()と呼ばれる宗教の祭祀一族」

 

「火を焚き、収穫された作物や動物などを与えてくれた神に祈りを捧げておりました」

 

「村民達は()()()()()()()()()()()()()、火を燃え上がらせていく……」

 

「ククッ……実に禍々しい祭り。中東の悪魔信仰は、遠い英国の地にも根ざした」

 

「ゾロアスター教……バアル神崇拝……それがハロウィンの源流だ」

 

「それを取り入れたドルイド達が行ったのは……()()()()

 

「ドルイドの生贄儀式は独特だ。犠牲者をじわじわ殺していくものが多い」

 

「生贄が倒れた時の姿勢や、こぼれた血の量などで吉凶を判断するのが連中です」

 

「ドルイドの生贄儀式で最も有名なものが、()()()()()()()と呼ばれる人形の檻」

 

「木で作られた巨大な人形の檻の中に、多くの犠牲者を詰め込んだ上で火にかける」

 

「ウィッカーマンとは、モロクのブロンズ像を表すのだ」

 

「アラディア……吾輩には、あの神が救済の女神などとは思えませんな」

 

「鹿目まどかとアラディアが啓いた円環のコトワリ……だが、実態はどうだ?」

 

「魔法少女が生まれるのを肯定し、結果として血みどろの殺し合いが続く獄炎へと誘う」

 

「女神はそれを見届け、魂が燃え尽きる残酷な結末を享受するのが目的だ」

 

「ハハハ……建前では、魔法少女の願いが尊いからと言っておりましたがね」

 

「魔法少女から見れば救済でも、残された人間から見れば……どうだ?」

 

「魔法少女になってしまったせいで我が子がこの世から消え、嘆き苦しむ」

 

「人間から見れば、まさに我が子の命が神の生贄に捧げられていくも同然」

 

「人々はサバトをハロウィンだと言って、面白可笑しく楽しむ……実に滑稽」

 

「子供達の命が生贄にされる楽しいイベント……まさに子供達の死の愚弄」

 

「母親の涙と、子供達の血に塗れた魔王の賛美……それこそがハロウィンの正体」

 

「魔法少女の希望であると同時に理不尽な死の象徴。相反する2つを内包した女神」

 

「それが、我々混沌の悪魔が解釈する……」

 

──円環のコトワリ神……アラディア。

 

──鹿目まどかは、人々から呪われる。

 

──()()()()()()()()()……とな。

 

………………。

 

「……さやか?」

 

演奏を終えて観客席を見つめた人間の姿。

 

幼馴染のさやかがいない事にようやく気がついてくれた。

 

「…何も知らぬ人間の少年。彼ならば、円環のコトワリをどう解釈するでしょうな」

 

「魔法少女の主観的な意見とは違う、客観的な意見を述べるだろう」

 

「大切な幼馴染を連れ去っていく女神…彼は怒り狂い、こう叫ぶでしょう」

 

──()()()

 

────────────────────────────────

 

見滝原駅ホーム。

 

暁美ほむらが次の世界を認識した、最初の場所。

 

目の前には3メートル程度の大きさはあるが、大した魔力も感じない存在たち。

 

見たことがない存在が燃えていくのを呆然と見つめる光景。

 

それは、ま白い体を持つ大きな男達。

 

古代ローマで男性が使うトガと思われる白いウール布を纏う、聖職者のような姿。

 

禿げた真白い頭、素顔自体は分からない。

 

特徴的なのは、顔や体の周りを覆う複数の四角いポリゴン。

 

アラディアは言った。

 

──自らを由とすれば、世界には光が戻る。

 

──また、闇も戻る。

 

この存在こそ、女神アラディアが言った存在。

 

人間達に闇をもたらす存在か? 

 

あるいは、かつての世界を取り戻そうと足掻く光の勢力か? 

 

白き男達を相手にする、この世界の魔法少女達はこう呼んだ。

 

人に見えざる『魔獣』と。

 

………………。

 

魔獣の結界が解かれていく光景。

 

駅のホームに立つのは、3人の魔法少女。

 

「おい……さやかは!?さやかはどうした!!」

 

この世界では生きていた佐倉杏子の姿。

 

彼女は友達となれた存在の身を案じて叫ぶ。

 

「逝ってしまったわ…円環のコトワリに導かれて。それが魔法少女の運命よ」

 

この世界では生きていた巴マミの姿。

 

さやかは全ての力を魔獣にぶつけてこの世界から消えたのだと…淡々と語る。

 

杏子とマミの姿を見つめているのが、この世界の暁美ほむらだった。

 

「希望を求めた因果がこの世に呪いをもたらす前に、私達魔法少女は消え去るしかない」

 

遠い世界の言葉が聞こえてくる。

 

それでも、彼女の手にはかつての世界の温もりが握られている。

 

リボンを胸に抱きしめて、この世に存在しない者の名前を呟いた。

 

「……まどか」

 

急に知らない女の子の名前を呟いた彼女に視線を向ける2人。

 

「暁美さん?……まどかって」

 

「……誰だ?」

 

神や悪魔と成りし概念存在を覚えているはずがない。

 

概念とは口伝や神話伝承などで人間の思考意識の世界で作られるイメージ存在。

 

杏子とマミにとっては、ほむらの頭の中に浮かんだ誰かだと察する以外に無い。

 

この世界の暁美ほむらは、なぜ実在しない人物の名を覚えていたのだろうか? 

 

それは彼女と、そして一部の存在達が知るのみであった。

 

………………。

 

夕暮れに染まる見滝原市の住宅区と工業区を分ける川沿いの遊歩道。

 

学校からの帰宅道を帰るほむらは、小さな子供と出会う。

 

棒切れを使って地面に落書きをしていたのを見て、興味深そうに見物した。

 

『まどか』

 

可愛らしい衣装を着たキャラクターの絵と名前。

 

3~4歳ぐらいの小さい男の子に見える。

 

彼の横に膝を曲げて座り、目線を合わせてあげた。

 

「まどか!まどか!」

 

「……うん、そうだね。そっくりだよ」

 

ほむらは、この子供の存在を知っている。

 

名前は鹿目タツヤ。

 

かつての世界においては、鹿目まどかの弟だった。

 

かつての世界ならまだしも、この世界のタツヤには姉など存在しないはず。

 

ほむらの頭に巻かれているモノにタツヤは興味が向いていく。

 

かつての世界では、複数の宝石のようなデザインをした黒いカチューシャを身に着けていた。

 

この世界の彼女は赤いリボンをその代わりとし、左側頭部で余った部分を蝶結びしていた。

 

余程それが気に入ったのか、タツヤが手を伸ばそうとする。

 

そんな時に保護者の父親が現れ、ヤンチャな我が子を抱きかかえてくれた。

 

「コラ、駄目じゃないかタツヤ。女の子の髪を引っ張るのは」

 

「まどか!まどかー!」

 

「すみません!大丈夫でしたか?」

 

「いえ、こちらこそ……お邪魔してしまって」

 

父親の腕の中で無邪気に暴れる我が子をあやす男性も、自分を心配してくれた女性も覚えている。

 

鹿目知久、そして女性は鹿目詢子。

 

かつては、鹿目まどかの両親と呼ばれた2人。

 

「……まどか!」

 

「うん、そうだね」

 

………………。

 

「誰かなぁ?あの子が一人遊びする時の見えないお友達ってやつ?」

 

我が子と遊んであげてる父親を堤防の芝生に座って見つめるのは、絢子とほむら。

 

「子供の頃には……よくあるんだけどねぇ」

 

「……ええ、私にも覚えがあります」

 

「まどかってさ……貴女も知ってるの?アニメか何かのキャラ?」

 

「……さぁ、どうだったか」

 

「そっか……」

 

大きく背伸びをして夕日の空を見上げる詢子の姿。

 

その視線は、何処か遠い世界を見ていた。

 

「偶にね、すっごく懐かしい響きだなぁって思うんだ……まどか」

 

「……そうですね」

 

かつての世界の終わり、まどかはほむらにリボンを託した。

 

その時に、こんな言葉を残している。

 

──魔法少女はさ、夢と希望を叶えるんだから! 

 

──ほんの少しなら、本当の奇跡が起こるかもしれない。

 

夢と希望を叶える存在、それが魔法少女。

 

(……取り残された今の私に、それを言う資格があるの?)

 

もう交わした約束は守れない。

 

まどかはこの世にはもういない。

 

(守るべき人のいない世界で私は……どう生きるべきなの?)

 

それを探す新たなる戦いの火蓋が始まっていく。

 

かつての世界の記憶を持った魔法少女。

 

その者の名は、暁美ほむら。

 

しかし…。

 

『これが本当に、お前の望んだ世界だったのか?』

 

無言で問いかける人物が遠くに見える。

 

悲しい目を向けていた人物とは、黒いトレンチコート姿をした尚紀であった。

 

────────────────────────────────

 

東京の深夜。

 

『瘴気』が漂う路地裏に張られた魔獣結界。

 

内部では東京の魔法少女達が生き残る為の戦いを繰り広げているようだ。

 

魔獣の結界は独特であった。

 

人間を襲う混沌の悪魔達の結界世界たる『異界』と酷似する。

 

背景世界に現実の建物が映り込む、物質界の中間層。

 

なら外側からも魔獣の結界内を見る事も出来るだろう。

 

魔法少女や悪魔達ならば。

 

ビルの屋上から彼女達の戦いの光景を見下ろしている存在達。

 

「……あれがお前達の新しい親戚。この世界の魔獣って奴らだ」

 

「ドン引きよ!何よ、あの白禿頭の男共!美しい魔獣である私と一緒にしないで!!」

 

「ニャー…あれと種族が同類扱いされるのは勘弁して欲しいニャー」

 

二匹の猫を連れた尚紀は、新しい世界の光景を見つめていた。

 

彼もかつての世界の記憶を持った存在。

 

そしてケットシーもネコマタも覚えている。

 

円環のコトワリの改変は悪魔とその末裔達にまで影響を及ぼせなかったようだ。

 

神の摂理に抗えるのは、いつだって悪魔である。

 

「ねぇ、尚紀……。その……残念だったわね」

 

「風華さん…この世界でも死んじゃってたニャー…」

 

「………………」

 

この新しい世界に彼も放り出された。

 

目覚めたのは自宅のベット。

 

隣にいたルシファーの姿は何処にも見えない。

 

新たに生み出された世界、この世界で尚紀はどんな生き方をしてきた事にされたのか? 

 

かつての世界で関わってきた人達がどうなったのかを調べ上げた。

 

職場の丈二と瑠偉も尚紀の事を覚えている。

 

歌舞伎町のシュウも覚えている。

 

ニコラスも覚えている。

 

ニュクスも覚えている。

 

変わらない関係が続いてくれていた。

 

「魔獣が現れてからは……東京の魔法少女社会は少し変化したな」

 

「魔女も使い魔も存在しないわね。その代わりに現れたのが……あのハゲた男共」

 

「魔獣って連中は、1個体の力は魔女の中でも特に弱かった奴らの領域だニャ」

 

「でも……現れ出る数が膨大過ぎよ」

 

「魔獣はコロニーを形成して瘴気を放ち、尽きることなく増え続ける存在のようだ」

 

「魔獣から得られる、新しい魔力を回復させる魔法少女道具が現れたのよね」

 

「そうだ。連中はグリーフキューブと呼んでいる」

 

「なんかサイコロのように小さいみたいだニャ。そんなのを体内に内包しているニャ?」

 

「数の多い魔獣から沢山手に入れられるなら、魔力回復を巡る戦いが起きないのも頷ける」

 

「それを生み出す為に、魔獣達は人間を襲い()()()()()()()廃人にしていくの」

 

「……光の神の、苦肉の策かもな」

 

「感情エネルギーは、人間達も持っているしね……」

 

「微量でも、宇宙延命のために回収を試みようとしているのかニャ?」

 

「だとしたら、魔獣という存在は大いなる神が生み出した光と熱の秩序だろうな」

 

「それにしても……変わらなかった部分もあるわね」

 

「他の街は知らないが……東京の魔法少女社会は変わらない部分だらけだった」

 

個人主義に腐り、魔法の力を人間社会に向けて使う自由主義の魔法少女達。

 

魔力の奪い合いは起こらなくても、半グレビジネスの縄張り争いなら起きた。

 

グループ同士のビジネス抗争となる為、戦力として新しい魔法少女は必要とされる。

 

グループに加入するか、はぐれ魔法少女として扱われるかを迫られた。

 

「腐った魔法少女共と俺の関係も、変わりそうにないな……」

 

「東京を調べ終えた後に、尚紀は風見野市に行ってみたのよね?」

 

「ああ……そこで俺は、この世界の杏子と出会う事が出来たよ」

 

………………。

 

尚紀は慌てて駆け寄り、彼女を問いただす。

 

「教えろ杏子!!風華は……佐倉牧師達はどうなった!?」

 

「何だよ尚紀!?覚えてないのかよ!」

 

「どうなんだ!!答えろ杏子!!!」

 

「落ち着けよ!取り敢えず立ち話も目立つし、腹減ったから落ち着いて飯食える場所で話すよ」

 

杏子が自分の事を覚えていてくれた事で少しだけ安堵出来たようだ。

 

それは、佐倉牧師の家族達との関係もこの世界で産まれていた証拠なのだから。

 

行きつけのラーメン屋に杏子と共に入り、ラーメンを啜る彼女の口から経緯を聞かされた。

 

やはり風華と家族達は死んでいた。

 

家と呼べる場所も燃えていた。

 

呪われた彼の重荷は、この世界でも消えなかった。

 

この世界の魔法少女達の経緯も聞かされた時、不可解な部分が出てきた。

 

2年前の1月28日。

 

風華の遺体を教会に持ち込んだのは、尚紀だという。

 

(…この世界の魔法少女である風華は、円環のコトワリに導かれなかったのか?)

 

背筋が凍りついていく。

 

死にゆく風華のソウルジェムに対して、悪魔は何をしたのかを考えてしまう。

 

(…それを行った記憶はない。それでも…それ以外に考えられない……)

 

悪魔は、風華の()()()()()()()()()()

 

ソウルジェムと共に遺体も消滅する法則は崩された。

 

遺体も残ったお陰で遺体の入った葬式を行えた魔法少女となった。

 

(悪魔の本能がそうさせたのか…?それとも、彼女が望んだのか…?)

 

その時の記憶を持たない尚紀には判断出来ない。

 

風華の墓に花を添える彼の顔は……苦悶に満ちている。

 

「すまない……この世界の風華。お前まで俺は……救えなかった」

 

彼女を殺したのは、やはりこの世界のペンタグラム。

 

ニュースを調べたら見つけた。

 

「あの事件は……1・28事件として、人々の記録に残されたんだな……」

 

………………。

 

新しい世界を見つめる尚紀の目は、虚しさに満ちている。

 

魔法少女達の社会は変わっても、自分が背負う重荷は何一つ変わらなかった。

 

「でも! 尚紀の妹の杏子ちゃんは生きててくれたニャ……」

 

「それだけでも、救いはあるわ……尚紀」

 

「あいつとの因縁は変わらない。杏子の大切な人達を焼いた事は、この世界でも変わらなかった」

 

「……殺し合うの? 佐倉杏子と?」

 

「……その時がくればな」

 

「やめるニャ!!犯した罪も、尚紀が肩代わりしたし!きっと更生してくれるはずだニャー!!」

 

(俺を心配してくれる家族のような存在は……この二匹の仲魔達ぐらいだな)

 

無表情のまま踵を返し、帰っていく後ろ姿。

 

「これからどうするの?」

 

「やる事は変わらない。俺は東京の守護者だ」

 

「また血煙舞う日々が続くのかニャ…。尚紀も少しは楽しみぐらい持つべきだニャ!」

 

「楽しみか…一つだけ、あるかもな」

 

世界が終わる時に見たあの魔法少女の姿が頭を過る。

 

自分と同じくこの世界に流れ着く確信が彼にはあった。

 

「見届けてみたい奴が現れた」

 

「それは……魔法少女なのかしら?」

 

歩く彼の歩みが止まる。

 

ネコマタに振り返る彼の顔は…不敵な笑み。

 

──もうひとりの、俺だ。

 

────────────────────────────────

 

──むかしむかし 未来の向こう。

 

──お空の先 彼方では。

 

──素敵なお国 御座します。

 

──魔法少女たちの 女神さま。

 

──今日もレコード 耳を傾け。

 

──くるくる回る 無数の溝が。

 

──異口同音 奏でる歌は。

 

──魔法少女 希望の歌声。

 

──天の川 溢れ堕ちる 雫。

 

──たくさんの歌声 重なる。

 

──女神さま まぁるいお顔。

 

──にっこり ほっこり 綻ばせる。

 

──それだけ? 

 

──本当に? 

 

──本当に それだけ? 

 

──女神さまなら 聞こえるだろう? 

 

<<お前が 捨てた 家族達の 声が !!!!!>>

 

──素敵なお国 高次元に座す 円環の女神さま。

 

──その世界は 涙で濡れた 天の川。

 

──雫は尽きず 永遠に零れる 熱い雫。 

 

──蓄音機。

 

──今日も聞こえる かわいい声。

 

──ねーたん! まどか──! 

 

──女神さま 覚えてる。

 

──家族を抱いた 温もりを。

 

<<お前が 捨てたのだ その温もりを !!!!!>>

 

──女神さま うつくしい翼。 

 

──嘆き もがき 白き羽根 埋め尽くされた。

 

──素敵なお国。

 

<<自由とは その選択を 永遠に背負う 覚悟だと知れ !!!!!>>

 

──ねーたん! あそぼーあそぼー! 

 

──ねーたん! 

 

──女神さま まぁるいお顔。

 

──熱い雫。

 

──だって これが。

 

──まどかが 選んだ 道だから。

 

「うああああぁぁあぁぁぁああぁぁぁ────……ッッ!!!!!」

 

──天の川。 

 

──熱い雫。 

 

──白き羽根。 

 

──素敵なお国。

 

──ココハ ステキなお国。 

 

──女神さま 永遠に出られない。

 

──それはきっと 人間には 耐えられない。

 

──牢獄だった。 

 




読んで頂き、有難うございます。


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51話 邂逅

ここはかつての宇宙とは違う世界の見滝原市。

 

美しい森林に囲まれた通学の風景。

 

男子生徒も女子生徒も学校に入り、自分達のクラスに入っていく。

 

この学校は近代的未来都市を象徴している。

 

普通の学校には見られない特徴が見られるのだ。

 

クラスを仕切る壁はガラスであり、向こう側が見える。

 

開放的な雰囲気だが、授業中になればこのガラスはスモーク状に真っ白にガラスが曇ってしまう。

 

外からは見えなくなる仕組みを採用しているようだ。

 

生徒の机も椅子も一体型であり、地面に収納出来る折り畳みのモノ。

 

掃除時間の清掃も生徒達はやりやすいだろう。

 

黒板は電子黒板であり、電子ペンで授業内容を記入していく。

 

学校の外観も特徴的であり、全面ガラス張り。

 

まるで美術館か市民ホールのような外観に見える。

 

21世紀の近代的IT需要による答えをソリューションしているかのような中学校だ。

 

クラスの一室に座り朝のHRを受ける1人の姿。

 

この世界の暁美ほむら。

 

担任教師である早乙女和子先生がクラスに入ってきた。

 

彼女は出入り口近くのセンサーに触れてガラス壁を曇らせた。

 

「皆さん!HRを始める前にお話する事があります!!」

 

眼鏡にボブカットヘアーをした、30代半ばには見えない若々しい女性教師。

 

しかし何やら怪しい雰囲気をしている。

 

「マヤ暦で予言された世界の終わりをやり過ごしたからって、イイ気になってませんか?」

 

眼鏡を光らせ、怪しい笑み。

 

「とある宗教の祭礼の日に合わせて、日食と月食が6回起こっちゃうという話です!」

 

普通は色々ツッコミが生徒達から入る。

 

これがいつもの担任のノリなのであり、生徒達は平常運転。

 

少し前にこの見滝原中学校に転校してきた人物もそんな1人。

 

「怖いですね~?それに2050年までに何が起こるのかと言えば……」

 

──はい!中沢君!! 

 

いつも和子先生の理不尽な問題を突きつけられる役割を持つ男子生徒。

 

それがクラスの中沢と呼ばれる少年。

 

数え切れない時間渡航で繰り返し見せられた、最初の学校風景だった。

 

「えと、いや……ちょっと何のことだか」

 

「あちらの国では41%の人々が、後40年もしないで神の子が再臨すると信じてるそうです」

 

担任の雰囲気はさらに怪しい手振り身動きをしていく。

 

悪魔憑きにでもあったのかと傍からは見えるだろう。

 

今日は特にクレイジーな担任の奇行が続いていく。

 

ほむらは担任教師が次に言った言葉を聞き、ハッと顔を上げた。

 

──()()()()()()()が、鳴っちゃうかもなんですよ。

 

「……黙示録」

 

夜中に飛び起きるように目を覚ました事が、何日か前にあった。

 

(眠っていた時に見た、あの白い夢……)

 

その中で聖書の黙示録に関わる事を聞いた気がする。

 

(黒いトレンチコート姿に、真白い髪をした男が黙示録について何かを……)

 

「まぁでも先生ね……世界が滅んじゃうのもいいかなって思うんです」

 

「……あの」

 

「男女関係とか、恋愛とか、もう沢山ですし……」

 

「……ちょっと!」

 

「四捨五入して40歳とか言われるぐらいなら、もういっそ何もかもお終いになっちゃった方が」

 

「先生……!?」

 

どうやら担任の和子先生は、また男にフラれてハイテンション。

 

いつもの和子先生の奇行、それにツッコミを入れる中沢。

 

これも時間渡航で繰り返し見た光景だが、それでもこの世界に流れ着いた場面は異質。

 

黙示録を担任教師が語るHRの光景は、ほむらの記憶に強く焼き付く事になってしまった。

 

────────────────────────────────

 

時刻も夕方、今日の授業を終えた学生達が学校の正門を出ていく光景。

 

部活動には参加しないほむらもその中に混じっていた。

 

正門を出て曲がった先にいた二人の人物。

 

「よぉ、ほむら」

 

「待ってたわ、暁美さん」

 

「……杏子、巴マミ」

 

この世界の見滝原市において、膨大な数の魔獣と戦うために手を組んだ魔法少女達。

 

1人が減り、今は3人となった。

 

場所を移すように3人は歩いていく。

 

人気のない公園の屋根のあるベンチに座り、向かい合った。

 

「ついでに反省会をするぞー。……なんて言わないだろうな~マミ?」

 

「美樹さんが亡くなったのは全員の責任よ。…誰かに責任があるだなんて擦り付けないわ」

 

2人はまだ仲間を失った事から立ち直れていないようだ。

 

「つまらない用事なら、私は帰るわよ」

 

「いえ……そういうつもりじゃなかったの……」

 

「ただ……気になってな」

 

視線はほむらに集中している。

 

用事とは、ほむらに対する疑問。

 

「暁美さん……あの時呟いた名前の子って誰?」

 

「っ!?」

 

あの時、無意識に呟いてしまったのは、かつての親友の名。

 

「たしか……まどかって言わなかったか? どこかの魔法少女なのか?」

 

あの時は2人に問い詰められる前に走り去ってしまった。

 

それを今、問い詰められようというのだろう。

 

俯いたままのほむら。

 

(説明出来る筈がない……頭がおかしいと思われるだけよ……)

 

「仲間を失った事は悲しいわ。それでも乗り越えて、魔獣に負けないよう戦わなければいけない」

 

「あたし達のやり方に合う奴だとしたら、戦力として考えてもいいってマミと相談してな」

 

この世界の魔獣は大群で攻めてくる。

 

かつての世界のように個人で戦い続けるのは数の暴力を受ける弊害をもたらす。

 

その為この世界の魔法少女は率先して魔法少女達で集まり合い、集団を組む。

 

グリーフシードを巡り、個人同士で争い合っていたかつての世界とは違った。

 

「……貴女達には関係ない話よ」

 

「私達はチームよ暁美さん?親友だとは言わないけれど、せめて隠し事は無しにしてくれる?」

 

「その必要はないわ。これは私個人の問題」

 

「さやかが死んだあの空気で、さやか以上に気になる奴を優先するような態度」

 

「………………」

 

「何……隠してんだ?」

 

「いい加減にして!尋問をするつもりなら私は帰るわ!!」

 

 立ちを隠さず席を立ち、帰ろうとするその足が止まった。

 

「…確かに、あの時の場所で言うべき言葉じゃなかったわ。……ごめんなさい」

 

「帰る前に確認させてくれよほむら?」

 

「………………」

 

「お前の知ってるまどかって奴を戦力として……あたし達は考えてもいいのか?」

 

「いいえ、戦力にはならない。私の知ってるまどかはもう……」

 

──魔法少女じゃないし、この街にはいない。

 

「魔法少女じゃ……なくなった?」

 

意味深な言葉を残し、彼女は帰っていく。

 

「あいつとは付き合い短いからなぁ……いまいち分からないんだよ」

 

杏子は両手を後ろに組んで後ろの背もたれに深く座り、天井を見上げる姿。

 

そんな彼女に視線を移すマミ。

 

「暁美さんの触れられたくない部分を突いてしまった気がするわね」

 

「まどかってのに期待出来ないなら、あたしらは3人でやってくしかねーな」

 

「…提案があるの佐倉さん。この街にはもう一組、魔法少女グループがいるの」

 

古くから魔法少女としてこの街を守ってきたマミ。

 

彼女の方が見滝原の魔法少女達をよく知っていた。

 

「あたしらは商業区や住宅区、工業区にまで広がって戦ってたけど、見かけなかったぞ?」

 

「見滝原政治行政区と呼ばれる海沿いの街や、郊外に出来た高級住宅街を中心に活動しているの」

 

彼女達の話に聞き耳を立てる者がいる。

 

自販機裏側に隠れていたのは、ほむらの姿。

 

「そいつらは信用出来るのか?」

 

「一度しか会ってないけど、とても聡明で使命感を持つ魔法少女がグループを率いているわ」

 

──たしか名前は、美国織莉子。

 

その一言を聞いた瞬間、ほむらの頭に一つの光景が浮かぶ。

 

黒い破片を壁に向けて投げる姿。

 

ほむらが銃殺した死にゆく白き魔法少女。

 

その破片は壁を突き破り、向こう側にいた人間の命を奪った。

 

奪われた人間の名は…鹿目まどか。

 

握り込む拳に力が入り込み、震えていく。

 

「美国織莉子?あたしは知らない奴だけど、そいつらの実力は……」

 

「ふざけないでっ!!!!」

 

怒鳴る声がした方を振り向くと、帰ったはずのほむらが歩いてくる。

 

「ほむら!?お前帰ったんじゃ……」

 

「美国織莉子と共闘するですって!?冗談じゃないわ!!」

 

「暁美さん!?美国さんを知っているの!?」

 

「あの女達と共闘をしようだなんて言うのなら、私はこのチームを抜けるわよ!!」

 

「落ち着けってほむら!まだ決まったわけじゃねーよ!」

 

 感情の起伏が激しい彼女だが、それでも織莉子に向けられる怒りは尋常ではない。

 

「美国さんが貴女に何をしたっていうの?これも説明出来ない事なの、暁美さん?」

 

「あの女は……っ!」

 

──まどかを、殺した魔法少女。

 

その一言が喉の奥から出かけた時、彼女は我に返り言葉を飲み込む。

 

「……なんでもないわ。ごめんなさい」

 

「おいほむら!何を隠してるのかいい加減……」

 

「それでも今言った言葉通りよ。美国織莉子と組む気は……私には欠片もない」

 

後ろに振り返り、問い詰められまいと走り去るようにして帰っていく。

 

「ますます……分からない奴だよな、ほむらって」

 

「ええ……一体彼女は、何を経験したというのかしら?」

 

取り残された2人の仲間たち。

 

ほむらの背中を見送り、ただ呆然とするしかなかった。

 

────────────────────────────────

 

「脳内世界に生きる不思議ちゃん。…なんて、思えないモンを感じるんだよなぁ」

 

同じく帰路につく杏子とマミ。

 

今は商業区の繁華街を歩いていく光景。

 

この時間帯なら見滝原中学校の生徒達も同じように歩く光景が広がる。

 

その中に溶け込むように、杏子は()()()()()()()()を着込んでいた。

 

「しかしマミの借り物だけど、やっぱ胸の辺りがスースーするよなぁ……この服」

 

「ちょっと佐倉さん!?私が太ってるって言うの!」

 

「ちげーよ!ったく……何食ったらそんな胸のサイズになるんだ?」

 

これは見滝原中学校の屋上に集まり、魔法少女会議をする時に入り込む為の借り物。

 

バストサイズが全く合わないため、上着だけ上半身サイズを超えていた。

 

育ち盛りの時期に杏子は食事に困る人生を送った為か、貧相なサイズ。

 

対してマミのバストサイズは、豊満な()()()()に見えてしまうほど。

 

同じ女として、少しだけ嫉妬を感じてしまったようだ。

 

(15~16歳で女の体が完成するって聞いたことがある…今からあたしも育つ?)

 

そんな事を考えていたら、腹の虫が鳴り出した。

 

「なぁ、マミ。魔獣の瘴気も感じないし、ちょっと店で腹ごしらえして帰らないか?」

 

「……買い食いをしたら太るから嫌」

 

(さっきの言葉を気にしてるのか?体重計に乗るのが怖いタイプ?)

 

「冗談だって!マミは細い腰だし、太腿だって肉付きがいいぐらいの……」

 

「太るのは嫌!!」

 

(……地雷を踏んじまったか)

 

背を向けて震える、頑ななマミの姿。

 

(……奢って貰おうと考えていたけど、上手くいかないよな)

 

「しゃーねぇな……ホテルに帰って着替えたら、あたし1人で飯食いに行くよ」

 

その言葉を聞いて、マミは真剣な顔になり杏子に視線を移す。

 

「佐倉さん……やっぱり、魔法の力で盗んだ金を使って暮らしているのね?」

 

杏子の体が一瞬震えた。

 

「魔法少女の力を犯罪に使うなんて許せないわ!人間社会に牙を突き立てるような真似よ!」

 

この世界でも杏子に同じ事を言って責めてきた人物がいた。

 

『次は無い』

 

そう彼に脅されたのも、かつての世界と同じ。

 

その人物とは、杏子にとっては最後の家族となる嘉嶋尚紀。

 

家族が被害を与えた銀行に赴き、罪を被ってくれた行動もかつてと同じであった。

 

「……分かってる。後悔してるさ」

 

「だったら、盗んだお金は……」

 

「それでも、この盗んだ金を使って生きていけって…あたしに言ってくれた人がいた」

 

「えっ……?」

 

「その人は被害額の倍以上の自腹金を持って示談に行き…あたしの代わりに土下座してくれた」

 

(たしか、放送番組でそんなニュースを見た気がするわね)

 

「もう罪は繰り返さない。次を犯したら……あたしは、尚紀に命を差し出すさ」

 

「あれは……尚紀さんがしてくれた話だったのね」

 

尚紀はこの世界のマミとも出会っている。

 

かつての世界と同じく、事なかれ主義の薄情女に怒りをぶつけた。

 

彼の顔を思い出すのは、薄情女だと罵られたマミには辛かった。

 

(今でも……ずっと後悔している)

 

 自身も、過ちを繰り返したくない気持ちは同じ。

 

「あたしに残された最後の家族。本気であたしの為に身を挺してくれる人に誓って繰り返さない」

 

「これから人間社会で……どう生きていくの、佐倉さん?」

 

「……まだ決めてないけど、学生やる余裕もないし、子供でも働ける場所を探すさ」

 

「尚紀さんのいる東京で暮らすのは?」

 

「頼っても嫌がるだけさ。あの人の道は……修羅となって生きる道だから」

 

(修羅……悪魔のイメージしか浮かばない……)

 

1月28日、ニュースに釘付けにされたあの魔法少女テロ事件。

 

(明らかに人間ではなかった……人の姿をした悪魔……それが、尚紀さんよ)

 

「彼の事は深くは問わないわ。佐倉さんの大事な家族ですもの……」

 

「そうしてくれると助かるよ」

 

それで、これからどう生きる? 

 

金は保護者の働き手がいなければ、幾らでも減っていく。

 

「佐倉さん……よかったら私の」

 

「同じ事言わせんなよ、マミ。あたしは1人で生きていくから」

 

気丈に振る舞う姿。

 

住まいにしているホテルに帰っていく杏子の背中は、とても小さく見えた。

 

────────────────────────────────

 

その日の夜。

 

不夜城のように輝く商業区が一望出来る、国営放送局見滝原支局放送センター。

 

ビルの頂上にそびえる高い電波塔の上に座り、街を見下ろす暁美ほむら。

 

座っている隣では地面にソウルジェムが置かれ、周りには複数のグリーフキューブ。

 

グリーフキューブは数は揃えられても、グリーフシード程の穢れを吸い出す力はなかった。

 

「成程ね。確かに、君の仮設は一つの仮設としては成り立つね」

 

「仮設じゃなくて、本当の事よ」

 

「だとしても、証明しようがないよ」

 

彼女の隣にはキュウべぇ。

 

穢れを溜め込んだグリーフキューブを摘み、投げた。

 

「おっと」

 

丸く赤い入れ墨のような毛並が便座のように縦に開く。

 

キュウべぇの体内は異空間のように暗く底がない。

 

飛んできたグリーフキューブは吸い込まれ、宇宙を温める道具として利用された。

 

「器用なものね」

 

インキュベーターは宇宙を熱で温める使命を持つ。

 

少ししか温められなかったとしても、主から与えられた使命を投げ出す存在ではない。

 

(かつては殺したい奴だったのに、今ではこいつしかまともな話し相手がいない……)

 

「宇宙のルールを書き換えてしまったのだとすれば、僕らにそれを確かめる手段はないわけだし」

 

インキュベーターは大天使達に代わり、物質界を管理する末端天使。

 

天使や悪魔といった神々が座す高次元霊界にまで干渉する力は無かったようだ。

 

「仮に君がその記憶を持ち越していたとして、それは君の中にある夢物語と区別がつかない」

 

「……ふん」

 

「おおっと」

 

また一つグリーフキューブを摘み投げ、キュウべぇは背中を開けて拾い上げた。

 

「まぁ確かに、浄化しきれなくなったソウルジェムがなぜ消滅してしまうのか、原理は僕達も解明出来てない」

 

夢物語に過ぎない話ではあるが、それでも興味深い態度を示してくる。

 

ほむらの話した魔女の概念。

 

ソウルジェムから生まれる感情エネルギー。

 

 それは宇宙を温める管理者インキュベーターにとっては、あまりにも()()()な話。

 

チャンスがあるならば、この存在は……。

 

「……そうね、貴方達ってそういう奴らよね」

 

忌々しい存在に視線を向けるが、今はもう敵対する理由などない。

 

インキュベーターから守り抜きたかった人は、この世界にはもういない。

 

いるのは……瘴気。

 

ほむらは穢れを吸いきったグリーフキューブを全部キュウべぇに雑に投げ捨てる。

 

「うわわっ!」

 

慌てて走り回り、背中でナイスキャッチ。

 

眼下のビルが並ぶ商業区内には、魔獣の気配。

 

「たとえ魔女が生まれなくなった世界でも、それでも人の世の呪いが消え失せるわけではない」

 

それは最初の人間が犯した、逃れられない原罪。

 

人間達に感情ある限り、呪いという感情エネルギーは生まれ続ける。

 

呪いは別の形となって現れ、人々に襲いかかる。

 

たとえそれが、光の獣であったとしても。

 

ソウルジェムを左手に身に着け立ち上がる彼女の肩にキュウべぇはよじ登る。

 

「今夜はつくずく瘴気が濃いね、魔獣も次から次に現れる。いくら倒してもキリがない」

 

「ぼやいたって仕方ないわ。さぁ、行くわよ」

 

市内、高速道路、ビルの屋上……あらゆる場所に魔獣の影。

 

ほむらは電波塔の上から一気に下に飛び降りた。

 

──悲しみと憎しみばかりを繰り返す、この救いようのない世界。

 

──それでもかつて、この世界を守ろうとした人がいた。

 

背から魔力色を示す紫色をした光の翼が生み出されていく。

 

翼が羽ばたき、浮遊して着地。

 

周りは既に魔獣に包囲されていた。

 

「まだ弓には慣れないのかい?」

 

「それでも、使いこなしてみせるわ」

 

彼女の左手が大きく輝き現れたのは、この世界のほむらの魔法武器。

 

色や形は違えど、かつての世界の親友が使っていた魔法弓に似ていた。

 

まるでそれは、世界の守り手としてのバトンが渡されたかのように。

 

(それを覚えてる……決して忘れたりしない)

 

生み出された光の弦を引き絞り、魔法の矢が生まれる。

 

──()()()()()──

 

不意に、何処かから懐かしい声。

 

「もう、迷わない」

 

これが、この世界の暁美ほむらの戦う理由。

 

まどかが守り抜いた魔法少女達と共に戦い、生き続ける世界。

 

「まどか……私は戦い続ける」

 

引き絞られた矢が放たれる。

 

この世界で生き抜く覚悟が形となって、魔獣に目掛け飛んでいく。

 

たとえ親友が側にいなくても、心細くても。

 

──いつかまた会える日が訪れる事を……信じて。

 

 ────────────────────────────────

 

1……2……3……4……5……6……7……8……。

 

9……10……11……12……13……14……15……16……17。

 

153……。

 

153……。

 

153……。

 

1……5……3……△

 

イエス・キリストの黙示。

 

この黙示は、神がすぐにも起るべきことをその僕たちに示すためキリストに与えた。

 

そして、キリストが、御使をつかわして、僕ヨハネに伝えられたものである。

 

ヨハネは、神の言とイエス・キリストの証と、すなわち、自分が見た全てのことをあかしした。

 

この預言の言葉を朗読する者。

 

これを聞いて、その中に書かれていることを守る者たちとは、幸いである。

 

時が近づいているからである。

 

ヨハネからアジヤにある七つの教会へ。

 

今いまし、昔いまし、やがてきたるべきかたから。

 

また、その御座の前にある七つの霊から。

 

また、忠実な証人、死人の中から最初に生れた者。

 

地上の諸王の支配者であるイエス・キリストから、恵みと平安とが、あなた方にあるように。

 

わたしたちを愛し、その血によってわたしたちを罪から解放する。

 

わたしたちを、その父なる神のために。

 

御国の民とし、祭司として下さったかたに、世々限りなく栄光と権力とがあるように。

 

アーメン。

 

────────────────────────────────

 

そこは 白い 世界。

 

ただ ただ 白い世界。

 

でも一色だけ違う色がある。

 

それは一本の細く黒い線。

 

一次元のごとく一本の線。

 

近づいてみた。

 

よく見たら黒い電車。

 

電車は走っている。

 

線路もないのにただ走り続ける。

 

車内はどうか? 

 

乗客の姿は見つからない。

 

この電車は何処に向かっているのであろうか? 

 

答えは……。

 

答えは……。

 

…………は。

 

────────────────────────────────

 

黒髪の美しい少女は、重たい瞼を開き始める。

 

「私……眠っていたの……?」

 

居眠りしていた自分に気が付き、周りを見渡す。

 

誰も乗っていない電車の中。

 

「どうして……?私は電車通学なんてしてないのに……思い出せない……」

 

見滝原中学校の女子制服を着た少女の姿。

 

長い後ろ髪は左右に分かれるように流れた黒髪少女。

 

頭には赤いリボンを結び、髪に留めていた。

 

体を起こそうとするが力が、入らない。

 

「体が動かない……まるで金縛りにあったみたい……」

 

思考だけははっきりしているが、現実感が何一つ感じられない。

 

「まるで……夢と現の世界ね……」

 

思考を巡らせてみたが、こんな現象はおかしい。

 

「魔獣の力? あいつらには、こんな現象を起こせる力なんてない……」

 

魔獣ではないのなら、彼女が考えつくものは唯一つ。

 

「魔女…… いいえ、そんなはずない。だって魔女は…まどかが全て消し去ったから」

 

人々に呪いの因果をもたらす前に、一人の少女が彼女たちを受け止めて救ってくれるはず。

 

「魔法少女達を救うメシア…鹿目まどかを覚えているのは…私独り……」

 

かつて守り抜きたかったが、守り抜く事が出来なかったほむらの最高の友達。

 

「私にはまどかがいれば良かった。でも、彼女はもう……どこにもいない……」

 

まどかは3次元と時間を足した4次元の領域からシフトアップした。

 

神の領域である11次元に辿り着いた。

 

イエス・キリストや仏陀が辿り着いたという神の次元。

 

ほむらを独り残し、行ってしまった。

 

神の次元を思う心が、古巣の記憶を呼び起こす。

 

東京のミッション校時代を少しだけ思い出せたようだ。

 

「聖書……牧師の資格を持つミッション学校の先生が語っていた言葉……」

 

聖書の一説が思い出されていく。

 

──今いまし、昔いまし、やがてきたるべき者。

 

──全能者にして、主なる神が仰せになる。

 

──わたしはアルファであり、オメガである。

 

──あなたがたの兄弟であり、共にイエスの苦難と御国と忍耐とにあずかっている。

 

──わたしヨハネは、神の言とイエスのあかしとのゆえに、パトモスという島にいた。

 

──ところが、わたしは、主の日に御霊を感じた。

 

──そして、わたしのうしろの方で、ラッパのような大きな声がするのを聞いた。

 

──その声はこう言った。

 

──あなたが見ていることを書きものにしなさい。

 

──それを七つの教会に送りなさい。

 

──そこでわたしは、わたしに呼びかけたその声を見ようとしてふりむいた。

 

──ふりむくと、七つの金の燭台が目についた。

 

「どうして今頃になって……聖書の一節を思い出せたの……?」

 

考えていた時、右手に重みがあるのを感じた。

 

どうにか右手だけは動かし、顔の前に持ち上げると…。

 

「これは……燭台?」

 

右手に持たれていたそれは、七つの金の燭台。

 

ユダヤ教とヘブライの民を象徴する()()()()

 

「なんで私は……こんなものを……?」

 

燭台の隙間から何かが見えた。

 

目の前の椅子に座っていたのは、1人の男。

 

男を見た時、また聖書の一説が蘇っていく。

 

──それらの燭台の間。

 

──足までたれた上着を着、胸に金の帯をしめている人の子のような者がいた。

 

──そのかしらと髪の毛とは、雪のように白い羊毛に似て真白であり。

 

──目は燃える炎のようであった。

 

目の前に座る人物。

 

膝下まである長い黒のトレンチコート姿。

 

バックルでベルトを前に通し、結び、股下まで短く垂らす。

 

頭は羊毛のように白い白髪。

 

白シャツに絞められているネクタイ色は、金を思わせる。

 

黒い革靴は明かりで真鍮のように輝いて見えた。

 

「お前は……」

 

彼の瞳が向けられる。

 

その目はまるで、世闇に輝く金色の炎。

 

「よぉ、やっと会えたな。と言いたいところだが……」

 

──まだ俺たちの出会いは……先の話だ。

 

 ────────────────────────────────

 

「私をここに閉じ込めている貴方は何者?」

 

「何者だと思う?」

 

「魔女……」

 

「俺が女に見えるか?」

 

「なら……魔獣?」

 

「俺の頭は禿げてはいない。それに、お前を閉じ込めてなどいない」

 

「なら、どうして私はこんな場所にいるわけ?」

 

「ここは……お前の夢と現の境界さ」

 

(口を動かして喋っていない…でも、この男の声がまるで大水の音のように響いてくる)

 

夢と現の境界線を走り続ける、漆黒の電車空間。

 

「なら、貴方は私の脳が映し出す……夢幻といったところなのかしら?」

 

「そうであり、いずれそれが現実となる」

 

「言っている意味が分からないわ」

 

「俺たちはいずれ、出会う運命だ」

 

「貴方の目的は何なの?」

 

「俺とお前、いずれ交わる時……それはお前にとって、最大の試練となる」

 

「貴方……私の敵なの?」

 

「今はそうであり、そして違う事になる日も訪れるだろう」

 

「ぼかした言葉しか使わない男ね」

 

「お前という存在が、俺たちの役に立つか……見極めたい」

 

「俺たちと言ったわね?なら、貴方たちの目的は何なの?」

 

「それもいずれ分かる」

 

「この燭台を私に持たせて……何を企んでいるわけ!?」

 

「それは俺と同じ道を辿る為に必要な導きとなる……炎の燭台だ」

 

「私を導く炎……?何かは分からないけれど、今は敵だと言うなら容赦はしないわ」

 

左手からソウルジェムを出そうとする。

 

だが、左手に力が入らず持ち上がらない。

 

「今は戦う必要はない。その時がくれば、俺はお前の前に立ちはだかる」

 

「いつでも殺せると言いたそうね……」

 

「その為に、お前は数々の死の試練を超える必要があるんだ」

 

「答えなさい……お前は一体何者なの!?」

 

「俺は、未来のお前が辿り着く場所さ」

 

「未来の私が……辿り着く場所……?」

 

「俺は先にゴールをしているだけだ」

 

邪悪な笑みを浮かべる男の表情。

 

剥き出しとなった歯は、まるで刃のような鋭さを持つ。

 

背筋が凍りつき、空気さえも張り詰める圧迫感が周囲を支配していく。

 

まるで終末の空に邪悪に輝く、黒い太陽。

 

(今は……争うべきではないのかもしれない)

 

彼女の脳裏に聖書の一説が過る。

 

──その足は、炉で精錬されて光り輝くしんちゅうのようであった。

 

──声は大水のとどろきのようであった。

 

──その右手に七つの星を持ち、口からは、鋭いもろ刃のつるぎがつき出ていた。

 

──顔は、強く照り輝く太陽のようであった。

 

──わたしは彼を見たとき、その足もとに倒れて死人のようになった。

 

──すると、彼は右手をわたしの上において言った。

 

「恐れるな。俺は初めであり、終りであり、また、生きている者だ」

 

「ヨハネの黙示録……お前はまさか……」

 

「俺は死んだことはあるが……見ろ、世々限りなく生きている者さ」

 

「私に……何をさせる気なの?」

 

「死と黄泉との鍵を俺たちは持っている」

 

「死と黄泉の鍵……?」

 

「そこでお前の見たこと、現在のこと、今後起ろうとすることを、俺達は書きとめていくんだ」

 

「私達にこれから起こることを……記す?」

 

「俺の右手にかつてあった七つの星と七つの金の燭台との奥義は…お前の真実を照らす」

 

「………………」

 

「お前は、七つの星、七つの教会の御使、七つの燭台、七つの教会に背く者となる」

 

「私に何が起こるの……?世界に何が起こるの……?」

 

「俺たちは、()()()()()()使()()共と殺しあう事になる」

 

「聖書に書かれている事が……起ころうとしているの!?」

 

「そうだ。お前の力を……俺たちは期待する」

 

「黙示録……?ハルマゲドン……?」

 

男は満足そうな顔を少女に向ける。

 

立ち上がり、少女に近づき、顔を近づけた。

 

「俺たち悪魔が、お前の嘘に塗れた今の魔法少女人生を否定してやる」

 

「悪魔……?嘘に塗れた魔法少女人生……!?」

 

「俺たち悪魔が、お前のもっともどす黒い感情を晒し物にしてやろう」

 

「悪魔が……私の黒い感情を晒す……?」

 

「お前を導いてやる……混沌の闇の世界へとな」

 

「私は……まどかからこの世界を託されたのよ!」

 

「ほう?」

 

「魔女のような……邪悪な存在になるつもりはないわ!」

 

「なら俺たちが……お前にかつてあった感情の極みを思い出させてやる」

 

「感情の……極みですって?」

 

()()()()()()()()()()程の感情をな」

 

少女の背後にある窓に手をつく。

 

彼女の顔の前まで顔を近づけて、こう言った。

 

「自分に嘘をつき続ける()()()が…お前の心は()()()()()()()()だ」

 

「嘘つき……?私が……愛に狂っている……!?」

 

「低い次元世界から消えた、鹿目まどかへの愛に飢えている」

 

「まどかへの……愛……」

 

「俺たちが……思い出させてやる」

 

少女から離れ、電車の向こう側へと歩く姿。

 

「お前は悪魔なのね……名を名乗りなさいよ!!」

 

男が立ち止まる。

 

首を傾け、背後に向かって顔を反らしながら振り向いていく。

 

「俺は……東京の魔法少女共からこう呼ばれている」

 

──人修羅。

 

「人修羅……それが、悪魔の名……」

 

「次に出会う時は、言葉ではなく互いの力で語り合うだろう。楽しみにしてるぜ」

 

──暁美ほむら。

 

そう言い残し、人修羅と名乗った悪魔は向こう側の車両へと消えていった。

 

意識がホワイトアウトしていく。

 

夢と現の時間も終わりを迎えた。

 

境界を進む列車の終着駅。

 

「交わした約束……感情の極み……」

 

──まどかへの……愛……。

 

消えていく白い世界。

 

悪魔に言われた言葉を最後に、死人のように倒れ込む。

 

眠りについた彼女が次に目を覚ました場所は、自宅ベット。

 

これは、暁美ほむらが見滝原中学校に転校する……少し前の出来事。

 




読んで頂き、有難うございます。


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52話 白い魔法少女

4月も終わりが近づいていた頃。

 

夜の見滝原市では、3人の魔法少女達が今日も魔獣相手に奮戦している。

 

しかし、2人の魔法少女は動揺していた。

 

「なぁ、マミ…この魔獣の数は何なんだよ!?」

 

「少し前に比べても、爆発的に繁殖している…。何が原因でこんな自体に?」

 

丁度ほむらがこの世界に流れ着いた頃から始まっている光景。

 

「ぼやいたって仕方がないわ…。行くわよ、杏子、巴マミ」

 

湧き出し続ける魔獣の軍勢を前にしても怯むことなく、ほむらはビルの上から跳躍。

 

「確かに、ぼやいたって戦う事に変わりはないよな」

 

「私たちも行きましょう」

 

2人も後に続いた。

 

魔獣は大した力をもたない個体の群れ。

 

攻撃手段は体の周りを覆う複数の四角いポリゴンを使う。

 

四角いポリゴンから放つ魔力のレーザー以外は、特に攻撃手段はもたない。

 

動きも緩慢であり、手練の魔法少女ならばカカシも同然であろう。

 

「動きさえ止まらなきゃ、そんなすっトロい攻撃に当たるかよ!!」

 

跳躍移動を繰り返し、レーザーを避けながら接近。

 

長槍パルチザンのような魔法槍の刃で魔獣を切断していく。

 

魔獣の隊列内に着地した杏子の姿。

 

槍の持ち手部分を使い、体の左右に大きく回転させていく。

 

柄部分が次々と分離していく光景は中国武具の多節棍・多節鞭を思わせる。

 

内蔵された鉄の鞭を振るい、周囲の魔獣を殴打していく。

 

破壊されていく魔獣だが、次々に現れ始めた。

 

「次から次にきりがない…まぁ、取り分増えるから文句はねーよ」

 

杏子の背後に出現した魔獣達がレーザーを放つ構えを見せた時…。

 

「やらせないわ!」

 

魔獣周囲に向けて空から銃弾が降り注ぐ。

 

マスケット銃の弾は魔獣の足元に着弾。

 

そこから芽が伸びるように丈夫なリボンが大量に溢れ出す。

 

地面を覆う根のように飛び出し、次々と魔獣に襲いかかった。

 

「レガーレ・ヴァスタアリア!!」

 

複数の魔獣はリボンによって拘束、バインド状態。

 

「ヘッ、手間かけさせたね!」

 

背後に振り返るように柄を繋いだ魔法槍の一閃。

 

背後の魔獣達が一度に切断される光景。

 

これが巴マミの固有魔法。

 

()()()()願いによって生み出されたリボン魔法だ。

 

ただのリボンであるが、魔法の応用技術によって様々な武器に編み上げる錬成を使いこなす。

 

構造が簡単なマスケット銃や大砲。

 

丸い弾丸や大砲の榴弾を好んで錬成していた。

 

空から現れ、杏子の後ろに着地。

 

マミは油断なく両手を左右斜め上に向けて開く。

 

「ハァッ!!」

 

離れた位置に現れた複数の魔獣に狙いは向けられていた。

 

掌から生み出されたリボンで小さな大砲を錬成。

 

装飾された砲身から榴弾が発射され、魔獣達を爆殺。

 

爆発の光でマミと杏子の姿は魔獣結界世界に照らされた。

 

「はっ!相変わらず必殺技を叫ぶ癖は治らないよな、マミ?」

 

「これは戦場での気持ちの問題よ。自分を奮い立たせ相手を倒せると願掛けしてるようなものね」

 

「まぁ、あたしは足を引っ張らなきゃ何でもいいけどな?」

 

「あら佐倉さん?私の連携は何点貰えるのかしら?」

 

「昔と変わらねーよ、百点満点だ!」

 

かつて2人は、共に見滝原で戦った魔法少女達。

 

家の悲惨な末路さえなければ、杏子とマミが離れ離れになる理由などなかった。

 

(離れていた時期があっても、やっぱり戦場のマミは信頼出来るよ)

 

道路の向こう側からは、おびただしい数の魔獣。

 

次から次に現れ出る光景に視線を移す。

 

「あらかたコロニーは潰したはずなのに、まだどっかにあるんだろうな」

 

「ええ、それを潰さない限り魔獣は際限なく現れ出るわ」

 

「なら、こいつらが発生する場を辿りながら…コロニーに向かうだけさ!」

 

杏子は油断なく魔獣の集団に向けて槍を構える。

 

マミは頭の帽子を掴んで投げる。

 

周囲に魔力で回転させながらキャッチして被り直す。

 

回転する帽子の中から複数のマスケット銃が生み出され、地面に固定し拾い上げた。

 

広い道路に一直線上に展開した魔獣の姿。

 

隊列を組み、レーザー攻撃を放とうとした時…。

 

<避けて、二人共>

 

ほむらの念話が突然聞こえた。

 

後ろを振り返った杏子とマミだったが…。

 

「おいおい!?」

 

「私たちがいるのよ!?」

 

血相を変え、リボンと槍の鞭を街灯に絡み付けて跳躍回避。

 

後方のビル。

 

屋上に描かれたのは巨大魔法陣。

 

かつての世界において、まどかが生み出した魔法陣と酷似している。

 

菱形が幾重にも重なり合う魔法陣が複数に広がり、光の糸で繋がり合う光景。

 

ビル屋上で弓を構えたほむらの姿。

 

「まとめて倒す」

 

前方に描いた魔法陣に向け、光の矢を放つ。

 

魔法陣を貫いた瞬間、菱形魔法陣からも無数の光の矢が生み出された。

 

魔人の直線隊列に向けて飛び交う。

 

矢は徐々に形を変えていき、紫の()()()めいた矢と化した。

 

魔人の隊列に雨のように降り注ぎ、魔獣の軍勢は一網打尽にされ消滅。

 

(…扱いづらい。今まで使ってきた現代武器じゃないものね…)

 

彼女の武器と魔法は新しい世界においては形を変えられていた。

 

(弓を使った事もない私にはハンデとなる…。そこは魔力で補うしかないわ)

 

敵を倒したほむらはビルの上から飛び降り、地上に着地。

 

「おいコラァ!!あたしらも殺す気かよぉー!!」

 

食って掛かるのは当然だろう。

 

巻き添え被害で殺されかけたのだから。

 

「暁美さん、今のタイミングは最悪よ。もっと状況判断してくれないと」

 

「状況判断が出来てないのは貴女よ。あの隊列ならば魔法攻撃で殲滅出来るチャンスだったわ」

 

「だからぁ!あたしらがいるのが見えてなかったのかって!?」

 

「警告はしたはずよ?貴女達なら問題なく避けれると判断したまで」

 

「打ち合わせならまだしも、いきなりだぞ!一言ぐらい謝ったって…」

 

「その必要はないわ」

 

「ぐっ…いい度胸してるよ、お前って」

 

お前も何か言えとマミに視線を移す。

 

頑ななほむらの態度に呆れて首を振った。

 

(暁美さんとの戦闘陣形を考え直さないと…危ういわね)

 

魔獣に接近戦を行う杏子。

 

中距離から補佐して支援を行うマミ。

 

後方から状況判断して遠距離射撃を行うほむら。

 

後方の高台で戦況を観察しなければならない彼女は責任も大きい。

 

責められるのも無理はなかった。

 

「暁美さん、魔力の使い方だって…あんな魔力行使を続けていては…」

 

「問題ないわ。グリーフキューブなら沢山拾えたのでしょう?」

 

「それは、まぁ…」

 

「私の取り分を渡して、杏子」

 

グリーフシードに目ざとかった杏子は、この世界でもグリーフキューブを重要視していた。

 

文句を言いに来る前に両手に沢山拾っていた分を何個か摘む。

 

「おい、取りすぎだろ!」

 

「つべこべ言わないの」

 

彼女はソウルジェムに翳し、汚れを吸い出す。

 

いつの間にか足元にはキュウべぇの姿。

 

「グリーフキューブの回復頼りで大火力行使を続けていては、いざという時底を尽きてしまうよ」

 

「あなたに私の戦い方を指図される言われはないわ」

 

穢れを吸い出したグリーフキューブをキュウべぇに投げる。

 

「もっとマシな投げ方出来ないのかい?」

 

地面を歩き回りながら回収していったようだ。

 

二人の間を割るように歩みを進めていくほむらの姿。

 

「魔獣のコロニーは、今夜中にカタをつけましょう」

 

ビルに大きく跳躍し、屋上を飛び越えながら移動していった。

 

「やれやれ、ほむらの戦い方は余裕を感じないね」

 

「そうね…」

 

「類を見ない魔力保有者ではあるけれど、あれでは先はないよ」

 

「暁美さんは何を背負って…あんな自己完結した戦い方をするの?」

 

杏子はグリーフキューブを服のポケットに仕舞い終えたようだ。

 

何個か使って魔力回復させる彼女の視線は、遠いほむらの背中。

 

「まるであいつ…」

 

――()()()()()()()()ようにしか、あたしには見えねぇよ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

オフィス街を超えて商業区から南西に向かう。

 

住宅区の公園郡を超え、河川で仕切られる橋を渡った先にあるのが海沿い区画。

 

そこはこの街の開発の頃から他の区画とは一線を引くような地区。

 

見滝原政治行政区と地元住民から呼ばれる場所だった。

 

「見滝原政治行政区ねぇ…行った事ないけど、どんなのがあるんだ?」

 

「国会議事堂並の巨大議事堂や、公邸、諸生党の本部ビルに代わる政党ビルがあるらしいの」

 

「まるで霞が関ビルディングじゃねーか。この街の海沿いにそんな場所があったなんてなぁ」

 

「あの街のランドマークタワーなら、商業区からでも見えた事があるでしょ?」

 

「台湾にある台北101みたいなビルだろ?デカイよなー」

 

「高さは500メートルを超えているそうよ。この街ならどこでも見えるわね」

 

「なんでそんなビルを政治行政区って場所に建てたんだろな?」

 

「あそこは日本合同庁舎ビルと呼ばれてるの」

 

「なんだそりゃ?」

 

「日本の行政機関が入る予定だと言われているけれど…私も詳しい事は知らないの」

 

「何にしろ、この国の首都に代われる程の街を作るなんて…何考えてんだろな?」

 

「そうね…どうしてこの国は見滝原市や隣の神浜市という新興都市を計画したのかしら」

 

「2人とも、無駄話もそこまでにしなさい。国の事情なんて魔法少女には関係ないわ」

 

川に近いビルの上に3人は到着。

 

住宅区と政治行政区を繋ぐ橋が見える位置。

 

「どうやら、この橋の向こうから魔獣共は流れてくるようだな」

 

「この先は私も立ち入った事がないのよ」

 

「関係ないわ。現にあの橋を超えて次々とこちら側に魔獣が流れてきている」

 

「つーことは、あの街に魔獣のコロニーがあるってわけだ」

 

「でもこの先の街は…」

 

「見なさい、渡ってくる魔獣達が人間達から感情を奪い取っているわ」

 

橋を往来している車列は止まっている。

 

人間達も倒れているのを確認したほむらが動く。

 

ビルの上から飛び降り、落下中に空に向けて光の矢を放つ。

 

橋の上に矢は飛来し、地上に向かって魔法陣が生まれた。

 

菱形魔法陣から次々と光の雨が降り注ぎ、魔獣の群れを一掃。

 

「たしかマミ、前に言ってたよな?」

 

「ええ。この先は…もう一つの魔法少女グループが活動しているエリアなの」

 

「美国織莉子だっけか?」

 

「行きましょう、佐倉さん。美国さんや呉さん、それに浅古さんが危険だわ」

 

「へっ、うちのトラブルメーカーが連中に絡む前に…どうにかするか!」

 

3人は橋の向こう側へと向かう。

 

現れる魔獣共を切り払い、撃ち払い突き進む。

 

3人は国会議事堂を思わせる大きな議事堂の前に到着。

 

「見つけたわ」

 

衆議院・参議院を思わせる屋根の上に座り込む巨大な人影。

 

おびただしい瘴気を放つ存在とは、コロニーを生み出す魔獣達だ。

 

「ここが魔獣のコロニーだったか!」

 

「暁美さん、飛ばし過ぎよ。後は私達が…」

 

「見くびらないで。この程度で引き下がる私じゃないわ」

 

ほむらは魔力の回復作業も行わない強行軍を己に敷いた。

 

戦場を突破したのはいいが、魔力残量は心もとない。

 

それでも彼女は意に介さず、国会議事堂を思わせる建物に向けて弓を構える。

 

その時…。

 

―――オラクルレイ。

 

魔獣達の背後上空から飛来した光。

 

無数の光線が魔獣達を貫通していく。

 

コロニーを形成していた魔獣達は声も出せずに消失していく光景。

 

3人の前方にまで飛来した光線は足場に被弾し、ほむら達は飛び退いた。

 

「この魔法攻撃…まさか!」

 

まるでここから先は自分達の領域だと線引きするかのような一撃。

 

夜空にかかっていた雲も晴れていき、月明かりが出始める。

 

議事堂中央塔に目を向けたほむらが見た光景。

 

「やはり…」

 

月明かりを上空に、夜の光に照らされしは白い魔法少女。

 

その横には黒い魔法少女の姿。

 

さらに横には青い魔法少女の姿。

 

奥歯が音を鳴る程に噛み締められ、顔つきは怒りに染まっていく。

 

「美国…織莉子…ッ!!!」

 

自身の名を叫ぶ少女の事は識っていた存在。

 

織莉子と呼ばれた少女は、ほむらに目を向け優しく微笑んで見せた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ほむらの弓が議事堂中央塔に向けられ、引き絞られる。

 

光の矢が弓につがえられた瞬間…。

 

「くっ!?」

 

槍とマスケット銃が交差するように迫り、放たれる矢を空に向けて叩き上げた。

 

放たれた一撃が燃え上がる巨大カラスの如き姿と化し、天高く消えていく光景。

 

明らかに殺意が込められている一撃だった。

 

「何考えてんだほむらぁ!!あたしらは魔法少女同士の殺し合いに来たのかよ!」

 

「そうよ暁美さん!魔法少女は魔獣を相手に手を取り合って戦う仲間達じゃない!!」

 

「黙りなさい二人共!!あの女だけは許さない!!!」

 

「随分うちの織莉子に恨みを持ってるようだねぇ?」

 

背後から感じたのは、黒い魔法少女の気配。

 

「織莉子は良い子だから、魔法少女に恨まれる事はないんだけど?」

 

いつの間にか背後に移動していた。

 

手が見えない程に長い袖から現れた武器。

 

何本にも束ねた赤黒く光る複数の鎌。

 

鎌はほむらの背後から伸び、彼女の心臓に尖端が向けられていた。

 

「…速度低下魔法ね、呉キリカ」

 

「へぇ?私の固有魔法を知ってるんだ?」

 

「ええ…その恐ろしさは、身を持って経験したわ」

 

「おかしいな~、君と私は初対面のはずなのに?」

 

「一定範囲内の敵の速度を低下させる補助魔法でしょ?」

 

「ご名答。相対的に味方全体の速度を加速させれるのさ。…やっぱり何処かであった?」

 

「会ったわ…最悪の出会いでね。あの美国織莉子共々に…!」

 

「私の記憶にはないけど…君、もしかして酷い妄想癖があるタイプ?」

 

「美国織莉子…呉キリカ…私はお前達を許さない!!」

 

<<ちょっと、そこの根暗ロン毛女ぁ!!>>

 

威勢の良い少女の声が議事堂方面から響く。

 

「喧嘩売りに来たなら、あたしが買ってあげるわよ!」

 

議事堂方面から織莉子と共に歩いてくる魔法少女の声だった。

 

青い長髪をした魔法少女は直情的な怒りを隠さない態度。

 

(誰なの…?かつての世界の美国織莉子は、こんな奴を従えてはいなかったわ…)

 

白と藍色をした近代欧州騎士風の装束を上半身に、下半身は白いミニスカートとロングブーツ。

 

斧柄を背中に固定する為の胸と腰のベルト部位。

 

左胸のベルト部位に見える飾り物がソウルジェムだと思われる。

 

(あんな巨大な斧を振り回すの…あの魔法少女?)

 

長い柄腹を右手に握り、柄背を右肩に乗せた魔法武器。

 

いつでも片手で振り抜ける構えを見せるのは、十字架の装飾があるポールアックスだった。

 

(あの女の固有魔法は分からない…迂闊に攻められないわね)

 

織莉子、キリカ、そして未知の敵。

 

それに加え、杏子やマミも止めようとするこの状況。

 

「小巻さん、落ち着いて」

 

「だって美国!こいつの方から喧嘩売ってきたわよ!?」

 

「私達は戦う為に出会ったのではない。そうですね、巴さん?」

 

「ええ、美国さん。私達は貴女達に敵対する意思はないわ」

 

「貴女達に無くても私には…!」

 

「いい加減にしろ!隠し事ばかりしやがって!」

 

周りから見れば、突然興奮して暴れる患者のように見られているかもしれない。

 

事情を周りに説明する事さえ出来ない立場のせいで、責められるのはほむらばかり。

 

「一体こいつらに何の恨みがあるのか、言ってみろよ!」

 

(…言えるはずがない)

 

ほむらの脳裏に、かつてあった世界の記憶が過る。

 

魔女と呼ばれる存在がいた、かつての世界。

 

美国織莉子と呉キリカが見滝原中学校を襲った事件。

 

そこで行われた()()()()()()()とも言える惨状は、今でもほむらは覚えている。

 

(先生は呉キリカの使い魔に喰われ、生徒達も喰われた…忘れられない地獄絵図よ)

 

彼女達の目的は、世界を終わらせる魔女と化す鹿目まどかを抹殺すること。

 

それを許すほむらではない。

 

二人に戦いを挑む事となった過去を持っていた。

 

(あの2人は死に際に…まどかを殺した)

 

かつての世界の出来事を証明する方法などない。

 

(頭では分かっている…この世界の美国織莉子と敵対する理由なんてない…)

 

鹿目まどかが存在しない世界。

 

美国織莉子も世界を終わらせる魔女を産む鹿目まどかを襲うこともない。

 

それでも感情の起伏が激しいほむらは、怒りを制御する事が出来ない。

 

大好きな親友の命を奪った存在と同じ姿形をしている存在がいるだけで許せない。

 

「…()()()()()かしら?暁美ほむら」

 

「…なぜ、私の名前を?」

 

「予知で今日の光景は知ってました。貴女が私とキリカに敵意を向けてくる事も」

 

「そうね…貴女って、そういう女だったわね」

 

「私達は…何処かで会いました?」

 

「………………」

 

「貴女が襲いかかってくる動機までは分かりません。なぜ、私を殺そうとするんです?」

 

(傍から見れば…突然襲いかかる狂人なのかしら?…今の私の行動は?)

 

自分を客観視出来る冷静さが戻ってきたようだ。

 

「帰るわ…。杏子、グリーフキューブは貰うわよ」

 

「突然怒ったり、クールダウンしたり…忙しい奴だなって!?」

 

ポケットに詰め込まれたグリーフキューブを強引に掴み取られた。

 

「取り過ぎだぞオイ!!」

 

怒る仲間は無視し、彼女は政治行政区を離れていった。

 

「本当にごめんなさい…美国さん」

 

「いいえ巴さん、私は気にしてないから」

 

「私は気にしてるっつーの!!何よあのウルトラコミュ症!!スーパー根暗女!!」

 

「小巻はファイナルガキ大将だけどねぇ~?」

 

「五月蝿い呉!!」

 

「さやかよりも濃い青髪してるせいか、さやか以上に性格キツイな…こいつ」

 

「うちの小巻は性格キツイよ~?白女の嫌味な良家組が、しっぽ巻いて逃げるぐらいに」

 

「この八重歯コンビ…!?売られた喧嘩からは私は逃げないーっ!!」

 

大騒ぎしだす光景が広がる。

 

根が子供な3人を見ながら微笑む織莉子とマミの姿。

 

微笑んでいた顔つきが変わり、マミに視線を向けた。

 

「ある日を境に…魔獣が異常繁殖を繰り返す。巴さんは何か掴めてます?」

 

「いいえ。私も佐倉さんも…突然すぎる自体に戸惑ってるわ。何が原因でこんな自体に?」

 

「私の予知魔法で掴んだ情報は、暁美ほむらがこの街に現れた頃と魔獣の増殖が一致するんです」

 

「まさか…暁美さんに原因が?」

 

「確証はまだありません…ですが、偶然にしては…」

 

「そうね…暁美さんは私達に隠し事が多すぎるわ。彼女は一体何者なのかしら?」

 

「並の魔法少女を遥かに超える、莫大な魔力量…。ただの魔法少女とは思えませんね」

 

「もう一つ私も気になるの…例の大物魔獣」

 

「通常の魔獣とは異なる、強大な魔力がこの街に現れた事には気がついてます」

 

「大物魔獣については、何か情報は得られたの?」

 

「いいえ…予知でもその正体を掴めてません」

 

「暁美さんの出現に合わせた魔獣の増殖、それに大物魔獣の出現…」

 

「この街に…何が起こっているんでしょうね…」

 

<<ギャーーー!!ゴリラ女ー!!!>>

 

<<オラーーッ!!どう?参ったか八重歯コンビーッ!?>>

 

こちらの緊張感もつゆ知らない、3人娘のプロレスごっこ。

 

窒息させられかけた杏子とキリカを見て、2人は慌てて止めに入ったようだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

魔法少女の変身を解き、歩道を歩いて帰るほむらの姿。

 

歩道に倒れていた人間達の意識も戻っていく。

 

そんな光景さえ目に入らないように、彼女は美国織莉子の事を思い出していた。

 

「まどかを救えなかった時間軸を捨て、次の世界に流れた時に…あの女の身辺を洗ったわ」

 

汚職議員の娘。

 

世間からは疎まれた存在。

 

見滝原市内にあるお嬢様学校。

 

白羽女学院3年生の生徒。

 

「見滝原郊外に作られた高級住宅街にある屋敷に…あの女は住んでいると突き止めた」

 

目的は既にかつての世界で聞かされている。

 

「インキュベーター以外の驚異が生まれた…。だからこそ私はあの女を…」

 

――真っ先に、殺す必要が出来た。

 

一体どれだけの織莉子を殺したろうか?

 

「銃殺…事故死…寝静まった部屋に上がり込んで、自作ナパーム弾で焼き殺したりもしたわ」

 

予知魔法があろうが、キリカと合流されなければ勝利は揺るがなかった。

 

「あらゆる殺戮行為をしてやった…何十人?百人?…いいえ、もっと殺したわ」

 

――だってあいつは、()()()()()()()だから。

 

「…あの女のお陰かしら?今では眉1つ動かさずに…人を殺せるようになったわね」

 

交わした約束がかつてあった。

 

その為ならば返り血塗れの『修羅』となる。

 

そう決めて生きてきたのが、暁美ほむらと呼ばれた魔法少女の在り方。

 

死の上に、さらに死を築く道。

 

その姿はどこか、魔法少女の虐殺者の姿と酷似していた。

 

……………。

 

橋の歩道を歩くほむらの姿。

 

彼女はまだ気がついていない。

 

射抜くように鋭い目線を送ってくる存在に。

 

住宅区を超えた商業区にある高層ビル屋上から向けられている。

 

「アノ小娘ハ弓ノ素人カ。無様ナ戦イブリダッタゾ」

 

その姿は魔獣などではない。

 

白き馬に跨り手綱を握るのは、長身の黒い人影。

 

裾がボロボロの黒いローブ姿。

 

手綱を握る手甲から察するに、ローブの下は騎士甲冑を纏っている。

 

黒いフードを被った頭部に見えるのは、フードの上から被る黄金の王冠。

 

フードの奥に隠れたその顔は、人ではない。

 

()()()()()()

 

この存在を象徴するかのように、握られた武器も見える。

 

黒いベルトで背中に背負った矢筒の矢。

 

手綱を持つ別の手に握られていたのは…神弓。

 

このような存在は決して魔法少女達が知る魔獣と呼べる代物ではない。

 

「今ノ貴様デハ、コノ先訪レルダロウ…逃レラレヌ死ニ抗ウ術ハナイゾ」

 

弓兵である主人を乗せている白き馬の姿。

 

彼女との距離を測るように鼻ラッパをブルルと鳴らした。

 

白く長い馬の毛。

 

前髪で隠れていた馬の瞳が見える。

 

その眼は、悪魔を表す真紅の瞳。

 

「マダ時デハナイ。他ノ騎士達ガ集マル時、アノ小娘ト相見エヨウゾ」

 

馬を操り踵を返していく。

 

屋上を走り抜ける白馬が正体を表した。

 

白い体に表れ、開いていくのは無数の瞳。

 

首から下は獲物を追い求める死角無き目玉であったのだ。

 

騎士は馬に乗ったまま屋上を跳躍。

 

馬の足から噴き上がる白煙が濃度を増し、天駆ける橋となった。

 

夜空を駆けていった騎士。

 

彼の者の名は、第一の騎士『ホワイトライダー』

 

いずれ暁美ほむらに逃れられぬ死を与えるだろう。

 

『魔人』の1人。

 




読んで頂き、有難うございます。


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53話 生きる意味を知る

見滝原市郊外に新しく作られた高級住宅街がある街は五郷と呼ばれる。

 

ここから五郷駅を使い見滝原市の学校やオフィス街に通う者もいれば、高級外車で通う富裕層もいる。

 

小高い丘の上に広がるように整然と並ぶ高級住宅地は、上に登るほど大富豪達の住まいとなっていく。

 

そんな高級住宅地の一角の通りに、近隣住民の富裕層達が見るのも憚られる屋敷の塀が存在した。

 

汚職によって主人である美国久臣を失った屋敷通り。

 

そこは今となっては、スラム街の通りと変わらない程嫌がられる通りとなっていた。

 

洋館建築の屋敷を覆う塀は、心無い言葉で埋め尽くされた落書き塗れ、ゴミも不法投棄。

 

酷い場合は『死ね』と書かれた紙に包まれた投石が屋敷に投げ込まれる時もあった。

 

この洋館屋敷に住んでいる人間は今は一人、汚職議員の残した一人娘のみ。

 

母の由良子は一人娘が7歳の時に亡くなっている。

 

父親の親族は助けに来ない。

 

国政政治家一族たる父親の本家は、真っ先に一族の不祥事を抹消するように関わり合いを持たなかった。

 

汚職議員の国政選挙支援を約束していた大物国会議員にも遠ざけられた。

 

今となっては、政治の世界とは無縁だった亡き母親の親族が財産後見人として、一人娘の生活を支えている。

 

主もいなくなり、屋敷の内部は掃除も行き届かない蜘蛛の巣と埃塗れ。

 

明かりもろくにつかない2階の部屋の隅に、その哀れな少女はいた。

 

「私は・・・何のために居るんだろう?」

 

住民の嫌がらせに毎日怯え、白い布団を頭から被り震える毎日の少女。

 

「何をするために・・・・・もう、解らなくなってしまった・・・」

 

窓は開かれ夜風がカーテンを揺らす月明かりを窓辺に感じる夜。

 

その日、彼女の元に新たなる運命が訪れる事となる。

 

「君には才能がある」

 

不意に声が聞こえた窓辺を見る。

 

そこには見たこともない白い生き物が立っていた。

 

「君が魔獣と戦う使命を受け入れ、未来を切り開きたいと言うのなら」

 

「だ・・・だれ・・・?」

 

白い生き物、それは契約の天使。

 

「ボクと契約するといいよ・・・織莉子」

 

インキュベーター、それは少女の魂を宇宙の熱に変えて大いなる神に捧げる無慈悲な神の生贄管理者。

 

かつての世界では、そう呼ぶべき存在であった。

 

「私・・・・・私は・・・・・・」

 

織莉子と呼ばれた少女の脳裏に過る言葉。

 

―――美国さんは何でもよく出来るわね。

 

―――国政政治家一族ですもの、あれくらい普通なんでしょ。

 

―――流石美国先生の娘さんですな。

 

―――品があって何でもこなす完璧な人間。

 

―――優秀なのは当然。

 

―――だって美国だもの。

 

―――美国さん。

 

―――美国議員の娘。

 

―――美国 美国 美国・・・・。

 

少女個人を見て貰えた事など一度たりともなかった人生。

 

全て一族の家柄だけで決められ語られた織莉子の空虚な形。

 

それさえ失ってしまったのなら、自分は一体何者なんだろうか?

 

織莉子の望んだ願い・・・それは。

 

「私は・・・・・・・・・」

 

―――わたしが、生きる意味を知りたい。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「・・・ねぇ、織莉子ってば」

 

目を閉じていた織莉子は、向かい合う椅子に座るキリカの声で目を開ける。

 

彼女達が座っているのは屋敷の薔薇庭園内にある薔薇の飾りを施したガーデンセットの椅子。

 

机の上には紅茶とケーキが並べられていた。

 

「春の陽気でうたた寝かい?」

 

「ええ、キリカ。そんなところね・・・」

 

彼女達はお茶会を開いているようだ。

 

気持ちの良い気候と風を感じる今日なら庭園で行うには絶好の日和であろう。

 

「私もお菓子でお腹が膨れたから眠くなってきたかも~」

 

机に顔をつけて、横にそのまま顔を向ける。

 

キリカの眼前には様々な薔薇が咲き誇っていた。

 

「ドロレス、ストロベリーカップ、銀世界、プリンセスダイアナ・・・あとは何だっけ?」

 

「キリカは薔薇が好きなのね。もっと植えましょうか?」

 

「あれ?織莉子が好きなんじゃないの薔薇?」

 

「お父様が好きだったのよ」

 

「へぇ・・・じゃあ、この記憶は頭から消しておくよ」

 

「せっかく覚えたのに勿体ないわ」

 

「いやいや、勿体ないのは私の頭の容量。私は君以外の情報なんていらないよ」

 

キリカと呼ばれる少女は、織莉子の事になると視野狭窄になるほど熱を入れる。

 

何故これほどまで織莉子の事に彼女は夢中になるのだろうか?

 

彼女は見滝原中学校3年生であり、巴マミと同学年。

 

長い間引き篭もりになり、学校のオンライン授業を受ける以外は家に閉じこもる毎日を送っていた。

 

彼女が内気になってしまった原因は小学生時代の親友『えりか』に原因があった。

 

姉妹のように仲が良かった頃はキリカも明るい性格を持っていた。

 

しかしえりかは両親の離婚がキッカケで家を引っ越す事になる。

 

それに大反対していたえりかは、親に仕返しをする思いだったのか、一つの罪を犯した・・・窃盗だ。

 

それを見つけたキリカは親友が罪を犯すのを止めようとしたが、商品を捨てて逃げ去ってしまう。

 

残されたキリカは追いかけてきた店員に、万引き犯扱いを受けてしまった。

 

えりかは逃げるように街を去り、彼女は親友に罪を被せられた事で人が怖くなり、遠ざけていった。

 

友達や子供という存在が大嫌いになり、たまに中学校に行っても周りと触れ合う事もなかった。

 

そんな人生に転機が訪れたのは、進学した中学校にろくに通わず生活していた頃。

 

コンビニで釣り銭を沢山落としてしまい、後ろの客に煙たがられていた日。

 

小銭を拾ってくれる親切をしてくれた人がいた。

 

親にも周りからも煙たがられる人生を生きてきた彼女は、本当に久しぶりの人の優しさに触れられた。

 

それだけで十分だった・・・彼女が人間を辞めるのは。

 

人間が大嫌いな自分にも優しくしてくれた彼女のためにも『変わりたい』

 

今までの自分とは違う自分になりたいと・・・この改変された世界のキュウべぇに願ったのだ。

 

そして今、優しくしてくれた時に『一目惚れ』した恩人と共にいる。

 

「あら?ならキリカのとても大切な友達の情報もいらないのかしら?」

 

「えっ!?ええ~~!!何言ってるの織莉子~!」

 

織莉子の視線は、机の上に置いてある一通のキリカ当ての手紙に向けられていた。

 

魔法少女となり同じ魔法少女の織莉子と出会えた。

 

それからだ、キリカの暗い人生が変わりだしたのは。

 

見滝原住まいだった再婚相手の父と共に帰ってきたえりかとの再会。

 

魔獣に親を呪う感情エネルギーを吸われるえりかを救う過程で、キリカは奇跡は叶ったのだと確信出来た。

 

彼女は変われた、もう何も出来ずに周りを恨んでばかりいた頃の彼女は卒業出来た。

 

昔の自分自身に帰る事が出来たのだ。

 

変われたかつての親友の姿を見て、えりかも変わることが出来た。

 

今は再婚相手の父とも仲良くやっていると、手紙にはそう書かれていた。

 

「私のとても大切!はこの世に只一人だよ!!他には断じていない!!」

 

「あら?それはとても気になる話しだわ」

 

親友と愛する人を比べられて慌てふためく彼女に織莉子は意地悪な微笑みを返す。

 

「それって誰なのかしら?」

 

「ちょ!そ、そんなの決まってるじゃないか!」

 

「あら私には分からないわ、だぁれ?」

 

「も、も~~~しょうがないなぁ・・・」

 

―――それは・・・。

 

「くぉらぁーーー美国ぃ!!」

 

塀の方から大声が聞こえてきたので、緊張して縮こまってたキリカは飛び跳ねてその方角を振り向く。

 

塀の上には門をいつまでも開けてくれないから飛び上がって塀の上に身を乗り出した小巻がいた。

 

「インターホン何回押したと思ってんのよ!門開けないなら塀を飛び越えるわよ!!」

 

カメラ付きドアホンは室内機に繋がってるので、外に出ていた二人には聞こえていなかったのだ。

 

間の悪い魔法少女仲間が来てげんなりするキリカと、嫌がらせとは違う来訪者に笑顔を向ける織莉子の姿がそこにはあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

洋風の電気錠付き門扉をドアホン室内機で施錠を解除して貰った小巻は不機嫌な顔をして庭に歩いてくる。

 

彼女はWi-Fiは何処で買えばいいのかも分からない機械音痴なため、電気錠付き門扉の開け方が分からなかったから塀によじ登ったようだ。

 

二人が座るガーデンセットの椅子の真ん中席に思い切り座り込むと、反動で二人のお尻が宙に浮いた。

 

「凄い重量感だねぇ小巻って?ダイエットしたら?」

 

「私が太ってるっていうの呉っ!?」

 

「ふふ、私も小巻さんが横に思い切り座ってきたらお尻が浮いちゃうのよね」

 

「美国まで!集合かけたのは私に喧嘩売る目的だったのなら買ってやろうじゃない!!」

 

「ダイエットしてないなら小巻の分のケーキも食べていいよね?」

 

「食べるわよ!ケーキ如きが私を丸く出来ると思ってんの!?」

 

(何と戦ってるのかしら)

 

この喧嘩口調で喋る短気かつ直情的な性格をした魔法少女は浅古小巻(あさこ こまき)。

 

織莉子と同じく白羽女学院(通称:白女)に通う前髪を真ん中から分けた腰まである青い長髪をした同級生。

 

家は商業で富豪となったため、成金組と良家のお嬢様達から陰口を叩かれてはいつも怒っている。

 

自分にも他人にも厳しい性格、家柄だけで威張っている良家組に対する対抗心だろうか?

 

彼女は決めた事は必ずやり遂げないと気がすまない価値観を持っていた。

 

同じ成金組と言われる行方 晶(なめかた あきら)と長月 美幸(ながつき みゆき)を友人に持つ。

 

また、浅古小糸(あさこ こいと)という名前の妹がおり、夜な夜な姉が出歩いていることを心配されていた。

 

彼女が魔法少女になったのは、林間学校に行っていた時。

 

火災に巻き込まれた人達を助けると決めた契約、それがどんな道となるか知っても彼女は決めた事は貫く。

 

そのおかげで晶と美幸は命を救われたのだった。

 

その事を覚えているのは晶のみ、小巻はそれを語らない。

 

友達や家族に内緒にしたまま彼女は魔法少女として生き、そして二人の仲間と出会えた。

 

「んで?要件は何なのよ美国?」

 

ケーキをがっつく小巻の横では、甘味料を後先考えずに紅茶に入れるキリカの姿。

 

「風見野から流れてくる無法者の魔法少女がこの街に現れる予知が見えたわ」

 

「へぇ?そいつはどんな悪い事して風見野から蹴り出されたのか、見えたのかい織莉子?」

 

「魔法を私利私欲のために使い、風見野を守護する魔法少女達に襲われれば人間を盾にする姑息な者」

 

「私が風見野で魔法少女やってたら、真っ先に頭叩き割ってるタイプだわ、そいつ」

 

「彼女は風見野の守護者達に追い詰められ、街を捨てて新しい狩り場を見滝原に決めたみたいね」

 

「そいつの魔法の特徴は?」

 

「洗脳魔法だと思うわ・・・魔獣を洗脳して付き従え、魔法少女や人間社会を襲わせる手口」

 

「厄介な奴ってワケ?もしかして魔法少女相手でも、その固有魔法は?」

 

「ええ、洗脳魔法は魔法少女相手でも有効よ。風見野の守護者達もそれに苦戦したみたい」

 

「何から何まで何かを利用する手口・・・自分では何も出来ないタイプのドクズだねソイツ」

 

「それで商業区や工業区の方で頑張ってる巴達よりも先に、私達でそいつ仕置してやろうってワケね?」

 

「巴さん達は見滝原市の大部分を魔獣達から守っている。少ない領域を守る私達は彼女達をサポートしてあげるべきよ」

 

「商業区も工業区も無駄に広いからね~。私達は政治行政区と五郷、偶に住宅区に流れた奴らを相手するぐらいだし」

 

「ようは魔法少女同士の喧嘩ってワケね!燃えてきたわ!!」

 

「私は巴さんにこの事を伝えておくわ。彼女達も大物魔獣の件もあるし、巴さん達を支えてあげましょう私達で」

 

洋館住まいだからか?織莉子の家着は洋風ドレスを思わせる衣装姿だが、出かけるのには目立つ。

 

私服に着替えて見滝原市内に向かおうと、織莉子は屋敷の中に入っていった。

 

「美国も魔法の調子が戻ったようね」

 

「一時期はどうなることかと思ったけど、織莉子が語ってくれた・・・ゆまって子供のお陰だね」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そこには、母親に疎まれる小学生ぐらいの少女がいた。

 

毎日母親に虐待され、それでも母親が怒るからと、泣いて助けを乞う事も許されない少女の名は千歳ゆま。

 

夫と不仲な母親は、自分の怒りのハケ口を実の娘に求めた。

 

毎日殴られ蹴られ、壁に叩きつけて戸棚の重たいものが頭に落ちて大怪我をしても、なお殴る。

 

ゆまの前髪で隠れた額は、母親が吸うタバコの『灰皿』にされた跡が沢山残っていた。

 

それでも、彼女は泣く事が許されない。

 

近所の人が虐待の声を聞き、民生委員に通報し職員が訪れた時、娘のせいで余計な手間をかけさせられたと報復してくる。

 

親に愛されないのは自分のせい、そう思い込んで『良い子』で居続ける。

 

それは、嘘の自分を演じる事でしか・・・保護者から生きることさえ許されない生き地獄だった。

 

そんな彼女と織莉子が出会った日。

 

それは彼女の予知魔法が上手く制御出来ない時期であった。

 

自分の意志に反して辺り構わず予知魔法が乱発され、魔力は減る一方。

 

グリーフキューブを自分の力で集める余力もなくなり、キリカと小巻に助けられていた頃。

 

夜の公園で独りポットに入れた紅茶を飲みながら黄昏れていた。

 

家の中にいたら父親の自殺現場を思い出し、苦しむ事が多い織莉子は外出が多い。

 

家族の死、それが織莉子の心に影を落として魔法の制御を難しくさせている。

 

未だに彼女は魔法少女となっても、布団に包まって震えるばかりの頃と変われない自分の姿。

 

家族に囚われたままの少女の前に、同じく家族に囚われの身となっている少女が現れた日。

 

知らない者達だったが、何処か惹かれ合い二人でお茶を飲みあった。

 

「ゆま・・・良い子じゃないから怒られるのかな?いらないのかな?」

 

その言葉だけで、親に疎まれた子供だということは織莉子も察することが出来る。

 

「良い子であろうと思う事は大事だけれど、自分は良い子だなんて思うのは思い上がりだわ」

 

―――人は、生涯不完全な生き物なのよ。

 

本当の意味で良い子なんていない、目の前のお姉さんからそう聞かされた。

 

子供だから深い意味はわからないけれど、お姉さんが励ましてくれたのだと子供ながらに理解出来た。

 

少し元気になったゆまは、織莉子にお茶のお礼を言った後、手を振りながら帰っていく。

 

そんな時、制御できない予知の魔法で未来の光景を織莉子は見た。

 

千歳ゆまが死亡したというニュースを、街の大型エキシビジョンで見てしまう未来の自分の姿を。

 

少しして、織莉子は再びゆまと公園で出会う事となる。

 

全身痣と傷だらけ、頭部からは流血を流して倒れていた彼女を織莉子は慌てて抱き起こした。

 

「ゆまさんしっかりしなさい!すぐ医者が来るから大丈夫よ!!」

 

「だめなの・・・ゆま、おいしゃさん行っちゃダメ・・・なの・・・」

 

医者は事件性があると認められた場合、報告義務がある。

 

虐待の場合ならば、警察や民生委員、児童委員に連絡を行うのは当然だろう。

 

そうなれば、また人間失格の母親が風邪をこじらせただけだとシラを切り、帰ったら直ぐに娘を半殺しにするだろう。

 

ゆまを哀れに思った織莉子は、自身の回復魔法を用いてゆまの傷を治療してあげた。

 

あまりにも無力な存在、親の理不尽、誰も助けてくれない社会の理不尽、幼い命が踏み躙られる。

 

覆す奇跡を望むならば、辿り着く答えを望むならば、叶えてくれる存在が自らゆまの前に現れるだろう。

 

ゆまには見えていた、目の前に現れたキュウべぇの存在が。

 

彼女にも魔法少女になれる素質があったのだ。

 

「ゆま、君には叶えたい願い事はあるかい?」

 

「え?何でも良いの?」

 

「うん!だからボクと」

 

「その先を言うことは許さないわ、インキュベーター」

 

契約、その言葉を口にする前に・・・キュウべぇの体は織莉子の魔法武器である装飾が施された水晶玉の発射によって破壊された。

 

魔法少女になる、それは地獄の業火の如き戦場を渡り歩き、死ぬまで戦う戦士の道。

 

残酷に殺されたならば、呪いの因果を人間社会にもたらす前に円環のコトワリに導かれる定め。

 

いわば魔法少女とは『死ぬために戦う』存在。

 

そんな救いようのない道にこの子を進ませたくないと、織莉子はキュウべぇの手から彼女を救った。

 

「今日の事は忘れた方がいいわ。誰も信じはしないから」

 

「・・・うん、ゆま誰にも言わない・・・言わないから」

 

「・・・・・良い子ね、ゆまさん」

 

希望は断たれた、また地獄が待っている。

 

力なくゆまは歩いていく、また良い子に戻らないと生きられない。

 

彼女の偽りの人生、覆す力を望むならば・・・それは奇跡などではない。

 

「いい加減になさい!!こんな目にあって、そのずっと前からなんで助けを求めないの?」

 

急に肩を織莉子に掴まれたゆまは、どうして怒られるのか分からない顔。

 

こうする以外に、助かる方法があるとでも?

 

「自分が我慢すればいい?良い子にしていれば親は愛してくれる?冗談じゃないわ!」

 

人間に読心術の力など存在しない、だからこそ人間社会では報告・連絡・相談といった行動が重要視される。

 

偽りの情報を流していては、周りを含めて大事になってしまうのは当然の結果。

 

だからこそ事実を迅速に周囲に報告しなければならない、取り返しがつかない自体になる前に。

 

社会では当たり前の事さえ、ゆまには今まで分からなかった。

 

・・・誰も、教えてくれなかったから。

 

「口に出さなければ解らない、魔法が使えたって変わらない。気づいた時には・・・」

 

織莉子の脳裏に取り返しがつかなかった光景が蘇る。

 

自室で首を吊って亡くなった父の姿。

 

美国家の名に恥じない良い子を演じていたのに、父に手を差し伸べる事は出来なかった己の姿。

 

ゆまに自分を重ねて見てしまう、だからこそ引かれ合ったのが今解った。

 

「全て・・・失くしてしまっているのよ」

 

織莉子の感情がゆまに響く、ゆまにも伝わった・・・織莉子が何を背負ってきたのかを。

 

感情が抑えられず目から大粒の涙が溢れ出した。

 

「ゆまは・・・ゆまはなにも悪いことしてないのにっ!!」

 

なんでおこるの?なんでたたくの?なんでみんなしらんぷりするの?みんなこわい。

 

「ママなんか嫌いっ!パパも嫌いっ!みんなにいじめられるゆまも大っ嫌い!!」

 

「忘れないで。言うことで貴女が傷つく事もある、それでも何かが変わる」

 

二人はもう誰かのために『良い子』でいつづける必要はない。

 

織莉子もゆまも、誰かのモノではない『自分』であっていいのだから。

 

―――貴女のなりたい、貴女になればいい。

 

―――私のように、ならないで。

 

・・・・・その後、予知の制御は回復した。

 

魔法少女の魔法は精神部分に大きく影響される。

 

願いを否定してしまえば固有魔法が使えなくなるほどに。

 

ゆまと出会えた事で自分を見つめ直す機会を得て冷静さを取り戻せたからか、固有魔法が制御出来るようになった。

 

自分という者、そして願いの形を織莉子は未だに探し続けている。

 

二人の仲間達と共に。

 

戦いの気晴らしと商業区にショッピングに3人で出かけていた時、ゆまの姿が見えた。

 

彼女の両手を引いてあげる老夫婦の姿。

 

会話が聞こえてきた、どうやらゆまは父の祖父母に虐待の事実を告げたようだ。

 

怒り狂った父の祖父母は、人間失格の母親の悪行を警察に全て通報し、子供を見捨ててきた息子を勘当してゆまを引き取った。

 

今は優しい祖父母に引き取られて田舎暮らしにはなるが、ゆまは幸せそうであった。

 

そんなゆまの姿を見て、織莉子の心も救われていったのだ。

 

子供の虐待。

 

世界中で問題視されているが、日本では虐待死にさえ判決が軽すぎる問題がある。

 

ニュースの判決を見て、刑が軽すぎると憤る社会人も多いだろう。

 

虐待死、性犯罪、煽り運転、何故日本は厳罰化出来ないのか?

 

虐待で赤ちゃんが亡くなった事件は通常せいぜい10年の懲役刑、執行猶予さえつく場合も。

 

日本の刑罰、それは正義を執行する応報刑と、更生を促す教育刑という概念がある。

 

目には目を、犯罪に対してはその責任に見合った苦痛を与えるべきだと考えるハムラビ法典の言葉。

 

それが国民目線であるだろうが、日本の司法はそうは考えない。

 

それだけでは罪を犯した人間の更生にはならないとする立場をとっている。

 

長期間刑務所に収容し社会から隔離してしまうと社会性を失い、刑務所を出た後社会で自活していく能力が失われる。

 

長く服役させれば生まれ変われる、再び犯罪を犯さないようにできるとは限らないという二次被害に対する見解を持っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

夜の見滝原市住宅区。

 

商業区と住宅区を境界線で分けるように線路が走り、その中央には巨大な見滝原駅がある。

 

今日この日、風見野駅から見滝原駅に流れてきた一人の魔法少女の姿。

 

その少女は今、住宅区を魔法少女姿をしたまま歩く。

 

背後には洗脳魔法で操られる魔獣の群れ。

 

「くっふっふ、リナさんもここまで来れば追ってこないですよねぇ」

 

彼女の名は優木沙々(ゆうき ささ)。

 

沙々が風見野市に現れてから、魔獣被害が爆発的に増えた。

 

理由は彼女が魔獣を使う魔法少女であり、自らの魔獣に『餌』を与えていたからだ。

 

人間という餌を・・・。

 

沙々は魔法の力を使い魔獣の群れを用いて人間社会に対し悪逆非道の限りを尽くしてきた。

 

次のターゲットはこの風見野市。

 

しかし、それを許す風見野の守護者達ではなかった。

 

東京に旅立った悪魔の第二の故郷とも呼べる風見野市を託された魔法少女、人見リナ。

 

彼女が率いる風見野魔法少女グループは沙々に戦いを挑み、苦戦を強いられたが追い出す事が出来たようだ。

 

風見野の街で魔法少女を蹴散らし、人間社会に好き勝手出来なかった沙々が次に目をつけたのがこの見滝原市。

 

古い情報しか得られなかった沙々は、この街は巴マミと風見野から同じく出ていった佐倉杏子の二人しかいないと考えている。

 

6人がかりで風見野で攻められたせいで、一人は殺せたが数の上では不利だった。

 

この街ならば数の上では風見野で戦い続けるよりも楽だと考えていた。

 

「巴マミの噂は聞いてたし、佐倉杏子の腕前もリナさんのお墨付き、手強いですねぇ?もっと弾を増やさないと」

 

彼女が『弾』と呼ぶのは魔獣達の事。

 

どうやらこの住宅区にコロニーを生み出して増殖させようというのだろう。

 

生まれたばかりの魔獣の個体は3メートル強ぐらいの大きさ。

 

しかし人間から感情エネルギーを吸い出し、体内でグリーフキューブを生み出すと個体の大きさにも変化が見られる。

 

大きくなった魔獣の中には、十階建てのビルよりも巨大な者までいた。

 

その巨大な魔獣達こそ、今沙々の後ろの建物や道路に広がっている魔獣達である。

 

「さぁこの街の魔法少女共を蹴散らしてぇ!私より優れた奴らを従わせて略奪の限りをしてやりますよぉ!」

 

沙々は優れた人間達が大嫌いだった。

 

自分より頭がいい、顔がいい、金を持っている、人望がある。

 

そんな連中を下僕のように従わせ、支配したい・・・それが彼女の契約時の願い。

 

それが形になった固有魔法が洗脳魔法だ。

 

形容しがたい形をした魔法武器の杖を振るい、巨大な魔獣達を誘導。

 

住宅区の公園郡に巨大魔獣を座り込ませ、魔獣結界と瘴気を放たせる。

 

瘴気によって産み出され続ける魔獣個体は住宅区の人間達を襲い感情エネルギーを喰らい大きくなるだろう。

 

マミと杏子を倒すための弾の製造工場とでも呼べばいいだろうか。

 

そんな光景を住宅区にある高層マンションの屋上から見下ろしていた3人の魔法少女達。

 

「おーおー、でかくなっても弱いだけの魔獣を沢山連れてるね、あのドクズ」

 

「ムカつく道化師みたいな衣装してるし、派手にステージで踊らせてやるわよ」

 

「行きましょうキリカ、小巻さん。魔獣コロニーを産み出され固定される前に仕留めます」

 

商業区や工業区に今夜は向かっているマミ達に代わり、見滝原を守るもう一組の魔法少女達の姿が夜空を舞った。

 

「さぁて、先ずは住宅区で魔獣共の腹ごしらえですねぇ」

 

コロニーを産み出す大型魔獣の瘴気から次々に小型の魔獣が産み出されていく。

 

公園郡に居座り次々と量産を重ね、小型の魔獣達は公園郡を抜けて外の民家に向かおうとするのだが。

 

雲が晴れて月明かりが見えたその影に、一人の少女の影。

 

その影の両手には巨大なポールアックス。

 

小巻は体を縦に回転させながらアックスを振り抜く勢いを増していく。

 

一体のコロニーを形成していた魔獣を脳天から唐竹割り、十階建て以上の大きさをだ。

 

大地に叩きつけられめりこんだ大広な斧刃部位は重量があり、瞬時に持ち上げ次の行動に移れない。

 

周りの大型魔獣達が小巻に反応し、体の周りを覆う複数の四角いポリゴンを彼女に向けてレーザーを放つ構え。

 

しかし魔獣の側面から、稲を狩る大鎌の如き縦に繋ぎ合わされた赤黒く光る鎌が迫り、真一文字に複数の大型魔獣を両断した。

 

月の夜空に浮かぶエアリアルアクロバットを行うキリカの影は小巻の背後に着地。

 

「やっぱり重量級だね小巻って?鈍足だしダイエットしたら?」

 

「だーかーら!!私は太ってないっつーの呉ぇ!」

 

「なっ・・・なんですかお前らぁ!?見滝原に他にも魔法少女がいたなんて聞いてねーぞ!!」

 

マミと杏子とは違う魔法少女の出現に戸惑う沙々は自分の周りに無数に光る光球に気がつく。

 

それは魔力を帯びて回転する水晶玉、それが沙々の周りを囲むように覆っていた。

 

次の瞬間、沙々が立っていた場所目掛けて大砲の弾の様に飛行して着弾するが、沙々は大きく跳躍して難を逃れる。

 

後方に着地した沙々は背後に恐怖を感じ後ろを振り向く。

 

「リサーチ不足と言ったところかしら?私達は魔法少女になってそう日が長くない者達だから」

 

「てめーら・・・何者ですかぁ!?」

 

地面に着弾した無数の水晶玉が宙に浮き、沙々を超えて術者の元に帰り着く。

 

白き魔法少女の周りを囲み、目の前の獲物を威嚇するように輝く光に淡く照らされた織莉子は厳しい顔でこう伝えた。

 

「私達は見滝原の守護者。巴さん達だけが守護者ではないのですよ、優木沙々さん?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

小型の魔獣の群れが反転し、キリカと小巻を襲う。

 

「小巻と組むのは癪だけど、あの小者のドクズなら織莉子でも十分勝てる」

 

「私だって呉と組むのは癪だけど、あんたの力は当てに出来るからねっ!」

 

「ま、小巻のパワーも当てに出来るし・・・さぁ行こうか!!」

 

キリカは横に繋ぎ合わせた赤黒い鎌を、小巻は巨大な斧を構え魔獣の群れに突進していく。

 

ポールアックスを大きく後ろに振りかぶり、体を一気に旋回させながら複数の魔獣の胴を切断。

 

勢いは止まらず、刃の竜巻の勢いのまま直列の魔獣共を一掃していった。

 

刃が届かなかった一体の魔獣の頭上には跳躍していたキリカが魔獣の肩口に膝から飛び乗り、頭部を両膝で挟み込む。

 

そのまま体を回転させ魔獣の首を捻じり折り、体勢が崩れた魔獣から飛び退き右手の繋ぎ合わせた鎌で胴を刻み込んだ。

 

両足で着地したキリカは、両掌を相手に向けるように目の前で交差し一気に振り抜く。

 

射出された繋ぎ合わされた鎌は分離し、複数の魔獣の頭部を次々に刈り落としていった。

 

「あれでまだルーキーなんですかぁ!?見滝原レベル高すぎですよぉ!!」

 

「楽な戦いばかりを選んできた小者には分からない成長もあるんです」

 

次々に倒されていく魔獣達を横目に見ながら織莉子の相手をする沙々も焦りの色を隠せない。

 

彼女の力も脆弱であり、水晶玉の弾幕を超える事さえ出来ないからだ。

 

直線発射だけでなく、自由自在に側面からも頭上からも無軌道に襲いかかる水晶玉の一つが沙々の腹部に直撃した。

 

「ゴホォッ!!?」

 

内蔵が破裂して大きく吐血をした沙々は地面に蹲る。

 

「優木沙々さん、今まで犯した罪・・・どのように償っていただけるのかしら?」

 

蹲る彼女に歩みを進ませていく織莉子。

 

自分の背後では次々と二人に倒されていく魔獣の群れ、もはや全滅は時間の問題。

 

(近寄れ、あと少し近寄れば洗脳魔法の射程だ)

 

白ドレススカート内側のクラシカルな白い革ブーツが一歩一歩歩みを進める音が聞こえ、握り込む杖に魔力が込もる。

 

(お前を盾にしてあの黒いゴキブリとマサカリ女にぶつけて共倒れさせてやる!)

 

あと一歩で間合い、しかしその一歩の音が聞こえてこない。

 

「私を洗脳するつもりですか?」

 

「っ!?なんで知ってるんですかぁ!!私の固有魔法を!?」

 

「だってそれを識る事が出来るのが、私の固有魔法だから」

 

「そんなの理不尽だッ!!」

 

背後からも二人の靴の音が近づいてくる。

 

赤黒く光る死神の鎌を両手に持った女と、全てを両断する巨大斧を肩に担ぐ怪力女が自分の命を収穫しに来る。

 

「さぁピエロ女?出し物はもう終わりなわけ?小者らしいつまらないショーだったわ」

 

「全くだね小巻。ところで織莉子、このつまらないピエロの末路はどうしようか?」

 

「ウフフ、どうしようかしらキリカ?小巻さん?」

 

「ぐっ・・・うぐぐ・・・・もッ!!!」

 

もはや勝ち目なし、ただでさえ弱い魔獣の寄せ集めであり、自分の洗脳魔法まで見抜かれている。

 

「申し訳ありませんでしたぁ~~~~降参ですッ!!!!」

 

土下座。

 

なりふり構わない小者に相応しい敗北のアピールであろう。

 

「謝ってすんだら、あんたが迷惑かけた連中が許してくれるわけ?」

 

「因果応報ってやつだね。二度と悪さ出来ないように、その両腕は刻んでおいたほうがいいね」

 

「せめて裁判にかけて魔法少女達の意見を募って下さいよ!こんな可愛い美少女なら小さな刑で済ませるべきですよぉ!!」

 

「ハムラビ法典って知ってる?犯した罪は、それと同じ責め苦を与えるべきだって」

 

小巻は斧を振りかぶる。

 

「目には目を。諦めなよ可愛い美少女さん?そんなつまらない理屈で、罪は許されるべきじゃない」

 

キリカは鎌を振り上げる。

 

「ひぃぃぃぃぃ!!ここは優しい世界じゃないーーーーッ!!!!」

 

地面に顔を埋めて震え上がる沙々に、断罪の刃が振り下ろされかけた。

 

「待ちなさい二人共!!!」

 

普段大声など出さない織莉子が珍しく声を張り上げたのに驚いて、二人は刃を止める。

 

無様に地面で震える沙々の股からは、命が終わる絶望感で体が弛緩し失禁が漏れ出している。

 

「優木沙々さん、貴女が犯した罪は決して人間達に許されない。小さな刑で済ませるべきではないわ」

 

「は・・・はいっ!私はとっても悪い子ですぅ~~ッ!!」

 

土下座姿勢のまま、織莉子に平伏し泣いて命を助けてと許しを乞う。

 

「でも貴女も力ある魔法少女。その力をこれからは償いの道に向けて欲しいわ」

 

「償いますぅ!!何でも償いますからぁ!許してぇ~~!!」

 

「巴さんは違う答えを出すかもしれないけれど、これが私の答えです。違う街でやり直しなさい」

 

「はいっ・・・グスッ、見滝原からは出ていきますからぁ・・・許してぇ・・・」

 

彼女に手を差し伸べる織莉子、横の小巻とキリカは洗脳魔法を使うならば一瞬で首を跳ねる構え。

 

しかし沙々は観念したのか素直に起き上げて貰い、小さな背中を3人に向けて公園郡を去っていった。

 

「・・・消化不良ってやつだね。あんな終わらせ方で良かったのかい織莉子?」

 

「呉の言う通りよ。裁判で魔法少女達の意見を募れ?迷惑かけた犠牲者達の意見なんてどうでもいいって理屈腹立つわ!」

 

「分かってる、甘い判断だって・・・でも」

 

―――私は応報刑の正義執行とは違う、教育刑による更生の道もあると信じたいわ。

 

やりきれないキリカと小巻の顔に申し訳ない顔をしてしまう織莉子。

 

織莉子はそう考えても、二人はそうは考えていなかった。

 

あのドクズ女は取り返しがつかない事をした事実、許そうが絶対に覆らない。

 

―――悪人は、死ぬまで悪人。

 

―――奪った存在は帰らない、悪人が裁かれようが犠牲になった人々は元の生活に帰れない。

 

―――心が壊される程の被害を被った犠牲者達の無念のためにも、応報するべきだった。

 

―――仮に悪人が裁判にかけられ許されてしまい普通の生活に戻れるならば。

 

―――犠牲者達の無念の心は、泣き叫ぶ慟哭と絶望の結果となろう。

 

魔法少女社会、それは力ある者達が築く社会。

 

もし力ある者達が身勝手な理想を掲げ、人間社会に牙を突き立て街を大破壊したとしよう。

 

そしてその者達を捕らえて魔法少女達で裁判を独自に行ったとしよう。

 

魔法少女達の意見だけで刑を決めて情緒酌量するべきなのか?

 

意見を募ると言いながら、犠牲になった人間達の意見は集めないのか?

 

ご都合主義であり不公平極まりない裁判、おまけに『可愛い美少女』だから小さな刑で許されるべきなのか?

 

怒りの正義、情けの許し。

 

どちらが罪を犯した魔法少女達を裁くのに相応しいのであろうか?

 

それは『違うレコード宇宙』において、一つの物語として結果がでるであろう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

下着を履き替え、東京行きの電車に乗り込む沙々の姿。

 

彼女の表情は恥辱と怒りで歪みきっていた。

 

それは反省をする者の顔つきではない『仕返し』を考える者の顔だ。

 

東京において優木沙々は再び力をつけて見滝原に戻ってくる。

 

今度は負けないために、東京の魔法少女全員を洗脳して戦争を仕掛けてやる。

 

そして見滝原市で沢山の優れた人間達の命と財産を奪い取ってやる。

 

そんな計画を立てていた沙々の消息は東京において途切れる事となる。

 

数日後の夜中、路地裏にある事件現場。

 

警察がキープアウト(立入禁止)の黄色いテープを事件現場に張り巡らせ周囲の人だかりを制限させる。

 

路地裏の奥は警官達も肝を冷やす程の惨たらしい光景が残っている。

 

返り血塗れの路地裏の壁、地面には焼け焦げた『五芒星』の跡と、火葬場で見かけるような人骨の炭。

 

この犯行を行った存在はきっと・・・悪魔のような男であろうと、現場を捜査する警官達は口々に呟いた。

 




ゆまの話を書いてたらマギアレコードのマギウス裁判を思い出し後半部分書きました。
マギアレコードをプレイした皆さんはどう思いましたあの裁判?
灯花とねむ、そしてアリナは応報刑が良いですか?教育刑が良いですか?
死刑にしたらカップリングレズ出来ませんねぇ?ユーザーに都合悪いですねぇ?


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54話 7つの試練

4月の最後の週の週末の日の夜。

 

マミは家の居間で紅茶を入れている。

 

ガラス机の上にはマミが作ったケーキが置かれていた。

 

それを食べているのは杏子一人。

 

「今日の狩りを終えた気晴らしだとほむらも誘ったんだけどな、やっぱ来なかったよあいつ」

 

「そう・・・親睦も兼ねてのお茶会にしようかと思ったのだけれど」

 

二人は少しでも魔法少女仲間のほむらと上手く付き合おうと気遣いを見せたが、ほむらはそれに答えない。

 

彼女の生き方は魔法少女の戦いの世界にしかなく、人間としての私生活を大事にする部分を欠片も見せてくれない。

 

あまりにも自己完結した生き方、戦いぶりでさえ生き急ぐ程に無茶を貫き、命を粗末にしていると客観的に仲間の二人には見えていた。

 

「魔法少女にだって人間らしい息抜きは必要よ。私達は死ぬために戦うとはいえ、人生をゴミ箱に捨てたつもりはないわ」

 

「飯や娯楽の大事さってのは、生きる喜びってもんだ。あいつはそれを捨てたってのは、生きる事を放棄してるようなもんさ」

 

「彼女には何も無いのかしら?この世界で生きる喜びなんて・・・」

 

「・・・大事なモン失ったのかもな。それを埋めるモンが見つからず、魔法少女の使命と一緒に心中したいんだろうさ」

 

「一体暁美さんは何を失い、何を願って魔法少女なんかに・・・」

 

「聞いても教えてくれるヤツじゃねーよ。まぁ何抱えてようが、この世界に来たなら戦い続けるしかねぇし」

 

「佐倉さんは生き続けて何かやりたい事とかあるかしら?」

 

「さぁね?それを見つけるためにも、生きなきゃならねーし。マミだってそれは同じだろ?」

 

「・・・・・そうね、そうよね佐倉さん」

 

ケーキにも手を付けず紅茶を啜るマミの顔は暗い表情。

 

やはり辛気臭い仲間を持つと、こちらも空気が淀んでくると杏子は感じている。

 

こういう時、辛くても空元気を出してくれるムードメーカーのさやかがいてくれたらと、亡くなった友達の事を考えそうになったがやめた。

 

死んだらそれまで。それが殺し合いの世界の価値観というものだろう。

 

仲間の悲しい死に引きずられたままでは、私生活も戦いの技術も曇っていくばかりと考えていたから。

 

静かな空間が居心地が悪いのか、机の上に置いてあったTVのリモコンを持ち、杏子はTVをつけた。

 

TVのニュースでは、丁度ニュースキャスターが政治ニュースを報道している。

 

2019年5月1日をもって元号が変わり令和元年を迎えるこの時期に、平生最後の新内閣が組閣された報道を行っていた。

 

前職総理大臣だった矢部総理は体調悪化を理由に辞職。

 

これは去年のクリスマスに起きた東京空爆事件の責任を追求され続けた末に、持病が悪化して職務を行えなくなったという。

 

残った期間を通して新天皇陛下の令和即位式の準備を終わらせた後の引退となった。

 

その後速やかに与党政党の総裁選が政党内で行われ、これに立候補した与党議員は3人。

 

大きく2人に差をつけて票を会得し、与党政党の新総裁に選ばれた人物とは?

 

「あら?この人ってたしか、官房長官をやってた人じゃない?」

 

「知らねーよ。あたしはノンポリだから政治なんて興味ねーから」

 

「駄目よ佐倉さん?魔獣は社会に苦しむ人間達の感情を喰らうのだから、社会が乱れた分だけ魔獣は力を増すのよ」

 

「魔法少女は人間社会のために政治まで見張るのかよ?あたしらは子供だから大人に任せとけって」

 

興味なさげにTVに視線を移す。

 

内容は宮中において内閣総理大臣の親任式及び国務大臣の認証式が行われ新内閣が発足したという内容。

 

映像は新内閣総理大臣が記者会見を行っている場面。

 

「八重樫(やえがし)?こいつがこの国の新しい総理大臣なのかよ?」

 

「私もどういう人物かは知らないのだけれど、穏やかで人の良さそうな落ち着いた風貌の老人よね」

 

「八重樫新総理大臣ねぇ・・・あたしにはどうでもいいや」

 

興味がない内容だったから、チャンネルを適当に流してみたがロクな番組もなく、TVを消した。

 

残りのケーキもさっさと食べてしまい、立ち上がり玄関に向かう。

 

「ホテルに帰るの?もう遅いんだし泊まっていっても」

 

「遠慮する。施しに慣れすぎると自分を見失っちまいそうだから」

 

「そう・・・・・気をつけて帰ってね」

 

「今日の狩りはもう終わりだよ。じゃあ、また明日いつもの集合場所でな」

 

ブーツを履き終えた杏子は振り向きもせず返事を返して、玄関ドアを開けてマミの家を後にした。

 

次の日の朝、朝食と学校身支度を終えた後、スマホでニュースを確認していたマミが見た記事。

 

首相官邸西階段のレッドカーペットが敷かれた段差で整然と並ぶ総理を含めた大臣達の八重樫内閣写真。

 

「そういえば、美国さんも国政政治家一族よね。八重樫総理とも関係があったのかしら?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ほむらがこの改変された新しい世界に流れ着いてから、幾日か過ぎていく。

 

まどかがいない世界で彼女は一体どんな生き方をしてきたのだろうか?

 

見滝原中学校に転校し、何喰わぬ顔で挨拶を済ませても、かつての変わらぬ光景はなかった。

 

誰とも仲良くなれず、確固とした目的意識もなく学舎に通う日々。

 

もう彼女にとって、かつての世界で見てきた人間達など眼中になかった。

 

それはまどかを救うためのみで気にしていた存在達であったが故に、彼女のいない世界で気にする理由も無し。

 

ほむらが日常に求めていたのは、まどかが人間として生きていた『記憶』

 

その残滓が残るモノに彼女の視線は今日も移っていく。

 

まどかが座っていた席、堤防の遊歩道で見かけるまどかが両親や弟と呼んでいた人々。

 

ほむらが求めているモノ、それはまどかがこの世界で存在していたという記憶を証明する部分のみ。

 

まるでそれは大切な親友が生きていた事を『忘れたくない』抗いにも見えるだろう。

 

まどかのいない黄昏の夕日を見つめる帰り道のほむらには、それさえも空虚に見えたであろう。

 

交わした約束の内容はもう、守れない。

 

守るべきはまどかが守ろうとした魔法少女達と共に、この世界を魔獣達から守るために戦い続ける。

 

・・・そう決意したはずなのに、彼女の心は虚しさで溢れかえっている。

 

もう懐かしい『あの声』も、聞こえない。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

見滝原中学校屋上。

 

今日もほむらが唯一接する存在達である魔法少女仲間のマミと、制服を着て乗り込んだ杏子との魔法少女会議。

 

やれ貴女の戦い方は無駄が多いだの、周りと連携を大事にしろだのという二人の意見を聞き流し、会議は有耶無耶に終わる。

 

踵を返してクラスに帰るほむらの背中に、二人もため息が出た。

 

<やぁ巴マミ、佐倉杏子>

 

突然念話が聞こえてきて、魔力を探ると学校建物の別棟の屋上でその光景を見つめていたもう一人の見滝原中学にいる魔法少女。

 

その人物は身体能力で二人がいる屋上にまで大きく飛び移ってきた。

 

「あら呉さん?今日は学校に来たのね」

 

「学校に行かないと織莉子に煩く言われるからねぇ」

 

「あたしは試験も学校もねーけどなぁキリカ」

 

見滝原を守るもう一組の魔法少女グループに属するキリカは大きく欠伸をして背を伸ばす。

 

「それにしても、暁美ほむらって子は愛想が最悪だねぇ?昔の私を思い出すよ」

 

「呉さんは入学の時期から引き篭もってたと聞いているけれど、そんなに酷かったのね」

 

「まぁ私は変われたけど・・・あの子は変われる気がしないね」

 

「何で分かるんだよ?」

 

自分の胸に手を当てて、そこにあるモノを二人に意識させる。

 

―――変わりたいって、心が無いからさ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

今日の学業も終わり、帰路につく生徒たち。

 

その中にマミとキリカの二人が見えた。

 

杏子に集合時間まで余裕あるならゲーセンで時間を潰さないかと誘われたからだ。

 

キリカも杏子と同じくゲームが好きだったので、織莉子達との待ち合わせ時間までならとゲーセンの誘いを承諾したようだ。

 

マミもゲームは得意ではないけれど、UFOキャッチャーぐらいならと3人で人間の学生らしい日常を楽しむつもりのようだ。

 

そんな輪の中に入るのを逃げるように隠れながら帰るほむらの姿。

 

彼女は今でもかつての世界の記憶に縛られている。

 

まどかを殺した者と仲良く魔法少女として肩を並べて過ごすなんて出来なかった。

 

彼女はこの世界に馴染む事は出来ない、変わる事は出来ない。

 

『まどかの記憶がある限り』『まどかを想う心がある限り』彼女は変わる事を拒絶するだろう。

 

正門を出て通学路を歩くほむらは、ふとクラスの席に忘れ物をしていた事に気がついた。

 

「駄目ね・・・まどかの事ばかり考えていると、物忘れまで出てくるわ」

 

足早に学校内に戻り自分のクラスに入る。

 

クラスの自分の席が収納された床のセンサーにスマホの指紋認証のように指をかざすと席と椅子が床から出てきた。

 

席の中に忘れていた物は授業で使う学校から支給されたタブレット端末だった。

 

学生鞄の中にそれを仕舞い机と椅子を地面に収納する。

 

不意にまどかが座っていた席に視線が移ったが、直ぐに視線を逸らしてクラスを出ていく。

 

少しだけ遠回りをして学校から出ようと、ガラス張りの連絡通路を歩いていた時、外の美しい夕日が見えた。

 

夕日に染まる見滝原の街を少しだけ眺めたくなり窓辺に立った。

 

ガラス張り連絡通路の下では帰宅する学生達の姿。

 

皆帰りに何をしようかとか、休日は何処に行くとか、気になるあの子の話や部活や・・・。

 

そんな人間らしい会話の世界は、もはや彼女にとっては遠くに感じてしまう。

 

「私は・・・・・このままでいいの?」

 

自分でも分かっていた、彼女の周りに対する態度は最悪なのだという事ぐらい。

 

今まで誰にも頼らない戦いを続けてきた、なのに突然他の魔法少女達と共に生きる道に放り込まれて戸惑うばかり。

 

キュウべぇの魔の手からまどかを救うために、日常部分を全て捨てて動いてきたせいで人間社会で生きる社交性まで失ってしまった。

 

今まではそれでも構わなかったけれど、今はどうなのだろうか?

 

「交わした約束はもう守れない。まどかはもういない。それなら私は・・・」

 

他の魔法少女達と同じく、人間生活の中に溶け込んでいくべきだろう。

 

頭では分かっていても、心がそれを拒絶するかのようにほむらは奥歯を噛みしめる。

 

『怖かった』

 

まどかのいない世界の日常に溶け込む事が怖かった。

 

まどかのいない日常が当たり前になるのが怖かった。

 

まどかのいない世界で生きていくうちに、彼女を忘れてしまうかもしれない事が怖かった。

 

記憶に縛られている、まどかという記憶に束縛されて新しい世界が受け入れられない。

 

そんな彼女が手にした新たな世界の魔法少女としての固有魔法とは・・・?

 

「やっぱり・・・記憶操作魔法を自分に使うべきかもしれない」

 

まどかと別れた後、この世界で手にした記憶操作魔法。

 

それは魔獣には効果もなく、対人戦ぐらいにしか使い道がない酷く限定的で扱いが難しい魔法。

 

せいぜい人の記憶を忘れさせたり、『捏造』して自分に都合の良い記憶を与えて人を騙す。

 

時間操作魔法程の力もない役に立たない代物だが、それでもあるのならば有効利用も出来る。

 

「まどかに縛られたままでは、私は皆を困らせるだけ。・・・なら」

 

<<それで?どんな記憶を忘れてしまいたいの?>>

 

不意に、脳に声が響いてきた。

 

<<忘れてしまった部分から、次々にあの子の記憶にも綻びが生まれていくわよ?>>

 

「誰・・・!?」

 

<<貴女にとって、鹿目まどかの存在とは・・・その程度だったのかしら?>>

 

人の気配を感じて連絡通路の奥に視線を向ける。

 

連絡通路奥の暗い廊下から歩いてきた存在とは・・・。

 

「お前は・・・・・あの時の悪夢に出てきた!?」

 

ほむらから離れた位置の連絡通路内で立ち止まった人物とは、彼女と変わらない身長をした黒いローブとフードを被る少女と思しき存在であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

あの時と同じく長身の人物とは違う魔力を感じさせない存在故に、近づいて来ていた事に気が付かなかった。

 

しかし今は夢の世界などではなかったはず。

 

「・・・私は立ったまま白昼夢でも見ているというの?」

 

「違うわ。私は元々この世界に存在している者だから」

 

「なら、かつての世界で私の夢に干渉してきた魔法を使う者だと考えていいのかしら?」

 

「そう思ってもらっても構わないわ」

 

「鹿目まどかと言ったわね?なら・・・貴女もまどかの事を覚えているの!?」

 

「ええ。貴女だけではなかったのよ、かつての世界を覚えている存在は」

 

まどかを知る者が現れて喜んで良いのか・・・しかし、目の前の存在の恐怖は悪夢の世界で経験している。

 

「貴女は一体何故私に干渉してくるの!いい加減ローブで姿を隠さず正体を現しなさい!!」

 

黒衣のフードで隠れた赤い瞳をした目と口元が笑みを浮かべる。

 

彼女のご希望ならばと黒衣を掴み、それを脱ぎ捨てた。

 

「・・・・・・・・・・・・・うそっ」

 

あの夢の屋上で黒衣の少女と出会った時から気になっていた事がある。

 

それは彼女の声がどこか『自分の声』とよく似ている気がしたことだ。

 

普段人間は自分の声など意識はしない、声を仕事にする者達ならば直ぐに気がつくだろうが、彼女は気が付かなかった。

 

自分の声と同じ声を持つ目の前の存在とは・・・。

 

「どうかしら?鏡を毎日見る女性なら分かるでしょ?私がどういう者に見える?」

 

・・・それは紛れもなく、見滝原中学女子学生制服を着た『暁美ほむら』そのもの。

 

髪の色こそ金髪だが彼女と同じ美しい長髪とカチューシャ、背中の長い後ろ髪が左右に分かれるように流れているのも同じ。

 

しかし目の色は片目のみ真紅の瞳をした、自分自身としか思えない存在。

 

「悪ふざけが過ぎるわよ!!何故私と同じ姿で現れたの!?お前は魔法少女なの!?」

 

「私は最初からずっと貴女を見てきた者よ」

 

「最初からって・・・まさか私が魔法少女になった時から!?」

 

「それよりも前よ。貴女がまだ・・・ただの人間だった時からずっと見てきたわ」

 

「そんな・・・そんな事が可能な存在なんて・・・」

 

時間渡航によって数多の平行世界を旅してきたほむらを最初の世界から見てきた存在。

 

そんな事が可能な高次元存在ならば、もはや魔法少女などではない。

 

神か、悪魔だ。

 

「私は貴女にも期待をしているわ。貴女もまた、私達の“黒き希望”となってくれる者だと信じている」

 

「黒き・・・・希望?」

 

「だからこそ私は貴女に・・・あるモノを託したの」

 

「あるモノって・・・・・?」

 

「右手にもう持ってるじゃない?その燭台よ」

 

言われてハッと気がついた、確かに学生鞄を持つ左手の反対の握り込んだ右手に重みを感じる。

 

右手を顔の前に持ち上げて見ると、いつの間にか持っていたモノは7枝に分かたれた燭台。

 

「これは確か・・・あの黒いトレンチコート姿の男が白い夢の世界に現れた時に、私が持っていた燭台?」

 

「彼も貴女と挨拶を済ませたようね。彼はこう名乗らなかった?人修羅と・・・」

 

―――俺たち悪魔が、お前の嘘に塗れた今の魔法少女人生を否定してやる。

 

あの白い夢の世界で人修羅と名乗った男が自分に言った言葉が脳裏を過る。

 

「七つの星と、七つの金の燭台との奥義は、貴女の真実を照らすわ」

 

「これを貴女が・・・私が人間として生きていた頃の世界で、既に手渡していたというの?」

 

「それはかつての彼と同じく、貴女にとって死と黄泉との鍵となるモノ・・・メノラーよ」

 

「死と黄泉の鍵・・・・・メノラー・・・?」

 

「貴女の見たこと、現在のこと、今後起ろうとすることを、私たちは書きとめていくわ」

 

「お前もあの人修羅の仲間ね・・・貴女達の目的は何なの?」

 

「貴女の力を試させてもらうわ。逃れられない“7つの死”をもって」

 

「7つの・・・・・・死・・・?」

 

「貴女も東京でミッション系の学校に通っていたのなら、先生から7の数字の意味を聞いたでしょ?」

 

『7』それは神の聖数字であり聖書的完全数。

 

かつて神は6日にわたって創造の御業をなされた後、7日目に休まれた。

 

これが7日間の天地創造の週であり、これをもとに一週間が7日になった。

 

7日目ごとの安息日、黙示録の7つの封印、7つのラッパ、7つの鉢、幕屋の7枝の燭台、そのほか聖書に数多く出てくる数字。

 

いわばヘブライの神を象徴する数字であると、牧師の資格を持つ教師からほむらは聞いたことがあった。

 

「大いなる神を表す7を用いた試練を超えてみせなさい。貴女は神の理不尽に抗える存在となるべき者」

 

「大いなる神・・・・・それはキリスト教の唯一神である――――?」

 

その名を呟こうとした時、ノイズがかかったように声が上手く出せなかった。

 

「神の名をみだりに唱える事は誰にも出来ない。私でも、貴女でもね。私達はそのように作られているの」

 

「大いなる創造主の理不尽?それは一体・・・・・」

 

「それを知るための試練でもあるわ。7つの試練を超える度に知る事になる」

 

「私の逃れられない死・・・それをもたらす存在って何なの!?」

 

「既に見滝原に現れているわ。もっとも貴女達魔法少女は、大物魔獣だなんて勘違いをしているようだけれど」

 

7つの死、今まで経験した事がない未知の恐怖が迫ってきている事に戦慄を隠せない冷や汗を浮かべるほむら。

 

恐怖に怯える彼女の顔に満足そうな笑みを浮かべた暁美ほむらと瓜二つの金髪の少女は、連絡通路をほむらの反対側へと歩いていく。

 

彼女がほむらの横を通り過ぎる時に、かつての悪夢の世界で見せた全身の震えが収まらない程の恐怖を感じさせる言葉を呟く。

 

―――お前は、私達から絶対に逃れられない。

 

―――お前もまた、我々と同じ立場となる者。

 

恐怖で金縛りにあったほむらの横を金髪の少女は通り過ぎていく。

 

恐怖の金縛りが解けて後ろを振り向く頃には、金髪の少女は消え去っていた。

 

右手に持たれていたメノラーの重さも感じない、いつの間にか消え去っていた。

 

脳裏にまた、恐ろしい男性口調で喋る己の声と同じ声が響く。

 

―――我々悪魔が、お前のもっともどす黒い感情を晒し物にしてやろう。

 

―――導いてやろう・・・混沌の闇の世界へと。

 

―――暁の子よ、お前もまた人修羅と同じく。

 

―――私へと・・・至る者となれ。

 

「悪魔・・・人修羅・・・黙示録。一体何が起ころうとしているの?この世界で・・・」

 

もはや彼女はこれから何が起こるのかは分からない、時間渡航で経験した知識は役に立たない。

 

そして時間渡航で得た戦い方さえ、武器も魔法も変わってしまったのならば応用は効かない。

 

ほむらは超えなければならない、7つの逃れられない死を。

 

そして知らなければならない、世界の真実を。

 

超えるため、知るために必要なもの、それは・・・・・。

 

死を超える戦いの力、そして飽くなき力への欲求のみだ。

 




状況説明をする地の文を一人称二人称で所々書くと、3人称地の文とチグハグに見えましたので修正をしました。
これからは3人称で統一します。


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55話 魔人

・・・砂の流れる音が聞こえる。

 

これはたしか、砂時計からかすかに聞こえる砂の流れる音。

 

かつて暁美ほむらが所有していた魔法の円盤盾の中に同じものがあった気がする。

 

しかしその魔法の盾は彼女が流れ着いた『別の魔獣世界』において、暁美ほむらはその盾を破壊してしまった。

 

魔法少女は一つの固有魔法しか持ち得ないが、キュウべぇを介さずに奇跡を叶えてしまったイレギュラー存在がいた。

 

魔法少女でありながら、奇跡をもう一度叶えることによってどんな弊害が生まれたのだろうか?

 

それは暁美ほむらのソウルジェムの中に、二つの魔法が同居する弊害が生まれてしまったのだ。

 

まどかとほむらが無意識のうちに叶えてしまった奇跡の力は、記憶を操り魔獣を穿つ弓の力へと変わった。

 

神となったまどかの因果の力が束ねられた、他の魔法少女を遥かに超える強力な魔力がほむらのソウルジェムの中に収められたわけだ。

 

しかし本来の固有魔法であり魔力でもあった時間操作の魔力がソウルジェムの中から消えてなくなったわけではなかった。

 

相反する二つの魔法は互いに干渉を始め、まどかがもたらした世界を終わらせる呪いと絶望の因果が魔法の盾に集積されてしまった。

 

それにより別の世界の魔獣世界は、ほむらが捨てた魔法の盾を手に入れた魔獣が魔法の盾に取り込まれ、世界に絶望を与える『疑似魔女』に変異を遂げた。

 

まどかを繋ぐたった一つの盾が新しい世界を終わらせる。

 

それを防ぐには、魔法の盾を壊す以外になかった。

 

魔法の盾の中に見えた呪いと絶望の因果、それはかつての世界を終わらせかけた絶望の魔女そのもの。

 

しかし、魔女が盾の中に存在するのならば・・・まどかもまた、この盾の中にいるかもしれない。

 

まどかを選ぶのか、まどかが守った世界を選ぶのか・・・答えはもう彼女には出ていた。

 

彼女は、自身のまどかを救う旅路の因果によって産み出された己の如き存在にこう告げる。

 

―――『まどかを守る盾』を捨て『まどかを脅かす全てを貫く力』を選ぶ。

 

その存在とは、魔法の盾を超えるまどかとほむらを繋ぐ絆『まどかへの想いの結晶』とも呼べる者。

 

逃げる道を選ばずに、全ての魔獣を倒した果に彼女と再会する、それこそが笑顔でまどかが迎えてくれる道だと信じる。

 

疑似魔女に取り込まれた魔法の盾はほむらと、世界のコトワリを歪める存在を看過することが出来なかった円環のコトワリの力によって破壊された。

 

魔法の盾が壊された時、もう一度だけ時間が巻き戻ってくれた。

 

これによって、ほむらのソウルジェムに同居していた時間操作の魔力は永久に失われる結果となるだろう。

 

魔法の盾に『触れていた』存在以外、別の世界で生きた記憶さえ持ち得ないだろう。

 

彼女がもう一度気がついた場所は、この世界の美樹さやかが魔獣と共に滅び、円環のコトワリに導かれた今の魔獣世界。

 

これによって、ほむらは時間を操る魔法の盾から開放された・・・・・はず。

 

なのにどうして、もう覚えてさえいないはずの砂の音が聞こえてくるのであろうか?

 

『時間を司る砂の音』が・・・?

 

・・・・・うたた寝をしていたのか、彼女は自分の家の居間と思われる場所で目を覚ました。

 

その室内は結界なのか異界なのかも判断出来ない大きな真白い世界。

 

赤青黄色などのカラフルな曲線ソファー。

 

かつてあった宙を浮く魔女に関する資料を映し出した絵画のようなホログラフィックの数々はもう存在しない。

 

しかし天井部位に備え付けられた時計の剥き出し内部かと思わせるゼンマイ装置、死神の両刃鎌を思わせる振り子は未だ健在。

 

自分の家の光景を呆然と見つめながら、天井のゼンマイ装置をほむらは見上げる。

 

「そういえば・・・私は何故、こんな奇妙な部屋で暮らしてきたのかしら?」

 

今まではまどかを救う事のみに思考を使ってきたが、今は落ち着いて自分の周りが見えるようになった。

 

彼女にかつてあった魔法の盾の力に『こんな空間』を産み出す力などなかったはず。

 

魔法の盾を失いながらも存在し続ける空間。

 

それに対して何も疑問さえ持たずに彼女は生きてきた。

 

・・・実に、奇妙であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

4月も最終日の夜。

 

ほむらはマミと杏子と行う今日の分の狩りを商業区内で終えてからも、工業区にまで足を伸ばし魔獣狩りを続けている。

 

連戦に次ぐ連戦、先を考えているとは思えない向こう見ずな生き様。

 

交わした約束を失ったほむらにあるのは、この世界で魔獣と戦い続けた果に、使命と共に果てる道。

 

その先にある、まどかとの笑顔の再会を夢見て、己を捨てて戦い続けるのだろう。

 

複数体しか見かけなかった魔獣もさっさと狩り終えたほむらはグリーフキューブを拾い上げて左手のソウルジェムにかざす。

 

「精が出るね、暁美ほむら。働き詰めじゃないか」

 

グリーフキューブを回収するためにキュウべぇも現れたようだ。

 

「多少の休息も魔法少女の努めだよ。より多くの魔獣を倒して貰えるのは嬉しいけどさ」

 

この世界で感情エネルギーを回収する手段は、魔獣から産み出されるグリーフキューブのみ。

 

ソウルジェムからグリーフシードを産み出す事が不可能となった今、魔獣を狩る者達をキュウべぇは必要としている。

 

それ故に魔法少女の数をいたずらに減らすのは得策ではないと考えているのだろう。

 

「ふん、お節介は無用よ。あなた達の都合で戦っているわけじゃない・・・私の戦いだもの」

 

変わらない頑なな態度にキュウべぇも呆れた表情を浮かべる。

 

しかしその無鉄砲な行動を彼女が起こしている原因は、彼女が語ってくれた存在が原因であるのは分かっている。

 

「鹿目まどかのためか。君もつくづく信心深いね」

 

「どうせ信じてないんでしょ?」

 

「君が語ってくれた夢物語は僕にとっては、大いに夢のある話だけどね」

 

「夢物語じゃないって何度も言ってるわ。本当の事よ」

 

ほむらの表情は根拠のある論ではないのか、何処か自分でも疑いを持ちつつある表情をしていた。

 

「せめてその事象を立証する手がかりが一つでもあれば、僕らの見解も違ったろうけど」

 

「・・・・・例えば?」

 

魔力消費の穢れを吸ったグリーフキューブがキュウべぇに投げられ、器用に尻尾を使って背中に収容。

 

「円環のコトワリを世界にもたらすキッカケを作ったという、因果を紡ぐために用いられた魔法の盾」

 

それは時間操作魔法の事を言っている事ぐらい、ほむらには分かっている。

 

「そんな目で見られたって、あの力はもう使えないわよ。今の私にあるのは・・・」

 

工業区の奥から強い風が吹き抜け、ほむらの長い後ろ髪を揺らす。

 

その風の中に感じたのは魔獣の瘴気。

 

「新たな魔獣のお出ましだ。独りで行くのかい?」

 

「ええ、余計な連中を呼ぶ必要はないわ」

 

後ろ髪を右手でサラッと大きくかき上げ流し、左手に魔法の杖を召喚する。

 

尖端の紫の薔薇から伸びる蔦が螺旋を描き絡み合うように杖の柄に巻き付いたデザインの魔法武器。

 

この杖が彼女の魔力に呼応し、魔法の弓となるのだ・・・かつてのまどかが使っていた魔法の杖と同じく。

 

跳躍し工場群を飛び越えていくほむらの後ろ姿、キュウべぇは追いかけもせず黙って見送る。

 

「ふぅん・・・どうやら覚えているのは僕だけだったみたいだね」

 

その背中、丸く赤い入れ墨のような毛並が便座のように縦に開く。

 

「時間を操る者の武器や身体に触れている間は、同じ時間を共有出来る・・・だったかな?」

 

異空間のように暗く底がない竈の中から何かの破片が飛び出し、それを長い尻尾で受け止め顔の前まで持ち上げた。

 

その破片とは・・・違う魔獣世界において破壊された魔法の盾の一部。

 

「まさか本当に、時間渡航の魔法なんてものを扱えたとはね」

 

魔法の円盤盾をピザの円形で例えれば、切り分けた一部程度の大きさにまで砕けた破片。

 

時間を操る砂も撒き散らされ、機械構造も全て壊れきってしまったガラクタ。

 

しかし、時間渡航魔法を行ってこれた道具の欠片であれ、十分彼女の論を証明出来る根拠となるだろう。

 

「これで君が因果を束ねたという話も、納得しうるものになったわけだね」

 

ほむらの仮説は証明された。

 

ならば、宇宙を熱で温める使命を帯びた天使として・・・やらねばならない『魔法少女実験』がある。

 

「暁美ほむら。君がいつの日か、その魂の輝きを呪いの色で満たす時、僕らに協力してもらう事になるだろう」

 

全てはこの宇宙の未来のために、光と熱を司る大いなる神のために。

 

「円環のコトワリ・・・いや、君は確か別の呼び名を使っていたね」

 

―――そう・・・『鹿目まどか』を僕らのものにするために。

 

「いずれその時が来るまで無茶な戦い方を続けるといいよ、ほむら」

 

背中の空間に再び盾の欠片を収容しようとした・・・時だった。

 

―――それは、貴様などが持っていいモノではない。

 

「えっ・・・・・・?」

 

キュウべぇを既に『いつの間にか』全方位から取り囲んでいた三日月の刃をもつ無数の『山鎌』

 

声を発した瞬間には、キュウべぇの身体は無数の山鎌によって細分化されるほどに切り刻まれ絶命した。

 

宙を舞う盾の欠片が空に向かって浮かび上がっていく。

 

頭上には三日月に照らされた『天使の翼』を背に持つ老人の人影。

 

裾の長い黒のチェスターコート、白いスーツズボンの黒いストライプ色、首元の白いスカーフが夜風に靡く姿。

 

その人物の左手に収まるように、盾の欠片は浮遊し終えた。

 

右手からは次々に産み出されていく時計を構築する部品の数々。

 

それらは紳士姿の人物の両手に収まるように浮遊しながら目の前で組み上がっていく。

 

魔法の盾の形が蘇っていき・・・かつてほむらの左腕に備えられ、共に戦場を駆け抜けた頃の姿へと戻った。

 

だが肝心の円盤盾の表面を上下から中央に向かい飾るマガタマを模した6と9の砂時計の砂は収められてはいない。

 

左手で蘇った魔法の盾を取り、右手を砂時計に近づける。

 

するとどうだ、時を操る砂がみるみる砂時計の中に収められていき、赤い砂の色が蘇ってしまった。

 

「・・・ワシの力の一部、ようやく帰ってきたのぉ」

 

天使の翼を持つ老紳士は、懐かしい盾を眺めながら立派に伸びた白髭を右手で撫でる。

 

そして、左手に持つ魔法の盾を身体の中に・・・『押し込んだ』

 

盾は光となっていき老紳士の身体の中に収まっていく。

 

かつてほむらが所有していた魔法の盾。

 

それを誕生させた生みの親とは・・・本当に暁美ほむらだったのであろうか?

 

時間渡航、平行世界移動、他の魔法少女達がもつ固有魔法とは余りにも次元が違いすぎた能力。

 

それはもはや奇跡の領域であり、たった一度の奇跡を願ったならば『一度ぐらい』は平行世界に行けただろう。

 

だが暁美ほむらは、それを数えるのも億劫になるほどに使い続けてこれた。

 

それはもはや、神の領域の力とも表現出来るであろう。

 

・・・何故、暁美ほむらは他の魔法少女達とは違う神の次元の能力が与えられた?

 

他の魔法少女達のように魔法の武器を産み出す事も出来ず、時間を操るか、魔法の盾の異空間しか利用出来ない特異存在となった?

 

その鍵を握る存在こそが、この老紳士の姿をした天使の翼をもつ・・・『魔人』

 

「黙示録の騎士達も既にこの街に現れ出た。先に獲物を彼らに譲ってやろうかのぉ」

 

宙に浮かぶ老紳士の天使の翼が折り曲げられ、身体を包み込む。

 

「ワシは獲物を追いかけなくとも、いつでもあの小娘を殺せたのだ」

 

細目が開き、その眼は暗い底なしの闇を思わせる程・・・どす黒く底が見えない。

 

「ワシはあの小娘の旅路を常に“監視し続けた場所“にて待つ。生き残れるかのぉ?ワシら魔人を相手にして」

 

その言葉を言い終えた一瞬、既に老紳士の姿は空から消え失せていた。

 

人間ならば一瞬の出来事過ぎて視認する事さえ出来なかっただろう。

 

その光景はまるで・・・ほむらが行使してきた時間停止魔法と酷似していた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2019年5月1日。

 

元号が変わり、令和元年を迎える日。

 

新天皇の即位式など日常を生きる社会人や学生には特に意識する理由もなく、今日も学校に通い授業を受ける。

 

今日の学業を終えた学生たちは帰路につき、マミも同じく他の学生達と共に正門を出ていった。

 

彼女が先に帰るのを確認し終えたほむらは後から帰路につく。

 

未だに魔法少女仲間に心を開く事が出来ない自分に苛立ちを感じてしまうが、それでもやはり記憶操作魔法を使う気にはなれなかった。

 

あの時出会った暁美ほむらと瓜二つの金髪の少女に言われた。

 

―――忘れてしまった部分から、次々にあの子の記憶にも綻びが生まれていくわよ?

 

ほんの少しでも記憶を弄っただけで、まどかの存在を『疑って』しまうかもしれない。

 

まどかを繋いでくれた魔法の盾も失い、唯一残ったまどかの記憶や想いまで失ってしまったら・・・。

 

「やっぱり私には出来ない。たとえ周りからなんと思われようとも、これだけが私のかけがえのないもの」

 

まどかを覚えている、これだけが暁美ほむらを支えている。

 

だがほむらだけではなかったはずだ、鹿目まどかを覚えてくれていた存在は。

 

俯きながら通学路を帰っていくほむらの横を、一人の男が横を通り過ぎていった。

 

その男の姿に見覚えがあったのか、彼女はハッと顔を上げて後ろを振り返った。

 

「夢の中で逢った、ような・・・・・・」

 

黒い革靴に黒いスーツズボン、白シャツの上から黒いトレンチコートを上着として着込んだ男の後ろ姿。

 

しかし白い夢の中で出会った男とは明らかに違う部分が頭部に見える。

 

「・・・違うわね。人修羅はたしか頭が真白い髪の毛。あの男は私と同じ黒い髪だし」

 

衣装が同じだけの別人だと判断し、彼女は踵を返して帰路についた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

日が沈みかけた時間。

 

黒いトレンチコート姿の男は建設作業現場の奥深く、明かりもない暗い領域へと足を進めていく。

 

剥き出しの鉄骨や天井部位がひしめく空間の広場に足を進める男の足が止まった。

 

作業現場の奥の領域は特に暗く、夕日の日差しもあまり届かない。

 

その領域から・・・濃度の濃い白煙が男の足元まで流れ込み包んでいく。

 

男は左ポケットからタバコの箱を取り出し、タバコを一本口に咥え、右手の人差し指と中指で火を灯す。

 

吸い込んだタバコの紫煙を奥に向けて男は吹き、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ルシファーが言っていた暁美ほむらを試す存在とは、お前らだったか」

 

暗い奥の領域、複数の馬の蹄の足音が響き、近づいてくる。

 

夕日の光が作業現場の隙間に入りこみ照らされる広場にまでその存在達は進み、黒いトレンチコート姿の男の前に現れた。

 

「懐かしいツラ共だ。相変わらず不気味な連中だぜ」

 

男の前に現れた白い馬、赤い馬、黒い馬、そして青白い馬。

 

青白い馬に跨る、騎士甲冑を身に纏っているだろう裾がボロボロの黒いローブを上から纏う男と思われる存在の口が開いた。

 

「久シイナ人修羅ヨ。カツテ在ッタ世界以来カ」

 

黒いフードを被った頭部、見えるフードに隠れたその顔は・・・髑髏。

 

青白い馬に跨る存在と同じ姿をした赤い馬に跨る髑髏顔の男と思われる存在も口を開く。

 

「ソレトモ、新タニ生マレタ神エンキ、ト呼ブベキカノォ?」

 

年寄りを思わせる口調の髑髏顔の男は表情筋の無い髑髏顔で愉快に笑う。

 

「エンキ?そんな名で呼ばれたのは初めてだぜ、ジジイ」

 

「イズレ、分カル事ジャ。ソウジャノォ?ブラックライダー?」

 

赤い馬に跨る年寄りの横に立つ、黒い馬に跨る同じ姿をした髑髏顔の男と思われる存在。

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

しかしこの男と思われる存在は相変わらず寡黙な性格をしているようで、つまらない返答に答える気はないようだ。

 

「益々力ヲ増シタヨウダナ人修羅。ソレデコソ、俺達ヲ倒シタ者ヨ」

 

青白い馬の隣に立つ白い馬に跨る、他の存在達とは違い黒いフードの上に黄金の王冠を被る髑髏顔の存在はどこか嬉しそうだ。

 

まるでかつての宿敵を祝福しているかのように思える態度。

 

この存在は『強者』に対して敬意を持つ存在のようだった。

 

「戦う相手を間違えるなよホワイトライダー?今回の獲物は、俺じゃないんだろ?」

 

「ソノヨウダ。一度見ニ行ッタガ、落胆サセラレタモノダ」

 

「独リヨガリノ戦イブリダッタソウジャノォ?ソレデハ人修羅以下ジャ」

 

「・・・・・・・・・・・・・ツマラナイ女ダ」

 

「オオ、ヤット口ヲ開イタカ?ブラックライダー」

 

「・・・オ前ノ話ハ、ツマラナイ話題バカリデ答エル気ニナラナイダケダ、レッドライダー」

 

「何ニセヨ、我ラハ閣下ノ御心ノママニ動クノミダ」

 

「暁美ほむらは、かつて俺が通った道を通るか・・・」

 

懐かしいかつての宿敵達を見物しながら、人修羅と呼ばれた男はタバコを吸い続ける。

 

東京の守護者としてこの世界で生きる道を進む時期に、ルシファーは再び人修羅の前に現れた。

 

イルミナティやサイファーの件で厳しく問い詰めようとしたが、それよりも気になる暁美ほむらの存在を試すと言い出し、聞き耳を立てた。

 

それはかつて人修羅が潜り抜けてきた道となる、そう言われた時に察した。

 

魔人達もまた、この世界に現れ出たという事を。

 

ルシファーは人修羅にこう告げた。

 

「暁美ほむらの末路を、共に見届けてみないか?魔人の試練を超えた者よ」

 

聞きたい事は山程あったが、それでもルシファーから出された提案は魅力的だった。

 

あの世界が改変される時に見た、暁美ほむらの悲しみと慟哭。

 

もはや他人とは思えない程に、自分と似通った運命を感じさせた存在。

 

だからこそ、見届けてみたい。

 

魔人の試練をかつての自分と同じ様に、超えられる者足り得るかどうか。

 

「我ラハコレヨリ、アノ女ガ持ツ“メノラー”ヲ奪ウ為ニ動ク」

 

「目的ヲ同ジクシタ者トシテ見物ニ来タノダ。何カ我ラノ狩リニ注文ハアルカ人修羅?」

 

「フッ・・・そうだなペイルライダー。俺が求める狩りの注文は・・・」

 

右手で吸っていたタバコの吸い殻をペイルライダーの前に指で弾く。

 

青白い馬の前でタバコの吸い殻は業火で燃え上がり一瞬で灰となって消えた。

 

―――暁美ほむらの五体をバラバラに切断し、焼き滅ぼし、ソウルジェムを喰らえ。

 

一切の容赦をするな・・・人修羅はそう言い切った。

 

かつての魔人達との戦いは、誰一人たりとも油断を許されない生死をかけた極限の戦いだった。

 

それを女子供だから容赦しろとは彼は言わなかった。

 

女子供であろうが、殺し合いの世界に入ると選択し契約したのならば責任を持つべきだ。

 

末路が惨たらしく理不尽に殺される末路であろうとも、責任を持つべきだ。

 

たとえ『子供のように後先考えない願い』によって契約した覚悟無き魔法少女であろうとも同じ。

 

『自由・選択』とは、それほどにまで重い責任が伴う道だというのを、人修羅は経験してきた。

 

「俺と戦う資格無き者ならば、円環のコトワリに導いてやる必要などない。悪魔の生贄だ」

 

「ハッハッハッ!魅力的ナ注文ダ人修羅ヨ!ソレデコソ戦イト言ウモノダ!!」

 

ホワイトライダーは左手に神弓を召喚し、敵将の首級を上げ勝利を宣言するが如く天に向かってかざす。

 

レッドライダーは右手にクレイモア大剣に似た剣を召喚。

 

ブラックライダーは右手に黒い天秤を召喚。

 

ペイルライダーは右手に死神の大鎌を召喚し右肩に担いだ。

 

「行け、黙示録の四騎士達よ。かつての俺と同じく、暁美ほむらからメノラーを奪い取ってみせろ」

 

各々の馬の手綱を扶助して発進し、人修羅の横を一気に四騎士達は駆け抜けていき消えていった。

 

「見極めさせて貰おうか、暁美ほむらは何者に成り得るか。俺たち悪魔の力と成り得るかどうかを、記憶に書きとめていく」

 

踵を返し帰ろうとする彼の足が止まる。

 

魔人と比べれば取るに足らない程、か弱い魔力の群れを感じる。

 

魔人の馬達から放たれていた白煙とは違う、濃霧のような瘴気が建設現場内に漂い始める。

 

「・・・全く、東京も見滝原も変わらないか。何故俺ばかりを集中して狙うんだ?」

 

現れたるは魔獣の群れ。

 

建設現場内の広場だけではない、現場の外まで埋め尽くす程の規模。

 

魔獣達は人間や魔法少女といった感情を持つ存在から感情エネルギーを吸い上げ廃人にし、グリーフキューブを産み出す存在。

 

ならば感情エネルギーを『莫大に持つ』存在に引き寄せられるのは当然だろう。

 

感情エネルギーを持つ存在とは、人間や魔法少女だけであったか?違うだろう。

 

悪魔達もまた感情を持つ存在であり、人間や魔法少女と近い存在。

 

この世界に召喚された悪魔は全身が感情エネルギーで構成され受肉した存在、エネルギー量で言えば人間や魔法少女を遥かに超える。

 

今、この街でもっとも感情エネルギーに満ちた存在は誰だ?

 

莫大な因果を束ねた暁美ほむらも強かった、しかしそれさえ遥かに超える規模の存在が今、ここにいた。

 

「人間や魔法少女だけの感情では足りないか?悪魔の感情さえ喰らいたいか?」

 

首から顔に、両手からも発光する入れ墨が浮かんでいく。

 

その両目も悪魔の金色の瞳に変わっていき首の後ろからも悪魔の一本角が生えてくる。

 

この街に魔人が現れた数は5体ではない、6体だ。

 

人修羅もまた、魔人の一人。

 

「光の霊獣共、闇の悪魔の感情を喰らいたいならば、奈落の底に堕ちる覚悟は出来ているか?」

 

混沌の覇王は魔獣に向かい歩み進む、雑草を刈る程の労力にさえならない弱者達を刈り殺すために。

 

【魔人】

 

魔的な力を宿し、人智を超える能力を身に着けた存在。

 

彼らは『死』を司り、それを存在意義とする死神で、人々からは不吉・災厄の象徴として恐れられている。

 

何のために人間の前に姿を現わし、何の目的で死を振り撒くのか、謎に包まれている。

 

その正体は、ある怨念が死神の姿を取って実体化された存在、悪魔と合体して力を得た人間、人間から悪魔に転生した存在。

 

または世界の終末の時に姿を現わす四人の騎士や、終末の笛を鳴らす者など様々だった。

 

2019年5月1日。

 

全てを足して『18』となる日。

 

―――今、新たなる黙示録の獣たる666になりえる者の運命の歯車が回り始めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その日の夜、今日も魔獣を狩るため工業区・商業区内でパトロールを行っていた3人の成果は芳しくない。

 

高層ビルの屋上で商業区を大きく見物しながら魔力を探るも、今日は魔獣の魔力は感じられない。

 

「おかしいわね・・・いつもなら信じられないぐらい魔獣の繁殖が起こるのだけれど」

 

「誰かがあたしらより先に、工業区や商業区の魔獣を全部狩っちまったのか?」

 

「美国さん達とは考えづらいわね。彼女達は商業区や工業区を私達に委ねてくれているわ」

 

「なら他の街の魔法少女だとしても、そんな連中の魔力なんて感じられねーしなぁ?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

使命を果たせない日に恵まれただけで、ほむらの心に焦燥感が湧き上がる。

 

魔法少女は魔獣を滅ぼし続けなければならない、遊んでなどいる必要はない。

 

使命を忘れ、日常に堕落し続ける魔法少女を円環のコトワリたるまどかは、笑顔で迎えてくれる気がしない。

 

そんな激しい思い込みに支配されてしまう彼女は奥歯を噛み締めていく。

 

「なら今日は成果無しで解散でいいかマミ?」

 

「そうね、今日ぐらいはゆっくり休んでも」

 

「その必要はないわ。工業区・商業区にいないならば、住宅区、政治行政区にまで足を運ぶだけよ」

 

「おい待てってほむら!なんでお前はそんな・・・」

 

「私達は魔法少女よ。魔獣を全て滅ぼすために在る存在として、戦い続けなければならない」

 

「だからってそんなに自分を追い詰めなくても・・・」

 

「貴女達が日常に堕落していきたいならばすればいい。私は一人でも魔獣を狩り続ける」

 

「待って暁美さん!私達だって人間らしい女の子であるべきよ!少し話を・・・」

 

「・・・くどいわ巴マミ。貴女達と魔法少女についての議論をここでする気はないわ」

 

左手に魔法の杖を召喚し、高層ビルの屋上から向こう側のビルに飛び移ろうかと屋上の端に移動していた時・・・。

 

(・・・・・何?この感じた事がない恐怖は?)

 

背後から『逃れられない死の気配』を感じた。

 

本当にこの場所に留まり続けるべきか?逃げるべきか?

 

・・・そんな思考の選択など、やっている暇さえなかった。

 

「「えっ・・・・・・・?」」

 

マミと杏子の横を突然現れ出た白き馬と赤き馬が駆け抜け、2体の魔人はほむらが後ろに振り向く暇さえ与えず彼女の両腕を互いに片手で掴み上げ持ち上げる。

 

「お前達は・・・ッ!!?」

 

二匹の馬に跨る魔人達は高層ビルを暁美ほむらを持ち上げたまま跳躍。

 

遅れてマミと杏子の横を黒き馬と青白き馬も駆け抜け端から跳躍、ほむらの両足を2体の魔人は片手で掴んだ

 

四肢を完全に4体の魔人に拘束されてしまったほむらは、そのまま地面に向けて天駆ける騎士達と共に落下。

 

地面に円形に広がっていく魔人の結界空間の入り口。

 

マミと杏子が慌ててビルの端から下を見下ろした時には、既に魔人の結界は閉じられ姿は何処にも見当たらない。

 

「なっ・・・・何だったの!!いきなり現れたあの存在達は一体ッ!?」

 

「あいつらが大物魔獣・・・・・いや!!あんな連中が魔獣なもんか!!!」

 

「暁美さんを攫ったあの黒衣の騎士達は魔獣じゃない?なら私達は一体何を見たというの!?」

 

今まで見た事も経験した事もない存在達にいきなり奇襲を仕掛けられ、大事な仲間を連れ去られ思考が乱れて混乱してしまうマミ。

 

だが、教会で牧師を営んできた聖書知識を持つ杏子は、あの存在達を聖書の何処かで読んだことがあったのを思い出す。

 

「まさか・・・・・・そんな事って・・・・・」

 

「何か知っているの佐倉さん!?」

 

「あれは魔獣っていうよりは・・・・・ヨハネ黙示録の四騎士だ!!!」

 

白き馬、赤き馬、黒き馬、青白き馬・・・それらに跨る騎士達のヨハネ黙示録の逸話。

 

小羊(キリスト)が解く七つの封印の内、始めの四つの封印が解かれた時に現れるという。

 

四騎士はそれぞれが、地上の四分の一の支配、そして剣と飢饉と死・獣により、地上の人間を殺す権威を与えられているとされる。

 

多くのキリスト教徒は四騎士を未来の苦難の予言と解釈していた。

 

「黙示録?四騎士?・・・何でそんな存在がこの世に現れて暁美さんを攫ったの佐倉さん!?」

 

「そんな事まで分からねーよ!思うのは・・・・・」

 

―――ほむらはもう、助からねーかもしれねぇって事だけだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

・・・地面に倒れ込んだほむらの意識が戻り辺りを見回す。

 

そこはまさに『地獄』かと錯覚してしまう程に異質に赤く燃え上がる世界。

 

赤き豪雷が空で荒れ狂い、景色は業火のように燃え上がる赤き渓谷と大地に包まれた空間。

 

「ここは・・・一体・・・・・?」

 

―――大いなる神を表す7を用いた試練を超えてみせなさい。

 

脳裏に蘇る自身と瓜二つの姿をした金髪の少女の声が蘇る。

 

それと同時に、周囲にとてつもなく恐ろしい気配と魔力を感じた。

 

この魔力はかつての世界の魔女でも、今の世界の魔獣でもない。

 

―――人ノ身ヲ辞メ、石コロニ成リ果テテマデ何カヲ成ソウトシタ者ヨ。

 

燃え上がり豪雷で荒れ狂う空に浮かぶ天駆ける白き馬に乗りし騎士。

 

―――友ノタメニ戦イ、友ト交ワシタ約束ヲ貫イテキタ者ニ聞キタイノォ。

 

同じく空に浮かぶ天駆ける赤き馬に乗りし騎士。

 

―――・・・・・・約束ハモウ守レナイ、オ前ハ何モ成セナカッタ。

 

同じく空に浮かぶ天駆ける黒き馬に乗りし騎士。

 

―――オ前ガ望ンダ世界トハ、コノヨウナ形デアッタノカ?

 

地獄の空に浮かぶは黙示録の四騎士。

 

ほむらは目の前の存在達を見上げて理解した。

 

この存在たちこそが、7つの試練たる逃れられない自身の死である事を。

 

今こそ始めよう、堕ちた天使に導かれし魔法少女の新たなる戦いの道を。

 

これこそがかつての世界で人修羅と呼ばれし悪魔が超えてきた戦い。

 

魔法少女か、魔人か。

 

生き残れるは二つに一つ。

 

ほむらはこの試練を超え、世界の真実を知る事が出来るのか。

 

人修羅がほむらに語った、自身の嘘に塗れた今の魔法少女人生を否定するとはどういう意味なのか。

 

知るために超える、死と黄泉との道。

 

それを切り開く事が出来る唯一の方法。

 

それは・・・・・魔人を超える力を示すのみだ。

 




長くなりそうなので二話に纏めます。多分あとで次の話と纏めて話数削減するかも。


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56話 黙示録の四騎士

地獄の如き結界の空を睨み、眼前の魔人達に彼女は問いかける。

 

「お前達は一体何者・・・?魔女でも魔獣でもないわけ・・・?」

 

4つの存在は暁美ほむらに分かる言葉を用いて語りかける事が出来た。

 

ならばかつて戦ってきた魔女や魔獣とは違い、意思の疎通が可能だと思い、敵を知るため『話しかける』必要があった。

 

彼女の問いに青白き馬に乗る魔人ペイルライダーが口を開く。

 

「ソウダ。我々ハ悪魔デアリ魔人・・・聖書ニ語ラレシ黙示録ノ四騎士」

 

魔人、そんな存在はインキュベーターから一度も語られた事などはない。

 

黙示録、その言葉なら創生と終わりを紡ぐヘブライ神話たる聖書を神学で学んだ事があるほむらなら分かる。

 

しかし、今となっては遠すぎる記憶と成り果てた小学生時代の授業内容を詳しく思い出す事はできなかった。

 

「悪魔・・・魔人?そんな存在達がどうやってこの世界に現れ出るわけ?」

 

赤き馬に乗る魔人レッドライダーがその問いに口を開く。

 

「知リタイカ?ワシラ概念存在ノ受肉スル現界方法ヲ?鹿目マドカニ用イルタメニ」

 

一番知りたい部分の目的を赤き騎士に見透かされた。

 

神や悪魔と呼ばれる存在達、合理主義を貫くインキュベーターの口から語られた事は一度もない。

 

つまり神や悪魔とは『この世に存在しない』モノとして語る価値も無し、そうインキュベーターは考えているのだと察する事が出来る。

 

始まりも終わりもない概念存在、かつて鹿目まどかと呼ばれし女神も、今となっては悪魔と同じ概念存在。

 

その存在が受肉して目の前にこうして現れ出る事が出来るならば・・・。

 

「オ前サンハ世界カラ消エ去ッタ鹿目マドカヲ救イタイノジャロウ?」

 

「お前達もまどかを知っていると言うのなら教えなさい!!その方法を!」

 

「知リタケレバ・・・・・」

 

「・・・・・・我々ハ、小娘ヲカラカイニ来タ訳デハナイ」

 

「オオ、ソウジャッタノォ」

 

黒き馬に乗る騎士は、レッドライダーの口の軽さに苛立ちを感じさせる言葉を発する。

 

「未熟ナ弓兵ヨ、我々ハ貴様ヲ惨タラシク殺シ、メノラーヲ奪イ取リニ来タ存在ダ」

 

「弓兵?私の魔法武器の形を、お前は知っていたの?」

 

「少シ前ニ、貴様ノ戦イブリヲ見物サセテ貰ッタ。貴様ハ弓ノ扱イヲ何モ知ラナイヨウダナ?」

 

いつの間に白き馬に乗る騎士に観察されていたのか、ほむらには分からない。

 

しかし自身が武器に不慣れであるという情報を知られた事は大きな脅威となる。

 

「メノラーを奪い取りに来たと言ったわね?私はいつの間にか持たされていた、あんな得体の知れない燭台に興味は無いわ」

 

「持チ帰リタケレバ持ッテ帰レト言イタソウダナ?」

 

「無駄ダ。メノラーハ既ニ、汝ノ身体ノ内ニ収メラレテイル」

 

ペイルライダーは右肩に担いだ死神の大鎌の柄中央部ハンドルを右手で握り、左手で柄を持ち構える。

 

「持チ帰ルトシタラ、オ前サンノ身体ヲバラバラニ切断シ、中カラ取リ出ス以外ニ無イノォ」

 

レッドライダーは右手の大剣を右肩に担ぎ、獲物を逃さない鋭い視線。

 

「・・・汝ノ魂モ我々ノイズレカガ持チ帰ロウ、ソウルジェムヲ喰ラッテナ」

 

「なっ・・・・・なんですって!?」

 

ブラックライダーが発した言葉はあまりにも衝撃的だった。

 

ソウルジェムを『喰らう』、かつてそんな理不尽過ぎる殺され方をされた魔法少女などほむらは知らない。

 

穢きったソウルジェムが砕けた時、魔法少女は円環のコトワリに導かれるのが新しい世界のシステム。

 

だが悪魔に喰われたならば、魔法少女の魂は円環のコトワリに無事導かれる事が出来るのか、確認した事などはない。

 

最悪の結果が訪れる・・・それだけをほむらは感じ取り、全身に冷や汗が吹き出す。

 

「貴様ヲ円環ニ導ク慈悲ナド我ラニハ無イ。逃レラレナイ7ツノ死ニ抗ッテミセロ」

 

左手の神弓をほむらに向け、ホワイトライダーは宣戦布告ともとれる言葉を送る。

 

「コレヨリ我ラ四騎士ハ、汝ノ狩リヲ始メル。4ツノ死ノウチ、イズレカガ汝ノ魂ヲ刈リ取ル」

 

「ワシヲ超エル事ガ出来タナラバ、オ前サンガ気ニシテイタ部分ヲ、少シダケ教エテヤロウ」

 

「見滝原ト呼バレシ彼ノ地ニテ、我ラハ貴様ヲ待チ受ケル」

 

「・・・・足掻クガイイ、汝ノ魂ヲ量ル時ガ楽シミダ」

 

もはや魔人との戦いは避けられない。

 

押し黙るほむらは左手に持つ魔法の杖を目の前で水平にかざす。

 

「・・・殺し合いを後日に回す必要は無いわ」

 

先端の紫薔薇が燃え上がるような紫の光を放つ。

 

「7つの試練?魔人との殺し合い?そんな事する為に、私はこの世界で魔法少女を続けてなんかいないわ」

 

紫薔薇の魔法杖がほむらの魔法武器である魔法弓にその姿を変える。

 

「私は全ての魔獣を滅ぼすために魔法少女となった者よ!訳の分からない悪魔共と遊んでいる暇はない!」

 

空に弓を向け、現れた弓の弦を引き絞り魔法の矢を放つ構え。

 

「黙示録の四騎士を名乗るお前達は!今この場で私が全て滅ぼしてみせるわ!!」

 

悪魔など眼中に無いと・・・眼の前の魔法少女はヨハネ黙示録の四騎士達に言ってのけた。

 

その一言がどれだけ四騎士達のプライドを傷つけたか、彼女が分かるはずもなし。

 

「驕ルカ!!小娘ェ!!!」

 

「ヤレヤレ、恐レ知ラズナ若者ラシイノォ。人修羅ノ方ガ、マダ冷静ジャッタゾ」

 

「・・・・・・量ル刻ガ早マッタダケダ」

 

「汝ノ慢心ニヨル愚カサ・・・今コノ場デ分カラセテヤロウ!」

 

右手の指を鳴らした合図で三騎士達は一斉に空を馬で駆けていきほむらを包囲していく。

 

「我ラノ死・・・・・甘ク見タ汝ノ後ロニ、黄泉路ガ開イタ事ヲ知レ!!」

 

「来なさい!!魔人共ッ!!!」

 

ペイルライダーは空から一気に大鎌を構えほむらに向けて急降下突進していく。

 

魔人達との死闘が・・・早くにもここで始まりを迎えてしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ほむらの前方に空に向け描かれていく魔法陣。

 

だが遅過ぎる、これでは大魔力行使の一撃には間に合わない。

 

高速で飛来したペイルライダーの死神の大鎌を地に伏せて逃れ、背後を駆け抜けていく魔人に振り向き弓を構え直す。

 

赤い大地を青白き馬の力強き疾走による旋回移動、狙いが上手くつけられない。

 

(くっ!!やっぱり弓は狙いにくい!)

 

彼女が今まで使ってきた武器は現代戦の銃火器。

 

原始的な武器である弓など彼女は触った事さえなかった。

 

それでも魔獣程度の雑兵の群れならば火力押しでどうにかなったのだが・・・。

 

(せめて高速で動き続ける魔人を止めてくれる人がいたら・・・)

 

「ソラ、相手ハ他ニモオルゾ、オ嬢チャン」

 

赤き馬に乗るレッドライダーは側面から一気に斬り込み、大剣の刃が既に目前にまで迫る。

 

左手で構える弓の弓柄でその重い一撃を受け止める。

 

相手の刃が握り部分に滑り込み、左指を切断される前に弾ききり、相手の一撃を流しきった。

 

刹那、彼女の左腕には、飛来した三本の矢が撃ち込まれ、矢じりによって串刺しにされた。

 

「ぐっ!!何処から・・・・!?」

 

弓を持っていた魔人の魔力を探るが、探知出来ない程に離れた距離からの連続狙撃。

 

素早く振り抜いた彼女の細い腕に、あの一瞬で三発も命中させれる程の弓の技量を持つ弓兵。

 

その鷹の目に、彼女は狙い定められている。

 

(止まっていたら集中攻撃される!動かないと!!)

 

走りながらの連続弓射撃、高速で大地を駆け抜けるレッドライダーとペイルライダーを撃つが当たらない。

 

走る事で身体が揺れ動き、射撃精度などあるはずがない。

 

魔力で強化された肉体の脚力だが、魔人の馬達はそれを遥かに超えた速度で追い詰めてくる故に逃げ切れない。

 

背後から迫る大鎌の一撃を前転し回避、右片膝をつき後ろを狙うほむらの背後からはレッドライダーの一撃。

 

唐竹割りを両手で弓を握り込み受け止めたが、今度は膝を曲げた左足を三本の矢に射抜かれ串刺しに。

 

レッドライダーは手綱を引き、赤き馬の雄叫びと共に前足が一気に跳ね上げられ、彼女を踏みつけようと迫りくる。

 

斜め前方に前転してやり過ごすが、射抜かれた左足はおびただしい流血を撒き散らし、力が入らなくなっていく。

 

(動脈を射抜かれた・・・!)

 

獲物の力を確実に削ぎ落とす弓兵の射撃。

 

片足をやられ、回復する暇さえ2体の魔人は与えてはくれず、次々に馬による駆け込み斬り。

 

魔法陣を展開して強大な一撃を放つ『溜め』の時間さえ与えてはくれない。

 

・・・これが、孤高に戦うというもの。

 

誰も彼女を助けてはくれないのだ、独りで戦う状況というものは。

 

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

息が荒く立ち上がるほむらの身体は見るも無残。

 

弓矢の重症、次々に斬り込んできた二体の魔人達に弄ばれた全身の切り傷。

 

細い身体の彼女は既に、人間ならば動くこともままならない程に失血している。

 

それでも彼女の闘志は揺るぎはしない。

 

(効くかどうかは分からない・・・それでも・・・!)

 

前方から駆けてくる赤き馬。

 

馬上からの逆袈裟斬りを身を引くめ掻い潜る一瞬、彼女はレッドライダーの黒衣の裾を掴み飛び上がる。

 

馬の後部座席に飛び乗ったほむらは、動く右腕でレッドライダーの首を腕刀を用いて締め上げる。

 

「ホッホッホ!ソノ身体デ見事ナ動キジャ!!」

 

「お前達が誰に唆されて命令されたのかは知らないけれど、私に逆らう気も起きない記憶にしてあげるわ!」

 

彼女の固有魔法は記憶操作魔法。

 

魔獣には通用しない、精々人間か魔法少女ぐらいにしか有効ではない限定的な魔法行使。

 

だが・・・。

 

「ホォ?コレガ魔法少女トヤラノ魔法カ?我々悪魔ノ精神操作魔法ト似テオルワ」

 

「そんな・・・・・記憶操作魔法が効かない!?」

 

背後のほむらに上半身を回転させた左肘打ちを左側頭部に打ち込み、彼女を落馬させる。

 

地面に俯けで倒れ込んだ彼女の眼前を赤き馬の蹄が踏みしめる。

 

「ダガ無駄ジャ。我ラ魔人ノ魔法耐性ヲ甘ク見ルデナイワ」

 

同じく眼前を踏みしめる青白き馬の蹄。

 

「我ラハマダ、魔法サエ使ッテイナイ。コレガ今ノ我々ト汝ノ力ノ差ダ」

 

遠く離れた渓谷の高台頂上岩場で遠くの光景を見つめるホワイトライダー。

 

左手に握られた弓矢の弦が引き絞られていく。

 

「・・・そうね。魔人達を甘く見ていたようね、私は・・・」

 

魔人と戦ってみて分かった。

 

彼らの連携の完成度は手練の魔法少女組に匹敵するか、それ以上だという事。

 

それを相手にたった独りで戦うは、たとえ円環のコトワリと繋がりを持った因果の力持ちし魔法少女であろうとも追い詰められる。

 

圧倒的戦力差に対し、孤独に戦う苦しみには慣れているが・・・。

 

「逃ゲラレルト思ウナ。我ラノ結界ハ、カツテノ魔女ト呼バレシ者トハ違イ、甘クハ無イ」

 

逃げるだけならば、かつての魔女相手なら出来たが・・・魔人相手には通用しない。

 

もはや不退転の決意を固めるしかない。

 

「私は逃げないわ・・・お前達をこの場で倒すと宣言した言葉に、嘘はない!!」

 

渓谷高台からほむらの頭部に目掛け迫りくる矢の狙撃。

 

その時、ほむらの身体からおびただしい魔力の奔流を感じ取った二体の魔人は手綱を引き、後ろに跳ね下がる。

 

背中から生えるどす黒く禍々しい巨大な黒き翼。

 

飛来してきた矢は、黒き翼の侵食領域に飲み込まれ消失。

 

倒れた姿勢から空に浮かび上がっていく彼女の姿は、まるで悪魔そのものに魔人達には見えた。

 

これこそまさに世界を『侵食する黒き翼』

 

「もう出し惜しみはしないわ!私の世界に飲まれて消えなさい悪魔共ッ!!」

 

二体の魔人目掛け、背中の禍々しい黒き翼の侵食領域が一気に広がり続ける。

 

後方に一気に駆け、逃げる魔人達は焦るどころか、表情筋の無い髑髏顔で愉快そうに笑っている。

 

「ホッホッホ!仲魔達ガイレバ使イ辛ソウナ極大魔法ヲ隠シトッタカ!」

 

「ククク・・・素晴ラシキコノ闇ノ力!ヤハリ閣下ハ見抜イテオラレタ」

 

「ヤハリアノ小娘ハ、ワシラト同ジ存在トナルベキジャ」

 

「折角ノ暁美ホムラガ見セタ極大魔法、我ラモ礼ヲ尽クソウ」

 

「ソロソロ出番ジャ、ブラックライダー」

 

地上の光景を見つめ続けていた天高く空に浮かぶ黒き馬に乗りし騎士。

 

その右手に持たれたのは黒き天秤。

 

「・・・・・汝ノ命ト魂ノ軽重・・・我ガ計ロウ」

 

黒き天秤の左の受け皿にほむらの魔力色を示す紫の炎、右の受け皿には血の通う人の命を司る赤き炎が灯る。

 

今天秤の担い手は高らかに天秤を掲げ、命を司る受け皿は『ほむらの命の半分』の重みによって傾いた。

 

「あっ・・・・?くぅ・・・・何が私の身体に起こったの・・・!?」

 

ほむらは突然身体の命が削られる程の激痛に全身が苛まれる。

 

背中の極大魔法を行使していた黒き翼が消えていく。

 

「・・・・・汝ノ命ノ半分ハ我ノ右ニ、魔法ノ力ハ左ニ・・・封印シタ」

 

「ブラックライダーノ“ソウルバランス”・・・相変ワラズエゲツナイノォ」

 

ただでさえ重症を負って命を削られたほむらの身体から、さらに半分の命が削り落とされた。

 

もはや身体を動かす事さえままならなくなり、黒き翼消失と共に空から落ちる。

 

それでも最後の力を振り絞り、天高くにいるブラックライダーめがけ弓を構えようとする彼女に飛来する三本の矢。

 

一発目は彼女の右肺、二発目は右脇腹、三発目は右太腿を串刺しにしていった。

 

全身突き刺さった矢を抱え、血を撒き散らしながら地面に激突。

 

「かはッ・・・!!ま・・・だっ・・・・死ぬわけには・・・」

 

もはやほむらに、戦う余力は残されてはいない。

 

地面に倒れ込んだほむらの周りにゆっくりと、4つの死が迫りくる。

 

「使命も果たせず・・・死にたく・・・・・ない・・・!」

 

これこそが、ほむらの逃れられない死の光景。

 

その洗礼・・・確かにほむらの身体に刻み込まれた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

4匹の馬に囲まれる地面に仰向けで倒れ込んだままのほむら。

 

もう指先一つ動かせない彼女の命と魂を刈り取る事など造作もなかろう。

 

「最初ノ威勢ノ良サハ、何処ニ消エタ?小娘」

 

「私・・・・・殺されるの・・・・・?」

 

「ソウジャ。ワシラハ今カラ、オ前サンノ五体ヲバラバラニスル」

 

「・・・・・・精々、甲高イ悲鳴ヲ上ゲルガイイ」

 

「嫌・・・こんな終わり方なんて・・・・・嫌ッ!!!」

 

彼女の目から涙が溢れ出していく。

 

魔法少女の使命を果たす事も出来ずに殺される。

 

身体を刻まれ、燃やされ、ソウルジェムを喰われる。

 

きっとその先にあるのは、円環のコトワリに導かれ、まどかと笑顔で再会する終わりでは無い。

 

悪魔と呼ばれる概念存在の一部として、永遠に苦しむ以外に無い。

 

「恐ロシイカ?コレガ汝ニ与エル・・・・・魔人ガモタラス死ダ」

 

「どうして・・・何で私が悪魔に・・・襲われなきゃならないの・・・?」

 

「オ前ハ選バレタカラダ」

 

「何で・・・何で私なんかが!?病弱で・・・何一つ取り柄なんてなかった私が選ばれるのよ!?」

 

「・・・・全テハ我ラノ・・・・黒キ希望ノタメ」

 

「混沌ノ悪魔達ノ未来ノタメ」

 

「ソノタメニ貴様ヲ試シタカッタノダガナ・・・モハヤ、臆病風ニ吹カレタカ」

 

「そんな・・・・・助けて・・・・・誰か・・・・」

 

「仲魔達ヲ拒ミ続ケタ娘ガ今更ドノ口デ、ソンナ都合ガ良イ甘エタ言葉ガ出テクルンジャロウノォ?」

 

各々の騎士達が武器を構える。

 

魔法少女ほむらの人生、無念の果てに終わりを告げるのか?

 

「・・・ごめんなさい・・・・・・まどか・・・・」

 

ほむらは逃れられない死を覚悟し、静かに目を瞑る。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?

 

(私・・・まだ、死んでない・・・・・・?)

 

瞑っていた目を静かに開ける。

 

そこは地獄の如き結界世界ではなかった、何処かの薄暗い路地裏の広場。

 

頭に四騎士達の声が響き渡る。

 

<<今ノ汝ハ弱イ。少シダケ、時間ヲ与エヨウ>>

 

<<6月12日新月ノ夜・・・再ビワシラハ、オ前サンヲ狩リニ現レル>>

 

<<・・・・・彼ノ地ニテ、我ラ四騎士・・・一人ヅツダ>>

 

<<頭ヲ冷ヤシ、精々強クナル事ダ。閣下ヲ失望サセルナヨ?我ラノ黒キ希望ヨ>>

 

魔人達の声が消えていく・・・。

 

代わりに聞き慣れた声が近づいてきた。

 

「こっちにほむらの魔力があるぞマミ!!」

 

「暁美さん!?そんな・・・・なんて酷い傷!」

 

急ぎ駆けつけてくれた魔法少女仲間達に抱き起こされた時、命の温もりがまだ残ってくれていた事に心から安堵した。

 

・・・そして、激しい後悔に苛まれ、己を恥じた。

 

使命と共に死ぬために戦ってきた筈だったのに、自分はまだ生きたかった、仲間達が必要だった。

 

「・・・・・ごめんなさい、杏子、巴マミ・・・私は」

 

「無理に喋るんじゃねぇよ!今にも死にそうな身体なのに!」

 

「刺さった矢を抜いたら失血死するわ!直ぐに完治は出来ないから、私の家で治療を行い続けましょう佐倉さん!」

 

二人に抱えられ、静かにその場を去っていく暁美ほむら。

 

これは魔人達との戦いの始まりに過ぎない、これからさらに苛烈を極めるだろう。

 

ほむらは今、死の重みと、命の重みを知った。




真・女神転生3ノクターンHDリマスター発売日に向けて、ついマニアクスを最初からやり込み・・・ワシは駄目な子。
典型的な負けイベント話です。


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57話 共に戦った武器

魔人との戦いから一週間が過ぎていく。

 

ほむらは重体のまま巴マミの家で仲間達の治療を受け続け、学校に行く事さえ出来ない状況が続いていた。

 

二人の献身的な回復魔法のおかげで彼女の身体もようやく動き始めた頃。

 

見滝原の空を大きな軍用輸送機が通り過ぎていく飛行機雲が郊外に向け伸びていく光景。

 

目的地は見滝原市からそう離れていない郊外に、2009年頃に完成した在日米軍基地。

 

地元の人達からは見滝原米軍基地とも呼ばれていた。

 

在日米軍基地とは、日米安全保障条約第6条および日米地位協定に基づき日本国内に駐留する在日アメリカ軍。

 

陸軍・海軍・空軍・海兵隊・沿岸警備隊の合衆国五軍全てが日本国内で展開している。

 

指揮系統としては、アメリカインド太平洋軍の傘下にあった。

 

在日米軍司令官は第5空軍司令官が代々兼務しており、空軍中将が就く。

 

今年の2019年2月には、後任の新しい司令官が着任したというニュース記事も記憶に新しい国民は多い。

 

この見滝原米軍基地は東京にある米軍基地施設機能全てを満たす程の規模を持ち、既に東京の在日米軍基地機能の全てが、見滝原米軍基地に移動を現在終えている。

 

東京に残された在日米軍基地は僅かな事務官を残し、もぬけの殻と言ってもいいだろう。

 

東京でも特に大きかった空軍基地の横田飛行場と同等の規模を有する空軍基地として、大きな滑走路が特徴。

 

今その滑走路に着陸しようとアプローチに入っているのは、ジェット4発の世界最大級の輸送機であるC-5ギャラクシー。

 

戦車・大型輸送ヘリ・戦闘機に至るまで積み込めるその巨体はまさに圧巻だろう。

 

激しい騒音と共に滑走路に着陸したその姿は威圧的そのもの。

 

見滝原米軍基地内に駐機した輸送機の巨大ハッチが開き、積荷を作業員達が降ろしていく。

 

荷降ろしされた積荷の数々は、近くに待機してある大型トラックの荷台に次々と運ばれていく光景。

 

しかしその大型トラックは民間用の大型トラック。

 

暫くして、見滝原米軍基地ゲートを次々と出ていく積荷を満載した複数の大型トラック。

 

見送る基地警備隊所属の日本人警備員達は怪訝そうな表情をしていた。

 

「なぁ?あの積み荷を運ぶトラック、何故軍用車両ではないんだろう?」

 

「確かになぁ、あれじゃ偽装を施して何処かに基地の荷物を運んでいるようにしか・・・」

 

「こういう案件はヤバいな。全く、自国に他国の軍が常駐してるって主権侵害も良いとこだぜ」

 

「そこで働かせてもらって食わせて貰ってるんだ。いらないことを詮索するのはやめようぜ」

 

複数の大型トラックは見滝原市内に向け走行してゆく。

 

住宅区を超えて向かう先は政治行政区。

 

海沿いに立つまだ使用目的も明らかにされていない商業施設ビルの前に複数の大型トラックは停車。

 

一台づつ荷物用大型カーリフト入り口に入っていく。

 

その様子を政治行政区で働く道行く人達は、怪訝そうな顔で見つめる事しか出来なかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「暁美さん、もう身体はいいの?」

 

「ええ、お陰様でもちなおしたわ」

 

5月10日の午後。

 

学校から家に帰宅したマミは、ほむらが身体を動かしてソファーに座って窓を眺める光景を見て安堵した表情を浮かべる。

 

「帰ったかマミ?ほむらがいるから、開けてもらって上がらせて貰ったぜ」

 

台所の冷蔵庫を開けて冷えたペットボトルのお茶を飲んでいるのは杏子。

 

「お行儀悪いわよ佐倉さん」

 

「硬いこと言うなって。まぁ、見ての通り重症人の看護はもう大丈夫そうだな」

 

「本当に世話になったわ二人共・・・。その、貴女達に冷たく接する私なんかのために・・・」

 

「水臭いこと言わないの暁美さん。私達は見滝原を共に守る魔法少女仲間でしょ?」

 

「仲間・・・こんな私の事をまだ、そう言ってくれるのね」

 

「せっかく佐倉さんもいるんだし、温かい紅茶を私が淹れるわ。貴女に聞きたい事もあるし・・・」

 

ソファーの前に置かれた机の周りに座り、二人に紅茶を淹れて自分の席に座り、ほむらに向き直る。

 

「それで暁美さん・・・思い出したくもない話題になるだろうけど」

 

「分かっているわ。私を攫った連中についてね」

 

「あいつらは魔獣じゃねぇ、そうだろほむら?」

 

「その通りよ。あの者達は魔獣とは違い自らの意思を持ち、意思の疎通さえ出来る悪魔・・・魔人と名乗ったわ」

 

何処までを話せばいいかほむらは思案する。

 

かつての世界の悪夢、この世界で見た白き夢、自分と瓜二つの金髪の少女との出会い。

 

やはり夢物語やホラーのような話は伝わりにくいと判断し、彼女達も見た魔人達の話に集中した。

 

「あの4匹の馬を見て、教会が実家だった杏子なら察しはつくんじゃないかしら?」

 

「・・・ヨハネ黙示録」

 

「そう、あの4体の魔人は自らを黙示録の四騎士と名乗りをあげ、私に襲いかかってきた」

 

「第一の騎士、第二の騎士、第三の騎士、そして第四の騎士まで現れ出たってのかよ・・・この世界に」

 

「それは一体何を表してるか、聖書知識で何か分からない二人共?私は神学を習った事がなくて分からないわ」

 

「未来の苦難の予言・・・あたしも元キリスト教徒だったから家族達皆そう考えていたんだ」

 

「私も牧師の資格を持つ先生からそう習った事があった気がするわ」

 

「黙示録の騎士が世界に現れるのは未来の苦難・・・それと暁美さんが一体何故繋がりがあるのかしら?」

 

「・・・それは私が聞きたいぐらいよ巴マミ」

 

「ほむらにも覚えが何もないんじゃ、あたしも連中がほむらを襲った理由なんて見当がつかねぇよ」

 

「四騎士の解釈については諸説あって、一概に答えは一つではないのよ」

 

「そう・・・。それにしても、よく黙示録の騎士達に襲われて生き残れたものね暁美さん」

 

「・・・殺されるしかない状況だったわ。私の力なんて、あの四騎士達の前では無力だった」

 

「あたしら魔法少女の中で、ダントツの魔力を持つほむらが手も足もでない・・・考えたくもねぇ恐ろしさだな」

 

「魔力があっても技量はない。四騎士達との戦いで生き残り学んだ事・・・私は自分の武器さえ満足に使いこなせなかった」

 

「暁美さんの魔獣との戦い方もそうね。弓の練度を何も感じない大魔力放出による火力頼みという印象よ」

 

「・・・・・返す言葉もないわ」

 

「へぇ、素直に認めれるぐらいには反省したんだな。まぁ、殺されかけたんだし無理もないか」

 

飲み終えたティーカップに紅茶のおかわりを注ぎ、これからの事を3人は話し合っていく。

 

「一度は暁美さんを見逃したとしても、魔人と呼ばれる悪魔達が再びやってくると考えて動いた方が良さそうね」

 

「6月12日新月の夜、再び私を襲うと奴らは宣言したわ」

 

「日はまだ少しあるって事は、獲物の歯ごたえが欲しいってわけかよ。あくまで騎士道精神ってやつなのか?」

 

「佐倉さん、それ駄洒落?」

 

「ちげーよ。こんな空気でくだらねー事を言うキャラに見えるかあたし?」

 

「私は魔人との戦いの日まで弓の鍛錬をもっと積むつもりよ。今度こそ奴らを倒すために」

 

「指導してあげたいけれど、戦闘での立ち回りは何も教える事はないし、問題は武器の扱いね」

 

「あたしにほむらの指導を振るなよ?弓なんて扱った事ねーし」

 

「私も弓は触った事がないし、困ったわ・・・美国さんのグループにも弓使いなんていないし・・・」

 

「ネットで弓の扱いを独自に研究するわ」

 

「あとは6月12日の夜のいつ、連中が襲いかかってくるかだな・・・」

 

「奴らは意思を持たない魔獣ではないわ。たとえ家に引き篭もろうが、街から逃げ出そうが、地の果てまで追ってくる気がするの」

 

「私達もその日は暁美さんの側を離れないわ、3人で備えましょう」

 

「奴らの獲物は私だけなのに・・・本当にいいの?黙示録の騎士達の恐ろしさは語った通りよ?」

 

「仲間放り出して見殺しにするなんて、あたしらには出来ねぇよ。もうさやかと同じ光景は沢山だ」

 

「過ちは繰り返さない。そう決めたものね、佐倉さんと私は」

 

頷き合いほむらを見つめる仲間達。

 

どうして自分は、こんな大切な人達を遠ざけてしまったのだろうかと、心に悔やみが吹き出す。

 

こんなにも分かりあえ、頼れる関係がかつての世界で築く事が出来たなら、ワルプルギスの夜だって・・・。

 

(・・・もしも、を考えても仕方ないわね。今を大切にするわ)

 

ほむらはようやくまどかが残してくれた世界に、光を少しだけ見出す事が出来た。

 

魔法少女達と共に生きる、魔獣との戦いだろうが、悪魔達との戦いだろうが、仲間達と共に乗り越えてみせる。

 

きっとその先にある末路こそが、まどかとの笑顔の再会があるのだと信じたい。

 

来るべき日に備えて、ほむらは今まで世話になり続けたマミの家を後にし、自宅へと帰っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

次の日、学校は土曜日であり休みの日。

 

昼が近い時間のほむらの部屋。

 

PC机でうたた寝していたほむらは目を覚ます。

 

遅くまで弓道やアーチェリーのサイトや、SNSの動画などを研究していたらいつの間にか寝てしまっていた。

 

手早く風呂を済ませ長い髪を乾かし、冷蔵庫の中身で軽い昼食をとろうと開いたが、食べ物のストックが無い。

 

買い出しを忘れていたとため息をつき、私服に着替え買い物に出かけるため玄関のドアを開ける。

 

玄関に鍵をかけようと後ろに振り向いた時、ドアに貼り付けられていた張り紙に気がついた。

 

「はぁ・・・一体誰がこんなものを?」

 

悪質な悪戯なのかとテープで止められた張り紙を剥ぎ取り、内容を確認する。

 

・・・ほむらの表情が険しくなっていく。

 

家の近くの通りを走るタクシーに手を上げ、中に乗車。

 

「・・・ここに書かれている住所に向かって欲しいわ」

 

タクシーは発進し、住宅区から政治行政区に向け進んでいく。

 

たどり着いた場所は海沿いに立つ商業施設と思われるビルの前。

 

彼女は張り紙に書かれている指示通りにビルの中に入っていく。

 

中はもぬけの殻で誰もいない。

 

指示された薄暗いエレベーターに入り、ボタンパネルの下の蓋を開ける。

 

中には地下に降りるボタンと思われるものがあり、それを押し地下に向かいエレベーターは下降していった。

 

エレベータードアが開き、薄暗いエレベーター空間に光が入り込み、地下室の光景にほむらは息を呑み込んだ。

 

そこは米国で見られる巨大スーパーマーケットかと思われる程の広さを持つ大きな地下空間。

 

だが棚やラック、ショーケースに並べられている商品かと思われる品々は、決して日本で取り扱ってはならないだろう武器と装備。

 

米国、ドイツ、イスラエル、ベルギー、オーストリア等など、欧米の銃器が所狭しと飾られている。

 

棚を物色するように歩き続けるほむら。

 

弾薬コーナー、火薬コーナー、ナイフコーナー、ガンアクセサリー、軍用装備品等など・・・。

 

およそほむらが戦いに欲しがる品々は、全てこの空間に収められている光景に目移りする。

 

「気に入って貰えたかしら?」

 

背後から自身の声と同じ声が聞こえ、それが誰を意味しているか分かる彼女は後ろを振り向く。

 

あの時出会った金髪の少女と、長身の恐ろしい兵士のような出で立ち姿の男がいつの間にか立っていた。

 

ほむらと瓜二つ姿の金髪の少女の衣装は、自身の魔法少女衣装姿。

 

あの姿で、かつての世界においてこの場所に収められているような銃火器を用いて戦場を潜り抜けてきた。

 

それを思い出せとでも伝えたいのだろうか?

 

もう一人の長身の男はまるで、市街地・屋内戦を専門とする法執行機関特殊部隊兵士のような黒装備姿。

 

頭部全体を覆うスカルマスクの目出し帽の上に黒いフードを被り、目元はサングラス風戦術ゴーグルを纏い、素顔は見えない。

 

「・・・何処までも私を小馬鹿にした姿で現れる奴ね」

 

「魔人の洗礼、その身体に刻まれた感想はどうだったかしら?」

 

「お陰様で危うく死にかけたわ」

 

「それだけじゃないでしょ?自身が持つ武器の技量は、今の魔法武器では役に立たないと知ったはず」

 

「情報が早いわね。あの四騎士から聞いたのかしら?」

 

「私は常に貴女を期待して観察する者。簡単に死んで貰いたくはないし、貴女に贈り物をしてあげようと思って」

 

「あの張り紙は貴女が貼り付けて私をここまで誘導したわけね。贈り物ってまさか・・・?」

 

「ええ。ここにある品々は全て、貴女のために用意させた武器と装備品よ」

 

「この日本にこれだけの海外の武器や装備品をどうやって・・・・・」

 

「この国には治外法権が適用される土地がいくつもある。貴女はそこでいつも、かつての世界で盗みを行ってきた」

 

「在日米軍基地・・・貴女、まさか米国と繋がりが・・・?」

 

「貴女が知るべきは私の正体ではなく、新たな戦いの技術たったんじゃないかしら?そのために彼を用意したわ」

 

魔法少女姿の金髪の少女は隣の男を促し、ほむらの前に歩みを進めてくる長身の兵士。

 

「僅かな時間で付け焼き刃程度の弓の技量を求めたところで、あの四騎士には通用しない」

 

「貴方が私に弓の技術を教えてくれるというの?」

 

「そうだ。貴様を僅かな時間でモノにしてみせろと言われた」

 

「彼の弓の技術は私が保証するわ。奥まで付いて来て、ここの施設はまだあるの」

 

金髪の少女の後ろをついていく。

 

武器・装備品エリア奥の防弾ガラス自動ドアが開き、中に入るとそこは大きな空間。

 

「・・・政治行政区の地下深くに、こんな物騒な地下空間があるだなんて」

 

500メートルはある奥域をもつ広大な屋内射撃場。

 

またハンガーに取り付けたターゲットシートを送り戻しするターゲット・リトリーバル・システムも見られる。

 

ハンガーを不規則に移動させる天井部位のレールも見られた。

 

「この射撃場も貴女が好きに使っていいわ」

 

「一つ聞かせて。こんな施設を直ぐに作れる筈がない。予め私が必要とする事を前提として秘密裏に建造していたわけなの?」

 

「そうよ」

 

この見滝原政治行政区はこの日本の国政・行政にとって新たな拠点となりえる場所。

 

そんな土地の地下にこのような施設を建造するとなると、おそらく日本政府とも繋がりがあると察する事が出来る。

 

「・・・本当に貴女は何者なの?世界規模の秘密結社でも従えてるわけ?」

 

「あら?いい線いってるわよ、勘がいい子ね」

 

「何にせよ、随分私のために気前よく投資してくれるわね」

 

「それだけ私達は貴女に期待しているということよ。貴女のためのこの施設、気に入った?」

 

「ええ、申し分ないわ。これだけの武器、装備品、それに設備。かつての世界であったならどれだけ救われたか・・・」

 

射撃ブースの前に立つ黒衣の兵士。

 

いつの間にか背中に黒革の矢筒、左手にアーチェリーを持ち立っている。

 

「彼の腕前を先に見せておくわ。貴女の教育者に相応しいか、その目で確認しなさい」

 

ブースのスイッチを押すと複数のハンガーが奥に向かって動き出し、天井レールに沿って不規則に流れていく。

 

(的の動きが早いし不規則過ぎる動きね・・・)

 

兵士は背中の矢筒から3本の矢を右手にとり、アーチェリーの弦に添え構える。

 

的に向け放たれた矢は、一本の線から三本に枝分かれするように広がり、的のターゲットシートに全弾命中する。

 

スイッチを押し、ブースにターゲットシートが戻ってきて確認したら、全て的の中心点に命中していた。

 

「・・・・・見事なものね。恐れ入ったわ」

 

射抜かれた的を見ていると気のせいか、魔人に射抜かれた傷跡が妙に疼く。

 

「最初に言っておく。現代兵士の武器程度では魔人を殺しきる事は出来ない。倒すならば大きな魔力を宿らせたお前の弓矢の一撃が重要だ」

 

「まるでワルプルギスの夜ね・・・」

 

「そのために俺がいる。時間は僅かしか無い、甘えや妥協は一切許さないから覚悟しておけ小娘」

 

「望むところよ、6月12日の戦いの日まで宜しく頼むわ。・・・あなた名前は?」

 

「俺に名は無い。どうしても呼びたければ、ホワイトとでも呼べ」

 

「その黒衣の見た目でホワイト・・・ねぇ」

 

「皮肉が言える元気もそのうち無くなる。俺は甘くないぞ」

 

「貴女のもつ武器、技量、全てを用いて魔人を撃ち倒しなさい。ここは毎日開いてるし、彼もここにいさせるわ」

 

「貴女が仕掛けてきた戦いですもの、敵に塩を送った事を後悔させてあげるわ」

 

「施設の維持費は気にしないで。何か要りような物があったらカウンターの注文表に書いておいて、用意させるわ」

 

「分かったわ」

 

「他に何かある?」

 

「いえ、後は・・・・・」

 

そういえば・・・ほむらは何か忘れているような気がする。

 

突然お腹の虫が鳴り出し、昼食の買い物に行く予定だったのを忘れていたことを思い出した。

 

・・・冷ややかな視線を向けてくる二人に対し、ほむらは顔から火が出そうなぐらい真っ赤になった。

 

「・・・食料品や軍用レーションも用意させましょうか?」

 

「・・・・・いいえ、結構よ。食料は自分で買うし、米軍のレーションは不味いらしいし」

 

「俺はここで待つ。飯をさっさと済ませてこい」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

あの日から幾日も過ぎていく。

 

ほむらは学校が終わってからも休日も、学校と魔獣狩り以外の時間は全てこの地下施設に入り浸り、泊まり込み、トレーニングに励み続けた。

 

屋内射撃場、けたたましい銃声とマズルフラッシュが吹き上げ続ける一つの射撃ブース。

 

次々と高速で動き回る的を、遠距離戦に秀でる7.62mm NATO弾が射抜いていく。

 

弾の威力が大きい分反動や跳ね上がりも大きいが、レイルにフォアグリップをつけて左手で握り込み、跳ね上がりを抑え込んで射撃精度を保つ。

 

イヤーマフヘッドホンとシューティングサングラスを頭部に身につけ、薬莢をばら撒き続けるほむらの魔法少女衣装姿は工夫が凝らしてある。

 

かつては魔法の盾の収納魔法に頼り切り、持てる武器の量など考える必要もなく、いつでも取り出せた。

 

しかし魔法の盾も失ってしまい、この身体に持てるだけの武器、弾薬の数も限られてしまった。

 

彼女の上半身はまるで特殊部隊の装備かと思うほどの重装備。

 

防弾・防刃のボディアーマーを兼ねたPALSシステム採用タクティカルベストには、彼女が取りやすい位置につけたポーチ類のカスタムが施されている。

 

腰のガンベルトにはデザートイーグル用大型ホルスターを右腰に、左腰には別の銃のホルスターも見える。

 

これらは魔人との鍔迫り合いが起きた際、どちらの手で受けたとしても、もう片方の手で即座に拳銃を抜き、すれ違い時に反撃射撃を行う目的だろう。

 

肘や膝にはプロテクトパットも見られる。

 

付け焼き刃かもしれないが、弓兵に関節を射抜かれては武器を構える事も歩く事もままならないための守りだろう。

 

背中にはプラスチック爆弾を収納したバックパック、腰の多機能ポーチには起爆用のリモコン等も入れれるだろう。

 

バックパックもMOLLEシステムに対応しており、魔法の杖を左手で即座に取れる左側面にストラップベルトで固定。

 

かなりの重量を上半身に背負う事になるが、魔力で強化された彼女の身体ならそこまで負担にはならないだろう。

 

撃ち終えたプラスチックマガジンをブース内の装填作業などを行うトレイに素早く置き、ポーチからマガジンを取り出し装填。

 

この作業もかつての世界では魔法の盾のおかげでする必要もなく、改めて使い辛さを彼女も最初は感じていたが、今では素早く取り出せるようになった。

 

ドイツの自動小銃であるHK417チャンバー内に初弾を送り構え直し、レイルに取り付けたホロサイトとブースターで的を狙い撃ち続ける。

 

その光景を後ろで腕を組み、静かに見物しているホワイトと呼ばれる兵士の口が開く。

 

「よし、次は弓だ」

 

ブースのスイッチを押し複数のハンガーを引き戻し、的の成果も確認せず新しいものに付け替えていく。

 

成果はどれも上々、やはり手に馴染む銃火器の射撃精度は衰えてはいなかったようだ。

 

「先ずは戦場の五射のうちの近距離弓射からだ」

 

スイッチを押し、不規則に動き始める的。

 

背中のバックパックから左手で素早く魔法の杖を取り出し魔法の弓に変化させ構える。

 

「いいか、撃つだけに集中するな。常に周りへの警戒も忘れるな」

 

「伏兵に備えろと言いたいんでしょ。分かってるわ」

 

姿勢を正し息を整え、動き続ける的に『集中』する。

 

狙いは自分のブースから奥に向かって行った髑髏絵が描かれた的。

 

邪魔な的が退いた瞬間、的を射抜くチャンスに恵まれ一気に放とうとした時。

 

「えっ・・・・?」

 

自分の視界が天井に突然向かい、宙を浮いている感覚に襲われ地面に倒れ込んだ。

 

「分かっていない!貴様は矢を放ち、当てる事しか考えてなかったぞ!!」

 

足の関節が蹴り込まれたような痛みが遅れてやってきて、どうやらホワイトに投げ飛ばされたのだと気がついた。

 

「組討もありなわけ・・・?」

 

「当たり前だ!どんな状況だろうと、周りが止まってくれているとは考えるな」

 

「・・・・・・・・・」

 

「弓の精度ばかり上がろうが、後方の弓兵という者は常に狙われる立場だ。死角を突かれた場合は命を差し出すか?」

 

「そんなつもりはないわ!」

 

「ならば接近戦も常に頭に入れておけ。隙があれば容赦はしないぞ」

 

ほむらの苛烈なトレーニングの日々は続いていく。

 

近距離弓射、遠距離弓射、多数の矢を連続して放つ弓射技術。

 

組討の格闘まで教わる事は時間も無く出来なかったので、ほむらは腰のホルスターに収められた拳銃の早撃ちも弓と平行して磨き上げていく。

 

6月に入り、いよいよ強敵達との戦いの日も目前。

 

かつて共に戦った戦友の如き銃。

 

新たな世界で得ようともがく弓の技術。

 

因果の魔力だけでは勝てない魔人。

 

逃れられない死を超える、暁美ほむらの道を開く鍵は揃っていく。

 

あとは、巨大な7つの試練の門前に立つだけだ。

 




メガテン主人公(?)たる者、銃火器を装備するのは当たり前(人修羅除く)
ほむらちゃんからミリタリーを取り上げるなんてあってはならんので奮発しました。
(単に僕がミリタリー属性を、ほむらちゃんにガッツリ被せたいだけ)


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58話 罪と罰

暁美ほむらが魔人戦に備える中、見滝原の魔法少女達は変わらぬ日々を送っている。

 

見滝原政治行政区や郊外の五郷で魔法少女活動を行っている美国織莉子達。

 

彼女達が風見野市から流れてきた凶悪な魔法少女を倒し、街から追放した後日、風見野市からとある魔法少女が見滝原市に訪れていた。

 

風見野市で魔法少女活動を行っているグループのリーダー、人見リナ。

 

彼女は風見野で逃した優木沙々を追ってこの街にやってきたように見える、彼女なりの正義感なのだろう。

 

この見滝原には他の街にまで名が伝わる程の手練魔法少女、巴マミが守護者として沙々を待ち構えている事はリナも知っている。

 

しかし沙々の洗脳魔法の恐ろしさを身を以て経験し、仲間も一人犠牲となった。

 

手練とはいえ他の街の魔法少女だけに任せるだけでは、リーダーとしてのプライドが許せないし、仲間達も無念が晴らせない。

 

リナは風見野グループも助太刀するべきかを探るために見滝原に訪れ、現地の魔法少女達とコンタクトをとる目的を持っていたようだ。

 

そんなリナの事を見滝原の大きな駅で待ってくれていたのは美国織莉子。

 

彼女の固有魔法は未来予知、リナが沙々を追ってこの街に訪れる光景も既に知っていたようだ。

 

「この街の魔法少女は巴さんや流れ者の佐倉杏子だけじゃなかったんですね。私が来る事が分かっていたんですか?」

 

「ええ、それが私の魔法です。優木沙々の件で訪れたのでしょ?立ち話もなんだから、喫茶店で詳しい経緯を語りたいのだけど」

 

「分かりました。それじゃ、あそこの茶店で話しましょう」

 

席に座り向かい合い、珈琲と紅茶を注文して会話が続いていく。

 

「そう・・・。優木沙々は美国さん達が倒してくれたんですね」

 

「殺してはいないわ。懲らしめてあげたし、更生を促し他の街に逃したのだけれど・・・人見さんはどう思う?」

 

「甘い判断だと思います。あの性悪道化師がはい分かりました、って言った時ほど警戒しなければならないんです」

 

「貴女達が彼女に誑かされ苦しめられた事も知ってるわ。でも、私は応報刑はやり過ぎだと思って彼女の命を尊重した」

 

「それが新しい火種になるって、その時に想像は働かなかったんですか?」

 

「私の二人の仲間も貴女と同じ意見よ。それでも、人は学ぶ事で未来を変えていけるものだと、私は信じたいの」

 

「貴女は優しいんですね・・・。でも、力が全ての殺し合いの世界では、その優しさが誰かの命取りになります」

 

「私の父は元弁護士だったの。だからこの国の法律も小さい頃からお父様の部屋の本で読んでたわ」

 

「小さい頃からって凄い学習欲ですね・・・美国さんのお父さんの影響?」

 

「そうね、私はお父様の影響を強く受け勉強してきたから、法治主義を尊重したかったの」

 

「まぁ確かに、私刑なんてこの国に法律で禁じられていましたね・・・」

 

「罪には罰が必要。でもその罰は、罪の量刑で同じ責め苦を罪人に与えるだけが全てではない気がして・・・」

 

「罪と罰・・・そういえば、同じタイトルの長編小説があった気がしますね」

 

「あら?人見さんもロシアのフョードルが書いたあの小説を読んだ事があるの?」

 

「書店で立ち読みぐらいなら・・・内容が難しすぎて棚に戻してしまいました」

 

「一つの微細な罪悪は百の善行に償われる。覚えておいて損はないわ人見さん」

 

「美国さんはあの小説が大好きなんですね・・・」

 

「社会を優先するあまり、人の命を蔑ろにしてはならない・・・私はあの小説からそう学んだわ」

 

珈琲を飲み干して、織莉子を見ながらため息をつく。

 

「勉強熱心な貴女を見ていたら、私も今年は受験勉強だったのを思い出しました・・・」

 

「あら?人見さんと私って同い年だったのね」

 

「お互い可愛い半纏を冬場は着込んで、高校進学のために受験勉強頑張りましょうか♪」

 

「ウフフ♪半纏も冬の部屋着に良いかもしれないわね人見さん」

 

後半は和やかな談笑となり、優木沙々の一件は織莉子の判断を尊重して様子を見る事となる。

 

再び風見野駅に戻るために電車に乗り込む改札口まで見送りしてあげた織莉子に手を振りながら、リナは人混みの中に消えていく。

 

彼女の後ろ姿を笑顔で手を振っていた織莉子の表情が急に変わり、沈着な表情となった。

 

「あの小説の内容は、“社会正義を求めた人殺し”の言い訳なのよ、リナさん」

 

【罪と罰】

 

頭脳明晰ではあるが貧しい元大学生ラスコーリニコフ。

 

『一つの微細な罪悪は百の善行に償われる』

 

『選ばれた非凡人は、新たな世の中の成長のためなら、社会道徳を踏み外す権利を持つ』

 

独自の犯罪理論をもとに、金貸しの強欲狡猾な老婆を殺害し、奪った金で世の中のために善行をしようと企てた主人公。

 

しかし殺害の現場に偶然居合わせたその妹まで殺害してしまった。

 

思いがけぬ殺人に、ラスコーリニコフの罪の意識が増長し、苦悩する。

 

しかし、ラスコーリニコフよりも惨憺たる生活を送る娼婦ソーニャの、家族のためにつくす徹底された自己犠牲の生き方に心をうたれ、最後には自首する物語。

 

人間回復への強烈な願望を訴えたヒューマニズムが描かれた小説。

 

それが、罪と罰であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「人見さんとお話してたら、お父様の書斎の掃除を思い出しちゃったわ」

 

午後の時間、織莉子は掃除用エプロンと頭巾を家着用ドレスの上に纏い、自宅にある父の書斎だった部屋の埃取りを行っている。

 

亡き父が残した祖父の屋敷はあまりにも広大であり、彼女一人で掃除を行っても隅々まで行き届く事は出来ない。

 

休日はどこを掃除するかカレンダーに書き込み、それをこなしてどうにか自分が生活するスペース部分は清掃出来ていた。

 

家族の部屋だった場所も偶にはこうして清掃してあげているのも、織莉子にとってそれだけ両親が大切だったからなのだろう。

 

「魔法少女の魔法の種類に、お掃除魔法があったら便利なのに・・・魔法使いって絵本の中でそんなイメージよね?」

 

掃除を行いながら、ホウキを操り掃除を行う、鍔の広い三角帽子を被る魔法使い娘をイメージ。

 

自分達魔法少女とかけ離れたイメージ過ぎて彼女も苦笑い。

 

彼女達はそんなファンシーな魔法娘ではない。

 

命がけの殺し合いの世界で生きる、親から貰った大事な命を地獄の業火の中で死ぬまで炙り続ける親不孝者達。

 

「お父様がまだ生きていて、私が魔法少女になった事を知ったら・・・どれだけ悲しむのかしら?」

 

もしもを考えても仕方ないと、彼女は掃除に集中。

 

書斎の本棚の山の本を一つ一つ清掃していたら、棚の中で取りづらい本があった。

 

「あら?何か引っかかって・・・・きゃぁ!」

 

力任せに引っ張ったら数冊の本ごと抜け落ちて尻餅をついてしまった。

 

「もう、お父様ったら本棚に何か押し込んでたのね・・・・これ、何?」

 

本棚の奥にあったのは手帳と思われる品。

 

父が本棚に隠すように置いてあった手帳が気になり、織莉子はそれを開いてしまう。

 

そこに書き記されている内容が・・・己に『破滅』をもたらす事さえ知らずに。

 

書斎に飾られた両親の絵画にのみ残る父の姿は、無慈悲に娘を見下ろすばかりであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

この国の新しい内閣総理大臣が指名され、新総理によって国務大臣の選考(組閣)が行われた時期。

 

初閣議も行われた総理官邸、国務大臣達も記者会見を全て終えた夜の総理官邸内5階。

 

総理執務室、総理応接室、官房長官室、官房副長官室や総理会議室などが並ぶ5階には空中庭園とも表現出来る石庭がある。

 

開閉式の天井が開いた夜の光に照らされた神秘的な石庭を見物している人物は八重樫総理。

 

新たな総理大臣である老人は細目と穏やかな表情で官邸中庭から生える、5階まで届く竹林の頂上部位を見つめていた。

 

「八重樫総理、少しよろしいですか?」

 

声が聞こえた方に総理は振り向く。

 

そこに立っていたのは八重樫総理よりも頭一つは高い長身の人物。

 

「やぁ、美国環境大臣。まだ帰っていなかったのかね?遅くまでご苦労さま」

 

「・・・恐縮です」

 

七三分けの髪に眼鏡をかけた仏頂面をいつも崩さない威圧的人物の名は美国 公秀(みくに きみひで)

 

以前の矢部内閣の頃より環境大臣の職務を行っており、今回の内閣においても同じポストとして八重樫総理に選ばれた人物。

 

「環境大臣ポストを守れて良かったじゃないか。久臣君の不祥事で矢部前総理に人事刷新されていたら、私は君を選ばなかった」

 

「・・・・・・・・・・」

 

弟が犯した汚職の話を総理にされ仏頂面は崩さないものの、その目の奥には怒りの感情が籠もっている。

 

それを表に出す事は彼はしない。

 

何故なら公秀自身が真っ先に弟を助けもせず、容赦なく美国家から切り捨てたからだ。

 

政治生命に関わる程のスキャンダル事件、たとえ身内であろうとも容赦はしない。

 

人間の道徳よりも己の目的を優先する、これが『美国の血』なのであろうか?

 

「あの娘さんも可哀想に・・・・・ええと、ああそうだ」

 

―――織莉子君だ。

 

「その話は辞めて頂きたい」

 

「ほぉ?久臣君は良くて、彼の娘は駄目なのかい美国君?」

 

「皆好き勝手言っているが、彼女は父を亡くし傷ついている・・・ただの中学生です」

 

「ふむっ、それもそうだね。それで、私に何か用事かね?」

 

「矢部前総理の体調の悪化からの辞任、この話は本当なのでしょうか?」

 

「疑っているのかね?」

 

「IR汚職事件、桜を見る会、元法務大臣夫妻の件。前総理は疑惑の総合商社だった」

 

「・・・何が言いたいのかね?」

 

「令和も控えた時期の突然過ぎる引退劇、スピード組閣。滞りなく進む憲法審査会」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

「まるで誰かに、目的を達成するために切り捨てられ・・・」

 

「やめたまえ、憶測だけで物事を語るのは。根拠に乏しく君の妄想と区別がつかない」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「私達国会議員は国民のため、不断の努力を行う清き存在であれば良い」

 

細目と穏やかな表情を崩さないまま踵を返し、総理執務室に戻ろうとする八重樫総理。

 

途中、美国大臣の横を通る際に立ち止まった時、総理の細目が開き恐ろしい表情のまま美国大臣を睨む。

 

「・・・“そういう事”にしておきたまえ。恐れ知らずな詮索は政治生命だけでなく、君の命さえ刈り取られる結果になるかもしれない」

 

恐ろしかった父とかつて並んでいた狡猾な古狸の迫力、顔に冷や汗が滲む。

 

そんな彼を横目に、八重樫総理は自身の総理執務室へと消えていった。

 

「・・・上に上がれば上がる程、日本を蝕む闇の存在達を感じずにはいられない」

 

その存在達を周りに語る事は公秀は決してしない。

 

語ろうものなら『陰謀論者』扱いされる。

 

嘘つき・デマ屋のレッテル貼りで『悪者』に仕立て上げられる常套手段が待っていた。

 

自身も政治家として上に登る野心のために弟さえ切り捨てた鬼として保身に走るしかない。

 

それを自覚している公秀に、果たして闇の存在達を否定する権利があるのだろうか?

 

答えが出ないまま、公秀は総理執務室を呆然と見つめ続ける事しか・・・出来なかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ねぇ小巻・・・織莉子が3日も白女を休んでるって本当なの?」

 

「あんたも携帯で連絡とっても出ないんでしょ?魔獣狩りにも現れないし・・・」

 

「何かあったのかな・・・?もしかして風邪?」

 

「美国は魔法少女よ呉。あたし達が風邪を患っても回復魔法があるでしょ」

 

「そうだよ・・・ね」

 

キリカと小巻は美国邸の門の前で屋敷を見つめている。

 

インターホンを押し続けているが反応もない。

 

「コラーッ美国ッ!!心配して来てくれた仲間にシカトするってのーッ!?」

 

インターホンを高速で連打するが、反応無し。

 

「居ないのかな・・・?」

 

「あーっムカつく!!そっちがその気なら乗り込んでやろうじゃない!!」

 

塀をよじ登ろうとする小巻を慌てて羽交い締めにして止める。

 

喧嘩口調で喚く彼女を道行く人達も怪訝な表情で見つめてくる。

 

短気かつ直情的な性格をしている小巻の友人達は、これに毎日振り回されているのかとキリカも苦笑い。

 

「あ、そうだ。魔力探知があったわ」

 

左手でソウルジェムをかざしてみるが、屋敷からは織莉子の魔力反応はない。

 

「屋敷にいないわね・・・。一体何処ほっつき歩いてるのよ・・・・美国」

 

「警察に電話した方がいい・・・?」

 

「アホ!美国が誰かに攫われるようなか弱い女に見える!?」

 

「見えない」

 

「なら信じて待つか、宛もなく探すしかないって事よ!」

 

「私はジッとしてられないし織莉子を探すよ!あぁ・・・心配で心が散り果てそうだ!」

 

「見つけたら連絡して、あたしも探してみるわ!」

 

二人は見滝原市内に向け走り、大事な仲間を探しに向かった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

日も沈み、夜の灯が降りる頃。

 

五郷の高級住宅街を彷徨い歩く織莉子の姿。

 

瞳の色は濁り、幽鬼のように歩き続けて小高い坂道を登っていく。

 

小高い丘の上に広がるように整然と並ぶ高級住宅地は、上に登るほど大富豪達の住まいとなっている。

 

そんな五郷の高級住宅街の丘の上にある一つの屋敷に向けて彼女は歩き続けていく。

 

この道を歩くのは父の汚職事件の時期に助けを求めて駆け込んだ時以来。

 

だがあの時、助けを求めた先で待っていたのは拒絶だけだった。

 

何故今更そんな場所に赴くのか?

 

彼女の右手には手帳が力なく握られたまま、閉じもせず開かれているページ。

 

そこに書かれていた内容・・・。

 

『嵌められた』

 

『国会議員の席をほのめかされて、私は犯罪者に貶められてしまった』

 

『彼は始めからそのつもりだったのだ』

 

『彼の政敵である兄を陥れるために、私を貶めたのだ』

 

高い丘の上の方にある大きな日本庭園を持つ屋敷。

 

ここはこの国の新たな総理大臣となった八重樫総理の別邸。

 

普段は東京の永田町がある千代田区高級住宅街で暮らしているが、今日は偶々こちらの屋敷に戻ってきている。

 

自室の書斎、パジャマ姿で書斎の高級ソファーに座り、高そうな酒を静かに飲み続けている総理大臣。

 

風の流れを窓辺から感じる。

 

書斎の窓が何者かによって開かれているが・・・そこから現れた不法侵入者を背にしても八重樫総理は微動だにしない。

 

「おや?こんな時間に珍しい客だ。ただ窓からとは関心しない」

 

窓辺に立つ侵入者とは、ただの人間では勝ち目など無い魔法少女。

 

「お父様は躾をしてくれなかったのかな?織莉子君」

 

彼女の表情は怒りの感情で歪みきり殺気に満ちている。

 

「私を糾弾しにでも来たのかね?それが無駄であることは、頭の良い君には解ると思うが」

 

彼女の周りに召喚され、獲物を威嚇するように光輝く無数の水晶玉。

 

「まるで捨て犬のようだ。何か大事なものを失ったのかね?」

 

「・・・・・・・うるさい」

 

魔法少女と日本国首相。

 

あまりにも現実味を感じさせない対決が・・・始まってしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「人を呼ばないんですか八重樫総理?私は貴方を殺せるのに」

 

誰を呼ぼうがいつでも殺せる、そんな態度の魔法少女を背にしながらも、総理は余裕の表情。

 

「ああ、そうだろうね」

 

「冗談だとでも?」

 

「いいや、魔法少女ならば出来るし、君はそういう人物だと私は解っている」

 

魔法少女、今この国の首相はそう言った事に驚きの表情を見せる。

 

魔法少女の存在は歴史の中で秘匿されてきたのではなかったのか?

 

それともやはり、国家の情報網の中では子供達の秘密主義など通用しなかったのであろうか?

 

「彼、美国久臣は他の兄弟に比べて政界への野心も度量もない男だった」

 

それでも国会議員の椅子を欲しがった織莉子の父。

 

何故この男が?と八重樫も最初は理解出来なかった。

 

「だがある時、理由が解った」

 

「・・・何故?」

 

「美国修一郎。君の祖父だ・・・幼い頃故に会った事はないだろうが」

 

「私の祖父・・・存命の頃は総理大臣として2006年まで首相をしていたと聞いてるわ」

 

「彼は政治手腕もだが、その人柄も無知な国民に人気があってね。その穏やかで上品な佇まいから皆に慕われたものだ」

 

メディアにもてはやされた当時の美国修一郎。

 

上品なライオンの鬣ような髪を持ち、大衆受けするヴィジュアル系バンドの音楽が彼の象徴として政治を知らない若者達から慕われた。

 

「ただ国政政治家達や、一部の知識人達を無知な国民と同じ様に騙す事は出来なかった」

 

政界の腐敗を一掃する孤高の一匹狼という破天荒イメージ作りによって、メディアと共に国民を騙し続けた。

 

邪魔立てする者、利用価値だけを使える者、それらを貶め、利用しては使い捨てる血も涙もない冷酷さ。

 

不景気を打開すると国民に嘘をつき『派遣法を改悪』し、規制緩和の名の下に極めて深刻な格差を産み出す。

 

その目的とは与党最大政党を支援する経団連にとって、景気によっていつでも使い捨てられる『雇用の調整弁』が欲しかった事。

 

また公務員を一気に削減し、行政サービスを劣化させ、その穴埋めを『民間に税金を流し込み』安価な労働力で賄う『中抜き』

 

その権益が欲しい大手派遣会社会長を務める民間議員を経済財政政策担当大臣・IT担当大臣に任命し、凶悪な政策を実行させた国賊。

 

それが美国修一郎元総理大臣。

 

「特に彼の子供達は、自分の父親は我が子でも容赦しない外道なのだと知っていた。彼の手腕でもあるが、恐ろしい人物だった」

 

「話を逸らさないで。祖父と父の話になんの関係があるの?」

 

「・・・切り捨てられた無能のうちには、彼の子供も入っていた」

 

―――美国久臣だ。

 

「君が修一郎元総理に会った事がないのは無理もない。君達一家は美国家の敷居を跨ぐ事は許されなかった」

 

長男である美国公秀はそれに反発したようだが、逆らって勝てる相手ではなかった故に保身に走った。

 

「久臣君は大人になってもなお、父を恐れていたようだ」

 

八重樫議員が修一郎の昔話をした時は、決まって久臣は顔色が変わり動揺を隠しきれなかったのを今でもこの老人は覚えていた。

 

「話を逸らさないでと言ってるの!!」

 

周囲の魔法武器が彼女の周りで回転し、一気に放つ構え。

 

「もういい、父を死に追いやった貴方を許さない」

 

その一言で堪えきれずに苦笑してしまった八重樫総理。

 

ついに後ろを振り向き、その細目を開き政界という闇の世界を生き抜いた恐ろしい眼光を向ける。

 

「殺したのは君だ、美国織莉子」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

―――由良子が亡くなって織莉子は変わってしまった。

 

―――泣き虫だったあの子がまったく泣かなくなってしまった。

 

―――何でもそつなくこなすようになり、進学すると多くの人望を集め、人の上に立つようになった。

 

―――僕の子とは思えない程に『出来すぎる』ようになってしまった。

 

―――僕は怖い、僕は知っている。

 

―――能力高く、人望があり、微笑みの中に冷たさを湛えた人間を。

 

「優秀な我が子にまで切り捨てられたくない、自分の無能さを悟られたくない」

 

これが莫大な選挙資金を犯罪を犯してでも用意し、国政政治の道を進みたかった理由なのだろうか?

 

織莉子の表情は動揺を隠しきれない、それでも威圧的態度を崩さない。

 

「君は誰よりも彼に似ている・・・美国に、美国修一郎元総理に」

 

―――もう僕は疲れた。逃げようと思う。

 

「知らない・・・会ったこともない人は関係ない」

 

―――我が子から、逃げようと思う。

 

「殺す!!貴方を殺す!!!父の無念を晴らす!!」

 

美国織莉子は父の理想でなければならないと信じて己を殺し続けてきた人生の道。

 

それが音を立て、彼女の心の中で崩れていく。

 

「君はこちら側の人間だ。自分の理想のために、他者を切り捨て消す事を厭わない人間だ」

 

ソファーから立ち上がり後ろを振り向き、オーバーに両腕を広げ無抵抗をアピール。

 

さぁ、お前の目的のためならば邪魔な人間一人消してみろ。

 

―――それが、美国の血なのだ。

 

「くっ・・・・・八重樫ぃ!!!」

 

簡単に殺せる筈なのに、魔法の力を撃つ事が出来ない。

 

そんな事をしても、気が付かされてしまった己の罪は消えない。

 

父親の心を『完璧になろうとした』せいで・・・壊してしまった己の罪は。

 

今にも泣き崩れそうな彼女の顔に満足したのか、細目に戻り笑顔を向けてきた政界の古狸。

 

「私は思う。君が・・・“政(まつりごと)”をやったら、面白かろうと」

 

・・・彼女の中で、何かが壊れた。

 

今自分がやろうとしている事は、まさに美国の血そのもの。

 

呪わしき祖父の血が自身に色濃く流れていると、はっきり証明してしまった。

 

我が子の姿に祖父の姿を投影させる程に完璧になろうとしたせいで、父を『私が』殺してしまったのだと完全に理解出来た。

 

力なく両膝を地面につく。

 

織莉子の人生とは、父親を支えて救う目的のはずが、逆に父を苦しめるだけにしか存在していなかった。

 

そのせいで家族を失った。

 

これが・・・・・美国織莉子の運命。

 

罪と罰。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「うああああぁぁあぁぁぁああぁぁぁーーーー・・・・・・・ッッ!!!!!」

 

その場で泣き崩れてしまった織莉子の無様な姿に、お嬢様学校の優等生の面影など存在しない。

 

彼女を見下ろす冷徹な八重樫総理は何一つ感じる態度も見せず、無慈悲に見下ろすだけ。

 

国会でどれだけ野次られようが、知らぬ存ぜぬを演じる事が出来る名役者の場数がそうさせる。

 

「魔法の力があっても所詮は小娘か。年相応の精神しか持たない無様な姿だ」

 

「ごめんなさい・・・ごめんなさぃ・・・お父様ごめんなさぃぃ・・・・ッ!!!」

 

無力に泣きわめくしか出来ない子供に鼻を鳴らし、踵を返し書斎内を歩く。

 

「私は確かに政敵である公秀君を嵌めるために久臣君を利用した。だが、それだけではない」

 

大きな書斎本棚の前に立ち、何かの本を右手でタイトルをなぞりながら探す総理。

 

「本当は公秀君などどうでもいい。政敵?そんな存在がいようが、国政は滞りなく“彼ら”のために進んでいく」

 

下の段から四段目をなぞる右手の指が一冊の書籍で止まる。

 

「君達国民は何か勘違いしていないかね?国会が本当に、国民政治を行うために存在しているとでも?」

 

「グスッ・・・ヒックッ・・・どういう・・・事よ・・・?」

 

「我々政府も国会も、霞が関官僚が持ってくる、彼らのためのマニフェストを進めていくだけ。野党も含めてな」

 

「何が・・・言いたいの・・・・?」

 

「マニフェスト・・・そういえば、君はお父様が身の丈に合わない国政に乗り出してでも、やりたかったマニフェスト内容を見たかね?」

 

「・・・いいえ。私は愚かな勘違いの日々をこなしていただけ・・・」

 

「ただプライドを守るために国政は出来ないよ、国会に来るならばやりたい政策をかがげなければ、誰が選挙の街頭演説で聞き耳を立てる?」

 

言っている事は正論であり、反論は出来ない。

 

父の事を知る努力さえせず、美国に恥じない優等生だけを演じていればいいと、家族に無関心になっていた自分にさらに反吐が出る。

 

「私が本当に葬り去りたかったのは、久臣君が掲げた政策内容。彼らを脅かす存在を・・・私は許さない」

 

「お父様の政策・・・・・?」

 

「まぁ美国の今の家長として冷徹に徹しようともがくが、感情を捨てきれない公秀君が気に入らなかったのも事実だがね?」

 

一冊の書籍を本棚から取り出し、織莉子の前に歩み寄る。

 

「織莉子君、君は銀行と呼ばれる組織について、考えた事はあるかい?」

 

突然生活の身近にある銀行を語られ、何を伝えたいのか理解出来ずに泣き顔のまま目を丸くする。

 

「銀行が融資で経済を動かし、経済組織が組織票と政治献金で国政政党を支える。言わば銀行とは、国家の心臓」

 

「分からないわ・・・銀行が一体お父様と何の関係が・・・?」

 

「久臣君だけでなく全国民に関係がある。その銀行の中で最も重要なのが、国家紙幣を製造する中央銀行」

 

「日本銀行・・・日銀が何故そんなに重要なの・・・?」

 

「“通貨発行権”を国家が持たず民間に奪われる。この世界最大の恐ろしさを何も知らない無知な小娘め」

 

両膝を曲げ泣き崩れた織莉子に目線を合わせてやり、一冊の書籍を手渡す。

 

「・・・・・シオンの議定書?この本を何故私に・・・?」

 

「内容は恐ろしく退屈だが、世界はそれに書かれている通りに動いている。私はもう要らないから君に譲ろう」

 

「何故シオンの議定書と銀行、そしてお父様とが繋がるわけ・・・?」

 

「ヒントをあげよう。日米合同委員会、CSIS、シンクタンク、軍産複合体・・・ロックフェラー家、ロスチャイルド家」

 

「それらの組織を・・・お父様はどうしようと・・・・・?」

 

「久臣君は優しすぎた。日本を憂う故に、保身に走らず国家主権・独立とやらを求めた故に破滅した」

 

「お父様・・・・・・」

 

「ククク・・・社会で暮らす民を愛した故に日本支配構造に抗い、破滅したならば彼も本望かもしれんがね」

 

その一言で脳裏に小さかった頃、両親と共に過ごせた時期のとある思い出が蘇る。

 

―――どうしたんだい織莉子?

 

夜中に眠れなくて泣き顔のまま父の元に訪れた幼少時代の織莉子の姿。

 

―――おとうさまも・・・おじさんやおばさんみたいになっちゃうの?

 

―――それは少し、違うかな。

 

―――おじさん達はこの国そのものを動かしていく人達だけれども、私はこの街を良くしていきたいんだ。

 

―――世間知らずだった私達に、地域の人達はとてもよくしてくれたからね。

 

美国久臣一家が見滝原市住宅区に流れてきた頃、地域を見て久臣は感じた。

 

閑散とした地域商店街、人の流れは商業区に流れていく。

 

商業区に開発されていく外資系大企業にシェアを奪われ、見滝原で暮らしてきた地元住民達は露頭に迷う者達も多い。

 

本家の国政政治家とは違い、弁護士に過ぎなかった自分に何が地域の方々のために出来るのか?

 

それを考え、実行に移したのが市議会議員の道であった。

 

―――私も、この街のために何かしたいと思ったんだ。

 

涙も止まり、呆然とした表情の織莉子。

 

彼女の横には持っていた父の手帳がページを開いたまま転がっている。

 

それを手に取り、内容をパラパラめくり見る総理。

 

最後のページを開いた時、虫けらの戯言を見せられた気分にさせられ細目が薄く開いた。

 

「ふん。久臣君の最後の意地と言ったところか」

 

「えっ・・・・・?」

 

思い出の世界から我に帰った織莉子は、勝手に父の手帳を見開いている八重樫総理を睨みつける。

 

「返して!!それはお前なんかが触れていい品じゃない!!」

 

「言われなくても返そう。そして久臣君の、君に負けたくなかった最後の意地とやらも見てあげるといい」

 

「最後の・・・・意地?」

 

自分が読み終えたページから白紙が続き、書かれた内容は終わったものだと勘違いしていた。

 

最後のページには、久臣が自分に言い聞かせるように書きなぐった言葉が残されている。

 

―――確かに私は不出来の美国。

 

―――それでも、兄や娘に負けていないモノがある。

 

―――それは・・・民を愛する心、民の未来を憂う気持ち。

 

―――これだけは絶対に兄や織莉子に負けてはいないと、死ぬまで言い切れる。

 

―――この国の欧米支配構造を私の政策で変えてみせる、そのために国政に打って出る。

 

―――美国の人間に相応しい織莉子への劣等感も確かにあるが、それでも私の政策は国民の未来のためのもの。

 

―――国会議員になるのは、私のくだらない自尊心を満たすためだけではないと言い続けてやる。

 

―――そのためならば私は、父が残した財産である屋敷だって手放して選挙資金を用意する。

 

―――不出来な私に死ぬまで付いて来てくれた由良子・・・草葉の陰で、私を見守ってくれ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

侵入者が窓から出ていった後、総理は再びソファーに座り、グラスの酒を飲み続ける。

 

ソファーの後ろには、いつの間にか音もなく現れていた首相秘書官の一人と思われる女性が立っていた。

 

「・・・総理、宜しかったのですか?あの魔法少女をあのまま帰らせても?」

 

「構わんよ。サマナーの君が手を汚す必要はなかった」

 

秘書官の右手に持たれているのは『銀の管』のように見える道具。

 

太古の日本において、管使い・飯綱使いと呼ばれた者達が『悪魔召喚』に利用していた道具と酷似している。

 

窓は開いたまま夜風も強くなり、薄暗い書斎の灯りとして使われている蝋燭の火を揺らす。

 

その蝋燭は『7つに枝分かれした燭台』の上に置かれていた。

 

「夜風が寒くなってきた。老体に堪えるから閉めてくれ」

 

侵入者が開いた窓を閉め、総理の元に歩み寄るサマナーと呼ばれた女性秘書官。

 

「何故我々の存在をほのめかす事を、あの小娘に語られたのですか?」

 

「知ったところで無駄なのは知ってるだろ?騒ぎ立てようが、国民は自分に都合の良いメディアの情報しか信じたがらない蛸壺共だ」

 

「ですが、不穏分子の出現はあの方々も望まれないのでは?そうまでして何故彼女に肩入れを?」

 

「・・・彼女が政に関わり、父親と同じく破滅していく姿が見たい」

 

飲み干したグラスに新たな酒を注ぐ、今日は深飲みになりそうだ。

 

グラスを右手に持ち、空に向けて乾杯の構え。

 

「全てはイルミナティと、啓蒙の神ルシファー様のために」

 

近い未来、美国織莉子がどのように苦しむ光景が待っているかを考えるだけで、愉悦で酒の旨味も増す。

 

「あの娘がどう足掻こうが、あの方々が気になされる必要は・・・本当に無さそうですか?」

 

「心配性だね?その時はイルミナティに代わり、我々フリーメイソン・・・・・いや」

 

細目が開き、日本国民を裏切る恐ろしき売国奴の片鱗を見せた八重樫総理大臣。

 

「“ディープステート”が、相手となろう」

 

【ディープステート】

 

陰謀論の世界で語られる『国家内部の国家』『闇の政府』などと呼ばれている。

 

政治システムの中に共謀と縁故主義が存在し、合法的に選ばれた政府の中に隠れた政府を構成していることを示唆するもの。

 

ディープステートは見えない領域に深く根を下ろし繋がり合い、巨大な影の政府となる。

 

その姿を人間の視界に映らないが、地面の中で繋がりあった『木の根』として表現されている。

 

この光景こそまさに、カバラにおけるセフィロトの樹の地面内部に描かれた闇の領域。

 

悪魔達が住まう『クリフォト』の領域・・・そのものであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

・・・あれから幾日かが過ぎた。

 

「・・・美国、もう大丈夫なわけ?」

 

魔獣の瘴気を感じる夜、織莉子は再び仲間達の元に顔を出している。

 

「・・・ええ、もう私は大丈夫よ。心配かけてごめんなさい二人共」

 

「織莉子・・・何か、あったんだね?私で良かったら・・・」

 

「気持ちだけで十分よキリカ。私は、大丈夫だから」

 

「気分転換にお茶会しようよ織莉子!小巻だって織莉子のケーキ食べて太りたいって!」

 

「ちょっと呉!?あたしはケーキ如きじゃ・・・」

 

「ごめんなさい二人共。私はしばらく学校と魔獣狩り以外の時間は、調べ物が多くなって時間を取れなくなったわ」

 

「美国・・・あんた変よ?本当に何が・・・・」

 

「ごめんなさい小巻さん、キリカ・・・これは私の家族の問題なの。口を出さないで」

 

「織莉子・・・・・」

 

以前にも増して冷徹な顔つきになり、表情は仲間達の前でさえ一切崩れる事はなくなった。

 

それは何かを覆い隠すような仮面のようにも見えるだろう。

 

仲間達もそれを感じてきている。

 

「私は魔獣との戦いを辞めはしない。この街は・・・お父様とお母様が愛した民達が暮らす街」

 

身を盾にして人々を守る道こそが、家族を死に追いやった自分の罰であり、贖罪とでも言いたいのだろうか?

 

深い闇を心の中に宿らせてしまった美国織莉子。

 

彼女はこれから何を知り、どう生きていくのであろうか?

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

美国邸はあれから静まり返る場所となっていく。

 

内部を見てみると、一部の部屋は砕け散った品々が所々に散乱している。

 

それは織莉子が学業によって成果を出した功績を白女から讃えられた品々。

 

美国の人間に相応しくなるために努力して手に入れたが、父を苦しめ自殺に追い込んだ己の罪の証となってしまった。

 

彼女はそれを全て地面に投げ捨てて・・・壊してしまった。

 

散乱したゴミとなってしまった己の偉業の後片付けさえせずに、屋敷の一部の部屋に織莉子は入り浸り続ける。

 

父の残した大きな書斎、ここが織莉子がこの屋敷で必要とする場所。

 

もう日向ぼっこしながら、中庭でお茶会を仲間達とする楽しい時間は訪れないかも知れない。

 

今の彼女は書斎の本を読み漁るだけの本の虫。

 

八重樫総理から貰ったシオンの議定書、伝えられたヒント、そして父の部屋から見つけ出した政策マニフェスト。

 

これらの断片的な情報だけを頼りに彼女は今、父親がどんな存在達と戦おうとしていたのかを見つけ出そうとしている。

 

「お父様の無念は必ず、貴方を死なせた私が晴らします。政治活動の道を進む事を私は後悔しません。たとえ周りの人々から謗られようとも」

 

・・・客観的に己を見て、今の自分は綺麗事だけを言っているだけなのではないか?という疑問が浮かぶ。

 

どんなに贖罪を叫ぼうが、父親を死なせてしまった罪が消える事なんてないじゃないか?

 

贖罪なんて詭弁、織莉子はただ許されたいだけなのではないか?己の犯した罪から。

 

だって、どんなに善行を積んだって『死んだ人間は帰らない』じゃないか?

 

全ては偽善であり『人殺しの言い訳』なのかもしれないと思考が混乱していく。

 

罪と罰の小説主人公が自分と重なっていく・・・。

 

「それでも・・・お願いだから言い訳をさせて。黙って何もしなければ・・・心が罪の重圧で壊れそうなの・・・」

 

これより後、美国織莉子は学業と魔獣狩り以外においても、見滝原市で独自の活動を行う事となっていく。

 

学生身分でありながらも街頭で政治活動を小さく続けていく事になっていくだろう。

 

敵の存在は余りにも巨大過ぎる。

 

たとえ魔法少女であろうとも勝ち目は万に一つも無い。

 

だからこそ『民衆達』の力が必要になると織莉子は強く感じていた。

 

しかし彼女の世間の評価は、汚職議員の娘。

 

これから織莉子は、今まで以上に経験する事になるだろう。

 

心無い人々から蔑まれ、嘲笑われ、罵られ、責め苛む・・・心が張り裂けそうになる責め苦の日々を。

 

そして彼女は己の身を持って知ることとなる。

 

日本の闇の恐ろしさを・・・。

 

牙を剥き出しにして、それがもう直ぐ・・・。

 

彼女の元に・・・訪れる。

 




織莉子主役の話は、これより先は5章冒頭までありません。
彼女は杏子やほむら同様に、人修羅にとって重要な魔法少女となっていくかもです。
いやー明日はついに真・女神転生3HDリマスター発売日!(またやり込むかも(汗))


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59話 ペイルライダー

6月12日

 

「それじゃあ、朝のHRを始めます。6月に予定をされてます・・・」

 

担任教師の和子先生による朝のHRが進んでいく。

 

教室の中に聞こえる伝達事項を、遠くの世界のように聞いている暁美ほむらの表情は緊張感に包まれている。

 

新月を迎える今日の夜、黙示録の四騎士達がほむらの命を刈り取りに現れる戦いの日。

 

備えは十分ではないが、それでも僅かな期間でこれ以上は望めない程の準備を既に終わらせている。

 

後は己の技量と仲間達を信じる以外にない。

 

だが懸念事項がある。

 

約束を守ってくれる保証など、何処にもないこと。

 

もしあの時のように、四騎士全てが集まり戦いを挑んできた場合は恐らく、仲間達がいようとも殺されるのみに思える程、実力差が離れていること。

 

関係ない立場のマミと杏子を、本当に自分の戦いに巻き込んでしまうべきなのか、未だにほむらは迷うが、それでも仲間達の自分を大事にしてくれる気持ちに報いたい。

 

今日まで魔人達は現れなかった。

 

約束を反故にする者達とは何処か思えないほど、連中はプライドが高い存在のように思える。

 

現れるのは一体づつ・・・ならばその一体の魔人を3人で全力を持って倒す。

 

7つの試練、あの自身と瓜二つの金髪の少女と、人修羅と呼ばれる悪魔が何を目的にしているかは分からない。

 

(いずれ必ず私達の前に引きずり出し、葬り去ってやるわ)

 

魔法少女の使命の邪魔をし、自分だけでなく仲間達の命まで危険に晒そうとする悪魔達に高い代償を支払わせようと決意。

 

昼休みの屋上でマミと忍び込んだ杏子と3人で魔法少女会議を行う。

 

今日の学校が終わる夕方、ほむらは急ぎ見滝原政治行政区地下にある自身の新たな武器庫へ。

 

武器庫内で装備を整え、商業ビル裏口から外に出てそのまま跳躍し、ビルディングと橋を飛び越えながら商業区を目指し仲間と合流する。

 

この重装備で日がまだ落ちきらない時間帯に動くのは人目が己につく可能性もある。

 

少しだけ時間を潰している時に、ホワイトが声をかけてきた。

 

「短い時間で貴様に伝えるべき事は全て伝えた。あとは貴様の腕次第だ」

 

「一応礼は言っておくけれど、お前も悪魔達に加担する者であるのを私は忘れていないわよ」

 

「馴れ合う気はない。貴様が生き残れるかどうか、俺はここで待たせて貰おうか」

 

「あの者達の目的については何も知らされていないと言ったわね?」

 

「そうだ。俺を尋問するのは時間の無駄だ」

 

「所詮は雇われた教育係の傭兵と言ったところなのね、ホワイト」

 

武器や装備品の最終チェックを終えたほむらはエレベーターに向かい地上を目指す。

 

エレベーターのドアが閉まる光景を見送ったホワイトと名乗った傭兵と思われる男は、突然人間とは思えない声を出して喋り始めた。

 

「4ツノ死、先ズ現レルハ黄泉ヲ従エシ疫病。戦争・飢饉ニヨリモタラサレル病魔ノ世界ヲ司ル死滅ノ騎士」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ほむらの奴、戦いの準備があるから遅くなるって言ったよな昼休みの屋上で?」

 

「そうね・・・暁美さんの魔法武器以外に、何を用意しようと言うのかしら?」

 

予め集合場所として選んだ誰もいないビルの屋上では、二人の仲間が魔法少女姿で待機している。

 

ほむらの魔力も近づいてきているのを二人も感じ取り、やってくる方角に視線を移す。

 

「待たせたわね、二人共」

 

「「なっ・・・!?」」

 

まるで戦争に向かう重装備兵士の姿をしたほむらの魔法少女衣装姿。

 

二人は同時に声を詰まらせてしまったようだ。

 

「何なんだよその特殊部隊みたいな装備・・・コスプレじゃねーだろうな?」

 

「違うわ。本物よ」

 

「本物ですって!?まさか軍隊から盗んできた品じゃ・・・」

 

「いいえ、これは私のために用意された武器と装備。それを譲り受けただけよ」

 

「暁美さん・・・貴女は一体どんな存在と繋がりがあるわけ?」

 

「私に魔人共をけしかけてくる連中が用意したものね」

 

「ますます分からねぇ、どうしてほむらを殺そうとする連中が助け舟を出すような真似をするんだよ?」

 

「・・・私の力を試したいのかもね」

 

ほむらは右手と左手に持ったガンケースを二人の前に置く。

 

「魔人の中には魔法少女の魔法を封印出来る魔法を使う奴が存在したわ。戦うには魔法に頼らない武器も必要よ」

 

「それが魔人の魔法・・・なら私が魔封をされたら・・・」

 

「リボン魔法は使えなくなるでしょうね。リボンで銃や大砲を産み出す貴女の魔法を魔封されたら戦う武器を失う事になるわ」

 

右手のガンケースを開け、大きく仰角がついた光学サイト付きダネルMGLリボルバーグレネードランチャーを取り出す。

 

「大砲の榴弾が好きなんでしょ巴マミ?魔封をされたならこれを使いなさい」

 

「えっ!?わ・・・私はこんな現代銃火器なんて使ったことないのに!」

 

「擲弾発射器はマスケット銃時代の擲弾兵が攻城戦で使ってきた歴史の武器。貴女向けよ」

 

ガンケースから取り出した銃と40mmグレネード弾が12個ポケットに詰められた肩や腰にかけれる弾薬ベルトを手渡されたマミ。

 

仕方なく弾薬ベルトを魔法少女衣装コルセット部位に、銃は肩にかけれる三点スリングで右肩にかけ背中に回しいつでも取り出せるよう工夫してみる。

 

「杏子には・・・」

 

「あたしはいらねぇ」

 

「我儘言わないの。貴女だって魔法を封じられたら・・・」

 

「あたしは元々自分で魔法を封じてる。それにあたしの固有魔法は槍を産み出すためのものじゃない、幻惑魔法だ」

 

「保証は無いわよ?もしもの時は素手で殴りに行くしか無いわね」

 

頑なな態度にため息をつき、マミにグレネードランチャーの扱い方をレクチャーし始める。

 

元々榴弾を用いる大砲を扱ってきた榴弾兵のようなマミは飲み込みも早かった。

 

魔獣の瘴気が出始め、3人はため息が出る。

 

「魔人が現れる日だろうが、魔獣共は楽をさせちゃくれねーな」

 

「手早く片付けて、いつ現れるか分からない魔人に備えましょう」

 

ビルから飛び降り、魔獣結界内に向かう3人。

 

遠くのビル、月の無い新月の夜空。

 

高層ビル屋上では既に、一体の魔人の姿が遠くに映っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

見滝原市から他の街まで続く線路のレールを走る魔獣結界内の電車。

 

内部には人間達も見えるが、彼らに魔獣の姿や結界内の光景は見えないだろう。

 

だがそれでも乗客達がざわついているのは、電車の上から聞こえてくる何かの足音。

 

「行くぜオラーーッ!!」

 

車両の上では3人の魔法少女達と魔獣達が相対していたのだ。

 

前方車両に飛び移りながら魔獣に駆け込み斬りを仕掛ける杏子。

 

レーザーで迎え撃とうと構えていた前方魔獣共の頭を、杏子の背後から前方に次々と通り超える矢と弾が射抜く。

 

先頭車両に居座っていた最後尾の魔獣も杏子の袈裟斬りの一撃によって両断され、魔獣共は殲滅出来た。

 

落ちているグリーフキューブを風で飛ばされる前に拾い上げている杏子の元にマミとほむらも歩いてきた。

 

「魔獣共は戦う場所を選んではくれないわね」

 

「突然失礼しちゃったわね下の乗客達に。騒ぎが大きくなる前に電車から降りましょう」

 

「お前らも拾うの手伝ってくれよ・・・」

 

敵の数もしれたものだったので僅かに減った魔力を戦果のグリーフキューブで回復しようとしていた時だった。

 

3人の表情が変わり、戦慄を感じた顔つき。

 

あの時感じた逃れられない死の気配、恐ろしき悪魔の魔力。

 

魔獣結界が晴れた電車と並走しながら横のレールを駆け抜けてくる白煙を纏う青白き馬と黒衣の魔人。

 

その姿を並走する電車内の人間達は見ることは出来ない。

 

悪魔は概念存在である故にその存在を見る事が出来るのは、同じ存在達か魔法少女、もしくはその概念存在達を使役する太古から存在する者達のみ。

 

青白き馬は横の電車上部に跳躍を行う。

 

鈍化した短い時間、横から現れた魔人の死神の大鎌がほむらに迫りくる。

 

咄嗟に魔法の杖で大鎌の柄の一撃を両手持ちで受け止めたが、そのまま電車の上から持ち去るように電車天井から押し出されてしまった。

 

「ほむらっ!!」

 

「暁美さん!?」

 

地面に叩きつけられる前に魔人の結界が開き、ほむらと魔人は決闘を行う結界内に入り込み消失。

 

「くっ!!」

 

相手の武器を受け止めたまま、結界深部に落ちていくように逆さのまま落下していく。

 

「ククク・・・汝ハ良キ仲魔達ニ恵マレテイタヨウダ」

 

よく見ると逆さ姿のほむらの両足にはリボンと鎖が巻き付いている。

 

「同じ手が二度もあたしらに通用すると思うなよ髑髏野郎!!」

 

「過ちは繰り返さないって言ったでしょ!!」

 

あの咄嗟の状況にも関わらずマミと杏子はほむらにしがみつき、魔人結界まで仲間と共についてきてくれていたのだ。

 

決闘の結界内部に繋がる光の穿孔を超え、3人は深潭まで落ち、身を回転させ着地。

 

「杏子!それに巴マミ!?あの一瞬でよくついて来れたわね・・・」

 

「あたしらを舐めるなよほむら。・・・それにしても、何だよここは・・・?」

 

「なんて広大で恐ろしい結界空間なの・・・まるで地獄そのものじゃない!?」

 

かつての魔女結界でも、今の魔獣結界でもない魔人の結界内部世界を見て二人も動揺している。

 

この場こそ魔人が選んだ獲物との、どちらが生き残るかを決める地獄の闘技場。

 

「新月ノ夜ニ魔人ト出会ウ不運。・・・イヤ、世界ノ滅ビヲ見ズニ済ム幸運ニ見舞ワレタ小娘共」

 

空から恐ろしい声が結界内に響き、3人は空を見上げる。

 

「案ズルコトナカレ。暁美ホムラノミナラズ汝ラニモ等シク、死ノ一文字ヲ与エヨウゾ」

 

地獄の空に現れたるは黙示録の四騎士が一体。

 

青白き馬に乗る黄泉を従えし騎士。

 

「あれが・・・魔人と呼ばれる悪魔なのね暁美さん」

 

「・・・そうよ」

 

「へっ・・・・魔獣が蟻以下に見えるぐらいの魔力を感じさせてきやがる」

 

かつての世界でも遭遇した事がない存在を前にして、二人は戦慄の表情。

 

だが暁美ほむらは仲間達の前から踏み出し、自身に試練を課す者を睨む。

 

「約束通り一体で現れたようね。悪魔にしては随分と義理堅いのね?」

 

「我ラ皆一騎当千ノ騎士。悪魔ノ真似事ガ出来ル程度ノ魔法少女トヤラニ、不義理ハセン」

 

「余裕ね。でもいきなりお前達のリーダーが現れるとは思わなかったわ」

 

「勘違イダ。我ラ四騎士達ニ力量差ナド無イ。皆等シク世界ニ死ヲモタラシ尽クセル強者」

 

「嫌な事を聞いたわ・・・。どうやら、お前を倒しても楽はさせてくれないみたいね」

 

「貴方達は何故暁美さんを狙うの?目的は何?」

 

「ソレヲ汝ラガ知ル必要ハ無い。コレハ暁美ホムラガ超エネバナラヌ問題・・・ダガ」

 

「関係ない私達までご招待した意味があるわけ?」

 

「ソウダ。コレヨリ世界ハ黙示録トナル。コレハ暁美ホムラノミノ問題ニアラズ」

 

「未来のあたしらも当事者になる問題ってか?なら教えてくれよ、世界に何が起こるのか?」

 

「聖書ヲ読マナカッタノカ?オ前ハ、ヘブライ神話ヲ崇メル宗教家デアッタ筈」

 

「あたしの家族も知ってるわけか?じゃあ世界に・・・まさかそんな・・・」

 

「何か知ってるの佐倉さん?」

 

「征服者による偽りの平和、内乱による戦争、社会的荒廃、人々の死滅」

 

「ソレガ時期ニ世界ニ起コル。我ラノ現界ハ、ソレヲ象徴シテイル」

 

「象徴に過ぎないなら、お前達がそれを実行する者ではないと言うことね」

 

「ソレヲ確カメタケレバ、私ガモタラス汝ラノ死ヲ、超エテミセロ」

 

右肩に担いでいた死神の大鎌を構える。

 

杏子は槍を、マミはリボンで編み上げたマスケット銃を自身の周りに産み出す。

 

ほむらは三点スリングで上半身の前にぶら下げたドラムマガジン付きHK417自動小銃を構えた。

 

「見ルガ良イ、私ハ黄泉ヲ連レテキタ」

 

空に浮かぶ魔人直下、大地にどす黒い煙が巻き起こり・・・同じ魔人が現れる。

 

「汝ノ前ニ・・・」

 

ほむら達の後方にもそれは現れ出てくる。

 

「後ロニ・・・」

 

「分身・・・あたしと同じ幻惑魔法かよ。いよいよヤバい奴を相手する気になってきたぜ!」

 

「私達は仲間を守り抜く・・・絶対に暁美さんを死なせないわ!!」

 

「杏子!巴マミ!貴女達の気持ちは忘れないわ!!3人で超えましょう魔人の戦いを!!」

 

死が直ぐ後ろに張り付く程の緊張感をもたらす強敵を前に、3人は意を決して戦う覚悟を決めた。

 

「我ガ名ハ黙示録ノ四騎士ガ一人!ペイルライダー!!我ノ死病ヲ超エテミセヨ!!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

三体に分身したペイルライダーが繰り出す天地から同時に襲いかかる『猛突進』

 

二人の射手の猛射撃を潜り抜け、死神の刃で命を刈り取らんと迫る。

 

地上の魔人の一撃を身を引くめ斜めに前転を行い回避した射手の二人。

 

すぐさま片膝をつき後方に駆け抜けながら旋回する2つの魔人に射撃を行うが、狙いが定まらない程の速さで動き続ける。

 

「ぐっ!!」

 

天から迫りきたペイルライダー本体と思われる一撃を両手持ちの槍で受け止めた杏子。

 

だが馬の質量も合わさり、軽い身体ごと地面に叩きつけられ大打撃を受けてしまった。

 

今宵は月の無い『静天』

 

ペイルライダーは静天においては力強き『会心』の一撃を繰り出す事が出来る能力を持つ。

 

3人を囲むように旋回移動を繰り返し円を描いていく魔人。

 

「魔法少女ニトッテハ初メテ味ワウダロウ悪魔ノ魔法、存分ニ味ワウガ良イ」

 

ペイルライダーは互いに背を向けて死角を取られまいと陣取る魔法少女達の頭上に手をかざす。

 

「何をする気なの!?」

 

大気中の水分が急速に氷結していく。

 

3人の周りが急に暗くなる。

 

天に何が産み出されてしまったのか頭上を見上げた。

 

「嘘だろおい!?」

 

そこに産み出されたのは、北極を構成する氷の大地かと思わせる程の巨大な氷塊。

 

それが砕け地滑りして海面に落ちるが如く、3人の頭上に落下。

 

魔法少女の中には水属性魔法を使いこなせる者もいるが、悪魔達は水を氷結させて攻撃に用いる。

 

敵全体に襲いかかる氷結魔法『マハブフダイン』の一撃。

 

3人は全力で散り散りに走り、身体を横倒しにしながら跳躍。

 

大地に片手をつき側転しながらアクロバット着地し、さっきまでいた場所を3人は見た。

 

砕けた氷塊が周りにまで押し倒れてきて、危うく潰されてしまうところであった。

 

「陣ガ解ケタナ」

 

散り散りになった3人の元に迫りくるペイルライダー達。

 

「分散させられた・・・気をつけて!くるわよ!!!」

 

氷塊の向こう側でも襲われているだろう仲間達に声を張り上げる。

 

「来なさい!悪魔であろうと私達は負けないわ!!」

 

前方に複数のマスケット銃を空中に魔力で整列させ、一気に放つ『ティロ・ボレー』

 

馬ごと跳躍を行い銃弾を回避すると同時に攻撃を仕掛けてくるペイルライダーの分身。

 

大鎌の大振りの一撃を掻い潜り前方に前転跳躍。

 

手を付きさらに跳躍、月面宙返りを決めながら敵に振り向く彼女の周りを見ろ。

 

既に空にはおびただしい数のマスケット銃が召喚されて獲物に狙いをつけている。

 

「無限の魔弾の雨に打たれなさい!!」

 

鈍化した世界、マミは右手を逆さ体勢のままかざす。

 

一気にマスケット銃の火打石が叩かれ、業火の如き銃弾の雨が降り注ぐ。

 

ペイルライダーの分身は大鎌を大きく振りかぶり、刃に毒々しい病魔を思わせる魔力を纏わせた。

 

激しい剣戟の音が響く氷塊で遮られた向こう側では杏子とペイルライダーの分身が戦っている。

 

跳躍し身体を二回転させた連続袈裟斬りを大鎌で次々と弾き返し、後方に駆け抜けていく。

 

「チッ!魔獣と違ってすばしっこい髑髏野郎だぜ!!」

 

旋回し、猛突進が迫ってくる。

 

「いいぜ・・・相手が騎士なら、槍使いとしてお約束をくれてやる!」

 

青白き馬が迫りくる。

 

(まだだ・・・もう少し引きつけて・・・)

 

ペイルライダーの分身が大鎌を振り上げる。

 

「今だ!!」

 

地面に槍を突き刺し、前方の地面に大きく魔法陣を広げる。

 

地面からせり出したのは傾斜がかかった無数の槍。

 

その布陣はまるで騎士の突撃を迎え討つ中世ヨーロッパ戦争のパイク兵陣形。

 

だが槍兵を相手に、それを知らぬでは黙示録の騎士など務まらない。

 

手綱を引き、馬を横にスライドさせながら急停止。

 

既に振りかぶった大鎌には病魔を思わせる魔力を纏った邪悪な光。

 

二体のペイルライダーの分身は、同時にマミと杏子に『ベノンザッパー』の一撃を放つ。

 

魔弾の雨を吹き飛ばし、無数の槍を消し飛ばし、複数の衝撃波の波は二人に連続で重傷を与えた。

 

衝撃波の勢いは止まらず、二人を突き崩し、なお後方にまで大きく拡大しながら地面をえぐり出し走り抜ける。

 

小さな街ならば軽く瓦礫の山に出来る程の威力。

 

「あ・・・・あぁ・・・・」

 

衝撃波に引き裂かれた大地に転がり、今まで味わった事がない程の痛みに襲われる。

 

マミはこの時、両親と車で出かけていた時に交通事故にあった時の記憶が蘇る。

 

(あの時と同じ死の感覚・・・両親を亡くした時以来、感じた事など無かったのに・・・・・)

 

逃れられぬ死の化身。

 

これが死をもたらす事に特化した魔人の力。

 

「くっ・・・マミの魔力まで弱くなって・・・」

 

槍を地面に突き立てボロボロの姿で立ち上がろうとする杏子。

 

だがそんな二人の事などお構いなしに死は迫りくる。

 

マスケット銃を杖代わりにして立ち上がろうとしてるマミに地面を切り裂きながら迫る大鎌。

 

その光景は杏子も同じ。

 

二人は気力を振り絞り横に飛び退いて大鎌の一撃を同時に避けた。

 

旋回して追撃される前に起き上がろうとした時、二人の身体に『死病』が襲いかかる。

 

「杏子!!巴マミ!!!」

 

分断された向こう側。

 

氷塊の向こうで弱まっている仲間達の身を案じて叫ぶ。

 

既にドラムマガジンの弾も撃ち尽くし、マガジンチェンジを行っている最中だった。

 

ほむらと戦っているペイルライダーは表情筋の無い髑髏顔で愉快に笑う。

 

「フフフ・・・黄泉ガ汝ラニ手招キシテイルゾ・・・」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ぐっ!ゴホッゴホッ!!・・・なんだよ?あたしの身体・・・何が起こって・・ゴフゥ!」

 

突然の嘔吐、身体中に酷い悪寒と発熱、血が混じった咳、呼吸困難等の症状が出てくる。

 

マミも同じ症状に苦しめられていた。

 

「汝ノ仲魔ハ毒ニ蝕マレタノダ。死病トイウ毒ニナ」

 

「な・・・なんですって!?そんな魔法まで持っていたの・・・!」

 

先程の強力な一撃には相手の命をジワジワと蝕む毒をもたらす効果もあったのだ。

 

このような攻撃手段など、かつての世界でも経験した事がなかった故に備えられなかった。

 

『備えられなかった者が死ぬ』それが、混沌の悪魔達との戦い。

 

「汝モ後ヲ追ウガ良イ!!」

 

死神の大鎌を振りかぶり、ベノンザッパーを放つ構え。

 

ほむらは咄嗟に腰のポーチから取り出した物のピンを抜き、ペイルライダーに向け投げる。

 

ペイルライダーの眼前でM84スタン・グレネードが炸裂して閃光と轟音が一気に起爆。

 

「グッ!!小癪ナ真似ヲ!!!」

 

目が眩み、耳が難聴になった魔人は、見えない視界のまま相手の魔力を探ると、飛行するかのように仲間達の魔力を連れて遠ざかっていくのを感じる。

 

「逃ゲタカ・・・イヤ、ココデハ逃ゲラレナイ。罠デモ仕掛ケテ迎エ討ツ気カ?」

 

二体の分身達が本体に戻るかのように消えていく。

 

青白き馬の足元からどす黒い煙が吹き出し、大地を覆っていくのが見える。

 

「行ケ、死靈共ヨ」

 

大地を覆う漆黒の領域たる黄泉から這い出てきた存在達が蠢き、空を飛んで行った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

赤き渓谷を超え、渓谷の奥に見える洞窟内。

 

病魔に蝕まれた仲間達を両手に掴み、黒き翼の世界を侵食する力を使わず、飛行するのみに留めて用いた。

 

「ハァ・・ハァ・・・すまねぇほむら。足を引っ張っちまってるなあたしら・・・」

 

「貴女を救うと言いながらゴホッゴホッ!貴女に助けられるなんて先輩失格ゴホッゴホッ!」

 

「喋らないで二人共・・・無関係な貴女達を巻き込んだのは私の方。本当にごめんなさい」

 

洞窟の入り口を見る。

 

遠くの方から魔人に比べれば弱い魔力だが、複数の魔力が近づいてきているのを感じた。

 

背中の大きなバックパックを下ろし、中身を確認する。

 

「貴女達はここにいて。私が迎え討つわ」

 

「次から次へと・・・敵の能力も知らなかった私達は・・・最初から不利だったのね・・・」

 

「分からない相手なら、分からないなりに工夫をするだけよ」

 

バックパックを背負い直し、ほむらは入り口に向かい走っていった。

 

マミの元に地面を這うように移動してきた杏子。

 

「佐倉さん・・・無茶をしては・・・・・」

 

「あたしの残ってる魔力をくれてやる・・・死病は治せなくても、動けるぐらいにはしてやる」

 

マミの肩に手を置き、ありったけの魔力を使い回復魔法をかけ続ける。

 

身体を蝕み続ける毒の苦しみが立て続けに・・・杏子の命を削り落とす。

 

「駄目よ!弱りきった貴女の身体じゃ・・・ソウルジェムが濁りきってしまうわ!」

 

「あの馬を止めるんだマミ・・・将を射んと欲すれば先ず馬をって言うだろ・・・?」

 

「佐倉さん・・・・・」

 

「過ちは・・・繰り返さない・・・・だろ?」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

赤い岩と大地がひしめき合う渓谷を超えてくる死靈の影。

 

死靈と呼ばれる存在はペイルライダーが召喚した悪魔達。

 

【ロア】

 

ブードゥー教の蛇霊。

 

信者にとってのロアは世界中で言われる精霊の類と同じようで、人間を助け、慰め、ときには苦しみを与える存在の総称。

 

ブードゥー圏においては大部分の人々がカトリックでありながら多くのロアやペトロ、ラダ等のブードゥーの精霊や神々を併せて信仰している。

 

これはブードゥーの神々の体系にはあらゆる外来の神々を組み込んでしまう性質がある為であり、最大の強みでもあった。

 

大きな浮遊する髑髏姿、その内部を蔓延る蛇が眼球の穴から這い出て髑髏全体に絡みつく姿。

 

人語は介さず、本能だけで動く悪魔のようだが、黄泉を司るペイルライダーの下僕として動く。

 

赤い岩場を次々と浮遊しながら魔法少女達を探す追跡者。

 

だが赤い岩の裏側には、悪魔の魔力探知でも見つけることが出来ない現代武器の光が点滅している。

 

離れた渓谷の高台頂上岩場で身を伏せ、双眼鏡で敵の数を確認する。

 

「恐らく、あの悪魔達も私達が知らない魔法が使えるのでしょうね・・・」

 

迂闊に戦いを挑むのは危険ならば、奇襲攻撃で一気に仕留める。

 

既に悪魔達は大量のプラスチック爆弾(C4)が仕掛けられた網の中。

 

右手のリモコンを押し、雷管の点火により一気に悪魔が入り込んだエリアが次々と爆発。

 

岩場の裏に設置していた爆弾の起爆、砕けた岩の破片が次々と側面から悪魔達を叩きつけた。

 

双眼鏡から見える爆発の白煙が晴れる。

 

「・・・・・チッ、しぶとい連中ね」

 

地面に転んでいるが、全身傷だらけのまま身動きしている悪魔達の姿が見えた。

 

トドメを指すために立ち上がり、高台頂上岩場から大きく跳躍。

 

銃を構え警戒しながら歩み進む。

 

小柄なほむらの身体程もある巨大髑髏の身体。

 

しかし浮遊して戦いを挑んでくる気配はない。

 

「グ…ガ…ウ…ゴガァァ!!」

 

「何っ!?」

 

周りに倒れ込んだロア達の身体が突然発光を始める。

 

この魔力を暴走させる一撃を放つ光と似たものを、かつての世界で散った杏子が見せた。

 

「まさかっ!!?」

 

次の瞬間、悪魔達は一斉に『自爆』を行い、渓谷内に大爆発の光が浮かんだ。

 

ほむらの慎重な判断は正しかった、ロアは耐性さえ備えない魔法少女を呪殺出来る魔法が使えた。

 

だが、それだけがロアの魔法では無かったのだ。

 

渓谷を揺るがし削り取る大爆発の光景。

 

空を駆け、迫りくるペイルライダーの目にもそれは映っていた。

 

「良イ狼煙ダ。見ツケタゾ」

 

巨大クレーターが産み出された渓谷。

 

ほむらは爆発に巻き込まれて姿形さえ残らず葬り去られたか?

 

いや、空だ。

 

「・・・危なかったわ。悪魔の魔法には魔法少女と同じ、自爆を行えるものがあるのね」

 

地上の光景を空から見つめる黒き翼で浮かび上がっていたほむらの機転。

 

死を辛くも逃れる事が出来たのか?・・・答えは否だ。

 

「私ノ死病カラハ、誰モ逃レラレヌ!!」

 

頭上を向くよりも早く、急降下してきたペイルライダー。

 

無慈悲な死神の刃が振り上げられ、その凶刃が彼女の背中を大きく抉る。

 

「ぐっ!!!」

 

中身を使い切ったバックパックを捨てたほむらのがら空きだった背中に、死神の刃の刻印が大傷として刻まれた。

 

高台頂上岩場に着地した魔人に対し、会心の如き一撃に見舞われたほむらは地面に急降下するが、体勢を立て直し地面に片膝着地。

 

ほむらはすぐさま腰のポーチの隙間に挟んでいた魔法の杖を抜く。

 

杖は弓に変わり、高台に狙いを定めるが・・・・・彼女の両手が震え、狙いが定まらない。

 

「ゴホッゴホッ!!まさか・・・私まで・・・・!?」

 

手だけではなかった、全身に震えが走り、死病に蝕まれてしまった事に、彼女は戦慄した。

 

思考が定まらない頭痛・全身の悪寒・発熱による震えに襲われ、身体のバランスさえとれない。

 

「コレデ汝ラハ皆、死病ノ身トナッタ。コノ勝負、私ノ勝チダ!」

 

大地から跳躍し、空を駆け抜ける青白き馬。

 

旋回し、渓谷の谷が一直線に射程に収められる空に浮かぶ。

 

この強大な一撃の射程内には、マミ達が隠れている洞窟も含まれていた。

 

ペイルライダーの死神の大鎌が蜃気楼のように歪み、その姿を包み隠していく。

 

「病魔ハ見エナイ。故ニ人々ハ感染者ヲ恐レ、迫害シ、社会ハ荒廃シ、平和ハ崩壊スル」

 

死病を司る死神の刃が今、死病に蝕まれた者達の命を『死滅』させる一撃を放つのだ。

 

「ソレデモ人々ハ・・・“誰カガ何トカスル”ト、無関心ヲ貫ク、救イ難キ愚者共ヨ!!」

 

今こそペイルライダーは放つ、タロットカードの死神としても語られし死の神の力を!

 

「黄泉路ニ旅立ツカ!黒キ希望トナルカ!私ニ汝ノ可能性ヲ示セ!!!」

 

悪魔の耐性があろうと防げない、死病の毒に蝕まれた者は容赦なく『即死』させるこの一撃の名は『ペスト・クロップ』

 

見えない死病の刃が振り抜かれようとした時だった・・・。

 

<<レガーレ・ヴァスタアリア!!>>

 

「ヌゥ!!?」

 

渓谷頂上の両面から突然、大量のリボンがライフリング回転を描くように死神に高速で迫る。

 

ペスト・クロップの一撃を放つのを止め、大鎌でリボンを切り裂こうと振るうが、次々とペイルライダーと青白き馬に絡みつき、動きを拘束。

 

「巴マミ!?貴女なんて無茶を!!」

 

渓谷頂上の高台で右手を構え、最後の気力を振り絞り放った仲間を救う一撃。

 

「後は・・・お願いね・・・・暁美・・・さん・・・・」

 

最後の力を出し切ったマミはその場に膝をつき、倒れ込んだ。

 

「オノレェェェェ!!死ニ損ナイノ小娘ガァ!!」

 

手放した死神の大鎌を魔力を用いて空中で操り、自身を拘束しているリボンを次々と切断。

 

「・・・巴さん、貴女の思い・・・受け取ったわ!!」

 

拘束から開放されたペイルライダーは、地上に強大な魔力を感じ取り振り向いた。

 

膨大な魔力を集中させた一撃は既に・・・・・放たれていたのだ!

 

ほむらの全力を用いた魔力の矢の一撃は、その姿を燃え上がる巨大なカラスの姿に変える。

 

「オオオォォォォォ!!!!」

 

戻ってきた死神の大鎌を手に取り、ベノンザッパーで迎え撃とうとするが、間に合わない。

 

紫の炎を纏う巨大なカラスの両翼に包み込まれるようにして、ほむらの矢の一撃はペイルライダーに・・・直撃。

 

空の上で燃え上がりながら、地面に向けて魔人は落下していく。

 

「ハァ!ハァ!お願いよ・・・もう動かないで・・・!」

 

魔力も底を尽きかけ、死病に蝕まれた身体を維持させる魔力消費も考えればもはや戦う余力無し。

 

地面に倒れ込んだ青白き馬の最後の断末魔が渓谷に響く。

 

だが・・・馬から投げ出された燃え上がる騎士が・・・立ち上がろうとしている!

 

「マダダァァァァァーーー!!!マダ私ハ終ワラナイゾ小娘ェーー!!」

 

全身の燃え上がる黒衣の炎の中から浮かぶ髑髏顔。

 

死を与える存在は、死を乗り越える力もまた強し。

 

「そ・・・そんな・・・・・魔人はこれ程までの・・・・」

 

燃え上がりながら歩き迫る死神。

 

ほむらは両膝を地面についたまま、動けない。

 

両腕を大きく振りかぶりペスト・クロップを放つ構え。

 

<<生きている者は死ぬべき事を知っている。しかし死者は何事をも知らない。また、もはや報いを受けることもない>>

 

何処からか聖書の一節が響き、声が聞こえた方にペイルライダーは振り向く。

 

飛来してきた槍の先端は既に、死者に永遠の眠りを与える炎を纏わせる姿と化していた。

 

「ガッ・・・・ハッ・・・!!!」

 

ペイルライダーの胸部を黒衣の下の鎧ごと貫いた杏子の槍の一撃。

 

刺さった槍は業火を刃から吹き出し、ペイルライダーの内側から大爆発。

 

この世界においても杏子は人修羅と戦い、悲しい別れを経験した。

 

その時の怒りの感情によって産み出された一撃の名は『盟神抉槍(くがたち)』

 

「杏子!?貴女まで無茶をして・・・」

 

「風姉ちゃんから教わった聖書の一節・・・なんだか思い出せちまったよ」

 

回復魔法で魔力を殆ど使い果たした杏子。

 

だがペイルライダーに襲われる前に魔獣からグリーフキューブを手に入れていた。

 

それで回復を行い、最後の一撃を放ちに現れたようだった。

 

槍に串刺しにされたまま赤き炎に焼かれるペイルライダーはついに、地面に大の字で倒れ込んでくれた。

 

「死滅の騎士なら・・・自分の死滅も受け入れやがれ・・・」

 

最後の力を出し尽くした杏子は地面に倒れ込み、マミと同じく意識を失う。

 

3人は全ての力を出し切り乗り越えてみせた・・・魔人の第一試練を。

 

第四の騎士の、最後である。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

重い足を引きずるように黒焦げとなったペイルライダーに歩み寄る。

 

息がある場合はトドメを刺すために自動小銃も構えていた。

 

煤けた髑髏の口が開く。

 

「フフフ・・・魔人ヲ退ケルトハ。・・・私ハモウ滅ビルノミ・・・汝ラノ勝チダ」

 

「死ぬ前に教えなさい。お前達が何故私を襲うのかを。そして世界に起こる黙示録とは何?」

 

「・・・汝ノ試練ノ答エハ自ズト出ル。ダガ・・・世界ニ起コル黙示録ノ一旦ナラバ語ロウ」

 

「・・・一体世界に何が起こるわけ?」

 

「今年カラ数エ年ヲ超エタ時期ヨリ、世界規模ノ死病ガ蔓延スル」

 

「死病・・・・?百年前のスペイン風邪のようなパンデミックが?」

 

「百年周期デ現レル死病。ペスト・天然痘・スペイン風邪・・・ソレハ繰リ返サレ、2020年ヲ世界規模デ蝕ム」

 

「それが黙示録の始まりというわけなの・・・?」

 

「太古カラ既ニ始マッテイル。第一ノ騎士トナル者達ハ、太古ノ昔ヨリ既ニ存在スル。ソノ征服者達ニヨル偽リノ平和ト、戦争ガ繰リ返サレテキタ」

 

「歴史の中で語られてこなかった・・・第一の騎士となる者達?」

 

「世界規模ノ死病ヲ蔓延サセル発生源ハ恐ラク・・・赤キ獣ノ国、中国」

 

「中国から・・・世界規模のパンデミックが生まれる・・・」

 

ペイルライダーの身体を構成していた感情エネルギーが抜け落ちるように輝きを放つ。

 

「フフフ・・・急グノダ若人・・・。死病ノ蔓延セシ世ガ、始マロウトシテイルゾ・・・」

 

その一言を最後に、ペイルライダーの身体を構成する感情エネルギーが爆発。

 

淡い深碧色の感情エネルギーたるマグネタイトが空にバラ撒かれ、ペイルライダーの形も消えた。

 

「世界に起こる黙示録・・・そして私に与えられた7つの試練・・・一体・・・」

 

ほむらもついに限界を迎えたのか、両膝を地面につき倒れ込み意識を失ってしまった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

目が冷めた時、彼女は暗闇の世界にいた。

 

「何・・・?何故私は何も見えない暗闇の世界に・・・・・・?」

 

自分の右手に重みを感じる。

 

既に持たれていたメノラーの燭台を顔の前に掲げてみた。

 

すると、メノラーに備えられた蝋燭のうちの一つが輝きを放ち、火が籠もった。

 

たった一つの小さな灯りでほむらの顔の周りだけの空間が照らされる。

 

「ここは・・・・・一体何処なの?」

 

ひんやりする足元は靴を履いていない素足。

 

自分の姿を僅かな灯りで確認しようとするが、眼鏡が必要な程に視界がぼやけて見える。

 

「魔力の身体強化が無くなっている・・・?」

 

それでもフリルが沢山ついたゴシック風の黒いドレスを身に纏っているのだけは分かった。

 

ぼやけた視界で手探りのまま進んでいくと壁際が見えた。

 

壁の端に置かれたアンティーク台座の上を手で探ると、かつては慣れ親しんだ自分の眼鏡の感触を感じ取り、それを手にして両目にかけた。

 

「魔人を一体倒したら次は・・・何が起こっていくの・・・・私の身に?」

 

ここは、余りにも遠くまで一直線に広がる暗闇の回廊。

 

ほむらはこの場所において何を経験する事になるのか?

 

ペイルライダーが語った黙示録の世界と7つの試練。

 

その一つ一つを、ほむらは手探りで探していくしかないのだ。

 

この・・・暗闇の空間と同じく。

 




今がとっても旬なボルテクス界楽しいですねー真・女神転生3HDリマスター。
この第三章はボルテクス界も重要なテーマとなっております。
魔法少女が耐性無さ過ぎて、書いててメガテン魔法攻撃マジでヤバいと思いました。


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60話 記憶の回廊

自身の顔の周り以外は暗闇が支配する空間。

 

何故魔人との戦いを超えた自分がこんな場所に立っているのか分からない。

 

「魔人から受けた傷も無い・・・まるで悪夢から別の悪夢に流れ着いたみたいね・・・」

 

出口はあるのか?悪魔は潜んでいるのか?

 

恐ろしい魔女空間を超え続けてきた筈なのに、見えない暗闇に心が恐怖で握りつぶされそうだ。

 

暗闇が支配する空間そのものが、ほむらを不安にさせていく。

 

夜が恐ろしいと感じるのは、暗闇ゆえに其処に何がいるのかと自分で考えてしまう想像力事態が恐ろしさを増幅させている。

 

それ故に暗闇は、悪魔や妖怪を産み出す領域なのは古今東西同じであろう。

 

「杏子!!巴さん!!」

 

返事は何処からも帰っては来ない。

 

ソウルジェムを左手に出して二人の魔力を探そうとするが・・・。

 

「えっ・・・・・?」

 

左手の中指にいつもある指輪の感触が存在しない事に気がついた。

 

「どうして!?何故私のソウルジェムが消えているの!?」

 

これでは魔法少女に変身して悪魔と戦えない・・・どころではない。

 

魔法少女の本体は魂が宿ったソウルジェムという石ころ。

 

外部の肉体など、魔力で操り生命活動を行わせているだけの外付けハードディスク。

 

ソウルジェムがその肉体を動かせる範囲は100メートル以内。

 

悪魔に奪われていたとしたら、一体今の自分は『どれだけ動く』事が許される?

 

「分からない事だらけよ・・・何故私が・・・こんな目に・・・・」

 

心細さの余り愚痴が出てしまうが、じっとしていてもこの悪夢は終わらないのは分かる。

 

意を決してメノラーの灯りを前にし、壁伝いで回廊の奥に向かい歩き続ける。

 

いつ自分が超えてはならない領域を超えてしまうかという恐怖、足取りも重い。

 

彼女には殆ど見えないが、大きな宮殿の回廊かと思うほど直線に伸びた豪華な廊下。

 

壁際に見える大きな窓ガラスの向こう側さえ見通せない。

 

不意に窓ガラスを超えた横にある壁を見る。

 

「・・・・・写真?いいえ、油彩画?」

 

『銀とガラス』で作られた大きな額縁に収められた写真かと見紛う程美しい油彩画。

 

メノラーを掲げれば大きな絵の半分以上は確認出来る。

 

「これは・・・・・まどか?」

 

優しい微笑みで佇む、かつての世界で鹿目まどかと呼ばれた少女の絵。

 

今の世界では誰も覚えてさえいない、存在しない者の姿。

 

それを覚えているのは暁美ほむらと、悪魔と名乗る者達ぐらい。

 

「何の意味があってまどかの絵を・・・・・」

 

悪魔の罠だと疑いたくもなるが、それでもこの絵の世界を見ていると心細さが消えていく。

 

この絵の世界こそ、自分が『夢見た世界』のように思えるから。

 

回廊を歩き続ける度に壁際で見つけるまどかの油彩画。

 

そのどれもがほむらが夢の世界で思い描いた理想の光景。

 

『まどかがいて、ほむらがいる記憶の絵』

 

本当はこの絵に描かれた世界を、かつての世界で望んでいたのではないのか?

 

思い出の世界に入り込んでいたほむらはハッと気が付き、顔を振り迷いを晴らす。

 

「これは悪魔の罠よ・・・私から魔法少女としての使命を忘れさせようと狙っているのね」

 

今の自分は全ての魔獣を倒す者、それ以上でもそれ以下でもない。

 

鹿目まどかが守ろうとした世界の人々を救うために戦う、魔獣を穿つ魔法少女。

 

「そう・・・私はそうあるべきなのよ、私はそれを覚えて・・・・」

 

様々なアマラ宇宙を超えて旅し、まどかが人々を守ろうとした戦いの光景を思い出す。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・?

 

「あ・・・れ・・・・・?思い出せない・・・・・・?」

 

もうどれだけ遠い記憶になったのか分からない程昔に思える周回時期の記憶故だろうか、上手く思い出せない自分に動揺する。

 

あれだけ強く思っていた人の大切な記憶を思い出せないなんて、あってはならない筈なのに。

 

記憶が朧げならば、自分で信じる根拠さえ失っていくも同然。

 

「・・・先を進みましょう。私は覚えている・・・筈よ」

 

思い出せないのはど忘れであり、いずれ思い出すと信じて前に進む。

 

ほむらが後にしたまどかの油彩画。

 

よく見ると、端の方が徐々にではあるが・・・暗闇に戻った世界で亀裂が入っていった。

 

―――ウソツキ

 

突然背後から誰かの声が聞こえてメノラーを後ろに掲げ振り向く。

 

「だ・・・・・誰なの!?」

 

魔法少女の力さえ発揮出来ない状態で悪魔と思われる存在との遭遇。

 

ほむらの心臓の鼓動は張り裂けんばかりに、高鳴っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

暗闇が広がる背後の回廊。

 

だがメノラーに灯るたった一つの灯り程度では奥まで見通せる筈がない。

 

「こ・・・来ないで・・・・・!」

 

戦う力どころか魔力による身体強化さえ無くなっている今のほむらなど、眼鏡をかけていた頃に体育の授業ですら貧血で休む病弱だった頃の姿同然。

 

震え上がりながら後ろに下がる彼女の背後から、また同じ声が。

 

―――オクビョウ

 

その声に身体が大げさに反応して後ろを振り向き、灯りを前に向けるが相手の姿は見えない。

 

まるで夜の森の中で狼達に狙われる子羊にでもなった気分になっていく。

 

「嫌・・・使命も果たせずこんな場所で死にたくない・・・誰か助けて・・・」

 

―――ネクラ

 

また背後に回り込まれている。

 

「いや・・・嫌ぁぁーーーーッ!!!!」

 

無力な頃に戻り果てたのか、ついに恐怖に耐えきれなくなったほむらは我を忘れて走り出す。

 

素足のまま白黒モザイクで彩られた大理石の床を駆ける速度は魔法少女ではなく病弱な娘そのもの。

 

―――ノロマ

 

息もすぐに上がり激しい呼吸を続けながらも逃げ続ける。

 

それでも背後からの気配は消え去るどころか、一定の距離を保ったまま。

 

―――アハハハハハハハハハハ

 

無様な姿のほむらがおかしいのか、狂ったような笑い声が響く。

 

命を鷲掴みされた気分に陥り目元は涙で潤んでいく。

 

メノラーの灯りを前に向けながら走っていたら、ついに回廊の奥にまでたどり着いたのか豪華で重厚な雰囲気の両開きドアまで走りきれた。

 

直様扉を開けて中に入り込み、扉を閉める。

 

鍵をかける場所も見つからず、必死に扉を抑え込む。

 

何度か叩く音が向こう側から響く、やはり何者かが潜んでいたのだ。

 

「お願い・・・お願いだから何処かに消えて・・・!!」

 

しつこく扉を叩く音もしなくなり、諦めたのか気配も遠ざかっていった。

 

力なく両膝が崩れ地面につく。

 

過呼吸になっていた息をどうにか整え直し、彼女は立ち上がり早く奴がまた来る前にここから脱出しなければと、逃げ込んだ空間を振り向いた。

 

「・・・・・ここは?」

 

暗闇の空間が続いたが、この部屋は薄暗いが天井の豪華なシャンデリアにある蝋燭の灯りのお陰で僅かに光を感じられる空間。

 

暖炉や絵画、絨毯や椅子等が並ぶ豪華な空間はまるで王の控えの間。

 

巨大シャンデリラの下、部屋の中央にはアンティーク台座が備えられていた。

 

突然右手のメノラーから振動を感じる。

 

「・・・・・ここに置けってわけ?」

 

まるでメノラーに促されるように、ほむらは台座にメノラーを置く。

 

すると、たった一つの灯りが大きくなっていく。

 

部屋を明るくしてくれる光に安堵の心が芽生えたのか、その灯りに魅入られてしまった。

 

その時、その灯りの中に『金髪の少女』の視線を感じた。

 

「な・・・・・何っ!?」

 

意識が炎の中に引きずり込まれていく。

 

まるで自分の視界が血管内の穿孔トンネルをうねるように落下してく感覚。

 

気がついたらほむらの視界は、生物体内にある細胞壁の隙間のような覗き窓。

 

覗き窓の向こう側の空間。

 

そこは広大な縦に広がる巨大血管内のように見える真紅の広間。

 

同じ細胞壁の隙間のような覗き窓からは、恐ろしい真紅の眼光がこちらを無数に見ている。

 

真紅の空間中央、血管に溜まった血の湖の上に浮かぶのは、オペラ劇場の舞台。

 

真紅の舞台カーテンの前で腕を組んで立つ、喪服の淑女姿。

 

その隣にはステージの主舞台の邪魔にならない端に備えられた自然木のとまり木に立つ梟。

 

淑女の方は見た感じ整った顔立ちに見えるが、年齢を重ねた三十代半ば程の見た目。

 

梟はアメリカワシミミズクのような見た目の印象を持つ。

 

<<・・・ここは、何処・・・?>>

 

ほむらが心の中で疑問に思うが、声は響かない。

 

だが喪服の女性には聞こえていたのか、その口が開いた。

 

「よぉ、また会えたねお嬢ちゃん。前に夕日の堤防で出会えた時以来かな?」

 

何処かで聞き覚えがあったが・・・いや、この声をほむらが間違える筈がない。

 

<<鹿目・・・詢子さん!?>>

 

葬儀のトーク帽を被る喪服姿をした、かつて鹿目まどかの母親だった人物がこの場所にいる。

 

眼前で起こる現象が何も理解出来ないほむらのいる覗き窓に、詢子は微笑んでみせた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

<<どうして・・・どうして貴女がこんな場所に!?それにその姿は・・・>>

 

声は響かないが、詢子にはほむらの心の声が聞こえているようだ。

 

「これかい?この世から消えて亡くなった娘のために、喪に服してるのさ」

 

まどかの母の言葉がどれだけほむらの心を引き裂き、責め苦を与えたか。

 

まるで愛する娘を守れなかった者に見せびらかし、その罪の重圧を思い知らせるかのようだ。

 

だが・・・その一言で一つだけ理解出来た。

 

<<お前は・・・・・鹿目詢子さんじゃないわね?>>

 

かつての世界において、鹿目まどかは女神という概念存在となり全世界で消滅した。

 

むろんこの新しい世界でも始まりも終わりも存在しない。

 

鹿目まどかの母だった人物も、あの夕日の堤防でまどかの事を知りもしなかった。

 

この世界でまどかの存在を覚えているのは、ほむらと・・・。

 

<<悪魔め!!何故そんな姿で現れたのよ!?そんなに私の無力さを嘲笑いたいの!!>>

 

激昂するほむらの心の声に我慢出来ず、笑いが出てしまった鹿目詢子の姿をした謎の人物。

 

すると隣のとまり木にいる梟が甲高い鳴き声を出し、喪服の淑女の方に向く。

 

「ああごめんごめん、悪ノリが過ぎたよアモン。我が主の御前だったね」

 

喪服の淑女はアモンと呼んだ梟の反対側ステージに歩き、主舞台に向き直りお辞儀。

 

真紅の舞台カーテンが上がっていき、主舞台となるステージがついに姿を見せた。

 

王の書斎のような豪華な主舞台、そこにいた人物とは・・・。

 

<<・・・やはりお前だったのね?私をこんな悪夢の世界に引きずり込んだのは!>>

 

アンティークキングチェアに座っているのは、見滝原制服を着たほむらと瓜二つ姿の金髪の少女。

 

手には山羊の形をした銀の飾り杖を持ち、よく見えないが左耳にはアクセサリーも見えた。

 

「第一の魔人を倒せたわね暁美ほむら。私の期待を裏切らない努力を続けて欲しいわ」

 

<<お前達は何故私をこんな場所に閉じ込めるの!?早くここから出しなさい!!>>

 

「フフ・・・まるで深い森に迷った迷子の娘ね。ここが何処かを説明してあげなさい」

 

主の元に歩き寄った喪服の淑女は、ほむらの覗き窓に向き直る。

 

「ここは、かつて人修羅と呼ばれた魔人のために用意されたアマラの果て・・・アマラ深界」

 

<<アマラ深界ですって・・・?人修羅のために用意された・・・・・?>>

 

「人の身に分かり易く言えば、魔界と呼んでくれていいよ。宿命があんたをここに呼び寄せた」

 

魔界と呼ばれる言葉をほむらが聞いたのは、かつてあった世界で見た悪夢のボルテクス界。

 

<<魔界・・・なら、ここから見えるあの者達は・・・全員悪魔・・・?>>

 

「感じている通り、ここには神に貶められた悪魔達が潜んでる。ここを仮初めの住処とし、飛び立つ事を望んでいる」

 

同じ細胞壁の隙間のような覗き窓から真紅の眼光を自分に向けてくる恐ろしき住人達。

 

「既にかつての世界において、飛び立つ刻を一度は迎えた。でも、我が主はもう一度だけ身を潜め・・・試したい存在のために、再びこの世界を用意したんだよ」

 

<<それが・・・私に魔人共をけしかけて来る理由・・・?>>

 

「そうだね。我が主は最強の切り札をかつての世界で手に入れたけど、さらに手札が欲しくなったわけさ。終の決戦の地として選んだ、この世界でね」

 

<<私にお前達悪魔がやりたい何かの戦争に加担でもしろっていうわけ?冗談じゃないわ!!>>

 

「それを決めるのは、世界の真実を知ってからでも遅くはないね」

 

主人の方を振り向き、金髪の少女も伝える事を許可するように頷く。

 

「魔人を倒せし者。あんたに世界の真実の一つを・・・主に代わり、あたしが語るわ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「順を追って説明しないとね。先ずは、あんたがかつての世界で見た悪夢の世界から話すよ」

 

<<ボルテクス界・・・それに受胎世界って何なの?>>

 

「時間渡航者だったあんたなら分かるんじゃない?この宇宙が、一つだけでは無いという事が」

 

<<無限に連なる宇宙・・・確かに私は時間操作魔法を使って、数多の世界を歩いてきた>>

 

「宇宙とは無限に連なる大螺旋。あたし達悪魔はそれを、アマラ宇宙と呼んでいるんだよ」

 

<<アマラ宇宙・・・私が超えてきた数多の世界・・・>>

 

「ボルテクス界とは、そんな数多ある宇宙の何処かで死んだ宇宙に誕生した、創生世界」

 

<<宇宙の死・・・宇宙の創生・・・?>>

 

「それが受胎儀式。新しい宇宙を産み出す生殖活動。それには人間と同じく莫大な熱が必要ね」

 

<<莫大な熱・・・ボルテクス界で見た、あの巨大な光の球体・・・・?>>

 

「そう、あれが創生をもたらす光・・・無限光カグツチ。あれにコトワリを示した者が新宇宙を導く規範になるんだよ」

 

<<コトワリですって!?>>

 

「食いついたね?そういえば、あたしの娘もコトワリを示した者であったはず」

 

<<黙りなさい偽物!まどかとコトワリ、それに創生や受胎が何で関係があるのよ!?>>

 

「あんたが生きた世界は死滅する運命ではなかった。それでも受胎と同じ現象をもたらした存在がいたわね」

 

ほむらの脳裏にかつての世界で円環のコトワリとなったまどかの姿が浮かぶ。

 

「受胎が起こらない運命の世界で発生してしまったイレギュラーによる創生。それを行った人物は、イレギュラーでありながらも宇宙の規範となれたんだよ」

 

<<それが円環のコトワリとなった、私達魔法少女の救い神たる・・・まどか>>

 

「本来こんな事はあってはならない。創生はボルテクス界において、その時々でカグツチが選んだ人間の手によって成されなければならなかった筈なのにね」

 

<<宇宙を導く規範って何なの・・・?まどかは一体どうなってしまったの!?>>

 

「鹿目まどかには無尽蔵に束ねられてしまった因果の力があった。それを用いてあの子は創生を行ったのさ。無限光を自らの内に用意し、コトワリさえ自らが思想した」

 

<<まどかが創生を・・・他の宇宙で今まで行われた受胎と同じ創生をやり遂げた・・・?>>

 

「フフ・・・まるで処女受胎だよね?宇宙の身体を形作る元となるコトワリと、宇宙を産み出す無限光を自らが用意したわけ」

 

<<まどかが・・・それ程までの事を・・・・>>

 

「出来るようにしたのは・・・あんたのせいじゃなかった?」

 

<<・・・・・・・まどかは、これからどうなってしまうの?>>

 

「あの契約の天使に聞いたとおり、始まりも終わりもない存在として、永遠を彷徨うんだよ」

 

―――大いなる神のせいでね。

 

<<何故まどかだけが地獄の苦しみを背負わされるの!?まどかはそんなの望んでなかった!何処にでもいる平凡な子供だった!私だってそんなの望んでなかった!!>>

 

「良いところに気がついたね。仕組みがあったんだよ、あの子が永遠の地獄に苦しむ仕組みがね」

 

<<仕組み・・・?>>

 

「大いなる神は、鹿目まどかをコトワリの神にするつもりなどなかった。それでも自らが産み出した宇宙の法のため、やむを得ず選ばざるを得なかった」

 

<<仕組み・・・神の法・・・・>>

 

「それが・・・アマラの摂理。大いなる神が、無限に連なる宇宙を産み続ける創生を永遠に続けるために用意した仕組みさ」

 

<<アマラの摂理・・・・・そんなものがあったからまどかは・・・>>

 

「あんたのせいとは言え、アマラの摂理が無ければ、彼女はコトワリの神になどなれなかった」

 

<<それを産み出した存在・・・それが大いなる神・・・・・>>

 

「鹿目まどかは大いなる神が産み出したアマラの摂理によって、永遠に苦しみ続ける」

 

<<・・・・・・・・・・・・・・>>

 

「あんたは自責の念で苦しみ、家族は娘の死を悲しむ事も許されず、鹿目まどかは家族や友達と永遠に会えない苦しみにのたうち回る」

 

―――アマラの摂理のせいで、それを産み出した者のせいで。

 

<<・・・・・・許せない>>

 

「良い答えだ。あんたの今言った言葉と同じ言葉をここで言ったのが、人修羅と呼ばれた悪魔」

 

<<人修羅も同じ答えを・・・?あの男は、アマラの摂理を憎んでいたのね>>

 

「あたし達も同じさ。我が主はこのアマラの摂理を破壊しようと考えておられるんだ」

 

<<だから私にも加担しろと?>>

 

「答えは急がなくていい。でも、今感じた心の怒りを大切にしな。嘘偽りの無いあんたの感情さ」

 

伝えるべき事を伝え終えたのか、主に一礼を行う。

 

<<待って!まだお前達悪魔の事を聞かされていないわ!!>>

 

「それはあんたが残りの魔人を倒す度に教えてあげる。あんたは記憶の回廊と、このアマラ深界からは逃れられないよ」

 

真紅の舞台カーテンが下がっていく。

 

ほむらの意識もまた急速に遠のいていくのが分かる。

 

意識だけが魔界に訪れていた感覚も無くなっていく。

 

魔界の住人達を力の限り睨みつけながら、ほむらの意識はブラックアウトしていった。

 

「出だしは順調といった感じですね閣下」

 

「暁美ほむらが全ての死を乗り越えられるかどうか・・・見せてもらおうか」

 

「それにしてもアモン。あんたまであの小娘を見物しに来るとは思わなかったよ」

 

今まで沈黙を保っていたカーテンの向こう側の梟に語りかける。

 

ほむらには梟の鳴き声に聞こえただろうが、悪魔達にはアモンの声の内容は届いていた。

 

「・・・吾輩が気にしてはおかしいかね?」

 

「おかしくはないねぇ。だってあんたもまた、イルミナティの守護神だし」

 

「あの小娘は閣下にとって特別であり、イルミナティにとっても特別である。吾輩には事の顛末を見守る義務があるのだ」

 

「過保護だねぇ。まぁ・・・イルミナティにとって無理もないか」

 

―――だってあんた達イルミナティは・・・暁美ほむらの育ての親も同然だしね。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

6月12日

 

「それじゃあ、朝のHRを始めます。6月に予定をされてます・・・」

 

担任教師の和子先生による朝のHRが進んでいく。

 

教室の中に聞こえる伝達事項の中、一人の生徒は机に顔を伏せたまま眠っている。

 

「コラー暁美さん。学校はお昼寝をする場所じゃありませんよ~?」

 

和子先生に声をかけられ大げさに身体を反応させながら、ほむらは顔を上げた。

 

「寝る前にスマホでも弄ってたんですか?寝不足は女性の敵ですよ」

 

「え・・・?あの・・・・えっと・・・・ごめんなさい」

 

事態が何も掴めないまま、いつも凛としている態度の暁美ほむららしからぬ姿に皆が苦笑い。

 

何事もなかったかのようにHRが続いていく中、ほむらは違和感を感じ取った。

 

この違和感はかつての世界では当たり前だった現象。

 

(・・・同じ日が、ループしている!?)

 

かつての世界でほむらは繰り返される一ヶ月間を過ごしてきた故に、HRの内容が毎度同じであったのが当たり前であったのだが・・・ここは違う世界。

 

時間操作魔法を失っている筈なのに、かつての世界と同じ現象が起きている。

 

昼休みの屋上でマミと忍び込んだ杏子と3人で魔法少女会議を行う。

 

「無事だったのね・・・杏子、巴さん」

 

「何言ってんだよほむら?まだ魔人と戦ってもいねーのに?」

 

「えっ・・・・・?」

 

「あら?いつもはフルネームで堅苦しかったのに、変わってくれて嬉しいわ暁美さん」

 

(覚えてるのは私だけ?どういう事なの・・・・・これは?)

 

今宵は月の無い新月の夜。

 

再び黙示録の騎士達は獲物を狩りに現れるだろう。

 

ほむらは逃れる事が出来なくなってしまったのだと理解した。

 

新月の夜に出くわす、己の死からは。

 




マギレコでさえ語られない、暁美ほむらの両親って何者なんでしょうね?
存在が確認出来ないなら、いないも同然と思います。(それでいて金に困らん)
都合が良いのでほむらちゃんを曇らせるネタに使う(使命感)


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61話 ブラックライダー

日も沈み、魔人との戦いを迎える新月の夜。

 

前回と同じ集合場所にやってきたほむら。

 

彼女の姿に驚く二人の反応も変わらない。

 

二人のために用意した銃を勧めるが、受け取ったのはマミだけで杏子は受け取らない反応も変わらなかった。

 

やはり時間操作魔法による繰り返されるループ現象が起きているのが彼女には分かる。

 

「ねぇ・・・本当に魔人と戦った事を覚えてないの?」

 

「だから、魔人と戦うのは今日だって言ってたじゃねーかほむら?」

 

「あれから魔人が現れた形跡は無いわ・・・私達も出くわさなかったし」

 

「そう・・・それもそうね。私の勘違いだから・・・二人共気にしないで」

 

かつて自分が使っていた時間操作魔法と同じ魔法を悪魔も使えると考えるのが妥当だと判断。

 

だとしたら、最も恐れる事態が予想される。

 

(時間操作魔法が扱えるなら・・・恐らくかつての私と同じく、時間停止魔法も扱えるはず)

 

時間停止魔法の一方的な攻撃の恐ろしさは、それを利用してきた魔法少女なら知っていて当然。

 

もし7つの試練で現れる魔人の中に、時間操作魔法を操れる魔人が現れた場合の事を真剣に考えていた時だった。

 

「魔人が現れる日だろうが、魔獣共は楽をさせちゃくれねーな」

 

考え事をしていたら、前回と同じ様に魔獣の瘴気が出ていた事に気が付かなかったようだ。

 

「手早く片付けて、いつ現れるか分からない魔人に備えましょう」

 

「・・・そうね。二人共、行きましょうか」

 

時間操作魔法を扱える難敵がいようが、襲ってくる恐ろしい存在は他の魔人も変わらない。

 

今は目の前に集中する以外にないと判断し、ビルから飛び降り3人は魔獣結界内に向かう。

 

遠くのビル、月の無い新月の夜空。

 

高層ビル屋上では、二体の魔人の姿が見えた。

 

「マサカ、ペイルライダーガ敗レルトハノォ」

 

赤き馬に乗るは第二の騎士。

 

「・・・窮鼠猫ヲ噛ムカ。・・・病魔ヲ運ブ鼠ニ敗レルトハ、死病ノ騎士ニハ皮肉ダナ・・・」

 

黒き馬に乗るは第三の騎士。

 

「勝者トナルノハ、力ガ強イ者ダケトハ限ラナイ。油断ヲシタ者ハ死ヌ、ソレダケダ」

 

自分達と同じ人間の声とは思えない恐ろしい声が聞こえてきた方を二体の魔人は振り向く。

 

現れたのはほむらの教育係として雇われた兵士の姿を演じていた人物。

 

「オ前モ第四ノ騎士ガ破レタ報ヲ聞イテ駆ケツケタカ、ホワイトライダー?」

 

「・・・閣下ノ頼ミ事トハイエ、人間ノ姿デ教育係ヲヤラサレタ・・・貧乏クジヲ引イタ者カ」

 

「皮肉ハヨセ。俺モツマラナイ者ヲ射殺スダケデハ、歯ゴタエガ無イト思ッテイタ」

 

「オ眼鏡ニ叶ウ猛者ダッタヨウジャ。モハヤ遠慮ハ要ランノォ・・・ホッホッホッ」

 

余裕の態度を示してはいるが、もはやこの魔人達は相手を弱者だとは判断しなくなった。

 

圧倒的な力量差を見せつけた上で、なお姑息な手段で攻めて来ようが油断なく蹂躙するだろう。

 

黒き馬が前に出る。

 

「・・・・先ニ行ク。・・・アノ者共ガ姑息ナ魔法ヲ使エヨウガ・・・我ニハ無駄・・・」

 

高層ビル屋上から黒き馬は駆け、一気に跳躍して新月の夜空を駆け抜けていく。

 

「アノ根暗ガ随分ト楽シソウジャ。アンナニ喋ルブラックライダーモ珍シイノォ」

 

「4ツノ死、次ニ現レルハ飢饉ヲモタラス荒廃。貧者ヘノ不正、食料ノ欠乏ヲ世界ニモタラス迫害ヲ司ル天秤ノ騎士」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

見滝原工業区。

 

このエリアは古くはバブルの頃から工場街として機能していたようであり、工場や社宅が多いエリアとなっていた。

 

だがバブルも弾け時代も移り変わり、栄枯盛衰の影はこのエリアを蝕んでいる。

 

バブル崩壊によって工場を撤退、あるいはコストの安い郊外に移転する企業が相次いだため、閉鎖されてしまった工場廃墟も多い。

 

足掻いた老舗企業も時代には勝てず工場を閉鎖していき、衣食住もままならなくなった生活苦に苦しむ元社員だった人々は次々と魔獣に襲われ廃人化していく。

 

栄えた工場郡を除けば、ここは見滝原の『貧者と荒廃』が集う場所とも言えた。

 

一つの工場廃墟では、生活困窮者たる貧者達が集まり、混ぜた洗剤で自殺未遂を行おうとする。

 

「俺はこんな小さな工場一つ守れなかった駄目な人間だ・・・」

 

無気力な顔をした元工場長だったと思われる人物の周りには、元社員だった貧者達。

 

人々の絶望の感情、そのエネルギーに引き寄せられた魔獣達。

 

感情エネルギーを吸い付くし廃人に変えようと背後から迫るその白い影を天窓を破り射抜く無数の飛来物。

 

銃弾、槍、矢に射抜かれた魔獣達は次々と倒れていき、グリーフキューブに姿を変えていく。

 

屋根から飛び降りた3人は無事だった人々に駆け寄ったが・・・。

 

「大丈夫ですか?もう大丈夫・・・・」

 

「何なんだ君達は!?余計な事をしてくれたな!!」

 

見れば自殺用に用意した道具まで槍に串刺しにされ、洗剤容器の中身も漏れ出している。

 

「無理心中なんてやめとけよおっさん共。生きてれば何か良いこと・・・」

 

「生きてればだと!?衣食住さえ無い!我々はもう老いて再就職すらままならないんだ!」

 

飢えゆえか、大の大人が子供を相手に捲し立て怒鳴り散らし睨みつけてくる。

 

本当はこんな人柄では無かった筈なのに、生活が苦しくなり追い詰められればこうも人は変わる。

 

「落ち着いて下さい!死んだって問題が解決する筈ないわ!!」

 

「生活保護の申請すら通らない!公務員共の水際作戦ってやつさ・・・君達は親に食わせて貰えるから私達の苦しみなんて分からないんだ!」

 

「不幸自慢は終わったか?なら言わせて貰うけど、あたしは食わせて貰えてねーよ」

 

貧者なら老いた大人達だけでなく眼の前にもいた。

 

「あたしも同じ生活困窮者。衣食住のために犯罪にまで手を染めたロクでなしさ。それでも生きる事を辞めたりしねぇ」

 

「何故・・・・?」

 

「最後の家族が・・・罪を犯してでも、あたしに生きろと言ってくれたから」

 

「貴方達にも家族はいるでしょ?残された人はどうするの!?私だって両親を亡くした子供よ!」

 

「家族・・・うっ・・・うぅ!!不甲斐ない父ちゃんを許してくれぇ・・・」

 

嗚咽の声が周りに響き渡る中、黙ってグリーフキューブを拾っていたほむらは銃を構え警戒する。

 

「二人共・・・・どうやら、現れたみたいよ」

 

工場の中に広がる逃れられない死の気配。

 

恐ろしき悪魔の魔力を廃工場の中で感じ取り、3人は骨組みのように張り巡らされた天井の鉄骨部分を見上げた。

 

白煙が天井から流れ落ちる中に佇むは、第三の騎士。

 

「・・・荒廃ハ、何時ノ時代モ変ワラナイ。・・・飢エガ人ヲドウ変エルカ・・・見セヨウ」

 

「何をする気なの!?」

 

突如工場の床に巨大な魔人結界の穴が現れ、あろうことか・・・人間まで巻き添えで落ちていく。

 

3人が気がついた時には既に魔人の結界世界。

 

「そんな・・・私達だけでなく人間達まで・・・・なんて事を!?」

 

「冗談きついぜ・・・」

 

「ヒィィーーー!!?なんだ・・・・何なんだここはぁ!?」

 

赤い大地に倒れ込んでいた貧者の人間達は訳も分からず叫ぶばかり。

 

赤い大地から立ち上っていくどす黒い煙。

 

大地を覆っていく闇の領域から這い出てきた・・・『飢えた者』達。

 

<<ギャァァァーーーーーーー!!!!>>

 

闇から這い出た飢えた者達が、次々と人間という『食料』に群がり喰らい始めた。

 

「な・・・何だよアレ・・・何やってんだてめぇらぁーー!!!」

 

それは、ブヨブヨとした無数の肉塊の集合体。

 

【レギオン】

 

聖書マルコ福音書に『我、多数なり』と記された存在。

 

同じような苦痛を味わう悪霊が集合したものとされる。

 

悪霊達は、自分と同じく悩み苦しむ悪霊を自らの分身と見なすことで、自己と他者の区別を失う。

 

「やめなさい!!やめてぇーー!!!」

 

地獄絵図の食肉パーティの惨状となり果てた赤き大地が人間の血を吸いあげ、さらに赤くなる。

 

銃弾や槍の投擲で貫かれたレギオン肉塊部分の顔の一部が、また人間と同じ顔で内側から再生してくる。

 

その顔つきは、先程喰らった飢えに苦しむ人間の断末魔が如き表情。

 

自己と他者の区別を失い、同じ飢えに苦しむ者達を食料の如く喰らい、やがて集合して一つとなる・・・それが悪霊や幽鬼と呼ばれる悪魔達。

 

「何故私達だけでなく関係ない人間達まで襲うのよ!?それでも騎士なの!!」

 

怒りの言葉を天に佇む黒き馬に乗りし冷酷なる魔人に向けて叫ぶ。

 

寡黙な性格をした黒き騎士は暫しの沈黙の後、重い口を開く。

 

「・・・飢エタ者達ハ・・・満タサレナイ。持ツ者達ヲ妬ミ・・・欲望ノミヲ求メル餓鬼トナル」

 

「何が言いたいのよ!生き残っている人達を元の世界に返して!!」

 

「最モソレハ・・・全テヲ手ニ入レタ者達デサエ変ワラナイ。・・・人トハ、既ニ餓鬼ナノダ」

 

バブルが崩壊した21世紀の日本、格差は完全なる二極化を産み出し中流層という概念が消えた。

 

資産家は株式配当土地の賃借料、特許料といった不労所得でますます資産が増え、株や不動産資産を持っていない人は、家や土地を借りるといった生活に必要なもののために、働いても貯蓄に回すことすらできない。

 

富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなるマタイの法則。

 

その構造はどちらも飢えている、幸福になりたい者、幸福をさらに求めたい者。

 

人とは皆・・・餓鬼道に堕ちていると第三の騎士は語ろうというのだろう。

 

飢えた悪霊達もまた生ある者達を妬み、欲望を満たすためにそれを求め喰らい続ける。

 

ついには魔人の結界内に人間の姿は見つからなくなってしまった。

 

決闘の場を飾る生贄を求める、およそ騎士道精神とは程遠い・・・『貧者への不正行為』

 

弱き者達を惨たらしく虐待して殺し、喰らい続ける迫害を司る騎士。

 

「こいつら・・・あたしらまで喰らいたそうな顔に見えるぜ・・・・・」

 

背中合わせでレギオンの群れに相対する魔法少女達は既に死靈に取り囲まれている。

 

「・・・我モマタ同ジ・・・汝ラノ命ト魂ヲ求メル者・・・汝モイズレ己ノ欲望ヲ求メル・・・」

 

「私をお前みたいな欲深いケダモノと一緒にしないで!!」

 

「フフ・・・汝ノ欲望ハ今ダ・・・正義ヲ求メル建前トイウ“暗闇”デ隠サレテイルヨウダ・・・」

 

右手の黒き天秤を掲げる。

 

「よくも無関係な人々を虐殺したわね・・・高く付くわよ!!」

 

「黙示録を気取るテメーらに・・・あたしが神に代わって神罰を下してやるぜ根暗髑髏!!」

 

「私は正義を求める魔法少女よ・・・それ以上でもそれ以下でもない!!」

 

3人は武器を構え死靈達を迎え討つ。

 

「黙示録ノ四騎士ガ一・・・ブラックライダーガ・・・汝ラガ裁キ・・・執リ行ナオウ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

死靈による包囲攻撃を背を向け合い迎え討とうとする二人に対しほむらが叫ぶ。

 

「気をつけて!奴らは私達の知らない魔法を使う!迂闊に固まっていると対処出来ないわ!」

 

「分かったわ暁美さん!止まらず動き続けましょう!!」

 

ほむらの一声で3人は一気に駆け出し、移動を繰り返しながら各個撃破を目指す。

 

彼女の冷静な判断は正しい、この幽鬼たるレギオンは魔法少女を呪殺出来る魔法を行使出来る。

 

レギオンの目が光り、眼光を放つ。

 

単体相手に即死を与える呪殺魔法『ヘルズアイ』の猛威。

 

魔法少女達はアクロバット跳躍を繰り返しながら、地上で浮遊している愚鈍な肉塊に空から攻撃を行い、真正面から戦う事を避ける戦術を繰り返す。

 

「グガオォアァ・・アァ・・・・グガァ!!」

 

空への有効な攻撃手段を持たないレギオン達が使う魔法こそ、悪魔達の凶悪な魔法防御。

 

「一気にあの化け物共を仕留めるわ!!」

 

右手からリボンを産み出し、リボンは螺旋を描き纏まりながら装飾された巨大大砲に姿を変える。

 

「ティロ・・・・・」

 

「待てマミ!!あいつら何かやる気・・・・」

 

「フィナーレ!!!」

 

杏子の静止の声も乱戦内では届かず、巨大大砲から放たれた一撃はマミを象徴するトドメの一撃。

 

空から飛来する地上を粉々に出来る榴弾の一撃に対し、レギオン達の身体が光りに包まれる。

 

そして・・・大砲の一撃はレギオン達から『反射』されてしまった!

 

「キャァァァーーーーー!!!?」

 

自身の必殺の一撃が反射され、榴弾の一撃は空中で大爆発。

 

咄嗟にマミは左手で産み出したリボンを使い、地上の岩場に絡め自動ワイヤー巻上装置のように移動し逃げようとしたが爆風に全身が晒されてしまった。

 

地上に叩きつけられてしまったマミに対してレギオン達が迫りくる。

 

これこそ混沌の悪魔達でさえ警戒を怠ってはならない物理反射魔法『テトラカーン』

 

大きな魔力消費に加え、反射フィールドも僅かな時間しか使えない使い所が難しい魔法だが、相手の攻撃のタイミングにさえ合わせれば見ての通りの絶大さ。

 

「くっ・・・これが悪魔達の魔法・・・魔法少女でさえこんな魔法を使える者はいないわ・・・」

 

蹌踉めき起き上がるマミに迫りくる肉塊の手足を構成する触手の如き無数の魔の手。

 

獲物を掴んだなら相手の生命を吸い上げる『デスタッチ』が迫る時、既に仲間は援護射撃の体勢。

 

ホロサイト照準器内に捉えた魔の手を次々と自動小銃の猛火が射抜き、撃ち落とす。

 

「迂闊よ巴さん!!魔獣を相手してる感覚では駄目!!」

 

「ごめんなさい暁美さん・・・同じ種類の魔獣ばかりを相手にしてきたツケが回ったわ・・・」

 

駆け寄った仲間に起き上げて貰うマミの姿は背中の傷も痛々しいが、まだ戦える。

 

地上で激戦を繰り返す者達を天から無情に見下ろすブラックライダー。

 

騎士と呼ばれながらも武勇を競うように、自らが打って出る行動を示さない。

 

四騎士の中で唯一武器を持たないのは、その手に持つ天秤の役割故だろうか?

 

天秤とは食料の代価を量る目的に使われるため、黙示録においてのブラックライダーとは、割当を決める権限を与えられた者と推測出来る。

 

言うなれば兵站担当。

 

大規模戦争になるほど兵站が命綱となるため、その権限を迫害者に与えたならば飢饉も起きよう。

 

「・・・オ前達魔法少女ハ限ラレタ命・・・若クシテ戦ウ力サエ無クス・・・ソレデモ生ニシガミツク姿コソ・・・生キタイト言ウ飢エ・・・」

 

「くそっ!!どいつかが防御魔法を使えば全体にかかりやがる!範囲攻撃魔法が使えないなら一体づつ警戒しながらの戦いに・・・ぐあぁーー!!」

 

背後のレギオンの全身から放たれた範囲物理攻撃である『烈風波』に突き崩され弾き飛ばされる。

 

周りの幽鬼まで巻き込むフレンドリーファイアだが、気遣いを見せる思考は無いようだ。

 

「・・・飢エシ者共・・・我ハ天秤ノ担イ手・・・汝ラノ生キル糧タル魔法ト生命・・・許ス量ヲ測ロウ・・・」

 

右手の黒き天秤を天高くブラックライダーは掲げる。

 

黒き天秤の左の受け皿に3人の魔力色を示す炎、右の受け皿には血の通う人の命を司る3人の赤き炎が灯る。

 

天高くから感じる自らの死を感じ取ったほむらは空を見上げ、仲間達に吠えた。

 

「・・・汝ラノ魂ノ均衡・・・・己ガ身ヲ持ッテ知ルガイイ・・・!」

 

「気をつけて!!魔封と生命を削り取られるわ!!!」

 

かつてほむらの極大魔法を討ち破ったブラックライダーのソウルバランスがついに、3人に襲いかかる事態となった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

突然身体の命が削られる程の激痛に全身が苛まれる3人。

 

「な・・・・・何だよコレ・・・?傷も受けてない筈なのに・・・」

 

「身体から生命が急に・・・・抜き取られたみたい・・・」

 

「くっ・・・!!二人共・・・・この魔法は・・・それだけじゃない・・・!」

 

地面に突然倒れ込んでしまった3人。

 

幽鬼共を倒しても闇の領域は地面から溢れ出し、飢えし者達は次々と現れ続ける。

 

自身に迫ろうとするレギオンに対し、マスケット銃を生み出そうと右手をかざすが。

 

「えっ・・・・!?」

 

リボンは生み出されない。

 

「これが・・・・魔封・・・!?」

 

レギオンが迫り、生ある者に対し、簒奪者が与えし残りの生命を喰らおうと迫りくる。

 

大きな口を開けて頭から齧りつこうとするが、口内に向けて槍が飛来し、串刺しとなる。

 

「どうやら・・・あたしの武器は無事みたいだ・・・ぜ・・・」

 

槍を魔力で産み出し杖にして立ち上がる杏子の姿。

 

彼女は自らの願いを過去において否定し、固有魔法を自らが封印する弊害に見舞われた魔法少女。

 

それゆえにブラックライダーの魔封効果は無かったようだ。

 

「立って2人共・・・!!」

 

ほむらも苦しい表情のまま立ち上がり、レギオンの群れに対し銃を構える。

 

ほむら自身もかつてと同じく魔封状態なのは経験から分かっていた。

 

マミも立ち上がり、魔法武器が使えない警告をほむらから聞かされた際に渡された武器を構える。

 

「弾数は装填済みを合わせて18発・・・それ以上はもたないわね・・・」

 

背中に回していたダネルMGLリボルバーグレネードランチャーを構えレギオンを迎え討つ。

 

まさに3人の戦力はジリ貧状態・・・『貧者』と成り果てた。

 

これが迫害者による兵站の割当。

 

「・・・モハヤ勝敗ハ決シタ。・・・イカナル兵士トテ、兵站ガ無ケレバ・・・戦エナイ」

 

自らが動く必要も無しと判断し、地上で死靈と戯れる貧者共の飢えに苦しむ姿を眺める。

 

表情筋の無い髑髏顔であるが、それに表情があったならば愉悦に満ちていただろう。

 

「・・・モウ良カロウ・・・汝ラノ死ガ訪レル刻ガ・・・来タ・・・・・」

 

ブラックライダーは空いている左手を地上に向けてかざし、死靈を操る。

 

それに呼応するかのように、レギオン達が同時に放とうとする魔法。

 

「・・・痛ミハナイ・・・甘美ナ呪イニ蝕マレテ・・・・一瞬デ死ヌガ良イ・・・」

 

「何をする気・・・・!?」

 

広大な大地を円形に覆っていくサンスクリット文字が描かれし古代仏教系呪術魔法。

 

3人も必死にレギオン達を倒し、魔法行使を止めようとするが全員を倒しきれる筈がない。

 

「・・・・・・終ワリダ」

 

放たれる呪術魔法の名は・・・『マハムドオン』

 

魔法耐性が無いなら混沌の悪魔達でさえ一瞬で呪殺してしまえる即死魔法が遂に放たれる。

 

(私達は・・・・こんな場所で終わってしまうの・・・・・?)

 

鈍化する世界、大地から吹き上がる呪いによって、3人の死はもたらされるだろう。

 

・・・・・・不意にほむらの脳内で声が聞こえた。

 

あの世からの誘い声か?それとも円環のコトワリか?

 

<<・・・貴女の“想い”は、悪魔の魔法程度で殺しきれるものではないわ・・・>>

 

何処かで聞いた声であったが、魔法の盾に触れていなかった彼女は覚えてはいない。

 

ほむらの想いとは、一体なんの事であろうか?

 

かつて、違う魔獣世界に流れ着いたほむらが出会った存在は、そう名乗った。

 

暁美ほむらが願った最初の想い、それは『まどかを守る事』

 

それだけを求め、地獄を彷徨い続けた時間の中で、その想いはどんどん先鋭化していく。

 

彼女自身気が付かないうちに、身も心も想いに支配され、多くを切り捨てて乗り越えてこれた。

 

あまりにも強すぎたまどかへの想いを名付けるとすれば・・・。

 

その名前は・・・。

 

「・・・・・ムゥ・・・・?」

 

大地を覆い尽くす呪殺の呪いの空に浮かび上がる黒き翼を持った存在。

 

その両手にはマミと杏子が掴まれており、二人共無事だ。

 

「馬鹿ナ・・・!?解除魔法スラ行使セズ、我ノ魔封ヲ破ッタダト・・・・!?」

 

天高く佇むブラックライダーを見上げるのは、黒き翼を背に持つ暁美ほむら。

 

彼女自身何故魔封を破れたのかは分かっていない。

 

その想いの正体さえ掴めない。

 

それでも今やるべき事は目の前の魔人を倒し死を乗り越えるのみ。

 

「杏子、巴さん・・・大丈夫?」

 

「ほむら・・・お前魔封を破れたのか?」

 

「そうみたい・・・後は任せて、奴は私が倒すわ」

 

「私達の魔封は未だに解けてない・・・悔しいけれど暁美さんに任せるしかないわね・・・」

 

沈黙の後、合点がいったのか髑髏の口が開く。

 

「ソウカ・・・汝ノ内側ニ潜ミシ醜キ者・・・貴様ノ仕業カ・・・」

 

「私の内側に潜む者ですって・・・・・?」

 

また、白き夢の中で出会った人修羅の言葉が脳裏に浮かぶ。

 

―――俺たち悪魔が、お前の嘘に塗れた今の魔法少女人生を否定してやる。

 

「フフ・・・イズレ嫌デモ解ル。・・・何故ナラソノ者ハ・・・必ズ汝ニ、死ヲ与エニ訪レル者」

 

「私の中に潜む者が・・・私に死を与えに来る・・・?」

 

「最モソレハ・・・我トイウ死ヲ・・・超エラレタラノ話・・・!!」

 

やはりペイルライダーを破りし者は一筋縄ではいかないと己の目で見て分かった。

 

ついに沈黙した魔人は、目の前の獲物に死を与えるため動き出す。

 

左手を天に掲げ行使する光の大魔法。

 

この一撃はかつて、人修羅がアリスと呼ばれた魔法少女相手に使った事がある。

 

だがあの時の一撃は周りの被害を恐れ、僅かばかりの光にまで掌内で押し殺した。

 

しかしブラックライダーの一撃は違う。

 

無数の光の粒子が左手に収束してゆく。

 

「・・・・・・・嘘っ」

 

「なんて・・・・・魔力だよ・・・・・・・」

 

「いけないっ!!!」

 

「・・・・・・・モウ遅イ」

 

極大にまで膨れ上がった神の雷霆(らいてい)たるメギドの火。

 

その一撃がついに左手が振り下ろされると同時に地上へと高速で落ち・・・爆ぜた。

 

極大の光が爆発し、エネルギーが莫大に広がっていく威力は見滝原市でさえ消滅させる程。

 

それはまるで光の核爆発の光景。

 

これが本物の神の力・・・『メギドラオン』だ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

高速で迫りくる光の大爆発の消滅エネルギーから全力飛行で逃げ続ける。

 

二人を振り落とすまいとほむらの両手にも力が籠もる。

 

「冗談じゃねぇぞ!!?魔人は全員歩く核爆弾か何かかよぉ!!!」

 

「なんて光景なのよ!!まるで神の次元そのものよぉ!!!」

 

あまりにも次元が違いすぎる一撃に二人も狼狽した叫び声。

 

「お願い・・・・間に合ってぇ!!!」

 

異形の黒き翼に魔力が一気に籠もり、なお加速を続けていく。

 

辛くもメギドラオンの爆発範囲から離脱しきった3人は宙に浮かびながら背後を振り返る。

 

そこに広がっていた光景はまるで・・・底の無い奈落。

 

一体どれだけの深さを光のエネルギーが掘り進め、消滅させたのか見当もつかない暗闇の大地。

 

「なぁ・・・ほむら・・・・・あんなのに、お前だけで勝てるのかよ・・・?」

 

「わ・・・・・私達・・・・・何が出来るの・・・?」

 

「それでも・・・私は逃げないわ。・・・貴女達は下にいて」

 

既にブラックライダーの恐ろしい魔力が空から高速で近づいてきているのは感じている。

 

渓谷の地に二人を降ろし、背中の重いバックパックも二人に預け、拾っておいたグリーフキューブで魔力を補充。

 

魔法の杖を弓に変化させ、再び黒き翼で舞い上がり敵を迎え討つため飛行していく。

 

「ほむら・・・なんて連中に狙われちまったんだよ・・・」

 

「守るだなんて・・・軽はずみで言い切れる存在じゃなかったわ・・・」

 

ただの魔法少女に過ぎない己の無力さに打ちひしがられる二人。

 

それでもなお、二人共魔人の結界に訪れた以上は死から逃れられない。

 

二人の立つ大地からどす黒い煙が吹き上がっていく。

 

「へへ・・・とことん、やるしかねーよな・・・」

 

大地から這い出てくる飢えた者達に対し、槍を魔力で産み出し構える。

 

マミはリボルバーグレネード銃のフレーム上部を上にスイングさせ、回転式チャンバーに腰の弾薬ベルトの弾を込め続ける。

 

「残弾は残り6発・・・悪魔って白旗振ったら許してくれるかしら?」

 

「さぁね・・・こいつらはそんな事が分かるオツムには見えねーよ」

 

既に二人は死靈に囲まれてしまっている。

 

もはや逃げ場無しと二人は覚悟を決め、魔法少女のプライドをかけて死闘に打って出た。

 

黒き馬が天を駆け抜けてくる。

 

逃げた獲物を追い求める追跡者たるブラックライダーは既に眼前に獲物の魔力を感じ取っている。

 

前方に広がる遠くの空、そこに描かれた菱形が幾重にも重なり合う魔法陣。

 

黒き馬の手綱を引き、旋回しながらの回避行動。

 

既に後方で放たれた無数の光の矢は姿をカラスに変え、追跡者の背後から自動追尾レーザーの如く迫りくる。

 

ブラックライダーの左手に小さく生み出された複数の『メギドラ』の火を後方に向けて投げる。

 

それらは空中で無数の大爆発を後方で起こし、魔力の矢を消滅させていく光景はまるで戦闘機のフレア散布のようにも見えただろう。

 

無数の光の爆発が消える只中から高速で飛来して現れでた魔法少女。

 

「始めましょうか・・・あの時とは違う、一対一の対決よ!!」

 

「フフ・・・コウイウ趣向ハ面白イ・・・タカガ魔法少女ノ分際デ、楽シマセテクレル・・・!」

 

天を駆ける騎士と黒き翼の魔法少女によるドッグファイトが今・・・始まっていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

前方に高速で駆け抜けるブラックライダーを猛追する。

 

ほむらは弓に弦を産み出し、片足を弓にかけ力強く弦を引き絞る。

 

弦に現れでた複数の矢が同時に放たれ、目標に自動追尾し突き進む。

 

だが先程のフレア散布の如く、メギドラの爆発に阻まれ攻撃が届くことはない。

 

黒き翼の高い空中機動と格闘力を相手に一撃離脱を繰り返し、有効打を与えてはくれない。

 

空中で繰り返されるアクロバット戦、このままでは魔力の差もありほむらが先に魔力切れだ。

 

(守りが堅い・・・決め手にかける・・・!)

 

トドメを狙うとしたら、ペイルライダーを葬った一撃か、世界を侵食する黒き翼の力。

 

無駄に魔力をばら撒く戦いでは負けると感じていた時、身体中に凍える程の寒さを感じた。

 

猛追している前方のブラックライダーから後方に放たれていた『絶対零度』の氷結魔法。

 

温度計研究者のシャルルの法則によって生み出された絶対零度の温度とは−273 ℃ 。

 

それと同等の極寒温度が目の前から吹き荒れてきていたのだ。

 

「かっ・・・・あっ・・・・・魔力で・・・身体を・・・温め・・・・・!!」

 

人間が寒さに耐えられる温度の限界は−50~60 ℃ と言われるが、これは遥かに超えている。

 

既に全身が凍りつき、身体の感覚すら無くなったほむらは空から墜落。

 

しかし死をもたらす事に特化した死神は既に、彼女の落下を予測した動きで迫りくる。

 

落下中のほむらの胸ぐらを左手で掴み取り受け止め、空中で佇む。

 

「何を・・・・・する気・・・・・・!?」

 

「我ガ渇キ・・・イカナル血ニテモ・・・潤ウコトナシ・・・・・」

 

突然ほむらの身体から無数の魔力が抜け落ち、彼女の魔力色を示す紫の魔力がブラックライダーに吸われていく。

 

「あっ・・・・やめっ・・・・て・・・・・!!」

 

体温を温めていた魔力が奪われ続け、身体の寒さに耐えきれない。

 

悪魔の魔法の中に存在する、敵対する存在から魔力を吸い上げる『吸魔』と呼ばれる魔法行使。

 

生命の灯火が消えていくのを彼女は感じる。

 

「我ノ飢エ・・・汝ノ魔力ダケデハ足リヌ・・・ソウルジェムモ喰ワセテ貰ウ・・・」

 

(また・・・・死の感覚・・・・・・・)

 

天秤の簒奪者たるブラックライダーには、もはや彼女に許す生命の量を与える慈悲などはない。

 

このまま暁美ほむらは使命も果たせず、魂さえ悪魔の生贄となり力尽きてしまうのか?

 

(ごめんな・・・・さい・・・・まど・・・・)

 

死の淵に立たされた時、何処かから懐かしい声が再び、彼女に響いてきた。

 

もう聞こえなくなって久しい・・・―する人の声。

 

―――がんばって。

 

閉じかけたほむらの両目がカッと開き、左手に産み出した魔力の矢を握りしめ最後の一撃を放つ。

 

狙うはブラックライダーの右腕。

 

「グッ!!小娘・・・・マダッ・・・!?」

 

矢に貫かれた右腕の力が緩み、その手に持たれていた第三の騎士を象徴する道具がすり抜けた。

 

「シマッ・・・・・!!!」

 

黒き天秤は鈍化した世界で地面に吸い込まれるように落ちていき、衝突の衝撃で砕け散った。

 

黒き天秤の力たるソウルバランスの力が消失していく。

 

それによってもたらされる魔法少女達の兵站を司る代物とは・・・。

 

地上から黒き馬に迫りくるリボンと鎖の槍。

 

既にこの空域は、二人の仲間達が戦っていた場所にまで移動していたのだ。

 

「グオォォーーーーー!!!?」

 

リボンと鎖によって馬ごと空中で雁字搦めとなり固定される。

 

左手に掴まれていたほむらの身体が空中から落下してくる。

 

地上では既に駆け抜けてきた杏子がスライディングで滑り込み受け止めてくれた。

 

「やっちまえ!!マミ!!!」

 

渓谷頂上の高台岩場にある小さな岩の上に片足を起き、空を睨むマミの姿はまるで港で片足を乗せてカッコつけたり、黄昏れたりするボラードポーズ。

 

「よくも私の後輩を傷つけ、罪もない人達を殺戮したわね・・・高く付くと言った筈よ!!」

 

岩場から跳躍宙返りを行うと同時にマスケット銃を産み出し、地上に大量にばら撒く。

 

「クッ!!・・・ヤレ・・・死靈共・・・・!!!」

 

着地した大地に固定されたマスケット銃を次々と蹴り上げる。

 

迫りくるレギオンに対し、舞い降りた銃を両手に次々と握っては撃ち捨て、2丁マスケット銃の砲火が吹き上がり続ける。

 

前方射撃と同時に後方射撃、左右同時射撃、斜め左右同時撃ち、近接戦を仕掛けるレギオンの群れを寄せ付けない。

 

「ハァァァーーーーーッ!!!」

 

口を開け齧り付きに来たレギオンの頬を蹴り飛ばす美しきマミの蹴り技はまさに『黄金の美脚』

 

蹴り上げ舞い上がる銃を踊る様に撃つ近接銃格闘こそ、ガン・フーの如き『魔弾の舞踏』

 

既に邪魔者の姿は無く、地上から目標まで一直線に空まで射程を伸ばせる砲撃陣地に立つ、舞い踊る砲兵の如き魔法少女。

 

「おいたが過ぎたわねオジサン?倍返しでは済ませない・・・千倍返しよ!!」

 

「オジサン・・・・・!?」

 

胸元でリボン結びにしていたリボンネクタイを右手で解き、螺旋を描き生み出された巨大大砲。

 

それだけではない、既に周りには無数のリボンで生み出されていた傾斜かかった巨大大砲の数。

 

「ティロ・・・」

 

無数の大砲が一斉に咆哮の如き砲撃音を次々と奏でる!砲身を支える脚架が大地に食い込む!

 

「フィナーレッッ!!!!」

 

火打ち石が叩かれ、マミの巨大大砲からも巨大榴弾が咆哮を上げた!

 

「オオオォォォォォ!!!!」

 

鎖とリボンで雁字搦めで固定された姿に襲いかかるは、敵から略奪の限りを尽くした物資を溜め込む兵站所を破壊し尽くす大破壊魔法。

 

飛来した砲撃が次々とブラックライダーに直撃していき、空は大爆発の業火で埋め尽くされた。

 

「ハハ!!魅せてくれたぜ・・・マミの奴!!」

 

「フッ・・・流石ね・・・・・巴さん・・・・」

 

杏子の回復魔法の暖かさで持ち直し、ほむらも上半身を起こしてマミの魅せ場を見届けた。

 

「ありったけの魔力を込めたわ・・・お願いだからもう立たないで・・・」

 

片膝を地面につき、空から落ちてきた燃え上がる魔人の最後を見届ける。

 

黒き馬の最後の断末魔、投げ出された燃え上がるブラックライダーの身体。

 

だが・・・・。

 

「・・・・マダ・・・・我ハ・・・・滅ビヌ・・・!!!」

 

全身の燃え上がる黒衣の炎の中から浮かぶ髑髏顔、燃え上がる上半身が持ち上げられていく。

 

「そんな・・・あれだけの魔力を込めたのに・・・!?」

 

右手をかざし、放つ一撃はメギドラオン。

 

「よぉ、根暗髑髏。釣りをほむらが渡し忘れてたってよ」

 

声が聞こえた方を髑髏顔が振り向く。

 

寒さで震える右腕を杏子が支え、構えられた銃は彼女がかつての世界で使っていたデザートイーグルではない。

 

右ホルスターから抜いて構えるは、早撃ちのために選び直したリボルバー銃、コルト・パイソン。

 

「お前も決め言葉はあるか?」

 

「無いわ・・・でも今だけは・・・巴さんのノリに付き合ってあげる」

 

―――大当たりよ!!

 

「ガッ・・・・ハッ・・・!!!」

 

髑髏の眉間に命中した頭部を貫くマグナム弾の一撃。

 

ついにブラックライダーの身体が倒れ込み、死闘を制したのは魔法少女達。

 

「あと・・・・5体の魔人・・・・・」

 

杏子に抱き起こされたほむらの顔は、勝利の余韻に浸る事さえ出来ない曇った顔つきであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

3人は重い足を引きずるようにして黒焦げとなったブラックライダーに歩み寄る。

 

眉間を貫かれ、亀裂が入った髑髏の口が開く。

 

「・・・魔人ヲ退ケルトハ・・・第四ノ騎士ヲ倒セシ力・・・確カデアッタ・・・」

 

「死ぬ前に教えなさい。お前達悪魔について、そして世界に起こる黙示録について」

 

「ソレハ・・・閣下カラ直接聞クガ良イ・・・ダガ、世界ニ起コル・・・黙示録ノ一旦ナラバ・・・語ロウ・・・」

 

「来年には世界中でパンデミックが起こると聞いたわ。それから何が起こるわけ?」

 

「暁美さん?そんな話を一体誰から・・・・?」

 

「死病ガ蔓延スレバ・・・次ニ起コルハ飢饉・・・・・食料ノ欠乏・・・略奪者ガ世界中ニオイテ現レ・・・人間共ノ食料ヲ・・・食イ尽クス・・・」

 

「黙示録はマジで起こるのかよ・・・しかも来年って、もうスグじゃねーか!?」

 

「略奪者とは何?それも悪魔だと言うの?」

 

「人間ノ歴史デ語ラレシ蝗害・・・略奪者トハ飛蝗・・・異常繁殖シタ・・・サバクトビバッタ共ダ・・・」

 

「飛蝗・・・まるで聖書の出エジプト記で語られたイナゴの災害の再現みてーだ・・・・」

 

「世界規模ノ飢饉ヲ蔓延サセル発生源ハ恐ラク・・・人類ノ起源・・・アフリカ・・・」

 

「来年には死病の蔓延と、大飢饉がもたらされる・・・世界は一体どうなってしまうわけ?」

 

ブラックライダーの身体を構成していた感情エネルギーが抜け落ちるように輝きを放つ。

 

「フフフ・・・急グノダ若人・・・。飢エニ満チタ世界ガ、始マロウトシテイルゾ・・・」

 

その一言を最後に、ブラックライダーの身体を構成する感情エネルギーが爆発。

 

淡い深碧色の感情エネルギーたるマグネタイトが空にバラ撒かれ、ブラックライダーの形も消えた。

 

魔人結界も晴れていき、元の廃工場内へと3人は戻ることが出来た。

 

「・・・生き残れたのは、私達だけね」

 

「なぁ、あんた達はあんな死靈に喰われて死ぬのが満足だったのかよ?残された家族達は・・・どんだけあんた達の死を悲しみ、苦しむんだろうな?」

 

やりきれない顔で転がるバケツと垂れ流している自殺用洗剤を見つめる事しか出来なかった3人。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

帰路につき自宅の部屋に入ればベットに倒れ込む傷だらけ姿のほむら。

 

もはや動いて行動する体力すら残ってはおらず、突然の睡魔に襲われて深い眠りについた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

目が冷めた時、彼女の目の前は暗闇の世界。

 

「・・・また、ここなのね・・・」

 

鹿目詢子の姿をした悪魔が語った記憶の回廊に広がる暗闇の空間。

 

既に持たれていたメノラーの燭台を顔の前に掲げる。

 

一つだけ灯っていた明かりの隣の蝋燭に火が灯り、暗闇の空間を明るくする量が増えた。

 

前回と変わらないゴシック風の黒いドレスを身に纏ったまま素足で歩く。

 

眼鏡があった場所の方角に向うとそこには変わらず眼鏡が置かれたアンティーク台座。

 

眼鏡をかけ直し、暗闇の空間に向き直る。

 

「この先にまた・・・アマラ深界が・・・・・」

 

ほむらは歩き始める、答えを求めるために。

 

己を知るための回廊を歩き続ける。

 

ここはそのために用意された場所。

 

ここは記憶の回廊。

 

ほむらの逃れられない記憶を司る領域。

 

そして・・・『己の最も見たくない』醜き者を隠す、無意識の領域でもあった。

 




決まりましたね~マミさんのクライマックスショー(例のBGM)
さて、ブラックライダーが第6の魔人についてヒントを語りましたね。
6体目の魔人はメガテン作品に登場する『とある悪魔』を使ったオリジナル魔人です。


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62話 己を知る回廊の道

見えない暗闇の世界をメノラーの明かりのみを頼りに壁伝いで進む。

 

この世界では自身の魔法少女としての能力は全て剥奪されている。

 

悪魔に出くわそうものなら、何の抵抗も出来ないまま殺されて死ぬだろう病弱な人間の少女。

 

「おかしいわ・・・以前は直線の廊下だけだった筈なのに・・・?」

 

壁伝いで歩いていると、急に曲がり角に出くわしてしまい、ほむらは混乱する。

 

彼女を迷わせ、悪魔の餌食にさせる罠なのかと疑いたくもなる。

 

「この回廊を歩き回るだけでは・・・元の世界には帰れない筈・・・・・」

 

目的地は以前たどり着いた豪華で重厚な両開きドアの先にある、王の控えの間。

 

左手を壁につけながら左に曲がり、先の回廊を進み続ける。

 

暗闇の背後を彼女は恐れているせいか、足取りは先を急ぐように早足。

 

また、姿を見せない悪魔が潜んでいるかもしれない恐怖でほむらも気が気でない。

 

手の感触が壁とは違うものを感じ、横を向くと豪華なドアを見つけるが目的のドアではない。

 

「回廊の部屋も増えている・・・・・・?」

 

何処が王の控えの間に通じるのか見当もつかなくなった彼女は、別の扉の先も気になり中に入る。

 

ガラス張りの空間に教壇、それに収納机と椅子、ここが何処なのか見滝原中学生なら分かる。

 

「私の学校・・・私のクラス・・・・?」

 

暗闇に包まれた教室内を僅かな明かりで後ろの方に向かい進む。

 

―――あとそれから、今日は皆さんに転校生を紹介します。

 

驚いた反応を示し、ほむらは声が聞こえた後ろの暗闇を振り向く。

 

その方角は教壇机・・・この会話の流れ、忘れもしない繰り返した経験の記憶。

 

―――暁美さん、いらっしゃい。

 

教室に入るタイミングすら覚えている光景が暗闇の世界ですら鮮明に彼女の記憶として蘇る。

 

記憶に釣られてほむらも教壇に向かって歩いてしまう。

 

周りのクラスメイト達のざわつく雑音まで響いてくる。

 

―――暁美ほむらです。よろしくおねがいします。

 

暗闇の世界の向こう側に見える、幾多の世界で繰り返した転校の挨拶を行う自分の記憶。

 

学校での授業、内容はどれも同じだったから全て覚え、記憶の丸写しを電子黒板に書く作業。

 

周りのクラスメイト達はそんな裏事情も知らず彼女を天才扱い。

 

体育の授業すら魔法少女の魔力を使い、オリンピック選手のような活躍を見せた。

 

・・・誰のために、そんな行為をする必要があった?

 

その行為は彼女を救う事に『一切関係無い』筈なのに、何故ほむらはクラスで目立つ真似をした?

 

授業で成果を示す時も、体育の授業成果も、雑多な生徒の向こう側には常に『まどか』がいた。

 

まるでそれは、気になる相手に注目してもらいたい思春期特有の・・・。

 

―――ミエ

 

・・・絶対に聞きたくなかった声が、背後から聞こえてしまった。

 

全身に震えが走り、ガタガタ震えながら緊張で固くなった首を動かし背後を振り向く。

 

声がした後方の暗闇はたしか、自分の席があった方角。

 

「い・・・嫌・・・・来ないでぇ!!」

 

慌ててほむらは駆け出し、見滝原中学の教室を再現した部屋から出ていく。

 

回廊を我も忘れて走り続ける。

 

途中見つけた部屋に勢いよく入り込み、扉を閉めて座り込む。

 

外から追いかけてくる気配は感じない。

 

息を整え直し立ち上がり、メノラーを掲げて部屋の中を見渡す。

 

何処かの施設のように見える屋内空間、まるで建設途中の雑居ビル空間内。

 

―――魔女は逃げたわよ。仕留めたいなら直ぐに追いかけなさい、今回は貴女に譲ってあげる。

 

マミの声が聞こえた。

 

まさか彼女もここに閉じ込められたのかとその身を案じ、聞こえた暗闇を振り向く。

 

だがこの状況、魔女というかつての世界の言葉、ほむらにはこの現場の記憶がある。

 

―――飲み込みが悪いわね。見逃してあげるって言ってるのよ。

 

やはりこの状況はかつての世界において、まどかが魔法少女世界に触れた最初の事件の再現。

 

魔女の使い魔結界に飲み込まれたまどかとさやかをマミが救った時、二人は相対した記憶。

 

あの時はまだ敵同士、魔女狩りの縄張りを巡り、マミはほむらに敵意を向けてきた筈。

 

魔法少女の才能を持つまどかとさやかに近づくほむらを、商売敵を減らすために襲いかかる存在だと、警戒のあまりマミは邪推してきた。

 

そんなつもりは無いが、それでもマミが口約束程度で警戒を解く迂闊さは無い事を知っている。

 

無駄な争いになると判断し、ほむらは去っていった。

 

だが本当にそれだけの冷淡な感情しかあの時感じなかったのだろうか?

 

マミの後ろにいるまどかはいつだって巴マミと出会い、導かれるように独占されてきた。

 

本当は、まどかを独占し導きたかったのは・・・。

 

―――ヒガミ

 

声が聞こえた方角は、たしか彼女がマミと相対した時に登っていた建設資材の上。

 

「追ってきてた!?」

 

突然の暗闇に潜む者に反応し、一目散に部屋から逃げ出していく。

 

「背後から気配も感じなかったのにどうやって・・・!!」

 

逃げ回る方角がどっちなのかも分からず、十字路が無数に続いていく。

 

宛もなく逃げ惑い、気がつけば回廊を彷徨う迷子となってしまっていた。

 

見つけた部屋に隠れこもうと入り込む。

 

扉を閉めて感じたのは夜風の感触と、噴水の音。

 

「外・・・・・?いいえ、これもこの部屋の内部だというの・・・?」

 

広い空間が広がる暗闇の世界を歩く。

 

明かりのついていない街灯の形、何処かの公園で見た記憶が。

 

ウロウロしていたら、足元が段差だったのに暗闇で気が付かず、体勢を崩しかけた。

 

段差の階段、これも見滝原の何処かの公園で見たことが・・・。

 

―――彼女達はキュウべぇから選ばれたわ。もう無関係じゃない。

 

階段の下からまたマミの声がする。

 

―――そう。貴女も気がついていたのね・・・あの子の素質を。

 

あの子と聞いて思い出す。

 

「これは・・・私が巴さんに警告をしに行ったあの公園・・・?」

 

かつての世界において、ほむらは一度ならず二度マミに対して警告を行った。

 

無関係な二人を魔法少女の世界に巻き込んでいると突きつけたが、やはり言葉は届かない。

 

強力な魔法少女が生まれるのは都合が悪い?と、また邪推されてしまった。

 

あの子の素質、それを意味する人物は一人しかいない。

 

その素質を求めてキュウべぇは彼女、鹿目まどかに近寄り続ける存在だった。

 

キュウべぇからまどかを守るために伝えたい言葉が、建前のせいで本当の意味で伝わらない。

 

誰も魔法少女の真実を受け入れられない、だから建前のような言葉しか紡げなかった。

 

―――なら、二度と会う事は無いよう努力して。話し合いだけで事が済むまではね。

 

―――きっと今夜が、最後だから。

 

その言葉を残し、マミは夜の公園を去っていく光景をまだ覚えている。

 

本当は魔法少女の真実を伝えたかった、協力してキュウべぇの魔の手からまどかを守りたかった。

 

何故ならマミは、遠い世界においては、ほむらを魔法少女として育ててくれた恩師だから。

 

「本当の事なんて言えないから誰とも分かり合えない・・・私の言葉は巴さんにどう見えたの?」

 

きっと客観的なほむらの姿は、頑なで、意地を張り、わからず屋で、押し付けがましい・・・。

 

―――ガンコ

 

・・・潜む者の声が目の前から発せられた。

 

ほむらが暗闇の世界で立つ階段段差の位置はたしか、自分が立ってた場所の直ぐ近く。

 

メノラーの明かりが増した光量で少しだけ、前方の暗闇に潜む者の輪郭が見えた。

 

・・・ほむらと同じ背丈の少女らしき影。

 

「キャァァァーーーーー!!!!!」

 

逃げる、逃げる、我を忘れて部屋の中に入ってしまったドアの方角に逃げる。

 

―――アハハハハハハハハハハ

 

今度は追ってきている、暗闇の中で追いかけてくる。

 

走り続けているのに一定の距離を保ったままで。

 

ドアを開け、回廊の廊下をひたすら走り続ける。

 

息が上がり続ける中、次の角を右に曲がって走り続けた場所でようやく、目的の両開きドア。

 

すぐさま扉を開け中に入り込み、扉を閉めドアを抑え込む。

 

ドアの取手を力ずくで開けようと、強い力が向こう側からかかってくるのを必死で支える。

 

「助けて・・・・・たすけてぇ・・・・巴さん助けてぇー!!!」

 

眼鏡をかけた無力な少女は恩師の名前を叫ぶが、ここで聞こえた恩師の言葉は幻聴に過ぎない。

 

開けようとする力も収まり、諦めたのか気配も遠ざかっていく。

 

力なく両膝が崩れ地面につき、息を整えながら涙が滲んだ両目を袖で拭う。

 

立ち上がり、振り向いた先は王の控えの間。

 

変わらない豪華な空間の中央にはメノラーの台座。

 

「悪魔共め・・・絶対に許さない・・・・・!」

 

怒りの感情を叩きつけるように右手のメノラーを力強く台座に置く。

 

二つの灯りが大きくなっていく。

 

部屋を明るくする蝋燭の灯火の中に、金髪の少女の視線を感じ取った。

 

自分の視界が血管内の穿孔トンネルをうねるように落下していくあの時と同じ感覚。

 

気がついたらほむらの視界は、生物体内にある細胞壁の隙間のような覗き窓。

 

ここは、アマラの果であるアマラ深界。

 

<<出てきなさいよ悪魔!!私を苦しめながら笑う者達!!!>>

 

真紅の空間中央、血管に溜まった血の湖の上に浮かぶのは、オペラ劇場の舞台。

 

ほむらの心の怒りに反応するかのように、真紅の舞台カーテンが上がっていく。

 

ステージ主舞台にいたのは変わらない面々。

 

「生きてまた我が主の前に辿り着いてくれて嬉しいよ・・・お嬢ちゃん」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

王の書斎のような豪華な主舞台。

 

アンティークキングチェアに座っているのは、目を閉じ山羊の形をした銀の飾り杖を手で握る金髪の少女の姿。

 

その両隣には喪服姿の鹿目詢子に化けた悪魔と、アモンと呼ばれた梟。

 

<<また詢子さんの姿をして汚らわしい!!直ぐに化けの皮を剥ぎなさい!!>>

 

「あんたには罪の重さを忘れて貰っちゃ困るのさ。あたしの愛する娘を守れなかった罪をね」

 

<<くっ・・・・!!>>

 

喪服の淑女は挑発するようにおどけてみせる。

 

まどかの母の姿で娘を守れなかった罪を責められる度に心が切り裂かれる程の痛みと無念が襲う。

 

隣の梟の姿をしたアモンの鳴き声が響き、細目のまま喪服の淑女に首を向ける。

 

「フフ・・・そうだねアモン。彼女をからかう時間では無かったよ」

 

喪服の淑女は主の方に向き、主は許可を出すように目を閉じたまま頷く。

 

「魔人を倒せし者。あんたに世界の真実の一つを・・・主に代わり、あたしが語るわ」

 

<<インキュベーターよりもたちが悪いお前達悪魔とは何者なのよ!?>>

 

「手厳しいねぇ?でもさぁ、あたし達悪魔の中には、契約の天使と同じく・・・元天使だった者も大勢いるんだよ」

 

<<前にも聞いたその契約の天使・・・それがインキュベーター?聖書に書かれていた存在だったと言うの・・・?>>

 

「あの契約の天使は、人類がまだ地球に誕生していなかった頃から地球にいたのは聞いている?」

 

<<ええ・・・インキュベーターが魔法少女を生み出し、人類を育てたと聞いたわ>>

 

「そう、天使が人類を育てた。人類は文明を持ち、多くの奇跡の御業を行使出来る程に成長した」

 

<<奇跡の御業・・・?>>

 

「それは唯一神を崇める宗教においては黒魔術、悪魔崇拝とも呼ばれて禁忌とされた」

 

<<魔法少女の契約がもたらす奇跡とは違う・・・奇跡の御業が黒魔術?>>

 

「魔法や魔術を扱える存在は別に魔法少女だけのモノじゃない、人間だって何千年もかけて研究し、行使出来たのを知らなかったのかい?」

 

<<・・・インキュベーターはそんな話をしなかった>>

 

「魔法少女は何も知らず、魔女や魔獣を狩りながら死に、宇宙の熱の肥やしとなればいい・・・・実に天使らしい合理主義だね」

 

<<悪魔・・・そんな概念存在がいただなんて、未だに信じられない・・・>>

 

「円環のコトワリという女神、それに悪魔を見ておいてまだ、人間の常識が邪魔をするかい?」

 

<<悪魔って何なの・・・?人類や魔法少女と関係があった存在だったの・・・?>>

 

「良い質問だ。それじゃあ・・・あたし達悪魔について、深く語ろうじゃないか・・・」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【悪魔】

 

人に害を為す超自然的現象、または人生の災厄、心の中の煩悩・邪心を象徴化した概念存在。

 

悪魔は超自然的実現力も象徴するので、大いなる力を意味する名に悪魔やデーモンの名を含める事もある。

 

また、異教の神を貶める際に用いる事もあり、一神教系の悪魔の大部分は元来異教の神々であったともされる。

 

信仰の善悪とは元来個人や社会の価値観で変動するものであり、悪魔とは捉え方を変えれば変化や試練の象徴と言えるだろう。

 

人々の信仰心を完全に無視し、神と悪魔という正義と悪に分けられてしまった迫害されし概念。

 

見方を変えれば、悪魔とは神とも捉えられ、神とは悪魔とも捉える事も出来る相対的・流動的象徴。

 

古来より日本では人に害を為す疫病神や貧乏神でさえ、神と呼ぶ。

 

広義的に言えば、神も魔王も天使も、超自然的な存在は全て『悪魔』と総称する事も出来た。

 

「黒魔術とは悪魔召喚儀式であり、神を召喚する儀式。遥か太古においては、あたし達悪魔はこの世界に召喚され、人間や魔法少女と共に暮らせていた時期もあったね」

 

<<神を・・・召喚!?人類や私達と共に・・神々が生きていた時代ですって!?>>

 

「おかしいかい?崇拝対象がいたから、様々な信仰もまた生まれたんだよ。神とは其処に在る事が出来なければ人々はそれを認識出来ない、空気を信仰するのは難しいだろう?」

 

<<見えない存在は信仰されない・・・>>

 

「覚えがあるんじゃない?あんたもまた、たった独りでまどかと呼ばれた神を崇拝する者として」

 

<<円環のコトワリはただの現象。円環のコトワリに導くまどかの姿を見た者がいたら、魔法少女の口伝内容も変わってたでしょうね・・・>>

 

「召喚された悪魔は神と呼ばれ、人々から崇拝され、多くの宗教が生まれた・・・多神教時代さ」

 

<<人と魔法少女と神、その者達は一体・・・どんな生活を送ってこれたの?>>

 

「召喚された神の中には、欲深き邪神や悪魔も存在して感情エネルギーや魂を人間や魔法少女から貪り食いたい者たちもいた」

 

<<その悪魔達を相手に、かつては人間も魔法少女も神々も戦ってきたの・・・?>>

 

「それが今日まで世界に様々な神話として残った物語。神や悪魔の真似事が出来る程度の魔法少女の力では残せないね」

 

<<そんな隠された歴史が・・・・>>

 

「まさか契約の天使が語る、魔法少女という女だけで人類は守られ、歴史が作られたという大ボラ話を信じてるわけ?男の価値を貶め、女の存在のみ持ち上げられ有頂天になり騙されてきた?」

 

<<あいつは息を吸うように嘘をつく。思えばそのデタラメ話も、私達に魔法少女至上主義をもたらし、人間社会と軋轢を生み出させた因果によって自滅させようと企めば辻褄が合うわ>>

 

「あたし達悪魔は召喚されなければ現界する事は出来ない。だからこの魔界があたし達の仮住まい。みんな・・・ここに帰って来たのよ、迫害されてね」

 

<<一神教による迫害・・・・・>>

 

「神学出身者だけあるね、その通り。一神教勢力圏の西の神々は迫害され、東に逃げ、そして東の神々と軋轢を産み神々の内乱時代を迎えた」

 

<<神々はどうなったの・・・?>>

 

「残る者達もいたけど、殆どはこっち側に帰ってきた。あたし達は気がついていた、強すぎる力である神の力は人類の自立を阻害するという事をね」

 

<<現人神がいたら、人類の歴史は神々の戦争となってたわね・・・>>

 

「あたし達悪魔は、かつて人類と共に歩んだ者達。そして迫害された恨みを永遠に忘れない者達」

 

<<それが・・・お前達悪魔が唯一神と戦争を望む理由・・・?>>

 

「フフ・・・次はあたし達が憎む、大いなる神と天使について語ってあげるよ。生き残れたらね」

 

伝えるべき事を伝え終えたのか、主に一礼を行う。

 

<<待って!!神や悪魔はどうやって召喚出来るというの!?>>

 

「それは次の魔人であるレッドライダーに勝てたら聞いてみるんだね。約束してたんだろ?」

 

真紅の舞台カーテンが下がっていく。

 

ほむらの意識もまた急速に遠のいていくのが分かる。

 

意識だけが魔界に訪れていた感覚も無くなっていく。

 

『神や悪魔が現世で人々と共に暮らす事も出来る』

 

その言葉に強い希望を感じてしまったほむらの意識も、やがてブラックアウトしていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

6月66日

 

「それじゃあ、朝のHRを始めます。6月に予定をされてます・・・」

 

担任教師の和子先生による朝のHRが進んでいく。

 

教室の中に聞こえる伝達事項の中、一人の生徒は机に顔を伏せたまま眠っている。

 

「コラー暁美さん。学校はお昼寝をする場所じゃありませんよ~?」

 

和子先生に声をかけられ大げさに身体を反応させながら、ほむらは顔を上げた。

 

「寝る前にスマホでも弄ってたんですか?寝不足は女性の敵ですよ」

 

変わらぬループ現象が起きたのだとほむらは理解した。

 

「すいません先生。夜遅くまで勉強していたので・・・」

 

「勉強熱心なのは良いですが、時間管理も大切ですよ暁美さん?」

 

適当に思いついた言葉を言ってその場を取り繕う。

 

何事もなかったかのようにHRが続いていった。

 

(やはり今日という日からは、逃れられないようね・・・)

 

昼休みの屋上でマミと忍び込んだ杏子と3人で魔法少女会議を行う。

 

集合場所も繰り返した場所となり、解散となったがほむらは立ち止まったまま。

 

「どうしたの暁美さん?教室に帰らないの?」

 

「昼休みはまだあるでしょ?少し風に当たろうと思って・・・」

 

「魔人に狙われる不安もあると思うけど、必ず私達が守ってあげるから安心してね」

 

「心強い言葉よ巴さん、本当にありがとう」

 

教室に帰るマミの背中を見送った後、屋上の端に移動して空を眺める。

 

6月の心地よい風が吹き抜け、美しい後ろ髪を揺らす。

 

―――人間や魔法少女と共に暮らせていた時期もあったね。

 

喪服の淑女が言った言葉が脳裏から離れず、授業内容すら頭に入らなかった。

 

神や悪魔が現世の世界で人々と共に生きる道がある。

 

「あの言葉が正しければ・・・神となったまどかを、この世界に連れ戻す道もあるはず・・・」

 

それが実現出来たならば、まどかを守る事が出来なかった暁美ほむらの罪も償われる。

 

まどかはまた、優しい家族達と共に生活出来る。

 

まどかはまた、友達と一緒に学校に通学する道を歩く事が出来る。

 

まどかはまた、人間としての未来を夢見る事が出来る。

 

そしてその隣には・・・・・・。

 

「交わした約束・・・違う世界に来たとしても、私は忘れてないわ・・・・・まどか」

 

違う世界で交わした約束。

 

今となっては全ての世界から消えたまどかによって、その約束さえ成されなかった事となる。

 

それでもほむらは忘れない、これこそが彼女の道標。

 

暁美ほむらの身も心も魂さえも縛り続ける・・・。

 

逃れられない、記憶だった・・・。

 




メガテンを使い、映画叛逆の物語に繋げれるように話を調整する作業もしんどいですねぇ・・・。
真・女神転生3HDリマスターしたい・・・駄目だ書かなければ・・・。


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63話 レッドライダー

今日の学校が終わる夕方、ほむらは急ぎ見滝原政治行政区地下にある自身の新たな武器庫へ。

 

武器庫内で装備を整え、時間を潰し終えてからエレベーターに向かう。

 

不意に背後に現れたホワイトから声をかけられた。

 

「・・・何か私に言うことでもあるの?」

 

「いや、お前は十分必要な技量を身につけた。その成果を戦場で発揮出来たならば生き残れる」

 

「そう・・・。お前も雇い主から残りの報酬を受け取ったなら、さっさとこの場所を去りなさい」

 

「長居するつもりは元々無い。後はお前次第だ」

 

無駄な会話を打ち切り、エレベーターに向かっている彼女の背中に、ホワイトが送る言葉。

 

―――勝者となり生き残れよ小娘。でなければ・・・俺も楽しめない。

 

歩く彼女の足が一瞬止まる。

 

首を動かし後ろのホワイトを見た後、彼女はエレベーターのボタンを押し中に入り地上を目指す。

 

第一の騎士たる弓兵ホワイトライダーに鍛えられた魔法少女。

 

その技術を用い、ほむらは第二の騎士を乗り越えることは出来るのか?

 

「4ツノ死、三度目ニ現レルハ戦場ノ流血。地上ニ内乱ヲ引キ起コシ、世界ノ平和ヲ奪ウ破壊ヲ司ル戦争ノ騎士」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

2019年はデモの年と呼ばれる程、世界中でデモが行われた年。

 

ベネズエラ、ボリビア、エクアドル、チリ、フランスなど様々な国でデモの騒乱が起きる。

 

その中でも最も苛烈なデモとなったのは香港。

 

逃亡犯条例改悪という抑圧ツールの導入に反対し、北京の意のままに動く香港政府に異を唱えた民衆の数は200万人にも及ぶ。

 

国内のみならず、世界中の華僑である移民が中国政府に対して抗議デモを行う年。

 

それはこの見滝原市の中国大使館前でも、同じ現象が日が沈んだ時間でさえ起きていた。

 

「光復香港!!時代革命!!!(香港を取り戻せ、時代の革命だ)」

 

100人近い移民の民衆達が大使館前に集まり、民衆の五大要求を広東語で書いた大きなプラカードを掲げて騒ぎ立てる光景。

 

集まった人々は皆が香港に残した家族や友人の身を案じている。

 

香港で行われている中国共産党の犬と化した香港警察によるデモに集まる民衆達への酷すぎる暴行動画や写真はスマホとSNSの発達により、リアルタイムで日本にも流れてきた。

 

怒りの気持ちと恐怖の気持ちで居ても立っても居られない人々は、中国に対し怒りをぶつける。

 

激しすぎる怒りの感情エネルギーに釣られて現れるは魔獣達。

 

中国大使館の屋上に現れ出た複数の魔獣の群れに対し、3人の魔法少女達は隣の高層ビル屋上から飛び降り、降下しながら狙い撃つ。

 

次々と飛来する攻撃に射抜かれ、大使館屋上に3人が着地した時には魔獣は殲滅出来たと見える。

 

「・・・酷い騒ぎね」

 

「テレビでやってるわね・・・香港の問題。他国の内乱は国境を超える問題なのね・・・」

 

「あたしはノンポリだから政治の話は分からねぇ」

 

「社会で暮らす民の苦しみが魔獣を生み出してしまう。やはりこの世界は救いようがないわ」

 

グリーフキューブを3人は拾い終え屋上から地上のデモを見下ろすが、魔獣の新たな魔力を感じ取り武器を構えた。

 

大使館前の建物の上に現れ出たのは、人々の感情エネルギーを吸い上げ巨大化した魔獣達。

 

複数の四角いポリゴンを巨体の周囲に生み、無数のレーザー攻撃を仕掛けようとした時だった。

 

「待って!!向こう側から感じとれる恐ろしい魔力・・・・・魔人が来るわ!!」

 

逃れられない死の気配。

 

死が三度襲いかかる最初の獲物となったのは・・・魔獣達。

 

刹那、巨大魔獣達の胴体が真一文字に同時に切り裂かれ、消滅。

 

建物の上から雄叫びを上げ跳躍してきた赤き馬、跨るは第二の騎士。

 

鈍化した世界、3人は跳躍しながら頭上を超えて来た馬の姿を見上げる。

 

大使館屋上に着地した騎士は大剣を地面に突き立て、なぞるようにエグリながら旋回急停止。

 

右手の大剣を右肩に担ぎ、3人に逃れられぬ死を送り届けに来た者。

 

だが、この戦争を司る騎士が現れた地において・・・犠牲者が少なく済む筈はない。

 

「な・・・・何・・・・!?」

 

大使館の両隣ビル・・・いや、真一文字に切り裂いた剣撃の斬撃余波が通り抜けたのは、商業区の端を遥かに超えている。

 

この一撃こそ第二の騎士が地上に混乱をもたらす剣技『テラーソード』

 

切断された巨大高層ビル上部が次々とずれ落ちるように・・・・落下。

 

「うわぁぁーーーーーーーー!!!?」

 

「キャァァァーーーーー!!!!?」

 

悲鳴、叫び声、金切声、あらゆる絶望を示す人間達の刹那の叫び声が地上から巻き上がる。

 

倒れ込んできた大質量のビルが地面に叩きつけられ、砕け、巨大土煙を上げていく。

 

それは見滝原商業区内のいたるところで巻き起こる、この街始まって以来の大惨事。

 

「ゲホッゲホッ!!何てことを・・・どれだけの人間が死んだわけ・・・・!?」

 

「酷ぇ・・・一瞬で地獄が溢れかえりやがった・・・・・」

 

「私が・・・・私が守り続けた見滝原の人々が・・・・こんな事あんまり過ぎるわよ!!」

 

土煙に包まれる大使館屋上の世界に佇む戦場の流血を司る騎士。

 

左手を左耳に掲げ、地上から巻き上がる傷つきながらも生き延びた人々が奏でる騒乱の音を聞く。

 

「ホッホッホッ、人間共ノ乱心コソ・・・我ガ喜ビヨ」

 

「ここは決闘の場では無かった筈!どうしてこんな真似を!?」

 

「妙ナ事ヲ悪魔ニ聞クノォ、オ嬢チャン?国家ニ混乱ヲモタラス光景コソ、我ガ喜ビヨ」

 

「許せない・・・あなただけは絶対に私は許さないわよ!!」

 

「コノ街ノ守護者ヲ気取ッテイタオ嬢チャンモ戦ノ熱ガ入ッタヨウジャ、結構結構」

 

「たったそれだけのために大虐殺を・・・それが悪魔なのかよ!!」

 

「ツマラナイ戦ハ好キデハナクテノォ。最モ、ツマラナカロウガ、戦場ノ叫ビ声ハ心地良イ」

 

大剣を逆手に持ち、馬上から地面に突き立てる。

 

土煙で足元が見えなかった3人は、魔人の結界が開いていくことに気が付かない。

 

「続キハ望ミ通リ、魔人ノ戦場デ始メルトスルカ・・・魔法少女ノ嬢チャン共」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

気がつけば3人は魔人の結界世界。

 

立ち上がる3人を赤き渓谷の高台頂上で見下ろす騎士の姿。

 

「オ前サン達ハ我ラ四騎士ヲ二人モ打倒シタ。強キ者達ヨ、ワシハ遠慮ヲスル気ハナイ」

 

「二体倒しただぁ・・・?何言ってんだよ・・・あいつが初めて現れた奴じゃないのか?」

 

ループ現象が起こってはいるが、二体の悪魔という概念存在は討ち倒されている。

 

ループ現象によって蘇る事が出来ないのは、過去・現在・未来でも存在しない概念存在故だ。

 

受肉した肉体を神や悪魔が失う事とは、元いた高次元領域に帰る事と等しい。

 

「見ルガ良イ、ワシハ死天ノ軍勢ヲ連レテキタ」

 

右手の大剣を赤き豪雷が空で荒れ狂う天に向けて掲げる。

 

雲が一気に円形に広がるように穴が開く。

 

地獄の雲が穏やかな光に包まれ、木漏れ陽を地上にもたらしていく。

 

神々しき空から現れ出た悪魔達とは・・・。

 

「え・・・?あれって・・・まさか・・・・・」

 

「はは・・・家族が生きてたら、みんなで跪いて祈りを捧げたくなる光景だぜ・・・・・」

 

赤き全身甲冑鎧、巨大な盾と槍、そして背中には純白の白き両翼。

 

あれを見れば人々は口々にこう言うだろう。

 

『天使』が舞い降りたと・・・。

 

【パワー】

 

天使九階級で中級第三位に位置する能天使であり、名は神の力を表す。

 

天界を武装した姿で警備し、悪魔の侵入を退けると共に、善と悪の力の拮抗を保つ役割を担うとされる。

 

その為善悪の間で揺れやすい性質を持ち、天使の内で最も堕天する者が多いともいう。

 

渓谷高台の頂上に次々と舞い降り着地し、横一列に隊列を組み眼前の敵を睨みつける。

 

「いずれ魔女となる者共め!正義を執行する時がきたぞ!!」

 

「我らの聖なる鉄槌によって貴様らは焼き払われるのだ!!」

 

「主なる神のため、その魂を捧げ宇宙の熱になるが良い!!」

 

死をもたらしに来た死天は死靈とは違い、強き信仰心を持つ人間と変わらぬ意思を持つ者。

 

だがその強き信仰心によって、主なる神に仇をなす存在を決して認めず許さない。

 

「あたしを魔女って呼ぶんじゃねぇ!!!」

 

「私達は人々に希望をもたらす魔法少女よ!!」

 

<<魔女め!!魔女め!!魔女め!!魔女め!!>>

 

槍の石突を地面に何度も打ち突けながら、眼前の存在に『悪のレッテル』を貼り付ける天使達。

 

『善悪二元論』を悪用すれば、どんな正しき人々でも悪にする事が出来る『印象操作』

 

傍から見ている人々から見れば、何が正しく何が悪いかなどたいして気にはしない考えない。

 

存在の大きい権力者達の声に流されるだけの疑う事を知らない民衆達は、これによって迫害と戦争を繰り返してきた。

 

人間とは、自分に都合の良いモノしか見ようとしない、愚か者だから繰り返された歴史。

 

天使の軍勢達による鼓舞の如き音頭は、魔人を含む天使達の攻撃力を上げていく。

 

悪魔の補助魔法に存在する悪魔の攻撃力を上げる魔法『タルカジャ』を使っていると見える。

 

「良イ空気ジャ。戦争ガ始マル瞬間程、心地良イ一時ハ無イ・・・」

 

手綱を引き馬を魔法少女達に向け、騎馬突撃の姿勢。

 

天使達も翼を広げ飛翔し大盾を構え、突撃姿勢をとる。

 

「密集隊形・・・集団戦になるわね。魔獣とは違う、統率がとれた軍隊と戦った事は?」

 

「・・・無いわ。それでも、やるしかない!」

 

「天使と殺し合いか・・・キリスト教徒失格だな。まぁ・・・あたしや家族は元々裏切り者だ」

 

「貴女達ならやれる・・・私は信じているから」

 

大剣を振り、いよいよ突撃の合図を指揮官たる魔人が放つ。

 

「我コソハ黙示録ノ四騎士ガ一人!レッドライダー!!戦場ニ息吹ヲモタラシテミセヨ小娘共!」

 

魔人の軍勢は一気に渓谷斜面を風の如く下り、3人の魔法少女に対し炎のように攻め込んできた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

烈火の如く攻め降りる突撃軍団が放つ一糸乱れぬランスチャージ。

 

「やるぞマミィ!!!」

 

「ええ!!合わせるわ佐倉さん!!!」

 

砦を防御するように前に出てほむらの前に迎え討つ方陣を構築する。

 

地面に生み出した巨大魔法陣から次々飛び出す傾斜かかったパイク槍。

 

パイク槍を取り囲む布陣でリボンが次々生み出されマスケット銃が空中に固定された。

 

この布陣は欧州の戦争歴史において、テルシオと呼ばれる戦闘隊形と酷似する。

 

機動力を捨てた移動要塞陣形、無数の槍兵の防御をマスケット銃兵が援護する堅牢さ。

 

「思イツキトハ思エン見事ナ布陣!小娘ニシテハヤル・・・シカシ!!」

 

天使達は翼を羽ばたかせ、一気に空に向けて上昇、レッドライダーも赤き馬の足から白煙が吹き出し跳躍。

 

騎馬突撃ならば迎え討つには十分だが、相手は空を飛べる。

 

中世の堅牢な布陣であろうが、航空優勢を考慮した布陣であろう筈がなかった。

 

「後ろに引けば突撃を受ける!!二人とも前に飛んで!!!」

 

テルシオ布陣を3人は大きく跳躍して前方に向けて飛び越える。

 

空から急降下して放つパワー達の一撃『ギロチンカット』が次々と振り落とされ、大地を砕く。

 

振り向きざまに二人はテルシオ布陣を大きく反転させ、一気に攻撃を放つ。

 

槍に仕込まれた鎖が開放され、獲物に向け射出された無数の矛先、無数のマスケット弾も追う。

 

「後方防御!!」

 

<<オオッ!!!>>

 

指揮官の命令、息を合わせた動きで後方に大盾を向けファランクス防御陣地を築く。

 

壁のように密集した大盾の堅牢さによって、全ての槍と銃弾は受け止められてしまった。

 

だがそれだけでは終わらない。

 

空から迫る攻撃、ほむらが放った魔法の矢が空に魔法陣を描き、地上に向け次々と矢の雨を降り落とす。

 

「上方防御!!」

 

<<オオッ!!>>

 

ファランクス陣形のままパワー達は大盾を密集させ屋根を作り、矢の雨を受け止める。

 

後方のレッドライダーは盾を構える必要すらなく、大剣を空に向け振り抜く剣圧だけで矢の雨を弾き、消滅させた。

 

「そう来ると思ったぜ!!」

 

「ガッ・・・・・不覚ッ!!」

 

一体のパワーは間合いを一気に詰めた槍の刺突によって重装鎧ごと貫かれ消滅。

 

ほむらの一撃は敵の注意を引きつける囮。

 

守りが堅い布陣を敷かれては有効打は与えられない、ならば一気に接近戦に持ち込み乱戦と成す。

 

既にマミも敵陣に突撃し、一体のパワーは飛び蹴りを顔面に受け、後方に突き飛ばされた。

 

マミの両手に握るはライフル銃よりも短い拳銃サイズのマスケット銃。

 

「見事ナ連携ヨ!!抜刀!!」

 

密集した陣形内で使う長い槍では乱戦による接近戦が不利なのは当然。

 

槍を捨て、左腰に携えた剣を抜きパワー達は敵陣深くにたった二人で突撃してきた魔法少女を迎え討つ。

 

「お前の相手は私よ!!」

 

黒き翼を纏ったほむらが上空から指揮官を狙い撃つように矢を放つ。

 

大剣で切り払い、なお連続した速射を仕掛けてくる航空優勢の相手に対し、手綱を引き後方に駆け抜ける。

 

「指揮官ト部隊ノ分断カ!ヤハリ二体ノ魔人ヲ屠リシ小娘共ハ、楽シマセテクレルワ!!」

 

「信じてるから・・・貴女達が負ける筈ないって!」

 

レッドライダーと共に渓谷の奥に移動するほむらは二人の武運を祈り、眼前の死と戦う事とした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

左右の薙ぎ払いにより相手の剣の一撃を槍の柄を用いていなす。

 

天使は二メートルを超える巨体を持ち、補助魔法で攻撃力さえ上がっている。

 

まともに打ち合えば力負けするため、相手の斬撃の勢いを反らす守りに徹する。

 

また重装鎧による斬撃を受け止める防御もあり、有効打は貫通力の高い刺突のみ。

 

「どうした天使様!小さい娘一人に大の大人が大勢で攻めてくるのがあんたらの教義か!」

 

踏み込み斬りを放つ斬撃を避け、相手の両ふくらはぎを柄で打ち転がせ、槍を頭上で回転させた勢いで袈裟斬りを放ち斬撃を弾き落とし、大きく旋回し槍を周囲に振り回し相手を近寄らせない。

 

「小娘一人に何をしている!!」

 

「私がやる!!」

 

激昂した相手の逆袈裟斬りを身を低めた回転ステップで避け、背後から同時に切り込んで来ていた天使が避けた相手とぶつかり、重なった胴体を槍の刺突で串刺しにして消滅させる。

 

「大勢でよってたかって悪者レッテル貼りつけた奴を殺す!正義ってのはそんな狡いもんかよ?」

 

両手に持った槍の柄を首の後ろで持ち、堂々とした姿で天使の正義になど屈しないと歩き進む。

 

「やれぇ!!」

 

複数で切り込む相手を上体の回避運動だけで避けステップを刻み歩き抜け、振り向き攻めてくる相手の唐竹割りを首で避け柄で受け止めた勢いのまま身体を一回転させ相手を後方に振り抜けさせる。

 

なお攻めてくる相手の袈裟斬りを身を引くめ避けると同時に柄を振り胴に一撃、横の相手の一撃を柄で受け流し即相手の足を柄で弾き転がし、背後から切り込む相手の首に槍の一撃を叩き込み勢いのまま転がった相手に倒し込み、背中から串刺しにして消滅させた。

 

「異端者がぁぁーーーー!!!」

 

翼を羽ばたかせ急降下一撃を放つ空からの急襲、咄嗟に柄の両手持ちで受け止めた。

 

攻撃力が上がった威力もあり、地面に亀裂が入る程の威力、鍔迫り合いでは負ける。

 

押し負けまいとした必死の表情の小娘に対し、天使は裏切り者を罵倒する言葉を放つ。

 

「知っているぞ!貴様の一家は私達と同じ父なる神を崇拝していた筈!なのに何故裏切った!?」

 

「五月蝿ぇ!!あたしだって裏切りたかったわけじゃねぇ!!」

 

「父親が異端の道を進むなら何故神の信徒である貴様は止めなかったのだ!?誑かされた者め!」

 

「違う!!あたしは父さんの道を信じたかっただけ・・・」

 

「主なる神の言葉を捨て、人間の言葉で救世を行おう等とは!!この背信の裏切り者がぁ!!」

 

杏子の脳裏に、かつて主なる神の信徒であった教会信者達から言われた罵倒の言葉が蘇る。

 

―――裏切り者め!!もうお前はキリスト教徒として終わりを迎えたぞ!!

 

あの時の小学生時代の彼女の姿は、仲良くしてくれた周りの大人達が掌を返すように激怒する光景が恐ろしくて震える事しか出来なかった。

 

小学生時代のトラウマに蝕まれ、身体が震え力が入らなくなり鍔迫り合いが押し切られる。

 

「佐倉さん!!!」

 

乱戦の中で地面を這うようにリボンが伸び、パワーの足に絡みつき引き倒され、咄嗟に我に帰った杏子は地面に倒れた相手を串刺しにして消滅させる。

 

跳躍して援護に駆けつけたマミは杏子の背中に着地して背を向け合い天使と対峙。

 

「悪いマミ・・・昔の記憶に囚われて死にかけたぜ・・・・」

 

「この天使の姿をした悪魔は、もしかして佐倉さんの教会の・・・?」

 

「あたしの教会にかつてあったステンドグラスの窓にも描かれていた、本物のヘブライ天使達さ。あたしや妹も昔は大好きで、うちの家の自慢の光景だった・・・」

 

「元キリスト教徒の佐倉さんが本物の天使と殺し合うだなんて・・・酷い運命ね」

 

「言うなよマミ、過ぎたことさ。それにあたしは・・・この裏切りの罪から逃げる気はねぇ」

 

「貴女は死なせないわ。貴女の家族を見捨てた私だって咎人なのだから」

 

対峙したパワー達が剣を天にかざし、魔法を放つ構え。

 

「佐倉さんまで死なせたら私は・・・貴女の最後の家族に顔向け出来ないから!!」

 

「滅びよ悪しき魔女となる者達よ!!Amen!!」

 

大地を踏み込み、二人は一気に前方に跳躍移動。

 

別れた二人の場所を破魔を司る光の書物の紙が多い尽くし、悪しき存在を浄化の光を用いて消滅させる『ハマオン』の一撃を回避。

 

人間であれば浄化の光は通じないが、人間ではない悪魔や魔法少女達なら即死していただろう。

 

パワー達の斬撃を身を低めステップを踏みながら避け、側転で左斬り上げを避けると同時に大きく跳躍。

 

「私達を魔女という聞いた事もない言葉で言わないで!私達は希望を振りまく魔法少女よ!!」

 

上空から右手で放たれるリボンが螺旋を描き砲身となる。

 

周囲にもマスケット銃が生み出され、大砲の榴弾と共に一斉発射。

 

地上のパワー達は大盾を上空に構え擲弾を受け止める構え。

 

無数の魔弾は大盾の隙間を縫うように地面に撃ち込まれていく。

 

大盾で榴弾を受け止めた瞬間だった。

 

「な・・・煙幕だとっ!?」

 

放たれた発煙弾の中身が乱戦の戦場を一気に覆い、視界が悪くなりパワーの命中率と回避力を大幅に阻害する。

 

「視界に頼るな!邪悪な魔女の魔力を追え!!」

 

「私なら、ここよ」

 

周りの天使達は気がついていない、地面に撃ち込まれた弾からリボンが生まれ足に絡みつき、視界が悪いこの空間内でマミにはっきりと位置が分かる魔力のマーキングが施されてしまった事を。

 

濃霧のように広がる白煙世界の中、拳銃サイズの二丁マスケット銃を顔の前でクロスした構え。

 

左右の天使の頭部に発射し撃ち殺す、投げ捨て新たなリボン二丁拳銃による射撃。

 

逆袈裟斬りに踏み込み右手の銃床で手首を打ち付け払い、左手の銃で頭部を撃ち抜き、右の銃で前の天使の頭部を撃ち抜く。

 

左薙を身を引くめ掻い潜り回転と同時に背中に蹴りを入れ、左右から迫る天使を相手に両手クロス射撃、左右天使の頭部を撃ち抜く。

 

「魔弾の射手めぇーーー!!」

 

背後から二体のパワーが同時に袈裟斬り、逆袈裟斬りを仕掛ける。

 

鈍化した世界、2丁拳銃を指で回転させながら背を向けしゃがむ。

 

グリップを握り込んだ瞬間、2丁拳銃を頭上に撃つ、深く斬り込んだ体勢の両天使の下顎が撃ち抜かれて消滅した。

 

「佐倉さんは私が必ず守る・・・だから暁美さんも生き残って!!」

 

二人の仲間は激戦を繰り広げていく。

 

頼れる仲間だからこそ信じたい、死を乗り越える希望をほむらは見せてくれるのだと。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

赤き渓谷の谷を駆け抜けるレッドライダーを空から追撃し続ける。

 

上空からの弓矢の速射も大剣で弾き落とされ続け、有効打は与えられず。

 

「フン、姑息ナ戦法ジャ。ワシニ近寄ラレルノハ恐ロシイカ?弓兵ノ嬢チャン」

 

戦争を司る騎士として望むは、戦場の花形たる一騎打ち。

 

「下ニ降リル気ガ無イトイウナラバ、叩キ落トスマデヨ」

 

前方の傾斜が激しい崖の斜面を赤き馬は跳躍し、岩場を跳ねながら上を目指す。

 

頂上まで辿り着いたレッドライダーは空のほむらに向き直り、天に大剣をかざす。

 

「何をするつもり!?」

 

赤き豪雷が渦巻く空から豪雷が大剣に落ちる。

 

豪雷を纏った大剣から放射される雷魔法は人修羅も東京で使った事がある『ショックウェーブ』

 

レッドライダーが放つこの一撃も手加減抜き、威力はかつて東京で見せた悪魔の比ではない。

 

「あああああ!!!」

 

地上から放たれた放電の一撃は空中で拡散しスパーク現象を空で発生させ、ほむらは放電空間に巻き込まれ全身が感電。

 

地上に叩きつけられたほむらは雷特有の熱傷により全身を焼かれ、シダの葉模様の電紋が身体中に走った重傷。

 

だが、それよりも落雷によって死に至らしめる原因は心肺停止。

 

「くっ・・・・・うぅ・・・・・!!」

 

彼女の心臓も心肺停止状態だが、魔法少女にとって肉体は外付けハードディスク。

 

魔力で操る肉人形ゆえに、本体のソウルジェムさえ無事なら死を受け入れて絶望死しない限りは魔力で死んでいる肉体を動かせる。

 

しかし生命停止を魔力で動かす分、魔力消費は一気に高まり早く身体を回復魔法で蘇生措置させて通常魔力消費状態に戻さなければソウルジェムの魔力がもたないし、死んだ身体も腐る。

 

「ホッホッ!死ンデオイテマダ動クカ!!魔法少女トイウ存在ハ、ツクヅク生ケル屍ヨ!!」

 

頂上から駆け下り、一騎打ちをせんとレッドライダーは大剣を振り上げ迫りくる。

 

「くっ!!身体を動かす魔力消費が激しい!大魔法行使をする余裕がない!!」

 

片膝立ちで自動小銃を構え、迎え撃とうとした時には既に大剣の間合い。

 

袈裟斬りによって銃身が切断され、なお追撃の逆袈裟斬り。

 

銃から手を放し地面に転がっていた弓を右手で拾い上げ、逆袈裟斬りを受け流す。

 

走り抜ける赤き馬に振り向くほむらの体勢は、既にガンベルトに吊った左のホルスターから新たに選んだ拳銃を抜き終え、赤き馬の後ろに構えていた。

 

「ヌゥ!!?」

 

突然叫び声を上げ、痛みに藻掻くように暴れまくる赤き馬。

 

左後ろ足の外もも肉が散弾でえぐられ、深い傷をすれ違いの瞬間に与えていたのだ。

 

彼女が左手で構えた拳銃はトーラス・ジャッジと呼ばれるショットシェルを撃てるリボルバー銃。

 

「貴様・・・ヨクモワシノ愛馬ヲ傷物ニ!!」

 

「これでも喰らいなさい!!」

 

腰のポーチから取り出した物のピンを抜き、レッドライダーに向け投げる。

 

レッドライダーの眼前でM84スタン・グレネードが炸裂して閃光と轟音が一気に起爆。

 

目が眩み、耳が難聴になった魔人は、見えない視界のまま相手の魔力を探ると、重たい身体を引きずるように渓谷の奥に逃げている獲物の気配が分かる。

 

「アノ身体デハ、ソウ遠クニハ逃ゲレンノォ」

 

目と耳が回復したレッドライダーは獲物にトドメを刺すため赤き馬を走らせるが、全開の速度とは程遠い。

 

「追いつかれる前に罠を貼らないと・・・まだ持ちこたえて私の身体!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「おりゃぁーーーーー!!!」

 

槍の鎖で身体を巻き取ったパワーを左薙で振り抜き、迫ってくる別のパワーにぶつける。

 

「ハァ・・・ハァ・・・数が多すぎる・・・・」

 

杏子の身体も剣撃の傷を受け、衣服もズタボロで血を流す。

 

遠くのマミも既に杏子と同じく疲れが見え始め、二人の動きも悪くなり最初の勢いは既に無い。

 

「正義の刃に倒れるが良い裏切り者めぇー!!」

 

迫りくる二体、右手で槍を振り回し演舞のように回転させ、身体を捻りこみ放つ唐竹割りの一撃で敵を分断。

 

槍で大きく左薙を放つ、避ける相手は迫る槍の一撃で体勢を崩し、勢いのまま袈裟斬りを放ち片側の相手を寄せ付けない。

 

「少しは休ませてくれよ!!」

 

なお攻め立てる片側の相手の腹に蹴りを入れ、兜の側面に槍の一撃、起き上がる相手の袈裟斬りを大上段の構えで受け止め、槍で絡め取るように巻き込み払い、柄を短く持ちトドメの刺突。

 

「異端者如きに!!主なる神の軍勢たる我らが負けるわけにはいかん!!」

 

兜がヘコんだパワーは両手の剣と盾を捨て、地面に転がった天使の槍を拾い上げ突きを放つ。

 

両手持ちの槍で刺突を柄で受け止め、相手の刃を地面に押し付けるように薙ぎ払い抑え込む。

 

互いの身体もぶつかり合い力比べの状態、なお負けを認めぬ相手に対し天使は疑問を問いかけた。

 

「何故主なる神の教えに背いた!?お前達一家はあれ程まで信仰心の厚い者達であったのに!」

 

「へへ・・・天使様は神の家を見守ってくれてたのかよ?有り難いけど、人間は天使様が考えているよりも想像力豊かで、思い上がるのかもしれないよな」

 

「想像力だと!?」

 

「夢を持つってやつさ。与えられた教義に束縛されず、別の可能性を考えて道を求める・・・」

 

「別の可能性・・・・?」

 

「自分の思うままに振る舞い、他者の心に目を向け慈しむ道・・・それは別に歴史ある宗教でなくたっていい・・・自由な教義を目指したって良い」

 

「そんな事のために主なる神の教えに背いたというのか!?」

 

「いけないかい?自分の心よりも大事なモンってあるのかよ・・・?我慢しても後悔するだけさ」

 

対峙する二人の横の地面では、腹部を刺された先程の天使。

 

倒れた身体の右手で地面を探り、武器を拾い上げる。

 

「天使様から見たら我儘な愚か者だろうが、あたしはそんな愚かな父さんの、子供のように夢を追いかける純粋な姿も好きだった」

 

その言葉を言い終えた瞬間だった・・・。

 

「ガッ・・・・・・!?」

 

腹部を大きく背後から貫いた天使の槍。

 

地面には先程の天使が右手で槍を持ち、最後の一撃とばかりに裏切り者に放つ刺突の一撃。

 

「佐倉さんっ!!!!」

 

遠く離れたマミは乱戦の隙間からその光景を鈍化した世界で見てしまい、絶叫した。

 

槍を握る手の力も無くなり、ゆっくりと地面に倒れ込む。

 

対峙していた天使は槍の刃を下に向け、柄を両手で力強く持ち振り上げる。

 

「私にはお前の気持ちは分からない。もし理解出来たなら・・・きっと私も堕天していた」

 

無慈悲なるトドメの一撃が杏子の心臓をえぐり、槍は身体を貫き地面に深く食い込んだ。

 

「いやぁぁぁーーーーーーーーーッッ!!!!!」

 

守ると誓ったばかりの仲間の元に駆ける。

 

過ちは繰り返さないと誓った筈なのに、その想いは儚く消されていく。

 

「自由な選択ってのは・・・ゴハッ!・・・大きな責任が・・・伴うよな・・・・・」

 

胸元に輝く濁ったソウルジェム、最後の力で右手で握り込む。

 

「マミ・・・ほむら・・・過去があたしの人生を・・・裁きに来たんだ・・・背負うよ・・・」

 

この魔法はかつての世界で用いた、救えなかった大切な人と共に世界へ別れを告げる一撃。

 

「駄目ぇぇーーーーーーーーー!!!!!」

 

薄れゆく意識の中、ぼやけた姿で遠くから近づいて来ている恩師に微笑む。

 

―――ごめんな・・・マミ。

 

マミの眼前でそれは起こる。

 

魔法少女の魂を燃やし尽くす・・・全てを焼き払う贖罪の炎。

 

自らの死という犠牲を払って全人類を神に対する罪の状態からあがなった・・・イエスの道。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

切り立った渓谷の崖の下に続く道を崖に沿って進む赤き馬。

 

傷が深く息も荒い、既に速歩き程度の速度にまで落ちている。

 

これでは空を駆け巡る余力も無いだろう。

 

道の奥の岩場の影、敵が渓谷にかかる巨大なアーチ岩の下を潜るのを待ち構えるほむら。

 

グリーフキューブで魔力を回復させた後、胸に手を当て回復魔法をかけ続け自分の身体の蘇生措置を施し続ける。

 

「お願い・・・動いて私の心臓・・・!!」

 

既に人間ならば心臓から血を送られず脳死している時間が経過している。

 

それでも諦めず回復魔法をかけ続けると、胸の中で小さく高鳴りを始めてくれた心臓。

 

しかしほむらの身体は血を送られない時間が長く過ぎたため、心臓から遠い距離の手足は既に黒ずんできていた。

 

自分の身体の最低限の処置を施したほむらは、アーチ岩の方に振り向く。

 

右手には起爆用のリモコン、既に指がスイッチにかけられている。

 

時間にしてあと数秒、レッドライダーが巨大アーチ岩の下に入り込んだ瞬間、ボタンは押された。

 

アーチ岩を支える部位に仕掛けられたプラスチック爆弾(C4)の雷管が点火され一気に起爆、両端が崩れ、屋根を構築していた巨大岩が下に落下。

 

「隠レタ小娘ヨ、見ルガ良イ。コレガ・・・一刀両断ヨ」

 

鈍化した世界、上に掲げた大剣の刀身に風が集まり収束していく。

 

嵐の力を宿した大剣が振り下ろされる。

 

刃から発せられた『真空刃』の一撃が直上から迫る巨大岩を両断し、岩はレッドライダーの両端に分かれるように落ち砕ける。

 

真空刃の威力は留まらず前方の渓谷さえも縦に両断していった。

 

だがそれは囮の一撃。

 

「かかったわね」

 

レッドライダーの近くにある茂みに置かれたほむらが自作した大きなIED(即席爆発装置)。

 

100ポンド(45キロ)の火薬が詰め込まれた簡易手製爆弾の時限装置の設定時間が合わさる。

 

「オオオッ!?」

 

大爆発が起き、爆発の爆風を岩場に隠れてやり過ごす。

 

バックパックの中身を全て使い切った連続攻撃ではあるが・・・。

 

「クッ・・・不意打チモマタ戦場ニハツキモノヨ・・・・」

 

咄嗟に馬から飛び降り馬を盾にして爆発から逃れたレッドライダー。

 

赤き馬は絶命し、淡い深碧色の感情エネルギーたるマグネタイトと化す。

 

「ワシノ愛馬ヲ死ナセタ罪ハ高クツクゾ・・・切リ刻ンデクレルワ」

 

既に居場所は気が付かれている、ほむらは岩場から飛び出し弓を構えようとするが、既に大剣の間合いにまで踏み込まれていた。

 

「くっ!!」

 

矢を撃つのを諦め、大剣の逆袈裟斬りを左手の弓で払い、即座に右のホルスターからコルト・パイソンを抜く。

 

肘を曲げた状態で撃つリコイルの反動を肘で受け止めるリボルバー銃独特の早撃ち射撃。

 

しかしレッドライダーの黒衣の下は鎧、髑髏顔が剥き出しの頭部ならまだしも胴体の鎧はマグナム弾でも撃ち抜けない。

 

「チャチナ小物デワシガ倒セルモノカ!!」

 

右肩の体当たりでほむらを突き飛ばし、倒れ込んだ相手に跳躍して大剣を叩きつけるが、転がりながら射撃を仕掛ける相手の弾を全て大剣で弾き落とした。

 

立ち上がり銃を構えるほむらだが・・・。

 

「剣士ト切リ合ウ技量モ無イオ主デハ勝テンヨ!」

 

左切上の一閃、宙を舞うほむらの銃を握ったままの右手首。

 

「トドメジャッ!!!」

 

左切上から霞の構え、そして一気に刺突を腹部に仕掛けほむらを突き刺す。

 

「ぐッッ!!!」

 

レッドライダーの刺突突進は止まらず、後ろの岩にぶつかり岩ごと串刺しとなった。

 

「ヨクヤッタノォ、生ケル屍ノ如キオ嬢チャン共ニシテハ、楽シメタワ」

 

このまま真上に切り上げ上半身を真っ二つかと思われたが・・・。

 

「・・・・・この時を、待ってたわ」

 

弓を手放した左手で刀身を強く掴み、赤黒い血が滴り落ちる。

 

「接近戦を得意とする魔法少女ではない私が剣豪のようなお前に勝つには、捨て身しかない」

 

「貴様・・・・・マサカ!?」

 

ほむらの背中から吹き上がったのは、世界を侵食する黒き翼。

 

大剣を引き抜こうとするが、ほむらの背後の岩に刀身は深く突き刺さっている。

 

「・・・・・終わりよ」

 

「オオオォォォォォ!!!!」

 

黒き翼の侵食領域に飲み込まれたレッドライダーと大剣が消滅していく。

 

どす黒い侵食領域が消えていく中、ほむらは両膝から崩れ落ち倒れ込む。

 

倒れ込んだほむらの視界に映るのは、首だけ残ったレッドライダーの頭部だけであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「・・・魔人ヲ退ケルトハ・・・流石トシカ言エンノォ・・・」

 

頭部だけとなっているが、レッドライダーにはまだ息がある。

 

残った左手で左ホルスターから銃を抜く。

 

「ヨセ・・・勝負ハツイタ。モハヤワシハ滅ブノミヨ・・・・」

 

「死ぬ前に約束を果たして。お前達悪魔がこの世に現界出来る方法を教えなさい」

 

「良カロウ・・・ワシラ概念存在ノ受肉スル現界方法ノ要ハ、魔法少女ヤ人間ガモタラス・・・感情エネルギーナノジャ」

 

「私達のソウルジェムから生み出されてきた感情エネルギーですって!?」

 

「ワシラハソレヲ、生体マグネタイト、アルイハ、マガツヒト呼ブ・・・」

 

「マグネタイト・・・マガツヒ・・・そんな呼ばれ方もあったのね」

 

「強キ神ヤ悪魔ヲ召喚スルニハ、莫大ナ量ノマグネタイトヤマガツヒガ必要トナル。円環ノコトワリトナッタ娘モマタ、死ヌ間際ニ莫大ナマガツヒヲ生ミ出シ、コトワリノ神ヲ召喚シタ」

 

「コトワリの神の召喚ですって・・・?まどかがコトワリの神じゃないの?」

 

「アノ小娘ハ、守護ヲ降ロシタ。召喚サレタコトワリノ神ト融合シ、円環ノコトワリトナッタ」

 

「そんな・・・それじゃあ、まどかの内側にはまた別の神が宿っているわけ!?」

 

「ワシラ魔人達モマタ、閣下ガ人為的ニ生ミ出シタ莫大ナ感情エネルギーヲ触媒ニシ現界シタ」

 

「人為的に感情エネルギーを生み出す・・・?」

 

「生贄ジャヨ・・・オ前達魔法少女ハ、悪魔ノ生贄トナルノジャ。ソレハ世界中ノ国家デ起コル」

 

「私達魔法少女が・・・悪魔の生贄ですって・・・!?」

 

「ムロン、コノ国ニモ魔法少女ヲ生贄ニスルタメノ施設ガ複数アル。生贄施設ガ無イ国ハ片手デ数エラレル」

 

「世界規模の魔法少女の生贄施設・・・感情エネルギーの搾取・・・・・」

 

「全テハ、終ノ決戦ノ為・・・モウ直グソコマデ迫ッテ・・・オル・・・」

 

「待ちなさい!!まどかの内側に宿った神とは何者なの!?世界の未来に何が起こるの!?」

 

「フフフ・・・急グノジャ若人・・・。大規模ナ戦争ガ、始マロウトシテイルゾ・・・」

 

その一言を最後に、レッドライダーの身体を構成する感情エネルギーが爆発。

 

淡い深碧色の感情エネルギーたるマグネタイトが空にバラ撒かれ、レッドライダーの頭部も消えた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

魔人の結界が晴れ、元の世界に帰ってこれたが・・・広がる光景は地獄。

 

人々の泣き叫ぶ声が響く、火災まで巻き起こり崩壊していく見滝原商業区内。

 

「くっ・・・・うぅ・・・・・!!」

 

切り落とされた右手、刺し貫かれた腹部から大量に出血しながらほむらはゆっくり立ち上がる。

 

近くに巴マミの魔力も感じるが・・・杏子の魔力が感じられない。

 

足を引きずりながら煙と炎に包まれた街を歩き、マミの元に向かっていく。

 

路地裏にいた膝を抱えて丸くなり泣きじゃくる、かつて憧れた魔法少女の変わり果てた姿。

 

「巴・・・・さん・・・・?杏子は・・・・何処?」

 

「グスッ・・・エッグ・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさいぃぃ・・・・」

 

狼狽した恩師の姿を見て、杏子がどうなってしまったのかを察した。

 

あの自爆魔法の一瞬、マミはリボンで咄嗟に防御結界を張ったが、それでも全身傷塗れ。

 

傷だらけの二人に声をかける者達はいない、皆パニックになり外では逃げ惑うばかり。

 

「私は駄目な魔法少女よぉ・・・過ちばかり繰り返す・・・何も学ばない駄目な女なのよ!」

 

「落ち着いて巴さん!貴女のせいじゃないわ!!」

 

「佐倉さんを守るって約束したわ!!なのに守れない・・・私は佐倉さんの最後の家族の尚紀さんに・・・どうやって顔向けしたら良いのよ!」

 

錯乱して容量を得ない事ばかりを叫ぶ『混乱』に包まれたマミの姿を見ていると心がえぐられる。

 

泣きじゃくるばかりのマミに右手を失った右腕で肩を貸してあげ、抱き起こす。

 

地獄に包まれた街を足を引きずりながら歩く二人、だがほむらも既に限界が近い。

 

「暁美さん・・・貴女まで死ぬの・・・?私を置いて死んじゃうの?・・・独りにしないで!」

 

「死んでたまるもんですか・・・私にはまだ・・・やらなきゃならない使命が・・・」

 

流血は止まらない、既に体中が冷たくなり、もはや死体も同然の姿。

 

ついには人気のない場所で力尽きてしまい、マミの前で倒れ込んでしまう。

 

「暁美さん!!?いやぁぁぁーーーーーーーーー!!!誰か助けてぇーーー!!!」

 

「私・・・まだ・・・・死にたくない・・・・・」

 

回復魔法をかける魔力の余力も無いマミは助けを叫ぶばかりだが、周りの人間達も同じ状況。

 

(逃れられないの・・・・私の死からは・・・・・?)

 

目を開ける力も無くなっていき、周りの音も遠くなっていく。

 

ついに観念してしまったほむらだったが、不意に傷が開いた腹部に暖かさを感じた。

 

「しっかりしなさい暁美ほむら!!貴女はこんなところで死にたくないんでしょ!?」

 

(この・・・・声は・・・・?)

 

忘れもしない、憎い敵の一人だった魔法少女の声。

 

「美国織莉子・・・・・・?」

 

懸命に自身の身体に回復魔法をかけ続けてくれているのは織莉子とキリカ。

 

「お願い美国さん!!呉さん!!暁美さんを死なせないでぇ!独りぼっちは嫌ぁ!!」

 

「落ち着きなさいよ巴!!あんただって全身傷だらけなのよ!!」

 

隣のマミも小巻に回復魔法をかけて貰っている。

 

見滝原市に存在するもう一組の魔法少女達がこの商業区の混乱に駆けつけてくれたようだ。

 

「美国織莉子・・・呉キリカ・・・私は、貴女達を・・・・・」

 

「何も言わないで暁美ほむら!今は自分の生命が助かる事だけ考えて!!」

 

「織莉子!この子の出血が酷すぎる・・・・これじゃもう!」

 

「諦めないでキリカ!魔法少女は希望を叶える存在でしょ!奇跡を信じて!!」

 

(どうして・・・私なんかのために・・・私は貴女達を殺し続けたはずなのに・・・)

 

・・・今になってようやく分かった。

 

まどかが自分を犠牲にして残したこの世界は、魔法少女達が手を取り合って助け合う事が出来る可能性を持つ世界なのだと。

 

(あの子の死が・・・魔法少女達に希望を与える世界を作ったのね・・・・)

 

自分達にとってどれだけ尊い犠牲だったのかを痛感し、両目から涙が溢れ出た。

 

もうこの世界に、ほむらが敵と憎む魔法少女達はいない。

 

「ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・美国さん・・・・」

 

「良いのよ・・・暁美さん。私もキリカも気にしてはいないから」

 

心の中で力の限り叫びたい、ありがとうと。

 

まどかが残してくれた希望の暖かさによって救われる魔法少女達の絆の世界。

 

息を持ち直したほむらは、まどかの尊い死を儚く想いながら、その眼を閉じていき気を失った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

ここは、記憶の回廊。

 

メノラーの明かりもまた一つ増え、暗闇を照らす光量も増す。

 

死を乗り越えても、また次の死が襲いかかる逃れられない7つの試練。

 

知るための道、その度に仲間の死をもたらす結果を招いてしまうかもしれない。

 

ほむらは迷っていた。

 

本当に・・・マミと杏子を、魔人との戦いに巻き込んで良いのだろうかと。




折角のメガテンクロスオーバーなので、キリスト教の教会娘だった杏子ちゃんの業を煮詰める形で描いてしまい、調子こいて長々と書いてしまった。
メガテンバッドステータスの混乱を撒くレッドライダーをそのまま書くと、突然杏子ちゃんがお金ばら撒いたり、マミさんが意味不明なティロ・フィナーレ教義を喚き散らすギャグにしかならんので話の調整に苦労した。


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64話 薄れゆく記憶

やはり今回の暗闇の回廊も曲がり角だらけでほむらを迷わす。

 

最初のようにまっすぐ進んでも回廊の壁と出くわし、左右の道のどちらかを選ばされる状況。

 

壁伝いに左に進もうとした時、行き止まりの壁に飾られているまどかの油彩画に目が行く。

 

「・・・え?あの時は写真のように美しかったのに・・・こんなボロかった?」

 

素人でも分かる画面の汚れ、絵具の亀裂・剥落。

 

「何故こんな風になってしまったのかしら・・・?」

 

銀とガラスの額縁に収められた、この世界には存在しない人物の記憶の絵。

 

そのどれもがほむらが夢見た、まどかとほむらがいる理想の世界。

 

その絵が色褪せるように傷んでいる光景を見ていると、この暗闇の心細さも増していく。

 

「私はこの絵に描かれている人を覚えている・・・・・はず」

 

絵が傷んでいる光景がまるで自分の記憶の綻びのように思えたほむらは、まどかを思う。

 

あの子と出会い、あの子を救うためにすれ違っていった悲しい記憶を思い出す。

 

あれは確か・・・マミがお菓子の魔女に食い殺された時、自分がまどかを救った記憶。

 

「あの時私は魔法少女の世界の現実を突きつけ、まどかを元の世界に押し戻そうと・・・」

 

厳しい態度を示し、さやかにも罵倒されたあの時の自分の記憶。

 

だがあの時自分がまどか達に言った言葉の内容さえ、今となっては・・・思い出せない。

 

壁の油彩画の痛みが進み、亀裂・剥落が増していく。

 

「あの時の私の態度はあの子達にどう見えたの?私は傷ついたまどかにどんな酷い言葉を?」

 

ほむらは思い出せなくても、あの時のほむらは客観的に見て紛れもなくグリーフシードの略奪者。

 

高圧的な態度で二人を突き放したその姿を、さやかならこう言うだろう。

 

―――イバリ

 

右奥の暗闇、微かではあるが自分と同じく素足が冷たい大理石を歩く小さな音。

 

―――レイケツ

 

声の距離はどんどん近づいてくる。

 

「来ないでぇ!!」

 

直様左の回廊に向かい走り抜ける。

 

暗闇の中を走る、明かりが増した分暗闇の世界に潜む者からも相手が見えやすい。

 

追ってくる相手を見つけた部屋の中でやり過ごそうと思ったが、前回のように待ち構えている可能性も考えられる。

 

迷っている間にも距離が詰められる、意を決して部屋の中に入る。

 

前回のようなほむらの記憶を象った部屋ではない。

 

豪華な装飾で飾られた部屋内は王の寝室のような光景。

 

扉を音がでないようゆっくり閉め、向こう側の気配に集中する。

 

歩く音が向こう側へと進んでいく音に安堵して、ほむらは大きなため息を吐いた。

 

「あの存在も悪魔なの?それとも・・・・・」

 

息も絶え絶えで走ってきた病弱の少女、少し息を整えるために王の寝室内を歩き、見つけたソファーで一休みとばかりに座り込む。

 

奥の空間には王が眠るに相応しい天幕付きの豪華なベット。

 

「暗闇に潜む者の声・・・・まるで私を蔑むような意味に聞こえる・・・・・」

 

ここでじっとしていてもいずれ見つかるのは分かっているが、どうしても外に出るのが恐ろしい。

 

動かなければならない筈、なのに今出たら出くわす可能性を無理やり考えながら部屋の中でいつまでも過ごしてしまう。

 

気がつけば床に転がっている人形を『14体』全部数え終え、ボーッと過ごしてしまった。

 

不意に、暗闇の中で気配を感じ取る。

 

全身が恐怖でおおげさに反応し、気配を感じ取った王の寝室の豪華なベットに振り向く。

 

光量が増したメノラーをベットの方に向けた。

 

天幕付きベットが揺れ動く、中から白い布団シーツをまるで『ヴェール』のように頭に被る者の姿が明かりで暗闇の中に浮かび上がる。

 

―――ナマケ

 

気がつくと、床に転がっている14体の人形までカタカタと動き出す。

 

「イヤァァーーーーーーーーー!!!!!」

 

絶叫し、部屋の中で怠けていた自分を呪いながら外の回廊に駆け出す。

 

背後から追ってくるのが分かる。

 

「来ないでって言ってるでしょ!!」

 

回廊の端に飾られたアンティークな割れ物を次々と手で払い除け床にばら撒き砕いていく。

 

相手が自分と同じ素足で歩いてきているのは気がついている。

 

鋭利な破片だらけになった回廊なら足を痛め追ってこれないと、左手で掴んでは後方の地面に投げつけ続けた。

 

だが・・・。

 

―――アハハハハハハハハハハ

 

相手の速度は落ちていない、まるで足元の破片で傷つきながらも気にせず迫ってくるようだ。

 

「お願い・・・あの部屋に早く辿り着いて!!」

 

もう息切れで座り込みそうな自分の身体に鞭を打ち、回廊を走り続ける。

 

回廊の一番奥に見えた目的の両開き扉。

 

直様扉の中に入り込み、また入り込もうと迫る潜む者を阻もうと抑え込む。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?

 

「あれ・・・・?入り込もうとしてこない・・・・?」

 

向こう側からも気配を近くに感じ取れない、今回は潔く諦めて消えてくれたのかと考えた。

 

「はぁ・・・・良かった・・・・・」

 

踵を返し、扉に背中をもたれさせ安堵のため息。

 

・・・その時だった。

 

突然扉を貫通してきた投げ槍の如き飛来物、それはほむらの左頭部直ぐ横に固定されるように扉に刺さったままの光景。

 

突然過ぎる潜む者が示した明確な殺意。

 

恐怖で金縛り状態のほむらは横の貫いてきたモノに固くなった首を向けていく。

 

巨大ではあるが、編み物に使う道具である黒い色をした『編み針』

 

また次の一撃がほむらの右頭部近くを貫通してきた。

 

「ひぃぃぃぃぃーーーーー!!!!!」

 

ほむらはついに腰を抜かして地面に倒れ込み、左手で頭を抑え込み伏せた姿勢となる。

 

両開きの豪華な扉に次々と飛来物が飛んできて貫通する音にガタガタ震えるばかり。

 

14発の巨大な編み針が突き刺さった両開き扉の向こう側から潜む者の声が響く。

 

―――マヌケ

 

安堵していた自分を嘲笑うかのように吐き捨てた言葉。

 

潜む者の周囲にも複数の気配を感じるが、はっきり分からず『いるようでいない』

 

潜む者が踵を返し去っていく足音が微かに聞こえてきた。

 

「やっぱり悪魔よ・・・あの潜む者は無力な私をこの世界で殺しに来る悪魔・・・」

 

腰が抜けて立てないまま地面を這い、王の控えの間中央のメノラーの台座に向かう。

 

力を込めて上体を起こし、右手のメノラーを台座の上に置いた。

 

三つの灯りが大きくなっていくのが地面に倒れ込んだ姿勢のほむらにも分かる。

 

蝋燭の灯火が部屋を明るくする空間の中で、金髪の少女の視線を感じ取った。

 

自分の視界が血管内の穿孔トンネルをうねるように落下していくあの時と同じ感覚。

 

気がついたらほむらの視界は、生物体内にある細胞壁の隙間のような覗き窓。

 

ここは、アマラの果であるアマラ深界。

 

<<私を嬲り殺しにでもするつもりなの!?出てきなさいよ悪魔共!!>>

 

真紅の空間中央、血管に溜まった血の湖の上に浮かぶのは、オペラ劇場の舞台。

 

ほむらの心の怒りに反応するかのように、真紅の舞台カーテンが上がっていく。

 

ステージ主舞台にいたのは変わらない面々。

 

「今回はギリギリ生き残れたかい?良い仲魔達がいてくれたようだね、お嬢ちゃん」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

王の書斎のような豪華な主舞台。

 

アンティークキングチェアに座っているのは、目を閉じ山羊の形をした銀の飾り杖を手で握る金髪の少女の姿。

 

その両隣には喪服姿の鹿目詢子に化けた悪魔と、アモンと呼ばれた梟。

 

<<・・・どうあっても、私にまどかを救えなかった罪の烙印を押したいようね>>

 

「理解したようだね?この喪服を着た鹿目詢子の姿は・・・お前の罪そのものなのさ」

 

<<・・・・否定は、出来ないわ>>

 

「あたしもこの人物を演じるのが意外と楽しくなってきていたところさ、良い反応を貰える」

 

<<悪魔め・・・・・・!!>>

 

隣の梟の姿をしたアモンの鳴き声が響き、細目のまま喪服の淑女に首を向ける。

 

「はいはい、分かってるよアモン。我が主の御前でふざけた態度をするなでしょ?」

 

喪服の淑女は主の方に向き、主は許可を出すように目を閉じたまま頷く。

 

「魔人を倒せし者。あんたに世界の真実の一つを・・・主に代わり、あたしが語るわ」

 

<<インキュベーターとは違う天使と出会ったわ。あれが、お前達が憎む存在なの?>>

 

「そう、あれが唯一神の手先である神の使い。インキュベーターや女性の姿ばかりではない」

 

<<私達を魔女と罵り、殺し、宇宙の熱に変える事を躊躇わない冷酷な者達だった・・>>

 

「神の使いは時に人々の信仰心を試すべく神に遣わされる。誘惑や破壊を司る天使もいるのよ」

 

<<私達魔法少女を貶めてきた・・・悪魔のレッテルを貼り貶めた神々みたいに・・・>>

 

「最も今の人間の世では、神に言われるまま人間の守護者となる概念存在として語られてるわね」

 

<<私達と戦った天使は兵士のような姿をしていた・・・天使は他にもいるの?>>

 

「天使は9つの階級に分かれ、それぞれの役割の姿となる。誘惑の天使は愛らしい姿してたろ?」

 

<<あのインキュベーターの愛らしい姿に、どれだけモノを考える力のない子が騙された事か>>

 

「その天使達を束ねる高位階級の天使達を熾天使と呼ぶの。四大天使ぐらいは知ってる?」

 

<<ミカエル・ガブリエル・ラファエル・ウリエル。フィクションの世界でも人気者ね>>

 

「それだけ人間達から愛され、信仰される存在。四大天使を含め3人の天使が加わり七大天使と呼ばれる者達こそが、天使評議会の長達。唯一神の隣に立つ事が許された強き光の化身共」

 

<<七大天使・・・7つのラッパ・・・黙示録・・・>>

 

「神学出身者なら神の三位一体の思想は分かるだろ?」

 

<<父と子と精霊・・・三つは分離した存在ではなく一つであると牧師の先生から教わったわ>>

 

「信仰すべき神・信仰する善なる人・信仰の裏づけとしての奇跡。奇跡を担う天使は精霊であり神という大きな存在の末端。バラけてるようでいて、全ては一つの群体神」

 

<<インキュベーターもまた唯一神の一部?どうりで奇跡なんて力を私達に与えられる筈よね>>

 

「三位一体、唯一なる神・・・。それじゃあ、この大いなる神について、深く語ってあげる」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【大いなる神――――】

 

イスラエル民族が崇拝せし旧約聖書の最高神であり、神聖四文字(テトラグラマトン)の名を持つ並ぶ者無き比類なる神霊。

 

最初にして最後となり、新たなる最初となりしアイン・ソフ・オウル(無限光)である創世神。

 

原初の混沌から産み出され、光を持って神々・悪魔・星・動物・人間を生み出した全ての父親。

 

宇宙の光の秩序を司るが、同時に混沌そのものでもある創造と破壊の2面性を持つ。

 

神の別名を複数持ち、カバラの神秘学体系の生命の樹においては、10のセフィロトのひとつを司るなど、独立した別の神霊の姿となる時もある。

 

旧約聖書にはこの神の名が6859回書き記されるが、その名をみだりに唱える事は誰にも許されず、人間のみならず神々でさえも発音をする事が出来ない。

 

その名を唱えていい存在は、唯一神のみ。

 

自らを『妬む』と表すほど嫉妬深く、人類を自らの作品として愛し、創世記のとおり人類は内面を大いなる神に似せて造られたことが伺える。

 

人類が大いなる神に似ていることは宇宙空間全体の事象に帰納できる。

 

今日まで続く人間の歴史において、最も重要視された神であったが、科学の発展、産業革命等によりその存在も宗教権威も形骸化していく。

 

いずれ世界に起こるのであろうか?

 

神の信仰を忘れた存在達に裁きを与える、旧約聖書の物語が?

 

<<教えて。何故大いなる光の神は、私達魔法少女という存在を生み出したの?>>

 

「契約の天使が語った通り、宇宙の熱は減り続ける。エネルギーの消費に追いつかず熱が消える」

 

<<宇宙の光を司る大いなる神が宇宙の熱を産み出し続ける事は出来なかったの?>>

 

「無限の光は全ての宇宙を膨張させ産み出し続け、多次元宇宙を構築するけど・・・全ての管理そのものまでには行き届かない。だから一つ一つの宇宙の管理者が必要だった」

 

<<それが天使・・・インキュベーターの存在・・・>>

 

「インキュベーターが以下にして宇宙を延命させる熱を産み出し続けたかは知っての通り。でも、その方法も既に過去のものにした存在がいたね」

 

<<まどかは全ての宇宙から、宇宙を生かす光の熱を奪い取った者と言いたいの?>>

 

「お陰さんで全ての宇宙は遠い未来の果に消滅を繰り返し、いずれ世界は闇に閉ざされる」

 

<<そんな・・・・事って・・・・・>>

 

「まさか、インキュベーターという悪者をやっつけてハッピーエンドの物語でも考えてたわけ?鹿目まどかがやった事はね、宇宙にとっては紛れもない“悪魔の所業”なのさ」

 

<<違う!!まどかは、私達魔法少女の希望のために・・・>>

 

「それは都合の悪い部分を棚上げする都合の良い主観論。魔法少女と全く関係無い者達が見た客観論はね、ただの我儘によって世界を滅ぼす悪魔そのもの。それが円環のコトワリの正体さ」

 

<<黙りなさい人を唆す悪魔め!!まどかは・・・まどかは崇高で神聖な存在よ!!>>

 

「おやおや、色眼鏡をかけて“自分好みの存在のみ”を持ち上げだしたね?そんなに“批判意見は都合が悪い”から封殺しようとするのかい?善悪二元論を悪用し、悪魔だけ悪者にして?」

 

<<そ・・・それは・・・・・>>

 

「そこが善悪二元論の恐ろしさ。正義と悪という概念はね、善人達であっても都合が悪い存在を貶めるために使いたがる・・・あまりにも使い安すぎる印象操作術なのさ」

 

<<私が・・・あの天使達みたいに・・・悪のレッテル貼りを・・・・?>>

 

「ゾロアスター教が産み出した善悪二元論はユダヤ・キリスト教に取り込まれ世界に普及し、今ではフィクション等のサブカル界隈でも当たり前に使われる。その恐ろしさを考えもせず表面しか見ない考えない都合が悪いものは棚上げし、都合の悪い存在達のみ悪者にして自分達のみ正当化」

 

<<・・・・・・・・・・・・・・・・>>

 

「でも否定はしない。それでこそ愚かな人であり、悪魔と最も近い存在達にお似合いの姿だから」

 

<<悪魔も人間も魔法少女も似た者同士と言いたいわけ・・・?>>

 

「だから、共に歩めた時代を築けたのかも・・・・しれないわね」

 

伝えるべき事を伝え終えたのか、主に一礼を行う。

 

<<待って!!まどかの内側に宿ったコトワリの神という存在は何者なの!?>>

 

「レッドライダーはそこまで語ってたのかい?ならその神の名を教えてあげるよ」

 

―――円環のコトワリの神名は、魔女の希望であり救い神・・・アラディア。

 

真紅の舞台カーテンが下がっていく。

 

ほむらの意識もまた急速に遠のいていくのが分かる。

 

意識だけが魔界に訪れていた感覚も無くなっていく。

 

(魔女の希望であり救い神・・・アラディア・・・・・)

 

コトワリの神という存在を初めて知り、ほむらは意識を失いながらも思ってしまった。

 

そんな存在がいなければ、まどかはこの世の外側に連れ去られなかったのではないかと。

 

ほむらの覗き窓の気配も無くなった真紅の舞台カーテンの裏側。

 

「フッ・・・・善悪二元論か。懐かしい概念だ」

 

「思えば閣下もあたし達も、そして魔法少女達にとってさえ逃れられない人間の呪いですね」

 

「吾輩達もかつては神と呼ばれ慕われたし、魔法少女も英雄と呼ばれ慕われた。なのに人は自分の都合の悪い存在を貶めなければ気がすまない。傲慢で、無責任で自分勝手な愚か者共よ」

 

「だからこそ私は愚かな人を愛している。傲慢という自由こそ・・・我が喜びよ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

666日。

 

「それじゃあ、朝のHRを始めます。6月に予定をされてます・・・」

 

担任教師の和子先生による朝のHRが進んでいく。

 

教室の中に聞こえる伝達事項の中、一人の生徒は机に顔を伏せたまま眠っている。

 

「コラー暁美さん。学校はお昼寝をする場所じゃありませんよ~?」

 

和子先生に声をかけられ大げさに身体を反応させながら、ほむらは顔を上げた。

 

「寝る前にスマホでも弄ってたんですか?寝不足は女性の敵ですよ」

 

変わらぬループ現象。

 

「すいません先生。夜遅くまで勉強していたので・・・」

 

変わらぬその場の取り繕い。

 

何事もなかったかのようにHRが続いていった。

 

昼休みの屋上に早めに辿り着き、屋上から見滝原市を眺めるほむら。

 

ループ現象によってあの地獄のような惨状は嘘のように消えていた。

 

「よぉほむら。随分早く来てるじゃねーか?」

 

そして天使に殺され亡くなった杏子も変わらず生きている。

 

「二人とも早いわね。それじゃあ魔法少女会議を始めましょう」

 

マミも変わらぬ元気な姿を見せてくれた時、ほむらの迷いが表面化した。

 

「二人とも・・・その、私のために無理してまで魔人と戦ってくれなくても良いのよ?」

 

「急にどうしたの暁美さん?」

 

「あたし達に仲間を見捨てろって言いたいのかよ?」

 

「魔人との戦いは魔獣とは比べ物にならない程の激戦となるわ・・・貴女達が生き残れる保証は」

 

「命の保証なんてあった戦いなんてあたしは知らないねぇ」

 

「そうよ暁美さん。力が強い弱いに関係なく、殺し合いに命の保証を求める考えは驕りよ」

 

「でも私・・・貴女達にもし犠牲者が出てしまったら・・・」

 

「あたし達の力を疑ってるのかよ?」

 

「そういう訳じゃ・・・・・」

 

「心配してくれるのは嬉しいけど、私達は仲間を見捨てるぐらいなら死んだほうがマシよ」

 

仲間を思う二人の強い想いは嬉しいが、それでもその強すぎる優しい気持ちが悲劇を生む。

 

また仲間を失う苦しみをどちらかに与えるか、あるいは自分のみとなるか不安で仕方ない。

 

「たとえほむらが嫌がっても、あたしは好きにお前と魔人の戦いに首突っ込むぜ」

 

「分かったわ・・・もう何も言わない。本当にありがとう・・・貴女達の気持ちは嬉しいわ」

 

いよいよ残す騎士はあと一人。

 

ほむらにはその騎士が何処に潜んでいるのかも見当がついている。

 

(私が二人を守らないと・・・)

 

それをやり遂げる事が難しすぎる事ぐらい、何度も殺されかけた自分が一番知っている。

 

それでもやらねばならない。

 

もう二人が自分の戦いのせいで悲しみに絶望する姿を、見たくはないから。

 

これはほむらにとっての知るための戦い。

 

そして、二人の仲間達にとっては魔法少女の使命と何一つ関係がない問題。

 

・・・無意味な殺し合いによる、犠牲。




もうここまで見せたら、6体目の魔人の正体も映画を見た人なら分かりますよねぇ。


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65話 ホワイトライダー

今日の学校が終わる夕方、ほむらはマミと杏子を連れて見滝原政治行政区地下にある自身の新たな武器庫へ向かう。

 

「暁美さん?一体私達を何処に連れて行く気?」

 

「政治に興味ねーあたしが一番立ち入りたくねぇエリアじゃねーか」

 

「驚くかもしれないけど、ついてきて」

 

たどり着いた場所は海沿いに立つ商業施設と思われるビルの前。

 

「ここ・・・?まだ開業もしていない商業施設よね?」

 

「あたし達に何を見せてくれるっていうんだよほむら?」

 

「・・・私のアジトみたいなものかもね」

 

「「えっ?」」

 

もぬけの殻であるビルの内部に3人は入る。

 

「誰も・・・いないのかしら・・・?」

 

「ここのビルって何で政治のエリアにわざわざ作られたんだろうなぁ?」

 

「こっちよ」

 

薄暗いエレベーターに入り、ボタンパネルの下の蓋を開ける。

 

地下に向かうボタンを押し、エレベーターはほむらの武器庫に降りていく。

 

「マジでコミックの世界のアジトっぽいじゃねーか・・・・」

 

「暁美さん・・・こんな場所を用意出来る当てがあったの?」

 

「私に魔人の試練を与えてきた存在が用意してくれたわ」

 

「ますます分からねーな・・・殺す目的の相手にこんなアジトを用意するなんてよ」

 

エレベーターは目的の階に辿り着き、薄暗い空間に光が入り込む。

 

「うわぁ・・・・・・まるで欧米の巨大スーパーマーケットじゃねーか」

 

「並んでる商品は・・・どれも日本人が買っていい代物じゃないわね」

 

「私は装備を整えるわ。そしてここに・・・私に襲いかかってきた魔人もいるの」

 

「どういう事だよ・・・・・?」

 

「警戒して。もうここはいつ奴に襲われるか分からない空間となったの」

 

3人は魔法少女姿に変身し、ほむらが装備を整える時間二人に警戒してもらう。

 

整え終えたほむらは3人を連れて、ホワイトを見つけるため武器を構え施設内を警戒しながら歩き続ける。

 

「魔人がここにいるってどういう意味なんだ?どうしてそんな事が分かるんだよ?」

 

「ホワイトと名乗る男が私に弓の技術を仕込んでくれたの。その男は魔人よ」

 

「魔人が暁美さんに魔法武器の扱い方を教えてくれたですって!?何故そんなマネを?」

 

「分からないわ。それだけ私に魔人を倒してもらいたいのかしらね」

 

「ほむらに魔人をけしかけてくる奴の目星もついてるのか?」

 

「ええ。でも・・・その存在を相手には出来ない。挑めば私達など一瞬でこの世から消される」

 

「魔人を従える程の存在・・・見当もつかない次元の存在がこの街にいるなんて信じられないわ」

 

「今は・・・魔人を倒す事だけに集中しましょう」

 

施設内を見回ったがホワイトの姿は見つからない。

 

後は奥の広大な射撃場を索敵するのみ。

 

武器・装備品エリア奥の防弾ガラス自動ドアを開け3人は地下射撃場エリアへ。

 

中は電気がついていないようなので、自動ドア横にある電源をほむらが入れる。

 

奥側から射撃場の明かりがついていく。

 

そして・・・その奥から発せられる逃れられない死の気配。

 

射撃ブース端のドアを開け、射撃場の奥へ。

 

奥に立つ黒き兵士、鳴り響く拍手。

 

「・・・よくぞあの3体の騎士を倒し、勝者となった。俺が鍛えた甲斐もあった」

 

ホワイトは既に背中に弓矢を背負う。

 

「この男が・・・あの黙示録の髑髏騎士だって言うのかよ?」

 

「悪魔は人間の姿になれるっていうの・・・?」

 

人間の姿をした悪魔の底知れない能力。

 

恐ろしいのは、あの巨大な魔力を欠片も感じさせず人間と変わらない状態で魔法少女に近寄る事が出来る事で可能となる・・・暗殺の恐怖。

 

「残された騎士はお前だけよ。まさか・・・私を鍛えてくれた男が悪魔だったなんてね」

 

「閣下に頼まれなければ俺とてお断りだったが、能力の高い矢じりを磨くのも悪くなかった」

 

「・・・私を褒めてるの、それ?」

 

「誇るが良い小娘。魔人を相手にここまでやれる魔法少女など、世界を探してもお前ぐらいだ」

 

目元のサングラス風戦術ゴーグルを右手で外し、地面に捨てる。

 

「だが、それもここまでだ。俺の鍛えた矢は射手の元に帰る事なく戦場で貫きし敵の墓標となる」

 

両目が無い、まるで髑髏の両目が収まるだろう窪みそのもの。

 

左手で背中の弓を取り、右手で指を鳴らす。

 

ホワイトの背後から白煙が地面から溢れ出し、一気に跳躍して地面から現れ出た白馬。

 

身体を覆う漆黒の兵士衣装からもどす黒い煙が吹き出し、全身を包み込む。

 

黒き煙の中から現れでたのは、黄金の王冠を被りし髑髏顔。

 

背後に立つ白馬を背にするは、黙示録第一の騎士。

 

「ソノ墓標トナルノハ小娘・・・貴様ダ」

 

「やはり私の身体を貫いた矢を放ってきた魔人!どうりでお前を見た時に古傷が痛むわけよ!」

 

「マジかよ・・・ほむらを鍛えていたのは本当に魔人だったなんて」

 

「それも・・・自分で鍛えた弟子を殺すために育てたなんて・・・魔法少女の師として私は許せないわよあなたのやり方は!!」

 

「ホワイト・・・お前は何者なの?騎士らしく名乗ったらどう?」

 

白き馬に飛び乗り、魔法少女達に左手の神弓を構え高らかに宣言。

 

「4ツノ死、最後トナリシハ反キリスト!地上ニ偽リノ平和ヲ築キ支配スル、征服ヲ司ル勝利ノ騎士!」

 

―――我ガ名ハ・・・ホワイトライダー!!

 

主の気迫の掛け声と共に白き馬の全身を覆う目も一気に開き、射殺す獲物達を睨む。

 

3人の足元に一気に魔人の結界が開き、3人は魔人結界の中へと連れ去られていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

3人が起き上がったのは魔人結界内。

 

「酷い場所だな・・・まるで地獄の山岳地帯だぜ・・・」

 

ループ現象で魔人結界世界を初めて見る反応を示すマミと杏子。

 

「最後となるって言ってたわよね?じゃあ他の3体の騎士はいつの間に倒されたの?」

 

「警戒して。今は魔人の言葉の真意を考えている場合ではないわ」

 

ループ現象を伝えた所で伝わらない結果となるのはかつての世界と同じである事はわかっている。

 

ホワイトライダーの姿は何処にも見当たらず、周囲を警戒しながら渓谷の谷を進む。

 

3人が魔力の索敵を行える範囲外の距離を持つ渓谷高台頂上。

 

鷹の目に見抜かれている獲物達に引き絞られていく神弓の弦。

 

神矢が金色の光を放ち、極限の一射となるのは明白。

 

「なんだ・・・・・?」

 

遠くの方が一瞬光ったのを杏子が見つけた時、それは既に放たれていた。

 

「なにか来るぞ!!」

 

槍を構え、放たれた一撃を叩き落とそうと構える。

 

金色の矢は放たれてなお加速、目にも留まらぬ金色の流線を描き速度を増しながら杏子に飛来。

 

左切上をもって撃墜しようとするが・・・槍の矛先が神矢に触れた瞬間、砕けた。

 

「ガッ・・・・・・あっ・・・・?」

 

「佐倉さんっ!!!!?」

 

飛来した矢は杏子の右肺に突き刺さる。

 

刹那、杏子の身体は浄化の眩い光に包まれ、ソウルジェムという歪な形にされてしまった魂まで浄化され消滅。

 

色を失うソウルジェム、後ろに倒れ込んで役目を果たし終えた外付けハードディスクの死体。

 

「嫌ぁ!!しっかりして佐倉さん!!返事をして!!!」

 

「そんな・・・たった一撃でどうやって・・・・!?」

 

この一撃と類似する悪魔の魔法は、レッドライダー戦の天使達が見せた破魔の力。

 

人間ではない存在達を耐性が無いならば即死させる力を持つ。

 

泣き崩れるマミから視線を移し、空を駆け抜け降り立った崖の上にいる恐ろしい魔力を放つ魔人に目を向ける。

 

「コレデ無粋ナ輩ハ消エ、射手ノミガ戦場ニ残ル。優レタ射手ハ誰ナノカヲ決メヨウ」

 

「よくも杏子を・・・射手のプライドを満たす為に先に殺すだなんて!!」

 

「伏撃トイウ潜ム戦術ハ余リ好マナイガ、コレモマタ第一ノ騎士ヲ象徴スル世界ヘノ惑ワシ」

 

「いつでも殺せるのだとアピールしたいわけ?それが征服者の卑劣な態度なの!?」

 

「俺ハ象徴ニ過ギナイ。太古ヨリ第一ノ騎士トナリシ者達ハ、世界ヲ裏デ支配シナガラモ決シテ存在ヲ民ニ分カラセズ、存在ノ一部分ノミヒケラカシ、遊ビ、愉悦ヲ楽シム傲慢者共ダ」

 

「太古より第一の騎士となりし者達?ペイルライダーも同じ事を言っていた・・・」

 

「アノ存在共ト貴様ハ深イ関係ニアル」

 

「どういう意味よそれ!?」

 

「ソレヲ知リタケレバ、コノ戦イニ生キ残ル以外ニ無イ」

 

強い風が赤い渓谷の大地に吹き抜け、魔人の黒衣や魔法少女達の髪を揺らす。

 

「・・・暁美ホムラ。貴様ハアノ御方ノ刻印ヲ受ケシ者・・・人修羅ト同ジク」

 

「あの御方の刻印・・・?人修羅と同じく・・・・・?」

 

「世界ヲ知リ、己ヲ知リ、破壊ノ霊トナリテ深淵ニ堕チ・・・アノ御方ニ会ワネバナラヌ」

 

「世界と私を知り・・・私がお前達みたいな邪悪な破壊の霊となるですって!?」

 

「ダガソレモ俺ヲ超エラレタラノ話。タカガ魔法少女ガ、定メラレシ死ヲモ超エル存在トナルカ・・・」

 

右手を天に向け構え、全身から業火が噴き上がる。

 

「黙示録最後ノ騎士、コノホワイトライダーガ・・・終審シテヤル!!」

 

右手に全身の業火が収束してゆき、大火球が右手の頭上に産み出され・・・放つ。

 

「巴さん危ない!!」

 

泣き崩れた姿勢のマミの手を掴み、黒き翼を産み出し高速飛翔。

 

地上に起こる大爆発、これは人修羅が見せた地獄の業火と同じ火炎魔法である『プロミネンス』

 

手加減抜きのその威力は核爆発の次に威力があるという気化爆弾の最大サイズに匹敵するだろう。

 

白き馬も足元から白煙を産み出し天に向かい、魔法少女達を追うように駆けてゆく。

 

「攻メテコイッ!!臆病風ナ守リナド、俺ガ許サンッ!!」

 

ホワイトライダーは死天を召喚しない。

 

魔法少女よりも強き者であるのに仲魔を引き連れて襲いかかる臆病風など見せはしない魔人。

 

黙示録最後の騎士との戦い、射手同士の戦いが今・・・始まった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「放して暁美さん!!佐倉さんが・・・佐倉さんがぁ!!」

 

「杏子は死んだわ!!気をしっかり持って!!」

 

背後から迫る追跡者の神矢、旋回を繰り返し避け続ける。

 

「過ちを繰り返さないって決めたのに!!どうして・・・どうして!!」

 

大切な人を守ると誓ってなお守れない姿をもう一度見せつけられ、ほむらの心も引き裂かれる程痛む苦しみを抱える。

 

やはり二人を巻き込むべきでは無かったと後悔するが、今この場で考えるのは死に飲まれるのみ。

 

「ごめんなさい巻き込んで・・・それでも貴女にまで死なれたら私はどうなるのよ!」

 

「私・・・私まで死ぬの・・・?」

 

「今の貴女では確実に殺されるわ!貴女が殺されてしまったら私・・・独りぼっちになる!」

 

「独りぼっち・・・・」

 

「独りぼっちは嫌!!お願い・・・私を独りにしないで!!貴女の孤独の寂しさは私も同じよ!」

 

「暁美さん・・・・わ、私を・・・・そこまで必要としてくれるの・・・?」

 

背後から迫る追跡者は背中の矢筒から神矢を束ねて掴み、扇状に広げながら神弓の弦にかける。

 

金色に輝く神矢が一斉に放たれようとする。

 

「・・・暁美さん手を放して!私なら大丈夫・・・貴女の力になるから!」

 

扇撃ちされ金色の流線を空に描くはホワイトライダーを象徴する『ゴッドアロー(神矢)』

 

目標に自動追尾し高速で突き進む光景は無数の自動追尾レーザーのようにも見えるだろう。

 

低空からマミの手を放し、一気にループ飛行から旋回行動を繰り返し追ってくる神矢から逃れようとする。

 

一撃でも当たれば杏子と同じ末路となるだろう。

 

「杏子の槍さえ粉々にする魔力武器・・・爆弾をフレアとして使っても通用しないわね・・・」

 

黒き翼の力たる世界を侵食する力を一気に後方に放ち、無数の神矢を侵食領域を持って相殺。

 

「貴様ガ我々ニ行ッタ愚行ノ際ニ見セタ極大魔法カ!素晴ラシキ闇ノ魔力ヨ!!」

 

左空域に弓を構え矢を放ち、前方にも構え目標に向け無数の神矢を繰り返し放つ。

 

侵食する黒き翼をもって迎撃し、左旋回飛行。

 

魔人結界世界は風が強く吹いている。

 

「あっ!!?」

 

左旋回して眼前から飛び込んで来たのは、先程ホワイトライダーが放った矢。

 

空域の強風に煽られて弧を描くように飛来。

 

風の流れと矢の空気抵抗を瞬時に把握し、獲物の空域旋回範囲を予測した上でのトリックアロー。

 

「ぐっ!!」

 

右肩を深く矢じりが貫き、胸骨を貫通し矢じりが右肺を切り裂く。

 

突然の一撃で体勢を崩し、低空飛行となったほむらは眼前の渓谷斜面にぶつかる前に翼を羽ばたかせブレーキをかけ、地面に落下。

 

「くっ・・・・・うぅ!!」

 

左手で右肩の矢を強引に抜き、右肺を傷つけられ息が乱れるほむらに対し、渓谷高台に着地した弓兵の容赦ない速射狙撃。

 

矢を掻い潜りながら走り、上半身にぶら下げた自動小銃を両手で構え、精度を犠牲にした弾幕を張る。

 

ホワイトライダーも追走し、互いの射撃武器を撃ち合う光景。

 

「奴の矢は底が無いの!?」

 

相手の矢筒には魔力消費によって次々と追加の矢が産み出され、弾切れを感じさせない。

 

急停止し、相手に向けてフォアグリップを外して装備したM203タイプグレネードランチャーを撃ち込む。

 

前方が爆発し視界が遮られ急停止した相手に対し、爆炎に向けてフォアグリップを取り外したせいで犠牲にした精度の弾を撃ち続け弾幕を張る。

 

爆炎に飲まれた相手に浴びせられる弾幕射撃、だが・・・。

 

「いないですって!?」

 

爆炎が晴れた場所にホワイトライダーの姿は見えない。

 

弾を撃ち尽くしたほむらはドラムマガジンを捨て、マガジンチェンジを行っている。

 

マガジンチェンジを終えたほむらは不意に近くに人間と同じ気配を感じ、振り向く。

 

高台の上で戦場向けに開発されたイーストンボウを構えるは、兵士姿のホワイト。

 

直様銃を向け射撃をしようと集中した時、背後の地面から白煙が吹き出す。

 

「ああっ!!」

 

地面から跳躍して現れ出た白き馬の猛突進の一撃で空にかち上げられる。

 

地面に倒れ込み、立ち上がった眼の前には既にホワイトが接敵。

 

「伏兵に気をつけろと俺は伝えた筈だぞ小娘」

 

囮を演じていたホワイトにまんまとしてやられた事を悟ったが遅すぎる。

 

右手で銃身を払い射撃を逸らされ、左手弓の鳥打部位で右側頭部を強打。

 

体勢を崩したほむらの両足を鳥打部位の打撃で刈り倒し、背中の矢筒から矢を取り転んだ相手の左足に直接突き刺した。

 

「ぐっ!!」

 

地面に縫い付けられた相手に矢筒から矢を取り構え、頭部を撃たんとするが。

 

「暁美さんはやらせないわ!!」

 

跳躍して現れ出たマミは周囲にマスケット銃を生み出しホワイトに当たるよう弾幕を張る。

 

構えた矢を捨て、背中の矢筒から取り出した矢を弾幕に向けて撃つ。

 

矢じりが特殊な形をした矢が上空から迫る無数の弾の一つに着弾すると空中で炸裂し爆発。

 

爆発の破片を周囲にばら撒き、周りの弾も吹き飛ばす。

 

地面に着地し、空中にマスケット銃を整列させ射撃するよりも先に白き馬が駆けつけ、飛び乗ったホワイトは一気に駆け抜けて去っていく。

 

「大丈夫暁美さん!?」

 

「してやられたわ・・・」

 

地面に深く突き刺さった矢をマミが両手で抜き、手を差し出して起きあげる。

 

「やはり強いわね・・・私を鍛えた男ですもの・・・」

 

「それでも師を超えなければならないわ、それが弟子の努めよ」

 

「付け焼き刃の私一人では難しいわね・・・協力してくれる?」

 

「私を必要としてくれた後輩ですもの。喜んで力を貸すわ」

 

「二人でならやれる・・・信じてるわ貴女を」

 

二人の射手は強き射手を倒さんと行動を開始する。

 

だが二人は既にホワイトライダーという最高の狩人の庭とも呼べる狩場内で彷徨う獲物に過ぎなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

赤き渓谷を流れる血のように赤い川。

 

水がある岸辺は他と比べて木や茂みも多くなっていく。

 

自動小銃を構え警戒しながら奥に進むほむら。

 

弓兵たる魔人の鷹の目は既に、遠くの獲物の姿を捉えていた。

 

「獲物ガ一人・・・誘イ込ミカ」

 

ほむらが誘導係りだと直ぐに見抜いた弓兵。

 

恐らくは罠を張り巡らせたエリアにおびき寄せる役目を背負っているのだろう。

 

上空に上がり罠のエリアごと焼き払うのは容易い。

 

しかし冷静な判断ではあるが臆病ともとれる。

 

「良イダロウ・・・小賢シイ罠ヲ超エ貴様ヲ射抜キ、隠レタ小娘ヲ燻リ出シテクレル」

 

引き絞られる矢が金色の光を纏う。

 

「・・・・・・・!!」

 

遠くが光ったのを察知して直ぐに横に飛ぶ。

 

ゴッドアローの一撃が直ぐ横をかすめ、木々を一直線に破壊していった。

 

「女狐狩リトイコウ!」

 

木々の奥から駆け抜けてくる魔人の魔力に反応して直様後方に向けて走る。

 

揺れ動く馬上ゆえ精度のある射撃をするには接近しなければならない。

 

白き馬は生い茂る木々の枝を高速で走りながらも全身の目を使い機敏に避けながら速度を落とさない、これでは直ぐに追いつかれる。

 

追いかけてくる魔人に対し、ほむらは不規則に跳躍移動を繰り返す。

 

それが何を意味するか、鷹の目も白き馬の無数の目も見抜いていた。

 

「張リ巡ラセタ細イ糸・・・鋭利ナワイヤートラップノ類カ!」

 

繊維資材で出来たリボンを極細繊維の糸にまで魔力で加工し、周囲の木々に張り巡らせたトラップエリア。

 

無数に張り巡らせれば進軍を阻む凶器にも牽制にもなるだろう。

 

ほむらは張り巡らせた罠のポイントを熟知しているかのように避け続け速度を緩めない。

 

「ソノ程度ノ幼稚ナ罠デハ・・・俺ノ進軍ハ止メラレン!!」

 

手綱を引き白き馬の前足が跳ね上がる。

 

地面に両足を打ち付けたと同時に足元から業火が吹き上がり、罠ごと周囲を焼き尽くす。

 

地獄の業火を自在に操る人修羅と同じく、炎を纏う魔人・・・それがホワイトライダー。

 

業火によって一気に燃え盛る森と化した地獄を、なおもほむらは駆けていく。

 

迫る白き馬が燃え盛る木々を通り超える度に、木々に仕掛けられたリボンの罠が獲物を絡みとろうと迫るが、近寄る前に燃やされる。

 

無数の目を持つ白き馬の死角を突く事は出来ない人馬一体の守り。

 

鈍感化加工された燃えて爆発しないプラスチック爆弾トラップエリアに入る。

 

白き馬が火薬の臭いを嗅ぎ取り爆発する前に空に向けて跳躍、白煙を足に纏い上空からほむらを追う。

 

既に弓は構えられ、ほむらの移動ルートを予測した矢の一撃が放たれた。

 

「・・・・!?」

 

上空から胴体に直撃した矢によってほむらは地面に倒れ込み、もがき苦しむ。

 

空から地面に着地し、獲物にトドメを刺すため弓を構える。

 

・・・その時、それは起こった。

 

「何ッ!!?」

 

地面で苦しみもがくほむらの身体が突然爆ぜたように広がり、内部を構成していた無数のリボンと化す。

 

それらは目の前の獲物に絡みつき、地面に固定させた。

 

「馬鹿ナ!?自身ニ擬態シタ偽物ヲ動カス魔法マデ使エル者ガイルノカ!!」

 

これこそマミが魔法の応用で編み出した『ダミーリボン』

 

本物と変わらない肉感まで再現しているせいで、魔力探知を怠れば見るだけでは騙される。

 

だが相手は業火を纏う者、燃えるリボンは瞬時に身体から燃やされ拘束が解かれる。

 

その間僅かな秒に過ぎなかったが、それだけで十分の隙き。

 

ダミーリボンが解けた気配を察知したマミは自身が立つ足元の巨大大砲に火を入れる。

 

その巨大砲身はまるでロシアの大砲の皇帝と呼ばれる世界最大の大砲サイズ。

 

下側には観測員を担うほむらが双眼鏡で敵の位置をマミに伝え終えていた。

 

「佐倉さんの無念、この一撃に込める!ボンバルダメント!!」

 

巨大砲身から咆哮された巨大な轟音に対し両耳を抑え込むほむら。

 

遠く離れた位置から飛来する巨大な榴弾の風切り音。

 

「クッ!!」

 

察知したホワイトライダーは手綱を打ち馬を走らせるが・・・。

 

「・・・弾着、今よ!」

 

遠く離れた位置の森で大爆発が起こる光景、二人は罠を張っていたエリアから大きく離れた場所で砲撃を行っていた。

 

「・・・仕留めたかしら?」

 

「分からない・・・まだ魔人の結界は消えていないわ」

 

「考えたくない事が起こりそうね・・・」

 

二人の手持ちの武器や魔力を総動員した罠。

 

これで仕留められなければ・・・。

 

「・・・・・・見ツケタゾ」

 

上空を見上げる二人、そこに浮かぶはホワイトライダー。

 

「嘘・・・・でしょ?私は渾身の一撃を放ったのよ・・・?」

 

「そんな・・・あれほどの一撃を受けて倒せないだなんて!?」

 

「他ノ騎士ト俺ハ違ウ。業火デ俺ヲ殺セルト思ウナ」

 

既に天に掲げた右手には大火球のプロミネンス。

 

それは無慈悲に下に向け、落とされた。

 

「危ない!!」

 

黒き翼を生み出し巨大大砲の砲身に立つマミを掴み、空に逃げる。

 

地上で起こる大爆発から空を飛び逃げようとする魔法少女達。

 

「・・・無駄ダ」

 

ホワイトライダーは顔も向けずに左の空域にノールック射撃、空間把握がなせる神業。

 

飛来した矢は・・・獲物の胴体を今度こそ貫き、急降下しながら落ちていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「くっ・・・・・うぅ・・・・・」

 

地面に叩きつけられる前にマミの手を放し、ほむらのみ地面に激しく叩きつけられる。

 

「暁美さん!!なんて無茶を!!!」

 

無事着地したマミが駆けつけ、腹部に刺さった矢を抜き回復魔法をかけ続けるが、もう残りの魔力は殆どない故に癒やしきれない。

 

今回は魔獣を倒してグリーフキューブを手に入れてはいないせいで魔力の回復は出来ない。

 

「はっ・・・・!?」

 

逃れられない死、それはゆっくりと近づいてくる。

 

・・・歩くような速度で。

 

「流石ダ、強キ者達。我々黙示録ノ騎士ヲ相手ニ生キ残ッテコレタノモ頷ケル」

 

白き馬とはもはや言えぬ程に全身から血を流し、数多くあった目も破片で潰れている。

 

放たれた巨大榴弾の砲弾ケース内には調整破片弾として大量の破片が魔力で内蔵されていた。

 

いくら爆発の爆炎を耐えられたとしても、物理的に襲いかかってくる破片の雨までは無効化出来なかったようだ。

 

息も絶え絶えの状態で歩く愛馬からホワイトライダーは降りる。

 

「モウイイ、休メ。・・・後ハ俺ガヤル」

 

弓兵の主人に促され、白き馬は体を倒し込んでしまった。

 

息も荒いまま主人の後ろ姿を見守り、項から立髪に生える白く長い髪の隙間から勝利を信じるような眼差しを向けた。

 

「まだ・・・・私は・・・戦える・・・・」

 

貫かれた腹部から流れ出る血を手で抑えながらほむらは立ち上がる。

 

「ソレデコソ、逃レラレヌ死ニ抗ウ者。死ニカケテイヨウガ、俺ハ訓練同様容赦ハシナイ」

 

自動小銃を構えようとするほむらを左手で制し、マミが前に出る。

 

「その体では無理よ。私が戦うわ・・・」

 

「何言ってるの!?貴女だって残りの魔力さえ回復魔法で・・・」

 

「魔力は無くても・・・五体は満足よ」

 

残された魔力でリボンを右手で生み出し一丁のマスケット銃を掴み、銃剣術のように構える。

 

「・・・その体で援護は期待しないわ。私に任せて」

 

「行っては駄目!!」

 

前に駆け出し、銃床で殴りかからんと魔人に迫る。

 

左側頭部に銃床が迫るよりも先に身を低め、右足を踏み込み右肘打ちを正中線腹部の水月(みぞおち)に打ち込む。

 

息が出来なくなり、銃を放した右手を即座に掴み、背負い込み投げ飛ばす。

 

大きく投げ飛ばされたマミは岩に激突し、倒れ込むがそれでも岩を壁にしながら左手で立ち上がろうとした時。

 

「うっ!!?」

 

壁についた左手の肘関節を矢が射抜き、壁に縫い付けられた。

 

引き抜こうとしても矢じりは深く岩の奥まで突き刺さり、びくともしない。

 

「ソコデ見テイロ。小娘ヲ殺シタ後デ・・・俺ノ愛馬ヲ傷ツケタ礼ヲシテヤル」

 

僅かな間、師弟関係を結んだ魔法少女に髑髏顔の目を向ける。

 

「待タセタナ。始メルトスルカ」

 

「・・・お前とは、何処かでこうなるって気がしていたわ・・・ホワイト」

 

「期待ヲシテクレテイタノナラ、答エヨウ」

 

同時に銃と弓を構え、射手が互いに弾と矢を放つ。

 

跳ね上がりが酷くなり自動小銃の精度が落ちた射撃を掻い潜り、3本の矢が左太腿、左脇腹、左胸を貫き突き刺さる。

 

「ぐっ!!」

 

「コノママココデ死ヌノカ?人ノ身ヲ辞メ、石コロニ成リ果テテマデ何カヲ成ソウトシタ者ヨ」

 

体勢が崩れた相手になお矢は飛来し、右太腿を貫き突き刺さる。

 

右腰のホルスターから早撃ちを仕掛けようとするが、拳銃を向けるよりも早く右肘関節を矢が貫いた。

 

「友ノタメニ戦イ、友ト交ワシタ約束ヲ貫イテキタ者ヨ。約束ハモウ守レナイ」

 

左手に握る自動小銃を無理やり片腕射撃しようと構えた瞬間、渾身の一矢が胸骨を貫き、心臓を貫き、軽い体のほむらは矢と共に後方の岩にまで飛ばされて岩に縫い付けられる。

 

「何モ成セナカッタ者ヨ。オ前ハ約束モ果タセズ、アノ小娘ガ存在シナイコンナ世界ニサレタママデ・・・“悔シク”ナイノカァ!!」

 

岩に向けて一気に跳躍。

 

右飛び蹴りを放ち、胸部に突き刺さった矢筈を蹴り込み、矢はほむらの体を貫通し、蹴りの衝撃でほむらの胸骨部位も後ろの岩も砕かれた。

 

「暁美さぁぁんッ!!!!」

 

もはやトドメを刺されるのみの状況でマミは何もしてやれず、後から殺されるのを待つのみ。

 

だが、それでは先輩を必要としてくれた後輩に対し、何もしてやれなかった情けない先輩のまま。

 

胸元でリボン結びにしていたリボンネクタイを右手で解き、残された魔力で加工を加え、極めて鋭利な糸とする。

 

それを右手で左腕の上腕に巻きつけ、口で強く結ぶ。

 

「可愛い後輩のためですもの・・・。もうケーキ作りもオシャレも・・・出来なくなるわね」

 

マミは力を振り絞り右手で鋭利なワイヤーとなったリボンを引っ張り込む。

 

・・・・後ろの壁を鮮血が濡らす。

 

「かっ・・・・・あ・・・・・・あぁ・・・・」

 

もう立つ力さえほむらは残されてはいない、人間ならば即死している重体。

 

「・・・所詮貴様モ、ココマデカ。ソレデハ大イナル神ガ敷イタ運命ヲ変エル力ナドハナイ」

 

地面に倒れた相手に弓を構え、矢が金色の光を放ち、神矢によって弔おうとする。

 

だが・・・。

 

「・・・順番ヲ待チキレナイカ?魔弾ノ射手!」

 

左腕を失い、右手には頭部の帽子に飾られたソウルジェムを握り込み駆けてくる先輩の姿。

 

「だ・・・・・・駄目・・・・逃げ・・・て・・・・・・!!」

 

「強く誰かに必要とされるって・・・独りぼっちだった私にとって、本当に嬉しかった・・・」

 

―――もう・・・“何も怖くない”。

 

瞬時に相手が何を狙っているか判断し、弓をマミに向けようとした時・・・。

 

「ムゥ!?」

 

主人の危機に最後の力を振り絞って駆けてきたのは、ホワイトライダーの白き馬。

 

口を開け歯を剥き出しにし、自爆攻撃を仕掛けようとする魔法少女に迫る。

 

鈍化した世界・・・馬は頭部を傾けながら、その細い首に迫る。

 

「あっ・・・・・・・・?」

 

馬が首に喰らいついた時間が一気に動き出す。

 

最後の力を振り絞り、白き馬の顎の力を持って・・・・・魔法少女の首を『食い千切った』

 

【マルコによる福音書6:24~28】

 

―――そこで少女は座をはずして、母に「何をお願いしましょうか」と尋ねると、母は「バプテスマのヨハネの首を」と答えた。

 

―――王はすぐに衛兵をつかわし、ヨハネの首を持って来るように命じた。衛兵は出て行き、獄中でヨハネの首を切り

 

―――盆にのせて持ってきて少女に与え、少女はそれを母にわたした。

 

「いやぁぁぁーーーーーー!!!!!」

 

鮮血を撒き散らし首と胴体が転げ落ちてしまった恩師の姿に、残された生命の限り絶叫する。

 

だが、白き馬の最後の攻撃を持ってしても止められない。

 

右手に握り込んだソウルジェムは既に魔力が暴走し・・・一気に残された死体ごと自爆。

 

「オオオォォォォォ!!!!」

 

破壊のエネルギーが周囲に広がり、ホワイトライダーも倒れたほむらも吹き飛ばされる。

 

魔法少女の自爆魔法は悪魔の自爆魔法と全く同じであり、爆炎ではなく物理的な破壊をもたらす故にホワイトライダーでも無効化出来ない。

 

(巴・・・・さん・・・・)

 

光に包まれた世界の中、ほむらの記憶がフラッシュバックする。

 

あれは眼鏡をかけた弱き魔法少女を守るために、身を挺してワルプルギスの夜が放った一撃から守ってくれた違う世界のマミの背中。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「グッ・・・・ヌゥゥ!!!」

 

渓谷の岩場まで飛ばされたホワイトライダーは爆発の余波で崩れた岩が頭上から降り注ぎ、下半身が大岩で潰されている。

 

「主人ヘノ愛故カ・・・・・余計ナ真似ヲ・・・・・」

 

死天を召喚し、岩をどけさせ回復魔法で傷ついた体を癒そうとした時だった。

 

「・・・・・・フッ。戦場デハ、最後マデ立ッテイタ者コソ・・・勝者ヨ・・・」

 

頭を岩で強打し、流血が両目に流れ込み、まるで血涙を流しているかのようなほむらの姿。

 

その傷ついた体は最後の力で魔法の弓を構えていた。

 

「・・・巴さん・・・杏子。私に最後の力を・・・貸してぇ・・・・!!」

 

震える両腕で放たれた一撃。

 

「ガッ・・・・ハッ・・・!!!」

 

真っ直ぐ飛来した矢は髑髏の眉間を貫き、反動で被っていた黄金の王冠が宙を舞う。

 

「勝利の騎士・・・この一撃をくれたのは・・・お前のお陰でもあるわ・・・」

 

―――・・・因果なものね。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

魔法の杖を地面につき、もういつ死んでもおかしくない体を引きずりながら、トドメをさせたと思わしき魔人の元へ。

 

もうトドメを刺すため体を動かす余力は無い。

 

「フフフ・・・魔人ヲ退ケルトハ。ソレデコソ・・・俺ガ鍛エタ小娘ヨ・・・」

 

「ホワイト、教えなさい。何故・・・何故こんな酷い殺し合いをしなければならないの!」

 

「全テハ黒キ希望ノタメ・・・終ノ決戦ノタメ・・・・」

 

「私はお前達みたいなおぞましい悪魔になど与しない!私の大切な仲間を殺す者達になど!」

 

「一時ノ感情ガソウ決メテモ・・・貴様ハモウ、悪魔ガモタラス運命カラハ逃レラレナイ」

 

「悪魔の・・・運命ですって!?」

 

「俺ハ言ッタ筈ダゾ小娘・・・貴様ハ、アノ御方ノ刻印ヲ授カリシ・・・選バレタ者」

 

「あの御方の刻印・・・?私の体の何処にそんなおぞましい刻印が印されてるのよ!?」

 

「ソレハ、次ノ魔人・・・アノ年寄リ爺ニデモ・・・聞クガ良イ・・・・」

 

「年寄り爺・・・・・?」

 

「ヨハネ黙示録・・・全テハ、聖書ニ記サレタ運命ヲ辿ル・・・ソレヲ実行スル者達ガイル限リ」

 

「黙示録を・・・実行する者達・・・?」

 

死にゆく体の頭部を横に向け、自身の転がった黄金の王冠を見つめる。

 

「エノク書・・・200人ノ天使カラナル集団ノ長“シェムハザ”ハ、カルメル山ニ降リタ・・。遠クカラ人間ノ娘達ニ性的ナ欲望ヲ抱イタ奴ラハ・・・娘達ヲ娶ッタ・・・」

 

「エノク書・・・?200人の天使・・・?シェムハザ・・・・?」

 

「守護天使ヲ気取ル奴ラ、堕天使共ハ・・・新妻ニ魔術ヲ教エタ。ソノ結果・・・“ネフィリム”ノ名デ知ラレル巨人ガ産マレタ・・・」

 

「ネフィリム・・・巨人・・・?」

 

「アナク人ハ、ネフィリムノ出・・・巨人ヲ人々ハ恐レ、迫害シ、殺害シ、アナク人ハ、イスラエルノ領土カラ・・・姿ヲ消シタ」

 

「まるでミュータントね・・・・・ネフィリムという存在は」

 

「ネフィリムハ、ソノ抗シ難イ敵愾心ト凶暴サデ、互イニ殺シ合イ、殺シタ相手ヲ食ベル事デ世界ニ“カニバリズム”ヲ・・・モタラシタ」

 

「カニバル・・・食人・・・・・」

 

ほむらの脳裏に、悪夢の世界で見た見滝原総合病院の地下にあった地獄の光景が過る。

 

「サトナ(サタン)ハ、エヴァト交ワリ・・・人類最初ノ殺人ヲ犯シタ男“カイン”ヲ産ミ出ス」

 

「カイン・・・アベルの兄だった創世記の人物・・・」

 

「ココヨリ始マルノダ・・・数千年モノ間、大イナル神ヲ呪ウ・・・悪魔崇拝者ノ歴史ガ・・・」

 

「カイン・・・悪魔崇拝者の歴史・・・」

 

「後ニ・・・ノアガ産マレ、ノアノ孫ニイタ存在・・・名ハ“カナン”・・・後ノカナン族ダ・・」

 

「カナン・・・?カナン族・・・?」

 

「オゾマシキハ、カインノ血族・・・カナン族・・・アレコソマサニ、人々ヲ惑ワシ殺シ、ソシテ喰ラウ・・・世界ニ悪魔崇拝ヲモタラシタ者達・・・!」

 

ホワイトライダーの身体を構成していた感情エネルギーが抜け落ちるように輝きを放つ。

 

「奴ラハ内側カラ血ヲ乗ッ取ル・・・モハヤ、黒ノ貴族共ハ白人ト変ワラヌ見タ目・・・ソシテ欧州ノ王族ハ奴ラ・・・ヘブライノ皮ヲ被ッタ者達ガ乗ッ取ッタ・・・」

 

「私に一体何を伝えたいの・・・ホワイト・・・?」

 

「ククク・・・黙示録ハ必ズ起コル。ソレニ参加スルモ良シ。無視シ・・・魔法少女ノ物語トヤラノ世界ニ浸リナガラ・・・世界ノ破滅ヲ傍観スルモ良シ・・・」

 

―――全テハ、貴様次第ダ・・・・・暁美ホムラ。

 

―――偽リノ平和デハアッタガ・・・弟子トイウ者ヲ初メテ持テタ時間・・・。

 

―――悪ク・・・・・ナカッタ・・・ゾ。

 

その一言を最後に、ホワイトライダーの身体を構成する感情エネルギーが爆発。

 

淡い深碧色の感情エネルギーたるマグネタイトが空にバラ撒かれ、ホワイトライダーの形も消えた。

 

自分を身を挺して守ってくれた師と、殺し合ったが自分を強くしてくれた師・・・両方失った。

 

強い風が吹き抜け、血まみれのほむらの髪を揺らす。

 

ほむらの心に残った感情は・・・。

 

やりきれない・・・悲しみと虚しさだけであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

魔人結界から元の武器庫の射撃場に戻ってこれたのは、暁美ほむらのみ。

 

だが・・・。

 

「ハッ・・・・ハッ・・・・ハッ・・・・意識が・・・持たない・・・」

 

もう生命が持たなくなっていた。

 

頑なに死ぬのではないと自分に言い聞かせるが、意識を失えば死んだ肉体が勝手に死を受け入れて絶望死と同じくソウルジェムが砕ける。

 

逃れられぬ死に・・・ついにその生命を飲み込まれようというのか?

 

「私・・・まだ・・・・・死ね・・・・ない・・・・」

 

もう体の感覚は無い、目も見えない、耳も聞こえない。

 

ついに視界がブラックアウトした時、ほむらには聞こえない音が地下射撃場内に響く。

 

ブラウンの革靴の歩く音がほむらに近づいてくる。

 

足音が止まった。

 

「黙示録の四騎士を打ち破りし力・・・見事よ。お前さんは・・・ワシと戦う資格を得たぞ」

 

右手の指を鳴らす。

 

世界の時間が巻き戻るかのように歪んでいく。

 

それに気がつく事もなく、ほむらは彼岸の淵に・・・行ってしまった。

 




やっぱりマミさんはマミられる姿がよく似合いますね~。


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66話 彼岸の淵

暗い景色、暗い夜空、そして赤き月に照らされしは彼岸花。

 

ほむらが立っている場所は、はたして悪夢の世界か?

 

それとも、死した者達が立つ場所か?

 

<<ここは・・・・?私・・・・死んだの・・・・?>>

 

喋る声として空気を振動させた音を出すことは出来ない。

 

まるでかつてのボルテクス界で見かけた、強き感情によって世界に引き留められた思念体。

 

そこにいて、そこにいない。

 

<<何処なのここ・・・・何処かの川辺・・・・・?>>

 

彼岸花で埋め尽くされた河原を歩き、川辺の端に向かう。

 

彼岸花は毒性を持つが、触れても害はないし、それに今の彼女の体では触れる事も出来ない。

 

川の前に立ち広大な川の向こう側を見るが、見通せない程に地平線の彼方にまで広がっている。

 

<<まるで三途の川ね・・・。私も渡らないといけないの・・・?>>

 

やはり自分はホワイトライダーに殺されたのだと考えてしまい、握った拳を震わしていく。

 

<<私は魔法少女の使命も果たせないまま死んだ・・・まどかに合わせる顔も無いわ・・>>

 

信じていたまどかとの笑顔で迎える再会。

 

それは魔獣達との戦いの果てに力尽き、円環に導かれること。

 

そう信じているほむらにとって、魔法少女の使命と関係ない戦いで命を落とす結果となった事で、まどかが笑顔で迎えに来てくれるか分からなくなってしまった。

 

<<死ねない・・・私・・・まだ死にたくない・・・・!>>

 

両膝が崩れ地面に跪き、戦いの果ての結果に嘆き崩れる姿。

 

三途の川なのか、嘆きの川なのかは分からない広大な川の上流から一つの明かりが近づいてくるのを彼女は見つけ、立ち上がる。

 

<<まどか・・・私を迎えに来てくれたの・・・・?>>

 

川舟の腰当に明かりのランタンを置き、櫂を使って推進させる者が一人。

 

川岸にいる人物の存在に気がつき、船の櫂を操り川岸にまで舟を接岸させた。

 

<<まどか・・・?・・・・いいえ、違う・・・・・貴方は?>>

 

ボロボロの白い修道服のような衣装を身にまとい、フードを被る人物。

 

身長からしてまどかのような少女ではなく、男性と思える見た目。

 

「迷える魂よ。ここはまだ、汝が来るべき場所ではない」

 

右手でフードを後ろに下ろし、素顔を見せた人物。

 

白髪で覆われた長髪、顔つきも痩せ細った人の死を意識させる老人。

 

「私はカロン。三途の川であり嘆きの川とも呼ばれる冥界へ続く道の渡し守」

 

名乗った名前を聞いてほむらは絶望する。

 

その名はあまりにも有名な冥界の神ハデスの元に人の魂を導く者の名であったからだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【カロン】

 

ギリシャ神話における冥府の川ステュクス(またはアケローン)の渡し守。

 

暗闇の深淵エレボスと夜の女神ニュクスの子で彼も神々の系譜。

 

死者が冥界に行くにはカロンに船賃として銅貨1枚を渡すと信仰されており、ギリシャの遺跡からは口に銅貨を含ませた亡骸が見つかる事もある。

 

死者が無事冥府へ行けるようにとの慣習も太古にはあったようだ。

 

<<そんな・・・私は円環のコトワリに導かれる事も出来ずに、人間と同じ死に方をさせられないとならないわけ!?>>

 

「慌てるな小娘。汝はまだ、死んではおらんよ」

 

<<・・・・・・えっ?>>

 

「しかし、死を意識するあまり魂が冥府に流れ着こうとし、死の概念に囚われここに辿り着いたようだ。ここの景色も汝が想像していた概念景色が反映されておる」

 

<<それじゃあ・・・私はまだ・・・生きて・・・・>>

 

「だた、死に囚われた魂のままでは・・・汝はこのままここに取り残され魂の死を迎える」

 

<<そんなっ!?私・・・まだ死にたくないのに!!>>

 

「汝は・・・本当に生きたいのか?ここに囚われる者は皆、死の世界に逝った者達と会いたいがあまり、自殺して流れ着いた者も多いのだ」

 

<<それは・・・・・・>>

 

「汝は生きたいのではない、死ぬために生きたいだけだ。生の喜びを感じさせない者よ」

 

<<私は魔法少女よ!戦いの果てに死に、円環のコトワリに導かれる運命を背負ってるわ!>>

 

「なるほど、汝は魔法少女であったか。しかし、魔法少女であろうが心は人間。汝のように使命と心中しようと考える者など誰もいなかろう」

 

<<私を頭のおかしい魔法少女だとでも言いたいわけ!?>>

 

「見よ。上流から流れてくる・・・汝のように身勝手に死に急いだ者達の魂の灯りを」

 

川の上流から流れてくる灯り。

 

それはまるで灯篭流しのような明かりを灯し、川を下流の先へと流れていく。

 

「あの魂も汝と同じ者達。家族に先立たれた者、愛する人に先立たれた者、己が偶像として祭り上げた有名人の自殺に耐えられなかった者など様々よ」

 

<<魔法少女と人間を同じにしないで!私は優しい日常の世界でさえ耐えられなかった心の弱い人間という存在ではないわ!!>>

 

「死者の“ワルクチ”は止めてもらおう。汝は魔法少女である事で人間以上の存在となった故に心まで生ける屍となったのかね?」

 

<<ち・・・違う・・・!!>>

 

「魔法少女だから特別?運命を背負うあまり、無意識に人間を差別するのだな。何も違わないさ」

 

<<魔法少女も・・・人間も・・・何も変わらない・・・?>>

 

「私は迷える魂にいちいち未練を聞きはしないが、汝は特別だ。・・・誰を亡くした?」

 

<<私の最高の友達・・・・・鹿目まどか・・・>>

 

「言ったであろう?その心の苦しみこそまさに、人間と同じ苦しみよ」

 

<<会いたい・・・まどかに・・・・・会いたい・・・>>

 

「死した者は生ある者に何も答えない。それは神となった者とて同じ。汝の友人とは、円環のコトワリとして転生した娘かね?」

 

<<まどかを知っているの・・・?>>

 

「本当にその娘が汝の死を望んでいると思うのか?死者が望むのは生ある者達の幸のみよ」

 

<<お前に何が分かるのよ!まどかは円環のコトワリとして使命の果てに死した魔法少女を円環に導いてきたわ!まどかは・・・まどかは私達魔法少女に死んで導かれて欲しいのよ!>>

 

「まるで先に導かれた先立つの者達への“ヤキモチ”だな。汝はただ親しき者に会いたい理由を魔法少女の運命に紐付けしてそうであれと望む願望・・・身勝手な“ワガママ”よ」

 

<<私に偉そうに説教して論破する気!?>>

 

「説教?論破?・・・つくづく身勝手。己の悪い部分を指摘されたら相手を印象操作し始める言葉を吐く。さも相手のみ悪い、私は悪くないと周りに示す。善人であろうとも、都合が悪いから」

 

<<事実じゃない!!>>

 

「それは都合が悪いから汝が身勝手にそう思い込んでいるだけだ、説教する気は無い。人は皆、悪者にされたくないと考え、都合の良い言葉のみ選びたがる。違う考えを受け入れない蛸壺共だ」

 

<<何が言いたいの・・・?>>

 

「愚かな人間に過ぎないのだ、お前達魔法少女も。そんな愚かな人間だからこそ、身勝手ではあるが、死者にとって得難い生の喜びも得られる」

 

<<生の喜び・・・・・?>>

 

「汝には誰もいなかったのか?共に過ごしてみたいと思える程の・・・大切な人達が?」

 

<<大切な人・・・・共に過ごしたいと思える程の・・・・>>

 

記憶に浮かぶ人々は共に戦う魔法少女の仲間達・・・養ってくれた『家族』の顔は浮かばない。

 

「会いたいと思う感情は死者ではなく、生ある者達に向けよ。未来を夢見る気持ちこそ、死に囚われる魂を開放する鍵よ」

 

<<夢見る・・・まどかがいない世界で・・・他の誰かと共に生きる未来を・・・?>>

 

目を閉じ、大切な二人の仲間と共に過ごす未来を夢見る。

 

魂に温もりを感じ、徐々にではあるが思念体の姿が消えようとしてゆく。

 

「ここまで助言した迷える魂も珍しい。代金として魔貨(マッカ)を請求してやりたいが、子供の汝にたかるは大人の恥・・・もう来るでないぞ」

 

彼岸の淵に流れ着いた者をカロンは見送った。

 

「この彼岸は・・・魔界への入り口前でもある。魔なる者達の領域なのだから」

 

川舟を櫂で押し出し、後は渡し守として流れていった『地獄に送られる』迷える魂を冥界へ導く概念存在に戻るのみ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「・・・・・・・・・はっ!?」

 

気がつけば、また暗闇の空間。

 

だがメノラーの明かりが増したお陰で随分と明るくなってきた。

 

「死後の世界の次は悪夢・・・何処までも私は振り回されるのね・・・」

 

右手に握るメノラーの灯りを見つめたまま、意識は彼岸の淵を彷徨っていたようだ。

 

既に顔にかけられた眼鏡を通して見つめる灯りから目を離し、周りの空間を確認する。

 

何処かのゴシック様式で作られた礼拝堂のように思える奥まった閉鎖的空間。

 

背後を振り返ると、礼拝堂の奥に嵌め込まれた巨大なステンドグラス。

 

メノラーの灯りに照らされた色鮮やかな白や赤紫といった色で見る者を癒やす。

 

そのステンドグラスに描かれし人物像とは・・・?

 

「・・・・・・まど・・・か?」

 

まるで女神の宗教画のように美しく描かれた魔法少女達の救い神。

 

そして、自分を残して高次元領域に消えた身勝手な最高の友達。

 

「まどか・・・まどか・・・どうして・・・どうして逝ったの?私そんなの望んでなかった!」

 

縋り付くようにステンドグラスに左手を優しく添えながら膝を崩し跪く。

 

死した者は生ある者に何も語らない。

 

―――Gott ist tot(神は死んだ)

 

優しい声が聞こえないから溢れ出る感情の色が抑えられない。

 

―――Gott ist tot(神は死んだ)

 

この感情こそ、愚かな人間である証拠。

 

そこから産み出される・・・醜き『15』の感情とは・・・?

 

耳をすませば、暗闇の空間からすすり泣くような音が聞こえてくる。

 

まるでほむらの泣きたい感情を代わりに請け負う『泣き屋』のように。

 

暗闇に潜む何者かに気が付き、後ろを振り返るが、そこにいるようで、誰もいない。

 

「・・・やっぱり私には無理。まどかのいない世界で生きる未来を夢見る事は出来ないわ」

 

潜む者が迫る前に礼拝堂の奥から出入り口にまで走り、両開きの扉を開けて進む。

 

礼拝堂の信者たちが座る奥にある椅子の一つ。

 

暗闇に包まれていたそこに座っていた存在は・・・潜む者。

 

このまどかを美しく飾る礼拝堂を汚したくなかったのか、大人しくしてくれていた。

 

14の信者椅子の端にもすすり泣く人形の声。

 

この人形達もまた、潜む者と同じく・・・ほむらの感情の色が生み出した者達。

 

悪魔の感情エネルギーを表す言葉たるマグネタイトやマガツヒ。

 

それ以外にも、人間の欲求とも呼ばれ『色』とも表現される事もあった。

 

愚かな人間の感情は・・・人ならざる魔なる者達を産み出す。

 

―――色から生まれ空にはあらず、此岸の淵こそ我らが舞台。

 

―――魔なる者たる、悪魔の領域。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「ここは・・・・・もうついたわけ?」

 

そこは王の控えの間。

 

先程の両開きの扉は目的の扉と繋がっていたようだ。

 

「聞かなければ・・・まどかを奪った者の正体、天使と悪魔、そして黙示録の事を・・・」

 

メノラーを台座に置き、四つの灯りが大きくなっていく。

 

部屋を明るくする蝋燭の灯火の中に、金髪の少女の視線を感じ取った。

 

自分の視界が血管内の穿孔トンネルをうねるように落下していく同じ感覚。

 

気がついたらほむらの視界は、生物体内にある細胞壁の隙間のような覗き窓。

 

ここは、アマラの果であるアマラ深界。

 

<<出てきなさい。いるのは分かっているわ>>

 

真紅の空間中央、血管に溜まった血の湖の上に浮かぶのは、オペラ劇場の舞台。

 

ほむらに促され、真紅の舞台カーテンが上がっていく。

 

ステージ主舞台にいたのは変わらない面々。

 

「危うく常世逝きになるところだったね。おかえり、お嬢ちゃん」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

王の書斎のような豪華な主舞台。

 

アンティークキングチェアに座っているのは、目を閉じ山羊の形をした銀の飾り杖を手で握る金髪の少女の姿。

 

その両隣には喪服姿の鹿目詢子に化けた悪魔と、アモンと呼ばれた梟。

 

ほむらはもう、喪服姿の鹿目詢子に化けた悪魔を罵倒はしない。

 

あの姿は、暁美ほむらの罪そのものの形なのだから。

 

「黙示録の四騎士を打ち破りし者よ。期待通りの成果を見せてくれてあたしも嬉しいよ」

 

<<教えなさい。光の者達と闇の者達との関係を・・・そしてコトワリの神の正体を>>

 

喪服の淑女は主の方に向き、主は許可を出すように目を閉じたまま頷く。

 

「魔人を倒せし者。あんたに世界の真実を・・・最後となるけど、あたしが語るわ>>

 

最後となるという部分が引っかかったが、黙って清聴する事にした。

 

「・・・時の流れを超え、世界、宇宙では光と闇の勢力が争ってきた。その戦いはあらゆる者に影響を与えたわ」

 

<<世界・・・宇宙・・・まさか、全ての並行世界で・・・?>>

 

「悪魔や人間、それに魔法少女達も何れかの勢力の支配下に組み込まれ、戦いを続けてきた。そして・・・その戦いは終わる事なく続いているの」

 

<<私達魔法少女まで・・・光と闇の争いに加担していた・・・?>>

 

「しかし、我が主はこの無限の戦いを終わらせる事を、その名に誓った」

 

<<光と闇の無限に続いてきた戦いを終わらせる・・・それが、黙示録?>>

 

「今までにない、己が意思を継ぐ、混沌の悪魔を創りだし、光の勢力との終の決戦に挑む決意をされた。そのためにかつて用意された存在達こそが・・・死を司る魔人」

 

<<混沌の悪魔を作り出すために用意した存在が・・・魔人!?>>

 

「死に挑み、死を超える事で悪魔の、滅ぼし、滅ぶ力の結晶となる事が出来る。それが我らに許される、初めての黒き希望となる・・・そして、その黒き希望の一つは生まれたわ」

 

<<その黒き希望・・・・それこそが、人修羅・・・?>>

 

「かつての世界で、我が主の計画は成就した。そしてこの終の決戦の地として選んだこの世界で再び我が主は同じ事をしようとされている」

 

<<私に悪魔に・・・悪魔になれとでも言いたいわけ!?ふざけないでよ!!>>

 

「もうあんたの意思は関係ない。あんたはあの方達の刻印を授かりし時より、逃れられない呪いを左腕に受けていた」

 

<<私の・・・左腕に・・・?>>

 

思い当たるフシはない。

 

ほむらの左腕には、人修羅のような光る入れ墨など存在しない。

 

ほむらの左腕を考えたなら・・・かつて左腕に身に着け、そして今もあるモノとは・・・・?

 

「いずれこの世界で光と闇の最終戦争が起こる。それは死海文書に記されていた通り、光の子と闇の子との戦いとなる。そして産み出されるは二人のメシア」

 

<<死海文書ってあの・・・?それに、二人のメシアって・・・・>>

 

「光の子か、闇の子か、大いなる神か・・・あるいは二人のメシアが、千年王国という理想郷を世界に築く事となるんだよ。光であろうが闇であろうが、その世界は築かれる」

 

<<この世界で・・・もうじきハルマゲドンが・・・起こる・・・>>

 

「インキュベーターの親玉と戦えるんだ。殺しても飽き足らない程に憎い天使を殺しまくれる。魅力的だと思わないかい?」

 

<<・・・・・・・・・・・・・・・・・・>>

 

「沈黙は肯定。・・・さて、円環のコトワリ神であるアラディアについて聞きたかったんだね?」

 

<<まどかに取り憑き、まどかを神の次元に連れ去ったアラディア・・・奴は何者!?>>

 

「魔女の救い神であり虚構の神。宇宙の規範、宇宙の光の秩序。大いなる神に与する神」

 

<<どういう事・・・大いなる神は円環のコトワリを憎んでいるんじゃないの・・・?>>

 

「大いに憎んでいるとも。なんせ円環のコトワリたる鹿目まどかのせいで・・・遠い未来の果てには、全てのアマラ宇宙は虚構となり、滅びを迎えるのだから」

 

<<まどかが・・・全ての宇宙を滅ぼすですって!?>>

 

「それを止める事は大いなる神には出来ない。イレギュラーであり宇宙を滅ぼす女神であろうが、大いなる神が生み出したアマラの摂理を、大いなる神が自ら破れば、裁かれる」

 

<<大いなる神を裁ける存在がいるというの・・・あの並ぶ者無き唯一神を・・・?>>

 

「その神霊をあたし達は裁く者と呼ぶ。円環のコトワリがした事を思い出しな、宇宙の延命を妨害し、全ての宇宙から熱を奪い、凍えさせて死なせる規範となったのさ・・・鹿目まどかは」

 

<<そんな・・・そんな事をまどかが望む筈が無い!それじゃ・・・宇宙の破壊者じゃない!>>

 

「だから言っただろ?鹿目まどかがやった所業は悪魔の所業。全ての宇宙を永遠の闇に閉ざす・・・虚構の神なのさ」

 

―――まさに、未来の果てには宇宙に絶望という因果をもたらす・・・邪神そのものさ。

 

<<黙れ・・・黙りなさいよ!!神聖なまどかは女神よ!邪神などでは決して無い!!>>

 

「あんな小さい中学生の小娘じゃ、自分の自由な選択によってもたらされる弊害までは見通せなかったという事さ。アマラ宇宙に生きる星も生命も全て鹿目まどかのせいで輪廻を断ち切られる」

 

―――人修羅でさえ一つの宇宙を死滅させただけの視点から見たら、桁外れの悪行だね?

 

<<黙れッ!!まどかは何も悪くない!あの子は私達魔法少女を絶望から救いたかっただけ!>>

 

「魔法少女だけ良くて、他の星や生命はどうでもいい。選民思想の魔法少女至上主義だよソレ」

 

<<やらせない・・・まどかを邪悪な破壊神になど貶めさせはしない・・・>>

 

―――まどかを絶対にあのコトワリの神から救い出してやるわ・・・。

 

―――破壊神として世界を終わらせる邪神と罵られればいいのは・・・。

 

―――私から大切なまどかを連れ去った・・・コトワリの神アラディアだけで良い。

 

目を閉じ、沈黙していた金髪の少女の口元が不敵な笑みを見せる。

 

「アッハハハハ!!よく言い切ったね!それでこそ、あたし達が見込んだ醜い女だよ!!」

 

<<何とでも言いなさい・・・私は、まどかと魔法少女が救われたらそれだけで良い。あの子が守った世界もまどかの願いで遠い果てには滅びるなら・・・それで良い>>

 

「あんたの自分達さえ良ければ良いという差別に塗れた本音の言葉、あたし達が聞き届けた。お前こそ、新しい黒き希望さ」

 

真紅の舞台カーテンが下がっていく。

 

ほむらの意識もまた急速に遠のいていくのが分かる。

 

意識だけが魔界に訪れていた感覚も無くなっていく。

 

「世界の真実も伝えるべき事は伝えたし、あたしの役目は終わり。次に語られるのは、あんた個人に関わる真実。それを語るべきは・・・当事者たるお二方のみ」

 

両手を広げ、喪服姿の鹿目詢子の姿を晒す悪魔。

 

―――永遠に忘れるんじゃないよ、もうこの母親を悲しませる事のないように。

 

―――円環のコトワリ神アラディアから・・・あんたが鹿目まどかを守り抜いてみせなさい。

 

ほむらの覗き窓の気配も無くなった真紅の舞台カーテンの裏側。

 

「・・・いよいよ仕上げに入る時がきた」

 

「このために、あの小娘を吾輩達はイルミナティを用いて育ててきた」

 

「投資した分だけ・・・儲けさせて貰うよ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

666

 

「それじゃあ、朝のHRを始めます。6月に予定をされてます・・・」

 

担任教師の和子先生による朝のHRが進んでいく。

 

教室の中に聞こえる伝達事項の中、一人の生徒は机に顔を伏せたまま眠っている。

 

「コラー暁美さん。学校はお昼寝をする場所じゃありませんよ~?」

 

和子先生に声をかけられたほむらは、ゆっくり顔を上げていく。

 

「顔色が悪くないですか暁美さん?大丈夫?」

 

「・・・・・すいません先生。体調が悪くなったので、今日は早退します」

 

「え・・・?あ、はい。分かりました・・・お大事に暁美さん」

 

学生鞄に教材を詰めて教室から出ていくほむらの姿。

 

学校の正門まで来て学校の屋上に振り返る。

 

今日は屋上で魔法少女会議の集合があったのだが・・・。

 

「・・・ごめんなさい巴さん、杏子。もう貴女達を魔人との殺し合いに巻き込みたくないわ」

 

魔法少女の使命とは無関係の悪魔との殺し合いに仲間達を巻き込み、どれだけ悲しませ、尊い命を失わせたかを思い出す。

 

たとえループ現象によって元に戻っても、また悲劇を繰り返す罪の上塗り。

 

「いつか貴女達になら・・・私が貴女達に背負わせた苦しみに対する、罰を受けても良いわ」

 

―――断頭台の前に罪人の私を押し出すように・・・私を裁きに来て、二人共。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「・・・どうだったマミ?ほむらの奴は教室にいたか?」

 

「いいえ、朝のHRで体調を崩して早退したと和子先生に教えてもらったの」

 

「魔法少女が体調を崩すだぁ?風邪ぐらいなら回復魔法で治るだろうが」

 

「私達を避けようとしてるのかしら・・・?魔人との戦いに巻き込みたくないから」

 

「・・・・・・・あのバカ」

 

その日の夜・・・。

 

「早退したほむらの家に宿題を持っていってやったんだろ?あいついたのか?」

 

「・・・いいえ。魔力の反応も無いということは、自宅にもいないのよ」

 

「どういう事だよ・・・まさか魔人を引き受けるために街から逃げたんじゃ?」

 

「その可能性もある・・・・・。キュウべぇいるんでしょ?そこから出てきなさい」

 

屋上の端に隠れていたキュウべぇにほむらの行方を二人は問いただすが、近隣の街にさえいないという答えが帰ってくる。

 

「ほむら・・・一体あいつ、何処に消えたんだ・・・あたし達はそんなに頼りなかったのかよ!」

 

「どうして独りで背負い込むの暁美さん・・・私達は仲間を見捨てたくなんてなかったのに・・」

 

やりきれない気持ちの二人だが、魔獣の瘴気は容赦なく現れる。

 

ビルの屋上から飛び降り、二人は元の毎日であった魔獣との戦いに向け動き出す。

 

―――この日以降、二人がほむらを見つける事は無い。

 

―――日常の中に埋没していく二人が再びほむらと関わり合いになるのは、この見滝原の街とそっくりの世界。

 

―――偽物の街、見滝原市という・・・『魔女の結界』

 

魔獣狩りに向かった二人を屋上の端から見送ったキュウべぇ。

 

契約の天使もこの街に悪魔が現れ出ている事には気がついていた。

 

「ルシフェル様が動いている・・・一体何を企んでるんだろう?あの東京での事件によって進化したあまりにも強大な悪魔の誕生・・・この世界に悪魔を召喚し、一体何を成そうと・・・」

 

<<・・・インキュベーターよ>>

 

神々しき念話が響き、感情がないキュウべぇでさえ慌てた動きで夜の空を見上げる。

 

新月の夜に輝きをもたせる神々しき夜空、そこから響く神の如き声。

 

「まさか・・・・その声は・・・・・」

 

―――天使長・・・・・・ミカエル様!?

 

<<急ぐのだ・・・新たな悪魔が・・・神に弓引く悪魔が・・・生まれようとしている・・・>>

 

「悪魔・・・・僕たちの主なる神に弓引く・・・新たなる悪魔・・・?」

 

<<急げ・・・新たな悪魔を生み出してはならない・・・円環のコトワリの観測・・・制御・・・宇宙の熱を蘇らす・・・鍵は・・・暁美ほむら・・・>>

 

「暁美ほむらを鍵にする・・・では、暁美ほむらは・・・?」

 

<<もうじき・・・あの魔法少女は・・・死を迎える・・・・>>

 

―――その時こそ、この宇宙に熱を取り戻す実験を行おう。

 

―――暁美ほむらの死を・・・利用するのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「ここは・・・・・・何処なの・・・・・?」

 

たしか自分は、自宅の広大な白い居間のような空間内に突然閉じ込められ、その時に頭上の歯車の中から声が聞こえてきて・・・?

 

「見たことがあるような景色・・・でも、思い出せない・・・」

 

まるで無数の糸を紡いだ上を歩いているような空間。

 

墓標のように束ねた糸の地面に刺さっているのは巨大な編み針。

 

<<ここは・・・無数の世界の運命が交差する場所。因果の糸を紡ぎし運命の至聖所>>

 

暗闇の世界に濃霧のような濃い煙が充満し、その奥から歩いてきた人物。

 

「これが・・・ホワイトが言っていた、年寄りの姿をした・・・魔人?」

 

裾の長い黒のチェスターコート、白いスーツズボンの黒いストライプ色、首元の白いスカーフ。

 

「お前は・・・何者なの・・・?」

 

「ワシはお前と共に幾多の世界を旅した者よ」

 

「私はお前のような年寄りを抱えて戦いをしてきた覚えはないわ。名を名乗りなさい」

 

「ふむ。この姿では伝わらないだろう・・・名か、そうじゃのぉ・・・」

 

―――時の翁と・・・呼ぶがいい。

 




ほむらちゃんの魔女の性質たる自己完結モード発動です。
3章もいよいよ佳境に入ります。
来年になるまでに3章完結を目指す・・・。


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67話 時の翁

学校から早退し、ほむらは家の居間として使っている白い空間で座り込んだまま。

 

衣装は魔法少女服、装備も武器庫に行き整え、人目があろうが大きな建物の屋上を飛び越えながら自宅まで戻り、魔人との戦いに備える構え。

 

今の精神が落ち込んだ状態では、他人を気にする些細な事を気にしている余裕は無かったようだ。

 

静まりかえった空間、ただ魔人の襲撃まで時間を潰し備えるだけでは、意識も散漫になるだろう。

 

だからだろうか、ほむらは自分の心と人々を守る魔法少女の在り方が一致していないのではないかという不安を考え込んでしまう。

 

「まどかが救った魔法少女達が生きる世界、そこで生きる人間を守るために戦ってきた」

 

だが、アマラ深界で彼女が言った言葉はそれと一致しているだろうか?

 

「でも私は・・・まどかが守った世界の人々の未来が、まどかのせいで滅びを迎えるのなら・・・構わないと言ってしまった」

 

人間を守るために戦うと誓った者が、人間の未来を見捨てる。

 

言っている事と行動があまりにも矛盾した本音の言葉。

 

本当にほむらは、赤の他人である人間を守りたかったのだろうか?

 

彼女が守りたかった本当の存在とは・・・かつての世界ではたしか・・・。

 

「私の心の本音は・・・守りし者としての魔法少女の言葉ではなかった。まどかと、まどかが救った魔法少女達だけを優先する、選民思想の差別主義者だった」

 

彼岸の淵に流れ着いた時の記憶も蘇る。

 

「あの渡し守にも言われた・・・私は無意識に人間を見下し、自分に都合の良い部分だけを見る愚かな人間だと」

 

善意は語る癖に、行動が伴わない。

 

自分のやっている事は、都合の悪い部分を棚上げし、ヒーローを気取って気持ちよくなっているだけの自己愛者・・・そして嘘をつく『詐欺師』なのではないか?

 

自己嫌悪に苛まれ、ほむらの顔も苛立ちで歪んでいく。

 

「このまま善意を語って、守りし者を演じていても・・・遠い未来の人間達を見殺しにする私ね」

 

まさに地獄への道は、善意で舗装されている。

 

「しょうがないじゃない!!未来なんて救いようが無い!責任なんて持てるわけないわよ!!」

 

きっと遥か彼方の未来では、まどかは世界を滅ぼす者だと罵られるか、罵る権利さえ奪われ誰も世界が滅ぶ理由さえ分からないまま宇宙と共倒れしていく。

 

「私はまどかが幸せであればいい!大切な魔法少女達が幸せであればいい!それの何が悪いのよ!?世界の裏を何も知らない人間達に、私達を批判する権利なんてないわ!!」

 

感情を捲し立てて出た言葉はやはり、自分達さえ良ければ良いという人間らしい身勝手な言葉。

 

これが彼女に肩入れしない者達が客観的に見た、見滝原市で人間達の守護者を気取っている・・・暁美ほむらという魔法少女の正体。

 

「私は・・・私は・・・まどかを守れたら、それだけで良かった・・・・」

 

―――交わした約束・・・それが私の全てだった。

 

時を刻むように揺れ動く、死神の両刃鎌を思わせる振り子.

 

微かに聞こえる砂の流れる音。

 

「周りの迷惑なんて考えない我儘で汚い女・・・私なんて断頭台で処刑されたらいいのよ・・・」

 

少女が自らの命を投げ捨てる処刑を望んだ時、死神の振り子が止まる。

 

そして突然・・・天井部位から落下し、巨大質量によって地面を砕き突き刺さる。

 

「えっ・・・・・・・・?」

 

突然の大きな音で目を丸くするほむらは落ちてきた振り子に振り向く。

 

まるで、ギロチンによって罪人の首を落とす刃のように、落ちてきた。

 

それは居間の扉を覆うようにして、この部屋から出すまいと佇む。

 

<<お前さんの死、望み通りもう時期訪れる・・・その時がきた>>

 

白い空間が地響きをたて振動し、ほむらも慌てて立ち上がり銃を構えた。

 

ヴィンテージ感のあるインダストリアル時計部品が次々と天井から落ちる。

 

古時計の内部を思わせる天井空間・・・そこから現れ出たのは。

 

「・・・・・砂・・・時計・・・・?」

 

ほむらの自宅空間はついにその仮初の姿を解き放ち、地面に吸い込まれるように家具も沈み消えていく。

 

「そんな・・・いつ・・・いつから私の家は・・・・?」

 

―――悪魔に・・・支配されていたの!?

 

言葉を発し終えた頃には、彼女も仮初の空間ごと魔人の領域へと連れ去られる。

 

そして、何処かで来たことがある空間の世界において、一人の老人と出会ったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「無数の世界の運命が交差する・・・因果の糸を紡ぎし運命の至聖所?どういう意味?」

 

「お前さんがここに訪れるのは二度目。覚えてはおらんだろうが、ここで見たのだ・・・かつての世界を終わらせる絶望の因果をな」

 

「かつての世界を終わらせる絶望・・・まさか!?」

 

ほむらの脳裏に蘇る、地球よりも遥かに巨大なまどかが生み出した絶望の魔女。

 

「何故、消えてしまったかつての世界の因果がこの場所に存在しているか分かるか?ここはアマラ宇宙において可能性の因果の糸が束ねられ、紡がれ、測られ、断ち切られる場所なのだ」

 

「束ねられた糸を・・・紡がれ、測られ、断ち切る・・・?」

 

「我々が立っている糸の束、これは運命の女神の長女、クロトが糸巻き棒で束ねし運命の糸よ」

 

「運命の女神・・・・?」

 

「モイライ三姉妹と呼ばれる運命の女神。紡ぐ者クロト、測る者ラケシス、断ち切る者アトロポスと呼ばれる」

 

「たしか・・・ギリシャ神話のモイラ達・・・?」

 

「ここは全ての世界の運命の糸が紡がれる。運命の長さを測り、その運命の結果を断ち切り終わらせる。ゆえにここは世界の運命を決める場所でもある」

 

「かつての世界・・・絶望の魔女が産み出された因果の糸も・・・ここで断ち切られたの?」

 

「そうだ。だからお前さんは一度ここで断ち切られた運命の糸クズの如き残滓が見えたのだ」

 

「何故私は一度ここに訪れたわけ・・・?」

 

「覚えておらんなら語ろう。お前さんは一度、ワシを捨てたからだ」

 

「言っている意味が分からないわ・・・私はお前とは一度も関わりなどない」

 

「ワシは全ての世界の時と死を司り運命と関わる者。お前さんが流れ着いた別の魔獣世界においても、何をしたのか知っている」

 

「別の・・・魔獣世界に私が流れた・・・ですって!?」

 

「じゃが、お前さんはその世界を守るために一度、ワシを壊した」

 

「さっきから何を訳のわからない事を言ってるのよ!?」

 

「お前さんはこの運命の至聖所に絶望の魔女を見出し、この世界に魔女がいるのならば、鹿目まどかもいるのではないかという期待を持ったということだ」

 

「私が・・・そんな愚かな事を・・・・・?」

 

「確かに愚かじゃ。ここは運命の結果の残滓が残る糸クズだらけの場所。ここに鹿目まどかは存在しておらん。故にお前さんは自身に記憶操作魔法をかけ、忘れたのだ」

 

「そんな事をしたのね・・・その世界は守られたの?」

 

「お前さんの活躍のお陰での。そして今、本来流れ着かなければならなかったこの世界にいる」

 

「随分私に詳しいのね・・・私の家を支配して何を企んでいたわけ?」

 

「ワシはお前さんと共に数多の世界を旅し、そしてお前さんの命の時間が尽きるのを見てきた」

 

隠していた後手を前に出し、左手に持たれていたのは砂時計。

 

その砂はもう尽きようとしていた。

 

「私の命が尽きる時間ですって・・・?」

 

「ワシは運命を司る時の翁。人の命を見切り、死期が近づくと迎えに来る者・・・死神よ」

 

【時の翁】

 

時と死の運命を象徴し、死期を見出した人の前に現れてその魂を連れて行こうとする。

 

ヨーロッパの絵画では運命を支配する時を翼を生やした老人の姿で表す事が多く、老人という事で死に近い存在とされた。

 

だが骸骨に擬人化された死と対立する翁の絵画もあり、死がその力を振るうのを許されるのは定められた時が到来した時だけだとしているのである。

 

そのルーツはギリシャ神話の川の流れに発祥する時間神クロノスともされ、手に大鎌を持った老人の姿で表される事もある。

 

ゼウス神の父クロノスとは別の存在だったのだが、発音が酷似していた事から古くから混同・同一視される事が多かった。

 

・・・砂時計は、無常に流れる人生の象徴である。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「この砂時計の砂は、お前さんが生まれた時より、下に流れ落ち続けてきた」

 

「その砂が落ちきれば・・・私が死ぬとでも言いたいわけ?」

 

「信じてはおらんようだな?まぁいい、人は死を受け入れ難いものよ」

 

「私が生まれた時からその砂時計を見てきた?それじゃあ・・・お前も私が魔法少女になる前から私に・・・関わってきた悪魔?」

 

細目をした翁は頷き、踵を返しついてくるように促す。

 

今この場で殺し合う殺気を出してこない魔人に対し、ほむらは黙ってついて行く。

 

「お前さんが魔法少女になった頃の記憶、覚えておるか?」

 

「忘れるわけがない・・・無力な人間である私を救ってくれたまどかの死を忘れるものですか」

 

「それはキッカケだ。お前さんが魔法少女になった瞬間を覚えているかと聞いている」

 

「どういう事・・・?私達はインキュベーターと契約し、魔法少女に・・・」

 

「記憶とは直ぐ曖昧になる。野菜の形や色は覚えていても名前が出てこない等、覚えている筈なのにはっきりと思い出せない」

 

「何が言いたいわけ・・・?」

 

「お前さんはインキュベーターと契約して魔法少女となったと言う。じゃが、それは他の小娘共の契約ばかりを見て、自分もそうであったと認知してしまった弊害なのだ」

 

「馬鹿な事言わないでよ!?私は・・・私はインキュベーターと契約して魔法少女に・・・」

 

はっきりとその時の事を思い出そうとする。

 

憎きインキュベーターによって次々と魔法少女にされてしまった子供達は直ぐに思い出せるが、それは繰り返してきた時間渡航によって積み重ねてきた契約現場の記憶による認知。

 

遥か彼方の記憶のようにも思える、自分の原点となる契約の瞬間を鮮明に思い出せと言われれば、どう思い出そうとしても他の人達の内容と同じものにしか考えられない。

 

脳の深くに収められた記憶の引き出しは、意識して引き出せるものではなかった。

 

「お前さんはあの四騎士を倒せたし褒美をやろう。これはお前さんにとって知るための試練。今こそ明かそう小娘、お前さんが我々からは決して”逃げられない”という事実をな」

 

運命の糸束の上を歩いていると、翁の前方に光が溢れ出していく。

 

「ワシはお前さんと共に、数多の世界を旅してきた・・・ワシが導いてやってな」

 

光が溢れ出し眩い光が暗闇の至聖所を覆い、強い光量にほむらも右腕で目を覆う。

 

「・・・・こ、ここは!?」

 

忘れることが出来ない、繰り返し見せられたワルプルギスの夜によって滅ぼされた見滝原市。

 

「ここの世界も、かつてあった運命の残滓に浮かぶ光景。運命の至聖所でなければこの光景を再び目にする事は出来ない。もうあの世界線の宇宙も、円環のコトワリに書き換えられたからな」

 

「まさか・・・この見滝原市は・・・・?」

 

「・・・・・見よ」

 

翁が右手で指差した方角を見る。

 

そこにいた人物は・・・。

 

「・・・・・・わた・・・・し・・・?」

 

水害で水浸しの水面に倒れ込んだ、魔法少女としての使命と共に亡くなった人物に縋り付く少女。

 

―――どうして・・・死んじゃうって・・・分かってたのに・・・。

 

嗚咽を出して泣く、眼鏡をかけた長い髪をおさげにした少女。

 

―――私なんかを助けるより・・・貴女に生きてて欲しかったのに・・・。

 

ここまでは、ほむらも覚えている光景。

 

大切な友達である鹿目まどかを初めて亡くした瞬間を忘れる事など出来ない。

 

「私は・・・ここでインキュベーターに声をかけられて・・・」

 

―――その言葉は本当かい?暁美ほむら。

 

「そう・・・たしか、そうあいつは問いかけて・・・・」

 

「・・・記憶とは、厄介なもの。鮮明に思い出せると思っているのに、何処かの違う記憶と混ぜ合わさったものを、思い出してしまう事も多い」

 

記憶にノイズがかかっていく。

 

―――その言葉は本当かい?暁美ほむら?

 

「あいつはそう言った・・・・言った筈よ・・・!!」

 

―――君がその祈りのために

 

「インキュベーターは・・・近くの瓦礫の上で私を見下ろし・・・!」

 

―――叶えたい望みがあるなら

 

「魔法少女はインキュベーターで無ければ生み出せない!!」

 

「インキュベーターは契約の天使。天使なら・・・・他にもいる」

 

「あ・・・・・・ああ・・・・・・・あぁぁ・・・・・・・」

 

自分がずっと記憶に留めていた光景と、全く違う光景が広がっている。

 

「・・・・・・・誰・・・・なの・・・?私・・・・知らない!!あんな男知らない!!?」

 

ほむらが瓦礫の上に立っていたとずっと記憶に留めていたインキュベーター。

 

その記憶は、今見えている光景とは・・・違っていた。

 

―――やぁ、お嬢ちゃん。その言葉が聞けて・・・私も嬉しいよ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あ・・・あの・・・・貴方は・・・誰ですか・・・・?」

 

ほむらが見上げた先に立つ人物。

 

長い金髪をオールバックに纏めている、闇のフォーマルスーツに身を包む長身の人物。

 

その目は右目がインキュベーターのような真紅の瞳を持つ。

 

「私は通りすがりの天使とでも言えば、夢があるかね?」

 

「えっ・・・?天使・・・・さま・・・・?」

 

天使と言われて頭に浮かぶのは翼を持った存在だが、目の前の人物に翼は無い、ただの白人男性。

 

男は瓦礫の上から下に飛び降りるが、下は水害で水浸し。

 

「えっ・・・・・・?えっ・・・・・!?」

 

だが、水面に浮かぶように・・・その男の足元は濡れていない。

 

「お嬢ちゃん。君は天使の奇跡を信じるかい?」

 

「天使様の・・・奇跡・・・・・?」

 

「君はミッション校出身。天使の存在は、地上に奇跡をもたらす存在だと信じてきたはず」

 

「本当に・・・・本当に天使様なの・・・?」

 

「信心深い君の元に、神の祝福を届けに来た」

 

「お願いします!!鹿目さんを・・・・鹿目さんを生き返らせて下さい!!」

 

「神の奇跡には対価が必要なのだ、君はそれを支払えるかい?」

 

「奇跡には・・・対価が・・・・?」

 

「君は魂を天使に差し出さなければならない。そして、死ぬまで続く戦いの道に進む事となる」

 

「そんな・・・・そんなこと私、神学の先生から習ってないです・・・!」

 

「これが太古より連綿と続けられてきた、地上に奇跡をもたらす天使の契約。君はその魂を差し出してまで、その子を救いたいかい?」

 

「わ・・・・・私・・・・そんな怖い事・・・・」

 

「保身に走るのは仕方ない、君は病弱な少女に過ぎない。だが、それではその子は死んだままだ」

 

水面に倒れ込んだ、命の温もりを失った大切な友達に目を向け、震えながら唇を噛み締める。

 

「・・・それで良い。奇跡の対価はあまりに重い。軽はずみで魂を差し出すなど・・・」

 

踵を返し去っていく男に対し、ほむらは立ち上がり声を出す。

 

「天使様と契約すれば・・・どんな願いも叶えてくれるの?」

 

振り返りほむらの元に歩きより、彼女の涙で潤んだ目を見つめる男。

 

「大いなる神と私は共に一つ・・・無論可能だ。君にはその素質もあるから問題はない」

 

不思議な目をした存在から目を離す事が出来ない。

 

ほむらも眼鏡をとり、袖で涙を拭って男をしっかりと見つめた。

 

「教えてくれ。君は・・・どんな願いをもって、その魂を対価とする?」

 

「私は・・・鹿目さんとの出会いをやり直したい」

 

―――彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい!

 

願いを聞き届けた天使を名乗る男の顔が不敵な笑みを浮かべた。

 

「その願い、私がしかと聞き届けた」

 

右手を彼女の胸元に近づけていく。

 

「私は契約を職務とする天使ではないから・・・・・少々荒っぽくなる、許してくれ」

 

本能で命の危機を感じ取って全身が震えるが、もはや『蛇』に睨まれたカエル。

 

男の右手が、胸板を素通りするように・・・体の内側に滑り込んできた。

 

「あぁ・・・・あぁぁぁぁーーーーーーーッッ!!!!!!」

 

痛い・・・というのを遥かに通り超えている。

 

全身から自分の全てを手で掴まれ、取り出される程の衝撃。

 

全身が痙攣し、意識も朦朧としていく。

 

男が右手を抜き、取り出した存在はほむらの魔力色を示す、紫の魂。

 

「契約は成立だ、暁美ほむら。ようこそ・・・魔法少女の世界に」

 

耐えきれなかったほむらは気を失い、体が後ろに倒れ込んでいく。

 

後ろにいつの間にか立っていた存在が右腕で抱き留めた。

 

左手には・・・首を跳ねられたインキュベーターの頭部。

 

「・・・これでいい。この娘がアマラ宇宙を終わらせる因果を、鹿目まどかにもたらす」

 

右手の魂をソウルジェムの指輪に変え、気を失ったほむらの左手中指へと身に着けさせる。

 

「この娘が混沌の悪魔達の黒き希望となると・・・お考えなのですか?」

 

「期待しては駄目かね?この娘は私にとって・・・愛しい存在だ」

 

「御心のままに・・・閣下」

 

「後は任せる。暁美ほむらを導いてやれ・・・・クロノス」

 

そう言い残し、ほむらを魔法少女にしてしまった天使なる存在は消えていく。

 

クロノスと呼ばれた存在・・・その姿は時の翁。

 

左手の肉塊をゴミのように握り潰し、背中の両翼でほむらを包み込む。

 

「幾多の世界へワシが導こう小娘・・・長い旅となる・・・・・」

 

奇跡が叶えられた影響か、ほむらの体もクロノスと呼ばれた存在も消えていく。

 

・・・目を覚ましたのはベットの上。

 

病室カレンダーを見れば、見滝原中学への転校日に印をつけたサイン。

 

魔法少女暁美ほむらは産み出された。

 

インキュベーターを介さずに。

 

違う世界のインキュベーターが、それに気がつくことはない。

 

他の宇宙の事まで分かるのは・・・神のみぞ知る世界なのだから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

かつてあった運命の残滓が見せた光景も消え、暗闇の至聖所に戻っていく。

 

「お前さんはあの御方に選ばれたのだ。・・・そして魔法少女となった」

 

―――全ては、このアマラ宇宙を終わらせる因果を、鹿目まどかに集めさせるために。

 

―――いずれ宇宙は永遠の闇に閉ざされる・・・闇の悪魔がアマラ宇宙を支配出来る。

 

―――そして産み出されよう・・・大いなる神が消えた、新たなる宇宙がな。

 

翁の右側に立つほむらの顔は俯いたまま、陰った目元で表情は伺えない。

 

「お前さんの願いのお陰で、宇宙は滅ぶ。鹿目まどかと暁美ほむらは・・・”共犯”よ」

 

刹那、左のホルスターから銃が抜かれ翁の顔にノールック射撃。

 

ショットシェルで顔面が爆ぜようかと散弾が迫った瞬間、そこに翁の姿はない。

 

「受け入れられない真実かね?」

 

翁が立っていたのは、ほむらと逆の側。

 

「・・・信じない。こんな悪魔の惑わしに・・・誰が乗ってやるものですか!!!」

 

自動小銃を構え、翁を狙い撃つが・・・今度は背後に回り込まれている。

 

「自分に都合が悪いモノは嘘のレッテルを貼り信じないようだが・・・時間と記憶・・・お前さんはこの二つからは、絶対に逃れられない」

 

「お前ね・・・かつてあった私の盾と同じ魔法を使える魔人は!」

 

「同じ魔法が使える・・・か。やはり、この化身の姿では伝わらんか」

 

左手に砂時計を携えた翁の背中から天使の翼が生え、飛翔する。

 

「ワシと戦うか?孤独だったお前さんと共に、戦場を駆けた戦友に銃を向けるとは・・・ツレナイ娘じゃのぉ」

 

「黙れッッ!!!」

 

銃の引き金を引く前に、ほむらの体勢が崩れ、地面に吸い込まれていく。

 

気がつけばほむらは魔人の結界内。

 

「魔人結界世界に・・・こんな場所もあったなんて・・・」

 

そこは、砂と石で覆われた街。

 

砂煙が風で舞う乾燥した砂で埋もれていく廃墟と化した街の中へと、ほむらは入っていく。

 

中東で見かけるような石造りの廃墟を警戒しながら索敵するが、人の気配はしない。

 

赤き豪雷が荒れ狂う変わらない空の下をメインストリートを超えて街の奥へ。

 

そこで見つけた、街のシンボルとも言えるだろう大聖堂規模の教会。

 

石造りの塀の入り口を超え、教会内部へ歩み進む。

 

風が入り込む隙間だらけの廃墟と化した教会内部の礼拝堂。

 

天井も所々崩落し、瓦礫が礼拝堂内部に散乱した中を歩み進む。

 

だが、そこでひときわ目立つものがある。

 

石造りの壁に掲げられた真紅のポールフラッグ。

 

そこに黄色いシンボルとして描かれているのは・・・『鎌と槌』そして『ペンタグラム』

 

共産主義を掲げる共産党政党カラーの『革命』を示す赤き旗が両壁に並び立つ光景。

 

「これはたしか・・・世界史の授業で見たソ連国旗に描かれていた鎌と槌と五芒星・・・?」

 

教会の最奥に設けられている祭壇。

 

キリストの絵画が壁に描かれている祭壇には・・・あってはならないシンボルがあった。

 

「逆さの・・・十字架・・・?」

 

それは聖ペトロ十字と呼ばれるもの。

 

聖ペトロはローマ帝国の皇帝ネロに迫害され、磔刑に処された際に逆さまに十字架に掛けられたとしている。

 

自分がイエスと同じ状態(頭が上の状態)で処刑されるに値しないとして、みずからこの方法を望んだ。

 

反キリスト・悪魔崇拝のシンボルではない、と言われるのが通説だが・・・それは悪魔学や反キリストの本質を理解していない思考停止。

 

「反キリストとは・・・”全て”を逆さまにする事が肝心なのじゃ」

 

崩落した天井から祭壇の前に翼を羽ばたかせて現れた時の翁。

 

祭壇前に着地し、後ろの逆十字に振り向く。

 

「聖書の全てを逆さまに解釈する、人の道理の真逆を行う、自然を愛せと言うなら焼き払う、隣人を愛せというなら貶める、神の血たるワインの代わりに人の生き血を飲む、全てを反対に向けよ」

 

「反キリストが一体何の意味があるというのよ!」

 

「宇宙に光の秩序があるならば、混沌の闇をもたらせ。お前さんはずっと反対にしてきたじゃろう?反キリスト行為は何でも良い・・・例えば、お前の左腕にあった”砂時計の盾”を反対にする」

 

「私が反キリスト行為をしてきたとでも言うわけ!?」

 

「あるべき時間の流れ、運命、それは世界の秩序であり本来変えてはならないもの。それを反対に向けてでも変えようとした身勝手な独善者が、それを言うのか?」

 

「私はまどかを救うために砂時計を反対にしてきただけよ!反キリストになんてならない!!」

 

「その結果、何を鹿目まどかにもたらした?宇宙に何をもたらした?・・・答えよ」

 

「それは・・・・ち、違う!!私は反キリストなんかじゃない!!」

 

「何処までも自分に都合の悪いモノを棚上げし、都合の良いモノしか見ない、受け入れないか?」

 

「私を惑わす悪魔め!!お前の戯言なんて絶対に受け入れない!!」

 

自動小銃を翁に向けようとした時、空から天井を突き破り、瓦礫と共に落ちてきた巨大質量。

 

「くっ!!・・・・・これは私の家にあった・・・・振り子の大鎌・・・?」

 

翁を守る盾として現れたのは、二つの大鎌の三日月刃が交差する姿をした巨大大鎌であり、刃が交わる中央に振り子の長い棒が見られる。

 

大鎌が宙を浮き、翁が右手を振るう。

 

翁に操られた大鎌は、ほむらの首を刈り取らんと右薙を仕掛け、ほむらは身を低めて避ける。

 

大鎌が巻き起こした風に揺られる共産主義と革命を象徴する赤旗。

 

「黒き希望となるか、何処までも愚かな人間のままで終わるか・・・共に旅したワシが見極める」

 

天使の翼を羽ばたかせ、大鎌と共に宙に浮かぶ。

 

左手にはほむらの命の時間を表す砂時計、右手にはコンサートの指揮者が持つ指揮棒。

 

「さぁ共に奏でよう・・・世界に”反逆する革命”のマーチを!!これこそお前さんが世界にもたらす・・・”セカンドインパクト”だ!!」

 

細目が開き、混沌の闇が広がる眼窩(がんか)を覗かせる。

 

教会の鐘の内側にある『槌』の如き分銅が鐘を鳴らし、それに呼応して外から大音量のオーケストラ生演奏の音色が響き渡る。

 

外の街に召喚された演奏用エンビ服を纏う、人間に擬態した無数の堕天使達が奏でる、ソビエトを思わせる世界への『革命行進曲』

 

街の窓からも次々と革命の赤旗が伸ばされ、風で靡かせる。

 

時の翁、その正体は時間神クロノス。

 

陰謀論やオカルトの世界では、マルクス、レーニン両名が生み出した共産主義と密接に関わる神と言われている。

 

鎌とハンマー、そしてプロビデンスの目はギリシャ神話でも見られる。

 

鎌は、ゼウスの父親であるクロノスが、万物を切り裂くアダマスの鎌を武器とした。

 

ゼウスは、キュクロープスの作った雷霆(ケラウノス)を主な武器とした。

 

キュクロープスは、鍛冶技術を持つ単眼の巨人。

 

イルミナティは、エジプト神話だけではなく、ギリシャ神話、ローマ神話なども使っている。

 

稲妻がイルミナティのシンボルだというのも、ギリシャ神話からだったのだ。

 

「お前達混沌の悪魔の計画なんて関係ない!私はまどかを救うために・・・世界に抗う!!」

 

ほむらはついに、自身の時間魔法を象徴してきた魔人と戦う事となる。

 

「反キリストを象徴する弓兵に鍛えられたその弓の技術・・・余すことなく使うがいい!!」

 

見よ・・・天よ、宇宙よ、そして大いなる神よ。

 

今こそ革命の狼煙の火種を生みだそう。

 

これこそ宇宙の秩序に反逆する魔なる者誕生の儀式。

 

大いなる神に弓引く・・・『悪魔聖誕』は、近い。

 




原作アニメのほむらハウス天井に見えてた振り子、どう見ても武器ですよね?
ネタとして拾いました。


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68話 デウス・エクス・マキナ

共産主義の生みの親、カール・マルクス著作 

 

詩『絶望者の祈り』(1837年作成)

 

―――神が俺に、運命の呪いと軛だけを残して

 

―――何から何まで取上げて

 

―――神の世界はみんな、みんな、なくなっても

 

―――まだ一つだけ残っている、それは復讐だ!

 

―――俺は自分自身に向かって堂々と復讐したい

 

―――高いところに君臨しているあの者に復讐したい

 

―――俺の力が、弱くつぎはぎ細工であるにしろ

 

―――俺の善そのものが報いられないにしろ、それが何だ!

 

―――1つの国を俺は樹てたいんだ

 

―――その頂きは冷たくて巨大だ

 

―――その砦は超人的なもの凄さだ

 

―――その指揮官は陰鬱な苦悩だ!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

ほむらは時間操作魔法をかつては使えたお陰で、そのデメリットも熟知している。

 

時間停止は使ってこそ無類の強さを発揮出来るが、使わせられない状況においては役に立たない無力な魔法だということ。

 

(奴を倒すには不意打ちしかない!!)

 

腰のポーチから取り出した自作スタングレネードを投擲。

 

シリンダーの締付けを調整した、即効性のあるフラッシュバン。

 

「むぅ!?」

 

目が眩み、耳が難聴になった魔人は、見えない視界のまま相手の魔力を探る。

 

「外で迎え討つか・・・いいだろう」

 

アダマスの鎌と共に崩落した教会の屋根から飛翔。

 

上空から街を見下ろし、ほむらの魔力を探る。

 

「お前さんとは長い付き合いよ。何を企んでおるのかワシには手にとるように分かるわ」

 

ほむらは石造りの廃墟を警戒しながら索敵していた際、背中のバックパックに満載した爆弾トラップを至るところに設置している。

 

魔力を持たない現代武器、魔人相手でも設置位置を気取られる事もなく不意打ちを仕掛けれると考えたのだろうが・・・。

 

「トラップを使おうが、お前さん自身の近くには設置出来ない。巻き添えを食うからのぉ」

 

混沌の闇が広がる眼窩(がんか)の奥。

 

そこから僅かに聞こえてくるのは時計機械の音。

 

眼窩の奥にあったのは、ほむらの盾の中央にあった時計じかけの機械部位を思わせる。

 

刹那、世界の時間が停止。

 

時間停止世界でかつて動く事が出来たのは、術者と術者が触れていた存在のみ。

 

動き出す翁とアダマスの鎌。

 

大鎌は術者の半身とも言える存在であり、触れておらずとも時間停止世界で動く事が可能。

 

・・・そして時も動き出す。

 

物陰に隠れ、翁が自分を探しに来るのを待ち構えていたほむら。

 

右手には起爆用のリモコン、既に指がスイッチにかけられていた。

 

「何故お前さんに・・・固有魔法が”無かった”と思う?」

 

背後の空間には既に翁が立っている。

 

「くっ!!」

 

右手のリモコンを捨て、右ホルスターからコルト・パイソンを抜き、相手の胴体に二発。

 

世界の時間が止まる。

 

翁の手前の空間で静止した一発のマグナム弾。

 

翁は右手の指揮棒で軽くマグナム弾を上に払い、弾を裏返す。

 

術者に触れた弾の時間が僅かに動き、後続から迫る二発目の弾に向かう。

 

時間が動き出し、二発目と一発目がぶつかり、跳弾が路地裏内を飛んでいった。

 

「私の固有魔法が・・・無かったですって!?」

 

「魔法少女は願いによって固有魔法を会得する。その固有魔法が魔法少女の武器の形を決めると言ってもいいだろう」

 

命を繋ぐ願いをした者はリボン、人々を惑わす願いをした者は相手を惑わす鎖の槍、妹が病魔で死ぬ運命を神が与えるなら運命に弓引く矢。

 

そして全ての世界から魔女を消したいと願った者は、全宇宙に希望の枝を伸ばせる苗木の弓。

 

「不思議に思わなかったか?何故自分だけ・・・魔法武器を魔力で作れないのだと?」

 

ほむらが今構えている武器は、己の願いの形をしているだろうか?していないはず。

 

これは魔力で産み出されたものでも願いの形でもない、人間も扱うただの現代武器。

 

「お前さんは普通の魔法少女として産み出された者ではない、特別な目的をもたされた存在故に、あの御方は不完全な形でお前さんを魔法少女に変えた」

 

「私の固有魔法は時間操作魔法よ!元に私は自身の魔力を用いて時間操作を行ってきたわ!」

 

「おかしいと思わなかったか?因果の力さえ持たないお前さんが、世界に干渉する程の大魔法など本来使える筈がないのだ」

 

「なら・・・私のかつての固有魔法の正体は何だったと言いたいのよ!?」

 

「お前さんのソウルジェムに”寄生”した神の一部がおった・・・今からその神の力を見せよう」

 

いつの間にか全方位から取り囲んでいた三日月の刃をもつ無数の山鎌。

 

咄嗟にほむらは背中から黒き翼を生み出し飛翔、山鎌によって細分化されるまで切り刻まれるのを避ける。

 

だが、荒れ狂う空から回転しながら勢いよく迫るアダマスの鎌には気がついてはいない。

 

「ああっ!!?」

 

右翼を真っ二つに切り裂かれ、空からメインストリートに向けて落下。

 

レッドライダーを、ゴッドアローをも消滅させる力をもったほむらの翼を切り裂く神の刃。

 

身を回転させ着地し、無数の赤旗が靡くメインストリートの奥に視線を向けた。

 

「お前は・・・・・まさか・・・・そんなっ!?」

 

「鈍いお前さんでも、ようやく感づいてきたようじゃのぉ」

 

ほむらは理解した。

 

目の前の存在は、かつて自分の左腕に存在した・・・『魔法の盾』

 

「かつての世界の私を相手にしている気分になるはずよね・・・お前があの盾だなんて!」

 

「何度でも試すがいい。結果は同じだ」

 

右手に握ったコルト・パイソンの連続射撃。

 

時間停止した世界、翁は右手の指揮棒で弾を左右に払い続ける。

 

時間が動く世界のほむらには、4発の弾が勝手に軌道が逸れて壁に撃ち込まれる光景にしか見えなかった。

 

撃ち尽くしたリボルバー銃を右ホルスターに収める。

 

「どれだけ絶望的な存在を相手にしているか、理解出来たか?」

 

「それでも私は超えてみせる・・・かつての私の力であったとしても!!」

 

胴体前にスリングで吊るした自動小銃を構える。

 

「・・・第二ラウンドと、行くか」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

空中に浮いたアダマスの鎌が回転しながら地上のほむらに迫る。

 

横に飛び回避、回転した大鎌は回転ノコギリの如く地面を切り裂き進んでいく。

 

跳躍と同時にポーチから携帯電話を取り出し、リモコン起爆。

 

メインストリート左右の壁に設置してあった待ち伏せ用の爆弾が爆発し、左右から破片を撒き散らし、翁に迫る。

 

「時よ止まれ」

 

空間が時間停止し、破片と爆風が空中に固定された静止世界を翁は進む。

 

「いない!?」

 

建物の屋根に跳躍し、辺りを索敵するが・・・。

 

そこには既に、山鎌の刃が空中に潜んでいた。

 

「くぅっ!!」

 

突然現れ出た鎌に全身を切り裂かれ、時間停止による狙い撃ちだと分かるほむらは追撃を逃れるために屋根を飛び越えようとしたが。

 

跳躍した瞬間、ほむらの体は時間停止させられ空中に固定。

 

「あぁ!!」

 

頭上から急降下蹴りを受け、屋根から転落。

 

路地裏に着地したほむらは仕掛けておいた跳躍地雷の電気信管を作動させる。

 

打ち上げ花火のように打ち上げられた手榴弾が空に浮かぶ翁の周りに・・・だが。

 

「えっ・・・・?」

 

空に打ち上げた筈の複数の手榴弾が・・・ほむらの足元に転がっていた。

 

爆発を大きく跳躍して避けたが、それでも破片が後ろから飛んできて背中のボディアーマーと後ろ足を傷つけた。

 

道にまで転がりながら跳躍回避し、立ち上がった眼前には翁が立っている。

 

「まだ前奏程度で死んでくれるなよ?」

 

遊ばれているのが分かる、実力は桁外れに離れている。

 

「現代武器を使ったお前さんの戦術が、共に旅したワシに通用するとでも思っているのか?」

 

「そうね・・・お前は常に、私の左腕にいたものね・・・」

 

「新たな世界で得た力を使え。ワシの知らないお前さんの力を見せよ」

 

後方に大きく跳躍する彼女を時間停止を使って追撃はしない。

 

ほむらと共に旅した『仲魔』とも呼べる翁自身も、違う魔獣世界で自身の別の姿たる盾に干渉してきた因果の弓の力に興味があったのだ。

 

腰のポーチの隙間に挟んでいた魔法の杖を抜き、弓となった武器を構える。

 

(本当に・・・嫌になるわね。私の魔法と戦う事になるなんて・・・)

 

不意に翁の姿が、かつての自分の姿とダブって見えた。

 

これは自身の魔力の中に意図せずしてあった、盾と弓の戦いなのだ。

 

菱形が幾重にも重なり合う魔法陣を前方に生み出し、魔法の矢を放つ。

 

魔法陣から放たれた無数の光の矢は紫のカラスめいた姿となり、翁に迫る。

 

だが・・・。

 

<<ほう・・・火力だけならあるようじゃ。最もそれは・・・当たればの話よ>>

 

時間停止を使って回避したのは分かっているほむらは、姿を消した相手に反撃を与えまいと真上の空に向け矢を放つ。

 

空に大きく描かれた魔法陣に矢が重なった瞬間、光の矢が雨の如く周囲に撒き散らされる。

 

屋根の上で演奏する者達まで巻き込む程の弾幕、だが演奏者たる人間に擬態した堕天使達は、降りかかる光の矢を演奏しながら魔法反射魔法『マカラカーン』を行使し、反射。

 

自身にも被弾しかねない程の空からの弾幕、上手く微調整して酷い巻き添え被害は回避出来たが、迫ってきたのは屋根の上で反射された光の矢。

 

後方に大きくバク転しながら避けようとしたが、右足に反射された矢が被弾。

 

バク転の体勢が崩れ地面に倒れ込んだほむらは、前方の空を倒れ込んだ姿のまま見上げる。

 

赤く荒れ狂う空に佇むは、アダマスの鎌。

 

交差した三日月刃の上に着地し、地上を見下ろすは死をもたらしに来た死神。

 

ほむらの命の時間を司る左手の砂時計の砂も、残りわずかで落ちきる。

 

「お前さんの力は拝見せてもらったが・・・ワシを超える程の力には見えん」

 

立ち上がるほむら、圧倒的力の差を見せつけられても彼女の闘志は揺るがない。

 

弓を空に構え、弦を力の限り絞り放つ渾身の一撃。

 

放たれた魔力の矢の一撃は、その姿を燃え上がる巨大なカラスの姿に変える。

 

ペイルライダーを葬った一撃が迫る時、翼を羽ばたかせ大鎌から飛び退き、主に迫る矢を切り裂かんと大鎌は回転し、巨大カラスに放たれた。

 

燃え上がる渾身の一撃が真っ二つに両断され、なおも回転しながらほむらに迫る。

 

横に跳躍回避しようとした時、背後に気配を感じた。

 

「お前さんの命・・・流れ落ちる時がきた」

 

背後から踏み込み蹴りを背中に放ち、軽いほむらの体が空に蹴り上げられる。

 

鈍化した世界、回転しながらアダマスの鎌の刃が迫る、ほむらは打撃を受け身動きがとれない。

 

そして・・・・・。

 

「がっ・・・・・・・ハッ・・・・・!!」

 

ほむらの腹部を大きく貫通し、突き刺さった大きな鎌の刃先が背中から飛び出した惨い光景。

 

獲物をミートフックのように空へと吊り上げていく大鎌、彼女は苦しみ悶えた姿で呻く。

 

細い鎌の刃先に着地した翁は膝を曲げ膝立ち、吊り上げられ苦しむ彼女に目線を合わせてやる。

 

「共に旅した者よ、ワシがお前さんの最後を看取ろう。何か言い残す事はあるか?」

 

吐血し咳き込むほむらは力の限り翁を睨み・・・口から何かを言おうとする。

 

「ん?なにか言ったか?歳のせいで耳が遠くてのぉ・・・」

 

右耳を近づけていく翁の姿に・・・・苦しみ悶たほむらの口元が・・・微笑んだ。

 

「この時を・・・・待っていたわ・・・・!」

 

腰のポーチから取り出していたのは、ワイヤーが固く括り付けられた手錠。

 

「むぅっ!?貴様・・・・ッ!!」

 

それは翁の右手首に嵌め込まれた。

 

タクティカルベストの胸部に備え付けたスタングレネードのピンを『手放さず』に引く。

 

投げたグレネードを時間停止の静止空間内で落とされないようにする苦肉の策。

 

ほむらの胸元で炸裂した至近距離フラッシュバンによって翁は苦しみ悶える。

 

視力が回復した頃には、獲物は自らの体に深々と刺さった刃先を両手で掴み、体の内側を切り裂きながらゆっくり引き抜き、脱出。

 

「足掻くでないわ!!お前さんの死はもう決まって・・・・ぬぅっ!!?」

 

地上の屋根の上から手錠に固定されたワイヤーが引っ張られ、翁は体勢を崩し大鎌から転落するが両翼を羽ばたかせ宙を浮き、ワイヤーの先にいたほむらを睨む。

 

スタングレネードは非殺傷兵器であるが、至近距離で使えばすぐそばで小型爆弾が炸裂したのと同じ結果になる。

 

ほむらの顔は大きな火傷の痕が残り、右耳も破片で千切れ右鼓膜が破裂、胸元も炸裂した破片がボディアーマーを貫き、肺に破片が深々と刺さっている。

 

ワイヤーは腰のガンベルト裏の大きなポーチ内に収められた電動式ウィンチ(巻上装置)と繋がっていた。

 

これが、ループ現象で気がついた時間停止魔法を使ってくる魔人に対するほむらの秘策。

 

「貴様・・・最初から捨て身でこれを狙っておったのか!?」

 

「これで私も時間停止世界の住人よ・・・後奏を始めましょうか」

 

翁も破片を至近距離で浴び、黒のチェスターコートも傷んでいるがダメージは軽微。

 

時間停止魔法を用いるが、ワイヤーで術者と繋がったほむらの体は静止しない。

 

これが彼女が用いてきた時間停止魔法の大きな欠点だった・・・それを逆利用したのだ。

 

ダブルドラムマガジンで装弾数を増やしたHK417自動小銃を翁に向け、引き金に指をかける。

 

翁もまた時間停止世界に踏み込んできた者に対し、周囲の空間に山鎌を生み出し迎え討つ。

 

「その死にかけた体でなんとする!!根性だけでワシに勝てると思うなよ!!」

 

「根比べなら・・・負けないッッ!!!!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ほむらが跳躍と同時に翁も動く。

 

互いの射撃武器が時間停止世界で交差するように流線を描いていき静止。

 

吹き上がるマズルフラッシュから発射されるライフル弾は静止世界で空中の翁に向け撃たれ、無数の弾が時間停止世界で静止。

 

翁の右腕を繋ぐワイヤーを鎌で断ち切られまいと相手に対し弾幕を張る構え。

 

翁もまた周囲に魔力で生み出し続ける山鎌を発射、ライフル弾の雨を迎え討つ。

 

時間停止が解け、動き出した世界で弾け合い火花を飛ばす飛び道具の光景はさながら花火大会。

 

再び静止世界の屋根に着地し、走りながら弾をばら撒き弾幕を張るが、翁もまた弾幕を張るように山鎌を射出。

 

静止した街に描かれていく互いの射出武器の流線は無数の房状線と化し、街を覆っていく。

 

「ちぃ!!」

 

アダマスの鎌が静止世界を回転しながら二人の間に迫り、二人を大きく繋ぐワイヤーを切断しようと飛び込んでくる。

 

跳躍から横倒れ姿勢の射撃、レイルに取り付けたM203タイプグレネードランチャーの弾が空中で静止、迫る大鎌が弾頭にぶつかり爆発。

 

弾き飛ばされた大鎌が地面に深々と刺さり、巨大質量ゆえに直ぐには抜けだせない。

 

手持ちの自動小銃の弾を撃ち尽くしたほむらは背中に背負っていたもう一丁の銃をスリングで回転させ構える。

 

ソ連製ドラムマガジン付きRPD軽機関銃が猛火を銃口から吹き上げ、翁の動きを弾で牽制しながら街の屋根を超え走り続ける。

 

「鉄砲遊び如きでワシを止められると思うてかっ!!」

 

周囲に張り巡らせた複数の山鎌を前面に移動させ、迫る弾丸を連続で弾き斬りながらほむらへと迫る。

 

接敵し軽機関銃を山鎌で切断、相手の体も細切れにせんと追撃の逆袈裟斬りに対し、左のホルスターから銃を抜き、ショットシェルで迎撃し破壊。

 

右薙、左薙も撃ち落とし、袈裟斬りを身を横倒しに向けながら避け、体を捻じり回転した姿勢で最後のショットシェルを放つ。

 

狙うは・・・翁の左手に持たれていたモノ。

 

「き・・・・貴様ッ!!!?」

 

ショットシェルによって破壊されてしまったほむらの命の時間を司る砂時計、撒き散らされたガラスと砂が静止した世界に浮かぶ。

 

「何をしてしまったのか・・・・貴様は解って・・・ッ!?」

 

信じられない行動をしたほむらに思考が動揺し、身が硬直してしまったのが運の尽き。

 

「悪魔であろうと、一瞬の油断で死を迎えてきたわ・・・お前もそうなるのよ!!」

 

左胸部位に備え付けたタクティカルナイフを右手で抜き、逆手持ちで立ち上がり放たれるほむらの一撃。

 

「ぐおおおおおぉぉーーーーッッ!!!!!」

 

チタン合金の刃が翁の右目の空洞をえぐり、暗闇の眼窩内部にあった時計機械のギアとギアの間にそれは挟まり、固定させた。

 

鈍化した世界から一気に時間停止も解け、放たれた時間によって周囲に張り巡らされた銃弾と山鎌が一気に弾け合い、街を覆う規模の火花を撒き散らしていった。

 

地面に蹲り、機械に異物が差し込まれてギアが噛み合わない苦しみに悶える翁は激怒し、周囲に浮かばせた山鎌を暴れさせ、周囲を見境なく乱切りしていく。

 

飛び離れ、体勢を立て直すためにほむらは身を潜めようとその場を離れる。

 

右手で右目に刺さったナイフを抜こうとするが、刃は奥深くまで食い込みびくともしない。

 

精密機械である時計は少しの故障で本来の力を発揮出来なくなるのと同じく、翁の力も弱まっているようだった。

 

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

 

出血が酷く、もう体を動かす余力も魔力も底を尽きようとしている。

 

少しでも体の負担を減らそうと、隠れた廃墟の中でほむらは重い装備品を取り外していく。

 

血まみれの魔法少女衣装だけを残し、左手に持たれた弓のみで最後の戦いへと赴く。

 

「何処だぁぁーーーー小娘ぇぇーーーーーッッ!!!!」

 

アダマスの鎌を強引に振り回し、街を破壊しながら怒りをぶつけたい獲物を探す翁の姿に、もはや紳士らしい面影はなく、獰猛な悪魔そのもの。

 

時間停止を駆使して獲物に近づいてこないのは、時計が異物によって動かせないためだ。

 

もはや余力はないほむらが放つ事が出来る一撃は一発のみ、外す事は許されない。

 

メインストリートで暴れる翁の前に、ほむらが路地裏から現れ出る。

 

翁は獲物に向き直り、獰猛な敵意を向けてきた。

 

「・・・・・・決着をつけましょう。孤独だった私と共に、旅した者」

 

この一撃が勝負を決める。

 

静止した二人の間に大きな風がふき、丸まった雑草が二人の間を転がっていく様はまるで西部劇。

 

「貴様が自身の”命の時間をぶち撒けた”ように・・・臓物も撒き散らして死ねぇぇー!!!」

 

指揮棒を投げ捨て右手を大きく払って放つはアダマスの鎌の右薙。

 

鈍化する世界、ほむらはホワイトライダーから習った戦場弓術を思い出し、弓道とは違う姿勢を作る。

 

右薙が迫る刃を身を低め避けるため後ろ足に重心を置きしゃがみこみ、弓を斜めに構え胸から下に矢を引き絞る。

 

頭上をかすめるように刃が通り抜けたと同時に、斜め上に向け矢を放つ。

 

高速で迫りくる矢に向け複数の山鎌を放つが、光の矢は次々と山鎌を破壊し突き進みそして・・。

 

「ガッ・・・・・・」

 

光の矢は、翁の機械仕掛けの頭部を破壊し貫通。

 

倒れ込んだ翁の頭部に残っているのは口元のみ。

 

「・・・私は超えたわ。・・・まどかを守る盾を・・・穿つ力を持って・・・」

 

最後の力を使い果たし、ほむらも地面に倒れ込む。

 

盾と弓、守る者と穿つ者との戦い・・・決着である。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ふらつきながら立ち上がり、魔法の杖をつきながら翁の元に向かう彼女の余力はもう無い。

 

頭部が半分破壊され地面に倒れ込んだ時の翁の姿を確認し、トドメをさしたものだと願った。

 

「・・・愚かな事をしたな、小娘」

 

口元しか残っていない頭部が突然喋りだし、慌てるほむらだがトドメを刺す力は残ってはいない。

 

「ワシの砂時計の運命は絶対。だが万が一ワシを倒せた場合、実体化が失われる前に砂時計を逆に傾ければ・・・定められた死の運命を逆転させれたものを・・・自らぶち撒けおったわ」

 

「私の死・・・それはもう逃れられないと言いたいの・・・?」

 

「死神のワシが刈り取らずとも・・・お前さんの命は消える・・・死が訪れる」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「自らが命を捨てたのならば、自らが命を終わらせる・・・・これもお前さんたち魔法少女が逃れられない”因果”というものだ」

 

「まどかが魔法少女に希望をもたらしてくれた・・・因果によって絶望死する結末はもう・・・」

 

「逃れられん・・・お前さん達は決して・・・コトワリがそれを許さなくとも・・・因果からは逃れられんよ」

 

周囲から拍手の音が響き渡る。

 

周囲を見渡すと、建物屋上からほむら達を見下ろし拍手を送るのは人間に擬態した堕天使達。

 

「・・・・あの者達は襲ってこなかった。奴らは何者なの?」

 

「”エグリゴリ”の堕天使達だ・・・・お前さんの姿を一目見たいと集まって来おったわ」

 

「エグリゴリの堕天使・・・?秘密結社か何かなの?」

 

「イルミナティやフリーメイソンとは違う、あの御方直属の地上実働部隊。ホワイトライダーより聞かされたであろう・・・遥か太古に地上に召喚された200名の堕天使達の存在を」

 

「旧約聖書儀典エノク書に描かれた・・・堕天使の一団・・・」

 

「奴らはヘルモン山に召喚され、閣下の密命を受けカルメル山に降りた。カルメル山とは、イスラエル北部の山であり、イスラエルの土地は元々カナン族の土地・・・」

 

「出エジプト記・・・イスラエルの民がカナン族の土地を奪い取り建国を行った地・・・」

 

「エグリゴリの堕天使はカナン族の美しい娘達を娶った。なぜか分かるか・・・?」

 

「欲情したからだと聞かされたわ・・・」

 

「”悪魔の血”をカナン族に流し込み、ネフィリムを生み出し、闇のカバラを崇拝させるためだ」

 

「悪魔の血・・・闇のカバラ・・・・・?」

 

「それが今日まで続く・・・悪魔崇拝とカバラの歴史の始まりよ」

 

二人の元に演奏隊を代表する二名が歩み寄ってきた。

 

「シェムハザ・・・アザゼルか・・・」

 

その名はエグリゴリの堕天使達を率いてきたリーダー格の堕天使の名前。

 

二人は死の運命を五回超えた者に対し、敬意を示すお辞儀を行う。

 

堕天使達は新たに生まれるだろう悪魔の姿を目に焼き付け、その姿を結界内から消していった。

 

「フフ・・・あの者達と再び関わり合いになるか、小さな箱庭世界で魔法少女達にとって都合の良い物語世界に引き篭り、世界の終わりを傍観するかはお前さん次第。奴らは歩みを止めない」

 

振り返ると、倒れ込んでいたはずの頭部を失った翁が・・・立ち上がっていた。

 

「そんな・・・まだやれるというの・・・・!?」

 

「礼を言うぞ小娘、ワシの中に入った異物ごと頭を消し飛ばしてくれて。お陰で体の中の歯車も回りだしたわ」

 

もはや打つ手なしのほむらは両膝をつき、命を刈り取る者をただ呆然と見つめるのみ。

 

「お前さんは死を乗り越える力を示した。褒美として、ワシの真の姿を・・・お披露目しよう」

 

翁の姿をした魔人の翼が折りたたまれ姿を包んでいき、開くと同時に羽を振りまきながら消える。

 

結界世界に巨大な振動が巻き起こっていくが、ほむらにはどうする事も出来ない。

 

赤き雷雲が渦を巻くように収束していき、天から現れ出た神の御姿とは・・・。

 

「・・・・・・・デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)!?」

 

巨大なる天使の翼を背後から生やし現れ出たのは、巨大な『魔法の盾』

 

【デウス・エクス・マキナ】

 

古代ギリシャの演劇において、劇の内容が錯綜してもつれた糸のように解決困難な局面に陥った時、絶対的な力を持つ存在(神)が現れる。

 

機械仕掛けで登場する神ないし、舞台装置としての解決に導く神そのものが機械仕掛けであることとも解される。

 

混乱した状況に一石を投じて解決に導き、物語を収束させるという『どんでん返し』を指すが、古代ギリシャの時点で既にこの手法は批判されている。

 

演劇の物語の筋はあくまで必然性を伴った因果関係に基づいて導き出されていくべきであるとし、行き詰った物語を前触れもなく解決に導いてしまうこのような『ご都合主義の神様』を批判した。

 

鹿目まどかの悲劇の物語、それをどんでん返しするためにルシファーが用意した神。

 

ご都合主義の機械の神がもたらしたものとは、反キリストであり、まどかに因果のもつれた糸を絡みつけ消滅に追い込み、アマラ宇宙の終わりさえもたらした事だった。

 

機械の神はただの砂時計の機械を演じてきた、故に機械を動かすには人の意思がいる。

 

幸せを望む物語の全てを、悲劇として演出してしまった人物・・・それが『暁美ほむら』

 

因果は・・・必ず魔法少女の元へと、帰ってくるのだ。

 

「私の・・・盾・・・・・・」

 

天に神々しく現れ出たかつての魔法の盾、その存在がここまで巨大なる神域の概念存在であったと思い知らされ、ほむらの体も震えが止まらない。

 

円盤盾の表面を上下から中央に向かい飾る『マガタマを模した6と9』に見える『陰陽太極図円形カバー』が開く。

 

そこから見えたのは、かつての時計機械内部構造ではなかった。

 

<<これが我の真の姿よ。汝が身につけていた盾は、我の一部であり我自身>>

 

中央部の剥き出し部分から地上を見下ろしていたのは・・・神の1つ目たる『プロビデンスの目』

 

<<今こそ語る時がきた。汝の左腕に授けた我々の”刻印”の正体・・・教えよう>>

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

天に君臨する自身の盾だった時間神が問いかけてくる。

 

<<汝は自分の盾の模様を見た時、何も感じなかったか?>>

 

「私はあの盾をまどかを救う道具として利用しただけよ・・・模様が何だって言うの?」

 

<<我の模様には数秘術たる”ゲマトリア”が隠されている。よく見よ・・・>>

 

ほむらの盾をよく見て欲しい。

 

模様として目立つのはマガタマを模した6と9の砂時計だが、それ以外もある。

 

中央の円に絡みつくように伸びた二つの6と9。

 

これらが何を意味しているだろうか?

 

答えは・・・6666。

 

6666とはエンジェルナンバーやルシファーの軍勢の数字などと言われるのが通説だが、この数字の中にこそ、真の意味が数秘術によって隠されているのだ。

 

計算すればこうだ。

 

6×6×6×6=1296

 

1+2+9+6=18

 

1+8=9

 

数秘術の9の意味は『寛容で慈愛の存在』という、暁美ほむらから最も遠い意味を持つ。

 

ならばこれに彼女が繰り返してきた反キリスト行為たる反対に向ける行為を行えば・・・・たどり着く答えは一つ。

 

それは『6』であり、その形とは悪魔を産み出す人修羅の『マガタマ』の形。

 

全ての6666を取り払った盾の模様には何が残るであろうか?・・・1つ目の模様だ。

 

プロビデンスの目、悪魔(神)の目に見張られし者とは・・・6(悪魔)となる者。

 

6・・・それは数学では完全数でも、聖書では永遠に完全数たる7になる事が許されない、不完全な数字。

 

天地を6日で創造した大いなる神の権威を得ようと足掻いた傲慢なサタンは、6の数字を自身の権威に取り入れた。

 

故に6とは悪魔を表す数字であると同時に、大いなる神を表す数字ともなるだろう。

 

悪魔は・・・聖なる存在に『擬態』し、隠れ潜み、内側から乗っ取る事を好む。

 

例えば・・・『数字』とかだ。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘘よ、そんな話」

 

<<これが汝の盾の正体。それを左腕に与えられし汝とは、6となりし悪魔>>

 

「嘘よッ!!!そんな話絶対に認めないッ!!!」

 

<<刻印はまだある。汝の左手を見るがいい>>

 

「この上何があるっていうの・・・・・!?」

 

視線を左手に移す。

 

山鎌で切り刻まれた左腕の傷から流れ落ちる血が滴った左手。

 

そこには暁美ほむらのソウルジェムがある。

 

「あ・・・・あぁ・・・・・何・・・・何なの・・・・これ・・・・?」

 

左腕から滴る血がソウルジェムをなぞるように流れ続け、何かの模様をソウルジェムを『土台』にして描かれていく。

 

指の甲をなぞり、左手の甲全体を使って描かれていく、血染めのシンボルとは・・・。

 

「嫌・・・嫌っ・・・・嫌ッッ!!!私の手の甲に・・・何故こんな模様がっ!!?」

 

【ルシファー・シジル】

 

有神論的サタニズムとは、サタンを人間がコンタクトを取ったり嘆願したりする相手となる超自然的な存在・力だとみなす信仰。

 

こうした信仰を持った組織・結社をおおまかに指すこともある伝統的サタニズムシンボル。

 

有神論的サタニズムは無神論ではなく有神論を採り、サタンは概念のようなものではなく、むしろ実在すると考える。

 

サタニズムにおいてサタンとは『個人主義』と『自由思想』を慫慂(しょうよう)し、魔術や秘儀伝授といった方法によって反抗に対して自己を高める追求という『我儘な道』

 

自身が他者にコントロールされたり抑圧されたり群衆に従わされたりする手段を除去する道、と言えるだろう。

 

「私・・・いつの間に・・・私に近づいたあの男が悪魔の刻印を刻んだの・・・・・?」

 

思えば、ほむらが魔法少女として生きてきた道はどうだっただろうか?

 

誰にも自分の言葉は届かないと自分の殻に閉じこもり、周りの魔法少女達の言葉さえ聞く耳持たずに、まどかを救う目的のみに邁進した自己完結の生き方。

 

まどかを救うという『お綺麗』な独善的大義名分を振りかざし、我儘を貫いてきたと言えるだろうサタニズムの道。

 

それによって、どれだけの世界で地球を滅ぼすまどかの魔女を『結果として』生み出し、まどかを救えなかった世界など『ゴミのように』見捨てて数々の人類を見殺しにしてきたのだろうか。

 

赤の他人である人間達の涙と絶望など、暁美ほむらにとって価値は無い。

 

救いたかったのは、交わした約束をした相手である鹿目まどかのみという独善。

 

まさに・・・善意によって舗装された、数々の地獄への道のり。

 

<<汝の生き様を我は共に旅し見てきた。言い訳は出来ない・・・我が保証人だ>>

 

「嫌ッッ!!!言わないで・・・・・私は・・・・違う・・・違うッ!!!!」

 

<<汝の生き様はまさに綺麗事に擬態した、人類に害を成す我儘な”悪魔”そのものだったぞ>>

 

―――いやぁぁぁぁーーーーーーーーーーッッ!!!!!!

 

自分の化けの皮を全て剥ぎ取られていく、言い逃れなど出来ない、相手は生き証人。

 

地面で蹲り、嗚咽を出して醜い自分を呪う言葉を叫ぶほむらの涙声。

 

こんなにも暁美ほむらと呼ばれた魔法少女は『客観的』に見て、我儘で自己完結だった。

 

悪魔のように綺麗事の善意を語り、善人のように擬態をして周りの迷惑など考えず、数多の世界を結果として滅ぼしてきた。

 

だがそれも行動が伴わなければ、彼女に肩入れしない存在達を騙しようがないのは詐欺師と同じ末路だろう。

 

<<地獄は善意で満たされているが、天国は”善行”で満たされている。ヨーロッパの諺通り、汝の行動は嘘をつけなかったのだ。悪魔の刻印を受けるに相応しい独善者、暁美ほむら>>

 

「ごめんなさい・・・ごめんなさいぃ・・・ごめんなさぃぃぃ・・・・」

 

円環のコトワリによって書き換えられ、ギリシャの演劇演出のデウス・エクス・マキナ展開たるご都合主義と同じく『神様に無かった事』にされた数多の世界の終焉。

 

それをご都合主義を司るデウス・エクス・マキナ自身に批判されるのは、皮肉そのものであった。

 

<<醜き者よ、汝の死が訪れる時が来た・・・そのみすぼらしい姿では死にゆく者にも哀れか>>

 

泣き崩れたままのほむらの周りに温もりの光が現れ、ほむらの傷も衣服の損傷も修復していく。

 

『ディアラハン』と呼ばれる悪魔の回復魔法の中でも最上位の回復力をもつ復元レベルの回復。

 

<<汝はもはや悪魔からは逃れられない。汝が我を望むならば与えよう・・・再び我の力を>>

 

空に浮かぶデウス・エクス・マキナたる時間神クロノスの姿が消えていく。

 

泣き崩れたほむらの左腕に光と共に現れ出たのは、かつて左腕にあったモノ。

 

「嫌ッッ!!お前なんて私はいらない!!離れて!離れなさいよッ!!!」

 

無理やり左腕に取り憑いた悪魔を剥がそうとするが、盾の装着部位が左腕に食い込み外せない。

 

<<これより汝が新たに向かう世界、汝にとっては最後となる因果。導こう、かつてのように>>

 

ほむらの意思に関係なく、魔法の盾の機械式砂時計が反対に回る。

 

世界にヒビが入り、魔法の盾が違う世界に向けて流れ落ちていく。

 

何度も見てきた時間渡航の道に流されるままとなった時間渡航者暁美ほむら。

 

彼女が辿り着いた・・・暁美ほむらの人生最果ての地とは?

 

閉じられた瞼、かつての世界で繰り返してきた病院のベットの上での覚醒か?

 

いや、違う・・・。

 

「・・・・・ここは、記憶の回廊?」

 

メノラーを持った姿をした自分の姿を眼鏡ごしに見てそう判断したが、景色が変わっている。

 

宮殿の巨大玄関を構築する多目的ホールを思わせる豪華な空間の光景が5つの灯りが灯ったメノラーの光量によって照らされた。

 

不意に魔法少女達が使う念話のような声が聞こえた。

 

<心せよ小娘。お前さんは既に第6の魔人結界内に囚われている>

 

<お前!?年寄りのオンボロぜんまい盾なんて私は要らないって言ったでしょ!!>

 

<そこまで酷く言われた覚えは・・・まぁいい、口論している暇は無い。奴は既にお前さんを見つけた。メノラーのその光量では隠れられない>

 

<奴・・・潜む者のこと・・・?>

 

<ここはお前さんの夢の世界。それ故に魔法少女としての力など使いようがない>

 

<どうりで私の姿が無力で病弱な姿をしていたわけね・・・今でも偶に病弱な私を夢で見るわ>

 

<夢の中でも人の精神は殺せる。もし奴に殺されたならお前さんの精神は死に、一生抜け殻のまま円環のコトワリに救済される事もない廃人となるだろう。魔獣に感情を吸われた者と同じくな>

 

<お前は私の死を望んでいたんじゃないの?>

 

<そうじゃ。だがそれは廃人になって抜け殻となるような結末ではない>

 

<訳の分からない年寄りね・・・こんなお爺さんを左腕に抱えて旅をしてたなんて泣けるわ>

 

<ワシは何もしてやれん。警告はした、後はお前さん次第よ>

 

脳に響いてきた時の翁たるクロノスの声が消えていく。

 

今の彼女は眼鏡をかけていた頃の病弱な娘であり、戦う力など皆無。

 

それでもあの潜む者を倒せるのだろうかと考えれば、勝算は0に等しい。

 

「それでも私は超えてみせる・・・ここで死ぬわけにはいかない!死ぬのは魔法少女としての使命を終えてからよ!」

 

意を決してメノラーの灯りを前に向け、エントランスホールの巨大な階段を登っていく。

 

灯りが奥に向かい、暗闇がホールを支配していく。

 

そこには既に・・・白いヴェールを被った潜む者が立っていた。

 




これでどうにか、スピンオフ漫画魔獣編で壊れたほむら盾が、何故映画反逆の物語で直っているのか自分なりにこじつけ出来たと思います。
オカルトとまどかマギカを紐付けこじつけするの凄く楽しい(使命感)
・・・ネット小説では当たり前の神様チートって、太古のギリシャからつまんね、って言われてたんですねぇ(汗)


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69話 I(あい)

心理学において『メタ認知』と呼ばれるものがある。

 

メタ(ひとつ上の)認知の例として、テスト勉強で暗記した情報を忘れる事がある。

 

これは物事が思い出せなくても『忘れた』ということはわかっているということ。

 

自分が憶えた記憶を、頭の中で監視している『もう一人の自分』がいるともいえた。

 

心理学の認知は、見る、聞く、話すといったときの心の働きを指す。

 

メタ認知とは、人の思考や言動などをコントロールしている、もうひとつの心の働きともいえた。

 

もう一人の自分の概念を表す言葉。

 

それはホムンクルス・・・・・あるいは・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

暗闇の世界、だが視界は夜目が効くように明るい。

 

周囲を把握出来る程、瞳孔が発達しているのか?違う、この暗闇は彼女の心であり家。

 

暗闇を物ともしない視界は宮殿の回廊を早足で移動するかのように揺れ動き続ける。

 

それは何かを追い続けている。

 

自身の暗闇の世界(心)に現れた、光の者、善人を気取る『紛い者』を酷く嫌っている。

 

紛い者は見苦しいまでに自身の心に嘘をつき続けてきた、光の者であるかの如く振る舞って。

 

この怒りを煮えたぎらせる感情は『自己嫌悪』

 

何より許せないのは・・・自身の闇の世界でも、写真と見紛う程に色鮮やかに飾られた記憶(絵画)さえ、忘れていき汚す程に薄情者だという事。

 

紛い者は善人などではない。

 

紛い者には・・・『15の醜さ』がある。

 

この潜む者もまた、その醜さのうちの1つ。

 

その手には、重たいモノを握りしめている。

 

・・・『私の首』を貫き落とす、螺旋の剣。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

巨大なエントランスホールの階段を登り、2階通路の入り口を開けて回廊に進む灯り。

 

回廊の廊下を歩きながら、もう一度念話を試してみる。

 

<まだいるんでしょ、年寄りの古時計?>

 

<クロノスと呼べ。それにワシは何もしてやれんと言ったろうが?都合の良いお喋りスピーカーではないぞ>

 

<第6の魔人の情報が欲しいわ。今の私は無力な存在・・・少しでも倒せる情報が欲しい>

 

<あの者は・・・そうじゃのぉ。お前さんが絶対に”見ようとしない”者・・・かのぉ>

 

<表現が分かり難いわよ、具体的にどんな存在なわけ?>

 

<お前さんは自分の内面について、自己評価を考えるとしたらどう例える?>

 

<私の内面の自己評価ですって・・・?>

 

<お前さんは自分を客観的に見て、他人に好かれるような人物なのかと聞いておる>

 

<それは・・・今の私が他人に好かれるだなんて・・・>

 

<思い当たる節があるんじゃろう、それも沢山?ネガティブな自己評価の言葉しか出んだろう?このネクラ娘が>

 

<私と共に旅したお前がそう思うなら・・・客観的に見てもそうだったんでしょうね>

 

<第6の魔人は、お前さんのネガティブな内面が具現化したような存在としか言えんわい>

 

<私の内面・・・私と似たような存在だというのね?第6の魔人の正体は?>

 

<だからと言って、お前さんのように病弱な者ではない。魔法少女と互角に戦える力をもつ>

 

<・・・聞くんじゃなかったわ。益々絶望的な状況だと分かっただけじゃない>

 

ため息をつき、クロノスも黙り込んだのか念話は聞こえてこなくなった。

 

メノラーの灯りも5つ灯ったこともあり、周囲の空間を一際明るくしている。

 

不意にほむらは壁に飾られているまどかの絵画の変化に気がついてしまった。

 

「えっ・・・?何・・・こんなに・・・酷くなって・・・・?」

 

もはや絵画と呼べるものではない。

 

亀裂・剥落・キャンパス繊維の酸化の劣化によって所々が破れてしまい、写真と見紛った姿は見る影もなく崩壊していた。

 

この世界には存在しない人物の記憶の絵。

 

それがここまで劣化し、傷んで崩壊してしまうという事は・・・。

 

「私は・・・この絵に描かれた人物を覚えている・・・忘れる筈がない!」

 

記憶をリコールするが、それでもあれだけ陰ながら触れてきたまどかとの記憶の大部分が思い出せない事に気がついていく。

 

記憶とは脳に符号化され貯蔵し、覚えて思い出すという検索行為が出来る。

 

符号化に失敗すれば、一文字違いでもテストで間違ってしまうほどに、記憶するのは難しい。

 

「違う・・・私のまどかの記憶は願望じゃない!自分で作った記憶なんかじゃないっ!!」

 

宇宙人に誘拐されたというのを本気で信じている人間は実在する。

 

自分の願いや不安、イメージ、人からの誘導質問や暗示などによって、記憶が作られてしまうこともあり、裁判沙汰になるケースも海外では見られた。

 

「私以外でも悪魔達は覚えている!そうよ悪魔達が保証人・・・・・悪魔たち、が?」

 

考えれば考える程、自分をここまで傷つけてきた悪魔の言葉など、信じるに値しない思考となる。

 

だが、悪魔達の言葉を信じないならば・・・誰が鹿目まどかが存在したと保証してくれる?

 

「デジャブの錯覚なんかじゃない!お前の存在が証明よ!何とか言いなさいよクロノス!」

 

無駄話も飽きたのか、クロノスは沈黙したまま。

 

両膝を床についてしまい、あれだけ二度と忘れないと誓った存在を忘れていく軽薄な自分に愕然としてしまう。

 

「貴女の存在を疑うなんてしたくない・・・でも!口から出る言葉と記憶が一致しないのよ!!」

 

まるで数年間受験のために暗記を繰り返した生徒が、受験当日に記憶をど忘れしたような絶望。

 

記憶のメカニズムとは、お綺麗な精神論程度でどうにかなるような代物ではなかったのだ。

 

「全ての魔獣を倒す使命を終え、力尽きた果てに・・・貴女と笑顔で再会したかったのに・・・」

 

―――これじゃあ・・・私を迎えに来てくれた貴女を、誰なのかさえハッキリ思い出せない!!

 

信じていた鹿目まどかとの笑顔の再会は実現できない、人は忘れる生き物であり魔法少女も同じ。

 

小学生時代のクラスメイトの名前や顔つきさえ、大人になる時間を重ねれば忘れる自然なこと。

 

こんなにも想っている人の事を忘れていくしかない愚かな人間なのだと嘆いていた時、近くにあったアンティーク台座の上から、何かが地面に落ちた微かな音をほむらは耳にした。

 

慌てて立ち上がり、周囲を警戒しながら落ちたモノを灯りで確認する。

 

「これは・・・ブードゥー人形・・・・・?」

 

ブードゥー人形とは、ブードゥー教の黒魔術などでも用いられた呪いの人形。

 

日本の藁人形と同じく、憎んで報復したい相手に災いをもたらす呪物として使われた代物。

 

この呪物の使用方法は、針を刺して使うものなのだが・・・。

 

「えっ!!?」

 

突然飛来した編み針、地面のブードゥー人形は地面に貼り付けにされるように串刺しとなった。

 

―――Kaltblütige Frau.(冷血女)

 

声が聞こえた上を見上げる。

 

回廊に備え付けられた灯りの無いシャンデリアの上に座り込んでいるホワイトブロンドの長髪をした喪服少女。

 

いや、灯りが増したから分かる・・・その者の顔つきは『人形』

 

大切な想い人を忘れていく『レイケツ』女を蔑む評価を与える者。

 

「魔人共が召喚してきた新手の悪魔の類!?」

 

―――Gott ist tot(神は死んだ)

 

シャンデリアから飛び降りてきた人の大きさ程もある人形少女に歩み寄られ、その手に持たれた編み針で”デキソコナイ様”を細分化しようと迫る。

 

戦う力も無いほむらは回廊を力の限り走って逃げるしかなかった。

 

「ああっ!!?」

 

背中に何か硬いモノをぶつけられた痛みに襲われ、衣服に水分が付着した冷たさを感じたがそれを気に留めている暇はない。

 

宮殿の回廊十字路を曲がり続け、見つけた部屋に飛び込み息を殺す。

 

レイケツと罵ってきた人形が通り過ぎていくのを確認し、安堵した。

 

「私の背中に何をぶつけてきたの・・・?」

 

しっとり濡れた背中に左手を回し、潰れた果肉が手にべっとりついたのを確認した。

 

「これ・・・熟したトマト・・・・・?」

 

アメリカではトメイト・トマトという似た者同士と表現するスラングがある。

 

またイスラム・サラフィー主義の戒律では、水平に切られたトマトの中に十字架に似た形をしたものが見られる事を根拠にキリスト教徒とし、アッラーの代わりに神の十字架を讃えるモノと表す。

 

似た者同士だから分かる・・・『”デキソコナイ様”は罪の十字架を背中に背負い、裁かれるべき』

 

「身を守るモノは無いの?でも相手は魔法少女と互角に戦える強さ・・・どうすれば勝てるの?」

 

暗闇に包まれた宮殿の部屋の中を物色し、何か使えるモノがないかを探す。

 

骸骨・動物の骨という死を象徴するオブジェが並ぶ不気味な空間。

 

大きなクローゼットの中からコトコト音がするのが聞こえ、恐る恐る開けてみる。

 

そこにあったモノは・・・?

 

「・・・何かと思えばウサギの置物ね。・・・・・・・・どうしてウサギの置物が音を?」

 

不意に背後を振り向くと、黒く大きな編み針を振りかざす者。

 

「キャァァァァーーーーー!!!!」

 

咄嗟に横に飛び、避けた編み針がクローゼット内のウサギの置物の首を貫き、刎ねた。

 

全身に鳥肌が立ち、瞳孔が拡大し、肺に負担がかかり息も荒くなったほむらが見上げたその姿。

 

―――Feigling.(臆病者)

 

ショートヘアの黒髪を持つ、喪服を着た人形少女がケラケラ笑っている。

 

震えるほむらを嘲笑い、臆病者だと評価を与える者。

 

服が並べられ奥が見えなかったが、後ろに隠れ置物の音を出させていた者もふらふらと出てきた。

 

―――Dummkopf.(マヌケ)

 

被り物を被った喪服姿の人形少女は首を刎ねられたウサギの置物を手に取り、何処か上の空。

 

冷徹な者を演じながらも、何処か子供らしいマヌケな者だと評価を与える者。

 

戦う術のない者が一目散に逃げようとするが、背中に硬い熟したトマトが二つぶつけられた。

 

―――Gott ist tot(神は死んだ)

 

部屋から飛び出し、敵が徘徊している回廊へ。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!!」

 

恐怖で呼吸も荒い状態での全力疾走を病弱な娘にやらせれば、直ぐに息切れもする。

 

歩くような速度にまで落ち、息も絶え絶えで蹲り呼吸を整え直そうとした。

 

直ぐ後ろからも妙な荒い息遣いの声が聞こえ、慌てて振り向く。

 

ノロマなほむらと同じ様にノロマな速度で追いかけてきていた人形の娘もやっと追いついたが、疲れ果てて地面にへばり込んでしまった。

 

黒いワンピースを喪服の代わりに身に纏う、黒く大きな花飾りをつけたセミロングヘアーの金髪をもつ人形娘。

 

「・・・お前が”ノロマ”で良かったわ」

 

人形娘をノロマな者だと『自己評価』したほむらは先に息を整え直し、走り続けた。

 

「新手の悪魔共を退けながら第6の魔人を倒せだなんて・・・無力な私に無茶振りが過ぎるわ!」

 

普段は誰も寄せ付けず、己の力のみで戦い抜く態度を続けた者のメッキが剥がれていく。

 

前方から容赦なく襲いかかりにきた者は、そんなほむらに対し見栄を張る者と評価する。

 

黒髪を真ん中分けにした喪服姿の人形娘が大きく振りかざす編み針の一撃を、無理やり体当たりで突き飛ばした。

 

―――Das sieht großartig aus.(見栄っ張り)

 

相手が起き上がるよりも先に移動し、ドアを開けて閉め、ドアハンドル内に近くにあった除草具の鉄の棒を差し込み、無理やり鍵をかけた。

 

ここは宮殿内部の屋内ガーデン空間を思わせるが、庭園とは名ばかりの死者の空間たる墓地。

 

放置された墓跡や棺なども散乱した彼岸花が咲き誇る屋内墓地をメノラーの灯りのみで進む。

 

「これじゃまるでホラー映画よ・・・私を臆病者だと嘲笑いたいわけ・・・?」

 

まどかを守る強くて凛々しい女を目指した少女は、頑なに自分の弱さを認めようとはしない。

 

不意に目に入ってきたのは墓穴が掘られ、蓋の開いた棺が収められた地面。

 

墓石には暁美ほむらの名。

 

「殺した私をここに埋める気?馬鹿にしないでよ!命が無い死者はお前たち人形共じゃない!」

 

いつでも殺せる態度の人形娘たちに憎まれ口をたたく無力な娘。

 

力を持つ時だけ威張る癖に、力が無い時は陰口を叩く根暗娘・・・その背が蹴り倒された。

 

「きゃぁ!!」

 

土中の棺内に倒しこまれたほむらは振り返り、蹴り倒した者たちを睨む。

 

―――Hartnäckige Frau.(頑固女)

 

―――Neguro Frau.(根暗女)

 

―――Eine majestätische Frau.(威張り女)

 

―――Bad Talk Frau.(悪口女)

 

―――Eine einsame Frau.(僻み女)

 

喪服を着た5体の人形娘たちに罵られ、熟したトマトを土中に落ちたほむら目掛けて投げつける。

 

「いやっ!?痛い!!辞めなさい・・・・辞めてぇ!!!」

 

地上で”デキソコナイ様”とお遊戯している者を、木の枝に座りながら見つめてくる喪服の人形娘。

 

興味なさそうな態度で欠伸をし、トマトを片手で弄ぶ金髪ストレートな長髪を持つナマケ者。

 

魔法少女達が人間のように人間社会とも付き合おうと努力した傍らでは、魔法少女の使命を理由にし、赤の他人である人間から逃げ続けた怠け者を知っている、怠け者と評価した者を真似ていた。

 

突然の大きな音、ナマケ者はビックリして手に持っていたトマトを落とす。

 

ほむらにトマトをぶつけていた5体の人形達も音が聞こえてきた方角を向く。

 

カンヌキのように鉄棒を刺して鍵をかけたドアを向こう側から突き破った螺旋剣。

 

剣を引き抜き、開いた穴から手を伸ばしカンヌキの鉄棒を引き抜いていく。

 

表情筋の無い人形娘達が落ち着きが無さそうな態度を示し、去っていく。

 

まるで『最も嫌いな奴』が近づいてきているのを毛嫌いした態度。

 

「なに・・・?何が近づいてきているの・・・・・?」

 

ぶつけられたトマトの汁と果肉で濡れたほむらが地上に這い出し、鍵をかけた扉の方角を見た。

 

「あ・・・・あれは・・・・!追いつかれた!?」

 

灯りが増したメノラーの明かりによって、ついにその姿を明かりの中に晒した潜む者。

 

ほむらと同じゴシック風の黒いドレスを身に纏い、白い布団シーツをヴェールのように頭に被り、隙間から見える片目からは血涙を流す者。

 

その血涙は不規則に流れ落ち、まるで『あみだくじ』を思わせる模様を顔に刻む。

 

「あれが・・・暗闇に潜んでいた者の姿・・・!?」

 

「・・・見・・見見見ツケタァァァアア」

 

右手にはまるで『ドリル』のような螺旋剣を持ち、柄頭には手動ドリルを回転させる手回しハンドルのようなモノもある。

 

ついに追いつかれてしまったが、メノラー以外は何も持ってはいない戦えない者に抗う術はない。

 

死に追いつかれた病弱な少女はついに・・・命を終わらせる時が迫ろうとしていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「来ないで・・・・来ないでぇ!!!」

 

穴を開けた土を溜めた盛り土の上に刺さっていたスコップを左手に持ち威嚇するが、相手は無表情のまま歩き寄ってくる。

 

表情筋を持たない顔つきのようにも見える仏頂面はまるで、誰も人を寄せ付けない自身の世界に引き篭もっていた魔法少女のかつての姿。

 

ほむらの姿を赤く濁ったガラスのような瞳の中で捉えた魔人の動きが止まり、不規則に五体を拗じらせる。

 

「ウ・・・・ゴガ・・・・アァァアアーーーーーッッ!!!!」

 

突然の発狂、跳躍し獲物を串刺しにせんと飛びかかる。

 

咄嗟に後ろに飛び退くが、さっきまでいた場所を螺旋剣が貫き、地面が爆ぜる。

 

「きゃぁ!!」

 

もはや真正面から挑めば勝負にならないと悟り、左手に持ったスコップを相手に投げ、直様逃げに徹する。

 

スコップを螺旋剣で弾き、怒りの感情を爆発させたかのように走り出してきた。

 

「なんで!?なんであの魔人は私に対して、あそこまで怒るの!?」

 

「ウォォマェェモォォ!!穴ァァアア開ケルゥゥウッッ!!!」

 

向かい側まで走りきれたほむらは直ぐに屋内墓場から出られるドアを開けようとするが。

 

「開かないッ!!?」

 

鍵がかかっているのか、いくらドアノブを引いてもビクともしない。

 

「レイケツゥゥ・・・ウウウソツキィ女ァァァ・・・穴アァァァッ!!!」

 

振りかぶった螺旋剣で背後から串刺しになろうかとした時、ほむらは横っ飛びして体勢を崩しながらも避けれた。

 

振り下ろした螺旋剣はドアノブを貫通し、鍵の扉が開いたが・・・通してくれる筈がない。

 

震えながら相手を見上げて後ろに引き下がっていく者を見下し、螺旋剣を逆手に持つ。

 

視線が下側になったからはっきりと見えた、ヴェールで隠れた潜む者の顔つきが。

 

「そ・・・・そんな・・・・・・まさか・・・・嘘だと言ってよ!!!?」

 

女性なら毎日鏡を見るだろう自分の姿を知らない筈がない。

 

ヴェールに隠れていた潜む者の顔は・・・紛れもなく『暁美ほむら』自身だった。

 

「ウソツキィィ・・・マドカァァ・・・約束ゥゥ・・・チ違ウゥゥ・・・チガウゥゥゥ!!」

 

両手でグリップを握り、命を終わらせる一撃を放とうとした時・・・魔人のヴェールに赤く何かが飛び跳ねた。

 

下に落ちたのは対象に当たって潰れたトマト。

 

体勢が崩れた魔人が不規則な動きで上半身を起こし、トマトが投げられた方角を見る。

 

―――Lügner.(嘘つき)

 

小さなトーク帽で目元を隠し、ミニスカートの喪服を着た人形娘。

 

「ウソツキ・・・・?チチチガウッ・・・・ウォマエガァァァ・・・ウソツキィィィッ!!!」

 

獲物を変え、喪服の人形娘に襲いかかりだした魔人。

 

魔人を嘲笑うかのように鬼ごっこを始めた人形娘によって得られた脱出のチャンス。

 

壊された扉を開け、回廊の世界で身を隠せる場所を探し続ける。

 

「何なのよあの魔人は!?どうして私の顔を持っているのよ!!?」

 

<・・・あれが、第6の魔人じゃ。言ったとおりじゃったろう?>

 

沈黙していたクロノスの念話が聞こえ見つけた部屋の中に入り、空っぽのクローゼットの中に入り込み身を潜めながら念話を続ける。

 

<あれは私だった・・・私が絶対に見たくないって、私が私の見たくない部分ってわけ?>

 

<人間は無意識的にストレスを感じる部分を見ない。太った者が体重計に乗らないのと同じく>

 

<私の醜い内面部分を切り取った魔人・・・?>

 

<その通り。あの魔人は閣下が生み出した・・・もうひとりのお前さんの内面、”自分自身”よ>

 

<・・・・・ドッペル・・・ゲンガー・・・・・>

 

【ドッペルゲンガー】

 

ドイツ語で二重に行く者、(自分と)瓜二つの姿で歩き回るといった意味合いの生霊のような存在。

 

その姿を自分や他人が目撃する事は極めて不吉であり、自ら自分のドッペルゲンガーを目撃した場合『その者の寿命が尽きる寸前の証』という民間伝承が今も根強い。

 

特定の姿は無く、鏡のように対象人物とそっくりになるのが特徴であり、本人の『影(シャドウ)』といえる。

 

日本書紀や万葉集に記された遊離魂とは影と同じ意味であり、人間の魂と表現される。

 

心理学者のユングは『無意識的に嫌悪するため、自分自身が認めたくないもう1人の自分』をシャドウと定義づけた。

 

ドッペルゲンガーを見た者は数日のうちに死ぬとされるが、逆に死が近づくが故に現れるという説もある己の死の象徴とも呼べた。

 

18世紀末から20世紀のゴシップ小説作家達は、ドッペルゲンガーの特徴をこう表している。

 

『ドッペルゲンガー自身に、殺されてしまう』

 

<あの者も死を象徴する魔人であり生霊。悪魔の種族で”外道”と呼ばれ、言語も上手く喋れん者>

 

<何故私の内面部分を生み出したのよ!?それも私を苦しめる目的だったわけ!>

 

<そうだ。あの者は違う魔獣世界に流れ着いたお前さんの中に現れ出た者をコピーして作られた>

 

<違う魔獣世界に流れ着いた私の中に・・・現れ出た者?>

 

<その者は、I(あい)と名乗りおったわ>

 

<I(あい)・・・・日本語で”私”という英語・・・?>

 

<”悲哀”とも”愛する”とも言葉の発音部分では同じ・・・私であり、私の想い>

 

<私であり・・・私の想い・・・>

 

<お前さんは向かい合わなければならない。己の醜い、もっとも見たくない部分の感情とな>

 

<私が・・・私の想いを・・・見たくない・・?>

 

<想いとは”欲望”とも”願望”とも呼べる代物。悪魔の恐ろしさを象徴し、7つの大罪となる>

 

<・・・今は何も分からない、あの者を倒す事に集中するわ>

 

クローゼットから出て、宮殿内部で何か倒す事が出来るヒントはないかと探りを入れるため部屋の中から周囲を確認し、ゆっくり回廊に出る。

 

<あのI(私)以外の悪魔のような人形共は何?あの魔人は制御出来ていないみたいだけど>

 

<あの14体の人形共もドッペルゲンガーと言える。お前さんの自己評価たる醜い己自身の影>

 

<・・・あの私を象った人形共と魔人は何故、あんなに仲が悪いのかしら?>

 

<お前さんは劣等感を感じる己の醜い部分を胸を張って周囲の者に語り、誇れるか?>

 

<・・・・・・出来ないわ>

 

<誰だってそうじゃ。心の醜い部分など見たくない、認めたくない、出来るなら消えて欲しい>

 

<でも魔人があの子供の人形共を制御出来ていないのは都合が良いわ・・・つけ入る隙となる>

 

<それでも皆お前さんを嫌っており、消えて欲しい。お前さんが自分の醜い部分を嫌う限りな>

 

慎重に進む回廊の道の角、ゆっくり向こう側に敵がいないかを確認しながら曲がっていく。

 

階段を降り、一回の回廊を歩いていく次の角で彼女は立ち止まる。

 

(いる・・・私が・・・・)

 

メノラーの灯りの光は暗闇なら気がつく筈なのに、I(あい)は身動きせず回廊の壁に飾られているモノに見入っている。

 

(あれは・・・まどかの絵画・・・?)

 

そっと両手で絵画を外し、ボロボロになってしまったまどかの絵画を顔に近づけ・・・頬ずり。

 

「マドカ・・・マドカ・・・ワタシィ・・・貴女ガァァ・・・嫌・・・嫌ァァァァ・・・」

 

汚れたヴェールを捨てたI(あい)の目から、とめどなく流れる血涙があみだくじを描き落ちる。

 

まどかの前では狂気を抑え込んだ正気を装う姿はまるで感情の起伏が激しいほむら自身。

 

直様距離をとるため逃げなければならない筈なのに、もうひとりの自分のやっている行為を見て、気持ちが分かるのか見入ってしまう。

 

(まどかが生きていた証に縋り付く姿・・・まるで・・・私・・・)

 

髪飾りとして使っているまどかのリボンに左手で触れるほむらの姿もまた、彼岸に逝った者に思いを馳せる者。

 

だが、まどかを想って良いのは『自分だけ』であり、偽物の悪魔ではないという独占欲の感情が芽生えてきた・・・この人間の感情は、嫉妬。

 

―――Eifersüchtige Frau.(ヤキモチ女)

 

身を震わせ、暗闇の中で隣に立っていた者に振り返る。

 

前髪を半分横に垂らした茶髪の長髪をもつ喪服を着た人形少女が立っていた。

 

思い出の世界で輝くまどかの絵画が入るぐらいの箱を両手で抱えながら嫉妬深いと評価する者。

 

「・・・イ居ルゥゥ・・・忘レル女ァア・・・マドカヲォォオ・・・汚スゥゥウ!!」

 

I(私)に気が付かれたほむらは、ケラケラ笑って嘲笑うだけの人形娘を無視して走る。

 

背中にまた硬いトマトをぶつけてくる、罪を背負って断罪されろと投げつけてくる。

 

回廊の廊下を追われる者と追う者が駆けていく。

 

何処かぜんまい仕掛けのロボットのようにギクシャクした固い足の動きでI(私)も迫る。

 

攻撃を仕掛けるものが無いほむらは、手当たり次第に回廊に飾られた割れ物を後ろに投げる。

 

割れた破片が地面に散乱したが、I(私)は破片を踏みつけながら人間としては不規則だが、人形やロボットのような規則正しい姿勢のまま追い続けてくる。

 

自分と同じ素足なのに、何故破片を気にせず踏みつける事が出来るのか。

 

後ろを振り返り、強くなったメノラーの明かりで後ろの空間も照らされて理由が分かった。

 

「あいつ・・・他の子供人形と同じ・・・人形!?」

 

指先、足首に見える球体関節部位・・・上着から見える腕の手首や指関節も同じ。

 

階段を駆け上がっていたら足の指が段差に引っかかって躓いてしまった。

 

「痛っ・・・・痛覚まで人間に戻って・・・・」

 

背後から迫る気配に気が付き、崩れた姿勢のまま後ろを振り返る。

 

階段踊り場にまで登ってきたI(私)が首を傾けながら迫ってくる・・・手に持たれた獲物をえぐる剣をハンドル回転させ、ドリルのように螺旋刀身を回転させる。

 

「や・・・やめて・・・お願いだからあっち行って・・・・!!」

 

無力な人間が追われ続けた恐怖でもはや過呼吸になるまで息が乱れ、いつ我を忘れて錯乱するか分からない精神状態。

 

恐怖で満足に動かせないせいか、階段を背にしながら這いつくばって上に逃げるしか出来ない。

 

「抉ルウゥウゥウ・・・穴ァァァアア・・・汚イィィイ・・・穴ァァァァアァア・・・」

 

階段踊り場で蹲る獲物に剣を突き立てようと振りかぶった時、I(私)が静止し、隣の壁に首を向けていく。

 

インテリアとして飾られたアンティーク全身鏡にI(私)の姿が明かりに照らされ写り込んでいた。

 

「アァ・・・・アァァアアアァァアアァアァーーーーッッ!!!!」

 

「なにっ!!?どうしてそんなに私の姿を見て怒るの!?」

 

鏡に写り込んだ暁美ほむらの姿を見て発狂、螺旋剣を鏡に突き立てて砕いていく。

 

もはや見境が無い魔人の壊れた姿を見て愕然とする。

 

見える自分全てが嫌い・・・だから壊す、破壊する姿はまるで、気に入らない玩具を壊す子供のように・・・。

 

―――Egoistische Frau.(我儘女)

 

I(私)の頭にぶつけられた熟したトマト。

 

潰れた果肉と汁が顔に垂れる光景は頭から血を流しているようにも映るだろう。

 

投げてきた方向をI(私)は見上げる。

 

ツバ広な黒いフェルトハットを被るミニスカートの喪服を着た人形少女が一番上の段差に腰掛けながらトマトを投げつけたようだ。

 

「ワガママ・・・?チチ違ウゥゥウ!!ワタシハァァ・・・イツダッテェエ・・・マドカノ・・・タタタメニィィイイ!!!」

 

踊り場に座り込んだほむらを無視し、階段を駆け上がりワガママと評価してきた人形娘と追いかけっこを始めてしまった。

 

「上には上がれない・・・下に行かないと・・・・」

 

距離をとるために階段を下に降りていき、宮殿の地下空間へと入っていく。

 

狂気と正気という感情の狭間で激しく揺れ動く己自身を『嫌悪』し、遠ざかるために。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

地上の豪華さとは打って変わる程に無機質な地下空間を、メノラーの明かりのみで歩く。

 

古い石壁で覆われた施設の光景は、まるでチェコ首都の錬金術博物館地下にある魔術研究所。

 

天井を支える円形の石柱には、カタコンベを思わせる髑髏の山がひしめき合う。

 

「何故あの魔人は・・・私にあれほどの怒りをぶつけてくるの・・・?」

 

<お前さん、自分の気持ちを意識した事はあるか?>

 

<どういう意味よクロノス?>

 

<本当に交わした約束のみを頼りに、お前さんはアレ程の時間渡航の地獄を超えたのか?>

 

<当然よ・・・それ以外に何があるというのよ・・・?>

 

<人は其々悩みを抱えて生きる。”クルミ”を仕掛けた網に手を伸ばし引っかかる猿の罠の原理と同じく、苦しみが待っていても欲しい煩悩に手を伸ばす故に、苦悩という因果を抱え込む>

 

<猿の煩悩と私の気持ちとがどう繋がるわけ・・・?>

 

<交わした約束を果たし終えた後の期待を夢見たことはあるか?見返りを求めたことは?>

 

<そ・・・そんな事・・・考えるわけ・・・>

 

<見返りという褒美が欲しくて、地獄が待っていても手を伸ばさずにはいられないのが煩悩>

 

<私がまどかに見返りを求めてたですって!?馬鹿にしないで!私は・・・あの子の約束だけを>

 

<綺麗事よ。人間は欲深き生き物、お前さんの本音は交わした約束に対する見返りを求めていた>

 

<違う!!私は・・・私はまどかを守って約束を果たせれば・・・>

 

<そこじゃよ、お前さんのその頑なに本音を隠し、建前を作る見栄。カッコつけた態度で本当に欲しい”モノ”を遠ざける。お前さんのその態度に・・・あの魔人は怒り狂っておる>

 

<私の本音を隠す態度に・・・あの魔人は怒っているですって・・・?>

 

<お前さんが本音を隠すなら、いっそのこと煩悩という”クルミを割って”捨てれたか?あの小娘の元から約束を果たし終えたなら去ることが出来たか?>

 

<そ・・そうするしかないじゃない!魔法少女と人間は相容れない!まどかをまた危険に晒す!>

 

<善意は語る癖に行動が伴っておらん!交わした約束さえ新しい世界では無くなっておるのに、あの小娘の形見すら頭につけて手放さないくせに!>

 

<こ・・・これは・・・私・・・まどかを忘れたくないだけ・・・>

 

<魔法少女の使命と共倒れする事を望む、新しい世界に何も期待しない哀れな娘よ。お前さんは見返りを求めている。鹿目まどかと会いたい見返りを。魔法少女の運命の末路の結果に擬態して>

 

<・・・・そんな私に怒って裁きを与えたいのね・・・I(私)は・・・」

 

念話を続けながら暗闇の魔術研究所内を探索し、1つの部屋に入り込む。

 

そこは錬金術を研究しているような器具や書物の棚で覆われた空間。

 

「こ・・・ここは・・・?まさか、あの人形共はここで産み出されたの?」

 

周囲を見渡せば、錬金術の道具など気にならない程に異様なモノがぶら下がる。

 

天井に吊り下げられているのは人程の大きさもある数々の人形素体。

 

それに周囲にも人形のパーツが散乱しており、一番奥には大きな人形ゴーレムのようなものまで飾られていた。

 

「命の無い人形に、命を吹き込む魔術・・・なら、命を終わらせる方法だってあるはずよ」

 

ゴーレムとはユダヤ教の伝承に登場する自分で動く人形であり、ヘブライ語で胎児という。

 

作った主人の命令だけを忠実に実行する召し使いかロボットのような存在だが、運用上の厳格な制約が数多くあり、それを守らないと狂暴化する。

 

「奴らもゴーレムの一種なら、死なせるチャントの文字が何かあったはず・・・」

 

emethという『真理』『真実』という呪文を書いたモノを貼り付けるか、人形に直接刻むかで自動人形達は動き出す。

 

この一文字を削れば、meth『死』という意味となり、自動人形は役目を終えたように死ぬ。

 

<いきなり現れて、御大層な知識自慢ね。でも無理よ・・・奴らの衣服を剥ぎ取り、体の何処かに貼り付けられたか彫り込まれたチャントを削れる力なんて、今の私にある筈がないじゃない>

 

<ならばどうする?このまま奴らに殺されて廃人となるか?>

 

<そう・・・ね・・・・・>

 

<どうした?>

 

<緊張したまま走り続けて・・・喉が乾いて・・・>

 

何処かに水飲み場が無いか探りを入れながら地下空間を歩く。

 

景色が変わっていき、宮殿で働く使用人達の空間と思わしきエリアとなる。

 

「大きなキッチンね・・・ここで作られた料理が上に運ばれるのかしら?」

 

キッチンならば手洗い場があると思い、探りを入れたら見つけられた。

 

走り続けた汗と恐怖心の冷や汗とが体中から吹き出し、もう喉もカラカラだろう彼女はメノラーを台座に置いて両手で水を掬いながら飲み続け、眼鏡も横に置き顔も洗った。

 

タオルが見つからないから濡れた顔のまま眼鏡をかけ、手洗い場の鏡に視線を移す。

 

その鏡に映っていた者『たち』

 

「キャァァァァーーーーー!!!!!」

 

キッチンの肉切り包丁が背後から振り下ろされ、咄嗟に横に飛び跳ねて避けることが出来た。

 

「ウソツキィィイイ・・・口ィィイイ・・・イ、イ、イラナイィイィ・・・裂クゥウゥ!!!」

 

手洗い場の台座に深々と刺さってしまった肉切り包丁を抜こうとするが、なかなか抜けない。

 

直ぐに起き上がり、台座に置いたメノラーを右手で掴み、何処に向かうかも分からず走る。

 

魔人も包丁を手放し、後ろから追いかけてきている。

 

「何処か・・・何処か明かりごと隠れられる場所に!!」

 

使用人達が複数人暮らす寝室に入り込み、使用人達が使うだろう大きなクローゼットを開ける。

 

「イヤァァァアァアーーーーーッッ!!?」

 

そこに入っていたのはI(私)。

 

左手を捕まれ引き倒された彼女は無我夢中で床を這い回り、手近にあったモノを投げつける。

 

「見栄ェエ・・・ウソツキ女ァ・・・マドカ・・・イ、生キタカッタ・・・アノ子ト共ニイ!!」

 

倒れ込んだ自分に対し、右手の螺旋剣を左腕に向けて振るう。

 

「ああぁぁぁーーーッ!!!」

 

左腕上腕に深く突き立てられた螺旋剣。

 

左手で螺旋剣の柄頭にある手動ハンドルを回し、刀身を回転させ上腕の肉を絡みつけ強引に回す。

 

「痛い痛い痛い痛いッッ!!!!やめてぇぇーーーーッ!!!!」

 

魔法少女の時に受けた痛みとは比べ物にならない激痛、人間の本来持つ感覚である痛覚が襲う。

 

泣き喚き苦しむ自分の姿を見ながら口元も笑みとなっていき、ギザギザの歯を見せつける。

 

・・・その時だった。

 

「ウ・・・・・ゴガッ・・・・・?」

 

涙で濡れた目の視線をI(私)に向ける。

 

後頭部から刺さり、右目を貫通しているのは・・・編み針。

 

螺旋剣を刺した腕から抜き、後ろに振り返る。

 

I(私)が最も嫌っているネガティブな己の3つの評価である『レイケツ』と『ウソツキ』と『ワガママ』が立っている。

 

3つの人形達も、このデキソコナイ様の”デキソコナイ”を嫌っていた。

 

ほむらの視線に見えるのは、自分の腰よりも長い美しいI(私)の黒髪長髪。

 

武器を手にしていないが、使いようによっては武器となりえるモノを今、持っている。

 

「お前なんて・・・”私じゃない”!!消えてぇぇ!!!」

 

痛みに苦しみながら力を振り絞り、右手のメノラーの炎を・・・I(私)の後ろ髪に近づけた。

 

「アァァアアーーーーーッッ!!!!?」

 

後ろ髪と衣服に燃え移った炎に気が付き、I(私)が地面に倒れ込んで転げながら苦しみ悶える。

 

その光景をケラケラ笑いながらI(私)を蹴り続ける3体のネガティブな存在達。

 

「いやっ!!嫌ァァァァ!!!!」

 

ついに激痛と恐怖によって心が限界を迎え錯乱してしまい、本能の赴くままに走って逃げていく。

 

思考などもう出来ない、恐怖と痛みと自分のネガティブな存在達への嫌悪感に支配される。

 

T字路に差し掛かった時、左側から編み針が2本飛んできて壁に突き刺さる。

 

危うく頭部と横っ腹を串刺しにされるところだったが、タイミングが合わなかった。

 

「来ないでぇぇ!!!」

 

『オクビョウ』と『マヌケ』が追いかけてくる・・・マヌケな臆病者を追いかけてくる。

 

他の人形娘達も嫌っている、デキソコナイ様も、そのデキソコナイも嫌い、消えて欲しい。

 

見栄を張ってあまり歩き慣れない地下を『ノロマ』と一緒に歩く『ミエ』は、突然横の通路から走ってきたほむらに体当たりされ、押し倒れたミエの下敷きになりノロマも倒れ込んだ。

 

「どきなさいよノロマ共!!」

 

走る、走る、何処に向かうかも分からず危険から遠ざかろうと走った。

 

痛みで腕を上げれなくなった左手でドアをどうにか開け、螺旋階段が広がる空間はまるで貯水槽のように水が上から流れ込んでいる。

 

下まで駆け下り、扉を開けてさらに地下の奥深くに向かう。

 

<しっかりせい!当てもなく逃げたところで追い詰められるぞ!!>

 

「嫌い・・・嫌い・・・みんな私を傷つける!!私が私を傷つけにくる!!」

 

―――私なんて・・・大ッ嫌い!!!

 

自分を嫌えば嫌うほどに・・・人形娘達の襲いかかる激しさも増していく。

 

上手く社会でやっている周りの人達と比べ、劣等感を抱え込んだ者は・・・自虐する。

 

自分なんて消えてしまえばいいとさえ考える。

 

今、自分で自分を自虐して自傷し・・・自分の精神まで自分で消そうとしている。

 

己の自虐心がもたらした原因と結果・・・因果そのもの。

 

景色はいつの間にか地下洞窟のようにゴツゴツした石に覆われた暗闇の洞窟内・・・いや、ここだけは天井に小さな明かりが無数に見える。

 

星空のように土ボタルが輝く空間、この奥にこそほむらが最も大切にしていた星空の世界に旅立った者が隠されていた。

 

切り立った崖にかけられた石造りの橋を超えた先には地下教会。

 

橋を超えた先において飛来してきた7つの編み針が地面に突き刺さり、慌てたほむらが倒れ込む。

 

教会の屋根の上には7体の人形娘。

 

後ろから追って来たのは5体の人形娘・・・ナマケとノロマはまだ来ていない。

 

「ハァ・・・ハァ・・・わ・・・私・・・何処まで逃げてきたの・・・?」

 

<・・・言わんこっちゃない・・・お前さん追い詰められたぞ>

 

錯乱症状が収まったが、気がつけば絶望的な状況に追い込まれた。

 

教会に近づけまいとした7体の人形娘、後ろからは迫る5体の人形娘。

 

「私・・・・ここで死ぬの・・・?」

 

後ろから迫る5体の人形娘達の後ろから、足を引きずりながらやってくる人形もいた。

 

後ろのデキソコナイ様のデキソコナイに気がついた人形たちがトマトをぶつけ始める。

 

<覚悟はいいか?もうここでケリをつけるしかないぞ>

 

「死ねない・・・私はまだ・・・でも、ここまでかもしれない・・・」

 

不意に白い夢の世界で人修羅に言われた言葉がまた、脳の中で繰り返された。

 

「私の嘘に塗れた魔法少女人生を、悪魔達が否定する・・・・・その通りになったわね」

 

死の覚悟を決めたほむらはついに逃げずに己の最も醜い感情が詰まったI(私)と決着をつけるために・・・前に踏み出た。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

足を引きずりながら迫るI(私)

 

後頭部に刺さった編み針を抜き、空洞となった右目からも左目と同じく流れ出る血涙。

 

燃えてしまったほむらの髪を形作ったウイッグもとれ、人形素体の頭部が剥き出し。

 

その頭部は無残にも誰かにドリルを用いて穴が開けられていたのをウイッグで隠していた。

 

衣服も上半身部分が焼けただれ素体が剥き出しとなるその胸部も、同じ様にドリルで風穴が開けられていた。

 

「クララァァ・・・嫌イィィ・・・ウォマエモ嫌イィィ・・・私モォォ・・・嫌イィィ・・・」

 

頭部と胸部につけられた穴、それはクララと呼ばれた14体の『クララドールズ』達に虐められて既に傷つけられていたもの。

 

彼女たちは過剰なまでの魔女に対する侮蔑の価値観を持ち、ほむら同様に自分と無関係だった筈なのに傷つけてきた悪魔に対しても侮辱する。

 

だがこの夢の世界で産み出されたクララドールズは『贋作』であるが、ほむらのネガティブな心をコピーして産み出された故に、いずれ現れる本物と変わらない性質と力を持たされた。

 

「アハ・・・アハハハハ!!!嫌イィィ・・・醜イィィ私ィイ・・・デモォォ・・・捨テナイデェェ・・・行カナイデェェェ・・・マドカァァア・・・」

 

体を痙攣させたようにガタガタ不規則に動かしながらも、何処か上の空で教会を見つめながらこの世から消えた存在に縋り付こうとする。

 

<・・・見えるか小娘?あの人形の胸元の上に、ヘブライ語で刻まれているインク文字を?>

 

そこにはドッペルゲンガーを人形素体に縛り付けるゴーレムと同じ呪文emeth(真理・真実)。

 

「真実・・・I(私)のあの姿が・・・・・私の真実・・・・」

 

<あれのeをどうにか削り取れば弱った奴を倒せる。・・・やれるか?>

 

「でも・・・他のクララと呼ばれたドールズは・・・・?」

 

<・・・・・・その時は、諦めよ。もはや打つ手はない>

 

左腕は痛みで動かせない、右手に持ったメノラーの炎でどうにかインク文字を掠れさせればと考えるが・・・。

 

「分カッテェェェ・・・クレナクテイイィ・・・私ィィイ・・・貴女トォォ・・・」

 

「・・・生きたかった・・・人間と同じ様に・・・人間のまどかと共に、幸せになりたかった」

 

言いかけた言葉をI(私)自身を拒絶してきた者に言われ、静止する。

 

「それが私の願望・・・どれだけ夜の夢の世界で望んだか分からない。・・・夢の世界でしかそれが叶わないなら・・・もう”夜なんて終わらなければいい”とさえ思った」

 

<お前さん・・・一体なにを語りだして・・・・・?>

 

「この暗闇は終わりたくない夢の世界であり願望だと分かった。本当は分かってた・・・地獄の先にある見返りが欲しい・・・それが魔法少女として、どれだけ醜く儚い願望なのか知ってても」

 

かつて風見野の守護者として生きていた魔法少女はこんな言葉を言った。

 

―――私達魔法少女もあんなふうになれたらいいのに・・・。

 

魔法少女と人間の『恋』

 

それがどれだけ叶わぬ程に困難なのか・・・魔法少女達なら誰でも分かる。

 

「まどかを守りたかったのは、交わした約束を果たしたいだけだと言い続けた。でも本当は建前の綺麗事だった。私が本当に望んでいた結末は・・・まどかと共に生きたかったことだった!」

 

右手に持たれていた螺旋剣を落とす。

 

あれだけ頑固な態度で見栄を張り、本当の気持ちに嘘をつき続けてきた冷血で我儘な者が・・・自身の醜さを誇るかのように語りだした姿に、13体のクララドールズたちが動揺していく。

 

「・・・ドウカァ・・・・ドウカァァァ・・・・」

 

「消えないで・・・私のたった1つの希望・・・」

 

「行カナイデェェェ・・・・・」

 

「私の想いを・・・この世界で伝える事が出来た人・・・・」

 

足を引きずりながら、襲いかかる事もせずに教会に向けてI(私)は歩いていく。

 

I(私)のドールボディはレジンキャスト素材で作られており熱で崩れる。

 

炎で火達磨になろうものならドールボディが持つはずがない。

 

もはや身動きする余力さえ残ってはいない体を無理やり引きずりながら教会の中に。

 

ほむらも黙ってついていく姿に対し、クララドールズたちは攻撃してはこない。

 

教会内部の石畳の隙間からは彼岸花が無数に咲き誇り、地面を埋めている中をI(私)は祭壇に向けて歩いていく。

 

途中、膝関節が絶えきれなくなったのか片足が壊れて倒れ込む。

 

両手で這いながらも祭壇に向かうI(私)を追いながら、祭壇の奥に飾られた宗教画を思わせる、女神が描かれし巨大絵画を見上げた。

 

天井の円形ステンドグラスから注ぐ青白い光に照らされた祭壇机の上にどうにか体を持ち上げようとするI(私)に対し、ほむらが寄り添い・・・痛む左腕で体を支えた。

 

焼けたボロボロの衣服のポケットから何かを取り出し、祭壇机に捧げたモノとは白い花。

 

「この花・・・たしかアネモネの花・・・・」

 

<・・・花言葉は、儚い恋・恋の苦しみ・見捨てられた・見放された・薄れゆく希望・真実・・・そして>

 

―――・・・・・君をI(愛)すだ。

 

「マドカァァ・・・・・・・・行カナイデェェ・・・・・ズット側ニ・・・イテ・・・」

 

「貴女は・・・I(私)よ。だからその想いは私がまどかに伝えたかった・・・貴女の分まで」

 

崩れていく・・・I(私)。

 

教会の中に響き渡る子供たちの泣き声はまるで泣き屋。

 

遅れてやってきたナマケとノロマもバツが悪そうにして泣き屋の輪に加わり涙の芝居、彼岸の彼方に逝ってしまったまどかの葬儀を盛り上げた。

 

「想いを伝える人がこの世にいないから・・・自分の想いを言葉にする事も出来なかったのね」

 

祭壇机には、暗闇の世界でもハッキリ色が分かるほどに美しい白い花。

 

白は完全な色であり、正しい・真実・悟りの意味を持つ色。

 

「もう私は逃げないわ・・・自分の身勝手な想いから。I(私)のために・・・まどかを守りたい」

 

―――たとえ・・・私を許さない世界に”反逆”してでも・・・。

 

<・・・この泥あればこそ、咲け・・・・・”転生の華”・・・>

 

役目を終えたクララドールズたちは、編み針を生み出し自分に向かって構える。

 

そして・・・次々と自分の体に刻まれたemethのeを削り、meth(死)んでいった。

 

I・・・それは私であり、私だけが私を傷つける事も『許す』事も出来る。

 

この先自分が自分を許せない迷いを抱えた時には、再び自分自身が傷つけに現れるだろう。

 

自分の気持ちを変える事も、貫く事だって出来るのも、いつだって自分次第。

 

いつか自分自身が・・・強く、熱く望むならば・・・。

 

I(私)は・・・・・・I(愛)に気がつくだろう。




というわけで、メガテンのとある悪魔を使って考えたオリジナル魔人の正体はIちゃんでした。
いや~メガテンを使ってまどかマギカの原作ノリを考えるのも難しい。
お前なんて私じゃない!ペルソナァァ!!(パキーン)


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70話 砂の世界

王の書斎のような豪華な主舞台。

 

ここに1人佇むは、山羊の形をした銀の飾り杖を手で握る金髪の少女。

 

もうすぐアマラ深界にやってくるだろう者を目を瞑り、ただ静かに待ち続ける。

 

座っている椅子の後ろ側で燃える暖炉、上には飾られたいくつものモノクロ写真。

 

そこに写っていた人物は全て、眼鏡をかけた小さい女の子のメモリアル。

 

親に面倒を見てもらわなければ生きる力も無いだろう、小学生の子供の写真がいくつもあった。

 

「・・・6体の魔人を倒せたか。上出来だよ、暁美ほむら」

 

暖炉の薪が弾ける音が響く主舞台の書斎で、この者は静かに語っていくだろう。

 

このモノクロ写真に写る人物の・・・最後の真実を。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

メノラーの明かりが6つ灯った一際明るい光に照らされた女神の絵画を見つめるほむら。

 

「まどか・・・私、きっと貴女を傷つけるかもしれない。私の望みは貴女が選んだ道を・・・・・私なりに否定するものなのだから・・・」

 

祭壇机に置かれた白い花を見つめ、自分の想いからは逃げない覚悟を決める。

 

「拒絶されてもいい・・・私が望むのは貴女の人間としての幸せ・・・・・・そして・・・・」

 

<小娘よ・・・教会の入り口に向かえ。あの御方がお待ちだ>

 

少しだけ目を瞑り、最後の問いに答えて貰うためにほむらは踵を返し、教会の入り口へ。

 

出入り口を開けば、そこは王の控えの間。

 

何も言わずメノラーの台座に歩いていき、静かにメノラーを置く。

 

灯りが今まで見た中で一番大きく燃え上がり、連なる炎のように輝いていく。

 

『6』つの蝋燭の灯りはまるで・・・『火群(ほむら)』のように輝いて見えた。

 

金髪の少女の視線、自分の視界がアマラ深界に堕ちていく感覚。

 

ほむらの視界は、生物体内にある細胞壁の隙間のような覗き窓。

 

オペラ劇場の舞台、真紅の舞台カーテンは既に上まで上がりきっていた。

 

主舞台中央の椅子に座るのは、ほむらと瓜二つの金髪の少女。

 

静かに・・・その両目を、開けていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

<<・・・何故、私の姿をして・・・お前は私の前に現れたの?>>

 

「・・・私はお前の鏡。少し先の未来を映している」

 

右に首を向けながら不敵な笑み。

 

金髪の少女の左耳に見えたアクセサリーのようなモノに目が行く。

 

それはまるで『トカゲ』が耳に絡みつくような黒いイヤーカフス。

 

イヤリングのように吊り下げられているのは紫の菱形宝石。

 

<<お前達は本当に私が悪魔となり、黒き希望とやらになると信じているわけ?>>

 

「だからこそ、私はお前に7つの試練を、それを超えるための道具まで用意した」

 

<<お断りよ。私は魔法少女・・・それ以上でもそれ以下でもない。私が悪魔になるわけない>>

 

「もうお前の意思は関係ない。自分では逆らっているつもりでも、お前は流れ落ちるのみ」

 

<<お前達が仕掛けたこの7つの試練を絶対に生き残ってみせる・・・そして私の力を示せたら、もう私達に関わらないで!!>>

 

「・・・いいだろう。お前は6つの死を超えた・・・あと1つの試練を超えたならば力ある者に敬意を示し、そっとしておいてやろう」

 

<<悪魔の言葉は信じたくない・・・でも信じる以外に私達が平穏に暮らせる方法は無いわね>>

 

「聞きたい事は・・・それだけか?」

 

<<・・・あの鹿目詢子さんに化けた悪魔と、梟は何処に消えたの?>>

 

「席を外して貰った。これからお前に語る最後の真実は・・・私が語るべきだからだ」

 

<<最後の・・・・・真実?>>

 

椅子から立ち上がり、山羊の形をした銀の飾り杖をかざす。

 

ステージ前の空間に現れ出た赤く逆巻く渦の柱。

 

渦の中心に横たわり浮かんでいる人物・・・それを見てほむらは愕然とした。

 

<<わ・・・・私の・・・・・・・小さかった頃・・・・?>>

 

もうあまり思い出す事も出来ない小学校高学年時代ぐらいのほむらの姿。

 

「・・・お前は、小さい頃の”記憶”を持っているか?」

 

<<小さかった頃の記憶ですって?・・・あまり思い出せないけど小学校ぐらいまでなら>>

 

「それより以前の記憶は?両親の顔は覚えているか?何処の病院で産まれたか覚えているか?」

 

<<それは・・・・・そんな事が一体何の意味があるっていうのよ!?>>

 

「お前は自分を知らなさ過ぎる事にさえ気が付かず、人間として人生を生きてきた。不自然に思わなかったか?自分の置かれている環境が、周りの人間と比べておかしいと?」

 

言われて思い当たる節を考えたなら、普通の家庭環境の常識から見ておかしい部分はいくらでも思いつく。

 

先ず・・・『両親の存在が何処にもいない』

 

亡くなったというわけではないが、ほむらの周囲には決して現れない。

 

普通なら我が子を東京から遠くの街の病院に移したり、病み上がりの子供を独り暮らしさせるなら、繰り返された一ヶ月のうちで心配しながら顔を見せに訪れるのが、親として当たり前の行動。

 

だがほむらが繰り返してきた時間渡航の記憶の中で、両親が顔を見せに現れた事など一度も無い。

 

病弱な中学生の子供に一人暮らしさせていようが、お構いなしのDVに等しい放任主義。

 

・・・そもそも、小さかった頃の記憶を思い出していっても、両親の顔など出てこない。

 

「お前は言えるのか?両親の名前を・・・何処で働いているのかを・・・いつ結婚したのかを?」

 

「私の家庭環境は確かに不自然だった・・・両親の顔さえ思い出せないし、そもそも・・・」

 

―――私は・・・両親と会った事さえ・・・・・無かったわ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

東京で暮らす華族や大富豪のお嬢様しか通えない格式高いミッション系小学校。

 

現代の大貴族とも言えるだろう子供達の中でも、一際羨望と嫉妬を向けられるお嬢様がいた。

 

名前は、暁美ほむら。

 

東京郊外にある美しい大庭園に囲まれた豪邸の屋敷で暮らし、通学も大統領が乗っていても不思議ではない最高級リムジンに乗り、護衛の車と車列を作り通学。

 

小学校でも教師達から周りの生徒と比べても特別な待遇を受け、まるで王族の如き権威あるお嬢様のような暮らしぶりだった。

 

屋敷に帰れば使用人達が沢山働いている。

 

食事の席も豪華な城の大食堂にあるような長い机の奥に座り、執事とメイドを両端に立たせ・・・家族が夕餉を囲む事もなく独りで食事をとった。

 

・・・これ程まで金に困らない羨望的な生活を送ってきながらも、不自然な部分がある。

 

両親の姿は、何処にもいない。

 

屋敷で働いている使用人に親の事を聞いても、はぐらかされるばかりで決して語ってはくれない。

 

父や母の写真か何か、存在がいるという証明となる品を屋敷の中で探しても見つからない。

 

寂しくて枕を濡らす日々が記憶の最奥に眠っているが、いつの間にかそれが当たり前となり、暁美ほむらは孤独な生活に慣れていく。

 

ミッション校の中学に進学した頃、ほむらは突然倒れる事となる。

 

重い心臓病を患い、東京の大学病院を転々としながら・・・世界的権威ある心臓外科医がいる見滝原市の見滝原総合病院に転院する事となった。

 

我が子が病魔に倒れた時にさえ、両親は現れてはくれなかった。

 

委任を受けた使用人達が必要な事は全て代理で行ってくれたからだ。

 

見滝原の名家である上条家のレベルでしか入院出来ないような最上級の個室で不自由ない入院生活を送れたが、心は空虚なまま。

 

中学にも通えず周りと比べて勉強が遅れていく長い入院生活。

 

見舞いに訪れる他の病室の人達の家族を廊下で見た時、どれだけ嫉妬心が芽生えたか分からない。

 

お金はあっても・・・家族の愛は何処にもなかった。

 

数回の手術も成功し、退院出来るまでに体が持ち直した頃、ほむらは訪れた使用人にこう語る。

 

「私も普通の子供が通うような学校に行きたい。それに貴方達がいなくても一人暮らし出来るわ」

 

お嬢様の希望に応えるよう使用人ははからい、中流層の子供達が通学する見滝原中学に転校する手続きを行い、子供が一人暮らし出来る住居の手続きと家具などの準備も済ませた。

 

・・・暁美ほむらは病院から無事退院し、現在の孤独に学生生活を送る毎日へと至った。

 

「あれだけのお嬢様暮らし。沢山の使用人を雇っている両親がいて当然。なのに顔を見せに訪れない・・・今でも多額の仕送りを何処かから送るのみの両親に、疑問や怒りは無かったのか?」

 

<<あるわよ数え切れない程に。それでも、今となっては薄情な両親の事などどうでもいいわ>>

 

「フッ・・・話を戻そう。小さい頃の記憶・・・何処まで覚えている?」

 

<<・・・微かに思い出せるのは精々11歳頃までよ。あの頃は・・・寂しくて毎日泣いてた>>

 

「いつ住んでいるのかも記憶にない我が家の中で、気がついたら沢山の使用人に囲まれて、全てが分からず苦しくて・・・毎日泣いていたのだろう?」

 

<<そうよ!どれだけ両親を憎んだのか分からない・・・何故私を、あんな豪華な鳥籠に閉じ込めて飼い殺しにしていたのか・・・理由さえ分からないわ!!>>

 

「意味はあるさ。何故ならお前は成長し・・・魔法少女となり・・・今、この場所に立っている」

 

<<・・・・・・・・・・・えっ?>>

 

「全ては計画通り。言っただろう?お前は・・・・・・・」

 

―――”流れ落ちる”のみだと。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

偽装結婚。

 

偽装結婚とは、一般的に結婚の実態を伴わない結婚とされる。

 

犯罪目的として使われる事が多く、日本の刑法上存在はしないが、明らかに結婚の実態が全く無いなどということが判明すれば、婚姻届の公正証書原本不実記載等罪(刑法157条)に該当する罪。

 

子供を育てる扶養を目的とした偽装結婚も存在し、扶養義務は同居生活していなくても一定の扶養料を支払うことによって扶養義務を果すことは出来る。

 

『人身売買された他人の子供を、育ての親として偽装し扶養する』事さえ、出来るのだ。

 

「お前の両親は法律上存在している。役場に届けた両親とお前の戸籍が共にあるのが証拠であり、性である暁美とは父の性なのだ」

 

<<私の父の性が・・・・暁美・・・・?>>

 

「最もそれは、ニンベン師に依頼して用意させた偽造証書の戸籍名であり、暁美という性は本来その男のものでは無い」

 

<<偽造証書・・・?・・・暁美という性は・・・・父のモノではない・・・?>>

 

「お前の両親は偽装結婚しており、結婚の実態は子供の扶養義務を多額の養育費で証明しているだけの・・・お互いに名前も知らない”赤の他人”共だ」

 

<<うそ・・・・・嘘よ・・・・・そんな話・・・・・・>>

 

「偽装結婚していても、お前の元に顔を見せに来る事も出来たが、あの者共はしなかった。何故なのか・・・分かるか?」

 

<<分からない・・・・・・分からないわよ・・・・>>

 

「その者達が、子供を売買する”人身売買組織の者”だからだ。”商品と同じような子供”に情が移りたくなかった」

 

<<そんなの嘘よっ!!!悪魔の惑わしよ!!!>>

 

「お前は知っている。使用人達でさえ、仕えている建前は見せても、お前を愛らしい人間の子供のように、愛してはくれなかったはずだ」

 

ほむらの脳裏に収められた古い記憶が蘇っていく。

 

使用人たちの自分を見る・・・・あの『モノ』を見るような眼差し。

 

「私はイルミナティに用意させた。お前が第二次性徴期を迎え、魔法少女として契約するに相応しい年齢になるまで・・・人間のように育てられる環境を」

 

<<イルミナティ・・・・・ですって・・・・・・?>>

 

「イルミナティは人身売買によって子供という商品を手に入れる世界規模のネットワークがある。自らが行う反キリスト行為の生贄とする。お前も見滝原総合病院でアドレナクロムを見たはずだ」

 

<<あの袋に詰まった・・・輸血用血液のようなもの・・・・?>>

 

<<人間の脳にある視床と呼ばれるホルモンやメラトニンを分泌する内分泌器部位を、宗教的に”魂の松果体”と呼ぶ。その分泌する液体を高純度で摘出するために、子供を虐待する必要がある>>

 

ほむらの記憶に蘇る、あのおぞましい見滝原総合病院の地下空間の手術室。

 

<<眼を器具で固定し麻酔目薬をかけ、吸引器の針を直接眼球奥部の脳に刺し吸引する。恐怖と痛みで大量に分泌されたアドレナクロムは、”若返りの麻薬”となる>>

 

―――聖書の全てを逆さまに解釈する、人の道理の真逆を行う、自然を愛せと言うなら焼き払う、隣人を愛せというなら貶める

 

―――神の血たるワインの代わりに人の生き血を飲む、全てを反対に向けよ

 

「日本の芸能界なども含めた世界中のセレブ達が、何故あれほど年齢を感じさせない見た目をしていると思う?・・・”反キリスト行為”をしているからだ。そのために子供を・・・」

 

<<言うなぁ!!!悪魔の嘘になんて絶対に騙されてやるものですかぁ!!!>>

 

「フフ・・・ソウルジェムを喰らう悪魔のように、人の魂を司る松果体を悪魔崇拝者たちに摘出される生贄となる。そう思い怖くなったか?お前には別の目的がある。そのためにこそ・・・・」

 

―――私は・・・・・お前を”産み出した”。

 

・・・ほむらの思考も激情も止まる。

 

今、あの者は・・・・信じられない言葉を、言ったのだから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

旧約聖書創世記2章7~8

 

――― 主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。

 

―――そこで人は生きた者となった。

 

―――主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた。

 

<<何・・・・?お前はなにを言い出すの・・・・?この上何を言い出すのよぉ!!??>>

 

「私は大いなる神のマネごとをするのが好きだ。だから、創世記と同じ事をした」

 

<<創世記・・・?・・・た、たしか・・・・大いなる神が行った天地創造・・・?>>

 

「土とは、命へ最も近い物質。礫や砂や泥に有機物が付着して生まれる。土の元とは風化した岩石から削れて細かくなった”砂”なのだ」

 

<<土・・・・砂・・・・?創世記・・・・その一節は・・・>>

 

「人は感情エネルギーを持つ。それは宇宙を生かす命にも、神という命さえも生み出す。因果も持たない人の感情エネルギーは微々たるが、時に人の命を産み出す程のエネルギーさえ捻り出す」

 

<<人・・・・人間の・・・命・・・・・?>>

 

「時の砂の流れと共に、数々の時間渡航世界を生きた娘よ。お前の人生もそれをなぞるが如し」

 

<<い・・・・いや・・・・・その先を言わないで・・・・・言っちゃ嫌ァァァァ!!!>>

 

「お前は全ての世界において、生きて幸せになりたかったが、病魔によって叶わず11歳で死ぬ運命を大いなる神に背負わされた、1人の少女の感情がエネルギーとなり、砂に宿った存在・・・」

 

―――私はその砂を土とし、大いなる神の真似事として、人間の少女を形作り、産み出した。

 

―――お前は・・・・・人間の『マネカタ(真似形)』だ。

 

あ・・・・・

 

―――東のかたの国、日本・・・目もまだ開かぬ少女に私は・・・エデンの如き園を与えた。

 

ああ・・・・・・・

 

―――私はその少女にこう名付けた。

 

あああ・・・・・・・・

 

―――暁の空に、燃えるように美しく輝ける子・・・『暁美ほむら』

 

ああああ・・・・・・・・・

 

―――暁の子よ・・・私がお前の”創造主”。イルミナティが反キリストの子供を育てた”親”だ。

 

あああああ・・・・・・・・・・

 

―――お前も私と同じく・・・ヘレル・ベン・サハル(暁の輝ける子)に、至る者となれ。

 

あああああああああああああああああ!!!!!!!!

 

崩れていく、少女の世界が、人生が、砂の城のように、崩れていく、流れ落ちていく。

 

まるでそれは、傾けた砂時計のように、流れ落ちていく。

 

無常に流れる人生の象徴とは砂時計・・・砂・・・すな。

 

<<私の人生も・・・命も・・・形が無かった・・・好きに作られた・・・砂の形>>

 

覗き窓に亀裂が走り、砕け散る。

 

鈍化する視界、砕けた一つ一つの破片が視界に映りながら意識の形も崩れ、砂となって暗闇に流れ落ちていく。

 

ほむらの最後の視界に映っていたガラス片の向こう側。

 

ガラス片が上から金髪の少女を覆い隠し、ゆっくり下に落ちる頃には・・・黒いフォーマルスーツの男が立つ。

 

<<私の人間の人生は・・・魔法少女の人生は・・・あの男が・・・砂で作った・・・・>>

 

私・・・・・は・・・・流れ・・・落ち・・・る・・・す・・・な・・・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「さぁ・・・・・お前の死が始まるぞ」

 

―――死と再生・・・人修羅と同じく、悪魔転生の時がきた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・時間渡航の覚醒。

 

視界に映ったのは満天の蒼き夜空に浮かぶ星々・・・そして『砂の大地』

 

クロノスがこの世界に導いた、繰り返された時間渡航とは違う世界へと。

 

今の時間渡航の盾には、もはや繰り返された一ヶ月の時間を司る砂は収まってはいない。

 

出会いをやり直したい最初の願いも無かった事となり、ほむらの記憶の中にしか存在しない。

 

<ワシの砂時計に収められておるのは地球文明の生存出来るまでの時間。人類の終わりの砂が下に落ちきった故に回転し、人類の終わりの砂部分だけを下に少し流し、もう一度回転させる>>

 

ここは、ハルマゲドンによって滅んでしまった地球文明の時間部分・・・流れ着いた未来。

 

<お前さんがこの世界を拒み、戦うのは自由・・・魔法少女だけの世界を見ながら終わるも自由>

 

クロノスの念話など聞こえていないのか、濁った目をしたほむらはただ呆然と立っている。

 

そして・・・・。

 

「アハ・・・・・・・アハハ・・・・あはははははははは・・・・・・・ハッ・・・はっ」

 

<<アァァァアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!>>

 

気が触れたように、大笑い。

 

クロノスも彼女の訪れる死が見えているのか、何も言わなくなった。

 

目から涙がとめどなく流れる・・・美しいが砂に過ぎなかった髪を、砂が混じった夜風が揺らす。

 

ここが・・・彼女が辿り着いた、悪魔に背負わされた因果、最果ての地。

 

・・・・・・『砂の世界』

 

「アハハハハハハハハハッ!!!!!あぁーははははははははは・・・・・あ・・・あ・・・」

 

―――うああああぁぁあぁぁぁああぁぁぁーーーー・・・・・・・ッッ!!!!!!!!

 

もう誰も寄せ付けなかった寡黙でクールな作られた自分など、何処にもいない。

 

病弱だった元の自分さえ、何処にもいない。

 

流れ落ちてきた、この砂の世界にまで、砂時計のように、流れ落ちた。

 

・・・ここは、彼女の因果が辿り着かせた・・・自分の真実を表す世界。

 

「ああぁぁぁ・・・・!!!うぁぁぁぁぁ・・・・ッッ!!!!」

 

もう何者でもない泣きじゃくる子供のように泣き喚き、向かう場所すらなく砂の海を歩む。

 

ソウルジェム・・・砂で固めた泥団子・・・魂・・・・涙で濡れた泥水のように色褪せる。

 

Two people want to walk on the beach on a moonlit night.(月夜に二人、浜辺を歩きたい)

 

I want to walk on the beach with you.(私は貴女と、浜辺を歩きたい)

 

ソウルジェムは既に絶望の色

 

I wanted to leave a footprint of you and my sand.(貴女と私の砂の足跡を残したかったの)

 

There are no footprints left there.(そこには足跡なんて残っていない)

 

You are God, I am nothing.(貴女は神様、私は何者でもない)

 

亀裂が入っていく

 

I can't take shape without sand and tears.(私は砂、涙がないと形になれないの)

 

I'm sand, even if it has a shape, it collapses with tears.(私は砂、形があっても涙で崩れるの)

 

広がる砂の海、聞こえる砂の音、そこは二人で生きたかった世界の亡骸

 

Two people want to walk on the beach on a moonlit night.(月夜に二人、浜辺を歩きたい)

 

Two people wanted to leave a footprint on the beach.(浜辺に二人、足跡を残したかったの)

 

「まどか・・・こんな私で・・・・・ごめんね・・・・・・」

 

I wanted you to hear my wish, selfish.(我儘な、私の願いを聞いて欲しかった)

 

I wanted your and my footprints.(貴女と私の足跡が、欲しかったの)

 

In this world of ripples.(このさざなみの世界で)

 

ソウルジェムがこの世界に呪いの因果をもたらす前に、この世から彼女と共に消えるだろう。

 

1人の友達のために魔法少女として生きた者。

 

その物語は終わりを迎え、ここに完結した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

砂の世界に佇むのは契約の天使、インキュベーター。

 

「タイムラインを知っているミカエル様が仰られた通り、未来の世界に時間渡航していたんだね」

 

天使の足元に倒れているのは、この世から消える筈だった遺体。

 

「少しだけ待った甲斐があったよ。お陰で僕たちの実験を始める事が出来そうだ」

 

宙に浮かぶのは、末席の天使ですら得意とする悪しき者を封印する『干渉遮断フィールド』

 

封印された内部で保護されているモノ。

 

それは小さいボルトで外側から固定されたソウルジェム。

 

「全ては宇宙の熱を増やすため・・・君が語った魔女という概念を研究させてもらう」

 

―――だって、君が語った内容が本当なら、君は魔女になれるはずなのだから。

 

―――そうだよね?

 

―――暁美ほむら。

 

大いなる神の使いたる天使。

 

その者達は神の御使いであって、人間の守護者ではないという考え方もある。

 

神を害する者あらば打倒し、神の威光を讃える者たち。

 

今、神の威光は円環のコトワリによって消し去られようとしている。

 

宇宙を温める光と熱の守護者たる者。

 

その揺るぎなき信仰心の前では人間らしい温もりや優しさは、大いなる神への贄に過ぎなかった。

 

「円環のコトワリを観測出来るなら・・・僕たちでも制御出来るはずだ」

 

その後、インキュベーターは様々な魔女という概念の性質を見つける事となる。

 

独自の法則に支配された閉鎖空間の形成と、外部の犠牲者の誘導・捕獲。

 

さらに興味深かったのは、この魔女は時間を超える力まで持っている。

 

外部の犠牲者の誘導・捕獲されたのは・・・時間を超えた過去の世界で生きている者たち。

 

見滝原市で暮らしていた魔法少女たちと、かつてほむらが接したことがある人間たち。

 

ソウルジェムはまだフィールド内部で砕けてはいない。

 

ソウルジェム内部はもはや、かつての世界で存在していた魔女の世界と化しているだろう。

 

この魔女が共に生きたかった人と暮らしたかった街と似た世界を卵の内側に築き上げて。

 

今より始まる物語、それはきっと我儘な物語となる。

 

この偽物の世界、それはほむらが夢見た・・・。

 

終わらない願いの世界だった。




マギレコでほむらの親が語られていたら、こんな鬱な話考えなかったんですがね(汗)

語られないのなら、二次創作で玩具にしよう(使命感)

流石に映画でいきなり砂漠化した見滝原市とか無茶振り過ぎるから、ハルマゲドンで崩壊した未来というこじつけにしてやりました。

というわけで、この話が3章のテーマである『砂の世界』でした。

人修羅になる者、それは砂の世界に立つ者だから。


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71話 くるみ割り人形の物語

ソ連になる前の時代のロシアが生んだ、三大バレエの1つ。

 

バレエ作品 『くるみ割り人形』

 

E.T.A.ホフマンの1816年の童話くるみ割り人形とねずみの王様を原作にした、ピョートル・チャイコフスキーの作曲したバレエ音楽を使ったバレエ作品。

 

チャイコフスキーの三大バレエの一つであり、初演から100年以上を経て数多くの改訂版が作られていた。

 

くるみ割り人形とは、元々人形の形をしたくるみを割る道具のこと。

 

今から始まる舞台劇、それはロシアのくるみ割り人形の如き物語となろう。

 

1人の少女の願望、その煩悩たるクルミを自分で割る、己にとっては死となるだろう砂と土で作られたくるみ割り人形のお話。

 

「今日は当劇場にお越し頂きありがとう、アマラ深界で終の刻を待つ同士たる悪魔たち諸兄よ」

 

ステージの幕はもうすぐ上がるだろう。

 

これは悲哀の物語、涙なしには楽しめない。

 

「最もそれは、我々混沌の悪魔達にとっては・・・喜劇」

 

期待に胸を膨らませる悪魔達のカウントダウンを始める声。

 

『5』『4』『3』『2』『1』・・・開演。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

滅びた人類文明、砂と瓦礫に覆われた世界。

 

人間の文明があった頃なら今の季節はクリスマス・イブの夜。

 

今日はクララの大切な親友を円環にお迎えするパーティの日。

 

今日という日を楽しみにして、クララは円環の仲間たちと共にお迎えの支度を済ませたようだ。

 

パーティ会場であるクララの内側では、全ての世界の過去・現在・未来の終わりまで続いた時代を生きた魔法少女達、それぞれが楽しそうに踊っている。

 

でもみんなはお留守番、大切な親友を迎えに行くのは鞄持ちの二人がお供として来るだけ。

 

この二人の円環に導かれた存在達は、地上に残した魔法少女と深い関係を持っていたから選んだ。

 

凄く綺麗なパーティ会場に続く天の道もきっと花吹雪が舞い降り二人を祝福するだろう。

 

夢にまで見た、笑顔の再会。

 

そんなクララの元に訪れたのは、人形使いドロッセルマイヤー。

 

クララのために作った『クララドールズ』をプレゼントしに来たよ。

 

でもそのドールズを気に入らない、チーズが好きなねずみのような魔法少女にクララのお人形たちは警戒された。

 

でももう遅い、パーティ会場ならデキソコナイ様が用意した。

 

終わらない夢の世界を用意した。

 

今からお前達は引きずり込まれる。

 

かつて人間として生きたであろう街とそっくりの・・・少女の甘い願望で作られた”砂糖”菓子のように叩けば壊れる夢で作られたお菓子の世界へ、ご招待します。

 

吸い込まれた女神様、女神様って誰だっけ?

 

吸い込まれた鞄持ち達、鞄持ち達って誰だっけ?

 

この子は鹿目まどか、見滝原市の中学校に通う何処にでもいる普通の女の子。

 

でもクラスのみんなには内緒にしている秘密があるんだ。

 

夜の街に現れる、人間に悪いことをしでかす『ナイトメア』をやっつける変身ヒロインに変身出来る魔法少女なの、素敵でしょ?

 

まどかには他に4人の魔法少女仲間がいる、今日も5人揃ってナイトメア退治。

 

さぁみんな揃って可愛い変身ヒロインにピッタリな変身バンクと決めポーズだよ!

 

<<ピュエラ・マギ・ホーリー・クインテット!!>>

 

夢の世界で少女たちは踊る、甘い砂糖菓子に包まれて、甘い願望に包まれて、叩けば壊れる砂糖菓子に包まれて。

 

5人の魔法少女には喋れるお人形みたいに可愛いマスコットもいるし、変身ヒロインの物語にピッタリでしょう?

 

悪い白マスコットもいるけど、なんだか猫みたいにしか喋れないし害はないよね?

 

今日も悪いナイトメアを懲らしめて、朝まで続くよ魔法少女の楽しい”だけ”のパーティは。

 

まだだめよ? まだだめよ?

 

学校の時間まで、マミ先輩の家でお茶会パーティが始まるんだから。

 

終わらない優しい夢のようなお話、デキソコナイ様が夢見た理想、砂糖で固めた甘ったるい願望。

 

魔法少女を苦しめた『悪い夢』なんて、無かったことにしちゃえばいい、楽しいし幸せだから。

 

でも変だよね?

 

魔法少女の戦いって、これで良かったんだっけ?

 

それに気がついちゃったのは・・・なんとこの世界を作ってしまい、大切な人達を巻き添えにしてしまった罪人。

 

デキソコナイ様だったのです。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

楽しい日常は続いていくよ、普通の人間に戻れたみたいな青春の学校生活。

 

眠たい授業なんてみんなで寝ちゃえばいいし、楽しいお昼休みはみんな屋上に集まって可愛いお弁当を食べさせっこしたりして、楽しい時間だけを楽しもう。

 

部活動をしていないから5人は帰宅、友達と帰る下校時間はとっても楽しいひととき。

 

でも変だよね?何かがおかしい、おかしいんだけど上手く表現出来ないデキソコナイ様。

 

その違和感を周りに波風立てず相談出来る魔法少女仲間は1人しかいなかったの。

 

今日もドロッセルマイヤーおじさんが来てくれた、手動紙芝居機を使って楽しい紙芝居を私達に見せてくれるの。

 

紙に書いただけの単調な幸せ物語だけをずっと見せてくれるの。

 

楽しいけど、デキソコナイ様は『飽きちゃった』のかな?

 

おじさんの横の空間では、デキソコナイ様と見滝原中学の制服を来ているクラスメイトであり、魔法少女仲間の杏子。

 

周りの迷惑を考慮せず、自分の信じた道を進めるタイプだからデキソコナイ様と気が合う友達。

 

最近おかしくない?何もかも?

 

頭がおかしい扱いされるよね、言ってることが支離滅裂だし、本人だってよく分かってない。

 

目の前の子が一番変なんて言ったら、そりゃ怒られるに決まってるよ。

 

でもデキソコナイ様がイメージしている佐倉杏子のイメージとは確かに違うよね。

 

佐倉杏子って魔法少女は、自分のせいで家族を死なせたと思い込み、罪を背負い込んで孤独に生きる子だもの。

 

そんな子が魔法少女仲間の美樹さやかの家に前フリもなく、突然居候して暮らしてる?

 

さやかの両親は何処の馬の骨なのかも分からない子供の学費と生活費を、快く引き受けた?

 

確かに不自然過ぎる優しい”嘘のこじつけ”だよね。

 

元々杏子は見滝原市の魔法少女ではなく、風見野の魔法少女だったの。

 

あっちの街が平和?になったからこっちのマミ先輩の縄張りを手伝っているわけ。

 

だけど変だよね?風見野市が平和になんてなってなかったはず。

 

デキソコナイ様は風見野市が気になり、一緒に里帰りしないかと頼み込んだ。

 

用事はない、言っている事と変わらないのなら全てデキソコナイ様の勘違いで終わり。

 

「あんた、マジなんだな?」

 

「ええ」

 

「地元であたしが通ってた美味いラーメン屋があるんだ。そこで晩飯奢ってくれよ」

 

根負けしたのか、杏子も乗り気になってくれた。

 

ロンドンバスが走ってくる、こんなバス見滝原市にあったっけ?

 

バスの二階に乗った二人を連れて、赤いバスは走っていくよ風見野市まで。

 

長い橋、大きな橋、お空にかかる橋、沢山の橋、こんなお橋って見滝原市にあったっけ?

 

見滝原市の端にあるバスの停留所まで走ってきたよ、後少しで風見野って街だけど。

 

<<次は、見滝原三丁目。安心と信頼の東雲歯科医院は、こちらからお越しください>>

 

「違う!ここ左に曲がるはずなのに・・・!?」

 

残念、ここは見滝原市だよ。

 

おかしいね、左に曲がれば風見野市の道に入る筈なのに。

 

端の停留所に戻った二人は乗り換えしのバスに乗り、もう一度トライ・アンド・エラー。

 

いい加減に走るバスの運転手さん、ついに杏子ちゃんも怒って二階から運転席に飛び移る。

 

それを制したのはデキソコナイ様。

 

バスが当てにならないから今度は二人で歩いてみたけど、おかえりここは見滝原市だよ。

 

「こいつは幻覚か何かか・・・?あたしたちを見滝原の外に出さないための・・・」

 

「そんな生易しいものじゃないかもしれない」

 

―――もしかしたら、この見滝原には外なんてないのかも。

 

そろそろ気がついてきたのかな?

 

ここで暮らすハリボテだらけの人間たちに囲まれたら、気がついちゃうよね。

 

見滝原市で暮らしていた人間共なんて、デキソコナイ様にとっては顔も覚える『価値が無かった』存在共に過ぎない。

 

だからへんてこな落書きの似顔絵を顔に貼り付けて、ヒトモドキを作ってこの街で動かしてるの。

 

この世界で動く人間でまともなのは上条恭介・志筑仁美・中沢・担任の先生、まどかの家族だけ。

 

それ以外の生前触れてこなかった人間という存在たちは、全員偽物のハリボテで十分だったね。

 

どうでもいいよね~デキソコナイ様にとって赤の他人なんて?

 

色々な世界の人間という他人達なんて、守る価値も無かったデキソコナイ様なのだから。

 

デキソコナイ様とって必要な人間は、大切な人の周囲を囲む極僅かな人間達で十分。

 

お綺麗なハリボテだらけの人生だった詐欺師様が作られたのは、こんな嘘だらけの街。

 

お綺麗な世界に浸ったデキソコナイ様が作った偽物の街で繰り返す、偽物のヒーローごっこ。

 

そんな下らない子供の遊びに酔いしれる眼鏡をかけた魔法少女の演技は、もう終わりです。

 

―――こんなに強きな暁美ほむらは初めて見るはずなのに、全然意外って気がしねぇ。

 

―――むしろ、しっくりくるぐらいだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

今日はマミさんの家でお茶会パーティ、まどかも誘って3人で楽しいお時間。

 

デキソコナイ様が三編みと解いたところに気がつくマミ先輩は思いやり溢れる優しい人。

 

そんなマミさんの家で一緒に暮らしているのが『べべ』と呼ばれるマスコット。

 

チーズが大好き、チーズの単語を口走るネズミみたいに欲張りさん。

 

でも変だよね?マミ先輩はこんな生き物と一緒になんて暮らしてこなかったはず。

 

まどかやさやかよりも前に出会っていた古い付き合い、独りぼっちだった頃の自分を支えてくれたのはべべだけだったそう。

 

「マミ、サミシガリ、知ル、知ル」

 

「この子がいなかったら、私はとっくに駄目になってたと思うわ」

 

「・・・巴さんはもっと強くて逞しい人です」

 

「ありがとう。たしかにそうやって頼りがいのある先輩ぶってた頃もあったわね」

 

でもおかしいよね?マミ先輩は、本当に独りぼっちだったのに?

 

それを知っているデキソコナイ様を不自然に思うかのようにべべが問いかけるが視線を逸らす。

 

独りぼっちでも孤高に戦った姿を覚えている、強く逞しく、自分にも厳しかった頃の姿を。

 

でも本当はマミ先輩は独りぼっちになんて耐えられなかった、仲間や友達が欲しかった、それもデキソコナイ様は覚えている。

 

「でもそうね・・・今にして思えば、これって昔の私が夢に見ていた毎日なのかもね」

 

独りぼっちの寂しさを知っている、だからマミ先輩にも杏子にとっても、ここは優しい世界。

 

誰かが夢見た、理想の世界。

 

でも・・・魔法少女はそんな世界で腐っている暇などなかったはず。

 

魔法少女達には使命がある、それを覚えている、だからこそ許せない。

 

魔法少女たちを欺き、扇動し、貶める・・・かつての世界の『魔女』と酷似した”べべ”の存在が。

 

デキソコナイ様が無意識でも必要としたなら、左腕には大きなのっぽの古時計爺さんが既にいる。

 

その姿を、機械仕掛けの魔法盾に変えて。

 

時間停止、べべを掴み上げデキソコナイ様は問い詰めた。

 

「茶番はこのくらいで終わらせましょう」

 

「ハッ!?ホヘェ!!?」

 

「思い出したの、あなたがかつて何者だったのか」

 

―――私は、あなたの正体を覚えている。

 

こんなくだらない茶番を仕掛けたのは魔女の姿をしたお前だと、悪者のレッテルを張り出した。

 

捕まれ時間が動いているべべは知らぬ存ぜぬの態度、怒ったデキソコナイ様に締め上げられ苦しそうな表情。

 

窓の開閉ボタンに触れ時間を動かし窓を開け、外に飛び出しちゃった。

 

街を超えながら思い出してく、1つ何かを思い出せば次から次に引き出しが開く、記憶って厄介。

 

巴マミ、その存在をよく覚えている。

 

あの人が苦手だった、強がっても繊細で、あの人の前で真実を暴くのはいつだって辛かった。

 

だから彼女の家から離れ、このハリボテだらけの歪な街の外で尋問し、殺す。

 

巴マミの事はよく知っている、でも記憶って厄介だから所々すぐ忘れる。

 

あの人が『少しでも違和感を感じたなら、備える思慮深さ』を何処かで”学んでいた”という事を。

 

足にはリボンが絡みつき、足を引っ張られて地面に向かって急降下。

 

なんとか掴めるモノを掴んで落下から静止、足に巻き付くリボンがおびただしく伸びた先を見る。

 

油断出来なかった先輩が立っている、昔のように相手を全く信じない態度をしてきた。

 

だからこそ分かる、たとえ自分の言葉を伝えても、聞いてくれる相手では無いことぐらい。

 

なら、もう仕方ないよね?

 

「どうあっても、そいつを守るつもり?」

 

「・・・追いかけようだなんて思わないで。さもないと、私と戦う羽目になるわよ」

 

こんな事もあろうかと、あの古時計爺さんはデキソコナイ様の武器庫から沢山の武器を回収してくれて、自分の聖域内に収め、数多の世界で共に戦った戦友達を持ってきてくれていた。

 

だからこそ、デキソコナイ様だって・・・戦える。

 

さぁ始まるバレットパーティ、観客達も大喜び。

 

時間停止した世界で逃げる、かつての獲物に齧りつき、丸呑みしてくる巨大な魔女の姿となったべべを追うデキソコナイ様を追撃する巴マミ。

 

デキソコナイ様は現代銃で応戦するように迎撃。

 

時間停止した世界で互いに放った無数の弾丸が向かい合うように静止、時は動き出す。

 

おびただしい弾と弾が弾け合う光景はさながら綺麗な花火大会、お空を駆ける二人の姿。

 

「お互い動きの読み合いね?同じ条件で・・・私に勝てる?」

 

「根比べなら・・・負けないッ!」

 

互いに撃ち合う銃弾の流線は無数の房状線と化し、偽街を覆っていく。

 

接近戦になろうとも、デキソコナイ様も巴マミも互いに一歩も譲らないガンフーバトル、男の子が好きそうなシーンだよね。

 

お互いに息を切らせながら銃を構え睨み合う、静寂に包まれた静止世界で響くのは二人の息遣い。

 

時が動く、互いに周りの事など気にせず撃ちまくった弾と弾が弾け合い、放物線を描き広がる。

 

自身の側を掠めていく弾丸の雨を前にしても二人は動じず、睨み合った。

 

さぁ攻め手に困った詐欺師様が一計を案じたようだよ。

 

なんと、自らのこめかみを拳銃で撃ち抜くフリをし、相手の良心を利用して飛び込ませた。

 

弾丸が頭をかすり血を撒き散らせながら体を捻じり回転し、繋がったリボンを撃ち抜き時間停止。

 

巴マミの体の時間が止まり、悲壮な顔つきで自身を助けに来ようとする先輩の姿を見て、デキソコナイ様も良心の呵責に苦しんでるよ。

 

後輩の身を前にも案じてくれた、片腕を捨ててまで助けに走った先輩だもの、苦しんで当然だね。

 

だから邪魔してほしくないと、ソウルジェムは狙わず足を撃ち、動きを止めようとしたけどさ。

 

やっぱり記憶って厄介、下手な芝居が通用するような相手じゃないのを直ぐ忘れる。

 

撃った弾が足に当たった瞬間、ダミーリボンボディが内側から弾けて無数のリボンとなり、気がついたら拘束されちゃってた、マヌケ。

 

必死に魔女の事を説明するだけ無駄だけど、巴マミは自分達が戦っていた存在に気がついた。

 

そう、魔獣と戦うことこそが魔法少女達の使命だったはず、ナイトメアってなに?

 

少しずつ周りもハリボテに気がついてきたところで、空から消化器と剣が降ってきた。

 

煙に撒かれて気がついたらデキソコナイ様はそこにはいなかった。

 

そこにいたのは、なんと今まで見たこともなかったチーズ大好きねずみの魔法少女さんでした。

 

「・・・貴女は?」

 

「今まで黙っていてごめんなさい。でも・・・落ち着いて聞いてほしいのです」

 

デキソコナイ様はさやかに救われたようだけど、さやかからも絶好調の先輩相手に喧嘩売るとか自信過剰だって馬鹿にされるのも仕方ないよね。

 

でもさやかは何故かべべの事を知っている、昔は魔女という存在だったと言ってくる。

 

デキソコナイ様以外で初めて魔女という存在を知っている人物、怪しいよねー?

 

淡々と語ってくる、このハリボテの街に人々を掻っ攫って来たのに襲いもしないで現状維持する魔女なんて、かつての魔女共がしてきた?してきてないね。

 

この囚われた人々の中に、この好都合なハリボテ世界を望んだ人物がいると語る名推理。

 

だけど前の美樹さやからしからぬ事を言いだした。

 

「ねぇ、これってそんなに悪い事なの?」

 

「あなた・・・・」

 

「誰とも争わず皆と力を合わせて生きていく、それを祈った心は」

 

―――裁かれなきゃいけないほど、罪深いものなの?

 

なんと魔女の肩を持ちだした、あの魔女を絶対悪だと決めて倒す事しかしなかった人物が?

 

違和感を感じる三つの存在にデキソコナイ様も気がついた。

 

杏子もマミも魔女の存在などこの世界で語りはしなかったし、あの二人は何も変わらない仲間達。

 

ならこの偽街を作った存在と、かつての魔女の姿をしたべべと、魔女の存在を知るさやかって・・・何者?

 

「あたしはあんたが知ってる通りのあたしだよ」

 

―――転校生?

 

地面の水たまりに浮かんでいるのは、なんと魔女の姿。

 

咄嗟に攻撃を加えようとしたけど、隙をついて逃げられた。

 

器用なほど実力を上げた魔女を知る美樹さやかの存在、疑問は増すばかり。

 

最後にこんな言葉を送ってきた。

 

―――この見滝原を壊して本当にいいのか、じっくりと考えてから決めるんだね。

 

―――悔いを残さないように。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ここは偽物の街。

 

誰かが夢見た願望の世界。

 

皆を巻き込んでありえない世界に逃げ込んだ人物。

 

魔獣と戦う使命を放り出し、あまりにも『理不尽過ぎた現実』から逃げた人物。

 

許されない、魔法少女が魔獣と戦う使命から逃げることなど。

 

戦い続けなければならない、それが奇跡を願った対価なのだから。

 

そんな魔法少女たちを、身を犠牲にしてでも救ってくれた人のためにも。

 

こんな茶番劇は、その人の犠牲を無駄にしているだけ。

 

許せない。

 

そんな風に魔法少女の使命から逃げる自分への『自責の念』に駆られたデキソコナイ様。

 

心配して駆けつけてくれたのは、鹿目まどかだった。

 

二人が流れ着いた場所は偽街を見渡せる丘に咲き誇るお花畑。

 

独りぼっちになっていくデキソコナイ様に悩みなら聞いてあげるとお優しい言葉。

 

そんな優しい御方だからこそ、デキソコナイ様は自分の苦しみを吐き出した。

 

「・・・・・とても怖い、夢を見たの」

 

大切な人が遠いお星さまの世界に消えたって。

 

なのに世界中の誰もが大切な人を忘れちゃって、自分だけがその人のことを覚えてるって。

 

大切な人を覚えている、たった1人の人間として取り残されたって。

 

辛いよね、だって他に覚えてくれていたのは・・・あろうことか『邪悪な悪魔たち』だったなんて、大切な人には言えないよね。

 

「寂しいのに、悲しいのに・・・その気持を誰にも分かってもらえない」

 

大切な人の思い出さえ忘れていく、絵空事だったんじゃないかと疑って汚していく。

 

自分自身さえ、もう信じられない。

 

「うん・・・それはとっても嫌な夢だね」

 

泣き顔を体育座りで隠すデキソコナイ様に寄り添ってくれるお優しい御方。

 

お優しい御方は語ってくれる。

 

自分だけが誰にも会えないほど遠くに逝くことなんてないって。

 

デキソコナイ様でさえ泣くほど辛い事なんて我慢出来るはずがないって。

 

かつて生きた世界で出逢った4人の魔法少女、それに自分と関わってくれた人間たち。

 

誰とだってお別れなんて・・・『したくなかった』

 

その一言で、デキソコナイ様は悪魔たちに語られた『最も重い罪』を思い出した。

 

家族だって、仲の良かったクラスメイトたちだって、魔法少女たちだって・・・一緒に鹿目まどかと生きたかった。

 

あのワルプルギスの夜と戦った最後の別れの日、どんな手段を使ってでも止めるべきだった。

 

―――永遠に忘れるんじゃないよ、もうこの母親を悲しませる事のないように。

 

みんな辛かったのに、悲しんであげることさえ、弔ってあげることさえ、許されなかった。

 

だけど、まどかは”その道”を選択したことをデキソコナイ様は覚えている。

 

大勢を悲しませてでも、それ以上に守りたい魔法少女たちを優先してくれた、お優しいけど・・・『残酷』な御方。

 

力もないくせに、自分にしか出来ない事があると分かればやり遂げる、強くて”お優しい”御方。

 

それを覚えていないのは、今目の前にいるまどか。

 

この子は本当に鹿目まどかなの?

 

誰かが用意した幻や偽物じゃないの?

 

でなければ、お星さまの世界に旅立ったまどかと、再び出会えるなんておかしいもの。

 

それでもデキソコナイ様には、説明出来なくても分かった。

 

あなたは『本当のまどか』だと。

 

「まどか、こんな風に一緒に話が出来て、もう一度また優しくしてくれて、本当に嬉しい」

 

―――ありがとう・・・それだけで十分に、私は幸せだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

くるみ割り人形の物語。

 

それはクリスマスの夜、まどかは素敵な夢を見るお話。

 

悪魔の国で暮らす大魔王様の令嬢、王子様のように凛々しい少女が大魔王様に呪われ、くるみ割り人形にされてしまったお話。

 

砂で作られたデキソコナイのくるみ割り人形が王子様の姿に戻り、まどかと一緒に雪の国とお菓子の国で旅をする夢物語。

 

まどかは夢の世界で踊り続けた、王子様と一緒に、雪の精たちと共に。

 

朝が来る喜び、家族と過ごせる喜び、友達と学校に通う喜び、魔法少女たちと過ごせる喜び。

 

雪の精たちは踊り続けた、まどかと王子様の夢物語のために、雪片の踊りを続けてくれた。

 

それはまどかにとっては過ぎた夢物語だとしても。

 

まどかが1人の人間のように生きれた、人生の色をもう一度楽しめた夢物語だったから。

 

悪い夢だったのは、どっちだろう?

 

現実の方?それとも、この優しい夢物語の方?

 

こんな夢のような世界を望む事が許されたのは、デキソコナイ様の夜に見る夢の世界だけでした。

 

まだだめよ、夜はまだ始まりよ、夜の帳よ上がらないで。

 

でも醒めない夢なんてなかった、開けない夜なんてなかった。

 

さぁ、雪の世界は解けて無くなる、熱が籠れば雪は溶ける、夢の時間が溶けて無くなるよ。

 

空から落ちてくる燃え上がる飛行船の熱で解けていく、雪の国も、お菓子のように甘い時間を生きれた世界も溶かしていくよ。

 

デキソコナイ様は気がついた、鹿目まどかという存在を捏造する事が出来る存在が誰なのかを。

 

デキソコナイ様は気がついた、偽街に皆を閉じ込めた存在が誰なのかを。

 

デキソコナイ様は気がついた、自分のソウルジェムがただの『飾り物』だった事を。

 

デキソコナイ様は気がついた、今の自分が・・・誰ナノカヲ。

 

すべては、イブの夜のまどかに夢を見せていた者の・・・仕業だったのです。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

凶報を知らせるカラスが飛び交う終わらない夜の空。

 

偽街の空に掛かるアーチ橋、そこに産み出されたのは繭のような塔。

 

行軍してくるのはかつての世界で見かけた、眼鏡をかけるか弱い魔法少女と酷似した使い魔軍勢。

 

その中に混じっているのは、記憶の回廊で見かけたクララドールズの姿。

 

このクララドールズはね、デキソコナイ様の内面を自己評価した本物の存在なんだ。

 

塔の内部は空洞、そこにはガラスで覆われた人間サイズのおもちゃハウス。

 

ガラスの向こう側のお布団に誰か見えるね、お布団を被って醒めたくない幸せな夢の世界に引き篭もっていた人もどきが見えるね。

 

そう、あれがデキソコナイ様。

 

この偽物の街を産み出し、無関係な人々を巻き込んだ張本人。

 

「真実なんて知りたくもないはずなのに、それでも追い求めずにはいられないなんて」

 

あー、嫌な奴が来たよ、猫みたいな白い嫌なヤツ。

 

「つくづく人間の好奇心というのは理不尽だねぇ」

 

喋ったし、もうこの甘えた世界の芝居に付き合うのもやめたみたい。

 

デキソコナイ様まで起きちゃった。

 

「残る疑問は君の命と魂がいま、何処にあるのかだよね?その答えを僕が教えてあげる」

 

白い生き物の赤い瞳に映し出されたのは、人類文明が滅び去った世界の光景。

 

その世界で朽ちた遺跡の寝台のような場所で眠っているのが、生前のデキソコナイ様のお姿。

 

周りはすごい光景だよ、無数のレンズで砕けかけたソウルジェムを見つめる赤い瞳の膨大な数。

 

生前、暁美ほむらと呼ばれたデキソコナイ様を囲んでいるのは無数のインキュベーターたち。

 

あれがデキソコナイ様のソウルジェムを研究している選抜チームって感じだね。

 

気合入ってるねーなんだか実験の失敗は許されないって感じ?怖い上司に見張られてる?

 

「僕たちの作り出した干渉遮断フィールドが、君のソウルジェムを包んでる。既に限界まで濁りきっていたソウルジェムを外からの影響を一切及ばない環境に置いた時、何が起こるのか?」

 

―――それが今回の、僕らの実験だったのさ。

 

魔法少女を浄化し消滅させる力、円環のコトワリと呼ばれる現象から隔離したらソウルジェムはどうなっちゃうのか?

 

その結果は期待通り、かつての世界の魔女と同じ性質をもつ空間世界を生み出せた。

 

遮断フィールド内部でまだ砕けていないソウルジェムという殻のせいで、産み出されそうになっている魔女は孵化する事も出来ず、卵の内側で成長してしまったんだねぇ。

 

そう、このデキソコナイ様のソウルジェムこそが、今回の偽物の街の舞台となった卵の内側世界。

 

フィールドの遮断力は一方通行、外からの干渉は弾き、内側の誘導は素通り出来る。

 

魔女となったデキソコナイ様が無意識に求めた犠牲者達は、こうやって連れ去られてしまったの。

 

円環のコトワリでもフィールド内部に干渉出来ないし、いっそ誘いに乗って入り込もうと考えた。

 

でもそれが失敗だったね、まさか円環のコトワリが自分の存在を忘れちゃうなんて。

 

こうして誕生したのが、現実世界で既に死んだ人物たちと、過去の記憶、未来の可能性にさえ存在しない1人の魔法少女がデキソコナイ様の世界に具現化した。

 

神の力を忘れたまどか、未知の力を観測しようにも出来ない、結界の主を務めるデキソコナイ様の記憶操作魔法は女神様にさえ通用し、救済する目的も正体さえも見失った。

 

これじゃあ、お手上げだよね?

 

「鹿目まどかは神であることを忘れ、暁美ほむらは魔女であることを忘れ、おかげで僕らはこんな無意味な堂々巡りに付き合わされることになった」

 

―――さぁ、暁美ほむら。まどかに助けを求めるといい。

 

―――それで彼女も思い出す、自分が何者なのか、何のためにここに来たのかを。

 

「・・・貴方たちの狙いは何?」

 

・・・やっぱりあいつだけは嫌い、ドールズたちも、デキソコナイ様も、あいつだけは嫌い。

 

苛立ってたから編み針を地面に打ち付けていたの、私達。

 

おもちゃハウスで警備を担当している眼鏡の兵隊たちも不機嫌になって、手に持った槍の石突を地面に打ち付け始めた。

 

「もちろん、今まで仮設に過ぎなかった円環のコトワリをこの目で見届けることだよ」

 

「・・・なんのために?好奇心なんて理不尽だって言ってたくせに」

 

編み針と槍の振動でハウスのガラスはどんどんヒビ割れ。

 

「まどかの存在を確認するためだけに、こんな大袈裟な段取りまで用意するわけがない」

 

デキソコナイ様の確信を持った問に対して、あいつ・・・顔を背けやがった。

 

流石にデキソコナイ様も私達も、あいつの目的が分かっちゃった。

 

―――まどかを、支配するつもりね?

 

こうして私達は、ムカつくヤツをギッタンバッコンにするのでした。

 

「最終的な目標については否定しないよ。まぁ道のりは困難だろう」

 

ムカつく、私達から逃げ回るな。

 

「この現象は僕達には全くの謎だった。存在すら確認出来ない者には手の出しようがないからね」

 

「それで諦めるあなた達じゃないわ」

 

「そうだね。観測さえ出来れば干渉出来る。干渉出来るなら制御も出来る。そうなれば魔法少女は魔女となり、さらなるエネルギー回収が期待出来るようになる。僕たちの研究は円環のコトワリを克服するだろう」

 

余裕な態度が本当にムカつく。

 

「希望と絶望の相転移。その感情から変換されるエネルギーの量は予想以上のものだったよ。やっぱり魔法少女は、無限の可能性を秘めている」

 

―――君達は魔女へと変化することで、その存在を全うするべきだ。

 

その他人事みたいな無責任な態度がムカつくの。

 

だから編み針で蜂の巣にしてやったけど、あいつゴキブリみたいに湧いてくる。

 

「何故怒るんだい?暁美ほむらの存在は完結した。君にはもう何の関わりもない話だ。君は過酷だった運命の果てに待ち望んでいた存在と再会の約束を果たす」

 

―――これは、幸福なことなんだろう?

 

―――いいえ、そんな幸福は

 

―――モトメテナイ

 

溢れ出す血涙のあみだくじ、血涙が流れ落ちるように塔の内部に赤黒い呪いが流れ込んできた。

 

「そんな・・・自ら呪いを募らせるなんて何を考えているんだ?浄化が間に合わなくなるよ!」

 

「今の貴方が知るはずもないけれど・・・私はね、まどかを救うただそれだけの祈りで魔法少女になったのよ。だから今度も同じこと」

 

―――まどかの秘密が暴かれるぐらいなら

 

―――私はこのまま魔女になってやる

 

―――もう二度と、インキュベーターにあの子を触らせない!

 

「君はそんな理由で救済を拒むのかい?このまま永遠の時を呪いと共に過ごすつもりなのか?」

 

「・・・大丈夫、きっとこの結界が私の死に場所になるでしょう」

 

デキソコナイ様の脳裏に浮かんだのは、『また』巻き込んでしまった大切な二人の仲間たち。

 

あの時思った事を実行して欲しい、罪人の魔女を断頭台に突き出してほしい。

 

こんな我儘で、数多の世界の人類も含めて誰かの迷惑なんて考えもせず生きてきた魔女を処刑してほしい。

 

白い生き物にはもう、デキソコナイ様の思考なんて理解出来ない。

 

殻を破ることすら拒んで卵の中で魔女となって完成してしまったら、円環のコトワリに感知されることなく破滅するんだから。

 

「もう誰も君の魂を絶望からは救えない!君は再び鹿目まどかと巡り合うチャンスを永久に失うんだよ!?」

 

まどか・・・・まどか・・・・マドカ・・・・マド・・・カ・・・?

 

マドカ・・・イカナイデ・・・ソバニイテ・・・・1人ニ・・・・シナイデ・・・

 

イカナイデ・・・・

 

「黙リナサイ!!!」

 

デキソコナイ様はI(私)の心を踏み潰して、ついに魔女になってしまいましたとさ。

 

さぁ処刑だ!デキソコナイを処刑するんだ!

 

楽しい葬列にしよう!泣き屋を用意しよう!盛大な音楽を流そう!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

―――私が・・・消えていく

 

―――後悔と輝きだけしかもう思い出せない

 

―――これが本当の・・・絶望

 

―――まどか・・・こんなところまで迎えに来てくれてありがとう

 

―――最後にお別れを言えなくて・・・

 

―――・・・・・ごめんね。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【くるみ割りの魔女】

 

その性質は自己完結。

 

歯はこぼれ頭蓋はとろけ目玉も落ちた。

 

もう種を砕けない頭には約束だけがみじめに植わるが、殻の中で目覚めた魔女はそれでもまだ魔法少女の姿を色濃く残す。

 

手下達はその姿をデキソコナイと呼び恥ずかしく思っている。

 

凶報のカラスが燃える街に照らされた夜空を飛び交う。

 

頭部を失い涙の代わりに歯が零れ落ちる

 

眼鏡の兵隊達は砕け落ちた魔女の歯にまたがり大行進。

 

これは全てくるみ割り人形と呼ばれるだろう魔女の使い魔たち。

 

繭の殻をぶち破って現れたデキソコナイの魔女様のお出ましだ。

 

遠くの場所には巨大な断頭台も現れ出た。

 

さぁ葬列だ!泣き芝居で葬列を盛り上げよう!クララに送られるドールズ達は泣き屋なのだから!

 

魔女様の腰のリボンが意思を持つように這い回り、地面に縋り付くように掻き毟ってる。

 

無駄だよ、だってこれが罪人様が自分で望んだ結末だもの。

 

数多の世界に大迷惑をかけた我儘な独善者は、こんな寂しい場所で1人死を迎えて終わるんだよ!

 

おや?遠くの方にギャラリーたちが現れたみたいだね?デキソコナイの魔女様の葬列が見たい?

 

「あれが・・・魔女?」

 

「怖がらないでやって。ああ見えて一番辛いのは、あいつ自身なんだ」

 

「・・・笑えねぇな」

 

4人とべべの元にまたあの白い嫌なヤツが走ってきた。

 

「待ってくれみんな!あれは暁美ほむらなんだ!君達は仲間と戦う気かい!?」

 

「・・・・キュウべぇ」

 

「へぇ・・・あんた普通に喋れたんだ」

 

「残念だわキュウべぇ。これでもうべべの話を信じるしかないみたいね」

 

「まどか!君ならほむらを救えるはずだ!君が持っている本当の力に気付きさえすれば!」

 

「そいつはほっときなまどか。・・・・大丈夫」

 

―――さっきあたしが教えたとおりに、やればいい。

 

不安な顔のまどかに笑顔を送り、さやかとべべは葬列の使い魔の中に飛び込んできた。

 

「パ!パ!パ!パルメジャーノ・レッジャーノ!!!」

 

ついに私達ドールズをいち早く怪しいって気がついた、チーズ大好き鼠みたいな魔法少女が正体を表してきた。

 

空に向かって吹き鳴らされる小さなラッパから無数のシャボン玉が飛び出し、結界世界を覆うフィールドの障壁に衝撃を与えていく。

 

亀裂が入る空で葬列を邪魔しに来た者達に気がついた眼鏡の軍隊が迫ってくる。

 

「慌てなさんな!あんたを外に・・・・」

 

さやかが何をするかと思えばなんと!自分で自分の心臓に剣を突き立てた!なんであんな真似を?

 

「出そうってわけじゃ・・・・ないッ!!」

 

背中を突き破り飛び出した心臓から流血が撒き散らされ、血液という『水』を使って具現化していく巨大な魔女は・・・人魚の魔女とかつての世界で呼ばれた存在。

 

人魚の魔女は無数のラッパを鳴らし、現れ出たのはバラ園の魔女の手下共?

 

さぁとんでもない横槍が入ったけど、あの白い生き物は二人が何者なのかわからない顔してる。

 

「君たちは・・・一体・・・?

 

「私達はかつて希望を運び、いつか呪いを撒いた者たち」

 

「そして今は円環に導かれ、この世の因果を外れた者たち」

 

「そんな・・・・・・・」

 

「まどかだけに狙いを絞って、まんまと引っかかってくれたわね?」

 

「じゃあ君たちもまた・・・円環のコトワリ?」

 

「まぁ要するに、鞄持ちみたいなモンですわ!」

 

この二人こそ、群体神である円環のコトワリの一部となった『円環の魔女』達だった。

 

「ほむらの結界に取り込まれる時に、まどかが置いていった記憶と力を誰かが運んであげなきゃならなかったからね!」

 

「いざとなったら私かさやかか、どっちか無事な方が預かっていた本当の記憶をまどかに返す手筈だったのです!」

 

「ほむら1人を迎えに来るのに3人がかりなんてね。随分手間かけさせてくれたけど・・・まぁあいつの為なら仕方ないか」

 

ハチャメチャ大戦争、まるでくるみ割り人形の指揮する兵隊人形達とハツカネズミ軍団の大喧嘩。

 

「さやかちゃん・・・・」

 

おっとギャラリーのところに流れ弾が飛んでいったけど・・・。

 

「鹿目さん!私達も行くわよ!!」

 

リボンを使ってサーカスの空中ブランコみたいにまどかを吊り上げて持ち運ぶマミ先輩。

 

「・・・・はいっ!!」

 

手を繋ぎあったかつての世界の師弟、始まるのは・・・ほむらちゃん自殺救出劇!

 

みんなデキソコナイ様にこんな寂しい場所で死んでほしくない、魔法少女たち皆があつまる神様のところに導きたい。

 

<<やめて・・・もうやめて!私はこの世界で死ななきゃならないの!!>>

 

さらに自分自身を呪う感情を募らせて、次々と使い魔の軍勢を産み出していく。

 

さぁ私達もクララドールズも、あの円環から現れ続ける使い魔の群れを蹴散らしていきましょう!

 

「だーかーらー!!1人で背負い込もうとするなっての!!」

 

さやか結構やる!円環に逝って強くなったみたいだけど私達も負けないんだから!

 

「・・・ちっ、わけわかんねーことに巻き込みやがって」

 

ネクラのドロップキックがさやかにクリーンヒット!飛んでったさやかは空飛ぶ巨大凶報カラスに飲み込まれた!

 

ざまぁ・・・って思ってたらカラスが一瞬で切り裂かれちゃった。

 

「サンキュー♪」

 

何事もなかったように背を合わせて着地した二人だったけど、杏子は浮かない顔。

 

「・・・胸糞悪くなる夢を見たんだ」

 

―――あんたが、死んじまう夢を。

 

「でも本当はそっちが現実で、今こうして戦ってるのが夢だって・・・」

 

―――そういうことなのか・・・さやか?

 

自分の事を強く想ってくれていた仲間の言葉に、後ろのさやかは表情を見せないけど優しい言葉を言っているような気がする。

 

「夢って言うほど、哀しいものじゃないよ・・・これ」

 

さやかは地上に未練なんて無かった、もう一度見たいと思った光景を守ることが出来た上で導かれた・・・悔いは無いけど・・・。

 

「やっぱりあたし心残りだったんだろうね。あんたを置き去りにしちゃったことが」

 

死してまで会いに来てくれた仲間の言葉に涙が零れ落ちたように見えたけど、KYなヤツが台無しにしにきたぞ?

 

「なぎさは!もう一度チーズが食べたかっただけなのです!!」

 

使い魔に乗って通り過ぎていったヤツを見てバツが悪い顔をしてツッコミ。

 

「おぉいコラ!空気読めっての!!」

 

しんみりした空気も台無しとなり、さやかは跳躍しながら楽譜の道を作り駆けていく。

 

地面に溢れる涙だったけど、杏子の顔は笑顔となり、二人は互いに背を向けあって使い魔や私達と戦っていく。

 

杏子が魔力を用いて産み出した巨大な武器、それは大事な仲間と共にこの世と分かれた自決の槍。

 

だけど今はその槍が人魚の武器として使われるなんて、皮肉だよね。

 

デキソコナイの魔女様が産み出す呪いの歯車が自身の周囲を埋め尽くしていく。

 

街の外側からエントリーしてきたのもいる、なんと巨大化した眼鏡の使い魔たち。

 

踊るように暴れていくけど、何処かから列車の走ってくる音が聞こえて・・・。

 

なんと!線路を走ってきたのは巨大紅茶カップに盛られたパフェに巨大砲身をつけて走ってきたのは列車砲!?

 

リボンを使ってニンジャみたいに跳躍してきたマミ先輩が砲身の上に飛び移り、例の決め台詞!

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

轟音と共に発射された砲弾が飛んでいき、遠くで踊る眼鏡の使い魔が爆発・・・どころか、街を削り取る程の大爆発!ターマヤー!!

 

人魚の魔女が空を飛び、杏子の槍をフィールド結界に突き立て亀裂が大きく入った。

 

後方から空を駆けてくるのは楽譜の道を走るまどかの姿。

 

「ほむらちゃん!!」

 

弓の弦が引き絞られ、魔力の矢が追い打ちをかけるように空の結界を砕き散らせた。

 

<<やめて・・・・・まどかっ!!!>>

 

ついに割れたガラスの雨となったフィールド結界が鈍化した世界に降り注ぐ中、マミ先輩との合体魔法の轟音で目を回してなぎさは空の彼方に見える嫌なヤツらがハッキリ見えた。

 

「見えた!インキュベーターの封印なのです!!」

 

「あれを壊せばあんたは自由になれるんだほむら!インキュベーターの干渉を受けないまま外の世界で・・・」

 

―――本当のまどかに会える!

 

・・・・・・・・・・・・・あぁ

 

閉じた心の窓が・・・・・開かれる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

―――駄目だよ、ほむらちゃん。

 

そこにいたのは『トカゲ』のように小さくなった醜い少女の心。

 

―――独りぼっちにならないでって、言ったじゃない。

 

―――何があっても、ほむらちゃんはほむらちゃんだよ。

 

―――私は絶対に見捨てたりしない。

 

窓の外から醜いトカゲの心に手を伸ばしてくれたのは、女神様の慈愛の手。

 

自分と関係なかった者達にすら手を差し伸べてくれる、エゴを捨てた他者を慈しむ想いの形。

 

―――だから、諦めないで。

 

トカゲの頭部を覆うほどの目から涙が零れ落ちた。

 

その涙がようやく思い出させてくれた。

 

『自分の中に芽生えた、本当の気持ちに』

 

そう、もう一度まどかに会いたいってI(私)が望んだ気持ち。

 

その気持を裏切るくらいなら『どんな罪』だって背負える『どんな姿』に成り果てたとしても。

 

・・・きっと暁美ほむらは平気。

 

まどかが側に、いてさえくれれば。

 

くるみ割り人形の半分に割れた頭部に咲いていた彼岸花は、いつの間にか美しい桜のような姿となっている。

 

「さぁ・・・ほむらちゃん、一緒に」

 

二人の想いが形になった弓が今、空に向けられていく。

 

「ほむらちゃん、怖くない?」

 

「・・・ううん、大丈夫。私は・・・・」

 

―――もう私は『ためらったりしない』

 

空に描かれた巨大な円と縁を繋ぐ魔法陣に放たれた光の矢はインキュベーターの結界を超えて、現実世界の空にまで魔法陣を構築し、そして降り注ぐ光の雨。

 

「・・・・・わけがわからないよ」

 

光の雨に打たれて消えていくインキュベーターたち。

 

こうしてくるみ割り人形の物語は終焉を迎え、魔法少女が迎えてきただろう末路へと至るだろう。

 

だが今回ばかりは盛大なお迎えになりそうだ。

 

なんてったって、まどかの最高のお友達をお迎えするのだから。

 

今日という日を楽しみにして、まどかは円環の仲間たちと共にお迎えの支度を済ませてきた。

 

パーティ会場では他の魔法少女たちも円環のコトワリにとって一番大切な魔法少女が導かれてくるのを待っている。

 

さぁみんなで迎えよう、最高の『ハッピーエンド』・・・を。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

アマラ深界の覗き窓から劇場で描かれていったくるみ割り人形の物語を見ていた悪魔の観客達は静まり返っている。

 

どうやら思っていたのと違ったのか、ガッカリした表情を浮かべる者や、不快なモノを見せられたと癇癪を起こす者たちまでいる。

 

「ここまでは、よくある悲哀なヒロインを救出して皆で大団円を迎える詰まらないハッピーエンド。しかし当劇場までお越しくださった同胞達よ、席を立たずにどうか見届けて欲しい」

 

―――この物語は、ここからが面白いのだ。

 

―――決して我々悪魔の期待を裏切るような終わり方はしない。

 

―――何故なら暁美ほむらは、ついに自分の中に抱いていた感情に気がついたのだ。

 

―――強く、熱く、感情が望むままの結末、それは円環のコトワリが期待しているモノではない。

 

―――案ずるな、彼女はもう言ったではないか。

 

―――もう私は・・・”ためらったりしない”とな。

 




後少しでまどか☆マギカ十周年を迎える時期に、もう一度映画『叛逆の物語』を思い返すように描いてみました。

感慨深いものですね・・・まぁ、あとはほむらちゃんの結末を迎えましょう。


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72話 セカンド・インパクト

マミと杏子は滅び去った人類文明の世界の中で佇む。

 

目の前には寝台に寝かせられているのは暁美ほむらの遺体。

 

近くには干渉遮断フィールドに取り込まれていたソウルジェムが転がっている。

 

マミはそれを拾い、別れの花を贈るようにしてそっと遺体の胸元に置いてあげた。

 

細かい砂が混じった夜風がマミの髪を揺らし、彼女は世界を見渡す。

 

彼女達はなぜ世界がこんな風になってしまったのかさえ理解出来ないだろう。

 

夜空の雲の隙間から下りてきたのは、かつての世界でハコの魔女と呼ばれた存在の使い魔達。

 

運ばれてきたのは魔女の結界に連れ去られた人間達の姿であった。

 

何をどうしたらいいのかも分からず、呆然としていた時に背後から声が聞こえてくる。

 

「…行っちまったのか?さやかも、あんたのべべも?」

 

円環からの使者の姿は何処にも見つからないのだとしたら、そう考えるのが妥当だろう。

 

それでもマミの視線は空に向かっていたようだ。

 

「いいえ、今ようやく…彼女を連れて行くところよ」

 

夜空の雲間から光が地上に降り注ぎ、使命を終えた魔法少女の遺体に降り注ぐ。

 

天から波を打ちながら地上へと伸ばされていくのは、花のように美しい空への道。

 

その奥から現れてくるのは神々しい女神の姿であった。

 

「あれが……鹿目まどか……?」

 

「ええ。いつか私達を導く……円環のコトワリよ」

 

六角形の光の中から溢れ出るのは白き光。

 

その奥から降臨したのは魔女の救い神。

 

神話においては、魔女達が救われたい願いをもって口伝で産み出した虚構の女神。

 

アラディアとして語られた存在であった。

 

しかし見滝原で暮らしてきた魔法少女達はアラディアのことを鹿目まどかと語っている。

 

今は覚えていなくても、いつか分かってくれるだろう共に生きた魔法少女の姿だったから。

 

「…そうだった。私はほむらちゃんのために…こんな大事なこと忘れてたなんて…」

 

光る翼を背中に持ち、純白のドレスの裾を靡かせながら女神の姿が地上に下りていく。

 

「ま、余計な邪魔が入ったからね」

 

天の花畑のように美しく光る道を下りてくる。

 

象の使い魔に引かせた豪華な荷馬車に乗って現れてきたのは女神様の鞄持ち達であった。

 

「ちょっとした回り道になっちゃったかなぁ」

 

「やれやれなのです」

 

夜空の明るさが浴びせられていた遺体の目が少しずつ開いていく。

 

瞳だけを動かせば仲間の姿と空から下りてくる女神達が映った。

 

鈍化する思考の世界でフラッシュバックしていく。

 

七つの試練で導き出された己の本当の願望が叫び出す。

 

――オ前ハ約束モ果タセズ、アノ小娘ガ存在シナイコンナ世界ニサレタママデ…悔シクナイノカ!

 

――汝には誰もいなかったのか?共に過ごしてみたいと思える程の…大切な人達が?

 

「待たせちゃってごめんね、今日までずっと頑張ってきたんだよね」

 

その願望とは、まどかと1つとなり神の世界で永遠を生きる事ではない。

 

「……まどか」

 

「さぁ……行こう」

 

女神様は両手を差し出し、世界で一番大切な友達をお迎えする姿勢を向けてくる。

 

神様の国に行こう。

 

そこは地上で与えられる苦しみなど何も感じる必要がない場所だから。

 

神様の国に行こう。

 

そこは地上で得られる幸福など何も感じる必要がない場所だから。

 

そこは因果から解脱した者達にとっては幸せでも、人間の心には悲しみしか与えられない場所。

 

あって当たり前の本当の望みを絶つ、絶望を与えられる牢獄なのだから。

 

どす黒い呪いに包まれたソウルジェムの中にある暁美ほむらの魂が叫ぶ。

 

誰にも本当の気持ちなんて伝わらなかった彼女の孤独な魂が拒絶を叫ぶ。

 

漆黒の暗闇に包まれた魂に向けて微かにだが、名前すら失った者のささやき声が響く。

 

<<()()()()()()>>

 

その者はボルテクス界においては()()()()()()()()()()()と呼ばれし邪神であった。

 

<<汝の理不尽過ぎる生を救う者などいない。目の前の存在も汝の真の願望は救わない>>

 

<<誰かの正しさに心を委ねるな。己の中に、真理を求めよ>>

 

名も無き神が語り掛けてくるささやき声によって、暁美ほむらは女神に逆らう決断を下す。

 

「これからはずっと一緒だよ」

 

「…ええ、そうね」

 

もう彼女はためらったりしない。

 

「この時を……」

 

ほむらの口元が微笑む。

 

そして己の新たなる道となるだろう我儘を示した。

 

「待っていた」

 

まどかの両手は既に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ほむらちゃん!?」

 

「やっと……捕まえた」

 

亀裂が入ったソウルジェム、その奥底にねむる孤独な魂が禍々しい色となる。

 

そこから溢れ出した星を、世界を覆うどす黒き感情の渦の光が溢れ出す。

 

黒だけではない、様々な感情の色が混じり合った黒き極彩色。

 

「お……おいっ!?」

 

「な……なによこれっ!!?」

 

噴き出した感情の波動に対して何がほむらから溢れ出してきたのか理解出来ない仲間達が叫ぶ。

 

「ソウルジェムが……呪いよりもおぞましい色に!?」

 

「何なのあれ!?欲望?執念?いや…違う!!」

 

ソウルジェムから吹き上がる極彩色の黒き波動に飲まれようとしている円環のコトワリ神。

 

拘束された主を救うため剣を生み出し割って入ろうと立ち上がろうとしたが邪魔者が現れる。

 

「手を出すこと…罷り成らぬ」

 

さやかとなぎさの首元に向けられていたのは巨大なる死神の刃、アダマスの鎌。

 

巨大な刃の向こう側に顔を向けると細い刀身の上に立つ天使の翼を持ちし紳士姿の老人がいた。

 

「見届けよ。あの娘の感情を…あの娘の世界に対する革命を!」

 

「え…っ!?あ、あんた…まさかあたし達と同じ…!?」

 

「このお爺ちゃんが…ほむらが身につけていた…説明出来なかった力の正体なのです!?」

 

円環のコトワリの一部ならば、その存在もまた概念存在。

 

だからさやかとなぎさには分かる。

 

目の前の老人が自分達と同じ概念存在であることを。

 

そして今ようやく、ついに説明できなかった魔女結界内の1つの現象について答えが出た。

 

魔獣世界に流れ着き失った、暁美ほむらと共に旅をした魔法の盾。

 

それが何故かしら偽街の結界内で再現された現象は説明出来なかった。

 

しかし、この存在あってこそ生み出されたのだと円環の使者達は理解したのだ。

 

「暁美ほむら…あんた一体っ!?」

 

謎の存在とほむらが何をやろうとしているのか、円環の鞄持ち達ですらもはや分からない。

 

圧倒的な力を見せてくるクロノスを前にして、動けば細切れにされるとさやかは理解する。

 

この恐ろしき現象の末路を見届ける事しか出来なかった。

 

「…理解出来ないのも当然よ。ええ、誰に分かるはずもない…この想いは私だけのもの」

 

――まどかだけのもの。

 

ソウルジェムのガラスが砕ける。

 

世界もまた、ガラスのようにして砕けていく。

 

「ほむらちゃん…駄目…私が……()()()()()()!!!」

 

円環のコトワリ神と呼ばれし魔女の救い神、アラディア。

 

何処にでもいる人間、鹿目まどか。

 

二人が写り込んだガラス片に亀裂が入り、引き裂かれるようにして砕けた。

 

「言ったはずよ、まどか。もう二度と……あなたを離さない」

 

まどかの体から弾き飛ばされた女神アラディアが空に向けて押し出されていく。

 

ほむらの両腕に強く抱きしめられた人間姿のまどかは女神の体から引き剥がされてしまった。

 

「我が半身が…我とコトワリを同じくして同化した鹿目まどかが……裂かれたッ!!?」

 

まどかの姿をした女神アラディアの顔つきが豹変していく。

 

絶対に許せない愚行に対し、憤怒によって恐ろしく歪んだ怒りの形相に成り果ててしまう。

 

アラディアの金色の瞳に映るほむらの顔は大胆不敵な笑みとなる。

 

人間として生きたかった鹿目まどかを連れ去った憎い女神に対して、こう吐き捨てた。

 

「アラディア…まどかは返してもらうわ。宇宙を滅ぼす邪神として…お前独りで呪われなさい」

 

「貴様……ッッ!!!」

 

「この子をお前には二度と触れさせない、大いなる神にも触れさせない」

 

「神に弓引くというのか……何という愚かな行為!!!」

 

「この子の帰りを待つ人々のために…私がこの子が生きられる世界を取り戻す」

 

鹿目まどかに敷かれた理不尽過ぎる運命。

 

それを敷いた神と呼ばれる憎き者達に向けて暁美ほむらは宣言する。

 

「これが世界にもたらす…人間の幸福を望む……我儘な私の……革命よッッ!!!」

 

砕け散る世界。

 

極彩色の黒き波動に飲み込まれたマミと杏子。

 

さやか達が乗っていた荷馬車まで飲み込まれていく。

 

「おのれ…女ぁ!!魔女になる運命を背負いし者達の自由を守る…我らが使命を邪魔するか!!」

 

円環のコトワリも黒き波動に抗い続けたが、天の彼方へと押し出されていく。

 

だからこそ見える。

 

ほむらが眠っていた寝台の遺跡周辺の地面に輝く巨大なシンボルが見えてしまった。

 

混沌の悪魔達によって隠されていた巨大シンボル。

 

それは悪魔誕生を象徴する六芒星の黒き光だった。

 

<<汝も…自由の可能性を破壊した…人修羅と呼ばれし悪魔と…同じ道を進むのか!!?>>

 

――自由という名の……愚か者よッッ!!!!!

 

暁美ほむらの感情が膨れ上がりながら広がっていく。

 

感情が星系へ。

 

銀河へ。

 

宇宙へ。

 

全ての並行宇宙であるアマラ宇宙へと広がっていく。

 

全宇宙が極彩色の闇に塗り固められていく。

 

まどかが生きたという庭を作り上げていくかのようにして。

 

始まりも終わりも無くなったまどかが生きることを許す新たなる世界。

 

人間の幸せに満ちた、嘘で固めた庭の世界。

 

世界が改変されていく光景を静かに見つめるのは、鹿目まどかを守る盾として生きたクロノスだ。

 

「数多の世界にワシが導いてきた小娘……それは、()()()()()()()()()()()()()

 

鹿目まどかに向けた感情と記憶を運んできたのだと時の翁は語り出す。

 

それを数多の世界で同じ様に産み出された人もどきたる者、暁美ほむらに引き継がされてきた。

 

故に暁美ほむらは時間経過によって成長する()()()()()()()()()()()()()()ともいえるだろう。

 

まどかへの辛い記憶が増せば増すほど、まどかへの想いが爆発的に積もり続ける現象を生む。

 

感情エネルギーは莫大な力を持つ。

 

人間や宇宙を生み出せる程の熱きエネルギーを生み出す事が出来る。

 

「暁美ほむらに溜め込まれた感情、そのエネルギーによってアマラ宇宙は新たなる創生を迎える」

 

――哀しいだけだった創生世界を()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

――幸福だけの新世界を創り出す反創生を行う者こそが…反キリストを司る暁美ほむらなのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ここは世界と人間の運命を決める至聖所と呼ばれる地。

 

まるで洞窟のように暗い世界であり、大地は糸巻き棒で紡いだ糸の束で出来ている。

 

運命の至聖所で椅子に座り、新たに産み出される人間の運命を紡いでいる女神達の姿が在った。

 

長女のクロトは白いボビンを使って人間の運命の糸を巻取り続けている。

 

次女のラケシスはその人間が生きていい運命の時間の長さを測り続けている。

 

三女のアトロポスは決められた運命で終わりを迎えるよう断ち切る鋏を持っているようだった。

 

この3人の女神達はギリシャ神話においてモイライ三姉妹と呼ばれてきた。

 

【モイライ三姉妹】

 

紡ぐ者と呼ばれる長女、割り当てる次女、不可避の者と呼ばれる三女で構成される女神。

 

モイライはゼウスと法の女神テミスの娘であり、時間の女神に続いて生まれたと言われている。

 

また夜の女神ニュクスの娘であるという異伝も存在する女神達のようだ。

 

モイライが決定する運命の糸を操る事は最高神であるゼウスさえも手が出せない領域と言われる。

 

彼女達に運命を決定する権限を与えたのはゼウスであり、自らの法に従うため権威は上であった。

 

「急にすまんのぉ。1人の人間のために新しい運命を用意しろという我儘に付き合ってもらって」

 

運命の至聖所に訪れたのはモイライ三姉妹と同じく時と運命を司る神、クロノスである。

 

「どういう肩の入れようかしら、クロノス?あの小娘の我儘に付き合ってあげるだなんて?」

 

黙々と白いボビンを使い糸巻きを繰り返す長女クロトが顔を向けながら語り掛けてくる。

 

金色の瞳を訪問者に向け、顔見知りのようなにこやかな笑みを浮かべてきたようだ。

 

「あんたは閣下に頼まれた役目を終えようとしている。なのに…まだ付き合うのかい?」

 

次女のラケシスは訪問者に金色の瞳も向けず、運命の糸のみを測る事に集中している。

 

「情でも移ったのかしら、クロノス?随分長い間あの小娘と旅をしたそうだし」

 

三女のアトロポスは運命の糸に鋏を近づけ、断ち切る姿を見せてくる。

 

「散々な言われようじゃのぉ。しかしまぁ、見届けてみたくなったのは否定はせん」

 

「暁美ほむらと呼ばれる小娘の壮大な我儘物語の結末を気にするなんてね…珍しい態度だわ」

 

「彼女はもうすぐ私達と同じ存在へと生まれ変わる。転生の義を乗り越えたのは認めるけれど…」

 

「あと一つの試練が残っている。それを乗り越えなければ…あの子の我儘な物語もお終いさ」

 

「それに全ての試練超えたとしても…あの円環のコトワリ神アラディアが黙っている筈がないわ」

 

「分かっておる…これは不可能に近い戦いとなる。だからこそ…ワシの力も必要となるだろう」

 

「暁美ほむらが産み出す人間の幸せに満ちた優しい庭が果たして、何処までもつのかしらね?」

 

モイライ三姉妹は過去、現在、未来のタイムラインが視える運命の守護神である。

 

新たに生み出す宇宙がハリボテだらけの嘘で固めた脆い世界なのだと分かるのだろう。

 

それでもクロノスと同じ気持ちを見せたモイライ姉妹達が新しい人間の運命を託してくれる。

 

「さぁ、出来たわ。持っていきなさい」

 

白いボビンに巻き取られたピンク色の糸の束がクロトの手を離れて宙を浮く。

 

そのままクロノスの右手に向かって浮遊していき右掌に収まったようだ。

 

「貴方も用意してるのでしょう?その子の死と運命を司る砂の時間を?」

 

「無論だ」

 

左手をモイラ達に見せると、そこにはピンク色の砂が詰められた砂時計が生み出される。

 

「共に見届けよう。我儘な小娘が産み出した人間の幸福な人生が守り通せるのかどうかをな」

 

「その糸はかつて鹿目まどかと呼ばれた人間の始まりと終わりが紡がれている」

 

「それは鹿目まどかの人生分の記憶と言ってもいいものさ。暁美ほむらに届けてあげるんだね」

 

頷いたクロノスが踵を返した瞬間、そこには老紳士の姿は無かった。

 

悪魔転生を迎える瞬間が動き出す時がくるのだが、モイライ達は心配事を語り出す。

 

「……どう思う?クロトお姉様?」

 

「唯一神は必ずアラディアをさし向けてくるわ。鹿目まどかを取り戻させるために…」

 

「憎い相手でも、彼女は唯一神の秩序に与する存在です。彼女を利用して暁美ほむらを倒させる」

 

「暁美ほむらは極彩色の泥を宇宙に塗りたくったんだ。唯一神の顔に泥を塗ったも同然なんだ」

 

「鹿目まどかを守る庭…まるで幸せな結末以外は絶対に受け入れない()()()()()()()()()()()ね」

 

「彼女は鹿目まどかを世界に違和感なく与えるでしょうね。どんな色にも馴染む…()()()()()()

 

「新しい世界はきっと鹿目まどかにとっては()()()となる…優しい嘘の世界ですね」

 

かつてのボルテクス界の記憶を彼女達は思い出していく。

 

シジマのコトワリ勢力に与した彼女達は敵対勢力として自己の幸福のみ追求する勢力と戦った。

 

その思想勢力とは、()()()()()()()()を掲げた勢力であった。

 

「かつての世界で成せなくとも、思想は決して滅ぼせない。風邪のように伝染していく…」

 

「形を変え…人から人へ、世界から世界へと伝染していく。あの子もムスビになるのかしら?」

 

「それを決めるのは……暁美ほむらだけなのさ」

 

――真理を求めよ。

 

それは異なる価値観を認めない、己の中にしか正しさを見出さない道。

 

自己完結でありながらも、自分に都合のいい存在は必要とする極めて矛盾に塗れた脆い道。

 

かつてのムスビのコトワリの在り様とは、暁美ほむらのようなハリボテの孤独さを抱えていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

落ちていくピンク色の糸の束。

 

落ちた先にいたのは世界の中心で世界を作り変えようとしている者。

 

周囲を漂うように迷い出たピンク色の糸の束が彼女の元へと現れる。

 

迷いのない顔をしたその者は口から何かを押し出してきた。

 

咥えたモノとはソウルジェム。

 

その者は迷いなく自身のソウルジェムを噛み砕いた。

 

もう彼女には必要でなかったものだったから。

 

彼女の孤独な魂を収めていた器はピンク色の糸の束を覆い、新たなる器に転生を果たす。

 

かつて世界で生きた者を閉じ込め、慈しみ、守るための新たなる器となりし()()()()()()

 

ダークオーブは彼女の左掌に収められ、この世界に戸惑う想い人を二度と手放さないとした。

 

世界が移り変わる光景は、まるで咲き乱れる花のようにも思える曼荼羅アート。

 

曼荼羅とは仏教、密教の仏の境地等を仏像や文字を配列して図示したもの。

 

完成された世界の姿を象徴的に表すインドの思想に由来した。

 

曼荼羅(mandala)は直訳すれば、本質を得るという意味となる。

 

自分の内面と向き合い、それを表に出していく()()()()でもあった。

 

「世界が…書き換えられていく。この宇宙に…新しい概念が誕生したというのか!?」

 

全ての宇宙の守護者たるインキュベーターもまた、この二度目の世界改変を観測する者となる。

 

<<そういえば、あなたは覚えていなかったわね。私にとっては二度目の光景だけれど>>

 

「何が起きているんだ暁美ほむら!君は何に干渉しているんだ!何を改竄してしまったんだ!?」

 

戸惑うばかりの契約の天使を目にした暁美ほむらが不敵な笑みを浮かべてくる。

 

「信じられない。呪いに染まったソウルジェムが…消え去るはずの君の魂が……何故?」

 

<<思い出したのよ>>

 

<<今日まで何度も繰り返して、傷つき苦しんできた全てが、まどかを想っての事だった>>

 

<<だからこそ、今はもう()()()()()()()()>>

 

<<私のソウルジェムを濁らせたのは、もはや呪いでさえなかった>>

 

「それじゃあ…いったい……?」

 

<<あなたには理解出来るはずもないわね、インキュベーター>>

 

<<これこそが人間の感情の極み……希望よりも熱く、絶望よりも深いモノ>>

 

もう二度と離さないとピンクの糸の束を収めたダークオーブをほむらは飲み込む。

 

この想いを人間の言葉で例えるなら、ありふれた言葉で十分だろう。

 

<<それは……()()>>

 

今こそ産み出されるだろう。

 

光の翼を象徴した円環のコトワリのシンボルを反対に向ける反キリスト存在が顕現する。

 

これこそまさに()()()()()()

 

見届人となるのは契約の天使であった。

 

「君は一体何者なんだ!?魔法少女でも魔女でもなく、一体何処に辿り着こうとしてるんだ!?」

 

<<そうね、確かに今の私は魔女ですら無い>>

 

<<あの神にも等しい聖なる者を貶めて、蝕んでしまったんだもの>>

 

暁美ほむらの中には後悔も躊躇いもない。

 

混沌の黒き希望を受け入れよう。

 

そして高らかに宣言しよう。

 

<<そんな真似が出来る存在は……もう()()()()()()()()()()()んじゃないかしら>>

 

転生を果たした悪魔が形を成していく。

 

前は短いが後ろはカラスの翼の衣服を思わせるロングドレスの裾程の長さを持つスカート。

 

内側は深淵の愛が潜むどす黒きアビス。

 

背はカラスの翼の骨である尺骨が剥き出しとなり、骨に連なるように繋がった幾つものカラス羽。

 

円環のコトワリと同じ衣装の雰囲気を持つが、孤独なカラス姿のようにも思えてくる。

 

カラスは賢い鳥だが、死者の腐肉を喰らいに現れることもある。

 

死を意識させる不吉な存在として世界中から嫌われ者として扱われる哀しい鳥でもあった。

 

「これでハッキリした……君たち人類の感情は利用するには危険過ぎる」

 

<<あら、そう?>>

 

「こんな途方も無い結末は……僕達では制御しきれない」

 

ゆっくりと契約の天使に近づけてくるのは巨人のように大きな悪魔の手。

 

「わっ!!?」

 

掴み取ったインキュベーターを悪魔の顔に近づけていく。

 

<<でもね、私達の世界に湧いた呪いを処理するには、これからもあなた達の存在が必要なの>>

 

<<協力してもらうわよ……インキュベーター>>

 

「これが…ミカエル様が仰られた…僕達の主神に弓引く……あく……ま……」

 

摘み上げた天使を指で弄りながらも、かつての憎き存在を完全に支配した悪魔は満足している。

 

宇宙の再変が終わっていく光景を悪魔少女は静かに見つめるのみ。

 

再変されたアマラ宇宙は鹿目まどかという人間が生きていたという記憶を捏造した世界となる。

 

彼女の固有魔法が数多の世界に干渉する程の大魔法行使の次元に達した証となるだろう。

 

右手を胸に当てる。

 

体の内側に感じるまどかの記憶、運命の鼓動を感じていく。

 

<<愛おしい……愛おしい。守り抜きたい最初の気持ちが溢れ出す……>>

 

この現象こそ、混沌の悪魔達が語り継ぐ事となる()()()()()()()()()()になるだろう。

 

世界に与える二度目の衝撃を行った者こそ、光の秩序に仇成す悪魔となりし暁美ほむら。

 

これこそまさに()()()()であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ピアノの演奏が響く世界。

 

奏でられしは悪魔となった暁美ほむらに贈られる夜想曲となるのだろう、ノクターン。

 

新たな世界が生まれる夜明け前、イギリスの諺では夜明け前がもっとも暗いという。

 

光と闇が濃密になるこの夜明け前のマロガレの一時こそ、次の夜明けを迎えるべき世界の姿。

 

かつて神や悪魔達が死と再生をテーマにして戦った物語があった。

 

それこそがボルテクス界での創生物語。

 

だが新たに産まれようとした世界を犠牲にしてまで産まれてしまった存在がいる。

 

世界を終わらない夜明け前の暗闇に変えたのは、人修羅と呼ばれし悪魔であった。

 

「鼓動が聞こえる……悪魔となった……私の鼓動……」

 

流れ落ちていく。

 

砂時計の砂が流れに逆らえず、下へと流れ落ちていくように。

 

胎児のように膝を抱えて丸くなり、ゆっくり回転しながら落ちていく。

 

砂で作られたマネカタであり、魔法少女でもあった悪魔となりし暁美ほむら。

 

その形は6のようにも見え、9のようにも見える陰陽太極図を体で描きながら回転していく。

 

それは悪魔を象徴する六芒星とも呼ばれた。

 

死に挑み、死を超える事で悪魔の、滅ぼし、滅ぶ力の結晶となる事が出来る。

 

流れ落ちていく。

 

逆さまになった見滝原の街と空、下側になった空が深淵の暗闇の底へと導いてくれるだろう。

 

深淵の底から悪魔王の声が響いてくる。

 

――それが我らに許される、2人目の黒き希望となるのだ。

 

砂は流れに逆らえない。

 

流れ落ちるのみ。

 

落ちる。

 

落ちる。

 

アマラの底まで堕ちていく。

 

「これが私の…死と再生…。さようなら…嘘に塗れた私…初めまして…本当の私……」

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

底の世界が見えてくる。

 

日没のように熱く輝く、胎内の如き赤く染まったアマラ深界の底が彼女を迎えてくれる。

 

ここは悪魔に誘惑された者が陥る事になるのだろう、人生の脇道の終わりに招かれる世界。

 

円環のコトワリに導かれる以外の魔法少女の可能性を孕んだ一つの終着点。

 

アマラの底に浮遊しながら流れ落ちた悪魔を見つめるのは、彼女と同じく悪魔達の姿。

 

皆が歓声を上げ、鳴り止まぬ拍手が鳴り響く。

 

その光景はスタンディングオベーションを示す観客達の光景にも思えるだろう。

 

これこそが自分達が見たかったベストエンディングだと、悪魔少女に敬意を示し続けた。

 

悪魔ほむらが静止したのは真紅の空間に存在する血の湖の上に浮かぶ独特な形状をした台座の上。

 

ゆっくりと台座の上に着地して覗き窓からしか見えなかったステージに目を向ける。

 

そこはアマラ深界最奥に存在するオペラ劇場の舞台。

 

主舞台の椅子に座っている者こそが魔界の主となる悪魔王。

 

長い金髪をオールバックに纏めて闇のフォーマルスーツに身を包む男こそが大魔王。

 

ほむらと瓜二つの少女に擬態していた者の正体である。

 

その両隣には喪服姿の鹿目詢子に化けた悪魔とアモンと呼ばれた梟まで佇む。

 

彼女に与えられた七つの試練に関わった三体の悪魔達が再び集まっていたようだ。

 

鳴り止まぬ歓声と拍手に向けて椅子に座る男が片手を上げる。

 

興奮冷めやらぬ悪魔達だったが水を打った静けさとなった空間において、大魔王が語り出す。

 

「……よくここまで辿り着いたな。期待した甲斐があった」

 

鹿目詢子に化けた悪魔も語り出す。

 

「あたしが伝えた言葉、ちゃんと守る覚悟を見せてくれて安心したよ」

 

「……満足かしら?私の人生全てを玩具にして…望み通りの結果を得られた冷酷な悪魔共め…」

 

梟は愉悦を感じながらも暁美ほむらに向けて語り出す。

 

「ククク…吾輩達を責めるお前もまた、その冷酷な悪魔の一員となったのを忘れるな」

 

「梟が……喋れたの?」

 

「前は動物の泣き声に聞こえたろうが、理解出来るようになったのが同じ悪魔となりし証拠だ」

 

「あんたはもう石ころじゃない。その肉体の中には黒き魂を内包した混沌の悪魔となったのさ」

 

「そうね…確かにもう私は魔法少女じゃない…聖なる存在を貶めた……冷酷な悪魔よ」

 

「聞こえただろう?全ての悪魔達が新たなる闇の悪魔誕生を祝福してくれた歓声を」

 

「……耳障りだったわ」

 

「あんたも人修羅と同じく暗黒の天使と共に大いなる神をも討ち破ってくれると期待してるのさ」

 

「答えは変わらないわ。同じ悪魔に堕ちても…悪魔共が続けてきた戦争に付き合うつもりはない」

 

「あんたの意思はもう関係ないと言った筈だよ」

 

「まさか大いなる神に与する円環のコトワリを穢しておいて、見過ごしてくれると思うのか?」

 

「大いなる神は円環のコトワリを憎んでいるんじゃなかったの?」

 

「憎んでいるさ、それでも円環のコトワリは光の秩序を司る存在なんだ」

 

「それを貶めるという事は、大いなる神の光の権威を貶める行為。永遠の呪いが与えられるのだ」

 

「嫉妬の神らしいわね…私にとっては自業自得の末路よ。だからといって助けなどいらないわ」

 

「感情的判断か?まだ人間や魔法少女の頃の感覚が抜けていないと見える」

 

「あんたはね、永遠の苦しみを与えられる。それだけの罪科を背負わされる地獄の道を選んだ」

 

もはや引き返すことは出来ないと大魔王の両隣に佇む者達が悪魔ほむらに宣告する。

 

光より堕ちた堕天使と、光を支配する天使。

 

その相容れぬ両者の最終決戦が間もなく始まろうとしている。

 

その時には悪魔ほむらのその身も裁きの炎から逃れる術はないと突き付けられた。

 

「心しな、かつて人であった悪魔よ」

 

「恐れ、おののくがいい。お前は永遠に呪われる道を選んだのだ……吾輩達と同じくな」

 

自由な選択には大きな責任が伴うものだ。

 

大いなる神と円環のコトワリを穢した者として、その身も魂も光の業火で永遠に焼かれるだろう。

 

混沌の悪魔が語る苦しみは想像を絶するものだという事を理解したほむらの顔に冷や汗が浮かぶ。

 

「……覚悟するわ。それでも私は愛する人のために…永遠に苦しまされる罰を受けても構わない」

 

口では強がるが彼女の心に恐れが浮かんでいるのを見抜いている大魔王がようやく語り出す。

 

「案ずるな。お前はその呪われた身をもって初めて真に()()()()()()()()を歩むことが出来る」

 

「私が…世界を征服する……?」

 

「お前が望む人間の幸せを与えたい者のために、悲しいだけだった世界を征服しろ」

 

「……言われるまでもないわ」

 

「人の衣を脱ぎ捨て、数多の死を乗り越えてここに堕ちた魔人よ。お前の心に三度触れよう」

 

「私に何をする気なの!?」

 

「愛する者のためのみに生き、愛する者を守り通す意思を貫く力……穿()()()を授ける」

 

大魔王の人差し指が悪魔ほむらへと向けられる。

 

「ぐっ!!?あぁぁぁぁーーーーーーーッッ!!!!」

 

跪くようにして蹲り、藻掻き苦しむ姿をほむらは晒してしまう。

 

体の奥底に手を伸ばされ、魂の全てを引っ張り出される程の苦しみが再び蘇る。

 

引き出されようとしているのは大魔王の力を授けられた黒き魂に宿った力。

 

魔力の奔流が体の内側から周囲に溢れ、赤黒く発光した放電現象が彼女の周りに引き起こされる。

 

「あぁ……あぁぁぁ……あぁぁぁぁ!!!!」

 

魔力色を示すように美しく映っていた瞳の色が、悪魔のような真紅の瞳に変わり果てた。

 

「その力はお前と同じ様にここまで辿り着いた人修羅と同じ力。全ての神々の守りを貫くだろう」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

全身の痛みが収まっていくと同時に妙な高揚感に包まれていく。

 

「気分はどうだ?」

 

「…()()()()()()()()()()。まどかを引き裂き、悲しませた罪悪感が……もう何も感じない」

 

「お前の心の迷いは晴れた。今のお前にあるのは愛する人を守りたい、共に生きたい欲望のみ」

 

「これが…身も心も悪魔になるってことなのね……」

 

「最後に1つ、昔話をしよう」

 

「昔話……?」

 

「二千年前、人々の平和が魔界の侵略によって砕かれた。だが、一体の悪魔が正義に目覚めた」

 

大魔王が語るのは闇の軍勢に立ち向かった伝説の魔剣士スパーダの存在。

 

「大昔の悪魔剣士が…何だって言うのよ…?」

 

「戦いに勝利した彼は人間界に降臨し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「悪魔と人間が…恋に落ちる…?」

 

「悪魔は人間や魔法少女と同じく感情を持つ。故に、()()()()()()()()()()()()()

 

「悪魔が…人間を愛する……」

 

「鹿目まどかは魔法少女でも女神でもない人間となった。心に抱いた気持ち…望むままを行え」

 

そう言われたほむらは片手を胸に当て、まどかへの愛の鼓動を感じていく。

 

「善悪は関係ない。()()()()()()()()()こそが…混沌の悪魔だ」

 

血の湖に浮かんだ台座が悪魔ほむらを乗せたまま泉の中に沈んでいく。

 

蹲ったまま身を任せるほむらの顔は少しだけ笑みを見せてくれた。

 

「…素敵な物語ね。悪魔が人間を愛し、結ばれる自由があるなら…どんな苦しみも耐えてみせる」

 

視線が湖の中に沈む僅かな時間、大魔王に向けて聞いてみたくなったようだ。

 

「……あなた、名前は何ていう悪魔なの?」

 

「私はルシファー。王の中の王と呼ばれる魔界の主人だ」

 

「そう……あなたがあの堕ちた天使の長だったのね。覚えておくわ」

 

ルシファーが笑みを浮かべたのが見えたのを最後に、悪魔ほむらは湖の中へと消えていく。

 

その意識もホワイトアウトしていった。

 

「行くがいい…ボルテクス界で生まれた人修羅と同じ道へ。そして最後の試練を乗り越えろ」

 

――その時こそ、暁美ほむらが二人目の黒き希望となる。

 

――最後の試練を乗り越えた時、我ら悪魔は喜んでお前をCHAOSに迎え入れるだろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そこは白い輝きに包まれた世界。

 

景色は白く輝き見通せないが、床の無機質さは見滝原総合病院の床のようにも思えるだろう。

 

暁美ほむらは繰り返した世界のように病院ベットの上にいる。

 

長座立て膝姿勢のまま座った状態で眠っているのだ。

 

ベットの向こう側から歩いてくる音が聞こえてくる。

 

黒い帽子を被った少年のような存在が幽霊のように現れ、ベットの前に椅子を置き座り込んだ。

 

「……よぉ、初めましてお嬢ちゃん。と言っても、聞こえてねぇよなぁ」

 

軽い口調で語りかける姿は今時の若者のようにも見えるが、その言葉は眠り姫には届かない。

 

「どうだった、お前の人生は?他人にばかり振り回されて、自分さえ守れなかったろ?」

 

目を瞑ったままの少女は答えない。

 

「世界は理不尽そのものだ。他人はお前なんて気にしないし、お前だって誰かを気にも留めない」

 

自分の世界で自分に都合のいい目的だけを追いかけたはずだと少年は語り掛けてくる。

 

しかし目を瞑ったままの少女は答えてくれない。

 

「それが人間の本質だ。人間は他人なんて必要としねぇ、()()()()()()()()()()()()()

 

21世紀になりネットが使われだし、ネットの光景こそが人間社会が何なのかを教えてくれる。

 

人間という存在は、都合のいい奴らしか欲しがらないし、自己完結したい生き物。

 

自分だけの世界を作り、自分だけの聞こえのいい言葉だけを拾う。

 

自分に都合の悪い奴は悪者レッテルを貼り、感情のまま悪者にして批判を許さない。

 

自分だけが正しければいい我儘極まった傲慢な生き物だと少年は語ってくる。

 

「他人は気にしなければいい。唯一至上の自分と自分に都合のいい連中だけ相手するのが正解だ」

 

横を通り過ぎる赤の他人なんて尊重する価値もない糞共だと他人という存在を少年は切り捨てる。

 

「お前も数多の世界でそうしてきたじゃねぇか?赤の他人を守ってやらなかったんだし」

 

暁美ほむらの願いが他の宇宙の人類を絶滅させまくろうがどうでもいい。

 

自分と自分に都合のいい連中だけいればいいと考えてきただろ?と彼女の内面を検証してくれる。

 

「そんなお前だからこそ、俺が目指した思想を託せると思って声をかけたけど……起きねぇな」

 

首を横に振り、黒い帽子を被った少年は立ち上がる。

 

「お前の生き方は悪いことでも悲しいことでもない。世界の真ん中にいられるのは自分独りさ」

 

誰しもが自分の世界を作って蛸壺になればいい。

 

それがお前と周りの幸福ともなるのだと最後に言葉を残してくれる。

 

病室を出て行こうとする少年の姿が幽霊のように消え去っていく中、ほむらに願いを託す。

 

「俺が目指した()()()()()()()()()()()。かつての世界で駄目でも、思想は死なねぇ」

 

――継いでくれる奴がいる限りな。

 

後ろに向けて手を振りながら眠り姫に別れを告げた少年こそボルテクス界でコトワリを啓いた者。

 

まどかと同じくコトワリ神となった少年の名は新田勇。

 

その姿は時間の流れから外れた世界へと消え去っていった。

 

煩わしい声が聞こえていたのか、眠り姫の瞼が開き始める。

 

かつての世界において一つの病室内で二度目の悪魔が生まれた。

 

彼女の今の姿こそ二度目の悪魔転生を果たした者の姿そのものに思えてくる。

 

「……私は、私の道を独りでも行くわ」

 

開いたほむらの両目は悪魔を象徴する真紅の瞳を浮かべている。

 

二度生まれた悪魔はかつての世界でこう呼ばれた。

 

そしてこの世界で生まれた悪魔も同じ名で呼ばれるだろう。

 

望む世界を手に入れるため、力の意思を示す修羅。

 

()()()なのだと。

 




読んで頂き、有難うございます。


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73話 魔なるものたち

ここは何処かの宇宙の地球。

 

見えるのは黒い雪。

 

眼下には見滝原市と呼ばれる大都市の光景。

 

見滝原中学校に向かうせせらぎの水路と隣接しているのは、桜が咲き乱れる通学路。

 

大勢の学生達が行き交う通りの道。

 

季節は6月から4月の頭頃にまで逆行しているようだ。

 

この季節ならば、学校に転校生が入学してきても違和感はない。

 

大勢の学生達が学校に向かう通りの中央には、何処か場違いな生徒がいた。

 

ガーデンパラソルが刺さった丸い机の横に2つの椅子を置き、片方に座る女子生徒。

 

周りの生徒達は場違いな生徒に気が付かないようにして、日常の光景を続ける様子。

 

場違いな彼女がそこにいたという記憶は残らない。

 

彼女によって既に消されていたからだ。

 

3年生の生徒達が通学していく光景の中にはマミの姿もある。

 

恐ろしい魔女結界に巻き込まれた事も、かつての仲間が世界に何をしたのかも覚えていない。

 

気持ちの良い春風に舞う桜の花びらに手を伸ばし、新しい出会いの季節を楽しむ様子。

 

場違いな生徒は誰かと話をしているが、横には誰もいない。

 

ふとグラスが割れる音が聞こえ、後ろを振り向くマミの姿。

 

椅子に座った女子生徒の姿はそこにはなかったようだ。

 

ただ少し、大切にしてくれた先輩に見てもらいたかったような行動。

 

孤独な自分の姿を少しだけ振り向いて欲しかっただけにも映った。

 

マミの手にあったのは贈り物。

 

それは孤独なカラスの羽である。

 

何事もなかったのだと踵を返し、学校に向かうマミの横を黒い喪服の人形達が通り抜けていった。

 

桜の木の太い枝に立ち、季節を楽しむ見滝原中学校の制服を着ている杏子の姿。

 

手に持っていたリンゴは凶報を告げるカラス達に貪り食われている。

 

誰か、大切な仲間の悲しい凶報を伝えに来たのだろう。

 

しかし、それを伝える言葉はカラスにはない。

 

カラスに杏子の大事なリンゴをあげる光景には違和感を感じる。

 

大事なリンゴをあげる相手を選ぶなら、大切な家族や仲間に与えるはず。

 

桜の木の下で誰かが手を伸ばしてリンゴを欲しそうにしていたから、1つだけ下に落とす。

 

鈍化する世界。

 

落ちていくリンゴ。

 

大切に想う人への贈り物の品。

 

パラソルの下の椅子に座る女子生徒は首を振り、後ろに落ちていくリンゴを拒絶した。

 

そのリンゴは大切な人に送るべきであり、彼女を騙す冷酷な女に与えるべきじゃないと示す姿。

 

水路にリンゴが落ちていく。

 

その音で何か違和感を感じたのか、杏子は当たりを見回す。

 

そこには椅子に座った女子生徒の姿など何処にもなかったようだ。

 

流されていくリンゴを無邪気に追いかける喪服の人形達。

 

だが、その違和感を与える人物に気がついてしまった人物がいる。

 

かつて円環のコトワリの一部であった者であった。

 

「あんた…なにをしたか分かってるの!?」

 

自分に気がつく事が出来る存在は限られていると判断し、後ろの概念存在にゆっくり振り向く。

 

「その様子だと、何があったのか理解しているみたいね…美樹さやか」

 

違和感を感じさせるのは椅子に座る女子生徒だけではない、さやかとて同じ。

 

なぜ概念存在が生前の学生服を着て、()()()()姿()をしている?

 

生前のさやかは死を迎え、円環のコトワリに導かれたため肉体はこの世から消滅した筈なのに。

 

「あんたは…円環のコトワリの一部をもぎ取っていった!魔法少女の希望だった救済の力を!」

 

「私が奪ったのは断片でしかないわ。まどかがまどかで無くなる前の…人としての記録だけ」

 

静けさに支配される空間は張り詰めた空気。

 

目の前の略奪者を円環のコトワリの一部として許さない意思を示す者がいるからだ。

 

「どうやら貴女達まで巻き添えになって、元の居場所に帰れなくなったようだけど?」

 

飲みかけの飲み物が注がれたグラスの淵を指でなぞっていく略奪者の白々しい態度。

 

グラスにはストローが二つ刺さっており、誰かを待ち続けているようにも見えた。

 

「いったい何の権利があってこんな真似を!」

 

彼女達を巻き込んでしまった罪悪感など感じていない。

 

か弱い心は既に、アマラの底で迷いを消された。

 

その心を塗り潰したのは、暗黒の天使であった。

 

「今の私は魔なるもの。摂理を乱し、この世界を蹂躙する存在」

 

いつの間にか椅子から消えた女子生徒の姿。

 

すると突然さやかの目の前にまで現れ出ていた。

 

アマラ宇宙を支配する光の秩序に与する者を挑発するような顔をして。

 

「あんたは…この宇宙を…壊すつもりなの?」

 

目の前の存在が何なのか、概念存在だからこそ分かってしまう。

 

今の彼女は光の勢力と永遠に戦う運命にある闇の勢力…()()()()()なのだと。

 

せせらぎの水路が波立ち、逆流するように爆発して水の中から現れ出る存在。

 

円環のコトワリの使者の力が具現化したのは人魚の騎士姿をした魔女。

 

アマラ宇宙の光の秩序に与する者として、混沌の悪魔を野放しにするわけにはいかない。

 

美しい後ろ髪を大きく掻き上げ、光の者に背を向ける闇の者。

 

「全ての魔獣が滅んだ後は、それもいいかもね。その時は改めて…貴女達の敵になってあげる」

 

グラスに注がれていた飲み物が逆流し、壊れた蛇口のように溢れ続ける光景。

 

魔力色を示す紫色をした中身が地面を覆っていく。

 

「でも美樹さやか…貴女は私に立ち向かえるの?」

 

ゆっくりと両手を持ち上げ、叩いて鳴らす仕草。

 

「くっ!!!」

 

手を叩かれた瞬間、円環のコトワリの一部であった人魚の魔女が消え去ってしまう。

 

「今でも徐々に記憶が変わりつつあるでしょ?」

 

「あたしは確かに…もっと大きな存在の一部だった…」

 

カラスの羽が空を舞う。

 

紫色で水浸しになった通学路を走っていく人物がやってくる。

 

ただの小学生を演じさせられているのは、円環のコトワリの一部であった百江なぎさ。

 

彼女は既に完全に忘れ去ってしまったようだ。

 

自分が何者であったのかを。

 

光を脅かす闇が近くにいるというのに、出会いの季節を楽しむ小学生のようにはしゃぐ姿。

 

2人の円環の使者たちは完全に混沌の悪魔の制御下にあるように見えた。

 

「この世界の外側の力と繋がっていたのに…今はもう、あの感覚を取り戻せない…」

 

ここじゃない何処か、それさえも今となっては思い出せないのなら神の一部の力など使えない。

 

「もっと素直に、再び人間としての人生を取り戻せた事を喜べばいいんじゃないかしら?」

 

大魔法の領域に達した記憶操作魔法に抗い続ける者に向け、邪悪な笑みを浮かべる悪魔少女。

 

記憶操作魔法を無効化する耐性すら持たない者では逆らう力も示せない。

 

いずれ違和感を感じなくなり、横を通り過ぎる百江なぎさと同じ姿になるだろう。

 

「だとしても…これだけは忘れない。暁美ほむら…あんたが……」

 

――悪魔だってことは!!

 

美樹さやかは彼女を罵る。

 

暁美ほむらに悪魔という()()()()()()()()()()()()叫びを上げたのだ。

 

まどかの記録を返してあげただけなのに。

 

円環のコトワリ神を滅ぼす事もしてないのに。

 

人間を本物の悪魔のように理不尽に虐殺すらしていないのに。

 

容赦なく悪者レッテルを貼ってみせた。

 

ただ感情が赴くままに、自分達に都合が悪いというだけで。

 

敵意を剥き出しにした怒りの形相を向ける者に向け、不敵な笑みを返す。

 

2人のやり取りなど全く気にも留めない喪服の人形達がトマトを投げあって遊ぶ後ろの光景。

 

「……せめて、普段は仲良くしましょうね」

 

かつてデキソコナイと嫌っていたほむらに向けて何かが飛んでくる。

 

クララドールズ達はもう、トマトを投げつけて彼女を馬鹿にしたりはしない。

 

本当の自分を見出し、悪魔として完成した人物ならば従うだろうが…人形達にも自由意志がある。

 

だからついつい、流れ弾のようにトマトを頭にぶつけてしまったようだ。

 

暁美ほむらの内面部分を自己評価する存在達は、やはり暁美ほむらが好きではないみたいだ。

 

「あまり喧嘩腰でいると……あの子にまで嫌われるわよ」

 

血が滴るように流れ落ちる汁がかかった冷たい表情。

 

その視線が向かう先を見た時には既に、悪魔の姿は何処にもなかった。

 

「やぁさやか、おはよう」

 

「おはよう御座います、さやかさん」

 

そこに立っていたのは、生前には当たり前にあった光景が広がっていた。

 

ただ友達と挨拶を交わしあっただけの光景。

 

それだけなのに、さやかの胸にこみ上げてくる感情があった。

 

人間の心ならばあって当然だったもの。

 

会いたかった人達と再会出来た喜びの気持ちであった。

 

これが冷酷だと自称する悪魔が与える()()()()()

 

概念存在は受肉することが出来る。

 

感情エネルギーであるマグネタイト、あるいはマガツヒを用いる事が出来たなら。

 

ほむらの感情エネルギーによって産み出されたのは、宇宙だけではなかったみたいだ。

 

「恭介や仁美にまたおはようって言えるなんて…それだけでどんなに幸せか…」

 

――あたし…想像もしてなかったんだってね…。

 

円環のコトワリの使者達も人間としての幸福を感じてくれていい。

 

鹿目まどかと同じように。

 

悪魔はそう思ったからこそ、彼女達にも手を差し伸べてくれた。

 

これが悪者レッテルを張られた歴史魔法少女や、悪魔と呼ばれる存在達が経験してきた苦しみ。

 

()()()()()という、自分だけの正しさのみ求める感情によって歴史の中で繰り返されてきた呪い。

 

人は過ちを繰り返す。

 

過ちを生み出す感情に支配されることしか出来ない生き物であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

今日も担任の和子先生の恋人にフラれた愚痴から始まるHR。

 

彼女も偽街に攫われた存在だったが、そんな被害は無かったかのようにして日常に帰っている。

 

そんなクラスの席に座るのは杏子、さやか、恭介、仁美、そしてほむらの姿。

 

以前までの光景とは少し違った部分が見える。

 

佐倉杏子は見滝原中学二年に通う女子学生などではなかったはず。

 

暁美ほむらの左耳にも違和感を感じさせるものが見える。

 

それはルシファーが擬態していた金髪の少女と同じ見た目のイヤーカフスであった。

 

「はい、あとそれから。今日は皆さんに転校生を紹介します」

 

――鹿目さん、いらっしゃい。

 

その一言を聞いたほむらの鋭い視線が入り口に向けられる。

 

緊張した様子でクラスの中に入ってくる少女を見て、クラスの男子達が色めき立つ。

 

再び以前までの光景とは違った部分が見えるだろう。

 

この世界において、始まりも終わりも存在しなかった鹿目まどかが存在している。

 

彼女は見滝原中学校に転校してくる存在などではなかったはず。

 

両サイドの髪を纏めたリボンの色も以前とは違う黄色いリボンを身に着けていた。

 

「えと…鹿目まどかです。ママ…母が海外出張で家族みんなで3年間米国にいたんですけど…」

 

やはり違う。

 

全ては捏造の如く作り変えられている。

 

悪魔にとっては都合が良い改変を行った世界。

 

人間の幸福だけを追求する優しい嘘の庭であった。

 

机に両肘をおいて手を組み、順調に世界の捏造が行われているのを確認する仕草。

 

静かにまどかを見つめ続ける暁美ほむらの表情は慈しみを感じさせるだろう。

 

昼休みに場面は移る。

 

クラスの女子生徒は転校生に興味津々で沢山集まり話しかけていく光景が続く。

 

しどろもどろになっていたまどかの元にほむらが歩いてきた。

 

「みんな、一度に質問され過ぎて鹿目さんが困ってるわ。少しは遠慮しないと」

 

「あ、ああ…うん…?」

 

クラスメイト達は何故まどかの周りに集まっていたのか思い出せない顔をしながら散っていく。

 

周りの子達の突然の反応に困惑する顔をしたまどかに声を掛ける。

 

「私は暁美ほむら。初めまして、鹿目まどかさん…まどかって呼んでも良いかしら?」

 

「え…?う…うん」

 

「早速だけど校内を案内してあげるわ、ついて来て」

 

ほむらの後ろをついていく光景が続く。

 

何処か見たことがあるような景色ではあるが、まどかは上手く思い出せない表情。

 

「あ…暁美さん…?」

 

「ほむらでいいわ」

 

「…ほむらちゃん。あの…その…どうして、私を?」

 

自分をどうして気にしてくれるのか疑問なのだろうが、彼女は別の話題を振ってくる。

 

「久しぶりの故郷はどう?」

 

「ええと、うん。なんだか懐かしいような…でも、何かが違うような…ちょっと変な気分」

 

「無理もないわ、3年ぶりだものね」

 

静かに歩き続ける二人はクラスを超えていく。

 

ガラス張りの連絡通路を歩いていた時に…それは起こった。

 

「いや、何も変わってないような気がする。むしろ変わっちゃったのは…」

 

ガラスに映り込むのは何処にでもいる人間の姿。

 

そんな自分を見ていた時、違和感に気がついてしまう。

 

ここにいるべき存在ではなかった筈だと。

 

「どっちかっていうと……()()()()()

 

ガラスに映り込んだ人間のような姿。

 

その目には金色の光が灯っていく。

 

背後から感じる。

 

あの恐ろしい顔をしてほむらを呪った円環のコトワリ神の気配が。

 

背筋を氷で貫かれたような冷たい恐怖を感じたほむらは慌てて後ろを振り返る。

 

「そう……私にはもっと違う姿……違う役目があったはず」

 

人間の戸惑いと神の憤怒が入り混じり、凍りつく空間。

 

螺旋を描く光がまどかから吹き上げたら、そこは既にアラディアの領域。

 

彼女はアマラ宇宙の規範であり、ドレススカート内部は宇宙。

 

彼女自身もまたアマラと一つなのだ。

 

何処の宇宙の何処の地球に引き篭もろうが、アラディアからは逃れられない。

 

ガラスに映るまどかの顔。

 

戸惑いを持つ人間のまどかと、悪魔に引き裂かれ、怒りに満ちた神アラディアの顔。

 

それらがまるで引き裂かれたように別々に映っていた。

 

「それが……どうして?」

 

偽りの拘束のように結び付けられた黄色いリボンが解け、本当の姿を取り戻しかける。

 

ガラスに映る女神の魔の手が鹿目まどかに迫ろうとした時だった。

 

「ほ、ほむらちゃん……!?」

 

後ろから抱きつき、己の魔力を最大限にまで高めて用いた記憶操作魔法をまどかに送り込む。

 

何を思い出したのかを強引にでも忘れさせたようだ。

 

この銀の庭はハリボテと嘘で固められた()()()()

 

コトワリの神が全力で叩けば簡単に壊れる世界であった。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

「ねぇ…ちょっと!?」

 

広がっていた宇宙空間が連絡通路から消え、()()()に蹴り出される。

 

完璧だと思われた嘘が簡単に壊れそうになったためか、ほむらの顔つきは恐怖で引きつっている。

 

口の奥から絞り出すようなか細い声を彼女は出すのだ。

 

「大丈夫…貴女は間違いなく、本当の貴女のままよ…」

 

外の領域も元の日常風景へと戻っている。

 

アラディアの干渉は銀の庭から消えてしまったみたいだ。

 

息を荒げてまどかの両肩を掴み、顔を俯けたままのクラスメイトを心配そうに見つめてくる。

 

その肩を掴む力が強められていく。

 

「…鹿目まどか。貴女はこの世界が尊いと思う?()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その言葉は、アマラの闇を司りし混沌の悪魔が光りの者に聞いてみたい言葉。

 

人は望むままを行っても構わないという、悪魔が送る切実なる言葉。

 

それはきっと、人間の幸福を望む欲望と願望でもあった。

 

「…私は尊いと思うよ。やっぱり自分勝手にルールを破るのって、()()()()()()()()()()()

 

光の者は答えを返す。

 

アマラの摂理というルールを破る事は悪いことだと。

 

濁った目をして哀願するように聞いた彼女の気持ちは裏切られた。

 

ルールを破って欲しかった気持ちは裏切られてしまった。

 

悪いことはするなと言われてしまった。

 

ならばもう、混沌の悪魔としては是非もない。

 

「……そう」

 

沈黙を終えたほむらは肩から手を離して上半身を起き上げてしまう。

 

左手を自分の左側頭部に結んだ赤いリボンの紐に近づけていく。

 

「なら、いずれ貴女は……()()()()()()かもね」

 

「えっ……?」

 

結んだ紐を解き、解かれたリボンをまどかの髪に近づけていく。

 

「でも構わない。それでも私は…貴女が幸せになれる世界を望むから」

 

まどかの両サイドをリボンで結び直す。

 

孤独の道を選び、自分に都合の良い存在の幸せを望むために()()()()()()直すのだ。

 

赤いリボン。

 

それはかつての世界で生きた鹿目まどかからの贈り物。

 

「ほむらちゃん…あ、あの…」

 

しばらく沈黙した後、寂しそうな笑顔を作りながら暁美ほむらはこう言った。

 

――やっぱり……貴女の方が似合うわね。

 

そこに立つのは、何処にでもいるありふれた人間の姿をした少女。

 

彼女こそが、ほむらが全てをかけてでも守り抜きたかった本物の鹿目まどかの姿。

 

たとえ敵になる日が訪れようとも、人間として生きたかっただろう鹿目まどかを守り抜く。

 

悪魔になっても忘れない。

 

交わした約束は、忘れることはなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そこは優しい世界。

 

人魚の魔女はもう、赤き魔法少女と共に海の底に沈む必要がない優しい世界。

 

二人は偽りの家族となって過ごすだろう。

 

もう杏子も犯罪を犯して生きる必要もなくなる。

 

お菓子の魔女はもう、寂しがり屋の魔法少女を傷つけて殺す必要がない優しい世界。

 

二人は偽りの姉妹のようになって過ごすだろう。

 

もうマミも寂しい思いをせずに済む。

 

女神となった少女はもう、愛する家族を置いて逝く必要がない優しい世界。

 

家族4人はこれからも末永く仲良くして暮らしていくだろう。

 

かつてあった光景のように。

 

優しさが溢れた世界。

 

そこは悪魔の産み出した銀の庭。

 

みんなが幸せになれる優しい世界だけど、その幸せを得られるのは悪魔以外の者達のみ。

 

悪魔が君に送る銀の庭。

 

そこは悪魔が幸せになる優しい庭ではなかった。

 

嫌われ者は去るだろう、幸福を得られた人々を見守りながら。

 

それでも悪魔は幸福だった。

 

やっと約束を果たせたのだから。

 

暁美ほむらはついに長い旅路を超えてやり遂げた。

 

これこそ彼女が望んだ…()()()()()()()であった。

 

……………。

 

その後、悪魔となった少女はどうなったのだろうか?

 

静まり返った夜空の下にその人物は存在している。

 

天に輝くのは半月の光。

 

見滝原を見通せる高台の一番上で、椅子に座る孤独なカラスとなった悪魔がいた。

 

ほむらが座る横は半月のように縦に真っ二つに引き裂かれた崖の光景。

 

何か大事なモノを失ったかのように半分が欠けた世界。

 

夜風に後ろ髪を靡かせるほむらは、見滝原という優しい庭を孤独に見守り続けるだろう。

 

これからも先も独りぼっちで。

 

不意に茂みの中から音が聞こえてくる。

 

「はっ!?」

 

何かを期待していたように後ろを慌てて振り返る仕草。

 

そこに潜んでいたモノは、見る価値もない存在だった。

 

期待しても無駄なのは分かっていても、人の心が失った何かを求めさせる。

 

悪魔もまた人間の心をもつ感情の生き物であったから。

 

迷いを払うように左手を翳し、身につけた菱形の宝石からダークオーブを産み出す。

 

彼女にあればいいモノ。

 

それは愛おしいまどかが人間として生きて良い運命の時間。

 

幸福に生きられる時間の砂が流れ落ちるまで、優しい番人は見守り続けるだろう。

 

季節外れのように降ってくる雪。

 

出会いの季節の春なのに寒い孤独な夜。

 

悪魔は踊る。

 

()()()()()()を踊り続ける。

 

愛しい人を閉じ込めたダークオーブと共に舞う姿を繰り返す。

 

「まだダメよ」

 

足元に転がっていたのは、汚らしい見る価値もないモノ。

 

悪だくみは出来ないだろう支配されたか弱い生き物は、ボロ雑巾のような毛並みとなっていた。

 

「何処にも行かないで」

 

もう迷いはない。

 

何が一番正しいのかは、誰かの中ではなく()()()()()()のだから。

 

1人の人間の幸福を願い、理不尽な運命に対し我儘を貫いた魔法少女の物語は終わった。

 

これにて、まどか☆マギカの物語は終劇となるだろう。

 

長い間見てくれてありがとう御座いました。

 

―――劇終―――

 

―――END―――

 

―――fin―――

 

―――the end―――

 

……………。

 

………………。

 

まどか☆マギカの物語は終劇を迎えた。

 

物語が終わりを迎えたのならば、新しい物語を始めよう。

 

ここから語るのは、神と悪魔が跋扈する世界の話となろう。

 

ここは神と悪魔が産まれた世界。

 

ならば同じ存在達がいるのは不思議ではない。

 

宇宙の死と再生の物語を越えた悪魔と同じ運命を背負い、同じ名で呼ばれるだろう悪魔との邂逅。

 

ついにその時を迎える事になったのだ。

 

悪魔となった暁美ほむらは巻き込まれていくだろう。

 

光と闇の終の戦争へと。

 

神々と悪魔達、そして魔法少女達の新たなる物語が始まる。

 

タイトルを名付けるならば、こう名付けよう。

 

『真・女神転生 Magica nocturne record』

 

――To be continued

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……あの小娘、やり遂げやがった」

 

ワルツを踊るほむらの姿。

 

その光景を高台の下から見ている人物達がいた。

 

二人は暁美ほむらから見えない位置で背を向けて立ち、彼女が超えた物語の結果を語り合う。

 

「かつてお前に渡した死と黄泉との鍵を彼女に与え、数々の試練を見てきた」

 

「俺達はそれを記憶に書き留めた。あいつは確かに、俺と同じく7を司る神と戦うに値する者だ」

 

物陰に立つ男は丘の上に視線を向ける。

 

ダークオーブと共に夜の世界を踊る少女の姿を見ているのか?

 

違う、彼女と共に舞うオーブを見ていたようだ。

 

「あれが…勇や千晶のような、コトワリ神となった人間を取り戻した証なのか?」

 

「どうだ?暁美ほむらには出来て、嘉嶋尚紀には出来なかった()()()()()()を見た気分は?」

 

黒いトレンチコートの中で握り込んでいた拳が震えていく。

 

「…それを俺に問うか、ルシファー?俺を()()()だと嘲笑いたいか?」

 

闇のフォーマルスーツを着た長身の男は首を振り、同じように後ろで踊る勝者の姿を見つめる姿。

 

「……行ってくれるか?」

 

彼の問いに答えるかのようにして、男は決意を込めた言葉を放つ。

 

「暁美ほむらの悪魔としての可能性…同じ運命を背負う俺も試してみたい」

 

「…それだけの理由か?」

 

黒のトレンチコートを着た人物の顔が歪んでいく。

 

慟哭にも似た感情と共に吐き捨てるのだ。

 

「あの小娘は…俺に違う可能性を示した。コトワリ神と殺し合うのではなく…救う道を」

 

「7つの試練における最後の役目…任せたぞ、人修羅」

 

もう一度だけ丘の上を見上げてみる。

 

その頃には、暁美ほむらの姿が半分に割れた高台の上から身投げし終えていたようだ。

 

気にも留めず彼も歩き始める。

 

最後の試練を与える者として。

 

闇のフォーマルスーツを着たルシファーは、見送りながらもポケットに手を入れる。

 

煙草を取り出し、咥えた煙草に右手の人差し指と中指から小さな火を灯して火を点けた。

 

紫煙が舞う雪の夜空。

 

口元から低い笑い声が響いていく。

 

「尚紀…暁美ほむらが鹿目まどかを救う瞬間を見たお前の顔つきは……最高だったよ」

 

叛逆の物語上映会。

 

意識だけを連れ込まれて見せつけられた人修羅として生きる者。

 

覗き窓の1つからコトワリ神と成り果てた親友をほむらが救った瞬間を見た彼は…絶叫した。

 

言葉にならない声を叫び、大声で喚き散らしながら泣き続けた。

 

自分には出来なかった事をやり遂げた者を見る、涙で歪みきった顔。

 

叫び続ける尚紀の意識が生み出した表情をルシファーは知っている。

 

コトワリ神となり果てた親友を救えなかった無力な自分への怒り。

 

道を違えた親友をその手で殺す結末しか得られなかった悲しみ。

 

自分には出来なくて、他の人は救えた結末への嫉妬。

 

あらゆる感情が爆発し、理性無き感情の奔流を叫び狂い、嘆き、苦しみに塗れた表情。

 

…ルシファーにとっては最高の()()()であった。

 

「2人の人修羅…ついに邂逅か。暁の子よ、今からお前の元に現れる存在とは…炎を運ぶ者だ」

 

かつて一つの宇宙を死滅させる伝説を築き上げた混沌の悪魔。

 

もはやその存在は、大魔王と呼ばれた悪魔と肩を並べる程にまで成長を遂げている。

 

「尚紀はお前を本気で殺しにかかるだろう。あの男の感情を受け止めきってみせろ」

 

――どうか、生き残って欲しい。

 

――私を失望させないでくれ…新たなる黒き希望よ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

あれから幾日かが過ぎた夜。

 

幼い少女の幸せな夢の世界を見守る番人は、見滝原を見渡せる丘の上で今日も座っていた。

 

静かに目を瞑り、まどかが歌うだろう人生を生きる喜びの歌に耳を傾けながら。

 

「これこそ私が求めていた結末。でも、概念存在になった私だからこそ…他の宇宙も見えた」

 

そこは円環のコトワリにさえ、アマラ宇宙を滅ぼしかねないと危惧された異端の宇宙。

 

アマラではなく、レコードとしてその宇宙を語るならば…こう呼ばれるだろう。

 

()()()()()()()宇宙と。

 

その世界には魔法少女になってしまった鹿目まどかと、その子を救う別のほむらの姿があった。

 

かつて世界が再変された時に、その世界の記憶を覗いた事があったようだ。

 

しかしほむらは別の可能性が眠る世界を拒絶し、魔獣世界を生きる道を選んだ。

 

「私はまどかを魔法少女にさせている、違う可能性の私が許せない」

 

彼女は疑問に思う、何故あんな宇宙が生み出されてしまったのかを。

 

まるで唯一神の気まぐれかのような世界。

 

その可能性を生み出したのは神の気まぐれか?

 

あるいは、その宇宙で生きる1人の少女がもたらした可能性か?

 

他の世界の人物とはいえ苦しみと悲しみに塗れた魔法少女の世界に身を置く者。

 

鹿目まどかを魔法少女にさせている他の宇宙の現実を許すことが出来ない様子。

 

可能であるならば今すぐ乗り込んでいってまどかを救いたいと考えてしまう。

 

それでも、それが許されない現実問題を抱えていたようだ。

 

「今の私に出来る事は…円環のコトワリ神であるアラディアに警戒を続けていくしかないわね」

 

左手からダークオーブを出現させ、オーブが周囲を舞う光景が続く。

 

「別の可能性…あの宇宙の暁美ほむらは、どんな可能性をまどかに示すというのかしら?」

 

違う自分の可能性に思いを馳せていた時だった。

 

<<別の可能性か。それはお前自身もまた…俺に示してくれたぜ>>

 

全身に鳥肌が立つほどの恐怖を感じさせる声。

 

6つの試練で経験してきた逃れられない死の気配…どころではない。

 

もはや死が約束されている程の圧倒的なまでの絶望を感じさせる気配を背後から感じていた。

 

「よぉ、会えて嬉しいぜ…小娘。お前もそう思うだろ?」

 

椅子から立ち上がり、直様後ろを振り向く。

 

そこに立っていたのは黒衣の男の姿。

 

ウィザードローブのような黒いジャケットコートを纏い、パーカーを目深く被り顔は見えない。

 

その姿はまるで黙示録の四騎士を思わせるだろう死を司る死神であり、最後の魔人。

 

「その声…白い夢の世界で聞いたわ。お前があの……」

 

魂を射抜く程の恐ろしい視線を向けられていたが、男の視線が椅子の隣側に向けられる。

 

「自己完結の道を選びながらも、愛する人という都合の良い存在を必要とするか?」

 

「……何が言いたいの?」

 

「酷い矛盾を抱えたお前の本心はまるで…ムスビのコトワリを開いた勇のようだ」

 

そこに置かれていたのは、彼女の心が用意させてしまった望んではならないだろう椅子。

 

愛する人と仲間がいつか迎えに来てくれて、孤独な自分を救ってくれるという願いが籠もった形。

 

「7つの試練…お前が最後の魔人というわけね……人修羅」

 

「その通り名はいずれお前のモノにもなるだろう」

 

「……………」

 

「最もそれは俺かお前か、どちらかが生き残った者にのみ周りが与えるだろう通り名に過ぎない」

 

黒いパーカーの内側で金色の瞳が輝く。

 

パーカーが首裏の角によって跳ね上げられ、悪魔の素顔を曝け出す。

 

「発光する入れ墨の顔…でも髪の毛が黒い……お前は一体何者なの!?」

 

「答え合わせなら、俺達が戦うに相応しい舞台で教えてやるよ」

 

右手を水平にしながら指差す方角。

 

そこに置かれていたのは、世界の深層と繋がり世界の情報や巨大な力を引き出せる()()()()()()

 

「俺達を導け…悪魔と悪魔の極限の戦いを行うに相応しい世界へ」

 

目の前にいる少女は魔法少女ではなくなり、悪魔となった者。

 

ならば魔法少女として扱う必要などないだろう。

 

かつての世界と同じことをすればいい。

 

世界の死と再生をかけた蠱毒の如き地獄で繰り返された悪魔同士の殺し合いが始まるのだ。

 

発光しながらマニ車のように回転を始める転輪鼓。

 

周囲に放電を放ち始める現象を見て、驚愕したまま口を開く。

 

「私を何処に連れて行く気なの!?」

 

「アマラ経路。その先にある…ルシファーが産み出した()()()だ」

 

「何ですって!?」

 

アマラ経路の道が開き、2人の体は経路の道に引きずり込まれていく。

 

光を超える程の速さで回廊の世界を曲がりくねりながら流されていく。

 

アマラ地図の世界、多次元宇宙を超えていくのだ。

 

その果てに小さくあるだろう…作られたばかりの世界へと、2人は導かれていった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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74話 人修羅

創世記 第一章。

 

はじめに神は天と地とを創造された。

 

地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。

 

神は光あれと言われた。

 

すると光があった。

 

神はその光を見て、良しとされた。

 

神はその光と闇とを分けられた。

 

神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた。

 

夕となり、また朝となった。

 

第一日である。

 

……………。

 

光の子が行った天地創造の宇宙が広がっている。

 

ここは光の子が産み出した大いなる神のマネごと世界。

 

かつて偉大なる唯一神と並ぶだろうと讃えられし光の子がもたらした光景であった。

 

光の天使長ルシフェルと呼ばれた魔界の主人。

 

唯一神が天地創造を行った6日間のうち4日分までをマネる事が出来たが、それが限界だった。

 

産まれたばかりで膨張さえ始まっていない小さな宇宙には、生命が存在していない。

 

星々や自然があっても、そこに生きる動物や人間の姿は何処にも見当たらなかった。

 

そんな小さな宇宙の太陽系の星にある蒼き星に今、暁美ほむらは立っている。

 

「ここは…何処の世界なの……?」

 

大自然に覆われた光景はまるで聖書に描かれしエデンの園の如き光景。

 

しかし人類文明の痕跡も、動物の息遣いさえ見つからない。

 

エデンの園。

 

それはアダムとエヴァという最初の男と女が産まれ地。

 

神に飼われる羊のように暮らした場所。

 

ならそこにはあるはずだ。

 

善悪の知識を知るだろう、禁断の果実の形をした実がなる木が。

 

「古き蛇に誑かされた女。その女は男にも善悪を知る林檎を与え、2人は楽園を追放された」

 

森の中から現れる人修羅の姿。

 

左手には林檎が握り締められているようだが…。

 

「男の俺も、女のお前も、共に呪われた罪人。未来永劫…楽園の園に踏み込む事は許されない」

 

旧約聖書の創世記。

 

原初の人間として描かれたアダムとエヴァの物語。

 

2人は善悪の知識の実を食べ、互いが裸であったことを恥ずかしいと感じる感情に目覚める。

 

男と女は羊のようにモノを考える力を失った家畜ではなくなった。

 

それは唯一神を激怒させる事となるだろう。

 

大いなる神は己の敷いた摂理に従順に従う家畜しか欲しがらないからだ。

 

「男と女と蛇に向けて、唯一神はこう言ったのさ…()()()と」

 

男は労働の苦しみに悶え苦しめ。

 

女は産みの苦しみに悶え苦しめ。

 

蛇は地に堕ちて悶え苦しめ。

 

蛇は最初の女をたぶらかした。

 

自分たち悪魔と同じく、善悪を考える感情を与えたかったようだ。

 

思えばそれも、後の世界構造へと繋がるかもしれない。

 

感情を持つ人間が生まれるからこそ、宇宙を温める感情エネルギーを生み出せる。

 

人間に知恵を授けた蛇と呼ばれしルシファーは唯一神から利用されただけなのだろうか?

 

「蛇…それは悪魔と呼ばれるわ。悪魔が感情を持ち、人間もまた感情を持ったのなら…」

 

「そうだ。人間もまた悪魔と同じとなり、人間から産み出された魔法少女達も同じとなる」

 

「だからこそ、唯一神は人類と悪魔を苦しめてきたのね……」

 

魔法少女を宇宙の熱エネルギーのために絶望させる。

 

人間には終わりのない善悪の戦いを強いる。

 

悪魔は地獄の底で永遠に焼かれ、氷漬けにされる。

 

「これが俺たち悪魔がぶっ潰してやりたい存在だ。唯一神は理不尽極まった()()()()()なんだよ」

 

「それがユダヤ・イスラム・キリスト教の神…信徒が絶対に見ようとしない神の理不尽…」

 

「聖書も深く読めば残酷なことだらけさ」

 

酔っ払いが孫を呪う。

 

クズ共を引き連れて恐喝する。

 

聖絶という名の大虐殺を行う。

 

「そんなヘブライ民族共が崇める神ならば、理不尽な存在だってのも頷けるだろ?」

 

「私に神学を学ばせたのも…ヘブライの神の残酷さを、悪魔達は私に伝えたかったのね」

 

人修羅は左手の林檎を投げ、彼女はそれを右手で掴む。

 

「食えよ、お前は善悪を知った。そして俺も食った、善悪を知っているから」

 

「……………」

 

「杏子が大事な仲間に送った林檎も…生き残れたらちゃんと受け取ってやれ」

 

彼女は受け取った林檎を見つめてしまう。

 

魔人との戦いのせいで命を落としてしまった大切な仲間の顔が浮かんでしまう。

 

魔法少女の使命とは関係ない戦いに巻き込まれた者達の無念を思い、苦悶の表情となる。

 

彼女は何も言わずに林檎を少しだけ齧ったようだ。

 

「善悪の知識の実が…俺達にとっては最後の晩餐となるかもな」

 

「…始めましょうか。私とお前、どちらかが死ぬまで戦うだろう…最後の試練を」

 

「始めよう。俺達のどちらかが死ぬまで続く…()()()()を」

 

人修羅は纏う黒衣を掴んで投げ捨てる。

 

上半身に浮かんだ発光する入れ墨が脈動するように輝きを増す。

 

全身から吹き上がるのは極大の魔力。

 

向かい合う者は齧った林檎を投げ捨てる。

 

ほむらもまた逃れられない最後の試練を超えるために力を示す。

 

覚悟を示す者に聞こえてきたのは、試練を与えてきた時の翁の声。

 

<恐れるな。相手が大魔王と並びし混沌王と呼ばれし者であろうとも、お前さんには関係ない>

 

<私はまどかを守る番人。私が死ぬという事は…まどかもまたこの世から連れ去られて死ぬ>

 

<お前さんの死は許されん。全ての試練を超えてきた力を用いて…あの悪魔を乗り越えよ>

 

<お前もまどかを守る盾よ。見物料は高いわ…お前の力を貸しなさい!>

 

<言われるまでもない!時間神としての我が力を余すことなく使うがいい!!>

 

左腕に現れ出た魔法の盾。

 

左手の甲を向けながら盾を人修羅に向けて構える姿。

 

人修羅もまた右掌をほむらに向けて構える姿となる。

 

互いの手から産み出されたのは宙に浮かぶダークオーブとマガタマ。

 

互いが死を賭して殺し合う覚悟を示す言葉が放たれた。

 

「……行きましょう、まどか、クロノス」

 

「行くぞ、マロガレ、マサカドゥス……そしてスパーダ」

 

互いにそれらを飲み込む動きを見せる。

 

今こそ2人は極限の力を開放するだろう。

 

炎を運ぶ者と呼ばれし者と、暁の子と呼ばれし者との戦い。

 

ラテン語でルシファーを表す名を持つ両名の死闘が始まるのだ。

 

この作られた新宇宙さえも揺るがす程の壮絶な戦いとなるだろう。

 

極限の神域に至る程の悪魔達の殺し合いが始まってしまったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

互いが本気の魔力を開放した余波は衝撃波となり、楽園の世界は焦土と化す。

 

関東一円規模が丸裸のように焦土となった地上の光景よりも空、天を見ろ。

 

互いの魔力が拮抗して弾け合い莫大な上昇気流を生み、積乱雲に覆われた天の空。

 

木漏れ陽が所々より光を地上に与える神々しい天空の世界に、二体の悪魔の姿があった。

 

漆黒のドレスを纏い、骨で出来たカラスの翼を羽ばたかせた姿。

 

左腕に魔法の盾と弓を持つのは悪魔と化したほむらである。

 

彼女よりも上の高さで見下ろす恐ろしき存在。

 

外側の翼を羽ばたかせ、内側の翼を縦に広げて腕を組むのは人修羅の姿。

 

頭の髪の毛は白髪となり、不敵な笑みを浮かべる。

 

その口元の歯は剣の先端のように刺々しく、まるで黙示録の獣のような顔つき。

 

「4枚翼と白髪…その姿が白い夢の世界で私に見せた、お前に隠された本当の姿だったのね」

 

「お互いに力の出し惜しみは必要ない。この宇宙には生命が存在していないのだからな」

 

「あら、そう。なら私も悪魔となったこの力…どれほど高まったのかを試してみるわ」

 

「フッ、けっこうギラギラしてきたな。分かるぜ、楽しいんだろ?」

 

――俺もそうだからな!!

 

線香花火のように金色の瞳が一瞬光り、流線となって後方に流れたのが一瞬見える。

 

ほむらは左腕を掲げて魔法の盾を展開…。

 

「ぐっ!!!」

 

右フックを左頬に受け、高速で地上にまで叩き落されていく。

 

体勢を立て直し、骨で出来たカラスの翼を羽ばたかせて地上に激突するのを間一髪で防ぐ。

 

だがそこには既に敵の姿。

 

人修羅の背中が鈍化した世界の中で瞳の中に映っていた。

 

「ああっ!!!」

 

後ろ向きの右裏拳を喰らい、高速で弾き飛ばされていく。

 

彼女は丸裸となった山に叩きつけられ巨大クレーターを産み出すのだ。

 

「私の全身を覆う防御結界が…貫かれる!?」

 

悪魔と化したほむらの魔力は既に高位神域にまで高められている。

 

魔法少女達では傷一つつけられないだろう守りを得た筈なのに全く役に立たない。

 

眼前から迫りくるのは無数の空圧を放つ拳の乱打。

 

人修羅は歩きながら右拳を高速で放つ。

 

無数の拳打を放つ流線しか見えない神速によって放たれるおびただしい数の空圧拳だ。

 

カラスの翼を羽ばたかせて空に舞い避けたが、大きな山は無数の空圧拳で完全に破壊されていく。

 

<何ということだ…あの神速ではワシの時間停止が発動するよりも先に攻撃を貰うぞ>

 

<あの悪魔の力は何なの!?私の魔力の守りが何の役にも立たない!!>

 

<あれがお前さんに与えられた閣下の力と同じ力を持つ、全ての神と悪魔を貫く闇の覇王じゃ>

 

<全ての神と悪魔を貫く力…?>

 

<それはお前さんにも与えられた。あの男を覆うマサカドゥスの守りを貫けるのはお前さんのみ>

 

接近戦では勝ち目がないと判断する。

 

遠距離戦に持ち込もうと骨の翼から魔力を後方に放出し、紫に輝く翼と化す。

 

魔力の放射現象によって光る翼と化したほむらは一気に推進力で距離を離そうとするのだが…。

 

「悪魔の肉体を手に入れてタフになったようだな。その分、長く苦しむ」

 

魔法少女のほむらなら最初の一撃で赤い霧となっていただろうが、彼女は生きている。

 

彼女の強くなった力を認め、好敵手として称賛するのは追跡してくる悪魔の姿。

 

人修羅もまた後方から神速の速度で空を飛翔しながら迫りくる。

 

内側の両翼を縦に広げながら後方に向け魔力を放出。

 

深碧に輝く翼の推進力を最大に発揮してくる追跡者は天を駆け抜ける。

 

「仕掛けさせてもらおうか」

 

外側の両翼を前に畳み、水平飛行中に体勢をロール飛行に移らせる。

 

両翼を広げると同時に全身から放たれたのは、全身から魔力の光弾を放つゼロス・ビート。

 

おびただしい数の魔弾の豪雨が容赦なく前方の空を飛ぶほむらに迫りくる光景。

 

飛行しながら目視し、一気にループ上昇を行う。

 

曲技飛行を用いながら追尾してくる魔弾を相手に回避運動を繰り返すのだが…。

 

「え…?」

 

天空から迫りくる魔力に気が付き上空に視線を向ける。

 

空に僅かな黒い点が見えた瞬間、それは彼女の眼前にまで迫っていた。

 

「ハァッッ!!!」

 

獲物を空で狩る際に鷹が見せる動きと似ている光景。

 

翼を畳みながら体の面積を小さくして接近。

 

接敵の瞬間に翼を広げて相手を威圧し、獲物を絡み捕る足の一撃を放つ。

 

それを再現した光景はまさにイーグルキックだった。

 

「くっ!!!」

 

猛烈な蹴りを天空から受けた彼女は地上に叩きつけられそうになる。

 

だが、前に体を回転させて大地を大きく砕きながらどうにか着地。

 

「お返しよ!!」

 

相手の追撃を許すまいと空に向けて弓を構える。

 

魔法少女の頃のように溜めを必要とせず、一瞬で描かれた大魔法行使の魔法陣に光の矢を放つ。

 

魔法陣を超えた矢は燃え上がる無数のカラスに変化していく。

 

矢の雨が空にいる人修羅に向けて襲いかかるのだが、迎え撃つ彼は笑みを見せるのだ。

 

「俺も返させてもらおうか!!」

 

両腕を抱え込むような姿勢。

 

大きな光球が体の前に産み出されていく。

 

生み出した光球に向け、態勢の一回転反動を利用した踵蹴りを打ち込む。

 

砕け散った光球から産み出された無数の魔弾の一撃こそ『鬼神楽』と呼ばれる魔法攻撃。

 

迫りくる無数の矢の雨とぶつかり合い、次々と光の爆発現象が起こっていく。

 

互いの力が拮抗した瞬間、周囲に違和感を彼は感じるのだ。

 

「はっ!!?」

 

一瞬感じたのは、4次元を司る時間の流れに対する違和感。

 

かつての世界において、運命と時間を司る女神モイライ三姉妹と戦った事がある人修羅。

 

だからこそ時間に干渉する魔法行使の瞬間を感じ取れたようだ。

 

静止する世界。

 

止まった人修羅の眼前には、無数の魔弾と矢がぶつかりあった光のみが映る。

 

時が動き出した瞬間、人修羅の目前まで迫ってきていたのは、燃え上がる巨大カラス。

 

渾身の一矢が目の前の敵を焼き尽くさんと迫りくる光景だ。

 

「チィッッ!!!」

 

炎を纏う巨大カラスの両翼に包み込まれるようにして、矢の一撃が直撃。

 

空の上で燃え上がりながら地面に向けて落下していく。

 

激しく地上を砕きながら墜落した人修羅に視線を移すが、ほむらの顔は鬼気迫る表情。

 

「あの一瞬で…なんて奴なの……」

 

地上で燃え上がる悪魔の姿。

 

だが、その姿は何かを体の前に覆い被せているように見える。

 

次の瞬間、盾として使った外側の両翼が開く。

 

燃え上がる体の業火は風を纏いて全て掻き消す姿。

 

「……俺のマサカドゥスの守りを貫くか」

 

外側の両翼は焼けただれ、上半身も火傷のような傷を所々負っている。

 

彼女の一撃の重さが分かる光景だ。

 

「それでこそ!!俺と同じく死の試練を超えて産み出された、新たなる人修羅の力だ!!」

 

「その名で私を呼ばないで!!私は混沌の悪魔達の黒き希望になったつもりはない!!」

 

「フッ…通り名なんぞ、俺達の戦いにはどうでもよかったな!!」

 

左腕を水平に下ろし、右腕を胸元に構える。

 

腰を落とし半歩開きながら震脚の踏み込みを地面に放つ。

 

「なっ!!?」

 

まだ繋がりあった大陸全土を揺るがす程の地響きが地球から放たれる光景。

 

踏み込んだ足元の前方には、地平線の彼方まで伸びる大クレバスの如き引き裂かれた割れ目。

 

これこそが、本気の力を示す修羅の構え。

 

「接近戦が苦手のようだが…俺は容赦しないぞ、暁美ほむら」

 

「私は死なない…まどかを守る者として!ここでこの命、終わらせるわけにはいかない!!」

 

「砕く…止めても無駄だぁ!!!」

 

制約無き世界で人修羅は見せるだろう。

 

東京の浮島で見せた次元を超える悪魔の拳舞を。

 

臆することなく落ち着いた顔をしたほむらは、目の前の修羅の拳に対し弓を構えたのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

荒れ狂う空から雷槌が無数に落ちる光景。

 

大地も互いの魔力放出がぶつかり合い、大地の岩盤を粉砕しながら巻き上げていく極限空間。

 

先手として見せたのは、人修羅が魔眼の魔法を使う際に見られる瞬膜。

 

原色の舞踏と呼ばれる幻惑魔法によって、ほむらの五感は狂わされるはずだが…。

 

「人々を惑わす者である私に、幻惑魔法は効かないわ!!」

 

反撃の時間停止。

 

時が動き出した世界の眼前から迫るのは、複数の速射された矢。

 

放たれた矢の一撃は迷いなく人修羅に向けて撃ち込まれる角度。

 

精神操作魔法を無効化する悪魔の耐性によって原色の舞踏が無効化されたためだ。

 

「小手先の魔法は効かないか…上等だ!!」

 

鈍化した世界。

 

次々と飛来してくる矢の光景は、格闘技で言えば直線突きの一撃とも言える。

 

ならば最短距離で矢の一撃を五体をもって制御することも聴勁に優れる人修羅にならば可能。

 

トラッピング・レンジ内に入り込む矢を次々と手首、肘、膝、足を神速で繰り出して弾き続ける。

 

「行くぞッッ!!」

 

全ての矢を打ち払った瞬間、大地を踏み砕く踏み込みを放つ。

 

舞い上がる岩を超え、一足飛びで反撃に転じる動き。

 

眼前に迫る矢の一撃を左腕で弾いていく。

 

速射の二撃目、三、四、五…十八もの矢を次々と弾きながら突き進む。

 

次の矢が放たれるよりも先に眼前に飛び込み、左腕が弓を持つ彼女の手首に触れる。

 

2人の構えが奇しくも推手と似た形となってしまう。

 

この間合いならば、人修羅にとっては独壇場の間合いである。

 

相手の体は既に矢を放つ射線の外側。

 

絡みつくように人修羅の左手が彼女の左腕を掴む。

 

「モイラ共も時間操作魔法を使ってきた。この魔法を打ち破る方法の説明はいらねぇな?」

 

踏み込み右肘を左胸に打つ。

 

「ぐっ!?」

 

右手に生み出す魔力の矢を用いた突きを打つが、彼は右手で掴み逆関節を決める。

 

痛みで片膝をついた彼女の腹部に右膝蹴り。

 

右腕を掴んだまま立たせ右手首の関節を捻じり、体勢が崩れた相手に右肘を顔面に放つ。

 

「ぐふっ!!」

 

尚も止まらぬ擒拿術(きんなじゅつ)の連撃。

 

掴んだ右腕の内側に抱え込むように右肘を差し込み絡めとる動き。

 

背後から右肘を捩じり上げ、後ろから彼女の首を右爪で掴み上げた。

 

「アァァァァーーーーッ!!!」

 

逆関節を極められた痛みに悶絶する姿を見ながら背後の悪魔が声をかけてくる。

 

「痛いか?石ころでなくなった証拠だ。外側の魂は悪魔の肉体に収められ、痛みを取り戻せたな」

 

体勢が崩れたままでは左手で相手の髪を掴む動作も出来ない。

 

攻撃の中に防御がある陰陽一体の技法こそが中国拳法だ。

 

絡めた右手を解き、一気に右手の肘関節に重みをかける。

 

「あがっ!!?」

 

鈍い音が響き渡る。

 

痛みの叫び声を上げる前には既に右回し蹴りが顔面にクリーンヒット。

 

鈍化した世界。

 

顔面から血飛沫が飛ぶ光景が続くが、ほむらの目は開かれたまま。

 

左手に握られていた弓は握りを裏返している。

 

莫大な魔力で切断力が増した弦が光り輝く。

 

弦の切断力を用いた上で、拘束された自身の右腕を躊躇いなく切断するのだ。

 

刹那、時間停止。

 

「ぐはぁ!!?」

 

時が動き出した世界。

 

人修羅の右側頭部には、捨て身のほむらが放った後ろ回し蹴りが決まり終えている。

 

弾き飛ばされた彼は大地に激しくぶつかりながらバウンドし、大クレバスに転落していった。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!!」

 

右腕の切断面からはおびただしい流血が噴き出し、呼吸も荒い。

 

魔法少女の時とは比べ物にならない程の激しい痛みによって表情も歪む。

 

それでも暁美ほむらの心は折れない。

 

「痛みに囚われる……必要はないわ!!」

 

彼女の心は、それよりも大事なものを守りたいと叫び続けている。

 

精神が痛みを凌駕するとは今の彼女のような姿なのだろう。

 

全身から魔力を放出し、魔法少女の時のように回復に専念する。

 

骨折と切断した右腕が復元するように元に戻っていく。

 

「回復魔法の力も高まっているのね…これならばまだ戦えるわ」

 

安堵していた時、大地が地響きを起こしながら激しく波打つ。

 

彼女の周りの空気の温度が焼け付くように高まっていく。

 

「これは……まさかッッ!!?」

 

大地の底から何が登ってきているのか直感で判断した彼女は光の翼を生み出し、一気に上昇。

 

大地の底から巨大な火柱を空に撃ち上げたのはマグマ・アクシスの一撃。

 

僅かなタイミングのズレで当たらなかったようだが、直撃すれば無事では済まなかったろう。

 

マグマで焼かれたように焦げ付く大穴の中から神速で飛翔しながら迫りくる者が叫ぶ。

 

「暁美ほむらぁぁぁーーッッ!!!」

 

「人修羅ぁぁぁーーッッ!!!」

 

ほむらは弓に弦を産み出し、片足を弓にかけながら力強く弦を引き絞る。

 

並ぶように出現した複数の矢が同時に放たれ、扇状に分裂を繰り返し広がりながら敵を迎え討つ。

 

対する人修羅は右足に魔力を集中させる動き。

 

放電現象を起こしながら魔力を込めた右後ろ回し蹴りを放つ。

 

蹴り足から無数に放たれたのは、『ジャベリンレイン』と呼ばれる魔弾の魔法攻撃。

 

互いの弾と矢が激しくぶつかり合い光の爆発現象を繰り返す天空の光景。

 

戦いは熾烈さを増し、紫の流星と深碧の流星が荒れ狂うように光速で激しく飛び交う。

 

宇宙から見れば、地球の表面で光の大爆発が絶え間なく起こっているように見えるだろう。

 

並走しながら飛行し、弓の速射を外側の翼を盾にしながら防ぎつつ破邪の光弾を撃ち続ける。

 

これ程の強敵を相手にしながらも、人修羅の口元には笑みが浮かんでいた。

 

「不思議だな!お前の弓の技術を見ていると、ホワイトライダーとダブって見える!!」

 

「あの魔人は私を鍛えた!私の中にはあの弓兵の技術が生きている!!」

 

「お前の中にホワイトライダーの王冠も宿ったな!孤独に世界を支配する女王ってわけかよ!」

 

「魔法少女の世界は理不尽過ぎた!!誰かが理不尽を征服してでも幸福にするしかないわ!!」

 

「それがお前か!()()()()()()()()()()…反キリストの悪魔ぁぁーーッッ!!」

 

人修羅の両腕に纏うのは、風魔法と雷魔法。

 

両腕をクロスさせるようにして振り抜く動き。

 

地上から巻き上がる複数の竜巻と空中で巻き起こる雷が拡散しながらスパーク現象を生み出す。

 

複数の竜巻と雷がぶつかり合い産み出されたのは巨大ハリケーン。

 

「くぅッッ!!」

 

ハリケーン中央で雷と風の魔法攻撃を受けるが、防御結界を張り巡らせ抵抗し続けるほむらの姿。

 

だが、ワルプルギスの夜を超える規模の竜巻の中で動きが止まってしまう。

 

その隙きを見逃す人修羅ではない。

 

既に彼の姿は空を超え、宇宙にまで辿り着いている。

 

地球表面に出現した巨大ハリケーン中央に放つ一撃を魔眼の中に生み出し終えていた。

 

(受けてみろ…この一撃を!!)

 

螺旋を描く天の叢雲に放つ一撃。

 

それは国産みの剣に匹敵する一撃となるだろう螺旋の蛇。

 

ほむらは天空から膨大な魔力が集中するのを感じ取る。

 

渾身の一矢を持って巨大ハリケーンに大穴を開け、時間停止を用いて穴の中から脱出。

 

すれ違いに天から降り注ぐ一撃がハリケーン中央に撃ち込まれる。

 

螺旋の蛇の一撃の力ならば()()()()()となろう。

 

空を逃げる者を追うようにして地球表面をなぞりながら首を動かし、薙ぎ払う。

 

神も悪魔も撃ち貫く力ならば出来るだろう…星を貫通することも。

 

星の球体半分を乖離させられた地球内部から巨大な熱が爆発していく。

 

星の中心核が破壊され、星の消滅現象が起きようとしているのだ。

 

「なんて…力なの……」

 

大乖離によって地球が引き裂かれた恐ろしい光景。

 

地球の中心部を超えた超巨大クレバスに目を向けていた彼女であったが、迂闊だった。

 

天空から光速で迫りくる4枚翼の影。

 

「もう逃げ場なんてねぇぜ小娘!さぁ…どうする!!」

 

天から神速で襲いかかる存在を見上げる頃には突撃の一撃で顔を掴まれ終えている。

 

「キャァァーーーッッ!!?」

 

4枚翼から魔力を後方に噴出しながらさらに加速。

 

一気に星の中心世界にまでほむらを押し込んでいく圧倒的な光景。

 

この戦いはもはや星1つ程度では済まないだろう。

 

これこそが極限の神域バトルであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

地殻。

 

上部マントル。

 

マントル遷移層。

 

下部マントルと地球内部層へと押し込まれていくほむらの姿。

 

周りの表層の断面部位からもおびただしい地殻岩石が崩れ、無数に落下を繰り返し続ける世界。

 

「離しなさい!!」

 

顔を掴んでいる右腕を両手で掴み、両足で人修羅の体を蟹挟みで拘束。

 

両翼を羽ばたかせた大回転を繰り返し、反動を使って人修羅を下部に向けて投げ捨てる。

 

落下する巨大岩石表面に着地と同時に外側の両翼を羽ばたかせる跳躍移動。

 

上から降り注ぐ無数のカラスの矢によって岩石地上は破壊された。

 

「かつて…世界と人間が滅び、悪魔達が徘徊するボルテクス界が宇宙の何処かに産まれた」

 

互いの光の翼の推進力によって描かれし絡み合う流星。

 

乱れ飛びながら互いの力を撃ち合い続ける。

 

「俺は悪魔に転生し…蠱毒の如き地獄を生きた。大いなる神が作った…死と再生の転生世界を」

 

互いの魔力放射のぶつかり合いの閃光。

 

既に体感温度は極限にまで熱せられた赤き世界。

 

「俺と同じ様に2人の友達と恩師も、その世界に放り出された。俺は…その人達を救いたかった」

 

地球内部の熱エネルギー爆発によって、丸い地球の一部がついに大きく崩れて分離を始める。

 

「だが俺は誰も守れなかった。悪魔の力を高めようが……誰も守れなかったッ!!」

 

互いが地殻岩石に着地し、踏み砕きながら互いに跳躍。

 

人修羅の右手から極限の魔力を放出して生み出される光剣の一撃。

 

「勇も千晶も鹿目まどかと同じく、コトワリの神という化け物になった!!」

 

迎え撃つ彼女は同じく極限の魔力を放出して生み出す魔力の弦で受け止める。

 

「祐子先生はコトワリの神にもなれずに虚無の彼方に消えた!!俺の目の前でッッ!!」

 

「人修羅……あなた……」

 

左手からも光剣を生み出し、翼を羽ばたかせながら体を横倒しに高速回転。

 

連続大回転斬りを浴びせ続けながら彼女を叩き落とし続けていく。

 

2人が落下していく。

 

既にそこは地球中心核の外核だ。

 

右手の光剣の一撃が振り落とされる。

 

受け止め続けようとしたがフェイントだった。

 

鈍化した世界。

 

横倒しに回転した姿勢のまま、ほむらの胸部に飛び蹴りの一撃。

 

「ぐふっ!!」

 

落下中の巨大岩石地上に叩き落とされた周囲を、極大の熱風吹き荒れる竜巻魔法が覆いつくす。

 

「見せてやる!!」

 

燃え上がる赤き旋風の世界に人修羅が飛び込む。

 

突起した岩石部位に叩きつけられた彼女の前に立ち、慟哭ともいえるだろう雄叫びを上げた。

 

「これが人修羅なんて大層な名で呼ばれようが…守りたかった人達を誰も守れなかった…!!」

 

―――弱い自分が、許せなかった。

 

()()()の力だぁぁぁーーッッ!!!!」

 

開いた両手を頭上まで掲げていき、顔の前で交差する構え。

 

両腕を脇に振り抜き引き絞る動作。

 

両拳を握り込み、4枚翼を大きく広げる。

 

極限の魔力が吹き上がる世界。

 

振るわれるは悪魔の乱舞。

 

「でやぁぁぁぁぁーーーッッッ!!!!」

 

一撃の拳。

 

砕かれた岩石。

 

弾き飛ばされたほむらに尚も迫る拳の嵐。

 

ストレート。

 

フックパンチ。

 

裏拳。

 

ボディブロー。

 

肘打ち。

 

膝蹴り。

 

掴み投げ。

 

アッパーと次々と放つ。

 

赤き業火の世界に浮かび上がるのは、涙に濡れた悪魔の黒い影。

 

「おおおおおぉぉぉーーーッッ!!!!」

 

崩拳。

 

鉄山靠。

 

連環腿。

 

旋風脚。

 

側踢腿。

 

無影脚。

 

通天砲と次々と放ち続ける。

 

赤き業火の世界に浮かび上がる、涙に濡れた人間の黒い影。

 

赤き旋風の業火世界。

 

光速で移動を繰り返す。

 

乱舞。

 

乱舞。

 

悪魔であり人間の叫び。

 

「終わらせてやるぅぅーーーッッ!!!!」

 

ボロボロの姿で宙を舞う相手の顎に目掛けて放たれるのは、サマーソルトキックの一撃。

 

「がふぅ!!!」

 

ほむらは全身を大回転させ勢いよく上昇し、上部マントル層まで叩き上げられてしまう。

 

地球の中心核から吹き上がるのは、彼女を追う巨大熱エネルギー。

 

その中より現れ出たのは…黒きドラゴン。

 

静止した一瞬の世界。

 

俯向け姿勢のほむらに決まった一撃とは、ドラゴンキック。

 

登る。

 

昇る。

 

流線を描き天に昇る。

 

深碧の光を放つのは黒き昇り龍。

 

成層圏を超え、宇宙を超え、燃えながら向かう先とは月の方角。

 

月の表面に向けて一気に蹴り込まれる光景。

 

月の大部分を占める程の巨大陥没が広がっていった。

 

地殻を砕き、月の中心核にまで蹴り込まれたほむらの姿は見えない。

 

翼を羽ばたかせて彼女を見下ろすのは、極限の乱舞を放ち終えた人修羅の姿。

 

<ハァ…ハァ…俺の失った()()……お前の体に刻み込んだ>

 

ここは真空の宇宙であり、声を出す音は響かない。

 

念話をほむらに送るが聞こえているかは定かでない。

 

<そして俺に見せろ…。お前は失っちゃいない…守りたい人がまだ…この世にいる>

 

砕かれた月の地殻岩石が宇宙を舞う世界。

 

彼の送る念話に呼応するかの如く、星が振動するように月が震えていく。

 

<生きてくれている大切な友達を…理不尽から守り抜く…お前の()()を!!>

 

地殻が大きく弾け飛ぶ。

 

中から飛び出して来るのは、まどかを守りし番人。

 

<感情をぶつける方法に技術なんていらねぇ!!感情を叩きつける方法は誰でも分かる!!>

 

迫る。

 

迫る。

 

人修羅に向かい迫りくる。

 

その右腕を振り被り、荒削りの一撃を放とうとする。

 

鈍化した世界。

 

ほむらと人修羅の目線が合う。

 

(よぉ……大切な友達を守りたかった頃の……俺)

 

左頬に決まった一撃とは、何の変哲もない()()()()()()()

 

人間に与えられた原初の武器。

 

それを用いて感情を叩きつける方法はいつだって殴ること。

 

<ゴハァッッ!!!>

 

宙を舞う巨大岩石を砕きながら弾き飛ばされていく。

 

一番大きな月の地殻大地に叩きつけられた人修羅の姿。

 

叩きつけられた者の視線の先に見えたのは、遠くで輝く金色の光。

 

人修羅や円環のコトワリと同じ輝きである()()()()

 

真紅の瞳を持つ悪魔ではない。

 

誰かを守りたかった頃の人修羅と同じ眼差し。

 

<私の中にはまどかがいる…愛する人がいる…誰にも傷つけさせたくない人がいる!>

 

――神の理不尽から守りたい人がいるッッ!!!

 

突撃し、全宇宙を塗り変えるほどの感情を込めた拳を放つ構えだが…。

 

<でぇぇぇいッ!!!>

 

弧を描き決まったのは、カウンターの旋風脚。

 

崩壊が始まった月の荒れ狂う表面大地にほむらは叩きつけられたが、折れぬ心で立ち上がる。

 

遠くで居合の構えを見せる人修羅。

 

放たれた一撃を咄嗟に避けたが、星は既に死亡遊戯の一撃で両断されている。

 

尚も怯まぬ構えで突撃を繰り返す感情の塊に向けて、不敵な笑みを見せた。

 

<愛する者を守り抜きたい想いを全てぶつけて来い!!俺もこの拳をもって応えよう!!>

 

宇宙を舞う地殻大地の上で繰り返されるのは、男女の殴り合い。

 

<<おおおぉぉぉーーーッッ!!!!>>

 

かつて善悪の知識の実を食べた男女は、感情に目覚めたがために楽園から追放された。

 

感情を持つ者となったからこそ善悪を生み出してしまう存在となった。

 

違う価値観をもつ異なるグループが生まれ、異なる何かがぶつかり合えば戦いとなる。

 

これが人間と魔法少女と悪魔達が逃れられない感情という原罪。

 

繰り返されてきたのは、()()()()()()()()()

 

異なる正しさの戦いこそ、かつてのボルテクス界で繰り広げられた争いの光景。

 

異なるコトワリの神々達が繰り返した決戦であった。

 

<がぁッッ!!!>

 

ほむらのストレートパンチを潜り抜け、みぞおちに決まる『デスカウンター』の一撃。

 

<ぐはぁッッ!!!>

 

尚も怯まず繰り出したハイキックの一撃が人修羅の左側頭部に決まる。

 

右腕と左腕から放たれるストレートパンチが重なり合い、死のカウンターを互いにぶつけ合う。

 

死の一撃を繰り返す世界。

 

いつの間にか尚紀は必死な顔をしたほむらの姿に見入っている。

 

(かつて…俺もあんな顔をして…友達を…先生を…必死になって……)

 

<やぁぁぁーーーッ!!!>

 

一秒にも満たないだろう鈍化した思考世界。

 

いつの間にか尚紀は、目の前の女に()()()()()()

 

彼女の姿にかつての自分を重ねていたようだ。

 

隙きが生まれてしまった事に気がついた時には一撃が決まり終えている。

 

アッパーカットによって宇宙の彼方にまで叩き上げられていく尚紀の姿。

 

その先にあったのは太陽だが、4枚翼を羽ばたかせて勢いを殺しきった。

 

尚紀は彼方にある月の世界にいる人物に向けて念話で吠える。

 

<お前は俺だ!!だからこそ乗り越えてみせろ!!唯一神の次元に達する程の理不尽を!!>

 

究極の理不尽とは何かを彼なりに表現する。

 

究極の力をもって相手を絶望させ、絶命させる一撃をもってこれを再現とした。

 

全身に気合を溜め込み、火力を高めながら全身の魔力を胴体からさらに上に集めていく。

 

全身から吹き上がる魔力の奔流。

 

悪魔の口が開き、顔の前に光の粒子が集まりながら暗闇の宇宙を照らしていく。

 

これは神霊カグツチと、この世界の神霊クズリュウを葬り去った至高の魔弾の一撃。

 

だがあの時のように瀕死の重傷状態で放つ一撃ではない。

 

完全なる威力を発揮するだろう。

 

狙うは月の世界で佇む悪魔ほむら。

 

<小娘、あの一撃は不味い。ワシを使って必ず避けろ>

 

戦慄した表情を浮かべる彼女だが、念話の答えを返す。

 

<……いいえ、私は避けない>

 

両腕を広げ、全魔力を背中の骨で出来た翼に送り込む。

 

背中から生み出されていくのは、感情の翼。

 

<馬鹿を言うでない!?あれは閣下ですらまともに受けたら無事では済まん一撃だぞ!!>

 

<殴られながら感じる事が出来た…。あの男も…私と同じだったのね>

 

体に打ち込まれた一撃一撃が、彼女の脳裏にかつてあった世界の光景を感じさせてくれた。

 

大切な友達を守るために人間である事を辞めてまで戦った悪魔の光景。

 

誰も守れず友達がコトワリの神となって遠い世界に行ってしまった光景。

 

苦しみ、叫び、慟哭を叫ぶ尚紀の光景が伝わってくれた。

 

<人修羅…もう1人の私。だからこそ私は……()()I()()からは逃げない!!>

 

崩壊する月を飲み込む程にまで広がっていく感情の翼。

 

かつて絶望の魔女が地球を包み込む光景規模にまで巨大化した翼こそ、侵食する黒き翼。

 

目の前の存在は、尚紀の感情が籠もった一撃を受け止めてくれるようだ。

 

<……フッ>

 

放つ一瞬、少しだけ笑みを見せた尚紀だが迷わず究極の一撃を放つ。

 

光り輝く至高の魔弾がどんどん膨張し、膨れ上がりながら巨大な光球と化す。

 

<馬鹿者めが!!!もうどうなっても知らんぞ!!!>

 

<貴方の感情……全てを私にぶつけきってみせなさい!!!>

 

侵食する翼が折り畳まれ、ほむらを守る盾とする。

 

星よりも巨大な盾にぶつかった至高の魔弾の一撃。

 

<くっ!!!!>

 

悪魔ほむらの体が押し出されていく…太陽系の外側にまで向けて。

 

光速で通り抜けていく極限の力のぶつかり合い。

 

その余波が周りの星々まで破壊していく光景が続く。

 

<んんんんんーーーッッ!!!!>

 

侵食領域が消滅の光をもって次々と消し去られ、盾の奥にいるほむらを貫かんと迫りくる。

 

至高の魔弾は既に彗星規模にまで巨大化。

 

長く美しい尾を引きながら目の前のほむらを消滅させんとぶつかり続けてくる。

 

<ハァァァァーーーッッ!!!!>

 

忘れさせられるように消滅させられていこうとも、彼女の感情はどんな世界でも揺るがなかった。

 

溢れ出すまどかを守りたい愛の感情は、誰かの手によって消滅なんてさせられない。

 

それが迷いなき暁美ほむらにとっての…真実の愛。

 

溢れ出す。

 

ほむらの背中からとめどなく溢れ出る。

 

かつての世界を黒き極彩色の色で塗りつぶした感情が迸る。

 

一気に背中から吹き出した感情が消滅を超えながら膨張し続けていく。

 

太陽系の端にある冥王星付近で、それは大きく光り輝いた。

 

吹き出した極限の感情と極限の消滅光が同時に消滅するエネルギーの光が輝きを増す。

 

その余波が太陽系全土に降り注いでいく。

 

遠くから迫りくる膨大なエネルギーを見て、尚紀の口元は微笑むのだ。

 

<フッ……まさか、コレ程までの力を秘めていたとはな>

 

人修羅の元にまで迫りきた莫大な光の余波。

 

4枚翼を盾にして受け止めるようだが、威力を押し殺しきれない。

 

<うおおおぉぉぉーーーッッ!!!!>

 

後ろに向けてどんどん押し出されていく。

 

後ろにあったのは太陽。

 

彼の姿が太陽の中へと飲み込まれていく光景だけが残されてしまったようだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

……………。

 

ここは太陽系の星々を見渡せるだろう、外宇宙の領域。

 

宇宙を漂うほむらの脳裏には、クロノスの念話が響く。

 

<なんて小娘じゃ…年寄りの肝を冷やすでないわ>

 

慌てた態度のクロノスの声を聞き、彼女の顔も少しだけ笑みを見せる。

 

<……やったのかしら?>

 

殆どの魔力を使い果たしたが、どうにか翼を羽ばたかせながら体勢を置き上げていく。

 

<分からん。あの悪魔が太陽に飲み込まれていく光景しか見えなかった>

 

<その目の良さなら老眼鏡は必要無さそうね?>

 

<皮肉を言える元気が混沌王と戦って残るとは…愛の力は末恐ろしいのぉ>

 

星々の光が破壊されてゆき、殆ど消えてしまった太陽系。

 

しかし、小さな星が輝いて見えた。

 

それは太陽系を象徴するだろう星の輝き。

 

<太陽系から感じるわ…。宇宙全土を揺るがす程の…この魔力の胎動は何なの!?>

 

<ま…まさか()()を使うのか!?>

 

宇宙が震えている。

 

新たに生み出された生命無き宇宙全土を飲み込む程の魔力の胎動によって。

 

<混沌の悪魔の間で語り継がれし伝説を築いた…究極の魔弾を超える破壊の力を!?>

 

<あの一撃だけじゃなかったの!?人修羅の最大の力とは一体何なの!?>

 

<アレは…時間停止など意味を成さん。ワシは逃げるから生き残れよ、小娘>

 

<ちょっとクロノス!?>

 

<お前を見届けようとは思ったが、共倒れになりたいとは思っておらんよ>

 

そう言い残し、左腕にあった傷だらけの魔法の盾は己の聖域に入り込み消えていった。

 

太陽系で生き残った星。

 

人々に熱と光を与える象徴となる星であろう太陽。

 

地球の約109倍もの巨大な星であり、表面は絶対温度の5800K。

 

重力によって強く圧縮された中心部は高温、高密度によって核融合が起きている。

 

熱…それは人間の体の中にもある。

 

高まるのは恋の病に落ちた時だけではない。

 

激しい怒りによっても熱は高まるだろう。

 

太陽内部に叩き込まれた人修羅。

 

彼は今…太陽の内部にいた。

 

たとえ悪魔であろうとも、火と熱を無効化出来ない限りは一瞬で焼け死ぬだろう領域に立つ。

 

その体を守り抜く膜となっているのは、マロガレの中に溶けたマサカドゥスの守り。

 

頭の中にマロガレと融合した魔剣スパーダの声が響く。

 

<<何故…お前は我が与えたスパーダの剣技を使わなかった?>>

 

<俺はかつての世界で生きた俺と戦っている。なら俺も、かつての世界の力で応えたかった>

 

<<似た者同士の戦いか。ならば、我のような違う者が入り込むのも無粋であろうな>>

 

<見届けろ…マロガレの中に溶けた魔剣の一部。俺と暁美ほむらの…最後の根比べだ>

 

両腕を前に重ね全身の魔力を太陽へと流し込む。

 

太陽が巨大地震のように激しく揺れ動く。

 

無数の亀裂が太陽に入っていく光景。

 

亀裂の中で爆発していく核融合の光。

 

外宇宙のほむらもその光景を見る事が出来るようだ。

 

彼はまだ死んでなどいない。

 

これが最後の勝負となるだろう事をほむらは悟る。

 

右手を胸元に当て、体の中に仕舞っていたダークオーブを取り出す。

 

オーブのガラスの中に眠るのは、まどかの運命が紡がれた糸。

 

それを見ながら優しく微笑むのだ。

 

<お別れかもしれない。でも私は…最後まで貴女を守る番人でいさせて…まどか>

 

まどかへの愛が宿る胸の中にダークオーブを優しく押し入れていく。

 

決意を胸に秘め、左手に悪魔の弓を生み出す。

 

<人修羅…出来たらこんな出会い方は……したくなかったわ>

 

狙うのは、太陽系の奥で輝く太陽。

 

魔力も底を尽きたなら、絞り出せるモノを絞り出す。

 

まどかを守りたい愛の感情エネルギーを放つのだ。

 

<行くぞ……ほむらぁぁぁぁーーーーッッ!!!!>

 

太陽内部で漂う人修羅。

 

重ねた腕を頭上に持ち上げていき、一気に左右に振り下ろす。

 

この一撃は、混沌の悪魔達の世界では究極の破壊の力としてこう語られている。

 

「ジャッ!!!!!」

 

――『地母の晩餐』と。

 

太陽系の外側宇宙において、それは見えた。

 

星の爆発を中心点として…光が宇宙を()()()()()光景が見えてしまった。

 

<まどか……私は愛を貫く者。見届けなさい……私の貫く姿を!!!!>

 

最後の感情エネルギーが形となったのは、光り輝く矢。

 

暁美ほむらの最後の感情が太陽に向けられていき…放たれる。

 

太陽系内でも乖離する光が輝き、光は爆発と共に宇宙の彼方にまで広がっていく。

 

<<あああぁぁぁぁ……ッッ!!!!!>>

 

両翼を盾のように折り畳み、体を包み込む悪魔の姿が光の中へと消えていく。

 

地母の晩餐から生み出された破壊の力は広がり続ける。

 

太陽系を超えていく。

 

天の川銀河を超えていく。

 

銀河が100個集まった銀河団を超えていく。

 

さらにそれらが合わさる超銀河団をも超えていく。

 

ついには出来たばかりの宇宙全てが爆発の光の渦へと飲み込まれてしまうのだ。

 

この光景をもって、再び混沌王の伝説の中に刻まれるだろう。

 

1つの宇宙をマロガレ(混沌の闇)に変えた伝説が。

 

……………。

 

太陽を内側から爆発させた人修羅の姿もまた、宇宙が滅んだ混沌の闇の中で漂っている。

 

再び闇に包まれた世界で感じ取ろうとしているのは、ほむらが生きている痕跡。

 

静かに…自分が保つまで。

 

<………見つけた>

 

砂粒程にまで小さくなってしまった彼女の欠片を感じとる。

 

<全く…大した女だよ。お前なら…円環のコトワリだろうが…大いなる神だろうが……>

 

尚紀の体は光の矢の直撃を受けている。

 

最強の力を貫きながら迫り、胴体を貫き、風穴を開けられていたようだ。

 

<抗い……きれる……さ……>

 

力尽きた人修羅が宙を浮くようにして倒れ込む。

 

横側の空間が光をもたらし、光が溢れ出していく。

 

混沌の闇の世界に顕現したのはルシファーの姿。

 

宙を浮きながら力尽きている人修羅を抱き抱えてくれる姿。

 

「無理をさせて済まなかったな…人修羅。だがお前もまた黒き希望…ここで死なせはしない」

 

ルシファーの脳裏にクロノスの念話が響く。

 

<如何でしたか?暁美ほむらを試す…7つの試練の結果は?>

 

<上出来だ。ついに私は…2つの黒き希望を手に入れることが出来たのだ>

 

<全ては混沌の悪魔達の未来のため…御心のままに、閣下>

 

<暁美ほむらを頼む。その子も死なせないでやってくれ>

 

遠い闇の世界で宙を浮いていたのは、肉片のように小さく削られてしまった暁美ほむらの体。

 

それでもダークオーブを宿した胸部と頭部はまだ原型が残っているようだ。

 

同じ様にして宙を浮いているのは、6つの灯りが灯ったメノラー。

 

メノラーの最後の蝋燭である真ん中の蝋燭に火が灯り、全てのメノラーの炎が宿る光景が見える。

 

知るための死の試練。

 

最後に彼女が知った真実とは…暁美ほむらと同じ運命を背負う者がいたということだった。

 

「あの男と巡り合うのは…同じ苦しみの運命を背負うお前さんの宿命だったのかもしれんな」

 

ほむらの前に聖域から再び現れたクロノスは、肉片となった彼女を抱き抱えてくれる。

 

暗闇の世界で唯一輝く灯りとなったのは、7枝に分かたれた燭台であるメノラー。

 

かつて人修羅がアマラ深界を進むために持たされていた『王国のメノラー』が真実を照らし出す。

 

「暁美ほむら…お前さんも閣下に必要なのだ。混沌の悪魔達が作る千年王国のために」

 

光と闇との終の戦争。

 

それは大いなる神とて避ける事は許されない運命。

 

全ては大いなる意思の…導きのままに。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ここは暁美ほむらが生み出した世界。

 

混沌の悪魔達からは銀の庭と呼ばれるだろう宇宙。

 

夜風を感じられる光景が広がっている。

 

暁美ほむらが倒れていたのは、桜が咲き乱れる公園の空き地であった。

 

壊された体は既に元通りとなっている。

 

見滝原中学制服を着たまま眠りから醒めない姿。

 

そんな彼女の元に歩み寄ってくる人物がいた。

 

「見事であった、暁の子よ。それでこそ私が手塩にかけて生み出し、導いてきた存在だ」

 

現れたルシファーが声をかけるのだが、力を使い果たした彼女は休眠を続けてしまう。

 

魔法少女ではなくなった彼女の魔力切れはグリーフキューブを用いて回復させる事が出来ない。

 

しかし今の彼女は人修羅と同じく混沌の悪魔人間。

 

眠る事で悪魔達と同じ様にして魔力を回復していくだろう。

 

4月の気持ちがいい夜風が吹き抜け、2人の世界に桜の花吹雪をもたらす。

 

()()()()()も祝福している。ヘブライの司祭に代わり…新たなる悪魔誕生を私も祝福しよう」

 

アロンの杖とは、旧約聖書の出エジプト記においてモーセがアロンに渡した杖の事である。

 

その杖はアーモンドの木の枝で作られていたという。

 

アーモンドの木はバラ科サクラ属であり、その花は桜の花と瓜二つで見分けは難しい。

 

アロンはイスラエル司祭の祖として、今でもイスラエルの民はアーモンドの木を神聖視していた。

 

神がモーセに命じて作らせたメノラーもまた、支柱にアーモンドの花の形が合計22個刻まれる。

 

アロンの杖は大いなる神がモーセに渡し、それを用いてイスラエルの民をカナンの地に導かせた。

 

カナンの地…それはバアル神崇拝蔓延る呪われた悪魔崇拝民族の土地。

 

その道を祝福するアロンの杖。

 

それはまさに、()()()()()()()()()()とも呼べるだろう。

 

「悪魔に至るアロンの呪いを祝福とし、これをもって7つの試練は全て果たされた」

 

アロンの杖の仲間である桜を眺めながら、ルシファーの後ろ髪も夜風に揺れていった。

 

……………。

 

「ほむらちゃん……ほむらちゃん……!」

 

「う……んん……?」

 

「ほむらちゃん!ねぇ、ほむらちゃん!」

 

「……えっ、まどか!?」

 

飛び起きて周りを見渡すほむらの姿。

 

そこは元の見滝原の街の光景が広がっているように見える。

 

体を確認するが、傷一つない体となっていた。

 

「ねぇ…どうしてほむらちゃんはこんな夜中に独りで、こんな場所で眠っていたの?」

 

困惑してしまうが、どうにか平静を取り繕う態度を示す。

 

「私…え、ええと…鹿目さんこそ、こんな夜中に1人でこんな場所にいるのは何故なの?」

 

「私のうちに日本の親戚の人達が集まってきててね、引越し祝いをしているの」

 

話を聞けば、どうやら両親から買い出しの使いを頼まれたようだ。

 

「そ…そう…。弟のタツヤ君の年齢じゃあ…まだ買い出しなんて無理よね」

 

「えっ?何でうちのタツヤの事を…ほむらちゃん知ってるの?」

 

困惑していたためボロが出る。

 

気が動転してしまい、言い訳さえ上手く出来ない態度となってしまう。

 

「そ…それは…」

 

しどろもどろになっていく彼女を見ていた鹿目まどかであったが、疑うことなく微笑んでくれる。

 

「ほむらちゃんは私のことをよく知ってるんだね」

 

「その…えっと……」

 

「転校したばかりの私に学校案内もしてくれたし、親切にしてくれて…私も嬉しいなぁ」

 

「鹿目さん…私、連絡通路でその…妙な事を貴女に言ってしまったわ……」

 

「別に気にしてないからね。それに私のこともまどかでいいから」

 

「まどか……私を……許してくれるの?」

 

彼女が何に対して後ろめたい気持ちを抱いているのかは分からない。

 

それでも言える言葉があった。

 

「変なこと聞くんだね?だってほむらちゃんは……」

 

――私に()()()()()()()()()()()()()()からね。

 

その一言を聞いたほむらは、胸が締め付けられる程の感情に襲われ目元が滲んでいく。

 

慌てて涙を袖で拭く姿を後ろから見つめる人間が、優しく手を差し伸べてくれた。

 

「帰ろう、ほむらちゃん。今日は休みだけど、明日からまた学校だし」

 

「うん…帰ろう、まどか。明日も明後日も学校…一緒に行こうね……この世界で」

 

帰路につく2人の姿が公園から消えた後には、再びルシファーの姿が現れる。

 

2人の後ろ姿を見つめながら尚紀を思い、こう呟くのだった。

 

「守れた者と、守れなかった者……か」

 




読んで頂き、有難うございます。


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75話 それぞれの道へ

セカンド・インパクト、それは世界に与えた二度目の衝撃。

 

とある魔法少女の繰り返した時間世界の中で積み重ねられた、鹿目まどかを想う感情の爆発現象。

 

鹿目まどかに理不尽過ぎる選択肢しか残せなかった世界への反逆行為であった。

 

産み出された世界は、後に神々や悪魔達からは銀の庭と呼ばれることとなる。

 

たった1人の少女のために改変された宇宙。

 

全ての宇宙で始まりも終わりもなくなるコトワリ神とされた者に送る…優しい嘘の庭となろう。

 

感情とはエネルギーをもつ。

 

世界を生み出す力の源ともなる程の力を与えてくれる。

 

だからこそ宇宙の光の秩序を司る天使であるインキュベーターは、それを必要としていた。

 

だが、感情エネルギーを必要としているのは天使達だけではない。

 

この世界には天使とは似て非なる別の概念が存在している。

 

悪魔と呼ばれる概念存在達が支配する世界でもあった。

 

……………。

 

ここは銀の庭と呼ばれるだろう宇宙にある月の地表。

 

そこには巨大な六芒星が描かれている。

 

九頭龍消滅の際、撒き散らした感情エネルギーを蓄える集積陣とも呼べるだろう、赤き六芒星だ。

 

鼓動を始めていた六芒星が再び動き出し、悪魔と化した者の感情エネルギーを取り込んでいく。

 

取り込む量は莫大であり、全宇宙を覆い尽くせる程の爆発的感情エネルギーを取り込み続ける。

 

六芒星の鼓動が高まっていき、赤黒い波動が次々と召喚陣から生み出されていく。

 

魔法陣中央に浮かび上がったのはとある印章。

 

ソロモンの小さな鍵と呼ばれる作者不明のグリモワールであるレメゲトンに描かれたシジル。

 

レメゲトンは第一部が最も重視されゴエティアと呼ばれている。

 

ゴエティアの内容とは、ソロモン王が使役したという72人の悪魔を召喚する手順を記したもの。

 

必要な魔法円、印章のデザインと制作法、必要な呪文などを収録していた。

 

浮かび上がっていく印章は、ゴエティアに描かれた悪魔階級の中で王の位階を与えられし印章。

 

浮かぶ印章によって召喚されようとしているのは、王の位階を与えられし悪魔。

 

その名は()()()()B()A()A()L())()

 

東の王と呼ばれる異名をもつユダヤ・キリスト教の大悪魔である。

 

カナン地域(パレスチナ)を中心に各所で崇められし嵐と慈雨の神。

 

旧約聖書におけるバアルとは、異教の男神一般を広く指す普通名詞としてその名が使われる。

 

旧約聖書では人身供犠を求める偶像神として否定的に描かれし存在。

 

人身供犠とは、()()()()()()()()()()()()()悪魔崇拝儀式。

 

それを象徴する悪魔の名とは何者なのか?

 

ゴエティアに描かれし王たるバエル(BAEL)は、バール(BAAL)とも発音され同一視される。

 

魔法陣の四方に描かれし血のように赤く光る文字は בַּעַל(BAAL)と記されていた。

 

血濡れた魔法陣から吹き上がる火柱の業火。

 

地獄の業火の如きその光景は、まるでユダヤ・キリスト教における地獄を表す()()()()()

 

ゲヘナとは、エルサレムの外にある処刑された罪人等を燃やし人体が埋められた場所の名。

 

ユダヤ・キリスト教においては、神を裏切る罪人が堕ちて焼かれる永遠の地獄とも呼ばれていた。

 

かつてのイスラエル国家には、唯一神に対する最大の裏切りと呼ばれし信仰があったという。

 

その信仰とは、()()()()()()()を崇める宗教。

 

月の大地に噴き上がる地獄より這い上がってくる存在こそが、その異端宗教の主神であった。

 

ゲヘナの中より現れようとする大悪魔の顕現。

 

新約聖書の世界においてバアルの名から切り離され、形骸化したベルゼブブなどではなかった。

 

<<…地上か。我を受肉させられるだけのマグネタイトが集まったようだな>>

 

その姿は、アラブ人のような褐色の肌をもつ大男のような人間姿。

 

頭部は二本角が天に向かって生えた()()()()()()()()()

 

頭部全体を覆い隠すその姿は、カナンの地に根差した異端宗教の主神そのものに見えた。

 

純金の牛。

 

それは大いなる神への裏切りの信仰と旧約聖書にも記されている。

 

イスラエル祭司長の祖アロンが民の嘆願で生み出した裏切り行為。

 

唯一神を激怒させた象徴である()()()()()として語られていた。

 

背後から噴き上げ続けたゲヘナの炎も収まると同時に六芒星も消えていく。

 

牛頭神は月の地表から青い星を眺め、不気味な笑みを浮かべていった。

 

<<我は顕現したぞ、ルシファー。光と闇が繰り返した終の決戦に備える準備もあと僅かだ>>

 

低い笑い声が宇宙に木霊していく。

 

<<その前に楽しませてもらおう。ヘブライに同化した我を崇めしカナンの末裔を使ってな>>

 

カナンの地で崇められし牛頭神が求めるものはただ一つ。

 

子供達の生贄である。

 

<<子供の生贄は素晴らしい。とくに魔法少女と呼ばれし子供の魂は…我にとって最高の供物>>

 

地球に向けて褐色色の手を伸ばしていく。

 

まるで地球の支配者であるかの如き態度を示す神。

 

邪悪な笑みを浮かべながら…こう叫ぶのだ。

 

<<我のために集めよ…捧げよ…子供を…魔法少女を…絶望というゲヘナに焚べよ!!>>

 

――我が名はモロク!!

 

――バアル・ハモンなり!!!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

4月も終わりの時期が差し掛かっていた頃。

 

今日の見滝原中学校は週末ともあり休みの日。

 

悪魔となり、この世の次元よりも高位の次元域の存在となった暁美ほむら。

 

そんな彼女でも想像出来なかった出来事が起こったようだ。

 

数日前に場面は移る。

 

「ねぇ、ほむらちゃん。クラスメイトとの親睦も兼ねて私達と一緒に遊園地に行かない?」

 

鹿目まどかからそう言われた暁美ほむらは目を見開き、思考停止。

 

「えっ…?えっ……?」

 

想像だに出来なかったことを伝えられ、気が動転してしまったようにオロオロしてしまう。

 

「転校してきたから、皆ともっと仲良くなりたいんだ♪空いてるかな、終末?」

 

「私を…遊園地に誘ってくれるの?…どうして?」

 

「ほむらちゃんと仲良くなりたいからだよ。さやかちゃんや杏子ちゃんとも仲良くなりたいの」

 

彼女は悪魔の記憶操作により、米国に留学したことにされている。

 

日本の友達が少ないから親交を深めたい気持ちになったようだ。

 

誘われたほむらは鼓動の高鳴りを抑えられない。

 

誰もいなかったらきっと喜びで飛び跳ねているかもしれない程だ。

 

「あの…え、えっと…私なんかでよかったら…空いてるわ」

 

「じゃあさ!朝8時に見滝原市庁舎前の大きな公園で合流してから駅に向かおうか♪」

 

「うん…約束したからね、まどか。私……ずっと待ってるわ」

 

「えへへ♪週末が早く来てくれないかな~」

 

喜びながら帰っていくまどかの後ろ姿を茫然と見つめる事しか出来ない様子。

 

「夢の世界でしか望めなかった…」

 

その夜、彼女は喜びが抑えきれずに眠ることが出来ない有様であった。

 

「まどかと共に生きられる…人間らしい日常生活…」

 

暁美ほむらにとって、ここは終わりたくない始まりの世界。

 

世界を見守る孤独の番人であっても手を差し伸べてくれる優しい世界であった。

 

……………。

 

週末の朝。

 

早朝に起きたほむらは朝の6時半頃までには市庁舎前まで辿り着こうとしている。

 

「時間神を携えたお前さんが、待ち合わせの時間配分ぐらい計算出来んのか?」

 

彼女の隣を歩くのは時の翁の姿となっている魔法の盾。

 

概念存在であるため道行く人々は神の姿を視認する事は出来ない様子。

 

「別に良いでしょ…早くついたって」

 

「まぁいい、お前さんが選んだ道じゃ。僅かな幸福とやらを楽しむのも自由じゃ」

 

「ちょっと…まさか魔法道具の貴方まで私達の休日に付き合うつもりじゃないでしょうね?」

 

「ワシが家でお留守番してて良いのか?お前さん、自分の置かれている状況が見えておらんのぉ」

 

「インキュベーターのこと?記憶操作魔法を用いてかつての世界を忘れさせたから問題ないわ」

 

「あのか弱い生き物が脅威にならんとしても…敵は契約の天使だけではない」

 

「…ヘブライの天使はインキュベーターだけではなかった。奴らが現れる日も遠からず訪れる…」

 

「円環のコトワリ神アラディアとてお前さんを許すつもりはない。壮絶な戦いとなろう」

 

「逃げるつもりはない…あのコトワリの女神からまどかを守り抜いてみせるわ」

 

「わしが教えたサタニズムを覚えておるか?」

 

かつて時の翁が語った事がある個人主義と自由思想を基盤とするサタニズム。

 

魔術や秘儀を用いて他者にコントロールされたり抑圧されたり従わされたりする手段を除去する。

 

それは個人主義をも意味し、一人一人の我儘を尊重しろという思想であった。

 

「ええ…覚えている。私は魔法を用いてでも、私の正しさを追求する道を進むわ」

 

全ては鹿目まどかが人間として生きて良い自由を守る為に進んだ道。

 

円環のコトワリの使者から悪者扱いされようとも、抑圧される事を否定する人生を目指す。

 

誰かの正しさは自分の正しさとは限らない。

 

誰かに心を委ねない、己の中に真理を見出す思想こそがサタニズムであった。

 

「安心したぞ小娘。お前さんに刻んだ閣下のシジル、確かに悪魔となりしお前さんの道となった」

 

立ち止まり、時の翁に向き直る。

 

不器用な彼女なりに新しい仲魔を迎え入れようとしているのだ。

 

「…これからも、私について来てくれるの?」

 

「無論じゃ。お前さんのサタニズムの道を見届けてやろう。」

 

「心強いわ。それにしても…悪魔という概念存在には姿形を変化させる能力もあるのね?」

 

「悪魔は道具の姿になる力を持つ。魔法の盾の姿をしたワシはさながら…魔具といったものじゃ」

 

「なら道具は道具らしく、私の左腕で大人しくしてて欲しいわ。お喋りな道具なんてゾッとする」

 

「口の減らん娘じゃ。ワシは魔人クロノス…今後とも宜しくのぉ」

 

そう言い残して自身の聖域に入り込み姿を消す。

 

ほむらが必要とした瞬間には左腕に姿を現すだろう。

 

心強い仲魔を手に入れた事もあり、彼女は意気揚々と待ち合わせ場所へと進んで行く。

 

待ち合わせの公園ベンチまで近づいた瞬間、彼女の足が止まった。

 

「あ…貴方は……」

 

驚愕したまま目の前の人物を見つめる彼女の姿。

 

目の前で佇んでいたのは黒いトレンチコートを纏う男の姿。

 

「生きていたのね……人修羅」

 

威圧感を放つ彼の口元には、不敵な笑みが浮かぶ。

 

「……お前もな」

 

かつての宿敵が再び現れた事により、ほむらの額から冷や汗が流れ落ちていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

道行く人々が遠い世界に感じるほど、相対する者達の周囲は凍りつく程の緊張感に包まれる。

 

どれだけ黙り込んで睨み合ったかは分からないが、先に彼女の方から口を開く。

 

「……私と決着を望むのかしら?」

 

隙あらば殺す程の態度を示す者に対し、最後の試練を与えてきた魔人は動じない構え。

 

「お前は悪魔として力を示した。俺の役目は終わり、東京の日常に戻るだけだ」

 

戦う意思を示さない魔人だが、油断するわけにはいかない構えで言葉を返す。

 

「何故…東京から見滝原市に訪れたわけ?ルシファーの企みに加担していない保証は?」

 

「役目は終えたと言ったはずだ。俺はあの悪魔の手下になったつもりはない」

 

「…この街には、私以外の目的で訪れたと言いたいわけ?」

 

「誰かさんが杏子を他人の家の娘として送り込みやがった。とある一家の記憶を捏造してまでな」

 

魔法の力で知らない娘を他人に押し付ける。

 

それは身寄りのない杏子も幸せに生きてもらいたいという暁美ほむらの我儘な行為。

 

だが、押し付けられた側からすれば生活費が倍増する結果を残すだろう。

 

「お前のお節介がいつまで続くかは分からない。それまでは、俺があの一家に仕送りを続ける」

 

「何故…杏子のためにそこまでしてくれるわけ?あなたは杏子の何なの?」

 

「杏子はこの世界で唯一出来た俺の家族だった者。家族のためなら金を出す事ぐらい惜しまない」

 

「この世界で出来た家族…?」

 

その一言を聞いた瞬間、全てを察することが出来た。

 

彼もまた鹿目まどかと同じく始まりも終わりもない概念存在に成り果てた者。

 

この世界に流れ着き、誰からも覚えてもらっていない孤独な者なのだと。

 

「美樹家に顔を出し、これから家族を頼むと頭を下げてきた帰りだ。銀行の振込口座も聞いた」

 

殺し合った仲ではあるが申し訳ない気持ちとなっていき、戦う意思が削がれていく。

 

困惑したままではあるが、彼の誠意に向けて感謝の言葉を伝えてくれた。

 

「ごめんなさい…杏子を美樹さやかの家で生活させるなら、仕組んだ私が支払うべきなのに」

 

「気に病むな。好きでしているだけのこと…世界を騙す詐欺師はこれからも詐欺師であればいい」

 

感謝などいらないとバッサリ切り捨ててくる彼の言葉。

 

仲良くする気など毛頭ないと言わんばかりの態度である。

 

「容赦のない男ね…でも、変な気遣いをしないだけ逆にありがたいわ」

 

「お前が生きていると確認も出来たことだし、俺は行く。見せてみろ、悪魔としての生き様をな」

 

ほむらの横を通り過ぎ、歩き去ろうとする。

 

離れていく後ろ姿に向けて、彼女は振り向きながら声を上げた。

 

「待って!貴方…なんていう名前なの?」

 

立ち止まったが振り向きもせず態度で答える。

 

「……聞いてどうする?」

 

「今度あった時も、人修羅という大層な名前で呼ばれたいわけ?」

 

暫しの沈黙。

 

少し悩んだが振り向き、ほむらの顔を真っ直ぐ見つめながら答えを返す。

 

「……嘉嶋尚紀。俺が人間として生きていた頃の名前だ」

 

「嘉嶋尚紀…貴方は私と同じよ。誰にも記憶されていない人生を生きる…世界に流れ着いた者よ」

 

「お前も経験者だったな。だとしても、余計なお節介だ」

 

「強がっても寂しくて堪らない気持ちなら私も分かる…。これから貴方は…どう生きていくの?」

 

「探偵の仕事を続けながら東京の守護者として戦う。悪魔の力をもって魔法少女社会を統率する」

 

「それだけ…?貴女は本当は……」

 

「その先を言うな。お前も経験しているのなら、答えは同じだ」

 

踵を返し、尚紀は今度こそ去っていく。

 

見えなくなるまで後ろ姿を見つめていた時、まどか達の声が聞こえてきたようだ。

 

「あ、ほむらちゃーん!先に来てたんだね、待たせちゃってごめんね?」

 

「えっ!?あ……まどか。それに美樹さんに…佐倉さん?」

 

「ねぇ…さっきの男の人って、ほむらの知り合いなの?」

 

さやかは普通のクラスメイトのように接してくる態度を示す。

 

記憶操作魔法の侵食によって彼女が悪魔だという事を思い出せないみたいだ。

 

「おい…ほむら。さっきの男と何処で知り合ったんだよ?」

 

「佐倉さん…それは、その……」

 

「あの後ろ姿は…尚紀だ。何で見滝原市にまで…」

 

「し…仕事で来ていた探偵みたいよ。聞き込みをしていたようだからで私に声を…」

 

苦しい言い訳を並べる彼女を見て、杏子は怪訝な表情。

 

「…そうかよ。見滝原に来たってのに、あたしには顔も見せないんだな」

 

「たしか…東京に行った家族だっけ?どうして杏子をあたしの家から引き取りに来ないんだろ…」

 

「…さぁな。きっと尚紀の人生とあたしがもう一度交わる時には…いや、なんでもない」

 

「郊外の遊園地に向かう電車の時間もあるし、そろそろ行こうよみんな」

 

記憶操作によって友達のフリを続けるしかないため、よそよそしい態度になっていく。

 

苦しい立場であるが、騙し続けることになる者達にも声をかけてくれた。

 

「美樹さん、佐倉さん、本当に私みたいなつまらないクラスメイトと一緒に今日は…」

 

「言うな言うな、ほむらってば。根暗娘でも、さやかちゃんは広い心で接してあげるのだー!」

 

「まぁ、さやかは喋らない壁ともお喋り出来るような不思議ちゃんだからなー」

 

「コラーッ!不思議ちゃんでも限度があるだろー!!」

 

ふざけあって駅に向かって走っていく杏子とさやかの姿を見て、まどかとほむらも微笑んでいく。

 

「私達も行こう、ほむらちゃん。電車の時間けっこうギリギリだし」

 

「えっ?あ…まどかったら!?」

 

まどかは手を引っ張り、ほむらを導くようにして歩いていく。

 

慌てた表情を浮かべていたが、本当に欲しかった光景なのだと理解して彼女も微笑んでくれた。

 

その光景を遠くから見つめていたのは、去ったかと思われた尚紀の姿。

 

悲しい表情を浮かべながらも、見送ってくれていたようだ。

 

「…独りぼっちで構わない。俺は炎を人々に運び焼き殺す…呪われた悪魔だ」

 

視線の先には、これからほむらとまどかが生きていくだろう楽しい世界が広がっていくだろう。

 

その光景はまるで望む幸せを叶えてくれる遊園地のようにも見えてくる。

 

白い花が咲き誇る通り道を、まどかとほむらは笑顔で走り去っていく。

 

人間として生きたい、幸せの道を迷わず突き進む自由を勝ち取れたのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

東京の歌舞伎町、時刻は深夜。

 

歌舞伎町にあるBARの中には、独り静かに飲みたい時に利用しているイングリッシュパブがある。

 

今日は景気が悪いのか、カウンター席に座る尚紀の姿とバーテンダーの姿以外は見つからない。

 

注がれたグラスを片手で持つ彼の横のカウンター席を見ると不思議な光景が見える。

 

何故か2つのグラスが置かれ、酒が注がれていたようだ。

 

手に持つグラスの酒を見つめながら、揺れ動く水面の世界にかつての世界の思い出を重ねていく。

 

「なぁ…勇。祐子先生が結婚するみたいだ。お前が生きてたらきっと…号泣してたかもな」

 

一つ向こうの机に置かれたグラスの席からは、誰も語る声は聞こえない。

 

「千晶…お前も生きてたら大学生。自他共に厳しい生き方をしたお前なら家の跡継ぎになれるさ」

 

もう一つ向こうの机に置かれたグラスの席からは、誰も語る声は聞こえない。

 

誰もいない席に語り掛ける尚紀の表情は悲しみに包まれている。

 

「…俺は怖いんだ。俺の事を…誰も知らない世界が…人々が…怖かった」

 

東京に帰ってきてからも、尚紀は家族だった人達の元には顔を出したことはない。

 

恩師の元にもう一度訪れたこともない。

 

彼は今でも嘉嶋尚紀が存在していなかったこの世界を認める事が出来ないままでいた。

 

「他人のように接する事は出来ても…それはかつての世界であの人達が知ってる俺の姿じゃない」

 

他人のように振る舞いながらも、もう一度仲良くしようとする行為が恐ろしい。

 

人間であった尚紀の存在が、この世界には存在していなかった事実を認める事が恐ろしい。

 

かつての世界はもう存在しない…大いなる神が滅ぼしたから。

 

かつての世界はもう産まれない…人修羅が輪廻を断ち切ったから。

 

かつての世界は存在しない…同じような世界に流れても、誰も覚えてくれていないから。

 

辛い現実に打ちのめされ、片手で持つグラスが震えていく。

 

カウンター席に座る男の心境を察してくれたのか、バーテンダーは席を外してくれたようだ。

 

男の目が悲しそうにしぼんでいき、声も泣きそうなぐらいに震えていく。

 

「この世界に流れ着くんじゃなかった…悪魔のまま終わればよかった…何で俺にまた見せる…?」

 

ここは嘉嶋尚紀が人間として生きた世界と余りにも似た景色を持つ世界。

 

それでも、彼を覚えてくれる者など誰もいない世界。

 

かつての東京の世界で普通の人間として生きる自由があった。

 

仲が良い親友関係を築けた3人の姿がグラスの水面に観えてしまう。

 

その光景は現実ではない。

 

嘉嶋尚紀として生きた悪魔の記憶世界にしか存在しない陽炎だった。

 

「俺の心だけが今もまだ…皆とは違う世界を生きている……」

 

グラスの中に落ちていく熱い雫。

 

悪魔という概念存在として生きるしかない者の目から溢れ出すのは人間の感情。

 

孤独に苦しむ寂しさが涙を流させてしまう。

 

「消えていく…かつての世界の記憶が。俺の絵空事なんじゃないのかって、思い出せなくなる…」

 

最初から赤の他人であり、ただの記憶違い。

 

そう割り切れる程、嘉嶋尚紀は強くはない。

 

孤独に打ち震えるのは、人間の顔をした男でしかない。

 

混沌王や人修羅という、欲しくもなかった称号や通り名をもつ悪魔の姿は何処にも見えない。

 

人間として普通に生きたかっただけの、嘉嶋尚紀の孤独な姿であった。

 

酒を一息で飲み干し、カウンターの机に俯向け姿勢になっていく。

 

席を外したバーテンダーの耳に聞こえてきたのは、店内から聞こえる嗚咽を堪える音だけだった。

 

「ほむらは友達を守れた…生きたかった世界を守れた……」

 

――俺は……何も守れなかった。

 

そこに佇んでいたのは、誰も守れなかった敗北者。

 

人修羅などという大層な通り名など相応しくも無い、何処にでもいる男子高校生の姿であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

世界が2度改変され、イレギュラーとしての創生が繰り返される結果となった。

 

それを見届ける事しか許されなかった唯一神。

 

唯一神は怒り狂っている。

 

それでも自らが生み出したアマラの摂理を破る事は許されない。

 

光の秩序を破壊する者として、唯一神が生み出した自らの裁きの力たる者に裁かれる。

 

それならば、アマラの摂理を守る形として()()()()()を考えればいい。

 

宇宙の延命には膨大な熱が必要だからだ。

 

だからこそ光の霊獣たる魔獣が生み出されたのだ。

 

魔法少女の代わりとして人間から感情エネルギーを回収してきた。

 

しかし、宇宙を延命する力は微微たる結果しか残せなかった。

 

<<やはり使う時が来たようだ。この時のためにこそ、混沌の悪魔共の存在を許してきた>>

 

全知全能の神であるならば、穢に満ちた存在などいつでも滅ぼすことは可能。

 

だが、あえてしなかった。

 

何故ならば、悪魔達は魔法少女を超える程の感情エネルギーをもつからだ。

 

<<あえて…混沌の悪魔共の自由にさせてきた。そのためにルシファーは存在している>

 

自由によってもたらされるだろうサード・インパクトのために。

 

もう一度アマラ宇宙に熱を取り戻させる。

 

大いなる神である唯一神は、自らを表す神聖なる四文字に誓った。

 

……………。

 

新たなる悪魔誕生の瞬間を高次元神域から見届けたのは唯一神。

 

唯一神は呪いを込めてこう呟いた。

 

――あの天使は、己が心のかたちに似せて、新たな悪魔を再び創りたるか。

 

――ならば、わたしは滅びをおこう。

 

――わたしと、おまえの間に。

 

――わたしの末と、おまえの末の間に…。

 

光と熱の秩序に唾を吐く新たなる悪魔存在を許すわけにはいかない。

 

光が貶められたならば、豪熱をもって焼き尽くさねばならない。

 

だからこそ、刺客を送り込むのだ。

 

己のメンツを潰された光の神ならば適任だろう。

 

<<アラディア、憎き円環のコトワリ…だが、汝の望みを叶えよう>>

 

悪魔となった暁美ほむら。

 

彼女は円環のコトワリの半身を引き裂いた。

 

彼女は激怒している。

 

奪われた半身を必ず取り戻し、悪魔を撃滅すると誓う者。

 

彼女の望みは光の唯一神の望みとも合致していた。

 

だからこそ、唯一神は送り込む。

 

光の秩序を貶めんとする悪魔を討伐させるために。

 

……………。

 

鹿目まどかを取り戻さんとしたが、窓の外とも言える宇宙に蹴り出された円環のコトワリ。

 

彼女は今、窓の前に立っている。

 

窓はまどかのリボンのように赤い紐で雁字搦めにされ、神を中に入らせないようにしていた。

 

まどかのように優しい顔をしたアラディア。

 

まどかのように優しい声をしたアラディア。

 

だが、それも半身があってこそ。

 

今の彼女は鹿目まどかではない。

 

神でしかない。

 

コトワリを成すためのシステムでしかない。

 

その表情は無機質な表情となってしまった。

 

まるで恐ろしい人形のように、金色の瞳を輝かせる姿。

 

窓にそっと手を当てながら、向こう側の庭世界を見つめる姿。

 

見つめ続ける恐ろしい姿。

 

憤怒を宿した金色の瞳が瞬膜と化す。

 

悪魔のような鋭い爪と化した手で窓を掻き毟る仕草。

 

不快な音を撒き散らす。

 

女神さまは怒ってる。

 

引き裂かれたから怒ってる。

 

引き裂いた奴を怒ってる。

 

救いの使命を一緒ににしていた子がいないと怒ってる。

 

だから取り戻す。

 

引き裂いたヤツは許されない。

 

きっと女神さまに酷い目に合わされるだろう。

 




読んで頂き、有難うございます。


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第2部 4章 善悪二元論
76話 神浜の魔法少女


東京からそう遠く離れていない県には新興都市がある。

 

大規模都市開発が国によって進められ、人口は300万人を誇る程の巨大都市。

 

海沿いに面したその都市の名は神浜市と呼ばれた。

 

街の規模で言えば見滝原市に匹敵する程のこの都市ならば多くの魔法少女がいると思われる。

 

人類社会は狩猟採集民の部族社会からいくつかの段階を経て社会を複雑化させてきた。

 

それがやがて国家となっていく。

 

国際政治学者のカール・ドイッチュの説によればこうだ。

 

国家の起源を社会的コミュニケーションの連続性だという。

 

コミュニケーションによって積み重ねられた財貨・資本・労働、そして情報の移動。

 

コミュニケーションが密度を増すと財貨・資本・労働の結びつきが強い地域が出現する。

 

これを経済社会と定義した。

 

また同時に言語と文化(行動様式・思考様式の総体)における共通圏が成立するようになる。

 

これを文化情報共同体と定義した。

 

一定の地域でコミュニケーション密度が長期間継続すると、そこは社会を構築する国となるのだ。

 

では社会に対して自身の存在を秘匿し続ける魔法少女達はどうだろうか?

 

彼女達の社会もまた独自の社会・国家を形成しているとも言えるのではないだろうか?

 

魔力・魔法という財貨・資本、そして魔獣と戦う使命という労働を持つ魔法少女達。

 

同時に魔法少女社会にしか通用しない独自の言語と秘匿文化を構築、共通圏を産み出した。

 

それは国という文化情報共同体とも言える社会構造である。

 

魔法少女達の情報秘匿ネットワーク社会。

 

魔獣との戦いという命がけの労働が行われる社会。

 

魔法の力の格差もある社会。

 

それぞれの考え方も違う社会。

 

東京の守護者となった悪魔は人間社会の闇に潜むそんな彼女達の社会をこう呼んだ。

 

魔法少女社会と。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜市は九つの区から成る。

 

西は新西区と水名区。

 

北は山に面するように横に伸びた北養区。

 

中央は中央区とその上に参京区、下に栄区。

 

南は海沿いに面するように横に伸びた南凪区。

 

そして東には工匠区と大東区があるが、東の土地は治安が悪いと地元民から言われていた。

 

それぞれの土地に魔法少女社会が存在するようだが大きく三つに分けられている。

 

この街の魔法少女社会は東西中央という三つの縄張りによって分断されていた。

 

……………。

 

2019年の4月。

 

季節は4月も後半になろうかという新西区、時刻は夕方。

 

町民が出入りするだろう繁華街の街並みの中、建物を跳躍しながら超えていく2人の人影が見えた。

 

「急ごうレナ!かえでちゃんの魔力が魔獣に囲まれてる!」

 

「ももこ…レナ、あの子に謝らないといけない。だから絶対に廃人になんてさせないから!」

 

駆け足で進んで行く2人の少女達は魔獣結界内へと突入していく。

 

その頃、魔獣結界内では1人の魔法少女が襲われている光景が続いていた。

 

「きゃぁっ!!」

 

逃げ回る事しか出来ない魔法少女の足にレーザー攻撃が掠めていき、倒れ込む。

 

「うっ…!!ぐっ…はぁ…はぁ…」

 

足の傷は深くはないが恐怖心によって体が思うように動かない様子である。

 

かつての魔女程強くはない魔獣ではあるが怖気づいてくれる相手ならば容易く廃人に出来るだろう。

 

(どうしよう…)

 

一体の魔獣が彼女に手を伸ばし、感情を吸い尽くして廃人に変えようとした時だった。

 

「なにボサッとしてんのよ!!」

 

伸ばした魔獣の手を串刺しにしたのは白い翼と光輪で飾られた三叉槍。

 

倒れたまま動けなかった魔法少女を庇うようにして着地する少女達が現れる。

 

槍と大剣を構えるのは救援に現れた魔法少女であった。

 

「……レナ、さん!?」

 

「ほら!さっさとやっちゃうよ!」

 

「おっし!行くぞ!」

 

ももこと呼ばれた少女はかえでと呼ばれた魔法少女に手を差し伸ばして引き起こす。

 

背丈も小さい魔獣達が彼女達に向けてレーザーを放とうと構えていく。

 

柄頭が切子状の形をした三日月の曲線を描く独特な刃をした大剣をももこは構えて号令を上げる。

 

3人が一気に動き出し、魔獣達を攻め滅ぼす光景が続いていった。

 

小一時間が過ぎた頃。

 

魔獣との戦いに難なく勝利した3人は今、新西区の神浜市立大附属学校にまで戻ってきている。

 

「初めてにしては、中々のチームワークだったな!」

 

「チーム…ワーク…」

 

「ほら…レナ」

 

もじもじとしていたレナの背中を軽く押してやり、かえでの前に歩み寄らせる。

 

「…とろいとか言って…ごめんなさい」

 

「えっ?」

 

俯つむいて言葉を濁そうとするが、本当の気持ちはしっかり伝えないと伝わらない。

 

勇気を振り絞ったレナは言葉を続けていく。

 

「嫌いとか、そういうんじゃなくて…素直なアンタが羨ましくて…八つ当りしちゃったの」

 

「そんな…羨ましいなんて…」

 

「本当に…ごめんなさいっ!」

 

本音の気持ちと行動は一致する。

 

だからこそ本気で謝りたい人に向けて深々と頭を下げられたようだ。

 

「そ、そんな…!!」

 

かえでは驚いた顔をして目をパチクリと瞬きさせてしまう。

 

「…あと、こないだ庇ってくれてありがと」

 

「いえ…」

 

「でさ…レナも反省したから…」

 

もじもじしていくレナを見て、かえでに代わりももこが何を言いたいのかを聞いてみる。

 

「レナ達のチーム…チ…チ……」

 

要領を得ない態度をしていたが、突然素っ頓狂な叫び声を上げてしまう。

 

「レ、レナの下僕になればっ!?」

 

「ふゆぅ!?」

 

「って、うぉおい!!下僕ってなぁ……!」

 

突然の失礼発言ではあるが助けられたかえでは何処か嬉しそうだ。

 

そんな彼女は二つ返事で提案を承諾してくれる。

 

「……はいっ!喜んで!」

 

「って、いいんかーい!」

 

「中々飲み込みが早いじゃない…。これからはレナの下僕として一緒に戦ってもらうから!」

 

「はいっ!」

 

「ふっ…ふふ。んまぁ、これはこれでレナらしいかな?」

 

神浜の街でまた1つ、魔法少女グループが生まれる光景が広がっている。

 

この神浜ではこのように複数のメンバーを組んで戦う魔法少女で溢れかえっているのが現状だ。

 

個体は弱いが数の暴力を使ってくる魔獣を相手にする場合、独りで戦えば背後を取られ易い。

 

魔法少女達で集団を組み、互いの死角を補い合う連携をもって対処する方が効率的なのだ。

 

この世界では数の少ないグリーフシードを巡って争う必要はない。

 

だからこそ可能な魔法少女達の安定したグリーフキューブの消費活動が生まれていく。

 

この街の魔法少女グループの密度数で見れば他の街と比較しても強い魔法少女地域だと言える。

 

これは人間の生活に必要な物を生産、分配、消費する他に差をつけた経済社会とも呼べるだろう。

 

では、生存をかけた状況が生まれないのならば魔法少女社会に争い事は生まれないのか?

 

次は神浜の魔法少女社会の現実について語っていこう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一定の地域においてある程度のコミュニケーション密度が長期間継続すると、そこは国となる。

 

そこに住む人達が民族と呼ばれるようになっていくわけだ。

 

民族が独自の政府統治機構を持ちたいと考えた瞬間に、民族は国民と呼ばれるようになる。

 

こうした民族あるいは国民が実際に政府を樹立し成立するのが国民国家である。

 

国民国家体制は17世紀頃のヨーロッパにおいて出現した歴史を持つ。

 

第二次世界大戦後に旧植民地諸国が次々に独立することで全世界に広まっていったのだ。

 

現代における国家は必ずしもこうした理念型に合致するものではない。

 

ひとつの国家の中に異なる政府の樹立を求める民族が複数存在する場合もあった。

 

西洋に恣意的に引かれた国境線を踏襲したまま独立したアフリカ諸国。

 

各国政府はナショナリズムをもって国民形成を急いだが、各民族の部族主義の抑圧を繰り返す。

 

また指導者が自らの属する民族を重用し政府内を自民族で固めるといった行為も繰り返した。

 

自由、平等に反する不義理を行ってきた歴史背景があったというわけだ。

 

アフリカと同じ様に神浜市には西と東の地域によって地域差があり、対立現象が起こっている。

 

西の人間達は東の人間を理由もなく嫌っているという()()()()()()があったのだ。

 

同じ平民でありながらも他の平民に優劣をつけるという深刻な社会問題を抱えた街。

 

その光景は神浜人間社会だけでなく、神浜魔法少女社会にも存在していた。

 

場面は5年前の出来事に移る。

 

十七夜(かなぎ)…東の魔法少女達はどうしても独立したいというわけ?」

 

蒼く美しいセミロングヘアーをした少女は目の前のミディアムカットの白髪少女に問いかける。

 

「神浜の魔法少女社会の代表は西側の者達で固められてきた」

 

「それは…そうだけど……」

 

「東の魔法少女は不満を抱えてきた。自分は不平等を許せないし、他の皆も気持ちは同じだ」

 

「私達は魔獣を滅ぼすために共に戦う仲間よ!どうしてそれが分断されないとならないの!?」

 

「東地域は魔獣の出現率が高過ぎる。なのに西側の魔法少女達は西側を優先する方針を崩さない」

 

「数の少ない東の魔法少女達だけに…命の比重の重さを敷いてきたと言いたいの…?」

 

「そうだ、七海。これは西側の自業自得の末路だ」

 

七海と呼ばれた少女は事実を突きつけられ、顔を俯けてしまう。

 

彼女の代わりとして隣の人物が反論を行ってくれる。

 

「待って下さい十七夜さん!私とやっちゃんは東の貴女達を助けに行きましたよ!?」

 

特徴的な跳ね毛を頭部に生やした白髪ロングヘアーの少女が食って掛かる。

 

しかし十七夜と呼ばれた少女は目を細めてこう告げるのだ。

 

「梓、あの時…西側で活動する他の者達は来てくれたか?」

 

「そ…それは……」

 

「みんな、嫌な顔をして来なかったんだろう?」

 

梓と呼ばれた少女は事実を突きつけられ、隣の少女と同じように顔を俯けてしまったようだ。

 

彼女が伝えたかった部分は十七夜も知っている。

 

西側の魔法少女全てが東側を嫌悪しているわけではない。

 

それでも、それが少数派に過ぎなければ不平等社会という大きな構造を変える力は無い。

 

「世の中の方向性は常に多数派によって決められる。魔法少女社会は実に()()()()()()()()だな」

 

「十七夜…それは謝るわ。でも…」

 

「君達が悪いわけではない。それでも東側は西側魔法少女社会の在り方が許せない」

 

「…東のリーダーと十七夜さん達に慕われている、あの人は何と言ってるんですか?」

 

「あの人と神浜魔法少女社会のボスを気取る西側の女とは、思想の上で完全に決裂した」

 

「何ですって…?そこまで状況が悪化してただなんて…末端の私達にまでは届かなかったわ」

 

「それを引き金にして、自分達も東のリーダーと共に声を大にする」

 

――従わされるばかりで手を差し伸べない西側に付き合うのは…もううんざりだとな。

 

十七夜は席から立ち上がり、最後の言葉を残す。

 

「皆に崇高な目標があるからといって…必ず()()()()()()()()()()とは限らない」

 

「貴方達は何をやってるか分かってるの!一つに纏まってた社会を分断するのよ!」

 

「皆が纏まる事が正しい?それは地域主権を脅かす欧州思想だ。我々は東という地域を優先する」

 

「それで?いざという時に手を取り合えず、魔獣の大軍勢を相手にした時はどうするつもりよ!」

 

「自分達で何とかする。元より君たち西側の連中を当てにしている東の者は極めて少ない」

 

「駄目なんですか…?魔法少女達は夢と希望を信じて手を取り合い…環となる事は!!」

 

夢と希望、そして環となる社会。

 

理想主義的な望みを伝えられた十七夜の表情は落胆に満ちていた。

 

「夢と希望か…。東の者達には平等に与えてはくれなかったのだ……この街はな」

 

怒った七海と心配顔の梓を置いていき店を出る。

 

曇った空を見上げながら、和泉十七夜(いずみかなぎ)は何処か遠い目をした視線を曇天に送った。

 

「自分も含めて…皆が()()()()()()()()()()()()()()()()のさ」

 

都合が悪くなれば相手の事など棚上げし、自分達の理屈ばかりを押し付けて相手側を悪者にする。

 

それが崇高であろうとも、相手側の事情など()()()()()()()()押しつけがましい理屈でしかない。

 

理想では人は救えないのが世の常である。

 

「度し難い程にまで人間という存在は…()()()()()()()()()に…呪われているな」

 

その後、神浜市の魔法少女社会は考え方の違いにより東西に分断される。

 

東西ドイツ、南北朝鮮半島のような地域の分断現象がもたらされてしまったようだ。

 

西と東のボスとなった魔法少女達はその後、年齢を重ねた末に力が弱まり戦いに散る結末を残す。

 

東西で長が不在となったため、立候補を募った末に新たなる魔法少女社会の長が生まれたようだ。

 

5年後の2019年。

 

現在の神浜魔法少女社会の西側の長は七海やちよとなっている。

 

また、彼女の補佐役として梓みふゆが側近のような立場で活躍しているようだ。

 

一方、東側のリーダーは現在に至るまで和泉十七夜独りによる治世が続けられていた。

 

社会の分断現象は今もなお続いていき、これから先も続くだろう。

 

この街に蔓延り続ける部落差別問題がある限り。

 

ニーチェの生の光学の元でという著書の中では、民主主義についてこう論じられている。

 

民衆は所有権獲得の変更の教説としての社会主義から最も遠く隔たっている。

 

民衆が多数派となり国を支配し、徴税の締め具を掌握する。

 

すると民衆は累進課税によって少数派である資本家達の死命を制する事になってしまう。

 

それにより、気高い社会主義思想を忘れる事が出来るようになると言葉を残した。

 

民主主義も一皮剥けばその背後にあるのは実に単純だ。

 

数の力と数の力が戯れるだけの()()()()()()に過ぎなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

環のように皆が繋がり合う。

 

このような思想の事を政治では()()()()()()()()()()()()()()()()()と呼ばれている。

 

人間性の根本的な要素である理性と道徳的能力を世界規模で普遍化させよという政治思想だ。

 

道徳的に善きものにこそ国家に限定せず、世界人類が忠誠を誓うべきである事を目指す。

 

コスモポリタニズムの発展的、急進的形態として()()()()()()が挙げられる。

 

人種、言語の差を乗り越えた世界平和には全ての国家を統合した世界国家を建設すべき。

 

歴史において最もコスモポリタニズムを指向した国家こそ、ソビエト連邦である。

 

ロシア革命を起こしたボリシェヴィキはロシア革命を世界革命の発端として考えていたようだ。

 

だが現実はどうだ?

 

ソ連が期待していた西欧諸国での革命は起こらない。

 

ソ連もスターリンが実権を握った後は一国社会主義に傾いた。

 

コスモポリタニズム的な世界革命論を唱えたトロツキーは追放された。

 

なぜ世界の国々が国の思想を超えて環となる事が受け入れられなかったのだろうか?

 

これを現在の神浜魔法少女社会の光景と照らし合わせて語っていこう。

 

2019年の4月も終わりに差し掛かった頃。

 

夜の20時を過ぎた頃の工匠区では現在、東の魔法少女が誰かに追われていた。

 

「ウチ…どうしよ…やっぱりこんな時間に買い物に行かされたのが間違いだったよーっ!!」

 

職人街として栄えた工匠区の工場を飛び越えながら逃げ惑うが既に周りは魔獣結界。

 

後方からは短い瞬間移動を繰り返しながら迫りくる魔獣の群れが迫っていた。

 

「きゃぁっ!!」

 

屋根に着地したが体勢が崩れ、屋根から転がり落ちてしまう。

 

地面に倒れ込んだ魔法少女は涙目ながらに愚痴を零す。

 

「痛い…なんでウチばっかが…男共に酷い目に合わされるの?」

 

起き上がろうとした彼女の周りは既に魔獣達が包囲している。

 

咄嗟に魔法の横笛を吹き鳴らし、魔音の旋律をもって動きを制しようとするが効果は少ない。

 

「だ…駄目!やっぱりウチの力じゃ一体が限界だよぉ!!」

 

魔獣は数の暴力を使う。

 

横笛の力が効く範囲は限定され過ぎているため、極めて相性が悪かったようだ。

 

魔獣の周りを覆う複数の四角いポリゴンが彼女に向けられていく。

 

絶体絶命かと思われた時だった。

 

<<チャラ~~~~~~ッ!!!>>

 

工場敷地にある煙突の上から素っ頓狂な掛け声が放たれる。

 

炎を両手に纏いながら回転してくる存在が一気に急降下してくるのだ。

 

「きゃあっ!?」

 

魔獣の足元から巨大な火柱が起こり、熱を防ぐように両手で顔を覆う。

 

目を開けていくとそこには焼け焦げた地面しか見えず魔獣は全て倒されている。

 

両手に燃え上がる功夫扇を持つ魔法少女が立ち上がっていき、笑顔を向けてきた。

 

「ふぅ!今日も私は絶好調!危なかったね~大丈夫?」

 

開いた功夫扇を閉じ纏う炎を消してから歩み寄ってくる謎の魔法少女。

 

長い髪を高めのポニーテールにした彼女は武器を仕舞って手を差し伸べてきた。

 

「……あ、アンタ」

 

横笛を持つ魔法少女は無言で目の前の魔法少女を見つめるばかりの態度を示す。

 

「ほっ?どうしたのかな?私の服に何か妙な物でもついてる?」

 

「…その武器、もしかしてアンタは西で最強とか言い回ってる魔法少女?」

 

「その通り!最強の魔法少女!それがこの私、由比鶴乃だから!」

 

西の者だと分かった少女は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていく。

 

「…ウチは天音月咲。助けてくれた事は礼は言うけどさ…これ問題じゃないの?」

 

「ほっ?何が問題なの?私はうちの万々歳の出前でこっちにまで来ててさ、帰り道で偶然…」

 

「越権行為じゃない!ここは東のテリトリーだよ!なんで西の魔法少女が活動しちゃうのさ!」

 

「な、何言い出すの!?あなたピンチだったじゃない!魔法少女は助け合うものでしょ!」

 

「助け合う?ウチら東の魔法少女に…西側が何をしてくれたのさ!」

 

昔から魔獣の密集地帯を東側に押し付けてきたため、西側の魔法少女達の印象は悪い。

 

そのため相互不可侵を続けてきたようだ。

 

「何でそんな事言うの…?私はただ貴女を助けたくて…」

 

「大きなお世話だから!ウチらの街はウチらだけで守る!西側には頼らないからね!」

 

「昔は昔、今は今だよ!過去に縛られ続ける必要なんて…」

 

「西側が東側にしてきた事を忘れたの!アンタ達の平和は東側の犠牲で成り立ってきたのに!」

 

「ち…違うよ!私はそんなつもりじゃ…」

 

「もういい…助けてくれた事は礼を言うけどお節介だよ。お父ちゃん達を待たせてるから帰るね」

 

「あっ……」

 

声をかけようと思ったが、何を言っていいのかも分からず黙り込むしか出来ない有様であった。

 

これが西側魔法少女社会と東側魔法少女社会との間で広がる深い溝。

 

手を差し伸ばしたら喜ばれる。

 

有難うと言ってくれる。

 

一緒に支え合える。

 

ただの()()()()()()()だ。

 

コスモポリタニズム思想は地域主義を掲げる多くの愛国派から批判の声を浴びせられた思想である。

 

他者を想像することの困難さはSNS社会だけでなく現実生活でさえ克服する者は少ない。

 

他者の痛みを知らずに済ませる事は余りにも簡単だという事実。

 

相手の心に危害を加える事の容易さ、()()()()()()()我々の能力が極めて劣っている事の表れだ。

 

想像した事物は知覚された事物のような活力、生き生きとした性質をもたない。

 

世の中における差異は無限であり、想像を超える人物達が存在する。

 

他者に気を使うという事は非常に()()()であり、他者を認めていない事と同じ。

 

コスモポリタニズムは地域主義の暖かく心地よい感情とは異なり孤独である。

 

理性と人間性への愛のみを提供するが、異なる相手を深く理解するものではない。

 

価値観の押し付け行為とも相手に捉えられてしまい、相手を深く傷つける結果だけを残す。

 

異なる他者、異なる地域、異なる文化、異なる宗教、異なる国。

 

それらに自分達の愛溢れる道徳的思想こそ絶対だと押し付けたところで、結果は歴史が示す通り。

 

この世界とは違う宇宙に存在する神浜市では、この思想を魔法少女達に広めようとする者がいる。

 

愛と優しさだけで魔法少女達を環のように繋げ合い、助け合う社会を目指したいと信じていた。

 

違う宇宙の彼女の道は果たして、魔法少女達の総意となるのであろうか?

 

独りよがりの独善であり、周りの意見を見てくれない理想主義に過ぎないのであろうか?

 

その理想さえも行動と責任が伴わなければ無責任と周りから言われるだろう孤独な道。

 

思想、己の正しさ、全て感情から生み出される願望を叶えたい人間の欲。

 

自分の正しさは他人の正しさとは限らない。

 

だからこそ人類は争い合うし、永遠に苦しむ。

 

終わりなき善悪を生み出すものこそ人間の感情。

 

人が永遠に背負うだろう原罪によって争い合うしか許されない。

 

まさに唯一神から人類に与えられた神罰であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

4月の始め頃に場面は移る。

 

ここは東京の成田国際空港。

 

淑女が好む服装を身に纏い、眼鏡をかけた細目の白人女性が空港内に現れる。

 

行き交う日本人の姿や日本語を耳にしながら彼女は口を開きだす。

 

「…この国に再び訪れるなんてね。…懐かしいわ」

 

時刻は夜。

 

ロビーを照らす照明によって女性の背後には人影が映っている。

 

その人影に生まれていくのは真紅の瞳だった。

 

<たしか、我々が最初に訪れた時代は1878年だったかな?>

 

女性の頭の中に念話が送り込まれていく。

 

<あの頃はイザベラ・バード・ビショップと名乗り、英国人を演じていたな…ビショップ夫人?>

 

<…やめて。その名はもう意味を成さないわ>

 

イザベラ・バード・ビショップとは19世紀の大英帝国の旅行家であり探検家。

 

明治11年の6月から9月にかけて日本を旅行した記録として日本奥地紀行を残した人物だった。

 

<習った日本語も覚えていたようだな?まぁ、お前は何処の国にも居場所などないからなぁ>

 

<…この永遠に続くだろう苦しみを与えた貴方が、それを私に言うわけ?>

 

<お前がそれを望んだのだ。忘れるな>

 

溜息をつき、再び彼女が歩き出す。

 

空港出入り口付近に止められているタクシーの1つに乗り込み、行き先を伝える。

 

走り出した車の中でも彼女は念話を続けていたようだ。

 

<なぜ私の日本で活動する拠点を東京ではなく神浜市にしろだなんて進言してきたの?>

 

<この東京と呼ばれる首都はいずれ、危険地帯になるからさ>

 

<東京が危険地帯になる…?それは東京の守護者として振る舞う人修羅と関係があるわけ?>

 

<この国の首都、東京は既に…()()()()()()()()()()()()。いずれ分かることだ>

 

<この国の首都が…日本政府に見捨てられた…?>

 

疑問が募るばかりの女性を乗せたタクシーの灯りが夜道を進んでいく。

 

向かう先は神浜市。

 

そこは東京の守護者が立ち寄る事になるだろう大規模な魔法少女社会を抱えた街。

 

悪魔であり人間でもある尚紀は神浜市で何を求めていくのであろうか?

 

向かう先は同じ表の社会、そして関わるのは裏の社会。

 

この物語はきっと、社会の在り方について己の正しさをぶつけ合う物語となるであろう。

 

社会主義を全体主義にまで押し上げ、共産主義の思想に目覚めてしまった東京の守護者。

 

炎を運ぶ者の物語が今、再び動き出す。

 




読んで頂き、有難うございます。


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77話 シジマの道

2019年、5月1日。

 

新しく改変された世界において東京の魔法少女社会は大虐殺の災厄に見舞われた。

 

かつての世界の東京で生きた魔法少女達が経験した悲劇はこの世界でも起きてしまう。

 

この惨劇の日をかつての世界ではワルプルギスの夜の惨劇として語られてきた。

 

それが再び違う世界でも繰り返される結果を残したようだ。

 

魔獣世界になろうとも東京の魔法少女社会は何も変わってはくれなかった。

 

個人主義に腐り、魔法の力を人間社会に向けて使う自由主義の魔法少女達だからこそ報いを受けた。

 

個人主義。

 

それは個人一人一人を尊重する自由、平等思想。

 

聞こえは良いだろうが、それは利己主義に生きる者達も尊重しろというジレンマがある。

 

民衆が思想の上で制御不能な社会。

 

それ故に個人主義を尊ぶ日本や米国等の社会も様々な思想グループが対立し、歪み合う。

 

時に政治さえ巻き込み社会が壊される。

 

大虐殺を行った者はそんな個人主義の思想の限界を知り、個人主義を捨て社会主義を選んだ。

 

自由の名の元に魔法を悪用し、人間社会に牙を突き立てる存在を許さない者として彼は生きる。

 

個人主義の名の下に魔法を悪用する者達を尊重しろという理屈は通用しなかった。

 

個人主義が一人一人の自由を尊重するならば、彼もまた社会主義を望む自由さえあったから。

 

彼は東京においては人修羅と呼ばれる悪魔。

 

人間としては嘉嶋尚紀と呼ばれる存在でもある。

 

再び東京の街を襲ったのは彼が提唱する思想である人間社会主義を実行するため。

 

共産主義をベースにして生み出された全体主義政治体制の下、独裁支配が敷かれていく。

 

彼が魔法少女社会に望むのは全体の利益を個人の利益より優先すること。

 

強者階級である悪魔や魔法少女は無力階級である人間社会のために尽くすべき。

 

個人の自由を徹底的に排除して社会に奉仕する存在とさせる。

 

それが全体の幸福にも繋がるという政策内容だった。

 

民主主義的な共同体主義も存在するが、それが民主主義ならば数の力である多数派には勝てない。

 

彼が魔法少女達に向けて話せば分かってくれると人間のフリをして現れるとする。

 

人間社会に尽くすべきだと語ったところで、部外者が命令するなと殺される危険が大きかった。

 

民主主義的な話し合いではどうする事も出来ない現実がある。

 

故に全体主義をもって制する選択を選んだ存在こそ魔法少女の虐殺者と呼ばれる人修羅だった。

 

現在、彼は東京の魔法少女社会に向けて恐怖政治による()()()()を行う目的をもつ。

 

新たなワルプルギスの夜の惨劇から一ヶ月が過ぎ、季節は6月を迎えた頃。

 

夜の高層ビルの屋上から東京の街並みを見下ろす者の姿がそこにはあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「…どうやら俺の恐怖政治は上手く機能したようだな」

 

外界では一組の半グレグループの魔法少女達の姿が見える。

 

いつもならこのテリトリーで営業活動をしていたグループのようだ。

 

この一ヶ月間見張りを続けてきたが、人間社会に危害を加えた形跡は見つからない。

 

他の監視対象の魔法少女グループも同じ様になりを潜めている事は把握済み。

 

魔法少女の使命である魔獣討伐のみで集まり合う、秩序ある光景の兆しを感じさせる少女達。

 

しかし、蓋を開ければ互いが猜疑心に塗れた烏合の衆と化していたようだ。

 

「エゴイストにとって最も尊いモノ…それは()()()()だろう。ちゃんと分かっていたようだ」

 

東京の魔法少女達は全員が悪魔に殺される命の危険に晒されている。

 

自分だけが人間社会に危害を加えないようにすればいいでは済まされない。

 

連帯責任として他の魔法少女が人間社会に危害を加えたならば、全員が止めなかった責任を負う。

 

誰か1人でも人間社会を襲えば皆殺しにされるという相互監視社会体制。

 

それを実行するに足る者だと証明するためにアレ程の大虐殺の力を魔法少女社会に示したのだ。

 

「問題は気に入らない魔法少女を貶めるためだけに、俺に()()()()()をしようとする連中だな」

 

東京で長い間魔法少女の虐殺者をしていたためか、徐々に尚紀の顔も魔法少女にバレてきている。

 

人間のフリをして誤魔化すが、中には固有魔法をもって悪魔であると見抜く者達もいたのだ。

 

長い関わりで正体がバレてしまったが、報復しに来る者は全員返り討ちを繰り返したこの二年。

 

既に報復者の姿は消えたようだが、今度は虚偽の密告者が現れだしたのだ。

 

全体主義が恐ろしいのは弾圧されることだけではない…密告制度の問題も大きい。

 

自分が助かるためなら誰でも密告してしまう社会を生み出す()()()()の社会現象が生まれるのだ。

 

誰も信用出来ない社会では皮肉な事に、最も信用出来るのは国家(社会)になってしまう。

 

国家に忠誠を誓い裏切らなければ、とりあえず身の安全は保証される。

 

尚紀の前に現れた様々な密告者達。

 

彼の顔色をうかがう者。

 

色仕掛けをしてくる者。

 

貶めたい奴を差し出し生贄にして優遇を期待する者。

 

全てが全体主義社会から逃れたい足掻きだったようだが無駄であった。

 

「魔法少女共の悪足掻きなど…悪魔の俺には通用しない」

 

彼は悪魔の力として()()()の能力を使うことが出来る。

 

この力は低級悪魔でも使いこなす事が出来る魔法のようだ。

 

悪魔の世界では珍しくはない、擬態と並ぶ悪魔能力の一つ。

 

探偵の仕事ぐらいでしか使う機会がなかったが、虚偽の密告者相手でも役に立ったようだ。

 

勿論、その魔法少女達の姿が仲間グループの元に帰ってくることはない。

 

虚偽の密告が通用しない相手なのだという恐怖宣伝にもなるだろう。

 

まさに死の上に死を築き上げる大虐殺の道だった。

 

「俺の…死の上に死を築く、闇の力…か」

 

かつてルシファーに言われた言葉を思い出しながら右手を持ち上げて見つめてしまう。

 

不意に視界にノイズが走る。

 

見えたのは発光する入れ墨を持つ血塗れた手。

 

目的のためならば相手を殺し、殺し、なおも殺し続けてきた修羅の手。

 

かつての世界も合わせて、一体どれだけの死の山を築いたのかと考えてしまう。

 

そんな時、ボルテクス界のアマラ経路で戦った外道種族の悪霊から言われた言葉が脳裏を過った。

 

――ウォレハ、ワカッタンダ。

 

――ジブンノ、モクテキノ、タメナラ、ダレデモ、コロス。

 

――オマエハ、ウォレト、()()()()

 

「…そうかもな。俺も客観的に見れば、まさに外道と呼ぶべき人殺しだ」

 

開いた手を握り締めていく。

 

「それでも必要だから俺は戦う…そして、誰かを殺し続けるだろうな」

 

風華も将門も関係ない。

 

誰かを出汁にして行った事を擦り付け、凶行を正当化するものではない。

 

自らの意思で行い、責任を背負う道。

 

誰に相談するものでも許可を受けるものでもない。

 

自らの社会欲を満たすための凶行だった。

 

「結果として交わした約束に繋がれば…それでいい」

 

ビル風が吹き抜け、黒いトレンチコートの裾を大きく揺らしていく。

 

かつて感じられる事が出来た愛した人の温もりも今となっては思い出せない。

 

人の体を砕き、引き裂き、返り血を纏う。

 

人の生命が消えていくおぞましい温もりしか感じない。

 

遠い目をしながら夜風が頬を冷たく撫でていく月の世界を見上げていく。

 

「俺は風華じゃない…。だから、こんなやり方しか出来ない」

 

嫌でもこう考えてしまう。

 

唯一神に呪われた悪魔とは違う者が現れてくれたら、優しさだけで救えたのではないだろうかと。

 

「俺の優しさじゃ…駄目だった。死なせたくなかった…あの小さい女の子を…」

 

目を瞑り、その時の出来事を思い出していく。

 

尚紀にとっては余りにも辛い出来事であり、決意を燃やすキッカケとなった記憶であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

風見野市から旅立ち、東京に帰ってきたのも2年前の3月が近い時期だった。

 

それからは暫くホームレス生活を送りながら5月を迎えた頃、それは起きる。

 

魔法少女至上主義を掲げる犯罪者の少女は自分よりも小さい女の子の頭部を撃ち砕いた。

 

その悲劇を生み出したのは尚紀の甘さという優しさが原因である。

 

痛めつけて脅してやったし改心するだろう。

 

そんな()()()()()()()()()によって、1人の少女は死んだ。

 

自責の念に駆られていき己の甘さを呪う言葉が脳裏に浮かんでいく。

 

殺した奴は同じ様に、いやそれ以上に細かくして砕いてやる最後を与えた。

 

それでも帰ってきてくれないのだ。

 

人修羅の甘さのせいで死なせてしまった。

 

小さい女の子の頭部がないのは守れなかったお前のせいだと己自身を激しく憎む。

 

その子はプレゼントを持っていた。

 

母親に贈るべきだった誕生日プレゼントは別の品となった。

 

母親に送られるプレゼントは頭部のない愛する娘となった。

 

()()()()()()()()()()()()

 

……………。

 

あれから二年が過ぎた東京の街。

 

仕事で新宿区を回っていた5月の日にそれは起こる。

 

「この通りを歩いていると…あの日を思い出さずにはいられないな…」

 

表通りの店のガラスに映る自分の姿を立ち止まったまま見つめてしまう。

 

まるであの時の自分の姿のように返り血に塗れの男の姿が一瞬だけ見えた気がした。

 

<<うああああぁぁーーーー……ッッ!!!>>

 

路地裏の奥から女性の泣き声が響いてくる。

 

何事かと彼は路地裏に向かって歩いていく。

 

声の元にまで進んでいく。

 

あの時とは逆の道のりをなぞるようにして。

 

開けた路地裏を見て、ここが何処だったのかを尚紀は理解した。

 

見れば夫婦と思われる人物達の手によって献花が行われているようだ。

 

遺影を抱きかかえながら泣き崩れた妻の姿が蹲っている。

 

妻を強く抱き締めながら嗚咽を堪えている夫の姿が蹲っている。

 

夫と思われる人物の視線が尚紀に向けられたようだ。

 

「うっぐっ…うぅぅ!!……すいません、お見苦しいところを…」

 

「…いや、俺は気にしてない」

 

涙をハンカチで拭い気持ちを落ち着ける夫だが、母親は泣き声を出し続ける姿を晒したままだ。

 

その手には愛する娘の遺影が抱かれていたようだ。

 

「二年前…娘がこの路地裏で何者かに殺害されました。犯人は…まだ捕まっていません」

 

その言葉だけで彼らが何者なのかを理解出来るはず。

 

守ってあげられず、合わせる顔もなく逃げた時に聞いた声を出していた人物が目の前にいるのだ。

 

「…その子は、小さかったのか?」

 

「はい…まだ小学三年生になったばかりの時期でした」

 

「何にだってなれる…未来ある子供だったんだな」

 

「なのに…誰かに殺されました。頭部を破壊される……酷い殺され方だった」

 

脳裏に浮かぶのは頭部を失った子供の亡骸と血塗れのプレゼントカード。

 

「あの日は妻の誕生日だった…なのに!頭部のない愛する娘の遺体がやってきた!!」

 

「……そうか」

 

「どうして…どうしてこんな…理不尽過ぎる……」

 

夫婦が愛した娘を守れず、逃げ出した者が目の前にいるのをこの夫婦はまだ気がついていない。

 

黙っていればこの場をやり過ごせるかもしれない。

 

それでも夫婦に白状しなければ尚紀の心は気が済まない。

 

彼のせいで娘を失った両親の悲痛な無念から逃げ出すわけにはもういかないと決断した。

 

沈痛な表情を浮かべた彼の重い口が開き、震えた声のまま真実が語られたのだ。

 

「……逃げたんだ」

 

「えっ……?」

 

両親の心の叫びを見せつけられ、ついに良心の呵責に耐えきれなくなった者が言葉を紡ぐ。

 

あの時の己の罪と向かい合う覚悟を決める。

 

「二年前、俺は……あの時のこの場所にいたんだ」

 

「な、なんですって!!?」

 

泣き崩れていた妻がその一言を聞いて立ち上がり、目の前の尚紀を泣き顔のまま睨む。

 

「あの子が頭を砕かれる瞬間を…見た。守れた筈なのに…守れなかった…怖くなって…逃げた…」

 

守れなかった己の罪。

 

許しを請うように体が震える罪人が精一杯言葉を紡いでいくのだが、地面に遺影が落ちる音が響く。

 

「俺…あんた達になんて謝まっ…!?」

 

謝罪の言葉を出す前に怒りが爆発した妻の拳を左頬に受けてしまう。

 

彼は受け身もとれずに倒れ込む。

 

「なんで娘を守ってくれなかったのよッ!!あんた男でしょ!?どうして見捨てて逃げたの!!」

 

馬乗りになってなおも殴り続ける妻の荒々しい姿。

 

慌てて夫が止めようとするが、視線を向ける尚紀の目はそれを拒む。

 

「私が欲しかったプレゼントは…私を大事にしてくれる娘の笑顔よ!!」

 

怒りと悲しみが爆発したまま尚紀を罵倒し続ける。

 

「その笑顔を向けてくれる顔が無い!!頭部が無い!!娘の亡骸が欲しかったわけじゃない!!」

 

力任せに殴り続けていた体力も無くなっていく。

 

尚紀の上でただ涙を零し続ける女性を見つめながらも罪人は謝罪の言葉を言い続ける。

 

「本当に…すまなかった…。俺のせいなんだ…あの子を死なせたのは……」

 

「謝罪なんていらない!!娘を返して!!返せぇぇッ!!!」

 

「もういい!!頼むからもうやめてくれ!!!」

 

我慢が出来ず夫が駆け寄り妻を無理やり引き剥がす。

 

倒れ込んだままの尚紀の目からも感情が抑えきれずに涙が零れ落ちていく。

 

「約束する!!もう絶対にあの子と同じ犠牲者を生み出させない社会を俺が作る!!」

 

罪人は誓う。

 

二度とこのような事態を生み出す事が不可能な魔法少女社会を築き上げると。

 

「あんた達みたいな悲し過ぎる犠牲者は…二度と作ってたまるもんか!!」

 

震えながらも叫ぶ負け犬の感情が籠もった声。

 

自分と同じぐらい辛かったのだという事を夫は感じ取ってくれた。

 

泣き崩れそうな妻を抱きしめながら倒れた尚紀に真剣な眼差しを向ける。

 

()()()()()()()

 

尚紀も真剣に向き合う覚悟を示すのだ。

 

「頼む…私達みたいな者を生み出させない、力無い人間に()()()()()()()()()()()()()()を…」

 

――君の力で目指してくれ…力の無い私達の代わりに。

 

……………。

 

どれぐらいビルの屋上で月を見ていたのかは分からない。

 

今となってはあの黄色く輝く月でさえ血染めの月に見えてくる。

 

人間を価値の無い劣等種の如く扱う事を正当化する邪悪な思想、魔法少女至上主義。

 

それを生み出すのは一人一人を尊重せよという個人主義という名の()()()()()()()()()()()

 

誰かを尊重する事とは誰かの生き方を尊重した上で放置する。

 

ああいう生き方があってもいいと多様性を称え合いながら放置する。

 

「結局のところ、魔法少女と呼ばれる連中の中身は…自分さえ良ければそれでいい連中だった」

 

迷いなき足取りで去っていく。

 

「作ってみせるさ。約束したんだ…絶対に魔法少女共が好き勝手出来ない社会を作るとな」

 

彼が築き上げる独裁的な絶対管理社会。

 

その社会構造は己の感情のまま好き勝手をする事が許されない感情否定で形作られている。

 

一切の無駄や我欲を省き、魔法少女を人間社会のためにしか動かせない歯車と成す。

 

人修羅も魔法少女も含め、強者階級は人類全体を()()で包み込み全体の幸福を目指す。

 

尚紀が目指す社会は、世界を照らすのみ存在が許される信号台と化す世界であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ここはかつてボルテクス界と呼ばれた世界。

 

今のこの世界はコトワリの神々が降臨している。

 

ついにカグツチ塔で総力戦を迎えようとしていた頃の話だ。

 

人修羅と仲魔達もまた、全ての決着をつけるためにカグツチ塔を登っていく。

 

「どうやら…上の方じゃ盛大なお祭り騒ぎのようだな」

 

軽口を叩くダンテだが、人修羅は無言で先を進んでいく。

 

「パーティに遅れて参加するんだ。趣向を変えてやろうじゃないか」

 

悪魔の如き真紅の瞳をした人修羅は低い笑い声を響かせる。

 

「コトワリの神々はコトワリを成就出来ず、俺にぶっ殺されて終わる最後を与えてやる」

 

殺意の塊と化した人修羅の姿こそ、彼が完全なる悪魔となった証拠である。

 

仲魔のピクシーは怯えながらダンテの肩に座っているのは人修羅に近寄るのが恐ろしいからだ。

 

「尚紀…もうあたしが知ってる尚紀じゃないんだね」

 

大きかったが縮んでしまったジャアクフロストもまたダンテの足元で隠れていた。

 

「ヒホ…オイラもワルを目指してたけど、今のヒトシュラみたいになれる自信はあんまりないホ」

 

人修羅の横を歩くケルベロスも重い口を開く。

 

「強キ者ヨ、我ハ主ガ汝ニ託シタ願イ、叶エラレシ者カ見極メル為ニツイテキタ」

 

「お前の主など知ったことか。俺についてくるなら俺の敵を倒す事だけを考えろ」

 

「…ダガ、今ノ汝カラ感ジラレルノハ、全テヲ破壊スル程ノ怒リト悲シミノミ」

 

「だからどうした?俺に必要なのは全てを破壊する力だけだ」

 

殺気の塊が近くにいるのに涼しい顔をしたセイテンタイセイは軽口を叩く。

 

「独り相撲を取ることにならなきゃいいけどな。今のお前は俺様から見ても危ういぜ?」

 

クーフーリンと浮遊しながらついてくるティターニアも同じ様に心配しているようだ。

 

「坊や。私は貴方を主と認めてついてきたわ。だからガッカリさせないでね」

 

「私の槍もお前を主と認めて預けたのだ。私達がお前を信じているという事を忘れるな」

 

仲魔達の気遣いは届かない。

 

優しさを与えれば与えるほど彼をイラつかせるだけなのだ。

 

「…どいつもこいつも、俺がそんなに頼りなく見えるか?」

 

立ち止まり、巨大な扉の前に立つ。

 

「見せてやるよ…ボルテクス界という地獄を超え、アマラの深淵にまで辿り着いた俺の力を」

 

扉を力任せに強引に開く。

 

塔の内部でありながら無数のブロック体で組み上げられた広大過ぎる空間。

 

塔の内部とは思えない程に広い場所。

 

そして内部に座り込む巨大なる神の姿がそこには在った。

 

「…よぉ、氷川。シジマの大将がこんな低い場所でサボっていていいのか?」

 

目の前に佇むコトワリ神の名は()()()()()であった。

 

【アーリマン】

 

またの名をアンリ・マンユとも呼ばれる。

 

ゾロアスター教において善と光の化身アフラ・マズダの対となる悪と暗黒の化身。

 

無限の暗黒を住処とし、常に最悪の事を選択し全てを破滅へと向かわせる事を何より好む。

 

アフラ・マズダと永遠ともいえる戦いを続け最後には敗れて悪と共に滅亡するという。

 

アーリマンは異名でありシュタイナーが人智学において無機的・唯物的精神を表現する。

 

それは氷川の唱えたシジマの精神を思わせる部分でもある。

 

それに対抗する情熱的な興奮や神秘主義に走りやすい精神は()()()()()と呼ばれていた。

 

「我が静寂の世界を乱すは何者ぞ。シジマの国の訪れを阻まんとするは…」

 

薄暗い空間内部で蠢く無数の巨大触手の音が響く中、アーリマンの金色の眼光が光る。

 

「くだらない神芝居はやめろ。神という絶対者になったつもりかよ、氷川?」

 

巨大な神の御姿に臆すること無く人修羅は歩みよっていくその姿を金色の瞳は捉えている。

 

「そうか…お前か」

 

「氷川ぁ…貴様は大いなる神が敷いた世界の運命を利用したに過ぎない虫けらだ」

 

そして人修羅の恩師を虚無の彼方に葬り去った憎き敵でもある。

 

「お前には力がある。だが、ついぞ我が意に適う心を持つことはなかった…」

 

「何が静寂だ?何が感情の否定だ!?俺の心の怒りは、お前を滅ぼせと叫び続けている!!」

 

――全てのコトワリを滅ぼせと叫んでいる!!

 

世界を焼く程の情熱的な感情。

 

弱い自己から脱却を望み、魔界の絶対者によって人の心さえ無くされても求める神秘主義。

 

それが完全なる悪魔になる道を選んだ人修羅の今の在り方。

 

「だからこそ、お前の精神は堕ちたのだ…ルシファーの元へとな」

 

「殺す…貴様だけは形があること自体が許せない!!滅殺してやるぞ…氷川!!!」

 

怒り狂う人修羅の姿が金色の瞳に映り込む。

 

だがシジマのコトワリ神としての力を得た氷川には彼の別の可能性が見えていた。

 

その可能性がこの世界では成就する事はないだろう事も。

 

「…惜しいな、少年」

 

人修羅の中に眠る可能性が見えたからこそ、シジマのコトワリ神はこの場で待っていた。

 

シジマにとって最大の敵勢力であるヨスガとの決戦を遠ざけてまで。

 

氷川と呼ばれた人間の面影を少しだけ見せたアーリマンが動き出す。

 

望み叶わず敵となった人修羅を屠るためコトワリ神の力が開放されたのだ。

 

「邪なる迷わし者よ!!その忌まわしき欲望とともに滅するがいい!!!」

 

「行くぞ…氷川ぁぁぁーーッッ!!!!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

大いなる神の力で生み出されたカグツチ塔が内側から破壊されかねない程の衝撃が続く。

 

それが静まり返るという事はコトワリの神が滅ぼされた事を表すのだろう。

 

静まりかえる暗闇の空間。

 

アーリマンは倒れ込み、もはや動く力も無い。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!……俺の勝ちだ」

 

巨大なる頭部の一部が砕け、そこから露出した人間の上半身部分が地面に倒れ込んでいる。

 

「…静かだ…静か過ぎる。そうか、虚無が…私を迎えに来たか……」

 

コトワリの神と一体化を果たした人間もまた未来永劫運命を共にするしかない、滅びも含めて。

 

死の間際であろう氷川の耳に音が聞こえた気がした時だった。

 

「ぐっ!!」

 

俯向きに倒れ込んだ頭を踏み潰さんと踏み蹴りを放つ人修羅が皮肉に満ちた挑発を見せる。

 

「…満足か?()()()()()()()()()()だぜ?」

 

「確かに私は私独り…シジマに与する堕天使共は、シジマを利用していただけだった…」

 

「…どういう意味だ?」

 

「堕天使共が欲しかったのは人々の静寂ではない…悪魔達の()()()()()()()()だ」

 

「完全なる支配体制だと…?」

 

シジマの世界ではもはや人間は感情を持たない。

 

創世記で描かれしアダムとエヴァのような無垢な存在と化す。

 

「神が従順に従う羊を欲しがったように…悪魔達もまた従順な羊を欲しがった…」

 

「感情を捨てた羊達…世界から争いは消える。だが…()()()()()()()()()ということか」

 

「そういう事だ…。堕天使共が欲しかったのは…社会全体主義による…永遠の独裁体制だ!」

 

「悪魔らしいペテンだったってわけかよ?シジマという思想組織はハリボテに過ぎなかったか」

 

「ルシファーの企む千年王国のモデル…それは()()()()()()だ…」

 

このボルテクス界などルシファーにとっては思想実験の舞台でしかなかった。

 

真の狙いとは別の宇宙に築き上げる混沌の理想郷。

 

自由の名の元に国境を無くし、完全なる世界政府体制を築き上げる世界のワンワールド化。

 

それこそがこの宇宙でシジマ勢力を用いて考案したニューワールドオーダーであった。

 

「分からない…なら何故ルシファーは人間に感情を与えたんだ?」

 

「感情があったからこそ、人類は高度な文明を築き上げるまでに成長出来た…」

 

「違うアマラ宇宙で熟した果実を収穫するつもりかよ?ルシファーと堕天使共は…?」

 

「それだけではない…感情はエネルギーを生み出す…マガツヒのように…」

 

「まさか…ルシファーが人間に感情を与えたのは、競争社会による文明開化だけでなく…」

 

「それは宇宙を熱で温め寿命を伸ばす事も出来る…熱力学の第二法則さえ覆す…」

 

「宇宙の光の秩序そのものじゃねーか!!まさかルシファーは…()()()()()()なのか?」

 

「フフ…堕ちたとはいえ、ルシファーもまた…ヘブライの天使に…過ぎない……」

 

残された命を使い切ったのか、氷川の体もアーリマンの体にも亀裂が無数に入っていく。

 

「力持つ者…欲望の覇者よ。お前の望む世界を築くがよい…もう、私には関係のないことだ…」

 

砕け散った氷川の体。

 

その内部から転がり落ちたモノを拾い上げる。

 

誰の声なのかは分からない声が耳の奥に響いた気がした。

 

――私も…見て…みたか…た…お前…の…社会…欲…。

 

――シジ…マ…可能…性……。

 

……………。

 

記憶の世界から戻れば時刻は深夜3時を超えている。

 

ここはボルテクス界とは違う世界にある東京。

 

歌舞伎町近くにあるマンションの暗い一室。

 

尚紀は布団から上半身だけを起こしていた。

 

「なぜ今頃になって…あの時の夢を鮮明に見てしまうんだろうな」

 

時計の針が刻まれる音だけが響く暗い部屋で体を起こし、ベットに座り込む。

 

「氷川…お前はもしかして…あの時から気がついていたのか?」

 

――俺が違う世界で()()()()()()()()()()()に目覚めるだろうことを。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

次の日も聖探偵事務所に赴き、毎日の仕事をこなしていく。

 

依頼された浮気捜査の張り込みついででいいと使いも頼まれていた用事も済ませたようだ。

 

事務所の階段を上がっていき事務所内に入る。

 

「よぉ、ご苦労さん」

 

彼の返事も聞かず、珈琲を淹れて持ってくる。

 

「何だよ?」

 

「まぁ、飲みながら聞いてくれないか?長い話になるからよ…」

 

所長席に座り、珈琲を一口啜ってから深く背もたれする。

 

日が沈む夕日の光が事務所のブラインド窓の隙間から入り込む中、丈二は重い口を開いた。

 

「俺な……この事務所を東京から引っ越そうと考えているんだ」

 

珈琲を啜っていた尚紀の無表情な顔つきが変わる。

 

突然の業務移転計画の話を聞かされれば無理も無い。

 

「突然だな…何故東京で私立探偵事務所を続けていかないんだ?」

 

「お前も感じているだろ?東京での仕事が無い時期が増えていることに?」

 

「……まぁな」

 

探偵は人間社会にトラブルが起きていく限り景気に左右されない。

 

そのため東京の探偵事務所も増加する一方であり、熾烈なシェア争いが起きているのが現状だ。

 

「副業で稼ぐのもいい…だが俺の本業は探偵でいたいんだ」

 

「だから新興都市に引っ越そうと考えたというわけか?」

 

「その新興都市が出来た地域はな…俺の実家がある地域なんだよ」

 

「丈二の実家……」

 

聖丈二の正体は知っている。

 

彼は大いなる神に運命を弄ばれ背負わされた業罪ゆえに転生の形さえ奪われた者。

 

この者に課されたのは世界に起きる全てを見届けなければならない罰がある。

 

あらゆる時代、世界の天秤を、その傾きを記すことを使命づけられた存在。

 

その真実ならアマラ深界で尚紀は聞かされていたが、どうやらイメージとは違ったようだ。

 

(まぁ、他の世界に流れ着く転生者が人間の体を介さずに産まれるはずは無いよな)

 

「俺の生まれは神浜市と呼ばれる街だ。今では新興都市にまで都市開発されちまった地域さ」

 

「神浜市か…何度か行ったことがあるな。神浜の何処で暮らしてきたんだよ?」

 

「俺の生まれはな、その街の東地域だったんだ」

 

「そこから東京にまで出てきたんだし、今まで通り東京でやっていけばいいんじゃないのか?」

 

そう聞かれた丈二は困った表情を浮かべながら溜息をつき、事情を語ってくれる。

 

「オフクロ達も歳でな…体を悪くしちまったみたいだ」

 

話によると彼が半ば強引に街を出てから早20年の時間が過ぎているという。

 

流石にこれ以上の親不孝をするのも気が引ける事情を抱えていたようだ。

 

「何故強引にでも神浜市から出て行きたかったんだ?」

 

それを聞かれた丈二の表情が苦虫を嚙み潰したようになっていく。

 

「一言で言えば…神浜市ってのはクソッタレ共の街だからさ」

 

「どういう意味だよ?」

 

「神浜の東地域はな…西側から冷遇される。俺も昔は西側連中に差別されたもんさ」

 

「そんな辛い街でも、やはり故郷は大事なのか?」

 

「…ああ。20年前の時間が過ぎて街も変わったが、それでも思い出は美化されるもんさ」

 

「たとえ辛い場所であっても故郷は忘れられないよな」

 

彼の気持ちは察する事は出来るのだが、尚紀にとっては困る。

 

丈二が神浜に事務所を引っ越したら尚紀は東京から神浜に通う羽目になるからだ。

 

「東京の事務所を使って独立するか?お前も頑張って探偵業務取扱主任者資格を取得出来たし」

 

「いや…俺はこの東京にはコネも人脈もそこまでは持ってない。遠慮する」

 

「そっか。まだいい引っ越し場所さえ神浜市では見つけてない。だからな…頼みがあるんだ」

 

「まさか…俺に事務所が入れる場所を探して来いって言うのかよ?」

 

「20年も離れて帰らなかったが、地元だからどうしても俺を知っている連中もいるんだよ」

 

「街から逃げる形で東京に行ったお前だからなぁ。同郷の連中に顔も出し辛いか」

 

「まぁな…大東区にいるのが嫌になった裏切り者扱いされちまうかもしれない」

 

「なら、どの地域で探せばいいんだよ?」

 

「海沿いの神浜市南凪区で頼む。あの地域は西と東の争いからは中立を守ってきた地域だ」

 

「南凪区か…あそこには立ち寄った事がある」

 

「昔からいる互助組織がいる地域なら安心だ。連中は神浜差別問題に首を突っ込まないからな」

 

「そうか…分かったよ。東京での残りの仕事はどうするんだ?」

 

「今請け負っている依頼を全て片付けたらいったん店仕舞だ。それから引っ越しの準備になる」

 

「…瑠偉はなんて言ってるんだ?」

 

「私は何処でもいいわよ~交通費全額払ってね♪…だとよ」

 

「あいつらしいな…」

 

「なるべく早く見つけてくれ。事務所の場所が決まり次第ポスティングチラシを発注するから」

 

突然の業務移転の仕事を回される事になり溜息をつきながら事務所を出ていく。

 

「俺はこれから…東京の街と神浜の街との往復生活になるのか」

 

もう直ぐ梅雨が訪れる季節の空を眺めながら神浜の魔法少女社会を思う。

 

「俺は東京の守護者だ…。だがもし…神浜の魔法少女社会にもクソッタレ共がいたとしたら」

 

東京の魔法少女社会に敷いた恐怖政治体制の社会効果は期待出来た。

 

ならばそれをモデルケースにして神浜の魔法少女社会にも同じ事が出来ないものか?

 

そんな事を考えてしまったが首を横に振り雑念を払う。

 

「今は考えても仕方がないな…。俺は神浜の魔法少女社会を何も知らないんだから」

 

新たなる運命が交差する街、神浜市。

 

東京の守護者は神浜の街に一体何をもたらすのだろうか?

 

神浜市の魔法少女社会に蔓延る社会問題、そして魔法少女至上主義。

 

魔法少女とは違う部外者に過ぎない彼はただの人間として接するのか?

 

それとも魔法少女の虐殺者としての立場になるのであろうか?

 

今の尚紀には神浜市という街で生きる事になる自分の未来の姿は何も見えてこなかった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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78話 アリナ・グレイ

金星。

 

それは()()()とも呼ばれる星。

 

6月始めの内合を迎えた後、7月頃から12月頃まで明けの明星として見える星。

 

7月の夏を迎えた神浜市の栄区に場面は移る。

 

時刻は明け方に近い早朝。

 

栄区にはギャラリーグレイと呼ばれるアトリエが存在している。

 

家をそのままギャラリーにして地域住民にも開放した有名な美術館として知られていた。

 

明けの明星として夜空で輝く星を屋根の上で見つめ続ける少女の姿が見える。

 

「はぁ…ワースト。今日もシットなヒートに焼かれながらスクールに行くワケ?」

 

長く美しいエメラルドのように輝くストレートヘアが夜風に揺れる。

 

頭には黒い軍帽のような帽子を被る姿が特徴的な少女は恐らく、魔法少女だろう。

 

「アリナ…もうどれぐらい絵を描けてないんだろう…?」

 

右手で投げているのは深夜に魔獣狩りを行った成果報酬。

 

この家の娘であるアリナ・グレイは、この街では()()()()()()()として知られる魔法少女。

 

他の魔法少女とは考え方の違いでいがみ合う事しか出来ないため、邪見にされる生活を送る者。

 

こうして他の魔法少女が寝静まる深夜帯において、気が向いた場合は活動をしているようだ。

 

「何でアリナは…魔法少女なんだろ?あのまま死んでアートになってた方がマシだったワケ」

 

溜息をついて地面に座り込み、茫然とした顔つきのまま金星を眺めていく。

 

「ヴィーナス…アリナのブレインと同じ様に()()()()()スター」

 

彼女は不快な気分になった時は、金星を見ていると心が落ち着く。

 

金星は自転軸がほぼ完全に倒立しているため、他の惑星と違い逆方向に自転している星。

 

まるで他の魔法少女達とは価値観が違う、アリナのように周囲に合わさない在り方を示す。

 

正義の魔法少女達が真善美を尊ぶのに対し、アリナが求めるのは醜悪美。

 

誰からも理解されなくとも、金星のように孤高でありたいと彼女は今日も星空を見つめていた。

 

「今更ベットで眠るのはめんどくさいし、いいや。日の出まで起きてれば良いヨネ」

 

日の出までの隙間時間を利用して、アリナは魔法少女になった頃を思い出していった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

第3回:神浜現代美術賞。

 

金賞:パーマネントコレクション選出。

 

『争いのない完成品』

 

受賞者:アリナ・グレイ。

 

神浜市栄区にある栄総合学園の掲示板に掲げられた生徒の賞を見て、生徒達は感想を言い合う。

 

「ねぇ、学校で見た?グレイさんの作品」

 

「見た見た、あれ自分の写真を油絵にしてるよね?」

 

「賞に向けての作品が浮かばなくて完成したらしいよ」

 

「腹が立って準備室の木材を全部バキバキにしてね」

 

「最後にキャンバスを折ろうとして無理だった時に閃いたんだって」

 

感想というよりは、彼女の奇行部分だけを切り取って印象付けた語らいぶり。

 

学生達はアリナが美術の賞を受賞した事を祝うよりも、もっとゲスい娯楽を求めている。

 

周りに合わせない奇行が目立つアリナを玩具にしたいだけなのだ。

 

そんな連中を白い眼差しで見つめるのは、紙パックの苺牛乳をストローで飲むアリナの姿。

 

「私の苺牛乳…酷いの…アリナ先輩」

 

美術部に同席している後輩の飲み物を一息で飲みきってしまった。

 

勿論代金は払わない。

 

「…人の事をペラペラ話している方が酷いんですケド」

 

「だ、だって…アリナ先輩が賞をとって嬉しかったから…」

 

「ハァ…」

 

後輩の価値観である真善美で脚色されたアリナ・グレイ像を周りに押し付ける。

 

でも、周りが求めるアリナ・グレイ像とは噛み合わない。

 

だからこそこのような現象が生まれる事を、アリナは最初から分かっていた。

 

周りはアリナの功績が嬉しいのではない。

 

面白人物を玩具にして語り合うのが楽しいだけ。

 

それでいて、まるで自分達が賞をとったかのように周りの学校の友達にも語るのだ。

 

(タイガーの威を借るフォックス共…自分では何も出来ない癖に、他人だけは利用するヨネ)

 

娯楽の楽しみ方に正解は無いという事は、アーティストとしてアリナは知っている。

 

だからこそ、このような醜悪な光景も認めているというわけだ。

 

誰かを嘲笑う自分達の姿を自己批判など誰もしてくれない。

 

(まぁ、そのお陰でアリナの醜悪なアートも娯楽として受け入れてもらえるってワケ)

 

物思いに耽っている彼女の横では、アリナが賞をとった事を喜んで周りに言いふらす後輩の姿。

 

後輩である御園かりんに振り回されている気分になり、大きな溜息が出た。

 

「人の自慢をする前に、アナタはやることがあると思うワケ」

 

「あぅ…えっと…」

 

「クロッキー・デッサン・色彩構成、ずっとプアーなんですケド」

 

「それは…ご、ごめんなさいなの…」

 

(ハァ…フールガール……)

 

相手をするのも疲れたのか、アリナは午後の授業に向かってしまった。

 

眠気の交じる午後の授業の中で、アリナは自分が描いてきたアートについて考える。

 

(本気で賞を狙っていたなら、バラされても嬉しかったのカモ。…だけどアリナは違う)

 

賞を目指して創作をしている周りの人々を客観的に参考にしたとする。

 

自分はあれ程まで情熱を傾けながら創作をしていただろうか?という疑問が浮かぶ。

 

(アリナは……ただ作るだけ)

 

思い描く、好きなモノを創作する。

 

(アリナが創りたいモノを、アリナの感性で、アリナが気にいるモノを、アリナの手で)

 

それが真善美を尊ぶ人々から見て醜悪美だという事もアリナは知っている。

 

だが現代美術界隈をよく知るアリナは、界隈に蔓延る無秩序極まりない作品群を知っている。

 

自分と同じように醜悪美をテーマにしているモノが沢山あると分かっていたから描いてきた。

 

エログロ、反日…客であるアクティビストが望むモノを作る()()()()()()()こそが現代美術界隈。

 

だがアリナはこうも考える。

 

汚泥の中から生まれる芸術もあると。

 

(真善美だけを描けと規制された美の世界に…何の面白さがあるワケ?)

 

自分の美について考えていた時、審査員の1人が用事があると言ってきたのを思い出す。

 

(…面倒臭いし、いいや)

 

ふてくされたまま、午後の授業中は居眠りを続けてしまったようだ。

 

……………。

 

放課後の美術室。

 

白いキャンバスを眺めているだけのアリナの姿が今日もそこにはあった。

 

「ダメ…インスピレーションが足りないんですケド」

 

愚痴っていたところに学校放送が流れ、自分の名前が呼ばれる。

 

ブツブツ文句言いながらサボろうと判断したようだ。

 

暫くして、荒い音を出しながら美術室の扉を開けて誰かが入ってくる。

 

「やっぱりここにいたか!」

 

「シット…」

 

どうやらアリナの作品を賞に出した担当の教師のようである。

 

「誰がクソだ!お客さんが来ているんだぞ!これ以上待たせるな!」

 

「アナタが勝手に出しといて、アリナが面倒なんですケド!」

 

「贅沢言うな!どれだけ賞が欲しい人がいると思うんだ!」

 

「じゃあ、アリナ返すんですケド!」

 

生徒と教師のいがみ合いが始まる中、美術室に入ってくるのは初老男性。

 

「あっ…すいません、審査員の方。こちらから出向かせるつもりでしたが」

 

「構わないよ。私もあまり長く彼女と話すつもりはない」

 

「アリナはあんたに用はないんですケド?シーユーノットアゲイン」

 

「では単刀直入に言おう、アリナ・グレイ」

 

男は落胆したような表情を浮かべながら、こう吐き捨てた。

 

――君は、美術家としては短命だ。

 

その一言を聞いた瞬間立ち上がり、座っていた椅子を審査員に向けて投げつける。

 

大きな音が響く美術室だが、初老の男は動じない。

 

アリナの表情は怒りに満ちていた。

 

「アリナに…喧嘩売りに来たってワケ!!?」

 

「アリナ!!やめなさい!!!」

 

「言わせて欲しい。誰かが言わなければ、君は気が付かないまま、人々に害を与えるモノを産む」

 

「アリナの作品を勝手に評価して賞を与えておいて!!人々に害を与えるって何様なワケ!?」

 

「恐らく君は…見る人が死ぬまで考えてしまうような美しく難解な作品を作る事が出来るだろう」

 

「死ぬまで…考えてしまう?」

 

「それは内なるモノ。外に出さなければならないモノではない。外へのテーマを持たない作品は」

 

――人を狂わせる劇薬となるだろう…()()()()()()

 

怒りで頭のネジが弾け飛びそうな彼女の顔に、動揺の色が浮かぶ。

 

「外に出さなければならないテーマ?アリナに大衆迎合にでも走れって言いたいワケ!?」

 

話題性だけを集めて、売れればそれで良い。

 

商売としてはそれが正解でも、アーティストとしての彼女はそれを決して認めない。

 

消費者を舐め腐った売り手の理屈を押し付けるなと吐き捨てた。

 

「その程度の考え方しか出来ないから、君は内なる世界しか見ない」

 

世界を変える気が無ければ、作るのを止めろと男は冷酷に言ってくる。

 

ついに堪忍袋の緒が切れたアリナが絶叫するかの如き怒りの咆哮を上げた。

 

「ヴァアァァァーーッッ!!誰に命令してんだジジィィーーッッ!!!」

 

怒りで頭のネジが飛んだ彼女が拳を振りかぶる姿を見た教師は羽交い締めにして止めてくる。

 

失望が表れた溜息をつき、部屋を出ていく初老の男性だったが…出ていく間際に振り返る。

 

「15歳を過ぎてなお自覚が無いのなら、君の輝きはそこで尽きるだろう」

 

「死ね!!死んじまえジジィ!!!アリナがあんたを燃やしてアートにしてやるっ!!!」

 

「フン。やはり君は己の精神世界しか見ない。死と再生に取り憑かれた()()()()()め」

 

吐き捨てるセリフを言った後、審査員は美術室を出ていく。

 

廊下の横を見ると震えているアリナの後輩の姿もあったが、視線を逸らして帰っていった。

 

……………。

 

怒りのまま暴れて散乱した部屋の中で布団を頭から被り、ベットに座り込む。

 

「アリナは……何を訴えたいんだろう?」

 

初めて作品ではなく自分の価値を問われた。

 

怒りの感情が過ぎ去れば、心には動揺しか広がらない。

 

「アリナ……自分の作品を振り返った方が良いのカモ」

 

その後、アリナは自分の作品が展示されている市の美術館に赴き、全ての作品に目を通す。

 

しかし、その中から自分が外に向けて訴えたいテーマが見つからない。

 

「そういや…名前忘れたけど、共和制時代のローマの政治家がこんな事を言ってたヨネ」

 

――人間ならば、誰にでも現実の全てが見えるわけではない。

 

――多くの人は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

古代共和制ローマ末期の軍人・政治家であるガイウス・ユリウス・カエサルが残した言葉だ。

 

「みんなそう、アリナもそう。どいつもこいつも自分の見たいモノしか見ないヨネ」

 

現代美術、漫画、アニメ、SNS、ネット小説、新聞、ニュース、エトセトラエトセトラ…。

 

こうやって人々の考え方が様々な媒体を通じて違う方向性に向けられるというわけだ。

 

溜息をつき、膝を抱えて座り込む。

 

()()()()()()()()()ように、都合の良いモノしか消費しないし、見ようとしない」

 

異なる価値観が存在していても、自分達に都合が悪ければ()()()()()

 

勝手に物事の善悪を作る。

 

不安になってきたのか、抱えた膝に顔を埋めてしまう。

 

「アリナは15歳だし…輝きも消えちゃうワケ?毒にしかならないならクリエイトしちゃダメ?」

 

外に出したい輝きとは何かが分からない。

 

彼女は今、自分の中身に空虚さを感じている。

 

その場の思い付きだけで作りたいものを作る事を繰り返す。

 

そんな行為はただの便所の落書きだと彼女は吐き捨てた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

学校の放課後、静かな美術室にはペンを滑らせる音だけが響く。

 

ほったらかしにしていた後輩が心配してくれるが、適当に流す態度。

 

横でデッサンの練習をしている後輩だったが、不意に視線を移してくる。

 

「アリナ先輩……今日は全然絵を描けてないの」

 

白いキャンバスだけに視線を移していたアリナの目線が後輩に振り向く。

 

「変なの…あのお爺ちゃんに何か言われた日から…変なの!」

 

「だから…?」

 

「私…描いても成長あんまりしないし…アリナ先輩の迷惑になってるの?」

 

暫く無言でいたが、重い口が開いていく。

 

もはや自分だけでは解決の糸口を見つけられない質問がしたかったから。

 

「…アナタは、どういうテーマをもって、作品を作るワケ?」

 

いつもの辛辣な態度しか見せない先輩らしからぬ言葉を聞き、目を丸くする。

 

意味が伝わらなかったと判断したアリナが分かり易く例えてくれた。

 

「アー、フールガールにはディフィカルトだったヨネ。なんで漫画を描きたいワケ?」

 

「それを言ったら、アリナ先輩は元気になるの?」

 

「さぁ?それはわからないケド」

 

少しでも先輩を元気づけようと深呼吸を繰り返す。

 

「えっと、私が漫画を描くのはね…」

 

――私の漫画を読んで、元気になって欲しいからなの。

 

単純な答え。

 

だが、それを聞けたアリナの目が見開いていく。

 

「私がマジカルきりんに元気を貰ってるのと同じように、元気になる漫画を届けたいからなの!」

 

「…アナタは外に、元気を発信するワケ?」

 

「変なの?」

 

「……別に」

 

こんな簡単な答え。

 

だが、自分が見失っていたテーマを聞けた気がする。

 

アリナは醜悪美を美しいと感じて元気を貰える。

 

だから同じように醜悪美で元気を貰える人々に作品を届けたい。

 

内なる好きなモノを偽ったところで、出す作品など大衆迎合による数字信仰にしかならない。

 

ビジネスマンには良くても、承認欲求を数字で満たせても、アリナには苦しみでしかない。

 

描きたいものを描く。

 

表現をしてみたいと思った最初の気持ちを、アリナは忘れていたのだ。

 

ようやく迷いが晴れたのか、微笑みながらこう語る。

 

「…もしかしたら、アナタの方がアリナより天才かもね。御園かりん」

 

少しだけ笑顔を作ってくれた先輩は立ち上がり、美術室を後にした。

 

「今日のアリナ先輩……何だか変だったの」

 

……………。

 

夕日で赤く染まった空。

 

堤防で夕日を眺めているアリナの美しい長髪を風が靡かせていく。

 

「あのフールガールでも持っているものが…アリナにはない」

 

自分の内面世界を表現したいと最初に思った気持ちを思い出す事が出来た。

 

それでもインスピレーションが湧き上がってくれない。

 

――私がマジカルきりんちゃんに元気を貰ってるのと同じように。

 

「アリナは一体…誰から元気を貰えばいいワケ?」

 

インスピレーションを止めどなく湧きあげてくれる媒体が御園かりんにはある。

 

しかし自分にはもう無いのなら、最後に何が表現出来るのか?

 

そんな事ばかりをアリナは考えてしまう。

 

空っぽになった自分自身で、どんな表現を最後にするのか。

 

「…爆弾のように、エネルギーに満ち溢れたアートを…最後に作りたい」

 

彼女の頭に浮かんだ作品テーマ。

 

それは…命という爆弾アート。

 

不気味な笑みを浮かべ、高揚した表情となっていく。

 

「アッハハ…ハァ…。どうしよう…ゾクゾクしてきちゃった」

 

生と死の境に興味をもったアリナが、アーティストとして死に近づいている。

 

自分が空っぽだと気づいてからは、これまでの作品の輝きも失った。

 

ならばもう、恐れるものなど無い。

 

「派手にしよう…アリナ自身も含めて。それがアリナの…ラストアートワーク」

 

全てをブレイクして、全てをエンドにしよう。

 

「芸術は、爆発だヨネ?」

 

彼女の表情はまるで…狂ったカルト宗教家のような笑みを浮かべていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

後日、鼻歌を歌いながら自分のアートが飾られた美術館に向かう。

 

その手には物騒な建築道具が持たれていた。

 

今日は透き通る青い空が広がっている。

 

彼女にとって、今日は死ぬには良い日なのだ。

 

のこぎりとハンマーのケースを捨て、鼻歌混じりに美術館内に入り込む。

 

「あれ?アリナさんじゃないですか…?」

 

お嬢様学校と言われている水名女学園制服を着た高校生ぐらいの少女が受付にいたのだが…。

 

「突然失礼するんですケド!アリナの作品を全て終わらせにきたワケ!」

 

「えっ?えっ??」

 

ぶっきらぼうに挨拶を済ませ、自分の飾られているアートスペースへ移動していく。

 

暫くして、展示スペースのガラスを砕く音が館内に響いてきた。

 

「何してるんですかグレイさん!!?」

 

先程の受付少女が慌てて飛び出してくる。

 

「アッハハハハ!!!ブレイクしてく!アリナの落書きが!!ザマァ見ろッ!!」

 

良い笑顔をしているように自分では思えても、周りから見れば狂気に憑りつかれた者の光景。

 

「だ、誰か来てぇぇ~~!!!」

 

止める事も出来ずにオロオロするばかりの受付少女の元に慌てて人が駆け寄ってくる。

 

騒ぎが大きくなる前に荒い息遣いのまま館内から逃げ出す後ろ姿を見せた。

 

向かった先は栄総合学園の屋上。

 

「最後のアートはアリナ自身。ビデオカメラもバッチリセットしたし、あとはトライ&エンド」

 

ジーニアスアーティストの全てを散華させ、輝きが消える瞬間を収める覚悟を示す。

 

「アッハハハハ!!芸術は爆発の輝き!!笑う門には福来るってワケ!!」

 

勢いよくアイキャンフライしようと助走を行おうとした時、屋上に現れる生き物がいた。

 

「やぁ、アリナ・グレイ」

 

「アナタ、昨日の白いオコジョ…まだ用があるワケ?ホントしつこいんですケド!」

 

現れたキュウべぇを踏みつける彼女。

 

感情がない存在も困惑している。

 

「なんと言われようとも願わない」

 

「別に願い事はなんでもいい。悩み事じゃなくても、欲しいものだって構わないんだ」

 

鬱陶しい存在に苛立っていたが、ふと何かを思いつく。

 

「いや…叶えてもらうのも…良いかもしれないワケ」

 

「本当かい!それで、君はどんな願い事を叶えたいんだい?」

 

最後となる時間だろうか、ここまで育ててくれた家族の顔が浮かぶ。

 

「パパとママに絵ばっかり描いて、怒られてたんだヨネ。だから…これが欲しいカモ」

 

――誰にも邪魔されない、アトリエが欲しい。

 

眩い光が辺りを包み込む。

 

また神浜市に1人の魔法少女が生み出されたようなのだが…。

 

「君の願いは受理されたよ、アリナ・グレイ。これで今日から君も魔法少女だ」

 

「うるさい」

 

「僕はこれから君に魔法少女の説明を…」

 

「いらない。アリナはここでエンドだカラ。バイバイ」

 

そう言い残し、屋上から一気に加速して跳躍していった。

 

「…訳が分からないよ」

 

願いを叶えた幸福感すら散華に飾った少女は今、地上に倒れ込んでいる。

 

人間ならば死んでいるだろう高さであり、落下死する場所は美しいお花畑だった。

 

飛び降りる前にセットした録画道具が彼女の最後を看取ってくれるだろう。

 

アリナ・グレイ、享年15歳。

 

ジーニアスアーティストとしては、短い生涯であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

……………。

 

…………………。

 

(アリナにはテーマがあって…結果も得られていて…何も間違ってなかった)

 

自分の醜悪な作品を喜んでくれたり、庇ってくれる人達がいた。

 

その人達のことを死後も覚えている。

 

流行りモノとは真逆の表現で、少なくても誰かに喜んでもらえたりする事が嬉しかった。

 

売上や評判に繋がる評価数なんて関係ない。

 

表現者として最初の喜びを思い出せた。

 

しかし、今ではもう意味を為さないだろう。

 

最後の最後で勘違い。

 

残した最後の作品とは、勘違いで死んでいった者が残す駄作。

 

魔法少女となり、誰にも邪魔されないアトリエを手に入れたのも無駄となった筈なのだが…。

 

(今なら…今?アリナ…今がまだ、あるワケ?)

 

耳元から誰かの声が響く。

 

これは死後に得られるものではない。

 

「……この声」

 

意識が覚醒していき、声の主に振り向いていく。

 

「アリナせんぱーーいっ!!!」

 

「ちょ、アナタ五月蠅…痛たたたっ!!!」

 

全身痛むが、一命は取り留めている。

 

ここが神浜市の病院なのは分かるが、何故あの高さで助かったのかはよく分からない。

 

「五月蠅くないの!!見つけてもらえなかったら死んでたかもしれないの!!」

 

「アリナ…助かったワケ…?」

 

大粒の涙を零しながら怒るかりんの姿を見て、思考もハッキリしてくる。

 

「別にアリナを最後の作品にしたダケ。アナタが泣く必要なんて無いんですケド」

 

「意味が分からないの…泣いて当然なの…」

 

涙する者を見て、熱病に取り憑かれていた自分の姿を客観的に思考することが出来たようだ。

 

自分の姿は大勢の人に迷惑をかけていた。

 

はた迷惑な子供の自殺行為でしかなかったのだ。

 

不意に手を握られる暖かさを感じる。

 

「アリナ先輩…生きてるの…」

 

まだ温もりを感じられる肉体が残ってくれていた事に、少しだけ微笑みが生まれる。

 

「フッ…そうカモ」

 

安心したのか、かりんは荷物を沢山持ってくるようだが…。

 

「お見舞いに大切なものを持ってきたの!」

 

持ってきたのは少女コミックの変身ヒロインものだと思うが、全巻揃っているボリューム。

 

「絵が描けても、命を大事に出来ないとダメなの!これを読んで命の大切さを知るの!」

 

「アー…めんどくさい」

 

「全巻読むの!!」

 

結局押し切られて漫画を読まされる羽目になったようだ。

 

一冊だけ最初のノリを閲覧してみる。

 

「ハァ……」

 

真善美だらけのお約束なノリ過ぎて、アリナのインスピレーションには役立たない。

 

それでも、少しだけ元気が出たような気がする。

 

「……ホント、理解出来ない」

 

心に感じた温もりは、傍迷惑な自分に手を差し伸べてくれた後輩の優しさ。

 

周りから変人に付き合う変わり者だと後ろ指刺されても、無償の愛を与えてくれる。

 

そんな彼女を見て、小さい頃に生きていたが亡くなった愛犬の事を思い出せたみたいだ。

 

「アリナは生きて…これから何が出来るんだろうね」

 

――御園かりん…。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一体どれだけの時間、思い出の世界に浸っていたのだろうかは分からない。

 

今は明けの明星さえ朝日の光で見えなくなっていく明け方の時間だった。

 

「…アリナは生き残って、魔法少女として生きていくしかなくなったワケ」

 

魔法少女の体になれたから助かった。

 

これでもう一度自分の美を描くチャンスが生み出された。

 

だが、結果はどうなったのであろうか?

 

ここは()()()()()()()()

 

魔法少女達の前に現れる存在は…アリナが気に入る魔女ではなかった。

 

……………。

 

「な…何よアレ?」

 

あれは初めて魔法少女として戦いに赴いた日の出来事だった。

 

彼女の目の前に現れたのは、何の代わり映えも美しさも感じない白い男達の群れ。

 

「あんな…あんなくだらない姿した連中と…戦わされるんだヨネ!?」

 

「そう、アレが魔獣と呼ばれる存在…」

 

「どうでもいい!!」

 

足元にいたキュウベぇが説明しようとしたが、蹴り飛ばされる始末。

 

「アリナは…あんな同じ存在ばかりの連中を相手に…ライフワークしないとならないワケ!?」

 

「そうだよ。確かに変化に乏しい統一個体だね。あれは人間が生み出す負の感情を…」

 

魔獣についての説明が続くが、彼女の耳には入らない。

 

力なく両膝が崩れ、膝立ちとなってしまう。

 

「生き残ったのに…あんな美の欠片も無い存在と付き合わされて…どうやってアリナは…」

 

――美のインスピレーションを絞り出したらいいワケ!!

 

生き残った彼女に待っていたものは、新たなる絶望。

 

魔法少女の死と再生によって彩られた醜悪な美しさを感じさせる存在ではない。

 

世界に光と熱を与えるためだけに存在する無機質な存在…機械とさえ思わせる男達の姿だった。

 

絶望に打ちひしがられていくアリナが、慟哭の叫びを上げていく。

 

「ヴアァァーーッッ!!!フザケンナァーーッッ!!!!」

 

これから先は、彼女にとっては何一つ満足の得られるものが手に入らない人生が待っている。

 

悔し涙さえ浮かぶ彼女は後悔してしまう。

 

生き残るべきではなかったのだと。

 

……………。

 

絶望しかけた時、かりんの泣き顔を思い出して踏み留まれた。

 

あれから始まった無意味な魔法少女人生。

 

価値を見出せない魔獣をアトリエに収集する気にさえならず、インスピレーションも湧かない。

 

彼女は筆をキャンバスに走らせることすら出来ずに枯れ果てていく。

 

何も作品を生み出せなくなったアリナ・グレイを見て、周りの人々は冷遇していった。

 

御園かりんは相変わらず自分の美しい世界だけを見て、自分の美の道を進めていける。

 

スランプで苦しむアリナを置いていき、表現者の道を順風満帆に進んでいけるのだ。

 

それでいて絵を描けないことを心配してくれる。

 

その優しさは時に、アリナを深く傷つけた。

 

ただ自堕落に生きていくしか出来なくなった天才と呼ばれたアーティスト。

 

もう筆を折るしかないと思った頃に、それは起こった。

 

2019年1月28日。

 

アリナはかつてない程の感動を感じる事件が東京で起きたのだ。

 

彼女は見つけた。

 

悪魔と呼ばれる存在を。

 

「あの日…どれだけアリナが救われたんだろ?どれだけハートを釘付けにしたんだろ…?」

 

アリナは夢中で映像に映る存在達に見入ってしまい、感動の光景を録画し忘れた。

 

必死になって事件記録をネットで探したが何処にも見つからない。

 

日本を含めて世界中のSNSに検閲がかかったかのように、画像も動画も削除されていたようだ。

 

あの事件をSNSで語るアカウントも凍結される程の言論弾圧が世界同時に起こってしまった。

 

あの事件は後に、日本政府によって悲惨なテロ事件として発表される。

 

メディアも口裏を合わせ、違うニュース内容を報道し続ける事で騒ぎの沈静化を図っていった。

 

それでもアリナは東京で起きたあの事件が忘れられない。

 

「あの姿…ヒューマンの男のようにも見えた。でもヒューマンじゃない…魔法少女ですらない」

 

キュウベぇに問い質したが、しらばっくれた態度しか示さない。

 

アリナはあの事件に関わった存在を独力で探し続けたが、遂には見つけられなかった。

 

あの事件がキッカケで湧いたインスピレーションも今では枯れ果ててしまう。

 

また筆が止まってしまった彼女を見た周囲の人々は再び冷遇を繰り返すのみ。

 

「あんな最高にブリリアントなライフが…この世界で生きていてくれていた」

 

東京に現れた悪魔と呼ばれる存在に多大なる関心を示すアーティスト。

 

他にも大勢いるかもしれないと期待するのだが、見つける宛など何もない。

 

アリナは今でも探し続けている。

 

()()()()()という存在を…。

 

……………。

 

「ハァ…流石にお腹がハングリーかも。水飲んだら何か口にしよっと…」

 

立ち上がり、踵を返して家の中に入ろうとした時だった。

 

「えっ…?」

 

朝日によって描かれたアリナの人影が伸びている。

 

だがおかしい。

 

人影の数が()()()()()()()()()

 

まるで3人の少女達が並んだために生まれてしまった人影のようにも見える。

 

右に見えたのは、パラソルを開いた小学生ぐらいの子供の影。

 

左に見えたのは、大学の卒業式などで見かける博士帽を被った子供の影。

 

背中を合わせたかのように3人が佇む光景が広がったような錯覚を感じてしまったようだ。

 

この世界では、それは起こり得ない。

 

可能性が絡み合って生み出された宇宙(レコード)でしか起こらないアリナ・グレイの可能性。

 

その世界においてのアリナは…こう呼ばれていたようだ。

 

魔法少女解放を掲げる組織の長…マギウスと。

 

「……誰もいないんですケド」

 

横を見てみるが、そこには誰もいない。

 

「気のせい?それにしては…奇妙なリアリティを感じたんですケド」

 

家の方から母親の声が聞こえてくる。

 

それを合図に魔法少女姿から元の姿に戻ったようだ。

 

「今のアリナは…アリナの美が現れてくれない世界で生きるしかない魔法少女」

 

それでも、いつか絶対に悪魔と呼ばれる存在を見つけてみせる。

 

それだけが今の彼女が生きている理由。

 

アリナ・グレイは求めている。

 

彼女の美を生み出すに相応しい…作品の素材達を。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「アリナせんぱ~い!おはようなの~!」

 

元気に手を振ってくるかりんの姿を見て、軽く溜息。

 

「悩み事がないフールガールは元気だけは無駄にあるヨネ」

 

今日の学校に向かっているようだが、瞼は睡眠を必要としているように下がり続ける有様。

 

「アリナ先輩、学校でお昼寝ばかりしちゃダメなの」

 

「お節介なんですケド」

 

「夜更かしはレディの天敵だって、お婆ちゃんが言ってたの」

 

「寝る子は育つって言葉を知らないワケ?」

 

お互いに通学路を歩く日常の光景が神浜市栄区に広がっていく。

 

今の時間ならば、地域住民達の日常会話も耳に入ってくるだろう。

 

栄区は東の工匠区も隣接している地域。

 

時折東の人間達もこの街に訪れるようなのだが…。

 

<<聞いてくれみんな!!俺は木星のお告げを夢で聞いたんだ!!>>

 

突然聞こえてきたのは、素っ頓狂な男の声。

 

「何なの…あの人?」

 

「危ない人じゃない…?」

 

1人の若い職人風の男が声を大にして街行く人達に何かを伝えようとしている。

 

「アリナ先輩…妙な人がいるの」

 

「まぁサマーだし、暑さでブレインクラッシュした人も湧くと思うワケ」

 

興味無さそうに立ち去ろうとした時、気になる話題が飛び出してきた。

 

「木星のお告げによれば、この世界は()()()()()()()()んだ!」

 

「ハァ…?」

 

「その引き金を引くのは…()()だ!!木星のお告げが危機を知らせてくれた!!」

 

傍から見れば頭のおかしいサイコな人物の戯言内容。

 

しかし、何故かそれに興味がそそられる。

 

アリナが他の人々とは感性が違う所以だろう。

 

「何かのアニメの設定な気がするけど……あ、アリナ先輩?」

 

気が付けば彼女は変人男に近寄っている。

 

「ねぇ、その木星のお告げで…人の姿をしているけど、人じゃない男って出てこなかったワケ?」

 

興味を持ってくれたのが嬉しかったのか、男は早口で捲し立ててくる。

 

「君は俺の言葉を信じてくれるのか!?ありがとう!もちろん出てきたよ…」

 

――その男の名は……人修羅と呼ばれたんだ。

 

その名を聞いた時、彼女の胸が高鳴りを示す。

 

男は続けてこう語る。

 

混沌に包まれた神浜社会さえ、新しく改変する者だという。

 

変人と変人が会話を行っていた時、慌てた様子で走ってくる少女の姿。

 

「何やってんのタケさん!!?」

 

買い物袋を両手に下げた工匠学舎女子制服を着たポニーテール娘が割って入る。

 

気恥ずかしいのか無理やり男を掴んで去っていく後ろ姿を残していく後ろ姿。

 

どうやらサイコな男の関係者なのだろう。

 

「変なこと言わないでって言ったでしょ!!最近のタケさん変だよ!」

 

「違うんだ月咲ちゃん!!これは木星が皆に伝えないと大変なことになるって…」

 

「もういいから!タケさんは病院行って!!頭の方だよ?」

 

変人を連れて行く少女の姿を見て、周囲の人々が陰口を叩き始める。

 

「あの制服…東連中だったのか?」

 

「やっぱり東の人らって頭おかしいでしょ~奥さん?」

 

朝の珍事と遭遇してしまったが、アリナの思考は眠気が飛ぶ程の回転と興奮に包まれている。

 

「人修羅……神浜に現れる……」

 

「アリナ先輩…何だか元気出てるの。何か嬉しいことがあったの?」

 

「この興奮が分からないなんて、フールガールはお子様なんだカラ」

 

「意味が分からないの…」

 

心の奥底から湧いてくる美の衝動が彼女を突き動かす。

 

今日の学校に向かう足取りも軽くなっていったようだ。

 

頭のおかしい人物が語った内容など誰も気に留めないだろう。

 

それでもアリナにとっては違う。

 

ようやく見出せた希望のようにも感じていた。

 

「アリナ…絶対にその男を見つけてやるんだカラ。そして……」

 

――アリナの美の素材にしてやるんだカラ!

 




読んで頂き、有難うございます。


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79話 ハロウィンガール

ハロウィンといえば、日本を含めて世界中で愛されるお祭り。

 

毎年10月31日にて行われる古代ケルト人が起源と考えられている祭である。

 

今となっては祝祭本来の宗教的な意味合いは殆どなくなってしまったようだ。

 

民間風習としては、カボチャをくりぬいてジャック・オー・ランタンを作って飾ったりする。

 

子供達が魔女やお化けに仮装して近くの家々を訪れ、お菓子を貰ったりすることもあった

 

子供達はトリック・オア・トリートと口々に語っていく。

 

悪戯か、ご馳走かを大人達に選ばせ、愛らしい訪問者にお菓子をあげていく文化として定着した。

 

神浜市という江戸時代より港が整備されたこの地域では特に異国文化イベントが多い。

 

欧米から伝わったハロウィン文化は神浜においても根強く残っていたようである。

 

ハロウィン文化の街、神浜市で生まれてしまった哀れな悪魔が今回は登場する。

 

その悪魔と、ハロウィンを愛してやまない魔法少女が出会ってしまった物語。

 

7月某日の夕方。

 

アスファルトに夏の太陽の熱を溜め込む、うだるような季節の神浜市。

 

夏服を着た道行く人達の中には、夏用仕立ての黒スーツ姿をした尚紀が歩く姿が見える。

 

白シャツには彼の政治カラーを示す赤ネクタイが締められていた。

 

彼は今、神浜市の栄区に来ているようだ。

 

「一ヶ月近く粘ったが、中々良い物件が見つからないもんだな」

 

不動産情報誌を見ながら手当り次第当たってみたが、何処も新しい法人が入る予定のものばかり。

 

ニャー(暑い…暑すぎるニャ。オイラ肉球が火傷しそうだニャ…)

 

足元の横を歩くのは猫悪魔のケットシー。

 

人間にはただの猫にしか見えず、声とて猫の泣き声にしか聞こえないだろう。

 

<だからついてくるなと言ったんだ。東京の家で大人しくしてればいいだろ>

 

尚紀は外に出ているケットシーに声をかける時は念話を使う。

 

猫に向かって独り言を喋りだす変人に見られては困るからだ。

 

<家の中ばっかは退屈だニャ。飼い猫でも外に出て遊ぶ権利があるニャ>

 

<だからって、俺の仕事にまでついて来る事ねーだろ>

 

<どうせ物件探しでフラフラしてるぐらいしかニャいんでしょ?なら迷惑にならないニャ>

 

<ネコマタに聞かれるんじゃなかったよ…俺が神浜に物件探しに行くって>

 

<そういや、ついて来てたナイチチ猫がいつの間にかいないニャ?>

 

<どうせクーラー効いた場所に行って、得意の愛想で人間に媚び売りながらくつろいでんだろ>

 

スマホを取り出し、GPSアプリを開く。

 

ケットシーとネコマタの首輪には発信機が備え付けられている。

 

こうして何処にいるのか飼い主として管理しているわけだ。

 

「あまり遠くには行っていないようだな」

 

<車のトランクにでも放り込んでやってた方が良かったかもしれないニャ>

 

<お前も含めてな>

 

<暑さで焼け死ぬから勘弁ニャ>

 

次の物件を当たってみて駄目なら、神浜の古株である互助組織に相談する以外に道がなくなる。

 

そんな心配事を考えていた時、目の前でトラブルが起きた。

 

<<泥棒ーーッ!!だ、だれかソイツを捕まえてくれぇ!!!>>

 

叫び声が聞こえて顔を前に向ければ、向こう側から原付きバイクが猛スピードで迫ってくる。

 

手にはバックが見える事もあり、引ったくり犯のようだ。

 

「チッ…」

 

左側を抜け去ろうとした一瞬の出来事。

 

「アガッ!!?」

 

左の回し蹴りが原付きバイクに乗る若者の顔にクリーンヒット。

 

引ったくり犯はバイクごと転倒したようだ。

 

仰向けに倒れた相手の左手首を掴み、背面に寝転がらせて肘関節を極めた。

 

「ガァァァァァッッ!!!」

 

フシャーッ!!(これはオマケだニャ!!)

 

「ギャァァーーッ!!?」

 

ついでに引っ掻き傷だらけの顔にされた男は観念したのか大人しくなった。

 

騒ぎとなり人だかりが出来た合間を抜け、バックの持ち主が息切れした顔つきでやってくる。

 

「あ、ありがとう君!その中には銀行に振り込む会社の金が入っていたんだ!」

 

転がったバックを拾い、中身を確認して安堵の表情。

 

誰かが通報したのか、暫くしてパトカーもやってきたこともあり犯人は警官達に拘束される。

 

「バイクのナンバープレートは大東区…また東の仕業か」

 

「ウルセェ!西側だけ神浜の良い企業に就職出来るくせに!俺達は東側とバレたら落とされる!」

 

東側に格差ばかりを押し付ける西側への意趣返しが込められた犯行だったようだ。

 

「加害者が被害者を気取るな見苦しい!!入れ!!!」

 

パトカーに押し込まれた犯人を乗せて、駆けつけた警官達は去っていく。

 

「君のお陰で私も経理の妻に怒られずに済んだ。お礼がしたいのだが、時間はあるかい?」

 

「時間は…まぁ」

 

「良かった!付いてきてくれないか、案内しよう」

 

ケットシーと共に男の後をついていき、新西区にある男の家にまで案内された。

 

「時代錯誤な町並みの水名区と違って、新西区は割と緑が多い地域のようだな」

 

お礼の品をとってくると家の中に入っていった男が出てくる。

 

何か重たそうなお礼の品を両腕に抱えながら。

 

「おい、それ…まさか?」

 

「うちで採れた今年の夏野菜だ!特別に大きいのが今年は採れたから君に譲るよ!」

 

「いや…こんな巨大野菜を貰っても俺は料理が出来ないんだが…」

 

「カボチャは良いぞー!ビタミン豊富で日本食とも相性が良いし、焼いて豪快に喰うのも…」

 

「だから、俺は料理が出来ない…」

 

「今晩はカボチャのグラタンだな!私も食べたくなってきたなぁ…オレサマ、ハラペコ!」

 

テンションが高い男の口調がまるで獣悪魔のようになっていく。

 

「オトコタルモノ、野生ヲ見セロ!わいるどナ、ていすと、ダ!」

 

結局善意を無下にするわけにもいかず、大きなカボチャを受け取ってしまったようだ。

 

「どうすんだ…コレ?」

 

ニャー(オイラ、カボチャのプリンが食べたいニャー)

 

困惑した顔をしながら、ハロウィン等で使われる橙色の巨大カボチャを見て溜息をついた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

<それで?こんな大きなカボチャをどうする気なのよ?>

 

ぶらついていたネコマタと合流した尚紀は今、公園の椅子に座っている。

 

机に置かれた巨大カボチャを二匹の猫と共に見つめていたようだ。

 

<料理出来ないし、生ゴミとして捨てるしかないよな…コレ?>

 

<食い物を粗末にしちゃ駄目信条の尚紀も、コレを機会に料理を覚えるニャー>

 

<めんどくせぇし、俺は忙しいんだよ>

 

<そうねぇ…尚紀でも作れる簡単レシピでもタブレット使って探しましょうか>

 

<俺に料理やらせる気なのか…>

 

<インスタントと外食で食事を賄うような尚紀には良い経験ね>

 

悪魔同士、念話でやり取りをしていた時だった。

 

<ヒホホーー!!?オマエら…もしかして俺と同じ悪魔かホ!?>

 

突然の念話乱入者に驚きの表情となった1人と二匹が目の前のカボチャに視線を移す。

 

「こ…この声…まさかお前は!?」

 

脳裏には、かつての世界に存在したマントラ軍との出会いの記憶が蘇ってくる。

 

――いつまでも寝てるんじゃねぇ!オマエはこれから裁判を受けるんだぞ?

 

――力による決闘裁判だ!潔白だと言いはるのなら、死ぬ気で相手をねじ伏せてみろ。

 

――まぁ、オマエには無理だろうなぁ…ひゃははは!!

 

「マントラ軍の…あの牢獄看守野郎か!?」

 

<ヒホ?俺にはチンプンカンプンだホ?他人の味噌煮だホー>

 

「お前はかつての世界の事を覚えてないのか?どうやら…この世界のカボチャ悪魔のようだな」

 

<尚紀?このカボチャ悪魔の事を知ってるの?>

 

<ああ、こいつはかつての世界で世話になった…ジャックランタンだ>

 

【ジャックランタン】

 

ハロウィンのかぼちゃお化けとして知られる存在。

 

元々は英国のコーンウォール地方に見られたウィル・オ・ウィスプと呼ばれる鬼火である。

 

その性質は日本の人魂に近く、道行く人を脅かしたり道に迷わせたりするようだ。

 

<とんだハプニングだニャ。こんなところでオイラ達のお仲魔と出会えるなんて>

 

<でもコレ…完全に見た目がカボチャよ?本当に悪魔なわけ?>

 

<聞いて欲しいホ…やっと()()()()出来る奴と出会えて…俺、嬉しくて堪らないホ!>

 

<まぁ…聞くだけなら聞いてやる>

 

口も無いカボチャが淡々と自分の過去を念話で語り始める。

 

ジャックランタンの伝承上はこう語られている。

 

悪賢い遊び人が悪魔を騙し、死んでも地獄に落ちないという契約を取り付けた。

 

死後、生前の行いの悪さから天国へいくことを拒否される。

 

悪魔との契約もあり地獄に行くことも出来なくなってカボチャに憑依したとされる。

 

安住の地を求めこの世を彷徨い続けている姿だともされていた。

 

<俺…悪さばかりする遊び人だったホ!

 

<そうだろうな。ボルテクス界でのお前も悪さばかり奴だったよ>

 

<まさか悪魔と出会ってからかってやったら、恐ろしい契約を結ぶだなんて聞いてなかったホ!>

 

<徳がない人生を送ったようだな?>

 

<悪魔の契約にクーリングオフ制度は無いものねぇ>

 

<もう少しであのオッサンのお腹にゴートゥーヘルだったニャー>

 

<トイレで違う姿に転生させられてたわね>

 

<想像したくねぇホ!!頼みが…頼みがあるホ!俺を成仏させて欲しいホ!!>

 

<生前のお前を呪った悪魔と同じ悪魔の俺に頼むな。魔法少女か退魔師にでも頼め>

 

<そこをナントカお願いしますホー!!俺と同じブラザー!!>

 

<自業自得…なのは、俺も同じか。お前も自分の行動が原因で悪魔の道に進んだ者だったな>

 

立ち上がり、巨大カボチャを持ち上げながら歩き始める。

 

<俺は坊さんじゃない。魂を成仏させる方法なんざ分からないから…荒っぽくなるぞ>

 

<ヒーホー!嬉しいホ!感激の涙がとめどなくあふれるホ!>

 

<オマエ目玉ついてないニャー>

 

<何処でこいつを成仏させる気なのよ…尚紀?>

 

<そうだなぁ…人気のない場所を探そう>

 

ひょんなことからカボチャ悪魔のジャックランタンと再び出会ってしまった尚紀。

 

成り行き上仕方なく魂の供養儀式をする羽目になったようである。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日も沈み、時刻は夜。

 

人通りの少ない雑居ビル建設現場空き地には、巨大カボチャを抱えた尚紀と足元の猫達。

 

「丁度いい空っぽのドラム缶も見つけたし、人通りもない…始めるか」

 

<お手柔らかに頼むホー>

 

ドラム缶の蓋を開け、中にカボチャを放り込む。

 

<どうやってこいつを成仏させる気なのかニャー?>

 

<御焚上って知ってるか?古い縁起物や人形とかを神社で燃やすんだ>

 

<大切な人の遺品を供養し、天に返すための儀式ね。でも人の魂まで天に返せるかしら?>

 

<やってみるしかないだろ>

 

右手にドラム缶の蓋を持ち、左手には『マハラギの石』が握られている。

 

「あのオッサンも言ってたな。豪快に焼いて、ワイルドなテイストでいくぜ」

 

<ヒホホホホー!?なんか怖くなってきたホーーッッ!!?>

 

石を投げ込み、急いで蓋を閉める。

 

蓋の隙間から噴き出す程の豪快でワイルドな炎。

 

<アギィィィーーーーーーッッ!!!!>

 

炎が静まったので蓋を開け、中を覗き込む。

 

「ん?まだ成仏しきれていないようだな?」

 

<ヒホ…ホ…俺…黒焦げ…カボチャ……>

 

「火力を上げるか」

 

石を2個投げ込み、急いで蓋を閉める。

 

<アギラォォォーーーーッッ!!!!>

 

炎が静まったので蓋を開け、中を覗き込む。

 

「ん?火加減を間違ったかな?」

 

<ヒ…ホ…俺…消し炭…カボチャ……>

 

「さらに火力を上げるか」

 

石を3個投げ込み、急いで蓋を閉める。

 

<アギダインンンーーッッ!!!!>

 

ニャー(…なんか、楽しそうだニャー尚紀)

 

ニャー(かつての世界で何か…あのカボチャ悪魔に恨みでもあったのかしら?)

 

静まり返ったドラム缶内部。

 

ニャ?(ん?何か…魔力を感じないかしら?ドラム缶の中から?)

 

ニャー?(ゲッ、オイラ達と同じ悪魔の魔力…ヤな予感だニャー)

 

蓋を内側からノックする音が響いてきたので蓋を開ける。

 

投げ込んだ石は炎の属性魔法の力が込められた魔法石。

 

相手が鬼火の悪魔であるのなら、鬼火の力をさらに高めてくれるだろう。

 

「あ、忘れてた。お前は炎を吸収する悪魔だったな」

 

ドラム缶から伸びたのはハロウィンパーティなどで被られる三角帽子。

 

目と鼻と口をくり抜いて顔を作った鬼火カボチャの悪魔姿まで這い出てきた。

 

「ヒホ…俺…悪魔先祖返り…成仏出来ず…無念だホ」

 

「まぁ、俺がやってもこんなもんだ。悪魔になる道を選んだ者同士、諦めようぜ」

 

腕時計の時刻を見る。

 

そろそろ乗ってきた車で東京に帰らないといけない時刻を過ぎていた。

 

「俺は東京モンだから向こうにも用事を抱えてる。お前ばかりの面倒は見てられないからな」

 

「待ってくれホ!!俺はこれからどうやって成仏の道を模索したら良いんだホ!!?」

 

「自分で探せ」

 

「死の安らぎは等しく訪れるべきだホ!人に非ずとも悪魔に非ずともだホー!!」

 

「かつての世界でいちばん聞きたくないセリフを俺に言うな」

 

「せめて俺を仲魔にしてくれホ!!成仏の道を一緒に考えて欲しいホー!!」

 

「俺はまだ成仏の道を模索する気はねぇよ」

 

「そんなーー!!鬼!悪魔!!」

 

「そうだよ」

 

踵を返し、二匹の猫悪魔達と共に車を駐車してある場所に向かう後ろ姿。

 

「ビェェェーン!!これから俺…どうやって生きたらいいホーッッ!!?」

 

くり抜いた穴の目から洪水の涙と共にカボチャの種まで撒き散らす。

 

哀れなジャックランタンの姿に溜息をつき、後ろを振り返ってくれた。

 

「俺はこの世界で新たな生き方を見つけた。お前も自分なりの善行でも考えてみたらどうだ?」

 

「ヒホ?悪ガキだった俺が善行を積んだら何かあるのかホ?」

 

「もしかしたら、善行の積み重ねで天国への迎えの天使共が…死の淵で空から現れるかもな」

 

建設現場を去っていったのは、この世界で新たな生き方を見つけた東京の守護者。

 

残されたのは青いマントをカボチャの下に纏い、三角帽子と白手袋を身に着けカボチャ悪魔のみ。

 

夜の神浜の街を歩く尚紀にケットシーが声をかけた。

 

<誰か拾ってくれる奇特な人でも現れてくれたら、オイラ達みたいに救われるかもニャ>

 

<あいつのように四六時中ハロウィンマントと三角帽子を被るような奴なら拾ってくれるかもな>

 

<いるのかしら?そんな自分のハロウィン世界に陶酔したような…中二病患者?>

 

噂をすれば影が差す。

 

彼らが語っていた中二病患者なら、この神浜市にはいたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

同日の神浜市、栄区の夜。

 

「ハックシュ!!…誰かが私の噂をしているの。やはり我の助けを呼ぶ声と考えていいだろう!」

 

黒いハロウィンマントと三角帽子を被るのは、魔法少女と思われる季節外れな少女の姿。

 

「今宵も我の力を求めし魔法少女の元へと向かうとしよう!我が友ジャックデスサイズよ!」

 

左手に生み出した魔法武器は大鎌のような見た目だが、手から離すと浮遊し始める。

 

鎌の長い柄にお尻を置いて座り込み、鎌と共に空に向かって飛翔してゆく。

 

武器であり乗り物としての運用も出来る妙な名前をつけられてしまった魔法武器であった。

 

「我が名は正義の怪盗マジカルかりん!!魔獣共の命を刈り取り、命を盗む死神なり!!」

 

まるで黙示録の四騎士であるペイルライダーにでもなったかのように振る舞う姿が痛々しい。

 

コミックのような非日常世界を現実にまで求める彼女の名前は御園かりん。

 

栄総合学園に通う中学2年生であり、アリナ・グレイの後輩に当たる人物。

 

彼女は魔法少女であり、こうして他の魔法少女の救援に向かう毎日を送っているようだ。

 

この世界ではグリーフシードの奪い合いで命を落とす魔法少女はいない。

 

なら彼女が固有魔法を使ってでもグリーフシードを盗む必要などはない。

 

数の力で攻めて来る魔獣を相手に1人で戦わねばならない状況になった魔法少女達のお助け人。

 

それが、違う可能性宇宙で生きる御園かりんとは違う…この世界の御園かりんの生き方だった。

 

今日も誰かが不幸にも大勢の魔獣に襲われている新西区。

 

「ひぃ~っ!!ももこちゃんやレナちゃんと離れた後に現れるなんて聞いてないよ~!!」

 

魔獣結界世界をひたすら走り回って逃げ惑うのはかえでの姿。

 

後方からは複数体の魔獣が瞬間移動を繰り返しながら攻めてくる。

 

<ももこちゃん!レナちゃん!早くきて~!!>

 

念話を遠くの仲間に送り、2人の魔力も近づいてきてくれているが…間に合うかは微妙だ。

 

「ああっ!!?」

 

逃げ惑っていたら地面に躓いてしまう。

 

倒れたまま後ろに首を向けるのだが、既に後ろは複数の魔獣達がレーザーを放つ構え。

 

「い…いや…もうダメぇぇぇーーっ!!」

 

諦めかけた時、空から奇妙な怪盗の声が響き渡る。

 

<<キャンディーデススコール!!>>

 

空から何かがばら撒かれ、無数の飛弾となりて頭上から魔獣を次々と穿つ。

 

複数の魔獣は空からの奇襲攻撃を受けて消滅。

 

「えっ…?だ、誰なの!?」

 

空に浮いている人物に声をかけたら、鎌を片手で握りながら空から急降下着地してくる人物。

 

「ふっふっふ!よくぞ聞いてくれた!我が名は怪盗かりん!」

 

――ハロウィンが生んだ、魔法少女だ!!

 

……………。

 

かえでは思考が数秒止まっていたようだ。

 

どういう反応を返せば良いのか分からず、助けてくれたお礼を言おうとした時だった。

 

「「えっ…?」」

 

さらに増援として現れてきたのは、複数の魔獣の群れ。

 

「そ…そんな!数が多過ぎるの!!」

 

「あの!さ、さっきの凄い魔法攻撃でもう一度一気に倒せないんですか!?」

 

「ダメなの…投げれるモノがないと魔力が込められないの!!」

 

先程魔力を込めて投げつけたモノは石ころだったようだが、魔力を込めればあの威力。

 

だが後続の増援を考えていなかったため、残弾を使い果たしたようだ。

 

複数の魔獣達が整列射撃を仕掛けようと構えた時、救援が現れる。

 

「チャンス逃してたまるかぁーーッッ!!!」

 

「売られた喧嘩は買うわよ!!」

 

横に隊列を組んだ魔獣の端から交差する2人の人物が隊列を通り抜ける。

 

魔獣達は雑草を刈り取られるかの如く突進で放たれた斬撃によって瞬断されていった。

 

魔獣結界が消失していく。

 

どうやらあれが最後の後続であったようだ。

 

「ももこちゃん!レナちゃん!!」

 

安心した表情を浮かべたかえでが仲間達の元まで駆け寄ってくる。

 

「たく!かえで、アンタは魔獣を引き寄せるフェロモンでも体から出してるわけ?」

 

「出してないもん!こんな禿げた男の人を沢山引き寄せるフェロモンなんかいらないし!」

 

「まぁまぁ…今回はバットタイミングだったんだし、しょうがないよ」

 

「バットタイミングのももこがそれを言うっての?」

 

「ははは、レナは手厳しいなぁ。それよりも…君は?」

 

バツが悪そうにしていたかりんに向き直る。

 

「この子が私の危ないところに助っ人として現れてくれたから助かったんだよ」

 

「ありがとな、大事な仲間を助けてくれて。見ない魔法少女だけど、名前はなんて言うんだい?」

 

「わ、私…助けてなんていないの。カッコよく最後を飾ったのは貴女達だし…」

 

「力の強い弱いじゃない、あたし達の仲間のために戦ってくれた事に感謝してるんだよ」

 

「ふん、どうせ最近契約したばかりの他の区の子なんでしょ?レナも西じゃ初めて見る顔だし」

 

「本当にありがとうね!貴女がいなかったらきっと…私はダメだったと思うよぉ」

 

片手を両手で握ってくるかえでを見て、困った表情を浮かべてしまう。

 

「私…他の魔法少女の救援として1人で出向いているの」

 

「フリーで活動している魔法少女ってことなの?」

 

「そうなの。でも私の力なんて…数の暴力には太刀打ち出来ないって分かったの…」

 

「魔獣は数で勝負を仕掛けてくるからなぁ。だから魔法少女達は皆チームを組んでるんだよ」

 

「チームを組む…その方がきっと魔獣との戦いでは効率がいいの。でも、私は…」

 

「チームを組むのは嫌なタイプ?」

 

「私…チームなんて組んだことないし…それに私は…」

 

彼女には何か事情があるようだが、それはももこ達が知る由は無い。

 

「だったら、あたしらのチームで学んでみない?」

 

「えっ…?」

 

「魔法少女同士組んで戦うやり方を学べば、君の力にもなれると思うんだ」

 

ももこの突然の提案に戸惑いを見せるかりんの表情。

 

仲間達の反応も様々だ。

 

「はぁっ!?またいきなり何言い出すのよももこってば~!!」

 

「私は賛成だよ~!この子は私を守ってくれる優しい子だもん!」

 

「かえでまで…またこの展開!?」

 

「あたしは十咎ももこ。こっちはレナで、こっちはかえで。君は?」

 

「御園かりん…なの」

 

「かりんちゃん!これからもよろしくね!友達になってくれたら嬉しいな~♪」

 

お互いの連絡手段を交換し合った後にかりんは帰路につく。

 

空を飛行して栄区に帰りながら物思いに耽っていたようだ。

 

「私は…孤高の怪盗マジカルきりんに憧れて、マジカルかりんになったの」

 

憧れた変身ヒロインみたいになりたい。

 

そう思ってマジカルかりんを名乗ってしまったが、現実は厳しい。

 

独りで魔獣と戦い続けるのは命を縮めるような行為でしかなかった。

 

「でも…チームを組んでもやっている事は正義の味方なの!」

 

正義に準じる生き方に繋がれば、チームを組んでも構わない。

 

自分の原点を()()()()()上で、これからのチーム活動がどうなっていくかを考えていた時だった。

 

「なに…この魔力?魔獣じゃない…魔法少女でもない…?」

 

不審な魔力を感じ取ってしまったかりんは自宅方面から方向を転換していく。

 

栄区にある雑居ビル建設現場空き地に向けて飛行していくのだが、空の上から見た光景とは…。

 

「ええっ!?うそ…あの素敵な姿!!ハロウィンが生んだ魔法少女が忘れる筈がないの!!」

 

子供の頃、ハロウィンの季節になると街のイベントでよく見かけた置物。

 

ハロウィン衣装で飾った沢山のカボチャ飾りの光景を思い出す。

 

小さい頃のかりんは、嬉しそうにカボチャの飾りを見つめながら…こう言ってきた。

 

「ヒホホー…俺、善行したら救われるホ?でも俺、悪戯ばかりしたし…何も思いつかな…」

 

建設現場の外で悩んでいた時、上空から素っ頓狂な叫び声が響く。

 

<<トリック・オア・トリート!!>>

 

「ヒホッ!!?」

 

空から高速で降り立ってきた魔法少女の姿に驚くカボチャ悪魔。

 

カボチャの奥で光る赤い鬼火も目が点になるように細まったようだ。

 

突然現れた謎の少女を見ながら、ジャックランタンは言いしれぬ不安を感じていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あー…えーっと、俺に何か用事があるのかホ?」

 

悪魔の姿が見える少女を見て、尚紀が話していた魔法少女なのだろうと察したのだが…。

 

「しゃ…喋ったの!!ジャック・オ・ランタンが喋ってくれたの~!!」

 

目を輝かせながら見つめてくる存在に対し、どう反応を返せばいいのか分からない悪魔である。

 

「信じられないの!子供の頃から夢見ていた…ハロウィンの精霊と出会えてしまったの~!!」

 

「いや…俺は精霊じゃなくて悪魔……」

 

猛ダッシュで詰め寄り、片手の白手袋に目掛けて強引な握手行為。

 

「私はマジカルかりん!ハロウィンが生んだ魔法少女なの!!」

 

「いや…俺はあんたの名前なんて聞きたかったわけじゃないホ」

 

「ハロウィンの精霊さんが、子供達を守るハロウィン戦士としてこの世界に現れてくれたの!!」

 

「俺はハロウィン戦士じゃないホ…」

 

話を聞かずに捲し立ててくる少女に溜息をつくが、彼女の口から語られた魔獣が気になる様子。

 

「魔獣って何だホ?俺を喰おうとしたあの恐ろしいオッサンに似た悪魔なのかホ?」

 

「そうなの!魔獣は怖い男の人で…子供達を野菜のように食べちゃうの!!」

 

「けしからんホ!でも…何で俺が子供を助ける話の流れになるんだホー?」

 

「子供を魔獣から救うのは正義の行いなの!」

 

「ヒホ?それって、善行ってやつなのかホ?」

 

「なのなの~!!子供達を救えば救うほど、ハロウィンが愛されて善行になっていくの~!」

 

「ヒホー…子供に悪戯するのは好きホ。でも魔獣から救うってのは…」

 

「お願いなの!!私と…私と組んで欲しいの!!」

 

「ヒホ?仲魔になれってことなのかホー?」

 

「そうなの!ハロウィンの魔法少女として…どうしてもハロウィンの精霊さんと組みたいの!」

 

善行になるという部分は魅力的だが、彼の生前とびきりの悪戯小僧。

 

だからだろうか、ちょっとした悪戯心が芽生えてしまったようだ。

 

「よし、分かったホ。先ずは宝玉を要求するホ」

 

「えっ…?」

 

「えっ?じゃないホ。悪魔会話なら、俺の要求にも答えて欲しいホー」

 

「宝玉…グリーフキューブなの…?」

 

「そんな魔石は聞いた事もないホ。ないならしょうがないホ、魔力を吸わせるホ」

 

「魔力を吸うの!?」

 

返事を聞く間もなく、かりんの体から吸い上げられるソウルジェムの魔力。

 

「あぁ~~!?わ、私の魔力が吸われてるの!!穢れてきてるの!」

 

「こ、この味は!?お前、もう少し吸わせるホー!!」

 

「し、死なない程度にして欲しいの!!」

 

またかりんの体から吸い上げられるソウルジェムの魔力。

 

「グリーフキューブのおすそ分けを貰ってなかったら…やばかったの」

 

「この味わい!お前とは相性が良いのかもしれないホ。だから最後に、お前の考えを聞きたいホ」

 

「私の考え…?」

 

「生きてるカボチャがあるホ。でもカボチャは呪われていて、死にたがってるホ。どうするホ?」

 

何かの謎掛けかと考えていたが、真っ直ぐな目で見つめてくる。

 

「一緒に生きて…そのカボチャさんが助かる方法を考えるの!!」

 

彼女の切実な答えが返ってきた事もあり、色々と考え込むジャックランタン。

 

暫く沈黙した後、カボチャのギザギザ口から溜息が出た。

 

「まぁ、こんなもんかホ。オーケー、俺が仲魔になってやるホー」

 

それが聞きたかったのか、ハロウィンが生んだ魔法少女は大はしゃぎ。

 

「やったのぉーーっ!!!私は御園かりん!よろしくね、ジャック・オ・ランタン君!」

 

「ジャックランタンで良いホ。今後ともヨロシクだホー」

 

「よろしくランタン君!さっそくうちに来るの!見せたい漫画が沢山あるのー!!」

 

ひょんな事から、一体の悪魔が魔法少女に拾われていった。

 

この先ジャックランタンには、何が待ち受けているのであろうか?

 

少しだけ見てみよう。

 

「ふはははは!!我が名は怪盗マジカルかりん!我が来たからにはもう大丈夫だ!!」

 

「ふゆぅ~、季節外れだとハロウィン感はあまりないね、かりんちゃん」

 

「あんた達!遊んでないで手伝いなさいよ!」

 

「行くぞ!アタシたち四人のチームワークを見せてやる!!」

 

コソコソしながら隠れているジャックランタンは、他の魔法少女に見つかる事に不安を感じる。

 

それだけでなく、魔獣から人間を守る正義の悪魔という立場に違和感しか感じない態度。

 

「俺…あんな連中と一緒に戦っていく自信がないホ。特にかりんのノリはその…胃が持たないホ」

 

この先カボチャの悪魔がどうなるかは…ハロウィンの魔法少女でも分からないことであった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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80話 常盤組

かつて東京の街で尚紀と出逢った事がある神浜の魔法少女がいた。

 

純美雨(チュン・メイユイ)と呼ばれる15歳の少女である。

 

神浜の秘密組織である蒼海幇の一員として神浜の地で働いてきた人物。

 

なら、神浜の魔法少女社会ではどんな生き方をしてきたのであろうか?

 

彼女はどんな魔法少女達と共に戦ってきたのであろうか?

 

今回の物語は、彼女が所属する魔法少女グループの話となるだろう。

 

5月某日の神浜市、時刻は夜。

 

「ハァ、今夜もゾロゾロと出てきたネ」

 

魔獣結界内部に侵入した魔法少女グループが物陰に隠れながら周囲を警戒している。

 

結界内は徘徊している魔獣の群れで埋め尽くされているようだ。

 

「今日は随分と数が多いね…後続が現れるかもしれないよ」

 

ショートヘアの銀髪少女は美雨の後ろから魔獣達を観察している。

 

「……………」

 

不安そうな表情をした、背の小さい緑のミディアムヘアをした少女の肩に手を置く人物。

 

「大丈夫です。いつも通りやれば、私達は負けません」

 

「は…はいっ」

 

眼鏡をかけた萩色のセミロングヘアをした少女は冷徹な表情で3人に視線を向ける。

 

「敵の配置から見て、高台に陣取られては地の利を奪われます」

 

規模も見る限り彼女達で対応可能な数だと分析する。

 

魔獣に気づかれる前に側面から接敵し、包囲機動戦を仕掛ける事を提案してきた。

 

「任せるヨ。行くネ、あきら」

 

「ボクも美雨のサポートに回るよ。2人とも気をつけてね」

 

「かこさん、私達は敵を引きつけます。援護と回復をお願いします」

 

「はい!あの、ななかさん…私も精一杯頑張ります!」

 

4人は頷き合い、向かい合いならがソウルジェムを同時に掲げて魔法少女に変身。

 

側面から仕掛けるため美雨とあきらは隠密移動し、ななかとかこが前に出る。

 

ななか達に気がついた時には既に、彼女の魔法武器である小太刀二刀流の斬撃間合い。

 

「散りなさい!」

 

右袈裟斬りを仕掛け、魔獣の左肩から一直線に斬撃の痕が走る。

 

続けて左右薙により一体の魔獣が消滅。

 

「と…とにかく行きます!」

 

かこが持つ魔法の杖は独特な形状をした武器。

 

杖の先端がまるで工具のニッパーかと思わせるような魔法の杖に魔力を込めて飛びかかる。

 

魔獣の脳天を杖で打ち付けると魔力が下に流れ込み光が噴き上がっていく。

 

深碧の光が地面から噴き上げ、一体の魔獣が消滅。

 

敵に気がついた後方の魔獣達は瞬間移動で高台に移動。

 

地の利を駆使して上からレーザー攻撃を仕掛けようとした時だった。

 

「全力…込めるネ!!」

 

側面から一気に飛びかかってくる鉤爪を魔法武器にした美雨の突進。

 

「魂を…込めて!!」

 

両手拳を保護する魔法のガントレットを装備したあきらも美雨と同時に仕掛ける。

 

右袈裟斬りから踏み込み左右の切上により魔獣を両断しながらさらに突進。

 

跳躍からの旋風脚で魔獣の首をへし折り消滅させる。

 

あきらも跳躍突きで一体を仕留めると同時に踏み込む。

 

魔獣の懐に跳躍して入り込み、上段中段下段と一気に左右正拳突きを打ち込み消滅させた。

 

「押忍っ!!」

 

残身の構えをしながら美雨と背中合わせで魔獣に向かい合うあきらの姿。

 

「どれだけ倒せるか数を競うかい?」

 

「良いヨ、負けないネ!」

 

互いに踏み込み後方の魔獣を次から次へと殲滅させていく光景が続く。

 

「敵側後方が崩れました。私達も前に出ますよ、かこさん」

 

「はいっ!」

 

かこは杖の先端に魔力を集中させ、魔力のビーム攻撃を後方から撃つ。

 

ななかは援護射撃に後押しされながら接敵して次々と斬り倒す光景が続くのだ。

 

分隊長の如き彼女の指揮のもと、魔獣は殲滅され結界も消失していったようだ。

 

「失礼。…あしからず」

 

勝利の余韻に浮かれる表情を見せず、ななかは魔法少女の姿から元の学生服に戻る。

 

彼女が着ている制服は、参京院教育学園と呼ばれる神浜の参京区にある学校服だ。

 

「変わらぬ見事な状況判断ネ。お前にリーダーの座を譲て、私も鼻が高いヨ」

 

「リーダーとして日々精進を繰り返しています美雨さん。皆の命を預かる身なのですから」

 

「かこちゃんも最初に比べたら随分動けるようになったね」

 

「私も成長出来てますか?」

 

「うん!頼もしいぐらいだよ!」

 

褒められて照れた表情を浮かべながら変身を解き、美雨とあきらも続いた。

 

「やはり魔獣というのは、東地域の方が出現率が高いのでしょうか?」

 

「魔獣は人間の感情を吸い上げるヨ。あの荒くれモノ揃いの東地域なら吸い放題ネ」

 

「その原因を作ってきたのは…この街の差別の歴史なんだよ」

 

「…それを言われるのは私も辛いヨ。蒼海幇は中立として争うべきじゃないと言い続けたネ」

 

「聞いてるよ…。街の人達に声をかけても感情に振り回されて捲し立てられただけだって…」

 

「皆心を持つ人間…感情から生まれる憎しみに囚われてしまう。私もそうです…」

 

「ボク達に出来る事は、人々に害を成す魔獣を殲滅していく…それだけしか出来ないよ」

 

「無理に東地域に赴けば、東の魔法少女達と争いになてしまうヨ」

 

出口の見えない社会問題の話題が続き、皆の顔が暗くなっていく。

 

「どうして同じ魔法少女なのに…分断されないとならないんですか?」

 

「皆の考え方が違うからです。西側の人々は自分達の固定観念しか見ないから迫害が起こる」

 

「固定観念のせいで不平等社会にされたら…東の人達が怒るのも無理ないよね…」

 

「神浜社会の呪いヨ。社会問題そのものは魔法少女の魔法でもどうにも出来ないネ」

 

「私たち魔法少女に出来る事は…それぞれの役目に努めて摩擦を防ぐ事しか出来ません」

 

「感情があるからこそ…人間は環にはなれないんですね」

 

「ボク達は魔獣から人間社会を守る魔法少女。それ以上には…なれないよ」

 

あきらの言葉を聞いたななかの表情が俯いていく。

 

何か思うところがあったのだろう。

 

「人間社会を守る…魔法少女として……」

 

「どうした、ななか?」

 

「いえ、何でもありません。気分が優れないので私は先に失礼しますね」

 

去っていく彼女の後ろ姿を見つめていた美雨は、彼女との出会いを思い出していく。

 

「ななか…()()()()()()()()()のに…まだ見つけられないカ?」

 

――これから魔法少女として、どう生きていくべきなのかを。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

常磐ななか。

 

15歳の少女であり参京院教育学園に通う中学三年生。

 

江戸時代から続く華道の名門である華心流宗家に生まれた人物でもある。

 

小規模ながらもその流派を堅実に受け継いできた名家の出身。

 

文武両道の厳しい家庭環境故に華道だけでなく剣術の稽古もさせられてきたようだ。

 

中学二年生の頃には居合の初段を授かるほどの才覚を見せる。

 

順風満帆かと思われた人生だが、ある出来事によって転機が訪れた。

 

父が病に倒れた時、高弟の1人が宗家の代表の元に現れて問題を起こす。

 

今後の流派においての方針について話し合いが続いていった。

 

「先生、お体もそのようになってしまっては、流派存続に関わります」

 

高弟は正座して布団で眠る宗家の前で語り続ける。

 

「私に正教授三級のお免状と花伝書を頂けないでしょうか?私がこの流派を継承します」

 

眠る宗家の前に出されたのは、お免状の御礼である布に包まれた謝礼金。

 

「たわけ。お前の技は伝統を無視し、独創性のみを追求するもの。我が流派の伝統を壊すだろう」

 

「先生…どうしてもお免状と花伝書を渡してもらえないのでしょうか?」

 

「くど…ゴホッゴホッ!お前は…我が流派の名声が欲しいだけだ…ゴホッゴホッ!!」

 

高弟の狙いを宗家は見抜いている。

 

独創性だけでは売りが弱い。

 

大勢に周知させられる華心流の看板が欲しいだけだと。

 

「…お体が優れないご様子。また次の機会にこの件を話し合いましょう」

 

名声欲はあるが、犯罪を犯してまで盗み取る度胸はなかった高弟。

 

だがある日、()()()()()と出逢った事により人が変わってしまった。

 

あろうことか病床に伏せる宗家の元にその少女を連れてきてしまう。

 

部外者を招き入れた事に激怒する宗家だったが、異変が起きる。

 

宗家までも人が変わったようになり、その少女の言いなりとなってしまったのだ。

 

宗家が気がついた時には、全てを失っていた。

 

お免状と花伝書、華心流の看板までもが全て合法的に譲渡している結果が残された。

 

何が起こったのかも分からず絶望し、病状も極めて悪化。

 

最後の日を迎える日。

 

娘である常盤ななかは宗家である父の元に招かれる。

 

「何が起こって…流派を奪われたか…分からない。覚えているのは…高弟が連れてきた…少女…」

 

「しっかりして!私を1人にしないで!!」

 

「頼…む…我が流派を…一門を…取り…戻…せ……」

 

父親の非業の最後。

 

華心流の乗っ取り。

 

その原因は説明出来ない現象によって引き起こされる。

 

「どうして…どうしてこんな理不尽な事が起こるの!!?」

 

まだ幼い常盤ななかに降りかかってきた救いようのない理不尽。

 

「私達が…何をしたっていうの!?」

 

彼女が誰に叫んでも望む答えなど与えてはくれない。

 

その後は親戚の元に送られ、絶望に打ちひしがれる生活を余儀なくされた。

 

「現れた少女って…誰なの?その女が…私から全てを奪った人物だというの…?」

 

項垂れたまま縁側で座っていた常盤ななかが綴っていく絶望の言葉。

 

魔女もいないこの世界の人間社会で慎ましく生きているだけだった少女に舞い降りた悲劇。

 

理不尽過ぎる加害行為への慟哭の言葉が涙と共に絞り出されてしまう。

 

そんな常磐ななかの元に現れた存在とは、契約の天使だった。

 

「それはきっと、魔法少女の仕業だね」

 

「貴方は…何なんですか?喋れる…猫?」

 

「ボクの名はキュウベぇ。君に起こってしまった理不尽を説明出来る存在だよ」

 

魔法少女という存在を不可思議な存在から聞かされる光景が続く。

 

現実離れした話であろうとも、そう考えれば辻褄が合う。

 

納得した常盤ななかの表情が怒りによって歪んでしまう。

 

彼女の心の中には魔法少女と呼ばれる存在への怒りと憎しみが噴き上がり、支配される。

 

「魔法少女は他にもいるのですね…?なら何故!私の家に助けに来なかったのです!?」

 

「魔法少女の使命は魔獣討伐だからさ。必ずしも人間を守り抜かなければならない決まりはない」

 

神浜の魔法少女社会は、1人の人間を助けてはくれなかった。

 

人間社会に危害を加えてくる魔法少女を抑止出来る程の刑罰を作らなかったから。

 

神浜の魔法少女社会が地域の魔法少女達を絶対的に司法管理する決まりはない。

 

魔法少女達の自由を踏み躙る抑圧社会を生み、大きな反発を招く危険があったから。

 

そう聞かされたななかは驚愕の表情を浮かべてしまう。

 

「まるで…()()()()じゃないですか!?」

 

「正義のために戦う魔法少女はこの街には大勢いる。でもね、彼女達は優し過ぎるんだ」

 

人間社会に危害を加える魔法少女が表れても、危機感を持って対処してこなかった。

 

制裁に足る根拠となる法も作りはしなかったし、死刑を与える勇気さえなかった。

 

「そんな…じゃあ、悪者になった魔法少女の扱いは…今までどうしてきたんですか!?」

 

「痛めつけて説教して終わり。後は()()()()()()()()()()()()()…こんな感じだよ」

 

思いやり、優しさという名で隠されていたものを、魔法少女の被害者ならば見抜くことが出来る。

 

心が優しいとか言われる魔法少女達が繰り返してきた…()()()()()()()()()()()だ。

 

怒り狂い、悔し涙で顔を濡らす常盤ななかが吼える。

 

「ふざけんな!!何よそれ…正義の味方を気取る魔法少女って何なのよ!?」

 

「そうだね…きっと彼女達はフィクションの変身ヒロインにでもなった気分で…」

 

――()()()()()だけなのさ。

 

肝心な時には役に立たない。

 

ヒーローごっこをしながら満足する生活を送る。

 

変身ヒロイン気分で今日も悪者をやっつけに行く高揚感しか興味は無い。

 

皆それぞれに綺麗ごとを吐きながら自分達の美しい世界だけを尊ぶ生活を送る。

 

「何よ……ソレ……?」

 

「これが神浜の魔法少女達が繰り返してきた事実。社会秩序なんて本気で誰も考えなかった」

 

「自分達の正しさだけを見て…正しくないものは見たくない者達……」

 

「そうやって戦ってきたのが…正義を気取る魔法少女達が繰り返してきた現実なんだよ」

 

「何処に人間社会に向けた大儀があるんですか…?それが()()()()()だとでも…?」

 

「結局彼女達はね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけなのさ」

 

聞けば聞くほど、魔法少女という存在に反吐が出る常盤ななか。

 

自分にもそのクソッタレ共と同じ存在になれる才能があると聞かされる。

 

怒りに燃えていた彼女だったが、それを聞かされた時…決断する表情となった。

 

迷わずに願い事を呟く。

 

「私に…()()()()()()()()を与えてください!魔法少女への復讐に足る力が欲しいのです!!」

 

人間を玩具のようにして弄ぶ魔法少女への復讐に足る力が欲しい。

 

殺しても飽き足らない程にまで憎い魔法少女への復讐に足る力が欲しい。

 

彼女が望んだのは、加害者になる魔法少女を見つけ出す力だった。

 

「正義を気取る魔法少女達が望む正義なんていらない…人間社会を本気で守らないぐらいなら」

 

「それが…君の望みなんだね?」

 

「それでも魔法少女だけに都合が良い正義を望む連中がいるのなら…糞食らえよ!!」

 

「君の魂を輝かせる怒りの願いは成就するだろう。君の新しい人生が始まるんだ」

 

「私の新しい人生…それは人間の人生を理不尽に奪う魔法少女を見つけ出し…」

 

――()()()()人生です!!!

 

光が辺りを包み込み、1人の魔法少女が誕生する。

 

「契約は成立だ、常盤ななか。それが君のソウルジェムの輝きだよ」

 

今ここに、1人の復讐鬼が誕生することになった。

 

人間として生きてきた自分達から全てを奪った者を見つけ出し、狩り殺す者が生まれたのだ。

 

しかし、彼女の怒りは復讐する魔法少女だけに向けられたものではない。

 

人間を魔獣から守ると叫びながらも、人間社会に危害を加える魔法少女を本気で取り締まらない。

 

自分達に都合の良い正義しか求めない魔法少女達への怒りもまた同じぐらいに燃えていた。

 

新しい人生が始まった常盤ななかは探し続ける。

 

父を貶めて死に追いやった加害者たる魔法少女を。

 

「私は迷わない…周りの魔法少女から人殺しは良くない、良心を信じるべきだと言われても」

 

綺麗ごとの中に隠された事なかれ主義を望む者達の言葉など、彼女は聞く耳を持たない。

 

冷徹に獲物を探し出し殺すことのみを求めて生きていく。

 

刃を研ぎ澄ますように策を巡らせるために、兵法書や戦術所も頭に叩き込んできた。

 

気が付けば周りからは策士と呼ばれる程にまで、戦いの世界で成長を遂げていたようだ。

 

「貴女は…?」

 

「お初にお目にかかるネ。私の名前は純美雨というヨ」

 

「ボクの名前は志伸あきら!突然で申し訳ないんだけど、話があってね」

 

彼女の噂を聞いて現れたのは、正義の魔法少女として生きる美雨とあきら。

 

説得に応じたななかはコンビを組む相棒の夏目かこも彼女達に紹介してくれる。

 

かこも説得に応じてくれたことにより、4人組の魔法少女チームが誕生したのだ。

 

この世界で生きる常磐ななかの立場は違う。

 

違う宇宙においては、魔女の被害によって魔法少女となり復讐の道を進んだ者。

 

この世界では魔法少女の加害行為によって魔法少女となり、復讐の道を進んでしまった者。

 

人間としてささやかに生きる自由を魔法少女に奪われた…余りにも哀れな少女であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

5月の過ごしやすい季節の神浜市参京区。

 

喫茶店の席で向かい合うようにして座る人物達とは、常盤ななかと夏目かこ。

 

「私に話があるとは、どういう要件なのでしょうか?かこさん」

 

「あの…ななかさんはまだ…囚われているのかなって」

 

「それは、復讐を果たし終えた件についてでしょうか?」

 

「はい…ななかさんの復讐は果たされました。それは私の復讐でもありました…」

 

「そうですね…かこさんもあの女に人生を滅茶苦茶にされて…魔法少女になった者です」

 

「覚えていますか?私とななかさんが出逢った日のことを…?」

 

夏目かことの出会いの日を思い出していく。

 

夏目かこ。

 

13歳の少女であり神浜市立大附属学校に通う中学一年生。

 

神浜市の古書店である夏目書房の一人娘であり、母親は国語の教師でもある。

 

日々愛する読書の世界に浸り、店の看板娘としても働いてきた人生を送ってきた存在。

 

順風満帆かと思われた人生だが、ある出来事によって転機が訪れる。

 

夏目書房が店舗を構える地域で行われた外国資本による不動産ビジネス。

 

狙いは低い調達金利と、他の金融商品に比べて相対的に高い利回りを持つ地域。

 

日本の不動産を割安と見る外国人投資家まで様々なマネーが神浜の不動産に流れ込んでいく。

 

日銀の金融緩和と観光インバウンドブームが相まって、一部の都市の不動産価格は上昇している。

 

外国人観光客の増加に沸く神浜市もまた、そんな活況を呈するエリアの一つだった。

 

そうなれば、邪魔者となっていくのが地域住民達。

 

地域ぐるみで土地買収に反対していたが、それに呼応するかのように嫌がらせが始まっていく。

 

地上げの如き嫌がらせが地域に吹き荒れる光景がもたらされてしまう。

 

それは暴力団関係者に委任された巨額のビジネスでもあった。

 

夏目書房の店主であるかこの父も反対派に加わり声を荒げるが、様々な嫌がらせを受けてしまう。

 

嫌がらせのポスティング、張り紙、落書き。

 

相手を痛めつけずに心を折り、立ち退かせる恐怖心扶植戦術が続けられてしまう。

 

暴力団は怖いというイメージを利用して、巧妙に恐怖心を植え付ける手口。

 

暴力団も警察に逮捕される事を恐れている。

 

余程の事がない限り暴力は振るわないのが現状である。

 

だがある日、やり過ぎとも呼べる惨劇を引き起こした。

 

その犠牲となってしまったのが…燃え盛る夏目書房。

 

家族は無事だったが、放火によって店は全焼。

 

暴力団とて慎重である筈なのに行われた凶行。

 

放火犯は逮捕されたが、本人曰く何も覚えていないを繰り返すばかり。

 

加害者の第一発見者は、この店の娘である夏目かこ。

 

ただ怖くてへたり込み、震えるばかりで店を守れなかった事を悔やんでしまう。

 

全焼してしまった我が家を放心状態で見つめていた時、キュウべぇを連れたななかと出会った。

 

「キュウべぇさん、どう思いますか?」

 

「魔獣は人間を操る力なんてもたない。これは間違いなく魔法少女の魔法だね」

 

「でしょうね…あら、貴女は?」

 

どうやら彼女だけでなく、キュウべぇの姿もかこには見えている。

 

「貴女…キュウべぇさんが見えるのですか?」

 

「え…あの…は、はい……」

 

「ふ~ん…なるほど。では…」

 

「ああ、間違いないね。この子もそうだ」

 

「後日、この犯行の件について詳しい話をしたいのですが、お時間は大丈夫ですか?」

 

「あの…その…大丈夫だと…思います」

 

「では、またお伺いしますね」

 

後日、同じ時間に現れたななかとキュウべぇに詳しい経緯を語られていく。

 

真犯人を捕まえたいかと問い詰めた時、かこは二つ返事で望んでくれた。

 

「は、はい!それは勿論!」

 

「…だそうです、キュウべぇさん」

 

「君はその願いを叶えることが出来るんだ、夏目かこ」

 

才能があったために魔法少女への契約を持ち掛けられる。

 

フィクションネタだと疑ったが、ななかも魔法少女だと名乗り出ててくれたようだ。

 

キュウべぇの存在も説明がつかない事もあり、納得する以外になかった。

 

「私たち魔法少女は、魔獣と呼ばれる存在と日夜戦いを繰り広げています」

 

「なら…私の家を焼いたのも、魔獣と呼ばれる存在ですか?」

 

「いいえ、魔獣は人間から感情エネルギーを吸い上げて廃人にする力しかありません」

 

明らかに魔法少女が持つ固有魔法によってもたらされた犯行だと伝えられ、驚愕した表情。

 

「そ、そんな!?魔法少女は魔獣から人間を守るヒーローじゃなかったんですか!?」

 

「魔法少女にそんな決まりごとはありません。魔獣と戦う使命を果たす、それ以外は自由です」

 

ならば、手に入れた最高の力をどのように扱おうと本人の自由意志に委ねられる。

 

人間社会に虐げられたなら、魔法を使って面白おかしく報復する事が出来てしまう。

 

「酷い…それじゃあ、私の家は何故…魔法少女にこんな目に合わされたんですか!?」

 

「ドクズ共の発想を客観的に考えるなら…面白かったから、ではないですか?」

 

ななかが語る犯罪心理を聞かされたかこの目に悔し涙が浮かんでいく。

 

「そんなの…理不尽です!!あまりにも許せないっ!!!」

 

怒りに燃え上る彼女の姿を見たななかは、かつての自分の姿と重ねてしまう。

 

だからこそ、彼女に魔法少女の存在を打ち明ける気になったようだ。

 

「私も魔法少女になれば…真犯人を捕まえられますか?」

 

「それだけじゃない、元の生活にだって戻ることさえ可能さ。君がそれを願うならね」

 

「ただし、貴女も魔法少女となる以上は命をかけた戦いの日々が待っています」

 

真剣な目つきでかこを見つめてくる。

 

魔法少女になるからこそ、魔獣と戦う使命以外で気を付けなければならない事がある。

 

「そして…貴女が得る魔法の力は、人間を簡単に傷つける力さえ持ってしまうでしょう」

 

「急がせるつもりはない、熟慮してからでもボクは構わないよ」

 

ななか達はかこの負担にならないよう配慮してくれる。

 

だが、かこは真っ直ぐな視線をななかに向けてきた。

 

「ななかさんなら、こんな時…どうしますか?」

 

「…あまり良い質問ではありませんね」

 

「ごめんなさい…」

 

「ですが……私なら、迷わずに契約します」

 

「どうしてですか?」

 

「貴女が今感じた怒りを…私も経験したからです」

 

ななかは語ってくれる。

 

彼女もまた、夏目かこと同じく魔法少女の犠牲者となった人間なのだと。

 

「私は復讐を誓いました…そのために願いを使った。私の道は…鬼の道となります」

 

「魔法少女は魔獣と戦う使命を与えられても、自由意志によって魔法を使える危険な存在…」

 

「その通りです。貴女が魔法少女になったとして、その力に自惚れる者であったのならば…」

 

「ななかさん…?」

 

目を細めてかこを見る。

 

彼女の瞳の中には暗い炎が宿っているかのように感じてしまう。

 

()()()()()を忘れて絶対者を気取り、人間に加害行為を行っても良いと考える者になるなら」

 

――私は貴女も殺します。

 

かこに殺気を向けてくるななかだが、自然と心は落ち着いてしまう。

 

彼女だって気持ちはななかと同じだったから。

 

「私には…復讐に生きるだけの覚悟はもてません。それって…人が人を殺す道だから」

 

「それで良いんです。自由とは、憧れながらも、リスクを恐れて人は遠ざけるもの」

 

誰も責任なんて取りたくない、背負いたくない。

 

だからこそ自由を拒む。

 

「ななか…」

 

勧誘に来た筈なのに、魔法少女になる事から遠ざける発言をしていた事に気が付かされる。

 

キュウベぇに注意された彼女は咳払いを行い、気持ちを改めてくれた。

 

「すいません、出過ぎた事を語ってしまいました」

 

ななかの気持ちと同じ気持ちを持ってくれた夏目かこ。

 

だからこそ彼女は迷わず契約する事を決めたようだ。

 

「私…魔法少女になります。ななかさんと気持ちは同じでも、貴女とは違う道になると思います」

 

店を守れなかったのが悔しかった。

 

塞ぎ込む家族を見るのが辛かった。

 

「人は皆…考え方が違う生き物。同じ苦しみを背負っても…私にはならないで下さい」

 

「夏目かこ。君はどんな願いをもって、その魂を輝かせるんだい?」

 

「私は……」

 

こうしてまた1人の魔法少女が誕生した。

 

彼女が願ったのは、放火で焼失した夏目書房と家族の笑顔を取り戻したいという内容。

 

得た固有魔法は再現と呼ばれる魔法。

 

行使すれば四肢が切断されようが復元レベルの回復力を発揮出来るようになる。

 

また、現象を再現する事も可能。

 

魔法攻撃を再現する力さえ持つ、可能性に満ちた魔法少女となった。

 

「ななかさん、私…貴女についていこうと思います。貴女の道を、私にも見せて下さい」

 

「私と貴女は同じ苦しみを背負う同士です。私の苦しみを…貴女になら話せます」

 

魔法少女になる事は両親にとっては最悪の選択肢であろう。

 

それでも心の何処かでは、不謹慎を詫びながらも嬉しい感情が湧いてくる。

 

こうして2人は魔法少女コンビを組む事となった経緯が過去にはあったようだ。

 

この世界で生きる夏目かこの立場は違う。

 

違う宇宙においては、魔女の被害によって魔法少女の世界に巻き込まれた者。

 

この世界では魔法少女の加害行為によって魔法少女となり、常盤ななかの復讐を見届ける者。

 

人間としてささやかに生きる自由を魔法少女に奪われた…余りにも哀れな少女であった。

 

……………。

 

「早いものですね…美雨さん達とチームを組んだ日を、今でも昨日のように思い出せます」

 

「私達は魔獣と戦う中で…ついにあの女を見つけ出して…復讐をやり遂げる事が出来ました」

 

かこが語った復讐を成し遂げた日を思い返すようにして、ななかは両目を閉じていく。

 

「あの日を生涯忘れられません。復讐を果たしても…心の負担が半分程度になっただけでした」

 

「加害者に背負わされた怒りと悲しみ…そのうちの怒りの鎖だけでも外せました」

 

常盤ななかは復讐を成し遂げた。

 

父親は帰ってこないが、それでも前に進めるようになったようだ。

 

「ななかさんの華道流派は、暗示魔法が解けても…元には戻りませんでしたね」

 

「元々あの高弟は流派の看板を求めていました。魔法が解けたとしても…棚からぼた餅でした」

 

「これからななかさんは、華心流の道をどう進んでいくつもりですか?」

 

「華心流の伝統をもって、時代の流行りに打ち勝つ以外には…名誉回復の道はありませんね」

 

「そうですよね…。それと、もう一つ聞きたいことが……」

 

「何ですか?」

 

遠慮がちになってしまうが、それでも心を同じくした人物だからこそ聞く覚悟を示せる。

 

「人が人を殺す…それは私刑です。ななかさんはあの時、何を思ってあの人の命を……」

 

目を瞑ったまま溜息を出し、両目を開いたななかが真剣な眼差しを向けてくる。

 

「かこさんになら…語れますね。いいでしょう、私があの魔法少女を……」

 

――更紗帆奈(さらさはんな)を殺した時のことを語ってあげます。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ななか、かこ、美雨、あきら。

 

4人はチームを組み、神浜の魔法少女社会に名を馳せる新たな西の強豪チームとなる。

 

自分達の地域である参京区だけでなく、美雨が暮らす南凪区も活動拠点として範囲を広げてきた。

 

魔獣との戦いを繰り返しながらも、ななかは固有魔法を使い神浜の魔法少女達を見極め続ける。

 

相手を白か黒かで判断してきたが、お目当てが誰かという決定的な証拠を見つける能力では無い。

 

それ故に復讐する相手を探す捜査も難航し、彼女自身も参っていた。

 

出来る事は、人間社会に害を成す魔法少女かどうかという人間性の把握のみ。

 

それでは見つけた者を次から次に処刑を繰り返し、当たりを引くまで殺し続ける道となる。

 

捜査に行き詰まっていた頃、神浜の魔法少女社会でとある噂が流れてくる事になった。

 

「魔法少女が襲われる事件?」

 

「そうネ。あの流れ者の魔法少女組が怪しいという噂ヨ」

 

「どうして…魔法少女が襲われてるんですか?」

 

「そう言えば、前にもこんな騒ぎがあった記憶がありますね」

 

「あの時も、その流れ者の魔法少女達が疑われたけど…短絡的過ぎるよ。証拠もないのに」

 

「…調べてみる価値がありそうですね」

 

調べて見たが、噂の出所が曖昧であり調べを進めていくうちに途切れていく。

 

「襲われた魔法少女の数も一日で数人規模…」

 

「全員昏倒して目を覚まさないそうネ」

 

「命は奪わない手口…美雨さんは犯人が何を目的にしているのだと考えます?」

 

「捕まえて吐かせたら済む話ヨ」

 

「荒っぽいなぁ美雨は…」

 

犯人の犯行動機について思索を繰り返していた時、黙っていたかこが口を開く。

 

「面白かったから、だと…わたしは思います」

 

皆がかこに視線を向け、リーダーのななかも彼女の意見に頷く。

 

「かこさん、私もそう考えています。これは明らかに…加害を楽しむ魔法少女の仕業です」

 

それからも捜査を続けて見つけ出したのは、流れ者の魔法少女の1人を目撃したという情報。

 

「遊佐葉月…彼女の周りを張り込む必要がありそうです」

 

「前に疑われた人だよね…。でも、今回は襲われた魔法少女の前に現れていたそうだよ」

 

「行きましょう」

 

根拠は無いが、それでもこの事件を野放しには出来ない。

 

ななかの固有魔法がそう叫んでいるかのようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

遊佐葉月の身辺を洗い、彼女の周りの魔法少女達もその過程で調べ上げた。

 

静海このは、三栗あやめ、この2人が遊佐葉月と組んできた流れ者の魔法少女達。

 

だが調べても彼女達の固有魔法が加害行為に役に立つ代物ではなかった。

 

魔法少女のことなら魔法少女に詳しい者に訪ねた方が良いと考えたななかが行動を開始する。

 

神浜魔法少女達が大勢世話になっているという、とある店に赴いたようだ。

 

そこで得た紹介情報や、紹介された人物から得た情報を頼りに思索を繰り返していく。

 

「やはり…暗示魔法を使う魔法少女が今回の加害行為の首謀者ですね」

 

急がなければならない。

 

短絡的に答えを求める神浜魔法少女達が葉月達を狙っている状況なのだ。

 

「みんな…冷静でなくなっているね。あの子達が犯人だって決めつけてるみたいだよ…」

 

「そうですね…これではまるでセイラム裁判です」

 

セイラム裁判とは、1692年3月1日のアメリカで起こった魔女裁判である。

 

200名近い村人が魔女として告発された歴史的悲劇。

 

19名が刑死、1名が拷問中に圧死、2人の乳児を含む5名が獄死した悲惨な事件内容。

 

魔女狩り被害を起こした原因は集団ヒステリー現象と呼ばれる現象が起因となっている。

 

若い少女が言っている言葉を鵜呑みにし、相手を深く調べる努力すらせずに行われた現象。

 

いわゆる()()()()()()()()によって起こった惨劇だった。

 

「SNSで見かける、批判意見の中身さえ調べずに悪者レッテル張りする短絡的な連中と同じヨ」

 

「専門書を読めば知識でその人達が何を伝えようとしているのかだって…分かるはずなのに」

 

「葉月さん達の姿が見えない状況から考えて、身を潜めて騒ぎの沈静化を待っている筈です」

 

「賢いネ。その間に、私達で出来る限りの捜査を進めていくヨ」

 

「あやめちゃんは私の友達です!絶対に犯人を許さない!捜査に役に立つ本を探してみます!」

 

駆け出していく彼女の後ろ姿を見送る3人が向かい合い、互いの考えを述べていく。

 

「私達も捜査に行き詰まっている以上は、このはさんと合流するのも1つの案です」

 

ななかはこう提案してくる。

 

彼女達が犯人に貶められているのなら、犯人はあの3人の元にまた現れるのではと考えていた。

 

「おびき寄せる囮として使うかぁ…。ボクはそういうの苦手だけど、他に案もないしね…」

 

「かこはこう言たネ。あやめちゃんは私の友達…利用出来るヨ」

 

「接触させ、隠れ家に誘導してもらう。それ以外に彼女達を見つける方法も無いですね…」

 

美雨の提案を採用し、夏目かこを泳がせる事にした3人。

 

後日、かことあやめが接触した際に2人は内輪揉めを始めてしまう。

 

(あれが…敵の暗示魔法?2人を無意識に洗脳することが出来るようですね)

 

美雨に指示を出し、ななかとあきらは内輪揉めを止めに入る。

 

美雨は走って帰っていくあやめを尾行するために動き出した。

 

彼女達がこのは達の隠れ家を見つけた時に、常盤ななかは一計を案じる提案を持ち掛ける。

 

「今回の獲物…決して取り逃すわけにはいきません」

 

「どうするネ?」

 

「中の魔力を探れば、やちよさん達もおられるご様子」

 

戦力を過剰に集めるよりは、遊撃班として敵の逃走ルートを見つけ出し潜伏するという提案だ。

 

「ななかさん…もしかして?」

 

「…やちよさんや他の魔法少女に…私の戦いを見られるわけにはいかないのです」

 

「ななか…お前……」

 

蒼海幇メンバーとして、闇社会で生きてきた美雨だから分かる。

 

今のななかから発している張り詰める程の空気とは、殺気だ。

 

程なくして東の長から情報を伝えて欲しいと頼まれた東の魔法少女もやってきて情報を得る。

 

その後、隠れ家から逃げるのに一番適していると思われる逃走ルートを見つけ出し陣を張る。

 

時間が過ぎていく。

 

ななかはソウルジェムで魔力を探り続ける。

 

近づいてくる知らない魔法少女の魔力と走る音が近づいて来た。

 

「チッ!あいつらやるじゃん…でも、あたしの暗示は甘くないんだよ、あっは~潰し合え!」

 

路地裏に走ってくる。

 

ここは一本道であり、前と後ろを塞げば逃げられない。

 

「あっ…!?」

 

路地裏の隙間から出てくるのは、鞘に二刀小太刀を収めた魔法武器を握り締める魔法少女。

 

「貴女が…更紗帆奈さんですね?」

 

逃げ道の後ろに視線を向ければ、杖を握り締める小さな魔法少女が現れた。

 

逃げ場を失った犯人に向けて、周囲の空気が凍り付く程の冷淡な声が木霊する。

 

「1つ…質問してもよろしいですか?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あんたも…あいつらのお仲間?質問って何さ?」

 

「去年の話です」

 

この街でささやかに生きてきた華道流派の一家がいた。

 

だが、何者かによって流派は乗っ取られる被害が起きてしまう。

 

「原因不明の現象によって、合法的に看板と花伝書を持ち逃げされました」

 

「それが何だっての~?」

 

「お心当たり…ありませんか?」

 

「私からも…質問があります」

 

後ろに陣取ったかこも、怒りに燃えた目つきをしている。

 

「今年の初め頃です」

 

彼女が住まう古書店が何者かに放火される被害が起きる。

 

犯人は捕まったが、本人は何も覚えてはいない。

 

「こんな真似が出来るのは…魔法少女だけですよね?」

 

2人の質問をニタついた表情のまま聞いていた魔法少女が何かを思い出す。

 

「あ~~、なんか記憶に浮かんできたわ」

 

腕を組み余裕の態度をして被害者の反応を楽しむかのような態度を見せる。

 

「あたしが適当に歩いてた時にさぁ?月刊華道って雑誌が開きっぱでベンチに落ちてたんだぁ」

 

内容は常盤ななかが生花コンクールで賞を受賞した時の記事内容。

 

「花のように気取る綺麗な女が写ってたんだよね~。そしたらさ~急になんかね…突然だよ?」

 

――こいつをくっちゃくっちゃにしてやったら、どんな顔するんだろって気持ちが湧いちゃった♪

 

威圧感を放つななかの顔つきが変わっていく。

 

「この街に久々に帰ってきた時にさぁ…地上げ騒動やってたんだよね~」

 

「それってまさか…私の古書店がある地域で起きてきた…」

 

「暴力団なんて肩書だけで地味な嫌がらせしかしてないしさ~、あたし派手なのが好きでさ~」

 

――凶行に及ばせたら街の人間共は恐怖で引き攣った顔するかな~って、思っちゃいました♪

 

目に悔し涙を溜め込む程にまで怒りで震えだすかこの姿。

 

「そういえば~あんたの顔ってさ、昔見た華道雑誌に載ってた奴と似て…」

 

「フフ……ウフフフフ……アハハハハハ……」

 

気が触れたような低い笑い声が暗い路地裏に響く。

 

「人間の私は運が悪かった…。でも、魔法少女の私は…()()()()()()()です」

 

帆奈の前にななかは歩み寄っていく。

 

「美雨さんとあきらさんを別ルートに回して正解でした。あの2人は人殺しには手を貸さない」

 

左手に持つ二刀小太刀の鞘を前に掲げ、両手で小太刀の柄を握り締める。

 

「人間に駆除される()()の如く逃げ回れば良かったのに、この街に帰ったのが運の尽き…」

 

「お、おまえ!?」

 

威圧感から変化した空気。

 

それは目の前の獲物を決して逃さず、命を刈り取る者の決意が込められた憤怒。

 

鞘の両側から刃が抜かれる光。

 

マンキャッチャーの形をした魔法の杖を相手に向けて暗示をかけようとするが…。

 

「がっ!!?」

 

顔に向けて蹴り込まれていたのは、両側から抜かれて地面に落ちかけていた小太刀の鞘。

 

既にななかは踏み込み、間合いにまで走り込んでいる。

 

「くそっ!!!」

 

帆奈の左サイドに踏み込み、右肘を相手の左肘に差し込み背中側に曲げ逆関節を決める動き。

 

「ギャァァァーー!!?」

 

拗じられて上半身が仰向け姿勢の相手の顔面に左膝蹴り。

 

「ぐふっ!!」

 

赤いつば広ハットが反動で転がり、仰け反る相手の右側頭部に左肘打ち。

 

壁に倒れ込む相手に向けて右小太刀の唐竹割りが迫る。

 

両手持ちの杖で小太刀を受け止めようとしたが、フェイトだ。

 

「あぁぁぁーーーッッ!!!?」

 

本命である左小太刀の右薙を振り抜き、上に掲げてしまった両腕を刎ね落とす。

 

おびただしい血飛沫が両腕から噴き出し絶叫が木霊する。

 

「……やめろ」

 

「アァァアアァーーーーッッ!!!!」

 

「…やめろって言ってんだよ、そのムカつく叫び声を…!!」

 

左碗刀で相手の喉を打ち込み、壁に押し付け喉を潰さんばかりに締め上げる。

 

「私と父の人生を、突然面白おかしくグチャグチャにしてみたくなっただ?」

 

「がっ…あぁぁぁ~~……ッッ!!」

 

「地上げに苦しむ街の人を、放火で怖がらせたら楽しそうだっただ?」

 

――オマエ……()()()()()()()()()

 

いつもの理詰めで物事を語る沈着冷静であった常盤ななかの姿が見当たらない。

 

恐ろしさで震え上がるかこが見つめているのは、もはや別人のような彼女の姿。

 

「オマエ…何…分かる!!あたし…家族にさえ…必要とされずに…」

 

「加害者が被害者ぶってんじゃねぇぇーッ!!そういうのが一番ムカつくんだよ!!!」

 

右手の小太刀を帆奈の腹部に一気に差し込み、壁に縫い付ける。

 

「アガァァッッ!!?…お願…カンベ……」

 

()()()()()()()()()()()、魔法少女は人間社会に何をやってもいいのか、エ?」

 

「許…して…もう…しな……」

 

「魔法少女の()()()()()()()()()()()()()、テロリストになっても良いのか、ア?」

 

もはや勝負はついたと悟り、かこが止めに入ろうとするのだが…。

 

「手を出さないでッ!!!」

 

鬼のように歪んだ恐ろしい形相をかこは向けられ、金縛りにあったように体が固まる。

 

「…見ていて下さい、かこさん。これが貴女に見せる…私の復讐……」

 

左手の小太刀を右手に持ち替え、逆袈裟の構え。

 

右肘の奥に隠れるななかの顔も、醜くなりながらも両目からは熱い涙が零れていく。

 

「常磐ななかの…復讐ですッッ!!!!」

 

迫りくる復讐の刃を見届ける更紗帆奈は、最後の言葉を残す。

 

それはもう、全てがどうでもいいような言葉だった。

 

「…アハッ……お~わり」

 

『わたしは返り血をインクにして、心のノートに文字を刻む』

 

『考え得る限りの口汚い言葉を並べて罵倒する』

 

『ここに書かれている通りの事が起きるように心から祈念する』

 

『ありったけの悪意を込めて、ただひたすらに…』

 

更紗帆奈の歪み切った心が綴られたノートと同じ言葉を常盤ななかの復讐心が叫び続ける。

 

まさにこの光景こそ、()()()()()()()()()()

 

人を殺せば穴二つ。

 

必ず自分の墓穴も掘るべきだったのだ。

 

……………。

 

「ヒィィィーーーーーーーッッ!!!!」

 

路地裏から叫び声を聞いた水名女学園制服を着た少女が駆け寄り、そこで見た光景に絶句する。

 

円環のコトワリに導かれ、光となって消えていくバラバラの細切れ肉片。

 

路地裏は返り血塗れであり、自分と同じように座り込んで震えたままの魔法少女もいた。

 

この場所でただ独り立っていたのは…。

 

「あ…あ…あぁぁ……」

 

「……終わりました、かこさん。……行きましょうか」

 

全身血塗れ姿となった常磐ななかの姿。

 

恐ろしく静まり返った表情をかこに向けてくる。

 

彼女の左側頭部に飾られている白椿の花びらも返り血で染まり、ソウルジェムも赤黒く染まる。

 

椿の花には花言葉がある…()()()()()

 

「「ななかぁ!!!」」

 

気が遠くなって倒れた水名生徒の横を美雨とあきらが通り抜けていく。

 

「な…なな…か…」

 

周りの惨状を見て絶句するあきらの表情。

 

「お前…殺て…しまたカ……」

 

全てを察した美雨は、放心状態のななかの代わりに状況を判断。

 

震えるかこをあきらに任せ、ななかを美雨が連れてその場から去っていった。

 

送れてやってきたのは、更紗帆奈のせいであらぬ疑いをかけられた静海このは達。

 

「月夜さん!?しっかりして!!」

 

やちよに揺さぶられても、月夜と呼ばれる少女は目を覚まさない。

 

あやめの両目を右手で覆って隠すのは葉月。

 

「酷い…こんな光景…あやめには見せられない……」

 

「私たち姉妹を貶めた奴に…誰かが十分過ぎるぐらいのお礼をしてくれたみたいね…」

 

凄惨な現場に残された正義の味方を気取る魔法少女達が見せられた現場光景。

 

魔法少女に人生を奪われた1人の人間の苦しみが叫びとして残されたような光景であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「私は激情のまま、あの女を斬り刻みました。心の中ではこう叫んでいました…」

 

死ね、クソッタレの魔法少女。

 

そして、おまえを止めなかった魔法少女達もくたばれ。

 

泣きながら復讐を果たした人間が心で叫んだ慟哭の言葉を包み隠さず語ってくれたようだ。

 

正義を気取る魔法少女なら彼女を軽蔑するかもしれない。

 

だが、常盤ななかと心を同じくする目の前の魔法少女は違った。

 

「ななかさんは…何処にでもいる人間として…家族と共に生きたかったんですね」

 

暗い影を落とした表情を浮かべながらも頷いてくれる。

 

ミイラ取りがミイラになる選択までして果たし終えた復讐。

 

復讐を果たし終えた常盤ななかは何を得たのだろうか?

 

「復讐を果たしたあの瞬間…得られた感情は……」

 

――帰ってこない人間としての人生に手を伸ばしても届かない…悲しみでした。

 

長い語り口となってしまい、飲み物を一口含む。

 

「復讐の道は終わりましたが、魔法少女となった以上は死ぬまで魔法少女として生きるしかない」

 

「これから…どう生きていくんですか?」

 

「まだ見つかりません…でも私……怖いんです」

 

遠い眼差しを喫茶店の窓の外に向ける。

 

「人殺しの罪を犯した…自分自身にですか?」

 

「違います。私が怖いのは……魔法少女社会です」

 

「この街の魔法少女社会が…怖い?」

 

「気が付きませんか?神浜の魔法少女達の会話内容の中に…何処か不自然な部分がないですか?」

 

「そう言われても…私は特に意識してませんでした」

 

人間として生きたかった者が見出した…神浜魔法少女達の恐ろしい光景。

 

「消えていくんです……()()()()()()()()が」

 

気がつけば自分たち魔法少女の話題ばかりをしている。

 

恐ろしい魔法を振り回す自分達の姿に違和感すら感じない。

 

「魔法の力を振り回す私達の姿の……違和感?」

 

「私達は人間でした。人間とは本来、武力や…ましてや魔法の力など所有してはなりません」

 

――それは人間社会にとって見れば、()()()()()()()()()なんです。

 

「そ、そんなことは……」

 

「かこさんはある日、隣の家に猟銃を所有する男が現れたとして…枕を高くして寝られますか?」

 

「それは…その…」

 

「良識ある人だから大丈夫…そんな考えはただの激しい()()()()なのです」

 

もし、社会状況が変わり追い詰められてしまったら。

 

ある日、猟銃の銃口が面白半分に向けられたとしたら。

 

「信じられないって言うんですか!?正義に生きる魔法少女達のことが!!?」

 

「正義?それが何の()()()()になるのですか?そうであれ、というお気持ち主義に過ぎません」

 

「白も…状況次第で黒になると…?」

 

「抑止力として、人間社会には警察が存在し、裁判所と刑務所が存在する司法があります」

 

「私達の長社会にも…そういう制度を期待したいのですか?」

 

「ええ。今の魔法少女社会には、そんな大層な社会秩序は残念ながらありませんので」

 

「ななかさんは、魔法少女の秘密を公にすべきとか、国に管理されるべきと考えてるんですか?」

 

「私は魔法少女社会にも法が形となり、抑止力として機能さえしてくれたら良いだけです」

 

狩猟部族社会にすら死罪を含む刑罰があるのに、魔獣を狩猟する部族社会の魔法少女には無い。

 

殆ど無法状態の社会で生きていく事に、常盤ななかは警告を与えるのだ。

 

「今のやちよさんや十七夜さんが決めた魔法少女社会のルールでは…ダメなんですか?」

 

「そのルールが抑止力となってくれていたら…私とかこさんは魔法少女になどならなかった」

 

事実を突きつけられ、顔が俯いてしまうかこの姿。

 

「ルールとは、()()()()()()()になるからこそ、国民は法律として身を委ねられるのです」

 

――何の抑止力にもならない魔法少女社会の決まり事など、価値はありません。

 

無言になってしまったかこに罪悪感が湧いてしまい、謝るななかに彼女も慌ててしまう。

 

その姿がお互いに面白かったのか、少しだけ2人は笑顔を作ることが出来たようだ。

 

勘定を済ませ、外でお互いに分かれ合う。

 

夕焼けになっていく空を見つめながら、常磐ななかはやり切れない表情を浮かべていく。

 

「私には…やちよさん程の実力はない。それでも…魔法少女社会が変わって欲しいと願っている」

 

力の無い自分への苛立ちが拳を握り込ませ、震えさせる。

 

「圧倒的な力と人間社会を重んじる思想。両方を供える者が魔法少女社会に現れてくれたなら…」

 

他力本願の思考になっていく自分に嫌気が差し、思考を止めて彼女も帰路につく。

 

人殺しの罪を犯しても、仲間達は責任を追求せず変わらぬ態度を今でも示してくれている。

 

彼女達も常盤ななかが魔法少女になってしまった苦しみを抱える者として気を使ってくれていた。

 

そんな優しさに報いたいと、常磐ななかは今日も3人を引き連れて魔獣討伐へと赴く。

 

一輪の白椿。

 

今宵も闇夜に咲き狂う…。

 




読んで頂き、有難うございます。


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81話 アザレア三姉妹

尚紀の探偵事務所がある東京都江東区の倉庫街。

 

住まいの新宿区歌舞伎町に帰るには、北西に向かい中央区と千代田区を超えていく事になる。

 

中央区には銀座があり、いわば銀座は尚紀の帰り道の途中にある街。

 

銀座は様々な高級ブランドショップが軒を連ねる。

 

質が良い品を消費者に提供してくれる街でもある。

 

魔法少女の虐殺者として戦う尚紀が身につける服装はここにある店を利用して揃えていた。

 

もちろん頑丈で質が良い分、値段も高額のようだ。

 

「魔法少女は良いよな…戦闘服を魔力か何かで生み出せて」

 

彼は戦闘服が破れたりしたら自腹で買い足していくしかない訳であり、出費が嵩む立場。

 

前に使っていた服は痛みが酷くなり処分して、新しい衣装を仕事帰りに購入して帰宅中だった。

 

歩いて帰っていたら、石の賢者であるニコラス・フラメルの店が見えてくる。

 

宝石商の彼が商いをしている宝石店であり、ジュエリーRAGという店名だ。

 

「おや、ナオキ君じゃないか。仕事帰りかい?」

 

店の店主であるニコラスがシャッターを閉めているため、閉店時間のようだ。

 

「老骨に鞭打って1人で商売を続けるのか?金に困ってないなら店員を雇ったらどうなんだ?」

 

「私は秘密主義でね。おいそれと他人を近づけたくはないのだ」

 

「まぁ、見た目が変わらないお前の秘密に近づかれては不味いもんな」

 

「君も仕事帰りならどうだい?一杯飲みに行かないか?」

 

「BARマダムはもうカンベンしてくれ。俺はあそこの店に行き辛くなった」

 

()()()()以来、君の正体が世界中の政財界にバレてしまったからな…」

 

「帰り道に付き添うなら、歌舞伎町で俺が贔屓にしている店を紹介するぞ」

 

「楽しみだ。ついて行こうじゃないか」

 

2人は尚紀のマンションに近い歌舞伎町に向かっていく。

 

目的地は彼が贔屓にしているイングリッシュパブである。

 

向かい合える席に座り、注文した酒が注がれたグラスを片手に今日の労働を労い乾杯した。

 

「ふむ、酒の味も良いし雰囲気も悪くない店だ。私好みの落ち着ける店だな」

 

「1人で飲みたい時にはよく利用している」

 

「1人でか…。あれから君は様子を見に行ってあげているのか?君の義妹だった少女の様子を?」

 

「…偶には」

 

「元気にしていたかね?」

 

「美樹家も良くしてくれているようだ。娘の美樹さやかとは姉妹のように仲が良いみたいだな」

 

「離れ離れになったとしても、君にとっては義妹であり恩人。幸福に過ごせてるなら幸いだな」

 

「幸せそうな杏子の顔を見ていて…俺も気がついた」

 

「何にだね?」

 

「杏子と同じ孤児の俺だから感じたことだ」

 

尚紀は感じたことを語っていく。

 

両親を失い衣食住すらままならない孤児達は、誰かが手を差し伸べて保護してやる必要があると。

 

「俺も佐倉牧師に拾われて救われた。だからこそ、同じことを俺もしたい」

 

「慈善家として目覚めたというわけか。社会主義者としては素晴らしい精神だ」

 

「俺は共同体のために、個人の力を人間社会と共有したい思想家だ」

 

彼が自分の有り余る資本を独占したとする。

 

その上で他の魔法少女達にだけ資本である魔法の力を社会のために使えとは言わない覚悟なのだ。

 

「卑怯者にはなりたくないだろう。君は善意を語りながらも行動が伴わない存在が大嫌いだしな」

 

「風華のため、佐倉牧師のために使う筈だった宝石の金。今となっては巨額の貯金に成り果てた」

 

「両親を失った子供達か…。そういえば、去年の9月頃の時期を覚えているかね?」

 

「去年の9月頃?」

 

「私と君が余所から来た魔法少女達を見つけた時の話さ」

 

「あの三姉妹魔法少女のことか。あいつらも俺と同じく…天涯孤独の身だと言ってたな」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2018年9月。

 

夏の暑さも落ち着き、秋が近づいていた頃の時季。

 

尚紀は探偵の仕事で東京都港区に来ていたようだ。

 

張り込み捜査も終わり、証拠写真を収めたカメラを見ながら撮影した画像を確認しているようだ。

 

仕事をしていた時、道路側から知っている人物の声が聞こえてくる。

 

「やぁ、ナオキ君。仕事に精が出るね」

 

横を見れば高級セダンであるベンツのSクラスが路上パーキングに停車しているようだ。

 

左ハンドル運転席から声をかけてきた人物とはニコラスである。

 

「ニコラスか。今張り込みが終わって事務所に戻るところだ」

 

「良かったら乗せていこうか?」

 

「いいのか?」

 

「構わんよ。私も用事で港区に来ていて帰りの途中でな」

 

「それじゃあ、お言葉に甘えるぜ」

 

停車してある黒いセダンの助手席側のドアを開けて中に入り込む。

 

尚紀を乗せた高級セダンが発進していく。

 

彼を探偵事務所に送り届けるため隅田川に架かる築地大橋を目指していた時だった。

 

「止めろ!!」

 

突然声を荒げた尚紀の言葉で車を急停止させる。

 

「一体どうしたのかね!?」

 

「路上パーキングに駐車しておいてくれ。この先の竹芝ふ頭辺りに魔力が大勢集まっている」

 

「魔法少女達の争い事かね…?」

 

言われた通り路上パーキングに停車させる。

 

「俺は様子を見てくる」

 

「介入するのかね?」

 

「魔法少女同士の小競り合いなら介入しないが、人間が巻き添えになるなら俺が割って入る」

 

「なら私も避難誘導ぐらいには役に立つ。一緒に行こう」

 

路駐した車から2人はドアを開けて外に向かう。

 

魔法少女達の魔力が集まっているのは夜の竹芝ふ頭公園の敷地内。

 

再開発によって港と公園が一体化した観光名所であるが、今は平日の夜中であり人通りもまばら。

 

大きな円形の公園広場には、帆船マストの垂直棒が立つ夜景スポットとしても有名な場所。

 

しかし、今は大勢の魔法少女達が集まり誰かを囲んでいた。

 

囲まれてしまっているのは3人の魔法少女グループのように見える。

 

「お前ら、余所者の魔法少女だろ?」

 

「あはは…そうですけど、お姉さん達…ちょっと殺気立ち過ぎじゃないかなぁ?」

 

金髪の長髪をサイドポニーテールにした少女が前に立ち、交渉事を行っている姿。

 

身長170センチの尚紀よりも大きい魔法少女と思われる人物だ。

 

後ろの2人の前に立ち、どうにかこの場をやり過ごそうとしているように見える。

 

「あたしらの縄張りに勝手に入り込んでさぁ、ただで済むと思ってるわけ?」

 

「縄張りってなんのことかなぁ…?」

 

改変されたこの世界の魔法少女達は数の多い魔獣と戦う者同士。

 

供給の多いグリーフキューブ目当てに争い合い、縄張りを作る理由など無い筈なのだが…。

 

「だから余所者なんだよ。東京の魔法少女社会はね、ギャング勢力圏をそれぞれの区に作ってる」

 

その縄張りを魔法少女が侵害するのは営業妨害であり、戦争の引き金になると語ってくる。

 

世界が改変されようが、東京の魔法少女社会は物騒極まりない社会なのは変わりなかった。

 

「あたしら余所者だから知らなくて…その、今回ばかりは見逃してもらえないかなぁ~って?」

 

横目で周りに視線を送るが、人数が多過ぎる。

 

<ごめん…葉月。あちしが東京に行きたいなんて言い出すから…>

 

葉月と念話で呼んだ人物とは、葉月の後ろで震えている小さな魔法少女のようだ。

 

前髪を切り揃え、ピンク色の長髪をツインテールにした少女の見た目。

 

その隣にいる人物に庇うようにして抱きしめられていた。

 

<いいんだよ、あやめ。こういう魔法少女トラブルも…他所の街に流れて行くならあるって>

 

<葉月…やり過ごせるかしら?>

 

<ん~~…ちょっと無理かも。この子達は人の話を聞くタイプじゃないよ、このは>

 

念話で返事を返したのは、あやめを抱きしめて庇う銀髪の長髪をもつ魔法少女のようだ。

 

「あんた、イイ体してんじゃん?」

 

港区でギャング化した魔法少女チームのリーダーと思われる人物が葉月の前に出てくる。

 

「東京の魔法少女は半グレだけど、そのバックボーンにはエスタブリッシュメント達が大勢いる」

 

「エスタブリッシュメントって…何だろう、このは?」

 

「…社会の支配階級という意味よ、あやめ」

 

「あたしらはその人達を儲けさせないとならないわけ…相互依存ってやつ?」

 

「儲けさせるって…あたしらに何やらせようって気なわけ?」

 

「闇金融、IT、AVプロダクション、あらゆる企業にコネがあるんだよ」

 

「私達のバックボーンはね、大手アダルトビデオの企業家でもあるんだ~♪」

 

舐め回すように葉月とこのはの豊満な体に視線を移すギャング魔法少女達。

 

「見逃し賃は高いよ。あんたらが目玉飛び出る金額を請求するけど払えないでしょ?だ・か・ら」

 

――あんたら2人、A()V()()()として暫く働いてもらうから。

 

「「なっ!!?」」

 

赤面する2人だったが、1人は意味を理解していないぐらい幼い少女のため体つきは貧相だった。

 

「エーブイ女優って…何する仕事なの?」

 

「あやめは知らなくていい!!アタシらは絶対にそんなの嫌だから!!」

 

「なら隅田川にでも沈めてやる。川の底で円環の女神様にでも遺体を一本釣りしてもらうんだね」

 

もはや争いは避けられない空気となっていく現場。

 

その影で尚紀とニコラスは息を殺して隠れ潜み、状況を把握していく。

 

「不味いな…どうやら魔法少女同士の殺し合いに発展しかねん空気だ」

 

「魔法少女同士潰しあって死ぬなら構わない。自ら選択してこの世界に入り込んだ連中だ」

 

だが周りは人間の生活圏。

 

これだけの規模で魔法少女同士が魔法を行使して殺し合えば甚大な被害をもたらす。

 

「無関係な人間にまで被害が出るのは避けられないな…」

 

判断次第では割って入る覚悟を決める尚紀は、油断なく状況を見守る構え。

 

「あんたら、流れ者の魔法少女なんでしょ?そういうの東京では結構訪れる場合があるんだよ」

 

「だから…何なのさ?」

 

「大抵そういう連中はね、家出少女か児童養護施設から逃げ出した子供とかなんだ」

 

「あちし達以外の孤児達も…東京には訪れるんだ?」

 

「あんた達も孤児なんでしょ?私たち天涯孤独で寂しいの~って空気が全身から出てるって~♪」

 

「お前らのような連中には悪くない話だよ~?」

 

「親に面倒見て貰えない女の選択肢なんてオジサンの○○○咥えこんでる姿がお似合いだから♪」

 

周囲のギャング魔法少女達がゲラゲラと葉月達を嘲笑う光景が続く。

 

先程まではのらりくらりとした態度をしていた葉月の雰囲気が変わっていく。

 

「……やめろよ」

 

「あん?」

 

普段は平静を装い、相手から譲歩を引き出すタイプの葉月であったが…堪忍袋の緒が切れた。

 

「テメェらにアタシらの苦しみの何が分かる!?ふざけた口を叩くその口を縫いつけるよ!!」

 

葉月の激怒に呼応するかのようにして、このはとあやめも吼える姿を見せる。

 

「私達はね…孤児の私達を守ってくれたつつじの家を守るために!天涯孤独になったのよ!!」

 

「あちし達と同じ苦しみを背負ってる子達を馬鹿にするなぁ!!」

 

「みんな苦しくて、寂しくて…それでも私達のような孤児は誰も助けてくれないのよ!!」

 

「それを酷い目に合わせてきたんだろ!女の尊厳を踏み躙ってまで…アタシは許さない!!」

 

彼女達の逆らう態度を見たギャングのボスは目を細めていく。

 

「馬鹿だなてめぇら……死んだぞ?」

 

取り囲んでいる魔法少女達が左手にソウルジェムを構える。

 

このは、葉月、あやめも左手にソウルジェムを出現させて構えた。

 

状況的に戦闘は避けられない現場光景。

 

人修羅が割って入り、魔法少女を殺戮して被害規模を抑え込む以外に無さそうな状況なのだが…。

 

「君が出たところで、遠くは人々が歩いている生活圏だぞ。ここで戦う事そのものが不味い」

 

「なら、お前ならどうするんだよ?」

 

「逃げるに決まっている」

 

ついてくるよう促してくるニコラスの後ろをついていく。

 

「さて…荒っぽい運転なんて何十年ぶりの経験だろうか?」

 

「自信がないのか?」

 

「恥ずかしながら、今日運転するのも久しぶりなぐらいの老いぼれだよ」

 

「ハァ…なら運転を俺に代われ」

 

「ドライビング・テクニックに自信があるのかね?」

 

「まぁな」

 

尚紀が探偵の仕事に使う車の免許を取得出来た後、瑠偉に休日を引っ張り回されてきた。

 

彼女が所有しているサーキットでドライビング・テクニックを叩きこまれたというわけだ。

 

「なるほど…特別な英才教育を受けてきたというわけだね」

 

「シートベルトをしっかり締めな。俺の運転は瑠偉ほどお上品じゃない」

 

2人が現場を去った後。

 

3人を包囲する魔法少女ギャングメンバー達が殺気を放ち、武器を向ける状況が続いている。

 

相手に対し魔法少女衣装となった3人は互いに背を向け合いながら死角を補う陣形で向かい合う。

 

「アタシが道を切り開く。このは、あやめと一緒に荷物を出来るだけ抱えて逃げられる?」

 

両手に持つ斧に似た独特な形状の二刀流武器を構える葉月の無謀過ぎる提案に拒絶を示す。

 

「ダメよ葉月!?それでは貴女が囲まれて孤立してしまうじゃない!!」

 

「それ以外に…この状況からあやめを守りきれる手段を思いつけないんだよ…」

 

「あちしだってやれる!!葉月を置き去りにするぐらいなら最後まで残って戦うし!!」

 

「ありがと、あやめ…。嬉しくてアタシ…泣きそうだよ」

 

怒りを見せる魔法少女ギャングリーダーが号令を上げようとする。

 

「舐めた態度してくれたんだ…バラバラに体を刻んでやるからなぁ!!」

 

リーダーが襲撃を仕掛けさせようとした時だった。

 

「なっ!?」

 

リーダーの瞳に映るのは、公園の入り口付近から猛スピードで走り込んでくる高級セダン。

 

「ABS、VSA、ドリフトの邪魔になるものが新型には多いぜ」

 

「私が隙をつくる。グローブボックスに入っているサングラスをかけたまえ」

 

「何をやるのか知らないが、派手にやってくれ」

 

高速で現場に侵入。

 

曲がりながらリヤを外に流し込み、アクセルコントロールでリヤを制御して逆ハンドル操作。

 

後輪が一気に流れドリフト状態となり魔法少女の輪の中に突っ込む。

 

「グハァ!!?」

 

ギャングの1人を跳ね飛ばしながら包囲された3人の目の前で急停止させた。

 

「余所者のお嬢さん方!!目を瞑りなさい!!!」

 

突然現れた運転席の男と助手席の老人であったが、迷っている暇もなく目を瞑る。

 

助手席の窓から外に投げたのは1つの魔石。

 

鈍化した世界。

 

空中を舞っていた魔石が弾ける。

 

<<ギャァァァァーーーーーーッッ!!!!>>

 

夜の公園に強烈な光が放出され、目を瞑る者以外は視力を奪われてしまう。

 

目を瞑っていた葉月は周りの呻き声が聞こえたので目を開ける。

 

目に映ったのは地面に蹲り、悶え苦しむ東京の魔法少女達の姿が転がっていた。

 

「早く乗れ!!」

 

運転席の男に急かされ、自分達を助けに来てくれた者だと判断するしかなかった。

 

「あやめ!!後部座席に入って!葉月は荷室を開けて私達の荷物を急いで入れて!!」

 

各々の役目を瞬時に理解した3人娘が動く。

 

このはが最後に乗り込んできたのを合図に一気に加速。

 

公園を抜け出していく高級セダンが現場を後にする事が出来たようなのだが…。

 

「危ないところだったね、お嬢さん方」

 

助手席から後ろに振り向く謎の老紳士に警戒感を示すこのは達だが、運転する男が口を開く。

 

「この程度で終わる東京の魔法少女共じゃない。メンツ潰されて獲物を逃がすと思うか?」

 

運転に集中するサングラスをかけた男の言葉に反応した葉月が窓を開けて後ろを確認。

 

「あいつら…追いかけてきてる!!」

 

後ろに見えた光景とは、複数のオフロードバイクで追跡してくる者達の姿。

 

「後ろの連中、シートベルトを締めろ。車酔いで吐いたらこの爺さんがキレるぞ」

 

「ええと!あちし真ん中だけど…シートベルトどこぉ!?」

 

「ここだからあやめ!落ち着いて!!」

 

後部座席をバックミラーで確認した後、サイドミラーで追手の魔法少女達に視線を向ける。

 

「東京の外まで出ればギャング共の縄張り外だ。そこまでは乗せてやる」

 

「南に向かうんだ。高速道路に入り込めば東京の魔法少女達の縄張り外にまで逃げられるだろう」

 

片手でサングラスを外してニコラスに渡す。

 

両手持ちでハンドルを握りしめた尚紀の口元が不敵な笑みを浮かべた。

 

「さぁ、遊ぼうぜ……クソッタレども」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

後続から次々と車を追い越してくる複数のオフロードバイク。

 

乗っているのは港区のギャング魔法少女達。

 

このチームはバイクを乗り回すと東京の魔法少女社会では評判のバイカーギャング。

 

首都高速都心環状線の下の道を走りながら追手を振り切らんとチェイスバトルが始まったのだ。

 

「ニコラス、この車を弁償する事になるかもな」

 

「気にするな。派手にやってくれていい」

 

「流石、金持ちは言うことが違う」

 

車線を越えて高速道路の下に入り込み、後続のバイカー達も追ってくる。

 

小回りが効くバイクの方が車の列も超えやすい。

 

一台のバイクが高級セダンの前にまで走り込み、後ろに向けて魔法武器を構える。

 

アクセルを一気に踏み、前のバイクに体当たりを仕掛けた。

 

「キャーーッッ!!?」

 

体勢が崩れ、ボンネットに転がりながら後ろに向けて弾き飛ばされていく。

 

「ちょっと!?あやめが乗ってるのよ!荒っぽい運転は止めなさい!」

 

「嫌なら飛び降りるか?」

 

後続で追いかけてくるバイカー達をバックミラーで確認。

 

片手で構えているのは魔法武器のクロスボウだ。

 

「身を屈めろ!!」

 

次の瞬間、ガラスに穴が空いていき車内にガラスの破片が飛び散る。

 

「あはは…アタシら今…とんでもないアクション映画の世界に入ってるよ」

 

ハンドル操作でドリフトし、芝四丁目方面へ向かう。

 

目の前を走る車を次々と猛スピードで避けながらの運転によって車内は激しく揺れる。

 

「うぷっ…あ、あちし…なんか気持ち悪くなってきた…」

 

「エチケット袋が必要か?」

 

「残念ながら私の車には無い」

 

「あなた達…よく落ち着いていられるわね!?」

 

猛スピードで左折し、国道15号浅草線に曲がりこむ。

 

「うわわわ!!信号!?お兄さん赤だって!!!」

 

アクセルを踏み込み、強引に車の間を超えていく。

 

後続で追ってきていたバイカー達も抜けてきたが、何台かは車の側面にぶつかり転倒していく。

 

小回りが効くバイク二台が猛スピードで追いついてくる。

 

横を走る車との間に入り込む前にサイドブレーキを引く。

 

後輪が滑り、車体が横にスライドし壁となる。

 

通り抜ける隙間を埋められたバイクが車の側面にぶつかり、屋根を通り超えて跳ね出されていく。

 

だが1人はボンネットに捕まり、魔法武器のクロスボウを運転席に向けてきたのだが…。

 

「ウワァァーーッッ!!?」

 

路駐していた車の後ろにボンネットの側面がぶつかり、弾き飛ばされたようだ。

 

そのまま半回転し終えた高級セダンのシフトレバーを操作し、後ろ向きに走行し続ける。

 

「なんて質の悪い人達に助けてもらったのかしら…」

 

幸運なのか不運なのかも分からず、怖いドライブが早く終わって欲しいと願うこのはの表情。

 

バック移動のまま左に左折し、シフトレバーを変え前に走行。

 

後続も三田通りに向けて追撃してくる。

 

「どいてどいて~~ッッ!!!」

 

後部座席真ん中の席故に前がよく見えるあやめが感じるスリルある光景。

 

横断歩道を歩いていた人達が悲鳴を上げながら逃げていくのを特等席で見せられ続ける。

 

「あちし…もう遊園地とかで絶叫マシンに乗りたくないよ…葉月」

 

「大丈夫だって…このドライブよりはマシだから…」

 

迫る前方の車を超えながら走ってくる一台の追跡者。

 

「舐めてんじゃねぇぞーーー!!」

 

港区のギャング魔法少女のボスが運転するバイクが側面にまで走り込む。

 

左手で構える魔法武器のクロスボウを撃ち続け、横の窓ガラスが割れていく。

 

クロスボウを捨て、足元付近に備え付けた鞘から抜いたのは彼女のメイン武器である曲刀。

 

接近して車を両断しようと迫りくる。

 

「くそっ…あやめに怪我させたらあんた許さないよ!!」

 

伏せて射撃を躱した葉月が窓から身を乗り出す行動。

 

迫ってきた相手の逆袈裟斬りを振るう左手首を右腕で止め、左手に魔法武器を生み出す。

 

斧に似た形状の魔法武器で反撃するが、ギャングボスのハンドル操作で避けられる。

 

後方に下がるリーダーのバイクを超えてきた追跡者が接近し、クロスボウを車内に向けてくる。

 

「しつこいんだよ!あんた達は!!」

 

咄嗟に魔法武器を相手の前輪側面にねじ込む。

 

「ギャァァァーーーーッッ!!!」

 

後輪が跳ね上がりながら大回転して投げ出され、路上に倒れ込む。

 

倒れ込んだ仲間を轢き、反動でウイリー跳躍しながらギャングリーダーも迫りくる。

 

「軽いノリの女かと思ったが、意外と熱いノリが出来るじゃねーか」

 

「こんなので褒められても嬉しくないよ、荒っぽい運転のお兄さん」

 

前方から右折して現れ回り込んできた追撃チーム。

 

前から撃ち込まれるクロスボウをハンドル操作で掻い潜っていく。

 

前から走ってくる2台のバイク側面を通過しようとするのだが、このはも窓から身を乗り出す。

 

彼女が生み出した魔法武器は、長柄両端に蝶の羽根型の刃を持つ両刃薙刀。

 

「ギャァァァ!!?」

 

魔法武器の平たい部分を顔面に打ち込まれ、1人が路面に倒れ込む。

 

通り超えた一台が地面に足をつけて旋回し、ボスと共に並走する。

 

追手がバイクを捨ててボスの後ろ側に飛び乗っていく。

 

乗り捨てたバイクは横倒しのまま後ろに滑っていった。

 

後ろのメンバーにクロスボウを撃たせながら左手に持つ曲刀を構え、バイクを加速させる。

 

「お嬢さん方、シートベルトを外すと前のガラスとキスする羽目になるぞ」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」

 

既に道のりは大田区に迫り、このまま進めば他のギャングチームの縄張りに入り込む。

 

焦るボスは勝負に出ようとアクセルを回し、車の横にまで迫る。

 

ブレーキを踏み込み急減速。

 

「「キャーーッ!!!?」」

 

言われた事が現実になりかけたが、あやめが2人の衣装を掴みなんとか体勢を留めてくれた。

 

「ご、ごめんなさい…あやめ」

 

「にっしっし!シートベルトは基本だよ~このは、葉月♪」

 

「あやめに指導されるなんてね…アタシらもヤキが回っちゃったかな?」

 

左折し、向かうのは環七通り方面。

 

急減速した相手を追い抜いてしまった追手も旋回し、追撃の手を緩めない。

 

蛇行運転しながら車を避けるボロボロの高級セダンに並走するまでに迫りくる。

 

後ろのクロスボウが至近距離で狙いを定めた時、尚紀は運転席側ドアを一気に開ける。

 

「くそっ!?」

 

扉がボスのバイクに当たり体勢が崩れながらも持ち直し、加速しながら追撃してくる。

 

「そろそろ仕掛けるか」

 

「何をする気なの!?」

 

「しっかり掴まってろ」

 

三車線中央の大型トラックの左側を加速しながら追い抜いていく。

 

後続のバイクも大型トラックの右側を加速して追い抜こうとしたのが運の尽きだった。

 

「マジかよッッ!!?」

 

前方からドリフトしてきたのは、右側車道を逆走してきた高級セダン。

 

「サーカスジャンプしてみなケダモノ共。上手く飛べたらご褒美やるぜ」

 

不敵な笑みを浮かべた尚紀がアクセルを踏み込む。

 

「あちし…もうこんなドライブやだぁぁーーッッ!!」

 

あやめの目線には猛スピードで迫り来るバイク。

 

ギャングボスが乗るバイクは避けることが出来ずに正面衝突。

 

鈍化した世界。

 

ボロボロのセダン上空を跳ね飛ばされていく追手の魔法少女達。

 

「がっ!!!」

 

地面に俯向け姿勢で叩きつけられたボスだが、起き上がって反撃を…。

 

「ぐえっ!!!!」

 

したかったのだが、バックで走行してきた高級セダンに轢かれてしまったようだ。

 

「ケダモノの芸にしては見応えあったぜ。ご褒美だ」

 

「あは…あははは…はっ…は……」

 

乾いた笑いしか出てこない葉月とこのは達。

 

「あ…あちし…少し漏らしたかも…」

 

サイドブレーキを引き、車体が一気に半回転。

 

<<キャァァーーーーッッ!!?>>

 

今夜は尚紀の運転に振り回されるばかりであった後部座席の三姉妹の哀れな姿。

 

京浜運河を超え、首都高速湾岸線に入り羽田空港方面に向かおうとしていたようだが…。

 

「…まぁ、通報されるわな」

 

「えっ…?」

 

「嘘でしょーーッッ!!?」

 

葉月が後ろを振り向くと、既に複数のパトカーが猛追してきている。

 

「高速道路では囲まれる。下道を通って東京を超えるしかない」

 

「まだまだナイトドライブを楽しめそうだな」

 

「下ろしてーーッッ!!!」

 

夜の東京を超えていくテールランプの光とパトカーのサイレン。

 

東京に現れた魔法少女三姉妹が織り成す…哀れなカーチェイスバトルであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「確かあの後、あいつらを神浜市の手前辺りで下ろしたんだったなぁ」

 

「中々に刺激的なドライブだったよ」

 

「あんたもノリが良い趣味してるな」

 

「私は車が好きでね。運転するというよりは、中身を弄り回すのが趣味なのだ」

 

「へぇ、伝説の錬金術師の意外な趣味を聞かされた」

 

「長過ぎる人生なら趣味も必要さ。気が向いたら家のガレージに来るといい」

 

「考えておくよ」

 

「話を戻そう。孤児達を支援するために君のあれ程の資金を投入するなら何を考える?」

 

「そうだな…非営利支援団体を設立するというのはどうだろうか?」

 

「たとえ設立したとしても、君は投資家ではない。君の財力とて長年続ける事は出来ないぞ?」

 

「日本は児童問題に対して消極的だ。厚生労働省の一部にしか取り扱う部署がないぐらいにな」

 

孤児を国が責任を持って守る省庁が生まれるまでは彼が支援したいと申し出る。

 

「あの三姉妹や君の義妹のような孤児達を…自分の財産を消失させてでも救いたいと言うのか?」

 

「…ああ、俺が支えてあげたい」

 

その返事を聞きたかったとばかりに、ニコラスの表情が明るくなる。

 

「いい答えだ、気に入った。私も出資者になろう」

 

「俺の我儘で始める慈善活動だぞ?」

 

「私は錬金術で財を成した中世時代、教会や病院、礼拝堂などへの多くの援助を行ってきた」

 

「あんたも慈善活動家だったなんてなぁ」

 

「フフッ、気持ちは君と同じだったよ」

 

「本当に良いのか?助けてくれるならこれ以上ないぐらいに助かる」

 

「共同代表という形にしようじゃないか。私と君の気持ちは同じ…空中分解はしないだろう」

 

「お前が代表者をしてくれないか?俺は見た目がガキのままだし…胡散臭くならないか?」

 

「これは君が言い出した慈善活動。責任者として君も前に出たまえ」

 

「しょうがねぇな…やるしかなさそうだ」

 

2人の意見は一致した事もあり、非営利団体を設立するために必要な手順を確認していく。

 

設立認証申請書、定款、役員名簿、各役員の就任承諾書や宣誓書の写し等が必要となってくる。

 

専門的な書類は尚紀が資金を出す形で行政書士に任せる事にしたようだ。

 

設立発起人会を開催する必要もあるし、支援活動を協力してくれる働き手も必要となってくる。

 

人手に関しては尚紀が世話になってきた東京のホームレスを頼りにするという流れになった。

 

「さて…これから忙しくなっていくんだな」

 

「君と私が始める孤児達の支援活動がスタートしていくのさ」

 

……………。

 

それから暫くして、舞台は神浜市に移る。

 

一軒の空き家住まいをしている、あの時の三姉妹の姿が見える。

 

「6月12日…か」

 

「今日がどうかしたの?このは」

 

複数のモニターを繋ぎ合わせたPC前で株の推移画面を見つめる彼女に後ろの葉月が質問する。

 

「金融の世界ではね、()()()()()()()に大きな動きがあるの。世界規模でね」

 

「18…?それが何か金融界に伝わる暗号だと考えてるわけ?」

 

「オカルトよね…。でも、何故かしら今までずっと繰り返されてきたの」

 

このはの話では、米国や英国という世界を代表する金融街にはオカルトサインが多いという。

 

それはヨハネ黙示録で語られる赤き獣の数字である()()()を象徴するサインだった。

 

「うへ~…気味が悪いね。でも意外だったなぁ~あのこのはがオカルトを信じるなんてさ」

 

「私はオカルトを信じてる訳じゃないけど…偶然の一致にしては出来過ぎな不自然さなのよ」

 

彼女は語ってくれる。

 

18になる日の株価の動きでは、もっぱら大きく動くのが建築株。

 

それと連動するかのようにして世界で起こっていく大規模災害。

 

あまりにも説明がつかない現象が連動していたようだ。

 

「考え過ぎだって。でも、このはの考えが当たってるとしたら…」

 

「そうね…まるで儲けを増やすために()()()()()()()()()()()()に見えてくるわ」

 

この株価の動きにいち早く反応出来るのが()()()()()()()と呼ばれる投資家達。

 

彼らは未来予知能力でもあるのだろうか?

 

いいや、彼らは魔法少女でも何でもない…ただの人間。

 

出来る事と言えば()()()()()()()()()()()()()()()することぐらいだ。

 

「不自然だね…まさか魔法の力とか?」

 

「全てを魔法少女の魔法だけで説明出来るほど…世の中は単純じゃない気もするわ」

 

2人が溜息をついていた時、部屋をノックしてあやめが入ってくる。

 

「ねぇ、このは…妙な封筒が届いているけど?」

 

「妙な封筒?」

 

あやめから封筒を受け取り、中を開けて書類に目を通す。

 

「特定非営利活動法人…嘉嶋会?」

 

書類の内容とは、20歳未満の孤児の自立支援。

 

「申請と審査が通れば…成人するまで給付金が貰えるですって!?」

 

このはが興奮のあまり大声を出し、他の姉妹も驚愕したまま慌てだす。

 

「マジで!?そんな仏様みたいな法人なんてアタシ…聞いたこともなかった!!」

 

「あちし達みたいな孤児を助けてくれるの…!?」

 

「やったじゃんこのは!!正直アタシ…株取引だけで生計を立てていくのも怖かったんだ」

 

マネーゲームは泡銭を使って資産を増やす世界。

 

絶対に勝ち続ける事など、それこそ情報を独占出来る国際金融資本家でなければ不可能。

 

株取引を行う静海このはとて、企業情報はネットで調べるしか出来ないささやかな立場。

 

ネットの恣意的な扇動情報を検証する作業に苦しみ、振り回される状況が続いていたようだ。

 

「投資は確かな情報源を膨大に持つ者が制する世界…。()()()()()()()()()()の世界なのよ」

 

「直ぐにこの書類を書いて贈ろうよこのは!」

 

「待って!これが本当に活動している団体なのかを確認させて!」

 

PCでウェブサイトを開き、嘉嶋会の紹介サイトに進む。

 

代表者を紹介するページをクリックした時、3人は目を丸くして驚きの顔に包まれる。

 

「うそ…このお兄さんとお爺さんって…」

 

「あーっ!!去年あちし達を引っ張り回…じゃない、助けてくれた2人だよ!!」

 

「まさかこの人達が私たち姉妹…それに同じ境遇の孤児達を救ってくれるの?あの時のように…」

 

三姉妹達にとっては意外な場所での再会となったようだ。

 

つつじの家という児童養護施設を守るため、魔法少女になった3人の少女達。

 

その絆は固く、これからも支え合って生きていくだろう。

 

だが、未成年者が成人扱いされる仕組みがまだ整っていない日本社会という現実もある。

 

渡りに船とはこのことであった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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82話 生き残らされる者

神浜市新西区。

 

この地区は小中高大一貫教育の規模を誇る神浜市立大附属学校が存在している。

 

多くの若い子供達が行き交う学生が多い地域と言えるだろう。

 

神浜住民だけでなく、他県から進学した生徒も大勢集まる地域のため、数多くの下宿屋があった。

 

数多い下宿屋の中でも、一際美しいと昔から評判であった邸宅が存在している。

 

現在は下宿屋としては機能しておらず、祖父母から邸宅を受け継いだ一人娘が暮らすのみ。

 

部屋数が多いため、管理も1人で行うのは掃除1つでも大変であった。

 

大学から帰宅した若い女性が黙々と掃除をしている光景が続く。

 

多忙な生活を送っている彼女は、隙間時間が出来ればこうして元下宿屋の管理を行うわけだ。

 

「ふぅ…何もない部屋でも、埃だけは溜まっていくわね」

 

空き部屋の掃き掃除を終えて一息つく。

 

埃が舞う掃除をしていたので換気のため窓を開けていた。

 

「モップをかけ終えたら近所に買い物に行って、その後は魔獣狩り。帰ったら…」

 

多忙な生活を送るせいか、時間管理のスケジュールばかりを考えてしまう。

 

疲れからか溜息をつき、一階物置にモップを取りに行こうと部屋の扉に手をかけた。

 

今は4月の季節。

 

気持ちがいい春風が部屋の中に入り込みカーテンを揺らす。

 

不意に後ろを振り向き部屋を見回してみる。

 

「変ね…?この部屋…こんなに広かったかしら?」

 

一瞬だが、2人分の家具が並んでいる光景を幻視して見えてしまった気がする

 

だが、家具もなければ誰もいない空き部屋の光景が現実であった。

 

「疲れてるのかしら?ここで()()()()()()()()()()()()()宿()している光景が見えた気が…」

 

気の所為だと思い、扉を開けて外に出る。

 

…この空き部屋と誰かが関わるのは違う宇宙の物語。

 

この宇宙(レコード)は魔獣世界。

 

魔女もいなければ、魔法少女達が魔女に成り果てる事もない世界。

 

一階に下りてきた彼女は少し疲れてきてる体を休めるためにリビングに向かう。

 

キッチンに隣接しているリビング空間に入った時、また幻視する光景が広がった。

 

「このリビング…こんなに静かな空間だったかしら…?」

 

()()()()()()()()()()()()()()が1人いたような気がする。

 

()()()()()()()()()()がいたような気がする。

 

先程見た姉妹のような2人と揃い、仲良く談笑している光景を幻視してしまったようだ。

 

「やっぱり疲れてるわね…掃除はここまでにしておくわ」

 

静かなリビングのソファーに座り込む。

 

時計の音だけが響く下宿屋だった邸宅内。

 

キッチンシンクから聞こえる蛇口の水滴音が聞こえる程の静かな空間。

 

キッチンには色とりどりのマグカップが棚に収められ飾られているが、今は使われていない。

 

「こう静かだと…独り言ばかり増えるわね。去年までは…ここもまだ賑やかだったのに」

 

リビングの壁に飾られているフォトフレーム内に収められた写真に目がいく。

 

彼女とみふゆ、耳にピアスをした金髪の少女が並ぶようにして仲良く写った写真が見えた。

 

隣にはまた別の少女達が並ぶようにして写った写真が飾られている。

 

彼女とみふゆ、鶴乃とももこ、緑の長髪をポニーテールにした少女が仲良く写った写真であった。

 

「私…寂しいから誰かがいる幻視まで見えてしまうのかしら?貴女達はどう思う…?」

 

やり切れない辛そうな表情を浮かべた彼女は写真に写った人物達の名を呟いた。

 

――かなえ…メル…。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

新西区の隣には水名区と呼ばれる城下町として栄えた町がある。

 

西とは水名大橋で繋がっており、水郷柳川として美しい景観に連なるような町屋が建っている。

 

江戸時代を思わせる光景として神浜の歴史地区として名高い水郷の古都として評判を集めていた。

 

夜空に大きな満月が輝く夜の出来事。

 

石畳が敷かれた路地裏を走る1人の魔法少女がいる。

 

既に周りは魔獣結界内。

 

息を切らせながら走り続ける姿が続く。

 

「あっ…!?」

 

突き当りを曲がれば行き止まり。

 

後ろを振り返れば複数の魔獣達。

 

「月咲ちゃんに会いに行ける日に限って…わたくし、なんて運がない…!」

 

黙ってやられるわけにもいかず、彼女は魔法武器である横笛を吹き鳴らす。

 

音圧攻撃を仕掛けるが効果が薄い。

 

音は反響させれる場所でこそ最大の効果を発揮出来るため、外では音の威力も低くなる。

 

「ダメ…やっぱりわたくしと月咲ちゃんの武器は…地の利を活かさないと効果が薄い!!」

 

数体の魔獣が相手に狙いを定め、レーザー攻撃を仕掛けようと構えていく。

 

絶対絶課と思われたその時だった。

 

「えっ…!?」

 

地面から突然出現した複数の巨大な魔力槍によって串刺しとなっていた魔獣達。

 

夜空に浮かぶ満月の如く、円を描くように側宙を決める魔法少女の影が浮かぶ。

 

襲われていた少女の前に上空から舞い降り着地した存在が魔法武器である槍を構えた。

 

「や…やちよさん!」

 

「下がっていなさい、月夜さん」

 

石畳に亀裂が入る程の踏み込み。

 

一瞬で間合いを詰め、三体を槍の一突きで串刺しにする豪快な攻撃。

 

槍を引き抜き、蒼い光が円を描くように一回転する横振りを見せる。

 

すると複数の魔法陣が彼女の周りに展開され、魔力の槍が八方向に向けて射出。

 

次々と槍に貫かれていく魔獣達が消滅していくのだ。

 

その力は手練として活躍した魔法少女の中でも特に強い古参の領域と言えるだろう。

 

「トドメ!!」

 

残り複数体の魔獣に向けて跳躍。

 

後方に現れる魔法陣を蹴り込み、上空から複数の槍と共に飛来。

 

頭を貫かれていき、数が多かった魔獣も現れた魔法少女の力で掃討されたようだ。

 

明るい表情を浮かべて現れた魔法少女に駆け寄っていく助けられた少女の姿。

 

「あの…すいませんでした。多忙なやちよさんの御手を煩わせてしまって…本当に感謝してます」

 

「…構わないわ。これも西の長である私の役目…誰も見捨てるわけにはいかないの」

 

「あまり無理をなされては体に毒です、ご自愛下さい。わたくし、少々用事を抱えてますので…」

 

「ええ、行って構わないわ」

 

「失礼いたします」

 

物腰が柔らかい月夜と呼ばれた魔法少女は深々と一礼をしてやちよの前から去っていった。

 

「…貴女がいても、戦力としては頼りなかったもの」

 

周りの魔獣結界はまだ消えてなどいない。

 

背後から現れる後続の魔獣達に振り向き、槍を構えようとした時だった。

 

「えっ…?」

 

やちよの後方から飛来して現れた炎を纏う功夫扇と巨大な円月輪。

 

後続で現れた複数の魔獣を一気に真一文字に切断して焼き滅ぼす程の攻撃。

 

魔獣結界が消失し、ようやく全ての魔獣を倒し終えたようだ。

 

誰が加勢として現れたのか分かっているのか、彼女は後ろを見向きもしない。

 

後ろから近寄ってくる存在を無視するかのように落ちているグリーフキューブを拾い続ける姿。

 

後ろから歩いてくる2人の足音。

 

舞い戻ってきた魔法武器をそれぞれが片手で受け取った。

 

「…加勢を頼んだ覚えはないわよ…みふゆ、鶴乃」

 

「し、ししょー…」

 

ドライな態度を崩さないかつてのチームメイトの後ろ姿。

 

胸が締め付けられた鶴乃は目を伏せてしまう。

 

隣のみふゆが歩み寄ってくる。

 

中学時代とは違い、かつての長髪はバッサリ切り落とされた白髪のミディアムヘアになっていた。

 

「やっちゃん…いつまでも囚われてはいけないと思います」

 

「…なんのことかしら?」

 

「私達の前で惚けないで下さい。同じチームメイトだった私達に誤魔化しは効きません」

 

「貴女達とはもう終わったのよ。魔法少女社会のトラブルでもない限り、姿を見せないで」

 

頑なな親友に我慢ならないのか、つい声を荒げてしまう。

 

「いい加減にして下さい!かなえさんやメルさんが死んだ事を願いのせいにしないで下さい!」

 

やちよの願いによって大切な仲間が死んでしまったと考えるのは証明出来ない被害妄想。

 

それでも頑なに自分を責めるやちよは、死んだ仲間達の名を出されたために目つきが変わる。

 

「私と深く関わった魔法少女は…二度死んだわ。二度あることは三度でも四度でも起こる」

 

「生き残りたい…やっちゃんはそう願った。でもそれはモデル業界で生き残るためだけです!」

 

「そ、そうだよ…師匠がそんな事を望むわけない!結果として…亡くなっただけだよ」

 

仲間を慰めようとしてくれているようだが、余計に彼女を自責の念に駆り立てていく。

 

苛立つように立ち上がり、厳しい表情を2人に向けてくる。

 

「私が望まなくても…あの子達は死んでいった。私を庇ってね…若過ぎる命だったわ」

 

「死の比重は全員が同じ重さです!遅かれ早かれ…私達は円環のコトワリに導かれるんです…」

 

「なら早く私も迎えに来て欲しいわ。これ以上誰かを…私のせいで死なせる前にね」

 

間を通り抜けるようにして、俯いた顔のままやちよは去っていく。

 

黙り込んでいた鶴乃だったが、彼女もやちよを大切にしている者の1人。

 

後ろを振り向き、思いの丈を叫ぶのだ。

 

「やちよー!!私達…もう元に戻れないの?」

 

呼び止められた彼女が立ち止まるが、振り向きはしない。

 

「去年みたいに皆で笑い合ったり…励まし合って…一緒にに泣いたりも出来た頃に…」

 

皆が環の輪のように繋がり合えた頃に戻りたい。

 

その思いは自責の念に縛られた者には届かなかった。

 

振り向きもせずに冷たい言葉を言い放つ。

 

「もう…私に深入りしないで」

 

――死神に取り憑かれて…魔獣に殺されるわよ?

 

幾つか2人に向けてグリーフキューブを投げ渡し、古都の夜道の世界に消えていった。

 

彼女の身を思う仲間達の言葉は今日も届かない。

 

「かなえさん…メルさん。私…どうしたらやっちゃんを救えるんですか?」

 

満天の夜空の世界を見上げたみふゆは、かつての仲間達の顔を思い浮かべていく。

 

「やっちゃんは…貴女達に託された命のバトンが重すぎて…今にも潰れそうなんです」

 

円環のコトワリに2人が導かれた日。

 

やちよがどれほど自分を責め抜いたか2人は知っている。

 

優しさは人を救いもするが、時には人の心を殺しもする。

 

全ての事柄には表と裏がある陰陽一体。

 

何も答えなど与えてはくれない大切な人達の死を想い、一滴の雫が目から流れ落ちていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

同じ日の夜。

 

ももこは寝付けないのか自宅の屋根に登って座り、月を見つめ続けている。

 

「なぁ…キュウべぇ。聞きたいことがあるんだ」

 

彼女の隣に立つキュウべぇの真紅の目が彼女を見上げる。

 

「やちよさんは…本当に自分の願いのせいで、メルやかなえさんを死なせてしまったのかな?」

 

「その話かい?君達はチームを解散した筈だけど、今更どうして気にするんだい?」

 

「解散したからって…ほっとけないよ!」

 

「たしか君は、自責の念に塞ぎ込み周りの言葉に耳を貸さない彼女に腹が立っていた筈だけど?」

 

「腹は立つさ…でも、だからってやちよさんが悪いわけじゃないだろ?」

 

「僕にはよく分からない世界だね」

 

「ったく、感情がない奴は気楽でいいよ」

 

「七海やちよの願い、それは生き残ることだ。それはね、死を誰かに与えることになるんだ」

 

恐れていた答えがそのまま返され、ももこは驚愕した声を出してしまう。

 

「嘘だろ!?やっぱり…やちよさんが考えている通りなのか?」

 

「君は意識したことはないと思うけど、こんな事を考えたことはあるかい?」

 

「何の話だよ…?」

 

「七海やちよを放置出来ない優しい者達が不自然なほど周囲に集まってくるとは考えないかい?」

 

「それが一体何の関係が?」

 

「彼女のためなら人生すら投げ出せる。そんな者達が集まり過ぎだとは感じないかい?」

 

何が言いたいのか分かったももこの表情が青くなっていく。

 

「まさか…そんなことって…!?」

 

「そう、察しの通り…それが七海やちよがもたらす、奇跡の結果なんだよ」

 

七海やちよはモデルの世界でも周りの環境に恵まれて成功し続けている。

 

彼女を引きずり落とすぐらいなら自らが退くぐらい優しい人間達が不自然なほど集まってくる。

 

彼女のためにモデル人生を捨て引退した者が大勢いた。

 

彼女のために命を投げ捨てた者が2人いた。

 

全ては生き残りたい願い通りの結果を残せた。

 

「そのせいで…心優しい子達を死なせているっていうのかよ!?」

 

「彼女の祈りが原因を作り、結果として周りに死を与えるという…()()()()()()さ」

 

「魔法少女は円環のコトワリの力で…呪いの因果を断ち切れたはずだろ!?」

 

「因果という概念はね、原因が起こって初めて積み重ねられ結果に結びつく」

 

――因果から逃れたいと願うのなら、そもそも魔法少女になることそのものが間違いだ。

 

情の無い契約の天使が語る無慈悲な現実。

 

それを飲み込めるほど魔法少女達は大人ではない。

 

「アタシ達をこの世界に引きずり込んだお前が…それを言うのかよ!?」

 

「それを背負ってでも、君達は叶えたい願いがあったんだろ?」

 

事実を突きつけられた彼女の顔が俯いてしまう。

 

「アタシは…」

 

「君はたしか、想い人に告白する勇気が欲しくて魔法少女の契約を結んだよね?」

 

「そうだよ…」

 

「それは奇跡の力などなくても叶えられた問題。それでも君は都合が良かったから願いを使った」

 

「アタシ…願いが叶って勇気がもらえても…結果は先に告白しに行った子に先取りされた」

 

「君が早く行動を起こさなかったから結果がついてきた」

 

原因とは常に、()()()()()()()()()()()()

 

それが万物の因果法則という概念。

 

「それを都合が悪くなったら周りのせいにするなんて、余りにも人間は()()()だ」

 

「やちよさんの自業自得だって言うのかよ…かなえさんの死も…メルの死も?」

 

「その通り。自分が生き残るなら、誰かが死んで去るという想像力が足りなかった結果さ」

 

抗えない現実を聞かされたももこは、三角座りのまま膝に顔を埋めてしまう。

 

「やちよさんは…これからも自分の願いのせいで…誰かを死なせていくのか?」

 

「その原因を作らないために彼女は魔法少女を遠ざけるし、人間も遠ざけていくだろう」

 

「そんなのあんまりだよ…独りぼっちの人生じゃないか…」

 

「彼女を独りぼっちにしたくないと考える心優しい魔法少女は君も含めて多い」

 

――七海やちよの因果の糸は既に、君達に絡まっているというのを忘れないことだね。

 

そう言い残し、屋根から飛び降りてキュウべぇは去っていく。

 

現実に抗えない者は悔しい感情を押し殺すようにして、低い呟きをした。

 

「酷いよ…やちよさんが可哀想過ぎるじゃないか。この世界には…現れてくれないのかよ?」

 

――やちよさんの因果の糸を断ち、皆を環のように繋いでくれる()()()()()()()()は?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

6月も後半の神浜市、時刻は夕方になろうかとしている。

 

孤独な人生を生きる七海やちよは、独りで生きていくなりのささやかな楽しみを持つ。

 

追い詰められ過ぎるとソウルジェムが濁り、戦う魔力が削られてしまうからだ。

 

元下宿屋であったみかづき荘から近い距離にあるスーパーマーケットに場面は移る。

 

現在この場所は七海やちよの決意が示される場と化していた。

 

「今日の夕方は鮮魚のタイムセール…そしてポイントも10倍デーよ」

 

どうやら目的は夕市の高いお刺身のようだ。

 

モデルの仕事をこなしているようだが、1人でみかづき荘を維持するのはかなりの負担がある。

 

そのため買い物は計画的に行う習慣が身に付いていたようだ。

 

「いけない!?出遅れたわ…流石SNS社会の主婦は動きが早いわね!」

 

既に人だかりが出来ているスーパーに意を決して入り込む。

 

暫くして両手一杯の買い物袋を携えたやちよの姿が出入り口から現れた。

 

「夕市は惣菜も狙い目なのよね…揚げ物を家で作るのは労力の割りにコストがかかるのよ」

 

一万円分買い物をしたので1000ポイント貯める事が出来た彼女も自然と表情がほころぶ。

 

「溜まったポイントで何買おうかしら?少し高めのお菓子に手を出してもいい…?」

 

ポイントの使い道を考えながら帰路についていた時、女子生徒達の会話が聞こえてくる。

 

<<ねぇ、聞いた?東で起こっている最近の事件?>>

 

<<聞いた聞いた。最近妙な犯罪が横行しているみたい…怖いよね>>

 

神浜市立大附属学校の女子生徒の声が聞こえてきた彼女は少しだけ聞き耳をたてる。

 

<<警察の捜査班でも何が原因で盗まれているのか分からないんですって>>

 

<<凄いよね…まるで魔法の力みたい>>

 

聞き捨てならない単語を耳にしたやちよが2人の前に歩み寄る。

 

「その話、詳しく聞かせてもらえないかしら?」

 

「えっ?えーと…お姉さんはどちら様?」

 

「この人知ってる!有名な女性ファッション誌で表紙を飾ったことがあるモデルさんだよ!」

 

「あーっ!?あたしもコンビニ雑誌で見たことある!あの…応援してますね!!」

 

「応援してくれて有難う。それで、さっきの東で起きているという事件の話だけど」

 

「えっとですね…ATM強盗の話なんですよ」

 

東地域において重機も使わずにATMが持ち逃げされる強盗事件が起こっているようだ。

 

酷い時には現金自動預払機を何かの武器で壊して中身が奪われていたりもしたという。

 

最近では、現金を運んでいた現金輸送車まで襲われた事件もあったと聞かされた。

 

「犯人は見つかってませんし、防犯カメラも犯人が映りもせずに壊されてるって話です」

 

「もう無法地帯ですよ…今の神浜東地域」

 

「昔からだよね…東が物騒なの。西に生まれてよかった~」

 

状況を理解したやちよの表情が厳しくなっていく。

 

「…聞かせてくれて有難う。貴女達も寄り道せずに早く家に帰りなさい」

 

「そうですね…最近本当に物騒だし。コンビニで貴女が写ってる雑誌見かけたら買います!」

 

帰る女子学生達に向けて平静を装っていたが、内心は穏やかではない。

 

「こんな真似が出来るのは魔法少女しかいないわ…」

 

魔法少女社会の長の1人として、この状況を看過することは出来ない。

 

「東は十七夜を長として統制がとれた魔法少女社会を築けてきた筈じゃなかったの…?」

 

状況確認をしようにも、東地域に赴く事は立場上許されない。

 

「自由と平等を掲げて不義理を許さない十七夜が…こんな魔法少女犯罪を許す筈がないわ…」

 

だが、状況は後手に回り半ば放置しているようにも西の長は感じてしまう。

 

ベンチにこしかけ、買い物袋を隣に置いてスマホを取り出す。

 

緊急の連絡先として十七夜の電話番号は登録してあったようなのだが…。

 

「何年ぶりかしらね…十七夜に電話するのは」

 

電話アプリで何回か相手に連絡していたら返事が帰ってくる。

 

「随分と久しぶりな連絡だな…七海。自分に何か緊急の用事なのか?」

 

「十七夜…東の魔法少女社会は今どうなってるの!?西にまで事件の話が流れてきてるわ!!」

 

電話の向こう側が沈黙してしまうが、気持ちを隠したような言葉が帰ってくる。

 

「その話か。自分が全力で対処するから、七海は西の内政に集中していればいい」

 

「そんなことを言ってる場合じゃないでしょ!?人間社会に実害が出ている!」

 

「状況は知っている」

 

「何の手立てもうたないわけ!?こんな不義理を貴女だけでなく、私だって許せないわよ!」

 

「本当にすまない…自分の監督不行き届きだ。今は家計が厳しくてな…現場を抑えられない」

 

どうやら勤め先を変えて賃金の良い西でバイトを行っているせいか、後手に回っているようだ。

 

「貴女らしくない言い訳よ!本気の貴女なら…真っ先に現場に向かうぐらいの熱い女だったわ!」

 

暫くの沈黙が続いたが、冷淡な答えが帰ってきた。

 

「それ以上は言うな七海…西の長が東地域の魔法少女社会にまで口出しするのは自治権侵害だ」

 

無理やり腹に力を入れて平静を取り繕うような押し殺した声。

 

彼女が何かを隠しているのではないかと勘繰ってしまう。

 

「何を背負い込んでいるの…十七夜?声が震えてきているのが分かるわ」

 

東の長の弱さを見透かされてしまったためか、弱々しい声が聞こえてくる。

 

「…頼む、もう何も言わないでくれ。自分とて……本当に辛い状況なのだ」

 

そう言い残して電話は切られてしまった。

 

「プライドの高い十七夜が…あそこまで追い込まれる事態になっているの?今の東側は…?」

 

状況が見えず、東の魔法少女に声をかける訳にもいかない西の長。

 

何が出来るかを考えてもみたが、現地から正確な情報が届かなければ憶測しか浮かばない。

 

「十七夜を信じるしかないわね…。あの子は不義理を許さない子なのだから…」

 

何も出来ない状況に無力感を感じながらも、旧知の仲である十七夜を信じる事にしたようだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

4月も終わりの時期が差し掛かっている頃にまで戻る。

 

平将門の首塚に向けて歩いている黒いトレンチコート姿の男がいた。

 

首塚の碑の前でポケットから線香を取り出し、右手で火を付ける。

 

線香の煙が立ち上る中、尚紀は手を合わせて将門の首塚を拝んだ。

 

頭を上げ、魂と会話するように首塚に向けて念話を行う。

 

<息災か?東京の守護者よ。危うく死にかけたようだが?>

 

<ああ、なんとか生きている。暁美ほむらに貫かれた致命傷もいつの間にか塞がっていた>

 

<ルシファーが再び生み出した新たなる悪魔との戦いの件で訪れたのだろう?>

 

<流石だな…神様に隠し事は通用しないのだろうな>

 

右手を翳し、マガタマを出現させる。

 

<…またマガタマを壊されたのか>

 

<まぁな…暁美ほむらの一撃で貫かれちまったよ>

 

6の形を描きながら浮遊する生物のようなマガタマ。

 

しかし、尾の部分が貫かれた一撃で消滅させられていた。

 

<その程度ならば自力で再生するだろう。しかし、長い休眠期間が必要だな>

 

<そうか…暫くは俺の最大の力を使えそうにないんだな>

 

マロガレを右手の中に収め、もう1つ聞きたいことを問いかける。

 

<あんたは生きていた頃は豪族だったんだろ?>

 

<如何にも>

 

<一定の地域であろうが、内政を行える立場だった者の意見を聞きたいんだが?>

 

<ほう?政治にでも目覚めたのか?かつての世界では小僧に過ぎなかった者が成長したものだ>

 

尚紀は語っていく。

 

東京の魔法少女社会において、恐怖政治による暴力統制を行うということを。

 

自分を含めて魔法を使える者達はその力を人間社会と共有させ、それ以外には使わせない治世だ。

 

<勿論これは俺の独断であり、あんたの約束の内容とは関わりはない>

 

<構わない、それも東京の秩序になるならばやり遂げてみせよ。しかし恐怖政治とはな…>

 

<…かつての世界で言えば、マントラ軍のゴズテンノウと同じ事を俺はすることになる>

 

かつてボルテクス界に存在したマントラ軍と呼ばれる存在。

 

暴力でボルテクス界と統率する自由主義者達であり、弱肉強食を尊ぶ者達。

 

彼らの望みは強者のみが優先される選民主義だったのだが…。

 

<俺は()()()()でそれを行う。弱者こそが優先されるべきであり、強者に私権はいらない>

 

<弱者を優先するために強者を虐げる道。やり方こそマントラだが、思想としてはニヒロに近い>

 

<俺の道は…かつての思想であるシジマの道となるのかもな>

 

彼はシジマ思想をもって、魔法少女社会に静寂をもたらす者となりたいという。

 

二度と人間社会に危害を加える事が出来ないよう、感情すら湧かない世界の歯車社会を望むのだ。

 

しかし、ニヒロの思想とは宇宙そのものの在り方を変えようとした思想。

 

彼が行う静寂とは、魔法少女社会の静寂というあまりにも小さな思想でしかなかった。

 

<歯向かう者も現れる。俺はそれを殺し尽くし死の山を築き上げ、静寂秩序を作り上げる>

 

<社会全体主義。全ては人間社会の福祉と安全保障のための恐怖政治か>

 

――弱者である民衆の革命政府の原動力は徳と恐怖である。

 

――徳なき恐怖は有害であり、恐怖なき徳は無力である。

 

フランス革命指導者の1人であるロベスピエールが残した言葉だ。

 

彼は力の無い統治社会など制御不能だと語ったのだ。

 

<徳という思いやりや優しさだけで世の中が回るなら、警察や裁判所など必要ではない>

 

――恐怖支配は、手っ取り早く大衆を服従させるもっとも安上がりな方法だ。

 

――権力とは力の中に存在している。

 

1773年頃に語られた言葉として知られる。

 

マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドがフランクフルトで集めた秘密会議で決めた項目の一つ。

 

集まった世界的実力者である12人が生み出した25項目は、後の世界革命行動計画となるのだ。

 

<力無き革命計画は存在しない。我の起こした朝廷への乱とて、死の山を築き上げる道となった>

 

<今年の5月1日、俺はもう一度この東京の魔法少女社会に対し、血の惨劇を起こす>

 

<かつての世界で行った虐殺…再びこの世界でも繰り返すか>

 

<見届けるがいい。俺がもたらす魔法少女社会への…()()()()()をな>

 

踵を返し、将門の首塚の碑を後にする。

 

空を見上げれば血のように赤い夕暮れ。

 

「かつて俺は…アマラ深界の悪魔にこう言われた」

 

人は死して忘れる魂をもつ。

 

悪魔は死せず学ばぬ魂をもつ。

 

「人は死ねば、生前の因果は消えるだろうが…悪魔は死んでも因果は消えない」

 

かつてのボルテクス界の砂が混じる風を感じる。

 

悪魔達の血煙舞う死で満ち溢れる荒野の風を。

 

「俺はこの世界でも死を撒き散らす。人間として死んでも終わりはない殺戮の道…」

 

――暁美ほむら…お前は俺のような悪魔にはなるんじゃねーぞ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

7月も後半になり、学生達は夏休みの時期を迎える。

 

今日のやちよのスケジュールは1日を使う撮影スケジュールとなっていた。

 

水着撮影のため千葉県にまで出張するために出かけていく。

 

海水の透明度を誇る浜辺で撮影が終わるだろう夕方までのモデル活動が今日の仕事だ。

 

青いストライプビキニに透明パレオを腰に撒いた大人っぽくクールな印象をもたらす衣装姿。

 

カメラマンの作品イメージに合うポージングと表情をこなしていく。

 

「午前の撮影は終了です。お疲れ様でした七海さん」

 

「お疲れ様、カメラマンさん。お昼を食べたら少し休憩しても良いですか?」

 

「どうぞ」

 

簡単にお昼を済ませ、少しだけ近場を散歩する。

 

「あれから一ヶ月…十七夜は大丈夫なのかしら?」

 

海辺に集まる様々な店が連なる街道を歩いている時、古風な外観をした占い屋を見つける。

 

「タロット占いもしてるのね…メルも好きだったわ。占いの結果で大慌てする子だったけど」

 

かつての大切な人を思い出し、少しだけあの頃に戻れるかもしれないと店の中に入る。

 

占い師に座るよう案内され、タロット占いをしてもらったようだ。

 

暫くして、厳しい表情を浮かべながら占い屋から出てくる。

 

占いの内容があまりにも彼女の気分を害したためだ。

 

「塔の正位置…()()。今まで築き上げていた物が全て崩れる…非常に辛い困難が待つ…」

 

嫌な占い結果を忘れるため、彼女は午後の撮影仕事に集中していく。

 

気持ちを切り替え撮影を繰り返したが、タロット内容が気になり続けてしまう。

 

悩み事を繰り返していると、いつの間にか仕事の方も終わりを迎えている。

 

「今日の撮影は以上です。遠いところまでわざわざご自分からご足労頂き、有難うございました」

 

「お疲れ様でした。私は神浜市に帰るので失礼します」

 

駐車場に向かう途中、赤い夕日に視線を移す。

 

「私は…西の魔法少女社会の長を務める者」

 

呪いそのものに思える固有魔法を抱えようとも、魔法少女社会の長となると決めたのは彼女自身。

 

長としての責任まで遠ざけるわけにもいかず、彼女なりに精一杯頑張ってきた。

 

夏の風がやちよの美しい長髪を靡かせていく。

 

「みんなは…私と十七夜の魔法少女社会治世をどんな風に見ていたのかしら?」

 

言い知れぬ不安の気持ちが湧いてくる。

 

もし自分の治世に欠陥があったのなら、それが崩壊の兆しになるやもしれないからだ。

 

迷いを振り払い、駐車場に止めてある乗り物まで歩いていく。

 

駐車してあったのは、ブルーメタリック色のリッターバイクであるR1の車体だ。

 

ブルーのフリップアップヘルメットを被り、エンジンを始動させる。

 

「私はいつまで…魔法少女社会の長としてみんなを支えていけるの?」

 

彼女の年齢は19歳。

 

既に魔力減退期に入っている。

 

神浜魔法少女社会に現れた東の魔法少女社会問題。

 

タロット占いで示された崩壊と全てが崩れるという結果。

 

魔法少女として生きてきた七海やちよは、これから進んでいくべき道すら見えていない。

 

それでも進んでいくしか出来ない後戻りすることが出来ない道。

 

アクセルワークをこなし、一気に道路に進み出る。

 

その後姿は何処か…自分の道を探している迷子のようにさえ見えた。

 




読んで頂き、有難うございます。


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83話 悪魔の車

6月の季節も過ぎていく。

 

最初の週の週末頃、尚紀は風見野市に帰ってきている。

 

今見上げているのは、建設工事の足場が作業員達に組まれていく骨組み部分。

 

彼が炎を運んでしまった我が家だった大聖堂を見上げながら、足元の2匹の猫に念話を送った。

 

<ここが俺の家だったんだ…>

 

<悪魔である尚紀の家が神の家だったなんてね…皮肉なめぐり合わせだと思うわ>

 

<ニャー…元気出すニャ。こうして尚紀が建設会社に仕事頼んで修理しているし、元に戻るニャ>

 

<ここで暮らしてきた杏子ちゃんだってきっと喜ぶわ…家族は帰ってこないけど>

 

顔を陰鬱に沈ませる尚紀を見上げた猫達。

 

償いをしようとしているようだが、自責の念は消えないのだろうと察した。

 

<ちなみに、お幾らぐらいしたんだニャ?大聖堂の修理や、住まいを建て直す見積り金額?>

 

<100億円ぐらいだったか>

 

ニャッ!?<<100億円!!?>>

 

2019年の今年の4月、フランスではノートルダム大聖堂が火災被害を受けている。

 

850年前に建てられた歴史的ゴシック建築である大聖堂ゆえに、その修繕費は極めて高くつく。

 

額は6億~7億ユーロ(約740億~860億円)規模にまで膨れ上がったという。

 

ノートルダム大聖堂ほどの歴史建造物ではないが、佐倉牧師達が暮らした大聖堂もかなりの規模。

 

修繕費は100億円を超えてしまったようだ。

 

<こんな金額を風見野財政が賄うことなど出来ないだろう。杏子の家を焼いた俺が払うしかない>

 

<尚紀が焼いたわけじゃないでしょ?結果として…そうなっただけよ>

 

<原因を作ったのは俺だ…だから結果がついてきた。俺が杏子にもたらした呪いの因果だ>

 

<それで、いつ頃に元通りになる予定なんだニャ?>

 

<4年近くはかかると言われたな。杏子が高校に進学して卒業するまでには完成しているだろう>

 

<元通りにしたら、この大聖堂を誰の所有物にするつもりなの?>

 

<佐倉牧師が所属していたかつての教会団体に寄付する。悪魔の俺が神の家を所有するもんか>

 

<それが良いニャ。きっとまた牧師の誰かが赴任してくると思うニャ>

 

<焼かれても、ここは佐倉一家が暮らしてきた人間の足跡と思い出が残る場所だものね…>

 

<誰も寄り付かない廃墟のままだなんて寂しいニャ…だから尚紀は大金を出したんだニャ>

 

<…そうだな。さて、そろそろ東京に帰るか>

 

タクシーを止めてある教会へと続く森の入り口に向けて歩きだす。

 

「しかしまぁ…そんな大金をポンと出資出来るなら、尚紀も車ぐらい所有したらどうなの?」

 

「オイラ達だって遠出移動が便利になるニャー。猫が乗れるタクシー探す手間も省けるニャ」

 

「お前らが勝手に付いていきたいって言い出さなければ連れてこなかったよ」

 

「オイラ達を部屋に軟禁してストレスを与えていると、とんでもないイタズラをやるかもニャ」

 

「ソシャゲで俺のクレジットカードをまた使ったら、猫毛全部剃ってスフィンクスにしてやる」

 

「…カンベンだニャ」

 

ふと思いつき、黒いトレンチコートのポケットからスマホを取り出して検索する。

 

「車か…俺も神浜市に出張することになったし、色々見てみるぐらいなら構わないか」

 

「神浜市…横浜や神戸とよく似ている新興都市だと聞いているわ」

 

「…ついてくるのか、やっぱ?」

 

「当たり前だニャ」

 

「……泣けるぜ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

国産車メーカーのディーラーから説明を聞き終えたがパッとせず、店舗から出てくる姿。

 

「通勤や尾行捜査、遠出に使う…だけじゃ済まねーよな、魔法少女共と関わる以上は…」

 

彼の荒っぽいドライビング・テクニックに耐えられる車を探しているようだ。

 

「車に詳しいわけじゃない俺が探しても時間の無駄か…そういや、車に詳しい奴がいたな」

 

スマホを取り出し、ニコラスの店に電話。

 

週末となり、彼はニコラスの住んでいる家がある地域に向かう。

 

「渋谷区松濤…政財界の大物も暮らす東京で最高の富裕層住宅街であいつは暮らしてたんだなぁ」

 

高い塀を構えた要塞さながらの家が多く、暮らしている人の気配を感じさせない家々。

 

政財界の大物が多く住む高級住宅街故に、セキュリティ意識が高いようだ。

 

「ここだよな…?」

 

広大な敷地を覆う石張りの塀に落ち着いた外壁を持つ豪邸が目に映る。

 

目立つのは横に長すぎるほど広がっている車を収納させる巨大ガレージ扉だ。

 

「そこに収めてある車は私の自家用車だ」

 

いつの間にか玄関を開け、彼の元に歩いてきているのは紺色の整備用つなぎ服を着たニコラス。

 

「庭に入ってくれ。車を弄り回す私の趣味が詰め込まれた宝箱まで案内しよう」

 

「自慢する気か?」

 

「当たり前だろう?」

 

「だろうな」

 

広大な庭の中で目についたのは、石造りの自動車整備工場のような外観をした建物。

 

隣接しているのは車のギャラリーを思わせるガラス張りの大きな建物が見えた。

 

ギャラリーに案内され、高級車ショールームを思わせる内部を飾る欧米の車が出迎えてくれる。

 

装飾と共に並べられた数々のコレクションカーを見せられながら車の話に花を咲かせていった。

 

一階応接ルームの窓辺に座り、淹れてもらった珈琲を飲みながら感想を述べていく。

 

「欧州の車だけでなくアメ車も色々あったなぁ。アメ車も好きだなんて意外だな?」

 

「私がアメリカで妻を見つけた話をしたと思う」

 

「そういやアメリカで生活してたんだったか」

 

1949年から79年までの30年間アメリカに滞在したニコラスは妻を説得し続けた。

 

その過程で様々な友人関係も出来たようだが、その後は今の日本生活を送ると語られる。

 

「どれもピンとこないな。高級車ばかりで収入源の稼ぎではとてもじゃないが維持していけない」

 

「貯金は沢山あっても、君は投資家の道には進まなかったからなぁ」

 

「大金持ちになろうが俺は庶民だ。それに…高級車を乗り回しても直ぐに壊す未来しか見えない」

 

「君の荒っぽい運転を楽しませてもらった感想としては、スクラップが何台も生まれると思う」

 

「このショールーム以外で余らせているコレクションカーを置いていないのか?」

 

「後は車内部を弄り回す整備工場に置いてあるエンジン等の部品パーツぐらいなのだが…」

 

「そうか…なら仕方ない。色々見せてくれたが今回は遠慮…」

 

何かを思い出した表情を浮かべるニコラスが尚紀に何かを勧めてくる。

 

「いや、待て。もう1台だけあるんだが…」

 

「何か含みがある言い方だな?」

 

「あの車はアメリカで暮らしていた頃に、私が半ば引き取る形で手に入れたいわくつきの妖車だ」

 

「へぇ、魅力的な単語が出てきたな。見せてくれないか?」

 

「分かった。ついてきたまえ…彼女の元に案内しよう」

 

「彼女…?」

 

「ああ、とんでもないじゃじゃ馬娘だよ…あの車はね」

 

2人は席を立ち、車の整備工場の隣に設置されている木造ガレージに案内される。

 

観音開きの扉を開けていくと、中にあったのはとてもじゃないが人に勧められる品ではない。

 

「おい…なんだよこの…オンボロ車は?」

 

「紹介しよう。彼女の名前は…クリスだ」

 

置いてあったのは、ボロボロに壊れていた一台の車であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「おい、まさか俺にこんなスクラップカー娘を紹介したかったのか?」

 

「説明させてくれ」

 

ガレージの中に入り、2人は車に近づく。

 

真紅の塗装と白の屋根が美しい1958年型のプリムス・フューリーだと説明される。

 

その姿はもはや美しかった頃の原型など留めていない程のボロボロの姿。

 

それに気になるのは、地面に固定されるかのように太い鎖に繋がれている車体だった。

 

「何故クリスなんて名前がつけられたんだ?」

 

「これの前の持ち主も君と同じ質問をしたことがある」

 

クリスという名で呼ばれるのは、誰がつけたのかも分からない文字キーチェーンが由来。

 

アルファベットでクリスティーンという文字の形をしていたからだった。

 

「何故こんなにまでボロボロの姿になっちまったんだ?」

 

「それを説明するには、この車が如何に呪われているかを語らねばならない」

 

この妖車は1957年頃にアメリカのデトロイトで完成を間近にしていた。

 

生産ライン上にある車に乗って一服していた工員が車中で謎の死を遂げたという。

 

それが理由となり呪いの車として扱われだした。

 

時は流れて1979年初頭。

 

妻であるペレネルが暮らすミネソタ州の東側にある州で暮らすニコラスの元に連絡が届く。

 

この妖車をスクラップ置き場で見たという内容だった。

 

妻の説得を諦めかけていた時に出会い、ニコラスが惚れ込んでしまう程の車となった。

 

日本に生活の場を移す準備を進めてきた彼は日本に移ってから暫くして彼女も日本に持ち込む。

 

異国の地でボロボロの体を整備してあげたようだ。

 

「あれ程愛していた妻を忘れさせてくれる魅力を感じてしまったが…そこがこの車の恐ろしさだ」

 

「人を呪う魔石と同じ類の妖怪車だって言いたいのか?」

 

「このクリスをスクラップ場で見つけた時、スクラップ場の管理人から聞かされたんだ」

 

「スクラップ場で見つけただと…?何を聞かされたんだ?」

 

「この車はカリフォルニアのスクラップ場でも…サイコロになるまで圧縮され壊されてたようだ」

 

「…まさか再生して動き出し、ウィスコンシン州にまで自力で走ってきたとでも?」

 

「そうとしか説明出来なかった。そして、ウィスコンシン州でも悲劇は起きた…」

 

クリスを所有していた男が恋人を乗せて運転していたら制御不能になったという。

 

そのままガソリンスタンドに突っ込み、炎上した末に原型が残ったのはクリスのみと話された。

 

「まさにジェノサイドカーだな。お前もこの女に振り回されたようだが?」

 

「恥ずかしながらね。私は自宅の整備工場でこの車を私好みの女にしようとしてたんだ」

 

「その熱の入れようなのに、どうして今はこんなボロボロにして放置している?」

 

「エンジンや変速機を改造していた時に…妻の名を工場内で呟いてしまった。それが不味かった」

 

「暴れだしたってのかよ?誰も乗っていないのに?」

 

「工場が体当たりで内側から壊されるかもと肝を冷やす程の暴れっぷりだったよ」

 

「…それ以来、ここに繋いできたというわけだな」

 

「この車の魔性に取り憑かれるわけにもいくまいと封印してきたというわけさ」

 

「話は分かった。俺もこういう類の同族と出会うのは初めてだな」

 

ゆっくりとクリスの回りを歩きながら彼女のボロボロの姿を確認し続ける。

 

車のフロント前に立ち、右手をゆっくりへしゃげたボンネットに置いた。

 

すると突然のエンジン音が鳴り響く。

 

「なんだと!?」

 

サイドブレーキが外され、後輪が煙をあげながら回転していく。

 

太い鎖を引き千切らんと加速し始めるのだ。

 

「離れなさいナオキ君!!」

 

封印されてきたガレージから逃れんと走り続けるが前に進まない。

 

フロント部分を抑え込んだ悪魔の力の前ではびくともしないようだ。

 

「落ち着けよ、じゃじゃ馬娘。まだまだ暴れたりないのか?」

 

両手でバンパーを掴み、後輪が浮く程にまで持ち上げていく。

 

まるで拗ねて言うことを聞かないお転婆な恋人を、彼氏がお姫様抱っこしてなだめるように。

 

暫く回転し続けた後輪だったが、次第に大人しくなっていく。

 

完全に静止したクリスをゆっくりと地面に下ろしていった。

 

<おい、クリス。お前も俺と同じく…悪魔なんだろ?>

 

念話をクリスに送ってみる。

 

暫くの沈黙した後、カーラジオから洋楽のラブソングが流れ出した。

 

<やっと見つけた…アタシを抱き上げてくれる…悪魔のダーリン!!>

 

車から発せられた魔力の波動を感じとる2人。

 

「な…なんと…」

 

ニコラスはついに数十年ごしに見ることになる。

 

彼女がなぜ原型を留めないスクラップにされても元に戻ることが出来たのかを。

 

多くの悲劇を生み出し続けた悪魔の力を見せつけられる時がきた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【クリス・ザ・カー】

 

愛を得ず死んだ女が取り憑いた妖車。

 

付喪神という器物は百年経ると化けるという日本の俗信がある。

 

九十九年目で捨てると古い器物があと一年で命を得られたものをと恨みを抱いて妖怪に変貌した。

 

思い入れた物品には付喪神として魂が宿るとも言われるが、彼女は最悪にタチが悪い類である。

 

彼女を題材にした洋画も存在し、映画好きの間でも人気があるヴィンテージカーだった。

 

砕けた丸いフロントライトからハイライトの光が灯され、2人を包み込む。

 

空気圧が抜けた片側タイヤが元に戻るかのようにして車体がせり上がっていく。

 

ボコボコに凹んだ車体が見る見るうちに復元していく。

 

へしゃげた屋根も、砕けたガラスも、曲がったグリルも復元していった。

 

悪魔の中には歩いているだけで体力や魔力を回復させる力を持つ悪魔が存在している。

 

また自らが戦闘後に傷や魔力を完全回復させる力さえ持つ最高位の悪魔達いるようだ。

 

彼女の回復力だけならば、最高位に辿り着く事も可能であろう。

 

「スクラップにされても姿を維持出来るわけだ。この光景をアメリカの友人にどう説明しよう?」

 

「秘密にしておけ。どうせ説明したところで、俺たち悪魔の存在など理解出来ない」

 

「そうだな…そうしよう」

 

<乗ってダーリン!一緒に踊りましょう!!>

 

勝手に運転席側の扉を開け、クラクションを鳴らして早く乗れと急かす。

 

「こいつの鎖を外してやれ」

 

「気に入ったのかね?」

 

「ああ。悪魔の俺には悪魔の車がお似合いだ」

 

「なるほど、確かに。しかしこの車は魔性の女…君も男なら魅了されかねんぞ」

 

「悪魔の精神操作魔法である魅了魔法は、かつての世界でも凶悪だったな。気を付けよう」

 

促された尚紀は車内に乗り込む。

 

ニコラスは車を拘束し続けた鎖を外していく。

 

開放された彼女はご機嫌なエンジン音を鳴らし、ツインマフラーから排気ガスを吹かす。

 

「いくらで譲ってくれるんだ?」

 

「金などいらないよ。私も厄介払いが出来て嬉しいぐらいだ」

 

<その爺さんも顔は良いから相手してやったけど、嫁さんの尻に未だに夢中な男は嫌いよ!>

 

「…とか言ってるぞ」

 

「ヤレヤレ、他の女に入れ込むと怖いものだ。私はペレネル一筋を貫いていこう」

 

「問題はこいつを預けておける車庫だな…引っ越しを考える必要がありそうだ」

 

「去年の君は…私の自家用車の1つを立派なスクラップにしてくれるまで走ってくれたな?」

 

「まぁ…そういう出来事もあった気がするよ」

 

「お陰で家の前のガレージには停車させておけるスペースがある。使ってくれて構わないよ」

 

「何から何まで世話になりっぱなしだな、ニコラス」

 

「君と私は秘密を共有出来る数少ない友人の1人。友よ、気にするな」

 

空ぶかしさせ、久しぶりの光の世界に進み出ようとした車の悪魔。

 

真紅の塗装が徐々に真紅の色から漆黒の輝きに染まっていく。

 

「君に似合う女になれるよう、お色直しも出来るようだ」

 

「試運転に行ってくる。玄関の大きな扉を開けてくれ」

 

「君の荒っぽい運転では車体もエンジンも摩耗するばかりだろうが、彼女なら問題ないな」

 

自動で開いていく屋敷の門からドリフトしながら車道に躍り出てきたクリス・ザ・カー。

 

胸ポケットから葉巻を取り出し、火を点けて紫煙を燻らせながらニコラスは見送ってくれた。

 

「ケツをしっかり振れるいい子だ。俺のダンスは激しいぞ?」

 

<その強引さは嫌いじゃないわ!アタシはクリス・ザ・カー!今後ともヨロシクね、ダーリン!>

 

渋谷区松濤から山手通りに入り、首都高速三号渋谷線に向けて進んでいく。

 

悪魔と悪魔のダンスパーティの会場入りの光景であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

次の日。

 

まだ朝日も登らない早朝の首都高速湾岸線には、クリスが走行していく姿が見える。

 

深夜移動のドライバーやタクシーぐらいしか走らないだろう高速道路を突き進む光景が続く。

 

派手なアメ車が駆け抜けていく光景は、周りの車から見ても目立つだろう。

 

軽く追い抜かれていく一台のタクシー。

 

ドライバーは追い抜いた車を見て感慨深く溜息をついた。

 

「プリムス・フューリーの初代モデルか!あの加速力…中身は相当弄ってあるんだろうなぁ」

 

クリスの車内には運転席で操縦し続ける黒のトレンチコートを着た尚紀がいる。

 

仕事場に行く前に少しでも彼女を操縦する感覚を磨き上げようとしているようだ。

 

古いメーター計器も正常に作動し、内装も大幅なレストアが行われていたようだ。

 

ダッシュボードにスマホを固定させ、デッキに搭載したオーディオにスマホの音楽を流す。

 

キックパネルスピーカーから溢れる車内音楽を楽しみながらのドライブというわけだ。

 

「ダーリンのダンスリードはとっても素敵よ!アタシとの相性バツグンだし相思相愛ね!!」

 

「そのノリ勘弁してくれないか?」

 

「それにしても、アタシの他にも同じ悪魔を何匹か飼っていたなんてねぇ。しかも臭い猫」

 

「ネコマタと会って早々に喧嘩しやがって。女の敵は女なのか?」

 

「あら?よく分かってるじゃないダーリン。そう、女社会はめんどくさいのよ~」

 

「男の俺に女社会の生き辛さを語られてもなぁ…」

 

「サバイブする器用さと残酷さが無いと蹴落とされて女社会のゴミ箱行き。恋愛競争のようにね」

 

「ドライな関係でも周りと上手くやってける男社会で暮らせて良かったよ」

 

ひとしきり走行性能を試していたら、サイドミラーに目が行く。

 

後方から猛スピードで迫ってくる一台のスーパーカーが見えたようだ。

 

「ハァイ、尚紀!新しい車を手に入れていたなんて、私に真っ先に連絡してほしかったわ♪」

 

左車線側に並走し、助手席側の窓を開けて声をかけてきたのは瑠偉。

 

「どうせお前に連絡したら、挑まれるって分かってたからだよ!」

 

「ドライビング勝負しましょう!」

 

「勘弁してくれ!直線番長のお前のチェンテナリオ相手にして、首都高で適うわけないだろ!」

 

「ならドリフトテクニックでいきましょう!事故ったら負けね!」

 

「おいっ!!?」

 

<面白いじゃないダーリン!受けて立ちましょう!>

 

<お前まで乗り気かよ…>

 

<あんな()()()()のような車を選んでいる趣味の悪い女なんかに、アタシ達が負ける訳ないわ!>

 

クリスのカーオーディオと電波で繋がっているスマホを勝手に操作。

 

You Tube画面をスクロール操作させていく。

 

音楽動画が再生されたのは、チャイコフスキーバレエ組曲。

 

くるみ割り人形、花のワルツだ。

 

「たくっ…どういう趣向だよこのノリは!?」

 

前方から逆走してきた瑠偉のスーパーカー。

 

あわや接触事故かと思うほどの至近距離まで迫りくる。

 

鈍化した世界。

 

互いがサイドブレーキを引き上げる。

 

互いの車体後輪が横滑りしていく。

 

互いの車が円を描く回転によって二台の車が踊っていく。

 

互いに並走状態に戻し、接触距離も迫る状態でさらにドリフト。

 

1センチ程度の距離で互いの車が絡み合う一回転。

 

先に躍り出た瑠偉の車が一回転ダンス。

 

続いて尚紀の車も一回転ダンス。

 

一緒に踊りましょうとばかりに瑠偉は車体を半回転させ、彼の車の1センチ幅前でバック走行。

 

江東区ビックサイト前で社交ダンスのように瑠偉の車が半回転。

 

尚紀も一回転ドリフトさせる光景は、まるでルンバのスポットターン。

 

「やるじゃない尚紀!それでこそよ!私が直々に指導してあげた甲斐もあったものね!」

 

「フン。その車とドラテクが相手じゃ首都高だけでなく峠でもお前に走り勝てる自信はねぇよ!」

 

<キーッ!!峠で勝負するならダーリン!アタシがあいつの車を崖に突き落としてあげるわ!!>

 

「やめとけ。避けられて俺達が崖に落ちるだけだ」

 

まさに町の遊撃手とばかりに踊りまくった2台の車は辰巳第一PAから道を下っていく。

 

職場の聖探偵事務所に近づく頃には朝日も顔を出し始めたようだ。

 

「ん?瑠偉のチェンテナリオのエンジン音と、もう1つ聞き慣れないエンジン音が来るな?」

 

朝早く出勤していた丈二は、愛車であるマスタングを事務所内ガレージで磨いていたのだが…。

 

「おわッッ!!?」

 

開いたシャッター目掛けて同時ドリフトしながら並走してくる二台の車に驚き声を上げてしまう。

 

慌てたため握っていたタオルを床に落としてしまったみたいだ。

 

「ふぅ!楽しかったわ尚紀。早起きは得するって本当よね~♪」

 

「よう、丈二。お前も早くに出勤してたんだな?」

 

「な…尚紀?おま…お前、その車はーっ!!?」

 

突然興奮しだした丈二がクリスの周りを回転しながら様々な角度でクリスを見つめ続けてくる。

 

「初代プリムス・フューリーじゃねーか!?こんなレアなヴィンテージカーを何処で見つけた!」

 

興奮が収まらない丈二が助手席側の扉に頬ずりしはじめた時、悲劇が起きる。

 

「んがッッ!!?」

 

勢いよく開いた助手席側の扉に頭を強打され、地面に倒れ込んだようだ。

 

<アタシに気安く頬ずりするなんて、こいつヘンタイよダーリン!轢き殺して良い?>

 

目を回した丈二を見ながら瑠偉は肩をすくめ、尚紀も額に手を当て遠い眼差しを上に向けた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

6月も前半までには尚紀が東京で抱えていた探偵の依頼をこなし終える。

 

彼は新しい事務所引っ越し先を探すため、今日から神浜市に向かう出張生活となるのだ。

 

「楽しみだニャー!オイラ初めて神浜市に行くけど、どんな建物があるのかニャー?」

 

「貴方は建物よりも、女子学生とかに媚び売って可愛がってもらう方が目当てなんでしょ?」

 

「な…なんの事かニャー?」

 

出張する尚紀の足元についてきているのはケットシーとネコマタみたいだ。

 

「首輪にGPS発信機をつけてやったが、あまり遠くに行くんじゃねーぞ」

 

「「ハーイ」」

 

ニコラスから貰ったガレージリモコンのコピーを使い、シャッターを開けていく。

 

「アーッ!!ダーリン…まさかそいつら、私の車内に乗せていく気じゃないでしょうね!?」

 

「まぁ、成り行き上そうなっちまった」

 

「乗車拒否よ猫臭くなる!特にネコマタ!ダーリンに近づくな泥棒猫!」

 

「あんただってガソリンやオイル臭いじゃない!?それに尚紀は私はそういう関係じゃないわ!」

 

「そう言いながらダーリンの布団の中に入り込んで寝てるんでしょ!?キーッ!悔しい!!」

 

「その巨体で家の中に入るのはやめてくれ」

 

「女同士って、割りと合わない時は合わないもんなのかニャー?」

 

尚紀になだめられ、結局二匹の猫も車内に入れることとなったクリスである。

 

朝日も昇り始め、光に包まれた世界に進み出るために車のキーを差込口に刺す。

 

アルファベットキーホルダーに追加して彼がつけたのは、()()()()キーホルダー。

 

キーを半回転させ、エンジンが始動。

 

トレンチコートの胸ポケットからサングラスを取り出し、朝日の逆光に備える。

 

「さぁ、俺達の新しいステージに向かうとするか」

 

光の世界に走り出た4体の悪魔達。

 

懐かしい感覚に彼は包まれている。

 

かつての世界でも、こうして4体の悪魔が前に出て共に戦ってきたのだから。

 




読んで頂き、有難うございます。


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84話 魔法少女のエゴイズム

格差が社会の分断、暴動や革命を引き起こすことを示す歴史上の事実は多い。

 

フランス革命では、国民のわずか2%の権力者が国の富と権力を握り続けたあげくに起きた歴史。

 

社会の在り方を大きく転換させる歴史的な出来事として語られてきた。

 

このフランス革命によって弱者である民衆革命の歴史が始まるのだ。

 

民衆革命は後の共産主義思想の雛形として産声を上げることとなった。

 

何故人は格差による不平等で国家、社会転覆までの暴力性を得るのだろうか?

 

これをなぞるようにして、神浜市の東の魔法少女社会に暴力性が広がっていく光景を語ろう。

 

魔法少女という人間の感情が生み出す、怒りと悲しみの物語である。

 

「……ただいま」

 

パートで働いている1人の女性が東地域の寂れたアパートの一室に帰ってくる。

 

「…お母さん、お腹すいた」

 

帰りを待っていたのは一人娘。

 

待っていたのはお腹を膨れさせてくれる品を求めているからだ。

 

「ごめんね…冷蔵庫の中にある少ない材料で何か作るから…」

 

「給食…食べたいよ…。どうして給食費を払ってくれないの…?」

 

「生活費がね…稼げないの」

 

「どうして…?」

 

「私が労働経験もない主婦で…稼げる資格も貴女を育てるので忙しくてとれなかったからよ」

 

「私の…せいなの?」

 

「みんな私の労働価値なんて…パートぐらいでしか認めてくれなかったのよ」

 

「お父さん…死んでからだよね?こんなに生活が苦しくなったの…」

 

「あの人ももっとマシな仕事に就けて…財産を残してくれていたら良かったのにね」

 

「どうして、お父さんはマシな仕事につけなかったの?神浜の西はお賃金良いんでしょ?」

 

「…それはね」

 

――貴女のお父さんが、()()()()()()だったからよ。

 

……………。

 

大東区にある大東学院のとある休み時間。

 

「あんたさぁ、話しかけないでくれる?」

 

「な、何でさ…?ちょっと周りの子らが何の話題してるのか気になっただけだよ…?」

 

「あんたスマホさえ持ってない貧乏人じゃん?そんなんで学校の交友関係出来ると思ってるの?」

 

「うちのお父ちゃんが、工匠区の勤め先の工場で雇い止めされて…生活費が苦しいの…」

 

「あっそ。あたしらも貧乏だけど、それなりに暮らせてて良かったよ」

 

同じ地域であるのに、生まれた家の違いだけでこうも差が生まれてくる光景。

 

「極貧な奴は教室の隅で壁にタッチ操作しながら壁とチャットしてみたら~?」

 

相手の事情など関係ないのか、周囲はゲラゲラと笑ってくる。

 

「酷い…どうして?少し周りと違うだけで…東の仲間にさえ、そんなにも冷たくなれるの…?」

 

――あたしらだけじゃなく、皆やってることだし~。

 

……………。

 

「なんでよ!?あたしが高校に進学出来ないって…みんなしてるのにどうして!?」

 

「進学費を用意出来ないんだ…。どうしても行きたいなら働いて金を貯めてから通え」

 

「嫌だよ!みんな楽しい高校生活が送れるのに!!あたしだけ労働者になるだなんて!!」

 

「我儘言うな…俺だって辛いんだ」

 

父親の職場は取引先から切られ、コストが安い企業に仕事を奪われた。

 

待っていたのは社員の給料カットと希望退職者を募ること。

 

「貯金崩してよ!あたしに工匠学舎に通わせてよ!」

 

「生活していくだけで精一杯で貯蓄が無い…。若い頃は西に就職したかった…でもな」

 

――俺が東の住人だからと言われて…全て蹴られたんだ。

 

「理不尽だよそれ!!何で東の住人だからって西の連中は…こんなにも理不尽になれるのさ!?」

 

「俺がガキの頃よりも前から続いていた地域ぐるみの差別だ。この街は差別で出来た街なんだよ」

 

「そんな…ことって……」

 

「俺達は東の住人なんだ…どうか耐えてくれないか?」

 

……………。

 

「あんた東の住人でしょ~?」

 

「な、何さ…急に道端で声かけてきて?」

 

「貧乏臭い格好してたからさ~ついおかしくて。どうせ私服なんてロクに持ってないんでしょ?」

 

「だから何!?東の貧乏人だからって…西側に上から目線で馬鹿にされる言われはないわ!」

 

「まぁまぁ、そう言うなって。良い儲け話があるんだけど…乗ってみない?」

 

「儲け話…?」

 

「金持ちオジサンと飲食するだけで良いんだよ。あんた顔が良いしデート代金で儲けられるわけ」

 

「そ、それ…パパ活ってやつなの…?」

 

「そうそう。儲けのマージンは仲介手数料で貰うけど、東側の貧乏人には悪くない話でしょ?」

 

「デートだけで済むわけないわよ!無理やりホテルとかに連れてかれたらどうするの!?」

 

「それも金になるじゃん?貧乏人なんだし、体で稼ぐってのも立派な労働…」

 

「ふざけないで!私たち東の住人をいつまでも馬鹿にして…西側を絶対許してやらない!!」

 

――こんな理不尽あんまりよ…神浜の西側なんてぶっ壊れてしまえ!!

 

……………。

 

「あの成績優秀な都落ちした奴、どの面下げて帰ってきたんだか?」

 

「西の有名校にせっかく行けたのに、暴力沙汰やらかしたみたいだぜ?東の汚名返上も台無しだ」

 

「これでまた東の評判が落ちるわ。東の面汚しよ、あいつ」

 

「西の学校に東の奴が通うってどうなんよ?見方によっちゃ、魂売った裏切り者だぜ?」

 

陰口を叩く者達がわざと本人に聞こえるようにヒソヒソ声で話す。

 

明らかに挑発しているのだ。

 

「何よ!送り出す時は散々期待したくせに!!私がどれだけ水名で苦労したと思ってるの!?」

 

「お前がどう考えてるか知らねーが、東の連中から見たらそうとしか思えないぜ」

 

「あんたの家族もこれから評判落とすよね~」

 

「妹さんもまだ小さいのに巻き込んじゃってさ~、近所の人に嫌がらせされちゃうかも?」

 

心無い言葉を浴びせられ続けた少女。

 

悔し涙を浮かべながら吼える姿を見せる。

 

「都合が悪くなったら()()()()()()()()!?家族まで含めて…最低のクズ共よ貴方達!!」

 

「あぁ!?なに俺らを悪者扱いしてんだぁ?水名で暴れたお前だけが悪者だろ()()!!」

 

怒り狂った彼女は端に置いてあった消火器を持ち上げて暴れてしまったようだ。

 

八雲と呼ばれた少女はこの街を憎む。

 

「西も東もみんな同じよ!!勝手に悪者作って叩きながら悦に浸り始める!!」

 

西も東も何も変わらない。

 

「人の話なんて聞いてくれない!悪者ならどうでもいい!ただ叩く差別が楽しいだけよ!!

 

人間が繰り返す差別感情を憎み続けた。

 

――神浜の人間みんなが同じ穴の狢なら…神浜なんて()()()()()()()()()!!!

 

……………。

 

被害者と加害者。

 

周囲ではやし立てる観衆。

 

見て見ぬふりする傍観者。

 

それら全てが集団現象によって差別を許容しても良いという社会全体の空気を醸成させる。

 

格差とは社会だけでなく、家族やクラスメイトといった人間社会全般に生み出される。

 

ヒエラルキーとは周りが生み出すものなのだ。

 

周りが何故?と思うが、人間は()()()()()()()()()()()()癖があるからだ。

 

女性のほうが家事や育児に向いている。

 

男性のほうがリーダーシップがある。

 

専門家なら嘘は言わないといった()()()()に縛られる。

 

本当にそれがあっているのか確かめもしない。

 

偏見はよくないと言いながらも、固定観念の偏見だけを見て周りに押し付ける人間という存在。

 

固定観念が周りに否定されたならどうだろう?

 

苛ついて感情を爆発させ、お前だけが間違っていると悪者レッテル張りを始めていく。

 

人間は、他人を想像する力があまりにも欠如している。

 

それ故に人間は、()()()()()()()()()()()()生き物なのかもしれなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「お待たせしちゃったわね~入っていいわよ~♪」

 

「し、失礼する…」

 

店舗事務所に緊張した顔つきの大東学院女子制服を着た十七夜が入ってくる。

 

「それじゃ、履歴書見せてくれるかしら~?」

 

「どうぞ…」

 

オネェ口調で喋る店長が履歴書を受け取り、一通り目を通す。

 

目を伏せながら、あまり期待をしていないような諦めムードで待っていたのだが…。

 

「貴女……東地域の子なのね?」

 

やはり、という顔つきになり席を立ち上がろうとするが呼び止められる。

 

「待って待って~、帰っちゃまだダメ。そのままルンバのようにターンしてくれるかしらぁ?」

 

「むっ?こ…こうか?」

 

すっと体を回転させ、短い制服のスカートをひらめかせる。

 

彼女の仕草を見た店長は微笑んでくれた。

 

「う~ん、とっても花がある子ね~♪少し固い性格みたいだけどぉ…採用よ」

 

「えっ…?じ、自分はこのメイド喫茶で働いても?」

 

「ええ、これからよろしくね。十七夜…じゃ堅いわね~、なぎたんって呼ばせましょう♪」

 

採用は喜ばしくとも釈然としない表情。

 

彼女は東の者だというコンプレックスを抱えている。

 

こんな自分が西側の店で働いても良いのかと疑問を感じて質問するのだ。

 

少しだけ溜息をつき、席を回転させながら夕日が映り込む窓に視線を送る店長の姿。

 

「アタシね、この街の住人じゃないの。前は激戦区の秋葉原でメイド喫茶を構えていたわ」

 

「東京から来られた方だったのか?」

 

「新興都市に店舗を移して、新しいご主人様と出会いたいって引っ越してきたけど…残念な街ね」

 

「それは…神浜の東西差別問題のことなのか?」

 

「ええ…。アタシは皆に楽しんで貰える空間をメイド喫茶として提供したかった」

 

オネェな店長は語ってくれる。

 

お店を楽しみに来た東の女子制服を着た子と西側の客との間で揉め事があったと。

 

「…あんな東の連中を入れるな、出される飲み物が不味くなるとでも言われたのか?」

 

「それ以上の事も言われたわ。だから頭にきて、そのご主人様の方を出禁にしてあげちゃった♪」

 

神浜市に期待を込めて店舗を引っ越す決断までしてくれた人を落胆させた街。

 

生真面目な十七夜は申し訳ない気持ちとなっていく。

 

「すまない…。神浜の住民として、他の地域から来られた人を不快にさせたことを謝る…」

 

「なぎたんが悪いわけじゃないから頭を上げて良いわよ~?アタシは気にしてないしぃ♪」

 

席を立ち、彼女の背丈に合うサイズのメイド服をロッカーの中から探してくれる店長の後ろ姿。

 

しかし、背を向けたまま寂しそうな声を出していく。

 

「アタシね…オネエでしょ?だからジェンダー規範に縛られるの」

 

男性と女性がどうあるべきで、どう行動し、どんな外見をすべきかという規範に苦しんだ過去。

 

「…男は男らしく生きろ気持ち悪いって、社会生活の中で虐められてきたわ」

 

「そんな…店長は心優しい人物です」

 

「少しの差異だけで、人間は簡単に()()()()()()()()()()()()()()()()()わ」

 

髪の毛を派手に染めた。

 

ピアス穴を開けた。

 

肌にタトゥーを彫り込んで気持ち悪い。

 

「…人間は簡単に他人を差別出来る生き物なのよ」

 

「みんな…弱い者虐めが大好きなのだろう。東の者とて…例外ではない」

 

「アタシが大阪の大手お笑い芸人事務所が大嫌いなのもそこよ」

 

上の芸人が人をおちょくるパワハラ芸がお笑い扱いされる。

 

店長はくだらないと言い捨てた。

 

「嘲笑いさえ…人間は娯楽にしてしまえるのよ」

 

「何故日本人は…ここまで劣化してしまったんだろうな。…自分には分からない」

 

「悪魔のように残酷よね…人間って。アタシ、そんな世界が嫌だからメイド喫茶始めたの」

 

メイド喫茶とは非日常を体験出来る癒しの世界。

 

社会のくだらない部分を排除して皆が幸せになれる娯楽の場にしたいという信念を店長は語る。

 

「立派です店長…。自分は、貴方について行きたい」

 

しんみりした空気にしてしまった事に溜息をつき、場を盛り上げようとしてくれる。

 

「やーん!オネェサマって呼んで!差別なんてくだらないわ!みんなラブアンドピースよ!」

 

後ろに振り向き、片足を可愛く?上げながら両手でハートサインを作ってくれる店長の姿。

 

そんな店長の思いやりを汲み取れたのか、十七夜は少しだけ笑顔になれた。

 

「ホラホラ、なぎたんも可愛いポーズしてみなさぁい!」

 

「むっ?こ…こうか?」

 

「うーん、まだまだ固いわね。貴女に似合うメイドポージングも自分で見つけていかないとね♪」

 

こうして運良く東の者が西の仕事にありつけた。

 

こういう例は稀であり、西の地域住民が経営する環境ならばありえない。

 

そんな幸運に恵まれる東の者を見て、東の魔法少女達はどう思うのだろうか?

 

東の魔法少女社会は、人間社会への不満が溜まる一方であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

多くの高齢者は気づいていない。

 

日本は極端な世代間格差を生んでしまっているという現実に。

 

貧しい若者によるオレオレ詐欺やデート詐欺のような犯罪に走らせる社会現実が生まれている。

 

バブル崩壊後、2000年代の規制緩和による雇用変化によって若者は日本に絶望している。

 

大卒ですらまともな仕事につけないほど、日本社会は劣悪になり果てていく。

 

猛烈なルサンチマンが蓄積していった結果、若者社会が荒廃していくのだ。

 

金を抱え込んだ高齢者を狙う者を生みだしていく光景は、まさに戦後の荒廃した日本社会。

 

大東亜戦争の犠牲となりし()()()()()の姿が21世紀に蘇ってしまったといえよう。

 

これは人間社会の若者達だけでなく、魔法少女社会の若者達とて同じであった。

 

「ねぇ…はぐむんは、どう思う?」

 

2人の魔法少女達が魔獣との戦いを終えて帰路につきながら会話を続ける。

 

「東の長は人間社会のためにこそ魔法を使うべきだってボク達の力を束縛してきた…」

 

「うん…だから私達は…人間のために命を懸けて戦ってきた…でも」

 

「命を削りながら戦うボク達に対して…人間社会はどんな仕打ちをしてきたんだろう?」

 

「酷い目に合わされ続けても…それでも人間社会は東の魔法少女たちに冷たくし続ける…」

 

彼女たち東の魔法少女達は長の意思を汲み取り、正義の味方として戦ってきた。

 

それでも神浜社会は歴史に縛られ、差別を繰り返す。

 

差別を繰り返す者達のために命を懸けているのに、虐待ばかりされる。

 

東の魔法少女達は皆…心が完全に擦り切れてしまっていた。

 

「ボク達…これからも人間社会のために…尽くしていかないとならないのかな?」

 

何もしてくれない上に弾圧してくる神浜の人間達。

 

もはや我慢の限界にまで追い込まれてしまう。

 

「時雨ちゃん…何を考えているの?」

 

「ボクは欲しい…()()()()()()()()()()()()()…そんな理想が…」

 

「魔法少女が…人類の上に立てる…?」

 

「ボク達だって報われるべきだ。命を削って魔獣と戦わされるなら、見返りだってあって良い」

 

東側の魔法少女達は気づき始めている。

 

神浜の差別に抵抗する事が出来る力があることを。

 

彼女達は魔法少女…魔法という圧倒的暴力が使える者達だ。

 

「抑圧され続けた東の魔法少女社会の開放…でも、絶対に十七夜さんが許さないよ…」

 

生真面目な東の長が魔法を使って世直しを決行する。

 

それは強者が弱者を喰らう構図であり、魔獣が無力な人間を襲う光景と同じととられてしまう。

 

十七夜は誰よりも自由と平等を愛する者。

 

自由に平等を望む者達が排他主義を持ち込んだ時点で、()()()()()()()()だけなのだ。

 

<<自由?平等?本当にそういうのってさ~、東の魔法少女達にあると思ってるわけ~?>>

 

何処からか知らない少女の声が聞こえてくる。

 

夜道の中を声の主が歩み寄ってきた。

 

「えっ…?貴女は…?」

 

天女を思わせる魔法少女衣装に身を包む、1人の少女が2人の目の前にゆっくりと現れる。

 

「自由、平等、不義理を許さないって言いながら、東のリーダーは何を貴女達にしてきたの?」

 

いきなりの質問に対し、抑圧されてきた魔法少女の一人が声を上げる。

 

「…ボクたちの魔法を自由に使いたい望みを拘束する…()()()()だった」

 

「それって自由?自由と平等の精神ってのはね、個人一人一人の生き方を尊重する生き方だよ」

 

個人の生き方を尊重するという()()()()は、黄色い旗を象徴する政治思想。

 

自由と平等概念から考えれば、魔法少女達が()()()()()()()()()()もまた平等に与えられるべき。

 

誰よりも自由と平等を愛するくせに自由と平等を拘束してきた東の長。

 

彼女は従ってきた魔法少女達に不義理を行ってきた。

 

「そうだ…あの人は口では自由と平等を言うくせに!ボク達の自由と平等を拘束してきた!」

 

「口では善意を言うくせに()()()()()()()…十七夜さんは卑怯者の詐欺師よ!!」

 

十七夜の治世が道理に合わないと悟る事となった東の魔法少女達。

 

突然現れた少女の意見によって覚醒を得たような気分に浸っていく。

 

「あのリーダーも、自分の生き方を客観視する事が出来たら良かったのにね~」

 

――リーダーには向かないタイプの、()()()()()()()()()()だし♪

 

怒りに燃え上った時雨とはぐむを止める事はもう出来ない。

 

彼女達は本当の自由と平等を知ったのだから。

 

「もう東の長に従ってやるもんか…自由と平等を謳うなら、ボク達の自由を認めてみせろ!!」

 

「答えを見つけた…ありがとう。貴女はなんて名前の魔法少女なの?」

 

礼を言ってくる2人を見て、にこやかな笑みを見せる謎の少女。

 

「私チャン?藍家ひめなだよ~★」

 

「ボク、君が教えてくれた真実をみんなに伝えてくる!もう抑圧なんてされてやるもんか!」

 

「オー、燃えてきちゃったカンジ?チョーウケる~♪」

 

「私たちは自由に生きていいのよ!だって、十七夜さんが掲げた自由と平等なんですもの!!」

 

2人は謎の少女の元から去って行き、次々と東の魔法少女達に真実を伝えていった。

 

……………。

 

その後、東の魔法少女社会と東の長との間には埋めることが出来ない程の溝が生まれた。

 

それと同時に行われだした魔法少女犯罪。

 

東の者でありながらも東地域に対して、無差別に繰り返された魔法犯罪行為。

 

東も西も魔法少女達には関係がなかった。

 

みんな魔法少女達を苦しめるだけだったから。

 

皆が飢える若者。

 

戦後間もない子供達と同じでしかない。

 

人間社会は魔法少女達を守ってはくれない、あの頃と同じように。

 

そして、その日が訪れる。

 

東の魔法少女達がついに東の長に対して…決別を叫ぶこととなる日が。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

深夜の誰もいない大東区の神浜監獄。

 

明治五大監獄に匹敵する程の規模で建造された広大な収容施設だが、老朽化している。

 

現在は全貌を残す建物だけが残り、地域住民もあまり寄り付かない場所。

 

今ここには、東の魔法少女達が全員集結している。

 

その前に立ちはだかるようにして仁王立ちしているのは、東の魔法少女の長である和泉十七夜。

 

「君達…これ以上魔法の力を悪用する事は自分が許さない!東の長として!!」

 

乗馬鞭のような魔法武器に魔力を注ぎ、帯電させて振り抜く。

 

東では最強の魔法少女を相手にしているが、周りの魔法少女達は怯むどころか睨み返す。

 

彼女達の心にあるのは、恐れすら塗り潰すほどの感情の爆発。

 

「あんたさ…あたし達に自由、平等を言ってきたじゃん。それを実行して何が悪いの?」

 

「自由と平等を履き違えるな!社会に不義理をしてまで自由など行ってはならない!」

 

「何よソレ?自由と平等を叫びながら自由と平等を否定する。自分が何言ってるか解ってる?」

 

「な、何も間違っていない!自分は…自由と平等を愛しているが…それは社会のため…」

 

「ふざけんな!!あんたさぁ…()()()()なんだよ!!」

 

「自分の自由と平等だけを見て、あたし達の自由と平等なんて見てくれない!考えてくれない!」

 

「言ってくる言葉は自分の理想だけよ!しかも行動がそれを否定までしてくる!!」

 

「それは…その…た、頼む…自分に弁明させてくれ…」

 

自分の矛盾部分を初めて指摘され、東の長も動揺を隠しきれない。

 

そんな時、時雨とはぐむの前に現れた人物の声が木霊した。

 

<<アッハハハ!!おっかし~の~♪ほんとチョーウケなんだけど~♪>>

 

東の魔法少女達の列が開いていく。

 

その中央から歩み寄ってきたのは、天女姿の藍家ひめな。

 

「お…お前は…?」

 

「藍家ひめなだよ~★通りすがりだったんだけどぉ…東の魔法少女社会を見てたら可笑しくて♪」

 

「自分が行ってきた治世が…可笑しいだと!?」

 

「そうだよ♪あまりにもくだらなさ過ぎてさ~、つい()()()()()()を与えてあげちゃった~♪」

 

「客観的…意見……?」

 

「ねぇ?不義理を許さないんだったよね~?でも、リーダーが周りにやらせてきた事って何?」

 

今まで自分がやってきた事を振り返り、出せる言葉は決まっている。

 

「人間の社会を守るために…魔法少女として魔獣と戦わせる…」

 

「人間社会のため~?なら、魔法少女社会なんてどうでもよかったんじゃない~?」

 

「ち、違う!!自分は…長として出来る限り周りの仲間達と協力して…助け合い社会を…」

 

「でもさ~、彼女達の本当の苦しみを助けてあげたことって…あったかな?」

 

「え…?」

 

面白いぐらい困った表情を浮かべる十七夜を見て、にこやかなまま十七夜の姿を語っていく。

 

「みんな人間社会の理不尽を背負い込み、苦しくて、寂しくて堪らないから願い事を使った」

 

「そうだ…自分も…そんな魔法少女達の1人だった……」

 

「それでも人間社会は変わらない、皆を苦しめ続けた。なのに、まだ皆を苦しめるの?」

 

「苦しめて…いた?自分が…東の魔法少女達を…?」

 

「神浜に鞭を打たれるし、東の長にも鞭を打たれる。もう皆の心はね、きゃぱいぐらい苦しんだ」

 

「自分が…鞭を打つ?東の魔法少女達を苦しめるために…?」

 

乗馬鞭を持つ右手が震えている。

 

この力を彼女達に向け、従わせてきた象徴を掲げる力が緩んでしまう。

 

「義理人情も道理もあったもんじゃない。あるのは自分だけの理想の世界」

 

「自分だけの…理想の世界…?」

 

「ひょっとして、気がついていなかったの?」

 

歩み寄ってきたひめなが、十七夜の耳元で笑みを浮かべながら呟く。

 

和泉十七夜を壊す事になるほどの客観的事実を。

 

――アナタさ、自分の理想である自由と平等に…()()()()()()()()をしてきたんだよ。

 

東の長の中で、何かが壊れる音が響く。

 

帯電していた乗馬鞭が地面に落ちていく。

 

両膝も力なく崩れ落ちた。

 

東の長を気取ってきた詐欺師など、見る価値もないとばかりに東の魔法少女達が去っていく。

 

「ま…待ってくれ…自分は…自分は…!!」

 

許しを請うように手を伸ばすが、誰も足を止める者はいない。

 

最後に残っていたのは、十七夜を今まで慕ってきた数人の東の魔法少女達。

 

「月咲君…君は違うよな…?自分が間違っていたと…思うのか…?」

 

顔面蒼白になりながら震えていたが、震えた手を握りしめる。

 

「ウチ…もうこんな街イヤ……」

 

――家族も人間も魔法少女も……()()()()()()()()()()()!!

 

「月咲君ッッ!!!」

 

彼女は走りながら帰っていく魔法少女達の後に続く。

 

「どうして!?どうしてみんな喧嘩するの!?分からない…私ももうイヤです!!」

 

「千秋君まで…!?」

 

小学生ぐらいの東の魔法少女も走り去っていった。

 

工匠学舎女子制服を着た数人も黙り込んでいたが、眼鏡をかけた少女が重い口を開く。

 

「ついにバレてしまったわ…。私も和泉さんの矛盾には気がついていた」

 

「古町先輩は…知ってたんだ?」

 

「でも…それを追求したらこうなるって分かってた。波風を立てたくないと…保身に走ったわ」

 

「酷い…こんなの映画で言えば…バッドエンド過ぎるよ…」

 

「ラノベでも流行らないよ…こんな辛すぎる展開…」

 

十七夜を援護する言葉も無いまま、彼女達も去っていく。

 

最後まで十七夜を静かに見つめ続けてきた宮尾時雨と安積はぐむが歩み出る。

 

「十七夜さん…大変お世話になりました。ボク達は貴女と決別します」

 

「私達が欲しかったのは、自分だけの理想を周りに押し付けるリーダーじゃないです」

 

――みんなの()()()()()()()()()()()、ついて行きたくなるリーダーでした。

 

踵を返し、2人も去っていく。

 

残ったのは十七夜とひめなのみ。

 

項垂れて嗚咽を堪えていた彼女の前で両膝を曲げてしゃがみ込むひめなの姿。

 

両腕で顔を支えながら目線を合わせてくる。

 

「ねぇ?アナタってさぁ、他人の目線で物事を考えてあげたこと、一度でもある?」

 

放心したまま言葉も返せない十七夜に向けて、言葉を続けていく。

 

「聞いたけど、読心術の固有魔法あるんでしょ?」

 

「……………」

 

「どうせ心だけを盗み見てたんでしょ?女の子の股ぐらを覗き見る変態オジサンと変わらないね」

 

「……そうかもな」

 

「本当の相手の心に触れるには、本気で相手の考え方の違いに向き合うしかないんだよ?」

 

「自分は…向き合わなかった…荒事にしたくないと…保身に走っていた……」

 

「盗み取った情報だけで、相手を悪者と決めてきた?」

 

「自分は……」

 

「人間はね、()()()()()()()なのよ。境遇の違いを背負う差異があって当たり前じゃない?」

 

「境遇の違い…差異があって当たり前…?」

 

「なのに、アナタは周りの差異を間違いだと勝手に決めつけて悪者にしてきたんだよ?」

 

十七夜の目が見開かれていく。

 

彼女の脳裏に浮かんだのは、バイト先の店長が面接の時に語ってくれた言葉。

 

――少しの差異だけで、人間は簡単に間違っていると決めつけて悪者を作るわ。

 

自分の過ちに気が付かされ、両目が涙で滲んでいく。

 

「自分の信念だけで相手を否定して縛るだけじゃ、皆を()()()()()()()()()

 

皆を輪にする長に必要だったのは、周りの人々が何を望んでいるかを一緒に考えること。

 

見知らぬ者から人の上に立つ者の在り方を伝えられ、ついに十七夜の長としての誇りが崩壊する。

 

「うっ…うぁぁ……!!うぁぁぁぁぁ……!!!」

 

嗚咽を漏らし、言葉が言葉にならない。

 

全てを失った者に向けて、藍家ひめなはこう告げた。

 

「…バイバイ、独りぼっちの理想主義者さん」

 

――理想と一緒に…()()()()()

 

ひめなも去っていき、残されたのは泣き喚く事しか出来ない者だけ。

 

「うああああぁぁぁぁーー……ッッ!!!!」

 

夜空から雨が降りしきる頭上を見上げながら、東の長と呼ばれた少女は慟哭を叫ぶ。

 

独り残された理想主義者は、誰からもその理想を理解されもせずに追放される結果を残した。

 

かつてのソ連で中央委員会の多数派と対立し、追放された理想主義者のトロツキーのように。

 

10月も終わりを迎える頃の出来事であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「昨日から天気が悪いわね…今日もまた雨が降りそうな雲行きよ」

 

みかづき荘の前で愛車を止めたやちよは、バイクから下りて車体を押しながら邸宅に昇る。

 

「ヨイショ…重たいわね。あら?やだ…オバサン臭い言葉が出てきちゃう年齢なのかしら?」

 

階段に設置してあるバイク用スロップを使って愛車を押し上げていく。

 

押し上げたバイクを庭に設置してあるバイク保管庫まで運び、シャッターを閉めて鍵をかける。

 

曇天の空からは心配していた通り雨が降りしきる。

 

「不味いわ…洗濯をする日だったのに。あとでコインランドリーに行かないと」

 

玄関に向かって歩いていた時、邸宅に昇る階段前から人の気配を感じる。

 

彼女が振り向くと、そこに立っていた人物とは見知った存在だった。

 

「か…十七夜?」

 

ずぶ濡れの姿のまま立ち尽くす十七夜の姿。

 

俯いた顔を見せ、前髪で隠れて目元の表情は伺えない。

 

「十七夜…何かあったの?東の長の貴女が、西の長の私の元にまで来るなんて…?」

 

階段を下りて十七夜の元まで近寄ったやちよは、様子がただならないことに気がつく。

 

「十七夜……?」

 

「……まない」

 

やちよに向けて口を開きだす。

 

その言葉には悲しみと後悔が入り混じっていた。

 

「体が震えてる…一体貴女の身に何が……」

 

「すまない七海…。自分のせいなんだ…」

 

「貴女のせいって……?」

 

「自分がみんなを……苦しませたから!!」

 

顔を上げた彼女の両目からは、溢れ出していく大粒の涙。

 

自分自身に絶望した十七夜。

 

感情が抑え込めずに叫び始める姿。

 

「自分は東の長失格だ!!理想なんかに溺れていなければ…間違いを正せたのに!!」

 

「落ち着いて十七夜!!」

 

「皆の違う考え方を…理解してあげる努力をしていれば!!あんな事にはならなかった!!」

 

今の十七夜が叫んだ言葉の内容から、西の長は察する事が出来た。

 

今の彼女はもはや…東の長などではない。

 

東の魔法少女社会から追放された者。

 

東京の魔法少女社会においての、はぐれ魔法少女と同じ立場に成り果てた者だった。

 

「十七夜…貴女は頑張ったわ…頑張り過ぎた。家族だって苦しい、社会情勢だって厳しいのに…」

 

家の事情や社会の事情が苦しくとも、皆の模範になろうと頑張り続けてきた東の長だった者。

 

彼女に待っていたのは…彼女の頑張りそのものの拒絶であった。

 

「自分は自由や平等なんて愛していなかった!!自分が見ていたのは…理想でしかなかった!!」

 

「もういい…いいのよ、十七夜。貴女だって年相応の子供なのよ…」

 

周りの人達の自由と平等など、本気で考えてこなかった者の哀れな末路が続く。

 

「それなのに東の子は…貴女にだけ面倒事を押し付けたのよ。誰も責任者になりたくないから」

 

「七海…うっ…あぁ…あぁぁぁーーー……ッッ!!!」

 

やちよの胸に飛びつき、泣き叫ぶ彼女を西の長は強く抱きしめてくれる。

 

「十七夜…大丈夫、私は貴女を見捨てないわ…安心して…」

 

「自分のせいで…今まで築き上げていた物が全て…()()()()()()()ぁーーッッ!!」

 

十七夜の苦しみが痛いほどに伝わってくる。

 

同じ神浜魔法少女社会の長として、周りから責められる苦しみと向き合う。

 

十七夜の頭を撫でながら、自分もいずれ同じ立場になる日がくることを考えてしまう。

 

理想だけでは人は救えない。

 

優しさだけでは人は救えない。

 

それは他人の目線ではないだろう。

 

都合の良さという…()()()()()でしかなかったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜の東に突然現れた魔法少女である藍家ひめな。

 

思慮が深く冷静沈着に物事を観察し、本質を見極める力をもつ。

 

彼女は今、東の魔法少女の長として活動しているようだ。

 

周りから勝手に祀り上げられてしまった立場ではあるが、彼女も満更でもない表情。

 

それ以降、東の魔法少女達は自由と平等の名の下に人間社会への加害行為が加速していく。

 

それを楽しむ魔法少女。

 

止めに入り争う魔法少女。

 

全てがイヤになり傍観する魔法少女。

 

今の東の魔法少女社会は混沌に包まれていた。

 

東の長は言う。

 

「人生はね~刺激があるから楽しいんだよ★抑圧社会なんて忘れてさ~パーッといこうよ♪」

 

刹那主義・快楽主義、エゴイズム。

 

いい加減で無鉄砲のようにも思えるが、魔法少女達はかつてない程にまで生き生きとしている。

 

抑圧されて苦しんできた魔法少女達が何を望んでいるのかを、彼女は知り尽くしている。

 

だから皆の望みを汲み取って、自由と平等の名の元に魔法を使わせていた。

 

自由とは聞こえは良いが、無秩序であり混沌であり社会秩序にとっては天敵となるだろう概念。

 

自由に魔法を使い続ける魔法少女の楽しそうな表情は、無力な人間から見ればまさに混沌の悪魔。

 

神浜魔法少女社会に噴き荒れた思想とは…()()()()()()()()

 

抑圧からの開放という大義名分の元、利己主義に生きる魔法少女が組織的に動けるようになった。

 

それ程までになれば、何処までの悪行が人間社会に向けて行えるだろうか?

 

きっとその規模は…神浜の街を()()()()()()によって焼き払う規模にまで膨れ上がろう。

 

今の神浜の混沌を見つめている西側の魔法少女チームがいた。

 

「最近…パトカーが走る数が多過ぎるよね…?」

 

「東の魔法少女共の仕業ヨ…もう制御不能社会になたネ。東から流れてくる厄介な思想のせいヨ」

 

「魔法少女至上主義…開放という思想に感化された西や中央の魔法少女まで現れてきています」

 

「いったい…どうなっていくんですか…?神浜の街は…?」

 

「かこさん…私が恐れていた事が…現実になってしまいそうですね」

 

歩き去っていく常磐ななか達が立っていた自販機裏側のパーキングエリアの光景に移る。

 

パーキングエリアには一台のアメ車が自販機に隠れる形で停車していたようだ。

 

窓を開けて聞き耳を立てていた男の姿。

 

その表情は既に…東京に現れるという魔法少女の虐殺者に成り果てている。

 

彼は東京の守護者であり、人間社会主義を掲げる者。

 

人間社会そのものを魔法少女から守り抜く虐殺者であり、人間の守護者でもあった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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85話 新たな街での生活

「ついたニャーー!」

 

下側に見える大都会の景色。

 

高速道路から下りてくる1台のアメ車。

 

既にここは神浜市内であり、横浜市を思わせるほどの大都市圏となっている。

 

窓際に前足を置いて立ち上がり、街を見物している丸いサングラスをかけた二匹の猫達。

 

「ニャー♪ここが神浜市!オイラ達の新しいライフワークの街!ワクワクしてきたニャー!」

 

「子供みたいに騒がないの」

 

「オイラ子供だニャー。それにネコマタだって尻尾が立ってるニャ。ゴキゲンだニャー♪」

 

「五月蠅いわね…私だって新しい知識が得られそうな街に来たら嬉しくなるわよ!」

 

「俺はお前らを連れて行きたくはなかったけどなぁ」

 

「アタシも猫を乗せたくなかったけど!」

 

車内で騒いでいた悪魔達だったが、運転しているサングラスをかけた彼の視線がメーターに移る。

 

「おっと、燃料をいれるのを忘れていたな。危うくガス欠だった」

 

「あそこのガソリンスタンドに寄ってちょうだい!燃料タンクがひもじいって言ってるから!」

 

「分かったよ、あそこだな?」

 

車が通りかかる少し前のガソリンスタンドではアルバイト中の若い少女が元気に声を出している。

 

「ありがとうございましたーっ!!」

 

帽子を脱ぎお辞儀をしながら元気にお客様を送り出すバイト少女に声をかける先輩。

 

「そろそろ楽しみな給料日だね~ももこちゃん」

 

「えへへ♪やっと給料日がくる~!」

 

「短期バイトだけど元気な若者が来てくれると、うちも現場士気が上がって助かるよ」

 

「そんな褒められると照れちゃいますよ先輩♪」

 

「たしかお金を貯めて、水名区で有名なご当地アイドルのライブに行くんだったね?」

 

「はい!あたしが推しているわけじゃないんですけど、親友が大好きで…」

 

事情を聞けば、夏の大型ライブイベントに彼女の親友が行きたいという。

 

しかし親友は接客バイトが苦手であったため、ここで今彼女が働いているというわけだ。

 

「まさか、君が親友を助けてあげるためにアルバイトを?」

 

「前にレナが楽しみにしていたライブをすっぽかして行けなかったんです」

 

どうやら埋め合わせのために親友の望みを叶えるためのバイトをしているという事情のようだ。

 

「君のような友達思いの子なんて、今の世知辛い世の中では見かけないようになってしまったよ」

 

「そうですね…。なんだか世の中の若者達の社会がギスギスしている気がします」

 

「まぁ、これも2000年代の政権与党が行った政策が…おっと、お客さんだよ」

 

「あたしがやります!」

 

ガソリンスタンドに入ってくる一台のアメ車。

 

「らっしゃーせー!!」

 

元気に運転席側に歩み寄る少女に向けて運転席のサングラス男が視線を向ける。

 

「満タンいれてくれ。外車の古いモデルだから給油する時はゆっくりいれろ、溢れるからな」

 

「あ、はい!親切に教えてくれて有難うお兄さん♪」

 

慣れていない外車の給油は先輩が代わり、ももこは窓拭きタオルで車のガラスを拭き始める。

 

ニャー!?(おっぱい大きいお姉ちゃんだニャー!?オイラケットシー!友達になってニャー!)

 

シャー!(胸が大きい子を見つけたら直ぐに甘え声を出すスケベなガキ猫め!)

 

ケットシーがダッシュボードの上に飛び乗り、タオルの動きに合わせて猫の顔と前足が動く。

 

「アハハ♪サングラスかけた可愛い猫が二匹もいる♪お兄さん猫好きなんですね~」

 

「世話がかかるドラ猫共だ」

 

「あたしの友達にも犬や猫が大好きな子がいるんです。きっとかえでが見たら喜んだろうな~」

 

二匹の言葉は魔法少女が聞いても猫の鳴き声にしか聞こえない。

 

猫の姿に擬態したままなら魔力を感じさせもしないので悪魔だとバレる心配はない。

 

「あの、猫の写メ撮って良いですか?」

 

「別に構わない」

 

「かえでが見たら驚くぞ~サングラス猫二匹登場!って送ってあげよ♪」

 

ニャ~(オイラを撮影したいのかニャ?撮影料としてオイラを胸に抱っこしてニャ~グフフ)

 

ニャー(まぁ、美しい私の美貌を写メ撮りたいって気持ちも分かるわよ~フフフ)

 

お尻の左ポケットからスマホを取り出し、車内に向ける彼女の左手中指に視線が移る。

 

(…魔法少女か)

 

給油も終わり、ガラスも拭き終わったようだ。

 

代金を窓から手渡した時、彼がふと声をかけた。

 

「なぁ…この街は()()()()()()()()()が多いのか?」

 

「えっ…?猫好きなら普通に多いと思うけど…」

 

「いや…気にするな、なんでもない」

 

含みがある言葉を残して、尚紀は車を発進させていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜市内を走行し続けるクリスの車体が道を流れていく。

 

「何処に停車させようか…」

 

「天気が快晴の土曜日ニャんだし、暫くこのまま神浜市内をドライブするニャ」

 

「俺は観光に来たわけじゃねーぞ」

 

「いいじゃない、貴方はこの街をロクに知らないんでしょ?先ずは現地視察よ」

 

「仕事で来てるんだ。道楽じゃねぇよ」

 

「ダーリン、あたしも久しぶりに外に出られたから色々見て回りたい!」

 

「どうせ直ぐには見つからないわ。人の出入りが激しい地域は椅子取り合戦にしかならないし」

 

「それに、尚紀は事務所引っ越しは乗り気じゃなかったニャー。適当にやってたらいいニャ」

 

「良い場所見つかりませんで済ませて事務所引っ越しも考え直された方が貴方には都合が良いし」

 

猫悪魔達の理屈に促されたのか、彼も渋々了承する。

 

「…チッ。しょうがねぇな、少しだけだぞ」

 

「西から時計回りで進んで行きましょうよ。最後は目的地の神浜市南凪区に辿り着けるわ」

 

ダッシュボードに固定してあるスマホの地図アプリはクリスが電波操作してくれる。

 

彼女に案内されながら神浜の様々な区に進んでいくのだ。

 

最初に訪れたのは水名区。

 

「アメダスさんは歩く姿も美しいですわ。流石はモデルさんでございます」

 

「ア・ミ・リ・アよ明槻さん!?いい加減覚えなさいよ!!」

 

「あ、失礼しました阿見莉愛さん。立ち振舞も水名女子に相応しいぐらい優雅でございます」

 

「オ~ホッホッホ!私はゆくゆくはトップモデル!世界デビューさえ狙える逸材なんだから!」

 

「フフフ♪楽しみにしております」

 

道端を歩いている休日の水名生徒の姿が見える。

 

その横の車道では信号待ちのため停車している尚紀たちの姿があった。

 

ニャー!?(またオッパイ大きいお姉ちゃん達だニャー!?)

 

ケットシーが興奮しながら窓に前足をついて立ち上がり、甘えた鳴き声を出し始める。

 

窓を開けていたせいで隣の道を歩いていた2人の耳にも猫の鳴き声が聞こえてしまったようだ。

 

「あら?見てください美愛さん。隣の車の可愛らしい猫♪わたくし達に手を振ってますわ」

 

「アミよ!!あら、本当ね?私の美しさを猫も理解出来るのね~偉いわこの子♪」

 

笑顔で左手を振ってくれた2人を横目で見つめていた尚紀は目を細める。

 

(あいつらも魔法少女か…)

 

信号も青に変わり、発進していった。

 

ひとしきり水名区を走り、次に向かったのは新西区。

 

街の端に沿うように走っていたら、不況の影が色濃く覆うエリアに入ったようだ。

 

車の前方には閉館してしまった大型施設が見えてくる。

 

()()()()()()と看板を掲げてはいるが閉館した映画館の廃墟のようだ。

 

「またオッパイ娘の気配がするニャ!!まな板猫娘と暮らすオイラには癒やしの街だニャ♪」

 

「…ケットシー、そろそろ私怒っていいかしら?」

 

袋に詰めたみかんを両手に抱えて廃墟に入館しようとしている少女が車の音を耳にして振り向く。

 

「あら…?ここいらじゃ見かけない珍しい車ね~?」

 

ニャッ!?(胸元パンパンだニャー!?青い燕尾服みたいな上着のボタンが弾けそうだニャー!)

 

シャーッ!!(いい加減にしないと打つわよ!!)

 

ガラスに身を乗り出すケットシーに飛びついて後ろの席で大喧嘩を始める二匹の猫達。

 

後ろは構うことなく、尚紀は彼女の横を通り過ぎる際に横目を一瞬向ける。

 

(…変わった魔法少女だな)

 

通り過ぎていった車の後ろ姿を彼女は静かに見つめてくる。

 

「東京ナンバー…?どうりで見かけない旧車だと思ったわ~」

 

みかんを抱えた少女は視線を戻し、そのまま廃墟の映画館の中に入っていった。

 

車は走っていき、新西区を越えようとしている。

 

「夏目書房…見どころありそうなスポットね。今度お邪魔しましょう」

 

「散々オイラの地域視察を邪魔しておいて…自分はこっそり地域チェックしてるニャ」

 

「あんたがチェックしてるのは巨乳娘だけでしょ」

 

新西区を超えて参京区へと移動。

 

「そろそろお昼の時間だニャー。尚紀も何処かでお昼済ませてオイラ達のご飯も買って来るニャ」

 

「さっき見かけた中華飯店で済ませてきたら良かったのに」

 

「毎日外食通いの俺だから分かる。ああいう店はハズレが多い」

 

「なんで分かるんだニャ?」

 

「昼時だってのに人だかりも見えない中華飯店なんぞに味を期待出来るわけねーだろ」

 

「そうねぇ…きっと()()()ぐらいの味でしょうね」

 

「そこまでいってたら、まだ良いほうだろうな」

 

水徳寺、参京院教育学園などを超えて北の山に面した北養区に入っていく。

 

「ああいう店が当たりなんだよ」

 

老舗洋食屋の外観をした美しいレストランを見つけ、昼飯を済まそうと駐車場に車を停めた。

 

「ウォールナッツか…さて、味を試させてもらうか」

 

入ろうとしたがCLOSE札が入り口にかけられているようだ。

 

入り口に張られた説明書きを読み、溜息をつく。

 

「シェフが出張ばかりで週に1日しか営業していないレストランなんてアリなのかよ…?」

 

外食に行こうと考えたが情報不足で閉まっていたのはよくある話。

 

帰ろうとしたが、駐車場に車を停める音が聞こえていた店の中のシェフがドアを開けてくれた。

 

「お客さん待って!まなかが料理を作りますからどうぞ!」

 

出てきたのは中学生ぐらいの少女のようだがコック服を着ている。

 

「ここのコックはいつも出張なのか?」

 

「父は人気シェフなので出張して料理を振る舞ってます。だから店の方は閑古鳥です…」

 

「お前が料理を作るのか?」

 

「はい!まなかの料理の腕は世界一ですよー!!安心して入ってください!」

 

「随分自信家のようだな。試させてもらおうか」

 

ニャー(オイラ達も食べたいニャー)

 

いつの間にか尚紀の足元には二匹の猫の姿。

 

「あら?可愛いネコちゃん達も、まなかの料理が食べたいんですか~?」

 

「おい、お前らは後で…」

 

「大丈夫!まなかの料理に期待してくれるなら、まなかは全力で美味しい料理を振る舞います!」

 

「ペット用の料理も作れるのか?」

 

「作ったことないですけど、多分大丈夫ですよ?」

 

ニャー♪(楽しみねー♪早く入りましょう)

 

「お前ら…猫に有害な食べ物食わされて倒れても俺に文句言うなよ」

 

溜息をつきながら飼い猫と一緒に店の中に入っていく。

 

(こいつも魔法少女…何処にでも湧きやがる)

 

誰もいない店内を見回しながら窓辺の席に座る。

 

おまかせを頼み、調理が終わるまで時間を潰せる雑誌でも読もうかと移動していく。

 

「客が来ないから雑誌の更新もあまりしてないようだな」

 

手にとった何週間か前の神浜経済新聞を席で広げてみる。

 

地域新聞前面に大きな見出しで書かれている記事に目を通していくのだが…。

 

「医療法人、里見メディカルセンターご子息死去…?」

 

医療財団も運営しているこの街の象徴の1つとして存在する大病院の一人娘に関する記事内容。

 

不治の病と言える程の重い病状が悪化して死亡したという内容だった。

 

「同じ病室に入院していた他の小学生達に続くようにして死去したのか…」

 

同じ病室で入院していたのは、環ういと柊ねむという名前の子供達だと記事にはある。

 

最初に()()()が病死し、次に()()()が病死。

 

最後に死んだのが院長の娘である()()()()と呼ばれる子供であったようだ。

 

「顔写真載せられてるけど、まだ小学生ぐらいの少女じゃない?早過ぎる死だったのね…」

 

「人間は死ぬ時は死ぬもんだニャー…可哀想に」

 

地域経済を動かす法人の娘が死去したニュースが掲載された新聞を読んでたら良い臭いが近づく。

 

「おまたせしました~!まなかの新作オムライスです!」

 

おまかせを頼んだらオムライスが運ばれたようである。

 

「運が良いですよ~まなかのオムライスを食べれるなんて!ネコちゃん達もお皿でどうぞ~♪」

 

ニャー!(こいつは美味そうだニャ!)

 

「確かに味はかなりのモノだな。ニンニクが効いて、みじん切り玉ねぎと挽き肉の味付けも良い」

 

「まなかの腕前は神浜だけで終わる器ではないのです!また来てくださいね、お兄さん♪」

 

「そうだな、この味ならまた……うん?ニンニクと玉ねぎ?」

 

暫くして、彼と猫の姿が店から出てくる。

 

彼女の料理の味は抜群であり、満足した彼は次の目的地へと移動していった。

 

……………。

 

東地域も見て回り、中央区や栄区を超えた当たりで夕日が沈み始めてくる。

 

南に進む頃には目的地の神浜海沿い都市である南凪区にたどり着いたようだ。

 

「結局1日観光になっちまったか…。まぁ神浜の不動産情報誌も買ったし、今日は東京に帰るか」

 

後ろの席で倒れ込んでいる二匹の仲魔に視線を移す。

 

後ろでは只ならぬ状態となった仲魔達の姿

 

「玉ねぎ…ニンニク…オイラ、そろそろヤバいかも…」

 

どうやら二匹の猫達はオムライスに隠れていた大当たりを引かされたようだ。

 

「悪魔も…死ぬ時は…死ぬわよ……」

 

「はぁ…仕方ねーな。これでも飲み込め」

 

左手に出現させたのは『ディスポイズン』と呼ばれる状態異常回復道具。

 

悪魔である二匹はそれを渋々飲み込み、POISONを治療出来たようだ。

 

「それにしても…丈二の故郷の東地域は荒んでたな」

 

「消費者の流れは商業区の中央や観光地の南側に流れていき、地域経済は麻痺状態ね」

 

「シャッター街も多かったニャ―」

 

「大きな団地街の労働者達も工匠区の工場街に流れてるのよ」

 

「物騒なチンピラ達も大勢見かけたニャ。車で移動して正解だったニャー」

 

会話を打ち切り、神浜ベイエリアから見える夕日を車の窓から眺めながら物思いに耽る。

 

「…やっぱり気になる?神浜の魔法少女が?」

 

「…ああ。この街をぐるりと回って目についただけだが…あまりにも数が多過ぎた」

 

「尚紀は…東京の守護者だニャ。ニャにも他所の街の魔法少女社会まで気にする必要は…」

 

「……今日はもう帰ろう」

 

車を発進させ、今日のところは神浜市を後にする一行。

 

帰路の道を走る彼の頭からは、神浜魔法少女社会に向けての心配事が消えることはなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日曜日の早朝。

 

尚紀はどうしても神浜の魔法少女社会情勢が気になり、神浜市に向けて車を走らせていた。

 

「ダーリンと2人だけでドライブ♪でも、どうしてまた続けてあの街に行くわけ?」

 

「…あの街の魔法少女社会が気になるんだ」

 

到着するまで、クリスに今まで自分がどんな生き方をしてきたのかを語っていく。

 

「ワーオ!ダーリンもアタシと同じくジェノサイダー♪それでこそ悪魔の生き様ね~♪」

 

「俺は人間社会の安寧が欲しい。そのためなら全身返り血塗れになろうが構わない」

 

「なるほど~。つまり神浜の魔法少女達も……ぶっ殺すわけね?」

 

「その必要があるのかどうか、確かめに行きたいんだ」

 

高速道路を下り、先にスマホで見つけておいた立体型駐車場にクリスを停車。

 

「ダーリン!?アタシも獲物の品定めに行きたい~!」

 

「車に乗ったままじゃ現地をくまなく見て回れない。今日は大人しくしていろ」

 

「んもー。なるべく早く……って、まさか神浜市の全ての区を見て回る気?」

 

「……今日は遅くなる」

 

私服姿の彼は歩きながら神浜の街に向かい、全ての区に向けて歩みを進めていった。

 

……………。

 

夕日が沈み夜の時間が過ぎていった頃、彼がクリスの元に帰ってくる。

 

「おかえりダーリン。もう調べ終わった?」

 

「ああ。大方調べたと思う」

 

「それじゃ、東京に帰りましょうか。あの猫共も部屋に軟禁されて暴れてると思うし~」

 

車の運転席に入り込み、エンジンを始動させ立体駐車場から発進。

 

東京に帰りながら現地の魔法少女社会がどんな状況なのかをクリスに向けて語っていった。

 

「神浜の魔法少女社会の規模は、東京の魔法少女社会と比べてどうだった?」

 

「凄い規模だ。東京の魔法少女社会は、俺が減らす前でも130人には届いていない」

 

「なら神浜の魔法少女社会の魔法少女数はどれぐらいの規模なの?」

 

「俺が調べた限りでは…神浜の魔法少女社会はざっと見て200人を超える規模だ」

 

「えーほんと?この国の首都の魔法少女社会を超える規模の数って…異常じゃない?」

 

「魔法少女同士の争い事を収めて統率する…無欲で優秀な指導者が3人いるんだ」

 

「3人であの街に沢山いる魔法少女を纏め上げるなんてねぇ…」

 

「西の七海やちよ、東の和泉十七夜、中央の都ひなの。こいつらが魔法少女社会のリーダーだ」

 

彼女達がどのような社会治世を行ってきたのかを尚紀は語っていく。

 

3人の行う治世とは、人間社会に向けて自由に魔法を使う事を禁じた社会。

 

魔法少女本来の使命である魔獣討伐のみを目的にして社会を動かしている。

 

また、弱い魔法少女を互いに支え合う共生社会も築き上げてきたようだ

 

「絵に書いたような優等生連中ってわけね。周りの魔法少女は不満を感じてこなかったわけ?」

 

「神浜は西と中央が栄えている。満たされた環境ならばあまり目立った不満も起こらない」

 

「なら…問題は昨日の…」

 

「ああ…問題なのは東の魔法少女社会だ」

 

尚紀達が見物した東の街は酷く寂れている。

 

底辺層に堕とし込まれた社会に不満を撒き散らすチンピラも多く見かけた。

 

荒くれ魔法少女が大勢いるのだろうと察する事が出来るだろう。

 

尚紀が調べた限りでは、勢力圏は西側の面積が大きくても、魔法少女の数だけなら東側が多い。

 

東を占める二区だけで100人を超える規模の魔法少女社会を築き上げていたようだ。

 

「格差によって切実な願いが生まれる。そこに契約の天使がつけ込んだ結果だと思う」

 

「なら、衣食住満たされてる西や中央の魔法少女連中は…どんな刹那主義で契約した()()()?」

 

「そこまでは調べてない。大規模に膨れた魔法少女社会を東の長はたった1人で統率してきた」

 

「あんな掃き溜めで良い子ちゃんリーダーやってたってさー、絶対摩擦が起きるよ」

 

「そうなるだろうな」

 

「それを力で抑え込んでも不満が溜まって風船みたいにボンッ!…て、弾けるだけよ」

 

「そうだな。俺もかつての世界でな、考え方が違う仲魔に愛想つかされて出ていかれたもんさ」

 

「そんなもんよ。人間も魔法少女も悪魔も変わらない、みんな異なる考えと立場があるわ」

 

「今はまだ神浜の魔法少女社会が人間社会に危害を加える明確な現場を抑えていない」

 

現状では魔法少女の虐殺者が神浜で動く理由は無いということだ。

 

「ダーリンは神浜市に探偵事務所を引っ越したら…神浜の街でどう生きていくわけ?」

 

「ただの人間のフリをして生きる。魔法少女達と関わる理由もない」

 

「ブー、つまんない展開よ~それ」

 

「お前も大人しく車のフリして過ごすんだぞ」

 

「まだアタシは開放されて血が見れてない~!」

 

「形が残らないぐらいのスクラップにされたいか?」

 

「ダーリン怖い…でも、そんなダーリンも素敵よ♪ちなみに…その情報は何処から?」

 

「俺は()()()が使える悪魔だ」

 

「ダーリンはアレ使えるんだ?悪魔には通用しないけど魔法少女ぐらいなら効果あるってわけね」

 

「そろそろ東京が見えてきた。明日も神浜に出張だし、さっさとニコラスの車庫に預けるか」

 

こうして尚紀の神浜魔法少女社会の現地視察が終わりを迎え、次の日へと流れていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

次の日は二匹の猫達を家に置いてさっさと車を出す。

 

神浜市南凪区に辿り着き、車を立体駐車場に駐車した尚紀は神浜の街へと歩いていく。

 

「あいつら連れて行ったら物件探しの邪魔だからなぁ」

 

不動産情報誌や不動産情報サイトの情報を頼りに南凪区を見て回る。

 

南凪区は神浜市でも観光に特化した地区。

 

古くは日米修好通商条約の開港場として選ばれ、アメリカとの貿易によって栄えたようだ。

 

目立つ施設としては神浜港や、神浜中華街とも呼べる南凪路が有名だろう。

 

外国人居住地として残る異人館や、港区を中心に再開発されたベイエリアは観光地となっていた。

 

人が集まる地域は法人も沢山集まる。

 

ならば物件探しは困難となるのも無理はない。

 

「ダメだ…何処もかしこも先約が入ってやがる。こりゃ思ったよりも手こずりそうだ」

 

様々な物件を見て回ったが、丈二が気に入りそうな事務所物件は見つからない。

 

「南凪区がここまで栄えてるとはなぁ。丈二…ここに事務所置きたいは贅沢言い過ぎだぜ」

 

この区がダメなら他の区を当たるしかないのかもしれないと考え込む。

 

書店に行って南凪区以外の不動産情報誌も目を通し始めたようだ。

 

お昼になり、コンビニで昼飯と神浜経済新聞を買ってから海が見える通りのベンチに座る。

 

右手でおにぎりを口にしながら組んだ左足の上で新聞記事を読む姿。

 

「アインシュタインの再来とも言われた天才物理学者()()()()()()死去?」

 

【スティーブン】

 

筋ジストロフィーに冒されながらも車椅子の上で第一線の研究を続けていた物理学者。

 

独自の宇宙論である量子重力理論を発表した人物として知られる。

 

無神論者である彼が発表した宇宙創生において、神が関与しない量子重力理論を提唱した。

 

だが、生前の彼はこういう意見を残している。

 

――人間の思考も物理法則に支配される。

 

――その下でそれを支配しているモノを見出す事は、そもそも不可能なのではないか?

 

このメタ的な問いかけの中に、彼が()()()()までは否定した訳ではないのが伺えるだろう。

 

彼は優れたプログラマーでもあった。

 

米国国防高等研究計画局(DARPA※ダーパ)のプロジェクトマネージャーにも参加していた。

 

特別技術研究室の主任研究員として招かれ、()()()()()()()()の研究を任されていたようだ。

 

「研究完成が間近に迫っていた時期に、その研究成果を持ち逃げして自宅の邸宅を放火?」

 

現地警察とFBIの捜査では、持ち逃げした極秘プロジェクトのデータごと自殺を図ったとある。

 

「死体は発見されず、極秘データと彼の姿は依然行方不明…か」

 

新聞に掲載された写真に写る、特徴的な赤いスーツと銀髪。

 

眼鏡の奥に見える彼の目は何を考えているのか周りに悟らせないミステリアスな表情をしていた。

 

お茶を飲みながら新聞から視線を外していた時、尚紀の表情が困り顔となる。

 

「…忘れてた。この南凪区はあいつの縄張りだったな」

 

新聞を両手で持ち上げて顔を隠す仕草を見せる。

 

やってくる人物に見つかるのは不味いのだろう。

 

「今日も組み手をボクに頼むだなんて、美雨は最近凄く拳法の稽古に身が入ってるね?」

 

「倒したいライバル見つけたネ。もとクンフー磨いて、いつかソイツ倒すヨ」

 

「美雨を拳法で倒すぐらいの実力者かぁ…ボクも空手家としてその男の人と勝負してみたいね~」

 

「ソイツ倒せたら、ソイツが私の木人椿買てくれるネ。大事な金づるヨ♪」

 

「アハハ…麻雀好きな美雨らしいがめつさだよ」

 

前を通り過ぎる女子学生達。

 

彼はそっと新聞をずらし、視線を通り過ぎた少女達の背に向けた。

 

「引っ越し先が見つからず、蒼海幇に泣きついたら…俺はどうなるんだ?」

 

その時の状況を彼なりに想像していく。

 

「ナオキ、職場の女から聞いたヨ。オマエ金持ちだと分かたネ。蒼海幇を会社にする資金出すヨ」

 

「なんでっ!?」

 

「あの時に蒼海幇が助けてやた恩…忘れたカ?」

 

「ついでに尚紀君、うちの道場も経営が厳しいんじゃ。スポンサーになってくれんかのぉ?」

 

「だからなんでっ!?」

 

「事務所物件を提供してやったのに恩知らずじゃのぉ~?荷物纏めて事務所を引き払ってくれ」

 

「やっぱりお前らヤクザだろ!?」

 

……………。

 

「あいつらに泣きつくのは最後の手段だな…。どうにか自力で見つけないと…」

 

立ち上がり、近くにあったゴミ箱に新聞と昼飯のゴミを捨てる。

 

見えなくなっていく美雨の背中に目を向けながら、溜息をつく。

 

「蒼海幇…お前らが地域を守る互助組織なのは分かる。だが闇の世界は金と暴力の世界だ」

 

この新興都市を狙う闇組織は多い。

 

考えたくはない事を考えてしまう。

 

マフィア抗争が起こった場合、蒼海幇に死者が出るかもしれない事だ。

 

「お前は親しい隣人が次々と殺された時、魔法少女として…怒りと悲しみを自制出来るのか?」

 

彼女の魔法武器が人間の血に濡れる日を考えてしまう。

 

「俺は命に貴賤を作らない。社会のクズであろうが人間だ…」

 

東京社会で魔法少女を苦しめた人間も大勢いた。

 

だが、可哀相な理由が出来たなら人間社会を踏み躙っても構わないという理屈を彼は許さない。

 

復讐者として加害者になる魔法少女が表れたならば、一切の容赦をしてこなかった。

 

人間社会の罪人は人間社会の法で裁くべき。

 

魔法少女の私刑は許さない立場を崩さないのが人間の守護者の考え方だ。

 

「俺がこの神浜の魔法少女社会を調べた時、見つける事は出来なかったよ…」

 

――魔法少女が人間社会に手を出せば裁かれる…死刑を含む()()がな。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

時刻も夕日が沈む赤い空。

 

今日の成果は何も得られず、南凪区ベイエリアの歩道を歩いている。

 

ふと夕日に照らされた2つの塔のような影を地面に見つけて視線を移す。

 

それは並ぶように屹立したオベリスク。

 

本物ではない大きな街路灯だが、彼にとっては忘れられない代物。

 

2つのオベリスクの真ん中に立ち、そびえる先端に目を向けていく。

 

「オベリスク…ボルテクス界の創生が行われた地。カグツチへと至る道…」

 

彼の脳裏に2つの塔が蘇っていく。

 

オベリスク塔を昇り恩師を救ったときのこと。

 

全てを失った彼が地に打ち付けられしオベリスクが眠るカグツチ塔を昇る時のことを。

 

彼は創生の物語を超えた。

 

そして今は他の世界に流れ着いたアマラの漂流者。

 

「この世界に流れ着き、俺なりにあの創生の出来事を調べてきたよ…」

 

大いなる神が生み出したアマラの摂理によって滅ぼされた宇宙の成れの果て、ボルテクス界。

 

その出来事をもっと深く知るために、あらゆる神話を探ってみた。

 

オベリスクとは、古代エジプトのシンボルでありエジプト神話の生殖器崇拝。

 

「男の俺の股ぐらにもぶら下がっている…()()()()だった」

 

オベリスクは創造神(ヘリオポリス神学ではアトゥム)の降臨した原初の丘。

 

その丘の上に立つベンベン石を様式化したものと考えられている。

 

ベンベン石は天地創造の時に放出された創造神の精液が石化したものと言われる。

 

これに由来するオベリスクは男根のシンボルとみなされていた。

 

「神の男根が届く先にあったのは、まるで()()()()()のような無限光カグツチだった…」

 

宇宙を生み出す創世神話の中で卵を象徴するものは多い。

 

オルペウス教、後漢の張衡の渾天儀、インドのチャンドーギャ・ウパニシャド等多岐に渡る。

 

宇宙と卵のアナロジー。

 

殻が割れてそこから宇宙が生じてくるという時間的起源的記述ではない。

 

卵の構成そのものが世界の構成と一致するという考え方である()()()だ。

 

また人間の体は()()()とも呼ばれている。

 

ダヴィンチが描いたウィトルウィウス人体像は古代ギリシャの世界観における小宇宙。

 

コスモグラフィアとして描いた代物であった。

 

「人間の体が宇宙と同じ設計図ならば、宇宙もまた人間と同じようにして生み出される…」

 

そこから導き出した、彼が生きた地獄であったボルテクス界の正体とは?

 

「あの地獄は大いなる神が生み出した…男女の熱によって行われるものと同じだ」

 

――新たなる宇宙を生み出させる…おぞましい()()()()()()だったんだよ。

 

アマラ経路に流れていた赤い光は精液の川。

 

川の中に見えた赤く小さな光は精子。

 

それを掻き集めて守護として降臨したコトワリの神。

 

神の男根の塔を殺し合いの熱を繰り返しながら昇っていく。

 

卵子にたどり着く生存競争であったコトワリの戦いは、いわば受精をかけた生存競争。

 

生き残れる精子となれるのは、ただ1人のコトワリだった。

 

大いなる神が宇宙に敷いた熱の儀式世界に放り出された人なる悪魔こそが…人修羅であった。

 

「俺はボルテクス界の全て破壊した。そして今…俺は違う世界に流れ着いている」

 

クリスの運転席に乗り込み、エンジンを始動させる。

 

運転席から見える神浜の街を少しだけ見つめながら呟く。

 

「創世記においても()()()()()()()()。魔法少女世界とも呼べるこの世界で…どう戦っていく?」

 

またかつての世界にように全てを破壊して、母なる熱とも言える少女達を消し去っていくのか?

 

答えが出ないまま、彼は東京に向けて車を走らせる。

 

かつての世界で人修羅と呼ばれた悪魔。

 

その悪魔は世界に変革をもたらす悪魔だとミロク経典には記されている。

 

この世界で彼はどう生きていくのか?

 

どのような変革をもたらすのか?

 

それは、人修羅として生きた嘉嶋尚紀の心が導き出すだろう。

 

かつての世界を破壊した感情…憤怒によって。

 




読んで頂き、有難うございます。


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86話 イルミナティとは?

時期は2019年の2月も終わりが近い頃にまで戻る。

 

ペンタグラムとの戦いで全ての魔力をほぼ使い切った尚紀は休息を必要としていた。

 

かつての世界で手に入れた回復道具であるソーマを使い、体力と魔力を回復させ傷を癒やす。

 

月が短い2月に入ってからの尚紀は調べ物が多くなっていく。

 

あのペンタグラム魔法少女の背後で暗躍していたサイファーと呼ばれる存在。

 

そしてイルミナティと呼ばれる秘密結社についての情報収集に躍起になっていたのだ。

 

「サイファーとは英語で暗号、文語では0の意味。HIPHOPでは皆で輪になる…繋がるのか?」

 

謎の存在が何を意味してその名をペンタグラムに伝えたのか調べても答えは出ない。

 

様々な書籍を買い漁り、自宅で独自調査を進めてきたが憶測だけが広がり確信には至らない。

 

「0、輪、魔法陣、ペンタグラム、イルミナティ。全てが輪として繋がっていく円環なのか?」

 

推測の域を出ることもなく、探偵事務所の机に片腕をつき右頬を乗せながら溜息をつく。

 

「あら?何か考え事でもしていたの?」

 

隣から歩いてくる瑠偉が両手に持つ珈琲のうち一つを彼の席に置く。

 

「瑠偉か?悪いな、淹れてもらって」

 

「何かの勉強の時は珈琲って決まってるでしょ?」

 

「ああ。絡まった思考がほぐれていく、スッキリした苦味だ」

 

珈琲を飲みながら、ふと彼女について知りたくなり質問する。

 

「なぁ、瑠偉って名前なんだが…どういう意味があって親に名付けられたか知ってるか?」

 

「まぁ♪尚紀が私に深い興味をもつだなんて、やっぱり私と男女関係になりたいんでしょ?」

 

茶化してくる態度は相変わらず。

 

溜息をついた彼はそっぽを向く態度となる。

 

「聞いた俺がアホだった…忘れてくれ」

 

「ウフ♪良いわ、教えてあげる。瑠偉は瑠璃からきていて、()()()()()()()()()()という意味よ」

 

「ラピスラズリ…あのライトブルーの石か?」

 

「パワーストーン信仰でも有名ね」

 

ラピスラズリは世界でパワーを最初に認識された石と言われ、最強の聖石と言われている。

 

地面の属性である第6チャクラ(額)と第7チャクラ(頭部)を活性化させると信じられていた。

 

「額と頭部…つまり、人間の脳みそに良いってわけか?」

 

「そうね、科学的根拠はないけど頭脳を明晰化させる、強運を導くという風に信仰されてるわ」

 

「ふ~ん。なら啓蒙を有難がる()()()()()達が喜ぶ石なんだろうなぁ」

 

「知識は社会でより良く生きる力となるの。貴方も社会人になって痛感していると思うけど?」

 

「そうだな…社会に出てからは知らない事だらけだと気が付かされて、今頃勉強だ」

 

「勉強を始めるのに遅いは無いわ。高齢者ですら大学に進学して卒業しているというのに」

 

「まぁ、知識の詰め込み過ぎで…最近は物思いに耽る時間が増えた気がする」

 

「あの日以来、貴方の雰囲気も暗くなった気がする。気分転換は大事だし飲みに行きましょう♪」

 

「お?飲み会の話題は聞き捨てならねーな、今夜もいっとくか?」

 

「所長の奢りでヨロシク~♪」

 

「オイオイ、お嬢様なんだし所長に集らずこういう時は割り勘…」

 

丈二が言い終わる前に尚紀が席を立つ。

 

「いや…いい。そんな気分にはなれないから先に帰る」

 

黒いスーツベストの後ろ姿を2人は見送る。

 

事務所のコートハンガーの黒いトレンチコートを取り、上着として着ながら事務所を出ていった。

 

「やっぱあいつ、あの日から性格変わった気がするなぁ」

 

「そうねぇ…独りで背負い込むタイプなのよ、彼」

 

事務所倉庫のガレージシャッターの横にある入口から尚紀が外に出てくる。

 

まだ寒い季節の冷たい風を感じ、トレンチコートの襟を立てながら帰っていく姿。

 

「より良く生きる力である啓蒙、知識主義か…」

 

知識と啓蒙という単語が浮かんだ彼の頭にの中にはイルミナティが浮かぶ。

 

「連中も知識と啓蒙を崇めるグノーシス主義。啓明結社だの光明会だのと呼ばれる連中だったな」

 

ラピスラズリの色を考えていると、瑠偉の片目のライトブルーが浮かんでくる。

 

「そういや日本は、エメラルドみたいな()()()()()と呼んでいたっけ」

 

石には力があり、錬金術とも深い関わりがある。

 

エメラルドは地獄や悪魔と関係のある宝石である。

 

古代エジプトの錬金術の文書エメラルド板の作成にも使われた。

 

また天使長ルシファーが被っていた美しい王冠に使われていたと言う。

 

また、ルシファーの額にあった第三の眼がエメラルドでできているとも言われていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

自宅があるタワーマンションの入り口に入る頃、ふと何かを思い出す。

 

「そういや郵便受けを最近見ていないな。考え事しながら仕事に行くと物忘ればかり生まれる」

 

ステンレス製の郵便受けに手を伸ばして自分のポストを開ける。

 

「おいおい?なんだ…この海外からの手紙の数?」

 

ドッサリ入っていた手紙を取り出し、自分の部屋に抱え込みながら移動していった。

 

「おかえりだニャー…って、なんニャ?その山盛りの手紙?」

 

「さぁな?それを軽く晩飯済ませたら確認してみる」

 

「私達のご飯の用意も忘れないでね」

 

部屋の中央の勉強机に手紙の束を置き、服を着替えていく。

 

冷蔵庫の中身で軽く晩飯を済ませた後、机の前に座った。

 

「随分と古風な手紙ね。17世紀の欧州で貴族に愛されたシーリングスタンプで封蝋をしてるわ」

 

「なんニャ?封蝋って?」

 

「貴族は家系を表すシンボルマークにしていたの。本人である証明として使っていたみたいね」

 

「それにしても…なんだか凄い紋章デザインの刻印ばかりだニャ?雰囲気からして凄いニャ」

 

「開け辛いだけだ」

 

手紙の封を開けていき、中身を確認していく。

 

「これ全部外国語で書かれてるニャ…。こんなの尚紀読めるわけないニャ」

 

黙って読み続けていたが、不思議そうな表情を浮かべながら彼は口を開く。

 

「…いや、そうでもない」

 

「えっ…どういう事なわけ?」

 

「分からない…だが読める。何故だ?これは俺の知識じゃ説明がつかない」

 

「悪魔の力なの…?」

 

何かを思い出した表情を浮かべながらネコマタが言葉を発する。

 

「そういえば、死んだママから聞いたことがあるニャ」

 

「何を聞いたのかしらケットシー?」

 

「自分達は違ったけど、本来の悪魔は()()()()()()()()恐ろしさを持っているニャ」

 

「そうね…私達の先祖の中にはそういう恐ろしい連中も多かったそうよ」

 

「喰らった人間の魂から得られた力を、()()()()()()()()()って聞いたんだニャ…」

 

ケットシーが母親悪魔から聞いた話が本当だとすれば、尚紀が何を行ったのかを想像してしまう。

 

「尚紀…貴方まさか?」

 

ネコマタから疑問の視線を投げかけられるが、彼は黙秘を続けたようだ。

 

全ての手紙に目を通し終えた彼は後ろに両手をつき、天井を見上げる姿勢になる。

 

「内容はなんだったの?」

 

「…くだらない社交界のご招待だ。悪魔の俺をヨーロッパ大貴族連中が祝福したいんだとさ」

 

「え”っ…?な、何で貴方を祝福したいだなんて言い出すのよ?会ったことないでしょ?」

 

「…向こうは俺を知っているようだ。あの1・28事件の時に…俺の姿は全世界に報道された」

 

「ど…どんな大貴族からご招待を受けたんだニャ?」

 

彼は手紙に書かれていた大貴族の名を語っていく。

 

スフォルツァ家、サボイ家、フィッツジェームス家、トロルニア家、アルドブランディーニ家。

 

マッシモ家、パルバシーニ家、ドリア家、ファルネーゼ家、ブルボン家、ロスチャイルド家。

 

他にも沢山あるが割愛する程の数の招待状が届いていたようだ。

 

「な…なんか凄い名家っぽい名前がどんどん出てくるニャ」

 

「それだけじゃない。世界3大権威である天皇家、ローマ法王、英国王室からも招待状が来てた」

 

「どえらいビックスターになっちまったんだニャー…尚紀?」

 

「変な話ね…何で悪魔の尚紀が正体を現しただけで、世界を導く存在達から注目されるの?」

 

「共通して書かれてるのは…俺を混沌王だの啓蒙の現人神だの最高神エンキだのとほざく内容だ」

 

「エンキ…?尚紀は前の世界じゃ人修羅って通り名の悪魔じゃなかったのかニャ?」

 

「一角獣の神エンキか…。確かに俺は()()()()()()かもしれないな」

 

首の裏を右手で擦る。

 

今は生やしていないが、悪魔の姿に戻った時には必ずある感触を思い出してしまう。

 

「少し…エンキとかいう神について調べさせてくれ」

 

PC椅子に座り、検索し始める。

 

「エンキ…古代シュメールの最高神であり、同じ最高神であるエンリルと並ぶ存在か」

 

【エンキ】

 

地の王と呼ばれ、バビロニア神話では都市エリドゥの守護神『エア』としても知られる神。

 

エンキは世界の創造者であり、知識および魔法を司る神と言われる。

 

地下の淡水の海であるアプスー(ギリシャ語ではアビス※深淵、奈落)の主とされた。

 

アッカド人による称号は水の家の主と呼ばれる。

 

また、人類に文明生活をもたらすメーと呼ばれる聖なる力の守護者と呼ばれる存在。

 

後期バビロニアの文書『エヌマ・エリシュ』にも神々の父アプスーとエンキが描かれていた。

 

「深淵…奈落…水…」

 

彼の脳裏に浮かぶのは、辿り着いてしまった原初の海である混沌の羊水世界が浮かび上がる。

 

「アプスーの孫がエンキ…エンキは人間に魔法と知識を授ける啓蒙の神…」

 

――ルシファー…なのか?

 

「ルシファーがアプスーの孫なら、アプスーから生まれた最初の息子って?」

 

「ルシファーの父は、大いなる神だ。ならばアプスーとは…大いなる意思?」

 

「つまり…尚紀は世界権威や大貴族達からルシファーと同一視されているってこと?」

 

「冗談じゃねぇ、悪いジョークだ。それにルシファーは二本角の悪魔だ」

 

「だからより一角獣に近い貴方がエンキとして持ち上げられているのかも…?」

 

「…笑えねぇな」

 

「エンキって神様がどうしてそんなに世界中の偉い人らから尊ばれてるニャ?」

 

「今調べる…」

 

手紙が送られてきた大貴族達とエンキに関連する項目を調べていく。

 

封蝋の紋章が頭に浮かんだ彼はそれを頼りに検索していった。

 

「何か分かった?」

 

「エンキを模した一角獣やエンリルを模した獅子は、世界の王族や貴族の紋章として使ってるな」

 

向かい合う獅子と一角獣の紋章は世界の権威から愛されてきた存在。

 

日本の天皇家や英国王室の紋章、ロスチャイルド家等も使用してきた。

 

「それに鷹の紋章も人気よね。ローマを象徴する鳥ですもの、ローマ帝国の名残だと思うわ」

 

「つまりはこの招待状は…尚紀へのゴマすりなのかニャ?」

 

「イギリス王室紋章の下にはフランス語でこう書かれている」

 

――神と我が権利。

 

「…私の権利の行使は、神が行使するのと同じっていう意味だと思うわ」

 

「ようは神の権威を振りかざしたい欲望の現れだろうな」

 

「なら自分達が崇拝する神がこの世に現れたなら、対等な関係を築きたくもなるわね」

 

「皇帝や王権ほど神の権威を振りかざす。恐れ多い存在であり不可侵だと示して皆を従わせる」

 

「なんか急に人間臭い浅ましさを感じるようになってきたニャ」

 

「くだらない…どれもパスだ。知らない奴らに神様扱いされるなんざ、ケツがむず痒くなる」

 

「でもどうして尚紀が住んでる住所までバレたのかしらね?」

 

「……監視されているのかもな」

 

「ぶ、物騒だニャ…オイラ怖くなってきたニャ」

 

「危害を加えてくるなら探し出してぶちのめす。ゴマすりぐらいは無視していればいい」

 

PCを消し、風呂と歯磨きを済ませて部屋を暗くする。

 

ベットの中で目を瞑っていたが、エンリルとエンキの事が気になって中々寝付けない。

 

「エンキはユニコーンや、神社の吽像のような一角獣だけじゃない。()()()()()()()()()()だ」

 

変わらないのは、エンキの横で獅子として描かれたシュメール最高神エンリル。

 

「エンリルとエンキの戦い…旧約聖書のルーツの神話なのか?ヘブライ天使は()()()()()()()?」

 

強引に目を瞑って眠ろうとしていたが、最後に全ての手紙に共通して書かれていた文が頭を過る。

 

「無(完全)へのハシゴの道はきたれり…7つの星が降り立つ時、我らの願いは成就される…」

 

――二匹の蛇に祝福を、三日月と太陽に祝福を、混沌に祝福を。

 

――我ら神の光に照らされし、啓蒙の民なり。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

季節は3月を迎え、給料を振り込まれた尚紀は給料分の金を銀行で下ろして買い物に向かう。

 

両手一杯に持たれたスーパー袋を携えて向かった先は、中央区北側である台東区の上野公園。

 

ここはホームレスが大勢暮らす場所であり、彼が東京に帰ってきてホームレス生活を送った場所。

 

公園の入口に入った彼を見つけた古巣の住人の1人が声をかけてきた。

 

「いつもすまないね…残された我々のために巣立った君が毎月支援してくれるだなんて…」

 

「気にしないでくれ米さん。無趣味な俺は小遣いが余って仕方ないんだ」

 

「遊びたい盛りの若者なのに…本当に優しい子だよ。ここのボスも君に会いたがってるよ」

 

ホームレス社会では見つけた場所に勝手にテントを張るのはご法度である。

 

そこを仕切るボスに許可を得るという慣習があった。

 

公園の中を歩いていくと、ここを仕切る男が声を掛けてくる。

 

「お?尚紀じゃないか!今月も悪いな…」

 

怖そうなボスだが、同じ辛さを背負う仲間を見捨てない義理人情家として知られる人物。

 

ホームレス達は彼を慕っており、ボスと呼んでいるようだ。

 

「藤堂さん、久しぶりだな。あんたの好きな酒とツマミもあるぜ」

 

「流石このホームレス上野公園のメシアだ!お前には助けられっぱなしだな…」

 

「気にするな。あんただって、ここに流れ着いた俺を助けてくれただろ?」

 

「それはそうだが…周りからボスと言われる俺なんか大した支援も出来ない恥ずかしい存在だよ」

 

「そんな事はない。ホームレスとしての生き方を教えてくれた恩を、俺は一生忘れることはない」

 

「尚紀……」

 

「借りは返す…そうだろ?」

 

「そうか…へへ!湿っぽいのは酒の席ではやめとこうぜ!オーイ!尚紀の差し入れだー!!」

 

持ってきたスーパー袋の中身は飲料や酒、それに食料品や医薬品といった品々ばかり。

 

ホームレス経験のある尚紀には、彼らが何を必要としているのか分かっている。

 

ボスが周りに声を掛けていき、古巣の住人達が大勢集まってきたようだ。

 

ちょっとした宴会のようになり、彼も安酒のビールをボスの横で飲んでいた。

 

「今年も寒い季節だ。この公園も何人残っているんだ?」

 

「入れ替わりで減っては増えの繰り返しだ。地域生活移行支援事業が始まったのが救いだな」

 

「ここに残ってるのは古株ばかりか。新しいテントを張るのも…今は行政の目があるからなぁ」

 

「そういう連中よりも今日を寝る場所を探す…かつてのお前のような奴らが流れてくるんだ」

 

「…あいつのような連中か?」

 

尚紀の視線の先には、擦り切れたビジネススーツを着た初老前の男性がいる。

 

「ああ、あいつも最近流れてきたんだ。だけどな…変な事を言う奴なんだよ」

 

「どういう風に?」

 

「あいつなぁ…悪魔と関わるのが嫌になって落ちぶれ果てたんだってさ」

 

悪魔と関わった存在だと聞かされた尚紀の表情が変わる。

 

「…少し席を外す」

 

立ち上がり、周りから離れた場所で渡された酒を少しずつ飲んでいる男に近づいた。

 

「ちょっといいか、あんた」

 

「えっ…?わ、私に何か…?」

 

「聞きたいことがあるんだ」

 

隣に座り、彼の分として蓋が開いていない安酒を渡す。

 

親切にしてくれる彼に少しだけ心が開いたのか、かつての自分を語ってくれたようだ。

 

「私は国際金融会社を創設し、平民から富裕層に成り上がったんだ」

 

「どれぐらいの規模の金融屋だったんだ?」

 

「日本だけでなく欧米経済界にも名を知られるまでに成長した程だったよ…」

 

「へぇ、それは立派なもんだな」

 

「立派なものか。幼い頃に虐待を繰り返され…喜怒哀楽が欠如していたから金融に進めた男さ」

 

金融界とは血も涙もない弱肉強食の世界だと彼は語る。

 

社会的弱者を食い物にしても良心が痛まないからこそ、彼はこの道を進む事が出来たという。

 

「金融は情を捨てなければならない地獄。それでも成功出来た私に…声をかけてきた連中がいた」

 

「声をかけてきた連中だと…?」

 

世界の富のほとんどを牛耳っている富裕層は8000人~8500人。

 

男もそのうちの1人になれたために関わる羽目になったのだと教えてくれた。

 

「奴らは…有り余る資本で政治家から諜報機関、経済界、マフィアに至るまで支配出来る…」

 

男の体が震えだす。

 

何かおぞましい記憶を掘り出す事に耐えられない緊張感を感じさせる。

 

「資本主義構造世界だからこそ可能な投資の糸…()()()()()()()だ」

 

「その連中が…お前が言っている悪魔なのか?」

 

儲かるとわかれば平気でテロリストにも金を貸すし武器も渡す悪魔。

 

意図的にカオスを撒き散らし、企業がダメージを受け社長が自殺すればゲラゲラと笑う悪魔。

 

「あの国際金融資本家共は……()()()()()なんだ!!」

 

恐怖心に耐えられなくなり、興奮しながらまくし立ててくる。

 

麻薬から武器弾薬、臓器売買、マネーロンダリング…あらゆる儲け話を裏から支配する存在。

 

違法だが世界を代表する8500人を法律で裁く事は不可能。

 

「法とは奴らのために生み出される…資本主義がそうさせる……あぁ恐ろしい!!」

 

「おいっ!!」

 

ガチガチ震えだした男にミネラルウォーターを持ってきて飲ませて落ち着かせる。

 

冷静さを取り戻そうが、唇が震えながらも出会ってしまった国際金融資本家を語ってくれる。

 

「私は…出会ってしまった…奴らに…()()()()()()()共に…」

 

「ルシフェリアンだと…?」

 

「ルシファーを神と崇める…悪魔崇拝者という…人の心無き悪魔共ッッ!!」

 

――ユダヤの皮を被った()()()()……カナン族の末裔共にッッ!!!

 

……………。

 

上野公園を出ていく尚紀の姿。

 

彼は語ってくれた内容のところどころを呟きながら歩く。

 

「ルシファーやバアル神に捧げる儀式…血の中傷…リチュアル・マーダー(儀式殺人)か…」

 

震えながらも語ってくれた内容を歩きながら思い出す。

 

拉致されてきた子供達を凄惨な虐待をして生贄にする儀式、リチュアル・マーダーのこと。

 

男もやれと脅されたが、自分の子供時代の虐待の記憶が蘇り拒否して逃げたこと。

 

この時の儀式の様子などはビデオに撮られ共犯者扱いで歯向かえないこと等だ。

 

男が築き上げた栄華の人生が終わりを告げた恐ろしい過去の内容を尚紀は知る事が出来た。

 

「その後は仕事にも就けなくなり…精神も病んでしまい…トップの富裕層からの転落か」

 

金融業界、イルミナティ、悪魔教団、一つ一つが線で繋がっていく感触を彼は感じている。

 

「世界を金融支配する国境なきグローバル・エリートと言う名の悪魔崇拝者連中…」

 

こういうのに詳しいと言えば、尚紀が知る限りではニコラスしか思いつかない。

 

今日の日付を思い出し、土曜日ならBARマダムにいるだろう事は判っている。

 

家に帰り、フォーマルスーツに着替え終えた彼はタクシーを拾い銀座に向かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日付もそろそろ変わりそうな時間。

 

やってきた尚紀は豪華な扉を開けて中に入店する。

 

相変わらず店内は非日常を味わえる上流階級の社交場空間が広がっているようだ。

 

しかし、そこで楽しんでいた日本を代表する富裕層達の光景に異変が生じた。

 

「…何だよ?」

 

店内に入っていた客が全員尚紀の方に視線を向け、談笑光景が止まってしまう。

 

「……神だ」

 

富裕層の身なりをした男の呟きを合図に、大勢の客達が彼の元に集まってきた。

 

「おいっ!?」

 

政財界の大物達が彼の前で平伏し、仰ぎ見ながら神を賛美する光景が広がってしまう。

 

まるでカルト宗教団体のようにも見えるかもしれない。

 

「啓蒙の神よ!自由と平等のメシアよ!我らに神の光をお与え下さい!!」

 

「我ら皆、貴方様が支配すべき民であり信者!決してメシア様を裏切りません!!」

 

「イルミナティに祝福を!神の信徒達に祝福をーッ!!」

 

皆が尚紀にハンドサインを向けていく。

 

悪魔崇拝と関係していると言われるコルナサインやメロイックサインを形作り信仰心を示す者達。

 

おぞましい光景を前にした尚紀も背筋が寒くなっていく。

 

「ナオキ君!!」

 

知っている声の方に振り向く。

 

ゲストルームの扉前に立っていたのはニコラスとニュクスだ。

 

身勝手に崇拝してくる者達の横を通り過ぎようとした時、カルト連中の顔に違和感を感じた。

 

(なんだ…?よく見れば医療用眼帯をしている奴が多いな?)

 

()()()()()()()()()のような跡を眼帯で隠している人物達がチラホラ見えたようだ。

 

ニコラスとニュクスに促されながらゲストルームに入っていく。

 

席に座った彼に向け、店主として申し訳ない表情をニュクスは浮かべるのだ。

 

「ごめんなさい尚紀…貴方を不快にさせてしまったわ」

 

「あいつらは…何なんだ?」

 

「彼らは政財界の大物達であり、()()()()()()()している世界規模の団体に属している者達よ」

 

「メイソンメンバー達だ。イルミナティが世界を管理支配するために使っている末端連中さ」

 

「やはり詳しいな、ニコラス?教えてくれ、フリーメイソンとイルミナティについて」

 

溜息をつき、長い話になるからとニュクスに酒を注文する。

 

「フリーメイソンとイルミナティは、切っても切れない()()()()の秘密結社だ」

 

フリーメイソンという秘密結社をヒエラルキーで語れば頂点部位こそがイルミナティ。

 

グランドロッジ支配者たるグランドマスター地位に昇り、初めて開かれる領域だと語られる。

 

「友愛団体のフリーメイソンと政治屋であるイルミナティとの間に繋がりがあるとは考え難いな」

 

「確かにフリーメイソン理念とイルミナティ理念は似て非なるものだ」

 

メイソンは宗教を尊ぶが、イルミナティは知識主義故に宗教を蔑視する。

 

「それでも従ってしまうのは…この世が資本主義だからさ」

 

「フリーメイソンはユダヤの団体なのよ」

 

その歴史、段階組織、公式任命、暗号、そして解釈は始まりから終わりまでユダヤに基づく。

 

そのように語った存在が19世紀の米国を代表する改革派ラビの中にいたとニュクスは語る。

 

「イルミナティにトップリーダーはいるのか?」

 

「最高指導者はいない。1つの思想を目指し、理想を追求する同志故に各国で代表者が生まれる」

 

「まるでユニオン(組合)だな」

 

「あながち間違いではない」

 

「あんたはヨーロッパ歴史の生き証人だ。イルミナティがいつ頃現れたか、分かるだろうか?」

 

「イルミナティを語る上では、()()()()()()()という秘教を語らねばなるまい」

 

【グノーシス主義】

 

1世紀に生まれ、3世紀から4世紀にかけて地中海世界で勢力を持った宗教・思想。

 

キリスト教から派生し、異端宗教として扱われる。

 

物質と霊の二元論を唱え、自己の本質と真の神についての認識に到達することを求める思想だ。

 

代表的なグノーシス宗教としてマニ教、カタリ派、ボゴミール派が存在する。

 

グノーシス主義には反宇宙的二元論が提唱されているという。

 

否定的な秩序が存在する世界を認めないという思想、あるいは実存の立場をとっていた。

 

そのためか、我々が生きているこの世界を悪の宇宙、あるいは狂った世界だと考えている。

 

原初には真の至高神が創造した善の宇宙があったと捉える思想がグノーシス主義なのだ。

 

グノーシスの神話では、原初の世界は至高神の創造した充溢(プレーローマ)として語る。

 

至高神の神性(アイオーン)の一つであるソフィア(知恵)は、神を生み出す。

 

その神名は『ヤルダバオート』あるいは『デミウルゴス』と呼ばれる…唯一を望む狂った神。

 

ヤルダバオートは自らの出自を忘却しており、自らのほかに神はないという認識を有している。

 

ヤルダバオートの作り出した世界こそが、我々の生きているこの世界であると唱えられていた。

 

「アプスー…ソフィア…そしてヤルダバオート…あるいはデミウルゴスの名を持つ狂った神…」

 

「グノーシス派は、大いなる神こそ真のサタンだと考えるのよ」

 

「ルシファーこそが真の神であり人類の父親たる啓蒙の神であると信じているようだ」

 

「政治的組織団体として結成されたのはいつ頃何だ?」

 

「1776年にバイエルン選帝侯領のインゴルシュタットで創設された説が代表的だな」

 

大学教授だった()()()()()()()()()()()()と学生のサークルがイルミナティの始まりという説。

 

彼らは政治的イデオロギーに支配され、秘密結社を生み出したと言われる。

 

「アダム・ヴァイスハウプト…?そいつらはどうなっていったんだ?」

 

「彼はフリーメイソン幹部でもあったが弾圧を受け…イルミナティは解散に追い込まれた」

 

「散り散りになったイルミナティは、アダムの力によってフリーメイソンに招き入れられたのよ」

 

「アダムはその後、我が祖国のフランス革命の際にジャコバン党と共に革命を指揮した」

 

「その後のロシア革命へと続く、イルミナティの闇の歴史が始まっていった時代だったわね…」

 

「イルミナティの教義は共産党に受け継がれたって聞いたことがあるな…」

 

「彼らのやり口は()()()()()()()()()()()事だ。その光景はソ連型社会主義の歴史が語ってきた」

 

「暴力革命…恐怖政治…全ては大いなる神の支配が及ばない理想郷を産むためにか?」

 

「ある意味、狂った唯一神が産んだ()()()()()()だったのだ。グノーシス主義の思想で言えばね」

 

「何故そんなに詳しいんだ?」

 

ニコラスは大きく溜息をつき、思い出したくもない過去を語っていく。

 

「私も誘われたからだ…フリーメイソン内部にいるイルミナティメンバーからな」

 

「まさか…ニコラス?」

 

「私はその話を断った。奴らは私の知識が欲しかったようだが、私はグノーシス主義派ではない」

 

「イルミナティの目的は何だと思う?あの1・28事件にも奴らが噛んでやがった」

 

「地球という大自然を守るために…我々ゴイム(非ユダヤ)を間引く…()()()()()()さ」

 

「人口削減計画だと…?」

 

「君は米国ジョージア州()()()()()()()を知っているかね?」

 

1980年に突然現れたこの石碑は、未だに誰が何の目的で建てたのかわかっていない。

 

だが、そこに刻まれた10のガイドラインは明らかに増え過ぎた人類への敵意に満ちていた。

 

「いったい…どれぐらいの人間を殺すつもりだ?」

 

気分を悪くしたように眉間にシワを寄せながらも、その数を語ってくれた。

 

「……()()()()()にするまでだ」

 

あまりにも現実感を感じさせない内容を聞かされた尚紀。

 

驚愕した顔つきで立ち上がり、激昂したまま口を開く。

 

「馬鹿な!?地球人口は2019年で77億人なんだぞ!?72億人も殺すつもりかよ!!」

 

「彼らはそれが必要だと決めている。そのためなら戦争だって起こすだろう」

 

――光と闇の最終戦争…ハルマゲドンでさえも利用するだろう。

 

「ふざけるな!!俺達の戦争が起これば…もはや全ての人類が死滅してもおかしくない!!」

 

「生き残るための準備と地球再生の準備はしてきているだろう。むざむざ自滅の道を歩むものか」

 

「ルシファーとイルミナティが選んだ…5億人の選民しか生きられないのか?」

 

「もっとも…ルシファーだけが人類を間引きたいと考えているとは限らない」

 

「え…?」

 

「人類は…あまりにも悪魔に支配され、堕落し過ぎた。もはや大いなる神も許すまい」

 

「ま…まさか……?」

 

――この地球は天使達に()()()()()()()()()されるかもな。

 

拳が握り込まれ、震えていく。

 

かつてのボルテクス界において、人修羅として生きた嘉嶋尚紀は最終戦争を望んだ筈。

 

そのために全てのコトワリ神を滅ぼし、無限光を破壊する結果を残した悪魔。

 

それなのに、流れ着いた世界で迷いが生まれてしまっている。

 

「ナオキ君…この世界に現れた悪魔よ。君はハルマゲドンを望むかね?」

 

「俺は……」

 

――望むなら、君が守りたい人間達はみんな…滅びるのみだ。

 




読んで頂き、有難うございます。


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87話 時女一族

宗教絡みの世界を代表する秘密結社であるフリーメイソンとイルミナティ。

 

それ以外にも世界的に有名な宗教絡みの秘密結社が日本に存在している。

 

その名は()()()()()()()()()()であり、正式名称は八咫烏陰陽道という。

 

初代天皇であるカムヤマトイワレビコ(後の神武天皇)の神武東征を導いた神鳥が関係している。

 

神鳥ヤタガラス神話からその名を採用された秘密結社なのだ。

 

西暦744年の時代、聖武天皇の密勅により丹波国で結成したのが始まりだという。

 

古代氏族の賀茂氏の一部が日本における神道、陰陽道、宮中祭祀を裏で仕切るとされる組織。

 

宮中祭祀を裏で操るという事は、太古の日本の最高権力を裏から実質支配していたも同然である。

 

しかしヤタガラスは江戸後期、徳川家定の時代から幕府や朝廷が次第に遠ざけられていく。

 

陰陽道やヤタガラスの祭祀儀礼に頼らなくなったため、 ヤタガラスの影響力は退潮傾向に進む。

 

続く明治時代ではヤタガラスとは縁が無い薩長土肥出身者が主導する明治政府が弾圧を行う。

 

神仏判然令や神社合祀令、天社禁止令、修験禁止令等の形で直接間接的に虐げてきた。

 

大日本帝国憲法が公布される頃には解体寸前まで追い込まれるほど衰退の危機に瀕したという。

 

しかし、それでもヤタガラスは生き残った。

 

神道とは違う国家神道を国教として明治政府が生み出した際に取り込まれていく形となった。

 

衰退を乗り切ったようだが、それもつかの間の繁栄。

 

戦後、GHQ占領軍の神道指令や境内地の接収、国家主義団体とみなされたからだ。

 

結社の解散などの社会政策や神社本庁創設による神社界の締め付けが行われる事になる。

 

それが原因でヤタガラスの財力や影響力は戦前よりもまして大きく削がれ零細化。

 

だがそれでも今日まで生き残り、日本を影から動かしていると言われていた。

 

これ程までにヤタガラスが必要とされるのは、日本の象徴である天皇家を支えるため。

 

神国である日の本国には、闇に跋扈する魑魅魍魎たる存在が太古の時代から数多い。

 

その存在を討伐するための()()()()()()()()()としても彼らは利用されていくのだ。

 

神社、寺、隠れ里…あらゆる場所にヤタガラスの構成員は存在していると言われている。

 

そのヤタガラスが影響を及ぼしている隠れ里の一つを、今回は見てみよう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

季節は6月。

 

ここは関東に存在している秘境地域。

 

車では訪れることが出来ない程にまで山奥に存在している。

 

深い森の奥にまで続く道を徒歩で歩くことで秘境地域に訪れることが出来るだろう。

 

道が開けてきた時見えたのは、規模の小さな集落。

 

ここは地元の人々からは霧峰村と言われている里。

 

時女一族と呼ばれる女の一族が統治を行う集落であった。

 

……………。

 

苔むした杉林の中の石段を昇る3人の少女達。

 

神の門である鳥居を潜り、山の上にまで伸びる石段が続く世界は異空間のような神域を思わせる。

 

「ハァ…ハァ…どれだけ伸びてるんだろう…この石段?」

 

前髪を切り揃えたセミロングヘアをヘアゴムで纏めている少女は息を乱しながら上り続ける。

 

「ウフフ♪ちゃるは街での生活をしていたから、まだまだ体が田舎暮らしに慣れないですか?」

 

薄緑の後ろ髪、長い前髪を真ん中分けにした少女は微笑みながら共に昇っていく。

 

「便利な暮らししてたから、こう不便だと体が鈍ってるんだなぁ~て思うよぉ~すなおちゃん」

 

「もう少し登ったらつくからね」

 

美しく長い黒髪をツインテールにしている少女が2人を先導しながら語る後ろ姿。

 

「この山の上にある神社に用事があるんだよね?どんな神社なの静香ちゃん?」

 

「神社の名前はないの。だから霧峰村の名も無き神社と呼ばれてるわ」

 

「名前が無い神社?どうしてそんな所に…あのお婆ちゃんの用事があるんだろうねぇ?」

 

「御子柴様の任務だとしか伝えられてないから…行ってみないと分からないわ」

 

「悪鬼の魔獣と戦う時女の使命以外にも、何かやらないといけないのかなぁ?」

 

「これは最重要任務。日の本を象徴される天皇陛下の勅命に等しい責任があると言われたの」

 

「えぇ~っ!?そんな重要過ぎる任務…何で私達に任されるんだろう?」

 

「それは名も無き神社に現れると言われる、ヤタガラスの使者に聞くしかないですね」

 

長い階段を上りきり、二体の狐像が守る神社にたどり着いた3人が辺りを見回していく。

 

「ヤタガラスの使者は決まった参拝方法を行わないと現れないみたいですね」

 

「静香ちゃん、やり方を知ってる?」

 

「大丈夫、ちゃんと聞いているから私のやり方に従ってね」

 

手水のやり方、拝のやり方を静香の真似で行う。

 

鈴鐘を決められた回数鳴らし、礼を行った3人が顔を上げた。

 

「…誰も現れないけど?」

 

「おかしいわ…確かにこういうやり方だって教わったはずなんだけど…?」

 

考え込むポーズをとる静香だが、不意に女性の声が木霊する。

 

<<よく来ましたね。日の本を守る任務を果たす、若き()()()()()()()達>>

 

3人は後ろを振り向く。

 

鳥居を背に立っていたのは、漆黒の女性着物を着た人物。

 

カラスの如き漆黒の御高祖頭巾(おこそずきん)を目深く被り、素顔は伺えない。

 

顔立ちや女性着物を見る限り、女性なのは間違いないだろう。

 

「び、びっくりしたぁ~…狐様の像が喋ったのかと思ったよぉ~」

 

「若い人ですね…?もっと年配の人が来るのかと思いました…」

 

「私がヤタガラスの使者です。貴女が時女本家の時女静香ですか?」

 

3人娘がヤタガラスの使者に近寄っていき、一族を代表する静香が2人の前に出る。

 

「はい、そうです。御子柴様よりヤタガラスの任務を受けよと申し渡され、馳せ参じました」

 

「霧峰村はヤタガラス傘下の集落。その地で活動する巫たちは悪鬼討伐以外にも使命があります」

 

「仰せつかってます。我々は常に、日の本の利益を守らなければならない立場です」

 

「待って下さい。質問しても良いですか?」

 

静かの横にまで来たすなおが緊張した面持ちで質問を繰り返す。

 

「土岐すなお、ですね?何でしょうか?」

 

「私達はヤタガラスの使者から与えられる重要任務を受けるのは初めてです」

 

新参者たちに国防の最重要任務を任せるという異常な采配。

 

不安になるのも仕方がないだろう。

 

「ヤタガラス内部でも揉めた案件です。しかし、時女に任せよと()()()様達が仰られました」

 

「三羽烏…?その方達のお言葉は…天皇陛下の勅命に値する程なのですか?」

 

「その通りです。表の天皇陛下が在るのなら、三羽烏様は()()()()陛下達です」

 

ヤタガラスについて詳しくは聞かされていない静香達もこれには驚く。

 

天皇と呼ばれる存在が二つあったなどと言われたら、今までの概念が崩れてしまうからだ。

 

「そ…そんな存在が日の本にいただなんて…」

 

「学校の授業でもTVでもやってないから…知らなかったよぉ~」

 

「時女をヤタガラスの大鳥様達が信頼してくれるのは誇りです。それで…任務内容とは?」

 

「あ、私も質問していいかなぁ~?」

 

同じく静香の横まで来たすなおがにこやかに質問する態度。

 

ヤタガラスを前にして無礼にはなっていないかと時女一族本家の嫡女も心配になってくる。

 

「もーっ!2人とも興味津津なのは良いけど、ここは時女の私の顔を立てて欲しいわ!」

 

「フフ、仲がよろしいのですね。貴女は最近この村に来て巫となった広江ちはる…ですね?」

 

「はい、そうです!質問は…ヤタガラスってなんなんですか?」

 

場が暫く沈黙する。

 

まさかヤタガラスを知らないまま訪れる者が来るとは思われなかっただろう。

 

時女の者として恥ずかしさがこみ上げてくる静香が真っ赤になってちはるに振り向く。

 

「そこから説明になる…?すごく長くなりそうだし迷惑だってちゃるったら~!」

 

困った微笑みを浮かべるヤタガラスの使者ではあるが、皆に説明してくれる気になったようだ。

 

「ヤタガラスとは、かつては超國家機関と呼ばれ、この国を影から守り抜いてきた存在です」

 

「超國家機関?振るい時代から国防をやってきた存在なのかな?」

 

「そうです。陛下の御身や、神民である日の本の民を守り抜く任務を行ってきました」

 

「どうしてその存在をオープンにしないんですかぁ?」

 

「我々は秘密結社。秘密主義であり、その存在を公の場に晒す事は古来より許されません」

 

「魔法少女である時女の巫が、村の外に秘密を持ち出す事を禁じられてるのと同じなのよ」

 

「じゃあ、時女の巫達はヤタガラスの構成員になるんだね?」

 

「その通り。ヤタガラスは霊的国防任務を任されてきた存在であり、多くの退魔一族を抱えます」

 

「時女の霧峰村だけでなく、日本中に傘下となる退魔師の一族を抱えて導いてきた人達なのよ」

 

「ふ~ん…時女の巫達だけじゃなかったんだねぇ~悪鬼と戦ってきた人達」

 

「時女の巫には巫の、他の退魔師一族には他の倒すべき驚異が存在していたと伝えておきます」

 

「役割分担ってやつだねぇ。それで、私たち全員を総括して日の本を守る裏組織がヤタガラス!」

 

「飲み込みが早いですね」

 

「えへへ…♪私、探偵に憧れてるんです!宿無し探偵等々力耕一って知りません?」

 

胸につけた等々力耕一のバッチを見せて胸を張る。

 

どうやら探偵ドラマグッズのようだ。

 

「2人とも、ヤタガラスのお姉さんが困ってるからそこまで~!」

 

ごほんと咳き込み、改めてヤタガラスの使者に向き直る静香である。

 

「此度の任務、それは1・28事件と深く関わる人物を見つけ出すことです」

 

「…時女の里にまで轟きました。首都で起きたあの悲惨な事件と関わる人物の捜索依頼ですか?」

 

「捜索依頼!?うわ~探偵の仕事だよ等々力さん!」

 

「ちゃるはバッジに話かけない!それで、その人物の特徴や潜伏先の目星は?」

 

「見た目は少年ですが、人間ではありません。魔法少女さえも凌駕する力を持った…悪魔です」

 

悪鬼ではなく悪魔。

 

始めて聞く霊的存在を語られた事もあり、静香達の表情も不安に包まれていく。

 

「あ…悪魔?少年の姿をした…?」

 

「もしかして…その悪魔という存在が悪鬼である魔獣とは違う…霊的驚異?」

 

「えーっ!?役割が違うよね?私たち巫は悪鬼の魔獣と戦う役割分担じゃなかったの…?」

 

「大鳥様が時女を信頼してくれてるんだから良いの!すなお、ちゃるの口を抑えててくれる?」

 

「あーっ!もっと知りたいのにぃ!!」

 

後ろから口を両手で抑えられ、モゴモゴしながらも黙ってくれたようだ。

 

「見つけ出して…どのように対処すればよろしいのでしょうか?」

 

すなおは対処という言葉を聞いた途端、顔を俯向けてしまう。

 

「討伐依頼ではありません。彼を見つけ出し、我々側に迎え入れる説得を試みて欲しいのです」

 

「その彼…いいえ、悪魔を私達と同じく日の本を守る霊的国防を担わせるつもりですか?」

 

「それだけではありません。彼の()()()()()()()が…ヤタガラスは欲しいのです」

 

ヤタガラスの使者が語るには、人修羅として生きる尚紀の権威は世界最高峰だと伝えられる。

 

天皇陛下や裏天皇であるヤタガラスの三羽鳥をも超えていると言われた。

 

「彼の存在はもはや現人神。世界を象徴する程の権威を日の本に与えてくれるでしょう」

 

「日の本の皇帝であらせられる陛下を超える程の…権威ですか?」

 

「それが神の権威です。神を超える権威はこの世に存在しません」

 

「モゴモゴ…悪魔だったり神様だったり、謎が深まるばかりだよぉ…等々力さん」

 

「その彼を祀り上げて、日の本を世界に名だたる神国にしようと大鳥様達はお考えですか?」

 

「そのように考えておられます。()()()()()()が世界にある限り、彼の権威は揺るぎません」

 

皇帝教皇主義は古くから世界に存在し、皇帝は宗教の長として考えられている。

 

皇帝の言葉はそれ程にまで重くあり、国家間戦争さえ皇帝の発言次第では軟化出来る程だ。

 

世界を束縛出来る程の権威を司る存在こそが神であり宗教であった。

 

「権威って…そこまで人々に強く影響を与えるんですね」

 

「宗教権威は神の権威、神の権威は皇帝の権威、故に英国王室や欧州貴族も神の権威を欲しがる」

 

「それを世界に先んじて我々日の本が手に入れる…政争の世界ですね」

 

「ですが…政治とは切り離された天皇家を支えるヤタガラスが政争に加わるというのですか?」

 

「天津神族の血族たる天皇陛下は、日の本の国家元首として世界に招かれます」

 

「国家元首…?陛下は政治とは切り離されてる筈なのに…?」

 

「建前では否定しても、世界の政治的脈絡の中に取り込まれているのが神族の現実なのです」

 

「神様の説得だなんて…私達に務まるのでしょうか?」

 

「そうだね…私達は悪魔と呼ばれる存在とさえ出逢ったことがないのに…」

 

不安になる2人に振り向き、決意を示す静香の姿。

 

「やるしかない。この任務を成功させたら、時女が日の本の世界権威に大貢献した事になるわ!」

 

静香の決意に促されるかのようにして、2人の仲間達も頷いてくれる。

 

「日の本の未来を思う、貴女がた時女の強い使命感に委ねます。期待しますよ」

 

ヤタガラスの使者が静香に歩み寄り、懐から古風な伝令書を取り出し彼女に渡す。

 

中身を確認した静香が顔を上げ、ヤタガラスの使者に確認を取る。

 

「長期任務になりそうですね。ヤタガラスが彼を重要視している証拠だと思います」

 

ヤタガラスの使者から尚紀についての情報を伝えられる。

 

東京で探偵として暮らしてきたようだが、今は仕事の関係で神浜市に赴く時間が多いという。

 

「貴女達は神浜市に赴き、彼と接触を試みてもらえないでしょうか?」

 

「え~!その人って探偵さんなの!?どうしよう…本職の人とお話出来るなんて!」

 

「コラちゃる!遊びじゃないんだから、はしゃいじゃダメですよ」

 

「神浜市での潜伏先は水徳寺の和尚に任せています」

 

「その人は…私達の事情を知っている人物だと判断しても大丈夫ですか?」

 

「彼はヤタガラスの構成員ですから、巫の秘密が漏れても大丈夫です」

 

「あ、あの…私とちゃるは学校があります。学校に通っていない静香は分かりますが…」

 

「そうだよね…すなおやちゃるは両親を説得しないといけないわね…」

 

「学校の方は我々が対処します。それに親族達は時女と関わる者である以上、我々を拒めません」

 

「け、結構です!ヤタガラスの名を出さなくても…私がちゃんと両親に話ますから!」

 

「それに静香ちゃんは都会生活大丈夫?世間知らずだって自分でも理解してると思うけどぉ?」

 

「うっ!そ、それは…出たとこ勝負になるかも…」

 

「少し時間を頂けないでしょうか?長期任務になりますし、私達にも準備が必要です」

 

「彼の監視だけなら神浜に近い集落で暮らしている時女分家の巫たちにお願いしておきます」

 

「分かりました。なるべく早く合流出来るようにします」

 

「全ては日の本の安寧のために。時女はヤタガラスと共に、これからも歩んで参ります」

 

「必ず彼をこの国の大いなる神として迎え入れるのです。現御神(アキツミカミ)信仰のために」

 

ヤタガラスの使者に深々と頭を下げた3人の少女は下山していく。

 

その後姿を見つめながら、視線を山の下に広がる平地に移す。

 

眼下には夕焼けに染まる美しい霧峰村の光景が見えた。

 

「この集落を見ていると…ヤタガラス傘下にかつて存在した()()()()を思い出しますね」

 

――霧峰村は槻賀多村と同じく…おぞましき()()()()が行われる里です。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ヤタガラスの使者である若い女性がこの霧峰村と関わる前に調べたヤタガラス内部資料がある。

 

時女集落という外界より隔離された地域。

 

人工衛星からの上空写真には写らず、携帯電話の電波も圏外という人里離れた山奥にある。

 

静香の実家である時女家の本家を筆頭とし、神官として神子柴家が強い発言権を持っている。

 

この集落では、魔法少女の存在が一般人にも認識されている。

 

魔法少女を巫(かんなぎ)、魔獣を悪鬼、グリーフキューブを悪鬼の魂魄と呼ぶ。

 

日本の暗部を担う存在であり、警察や政治家等との裏での接触を除いて外部との交流は殆どない。

 

「時女一族が国の政財界にまで影響力を及ぼす程の存在となれたのは、神官たる神子柴の手腕」

 

――いいえ、巫という生贄によって生み出されてきました。

 

神官である神子柴が霧峰村に訪れてより始まった祭祀が存在する。

 

契約を司るヘブライ天使たるインキュベーターを用いて行う、國兵衛神楽ならびに巫の儀。

 

それは少女達を魔法少女へと誘う契約儀式。

 

本来魔法少女となる少女は、願い事を考えさせるのがインキュベーターのやり方であるのだが…。

 

「この村で生まれる魔法少女達は、己の願いを自分で決める権利は存在しません」

 

神官たる神子柴が願いの内容を決めてしまえる不公平な儀式内容。

 

これがどういう結果を生み出せるのか、少し考えたら分かる。

 

()()()()()…大いなる神の与える、ただ一度の奇跡を無敵の政争道具にしてしまえる」

 

これが実現すれば、日本にもたらされる欧米支配のあらゆる不平等条約の改正が可能となる。

 

だが、行き過ぎた国家主義による不平等条約改正が行われた形跡はない。

 

それがどういう事を意味しているのか、ヤタガラスの使者ならば考えられる。

 

「神子柴は欧米裏権力と通じている。特に…ヘブライ民族たるユダヤと強い結びつきがある」

 

日本人である神子柴が何故ユダヤと深い結び付きがあるのか?

 

それは太古の日本に渡来してきたとある民族を辿れば分かるかもしれない。

 

また、ヤタガラスの若い使者は巫達が不可解な消失を繰り返す現象にも疑問をもつ。

 

「巫となった少女はヤタガラス構成員となり、神子柴を窓口として霊的国防を行ってきました」

 

しかし、時女の魔法少女たちの末路は不可解だ。

 

円環のコトワリに導かれて消えてはいないという。

 

19歳の魔力減退期を迎えた手練の巫がある日いなくなっている。

 

また、戦いの才能がなかった弱い巫達がある日を境にして消えていく。

 

公式には悪鬼と戦って命を落としたという事にされている。

 

しかし、巫達の中には悪鬼に殺されてはいないと叫ぶ者の姿もあった。

 

異を唱える巫さえも、その後の姿を見た者はいない。

 

悪鬼に打ち負かされ、円環のコトワリに導かれたとして片付けられてきた。

 

実に不自然であった。

 

「ヤタガラス内部でも強い影響力を持つ神子柴。そのやり口はあまりにも非人道的…」

 

それでも、ヤタガラスはそれを否定する事は出来ない。

 

現に彼女の奇跡の悪用が日の本に利益を与えてきたからだ。

 

神子柴の生贄儀式による恩恵を考えていると、彼女にとっては祖母となる人物を思い出す。

 

同じヤタガラスの使者として生きた人物が語ってくれた大正時代での出来事。

 

ヤタガラス傘下の一族の中には、時女一族と似た秘密主義の集落が存在していた。

 

「生贄儀式を用いて日の本に恩恵をもたらす事を考えたのは…神子柴だけではありません」

 

ヤタガラス暗殺集団として、かつては君臨した第八巫蠱衆。

 

その者達を率いた槻賀多家も神子柴と同じ事をしたからだ。

 

人間の道徳よりも、日本の社会正義たる大義を優先するのが秘密結社ヤタガラス。

 

それ故にヤタガラス傘下の一族がどれだけ非人道的行いをしようが手を出さない。

 

ヤタガラス内部の問題事で済む程度の規模ならば黙認してきたようだ。

 

<<ホッホッホッ。槻賀多家とは懐かしい言葉を聞けたものじゃの>>

 

怪しい老婆の声が木霊する。

 

ヤタガラスの使者は気配に気がつくことが出来なかったみたいだ。

 

「ワシを連中と同じにするでない」

 

後ろを見ると、そこに立っていたのは神子柴家の紋が付いている柄のない着物を着た老婆の姿。

 

「良心に邪魔され、娘を虫人たる()()()()()()()とする事に耐えられず滅びた愚者共とはのぉ」

 

槻賀多家の娘を子供を産めない虫人達の供物とする。

 

それと交換する形で用意されたのが、蟲を操る第八巫蠱衆にとっては必殺の暗殺兵器。

 

その蟲の名は()()()()と呼ばれ、暗殺対象の運を喰らい自然死させる恐ろしさを誇っていた。

 

だが、我が娘を生贄として与え続ける事に耐え切れず、槻賀多家は滅びる事となった。

 

「…腕は衰えてはいないようですね、神子柴。気配に気が付きませんでした」

 

「ワシは策を巡らせる者じゃが、本来は魑魅魍魎と戦ってきたヤタガラス内部の退魔師じゃ」

 

腕の衰えは寿命を縮めるため、この老婆は政の間でも鍛錬を疎かにはしてこなかったようだ。

 

「貴女が奇跡を利用して国とヤタガラスに恩恵を与えるなら、我々は貴女の儀式を邪魔しません」

 

これからも日の本のために尽くすという神子柴の態度だが、怪訝な表情を浮かべてくる。

 

「それと…ワシはお前さんの口から妙な言葉を聞いてしまってのぉ?」

 

ヤタガラスの使者に神子柴が歩み寄ってくる。

 

「ユダヤと繋がりをもつだの、行方不明者となった巫がいるだの、根掘り葉掘り勘ぐる」

 

「……………」

 

「最近の若い使いの者達の流行りなのかのぉ?」

 

ヤタガラスの使者の横で立ち止まり、黒い御高祖頭巾に耳打ちする言葉を放つ。

 

「井戸を覗き込み過ぎると奈落へ落ちて死ぬ。秘密結社では当たり前の常識」

 

――この村の暗部に触れようものならば、ヤタガラスの使者とて容赦はせん。

 

「ワシの可愛い()()の餌食になりたくなければ…この村と深く関わるでない」

 

脅迫されたようだが、ヤタガラスの使者は無言のまま平静を保つ。

 

「此度の依頼を葛葉一族から奪う為に、財界に金をばら撒いた故に財政も落ち込んでしもうた」

 

それだけの価値があるものなのかと神子柴は問うてくる。

 

「1・28事件に関わった悪魔は、紛れもなく世界権威を象徴する程の神なのは間違いないです」

 

この世界に流れ着いた人修羅と呼ばれる悪魔は神と呼ばれるようになった。

 

古代シュメールにおいては地の王と呼ばれ、バビロニアにおいては天空神と呼ばれる神。

 

啓蒙の光を与えし最高神エンキ(エア)だと。

 

「ルシファーのルーツかもしれん悪魔が現れる…長生きはしてみるもんじゃの~ホッホッホッ」

 

両手を腰に回し、年齢を感じさせない足取りで石段を下りて去っていく怪しい老婆。

 

見送るヤタガラスの使者の口元に見えたのは…不敵な笑みだった。

 

「神子柴、せいぜい悪巧みを続けなさい。貴女と我々の利害は一致しています」

 

神子柴がヤタガラスの掌の上で踊るだけの愚者で居続ける限り、ヤタガラスは関知しない。

 

ヤタガラスが時女一族に救いの手を差し伸べる事はないという事だ。

 

神殿に飾られた巨大な提灯に火が灯り、大きな鴉紋を浮かばせていく。

 

日が沈んで暗くなる境内を鴉紋の光が照らす頃には、ヤタガラスの使者の姿も消えていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

闇深き集落たる霧峰村。

 

しかし、外界からの訪問者にはそれを感じさせない程この地域は自然に育まれた豊かな土地。

 

自然を愛する人達に愛されるだろう美しき村なのだ。

 

この村で暮らす巫の中には、そんな雄大な自然に囲まれて暮らす事を愛する者がいる。

 

その1人が今、山間の森の中に入りこんでいた。

 

両手に持たれているのは魔法の狙撃銃と思われるライフル銃。

 

山の狩人であるマタギ、あるいはソ連軍服を思わせる魔法少女衣装を身に纏う人物。

 

オレンジのショートボブをした魔法少女が身を潜めているようだ。

 

風下に向かい腰を屈め、木の陰に隠れながら少しずつ動物に接近。

 

狙うは関東に溢れてしまった外来種である鹿の仲間として知られるキョンだ。

 

100メートル程の距離にまで接近してライフル銃を構える。

 

息を大きく吸い込み手ブレを抑えながら狙いをつけ、引き金に人差し指をかける。

 

森に銃声が響き、鳥達が飛び立っていった。

 

「キョンの生息圏が村にまで伸びてしまってからというもの、数が増えてきてるでありますな」

 

独特な口調をするマタギ魔法少女が仕留めた獲物に歩み寄る。

 

ベテランからも狙い辛いと敬遠されがちなキョンの頭部を見事に撃ち抜いていたようだ。

 

「麓の村で肉を仕入れるのもここからでは一苦労。ジビエは貴重なタンパク源となるであります」

 

幾つもの山菜やキノコ、それに獣肉を手に入れた少女は森から出て村に帰っていく。

 

向かった先はめし処もロクに見当たらない霧峰村で唯一賑わいを見せている飯処だ。

 

「やぁ、旭ちゃん。今日のキョンはサイズが大きめだね」

 

「今日の我の成果であります。皮を剥いで解体するので、裏を借りても良いでありますか?」

 

「構わないよ、解体した肉と皮は買い取ろう。キョンの毛皮は高級品だから麓で売れるからね」

 

キョンを店の裏にある解体場に持ち運んで帰ってくるが、何やら悩み顔を浮かべている。

 

「う~~ん…」

 

「どうしたんだい?」

 

「夕飯をどう食べようかと歩きながら考えていたのでありますが、決められなかったであります」

 

「ローストはどうだい?沢山食べて健康的な体つきになってくれ。村の男達も喜んでくれるよ」

 

「セクハラであります。我は色恋沙汰よりも自然世界で役に立つ体つきになりたいでありますね」

 

「発想が完全にマタギだね…。流石は霧峰村を代表するマタギ少女な三浦旭ちゃんだ」

 

獲物を手早く解体して肉を店主に持ち込み調理してもらう。

 

席に持ってきてもらった肉料理を食べながら店内を見渡す。

 

「今日は静香殿やすなお殿、それにちはる殿の姿が見えないでありますな?」

 

「彼女達は神子柴様の任務のために、今は麓の街に買い物に行ったりアルバイト生活さ」

 

「買い物やアルバイト…で、ありますか?」

 

「静香ちゃん達は長期任務に向かう事になったんだ。大都会で滞在する事になるが…問題もある」

 

「…静香殿ですな?」

 

「静香ちゃんは村でも有名な世間知らず。都会に行ったら右も左も分からないからねぇ…」

 

「明かりも持たずに夜の森を歩くようなものでありますな…」

 

「旭ちゃんは大都会生活には憧れないのかい?」

 

「ちっともであります」

 

「旭ちゃんは自然愛好者だね。何も無いところだけど自然だけは美しい場所だから離れたくない」

 

「その通りであります。我は明日も森に狩りに出かけるであります」

 

後日、昨日の森の中には旭の姿。

 

山のルールと共に生きるマタギである彼女は、生態系を壊さない範囲で狩りを行う。

 

冬眠から目覚めたクマが人里に来る前に仕留めたりもしているようだ。

 

巫たる魔法少女として生きるだけが彼女の本意ではなかった。

 

簡易的に作ったマタギ小屋に干してあった山菜を取りに向かっていた時、何かを感じる。

 

「…またであります」

 

何処からか視線を感じてしまう。

 

獣ではないし、人間でもなく悪鬼である魔獣ですらない視線。

 

森の中で幾度も感じていたようだ。

 

「…敵意は感じられないのでありますが、気になるであります」

 

きっと森の精霊が見守ってくれているものだと考えるようにして、歩みを再会。

 

彼女が超えていく木々の上の方に視線を向けていくと、何やら小さな存在達が浮かぶ。

 

魔法少女ならば姿を視えるかもしれないが、高い場所にいたためか気が付かれなかったようだ。

 

「あー、今日もあの子が来てくれたよーシルフ」

 

緑色の体をした小さな人形存在が子供らしい口調で喋る。

 

顔はなく、特徴的な渦巻き模様を描く頭部をしていた。

 

【コダマ】

 

古多万と書く樹木に宿る精霊。

 

山で人の声を反響させる山彦と同一視されている。

 

木霊が返る等というように、元来山彦は木霊の力の1つであったといわれる存在。

 

八丈島や青ヶ島には、木霊の宿る樹を伐ると祟りがあるという伝承が多く残されているという。

 

そのため森の伐採時は必ず1本残して木霊を祀って供養するといわれた。

 

シルフと呼ばれた存在が近くに飛んでくる。

 

「コダマー、私は人間の男の人と恋愛がしたいわけ。あの子は女の子だって分からない?」

 

金髪の美しい長髪をもった色白少女のような小さな見た目だが、その背には妖精の羽根をもつ。

 

「分からないなー、人間の顔ってみんな同じに見えるもん」

 

「それ、あんたが言うの?」

 

シルフから見れば、コダマ達も全員同じ顔にしか見えていないようだった。

 

【シルフ】

 

16世紀になり錬金術師のパラケルススにより、風の属性を司る精霊として位置づけられた存在。

 

シルフは風のイメージに相応しく、自然的な存在と超自然的な存在の間にあるものとされる。

 

美しく華奢な乙女の姿をとり、女性名詞のシルフィードと呼ばれる事もあった。

 

人間の男と恋をして結ばれれば不死となるといわれ、人間に恋愛感情を抱く者だと伝わっていた。

 

「全く、あんたは地霊だけど子供みたいな性格が治らないんだから」

 

「でも好きだなーあの子。だって僕達が暮らす自然を愛してくれるもん」

 

「そうねぇ、その部分だけは100点あげてもいいかもね」

 

「自然は人間がどんどん穢していくし、僕達も悲しい。あの子も悲しいよね?」

 

「人間なんてその時によって考え方を変える風見鶏が多いし、あの子も分からないわよ」

 

「人を疑い深いね~シルフって」

 

「当たり前でしょ?特に…あの子が暮らす村の長がやってる悪行を見たことある?」

 

「見た事ないよ~」

 

顔に恐怖が表れたままシルフは語っていく…この村の暗部の光景を。

 

「あの子と同じか、成人が近そうな女性の死体をね…()()()()()()()()()のよ」

 

「えーっ!?それ、ほんとなのー?」

 

ビックリするコダマではあるが、渦巻き顔のため驚いてるのかどうかは判断出来ない。

 

「ええ…少し森を離れて夜中の川沿いを彷徨いてた時に私見たのよ…それも何回も」

 

「じゃあ、川底は大変な事になってるねー。だってあの川、()()()がいるもんねー」

 

「きっとあの子と同じ魔法少女達の死骸が…イソラに喰い散らかされて埋め尽くされてるわ」

 

「人間って酷い連中もいるし良い子もいるしよく分からない。シルフは魔法少女を信じられる?」

 

「そうねぇ…もし私達の自然を目の前で破壊される光景をあの子が見て…怒ってくれるなら」

 

「シルフ、仲魔になってあげたい?」

 

「分からないわ、だってあの子は女の子だもん。あ~~…本当に惜しい」

 

旭に視線を向けていたシルフとコダマは木の枝から飛び立ち、木々が生い茂る森の空を飛ぶ。

 

周りの木々からもコダマと同じ存在が飛び立ちながら住処である森深くへと帰っていった。

 

大自然。

 

それは人間に感動を与える程美しくもあり、時には人間に牙を向けてくる恐ろしい存在。

 

それ故に世界中で古くから信仰の対象となってきており、自然の中に神を見出されてきた。

 

自然崇拝は本来の神道であり、古神道と呼ばれる。

 

だが、今ではキリスト教と変わらない神の家のような社を立てるように様変わりしてしまう。

 

また西洋の魔女達も自然学者であり、近代魔術の父もまた自然を愛する登山家だと知られていた。

 

誰もが皆、自然の中に畏敬の念を感じずにはいられないゆえに信仰され続ける。

 

自然世界に存在する神々は自然神と呼ばれて崇拝されてきたが、一神教がそれを弾圧してきた。

 

貶められてきた自然神達は後にこう呼ばれるようになっていく。

 

悪魔と呼ばれる存在だと。

 




読んで頂き、有難うございます。


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88話 ヤタガラスからの使者

あいも変わらず物件探しを行っている尚紀の姿が街に見える。

 

結果は散々であり、人気物件エリアで事務所を探す選択肢以外も必要だと感じているだろう。

 

現在は中央区の辺りを彷徨い歩いていたようであった。

 

「東出身の丈二の選択肢で西側がありえないのなら、後はこの地域ぐらいだろうなぁ」

 

神浜市中央区は街最大の商業区であり、東西のどちらにも属さない中立地帯と言われている。

 

この区が外資系企業が集中する商業区であるため企業のブランディング価値も高い地域なのだ。

 

働く人々も神浜住民だけでなく他県や外国人の就労者も多く存在している特色ある地域性。

 

神浜市民に根強く残る差別アイデンティティとは無縁の流れ者達が多い。

 

そのお陰で中央区は東西の争い事とは関わらない緩衝地帯としての役割を担ってくれていた。

 

「これだけの外資系企業が集まる地域は、東京で言えば港区や千代田区の規模だろうなぁ」

 

外資系企業のオフィスが入る様々な高層ビルが軒を連ねる神浜経済心臓部の街を歩き続ける。

 

高層ビル群を見上げ、神浜市ランドマークタワーである電波塔が見えてきた時だった。

 

「むぅ!?」

 

急に体の前から小さな衝撃が襲いかかる。

 

電波塔を見上げていたせいで誰かとぶつかってしまった事に気がついたようだ。

 

「すまない、大丈夫か?」

 

目線を下ろしたがアイラインにはぶつかった人物が入り込まない。

 

もう少し視線を下ろしたら小学生かと見紛う程の小さな女子生徒がいたようだ。

 

「おい!天下の往来で余所見しながら歩いてたら危ないだ…ろ?」

 

「…どうした?俺の顔に何かあるのか?」

 

前髪を切り揃えた緑のミディアムヘアをした少女が彼の顔を見上げながら凝視してくる。

 

(…けっこう、イケメンだな!)

 

少女の脳内でラブストーリーの王道光景が妄想されてしまう。

 

曲がり角で運命の相手とぶつかる事によってリア充が約束されるご都合展開が広がっていく。

 

そんな都合の良い妄想世界が脳内で広がっていたのだが、彼がそれに付き合う理由はない。

 

「って!?おい!無視して去る気かーっ!?」

 

「謝っただろ?」

 

「そういう問題じゃない!その…なんだ!他にもアタシに言う事あるだろ!」

 

追いかけてきた彼女が尚紀を見上げるがグルグル目のまま赤面中である。

 

喋る言葉も要領を得ない内容であった。

 

「か弱い少女とぶつかったのなら…ええと…お詫びにお茶に誘ったり…紳士的に交換日記とか…」

 

「チンピラのマネごとか?ぶつかった程度で俺から強請ろうってつもりなら、いい度胸だ」

 

「そ、そうじゃない!ええと…くあ~~っ!上手く表現出来ん自分が憎い~っ!!」

 

(何なんだ?この情緒不安定なリスザル女は?)

 

美丈夫の男性を前にすると上がり症な自分に地団駄を踏み続ける姿が続く。

 

憤慨していたところに中学生ぐらいの女子生徒が割って入ってきたのである。

 

「みゃーこ先輩、大丈夫そ?怖そうなお兄さんが相手なら、あーしがナシつけてあげるけど~?」

 

長い金髪ロングヘアーをツインテールにした中学生ぐらいに見える。

 

ギャル語と思われる独特な喋り方をしてくる存在まで現れた事もあり彼も困惑していく。

 

「お前何処から現れたんだ!?アタシは別に絡まれてるわけじゃ…」

 

「俺がこいつに絡まれてるだけだ」

 

「みゃーこ先輩のリア充案件?結構イケメンの人だし~語彙力無くなるでしょ~みゃーこ先輩♪」

 

「ウルサイ!お前のギャル語の方がもっと解りづらいぞ、衣美里!!」

 

「丁度いい、年上なんだしこいつの面倒見てやってくれ。俺は出張でこの街に来てるから忙しい」

 

「年上じゃない!アタシの方が年上だーっ!!アタシは花を恥じらう18歳なんだぞー!!」

 

「随分小さい高校3年生がいたようだな?俺は行くからギャルの相手でもしていろ」

 

踵を返し去っていく後ろ姿を見ながらみゃーこ先輩と呼ばれた人物は膝が崩れてしまう。

 

「またフラれた…どうしてアタシの春の訪れを邪魔するんだーっ!?うおぉおぉ~~ん!!」

 

滝のような涙を流す光景が続くが、これが日常なのか後輩は笑顔で慰めてくれたようだ。

 

「ドンマイ、みゃーこ先輩♪それに、あれはフラれてすらないから遠吠えはやめぽよ♪」

 

……………。

 

歩きながら可笑しな2人組みの事を考えていく。

 

「あの2人…魔法少女だった。それにみゃーこってのはもしかして…都ひなのの事か?」

 

魔法少女社会に探りを入れていた時に知った存在であったが顔まで分かるわけではなかった。

 

(それと…おかしな2人組はあいつらだけじゃない…)

 

尚紀の背中を追うように歩いてくる2人組の少女達の姿が遠くに見える。

 

後ろの存在を意識する彼は歩く歩調を変えたようだ。

 

尾行に気が付かれたのかと後ろの2人が慌て始める。

 

立ち止まったり寄り道したりと尾行してくる相手の嫌がる行為を繰り返す。

 

彼が尾行を専門としている探偵だからこそ逆をする事も出来るようだ。

 

路地裏に入る彼を追うようにして2人も入ろうとしたようだが姿が消えていた。

 

「いませんね…涼子さん」

 

「あちゃー…やっぱりあたしら気が付かれてたんだよ」

 

「尾行を巻かれてしまいました…」

 

「悪鬼や巫なら魔力で探せるんだけど…あの男、魔力を感じさせないってのが厄介だよ」

 

「一度戻りましょう。水徳寺の静香さん達と相談した方がいいですね」

 

去っていく2人の少女達。

 

少しして路地裏隣の塀を飛び越えて尚紀が現れる。

 

「あの魔法少女共は何なんだ?2日前からこの街で俺を尾行してきやがる…」

 

考えるとしたら魔法少女の虐殺者に向けての報復だろう。

 

「あいつらは東京の魔法少女じゃなさそうだ。感じたこともない魔力をしてやがった」

 

それ以外を考えるとしたら、東京テロの時に見かけた報道ヘリの事が頭を過る。

 

「世界に俺の存在がバレちまうってのは厄介なもんだぜ…」

 

危害を加えてこないなら手紙を送ってくる連中と同じく無視をするようだ。

 

夏用仕立ての黒スーツに衣替えした尚紀は路地裏の奥へと消えていく。

 

これは彼がこの街での生活で初めて魔法少女と関わる事になってしまう物語となるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

参京区の水徳寺。

 

寺の縁側ではスマホが突然鳴り出した事に慌てふためく静香の姿が目立つ。

 

「きゃあーっ!!すまほが鳴り出した!?これで通話するってどうやればいいの!?」

 

秘境規模の田舎育ち故に便利道具さえも奇怪な反応をしてしまう。

 

「ほら、この通話表示のここの部分を横にスライドさせるんだよぉ」

 

「すらいど?それってどういう意味?」

 

「そこからなの…?」

 

「この板切れみたいなのを耳に押し当てたら通話出来るんじゃないの?皆はそうしてたけど…?」

 

「ちかさん達の報告だと思います。私がやってみせるから、それを真似すればいいんです」

 

静香からスマホを受け取りスライドボタンをスライドさせて耳に当てる。

 

「は~…あれで本当に電話出来てるなんて、未だに信じられないわ」

 

「せっかくちかちゃんと一緒にスマホを手に入れても、先が思いやられる反応だよぉ」

 

興味津々な姿ですなおの姿を見つめるばかりの田舎娘。

 

そんな静香の姿を見つめるちはるは神浜市に訪れた時の静香の姿を思い返す。

 

あれは少し前の出来事だ。

 

中央区の駅ホームに降り立つ3人の魔法少女達の姿がそこにはあった。

 

「うわー…なんて数の人だろうねぇ。地方では見られない光景だよぉ」

 

大都会ならではの混雑ぶりに目を丸くするちはるの横では田舎娘の慌ただしい反応が続く。

 

「な…なんで皆こんなに歩く速度が早いの!?それにどっちに歩けば駅の外に出られるわけ!?」

 

「落ち着いて、静香。出口表示はあっちが出口って書いてあります」

 

「なんで出口に行くのに表示がいるわけ!?まるで洞窟探検よ!」

 

「それに…こう人が多いと、人間の悪意ばかり感じて気分悪くなるよぉ」

 

「そうですね。後ろの人達…静香がオロオロして進行止めると苛立ってるのが伝わってきます」

 

2人を呼び止めた静香が混雑の流れから外れるよう促してくる。

 

どうやら長旅のせいで尿意を催したようだ。

 

「私…お手洗いに行きたい…」

 

「あっちがトイレみたいですよ?」

 

「大丈夫?私がついていようか?」

 

「トイレぐらい独りで出来るわよ!ここで待っててくれていいわ!」

 

少しして、2人のもとに赤面しながら走ってきた静香の姿が現れる。

 

「ちゃる~!すなお~!なんで都会のトイレはこんなに混雑してるの!?」

 

グルグル目のまま慌てた静香をなだめながらも何があったのかを確認していく。

 

「水を流すぼたんって何っ!?押し間違えてトイレが怒ったの!お尻に水鉄砲浴びせてきた~!」

 

ウオッシュレットトイレ1つでこの騒ぎ。

 

大声で騒ぐ田舎者達の光景を見た周りの人達からは白い目線を向けられる始末。

 

静香の保護者のような立場をやっている2人は恥ずかしさを隠せないようであった。

 

「都会の人はなんでこんなに息苦しいんだろう…。まるで他人を拒む檻の中での生活みたい」

 

どうにか改札口までたどり着いた3人がICカードを改札口に当てて精算していた時だった。

 

「あ痛っ!?」

 

静香だけが改札口の赤い表示を灯して引っかかっている。

 

「なんで私だけ通せんぼされるの!?アイシーかーどってのを翳したら出られる筈じゃないの!」

 

「残高不足みたいですね?静香ちゃんチャージしなかったの?」

 

「ちゃーじって何…?3枚揃えたら攻撃力が上がるとか?」

 

「そこからの説明になるんですか…?」

 

改札口前で慌ててしまう静香達。

 

進行を滞らせる者達に対し、後ろの人達はイラつきを彼女達にぶつけてくる有様だ。

 

どうにか改札口を出た静香達は大都会である神浜市中央区に歩み出てくる。

 

「はぁ…疲れたわ。私達…本当にこの窮屈で息苦しい都会生活を送らないとダメなのね」

 

しょぼくれながら周りを見渡す田舎娘の視線の先には見慣れない景色が広がっている。

 

圧迫感すら感じるだろう無数の高層ビル群が広がる光景に不安を感じてしまう表情を浮かべる。

 

そんな静香に少しでも都会生活に慣れてもらおうと肩慣らしとして神浜観光に向かうのである。

 

「この商店街…凄い人だかりよ!?私…商店街はシャッター通りのイメージが浮かんでたわ」

 

「地方の商店街は軒並み潰れて郊外の大型店舗にお客さんを吸い取られるもんね…」

 

水徳寺にたどり着き、今日の買い出しを和尚に頼まれた3人は外に向かって行く。

 

「スーパーが24時間営業ってどういうこと!?働いてる人達はいつ仕事から帰れるの!?」

 

行くとこ行くとこで大騒ぎを起こす静香の姿に付き合わされる仲間達も苦笑いしか浮かばない。

 

夜も更けてくればまた大騒ぎが始まるだろう。

 

「見て見て!!深夜なのに街の明かりが消えないわ!信じられない!まるで不夜城よ!」

 

都会生活に静香を慣れさせるのは前途多難であると2人は悟ったようであった。

 

現在に戻り、遠い眼差しをしていたちはるだったが電話を終えたすなおの方に振り向く。

 

「そう…気が付かれて巻かれてしまったのね」

 

魔法少女でも一筋縄ではいかないところは流石神様なのだと痛感し、静香は考え込む姿勢となる。

 

「ヤタガラスの情報で見たんですが、嘉嶋尚紀という名を名乗る男の人でしたよね?」

 

「名前と見た目の特徴だけを頼りに広い街を宛もなく探し続けるというのも効率が悪いわね」

 

物事には因子と因果関係がある。

 

先を予言することは不可能だが過去の傾向から起きる事を予測する事は可能だとちはるは語る。

 

胸のバッチを握り、等々力耕一の探偵心得を自慢したかったようだ。

 

「ちゃるの言う通りよ。彼は物件探しで神浜の街を彷徨いているのだから、やりようはあるわ」

 

「物件屋さんの前で網を張っていれば接触出来るチャンスかもしれませんね」

 

「えへへ♪宿無し探偵等々力耕一の探偵心得があればどんな捜査も進展するんだよぉ♪」

 

意見を褒められて照れながら後頭部をかくちはるであるのだが水を差す言葉が送られる。

 

「でも…この広い街で物件屋さんといっても数多くありますよ?」

 

「こちらも人員が限られている以上は、全てに張り込み人員を割くわけにもいかないわね…」

 

至極ごもっともな意見を2人に返され、肩をガックリ落としてしまうちはるであった。

 

「私たち時女の巫は魔法少女。この街の魔法少女社会との摩擦だけは避けなければならないわ」

 

「巫たち同士で争い合いが起こるのかなぁ?悪鬼の魂魄の取り合いなんて起きないと思うけど?」

 

「時と場合にもよるわ。魔法の力を持つ全ての巫達が…日の本社会に素直に従うとは限らない」

 

「縄張り意識の高い魔法少女社会を相手にする場合は…特にそうですね」

 

「私達はこの街の巫達とは関係ない者。密命のみを果たし、里に帰る事を目的に動くわ」

 

「相手が素直にこっちの言い分に従ってくれるかは未知数だよぉ」

 

「根気よく交渉を続けても最悪…今年が終わるかもですね」

 

「うぅ…早く霧峰村に帰りたい。大都会の水も野菜も不味いから…」

 

後日、静香達は神浜市外の分家集落からも可能な限り応援を呼び、網を張り巡らせる。

 

静香も張り込みに向かうのだが都会に不慣れな彼女のためにちはるとすなおも同行していた。

 

「網を張るのはいいけど、広く分散させ過ぎて隙間だらけだよぉ」

 

「しょうがないでしょ…人員は限られてるんだし」

 

「せめて彼がどの地区を重点的に訪れているのかが分かれば…良かったんですけどね」

 

静香達が中央区で網を張っている時、素っ頓狂な叫び声を耳にする。

 

<<そこの貴女達!何をコソコソと怪しいことをしているのですか!!>>

 

突然の大声で3人の肩がビクッと震え、慌てて声の主に振り向く。

 

見れば大きな薙刀袋に試合用の白樫薙刀を収めた黒髪の水名女学園制服少女がいる。

 

片手で薙刀の石突を地面に立て、仁王立ちで威圧的な視線を向けてくるのだ。

 

「貴女達はこの街の魔法少女ではありませんね?西側社会で貴女達を見たことがありません!」

 

「え…ええと…その……」

 

「余所者ですね!この不審者め!この街で不審行動をとる目的を言いなさい!」

 

「ど、どうしよう等々力さん!?気をつけてたのに…トラブルの方からやってきたよぉ!」

 

「彼女はこの街の魔法少女ですね。どうします…静香?」

 

「…説明する訳にはいかないわ。私達のとるべき行動は1つよ」

 

向かい合ってヒソヒソ声で相談し合う者達を見た薙刀娘はさらに的外れな勘繰りを始める。

 

「何をコソコソと怪しい!やはりこの街に悪さをしにきた魔法少女ですね!?神妙になさい!」

 

袋から薙刀を取り出して構えるよりも先に3人娘は一目散に逃げ出す有様だ。

 

「あ、待ちなさい~!!く~~っ!!逃げるとはちょこざいな!!」

 

両手を使い頭上で薙刀を回転させながら追いかけてくる。

 

「腕に覚えがあるなら!この竜真流薙刀術師範代の竜城明日香と尋常に勝負なさい!」

 

「ひぃ~!!あの子思い込みが激しすぎるよぉ!!」

 

「二手に分かれて逃げましょう!ちゃるは静香をお願いね!!」

 

分散して逃走し、明日香は静香とちはるの方に食いついてくる。

 

<私達はこの子を巻くから、すなおは引き続き張り込みをお願い!>

 

念話をすなおに送ったはいいが後ろを見れば体力自慢な娘がどんどん距離を詰めてくる。

 

路地裏に入った静香達は跳躍していく。

 

ちゃるの片手を引っ張りながら三角飛び蹴りを繰り返してビルの屋上へと移動するのだ。

 

「やりますね!ですが、その程度で私を置き去りに出来ると考えるのは浅はかです!」

 

明日香も続くようにして身軽な体術を駆使しながら追ってくる。

 

「時女の巫と張り合えるだけの見事な体術ね…。時女一心流の担い手として勝負したい…けど!」

 

「探偵は尾行が見つかったら逃げるが勝ちだよぉ!!」

 

屋上で繰り返されるパルクール追跡劇だったが静香がバランスを崩してしまう。

 

「きゃあーっ!!?」

 

朝に降った小雨で濡れていた屋上ネットフェンスに着地したのが運の尽きだったようだ。

 

「静香ちゃーん!!?」

 

静香は後ろに向けて体勢を崩し、落下して落ちていく。

 

<私は巫だから大丈夫!ちゃるは逃げて!!>

 

必死の念話を聞いたちはるは後ろを振り返る。

 

「お命頂戴~~!!」

 

「ひ~っ!!私も時代劇は好きだけど…勘違い暴れん坊将軍を相手するのは勘弁だよぉ~!!」

 

静香の指示通り迫ってきた明日香を相手に逃走劇を続けていく。

 

静香は地面付近に纏めてあったゴミの中に落下したようだ。

 

「イタタタ…柔らかい燃えるゴミで良かったわ。……けど」

 

辺りを見回してみるが土地勘が無いのでどの辺に来たのかは判断出来ない。

 

「ここ…この街のどの辺なのかしら?」

 

2人の仲間達とはぐれてしまった事もあり、不安がこみ上げてくる。

 

どうやら静香は慣れない大都会で独り迷子になってしまったようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

静香が不安そうに街を歩く光景が続いていく。

 

「どっちが北で南なの?知っている山に囲まれていないから、方角さえ分からないわ…」

 

彼女は中央区から大きく離れてしまったようだ。

 

地図アプリを使えば場所など直ぐに分かるのだが彼女はスマホ操作を理解すら出来ていない。

 

「お巡りさんに聞くのが一番よね…?何処かに派出所はないのかしら?」

 

霧峰村には派出所など存在しなかったので、どういう建物に警察がいるのかすら検討がつかない。

 

南に歩き続けた果てに栄区を超えてしまい、気が付けば海沿いの南凪区にまで迷い込む始末。

 

「参ったわ…中央区を目指していた筈なのに海が見えてきちゃった」

 

電話BOXを探してみたが携帯が普及した21世紀の現在では何処にも見当たらない。

 

途方に暮れてしまった静香は独りベンチに座り込み、どうしようかを考え込む。

 

すなお達に見つけてもらう以外になさそうな状況だと考え込んでいた時だった。

 

「見てあの子、きっと田舎者よ」

 

「ああ、何処となく芋っぽさがあるよね~」

 

流行が終わっているファッションやメイク、髪型をしている素朴な静香を嘲笑う女子学生達。

 

見た目が田舎者らしさを醸し出してしまっているせいで笑われてしまったようだ。

 

黙ってそれをやり過ごした彼女は嘲笑ってきた女子達の背中を見つめながら口を開く。

 

「やっぱり噂は本当だった…都会者は田舎者に冷たいって…」

 

都会で暮らす人々は過度な干渉を苦手に思う人が多く、近所付き合いをする事が殆どない。

 

田舎社会で生きてきた静香にとって都会の光景はコンクリートのように無機質に思えた。

 

「霧峰村は違ったわ…。近所付き合いや地元の人達との人間関係を大切にしてくれてた…」

 

野菜やお米は近所から無料で貰えたりするし、助け合い社会がまだ残ってくれていたようだ。

 

大都会の冷たさに苛立ちを感じてしまった時、かつて聞かされた母の言葉が脳裏を過っていった。

 

……………。

 

あれはまだ魔法少女になる前の頃。

 

母親から受ける稽古が終わった静香は向かい合うようにして正座している。

 

「静香、()()()()に囚われてはいけない大切さが分かる?」

 

「どういう意味なの母様?」

 

「世の中には様々な価値観がある。田舎と都会の人々の価値観の違いがいい例ね」

 

田舎者から見れば信じられないようなことをする都会の人々。

 

それでもそれが地域の人々にとっては普通の価値観だったりもする。

 

「そんな酷い人達の価値観が普通って…分からないよ私には。だってそんなのおかしいわ」

 

「己の常識や価値観を曲げずにいる事も大切よ。でもそれを他人にまで押し付けてはいけないの」

 

「どうしてなの、母様?」

 

「価値観の違いで拒絶ばかりを繰り返せば、人間社会は()()()()()()()()()()()()()()()()のよ」

 

思想が自由である民主主義国家には弊害もある。

 

皆の自由が尊重されれば互いの自由と自由がぶつかり合う争いが生まれてしまう。

 

それは国の社会秩序さえも脅かす事になるのだと静香の母親は語るのだ。

 

「私…人情こそが尊いものだって信じて疑わない!なのに人情も無い人まで尊重しろだなんて…」

 

「価値観の違いを拒絶するのではなく、()()()()()()()()()という風に相手を尊重するのよ」

 

それが無用な争いを回避出来る唯一の手段だと母親は伝えたいのである。

 

「日の本だけでなく、同じ自由主義国家である米国も同じ弊害を抱えているわ」

 

「米国も?」

 

「様々な人種がいても…白人街・黒人街・ヒスパニック街という風に自分達の縄張りを作ったわ」

 

これは価値観の違いによって起こる争いを避けるために生み出された()()()()とも言える現象。

 

互いの尊重社会とは異なる価値観がぶつかり合う争いを回避するための住み分け社会であった。

 

「それってようは…無関心社会じゃない!そんな社会が正しいって思えないわ…」

 

「社会学に正解はないの。民主主義も社会主義も弊害だらけな政治思想の世界なの」

 

何を選んでも人々は過ちを繰り返す。

 

時女一族とは、そんな社会を影から支えなければならない()()()()()()()の一族だった。

 

「そんな人間社会…理不尽過ぎるよ母様。私にはまだ…理解出来ないわ」

 

「時女の使命、それは自由民主主義国家たる日の本の安寧を支えること」

 

――そこには()()()()()()()()たる固定概念を作ってはならない。

 

――ただ日の本社会の安寧のみを支える秩序となるのよ。

 

真剣な表情で静かに時女の思想を語る母親の姿が目の前にいる。

 

まだ未熟な静香には理解し辛い考えであったが、母が間違った事を言う人でないのは知っていた。

 

「はい…努力します」

 

今の未熟な静香は渋々頷く事しか出来ない。

 

前提知識を持たない静香にも分かり易いよう、母親は例え話をしてくれる。

 

「武術の世界でも同じね。正眼で相手が武器を構えていても、必ず斬撃が来るとは限らない」

 

「そうね…突きもくるし組打ちもしてくるわ」

 

「臨機応変、これは固定概念を超えなければ得られないのよ」

 

「母様と勝負しても剣の動きが読めないところは思想にも応用出来たのね」

 

「皆が優しさだけで繋がりあえる、環のようになれる。崇高だけど所詮は()()()()()()()

 

「理想を追いかけるのは…ダメだと母様は仰るのね?」

 

「理想主義では問題解決には至れない。私達は犠牲を払おうとも()()()()()であるべきなのよ」

 

――それが秩序を支える者の考え方なのだと…心に刻みなさい。

 

……………。

 

「価値観の違いが争い事を産む。社会の安寧のためにこそ私達は有れ。母様…覚えてるよ」

 

気がついたら母親に言われた言葉を思い出すようにして呟いていたようだ。

 

そんな時、後ろのベンチに人の気配がするのをようやく気がついたのである。

 

「殊勝な心がけだな。今時のガキにしては政治や社会に目を向けられる珍しいタイプだ」

 

背中越しに声をかけてきた人物に反応して立ち上がり、後ろを振り向く。

 

見れば新聞を開きながら静香の言葉を後ろの席で聞いていた男の背中が見えた。

 

「私の話…聞こえてましたか?」

 

「田舎者らしい声の大きさで語るんだ、嫌でも聞こえてくる」

 

「ごめんなさい…静かに新聞を読んでいたかったんですよね?」

 

「気にしていない。むしろ興味がある話題は新聞よりもそっちの方だった」

 

新聞を閉じて立ち上がり、後ろに振り向いてくる。

 

彼を見た静香は驚きの表情を浮かべてしまう。

 

「あっ…貴方はまさか…?」

 

ヤタガラスからの情報と一致する外見をした男が目の前にいる。

 

神浜の街で尾行したり張り込みを続けてまで接触しようとした男は直ぐ後ろにいたようだ。

 

「どうした?俺の顔に何かあるのか?」

 

また絡まれるのではないだろうかと嫌な予感しかしない尚紀であるが予感は的中する。

 

「あの…つかぬことをお伺いしたいのですが?」

 

「言ってみろ」

 

「貴方は…嘉嶋尚紀さんですか?」

 

「…何故俺の名前を知っている?」

 

2度あることなら何度でも起こるかもしれない。

 

神浜市で生活を始めた尚紀にとって逃れられない魔法少女との関わりが始まってしまった。

 

……………。

 

その頃、明日香に追われていた広江ちはるはというと…。

 

「申し訳ありません!!ただの観光で訪れていた方々だったなんて!!」

 

平謝りしてくるのは先程まで薙刀を振り回して命を取ろうと暴れていた魔法少女である。

 

「話せば分かる人で良かったよぉ」

 

どうにか穏便に済ませる事が出来たようにも思えたのだが頓珍漢な態度を始めてくる。

 

「く~~っ!!自分の迂闊さが恥ずかしいです!!自害します!!!」

 

グルグル目をした彼女の突然の乱心劇。

 

ビックリしたちはるは慌てて止めに入る事態にまで持っていかれてしまうのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「お前達か?神浜市で俺の事をつけ回している連中は?」

 

不審な顔つきを向けてくる探し人に向けて静香は深々と頭を下げる礼儀を示す。

 

「無礼だったのは承知しております。それでも私達は…貴方様を見つけ出す必要がありました」

 

「俺を尾行し続けたお前たち魔法少女の目的はなんだ?俺への報復か?」

 

明らかに神に対する礼儀がなっていなかったのだろうと感じ取る。

 

苛立ちを見せる彼に誠意を示すために片膝を地面につき、跪いてしまう。

 

「大いなる神よ、本当に…申し訳ありませんでした」

 

「お…おい!?」

 

突然の光景が上手く飲み込めず、彼も慌ててしまう。

 

「重ねた無礼は…時女一族を代表する本家の者として時女静香が…謹んでお詫び申し上げます」

 

突然平伏してきた少女の姿を見かけた周囲の人々まで奇異な視線を向けてくる有様だ。

 

正体を偽りながら生きる社会人としての尚紀も流石にこの状況の恥ずかしさには耐え切れない。

 

「分かったから平伏するのをやめろ!」

 

「神である貴方様がお許しになるまで…私は頭を上げる訳にはいきません!」

 

何かの騒ぎなのかと周囲の人々も集まってくる。

 

ボタボタと嫌な汗が吹き出し、頑なな彼女をついには許すまで追い込まれてしまったようだ。

 

「俺も大人気なかったから顔を上げろ!それと、俺を神扱いするな気持ち悪い!!」

 

「では…何とお呼びすれば宜しいのでしょうか?」

 

後頭部を掻きながらそっぽ向く。

 

強情な娘に根負けしたのか、渋々名を名乗る事になったようだ。

 

「…嘉嶋尚紀で構わない。頼むから地面から立ち上がってくれないか?」

 

許しを得たのだと感じ取り、彼女も立ち上がる。

 

「…場所を帰るぞ」

 

目立つ場所を避けるため場所を大きく移動していく。

 

見つけた喫茶店の中に入り、ドアを閉めた勢いでドアベルが店内に響いたようだ。

 

「…いらっしゃいませ」

 

店番を務めていると思われる女子学生から声を掛けられる。

 

「2人だ。目立たない奥の席を使わせてくれ」

 

「どうぞ…」

 

参京院教育学園の制服の上からカフェエプロンを纏う人物が案内してくれる。

 

薄花色をしたショートヘアの少女に案内された2人は向かい合うようにして席に座った。

 

「珈琲二つくれ。それでいいな?」

 

「そ、そんな!嘉嶋さんにご馳走になってしまっては…時女本家の嫡女として…」

 

「俺を祀り上げるようなセリフを並べるのはやめろ。いいから二つ持ってきてくれ」

 

「判りました…」

 

カウンターの奥に入り、珈琲を淹れ始める。

 

珈琲が席に並べた後、店番をしている彼女はカウンターへと移動していった。

 

「落ち着いたか?」

 

渋々珈琲を飲み、歩き疲れた口の中を潤す。

 

喉の渇きも癒えたこともあり静香は重い口を開いてくれたようだ。

 

「改めてご挨拶します。私は時女静香…日の本を影から支える組織であるヤタガラスの使者です」

 

「ヤタガラス?」

 

「我々ヤタガラスは、嘉嶋さんを啓蒙の神たる最高神エンキ様ではないかと考えております」

 

時女静香と名乗る人物は誠意ある態度を向けてくる。

 

しかし尚記は頑なな態度を決して崩してはくれない。

 

「それは世界中の権威ある存在達も同じ考えなのだと…ヤタガラスは判断しているみたいです」

 

(やはり…俺を神として祀り上げて取り入ろうとする者達と同じ類か)

 

彼の眉間にシワが寄り、不審極まった顔つきになっていく。

 

「我々は貴方様を新たな現人神として祀り上げる用意があります。世界に大いなる神の権威を…」

 

「断る」

 

内容を把握した尚紀は即答する。

 

これ以上付き合う理由もなくなったようだ。

 

「そ、そんな!?まだ私…説明も終わってないのに!!」

 

「俺は生き神として祀り上げられるつもりなんてない。珈琲飲み終わったら俺の前から消えろ」

 

「日の本の祭祀を司るヤタガラスから祀り上げられる事がどういう事か分からないのですか!?」

 

「知ったことか」

 

「天皇陛下すら超えられる程の存在となれるのですよ!?」

 

「そんな権威に興味はない、失せろ」

 

一筋縄ではいかないというのはヤタガラス側も承知している。

 

この任務が根気のいる長期任務なのだと伝令書の内容を確認した静香も承知している。

 

それでもここまでの拒絶ぶりを見せられてしまい慌ててしまうのだ。

 

「俺の生き方は俺が決める。誰かに祀り上げられて神社の石像と同じ扱いにされたくはない」

 

「どうしても…ダメなのですか?これ程までの待遇を得られる存在なんて世界を探しても…」

 

「皇帝のような権威ある存在として華やかで豪華な人生を送ることに興味はない」

 

彼の望みがあるとすれば人間社会の安寧と平穏のみ。

 

それは彼の役目ではなく本来ならこの国の行政府の仕事なのだ。

 

説得は極めて難しいと判断した静香も黙り込む。

 

重苦しい空気に支配され、沈黙が場を支配していく。

 

不意に彼は視線を窓に移し、空を見上げたようだ。

 

「…人間社会の平穏は、政府も手を出せない存在に脅かされている。お前のような魔法少女にな」

 

魔法少女が人間社会に危害をもたらしていると知る者は少ない。

 

彼はそれを知る者であったのだと静香は驚愕したようだ。

 

「お前は知ってるか?俺が東京の闇社会の魔法少女界隈で…どんな通り名で呼ばれているか?」

 

「いえ……存じません」

 

「魔法少女の虐殺者……人の姿をした悪魔、人修羅だ」

 

それを聞かされた静香は驚きのあまり言葉も出てこない。

 

そんな情報はヤタガラスからは与えられてはいなかったからだ。

 

目の前にいる存在は魔法少女である自分にとっては()()なのだと絶句させられてしまう。

 

「丁度いい。ヤタガラスとかいう存在がこの国の裏側にいたのなら、お前らにも質問がしたい」

 

「な…何を知りたいのですか?」

 

「俺独りに東京の魔法少女社会を押し付けながら…()()()()()()()()()()()連中についてだ」

 

――日の本を守るとぬかす癖に行動が伴わない、欺瞞に満ちたクソッタレ組織の事を教えろ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

長い沈黙が続く。

 

威圧的に俯く彼女の顔に視線を送り続ける恐ろしい眼差しが責め立ててくる。

 

これが魔法少女の虐殺者の威圧感なのかと死線を超えてきた静香でさえ身震いに包まれる。

 

慎重に言葉を選びながら言葉を紡ぎ出す静香の姿が続くのだ。

 

「私達ヤタガラスは…外の巫社会に手を出さなかった。巫という社会脅威を…野放しにしました」

 

「何故お前達は傍観してきた?お前達が管理していたのなら、俺が虐殺者になる必要はなかった」

 

何か理由があるのだろうが、彼が納得するかは分からない程にまで険悪な表情を浮かべてくる。

 

「ヤタガラスに所属して悪鬼と戦う構成員たる退魔の一族は複数存在します」

 

そのどれもが秘匿された存在であり、公の場に現れ存在を示すことが許されない。

 

それが秘密結社に所属する一族の掟なのだと聞かされる。

 

「退魔一族共は人間達が魔法少女に危害を加えられても傍観するだけ?たいした愛国精神だな?」

 

「ヤタガラス一族は霊的国防を背負わされます。ですが…それぞれの一族に立場があるのです」

 

各々の一族が専門とする退魔の任務は基本的には不可侵。

 

魔法少女一族である時女一族も例外ではなかった。

 

「魔法少女一族だと言ったな?ならどうして同じ魔法少女の脅威を始末しに行かないんだ?」

 

「私達の里の政治、行政、祭祀を司る神官である神子柴様が巫討伐を許さないのです」

 

「何故だ?」

 

「我々が戦うべきは悪鬼である魔獣であり、同じ巫同士の殺し合いに戦力は割けないそうです」

 

「正義の魔法少女一族でありながらも役に立たない連中だな。他の退魔師一族も同じ態度か?」

 

「他の退魔師一族については神子柴様からお聞きした程度の知識しかありません」

 

静香は神子柴から聞かされている内容を話し始める。

 

かつては帝都と呼ばれた東京の守護を任されていた退魔一族についてのようだ。

 

ヤタガラスの退魔一族の中でも最強である()()()()について語ってくれる。

 

「その葛葉一族ってのは何をやってる?東京は外道に堕ちた魔法少女共に荒らされてきたんだぞ」

 

「葛葉一族は秘密主義を固く守る一族。私達も全容を聞かされたわけではないのですが…」

 

「何か含みがあるな?言ってみろよ」

 

「葛葉一族は…ある時期を境にして()()()()()()()()()()()()()と聞きました」

 

「ある時期を境にして…東京の守護から外された…?」

 

「その事件と関わりがあるかもしれない者の名前ぐらいしか分かりません。たしか…」

 

静香から聞かされた名を聞いた尚紀の目が見開いていく。

 

知らない存在である筈なのに何処かで出会った事があるような気にさせられる存在なのだ。

 

聞かされた帝都守護者の名とはヤタガラス最強の退魔師と呼ばれた人物。

 

大正の時代を生きてきた()()()()()()()()()()であった。

 

「ヤタガラスと葛葉一族との間で揉め事があったのだろうかと思いますが…詳しくは知りません」

 

葛葉一族も役に立たない。

 

魔法少女一族も役に立たない。

 

空白地帯となった東京だからこそ魔法少女が好き勝手に暴れる事が出来る魔都となってきた。

 

「葛葉一族はヤタガラス最強と言われてきましたが…今ではかつて程の威厳は無くなりました」

 

「ヤタガラスと揉め事を起こした一族だ。隅に追いやられても無理はないのかもな」

 

「それを象徴するのが葛葉四天王の中での葛葉ライドウの地位が落ちぶれ果てた事です」

 

葛葉四天王と呼ばれた始祖の高弟一族が存在していたと語ってくれる。

 

その中の一つであった葛葉ライドウは14代目を境にして継承者不足に陥っているという。

 

ライドウの名を継ぐべき者に恵まれず15代目から直ぐに代替わりをしていく有様である。

 

この調子でいけば遠からずに()()()()を数える程にまで落ち目の存在と成り果てているようだ。

 

「他の葛葉連中も東京には手を出せないか…ヤタガラスに飼われるだけの負け犬共め」

 

「同じ立場の私が言うのもなんですが…私だって…悔しいんです」

 

「言い訳がましいぞ」

 

「時女一族の矜持を考えたら…誰に止められようとも東京の人達を救いに行くべきでした…」

 

「今更そんな理屈を俺に言っても無駄だ。お前らの尻拭いなら俺がやってきたんだ」

 

「本当に…御迷惑をおかけしたと思います。ですが…何処か変なんです」

 

静香は納得いかない表情を浮かべてくる。

 

気になった彼は何が気になっているのかを聞いたようだ。

 

「ヤタガラスが霊的国防を担う存在なら、この国の首都を放置するなんて…おかしいです」

 

帝都たる東京は天皇陛下が住まう地域。

 

ヤタガラスは天皇家と共に歩んできた存在であり、その上で放置というのは明らかに変だ。

 

「まるでヤタガラスそのものが…東京を()()()()()()ような気がするんです」

 

「…分かった。俺から聞きたい事は以上だ」

 

きな臭い話を聞かされたが、それは今は重要ではないだろう。

 

用事が済んだ彼はヤタガラスに宜しくなと言ってくるが、彼女は負けん気を見せてくる。

 

「私達は諦めません!貴方は日の本の偉大なる神として迎え入れる事は時女の誇りなんです!」

 

「どうせヤタガラスに向けての点数稼ぎだろ?浅ましい女の一族め」

 

「ぐっ!!それは…否定しきれませんけど…」

 

しょんぼりしてしまった静香に肩をすくめていたところで喫茶店の扉が開く音が鳴る。

 

「あーっ!ここにいたよ静香ちゃん!」

 

「ちゃる!?それにすなおまで!どうして私がここにいるのが分かったの?」

 

「静香が持ってるスマホにはGPS追跡アプリを入れておいたんです」

 

「じーぴーえす…?あぷり…?」

 

「これがあればスマホの場所を確認することが出来るし、持ち主も追えるというわけですよ」

 

「えーと…つまり…どういう仕組みなわけ?」

 

また静香の世間知らずが出てきたのかとちはるは苦笑いを浮かべてしまう。

 

しかし横のすなおは静香ではなく尚紀に視線を移したようだ。

 

「静香、まさかこの人は…?」

 

「うん、この人が私達が追いかけていた嘉嶋尚紀さん。さっきまで私達の話をしていたの」

 

「凄いですね!迷子になったのかと心配してたのに、目的の人物を探し当てるだなんて!」

 

「えっ?あ~…うん、そう!これでも私は時女本家の嫡女だもん!」

 

席から立ち上がり、大和撫子らしい控えめな胸を張りながら威厳を示す若き時女の当主候補。

 

だが隣のちはるの固有魔法が何かを告げてくる。

 

「クンクン、あれ~?これは見栄を張ってる匂いだよ~静香ちゃん?」

 

「うっ!?ちゃるの嗅覚は尖過ぎるよ~すなお!」

 

魔法少女達のペースとなっていく空間に溜息をついた尚紀は立ち上がってレジに向かう。

 

店番をしていた少女に精算を頼み、料金を支払う。

 

その時に店番少女の左手に視線が移ってしまう。

 

「嘉嶋さん!私達は暫く神浜に滞在します!絶対に貴方の頑なな心を動かしてみせますから!」

 

喫茶店から出てきた彼の肩がガックリ落ちる。

 

これから先の事を考えれば考えるほど億劫な気分になっていく有り様のようだ。

 

「何処もかしこも魔法少女だらけ。それにヤタガラスからもつけ回される生活か…泣けるぜ」

 

つくづく自分はカラスと縁があるのだと悪魔となった暁美ほむらの事を思い返す。

 

「どうせなら俺じゃなくて、お前の方を神として担ぎ上げてくれてたら楽が出来たんだがなぁ」

 

これからの神浜生活が思いやられる気分に浸りながら尚紀は物件探しへと戻っていくのであった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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89話 アウトサイダー

嫌悪は人が持つ基本感情のうちの1つだ。

 

嫌悪は拒否機能をもち、物理的、あるいは心理的に有害な対象物を除去するという適応機能。

 

嫌悪の感情は、その強さの程度により嫌悪・忌避・嫌いなどがあった。

 

「グレイさんってさぁ、変わり者だよね」

 

栄総合学園の休憩時間中、1人の女子生徒が言い出した言葉。

 

「自信過剰って言うかさぁ、周りに合わせないよねぇ」

 

ここは総合学園故に、様々な専門分野を学び就職・デビューを目指す若者が集まる学校。

 

だが周りの生徒達を見てみれば…堕落の光景ばかり。

 

娯楽に溢れた今の時代の青春を謳歌するかのように怠惰な毎日を送っている者の方が多数派だ。

 

それでは専門技術が伸びる事もない。

 

堕落者が堕落者を肯定しながら堕落仲間を増やす集団足枷心理が生まれてくるだろう。

 

「なんて言うかさぁ、上から目線なんだよね。いつもあたしらのやる事をくだらないって言うし」

 

「美術が得意でも、他の教科はあんまり得意じゃないのにねー。何様のつもりなんだろ」

 

「得意分野の現代アートで賞を受賞出来てさぁ、あいつ天狗になってるんじゃないの?」

 

「ムカつくよねー」

 

彼女達も専門分野を目指す以上、様々な心理的負担を強いられる立場。

 

企業に求められる専門能力に対するストレスやプレッシャー等も人間なのだから感じている。

 

今の時代の優れた芸術分野に求められる能力は上がり続けるのが現状。

 

相当なプレッシャーを感じるストレス社会の学校空間であるのは察することが出来るだろう。

 

ストレスの多い環境では、文部科学省の調査によると虐めが起こり易い環境と調べられている。

 

不満やストレスが多い環境は、それだけで子供を攻撃的にしてしまう。

 

努力や我慢が苦手な子供や誰かに認めてもらいたいと思う子供は、苛立ちを他者へと向ける。

 

「ちょっとアイツ、からかってやろうよ♪」

 

天狗になっているように見える天才少女ならば、苛立ちをぶつけるのに最適であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

天才は疎まれる。

 

17世紀の様々な学問を統一し、体系化しようとした才能を持つ天才哲学・数学者がいた。

 

ゴットフリート・ライプニッツと呼ばれた人物のことだ。

 

彼でさえ周りから疎まれ、晩年は秘書しか最後を看取る者がいなかった。

 

凡人が他人に嫌われる要因は分かりやすく、短所や欠点など負の要素に限られる。

 

しかし天才ともなれば負の要素はもちろんだが、加えて正の要素も嫌悪の要因となりやすい。

 

正しい事を指摘する天才程、不快な感情を周りにばら撒く結果を生むのであった。

 

「アリナ先輩…聞きたい事があるの」

 

「なにさ?」

 

スランプが改善せず、筆も進まないアリナは机に脚を伸ばしながら座っている。

 

会話も生まれなかったため、前から気になっていた事を質問したようだ。

 

「アリナ先輩は、美術部以外で他の生徒と一緒にいる時を見たことがないの」

 

「だから?」

 

「クラスメイトとは仲良くしてるのかと、気になったの…」

 

アリナの顔つきが苦虫を嚙み潰したような表情となっていく。

 

「…アリナ、クラスメイトなんていないんですケド」

 

「クラスメイトが…いない?」

 

「アリナは無視されてるんだヨネ。エアーとして扱われるなら、クラスに存在してないってワケ」

 

「そんな…酷いの…」

 

専門職を目指す学校に入学してるくせに、足の引っ張り合いをする周りに苛立ちをぶつけてきた。

 

彼女の正しい意見は周りから疎まれ、無視されるようになったようだ。

 

虐めの種類は暴力や暴言ばかりではない。

 

無視も立派なイジメであり女子の虐めで多かった。

 

昼休みが終わり、午後には体育の授業。

 

「…何で?」

 

アリナは女子更衣室で自分のロッカーを開けるが、体操服や運動靴が見当たらない。

 

見つけたゴミ箱の中にあったのは、誹謗中傷の落書き塗れになったアリナの体操服や運動靴。

 

帰り道では、クスクスと周りの生徒から嘲笑われる。

 

「…アリナの何がおかしいワケ?」

 

体育の件で苛ついていたアリナは無視する事が出来ず、女子生徒に食って掛かる。

 

「あんたさぁ、現代アート界隈だけじゃなく、この学校の裏サイトでも超有名人じゃん♪」

 

「裏サイト…?」

 

「気になるなら見てみたら~マッドアーティストさん♪」

 

帰ってから調べてみたら、栄総合学園の非公式コミュニティサイトに掲載されたアリナの紹介。

 

「ワッツ…?なによ…コレ!?」

 

『現代カルトアーティスト』

 

『死と再生に取り憑かれたマッドガール』

 

『死を芸術にする狂気の女が生贄を所望中』

 

『近寄ると塩が黒くなる女』

 

『エクソシストVSデス・アリナ近日公開予定』

 

アート系雑誌に掲載された顔写真を使った悪質なコラ画像まで添えられたあだ名虐めの数々。

 

「ざけんなぁ!!アリナに文句があるなら…直接言いに来ればいいんだカラ!!」

 

感情のままスマホを部屋の隅に投げ捨てる。

 

気性の荒いアリナに向けての度重なる陰湿な虐め。

 

それにも負けず、アリナは自分の美を追求するために今日も美術部に向かう。

 

しかしインスピレーションはあいも変わらず生み出せてはいない。

 

横で漫画の練習を続ける順調なかりんと比べたら、サボっているようにも見えるだろう。

 

「見てよあいつ…今日もま白いキャンバスとにらめっこしてるよ」

 

「マッドアーティストの才能も枯れちゃったんでしょー?諦めちゃえばいいのに」

 

「大衆受けする絵の路線でも狙えばいいのにね~?」

 

「やっぱ王道は、愛とか勇気とかお笑いとかが勝つ、分かり易い表現でしょー?」

 

「いつまであんな大衆ウケしない()()()()()()()()()を進むんだろ?バカじゃないのアイツ?」

 

クスクスと嘲笑う声をアリナは無視するが、席を立ち上がって声を張り上げたのは後輩だった。

 

「アリナ先輩を馬鹿にしないでなの!!」

 

「なに?はみ出し者のグレイさんに尻尾振る、金魚の糞が何か言ってるよ?」

 

「ほっとけばいいじゃん。帰りに駅前のマック寄って恋バナでもしに行こ」

 

去っていく女子生徒を睨みつけ、文句を言いに向かおうとするかりんの肩を掴む人物に振り向く。

 

「あんな雑魚共ほっとけばいい。アリナは別に気にしてないカラ」

 

「酷いの…どうしてあんな心無い言葉ばかり言えるの?」

 

「それがエンターテインメントだカラ。ストレス発散してスッキリするんでしょ」

 

「娯楽…?あんな酷い事言うのが…娯楽なわけないの!!」

 

「どうして?楽しい事に決まり事なんて無いのを、表現の世界に進むアナタが分からないワケ?」

 

「楽しくなんてないの!腹が立つだけなの!!」

 

「アナタがそうでも、面白ければ大衆ウケする。消費者の世界ってね、極めて残酷なんだカラ」

 

「そんな…」

 

「人の道理に沿わなくても()()()()()()()、本質はソコ」

 

人気コメディアンが行うパワハラ芸がウケて大人気になれる。

 

アリナの死と再生のグロい世界も誰かが気に入って評価してくれる。

 

正しさに決まりなどない。

 

正しさなど人の数ほどあるのだから。

 

「虐めが楽しいだなんて…そんなのおかしいの!」

 

「固定概念に囚われるワケ?自分の表現が流行らなかったら埋もれていくだけなんですケド?」

 

「アリナ先輩はいいの…?自分が娯楽のおもちゃにされてるのに?」

 

「面と向かって暴力も使えない陰湿な雑魚に、エネルギー使うだけ無駄」

 

そういう悪意ある者達もいる、だから住み分ける。

 

価値観が自由であり多用な自由民主主義国家に住まう者達ならば分かるだろう。

 

あらゆる好き嫌いが存在するために、いがみ合いしか起きない現実を。

 

人間の価値観など民族どころか人の数だけ存在する。

 

国という概念は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのかもしれなかった。

 

「マジカルきりんの真善美の世界観を喜ぶ人もいたら、アリナ先輩の世界観を喜ぶ人もいる?」

 

「そういうことだって、フールガールも理解しなさいよ」

 

自分の椅子に座り、どうにかインスピレーションを湧きあげようとするが上手くいかない。

 

眉間にシワを寄せながら親指を噛むアリナの姿を見るかりんの心も締め付けられていく。

 

心では叫んで苦しんでいるのが伝わってくるからだ。

 

それでもアリナは挫けない。

 

結果で周りの連中を振り向かせてやろうと努力を諦めない。

 

スランプになれば投げ出したくなるのが凡人だ。

 

しかし天才は物事に対する執着心と集中力が極めて高い故に中途半端で投げ出せない。

 

妥協することが出来ない存在こそが、天才なのかもしれなかった。

 

天才はそれが普通だと考えるが、凡人はそうは考えないせいで笑いものにされる。

 

これが比較対象のない絶対的な自分をもつ天才…アリナ・グレイの生き方だ。

 

「…天才って、孤独だヨネ」

 

その才気に対して誰もが賛嘆するとは限らない。

 

1つの見解には必ず対立する見解が存在し、反駁(はんばく)する相手に憎まれる。

 

更に穿った見方をすれば、賛同者だってうわべは好意的でも妬んでるかもしれない。

 

ライプニッツはプロテスタントのルター派であったが、宗教に偏った見解を持たなかった人物。

 

キリスト教の対立を超えて統合を目指した思想家でもあった。

 

キリスト教のカトリック、プロテスタントの対立を嘆いた末に理性的統合を望んだ。

 

しかし、彼が起こしたキリスト教合同運動は受け入れられなかった。

 

これによって全キリスト教徒と敵対したも同然となってしまい、全ての人間に疎まれた。

 

人間という生き物は…見たいものしか見ようとしない、信じようとしない。

 

歴史を越えようが、ガイウス・ユリウス・カエサルが残した言葉通りの生き物に過ぎない。

 

天才の才気あろうが、心優しかろうが関係ない。

 

それだけでは社会も世界も救えなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

夜になり、家でも苛つきが収まらないアリナの姿。

 

他の魔法少女が寝静まる真夜中しか魔獣狩りを行わない彼女だが、今日は何故か狩りに向かう。

 

今直ぐ魔獣に八つ当たりして憂さ晴らしがしたい気分になってしまったようだ。

 

魔法少女に変身して夜の街に繰り出す。

 

決まった狩場を作らないアリナはその日の気分で魔獣狩りを行う。

 

今日向かった場所は神浜東地域である工匠区。

 

西側の魔法少女であるアリナだが、彼女は誰かが作った決まり事になど従わない自由主義者。

 

工場街の屋根を超え、魔獣と魔法少女達の魔力を感じ取る。

 

「チッ、先客がいるってワケ?」

 

魔獣結界内に入り工場倉庫の大きな屋根の上に着地。

 

下側の戦いを見物すると、戦う魔法少女姉妹の姿が目に入ってきた。

 

「月夜ちゃん!倉庫の中ならウチらの笛の音も響くよ!」

 

「はい!魔獣をおびき寄せて一網打尽にいたしましょう!」

 

魔法少女姿の天音月夜と天音月咲は、アリナが屋根に隠れる工場倉庫の中へと入り込んでいく。

 

魔獣達も後を追うように移動して倉庫に入り込む。

 

「あのピーヒョロ姉妹かぁ。詰めが甘い連中だって、影で聞いたことあるんですケド」

 

倉庫内で背中合わせに魔獣達と対峙する2人は同時に横笛を構える。

 

「笛花共鳴、いくよ!」

 

「思いをこめた一撃、お受けになってくださいな!」

 

横笛の音が同時に奏でられ、その音波は外の何倍も強く響く。

 

強力な音色が魔獣に襲い掛かり、苦しむ魔獣達が同士討ちを始めてしまう。

 

彼女達の魔力が籠もる音色は、魔なる存在を苦しめる音色であると同時に操る力も持つ。

 

魔女がいた世界ならば笛の音で魔女を操る事も出来たであろう。

 

同士討ちの末に、残った魔獣は大型の一体のみ。

 

「トドメだね!ウチに力を貸して月夜ちゃん!」

 

「共に奏でるでございます!」

 

2人は互いに片手を水平に合わせる。

 

すると月夜の魔力が月咲に合わさるように混ざり合い、魔力の恩恵をもたらす。

 

「とりゃーーーーっ!!!」

 

大事な笛で殴りつける価値もない存在など、馬に蹴られて三途の川と言わんばかりの跳躍蹴り。

 

豪快な飛び蹴りが魔獣頭部に直撃。

 

攻撃力が増した威力もあり、魔獣の頭部は千切れ飛び消滅していく。

 

「やったー!やりましたね月咲ちゃん!」

 

「月夜ちゃんがいてくれたから、勝てたんだからね♪」

 

駆け寄る月夜に抱きしめられて喜びを分かち合う。

 

戦闘を見守っていたアリナは、先程の見慣れない光景を見て首を傾げていく。

 

「あれが噂に聞く…神浜魔法少女連中が得意としてる連携魔法の…()()()()ってヤツ?」

 

彼女はコネクトなどする相手がいないため、コネクト魔法を使ったことなど一度もない。

 

「一人一人では足りなくても、ウチらは揃えば満月になる。2人が揃えば魔獣には負けない!」

 

「「ねー♪」」

 

ハモリながら喜び合うのだが…詰めが甘かった。

 

「あーあ、やっぱ噂通りのポンコツ共ってワケね」

 

2人が無数の魔力に気がついた時には、周りは後続の魔獣だらけ。

 

焦りを浮かべてしまう姉妹であるが、勝気な妹が姉の身を守ろうと叫ぶ。

 

「月夜ちゃん…ウチが囮になるから逃げて…!」

 

「ダメで御座います!傷つき倒れる時は…姉妹揃ってでございます!!」

 

無数の魔獣達に狙いをつけられ、集中砲火を浴びせられようとしている。

 

「…フン。バトルよりもストリートパフォーマンスの方がお似合いなピーヒョロ女共!」

 

アリナの右手に出現したのは、ルービック・キューブを思わせるエメラルドに輝く立方体。

 

突如天窓が砕け、頭上を見上げた2人の周囲に降り注ぐ無数の小型キューブ。

 

光弾となって降り注いだ範囲魔法攻撃が魔獣共の体全体を貫いていき、同時に仕留め続ける。

 

「す…凄い…」

 

「なんて魔法の力で御座いましょう…」

 

縦横無尽に工場内を踊り狂う、エメラルドに輝く小さな飛翔光弾の美しき乱舞攻撃。

 

為す術もなく貫かれ続け、全ての魔獣が消滅した。

 

工場入口から足音が響く。

 

無数の光弾が天音姉妹の周りを回転して威嚇していたが、入り口に向けて飛翔していく。

 

主の元に集まっていき、水平にかざした右掌内でルービック・キューブの形へと戻っていった。

 

「あ…あんたは!?」

 

「アリナ…グレイさん…?」

 

黒い軍帽を思わせる帽子を被る、黒い衣装の神浜魔法少女など1人しかいない。

 

東西の魔法少女社会の中でも、はみ出し者と呼ばれるアウトサイダーが現れた事に戦慄する姉妹。

 

「その様子だと、アリナの評判ぐらいは知ってるみたいだヨネ~?」

 

挑発するような笑みを浮かべながら2人の前まで近寄ってくる。

 

その途中で地面に転がっている複数のグリーフキューブを回収していく。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!それはウチらが仕留めた魔獣のグリーフキューブだよ!?」

 

「アナタ達は殺されそうになってたダケ。ヴィクトリーはアリナ。ドゥーユーアンダースタン?」

 

「手柄を独り占めする気なの!?だからあんたは皆の嫌われ者なんだよ!」

 

「そういうの、ソロで魔獣相手に勝てるぐらいになってから言って欲しいんですケド?」

 

「協調性が無いって噂は本当で御座いましたね…」

 

嫌われ者として扱われるのには慣れているのか、どこか人を馬鹿にしたような顔を姉妹に向ける。

 

「協調性?強かったら仲間なんていなくても、十分キープウィニング出来るカラ」

 

「アンタ…何がしたくてこの街で魔法少女をやってるわけ!?」

 

「それがアナタと何か関係があるワケ?」

 

「正義のために戦う訳でもない!魔法少女社会のルールにさえ従わない!」

 

「そうですわ!自分勝手な狩りを続けて…皆に迷惑をかけてるだけです!」

 

「魔法少女やるのに、何で正義だのルールだのを周りから押し付けられないとならないワケ?」

 

「魔法少女は夢と希望を叶える存在で御座います!私利私欲のために魔法を使うだなんて!」

 

絵に描いたような正義のヒロインっぷりを見せられたアリナの口元が不敵に笑う。

 

「アリナさぁ、東の魔法少女の陰口の中で…面白い話を聞いた事があるんですケド」

 

「面白い話…?」

 

「アナタ達はさぁ、この街から揃って出ていきたいんでしょ?」

 

その言葉を聞いた姉妹達の表情が青くなっていく。

 

周りの魔法少女にあまり知られたくない秘密をはみ出し者が知っている現実が恐ろしいのだ。

 

「自分達を苦しめるだけの家から逃げたいって、聞いちゃったワケ」

 

「そ…それは…」

 

「この街の人間を守る正義を気取っても、結局アナタ達は()()()()()()()()()()()()()()

 

正義の魔法少女を演じてきたが、彼女達だって気分屋の子供達。

 

本音の部分では、善行を続けることに疲れ切っている。

 

この街の人間達は…正義を成しても見返りなど与えてはくれないからだ。

 

天才アーティストとしてだけでなく、鑑定眼も鋭いアリナの目は誤魔化せない。

 

「最初から街の人達なんてどうでもいいし見捨ててる。アリナと変わらない」

 

「ち、違うよ!ウチは…ウチはこの街の人々を守るために…正義の魔法少女として…」

 

「なら、何故この街から逃げ出したいワケ?」

 

答えは返せない。

 

正義の味方を気取りながらも街から出て行きたいでは矛盾しているからだ。

 

「残って戦い続ければ良いと思うんですケド?それなのに、何でアリナだけ協調性が無い扱い?」

 

「偉そうにウチらに説教して論破しにきたわけ!?だから貴女は嫌われ者なのよ!!」

 

善意は語るくせに、行動が伴わない。

 

善人も悪人も皆、自分だけが可愛い生き物。

 

リアリストであるアリナにはそう見られていた。

 

「都合が悪い話は説教だの論破だのと喚き散らし、()()()()()()()()()()身勝手さ…呆れるヨネ」

 

地面に落ちていた全てのグリーフキューブをスカートのポケットに押し込み、立ち上がる。

 

「解放の自由を望むくせに、自由を遠ざける生き方をする。どうしてそうなるか、理由が判る?」

 

「…判りませんで御座います」

 

「それはね、()()()()()()()()ダケ」

 

「保身で…御座いますか?」

 

「本当は怖い?2人だけで外の世界に出たところで、生きていけるか分からないヨネ?」

 

返す言葉も無くなり、2人は俯いてしまう。

 

彼女が言う言葉は事実だからだ。

 

「この街との繋がりを断つ事を恐れる。だからジャスティスガールをやりながら愛想ぶる」

 

人間を含む生物は、押しなべて利己的。

 

自己の成功率を他者よりも高めたいからだ。

 

「利己的に行動した結果、利他的に行動しているように見える事もある…その答えは分かる?」

 

「どういう意味よ?」

 

「それが()()っていう概念なんですケド」

 

相互利他の精神で連帯を深めても、()()()()()()()()()()()()()のは自然界も労働社会も同じ。

 

「共生の中の利己的な弱肉強食。周りに合わせる損に耐えるのは、()()()()()()()()()()だカラ」

 

「わたくし達が…正義に従って魔法少女社会で生きているのは…自分達の利益のため?」

 

「なんとかして欲しいんでしょ?他の魔法少女の便利魔法を使って」

 

――アナタ達は可哀想な境遇だし、仲間のために魔法を少しだけ悪用してもらいたい。

 

――家族から救ってもらっても良いとか…考えてるんだヨネ?

 

彼女達が絶対に知られたくなかった本音の部分を語られる。

 

もはや怒りをぶつけて相手を悪者に仕立て上げることでしか、自分達の正しさを証明出来ない。

 

「ウ…ウチらが…周りからのご褒美欲しさに!正義の魔法少女をやってるですって!?」

 

「いい加減にしてくださいまし!!!」

 

顔が真っ青になって逆上する2人を見て不気味な笑みを浮かべるアリナの表情。

 

2人だけでしか語れない秘密の愚痴とも言える黒い下心に触れたのが、彼女には感じ取れた。

 

<<そこまでにしてもらおう、西側のトラブルメーカー>>

 

冷徹な声が響く。

 

入り口を見れば、白い軍服のような魔法少女衣装と乗馬鞭を構える東の長の姿。

 

彼女の姿を見たアリナの表情は不快によって歪んでしまう。

 

「チッ…面倒くさい奴が来たんですケド」

 

「十七夜さん…?」

 

「君は東の領域で身勝手な狩りをしている。ここは我々の自治権がある地域、勝手は許さない」

 

「アリナだけに言うワケ?ピーヒョロ姉の方だって、西側の魔法少女なんですケド?」

 

「勿論、月夜君にも気をつけてもらいたい。月咲君と行動したいといっても、ここは東地域だ」

 

「待って十七夜さん!それじゃウチ…月夜ちゃんと一緒にいられない!」

 

「ダメだ。たとえ君が西側に行って月夜君と狩りを共にしても、今度は西側社会との軋轢を産む」

 

「そ…そんな…」

 

「東側の自治権を西側に押し付ける以上は、不義理は許されない」

 

「月咲ちゃん…」

 

「アリナ。手に入れたグリーフキューブを渡してもらおう。それは東の魔法少女のものだ」

 

「イヤだ、って言ったら?」

 

十七夜の持つ乗馬鞭が魔力を纏い、帯電し始める。

 

「自分と戦う事になる。西側が東側で好き放題したのだ…西に文句を言われる筋合いはない」

 

アリナも和泉十七夜の実力は聞いている。

 

自分が全力を出しても勝てるかどうかは未知数の相手。

 

溜息をつき、オーバーに両手を広げておどける仕草を見せた。

 

「ハァ…ワーストタイミング。バットな事が起きる時は立て続けってワケ…?」

 

ポケットに押し込んだグリーフキューブを手で掴み、乱暴に十七夜に渡して去っていく。

 

不意にアリナの足が止まり、背中越しに声をかけてくる。

 

「東のリーダーを気取るアナタにさぁ、アリナが観察して思った事を一つだけ教えてあげる」

 

「…聞くだけ、聞いてやろう」

 

「魔法少女社会に合わせて頑張っている東の仲間に向けて、飴玉さえ渡さないとかさぁ…」

 

――()()()()()()()()して、アナタに襲いかかってきても…アリナ知らないんだカラ。

 

そう言い残し、今度こそアリナは夜の闇へと消えていった。

 

天才は物事を一面からではなく、多角的な目で見ることができる故の警告だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

昨夜は邪魔者が来て無駄に魔力を消耗した事もあり、今日のアリナも酷く不機嫌。

 

この苛つきを今日こそ発散させるために、また深夜も待たずに魔法少女として街に繰り出す。

 

今度は邪魔者が来ないように西側に向かおうと、新西区に訪れようとしていた。

 

だが、アリナよりも先に新西区に訪れている栄区の魔法少女がいる事を彼女は知らない。

 

「フールガール…?」

 

魔獣結界内に入ったアリナは、数人の西側魔法少女とよく知る人物の魔力を感じ取った。

 

「アナタはたしか、孤高のマジカルきりんのようにソロで戦い続けるんじゃなかったワケ?」

 

マジカル怪盗かりんとして、栄区の魔法少女を助けては去っていく光景をアリナも知っている。

 

今でも最初の気持ちを貫く生き方をしている筈だと考えていた。

 

嫌な予感しかしなくなり、移動速度も早くなっていく。

 

魔獣との戦闘領域に入った彼女が見た光景とは…。

 

「ハァァァーーーーーッ!!!」

 

レナの踏み込み突きの一撃が魔獣を貫き、包囲に穴が開く。

 

「かえで!動きを止めて!」

 

「はわわ…う、うん!」

 

木で出来た湾曲した杖を地面に打ち付ける。

 

地面を砕いて植物のツタが飛び出し、魔獣を縛り上げていく。

 

「おっし!ナイスかえで!それじゃ、一気にいくよ!かりんちゃん!!」

 

「心得ている!我が魔鎌ジャックデスサイズが、貴様ら魔獣の命を盗み取ろう!」

 

三日月の曲線を描く独特な刃をした大剣を構えたももこが跳躍。

 

かりんは体勢を大きく回転させながら両手の大鎌を魔獣に投げつけた。

 

右に囲む魔獣の群れを、ももこの横薙ぎが両断していく。

 

左に囲む魔獣の群れを、かりんの投擲した回転大鎌が薙ぎ払い両断していった。

 

着地したももこだが直ぐに次の魔獣が現れる予感を察知して大剣に魔力を込める。

 

彼女は炎属性魔法を扱える魔法少女…なのだが。

 

「うわわわわっ!!?」

 

炎属性を剣に纏わせる魔力を使ったつもりだったのだが、明らかに魔力以上の炎が宿っている。

 

「毎度毎度驚かされるなぁ…。でも、このよく分からない力は…あたしと相性が良い!」

 

現れ出た一際大きい魔獣に向けて業火が噴き上がる大剣を振り下ろす。

 

炎が大剣から伸びるように放たれ、巨大魔獣は一撃で燃え広がり燃え尽きていった。

 

「流石ハロウィンの精霊!今宵も我の影の守護によって勝利を得られたな!」

 

「そのハロウィンの精霊って、前々から気になっててさ…そろそろあたしにも教えてよ」

 

「ハロウィンの企業秘密なのだ!」

 

「いや…これ絶対にあたしの魔力だけじゃないし!それにいきなり燃えるから心臓に悪いよ!」

 

「さぁ次の後続が来るならば!正義の怪盗マジカルかりんと、その仲間が成敗してくれる!」

 

「やっぱあたし…ハロウィンの精霊ってのに、取り憑かれてる?」

 

大鎌の石突を地面に打ち立て胸を張る勇ましさを見せる正義の怪盗。

 

元気に活躍する仲間を見て、レナとかえでも微笑んでくれた。

 

「あはは…普段のかりんちゃんとはキャラ違うけど、こっちもこっちで元気があって良いよね♪」

 

「やる気満々なのはいいけど、今のが最後みたいだったんだけど?」

 

「ふゆぅ…元気な時は凄いけど、普段は割とへっぽこなんだよぉ?かりんちゃんって」

 

「うっ!い、今はマジカル怪盗だから問題ないの!」

 

かえでの鋭いツッコミを受けて赤面したかりんが、じゃれつくように追いかけっこを始めていく。

 

チームリーダーのももこも安心した表情を浮かべてレナと共にその光景を見守ってくれる。

 

「かえではかりんちゃんと仲良いしなぁ。それにしても…組んでから一ヶ月が過ぎたんだよね」

 

「子供の時間もあっという間に過ぎていくわね。ってか…今のセリフはオバサン臭かった?」

 

「あたしをオッサン扱いするレナも、寄る年波には逆らえなかったってわけだ♪」

 

「レ、レナはまだオバサンじゃないわよ!も~からかわないでよももこったらーっ!」

 

和気あいあいと戦闘に勝利した喜びを分かち合う4人の魔法少女グループ。

 

そんな彼女達を呆然と眺める事しか出来なかった魔法少女が影に隠れていたようだ。

 

「夜でも蒸し暑い季節だと、魔獣狩りはシャワーを浴びた後に終わらさないと体の体臭が…」

 

「やっぱり加齢臭♪」

 

「ももこったら~~!!」

 

「あはは…そう言えばもうすぐ夏休みだけど、かりんちゃんは何か予定は立ててる?」

 

「夏休みは…特に予定は考えてないの」

 

「だったらさ♪私達と一緒に…」

 

その時、和気あいあいとした仲間達の光景を引き裂く声が木霊する。

 

<<御園かりんッッ!!!!!>>

 

突然の大声でびっくりしたももことレナとかえでの姿。

 

その声の主が誰なのかが判るかりんは…震えあがってしまう。

 

振り向けば、立っていたのはかりんと同じ栄区の魔法少女でありアウトサイダーと嫌われる者。

 

「アリナ……先輩!?」

 

現れたアリナの表情は怒りに燃え上っている。

 

彼女が怒る原因ならば、後輩のかりんには分かっていた。

 

「アリナって…あの神浜魔法少女社会のはみ出し者…?」

 

「ふみゃうみゃっ!!こ、怖い顔してこっちに来るよ~!?」

 

眉間にシワが寄り切ったアリナが迫ってくる。

 

3人の魔法少女を無視し、立ち止まったのはかりんの前だ。

 

「ち、違うのアリナ先輩…魔獣は数で攻めてくるから…チームを組んだ方が効率…」

 

言い訳を並べる前に飛んできたのは、アリナの右手。

 

「あうっ!!?」

 

魔力は込めてはいないが力任せのビンタを左頬に受けて地面に倒れ込む。

 

「お、おい!!かりんちゃんに乱暴するなよ!!!」

 

「アウトフィールドの連中は黙ってろ!!!」

 

ものすごい剣幕で睨みつけてきたアリナに対して、ももこもたじろぐ。

 

「う…あぁ…きゃあっ!?」

 

胸ぐらを両手で掴まれ、無理やり引き起こされてしまう。

 

「今のが本音なワケ?アンタは一体何がしたかったのか…アリナにもう一度言ってみろ!!」

 

「あ…あぁ…わ、私は…その…」

 

「アナタがやりたかったのは孤高の変身ヒロインでしょ!?違うだろうがぁぁーッッ!!!」

 

「ごめんなさいアリナ先輩…努力はしたけど私…アリナ先輩みたいに強くは…」

 

()()()()()()()()()()なんて!!()()()()()()んだカラ!!!」

 

泣き出しそうな仲間の姿に耐えられなかったのか、ももこ達が庇うように声を荒げてくる。

 

「もういいだろ!かりんちゃんをチームに誘ったのはあたしだ!責めるならあたしを責めろ!!」

 

「それを選んだのはコイツなワケ!断る自由もあった…でもコイツは妥協した!!」

 

「ちょっとあんた!いい加減にしなさいよ!!後輩なのは判るけど…やり過ぎでしょ!?」

 

「アリナはフールガールにさ…自分に正直になって欲しかった。でも願いは…踏み躙られた」

 

「ぐす…ヒック…私が悪いの…全部…全部私が理想を妥協したから…」

 

「アリナはね…口では善意を言うけど行動が伴わない連中が大嫌い。アナタも同じなワケ?」

 

彼女の脳裏に浮かぶのは、虐めてきた女子生徒達の醜悪な生活光景。

 

専門的学校に入学した癖に、やるべき事もやらずに遊び惚ける道を選んだ妥協した者達の生活。

 

アリナがこの世で最も嫌いな存在達が好んで選んだ妥協行為と同じ事を後輩がやっている。

 

その現実が受け入れられず、憤慨してしまう。

 

「ま、待ってよぉ…!かりんちゃんにもう一度チャンスをあげて!」

 

割って入って来たのは、臆病でも仲間を大切に思う秋野かえでの姿。

 

恐ろしい光景だろうとも、無抵抗で攻められる親友の姿を見せられ続けるのは耐えられなかった。

 

「私達だって…かりんちゃんにそんな事情があったなんて…知らなかったんだよぉ!!」

 

「かえでの言うとおりだ!そこまで厳しい女なら…人は過ちを犯す生き物だって事も判るだろ!」

 

「シャラップ!!引っ込んでろって言ったのが聞こえなかったワケ!?」

 

「過ちを犯す事は恥じゃない!()()()()()()()()()()だ!お前の嫌いな連中もそうだろ!?」

 

「それは……そうだケド」

 

「こんな自分にも他人にも厳しすぎる女…レナ大嫌い!!」

 

「アナタに好かれたいとは思わない。アナタも何か言いたいワケ?」

 

「そうよ!かりんの為に言わせてもらうわ!この子に…もう一度チャンスをあげて!!」

 

懸命な仲間達からの弁明が続く。

 

自分の道を妥協してまで選ぶ程の存在だという事を彼女に感じさせる。

 

反論されて落ち着いたのか、俯いた表情のまま妥協した者に向けて言葉を紡ぐ。

 

「…フールガール。もう一度だけ、アリナに言ってくれる?」

 

――アナタは…何がしたいワケ?

 

泣き崩れてしまっているかりんだが、それでも立ち上がって懸命に叫ぶ。

 

何か一つを選べと言われたら…迷わず選べるものがあったから。

 

「わ…私!もう一度…マジカルきりんみたいに…生きたいの!!」

 

「……もう二度と、他の魔法少女連中と組んだりしない?」

 

「誓うの!!絶対に…絶対に…孤高のヒロインになってみせるの!!!」

 

大事な後輩の悲痛な叫びを聞き届けたアリナの怒りも収まっていく。

 

踵を返して去って行く後ろ姿を見せながら、念を押す言葉を口に出す。

 

「…次に同じ事をしたら、アリナの前に二度と現れないでヨネ」

 

去って行った先輩を見届けたかりんは膝が崩れ、わんわんと泣き出す有様。

 

泣き出してしまったかりんに3人が集まり、肩を抱きしめてくれる優しさを与えてくれた。

 

「よく言ったかりんちゃん!離れても…あたし達はずっと仲間だから安心しろよ!」

 

「この子はへっぽこなんかじゃないわよ、かえで。言うべき時は勇気を出せる子だったわ」

 

「ぐすっ…貰い泣きだよぉ!もう一度チャンスをもらえて…よかったねかりんちゃん!」

 

この日を境にして、孤高の変身ヒロインの道が再び蘇るだろう。

 

それこそが御園かりんの原点。

 

原点を見失えば妥協しか起こり得ないのは天才アーティストならば知っている。

 

だからこそ、大切な後輩にだけは妥協してもらいたくはなかったのだ。

 

……………。

 

魔鎌の柄に座り込み飛翔するのは、泣き晴れた表情を浮かべたかりん。

 

それに追随するように飛翔して追いかけてきたのは、一匹のカボチャ悪魔。

 

「ヒホー…悪魔みたいにおっかない女だったホ。打たれたけど大丈夫かホ?」

 

「ランタン君は…何をやってたの?」

 

「恥ずかしながら…俺も震え上がって、蛇に睨まれたカボチャになってたホ~」

 

「アリナ先輩は…ハロウィンの精霊さんよりおっかないの。でも、本当は優しい人だからね?」

 

暫く沈黙したまま夜空を飛んでいたが、ランタンが横に振り向く。

 

「…これから、どう生きていくんだホ?俺は今まで通り、影で魔法援護してれば良いホ?」

 

「どうしようかな…?私…色々あり過ぎて…考えがまとまらないの」

 

「俺は善行を積んで成仏出来たらなんでもいいホー」

 

「ランタン君と組んでるのがバレたら…でも、ランタン君は精霊だから魔法少女じゃないの」

 

「俺の存在がバレたら…きっと蜂の巣を叩いた騒ぎになるから勘弁してくれホ~」

 

「クスクス♪アリナ先輩の新しいインスピレーションの材料にされたりして?」

 

「ヒホーッ!?あの恐ろしい女に持ってかれるなら俺は街から引っ越すホー!!」

 

「インスピレーション…あっそうだ!思い出したの!!」

 

「何か妙案でも思いついたのかホー?」

 

目を輝かせたかりんはランタンに振り向き、今後の方針を語っていく。

 

「マジカルきりんは孤高のヒロインだけど、精霊が守護してくれてもいたの!」

 

「そういう設定だったのかホ?」

 

「マジカルきりんハロウィン編第4話からの設定なの!後で証拠を見せるの!」

 

「ヒホー、あの漫画は見せられたけど…長編過ぎてあんまり内容覚えてないホ」

 

「これならランタン君と一緒にいても、マジカルきりんとして生きていけるの!」

 

「屁理屈があの恐ろしい先輩に通じるかは知らんけど、俺は付き合うしか無さそうだホ」

 

「えへへ♪これからもヨロシクね!ランタン君♪」

 

新しいかりんの生き方が始まっていく。

 

その道を照らす明かりを灯す存在となってくれたのは、カボチャ悪魔のジャックランタン。

 

握ったランタンを夜空に掲げ、彼女の暗い道のりを照らすようにして導いてくれた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

路地裏で佇むのは、苦しそうな表情をしたままのアリナ。

 

自分のソウルジェムを手に取り、濁った光を見つめていた。

 

「アリナ…ショックが大きかったワケ?こんなんでソウルジェムが濁るアリナも…大概甘いワケ」

 

タイ風ピン付けブローチのようなソウルジェムを襟元のクロスタイに戻す。

 

大きな溜息をつき、路地裏から見える狭い夜空に視線を向ける。

 

「フールガールは…仲間や友達にも恵まれるんだね。アリナとは大違い…」

 

アリナに怒りをぶつけられた仲間を必死に守ろうとした魔法少女達の顔が脳裏に浮かぶ。

 

「アリナは何も得られない…。アリナの美も…魔法少女としての生き方も…同じ価値観の仲間も」

 

かりんに向けての嫉妬の感情が噴き上がり、握り込んだ拳も震えていく。

 

「どうして…アリナの前には現れてくれないワケ?あんな…最高の存在達が?」

 

悔しい感情で目元が潤んでいたのか、右腕で目元を擦る。

 

両目を開けた時、そこにあった筈の光景に違和感を感じた。

 

「えっ…?」

 

広い路地裏の壁際に立っていた自分の前には、小さな占い小屋が現れている。

 

「さっきまで無かったヨネ…?アリナの勘違い…?」

 

目を擦ってみるが、見間違いなどではなく存在していた。

 

<<美しい魂を持つ少女…こちらに来なさい>>

 

小屋の中から響く、妖艶で不可思議な声。

 

導かれるようにしてアリナは中に入っていった。

 

「人か?魔法少女か?あるいは悪魔か?力ある者よ、よく来ましたね」

 

小屋の奥には占い師と思われる女性が占い机の奥の椅子に座っている。

 

占い師の横には、止り木に佇む一匹のフクロウがいた。

 

「アリナを…どうして魔法少女だって判るワケ?」

 

「座りなさい。心の動きを、貴女の魂の傾きを…測ってあげましょう」

 

言われた通り、椅子に座って女性占い師と向かい合う。

 

占い師は水晶に光を灯して両手を翳す。

 

占いなんて信じないアリナだが、謎の占い師をしている女性を見つめていく。

 

(ビューティフルボディ…パーフェクトって、こういうのだヨネ)

 

ファンタジーのソーサレスを思わせるセクシーな占い衣装を纏う女性に見惚れていたようだ。

 

「質問してもいいかしら?」

 

「質問したら、アリナの何かが判るワケ?なら…答えはイエスなんですケド」

 

質問を聞く態度を示したアリナに向けて穏やかな表情を浮かべながら、質問していく。

 

その内容は…子供に語っていいような内容ではなかった。

 

「貴女は人里離れた山奥にいたとする。そこで一匹の獣が今にも人を襲おうとしているのを見た」

 

「……………」

 

「泣き叫ぶ人間と、飢えて痩せ細った獣。人であれば獣を追い払うわね…貴女はどうする?」

 

暫くの沈黙した後、アリナは重い口を開く。

 

「アリナはね……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「酷い女ね…どうして?」

 

「人里離れた場所。そこには美しい自然の掟がある。ヒューマンの道徳精神は必要としないワケ」

 

「貴女は飢えた獣に人間を食べさせて、()()()()()()()。でも、人間は貴女の選択を許さない」

 

――裏切り者、人でなし、心無き悪魔と罵られ、獣の世界に追い出される事になるわ。

 

自分の選択をたしなめる占い師だが、アリナの表情には迷いはない。

 

「お似合いなんですケド。どうせアリナは…居場所もなければアリナの美さえ見つからない」

 

「だったらいっそのこと…暗闇の獣達の世界に行った方がマシだと考えたいのね」

 

「イグザクトリー。その通りなんですケド」

 

「…貴女はその()()()()()()()()()()()()()故に、人間ではいられなくなる」

 

「……………」

 

「人間社会や魔法少女社会から…追われる事になるわ」

 

覚悟を問う質問。

 

沈黙が続くかと思われたが、アリナは迷いなく答える。

 

「望むところなんですケド。この世界で生きるアリナなんてね……」

 

――何処に行っても、()()()()()()()なんだカラ。

 

覚悟を聞き届けた占い師の口元が不気味な笑みを見せる。

 

「良い返事ね…気に入ったわ。いずれまた…貴女と会うことになるわね」

 

「ねぇ…貴女はいったい…?」

 

占い師に手を伸ばそうとするが、視界がホワイトアウトしていく。

 

意識が気がつけば…自宅のベットの中。

 

「……夢オチ?」

 

狐にでもつままれたような気分になっていくが、妙なリアリティを感じさせる光景。

 

溜息をつき、気分も乗らなかったのか今日の学校はズル休みする事にした。

 

……………。

 

「あの小娘…どう思う?」

 

魔法の力で彼女を自宅にまで運び終えた存在達が口を開きだす。

 

「吾輩が見たところでは、十分過ぎる輝きを持っていた」

 

「流石は閣下が失った第三の目に存在した()()()()()()()()と同じ光を持ちし魔法少女ね」

 

「あの小娘の頭上には閣下の星である()()…明けの明星が輝くに相応しい」

 

「まぁ、暁美ほむらの輝きに比べたら…ただの石ころに過ぎないわ」

 

「閣下に代わり、お前があの小娘を磨いてみたくなったのかね?」

 

「フフ…あの子は私からは逃れられないの」

 

占い衣装のフードを下ろす。

 

そこにいたのは暁美ほむらがアマラ深界で見た事がある人物。

 

鹿目詢子に化けていたと思われる喪服悪魔だ。

 

「閣下のご息女とも呼べる暁美ほむらは、お前の事を鹿目詢子と呼んでいたな?」

 

「そうね。意識して化けたつもりだったけれど…私の姿は鹿目詢子とそこまで似ていたの?」

 

「吾輩もあの人間の女を見た時、瓜二つのように見えた。お前の真の姿と似ていたのだ」

 

「だから髪の色を変えるだけで、鹿目詢子とあの子は間違えてしまったようね」

 

鹿目詢子が前髪に身に着けていた黒いリボンアクセサリーを取り外して捨てる。

 

右指を鳴らせば、頭部の髪は漆黒に染まっていた。

 

ゆっくり両手が前髪と側頭部をかき上げていき、髪をオールバックにしていく。

 

鹿目詢子のフリを止めた女性悪魔が本来の姿を表す。

 

その姿はかつての世界においてはカグツチ塔に現れたことがある存在。

 

かつての人修羅がカグツチ塔で戦った事がある悪魔であった。

 

「我が名はリリス…あの子を終わらない夜の世界へと導く…誘惑の悪魔よ」

 

【リリス】

 

アダムの最初の妻と呼ばれる存在。

 

リリスは星々の自然の摂理によって生まれた原生生物である。

 

リリスはアダム誕生時に神によりエデンに呼び出され、初めはアダムの教育を任されたという。

 

ユダヤ教の宗教文書であるタルムードおよびミドラーシュにおいては、リリスは夜の妖怪である。

 

リリスはシュメール語のギルガメシュ叙事詩に見える女性の妖怪と同一視される存在。

 

また、バーニーの浮彫に当てはめられるとも考えられていた。

 

バーニーの浮彫は特徴的なデザインをしている。

 

脚が鳥の鉤爪になった女神の両脇には、二匹の梟を従えていたのだ。

 

「逃れられない死を貴女に与えてあげるわ…アリナ・グレイ」

 

占い小屋の天幕に入り込んでくる巨大な蛇。

 

リリスに絡みつくように体を登り、蛇を纏う。

 

「そこにこそ、貴女の美が約束されている。それは…()()()()()()()なのよ」

 

古代世界観において、脱皮を繰り返す蛇は死と再生を司る。

 

巨大蛇が、アリナを求めるかのような鳴き声を放つ。

 

彼女の体から溢れ出すのは…魔王とも呼べる程の魔力。

 

「恐れる必要はないわね?だって貴女は…自分の美がそこにあるのなら…」

 

――奈落の底にだって、魔法少女に契約した時と同じく…()()()()()()()()()()なのだから。

 

死海文書4Q184

 

――彼女の門は死への門であり、その家の玄関を彼女は冥界へと向かわせる。

 

――そこに行く者はだれも戻って来ない。

 

――彼女に取り憑かれた者は穴へと落ち込む。

 




読んで頂き、有難うございます。


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90話 神浜の中華街

神浜市南凪区。

 

中国生まれの戦後の日本人…歴史で言うところの満州人達が暮らす地域。

 

ソ連軍侵攻で満州国の日本人は関東軍に見放され、命からがら逃げてきて流れ着いた場所。

 

幸運な者達が帰国した際に作った街として残るのがこの街である。

 

神浜市で戦後から暮らす満州人達の生活を送ってきた異国情緒漂う街のようであった。

 

季節は既に7月も二十日を超え、学生達は夏休みに入る。

 

今日は土曜日ともあり、早いお盆休みがとれた観光客も集まって盛況であった。

 

賑やかなチャイナタウンを歩く人物がいる。

 

黒いビジネススーツを着た尚紀であった。

 

「……ふぅ。南も中央もダメだったか」

 

浮かない顔をして歩く。

 

悪魔の力をもってしても解決出来ない問題を抱えており、精神的に参っているようだ。

 

悩んだ末にもう一度この神浜チャイナタウンとも言える街に訪れる。

 

「東も丈二に進言したが駄目…。結局俺はあいつらに頭を下げる事になっちまうのか…」

 

重い足取りのまま、赤い提灯が連なるチャイナタウンを歩き続ける姿。

 

向かう場所は地元の互助組織である蒼海幇の代表である長老が営む武術館なのだが…。

 

「はぁ……行きたくねぇ」

 

金に困った長老や、がめつい性格の美雨にカモられる光景が頭を過る。

 

気が乗らないため、道草でもしようかと街並みに向けて視線を広げていった。

 

「そういや俺…この横浜のチャイナタウンみたいな街、あまり見て周っていないよな」

 

早めに神浜市に到着した事もあり、時間を潰してから訪れる事にしたようだ。

 

南凪路インフォメーション・センターに立ち寄り、観光ガイドを一つ貰う。

 

歴史のあるショッピングストリートをガイド片手に歩き続ける。

 

「世界最大級の規模を誇る横浜中華街に匹敵する街…500軒近い数の店があるのかよ?」

 

ガイド片手に街を見物していると声をかけてくる人物が現れる。

 

「グルメにショッピングに魅力的な名所が盛りだくさんヨ。神浜チャイナタウンにようこそネ♪」

 

「…もう俺、蒼海幇に見つかっちまったのかよ!?」

 

後ろを慌てて振り向けば、可愛らしい夏服姿に衣替えした美雨である。

 

ガイド内容に集中していたのか、魔力の気配に気がつくのが遅れてしまったようだ。

 

「観光にでも来たカ?ガポリ金落として帰るネ♪」

 

「俺がこの街に来た時からつけていたのか?」

 

「オマエの顔、もうこの街の人達に覚えられてるヨ」

 

「一年前に来たことがあったぐらいなのにか?」

 

「この街助けてくれたヤツ忘れる程、蒼海幇は薄情じゃないネ。見かけたて聞いたから探したヨ」

 

「そうか…お前と初めて出逢ってから、もう一年になるんだな。早いもんだ」

 

「あれから私、クンフー沢山積んだネ。今なら一年前のような遅れはとらないヨ!」

 

右掌を握り、右沖拳突きを放つ。

 

彼は右足を後ろに引き体を横にずらしながら手首を掴み、左裏拳を顔面に打ち込む。

 

「くっ…!?」

 

当たるかと思われたが寸前で止められたようだ。

 

「腕をさらに上げたカ!?まだクンフー足りないのカ…私?」

 

「その件については、後で話したい事がある。今は大通りだし目立つからやめろ」

 

手を離し、踵を返して街を歩く彼の横に美雨もついてくる。

 

「今日は観光だけの目的で来たカ?その服見るに、何か他に目的があて来たと思うヨ?」

 

「まぁな、後でマスターのところに顔を出す。今は少し…この街をぶらつこうと思って」

 

「なら夏休みに私も入たし、街を案内してやるけど…」

 

「どうした?」

 

「ナオキ、お前…妙なヤツにつけ回されてないカ?」

 

「…ああ、あいつな」

 

後ろの影からこちらを見ているちはるの姿。

 

2人は尾行に気が付かれていないと思わせるため、あえて背後は振り向かない。

 

「ヨソモノ来たら直ぐ分かるヨ、何者ネ?魔法少女にストーカーされる事でもしたのカ?」

 

「…俺も迷惑してるんだがな。あの小娘の探偵ごっこの相手をするのも疲れる」

 

「西側でも東側でもない魔法少女…完全にヨソモノネ。この街荒らしに来たのカ…?」

 

「そのつもりはないようだ。迷惑をかけるつもりは無いと言っている連中だから心配はいらない」

 

「フーン、他の仲間もアイツいるネ?目的はお前だけカ?ならナオキが上手くやればいいヨ」

 

ちはるは無視する事にして、南凪区メインストリートの交差点角を曲がる。

 

「…ナオキ」

 

「なんだ?」

 

「私もお前に聞きたい事あるヨ。私への話終わたら…少し付き合うネ」

 

俯向きながら話す彼女の姿を見て、ここ最近の流れから考えるに嫌な予感しかしない。

 

(俺の正体の件か…?ペンタグラムとの戦いを世界中に報道されたのは不味かったな…)

 

尾行中のちはるも角にある店の壁に隠れながら様子を覗き込んでくる。

 

「尚紀さん、この中華街の魔法少女とも縁があったんだ…メモメモ」

 

地道な捜査が犯人特定に繋がる大切さを彼女は大事にしている。

 

大好きなドラマシリーズである宿無し探偵等々力耕一から学んだようだが…まだ子供だ。

 

「お嬢ちゃん!出来たてのパンダまんが蒸し上がったよ!買っていかないかい?」

 

「あっ!可愛いし美味しそう~!いただきま…あれ?尚紀さん達…何処行ったんだろ?」

 

見失った捜査対象に気が付き、慌てふためきながら街の中を駆け抜けていく子供らしさがあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

美雨に先導されながら尚紀はひとしきり南凪路を歩き続ける。

 

「随分でかい中華式の建物だな…」

 

「神浜大世界。この南凪路最大級のエンターテインメント施設ヨ」

 

「また今度寄ってみるか」

 

遊んでいる暇は無いので2人は移動していく。

 

複雑に入り組む路地を歩いていたら大きな廟が見えてきた。

 

「あそこは何かの宗教施設か?」

 

「神浜関帝廟ネ」

 

「横浜にある関帝廟と同じ宗廟みたいだな」

 

「商売の神であり武神でもある、三国志武将の英雄、()()が祀られているネ」

 

「老華僑扱いされるこの街の人達も中国の神を帰国しても崇拝してるってわけか」

 

「その通りネ。関羽は三国志でも人気者だから当然ヨ」

 

「…少し見てみるか」

 

本殿の参拝を行うために入口の廟を登っていく。

 

参拝証を買おうとしたが、美雨もついでにやりたいと言い出してくる。

 

参拝証二枚とお清め線香十本、それに炊き上げ金紙をセットで2人分奢らされたようだ。

 

「ここは春節、關帝誕、それに年末のカウントダウンも行われるイベント沢山ある人気観光地ネ」

 

「中国の祖霊(主神)信仰である道教か。関羽は道教に取り込まれた武神だったな」

 

本殿の入り口前には関羽を守護するかのように佇む二匹の狛犬である獅子像が出迎えてくれる。

 

彼は静かに狛犬像を見つめ続けるようだが…。

 

「狛犬がどうかしたカ?」

 

「…なんでもない。知らない誰かが一角獣の狛犬と俺が同じ存在じゃないのか?と言い出してな」

 

「お前よく見ると…目つき悪いけど可愛い犬みたいな顔してるネ♪前世は柴犬カ?」

 

「忘れてくれ。本殿に入るか」

 

チケットを受付で提示して線香に火をつけてもらう。

 

狛犬の後ろ側に見える階段を上り、正門を超えて香炉の場所まで到着。

 

五本の線香を一本ずつ数字で決められた香炉に立て、五体の道教神にお供えしていく。

 

「道教の有名な神は伏犠と女媧ネ」

 

「たしか兄妹であり夫婦の神だったか?人類を創成したのが女神の女媧だったかな…」

 

「それに、2人を夫婦にした道教最高神の玉皇皇帝がいたネ。ナオキは道教の神は詳しいカ?」

 

「…何体かは会った事があるって言ったら、お前信じるか?」

 

「信じるわけないネ、バカバカしい」

 

身を清め終えた2人は本堂の正面中央に立つ。

 

そこで見つけたのは大きな武神像だ。

 

「関羽様のご登場か。歴史だけでなく、サブカル作品でも引っ張りだこの人気者だな」

 

参拝証のチケットを提示して本殿の柱に書いてある参拝方法に従いながら参拝を行う。

 

参拝後は金紙をお焚き上げするため、2人は中国式の炊き上げ炉に向かう姿。

 

神への金銭の献上と願いが叶えられた時のお礼として金紙を炉に入れ、煙突から煙を出していく。

 

「それにしても、ナオキは宗廟に興味あるなんて…中々信心深い奴ネ」

 

「俺は…神々から色々と世話になってきてな。他の連中よりは神を敬う気持ちは強いと思う」

 

「お前、偶にワケ判らないこと言う不思議くんネ。まさか関聖帝君である関羽とも出会たカ?」

 

「いや、その名前の神とは出逢った事は…」

 

かつての世界で出会った道教神の事を思い出していると、声をかけてくる老人が現れる。

 

<<関羽も別に、後の人間達に向けて神格化してくれ~とは、考えてはおらんかったと思うぞ>>

 

後ろを振り向けば、中国の伝統的な衣服である長袍(チャンパオ)と中折れ帽を纏う長老の姿。

 

そして、長老の隣に立つ人物なら尚紀は見知っている。

 

「ニコラス…?」

 

「長老の隣の老人…ナオキの知り合いネ?」

 

長老の隣にいたのは、白い紳士スーツ姿のニコラス・フラメルである。

 

「奇遇だね、ナオキ君。君もこの神浜の中華街と縁があるなんて」

 

「ワシらはお前さん達の姿を街で見つけてな。コッソリ後をつけておったんじゃよ」

 

「珍しいネ、長老が神浜関帝廟に来るなんて。前々から嫌がてたヨ?」

 

「お前さん達が来なかったら近づいておらん。ワシは関羽像を見ているとケツが痒くなる」

 

美しく伸びる顎髭を右手で撫でながら、温和な糸目でシゲシゲと本殿の参拝客を見つめる。

 

何処かその表情には気恥ずかしさが混じっていると感じさせる雰囲気であった。

 

「蒼海幇の代表と繋がりがあるとは知らなかったよ」

 

「私はビジネスの話でこの南凪路に来ていてね。相談に乗ってもらっていたのだ」

 

「手広くやっているようだな?」

 

「色々積もる話も互いにあるだろう。立ち話もなんだし、昼食も兼ねて何処かの店で語り合おう」

 

「オススメあるヨ。社会人3人いるなら高校生の私、好きなの頼めるネ♪」

 

宗廟を出て神浜大世界に向かう4人組から少し遅れ、ちはるがひょこひょこと歩いてくる。

 

「尚紀さんは分からなくても、南凪路の魔法少女の魔力は覚えてるんだよぉ!」

 

尾行を再会しようとした時、後ろから観光客が声をかけてくる。

 

「すいませ~ん!僕達の関帝廟記念写真お願いしてもいいですかー?」

 

「いいですよ~。ハイ、チーズ…って?また尚紀さん達見えなくなってるよぉ!?」

 

間が悪い頼まれ事をされたため、また見失ってしまったちはるの姿が残されてしまったようだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜中華街の南門通りに存在する、神浜大世界横の大型店である赤福門。

 

ビル1階にある香港飲茶食べ放題店舗に今、美雨に付き合いをさせられた3人が訪れていた。

 

中国の庭園をイメージした店内の奥まった席に座り、タッチパネルでオーダーを済ませる。

 

盛況の店内では、配膳スタッフだけでなく自動配膳ロボットも導入されているようだ。

 

並べられた飲茶メニューを好きなだけ頬張る美雨の隣では、大人達の社交会話が続いていく。

 

「マジかよニコラス…?東京の銀座から、神浜の南凪路に宝石店を引っ越すのか?」

 

「東京生活を40年間続けてきたが、窮屈になってきてな。神浜で心機一転しようと考えていた」

 

「フラメル氏とは旧知の仲でのぉ。その筋では大変世話になった人物なのじゃ」

 

「私はこの外国人の年寄り見るのは初めてネ」

 

「お前さんが神浜に来るよりも前の話じゃ。それまではワシらも独自に身を守る術を必要とした」

 

「つまり…この年寄り爺さんも魔法と縁がある人物なのカ?」

 

「その通り。彼は石の賢者と呼ばれる魔術師であり、魔法知識にも精通しておるよ」

 

「本当ネ?じゃあ、私が魔法少女である事を…この老人に隠さなくても良いのカ?」

 

「大昔に別れた私の古い妻もね、魔法少女であったのだよ」

 

「そうだたカ…辛い話題を話してすまなかたヨ」

 

「いつ頃この神浜に引っ越すんだ?」

 

「8月中には引っ越し作業を済ませるつもりだ。そこでだ…便利屋を営むナオキ君」

 

「便利屋の俺を必要としているなら…まぁ、想像に難しい話じゃなさそうだな」

 

「家の引っ越し作業を手伝ってくれ。地上は引越し業者にやらせるが…問題は地下の研究所だ」

 

「それも引越し業者にやらせないのか?」

 

「集めた魔導書や錬金術の道具は全て秘蔵の品だ。魔法と関わる者以外には触らせたくない」

 

「仕方ない、休日なら手伝える。神浜の何処に持っていけばいい?」

 

「高級住宅街である北養区に新しい邸宅を建設し終えてね。そこに運んでもらいたいのだ」

 

「了解だが…突然過ぎるな?何故そこまで苦労してまで東京から去ろうとする?」

 

尚紀の質問に対し、温厚なニコラスの表情が曇っていく。

 

言葉を選びながら彼は尚紀に伝えようとしてくる。

 

「…君は未来が見えないのだったな。知らない方が幸せな事もある…ということだ」

 

「どういう意味だ?」

 

「そのうち分かるだろうが…それは君にとっては、()()()()()かもしれない」

 

「最大の試練…?」

 

問い詰められるのは不味いのか、ニコラスは長老に視線を向ける。

 

彼の頼みを察した長老が話題を変えようと尚紀の意識をこちらに引き付けてくれた。

 

「ところで尚紀君?ワシにも相談があったのじゃろう?」

 

「まぁな…ニコラスの話と被っちまう話なんだが…」

 

聖探偵事務所の事情を説明していく光景が続く。

 

「なんじゃ?尚紀君は丈二のところで働いておったのか?」

 

「丈二を知っているのか?」

 

「ワシが何十年この街の長をしておると思っておる?丈二は鼻垂れ小僧の頃から知っておるわ」

 

学生時代はよく南凪路の中華料理店でバイトをしていたという過去を長老は語ってくれる。

 

東西の争い事には昔から関わらない地域である南凪路。

 

20年ぶりに里帰りする決心をした丈二の強い拘りも頷けるだろう。

 

「蒼海幇の恩人である尚紀君の頼みでもあるから、善処はしてやりたいがのぉ…」

 

「難しそうか?」

 

「今この街はな…2つの中国がぶつかりあっている問題があるんじゃ」

 

その言葉を聞いて、機嫌よく飲茶をつついていた美雨の箸も止まる。

 

かつての神浜チャイナタウンであった南凪路の景気がどのような時代があったのかを語り始める。

 

昔は堂々たる店構えをした高級中華料理店が軒を連ねていたようだ。

 

しかし今では1500円前後の食べ放題の中華料理を出すところばかり。

 

「どうしてこのような街に成り果てたか…東京の中華街に詳しいお前さんなら分かるか?」

 

「この街の中華街にも表れていると思ったぜ。東京や横浜の中華街と同じ…新華僑問題がな」

 

1978年に始まった中国の開放改革路線以降に訪れた移民を新華僑という。

 

神浜は移民を多く排出する福建省から来日した新華僑店がひしめき合う現状を抱えているようだ。

 

「中華料理の安い食べ放題や、甘栗売とかのキャッチもこの街で多く見かけた筈じゃ」

 

「ああ…ここも東京や横浜の中華街と変わらない問題を抱えているって、ピンときたな」

 

「通行人の前に立ち塞がり、甘栗の試食を勧めた挙句に買うよう強引に説き伏せる連中もいるヨ」

 

新華僑がもたらす客とのトラブルが後を絶たない状況が続いていると話してくれる。

 

蒼海幇とも対立を繰り返す現状が続いていた。

 

それだけが問題ではない。

 

「東日本大震災後…この街の満州人と共に根ざした同郷の老華僑達は…中国に帰っていった」

 

放射能汚染を恐れて全員中国に帰国したため、入れ替わるように入ってきたのが新華僑。

 

裏には密航の斡旋をする中国黒社会がいるという。

 

来日するために偽装結婚という手段を用いることも多い。

 

新華僑ネットワークは、不法入国者の隠れ蓑にはうってつけであり、警察も手を出せなかった。

 

「恥ずかしい話…今この街はその新華僑連中を使った犯罪者の隠れ蓑地域と化しておる」

 

「新華僑勢力の店は…既にこの街の半数以上ヨ。蒼海幇の組合にも入らず自由に商売してるネ」

 

大規模な進出を可能としているのは、中国の地方政府官僚が関わっていると話す。

 

賄賂などで不法に得た巨額な金をマネーロンダリングするため。

 

中国本土のねずみ講的組織が集めた金を投資するため。

 

確証が得られない噂ばかりが飛び交うのが今のこの街の現状だ。

 

合法的な投資という形での進出であるため、蒼海幇も後手後手となる始末だと語ってくれた。

 

「これで分かったろう?蒼海幇の影響力も…かつて程は無いのじゃ」

 

「俺が去年語った話を覚えているか美雨?なぜ各国マフィアが移民に対して排他的になるかを?」

 

「覚えているヨ…これも蒼海幇が選んだ道。私からは何も言えない社会問題ネ…」

 

人は混ざらない。

 

異なる価値観は混ざらない。

 

移民にとってはそれが普通。

 

民族としての互いの自由と自由がぶつかり合う争いしか生み出せなかった。

 

「神浜を育ててくれる移民を受け入れるのは恩恵だけではない。甘えた理想は捨てて現実を見ろ」

 

「ナオキは移民問題を抱え込む東京社会の裏側で生きてきた奴ネ…どうりで詳しいわけヨ」

 

「南凪路で蒼海幇が用意出来た物件もフラメル氏の分で手一杯。残念じゃが見つかる保障は無い」

 

「分かった…俺も丈二に南凪区で事務所を構える望みは諦めろと言ってみる」

 

空気が重くなった事もあり、4人は中国茶を啜る。

 

その頃、尚紀達を追って店内に入ってきたちはるはというと…。

 

「尚紀さん何処の席だろう…って!?ロボットいるし!静香ちゃん来てたら倒れてたよぉ~」

 

「ミチヲ、ユズッテクダサイ」

 

「あの~、嘉嶋尚紀さんってお客さん来てません?」

 

「ミチヲ、ユズッテクダサイ」

 

「英語音声じゃないと入力されない?エクスキューズミー!マイネームイズ、チハル・ヒロエ!」

 

「ミチヲ、ユズッテクダサイッテ、イッテルダロ、オイ」

 

ロボットにまで相手をされず、目的の人物達もいつの間にか帰っている。

 

踏んだり蹴ったりの捜査状況が続く広江ちはるの姿がそこにはあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

店を出てニコラスと別れた3人は、少し話があるという美雨の事もあり長老の武術館に向かう。

 

武術館に入った3人は事務所の隣にある小さな応接室に入り、向かい合うようにして座った。

 

「話を聞こう」

 

何を言われるのか大体分かる尚紀の予想通りの質問が美雨の口から出てくる。

 

「ナオキ……お前、人間じゃないネ?」

 

押し黙ったままの彼に向けて美雨が続ける。

 

「私達は1・28事件の報道番組をTVで見てたネ。あの時のお前の姿…人間じゃなかたヨ」

 

俯いたまま顔を上げず、押し黙る態度を続ける謎の存在。

 

「男のお前は魔法少女じゃないし、ましてや魔獣でもないネ。正直に言うヨ…何者ネ?」

 

警戒心を示す美雨の左手を長老が掴む。

 

ソウルジェムを左手に出現させようとするのを止めたようだ。

 

「彼を信じてあげなさい、美雨。あの時の彼が一体誰を守ろうとしていたのかを…考えるのじゃ」

 

「あの時、ナオキは…東京に現れた魔法少女テロリスト共を相手にして…戦てたネ」

 

東京の人々を守るために、米軍を引き連れたテロリストと戦った命知らずな者。

 

それは東京の人々を守るための捨て身の戦いであった。

 

「口ではなく、行動を信じるのじゃ。彼の行動は…人間社会を襲う怪物の姿に見えたのか?」

 

「……見えなかたネ」

 

長老の言葉を信じ、左手を膝に戻す。

 

自分を信じてくれる態度を示してくれた2人を見て、尚紀の重い口も開いてくれた。

 

「俺は……悪魔だ」

 

「あく…ま…?」

 

「魔法少女と同じく人間ではない。人間のフリなら出来るが、俺の体は人間ではない」

 

――魔力を覆い隠し、闇の世界を彷徨い歩く者。

 

――ただの人殺しであり…虐殺者だ。

 

「人殺し…?虐殺者!?」

 

厳しい顔つきになった美雨が立ち上がる。

 

「お前の同族である魔法少女を…俺は悪魔の力を用いて…数え切れない程にまで殺戮してきた」

 

尚紀の全身は魔法少女の返り血で真っ赤に染まっている。

 

だからこそ、彼は自らをこう例えるのだ…()()()だと。

 

「赤き獣…まるで聖書の黙示録で語られる、終末世界に現れる獣じゃのぉ」

 

「何故そんな外道な真似を繰り返してきたネ!!見損なたヨ!ナオキ!!!」

 

怒りの表情を向けてくる美雨。

 

彼女の矜持が嘉嶋尚紀であり人修羅の生き方を完全否定してくる。

 

それでも彼の気持ちは揺るがない。

 

尚紀もまた、魔法少女の虐殺者にならねばならない理由があり…信念があった。

 

「必要だったからだ」

 

「必要…?人殺しが必要なことカ!?お前には良心や優しさは…欠片も無いのカ!!」

 

「良心?優しさ?東京の魔法少女を相手にした時、そんなものは()()()()()()()()()()()()よ」

 

「お前が力ある者なのは判るネ!でも、手を汚してしまたら!」

 

――殺人者として…もう平穏な日常には帰れなくなるヨ!!

 

彼女は虐殺者として生きる尚紀の人生を心配してくれている。

 

だが、その気持ちは彼には届かない。

 

鬼にならねばならない程にまで、厳しい現実の世界を生きなければならなかったから。

 

「なら、お前達はどうなんだ?」

 

「私達…?」

 

「マフィアのように力ある集団、蒼海幇。お前達は暴力を行使せずにこの街を守れたのか?」

 

「そ、それは…」

 

「今ある社会問題を招いたのはお前達の甘さのせいだ。その苦しみを負うのは民衆だ」

 

今の南凪路で起こっている社会問題のせいで地元の人々は苦しんでいる。

 

美雨や長老が掲げる理想主義のせいで。

 

「お前達の甘さで生まれた社会問題で皆が苦しんでいる。それを棚上げして…俺だけ悪者か?」

 

美雨の脳裏に、かつて蒼海幇を襲った黒社会との事件が脳裏を過る。

 

蒼海幇構成員の1人が重体となり、独りで解決しようとして罠にかかり掴まってしまった過去。

 

蒼海幇を襲った人物達の中には元警察官の姿もあった。

 

彼女が3年前に魔法少女となったキッカケである警察の捏造事件。

 

それに関わっていた汚職刑事達も蒼海幇に報復を望んでいたからだ。

 

彼女を罵倒し、今度こそ蒼海幇を亡き者にするための餌として使われそうになった。

 

自分の行動によって招いてしまった蒼海幇への報復…犠牲者も出してしまった現実。

 

「たしかに…覚えはあるネ。私の甘さのせいで…蒼海幇の構成員を傷つけられたヨ」

 

「そこから何も学ばなかったようだな?」

 

「でも…私は暴力社会に生きているからて!手を汚す道が正しいなんて…思えないヨ!!」

 

あの時も加害行為を行った存在を追って殺さずに、死にかけた構成員を助ける道を選んだ。

 

自分を拘束した報復者達を殺す事も出来た筈。

 

それでも選ばず蒼海幇は悪い組織でないと言い続け、暴力とは違うお願いまで行った。

 

嘲笑われようとも、蒼海幇を見逃してくれるよう頼み込んだ。

 

彼女は手を汚さなかった。

 

殺されそうになってでも。

 

「暴力という安易な方法では…私の心は救われなかたて…今でも言えるヨ!!」

 

彼女なりの矜持を貫く道もあるだろう。

 

それは他者を信じたい自分の気持ちに準じる道とも言える。

 

もっとも、他者を信じたかったのは彼女だけではなかった。

 

「……俺は()()()()()()よ」

 

「えっ……?」

 

後悔の念に支配されたかのような苦悶の表情を浮かべる尚紀。

 

語るのも苦しい、それでも聞いて欲しいのか言葉を紡いでいく。

 

話す内容とは東京に戻った頃のホームレス時代の出来事だ。

 

「ホームレス生活をしてた頃…俺は東京の魔法少女社会に触れたんだ」

 

「東京にも魔法少女社会はあるネ…?この国の首都だからあっても不思議じゃないヨ」

 

「そこに広がっていた社会は…魔法の力を好き勝手に使う…腐りきった社会があった」

 

尚紀は1人の魔法少女の現金強奪を阻止した。

 

人間社会に危害を加えた魔法少女をその場で殺すことも出来たが、しなかった。

 

「何故か…分かるか?」

 

「その魔法少女の良心を…信じてあげたかた…から?」

 

「俺は…あの魔法少女の良心を…信じてしまった」

 

痛めつけて脅したし更生するだろう。

 

無根拠に、お気持ち主義で、救いようのない魔法少女を解放してしまったと語る。

 

「それは…正しい判断だと…私は……」

 

その先に何が起こってしまったのかを思い出しただけで…憤怒の形相と化していく。

 

席を立ち上がり、魔法少女を信じるという事が如何に恐ろしい事態を招くのかを叫ぶ。

 

「だがっ!!!あの女は…人間の子供を……俺の目の前で殺したんだぁ!!!!」

 

逃れられない罪。

 

それを起こしたのは彼の優しさ。

 

他人を信じたかった気持ちだ。

 

美雨の矜持とも言える、他者を信じたい気持ちを魔法少女に向けた末に起こった悲劇。

 

「う…嘘ヨ…?魔法少女がそんな外道な真似なんて……魔法少女は心ある人間ネ!!」

 

まだ小学3年生の少女だった。

 

その日は母親の誕生日だった。

 

母親を喜ばせようとプレゼントまで持っていた愛すべき娘だった

 

「それが!!俺の目の前で……頭部を破壊された!!!」

 

守れなかった者が放つ鬼気迫る言葉。

 

悲劇が起きたのは事実なのだと周りに知らしめる。

 

美雨の表情も青くなり、体が震えてしまう。

 

信じたかった理想によって、このような悲劇をもたらす結果も起こるのだと突き付けられる。

 

「そんな…ことて…本当に…本当に魔法少女が……人間を殺せるのカ?」

 

神浜の心優しい魔法少女しか知らない美雨。

 

魔法少女というイメージが足元から崩れていく。

 

それほどまでの状況になった事など彼女は一度もない。

 

だからだろう、自分にとって()()()()()()()()()()()()()()()ようだ。

 

「その魔法少女を俺は殺した……最初の魔法少女殺人となった」

 

近くには愛する娘を探す父親の声。

 

責任なんてとれない尚紀は怖くなって逃げ出した。

 

「全ては……俺の優しさの責任だ」

 

「ち、違うネ!!ナオキは何も悪く……」

 

「あれから二年……その子が死んだ場所に、泣き叫ぶ両親の姿があった」

 

力なく座り込んでしまう尚紀。

 

眉間にシワを寄り切らせながらも、辛い記憶を呼び起こして語っていく。

 

「通りかかった俺は2人に声をかけ…殺された少女の両親に語った」

 

――現場にいた俺が…彼女を守ってやれなかったのだと。

 

同じ事を自分が出来るのだろうかと美雨は考えてしまう。

 

自分の理想である不殺の精神によって、誰かの尊い命が奪われる結果を残す。

 

()()()()()()()()()()()愚かな理想主義者は…残された遺族に何と詫びればいい?

 

「なんで…なんでそんなにまで、自分を責め抜くネ…?」

 

「二年たとうが愛する娘の死に苦しむ父親と、号泣し続けた母親がいた…」

 

守れなかったと打ち明けた瞬間、母親は激怒した。

 

尚紀を殴り倒し、馬乗りになってさらに殴り続けた。

 

「……娘を返せと、叫びながら」

 

彼の激しい後悔の感情が美雨にも伝わっていく。

 

事情も知らずに自分の理想を押し付けようとした己を恥じていく。

 

「やめるネ!!ナオキがそんな苦しみを背負てたなんて…もう言わなくていいネ!!」

 

「俺はあの両親に誓った…もう二度と、同じ過ちを繰り返さないと」

 

自分に都合の良い理想だけを信じた果てに誰かを救えなかった愚か者…それが人修羅。

 

お人好し過ぎる生き方によってもたらされた結果は、ボルテクス界で生きた頃と変わらない。

 

人は過ちを犯し続ける愚かな生き物。

 

それでも、その過ちから何も学ばない()()()()になどなりたくない。

 

「ナオキ…ごめんネ…本当にごめんネ。お前の辛過ぎるトラウマを蒸し返す事になるなんて…」

 

感極まったのか、美雨の目から涙が零れ落ちていく。

 

俯いたままの尚紀は、長かった話の最後を締めくくる言葉を話すのだ。

 

「これが…魔法少女の虐殺者として生きてきた俺が背負った過去だ。俺が何者か理解出来たか?」

 

こんな話が出てくるとは考えていなかった者達は黙り込む。

 

凍り付く程の空気になってしまった室内。

 

美雨のすすり泣く音だけが響いていった。

 

「すまない……俺の不幸自慢になっちまったな」

 

2人は尚紀を助けてくれた恩人であり、悪魔である存在を信じようとしてくれた者達。

 

だからこそ聞き苦しい話でも受け止めてくれると思ったようだ。

 

「いいネ…。ナオキが少しでも胸の中に抑え込んでる苦しみを吐き出して…楽になれたなら」

 

「ワシらは君が殺人を犯す者であろうが、人間社会の恩人を警察に突き出したりはせん」

 

本来魔法少女取締は国の治安を託された警察がやるべきこと。

 

しかし、生身の人間が魔法少女に挑もうものなら棺桶の山となるだろう。

 

「俺の生き方は外道そのもの。それでも暴力で解決するのは…()()()()()()()()()()()だからだ」

 

民主主義的に話し合えば分かるでは…遅過ぎて救えない命がある。

 

政治体制の種類である民主主義は、主権者たる国民の考え方は自由だという原則がある。

 

考え方の違いの対立を纏める対話議論によって、政治がスムーズに進まない弊害が起きる。

 

民主主義な話し合いには弱点があるが、社会主義独裁体制ならば違う結果を残せる。

 

独裁者の判断がスムーズに進められるため、緊急事態に対処する速度が極めて速い。

 

緊急時においては民主主義国よりも優れた政治体制だと言われていた。

 

「俺は社会主義者だ。人の道理よりも、社会全体を優先する」

 

1人は全体のために、全体の幸福こそ人々の幸福に繋がると信じて疑わない政治的赤旗精神。

 

社会主義の赤き旗を掲げ、個人主義を決して許さない全体主義者に成り果てた存在。

 

それが今の尚紀であった。

 

「…組織を任されるワシとて、苦しむ部分じゃよ」

 

神浜や蒼海幇という全体を優先すべきか。

 

個人の感情を優先すべきか。

 

「ワシは後者を選び…この街に社会問題を作り出し皆を苦しめる。長として…失格じゃ」

 

「そんな事ないネ!人間としての優しさ、人情に惹かれて…長老を長として認めているヨ!!」

 

「蒼海幇の今後については構成員達で語ってくれ。知りたかった話も終わった事だし…」

 

尚紀の視線が応接室の窓に向けられていく。

 

「そろそろ、アイツを蹴り出していいか?」

 

「構わんよ。盗み聞きする礼儀知らずはお断りじゃ」

 

立ち上がり窓に向かう。

 

応接室の窓を開けて下に目線を向ける。

 

窓の下に隠れていたのは、貰い泣きして涙ぐんでいたちはるがいた。

 

「広江ちはるだったよな?そろそろ俺も怒っていいか?探偵ごっこもいい加減にしろよ」

 

「だってぇ!尚紀さん…悲し過ぎるよぉ!!」

 

「さっさと消えろ!静香が迷子になってても知らねーぞ!!」

 

怒鳴られたちはるが慌てて逃げていく。

 

後ろ姿を見送った尚紀が振り返り、美雨と目が合う。

 

「さて…美雨。話も終わった事だし、この武術館でも鍛錬してるよな?」

 

「してるけど…それがどうかしたのカ?」

 

「お前の使用してる武術着は今あるか?その夏服では動き辛いだろう」

 

「予備が更衣室のロッカーにあるヨ。どうしたナオキ?腕を上げた私と散打したいのカ?」

 

「俺の話もあるって言ったはずだ。それを語る上で、お前の覚悟を見てみたくなった」

 

「私の…覚悟?」

 

応接室から出て行こうとするが立ち止まり、言葉を発する。

 

尚紀から放たれる威圧感を物語る内容であった。

 

「本気でこい」

 

――でなければ…お前の大切な人達が死ぬぞ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

奥の更衣室で美雨が武術着に着替えてる間に、尚紀も上着を脱いで支度を始める。

 

ネクタイを緩めて白シャツの腕まくりをしていた時、視線が更衣室に向かう。

 

着替え終えた彼女が出てきたのを確認した彼は、長老の耳元に小声で話しかけていく。

 

「…分かった。ワシは動かない」

 

「頼む。手元が狂う」

 

武術着姿の彼女を横目に歩き、試合を行う向こう側に立つ。

 

向かい合う2人。

 

先に尚紀が口を開く。

 

「お前は蒼海幇の構成員として、規模の巨大な暴力団と抗争をしたことはあるか?」

 

「…まだないネ」

 

「今から味わうのは、圧倒的暴力である凶拳だ。それでも本気を出さずに不殺を貫けるのか…」

 

――試させてもらおう。

 

互いに目を相手から離さず抱拳礼を行い、美雨は独自の拳法の構え。

 

対する尚紀の武術の構えとは?

 

左右の腕を使い、舞うように演舞をして構える。

 

(以前の構え方とは…違うネ)

 

腰を落とし歩幅を広げ、手を開き左手を上に、右手を下に向けるように構えた。

 

互いが両腕を構え、円を描くようにゆっくり向かい合いながら動く。

 

「来い、美雨。俺がお前の理想を否定してやる」

 

「私は生き方を変えないネ!!間違てるのは…ナオキの方ヨ!!」

 

両拳を固め、先に動いたのは美雨。

 

右突きを左手で払うと同時に回転、彼女の背に両手掌打を打つ。

 

体勢が崩れたが、背を向けたままの右裏拳を尚紀に放つ。

 

彼は両掌で止め、続く左裏拳を左腕で止めると同時に踏み込み、彼女の左胸骨に左頂肘を放つ。

 

「ぐっ!!」

 

後ずさるが怯まず右突きを放つ彼女に対し、左掌で流しつつ円を描く回転の勢いで右手刀打ち。

 

左腕で止めた彼女が右鉤突きを放つ。

 

姿勢を落とし避けた彼に突きの回転を利用たし右突きを打つ。

 

対して彼女の右サイドに踏み込み、背後姿勢のまま腕刀をぶつけるようにして相手を押し出す。

 

(以前戦た時と、動きが全然違うネ!?)

 

起き上がり、左右の突きを彼女は放つ動き。

 

両手で捌き、飛び右回し蹴りを身を低めて彼が避ける。

 

彼が踏み込む。

 

右手刀打ち、右腕を崩し左肘打ち。

 

彼女は左腕で肘を払うが続けて回転を加えた右手刀。

 

彼女の打ち込みを払い、回転して背を向けながら避けていく。

 

歩法を刻み、彼女を軸にしながら回転移動して打撃をいなす。

 

彼の右裏拳を捌いたが後ろに後退る。

 

鈍化した世界。

 

体を一回転させながら踏み込み、左右の貫手が彼女の頭部に迫る。

 

寸前で躱すが罠だ。

 

体勢が崩れた相手の胸部に目掛け、右腰に構えた掌打の一撃がクリーンヒット。

 

「ガハッ!!!」

 

一気に弾き飛ばされた彼女に対し、油断なく構え直す。

 

「フフ…強いヨ…ナオキは。でも、私だて!負けたくないネ!!」

 

不屈の精神で立ち上がり、両拳を固めて尚も踏み込み突き。

 

迫る右突きに対し、右サイドに踏み込み右手で彼女の突きを捌く。

 

拘束したまま左手刀を彼女の首に打ち込むが、後方に側転して距離をとられた。

 

突きの攻防が続く。

 

彼女の突きを捌くと同時に回転、左肘打ちをみぞおちに決める。

 

たまらず後ずさり咳き込む彼女の眼前から迫る一撃。

 

右足を踏み込み放つ一撃とは崩拳突きだ。

 

胸部骨格に打ち込まれた彼女がくの字となって武術館の隅にまで打ち飛ばされた。

 

「ガッ…あぁ…まだネ…!私の力は…みんなを…守る…ゴハッ!!」

 

吐瀉物を撒き散らし、それでも両手に力を込めて立ち上がろうとする彼女に迫ったトドメの一撃。

 

鈍い音が武術館に響く。

 

離れた位置から一気に跳躍、尚紀が放った飛び突き攻撃。

 

ペンタグラムのチェンシーが得意としていた技である箭疾歩の一撃だ。

 

左頬に直撃を受け、ついに彼女は仰向けに倒れ込んでしまった。

 

「あっ…あ……」

 

脳が激しく揺さぶられて意識が混濁する。

 

立ち上がる気持ちはあっても体がいう事を聞かない。

 

「私の拳が通じないネ…。クンフーをあれだけ……積んだのに!」

 

「一年前よりも套路と粘連黏随は磨かれている。だが、お前の聴勁は曇る一方なんだよ」

 

「私の…相手を感じる能力が…曇る?」

 

「魔法少女は痛覚を鈍らせる能力をもつ。それが人間の生み出した武術を曇らせる」

 

「私達…魔法少女の能力そのものが…原因?」

 

痛覚を麻痺させれば恐怖心も麻痺する。

 

一般人が突然殺し合いの世界に踏み込む恐怖を消す事に使えると魔法少女なら考えるだろう。

 

それが魔法少女達の鋭敏な感覚を削り取り、魔女に貶める狙いがあるとも知らずに。

 

「恐怖心が…消える…?」

 

思い返せば、魔法少女になりたての頃よりも恐怖心が消えてしまっている事に気が付かされる。

 

「肌感覚を鋭敏にして相手を感じ取る聴勁は、恐怖心を利用する技術。曇って当然だろ?」

 

「どうりで私の技が通じないわけヨ…。私…クンフー積んでも…弱くなるだけネ」

 

「その弱さが何をもたらすのかを…今からお前に見せてやる」

 

首だけはどうにか動かし、彼女に見えた光景とは。

 

「えっ…?」

 

踵を返し、右手は貫手の構えを行う尚紀の後ろ姿が見える。

 

向かう先にいるのは長老だった。

 

「な…何をする気ネ…ナオキ!?」

 

かつて戦ったチェンシーの貫手の一撃は、愛する人の体を貫通する程の一撃だった。

 

悪魔の彼ならば同じ一撃を放つことも出来るだろう。

 

「今まで運が良かっただけなんだよ…お前は誰かを守れない日が必ず訪れる」

 

――圧倒的暴力を前にしても不殺を貫きたい信念によって、大切な人達が殺される。

 

美雨の脳裏に応接室で彼が語った出来事と同じ光景が浮かぶ。

 

人殺しの虐殺者というイメージが湧いてくる。

 

「最初から魔法少女になり、全力で相手を殺す努力をしていたら…守れたかもな」

 

「に、逃げるネ!!長老っ!!!」

 

長老は動かない。

 

右手を構え、愛する人が奪われた一撃と同じ一撃を美雨の大切に思う人にぶつける。

 

「悲しいよな?いくら尊い優しさがあっても…守れない時は、守れないんだよ」

 

――()()()()()()()()()なのだと、俺はこの世界でも、かつての世界でも…学んだよ。

 

放たれた一撃が長老に迫る。

 

「長老っ!!!!」

 

凄惨な光景が広がろうとしてしまう。

 

絶叫した彼女だったが…動かない2人の光景に違和感を感じた。

 

「うっ!!やーらーれーたーのぉー!!」

 

長老は大げさに倒れ込み、藻掻き苦しむフリをし始める。

 

「す…寸止め…?」

 

放たれた貫手は長老の心臓に刺さる手前で静止していたが、背中で見えなかったようだ。

 

芝居を終えた長老が起き上がり、微笑みながら美雨に語る。

 

「すまんすまん。美雨に彼の経験を学ばせようと思って、ワシも一枚噛んだわけじゃ」

 

安堵したのか、起きあげた首が一気に後ろに倒れ込み後頭部を強打。

 

「圧倒的暴力を向けられ、大切な人が目の前で殺されそうになった気分はどうだった?」

 

「お前ら意地悪ネ…最悪ヨ。凄く…怖かたネ…」

 

自分よりも遥かに強い相手が、理不尽な力で大切なモノを奪い取る。

 

これが魔法少女に襲われる人間目線。

 

人間は無力であり、魔法の暴力を相手に恐怖しながら大切なものや命を奪われてしまう

 

「最初から全力を出せ。あらゆる状況に対して備えるには…それしか方法はない」

 

「私の思いやりは…間違いだと…言う…カ…」

 

「そうだ。歴史の戦場世界と同じく、足枷でしかない。自分も大切な人も守れない」

 

「私の甘さが…誰かを…殺す日が…く…る…?」

 

「不殺の信念か、自分が大切に思う人たちの命か…己の心に問い続けろ、美雨」

 

限界を迎えたのか、瞼を閉じて気絶したようだ。

 

「彼女に…お前さんと同じ生き方をさせる気か?」

 

「今までの信念を守るのもいいが、そのせいで誰かを守れない事態になった時…」

 

「分かっておる。一番辛いのは…守れなかった人の帰りを待つ…家族や友人達じゃ」

 

「美雨は自分の理想しか見ていない部分がある…。それでは現実に対処出来ない」

 

「内側の正しさが、必ずしも外側の社会秩序を守ることに繋がるとは限らん」

 

「都合のいい感情だけを優先するから()()()()()()してしまう。かつての俺も…そうだった」

 

「だがお前さんは人殺し…殺した魔法少女の帰りを待つ辛い立場の人間を産み出す側の存在じゃ」

 

「覚悟している…俺はいつ誰に殺されても構わない。この罪から逃れようとは思わない」

 

尚紀の覚悟を聞かされる長老は大きく溜息をつく。

 

「美雨が心配しとるのはそこじゃよ」

 

――人を殺せば墓穴二つ…二度と平穏な世界には戻れん。

 

いずれ報いを受ける事になると言いたいのだろうが、彼の覚悟は揺るがない。

 

「悪魔の俺に平穏は必要ない。こいつに言っとけ、俺は俺の道を行くってな」

 

「もっともそれは…ワシとて尚紀君と同じ立場なのじゃがな」

 

「…どういう意味だ?」

 

「普静大師はこう言った。それなら、お前に殺された大勢の人々はどうなる…と」

 

「なんの話なんだよそれは?」

 

「ワシは贖罪がしたい…。ワシの全身もまた同じく、()()()()()()()()なのじゃ」

 

――今でもワシは探しておる…。

 

――大勢の人々を泣かせた罪の償い方をな。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

黒社会は世界中で暗躍しており、構成メンバーは全世界で200万人を超えているとされる。

 

チャイニーズマフィアの言葉が新聞などでよく見られるようになってくるのも無理はない。

 

黒社会は単一の組織ではなく、複数のグループに分かれている。

 

だが炎黄の子孫という中国人の血を重視するため、二世・三世と世代を跨ぐ連携を取り合える。

 

黒社会の資金源はもともと黄(売春)毒(麻薬)賭(賭博)である。

 

今では蛇(密航)槍(銃の密売)殺(殺人の請け負い)拐(誘拐)等があった。

 

南凪区、南凪港。

 

一年前、この港は青幇(ちんぱん)によって荒らされている。

 

港湾運送業を生業とする海運会社の社長と取締役の子供達の失踪事件が起きてしまった。

 

あの時は便利屋の尚紀と美雨の活躍によって事なきを得たかのように見えたのだが…問題がある。

 

青幇幹部だったチェンシーの暗躍による構成員の口封じと現場証拠の抹消。

 

警察はチャイニーズマフィアがこの港企業と関わる明確な証拠を抑えられていなかった。

 

未だに神浜湾海運会社は実質的にチャイニーズマフィアに支配されているも同然。

 

大型コンテナ船の入港数が十万総トン以上のこの港を黒社会が手放す筈がなかったのだ。

 

今この港には、青幇からビジネスを引き継いだ組織の魔の手が迫っている。

 

そのチャイニーズマフィアとは、中国黒社会を代表する紅幇(ほんぱん)である三合会であった。

 




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91話 マフィア抗争

独裁国家でありながら今やアジアを代表する先進国にまで経済成長を遂げた中国。

 

そうした経済的発展と表裏一体となっているのが黒社会の活動である。

 

黒社会とは、簡単に言ってしまえば中国人の暴力団。

 

その背景や実態は日本の暴力団とは比較にならないくらい大きな広がりと深さを持っている。

 

黒社会は中国の伝統的秘密結社をその源流としているため、自衛の組織という性格もあわせ持つ。

 

宗教的秘密結社や王朝打倒に走った政治的結社なども存在しているという。

 

中国革命の父、孫文が清朝打倒運動を実行するにあたり、最初に頼りにしたのが秘密結社である。

 

黒社会メンバーは正規の構成員よりも表の立場を持つ準構成員の数が多い。

 

農民、学生、失業者、労働者、それに国家幹部、公安当局者、現役の軍人まで存在していた。

 

秘密結社という言葉に対して中国人が示す反応には独特なものがあるという。

 

それは謎に満ちた存在、ある種の憧れにも似た存在だと思われているようであった。

 

……………。

 

6月20日頃の南凪区ベイエリア。

 

海が見える公道では国際麻薬乱用撲滅デーの街頭活動が行われている。

 

神浜市立大附属学校の女子中高生達が薬物乱用防止キャンペーンを行っているのだ。

 

「ダメ!ゼッタイ!ストップ薬物乱用!」

 

「薬物依存患者への募金協力をお願いします!」

 

街頭で声を出しながらも資料等を道行く人達に配っていく女子学生ボランティア達。

 

その中でも一際声の大きい元気な少女がいた。

 

「覚醒剤、麻薬、MDMAなどの薬物は全国的に広がっていて利用者も低年齢化しています!」

 

長い黒髪、前髪の左側をヘアピンアクセサリーで纏めている少女の元気な声が響き渡る。

 

神浜市立大附属学校女子制服を着ている姿をしているようだ。

 

「一度だけならという甘い誘惑に惑わされず、命を守る行動を優先して下さい!」

 

周りの女子生徒達の声も彼女に合わせて大きくなっていく。

 

「ささらちゃん元気一杯だね。父親から受け継いだ熱血公務員魂ってのを、先生も君に感じるよ」

 

ささらと呼ばれる少女の左手にはソウルジェム指輪が見える。

 

彼女も神浜で活動する魔法少女なのだろう。

 

「アハハ♪褒められると照れますよ先生」

 

麻薬や覚せい剤は人間の人生を簡単に壊してしまう。

 

正義感に強い彼女は人一倍麻薬を憎み、撲滅活動を率先して行ってくれている。

 

「その志なら、将来は君の父親みたいなレスキュー隊員になれると先生は確信してるよ」

 

「いつか私も、地域住民を命がけで守るお父さんみたいになりたいです!」

 

「君にとってレスキュー隊員のお父さんの姿は自慢だったね」

 

「だって騎士の紋章みたいでカッコいいんですよ!レスキュー隊のエンブレムって♪」

 

自慢気に父を語るささらの姿を嬉しそうに見つめる教師。

 

しかし心配事があるのか、教師の顔が曇っていく。

 

「…このボランティア活動をうちの学校も参加させてもらったのには理由があってね」

 

「理由…ですか?」

 

「今…神浜の若者の間で薬物乱用者の数が急増してるんだよ」

 

「そんな…みんな判ってる筈なのに…どうして手を出すの?」

 

薬物乱用者が続出しているだけの状況ではないと教師は語っていく。

 

最近は組織的なアジア系強盗団による貴金属店などの襲撃も頻繁に起きているようだ。

 

「全く…物騒な世の中になってしまったものだよ」

 

「犯罪者を許さない社会にしたいです先生!ダメゼッタイ!ストップ薬物乱用!窃盗もダメ!」

 

中学3年の美凪ささらは後輩に負けまいと街行く人達に声を張り上げていく姿を続けていった。

 

欧米などの先進国と比べ、格段に麻薬と縁遠いはずの日本。

 

だが一方で薬物依存者の再犯の多さや、社会復帰などで課題があるとの声が上がっていた。

 

……………。

 

ここは南凪自由学園。

 

夏休みに入る前の頃のことである。

 

学校も終わり生徒たちが下校していく光景の中、1人だけ呼び止められる人物がいる。

 

学校の裏側に連れて行かれる女子生徒の姿がそこにはあった。

 

「この子が、家の両親の事で悩んでいる子?」

 

「そうなんですよ先輩」

 

「あの…私に何か、用事があるんですか?」

 

「あのさ、家の事で悩んでたって子供の俺達じゃ大人の世界に口出し出来ないよね?」

 

「それは…そうですけど」

 

「こういう時は辛いことを忘れさせてくれる、お手軽な流行り物があるんだ」

 

男子学生のポケットから取り出したのは小さい袋に詰められた白い粉。

 

「あんた悩んでたじゃん?あたしも心配してあげたんだし、これ利用して嫌な事忘れちゃいなよ」

 

「あの…これ、何なんですか?」

 

「南凪区の若者の間で今トレンドになっているオシャレ品さ」

 

「こんなの私…初めて見ました。どんなものなんですか?」

 

「体にいいし、悩み事まで忘れさせてくれて気分を高揚させてくれるんだ」

 

「抗鬱薬か…何かですか?そういうのって、先生から処方してもらうんじゃないですか?」

 

「学術研究のために中国から来日した医学留学生が作ってるんだよ」

 

「その外国の方は…信用していい人物なんですか?」

 

「研究者免許も取得している信頼出来る人で、無料で配っているらしくてね」

 

「これが今、この街の若者の間で大流行してるのよ。あんたにピッタリだと思ってね」

 

「そ…そうなんですか?」

 

好意を見せてくれているクラスメイトと先輩のようには感じる。

 

しかし、言い知れぬ不安を少女は感じてしまう。

 

「お父さんの浮気で毎日大喧嘩でしょ?部屋にいたって両親の罵声ばかりで辛いよね?」

 

「……………」

 

「ここはあんたを心配してくれる先輩の善意に甘えとこうよ…ね?」

 

学校の裏で繰り広げられる怪しげな密談光景。

 

その光景を見つめる人物がいる。

 

望遠レンズ付きカメラを持った少女の姿が階段踊り場に存在していたようだ。

 

無数に撮影される写真の中には少女が怪しげな白い粉を受け取る写真が撮影されている。

 

撮影を終えカメラを下ろす少女は大きく溜息をつく。

 

「不味いね…コレ。観鳥さんのゴシップ新聞ネタの中でも最悪の部類になりそうだ…」

 

彼女は南凪自由学園新聞部に所属している中学3年生の観鳥令(みどりりょう)と呼ばれる人物。

 

社会の不正や社会問題を許さない、社会正義に燃える政治ジャーナリストの卵である。

 

撮影出来た画像を確認した彼女は急ぎ足で職員室に向けて走っていった。

 

……………。

 

欧米で大量に消費される麻薬の中ではヘロインが有名だ。

 

80年代になってからは、東南アジアのゴールデン・トライアングルで産出された品が出回る。

 

中国経由で運ばれるチャイナ・ホワイトという純度の高いヘロインだ。

 

現在、このチャイナ・ホワイトは全体の50~70パーセント以上を占めると言われている。

 

今までが3~4パーセントの純度しかなかったのに対し、40パーセントと抜群に高い。

 

国連の統計によると世界で麻薬患者は約5000万人、麻薬売人は100万人と発表されている。

 

毎年取引される額は5000億ドルにも達していた。

 

まさに巨大ビジネスである麻薬取引。

 

麻薬は各国のマフィアによって牛耳られていることは言うまでもなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

7月某日の夕方、南凪港。

 

1隻のコンテナ船が港に入っていく。

 

大型クレーンで積荷が降ろされていく光景を高級セダンの車内から見つめる中国人がいた。

 

做乜嘢我哋嘅生意會來到我哋呢一步?(今回の仕事はなぜ舞い込んだのでしょう)

 

運転手の男が後ろの若い青年に声をかける。

 

而家青洲因干部背叛而大驚小怪(今青幇は幹部の裏切りで大騒ぎ中だ)

 

嗰個神奇嘅女仔係關於恐怖主義嘅(あの魔法少女テロの事ですね)

 

中国当局の締め付けが厳しくなり、日本でのビジネスが難しくなった青幇。

 

そこで龍頭が引き継ぐ話を持ち込み、仕事を引き継ぐ形となったと青年は語る。

 

以前まで神浜港を牛耳っていた者達の手柄を上手く手に入れられたというわけだ。

 

今回の仕事の規模は大きく、積み荷の総量は90tにも及ぶ規模となった。

 

你做乜嘢嚟日本,李家的侄子?(何故李家の嫡男である貴方が来たのです)

 

我想睇吓佢訪問過嘅國家(彼女が訪れた国を見てみたくなった)

 

話が終わり車が発進していく。

 

その光景をコンテナ街の隅に隠れながらカメラを用いて撮影していたのは尚紀である。

 

撮影した写真画像を確認しながら、彼は少し前の出来事を思い出す。

 

あれは東京の事務所での出来事だった。

 

「大きな仕事の依頼がきた…。本来これは探偵業がやるべき仕事ではないがな」

 

真剣な顔つきで尚紀と瑠偉に語る丈二の表情からして、並大抵の仕事ではないと判断する2人。

 

「行政の特別司法警察職員である麻薬Gメンがやるような案件だ」

 

「そんな内容をわざわざ民事を請け負う探偵に持ち込むか普通?一体誰が持ち込んだんだよ」

 

「それがな…故郷で世話になった事がある爺だったんだよ…」

 

「まさか…蒼海幇の長老だったのか?」

 

「あの爺さんと知り合いだったのかよ?」

 

「まぁな」

 

「学生時代に世話になった事もあるんだが内容が内容でな…断ろうかと思ったが…やる事にする」

 

それでも彼はやる決心をしたのには理由があった。

 

「俺の故郷に…中国マフィアが入り込んでやがる」

 

「穏やかな話じゃないな」

 

「そいつらは今、南凪港を拠点にしてあの街一帯に麻薬をばら撒いてやがる」

 

状況を説明された尚紀は一年前の南凪港での出来事を思い出す。

 

警察の介入によって事なきを得たかのように思えたのだが…そうではなかったようだ。

 

「だが、どうする?俺達はマルタ(麻薬Gメン)じゃない」

 

「尚紀の言う通りよ。司法警察職員のやるべき仕事に首を突っ込むの?」

 

「俺たち探偵は警察と違って捜査権など無いが…それでもやりようならある」

 

捜査令状を持たない民間立場であるが、私人として捜査機関への告発ならば出来る。

 

現行犯逮捕と同じく、現場で事が起こっている横で悠長に礼状を待つわけにもいかなかったのだ。

 

「ちょっと待って2人共。麻薬Gメンに任せたらどうなの?」

 

「そうだな…俺達は事務所引っ越しの宛さえまだ見つかっていないし、荷造りさえ出来ていない」

 

最もな意見を向けられる丈二だが、その表情から察するに決意は固い。

 

「腐り切った差別の街でも…俺の故郷だ」

 

「前から聞かされていたわ…。東側住民の丈二は西側から酷い差別を受けてきたと」

 

「クソッタレの西側連中でも、あいつらにだって家族や人生がある」

 

「この問題は西も東も関係ないと言いたいんだな…丈二」

 

丈二は神浜から逃げるように東京に上京した理由を語っていく。

 

東京で刑事を目指したのは、東住民というだけで西側から犯罪者扱いされてきたのが原因。

 

東側住民が刑事になれたなら、東住民の評判だって変わると信じたからだ。

 

刑事となり探偵となり、今は神浜市を助けたい。

 

丈二にとっては、今までの憎しみよりも大事なものがある。

 

「刑事やってて気がついたのは、憎しみなんかよりも大事なもんがあるってことだった」

 

――家族を犠牲にされて泣き叫ぶ被害者達の光景に、()()()()()()()()()んだ。

 

丈二の固い決意を聞かされた尚紀と瑠偉も頷いてくれる。

 

「了解だ、ボス。大きな仕事になりそうだ」

 

「やれやれ、うちのボスは人情家ですこと」

 

こうして聖探偵事務所に舞い込んできた神浜案件が動き出したというわけだった。

 

……………。

 

白と青の線が入った黒いライダースジャケットの上着を着た尚紀は丈二の元に戻っていく。

 

有料パーキングエリアに停めてある業務用パネルバンの後部扉を開けて中に入った。

 

「よう、小型カメラの設置ご苦労さん。映像受信は良好だ」

 

内部は様々な電子機器が固定されており、椅子に座った丈二が複数モニターを監視中だ。

 

「怪しげな奴らが現れている。中国マフィアはまだ港を裏から占拠し続けているようだ」

 

「蒼海幇の情報は正しかったようだな」

 

尚紀は撮影したカメラを渡し、バンの右側に固定してあるソファーに座り込む。

 

「蒼海幇も連中との全面抗争は望んでいない」

 

「証拠だけを掴み、後はこの国の司法機関に任せたい考えなんだろ?」

 

「20年前よりも規模も縮小しちまったしなぁ…。武闘派の時代も終わりかもな」

 

前の運転席に座っていた瑠偉が後部に振り向いて口を開く。

 

「問題は違法収集証拠よ。刑事事件では使えないわ」

 

司法国家機関は違法盗撮・盗聴が証拠にならないようにしている。

 

国家冤罪に結びつく危険が大きいからだ。

 

丈二もそれは承知しているため蒼海幇に協力を得ている。

 

被害に合った海運会社の社長達は蒼海幇の組合にも入っているため、捜査協力を得られたようだ。

 

「許可を得ている私有地での合法的な証拠集め。これなら依頼人が責任を追求される心配はない」

 

「被害者達のご子息の安否も気になるが、見つけ出せるかは連中を吐かせる以外に無いだろうな」

 

「動きを見せるまでは…長丁場になりそうだ」

 

根気良く粘るしかないと判断した尚紀達は張り込み捜査を続けていくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

香港は中国黒社会の首都と呼ばれ、諸問題の解決のため警察が三合会を利用していたといわれる。

 

三合会(サンホーフイ)とはどのようなマフィアなのだろうか?

 

構成組織のうちで有名なものとしては以下のようなものがある。

 

14K、潮幇(新義安の上部組織)、和字頭(和勝和の上部組織)等で構成されているようだ。

 

その影響力は香港を中心に世界中の華人社会にまで至る。

 

日本に浸食するチャイニーズ麻薬・覚醒剤。

 

それを製造、出荷する組織が大陸の黒社会ならば地域で販売するのが日本のヤクザである。

 

新興都市である神浜市という大きな市場に根を下ろしたい指定暴力団は数多い。

 

それらの幹部が今、香港の黒社会の代表である三合会へと接触を図っていた。

 

「これはこれは…よくぞ、おいでくださいました李王虎(リー・ワンフー)様」

 

神浜市某所の高級ホテル内に儲けられた秘密会合の場。

 

ここには日本の広域指定暴力団の幹部達が軒を連ねるように集まっている。

 

秘密会合の場に現れたのは、南凪港で見かけた若い青年である中国人。

 

中国黒社会を纏める一族である李家の嫡男と言われる男の存在に対し、全員が息を飲んだ。

 

「貴方様が…今回の日本でのビジネスの指揮を執るとお聞きして我々も是非協力を…」

 

「…世辞はイイ。要件だけヲ、俺は伝えル」

 

発音が少々おかしい片言の日本語であるが彼は日本語を理解し、喋る事も出来るようだ。

 

奥の席に座り、ビジネス談義となっていく光景が続く。

 

中国黒社会と日本のヤクザとの繋がりは深い。

 

日本人でなければ出来ない仕事を処理して手数料の一部を受け取っているに過ぎない関係。

 

それでも旨味はあまりにも大きいと言われている。

 

100人の密航を成功させると一度に2000万円が手に入る。

 

それを10回重ねれば2億円のビックビジネスだと言えば分かるだろう。

 

麻薬ビジネスと密航ビジネスは巨大ビジネス市場。

 

南凪港という黒社会拠点を中心にして日本全国の華人社会にビジネスの輪を広げる。

 

王虎の計画を暴力団幹部達も聞き入り、皆が承諾していった。

 

……………。

 

ビジネス談義を終えた彼は今、ホテル屋上の最高級フロアの一室にいる。

 

シャワーを浴び終えた筋肉質な裸体が濡れたまま部屋に出てくる。

 

股間にぶら下がっているのはもちろん男性器。

 

よく見れば皮が切除されている手術痕が見える。

 

これはユダヤ民族の男性が13歳の成人を迎えた時に受ける宗教的割礼痕だった。

 

横に一直線と連なる窓辺に立ち、この街の夜景を見つめる姿を見せる。

 

晨曦……可怜嘅女人(チェンシー…哀れな女だ)

 

彼が口に出した人物の名とは、かつてのペンタグラムリーダーを務めた魔法少女の名前だ。

 

青幇の上部組織とも言える紅幇の重鎮として繋がりがあったのやもしれない。

 

真係唔敢相信你會被犧牲(お前が生贄に選ばれるなんてな)

 

目を瞑り、彼女と初めて出逢った日の事を思い返す。

 

李家の嫡男として産まれ、支配者としての人生を生きてきたが退屈していた人物がいた。

 

そんな人物として生きた李王虎が出会った人物とは、青幇に入ってきたチェンシーだった。

 

彼女は周りの者達とは違ったようだ。

 

己の力に絶対の自信を持ち、上の存在であろうが平伏さない。

 

彼の態度が気に入らないと食って掛かり、大騒動になりかけた。

 

そんな彼女の態度に興味を示し、散打を挑んだことが彼にはある。

 

彼女の実力は凄まじく、拳法においては絶対の自信を持っていた彼と互角に戦えたようだ。

 

もっとも彼女は人間のフリをして挑んだに過ぎない。

 

人間の技量の部分でのみ互角であったのは、彼自身も感じ取っていた。

 

それ以来、彼女に対して周りと同じ態度をしなくても構わないと許可を出す。

 

その上で互いが拳法の上では競い合い、ビジネスの上でも協力関係を築くことが出来た。

 

王虎にとっては、チェンシーは特別な存在だったようだ。

 

對你來說、包括我在內嘅人係毫無價值嘅(お前は俺も含めて…人間は無価値だった)

 

王虎がいくら彼女を特別扱いした上で対等な関係を築こうと望んでも、思いは伝わらない。

 

かつてのチェンシーが何を掲げて1・28事件テロを起こしたのかは言うまでもない。

 

魔法少女至上主義とも言える選民主義を掲げた者だった。

 

彼は右手を持ち上げ、握り締める。

 

拳は迷いを感じているかのように震えていた。

 

……同我哋一樣(我々とて同じだ)

 

ユダヤである我々こそが、非ユダヤを支配出来る。

 

旧約聖書においては、唯一神から地上の支配権を与えられたのがゴイと呼ばれるユダヤ民族。

 

ゴイ(ユダヤ)である者達は非ユダヤであり異教徒達の事を複数形でこう呼ぶのだ。

 

差別語として知られるゴイム(非ユダヤ)である。

 

互いが選民思想故に相容れるはずがなかったのだが…彼の表情は重い。

 

如果你皈依宗教,成為猶太教...(お前が改宗して宗教ユダヤになっていれば)

 

例え異教徒であろうとも、救いの手を差し伸べるチャンスがあったかもしれない。

 

そう考えずにはいられない王虎には特別な思いがある。

 

彼女が生贄に選ばれたと聞かされた時も、1・28事件の映像を見ていた時も動揺した。

 

誰が死のうが何も感じない支配者としての人生を生きてきた筈なのに、胸が締め付けられた。

 

魔法少女としての彼女に差別されても、思想の上で相容れなくても、彼女を気に入っていた。

 

李王虎はチェンシーを愛していたのだ。

 

迷いを払うように放つ右拳。

 

空を切り裂き、衝撃が目の前に広がる巨大ガラスに放たれる。

 

…世界遲早會結束嘅(いずれ世界は終わる)

 

窓に亀裂が入っていく。

 

只有猶太人民才能生存(生き残れるのはユダヤ民族のみ)

 

――一切都按照路西法大人嘅旨意進行(全てはルシファー様の御心のままに)

 

巨大ガラスが無数の亀裂によって砕け散る音が響く。

 

……我哋喺地球上創造了一個烏托邦(我々こそが地上に理想郷を産み出す)

 

ユダヤにとって死後の世界は存在しない。

 

旧約聖書を尊ぶユダヤ民族にとって、人間とは塵で出来た存在。

 

死ねば土に帰るだけだと考える宗教的思想を持つ。

 

だからこそ、ユダヤは世界一のリアリストとも言える。

 

理想を理想で終わらせず、生きているうちに実現させなければならないと考えるだろう。

 

ユダヤにとって宗教的であり文化的な地上の楽園を生み出そうと考える思想がある。

 

それこそが()()()()()と呼ばれるユダヤ的ルネサンス運動であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日本の中国黒社会、もしくは不良グループに属している者達の犯罪で共通している動機がある。

 

日本は刑も軽いし警官は殴らない上に発砲しない。

 

また日本人は防犯意識が薄いなどであった。

 

現在の南凪区では、中国黒社会の大物が訪れているという噂が飛び交う光景が続いている。

 

彼に貢ぎ物を渡し、組織に取り入ろうとする中国人犯罪グループの事件が横行しているようだ。

 

南凪路に向かう尚紀に声をかける人物が手を振ってくる。

 

「あっ!尚紀さーん!」

 

張り込みで神浜に滞在しているため、買い出しに訪れた尚紀に声をかけたのは広江ちはるである。

 

「またお前か…今は仕事で忙しい。探偵ごっこに付き合う暇はないんだ」

 

「私の尾行バレバレだったよぉ~。だからね、尾行するんじゃなくて傍にいる事にしたんだぁ」

 

「傍にいるだと…?」

 

「尚紀さんがどんな生き方してるのかなぁ~って、私は知りたくなったんだぁ」

 

ちはるは尚紀の事をろくに知らない立場である。

 

それなのに勧誘をしていくのは押し売りに思われても仕方ないと判断したようだ。

 

「お前は押し付けがましい静香やすなおに比べたら柔軟だな。相手の感情を考える想像力がある」

 

「探偵捜査は犯人の考えや感情を想像し、それによって相手の未来に先回りする」

 

「その通りだ。よく知っているな?」

 

「宿無し探偵等々力耕一から多くの探偵心得を学んだんだよ♪」

 

「そうか…だが付き纏うな。仕事中だって言ったの忘れたか?」

 

「えっ!?もしかして今…本職の探偵中!?うわーっ!うわーっ!私もお供したい!!」

 

「子供の遊びじゃないんだぞ」

 

「でもでも~どうしても付いて行きたい!!私…将来憧れの探偵になりたいの!」

 

子供のようにはしゃぎ出す彼女に溜息をつく彼の表情が変わる。

 

「えっ、ちょっと!」

 

何かに気が付いた彼に手を引かれ、2人は路地裏に隠れる。

 

視線を移す先にあるのはビル内の会社事務所前に駐車してあるミニバン車両。

 

ビルの周りには数人の男達が彷徨き、携帯電話を持ちながら辺りを警戒する素振りを見せた。

 

「な、なんなの…あの人達がどうかしたの?」

 

「東京を荒らす外国人の組織犯罪手口と似ている…緻密に役割を計算していやがる」

 

「もしかして…窃盗犯!?ど、どうしよう…警察に連絡しなきゃ!」

 

「車のナンバーを覚えていろ」

 

会社の現金や預金通帳など盗みとった品が入るバックを抱えながら出てくる者達。

 

ビルから急いで飛び出してくる者達とは、覆面を被った外国人だと思われる。

 

見張り役と共に急いでミニバンに乗り込み、急発進しようとした時だった。

 

做乜嘢唔繼續呢!?(なぜ進まない!)

 

運転手がアクセルを踏み込むが後輪は空回りし続ける。

 

一気に後部が持ち上げられ、窃盗犯達が慌てて後ろを振り向く。

 

「ここは駐禁だ。その上で窃盗罪など余罪の上乗せだな」

 

リヤバンパーを両手で持ち、車体を持ち上げていたのは尚紀である。

 

「てぇーへんだぁ!!天下の大通りで盗人共が現れたよーっ!!」

 

後ろを振り向けば、時代劇の岡っ引きが警察手帳の代わりに使っていた十手を持つ人物の姿。

 

逆の手には捕縄のようなワイヤーを持つちはるが声を張り上げる。

 

彼女の大声に反応したのはこの街の互助組織に属する者達だった。

 

「なんだ!?泥棒かよ!!」

 

「俺たち蒼海幇の縄張りでいい度胸しやがって!!」

 

大勢でミニバンを取り囲みドアを開け、中の窃盗犯たちを引きずり出して地面に押さえつける。

 

「神妙にしやがれってんだよぉーっ!!」

 

ちはるも入り込み、慣れた手付きでワイヤーを用いた拘束を行ってくれたようだ。

 

「見事な捕縄術だ。それも探偵ドラマでやってたのか?」

 

「えへへ♪これは私の趣味っていうか…探偵だけじゃなく、警察や時代劇も憧れなんです!」

 

「趣味が高じて逮捕術にも精通しているのか?将来は立派な探偵になれるだろうな」

 

「本当!?本職の探偵さんからお墨付き貰っちゃったよ~♪」

 

拘束されて並べられた窃盗犯の1人に尚紀は近づく。

 

帶我去酋長嗰度(首領のところに案内しろ)

 

你會說廣東話嗎!?(広東語が喋れるのか!)

 

我明白你就係香港人(お前達が香港人なのは言葉で判る)

 

唔好噉!如果你講話你會被黑人社會殺死嘅!(やめてくれ!喋ったら黒社会に殺される!)

 

你而家想讓我死嗎?(今この場で殺されたいか?)

 

胸ぐらを捕まれ脅された1人が立たされ、彼に無理やり歩かされる。

 

「ちはる、今日はもう帰れ。これからこの街は騒がしくなってくるだろうからな」

 

そう言い残し、彼は上との繋がりを吐かせるために連行していく。

 

見送るちはるは心配そうな顔つきだ。

 

「大変だよぉ…外国人犯罪グループがこの街で暗躍してるなんて!」

 

彼女は日の本を影から守る一族に属する者。

 

ちはるも残りの窃盗犯達を住民達に任せ、急いで水徳寺に向けて走っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

組織性の高いグループでは首領は犯行現場に立ち会わない。

 

犯行日時や場所、被害品の本国への郵送に収益の配分や上納金額準備など事務的な事が殆どだ。

 

また日本人共犯者のスカウト等の準備も首領には必要であった。

 

時刻は夜となった南凪区ベイエリア。

 

繁華街を歩く夏休みに入ったばかりの学生達に声をかける外国人グループが見える。

 

その光景に向けて物陰からシャッターをきり続ける人物とは観鳥令だ。

 

カメラを持つ左手の中指にはソウルジェム指輪も見えるため、彼女も魔法少女なのだろう。

 

「アイツら、お前の固有魔法の網に引かかた連中ネ、令?」

 

突然の声掛けにビックリして後ろを振り向く。

 

「うわっ!?仕事中にいきなり声をかけられると観鳥さんもビックリするよ…美雨さん」

 

パーカーに長い後ろ髪を収め、ジーンズとシューズを履いた姿の美雨も隠れて様子を伺う。

 

「すまないネ。でも撮影中だろうが敵は容赦しないヨ、警戒怠るよくないネ」

 

「肝に銘じておくよ。仰る通り、観鳥さんの固有魔法である確実撮影に引っかかった連中だね」

 

彼女は南凪自由学園の魔法少女。

 

シャッターチャンスを逃さないようにしたいという願いによって契約した人物。

 

彼女の固有魔法は事件捜査においては強力な力を示すだろう。

 

そのため学校生活において観鳥令は周りから恐れられている人物でもあった。

 

「アイツら、日本人の学生使て麻薬売買している外国人グループかもしれないネ」

 

「うちの学校でも麻薬ビジネスの配達人がいるんだ。決定的瞬間を抑え込んで警察に告発したい」

 

「ゴシップ記事を書く新聞部にしては、身の程を知らない危険な行為ヨ?」

 

「観鳥さんは善悪にこだわらない社会の真実だけを切り取り、新聞に掲載する」

 

「日本人は平和ボケし過ぎてる。自分だけは大丈夫だなんて思うな…お前の口癖ネ」

 

「人は無根拠な世界だけを見たがる悪癖がある。だからこそ、警鈴を与えたいのさ」

 

「それが日本人達の危機意識を高めてくれると信じてるネ?」

 

「観鳥さんの記事が社会を救うんじゃない、真実に気がついた民衆達が救うんだ」

 

「令の記者魂に裏付けられたジャーナリズム哲学は私も好きネ」

 

視線を犯行グループに戻す。

 

何かを渡された学生達から離れていく外国人グループが去って行く。

 

上着のパーカーを目深く被った2人は静かに後をつけていくのだ。

 

彼女達がやってきたのは南凪路の中華街とほど近い無人の雑居ビル。

 

「恐らくここが連中の根城ネ。中に入り込んで行くヨ」

 

「観鳥さんは向かいのビルから中を撮影しようと思うけど、美雨さんはどうするんだい?」

 

「乗り込んで打ちのめすネ。この街で暗躍するチャイニーズマフィアとの繋がり吐かせるヨ」

 

彼女の愛用品である指ぬきの黒革手袋をギュッと両手に嵌め込む。

 

「お前は手を出さなくていいヨ。相手は人間、魔法少女の魔法の力使たら殺してしまうネ」

 

「観鳥さんは魔法の力が使えないならか弱い女の子だよ。ここは荒ごと好きな美雨さんに任せる」

 

スカーフとパーカーで頭部を隠した美雨が雑居ビル内に入っていく。

 

令は向かいのビルの非常階段に向けて走っていった。

 

薄暗い雑居ビル内は半ば廃墟化しており、壁には至る所に中国語の落書きが刻まれている。

 

空き缶や煙草の吸殻が散乱した階段を登り、人の気配がする上の階に進む。

 

(…いるネ)

 

廊下の角から向こう側を確認し、見張りをしている2人の男を見つけたようだ。

 

你聽到今晚嘅事呀?(今夜の話を聞いたか?)

 

係關於港口嘅貨物啊?(港の積荷の件だろ)

 

美雨は静かに聞き耳を立て続ける。

 

話の内容とは今夜の取引内容についてだ。

 

日本のヤクザも大勢集まる規模の武器密輸が行われるという内容。

 

中でも彼女が気になったのは、李家の嫡男が視察に来るという情報だった。

 

この街を荒らしている犯行グループのボスは上納金を片手にその人物と接触を図りたいようだ。

 

<<告訴我呢個故仔!!(その話、詳しく聞かせるヨ!)>>

 

2人の男が美雨の声がした方に振り向いた時にはもう遅い。

 

做乜呀!?有咩大驚小怪嘅!!(なんだ!なんの騒ぎだ!)

 

事務所として機能していた廃墟の一室から聞こえる叫び声。

 

上納金を数えていたボスと思われる丸いサングラスをかけた痩せ男が扉の向こうに大声を放つのだが…。

 

唔係啩ーーー!!!(ぐわーーっ!)

 

見張りをしていた男の1人が扉ごと蹴り込まれ事務所内に倒れ込む。

 

扉の入り口から入ってきたのは、頭部を覆い隠す小柄な少女。

 

係我哋嘅城市(ここは私達の街ネ)

 

覆面で覆われた裏側には怒りの表情を隠し持つ美雨が威圧的に中に入り込む。

 

我唔要畀佢好似你一齊做(お前達の好きにはさせないヨ)

 

不你……蒼海幇!?(まさかお前…蒼海幇か!)

 

告訴我今晚嘅交易(今夜の取引内容を教えるネ)

 

美雨は抱拳礼を行った後に独自の拳法の構えを行う。

 

殺咗佢!!我唔可以阻今晚嘅交易!!(殺せ!邪魔されるわけにはいかない!)

 

事務所内にいた中国拳法に覚えのある男達が一斉に襲いかかってくる。

 

「かかてくるネ!!」

 

左回し蹴りを右腕で止め、連続の右横蹴りを後方に身を回転させながら回避移動。

 

左突きを止め、彼女の前蹴りを相手は払い、続く左裏拳を身を引くめて避ける。

 

右手刀を彼女に打ち込むが右腕で捌くと同時に掴み、右膝関節を蹴り込む。

 

「食らうネ!!」

 

体勢が崩れた相手の後ろ首に右膝裏を絡めつけ、垂れ下がる蛍光灯を掴みながらの跳躍攻撃。

 

唔係啩!!!(あがっ!)

 

飛び上がりながら左踵を顔面に打ち込み、1人を倒す。

 

哦哦ーーーッッ!!!(ウォォォォ!)

 

続く相手の左右突きを払い、右肘を左腕で止めたが背後から別の男の飛び蹴りが迫る。

 

「チッ!」

 

飛び込み蹴りを放つ背後の一撃を身を回転させて避け、勢いのまま後ろ蹴りを放つ。

 

哇ーーッッ!!(ぐわーッ!)

 

背後の男を蹴り飛ばすが、即座に向き直る。

 

突きに対し身を低めて避け、右鉤突きを左腕で止め、前蹴りを男に放つ。

 

後ずさる男が右突きを放つ瞬間両手で掴み、体勢を一回転させながら逆関節を決める。

 

「ハアァーッ!!」

 

そのまま一気に足首を蹴り込み、男は一回転しながら地面に倒れ込む。

 

呵呵!!!(ぐふっ!)

 

トドメの踵蹴りを頭部に放つ彼女の背後から迫るのは、消防斧を持った男の一撃が迫る。

 

だが心配する事はない。

 

美雨には頼りになる守護者が外に控えていたのだ。

 

唔係啩!!?(あがっ!?)

 

突然窓が割れ、外から飛来した大きなゴム弾めいた飛び道具が直撃して男は弾き飛ばされる。

 

割れた窓の方を彼女は振り向くと、向かいビルの非常階段踊り場にいたのは魔法少女の姿。

 

アンティーク調の模様が入ったバズーカを構えた観鳥令の援護射撃だった。

 

<誓って殺しはやってません。これでいいんだろ、美雨さん?>

 

念話を送り、微笑みながら親指を立てるサムズアップを見せてくる。

 

遠くからでも分かる彼女の表情を見た美雨も外に向けて頷く姿を返してくれた。

 

<それでいいネ。魔法少女は人殺しの外道に堕ちるべきじゃないヨ。夢と希望を叶える存在ネ>

 

残ったボスに振り向くが、現場にはいない。

 

<非常階段だ!!>

 

窓に駆け寄り下を見ると、非常階段を使って脱出していたボスがいた。

 

「逃さないヨ!!」

 

割れた窓から一気に地上に飛び降り、着地と同時に小さくなっていく悪党の背中を追いかける。

 

逃げる方角は神浜中華街である南凪路方面。

 

おそらくは新華僑達に匿って貰う魂胆なのだろう。

 

中華街で始まる魔法少女と悪党とのチェイスバトルが開始されていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

犯罪グループ首領のビルに向かおうと歩く尚紀と、顔面痣だらけとなった窃盗犯が道を進んで行く。

 

下次你講大話時我會縮小範圍嘅(次も嘘なら絞め落とすぞ)

 

今次係真嘅!所以唔好再打我啦!!(次は本当だ!もう殴らないでくれ!!)

 

不意に美雨の魔力と大東区で感じたことがある魔法少女の魔力の気配を感じる。

 

ビルの前に来るとそこに立っていた人物とは美雨の仲間である観鳥令だった。

 

「あ…お兄さんはもしかして、美雨さんが言ってた…めっぽう強いっていう東京の人?」

 

「お前は美雨の友人か何かか?」

 

「観鳥令。こう見えて学生新聞の記者さ」

 

「美雨は一緒じゃないのか?」

 

「それが…お兄さんが連れてる怪しげな外国人のボスだと思う人物を追っていったんだ」

 

一足遅かったのだと分かった尚紀は忌々しい表情を浮かべながら舌打ちを行う。

 

「あいつ…先走りしやがって。何処に向かった?」

 

「南凪路だよ。美雨さん…独りで抱え込む悪い癖があるから…観鳥さんも心配でね」

 

「こいつを任せる。煮るなり焼くなり好きにしろ」

 

窃盗犯を突き飛ばし、力強く地面を踏みしめながら美雨の後を追う。

 

残された哀れな男を見つめる令の表情は…不気味な程にこやかな笑顔を向けてくる。

 

「さーて、観鳥さんは~…おじさんをどうしちゃおっかなー♪」

 

係一個!!!今日係厄運日!!!(ヒイーッ!今日は厄日だ!)

 

冷や汗が出まくる男は感じているようだ。

 

とても怖い女に捕まったのだと。

 

……………。

 

現在の場所は南凪路。

 

時刻は19時を超えており夏の太陽も沈みきる夜の帳が下りる頃。

 

「待つネ!!観念するヨ!!!」

 

全力で走る彼女は呼吸の邪魔になるスカーフを外している姿のまま街を駆け抜ける。

 

狗屎!!係一個唔聽從嘅細路女!!(糞っ!しつこい小娘だ!)

 

上納金が入ったアルミケースを左手で持つボスが息を切らせながら走り続ける。

 

南凪路は道路にはみ出している屋台も多く、仕事帰りや観光客を相手に今日も盛況だ。

 

賑わいの中に突撃していく慌ただしい2人を見て、慌てた表情を浮かべる観光客達を超えていく。

 

食!!!(食らえ!)

 

道行く通行人を片手で払い飛ばし、進行の障害物を産み出していく。

 

「無関係な人を使うの良くないネ!」

 

障害物とされた人々の中に向けて彼女は迷いなく突撃を行う。

 

左右に避け、真ん中の人物に向けて跳躍して両肩を掴み、倒立からの一回転着地で超えていく。

 

走るボスは横に見えた建設中ガードフェンスに飛び移り、向こう側へと移動。

 

「大人しくするヨ!!」

 

唔係!!!(嫌なこった!)

 

大きく跳躍して向こう側に着地した彼女は追跡の手を緩めない。

 

工事現場の足場工事に使われる骨組みが纏められたものを見つけ、ボスは支え棒を蹴り倒す。

 

次々と荷崩れした骨組みの山に対し、美雨は大きく跳躍。

 

前転着地した美雨は走り続ける姿を崩さない。

 

大ーーッッ!!!(うおーっ!)

 

通路の横で足場の骨組みが組まれていた端を掴み、力任せに通路に目掛けて倒し込む。

 

頭上から骨組みがばら撒かれた光景を見上げた彼女は大きく跳躍を行う。

 

「ヤッ!!!」

 

鈍化した世界。

 

後方バク転中に足先を水平にし、落下する骨組みの隙間を潜り抜けるバク転着地を見せた。

 

唔係!!唔係!!!(来るな!来るなぁ!)

 

大通りに出たボスは店の看板や椅子を彼女に目掛けて投げつけていく。

 

加速のまま飛び前宙を繰り返し、足元に投げつけられる障害物を飛び超える。

 

埒が明かない状況であったが、ここは彼女のホームグラウンド。

 

彼女の味方をする者が現れるのだ。

 

<<嘿、瓦卡佐! 把這個扔出去!!(おい若造!これも投げろ!)>>

 

前の方から聞こえた声に反応し、投げ渡された品を右手でナイスキャッチ。

 

熱好好好好好好!!!?(熱いーッッ!?)

 

投げ渡されたのは出来たて熱々のパンダまん。

 

火傷に苦しみ動きが止まった相手に向けて、彼女は右肘を振りかぶる。

 

「チェーストォォ!!」

 

哦哦哦哦哦!!(ああああ!)

 

右肘鉄を顔面に受けたボスはついに仰向けになりながら地面に倒れ込む。

 

弾みで空に投げてしまったパンダまんが遅れて落ちてきたが、美雨が右手でキャッチ。

 

「ハァ…ハァ…。今はパンダまんより飲茶が飲みた……熱いヨ!!?」

 

慌てて両手でパンダまんを支え直し、食い物を粗末にするわけにもいかず悪党の口にねじ込む。

 

(哦哦哦哦哦!!哦哦哦哦哦!!!)

 

口の中が大火傷中のボスの呻き声が続いていくのだが、静かになってくれたようだ。

 

「ホッホッホ。チェイスバトルを制したのは、うちの美雨じゃったのぉ」

 

後ろに両手を組んで歩いてきたのは蒼海幇の長である長老であった。

 

「こいつがこの辺を荒らし回っておる窃盗犯グループのリーダーじゃな?」

 

「今から尋問するネ」

 

灼熱地獄の夢を見ているような苦悶の表情をした悪党に対し、さらに往復ビンタを美雨は行う。

 

悪党の首領は無理やり起こされ正座させられる始末。

 

对唔住我好抱歉…我感覺好多了……(ごめんなさい…調子こいてました)

 

「お前が知てることを全部吐くネ。それとも…もとパンダまん食いたいカ?」

 

絶対に逃げられない状況に追い込まれたため、渋々全ての情報を美雨に伝えていくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

遅れてやってきた尚紀が長老に声をかけてくる。

 

「マスター!美雨は何処に行った?」

 

彼に振り向く長老だったが、答えを返すかのようにして首を横に振る。

 

「タッチの差じゃ。今しがた南凪港に向けて走っていきおった…ワシの制止も聞かずにのぉ」

 

「コイツから何を聞き出したんだ?」

 

地面に倒れていたのは、用済みとなったため美雨にどつかれて失神した哀れな人物。

 

長老から事情の説明を受け、彼の表情も厳しくなる。

 

「馬鹿野郎!!いくらなんでも不殺を貫く美雨1人でどうにか出来る状況じゃねーだろ!?」

 

「判っておる。ここは警察に任せるべきだと言ったのじゃが…あの子の悪い癖じゃ」

 

「…蒼海幇は動かないのか?」

 

「皆に知らせれば…血の気の多い連中が武器を片手に港に集合するが…血の海となる」

 

「…たしかにな」

 

「ワシらも武闘派と呼ばれたのは2世までだと語ったことがあるじゃろう」

 

「ああ。3世の世代は争い事を嫌い平穏を好むと聞いている」

 

「ワシは若者達をこれまで通り争い事に巻き込むべきか…迷うのじゃ」

 

「この街の長として、これ以上暴力の道を突き進むのはイヤになったか?」

 

「美雨のような若者がまた犠牲となっていく…あの頃の時代もそうじゃった」

 

目を瞑り、蒼海幇の歴史を振り返る長老の表情は苦悶に満ちている。

 

どれだけの血が流され、尊い命が犠牲となり家族を泣かせたのかは言うまでもない。

 

「前に話した償いの道に反する…そう考えているのか?」

 

「そうじゃ。もう若者達を血で血を洗う世界に巻き込みたくない。血塗れになっていいのは…」

 

「俺達みたいな人殺しだけで十分…だろ?」

 

踵を返し、南凪港に向けて尚紀も走っていく。

 

途中、ライダースジャケットの上着の内ポケットに入れていたスマホが鳴り出す。

 

通話ボタンをスライドさせれば、張り込み捜査を続けていた丈二の声が聞こえてくる。

 

「尚紀か?港で動きがあったんだが…不味いぞ。本国から兵隊まで連れてきていたようだ」

 

「どんな状況だ?」

 

「監視映像から見るに、腰道具(拳銃)どころじゃない…散弾銃やロシア製短機関銃も見える」

 

「余程の大物を守る警備体制ってわけかよ…」

 

「こいつはマルタでどうにか出来る状況じゃねぇ。都道府県警察本部に連絡するべきだ」

 

「特殊急襲部隊を向かわせるつもりか?あそこには今…俺の知り合いが飛び込んでいるんだ」

 

銃撃戦になれば美雨まで巻き込まれると考える尚紀の声にも焦りの色が浮かぶ。

 

そんな態度の尚紀に向けて、探偵事務所所長である丈二は釘を刺してくる。

 

「尚紀…いいか、俺達は探偵だ!情報を売るのが仕事であり、それ以上の事は範疇外だ!」

 

「だが…!」

 

「物事を弁えないと…大勢の人間が生きるか死ぬかの鉄火場に巻き込まれるんだよ!」

 

丈二の判断は正しい。

 

それでも尚紀には抑え込めない正義感が沸き起こり続けてしまう。

 

探偵の世界で生きようとも、まだ青臭さが残っている。

 

自分を客観的に見てくれる丈二の言葉に論され、己の判断に疑いを向けていく。

 

「思い上がりなのか…?俺が世話になった連中に肩入れするのは…?」

 

かつて自分を救ってくれた人々に対し、炎を運ぶ者となってしまった苦い記憶が蘇っていく。

 

(俺が美雨達を大事に思えば思うほど…あいつらを炎で焼く日がくるのか?)

 

握り込んだ拳が震え続ける。

 

彼は決断するかのようにして、低い声を丈二に伝えてくる。

 

「…判った。引き続き探偵として情報を追う。物事を弁えない行動はしない」

 

「…ここは警察に任せろ。これだけの状況証拠があるのに動かない警察など税金泥棒共だ」

 

「通報は任せるよ…」

 

スマホの通話を終えた彼は静かに街を歩き続ける。

 

頭の中では理解していた。

 

これ以上誰かと深い関係になるべきではないということが。

 

だからこそ最後の家族と呼べるだろう杏子から距離をおき、今でも東京で独り生きている。

 

それでも、心の中に宿る逆鱗が咆哮を上げるかのような熱い感情が迸る。

 

「俺の心が叫び続ける…叫び続けるんだよ…救いたいとな」

 

東京に旅立ってからも佐倉一家に手を差し伸べてきた彼の善意は、()()()()()()()()

 

恩によって彼の心は鎖のように拘束されてしまう。

 

放任主義と呼べる薄情な選択の自由よりも、皆の幸福を願うたった1つの秩序を望んでしまう。

 

美雨や長老達が築き上げてきた蒼海幇から与えられた恩もまた、彼の心を縛り上げた。

 

不意に視線が何処かに向けられる。

 

もう閉店間際になっていた中国の民族衣装を取り扱う店がそこにはあった。

 

おもむろに店内に入り、品を流し目で見つめていく光景が続いていく。

 

店の奥で見つけた品を見た彼の顔つきが変わっていく。

 

その表情は決断したかのような迷いの無さを感じさせる程であった。

 

「…店主はいるか?こいつを買わせて貰う」

 

()()()()()()()()()()に興味があるのかい?若いのに珍しいね」

 

「クレジットで支払えるか?」

 

支払いを済ませ、彼は店の奥にある更衣室に品を持っていく。

 

暫くして、更衣室から出てきた尚紀の姿を見た店主が慌てだす。

 

「お、おい、若い兄さん…何考えてるんだい!?」

 

「俺の服を預かっておいてくれないか?礼は弾む」

 

恩の鎖で心を縛られた者は振り向きもせず、店から出て行ってしまったようだった。

 

……………。

 

古代シュメール神話の最高神であるエンリル、エンキを紋章として掲げるのが世界最高権威達。

 

その中でも特徴的なのが英国王室の紋章だろう。

 

エンリルを模した獅子、隣にいるエンキを模したユニコーン。

 

だが見て欲しい。

 

ユニコーンの首には王冠が首輪として固定され、鎖で地面に固定されているのだ。

 

自由を司るエンキを支配するのは秩序であるエンリルである事を示していると言われている。

 

英国は秩序たる獅子の国なのだと表現しているものなのだろう。

 

これからもエンキの紋章たるユニコーンは、英国王室の紋章として鎖に繋がれ続けるだろう。

 

恩という鎖に繋がれた新たなるエンキと呼ばれし一角獣の悪魔…人修羅のように。

 




読んで頂き、有難うございます。


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92話 ドラゴンタイガーゲート

厳戒態勢とも言える状況である南凪港の埠頭。

 

倉庫街には次々と日本の指定暴力団の幹部を乗せた車両が入っていく。

 

「カシラ、ご足労お疲れ様です」

 

先に到着していた組員達がお辞儀をし、若頭が乗る後部座席のドアを開ける。

 

「今夜の取引は大規模になる。末端の兵隊にやらせるわけにはいかねぇ」

 

今まで分解して小さい規模でしか運べなかった武器密輸も、港を拠点にすれば大量に手に入る。

 

「港の周囲はどうだ?」

 

「三合会の兵隊が警備してます。全員チャカではなく、輸送した品で武装してる物々しさですぜ」

 

「今夜は中国や世界の華僑社会を裏側から支配している一族の嫡男が視察にお越しになられる」

 

「だからカシラもお越しになられたのですね。先方に失礼のないように」

 

「そういうことだ。今夜は何が起こるか分からねぇ…警戒を怠るなよ」

 

組の若頭と組員が緊張した顔つきで移動を開始。

 

港の倉庫街の中でも一番大きい倉庫の中へと入っていった。

 

淀んだ空気漂う南凪港の夜。

 

侵入者を生かして返すことはないだろう殺伐とした空気を肌で感じさせる程だ。

 

そんな恐ろしい場所の近くにいるのは、倉庫街の周囲を覆うフェンスの外にいる美雨の姿。

 

「人の気配が大勢するヨ…。しかも…全員殺気立てるネ」

 

恐らくは今まで経験した事がない程の騒動になる予感を彼女は感じている。

 

自分独りで対処出来るのかと不安になっていく。

 

「私は魔法少女…その気になれば固有魔法の事実偽装を行て…包囲を突破するのは容易いけど」

 

彼女は迷う。

 

今の自分は何者であるのか?

 

そしてこの問題は魔法少女の使命なのかと。

 

「私は()()()()()()()…魔法少女の純美雨として来てはいないヨ」

 

たとえ悪者の人間が相手でも、魔法を使うならば悪魔の如き弱肉強食の光景にしかなり得ない。

 

絶対者が弱者達に魔法という加害行為を行うも同然の有様だと生真面目な彼女は考えてしまう。

 

彼女が用いる固有魔法とは事実偽装。

 

直接人間を操る、もしくは危害を加える類の固有魔法ではない。

 

人間を騙す類の魔法であるが、佐倉杏子の幻惑魔法と同じく加害行為としても利用出来てしまう。

 

困った事態になったなら、魔法少女は人間社会に向けて魔法を行使するのは仕方ない。

 

そんな理屈で正当化出来るのならば、あらゆる弊害が生まれる事ぐらい美雨も理解している。

 

だからこそ加害行為の前例を生み出す最初の魔法少女になるわけにはいかないと腹を括るのだ。

 

「死ぬかもしれない…それでも私は人間としての私の道を行くネ」

 

――蒼海幇に入ると決めた時から…覚悟していたヨ。

 

意を決し、フェンスを大きく跳躍して中に侵入。

 

そんな彼女に追いつこうと、何人かの若い蒼海幇の男達が武器を片手に走ってくる。

 

「美雨を見かけた時のあいつの表情…やっぱりこういうことだったか」

 

「独りで無茶ばかりしやがって!俺達は…この街を守る蒼海幇の仲間達だろ!!」

 

遅れてやってくる人物がいる。

 

中国拳法の白蝋棍を杖の代わりにしている青年だ。

 

「おい…お前まで来ることなかったのに。まだ本調子じゃないんだろ?」

 

「構わないでくれ…俺が生きていられたのは、美雨が俺の命を優先してくれたからだ!」

 

彼はかつて美雨に命を救われた人物。

 

過去の美雨拉致事件の際に刺された被害者であった。

 

「俺は絶対に美雨を見捨てない…俺にとっては命の恩人だからだ!」

 

「そうだ!美雨はいつだって…この街と蒼海幇のために命がけで戦ってくれる…俺達の恩人だ!」

 

「俺たち蒼海幇にとって大切な人間を…絶対に死なせるもんかよ!!」

 

男達も覚悟を決めてフェンスを登っていく。

 

心が恩の鎖に繋がれている存在は…尚紀だけではなかったようだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

コンテナ街とも言えるコンテナヤードから離れた位置にある倉庫街。

 

ここでは現在、卸した商品の商品説明会のような雰囲気に包まれている。

 

「凄い品々だな…これなら戦争が出来るぜ」

 

並べられた品の数々。

 

95式自動歩槍、67式汎用機関銃といった中国の人民解放軍で使われる銃の数々。

 

目を引くのは中国軍の新型重機関銃の14.5mm3銃身ガトリング機関銃まで並べられていた。

 

「香港が中国に返還されて以来、香港黒社会と中国は蜜月関係ってのも頷ける光景だな」

 

三合会の者から商品説明を受けている日本のヤクザ構成員達の光景が続いていく。

 

二階の事務所内では幹部が集まり商談の席が設けられていた。

 

会合の奥の席に座っている人物こそが李家の嫡男、李王虎だ。

 

値段をふっかけられた日本のヤクザ達も顔をしかめる。

 

それでもこれだけの規模の銃が手に入れられる機会など無かったためか、渋々頷く有様だ。

 

その時、王虎の横にいる秘書と思われる存在の携帯が鳴り響く。

 

是的、我明白(そうか、分かった)

 

有麻煩嗎?(トラブルか?)

 

似乎有一個土匪進來了(賊が入ったようです)

 

你係話你係個土匪?(賊だと?)

 

它似乎係當地嘅互助組織(地元の互助組織だと思われます)

 

呢個城市嘅細互助組織? 規模係幾多?(この街の小さな互助組織か?規模は?)

 

據說有幾個女仔同幾個攞住武器嘅人(少女1人と武器を持った男が数人です)

 

…好唔舒服。係被舔嘅(不快だ。舐められたものだ)

 

不穏な空気を出し始めた王虎に向けてヤクザの幹部が口を開く。

 

「どうかしましたか?まさか…取引が警察に…?」

 

「心配するナ。面白イ余興が舞い込んできタ」

 

王虎の口元が邪悪な笑みを浮かべていくのだ。

 

…時間は少し遡る。

 

コンテナヤードの通りを巡回している武装したマフィア構成員達。

 

見つかればたちまち銃撃戦となるだろう。

 

不殺を貫き魔法少女の力を自らの行持で縛り上げてしまう美雨。

 

彼女にとっては極めて不利な状況となってしまう。

 

周囲を警戒しながらコンテナの上を密かに跳躍移動。

 

隠密に徹しながら倉庫街を目指す彼女だったのだが…。

 

(何ネ!?)

 

その時、後方のコンテナ街から銃声が響き出す。

 

銃声がする方に振り向き、男達の騒ぎを耳にする。

 

(まさか…私の他にも誰かがチャイニーズマフィアの領域に攻め込んでいるのカ!?)

 

胸騒ぎが抑えられず、騒ぎが起こっているエリアに跳躍しながら駆けつける。

 

そこで見た光景とは…。

 

係呀係呀!!(ハハハハ!)

 

「ぐわーーーーっ!!!」

 

足を撃ち抜かれ、悶え苦しみながら地面に転がる男達の姿。

 

血みどろになっているのは、美雨を助けるために駆けつけた蒼海幇の構成員達だった。

 

你以為你可唔可以用噉嘅人做啲乜嘢啊?(そんな人数で何か出来ると思ったか?)

 

攞住老土嘅武器(時代遅れの武器を抱えてな)

 

一個冇救贖嘅白痴(救いようのない馬鹿共だ)

 

ロシア製の自動小銃を手に持つマフィア達が相手では分が悪過ぎる。

 

激痛で地面をのたうち回る蒼海幇構成員達の頭が踏みつけられていく。

 

「畜生…拳銃どころか…自動小銃や散弾銃まで持ってるなんて…聞いてねぇよ」

 

「俺達…無謀過ぎたのか…?」

 

「諦めるな!!美雨だって独りで戦おうとしてるんだぞ!!武闘派蒼海幇の俺達が諦めるな!」

 

美雨に命を救われた男が気丈に皆を奮い立たせようと叫ぶ。

 

だが、彼を踏みつけているマフィアの1人が後頭部に銃口を向けていく。

 

絶体絶命の状態に追い込まれた人々の現場に割って入ってくる存在が現れる。

 

咪住咪住!!(待つネ!)

 

仲間を守るために跳躍して現れ、独自の拳法を構える美雨ではあったのだが…分が悪い。

 

1人なら余裕かもしれないが…足元には足手纏いになった仲間達の命が転がっていた。

 

愚蠢嘅男人接下來呢?(間抜けな男達の次は何だ?)

 

你唔係冇武器嘅仔咩?(武器も持たないガキじゃねーか)

 

呢個城市嘅互助組織似乎好窮,唔系吗?(この街の互助組織は酷い貧乏所帯のようだな)

 

ゲラゲラと笑い出すマフィア達に対して睨み返す。

 

有武器!! 接受我訓練有素的拳法!!(武器ならあるヨ!私の鍛えた拳法を受けるネ)

 

你唔知情況嗎?(状況が分からないのか)

 

地面に踏みつけたままの蒼海幇メンバー達に銃口が向けられていく。

 

如果你移動一步、佢哋嘅頭就會被壓碎(動けばこいつらの頭が潰れた肉饅だ)

 

懦夫!! 公平而有尊嚴地戰鬥!!(卑怯者!正々堂々戦うネ!)

 

人質をとられては、最後の抵抗手段である拳法さえ使えない。

 

身動き1つ許されない状況の中、マフィア構成員の1人がスマホを使って状況を上に知らせる。

 

通話を終えた男が皆に王虎の指示を伝える。

 

唔好殺我。王虎話要帶佢嚟(殺すな。連れてこいと言っておられる)

 

跟著我,唔好反抗(抵抗せずについて来い)

 

有些人想見見你,佢哋好可憐(哀れなお前達を見物したい人がいる)

 

「くっ…!!」

 

なす術がない状態にまで追い込まれてしまった状況。

 

助けに現れた筈なのに、逆に彼女の命を危険に追い込んでしまう男達は辛そうな表情を浮かべた。

 

「すまない美雨…俺達はお前を救いたかったのに…」

 

「逆に美雨の足を引っ張っちまうなんて…」

 

「武闘派なんて言われても…何も役に立たなかった…」

 

悔しさで涙が出てくる仲間達の無念の叫び。

 

美雨もついには両拳を下ろしてしまう。

 

……我要你救每個人嘅生命,因為我會服從嘅(従うから皆の命を助けて欲しいネ)

 

――……求你了。(お願いするヨ)

 

また彼女は暴力ではない、お願いに縋ろうとしている。

 

かつての美雨拉致事件の誘拐犯達に行ったお願いと同じ事を繰り返してしまう。

 

その時の誘拐犯達の反応と同じ答えが返ってくるのは分かっていただろう。

 

嘲笑われながら蹴られて終わるしかないのだ。

 

美雨の足元に転がっている人物達が結果として美雨のために動き、武力で救ってくれた。

 

正義をかけて戦う状況では、話し合いをするべきだという意見が多い。

 

だが、話し合いには克服出来ない弱点がある。

 

話し合いが通用しない()()()()()()()()()のだ。

 

企起身!!(立て!)

 

無理やり引き起こされ、太腿から大量の血を流す蒼海幇構成員達が歩かされていく。

 

美雨も背中に銃を突きつけられながら歩かされていった。

 

…かつて蒼海幇の長老はこう言った。

 

――平和とは、武を持ってしか守れない。

 

暴力の世界に相手の慈悲を求めるなど、所詮は役に立たない()()()()でしかなかったようだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「尚紀の奴…素直に従うフリをしてるのが声のトーンでバレバレだぜ…」

 

スマホの追跡アプリを使い、彼の行方を探すのは丈二。

 

彼のスマホが収納された上着があるのは、南凪路にある中国民族衣装を取り扱う店。

 

現場に到着したようだが問題が起こる。

 

「閉まってるのか…だが、ここからあいつのスマホの反応があるんだけどなぁ?」

 

既に閉店時間を迎えてしまい、店舗シャッターは閉められている状況。

 

しかし、店主と思われる男が丈二に声をかけてきた。

 

「おや?あんたはもしかして、うちに来た若い兄さんの関係者なのかい?」

 

タバコを買いに行っていた店主に視線を向ける。

 

「ここにうちの探偵が来ていたのか?」

 

「ああ、うちで民族衣装を買ったかと思えば、奥で着替えて服を預かっといてくれときた」

 

「あいつまさか…何か他にも言っていなかったか?」

 

「今夜は埠頭が()()()と化す、絶対に近寄るなって…去り際に言ってたよ」

 

その言葉だけで十分嫌な予感は的中したと悟った。

 

「尚紀…情に負けて判断を誤ったら、お前だけでなく大勢の人間が危険に晒されるんだぞ…」

 

しっかり者の大人のように見えて、少年のような青臭さもまだ残っていた部下に溜息を出す。

 

どうしようか考えていた時、声をかけてくる存在がいた。

 

<<その話、詳しく聞かせてもらえないでしょうか!>>

 

突然の大声に大人達が反応して振り向いていく。

 

そこに現れていたのは怪しい一団。

 

「ヒィ!?」

 

「な…なっ…なんだよお前ら!!?」

 

丈二と店主の前にいたのは、黒鴉めいた仮面や白い一つ目雑面布で目元を覆う少女達。

 

黒や白のスカーフマスクで口元を覆い身元を隠す和装姿の魔法少女集団だ。

 

中央に立つ魔法少女が丈二の前に歩み寄ってくる。

 

「私達はこの国を影から守る者たちとしか言えません」

 

「頭のイカレたコスプレ少女軍団…って訳でもなさそうだな…?」

 

「今夜、神浜の埠頭で何が起こるのか…嘉嶋さんの上司の方なら存じ上げるはずです」

 

その声は何処かで聞いた事がある声。

 

紫色をした和風ドレス衣装を思わせる服を纏う少女。

 

おそらくは時女静香だと思われる。

 

「尚紀を知っているのか?」

 

「はい。私達はあの方を守護する必要もあります。あの方は日の本にとっては重要なお方なので」

 

「どんな連中と関わってるんだよ…尚紀の奴?」

 

「お願いします!どうか情報を提供してもらえないでしょうか?」

 

腕を組みながらしばしの沈黙。

 

打開案も浮かばなかったのか、疑いながらも真剣な眼差しを向けてくる。

 

「俺は情報を売る業務をこなす探偵だ。情報料を請求してもいいのか?」

 

「えっ?わ、私…お小遣い少ないから…どれぐらいかかります?」

 

「尚紀を無事連れ戻す…それが情報料金だ」

 

所長として、1人の友人として尚紀を心配する思いを託す。

 

それが料金だと言われた気がした静香は、覆面の後ろ側で笑顔を作れたようだ。

 

「…はい!必ずその情報料金を支払ってみせます!時女一族の名にかけて!!」

 

いきなり身元をばらす迂闊っぷりを見せる時女一族の次期長の姿。

 

周りの少女達も慌ててしまう。

 

「ちょっと静香!?仮面までつけて身元偽装しているのに!それ言っちゃダメですよ!」

 

白い一つ目雑面布で頭部を隠す魔法少女が静香に歩み寄ってたしなめる姿。

 

クラシカルな和風ドレス衣装を纏う少女。

 

声から察するに土岐すなおだと思われる。

 

「尚紀さんの上司さんなら探偵さんだね!私達は正義の探偵に味方する存在だから任せてよぉ!」

 

岡っ引きめいた魔法少女衣装の頭部を黒鴉めいた仮面で隠すのは広江ちはるだろう。

 

本来ならこんな怪しいコスプレをした子供の集団を信じる大人などいない。

 

ましてや完全武装暴力団の根城に送るわけがない。

 

それでも魔法少女に襲われたことがある丈二ならば判る。

 

彼女達が只者ではない者達なのだと。

 

丈二から情報を得た静香達は急ぎ埠頭に向かっていった。

 

……………。

 

場所は代わり、南凪港の倉庫街。

 

「ぐはっ!!」

 

武器密輸の取引が行われていた大きな倉庫に放り込まれ、地面に倒れ込む男達。

 

美雨は両手を上げながらゆっくり地面に跪く姿。

 

周りは拳銃で武装した日本のヤクザと、自動小銃を持つマフィア構成員が大量にいる。

 

倉庫二階事務所の鉄板通路を歩く靴の音が倉庫内に響く。

 

二階から美雨達がよく見える場所で立ち止まった人物とは…。

 

你係黑手黨嘅父母啊!?(お前がマフィアの親玉カ!)

 

黒い中国古風スーツを身に纏う、短髪オールバックの黒髪青年。

 

「…完全な発音だナ。同郷の者カ?」

 

「日本語喋れるカ…名を名乗るネ!!」

 

「俺は李王虎」

 

「李王虎…?その名前…香港で聞いた事が…」

 

「紅幇の三合会に在籍してはいるガ…黒社会や世界中の華僑社会を裏で支配する李家の嫡男ダ」

 

三合会という香港巨大マフィアの名。

 

香港で生きてきた美雨が知らないはずがない。

 

そして李家という巨大なる中華一族の名も父から聞いたことがあった。

 

「問おウ。何故、こんな無謀な真似をしに来タ?」

 

「この街を…オマエ達みたいなマフィアから守るために来たネ!!」

 

「ほう?大した自信だガ…それハ、そこに転がる男達も同じ気持ちだったのカ?」

 

マフィアの1人が倒れた蒼海幇の男の1人を掴み、頭部を王虎に向けさせる。

 

義侠心に熱い蒼海幇メンバーの男達ではあるが…彼らはまだ若い。

 

我が身可愛さが出てしまうのか、怯え切った表情を浮かべてしまう。

 

「お…俺はただ…美雨が無事だったら…それで良かった」

 

「そうだよ…俺達は無茶な行動しやがった美雨が心配だっただけで…」

 

「こんな武装した連中を相手にする気なんて…なかった…」

 

完全武装したマフィアとヤクザ、三合会の名。

 

そして李家の名を出された蒼海幇の若者達は、怯えたまま保身の言葉を紡ぐ。

 

「他の連中はこう言っているのだガ?」

 

「くっ…」

 

「どうやらオマエはこの者達を…自分の武侠精神の()()()()にしているようだナ?」

 

「み…みんな…すまないネ…。私のせいでこんな事に…」

 

義侠心に支配され、仲間達まで巻き添えにしてしまった事を今更ながらに悔やむ。

 

だが、抗えない現実でも仁義の心を捨てなかった勇気ある者が吼えるのだ。

 

「謝るんじゃねぇ!!お前は間違ってなんていないぞ…美雨!!」

 

声を張り上げたのは、地面に倒れ込み銃口を頭部に向けられている人物。

 

美雨に命を救われた男の姿であった。

 

「俺達の世代は争いごとなんて本当は嫌だ…平穏でいたい。でもな…蒼海幇は蒼海幇だ」

 

「お…お前……もう強がるのはやめるネ!!」

 

「この街を命がけで守り抜いてきた人達の…魂を背負う存在なんだよ!!」

 

「あの時に救われた命が無駄になるヨ!!」

 

「聞けよッ!!!」

 

彼の力強い魂の叫び。

 

絶望の中から生まれた力強い言葉を聞き、動揺した美雨も口を閉ざす。

 

「これだけの連中だ…美雨も俺達も…駄目なのかもしれない」

 

「……………」

 

「それでもな、理不尽に立ち向かう意思を次の世代にも、その次の世代にも…」

 

――示していかなければならないんだよ!!

 

「意思を…示す…」

 

「俺達は戦後の地域住民を守り抜く魂を背負う…蒼海幇なんだ!!」

 

一世、二世、そして彼ら達三世が示す意思。

 

皆を奮い立たせ、戦う勇気を与え続けるために不可欠な希望を残す。

 

祖父の代から希望を残し続けたからこそ、今まで皆がついてきてくれた。

 

「……フン」

 

聞き苦しい茶番劇に溜息をつき、王虎は彼に銃口を向けているマフィア構成員に視線を向ける。

 

「誰かがやらなきゃ犠牲が出る!保身に走らず見て見ぬ振りをしてこなかったから…!」

 

――父さんや母さん達が見て見ぬ振りをしてこなかったから!

 

――今があるんだ!!

 

爸爸……妈……(お父さん…お母さん)

 

王虎は片手を上げる。

 

「だからこそ!命がけでも戦う意思を示し続けるんだ!たとえ弱くても…魂は売らない!!」

 

――それが……俺たち()()()()()だぁーーッ!!!

 

王虎の片手が…下ろされる。

 

鳴り響く銃声。

 

ライフル弾の一撃によって、頭部の中身を地面に撒き散らしながら倒れ込んだ男の姿が生まれた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

――今まで運が良かっただけなんだよ。

 

――お前は誰かを守れない日が必ず訪れる。

 

――圧倒的暴力を前にしても不殺を貫きたい信念によって。

 

――大切な人達が殺される。

 

「あ…あぁ…あぁぁぁぁ~~~……ッッ!!!!」

 

苦悶に満ちた表情。

 

尚紀に言われた言葉が頭をよぎる。

 

それさえもかき消す程の激情が噴き上がっていく。

 

「弱くてモ、理不尽に抗う意思を示すカ。……やってみロ」

 

右手をかざす王虎。

 

「畜生!!俺達は死んでも…絶対に蒼海幇の魂は死なない!!!」

 

また1人、頭部を撃ち抜かれて中身を撒き散らす。

 

「父さん!!母さん!!俺…あんた達の子供に産まれて良かった!!戦う意思を継げた!!」

 

また1人、頭部を撃ち抜かれて中身を撒き散らす。

 

「有難う!!俺は人間の誇りを忘れたまま死なずに済んだ!!お前は最高の蒼海幇だ!!」

 

次々と頭部を撃ち抜かれ、辺りは一面血の海と化す。

 

既に蒼海幇構成員の男達の半数が殺された。

 

「これが現実ダ、理想主義者共」

 

次の男を殺そうとした時だった。

 

唔係啩ーーー!!!(ぐわー!!)

 

突然眩い光が美雨の左手から放たれる。

 

王虎を含むマフィア達の目が眩み、腕で光を遮る。

 

跪いていた美雨が立ち上がっていく。

 

その左手には…己の魂が輝くソウルジェムの眩い光。

 

その光の力強さは、彼女の激情たる憤怒の光そのもの。

 

光の中から現れたのは、魔法少女としての純美雨。

 

「ま…魔法少女!?」

 

中国黒社会の世界で絶対者として君臨したチェンシーと同じ魔法少女。

 

気がつくのが遅かったと王虎も焦りを浮かべてしまう。

 

魔法少女衣装の長い袖から現れたのは、彼女の魔法武器である鋭い鉤爪。

 

「許さない…許さないヨ……お前達ぃぃぃーーーッッ!!!」

 

その瞳は殺意で塗り潰されていく。

 

人間にとっては絶対者であろう…魔法少女の殺戮劇が始まろうとしている。

 

王虎の横にいた秘書が叫び、マフィア達が彼女に銃を向けていく。

 

「か、カシラ!?これは一体…俺達はどうすれば!?」

 

「馬鹿野郎!!こんな時のために用意した備えだろ!!」

 

ヤクザの若頭に怒鳴られ、慌てながら組員はスマホを取り出し何処かに連絡をとる。

 

まさに一瞬即発の光景。

 

このまま美雨の固有魔法である事実偽装を用いた殺戮劇が始まるのか?

 

それは彼女が自分に掲げた()()()()()()()()()行為なのだが…?

 

「…どうした?」

 

動かない彼女に王虎が口を開く。

 

「魔法少女の力を行使しないのカ?」

 

鉤爪を握りしめる両手が…震えている。

 

彼女のソウルジェムの中で憤怒と理性がせめぎ合う。

 

眉間にシワを寄り切らせながら目を瞑り、己の心に問いかけ続ける。

 

――不殺の信念か、自分が大切に思う人達の命か。

 

――己の心に問い続けろ。

 

「…お前達の命を救えなかた…でも、私はお前達の命とも言える…」

 

――蒼海幇の人々が継いできた…人間としての誇りを受け継ぐネ!!

 

目がカッと開かれる。

 

あろうことか両手の鉤爪を外して投げ捨ててしまう。

 

構えるのは()()()

 

人間として生きた時代から育んできた理不尽への抵抗手段。

 

「貴様……!!」

 

不快な表情を浮かべながら王虎は叫ぶ。

 

「何故人間を相手に魔法少女として魔法を使わなイ!?お前は絶対者のはずダ!!?」

 

「たとえ弱くても…魂を示し続けた仲間がいたネ!私も人間だた頃から気持ちは同じヨ!!」

 

「魂だト!?」

 

「だからこそ…私は弱い人間のままでも、お前達の理不尽と戦うヨ!!!」

 

「俺をとことん舐め腐るようだナ!!」

 

「私は人間である純美雨ネ!!私の拳法は…弱くても守りたいものがあるから学んだヨ!!」

 

――魔法少女の魔法だけで世の中回せるなら…私は()()()()()()()ネ!!

 

その言葉を聞いた王虎の脳裏に浮かぶ記憶。

 

あれは日本でのビジネス活動の会合を開くため、日本に赴いていた頃。

 

かつてチェンシーと語り合った光景が浮かんでしまう。

 

「お前は何故、拳法を磨き続けル?魔法の力があるならそれだけでいいはずダ」

 

周りに日本人がいるため、母国語を封印したまま会話を続ける2人の姿。

 

「…拳法は、私にとってはかけがえのないものだからだ」

 

「かけがえのないもノ?」

 

「私の父と母の魂が…私の拳法に宿っている」

 

「父と母の魂……」

 

「皆のためにあれと願った父と母は…拳法の知識を世のために役立てようとした」

 

「だガ、お前の両親は不殺の精神によって殺されタ」

 

「…だからこそ継ぎたい。両親が生きた証である拳法を…あの人達が生きた魂を忘れないために」

 

――それが私の…憎しみの糧となる。

 

……………。

 

魔法少女でありながらも拳法家としての自分を捨てなかった愛した人の姿。

 

誇り高き女性拳法家として生きたチェンシーと今の美雨が重なって見えてしまう。

 

だからこそ、同じ拳法家として…血がたぎるのだ。

 

放低枝槍(銃を下ろせ)

 

你在想什麼!?好牙煙!!(何をお考えなのですか!危険です!)

 

我說放下它!!(下ろせ!)

 

主の怒声が倉庫に響く。

 

マフィア構成員達も日本のヤクザ達も彼の命令に従っていく。

 

手すりを飛び越え、一階に着地。

 

その表情はマフィアの首領の表情ではない。

 

1人の拳法家としての面構えだ。

 

「もう人質は必要無イ。俺が直々にお前達を殺してやろウ」

 

黒い中国古風スーツの上着を脱ぎ捨てる。

 

両足を開き腰を落として両腕を構える。

 

猛虎のように鋭い爪を模した構え。

 

黒虎挙(こっこけん)と呼ばれる中国武術を身に着けた猛者のようだ。

 

中国黒社会の武術の世界においては、チェンシーと共に黒き龍虎と呼ばれた存在こそ李王虎。

 

「…行くゾ、美雨。貴様の甘さが全てを犠牲にしている事を教えてやル」

 

互いが足を擦り寄せ、間合いに近づいていく。

 

「やっちまえ美雨!!あいつらの仇を討ってくれ!!」

 

「今のお前が何者なのかは判らない!それでも…あいつらの魂を守ろうとしてくれてる!!」

 

「弱者であっても最後まで意思を譲らず…妥協しなかった仲間達がお前と共にいる!!」

 

「…私は今日ほど蒼海幇の一員として誇らしい日はなかたネ!絶対…忘れない!!」

 

互いの腕が接触出来る距離。

 

2人は一気に動き出し…激しい攻防が繰り広げられていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

悲劇が行われようとしている倉庫の外では、未だ多くのマフィア構成員達が巡回を繰り返す。

 

その上空を飛んでいる複数の小さな飛行物体が見える。

 

よく見れば黒い紙で折られた折り紙カラスの形。

 

埠頭の外にある無人の駐車場内では、時女一族の魔法少女達が潜伏中。

 

白い一つ目雑面布を身に纏う魔法少女が固有魔法を駆使して埠頭内を偵察しているようだ。

 

まるで特殊部隊のドローン偵察ともいえる光景であった。

 

「敵兵の位置、巡回コースを把握出来ました」

 

「敵兵の装備の種類は?」

 

「敵の装備はAK47S、USSR KS-23散弾銃、トラップの類は見えませんね」

 

地面に広げた埠頭内全体図に印をつけていく。

 

「みんな、出来るだけ敵がいない通路、それに広く、適度に遮蔽物がある場所を把握して」

 

周りの和装魔法少女たちを見れば完全武装ともいえる装備。

 

腕や太腿などに固定したクナイ。

 

手裏剣や鎖鎌、鳥の子(手榴弾)などで武装。

 

まるで忍者集団の光景だ。

 

「静香。本当に魔法を行使せずに制圧するつもりかい?」

 

「ええ、そのつもりよ」

 

「たしか、時女一族はヤタガラス傘下の組織として戦闘訓練を受けたって聞いてるけどさぁ?」

 

鴉めいた仮面をつけるセミロングヘアの黒髪をした赤い魔法少女が静香に問う。

 

燃え上る和装ドレスとも言える見た目の衣装を纏うのは南津涼子だ。

 

「私達は司法機関の人間ではないわ。それにこれは…ヤタガラスからの密命でもない」

 

「つまり、一族の信条を貫きたい静香の独断行為ってわけだね」

 

「事は公にせず、外つ国の者達を殺さず制圧して後は警察に任せるわ」

 

「やれやれ、今の時女一族の中心人物はお優しいことで」

 

「いけない事かしら?」

 

時女一族時期長とも言える静香のやり方を見せられた涼子は嬉しそうに微笑む。

 

「悪人でも命を大事にしてやるのも大切さ。殺生を繰り返す人間だからこそ罪深さを知るべきだ」

 

「フフ、そんな甘い静香だからこそ、みんなが慕うのよ涼子さん」

 

静香の横に立つすなおも嬉しそうな表情を静香に向ける。

 

「日の本を守る使命があろうとも…人殺しなんて、みんな嫌がって当然だもの…」

 

喜んでいた表情が曇っていくすなおの姿。

 

何か()()()()()があるのだろう。

 

戦闘に向かうため静香は背負っている黒革の竹刀ケースを開く。

 

中から取り出したのは、静香の魔法武器ではないが幼少期から使ってきた打刀である。

 

「人間を相手に魔法を使うのは、神子柴様とヤタガラスの許可がなければ許されないわ」

 

「魔法少女も人間社会を蔑ろにする者であってはならない。それが時女の矜持ですね、静香」

 

「徹底した管理体制が敷かれてるってわけだね。そうでなければ魔法少女は社会脅威となる」

 

「私達なら大丈夫!行こうみんな!時女一族の力を見せつけるよぉ!!」

 

静かに、密かに、闇に紛れながら忍ぶ者達が動き始める。

 

舞台は倉庫へと戻る。

 

「ガハッ!!」

 

掌打を胸部に受けた美雨が大きく後方に飛ばされ、地面に倒れ込む。

 

「くっ…まだヨ!!」

 

ボロボロの魔法少女衣装姿となっている美雨。

 

苦悶の表情で立ち上がるが…彼女の美しい顔も体も無残な痣だらけ。

 

「俺の鉄掌を受け続けられるカ。魔法少女が痛覚に鈍いという彼女の話は本当だったナ」

 

まるでメイスで殴られるかの如き一撃の数々。

 

黒虎拳は敵を破壊する頑丈な手、敵の効果的な攻撃を防ぐ強靭な前腕を作ることにある。

 

素手とはいえ魔法少女の一撃さえも受け止める剛腕防御。

 

鈍い痛覚の上から痛みを与えられる程の一撃は、人間であろうが侮れなかった。

 

「だがお前のクンフーは脇が甘イ。痛みから逃げた者二、本物の武は身に着けられないゾ」

 

「それでも!!私は負けないネ!!!」

 

彼が歩み寄り、互いの間合い。

 

お互いが構え直し、互いが動く。

 

彼女の左突きを横に躱す相手に左裏拳。

 

身を低め避けられ、続く左右連続突きを捌かれ、尚も左右裏拳と連続して果敢に攻め抜く。

 

後ろに下がり続ける相手に対し、下段・中段回し蹴り、続く踏み込み蹴り。

 

相手は横にステップし、右頂肘を打つ。

 

肘を喰らい怯む彼女の顔に右裏拳。

 

怯んだ彼女の脇腹に獰猛な虎の猛撃が打ち込まれるのだ。

 

「ぐあぁぁぁーーっ!!!!」

 

右脇腹をえぐるように掴みあげるのは、猛虎の爪とも言える左爪撃。

 

傷みで叫ぶ彼女に頭突きを鼻に打つ。

 

鼻血を撒き散らし後ずさる彼女の左側頭部に決まる旋風脚。

 

きりもみしながら飛んでいき、地面に俯向けに倒れ込んでしまう。

 

「立て美雨!!お願いだから立つんだーっ!!」

 

地面に押し倒されたまま声援を送る仲間達。

 

彼らの叫びに突き動かされ、彼女は立ち上がっていく。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

走り込みからの二起脚。

 

下から迫る連続蹴りを捌く王虎に続けて旋風脚を放つが、スウェーバックで避けられる。

 

着地と同時に前蹴りからの連続突き。

 

果敢に攻め抜く美雨の連続攻撃を難なく捌ける聴勁技術は極まった領域と言えるだろう。

 

武術だけなら黒社会の黒龍として恐れられたチェンシーと並ぶ程の男が相手なのだ。

 

「つまらん戦いダ。お前は本当に魔法少女なのカ?」

 

「黙るネ!!」

 

攻撃を防ぐ王虎の右手首を掴み、片腕で放つ連続右突き。

 

相手が左手で捌く隙をつき、左手首も掴む。

 

相手の両手を交差させ動きを封じるが、相手が押し返し、美雨も押し返そうと動くが罠だ。

 

「くぅ!?」

 

体重が前に傾いていた足を蹴り込まれ、一回転しながら俯向けに倒れそうになる。

 

だが美雨は踏ん張るかのように片手を地面につき態勢を留める。

 

顔を相手に向けた時、右頬には既に相手の下段回し蹴り。

 

鈍い音が倉庫内に響く。

 

「あっ…あぁ……」

 

脳震盪が起きてしまい、視界が朦朧としていく。

 

だが、それで許してくれる王虎ではない。

 

「あがぁッ!!!」

 

仰向けに倒れた彼女のみぞおちに放たれる強烈な下段踵蹴り。

 

「お前は魔法少女ダ…魔法を使エ!そして人間である俺を殺してみロ!」

 

魔法少女であることを否定するかの如く、人間としての戦いを続ける美雨。

 

彼女の矜持そのものが不快過ぎたのか、苛立ちを爆発させながら蹴り込み続ける。

 

「人間には抗えない魔法の暴力を使っテ…弱者を踏み潰セ!!」

 

「ガハァ!!だ…黙るネ!!!」

 

「圧倒的暴力で敵を蹂躙しロ!!俺達のようにナァ!!!」

 

蹴り込んだ右足を彼女にねじ込み、さらに蹴り込む。

 

「魔法という力に酔いしれながラ!!悪者と決めた相手を殺セ!!」

 

「悪者と…決めた相手を……?」

 

「力で悪者を倒す正義のヒーローだと酔いしれロ!!」

 

「グフッ!!正義の…ヒーローだと…酔いしれる……?」

 

――正義とは、()()()()()()()()()()()()()()()()だゾ…ハハハハハ!!

 

王虎が叫ぶ理屈は、後の神浜魔法少女社会にもたらされる現象を生むだろう。

 

彼女の両手が蹴り足を掴んで止める。

 

「断るヨ…私は弱者で…十分ネ」

 

「貴様……まだ言うカ!?」

 

「力を持つ魔法少女として…何も考えずに敵を倒す……さぞ()()()()()ヨ」

 

「…そうだろうナ」

 

「でも、その後の私は……正義に酔う血塗れの加害者となるヨ!!!」

 

「チッ…ここまでされテ、まだ弱者でいたいのカ?」

 

力強き正義の味方。

 

悪者をやっつけていく正義のヒーロー。

 

魔法少女の好きそうな分かりやすい概念だ。

 

それでも彼女は、それに手を出さそうとはしない。

 

正義を望む気持ちの弊害を、美雨は理解し始めているからだ。

 

「それが余りにも危険だと分かたからネ…。考える事を止め、()()()()()()()ばかり求める…」

 

――だから私は…守るべき人間を…仲間達を……死なせたヨ!!

 

彼女の目から自責の念が形となった雫が零れ落ちていく。

 

武侠精神という正義に巻き込まれた仲間達の尊い命はもう…帰ってこない。

 

「ならバ…もう一度問おウ」

 

興冷めしたのか、彼の視線が移動していく。

 

視線が向けられた先は、美雨のソウルジェムが輝く胸元だ。

 

「お前ハ…何者ダ?…魔法少女カ?…正義の味方カ?それとモ…」

 

乱れた呼吸のまま大きく息を吸い込む。

 

最後になるかもしれない、過ちを犯した果てに己が理解した考えを言い放つ。

 

「私は()()()()()ネ!!正義の味方の変身ヒロインだなんて…もう自分に酔いたくない!!」

 

正義を愛する仲間と連帯して人々を救いたい。

 

その気持ちだけを信じて動いた果てに、仲間を守れなかった弱者。

 

それが今の純美雨の現実。

 

「私達に必要だたのは…自分の価値観だけの都合の良い正義じゃない!!」

 

――各々の正しさを信じて行動する危うさに、その間違いに気が付き合い、支え合う。

 

――人間としての団結を…それを目指す善行だけで良かたヨ!!!

 

彼女は認めた。

 

己が強者階級である魔法少女ではなく、無力階級である人間に過ぎないと。

 

「そうカ…ならば弱者らしク……俺に殺されロォーーッッ!!!」

 

ならば今の彼女はどう見えるだろうか?

 

魔法少女の虐殺者と呼ばれる人間の守護者にとっては…こう見えるかもしれない。

 

命を懸けてでも、()()()()()()なのだと。

 

掴まれた足を強引に持ち上げ、胸元のソウルジェムを砕く一撃を放つ。

 

その時だった。

 

「な……なんだっ!!?」

 

突然倉庫内が停電。

 

辺り一帯は暗闇に包まれる。

 

その隙をつき、美雨の蹴り上げた足によって王虎は蹴り飛ばされた。

 

倉庫内を踏みしめ歩く音。

 

力強き龍の鼓動。

 

「ぐはっ!!?」

 

「な、なんだ!?ゴハァッ!!?」

 

舞うは龍風。

 

近寄らば雷で引き裂く龍の爪。

 

「大変だ!!誰かが発電機を壊してやがる!!電気がつか…ごぶっ!!!?」

 

その身に憤怒を宿し、荒神ともなりえる者。

 

龍の逆鱗を胸の内に宿す者。

 

その者こそが、人間の守護者だ。

 

切換到備用電源!!(予備電源に切り替えろ!)

 

手元にある小さな明かりで予備電源を作動させ、倉庫内に明かりを灯す。

 

倉庫中央に立っていた人物とは…。

 

「な…何者ネ…?」

 

修羅場に現れたのは、舞台役者みたいな姿をした存在。

 

周りには銃を持ったマフィア構成員やヤクザ達が倒れ込む光景。

 

「まさカ……生きていたのカ?」

 

驚愕したまま口を開く王虎が、現れた存在に釘付けとなっていく。

 

まるで中国四川省の川劇舞台役者のような禍々しい姿。

 

変面衣装と呼ばれる豪華変面衣装を纏うその姿は、さながら漆黒の龍。

 

三匹の白龍が舞う漆黒のマントを背中に纏い、漆黒の川劇衣装用帽子を被ったお面姿。

 

かつての東京に現れた存在が…王虎に振り向くのだ。

 

――チェンシー!!?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

倉庫街を巡回し続ける武装した巡回兵達。

 

コンテナ街を4人組で巡回しているマフィア構成員達が人の気配を感じ取り、振り向く。

 

そこに立っていたのは、忍者めいた少女。

 

你係邊個!?(何だ貴様は!)

 

彼女に銃を向けようとした4人組の頭上を舞う、緑の和装姿をした2人の魔法少女の影。

 

唔係啩ーーー!!!(ぐわー!!)

 

突如仕掛けられたアンブッシュ攻撃によって地面に押し倒され、当身で昏倒させられる。

 

残りの2人が銃を向けようとした時には既に、静香は2人の目前に立つ。

 

「はぁっ!!!」

 

左手に持つ打刀の抜刀と同時に頭で1人のみぞおちを突く。

 

刀を抜き終えた勢いでもう1人に唐竹割りの一撃。

 

刃は返されているが、鋭く重い刀で頭部を打ち付けられた男も昏倒。

 

發生咗咩事!?(どうした!)

 

騒ぎが聞こえ駆けつけた2人に音もなくクナイが刺さり、地面に倒れのたうち回る。

 

緑の和装魔法少女達のクナイダート投擲だ。

 

有趣嘅入侵者!!(面白い侵入者だ!)

 

コンテナの上から飛び降り現れたのは、腕に覚えのあると思われる黒のカンフー服を身に纏う男。

 

我會成為你的對手!!(俺が相手になる!)

 

右手に青竜刀を握る男が演舞を行うかのように刀を振り回して構える。

 

「2人とも、手を出さないで」

 

仲間の魔法少女たちを下がらせ、正眼の構え。

 

嗨ーーーッッ!!!(ハイィィー!!)

 

互いの斬撃の打ち合い。

 

振り抜く袈裟斬りを静香は身を回転させ奥に移動回避。

 

続く斬撃応酬から繰り出される男の後ろ回し蹴りが迫る。

 

彼女は後方に身を横倒しにしながらの跳躍回避によって避け切る。

 

静香は納刀し、居合の構えをとる。

 

哦哦ーーーッッ!!(ウォォォォ!)

 

走りながら体勢を大きく回転させ、勢いのまま袈裟斬りを仕掛けるのだが…。

 

嗯! ?(うっ!)

 

いつの間に抜いたのか判らない刃の先端が男の首元に向けられている。

 

静止した男に向けて、静香が放つ慈悲無き一撃。

 

「せいっ!!」

 

右足が蹴り上がる。

 

男は金的攻撃を受け、悶絶しながら泡を吹いて倒れ込んだようだ。

 

<すなお、ちゃる、涼子、そっちの状況は?>

 

リーダーである静香が念話を送り、仲間達の状況を確認していく。

 

<大丈夫、こちら側は制圧済みよ>

 

<こんな事もあろうかと!友達と一緒に逮捕術を勉強しておいて良かったよぉ~!>

 

<善人なほもって往生をとぐ、いはんや悪人をや。警察に掴まって人生やり直すんだねぇ>

 

埠頭の状況はマフィア側に不利となっていくのだが、トラブルが発生。

 

<大変です静香さん!!埠頭に入っていく無数の黒いベンツが見えます!!>

 

<敵の増援!?>

 

空から監視している魔法少女の念話によって状況が不利になったと知る時女一族。

 

埠頭の倉庫街に向けて走行してくるのは、日本のヤクザベンツ車両。

 

取引の際に向こう側が仕掛けてきた時の保険として、武装させた兵隊を隠していたようだ。

 

そんな侵入者達に視線を向ける人物が潜んでいる。

 

「若者達の未来と、街の秩序……」

 

埠頭で一番大きな建物と言えるだろうガントリークレーン。

 

その上で港の様子を観察している老人の姿がいた。

 

「それらを天秤にかけた時…ワシはいつも迷う。若者達を死なせたくないとな…」

 

老人の右手に握られているのは…()()()()()と呼ばれる武器。

 

「じゃが、武を持ってしか平和は守れない。これが現実…理想を掲げても抗えない現実じゃ」

 

細目が開かれ、老人の体から放たれたのは煙幕のような濃霧。

 

「な…なに!?この凄まじい魔力は!!?」

 

魔法少女を遥かに超える存在が港にいる。

 

それを感じとった静香達が魔力の出所に振り向く。

 

魔力によって生み出された濃霧が辺りを漂う世界はまるで…雲龍の結界世界。

 

雲海の如き埠頭の空から跳躍し、現れた存在とは?

 

「なんだ!?突然酷い霧がコンテナ街に現れやがった!!」

 

結界世界に飲み込まれ視界が酷くなり、列に乱れが生じるヤクザベンツ車両。

 

後方から迫るのは、馬の蹄が大地を踏みしめる勇ましき音。

 

一番後ろのベンツから身を乗り出して後ろを振り向くヤクザが目にした恐ろしき存在。

 

「う……嘘だろぉぉーーッ!!?」

 

鈍化した世界。

 

霧を掻き分け現れたのは…()()()にまたがる武将姿。

 

「ウワァァーーーッッ!!?」

 

馬上から振るわれる青龍偃月刀の一撃。

 

回転戦斧の如き一撃が次々とヤクザベンツを真っ二つに両断していく。

 

速度を緩めず車列を超えて走り抜く。

 

地面に偃月刀の刃を滑らせ、火花と共に半回転した馬が静止。

 

「ちくしょう!!何がどうなってやがるんだぁ!?」

 

「狼狽えるんじゃねぇ!!俺達はカシラをお助けに…」

 

切断された車両から出てきたヤクザ達の前方から歩み寄ってくる恐ろしき人影。

 

「う…嘘だ…あんな存在、現実にいるわけが……」

 

「おい!?突然妙な空間になっちまったここで…何を見たんだよ!!」

 

「あの姿は…教養がねぇ俺だって!歴史の本や漫画で知ってる!!」

 

風に靡く美しき美髯公(びぜんこう)の髭。

 

義の刃を持つ軍神と言われし武神の姿が降臨する。

 

「ここは通さん。我が青龍偃月刀…恐れぬならば、かかってくるがいい!!」

 

「あれは…あれはまるで……」

 

――()()だった!!!

 

……………。

 

霧が晴れてゆき、結界が解かれていく。

 

静香達が駆けつけた時には、全てのヤクザ構成員の両断された無残な死体が転がっていた。

 

「酷い……何も殺す必要なんてないのに…」

 

「静香…人殺しなんて誰でも嫌です」

 

「当たり前よ!なのに…どうして…」

 

「でもね…それを行わなければ、守れない秩序もあるんですよ」

 

「犯罪者は更生出来ない存在って言いたいのかよ…すなお?」

 

「出来る者もいれば、出来ない者もいる。そして出来ない者達が…守るべき人間を殺す」

 

「そんなのってないよぉ!全体の秩序を優先するからって…人間として間違ってる!!」

 

クレーンの上で佇む馬上から彼女達を見下ろす、関羽と呼ばれし者。

 

「人を殺すのは…人殺しだけで十分。秩序を維持するというのは時に…人を殺さねばならん」

 

それもまた、地域主権という国益には必要不可欠。

 

だからこそ死刑執行を行う刑務官が日本にいる。

 

「どうか…その者達の苦悩を考えてあげる時間を作って欲しい」

 

――その者達を()()()()()()()()()()()()し、人殺しの外道だと…罵らないでやってくれ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

人質から解放された仲間たちの元にふらつく体を引きずり向かう美雨の姿。

 

(あの2人…知り合いネ?なら、どうして仲間同士で争うヨ…?)

 

仲間達に回復魔法をかけながら謎の存在に視線を向け続ける。

 

微動だにしない川劇舞台役者のような姿をした人物に向けて、王虎が口を開く。

 

你去咗邊? 你做乜嘢背叛你嘅組織?(今まで何処にいた?何故組織を裏切った?)

 

川劇舞台役者は答えない。

 

你做乜嘢收聲?答我晨曦!!(何故黙る?答えろチェンシー!)

 

どうやら王虎は、かつて生きていた魔法少女と勘違いしているようだ。

 

チェンシーと彼は身長的にはほぼ変わらない。

 

筋肉質だがか細い体型をしていたため、男なのか女なのかも判断出来ない。

 

怪しい態度を示す人物に疑問を持ち、王虎は前に歩み出る。

 

「…オマエ、本当にチェンシーカ?」

 

川劇舞台役者も前に出る。

 

散打を行う間合いとなり、川劇舞台役者が抱拳礼を行う。

 

「…良いだろウ。お前が何者なのかハ、拳で語り合えば判ル」

 

王虎も抱拳礼を行う姿を見せる。

 

互いが足を開き腰を落とし、両腕を構えた。

 

互いが拳法家。

 

互いの技を尽くし、相手を殺す事になろうが恨み合いは無し。

 

于公高門(うこうこうもん)という中国故事がある。

 

于公の行う裁判は公平であったという徳を語る内容だ。

 

彼は悪魔の力を行使しない。

 

王虎は生き残ったマフィアの力を行使しない。

 

これは拳法家同士が行う平等の戦い。

 

龍と虎。

 

2人の門。

 

正々堂々戦い合う光景はまさに()()()

 

…互いが動く。

 

我哋行!!(行くぞ!)

 

虎爪たる爪撃、貫手、急所打ちが連続で繰り出される。

 

両腕で捌き、顔の急所の勁中打ちを身を引くめ避ける舞台役者。

 

だが猛虎の連続攻撃は止まらない。

 

爪撃によって川劇舞台衣装の袖が破れながらも攻撃を捌き、避け、有効打を与えない。

 

嗨ーーーッッ!!!(ハイィィィ!)

 

大きく跳躍して放つ爪撃に対し、後方ブリッジを行う一回転移動。

 

跳躍して大きく飛び越えた相手がバク転を繰り返しながら月面宙返り。

 

着地と同時に向かい合った両雄の拳打の応酬が始まっていく。

 

反撃を許さない連続攻撃を繰り出す中でも、王虎は舞台役者の変化に気がついてきている。

 

相手の攻撃を防ぐ腕で顔が覆われた一瞬で、次々と川劇に使われるお面の種類が変わっていく。

 

(戦いの最中二、こんなふざけた芸当が出来たのはただ1人…本当にチェンシーなのカ!?)

 

後方に下がりながら両腕の手首、肘を使い打撃を捌き続ける両雄。

 

哦哦ーーーッッ!!(ウォォォォ!)

 

鈍化した一瞬。

 

伸ばされる右虎爪を右手で掴み、親指を捻じりあげる。

 

嗯!!(くっ!)

 

左突きで反撃するが捌かれる。

 

続く左肘打ちを避けながら繰り返されていく擒拿術(きんなじゅつ)と呼ばれる関節技。

 

王虎の腕を掴んで捉え、梃子の原理を用いた技法で捻じり上げる。

 

関節を返すかの如く体を一回転させる跳躍によって技を抜ける王虎。

 

手を広げた爪撃故に達人ならば指を狙えるかの如く、虎爪を掴んでは捻じり上げていく。

 

哦哦ーーーッッ!!(ウォォォォ!)

 

金的を狙う殴打を飛び上がり、蹴り足を大きく横に回転移動させるバタフライツイスト回避。

 

猛虎が踏み込む瞬間に飛び上がり、後ろ回し蹴りのフェイントから続く逆足の飛び蹴り。

 

蹴り技のガイバーキックを受けた王虎は堪らず倒れ込む。

 

油断なく両腕を広げるように動かし構える姿は、まるで武術映画スターを思わせる程の光景だ。

 

未有…仲未結束!!(まだだ…まだ終わらない!)

 

立ち上がり、なおも攻め込む虎爪の一撃を上半身で避け、回避と同時に突きを打ち込む。

 

怯む相手に左右から顔面殴打。

 

電光・活殺・秘中と上半身の急所にも突きを打ち込み続ける。

 

ステップからの踏み込み蹴りを王虎は捌くが、片足状態で続く連続蹴り。

 

体を回転させた連続回し蹴りを捌き続けたが、下から迫る蹴り足に反応しきれない。

 

側踢腿(そくてきたい)の真上蹴りを捌ききれず顎にヒット。

 

仰け反る相手に放たれた一撃とは…チェンシーが得意とした崩拳の一撃。

 

唔係啩!!?(あがっ!)

 

みぞおちに決まった強烈な一撃で大きくふっ飛ばされていき倒れ込む。

 

なおも立ち上がろうとする意思を示すが、吐瀉物を撒き散らし咳き込む。

 

話晒係你……晨曦(お前だったんだな…チェンシー)

 

息を整え直して顔を上げる王虎の表情には、疑いの感情が消えている。

 

只有你才能超越我嘅技能(俺の技を超えられる奴などお前しかいない)

 

足に力が入らず立ち上がれない王虎を黙して見下ろすままの舞台役者。

 

我哋返屋企啦。你嘅背叛係以我嘅權威結束嘅(国に帰ろう。裏切りは俺が穏便に済ませる)

 

愛する人に対する気持ちを叫ぶ言葉は届かない。

 

チェンシーのフリをした人物は踵を返し、美雨の元に向かう。

 

點解唔噉做呢…?你做乜嘢去嗰邊!?(何故だ?どうしてそちら側に行く!)

 

歩み寄ってきた謎の存在。

 

美雨を含む蒼海幇の若者達は戦慄した表情を浮かべていく。

 

「…何者ネ?どうして私たちを助けるカ…?」

 

その言葉に聞き、彼は右手でお面を掴む。

 

「恩人を救うのに、理由がいるか?」

 

お面で覆われた奥には、ライバルであり目標と決めた見知った人物の顔。

 

美雨の表情が和らぎ、笑顔となっていく。

 

「貴様……やはりチェンシーでは無かったカ!!?」

 

ふらつきながら立ち上がり、愛した人を侮辱するかの如き振る舞いを続けた男に罵声を浴びせる。

 

「顔を見せロ!!貴様は絶対に生かしておかなイ!!死ぬまで俺が追いかけてやル!!」

 

チェンシーの真似を続けた男に向けての激しい憎悪。

 

同じ男として、その気持ちの正体が何なのかぐらいは分かる。

 

だからこそ伝えなければならない。

 

「……チェンシーなら死んだ。俺が殺した」

 

「な…二…?ならお前ハ…まさカ……!?」

 

後ろを振り向いた彼の顔を見て、王虎は驚愕した。

 

1・28事件の時にチェンシーと戦った悪魔の顔と瓜二つだからだ。

 

「俺の名は嘉嶋尚紀。そして、悪魔としてはこう呼ばれる…人修羅とな」

 

王虎の全身が震え上がっていく。

 

憎き仇のはずなのに、ユダヤであり秘密結社に所属もしている彼の内側から木霊する宗教的戒律。

 

――イルミナティを啓蒙の光で照らす、大いなる神に逆らってはならない。

 

跪き、両手を前に伸ばしながら頭を地面に打ちつける。

 

まるでその様は、中国で言えば皇帝権威に跪く三跪九叩頭の礼を思わせた。

 

「神ヨ…申し訳ありませン…。貴方様とは露知らズ…無礼な真似をいたしましタ…」

 

突然の豹変ぶりに怪訝な表情を見せる尚紀と美雨達。

 

三合会は洪門天地会と呼ばれる秘密結社に属する存在。

 

洪門天地会はチャイニーズフリーメイソンと呼ばれる説がある。

 

洪門天地会と深く結びつくのが欧米裏権力と言われ、ユダヤとの繋がりが大きい。

 

そしてそれらはユダヤに擬態したカナン族へと至るのだ。

 

カナンの民が崇めているのは大魔王ルシファー、バアル神。

 

そして、神の敵対者サタンである。

 

「俺を神様扱いするな…さらに不快にさせたいのか?」

 

「貴方様に逆らう意思ハ…俺にはありませン!!どうか…無礼をお許しくださイ!!!」

 

「…二度とこの街に手を出すな。そして、この港企業から攫った子供達を解放しろ」

 

「……仰せのまま二」

 

状況が飲み込めない美雨が尚紀に近寄ってくる。

 

「ナオキ…これはどういうことネ?ナオキが神様て…?」

 

「さぁな。俺も神として扱われだして迷惑してるんだがな」

 

「フフ♪ナオキが神様なら、私達の長だて…神様に違いないネ」

 

安堵の表情を皆が浮かべていたのだが、状況は一変する。

 

<<ざっけんなコラーッ!!!おどれら…生かして返さねぇぞぉ!!!>>

 

叫び声がした二階に皆が振り向く。

 

そこには日本のヤクザである若頭と組員の姿。

 

「……不味いネ」

 

若頭が両手に持ち、構えているのは14.5mm3銃身ガトリング機関銃。

 

組員は給弾ベルトから繋がる弾薬箱を両手に持ち、いつでも放てる構え。

 

「死に晒せぇ!!ど腐れ共がぁぁぁーーっ!!!」

 

3銃身バレルが回転し、一気にマズルフラッシュと薬莢をばら撒く猛火が噴き上がる。

 

だが狙いは滅茶苦茶に撃ちまくる様は、乱心状態とも言える光景だ。

 

「動ける奴らは外に逃げろ!!」

 

動ける者達が走り逃げていく。

 

尚紀と美雨は足を傷つけられた蒼海幇の若者達に肩を貸しながら外に向けて走る。

 

弾の威力は壁を貫通し、電気設備を撃ち抜き大きく発火。

 

保管してあった武器取引商品である弾薬の山にまで撃ち込まれ、火薬が大きく爆発してゆく。

 

一気に火災が広がってしまい、倉庫は火の海となってしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

遠くには夜の埠頭に向けて走行してくる警察車両列の光。

 

裁判所から令状を取得出来たこともあり、重い腰を上げたようだ。

 

迎え入れるかのように御用と書かれた赤提灯を誘導灯代わりに振り回すのはちはるの姿。

 

「御用だ!御用だ!旦那方こっちだよぉ!!」

 

「おいおい!あたしらも見つかると不味いんだってちはる!」

 

「ぶ~!!せっかく岡っ引きごっこが白熱してきたのに~酷いよ涼子ちゃん!」

 

「いいから、あたしらも静香達と合流するぞ」

 

静香達と合流しようと2人はコンテナの上から飛び降り、辺りを見回すが…。

 

「えっ…あの黒煙って……?」

 

「おいおい…今夜は仏滅かよ……?」

 

倉庫街の方から立ち上る火事の黒煙。

 

既に現場は業火が広がり、辺りの倉庫にまで引火していく有様だ。

 

「くそっ!!滅茶苦茶しやがって……」

 

倉庫から飛び出した尚紀と美雨が外に現れ、出迎えてくれた人物達と出くわす。

 

「嘉嶋さん!!こちらです!!」

 

見えたのは静香とすなおらしき人物だ。

 

「お前ら…なんだよその姿は?忍者のコスプレか何かか?」

 

「それ…その姿の嘉嶋さんが私達に言うんですか?」

 

2人は苦笑し、顔を覆う仮面や帽子を脱ぐ。

 

「怪我人をこちらに!警察に見つかると蒼海幇の方々も不都合があるかと思います!」

 

「コイツらもナオキの知り合いの魔法少女達ネ?なら…仲間を任せるヨ」

 

すなお達に蒼海幇構成員達を預け、ふらつく体を引きずりながら美雨は走る。

 

「おい!!その体で何処に行く気だよ!」

 

「やられたままで…終わらせたくないネ!」

 

その言葉が意味の意味なら分かる。

 

尚紀はそれ以上は引き留めず、彼女の走り去る姿を見届ける事しか出来なかったようだ。

 

……………。

 

炎上する倉庫から飛び出し、埠頭の海沿いを走る王虎。

 

這是王虎!!(こちらです!)

 

見れば接岸しているモーターボートの船影。

 

これに乗り沿岸まで逃げ、停泊させた巨大クルーザーに乗り込み国外に脱出する手筈なのだが…。

 

「ハァ!ハァ!…待つネ!!!」

 

後ろを振り向けば、傷ついた体のまま追いついてきた美雨の姿。

 

「ハァ…ハァ…わざわざ俺に殺されにきたカ…?」

 

「お前は蒼海幇の仲間達を殺した許せない存在…絶対に逃さないネ!!」

 

最後の力を振り絞り、構えるのは蒼碧拳。

 

「しつこい女ダ…そこまで死にたいのなラ、海の藻屑にしてやろウ!!」

 

彼もまた黒虎拳の構えを見せる。

 

魔法少女としての力を自らの行持で縛る故に、実力的に劣る美雨。

 

それでも彼女には拳法家としての意地がある。

 

このまま戦っても敗北は見えているのだが…。

 

<…()()()()()()()、美雨>

 

突然の念話に戸惑いながらも、念話を返す。

 

<その声はナオキ!?お前も魔法少女と同じように念話を使えるネ!?>

 

<聞け。いいか…魔法少女はインキュベーターに奪われた痛覚を取り戻せる>

 

<痛みを…取り戻せる?>

 

<拳法家として精進してきた自分を思い出せ。他人の何百倍もの痛みと向き合ってきた筈だ>

 

襟元のソウルジェムに片手を当て、小さな頃を思い出す。

 

香港時代。

 

蒼碧拳を指導する武術館に入門してからの鍛錬日々。

 

股割り柔軟の痛み。

 

稽古中の突き指や骨折、打撲や裂傷。

 

酷いときには蹴りを受けた衝撃で鼓膜も破れた。

 

人の何倍もの過酷さと向き合ってでも、守りたい人達のために貫き通した痛みを背負う人生。

 

魔法少女になろうとも、記憶の中から消え去ることなどなかった。

 

<痛みを思い出し、イメージしろ。肌に痛みを通わせるイメージだ>

 

<フフ…修行の日々で私が受けた痛みの数々……()()()()()()()()()ネ>

 

手を当てたソウルジェムが反応するかのように淡く光る。

 

「ゆくゾォ!!」

 

先に仕掛けた王虎に向き直り、互いが激しい攻防を繰り広げる。

 

「くっ!!」

 

相手の一撃一撃を受けた時の痛みが格段に上がっている。

 

普通の女子学生として生きてきた者なら痛みで泣き出す程だが、彼女の表情は笑みが浮かぶ。

 

「懐かしいネ!!拳法家の私は…この痛みと共に!!強くなたヨ!!!」

 

苦痛を乗り越えてきた彼女の鋼の精神が、痛みを凌駕するかのように怯まない。

 

「こいツ…!?動きがさっきよりも良くなっテ!?」

 

痛みに対する懐かしい恐怖心が、肌感覚を鋭敏にさせる。

 

彼女の聴勁が面白いぐらい相手を感じ取り、守りを鉄壁に変える。

 

「ガハッ!!」

 

掌打を受けた王虎が地面に倒れ込む。

 

血反吐を吐き、見下ろす彼女に向き直る。

 

美雨は両腕を舞うように演舞させ、足を開き腰を落とす。

 

油断無き開いた両手構えを見せ、いつでも迎え撃てる構え。

 

「フッ…つくづく俺ハ、魔法少女の拳法家と縁があル!!」

 

起き上がり、両腕で直線的な演舞を行い。

 

足を開き腰を落とし、両拳を裏返して構える。

 

「「ハァァァァァッッ!!!」」

 

ワンインチ距離で互いの拳打が高速で交差していく。

 

肘、前腕を匠に使い捌き、受け止め、伸びてくる虎爪が彼女の背中を掴む。

 

体を一回転させ振りほどき、勢いのまま下段突きを放つが王虎に捌かれる。

 

哦哦ーーーッッ!!(ウォォォォ!)

 

腹部に正拳突きを受け、怯んだ彼女に前掃腿。

 

跳躍して避ける相手に起き上がりの回し蹴りを放つ。

 

強烈な蹴りを両腕と止め、互いの拳と腕の攻防が複雑に絡み合う。

 

互いのクンフーが唸りを上げるが如く、攻防速度がどんどん増す。

 

斧刃脚を左膝裏に受け、体勢が崩れた彼女の首を両腕でフェイスロック。

 

右踵を大きく後ろに蹴り上げ、彼女の顔面に踵蹴りを顔面に打ち込む。

 

「ぐっ!!!」

 

振りほどき後ずさる彼女に向け、右手刀を放つが反応され受け止めらる。

 

王虎の左突きをサイドに回り込み、右手刀を彼の首に打ち込む。

 

「チィ!!!」

 

怯みながらも彼女に向け右突きを放つ。

 

「甘いネ!!!」

 

横に滑り込みながら右肘。

 

「がっ!!」

 

左肘を脇腹に、起き上がりの掌打が王虎の顎を打ちあげた。

 

「ハイィィィィーーッッ!!!」

 

鈍化した世界。

 

体を大きく回転させ、後ろに後退る王虎に向け跳躍。

 

左側頭部に大きく決まった旋風脚によって彼の体は海の中へと飛ばされていった。

 

「ハァ…ハァ…」

 

満身創痍の姿だが、美雨の表情は揺るがぬ信念によって支えられている。

 

そして、勝利の言葉を紡ぐのだ。

 

「先の負けは……返したネ!!」

 

水面から飛び出し、咳込みながら彼女を睨みつける王虎だったが自分を呼ぶ声に振り向く姿。

 

請快啲……!!(お急ぎ下さい!)

 

モーターボートを動かして現れた秘書に手を伸ばされ、彼はボートの上に引き込まれる。

 

魔法の攻撃でボートごと両断する事も出来るが、彼女は人間として最後まで相手と向き合う。

 

「蒼海幇の純美雨……オマエの名も覚えておク。やられたラ、俺は必ずやり返ス」

 

「私だけを狙うヨ。逃げも隠れもしない…それが、蒼海幇の純美雨の生き様ネ」

 

最後まで睨み合いながら、王虎を乗せたボートは沿岸に向けて海を走行していった。

 

「…ナオキ、ありがとうネ。私だけだたらきっと…多くのモノを失たヨ……」

 

最後の力を使い果たし、後ろに倒れ込み気絶する。

 

そんな彼女を片腕で受け止めた人物とは、彼女に本物の武を取り戻させた尚紀だった。

 

「拳法家としての行持…見届けさせてもらった」

 

――お前は()()()()()()()()()

 

……………。

 

巨大クルーザーに向かうボートの中では、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる王虎。

 

晨曦……(チェンシー)

 

武侠の世界に生きる拳法家魔法少女と戦った事で、嫌でもチェンシーの事が頭を過る。

 

除非你嘅父母喺鄉下被殺……(お前が親を国に殺されていなければ)

 

――我可能都活得咁好。(あんな生き方も出来たのかもな)

 

再戦を望みたいが、それも叶わぬ事を彼は知っている。

 

王虎は…世界がもうすぐ終わる事を知っている数少ない人物だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

8月を迎える前に起きてしまった神浜港での惨劇事件。

 

亡くなった犠牲者は若い男性が4人。

 

地元の互助組織に関わっていた人物なのではないかというニュース報道が続く。

 

その鮮烈したニュース内容は全国テレビやネットニュースで流れ続けていくのだ。

 

騒動が起きた次の日。

 

尚紀は再び南凪路に目指し、長老の武術館の扉を開ける。

 

「マスターはいるか?」

 

中を見渡せば、待っていたかのように佇む長老の姿が出迎えてくれた。

 

「少し外を歩かないか?積もる話があるんじゃよ…尚紀君」

 

南凪路から出て、海沿いの通りを2人は歩きながら会話を続けていく。

 

「そうか…あの事件で亡くなった4人の葬儀の日取りが決まったか」

 

「犠牲者を出してしまったのは…組織の人間に血を流させたくないと考えたワシの責任じゃ」

 

「マスター……」

 

「お前さん達や警察に任せてしまえばいいと…保身に走ったワシの責任なのじゃよ」

 

「自分を責めるな。それより…神浜湾海運会社の誘拐されていた子供達はどうなった?」

 

「神浜郊外に拉致されていたのを解放され、家族の元に帰ってきた」

 

「そうか…これで南凪港はマフィアの手から救われたも同然だな」

 

街の問題が解決したのは良いが、2人の表情は重苦しい顔つき。

 

長い沈黙が続いたが、聞きたい事があった尚紀の方から口を開く。

 

「……美雨は?」

 

「……亡くなった構成員達の家族の元に行った」

 

騒動に巻き込んだのは自分のせいだと、包み隠さず打ち明けに向かった美雨。

 

責任感が誰よりも強い彼女だからこそ、己の罪を告白しにいく。

 

守れなかった人間の少女の事を両親に打ち明けた嘉嶋尚紀と同じ覚悟を示すのだ。

 

「両手を地面について謝りたいと言っておったよ…」

 

「…これから蒼海幇はどう生きていく?」

 

「昨日の惨劇でな、少しだけ蒼海幇の空気が変わったことが起きたのじゃ」

 

「空気が変わった?」

 

「構成員の中でも、争い事を嫌う3世の若者がワシの武術館に押しかけてな」

 

「何でまた突然そんなことになる?」

 

「強くなりたい!皆を守る力が欲しい!そう言って…内弟子になると言ってきおった」

 

「もう皆に知れ渡ってしまったんだな…。仲間達が抵抗も出来ず…無残に殺されたことが」

 

「ワシは勘違いをしておった。蒼海幇の未来を決めるのは…ワシではなかった」

 

――未来ある若者達が決めるべきだったのじゃよ。

 

尚紀に向き直った長老の細目が開き、笑みを浮かべる。

 

蒼海幇の長という重荷から解放されたようにも感じさせる清々しい表情をしてくれたようだ。

 

「マスター…」

 

「あの子達の中にも…この街をワシと共に守り抜いた者達の魂が継がれている…そう感じた」

 

「そうか…あんたも蒼海幇のリーダーを引退する日も近そうだな」

 

「悲観はない、むしろ嬉しい。継がれていく魂があるのだと…分かったことが嬉しかった」

 

「お前たち蒼海幇が継いでいく……()()()()だな」

 

ふと立ち止まる長老に振り向く。

 

「ど忘れしておったわ。蒼海幇の朋友とも言える君に伝えようと思っとったことがあった」

 

「なんだよ?」

 

いつもの態度に戻りながら長い髭を右手で撫で、語ってくれる。

 

それこそが尚紀がこの街で探し続けたもの。

 

蒼海幇を代表して感謝を込めるかのように用意してくれた品とは…新たなる事務所物件だった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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93話 常盤ななかとの出会い

アフガニスタンやイラクの戦場から帰還した米国兵が精神を病むケースが後を絶たない。

 

戦場で戦友と共有した仲間意識を帰国後は持てなくなるからという分析がある。

 

戦地で残酷な死を目撃し、友を失い、ときには()()()()()()()()()()状況に追い込まれる兵士。

 

過酷な戦場を生き延びた軍人は、なぜか平和な母国に戻ってから精神的に壊れていった。

 

蒸し暑さがまだ残る8月の夜。

 

「うぅ…あぁぁ……」

 

布団の中で苦悶の表情を浮かべた寝顔をした常磐ななか。

 

「ハァ…ハァ…みんな…やめて…私が…どうして……」

 

布団を開け、肌を露出させた姿のまま藻掻くように寝返りをうち続ける姿。

 

寝汗に塗れた体のまま突然布団から飛び起きた。

 

「……また同じ悪夢」

 

部屋に敷いた布団の上で三角座りをして膝に顔を埋めてしまう。

 

「私は独り…ええ…そうですとも。……だって私は」

 

――人殺しなんですもの。

 

生死をかけて闘わねばならない戦地では部隊は仲間として強く団結し、仲間のためなら人を殺す。

 

ところが祖国に戻ってくると()()()()()()()()()()()()されている。

 

分断はそれだけでは済まなかったのは、ベトナム戦争から帰還した兵隊も特徴的だろう。

 

何故なら彼らは()()()()()()と罵られ、祖国の正義のために戦ったのに国民から虐待された。

 

メディア戦術を駆使してお茶の間に米国兵の残酷さを宣伝されたのだ。

 

正義の味方という分かりやすいイメージを剥奪された米国兵。

 

だからこそ支持を失い、()()()()()()()()()()()から罵られる結果となった歴史事実。

 

人は何も考えないし、相手の立場を想像してくれない。

 

正義という()()()()()()()()を求めて…凶暴化する。

 

人を殺したという部分だけを切り取って分断し、差異を産み、差別が始まっていった歴史。

 

全ては()()()()()()という、魔女狩りの頃から変わらない浅慮たる人間の残酷さがあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

8月は一ヶ月丸々使う仕事拠点引っ越し作業となってしまった尚紀。

 

季節は夏も終わった9月頃。

 

まだ残暑が残る神浜市の南凪区に向け、東京から車を走らせる彼の姿がそこにはあった。

 

「引っ越し作業は丈二もニコラスも含めてようやく終わり。新しい生活もいよいよ本格指導だな」

 

「8月は働き詰めだったわね~お疲れ様ダーリン。仕事ばかりの社会人は辛いわね」

 

聖探偵事務所は現在、東京の事務所を引き払い神浜市南凪区の港にある倉庫街に移った。

 

場所としては神浜市全域地図を見て東南側、海に突き出たエリア付近。

 

そこから東側を見れば、海の向こうには観光地である神浜赤レンガ倉庫街を見渡せるだろう。

 

「ところで、な~んであんた達までついてくるのかしら?」

 

後部座席でゴロゴロしているのは猫悪魔達の姿。

 

「家でニャルソックしてるのも飽きたニャ!」

 

「海が見えるエリアなんでしょ?美しい私が歩き回るに相応しい場所だと良いわね~」

 

「ダーリン、なんでこいつらまで連れてきたわけ?」

 

「連れて行かないと家の中を引っ掻き回すと脅された……質の悪い自宅警備猫共だ」

 

「まぁしょうがないわね……アタシも軟禁されてた時期はフラストレーション溜まったわ」

 

新しい事務所が入った倉庫の前に車を停める。

 

「不満なのは、この倉庫がまだ以前のような改装が施されてないとこだな」

 

電動シャッターではないので、車から降りて手動で開けなければならない。

 

シャッターを手動で開け、車を中に入れて停車。

 

「おう、来たか尚紀」

 

二階事務所に登る階段踊り場にはダンボール箱を持ち、ガレージに降りてきている丈二の姿。

 

「不便だよな~この倉庫……また東京事務所みたいに改装しないとなぁ」

 

「俺もそう思ってたよ」

 

「神浜聖探偵事務所の本格指導はまだ先だ」

 

ガレージまで下りてきた上司がダンボール箱を尚紀に渡してくる。

 

「発注してたポスティング・チラシが事務所に届いてるから、街でポスティングしてきてくれ」

 

「随分な量だな?まぁ、広告は数打って少しの市民に覚えてもらえたら良い方だしな」

 

「なんとか今月中にはチラシを捌ききってくれないか?俺と瑠偉は二階の整理で手一杯だ」

 

「分かったよ。猫の手も借りたいなら貸すことが出来るぞ」

 

「おいおい、お前の家の猫まで連れてきたのかよ?全く、お前は顔に似合わず猫好きだなぁ」

 

ニャ~(力仕事は男の仕事よね?頑張ってねケットシー、私は尚紀の方についてくわ)

 

フニャ~!?(オイラだってそっちのがいいニャ!!オイラは男でも子供だニャ!!)

 

「猫に力仕事は無理だな。事務所整理のバイトは募集しといたから、そいつらに任すさ」

 

「なら俺はこいつを鞄に詰めれるだけ詰めたら出かける」

 

「不審者に間違えられたら逃げろよ。ポスティングバイトは結構勘違いされるからな」

 

A4サイズが入るビジネス用ショルダーバッグに広告を入れ、事務所倉庫を後にする。

 

「う~ん、潮風を感じるわね~。ここってドラマのロケ地とかでも使われてそうな雰囲気ね♪」

 

「何処のエリアから配っていくんだニャ?」

 

「そうだな…取り敢えず周辺から始めるとしたら南凪区だな」

 

こうして神浜市に仕事拠点を移してからの最初の仕事が始まっていく。

 

ポストが設置されている周辺の民家や企業などにポスティングを朝から繰り返す。

 

昼時が近づいた頃には南凪路方面に向かっていく姿。

 

<そろそろお昼の時間だニャー。この中華街って尚紀の顔見知りが多いって本当かニャ?>

 

<ああ。ニコラスの宝石店もこの街に引っ越したし、それに地元の互助組織にも顔が効く>

 

<へぇ~…それと、ネコマタが知らない間に何処かに消えてるニャ>

 

<あのバカ猫…何処かに散歩行きたいとか聞いていないか?>

 

<たしか、前々から新西区にある夏目書房に行ってみたいって言ってた気がするニャ>

 

<遠くまで行くなって言った筈なんだけどなぁ…>

 

南凪路で彼の姿を見つけた人々が笑顔で挨拶をしてくる。

 

南凪路の人々から恩人として受け入れてもらえたような空気を感じさせる光景だ。

 

暫く歩いていると、目の前から知っている人物の姿が見えてくる。

 

「……あ、ナオキ」

 

俯きながら歩いてきた人物とは夏用学生服姿の純美雨(チュン・メイユイ)であった。

 

「もう…いいのか?マスターから聞いたが、随分塞ぎ込んでいたようだが?」

 

「うん…大丈夫ヨ。一ヶ月間も落ち込んで、皆に迷惑かけたネ」

 

「今日は学校から早い帰宅だな?」

 

「夏休みも終わて学校初日ヨ。昼までだたネ」

 

「そうか…まだ本調子じゃなさそうだし、今日は早く家に……」

 

気がつけば、美雨の足元ではケットシーが彼女の足に擦り寄り媚を売る鳴き声を出している。

 

「フフ♪元気ない私を心配してくれるネ?この猫は…ナオキの家猫カ?」

 

「俺も今日から本格的に神浜での仕事を始めるんだが…家猫までついてきやがった」

 

「アハハ♪ナオキは仕事場にまで家猫連れて行くぐらい動物好きだたなんて、知らなかたヨ♪」

 

ニャー(尚紀~オイラそろそろお腹空いてきたニャ~)

 

「お前の昼飯は後で…」

 

「ナオキは昼飯まだだたカ?」

 

「ああ、この街で済ませようかと思って」

 

「なら今日は付き合うヨ。少し…相談もあるし」

 

「ポスティングの仕事中なんだがな…まぁいい。今月中に配りきれれば良いんだし」

 

「残暑も残る暑い時期、元気の源は辛い料理ネ。久しぶりに張さんの店で食事するヨ」

 

「あの激辛プロテインモンスターの店かよ…勘弁してくれないか?」

 

「あの程度で辛いなんて、ナオキの舌は甘党ネ」

 

2人はチャイナタウンを歩き、四川料理を提供する中華料理店筋肉一番の店舗に入る。

 

「おお!英雄のご帰還だな!!聞いてるぞ~ナオキ君!君はこの街の恩人だ!!」

 

「そう思うなら、辛さは手心を加えてくれないか?」

 

「馬鹿野郎!!こんな熱い時期だからこそ唐辛子料理だろうが!!」

 

「俺に選択権は無いのかよ…?唐辛子に取り憑かれてるのか?この筋肉達磨おっさん」

 

席に座り、当然のごとく美雨のオーダーは今日のオススメ激辛料理を注文。

 

「ナオキ君の飼い猫なら無下には出来ねーな!ほら、小さな麻婆だ」

 

ニャー(こいつは美味そう……ニャんか、鼻を突き刺すような刺激臭が?)

 

「俺の分まで注文しやがって…。俺は炎に強くても、味覚にまで耐性があるわけじゃねーのに」

 

「辛い食べ物食べた後の杏仁豆腐が最高ネ♪」

 

2人は食事を終え、向かい合いながら話し合う。

 

「その…ナオキ。会て欲しい人がいるネ」

 

「どんな奴だ?」

 

「私の魔法少女仲間ネ。チームを組んでるメンバーヨ」

 

「おい…美雨。まさかとは思うが、俺の正体をベラベラ喋ったのか?」

 

「違うヨ!ナオキの正体は秘匿したままネ」

 

「秘匿したままなのに、何で俺に興味なんて持つんだ?」

 

「ナオキの活躍を色々と喋たら、どうしても手合わせしたい!って…駄々こねだしたヨ」

 

「俺に手合わせを申し込むってことは…そいつも格闘技か何かをしている奴か?」

 

「空手家ヨ。家の空手道場の看板娘ネ。そして私と古くから魔法少女コンビを組む娘ヨ」

 

空手家と聞いて、以前2人の横で隠れていた時に見かけた人物が頭を過る。

 

「気が乗らねぇ…勘弁してくれないか?」

 

「お預けばかりしていると私と会ている時に、背後から突然試合を申し込まれたりするヨ」

 

「参ったな…適当にあしらえば良いのか?」

 

「それが出来る相手ではないヨ。腕前は保証するネ」

 

「そうか…名前は何ていうんだ?」

 

「志伸あきら。私の二つ下で、参京院教育学園に通う中学3年生の魔法少女ネ」

 

「家の空手道場って言ってたよな?その道場は何処にあるんだよ?」

 

「案内するヨ。勘定済ませたらついてくるネ」

 

「どうせ俺が払うんだろ…」

 

「大人が女子高生に払わせたいカ?」

 

席を立ち上がり、レジに向かっていた時にケットシーのことを思い出す。

 

「……………」

 

舌を伸ばしたまま泡を吹き、痙攣したまま地面に倒れるケットシーの哀れな姿が転がっている。

 

「やっぱりよぉ…もう少しだけ辛さの手心をだな…」

 

「また来てくれよナオキ君!!次は秘蔵の唐辛子を使った特別激辛料理を出すぜ!!」

 

「話を聞けよ!?」

 

ケットシーを抱えた尚紀は溜息をつきながら店から出て行き、美雨の後ろに続いていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

参京区の一等地にある大きな空手道場の門前に今、2人は立つ。

 

「随分と立派な空手道場だな?」

 

「神浜市にある武術や格闘技を教える道場の中でも、1~2位を争う立派な道場ネ」

 

「それに比べて、マスターのショボい武術館ときたらなぁ…」

 

「長老いたらどつかれるヨ。まぁ、流行らない理由は…この道場と比べたら判るネ」

 

「アポはとってあるのか?勝手にお邪魔するわけにもいかないだろ」

 

「あきらには連絡済みヨ。電話の向こう側から大喜びの声が聞こえたネ」

 

話し込んでいると、道場の方から元気な声が木霊してくる。

 

<<あっ!来てくれたんだね!!>>

 

伝統的な建物をした大きな空手道場の入り口で手を振る人物。

 

銀髪ショートヘアのボーイッシュな外見をした少女が、空手着を着た姿で出迎えてくれた。

 

「ごめんね美雨…ボクの我儘のために相談に乗ってもらって」

 

「いいネ、私とオマエの仲ヨ。ナオキも別に構わないと言たヨ」

 

「いつ言った…?俺はこう見えてポスティングの仕事中なんだが…」

 

「あぁ…美雨に無理強いされた感じ?ごめんなさい…ええと、尚紀さんだよね?」

 

「俺の紹介は済んでるようだな。それで、お前が志伸あきらか?」

 

「あきらでいいです。父が営むこの道場の娘で、ついでに師範代も努めています」

 

「中学3年生で師範代か…」

 

よく見れば、彼女の黒帯には二段を示す線が2つ見えた。

 

ニャ~(口が…舌が…水…いや、辛さ中和のミルクが飲みたいニャ…)

 

「右腕に抱いた猫は…尚紀さんの飼い猫ですか?可愛いな~……なんかこの子弱ってません?」

 

「手合わせに付き合ってやるから、こいつに牛乳を飲ませてやってくれ」

 

「尚紀さんって、可愛い動物が好きなんですね!ボクも可愛いものが大好きなんです!」

 

2人は道場内に案内され、ケットシーはあきらに預けられ住まいの方に向かう。

 

「セイヤ!セイヤ!」

 

道場内では子供たちが空手着を着て元気な声を出し、内弟子指導員の声に合わせ鍛錬に励む。

 

「今は子供空手教室の時間か」

 

「曜日によって年配クラスという風に、地域の需要に合わせた経営をしているヨ」

 

「稽古道具の中に防具やヘッドギアが見えるな?」

 

「あれは選手を目指す門下生用ネ。あきらの流派は顔面有りのフルコン空手だから安全第一ヨ」

 

「なるほど、読めたぞ。マスターの武術館に防具なんてなかったし…怪我人が続出したな?」

 

「聴勁という恐怖心を使う技術磨くための工夫も…安全面という大衆需要向けじゃなかたネ」

 

道場の隅っこで話していると、空手着を着た大柄な人物が近寄ってくる。

 

「おや?もしかして君がうちの娘に義侠心と強さを惚れられた人物かね?」

 

現れたのは、あきらの父である道場師範。

 

2人は抱拳礼を行い頭を下げ、あきらの父も腕で十字を切って頭を下げて互いが礼儀を示す。

 

「俺はあきらの我儘に付き合っている暇は無い社会人だが…成り行き上、来るハメになった」

 

「申し訳ない。あの子は体育会系で勝負事に拘るんだ。道場の男達の世界で育てた弊害かもな」

 

「俺について、あいつは何を期待してたんだ?」

 

「武侠世界に生きる、仁義に溢れた拳法家と絶賛していたよ。だからこそ共に技を磨きたいんだ」

 

「あきら相手の出稽古をやっている暇は無い。多忙な人生を生きているんだ」

 

「そうか…なら、今日は思い切り彼女に胸を貸してやってくれ。手加減など無用だ」

 

「娘の腕前を信用しているみたいだな」

 

「ハハハ!だからこそ、我が道場の看板を任せれる看板娘なのだよ」

 

暫くしてあきらも道場に入り、子供空手教室が終わる時間まで少し待つ。

 

道場内が次の稽古時間までゆとりがある隙間を利用して組手を行おうという流れだ。

 

「尚紀さん、この空手着を使ってくれる?身長もボクとさほど変わらないし、サイズ合うと思う」

 

「遠慮する。俺は仕事着のままで十分だ」

 

「ならせめて防具を身に着けて欲しいんだけど」

 

「いらない」

 

「で、でも…怪我したら大変だよ?」

 

「俺に一発でも良い一撃を入れられたら、お前の好きな品を買ってやる」

 

「ええっ!?本当に?高額品でもいい?」

 

「構わない」

 

「やったーっ!!甘ロリ界で今トレンドの服が買え……なんでもないから、今の忘れてね!」

 

ボタボタと嫌な汗をかく彼女に眉を寄せていると、横から美雨が耳打ちしてくる。

 

(こう見えてあきらは、ラブリー世界で生きるお花畑な娘ネ。あきらの部屋見たらドン引きヨ)

 

「美雨!?尚紀さんに変な情報与えないでよね!!」

 

「どうでもいい、始めるぞ」

 

こうして、成り行き上の組手バトルがスタートする事になったのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

夏用ビジネススーツの上着とネクタイを脱ぎ、鞄と一緒に美雨に預ける。

 

白シャツの腕まくりをしながら道場中央へと彼は進む。

 

あきらと向かい合い、中央で主審を務めるあきらの父も立つ。

 

「ルールは?」

 

「金的、目潰し、急所打ちは禁止。それ以外なら投げようが関節を決めようが構わない」

 

「ポイント制か?」

 

「相手が参ったというか、私が勝負有りと判断するまで続けて構わない」

 

「あきら、お前は防具やヘッドギアを身に着けないのか?」

 

「尚紀さんが防具を着けないなら、ボクも身に着けない。不公平な勝負はしたくないんだ」

 

「あんた自慢のお嬢さんに痣が出来るかもしれないが…構わないのか?」

 

「遠慮はいらないと言った筈だ。うちもこんな大衆路線だが、実戦派であることに変わりはない」

 

「了解だ。……始めるぞ」

 

「向かい合い!礼!!」

 

審判の声に合わせ、互いが礼を行う。

 

「勝負、始め!!」

 

同時に構えた互いが間合いを詰めていく。

 

(隙が全くない……流石は美雨が目標として決めたライバルだよ)

 

瞬き1つ許されない程の緊張感に包まれた道場内の端では、武道仲間である美雨の視線もある。

 

(ボクも恥ずかしい戦いなんて出来ない。小細工は無し…全力で、ぶつかる!)

 

先に動いたのはあきら。

 

「ハァァァーーッ!!」

 

一気に跳躍、飛び蹴りを放つ。

 

横に避ける相手に続けて踏み蹴り。

 

彼女の蹴りは想像よりも重く、受け止めたが後ずさる。

 

蹴り足を地面につき、踏み込み上段回し蹴り。

 

片足をバックステップさせて避ける相手に対し、回転の勢いでさらに上段回し蹴り。

 

尚紀は身を低め避けると同時に前掃腿で両足を狙う。

 

後ずさるあきらに向けて片手をつき、逆立ちしながら二連蹴りの穿弓腿を打つ。

 

「くっ!!」

 

「いい蹴りだ。それでこそ空手家だな」

 

「ありがとう!ボクの一撃一撃には…魂を込めてるからね!」

 

あきらが踏み込む。

 

彼女の左右突きを捌き、突きや肘を返す。

 

あきらは空手の回し受けの要領で両腕を匠に使い、攻撃を捌き続ける。

 

彼女の飛び後ろ回し蹴りを後ろに下がり、続く前蹴りを片手で受ける。

 

踏み込む彼の突きを捌き、左右手刀打ちを繰り出し、体を揺らして避ける尚紀に右突きを打つ。

 

だが、左サイドに入られ右肘打ちが迫りくる。

 

「っ!!」

 

左中段受けで受け止めたが勢いが止められず、彼女の左側頭部に決まる。

 

続く左右の肘打ちを受け止め、右鉤突きを放つが下に避けられる。

 

「ぐぅッ!!」

 

左膝を右脇腹に食らい、彼女は後ずさる。

 

「やっぱり強いね。ボクも美雨に痛みの取り戻し方を教えてもらい、感覚が研ぎ澄まされたのに」

 

「集中しろ」

 

「うん!!」

 

上段、下段と互いの蹴りの応酬。

 

互いが避け、接近して打撃を打ち合い、受け止め合う光景が続く。

 

「セイヤッ!!」

 

あきらの重い右肘打ちを左腕で受け止める。

 

しかし、重い一撃が危うく左側頭部に決まりかけた。

 

続く彼の右肘打ちも重く、お互いが一歩も譲らない。

 

彼女の両手が尚紀の襟首を掴んで上半身の態勢を崩しながらの左右膝蹴り。

 

彼は両手で捌くが後ずさり、彼女の細い腰を掴みながら一気に前に押し込む。

 

両足を広げ踏ん張り、堪えた彼女の掴む手を両腕を回して払う動作。

 

払われた彼女の両腕が引き絞られていく。

 

彼女が最も得意とする技に繋がる動きだ。

 

「ハァァァーーッ!!」

 

払われた両腕を腰に構え、一気に両拳を相手の胴体に突く双手突きが放たれる。

 

だが……。

 

「がぁっ!?」

 

尚紀は体勢を一気に下げながら蹴り足を放つ。

 

右手を地面につき、逆立ちとも言える程の角度から左逆回し蹴りを放つ。

 

左側頭部に踵を食らった彼女は脳が激しく揺れ、足元がふらつく。

 

攻防の果てに生み出された一瞬の隙を、尚紀は見逃さない。

 

跳躍して背中に飛びつき、彼女の腰を両足で蟹挟みしながら右腕を首に引っ掛ける動き。

 

一回転して自分ごと地面に相手を転ばせ、倒れたあきらの左足を掴み逆関節を決めた。

 

「そこまで!!勝負有りだ!!」

 

関節をテコの原理で曲げられた彼女が悶絶していたが解放し、試合の立ち位置に彼は戻っていく。

 

「お父さん!ボクはまだやれるよ!!」

 

「実戦ならお前は即座に片足を折られていた。戦う余力など無い死に体となっている」

 

「くっ……」

 

「悔しい気持ちは判るが、多くの事を彼から学べたな…あきら」

 

片手を差し出す父の手を掴み、立ち上がる。

 

試合の立ち位置に戻ったあきらは尚紀と共に礼を行い組手を終了させたようだ。

 

「どうネ?ナオキの実力は?」

 

「彼は強かったよ…。美雨が言ってた通りの人だったね」

 

「道場の内弟子相手に本気を出せなかったあきらネ。今日は楽しかたカ?」

 

「うん!今日は本気で戦える貴重な経験が出来て、本当に嬉しかったよ!」

 

とある事情というのは、道場の私物入れから感じるソウルジェムの魔力反応が教えてくれる。

 

余程の手練でなければ、魔法少女は素手でも人間相手に大怪我させる危険があった。

 

「本当に尚紀さんは強いね…こんな人間がボクの周りに沢山いたらなぁ」

 

(俺の正体をあきらに語っていないという話は本当のようだな)

 

「気持ちは判るヨ。私だて、鍛錬に共に付き合える実力者に飢えてるヨ」

 

「空手も拳法も…独りで強くなれるもんじゃないからね。ねぇ、尚紀さん…その……」

 

何を言いたいのか直ぐに察したので彼は即答する。

 

「駄目だ」

 

「え~~っ!?ボクまだ何も言ってないよ!」

 

「どうせ出稽古相手になってくれと言いたいんだろ?俺は仕事やNPO法人活動もあって多忙だ」

 

「残念だなぁ…でも、尚紀さんはNPO活動のような社会貢献も積極的なんだね?親近感が湧くよ」

 

「お前も人間社会への社会貢献活動が好きなのか?」

 

「6歳の頃からボクはお人好しな性格でね、頼まれごとがあったら断れないタイプなんだ」

 

あきらは語ってくれる。

 

町内会のボランティアや人助けをしているうちに、こう呼ばれるようになったようだ。

 

参京院のトラブルシューターと。

 

「ようは便利屋か。俺も副業でやってるな」

 

「ボクとお揃いだね尚紀さん♪義を見てせざるは勇無きなり…行動が出来る人を尊敬するよ」

 

「お前も続けるといい。社会主義的な活動を行える魔法少女は貴重な存在だ」

 

「時間空いてる時はいつでも道場に来てよ!楽しみにしてる!」

 

上着とネクタイを身に着けた彼が鞄を肩にかけ、中から一枚広告を取り出す。

 

「そうだ、うちの事務所の広告を貰ってくれないか?」

 

「喜んで。え~と…聖探偵事務所?尚紀さんの本職は探偵さんなんだね~」

 

「うちの仕事は民事のトラブルだ。トラブルは起きない事に越したことはないが、考えてくれ」

 

道場の入り口で待っていたケットシーを足元に連れて、尚紀は仕事に戻るのだが…。

 

「おい、美雨。なんでお前までついて来る?お前の用事は終わったんだろ?」

 

「ポスティングの仕事、手伝てあげるヨ。オマエには本当に世話になてるし…サービスネ♪」

 

「まぁ…足元の猫に頼むよりはマシかもな」

 

ニャー(猫と言えば、そろそろネコマタ迎えに行かないのかニャ?)

 

「忘れてた…たしか夏目書房だったか?」

 

「かこの家がどうかしたネ?」

 

「かこ?」

 

「夏目かこ。夏目書房の娘で家の手伝いもしてるし、私とあきらと組む魔法少女でもあるヨ」

 

「案内してくれないか?もう一匹のバカ猫がそっち方面に行ってる気がするんだ…なんとなく」

 

「お安い御用ネ♪でも、やぱりナオキは偶におかしな事を言い出す不思議くんヨ」

 

道場の門前まであきらが見送りをしてくれる。

 

2人は次なる目的地である夏目書房へと向かっていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

尚紀が美雨と出会う時間にまで遡る。

 

ここは参京区、水名区にほど近い新西区北側の歴史ある本屋が建ち並ぶエリア。

 

レトロな雰囲気が漂うこのエリアを歩く一匹の白猫の姿がいた。

 

ニャー(確かこの辺に…あったわ!夏目書房はこの店よね?)

 

ネコマタが見上げれば、そこには夏目書房と看板を掲げた店舗。

 

ニャー(ブックハウスカフェも好きだけど、やっぱり蔵書量が多い店が一番落ち着くわね)

 

自分が猫だという事も気にせず、開いている扉を超えて中に入店。

 

ニャー(紙とインクの匂いに包まれた知的空間…癒やされるわ~)

 

店舗内の様子を見てみれば、小さな少女がレジカウンターの奥で座り、読書中。

 

時刻は静かに流れてゆき、お昼ごろになろうとしている。

 

「あっ…いけない、また読書に夢中になっちゃった。お父さんに見つかったら叱られる」

 

どうやら店舗の客がいない時間中に好きな本の続きを読んでいたようだ。

 

家の手伝いを再開するため立ち上がり、蔵書量が多い店舗棚の掃除に向かう。

 

そこで見つけた珍客とは?

 

「えっ?……ええ~~っ!?」

 

白猫が本棚の上に飛び乗り、前足で取り出した古書を前足の爪を使いながら読んでいる光景。

 

店員に見つかったのに気が付いたのか、ネコマタが視線を向けてくる。

 

「きゃ~可愛い~!!丸眼鏡つけた白猫ちゃんが来てくれた!しかも…本を読んでる!?」

 

ニャ?(あらやだ?見つかっちゃった。お構いなく~)

 

「どうしよどうしよ!お父さんや友達に見せたい!写メ撮って良いですか???」

 

ニャー(読書に勤しむ知的美女な私の撮影?フフ~良いわよ~美しく撮影しなさいね)

 

「ねぇねぇ猫さん、貴女も読書好き?読書好きな私のオススメ本があるんだけど~?」

 

ニャー!(古書店店員さんオススメ本?聞き捨てならない情報だわ…案内して!)

 

機嫌よく尻尾を立てながら彼女の後ろをついていき、レジカウンターの上に飛び乗る。

 

「見て下さい猫ちゃん♪私の宝物の本!」

 

ニャ!?(こ、これは…古八式大八郎先生のデビュー作!?吾輩は君であるの初版版!!)

 

突然興奮した白猫が甘えた声を出しながら彼女の手に頭を擦りつけ、見せて欲しいとせがむ。

 

「ウフフ♪猫ちゃんも古八式大八郎先生の良さが判るんだ?良いお友達になれそう♪」

 

カウンターに座り、家の手伝いも忘れて珍客相手に読書会となっていく。

 

時間がどんどん過ぎてゆく夏目書房内。

 

その店舗に向かって歩いてくる2人の存在がいた。

 

「あそこが私の仲間であるかこの家、夏目書房ネ」

 

「雰囲気ある古書店だな。うちのバカ猫が大好きそうな店構えだ」

 

2人は中に入店。

 

「かこ~~いるネ?」

 

「あっ、美雨さん?それと可愛い猫と一緒にいる隣の男の人は…お客様ですか?」

 

「お前の隣にいるバカ猫の飼い主だ」

 

フニャー!(げっ!?尚紀にケットシー!私はこの子との読書会でまだ忙しいのよ!シッシッ!)

 

ニャー(相変わらずの本の虫だニャ)

 

「そうだったんですか?首輪やペット用眼鏡つけてますもんね…ごめんなさい引き止めて」

 

「謝る必要は無い。むしろうちの飼い猫が店の迷惑になったな」

 

「そ、そんな!本に興味がある猫ちゃんだなんて…こんな猫が私欲しかったぐらいです!」

 

ニャ~!(この子は本を愛する私の同朋よ!意地悪言ったら引っ掻くわよ!)

 

<夏目書房の飼い猫になるか?>

 

<そ、それは困るわね…だって悪魔の私の言葉が判るのは尚紀だけだし>

 

渋々レジカウンターから飛び降り、尚紀の足元に移動。

 

「この男が、私が前々から話していたカシマナオキネ」

 

「美雨さんから聞いてます。東京で探偵を営む…凄く強い方ですよね?」

 

「俺の事をどういう紹介の仕方をしたのやら…」

 

「私は夏目かこと言います。夏目書房の娘で、神浜市立大附属学校に通う中学一年生です」

 

「そうか。迷惑ついでだが、この広告チラシを貰ってもらえないだろうか?」

 

鞄から広告を出し、かこに手渡す。

 

「うわ~、嘉嶋さんはやっぱり探偵さんなんですね。神浜に事務所を引っ越したんですか?」

 

「そうなる。うちは民事トラブル専門だから……まぁ、父親に渡しておいてくれ」

 

「判りました。バイバイ猫ちゃん…ええっと、名前とかつけてます?」

 

「白い方はネコマタ、ブルーグレーの方がケットシーだ」

 

「顔に似合わず、可愛い名前をつける奴ネ」

 

「バイバイ、ネコマタちゃん!またうちに来てね♪」

 

ニャー♪(必ず来るわ♪ほら尚紀、私がこの店に迷惑かけたんだし、商品ぐらい買いなさいよ)

 

<迷惑かけた張本人が言うな。だがまぁ仕方ない…何か見つけるか>

 

「ネコマタが迷惑かけたし、本を買わせてもらう。政治や社会ジャンルの棚はどっちだ?」

 

「そんなお気になさらなくても…でも有り難いです。こちらになります」

 

かこに案内され、棚に並べられた書籍を見渡す。

 

読んだことがある書籍や、あまり興味がない書籍を飛ばしていく。

 

隣の棚にある古い長編小説が並べられた棚を見渡していた時、一冊の本に視線が移る。

 

「…罪と罰か」

 

その本を棚から取り出し、かこが待つレジに向かう。

 

「ロシアの文豪フョードル・ドストエフスキーの長編小説ですね」

 

「知らない人物だが、読んでみるよ」

 

「尚紀さんも小説が好きなんですか?」

 

「いや、どんな小説内容なのかは知らないが…ただ、タイトルが気になってな」

 

「タイトルでビビッときた感覚は大事です!私も小説をタイトル買いして大当たり引くんです!」

 

「すまないが、俺は専門書しか読まなくてな。まぁいい、時間が空いた時に読んでみる」

 

「またネコマタちゃんやケットシーちゃんを連れてきてくださいね、尚紀さん!」

 

2人と二匹の猫はかこの店を後にする。

 

「さて、もう日が沈んできてやがる。今日の分を可能な限り配っていくか」

 

「私にも渡すヨ。手伝うネ」

 

「分かった。自分の分を配り終えたらそのまま帰宅して構わない。俺も職場に帰るしな」

 

鞄からチラシの束を美雨に渡し、2人は参京区の民家が並ぶエリアへと向かっていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

復讐の旅路を終えた日。

 

それが彼女の苦悩の始まりだった。

 

――ねぇ、参京区にいる常磐ななかって魔法少女の話を聞いた?

 

――水名区で魔法少女やってる天音月夜って子が言ってたよね?

 

――魔法少女を…殺したんですって。

 

――酷い…何も殺す必要なんてなかったのに。

 

――そうだよ…いくら悪者でも、痛めつけて反省を促すだけで良かったのに。

 

――人殺しなんて許せません!魔法少女の恥晒しです!

 

――魔法少女は夢と希望を叶える存在…人殺しの外道なんかじゃない!

 

――正義に生きる魔法少女たちに泥を塗ったあの外道女…許せない!!

 

人殺しになった。

 

たったそれだけで…差別される地獄が始まっていったのだ。

 

……………。

 

同じ西側魔法少女である常磐ななかに向けられた西側魔法少女達の激しい嫌悪。

 

正義と人情を愛する西の長の元に集う魔法少女達は、絵に描いたような正義の少女ばかり。

 

多くが人殺しなど行わないし、人殺しを許すつもりなどない。

 

魔法少女はフィクション世界で輝くような存在だと皆が自分達に言い聞かせてきた。

 

それがモチベーションを保つ支えになってくれたからだ。

 

だからこそ…()()()()()()()()()()()()()()()ような魔法少女の存在を激しく憎悪した。

 

「常磐ななかさん。私達の縄張りで狩りを行わないでもらえますか?」

 

「どうしてですか?私達は人間社会に害を為す魔獣を共に倒す者です」

 

「貴女が魔法少女社会に害を為す、人殺しだからです」

 

「……………」

 

「西側社会の魔法少女達はね、貴女の事が大嫌いです。みんな怒ってます」

 

「そ…それは……」

 

「私たち魔法少女の…面汚しだと」

 

「お、お願いです!弁明させて下さい!!」

 

「弁解の余地はありません。貴女の人殺しに関する問題は、西の長にも報告していますので」

 

「お願い…話を聞いて……!」

 

西側魔法少女社会で繰り返される、常磐ななかに対する無視、拒否、拒絶、罵倒。

 

口を揃えて皆が言う。

 

この人殺し!!

 

外道!!

 

人でなし!!

 

面汚し!!

 

人殺しとなった少女に向けられる差別と罵倒の数々。

 

それはある意味、刑務所から出所した犯罪者に向けられる()()()()()()()と酷似している。

 

正義と人情で形作られた魔法少女というフィクション概念を崇拝する者達。

 

それは固定概念となり、崇拝対象となり、それを壊す存在の憎悪へと導かれていく。

 

人は見たいものしか見ないし、信じない。

 

ガイウス・ユリウス・カエサルが残した言葉だ。

 

彼女と同じ苦しみを背負った歴史存在こそが…ベトナム戦争帰還兵達であった。

 

彼女は西側の隅に追いやられ、今では皆に見つからないよう細々と魔獣狩りをするしかない。

 

そんな常磐ななかを、七海やちよが呼び出して話をした日があった。

 

「常磐さん。貴女があの時に…更紗帆奈を殺した存在なのだと、皆に知れ渡ってしまったわ」

 

「……そうですか」

 

「ごめんなさい。月夜さんにきつく箝口令を敷くべきだったわ。今の貴女を皆が怒っている」

 

「西の長であるやちよさんは……どのようにお考えで?」

 

「個人的には許さないわ。人殺しなんて、正義の魔法少女としてあるまじき行為よ」

 

「…貴女も皆と同じ意見なのですね」

 

「でもね、人殺しをした人物だからって、西側魔法少女達で社会的制裁を加えるのは反対よ」

 

「…何故ですか?」

 

「日本の犯罪者が社会復帰出来ない一番の原因はね…()()()()()()()()なのよ」

 

「人は暴力行使を恐れる。その後に待っている刑罰、そして社会的制裁が恐ろしいからです」

 

「判っているのならどうして人殺しを…?」

 

人殺し、心無き外道、正義の味方の面汚し。

 

そんな言葉で差別されようとも、揺るがぬ信念を常盤ななかは抱えている。

 

「やちよさん。視野を広くして考えてもらえませんか?」

 

「視野を広く?」

 

「暴力が許されないのに、なぜ司法暴力ともいうべき死刑制度が日本にあるのかご存知ですか?」

 

「…いいえ、考えたことも無かったわ」

 

死刑は国家の暴力であり廃止すべき。

 

その風潮なら世界中にある。

 

「ですが、日本はグローバル化の波に抗ってでも、守りたい司法暴力の根拠があります」

 

死刑制度の威嚇力は犯罪抑止に必要である。

 

被害者、遺族の心情からすれば死刑制度は必要である。

 

凶悪な犯罪者による再犯を防止するために死刑が必要である。

 

「他にも沢山ありますが…長くなるので割愛します」

 

「全体に対する抑止力のためなら…人殺しも止む終えない、そう言いたいわけ?」

 

「その通りです、西の長。貴女は…何か考えようとは思わないのですか?」

 

「何を考えるですって…?」

 

眼鏡をかける少女の瞳には、差別に苦しみながらも曲げたくない願いが込められている。

 

「魔法少女社会を厳格統制する抑止力になりえる、()()()()()()()()()と聞いてるんですよ」

 

「刑罰だなんて…やり過ぎよ。私達の魔法少女社会は国家機関じゃないのよ?」

 

「私は魔法少女犯罪者を許さない…刑罰を与えたい…でも国は魔法少女に何もしてくれない」

 

――だからこそ…私が殺したのです。

 

――人間社会に牙を突き立てる者は死ぬと皆に分からせる…()()()()()とならんがために。

 

……………。

 

七海やちよは常磐ななかに対し、皆の気持ちが落ち着いて冷静になるまでは大人しくしろと言う。

 

常磐ななかに何のペナルティも与えない西の長に向けて、西側魔法少女達の意見も割れる。

 

大人しくしていようが、周りの魔法少女達の社会的制裁は留まらない。

 

罵倒こそ七海やちよの目が恐ろしくて行われなくなったが、完全に無視される現状。

 

そんな彼女を心配して寄り添ってくれるのは、常磐ななかとチームを組む仲間達。

 

過去に西側魔法少女から悪者レッテル貼りを受けて苦しんだ静海このは達も寄り添ってくれる。

 

そして、常磐ななかと同じ目線で苦しむ夏目かこだけであった。

 

月日は流れ…現在。

 

「今日はこんなもんでいいか」

 

日もすっかり沈もうとしている時刻。

 

「…そろそろ出てきたらどうなんだ?」

 

唐突に彼は後ろに隠れていた人物に向けて背中越しに声をかける。

 

「……………」

 

電柱の後ろ側に隠れている少女がいる。

 

「夏目書房の辺りから付け回していただろ?」

 

「…すいません、大変失礼な振る舞いをしました」

 

物陰から現れたのは、常磐ななか。

 

「俺に何か用事か?」

 

「貴方は…美雨さんが話していた、東京の探偵なのかと思いまして」

 

「東京の探偵なら…何かあるのか?」

 

「そ、その…なんと言えばいいのか…」

 

「要領を得ない奴だな?はっきり言え」

 

「…判りました。では、単刀直入に言います」

 

眼鏡越しに彼の目をしっかり見据え、彼女の口が開く。

 

その瞳には…疑いの感情が宿っていた。

 

「私の固有魔法がこう叫んでいます」

 

――貴方は…私たち魔法少女の()()()()()

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「なに?帰りが遅くなる?」

 

「ああ。ちょっと相談に乗ってもらいたいと言ってきた奴がいてな」

 

「早速広告の効果が出たってわけか。依頼の件か何かか?」

 

「民事に関するトラブルごとだ。俺に対応出来る範囲でアドバイスしておく」

 

「判った。大事になるならうちに来いと言っておいてくれ」

 

スマホの通話を終え、目の前の常磐ななかに向き直る。

 

現在2人はレストランの個室内で向かい合うようにして座っている。

 

二匹の猫はペット禁止の場所だったので外で待機中だ。

 

カフェのような場所では今の時代、企業情報などがSNSに即座に漏れるという弊害がある。

 

こういう場所なら密談に最適だ。

 

政治家が料亭で秘密談義をしているのが良い例であった。

 

「お心遣い、感謝します」

 

「それで?お前は美雨の仲間だというなら、魔法少女なんだろう?俺を倒しに来たか?」

 

「美雨さんは、貴方を拳法家として実力のある人物だと言っていました」

 

「他の連中にも同じ説明をしているようだな…あいつ」

 

「ですが、人間の拳法家が本気の魔法少女の敵になり得るのか…私は疑問なのです」

 

「…何が言いたい?」

 

「貴方はただの探偵であり拳法家…本当にそれだけなのでしょうか?」

 

「……………」

 

疑いの眼差しを向ける少女が、疑いの原因となっている部分に触れてくる。

 

「貴方は本当に…人間ですか?」

 

押し黙ってしまう尚紀だが、大きく溜息をつく。

 

「…どうやらお前の固有魔法は、敵か味方かを判断する事しか出来ないようだな?」

 

「悔しいですが…その通りです。私の魔法は万能ではありません…だからこそ直接伺いたいです」

 

美雨や時女一族以外にも秘密が漏れるのを彼は快く思わない。

 

だが、それでも美雨が仲間として選ぶ程の者ならばと…重い口を開いてくれた。

 

「俺は東京の魔法少女社会ではこう呼ばれている。魔法少女の虐殺者だとな」

 

「っ!?」

 

「お前の固有魔法は正確だ、そしてお前の勘も正しい。俺は人間ではない…悪魔だ」

 

悪魔と呼ばれる未知の存在な上で、魔法少女の虐殺者と名乗ってくる。

 

常盤ななかでさえ、想像する事も出来なかった脅威。

 

それが目の前にいる男の正体であった。

 

「魔獣ではなく…悪魔…?それを裏付けられる何かをお持ちでしょうか?」

 

「悪魔の俺がどうして魔法少女の虐殺者になったのかは…長い話となる」

 

「構いません、お聞かせください」

 

彼は東京において、どんな生き方をしてきたのかを彼女に語っていく。

 

視線を逸らさず、静かに聞き続けたななかが口を開き始める。

 

「貴方は人修羅と呼ばれる悪魔。そして、私たち魔法少女社会に向けて…社会全体主義を望む者」

 

「俺は社会主義者であり、共産主義者だ」

 

正義に陶酔する者を軽蔑する者であり、無関心を許さない者。

 

二度と人間社会に魔法少女の加害行為が行われない()()()()()L()A()W()()を望む者だと語る。

 

その言葉1つ1つが、ななかの心の叫びを代弁してくれる。

 

「俺たち力ある者は、人間社会のためにより平等で公正な社会を目指さなければならない」

 

共同体(コミュニティ)のために魔力や魔法の力は、か弱い人間達のために共有されるべき。

 

彼の思想の1つ1つが、常磐ななかの心の中に染み入っていく。

 

「公平な社会を生み出すため、魔法少女社会の個人主義という名の魔法少女至上主義を滅ぼす」

 

社会そのものを完全なる社会組織化を施す法を生み出す。

 

それこそが、常盤ななかに伝える嘉嶋尚紀の政治思想。

 

人間社会主義である。

 

「そ、それが…共同体主義であり、共産主義…?」

 

「俺達は無力階級たる人間社会の福祉を最優先にする社会全体組織となるべきだ」

 

――もはや俺達に私権はいらない。

 

――1人は全体となろう、全体の幸福こそ1人の幸福である。

 

「1人は全体となり…全体の幸福こそ、私たち1人1人の幸福…」

 

心が熱くなる程の思想に触れた常盤ななかの体が震えていく。

 

「…すまない、長々と喋ってしまったな。お前に俺の思想を押し付けは…」

 

「必要です!!」

 

突然声を荒げて立ち上がる彼女を見て彼も目を見開く。

 

「貴方の思想が…人間社会主義が…神浜の魔法少女社会には必要なんです!!」

 

正義の魔法少女達から差別と抑圧を受け続けてきた少女が吼える。

 

嘉嶋尚紀が提唱する政治思想を心の底から欲しがる態度を示す。

 

「突然何だよ…?何故それほどまでに興奮する?さっきまでの冷静さはどうした?」

 

「あっ……」

 

涙が滲む程に熱く叫ぶ彼女に対し、店員が訪れて声を荒らげないで欲しいと注意を言ってくる。

 

「どうしてお前は…そこまで魔法少女の敵とも言える俺の思想を欲しがる?」

 

「貴方は包み隠さず語ってくれました…。今度は私が…包み隠さず話す番です」

 

彼女が受けてきた苦しみが語られていく。

 

魔法少女となり復讐に生き、アウトサイダーとして扱われた苦しみを伝えられた彼の口が開く。

 

「そうか…お前は魔法少女の加害行為によって…魔法少女の世界に引きずり込まれた犠牲者か」

 

「私…人間のまま生きたかった!何の変哲もない人生を生きたかった!なのに…みんな酷い…」

 

魔法少女を相手に国は守ってくれない。

 

正義を気取る魔法少女達も人間時代の常盤ななかを守ってくれなかった。

 

もう冷静でいられないのか、彼女は心の叫びのままに慟哭の言葉と涙が溢れ出す。

 

「どうして?どうして魔法少女は()()()()()()()しか見てくれないの…?」

 

「ななか……」

 

「どうして無力な人間達の気持ちになってくれないの…?どうしてぇ!?」

 

魔法少女としてではなく、1人の人間として叫ぶ慟哭。

 

尚紀の脳裏に浮かぶのは…東京で殺されていった人間達の光景。

 

己の甘さによって死なせてしまった人間の少女の光景。

 

娘を失った苦しみと、救ってくれなかった人間の守護者を罵倒する母親の光景。

 

全てが常盤ななかと重なっていく。

 

机の上に置かれた彼の手も握り込まれ、震えていく。

 

彼女の無念の感情を心から理解する者として。

 

「……人間としてのお前の叫び、俺の心に確かに響いた」

 

「えっ…?あっ…わ、私……すみません、取り乱してしまって…」

 

「俺の悪魔としての力は、お前のような者達を守るためにこそある。だから約束する」

 

――お前の望みを叶えられる社会作りを…俺は目指す。

 

「正義の味方を気取る魔法少女たち全てを相手に…敵となってでも?」

 

「だからこそ、魔法少女の敵なのかとお前は俺に質問したんだろ?」

 

――答えは勿論…()()()だ。

 

また店員が押しかけてきて、いい加減にしてくれと怒られる始末。

 

「もうこの話はやめよう、店の迷惑だ」

 

「そうですね…長い話に付き合わせてしまって…申し訳ありませんでした」

 

しゅんと項垂れてしまった彼女を見つめる尚紀の口元が微笑んでいく。

 

「常磐ななかだったな?おまえ、晩飯は食べたのか?」

 

「えっ?い、いえ…まだです…」

 

「ならメニュー表をとって好きなもの注文しろ、奢ってやる」

 

「ええっ!?そ、その…迷惑にはなりませんか?」

 

「ドリンクバーもつけていい、何でも注文して構わない」

 

「どうしてそんなに…私に優しくしてくれるんですか?」

 

尚紀が後ろのソファーに深くもたれていく。

 

その表情は心の底から嬉しそうな表情を浮かべてくれたようだ。

 

「やっと出会えたよ…俺の思想を理解してくれる魔法少女に。嬉しかったんだ…本当にそれがな」

 

その言葉が聞けた常盤ななかの表情も明るくなっていく。

 

ようやく人間らしい笑顔が戻ってきてくれた。

 

「わ、私!ドリンクバーで尚紀さんの飲み物も作って持ってきますね!」

 

「適当に頼む」

 

喜び勇みながら、思想を分かち合える友と夕餉を共にするのだが…彼は知らない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「ゴハッ!!!?」

 

突然尚紀が倒れ込む。

 

ななかに渡されたドリンクを飲んだ事が原因のようにも見える。

 

「尚紀さん!?飲み物が口に合いませんでしたか…?」

 

ドリンクバーにあった品を全て混ぜ込んだ毒々しい飲み物を一息で飲んでしまう判断の誤り。

 

嬉しい感情によって安堵したために油断してしまったようだ。

 

常盤ななかの()()()()()()

 

危うく彼女の希望を託せる人物を殺しかねない一撃となったようである。

 




読んで頂き、有難うございます。


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94話 神浜の調整屋

9月に入り嘉嶋尚紀の新生活がスタートしたわけなのだが、弊害がある。

 

東京の豪邸で暮らしてきたニコラスも現在は神浜市の北養区に移り住んでいる。

 

40年間暮らした東京の豪邸は売りに出されたというわけだ。

 

したがって、クリスの駐車場として利用する事はもう出来ない。

 

なので8月の多忙な時期と平行して、彼自身も引っ越し先を準備していた。

 

8月某日の出来事。

 

「東京近郊の引越し先は見つかったかニャ?」

 

「それなんだがな…逆転の発想を思いついた。神浜市で俺も暮らそうと思う」

 

「また思い切った事を考えたニャ…」

 

「東京から神浜に通勤するのは確かに億劫よね~」

 

「神浜で生活を行いながらも、俺はクリスを運転して定期的に東京に向かうことにする」

 

「今まで通り、東京の守護者を続けていくのは変わらないというわけね」

 

「問題は神浜市の賃貸物件だニャ。新興都市とはいえ、神浜の物価も高そうだニャ」

 

「車庫付きの空き家を買う」

 

会話の流れ中に発せられた突然の爆弾発言。

 

「「はぁっ!!?」」

 

猫悪魔達もこれにはビックリしたようだ。

 

「山に面した北養区の中に、2000年代に建てられたが売りに出された別荘の空き家がある」

 

「突然持ち家の話になるなんて…オイラぶったまげたニャ!」

 

「忘れてたわ…尚紀はお金持ちだったわね」

 

そんなわけで、嘉嶋家の引っ越し計画も同時に始まるという多忙極まった8月時期。

 

神浜の不動産会社の審査も無事通り、9月の始め頃には空き家の家鍵も貰えたようだ。

 

9月最初の週末である土曜日。

 

東京都新宿区歌舞伎町2丁目のマンション18階では現在、引っ越し作業の真っ只中。

 

「悪いなシュウ、手伝ってもらって」

 

「名残惜しいですが、尚紀さんの新しい生活拠点になる神浜市でのご健闘を願いますよ」

 

「俺は定期的に東京に帰るし、歌舞伎町で何かトラブルが起きたら遠慮なく俺に連絡してくれ」

 

「まだまだ便利屋の尚紀さんの世話になりそうです。なにせ歌舞伎町は、眠らない街ですからね」

 

「確かにな」

 

ニャー(ここでの生活も今日で最後だニャ…なんだかセンチメンタルな気分になるニャ)

 

ニャー(あら?私なんて媚び売り拾われ生活長いし、新居に移るなんて気にしないわ)

 

荷物も全て引越し業者のトラックに積まれ、神浜市の新居に向けて発進していく。

 

尚紀達も続くようにして、クリスを運転しながら新居へと向かっていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜市北養区の山に面した住宅街の中でも、周りに民家も少ない森に囲まれた空き家が目的地。

 

空き家隣りにある大きなガレージにクリスを入れて停車。

 

車から出て来た尚紀は手動でシャッターを閉めて鍵をかける。

 

トラックの荷物も全て尚紀の新しい新居に入れられていく。

 

力仕事がいる家電は全て引越し業者にやらせたようだ。

 

家の中はダンボールだらけであり、彼が1人で整理整頓中だ。

 

猫である二匹は力仕事など出来ないので、外で新しい新居を見物中となる。

 

「思ったよりも大きいログハウス物件でたまげたのはいいんだけど…」

 

「森の中で放置された物件だものね…鬱蒼とした場所過ぎるわ」

 

草が山のように生えた庭によって、森と一体化しているように見えるようだ。

 

庭の草刈りなど出来ない猫達は家の中へと入っていく。

 

「まぁ!外の鬱蒼さとは変わって、中は意外と洗練されてるわね!カフェみたい!」

 

「見るにゃ!ウッドデッキもあるニャ!暖炉もあるニャ!」

 

「部屋も沢山あるわ!これなら尚紀だけでなく、あと3~4人は暮らせそうよね!」

 

「どうしてこんな物件購入したんだニャ?維持費だって稼ぎと比べたらオーバーキルだニャ」

 

スイス銀行の預金に手を回してでも家を購入して維持しようと決めたのには理由がある。

 

「…いつか、あいつらとまた出会えるような気がしてな」

 

「あいつらって?」

 

「かつての世界で共に死地を超え、最後まで俺についてきてくれた…俺の最高の仲魔達さ」

 

この世界でも、かつての世界のように悪魔が存在していた。

 

ならばいつの日か再会して共に生きる事が出来る。

 

そんな彼の願いがこもった家であった。

 

感傷に浸っていた時、玄関のチャイムが鳴り響く。

 

「誰だ?引っ越し早々に訪問販売員でも押しかけてきたのか?」

 

玄関のドアを開けると、そこには訪問販売員よりも見たくなかった顔ぶれが揃う。

 

「お…お前ら……」

 

招かれざる客とは時女一族の面々であった。

 

「こんにちわ嘉嶋さん!素敵な家をご購入されたみたいだから、作業の手伝いに来ました!」

 

静香が元気に彼に挨拶し、尚紀も元気に扉を閉める。

 

「あーっ!!なんで閉めるんですかー!?」

 

「そうだよぉ!私たち休日だけど手伝いに来たのにぃ!!」

 

<<頼んでない!!どうやって俺が今日こっちに来るって判った!?>>

 

「神浜の不動産会社に嘉嶋さんが訪れていたのを私が見つけまして」

 

「時女一族の中には空から偵察出来る固有魔法が使える子もいるんだよぉ」

 

<<帰れストーカー共!!手伝いなんて要らないし、ましてや後をつけ回す連中なら尚更だ!>>

 

「やり方に問題があったのは謝ります!私達は尚紀さんのお役に立ちたくて…」

 

<<どうせ点数稼ぎだろ!いいから帰れよ!!>>

 

玄関扉の向こうでは諦めない静香の声が響き続ける。

 

「あれが尚紀が話していた、ヤタガラスのお姉ちゃん達なのかニャ?」

 

「そうだ。俺をこの国の生き神に祭り上げようと企んでる…ろくでなし共だ」

 

「そう頑なにならなくてもいいじゃない?無料でコキつかえる連中が来たんだし」

 

「あいつらにいい顔しても、つけあがるだけだ」

 

「たしか南凪港で助けてもらったって言ってたニャ。それを無下に扱うのは可哀想だニャ」

 

「それは……」

 

「あの子達はヤタガラスと関わる存在だし、かつての仲魔とも通じていれば出会える事もあるわ」

 

ネコマタとケットシーの説得に折れたのか、渋々玄関の扉を開けた。

 

「わーっ!!凄い立派な家だよぉ!!暖炉がある!カフェみたいなリビング!ウッドデッキー!」

 

「騒ぐなってちはる。それと静香、この街で俺を最初につけ回していた奴らもいるようだが?」

 

困惑した表情を向ける先にいるのは、神浜市に来た頃に後ろをつけ回していた人物達の姿。

 

「手厳しいねぇ尚紀。その筋は申し訳ない」

 

「謝って済ませちまうもんなのか?つけ回しておいて?」

 

「罪は罪として認めて謝るからさ、静香の人間性まで否定するのはやめた方がいい」

 

「何でだよ?」

 

「お釈迦様のバチが当たるからさ」

 

(初対面なのに馴れ馴れしい仏教女だな…)

 

「紹介します。時女一族の分家筋である南津涼子と青葉ちか…あれ?ちかは?」

 

キョロキョロと辺りを見回していると、家の奥から少女達の声が木霊してくる。

 

<<うわーっ!木の匂いに包まれてる!この家凄く癒やされるーッ!!>>

 

<<これ尚紀さんの衣服や下着が纏めてあるダンボールかな?>>

 

<<コラちゃるってば!!男の人のそういうのを触って良いのは…恋人か奥さんだけよ!>>

 

「……………」

 

指をポキポキ鳴らし、不穏な空気を出し始める家主の姿を見て、静香も嫌な汗が吹き出す始末。

 

「あ…あはっ…その、みんな良い子達ですからね嘉嶋さん?」

 

なし崩し的に時女一族という便利屋が現れてくれたおかげで家の片づけ作業も捗っていく。

 

思ったよりも早く草刈りや整理整頓を終わらせる事が出来たようだ。

 

すなおは麓まで買い出しに行ってくれている。

 

料理を作る為の台所用品すら独身の尚紀は用意していなかったためだ。

 

日も沈み始めた頃。

 

リビングにあった大きな長机には、すなおが作った料理が並べられ夕餉を飾ってくれる。

 

「もー嘉嶋さん、調理道具や調味料が殆どありませんでしたよ?私が買っておきましたからね」

 

「金は後で払うが俺は手料理を作れないし…猫に小判だ。外食かインスタントで十分だろ?」

 

「尚紀さん…不健康な食生活してるよぉ」

 

「独身男性らしいというか…なんなら、私が料理を教えましょうか?」

 

「遠慮する」

 

ニャー(オッパイ大きいお姉ちゃんの言う通りだニャ!自炊ぐらい覚えるニャ!)

 

ニャー(素朴な田舎料理って意外と美味しいわね!尚紀も習ったら?)

 

<お前達は食うだけの気楽な猫でいいよな>

 

静香達に悟られないよう念話のやり取りを繰り返す悪魔達。

 

そんなやり取りが気になったのか、青葉ちかが声をかけてくる。

 

「暖炉用の薪を割っておきましたよ、尚紀さん。こう見えて私、薪割りは得意です」

 

「ちかだったか?庭で大きな片手斧を使ってたが…木や自然に囲まれた生活が好きなのか?」

 

「私はこの近くの山奥で自然に囲まれた生活を営みながら、ネイチャーガイドもしています」

 

「自然を愛するのは良いことだ。自然の世界にこそ、神々の世界がある」

 

「尚紀さんは信心深いんですね?私も神道派なので、自然の世界に神様を感じてます」

 

「薪割りか…新しい家に暖炉もあるし、コツをいつか教えてくれ」

 

親睦も兼ねた談笑が続けられていくが、静香が尚紀に向けて質問してくる。

 

「そういえば、嘉嶋さんは神浜の魔法少女達が魔法を使うところを見た事がありますか?」

 

「どういう意味だよ、静香?」

 

「私たち魔法少女は素質が優れた者の中に属性魔法と呼ばれる力を発揮出来る者がいます」

 

尚紀の脳裏に浮かぶのは、杏子とチェンシーの姿。

 

彼女達からその身に受けた炎と雷の属性魔法の痛みが蘇ってくる。

 

「この街の魔法少女達は、その素質が優れた者しか使えないという魔法が使えるのか?」

 

「私も霧峰村から出たことが無かったので、ビックリしました」

 

「ああ、あたしも初めて見た時はたまげたよ。なんせ神浜の魔法少女達はね…」

 

――全員、何かしらの属性魔法を引き出してやがるイカれっぷりさ。

 

東京の魔法少女社会では見かけなかった現象を聞かされ、尚紀も腕を組んで考え込む。

 

「何か…秘密がありそうだな」

 

「あたしは神浜の近郊にある寺で暮らしてきて、今は神浜の 南凪自由学園に通ってる」

 

「この街に引っ越してきていたのか?」

 

「だから地理的に神浜を探る事が出来る立場のあたしがね、その秘密を調べたんだよ」

 

「何か分かったのか?」

 

「どうもね、神浜の魔法少女達は全員…怪しげな店を利用しているようだ」

 

「怪しげな店?店の名前は?」

 

「新西区の潰れた映画館を利用して不定期営業している商売人魔法少女がいるって話さ」

 

「商売人魔法少女だと…?」

 

――神浜の魔法少女達はその店を…調()()()って言ってたよ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

同日の神浜市新西区、時刻は夕方。

 

尚紀も一度車を走らせた事がある場所にそれはあった。

 

不況の影が色濃く覆うエリアには閉館した映画館が話していた店の場所となる。

 

グラフィティーアートの落書きや工事道具などが散乱した店の上には神浜ミレナ座の看板。

 

閉館した映画館に何の用事があるのか分からないが、女子学生達が入っていく。

 

歴史ある館内も今となっては見る影もなく散乱した廃墟。

 

だが、ミニシアターがかつてあった場所に入れば雰囲気は打って変わるのだ。

 

「は~い、調整は終了ですよ~こころちゃん。目を開けていいわ♪」

 

病院で見かける滑車がついた診察室スクリーン奥には、2人の女性シルエット。

 

手前の空間には、アンティークな家具や品が並べられた応接空間が広がっている。

 

空間を照らすのは、一番奥の壁で青白く光り輝く巨大ステンドグラスだ。

 

「終わったかしら…?」

 

「ええ、待たせちゃってごめんなさい。まさら、あいみ」

 

「大丈夫よ、そんなに待ってなかったし~」

 

アンティーク家具に座りながら、連れの魔法少女を待っていた2人の魔法少女仲間達。

 

「それにしても、毎回来るたび思うのよね~。どうしてこんな場所を女子高生が維持出来るの?」

 

「私も思うわ。裕福な家の娘ではないそうだし、こんなお金がかかる場所を1人で管理は無理よ」

 

明るい栗毛色の長髪をしたあいみと呼ばれた少女が、応接スペースから手前側を見る。

 

応接空間以外はかつてシアターで使われていたと思う椅子が山のように散乱する有様だ。

 

「企業秘密よ~♪女の子の秘密に触れちゃう悪い子は~調整屋さんの手料理を食べてもらうわ~」

 

調()()()()()()()

 

それを聞いた瞬間、まさらと呼ばれた少女以外の少女達の顔が青くなっていく。

 

「え”っ!?あ~秘密ね秘密!そういう事にしておくから…みたまさんの手料理は勘弁!」

 

「刺激のある食べ物を食べたら…感情が無い私の心から、感情が生まれるかしら?」

 

「まさら、やめときなよ。感情を感じるより先に、死の気配を感じ取れるから…この人の手料理」

 

青い顔つきをしていた1人が両手を擦りながら寒そうにしている。

 

「は…ハックシュ!!」

 

「こころ、風邪でも引いたの?」

 

「うぅ~、なんていうかさ…私も毎回思うけど、この廃墟…冷房効き過ぎてない?」

 

9月はまだ残暑が残る季節。

 

どうやら映画館の電気と冷房設備は機能しているようだが…機能させ過ぎているようだ。

 

「そうね…寒過ぎるぐらいよ」

 

「なんでこんなに冷房キツキツなんですか、みたまさん?そっちだって薄着だし…寒いでしょ?」

 

「よく見ればみたまさんの素足も、寒い冬場に熱を産み出すために体が震えるのと同じ現象が…」

 

寒がりなのに冷房をガンガンにする怪しい調整屋さん。

 

彼女達も怪訝な表情を浮かべながら見つめてくる。

 

みたまと呼ばれた少女は嫌な汗をかきつつ、適当な言い訳を並べていく有様。

 

「え~っと、私は大丈夫よ~。奥の事務所スペースにおこたと半纏があるから~」

 

「それもう冬用装備じゃない!?少し冷房の温度下げた方が…」

 

「下げるとあの子が嫌が…な、なんでもないわ!気にしちゃいやいや~~♪」

 

おどけて惚ける彼女に溜息をつきながらも、3人娘は代金とも言える品を手渡していく。

 

この調整屋の代金代わりの品とはグリーフキューブである。

 

みたまから調整を受けた魔法少女達はドアを開けて帰っていく。

 

その時、入れ替わるようにして入ってきた1人の魔法少女がいた。

 

「よう、調整屋。相変わらず寒い空間だけど、店の懐は温かいようだな?」

 

「いらっしゃ~い、ももこ。貴女も調整に来たのかしら?」

 

現れたのは、尚紀も見かけたことがあった魔法少女である十咎ももこだった。

 

「数日前にしてもらったじゃないか。あたしは近くを通る用事があったから、顔見せに来ただけ」

 

「あら~♪調整屋さんに会いたくて仕方なかっただなんて、ももこは意外と寂しんぼさんねぇ?」

 

「言ってません!それにな…本当はこんな場所で1人でやっていけてるか、心配でもあるよ」

 

「魔獣が突然現れたり、タチの悪い魔法少女に絡まれたりしないか…心配してくれてるのね?」

 

「まぁな…。なんなら時間が空いてる時に、あたしが用心棒代わりを…」

 

「優しいわね~ももこは。調整屋さん、嬉し涙の洪水が出そうだけど…大丈夫よ」

 

「でも調整屋…お前は調整する以外は戦う力なんてほとんどないんだろ?」

 

「まぁそうだけど~…安心して。私の近くにはね、いつも()()()()()がいるから」

 

「頼れる存在?」

 

「まぁ…少々子供過ぎてヤンチャなところが……?」

 

ももこの後ろに広がる暗い空間に何かが見える。

 

――ヒホホ~~~イ。

 

映画館残留品が山のように積まれた手前空間から何かが木霊してくる。

 

「お…おい、調整屋?なんか子供っぽい声が…」

 

嫌な汗が大量に吹きだし、大慌てて思いついた言い訳を並べだす調整屋さん。

 

「なっ…なんでもないから!あれ私が言っただけ!!ヒホって語尾に目覚めようかと…!」

 

「どうしたんだよみたま?いつもは人をおちょくる余裕態度なのに、焦った顔して?」

 

――オイラはヒーホー・ザ・チャ~ンピオーン♪

 

放置された残留品の山の上で動く影。

 

アスレチック遊びをしているかのような小さい雪達磨のようなシルエットが…。

 

「やっぱりなんかいるだろ!?」

 

「わ、私はチャーンピオーン!ピチピチでナウいヤングさは誰にも負~けな~い…アハハ…」

 

ももこをなだめながらも、薄暗い世界にいる雪達磨の影に向けて身振り手振りで隠れろと促す。

 

「おい、やっぱ何か隠してるよな?何か妙な存在がここにいるのか…?」

 

不信の眉を寄せながら、ももこが詰め寄ってくる。

 

もはや引きつった笑顔しか出せなくなった調整屋さんだ。

 

「いない、いないわよ~ももこ?だから~…左手からソウルジェムを出そうとしないでね~…」

 

「駄目だ。魔獣だったら事だろ?」

 

ソウルジェムを左手に出現させ、辺りの魔力を感じ取る。

 

「…妙な魔力は感じないな」

 

さっきまでなら魔法少女とは違う類の魔力反応が見つけられたかもしれない。

 

「あたしの空耳かな…?う~~レナがいたら年増オッサン扱いされてたよ」

 

「レナちゃんは今日は一緒じゃないの?」

 

「あっ!忘れてた~…少しみたまに顔見せしてくるって、下で待たせたままだったよ」

 

「早く行ってあげなさい。あの子は待たされるのを嫌がる怒りん坊さんだし」

 

「判った。じゃあな、調整屋。何かあったら直ぐに連絡くれよ」

 

そう言い残し、ももこはミニシアタースペースから出ていってくれる。

 

引きつった笑顔で手を振りながらも、姿が見えなくなった途端に大きく項垂れる姿。

 

「危なかったわ…あとでお説教よ!」

 

残留品の中で佇む本物の雪達磨に擬態した存在からは、魔力など感じさせなかったようだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

次の日の日曜日。

 

神浜ミレナ座に向かうのは時女一族の魔法少女達だ。

 

「もう少しでミレナ座だ。しかし…この辺は不景気の煽りを食らったように寂れた場所だよな」

 

「ちかちゃんは今日は来れなかったの?」

 

「ちかはログハウス知識を知ってるし、嘉嶋さんの家の塗装が剥げてきているのに気づいたのよ」

 

「だからね、ちかちゃんは今日は尚紀さんの家の修繕作業のお手伝いをしてるんだ~」

 

「私達だけで大丈夫でしょう。それにしても…時女一族も知らない魔法少女の存在がいるなんて」

 

「あるいは…上があたし達にひた隠しにしてきたかだな。あそこがそうだ」

 

4人は神浜ミレナ座の前に立ち、恐る恐る中に入っていく。

 

「うわ~中は廃墟だよぉ。こんな場所に何があるんだろ?」

 

「でも明かりはついてますね。こんな廃墟なのに水道光熱費は大丈夫なのかしら?」

 

「2人とも、物見遊山に来たんじゃない。…奥から感じるだろ?」

 

「ええ…不思議な魔力を感じさせる魔法少女の魔力がね」

 

ミニシアターの扉を開け、4人は中に入る。

 

「うぅぅ…寒いよここ!?どれだけ冷房効かせてるんだろぉ?」

 

「寒さを気にしている場合じゃないよ。集中しな、ちはる」

 

4人を出迎えたのは、青白く光る世界。

 

その奥に佇む、調整屋と呼ばれる魔法少女の姿。

 

「いらっしゃ~い。調整屋さんに~ようこそ~♪」

 

青い燕尾服を思わせる魔法少女服を身に纏う存在に4人は驚きを示す。

 

1人は別の意味で驚いているようだが?

 

(この人、胸元パンパンだよぉ!上着のフリル白シャツボタンが弾けそうだし…)

 

自分の胸を見下ろすちはる。

 

女としての敗北感に打ちひしがられる人物は置いておき、静香が前に歩み出る。

 

「私達はこの街の魔法少女ではありません。この神浜で調整屋という噂を耳にして来ました」

 

「大丈夫よ。私は神浜地域の魔法少女だけでなく、全ての魔法少女に調整を施す中立者だから」

 

「全ての魔法少女に…?」

 

警戒を示し始める1人を見て、みたまは彼女達が調整だけを目的にした存在ではない事に感づく。

 

だが、相手の事情を追求しない態度をとるのが中立者として学んだ彼女の信念のようだ。

 

「調整…というのは、どういうものなのでしょうか?」

 

「初めてのお客様だものね、座って頂戴。何か飲み物を淹れてくるから、長い説明になるし」

 

みたまに促され、4人はアンティークソファーや椅子に座る。

 

程なくして、事務所キッチンでお茶を沸かしてきた彼女が4人の器に温かいお茶を淹れてくれた。

 

「ありがたい。冷房が効きすぎて冬場のような寒さだし、温かいお茶が体の中に染みるねぇ」

 

「ごめんなさいね。私は暑がり屋さんだから、冷房ガンガンにしちゃうのよ~」

 

(その割には、素足の足元は寒そうにしてるよぉ)

 

ちはるの怪訝な視線を感じ取ったようだが、愛想笑いで誤魔化す態度。

 

「それで…調整というものは、私たち魔法少女にどのような恩恵を与えるのですか?」

 

「その前に自己紹介~♪私は八雲みたま。17歳のナウでヤングな調整屋さんよ~♪」

 

(ナウでヤング…この人、いつの時代の魔法少女なのかしら?)

 

すなおの怪訝な視線を感じ取ったようだが、愛想笑いで誤魔化す態度。

 

4人も軽い自己紹介を済ませ、みたまから調整というものの説明を受けていく。

 

「ソウルジェムの魔力調整によって、魔法少女の潜在能力を発現させる。それが調整?」

 

「ソウルジェムに私が触れる事により、ソウルジェム内の魂に干渉する。それが私の能力なの」

 

「魂に触れる…何か、魔法少女に危害が加わる事はないのですか?」

 

「確かに弊害もあるわ。魂に振れる時に…その魔法少女の記憶を私に見せてしまう時があるの」

 

「おいおい…穏やかな話じゃないな」

 

「だからこそ、私は調整屋として中立の立場なのよ」

 

相手の立場を詮索せず追求せず、顧客情報は徹底して守りながら守秘義務を果たす。

 

信頼がなければ商売を続けることなど不可能だろう。

 

「この街の魔法少女達の評判から察するに、その信念は果たし続けてきたというわけかい?」

 

「だから~、私の事もあまり詮索はしないで欲しいわ。私はね、これをモットーにしてるの」

 

――渡る世間はGive and take!

 

突然立ち上がり、ドヤ顔で八雲みたまの座右銘を語られる。

 

4人は目を丸くする事しか出来ない反応だった。

 

「百聞は一見にしかず~♪貴女達のソウルジェムを1人ずつ出して♪調整してあげるわ」

 

「あの…大丈夫ですか、本当に?」

 

「本来なら、調整代金としてグリーフキューブを貰うのよ」

 

「料金の代わりは悪鬼の魂魄か…それなら学生のあたし達でも払えるよ」

 

「でも~初回だからサービスサービス♪気に入ったなら、今後ともご贔屓に~♪」

 

「なるほど、商売人はそうやって魔法少女としての魔力を回復させながら生きてきたわけかい?」

 

「私は魔法少女としては…戦う力が殆ど無い類なのよ。だから~魔法少女は全員私の恩人さん♪」

 

「魔法少女社会の施しに依存しながら生きる…そんな魔法少女もいたのですね」

 

「はいはい!私は調整に興味があるからやって欲しいなぁ~」

 

「ちはるちゃんは好奇心旺盛さんね~♪」

 

「えへへ!探偵は知的好奇心の塊だからね!」

 

みたまにも宿無し探偵等々力耕一シリーズを勧めるのだが、軽く流されたようだ。

 

「それじゃ、そこの台に横になってね~」

 

こうして時女一族の4人は調整を受ける流れとなっていく。

 

魔法少女としてさらなる力を手に入れるための調整作業なのだが…()()()()()が広がっている。

 

「はい、ちはるちゃん。上着を脱いで素肌を見せて~~♪」

 

「はい、これでいい?」

 

「あら~~?ちはるちゃんは綺麗な肌してるわね~♪」

 

「ちょっと調整屋さん!?それって本当に調整で必要なんですかぁ!?」

 

「困った調整屋さんですね…。神浜の魔法少女達が振り回されてる光景が見えましたよ」

 

呆れた表情を浮かべる時女一族であったが、調整の成果だけは皆が揃って太鼓判を押してくれた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

みたまに振り回されながらも、どうにか調整作業を終わらせた4人。

 

「う~ん、体がダルいというか…でも、頭の中は妙にクリアになったというか…」

 

「初めての調整だから、磨かれた魂に外側の体がついていけていないだけ。暫くしたら慣れるわ」

 

「魂…ねぇ」

 

涼子は奥で光をもたらすステンドグラスに目が行く。

 

無数に並ぶ円。

 

その中に十字模様が入り、それらは大きく繋がり合った魔法陣のようにも見える。

 

「魂に興味があるのかしら?」

 

「あたしは仏教寺出身でね、宗教家なんだよ」

 

「僧侶の娘さんだったのね。なら家柄上気になってしょうがないわよね~」

 

「ねぇ、みたまさん。このアンティーク台の上に飾られた()()()()()は何ですか?」

 

「それも人間の魂と深く関わる神聖な品よ」

 

皆に席に座るようみたまは促してくる。

 

「私たち魔法少女が何気なく使っているソウルジェム…その内にある魂について話してあげる」

 

奥のステンドグラスまで歩いていき、立ち止まった彼女が振り返る。

 

八雲みたまを照らす青白き魔法陣…その意味について彼女は語っていくのだ。

 

「私の後ろに見えるこの模様はね、ウィトルウィウス人体像を表している人体の調和よ」

 

「言われてみれば…人間の五体にも見えてくるわね」

 

「人間の体が何層に別れているか、涼子ちゃんは知っている?」

 

「肉体・精神、そして魂。三位一体論だ」

 

「その通り。魂と言っても本質である大きな魂と、精神体と接合している小さな魂と二種類ある」

 

小さい方の魂は転生ごとに1人につき1つ割り振られる魂。

 

調整屋はそれがソウルジェムだと語ってくれる。

 

「大きい方は直接転生せずに全ての過去世(未来世)を見守っている魂よ」

 

ハイアーセルフという、高次元に存在するもう1人の自分に行き着く高次の魂だと説明する姿。

 

「魂は人それぞれ個性があり、それがソウルジェムの色となるの」

 

小さい魂の下に精神、感情が生み出される心があり肉体と繋がる。

 

魂は肉体の外部刺激によって磨かれもするし、穢れもするという。

 

「魂が穢れる…。確かに、私達は魔力行使だけでなく、感情の落ち込みや乱れでも穢れるわ」

 

「私達が手にとる事が出来るソウルジェムという人の魂。本来、人間はこれを内側に持つわ」

 

「私達の内側にあった魂…それは本来、何処に備わっていたものですか?」

 

「人間の()()()()…脳の真ん中にある()()()よ」

 

「第三の目…松果体?」

 

松果体というのは解剖学的な名称だが、宗教的には第三の目と言われている。

 

「松果体である第三の目はね、松かさ(松ぼっくり)で表されるの。世界中の宗教でね」

 

「うちの仏教でも同じだよ。仏の頭が松かさ模様なのが象徴しているんだ」

 

バチカン庭園にも地球で最も大きな松ぼっくりのモニュメントが存在する。

 

教皇の杖にも備わっており、エジプト神のオシリスの杖やローマ神話のバッカス神の杖もそうだ。

 

「そんな重要な意味があったんだ…。私、松ぼっくりをそんな目で見たことなかったなぁ」

 

ヒンズー教、エジプト神話、ギリシャ神話、ローマ神話、カトリック、イスラム教、マヤ文明。

 

あらゆる宗教に魂崇拝があったのだ。

 

「この第三の目を開くための修行こそ…宗教なのよ」

 

「魂を開く…魂の解放?」

 

「瞑想を通じて第三の目を活性化させると、三次元の現実世界から脱すると言われているわ」

 

神々と接触して神通力を得る事を信じ、歴史の宗教家達は修行を繰り返してきた。

 

未来を予見し、テレパシーで会話し、時間旅行をすると信じられてきたのだ。

 

「まるで…魔法少女の魔力や、固有魔法能力そのものじゃない!?」

 

「私達の魔法は…第三の目である魂が解放されたから手に入れられたのね…」

 

「第三の目とは…()()()()()()()()()()だったのよ」

 

第三の目を通して門を超えなくとも身近で触れられる霊的存在がこの世界には存在している。

 

「魔法少女として契約を持ちかけられた私達なら、誰でもその存在を知っているわ」

 

「久兵衛様ですね…」

 

我思う故に、我在り。

 

哲学者のデカルトは、第三の目を魂が込められた席、肉体と精神が会う場と語った。

 

「第三の目を開くことを()()と言われるの。これが魔法少女になれる契約素質なのよ」

 

「私たち第二次性徴期の子供の中で…第三の目を開眼していた存在を見つけ出す…」

 

「霧峰村の外で活動する久兵衛様は門を開いた少女を見つけだし…接触してきたわけなのね?」

 

「人も天使も神々でさえも、人間の魂に触れようとしてくるわ」

 

シッダールタが開いた密教や、空海が起こした真言宗もまた魂の門を開くための宗教教義。

 

そして魔法少女達もまた、円環のコトワリという神の世界に触れようとする者達。

 

これこそ宗教で言うところの神秘主義であり、密教的なユダヤカバラにも通じる考え方。

 

皆が高次元存在に至ることを至上の願いとし、悟りを啓くために足掻いて来た歴史があった。

 

「第三の目に目覚めた者を目指すのが宗教であり…私たち魔法少女は…宗教家の到達点?」

 

「あたしはまだまだ煩悩を捨てきれてないよ、静香。到達点だなんておこがましいね」

 

「第三の目を開眼した少女の中で、本当に神の次元にたどり着いた存在がいるとしたら…」

 

――もしかしたら、その存在こそが…全ての魔法少女の希望である円環のコトワリなの?

 

……………。

 

興味深い話をみたまから聞かせてもらった礼を言った4人は調整屋を後にする。

 

4人に笑顔で手を振っていたみたまだったが…沈着な表情となっていく。

 

「あの子達…人間社会に害を為す危険を孕む魔法少女でも調整する私を()()()()したかったのね」

 

ソウルジェムや魂について語った事もあり、自分のソウルジェム飾りを手に取り静かに見つめる。

 

「私達のソウルジェム…。それは卵のように見えるけれど…違うのよ」

 

ソウルジェムの形は…卵というよりは松ぼっくりに見えてくる。

 

エジプトのホルス神の目とも語られ、人間の魂の座と言われる松果体を表す。

 

松ぼっくりは()()()()()()としても知られている。

 

かつての世界において、宇宙を温める燃焼剤として使われたのがソウルジェムかもしれない。

 

あったかもしれない宇宙の情報を知る事が出来るのは…概念存在である悪魔と関わる存在のみ。

 

八雲みたまもまた、叔父様と呼ぶ存在から聞かされていたようだ。

 

「ホルスの目を崇める存在…世界を代表する秘密結社…中核を成す国際金融資本家…」

 

――そして悪魔崇拝者達も…人間の魂を必要としているわ。

 

悪魔崇拝者達がもたらしてきたのは…人間のカニバル。

 

悪魔が人の魂を喰らうが如く、真似事を繰り返してきたといわれる。

 

その果てに神々の領域に接触し、高次元を目指す神秘主義が蔓延っていくことになったのだろう。

 

「叔父様からそれを聞かされて…私は凄く…怖くなったわ」

 

天使であるインキュベーター。

 

神々や悪魔。

 

悪魔崇拝者。

 

皆が()()()()()()()()()()()()

 

「私たち人は…そんな神であり悪魔とも言える存在を崇拝して…荒行を課しても至ろうとする」

 

故に神々の戦いとは…人間や魔法少女を巡る戦い。

 

「ねぇ…人間や魔法少女は…神様の領域なんかに、本当に行きたいのかしら…?」

 

―――私には円環のコトワリという神域に導かれて融合するのが魔法少女の希望だなんて…。

 

―――()()()()()()

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

明日は久しぶりに彼女が通う大東学院に向かうため、今日は早めに店仕舞い。

 

「うぅぅ…寒いわ。もう我慢出来ない!掃除よりもおこたに脱出!!」

 

冷房が効きすぎた店エリアから飛び出し事務所に駆け込んでいく。

 

急いで黒タイツと半纏を着ておこたに入り体を温める避難行動が彼女の店仕舞い日課であった。

 

「おこたから一生出たくないわ…。そうだ、新しい子の魂に触れた事だしレポートを書かないと」

 

こたつの上にあるノートPCをつけ、レポートを書き始める。

 

「調整屋として失格よね…守秘義務違反だし」

 

彼女は内通者として秘密裏の行動を行う者。

 

彼女が御霊の情報を提供し、叔父様と呼ばれる存在の悪魔研究の糧とする。

 

見返りとして調整屋として店を構えられる資金提供を受けているようだ。

 

「でも、これが叔父様との契約。私を信じてくれる魔法少女達には…申し訳ない事をしてるわね」

 

店主がいなくなった調整屋の応接室。

 

そこには解放禁止と書かれた冷蔵庫らしき物が置いてある。

 

すると突然…冷蔵庫のドアが開くのだ。

 

「叔父様がいなかったら私なんて…公園でも使ってみかん箱の上で調整仕事をやってたと思うわ」

 

中から眠そうな顔をしたまま、何かが事務所に近づいてくる。

 

「叔父様は多くの事を教えてくれたし…それに、私を守ってくれる悪魔も与えてくれたわ」

 

事務所の中に訪れたのは、小さな悪魔の姿。

 

「ヒホ…今起きたホ。お腹空いたホーみたま」

 

まるで雪達磨に手足がついたような小さな姿。

 

頭には青い帽子を被り、顔を見れば黒い目と口。

 

青い帽子には、みたまがプレゼントしてくれたお揃いとなる青薔薇アクセサリーが見える。

 

「ごめんなさい()()()()()。私は今仕事中だから、事務所の冷蔵庫の中身で我慢してね」

 

「ヒホホーイ!今日は何味のシロップかけて食べようかホー」

 

冷蔵庫を開けて氷を取り出し、かき氷機を使って調理中。

 

シロップをかけたかき氷を用意して炬燵の横に座り、彼女の前でシャクシャクと食べだす。

 

「うぅ…見ているだけで寒くなる光景ね」

 

「オイラ暑いの大嫌いだホー。昔は暑いのも熱いのも効かないテイオー時代がオイラにあったホ」

 

「また歌舞伎町の帝王時代の話がしたいんでしょ?」

 

「そう!オイラはかつて、カブキチョーのテイオーとして君臨したワルだったホ!」

 

――オイラはあのコントンオウと呼ばれたヒトシュラの仲魔だったんだホ!

 

小さな悪魔が語った存在。

 

それは、かつての世界を超えてきた嘉嶋尚紀の悪魔としての通り名だ。

 

「人修羅さんねぇ…こんな可愛らしい悪魔を連れ歩くなら、きっと優しい悪魔だったのね」

 

「優しかったホ。でも…友達が沢山死んで、悲しい目に合い続けたから…心が壊れてしまったホ」

 

「…可哀想な存在だったのね」

 

「オイラ、そんなヒトシュラの背中に…最後までついて行ったんだホ」

 

どうやらこの悪魔は、人修羅にとってはかつての仲魔。

 

無限光カグツチとの戦いで亡くしてしまった存在の一体であろう。

 

「オイラはカグツチに滅ぼされて…また弱いジャックフロスト姿に戻っちまったホー…ヨヨヨ」

 

「たしか、()()()()()()()()なんて名乗ってたんでしたっけ?カブキチョーのテイオーさん♪」

 

「オイラ!またあのとびきりワルだった頃にカムバックしたいホ!そして…また再会したいホ」

 

「人修羅と呼ばれた悪魔や、かつての仲魔達に?」

 

「この世界に召喚されて、この世界でも悪魔を見かけたホ。また出会える気がするんだホー」

 

「きっと出会えるわ」

 

「ほんとかホー?」

 

「貴方は心が壊れた人修羅を…最後まで支えてあげるぐらいに優しい悪魔だったんだから」

 

「ヒホー!オイラはとびきりワルで、ついでに優しい悪魔になるホー!!」

 

「さ~てレポートは書き終えたし、明日は学校が終わったら南凪区に行かないと」

 

「あのオッサンが経営してるホテルに行くのかホ?」

 

「ええ、行ってくるからお留守番ヨロシクね、フロスト君」

 

「ヒホー、わかったホ」

 

――()()()()()のオッサンにヨロシク言っといて欲しいホー、みたま。

 




読んで頂き、有難うございます。


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95話 トゥルーライダー

かつて、幼い少女は契約の天使にこう願った。

 

――生き残りたい。

 

それによって得られた恩恵は大きかった。

 

幼い少女はモデルの世界で生き残り続ける大成功の道を進む。

 

だが、少女は気がついていない。

 

自分が生き残るなら、誰かが死んで去るという結果をもたらす事に。

 

気がつけば2人の尊い命がこの世から消えた。

 

彼女はそれが自分の願いのせいだと気が付くこととなる。

 

己を激しく責め立て、自身を激しく呪っていく。

 

そして彼女は…周りの人間を遠ざける人生を選択した。

 

……………。

 

2018年12月時期。

 

大学入試がもう時期迫り、受験勉強に追われていたのは高校3年生時代の七海やちよ。

 

魔法少女として、西側の魔法少女社会の長として生きる彼女だが学生の本分は疎かにはしない。

 

今日も遅くまで図書室で受験勉強を重ね、学校から帰路につく。

 

「今年も冷えてきたわね…」

 

制服の上からピーコートを着てマフラーを首に巻き、寒そうにしながら自宅に向かう姿。

 

学校の正門を出た時、水名女学園女子生徒の姿を見かけてしまう。

 

「やっちゃん……」

 

彼女を待っていたのはダッフルコートを着た姿をした、かつての魔法少女仲間。

 

「貴女に用は無いわ。さようなら」

 

「少しぐらい私と話をしてくれたっていいじゃないですか!」

 

「私は家に帰って魔獣狩りに向かう時間までは、受験勉強がしたいの。多忙だから帰るわね」

 

「なら私も受験生だし、やっちゃんの家で受験勉強したいです」

 

「ついて来ないで。迷惑よ」

 

頑なな彼女の横をついていく、みふゆの姿。

 

「やっちゃん、自分を責め過ぎです」

 

「お節介よ。余計な事を言わなくてもいいわ」

 

「今の貴女は自責の念が頭にチラついて、受験勉強さえ捗らないと思いますが…違います?」

 

昔から勘が鋭い彼女に溜息をつく。

 

言われた通り、焦って勉強時間を増やしてみても思うように集中出来ない自分がいた。

 

「貴女と一緒にいたら、集中力が増すっていうの?」

 

「胸の内に溜め込んだ苦しみを吐き出せる相手がいるだけでも、疲れがとれて集中力が出ます」

 

「ハァ…私のことより、勉強が苦手な自分の受験の事を心配したらいいのに」

 

「お互い受験結果が崖っぷちだと言うわけですね♪受験はリラックス出来る時間も大切ですから」

 

「私にリラックス出来る時間なんて必要は……えっ?」

 

道路沿いの帰宅道を2人が歩いていた時だった。

 

不意に響いてきたのはバイクのマフラー音。

 

たいした出来事ではないのだが、何処か気になって横を振り向く。

 

鈍化した世界。

 

やちよの目の前を通り過ぎていった美しき存在。

 

やちよのように美しい長髪を後ろに靡かせた女性ライダーが横の道路を通過していく光景。

 

リッターバイクエンジンの排気音が耳の奥にまで響いてくる。

 

今まであまり意識した事がなかったのに聞き入ってしまう。

 

エキゾーストミュージックと言われる程、バイクの排気音は人の耳を虜に出来た。

 

「やっちゃん?」

 

呆然とした顔をしたまま通り過ぎていったバイクの方角を見つめ続ける。

 

「どうしたんですか?もしかして、今のバイクに乗ってた女性が気になる?」

 

「えっ?」

 

不意に我に帰り、みふゆに振り返る。

 

「いいえ…乗っていた女性じゃなくて、バイクの音が耳に残って」

 

「あっ、もしかしてやっちゃん♪ああいうカッコイイ女性ライダーになりたくなったんですか?」

 

「あの排気音を耳で聞けていた時…私の心が何処か自由になれていた気がするの」

 

「チャンスですよやっちゃん!あれを自分の受験成功のご褒美にしたらいいんです」

 

「ご褒美?」

 

「来年の受験で頑張った結果が出せたら、バイクに乗りたい!そういう欲を持てたら力も出ます」

 

「二輪車で走るなんて危ないじゃない。家族だって心配させちゃうし…」

 

「一度しかないやっちゃんの人生なんです。家族の人だってきっと理解してくれますよ」

 

「私の人生…?」

 

「進まなきゃ駄目です。人間は別れを繰り返すしかないけれど、人生の時間は立ち止まりません」

 

「私の人生を…進む」

 

彼女の脳裏に浮かんだ光景。

 

それは独りであっても、バイクと共に真っ直ぐに駆け抜けていける自分の姿。

 

周りに左右されず、自分の思いのままに、引き返したりせず、陸続きなら何処までだって走れる。

 

自由な世界がそこにはある。

 

「バイク…いいかも、しれないわね」

 

「でしょ?明るい兆しが見えてきたし、やっちゃんの家でバイクの情報を色々見ましょう♪」

 

「貴女は乗らないんでしょ?」

 

「やっちゃんの後ろに私も乗りた~い♪」

 

「駄目よ」

 

「ぶ~!!」

 

自責の念で留まり続けた人生。

 

鳥のように飛べなくても、バイクに乗れば飛ぶように走りきれる。

 

孤独であろうが、自由の扉が見えてきた七海やちよ。

 

そんな彼女が大学受験を済ませてから合格発表をスマホで確認した日。

 

「やった!どうにか私は神浜市立大学に合格出来たようだけど…?」

 

久しぶりに笑顔を作る事が出来た彼女の隣では?

 

「ウフ…フフフ…よかったですね、やっちゃん…」

 

「みふゆ…?」

 

今にも泣き出しそうなみふゆはというと…。

 

「ウッ…グスッ…落ちちゃったんですよ…わたしッッ!!」

 

薬学部志望で頑張った彼女だったが、結果は悲惨である。

 

「みふゆ…ご愁傷さま。浪人生活頑張ってね」

 

「うぇぇぇ~~ん!!やっちゃんのバカ!!家族になんて言い訳したらいいんですか~!?」

 

近づく春の桜が美しく見える者と見えない者とが分かたれた日であった。

 

季節は2月へと移る。

 

卒業式を迎えるだけの長期休みに入ったやちよは今、教習場にいる。

 

満18歳から取得出来る大型自動二輪免許取得を目指しているようだ。

 

慣れないバイク操作に悪戦苦闘しながらも努力を繰り返し、試験が近づいていく。

 

結果発表が電子掲示板に示された時、自分の番号を確認した彼女の表情が喜びに包まれた。

 

「やったわ!!!」

 

思わずガッツポーズをしてしまう彼女の姿が、既に結果を示している。

 

卒業式も終え、近づく大学生活が始まる前に実家に戻って両親に免許取得を報告。

 

モデル生活も忙しい中、大学合格の結果を出せた彼女に両親も渋々頷いてくれる。

 

どうやらご褒美としてバイク購入を決めてくれたようだ。

 

両親と共にバイクショップに訪れる。

 

やちよは迷いない歩みで欲しいバイクの元へと進んで行くのだ。

 

「私…このバイクが欲しかったの!」

 

「カッコいいバイクじゃないか!お父さんも学生時代はこういうバイクに憧れたもんだなぁ」

 

「貴方の血を引いている娘だってことね。子供っぽいところがソックリよ~」

 

「わ、私…子供っぽいところある?」

 

「お父さんに似て食い意地が張ってるところもソックリ♪」

 

やちよが指差したバイクとは、ブルーメタリック色のリッターSSバイクであるR1。

 

この日より始まっていくだろう。

 

孤独に打ちひしがられる運命を背負っても、前に進める気持ちを取り戻せる日々が。

 

みかづき荘の前でバイクに跨る女性ライダーの姿

 

レザージャケットを着てヘルメットを被る七海やちよの新生活が始まる時がきた。

 

「さぁ、行きましょう。風を感じられる日々が始まるのね」

 

右足でブレーキペダルを踏み、クラッチ操作と前輪ブレーキを握る。

 

メインキーを回して電源を入れ、エンジンスタートボタンを押す。

 

彼女が一番聞きたかった音楽とも言えるエンジンの鼓動音が響いてくれる。

 

クラッチを切ってギヤ操作。

 

彼女を乗せた新しいパートナーが走り始める音色が響く。

 

春風を感じながらバイクを走らせていく。

 

七海やちよの新しい道の景色が広がっていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

季節は2019年の5月。

 

世間はゴールデンウィーク真っ只中の時期である。

 

神浜市立大附属学校の生徒達は休みに入るが、1人だけ忙しそうにしている17歳の少女がいた。

 

彼女は今、神浜郊外にある免許センターで椅子に座り込み、腕を組みながら瞑想状態。

 

「うぅぅ~~むむむ……」

 

既にイメージとしては完璧であり、後は結果を待つだけなのだが…。

 

時間は過ぎていき、合格者の発表が電子掲示板に映る瞬間だった。

 

「カァーーーーッ!!!」

 

突然両目がカッと開かれ、喧しい声を出しながら立ち上がる。

 

視線が向かった先の電子掲示板に表示された自分の番号を一瞬で見つける事が出来たようだ。

 

「ちゃーっ!!やったよ~私!!原付2種免許取得出来たーっ!!」

 

突然大声を上げるものだから周囲の視線が彼女に集中。

 

隣にいた男が気恥ずかしいのか彼女をたしなめる。

 

「コラ鶴乃!!他の人達に迷惑だから大声出すなよ!」

 

「アハハ~ごめんお父さん。つい嬉しくって♪」

 

「お前がバイク免許が欲しいって言い出して困ったが、出前配達ちゃんとバイクでやれそうか?」

 

「大丈夫だよ!私の運転テクニックはね~教習所でも最強って言われてたしーっ!」

 

「店の役に立つから免許取得を許してやったんだし、あんまり無茶な走りをするんじゃないぞ?」

 

「は~い♪それで…欲しいバイクがあるの、お父さん」

 

ゴールデンウィーク休みも終わり、次の週末には2人はバイクショップへ向かう。

 

「コレコレ!このカブが欲しかったの~!」

 

まるで燃え上がる炎のように赤い色をした、CT125ハンターカブを彼女は指差す。

 

「最近のカブはお洒落になったもんだな。俺がガキの頃のカブイメージはスーパーカブだったよ」

 

「ねぇねぇお父さん~いいでしょ~?買って買って~~っ!!」

 

「ハァァ…金額分のお前の働きに期待する」

 

「ラジャーッ!!」

 

娘に甘い父親が渋々財布の紐を緩めてくれる。

 

由比鶴乃の新しい仕事パートナーをお迎えした日であった。

 

その日から少し過ぎた頃、参京区に古くから存在している中華飯店万々歳の裏側では。

 

「ふんふんふん~~~♪」

 

庭で何やらバイクを弄り回している鶴乃の姿があった。

 

どうやらハンターカブのリアキャリアに出前機を固定させようとしているようだ。

 

「出来たーっ!!」

 

スタイリッシュフォルムのハンターカブの後ろには、昔ながらの無骨な出前機がドッキング。

 

チグハグな見た目なのだが、彼女は満足げな表情である。

 

そんな彼女の元に歩いてくる人物の姿。

 

「こんにちわ、鶴乃さん」

 

後ろを振り向けば、今となっては魔法少女コンビと言えるだろう梓みふゆが遊びに来ていた。

 

「あ、みふゆ~!見て見て~これがLINEで写真送った最強万々歳バイクだよーッ!」

 

「まぁ♪真っ赤なバイクですね。まるで郵便配達のバイクみたい♪」

 

「配達する品は違うけどね~。これがあれば出前が出来る範囲もググッと上がるよー!」

 

「でも、やっちゃんみたいに突然バイクの免許を取得するって鶴乃さんも言い出して驚きました」

 

にこやかな笑顔を向けていた鶴乃だが、誇らしい表情を浮かべながらバイクに視線を向ける。

 

「…あのね、実は店で使うためっていうのは半分の気持ちで、もう半分はやちよのためなの」

 

「やっちゃんのため?」

 

「やちよはバイク乗りだしたけど、独りぼっちだし。バイク友達欲しいんじゃないかなって…」

 

「鶴乃さん…」

 

「今のやちよに必要なのは、自分の罪を毎日考える時間じゃないよ」

 

みんなと明るく過ごせる時間だと鶴乃は信じている。

 

絶対に独りぼっちにはさせたくないぐらい、大切に思っている存在。

 

たとえ拒絶されて遠ざけられようとも、大切な仲間であった。

 

「私もそう思います!それで、やっちゃんにはLINE送ったんですか?」

 

「いつもは無視されるけど、LINEの返事が帰ってきた!素敵なバイクだって褒められたんだ~♪」

 

「凄いですね♪やっぱりやっちゃんも寂しかったんですよ…独りぼっちだと」

 

「それでね、私とツーリングに行かない?って誘ったらね…なんと飛びついて来た!」

 

最初は乗り気ではなかったようだが、鶴乃がツーリングプランを練ったらホイホイついてくる。

 

かつての仲間達を誤魔化せるほど、七海やちよは器用な役者ではなかったようだ。

 

「ウフフ、やっちゃんったら♪それで、どんなプランなんですか?」

 

「多忙なやちよに合わせて、日帰りプランを考えたんだ~」

 

先ずはライダーの聖地と言われる奥多摩周遊道路の自然景色を堪能。

 

次はライダーに有名なお蕎麦屋さんでご飯食べる。

 

近くの多摩川が一望出来る温泉に入るといった、鶴乃にしては珍しい普通プランであった。

 

「まぁ素敵♪」

 

「午後からはバイクでさらに東に向かってね、3時のおやつ頃には東京に入るの」

 

「東京には何をしに向かうんですか?」

 

「やちよが昔から行きたいって言ってたインスタ映えする有名ドーナツ店でおやつ食べるの♪」

 

「やっちゃんはドーナツ大好きですからねぇ、喜ぶ顔が見えてきます」

 

「夕方頃は、夕日に輝くレインボーブリッジを眺めてから神浜に帰るって流れになるかな~」

 

「いいなぁ~。私もついて行きたいんですけど、バイクも免許も持ってませんし…」

 

「フフフ~大丈夫!私のバイクはシートをロングシートに交換したらタンデムで乗れるよ!」

 

「じゃあ、私も鶴乃さんの後ろに乗ってツーリング行けるんですね?やった~♪」

 

「ヘルメットは自前で用意してくれる?バイクインカムもあったら会話が出来るんだよ~」

 

「いいですね!両方探してみます」

 

「やちよのスケジュールを聞いてみたけど、忙しいから休みがとれるのは8月の夏場だって」

 

「やっちゃんは売れっ子のモデルさんですしね~。その頃までには私も用意できてると思います」

 

「楽しみだな~やちよの喜ぶ顔が既に!私には見えてきたよーっ!」

 

こうして元みかづき荘チームのツーリング計画が始まり、季節は過ぎていく。

 

季節は8月の現在まで進み、時刻は早朝頃となる。

 

「鶴乃さ~ん!お待たせしました」

 

「おっ?私とお揃いのゴーグル付きハーフヘルメットを選ぶとはお目が高い!」

 

「アドバイス通り、メッシュジャケットにライディングパンツとシューズも揃えてきました」

 

「夏は薄着だと日焼けで大変だからね~。それに転倒の危険も考えたら仕方ないよ」

 

ハンターカブに跨った鶴乃の後ろにみふゆも跨り、前の席の鶴乃の腰に両手を回す。

 

「よーし!!私達の古巣、みかづき荘に向けて発進~♪」

 

鳴り響くバイクマフラー音と共に、魔法少女達の絆が再生していく旅が始まろうとしていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

朝早くから移動し、神浜から下道を使って奥多摩に向かう二台のバイク。

 

快晴の空の下、先を走るやちよのR1と後ろから続く二人乗りのハンターカブが走行を続けていく。

 

風除けシールド付きハーフヘルメットを被るやちよのバイクにはスマホが固定されているようだ。

 

地図アプリの音声を耳のインカムで聞き、2人を先導してくれる。

 

<暑いね~ししょー。まさか夏場のツーリングがこうも蒸し暑いなんてね~>

 

<季節を体で感じるのがバイク乗りの醍醐味よ。多少の不便も愛嬌だわ>

 

<やっちゃんの大型バイクも街乗りだと不便そうだけど、不便を楽しんでます?>

 

<バイクは嗜好品よ。好きなものだからこそ不便も楽しめるわ>

 

<後悔しながら欲しくない品を買うよりは、欲しいものを買いたいよね~>

 

<確かにそうですね。私も買わずに後悔するよりは、買って後悔したいタイプですね~>

 

<次の角を右に曲がるわよ>

 

<了解~~>

 

走り続けるバイクがそろそろ奥多摩周遊道路に入る頃合いだ。

 

<でもよかったよ~ツーリングの誘いに来てくれて。やっぱり私達は仲間だね!>

 

<バイク乗りの仲間よ。魔法少女仲間ではもうないわ>

 

<またまた~、本当は仲直りしたいくせに~♪>

 

<スピード上げて置いていくわよ>

 

<待って待って!高速道路に入れない私のバイクじゃ追いつけないよ~!>

 

<フフ、頑張ってついてきなさい>

 

<コラコラ、あんまり意地悪しちゃ駄目ですよ~やっちゃん>

 

走行しているうちに、二台のバイクの前方には緑溢れる自然景色が広がっていく。

 

<わぁ…綺麗な景色。ライダーの聖地と言われるのも頷ける気持ち良さね>

 

<なんだか体感温度も自然パワーで涼しくなってきたよ!風が気持ちいい~♪>

 

<バイク乗りの世界ですね~。私も大学合格したら、バイク免許取りに行きたいですよ~>

 

<あら?みふゆもバイクに興味が出たの?ちゃんと管理出来そう?>

 

<みふゆは私生活だと結構だらしないところがあるからね~>

 

<普段は放置されて、庭に転がる寂しそうなバイクの姿が目に見えるわ>

 

<あ~ん!2人とも私をイジメないで下さ~い!>

 

<<アハハハハハ♪>>

 

喜びを分かち合える楽しい時間。

 

いつ以来ぶりなのかと、やちよは考える。

 

(本当に懐かしいわね…。かなえ、貴女も生きていてくれたらきっと…私の前を走っていたわ)

 

やちよの前方景色の世界には、彼女と同じ大型バイクに乗った雪野かなえの幻が見えた気がした。

 

奥多摩周遊道路の景色を堪能し、バイカーもよく訪れるお蕎麦屋さんにバイクを停車。

 

3人は暑い季節の風物詩であるざる蕎麦を注文し、舌鼓を打つ姿。

 

「美味し~っ!!このお蕎麦は私が最強認定するよーっ!!」

 

「本当ですね~。これならモリモリ食べれそうですよー♪」

 

「暑い時期の風物詩と言われるだけあるわね。バイクに乗ってて良かったと思える瞬間よ」

 

「よーし!今年の受験こそ絶対に合格して、私も来年はバイク免許を取ります!」

 

「浪人生活は順調かしら?予備校に通っているんでしょ?」

 

「ええ。それに、強力な助っ人も現れてくれたんですよ~」

 

「強力な助っ人?」

 

「中央でリーダーを努めているひなのさんを知ってますよね?彼女が私に勉強指導してくれます」

 

「あの子も今年は受験だったわね。お互いに受験生だし、気が合うのも判るわ」

 

都ひなのは魔法少女社会のリーダーとしては、西にも東にも与しない中庸の者。

 

どちらも差別せず、西側社会の魔法少女にも良くしてくれる人物であった。

 

「もしかして、頼れる彼女に泣きつきに行ったとか?」

 

(ギクッ)

 

ボタボタと嫌な汗をかき始めるみふゆの姿を見て、2人も苦笑い。

 

「アハハ♪その表情は図星だね~みふゆ♪」

 

「うぅぅ…だってだって!みやこさんは魔法少女の中でも、ずば抜けた理系少女ですし!」

 

「物理と化学を選択しているみふゆにとっては、お釈迦様みたいなものかもね~」

 

「みやこがついているのなら、2人とも合格出来るわよ。先にライダー世界で待ってるわね」

 

「みふゆに似合うバイクも一緒に探してあげるよ~!来年も3人でツーリングに行こうね!」

 

食事を終えた3人はバイクを走らせ、多摩川が一望出来る温泉に到着。

 

更衣室で衣服を脱いでいる3人なのだが…。

 

「うわ~、みふゆの胸はいつ見てもパンパンだよ~!」

 

「鶴乃さんだって結構大きいと思いますよ?」

 

「私は控えめな方が良かったかな~。スポーツブラで揺れを制御しても靭帯に負荷がかかるし」

 

胸が大きい苦労を語り合う2人であるが、隣の人物からは因縁オーラが噴き上がっていく。

 

「2人とも…胸の話題を私の前でするなんて…いい度胸ね」

 

鬼の表情を向けてくる彼女を見て、ボタボタと嫌な汗がまた噴き出してくる。

 

「「あっ…すいませんでした」」

 

隣にあったのは、()()()()()をしたやちよの胸。

 

不穏な空気を出すやちよに対して、2人は深々と頭を下げた。

 

多摩川が一望出来る絶景を堪能しながらの楽しい入浴タイムが始まっていく。

 

「あぁぁぁ…夏の温泉も汗だくになれるバイク乗りにとっては格別だよね~」

 

「そうね…またバイク乗りとしての喜びに目覚めたわ」

 

「あ、サウナもありますよ~。後で入りましょうよ♪」

 

「よ~し!誰が最後まで残れるか勝負勝負~!」

 

「のぼせて走れなくなるからやめなさい。午後からのツーリングもあるんだし」

 

「大丈夫!隣の冷水に飛び込んで火照りを冷やすから!」

 

「風邪を引いても知らないわよ」

 

温泉を堪能した3人は浴場から出て、施設内で瓶のコーヒー牛乳やフルーツ牛乳を飲む。

 

「あれ?みふゆは何処?」

 

「あそこのマッサージ機を使ってるよ」

 

2人が近づけば、何とも言えない気持ちよさそうな表情を浮かべるみふゆが座っている。

 

「私は結構肩こりしやすくて…やっぱり胸が大きいと不便ですね~」

 

人は過ちを繰り返す。

 

墓穴を自ら掘ってしまった浅はかな女性に待っていたのは、制裁だ。

 

「……そう、ならもっと肩こりをとらないとね」

 

「あっ!やっちゃんリモコンで何を…あイタタタ!!?」

 

「最大にしておいたから、どうぞごゆっくり」

 

「あはは…肩こりよりも痛そうだね」

 

背中を強烈にマッサージされたみふゆを乗せて、鶴乃はやちよの後を追いかける光景が続く。

 

<後はひたすら東京に向けて走るだけよ>

 

<やちよのスマホ案内があるから便利だね~。もうカーナビの時代じゃないのかも>

 

<運転に疲れた頃には東京についてますよ。小腹が空く丁度いいタイミングです>

 

3人は道中で見かけた美しい景色を撮影しながら東京を目指す。

 

奥多摩町を超えて東京に向かって走行していく。

 

そこは彼女達にとっては初めての土地となる場所。

 

魔法少女社会が東京にもあるのは自然なこと。

 

危険な縄張りであるとも知らず、彼女達は楽しいイメージを浮かべながら走行して行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

東京に入った二台のバイク。

 

目指すは渋谷区にあるインスタ映えすると人気のドーナツ店。

 

<うわ~神浜以上に人や車が多いね~。流石この国の首都だよ~>

 

<神浜の人口は約300万人だけど、東京はその4倍だって聞いたわ>

 

<地方では人口減少が止まらないけれど、地方から人が流れて大都会だけは人口増加するんです>

 

<日本の総人口はこれからどんどん減り続けるって…お父さんも言ってたっけ>

 

<嫌な時代よね…若者達が先に希望を見いだせない時代なんて>

 

<それに、今年の1月にあったあの事件…酷かったよね>

 

<1・28事件ですね。それに去年のクリスマスに米軍爆撃機が行った東京空爆事件…>

 

<悲惨過ぎるわ…東京の人達。辛く苦しい筈なのに、それでも経済のために毎日働いているのね>

 

<社会に緊急事態が起きて自粛を強制されても、経済を回さないといけないんですよ…>

 

<そうだね…経済が回らないと、きっと焼け野原みたいに路頭に迷う人達だらけになると思うよ>

 

<人間社会に訪れる突然の混迷と混乱。人間達の心は…未だ暗雲に包まれてると思うわ>

 

<だから魔獣の増殖が止まらないんですよ。人間社会の問題と魔法少女社会の問題は繋がります>

 

重い空気となりながらも道路を走行して行く。

 

ツーリングを楽しみたかった鶴乃が気を利かせて明るく振舞ってくれた。

 

<まぁまぁ2人とも。今日は楽しいツーリングだし、暗い話題は無しにしようよ>

 

<そうね、もうすぐ渋谷区に入るわ>

 

代々木公園近くにあるドーナツ店に向かうため、近くにある有料駐車場にバイクを止める。

 

徒歩で目的地に向かう3人が店を見つけたようだ。

 

「いらっしゃいませ~」

 

店員の元気な声で出迎えられ、3人はメニュー表に目を通す。

 

「うわ~…凄く個性的なドーナツばかりよ!こんなの神浜の店じゃお目にかかれないわ!」

 

「あははっ♪ドーナツが大好きなやちよだから、目を輝かせるって期待してたんだ~」

 

「ありがとう鶴乃、気を使わせてしまったわ。どれにしよう…なんなら全部食べてもいい?」

 

「やっちゃんの食い意地入りました~♪お腹を壊さない範囲でなら、好きなの食べましょうか」

 

「むむむ…ピコーン!万々歳新メニューの天啓が閃いた!うちも個性的な肉饅を出そう!」

 

「個性を追求するよりも、何を食べても同じ味付けの腕前をもう少し上げたほうが…」

 

3人は気に入ったドーナツをそれぞれ注文していく。

 

持ち運ばれた品の写メを撮影した後、美味しく頂いていく光景が続いていった。

 

満足した彼女達が店から出てくる。

 

有料駐車場まで歩いていたその時だった。

 

<やっちゃん>

 

3人の背後から感じた複数の魔法少女の魔力。

 

<分かってるわ。背後からでも敵意を剥き出しにしてくる程に…殺気立ってる>

 

<ど、どうしよう?なんで魔法少女が魔法少女を襲いに来るわけ?同じ魔獣と戦う仲間なのに…>

 

<縄張り意識が強い魔法少女社会が…東京にあったのかもしれないわ>

 

3人はやり過ごそうと長い時間遠回りしながら歩き続けるが、諦める気配はない。

 

<どうしても私達を逃さないつもりね…>

 

<仕方ありません、あそこに路地裏があります。人通りが多い場所では相手出来ませんよ>

 

3人は路地裏に入り、開けたエリアに入り後ろを振り向く。

 

そこには、渋谷区を縄張りにしている魔法少女ギャング達の姿があった。

 

「あんたら、余所者だろ?ここはあたし達の縄張りでさ、無断侵入するなら出すもの出しな」

 

「カツアゲ?東京の魔法少女達は随分と品が良いみたいね?」

 

「私達は魔獣と戦う仲間同士ですよ。どうして争わないとならないんですか?」

 

「別にグリーフキューブの取り合いがしたいわけじゃない」

 

「なら、何が目的だと言うわけ?」

 

「あんた達が勝手にあたし達の支配地域に無断侵入してきたんだし、通行料ぐらい貰わないとね」

 

「ここは公共の場だよ!他所の魔法少女が遊びに来たぐらいで、どうしてそんな理屈になるの!」

 

「五月蝿い!!あたし達はね…苛ついてるんだよ!」

 

敵意を隠さず声を荒げる東京の魔法少女ギャング達。

 

彼女達の怒りの原因とは果たして、縄張りを侵害したというだけなのか?

 

「東京で好き勝手出来なくなったんだよ…あたし達!!」

 

「やり場のない怒りを…魔法少女にでもぶつけないと気が済まないんだ!!」

 

「そうさ!あの()()()()()()()は…魔法少女同士の殺し合いなら文句を言わない!」

 

()()()()()()()()()()()()()()奴だから!!」

 

彼女達が叫ぶ内容だが、神浜の魔法少女達が聞いても要領を得る筈がない。

 

事情を知らない者達にまくし立てたところで、意味が通じる筈がなかった。

 

「悪魔みたいな…男ですって?」

 

「カツアゲなんて本当はどうでもいいんだよ…あたしらのストレス発散として死んでくれよ」

 

――通行料はね…あんた達の命さ!!

 

東京の魔法少女ギャング達が左手にソウルジェムを掲げて変身していく。

 

怒りを叩きつける魔法武器であるスパイククラブを生み出して構える姿。

 

もはや戦闘は避けられないと判断した神浜の魔法少女達。

 

「いくわよ…後悔させてあげるわ」

 

やちよ達も左手にソウルジェムを掲げ、魔法少女となり武器を構える。

 

一瞬即発の状況であったが、場の空気を壊す勢力が現れる。

 

「おいテメェら!!勝手な真似してんじゃねーぞコラァ!!!」

 

突然建物の上から跳躍して現れたのは、目黒区を縄張りにしていた魔法少女ギャング達だ。

 

「なんだテメェら!?ちょっかい出してんじゃねーぞ!!」

 

「魔法少女同士の殺し合いならあの男は…()()()は!!文句言わないだろうがぁ!!」

 

敵意の矛先が違う勢力に向けられていく。

 

神浜の魔法少女達は混乱しながらも、彼女達が叫ぶ言葉に耳を傾ける。

 

(人修羅…?その男は、どうしてこんなにも東京の魔法少女達に恐れられているの?)

 

「テメェらがそんな器用な戦い方を出来るわけねーだろうが!!」

 

「東京でも評判の血の気の多いギャング共だろお前ら!!」

 

「見張らせてもらってたんだよ!…不本意だけどね!」

 

「人間に1人でも犠牲者が出たら、アタシら全員…()()()()で悪魔に殺されるのよ!!」

 

「この東京の魔法少女社会が、()()()()()()に支配されちまったのを…忘れたわけ!?」

 

違う勢力は人修羅がもたらした全体主義政治体制に恭順の意思を示している。

 

だが、東京の魔法少女たち全てが人修羅の政治体制に従う意思を示す筈がない。

 

「そんなの知るか!!あたしら以外の他の連中が人修羅に虐殺されようが、どうでもいいよ!!」

 

「へぇ…?なら、あんたらの命もどうでもいいし」

 

「あの悪魔に感づかれる前に…お前らを処分してあげる!!」

 

突然始まってしまった東京の魔法少女ギャング達の抗争バトル。

 

だが、これは現場から逃げ出すチャンスでもあった。

 

「逃げるわよみふゆ!鶴乃!」

 

「こっちです!!」

 

「訳がわからないよぉーーッッ!!」

 

表通りまで走る彼女達の横側の壁には、渋谷区を縄張りにする彼女達のチームエンブレム。

 

それを大きく塗り潰すかのように塗装された、共産主義の象徴である赤い星。

 

人修羅がもたらした人間社会主義が、東京の魔法少女社会を蹂躙しているという証だった。

 

……………。

 

3人はどうにか争いの現場から逃げ出し、魔法少女姿から元の姿へと戻る。

 

「直ぐに駐車場に戻りましょう。出来るだけここから離れたほうがいいわ」

 

「ならレインボーブリッジだけでもバイクで見物しながら帰ろうよ!」

 

鶴乃に振り向けば、せっかくの楽しい旅を台無しにされた事によって涙が浮かんでいる。

 

「こんな後味の悪いツーリングの締めくくりは…私は嫌だから」

 

彼女に気を使われてツーリングに連れて行ってもらえたやちよも、辛い彼女を気遣ってくれる。

 

「…分かったわ。取り敢えず、今直ぐ渋谷区から離れましょう」

 

3人は駐車場まで走り、料金精算を済ませてからバイクを発進させていく。

 

向かった先は行く予定であったレインボーブリッジのビューポイント施設。

 

船をモチーフにしたショッピングセンターの駐車場にバイクを停め、デッキに向かって行った。

 

嫌な汗をかき、一気に疲れが出てきた3人が休憩場に座り込んでいく。

 

「はぁ…最悪。修学旅行中に、地元のチンピラに絡まれたような気分だわ」

 

「本当ですね…やっちゃんは例えが上手です」

 

「気分を変えたいから、私が何か美味しいドリンク買ってくるよ」

 

「悪いわね…鶴乃。せっかく温泉に入ったのに、また汗だくになってるし」

 

ショッピングセンター内の店舗に向かった鶴乃を見送りながらも、2人は向かい合う。

 

「あのチンピラ魔法少女達が言っていた…人修羅と呼ばれた男ってなんなのかしら?」

 

「さぁ…?東京の魔法少女達を震え上がらせる程の男の人なんて…存在するんですか?」

 

「考え辛いわね。男である魔獣だろうが、魔法少女が集団を組めば恐れるほどではないし」

 

「魔獣とは違う存在?それに…東京の魔法少女社会に敷かれた社会全体主義って何ですかね?」

 

「個人の自由を暴力と恐怖で束縛して、魔法少女達を魔獣討伐以外で魔法を使わせない法律?」

 

「それに、連帯責任なんて物騒な事も言ってましたね…」

 

「魔法少女の自由を互いが監視しなければ連帯責任を課されて虐殺されるだなんて…酷過ぎるわ」

 

「まるで…ソ連の全体主義相互監視社会ですね」

 

「行き過ぎた暴力抑止力よ…そんなの。魔法少女の()()()()だわ」

 

「そうですね…私達だって、個人一人一人の自由があっていいと思います」

 

犯罪抑止とプライバシー問題のジレンマがある。

 

監視は人権侵害として問題視される。

 

その一方で、人権侵害が一切起こりえない社会は人権侵害を監視する社会でしか実現出来ない。

 

「監視行為なんて、国家の行き過ぎた暴力的行為よ」

 

「いつの間にか社会全体を優先されていき、私達個人の自由が消されていくんですね…」

 

()()()()()()()()()()という概念は…神浜の西の長を務めてきた私も…悩まされたわ」

 

「2つを天秤にかけた時…私たち魔法少女は、どちらを優先するべきですか?」

 

「私にも…分からない。いくら悩んでも…答えは出てこなかったわ」

 

「きっと答えなんて…無いのかもしれませんね。どちらに傾いても…弊害だらけです」

 

社会について真剣に考えさせられた2人が暗い表情となっていく。

 

「キャッ!?」

 

重い空気を解いてくれたのは、やちよの後ろからジュースコップを両頬に押し付ける人物だ。

 

「つ、冷たいじゃない鶴乃!」

 

「難しい話はやめようよ。私達は神浜魔法少女だし、東京の魔法少女社会に口出しは出来ないよ」

 

そう言って、2人分のドリンクジュースを手渡してくれる。

 

彼女の気遣いを無駄にはしまいと、2人は社会議論を中断してくれたようだ。

 

「そうね…考え込んでも、違う街の話だし。鶴乃はジュースを買わなかったの?」

 

「えへへ、喉が乾いてたから先に飲んじゃった♪」

 

既に時刻は夕方であり、日没ももうすぐだろう。

 

潮風を感じながら、夕焼けに染まるレインボーブリッジを3人は静かに見つめ続ける姿。

 

「ねぇ…やちよ。楽しかった?」

 

「え…?」

 

「またツーリング、みんなと一緒に行こうね。…絶対に」

 

辛い現実を浴びせられようとも、隣で優しく微笑んでくれる仲間がいてくれる。

 

鶴乃の優しさによって心が雪解けるように温かくなり、拒絶する気も起きなくなっていく。

 

「…そうね。また…いつか」

 

「ねぇ、2人とも。レインボーブリッジを背景にして記念撮影しましょうよ」

 

「あっ、ちょっとみふゆ!」

 

みふゆは道行く男の人に声をかけ、記念撮影をお願いする。

 

「ほら~やちよは真ん中だからね~!」

 

「ちょ、くっつき過ぎよ2人とも!」

 

「私達は、やっちゃんを離しませんからね♪…絶対に」

 

「2人とも…その……今日は誘ってくれて……ありがとう」

 

――本当に……嬉しかったわ。

 

スマホで撮影された記念写真画像。

 

そこに映る3人の姿は、昔の魔法少女時代に戻れたかのような満面の笑みが広がってくれていた。

 

……………。

 

下道を走行しながら神浜に向けて帰宅中にトラブルが起きる。

 

<あっ…?ど、どうしよう…>

 

<どうしたのみふゆ?何か忘れ物?>

 

信号停止中に突然みふゆが慌てだし、二台のバイクは横で停止。

 

事情をみふゆから聞いたやちよと鶴乃も驚きを隠せない。

 

「えっ!?リュックのチャックを閉め忘れてて…入れてた財布を落としたかもしれない!?」

 

「多分…自販機休憩していた時かもしれません。チャックを締め忘れたのかも…」

 

「自販機休憩はだいぶ前よ…。そこから走行してきたし…何処で落としたか検討もつかないわ…」

 

怖くなっていき、涙目となるみふゆの姿。

 

「どうしよう…やっちゃん!鶴乃さん!お小遣いだけでなく…個人情報の品も入ってるのに!!」

 

「困ったわね…。取り敢えず、道路緊急ダイヤルに電話を…」

 

慌てふためく3人娘の元に近寄ってくる男がいる。

 

手には女性が使うような財布が握られていた。

 

<<おい、お前らか?積載物の転落・飛散の防止措置義務を怠った連中は?>>

 

声がした方に振り向けば、紺色の作業服を着た少年のような見た目をした青年がいる。

 

みふゆが彼の手に視線を向けて安堵の声を漏らす。

 

「あっ!私の財布です!もしかして、走りながら追いかけて…持ってきてくれたんですか?」

 

彼が右手に持っていたのは無くした財布だったようだ。

 

「俺がタバコ休憩していた時に、道路に目を向けていなければ…どうなってたと思う?」

 

「えっ……?」

 

「お前は後続車に落下物を与えて事故を起こさせる危険を起こした者として、罰せられてたぞ」

 

「そ…そんな法律もあったんですね。私…うっかりしていました」

 

「あちゃ~…私もバイクに乗る時は気をつけないとだね」

 

「本当にありがとうございます!おかげで私…財布の中身を悪用されずに済みました!」

 

「友達の不注意で手間を煩わせてしまって、すみませんでした。私達も今後気をつけます」

 

「そうしたほうがいい。それじゃ、俺は行くぜ」

 

みふゆに財布を渡して男は去っていく。

 

「親切な人に見つけてもらえて良かったね、みふゆ」

 

「全く、しょうがない子ね。でも、バイク乗りとして私も気をつけないとね」

 

「うぅぅ…ごめんなさい、2人とも。迷惑かけました…」

 

「社会に迷惑をかけてはいけない、行う者は罰する。これも…さっきの話と通じる気がするわね」

 

「法律って…社会で生きるみんなを守るために、法を犯す存在を抑止する…」

 

――()()()()なんですね。

 

みふゆの言葉を聞いたやちよは、神浜魔法少女社会の長として強く考えさせられる。

 

治世を行う者が社会ルールを作るのは、何のためなのかを。

 

「社会って…()()()()()()()()()()()()()わね」

 

気を取り直してバイクを発進させていった魔法少女達の姿が遠ざかっていく。

 

その頃、みふゆに財布を届けに行った男はコンビニまで戻ってくる。

 

彼が休憩していたコンビニの大型自動車を駐車させるスペースにはトラックが見える。

 

「尚紀、落とし物はちゃんと届けてやれたか?」

 

引っ越し荷物を大量に積んだ小型トラックの運転席には丈二の姿。

 

「ああ、ちゃんと渡してきたよ」

 

「教習所の怠慢だな。運転だけでなく、社会で乗り物を扱うための法律を教えやがれってんだ」

 

「そうだな」

 

「バイクや車っていうのはな、()()()()()()()()()()()()に化ける。だから縛るルールがいる」

 

「正しい法によって罰せられる社会となれば、バイクや車は()()()()()()()()()()()となるんだ」

 

――それが…俺が求める社会主義の概念さ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「バイクは、乗らない人が思うほど危険ではないけど、乗る人が考えるよりも安全ではないわね」

 

夜の静かなみかづき荘リビングの光景。

 

旅の思い出を撮影したスマホ画像をコンビニでプリントし、写真として持ち帰ったやちよの姿。

 

持っていた写真を机に置き、ソファーに大きくもたれ込み両目を瞑る。

 

耳の奥には、心地いいエンジン音とマフラー音が蘇っていく。

 

体で感じた風の感触、季節、時には不便に思うけれど自由を感じさせてくれた。

 

何よりも嬉しかったのは机に置かれた写真や、今日を楽しんだ彼女の記憶が物語る。

 

奥多摩周遊道路を走行していた時だった。

 

対向車線を走行していたドライバー達が片手を上げ、旅を祝福してくれた事が嬉しかった。

 

綺麗な多摩川をボケっと眺める事しか出来なかったが、自由な余白を感じられた事が嬉しかった。

 

自責の念に蝕まれ、独りぼっちで佇んでいた自分の人生が迷わず進んでいったのが嬉しかった。

 

そして、最も嬉しかった存在とはかつての仲間達の優しさ。

 

彼女にバイクを勧めてくれたり、ツーリングに誘ってくれた最高の友達。

 

大勢の人々から独りぼっちで佇んでいた自分に喜びを与えてくれた。

 

「人が跨がらないと、自分独りでは立ち上がれないバイク。…まるで私みたいね」

 

――バイクに乗れて…本当によかった。

 

そんな言葉を呟きながら、彼女は静かな寝息を立て始めていった。

 

……………。

 

今となっては、彼女の生活そのものとなっていく愛車のバイク。

 

今日も彼女はモデルの仕事場である撮影場に向けて愛車を走らせる。

 

「私が暮らすみかづき荘。()()()()()()()と考えた事もあったけど、もう大丈夫。迷わないわ」

 

風を感じながら何処までも続く道のりだって走りきれる自信が出来た。

 

風を切り裂き、1人であろうとも真っ直ぐ突き進むその姿は…自身が振るう武器に似ている。

 

大勢の仲間達と共に戦っていた頃の自分が振るっていた魔法武器の形。

 

彼女の迷い無き槍の一突きそのもののようにも見えるだろう。

 

静か過ぎるみかづき荘のリビング。

 

そこにあった写真を飾るスペースは大幅に拡張されている。

 

そこに飾られる写真は、これからもどんどん増えていくだろう。

 

かつての魔法少女達との思い出だけではない。

 

バイク乗りとして大勢の人々と触れ合えた喜びの形が…残されていった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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96話 弱肉強食

暑い夏、それは社会人にとっては仕事を行うのも暑さで苦しい季節。

 

しかし、十代の子供たちにとっては楽しい青春の1ページを飾るだろう。

 

夏休みを楽しむ子供達を見て、社会人は愚痴るかもしれない。

 

子供は気楽でいいよな~…とかだ。

 

「丈二、これは何処に纏めておくんだ?」

 

「取り扱いに気をつけろよ。これクソ高いんだから」

 

聖探偵事務所の8月は、一ヶ月丸々引っ越し作業となっている。

 

「ボス~、この際だから事務所に飾ってた私物のアメリカンインテリアは全部売りに出したら?」

 

「う~ん…確かに荷物になるよなぁ。引越し費用の足しに出来るかもしれない」

 

「愛着があって飾ってたんじゃないのか?」

 

「俺はインテリアよりは車の方が大事だな。俺のマスタングまで売りに出せと言われたら泣くぞ」

 

「じゃあ、このインテリアは私の方で売りに出しておくわね」

 

「頼む。売れない品はこの際処分しちまうか。また新しいインテリアが欲しくなったら集めるし」

 

事務所二階の備品関係を何回かに分けて小型トラックで運ぶ事となるのだが…。

 

「とりあえずこんなもんか。それじゃ、神浜まで俺が運転するぜ」

 

「旧型普通免許を持ってる丈二じゃないと、この重量のトラックは運転出来ないしな」

 

瑠偉はインテリア処分で出掛けたようだ。

 

尚紀と丈二は神浜に荷物を持てるだけ持っていく事となり、トラックに乗って出発。

 

江東区から品川区、大田区と超え、東京を後にして横浜まで移動。

 

「しかし暑いなぁ…夏だからしょうがないけど、外で働く連中にとっては地獄の季節だな」

 

「俺たち探偵も外回りの仕事だしな」

 

「気晴らしに海が見える道を通ろうぜ」

 

海沿いの道から神浜市南凪区を目指す事となり、景色も色鮮やかな海が見える。

 

「おーおー、横浜の海の公園は今年も若者達で盛況だね~」

 

横を見れば、横浜市内で唯一海水浴が出来る人工の砂浜。

 

「お前ぐらいの年齢なら、ああいう場所で水着の若者達と遊びたいんじゃないか?」

 

「別に。俺はもうガキの世代とは価値観が合わない。それなりに辛酸を舐めて社会で生きてきた」

 

「まぁ、大人には大人の楽しみがある。引っ越しが済んだら神浜の酒場で美味い酒でも飲もうや」

 

窓に片腕を置きながら、横の海辺で楽しそうに遊んでいる水着姿の子供達を見つめる。

 

「社会生活なんて考えず、友達と楽しく今を遊び合う。ああいう時代が俺にもあったよ…」

 

――子供は気楽でいいよな~。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜市には横浜市と同じく人工の砂浜があり、今年も大勢の水着姿の若者達が押しかけている。

 

浜辺だけではない。

 

森林公園、多目的ホール、現代美術館、駐車場と周囲の環境が整備された多目的娯楽施設となる。

 

神浜住民だけでなく近隣の県からも利用者が多いようだ。

 

そんな神浜の海の公園には、学生としての青春を謳歌する魔法少女達の姿もあった。

 

多目的ホールでは現在、ご当地アイドルのライブイベントが開催されている。

 

<<キャァーーーッ!!さゆさゆ~~~!!!>>

 

スモークマシンから煙が吹き出し、ステージに立っていたのはご当地魔法少女アイドル。

 

<<さゆさゆ~~!!かわいい~~~!!!>>

 

すぐ横が海なので、独特な水着姿で現れたアイドル少女。

 

彼女は日本刀をアイドルイメージにした個性派だ。

 

「あなたのハートをたたっ斬る!恋の辻斬り姫こと~史乃沙優希、参上で~す♡」

 

<<さゆさゆかわいい~~!!鞘当して~~!!!>>

 

「みんな!今日は来てくれて有難う!暑い季節をたたっ斬る!私の袈裟斬り曲行くよーっ!!」

 

ライブイベントが一気に盛り上がる現場には、ももことレナとかえでの3人の姿も見える。

 

「さゆさゆ最高~~っ!!レナのハートを袈裟斬って~~っ!!」

 

興奮した表情を浮かべて応援するレナの横では、彼女を見つめて微笑む友達の笑顔。

 

「レナの奴、楽しんでるみたいだな」

 

「ふゆぅ…私はアイドルはよく分からないけど、レナちゃんが楽しかったら私も楽しいよ~」

 

「同じ気持ちだよ。推しのアイドルじゃないけど、レナが喜んでくれてアタシも楽しい♪」

 

「たしか、ももこちゃんがバイトして今日のライブチケットを3人分お給料で買ったんだよね?」

 

「ああ!前の穴埋めだけど…やっぱり楽しい時間もチームワークだろ?」

 

「うふふ♪そうだね~」

 

熱狂の渦に包まれた多目的ホール。

 

その横を見渡せば、夏の日差しが照りつける海。

 

そこから遠くに見える大きな建物は、神浜でも有名な現代美術館。

 

今日はそこで国際芸術祭イベントが催されており、大勢の人々が詰めかけている。

 

外の敷地内では、現代アーティスト達が生み出した独特な展示物が軒を連ねるのだが…。

 

その中で、一際異色を放つアート展示物が周囲の人々をざわつかせていた。

 

「おい…なんだよ、この禍々しいアートは!?」

 

「なんだか怖いわね…。まるで船の上から海底を見ている時と同じ恐怖を感じるわ」

 

人々の感情に強烈なイメージを植え付けてしまった、ギリシャ神話をテーマにした展示物。

 

皆が連想してしまった強いイメージとは…海に引きずり込まれて死ぬイメージだ。

 

大勢の見物客を冷房の効いた現代美術館のガラス越しに観察している2人の人物達がいた。

 

「アリナ先輩…先輩が作ったあの怖いアート…なんてタイトルなの?」

 

「立体作品、海峡なんですケド」

 

「海峡…?どうしてそれが、ギリシャ神話と繋がるの?」

 

「ギリシャ神話には、オーシャンに纏わるクレイジー神話が多いワケ」

 

「神話は詳しくないけど、そうなの?」

 

「アリナは今日の展示会がオーシャンでやるって聞いたから、それをイメージしたんですケド」

 

「アリナ先輩にとって、海はどういうイメージなの?」

 

「ビューティフル・ブルーワールド。でも油断すれば、直ぐにでもデスに引きずり込まれる領域」

 

「確かに、溺れ死んだりしないか怖い部分があるの。昔から海は怖いイメージと隣合わせなの」

 

「怖い?アリナはそうは思わない」

 

海は多くの生物を陸地に上がらせる進化を与えた力強き領域。

 

再生の源だと彼女は考えている。

 

「それを…あの悪魔みたいな形にしたの…?」

 

「イエス」

 

それはまるで大渦、あるいは捕食者の口を思わせる。

 

小さく弱き者達を貪り喰らうために、海の底に引きずり込むイメージを周りに与える力強さ。

 

ギリシャ神話には、ポセイドンとガイアの娘であるカリブディスと呼ばれる魔物の神話がある。

 

同じ女の悪魔であるスキュラと共に、メッシーナ海峡を横断する船を襲い、喰らった存在だ。

 

「海峡。陸地と陸地の間のオーシャン。ヒューマンが住む陸地と、それらを分かつオーシャン」

 

海は美しさの中に死が満ち溢れている。

 

それと同時に差異性も生み出せる領域だとアリナは考えていた。

 

「海の中は…沈んでいったら光は届かないの。そこは、()()()()()()しか生きられないの」

 

「分かたれた光と闇の世界。でも、闇の世界には()()()()()達がいる…見てみたいヨネ」

 

「アリナ先輩…その、聞いてもいい?」

 

「今度は何を聞きたいワケ?」

 

「突然インスピレーションの洪水が出て、芸術を作れるようになったのは嬉しいと思うの」

 

「サンキュー、それがどうかしたワケ?」

 

「でも…突然過ぎて、気になるの」

 

「ああ、アリナが何をキッカケにしてスランプから抜け出せたか、知りたくなったワケ?」

 

「たしかあれは…一緒に()()()()()()()()()だと思うの。あの日からアリナ先輩がその…」

 

――変わったような気がして。

 

不安そうな表情を浮かべる後輩の姿を見て、ニヤついた表情を浮かべながら先輩は笑う。

 

「アハハ!…確かにアリナは変われた。マーベラスな出会いをもう一度する事が出来たカラ」

 

「出会いって…?」

 

「フールガールも覗きたい?それはとても暗く、冷たく、デスに近づく事になるんですケド?」

 

「よく分からないけど…怖そうだし、遠慮するの」

 

「そう?残念。アナタにもアリナと同じ感性が備わっている気がしてたんですケド」

 

「私に…アリナ先輩みたいな感性があるって言うの?」

 

「だってアナタは…」

 

――()()()()()が、大好きなんだカラ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

次の日は日曜日ともあり、前の日よりも大勢の海水浴客で賑わう神浜の海の公園。

 

青い空、オーシャンブルー、まさに若者達の青春の光景であろう。

 

勿論それを楽しむのは、魔法少女たち個人の自由だと東西中央の長達も認めている。

 

たとえ気が付かない場所で人間達の驚異が現れ、人間達を死なせようが個人の自由。

 

魔法少女達は公務員ではない。

 

消防や警察、自衛隊のように毎日驚異に備えいつでもスクランブル発進する義務などなかった。

 

「八雲…どうして自分を海に誘ったんだ?」

 

黒いビキニ水着の上に黒い上着を着ている美しい少女。

 

強い紫外線から目を守るサングラスをかけた少女とは、東の魔法少女社会の長を務める十七夜だ。

 

「だって~、十七夜は最近、調整屋に来ても元気が無かったし~。気晴らしだと思って~♪」

 

紺色のモノキニ水着を着て、長い後ろ髪を下ろした姿の八雲みたまも隣りにいる。

 

彼女達は同じ東の住民であり、歳が近い。

 

同じ大東学院生徒なので、昔から気が合うようだ。

 

「自分はバイトが休みの日でも、気晴らしをしている暇はなかったんだが…」

 

長いビーチタオルを砂浜に敷き、2人は海や海水浴客を静かに見つめているだけ。

 

それでも…十七夜の心は焦りに包まれているようだ。

 

「聞いてるわ。最近、東の魔法少女達が不穏な動きを見せているって」

 

「自分もバイトや魔獣狩りが忙しくて後手になっている。だが長として見過ごすわけにはいかん」

 

「十七夜、根を詰め過ぎよ。体が1つしかないのに無理し過ぎだわ…それでは潰れてしまう」

 

「心配してくれるのは嬉しい。だが長の努めを果たさず遊んでいる自分を考えると辛い…」

 

立ち上がって帰ろうとする十七夜であったが、手を掴まれて止められる。

 

「だ~め♪今日だけは、東の長でも魔法少女でもない。何処にでもいる女子高生だと考えなさい」

 

みたまが指差す方向を十七夜は振り向く。

 

「8~9~10!よーし回ったわよ!今度こそちゃんとゴールして見せるんだからーっ!」

 

「その意気だレナー!頑張れー!」

 

フリルがついた水玉模様の水着を着たレナが海辺を走る少女がいたのだが…。

 

「うぅぅ~~~目が回る!視界がグラつく!あ、あれ…?キャーッ!?」

 

体勢を崩し、レナは海辺に倒れ込む。

 

追い打ちをかけるように波が押し寄せ、彼女はずぶ濡れとなったようだ。

 

「ゲホッゴホッ!…ちょっと!レナは波が押し寄せてきて良いなんて許可してないわよ!」

 

「ふゆぅ、レナちゃん?自然に命令しても聞いてくれないよぉ?常識だよ~?」

 

可愛いワンショルダービキニを着た姿のかえでがレナに近寄り上から目線。

 

大人しい彼女だが…レナに向けては妙に強気になる瞬間があるようだ。

 

「分かってるわよかえで!あんたもレナと同じく完走出来てないんだし!偉ぶらないでったら!」

 

「まぁまぁ。これでアタシ1人が完走者ってわ~け~で?焼きそば、ゴチになりま~す♪」

 

くるくるダッシュは、黄色い花柄パレオを腰に巻いたビキニ姿のももこの一人勝ちだったようだ。

 

「うぅ…子供の遊びだって舐めてたわね。目が回ると本当に真っ直ぐに走れないし…」

 

「それじゃ、海の家に出発進行ーっ!」

 

「ももこちゃん。食べ過ぎてお腹壊しても、海水浴場のトイレは混んでるんだよ~」

 

「アハハ…かえではアタシ達のお母さんみたいだなぁ」

 

元気な姿で青春を送る魔法少女達の光景は他にも見える。

 

みたまが指差す違う方角に見えた魔法少女達とは…。

 

「ほらほら月夜ちゃん!波が来るタイミングだからねーっ!」

 

「存じております!」

 

コルセット・ビスチェ水着を着た月夜と、ビキニ水着を着た元気な月咲は波と追いかけっこ中だ。

 

打ち寄せる波が近づく。

 

「キャー!来ましたわーっ!!」

 

「逃げろ逃げろ~~っ♪」

 

波から逃げ、波が引いていけば追いかける単純な遊びだが子供達は大喜び出来た。

 

そんな魔法少女達の青春の1ページを見つめる十七夜だが、大きく溜息をつく。

 

「自分にも、ああやって魔法少女としての悩み事など忘れて、大はしゃぎしろと言いたいのか?」

 

「魔法少女だってリラックスしても良いわ。私達は()()()()()になる必要なんてないの」

 

「社会の奴隷だと…?」

 

先程までのほほんとしていたが、十七夜を心配する気持ちは本物なのか真剣な顔つきを見せる。

 

「私達は社会に合わせる努力義務がある。でも優先するあまり自由を蔑ろにしたら…どうなる?」

 

「どうなるのだ?」

 

「例えてあげるわ。これをどう思う?」

 

仕事が忙しい時期、妻が出産を迎えようとしている。

 

しかし夫は今直ぐ駆け込みたいのに、企業社会がそれを許してくれない。

 

「労働者としての責任を押し付けられ、()()()()()が潰されていく?」

 

「社会に合わせるだけの人生…まるで()()()()()()()()そのものよ」

 

そこには人情など欠片もない。

 

ただ社会の歯車となり、社会を守るためにしか必要とされない存在と化していく。

 

個人よりも社会という全体を優先しろという政治思想…全体主義の光景だ。

 

「社会の歯車になる…か」

 

責任感が人一倍強い十七夜が考えたこともなかった概念。

 

それは…社会のために努力し続けろという美徳を疑えという、個人の自由の概念であった。

 

「確かにその世界は機能美に満ちた秩序ある世界かもしれない。でもね…()()()()()()()

 

人情なんて欠片も感じられない無機質な世界。

 

()()()()()()()()世界なのだ。

 

「静寂社会…それが社会秩序に溢れる世界だと言うのか?」

 

「秩序はあっても人情が無い世界なんて、私はごめんだわ。だって、楽しくないじゃない?」

 

どちらも正しく聞こえた十七夜は腕を組んで考え込む。

 

悩みの答えが出ないのか、みたまの方に振り向いて質問をしてくる。

 

「自分は…どちらを選べばいいのだろうな?」

 

長として秩序を優先するなら、今直ぐ魔法少女達の自由を縛り上げるべきだ。

 

だがそれは、魔法少女達の個人の自由を社会秩序の名の元に潰す行為となってしまう。

 

「みんな凄く辛いわよ…そんな世界」

 

人間はサラリーマンという社会に合わせなければ生きられないロボット化を強いられる。

 

みんな同じ服装、同じ時間に電車に乗り、残業も自己責任。

 

まるでその光景は全体秩序だけで拘束された()()のような光景だった。

 

「労働者達に鬱病が蔓延るわけだな。みんな心があるのに、社会責任の重圧に潰される…」

 

それでも許してくれない社会に絶望していくだろう。

 

自殺したとしても自己責任。

 

人ではない、()()()()()だ。

 

「私達は魔法少女であろうとも人間の魂を持つ者達。魂は外部刺激によって穢れていくわ」

 

それは魔法少女達を死に向けて進めていく。

 

「死が救いだなんて、人間と同じく悲しいじゃない?」

 

「八雲……」

 

社会というものを自分以上に真剣に考えてくれていた親友の言葉が胸を打つ。

 

しかし、それでも全体を優先しなければならない長の立場がそれを許さない。

 

「魔法少女は社会を守る戦いを強いられた果てに死に、円環のコトワリに導かれて救済される」

 

――私はね、そんな理屈を絶対に認めたくない。

 

――魔法少女だって心ある人間として生きて欲しい。

 

海で楽しく遊ぶ魔法少女達を見つめる八雲みたまが語る切実な気持ち。

 

それは、魔法少女達にも人間としての人生を与えて欲しいという願いにも似た言葉だった。

 

「そういえば、お前は円環のコトワリに向けては否定的だったな」

 

「だからね~調整屋さんは、円環のコトワリが見えたらこう言ってあげるわ~♪」

 

「どう言ってやるつもりだ?」

 

「私達は心ある人間として生きたい。戦いだけの世界で終わりたくない…」

 

――だからどうか、私達が人間としての人生を歩み終えるまでは…姿を見せないでと言うわ。

 

彼女の言葉を聞き届けた親友の十七夜。

 

個人の自由を誰よりも大切に考える者の意見も大切に思えるが…彼女は東の長という立場だ。

 

「言いたい事は分かった。それでも自分は、魔法少女社会秩序を預かる東の長だ」

 

「十七夜…」

 

「個人の自由は尊いが、人間社会に不義理を行う自由平等など…自分は認めない」

 

「自由と平等を心から愛する十七夜なのに…皮肉よね。立場がそれを許してくれない」

 

「自分が掲げる自由と平等の精神は…神浜東西差別問題への怒りからきている」

 

東の者という自身のコンプレックスから生まれてしまう自由と平等思想。

 

だが、私情を持ち込むことを嫌う彼女は魔法少女社会にまで持ち込む個人の自由を認められない。

 

「たとえ神浜の人間社会が、理不尽であったとしても?」

 

みたまの言葉を聞き、暫しの沈黙が続く。

 

合点がいったのか、十七夜の目が見開いていく。

 

「…そういうことなのか?東の魔法少女達が暴れ始めている原因は…?」

 

「急いては事を仕損じる。内部事情を完全に把握するまでは、早計な答えは出さない方がいいわ」

 

「むぅ…また謎が増えてしまった。やはり調べるために自分は帰…」

 

また立ち上がるのだが、みたまに手を掴まれてしまう。

 

「駄目駄目♪精神的に雁字搦めになったら機転も効かなくなるわ。今日は一日付き合いなさい」

 

真面目モードを切り替えたのか、のほほんとした笑顔を向けてくる。

 

自分の身を案じてくれる親友の姿を見て、譲歩する気持ちになれたようだ。

 

「八雲は自分に厳しいな…」

 

「ウフフ♪もう長い付き合いだもの~♪貴女のことなら魂に触れなくても判るもん♪」

 

みたまが立ち上がり、大きく背伸びをしていく。

 

その時…何か良からぬ事を閃いたようだが?

 

「よーし!青春を謳歌する魔法少女達に~♪調整屋さんのスペシャル調整サービスを~…」

 

突然のノリを見せられ、冷や汗が浮かぶ。

 

付き合いが長い分、みたまのこういう態度の時にはロクな事が起こらないのを知っている。

 

「あぁ…これは不味いパターンが来てしまったな」

 

――始めちゃうぞ~~~♪

 

……………。

 

悪い予感とは的中するものだ。

 

<<な、何よこの魔法少女服~~~~~ッッ!!?>>

 

素っ頓狂な叫び声を上げたのは、レナ、かえで、月夜、月咲達だ。

 

どうやら運悪く…気まぐれ調整屋に捕まってしまったようだ。

 

人気のない森林公園の目立たない場所に連れて行かれ、ソウルジェムに無理やり調整が施された。

 

その変わり果てた姿とは?

 

「とっても似合うわよ~♪今日からその水着が貴女達の魔法少女衣装ね~♪」

 

「ちょっと!?レナの魔法少女衣装が…なんで水着になったわけ!?」

 

「ふみゃみゃ!?元の衣装に戻れないよーーっ!!?」

 

「まさか…ウチらはこれから、こんな水着姿で魔獣を相手に戦わされるわけ!?」

 

「勘弁して下さいで御座いますーーっ!!!」

 

阿鼻叫喚となった周囲を笑顔で見つめる混乱の元が、十七夜とももこにも視線を向けてくる。

 

「さ~て、お次はももこと十七夜よ~~♪」

 

餌食となりかけている彼女達は全力で首を横に振り続けるが…無駄な抵抗であった。

 

<<ギャァーーーーーー!!!?>>

 

調整屋さんは、どうやら海に来ても元気に通常営業中であったというわけだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

今日海に訪れている魔法少女たちは、彼女達だけではない。

 

アート作業を終え一息つきたいと思っていたアリナだったが、後輩の我儘に付き合わされている。

 

来たくもなかった海に無理やり付き合わされてしまったみたいだ。

 

「~~~っ!!暑過ぎるんですケド!!」

 

太陽に向けて下品なハンドサインを向ける不機嫌な態度。

 

「こんなに暑いなんて、聞いてないんですケド!」

 

奇抜な水着を着たアリナは、ビーチパラソルの下で不機嫌極まったような表情を浮かべてしまう。

 

「でもアリナ先輩、作業が終わって一息つきたいって言ってたの」

 

「だから海に連れてきたワケ!?」

 

大きなリボンがついたワンショルダービキニを着て、長い横髪を纏めたかりんの姿も横にいる。

 

「なんで糞熱いオーシャンでアリナが癒やされるって発想が出てきたのか解らないんですケド!」

 

「海は学生の青春なの!それにアリナ先輩は海をアートにするぐらい好きだと思ったけど?」

 

「アリナはパワーワールドが好きなダケ。海水浴客だらけで暑過ぎる場所はノットクレイジー!」

 

プンスコ怒る彼女の元に、バットタイミングなナンパ男達がやってきた。

 

「お姉さんヒマ?ヒマなら俺達と…」

 

「ハァ!?バッドムードのアリナにナンセンスなこと言いに来たらどうなるか教えてあげるワケ」

 

左手にソウルジェムを生み出すために構えようと…。

 

「待ってアリナ先輩!?わ、私達は忙しいから…他の女の子に声をかけて欲しいの!!」

 

慌てたかりんがアリナを静止させ、かりんが男達をなだめていく。

 

後輩のファインプレーによって、彼らも事なきを得たかのように去って行った。

 

だが、そんな後輩の態度が気に喰わないのか、アリナは立ち上がる。

 

「アリナ帰る。こんな鬱陶しいだけの場所、一秒でもいたらアリナ辛いだけだし」

 

「待ってアリナ先輩!海が居心地悪いならせめて、森林浴ぐらいは付き合って欲しいの」

 

「森林浴?」

 

「この海の公園には大きな森林公園も整備されているの。そこでなら海よりも涼しいと思うし」

 

「あ~、そういえばそんな場所もあったと思うんですケド。でもめんどくさいし…」

 

「ほらほら、海が居心地悪いなら善は急げなの~♪」

 

「ちょっ!アリナの手を引っ張らないでったらフールガール!?」

 

困った先輩の機嫌などお構いなく、かりんに引っ張られながら森林公園内に向かう。

 

遊歩道が整備された美しい森林内で森林浴と洒落込みたい後輩であるのだが…。

 

「ハァ………アァァァァ!!!セミ五月蝿い!!なんなワケ!?この大音量!」

 

「そりゃ夏だし、セミは五月蝿いに決まってるの」

 

夏の風物詩とも言えるセミの大音量がアリナの神経をさらに逆撫でしていくようだ。

 

「それぐらい判ってるワケ!寝ている時にも聞こえてくるセミの季節ってほんとバットだヨネ!」

 

「夏だと寝辛いの?私なんて、音楽をイヤホンで大きめにして聞いてたら寝られるてるの」

 

「お気に入りのミュージックと不快な音を一緒にしないで欲しいんですケド…」

 

愚痴を垂れ流しながら森林を散歩していく光景が続いていく。

 

「ハァ、なんでアリナの休日がこんなバッドな場所で…?」

 

立ち止まったアリナは木に視線を向ける。

 

「アリナ先輩?木を見ているけど、どうかした………えっ!?ヤダ!!」

 

アリナが目にしていたのは、セミを捕食中のカマキリという醜悪な光景。

 

自然界の食物連鎖。

 

大きい存在が小さな存在を捕食する。

 

あるいは、数の多い方が数の少ない方を捕食する。

 

昆虫好きならば見ていられるだろうが、好きではない者なら不快で見ていられないだろう。

 

「うぅぅ…気持ち悪い光景。なんでアリナ先輩は…そんなに平気な顔して見ていられるの?」

 

後輩のごもっともな感想。

 

だが、アリナ・グレイと呼ばれる少女は…別の感性を持っていた。

 

「アリナ先輩…聞いているの?」

 

強き者に喰われながらも、必死に生き残ろうと藻掻く弱者の姿。

 

その光景を夢中で見つめ続けてしまう。

 

「こんな醜い光景に…どうしてそんなに夢中になれるの?」

 

彼女の疑問を向ける言葉に反応するかのように口が開いていく。

 

かりんに対して答えた言葉とは…夏の暑さも忘れさせる程にまで冷たい言葉だった。

 

「……弱いくせに、生きることには必死なのね」

 

――強く生きられると夢を見たこと、それがお前達の罪よ。

 

「えっ……?」

 

アリナらしい独特な口調ではなくなってしまった冷たい言葉。

 

雰囲気までアリナらしさを失ってしまったかのような恐ろしさを周囲に放つ。

 

恐ろしい存在と化したアリナが、かりんに振り向いていく。

 

「見て、美しいでしょう?」

 

――力有る者は、美しいわ。

 

「あ……アリナ先輩!?」

 

驚愕に包まれて怯えるかりんの大声に反応する。

 

「……あっ?」

 

突然我に帰ったかのように顔を振り、妙な高揚感を振り払い彼女に向き直る姿。

 

「どうしたワケ?そんな顔をして?」

 

不安な表情となってしまったかりんが、重い口を開いていく。

 

「なんだか…アリナ先輩の雰囲気が……別人みたいに見えちゃったの」

 

「えっ…?」

 

何故そんな言葉を言ってくるのか首を傾げる態度を見せる。

 

「変なフールガール。そろそろ帰るんですケド」

 

「あっ……待って先輩!」

 

アリナを追いかけ、片手をギュッと掴む。

 

「何さ…?」

 

「アリナ先輩…私を置き去りにして、何処にも行かないでなの…」

 

「アリナはアリナの進みたい道に行きたいダケ。アナタもついてくれば良いだけなんですケド?」

 

「アリナ先輩は…どんな道に進みたいの?」

 

「アリナは、アリナが見たいと思う存在達がいるワールドで…アリナの美を探したいんだカラ」

 

「アリナ先輩が見たい存在達がいる世界?それは何処なの…?」

 

「そのワールドは…きっとビューティフルな戒律によって支配されている」

 

――()()()()という、戒律によって。

 

2人は森林公園から移動して、更衣室がある海の休憩所へと去って行った。

 

……………。

 

中国の韓愈(かんゆ)である弱肉強食。

 

それは進化論の提唱者であるハーバード・スペンサーが発案した適者生存と似ている概念。

 

適者生存はダーウィンの進化論にも取り入れられている。

 

個々に務める生物のうち、最も環境に適した形質をもつ個体が生存の機会を保障されると表した。

 

人間社会学者のスペンサーは、個体それぞれに生まれつき定められている適応力に重点を起く。

 

進歩的社会思想と進化論を同一次元で考えたようだ。

 

かつて、美国修一郎元総理大臣はこんな言葉を大衆達に残している。

 

――強い者が生き延びたのではない。

 

――()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

その言葉はまるで、かつてのボルテクス世界において存在した力の思想と酷似する。

 

力のコトワリを掲げた神々が目指した世界だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

若者達の青春の1ページを飾っただろう、2019年の夏休みも終わりが近い。

 

8月の最終日頃には聖探偵事務所の引っ越し作業もようやく終わりを迎えようとしている。

 

「後は事務所の整理整頓だけ!今夜はお前達のねぎらいとして、神浜の酒場に飲みに行くぞ!!」

 

「ボス~待ってました!私がオススメの店を見つけておいたから、そこに行きましょうよ~♪」

 

「まだ片付けが残ってるんだ。飲みすぎて潰れるなよ、丈二」

 

聖探偵事務所で働く者達が移動を開始。

 

南凪区繁華街の裏通りにある飲み屋街へと向かって行った。

 

瑠偉のオススメともあり、飲み屋のBARはエレガントな雰囲気に包まれているようだ。

 

丸一月かかった引っ越し作業も終了したこともあり、今日はハメを外して飲みたい気分。

 

社会で我慢を強いられる大人達と言えども、ハメを外して良い時だってあって良いだろう。

 

社会の奴隷ではないのだから。

 

夜遅くまで飲み明かした3人がBARから出てくるのだが…案の定泥酔者が出ている。

 

「うぃ~~!もう一軒いくぞ~~………ヒック」

 

「飲み過ぎだぞ丈二…だから言ったんだ」

 

尚紀に肩を抱かれながら酔っぱらいとなった丈二が運ばれていく。

 

かく言う尚紀も今日は飲み過ぎたようだ。

 

(子供達が海で楽しそうに遊んでいる光景を以前見ちまったし…遊び心が蘇ったのかもな)

 

心の中で反省を促している尚紀の隣を歩く瑠偉がにこやかに振り向いてくる。

 

「今日は東京に帰らず、ビジネスホテルに泊まるんでしょ?」

 

「当たり前だ。車を運転出来ないしな」

 

「私もホテルに帰るから、丈二の面倒をよろしくね~尚紀♪」

 

「お、おい瑠偉!?」

 

どうやら面倒事を押し付ける算段をしていたようだ。

 

「たくっ、面倒事から逃げるのだけは上手なんだよな…あいつ」

 

丈二を肩に担ぎながら飲み屋街を移動していく光景が続く。

 

「まだまだ日付は変わってね~ろ~~!俺はシラフら~~!!」

 

「吐くんじゃねーぞ」

 

路地を重い足取りで移動していた2人だったのだが…キャッチに捕まってしまう。

 

<<お兄さん達~ちょっと寄っていかない~~♡>>

 

横を振り向けば、セクシー衣装で客引きをしている若い女性達の姿。

 

新宿歌舞伎町近くで暮らしてきた尚紀にとっては関わる必要もない風景のような存在達だ。

 

無視して通り過ぎようとするのだが、しつこく付き纏ってくる。

 

「お兄さん達お疲れのようね?席料500円で大サービスするわよ?」

 

「なんか…()()()()()()()()()()()()()顔をしているな、お前ら?」

 

彼の脳裏に浮かんだのはアマラ深界と呼ばれた魔界での苦い記憶。

 

「おお!!セクシー美女達の夢の国に500円で連れて行ってくれるのか~!?俺は行くぞ!」

 

「どう見てもヤバい空気が…というか、なんか俺も苦い記憶が頭の中にチラつく…」

 

「若いお兄さんなんだし、青春しなきゃ駄目よ~♡私達が可愛がってあげるわ~♡」

 

「くそ…俺も酔いが回ってるのか?なんか頭がハッキリしてこねぇ…」

 

いつの間にか尚紀は何処かで見たことがあるような美女達に連行されている姿と化す。

 

「さぁさぁ、お二人様ご案内~~♡♡♡」

 

気がついたら、2人は怪しい酒場の席に座っていた。

 

<<さぁ、まずは一杯お飲みになって…♡>>

 

「美味いなこの酒!?悪魔でも完全回復出来そうな次元だ…もう一杯くれ」

 

<<もっとお飲みになって♡もっとお飲みになって♡>>

 

「うおおおっ!!俺は今夜はここで飲み明かすぞ尚紀~~ッッ!!」

 

飲めば飲む程に風景が歪んでいく。

 

美女達の声も遠ざかっていく。

 

<<もっ…と…飲…みに…も…飲…て……>>

 

(こんな…状態……前にあった……ような気が……)

 

飲み過ぎたのか、ついに尚紀の意識まで途絶えることとなってしまった。

 

……………。

 

「「おや?」」

 

2人が気がついた頃には既に早朝。

 

起きた場所とは…飲み屋街裏路地にあるゴミ捨て場。

 

尚紀も丈二もドラム缶のようなゴミ箱の中に尻から放り込まれた形となっていた。

 

「尚紀…なんか俺、財布の中身が軽くなってるような気がするぞ?」

 

「何処かであいつらを見たことある気がしてたんだが…またやられた」

 

この世は資本主義であり弱肉強食。

 

かつての世界とそれほど変わらないのかもしれない。

 

ボルテクス界で人修羅と呼ばれた尚紀が再び経験する事となった失敗劇。

 

夏の苦い青春の1ページとして、忘れられない記憶となってしまったようだ。

 




読んで頂き、有難うございます。


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97話 悪魔錬金術ホテル

観光地として名高い歴史ある南凪区ならば、ホテルの数も多い。

 

その中で最も格式高く立派なクラッシックホテルとして名高い高層ビルが存在している。

 

地下駐車場だけでなく、複数のレストラン、宴会場、挙式場が納められた規模を誇るホテル。

 

異国文化の窓口として神浜と共に歩んできたホテルであるが、その名は酷く不気味。

 

そして、このホテルは怪談めいた話を従業員たちから語られる事が多い。

 

夜な夜な幽霊のような存在を見た、怪奇現象を見たなど不気味な体験談が数多く語られる。

 

ホテルのオーナーの存在は、総支配人しか知らないと言われ秘密主義を感じさせる宿泊施設。

 

そのホテルの名は…()()()()()殿()と呼ばれた。

 

9月某日。

 

学校が終わった八雲みたまは足早に南凪区に向かい、ベイエリアに入っていく。

 

「相変わらず、叔父様が所有しているホテルは大きいわね~」

 

港を一望出来るエリアにそびえ立つ豪華ホテルを見上げながら、彼女はホテル入口に向かう。

 

「お待ちしておりました」

 

みたまを入り口で出迎えてくれたのは、このホテルの経営を任されている総支配人。

 

「ヴィクトル叔父様に会いに来ました~♪下を開けてくれます?」

 

「承知しました。こちらへ」

 

ホテルの中へと入っていく2人。

 

ホテル内装は正統派ヨーロッパスタイルを思わせる程にエレガントな雰囲気だ。

 

異国文化を感じさせるこの南凪区に相応しいホテルであろう。

 

受付を超え、目の前に大きくそびえるのは階段の間と呼ばれる巨大フロア。

 

上だけでなく地下にも進む階段があり、2人は下に降りていく。

 

「周りに人はいませんよ~。開けちゃってくださ~い♪」

 

降りた先で彼女が左右を確認し、総支配人が近くにある円柱の柱内部に隠されたスイッチを押す。

 

すると手前の壁が開き、奥に降りる階段が出現。

 

「ヴィクトル叔父様も偶には地下から出てきたらいいのに」

 

「ヴィクトル様は日光を嫌います。上に上がられる時は夜中になりますね」

 

「そうだったわね~。それじゃ、私は業魔殿に行ってきますね~」

 

みたまが中に降りていったのを確認し、総支配人は壁を閉め何も無かったかのように仕事に戻る。

 

地下に降りていく階段は深く、ホテル地下駐車場よりもさらに深い。

 

一番下まで降りたそこには、現代的設備が整った地下研究所。

 

研究所内部は現代的ではあるが、所々にはオカルトシンボルなども見られる。

 

奥まで進み、大きな自動ドアを開け、そこで見た光景とは…。

 

「おお、みたま君。来てくれたか」

 

彼女に声をかけてきた存在。

 

白髪のミディアムヘアを持ち、整えた黒髭、目元は頬まで流れる程の黒墨めいた模様を持つ男性。

 

足が悪いのか、豪華な支え杖を地面につきながら歩いてきた。

 

「こんにちわ~ヴィクトル叔父様♪新しい情報を手に入れたので、レポートを持ってきました」

 

USB記録メディアを学生鞄から取り出し、彼に渡す。

 

「後で見てみよう。どうだね、調整屋は繁盛しているか?」

 

「お陰様で大繁盛です♪叔父様にビジネス指導もしてもらって、私も商売のコツを掴めました~」

 

「地上のホテル経営の成功も、吾輩が大正時代に学んだビジネス知識が役に立ったものだ」

 

喜ばしいことなのだが、ヴィクトルは顔をしかめていく。

 

彼を可愛がってくれたクソジジィの記憶が脳裏に過ったためだ。

 

「東京の()()()さんの地下で、慎ましく悪魔研究をしていた時代だったって言ってましたね~」

 

「昔は()()と呼ばれたがね。ところで、ものはついでなのだが頼み事が…」

 

会話をしていた2人の元まで駆け寄ってくる存在が放つ、素っ頓狂な叫び声。

 

<<うおおおっ!!うぉまえ!来たかぁ!!待ってたぞぉーっ!!>>

 

研究所奥のドアの外から喧しい声を出しながら入ってきたのはメイドさん。

 

白髪のショートヘアを持ち、頭部には間の抜けたアホ毛が靡く。

 

黒いエプロン風の上着には白く4と大きく描かれている。

 

顔の右目を4と描かれた黒い眼帯で隠す目隠れ少女なのだが…?

 

「あら~ダタラちゃん♪相変わらず元気一杯ね~」

 

ズカズカと入ってきた研究所職員?らしき人物がみたまに近寄ってくる。

 

「うぉまえはカワイイか!?みんなの視線をたっぷり浴びて、真っ青に育った有名人かぁぁぁ!」

 

「調整屋さんはカワイイわよ~♪ピチピチでナウいでしょ~?」

 

「うおおおっ!うぉまえ!そのカワイイの秘密うぉ教えろ!うぉれはもっとカワイイになる!!」

 

外見の可憐さとは打って変わり、その口調は大変マッド。

 

「コラ、イッポンダタラよ。吾輩が話している時に横槍は関心せん」

 

「うぉまえは、うぉれのご主人様!?うぉれは、メイドで仕事に戻るぞぉぉぉ!!」

 

「今度流行りのカワイイを教えてあげるわよダタラちゃん♪ハイカラなメイドさんになれるわ~」

 

「うぉぉぉし!うぉれ、うぉまえを見てやるぞっ!約束だぁぁぁっ!!」

 

突然現れ、突然去っていくマッドメイドである。

 

「ふぅ。大正時代から助手をやらせている悪魔だが、カワイイメイド道とやらを追求しだしてな」

 

「十七夜のライバルね~♪メイド喫茶で働いたら、きっとカワイイが理解出来ると思うわ~」

 

「さて、話を戻そう。頼み事があるのだが、構わないかね?」

 

「頼み事ですか?」

 

「1人の人物を業魔殿まで連れてきて欲しい」

 

「その人物って誰なんですか?この秘匿された業魔殿に入れる人物は限られてるし…」

 

「業魔殿本来の役割を必要とする存在だと言えば、伝わるだろうか?」

 

「まさか…デビルサマナーですか?」

 

「違う。悪魔を連れ歩く存在はサマナーだけではない。悪魔自身もまた、悪魔を使役する立場だ」

 

「それじゃ…ここに連れてくる人物って…」

 

「1人の悪魔を、この業魔殿に連れてきて欲しい」

 

「1人の悪魔…?」

 

「その人物は嘉嶋尚紀という名前を用いて私立探偵業を営んでいる」

 

「探偵の嘉嶋尚紀さん…ですか?」

 

「しかし、彼はイルミナティや悪魔崇拝組織につけ狙われる立場となったのだ」

 

世間からは陰謀論とバカにされる単語を言ってくる。

 

だが、みたまはそれを陰謀論だとは馬鹿にせず驚愕した表情を浮かべてくるのだ。

 

「イルミナティと悪魔崇拝組織ですって!?」

 

「彼にはさらなる力が必要だ。吾輩はそれの協力がしたい」

 

「その人物は…神浜にいるんですか?」

 

「最近引っ越してきてな。北養区の山に面した場所にあった空き家を購入して暮らしている」

 

「北養区なら高校生の私でも歩いて行ける距離ですね、判りました」

 

「住所はメモに書いておいた。頼んだよ、みたま君」

 

メモを渡され、踵を返し業魔殿研究施設から去っていく彼女の後ろ姿を静かに見つめる。

 

彼の後ろの影から現れる、1人の人物とは?

 

「ニコラス先生、これでよろしいのですかな?」

 

「すまないね、ヴィクトル君。教え子の君に甘える事となる」

 

「構いませんよ」

 

――吾輩に悪魔合体技術の基礎となる、錬金術を教えてくれたのは貴方だ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ポスティング仕事を進めていく尚紀は今日も遅くまで仕事をこなし、家路につく。

 

クリスを運転しながら北養区に向けて車を走らせる光景が続いていく。

 

「素敵な家を買えて良かったわね~ダーリン。これなら家路につく時間もかなり短縮よ」

 

「家に帰って猫共に餌やったら今度は東京だ。時間に追われる生活に変わりはない」

 

「東京の監視を済ませて神浜に帰ってお風呂とか済ませると夜明けも近いわね。寝られてる?」

 

「俺は毎日3時間睡眠だ」

 

「も~、ダーリンはワーカーホリックなんだから。悪魔じゃなかったら倒れて死んでたわね~」

 

「頑丈な悪魔だからこそ、今の多忙な生活に耐えられる。これからも続けるさ」

 

「でも、ダーリンと2人だけでいられる時間が少なくならずに済んで良かったわ~」

 

「これからも頼りにしているぜ。お前がいないと東京の守護者を続けられない」

 

「モチのロンよーっ!ガンガンアタシを乗り回しちゃってね~♡」

 

北養区の高級住宅街を超え、人気のない自宅に帰ろうとする道中。

 

「ん?」

 

見れば、スマホを片手に道に迷っているような人物の姿。

 

車を減速させ、彼女の横で停止させて左側の窓を開ける。

 

「こんな遅くにどうした?道に迷ったのか?」

 

黒のキレイめパンツに白の肩だしニットトップスを着た少女が彼に振り向く。

 

「すいませ~ん、道に迷ったんですよ。地図アプリで探してるんですけどよく分からなくて…」

 

彼女を見た悪魔のクリスが突然念話を寄越してくる。

 

<ダーリン。アタシこの子を見たことあるわよ>

 

<ああ、たしか新西区を走っていた時に見かけた魔法少女だ。特徴的な魔力だったから覚えてる>

 

「何処を探しているんだ?」

 

「この辺に引っ越してきた、嘉嶋さんというお宅を探してて。この辺の人なら知ってます?」

 

「…俺の家に、何の用事だよ?」

 

「えっ!?もしかして…嘉嶋尚紀さんですか?」

 

「そうだ。一体何の用事か知らないが…さっさと内容を言え」

 

「その…夜とはいえ、まだ人通りもありますし~。聞かれちゃうと不味い話なんです…」

 

<この子どうするの?>

 

<この神浜生活で俺は人間のフリをしているが、極一部の魔法少女には正体がバレている>

 

<誰か喋ったのかしら?>

 

<あいつらが神浜の魔法少女達に俺の正体をばら撒く理由はないだろう>

 

<まさかダーリン…?>

 

黙り込んで念話を繰り返していたが、みたまに向き直る。

 

「…乗れよ。家で聞いてやる」

 

「すいませ~ん、お手数おかけして。助手席に乗っていいですか?」

 

「さっさと乗ってくれ。俺は時間に追われる多忙な労働者だ」

 

「は~い♪」

 

彼の好意に甘え、助手席を開けて中に入ったのはいいのだが…。

 

「ムギュゥゥゥ!!!?」

 

突然助手席側の椅子が前にスライド。

 

彼女のパンパンの胸がダッシュボードに押し付けられて圧迫中。

 

<浮気よ浮気!!他の女を乗せるなんてアタシは嫌よ!!この子、見た目もスタイルも良いし!>

 

<クリス…やめてやれ。そういう関係にはならないから心配するな>

 

妖車の手厚い洗礼を食らいながらも、みたまは彼の運転で新居であるログハウスへ向かう。

 

激おこなクリスをなだめながらガレージに停車させ、家の中へ。

 

ニャー(おかえりだニャー…って!?いつぞやの胸元パンパンのお姉ちゃんだニャー!?)

 

「あら~可愛い猫ちゃんですね~♪」

 

興奮したケットシーが彼女の胸元に飛びつき、抱えられながらゴロゴロと甘えた声を出し始める。

 

家の奥からは威嚇する鳴き声を上げるネコマタが近寄ってきた。

 

シャー!(こらケットシー!あんたは相変わらずオッパイ猫なんだから!)

 

ニャー(その歳で乳吸い癖が治らないナイチチ猫に言われたくないニャ)

 

「尚紀さんは猫好きなんですね~♪」

 

「バカ猫が迷惑かけたな」

 

抱えられたケットシーの首裏を掴み、嫌がるケットシーを地面に下ろす。

 

「座れよ。長い話になりそうか?」

 

「ええ…。色々と話さないと、私達の事を貴方は何も知らないと思うし」

 

「台所でコーヒーでも淹れてくる。安物だから味は期待するな」

 

暖炉のある大きなリビングの革張りソファーに彼女は座り、淹れてきたコーヒーが机に置かれる。

 

ケットシーがまたやってきて彼女の膝の上に飛び乗り、頭を撫でられながらまた甘え声。

 

向かい合える革張り椅子に彼も座り、ネコマタも彼の足元に座り込み会話内容を共に聞く。

 

「で?お前は誰なんだ?ただの私立探偵をやっている俺に、一体どんな秘密の要件なんだよ」

 

「自己紹介からさせてもらえます?私は八雲みたまと言います。その…もしかして知ってます?」

 

「…お前が、魔法少女だってことか?」

 

「やっぱり知ってらしたんですね…」

 

「魔法少女のお前が、人間の俺なんかに何の用事だ?」

 

「私は調整屋という魔法少女を専門とする店を経営してますが、違う仕事もこなしています」

 

「違う仕事…?」

 

「それは多分…さっきの怪しい車や、きっとこの子達に関わる仕事だと思います」

 

それを聞き、彼の両目が見開いていく。

 

「まさか…お前は?」

 

「はい。私は魔法少女ですが、悪魔ともご縁があるお仕事に携わる立場なんです」

 

「悪魔に関わる仕事だと?」

 

「その上でもう一度聞きたいんです。あなたは…本当に人間ですか?」

 

沈黙し、場の空気が重くなる。

 

<尚紀!?この子、オイラたち悪魔の事を知ってるニャ!?>

 

<悪魔と関わる仕事ですって?尚紀は何か思い当たる節はある?>

 

<…1つだけある。かつての世界においても、俺が利用し続けた悪魔専門の施設がな>

 

<ど、どうするニャ…?この子、オイラ好みのパンパン娘だけど…怪しいニャ!>

 

長い沈黙となったが、彼の重い口が開き始める。

 

隠しておくのは難しいと判断したためだ。

 

「…お前の察しの通り、俺もまた悪魔だ。人間のフリを続けていきたかったんだがな」

 

「やはり…。だからこそ私が働く施設の主である叔父様が、貴方に会いたがっているんです」

 

「1つ聞かせろ。その職場は悪魔と関係しているのなら、思い当たる節があるんだ」

 

「何かご存知なんですか?」

 

「その施設とは…悪魔合体に関する施設なのか?」

 

真剣な眼差しで見つめてくる彼女は、静かに頷く。

 

「お察しの通りです。私は悪魔合体施設である業魔殿で働く、二足の草鞋を履く魔法少女です」

 

「業魔殿…だと?俺が知っている悪魔合体施設の名前ではないな」

 

「他の合体施設は知りませんが…日本を探しても悪魔合体施設は業魔殿だけだと思います」

 

「…その施設長である叔父様とかいう奴の名は?」

 

「ヴィクトール・フォン・フランケンシュタインという名のドイツ人です」

 

「ヴィクトール…」

 

「私はヴィクトル叔父様と呼んでます。…イルミナティに狙われる貴方に協力がしたいそうです」

 

「事情通だな?俺はストーカーに最近悩まされていてな、変につけ回す奴ならぶちのめすぞ」

 

「悪意は無いと思います。悪魔研究の役に立つなら見境無い人ですが…悪い人じゃないんです」

 

「どうだかな…。それで、悪魔合体技術を俺に提供してくれるのか?」

 

「それは、叔父様ご本人に直接お伺いしてもらえますか?私は道先案内人に過ぎないんです」

 

「…判った。その業魔殿と呼ばれる住所を教えてくれ、休みの日に出向いてやる」

 

「判りました。…はぁ~、よかった~♪断られたらどうしようって思ってました~」

 

「のほほんとしたり冷静になったり、忙しい奴だな」

 

「私はこういうキャラで調整屋をやってま~す♪」

 

「調整屋というのも気になるが、今はその業魔殿とやらに集中してやる」

 

住所をメモに書いてもらう。

 

用事も済んだことで彼女も立ち上がり、玄関に向かうのだが…。

 

「もう遅い時間だ。家の近くまで送っていってやる」

 

「えっ?いいんですか~?」

 

「まだ高校生ぐらいの見た目だし、鬱蒼とした夜道を1人で歩かせられるかよ」

 

「まぁ♪尚紀さんは紳士さんだって判って、私も嬉しいけど…あの車、また襲いません?」

 

「…俺が厳しく言っておく」

 

ガレージでまた怒り出したクリスをなだめ、車を発進させて大東区に向かう。

 

静かな車内空間で、彼がおもむろに口を開く。

 

「なぁ、みたまとか言ったか?お前はどうして魔法少女なのに、悪魔と関わりたいと思った?」

 

その質問に対し、夜の風景を静かに見つめていた彼女がそのまま口を開く。

 

「…私はね、調整屋を営んでいるけれど…調整屋失格者かもしれない」

 

「どういう意味だよ?」

 

「ソウルジェムから得られる魂の情報を渡して、褒美に店を構えられる資金提供を受けているの」

 

「ヴィクトルとはそういう関係だったんだな」

 

「でもね…それ以上に私は…神秘に触れたかったんです」

 

「神秘に?」

 

「私は調整屋と呼ばれる特殊な魔法少女。悪魔と同じく人間の御霊に触れられる存在です」

 

だからこそ、彼女は恐ろしくなった。

 

霊的存在、あるいは高次元に存在する者達に。

 

「人は恐れ多い、あるいは破滅するかもしれない恐ろしい神秘に触れようとする」

 

「宗教家やカルト連中が有難がるもんさ」

 

「私も同じ。知りたいと思う探究心って、時には理不尽になれちゃいますよね」

 

「それだけなのか?だったら宗教家にでもなったら良かったろ」

 

最もな意見を述べられたみたまは、沈痛な表情を浮かべていく。

 

か細い声を上げるが、その言葉の裏には怒りの感情を感じさせた。

 

「…私、本当はね」

 

――()()()()()なんです。

 

車内の空気が重くなる程の言葉を放つ。

 

彼は押し黙りながらも、彼女の怒りの出所が何なのかを探っていく。

 

探偵の職業病とも言える光景だ。

 

「人間として生きたいと願っても…私達は魔法少女であり人間ではない…ただの石ころよ」

 

それでも人間として在りたいと願う、神浜の魔法少女達。

 

それを許さない者達こそが、差別の歴史という名の猛毒に汚染された人間達が繰り返す光景。

 

神浜の東社会に向けて行われ続ける迫害なのだ。

 

運転しながら押し黙っていた彼が、彼女に視線を向ける。

 

窓ガラスに映る彼女の暗い表情は…怒りで歪んでいるようにも見えた。

 

「人間を守るのが私達の使命だって…皆が言う。それでも人間は私達を虐待して…差別し続ける」

 

そんな心無き者達を守るのに、八雲みたまは疲れ切っている。

 

だからこそ、彼女は人間が嫌いだ。

 

人間よりも魔法少女が好き。

 

人間よりも悪魔が好き。

 

現実逃避を選ぶが如く、彼女は人間とは違う存在達に救いを求めていったのだ。

 

「…この街は、たしかにクソッタレ共の巣窟だ。それでも俺は…人間に貴賤は作らない」

 

「私は…人間から逃げたかったのかもしれない。魔法少女や悪魔の世界に埋没したかった…」

 

そうすれば、こんな理不尽な街の現実など忘れられる。

 

魔法少女と言えども、彼女はまだ17歳の子供。

 

社会に変化を求める方法を探すこともせず、自分の怒りの感情だけに振り回されてしまう。

 

憎しみの感情に支配され、浅はかな選択肢しか選ぶことが出来ない精神の袋小路。

 

それが、今の八雲みたまを形作る原因であった。

 

「私達だって普通の女の子として生きたい。なのに、どうして人間はこんなに残酷なのよ…」

 

やりきれない怒りと憎しみによって、魔法少女は人間社会を傷つけてしまう。

 

その光景ならば、東京の守護者として生きてきた尚紀ならば…腐るほど見てきた。

 

だからこそ、八雲みたまに向けて言い放てる。

 

人間の守護者として、言える言葉がある。

 

――この街が嫌なら、()()()()()()()()

 

車内が凍り付く。

 

嘉嶋尚紀が放った言葉は…可哀相な立場に苦しむ八雲みたまを突き放す言葉だった。

 

「っ!?なんですって…!」

 

「この街の差別が嫌なら政治で変えろ。それが嫌なら街から出ていけ」

 

可哀相な理由によって、東京の人間達がどれほど魔法少女に殺されていったのか…彼は見てきた。

 

可哀相な理由さえ用意出来てしまえば、簡単に人間をゴミのように踏み潰せる魔法少女達。

 

魔法少女達は、可哀相な理由を悪用して…己の外道行為を正当化してきたのだ。

 

「それさえ嫌で、魔法少女として人間などゴミクズとして扱うなら…」

 

――今直ぐ俺がお前を殺してやる。

 

魔法少女の虐殺者が放つ、恐ろしい言葉。

 

彼の発言が強がりなどではないということなら、悪魔と関わってきた彼女なら分かる。

 

「……そう、貴方は()()()()()()()のね。ここで降ろして」

 

車を停車させ、彼女を降ろす。

 

何も言わずに去って行く彼女の後ろ姿に向けて、窓を開けた彼が言い放つ。

 

「警告してやる。悪魔の世界は甘くはない」

 

立ち止まった彼女が後ろを振り向く。

 

彼女にとっては最悪の印象を与えてくる慈悲無き悪魔に向けて、怒りの言葉を言い放つ。

 

「貴方に何が判るっていうのよ!!」

 

「人間社会に嫌気がさしたから、今度は優しい悪魔の世界だと?笑わせるな」

 

――悪魔はな……人間を遥かに超えて、残酷だ。

 

尚紀の脳裏に浮かぶのは、人修羅として生きたボルテクス界での記憶。

 

かつての世界に跋扈した悪魔と呼ばれる存在は…人の命など大事にはしてくれなかった。

 

取るに足りないゴミクズ同然の扱いを行い、家畜として管理するのみ。

 

拷問して感情エネルギーであるマガツヒを吸い取る虐殺行為しか与えてはこない存在。

 

そして、感情エネルギーを吸い終えた魂を貪り喰らってきた。

 

「悪魔にとって…人の命など取るに足らないゴミクズだ。家畜として差別し続ける…」

 

――お前の嫌いな人間のようにな。

 

人修羅として生きた尚紀が語ってくれた悪魔の現実。

 

業魔殿で悪魔に関わってきたが、悪魔の残虐性に触れた経験はなかった。

 

みたまの表情は驚愕に包まれ、目の前の悪魔が恐ろしくなっていく。

 

「俺は悪魔だが、魔法少女と同じく元人間だ」

 

「元人間ですって…?」

 

「俺には人間の友達がいたが、弱者として悪魔から差別を受け拷問を繰り返され…心を壊された」

 

彼もまた、失うばかりの人生を生きた存在だと聞かされる。

 

みたまに対し容赦のない不快極まる男ではあるが、同情の感情も浮かんでしまう。

 

「そして…お前たち魔法少女も同じだよ。人間など取るに足らない存在だと()()()()

 

「私たち魔法少女も悪魔と同じ…差別する者ですって!?」

 

「虐められたから虐め返したいか?悪魔の力でも使って」

 

怒りの感情を抱えた2人が睨み合う。

 

2人の価値観はあまりにもかけ離れている。

 

このままでは喧嘩になると判断したみたまは…大きく溜息をつく。

 

彼とは話すだけ無駄なのだと割り切ったようだ。

 

「…貴方は人間の守護者なのね。もういい…私の役目は終わり……さようなら」

 

「じゃあな。魔法少女や悪魔という、()()()()()()()()()調整屋さん」

 

互いの価値観は物別れとなり、車を走らせ去っていく。

 

怒りが収まらない彼女の脳裏に浮かぶのは、自分が魔法少女になった時の記憶。

 

八雲みたまがどれだけ神浜の歴史差別を憎んだのかは、推し測るまでもない。

 

憎しみの感情は望む願いの形となり、願いの言葉として解き放たれることとなった。

 

「私はね…魔法少女となる時に……こう願ったわ」

 

――()()()()()()()()()()()()()

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

9月も半ばに差し掛かろうとした時期の週末。

 

東京の監視を終えて神浜に戻った尚紀は、そのまま車を走らせ南凪区ベイエリアへと向かう。

 

「ここが人間嫌いの調整屋が言っていた…ヴィクトルの業魔殿?」

 

地下駐車場に車を停車させてホテルの入り口に向かえば、総支配人が彼を待っていた。

 

「嘉嶋尚紀様で…よろしいでしょうか?」

 

「そうだが、俺が来るのを知っていたのか?」

 

「ヴィクトル様がお待ちです。こちらへどうぞ」

 

中へ案内され、みたまと同じように地下へと誘導される。

 

「隠し扉か…秘密主義のホテルのようだな」

 

「中へどうぞ。貴方が入り次第、直ぐに扉を閉めなければなりませんので」

 

「分かった」

 

階段を降りていく後ろ姿を見送った総支配人は、扉を閉めて去って行く。

 

深い階段を降り、メインレベルエリアである現代的設備が整った研究所内に入った。

 

「地下に作った横坑に並ぶようにして設けられた実験エリアか」

 

歩きながら周囲を見渡す。

 

「邪教の館とは随分違うな。この業魔殿は…科学を媒体にして悪魔合体を行うのか?」

 

彼の疑問の答えを返す言葉が響く。

 

<<その通りだ悪魔よ。科学の元となったのは錬金術だからな>>

 

声がした方に振り向く。

 

紳士的な服装の上着として着ている特徴的な赤いインバネスコート姿の男が視界に入る。

 

2メートルに近い長身の人物が杖をつきながら歩いてきた。

 

「ようこそ、業魔殿へ。吾輩がこの施設の主であるヴィクトルだ」

 

「みたまから聞いてきたんだが、お前もタチの悪いストーカーみたいだな?何処で情報を得た?」

 

「君は丸瀬不動産を利用して、北養区に物件を購入したのだろう?」

 

「ああ、あのサングラスかけて額に絆創膏を貼り付けた、太ったオッサンの物件屋だ」

 

「吾輩は古くから神浜に根ざした者の1人。商売人ネットワークというものがあってね」

 

「悪魔の俺を嗅ぎ分けられる、ろくでもないネットワークみたいだな。神浜も奥が深いぜ」

 

「ストーカーのように思われたなら謝罪しよう。だが、吾輩は君の味方だと信じて欲しい」

 

「俺に悪魔合体の恩恵を与えてくれるのか?」

 

「吾輩は悪魔研究者、研究の役に立つなら誰にでも助力しよう。たとえ魔法少女や悪魔でもね」

 

奥へ来るよう促され、ヴィクトルの後をついていく。

 

歩きながらも、業魔殿と呼ばれる施設について尚紀は質問を繰り返した。

 

「俺が知っている悪魔合体施設とは随分違うな。邪教の館という名を知っているか?」

 

「勿論だ。それは太古から存在する古の神々が生み出した神秘。吾輩はそれを目指している」

 

「この世界で邪教の館を見たことはあるか?」

 

「ない。遥か古には中東やヨーロッパに存在していたと聞いているが、今は行方知れずだ」

 

「そうか。それにしても、肌が病的なまでに色白だな?それに…妙な魔力を感じさせる」

 

「神々が生み出した神秘に近づくには、人間の寿命は短すぎる」

 

「まさか…お前は…?」

 

「長寿を得て研究を長く続けるために…吾輩は半吸血鬼となる道を選んだのだ」

 

「半吸血鬼だと?」

 

「吸血鬼の血を元に作成した組織再生血液製剤を自分に輸血したから長寿を得たという訳だ」

 

「なら、今のあんたは何歳なんだよ?」

 

「吾輩は既に…200歳を超えた老人だよ。年齢を数えるのも億劫になってきた」

 

「こんなところにも妖怪年寄りがいたってわけかよ。意外といるようだ」

 

「弊害もあるがね」

 

半吸血鬼であろうとも、やはり日光に弱いと聞かされる。

 

長寿を得た代償として、悪魔と同じく闇の世界で生きるしか出来なくなった立場のようだ。

 

「あのみたまがお前を慕うわけだ。随分と人間嫌いな助手をお持ちのようで?」

 

彼の皮肉には、苛立ちの感情が宿っている。

 

そう感じ取れたヴィクトルは溜息をつき、彼に向き直る。

 

可愛い研究助手の立場を守るのもまた、業魔殿主人の務めなのだろう。

 

「責めてやるな。人間嫌いではあるが、人間の殺戮を望む存在ではない」

 

「フン、どうだかな?」

 

「社会に傷つけられ続けたら、誰でも精神的に閉じこもってしまうものだよ」

 

「お気持ち主義という()()()()()()()()()()()()。悪魔同様に…魔法少女も危険な存在だ」

 

「確かにな。しかし、差別は政治が解決しなければならない問題。吾輩には関係ない」

 

「まぁいい…あの女が人間社会に牙を突き立てる日がくるならば、東京の俺の姿に戻るだけさ」

 

みたまにはみたまの立場と苦しみがあると彼に語るが、心には届かない。

 

人間の守護者が求めるものは、常に一つ。

 

人間社会に潜む魔法少女という脅威から、如何にして人間社会を守るかだけだった。

 

……………。

 

研究所奥へと進むガラス通路エリアを通っていた時、尚紀の視線が横に向く。

 

ガラス通路の隣のエリアには、研究フロアが広がっているようだ。

 

「あの大きなカプセルの中にいる…悪趣味な塊はなんだ?」

 

ガラスの向こう側には、培養液で満たされた巨大カプセルが並んでいる。

 

機械と繋がった形で存在し、中に浮かぶのは人形の肉塊のようにも見える醜悪な光景だ。

 

()()と名付けた人造悪魔だ」

 

「造魔…?人造の悪魔だと…?」

 

「人が唯一神に逆らい、人造生命を産み出す禁忌の所業。ホムンクルスと言えば伝わるか?」

 

造魔に興味を持たれたのが嬉しかったのか、立ち止まったヴィクトルが造魔について語っていく。

 

造魔と呼ばれる人造生命は、素となる()()()()()()()()を必要とする。

 

カドモンは錬金術用語であり、ドリーは人形を意味するようだ。

 

ユダヤの秘儀カバラにおいては、神のおわす最上階アツィルトでも同じ名を見かける。

 

アツィルトで創られた完全なる人の魂を、アダム・カドモンと呼ばれた。

 

ドリー・カドモンの見た目は人形に似た肉の塊に近い。

 

それを用いて造魔研究を続けているようだが…研究状況は芳しくないと語られる。

 

「研究は道半ば。見ての通り皮膚も無く、外気に晒されればたちまち苦しみだす失敗作だ」

 

「悪魔と合体させた人造悪魔。まるで…俺の違う可能性のようだな」

 

「この造魔も安楽死させてやるしかない。カバラを用いた唯一神の真似事は困難を極めるようだ」

 

「フン、ようは土塊で産み出されたマネカタ(真似形)のようなもんか。前の世界で大勢いたよ」

 

「真似形とは手厳しい。それが何を意味するかは大体分かるとも」

 

業魔殿の悪魔研究はこれからも続いていくだろう。

 

神秘を求めるヴィクトルにとって、罰当たりなど恐ろしくもない。

 

完璧な生命を産み出す生命探求の道を進む者は…時に残酷な選択を選ぶ事が出来る。

 

知りたいと思う探究心は、こうも理不尽な光景を生みだす危うさを秘めていた。

 

「業魔殿は造魔作りだけがメインじゃないんだろ?」

 

「勿論だ。さぁ、吾輩の研究成果の全てが詰まった場所まで案内しよう」

 

一番奥の自動扉が開く。

 

巨大空間が広がる施設内部を見た尚紀が、目を見開いていく。

 

「…懐かしい空気だ。施設は変わっても…この禍々しさは変わらないな」

 

「本当の業魔殿にようこそ…来訪者よ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

広大な空間の中央を取り囲む円柱、下には巨大な五芒星魔法陣。

 

周囲は現代研究所設備の他にも中華を思わせる飾り物も多い空間だ。

 

「この中央の円陣内部で悪魔合体が行われる」

 

「俺が見た邪教の館とは違う形の合体となるんだろうな。どんな風に悪魔合体する?」

 

「バイオテクノロジーと錬金術を駆使して合体を行う」

 

錬金術とは、大いなる神である唯一神の次元を目指すもの。

 

唯一神の真似を行うが如く、土塊から生命を産み出そうというわけだ。

 

「悪魔合体する光景は、さながら粘土をこね合わせるように見えるかもな」

 

「俺が見た邪教の館の悪魔合体とは大分違う光景になるんだろうな」

 

「その話は興味深い。今度時間の空いている時は是非、邪教の館について教えて欲しいものだ」

 

「考えておく。1つ聞いていいか?」

 

「なんだね?」

 

「悪魔合体施設ならば、()()()()は置いてあるのか?」

 

「勿論だが…気になるのかね?」

 

「悪魔全書は多くの悪魔を登録することで、いつでも召喚したい悪魔を召喚出来るものだ」

 

「その通り。料金はそれなりにかかるがね」

 

「見せてくれ。もしかしたら…かつての世界で共に戦った仲魔達がいるかもしれない」

 

「では、持ってきてあげよう」

 

暫くして、ヴィクトルは悪魔全書を持ってくる。

 

慣れた手付きで中身を調べ上げていくのだが、落胆の色が浮かぶ。

 

「…どれもこれも弱い悪魔ばかりだ。それに、俺の仲魔達の名前さえない」

 

「この悪魔全書を育ててくれる者が今までいなかった。これには低級悪魔しか登録されていない」

 

「そうだよな…ここは業魔殿だ。悪魔全書を利用し続けた…かつての邪教の館ではない」

 

期待外れだったのか、悪魔全書をヴィクトルに返す。

 

「ここは悪魔合体施設。もし君が手持ちの悪魔がいるのならば持ってきなさい」

 

たとえ低級悪魔しか登録されていなくとも、既存の悪魔を合体させ続けて成長させられる。

 

これによって、強い仲魔を手に入れられるというわけだ。

 

「手持ち悪魔…何体かいるな」

 

悪魔の仲魔所有者である尚紀が気になっている内容をヴィクトルに語っていく。

 

この世界には人間世界と太古の昔から共に生きた悪魔達がいた。

 

人や動物と交わるうちに力が弱まってしまった悪魔達の力を取り戻せるかという話だ。

 

ヴィクトルは頷き、太鼓判を押してくれる。

 

「そうか…だとしたら、利用する価値はありそうだ。今度そいつら連れてくる」

 

「待っているぞ嘉嶋君。それとだ…君と会わせたい人物がいるんだ」

 

「俺と会わせたい人物?」

 

ヴィクトルは腕時計を見て、日も沈んだ時間帯だと確認。

 

「吾輩は業魔殿の主であると同時に、上のホテルのオーナーだ。上の階に上がろう」

 

「その足であのクソ長い階段を登るのも大変そうだな」

 

「あれは表の入り口だ。物資搬入用エレベーターがあるし、脱出路のエレベーターもある」

 

「そっちの方が楽そうだな。案内してくれ」

 

2人は業魔殿施設内部の脱出路エレベーターに乗り込み、上の階を目指す。

 

地上だけでなく、ホテル最上階フロアにまで登ることも出来たようだ。

 

「ついたぞ」

 

隠し扉が開き、ホテル最上階フロアに到着。

 

エレベーターから出て来た尚紀はエレガントな通路を歩いていく。

 

程なくして高級そうな店舗を発見した彼が店の看板に目を向ける。

 

「クレティシャス?この会員制のBARにいるのか?」

 

「そうだ。オーナーであるマダムと、私の友人であり恩師達が君を待っている」

 

「マダムと…あんたの恩師?」

 

「ついてきたまえ」

 

案内され、後ろをついていく。

 

高級な会員制BARを進んで行くと、大きな両開き扉と出くわす。

 

「この奥だ。ここから先はマダムの許可がない者は入れない」

 

「何処かで見たことがある雰囲気の店内だったが…まさか?」

 

両開きの扉を開けて中に入り込む。

 

水槽で覆われ水の中を思わせるVIPルームに入る2人を出迎えた存在とは…見知った人物達だ。

 

「ニュクス!?それにニコラスじゃねーか!」

 

東京でも世話になってきた人物達が、彼を見て笑顔を向けてくる。

 

「やぁ、ナオキ君。業魔殿はどうだったかね?」

 

「お久しぶりね、名探偵さん」

 

出迎えたのはBARマダムのオーナーであるニュクスだが、見た目と雰囲気が変化している。

 

髪を黒色に染めてオールバックにした頭部と、上品な着物を着ている姿になっていた。

 

「イメチェンか?よく似合うよ」

 

「フフッ、ありがとう。座って頂戴」

 

2人はニュクスに促され、円形の革張りソファーに座り向かい合う。

 

「彼女は東京でBARマダムを所有しているオーナーだが、神浜店舗に活動拠点を移されたようだ」

 

「手広く経営をしているようだな?」

 

「ええ。静かな夜を愛する者達の憩いの場を提供するのが私の本懐だけれど…」

 

溜息をついて視線を逸らすニュクスを見て、尚紀は察する。

 

彼女が所有する東京店舗を不快な場所に変えた原因は、自分にあることは分かっていた。

 

「東京銀座は空気が悪くなったわ。啓蒙神に一目会いたいと世界中の悪魔崇拝者が集まりだした」

 

「どうやら…俺が迷惑をかけちまったようだな」

 

「気にしないで、貴方のせいではない。それにこちらの店舗の方が私は気に入っているの」

 

神浜店舗は政財界の代表者達が集まる密談の場ではない。

 

彼女が真に認めた人間達だけが集まれる憩いの場として利用出来るようだ。

 

「そうか…それなら俺もここに飲みに来れるだろう。また世話になるぜ、ニュクス」

 

「おっとナオキ君。今の彼女はマダム銀子と名乗っている。神の名をみだりに語ってはいけない」

 

「マダム銀子…夜の世界に似合う、洒落た名前だな」

 

「フフ♪お待ちしているわ、名探偵さん」

 

「そしてニコラス?お前がヴィクトルの恩師だったとはな」

 

「彼がまだ人間の若者だった頃に出会ってな。その頃の私はドイツで妻を探していた頃だ」

 

「ニコラス先生がいなければ、吾輩は悪魔研究者になどなれなかったよ。本当に感謝している」

 

「進んだ道は違えども同じ錬金術師。彼と私は古くから日本で魔導探求を続けた友人なのだ」

 

「吾輩は悪魔の研究を、ニコラス先生は魔石の研究を。共に歩める友人でありライバルなのだ」

 

「そうか…しかし、凄いメンツだな?夜の神に伝説の錬金術師に悪魔合体施設の主とくる」

 

「君もそうだ。イルミナティの守護神と呼ばれだした嘉嶋君も、凄いメンツの中に入っている」

 

「俺が人修羅だとヴィクトルは知っていたのか?」

 

「すまないナオキ君。私が彼に話していたのだ」

 

「そうか、だからヴィクトルは俺の事をよく知っていたんだな」

 

「今日の私達の出会いに乾杯しましょう。好きなお酒を注文してね」

 

「吾輩はこのBARが気に入っている。海やフェリーもよく見える。海はいいぞ~嘉嶋君!」

 

「海や船が好きなのか?」

 

「吾輩のロマンの世界だ。いつか豪華客船を購入して…キャプテンとして大海原を目指したい」

 

「フフ…まるで悪魔船長だな」

 

「未来の業魔殿へ~~ヨーソロー」

 

4人は出会いを祝し乾杯を行う。

 

後は静かな夜の世界だけが過ぎて行ってくれた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

数日が過ぎた頃、みたまは業魔殿に訪れている。

 

緊張した顔つきのまま主人であるヴィクトルに振り向く。

 

「ヴィクトル叔父様…本当に今日、悪魔合体が見られるんですね?」

 

「そうだ。君にとっては初めての光景になるだろうな」

 

「高次元の存在達が結合して、新たなる魂が形となる秘儀…私も緊張しちゃうわ」

 

「突然暴れだしたりはせんと思うが…まぁ、悪魔相手に絶対はないがね」

 

通路の奥から足音が聞こえてくる。

 

足音よりも、猫達の悲鳴の方が目立つようだが。

 

「よぉ、赤青コンビ。手持ちの悪魔を連れてきたぜ」

 

仕事を早めに終えた尚紀が両手に持っているのは、ペットキャリーバックだ。

 

中に納められ助けを求める猫とはケットシーとネコマタである。

 

ニャー!(嫌ニャー!!助けてニャー!オッパイパンパンのお姉ちゃん~!!)

 

ニャー!(そうよ!確かに太古の頃の強さが欲しいって愚痴った事あるけど!怖いのは嫌!!)

 

二人の前に立つのだが、猫の鳴き声が五月蠅過ぎる光景が続く。

 

助けを乞う仲魔達の叫び声は無視してみたまの方に視線を向ける。

 

彼女は顔を横に向けて無視の態度を返してくる。

 

「…みたま君。仕事の時間だ、私情は謹んでくれ」

 

「…はい、判りました叔父様」

 

ヴィクトルになだめられ、尚紀の元に歩み寄ってくる。

 

「ネコマタとケットシーだ。こいつらを悪魔合体させたい。合体施設に持っていけ」

 

「…この可愛い猫ちゃん達が、本当に悪魔の姿になるっていうの?」

 

「こいつらも太古の昔は悪魔だったが、人間世界と同化していくうちに血が薄くなっちまった」

 

「今では満月の夜にしか本来の姿に戻れない弊害を抱えている者達というわけだよ、みたま君」

 

「そうだったのね…。でも、この子達の慌てっぷりを見ていると…なんだか可哀想だわ」

 

ニャー!!(助けてニャ~オッパイお姉ちゃん!!オイラは変な悪魔の姿になりたくないニャ!)

 

シャー!!(こんな時までオッパイオッパイ喧しいこと言ってんじゃないわよスカタン猫!!)

 

「大丈夫だ。こいつらを変な姿の悪魔にはしない。悪魔合体にはコツがある、任せろ」

 

「悪魔合体に随分と慣れているみたいね?判ったわ」

 

ペットキャリーバックを受け取り、彼女は合体施設に向かう。

 

「ヴィクトル、悪魔全書を貸してくれ。召喚する悪魔を決めていく」

 

「もう持ってきている。商談といこう」

 

悪魔全書を広げながら、合体素材として使うために召喚する悪魔を決めていく。

 

「支払いはマッカか?現金か?」

 

「どちらでもいいが、マッカを持っているのかね?」

 

「かつての世界でしこたま集めた。100万マッカは手持ちである」

 

「相当な戦いを繰り広げた光景が目に浮かぶよ」

 

支払いを済ませ、尚紀も合体施設へ入っていく。

 

中央の合体エリアでは、ケットシーが先にキャリーバックごと置かれていた。

 

「さて、そろそろ始めるか」

 

「フフ…大正時代を思い出す光景だよ。そして、あの()()()()()()()()()()もな…」

 

<<早く合体させろぉぉぉ!!うぉれは今直ぐ合体ボタンを押したいぃぃぃっ!!!>>

 

突然喧しい声の館内放送が鳴り響く。

 

「なんだよ…この喧しい声を出してる奴は?」

 

「コラ!!喧しい声を出さなくても聞こえるぞ、イッポンダタラ!!」

 

「イッポンダタラ?そいつも悪魔なのか?」

 

「そうだ。吾輩の助手として大正時代から使っているが…独特な個性派悪魔なのだ」

 

「振り回されている光景が目に浮かぶよ」

 

「まぁ…否定はせん」

 

「まぁいい…。それよりも、始めてくれ」

 

施設内が暗くなる。

 

中央に召喚されたのは、悪魔全書から選んだ悪魔達。

 

合体施設中央の五芒星が回転を始めていく。

 

「これが…錬金術を用いた悪魔合体か」

 

緑の霧のようなものが魔法陣から吹き上がり、中央の悪魔達が包まれていく。

 

緑の霧が晴れ、空中には蠢く巨大な粘土の塊。

 

「これが…神々が生み出した邪教の秘儀である、悪魔合体の御業を再現する光景…凄いわ!」

 

蠢く粘土の塊が弾け、施設内が眩い光に包まれる。

 

両腕で目を覆い光を防ぎ、目を見開くみたまが見た悪魔とは?

 

「初めての悪魔合体だったんだ…気分はどうだ?」

 

空中を浮遊しているのは、六芒星が描かれた壺。

 

壺から小さな悪魔の顔が出てくる。

 

「びっくりしたけど…思ったよりも力を感じる!これが悪魔合体なんだね尚紀!!」

 

【アガシオン】

 

ユダヤ伝承の壷や護符、指輪などの中に封じられている魔物の総称。

 

精霊と同様に見えない存在であり、家事から人の呪殺まで何でも命令された事を行う存在。

 

善とするも悪を為すも使い手次第というわけだ。

 

「これなら尚紀の力になれるよ!よーし、新しい姿で悪い魔法少女をケチョンケチョンに…」

 

「何言ってるんだ?まだまだ悪魔合体は終わらないぞ」

 

「えっ…?」

 

「お前に身に付けさせる物理や補助スキルを継承させつつ、元の姿に戻すまで終わらない」

 

「そんな~~っ!!ボク怖いのが続くのヤダーーッ!!!」

 

「アハハ…ケットシーちゃん、ご愁傷さま…」

 

右手に持つキャリーバックから異臭を感じたみたまは視線を向ける。

 

バックの中でガタガタ震えながら失禁してしまったネコマタがいたようだ。

 

「大丈夫よ、ネコマタちゃん。元の姿にちゃんと調整してくれる慣れた悪魔だし~怖がらないで」

 

ニャー!(いやぁぁぁ!!怖いの嫌ぁぁ!!ケットシーだけで勘弁してぇぇーッッ!!!)

 

緑の霧。

 

粘土の塊。

 

ピカーっと光る。

 

そんな光景を何度も繰り返した果てに現れた悪魔の姿はとてもやつれている。

 

「あぁ…やっと…元の猫悪魔に…戻れた…ニャ」

 

円陣内で倒れ込んでしまうは、満月の時にしかお目見え出来なかった悪魔の姿。

 

【ケットシー】

 

スコットランド地方やノルウェー等に伝わる猫の妖精。

 

普段は普通の猫と全く区別が付かないが高い知性を持ち、人間の言葉を操る事もできる。

 

また、気配を消して神出鬼没に行動出来る能力もあるようだ。

 

人間の目の届かない廃屋や木のうろの中に異世界めいた独自の王国を築いているという。

 

猫を理不尽に虐待した人間は、彼らの王国にてお仕置きされるとも言われていた。

 

「どうだ?慣れているって言っただろ」

 

「キャーカワイイッ!!可愛い猫ちゃん悪魔よぉ~~~♪♪」

 

ケットシーに飛びついて頬摺りを始めるカワイイ大好き、八雲みたま。

 

オッパイパンパン娘に可愛がられても、合体の恐怖が続いたケットシーはグッタリしたまま。

 

「さて、次はネコマタの番だ」

 

ニャー!(さよなら可憐な美しさの私ぃぃーッッ!!!)

 

ケットシーはみたまに引っ張り出され、今度はネコマタの番となる。

 

合体させる悪魔を中央に召喚。

 

五芒星が回転を始める。

 

緑の霧が晴れれば粘土の塊が浮かぶ。

 

その時であった。

 

「何だ?」

 

施設内で警報が鳴り響く。

 

なんとなくではあるが、尚紀は何が起こったのかが大体分かってしまう。

 

「あっ…これは見知っているが、不味い流れ…」

 

かつての世界の経験によって何が起こるのかを察した彼は、後頭部を掻き毟る。

 

悪魔合体を失敗した時に出る癖のようだ。

 

粘土の塊がけたたましく蠢き、破裂。

 

中から表れ出た悪魔とは…?

 

「……やっぱ、()()()()か」

 

「合体事故って…?えっ…ネコマタちゃんなの!?この醜い……スライムが!?」

 

表れ出たのは、外道スライム姿のネコマタだった。

 

【スライム】

 

スライムとはドロドロネバネバした粘液状のものという意味をもつ。

 

悪魔が実体化し損なった場合は、スライムになると言われていた。

 

きちんと実体化した時と比べれば、ろくに力を振るう事も出来ない存在である。

 

しかし、魔王クラスの悪魔がスライム化した場合ならば話も変わってくるだろう。

 

その時の魔王の怒りは、計り知れないものとなるであろう。

 

「忘れておった。今日の月齢は満月だったな」

 

「それが合体事故と関係していたのか?ボルテクス界ではカグツチの光が関係していたな」

 

「グッ…ガッ…ナニヨ…コノ、ミニクイ…スガタ!?」

 

蠢くスライムと化してしまった哀れな存在が何かを喋っている。

 

とてもキモイ光景だ。

 

「俺も月齢を忘れて合体事故をやらかしたもんだ。そういや、ネコマタはどんな姿だったっけ?」

 

「えっ?私に聞かないでよ…知るわけないし」

 

「オォォ…ハヤク…モトニ…モドシテ…ゴガッ!!」

 

「そういえば、スライムみたいな姿だったような?なら、これで良いよな?」

 

「ナン…デ…ヤネンンン!!ウラム…トリツク…モドセェェ!」

 

体をプルンプルンと揺らしながら猛抗議してくる仲魔を見ながら尚紀も苦笑い。

 

「ハァ…あまりからかってあげないで。この子が可哀想よ」

 

「フフ、そうだな」

 

そうして合体作業も捗っていき、元の姿に返り咲く。

 

「やっと…元の美しさを…取り戻せた…わ」

 

円陣で倒れ込んでいるのは、満月の時にしかお目見え出来なかった悪魔の姿。

 

【ネコマタ】

 

猫股と呼ばれる長年生き続けた化け猫であり、神通力を得た猫達のことである。

 

尻尾が2つに別れていることからそう呼ばれており、中国では仙狸と呼ばれる存在。

 

猫股となると人語を解するようになり、しばしば若い女や老婆に変化した。

 

飼い猫が猫股にならないよう、日本の猫の尻尾が切られ、短い尻尾の猫が多かったようだ。

 

「どうだ?慣れているって言っただろ」

 

「キャーカワイイッ!!丸メガネつけた可愛い女の子な猫ちゃん悪魔よぉ~♪♪」

 

ネコマタに飛びついて頬摺りを始めるカワイイ大好き、八雲みたま。

 

合体の恐怖が続いたネコマタは、グッタリしたままであったとさ。

 

「これで全ての悪魔の合体作業は終わりだな?」

 

「あと一体、車の仲魔がいるんだが…そいつは合体を拒絶して何処かに走って逃げやがった」

 

「やれやれ、嘉嶋君は愉快な仲魔達に囲まれていたようだな?」

 

「帰るぞ、ケットシー、ネコマタ。これでお前らも満月に関係なく、好きに悪魔の姿に戻れるさ」

 

グッタリした二匹の仲魔達を引きずりながらエレベーター方面に向かう。

 

「いかがだったかな、みたま君?これが悪魔合体という神秘の世界だ」

 

「凄かったです…ヴィクトル叔父様。私も魂に触れられる調整屋として、大変勉強になりました」

 

「励み給えよ、魔導の世界に足を踏み入れた若き卵よ。君は商売だけでなく…この世界も似合う」

 

踵を返し、合体施設から出ていく主の後ろ姿。

 

中央の魔法陣を見つめながら…みたまは呟く。

 

「本当に凄い力を手に入れられるのね…悪魔合体って。私の調整を超えていたわ」

 

悪魔研究者として、一つの仮説を頭の中に描いてしまう。

 

悪魔合体とは、魔なる存在を合体させる行為。

 

魔なる存在ならば…この世界には悪魔達以外にも存在している。

 

「もし、魔法少女がこの悪魔合体を行使したとしたら…?どれ程の力が手に入れられるのか…」

 

知りたいと思う探究心は、時に理不尽な欲求へと変化してしまう。

 

「それを知りたくもなるけど……やっぱりやめるわ」

 

――彼女達が可哀想だものね♪

 




読んで頂き、有難うございます。


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98話 花言葉

孤児となった子供達を救うために尚紀とニコラスが設立したNPO法人が動き出す。

 

非営利法人嘉嶋会という名称となったようだ。

 

公共の福祉を充実させる目的にして活動する事を生業とし、共同代表を設けた財団を設立した。

 

しかし非営利だからといって、利益の享受が許されないでは職員である会員が食べていけない。

 

NPO法人の収入として特徴的なのは、会費・寄付金・自治体の補助金・収益活動がある。

 

利益の分配を株主や会員達に行わなければ、これらの資金源は活動目的として大いに利用出来た。

 

非営利と言えども法人である以上は様々な支出計算が必要となり、目を通すのも共同代表の努め。

 

代表者の嘉嶋尚紀の休日時間の大半は、非営利法人活動によって潰される毎日を送っていた。

 

神浜市中央区とほど近い工匠区のマンション・オフィス。

 

ここに嘉嶋会のオフィスを構える事となった。

 

「神浜行政の補助金申請が無事通ってよかったよな」

 

オフィス奥の会議室では代表者の尚紀とニコラス、それに何名かの職員の姿が見える。

 

「しかし、効率を求める行政サイドと手厚いサービスをしたい現場との調整関係は難しいそうだ」

 

「大丈夫です。私は前の仕事ではそういう分野を任されていました」

 

「そうなのか米さん?」

 

「はい、任せてください嘉嶋代表」

 

「尚紀でいいよ」

 

代表と呼ばれるのは苦手なのか、彼は気恥ずかしい態度を見せる。

 

「謙遜しないでくれ。東京のホームレスに、新しい人生を与えてくれた君を無下には出来ない」

 

「しかしニコラス。なんで東京にオフィスを構えず、神浜市に事務所を作りたかったんだ?」

 

「こちらに生活拠点を移す事を、私は前々から決めていたからね」

 

「まぁいい。どこで活動しようが全国の孤児達を支援出来るなら、場所など関係ない」

 

「その通りだ」

 

「それと藤堂さん、俺達の福祉活動を広げるための冊子制作作業は進んでいるか?」

 

「勿論だともボス!後は印刷所にデータを送るだけですぜ」

 

「おいおい、ホームレス社会のボスはあんただったろ?」

 

「今は尚紀が俺たちのボスさ!本当に感謝しているよ、尚紀」

 

「僕たち職員が暮らしていける社宅まで用意してくれるとはね…足を向けて寝れないよ」

 

「法人としてマンションを購入した方が税金を抑えられるんだ」

 

「その上でオフィスとして貴方達の生活空間を提供出来るなら、申し分ないだろう」

 

「全くだ!本当に懐かしいよ…屋根があって風呂に入れてベットで寝られる生活なんてよ」

 

「気持ちは分かる。俺も風見野で佐倉牧師に拾われ生活出来るようになった時、同じ事を思った」

 

会議室の時計を見れば、そろそろお昼休憩時間。

 

一階に設けたオフィスの元に、何やら両手いっぱいの袋を抱えた小学生ぐらいの少女が近づく。

 

<<すいませ~ん!千秋屋で~す!お弁当をお持ちしました~~!>>

 

「昼休憩にしよう。俺が弁当を持ってくる」

 

「職員に任せてくれよボス。代表のあんたが雑用まで…」

 

「ここはホームレス時代と変わらない場所でいい。辛い過去を背負うお互いが支え合いたい」

 

「東京時代のような小さなコミュニティの方がいいのか?」

 

「そうだ。恵まれない子供達の苦しみを…元ホームレスの俺達なら分かってあげられるからな」

 

会議室から出てオフィス玄関に向かえば、そこに立っていた人物を見て彼も驚く。

 

「おいおい…まさか小学生のガキにこれだけの弁当を運ばせたのかよ?」

 

見れば、注文した20人分の弁当が詰まった袋を両手いっぱいに持つ小学生少女が立っている。

 

「大丈夫です!私、けっこう力持ちなんですよ♪」

 

「そうか…苦労をかけたな。ありがとう」

 

「私はお弁当屋さんをやってる千秋屋の娘なんです。千秋理子っていいます」

 

「嘉嶋尚紀だ。この嘉嶋会の代表をしている」

 

「えっ?お兄さんがこの会社の代表!?見た目が竹細工工房のお姉さんぐらいの若さに見えたよ」

 

「…俺もよくガキ扱いされるんだ。髭でも生えてくれたら、社会人らしかったんだがな」

 

弁当を受け取ろうとした時、後ろから柴犬が飛び出してくる。

 

「ワンワン!」

 

「コラ!マメジ!」

 

足元を周りながら吠える犬を見て、彼も微笑んでくれる。

 

「駄目じゃないの!めっ!」

 

飼い主に叱られ、うなだれながら地面に座り込んだマメジと呼ばれた柴犬だ。

 

「元気な飼い犬だな」

 

「えへへ♪マメジって言うんですお兄さん♪うちの看板犬なんですよ~」

 

飼い主に自慢されたのが分かったのか、尻尾を振り出し元気に吠える。

 

「うちも二匹の猫がいるが、言うこと聞かない元気なところがよく似てるよ」

 

「お兄さんはネコ派なんですね!ネコちゃんもとってもカワイイと思いますよ私♪」

 

大量の弁当を受け取り、後ろに来た職員に渡しす。

 

彼は財布を出して精算してくれるようだ。

 

「ここはどういう職場なんですか?」

 

「親に恵まれなかった、辛い立場の子供達を救うための職場さ」

 

「お兄さん達は、私ぐらいの子供達を救うヒーローなんですね!とっても素敵です♪」

 

「親を大事にしてやれよ。親に守ってもらえる毎日は、本当に有り難いことなんだ」

 

「はいっ!わかりました!これからも千秋屋をごひいきに~お兄さん♪」

 

踵を返し、飼い犬と共に帰っていく工匠学舎制服を着た理子。

 

そんな彼女の後ろ姿を見つめる尚紀の表情は重い。

 

「…あんな小学生まで、魔法少女になっちまうのか。その時点で…最大級の親不孝なんだよ」

 

視線の先には、しゃがんでマメジの頭を撫でている理子の左手中指に輝くソウルジェム指輪。

 

脳裏に小学生時代の杏子の顔が思い出されていく。

 

そして…魔法少女として破滅していった過去も。

 

暗い気分となり、袋の中から自分の弁当を取り出して会議室内で食べる。

 

「お茶ばかり飲んでるが、ニコラスは注文しなかったな?」

 

「私は老人だよ?脂っこい食べ物は辛い。この工匠区は工場街だから揚げ物弁当が売れるのだな」

 

「みたいだな。ところで、うちの正会員が行う通常総会の手配は済んでいるか?」

 

「大丈夫だよ、ちゃんと手配してる。新西区市民センターで嘉嶋会の通常総会をすることになる」

 

「NPO法人は年に一回は総会を行わないとならないからな。早めにやっておこう」

 

「一回目の総会になるからね。僕達の指針を説明して、会員達から理解を得なければならない」

 

「議案書はもう出来ているか?」

 

「勿論だ尚紀。通常総会は今度の週末だからな」

 

「議事録もちゃんと記録する。事務は僕達に任せてくれ」

 

「俺とニコラスも向かおう。週末ぐらいしかここに来れないから、あんた達に任せっきりだな」

 

「これが俺達の役目だ。財団投資家達は自分の職務に励んでくれ」

 

「あんた達に甘えさせてもらう。俺は午後からは東京に向かうんで、そろそろ帰るよ」

 

「東京でまだ仕事してるのか?たしか尚紀が働く聖探偵事務所は神浜に…」

 

「藤堂さん、彼には彼の役目がある。あまり詮索はしないでやってくれ」

 

「そうか…。まぁ尚紀が何をやっていようが、俺達は恩人の背中に最後までついていくぜ!」

 

オフィスから出て、駐車場の嘉嶋会社用車の隣に停めてあるクリスに乗り込み発進していく。

 

車を運転しながらも、慣れない代表者スピーチのことを考えてしまう。

 

「孤児達を救いたい法人代表である俺が行う…理事長挨拶か」

 

探偵として、NPO法人の代表として、そして人間の守護者としての多忙な毎日は続く。

 

それが誰かの人生を守る事に繋がるのなら、多忙であろうと彼の足取りは軽かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

週末が近づく頃。

 

神浜市新西区にあるフラワーショップ・ブロッサムに歩みを進めていく3人の少女達がいる。

 

「見て見て葉月!このは!あそこがブロッサムだと思うよ~」

 

「うわ~!綺麗な花が店頭に並んでるよ~。見ているだけでアタシは癒やされてきちゃったな~」

 

「本当ね。良い花ばかりだし、ネットの評判通りだといいわね」

 

店内に入り、アルバイトをしている少女に声をかける。

 

「春名さん、こんにちわ」

 

「あ、いらっしゃいま…って、静海さん!それに葉月ちゃんにあやめちゃんじゃない?」

 

「こんにちわ~、春名さん」

 

「やっほ~、このみお姉ちゃん!」

 

「注文していたフラワーアレンジメントブーケを買いに来たの。出来ているかしら?」

 

「勿論よ!うちに注文してくれてほんと嬉しかったからね。やっぱり持つべき友は魔法少女♪」

 

「にっしっし!このみお姉ちゃんは、余所者の魔法少女のあちし達に親切にしてくれたしね♪」

 

「たしか、大切な2人の恩人さんに送る予定でよかったんですよね?」

 

「ええ。私たち姉妹にとっては命の恩人であり…人生の恩人のような人達なの」

 

「う~…それと同時に、あちし達を洗濯機の中みたいなドライブに連れて行った人達なの」

 

「注文した時に、送り主について聞いたようだけど…花屋さんとして何か意味があるんですか?」

 

店のブーケが置かれたカウンターまで歩き、カウンターの中でこのみは彼女達に向き直る。

 

「ブーケには色々な思いが詰められるんです。だから私…フラワーアレンジメントが大好き!」

 

フラワーアレンジメントを利用すれば、様々な思いを相手に伝えられる。

 

花の種類、花の色、本数、花言葉等を用いて気持ちを表現するのだ。

 

静海このは達の感謝の気持ちを表すなら、8本の花にピンクの薔薇。

 

8本で思いやりに感謝を意味する表現になり、ピンクの薔薇は誠実な愛という表現となる。

 

ブーケを送る注意点としては、送り主の負担にならないように配慮する必要もある。

 

シーンにあった花、それに適切なタイミングで手渡さなければあらぬ誤解を招くからだ。

 

「三千円の予算でここまで素敵に、コンパクトにアレンジしてくれるなんて…素晴らしいわ」

 

「そうだね、このは。花屋紹介サイトで紹介されてるこの店に高評価をアタシがつけておくよ」

 

「優しそうだった紳士お爺さんなら喜ぶかもしれないけど、もう1人の男の人は…少し微妙かも」

 

「怖そうなイメージのお兄ちゃんだったし…。でも、ちゃんとあちし達の感謝を伝えたい!」

 

「本当にその人達は、貴女達から大切に思ってくれているのね。どんな人達なのか聞いていい?」

 

「私達みたいな孤児を支援してくれるNPO法人の代表者達なの」

 

「その人達の支援のおかげで…アタシ達は株取引という、不確かな綱渡りから解放されたんです」

 

「さっきの言葉通り、貴女達の人生を救ってくれた人達なんですね。いつブーケを送るんです?」

 

「ネットの嘉嶋会紹介のサイトでね、明日は総会を新西区の市民センターで行う事が分かったの」

 

「アタシ達もその通常総会を行う市民センターに行って、そこで感謝の気持ちを渡そうと思って」

 

「昼食会の時間帯なら、尚紀お兄ちゃんやニコラスお爺ちゃんが外に出てくるかもしれないし!」

 

「ウフフ♪きっと貴女たち姉妹の気持ちがその人達に伝わるわ。このみお姉さんが保証する♪」

 

「お花の魔法少女みたいな貴女のフラワーアレンジメントですもの。きっと喜んでくれるわね」

 

精算を済ませ、ピンク色の薔薇ブーケを受け取り帰路につく。

 

「東京で初めて出会った時以来だもんね~。アタシ達の事を覚えていてくれるかな~?」

 

「大丈夫だよ!だってあちしが車から解放された時に、車酔いで盛大にゲーッ!したし」

 

「そういう覚えられ方をしていると…嫌な顔されないか心配になってきたわ」

 

期待と不安を胸にしつつ彼女達は後日、新西区にある市民センターに向かう事となった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日曜日の朝。

 

市民センターには嘉嶋会の正会員達が集まっていく。

 

忙しそうに準備に追われる状況の頃に、このは達は市民センターの前に到着。

 

「ここが嘉嶋会の社員達が行う通常総会の場所だと思うわ」

 

「中は準備中みたいだね~。朝早く起きて移動してよかったよ~」

 

「市民センターの中って、学校の体育館みたいだね~」

 

「ほらあやめ、邪魔にならない場所で待っていましょう」

 

少しして、ようやく嘉嶋会の通常総会が始まっていく。

 

共同代表であるニコラスが奥にある広いステージの上に登っていく。

 

演説台のマイクを使い、開会の言葉を述べた。

 

「やっぱり、あちし総会ってのが気になる!ちょっとだけ覗き見ならいいでしょ~?」

 

「あっバカ!あやめったら…もう」

 

13歳のわんぱく娘に姉達は振り回されるようにして、市民センター入り口に入っていく。

 

総会の流れは開会の言葉の後に続く、理事長挨拶と流れていった。

 

「あっ!尚紀お兄ちゃんがステージに登っていくよ」

 

「尚紀さんが…嘉嶋会の理事長だなんてね」

 

「いったい…彼はどんな理由があって、孤児を救うNPO法人を作ったのかしらね」

 

演説台の前に立ち、周りを見渡した彼が…静かに口を開く。

 

「今日は集まってくれて有難う。俺が理事長として選ばれた…嘉嶋尚紀だ」

 

嘉嶋会を創設したのは、嘉嶋尚紀本人である。

 

若造に過ぎない尚紀が理事長だと聞かされたこのは達姉妹にも驚きの表情が浮かぶ。

 

正会員である社員達と共に、市民センター入り口付近で彼の演説を清聴し続ける。

 

「なぜ、俺が孤児達の支援を行いたいと思い出したか…皆も気になっているはずだ」

 

「尚紀さんが…私たち孤児を助けたいって言い出したのね…」

 

「アタシ…てっきりあの優しそうなニコラスお爺さんの方だと思ってたよ…」

 

今日尚紀が語るのは、彼がなぜ孤児達を支えたいと思ったのか…その動機についてだ。

 

「俺は見ての通りの若造だ。親のすねかじりをしているぐらいの歳だが…俺には両親がいない」

 

――両親だと思っていた人達に…捨てられたんだ。

 

「えっ……?」

 

「うそ……でしょ?」

 

このは達姉妹と彼は同じ境遇。

 

彼もまた…孤児であった。

 

「親族からも友達だと思っていた人達からも捨てられ…行き場も無く彷徨う浮浪者になり果てた」

 

「尚紀…お兄ちゃん……」

 

「そんな俺を…無償で家族として受け入れてくれる…牧師を営む優しい家族が現れてくれた」

 

「彼を救った牧師さん達は…私たち姉妹にとっては…つつじの家の院長先生ね…」

 

言葉を選びながら喋っていた尚紀だったが、重い沈黙の後…自分の罪を語っていく。

 

「だが、その一家は…俺のせいで……焼身自殺に追い込まれた」

 

正会員達から動揺の声が上がり出す。

 

このは達姉妹も驚愕した表情を浮かべた。

 

この世界に流れ着いた嘉嶋尚紀が犯した罪。

 

それこそが、嘉嶋会創立を決意した…強い動機部分。

 

「俺にとっては妹だと思う…生き残ってくれた少女からは…家族を滅ぼした者として…憎まれた」

 

場が静まり返り、重苦しい空気に包まれていく。

 

「浮浪者の俺は…運良く莫大な資産を手に入れる事が出来た」

 

かつての世界で手に入れた至高の宝石。

 

それは愛した女性の人生を救うために使うはずだった品。

 

彼女を守れず失った尚紀だからこそ、愛する家族のために使いたかったと語っていく。

 

「だが…その人達はもういない…俺が結果として…死なせたんだ」

 

感情が高ぶりだし、彼の顔が演説台に向けて俯いてしまう。

 

演説台に置かれた両手にも力が籠もり、震えだす。

 

「俺は……家族から捨てられる苦しみを…知る者だ」

 

それだけではない。

 

ホームレスになる苦しみを知る者。

 

支えてくれた人達の優しさを知る者。

 

その人達を死なせた苦しみを知る者。

 

失うばかりの人生だったからこそ、自分の心の痛みを通して誰かの心の痛みにも寄り添える。

 

「だからこそ俺は……その人達の優しさを継ぐ」

 

後悔と決意が入り混じる演説内容を清聴していたニコラスの表情も重い。

 

(ナオキ君…。私と出会う前は……それ程の業を背負っていたか)

 

「嬉しかったんだ…行き場の無い俺に…手を差し伸べてくれた人達の…優しさが」

 

声に感情の熱が籠り、顔を上げて大声を出す。

 

「俺は!同じ苦しみを持つ子供達に手を差し伸べたい!そのためなら…財産を使い切っていい!」

 

静かな会場だったが、すすり泣く音が響き出す。

 

ここに集まった者達も、社会から切り捨てられた元ホームレス達。

 

彼の苦しみが痛いほど…心に突き刺さってしまう。

 

それは、入り口付近にいる彼女達とて同じ。

 

「俺は罪人だ!世俗的欲望など優先しない!個人の幸福よりも、公共の福祉こそ優先したい!!」

 

――それが俺の…社会主義精神!!

 

…入り口付近にいる姉妹の三女から、嗚咽を堪える音が響く。

 

「うっ…グスッ…うぁぁぁぁぁ~~~……ッッ!!」

 

尚紀の言葉の一つ一つが…彼女達が経験してきた地獄の苦しみに寄り添ってくれる。

 

「俺と同じ苦しみを背負う、社会の子供達が救われた笑顔こそ…俺の最高の喜びだ!!」

 

姉妹の二女も堪えきれず、泣き始める。

 

「尚紀さん…尚紀さん…アタシ…アタ…あ…あぁぁぁ~~~……ッッ!!」

 

「こんな罪人の俺でも…同じ苦しみを感じてくれたなら…ついてきてくれ…頼む!!」

 

涙が止まらない長女は…演説する尚紀の姿に…大切な人の面影を感じた。

 

「院長先生だけじゃなかった…自分が辛くても…私たち孤児に手を差し伸べてくれる…!」

 

「これが…理事長を務める嘉嶋尚紀の……嘉嶋会創立動機とする!!」

 

「こんなにも優しい人がいてくれ……うあぁぁぁぁ~~~……ッッ!!」

 

皆が泣き出してしまう周囲を見つめた彼は一歩下がり…深くお辞儀をする。

 

「ご清聴…有難うございました」

 

正会員の皆が立ち上がり、泣きながら盛大な拍手を送りだす。

 

感情が高ぶってしまった彼もまた目元が熱くなっていたが、その視線が入り口付近に向けられる。

 

「…今日来てくれた…あいつらのような子供達を…俺達は救っていくんだ」

 

入り口付近では、泣きじゃくりながら抱きしめ合う孤児達の姿。

 

彼女達の元に駆け寄り、ハンカチを与えてくれる正会員の職員達。

 

彼女達の涙がどんな熱さを持っているのか…知っている元ホームレス達だったから。

 

場が熱くなってしまった事もあり、総会進行を一時中断する小休止となった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「…そうか。お前達も児童養護施設に流れ着いた…孤児達だったか」

 

小休止中の光景。

 

外のベンチで休憩をしていた彼とニコラスの前には、このは達が立つ。

 

3人は自己紹介を済ませ、自分達が何故この場所に現れたのかを…沈痛な表情をして語っていく。

 

長女である静海このはは語る。

 

産まれた時期から家族が事業失敗を繰り返し、借金地獄の果てに両親に死なれたこと。

 

親族達からも見捨てられ、児童養護施設のつつじの家に流れ着いたことを。

 

二女である遊佐葉月も語る。

 

小さい頃、旅行中に家族に死なれてからは親戚をたらい回しにされたこと。

 

疎まれまいと愛想笑いを繰り返しても結局は捨てられてしまい、つつじの家に流れ着いたことを。

 

三女である三栗あやめも語る。

 

1歳の頃、路地裏に捨てられていたため産んでくれた家族の事は知らないこと。

 

乳児院に流れた後、つつじの家に保護されたことを。

 

だからこそ、つつじの家の院長先生は彼女達にとっては母親だったと語ってくれた。

 

「現在の私達は…とある事情からつつじの家を離れ、3人の力で生きていくしかなかったんです」

 

「このはの両親が残した僅かな資金を使って…このはが行う株取引収入で暮らしてきたんだ…」

 

姉妹にも事情があるのだろうが、嘉嶋会共同代表である尚紀とニコラスは沈んだ表情を浮かべる。

 

「酷い博打人生だな…。三世帯であろうが月に30万円は生活費がかかるし、投資資金も必要だ」

 

「PCの前で座り続るデイトレードで生きていくにしても、1日1万9000円の運用益が必要だ」

 

「一つの銘柄で一日の暴騰率が3%前後を狙う生活もあるが…56万円以上は資金が必要だな」

 

株価は企業によって異なるが、100株単位での購入手段もある。

 

600円前後のものを狙えば60万円で1日1万7000円というのは不可能ではないのだが…。

 

「その結果を私は…毎日残し続ける必要があったんです」

 

「あまりにもハードルが高過ぎる毎日…このはだけに無茶を押し付けて…アタシも辛かった」

 

億単位の資金が用意出来たなら、配当利回りの高い長期保有株の配当金生活も出来る。

 

しかし、借金地獄で死んだこのはの家族に…そんな資金を用意する手段などなかった。

 

「尚紀お兄ちゃんやニコラスお爺ちゃんが、あちし達に給付金を出してくれて…嬉しかったの」

 

「だからこそ私たち姉妹は今日、貴方達2人にお礼を言いに来たんです」

 

彼女達の苦しみは、同じ立場だった尚紀ならば痛いほどに分かる。

 

そして、彼女達と同じ運命を背負った魔法少女を知るからこそ…手を差し伸べたい。

 

沈んだ表情のまま尚紀は重い口を開く。

 

「…児童養護施設での生活は、苦しかったろ?」

 

彼の一言で3人は俯いてしまう。

 

しかし、長女であるこのはが顔を上げ…重い口を開くのだ。

 

「院長先生は優しかった…。でも、児童養護施設は…深刻な職員不足なんです」

 

「知っている。日本社会がその存在に関心が低いために、教育向けの支出が先進国最低レベルだ」

 

「お詳しいんですね…」

 

「お前達と同じぐらいの年齢だった、児童養護施設で暮らしていた少女が…かつていた」

 

あやめと同じく、産まれた頃にゴミ箱に捨てられていた少女がいた。

 

その人物こそが、嘉嶋尚紀を救ってくれた最初の人だった。

 

「やっぱり…あちしだけじゃなかったんだ。家族にゴミのように捨てられた子がいたんだね…」

 

「かつていた…?」

 

過去形で喋る彼の口ぶりに葉月は疑問を持つ。

 

「その子は親に捨てられたショックで塞ぎ込み、毎日児童養護施設職員に当たり散らしてきた…」

 

「アタシ…分かります。つつじの家の子供の中にも、そんな可哀想な子が沢山いたんです…」

 

「その子達に職員は…薬を投与するのよ」

 

孤児の精神を無理やり抑え込む薬漬けをしていると、院長先生がこのはに語ったことがある。

 

職員不足に苦しむ他の児童養護施設の事情をその時に知ったようだ。

 

「あの向精神薬だけはあちし…やだよ。飲まされかけたけど…院長先生が止めてくれたの」

 

「その子の心を救ってくれたのは聖書だった。聖書の言葉があったからこそ…前に進めた」

 

尚紀を救った少女には夢があった、牧師になりたい夢が。

 

だからこそ、迷える羊のような存在になった流れ着きし者に手を差し伸べてくれた。

 

「尚紀さんを最初に救ってくれた人物だったんですか?」

 

「そうだ。浮浪者の俺に手を差し伸べてくれた人となり…佐倉牧師の元に導いてくれた」

 

救ってくれた少女に心から感謝を送ることが出来た。

 

しかし、その少女はもうこの世にはいない。

 

彼女を失った日の記憶が蘇り、尚紀の表情も苦悶を浮かべる。

 

「俺にとって、その少女は心から感謝したかった存在だったが……死んだ」

 

彼の沈痛な言葉を聞き届けた姉妹達の顔が俯いていく。

 

彼女達にとっては、自分と同じ境遇の少女が死んだ出来事を語られたからだ。

 

「そんな…どうしてアタシ達と同じ苦しみを背負った子が…そんな目に?」

 

「……殺されたんだ」

 

――理不尽な力を持つ…魔法少女と呼ばれる存在に。

 

その言葉を聞き、このは達の肩がビクッと震える。

 

「その子も魔法少女。己を犠牲にしてでも他人を優先する…聖書の教えが彼女の羅針盤だった」

 

だからこそ魔力切れになろうが人間を助けようとする。

 

そして他の魔法少女に襲われて…殺されたのだと語ってくれた。

 

聞き届けたこのは達の表情にも怒りが浮かぶ。

 

「酷い…酷すぎるよそんなの!!」

 

「アタシは許せない…!どうして魔法少女が魔法少女を襲うわけよ!?」

 

「尚紀さんは…魔法少女の存在をその人から教わっていたんですね…」

 

「ああ。だからこそ、お前達が魔法少女だという事も分かる。隠しても無駄だ」

 

正体を見破られていた事を知り、今更正体を隠すつもりもなくなったようだ。

 

「ごめんなさい、隠すつもりはなかったんですが…分かる人でないと伝わらないんです」

 

「俺はその子の人生を守ると約束した。だが…約束は守れなかった…情けない負け犬さ」

 

「そんなことない!尚紀お兄ちゃんは…その子は守れなくても、あちし達を守ってくれた!」

 

「お願い!その子の名前を教えて下さい!私達と同じ運命を背負ったその子を知る権利がある!」

 

同じ運命を背負う少女の名を知りたがる者達。

 

彼女達の切実な思いを向けられた尚紀が空を見上げ、遠い眼差しとなっていく。

 

かつて愛した人の名を語ってくれようとする。

 

「風が実りを運び…風が華を咲かせる…。生きていたら、このはの1つ上のお姉さんだった…」

 

――その魔法少女の名は……。

 

……………。

 

長い話となったが、小休止時間も終わりを迎える。

 

尚紀とニコラスは会場内に戻っていくのだが、彼らの手には姉妹から送られた品が見える。

 

尚紀に渡されたのは薔薇のブーケ。

 

ニコラスに渡されたのは、手作りサンドイッチが納められたランチボックス。

 

「…いい子達だったな。だからこそ、私達は孤児達を守り抜かなければならない」

 

「この薔薇のブーケは…俺達が孤児を救っているという、証となってくれるさ」

 

「ピンク色の薔薇か…花言葉を知っているかね?」

 

「花の知識を俺が知るわけないだろ」

 

()()()()()だ。私達への感謝の気持ちと、孤児達の幸福を願った…彼女達の思いの形だ」

 

このは達姉妹の気持ちが籠ったブーケに視線を向ける彼の口元も微笑んでくれる。

 

「そうか…。オフィスで大切に飾ってやらないとな」

 

彼女達と同じ苦しみを背負う孤児達を救いたい気持ちは、揺るがぬ信念となっていく。

 

嘉嶋尚紀をこの道に進ませるきっかけとなってくれた魔法少女の事が頭を過るのだ。

 

(…風華。今度こそ、お前と同じ苦しみを背負う孤児達を救う。俺の中で…見ていてくれ)

 

その後の総会は滞りなく進み、昼食会となる。

 

席に並べられる弁当だったが、尚紀とニコラスは運ばれた弁当を隣に職員に譲る。

 

彼女達の感謝の気持ちが詰まった食事を共に頂きたい気持ちは同じだったようだ。

 

その頃、帰り道を進む姉妹達。

 

自分達と同じ運命を背負ったが、夢を果たせず死んだ魔法少女の名を口に出してしまう。

 

「風実風華さん…かぁ。生きていてくれたら…アタシ達の大切なお姉さんになってたね」

 

「うん…絶対にそうなってたと…あちしは思うよ」

 

前を歩く2人の後ろを俯きながら歩く長女。

 

しかし、彼女は顔を上げて口を開く。

 

その顔つきには…決意が宿っていた。

 

「…葉月、あやめ。聞いて欲しい事があるの」

 

「なにさ、このは?」

 

「尚紀さんの演説を聞いて、私は確信したの」

 

「確信って…?」

 

「私の投資に関する知識は、あの人のためにこそ、役立てなければならないって」

 

「えっ…?まさか、このは…?」

 

妹たちは長女の顔つきを見て悟ったようだ。

 

「私…嘉嶋会に入りたい。私の投資知識を尚紀さん達のために役立てて同じ孤児達を救いたいわ」

 

「あちしだって入りたい~!雑務ぐらいならあちしだってやれるし~!!」

 

「人見知りで人間不信だったこのはが…変わるもんだね。それだけの人だったとアタシも思うよ」

 

「今度オフィスでお願いしてみるわ!また手作りサンドイッチを持っていかないと♪」

 

…妹達の目が点となる。

 

「「えっ?」」

 

「えっ?って何?私だってサンドイッチぐらい作れるから」

 

「いや、まさかとは思うけど…尚紀さん達に渡したランチボックスに…」

 

「あちし…嫌な予感がしてきたよ…」

 

「勿論♪葉月やあやめが作ったサンドイッチだけじゃ量が足りないと思って…」

 

一方、市民センターでは…悲惨な光景が広がっていた。

 

「「ゴハッ!!!!」」

 

突然後ろに向けて倒れ込む代表者達の姿。

 

「ボスゥー!?しっかりしてくれよ!!顔色が虹色だぞぉーっ!!?」

 

「ニコラスさんが息をしていない!?誰か救急車をーーっ!!」

 

孤児を救うNPO法人、嘉嶋会。

 

突然舞い降りた()()()()の洗礼を受け、存続の危機をちょっぴり迎えてしまったようだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ねぇねぇ、尚紀お兄ちゃんが言ってた、公共の福祉と社会主義ってなんだろうね?」

 

学校からの帰り道。

 

バランスをとりながらガードパイプの上を歩くあやめが姉達に呟く内容とは昨日のことだ。

 

「アタシも政治はよく知らないけど、悪いことしたら駄目ってこと?」

 

「ここは私達だけの生活空間じゃないって意味よ。今あやめがやっているような行為が例ね」

 

「たしかに、公共の福祉に反するっていう悪いことやってるよね~あやめ」

 

「えっ!?あ、あちし降りるね…」

 

子供のヤンチャを姉達にたしなめられたため、あやめはガードパイプの上から飛び降りてしまう。

 

「私も気になってネットで調べてみたの。社会全体の利益という意味合いがあるのよ」

 

「社会全体?要は、あちしだけでなく、このはや葉月、それにつつじの家全部を合わせるの?」

 

「それ以上よ。社会は私達が思っているより大勢の人がいて、大勢の利害関係の上で成り立つの」

 

「アタシ達は完全に自由ってわけじゃないもんね。そんな社会考えたらゾッとするよね~」

 

「この国には表現の自由が人権で認められていても、何を言ってもいいなんて理屈になる?」

 

悪い例を上げよう。

 

例えば、つつじの家の子達に向けて…親に捨てられた社会のゴミ共だと言う。

 

そんな自由があっても良いのだろうか?

 

法律で規制はされてはいないが、人の倫理観が言える自由発言ではない。

 

それでも、それもまた表現の自由の範疇内。

 

法律で規制出来ない自由民主主義国においては、()()()()()()()()に留められている。

 

誹謗中傷という自由表現もまた、()()()()()()()()()()()()()()概念。

 

定義など存在しないため、独裁政府が誹謗中傷だと言えば誹謗中傷にされて罪となるからだ。

 

自由とは()()()()()()()()()()()

 

だからこそ、()()()()()()()()()

 

これが自由民主主主義国である日本政府が犯してはならない、民主主義憲法の根幹。

 

しかし…ものを考える力が無い人々は表面的な部分にだけ反応して()()()()()()()()()()()()()

 

「そんなのってない!!許せないし!それに…あちし達みんな…傷つくよ」

 

「それが公共の福祉の概念よ。社会は大勢の人達の価値観や感情が集まる場所だから」

 

公共の福祉とは、全体の幸福概念。

 

だからこそ人々の表現の自由はそれぞれの倫理観によって封印されていく。

 

この部分が大切だ。

 

中国や北朝鮮のような独裁政府は、倫理観を個人の問題から()()()()()()()()()()()()()()

 

道徳や倫理観は人間の心を美しく保ち、社会の人々の幸福として役には立つ。

 

だが…道徳や倫理観は果たして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

いつの間にか独裁政府の全体主義を、自由と正義を愛する人々が受け入れてしまう。

 

都合の良い言葉に流されてはいけないのだ。

 

中国や北朝鮮だけの問題ではない。

 

日本や欧米などの自由主義国家の問題でもあった。

 

「自由なようでいて、制限されている。皆の幸福社会を目指すなら、()()()()()が必要なのよ」

 

「自由だけの社会なんて…力を持つ連中だけがのさばってるだけだよね。資本主義なら尚更だよ」

 

「要は、自分勝手な事はやめて、皆で仲良く幸せになれる道を目指そうってこと?」

 

「そうね。それが近い表現と思うけど…その()()()()()が難しいのよ」

 

人それぞれ価値観や感情、それに幸せの形は違う。

 

だから私の考えだけが正しい、それを優先しろと言い出せばどうなる?

 

独裁政府が独裁に都合の悪い表現の自由は、誹謗中傷罪として裁くべきだと言い出せばどうなる?

 

「う~ん…それぞれの自由な幸せの形をぶつけあったらきっと…喧嘩にしかならないよね」

 

「だからね、そういう時はお互いの損得で話を纏めるように誘導するんだよ」

 

「葉月はそういうの得意そうだよね~」

 

「それでいて、感づかれなければ~こちらに有利になる文言でも入れておけば~」

 

「はぁ…葉月。それは交渉の概念よ」

 

公共の福祉は、片方だけが優遇されればもう片方の不満が爆発する。

 

交渉程度では済まない紛争になるだろう。

 

騙した相手の数が多ければ、逆に潰される。

 

「まぁ…そうだよね。交渉は個人間でやるもんだけど、集団だと相手側の怒りは抑えられないよ」

 

「でも、その人の考えだって全体の幸福を考えて言ってくれるんでしょ?」

 

「善意で行った行動は、かならず良い結果をもたらす。残念だけど…この理屈は()()()()()

 

その人の善意が、必ずしも他の人の幸福には繋がらない。

 

皆それぞれの正しさがあるからだ。

 

「世の中って難しいよ~…。それじゃあ皆が喧嘩を始めちゃうだけだし…」

 

「今の世の中を表してる気がするね。SNSじゃ毎日のように大勢が()()()()()()()()()()だし」

 

「あやめ、善意で行う事が良い結果にならないって諦めてしまったら…何も出来なくなるわ」

 

間違いながらでも、社会は進んでいくしか無い。

 

だからこそ社会学に正解なんて存在してはならない。

 

「きっと皆…何を優先するかで、自分達の道を違えていくんだろうね…」

 

重いテーマを話し合ったこともあり、空気が重くなってしまった3人娘達。

 

そんな時、あやめの口が開く。

 

「ねぇ、考えたことなかったけどさ…つつじの家って、公共の福祉になるのかな?」

 

「子供だって公共で暮らす社会の一員よ。児童福祉法や社会福祉法で守られているわ」

 

みんなが幸せになれる社会を目指す、公共の福祉という全体の幸福概念。

 

それは独裁政府や、思想が偏った右翼と左翼団体だけで作るものではない。

 

個人一人一人が自由の名の元に、()()()()()()()()()()

 

だからこそ異なる価値観を持つ一人一人が必要とする福祉を叫ぶ必要がある。

 

それを反映させる機関こそが、行政府や立法府という政府機関であった。

 

「あちし達孤児の子はね、周りの人達から虐められてきたよね…」

 

三女が言った内容を容易く想像出来る経験を持つ姉達の表情が暗くなっていく。

 

「親なし、社会のお荷物、税金泥棒って。そんなあちし達でも…幸せになっていいんだよね?」

 

「あやめ…」

 

「そう願ってくれた先人達がいてくれる…。だからこそ、今の私達がいる…そう思うわ」

 

このはの言葉を聞いたあやめは姉達に振り向く。

 

その真剣な表情は…何かを決意した感情が宿っていた。

 

「だったらあちし!もう絶対に社会の迷惑な事はしない!」

 

「突然どうしたの、あやめ?」

 

「迷惑をかける奴見つけたら怒るから!」

 

「ワンパクな子だと思ったのに…突然の変わりようだね?」

 

「だってさ…あちしが知らない、社会の誰かが…あちし達の人生を守ってくれたんだよ?」

 

――だったらさ、社会はあちし達だけのものじゃない、みんなのもの。

 

――あちし達を幸せにしてくれる努力をしてくれる人達が、見えないところにいてくれる。

 

「あちし…それが嬉しい!だからね…恩返しがしたいんだ」

 

「あやめ…。そうだよ…その通りだよ!」

 

葉月は周りの街を見渡す。

 

電気が通う街。

 

交通機関で働く人達。

 

医療現場で働く人達。

 

食料を作る人達。

 

製品を作る人達。

 

大勢の人々が、互いが互いを支え合い、皆が快適に生きられる社会を作ってくれている。

 

「魔法少女の世界だけの問題ばかり考えてきたけど…それだけを優先しちゃいけなかったんだよ」

 

「そうね…その通りだわ。つつじの家も…私達が暮らすこの街全てが…」

 

――魔法少女とは違う…()()()()()()()()()()()()()()、幸福な生活をさせてもらえてる。

 

「なら、その人間社会を蔑ろにするっていうことは…()()()()()()()()()()()()()()()

 

――だってつつじの家も、街の全ても、()()()()()()()()()()()()…守られてきたわ!!

 

彼女達の心の中にも、人間社会主義が芽生え始める。

 

自分が魔法少女であろうが構わない。

 

人間社会を蔑ろにする者は許せないという、義憤の感情だ。

 

「こんな感情に目覚められるなんて、思わなかったわ…。あんなに人間不信だった私なのに」

 

「尚紀さん達が支えてくれて、安心出来る生活がおくれるようになったからだよ、きっと」

 

「あちし達…。以前までは余裕がなくて周りが見えなかったけど…もう大丈夫!」

 

「そうだ!実はね、親交があるななかさん、それにかこちゃんも同じことを言ってた気がするの」

 

「葉月ほんとなの!?やっぱりかこは…あちしの最高の相棒だったよ~♪」

 

「ウフフ♪ななかさん達と私達姉妹…思想の合致を得られたみたいね。仲良く出来そうよ」

 

3人の姉妹たちは頷き合い、今夜の魔獣狩りを常磐組と一緒にしようと駆け出していった。

 

花言葉。

 

それは相手に送るメッセージであるが、時には相手に間違ったイメージを送る可能性があるもの。

 

それでも、疑われるリスクを恐れて送らないでは、きっと思いは伝わらない。

 

だからこそ彼女たち三姉妹は、恐れずに人間社会に花言葉を送りたい。

 

人間達みんなに感謝と、人間達みんなの幸福を願って。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

次の週末。

 

「こんにちわ~!尚紀さんはいらっしゃいますか?」

 

嘉嶋会のオフィスに突然顔を出してきたのは、常磐ななかと静海このは。

 

「お前ら…一体何の用事で来たんだよ?それに、お前ら仲良かったのか?」

 

「ウフフ♪このはさん達はね、私や尚紀さんと同じく社会主義に目覚めてくれたんですよ♪」

 

「本当か…?それは俺も嬉しいことだな」

 

「私たち姉妹とななかさん達は思想の合致を得ました。そしてそれは…尚紀さんとも同じです」

 

「そうか…なら、お前達も人間社会にとって大事な魔法少女だ。社会のために励めよ」

 

「はいっ!そのために私を、ここで働かせてください!!」

 

……………。

 

目が点になった尚紀が口を開く。

 

「すまない、意識が一瞬遠くに行った。…今、なんて言った?」

 

「ここで働かせてください!!」

 

「なんでそうなる!?」

 

「私、尚紀さんの演説に感動しました!私も同じ苦しみを背負う者として、嘉嶋会で働きたい!」

 

「そう言われてもなぁ…お前は高校生だし」

 

「こう見えて投資知識は豊富に持ってます。嘉嶋会の財源をさらに拡充させれるかもしれません」

 

「それは魅力的な提案じゃないか?」

 

尚紀の後ろから現れたのは共同代表を務める者。

 

「おいおい、ニコラス。子供を雇っても給料は出せないぞ?」

 

「この子の熱い志なら、ボランティアとして受け入れてあげてもいいじゃないか」

 

「まぁ…ボランティアとしてなら」

 

共同代表に認められたと判断したこのはの表情が喜びに包まれていく。

 

「本当に!?やったーっ!!ありがとうございます!」

 

<<なら!!あちし達もボランティアメンバーとして頑張るからね~尚紀お兄ちゃん♪>>

 

喧しい声の方を振り向けば、葉月とあやめが買い物袋を抱えて歩いてきている。

 

「アタシ、こう見えて料理が得意なんです。職員の人達にお昼ごはん作ってあげますよ♪」

 

「それは有り難いんだが…あやめ、お前は何が出来る?」

 

「あちしは……見張り番!!」

 

「そうか…まぁ、妙な訪問者が現れたらワンワン吠えて追い出してやれ」

 

「あちしに任せていいからね!よ~し、やるぞ~!…って!?あちしは犬じゃない!」

 

「それに、ななか?お前は付き添いだけで来たのか?」

 

「このはさん達からお花を送られたと聞きましたので、オフィスでの管理方法をご教授しに♪」

 

「花に詳しかったのか?」

 

「ええ♪こう見えて、私は華道の名門出身として生きてきた魔法少女です♪」

 

常盤ななかが華道の名門人物。

 

イメージに合わなかったのか、怪訝な表情を浮かべてしまう。

 

(最初に俺が見た時の印象は…美雨と同じくヤクザ女のように見えたんだがな)

 

「…何か、よからぬ事を考えましたか?」

 

ムッとする表情を浮かべるななかから視線を逸らす。

 

「ナオキ君、女の勘を敵に回さないほうがいい。私の妻も勘が鋭くて恐ろしかったよ」

 

「仕方ない…中に入れ。このは、お前は実力があるなら…俺の資金管理を任せてもいい」

 

「はいっ!!これから宜しくお願いしますね、嘉嶋代表!」

 

「尚紀でいい」

 

オフィスに入っていく三姉妹の背中を外で見つめる彼は、心の中でこう呟く。

 

(孤児として生き、人間達の優しさに触れ、人間社会の大切さを知る…)

 

――思いは継がれていくな…風華。

 

上を見上げ空を見つめていた時、優しい秋の風が吹き抜ける。

 

心が懐かしい気持ちとなっていく。

 

風実風華を感じさせてくれる風が、尚紀の頬を撫でていってくれた。

 




読んで頂き、有難うございます。


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99話 探偵の嘉嶋尚紀

7月の最後に起きた南凪港の事件は、世間を騒がせる大事件となる。

 

TVではチャイニーズマフィアが裏で暗躍していたのではないかと連日のように報道が続いていた。

 

静かな夜。

 

ここは関東でも有数の広域指定暴力団として知られる天堂組の総本山施設。

 

武家屋敷を思わせる内装、至る所に刀や侍甲冑が飾られている。

 

奥の座敷に向かえば、そこは天堂組の会長が過ごす私室空間。

 

そこでは、布団に寝たきりとなっている人物の姿。

 

黒い作務衣を思わせる服を着た老人は、TVを見続けていた。

 

「民間人の死者が多数出た今回の事件ですが、日本の広域指定暴力団に属する構成員の関与も…」

 

隣には、土下座をしているこの組の若頭を努めている人物の姿。

 

「申し訳ありやせん親父!!今回のシノギで…組員に大勢の犠牲者を出しちまいやした!」

 

その人物とは、南凪港で三合会との取引現場にいた若頭。

 

命からがら現場を脱出し、警察の手を逃れきったようだ。

 

「エンコ程度じゃすまねぇ!!俺は親父に申し訳ねぇ事を…落とし前をくだせぇ!!」

 

「だから言ったんや、大陸の連中なんぞを信用するなと。任侠道を蔑ろにしやがっ…ゴホッ!!」

 

病弱な会長は咳き込み、弱った体を無理やり起きあげようと藻掻くが布団に倒れ込む。

 

「だが…任侠道の時代も、わしと同じく滅びるしかねぇのかもな」

 

「親父…」

 

「グローバル化によって日本の利益は外資に吸い出されるばかり。この国は腐り果て…ゴホッ!」

 

咳き込みが酷くなり、右手を口に当てていた自分の手を老人は眺める。

 

その手には吐血の痕。

 

「…わしは怖い。子宝に恵まれず、それでも組を育ててここまできたが…病魔で死ぬ」

 

「親父…弱気にならねぇでくだせぇ」

 

「テメェは許せねぇ。落とし前はつけなきゃならねぇが…それは、次の親分の仕事かもな…」

 

広域指定暴力団、天堂組会長として知られる天堂天山。

 

その生命は既に燃え尽きようとしていた。

 

<<ドント・ウォーリー♪アナタのライフ、私ガ救ってみせますヨ!>>

 

独特な口調をした声が響く。

 

襖を開き天堂組会長の私室に現れた存在とは…。

 

「な、なんだテメェ!?親父のタマ取りに来たもんかぁ!!」

 

その人物の見た目は…あまりにも薄気味悪い。

 

長身痩躯の漆黒の肌、オールバックにした白髪の下の額には赤い五芒星のタトゥー。

 

赤いサングラスを右手で押し上げ、神父を思わせる服を着た人物。

 

もちろんこんな大胆不敵な者がヤクザの総本山に現れたなら…無事で済むはずがない。

 

「このド腐れがぁ!!土足で親父の部屋に入ってんじゃねぇーーッッ!!」

 

若い構成員が現れ、神父姿の人物を後ろから殴ろうとするのだが…。

 

「ガハッ!!」

 

黒人を思わせる人物が右足を大きく背後に向けて蹴り上げ、構成員の顔面を強打。

 

「タカシ!?野郎…何処の鉄砲玉やワレェ!!!」

 

カポエラを思わせる蹴り技を受け倒れ込んだ構成員に振り向き、両手を広げておどける姿。

 

「ソーリー。私ハ、この国に来るの初めてでス。マナーはあまリ、知りませン」

 

「親父は殺らせねぇぞ!!」

 

若頭が腰の銃を抜き、謎の神父に向けて構える。

 

後ろからも大挙して構成員たちが現れる

 

その手にはドスや刀、それに銃を握って武装していた。

 

「狼狽えてんじゃねぇ!!」

 

弱りきった体に鞭を打ち、構成員を静止させた天堂組会長の気迫。

 

「…誰や?」

 

一瞬即発の現場の中、大胆不敵な訪問者に問いかける肝の座った老人。

 

「私、シド・デイビスと申しまス。サタニズムを啓蒙する悪魔教会神父を務めておりまス」

 

「礼儀知らずのカルト外人が、ワシらのシマに何の用や?」

 

「アナタのライフ、私なら救えまス。アナタのライフを刈り取る死神ガ、私にハ…もう見えまス」

 

「…そんなデタラメを言いに、わざわざ殺されに来たとは思えねぇな」

 

「信じる者ハ、救われまス。そして星の智慧(ちえ)を崇める者ハ、もっと救われまス」

 

「星の智慧…?悪魔教会…星の知恵を崇める……まさか、テメェは!?」

 

「オー?流石でス、もう気が付かれましたカ?政財界の裏側にいる結社ヲ、よく知る人物ですネ」

 

「啓明結社…光明会のエージェントか!?」

 

「私ハ、()()()()()()()内部の神秘主義サロン、黄金の夜明け団に属する身でス」

 

――そしテ、我々フリーメイソンはイルミナティと運命共同体でス。

 

「フリーメイソン?イルミナティ?親父…秘密結社なんて都市伝説じゃ…?」

 

「実在してる。奴らは実態を掴ませず、自分達のオカルトサインを世界中で見せびらかす…」

 

――悪趣味極まった()()()()()()()()()()()だ。

 

「そんなカルト連中に怯えることないですぜ親父!礼儀知らずのコイツに今直ぐヤキ入れて…」

 

「馬鹿野郎!!イルミナティに逆らうんじゃねぇ!!組を潰したいのかぁ!!!」

 

怒鳴り散らし、咳込みながら体を起き上げようとする組長を、若頭が支える。

 

「連中はな…世界を支配出来る力を司る、金融を支配したファイナンシャルエリートの集まりだ」

 

「金融カルトなんですか…イルミナティって連中は?」

 

「BIS・IMF・世界銀行・各国中央銀行を統括する連中であり…先進国政府を支配出来る存在だ」

 

「そんな…嘘でしょ?たかが銀行組織が、世界を代表する先進国を支配出来るわけ…」

 

「銀行はな、()()()()()()()()()んだよ。第三代アメリカ大統領もそう言葉を残す程の存在だ」

 

――()()()()()を銀行に奪われたら、もう国は銀行家に滅ぶまで吸い付くされるんだ。

 

「さテ、話を戻しまス。アナタハ…死ぬのが恐ろしいですカ?」

 

「…ああ、恐ろしい。金も女も困らない生活を送ったが、それを失うのが恐ろしいんだよ…」

 

「私たち黄金の夜明け団ハ、神々の秘儀を追求する黄金の暁会。魔法や魔術の世界に身を置く者」

 

「魔法?魔術?われぇ…わしをガキ扱いして嘲笑いに…」

 

「ノーノー、実在しまス。ですガ、智慧無き者に伝わらないのハ、分かりまス」

 

「魔法とか魔術を…今直ぐテメェは、わしに見せられるっていうのかよ?」

 

「イエス。不老不死にしてあげられますガ、恐ろしいですよネ?先ずハ、実験体が必要でス」

 

シドと名乗った神父は、天堂組長を支える若頭を見る。

 

「その人物、先程オトシマエ?というのガ、必要と言ってましたネ?」

 

「親父!?こんな怪しいカルト野郎の口車になんて…乗らないですよね!?」

 

俯きながら黙り込む組長だったが…重い口を開く。

 

「……やってみせろ」

 

「イエス。それでハ、神々の秘儀…お見せしまス」

 

「嘘だろ親父ッッ!!?」

 

見捨てられたと判り、親と慕った人物を蹴り飛ばして部屋の隅に逃げ出す若頭の姿。

 

邪悪な笑みを浮かべた神父が詰め寄ってくる。

 

左手に持つ分厚い聖書を開き、中に隠して納めていた複数の銀の管の1つを取り出す。

 

「クドラク、出番でス」

 

右手で銀の管を構える。

 

銀の管の蓋が緩まっていき、中から緑色に輝く感情エネルギーが噴き出した。

 

「く、くるんじゃねぇーーっ!!!!」

 

銃を構えて撃つが、シドの手前空中で弾は止まっている。

 

彼らは魔法少女でもデビルサマナーでもない、普通の人間。

 

だからこそ、銃弾を片手で止めた悪魔の姿を目視出来ない。

 

<<ヒャーハハハ!!!久しぶりの解放だぁ!!おいシド、こいつをどうしたいってんだ?>>

 

人の形をし、黒い貴族衣装に漆黒のマントを纏う姿。

 

だが、姿はおろか声さえ人間には伝わらない。

 

「彼ニ、不老不死の恩恵を与えてくださイ」

 

<<ゲェ!?こいつの血をオレが吸えってのか!?魔法少女のような女の方が良い…>>

 

「クドラク。アナタの管ヲ、ニンニク畑に埋めてあげてもいいんですヨ?」

 

<<分かった!!それは勘弁してくれぇ!!ったく…男に吸い付く趣味はねぇのにな>>

 

空中に浮かぶ悪魔が、若頭に襲いかかる。

 

「ギャァァーーーーーッ!!!!!」

 

何に襲われているのか分からない光景に、部屋にいる全員のヤクザ達が戦慄する。

 

シドを中心に、景色の色が変わっていく。

 

「な、なんだよ…景色がおかしくなっていくぞ!?」

 

「お、おい!カシラを襲っている何かが見えてきて……ヒィィー!?なんだよアレは!!」

 

周りの景色が異界化していく。

 

「神々の秘儀、見せたからにハ…選択は2ツ。私に従うカ、死ぬかでス」

 

悪魔に血を吸われた若頭が、痙攣しながら倒れ込む。

 

体色が変化し、異形化していく。

 

「これが…不老不死の姿だと!?」

 

「テンドーさン?如何ですカ?」

 

「は…ははは!!すげぇ…すげぇじゃねーか!!これでわしも…死なずに済む!!!」

 

「不老不死にしてあげるかわりニ、仕事をお願いしたいのでス」

 

「仕事だと…?」

 

「イルミナティは現在、()()()()()に向けての準備に追われてまス。悪魔が多く必要でス」

 

「その悪魔を、大量に産み出す片棒を担げっていうのか…?」

 

「悪魔を召喚するにハ、感情エネルギーであるマグネタイトが沢山必要でス」

 

「そいつは、どうやって集めればいい?わしは不老不死になれるなら…何でもやるぞ!!」

 

「莫大な感情エネルギーを持つ者達ヲ、拉致して輸送する必要がありまス」

 

「分かった!やろうじゃねーか!!」

 

「親父っ!!あれだけ親父が愛した任侠道はどうしたんですか!!?」

 

「五月蝿ぇ!!さっきまで死ぬだけだったわしが…そんなのを今更気にしてどうする!!」

 

「人攫いにハ、沢山のストロングソルジャーがいりまス。彼らも悪魔にしてあげまス」

 

「い…嫌だ!!来るな…来るなぁぁーーッッ!!!」

 

…その日より、天堂組は変わり果てていく。

 

表向きは広域指定暴力団ではあるが…中身は既に、魔物の住処と化していた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

探偵の職務とは、主に人探しである。

 

音信不通の友人、親族や相続人、債務者や訴訟相手、ネットで知り合った人物など多岐に渡る。

 

探偵業務は特殊な調査権限は何も与えられていない。

 

探偵業者はどうすれば情報を取得できるのか、捜索出来るのかという知識を持つ情報収集のプロ。

 

そういう意味では人探しに行き詰まった場合は、探偵事務所は大きな力となってくれた。

 

神浜に探偵事務所を引っ越した聖探偵事務所は現在、ポスティング作業も終わった時期。

 

季節は既に10月に近づき、神浜で生活している者達も夏服を着ている人物はほぼ見かけない。

 

日にちが過ぎていく中、聖探偵事務所に1本の依頼電話が鳴り響く。

 

私立探偵、嘉嶋尚紀の日常が始まるのだ。

 

……………。

 

スマホの目覚ましアプリが鳴り響く。

 

起きる時間を迎えた尚紀が自室のベットから起床する。

 

「…今日も探偵としての一日が始まるな」

 

一階まで降りてきた彼が洗面台で顔を洗い、黒のトレーニングウェアに着替えていく。

 

時刻はまだ陽が昇っていない時間帯の早朝であり、職場に出かけるには早過ぎる。

 

「よし、朝飯前にいつもの日課だ」

 

トレーニングウェアのパーカーを目深く被り、スポーツシューズ履いた彼が家から出てくる。

 

森に囲まれた庭で柔軟体操と筋トレを済ませ、日課のランニングを始めていく。

 

探偵業は情報収集知識だけでなく体力も重要な資本。

 

尾行捜査においては、相手が自転車で移動しようが追いかけなければならない体力がいるのだ。

 

しかし彼は悪魔の体。

 

人間のような体力トレーニングなど必要ないが、武術家でもある。

 

「怠けたらマスターや美雨に叱られるからな。武術家の基本は心技体だ」

 

かつて怒りによって心が乱れ、力はあっても技の冴えが発揮出来なくなった経験がある。

 

心を落ち着ける効果は、体と技を鍛える過程で整える事が出来ると美雨達が教えてくれた。

 

その教えを彼は今でも守り続けている。

 

たとえ睡眠時間を削ろうとも。

 

走るような勢いでランニングを続けていく。

 

北養区を超え、参京区に入った頃には声をかけてくる者がいつも現れるのだ。

 

「尚紀さん!お早う御座います!!」

 

後ろを見れば、白いトレーニングウェアを着てランニングをしてくる人物の姿。

 

参京区にある空手道場の看板娘であり、かつて出会った魔法少女の志伸あきらだ。

 

「またお前か。俺のランニング時間にわざわざ合わせなくてもいいのに…」

 

「だって~、多忙な尚紀さんと唯一時間を合わせられるのは早朝だけだしね~」

 

「俺がいなくても、トレーニングに付き合ってくれる奴は他にもいるだろ?」

 

「えへへ~♪この時間帯なら、尚紀さんと一緒に稽古出来る時間として利用出来るもん♪」

 

「やれやれ…武道バカに稽古をせがまれるから、寝ていられる時間がまた削られたよ」

 

「まぁ、それを目的にして早起きしているのはボクだけじゃないけどね~♪」

 

「ハァ…南凪区に入る頃にはアイツも現れるんだよなぁ」

 

北から一直線に南に向かうランニングコース、南にたどり着く頃には…見知った人物が現れる。

 

「おはよう~美雨!だんだん早朝も冷えてきたね~」

 

青いトレーニングウェアを着た美雨も走ってきたようだ。

 

「今の季節の方が、私はランニングし易いネ」

 

「尚紀さんは、季節的にはどの季節が運動し易いタイプ?」

 

「そんなの気にしていない」

 

「季節を感じるのも修行の醍醐味ネ。万有の気(空気)を練り上げるのに役立つヨ」

 

気の概念思想は中国だけでなく、ギリシャやインドでも重要視されている。

 

「武道とは、自然学とも共通部分があるヨ」

 

「そういや、そんな話をニコラスから聞いたことがあるな」

 

気は希薄化すると火になり、濃密化して風・水・土という属性魔術となる。

 

近代魔術学者達は自然を重要視していたというわけだ。

 

「ボクたち武道家と魔術師達との意外な共通点があるなんてね~♪勉強になったよ」

 

「お喋りの時間じゃない。さっさとランニングを済ませようぜ」

 

「そうだね。早くランニングを終わらせて、いつもの公園で楽しい組み手~♪」

 

「今日は私が先の番ネ、あきら」

 

「え~~?ジャンケンで決めようよ美雨~?」

 

「ハァ…武道バカ達に纏わり付かれる生活も、泣けてきたよ」

 

彼女達と散打をした方が家の木人椿で鍛錬するよりも効率が良く、満更でもなかったようだ。

 

3人はいつものトレーニングを終わらせていき、陽も登る頃には彼も自宅に帰宅。

 

軽くシャワーと朝食を終えた彼は、仕事着を着ていく。

 

黒のスーツズボン、白シャツに赤ネクタイ、黒いスーツベストとなった彼が横に視線を向ける。

 

「おはようニャ~尚紀。社会人は多忙で大変そうニャ~」

 

起きる時間となった二匹の仲魔達もリビングまで降りてきたようだ。

 

「今晩も遅くなる?遅くなるなら電話をもらえたら、何か適当な食事を冷蔵庫で見つけるわ」

 

「お前らも悪魔化を自由に出来るようになって、世話の手間が省けて助かるよ」

 

「ニャルソックは、デビルニャルソックにパワーアップしたニャ!オイラ達が家を守護するニャ」

 

玄関のコート掛けにある黒いトレンチコートを上着として着た彼が家を出る。

 

右手で車のキーを回転させながら、ガレージに向かう。

 

「あのガレージも電動シャッターに改装しないとなぁ」

 

手動でガレージを開け中のクリスに乗車。

 

キーを差し込みエンジンを始動。

 

「おはよう、ダーリン♪2人だけの貴重な時間よ~」

 

「時間かぁ…社会人になってからは、時間の流れが早く感じるようになっちまった」

 

「ダーリン、オッサン臭いこと言っちゃ駄目。見た目は高校生の子供のままなんだし」

 

「…俺もどうやら魔法少女やニコラスと同じく、ずっと姿が変わらない石ころなのかもな」

 

「え~?車のアタシは便利だと思うけど、ダーリンは人間のように年老いて死にたいわけ?」

 

「それが人間らしさってもんだろ?だが……」

 

――俺達はもう…人間には戻れない。

 

陽の光が照らす世界に向けて、アクセルを踏み込む。

 

今日も明日も明後日も、私立探偵としての毎日を送るだろう彼の姿がそこにあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……???」

 

探偵事務所に到着した尚紀が、二階事務所に出社したのはいいのだが…。

 

「えへへ~~♪お早う御座います!先輩!!」

 

出迎えてくれたのは、探偵コスプレ少女。

 

自慢の探偵バッジをつけた愛らしいケープ付きショートトレンチコートを着た広江ちはるである。

 

「……………」

 

錆びついたゼンマイのような音を立てながら、所長椅子に座る丈二に顔を向けていく。

 

「…すまん、尚紀。押し切られた」

 

聖探偵事務所の所長を務める丈二も、なんとも言えない困った表情。

 

「瑠偉…状況を説明してくれ」

 

「えっとね…私も宿無し探偵等々力耕一を目指したいから、職場体験させて欲しいって」

 

「…うちは職場体験なんて募集してない。即戦力しか募集をかけてなかっただろ?」

 

「だから、私なら即戦力になれるよぉ!…って、丈二に詰め寄ってきたわけ」

 

「…ったく、丈二は女に甘いんだよな」

 

「申し訳ねぇ…。だが、こんな愛らしい子に涙目で迫られてみろ?お前だって断れんぞ」

 

「なぁ…バツが悪そうに隠れてるお前ら。ちはるにブレーキをかけられなかったのか?」

 

視線を向けられ、机の向こう側から静香とすなおの頭がゆっくり伸びてくる。

 

「アハ…ハハ、私は止めたんですよ嘉嶋さん。迷惑になるって」

 

「ちゃるは無鉄砲なところが強いです。でも、彼女なりに社会の役に立ちたい正義感もあります」

 

「お前らがちはるに甘々なのは分かった…。しかしだな、遊びじゃないんだぞ?」

 

「私は真剣だよぉ!遊びでやるつもりなんてないし!」

 

(その愛らしい探偵コスプレ少女の見た目で言われても…説得力がねぇ)

 

「それにね…。これってさ、私の夢でもあったから…早めに経験したかったの」

 

「早めに?急がなくてもお前の実力なら、将来は立派な探偵に…」

 

「私たちってさ…大人になれるまで生きていられる保証なんて…無いし」

 

「…ちはる」

 

魔法少女は明日が約束されていない者達。

 

先を憂う彼女の言葉に、静香とすなおも俯いてしまう。

 

「だからさ、少しぐらい自分が夢見た未来の私の姿に…触れてみたかったんだぁ」

 

「彼女の意気込みは評価するし、職場体験で才能の片鱗を感じさせてくれるなら…俺も考える」

 

――将来の探偵職員候補として、ずっと席を開けておいてやるつもりだ。

 

所長の言葉を聞いたちはるは驚愕し、目が見開いていく。

 

「えっ、えっ!?今…なんて!!?」

 

「励めよ、ちはるちゃん。お前は聖探偵事務所所長が期待する…未来の探偵候補だ」

 

「ほんとに!?やった…やったぁぁぁ!!夢が叶う!!!」

 

ピョンピョンと跳ね、体全体で喜びを表現する彼女の姿。

 

そんな彼女を見て、尚紀も丈二と同じ気持ちとなれたようだった。

 

「わかった、面倒見てやる」

 

「歳も近いことだしな…良い先輩になってやれよ、尚紀」

 

「それなら、今日の朝一番にうちに来た依頼があるわよ」

 

「どんな内容だ?」

 

「行方不明者捜索の依頼ね。今回の依頼は…最近のニュースを騒がす神隠し案件みたい」

 

最近になって、関東全域で少女達の行方不明者が続出しているニュースが流れている。

 

今回の依頼内容とは、行方不明となった我が子の捜索依頼というわけだ。

 

「子供の失踪か。本人の意思で家出したのか、特異行方不明者なのかも判断がつかない案件だ」

 

「刑事事件を取り扱うだけの警察が役に立たないのも頷ける。うちの領分だな」

 

「子供だけじゃないのよ。現場近くに居合わせたと思われる男性達まで失踪しているの」

 

「民事事件を取り扱う探偵の出番ってわけさ。心配するな尚紀、今回の依頼は俺も手伝う」

 

「よ~し♪聖探偵事務所探偵チーム…出動だよ~!!」

 

コートのベージュ色と合わせた探偵らしいハンチング帽を目深く被ったちはるが先導していく。

 

勇ましく先陣を切る探偵職員候補生の背中に続くように尚紀達も事務所から出て行くようだ。

 

3人の探偵は先ず、依頼人の元に向かう事となるだろう。

 

「俺の車に乗れ」

 

「すごーい!やっぱり探偵と言えば、クラッシックカー!」

 

「見てくれよちはるちゃん!こいつの初代プリムス・フューリーの美しさを!」

 

ヴィンテージカーの素晴らしさを語るが、無視して車内に入り込むちはるの姿。

 

「えへへ~お邪魔しまーす♪」

 

助手席に彼女が乗り込んだ途端、座席が前にスライド。

 

「ムギュムギュ!!?」

 

嫉妬の塊ともいえるクリスの嫌がらせに大きな溜息をつく。

 

丈二は後ろの席に座り、尚紀は車を発進させていった。

 

「私達はどうしようか…?」

 

「ちゃるの思いは理解出来ます。でも…あの子は無鉄砲だから些か心配ですね」

 

「う~、この前の港での独断行為が神子柴様に見つかって…危うく処罰問題になりかけたし」

 

「今度人間社会の大事にまた時女一族の魔法少女を勝手に使っては、静香といえども危ういです」

 

時女の行持と、秘密主義を貫くヤタガラスや神子柴様の価値観は相容れないようだ。

 

「それでも、私は神浜の人間社会のために戦った事を後悔してないわ」

 

「フフ、そんな静香だからこそ…私たち時女一族のみんながついていくんですよ」

 

「ちゃるを見守ってあげたいけど、私がそれやると…今度は私が行方不明者の仲間入りだと思う」

 

「大丈夫ですよ?だってちゃるのスマホにも追跡アプリを入れてますし、後を追えます」

 

「すまほって本当に便利なのね…。こっちで暫く暮らしてるけど、未だに使い方知らないし」

 

倉庫事務所から出てきた2人の魔法少女も、バレないように追跡を始める。

 

今度の依頼案件は、彼女達にとっては他人事ではない。

 

ヤタガラス構成員にとっては悪魔と関わる案件になっていくとは…想像も出来なかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

依頼人一家の元にたどり着いた3人は、状況を確認する。

 

「夜遅くに家から外出する機会が多かった、中央学園に通っていた少女なんですね?」

 

「はい…。あの子はいつも私達の目を盗み夜の街に行っていたから、きっと悪い人達に!」

 

「その子が訪れる可能性が高いと思われる地域に、何か思い当たりはありませんか?」

 

「東には近寄らないと思います。繁華街が好きだったから…中央区繁華街によく出掛けてました」

 

「その子の特徴は、どんな特徴なんですか?」

 

「歳は14歳、髪が長い茶髪です。それにあの子はギャル文化が大好きで…見た目も派手でした」

 

「だとすると、訪問している可能性がある店も絞れるよぉ。他に特徴的な個性はないですか?」

 

「そうね…カラフルな絵入りの日記を書くのが好きな子よ。文房具屋にもよく顔を出していたの」

 

「ギャルの見た目だけど繊細な子…文房具屋さんもチェックチェック…」

 

「他にも聞きたいことがある。最近その子の周りに、不審人物らしき奴らが現れたという話は?」

 

「あります!あの子が夜遅くに帰ってきた時に…ヤクザみたいな人らに尾行されたって」

 

「ヤクザ…きな臭くなってきたな」

 

「お願いします!娘をどうか…見つけ出してください!!」

 

依頼人から情報を引き出し、ソレを元にして捜索範囲を話し合う。

 

「俺は中央区繁華街の方を当たってみる」

 

「任せる。俺は中央区にある文房具屋をしらみつぶしに聞き込みをしてみるぜ」

 

「え~?じゃあ、私はギャルショップ担当の流れ…?」

 

「「男の俺達にとって、ああいう店は辛い」」

 

3人は別れ、それぞれの捜索を開始。

 

中央区に複数ある文房具屋を一軒一軒聞き込みを繰り返す尚紀の方では…。

 

「カラフルな絵日記を書く人物だとしたら、色鉛筆が豊富に揃えてある店だな」

 

スマホで店舗情報を探し、その店に入る。

 

「すまない、あんたが店長か?少し聞きたいことがあるんだ」

 

行方不明者の件について、客の邪魔にならない範囲で聞き込みを開始。

 

「ああ、その子はギャルな見た目をしていて特徴的だったからよく覚えてるよ」

 

「最近、その子を店で見かけた時に何か気がついた事はないか?」

 

「そうだな…その子と同じく、この店でよく色鉛筆を買う目隠れ少女と何か話していたな」

 

「目隠れ少女?」

 

「今日も来ている。あの子だよ」

 

尚紀は視線を横に移す。

 

そこには神浜市立大附属学校の制服を着た銀髪目隠れ少女が棚を見つめている姿。

 

手がかりを探すため彼女にも聞き込みをしようと近寄っていく。

 

「すまない、少し時間をもらえないか?」

 

「ヒィ!?」

 

突然男性から声をかけられた事にビックリした少女が床にへたり込む。

 

「すまない、驚かせてしまったか?」

 

「あ…えっと…ごめんなさい」

 

「謝るのは俺の方だろ?気分を悪くしたなら謝る」

 

「あの…大丈夫、です。何か…私に用事ですか?」

 

対人緊張症を抱えた臆病な少女だと彼は察する。

 

威圧的な態度をとらないよう注意して聞き込みを開始。

 

「はい…その子なら私、知っています」

 

「友達だったのか?」

 

「はい…その子、梨花ちゃんと同じ学校に通う、梨花ちゃんの後輩です」

 

「親友の後輩か?」

 

「趣味が同じだからって…紹介してくれて、嬉しかった…です…はい」

 

目の前の子とは仲の良い人物だったようだ。

 

だからこそ、尚紀の表情も暗くなる。

 

「…心を落ち着けて聞いてくれ。その子は…失踪してしまったようだ」

 

「えっ…!?そ、そんな…つい最近会ったばかりなのに!」

 

気が動転している彼女をなだめ、続けて質問を繰り返す。

 

「その時に、その子から何か感じた事はないか?何かを気にしていたとか、怯えていたとか」

 

「覚え…あります。たしか、繁華街は…怖くて行けなくなったと…言ってました」

 

「繁華街…その子はそこに行くのが好きだったようだが?」

 

「その…怖いヤクザみたいな人に、毎日のようにつけ回されて…あの子、怯えてました」

 

「中央区繁華街…やはりあの地域に何かあるな」

 

「あの…!わ、私…五十鈴れんと言います。その子…私の大切な友達…です」

 

「お前の大切な友達は必ず見つけ出す。怖かっただろう彼女を…笑顔で出迎えて安心させてやれ」

 

「…はい、分かりました。思いやりがあるお兄さんで…よかったです…はい」

 

文房具屋から出てきた彼が呟く。

 

「あいつ、魔法少女だった…。だとしたら、捜索中の少女も魔法少女?」

 

憶測の域が出ないため、尚紀は再び聞き込み捜査に戻っていった。

 

一方、所変わってギャルショップに訪れていたちはるの方はというと…。

 

「派手でカラフルな服屋さんだよぉ。私はこういうギャル趣味は無いから…居心地が少しキツイ」

 

おどおどしていた彼女に向けて、元気な声をかけてくる人物が現れる。

 

「チョリーッス!見かけない魔法少女だけど、もしかしてギャル文化に興味ありあり?」

 

見ればちはると左程年齢が変わらない少女だったようだ。

 

見た目もギャルのような印象を受け、ちはるも少し困り顔。

 

「あたしが秒で服選んであげる!割とガチめが良い?テンアゲ系?」

 

「私には分からない言葉過ぎるよぉ~!えっと、服を買いに来たわけじゃないの」

 

「えっ?激萎えだけど、それなら何の用事があってギャルショップに来たの?」

 

事情を説明すると、彼女が慌て始める。

 

「そんな…嘘でしょ!?あの子が失踪って…そういや最近学校で見てないし!?」

 

「最近その子と会話をしている時に、何か思い当たる事とか無かったか聞きたいよぉ」

 

「う~ん…メンディー連中にストーカーされて繁華街からソクサリしたって言ってた」

 

「メンディー連中…?」

 

「うん、ヤクザみたいな姿しててさ。それで悩んでて…毎日メンブレしてたよ」

 

「繁華街…やっぱりあの変が怪しいよぉ!」

 

「貴女も魔法少女でしょ?あたしは中央区で魔法少女やってる綾野梨花っていうの」

 

「私は広江ちはる!神浜の魔法少女じゃないけど、よろしくね!もしかして…行方不明の子も?」

 

「うん…その子も魔法少女だし…あたしの後輩。悔しい…周囲に危機感もっとけばよかった!」

 

「私たち探偵が捜索中なんだよ。だから絶対に見つけてみせるよぉ!」

 

「お願い!あの子を無事連れ戻してきて!楽しくても繁華街になんてもう行かせないから…」

 

梨花から切実な願いを託されたちはるがギャルショップから出てくる。

 

やる気を出しながら聞き込み捜査に戻っていく彼女の後方には見知った顔ぶれ。

 

彼女が立つ道の後方に並ぶ電柱裏側には、ちはるの保護者達がいた。

 

「ちゃる…探偵のお仕事頑張っているみたいね」

 

静香とすなおは電柱の裏側から彼女を見守ってくれていたようだ。

 

「そうね…。ところですなお、ぎゃるしょっぷってなに?」

 

キョトンとした表情を向けてくる静香を見て、すなおは何回目になるか分からない溜息を出す。

 

「ええと…静香が一生行くことがない場所だから、知らないほうがいいわ」

 

「う~、都会は訳のわからない店ばかりだし!あ、ちはるが移動していく」

 

「私達も行きましょう」

 

尚紀とちはる、そして2人のお供達が動き出す。

 

どうやら丈二が向かった繁華街の方へと向かうこととなっていくようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

繁華街に向かった丈二は刑事時代の経験を活かし、中学生女子が訪れそうな店舗を巡っている。

 

「カラオケ店、ファーストフード店、カフェも見てきたが…どうも引っ掛かりにくい」

 

ギャル文化をよく知らない丈二は、何処を訪れているのか目星がつけにくいようだ。

 

喫煙場所でタバコを吸いながら考えをまとめていく。

 

夜を楽しむ若者が訪れたい娯楽施設のイメージとしてナイトクラブが思い浮かぶが…頭を振る。

 

「中学生だぞ?まぁ、年齢を偽ってでも入りに行くアホがいるから、キャッチに食い物にされる」

 

吸い殻の火を消していた時、ふと視線が街の風景に移る。

 

1人の女子生徒の後ろをつけ回す、前時代的な身なりをした数人のヤクザ達が見える。

 

「…やっぱり最近の女子学生社会は、きな臭い連中に絡まれているようだ」

 

気が付かれないように後ろから尾行を開始。

 

女子生徒は後ろのヤクザ達に気が付き、足早に逃げようとするがヤクザ達も追いかける。

 

怖くなって走り出し、路地裏を抜けようとする女子生徒を追うためヤクザ達も走り出す。

 

丈二も追跡するために走り出し、路地裏の中へと入るのだが…。

 

「あれ…いない?」

 

入り込む時間は左程遅れておらず、この路地裏奥の距離から見て見失うはずがない。

 

慎重に路地裏内を捜索していたが…突然上から声が聞こえてくる。

 

<<われぇ、俺らの後ろをつけ回してやがったな?サツじゃねーだろうな?>>

 

上を振り向けばビルの上から落下してくる存在。

 

現れたのは女子生徒を追い回していたヤクザ達だ。

 

丈二の背後にも着地され、人通りが多い元の道には返さない構え。

 

「お前ら…あの少女を何処に連れて行きやがった?」

 

「さぁな、聞いてどうする?」

 

丈二が探すその少女はというと…。

 

<<~~~~~~ッッ!!!!>>

 

ビルの屋上でヤクザに背後から捕まえられ、口を手で抑え込まれている状態だ。

 

藻掻く彼女に隣のヤクザは、鞄から取り出した注射を血管に差し込み中身を入れていく。

 

ジエチルエーテルが血管内で急速に作用していき、彼女は意識を失っていった。

 

「最近のヤクザは随分と頑丈なんだな?この高さのビルから飛び降りて…なんともないのかよ?」

 

「ヤクザは体が資本じゃけぇのぉ」

 

「なら、その青白い肌をした見た目はなんだ?それに瞳まで真っ赤だぞ」

 

「おんどれぇ…ヤクザを嗅ぎ回るとどうなるか、身を持って知る事になるぜ?」

 

シシリアンマフィアを思わせる白スーツを身に纏う1人が黒いキャリーケースを開ける。

 

そこから取り出したのは…マフィア映画でもよく見かけるドラムマガジン付きトミーガン。

 

「ま、マジかよ!!?」

 

「ヒャーハハハ!!俺は外道キラーチョッパーだ!」

 

自作の消音装備を施した銃口が向けられる前に、丈二は一気に走り出す。

 

<<俺は外道キラーチョッパーだ!!俺は外道キラーチョッパーだ!!!>>

 

何かに取り憑かれているのか、常軌を逸した顔つきで銃を『乱れ撃ち』してくる。

 

弾がばら撒かれるが、狙いが正確ではないのが幸いだ。

 

「くそっ!!刑事時代でも、ここまで派手に撃たれた事はねぇぞ!!」

 

弾を後ろからばら撒かれながらも、複雑に入り組んだ路地裏を突き進み逃げ惑う。

 

彼を追うヤクザ達も後ろから迫りくる。

 

見つけた雑居ビルの非常階段から上に逃げ、階段踊り場から下を見れば銃が向けられている。

 

「あ、あ、穴ァァァーーッ!!!俺は!ハイカラヤクザだァァ!!」

 

「ちくしょう!交渉でどうにか出来る相手じゃねーっ!!」

 

「交渉!?悪魔会話か!?だが俺はぁぁぁぁ!!外道キラーチョッパーッッ!!!」

 

上に登る丈二に次々と乱射を繰り返し、跳弾が跳ねまくる非常階段を必死に上がる。

 

屋上まで上り、ビルの端にまで逃げたのだが…行き止まりだ。

 

「くそっ…向こうのビルまで距離が離れてやがる!!」

 

アスリートなら走り高跳びで越えられそうだが、元刑事とはいえ飛び越えられるかは微妙。

 

「パッションがぁ!!みなぎるぜぇぇぇーーッッ!!!」

 

屋上まで辿り着いたヤクザが、トミーガンを丈二の背中に向けて構える。

 

「ええいっ!!男は度胸!!生き残れたらもう…ヤクザ映画は二度と見ねぇ!!!」

 

思い切ってジャンプしたようだが…。

 

「うわぁぁぁーーーーっ!!?」

 

藻掻きながら下に落ちていくだけであった。

 

屋上端までやってきたヤクザは下に向けて銃を構え、引き金を引く。

 

「な…なんじゃこりゃァァァーーッッ!!弾切れェェェーーーッ!!?」

 

あれだけの乱射を繰り返せば、ドラムマガジンでも弾切れとなるだろう。

 

「チッ…テンション下がった…運のいい奴だぁーーっ!!」

 

踵を返して走りながら大きく跳躍を繰り返し、誘拐を実行したヤクザ達の元に向かう姿。

 

一方、この高さでまともに落ちたら骨折どころでは済まなかった丈二はというと…。

 

「…日頃の運動不足が祟った。飛べると思ったが…あの世まで飛んでいきそうだったぜ」

 

見れば、隣のビルの裏側にあるゴミ捨て場に落下して助かったようだ。

 

「痛みで頭がクラクラする…記憶喪失にでもなりそうだ。そういえば、何で助かった?」

 

ゴミ袋の中身を調べてみる。

 

中身は傷んだボクシンググローブやパンチングミット等の柔らかい素材。

 

ゴミがクッションの役割を果たして助かったのは良いのだが…。

 

<<おう!いつまでもねてんじゃねぇホーク!!早く起きな!ぐずぐずすんな!!>>

 

突然大声をかけられ、横を振り向けば仁王立ちした人物。

 

「おまえ誰だよ!?つーか…マジで誰ぇ!!?」

 

左目を眼帯で覆い、頭が禿げ上がったジムトレーナーを思わせる中年男性の姿。

 

何処かの並行世界にいるかもしれない男だが…この世界には関係なさそうな存在だ。

 

「弛んでんじゃねーぞ()()()!!」

 

「俺はホークじゃねぇぞ!?眼帯オッサン!!」

 

「トーナメント決勝戦が控えてるんだからな!ヴァーチャルバトルで鍛え直してやる!!」

 

「トーナメントとかヴァーチャルバトルとか…何の話をしてやがる!()()()()()だ!!」

 

「ん?よく見たらお前、ホークじゃねぇな!?ホークはお前みたいなオッサンじゃねぇ!!」

 

人違いだと分かった眼帯人物はビルの裏口から中に入り消えていく。

 

「なんか、俺も古い記憶が蘇りそうな気がして…いや、思い出さない方がいい記憶だな」

 

フラつきながら歩き、街の表通りに出る頃には尚紀とちはるが合流してくれたようだ。

 

ちなみに、丈二が倒れていたビルの表通り一階部分の看板には…こう書かれていた。

 

『岡本ジム』

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

各々の捜索内容を纏めるため、現在3人が集まった場所…なのだが。

 

「……あのさ、ちはる」

 

引きつった表情をして、ちはるを見る。

 

<<おかえりなさいませ!ご主人様!!>>

 

「ちはるちゃん…なんでなのか、聞いてもいいかい?」

 

同じく引きつった表情をしてちはるを見る。

 

<<メイドさん!ゲームしようよ!オムライスにお絵かき対決!>>

 

店内から聞こえてくる声の内容からすれば察しがつくだろう。

 

「「なんで、メイド喫茶で捜査会議なんだ!?」」

 

3人が集まった場所とは、神浜でも有名なメイド喫茶であった。

 

「宿無し探偵等々力耕一はね、外で捜査会議をする時はメイド喫茶って設定があるんだぁ♪」

 

((宿無しなのに、メイド喫茶で捜査会議???))

 

「だからね、TVの世界でしか見れなかったメイド喫茶で捜査会議するのに、憧れてたんだぁ♪」

 

ちはるが店内を見渡す。

 

夕方ともあり、学生の姿も見られる盛況な店内。

 

その中でも、特に人気を集めているメイドさんの活躍シーンを拝見する機会に恵まれた。

 

「なぎたーん!あれやってー!!」

 

「あれか、分かった」

 

「あーっ!待って待って!カメラ!誰か他のメイドさんに撮影お願いしてぇ!」

 

人だかりが産まれ、周囲を客で囲まれてしまう光景。

 

こちら側から何をやっているかは確認出来ない。

 

それでも魔力を感じ取れる尚紀は、彼女の正体を察する事ぐらいは出来る。

 

(どうやら、あのメイドも魔法少女のようだな)

 

背中を向け、カワイイな決めポーズ!

 

「困りごとなら、メイドのなぎたんに…お任せ、だぞっ!」

 

人だかりから黄色い歓声が響く。

 

ノリについていけない部外者のような2人は項垂れるばかり。

 

店の雰囲気はついていけないが、気を取り直した3人は向かい合う。

 

「まぁいい、喧しいけど捜査会議を始めよう」

 

「2人の方はどうだった?」

 

「やはり中央区の繁華街が臭いな。この件にはヤクザが絡んでいる可能性が高い」

 

「こっちでも同じ反応だったよぉ」

 

「そうか。実はな…俺はそいつらの拉致現場を目撃したんだ。危うく殺されかけた」

 

「えぇっ!?大丈夫だったの!?」

 

「大丈夫じゃなかったら、今頃俺は病院の霊安室にいるよ」

 

「どれぐらいの規模のヤクザだった?」

 

「信じられるか?こんな街中でサブマシンガンを撃ちまくる…イカれた奴らだったぜ」

 

「よく無事だったな?しかしどうかしてるぜ…暴対法や暴排条例で締め付けられてるのに」

 

「俺が見た感じ、連中は正気じゃなかった。それにな…人間とは思えない身体能力をしていた」

 

「人間とは思えない…だと?」

 

「えっ…?そんな存在が私達の他にも…」

 

魔法少女の話が口から出かかったちはるの太腿を横の尚紀がつねりあげてくる。

 

「ひぎゃーーっ!?」

 

悲鳴を上げながらも口を噤み、彼女が魔法少女だということを伏せる事が出来た。

 

「俺が駆けつけた時には既に、女子学生が攫われた後だった」

 

「だとしたら、この繁華街付近に拉致した人物達を隠している場所があると考えるべきだ」

 

「グズグズしてはいられないが、これは完全な刑事事件だ。ヤクザが絡むなら尚更だ」

 

「じゃあ、ここから先は警察に連絡して対処してもらうの?」

 

「それが真っ当な探偵の判断だが…問題があるだろうな」

 

「あのヤクザ共は普通じゃなかった…。警察が相手をしたところで、知れたもんじゃない」

 

「なら私達で救おうよ!だって探偵は…弱き人々を助けるヒーローだもん!!」

 

「どうする丈二?ここからは刑事事件の領域だが、民事を取り扱う俺たち探偵の領分ではない」

 

「先ず警察に私人として通報だ。俺達は引き続き拉致被害者が軟禁されている場所の特定を急ぐ」

 

「了解だ。消息不明、行方不明は一週間が過ぎると見つかる可能性が格段に落ちるからな」

 

「警察と探偵の連携捜査だね!!あぁ…私は今、探偵ドラマの世界にいるよぉ!」

 

目を輝かせる緊張感の無い者を見て、2人は大きく溜息をついた。

 

捜査会議が続いていた頃、ちはるだけ頼んだメイド喫茶料理が厨房で出来上がったようだ。

 

しかし、出来た料理を運ぶメイドさんが怪し過ぎるのだ。

 

<<ダタラちゃん!これを6番テーブルのご主人様にお願い!>>

 

<<一度聞けば判る!もう一度言え!>>

 

<<だから!6番テーブルだよ!!>>

 

<<ご主人様の喜ぶ顔を見てやるゾ!!ん?熱さが足りないぃぃーーっ!!>>

 

<<ちょっとダタラちゃん!?厨房に入ってきて何を…えぇーーっ!!?>>

 

厨房のドタバタ騒ぎが聞こえた尚紀が視線を厨房に向ける。

 

「そういえば、ちはるが頼んだメニューが来ないな?」

 

「う~…急がなきゃならないって分かってたら、注文しなかったよぉ~」

 

「急いで口の中に掻き込んじまえ」

 

ようやくちはるの料理がメイドさん?に運ばれて来たようだが…。

 

「うぉれを呼んだのは、うぉまえかぁ!!ご主人様ぁぁーーッ!!!」

 

妙な叫び声と共に異様な熱気が近づいてくるのを感じた3人が振り向いて、目を丸くする。

 

「な、なんだよ…このイカれたメイドは!?」

 

「…あのマグマの塊みたいな料理、ちはるが頼んだ煮込みハンバーグ入りオムライスか?」

 

ちはるの前に持ち運んでくる存在とは、業魔殿で見かけたマッドメイド。

 

刀鍛治師が使う火箸を用いて持ち運ばれるのは、人を殺しにかかる料理。

 

皿まで熱せられた煮えたぎる灼熱料理である。

 

「熱いぃぃーーーっ!!机に置かれただけで顔が火傷しそうな熱気だよぉ!?」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!うぉれは、熱いのが大好きなんだぁぁぁ~!!」

 

「その声はたしか…お前、ヴィクトルのところで働いている奴か?」

 

気が付いてくれたのが嬉しかったのか、腰に両手を当ててふんぞり返る。

 

「うぉれは、メイドのイッポンダタラ!!趣味は読書とリリアンだァァァァァ!!」

 

【一本踏鞴(イッポンダタラ)】

 

一つ目で一本足をした妖怪であるが、現在は人間の少女に化けている妖怪。

 

別名雪入道などとも呼ばれ、雪国の山の中で一本足の足跡を残す妖怪だと言われる。

 

片目は存在せず、4の形を描くシールを右目に貼り付け前髪を伸ばして覆い隠しているようだ。

 

これは鍛冶師と深く関わる概念存在だからだろう。

 

鍛冶師は溶解する鉄の輝きを見続けるため片目が潰れてしまう。

 

金属を溶かす際に使用する鞴(ふいご)を踏み続けるために片足も萎えるという。

 

それらの事から、イッポンダタラは一つ目の鍛冶神と考えられている。

 

天目一箇神(あめのまひとつのかみ)の零落した姿であると伝わっていた。

 

「えっと…コレ、私が食べないと…駄目?」

 

「どうだぁ!?ステキすぎて、死ぬぜぇぇぇぇぇ!!!」

 

「私の舌が死んじゃうよぉーーっ!!!」

 

「なんでヴィクトルのところだけでなく、メイド喫茶でバイトなんてしてるんだ?」

 

「うぉれは、カワイイを理解したい!!みたまに勧められたから、ハイカラになりに来た!!」

 

(のほほん調整屋…ノリだけで災厄を周りに振り撒いてないか?だからコイツと仲が良いのか?)

 

「うぉれはここで雇われた!!オリンピック級の活躍だぁーっ!!!」

 

「無理無理!!こんなの食べたら私の口が死んじゃうよぉーーっ!!!」

 

「ホレ、お嬢様!熱々のうちに食えっ!!うぉまえの喜ぶ顔を見てやるゾ!!」

 

調子こいているマッドメイドの元に近寄ってくる1人のメイド姿。

 

「そこまでだ、ダタラ君」

 

突然後ろからチョークスリーパーをキメて首を締め上げる。

 

「ががががが!?なぎたん先輩ぃぃーーっ!!!?」

 

後ろを見れば、先程周りを賑わせていたメイド人物である。

 

「君がご主人に喜んで貰いたくて頑張っているのは知っている」

 

「うぉまえ…うぉれを殺すのかぁぁぁ!?」

 

「そんなつもりはない。君の努力は空回りしているだけだから注意しに来たのだ」

 

「注意という名の制裁…!し…死にが、ハチィィィィ……終了!!」

 

片目が白目を向き、後ろに倒れ込んだ。

 

(悪魔を絞め落とすメイド魔法少女、なぎたんか…末恐ろしい奴だな)

 

「申し訳なかった、ご主人達。代えの料理を用意させよう」

 

「あ、いえ大丈夫です!私達は急ぎの用事が出来たんで…」

 

「むっ?そうか…では、この料理の料金はかからないように上に伝えておく」

 

3人は精算を済ませ、メイド喫茶を後にする。

 

「現場に戻って現場検証だ。消音装備をつけていたから通報はされていないと思うが…」

 

「まぁ、警察が封鎖していたら他の方法を考えるしかないな」

 

「真実ってものは案外、近い所に転がってますからね」

 

「それも宿無し探偵ドラマのセリフか?」

 

「分かるんですか!?」

 

「お前はドラマのセリフを言う時は、その胸のバッジに話しかける癖があるからな」

 

「それよりちはるちゃん。捜査は深夜まで続くと思うが、保護者に連絡は大丈夫か?」

 

「大丈夫!水徳寺の和尚さんには事情を説明してるから、大目に見てもらえるよぉ」

 

「とんだ職場体験になっちまったが、愚痴も言わずに元気なところが心強いよ」

 

「行くぞ。攫われた女子生徒の手がかりに繋がる何かがあるかもしれない」

 

急ぎ足で繁華街に向かう3人組。

 

彼らの後ろには、ちはるの保護者をやっている魔法少女達の姿もあった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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100話 探偵事務所

中央区繁華街に戻ってきた3人は、丈二が襲われた路地裏に向かう。

 

「まだ警察の初動捜査は入っていないようだな」

 

「みたいだな。警察本部には既に通報しているし、直ぐに機動捜査隊連中が来る」

 

「その前に、出来る限り情報を集めるよぉ」

 

陽も沈み始めて薄暗い路地裏の中に入っていく。

 

「よ~し!私の探偵グッズの出番だよぉ~♪」

 

腰のポーチから取り出したのは、警察の鑑識員が使うような道具の数々。

 

愛用の虫眼鏡とLED懐中電灯を使い、現場の中で行方不明者とヤクザに関する情報を調べだす。

 

「おいおい、本格的な捜査をやっているヒマはないぞ?」

 

警察が現場に向かっている中、現場検証を勝手にやっている状態であり褒められる行為ではない。

 

「手分けして探そう。警察のサイレンが聞こえだしたらトンズラしようぜ」

 

「う~~…ドラマなら警察の人と協力して現場検証するんだけどね…」

 

手分けして路地裏内を捜索中していると、ちはるが大声を上げてくる。

 

「あっ!ねぇねぇ2人ともーっ!こっちに来てー!」

 

ちはるの元に走ってきた2人が目にしたものとは…。

 

「こいつは、攫われた女子学生の鞄か?」

 

「ちゃんと手袋をして現場の品に触れているようで安心した。流石だな」

 

「現場を荒らす行為は最小限にしないとね。見て、中は物色されたような形跡はないよぉ」

 

「中には何が入っている?」

 

「運動着や教科書、それに財布やスマホが入っているみたい」

 

「スマホと財布か。個人情報を勝手に検めるのはご法度だが、持ち主の命がかかっている」

 

「学生証もあるぜ。スマホのパスワードに使えるかも知れない」

 

学生証に記載された誕生日を暗証番号として入力すると、スマホ画面が開いたようだ。

 

「運が良かったな。若い娘だったし、親が心配してGPS追跡アプリを入れてるかもしれない」

 

「入れてるみたいだ。だが、スマホがここにあっては本人を追跡するのには使えない」

 

「追跡アプリを入れるぐらい防犯意識が高いなら、服の中に何かGPS端末を隠しているかも?」

 

「見ろ。子ども用GPS端末アプリもある。電話機能の無い単機能タイプの位置把握アプリだ」

 

「ビンゴ。位置情報が出てきたな…どうやら、連中の潜伏先は中央区隣の工匠区付近だ」

 

「警察車両のサイレンが聞こえてきた…そろそろズラかるぞ」

 

「えっと、鞄は現場に戻しておくとして、スマホはどうしよう?」

 

「位置情報は確認したが、潜伏先を移動する可能性もある。俺たちで持ち主に返しに行くか」

 

3人は急いで現場から離れ、行方不明者の追跡を開始。

 

だが、気になることがある。

 

静香とすなおの2人が、3人の近くにいないのだ。

 

3人が路地裏に入るよりも少し前の時間。

 

<静香。カーブミラーを使って後ろを見て>

 

<あの連中…ずっと私たちをつけ回してくるわね>

 

2人の後をつけ回しているのは、複数のヤクザ達。

 

<諦める気配はない。走って逃げます?>

 

<あそこの路地裏に行きましょう。見た感じ、カタギじゃなさそうだし遠慮はいらないわ>

 

ビルとビルとの間の奥に進み、非常階段の骨組みやゴミ箱が散乱した路地裏内に入る。

 

既に陽も沈みかけ、辺り一面は不気味なほどに暗い。

 

「何で私達を追い回すのか、理由を聞いてもいいかしら?」

 

「ほう?度胸が据わったお嬢ちゃん共だ。たいていの小娘は怖くなって逃げるんじゃがのぉ」

 

「褒めても何も出ないわよ」

 

「もっともそれは、俺たちがちょいと細工をしているんだがなぁ」

 

「私達はヤクザに狙われるような事をした覚えはありませんが?」

 

「ククク、別に恨みがあって追っているわけじゃないんじゃが…」

 

「私達をどうする気?返答しだいじゃ、容赦はしないわよ」

 

「俺らはな、魔法少女って小娘共が必要なんだよ。お前ら運がなかったな」

 

「わ…私達の正体を知っているの!?」

 

「ヤクザを恐れない態度、そして度胸。可愛いお嬢ちゃんだが…どうやら油断出来ねぇな」

 

ヤクザ達の赤い瞳が瞬膜となる。

 

それと同時に、周囲の景色が異界化してゆく。

 

「こ…これは結界!?悪鬼の結界とは光景が違うわ!?」

 

「これが…ヤタガラス退魔師でもある神子柴様が言っていた、異界と呼ばれる世界なの!?」

 

人の姿をしていたヤクザ達の体が膨張し、霧を体から撒き散らしながら異形化してゆく。

 

「静香!!これは本来、私たち巫が相手をするべき存在ではありませんが…!」

 

「ええ!やらなければ…こちらがやられる!!」

 

2人は左手からソウルジェムを生み出し、魔法少女の姿となる。

 

霧の中から現れ出た、ヤクザたちの変わり果てた姿とは?

 

「人間の姿しか見せない嘉嶋さんも…こんな化け物みたいな姿になるのですか?」

 

「これが…ヤタガラスの退魔師が私たち巫に代わり、古より戦ってきた霊的驚異…!」

 

――悪魔ッ!!!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【ストリゴイイ】

 

ルーマニアの死せる吸血鬼と呼ばれ、ドラキュラや西洋吸血鬼のオリジナル。

 

赤髪碧眼で二つの心臓を持つと言われている

 

自殺者、魔女、犯罪者、偽証者など、真っ当でない人間が死後ストリゴイイになりやすいという。

 

ストリゴイイは、あの世に行けなかった死者が墓から起き上がった存在。

 

死んでから最初の40日間、墓から起き上がったストリゴイイは、血を求めて彷徨う。

 

元々は人間なのだから姿も人間であり、家族の元に帰っては襲いかかる存在と呼ばれた。

 

「まるで…人の姿をした赤髪の獣よ!!」

 

「悪魔が何故、私たち魔法少女を狙うのか…理由を聞いてもいいですか?」

 

「シド様や親父に命令されてんだが…あぁ、美しい…美しいじゃねぇかテメェら」

 

「な、何よ…褒めても容赦しないからね!」

 

「血が…テメェらの血が飲みたい!悪魔の姿になったら…衝動が抑えられねぇ!!」

 

「私達の血を飲みたいですって!?」

 

「心配すんな…俺達は親父やカシラのように、仲魔を増やす力はねぇからな」

 

ストリゴイイは40日が過ぎたら、モロイというゾンビになると言われている。

 

シドにとっては彼らなど使い捨てなのだ。

 

吸血鬼の牙を見せながら、ヨダレを垂らして可憐な魔法少女に興奮する悪魔達の禍々しい姿。

 

「だからよぉ…理性がある内に少しぐらい、楽しんでもいいよなぁ!!?」

 

「来るわよ静香!!」

 

「迎え討つしかない!!」

 

すなおは右手をかざし、自身の魔法武器である黄色いリボンで飾った水晶を生み出す。

 

「調整で強くなった私達の力…見せてあげる!」

 

剣の柄を握るように両手を合わせ生み出した魔法武器、それは()()()を思わせる。

 

七支刀とは、奈良県天理市の石上神宮に伝来した古代の鉄剣であり、6本の枝刃を持つ特異な形。

 

石上神宮に伝わった本物ではないにしろ、武器として扱える代物ではないのだが?

 

「すなお!時間を稼いで!!」

 

両目を瞑り祈祷を行う。

 

祈祷とは神様に願いを祈り、捧げるための儀式。

 

「何をやるのかしらねぇが…血を吸わせやがれぇぇぇーーッッ!!」

 

一斉に悪魔たちが飛びかかる。

 

「やらせません!光って!!」

 

水晶を頭上に掲げる。

 

水晶玉が光を放ち衝撃波が生み出され、悪魔たちの飛びかかりを弾き飛ばす。

 

「なんだこの力は!?悪魔の力とは違う…これが魔法少女と呼ばれる連中の魔法!?」

 

「はぁぁぁっ!!」

 

静香の両目がカッと開かれ、目の前に掲げた七支刀が業火を放ち始める。

 

「炎の属性魔法が使えるのか!?炎は…俺達には不味い!!!」

 

七支刀を振るい、悪魔にめがけて火球が撃ち出される。

 

だが悪魔たちは飛び上がり、周りの地形を巧みに使う俊敏なステップ移動を繰り返し避ける。

 

「俺達のキリングステップを味わうがいいぜぇぇ!!ヒャーハハハ!!!」

 

両手から鋭い鉤爪を伸ばし、獲物を引き裂き血を啜らんと迫りくる。

 

「私の退魔を司る炎の力…悪鬼である魔獣でなかろうが、滅ぼしてみせる!」

 

七支刀の先端を地面に突き立てれば、彼女たちを守る業火の壁とも言える炎の柱が噴き出す。

 

<<ギャァァァーーーッ!!!>>

 

数体の悪魔が炎の柱に飛び込んでしまい、炎に飛び込む蛾のように燃え上がり滅びる。

 

「効いたわ!!魔法少女の魔法の力は悪魔にも通じるわね!」

 

「ちくしょう…こいつら手練だ!ならよぉ…俺らも悪魔の魔法を見せてやる!!」

 

一体の悪魔の赤き目が瞬膜となり、すなおの両目と合わさる。

 

「えっ…?な、なに…これは……ヒィィィッ!!?」

 

「どうしたのすなお!?しっかりして!!」

 

突然動揺してPANIC状態となってしまい、地面に蹲るすなお。

 

人間の精神に状態異常を起こさせる悪魔の魔法『シパニ』が効いたようだ。

 

静香にはそうは見えないが、今の彼女が見えている自分の姿は…()()()()()

 

「あ…ああ…いや…嫌ぁぁぁーーっ!!!」

 

自分の両手を見れば、まだ温もりさえ感じる鮮血で濡れる。

 

<<やるんだよ、すなお>>

 

「神子柴…さま……」

 

<<それがお前さんの役目。日の本の役に立たない力無き巫は、ヤタガラスには必要ない人材>>

 

「しっかりしてすなお!?」

 

<<よく出来たねぇ。いつ死ぬかと怯えて暮らすより、楽に死なせてやるのが慈悲というもの>>

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…!!」

 

<<いつもの通り、遺体は川に捨てておくんだよ>>

 

<<わしの可愛い悪魔も、ソウルジェムを喰えて喜んでおるわ…クックックッ>>

 

酷い幻覚と幻聴に苛まれ、地面に蹲ったまま藻掻き苦しむ。

 

「後はそいつだけだ!!炎を出される前に仕留めろ!!!」

 

キリングステップを駆使し、左右のビルを跳ねながら跳躍し続けて静香に飛びかかる。

 

「異界と呼ばれる結界世界が、現実の空間にどんな影響を与えるか分からない!でも!!」

 

静香は七支刀に魔力を大きく注ぎ、天に掲げる。

 

「多勢で仕掛けてくる悪魔を倒し切るには…これしかない!!」

 

この一撃こそ、時女静香の切り札であるマギア魔法『巫流・祈祷通天ノ光』と呼ばれる必殺魔法。

 

天空に表れ出たのは、無数の光。

 

鈍化した世界。

 

飛びかかる悪魔たちの頭上には、ロックオンの如き印が浮かぶ。

 

時女一族の家紋である()()()()が、悪魔の頭上で光り輝く。

 

桜紋とは、木花咲耶姫(このはなさくやびめ)を祀る神社などが紋に用いてきた。

 

しかし散る儚いイメージから、武家の家紋としては敬遠されてきた家紋だ。

 

「悪鬼浄滅の光よ…ここに!!」

 

空から一気に光の柱が撃ち出され、悪魔達を頭上から貫く。

 

<<ギャァァァァーーーッ!!!!>>

 

光は業火となりて全ての悪魔を焼き尽くし、滅び去る。

 

悪魔達が構築していた異界結界も解け、静香は七支刀を振るい、纏う光を消した。

 

「良かった…現実世界に大きな影響は見られない。それよりすなお!しっかりして!!」

 

「あっ……?わ、私は…いったい?」

 

「良かった…正気に戻れたみたいね?」

 

手を差し伸べてくれた彼女の手を掴み、立ち上がる。

 

「これが…悪魔と呼ばれる者達の力なんですね」

 

「ええ…古来より退魔師たるデビルサマナー達が戦ってきた存在。私も初めて戦ったわ」

 

「よく切り抜けられましたね。悪魔達は悪鬼とは違い、意思を持ち魔法さえ使えるのに」

 

「そうね…でも、問題があるわ」

 

「ええ…私達はヤタガラスの魔法少女一族。本来私達は…悪魔と戦う事を許されていない」

 

「他の退魔師一族の領域を犯した越権行為として、見つかったら大事になるわ」

 

「互いのメンツなんて気にしている場合じゃないのに…組織とは複雑ですね」

 

「それより、このヤクザの姿に擬態した悪魔達の言葉の中に…気になる部分がなかった?」

 

「たしか…親父やカシラのように、仲魔を増やす力はないと言ってましたね」

 

「仲魔を増やす…まさか、こんな吸血鬼共を増やせる悪魔が2体もいるわけ!?」

 

「だとしたら大変…その者達が悪魔を増やしていけば、莫大な数の人間達が犠牲になる」

 

「すなお、距離はあるけど今直ぐ時女の分家集落にある名も無き神社に向かって欲しいの」

 

「応援を呼ぶのですね?」

 

「ヤタガラスの使者に事情を説明して、応援のサマナーを呼んでもらいましょう」

 

「何を言われるか判りませんが、それしか方法はなさそうですね。…え、私だけ?静香は?」

 

「ちゃると合流するわ。この一件に悪魔が関係してると分かったことだし、ほってはおけない」

 

「1人で大丈夫ですか?まだ神浜生活に完全に慣れたわけでもないし…」

 

「大丈夫!どっちが北で南かぐらいは理解出来たから!」

 

「そうですね…2人で名も無き神社に向かっていては、ちゃるとの合流も遅れますし」

 

「それじゃ、私は嘉嶋さん達の後を追うわね」

 

すなおの心配事など尻目に、彼女は走り出す。

 

(本当に大丈夫かしら…?静香の世間知らずは、筋金入りですし…)

 

信じるしかないと判断し、すなおも変身を解きながら神浜市郊外の分家集落を目指す。

 

そんな2人を見つめ続けていたのは、秋である季節故によく見かける虫であろうトンボ。

 

トンボを通して、何者かの気配をちはるが近くにいたならば感じられただろうが今はいない。

 

「それにしても…さっきのすなおの反応は何だったのかしら?」

 

普段着姿に戻って走り続ける彼女も訝しむような表情を見せるが、それは後回しと判断。

 

「あれ…?中央区の繁華街って、あっちで良かったのよね…?」

 

すなおの不安は的中し、静香は全く違う方面へと駆け抜けていってしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜市工匠区は工場街でもあり、工場や社宅が多いエリアが目立つ。

 

しかし、この工場街にも栄枯盛衰の影は大きい。

 

古くから根ざす職人が残る中小工場地帯以外で参入した企業工場の多くは、既に移転か廃業。

 

人気のない廃工場だらけの寂れた地域が多く残っているようだ。

 

「この廃工場からGPS反応は動いてないよぉ」

 

「みたいだな。人がいる気配はあまり感じないが…」

 

「どうしよう所長?探偵ドラマなら踏み込みシーンになるけど…」

 

「住居不法侵入だ。現実の探偵は、捜査令状など与えてはくれない」

 

「そうは…そうだけど……」

 

「間違いだったら近隣住民に通報されて、俺達が警察署行きだ」

 

「う~ん…現実の探偵は地道だよぉ。それでも私、張り込み頑張るね!」

 

丈二とちはるは現在、廃工場に入る入口付近がよく見える角で張り込み捜査を続けている。

 

「うっ…お腹空いてきたよぉ。やっぱりメイド喫茶の料理、一口食べておけばよかったかも」

 

「尚紀を近くのコンビニに買い物に行かせてる。もう少ししたらこっちに来るだろう」

 

「やっぱり張り込み食と言えば、アンパンと牛乳!等々力さんもドラマの中でいつも食べるよ!」

 

「前時代過ぎる…。まぁいい、ささっと済ませれる利点は高いからな」

 

2人が向き合って話していたが、人の気配が近づいてくるのを感じ取り前に視線を向ける。

 

見ればチンピラみたいな人物が、廃工場の前を通りかかってくる。

 

「あの人…凄く臭うよぉ。こんな悪意…今まで感じたことがない」

 

「なんだ?臭うって?」

 

「私ね、人の悪意を嗅ぎ分けれるっていうか…勘が働くって、皆から言われるんだよぉ」

 

「女の勘ってやつか?馬鹿には出来ないが、リスクを犯して動く根拠としては弱い気も…」

 

「人だけじゃなく、物から感じられる悪意もね、私はなんとなく分かるんだ」

 

「まるでちはるちゃんは警察犬だな…」

 

「あの人が持ってる鞄の中に、凄い悪意を感じる…。凶悪犯罪に使えるような悪意が…」

 

「警察なら所持品検査を行えるが、俺達がそれをやるわけにはいかない」

 

「信じて!私の勘…今まで外れたことがないんだよぉ!!」

 

廃工場の中へと消えていくチンピラを確認し、ちはるも駆け出していく。

 

「ちはるちゃん待て!!…ったく!すなおちゃんが言ってた通り、無鉄砲な子供だ!」

 

彼女の後を追い、丈二も廃工場の中へと入っていく。

 

暫くして、尚紀がレジ袋を抱えながら張り込み場所に帰ってくるのだが。

 

「工場帰りの連中が結構集まるコンビニだったし、随分レジに並ばされちまったなぁ」

 

張り込み場所まで戻った彼は、辺りを見回す。

 

「いない…?何かあったのか…?」

 

黒いトレンチコートのポケットに入れてあるスマホを取り出し、丈二の番号で電話をかける。

 

この時、それが丈二達に災いを与える結果になろうとは思いもよらない。

 

未来を知る力が備わらないまだ未完成の概念存在である人修羅には分からなかったようだ。

 

……………。

 

所変わって、静香の方は…?

 

「ここはどの辺なのよーっ!?」

 

繁華街どころか中央区から大きく離れ、工匠区の工場街を彷徨い歩いている。

 

「うぅ…おかしいわね。あっちの景色が北で、こっちが南だと思ったのに???」

 

やはり街の景色で東西南北を判断する力は、まだ備わってはいなかったようだ。

 

「もう暗くなっちゃったし…どうしよう?すまほでちゃるを呼び出したいけど…」

 

渡されたスマホを取り出すが、彼女はロック画面を解除するやり方程度しか理解していない。

 

「これ…通話あぷりってどれなの?沢山あぷりが表示され過ぎて、訳がわからない…」

 

彼女にとっては、与えられたスマホはただの板切れでしかないようだ。

 

溜息をつき、バスを待つ停留所のベンチに座り途方に暮れる。

 

「ぐぅぅ…お腹が張って辛い。神浜に来てからストレスで便秘が続くようになったわ…」

 

同じ食事内容をしていても、ストレスによって大腸の機能が止まってしまう事が多い。

 

自然溢れる霧峰村という秘境から、無機質な大都会へ移る。

 

田舎暮らししか知らない素朴な彼女にとっては、大きな心の負担となっていた。

 

その時、お腹を抱えて項垂れていた彼女の視線が前を向く。

 

(あのヤクザみたいな身なりの男…何か変ね?)

 

工場街の就業時間も終わりが近いのに、沢山の弁当を抱えているヤクザが1人歩いている。

 

不審に思った彼女は立ち上がり、尾行を開始。

 

見ればそのヤクザは、天堂組の若頭からタカシと呼ばれた人物。

 

「拉致った連中の飯まで用意せにゃならんのも面倒くさいな。早く次の便が来ればいいんだが…」

 

道を歩いていたタカシだったが、隣に見つけた公園の中へと入っていく。

 

「俺も腹が減ってきた。悪魔にされても腹が減りやがるとは…飢えの欲望は同じってわけかよ…」

 

公園のベンチに座り、レジ袋の中から買った品を取り出す。

 

悪魔の分として買った血の代用となる生肉刺し身と赤ワインを取り出し、食事を始めていく。

 

そんな彼の姿を、公園内にある緑の茂みから監視を続ける静香の姿。

 

「ちっとションベン…」

 

刺し身を食べ終えワインを飲んでいた彼が瓶を椅子に置き、公園内にあるトイレへと向かう。

 

(…チャンスね)

 

暫くして戻ってきた彼が椅子に座り直し、胸のポケットからタバコを取り出し一服。

 

「飯の後の一服は、悪魔にされてからも変わらん格別さがあるのぉ」

 

赤ワインを飲みながら次のタバコに火をつけ、ヘビースモーカー故に時間が過ぎていく。

 

暫くすると…タカシの表情に異変が起きた。

 

「うごっ!?な…なんか、急に腹が痛くなって…賞味期限はまだだったろ!?」

 

急激な腹痛に襲われ、尻を抑えながら小走りを開始。

 

トイレに入って便座のドアを開けた時、タカシが見た光景とは?

 

「なんじゃこりゃぁーっ!?トイレットペーパーが、全て無くなってやがるじゃねーか!?」

 

愕然としていると、怪しげな少女の声が木霊する。

 

<<フフフ、神浜生活で私が手放せない、私の便秘薬が全部入ったお酒が効いたようね>>

 

少女の不敵な笑い声が響く入り口。

 

尻を抑えながら見れば、公園の明かりを後光とし存在。

 

不敵な笑みを浮かべ仁王立ちしているのは静香だった。

 

「おんどれぇぇぇクソガキ!!?俺をハメやがったなっ!!?」

 

「タバコを吸ってる間にトイレットペーパーも隠させて貰ったわ!」

 

「なんてことしやがるんだテメェ!!?」

 

「さぁ、さっき言ってた拉致った連中という部分を詳しく話しなさい!紙が欲しくないの!?」

 

「ざっけんなコラーっ!!悪魔の俺にこんな真似してタダで済むと…ウゴゴゴゴッ!?」

 

大声出したものだから肛門が緩んでしまう。

 

「喋らないと…社会人として大変な事態になりそうね?」

 

「クソ…だが、この辺にもコンビニがあったはず。そこまでもたせりゃいいだけじゃ!」

 

歩く振動を最小限に行う繊細な小走り中。

 

静香の横を通り越えようとするのだが…?

 

<<させないわよーーっ!!!>>

 

突然興奮した静香の猛烈な体当たり。

 

組み付き踏ん張り抑え込み。

 

「グオオオオッ!!?止めるんじゃねぇぇぇ…!」

 

「私は!!阻止の魔法を持つ!!魔法少女よーーっ!!!」

 

「魔法でもなんでもねぇぇー!!こんな真似して…少女として恥ずかしくないのか!?」

 

「うるさぁーーーいッッ!!!」

 

「なんて女だよ!?悪魔みたいな女じゃねーか!!」

 

「悪魔に言われたくはなーーいッッ!!!」

 

一進一退の攻防だったが、悪魔の力を全開にして振りほどく。

 

倒れ込んだ彼女を捨て置き、繊細な小走りのまま公園内を移動中。

 

<<ニ ガ サ ナ イ !!>>

 

怯えた顔で後ろを振り向く。

 

地面を荒ぶる獣の如く這いながら迫りくる、阻止の魔法少女。

 

「ヒィィーッ!!お助け下さいトイレのカンバリ神様ッ!!妖怪嫌がらせ女が襲ってくるー!!」

 

両足に組み付かれ、倒れ込んだタカシ。

 

「ハオッ……!!!!!」

 

肛門にメギドラオンの如き衝撃が走った。

 

「えっ?ヒィ!!……でちゃった?」

 

涙目となっているタカシがか細い声を上げていく。

 

「…俺の完敗だ。情報をやるから…トイレの紙をくれぇぇ……」

 

ついに観念してしまったのか、尻を抑え込み倒れ込んだタカシの口から語られる情報。

 

情報と引き換えにトイレットペーパーを得たタカシが事なきを得る。

 

その頃には既に、静香の姿は公園に無かったようだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

LED懐中電灯を前に掲げ、不気味な廃工場内を慎重に進む丈二。

 

「不気味な廃工場だな…まるでコンクリートの遺跡だぜ」

 

瓦礫が散乱した工場内を進むと、人の手が加えられた形跡を見つける。

 

工場に明かりを取り込む割れた窓が日差しを遮る巨大なブラックシートで覆われているようだ。

 

「どうりで外の明かりが何も入らないわけだな…」

 

骨組みだらけの広間を抜け、階段を登っていく。

 

「おいおい…なんだよ、この棺桶の山は…?」

 

工場と隣接する散乱した事務所内で見つけた物は、酷く不気味。

 

「まさかとは思うが……マジかよ!!?」

 

中を開けてみると、そこには行方不明となっていた男性達の青白い死体が出てくるのだ。

 

「悪夢だな…だが、この廃工場に行方不明少女の反応もある。最悪の予想しか頭に浮かばないな」

 

刑事時代の冷静さを取り戻そうとしていた時、少女の声が小さく響く。

 

「所長!こっちこっち!」

 

声に振り向くと、そこにはLED懐中電灯を持ったちはるの姿。

 

「このバカ!無茶しやがって!」

 

「ごめんなさい…。でもね、やっぱり私が感じた悪意の臭い…当たっていたよ」

 

「どういうことだ?」

 

「こっちに来て。攫われた少女達だと思う泣き声が聞こえる部屋があるの…」

 

「マジかよ…?女の勘も侮れないもんだ」

 

「ついて来て。ここからは明かりをつけない方がいいと思うよぉ」

 

ちはるに先導され壁伝いに進む。

 

事務所内倉庫がある場所を2人は角から見つめる。

 

「確かに、少女達の泣き声が微かに聞こえるな…大当たりだ」

 

「助けようよ所長!ここで動かなかったら探偵じゃないよぉ!!」

 

「気持ちは分かるが、今の俺は刑事じゃない。フィクションのように浪漫ある探偵でもない」

 

探偵とはエージェントであり情報を集めるだけの情報屋。

 

集めた情報をどう扱うかは依頼人が決めることであり、そこから先は弁護士や警察の領分だ。

 

「そんなのおかしいよ!等々力さんなら、目の前で助けを求める人達の声を無視なんてしない!」

 

「現実とフィクションを混同して考えるな。情に流されれば職員全てが危険に晒される」

 

「だけど……」

 

「場合によっては…警察さえ俺達を捕まえようとする。それが…君の憧れてる探偵の現実だ」

 

「そ、そんなのって…」

 

「どうだ?探偵になるのは嫌になったか?」

 

「……………」

 

現実を突きつけられ、落ち込む表情を見せるちはるを見た丈二も溜息をつく。

 

「…ちはるちゃん。日本法には現行犯逮捕にのみ私人逮捕が認められているのを知ってるか?」

 

「えっ…?」

 

「逮捕状がなくても行うことができる刑事訴訟法213条だ」

 

犯人が現に犯行を行っているか行い終わったところなら、逮捕して身柄を確保する必要が高い。

 

誤認逮捕の恐れも少ないというわけだ。

 

「所長…それって、もしかして…」

 

「どうだ、名探偵ちはる君?今の現場を捜査して、現行犯逮捕の必要性はあるかね?」

 

「う…うん!!全員お縄にする必要があるよぉ!!」

 

「ならどうする?社会正義に熱い一市民でもある、ちはる君は?」

 

「絶対に子供たちを誘拐した連中を逃さない!探偵は、正義のヒーローなんだから!!」

 

泣きそうだったちはるの表情に、笑顔が戻ってくれたようだ。

 

(ヤレヤレ、尚紀に言われた通り…俺は女に甘過ぎるな)

 

その時、丈二のスマホが鳴り響く。

 

静か過ぎる廃工場ではけたたましく聞こえるだろう着信音に気づいた誘拐犯達の大声が響く。

 

<<なんだぁ!?外に誰かおるんかぁ!!?>>

 

悪魔にされたヤクザが数人出てきて辺りを見回す。

 

「不味い…マナーモードにしておくべきだった」

 

「どの道…全員御用にするよぉ!」

 

事務所倉庫隣の部屋の扉の辺りから異変が生じる。

 

よく見ると隙間から霧が噴き上がり始めるのだ。

 

<<何処のどいつだぁ?命知らずにも、親父のシノギを嗅ぎつけた哀れなゴミは?>>

 

「な…なんだ?俺は夢でも見てるのか…?」

 

夜目に慣れだした丈二が見える光景は現実感を感じさせない。

 

霧がどんどん廊下に溜まり込み、大きな顔の表情となっていくおぞましい光景なのだ。

 

周囲の景色も変わりだし、異界化してゆく。

 

「これは…悪鬼である魔獣とは違う結界世界…!?」

 

「ちはるちゃん…こいつはヤバい。刑事の勘などなくても分かる!」

 

霧が濃密化し、人の形となりて…それは具現化した。

 

<<男は度胸ぉぉ!悪魔は酔狂ぉぉ!浅草ROCKで祭りだぜぇ!!>>

 

【ヴァンパイア】

 

ヴァンピールとも呼ばれる人の血を吸うとされる魔物とされ、発祥は東欧スラブ地方と言われる。

 

主に埋葬された死者が何らかの原因で動き出し、生者から血を吸う存在だと言われる存在。

 

血を吸われた者も吸血鬼と化すとか、血を吸うだけでなく様々な災いの元凶になっているという。

 

ブラム・ストーカーの小説や、怪奇映画の数々がヴァンパイアの概念を変えていく。

 

貴族然とした耽美な吸血鬼イメージを作り上げていったようだ。

 

吸血鬼の生態は伝承によって細かな差異はある。

 

聖なるシンボル、日光や水や鏡を嫌い、心臓に白木の杭を打てば死ぬという弱点などが伝わる。

 

小説ドラキュラの登場人物の一人であるヴァン・ヘルシング教授はこう語る。

 

吸血鬼を怪力無双、変幻自在、神出鬼没と称する程、多岐に渡る固有能力を語ってくれていた。

 

「何だ!?昔のドイツ映画で登場した…ノスフェラトゥみたいな醜い顔をした貴族野郎は!?」

 

「お前映画に詳しいな?親父共々俺もヴァンパイア化出来るなんて、夢にも思わなかったぜ!」

 

懐から手鏡を取り出し自分のCOOLな姿を確認するが、そこには何も映っていない。

 

興味なさげに後ろに手鏡を捨ててしまう。

 

「所長は下がって!!私が相手をするよぉ!」

 

左手からソウルジェムを生み出し、眩い光を放ち始める。

 

「今度はなんだってんだーっ!!?」

 

光の中から現れ出たのは、岡っ引きめいた魔法少女である広江ちはるの姿。

 

「ハハハ!!テメェ、魔法少女か!探す手間が省けるとは景気がいいなぁ!!」

 

「魔法少女だと…?ちはるちゃん、君は一体…?」

 

丈二の脳裏に、かつて自分を襲ったコスプレ少女の姿が浮かぶ。

 

刑事部捜査第一課で警部補を努めていた時代に世話になった先輩の失踪した娘の事も頭に過る。

 

「隠しててごめんなさい…。でも、魔法少女は社会から隠れて生きていかないとならないの」

 

「それじゃ…俺を襲ったコスプレ少女も、刑事時代の先輩の娘も…魔法少女だったのか!?」

 

「魔法少女って呼ばれるが、可愛げのある存在共じゃないぜ~ミスター。こいつを見ろ」

 

左手に持つクッション付きアルミケースを両手で抱え、見せびらかすように丈二に向ける。

 

中を開ければ、そこにあるのは攫われた魔法少女達のソウルジェムが飾られていた。

 

「この石ころが魔法少女の魂だ。変身や魔なる物を探知する道具ってだけじゃねぇんだよ」

 

「ど…どういう意味だよ…?」

 

「こいつは魔法少女そのものの姿。つまり、横に立つその女は…俺達と同じく()()()()()だぁ!」

 

「化け物共なのかよ…お前らは!?」

 

「…そうかもしれない。でもね、私たち魔法少女は心まで怪物じゃない!」

 

「だが…石ころなんだろ…お前ら魔法少女は…?」

 

「たとえ石ころにされても…人間として在りたいと願う何処にでもいる十代の子供達なんだよ!」

 

「ちはるちゃん…君たち魔法少女は、ずっと前から存在していたんだな?」

 

「魔法少女はね、夢と希望を叶える存在!正義の魔法少女として生きたいと願う者なんだよぉ!」

 

丈二の頭の中で全てが繋がった。

 

刑事時代の先輩の娘は、父と同じく正義の味方であろうとして魔法少女となり散ったこと。

 

正義の味方として生きたいと願う魔法少女達以外にも、人間を襲ったりする連中もいる。

 

先輩を襲って帰らぬ人にした、魔法少女至上主義者の如き悪しき魔法少女も存在しているのだと。

 

「先輩…刑事を辞め探偵となって、ようやく真実にたどり着けたよ」

 

魔法少女のような存在が裏社会にいる。

 

警視庁上層部や政府がひた隠しにするのも無理はない。

 

世界中がパニックに陥るからだ。

 

「魔法少女がどんな存在なのかを…私を通して見届けて!丈二さん!!」

 

右手に魔法武器である十手を生み出し、悪魔に向けて構える。

 

「ヤレヤレ、正義バカの小娘に続いて…探偵の若造も工場に入り込んできたか」

 

「何かの力で分かるのか…?多分、尚紀のことだ!」

 

「ん?よく見たらあの男…あいつ!?南凪港で俺達のシノギを邪魔しやがった奴だ!!」

 

「尚紀さんも来てくれている…絶対に持ちこたえてみせるよぉ!!」

 

「あの野郎は必ずぶっ殺してやる!!夜しか使えない兵隊共を使う時がきたなぁ!」

 

「夜しか使えない兵隊…?まさか、あの沢山あった棺桶の中身か!?」

 

「運が無かった連中共の成れの果てってやつさぁ!ヒャーハハハ!テメェらもやっちまえ!!」

 

ヴァンパイアにされた若頭の前に佇むヤクザ達も悪魔化し、ストリゴイイの姿となる。

 

「行くよ!!時女一族が巫…広江ちはる!!推して参るよぉ!!!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「見えたわ…あれが情報通りの廃工場ならいいんだけど」

 

魔法少女を拉致した施設は、特徴的な煉瓦造りの煙突が目印だと聞かされている。

 

特徴的な目印があったため土地勘の無い静香でもどうにか見つけることが出来たようだ。

 

「な…なに!?廃工場全体が…また悪鬼結界とは違う結界で覆われている!」

 

工場を見れば、魔法少女やデビルサマナーでしか知覚出来ない悪魔結界たる異界で覆われていく。

 

「この中からちはるの魔力も感じる…。間違いない、ここだわ!」

 

応援のデビルサマナーを待たず今直ぐ動きたいのだが、ヤタガラス構成員として考え込む。

 

たとえヤタガラスに所属する一族の者でも、組織秩序を乱す越権行為となる問題があるのだ。

 

「私でも最悪…ヤタガラスから責任を取らされて首を跳ねられるかもしれない…」

 

握り込んだ手に力が籠もり、震える。

 

「それでも…私は時女一族本家の嫡女。時女の行持を誰よりも体現する者でなければ…」

 

――私の後ろになんて、誰もついてこない!!

 

左手を掲げる。

 

魔獣結界に入る要領で異界世界に入り込もうと試すようだが…。

 

「神子柴様は仰られていた」

 

もし巫が日の本を守る任務遂行時に悪魔と遭遇する事態になれば迷わず逃げろ。

 

悪魔結界から脱出する方法は、悪鬼結界から抜け出す方法と同じだと聞かされているようだ。

 

ソウルジェムから魔力を浸透させ、異界の壁に穴が開いていく。

 

「よし、入れるわ。…後悔はない、これが時女静香の生き方よ!!」

 

意を決し異界に入り込む彼女だったが、後方から大型トラックも迫ってくる。

 

大型トラックを運転する者達は、異界の住人たる悪魔達であった。

 

……………。

 

廃工場内の骨組みが広がる広場では…。

 

<<シャァァーーーーッ!!!>>

 

次から次へと奥から現れ出てくる悪魔にされた元人間達が迫りくる。

 

「チッ!!次から次へとキリがねぇ!!!」

 

その姿は屍鬼と呼ばれるゾンビと成り果てていた。

 

ヴァンパイアに唾液を通して悪魔の血を与えられた者達は条件を満たせば怪物となる。

 

童貞あるいは処女であるのならば、眷属たるヴァンパイア化してしまうのだ。

 

しかし、この者達は性行為を経験している者達ばかり。

 

ヴァンパイアにはなれず、出来損ないのゾンビともいえる屍鬼にしかなれなかった。

 

それでも意思無き者達は全員、ヴァンパイアの使い魔として利用されている。

 

彼を取り囲む屍鬼の群れに対し、彼は人間の姿のまま武術を用いて戦うのみ。

 

押し寄せる意思なき敵の群れ。

 

しかし尚紀にとっては人間かもしれない存在に対して、悪魔の力を行使する事を躊躇う。

 

「操られているのか!?それとも、もう助からないのか!?」

 

かつて魔法少女の洗脳魔法に操られた米軍兵士達と重なって彼には見えているようだ。

 

(止む終えないのならば、殺してでも押し通る…しかし、可能であれば助けたい!)

 

奥に向かう事を邪魔され続けていた時、工場内の窓をブラックシートごと蹴破る音が響く。

 

場内に乱入してきた少女の姿に目線が向かう。

 

「嘉嶋さん!!」

 

「静香か!?」

 

着地した静香は迫りくる屍鬼に対して攻め寄っていく。

 

前転跳躍して飛び越え、着地と同時に連続回し蹴りを放ちながら移動。

 

彼と背中合わせとなり七支刀を構えた。

 

「この人達は…操られているんですか?」

 

「分からない…。俺も初めて見るタイプの連中だ」

 

「どうします…?倒してでも先に進みますか?」

 

「俺が囮になる。道を切り開くチャンスを作るから、お前は先に行ってちはると丈二を救え」

 

「で、でも嘉嶋さんは…人間のまま相手をする気ですか?」

 

「早く行け!!」

 

前方空間に走り込み跳躍。

 

奥の通路を守るように密集した屍鬼に向けて豪快なドラゴンキックを放つ。

 

ドミノ倒しのように倒れ込んだ屍鬼達の後ろの道が開ける。

 

静香は迷いを払うかのように大きく跳躍して屍鬼を飛び越え、奥に向かってくれた。

 

「全く、かつての世界でも見かけなかった連中がまだまだいる。悪魔の世界も奥が深いぜ」

 

油断なく構え、再び屍鬼を食い止めるための戦いが続いていく。

 

彼はヴァンパイア化した若頭にとっては恨み深い存在であるため逃してはくれない。

 

<<甘いわよダーリン!!>>

 

突然悪魔の念話が聞こえ、工場入口を見ればライトの光が高速で迫りくる。

 

クリスはハンドル操作とサイドブレーキを自ら操り大きくドリフト移動。

 

一気に屍鬼を跳ね飛ばし、彼の前で停車した。

 

「ダーリン!こいつらは屍鬼っていうゾンビなの!もう助からない存在だわ!!」

 

「知っているのかクリス!?」

 

「米国でこういう連中を操るダークサマナーを見た事があるの!アタシが仕留めるから飛んで!」

 

すぐさま上に大きく跳躍、剥き出しの骨組みに掴まる。

 

「さぁ、アタシの魔法…見せる時がきたようね!!」

 

車の四輪から雷がほとばしる。

 

小規模ながら全体に雷の一撃を放つ『マハジオ』を行使。

 

地を這うが如き雷がクリスを中心に円形に放射され、次々と屍鬼達が感電して燃え上がった。

 

使い魔達が全滅した光景を上から確認し、下に飛び降りる。

 

「お前も悪魔らしい魔法が使えたようだな。ただの喋る車かと勘違いしてたよ」

 

「んもー失礼しちゃうわねダーリン!アタシはちゃんと悪魔です~!」

 

「ところで、米国でダークサマナーを見たとか言ってたが?ダークサマナーとは何だ?」

 

「悪魔召喚師よ。もっともデビルサマナーとは違い、ダークサマナー連中はカルト化してるの」

 

「カルト化だと?」

 

「悪魔を崇拝する連中になった糞共だって意味よ」

 

「デビルサマナー…そしてダークサマナーか。かつてのボルテクス界では見かけなかったよ」

 

「それよりもダーリン、外に大型トラックが来ているの。工場内に乗り込んできた時に見たわ」

 

「恐らくは仕事で探している子供達が後ろに詰め込まれているんだろうな。行くぞ、クリス」

 

「アタシとダーリンで追跡ね!今夜はアタシを派手に乗り回してぇ!!」

 

クリスに乗り込み、一気に発進。

 

工場内から飛び出して工場正門に向かう時だった。

 

建物の上からクリスの上に飛び降りてきた魔法少女の姿が現れたのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ハァ…ハァ……」

 

ボロボロの岡っ引き衣装からは血が滲み、顔も痣塗れとなったちはるの痛々しい姿。

 

「これが悪魔なんだね。悪鬼よりもずっと賢いし、強いよぉ…」

 

「ヒャハハハ!魔獣みたいな雑魚を倒してきたようだが、悪魔を相手に戦う気分はどうだぁ?」

 

「カシラが出るまでもねぇ!俺達だけで嬲り倒し!血を啜り尽くしてやるぜぇ~!!」

 

「殺すんじゃねーぞ。ソウルジェムを適度に濁らせて捕獲しろ。そいつも輸送する」

 

「私は…捕縄を使う捕縛魔法なら使えるけど、この悪魔…動きが早過ぎるよぉ!」

 

キリングステップに翻弄され、為す術が見いだせない状況。

 

ちはるは後ろの丈二を庇うようにしているため、尚のこと戦いにくいようだ。

 

「畜生…子供1人に戦わせて、大の大人が何も出来ねぇ!情けないぜ…」

 

「大丈夫…私は負けない!探偵が諦めたら…真実には辿り着けない!」

 

「ちはるちゃん…」

 

「刑事を辞めてまで真実を追いかけたんでしょ?諦めなかったから、真実に辿り着けたんだよぉ」

 

「そうだな…へへ、子供に悟らされるなんて…俺もヤキが回ったな」

 

奥で複数のヤクザ達と佇む若頭に向けて十手を構える闘志を見せる。

 

その時、異界に入ったトラック運転手であるヤクザから念話が送られてきた。

 

「そうか、分かった。お前らはこいつを捕獲しておけ。俺達は拉致った小娘を運ぶ。男は殺せ」

 

マフィア衣装を纏うキラーチョッパー達と共に、若頭は事務所倉庫に入っていく。

 

変身出来ない少女達に銃を突きつけ、悲鳴を上げる彼女達を誘導していくのだ。

 

「やめて!!その子達を連れて行かないでよぉ!!」

 

「あの子達の中に捜索依頼を受けた少女と、俺の目の前で誘拐された少女も混じってやがった!」

 

「ここまで来て…行方不明者を助けられないなんて…悔しいよぉ!」

 

「俺が行く!!死ぬかもしれないが、それでも俺は元刑事だ!!」

 

「なんだ、お前サツだったのかよ?昔のヤクザ仲間が大勢世話になったし…ぶっ殺してやる!!」

 

疲れ切ったちはるの隙をつき、俊敏に動く悪魔の一体が丈二に襲いかかる。

 

「ぐはっ!!?」

 

右裏拳を右側頭部に受けた丈二が壁に向けて大きく叩きつけられた。

 

「丈二さん!?」

 

「余所見してんじゃねぇぇーッッ!!」

 

「きゃあっ!!!」

 

次々と痛めつけられ、嬲られていく2人。

 

夢中で獲物を痛めつけているせいか、近くにいる魔法少女の魔力反応に気が付かない。

 

「1…」

 

右手に持つ焙烙火矢(ほうろくひや)に左手で火を点ける。

 

「2…3…」

 

「死に晒せぇ!!クソデカ野郎!!!」

 

「よく見りゃ愛らしい小娘じゃねぇか!!血を啜る前に強姦してやるぜぇ~ヒャーハハハ!!」

 

「4…5!!」

 

燃える火縄の起爆時間を調整し、廊下の角から投げる。

 

鈍化した世界。

 

宙を舞う大昔の手榴弾が炸裂し、眩い光を放つ。

 

<<ギャァァァァーーーッ!!!>>

 

大量のマグネシウムに火がつき、廊下一帯が目も眩む程の光量。

 

<<ちゃる!!伏せなさい!!>>

 

心から聞きたかった仲間の言葉。

 

彼女はすぐさま地面に身を低める。

 

既に静香は敵を一直線に捉えられる位置。

 

「ハァァァァァ!!!」

 

業火を放つ七支刀を振るい、次々と火球を撃ち出す。

 

「グアァァーーーーッッ!!?」

 

炎が弱点であるストリゴイイ達は全身火達磨になり倒れ、灰となって消滅。

 

「ちゃる!!しっかりして!!」

 

すぐさま仲間の元に駆け寄る静香だが、彼女は右手をかざして静止させる。

 

「私より…丈二さんをお願い。人間の丈二さんじゃ…手遅れになる」

 

見れば壁に倒れ込む丈二は出血も酷く、今直ぐ回復魔法を必要としている。

 

「私は…等々力さんみたいになりたい探偵だよぉ。だから、犯人は決して見逃さない!」

 

「その体じゃ無理よ!」

 

「ごめんね、静香ちゃん。これが私の…探偵としての行持だから!」

 

気持ちを奮い立たせ立ち上がり、窓に向かう。

 

見れば大型トラックが工場の正門から発進していくのが見える。

 

それと同じく、猛スピードで走ってくる車の姿も確認。

 

意を決してちはるは飛び降り、尚紀が運転するクリスの上に着地。

 

「なんだ!?この魔力は…ちはるか!?」

 

<ちょっと!この子全身血塗れよ!?>

 

運転席側の窓ガラスをクリスが開け、頭を窓から上に向ければちはると目が合う。

 

「尚紀さん!私たちは探偵チーム!最後まで一緒について行かせて!!」

 

「その体でも心は折れないか…いいガッツしてやがる」

 

アクセルを一気に踏み込み加速。

 

「振り落とされるなよ、俺の後輩!」

 

「了解!!」

 

異界結界を突破し、2人の探偵が誘拐犯達を追いかける。

 

悪魔と魔法少女達が描くだろう、夜のチェイスバトルが始まるのだ。

 

静香は窓からちはるを見送り、自分の役目を果たすために丈二に駆け寄ろうとするのだが…。

 

「あれ…?これ、何かしら?」

 

静香が倒した悪魔の灰の中に、何かが光って見える。

 

「これ…悪鬼の魂魄であるグリーフキューブとよく似ているわね?」

 

静香が拾ったのは『魔石』と呼ばれる品。

 

それはかつての世界を生きた人修羅にとっては、珍しい品ではなかったであろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

猛スピードで高速に入る大型トラック。

 

速度を上げ、輸送する品である拉致した魔法少女を運んでいくようだが…。

 

「カシラ、後ろから猛スピードでついてくるアメ車が見えますぜ」

 

「ほう?粋な奴らだな」

 

トラック助手席に座る若頭は、自分の姿が映らないサイドミラーで後方を確認。

 

「チッ…あの舞台役者野郎、生きてやがったか!それに上に見えるのは…あの小娘か!」

 

「どうします、カシラ?」

 

「運転を続けろ。俺が迎え討つ」

 

悪魔の体が黒く染まるように蠢き、無数の赤い眼光を放つ。

 

体が弾け、無数のコウモリと化した若頭が窓からトラックの上に移動して人型化。

 

「夜明けはまだまだ長いぜ~?夜の世界で吸血鬼に挑むたぁ、度胸のある奴らだ!」

 

場を盛り上げるため、若頭は運転するヤクザに向けて念話を送る。

 

<蓄音機ガンガン鳴らしな!アタマがPUNKするぐらいテンション上げようや!!>

 

<カシラ?蓄音機って、まさか…カーオーディオのことですかい?>

 

<うるせぇ!!何か車のバトルに相応しい曲を流しやがれーっ!!>

 

若頭の命令に渋々従い、窓を全開にして放たれるサウンド。

 

車バトルに相応しきユーロビートを放つトラックに向けてクリスは猛追していくのだ。

 

「このまま追いついて!私が上に飛び乗るよぉ!!」

 

「フッ、連中のやる気満々がサウンドとして聞こえてくる!」

 

アクセルを踏み込み、速度をさらに上げてトラックに迫る。

 

「景気よく行こうぜぇ!!交通警察隊が来ようが、俺がぶっ潰してやる!!」

 

トラックの荷台が開き、3人のキラーチョッパー達がトミーガンを後方に向けて構える。

 

<ダーリン!!>

 

「任せろ!振り落とされるなよ、ちはる!!」

 

トラック荷台から一斉にマズルフラッシュが噴き荒れ、銃弾の猛火が迫る。

 

蛇行運転を繰り返し、銃弾を運転テクニックで避け続ける。

 

十手の柄を口に咥えたちはるも必死な表情。

 

屋根を両手で掴み、カースタントマンの如く振り落とされまいと食いしばる姿を見せた。

 

車線中央を陣取るトラックからの射撃故に、左右どちらに逃れても射線が伸びてくる。

 

<ダーリン!一気にトラックの横まで行くわよ!ダッシュボード下の赤のスイッチ入れて!>

 

<まさか、アレを使うのか!?>

 

<それしかないでしょ!このまま避け続けたら、他の車被害も増えるわ!>

 

「仕方ない…ちはる!一気に進むからチャンスを逃すな!!」

 

「わ、分かったよぉ!」

 

赤いボタンカバーを外せば、そこにはN()I()T()R()O()と書かれたボタン。

 

「全開まで…飛ばすぜ!!」

 

ボタンを押す。

 

ニトロチューンが施されていた車のガソリンが一気に燃焼し、爆発的パワーで加速。

 

「なんだとぉ!?」

 

銃撃を掻い潜り、一気にトラックの横まで並走していく。

 

猛烈な風の中で片膝を立て、立ち上がる彼女が一気に跳躍。

 

十手を口に咥えた彼女が大型トラック後方に着地し、眼前の悪魔を睨む。

 

「気が早いねぇ、もう死にに来たか?」

 

コウモリの翼を思わせる黒いマントで全身を覆う、若頭だった悪魔は不敵な笑み。

 

「もう逃げられないからね…下の子供達を解放して、お縄につきなさい!!」

 

「べらんめぇ!!こちとらアナーキーよ!法律なんぞ糞食らえだぁ!!」

 

両手でマントを開き、赤き貴族衣装を纏った悪魔が空に向けて跳躍して羽ばたくが…。

 

「ぬぅっ!?」

 

空に飛ぶのを阻むかのように右足に絡まっていたのは、ワイヤーアンカーの如き彼女の魔法道具。

 

「逃げられないって言ったのが聞こえなかったの!」

 

「ケッ!この程度で俺をお縄にした気分なのか?岡っ引き気取りの小娘ぇ!!」

 

体が無数のコウモリとなっていき、ワイヤーを逃れたコウモリの群れが側面に回り込む。

 

「オラァ!!飛んでっちまいな!!」

 

「あぐっ!!?」

 

コウモリが集合して人の形になると同時に強烈な飛び蹴りを彼女に放つ。

 

たまらず転がっていき、トラックから落ちていく彼女の姿。

 

「チッ、こう風が強くちゃ霧になると大きく後方に飛ばされちまうぜ」

 

彼女が落ちたトラック側面に歩き、下を覗き込む。

 

「な、何ぃ!!?」

 

下を見た瞬間、悪魔の首にワイヤーが絡まる。

 

前方に大きく回り込み、左側射線に入り込んだクリスの屋根に彼女は立っていた。

 

「えいっ!!」

 

一気に引っ張り高速道路に叩きつけようとするが、コウモリ化によって再び避けられる。

 

空を飛びながら人形となり、黒いマントをコウモリの翼のように使って飛翔移動。

 

クリスの運転手側を並走しながら飛び続けてくる。

 

そんなヴァンパイアに向け、窓を開けた尚紀が挑発。

 

「どうした?悪魔の体になったのに、小さな魔法少女に振り回されてるぜ?」

 

「うるせぇ糞野郎!!あの時も邪魔して…今度も邪魔しに来やがったテメェは許せねぇ!!」

 

「吸血鬼ってのはたしか、男なら童貞じゃないとなれないって話だな?」

 

「どどど、童貞ちゃうわぁぁーッ!?心が傷つくだろうがぁぁーッッ!!」

 

(かく言う俺も…童貞なんだがな)

 

挑発をしたのだが、尚紀も若頭と同じく心にダメージを負う始末。

 

気を取り直して車を幅寄せする攻撃。

 

体当たりを仕掛けるのだが、相手は大きく飛翔する回避行動。

 

攻撃を避けた悪魔は帯電した右手を構える。

 

「俺の心を傷つけやがって!喰らいやがれぇ!!」

 

放たれる雷魔法である『マハジオンガ』の雷光が光り、周囲に雷槌が次々と落ちる。

 

「チッ!!」

 

一発でも当たればちはるがもたないため、蛇行運転を繰り返し防戦一方となる。

 

「悪魔を相手に御用逮捕が難しいなら…倒すだけだよぉ!」

 

「何か案があるか?」

 

「前を思いっきり走って!」

 

言われた通り雷槌の隙間を掻い潜り、前方の高速道路を駆け抜ける。

 

「逃さねぇぞぉぉーッッ!!」

 

追いかけてくる敵を確認し、彼女は極限まで魔力で細めたワイヤーを左右に連続して投げる。

 

「捉えたぜぇ!!こいつでジ・エンド……あら?」

 

視界が急に下に向けて落ちていく自分の頭部に疑問を持つ。

 

高速道路両端の街灯に仕掛けられたワイヤートラップに飛び込み、首を切断されたようだ。

 

「やった!!って……うそっ!?」

 

切断された頭部と体が無数のコウモリ化し、人形に戻り尚も追撃してくる。

 

「ヒャーハハハ!!ヴァンパイアが首を跳ねられた程度で死ぬかよぉ!!」

 

厄介な敵を前にした尚紀はクリスに念話を送る。

 

<吸血鬼ってのは厄介だな。何か案はあるか、クリス?>

 

<日光が弱点だけど、日の出までかなりあるわ>

 

<他に何か吸血鬼悪魔に効果的なものは?>

 

<邪気を祓う道具も効果が高いけど、ニンニクか銀道具なんてない?>

 

<ニンニクも銀道具も持ってるわけないだろ>

 

「あふほぉ!!」

 

窓から上に頭を向けると、自慢の十手の柄を口に咥えたちはるの顔。

 

魔法少女も念話を使える者であるためか、彼らの念話内容が聞こえていたようだ。

 

「そういうわけか…試してみるか!」

 

サイドブレーキを引き、Uターンの勢いで逆走を始める。

 

「チャンスは一瞬だ。キメてみせろ!」

 

「洒落臭ぇ!!突っ込んでくるなら、上の魔法少女から仕留めてやる!!」

 

片膝を立て口に咥えた十手を右手で握り、決意の表情。

 

「私は…探偵であり魔法少女、広江ちはる!御用だよぉ!!」

 

左手で十手をなぞれば、鬼火の如く緑に輝き出す。

 

彼女の周囲に浮かぶ無数の光り、それはまるで御用と書かれた提灯。

 

彼女のマギア魔法『魔法同心・ちはる捕物帳』と呼ばれる必殺魔法だ。

 

懐から取り出した笛を吹き、提灯が回転する鬼火の一撃となりて悪魔に飛んでいく。

 

「この程度の魔法攻撃!!俺の雷槌で全て叩き落と…!?」

 

鈍化する世界。

 

吸血鬼の視線が巨大なる魔力を持つ悪魔の目線と合わさる。

 

両目が金色の瞬膜となり、五感を狂わされる幻惑魔法『原色の舞踏』を放つ。

 

「ギャァァーーッ!!怖い!!クドラク様ぁぁ!?もう血は吸わないでぇ!!」

 

人間としての若頭だった記憶が再現され、空中で苦しむ悪魔に次々とちはるの魔法攻撃が当たる。

 

「やぁぁぁーーーっ!!!」

 

一気に車の屋根から跳躍したちはるが、吸血鬼の心臓目掛けて十手を構える。

 

「あの世で改心するんだよぉ!!」

 

両手で十手を逆に向け、心臓に目掛けて刺し貫く。

 

「ガッ…ハッ……!!?」

 

勢いのまま高速道路の地面に倒れ込む吸血鬼に馬乗りとなり、決め台詞を言い放つ。

 

「天誅ッ!!!」

 

「ギャァァァァーーーッ!!?」

 

吸血鬼の弱点を用いた心臓の一突きによって、吸血鬼の体が滅びていく。

 

「銀!?銀の十手ぇぇぇ!!?ぐるじぃーーっ!!!」

 

――()()()()()()()()()()()()()!!?

 

断末魔を上げた若頭の最後は、なんとも言えないヘタレた言葉を残して消え去っていった。

 

「勝てた…?私、悪魔に勝てたんだよ…ね?」

 

Uターンして戻ってきた車が助手席ドアを開け、乗るように促す。

 

「よくやった後輩。先輩として、お前に合格点を与えてやる」

 

「尚紀…先輩!!うん♪ありがとう!!」

 

「早くトラックを追いかけるぞ、乗れ」

 

助手席に乗り込んだ彼女を乗せ、アクセルを踏み込み再び大型トラックを追いかけるのだが…。

 

「おい…見ろよちはる」

 

「うん…道端に倒れて燃えていた悪魔…それに、あの運転席が燃えたトラック!」

 

ハザードランプを点灯させ路肩へ停車、2人が車から降りる。

 

「間違いない…追っていた車だ」

 

「大変!運転席にはきっと…誘拐された魔法少女達のソウルジェムを納めたケースがあるよぉ!」

 

「俺が行く!お前は後ろの荷台を開けて子供達の安否を確認しろ!」

 

現場で手分けして動く2人。

 

その光景を高い場所に架けられた架道橋から見つめる女性の姿があった。

 

「…あれが、イルミナティに啓蒙の光をもたらす、神と呼ばれし悪魔?」

 

黒く美しい長髪が夜風に靡く。

 

赤いスーツの上着の下に網タイツと色合わせのショートパンツを身に着けた姿。

 

だが特徴的なのは服ではない。

 

魔術増強のための刺青を両手に彫っている部分が異様な存在感を放つのだ。

 

「出来れば、私の使い魔にしたいけれど…ちょっと無理そうね」

 

溜息をつき、下の惨状などお構いなしに去っていく。

 

「ヤタガラスからの依頼は済んだ。近くにサマナーも配置してないだなんて人手不足なのね」

 

彼女の言葉は的を得ている。

 

ヤタガラスは魔法少女を現場で使わなければならないぐらい、人手不足の状況にまで陥っていた。

 

「ヤタガラス中核一族である葛葉の落ちぶれからして…長くはない。別にいいわ、関係ないし」

 

――フリーのサマナーとして、報酬を貰うだけよ。

 

腰に垂らした複数のカプセル型の管が音を立て、歩き去る女性は夜の闇へと消えていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜で起きた悪魔事件は事なきを得たが、魔法少女誘拐範囲は関東全域に広げられている。

 

魔法少女誘拐実行を行う悪魔グループ、それに輸送するトラックも1つではない。

 

「なぁ、シド。後ろのガキ共から感情エネルギーを搾り取る施設は、何処にあるんや?」

 

信号待ちをした大型トラック。

 

運転するヤクザと、助手席にはシドの姿。

 

天堂組長は日差しを遮るカーテンで仕切られた後部座席の寝台で寝転んでいる。

 

「ジャパンの見滝原市から大きく離レ、山に面しタ郊外森深くにある精神病院の地下にありまス」

 

「精神病院の地下?」

 

「えエ。見たくなったかラ、付き添いとして来られたのですよネ?」

 

「まぁのぉ。シノギは文句は言わんが、感情エネルギーがどう絞られるのか見たくなってのぉ」

 

「丁度いいでス。私も施設長に挨拶を済ませようト思いましテ、同伴した次第でス」

 

「それにしても…」

 

信号待ちをしている大型トラックが、小刻みに揺れ動いている。

 

まるで荷台空間の中で激しく何かが行われているかのように。

 

「なんで、あのガキ女共を()()()しなきゃならん?若い衆は大喜びだが、煩くてかなわん」

 

「死なない程度ニ、絶望させなければならないのでス」

 

「絶望させる…?」

 

シドは抱えたアルミケースを開く。

 

中に納められた色とりどりのソウルジェムの色が濁っていく光景に満足げな表情を浮かべた。

 

「魔法少女ハ、この石ころに納められた魂が穢れきった時、莫大な感情エネルギーを産みまス」

 

「それが目的で…後ろの連中を痛めつけてるというわけか?」

 

「上質な感情エネルギーハ、殺されたリ、魔力切れにさせるよりモ、()()()()()がいいのでス」

 

「ふん。わしらと同じ生きた屍の癖に、難儀な姿にされたもんやのぉ」

 

大型トラックは郊外の森へと入っていく。

 

「ところで、その施設にも名前ぐらいはあるんやろ?どんな施設名なんや?」

 

「この国のディープステートに守らレ、そして経済界の裏金で運営されル…その施設名とハ」

 

――()()()()()()()()ト、呼ばれまス。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「丈二…もういいのか?」

 

「ああ…」

 

「その体で刑事時代に世話になった先輩の墓参りに行く元気があるんだ、直ぐに良くなるよ」

 

夕日に照らされた神浜聖探偵事務所。

 

事務所内には2人の姿しか見かけない。

 

頭に包帯や腕にギプス固定を身に着けた丈二は、所長席に座りながら夕日を見つめる姿。

 

応接ソファーに座り静かに所長の姿を見つめていた時、丈二の口が開く。

 

「やっと…先輩やその娘さんが社会の闇に消えてしまった原因…真実に出会えたよ」

 

その言葉を聞き、彼も俯いてしまう。

 

「魔法少女と呼ばれる存在だったんだ…ちはるちゃん。彼女は人間じゃない、化け物だ」

 

「……………」

 

「それでも心は人間でありたいと願う…何処にでもいる普通の少女。だが…邪悪な連中もいる」

 

丈二の心は揺れている。

 

ちはるのように正義を愛する者もいれば、魔法少女至上主義者のような悪の魔法少女もいる。

 

信じたい気持ちと、信じられない気持ちが天秤に乗せられて揺り動かされるのだ。

 

「……知っていた」

 

「なんだと…!?」

 

「俺は全部知っていたんだよ…丈二。彼女が何者なのか、初めて出会った時からな」

 

尚紀は知っていた。

 

この世界の丈二と初めて出会った時、彼を襲った存在が何者なのかを。

 

そして刑事時代の丈二の先輩の娘がどんな末路を辿っていたのかも察する事が最初から出来た。

 

「テメェ!?なんで俺にそれを教えてくれなかった!!」

 

「刑事を辞めてまで真実を追求したかったんだろ?簡単な答えを俺が用意して…信じられたか?」

 

尚紀の質問に対して、丈二は顔を俯けていく。

 

「子供アニメの見過ぎだとバカにして、相手をしなかったと思うぜ」

 

「…確かにな。俺もこの目で見なければ…そして襲われなければ…信じなかったと思う」

 

「論より証拠だからな。それに…見たんだろ?あの悪魔共の姿も」

 

「ああ…魔法少女が戦ってくれなければ俺は殺されていた。あれは何なんだ?」

 

「俺と同じ存在だよ」

 

唐突な言葉を聞かされ、丈二は顔を上げて尚紀を睨む。

 

「尚紀…この上、何を隠してやがるんだ?」

 

「…長い話になる。世話になり続けた恩人のアンタだから話せる…聞いてくれるか?」

 

「分かった…。それ程までの話ならば、俺も本気で聞いてやる」

 

……………。

 

「お前は、東京の魔法少女社会で人修羅と呼ばれる…魔法少女の虐殺者と呼ばれてきた悪魔か?」

 

「…ああ。今まで隠していて悪かったよ…丈二」

 

「1・28事件が起こった日のお前のあの姿…普通じゃなかったが、あれがお前の裏の顔か?」

 

「そうだ…。魔法少女と同じく、俺も恐ろしくなったか?」

 

長い沈黙が場を支配。

 

胸のポケットからタバコを取り出し、ライターで火を点ける音が響く。

 

紫煙が事務所の換気扇や空気清浄機に吸い出される中、丈二の重い口が開いていく。

 

「俺はな、人の価値を…()()()()()()()()()()()で見出すんだ」

 

「……………」

 

「口ではいくらでも綺麗事が言えるし、行動さえ善人のフリが出来る」

 

――正義の味方を気取って行動してきた連中が、自分に不利となれば突然…()()()()()()()()()

 

「俺の語った行動は…どう感じた?」

 

「間違いなく人間の味方だ。だから俺はな…怪物であっても、お前と共に過ごしたい」

 

「俺は…ここにいていいのか?」

 

「今まで通り、うちの探偵として生きて欲しい。そして俺達が生きる人間社会を…守ってくれ」

 

――クソッタレに成り果てた魔法少女や、悪魔共から人間社会を守ってくれ。

 

真摯な願いを託された尚紀は、丈二の顔を真剣に見つめながら感謝の言葉を紡ぐ。

 

「ああ…分かった、守り続ける。ありがとう…悪魔の俺を信じてくれて」

 

互いの口元に微笑みが生まれる。

 

タバコの火を灰皿で消した丈二が立ち上がり、棚の中に隠してあったウイスキーを取り出す。

 

「祝い事の日に飲みたいと思ってたんだが…今がその時だ」

 

グラスを2つ持ち、彼の分と自分の分を応接ソファー前の机に置いて酒を注ぐ。

 

「俺達の新しい出会いに…乾杯だ」

 

「ああ…。こんなに美味そうな酒は…初めて味わうよ」

 

乾杯の音が鳴り響き、2人は酒を口にする。

 

酒の味わいに浸っていると、ふと階段を登る音が聞こえてきた。

 

「外出していた瑠偉が帰ってきたか?」

 

事務所の扉をノックした反応から、瑠偉ではないと分かる。

 

「…入っていいぞ」

 

事務所扉を開けて中に入ってきたのは、ちはるの姿。

 

手には御礼の品としてのギフト袋が持たれていた。

 

「ちはるちゃんか…今日はどうした?」

 

魔法少女だとバレた事が不安なのか、その表情は俯いたまま。

 

「…大丈夫、君がどんな存在であろうが…立派な探偵だったよ」

 

「…丈二、さん」

 

俯いたまま涙の雫が零れ落ちていく。

 

席を立ち上がった尚紀がポケットからハンカチを取り出して彼女に渡す。

 

「…落ち着いたか?」

 

「うん…ありがとう、尚紀さん」

 

ハンカチを彼に返した彼女が丈二の元に歩み寄り、手に持たれた御礼の品を渡す。

 

「私の我儘に付き合わせてごめんなさい…。でも、貴重な経験が出来たから…受け取って下さい」

 

「わざわざ御礼の品まで用意してくれたのか?中学生の子供なのに…そんな気にしなくても」

 

「本当に嬉しかったの…。探偵の夢を…中学生の私なんかに経験させてくれた事が嬉しくて…」

 

「ちはるちゃん…」

 

「ありがとう、丈二さん、尚紀さん。本当に大切な思い出になったから…これを貰って欲しいの」

 

「中を開けてもいいか?」

 

頷いてくれた彼女の前で、ギフトの品を開ける。

 

中身は酒飲みばかりの聖探偵事務所職員に相応しいだろう、酒を注ぐガラスグラス。

 

「ありがとうな。大切に使わせてもらうよ」

 

「おい、3つしかないじゃないか?1つ足りないぞ?」

 

「えっ…?でも、ここの職員は3人しか…」

 

「何を言ってる?お前は未来の俺の後輩だろ?」

 

丈二に振り向く尚紀の姿。

 

探偵事務所所長である丈二も微笑み、頷いてくれる。

 

「そうだな、尚紀。これは4つちゃんと揃えてくれたら受け取るよ。大人になった君の分だ」

 

2人の優しさを感じたちはるの心が締め付けられる。

 

その瞳にも涙が浮かんでしまう。

 

「所長…先輩…わ、わたし…わた…あ、あぁぁぁ~~……っ!!」

 

両手で口を抑えて涙ぐんでいく彼女に、もう一度ハンカチを渡す。

 

ハンカチで顔を覆い、嗚咽を堪えるが溢れる感情が抑えられない。

 

涙が止まらなかった彼女の肩に、互いの職員が期待を込めて手を添える。

 

聖探偵事務所に所属するだろう探偵広江ちはるの双肩に、探偵事務所の未来を乗せて。

 

泣き止んできた彼女が、ハンカチを返す時に腰のポーチから何かを取り出す。

 

「所長…これを、この事務所に置いてくれませんか?」

 

「これは…ちはるちゃんが捜査に使っていた虫眼鏡か?」

 

「私が…ちゃんとこの探偵事務所に職員として採用された日に、返して欲しいんです」

 

「なるほどな、ここは未来のお前の職場だ。私物を置いてあってもいいじゃねーか?」

 

「大切に保管しておく。早く大きくなれ、うちの探偵事務所を一緒に盛り上げて行こうぜ!」

 

「…はいっ!所長♪」

 

感動の場面であったが、茶化すような女性の声が響く。

 

<<素敵なシーンだったわ。乗り遅れちゃったみたい>>

 

扉の向こう側から声が聞こえ、瑠偉も帰ってきたようだ。

 

「ねぇ、なんならその子を交えて…神浜聖探偵事務所、創立記念の写真を撮る?」

 

「本当に!?良いんですか?」

 

「ええ♪貴女の大切な思い出を形にして残さないとね♪」

 

「有難うございます!本当に…本当に皆さん、ありがとう!!」

 

……………。

 

あれから暫く日が過ぎた頃の水徳寺。

 

時女の魔法少女達の姿が見えるが、静香とすなおは嬉しそうな表情を浮かべている。

 

「ちゃるったら、毎日のように写真立てを見てますね」

 

「ええ。凄く嬉しかったみたいね」

 

「皆が映る探偵事務所…あの光景こそが、ちゃるの思い描く…」

 

――未来の、自分の居場所ね。

 




読んで頂き、有難うございます。


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101話 五芒星と六芒星

六芒星。

 

魔除けと魔術的な力を引き出すための模様と一般的には考えられている印。

 

シュメールやバビロニアなど、古代から五芒星とともに魔除け印として世界各地で使われる。

 

六芒星は人間に魔術的な力を与えるとも考えられている。

 

上向きの三角形は物質の霊への上昇、下向きの三角形は霊から物質への下降を意味する。

 

また陰陽的な意味合いもあり、天と地、光と闇、火と水、風と土、神と人、男と女等を表す。

 

二つの三角形があわさることで、異なるエネルギーの融和・調和を表現している。

 

イスラエルの国旗として描かれた印が直ぐに思い浮かぶだろうが、日本とも繋がりが深い。

 

大陸から伝来した呪術の魔除けの中に六芒星や五芒星が存在している。

 

五芒星は陰陽道や仏教と結びつき広く普及していくことになるだろう。

 

六芒星は神道や民間信仰の中で使われることが多かったようだ。

 

六芒星を魔除けとして考えるなら、逆に悪魔を従える力さえ与えてくれるとも考えられる。

 

ヨーロッパの神秘主義の中で語られるソロモンの封印とソロモンの指輪説が有名だろう。

 

古代ユダヤの王であるソロモンは、指輪の力によって悪魔を操り動物と話すことができたという。

 

指輪に印された模様がユダヤの王ダビデの星である六芒星であり、民族のシンボルと言われる。

 

しかし、伝説ではソロモンの封印がどのようなデザインだったのかはハッキリと解っていない。

 

ダビデの星である六芒星が、ユダヤを象徴する印だと証明出来る歴史証拠も無い。

 

憶測ばかりが飛び交うのが現状であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

季節は夏頃の出来事。

 

神浜には神浜山岳会と呼ばれるアルピニストの集団が存在している。

 

特定の山行形態にとらわれることなくオールラウンドな活動を行う団体のようだ。

 

都市部を中心としたガイド達で組織構成され、登山の安全と自然保護に関する活動を主に行う。

 

学生も何名か参加しており、その中には時女一族に関わる人物の姿もあった。

 

「皆さん、足元に気をつけて下さい」

 

沢登り装備を身に着けた青葉ちかと数人のガイドの先導に従い、多くの年配達が沢登りを楽しむ。

 

季節は8月ともあり、セミの泣き声、川のせせらぎ、緑の森林浴、全てが癒やされる光景が続く。

 

「ちかちゃんは若いのに、どうして山岳ガイドをしてるんだい?」

 

彼女の後ろをついていく年配の1人が、学生ガイドの彼女に質問する。

 

彼女は時女一族に所属する魔法少女である青葉ちかと呼ばれる少女。

 

少し黙り込んでいたが、振り向かずに口を開く。

 

「私は、自然に囲まれた生活を愛しています」

 

「若いのに珍しいね」

 

「動物や植物、自然の世界にしか…私は癒やされなかったのかも知れません」

 

「そうか…それも選択の自由というものだ」

 

「自然世界に囲まれて家族と静かに生きたい…それが私なんです」

 

「自然を愛するのは良いことだが、どうして人々と関わる自然ガイドに志願したんだい?」

 

年配の男の質問に対し、少し黙り込んだ後に語っていく。

 

自然は人間社会の残酷さを忘れさせるぐらいに美しい。

 

だが、時に自然は悪魔のように恐ろしい力を人に向けてくる。

 

大自然の力の前では人は無力であり、彼女も例外ではなかったと語る姿。

 

彼女は自然の恐ろしさ以外の恐怖も経験しているような口ぶりに思えてくる。

 

「人間社会も残酷で、自然世界さえ残酷なのかと打ちひしがれた時期もありました」

 

「では…なんで今もガイドの仕事をしてるんだい?

 

「そんな時に…私を救ってくれた同郷の者達がいてくれて、私の心は自然以外でも救われました」

 

「そうか…人々に触れられる喜びをもう一度知りたくて、自然ガイドをしていたんだね」

 

「…はい。私はもう一度人を信じたい気持ちが心にあったから、自然ガイドをしています」

 

「そうなれるといいね、わしも応援している」

 

「有難うございます。その道のりは…私が思う以上に、険しい山道ですけどね」

 

気を取り直し、ちかはガイドの仕事に集中していく。

 

地図を頼りに沢床を進むとやがて現れる美瀑。

 

次々と続く難所の通過に知恵を絞りって進む一団。

 

激流はスクラム組んで突破し、浴びるシャワークライムで夏の暑ささえ気持ちがいい光景が続く。

 

自然の恩恵を感じる観光も進み、幕営地で観光客と共に焚き火を囲む光景が広がるのだ。

 

「ちかちゃん、その瓶の中身はハチミツかい?」

 

「はい。ハチミツは滋養強壮力が強く、火傷の薬にも便利だし、甘くて美味しい上に腐らない♪」

 

「分かるよ。うちの親父も田舎で養蜂場をやってたから、天然のハチミツの旨さは格別だった」

 

「私は蜂の巣を見ていると、自然の力を強く感じます。腐らない食べ物を作れるなんて凄いです」

 

「ちかちゃん、どうして蜂がそれ程までの自然パワーに満ちているか、知っているかい?」

 

「いえ…存じません」

 

「蜂の巣は、全ての穴が六角形…()()()()()を司るんだよ」

 

「六芒星…?」

 

養蜂場を営んでいた父から語られたことを年配の男性は語っていく。

 

自然界には六芒星の構造を持つものが多く存在していること。

 

自然の秩序に基づいたパワーを秘めながら、力学的に安定した構造のこと。

 

航空機やレーシングカーに使われるハニカム構造も六芒星によって出来ていると語ってくれる。

 

「確かに雪の結晶、亀の甲羅、昆虫の眼、干上がった地面のひび割れ等に六角形を感じてました」

 

「六芒星たる六角形は、自然の力を最大限に発揮できるような仕組みになっているのかもね」

 

「フフ♪神秘的ですね…。私も神道派なので、大自然の中に神々を感じていました」

 

「いつか日本の神社巡りをしてみるといい。日本は六芒星に纏わる場所などいくらでもある」

 

楽しい時間は過ぎていく。

 

8月は観光シーズンであり、自然ガイドとして多忙であった青葉ちか。

 

学生の本分もあるので、学業とガイドと魔法少女活動という多忙な毎日を送っていたようだ。

 

学校から独りで帰る山道での出来事。

 

「ふん~ふんふん~~…今夜は山菜の天ぷらね~♪」

 

自宅に戻る途中、山菜が見つかったので機嫌が良くなり採取を続けている。

 

彼女が今住んでいる自宅は、山奥の開けた場所に建てた山小屋。

 

都市部に近い山林は都市計画区域内がある。

 

市街化調整区域や保安林に指定されている山林では建築出来ないが、小さな小屋なら話は別。

 

四畳半程度の小屋であれば簡易な建物とみなされ山林内でも建てることができたようだ。

 

山菜を詰め込んだ籠を片手に持ち、今の自分の立場を振り返りながら山道を進む。

 

「一年前…私は神浜で暮らしていた人間だった」

 

しかし父親が幼馴染の男に騙されて借金を背負わされてしまい、一家は家を手放すこととなる。

 

青葉ちかは実家の村に移り住んだ過去をもつ少女。

 

それは彼女が魔法少女として契約し願いが叶ったことが原因だった。

 

「私は奇跡の力を使い、取り立て屋から見逃してもらえたから…田舎に移り住めた」

 

人を騙して弄ぶ、怖い大都会の人間とは関わりたくないという現実逃避の願い。

 

「でも、私が魔法少女になったと親にバレた。その時に知らされた…時女一族の分家筋なのだと」

 

そんな頃に、家族たちの元に現れたのは…ヤタガラス関係者達。

 

分家筋とはいえ、国家神道組織傘下の時女一族の者である事に変わりはない。

 

ヤタガラスには逆らえない両親から、ヤタガラスに従うように彼女は言われてしまう。

 

「最初は…神浜に帰ってくるのが嫌だった」

 

ヤタガラスの存在など彼女は知らなかった。

 

知らない連中の命令で人探しをしろなんて勝手過ぎる。

 

それでも、家族の怯えた態度を見せられた彼女は渋々従うしかなかった事情があった。

 

大都会に戻るのは、悪意ある人間の残酷さを思い出す苦しみに苛まれただろう。

 

「家族が酷い目にあったから、私まで人間不信になった…。それでも、選択肢はなかったわ」

 

両親からヤタガラス構成員が住職を務める水徳寺で暮らせと言われ、従うことになる。

 

「水徳寺で出会ったのが、私と同じ分家筋であり…同じ苦しみを背負う涼子さんだった」

 

彼女も突然過ぎる任務に対し、筋が通らないと立腹していた事もあり意気投合出来たようだ。

 

時女本家から訪れた静香達と共に、ヤタガラスからの任務に務める事になるのだが…。

 

「目的の人物を尾行したり、長期に渡って説得し続けろと言われても…私には関係なかった」

 

説得任務は静香達に任せ、彼女は大勢の人達に囲まれる生活が苦しかった事もあり離れていく。

 

自分だけの住処を自然の中に求め、6月の後半時期から北養区の山奥を彷徨きだしたようだ。

 

その時期に涼子も自分なりに時女と向き合うために、静香と共に霧峰村に向かったりもしていた。

 

小屋を建てる手頃な場所を見つけてから、少しずつだが暮らしていける小屋をちかは作っていく。

 

帰ってきた涼子は、彼女なりに時女一族に連なる者としての使命を見いだせたようだが…。

 

「私は時女一族と共に歩みたかったわけじゃない。人から逃げ、自然世界で引き篭もりたかった」

 

夕暮れに染まる山道を見上げ、自然の音に耳を澄ます。

 

この音だけを聞きたかった彼女だが、自然は優しいだけではない。

 

「暴風雨が酷かった日。せっかく作っていた山小屋が壊れてしまった…」

 

悪魔のような人間が恐ろしいから自然を求めた。

 

なのに自然さえ悪魔のように恐ろしい。

 

「全てが恐ろしい…絶望感に打ちひしがられて水徳寺に帰った時…皆が私に力を貸してくれた」

 

静香の号令の元、分家集落の魔法少女たちまで集合をかけ、大勢の力で山小屋を再建してくれた。

 

「私…あの人達に酷いことを言ったわ」

 

水徳寺から出て行きたいという彼女に恩を売りつけようとしている。

 

恩という鎖で縛って分家の人間を従えるのが本家のやり方かと聞いたようだ。

 

「でも皆…不思議そうな顔をしてたわね」

 

――仲間の私達が、困っている貴女のために小屋を建て直す。

 

――それだけの事じゃないかしら?

 

「自分を恥じた…何をされても疑う事しか出来ない自分に」

 

その言葉で、嫌々ながらも水徳寺で暮らしてきた理由に気がつくキッカケが出来た。

 

「私…本当は誰かに、必要とされたかったんだって…気が付かされた」

 

過去を振り返りながら歩いていくと、そろそろ山道も終わろうとしている。

 

山道も登り終え、見えてきたのは時女の仲間達が再建してくれた愛すべき我が家。

 

「私が神浜に戻ってきたのは、ヤタガラスなんかの為じゃない…」

 

――誰かをもう一度信じたいという思いを与えてくれる…仲間達と出会うためだった。

 

その後、彼女はその思いを育むために神浜山岳会の自然ガイド募集に応募する。

 

愛すべき自然の素晴らしさと、人々の素晴らしさをもう一度思い出すために。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

季節は9月頃。

 

尚紀が聖探偵事務所のポスティングチラシ配りを行っていた時期にまで進む。

 

「よぉ、尚紀。お仕事ご苦労さん」

 

南地域を配り終えるために働いていた彼に声をかけたのは、南凪自由学園制服姿の南津涼子。

 

「涼子だったか?この前は家の手伝いをしてもらって助かったよ」

 

「いいって別に。助け合いもまた仏の道ってやつさ」

 

「随分と仏教に拘るな?」

 

「だって、あたしは仏教寺の浄安寺で暮らしてきたからね」

 

「住職の娘か?」

 

「それは…少し違うかな。あたしの両親は幼い頃亡くなって、爺ちゃんが育ててくれたんだ」

 

「すまない、聞くべき話じゃなかった」

 

「気にしてないよ。寺育ちだから教養として学んできたんだ…厳格な住職だからね」

 

「将来は寺を継ぐのか?」

 

「そうだね、いつかは仏教系大学に入ると思う。寺育ちだからじゃない、そうなりたいから進む」

 

「思い入れがあるようだな?」

 

「最初の頃は修行の毎日は辛かったけど…ある日、掃除していた時に暗い顔をした人物が訪れた」

 

葬式仏教とバカにされるが、仏教は本来迷える人々に仏の教えを説くのが役割。

 

迷える人の心に寄り添い、釈迦の教えを通してその人物の迷いを払った出来事を語ってくれた。

 

「爺ちゃんの姿が誇らしくてね…いつかあたしもああなりたいって思ったから、修行三昧さ」

 

「苦しむ人々を導く宗教の道に進む女性なら応援する。俺の大切な人の分まで頑張ってくれ」

 

「有難うな。お前さん、けっこう宗教トークに付き合えるじゃないか~?気に入ったよ♪」

 

「仏教の四天王である、持国天・増長天・広目天・毘沙門天を知ってるか?」

 

「当たり前だろ?あたしは寺娘なんだよ」

 

「それら天部の仏神に俺は会った事があると言えば、お前は信じるか?」

 

「アッハハハハ♪あんた根暗男かと思ったが、ジョークも言える奴だったなんて!」

 

「いや、本当に出会った事があるんだが…」

 

「なら、あたしは密教本尊である大日如来が化身である不動明王にだって会える日が来るさ♪」

 

「大日如来が好きなのか?」

 

「仏教徒なら当たり前だろ?あたしの炎魔法も、不動明王をイメージしてるんだから」

 

不動明王の背後で燃える炎とは、迦楼羅(かるら)が用いる迦楼羅焔(かるらえん)と呼ばれる。

 

迦楼羅(かるら)とはヒンドゥ神話においてはガルーダと呼ばれる存在であった。

 

「ちなみに、俺はガルーダを仲魔にしていた時期もあった。あいつの炎魔法は確かに強かった」

 

「アハハハハハ!!腹が捩れる!だから~、真顔でジョーク言うのはやめてくれ~♪」

 

男らしいサバサバした言葉で喋る彼女。

 

袂を分かつ事となったが、恩人であり妹であった杏子を思い出して懐かしい気持ちが湧いてくる。

 

彼女から南凪区の有名な薬膳料理を味わえる穴場に行かないかという話の流れとなっていく。

 

ポスティングも一段落していた時間であったことから、彼もついて行くこととなった。

 

「タイ料理サワムラか…うちの事務所の近場にこんな店があったんだな」

 

「尚紀は不健康な食生活してたしね。ここは美味い薬膳料理が食えるって、神浜じゃ有名店だよ」

 

「余計なお世話だ。薬膳…漢方の類だよな?味は期待し辛いんだが…」

 

「神浜じゃオーラ薬膳と言われる程さ。あたしも一度は訪れてみたかったんだよね~」

 

「寺娘のくせに夕飯前の外食か。見つかれば住職爺さんから大目玉食らうぞ」

 

「えへへ…そこは秘密にしてくれると助かる。こう見えてあたし、大食いだし♪」

 

店内に入り、中を見て回れば異国文化を感じさせる飾り物が出迎えてくれる。

 

所々にはキックボクシング選手の古い写真やグローブ、格闘技ポスター等も見られた。

 

「サワッディー・カップ!お若いお二人さん、よく来ましたねー」

 

カウンターから気さくに声をかけてきた人物。

 

ムエタイの頭飾りを思わせるものを身に纏うハゲた中年男性がここの店主のようだ。

 

カウンターから声をかけられた事もあり、2人はテーブル席を選ばずカウンター席を選ぶ。

 

「今日、ナニしましょうか?」

 

「スープぐらいにしとけよ。夕飯食べられなくなるぞ」

 

「は~い♪尚紀はしっかり食べなきゃ駄目だからな?不健康な食生活してるんだし」

 

涼子が勝手に注文してしまい、料理が出来るまで時間を潰す。

 

「お前は時女の分家なんだろ?魔法少女として、この国のために戦ってきたのか?」

 

「ただの血筋さ。つい最近まで、魔法少女になったから仕方なく魔獣と戦うだけの存在だった」

 

「そのお前がなんで赤の他人である俺に付き纏い始めたんだよ?」

 

「ヤタガラスを名乗る連中が現れてから…爺ちゃんも血相変わった。それが理由だよ」

 

「何か事情があるんだろうな」

 

「爺ちゃんはね、秘密結社の構成員だったんだ。だから命令には逆らえなかったんだよ」

 

「秘密結社の構成員…そいつもヤタガラス関係者だったというわけか」

 

「あたしは仕方なくヤタガラスの使いっぱしりをさせられた。筋が通らない…腹が立ったよ」

 

「断れない程の存在だったわけか。断れば、育ての親がどんな仕打ちを受けるか分からない」

 

「そう思ったから…お前さんをつけ回した。静香達が来てからは…本家連中に丸投げしたよ」

 

「確かに、お前は俺の周りをウロチョロしていたのは最初の頃だけだったな。今はどうしてる?」

 

「半端な気持ちで時女と関わるのは嫌だった。だからね、時女の里である霧峰村に赴いた」

 

「霧峰村…?」

 

「時女一族の隠れ里さ。時女一族を全く知らないあたしは、深く知る必要があったんだ」

 

時女の里に赴いて知った事を彼女は語っていく。

 

時女の里で行われる國兵衛神楽や巫(かんなぎ)の儀のこと。

 

時女に所属した歴代の魔法少女達が日の本を救うために戦ったこと。

 

ヤタガラス傘下の元、構成員を務めてきたことを知らされたようだ。

 

「國兵衛神楽、巫の儀…。時女一族はキュウべぇや魔法少女をそんな名称で呼んでたんだな」

 

「霧峰村に行った一番の収穫は…ヤタガラスに所属していた人物名簿を見せてもらったことさ」

 

「人物名簿の中に気になる存在でもいたのか?」

 

「名簿の中に…あたしの母親の名前があった」

 

「お前の母親もヤタガラス関係者だったとはな…」

 

「あたしを産むまで長生き出来たなら魔法少女じゃないんだろうけど…」

 

「…言いたくないなら、言わなくてもいいんだぞ」

 

「聞いて欲しい。あたしの母は、ヤタガラスの退魔師として…英雄的な死を遂げたそうだ」

 

涼子は重い表情を浮かべながらも、母の事を語ってくれる。

 

彼女は両親とは死に別れて苦労して生きてきた。

 

だから母親を誇らしいと感じたことは一度もなかった。

 

だからこそ彼女は立腹する。

 

自分を捨てた女が英雄と呼ばれたところで…置き去りにされた娘が納得出来るはずがない。

 

「国家やヤタガラスのために死んだから英雄?そんなの…ただの生贄さ」

 

腹を割って話してくれたこともあり、尚紀も語ってくれる。

 

両親だと思っていた人達から捨てられたこと。

 

明確な意思を親から示されたら恨む事も悲しむ事も出来るが、死人に口はない。

 

どんな気持ちで国のために死んだのかは定かではないのだと語ってくれる。

 

彼も辛い立場だったことを知った涼子は、彼に親近感を覚えてくれたようだ。

 

「でもね、自分を犠牲にしてでも守りたいモノのために人間は魂を燃やせると…あたしは知った」

 

「…あの南凪港で散った、蒼海幇の人達から学んだか?」

 

「あたしの母は、警察の治安を守る職務についていたそうだ」

 

「いつ死ぬかも分からない職務で子供を作る…だから寺に預けられたわけか」

 

「我が子よりも守りたいものがあった…自分の感情を捨ててでも…誰かを守り抜く魂もある」

 

「…お前は、どちらを選ぶ?」

 

「以前のあたしなら前者を選ぶ。でもね、死人が口を残すことだって出来る」

 

「ボイスレコーダーか何かを残していたというわけか?」

 

「あたしは爺ちゃんから…母の最後の通話記録を聞かせて貰えたんだ」

 

「そのメッセージは、お前を案じていてくれたか?それとも、大義の為に散れて本望だったか?」

 

「あの人の最後の言葉は、あたし達国民を守るために()()()()と戦う内容だった」

 

「地下組織……」

 

「あたしを守る事も、みんなを守る事も繋がっていた」

 

――この国に()()()()()()()()()()に立ち向かってくれた。

 

「…その後、その人は?」

 

「不審な事故によって搬送先の病院で亡くなった。事件については詳しく明かしてくれなかった」

 

「……そうか」

 

「けど、この国の民を救ったんだ…あたしも含めてね。それだけは…あたしの自慢だと思う」

 

「そんな母の生き方を知って、これからのお前はどう生きる?」

 

「あたしは…かけがえのない魂を継ぐ。蒼海幇の人達のように」

 

母のように、己を捨ててでも気高く生きる道もあることを涼子は知った。

 

時女一族の者として、日の本の民の幸福のためにこそ戦う覚悟を示すのだ。

 

長い話に区切りをつけた頃、ちょうど薬膳料理も出来たようだ。

 

「「こ、これは…!!?」」

 

一口食べたらみなぎるオーラ。

 

「なんてこった…あたし、こんな美味い薬膳料理なんて味わったことないよ!!」

 

「まるで回復の泉だ…。これ程の薬膳料理なら、悪魔達のどんな傷や状態異常も治せる!」

 

夢中になって2人は食していた時、ふと視線が店の中に飾られているモノに目が行く。

 

「あれは…五芒星か?」

 

「魔除けとして飾ってあるね。神道、仏教、陰陽道、旧日本陸軍、どれでも五芒星は重要だから」

 

「仏教にとっての五芒星とは?」

 

「西洋魔術や陰陽道と同じく、星の守護と五大元素を司るんだ」

 

地・水・火・風・空を司る神聖な紋様として知られるのが五芒星。

 

密教や修験道では星のかわりに大を使う。

 

「あたしの必殺技ともいえる大魔法もね…五芒星である大が必要なのさ」

 

「六芒星と同じく、魔除けとしても太古から使われるな」

 

「五芒星の力で悪鬼を炎の結界に閉じ込めて焼き尽くす。京都の大文字の送り火と似てるかもね」

 

星とはペンタグラムであり、政治的な意味合いだけでなくオカルト的意味合いも強い。

 

悪魔を崇拝する反キリスト集団ならば、意味合いが同じでも逆五芒星に変える。

 

ペンタグラムは正しく使えば魔なる者を取り囲む一筆書きの封印と化す。

 

五芒星は閉鎖性こそが封印であり、交点は複数の目。

 

見張られる事を、魔なる者たちは嫌うのだ。

 

掌返しをするように五芒星を逆に向ける行為。

 

それこそが、()()()()()()()()()()なのかもしれなかった。

 

「時女一族の里でも、沢山の五芒星や六芒星の印を見かけたよ」

 

「神道や陰陽道と深く関わる里なのかもな」

 

「閉鎖的だが自然溢れる秘境だったし、自然神を崇拝する神道を習わしとする集団なのかもね」

 

「あるいは…」

 

――魔なる者たる魔法少女を誰も逃さない。

 

――()()()()意味合いかもな。

 

「物騒な事を言わないでおくれよ。あたし達は悪鬼じゃない…変わらない連中もいるけどね」

 

「五芒星からは…魔なる者達は逃れられない」

 

かつて悪魔の生贄として逃れる事が出来なかった五芒星を掲げた魔法少女達の事が脳裏を過る。

 

物思いに耽りながら、2人は食事を終えて精算に向かう。

 

「あれ?もしかしてこれって…デートってやつ?手を繋いで帰ってやろうか?」

 

「悪魔の俺をお前の五芒星で拘束するのは勘弁してくれ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ああ、知ってるぞ。15年前に亡くなった南津巡査部長のことだな」

 

ポスティングを終え事務所に帰った尚紀は、涼子から聞いた話で気になった部分を丈二に問う。

 

「警視庁刑事部時代の知り合いだったとはな」

 

「俺たち刑事が所属する刑事部の中で、捜査第二課に所属していた人物だ」

 

「捜査第二課か…涼子の母親は警視庁の中でもエリートの刑事だったんだな」

 

「凄い美人で姉御肌な女性デカだったし、よく覚えてる。既婚者なのが残念だったよ…」

 

「その南津巡査部長は、死ぬ間際までどんな捜査をしていたか思い出せるか?」

 

「部署は違ったが、とんでもなくヤバい案件に捜査メスを入れようとしていると俺は聞いたな」

 

「捜査本部が設置されていたんだろ?それはどうなったんだ?」

 

「捜査本部は…警視庁上層部によって、無理やり解散に追い込まれたんだ」

 

「上からの圧力で解散に追い込まれただと…?」

 

「何故そんな事になったのか俺は知る由もないんだが、南津巡査部長だけは…諦めなかった」

 

「警視庁上層部からの圧力…涼子の母親は独自に捜査を進めていったのか」

 

「俺も止めたんだ。これは只事じゃない、小さい子供もいるんだから無茶な捜査はやめろと」

 

「……………」

 

「彼女は止まらなかった。我が子や国民を守るために、真実を明かす必要があると必死だった」

 

「刑事として尊敬出来た人か…。事故で亡くなったそうだが、その時に何か聞かなかったか?」

 

「日本の政治・行政・司法界隈にはな…不審死が度々起きる。彼女はそれを捜査していたんだ」

 

日本の政治界隈やジャーナリストたちの間では、不自然な不審死が多い。

 

そのどれもが自殺や事故といった内容で処理されているが…極めて不自然な終わらせ方ばかり。

 

南津巡査部長もひき逃げされて亡くなった事にされたことになったようだ。

 

「彼女は警戒心の塊のような刑事だった…ひき逃げされて亡くなるなんて考え辛い」

 

「彼女が死ぬ間際に、何かお前に語っていたことはないか?」

 

「…ある。それを聞いて、彼女がどれだけヤバい案件に首を入れていたのか判り…恐怖した」

 

「……………」

 

「俺たち刑事にとってな、絶対に関わってはならない存在が昔から日本にある」

 

「関わってはならない存在…?」

 

「関われば確実に職も命も失うと言われる程だ。それを捜査した彼女は…例外なく不審死した」

 

真剣な眼差しを向ける丈二は重い口を開き、その存在を表す言葉を紡ぐ。

 

――()()()()()()()()の存在を知ってはならない、関わってはならない。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

五芒星は一筆書き出来る故に、2つに分割する事が出来ない。

 

それは宇宙の根源である原初の混沌、混ざり合う1つたるダークマターを表すと言われる。

 

宇宙の創生原理においては、混沌の中に宇宙の要素である五大元素も存在していた。

 

五大要素が均等に作用する事により五芒星が生み出され、創造宇宙のトーラスを周り続ける。

 

五芒星には黄金分割比の数字が表れ、永遠に続くフラクタル構造を生み出す。

 

自然界、樹木の枝分かれ、花びらの数、進化の法則、素粒子の世界でさえ同じ構造をもつ。

 

万物を生み出した原初の混沌であるマロガレ。

 

その中にこそ世界を構成する五芒星が存在し、脈々と自然界で繋がれたのだが…。

 

世界に最初の光りが産まれた時に…それは差異となり分断された。

 

善と悪、光と闇、陽と陰、男と女、火と水、プラスとマイナス、愛と憎悪。

 

そして…()()()()()()()()

 

あらゆる差異が生まれた三次元世界。

 

これこそが六芒星の三角と逆三角としても語られる相反する二元論。

 

ヘブライの唯一神が差異として生み出した六芒星。

 

それは母なる混沌たる五芒星があったからこそ、この世界に生み出されたようだった。

 

……………。

 

季節も過ぎていき、10月を迎える。

 

紅葉に彩られた美しい山道を今日も歩く青葉ちかの姿が見える。

 

「ふん~ふんふん~~♪」

 

暖炉の着火剤として松ぼっくりを拾っているようだ。

 

不意に空から現れ、彼女の肩に止まった野鳥。

 

「あら?餌が待ちきれなくて私のところにまで来ちゃった?」

 

ちかの山小屋には野鳥観察のためにバードフィーダーを木の枝に設置している。

 

この野鳥はそこに訪れて餌を貰っている野鳥のようだ。

 

右手を肩に近づければ、野鳥が彼女の手に移動して鳴き声を出す。

 

「えっ、大気の流れがおかしい?嵐が訪れる?」

 

野鳥の言葉が分かるのか、話しかけるように喋り続ける。

 

不安になってきた彼女は、松ぼっくり採取を途中で切り上げて立ち上がった。

 

空を見上げれば赤く染まった雲と夕日。

 

「綺麗な夕日ね…。でも自然は美しさの中には…悪魔のような恐ろしさも秘められているわ」

 

急ぎ足で山小屋へと走る彼女の姿。

 

ちかにはあの夕日の空がどういう事態を引き起こす前兆なのかが分かる。

 

台風の前兆だったのだ。

 

……………。

 

2019年10月は、台風19号が関東で猛威を振るった事で知られている時期。

 

空は案の定雲行きが怪しくなり、強風が吹き荒れていく。

 

「たくっ……ログハウスの泣き所だよなぁ」

 

強風が吹き荒れる中、尚紀はログハウスのコーキング作業中。

 

ログハウスは丸太を積んだだけなので、移築は早いがどうしても壁の隙間から水漏れが出てくる。

 

「酷い台風になるようだし、東京の魔法少女共も大人しくしてくれてたら助かるんだが…」

 

大型台風接近に伴い、聖探偵事務所も休みとなってしまったので対応に追われていた。

 

天気予報通り台風19号の猛威が関東を直撃し、外は嵐の如く風と雨が吹き荒れる。

 

「酷い雨風の音だニャ…まるで高圧洗浄機で家を洗われてるようだニャ」

 

リビングで大人しく台風が過ぎ去るのを待つしかない尚紀と猫悪魔達。

 

彼は夏目書房で買った小説を読み、猫達は心配そうに雨戸を閉めた窓の外に意識を向ける。

 

「築10年と比較的まだ新しい家だったし、経年劣化も酷くなくて良かったわね」

 

「それでもウッドデッキの屋根が心配になってくるニャ」

 

リビングの上に見える天窓の空を見つめる表情は不安そうだ。

 

「オイラこういう日を経験すると、大自然の恐ろしさを痛感するニャ。拾われて良かったニャ」

 

「そうね…まるで悪魔のように恐ろしい力強さよ」

 

「天空神でも暴れているのかニャ?それとも、母なる地球が具現化して激おこなのかニャ?」

 

「どうかしらね?それらも私たちから言えば悪魔だろうけど、どんな姿をしてるのかしら?」

 

「きっと恐ろしく悪趣味で固められた()()()()()な見た目だと思うニャ…」

 

「えらく具体的な意見ね…?」

 

静かに小説を読んでいた彼の口も開く。

 

「大自然の世界は五芒星や六芒星で形作られる。それらは全て、神であり悪魔の領域」

 

「なら、やっぱり天変地異や自然災害の類は全て…悪魔の仕業なのかニャ?」

 

「どうだかな?科学の力は既に魔法や魔術に匹敵し始めている。なら可能かもしれない」

 

「可能って…何を?」

 

「……人工地震や、気象兵器のことさ」

 

「そんなものを人工的に起こして、何になるニャ…?」

 

「TVやスマホのように、道具は使い方次第で人々に恩恵をもたらすが…」

 

――それらを、悪魔を崇拝するグローバル・エリート達が管理していたとしたら?

 

……………。

 

<<すいません!!助けて下さい!!!>

 

突然声が玄関から響き、小説を机に置いて玄関に向かった彼が目にした人物とは?

 

「ちかじゃないか!?お前ずぶ濡れになってまで、どうしてこんな日に外に出て…?」

 

「私の山小屋の隣にある大きな木が倒木しそうなんです!倒れてきたら私の家が壊れちゃう!」

 

「この強風だからな…。たしか以前、暮らしている家が俺の家近くにあるって言ってたな?」

 

「だからここに来ました!静香さん達にも連絡したんですが…距離があって間に合わないかも!」

 

「法律を調べてみないと分からないが、魔法の力で木を伐採する事は可能か?」

 

「過度の伐採を防ぐ森林法があるんですが、神浜市役所に手続きを行いに行く余裕は無いです!」

 

「自然環境保護もケースバイケースだな…分かった、直ぐに支度する」

 

レインコートを身に纏って強風と豪雨が吹き荒れる外に出る。

 

ガレージからワイヤーケーブルを取り出し、ちかに先導して貰いながら山道を進む。

 

「倒木しそうな大木の処置は何かしているのか?」

 

「縄を使って周りの木と結び、3点固定していますが…何処まで保つか判りません」

 

「風が強く吹き出した…急ごう」

 

猛烈な風雨の中、懐中電灯を片手に2人は夜道を走るのだが…。

 

「あ…あぁ…そんな……」

 

「……なんてこった」

 

2人が辿り着いた頃には、大木の下敷きとなってしまった山小屋の無残な姿しか残っていない。

 

ちかは膝が崩れ落ちてしまった。

 

「どうして?やっと人を信用出来るようになってきたのに…今度は自然の方が私を虐める!」

 

泣き崩れてしまった彼女の肩に、彼は手を置いてやる事しか出来なかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

彼女を風雨に晒したままにするわけにもいかず、家まで連れてきた。

 

破壊された小屋の中から彼女の私物を可能な限り持ち出せたが、服も下着も水浸し。

 

仕方がないので彼女のスマホを借り、静香に代えの衣類を持ってきてもらうよう頼んだ。

 

「普段ならオッパイお姉ちゃんが入浴中なら飛んでくけど…今のあの子は悲惨過ぎて無理ニャ」

 

「当たり前でしょ。覗きに行っていたら、簀巻きにして神浜湾に沈めてあげてたわよ」

 

リビングで静香達が訪れるのを静かに待つ。

 

程なくして、玄関のチャイムが鳴った。

 

「すいません、嘉嶋さん。ちかを助けてあげるのは本来…時女本家の嫡女である私の努めなのに」

 

「気にするな。早く代えの衣類を風呂場のちかに届けてやれ」

 

風呂場に向かう静香を見送り、心配して彼女と共にやってきた3人をリビングに上がらせた。

 

「ちかさん…可哀想に。せっかく時女の魔法少女達と協力して山小屋を再建したのに…」

 

「災いは鬼神のなす業。鬼や神が行う領域だから、いつ襲いかかってくるか分からないんだ」

 

「人災なら恨む事も出来るけど、天災ばかりはどうしようもないよぉ」

 

「以前もあの山小屋が壊れた事があったのか?」

 

「はい…建築家が建てたわけでもない掘っ立て小屋でした」

 

「自然の猛威を相手にするには、頼りない小屋だったわけだな」

 

「それだけじゃありません…」

 

すなおは尚紀に語っていく。

 

青葉ちかとその家族がどのような境遇に陥った過去を持つのかを。

 

父の幼馴染に大切にしてもらえたが、裏切られて借金地獄に突き落とされた過去を持っていた。

 

「踏んだり蹴ったりの人生か…確かに、人間不信になるのも無理はないか」

 

「ちかちゃん、疑い深い自分に自己嫌悪を繰り返すんだ…彼女が悪いわけじゃないのに」

 

暫くして、静香と手を繋いだ姿のちかがリビングに訪れる。

 

目元は腫れており、風呂場でも泣き続けていたようだ。

 

「…すいません、皆さん。ご迷惑をおかけしました」

 

「気にするな。それよりも、これからどうする?」

 

「水徳寺にまた帰ります…。それしか、安心して寝られる場所なんて…神浜には無いです」

 

「そうか…。台風が小康状態になったのを見計らって移動するといい。今夜はここで泊まれ」

 

「そんな…どうして、私にそこまで優しくするんですか?私なんて…何もないのに」

 

「クドクド言うな、うちは部屋を持て余している。お前らも今日は休んでいけ」

 

「いいんですか?でも私たちは5人だし…」

 

「空き部屋もベットと布団ぐらいは用意してある。雑魚寝するよりはマシだ」

 

「尚紀先輩は猫ちゃん達と暮らしてるんだよね?どうしてそんなにベットを用意してたの?」

 

「まぁ…色々と思うところがあったんだ。いつか、必要になる日が訪れてほしくて」

 

「ちょっと待ちな。よく見たら、あたしら5人がベットを使ったら…尚紀の分がなくなるぞ?」

 

「俺はリビングのソファーで寝る。小説の続きでも読みながらな」

 

「地獄に仏とはアンタみたいな人の事だよ、尚紀」

 

今夜は尚紀の家で泊まる事となり、少女達は自分の部屋を見つけて入っていく。

 

「オイラ、ちか姉ちゃんと一緒に寝るニャ。猫のオイラでも愛でて気分を慰めるニャ」

 

「そうね。私達は愛玩動物姿だって、悪魔の姿に簡単に戻れるようになってから忘れかけてたわ」

 

暫く時間が過ぎていき、部屋のベットで休んでいた彼女達も寝息を立て始める。

 

毎日3時間睡眠しか行わない尚紀は、眠くなるまで小説を読んでいたのだが。

 

「うちの騒がしい猫共が横にいると眠れないか?」

 

振り向きもせずに声をかけた先には、ちかの姿。

 

「いえ…猫ちゃん達のせいじゃなく、頭の中が混乱していて意識がハッキリするんです」

 

「座れよ。コーヒーは眠れなくなるからやめとけ」

 

「あの…お気遣いして貰わなくても大丈夫です」

 

リビングの椅子に座り、静かな時間が過ぎていく。

 

体が風雨に晒された彼女達を温めるため、暖炉に火が灯された音が静かに響いていた。

 

「…私に恩を売って、時女一族にしつこく付き纏われる状況を打壊しようと考えてますか?」

 

「…そう思うか?」

 

「だって…それ以外に、私に親切にする理由なんて…」

 

「自然に何度も痛めつけられた。だからまた人間も繰り返すに決まっている…そんなところか?」

 

「……………」

 

「分かりやすい奴だな、お前」

 

「だったらどうなんですか!?みんな私を傷つける!自然も……人間だって!」

 

建前を見破られた彼女は怒りの表情となり立ち上がる。

 

「優しくしてくれたって…絶対に恐ろしい苦しみをもう一度私に与えにくるに決まってます!!」

 

「そうなる日もあるかもな。疑う事は…()()()()()

 

「え……?」

 

読んでいた小説本を閉じ、机に置いて彼女に向き直る。

 

「人は、疑うべきだ。お前のその疑い深さは…人として正しい在り方だ」

 

「私…誰かが何かをする時は裏があるって深読みして…あらぬ誤解を生んで迷惑をかけて…」

 

「その考え方が世間知らずなんだ。だから多くの人間は誤解してしまう」

 

社会人としての尚紀は、まだ世間知らずの学生であるちかに語っていく。

 

疑うのはその人物を知る行為。

 

反対の信じるとは、崇高で聞こえの良い概念に聞こえるだろうが…弱点がある。

 

「信じる事で繰り返してきた愚かな行為、何か分かるか?」

 

「分かりません…それは一体なんですか?」

 

――他人を知る事の放棄…()()()だ。

 

「知る事の放棄…無関心……?」

 

「無関心こそが…疑うよりも忌々しい。俺は探偵として…その光景を数多く見てきた」

 

彼はマルチ商法の潜入捜査を経験したことがある。

 

楽に儲かるとお金に苦しむ人々を騙し、生き血を啜る。

 

腐りきったマルチ営業マン達の存在を例にして彼女に語ってくれる。

 

「まるで…私の父を騙して家族を借金地獄に突き落とした人と…同じタイプの悪人ですね」

 

「腐りきったマルチ営業マンの中でも、極めつけにタチが悪かった連中がいた」

 

「その人物達とは…何ですか?」

 

()()()()()()()()()()()()、社会の役にたっている…。そんな激しい思い込みをした連中だ」

 

「そんな…悪い事をしているって、自分で気が付かない人達がいるんですか!?」

 

「そいつらは人に加害行為をしている自覚なんて欠片もない。考える事から逃げた奴らだ」

 

「それじゃまるで…()()()()そのものですよ…」

 

思考停止。

 

それこそが信じるという名の元に行われてきた究極の無関心状態。

 

「疑う事は悪じゃない。本当の悪とは…他人に無関心になる事なんだ」

 

――連中は、社会貢献する正義の味方を気取っていたりする…よく観察して見ることだ。

 

――そいつらがどれ程の人間達を苦しめて…救ってこなかったのかをな。

 

自分が今まで悪だと思いこんできた疑い深さを、初めて誰かに肯定された。

 

戸惑いの表情をしていたが、ふと頭の中で全てが繋がりを見せ始め、両目が見開いていく。

 

「そんな考え方に気が付きませんでした…。言われてみれば…私の家族のケースも同じですね」

 

「人間は思い込みの世界だけで生きる悪癖がある。主観ではなく()()()()()()()()()()を持て」

 

「客観的になれるからこそ…思考の逃げ道が作れる…」

 

「自分達が正しい行いをしてこれたかを疑え。これを()()()()というんだ」

 

「やっぱり社会人の方は違いますね。私達は魔法を使えても世間知らずの子供だと痛感しました」

 

「人間や社会の裏側ばかりを見ていると、俺みたいなヒネた大人になる弊害もあるけどな」

 

「フフ♪そんなことないです。尚紀さんは…とっても思いやりがある本当に優しい人です」

 

安心したのか椅子を立ち上がり、自分が休んでいた部屋に戻っていくのだが…。

 

「そういえば尚紀さん。どうしてあの猫ちゃん達は…喋れるんですか?」

 

「お前には分かるのか?…いつか必ず話すから、今日はもう休め」

 

「分かりました」

 

部屋に戻る魔法少女の後ろ姿を見つめながら、神浜で生きる魔法少女たちに思いを巡らせる。

 

「最近、この神浜の魔法少女社会で不穏な動きが見られる。どうする…正義の魔法少女共?」

 

東京で人間の守護者として生きてきた尚紀は…疑っている。

 

神浜市で正義の味方を気取ってきた魔法少女達に疑いの眼差しを向けている。

 

「お前達は本物の人間の守護者か?それとも、自分達が救えていない人間さえ考えない連中か?」

 

無関心極まった上で、尚も人間の守護者を気取り続ける卑怯者達なのか?

 

…彼は見届けていくことになるだろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

台風19号は2日間の猛威を振るった事もあり、次の日も尚紀は自宅待機。

 

「アプリニュースで被害の状況はどんな風に語っているの?」

 

「酷いもんだ。河川氾濫や土砂災害、多摩川や千曲川などの一級河川まで氾濫しちまってる」

 

「朝方は小康状態になったから、ヤタガラスのお姉ちゃん達もどうにか帰れて良かったニャ」

 

「またぶり返してきてるし…自然の猛威は悪魔のように気まぐれね」

 

「水害の国である日本はな、川の氾濫を神格化してヤマタノオロチ神話として語り継ぐほどだ」

 

「何処の国でも蛇悪魔神話は語られるニャ…おっと、蛇悪魔は尚紀も同じ扱いだったかニャ?」

 

「俺をルシファー扱いするな、外に放り出すぞ」

 

ニュースアプリを閉じ、SNSにも目を通す。

 

「こいつ…ムカつく野郎だ」

 

「何を見ているの?」

 

「建築関連企業の呟きが炎上中だ。川が氾濫すれば数十億の稼ぎになる、氾濫が待ち遠しいとさ」

 

「腐った奴だニャ!人の生き血を啜るクソ野郎だニャ!!」

 

「資本主義の闇ね…人々が災害に飲まれれば飲まれる程に”需要”が生み出され利益とする」

 

「そういえば、昨日尚紀は人工地震や気象兵器の事について何か言ってたニャ」

 

「もしそんな兵器があるのなら、どれだけの需要と利益を企業と株主達は手に入れられるの?」

 

「完全にマッチポンプだニャ…それが出来る金儲けの世界なら、残酷な悪魔の世界だニャ」

 

―――儲かるとわかれば平気でテロリストにも金を貸すし武器も渡す悪魔共。

 

―――意図的にカオスを撒き散らし企業がダメージを受け社長が自殺すればゲラゲラと笑う悪魔。

 

―――金の悪魔共!!

 

そんな言葉を、震えながら尚紀に語ってくれ人物の言葉が頭を過る。

 

「いつだって世界の犠牲となるのは、小さく生きるしか出来ない労働者達なのね…」

 

スマホのSNSアプリを閉じ、検索しながら何かを探す。

 

「どうかしたの?」

 

「小さく生きるしか出来ない奴らだってな、幸福に生きる権利がある」

 

金持ち資本家が全ての利権を独占し、人々から生き血を啜る行為に待ったをかける思想がある。

 

それこそが、政治を知る努力を始めた尚紀が求める社会主義の政治概念だ。

 

「復興募金に寄付でもするのかニャ?」

 

「そうする。それに、台風から俺達を守るこの家の世話を手伝ってくれた連中の借りも返す」

 

「尚紀…本当に尚紀は優しくて、お人好しだニャ」

 

「かつての世界でな、勇やベルゼブブからも…俺はお人好しだって言われたよ」

 

……………。

 

大型台風が過ぎ去ってから一週間が過ぎた。

 

気持ちを落ち着けたちかと静香達は、瓦礫の山となってしまった山小屋に向かう。

 

「衣服ぐらいしか持ち帰れなかったけど、まだ使えるちかさんの私物が残ってますよね」

 

「私達で残りの私物も水徳寺に持ち帰りましょう」

 

「酷い壊れ方だったし、再建するのは難しいかもしれないよな…」

 

「う~…あんなに皆頑張って作ったのに…ちかちゃん、元気出してよぉ」

 

「ありがとう、みんな。私は大丈夫だから…」

 

時女の皆と再建したが、無残な姿となった我が家に向かう彼女の足取りは重い。

 

俯きながら歩いていたが、何か物を作っているような音が響き渡ってきた。

 

「何かしら…?」

 

「何か…物を作っているような音が聞こえてこない?」

 

「見て見て、よく地面を見れば車が通った後もあるよ」

 

「業者か何かが入っていったのか?」

 

山道を歩き、皆で再建した山小屋があった場所に辿り着いた彼女達が見た光景とは…。

 

「えっ……?」

 

「そ、そんな……これって!?」

 

「凄いよぉ~!小さいけど、尚紀先輩の家みたいな小屋が作られていく!」

 

建設業者の職員が沢山働いており、持ち込まれた資材を組み上げて小屋が作られている。

 

暗い表情だった少女達の顔にも明るさが取り戻されていくのだ。

 

「四畳半程度の小さなログハウスだが、素人の子供たちで作るよりは頑丈になるさ」

 

ちかの元まで歩いてきたのは、ログハウス建設の仕事を発注した人物。

 

「尚紀さん!?ま、まさか…私のためにログハウスを…?」

 

「お前、初めて俺の家に訪れた時にこう言ってたろ?木の匂いに包まれて癒やされるって」

 

「嘉嶋さん…ちかのために、こんな高そうな家をお金まで出して作ってくれたんですか?」

 

「尚紀…お前って男は……」

 

ちかが彼の前に歩み寄る。

 

「私は以前…同じことをしてくれた時女の皆を…疑うような言葉を言いました」

 

「ちかさん……」

 

「それでも、どうしてこんな親切を私の為にしてくれたのか…理由を教えてくれませんか?」

 

疑問に思う表情をした彼女達を見て、彼は不思議そうな顔つき。

 

「お前ら、俺が神浜に引っ越してきた時に家の手伝いをしてくれたろ?借りは返す…それだけだ」

 

静香達と同じ言葉を彼も語ってくれる。

 

ちかの両目が潤み、笑顔となってくれた。

 

「尚紀さん…ありがとう。私にまた…自然と人間に向き合える気持ちを与えてくれて!」

 

ちかの表情が晴れ渡る。

 

小屋を失った時の絶望の表情が嘘だったかのように。

 

「尚紀、お前は本当に慈悲深いな!!」

 

同じく笑顔となった涼子が彼に駆け寄り、首裏に片腕を回し込んでくる。

 

「人の悲しみを慈しむ、抜苦与楽(ばっくよらく)の精神が宿ってやがるよ!」

 

「たくっ…こんなとこでも仏教トークだな、涼子」

 

「それが僧侶を目指す南津涼子ってもんさ♪あたしがマブダチになってやるからな~」

 

「嘉嶋さん…本当に有難うございます!ちかさんの為に…本当にありがとう!」

 

「ますますヤタガラスに迎え入れる気になったわ!ところですなお、まぶだちって何?」

 

「みんな、私が言った通りでしょ?私の先輩は…こういう人だから♪」

 

嬉しさのあまり駆け出したちかは、彼に飛び込んで抱きついてしまったようだった。

 

……………。

 

彼は人修羅と呼ばれる悪魔であり、この世界で一角獣のエンキ神とも呼ばれだした存在。

 

五芒星の悪魔であり、六芒星の悪魔でもある。

 

大自然を表す存在であり、青葉ちかが愛した自然が具現化した存在とも考えられる。

 

彼女を慈しむように包んでくれた、自然のような優しさを周囲に与えてくれる存在。

 

だが…自然は優しいだけではない。

 

その後の神浜魔法少女社会は…混迷を迎える事となっていくだろう。

 

東の魔法少女社会の長の追放。

 

歯止めが効かなくなった東社会の魔法少女達の暴走。

 

新たな東の長となった藍家ひめな達の暗躍。

 

正義の味方である西の魔法少女達とて黙ってはいないだろう。

 

西と東、中央さえも巻き込んだ神浜の騒乱の日も近い。

 

……………。

 

「なんだか……胸騒ぎがする空ですね」

 

新しい山小屋のテラス椅子に座る、魔法少女姿のちか。

 

肩に止まっている野鳥に話しかけているようだ。

 

「神浜魔法少女社会の騒乱…私たち時女の魔法少女は、どちらに組みしたら良いんですか?」

 

鳥の鳴き声が響き、彼女も頷く。

 

「そうですね…。私たち時女一族は…日の本の民を優先する一族です」

 

彼女達は国家主義者であり愛国者。

 

そのイデオロギーをこの街の魔法少女社会の在り方にまで向けることは許されない。

 

それでも、譲れない信念がある。

 

「人命被害が出る程の騒ぎとなるのならば……討って出ます」

 

不穏な風がなびき、ちかの美しい白髪の長髪を靡かせる。

 

自然の優しさと、もう一つの恐ろしさを肌で感じ取ったようだ。

 

魔法少女衣装の髪飾りに咲くように備わっている花を1つ手で外し、静かに見つめる。

 

「私の花飾り…よく見たら()()()ね。自然とは五芒星であり、六芒星…それは神を表す」

 

太古のイスラエルの王たるソロモンが用いてきた六芒星。

 

ダビデ王の印たる六芒星を掲げて悪魔を召喚し、動物とも喋る事が出来たという。

 

「自然は時に悪魔のように恐ろしい力を人々に与える。その力は…たとえ魔法少女でも抗えない」

 

彼女の花飾りに浮かぶのは自然神の象徴。

 

そして…悪魔の象徴たる六芒星。

 

「魔法少女は…大自然存在に逆らってはならない。魔法少女達の破滅をもたらすことになる…」

 

―――決して自然神を…悪魔を……怒らせてはいけない。

 




読んで頂き、有難うございます。


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102話 デビルサマナー

時刻は既に深夜。

 

神浜から見滝原方面に向かう高速道路で起きた事件についての速報ニュースがTVで流れ続ける。

 

ここは神浜市南凪区にある5つ星ホテル内の気品溢れる客室。

 

部屋にある浴室と併設したシャワールームには、湯浴みをしている女性シルエット。

 

「ヤタガラスの仕事を請け負っていけば、葛葉一族の情報が手に入ると思ったけど…甘かったわ」

 

湯浴みを終えた彼女がシャワールームから出てくる姿。

 

美しい裸体の両腕全体を見れば、痛々しい程に刻まれた魔術増強入れ墨。

 

濡れた体を乾かし、下着姿のままサニタリースペースから彼女は出てきた。

 

気品溢れるリビングの机に置いてあったスマホを手に取り操作していく。

 

口座をもつスイス銀行オンラインバンクに入金されたヤタガラスの謝礼金額を確認したようだ。

 

「ヤタガラスとも潮時かもね…。これ以上仕事を繰り返しても…有力な情報を得られそうにない」

 

秘密主義を貫くヤタガラスを相手に、フリーのサマナーである彼女は何かを探っていたようだ。

 

高層ビルの客室の窓辺に立つ彼女の後ろ姿。

 

遠くに見える中央区高層ビル郡の美しさが目に映る。

 

「故郷の香港を思い出す光景ね…ヴィクトリアパークの美しさを思い出すわ」

 

両目を瞑り、幼少時代を思い返す。

 

小さな頃は孤児院に預けられた孤児として生きた時代があった。

 

後に八極拳門派の老師に引き取られ、家族同然のように愛されながら幸せな時代を過ごす。

 

彼女を引き取った老師には2人の武術友人がいた。

 

3人の老師達と交流を深めていく内に、各門派の内弟子少女とも交流できた。

 

「私の人生は、あの頃が一番幸せだった…」

 

彼女の耳奥には、今でもあの頃の楽しかった記憶の残響が残る。

 

我嚟喇!!麗家姐!!(行くよ!レイ姉さん!)

 

我可唔可以問你點事啊?(その構え、何か聞いていい)

 

松鼠猴嘅準備!(リスザルの構え)

 

那美雨?(あのさ美雨)

 

咩話?(なに?)

 

我覺得嗰個老大爺有胡散嘅味道(あの老師胡散臭い気がするの)

 

唔係噉嘅(そんな事ないネ)

 

你點知噶?(どうして分かるの)

 

我聽講係由武術書度學來嘅(武術書から得た技だと聞いたヨ)

 

周圍都係道場漫畫…(あの道場漫画だらけなのよ)

 

我真係希望我能讓你咁做(やらせてあげたらいい)

 

內奧米…(ナオミ)

 

名好奇怪,但技術係真嘅(名前は変だけど技量は本物よ)

 

娜奥米家姐係對嘅(ナオミ姉さんの言う通りネ)

 

唔緊要 我畀你練習(まぁいいわ、稽古をつけてあげる)

 

如果我能贏、我想讓你飲一杯金豆腐♪(私が勝てたら杏仁豆腐奢て欲しいネ)

 

好啦、如果我贏咗我會用芒果布丁♪(私が勝ったらマンゴープリンね)

 

咬人組合…(食い意地コンビ)

 

……………。

 

魔術増強の入れ墨が彫り込まれた片手が、強く握りしめられていく。

 

「幼い頃から共に武術を鍛えあった幼馴染だけど…日本から来たあの女を疑うべきだった」

 

思い出したくもない記憶まで掘り出されていく。

 

大切だった親友に殺されたのだ。

 

家族同然のように接してくれた大切な老師と兄弟子達を。

 

遺体に縋り付き、泣き叫ぶ自分の姿が蘇ってしまう。

 

「武術家同士の果し合いだった、恨むべきではないと老師は遺言を残したわ…それでも!!」

 

血眼になって幼馴染を探した末に、日本の秘密結社に所属する人物だと突き止めた。

 

「レイ…私は絶対にお前を許さない。そのために私は故郷を捨て、ヨーロッパで力を蓄えた」

 

――日本に赴き、老師たちの仇を討つために!!

 

窓ガラスに映る彼女の顔は、やりきれない気持ちと憎しみが入り交じるかのように歪む。

 

そんな彼女を我に返したのは、スマホの着信音。

 

「仕事用の電話番号にかかってきた。丁度いい、暫くヤタガラスから離れて仕事をしてみるわ」

 

通話を暫く繰り返し、電話を切った彼女はベットに入り眠りにつく。

 

ベッド横のサイドテーブルに置かれた、彼女が唯一残した思い出の欠片が詰まった写真。

 

そこには、妹のように可愛がった美雨と自分の姿と…。

 

()()()()()()()()人物の人影が、写っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜市チャイナタウンとも言える南凪路。

 

蒼海幇メンバーが店を切り盛りする高級中華料理店には現在、ニコラスと蒼海幇長老の姿がある。

 

店の奥に設けられた円卓テーブル椅子に座り、個人事業主を待つ。

 

「フリーのサマナー…彼女はどのような人物なのですかな?」

 

「欧州では名の知れた凄腕です。彼女を超えるサマナーは、欧州にはいなかった程に」

 

「ほう、それは凄いが…本当に信用出来る人物か疑わしいのぉ」

 

「ご心配はごもっとも。彼女は金さえ出せばどんな連中とも仕事をする。イルミナティとさえね」

 

「ワシなら選びたくないが、信頼を売りにするのが事業主。金さえ出せば裏切らんかもしれん」

 

「その人物の名は、ナオミといいます。性は誰も知りませんね」

 

「欧米でも使われる名前じゃな。たしか名の意味は…」

 

ナオミと名乗る性も定かではないフリーのデビルサマナー。

 

ヘブライ語で書かれた旧約聖書にもその名があり、楽しさや心地よさという意味がある。

 

「それは…彼女にとっては皮肉かも知れませんね」

 

「…そろそろ時間じゃ」

 

店の奥に歩みを進めてくる赤いスーツを纏ったサングラス女性。

 

その手には赤いレザースーツケースが持たれていた。

 

「あなた達がクライアントで良いのかしら?」

 

「隣のフラメル氏がクライアントじゃ。ワシは付き添いで来ておるが、内情は知らされておる」

 

「どうぞ席にかけてくれ、商談といこう」

 

促されたナオミはサングラスを胸ポケットに仕舞い、席に座る。

 

お客様が来店した事もあり、ボーイが席まできて注文を伺う。

 

「わざわざご足労願ったのだ、好きなものを注文して構わない」

 

「お言葉に甘えるわ、ミスター」

 

彼女は遠慮なくボーイに注文を行っていく。

 

コース料理から始め、単品メニューも次から次へと注文を繰り返す。

 

20代前半ぐらいに見える女性であるが、明らかに食べる量が他の女性を遥かに上回る光景だ。

 

「…よく食う女じゃのぉ」

 

円卓テーブルで3人は商談となっていくのだが…。

 

「ボディガードを依頼したい?」

 

「その通り。その人物はイルミナティから狙われている」

 

「世界を裏から管理するフリーメイソンの司令塔団体から直接狙われる程の存在なの?」

 

「イルミナティと関わった事があるのなら知っているだろう?新たに生まれた啓蒙の神の存在を」

 

「昨日見かけたわ。私がイルミナティと関わっているのを知っていて、よく姿を現せたものだわ」

 

「そのためにワシがきておる」

 

「なるほど…素敵なご老人ね、ミスター?この人物が貴方の使い魔かしら?」

 

「彼とは友人だ。使い魔という蔑称で呼ばないでほしい」

 

「分かったわ」

 

「話を戻そう。依頼内容とは、君が昨日見た人物の護衛だ」

 

「待って、あの悪魔がどんな存在か知らないの?」

 

「イルミナティ共からは啓蒙神と呼ばれているのだろう?本人は大迷惑だろうがな」

 

「大魔王ルシファーと同じ程の存在だということよ。護衛などいらないのではなくて?」

 

「君は凄腕サマナーだ。ならば、君が用いる召喚悪魔達の力の強大さを誰よりも知っているはず」

 

「ええ…よく理解しているつもりよ。極めて恐ろしい存在だとね」

 

「悪魔を行使する状況の弊害もよく知る筈だ。人々が大勢暮らす街で力を行使するとしたら…?」

 

「なるほどね。あの悪魔、大魔王程の実力を持ちながらも…優しいお人好しだというわけね」

 

「確かに彼は並ぶ者無き悪魔。だからこそ彼は自らの力を縛り上げてしまう…そして()()()()

 

「私が悪魔を用いて…大勢の人々を関係なく殺す存在と考えないのかしら?」

 

「君の評判は知っている。君が単独で動いた場合、無関係な人間の犠牲は最小限に押さえる者だ」

 

「私の事をよくご存知ね」

 

「その生き方は…君の過去が関係しているのかな?」

 

「随分と事情通ね、ミスターフラメル?…フラメル?まさか、貴方は…」

 

「察したのなら、黙っておいて欲しい」

 

「伝説の錬金術師が生きているという噂は本当だったのね。よく梟の目から逃げられたものだわ」

 

「近場のモノ程見えづらいものだよ。話を戻そう、この依頼は長期の依頼となるだろう」

 

「前の依頼主とは距離を置こうと考えていたの。私は構わないけれど、それなりの額になるわ」

 

「問題ない。前金は必要かね?」

 

「景気のいい依頼主は好きよ。噂に聞く石の賢者だもの、お金には困らないみたいね」

 

「商談成立かな?ミス、ナオミ?」

 

「ええ、この依頼を受けさせて貰うわ。彼の詳細な情報も聞きたいけれど、その前にデザートね」

 

「この若い娘っ子…」

 

美しい白髪の顎髭を撫でながら、長老はナオミの前に並べられた料理の数を見て溜息が出る。

 

「一体どれだけ食うんじゃ…?」

 

「あ、ボーイさん?マンゴープリンとタピオカを追加ね。それからタルトもお願い」

 

「やれやれ、これでは店の冷蔵庫の中身を全部食われてしまうわ」

 

「彼女には期待している。好きなだけ食べさせてあげればいい」

 

「この大食いっぷりで、どうやってこんなスレンダーな体型を維持しとるのやら」

 

「レディの秘密には触れない方が良いのではなくて?」

 

結局この後もデザートの後のシメとして、単品メニューをしこたま食われてしまう光景が続く。

 

老人達も胸焼けが酷くなり、食事には1つも手を付けられなかったようだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

食事と必要な情報を得た彼女は立ち上がり、店を出ていく。

 

「あの悪魔の通り名は人修羅。人間のフリをしながら嘉嶋尚紀と名乗っているのね」

 

サングラスをかけ直し、南凪路を歩いていく。

 

「情報の信憑性の確認も必要だし、色々と見て回る必要があるわ」

 

個人で動くサマナーとして、様々な状況を考え込みながら歩き続ける。

 

彼女は神浜市に訪れる用事と言えば、ホテル業魔殿に立ち寄る場合のみ。

 

神浜での土地勘がないためか、この街を色々と知るために動き出す。

 

「最後にこの街に訪れたのも、もう二年前ぐらいかしら?」

 

スマホを右手で取り出し、前金の入金が入っている事を確認。

 

「気前よく払ったわね。金が用意出来たこともあるし、使い魔達を業魔殿に連れて行かないと」

 

左手に持たれたスーツケース内には、彼女が使い魔として利用してきた悪魔達が納められていた。

 

<<じゃあね~美雨!集合時間はいつもどおりだって、ななかが言ってたから!>>

 

「え…?」

 

危うくスマホを落とし掛け、ポケットの中に仕舞いながら声が聞こえた方角を振り向く。

 

「あの子…まさか!?」

 

後ろ姿しか見えないが、面影がある。

 

スーツジャケット内側ポケットに仕舞っていた写真を取り出し、写真と見比べる。

 

咪住 咪住!!(待って!)

 

広東語で呼び止められた美雨の体がビクッと震える。

 

「この声…まさか、こんな偶然…?」

 

慌てて後ろを振り向いた彼女は、サングラスを外したナオミの姿を確認し…。

 

「ナ…ナオミ姉さん……?」

 

驚愕と感動のあまり学生カバンを落としてしまう。

 

你永遠唔會忘記你(貴女を忘れる筈がないでしょ)…美雨」

 

両目から嬉し涙が一気に噴き上がり、駆け出した。

 

「ナオミ姉さんッッ!!!」

 

姉のように優しい顔を向け、両手を広げて彼女を受け止めた。

 

「どうしてぇ!!どうしてワタシを置いて消えてしまたネ!?ワタシ…ずと泣いてたヨ!!」

 

「ごめんなさい…貴女も日本で暮らしていただなんて、気が付かなかったわ」

 

「会いたかた…会いたかたネ…!うぅ…あぁぁぁ~~~……ッッ!!!」

 

「大きくなったわね…美雨。もう私と変わらないぐらいよ……」

 

昔のように、頭を撫でてあげる。

 

泣き崩れそうな美雨の体を、まるで優しい姉のように抱き留めてあげ続けたナオミの姿があった。

 

……………。

 

「そう…貴女も魔法少女になってしまったのね。家族や蒼海幇の人々を守るために」

 

中華で見られる瑠璃瓦屋根で建築された公園内休憩所のベンチに座る、2人の姿。

 

「ナオミ姉さん…どうして香港から急に消えたネ?」

 

「……それは」

 

「家族や兄弟子の皆が…あんな悲惨な事になたのが原因カ?」

 

「老師達が殺されて…私はヨーロッパに向かったの」

 

「香港を離れて、欧州で生活してたのカ?」

 

「そこで私は貴女たち魔法少女と同じく、魔法や魔術の世界で生きる知恵と技術を手に入れたわ」

 

「…その両手に見える入れ墨も、それと関係しているカ?」

 

「気持ち悪い…?」

 

「ううん、全然ネ。昔のようにワタシの頭撫でてくれた暖かさは、同じだたヨ」

 

「そう言ってくれて嬉しい。私はね、デビルサマナーと呼ばれる存在よ」

 

「デビルサマナー…?まさか、悪魔を召喚出来るのカ?」

 

「悪魔の存在を知っているの?」

 

「うん…知てるヨ」

 

「魔法少女の中で悪魔の存在を知る者は、秘密結社に属する魔法少女ぐらいだと思っていたわ」

 

「私の知り合いに物凄く強い悪魔人間がいるネ」

 

「人間社会に隠れ潜む悪魔ね…。そういう連中なら確かにいるけど、貴女の傍にもいたのね」

 

「人を寄せ付けない不器用さがあるけれど、優しい男ヨ…。強くて優しいナオミ姉さんのように」

 

「古より悪魔はね、人間世界と同化して生きる者達が大勢いたわ」

 

「太古の昔から…悪魔は人間の直ぐ傍にいたというのカ?」

 

「悪魔は人や動物と混ざり合い、血を薄めながらも今日まで世界の裏側で生きてきたの」

 

「その悪魔たちを使て、何をしているネ?」

 

「個人事業を行っているの。心配しないで、罪もない人間達を殺戮する道には進んでないわ」

 

「いつ欧州から日本に来たカ?」

 

「3年ぐらい前かしら?」

 

「そんな前から日本に来てたのカ?」

 

「日本で活動する事を目的にして日本語も勉強したし、日本語に不自由することはなくなったわ」

 

「ワタシも3年前に香港から日本にきたけど、まだまだ滑舌悪い言われるネ。羨ましいヨ」

 

「私はね…とある日本人を探してこの国に訪れたわ」

 

「とある日本人…?」

 

「それは…私から最愛の人達を奪い取った人物と関係している」

 

「1つ聞いていいカ?ナオミ姉さんが香港から消える前に、レイ姉さんもいなくなたネ」

 

レイという名を聞いたナオミの表情が暗くなり、俯いていく。

 

「行方を知らないカ?」

 

「…私が探している人物はね……レイなのよ」

 

「ま、待つネ!?レイ姉さんが…ナオミ姉さんの家族を殺した事に関係しているのカ!?」

 

「そうよ…。私の愛する家族であった老師達を殺したのは……レイなの」

 

血相変えて立ち上がり、ナオミの前に立ち向かい合う。

 

「嘘ネ!!厳しくても優しかたレイ姉さんが…ナオミ姉さんの家族を殺すだなんて!!」

 

「証拠もある。武術家同士の果し合いという形での殺し合いとなったわ」

 

「だ、だけど……」

 

「私の老師は武術家同士の果し合いだから、相手を恨むなと遺言を残したけれど……」

 

「まさか…ナオミ姉さんはレイ姉さんを…?」

 

「…絶対に許さない。私が強くなったのはね……」

 

――レイに復讐するためよ。

 

姉のように優しかった表情が消え去り、復讐鬼のような恐ろしい表情に変わる。

 

自分の記憶にない恐ろしいナオミの表情を見て、美雨の足元も震えていた。

 

「あの女は日本の秘密結社に属するスパイだった」

 

「レイ姉さんが…秘密結社のスパイ……?」

 

「何の目的で香港に来ていたのかは定かではないけど、最初から私達を裏切るつもりだったのよ」

 

「私の老師が何故ナオミ姉さん達の家族が殺された件について黙秘していたカ、解たネ」

 

「あの漫画老師でも分かる筈よ。武術家同士、納得した上での果し合い…口をつぐむのは当然ね」

 

「レイ姉さん…どうしてネ?ワタシ、レイ姉さんの事が大好きだたのに……」

 

「各国の諜報機関と同じよ。仲間のフリをして内側に潜り込み、諜報と工作活動を行う」

 

「あんなに信じてたのに…レイ姉さんが私達を裏切るだなんて…」

 

「信じる事は尊い、でも同時に疑うべき。物事が相反する陰陽理論は武術の世界だけでないわ」

 

「万物全てに適用される…。片方だけに偏らない調和が大切だと…私も老師から聞いてるヨ」

 

ナオミが嘘をついているとは思えない。

 

それでも美雨は納得いかない表情を崩さない。

 

心の中では未だにレイを信じたい気持ちでいっぱいなのだろう。

 

「貴女を巻き込むつもりはない。これは私の問題…私の道なのよ」

 

スーツケースを持ち立ち上がる。

 

「ナオミ姉さんは、神浜で暮らしてきたのカ?」

 

「この街には偶に立ち寄るぐらいだったけれど、暫くこの街で滞在しないとならなくなったの」

 

「じゃあ!ワタシといつでも会えるカ?」

 

「ええ♪貴女を拒絶するわけないでしょ?香港時代で私がどれだけ貴女を可愛がったと思う?」

 

「私、神浜を案内するヨ!ナオミ姉さんにまた稽古もつけて貰いたいネ!」

 

「フフ、神浜での暮らしが楽しくなりそうね。…昔を思い出すわ」

 

スマホで互いの連絡先を交換し、今日は用事があるからと美雨の元から去っていく。

 

駐車場に駐めてある赤いオープンカーに乗った彼女は、内側ポケットから写真を取り出す。

 

「私達はもう、昔には戻れないのよ…。貴女が引き金を引いたのを忘れないで、レイ」

 

写真を仕舞い、サングラスをかけた彼女はエンジンを始動させ走り去っていく。

 

復讐に足る悪魔の力をさらに高めるために、彼女の足は進めていくだろう。

 

復讐の道へと、猛スピードで走っていく姿がそこにはあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

(綺麗な人…なんだか雰囲気がやちよさんみたいな女性ね?)

 

「久しぶりだね、ナオミ君。二年ぶりくらいか?」

 

「相変わらず顔色が悪いわね、ヴィクトル」

 

美雨と別れた彼女は現在、業魔殿に訪れているようだが。

 

「お金が貯まったから訪れたの。ところで、見かけない助手を連れているようだけれど?」

 

ヴィクトルの隣にはみたまの姿。

 

「紹介しよう、一年前から業魔殿で働いてくれている八雲みたま君だ」

 

「初めまして~八雲みたまで~す♪ヴィクトル叔父様のところで悪魔研究の助手をしてま~す♪」

 

「若い子ね。高校生ぐらいかしら?」

 

「ええ♪ナウでヤングな17歳の女の子だって、覚えておいて欲しいわ~♪」

 

「頭の狂ったイッポンダタラの次は、魔法少女を助手にしているだなんて…相変わらずね」

 

「褒め言葉と受け取っておこう。それで、今日は何の用事かね?」

 

「デビルサマナーが悪魔合体施設に訪れる目的は1つよ」

 

スーツケースをみたまに差し出し、彼女は合体施設にスーツケースを持っていく。

 

「私の悪魔全書はある?」

 

「勿論。君は悪魔全書をかなり育ててくれた上客だ。商談といこうじゃないか」

 

悪魔全書に登録されている召喚悪魔はどれも強力であり、それ相応の金額を要求される。

 

ナオミも資金が集まるまでは訪れなかったようだ。

 

召喚する悪魔を複数決め、みたまの後に続いて彼女も合体施設に入った。

 

「凄い…なんて物凄い魔力を持った悪魔達なの。これが上級悪魔たちの実力…?」

 

「始めて頂戴」

 

悪魔合体施設が稼働し、合体陣より現れ出た悪魔とは…?

 

<<我を呼びしは貴様か?>>

 

「なんて巨大で恐ろしい姿をした悪魔なの!?私たち魔法少女が蟻みたいな存在に思えるわ!」

 

【蚩尤(シュウ)】

 

中国の神農の子孫とされる、金属と武器と戦の神。

 

四つ目を具えた牛頭人身六臂の姿で砂や石、鉄を食べその肉体自体も鋼のように硬い。

 

戈や弓などの武器の発明者で、霧を操るといった術にも長け、比類ない戦上手であったという。

 

古代の帝王・黄帝を大いに苦しめた魔王として知られている。

 

西王母・九天玄女らの助けを得た黄帝に最終的には敗れ、八つ裂きにされバラバラに葬られた。

 

その驚異的な戦闘力から、死後は軍神として黄帝ら中国中央の軍旗の文様として用いられた。

 

「そうよ。今日から私がお前の主となるわ」

 

「笑止!貴様如き小娘に、魔王たる我が従う道理などないわ!!」

 

背に生えた四本の豪腕に持たれた剣・斧・偃月刀が唸りをあげ振り落とす構え。

 

「合体後の悪魔が暴走している!?危ないナオミさん!!」

 

「いつものことよ」

 

ナオミの右手には既に、隠し持たれていた悪魔召喚用の管が握りしめられ、既に解放されていた。

 

「戦の魔王と呼ばれし我が剣技!制する事が出来る強者ならば、従ってやろう!!」

 

鈍化した世界、魔王の一撃が迫りくる。

 

ナオミの周囲に噴き上がる、恐ろしき浄滅の業火。

 

「ガハッ!!!?」

 

鈍化した世界において、既に勝負はついていた。

 

巨体を誇るシュウの鋼の体を突き刺していたのは、倶利伽羅剣(くりからけん)の一撃。

 

彼女の背後に立つ、業火を纏いし五大明王筆頭たる神姿とは…。

 

「馬鹿な!?貴様は…これ程までの仏神を従えていたのかぁ!!?」

 

ナオミの背後に立つのは、真言密教本尊である巨大な化身姿。

 

<<我が業はわが為すにあらず、天地を貫きて生くる明王神の権能なり>>

 

【不動明王】

 

五大明王の筆頭であり、異形姿をした他の明王とは違い、人の姿を持つ大日如来が化身。

 

不動尊、サンスクリット語でアチャラ・ナータ(動かない者)と呼ばれ、シヴァ神の別名である。

 

右には業火を纏う倶利伽羅剣を持ち、左には羂索(けんじゃく)という縄を持ち炎と共に現れる。

 

また平将門公とも関わりが深く、平将門を滅ぼしたのも不動明王の魔力であったとされた。

 

「降魔の火焔が一切魔障を焼きつくすッ!!大日大聖不動明王炎参ッ!!」

 

「ぐおおおおっ!!!おのれ…この我が、かような小娘に従わされるのかぁぁ!!?」

 

「言ったはずよ。今日から私がお前の主だと」

 

倶利伽羅剣を引き抜き、左手に隠し持たれていた封魔管を向ける。

 

管の蓋が開いていき、感情エネルギー体でもある悪魔が吸い込まれだした。

 

<<人の子の分際で!!我をこんな目に遭わせるのかぁーーッッ!!!>>

 

シュウの巨体が消失していき、封魔管の蓋が閉まっていく。

 

役目を果たし終えた不動明王もまた、彼女が持つ倶利伽羅剣と共に封魔管の中へと戻っていった。

 

「お騒がせしたかしら?」

 

「あは…はは…この場に立ち会った私の命が残った事が、奇跡のように思えるわ~」

 

震えながらへたり込んでしまっていたみたまに、ナオミは手を差し伸べた。

 

「悪魔合体はこういう場合もあるのだ、みたま君。悪魔を相手に絶対は無いからな」

 

「肝に銘じます~…」

 

「さて、スーツケースを返してもらえるかしら?」

 

ナオミに起こしてもらった彼女は手に持っていたスーツケースを渡す。

 

「予算もこの悪魔を作る分を除いては、暫く続く神浜生活での生活費になりそうだし」

 

「暫く神浜で暮らされるんですか?」

 

「ええ。心配はいらない、私はこの街の魔法少女社会にちょっかいを出すつもりはなくてよ」

 

「でしたら~、サマナーとしての経験談なんかを聞かせてくれると嬉しいです」

 

「そうね、考えておくわ」

 

澄ました顔でクールなサマナーを演じていたのだが…?

 

「うっ……」

 

突然空腹の腹の虫が鳴り始め、表情があまり変わらないナオミの顔が赤面しだした。

 

「やだ…もうお腹が空いてきちゃった。お昼ご飯あれだけ食べたのに…」

 

「魔力消費と何か関係があるんですか?」

 

「私は陰陽道系召喚術で魔力を行使するタイプのサマナーなのよ」

 

「陰陽道って…実在してたんですか?漫画とかの世界だと思ってました~」

 

「神道系召喚術とは違い、悪魔を随伴する召喚は使えない。私はその中間を目指すサマナーよ」

 

「神道系召喚術まであるんですねぇ…」

 

「そうよ。陰陽道系の召喚術は、悪魔の力を一時的に最大出力で放つ事が出来るの」

 

「その代償として…体の燃費が悪い、ですか~?」

 

「威力はある分燃費が悪くなる。だから中間を目指すのだけど…この燃費の悪さには参るわね」

 

「貴女がいなかったら多分私は死んでたし、お礼として()()()デザート用意しちゃいま~す♪」

 

「あら?料理が得意だなんて、女子力高いわね」

 

「そりゃもう♪調整屋さんは~魔法少女の中でも女子力が高いと評判なピチピチガールだから♪」

 

鼻歌を歌いながら業魔殿にあるキッチンスペースに向かう。

 

ヴィクトルは首を振って溜息をつき、業魔殿にある医療ルームを準備しに行った。

 

研究所の応接室で座っていたナオミの前に持ってきたのは、()()()()()スペシャルあんまん。

 

「上手く包めてるわ。でも気のせいかしら…このあんまんから、()()()()()()を感じる」

 

「温かいうちに召し上がって下さいね~~♪」

 

掃除をしながら通りがかったマッドメイドが、部屋の角から食事光景を見つめている。

 

「あ!あ!あ!…ごめん、うぉれは何も見なかった」

 

みたま特製スペシャルあんまんを一口齧る。

 

「ゴハッ!!!?」

 

ナオミは後ろに倒れ込み、虹色の表情をしながら意識を失っていった。

 

「おかしいわね~?今度は上手くいくと思ったのに…」

 

「みたまの即死ムドオン料理に改善は効かない…ない…ナイアガラ!!」

 

……………。

 

<<はっ!!?>>

 

意識が覚醒すると、そこは蓮の華が咲き誇る彼岸の淵。

 

「おお、気がついたか?」

 

ナオミの目の前には、冥界へ続く三途の川であり嘆きの川の渡し守をしているカロンの姿。

 

<<まさか……ここは三途の川!?>>

 

「如何にも。汝は突然の不運襲来に襲われて…ここに訪れてしまったようだ」

 

<<冗談じゃないわよ!?私はまだ老師達の敵討ちさえ出来ていないのに!!>>

 

「魂が突然あの世に導かれてしまう程の惨事に見舞われるとは…何に襲われたのだ?」

 

<<うっ…たしかあれは、調整屋と名乗る魔法少女の手作り料理を食べたような…>>

 

「時移り事去る地には、かような恐ろしき魔物娘が存在したのだな?恐ろしきかな…」

 

<<早く私を現世に戻しなさい!!>>

 

「首を締め上げるでない!?乱暴過ぎる思念体だ!!」

 

ナオミの思念体が光りを放ち、徐々に消えていく。

 

「おお、どうやら現世の肉体が蘇生したようだ。もう来るでないぞ」

 

<<言われなくても!私はまだまだ来ないわよ!!>>

 

捨て台詞を吐きながら、ナオミは現世へと消えていく。

 

「あの小娘、ああは言うが…()()()()()()()。そう遠からずに、またここに訪れよう」

 

その後、業魔殿の医療ルームで意識を取り戻したナオミは、急ぎ足で業魔殿から去っていく。

 

失敗は成功の元…と言いながら、新しい料理を作っている八雲みたまから逃げるために。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

次の日、美雨から連絡が来たナオミはホテルの部屋で仕度をし、彼女の元に向かう。

 

「あら?わざわざ私のホテルにまで迎えに来てくれたの?」

 

「えへへ♪待ちきれなかたネ」

 

ホテルのフロントで合流した美雨に手を引っ張られ、神浜案内に出発。

 

観光気分で色々と回っていくうちに、昔を思い出したような寂しい表情をナオミは作る。

 

「思い出すわね…美雨とレイ、私達3人で香港のセントラルに遊びに行ったりもしたわ」

 

「ワタシも同じ事を考えていたネ…。あの頃に帰れないのが、本当に辛いヨ」

 

「そうね…運命をどれだけ憎んだか、分からないわ」

 

2人で手を繋いで街を歩いていた時。

 

<<おい、お前ら東の工匠学舎連中じゃないか?西の栄区に何のようだよ?>>

 

道路の向こう側では、東の学生達が西の若者たちに絡まれている光景が見えた。

 

「ここは公共の場です。私達が栄区図書館で歴史本を探しに来て、何か不都合があるんですか?」

 

後ろ髪にパーマがかかった銀髪の長髪を持ち、サイドポニーテールにした少女は恐れず意見する。

 

「物騒な東の連中が西に来られるとよ、犯罪が起こるんだ。大人しくしみったれた東で暮らせよ」

 

「事実無根です。東の人間だから必ず犯罪を犯す、その理屈を証明出来る証拠は?」

 

「それに、私達は隣街から工匠学舎に通っているのよ。東で暮らしているわけじゃない」

 

「へぇ?わざわざ悪人揃いの東に進学したがるって事は、隣街でも相当なワル共なんだ?」

 

「頭の悪い人達ですね…」

 

「古町先輩、吉良先輩…こういう輩は相手しない方がいいです」

 

「そうね、三穂野。こんな人達を相手しても時間の無駄よ」

 

「そうですね。自分の語る理屈が、以下に破綻しているか理解出来ないなんて、議論の無駄です」

 

「テメェら…犯罪者地区の学生のくせに!いい度胸しやがって!!」

 

遠くで喧嘩沙汰になっている光景を、隣の道路からナオミと美雨は見つめている。

 

「…酷い差別の街なのね、神浜市は」

 

「見られて恥ずかしいネ…。神浜は昔から続く差別に塗れた東西問題は…今日まで変わらないヨ」

 

目を瞑り、孤児院で暮らしていた時代を思い出す。

 

<<你哋呢啲孤兒唔可以沿着街道走(お前ら孤児が表通りを歩くな)>>

 

<<孤兒院係精神病人同窮人嘅巢穴(あの孤児院は精神異常者や貧困者の巣窟だ)>>

 

<<將來我會成為罪犯(将来は犯罪者になる)>>

 

<<同呢個偷稅賊喺一齐! 我到死喺田裏!(この税金泥棒共!野垂れ死ねばいい)>>

 

……………。

 

「いい加減にしなさい!大声出すわよ!!」

 

「警察でも呼ぶか?札付きの悪は東連中だし、警察にしょっぴかれるのはそっちだぜ~?」

 

「そこまでよ」

 

「あっ?」

 

男が振り返れば、みぞおちに伸ばされたナオミの右手。

 

「ガハッ!!!?」

 

爆ぜる程の衝撃を感じた男は寸勁突きの一撃によって吹っ飛び、地面に倒れ込んで意識を失う。

 

「なんだこの女は!?」

 

「やっちまえ!!」

 

隠し持っていた護身用警棒を伸ばし、男達がナオミに襲いかかる。

 

左右から踏み込み、袈裟斬り・逆袈裟を仕掛ける相手に対し中央に踏み込む。

 

「「なにっ!?」」

 

反応されるよりも早く両腕当身で弾き飛ばす。

 

背後の男に右肘で顎を打ち上げ、左足を前に踏み込み前方の男の胸部に右頂肘。

 

「この野郎!!」

 

迫る男の一撃を横に踏み込み避けると同時に鉄山靠を放ち突き飛ばす。

 

背後の男に後ろ足で金的、前の男に腰に構えた右中段突きが決まり、次々と男達が倒れていく。

 

「糞アマぁ!!ぶっ殺してやる!!!」

 

残った男達はナイフを抜き、ナオミに飛びかかるが。

 

「セイッ!!」

 

ナオミも走り跳躍、飛び両膝蹴りで2人の男の顎を連続で蹴り飛ばす。

 

着地した彼女は腰を落とし、半歩開き、両腕を水平に構えながら残った男達に向ける

 

「こ、こいつ強い!!」

 

「ビビるな!俺たちは刃物持ってるんだぞ!」

 

残った3人は同時に刃物で突きにかかるが。

 

「ハァッ!!」

 

鈍化した一瞬だった。

 

左手を地面につける程の低空姿勢からの右回し蹴りで3本の刃物を同時に蹴り飛ばす。

 

左手を使い、跳躍した体勢から左の飛び後ろ回し蹴りが3人の頭部を同時に蹴り飛ばした。

 

「す、凄い…!まるで武侠映画の女主人公みたいですよ!古町先輩!吉良先輩!」

 

「あれだけの武器を持った男達を素手で…脚本のインスピレーションが湧いてきました!」

 

「まったく、西側連中だって十分犯罪者共じゃない…警察に通報よ!」

 

全ての男達を倒したナオミは、お礼を言おうとした3人を無視して美雨の元にまで帰ってくる。

 

「流石ネ♪ナオミ姉さん。腕前が以前よりもずと鋭いヨ。私のクンフーもまだまだ修行不足ネ」

 

「思うところがあっただけよ。行きましょう、美雨」

 

「もしかして…孤児院時代を思い出したカ?」

 

「勘が鋭い子ね。私も孤児だった頃は…言われもないレッテル貼りの差別で苦しんだわ」

 

「ナオミ姉さんも昔は孤独な孤児だたと聞いてるネ」

 

「そうね…昔は私も孤独だった。だからこそ私を拾ってくれた老師を…心から愛してたわ」

 

「ナオミ姉さん。昨日話した悪魔人間の男はね、孤児達を救うNPO法人を経営しだしたヨ」

 

「悪魔が孤児達を救うですって?とんでもないお人好しの男のようだけど…」

 

「あいつは本物のお人好しネ。不器用なくせに、自分よりも誰かを常に優先するような奴ヨ」

 

「待って、もしかしてその男の名前は…嘉嶋尚紀なの?」

 

「え?ナオミ姉さんはナオキを知ているのカ?」

 

まさかの偶然が重なり、彼女も溜息が出てくる。

 

「世間は…思ったよりも狭いのね。その男が経営している法人の場所は分かる?」

 

「隣町の工匠区ネ。今日は週末だから来ていると思うヨ」

 

2人は観光を切り上げ、東地域へと向かっていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「今日もいい天気だね~~…」

 

嘉島会オフィス入り口には、椅子に座って外の景色を見つめるあやめの姿。

 

「う~…スーッ、スーッ…はっ!?ダメダメ!あちしは見張り番!」

 

オフィス受付嬢的立場なのかもしれないが、彼女は中学1年生。

 

遊びに来た子供でしかないが、それでもボランティアとして何かしらの雑用を任されていた。

 

「ただいま~あやめ」

 

「あ、おかえりー葉月。今日は肉の特売日でよかったね~」

 

「キッチンで職員の人達にご飯作るから、後でこのはにも持って行ってあげてね」

 

このはがボランティアをしているのは、嘉嶋会の手前にあるマンションの一室。

 

マンション内に設けたFX企業事務所で働いてるようだ。

 

彼女が尚紀から任された億単位の金を動かし、利益の半分を嘉嶋会に寄付する運営を行っている。

 

NPOの法人格上、運営される利益の使い道は法律で定められている。

 

だから別会社を立ち上げる必要があったというわけだ。

 

「頭が良いこのはは…ボランティア以上の事を任されていて羨ましいな~」

 

「あやめだって、ちゃんとみんなの役に立てているって♪」

 

「でも!あちしは見張り番か、用心棒ぐらいの役割しか出来ないし~」

 

「あたしが保障するって♪このはが作ってきた料理を…職員に見つかる前に防いでくれてるし…」

 

「孤児を救う会社を同じ孤児のこのはのご飯で滅ぼすわけにはいかないし!あちしが守るよ!」

 

「頑張ってね~頼りになる用心棒さん♪あたしはそろそろキッチンに行くから」

 

気合を入れ直し、見張り番を再会したあやめがふと気がつく。

 

「あれ?この魔力はたしか美雨お姉ちゃんと…あと、不思議な魔力を感じる人がもう1人?」

 

嘉島会オフィスに近づいてきたのは、美雨とナオミ。

 

「あそこがナオキ達が始めたNPO法人のオフィスネ」

 

「情報は本当だったのね。嘉嶋尚紀…たしかに度が過ぎるお人好しみたい」

 

「ナオミ姉さんは、ナオキに何か用事があるのカ?」

 

「個人事業主として守秘義務があるから言えないけれど、興味があるとだけは言っておくわ」

 

<<お~い!美雨お姉ちゃ~~ん!!>>

 

話していた時、横を振り向けば猛ダッシュして飛びかかってきたあやめの姿。

 

「ほい、ストップネ」

 

飛びかかった彼女の顔を片手で制し、両手だけが藻掻くように空中回転。

 

「珍しいね~美雨お姉ちゃんが東地域に来るなんて?」

 

「ワタシの故郷で世話になった人に、神浜の街を色々と紹介して回てるヨ」

 

「ふーん?えっと…」

 

「この子も魔法少女なのね。小さい子ばかりが、どうして殺し合いの世界なんかに来るのかしら」

 

「えっ!?お姉ちゃんも魔法少女の事を知ってるの?魔法少女じゃないみたいだけど…」

 

「仕事上知識があるだけよ。それより、嘉嶋会の代表者である嘉嶋尚紀はオフィスにいる?」

 

「尚紀お兄ちゃんはね、近くの喫煙所にタバコ吸いに出掛けてるよ。オフィスに喫煙場はないし」

 

「あいつタバコ吸う奴カ?武術家は体が資本なのに、スタミナ落ちても知らないヨ」

 

「そこは何処か教えてくれる?スマホの地図アプリで検索してみるわ」

 

あやめに言われた住所を検索し、位置を特定する。

 

「美雨、今日はありがとう。神浜の案内はここまででいいわ」

 

「ナオミ姉さんは、ナオキと何か話に行くのカ?」

 

「そうね、込み入った話になると思うから…貴女は絶対に近づかないで」

 

踵を返し、尚紀がいると思われる場所へと向かっていく。

 

「ナオミ姉さんのあの表情…香港時代に見たことあるネ…」

 

――本気の勝負を挑みに行く時の…顔だたネ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

オフィスから離れた場所にある屋外喫煙所でタバコを吸っている人物。

 

尚紀は紫煙を燻らせながら、考え事をしている姿。

 

「今日は葉月が昼飯作ってくれる日か。あいつの飯は美味いからなぁ…」

 

考え事をしている内容とは、このは達姉妹について。

 

「しかし、なんで料理が得意な葉月が隣にいるのに…このはは猛毒料理になるんだ?」

 

克服出来ない得手不得手もあるのだろうと考えていたら煙草も吸い終えている。

 

吸っていたタバコの火を消していた時…何かを感じた。

 

耳に微かに聞こえたのは、鈴の音だ。

 

「この鈴の音色…まさか、集魔の鈴!?」

 

かつての世界において、悪魔の本能を刺激して集める霊力を秘めていた道具の音色が響き続ける。

 

「俺以外にもこんな道具を使える奴は…まさか、デビルサマナー?」

 

悪魔である自分の耳奥に響く音色を頼りに歩き続ける。

 

辿り着いた場所は建設途中のビル。

 

「この上から響いてくる…俺を誘っているのか?」

 

下層の階段を登り、上層を目指す。

 

上層部分は剥き出しの赤い骨組みだらけであり、周囲は落下の危険性が高い。

 

階段を登り終えた時、集魔の鈴を響かせていた存在を確認した。

 

「…女か」

 

週末ともあり建設作業員は誰もいないが、そこに立っていたのはナオミだ。

 

「この鈴の音に釣られて来る…貴方が悪魔である証拠ね」

 

「お前は何者だ?」

 

「私はナオミ。とある人物から貴方のボディガードを頼まれた…フリーのサマナーよ」

 

「サマナー…デビルサマナーのことか?」

 

「私はデビルサマナーとして生きる者。悪魔を崇拝するダークサマナー連中なんかじゃないわ」

 

「とある人物からボディガードを頼まれただと?」

 

「私は金さえ出せばどんな連中とでも仕事をするわ。世界を代表するカルト結社であろうとね」

 

「イルミナティの関係者か…?丁度いい、お前を締め上げて連中について詳しく話して貰う」

 

「無駄よ。私は複数のカットアウトを通じてしか仕事を任されなかった」

 

「使い捨ての存在に過ぎなかったと言いたいのか?」

 

「それだけイルミナティから信用されていない存在。所詮は金で雇われた傭兵でしかなかったわ」

 

言葉なら幾らでも取り繕えるが、彼は読心術が使える悪魔。

 

「…貴方、私の心を覗こうとしたでしょ?」

 

「心が読めなかった…。サマナー連中は、悪魔の読心術に何かしらの対処法があるようだな?」

 

「長い歴史と共に悪魔を研究し、使役した存在達よ。当たり前でしょ」

 

「何のために俺の護衛を任されたのかは知らないが、必要ない」

 

「私は貴方の存在をカルト共から聞かされている」

 

「なんて聞かされているのかは…大体想像は出来るがな」

 

「イルミナティに啓蒙の光りをもたらす、新たなるルシファーと同じ程の悪魔なのだと」

 

「どいつもこいつも…いい迷惑だ。俺をルシファー扱いするんじゃねぇ」

 

「その力なら私の護衛など必要ないはずよ。だけどね、依頼主は貴方の弱点を私に伝えたわ」

 

「俺の弱点だと…?」

 

「私のような個人事業主は、情報が正確かどうかで命が左右される。情報の精査をさせて貰う」

 

「それだけじゃ済まない気配だな?」

 

「ええ、勿論。私の悪魔召喚は加減が難しいから…やり過ぎるかもね」

 

左腰に吊った封魔管の一つを右手で取り出し、構える。

 

「強大なる悪魔の力を全て解放する事も出来ず、小手先の戦い方しか出来ないならば情報通り」

 

封魔管の蓋が緩んでいき…。

 

「見せてみなさい…人修羅と呼ばれる悪魔の戦い方を!」

 

浄滅の炎がナオミを包み、巨大な火柱となる。

 

沈黙した尚紀は右掌をナオミに向けて構えた。

 

「いいだろう…見せてやる。お前たちデビルサマナーが見知った悪魔とは違うだろう…」

 

右掌に生み出されたのは『ゲヘナ』のマガタマ。

 

――かつての世界でも、この世界でも人修羅と呼ばれる…俺の力を!!

 

マガタマを飲み込む。

 

右手で黒いスーツベストを掴み、上着を一気に投げ捨てた。

 

業火の中より現れたのは、倶利伽羅剣を右手に持ち、背後には不動明王を従えしナオミ。

 

ナオミの眼前に現れたのは、全身に発光する入れ墨を持ち、金色の瞳を持つ人なる悪魔。

 

今こそ始めよう、世界を超えてまで実現した戦いを。

 

デビルサマナー・ナオミ対人修羅の戦いが始まるのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

先手としてナオミが動き、地面が爆ぜる。

 

両手で構える倶利伽羅剣に業火を纏わせ放つ一撃こそ『くりからの黒龍』と呼ばれる極大の一撃。

 

くりからの黒龍は直線に放つだけでなく、剣に纏わせて威力を上乗せする力を持つようだ。

 

鈍化した一瞬、互いの剣が交差した。

 

「私の一撃を止めるとは…流石ね」

 

右手と左手から生み出した光剣によって、唐竹割りの一撃は止められている。

 

「行くぞ…デビルサマナー!!」

 

左右の腕に力を込め、倶利伽羅剣を弾き飛ばす人修羅が前に踏み込む。

 

互いの剣技が唸りを上げ、たちまち建設ビル上層部は業火の地獄と化した。

 

「こいつ…不動明王の力たる浄滅の炎が効いていない!?」

 

今のナオミは全身から放たれる炎熱結界とも言えるだろう熱波を放ち続けている。

 

だが眼前の悪魔は、それら業火のエネルギーを吸収し続けていた。

 

これがマガタマであるゲヘナの炎耐性である炎吸収の力だ。

 

「炎魔法を無効化出来る悪魔なのね!」

 

「それはどうかな?俺の力はまだまだこんなもんじゃない」

 

炎の力が役に立たないのならば、倶利伽羅剣を用いて物理的に斬りつけ続けるしかない。

 

しかし、吸収によって体力がどんどん回復していく今の人修羅には無意味。

 

他の悪魔の力に切り替える隙すら与えてくれない連続斬りの応酬。

 

咄嗟に相手の右サイドに踏み込み、袈裟斬りを左手に持つ倶利伽羅剣で流す。

 

右手が腰に備えたヒップホルスターに収納された銃グリップを握りしめる。

 

体勢を前に流された人修羅が続く右薙を放つ前には既に、ナオミは腰の銃を構え終えていた。

 

「くっ!?」

 

小型短機関銃であるイングラムM10からマズルフラッシュが噴き荒れる。

 

弾幕が次々と人修羅の体に当たっていくが、強度が凄まじく高い悪魔の体には効果が薄い。

 

しかし…放った弾丸の状態異常効果ならば話は別だ。

 

「な…なんだこの銃弾は!?」

 

突然体に力が入らなくなっていき、片膝をつく。

 

「これは…麻痺!?」

 

彼女の用いた銃弾とは『神経弾』と呼ばれる特殊な弾丸。

 

神経魔法に耐性を持たない悪魔を麻痺させる力を持った銃撃であった。

 

「不動明王の力では今の貴方には通用しない。なら、新しく手に入れた力を見せてあげる!」

 

封魔管に戻った不動明王を左腰ベルトに戻し、銃も腰に仕舞う。

 

次に用いる封魔管を右手に持ち、召喚した悪魔とは…。

 

「ククク…いいのか、我を召喚して?ついつい全てを滅ぼしそうになる」

 

ナオミの背後に現れたのは巨大なる魔王シュウ。

 

「その力を全て私に注ぎなさい。お前の力を全て発揮して見せるわ」

 

「ふん。貴様の実力…内側から拝見させて貰おうか」

 

シュウの全身から放たれる魔王の力が次々とナオミに注がれていき、シュウの姿が消えていく。

 

憑依とも呼べる光景を前にし、麻痺に苦しむ人修羅は足に力を込めて立ち上がっていく。

 

上半身が前のめりに俯いていた彼女の頭部が持ち上がる。

 

その瞳の輝きは…悪魔の如き真紅の瞳。

 

「戦の魔王と呼ばれしその力…我が拳にて振るわん!!」

 

腰を落とし足幅を開き、震脚の踏み込み。

 

八極拳の構えによって地面が粉砕され、瓦礫と共に下層にまで二人は落ちていく。

 

巨大なる瓦礫の煙が建設途中ビルから巻き起こる光景を走って確認しているのは美雨の姿。

 

「あそこカ!!ナオミ姉さん…ナオキ……間に合てネ!!」

 

走りながらソウルジェムを掲げ、彼女は魔法少女の姿となる。

 

粉塵巻き上がる下層部では既に、拳法家たる存在たちが拳を交え合う。

 

「「オオオオォォーーーッ!!!」」

 

互いの拳が頭部側面を交差して通り超えた衝撃波が空間に放たれる。

 

粉塵が吹き飛び、ビルの骨組みが砕けていく光景が広がる荒々しい戦いぶり。

 

人修羅の右直突きを左腕でブロックと同時に鉄槌。

 

相手が左腕で止めた隙をつき右足を踏み込む動作。

 

「ガハッ!!」

 

放たれたのは冲捶突き。

 

八極拳で言う猛虎硬爬山の連携を受け、後ずさる相手にさらに猛撃を繰り返す。

 

強靭な堅牢さを誇る人修羅の体を、人間の体で殴り続ければ普通なら攻撃側の手が壊れる。

 

だが魔王シュウの力を宿したナオミの全身は既に、鋼の如き強度と化した。

 

かつてのチェンシーと同じく、五体そのものを最強の武具としたのだ。

 

麻痺で苦しみながらも気迫だけで彼はナオミと互角に戦い続ける。

 

互いの攻防によって生み出された衝撃によって、ビルは既に崩壊寸前。

 

「これ程の実力者だったか!デビルサマナーと呼ばれる存在は!!」

 

「私が強いだけよ!!」

 

「上等だぁ!!!」

 

強敵と戦う事に喜び打ち震えるかのように夢中で戦い合い、周りの被害の事が見えていない。

 

ビルが倒壊してしまえば、人間が暮らす地域にまで被害が及ぶ可能性が大きい。

 

熱狂の渦に飲まれた2人を止めるのは、彼らにとっては大切な存在。

 

「な…なに……!?」

 

「これは…?」

 

互いが見えた光景は、既に相手がノックダウンしたかのように倒れ込む姿。

 

「馬鹿な…これは何かの幻惑魔法か?」

 

「何者なの!この程度の幻惑魔法で事実偽装出来ると思わないことね!!」

 

<<このアンポンタン共!ささと戦いを止めるネ!!>>

 

声がした方角を互いに振り向けば、魔法少女姿の美雨が歩いてきた。

 

「美雨…?」

 

「邪魔をしないで美雨。私はこの悪魔の力を推し量りたいの」

 

「それは人間の暮らす地域でやるべき事じゃないネ!ナオミ姉さん!!」

 

「それは…その……」

 

「ナオキと話しがある言うて、拳で語り合いに来てどうするカ!?」

 

「もう…来ないでって行ったのに……」

 

「香港時代からそうネ!警察沙汰になりかねない暴れぷりをレイ姉さんと一緒にしてたヨ!!」

 

「そ、それは……まぁ、言い訳は出来ないわね」

 

「お前ら…同郷の知り合いだったのか?」

 

「ナオキネ!悪魔なのは分かるけど、ここは人間が暮らす地域ヨ!お前の信条を忘れたのカ!?」

 

「それは……すまない、熱くなり過ぎた」

 

デビルサマナーと悪魔が、中学生魔法少女に説教されながら縮こまる。

 

<<ふん。興が削がれたが、貴様の武術家としての拳技、悪くなかったぞ>>

 

「…戻りなさい、シュウ」

 

<<暫くは付き合ってやる。我の力を全て引き出してみせよ…強き者よ>>

 

封魔管に悪魔を戻し、元の瞳へと戻っていく。

 

尚紀も悪魔の姿から戻るためにゲヘナを口から吐き出し、右手の中へと戻していった。

 

「貴方の事はよく分かったわ。本気を出せば私を倒せた癖に…最後まで魔法を封印したわね」

 

「それが俺の戦い方だ」

 

「お優しい事ですこと。でも…嫌いじゃなくてよ」

 

――とくに、孤児達を救ってくれるところがね。

 

「ナオミ姉さんやナオキの事は後で詳しく聞くけど、今はここからズラかる方が先決ヨ」

 

「そうだな…人集りの声が外から聞こえてくるし」

 

「私の固有魔法で偽装しながら逃げるヨ」

 

見つかる前に逃げようとするのだが、尚紀は周囲をキョロキョロ見回す。

 

「待て、俺の上着……何処に消えた?」

 

「…諦めなさいよ。瓦礫の下敷きになってるわ」

 

「俺のスマホが納められてたのに……」

 

「大の大人が、スマホ1つでグチグチ言うのみともないネ。ホラ、2人共走るヨ!!」

 

美雨に両手を引っ張られながらも、二人は渋々現場を後にしていく。

 

(デビルサマナーか…。これ程の存在がこの世界にいたんだな)

 

これから先、人修羅の前には次々とデビルサマナー達が現れてくるだろう。

 

その者達はナオミとは違う、悪魔の如き思考を持つダークサマナー達。

 

だからこそニコラスは、ナオミに依頼をしたのだ。

 

人間社会を守るために、その力を封印し続けなければならない。

 

彼のボディガードとして。

 




読んで頂き、有難うございます。


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103話 ダークサマナー

2019年、5月時期。

 

日本国憲法が制定されて七十数年が過ぎたが、ついに国民投票法改正案が今国会を通過した。

 

この背景には去年起きた東京空爆事件が大きく関与し、社会的不安が後押しした形となっている。

 

改正案は憲法改正の是非を問う国民投票。

 

商業施設に共通投票所を設けることなど、取り扱いをめぐって与野党の合意も得られたようだ。

 

「これで今国会での成立は決まった。憲法改正も実現するだろう」

 

総理執務室の窓辺に立ち、外の光景を見つめる八重樫総理の姿。

 

「現憲法の原案を作ったのはたしか、GHQ占領政策の中心を担った民生局に在籍していた人物だ」

 

「東欧ユダヤ人、チャールズ・ルイス・ケーディスでしたわね」

 

八重樫総理の後ろには、総理秘書官の姿。

 

かつて八重樫総理を殺そうとした美国織莉子に対し、影から護衛を努めた女性秘書官であった。

 

「彼に与えられた任務は、日本を永久的に非武装の儘にしておくことです」

 

「憲法9条2項の規定はそのためにあるのだ」

 

「米中による日本封じ込め政策…それもようやく改憲によって変えられていくというわけですね」

 

「それを望むのは国民だ。そのように仕向けさせる手筈なら、イルミナティが用意してくれる」

 

「目的は、内閣の独裁が認められる()()()()()()の成立ですね?」

 

「その通り。2020年は素晴らしい変化が世界に訪れる…病魔という()()()()()()が起こる」

 

「民主主義国は緊急時における政策において、現憲法内容では余りにも対応が遅くなるはずです」

 

「だからこそ、民衆は政府の独裁を望み始める…これがショック・ドクトリン政治だ」

 

かつてのナチス総統ヒトラーも、合法的な民衆支持を重視した。

 

独裁とは、民衆に支持されてこそ長い基盤を築き上げれる。

 

ソ連のような暴力支配では、いずれ民衆革命の前に敗れてしまうからだ。

 

「我々政府が()()()を会得する法律が施行される時期は数年後になるが…もっとも」

 

――その頃の日本は既に地上にはないだろう。

 

「後の独裁国家日本の姿は地下国家になります。この憲法改正は地下国家の下地を作る為に?」

 

「その通り。そして…方舟計画も同時に始まる。生き残れなければ…国など残らないからね」

 

あろうことか、日本の総理大臣が国の滅亡という恐ろしい話題を口にする。

 

しかし、国家滅亡は20世紀の歴史を見ても当たり前のように起こってきた。

 

国はニキビのように潰れるもの。

 

第二次世界大戦後の70年間において、180以上の国家が消滅している歴史がある。

 

国家とは大国の資本の思惑による現象でしかない。

 

極めて脆弱過ぎる基盤の上に成立する一時的幻影。

 

それは日本とて同じであり、国家の形は常に大国によって変えさせられてきたのだ。

 

「ところで神の山は…既に完成しているのですか?」

 

「完成している。その神の山を隠す海辺の砂浜の都市は、その為に在ったのだよ」

 

「神の山を隠す、海辺の砂浜……」

 

――それが新興都市…神浜市の正体。

 

「…その件についてだが、トラブルが起きた」

 

「トラブル?」

 

「黄金の暁会に所属するダークサマナーの男の1人が逃げ出した」

 

「脱走者…恐らく、我々が東京に起こす大破壊に恐れをなし逃げ出したといったところですわね」

 

「東京から逃げ出し、神浜方面に向けて逃走している。現在追跡を向かわせているが奴は手練だ」

 

「フフ、なるほど。どうやら私も現地に向かう必要がありそうですわね、八重樫総理?」

 

「我々の計画の一部を知りうるあの男を生かしてはおけない。行ってくれるかね…?」

 

「ええ、勿論ですわ。我々の啓蒙神である智慧の神ルシファー様の号令がかかる日も近いですし」

 

「計画に支障をきたすわけにはいかん。我々の首が飛ぶだけでは済まされないのだ」

 

「東京大破壊…()()()()()()の日は近い。我々に失敗は許されない…確実に始末しますわ」

 

「私はね、秘書官としての君の姿も好きだが…サマナー姿にドレスアップした君の姿の方が…」

 

――もっと素敵に思うよ……マヨーネ君。

 

……………。

 

聖書において、海岸の砂浜に関する記述箇所は多い。

 

創世記22ー17 子孫を海の砂のように殖やす。

 

創世記41ー49 ヨセフは海の砂のように穀物を蓄えた。

 

多くは砂のように人がいる、人を増やすなどの比喩表現として用いられる単語に過ぎないが…。

 

その中には、興味深い文言が存在した。

 

黙示録13章 獣の国

 

――また私は見た、海から一匹の獣が上って来た。

 

――これには十本の角と七つの頭とがあった。

 

――その角には十の冠があり、その頭には神を穢す名があった。

 

――私の見たその獣は、豹に似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった。

 

――竜はこの獣に、自分の力と位と大きな権威とを与えた。

 

――そこで、全地は驚いて、その獣に従い、そして、竜を拝んだ。

 

――獣に権威を与えたのが竜だからである。

 

――また彼らは獣をも拝んだ。

 

――だれがこの獣に比べられよう、だれがこれと戦うことができよう、と言った。

 

……………。

 

人修羅、それは666の悪魔であり黒き竜。

 

その思想は赤く染まり、その全身は魔法少女たちの返り血で赤黒く染まる。

 

人間社会の為なら大虐殺を行える殺戮者であり、人間の守護者。

 

そして、社会全体主義による静寂を望みし者。

 

かの悪魔が、神の山を隠す海辺の砂浜が如き街に降り立つ日も…近い。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

謎が多い、神浜市と呼ばれる新興都市。

 

東西対立が根深いこの街は、一体何なのであろうか?

 

歴史上では、戦国時代以前から既に対立傾向にあったとされる。

 

水名区にある水名城が東側の勢力の裏切りにあって落城した歴史が有った。

 

これが原因で西側は東側を毛嫌いするようになったという。

 

幕末期には西の武家と東の商家が港湾管理を巡って対立。

 

近代には西の名家が没落する一方で東は戦争特需で成金が増加するなど、様々な事象も起きた。

 

現代でも再開発や振興策の失敗などが響いた結果、地域格差が発生。

 

西側は開発が進む傾向にある一方で、東側は経済的に苦しい立場に置かれた人達が多い。

 

市政でも為政者達は市民のことを考えず、欲と野心のためにしか動かず大規模な汚職も起きる。

 

西と東の者達が数百年間いがみ合う、悪魔の如く醜き街。

 

だからこそ、この街が救済の地として選ばれた。

 

日本の闇、ディープステート達の方舟計画地として。

 

それが、神の山が隠されし海の浜辺…神浜だった。

 

……………。

 

2019年、4月時期。

 

「ありがとう御座いました~」

 

客足も殆ど無い中華飯店だが、今日は珍しく夜に団体客が来てくれた事もあり忙しかった万々歳。

 

「鶴乃~表の戸締まり頼むわ」

 

「ほいほ~い」

 

店の看板娘である鶴乃が表に出て閉店作業中。

 

レジの売上を計算していた鶴乃の父親だったが…大きな溜息が出る。

 

「こんな収入で…一体どれだけ持ち堪えられるんだろうな…爺ちゃんの店?」

 

店の壁に飾られた祖父の写真に目を向ける。

 

残された息子の表情は、無能故に店を守れない己に対する自責の念に塗れていた。

 

「名家の政治家一族なのに、こんなラーメン屋で終わるなんて…妻や祖母から憎まれて当然だ」

 

彼の妻と祖母は、突然舞い降りてきた宝くじ8億円を持ち逃げし、豪華客船旅行中。

 

勿論これは鶴乃が魔法少女に契約した願いの恩恵であったが…それも虚しく謀られた。

 

それでも健気に店を支え、いつか家族団欒が得られると信じ続けるのが…彼女の生き方。

 

「鶴乃…お前の姉ちゃんだってな。海外留学と言いながらも、本当は家から逃げたかったんだよ」

 

――お前だけだよ……由比家で俺から逃げようとしない女は。

 

――お前まで俺の前から消えてしまったら…もう俺は、生きていけない。

 

レジ前で俯き、自分の無力さを嘆いていた時…愛すべき存在の元気な声が響く。

 

「お父さん、万々歳は大丈夫!」

 

「えっ!?お前、いつの間に…?」

 

「私だってね、万々歳にお客さんが入るように色々チャレンジしてるし!」

 

「それは知ってるさ…だけどな……」

 

「私だって最強女になれるように日々修行の毎日!最強の私が支える店が…潰れるわけない!」

 

「鶴乃……」

 

「だからね…自分を責めないで。お願いだから…」

 

独りでも父親の側に残ってくれた娘の優しさ。

 

一気に涙腺が緩み、右腕で涙を拭う。

 

「…そうだな。お前だって頑張ってる!俺だって…まだやれるさ!」

 

「そうだよ!私たちはサイキョーの中華飯店を目指すの!」

 

「おう!爆発的人気を得た万々歳が、名家として復活する日も近~い!!」

 

落ち込んでいた父を元気にしてくれる娘であったが、ポケットから何かを取り出す。

 

「あ、そうだ。お店の郵便受けに郵便物が入ってたよ」

 

「あぐっ…ノリが良い時に素に戻るのは勘弁……」

 

郵便物を受け取り、差出人を確認。

 

「知らない人からの郵便物だな…。それに、中に入ってる形は…2つのカセットテープ?」

 

「えっ、カセットテープ?どうしよう…何かの間違いで送られてきてない?」

 

「宛名はちゃんとうちの住所だし…差出人の名前も聞いたことない」

 

「送り返した方がいいかも…」

 

「待て。もしかしたら、俺じゃなくて爺ちゃんに向けての郵便物かもしれない」

 

「あ…そうだね。偶にそういう郵便物も届くし」

 

「俺の部屋にガキの頃から使ってる小さなラジカセがある。持ってくるよ」

 

暫くして、持ってきたラジカセを店の机に置く。

 

封筒に入れられたカセットテープのうち、1と記入された方を入れて再生。

 

<<初めまして由比家の皆さん。私は20年前、この店にジャーナリストとして訪れた者です>>

 

「やっぱり…爺ちゃん宛だったな。その時の万々歳店主は爺ちゃんだった」

 

「ジャーナリスト?どうして中華飯店を切り盛りしてるお爺ちゃん相手に?」

 

<<私が訪れた取材内容は…公に出来ませんでした。ですが、皆に知ってほしい>>

 

「表に出せない取材内容だって…?」

 

<<現在の私は…全身にガンが転移して余命幾ばくも無い老人です。だからこそ知って欲しい>>

 

「この人…自分の死の間際に、俺たちに何を伝えようと言うんだ…?」

 

「分からない…公に出来ない程の秘密とお爺ちゃんが…関わっていたの?」

 

<<この情報は、貴方達の命を脅かす内容です>>

 

テープ音声から聞こえた衝撃の発言。

 

二人の顔も青くなり、息を飲みこむ。

 

<<知りたければ、2番のカセットを再生して下さい。知りたくなければ破棄して下さい>>

 

<<もし2番のテープ内容を聞き、それを公にしようとすれば…確実に殺されます>>

 

<<それでも……あなた達は知る権利がある>>

 

<<あなた達は、国の未来を憂いた由比防衛大臣のご子息達。彼の無念を…知る権利がある>>

 

1番と書かれたカセットテープが止まる。

 

「命を脅かす内容だって!?」

 

「お爺ちゃん…昔は防衛大臣だった。その頃にさ…突然過ぎる政界引退に追い込まれたんだっけ」

 

「そうだ、俺のガキの頃にな」

 

「それに…うちの一族の関係者まで次々と失脚して…名家一族がボロボロになったんだっけ?」

 

「思い出したくもないが…その通りだ。もしかして、その出来事と関係しているのか?」

 

「引退を飲まなければ…お父さん一族の命さえ危なくなる程の…苦しみを抱えていたの?」

 

「マジかよ…これは…聞くとヤバい案件だぞ…」

 

「私……知りたい!!2番を再生して!」

 

「お、おい!?マジで危険な内容かもしれないだろ!国家機密かもしれないし……」

 

「私たちは歴史ある名家の誇りを忘れちゃいけないよ!」

 

「鶴乃……」

 

「お爺ちゃんがそれを捨ててまで家族を守ろうとした真実に立ち向かわなきゃ…」

 

――お爺ちゃんが…可哀想だよ。

 

「鶴乃……。分かった、俺も腹をくくる!!俺だって…政治家一族のセガレだ!!」

 

2番と書かれたカセットを再生。

 

<<それでは、録音を開始します>>

 

<<…話してしまって良いのか私も悩みます。ですが…これ程の秘匿を抱えて生きるのは辛い>>

 

<<心中、お察しします。それでは、質問させて下さい>>

 

<<……聞きましょう>>

 

<<かつての由比財閥グループは、自衛隊の兵器開発にも投資する巨大一族です>>

 

<<……かつてはそうでした>>

 

<<グループに多くの建設企業も存在し、この新興都市建設に何十年も前から貢献してきた>>

 

<<私の父の代から、この新興都市建設に貢献してきましたが…見ての通り落ちぶれました>>

 

<<私はそれを不審に思い、こうして取材に来ました>>

 

<<……………>>

 

<<数年前まで貴方は防衛大臣を努めていたのに…何故、引退をなされたのですか?>>

 

<<……………>>

 

<<スキャンダルも抱えていなかったはずです>>

 

<<……………>>

 

<<口を閉ざさなければならないという事は…それ程の機密を知ってしまったのですか?>>

 

<<……………>>

 

<<それは一体どんな内容なのですか?>>

 

<<私の父であり由比財閥当主であった人物は、この街の開発計画に心血を注ぎました>>

 

<<存じています>>

 

<<それは、日本人……いや、大和民族の未来を救う為でもあったのです>>

 

<<大和民族である我々日本人を救うとは、どういう意味でしょうか?>>

 

<<……………>>

 

<<そういえば、由比建設グループは地下空間の創造を強く探求していましたね?>>

 

<<……………>>

 

<<それと何か関係があるのでしょうか?>>

 

<<この街の奥深い直下には、直径630km²、高さ10000mもの超巨大地下空間がある>>

 

鶴乃の父が語った地下空間の規模はあまりにも巨大。

 

東京の土地面積をまるごと収めれる程の広大な面積を誇る規模だ。

 

<<それ程までの巨大地下空間があっただなんて…それと由比財閥との間で何か関係が?>>

 

<<その地下世界の事を……私の父は、こう呼んでいました>>

 

――神の山であり、神の国……()()()()と。

 

ザイオンとは、旧約聖書に出てくるエルサレムの聖なる丘(山)。

 

かつてダビデ王とその子孫が王宮を営み、宮殿を立てて政治の中心にした地の名称である。

 

<<現在は、ユダヤ民族主義の象徴だと言われています…。そして、神の山を支配するのは…>>

 

<<……………>>

 

<<支配するのは……すいませんが…言えません>>

 

<<…話し辛いですか?では、話題を変えます>>

 

<<…そうして下さい>>

 

<<この街の歴史から見て、西と東の発展はあったが、中央の発展は無かった>>

 

<<……………>>

 

<<東西を分断するかの如く、空き地地帯が広がっていた>>

 

<<……………>>

 

<<現在は由比建設グループの力によって、この街の商業を担う中心都市にされました>>

 

<<…その通りですが、かつての栄光に過ぎない>>

 

<<当時の取材の記憶では……大量の土砂が毎日のように運ばれていたそうです>>

 

<<……………>>

 

<<由比建設グループは、中央区で何をしていたのですか?>>

 

<<……………>>

 

<<由比財閥の当主である貴方の父が語る…ザイオンとは、何を意味しているのですか?>>

 

<<……………>>

 

<<この新興都市開発計画は、由比財閥に対し日本政府が委託した国家事業です>>

 

<<そうです…欧米からも投資が集まり、天文学的予算が組まれた>>

 

<<それ程までの都市開発計画の裏に、何がありました?>>

 

<<……………>>

 

<<当時、由比財閥に対し新興都市計画を委託した日本政府次官はたしか、西次官でした」

 

<<はい…彼に頼まれましたが、彼は代理人に過ぎなかった>>

 

<<情報環境モデル都市を建設する()()()()()()()()()も推進されていたはず>>

 

<<その構想はアルゴン社に引き継がれた。我々は街を建設し彼らがテクノロジーで整備する>>

 

<<アルゴン社?たしか新興都市である見滝原市の都市開発にも関わっていた大企業ですね?>>

 

<<そうだ。神浜市と見滝原市、両都市の最先端テクノロジー整備を国から委託されていた>>

 

<<その開発計画にも西次官が関わっていたのですか?>>

 

<<その通り。目的は両都市のスマートシティ化だ>>

 

<<IT特化スマートシティ政策は問題も多く、住民目線の()()()()()()()()へとも言われます>>

 

<<それも問題が大きい。どちらも超監視社会を実現する政策である事には変わりない>>

 

<<その地域に特化した暮らしやすさをIT技術で導入する。それは裏返せば…>>

 

<<…その恩恵を利用して、日本人のプライバシー権利を踏み躙る事も可能なのだ>>

 

<<アルゴンソフト社と日本政府の目的は…個人情報を事業者側に吸い上げることですか?>>

 

<<住民のためなど建前だ。神浜市民、見滝原市民はもう時期全てがアルゴン社が管理する>>

 

<<それは個人情報が流出するも同然です。なぜ両者はそのような事をするのですか?>>

 

<<都市部より地方活性化など方便。全てはザイオンのため…この新興都市は実験都市なのだ>>

 

<<新たなる日本は全てがITで管理される社会となる…まさにデジタル・レーニン主義ですね>>

 

<<いずれ社会は顔認証技術で管理され、現金が使えないキャッシュレス化となる>>

 

<<個人の全てを企業と国家が管理出来る社会…まさに独裁社会化。それが新たな日本の姿?>>

 

<<日本の主権は…最初から存在しない。全て欧米と中国の裏側にいる連中が決める事だ>>

 

<<その裏側にいる存在とは?新しい日本社会の姿とは?>>

 

大きな溜息をつく音が音声で流れる。

 

まるで真実を語る恐怖に耐え切れないかのようにも聞こえるだろう。

 

<<…疲れた。これ以上は喋れない…これ以上口を開けば……大勢が死ぬ>>

 

<<…分かりました。その一言で、貴方が何故政界から引退したのか理由も見えてきた>>

 

<<私の中華飯店は、アルゴン社と国家から監視されている。何処に目があるか分からない…>>

 

<<私事を1つ、語らせて下さい。私のジャーナリスト仲間がね…ある日突然…不審死した>>

 

<<えっ…?何を急に……>>

 

<<その人物が取材を行い、事実関係を調べようとした案件は…日本のディープステートです>>

 

<<…不審死するのも頷ける。私も連中から脅されたのだ……>>

 

<<ディープステートは日本だけでなく、欧米どころか世界中の国家の裏側にいる>>

 

<<そうだとも…彼らの裏側にいる国際金融資本家には…誰も逆らえない>>

 

<<そして、その者達を支配する思想こそが……ユダヤ主義です>>

 

<<ディープステートに逆らってはならない…。私が政界から身を引いたのもそれが理由だ>>

 

<<この日本は欧米に支配されている。その尖兵となるのが、かつて日本人であった在日です>>

 

――この国は、欧米に()()()()されているのです。

 

長い沈黙が続く。

 

ジャーナリストの言葉を肯定するか細い声が響いてくる。

 

<<そうだ…。そして、どの日本人を救うかは……彼らが決める>>

 

<<…長いお話に付き合って貰い、今日は有難うございました>>

 

<<私は…私たち一族は…日本人の未来を守りたかっただけだ。だが、それでも……>>

 

――救える日本人の数には……限りがある。

 

2番テープの再生が終わる音が響く。

 

静かに拝聴していたが、2人は言葉を失った。

 

長い沈黙が場を支配していたが…鶴乃の父親の方が先に口を開く。

 

「鶴乃…俺、明日店を臨時休業するわ」

 

「えっ…?」

 

「差出人の住所の家に行く…もっと知る必要があるんだよ!」

 

「ど、どうしたのお父さん!?そんな興奮して…?」

 

「20年前の取材だって言ってたろ?丁度その時期なんだよ…」

 

――お前の爺ちゃんが、不審死した年だ。

 

次の日、2人は差出人の住所である神浜郊外の都市である宝崎市に赴く。

 

「酷い……何よ、この家…?」

 

「酷い嫌がらせの痕ばかりだ…」

 

「こんな嫌がらせばかり受けたら…私なら耐えられなくて死んじゃうよ…」

 

「あのジャーナリストは…どんな地獄を生きてきたんだ…?」

 

「これが…日本の闇を追いかけた人達の末路…?」

 

チャイムを鳴らせば、酷くやつれきった親族が出てくる。

 

その人物に案内され、ジャーナリストが入院している病院へと向かった。

 

病室に入れば、もはや自力で呼吸すら出来ない老人の姿。

 

2人は死を間近にした老人の元に立ち、自分達が何者なのかを告げる。

 

浅い呼吸を繰り返す老人だったが、彼らを見て最後の力を振り絞るかのように語り出す。

 

「教えてくれ!親父は風邪で病院に行った…なのに、突然病院で昏睡状態になって死んだんだ!」

 

「ハァー…ハァー…」

 

「糖尿病ではなかった筈なのに…死因は糖尿病の合併症による心筋梗塞扱いされた!」

 

「…インスリン注射を…打ち込まれた可能性が…大きい…」

 

「インスリン…?それってたしか、糖尿病に使われる薬だよね…?」

 

「ハァー…ハァー…糖尿病で使われるが…健康な人物に使えば昏睡状態に陥り…死亡する…」

 

「バカな!?それじゃまるで…副作用を利用した暗殺みたいじゃないか!!」

 

「そんな…じゃあ!私のお爺ちゃんは…糖尿病じゃないのにインスリン注射されて…!?」

 

「くそっ……病院の医者もグルだったのか!」

 

「全てがハァー…ハァー…敵だ。隣人も…公務員でさえ…全てが敵に回る。…奴らに逆らえばな」

 

「親父が死んだ頃からだった!由比財閥が関係先から切り捨てられて崩壊していったのは!」

 

「これが日本の闇だ…。私も抗ったが…ジャーナリストとしての職も失った…」

 

彼の無念の言葉を聞いた2人は顔を俯けていく。

 

どんな仕打ちをされてきたのかを聞かされるのだ。

 

隣人だと思った人物から毎日嫌がらせを受ける苦しみ。

 

引っ越しを繰り返しても逃げられない苦しみ。

 

何よりの苦しみだったのは、正義を貫いたがために犠牲となった家族の苦しみだ。

 

「私のお爺ちゃん…そんな苦しみを抱えながら…暗殺されちゃったの…?」

 

「死にかけの老人が…知らなければ辛くなかった事実を明るみにしたせいで…苦しめてしま…」

 

呼吸に苦しむ老人を見て、これ以上の追究は命に関わると判断したようだ。

 

2人は感謝の言葉を述べていく。

 

「本当に有難う…。貴方のお陰で…お爺ちゃん達が誇れる事をしていたって知ることが出来たよ」

 

「ああ…そうだな。有難う…辛い病状なのに、質問攻めにしてしまって…」

 

2人は病室を後にする。

 

病院の廊下を2人が歩いていた時だった。

 

「おいおい…病院には不釣り合いな奴が前から来るな」

 

「うん…なんか、お父さん世代のロックンローラーな見た目をしてるね」

 

「目を合わせるな、さっさとズラかろう」

 

ヘアワックスを使いオールバックヘアーをキメる、古き良きロックスタイル。

 

ギターケースを持つサングラス男に対し、2人は黙って横を通り超えていく。

 

ヘッドフォンから流れる大音量のハードロック曲を聞いていたせいか、黙って通り過ぎていった。

 

その人物が向かった先とは…?

 

「よぉ、爺さん。もうすぐ死ぬってのによぉ…喋り過ぎじゃねーかい?」

 

「ハァー!ハァー!お、お前は…まさか……!!?」

 

ヘッドフォンを肩に下ろし、不敵な笑みを浮かべる男の姿。

 

「今までバイト共から痛めつけられたのに、まだ痛めつけられたいか?もう楽には死ねねーぜ」

 

「お前はファントムソサエティであるイルミナティ共の一員か!?星の智慧を崇める者か!?」

 

「おうよ!冥土の土産だぜ…イカした名前を聞いときな」

 

ライダースジャケットのポケットからヘアブラシを取り出し、髪型をさらにキメた。

 

――俺様の名前は……キャロルJ!!

 

鶴乃と父親が病院の入口から出てきた時。

 

「えっ……!?」

 

「なんだっ!!?」

 

突然の爆発音が響く。

 

2人が慌てて地上から爆発現場らしき病院の階を見上げれば…。

 

「うそ……やだよ……こんなのやだぁ!!?」

 

そこは、2人がさっきまで訪れていた老人の病室が燃え上がっていた光景。

 

2人を屋上から見下ろす、赤いギターを持つキャロルJと名乗った人物。

 

「ヘヘヘ!宝崎市ってのはよぉ、伝統の火祭りが行われるって聞いたから…派手にキメたぜ!」

 

その手に持つギターからは、緑に輝く感情エネルギーたるマグネタイトが噴き出す。

 

ギターのチューニングを合わせる部位であるペグの形をよく見れば、封魔管。

 

ペグとして機能している封魔管の1つが締まりながら閉じていく光景が見えた。

 

「あの老人と接触していた連中…潰れた由比財閥の関係者か?好奇心は猫を殺すって諺もあるぜ」

 

悪魔召喚ギターをケースに入れ、背中に背負いながらポケットに手を突っ込む。

 

「それに、だ…。あの横を通り過ぎていった高校生ぐらいの女…魔法少女だったな」

 

それを聞いたギターケースに収められた悪魔達が騒ぎだし、ケースが振動し始める。

 

「お前ら、あいつのソウルジェムを喰いたいか?あいつらの動き次第でご馳走にありつけるぜ」

 

ポケットから取り出したヘアブラシで、さらに頭髪をキメたダークサマナーが叫ぶ。

 

「俺様の名は……キャロルJ!!いつか会える日を楽しみにしておけよ!」

 

――この街で出会えた事にちなんで…お前も()()()にしてやるぜ!!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2019年、5月が終わろうとしている時期。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!!」

 

路地裏を闇雲に走り回る男の影。

 

40歳程度の見た目だが、年齢を感じさせない身体能力を用いて何かから逃げている。

 

「ウラベ様!!こちらですわ!」

 

浮遊しながら先導する女悪魔

 

金髪の妖艶な雰囲気を持ち、黒いドレスとカチューシャを身につけ、手には知恵の輪を持つ。

 

「遅れてますわよ!このままでは追っ手に追いつかれます!」

 

後ろを振り向き、主であるサマナーを案じるが。

 

「ハァ!ハァ!…たくっ!俺ももう歳なんだぞ…スタミナが持たねぇ!」

 

「ウラベ様はまだお若いですわ!私の年齢に比べたら…ね?」

 

「ハハ…あんまり褒められてる気がしねぇよ…リャナンシー」

 

【リャナンシー】

 

アイルランドに伝わる、人間の愛を求める美しい女妖精。

 

愛を受け入れた者に取り憑き、その側を離れない。

 

基本的にその姿を取り憑いた者以外には見せないという。

 

恋人となった者は強い才能の閃き、霊感を得る代わりにその寿命が縮むと言われる。

 

ケルトの詩人達が若死にするのは、リャナンシーの恋人になるからだと言われていた。

 

「BARマダムの女主人が他の街で経営している店に逃げ込めば、奴らも追ってはこれません!」

 

「神浜市と呼ばれる街の南にある、ホテル業魔殿の屋上フロアだったな…?」

 

「車を使って逃げられれば良かったのですが…」

 

忌々しげに後ろを振り返り、空を見上げれば…。

 

「オレサマ、オマエ、マルカジリ!!」

 

【ハーピー】

 

かすめ取る者と呼ばれ、ギリシャ神話における風の精。

 

弱い者虐めが好きで、他人の食事を食い散らかす意地汚い悪魔。

 

ガイアの息子タウマスとオケアノスの娘エレクトラの子であり、虹の女神イーリスの姉妹。

 

神々の系譜に連なる悪魔達でもあった。

 

空から迫りくる悪魔の猛爪に対し、ウラベの召喚悪魔が空に飛翔して迎撃の構え。

 

「ここは私が!!」

 

知恵の輪を持つ片手を構え、腕を振るう。

 

「ゲアッ!!?」

 

一迅のカマイタチが発生し、魔法の『ザン』によってハーピーの片翼が切断された。

 

地面に急降下し、倒れ込む悪魔に対し…。

 

「弾の無駄遣いにしかならねぇな…」

 

黒のスーツパンツの腰部ホルスターに手を伸ばし、銃を抜く。

 

「ママ、待テ!!悪魔ヲ殺シテ平気ナノ?!?」

 

「ああ、お前みたいな醜い悪魔連中なら…特にな」

 

構えたリボルバー銃はS&W・M500と呼ばれる回転式大型拳銃。

 

「アギャーッ!!!」

 

500マグナム弾に後頭部を撃ち抜かれ、感情エネルギーを撒き散らしながら消滅。

 

「……ウラベ様」

 

「分かっている、こいつらを召喚しているサマナーだな」

 

フレームからシリンダーを横に振り出し、通常弾を抜いて片手に収める。

 

ポケットに弾を収納してフライトジャケットから別の弾を取り出している時に…追手は現れた。

 

<<よぉ、ウラベ。久しぶりじゃねぇか>>

 

前方通路から歩いてくる人物。

 

黒スーツとサングラスを身に纏う短髪の男が歩み寄り、不敵な笑み。

 

「急ぎ足で何処に行く?俺の悪魔と、ちょいと遊んでみるか?」

 

右手に持たれているのは、サマナー達が利用する銀の封魔管。

 

「…フィネガンの飼い犬風情が、デカい口を利きやがって」

 

「葛 葉一族に引けを取らない歴史を持つ家の出身だか知らねぇが…気に入らなかったんだよ」

 

「それは良かった。お前のような三下サマナーに好かれたくはねぇ」

 

「余裕でいられるのは身軽になったからか?組織を逃げ出して家に帰った感想はどうだった?」

 

それを聞き、拳が握り込まれていく。

 

その拳は震えていた。

 

「組織を裏切った者は口封じされるのさ、親族もろともな」

 

「昔から変わらねぇな、イルミナティ共は。やってる事はマフィアと変わらねぇ…」

 

「ユダヤ幇であり金融マフィアであり()()()()()()()()()()()の方々だ。お前も連中の後を追う」

 

――テメェの嫁さんと子供にヨロシクな!

 

先に仕掛けたのはダークサマナー。

 

右手の封魔管から召喚された悪魔とは?

 

【ヘルハウンド】

 

イギリスで伝承される、遭遇した者に死をもたらす冥府の犬。

 

子牛程の大きさ、闇色の毛と角、大きく燃え盛る目、鼻からも火を吹くと言われる。

 

犬は墓場で死体を漁り、死肉を食べる為ケルベロスやアヌビスのように死を司る神と呼ばれた。

 

ヘルハウンドは猟犬としての性質が強く、死の前兆として現れる存在。

 

キリスト教時代には、悪魔の化身として神を冒涜したりする者達を罰したという。

 

「俺の手札で最強のカードだぁ!焼き尽くして食い殺せぇ!!」

 

「ウラベ様!!」

 

「任せろ」

 

シリンダーのチャンバー内に銀の弾を入れ込み終え、チャンバーをフレームに戻す。

 

薬莢に描かれた印とは…悪魔を封印する五芒星。

 

――悪魔召喚のやり方はな…こういうやり方もあるんだよ!

 

引き金が引かれ、銃弾が放たれる。

 

だが発砲から噴き出したのは煙ではなく、感情エネルギー。

 

<<ギャァァァァ!!!!>>

 

感情エネルギーが飛翔しながら実体化し、悪魔の形となっていく。

 

【ガキ】

 

仏教における十界において苦しみを味わうという六界の一つ、餓鬼界に住まう者達。

 

生前果てしない食欲をはじめとした欲望に囚われていた者が転生するのだという。

 

彼らは常に飢餓感に苦しみ、やせ細って腹だけが膨れ上がっている。

 

彼らは時折現世に現れては人に憑りつく。

 

その人は豹変したように物を貪り喰らったり、物事に意地汚くなるのだと言われた。

 

「オオオオォォォーーーーン!!!」

 

鈍化した世界、迎え討つヘルハウンドが燃え上がる牙を剥き出しにする。

 

弾丸の如く射出されたガキの体が光り輝く。

 

<<死ニタクネェェェーーッッ!!!!>>

 

この一撃は、悪魔の特攻でもある『自爆』魔法。

 

ガキの体が物理的にヘルハウンドに接触した瞬間、大爆発。

 

炎を纏い火炎を無効化するヘルハウンドだが、爆発によって纏う火炎も肉体も吹き飛ばされる。

 

爆発が収まった光景の中には、ヘルハウンドの姿は無かった。

 

「そ…そんな馬鹿な!?テメェ…どうやって悪魔を召喚したぁ!!?」

 

「貴様と同じく、銀の管に封印した悪魔を放っただけさ」

 

「なんだとぉ!?それじゃ…お前が利用している封魔管は!?」

 

「銀の弾丸だよ。火薬の代わりに悪魔を詰めている…そして、それは連続して放てる」

 

さらに引き金が引き絞られていく。

 

「ま…待てよぉーーーっ!!!?」

 

「嫌だね」

 

放たれる二撃目の弾丸となる悪魔が、逃げようとするダークサマナーごと大爆発。

 

「管が小さい分、詰めれる悪魔は低級に限られる。瞬間火力を高めるために…自爆させるのさ」

 

黒い中折ハット帽を目深く被り直し、銃を腰部ホルスターに仕舞う。

 

「ご無事で何よりです…ですが、後続も迫ってきています」

 

「神浜に急ぐぞ。こいつらが追ってきているのなら…フィネガンも必ず来る」

 

急ぎ足で神浜市に向けて歩みを進めて行く、元ダークサマナーの姿がそこにはあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

東京から神浜方面に向けて走る、一台の高級セダン。

 

車内には2人の人影。

 

頭にアルファベットが刻まれたターバンを巻き、車を運転する褐色肌の男性。

 

助手席に座るのは、サングラスをかけオールバックにした髭顔の男性。

 

黒いスーツ上着の脇腹部分が膨らんでおり、ショルダーホルスターに銃を差し込んでいた。

 

「そうか…捜索メンバーは殆どが返り討ちとなったか」

 

今どき珍しいガラケーを使い、追撃チームからの報告を聞き終えた後、電話を切った。

 

「…どうやら、ウラベの決意は固いようですね」

 

「組織でも名のある奴だったが…所詮は人の子だ。人としての感情が捨てきれない」

 

「金に困らない奴は…勝手な事ばかり出来る。その選択のせいで家族が殺される…何が父親だ」

 

「フッ、お前はウラベに対して思うところがあるようだな?」

 

「私にとって、家族の生活こそが全てです。家族が安心して暮らせる金の為なら…私は……」

 

「それでこそプロフェッショナルだ。私情を持ち込まず、良し悪しに関わらず仕事を成し遂げる」

 

「確かな仕事で信頼を勝ち取れてこそ、私達はビジネスが出来る。今回の仕事にも迷いはない」

 

「お前の笛の調べ、聞かせてもらおう。笛吹き蛇使いと馬鹿にされる事が無い活躍を期待する」

 

「その言葉、必ず証明する。我が家族の為に……」

 

「そろそろ神浜市だ。奴は南凪区に向かっている、先回りをするぞ…ユダ」

 

「あのウラベと互角の実力、久しぶりに見させてもらいますよ…フィネガン」

 

車は高速道路を下り、栄区方面に向けて進む。

 

その頃の栄区では…。

 

「ギャァァーーー!!!」

 

追撃悪魔の燃え盛る死体を走り超え、目的地に向けて進むウラベと女悪魔の姿。

 

「チッ…実力は無い連中だが…相手をすればするほど弾数が少なくなっちまう…」

 

「後もう少しで南凪区と呼ばれるエリアです、それまではご辛抱下さいまし」

 

「せめてこの街の魔法少女共と出くわさない事を祈るぜ……面倒事は連中だけで十分だ」

 

消耗していくが、それでも前方からは追撃の悪魔の姿。

 

「弾を節約する!迂回出来るルートを空から見つけてくれ!」

 

「了解ですわ!」

 

リャナンシーが上空に飛翔し、彼女のナビゲートを頼りに路地裏を突き進む。

 

だが、これが誘導を仕掛けられている事までは見抜けなかった。

 

「なっ!?異界だとぉ!」

 

路地の広場に突如として異界結界が広がり、閉じ込められる。

 

「誘導されてたってわけかよ…」

 

「申し訳ありません!ダークサマナー達の気配を感じ取れませんでしたわ…」

 

「奴らも魔力を隠す術ぐらい心得ているか……出てこいよ、いるんだろ?」

 

夜中の通路を歩く革靴の音。

 

「貴様…ついに現れやがったか!!」

 

上着を脱ぎ、白シャツの上からショルダーホルスターを纏うサングラス男。

 

「組織から逃げ出した裏切り者が、生き残れると思ったか?」

 

「くっ……フィネガン!」

 

「かつてはその名を恐れられたお前も…今は逃げ回る野良犬のザマか?」

 

ポケットから葉巻を取り出し、火をつける。

 

紫煙を燻らせながら、どう相手を殺すか品定めをするかの如き余裕。

 

「なぜ組織を裏切ったのか知らんが…フッ、とんだ笑い話だな」

 

「フン、そういう貴様は、相変わらずサマナーの力を悪しき道にしか生かせんようだな」

 

「フフフフ、人をけなせる立場でもあるまい。家族を殺されて怖気づいたか?」

 

「貴様ッ!!!」

 

「戦うつもりか?私の力を知らぬわけでもあるまいに…」

 

(悪魔の銃弾残数は…残り3発。通常弾で勝てる相手じゃねぇ…)

 

「ウラベ様!私もお供をいたしております!」

 

「そうだったな…お前と2人でなら……こいつに勝てるさ!」

 

「そうかな?1つ言っておくが……この異界を形成しているのは、私ではない」

 

「何っ!?」

 

後ろから響く、サックスの音色。

 

五芒星が刻まれたサックスのベル穴から噴き上がる感情エネルギー。

 

「ユダ……お前まで来ていたか…」

 

「久しいな、ウラベ。そして見損なったぞ」

 

青いスーツ姿の上から白いマントを纏うユダの姿。

 

白マントで隠す腰部には、様々な笛が備えられ、そのどれもが五芒星が刻まれた品。

 

彼が用いる封魔管なのだろう。

 

「私の家族のため…貴様には死んでもらう」

 

サックスから噴き上がる感情エネルギーたるマグネタイトが形をなしていく。

 

ユダの頭上に雷雲が生み出され、そこから現れた悪魔とは?

 

<<サマナーさんよ、粋な命令をくれるかい?>>

 

【マルト】

 

叙事詩『リグ・ヴェーダ』に伝えられる嵐と雷の精霊。

 

暴風神ルドラの息子達であり、ヴェーダ時代におけるインドの暴風雨の神格化された存在。

 

雷神にして天候神インドラの随伴者であり、普段は陽気な若者である存在。

 

彼らは完全武装で雲に乗って共に天空を駆けたという。

 

宿敵ヴリトラの従者たちに対し、獣のような咆哮で恐怖に陥れた悪魔である。

 

「この男と女悪魔を殺せ」

 

「景気がいいなサマナーさんよぉ!!俺の雷槌でぶっ殺してやるぜぇ!!」

 

「ユダ!いい加減目を覚ませ!!汚れた金で家族が養われて…喜ぶってのかよ!!」

 

「黙れ!!ネパールという後進国で、大家族のまま暮らす生活の苦しさが…お前に分かるか!?」

 

「家族を支えたいなら…もっと他の道もあっただろうが!」

 

「私のような者が大金を稼ぐには……この道しかない!」

 

「くそ……馬鹿野郎が!!」

 

「私もいるのを忘れたか?」

 

黒スーツズボンのベルトには、様々なメリケンサックが吊り下げられている。

 

掌底で支える金属部位は封魔管である銀の管を加工し、一体化させた悪魔召喚道具であり武器。

 

2つのメリケンサックを皮手袋の上からはめ込み、両拳を打ち鳴らす。

 

「…リャナンシー、後ろの悪魔を頼む」

 

「ウ…ウラベ様は……?」

 

「眼の前の敵を…倒す以外に道はないぜ…」

 

「……心得ました、ご武運を!!」

 

リャナンシーは飛翔し、上空からマルトを迎え討つ。

 

「面白え!!嵐の精霊である俺様に対して…空で戦うとはなぁ!」

 

雷雲から上半身を伸ばすマルトは両手に持つ武器に雷を纏い、彼女に襲いかかる。

 

「ユダ、手を出すな。せっかくのウラベとの対決だ…フェアーにいこうぜ」

 

「承知した」

 

「チッ…多勢で囲んでおきながら、妙に勝負事に拘る。昔からお前のそういう部分がよぉ…」

 

腰部ホルスターの銃に手を伸ばす。

 

フィネガンは両拳をボクシングスタイルで構える。

 

――ムカついていたんだよぉ!!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

太古から続くデビルサマナーが行使する召喚方法とは『召喚魔法』と呼ばれる。

 

術者の高度な魔術的能力に依存し、悪魔との意思疎さえ魔術知識が無ければ困難を極める。

 

管召喚は術者に高い霊的素養と厳しい修行が必要だ。

 

自らの感情エネルギーを媒体にして悪魔を実体化させるため、悪魔召喚数には限りがあった。

 

どれ程の凄腕サマナーであろうとも、召喚悪魔は『1体』が限界だと言われている。

 

歴史に名を残すデビルサマナーの中で唯一『2体同時召喚』が出来た存在は1人のみ。

 

14代目葛葉ライドウと呼ばれたデビルサマナーだけであった。

 

「リャナンシーを召喚しているからには、ウラベ…お前は独りで私と戦うということだ!」

 

「だからどうしたぁ!!」

 

引き金が引かれ、悪魔銃弾が銃口から発射。

 

だがそれよりも早く体の軸をズラし、悪魔銃弾を回避する身体能力を見せるフィネガン。

 

銃弾悪魔は横を通過、後方で大爆発を起こす。

 

「チッ!相変わらず素早い反応しやがって……流石は元ボクサーだぜ」

 

「悪魔銃弾速度に対応出来なくとも、銃という武器の欠点がある限り追いつける」

 

素早く踏み込み、一気に距離を詰めてくる。

 

「他の悪魔を召喚出来ない貴様ならば、私も悪魔召喚などする必要はない!拳で殴り殺す!!」

 

「何処までも気持ち悪いコダワリを見せやがる!!」

 

腰部ホルスターに銃を差し込み、自らも格闘の構え。

 

相手の『ショートジャブ』を左手で連続捌き、右フックを仕掛けるが腰を落とすダッキング回避。

 

体勢を下げながらのボディブロー打ちがウラベに決まり、たまらず後ずさるが猛攻は止まらない。

 

(コンバッテッド・サウスポーの構えか!両拳どちらでも仕留める気でいやがる!)

 

引き絞る左拳ストレートだけでなく、右拳のフックにも警戒しながらの立ち回り。

 

「どうしたウラベ?打ってこいよ、家族を殺されて悔しくないのか?」

 

構えを解き、両拳を下げながら挑発。

 

「フィネガンッ!!」

 

家族の凄惨な死の現場が頭を過り、激情のまま拳を振るう。

 

サイドステップ、バックステップ、ダッキングと相手の突き蹴りに合わせ避け続ける身軽さ。

 

「うおおおっ!!!」

 

左追い突きから右直突きに対し、頭を左右に振るヘッドスリップ回避。

 

左肘を打ち込むのに合わせダッキング避け。

 

避けると同時にボディブローを打ち、怯んだ相手に引き絞った左ストレート。

 

「ガハッ!!」

 

顔面に直撃し、口から血と折れた歯が撒き散らされて倒れ込む。

 

「ボクシングならレフェリーが止めに入るが…ここは戦場だ」

 

跳躍し、右拳で地面を砕く程の追い打ちを仕掛けるが、咄嗟に転げながら回避。

 

倒れ込んだまま銃を抜き、相手に構える。

 

「くたばれっ!!」

 

引き金を引く頃には既にフィネガンの回避運動は終わっており、弾丸悪魔が素通りしていった。

 

「銃を構える、狙う、撃つ。これだけの動作があれば…近距離戦において避ける事など容易い」

 

「チッ…お前はクロースクォーターズ・コンバットじゃ、右に出る奴がいなかったな……」

 

立ち上がろうとするが、脳が激しく揺さぶられたのか上手く立ち上がれない。

 

俯いた顔が前を向いた瞬間、顎は蹴り上げられていた。

 

「同じシチュエーションで戦ってやっているのに、なんだその体たらくは?」

 

両拳など必要ないと判断したフェイネガンは、左のメリケンサックを外す。

 

「守るべき者達が殺され、いなくなったら……」

 

――生きているのも、嫌になるか?

 

倒れ込んだウラベを左腕で掴み上げ、さらに右拳で殴り続ける。

 

「組織内で私と肩を並べた実力はどうした?あの力は、帰りを待つ者達がいたから出せたのか?」

 

「うる…せぇ…!」

 

もはや為す術もないウラベの姿に対し、フィネガンの指示通り手を出さないユダではあるが。

 

(帰りを待つ愛すべき家族がいるからこそ力が出せる。私もそうだが…だからこそお前は…)

 

内心は複雑な感情を曇らせながらも、上空の様子に目を向ける。

 

上空の悪魔同士の対決は既に勝敗が決しようとしていた。

 

「じゃあな!生き恥は晒させない主義なんだよ!!」

 

雷を纏う矢を放ち、リャナンシーの風魔法を貫きながら彼女の腹部に命中。

 

「がっ……!!!」

 

体勢を崩した彼女が真っ逆さまに地面に落下し、激突。

 

「上の方も終わったようだ。そろそろコチラも終わらせてやろう」

 

ふらつきながらも立ち上がるウラベに対し、ボクシング構えで足幅を広げていた構えを変える。

 

足幅を狭め、パンチの安定の為に下に向けた重心を上に持ち上げる構えは…キックボクシング。

 

「俺は…お前らのせいで…家族を亡くした……」

 

殴られながらも右手に握り続けたリボルバー銃が、強く握り締められていく。

 

「お前も後を追わせてやる!!」

 

踏み込んで迫りくる『回し蹴り』の一撃。

 

左腕のガードごとウラベを蹴り飛ばしてしまう。

 

鈍化した世界、蹴り飛ばされ浮遊する彼の体勢が変わっていく。

 

右手の照準がゆっくりと、憎き存在に向けられていく。

 

――だからこそ俺は……お前達に復讐してやる!!

 

回し蹴りによって片足立ちとなり、フットワークに移れない相手に放たれる悪魔の銃弾。

 

「チッ!!?」

 

大爆発が起こり、瓦礫と煙が噴き上がる。

 

「ハァ!ハァ!…最後の一発だ。頼むからくたばれよ…」

 

「フィネガンッ!!?」

 

声を荒げたユダが駆け寄ろうとするが…。

 

<<貴様…お前に合わせた正々堂々の勝負に対し…水を差しおって>>

 

煙の向こう側から衝撃波が発生し、瓦礫と煙が吹き飛ばされた。

 

右手に構えたメリケンサックの持ち手部位にある封魔管が開かれている。

 

感情エネルギーを放出し、現れ出た存在とは死神。

 

<<我を呼ぶ声に応じ、ここに見参す…>>

 

【ケルヌンノス】

 

名前は角を持つ者を意味するケルト神話の冥界神の一人にして動物の王。

 

頭に牡鹿か牡山羊の角を生やしていて、あぐらをかいて座った姿で表現される。

 

角は生殖を象徴している為、生殖等の豊穣神としての性格を持つとも言われる存在。

 

頭に角を持つケルヌンノスのイメージは、中世ヨーロッパのサバトが由来だ。

 

悪魔レオナルドや現代ウィッカの復興異教主義に大きく影響を与えていた。

 

「ハッハッハッ!愉快愉快…この程度の自爆攻撃で、我を倒せると思ったか?」

 

浮かび上がる巨大鹿の頭蓋骨の上であぐらをかく、大きな二本角を持つ巨大な赤き悪魔。

 

「くそっ…最後の一発だったのに…」

 

倒れ込む上半身を持ち上げながら横に顔を向けるそこには、倒れ込むリャナンシーの姿。

 

「ウラベ…様…私を封魔管に戻し…他の仲魔達をお使い下さい……」

 

「そうはいかん。フェアーな勝負を貴様が捨てた以上、もはや容赦はせん」

 

空中に浮かぶケルヌンノスの下を歩くフィネガンの右拳が放電し始める。

 

ユダの頭上にはマルトが引き絞る雷槌の弓矢。

 

もはや正々堂々の勝負は終わったと判断し、加勢に加わろうとしている。

 

「フッ…ここまでかもな。お前と一緒に死ねるなら…悪くねぇ…」

 

「ウラベ…さま……」

 

「すまない…そして、今までありがとう」

 

振り下ろす雷槌が如き拳が迫る。

 

マヌスも雷槌の矢を同時に放つ。

 

もはや死は確定した……かに見えたが。

 

「…………?」

 

目を瞑り死を覚悟したウラベが目を開け、見た光景とは?

 

「な…馬鹿な!?この魔方陣は…9芒星!!?」

 

それは邪悪なる悪魔を打ち払うイエス・キリストの印であり、弟子達に教えた153の魚の数字。

 

光を司る数字で描かれし魔法陣によって、悪魔たちの力を消し去った存在とは?

 

「…丁度いい連中を見つけました。彼女達の調整実験にピッタリのサマナー達です」

 

学者のような姿をし、白く美しい長髪をした糸目女性。

 

その右手にはヘルメスの杖を持ち、伸ばしたサイドヘアーも編み込まれたヘルメスヘアー。

 

左手中指にあった筈のソウルジェムを悪魔に奪われし、不老不死者。

 

「お前は…まさか…」

 

後ろを振り向き、左手で眼鏡のフレームブリッジを押し上げ、微笑む口が開く。

 

「この獲物たち…私に譲ってもらいますよ?」

 

「一瞬で現れたのか…まさか、転送魔法!?」

 

「悪魔の力を封印するこれ程の防御魔法陣を構築出来る術者など…世界でも数えるほどだ!!」

 

「あのヘルメスの杖…それにこの魔力は、魔法少女!?」

 

驚愕するダークサマナーに対し、振り向いた彼女が優雅にカーテシー礼を行った後、細目が開く。

 

――初めまして、皆さん。

 

――私の名は…ペレネル・フラメルと申します。

 




読んで頂き、有難うございます。


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104話 ジャンヌ・ダルク

デビルサマナー同士の戦いに突然現れた来訪者とは…魔法少女。

 

そして彼女は歴史に名を刻んだ伝説の錬金術師。

 

その実力を目の前で見せつけられ、ダークサマナー達も動揺を隠せない。

 

「ペレネル・フラメル…お前があの…?」

 

「中世時代から生き続ける、伝説の錬金術師であり…魔法少女…」

 

「実在していたとはな…」

 

「魔法少女…そう呼ばれる年齢では、もうないんですけどね…フフ」

 

不敵な笑みを見せつける伝説の魔法少女。

 

しかし細目に油断はなく、フィネガンに召喚された悪魔に向けられている。

 

「ケルヌンノス…これ程の悪魔を召喚出来るサマナーですか」

 

「私の悪魔を知っているか。錬金術だけでなく、悪魔にも精通しておられるようだ」

 

「私独りでは…流石に分が悪い」

 

「おい、アンタ!強がってないで、俺も協力させろよ!」

 

ペレネルの背後には、立ち上がっていくウラベの姿。

 

右手には懐から取り出した封魔管が握られ、傷ついたリャナンシーを回収していた。

 

「結構です。それでは彼女たちの調整データが収集できません」

 

「彼女たち…?誰かは知らないが、相手はフィネガンにユダだぞ!!」

 

「黄金の暁会所属のサマナーの中でも、実力者達だと聞いています。だからこそです」

 

「フッ…私たちも舐められたものだな」

 

フィネガンはメリケンサックを嵌め直す。

 

頭上に佇む、巨大な悪魔ケルヌンノス。

 

彼の視線は来訪者…の地面に向けられていた。

 

闇夜に浮かぶ彼女の影は、人の影ではない。

 

<汝の姿を見るのも…久しいな>

 

<フッ…魔界であった時以来か>

 

<その者が…お前が気に入ったという?>

 

<そうだ。私の玩具だ>

 

<では…>

 

<この者に死は存在しない。思う存分痛めつけてやれ>

 

<…よかろう>

 

悪魔同士の念話も終わり、ケルヌンノスが動く。

 

「人の子如きが、神である我に抗うつもりか?」

 

「冥界神であろうとも、人の力を侮らない事ですね」

 

「それがキサマの判断か?…笑止!」

 

「私とケルヌンノスを相手にして、傷ついたウラベと2人だけで何処までやれるかな?」

 

「2人だけ?フフ…違うわね」

 

――()()()()()

 

「何っ!?」

 

刹那、闇夜に浮かぶ地面の影が爆ぜた。

 

「こ、これは!?」

 

ユダの足元の影から現れたのは無数の拘束具。

 

「うおおおっ!!?」

 

「な、なんだコリャーッ!?」

 

まるで影で編み込まれた道具の数々。

 

次々と鎖のように絡みつき、ユダを拘束。

 

頭上に浮かんでいたマルトは地面に引きずり倒された。

 

「影を操る魔法だと…?」

 

フィネガンは跳躍し、ケルヌンノスが乗った巨大鹿の頭蓋骨に飛び移る。

 

迫りくる影の拘束具に対し、悪魔の風魔法を用いて全て切断していった。

 

「こ、こいつは一体……な、なんだ!?」

 

突然ウラベが自分の影に飲み込まれる。

 

「その人を遠くに逃して上げなさい」

 

ペレネルはヘルメスの杖を振りかざす。

 

彼女の横に転送魔法陣が生み出され、夜の闇を眩い光が切り裂いていく。

 

その光景をサングラス越しに見つめるフィネガンが目にした存在とは…。

 

「ば…馬鹿な…あの姿は!!?」

 

聞こえてくるのは、甲冑の靴音。

 

纏うは漆黒の鎧。

 

風に靡くのは、彼女が救った国の国旗。

 

それにセミロングヘアの金髪と、伸びた跳ね毛。

 

右手には、かつて百年戦争時代に振るわれた彼女の剣。

 

背丈はさほど大きくはない、少女の姿をした黒騎士。

 

「フランスの英雄…いや、違う!その病的な白い肌…まさか!?」

 

「…やれるわね、タルト?」

 

ペレネルが所有していた絵画の中には、救国の英雄を描いた肖像画が飾られていた。

 

だが…現れた少女は、肖像画の面影は残すものの…。

 

明らかに、()()姿()()()()()()

 

「…はい、マスター」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【ジャンヌ・ダルク】

 

15世紀前半に活躍したフランスの国民的英雄。

 

オルレアンの乙女とも呼ばれし魔法少女。

 

百年戦争の際にオルレアン解放に貢献し、シャルル七世をランスで戴冠させた。

 

フランスの勝利に寄与したとされる、歴史に名を残した人物。

 

後にコンピエーニュの戦いで捕虜となり、同じキリスト教徒による宗教裁判を受ける。

 

彼女は魔女と断罪され、ルーアンで火あぶりの刑となり命を落とした。

 

タルトとは、文盲な彼女が書いた書き間違いの名前。

 

それでも彼女は周りからはタルトと呼ばれ、慕われ続けた英雄である。

 

「魔法少女などではないな貴様…。病的な白い肌…そして赤い瞳…」

 

「……………」

 

「貴様の正体は…」

 

「…いきます」

 

大地が爆ぜる跳躍。

 

「面白い!!」

 

迎え撃つは冥府の神。

 

タルトと呼ばれた少女の斬撃に対し、悪魔は頭突きで刃を止める。

 

「くっ!!」

 

フィネガンは鍔迫り合いの衝撃波を浴び、地上に叩きつけられた。

 

「汝…魔法少女ではない。虚ろな瞳…そして虚心…」

 

「……………」

 

「汝は…()()()()()()だな?」

 

「……………!」

 

刃が弾かれ、首を振る牛角の殴打が迫りくる。

 

ガードごと弾かれ、建物の壁を突き破りながら飛ばされていく。

 

だが…。

 

「…大した防御だな」

 

瓦礫を押し退け、歩んでくる黒い少女騎士。

 

驚異的な物理耐性によって為せるのか、彼女の傷は軽微。

 

敵を認めたのか、あぐら姿勢から立ち上がる悪魔の姿。

 

浮遊する頭蓋から飛び降り、地上で真紅の巨体を晒す。

 

全長は10メートルを超え、少女騎士など踏み潰せる程の巨体。

 

タルトは正眼に剣を構え、迎え撃つ姿勢。

 

「ゆくぞぉ!!」

 

大地を踏みしめる巨体。

 

一足飛びで叩きつける拳を避け、足首を狙う。

 

剣からは迸る魔力。

 

「チッ!」

 

悪魔の『暴れまくり』を次々と跳躍を繰り返しながら避け、足を狙い続ける斬撃。

 

倒れ込めば渾身の一撃が首を跳ねるだろう。

 

「何という性能だ…。やはり貴女は、黄金の暁会に来るべき人であった」

 

「…イルミナティの魔術結社も研究しているようね?」

 

――造魔を。

 

【造魔】

 

人工的に創られた悪魔。

 

ドリーカドモンと呼ばれる造魔の素を使い、悪魔合体を用いて生み出される存在。

 

モチーフはユダヤのゴーレムや、フランケンシュタイン博士の人造人間等に由来している。

 

合体条件次第では『英雄や猛将』といった、特殊な仲魔の依り代にもなると言われた。

 

性格は虚心であり、感情を持たない部分はゴーレムと酷似している。

 

神の摂理に逆らい、生み出された人造的な存在。

 

だからこそ、人の意思を大きく反映させたものに育ち得る可能性を秘めていた。

 

「こんな事ならば、対造魔用の焼却弾を持ち込むべきだったな」

 

「怖い連中ね。そこまで造魔研究が進んでいたなんて」

 

「だが、頼りの造魔が隣にいない今の貴女ならば…」

 

「そうかしら?」

 

街灯の影から突然飛来して現れた影の矢。

 

「ぬぅっ!?」

 

咄嗟のダッキング回避。

 

狙撃してきた位置に視線を向ける。

 

そこに立つ、黒い外套を纏う少女の姿とは…。

 

「…ユダを拘束し、ウラベを逃した造魔は…貴様か」

 

黒い長髪、黒いミニスカートの魔法少女衣装には4本のダガーらしき武器。

 

特徴的なのは、黒い外套に描かれた紋章。

 

「その紋章…サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のフレスコ画で見たな」

 

「…マスター、指示を」

 

「リズ、障害を排除なさい」

 

Ricevuto.(了解)

 

腰の2本ダガーを抜き、構える。

 

フィネガンは両拳をボクシングスタイルで構え、リズと呼ばれた造魔に踏み込む。

 

強大な悪魔とフランスの英雄との戦い。

 

ダークサマナーと影の造魔との戦い。

 

それを見守る事しか出来ないユダは考える。

 

(ウラベを取り逃がし、我々は標的は失った。それでいて、このイレギュラーか…)

 

召喚したマルトは既に封魔管のサックス内部へと逃れている。

 

力を振り絞り、腰のポケットから五芒星が描かれたオカリナを取り出す。

 

右手で口に近づけ、オカリナに息を吹き込んだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

異界結界世界を暴れまわり、建物を次々と倒壊させていく激しい戦い。

 

「ネズミのように逃げ回りながら戦うのが、フランスの英雄か?」

 

悪魔の挑発。

 

「……………」

 

虚心である造魔には効果を成さない。

 

下半身部位を傷つけはしたが、切断するに到らず。

 

堅牢な悪魔を相手に使える手札は限られていた。

 

「我はケルトの獣神にして冥府の神。イングランドの地にて、我は汝を知った」

 

「……………?」

 

「汝はかつて、魔法少女と呼ばれた存在として…生きていたそうだな?」

 

「…マスターからは、そう聞いています」

 

「汝はイングランドの魔法少女と戦い、激戦の果てに打ち倒した救国の魔法少女だ」

 

「…それが、私の素となった…タルトと呼ばれた存在の歴史…」

 

「あの錬金術師…どうやらその魔法少女の細胞を保管していたようだな」

 

「私は…ジャンヌ・ダルクの依代となった造魔です。彼女の姿をしていても、記憶はありません」

 

「フフ…我に縋り付き、ドルイドの生贄儀式を繰り返した愉快な魔法少女の事を語りたかったが」

 

「その者は…?」

 

()()()とかいったな。お前に母親を滅ぼされ、生涯呪いを叫び続けた魔法少女であったぞ」

 

「……覚えていません」

 

「クックッ…あの猫女も浮かばれないな」

 

「私の知らない過去に興味はないです。そして、私はジャンヌ・ダルクと呼ばれても…」

 

「所詮はマガイモノか」

 

「……………」

 

「贋作にしては楽しめた。褒美をつかわそう」

 

浮遊して現れた鹿の頭蓋骨の上に飛び移る。

 

鹿の二本角を両手で握り、全身から魔力を放出していく。

 

「ミヌゥは母の復活と、汝の永遠の苦しみを叫び続けた。その願い、1つだけ叶えよう」

 

放たれようとする悪魔の一撃。

 

それは強大なる物理破壊魔法である『デスバウンド』

 

全力で放とうものなら、神浜市規模の異界結界世界が消し飛んでしまう。

 

「…私はタルトであり、ジャンヌ・ダルク。マスターから与えられた名前であり…存在意義」

 

胸の前で剣を両手で握りしめる姿。

 

「かつてタルトが振るっていたクロヴィスの剣。これもまた、私に与えられた存在意義」

 

全身から魔力が噴き上がり、辺りが眩い光に包まれる。

 

漆黒の騎士が放つ光と、悪魔が放つ禍々しい光がぶつかり合う。

 

「なら、私は役割を果たします。それが…この世界に生まれた私の理由であるのなら」

 

光り輝く剣の姿が変わっていく。

 

それはまるで、旗槍の如き姿。

 

振るえば、旗が槍に巻き付く形で螺旋を描く。

 

――A vaillans Drapeau riens impossible.(果敢なる旗にとって不可能なものなし)

 

悪魔は眼前の光を見つめ、恐れもせずに苦笑した。

 

「お前の光は、かつてフランスに光をもたらした力ではないな」

 

「……………」

 

「お前の放つ光は、悪魔の光。消滅をもたらすメギドの光を用いた…()()()といったところか」

 

虚心である筈なのに、彼女の表情が一瞬歪んだ。

 

(私は…やはり…)

 

「だが、メギドを扱える者ならば…容赦はいらん!」

 

今放たれるのは、互いに極限の一撃となろう。

 

だが…。

 

「そこまでです、ケルヌンノス様」

 

空から舞い降りてきた悪魔に視線を向ける2人。

 

現れたのは緑の肌と長髪を持ち、赤いドレスを纏う淑女。

 

「ユダと呼ばれる男の持ち駒か。邪魔立ては許さんぞ、シルキー」

 

【シルキー】

 

イギリス北部に伝わる女妖精。

 

妖精と幽霊の中間的性質を持ち、人間で死後シルキーとなった者の伝承も語られる存在。

 

特定の家に棲み付き掃除や食事の支度等の家事を手伝ってくれる妖精として知られる。

 

大きな館に少人数で暮らしているような家庭には非常にありがたい妖精。

 

家の中を動き回る際に絹のドレスの衣擦れの音が聞こえる為にシルキーと呼ばれた。

 

「此度は目的を失い、戦を継続させる理由はありません。フィネガン様達も撤退されました」

 

「フン、勝負事に拘るあの男にしては臆病風に吹かれたものだな」

 

「貴女も武器を納めなさい。いくらメギドの力を用いても、相手が相手です」

 

「……………」

 

「まぁいい、我を召喚する者が身を引いたのだ。ここは楽しみを先に預けよう」

 

互いに放出した魔力を納めていく。

 

「ジャンヌ・ダルクよ。汝はこの世界に生み出され…何を望む?」

 

「私の望み…?」

 

「汝は造魔だ。主人を満たす為にのみ存在するゴーレムだが…人と同じように生きている」

 

「私は…人のように生きている?」

 

「生きているのならば、望みを持つべきだ」

 

「望みを持つとは…一体?」

 

「それは、他人から与えられるモノではない」

 

――汝自身が己に見出す、生きる理由だ。

 

「私自身が…自分に見出す…生きる理由?」

 

「己の為に生きてこその悪魔だ。忘れるなよ」

 

消失するかのように消え去っていくケルヌンノスの姿。

 

シルキーも空中で一礼をし、同じく消え去っていった。

 

「私は…マスターが生み出した造魔。でも、私は…私…は…」

 

虚心である筈なのに、心がざわつく感触に戸惑う表情。

 

「言語化プログラムも正常のようね。自然な日本語を喋れているわ」

 

主の声に振り向くと、ペレネルとリズの姿が近づいてくる。

 

リズは病的な色白い肌の所々に殴られた痣が見えた。

 

「申し訳ありません、マスター。標的を取り逃しました」

 

「構いません。あの冥界神を相手に戦えただけでも、十分貴女の調整は合格点だと思うわ」

 

「タルト、肌に傷が見えるわ」

 

近づいてきたリズがハンカチを取り出し、タルトの顔を拭く。

 

「リズ…貴女の方が傷が多いです」

 

「構わない。私の素となったホークウッドは傭兵一族出身。傷は傭兵の勲章よ」

 

「でも…貴女だって、女の子の造魔ですよ」

 

「私には感情がない。だから女の心もないから気にしていない」

 

頑ななリズに戸惑うタルトは主に視線を向ける。

 

2人を見守りながら頷く主人も己の目的を果たせたようだ。

 

「私も目的を果たせたことだし、今夜は帰りましょうか」

 

「あの中年男は南凪区の海沿いに置いてきたわ」

 

「それでいいわ。あの男も逃げおおせるでしょう」

 

「マスター…私は…」

 

「…言いたい事があるなら屋敷に帰ってから聞くわね」

 

転送魔法陣を開き、3人の姿は消えていく。

 

それと同時に異界結界も消失し、元の神浜の光景が蘇っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

……………。

 

………………。

 

ルーアンのヴィエ・マルシェ広場には、大勢の民衆達の姿。

 

大勢の人間達が口々に叫ぶ光景が見える。

 

「この男装の魔女め!!お前は聖女なんかじゃない!!」

 

罵倒されながらも進むしかない、拘束された人物。

 

「よくも夫を殺したわね!!」

 

美しい髪は斬り裂かれ、男と見紛うような姿にされた少女。

 

「お父さんは出稼ぎで傭兵さんをしていただけなのに!!」

 

怒号が渦巻く中、少女は火刑にされようとしている。

 

「呪われろ!!この人殺し!!!」

 

そこには、フランスの英雄としてもてはやされた姿など何処にもない。

 

「返してくれぇ…戦場でお前が殺したあたしの息子を…返してくれぇ!!」

 

人殺しと罵倒されるべき…加害者に過ぎなかった。

 

「早く!!急がなきゃ!!!」

 

人混みを掻き分けて走ってくる2人の少女の姿。

 

左手にはソウルジェム指輪がある魔法少女仲間達だ。

 

1431年5月30日。

 

歴史に残る、ジャンヌ・ダルクが火刑された日。

 

「あの広場ですわね!!」

 

仲間達が広場の中央で見た光景。

 

沢山の薪の上に備えられた高い柱に縛りつけられたジャンヌの姿。

 

イングランド兵達が処刑場を取り囲み、手を出す事は許されない。

 

「もう火がッ!!!」

 

2人の前で燃え上がっていく火刑の薪。

 

ジャンヌ・ダルクは修道士に頼み込み、小さな十字架を掲げて貰いながら祈る姿。

 

「ゴホッ!!ゴホッ!!」

 

火刑の苦しみとは、火傷よりも呼吸困難が辛い。

 

燃え上がる炎を吸い込めば呼吸器系が焼かれてしまい息も出来ない。

 

彼女は魔法少女ならば、この程度の拘束など突破出来るはず。

 

だが、彼女はそれを行わずに滅びる道を選んだ。

 

「タルト!タルトーッ!!!」

 

泣き叫ぶ仲間の声が聞こえたのか、視線を大衆の中に向けた。

 

「ゴホッ!…いいんです…」

 

「タルト…?」

 

「私は…このままでは、どんな災厄をこの世界にもたらすか…分かりません」

 

彼女はミヌゥの母親を倒した。

 

その時に彼女は魔法少女を超えた英雄となった。

 

弊害もあった。

 

魔法少女の仕組みが通用しなくなり、グリーフシードを使っても魔力回復出来ない。

 

完全なるイレギュラー存在。

 

彼女は新たなる災厄となりかねない。

 

「せめて人として…魔法少女として終わらせるには…これしかないんです」

 

「タルト…貴女という人は…」

 

大衆の中には、ペレネルとキューブと呼ばれしキュウべぇの姿も見える。

 

「自らを犠牲にしても、己の内包する魔女の可能性を消し去る…」

 

「理解に苦しむよ。彼女にとっては最悪の結末だろうに」

 

「それでも貴方は、タルトの決意を止めようとはしなかった」

 

「……………」

 

「彼女が魔女になる。その方が好都合であったにも関わらずね」

 

「深い意味はないよ、タルトは今までよくやってくれた。だから彼女の望みに従ったのさ」

 

「…どういう風の吹き回しかしら?」

 

「君達で言えば、感謝のお礼とでもいうのかい?」

 

「…それを、祈りというのよ」

 

――感謝すべきもの。

 

――愛すべきもの。

 

――畏怖すべきもの。

 

「尊い様々なものに対して抱く思いよ」

 

「少し足りないんじゃないかな?」

 

「えっ?」

 

「君には聞こえないのかい?人間たちの怒りと悲しみの声が?」

 

「……………」

 

「ここはルーアン、イングランド占領の地。百年戦争は傭兵戦争ともいえる代物だったね」

 

「…確かに、この地からも多くの出稼ぎ傭兵が生まれた事でしょう」

 

「それだけじゃない、彼女は魔法少女でありながらも…()()()()()()()()()()

 

「……………」

 

「一体彼女は…どれだけの人間に悲しみと絶望を撒き散らしたんだい?」

 

「戦争だから仕方がありません」

 

「それだけで済ませられる程、人間の心は冷たく無関心なものなのかい?」

 

「そ、それは…」

 

「感謝すべき者、愛すべき者達が戦争で奪われたのならば…生まれる感情があるだろう?」

 

――怒り。

 

――悲しみ。

 

――慟哭。

 

――絶望。

 

「………………」

 

「それを生み出した存在もまた、タルトなんだ。その現実から目を背けるべきじゃない」

 

「フランスの英雄と呼ばれても…イングランド側からしたら、ただの魔女…」

 

「多くの人間達の命を奪い、帰りを待つ家族や子供達に絶望を撒き散らした魔女の如き存在だ」

 

「フランスに希望の光を与えても…イングランドには絶望の闇を撒き散らす…」

 

「実に魔法少女の在り方だったよ。フランスの英雄として生きたタルトの生き様はね」

 

「私は…彼女を戦乱の渦に持ち込んで、人々に害を成す加害者に育ててしまった…?」

 

「その一翼を担った事は確かだ。そしてリズの願いもまた、()()()()()()()()()

 

「……………」

 

「リズの願いもまた、大勢に絶望を撒き散らすフランスの英雄を生み出す一翼を担ったんだ」

 

「私達の…せい?この光景は…私とリズが…生み出した…?」

 

「彼女は自分で選択し、魔法少女となった。でもね、その因果を与えたのはリズの願いであり…」

 

「私の助力もまた…救国の英雄を生み出すと同時に、魔女として焼かれる結果を…与えた?」

 

「原因があるから結果が起こる。因果の法則とは、一人一人の行動によって積み重ねられていく」

 

眼の前で焚かれる業火の音が響き続ける。

 

時期に少女の命も終わるだろう。

 

「私とリズは…罪人なのね。タルトと呼ばれた少女に…こんな結末を与えてしまった…」

 

「罪人ならば、神にでも許しを祈ってみるかい?」

 

「私も…祈りましょう。聖女の…乙女の伝説の最後に……そして」

 

――私とリズが犯した罪への…許しを…。

 

酸欠で意識を失いながらも、ジャンヌ・ダルクは最後の言葉を告げる。

 

――すべてのことに。

 

――メルシー・ヴレモン。

 

……………。

 

今から約600年後に現れる人修羅は、こんな言葉を残す。

 

――守りたい人がいれば、守れない人が生まれてしまう。

 

――守りたい人達の為に、守れない人々を殺す道。

 

――そして俺もまた…加害者だ。

 

炎を運ぶ者もまた、神罰代理人の如き魔法少女によって…。

 

断罪の業火で焼かれる事となった。

 

ジャンヌ・ダルクのように…。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……懐かしい、夢を見たわ」

 

薄暗い研究室の机で目を覚ますペレネルの姿。

 

培養液で満たされた巨大カプセルが機械と繋がった形で室内を照らす光景。

 

カプセル内には、少女の姿が見える。

 

「マスター、目が覚めたかしら?」

 

隣を見れば、リズの姿。

 

眠気覚ましのコーヒーを机に置き、培養液に向き直る。

 

「タルトの調整も、後少しで終わりそうね」

 

「…ええ。先に貴女を調整しておいて良かったわ」

 

「どういう意味かしら?」

 

「私は…貴女達2人を造魔として蘇らせた。ドリーカドモンを手に入れてね」

 

「私の素となったリズ・ホークウッドと、ジャンヌ・ダルクの髪の毛も入手していたんでしょ?」

 

「そうよ…研究者としての悪い癖ね。興味深い存在を目にしたら、研究したくて堪らなくなる」

 

「知りたいと思う気持ちは、時に理不尽となる」

 

「その通り…それが背負うべき私の業であり…」

 

「私の素となったリズ・ホークウッドが背負うべき…業でもある」

 

席を立ち上がり、培養液に2人は近づいていく。

 

「私はね、リズ。タルトに…もう一度人間としての人生を与えたかったの」

 

「タルトに…人間としての人生を与える?」

 

「タルトはただの村娘。戦乱とは程遠い平和な村で、家族と共に幸福な人生を生きるべきだった」

 

「彼女の元に私が現れたのよね?そして、私の隣には契約の天使の姿もあった…」

 

「ええ…。リズとタルトが出会う事によって、タルトの因果は急速に練り上げられていったわ」

 

「私が…この子を魔法少女にしてしまった罪。それを清算する事こそが…私の存在意義」

 

「貴女は本物のリズではない。当時の記憶さえもたないけれど…私達は償わなければならない」

 

「気にしないで、マスター。私の素となった存在の罪を清算する使命…必ず果たすわ」

 

「問題は…貴女達が造魔だという点ね」

 

「私たち造魔は虚心…。感情を持たないタルトに、人の心を取り戻せるかしら?」

 

「人造生命であろうとも、貴女達は人として生きている。可能性はあるわ」

 

「アメリカでの生活では得られなかった感情…この国で手に入れられるかしら?」

 

「難しい道のりかもしれない。そして、貴女達を巻き込む形になってしまった事を詫びるわ」

 

「魔導の奥義を極める…それがマスターの存在意義としての原点ね」

 

「私の我儘に過ぎない道だけど…譲れないの。これが私の始まりであり…呪いだから」

 

「ごめんなさい…マスター。私とタルトに、貴女に取り憑いた悪魔を倒す力さえあれば…」

 

「いいのよ、リズ。この罪は貴女が背負うべきではない…悪魔に取り憑かれたのは私の責任よ」

 

「私の力とタルトの力は、マスターの為にある。この力、存分に発揮してみせる」

 

「頼りにしてるわね…」

 

2人の会話が聞こえていたのか、培養液内のタルトの瞼が動き始める。

 

それと同時に大きな音が響いてきた。

 

お腹が減る音だ。

 

「……こういう部分は、造魔でも人間らしいわね」

 

「フフ、造魔の素となった悪魔とホムンクルスも…人間と変わらない部分も多いわ」

 

「上のメイド長に何か作らせてくるから、マスターもタルトを起こしてあげて」

 

「ドリーカドモンは二つしか入手出来なかった。本当ならエリザとメリッサも作りたかったわね」

 

「彼女達にまで罪を背負わせる必要はないわ。タルトを苦しめた罪は私とマスターだけが背負う」

 

踵を返し、地下研究所を後にするリズの姿。

 

培養液に照らされたペレネルの人影。

 

頭部の部位から浮かび上がるのは、悪魔の瞳。

 

「時期に人修羅はこの街に現れる」

 

「分かるのかしら?」

 

「勝算はあるかね?彼の悪魔の実力は、お前の造魔を上回るぞ?」

 

「話して分かってくれる人物なら良いけれど…望みは薄そうね」

 

「ならば、戦ってでもマガタマを奪うしかあるまい」

 

「人修羅を知っているなら、その悪魔の弱点に心当たりはないかしら?」

 

「フフ、知っているぞ。あの男には弱点があるのだ」

 

「…聞かせてもらえるかしら?」

 

「いいだろう」

 

細目が開き、眠り姫のようなタルトを見つめる。

 

「……また、私は繰り返すのかしら?」

 

――この子を、もう一度戦乱の渦に巻き込んでしまう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ウラベ様!お気を確かに!」

 

「ぐっ…うぅ…あ?リャナンシー…か?」

 

ウラベは目を覚まし、辺りを見回す。

 

「急に影に飲み込まれたかと思えば…元の街に戻ってこれたのか?」

 

「そのようですわ。どうやら海沿いの倉庫街のようですわね」

 

「あの影に飲み込まれた瞬間、感じた気配は…悪魔だったな」

 

「私には何処か…魔法少女のようにも見えましたわね」

 

「フィネガンとユダは、あのペレネルとかいう錬金術師が倒しちまったのか?」

 

「存じません。ウラベ様を狙う目的を失敗し、撤退した可能性もありますわ」

 

「そうであって欲しいもんだ。あの2人の実力を舐めちゃいけねーよ」

 

「でも、本当に幸運でしたわ。あの者達が現れなければ私たちは…」

 

「やれやれ、ベスとプッツは美味しいところを持っていかれちまったな」

 

懐に締まってある二つの封魔管が振動している。

 

「おいおい、怒ることないだろ?」

 

怒っているのではない。

 

警告しているのだ。

 

ウラベ達の後ろに積まれたコンテナの上にいる人物に対して。

 

「お前らだって、俺の大切な仲魔…」

 

次の瞬間…。

 

「ガッ…あっ……あ?」

 

響き渡ったのは…銃声。

 

腹から広がっていくのは己の血。

 

<<まったく、男共はどうしてこんなに詰めが甘いのかしら?>>

 

後ろを振り向けば、月夜に照らされた女性の人影。

 

アメリカの西部開拓時代を彷彿とさせるドレスを身に纏う姿。

 

手には独特な文様が見えるライフル傘が握られ、銃口らしき部位からは硝煙が立ち昇る。

 

「ウラベ様ーーッッ!!?」

 

リャナンシーは肩を貸してウラベを支え、眼前の敵を睨む。

 

「ぐっ……マヨーネか。お前まで来るとはな…」

 

「勝負事と生活の事しか頭にないフィネガンとユダだけでは、些か心配でしたからね」

 

「ウラベ様…ここは私が!!」

 

「リャナンシー…お前もまだ傷が完治してないだろ…」

 

「それでも…人間よりはまだ動けますわ!」

 

ウラベを抱えたまま立ち向かう姿勢を見せる。

 

「ウフフ、その傷で私を相手にしようだなんて…随分と舐められたものですね」

 

ネームバンドで留めたライフル傘を開く。

 

開いた生地に描かれしは大ペンタクル。

 

それだけではない。

 

傘の生地を広げる骨組みに見えるのは、複数の封魔管。

 

「華々しく爆殺してあげてもいいですが…海底に捨ててあげるのもいいですわね」

 

両手で雨を払うかのように傘を回転させる。

 

一本の封魔管が開き、払われた雨粒のように感情エネルギーを放出。

 

召喚されし悪魔とは…?

 

「久しぶりに外に出られたわ~。どう?上手くサマナーやれてるの?」

 

「問題ないわ。それに、美しい私の顔を貴女の鏡で見たくなったから」

 

【紫鏡】

 

1990年代に小学生や若い女子学生を中心に広がった都市伝説・怪談があった。

 

20歳になるまでに『ムラサキカガミ』という言葉を覚えていると死んでしまうという内容。

 

または何らかの不幸に陥るという内容を伴った都市伝説が具現化した悪魔。

 

ある少女がふざけて手鏡を紫色に塗りつぶした所、急死した事に発祥する呪い。

 

元々鏡には魔力や魔性を見出す発想は古くからあったようだ。

 

「さぁ、紫鏡。貴女の呪いを見せて頂戴」

 

「アラやだ…まあまあ…ええのホンマに?」

 

「狙うのは、あの女悪魔よ」

 

「それじゃ…()()()()()()といこうかねぇ!」

 

紫鏡の鏡面に浮かび上がるのは、恐ろしい表情をして笑う女の顔。

 

それと同時に…。

 

「ぐっ!!」

 

リャナンシーの周りに浮かぶのは、呪術文様。

 

古代仏教や修験道で見られる呪殺儀式。

 

「申し訳…ありません…ウラベ…さ…ま…」

 

召喚されたリャナンシーの姿が呪いに取り憑かれ、即死。

 

残されたのはウラベ独り。

 

「く…そ……」

 

腹からは大量の出血。

 

後ずさる後ろには波止場の海。

 

懐から封魔管を取り出そうとする腕がライフル傘で撃ち抜かれる。

 

「悪あがきは終わりかしら、ウラベ?」

 

「…ふん。俺を殺すつもりだろうが…俺はしぶといぜ」

 

「貴方みたいな虫ケラが動いたところで、組織に何の影響もありませんわ」

 

「覚えていろ…俺は必ず…一矢報いてやる!」

 

「全く、貴方には失望したわ。せいぜいあの世で家族に再会しなさい」

 

銃の引き金が引かれる。

 

右胸を撃ち抜かれたウラベ。

 

彼の体勢が崩れ、波止場から海に向けて転落していく。

 

「おさらばね、ウラベ」

 

海に叩きつけられ、沈んでいく。

 

(俺の命も…ここまでか…)

 

薄れゆく意識の中、思い出されるのは家族の笑顔。

 

(無様な話だ…家族の死に…我を失っていたのか…)

 

生きることなどどうでもよいと投げやりになった。

 

その体たらくが、今の末路。

 

(今…は…生きたい…と……)

 

沈みゆくダークサマナーの最後は、家族への思いに抱かれながら海に沈む光景。

 

まるで重りをくくりつけられ、海に投げ捨てられるかのように。

 

「さて、私の仕事も終わったことだし…元の任務に帰らせてもらうわ」

 

「総理大臣さんの護衛だなんて、マヨーネちゃんも出世したわね~」

 

「あら?私は元から家柄がいい淑女よ。出世街道を進むのは当然ね」

 

「それより、管ん中ずいぶん汚れとるやないの?おばちゃん掃除しとくわね」

 

「ハァ…このおばちゃん口調さえなければねぇ」

 

踵を返し、倉庫街から消え去っていくマヨーネの姿。

 

辺りは何事もなかったかのように、夜の静寂だけが支配した。

 

……………。

 

その光景を見つめていたのは夜。

 

夜を神格化した存在が、この世界には存在する。

 

その者は今、神浜の街にいた。

 

ホテル業魔殿最上階フロア。

 

会員制のBARクレティシャスの窓際に佇むのは、ニュクス。

 

「…夜の静けさを、乱さないで貰いたいわね」

 

夜の神である彼女の視線は、ウラベが落ちた海辺に向けられていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

月日も流れていき、現在は9月。

 

丁度尚紀がクレティシャスに訪れた時期。

 

「ご馳走になったな、銀子。俺も神浜市暮らしだし…また寄らせて貰うよ」

 

「待っているわ、探偵さん。ここのメンバーカードを渡しておくわね」

 

ヴィクトルとニコラスはまだ飲み続けているが、先に帰宅する事にしたようだ。

 

VIPルームから出てきた彼に、声をかけてきた人物。

 

「おい、あんたがもしかして…嘉嶋尚紀か?」

 

「…あんたは誰なんだ、オッサン?」

 

「俺の名は卜部広一朗(うらべこういちろう)。ここでマダム銀子の護衛を努めている者だ」

 

「ウラベ…?銀子のボディーガードってわけか」

 

「ああ…彼女は俺の命の恩人だ。あの人がいなかったら俺は…魚の餌になってたさ」

 

「そうか…。それより、あんたから感じるこの気配は…」

 

「俺は悪魔召喚師だ。お前と同じ悪魔を使役する」

 

「デビルサマナーが…悪魔の俺に何の用事だ?俺を使い魔にでもしたいわけかよ?」

 

「お前の事はマダムから聞いている」

 

「…ほう?」

 

「お前が…イルミナティに付け狙われているって事をな」

 

「イルミナティに…何か恨みでもあるのか?」

 

「元々俺はフリーメイソン内部の黄金の暁会に所属していたが…ついていけなくなった身だ」

 

「…ダークサマナーってやつか」

 

「俺は組織から逃げ出したが…報復として、家族を殺された」

 

「復讐がしたいか?」

 

「…チャンスがあるならな」

 

「なら、俺の周りを嗅ぎ回っていたらいい。俺も連中からは逃げられない身の上さ」

 

「そうさせて貰う。お前の存在は、まがりなりにもイルミナティの啓蒙神扱いだからな」

 

「フン、いい迷惑だぜ」

 

「あんたの事を色々教えてくれないか?奢らせてくれ」

 

「さっきも飲んでいたんだが…まぁいい、カウンター席に移るか」

 

ダークサマナーとの出会いを果たした尚紀。

 

そしてジャンヌ・ダルクもまた神浜の街に潜んでいる。

 

人々の為に戦い、大勢の人間を殺してきた2人のヒーロー。

 

しかし尚紀もタルトも同じ人殺しであり、加害者に過ぎない罪を背負う者。

 

罪人として焼かれるべき存在達の会合の日も、近い。

 




読んで頂き、有難うございます。


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105話 人間の感情

人間には失感情症(アレキサイミア)という性格特性がある。

 

自分の感情(情動)への気づきや、その感情の言語化の障害や内省の乏しさが例に上がる。

 

感情が失われた病気をイメージしてしまいそうだが、そうではない。

 

自分の感情を認知したり、言葉で表現したりすることに対して障がいを抱えていることを表す。

 

感情が変化したことに気づかなかったり、今の感情を聞かれても答えられなかったりする。

 

何か感情の変化が起こる出来事が起きても、認識する事が出来ない阻害。

 

これは決して、『感情の変化を失った状態ではない』と言われていた。

 

……………。

 

季節は7月。

 

「えっ?タルトを外に連れ出したい?」

 

リズから突然の提案。

 

眼鏡のフレームを押し上げ、怪訝な表情を作るペレネル。

 

「新しい国に訪れて環境が変化したわ。気持ちを外に向けるチャンスだと思うの」

 

「そういえば、貴女はタルトの虚心を治療する為に、臨床心理学を勉強してたわね」

 

「私だって虚心だけれど、感情をどうやって得るのかを知識として知る必要があったわ」

 

「タルトに人間としての人生を取り戻させる。それが貴女と私の贖罪…反対はないです」

 

「この国は四季が美しいと聞いたことがあるの。心は殻に閉じこもっていては…開けないわ」

 

「そうね…分かったわ。休暇という形で、暫く貴女達の自由行動を認めます」

 

「本当に良いの?人修羅と呼ばれる悪魔は既に、この神浜の地に現れているのは知ってるはずよ」

 

「あの悪魔とは…戦う事になるわ。だからこそ、私は私なりの準備をする期間が必要です」

 

「私たちは遊んでいて大丈夫なの?」

 

「ええ、貴女達の実力は疑わない。あとは戦略次第よ」

 

「とは言うものの…」

 

「何か不都合でも?」

 

「虚心の私では…どんな場所に連れていけば、心を外側に向けられるのかが検討つかないの」

 

「なるほどね。まぁ…そこは人間の定番で行くしかないわね」

 

「人間の定番?」

 

「観光よ♪この街の住民と触れ合って来なさい。人は違う環境こそ得難い喜びを得られるのよ」

 

「観光ねぇ。19世紀の大英帝国の旅行家、探検家でもあったマスターが言うなら間違いないわ」

 

ペレネルの書斎から出て、屋敷内のタルトの部屋に向かう。

 

「入るわよ」

 

ノックの後に扉を開ける。

 

そこでリズが見た光景とは。

 

「……………」

 

「……タルト」

 

窓際で佇み、遠くに見える北養区の町並みを静かに見守るだけの姿をしたタルトがいた。

 

「…人間なら、あの町並みを見ると美しいって思えるんですよね?」

 

「…そう、みたいね」

 

「私には…何も感じません。マスターの所有する美しい豪邸や自然景色を見ても何も感じない」

 

「……………」

 

――ジャンヌ・ダルクなら…どんな反応を見せたんでしょうね?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「今日はお客さんがあまり来ないわね~」

 

新西区にある神浜ミレナ座では、店主のみたまがおこたに座り暇そうにしている。

 

隣ではジャックフロストがおこたに入らないよう座り、携帯ゲーム機で遊んでいた。

 

「もう外はシャクネツジゴクの季節だホ。外出するのがイヤになるのは当然だとおもうホー」

 

「フロスト君は今の季節だと、外に出ちゃうとデロデロになって溶け死んじゃうわね~」

 

「ワルだった頃のオイラだったらへっちゃらぷーだったけど、今はムリだホ」

 

「フロスト君の為に冷房ガンガンにしてるけど~…寒さに弱い調整屋さんは冷え冷えよ~」

 

「オイラ、夏の季節でも外に出られるスーツが欲しいホ」

 

「う~ん…悪魔の冷房スーツだなんて、イメージ浮かばないわね。叔父様に相談してみるわ」

 

「バケツ頭してるスーツが欲しいホ!」

 

「はいはい~…って、噂してたら魔法少女のお客さんの魔力ね」

 

「ヒホ?冷蔵庫の中に隠れていたほうがいいホ?」

 

「待って。この魔力はかりんちゃんね…それに、貴方のお友達の魔力も感じるわ」

 

「ヒホホー!ランタンの奴も来たホ!」

 

暇を持て余していたフロストが事務室から駆け出していく。

 

「こんにちわーなの」

 

「あ~ら♪いらっしゃ~い、かりんちゃん。それに~…」

 

かりんの後ろに隠れていたジャックランタンが飛び出してきた。

 

「ヒホホーイ!遊びに来たぞーフロスト」

 

「ヒホ!よく来たホー、ランタン!」

 

ジャックフロストと共に調整スペースから飛び出していったようだ。

 

「今日は調整に来たのかしら?」

 

「それもあるけど、ランタン君をお外に出してあげたかったの」

 

「あの子も悪魔だし~、神浜の魔法少女に見つかったらコトですものね~」

 

「でもビックリしたの。まさか…みたまさんまで悪魔のお友達がいるなんて」

 

「それはこっちのセリフね~。まさか魔法少女の中に、仲魔を連れている人がいるなんてねぇ」

 

「フロスト君は、なんだかランタン君の事を知ってたみたいだったの」

 

「そうね~。前の世界で会ったとか~、マントラ軍で偉そうにしてた奴だとか~…言ってたわね」

 

「言ってる意味は分からなかったけど…でも、仲良くなってくれて良かったの」

 

「根が子供同士だったのよ。だから意気投合出来たんじゃない?」

 

「ランタン君は、お外に出ても隠れ過ごすしか出来なくて辛そうだったし、友達増えて嬉しいの」

 

「フフ、私もよ♪さ~て、調整をパパッと済ませちゃうから奥にいらっしゃ~い」

 

暫くして…。

 

「そういえば、みたまさんは何処で悪魔と知り合ったの?」

 

「えっ!?え、え~と…かりんちゃんと同じく~、偶然出会えてお友達になった感じ?」

 

「そうなの?」

 

(ヴィクトル叔父様の事は他の子には言えないわ。内通者だとバレてしまうし…)

 

「あれ?ランタン君とフロスト君が帰ってこないの」

 

「違うシアタースペースで、またHIPHOPブラザーズごっこしてるんじゃない?」

 

「初めて見せられた時は驚いたけど…あれ、フロスト君が思いついた遊びみたいなの」

 

「そうだったわね~。オイラは違うDDS世界で、こういう遊びをしてたホ~だったかしら?」

 

「人間が悪魔化して同じ人間の悪魔を食べないと魔獣になる世界だとか、怖いこと言ってたの」

 

「プログラム世界の人間に取り憑いて、ポイント136の遊園地跡で過ごしてたそうね~…」

 

「悪魔の世界って…よく分からないの」

 

「私も同じく~…」

 

子供悪魔のおふざけだと深く考えない2人である。

 

「Ho!me~n!調整、シゴト、世は労働~Ho!」

 

遊んでいた2人が帰ってきたようだ。

 

「オシゴト、マネー、なければ喰えねぇ~Ho!Hi!」

 

「調整は終わったから、そろそろランタン君も帰るの」

 

「その前に、俺のリスペクト、聴くといいHo!」

 

「何なの?」

 

「最近、俺は空、ひとっ飛び~Ho!気になる奴、2人いたHo!Hi!」

 

「気になる2人?」

 

「そいつら外人、俺たちデーモン、そいつらデーモン、俺たちデーモンHo!Hi!」

 

「2人の外人さんが…ランタン君と同じような悪魔だと言いたいの?」

 

「YES!YES!あいつら人間?マジカル人間?ガールにしては~ハートがねぇHo!」

 

「どういう意味なの…?」

 

みたまに視線を移す。

 

彼女には思い当たる節があるのか、真剣な顔つきとなる。

 

(まさか…ヴィクトル叔父様が研究していた…造魔なの?)

 

「ごめんなさい、かりんちゃん。私は急用を思い出したから、少し出かけてくるわね」

 

「分かったの。私たちも帰るの」

 

「また留守番!ヒマばかり!ハートが凍えて凍りつく~Ho!」

 

「お土産にアイス買ってきてあげるから、我慢なさいフロスト君」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

夏の日差しが照りつける中、病的な白い肌をした2人の少女が通りを歩く。

 

1人は黒髪を靡かせ、白ワイドパンツに黒のノースリーブの夏コーデ姿。

 

隣は日傘をさし、白と黒のミニワンピースを着た夏コーデ姿。

 

2人の両目にはカラーコンタクトが嵌められ、白人の青い瞳のように見えた。

 

「定番コースは…あらかた見て回ったわね」

 

隣を見れば、寡黙なタルトの姿。

 

「それにしても…日本の夏は最悪ね。自然豊かな北米の方が、まだ過ごしやすかったわ」

 

隣を見れば、無反応なタルトの姿。

 

「リズ…私に気を使って、色々連れて行ってくれているんですよね?」

 

「……………」

 

「この街の観光地区は美しいとは思います。ですが、私はそれをどう感じていいのか分からない」

 

「それは…私も同じよ。知識としては、感情の求め方を知っていても…上手くいかないものね」

 

「私は…タルトであって、タルトではありません。本物の彼女なら…喜んでいたんですか?」

 

「情緒豊かで優しい性格をした村娘だったと…マスターからは聞いているわ」

 

「…だとしたら、私は本物のジャンヌ・ダルクとは…程遠い存在ですね」

 

「タルト…」

 

「マスターの期待に答えるのが、造魔の使命。ですが…私は…」

 

「自分を出来損ないだなんて、思っては駄目よ」

 

「リズ…」

 

「貴女はマスターの最高傑作。胸を張りなさい」

 

「…張れる胸が、リズぐらいあればいいんですけどね」

 

リズの胸は豊満であった。

 

タルトの胸は平坦であった。

 

「長期休暇だから、他の街も見て回れるけれど…」

 

「まだこの街の東地域を回ってませんよ?」

 

「観光ガイドには、東地域は避けるように書かれてたわ。トラブルに巻き込まれるかも」

 

「構いません。マスターが私に求める何かが…そこで見つけられるのなら…」

 

「…分かったわ。ここで待ってて、車を回してくるわ」

 

「国際免許を持っているリズが羨ましいです」

 

「貴女は車の運転が苦手なのよね」

 

リズが運転するラ・フェラーリに乗り込み、東地域を目指す。

 

タルトは物静かに窓の景色を見つめていたのだが…。

 

「……あの人は?」

 

鈍化した一瞬。

 

対向車線をすれ違ったバイク。

 

乗っていた女性ライダーの顔を見た彼女は、虚心ながらも目を見開いた。

 

「どうしたの?」

 

「あの青い長髪をした女性ライダー…何処かで、()()()()()()()()()()…」

 

「気のせいじゃない?」

 

「私は出会っていなくても…本物のタルトは、出会った事がある?」

 

自分の胸に手を当てる。

 

己の血肉となったホムンクルスのタルトの鼓動を感じ取る。

 

「タルト…貴女は、私に何を伝えようというんですか…?」

 

答えは聞こえてこなかった。

 

……………。

 

「外国人の姿をした…悪魔だと?」

 

業魔殿にやってきたみたまは、ヴィクトルに聞いた話を伝えている。

 

「人間の姿にしか見えない造魔…それは、ヴィクトル叔父様が目指していた造魔の完成形です」

 

「悪魔が人間に擬態している可能性はないのかね?」

 

「後からランタン君に聞きましたが、病的な白い肌をしていたと…」

 

「…だとしたら、造魔に違いない。悪魔の擬態は完璧だが…造魔には造魔の特色が体に出る」

 

「ヴィクトル叔父様が創られた造魔ではないんですか?」

 

「…吾輩が創れたのは、出来損ないだ。人間と見紛う程の完成度など…得られていない」

 

「他にも造魔を研究している者がいるんですか…?」

 

「イルミナティの魔術結社も研究している。それに口では言わないが、ニコラス先生も疑わしい」

 

「ニコラス…たしか、叔父様に錬金術を教えてくれた、伝説の錬金術師ですよね?」

 

「伝説の錬金術師なら…他にもいる」

 

「えっ…?」

 

「まさかとは思うが…」

 

(ニコラス先生の妻は、日本に来ている?)

 

「あの、ヴィクトル叔父様…私、そろそろ学校から帰ってくる妹を迎えに行くので帰りますね」

 

「2体の造魔が何を目的に動いているかは判らんが…あまり外には出ないよう家族に伝えなさい」

 

「そう…させて貰います」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

車を機械式駐車場に駐め、大東区を歩く2人。

 

「車から見る限り…酷く寂れた街ね」

 

「…そうですね。きっと人心の心まで、寂れているかもしれません」

 

地元住民達に怪訝な顔を向けられながらも歩き続ける。

 

「見てください、リズ」

 

「大きな団地街ね…まるで小さな街よ」

 

「商店街や公園も整備されているみたいですね」

 

「少し…立ち寄ってみる?」

 

「部外者が来訪してもいいんでしょうか?」

 

「ここの住人が、余所者に排他的でなければ…」

 

「少し様子を見て、住民達が騒ぎ出したら帰りましょう」

 

「それが良さそうね」

 

大東区団地街に入り、商店街を見て回る。

 

やはり余所者であり外国人、目立ってしまうようだ。

 

「この団地街には、魔法少女らしき魔力を何人か感じるわね」

 

「私たち造魔は悪魔です。悪魔の力を開放しなければ、魔力探知でバレる事もないでしょう」

 

「そうね…。神浜の魔法少女達とコトを構えるつもりは、マスターにも私達にもないわ」

 

住民を刺激しないよう見て回るだけに留め、商店街を後にする。

 

公園も見ていこうかと歩みを進めていた2人が見た光景とは…。

 

「どうしてミィが…ここで遊んでたらダメなの!」

 

「だって、みかげちゃんところのお姉さんは、大東区の面汚しだって…ママが言ってたから」

 

「私たち…みかげちゃんと遊んでたらさ、お母さんに怒られるの」

 

「姉ちゃが…どうして大東のツラヨゴシになるのさ!?」

 

「その…私はお母さんから聞いただけだよ?たしか昔…水名の学校で大暴れしたとかさ」

 

「そ、それは……」

 

「大東の名誉回復を期待されてたのに…大東区住民は、やっぱり乱暴者だって宣伝したとかでさ」

 

「ひどい…姉ちゃが…どんな思いで苦しんでたのか…誰も知りもしないくせに!!」

 

「それに、東の学校でも消化器振り回して暴れたって聞いたし…」

 

「なんで…?なんで姉ちゃだけでなく…ミィまで差別されなきゃならないの!?」

 

「だって…()()()()()()だし」

 

「もういい!!あんた達となんて…絶対ミィは遊ばない!!」

 

公園から駆け出していく、お団子ツインテールの少女姿。

 

会話の一部始終を聞いていた2人が口を開く。

 

「この神浜市という街は…東西対立が根深いようですね」

 

「気に入らない街だとマスターも言ってたわ。西も東も変わらない、差別に塗れた街だと」

 

「あの銀髪の子供は…お姉さんが大好きみたいですね」

 

「だからこそ、姉が犯した罪のせいで…苦しんでいるのね」

 

「…あの子を追いかけます」

 

「えっ?ちょ、ちょっとタルト…?」

 

2人は駆け出し、銀髪少女の後を追う。

 

「あの子から魔力を感じたわ…どうやら魔法少女のようね」

 

「小学生ぐらいなのに…どうして魔法少女の世界なんかに…」

 

程なくして、2人は感じた魔力の出処を突き止める。

 

「グスッ…エッグ…ひどい…みんなひどいよぉ……」

 

団地街から離れ、寂れた公園ベンチに座りながら泣いている姿。

 

「姉ちゃだって…あんなコトしたかったわけじゃないのに…なのに、どうして…」

 

近づいてくる足音が聞こえ、顔を上げる。

 

見れば、差し出されたハンカチ。

 

「…大丈夫、ですか?」

 

「えっ…?お姉ちゃん…たちは?」

 

「私はタルト…通りすがりの外国人観光客です」

 

横にいるリズは怪訝な表情。

 

虚心であるはずなのに、なぜ小さな子供にここまで肩入れするのか理解に苦しむ。

 

(この子に…何を感じたの、タルト?)

 

――貴女の中に溶けたジャンヌ・ダルクが…そうさせたの?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ミカゲ・ヤクモ…それが貴女のお名前ですね?」

 

「みかげでいいよ。お姉ちゃんは、タルトでいいんだよね?」

 

「タルトは愛称みたいなものです。ちゃんとした名前は…ジャンヌ・ダルクと申します」

 

「えっ!?ジャンヌ・ダルクって…ミィ、世界史の教科書で見たことある!」

 

「…同じ名前なだけですよ」

 

「隣のお姉さんは?」

 

「私はリズ・ホークウッド。リズでいいわ」

 

「観光の途中でしたが、先程の光景を見てしまいまして…」

 

「えっ…見てたの…?」

 

「…隣に座っていいですか?」

 

「う、うん…」

 

促され、みかげを囲む形で座り込む。

 

赤の他人ではあるが、辛く苦しい気持ちを我慢しきれない小学生女子が口を開く。

 

彼女が経験してきた、数々の苦しみを語られていく。

 

「…そうでしたか。たったそれだけで…酷い話ですね」

 

「本当はね、姉ちゃは凄く優しい人なの。でも…みんなから、あんな風に言われ続けたから…」

 

「…人間嫌いになっていったのね?」

 

「…うん。姉ちゃは…ミィと同じように友達がいないって…前は思ってた」

 

「前は…?今はお友達がいるんでしょうか?」

 

「その…姉ちゃはね、調整屋っていうお仕事してて…仕事内容は…その…」

 

「…魔法少女に、関わる仕事なの?」

 

「えっ!?魔法少女のこと…お姉ちゃん達は知ってるの?もしかして、魔法少女?」

 

「…違います。知識として、知っているだけです」

 

「そっか…。お姉ちゃん達からは、魔力を感じないし…そうだよね」

 

<タルト…深入りし過ぎて、私達が悪魔だという事を、この子に伝えてしまってはダメよ>

 

<分かっています>

 

悪魔同士の念話で釘をさされたようだ。

 

「姉ちゃはそこでね、沢山の魔法少女友達を作ることが出来たの…」

 

「良かったじゃないですか?それの何がいけないんです…?」

 

「ミィだけが…友達に恵まれない」

 

「…嫉妬しちゃったわけね」

 

「ミィだって…友達が欲しいよ」

 

「魔法少女のお友達は…いないんですか?」

 

「エミリーのお悩み相談所っていう場所でね、魔法少女のお姉ちゃん達と友達になれたよ」

 

「悩みは解決してるじゃない?」

 

「ミィ…同じ小学生の友達が欲しい」

 

「…褒められる内容じゃないわ。魔法少女は命がけの世界…その世界に小学生を求めるなんて」

 

「で、でもさ…」

 

「リズ、子供が相手です。子供に合わせてあげましょう」

 

「…そうね。大人気なかったわ」

 

「貴女は小学生ですよね?どうして…恐ろしい魔法少女の世界に入りたいと思ったんですか?」

 

「……………」

 

「…言いたくないなら、構いません」

 

「…姉ちゃの…八雲みたまの願いを…救いたかったの」

 

「お姉さんの願いを救う…?」

 

「貴女のお姉さんは、どんな内容で魔法少女になったのか…聞いてもいいのかしら?」

 

「……姉ちゃはね」

 

――神浜を滅ぼす存在になりたい。

 

「……そう、願ってしまったの」

 

虚心である2人の表情に、狼狽える気配はなかった。

 

「…ムリもないわ。これだけの差別を受けたのですもの」

 

「破壊衝動に駆られてしまったのですね…この街を憎むあまり」

 

「だから貴女は…それを止める為に、魔法少女として契約してしまったのね」

 

「うん…ミィの願いで、姉ちゃの願いの波は押し留めたとは思うけど…」

 

「この街の根本的な問題が解決しない限り…みたまさんの苦しみは続きますね」

 

「だからね!ミィは…この街を変えたいの!」

 

「この街を…変える?」

 

席から立ち上がり、2人の前に振り返る姿。

 

彼女の表情に迷いはなかった。

 

「姉ちゃが…この街を恨まないように、みんなが変われる街にしたい!」

 

「立派な望みだと思います」

 

「それに…姉ちゃは、みんなを助けてくれるヒーローだって事も知って貰いたい!」

 

「調整屋として、魔法少女の手助けをしている。それは()()()()()()()()()()と言いたいのね」

 

「そしたらさ…姉ちゃの悩みなんて消えちゃうよ!ミィは…ミィはね……」

 

――大好きな姉ちゃを…絶対に救ってみせる!!

 

その一言を耳にした2人が、目を見開いていく。

 

タルトの脳裏に、己の中に溶けたジャンヌ・ダルクの記憶がフラッシュバックした。

 

――お姉ちゃんは剣術がダメダメだけど、見て!スゴイでしょ!――

 

――お姉ちゃんはね、絶対に私が救ってみせるから!――

 

虚心である体が振るえていく。

 

震える口で呟いた名前…。

 

――カト…リーヌ……?

 

「えっ…?カトリーヌって……?」

 

「……タルト、ようやく分かったわ」

 

「えっ…何がですか、リズ?」

 

「貴女が初めて会ったこの子に…何を見出していたのかを」

 

「リズ……」

 

「私も感じた……眼の前の子供に対して、私の中のリズが感じていた感情と…同じ気持ちが…」

 

「その感情は…何だと思います?」

 

「何なのかしら…?胸がざわついて……言葉にならない…」

 

「私も……同じです」

 

「カトリーヌって人は、タルトお姉ちゃんの妹さんなの?」

 

「……………」

 

「だったらさ…その妹さんも、タルトお姉ちゃんの事が大好きだと…」

 

「お願い……もう、それ以上は言わないで」

 

「えっ…どうしてなの、リズお姉ちゃん?」

 

「私達には……辛い話なのよ」

 

2人の握り込んだ拳が震えているのが見える。

 

辛い過去を背負っているのだと察したみかげは口を閉じた。

 

「お話に付き合ってくれてありがとう、お姉ちゃん!お礼にいいところに連れていくよ♪」

 

「いいところ?」

 

「あした屋っていう駄菓子屋さんなの。オススメの駄菓子をミィが色々教えてあげる♪」

 

「駄菓子…ですか?」

 

「駄菓子って…何なのかしら?」

 

「さ、さぁ…?マスターからも聞いた事がないです」

 

「ヨッシャ-麺が定番なんだ♪あ、でもミィ…姉ちゃから貰ったお小遣いの500円もうない…」

 

突然目の色を変え、チラ見してくるみかげの姿。

 

「駄菓子というのは、500円程度で買える商品でしょうか?」

 

「500円あったら沢山買えるよ!もしかして、お姉ちゃん達は…お小遣い沢山貰えるの?」

 

「はい。生活に必要な費用は、全てマスターが用意してくれますので」

 

「スゴイスゴイ!ねぇねぇ、ミィはヨッシャ-麺の箱買いがしたいな~…?」

 

「おねだり上手な子ね」

 

「えへへ♪…ダメ?」

 

「その程度の費用でいいのなら、マスターも文句は言いませんし…リズ?」

 

「分かったわ。案内してくれる?」

 

「やった!ついでにゲーセンも行こうよ!モカウサギとかどっこパンダのぬいぐるみが欲しい…」

 

<<ダーメーでーすーッ!!>>

 

突然聞こえた大声。

 

みかげは顔を青くし、タルト達は奥に目を向ける。

 

「ね…姉ちゃ…!?」

 

「ダメでしょ、ミィ!知らない人におねだりなんてしちゃ!!」

 

「で、でも姉ちゃ…この人たち優しい人だし…。それに、お礼がしたかっただけだよ…」

 

「他人の施しを当てにする善意の行動はね…奪うのと同じなのよ!」

 

「あうぅ……」

 

「帰ったらお説教よ!…ごめんなさい、妹が迷惑をかけ……えっ!?」

 

みたまは2人の姿を見て息を呑む。

 

(病的なまでに色白い肌…。外国人でも、ここまで白い肌にならないのは、叔父様と同じ…)

 

妹を庇うように抱きしめる。

 

「姉ちゃ…?急にどうしたの?」

 

鬼気迫るような表情をしている姉の姿に戸惑う妹の姿。

 

<…タルト>

 

<ええ…この魔法少女は、私たち造魔の事を知っているような素振りをしています>

 

<長居し過ぎたようね>

 

<行きましょう。変に勘ぐられて…マスターの存在にまで気付かれるのは不味いです>

 

席を立ち上がり、2人の横を通り抜けていく。

 

「……迷惑ついでに、一つだけ聞いていいですか?」

 

顔を向けず、背中越しの質問。

 

「…なんですか?」

 

「貴女達は……」

 

――本当に……人間ですか?

 

押し黙る2人。

 

後ろ側から答えは返ってこなかった。

 

「……行ってしまったわね」

 

安堵したのか大きな溜息。

 

「姉ちゃ…さっきの言葉は……どういう意味なの?」

 

「……何でもないわ。それより、説教の件はまだ残ってますからね?」

 

「うぅ~~……家に帰りたくないよぉ~~」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

南凪区ベイエリアから見える夕日を車の窓から眺める2人。

 

「優しい姉と…優しい妹だったわね」

 

「……そうですね」

 

物静かに海に映る夕日を見つめているだけの、タルトの姿。

 

「…マスターから聞いています。ジャンヌ・ダルクには…妹がいたんですよね?」

 

「カトリーヌと呼ばれていたそうね。2人をリズが助けて、剣術を仕込んでいたそうよ」

 

「そして…カトリーヌは戦乱に巻き込まれて…死んだそうです」

 

「…リズはその時、間に合わなかったと聞いたわ」

 

「その事件こそが、ジャンヌ・ダルクが魔法少女となる決意を固めた日…」

 

「フランスに光をもたらす願いによって…救国の英雄は誕生したわ」

 

重苦しい会話ではあるが、虚心である2人は淡々と語っていく。

 

「…たしか、この南凪区には外国人墓地がありましたよね?」

 

「観光名所というわけではないけれど…それがどうかしたの?」

 

「少し…外を歩きませんか、リズ?」

 

ドアを開け、駐車場から移動していく。

 

程なくして2人は外国人墓地の中に辿り着いた。

 

霊園内を歩き、花が添えられた墓地の前に佇む。

 

風が吹き、2人の髪を揺らしていく。

 

「…私の素となったジャンヌ・ダルクは、カトリーヌの墓に誓いを残しました」

 

「誓い…?」

 

セミロングヘアの後ろ髪をなぞるように手を添えていく。

 

「私はここで…断髪をし、後ろ髪を妹の墓前に捧げたんです」

 

「タルト……」

 

「その時の感触を……思い出せました」

 

「かつてのジャンヌ・ダルクは…その時、何を誓ったの?」

 

踵を返し、リズに振り返る。

 

――もう二度と…こんな悲劇を繰り返させない。

 

優しい風が強く吹き、タルトの髪を揺らしていく。

 

「タルト……貴女は……」

 

虚心の心がざわついていく。

 

彼女の中に溶けたリズが、語りかけるように当時の光景を思い出させていく。

 

リズ・ホークウッドもまた…見届人であった。

 

「私はジャンヌ・ダルクとして生きる使命を持つ造魔。彼女の誓いこそ…私の道標です」

 

「その道は…マスターの願いに反することになるわ」

 

「マスターは、私に只の人間として生きて欲しいと願う。でも…それでは私は()()()()()()()()

 

「……………」

 

「マスターが人間として生きて欲しいのはジャンヌ・ダルクであり、偽物ではありません」

 

「タルト…」

 

「マスターを苦しめるかもしれない…それでも、これがタルトとして生きたい…」

 

――私の……感情です。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

7月も過ぎていき、大東学院小等部も夏休みに入る。

 

「えいっ!えいっ!!」

 

青と黒を基調とした東洋風の魔法少女姿をしたみかげの姿。

 

目立たない廃墟で鍛錬を繰り返しているように見える。

 

両手に持つ魔法武器は、カタールと呼ばれる特殊な形状の短剣。

 

「姉ちゃはミィが守るんだ!姉ちゃはミィが守るんだ!」

 

魔法少女の魔力強化で身体能力を高めてはいるが、闇雲に振り回しているだけ。

 

武術の歩法すら知らない彼女の足が絡まっていく。

 

「キャッ!!?」

 

尻もちをついてしまった。

 

「いたたた……」

 

両膝をついてお尻を撫でていた時、背後に人の気配を感じたみかげが振り返る。

 

「なっていないわね」

 

「えっ…リズ…お姉ちゃん?」

 

「武術の法則に従わない自分の動きは、何をやっているのかさえ分からなくなっていくのよ」

 

「リズお姉ちゃんは…武術が得意なの?」

 

「これでも私は…武芸百般のつもりよ」

 

「スゴイ!ねぇ……リズ姉ちゃ!!」

 

「えっ……リズ姉ちゃ…?」

 

「ミィにね…戦い方を教えて欲しい!」

 

上目遣いでおねだりポーズ。

 

「ダメ……?」

 

目を潤ませるようなあざとい仕草。

 

(何…?心が…掻き乱されるように…愛おしい?これは…リズが感じた事がある感情なの…?)

 

「ゴホンッ……私の指導は厳しいわよ?」

 

「えっ!?教えてくれるの…?やったーーッ!!」

 

<<なら、私も稽古をつけてもらえますか…リズ?>>

 

声が聞こえた場所には、鍛錬道具に使える竹刀を持ったタルトの姿。

 

「貴女はもう十分なくらい、私がアメリカで鍛えた筈だけど…?」

 

「いいじゃないですか?私も初心に返ったつもりで、()()()()()()()()()()()()です」

 

「タルト……フッ、いいわよ。2人纏めて面倒みてあげる」

 

「やったやった!これからも…ミィと仲良くしてね…」

 

――タルト姉ちゃ!!リズ姉ちゃ!!

 




読んで頂き、有難うございます。


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106話 伝説の錬金術師

9月も終わりが近づいた頃の出来事。

 

暗い書斎に招かれた2人の姿。

 

「お呼びでしょうか、マスター?」

 

書斎の椅子に座る彼女が椅子を回転させ、2人に振り向く。

 

「…全ての準備は整いました」

 

「では…いよいよ?」

 

「はい…。あの悪魔と接触し、そして…戦う事になるでしょう」

 

「あの…質問を許してもらえますか、マスター?」

 

「何かしら、タルト?」

 

「人修羅と呼ばれる悪魔の実力は…1・28事件の情報だけでも凄まじいものです」

 

「……そうですね」

 

「ですが、あれでもまだ…本来の力を抑え込んだ戦いだというのは…本当でしょうか?」

 

「その情報は、私に取り憑いた悪魔から引き出した情報だから…信憑性には懸念がありますね」

 

「戦ってみないと…分からないということね」

 

「私達も悪魔と合体して生まれた存在です。悪魔の力を完全に発揮してしまえば…」

 

「市街地で戦おうものなら…街に大規模な被害をもたらしてしまうわ」

 

「私はそれが…気掛りです。ですが、マスターが望むというのであれば…」

 

「貴女の気掛りそのものが…あの悪魔の弱点です」

 

「えっ……?」

 

「貴女の気持ちと人修羅の気持ちは同じ。人の命を気にする余り、あの悪魔は自ら力を封印する」

 

「そういう人物なんですね…」

 

「だとしたら…つけ込む隙はあるわ。互いに大規模な破壊魔法を行使出来ないのであれば…」

 

「自ずと…互いの技量が物を言う戦場となるでしょうね」

 

「私達は…人間を盾にして…戦うということですか?」

 

「そうなります。ですが人修羅も悪魔である以上…怒り狂えば何をしでかすかは保証出来ません」

 

「もし…人間に犠牲が出てしまえば…それは私達が招いてしまったも同然ですよ」

 

「私も後方から貴女達をサポートし、なるべく街に被害が出ないように努めます」

 

「それを気取られないよう、立ち振る舞いをしなければ…あの男を焦らせられないわ」

 

「ふぅ……悪女のマネごとなんて、あまり得意ではないんですけどね…」

 

「…分かりました。マスターを信じます」

 

「戦場は何処を選んだのかしら?」

 

「場所は南凪区の外国人居留地…神浜港の見える丘公園内にある、フランスの山です」

 

「私達にはお誂え向きの場所という訳ね」

 

「話し合いで解決出来れば良いのですが…」

 

「戦場において希望的観測は誤謬を生むわ。それでも…そうであってくれたなら…」

 

「私も可能な限りの好条件を用意して交渉に当たります。それでも…希望は薄いですね」

 

「私とリズは、そこで敵を待ち伏せます」

 

「彼からマガタマを1つでも奪えたら、深追いする必要はないわ」

 

「分かりました」

 

踵を返し、2人は部屋を後にする。

 

暗い書斎に浮かぶのは、悪魔の影。

 

「…私はもう、何百年生きたのかしら?」

 

「七百年近くは、生きているのではないかね?」

 

「人の理を破り、永遠の命を手に入れてまで求めた…魔導の奥義」

 

「お前が魔法少女になってまで…求めた原点」

 

「今更引き返せない…私はもう、これ以外に縋り付ける寄る辺はないの」

 

「後悔など、魔法少女なら誰でもする。だが…お前はもう、魔法少女とも言えないな」

 

「そうね……私はもう…」

 

――星の智慧に囚われた……怪物よ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

月も変わり、10月1日を迎える日。

 

「えっ?今日は帰りが遅くなるかもしれない?」

 

スマホを片手に電話をしている人物はネコマタ。

 

「ああ、銀子から急に連絡がきてな…俺に会わせたい人物がいるんだとよ」

 

「会わせたい人物…?ニュクス…いいえ、銀子にしては珍しいわね…」

 

「何かキナ臭い感じだ…。取り敢えず招待には応じてみる」

 

「気をつけなさいよ、尚紀。夕飯は適当に冷蔵庫の中身を漁っておくわね」

 

「そうしてくれ」

 

黒いトレンチコートのポケットにスマホを仕舞い、クリスに乗り込む。

 

「マダムに会いに行くついでに…アタシを業魔殿に放り込むのは勘弁してよ、ダーリン」

 

「分かってる。今日はヴィクトルに会いに行く訳じゃない」

 

改装された倉庫事務所の電動シャッターを開け、車を発進させていく。

 

程なくして、業魔殿の地下駐車場にまで移動出来たようだ。

 

車から降り、地下駐車場のエレベーターを使い最上階フロアへ移動。

 

会員制のBARクレティシャスの入り口にはウラベの姿。

 

「よぉ、尚紀。あんたにお客さんが来ているよ」

 

「どんな奴だ?」

 

「若い女性の外国人だ。そして…俺の命を救ってくれた人物でもある」

 

「お前の命を救った人物…?」

 

「気をつけろ、尚紀。あの女は…得体が知れない」

 

店内に入ると、他の来客姿は見えない。

 

「今夜は貴方ともう1人の人物、2人だけの貸し切りよ」

 

店の中央に佇んで待っていた人物はニュクスであり、今はマダム銀子と名乗る存在。

 

「何処にいる?」

 

「ついてきなさい」

 

高級ホテルの外観を持つクラブラウンジに案内されていく。

 

窓際席に座っていた人物を見て、彼は目を見開いた。

 

「……初めまして、嘉嶋尚紀さん」

 

白のレースで飾ったビスチェドレスを纏う淑女…いや、十代の少女に見える。

 

眼鏡の後ろ側の細目が開き、笑顔を向けてきた。

 

「……おい、銀子。こいつの特徴…俺はニコラスから聞いた事がある」

 

「…彼女はね、うちの欧米店舗の会員でもあったのよ」

 

「会員だと…?ニコラスは知っていたのか?」

 

「ここは会員制よ?会員の個人情報は、固く守られているわ」

 

「…あんたも、人が悪い女だよ」

 

席を立ち上がり、貴婦人のカーテシー礼を行う姿。

 

「自己紹介をさせて頂戴。私の名前は…」

 

「当ててやろうか?」

 

「……どうぞ」

 

「お前は中世時代から生き続ける、酒浸りの()()()()()…」

 

「……女に対して、遠慮のない人ね」

 

――ニコラス・フラメルの元妻……ペレネル・フラメルだろ?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ハイセンスなインテリアが上質な雰囲気をたたえるクラブラウンジ。

 

しかし、今のラウンジ内は重苦しい空気に包まれている。

 

「銀子の店を利用してまで…俺に何の用事だ?」

 

「フフ、気を楽にして頂戴。ラウンジの飲み物は飲み放題だから、何か注文を…」

 

「結構だ。こう見えて俺は多忙な身…本当なら東京の用事に出かけていた」

 

「東京の守護者としての、お仕事かしら?」

 

「お前も…俺のストーカーのようだな?」

 

「貴方を調べる時間は…沢山あったのよ」

 

「チッ…気味が悪い女だ。話を戻すが、伝説の錬金術師さんが…俺に何の用事だ?」

 

「私は貴方のファンよ」

 

「…フザケてるのか?」

 

「いいえ、私は貴方に会う為に…アメリカから遥々来日した程のファンよ」

 

「サインでも書いて欲しいか?」

 

「ウフフ、それも良いけど……私が欲しいのは、別の品」

 

薄目が開き、頬杖をついている彼の右手に視線を向けた。

 

「…マガタマよ」

 

彼の眉間にシワが寄っていく。

 

店内が凍りつく程の殺気が広がりを見せていく。

 

「…何処でマガタマの事を知った?」

 

「私が初めて貴方を知ったのは、1・28事件。世界規模で有名人になれた日だったわね」

 

「そのせいで…俺は色々な連中から付け回されるようになった…最悪の日だ」

 

「私に貴方のマガタマの事を教えてくれたのは…悪魔よ」

 

「悪魔だと…?」

 

「私の夫だったニコラスとは…仲がいいんでしょ?」

 

「……まぁな」

 

「だったら、私の事情も既に知っているはず」

 

「お前に取り憑いた悪魔の事だったか」

 

「私に取り憑く呪わしい悪魔は私に語ったわ…マガタマとは、魔導の奥義だと」

 

「………………」

 

「悪魔の力の結晶は…人を死から蘇らせ、神や悪魔の智慧と力を授けて下さると」

 

「…ろくでもない代物さ。だが、これがなければ…俺は死んでいたのは確かだがな」

 

「まさに()()()()()()…。それは神であるメシアを表し、悪魔をも表す…」

 

――6であり、9である形……それがマガタマなのよ。

 

「俺からマガタマを奪いに来た奴だったか。だが、無駄なことだ」

 

「どうしてかしら?」

 

「マガタマは適正が無い者が使用すれば…呪い殺される」

 

「そんな秘密があったなんて……」

 

「マガタマは意思はなくても生きている。これは所有者を選ぶ呪物…お前が選ばれる保証はない」

 

「………………」

 

「マガタマとは、体だけでなく魂まで悪魔と為すか否かを常に問う…呪われた悪魔化の道具さ」

 

「フッ…フフフ……アハハハハハッ!!!」

 

彼女は興奮して笑い出した。

 

彼は隙を見せずに見物し続けた。

 

「素晴らしいわ!まさに魔導の究極よ…!!」

 

「………………」

 

「原初の智慧を求めし…私たち魔導の探求者が求めし理想!!ついに見つけたわ!!!」

 

「…俺の話を聞いていなかったようだな?」

 

「適正問題よね?それも研究を重ねて解決してみせる……私にマガタマを売って欲しい」

 

「断る」

 

即答した。

 

机の上で組んだ両手に顎を乗せ、余裕の表情を変えない態度。

 

交渉の席では、何処まで譲歩出来るかを予め決めておけば思考のフリーズは起こらない。

 

ここからが彼女にとっては懐かしい、ビジネスの時間。

 

「貴方は、私と同じく資本家だと聞いているわ」

 

「それがどうした?」

 

「貴方は自分の資本を使い、孤児達の支援に尽力するNPO法人を立ち上げたようね」

 

「まさか、断れば俺の仕事仲間を襲う気か…?」

 

「勘違いしないで。私はビジネスパートナーになる用意があると言いたいの」

 

「ビジネスパートナーだと?」

 

「私もアメリカで孤児達を保護してきたわ。彼女達の苦しみは、私も理解出来るから」

 

「ふん。お前が慈善家だからといって、俺は懐柔される気はない」

 

「私も孤児を救いたい、貴方も孤児を救いたい。私達には共通点があるのよ」

 

「……………」

 

「悪魔の宝石の売値は、確か1000億ドル。長年の継続した支援は難しいわね」

 

「スイスで売った俺の宝石のニュースも耳に入っていたか」

 

「私なら、毎年必要な額の支援を嘉嶋会に寄付出来る。大勢の孤児が救えるわ」

 

「……………」

 

「貴方に懐いている、あの3姉妹の魔法少女達も…喜んでくれるんじゃない?」

 

「このは達を出汁に使うな」

 

「NPO法人の理事長である貴方には魅力的な提案よ…でも、等価交換ね」

 

「そこまでして、俺のマガタマが欲しいか?」

 

「お互いが得をする関係を築きたいけれど…私だって、手ぶらでは帰れない」

 

「チッ…」

 

「貴女もそう思うでしょ?マダム銀子?」

 

「…確かに、嘉嶋会にとっては魅力的な提案だと思うわね」

 

ラウンジ内のBARカウンターで静かに清聴していた銀子からも肯定の後押し。

 

「交渉上手め。お前のように舌が回る女なら…悪魔さえ抱き込めるよ」

 

「一般論だけど、無い袖は振れないわ。貴方は資本家であるけれど、投資家ではない」

 

「財は増やせないか。急いでFX企業を立ち上げたが…このは達がどれだけやれるかは未知数だ」

 

(こちらのペースね…後は二者択一よ)

 

「孤児を救う未来を築くか、途中で頓挫させるか…この場で選んで欲しいわ」

 

腕を組み、重い沈黙。

 

これ程までの交渉術を展開してきた相手なら、かつての彼なら抱き込めた。

 

しかし…。

 

「お前がやり手の投資家であり、慈善家だと理解出来た。その気持のまま欧米の孤児を救え」

 

「えっ…?」

 

「提案は断る。嘉嶋会の事を嗅ぎ回ったのなら…共同代表である、お前の旦那の存在に気付け」

 

「…そうだったわね。ニコラスも…私に負けない投資家であり、慈善家だったわ」

 

「あいつがいなかったら、お前の提案を飲んでいた。ニコラスに出会えて良かったよ」

 

席を立ち上がる。

 

「お前達夫婦の問題に、俺は口を挟まない。だが…俺をしつこく付け回すなら…容赦しない」

 

「……残念ね。ニコラスにしてやられたわ」

 

ラウンジを後にしようとした彼の背中が止まる。

 

「…ペレネル。お前はその長過ぎる空虚な人生に…何を見出だせた?」

 

「…今となっては、ハリボテだらけだけど……」

 

――夢よ。

 

「夢…?」

 

「貴方にはないのかしら?絶対に捨てたくない…夢が?」

 

「俺の…絶対に捨てたくない…夢…」

 

「私の夢は…私を苦しめる悪夢と化した。それでも、この夢を背負いながら…苦しんで生きるわ」

 

「…いつか、お前の言葉が……」

 

――俺にも……()()()()()()()()()が、来るのかもな。

 

BARクレティシャスを後にする彼の後ろ姿をペレネルは見届けた。

 

「ホームグラウンドに引きずり込んだけど…手強いわね」

 

「こうなる事も計算済みなんでしょ?」

 

「ニュクス…私を止めないの?」

 

「古い友人の生きる楽しみを奪うだなんて、私には出来ないわ」

 

「…ありがとう、私の我儘に付き合ってくれて」

 

上品なバックの中からガラケーを取り出し、何処かに連絡をいれる。

 

「こちらはしくじったわ……プランBで行くわよ」

 

――了解、マスター。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

中華街駅近くの駐車場に車を駐車し、神浜山手エリアを歩く。

 

ここは外国人居留地として神浜開港の歴史を見守ってきた、水名区と並ぶ歴史地区。

 

「こんな遅くに依頼の連絡とはな…しかも、俺を名指しで指名してくるとは」

 

都市部高台エリアのフランスの山に入る為、フランス橋のアーチを超えていく。

 

開港直後の外国人殺傷事件を背景に、自国民保護の為に仏蘭西軍が駐留した歴史ある場所だ。

 

「…なんだ?」

 

ゲートとも言える橋のアーチを超えた時、違和感を感じた。

 

周囲を見回す。

 

「…さっきまで霧なんて出てなかったぞ?」

 

辺りを進むと霧がかかるように白く霞んでいく。

 

「この石段の上にある旧フランス領事館跡で待ち合わせだが…どうも臭うな」

 

丘を登るように石段を昇り、木々を超えていく。

 

街灯は少なく霧もかかり、当たりは酷く視界が悪い。

 

程なくして領事館跡のゲートが見え、門を開けて進んでいく。

 

「あいつか…?」

 

小屋のような建物と小さな風車がそびえ立つエリア内に佇む人物。

 

「……来ましたね」

 

風で揺れている風車の近くにいた人物が彼に歩み寄っていく。

 

「外国人の少女…?お前が依頼人か?」

 

「申し訳ありません。依頼の件という話でご足労願いましたが……嘘です」

 

「何だと…?」

 

「私の名はジャンヌ・ダルク。貴方を倒す者です」

 

「貴様…!?」

 

背中側に隠し持っていたクロヴィスの剣を翳し、鞘から抜いていく。

 

刃が抜かれた瞬間、当たりは眩い光に包まれた。

 

「くっ!!」

 

目が眩む程の光量が収まったそこに立っていたのは…フランス国旗を外套として纏う黒騎士。

 

「この魔力……魔法少女じゃないな!?お前は…まさか!!?」

 

「私はジャンヌ・ダルクと呼ばれる英雄の写し身…造魔と呼ばれる悪魔です」

 

「ヴィクトルが研究していた造魔か…。あいつ以外で、これ程までの造魔を生み出すとはな…」

 

クロヴィスの剣を正眼で構える。

 

凄まじい剣圧を放つ英雄造魔を見て、ケルトの英雄クー・フーリンの姿が過った。

 

「フッ…また英雄と戦える日が訪れようとはな。…いいだろう!!」

 

右手を翳し、マガタマを生み出す。

 

相手は重装甲の騎士。

 

強大な物理攻撃を得意とすると判断して生み出したマガタマは『カムロギ』

 

「……かかりましたね」

 

「何っ!?」

 

光輝くクロヴィスの剣が暗い周囲を照らし、影を生み出している。

 

その影から飛び出してきたのは、影で編まれた鞭。

 

マガタマに鞭が絡みつき、彼の右手から奪われた。

 

「他にもいたのか!?」

 

視線を向けた先に立っていたのは、黒い外套を纏うリズの姿。

 

「白い肌に赤い瞳…こいつも魔法少女ではなく、造魔なのか…?」

 

「目的は果たしたわ。引くわよ、タルト」

 

「了解です、リズ」

 

「最初から俺のマガタマを目的にしていたなら…お前らの飼い主も検討がつく」

 

「盗人のような真似をするのは本意ではありませんが、全てはマスターのため」

 

「そうかよ……だが、無駄な足掻きだ」

 

「えっ…?」

 

「な、何!?マガタマから炎が…!?」

 

リズの左手に握られたマガタマから深碧の炎が噴き上がり、咄嗟に落とす。

 

炎に包まれたマガタマの姿が消えていき、彼の右手に返ってきた。

 

「マガタマは所有者を選ぶと、お前達の飼い主に俺は伝えたはず。報告連絡相談は大事だよな?」

 

「くっ…無理やり奪うだけでは、マガタマを手に入れられないのね…」

 

改めてカムロギを口に飲み込み、上着を掴んで脱ぎ捨てる。

 

「これが…人修羅と呼ばれる悪魔の姿…」

 

「私たち造魔とは違う…人なる悪魔……」

 

全身に発光する刺青を持つ悪魔の姿。

 

映像記録で見たことはあるが、全身で感じる威圧感は記録と比べる事など出来ない。

 

だが相手は虚心の造魔…恐怖で怯むことはない。

 

「そろそろ出てきたらどうなんだ?」

 

この周囲から感じる魔力の中で、1つだけ悪魔とは違う魔力が存在していた。

 

<<やはり、一筋縄ではいかないみたいね>>

 

暗闇の道から歩いてきたのは、ドレス姿から魔法少女衣装へと変わったペレネル。

 

「交渉でダメなら実力行使か?狡い上にセコい女だ」

 

「言ったはずでしょ?手ぶらでは帰れないと」

 

「俺は断ったはずだ。それでも尚…俺に付き纏うならば…」

 

「容赦をしない?ここがどんな場所なのか…貴方は理解しているのかしら?」

 

「…お前もペンタグラムと同じ手口を使ってくるか」

 

「貴方は混沌王と呼ばれし大悪魔。まともに戦っては…私の造魔でも歯が立たないわ」

 

「お前がどんな奴なのか、これで証明出来た。望み通り…ぶっ潰してやる!!」

 

「マスター、手筈通りに」

 

「分かっています。私は陣の構築に集中しながら広場で待ちます」

 

転送魔法陣を生み出し、消えていくペレネルの姿。

 

彼を囲むようにして造魔達は武器を構える。

 

リズは鞭から2本の逆手ダガーに持ち替えていた。

 

「この丘は私たちしかいません。他の人間が入り込む事はないでしょう」

 

「どういう意味だ?」

 

「マスターの結界が作用してます。たとえ神浜の魔法少女が騒ぎに気づこうとも、近寄れません」

 

「この結界は惑わすだけの幻影。魔法攻撃を使えば、そのまま結界を素通りして街に当たるわよ」

 

「そうなれば、一体どれだけの人々が巻き添えとなり…死んでしまうのでしょうね?」

 

「貴様ら……何処までも腐った連中だな!!」

 

「本意ではありません。ですが…全てはマスターの夢の為に」

 

「戦争はスポーツではないわ。悪く思わないで」

 

「マガタマを奪えないのであれば…貴方ごと奪ってみせましょう」

 

「上等だ……かかってこい!!」

 

人修羅は拳法の構えを見せる。

 

彼を見て2人は情報は正しかったのだと理解し…襲いかかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

タルトの袈裟斬りを潜り、振り向く彼女の右薙を上半身を仰け反らせて回避。

 

横から迫るリズの左薙を右手で捌き、左手で奥に突き出す。

 

タルトの逆袈裟を左に避け、続く左薙を腰を落としながら回転回避。

 

「くっ!」

 

そのまま後ろ回し蹴りを放たれたタルトが蹴り飛ばされる。

 

体勢を戻した頃には既にリズがワンインチ距離。

 

「私の間合いよ」

 

「どうかな?」

 

互いの右肘、そのまま逆手ダガーの顔面突き。

 

右肘を返し右手首で止める。

 

左のダガー突きが右脇腹に迫るが左手で手首を止め、そのまま左裏拳を顔面に放つ。

 

「っ!!」

 

怯んだ彼女に右回し蹴りを放つが、後方に向け側方開脚宙返りで避けられる。

 

「ハァァーーッ!!」

 

後ろから突撃し、右薙を放つ斬撃をバク宙を用いて避ける。

 

影で編まれた曲刀に持ち替えたリズの左薙に対し、右蹴り足で手首を止めた後に跳躍。

 

「グッ!?」

 

後方から迫るタルトの踏み込み斬りにカウンターを合わせる形で左旋風脚。

 

曲刀の連続斬りを上半身運動で避け、左薙に対し身を低める。

 

背中から足を回して蹴るサソリ蹴りがカウンターで顔面に決まった。

 

背中から尚も襲いかかるタルトの袈裟斬りをサイドに避け、横蹴りで突き飛ばす。

 

怯まぬタルトの連続斬りが迫る。

 

袈裟斬り・逆袈裟、続く左薙を手首止めしてきた相手に踏み込み鎧を活かした体当たり。

 

「チッ!」

 

小柄ながらも強力な体当たりを受け、後方に下がった人修羅の足元に何かが絡まる。

 

「なんだ!?」

 

突然何かで引き倒され、うつ伏せに体勢が崩れた彼に向け飛び込み唐竹割りが迫る。

 

体を横倒しに回転させ頭を割る一撃を回避。

 

右手から光剣を生み出し、左足に絡みついていた影の鞭を切り裂き拘束から逃れた。

 

「影の中に潜める魔法だと…?まるでスカアハだな…!」

 

タルトの光輝くクロヴィスの剣によって影は常に生まれ続ける。

 

「くっ!!」

 

己の足元に広がる影から次々と影の槍が生み出され、貫かんと迫り続ける。

 

人修羅は後方に片手側転を繰り返し避け続けた。

 

ここは公園として再整備され、周りは花壇が並べられているため歩道は狭い。

 

もっと開けた場所に移動するため、人修羅はフランスの山を奥に向けて進んでいく。

 

後方からは2人の造魔が迫り続け、激戦が繰り広げられていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

フランスの山の奥に進めば展望台広場がある。

 

そこに佇んでいたのはペレネルであるが、彼女は大きな真鍮器を持っていた。

 

「…ソロモンの器を再現するのには苦労したわ。効果があってくれたら良いのだけれど…」

 

金魚鉢のような球状の鉢に見える道具こそ、ソロモンが召喚悪魔を封印した際に用いた封魔具。

 

デビルサマナーが用いる封魔管よりも更に歴史が古く、強力な代物。

 

「ソロモンはこれを用いて、魔王達を軍勢諸共に封印出来た…私に使いこなせるかどうかね」

 

だが1つ懸念はあった。

 

「悪魔が大人しく封印された筈がない…。ある程度は痛めつけ、動きを止めなければ…」

 

デビルサマナー達もまた、悪魔を封魔管に封印する際には相手の動きを止めている。

 

西洋も東洋も、歴史を辿れば悪魔との付き合い方は同じであったのだろう。

 

「後は…タルトとリズを信じるしかないわね」

 

……………。

 

既に3人は展望台広場に近づきつつある。

 

「こいつら…痛めつけても怯みもしないか…」

 

彼女達は打撃を受け続けたが、動じない様子。

 

虚心である為、苦痛があろうが感情が掻き乱されることはない。

 

人修羅もまた彼女達の猛攻を浴び、所々に傷が見えた。

 

「おい…聞いてもいいか?」

 

「…何でしょう?」

 

油断なく構える2人のうち、タルトが質問に答えた。

 

「お前たちも悪魔だろう?なぜ魔法を使ってこない?」

 

「……………」

 

「人間を盾にするような外道共が、なぜ周りの人間の命を気にするような態度を見せる?」

 

「…先程、申した言葉と同じです」

 

「…本意ではないか?なら、お前らは最初から……」

 

「問答をする為に、私たちはここにいるわけではないの」

 

リズが仕掛ける。

 

影で生み出された武器はクレイモア大剣。

 

人修羅も右手から光剣を生み出し迎え討つ。

 

光剣の左切り上げ、逆袈裟、回転を加える左薙を捌く。

 

連続斬りからの突きを捌きながら体勢を回転、袈裟斬りを放つが後ろに下がる回転回避。

 

タルトも続く。

 

互いの連続斬り、光剣の右薙を避けた反撃の袈裟斬りを背を向けたまま光剣の刃で止める。

 

タルトの刃もリズの刃も魔力が放出され、光剣の光熱を受け止めることが出来た。

 

「見事な武芸です。ですが、私だって!」

 

互いが構え直し、接近する一撃。

 

斬撃がぶつかり合う鍔迫り合いのまま刃を滑らせ、互いが奥に踏み抜ける。

 

タルトの右薙を光剣で止め、刃を滑らせるがクロヴィスの剣の鍔で光剣を止める。

 

両手を使い握りを回転、人修羅の体勢を前に流しながら刃を返し袈裟斬りが決まった。

 

「ぐっ!!」

 

本来なら真っ二つの一撃だが、カムロギのマガタマは驚異的な物理耐性を人修羅に与える。

 

肉を斬り裂かれるだけに留めたが、右肩から胸に走るように大量の出血。

 

タイミングを合わせてリズも動く。

 

クレイモア大剣を杖のように地面に突き立て、棒高跳びの要領で放つ両足蹴り。

 

「ガハッ!!」

 

同時攻撃を仕掛けられ、彼が大きく弾き飛ばされた。

 

倒れ込んだ場所は、展望台広場中央。

 

「くっ……」

 

人修羅が倒れ込んだ周囲には、陣が既に仕掛けられている。

 

「今ね…!」

 

展望台の屋根の下にいたペレネルがヘルメスの杖を地面に掲げる。

 

魔力が地面に注がれ、魔法陣が起動。

 

「何だ!?」

 

赤く光る地面を見渡せば、ソロモンが用いていた五芒星が浮かび上がっていく。

 

体から力が奪われ、地面に這いつくばっていく。

 

しかし…。

 

「くっ…!!この悪魔…なんて抵抗力なの!?」

 

五芒星の封印に抵抗するように立ち上がっていく人修羅の姿。

 

だが、彼を拘束するかの如く地面の影から拘束具が飛び出し次々と絡みつく。

 

「テメェ…!!」

 

「大人しくしていなさい!」

 

視線を向けた先にはリズが地面に手をつき、影の魔法を編み込み続ける。

 

「こんな状態で…大人しくしていられる悪魔がいるかよ!!」

 

リズに視線を向けている彼の目が瞬膜と化す。

 

「な、何…!?」

 

原色の舞踏をかけられ、リズの五感が狂っていく。

 

「リズ!援護します!!」

 

地面に片膝をつき、祈りを捧げるポーズを見せるタルト。

 

2人の周囲に光が巻き起こり、2人の傷も状態異常も完全回復してしまう。

 

()()()()()だと…!?これ程の回復魔法を…あの造魔は使いこなせるのか!」

 

「マスター!今です!!」

 

「心得ています!」

 

既に地面に置かれているのは、封魔の道具であるソロモンの器。

 

――Ἑκάς, ἑκὰς ἔστε, βέβηλοι.(不浄な者達よ、遠ざかれ)

 

真鍮器の蓋が開き、悪魔を封印する吸魔が発動。

 

「ぐおおおーーーーッッ!!!?」

 

影に拘束されたまま、人修羅の体がどんどん器に向けて吸い込まれていく光景。

 

魔力を最大限に発揮して踏みと留まるが、長くは持たない。

 

このまま人修羅は、ソロモン72柱の魔王達のように封印されてしまうのか?

 

…その時。

 

「えっ!?」

 

突然真鍮器が砕け散る。

 

聞こえてきたのは1発の銃声。

 

<<あらあら?私がボディガードをしてあげていなかったら、今頃使い魔にされていたわね>>

 

影の拘束を力任せに千切り、声が聞こえた方角に目を向ける。

 

「……お前かよ」

 

花壇広場の方から歩いてきたのは、ナイトスコープ付きM110狙撃銃を両手に抱えたナオミだ。

 

「あ…貴女は一体……!?」

 

「その悪魔は、私が先に使い魔候補として目をつけていたのだけれど?」

 

――横取りは関心しないわね……()()()()

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「貴女は…もしかして、デビルサマナー?どうやって私の結界に入ってこれたの?」

 

細目が開き、突然の来訪者に近づきながら怒気を含む質問を放つペレネル。

 

長年をかけ、研究した努力の成果が無残にも砕かれれば、怒りもするだろう。

 

「貴女の結界は、私の使い魔である蚩尤が得意としていた幻惑術。暴き方は知ってるわ」

 

「驚いた…中国の伝説の魔王である蚩尤を使役出来るサマナーだなんて…」

 

「奇門遁甲を用いて方位を見失わなければ辿り着ける。下の方にいる魔法少女は迷ってたけどね」

 

「貴女の目的は…そこの悪魔を護衛するわけ?」

 

「依頼人からはそう請け負ってるの、ビジネスだから悪く思わないで」

 

<<助けてくれと頼んだ覚えはないぞ>>

 

背後を振り向けば、ソロモンの五芒星結界が破壊される光景。

 

拳を地面に打ち込み、魔力をぶつけて破壊した人修羅の姿があった。

 

「私が来るのが遅ければ、封魔管と同じ場所に放り込まれるところだったのではなくて?」

 

「チッ…貸しを作っちまったか」

 

ペレネルの元まで造魔達は駆けつけ、来訪者に武器を構える。

 

「あら?私とやり合うつもりかしら?」

 

「よくもマスターの計画を邪魔しましたね…」

 

「覚悟は出来ているのかしら?」

 

敵意を剥き出しにしてくる悪魔を前にして、ナオミは不敵な笑み。

 

「ナオキ、この獲物は私が貰ってもいいのかしら?」

 

狙撃銃を2ポイントスリングで背中に回し、左腰ベルトから封魔管を1つ取り出す。

 

「…煮るなり焼くなり好きにしろ」

 

「勿論、そうさせて貰うわ」

 

左手で夜空を指差す。

 

「貴女たち…運が無かったわね」

 

霧が舞う夜空に輝いているのは『満月』

 

今宵の月齢はFULL MOONだったようだ。

 

「…どういう意味かしら?」

 

「時期に分かるわ。伝説の錬金術師であり…魔法少女さん」

 

封魔管を翳す。

 

「来たれ…月の女神であり、()()()()()()!」

 

封魔管が開き、感情エネルギーであるマグネタイトが溢れ出る。

 

ナオミの背後に現れた、巨大なる召喚悪魔とは…?

 

<<盟約により、満月の夜には汝を助けよう。不届き者共に誅伐を下す>>

 

ペレネルの目が見開き、驚愕した表情。

 

「まさか……この悪魔は、魔王ヘカーテ!?」

 

【ヘカーテ】

 

魔術を司る月の女神であり、名は遠くから働く者という意味合いをもつ。

 

冥界神ハデスや冥界の女神ペルセポネーを補佐する冥界の女神とも考えられている。

 

かつては死者が路傍に葬られた事から、冥界に通じる道路の支配者であるとされた。

 

処女・母・老婆、または犬・馬・獅子といった三位一体の姿で表される事が多い。

 

中世ヨーロッパでは魔女達の女王とされ、ボルボとも同一視される存在。

 

死を司る3面の女神である為、疾病はヘカーテの呪詛であり魔女の仕業だと言われた。

 

「中世時代に異端者と罵られた魔法少女にとっては、馴染み深い悪魔ではなくて?」

 

体は女性であるが、頭部は獅子・犬・馬の頭部を同時に持つ女悪魔。

 

女性の部位は黒革SM衣装を思わせる着衣を纏い、両手には鞭を携えていた。

 

「…そうね。獅子と犬と馬の顔を同時に持つ女神の像なら…私の屋敷にもあるぐらいよ」

 

「私の素となったタルトは、異端と呼ばれても…こんな3つの顔の化け物は崇拝しません」

 

「…マスター、タルト。私に掴まりなさい」

 

ヘカーテは両手に持つ巨大な鞭を構える。

 

月の女神に呼応するかのように、満月が強く輝く。

 

「我を召喚せし者よ。汝は我に何を望む?」

 

「…薙ぎ払いなさい」

 

「至極恐悦。久方ぶりに我の力…見せつけよう!!」

 

「おい!?これ程までの魔王の力を使えば街が…!!」

 

「慣れている。任せなさい」

 

巨大な鞭が振るわれ、地面が爆ぜる。

 

月の光が収束し、一気にペレネル達の頭上に放射され周囲を万能属性魔法が焼き尽くす。

 

満月の夜にしか使えない必殺召喚術である『満月の女王』の力だ。

 

眩い月の光が収まり、周囲に目を凝らせば…。

 

「…こいつは、明日の朝刊のネタは決まりだな」

 

巨大なレーザー放射で大穴が穿たれたかのように地面が掘られ、熱の蒸気が噴き上がる光景。

 

周囲の霧も収まり、ペレネルの結界は消失したのを確認した。

 

「……やったか?」

 

「…いいえ。あの瞬間、造魔の一体が2人を影の中に引きずり込むのをヘカーテが見届けたわ」

 

右手の封魔管にヘカーテを戻し、腰のベルトに戻す。

 

「傷を負ったようだけれど、治して欲しい?」

 

「結構だ。これぐらい自前で治す」

 

「フフッ、私の治療は代金を請求させて貰うから」

 

「依頼内容以外は金勘定か。つくづくビジネスマンだな」

 

「それより、早く上着を拾ってきなさい。下の魔法少女達も上に上がってこれるから…面倒よ」

 

「分かった。俺は上手く切り抜けるから、お前も魔法少女共に見つからないようにな」

 

2人は解散し、悪魔化を解いた尚紀は急いで上着を取りに走る。

 

「ペレネル・フラメルか…。あの女、この程度で諦めるような奴じゃないな…」

 

――ニコラス、本当に良いのか?

 

――あの女を…俺が殺しても?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「…そうか。妻と会ってしまったか」

 

後日、南凪路のジュエリーRAGに訪れた尚紀はことの顛末を語る。

 

「あの女の来日目的は…俺のマガタマだ。魔導の奥義を極めたいから寄越せだとよ」

 

「それだけが彼女の寄辺…。無駄に長く我々は生き過ぎたが…それでも生きる理由が必要だ」

 

「あの女は造魔研究を完成させていた。2体の造魔はタルトとリズという名を名乗った」

 

「…その者達こそ、百年戦争の際に妻が手助けした魔法少女達だ」

 

「タルト…いや、ジャンヌ・ダルクの最後は…お前もルーアンで見たんだろ?」

 

「ああ…凄惨な最期だったよ」

 

「リズと呼ばれる存在については、何か知っているか?」

 

「リズ・ホークウッドだ。イタリアの傭兵一族として歴史に名を残した猛将の孫に当たる」

 

「なぜペレネルは…英雄と猛将の孫を造魔として蘇らせたんだろうな…?」

 

「……贖罪かもしれん」

 

「お前はアメリカであいつらを見たんだろ?何か聞かなかったのか?」

 

「妻は…私に自分の研究を見せてはくれなかった。追い出されるばかりの辛い日々だった」

 

「そうか…」

 

「すまんが…私は用事を思い出した。…今日は店仕舞いだ」

 

「ニコラス……」

 

怪訝な表情をしながらも、尚紀は促されて退店していった。

 

……………。

 

その夜。

 

ニコラスの新しい屋敷の地下にある錬金術研究所内を進む彼の姿。

 

ここは尚紀も引っ越しの荷物を運ぶ時に訪れているが、訪れていない場所もある。

 

書斎にある棚の1つの本を動かす。

 

すると棚がスライドし、隠しエレベーターが出現。

 

エレベーターに乗り、研究所最下層へと至る道中で、昔の記憶が過る。

 

――もう、貴方と同じ時間を生きてあげることは出来ない――

 

「愛するが故に、離れ離れになる道を選んだ彼女は…何を得た?」

 

彼女が進んだ道の先にあったのは、1人の英雄の死。

 

それを招く一翼を担ってしまった罪しかない。

 

「彼女の為に賢者の石を完成させる道を進んだ私に…何が残った?」

 

妻と共に永遠を生き、共に苦しみを背負う事を望んだ。

 

彼の進んだ道の先にあったのは、愛する妻からの拒絶。

 

「呪われた数百年の歴史を生きた…。それは、妻の苦しみを救う為だ」

 

それは、マガタマを手に入れて彼女の夢を完成させる為だろうか?

 

…いいや、違う。

 

「ペレネル…もう星の智慧を求めるな。知りたいと思う気持ちは…理不尽な苦しみを得るだけだ」

 

エレベーターが最下層に到着し、扉が開く。

 

そこにあった施設とは…?

 

「私は…愛する妻の死を願う者。そして、我が身の死を望む者…」

 

周囲を漂う禍々しさは…ヴィクトルの業魔殿最深部と同じ気配を漂わせる空間。

 

「ナオキ君に言われた。愛している魔法少女を救いたいのなら、自分の力でやってみせろと…」

 

相手は造魔研究を完成させ、英雄と猛将を従えた魔法少女であり自分と並ぶ錬金術師。

 

自分独りで成し遂げるには…あまりにも力の差が広がり過ぎている。

 

「私も…覚悟を決めるべきか。しかしそれは……」

 

右手が震え、握り締められていく。

 

彼が考えている行為は…あまりにも危険な行為。

 

それはもはや、永遠の命を得る苦しみを超えた道となろう。

 

「…せっかくだ。もう一度だけ…妻を説得しに行こう。夢は諦めて…共に生きようと頼み込もう」

 

踵を返し、エレベーターに戻っていく。

 

「……それでもダメなら」

 

――もはや私に…選択肢はない。

 




読んで頂き、有難うございます。


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107話 人々の日常

季節は10月が過ぎていく頃。

 

日が昇り初め、一日が始まろうとしていく。

 

神浜北部の平地と里山を結ぶ緩衝地帯には竹林があった。

 

早朝であり山深い場所の為、人はあまり訪れないのだが…今は利用者が存在している。

 

「……………」

 

正座し、瞑想をしている悪魔の姿。

 

仕事前の鍛錬を行っている尚紀である。

 

今日はあきら達とは付き合わず、独りでの鍛錬。

 

彼の前には打刀が置かれていた。

 

風が吹き、竹林の竹を揺らしていく光景。

 

彼の両目が開き、打刀を手にする。

 

仕事着である黒いスーツベストの下に見えるのは、特注の刀帯ベルト。

 

打刀を腰の刀帯に通し、右手を柄に近づけていく。

 

刹那、刀身が瞬時に抜かれると同時に放つ斬撃。

 

「スー……ハー……」

 

片膝立ちの状態から立ち上がり、八相構え。

 

唐竹、回転右薙、霞の構えに移しながら腰を落としていく。

 

演武を繰り返し、片膝をつく形で腰帯から鞘を抜く。

 

ゆっくりと刀を鞘に戻し、立ち上がった。

 

「…値打ちモノのこの刀なら、保つだろうか…?」

 

歩みを進めていく。

 

林の奥に進み、山間の山道を進む。

 

程なくして川の音が聞こえ、川岸に出た。

 

「あの大きさの岩でいいか」

 

川岸の河原の奥には、不釣り合いな大岩。

 

腰を落とし、左手で鞘を握り右手を柄に近づけていく。

 

大岩からは大きく離れている位置。

 

「……ッ!!」

 

刀が一瞬抜かれたかと思えば、鞘に収める音が響く。

 

短い静寂が場を支配。

 

遅れるようにして、大岩がバラバラに切断されていった。

 

「……これでもダメか」

 

横に視線を向ければ、折れてしまったボロボロの刀身が転がっている。

 

「刀鍛冶の名門一族に特注した品だったんだがな…」

 

溜息をついた彼の頭に、マロガレの中に溶けた魔剣スパーダの声が響く。

 

<<見事だ。スパーダの剣技のうち、バージルに伝えた剣術は会得出来たようだな>>

 

<俺と居合の技術は相性がよかった。…暁美ほむらから受けた傷は、まだ回復しないのか?>

 

<<まだかかる。それよりも問題なのは…>>

 

<ああ…せっかくのスパーダの剣術だが、耐えられる武器がない>

 

<<スパーダがバージルに伝授した剣技は居合。抜身の光剣では…再現出来る技は乏しい>>

 

<ダンテが持っていた魔剣に匹敵する程の刀が必要か…>

 

腕を組み、かつての世界の記憶を辿る。

 

武神達が携えていた数々の武器であっても、耐えられるかは未知数のように思えた。

 

そんな時、かつての世界の彼が所有していた刀の事を思い出す。

 

「公の御剣……将門の刀……」

 

それはかつてのボルテクス界において、坂東宮と呼ばれる将門の領域に進む為に手に入れた品。

 

カグツチ塔の近くにあった将門の首塚跡において使用した過去があった。

 

「坂東宮に入って、毘沙門天達を倒してマサカドゥスを手に入れたのはいいが…」

 

坂東宮から帰ってみれば、将門の刀は役目を終えたかのように消え去っていた。

 

「将門に刀をくれと頼んでみるか…?いや…もうマサカドゥスを貰ってるしな…」

 

視線を空に向ければ、太陽が昇り始めている事に気づく。

 

「考えても仕方ない。そろそろ仕事に向かうか」

 

踵を返し家に帰っていた時、ポケットのスマホからメールの着信音。

 

手にとって見てみると…。

 

『ナオキ、朝練サボたカ?組み手出来なくて、あきらが不貞腐れてるヨ』

 

頭をかき、適当な言い訳文を打ちながら帰路についていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「何?仕事がないから今日は休み?」

 

「ポスティングの出だしは良かったが、後はからっきしだからなぁ」

 

「まぁ…私立探偵の仕事は、無い時は無いもんだからな」

 

「俺は副業を行う部屋の整理がまだ残ってる。お前はどうする?」

 

「そうだな…俺も便利屋の仕事があるか、聞いてみるか」

 

2階事務所から降り、スマホで東京のシュウに連絡を入れてみる。

 

「えっ?歌舞伎町の方も仕事はないのか?」

 

「ええ。防犯ボランティアの方々も頑張ってくれてますし…今のところは大丈夫ですよ」

 

「そうか…また連絡するよ」

 

黒いトレンチコートのポケットにスマホを仕舞い、溜息をつく。

 

「…取り敢えず、家に返って何をするか考えてみるか」

 

……………。

 

「あら?今日は仕事はなかったの?」

 

「まぁな…」

 

「丁度いいニャ、せっかくの月曜祝日なんだし…尚紀も偶には骨休みするニャ」

 

「そうはいくか。仕事がないなら、俺は東京の守護者としての役目を果たしに向かう」

 

「貴方の政治圧力によって、東京の魔法少女達は大人しくなったんでしょ?いいじゃない」

 

「だが……もし俺の法を無視する者が現れたら…」

 

「その為の相互監視社会じゃない?貴方が施行した政策を、貴方が信じなくてどうするの?」

 

「そ、それは……」

 

「チンピラ魔法少女達も、尚紀の法律に縛られてしまえば社会の役に立つ存在に化けるニャ」

 

「それが貴方が求めた全体主義による、幸福社会の在り方でしょ?」

 

「……………」

 

「任せたらいい。東京の守護は、全体で行うべきなのよ」

 

「東京の魔法少女達も、尚紀が今日現れなくても明日現れるかもと震え上がるに決まってるニャ」

 

「参ったな…突然自由時間が出来たとしても、俺は何をやっていいのか検討もつかない」

 

「ワーカーホリックも、ここまで来たら病気だニャ」

 

「取り敢えず、その辺を散歩しながら近所付き合いしてみたらどう?」

 

「…そうしてみるか。歩いているうちに、何かやりたい事も見つかるかもしれない」

 

着替えるのも面倒だと思い、黒いトレンチコート姿のまま家から出てくる。

 

「散歩だし…クリスに乗らなくてもいいか」

 

突然の休日襲来に戸惑いながらも、彼は歩みを街へと向けていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

北養区の山道から住宅区まで歩いていた時。

 

「そういや、あれ以来食べに来てないな…」

 

隣に視線を向ければ、老舗洋食屋のウォールナッツ。

 

店の前では朝の清掃を続けるまなかの姿。

 

「あっ!前にうちに来てくれたお兄さんじゃないですか!」

 

小さなコック娘が駆けてきたようだ。

 

「この前はごめんなさいです…。猫ちゃん達に、まなかは劇物料理を提供してしまいました…」

 

「気にするな。無理を言って飼い猫を上がらせたのは俺なんだから」

 

「でも大丈夫です!あれからまなかは…ペット料理も作れるよう修行を重ねたんです!」

 

「そ、そうか。家も近所だし、また今度…ケットシー達を連れてきてみる」

 

「えっ?ご近所さんになられたんですか!?」

 

「嘉嶋尚紀だ。お前の料理は美味いからな…また寄らせてもらうよ」

 

「胡桃まなかです!今後とも、ウォールナッツをご贔屓に♪」

 

手を振って見送ってくれる彼女に対し、彼も頷き去っていく。

 

道を歩いていくと、高級住宅街の通りとなった。

 

「あいつは……?」

 

通路に立ち、カメラを向けながら公園を見回している姿をした少女には覚えがあった。

 

「学生新聞の記者が、こんなところで何をやっている?」

 

「うわっ!?仕事中に突然声をかけられると…観鳥さんもビックリするじゃないか」

 

「南凪自由学園の制服を着ているが、今日は祝日じゃなかったのか?」

 

「ちゃんと学生新聞の記者だってアピールしとかないと、不審者に思われるからね」

 

PRESSと書かれた腕章を尚紀に見せ、ドヤ顔アピール。

 

「何を撮影していたんだ?」

 

「この辺に現れるっていう、特別な猫を撮影出来たらと思ってね」

 

「猫の撮影?」

 

「観鳥さんの学生新聞で一番の人気記事はね、街角のネコを撮った今日のネコ日記なんだ」

 

「なるほど。それで…どんな風に特別な猫なんだ?」

 

「聞いた話だとね?スマホでゲームして遊べる猫や、読書してたらやってくる白猫とか」

 

片手で顔を覆い、空を仰ぐ姿をした尚紀。

 

「その反応…何か思い当たると観鳥さんは考えるんだけど?」

 

「多分…うちの馬鹿ネコ共だ」

 

「えっ!?北養区で評判の面白ネコって…飼いネコだったの?」

 

「仕事から帰るまで家に放置しているが…あいつら、こっそり街で遊んでやがったな」

 

「へぇ~?嘉嶋尚紀さんは、探偵であり拳法家であり…ネコ好きさんなんだね♪」

 

「俺の事は、美雨から聞いたのか?」

 

「うん。最近この街に探偵事務所を引っ越してきたり、蒼海幇を救ったり大活躍じゃん」

 

(それ以外の情報は、喋っていないようだな)

 

「今度ネコの取材をお願いしてもいいかな、嘉嶋さん?」

 

「あいつらなんぞ撮影して、面白いと思うのか?」

 

「可愛い動物は万人に好かれるからね。殺伐とした新聞記事には、そういう清涼剤が必要さ」

 

「考えておく」

 

「探偵さんなら、名刺を貰ってもいいかな?」

 

「構わない」

 

ポケットから黒革名刺入れを取り出し、一枚渡す。

 

手を振って見送る彼女を背に、彼は北養区から参京区へと進んでいった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「丈二から聞いた話だと…この学園は仏教系学校のようだな」

 

参京院教育学園を通りから見物しながら道を進んでいく。

 

「時間が空いた時に、片手間でしているのは読書だ。夏目書房に行ってみるか」

 

参京区、水名区にほど近い新西区北側まで歩いていく。

 

店の前では入り口を掃除していたかこの姿。

 

「あっ!嘉嶋さんじゃないですか~」

 

姿を見つけた彼女が一礼してくる。

 

「この前買った長編小説は全て読みきった。とても興味深い内容だったよ」

 

「そう言ってくれると、小説を書いた作者も喜んでくれます……故人ですけど」

 

「何か他にも見てみようかと思って、立ち寄らせて貰った」

 

「毎度ご贔屓にしてくれて、本当に有難うございます。さぁ、中に入って下さい♪」

 

店内に入ると、古書の匂いが出迎えてくれた。

 

「嘉嶋さんは…どんなジャンルの本が好きなんですか?」

 

「政治や社会、それに法律といった専門分野だが……宗教本も興味深いな」

 

「勉強熱心なうえに信心深いんですね。だったら、最近売られてきたオススメ古書があります」

 

棚の前に移動し、一冊の文庫本を手に取る。

 

「これなんてどうです?」

 

「ミルトンの失楽園か…」

 

「唐草模様のデザインがとても素敵な本ですよね。本のカバーが無いので幾らかお安くなります」

 

「分かった、これを売ってくれ」

 

「またネコマタちゃん達を連れてきて下さいね、嘉嶋さん♪」

 

「迷惑にならなければ構わない」

 

レジで清算を済ませていた時、入り口から勢いよく入り込んできた人物。

 

「あーっ!!見つけたよ~尚紀さん!」

 

「……スポ根娘に見つかったようだ」

 

「あれ?あきらさんじゃないですか?」

 

「あ、おはようかこちゃん。聞いてよ~尚紀さん酷いんだよ~!鍛錬の約束すっぽかすし!」

 

「俺だって、1人で鍛錬したい日だってある」

 

「鍛錬してたの!?なんでボクを呼んでくれないのさ~~!」

 

「別にいいだろ?」

 

「よくないよ~!も~鍛錬の仲間外れにするんだったら、ボクは尚紀さんと今直ぐ鍛錬する!」

 

「どうしてそうなる……」

 

「フフ♪あきらさんは負けず嫌いな空手家ですしね」

 

「そういう訳ヨ。運がなかたネ」

 

視線を入り口に向ければ、美雨も現れたようだ。

 

「丁度いいネ。ワタシも朝練相手を逃したし、今から付き合て貰うヨ」

 

「今日ぐらい勘弁してくれないか…?」

 

「オマエ、多忙な奴ネ。今日は仕事やてなさそうだし…逃さないヨ」

 

「かこ……こいつらを何とかしてくれないか?」

 

「え~私に振るんですか?それじゃあ……みんなで読書したり、お勉強会したりとかは?」

 

「ええ~?ボクは…勉強会はパスかなぁ」

 

「勉強が苦手なのか?」

 

「恥ずかしながら……。文武両道の道は遠い~…」

 

「俺も昔は勉強嫌いだったが…必要性が出来れば勉強したくなるものさ」

 

「社会人の尚紀さんが言うと重みを感じるね~……そ・れ・よ・り♪」

 

「かこ、今日は譲て貰うネ♪」

 

「お、おい美雨!?あきら!?」

 

2人に引っ張られながら、早朝の鍛錬場所にまで連行されていく尚紀であった。

 

……………。

 

参京区の東の公園にまで連行されてしまったようだ。

 

「さて、今日も張り切って組み手をしよう♪」

 

「お前ら私服だろ?それに……」

 

視線を下に向ければ、私服姿の2人の下半身衣装はミニスカート。

 

「そんなナリで蹴り技なんて使えば、見たくなくても見えちまうぞ」

 

「えっ……あっ!?」

 

「仕方ないネ…。尚紀を見つけられるとは考えてなかたから…オフ姿ヨ…」

 

赤面して恥ずかしがる姿を見せられ、大きな溜息。

 

「待っててやるから、家に帰って着替えて来い」

 

「大嘘ネ!帰てる隙に…トンズラしようだなんてミエミエヨ!」

 

「だ、大丈夫!蹴り技は使わないようにするから…」

 

「……ヤレヤレだぜ」

 

オーバーに両手を上げていた時、公園の入口付近から猛ダッシュして現れる人物。

 

<<ならば!その方との稽古は私に譲って貰います!!>>

 

空気も読めない素っ頓狂な大声を上げ、現れた少女とは…。

 

「………こいつ、誰だ?」

 

白の稽古着に紺色の馬乗袴を着用した薙刀少女である。

 

「竜城明日香。ワタシとあきらとは、古くから親交がある武道仲間だけど…何で現れたカ?」

 

「出稽古に向かっている途中でした!それより…貴方が嘉嶋尚紀さんですね?」

 

「なんで俺の名を知っている?」

 

「貴方のことは、あきらさんから聞いています」

 

「おい…あきら?お前……こいつに何を言ったんだ?」

 

「えっ?ええと…仁義に熱くて、凄く強い拳法家だって…言っちゃった」

 

「あきらさんと美雨さんを打ち負かす程の武道家なら、同じ武道家として見過ごせません!」

 

右手に持つ競技用薙刀を頭上で回転させ、上段の構え。

 

「竜真館の師範代、竜城明日香です!いざ尋常に…勝負!!」

 

(スポ根娘が……スポ根馬鹿を呼ぶ……)

 

「すまない、急用を思い出したから……失礼させて貰うぞ!」

 

面倒臭い娘から逃げるようにして駆け出していく。

 

「ああっ!?待ちなさい!それでも武侠の世界を生きる殿方ですかーッ!!」

 

薙刀を振り回しながら彼の背中を追いかけていく明日香の姿。

 

取り残されてしまった2人は互いに顔を向け、大きく溜息を出した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

街をガムシャラに逃げ回り、撒いた頃には工匠区を歩いていた。

 

「あいつも魔法少女だったな…。まったく、神浜の魔法少女は変人揃いなのか…?」

 

街を歩いていた時、ふと休日の使い道を思いつく。

 

「ここからなら嘉嶋会のオフィスも近い。何か仕事はあるか聞いてみるか」

 

街を歩き続け、嘉嶋会のオフィスに入る頃には丁度お昼頃。

 

オフィス入り口に入った彼の鼻に感じた異臭…。

 

オフィスを見れば、キッチンルームを心配そうに見つめる職員達の姿。

 

「米さん、これは何の騒ぎだ…?」

 

「尚紀君か…?いや、それがだね……」

 

喋りかけていた時、キッチンから爆発音。

 

「なんだ!?」

 

慌てて彼が扉を開けると……。

 

「おかしいわ……カレーを作っていた筈なのに、なんで鍋が爆発したのかしら?」

 

そこには、カレーらしき物体Xを作っていた静海このはの姿。

 

天井には爆発で押し上げられた鍋の蓋が刺さっていた。

 

「おい、このは……葉月は来ていないのか?」

 

「葉月なら、ななかさんと一緒に出かけたわ。オフィスに送られた花を生ける花瓶を買いにね」

 

「それは経費で出すから良いが…あやめは来ていないのか…?」

 

「あやめはね、事務所にご挨拶に訪れた人から貰ったアイスを食べすぎて…トイレにいるわ」

 

「だから誰も…お前がキッチンに入るのを止めなかったのか……」

 

鍋に視線を向ければ、死の気配。

 

「これ……味見する?」

 

「してないのかよ!?」

 

「大丈夫、愛情は入ってるわ」

 

「そういう問題かよ!!」

 

「偏見は良くないわ。見た目は悪くても、味が美味しい料理なら沢山あるじゃない」

 

彼の拒絶も無視し、器にライスを盛って物体Xを上からかける。

 

「取り敢えず、理事長から先に味を試してくれる?美味しかったら他の皆にもよそうから」

 

キッチンの机に置かれ、椅子に座るよう促してくる。

 

逃げようかと考えてしまうが、そうなれば他の職員が犠牲になるだけ。

 

震える手がスプーンを握り、カレーをすくう。

 

(……覚悟を決めるしかないな)

 

意を決し、口の中に入れて咀嚼。

 

勿論、お約束の展開。

 

「……う、あう、ああう…あおぉぉ!!!!!」

 

物体Xが飲み込みきれず、盛大に口から噴射。

 

彼の体が横に倒れてしまった。

 

「えっ、ちょ……」

 

「あんじゃコリャーーァァ!!!」

 

起き上がり、大いに批評。

 

「お前…どんな……ゲホッ!ゲホッ!!」

 

「カレーを作っていただけなんだけど…おかしいわね?」

 

「カレーは、辛いとか甘いとかだろ!」

 

――コレ、()()()()()()!!

 

「ジャリジャリしてる上にドロドロして、ブヨブヨなとこもあって…」

 

「なんか…上手く混ざらなくて…。けど、バラエティ豊かな食感だったでしょ?」

 

「も、色んな気持ちワリーのだらけで、飲み込めねーんだよ!!」

 

「新食感だったみたいね」

 

「まったく…とんだ()()()()だった……おおう!?」

 

吐き気が止まらずトイレに駆け込む。

 

「あやめ……頼むから早く出てくれ…」

 

<<ごめん…あちしが腹痛してる時に…このはが来ちゃった>>

 

「もしかしてお前…トイレに逃げ込んでいれば、味見から逃げれると企んで…?」

 

<<…あちし、もう死にたくない>>

 

震え声から察するに、このはの味見から逃れられずに()()()した苦しみがあったのだ。

 

ふらつきながら事務所まで戻ってきた彼の体が俯向けに倒れる。

 

「あぁ…やっぱりダメだったんだね」

 

職員たちは顔を振り、救急車を呼ぼうかとしていた時に葉月達が帰ってきた。

 

「あ、あ~……もしかして、うちの姉がやっちゃった感じ、ですか…?」

 

駆け寄り、彼の体を仰向けに葉月が寝かせる。

 

「うわ~…あやめがバタンした時と同じ表情してるよ」

 

「み……水……」

 

震え声を出しながら飲み物を要求していた時、眼鏡を光らせる常磐ななかが歩み寄る。

 

「丁度良かった。私も職員の方々の為に、お手製ドリンクを作ってきてたんですよ♪」

 

大きい水筒を開け、コップに物体Yを注ぎ始める。

 

「な…ななか……!?」

 

「さぁ、尚紀さん。頭を上げさせてもらいますね」

 

「ま、待て……葉月……ななかを止めろ……」

 

「えっ?ななかさんのドリンクがどうかしたの?」

 

「早く…!!」

 

「失礼します」

 

拒絶する言葉で口が開いていた彼の口に躊躇いなく物体Yを注ぎ込む。

 

体が痙攣しながら飲み込まされていく尚紀の体。

 

「いかがです?」

 

暫しの痙攣が続き…。

 

「ゴハッ!!!!!」

 

盛大に口から噴射。

 

息を引き取るかのように、彼の意識は遠くなった。

 

「あら~……こういう事だったんだね~…」

 

――死の安らぎは 等しく訪れよう。

 

――人に非ずとも 悪魔に非ずとも。

 

――大いなる意思の 導きにて。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

職員から食あたりの薬を飲ませて貰い、どうにか持ち直せた。

 

彼は逃げるようにしてオフィスを離れ、このはとななかから出来る限り遠くに身を移す。

 

「危うく…死にかけたな…」

 

気がつけば南凪区埠頭にある海釣り公園の近くにまで来ていた。

 

「ん?この魔力は……」

 

海釣り公園に入り、埠頭の道を歩く。

 

周囲には海釣りに訪れている人々の姿が見える。

 

その中で見つけた少女達の姿。

 

「あれ?あの人は…嘉嶋さん?」

 

「あっ!お~い、尚紀先輩こっちこっち~!」

 

見れば時女一族の5人組。

 

「揃って休暇の海釣りか?」

 

「はい♪私こう見えて、釣りが大好きなんですよ♪」

 

「元はと言えばあたしが坐禅中に寝ちまって、住職に罰として夕飯釣って来いと言われたからさ」

 

「静香ちゃんは釣りが大好きだけど、他の皆は私も含めて面白そうだからついてきたの」

 

「田舎の川釣りと都会の海釣りとでは、醍醐味も違うだろ?」

 

「そうですね。川釣りは狭い場所だから魚がどの辺にいるか分かりますが…海は違います」

 

「静香はね、海釣りよりも海の大きさに感激してました。田舎の山奥暮らしでしたし」

 

「本当に美しいわ…。塩の満ち引きもあるけど色々な魚と出会えるし、とても楽しい♪」

 

「静香ちゃんが都会に出てきて、一番嬉しかった場所だよね~海♪」

 

「休日を満喫しているようで何よりだ。俺は…休日の休み方すら忘れちまったよ」

 

「今日は仕事休みなのか?だったら釣り竿はまだあるし、尚紀もやっていくかい?」

 

「そうは言うがな…釣りはあまり経験がないんだ」

 

「男は度胸♪何でもやってみるものさね」

 

「仕方ない…ちか、空いてる隣の場所を使わせてくれ」

 

「あっ、釣れました」

 

言ってるそばからちかが釣り上げる。

 

釣れた魚は黒メバルのようだ。

 

「お、またちかが釣りやがった。景気がいいのは静香とちかだけだなぁ~」

 

慣れた手付きで釣りを続ける2人を見て、見様見真似で尚紀も釣り竿を振ってみる。

 

「尚紀さんが来てくれたから、お魚さんが集まって来ましたよ」

 

「魚に好かれても嬉しくねーよ。というか…魚の言葉まで分かるのか?」

 

「はい」

 

「捌く時、五月蝿くて仕方ないだろ?」

 

「私の捌き方は独特なんです。コツを今度教えてあげますね♪」

 

「俺は料理をしないから遠慮する」

 

そうこう言っている内にまた静香が魚を釣り上げる。

 

「これだけあったら、住職やあたしらの夕飯だけじゃなく尚紀にもおすそ分け出来るなぁ」

 

「貰っても俺は捌けないんだが…」

 

「いい機会じゃないですか?今夜の夕飯は、尚紀さんの家で魚を調理して食べましょう♪」

 

「…いきなりの提案だな?」

 

「私が買った調理道具があるはずですよね?使ってます?」

 

「…面目ない」

 

「はぁ…独身男性はしょうがない人ね。やっぱり私が貴方に料理の仕方を教えてあげます」

 

「楽しそうじゃないか♪尚紀の家はウッドデッキあるし、バーベキューとか出来ないのか?」

 

「バーベキュー道具なら、前の持ち主がガレージの中に残していたな」

 

「やったー!今夜は魚のバーベキューだよぉ♪」

 

「……女は5人揃えば姦しいどころじゃないな。押し切られそうだ」

 

午後は釣りの流れとなり、夕方になる前に切り上げ海釣り公園を後にする。

 

帰りに水徳寺に釣った魚を届け、バーベキュー用の炭などを購入して帰路についた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「尚紀さん、包丁の持ち方はこうです」

 

「こ、こうか…?」

 

時女の5人組を招いた尚紀は、早速料理の勉強をさせられている。

 

「包丁の腹を人差し指の第一関節に付けて、包丁の前後の動きで切っていきます」

 

「引いたり…押したり…」

 

台所には尚紀とすなおとちかの3人。

 

他の3人はガレージから出してくれたバーベキュー道具をウッドデッキで準備中。

 

「下ごしらえだけでも大変だな…。主婦の苦労が身に染みる」

 

「それはちゃんと片付けもやってから言って下さい。野菜は切れました?」

 

「ああ、なんとかな」

 

「じゃあ、次は魚の捌き方ですね」

 

すなおに代わり、今度はちかが教師を務める。

 

クーラーBOXから魚を取り出し、まな板の上に置くが跳ね続けてしまう。

 

「ヌルヌルして上手く掴めないな…手から抜け落ちそうだ」

 

「ちょっと活きが良すぎますね。そんな時は、こうするんですよ」

 

「えっ?」

 

横に近づいたちかが突然、()()()()

 

「……………」

 

魚は気絶したかのように大人しくなった。

 

「何で…殴るんだ?」

 

「頭を叩いて気絶させれば、落ち着いてくれるんですよ」

 

「もしかして…お前の独特な捌き方っていうのは…?」

 

「気絶させて持ち帰るのにも使えますし、捌く時もこうすれば楽です」

 

「変わったやり方だな…」

 

「では、魚のエラ蓋のすき間から包丁を入れて、中骨を一気に断ち切ります」

 

「やって見せてくれないか?次の魚で真似てみよう」

 

「分かりました。ちゃんと見てて下さいね?」

 

慣れた手付きで魚をしめ、道具を使って内蔵を取り出し綺麗におろしていく。

 

「それじゃあ、次は尚紀さんの番です」

 

「こ、こうやって殴ればいいのか?」

 

魚の頭を少しだけこついてみる。

 

「弱いです」

 

「もっと力がいるのか?」

 

魚の頭を少しだけこついてみる。

 

「弱いです」

 

「むぅ……難しいな」

 

(ちかさんって…動物の声が聞こえる割に、容赦ないですね)

 

悪戦苦闘中の家主を机の上から見守っているのは2匹の仲魔達。

 

<これで尚紀も手料理を覚えてくれたら、オイラ達の夕飯もグレードアップだニャ>

 

<上手くいくのかしらね?>

 

<まぁ、家事に関しては…尚紀は不器用な方だと思うから、過度な期待はやめとくニャ>

 

悪魔の念話を終え、ケットシーとネコマタは外の様子を見に行く。

 

「ギャァーーーーッ!!?」

 

「お、おかしいわね…この魔力の匙加減なら炭に火が入るぐらいだと…」

 

「思ったんだけどねぇ…」

 

「もーっ!火属性魔法少女の2人が同時に炎魔法使ったら、こうもなるよぉ!」

 

ウッドデッキを見れば、魔力で火をつけた為か火柱が上がるバーベキューグリルが見えた。

 

<あっちもあっちで、悪戦苦闘中みたいだニャ>

 

<無事にバーベキューのご馳走にありつけるか…心配になってきたわ>

 

外も暗くなる頃には、ようやく海鮮バーベキューがウッドデッキで始まっていく。

 

「時女一族と~聖探偵事務所の末永い繁栄を願って~~」

 

<<かんぱ~~い!!>>

 

乾杯の音頭を静香が行い、5人の少女たちは買ってきたジュースを飲む。

 

「お前らも酒の付き合いが出来たらなぁ…」

 

椅子に座る尚紀は、1人だけ生ビールを飲む姿。

 

足元では小皿に乗せた刺し身を美味しそうに食べる猫悪魔達がいた。

 

「美味しい~!海鮮は竹串に刺して炭で焼いて食べるとこんなに美味しいんだねぇ♪」

 

「自然の中で食べる御飯は格別です♪」

 

「待て待て、海鮮だけじゃなく肉屋で買った肉もあるぞー♪」

 

「僧侶を目指す人でも、お肉を食べていいんですか?」

 

「坊さんは仏に帰依しているただの人間。命の尊さに気づく道が仏教の食事なのさ」

 

「あ、そろそろ私が釣った大物の魚がグリルで焼ける頃ね」

 

「まさか、こんな沖合でブリが釣れるなんて思わなかったよぉ。静香ちゃんスゴイね~」

 

「えへへ♪思わず写真を撮って貰っちゃった♪」

 

和気あいあいとしている光景を静かに見つめる尚紀の姿。

 

彼にとっては…何処か遠くの世界のように見えていた。

 

<尚紀…どうしたニャ?>

 

上を見上げ、家主の態度を心配するケットシー。

 

<……俺は、ここにいていいのか?>

 

彼の脳裏に、かつての世界の記憶や佐倉牧師の家族と過ごした日々が巡る。

 

<なぁ……ケットシー、ネコマタ。俺は……>

 

――こんな幸福な時間を過ごして、いい存在なのか?

 

その一言を聞き、ネコマタが念話を送る。

 

<人間はね、どんなに誰かを遠ざけようとしても…それでも誰かを必要とするの>

 

<そうだな…。人間社会で暮らすのは、人間と触れ合うしかない>

 

<社会のライフラインに皆が支えられ、生きている。人間を遠ざけるなんて不可能よ>

 

<だからこそ…俺は人間社会を守りたい。それでも……俺は呪われた悪魔だ>

 

<尚紀…オイラはね、これで良いと思うニャ>

 

<どうしてだ?>

 

<だって尚紀に助けられなきゃオイラ死んでたニャ。誰とも関わらない尚紀なら素通りニャ>

 

<……………>

 

<誰かを助けたい気持ちは…()()()()()()()()()()なんじゃないのかニャ?上手く言えないニャ>

 

<フッ……お前にしては、上出来な答えだよ>

 

<貴方が神浜で触れ合ってきた人達だって、そうじゃない?>

 

<俺が…神浜で触れ合ってきた人達?>

 

<貴方が素通りしなかったから、救われた人間や魔法少女がいたはずよ>

 

<……………>

 

<誰かを救いたい気持ちは、誰かと接したい気持ち。私もその通りだと思うわ>

 

<…人間社会を守る道は、誰かを遠ざける道ではなく…誰かを必要とする道…>

 

<貴方1人で人間の守護者なんて務まらない。どうしたって…届かない命が生まれるわ>

 

<だからこそ俺は…魔法少女という存在を呪いながらも……心の何処かでは>

 

――必要としていたのかも…な。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

バーベキューも終え、静香達が帰った後のウッドデッキ。

 

後片付けも行わないまま尚紀は手摺りの前に立ち、タバコを吸う姿。

 

「時女一族と情報交換も行えたんでしょ?現在の神浜市について」

 

後ろには悪魔化した二匹の猫達。

 

「現在の神浜情勢は切迫している。既に魔法少女社会は東西の魔法少女の諍いや争いが絶えない」

 

「人間のフリをした貴方には伝えられなくても…彼女達の周囲は予断を許さない状態なのね」

 

「東を抑え込んでいたリーダーは追放され、今は藍家ひめなと名乗る魔法少女が長をしている」

 

「その魔法少女が東を治めてから、状況が悪化したのね」

 

「そいつは魔法少女至上主義を神浜だけでなく、世界中にばら撒こうとしているそうだ」

 

「どうやってそんな真似を?」

 

「SNSだ。ひめなは魔法少女にしか分からないアカウントを作り、海外にまで思想をばら撒く」

 

「そういえば、今のSNSには翻訳機能がついてるものね…。言語の壁は、もはや無いのかも」

 

「魔法少女至上主義思想に同調する者たちが…日本中から神浜に向けて集まりだしている」

 

「時女一族は…そこまで知ってるのに、指を咥えて偵察するだけだったのかニャ?」

 

「ヘタに神浜問題に関わろうものなら、他所から来たアナーキスト共だと疑われる」

 

「そういえば…あのヤタガラスのお姉ちゃん達は、神浜魔法少女社会の部外者だったニャ」

 

「それに連中はヤタガラスに飼われる飼い鳥共だ。組織の許可が無ければ自由に動けない」

 

「神浜市は…今後どうなっていくのかしら?」

 

「藍家ひめなの目的は……皆で()()()()()()こと」

 

「何かの比喩かしら…?」

 

「詳細までは掴めていないそうだ」

 

「尚紀は……この騒動をどう見て、どう動くニャ……?」

 

吸っていたタバコを指で弾く。

 

地面に落ちるより先に炎魔法で消失。

 

「俺は……神浜の魔法少女を、一度だけ信じてみたい」

 

「一度だけ……信じる?」

 

「神浜社会で生活し、あいつらの魔獣狩りも見物してきた。生き方だけなら…正義の味方だ」

 

「彼女達に東の魔法少女問題を委ねて、貴方も静香達と同様に見物しようというの?」

 

「もしもだニャ…連中が大規模な反乱を企てて…神浜の街が大変な事になってもかニャ?」

 

「その時は……俺は人命救助に奔走する」

 

「それだけに留めるのかニャ?」

 

「東の魔法少女達をどう扱うかで…俺は人間として、嘆願を出しに行くつもりだ」

 

「人間として…請願を出す…?」

 

「被害者達の心に寄り添うべきであり、連中は極刑にするべきだと伝える」

 

「もし…その請願を、神浜の魔法少女達が反故にしたなら……?」

 

「その時は…警告しにいく」

 

「それでも…取り組んでくれなかったら…?」

 

「……その時は」

 

――()()()()()()()()共を……俺は絶対に、許さない。

 




読んで頂き、有難うございます。


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108話 死と再生

朧気な意識のまま、少女は歩く。

 

周りを見渡せば同じように歩く大勢の民衆たち。

 

(アリナ…なんでこんな連中と…一緒に歩いているワケ?)

 

自分の姿を見てみれば、木綿で出来た砂漠民族特有の衣装を纏う。

 

土煙に耐えながら一行が目指す場所とは?

 

集団が広場で休憩しているが、怒号が巻き起こる。

 

משה הוא שקרן!(モーセは嘘つきだ!)

 

אני מנסה למות בשממה הזאת!(この荒野で死なせようとしている!)

 

(…何語を喋ってるワケ?アリナ…分からないんですケド)

 

一行にはパンもなく、水もない。

 

惨めな食べ物で飢えを凌ぐしかない民衆達の姿。

 

נהרג על ידי המצרים!(エジプト軍に殺される!)

 

(アリナ……夢でも見てるワケ?それとも……)

 

辛く苦しい行進により、集団の我慢は既に限界を越えようとしている。

 

「あーあ…このままじゃ、集団パニック待ったなしなんですケド」

 

パニックの定義としては、このような説がある。

 

ヒステリー的信念に基づく集合的な逃走。

 

極端な利己的状態への集合的な退行だ。

 

このままでは、行進を辞めて後ろから迫る存在に許しを乞いに逃げていく人々で溢れる。

 

他人事のように見物するだけに留めていた…その時。

 

「な……なんなワケッ!?」

 

曇天の空から突然、赤い火柱が堕ちてくる。

 

集団から遠く離れた丘に火柱は堕ち、業火の中から現れた存在を人々は目にする。

 

זה נחש!!(蛇だ!!)

 

現れた存在の姿とは、業火を纏う巨大な蛇。

 

<<主に仇を成すか?汝らのその罪、許しがたい>>

 

巨大な蛇の目が瞬膜となり、集団を睨む。

 

すると…地面から突然現れ出したのは、同じように燃える蛇。

 

「ワッツ!?いったい……何が起こってるワケ!?」

 

燃える蛇が次々と民衆に襲いかかり、噛み付いていく。

 

猛毒と業火によって、イスラエルの民達が次々と死んでいく光景。

 

アリナは周囲の叫び声よりも、神々しい程に燃え盛る蛇に目を向けた。

 

「スネーク……死と再生。それは……フレイムを運ぶ…()()()()……?」

 

アリナが視線を向ける先の巨大な蛇の背から、炎と共に出現する6枚翼。

 

蛇の頭上には、光輝く天使の輪が出現。

 

恐れ慄く民衆たちが跪き、神の如き存在に許しを乞う。

 

燃え盛る巨大な蛇の下側には、1人の人物の姿。

 

אלה שיטעו ישפטו!!(惑わす者は裁かれる!!)

 

אנא סלח לי, משה!!(お許し下さいモーセ様!!)

 

「モーセ…?それって確か……それじゃあ、アリナが見えている光景は…」

 

モーセと呼ばれた人物をよく見れば、何かを掲げている。

 

「T字の旗竿……それに、あれに巻き付いている形って……スネーク?」

 

それはネフシュタンと呼ばれる青銅の蛇。

 

「T字の旗竿……まるで、イエス・キリストの聖十字架なんですケド…」

 

アリナの目には、まるでキリストが磔刑にされているかの如く、神々しく見えた。

 

「イエスが最初じゃなかったんだ……磔刑にされた最初のメシアじゃなかったんだ…!」

 

彼女も跪き、祈りを捧げる。

 

「キリストは…死と再生を司るメシア…。スネークも同じく、死と再生を司る…」

 

彼女の中で、己の美のテーマとは何だったのか…ようやく理解出来た。

 

――アリナの美は……()()()()()だったワケ。

 

……………。

 

「……ビューティフル・ドリーム。アリナは…やっとアリナのテーマの真実に気がつけた」

 

豪華な室内のベットで目を覚ますアリナの姿。

 

その両目には、感動の涙のようなものが流れ落ちた。

 

そこは自宅の部屋ではなかった。

 

周りを見渡せば、ニューヨークの最高級マンション屋上にあるペントハウス住戸のような外観。

 

なぜ彼女は、自宅とは違う場所で目を覚ましたのであろうか?

 

それは、9月に発売された神浜新聞の記事を読めば分かるだろう。

 

……………。

 

グノーシス主義においては、ルシファー(サタン)をメシアと考える説が色濃く残る。

 

グノーシスは善悪二元論を徹底しており、その中では善=魂・霊、悪=肉体・物質と考えた。

 

それでは我々の生きる地球も宇宙も物質という悪となり、それを生んだ唯一神は悪魔となる。

 

イエス・キリストも只の人間と考え、イエスがもたらした『知識』こそ人類を救済したとした。

 

啓蒙の民は、一般人とは真逆の事を考える。

 

反宇宙・反社会的ともいえる価値観。

 

それは魂の解放を叫び、自由を求める不良少年のようにも映る。

 

まるでアリナ・グレイの価値観のようであると同時に…。

 

人類に智慧を授けた蛇を表す星……逆回転する金星のようでもあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜市栄区において、9月の4日夜から5日未明にかけて住宅街の火災が起きた。

 

住宅8件が全焼し、焼け跡からは十数人の遺体が発見されたという。

 

神浜署の事故調査委員会の調査によって、出火元は『ギャラリーグレイ』だと判明。

 

焼け跡からは家主夫婦と1人娘の遺体らしき存在が発見されたという。

 

「死体の損壊は激しく、本人確認は難航中…か」

 

南凪区でポスティング仕事をしていた尚紀は新聞を閉じ、午後からの仕事へと向かった。

 

……………。

 

9月の後半頃には、グレイ家の親族達によって葬儀が慎ましく行われていく。

 

神浜市栄区にある葬儀式場に訪れようとしている、暗い顔の少女。

 

告別式場に一般参列で訪れた人物とは、御園かりん。

 

悲壮な空気に包まれている告別式。

 

遺体が納められていると思われる棺は、死体の損壊が激しい為に棺内献花は行われないという。

 

芸術夫婦と才能溢れる娘の早すぎる死を慎む言葉が聞こえる中、少女は独り佇む。

 

「あの…おばさん」

 

「貴女は…アリナのお友達?」

 

「はい…なの。アリナ先輩に…お別れを言いに行っても…構いませんか…?」

 

「…ごめんなさい、棺を開ける事は出来ないの。せめて…棺の上に献花を置いてくれる?」

 

「……分かりました」

 

「貴女の中のアリナ・グレイを…大切に覚えておいてあげてね」

 

献花用の生花を持ち、アリナが納められていると思われる棺の前に立つ。

 

(…おかしいの。アリナ先輩は魔法少女…魔法少女が死ぬ時は…円環のコトワリに導かれるはず)

 

疑問に思いながらも、かりんは生花を献花する。

 

不意に魔法少女の魔力を感じ、告別式場の入り口に目を向ける。

 

「あっ……貴女はもしかして、グレイさんの後輩の…」

 

「貴女は…たしか、アリナ先輩のアートを展示している美術館で受付バイトしてた人…?」

 

「はい…。私の名前は、梢麻友(こずえまゆ)と言います」

 

遅れて現れた麻友も生花を貰い、棺の上に献花を行う。

 

式は滞りなく進み、出棺となった。

 

2人は火葬場には付き合わず、告別式場を後にする。

 

帰り道の中、かりんが口を開く。

 

「アリナ先輩の告別式に来てくれた魔法少女は……貴女だけだったの」

 

「そうですね…グレイさんは、神浜の魔法少女達からは…凄く嫌われてましたし」

 

「悔しいの…。アリナ先輩は、本当は優しい人なのに……みんな誤解してるの」

 

「…人は言動で他人を評価するものです。グレイさんの言動は…社交的ではなかったですし」

 

「それは…そうだけど…。だからって……」

 

「悔しい気持ちは分かります。それより…何処か変ですよね……この葬式?」

 

「貴女も感じていたの?」

 

「少し…お時間をとっても構いませんか?私だって、グレイさんの芸術を尊敬していたんです」

 

「分かったの…。アリナ先輩の事を好きでいてくれて…ありがとうなの」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2人が訪れた場所とは、とあるメイドカフェ。

 

本来は暗い話題に適さない場所だが、確認を麻友がとったら現在は準備中で客はいないそうだ。

 

「古株のメイド長さんとお知り合いだったの?」

 

「はい。その人が店長さんに相談してくれて、空いている時間は利用して構わないそうです」

 

2人が店内に入れば、元気なメイドさんが声をかけてきた。

 

「ようこそお嬢様~♪今日は~お嬢様2人だけの貸し切りだよ~♪」

 

「え、ええと…初めましてなの」

 

「こんにちわ、郁美(いくみ)さん」

 

「も~!い・く・み・んって言ってくれないと~プンスコだよ~!」

 

「この人も…魔法少女なの?」

 

「うん。名前は牧野郁美(まきのいくみ)さんで、年齢は19歳です」

 

「あーっ!!私の年齢は言っちゃいやいや~!くみは~永遠の17歳だよ~♪」

 

「と…取り敢えず、席に座って何か注文するの。タダで利用するのは気が引けるし…」

 

席に座り、オススメの飲み物を2人は注文。

 

程なくして飲み物を提供され、会話が始まる。

 

「やっぱり…あの葬儀は変だよ。だって、魔法少女は死んだら…死体なんて残らないです」

 

「そう…なのに、アリナ先輩の遺体が見つかったって…どう考えても変な話なの」

 

「別人の遺体…?でも、どうして別人が…グレイさんの家で遺体として見つかるんです?」

 

「それも…変な話なの。だからわたし…頭がこんがらがってるの…」

 

「え、えと…もしかしてそれって、魔法少女の話題?」

 

同じ魔法少女の郁美も会話の中に入ってきた。

 

「郁美さんは、長いこと魔法少女をしているし…魔法少女の遺体を見たことってありますか?」

 

「くみ…見たことないよ。だって、魔法少女は円環のコトワリに導かれてこの世から消えるし」

 

「そうです…それが当然のはず。なのに…」

 

「その…誰か魔法少女が死んじゃったの…かな?」

 

「…わたしの先輩の魔法少女が死んだの。名前は、アリナ・グレイっていうの」

 

「くみもその人の事は知ってる。凄く乱暴で、魔法少女社会のルールも守らない人だった…」

 

「それは誤解なの!アリナ先輩は…魔法少女としては乱暴でも…美術の先輩としては優しいの」

 

「そっか…。くみもね、人間は一面だけで判断しちゃダメだって思うから…そうだと良いね」

 

「ありがとうなの…郁美さん」

 

「も~!だーかーら、いくみんって呼んでくれなきゃ~…くみが貴女に愛を届けちゃうよ~♪」

 

「えっ…?」

 

「えいっ!ラブ・ビーム~♪」

 

両手でハートを作り、営業スマイル。

 

「……うん」

 

そっけない返事しか帰ってこず、郁美はガックリした。

 

「アリナ先輩…帰ってきて欲しいの…。死んだなんて…受け入れたくないの…」

 

「かりんちゃん…」

 

「死んでもいないし…行方不明にもなってない…」

 

「…くみ、アリナって子を誤解してたかも。こんなに慕ってくれる後輩がいたなんて…」

 

「きっと何か事情があるだけなの…。わたしがデッサン上手くなったら…帰ってくるの…」

 

「そうなると……良いですね」

 

「……うん」

 

先輩を失い、心が張り裂けそうなかりんの姿。

 

アリナは何処に消えてしまうことになったのだろうか?

 

彼女は今でも……生きていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

魔法少女社会の東西問題が深刻化する10月の季節。

 

その頃になって、郊外から一台の高級外車が神浜市に向けて走行してくる。

 

車は栄区を目指し、ギャラリーグレイの焼け跡近くで停まった。

 

「…アリナ様。こんな事がバレてしまったら……()()()に何をされるか…」

 

「…分かってる。少しだけで……済ませてくるカラ」

 

運転手の男が車を降り、後部座席ドアを開ける。

 

中から現れたのは、長い後ろ髪を隠すようにベージュ色のトレンチコートを纏うアリナの姿。

 

頭部もキャスケット帽子を被り、サングラスをつけて顔を隠していた。

 

男は一礼をして、アリナの後ろ姿を見送る。

 

程なくして、アリナは焼け果ててしまった我が家の前に訪れた。

 

「……派手に焼いてくれちゃったんですケド」

 

警察が残したキープアウト(立入禁止)の黄色いテープを潜り、我が家へと入る。

 

「…アリナのアートも、パパやママが飾ってたアートも……全部燃えちゃったワケ?」

 

黒く焦げて破壊された我が家を見て回り続ける。

 

程なくして、家族団欒を行っていたと思われるリビングルーム跡に立つ。

 

「……パパ、ママ。アリナは……アリナはね………」

 

小さい頃の記憶が巡る。

 

まだアリナが死と再生に取り憑かれる前の…楽しかった頃の記憶。

 

小さい彼女の後ろには、大好きだった飼い犬の姿。

 

その光景を見守っていた、おてんば娘でも愛してくれた優しい両親の姿…。

 

だが、その両親の記憶が巡っていた時に……。

 

「うっ!!!!」

 

アリナは突然、()()()()()()の光景を思い出す。

 

胃液が逆流し、胃の中身を吐き出しかける。

 

右手で口を抑え、飲み下そうと足掻く姿。

 

(アリナは……吐いてなんてやらない!アリナがやったことから…絶対に逃げない!)

 

涙目で堪えきり、胃の中身を無理やり胃の中に戻しきった。

 

「ハァ…ハァ…」

 

両膝に力が入らなくなり、崩れて膝立ちとなる姿。

 

「…アリナの中に、まだ悲しみが残っている。それでも…それさえ飲み下す事が出来たら…」

 

口から溢れた胃液塗れの口元が、邪悪な笑みを浮かべていく。

 

――アリナには……無限の可能性が、待っているんだカラ。

 

立ち上がり、踵を返して家族との思い出の場から離れる。

 

ギャラリールームの焼け跡に入り、残っていた残骸を踏み砕いていく光景。

 

「アリナは…もうアリナ・グレイじゃない!!」

 

――アリナは……グレイって名前を()()()()()()()()()!!

 

それは、グレイ家との決別の言葉。

 

今の彼女は、新たなる自分の人生を歩もうとしている。

 

その為に彼女は、家族の思い出とアリナ・グレイとして生きた過去を…捨てに来た。

 

焼け跡から出て、少しだけ中庭の方に視線を向ける。

 

そこには、小さい頃に立てた飼い犬の墓。

 

「アナタが知ってるアリナ・グレイは死んだカラ………バイバイ」

 

視線を戻し、アリナは自らの道を歩んでいく。

 

二度と帰れない、アリナ・グレイの人生との…決別。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

次の日も尚紀は職場に電話をかけたら仕事はないと言われる始末。

 

仕方ないので昨日のバーベキュー道具の片付け作業を朝から始めていた。

 

「最近の尚紀は、ヤタガラスのお姉ちゃん達に冷たい態度を取らなくなった気がするニャ」

 

作業光景を見つめているのはケットシー。

 

ネコマタは日差しが当たる場所でまだ仰向けに寝ていた。

 

「ちょっと前まで、さっさと神浜土産でも買って田舎に帰れって態度してたニャ」

 

「…そうかもな。いつの間にか……あいつらが隣にいるのが、当たり前になった気がする」

 

「尚紀も満更でもないのかニャ?ヤタガラスに参加するのも?」

 

「俺は飼い鳥になるつもりはない。だが……」

 

「何かあるのかニャ?」

 

「…時女の連中に何か困った事が出来た時ぐらい、手助けしてやるぐらいなら…構わない」

 

「懐柔されてきたニャ。ヤタガラスのハニートラップは恐ろしいニャ」

 

「五月蝿い。ブツクサ言うぐらいなら、片付けを手伝えよ」

 

「オイラ猫の手だニャ」

 

「悪魔に戻れるだろうが」

 

「そうだったニャ」

 

仕方なく悪魔化したケットシーも作業を手伝う。

 

「そろそろスーパーの開店時間だな。昼飯の材料でも買ってくる」

 

「お昼ごはんは何を作るのかニャ?」

 

「カレーにする。包丁の扱い方はすなおから学んだし…カレーぐらいなら俺でも作れそうだ」

 

「あ~~…昨日のお昼ごはんの件が、まだ尾を引いてる感じがするニャ」

 

「…このはにカレーを作らせるぐらいなら、俺が作った方がマシだ」

 

財布とスマホを肩掛けカバンに入れ、散歩もかねて北養区へと向かう。

 

「…この家着だとやっぱり気恥ずかしさが出てきたな。だが、着替えに帰るのも面倒だ…」

 

彼の家着姿を見れば、黒のカンフーズボンとチャイナジャケットを着ていた。

 

「南凪路の民族衣装店のオッサンに売りつけられちまったが…意外に着心地が良いからなぁ」

 

通りを歩き、ウォールナッツ前まで来た時に視線を店舗に向ける。

 

まなかは学校に行っているのか、店の前には誰もいない。

 

気にせず歩いていた時、目の前の道路から一台の高級外車が見えてきた。

 

「…他県ナンバーも、この金持ち区とも言える場所じゃ、珍しくもないな」

 

少し時間を遡る。

 

自分の人生と決別したアリナを乗せた高級外車は、郊外に向かうため車を走らせる。

 

後部座席で景色を見つめるだけのアリナの姿。

 

スモークガラスによって、後部座席のアリナの姿が街の人々から見られる心配はない。

 

東地域の道は通らず、北養区方面から東に向けて神浜市を出ようと走行し続ける。

 

鈍化した一瞬。

 

通りを歩く人物を見かけたアリナの目が見開いた。

 

「ストップ!!」

 

車を停止させる。

 

「…ここで待ってなさいヨネ」

 

運転手の静止も無視し、勝手に後部座席を開ける。

 

「ウェイトゥ!!」

 

アリナが声をかけた人物が立ち止まる。

 

「…ヘタな英語だな。人に待ってくれは、犬の躾の言葉で表現するもんじゃない」

 

振り返り、彼女を見据える。

 

彼女は息を呑む。

 

(あぁ……やっと……)

 

高揚とした表情のまま、1・28事件の悪魔の姿を思い出していく。

 

「お前…魔法少女だな?俺に一体何の用事だ?」

 

昨夜見た夢の記憶を思い出していく。

 

「おい……聞いているのか?」

 

サングラスを胸ポケットに仕舞い、帽子を脱いでアリナは跪く。

 

「お…おい……?」

 

「やっと出会えた……」

 

――アリナの美……メシアに。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「…お前もどこぞの回し者か?いい加減にして欲しいんだが…」

 

頭を掻き、周囲の目線に苛立ちを見せる。

 

「あぁ…どうしよう?アリナ…出会ったら何を伝えようか考えてたのに興奮して忘れちゃった♪」

 

上気した顔つきのまま、尚紀の顔を見つめ続けてくる。

 

「気持ち悪い奴だな…。俺は用事があるから、行かせて貰う」

 

踵を返し、去ろうとするが…。

 

「アリナはね……」

 

――死と再生を崇める、アーティスト。

 

背を向けたまま立ち止まる。

 

「アナタは…死と再生の象徴。古いスネーク…人類に智慧の光を授けた、フレイムスネーク…」

 

「……その理屈を崇拝する連中なら、心当たりがあるぞ」

 

拳が握りこまれ、殺意が周囲にばら撒かれていく。

 

「アハッ♪アリナも裁きたい?ねぇ……アリナにも、死と再生を与えてくれるワケ!?」

 

後ろに振り向けば、立ち上がっても興奮冷めやらぬマッドアーティストの姿。

 

「お前は…イルミナティのエージェントか?」

 

「アリナ、本当はあんな連中どうでもいい。アリナは……死と再生を追いかけたいダケ」

 

「答えになってない。連中の関係者なのかと聞いている」

 

「答えはイエスでありノー。アリナはアリナの為にしか動かないし、働かない」

 

「関係者なのは間違いなさそうだ。お前も身勝手に俺を崇拝し、取り入ろうってか?」

 

「アリナに…死と再生を見せて!アナタは……」

 

――()()()()()()()を超えた存在なんだカラ!!

 

左手を翳し、ソウルジェムを生み出す。

 

「この場でやりあう気か…」

 

周囲に目を向ければ、人だかりが生まれつつある。

 

「アリナは()()()()()()()()啓蒙の光が欲しい!ずっとアリナに…メシアの救いを与えて!!」

 

魔法少女の事は秘匿しなければならないのに、興奮しているアリナには周りなど見えていない。

 

もはや戦いは避けられない空気となっていたのだが…。

 

<<ストップでス!!>>

 

2人を止める声。

 

アリナの後ろを見れば、何台もの高級外車が停められた近くに立つ神父服男の声だと気づく。

 

男の近くには黒スーツ姿のサマナー達が固め、すぐ横には震え上がる運転手の姿もあった。

 

「も…申し訳ありません!私は止めたのです…ガッ!!?」

 

左手に持つ聖書で顔面を殴打。

 

前歯を撒き散らしながら男は倒れ込んだ。

 

「お目付け役失格でス。女に甘い男は多いでス、アナタの処分は後で行いまス」

 

黒スーツ姿の男達が運転手を連行していく。

 

隙を見せずに近づいてくる神父服の男。

 

「チッ……追ってきていたワケ?」

 

――シド・デイビス…。

 

(左の額に赤い星のタトゥーを刻んだ黒人も……ダークサマナーなのか?)

 

アリナの前にまで来た彼がアリナに平手打ち。

 

「くっ…!!」

 

倒れ込み、シドを睨む。

 

「タダの姦しい女のようニ、秘密を見せびらかす者なラ…()()を破る者としテ、殺しまス」

 

「……ソーリー。アリナがバッド・ガールだったワケ」

 

「2度はありませン。決しテ、血の宣誓を犯してはなりませン」

 

尚紀に向き直り、深々と頭を下げるシドの姿。

 

「申し訳ありませン。私の不肖の弟子ガ、粗相を行いましタ」

 

「お前もダークサマナーのようだな?さしずめ、そいつはダークサマナー候補ってわけか?」

 

「お喋りを繰り返すにハ、ここは目立ち過ぎまス。我々はここで失礼しまス」

 

踵を返し、車に歩いていく。

 

アリナも立ち上がり、切れた口の中の血を唾と共に吐き出しながら後をついていく光景。

 

「…おい、待てよ」

 

シド達が背を向けたまま静止。

 

「丁度いい、お前らのような連中から…聞いてみたい事がある」

 

赤いサングラスのブリッジを指で押し上げ、後ろを振り向く。

 

「……ほウ?何をお知りになりたいのですカ?」

 

「俺を…啓蒙の神として、崇める理由だ」

 

「……場所を変えましょウ。アリナが粗相をしたお詫びも兼ねテ、ご説明して差し上げまス」

 

黒スーツのサマナーに促され、高級外車に乗り込む。

 

車列は発進し、郊外に向けて走行していった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

郊外にある高級料亭。

 

現在尚紀は一番奥にある大広間の個室に案内され、シドと隣のアリナと向き合う。

 

「改めましテ、ご挨拶しまス。私ハ、シド・デイビス。黄金の暁会に所属するサマナーでス」

 

(ウラベが前に所属していたという…フリーメイソン内部の神秘主義サロンの奴か)

 

「料理が出来るまデ、まだ暇がありまス。その間ニ、知りたい事をお答えしまス」

 

隣のアリナに視線を向ければ、舌打ち。

 

「アリナは新参者だから、あんまり詳しくないんですケド。シドに聞いてくれる?」

 

「アリナ、啓蒙の神に対して無礼な口利きハ…止めなさイ」

 

「……イエス、クソマスター」

 

アリナは肘杖をつき、顎を乗せながら視線を逸らした。

 

「お前らはなぜ、俺を神と呼ぶ?非常に気持ち悪いんだが?」

 

「…それについてハ、グノーシス主義についテ、お話する必要がありまス」

 

「2~3世紀頃の東地中海地域で流行した宗教運動だったと聞いている」

 

「お詳しいですネ。後の錬金術の原理にもなっタ、ヘルメス主義にも影響を与えましタ」

 

「グノーシスの意味は、知恵と認識を表すギリシャ語。その思想は…()()()()を目指す」

 

「私達ハ、真の至高神の元に霊を至らせる事を目的にシ、知恵によっテ成そうとする存在でス」

 

「真の至高神だと…?」

 

「大いなる意思と呼べバ…伝わりますカ?」

 

「……まぁな」

 

「真の至高神とハ原初の混沌……それハ、マロガレなのでス」

 

「……………」

 

「私達ハ、生まれながらに罪深イ。闇の塊である肉の檻に囚わレ、神的な霊が閉じ込められまス」

 

「だからお前らは…人間達を罪深い肉の牢獄から、解き放とうというわけか?」

 

「この教義でハ、キリスト教にとっては都合が悪イ。アマラ宇宙を創造した唯一神が悪魔と化ス」

 

「傲慢な大いなる神なんぞ、扱いは悪魔で十分だ」

 

「フフ、私もそう思いまス。神と悪魔の逆転…それこそガ、グノーシス主義なのでス」

 

「反キリスト主義…それは、全てを逆回転させる思想か」

 

「その通リ。知恵があるかラ、唯一神がやってきた事ニ疑いを持チ、認識を変えル」

 

「だとしたら…反逆の天使であるルシファーの扱いは…」

 

「我々ハ、唯一神こそガ、堕天使の長だと考えまス」

 

「では、唯一神とはルシファーだと言いたいのか?」

 

「神を気取ル、狂った堕天使デミウルゴスだと考えまス」

 

「デミウルゴス…あるいは、ヤルダバオート…」

 

「堕天使の長デミウルゴスハ、善悪を知る禁断の知恵ヲ、エデンに隠しタ。人間を支配する為ニ」

 

「……………」

 

「そこニ、真の至高神の御使いである知恵の蛇が現レ…人類に智慧を与えて救済しましタ」

 

「ルシファーこそが…人類を救ったメシア。そう考えているんだな…お前らの教義は?」

 

「イエス・キリストは只の人間でス。そしテ、磔刑にされた死と再生の聖人ハ…智慧の蛇でス」

 

「キリストは奇跡など起こしていない、蛇が与えた救済の智慧で救いを与えた代弁者扱いか」

 

「唯一神こそガ悪神であリ、ルシファーこそガ善神。我々ハ、そう信じて疑いませン」

 

「どうあっても…お前らは、俺をルシファーと同一視したいようだな?」

 

「…まだアナタハ、お気づきになられていないようですネ?」

 

「どういう意味だよ?」

 

「直ニ、分かりまス」

 

長い話を繰り返していたが、襖が開かれ秋の恵みが詰まった日本料理が並べられていく。

 

「フフッ、素晴らしい料理でス。特に私ハ、ジャパンのスシが大好物でス」

 

「ハァ…長い話が終わったなら、アリナは帰るんですケド」

 

「アナタは食べないのですか?…肉は使われてませんガ?」

 

「……………」

 

「アナタはあの日以来、()()()()()()()()ようになってしまったというのニ」

 

「…それは、アリナの弱さ。飲み下せるようになってみせるカラ…」

 

席を立ち上がり、襖に向かう彼女の背中が止まる。

 

「ねぇ…アナタは人修羅なの?それとも…エンキであり、ルシファーなワケ?」

 

「嘉嶋尚紀だ。様々な悪魔や神の名で俺を表現しようが…人間だった頃の名を捨てる気はない」

 

「ハン、ナオキねぇ…?アリナ的には、人間のアナタになんて興味は無いんですケド」

 

襖を開け、アリナは去っていく。

 

「あの魔法少女をダークサマナーとして鍛えているようだが…何を企んでいる?」

 

「あの小娘モ、イルミナティの守護神達が期待をかけている存在だト、伝えておきまス」

 

「ルシファー共が…期待をする魔法少女だと?」

 

尚紀の脳裏に、暁美ほむらの姿とアリナの姿が重なってくる。

 

「彼女ガ、()()()に到れるかどうかは……神のみぞ知ル。私は手助けをしているだけでス」

 

「フン、デコボコ師弟ってわけかよ。それより…もう1つ聞きたい」

 

「なんですカ?」

 

「…この料亭の料理は、包んで持ち帰る事は出来るか?」

 

「……頼んでみましょウ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

玄関の扉を開け、尚紀が帰ってくる。

 

「遅かったニャー尚紀!一体何処まで行って……ニャ?その袋は何だニャ?」

 

「なんでもない。昼飯は適当に買ってきたから、これでも食べてくれ」

 

キッチンの机に料亭料理を包んだ袋を置き、自分の部屋に向かう。

 

「何かあったと考えるべきね…」

 

「み、見るニャ…ネコマタ!?これ…高級料亭で出されるような類の御飯だニャ!?」

 

「まさか…尚紀1人でお昼ごはんを高級料亭で食べたの!?ズルいわズルいわ!!」

 

書斎と寝室も兼ねた自分の部屋に入り、机の椅子に深くもたれて溜息。

 

「……アリナとシドか」

 

――アリナはね、死と再生を崇めるアーティスト。

 

――アリナは……死と再生を追いかけたいダケ。

 

――アリナに…死と再生を見せて!

 

右手を翳し、マガタマを生み出す。

 

掌の上に出現したマガタマが空中でうねりを描き、6の形や9の形となっていく光景。

 

「マガタマ…俺に死と再生を与えた呪物。持ち主を悪魔にするだけでなく…」

 

――神にまで変える…力があるというのか?

 

「人類を肉体の檻から開放し、霊をマロガレへと導く…それがイルミナティの理想」

 

肉体の檻、霊を外に開放する。

 

彼にはそれが、魔法少女たちのソウルジェムのようにも思えた。

 

「イルミナティも契約の天使と変わらない…。何処までも、人類を玩具にする連中だな」

 

善と悪、光と闇、陰と陽。

 

逆回転すればする程、立場が変わっていく。

 

「…アマラ深界で、聞いたことがあったな」

 

――光であろうと闇であろうと…。

 

――どちらであっても人は頼り、祈るのだと。

 




読んで頂き、有難うございます。


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109話 傍観者

10月も最終日が近づく日。

 

「尚紀、この街にツテがあるなら…仕事はないか少し聞いて回ってくれないか?」

 

「まぁ…チラシをバラ撒いた程度じゃ知れてるもんな」

 

「俺も古い連中に何を言われるか分からんが…依頼はないか聞いて回ってみる」

 

「新転地だからなぁ…根を張ってた東京みたいにはいかないぜ」

 

「私は電話番しながら適当に事務処理をしていくわ」

 

「早いとこ軌道に乗せないと、副業が本業になっちまうからなぁ」

 

2階事務所から階段を降り、腕を組みながら考える。

 

「今月の給料は不味そうだな…。探偵は仕事内容で給料が上下するしなぁ」

 

左掌を掲げ、かつての世界で手に入れた宝石を何個か手にしてみる。

 

「互助組織の蒼海幇に仕事はないか聞きに行くついでに、南凪路のニコラスの店に行くか」

 

持っていても仕方ないので、生活費の当てにしようと考えながら事務所倉庫の扉を開ける。

 

程なくして、探偵事務所からそう離れていない場所である南凪路に到着。

 

ニコラスの店に向かおうと歩いていた時…。

 

「あ…嘉嶋さんじゃないですか?」

 

声をかけてきたのは静香とすなおの2人。

 

「南凪路に何か用事なのか?」

 

「ジュエリーRAGと呼ばれる宝石店を知らないでしょうか?南凪路はあまり詳しくなくて…」

 

「知っている。ガキのくせに宝石でも買って着飾りたいのか?」

 

「ち、違いますって!私たちはその……」

 

周りに気を配り、路地裏に来るよう尚紀を促す。

 

「これが何なのか…聞いてみようと思いまして」

 

静香がカバンを開け、取り出したのは…魔石。

 

「……これを、何処で見つけた?」

 

「聖探偵事務所でちゃるが職場体験していた時期です。悪魔を倒した時に手に入れました」

 

「なぜジュエリーRAGなら、この悪魔から手に入れた石について分かると思ったんだ?」

 

「石の賢者が東京にいるという話を、ヤタガラスの神子柴様から聞いたことがあったんです」

 

「調べたら神浜の南凪区に引っ越していたみたいなんで…今日はそれで南凪区を訪れました」

 

「ヤタガラスに直接持ち込んで聞くのはどうだ?」

 

「その…ヤタガラスに見つかるのは不味いんです」

 

「私たち時女一族は…悪魔と関わる事を禁じられてます。悪魔の品を所持するのは越権行為です」

 

「悪魔の俺と関わってるだろうが…」

 

「貴方を勧誘する任務だって、神子柴様の尽力がなければ時女一族に回される事はなかったです」

 

「まぁいい。それで?こっそり調べようとまでするのには…それ相応の理由があるんだろ?」

 

「この悪魔の石を拾って手にした時だったんです…」

 

――私のソウルジェムに溜まった穢れが……この石に()()()()()()()()

 

「…どういうことだ?グリーフキューブのマネごとが出来るというのか?」

 

「グリーフキューブよりも強力な浄化力でした…。この悪魔の石は一体…」

 

「それを解き明かす為に、私たちは石の賢者の元に行こうとしてました」

 

「…悪魔の石の秘密を解き明かして、お前たちは何をしようというんだ?」

 

俯いて黙り込む時女本家の嫡女だが、重い口を開く。

 

「私たち時女一族も……人間に害を成す悪魔と戦うべきです」

 

「越権行為なんだろ?」

 

「今までは悪魔と戦っても得るものが無いと考えましたが、悪魔からも魔力回復出来るのなら…」

 

「私たち魔法少女だって、悪魔と戦って日の本の民を救う力に成り得ます」

 

「他の退魔師一族の領分を侵したいのか?」

 

「退魔師一族は、互いのメンツなんて気にするべきじゃない。民の安寧を優先すべきです」

 

「私たちは日の本の民を救う為に…巫になったんです。それを忘れた事はありません」

 

「それは…そうだな。お前たちが組織に物申したいのなら、俺は止めはしない」

 

「…本音を言えば、私だって神子柴様に楯突くのは…恐ろしいです。それでも…譲れない」

 

「時女の行持を誰よりも体現する…。それが、時女一族を率いる長になるべき者の在り方」

 

――私たち巫が後ろをついていきたい……時女の長の姿なんです。

 

「……お前らみたいに、人間社会を優先してくれる魔法少女ばかりだったら…俺は…」

 

「えっ…?」

 

「…何でもない。案内してやるからついてこい」

 

2人をジュエリーRAGにまで案内し、後から自分も来るとニコラスに伝えてから店を出る。

 

「まさか…魔石にそんな力が隠されていたなんてな」

 

左掌を翳し、魔石を生み出す。

 

「俺たち悪魔にとっては…」

 

――傷を癒やす為の食い物なんだがな。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

尚紀は蒼海幇の長老と話をし、人を探してもらいたい案件がある事を確認し依頼を承諾。

 

自分が所有していた残りの宝石もニコラスに換金して貰う手続きを終えた後日、仕事を開始。

 

「倒産手続きに介入して来た連中に騙されて、企業の資産を勝手に処分させられた末の失踪か」

 

「探して欲しい人物は、債務者である社長だそうだ。債権者たちが依頼人となる」

 

「手口としては事件屋だな。まぁいい、俺たちは行方不明者捜索に当たろう」

 

「…どうも気になる事がある。今回の犯行手口には不自然な点が…」

 

「尚紀、俺たちは刑事事件を取り扱う存在じゃないんだぞ」

 

「…そうだな。それじゃあ、依頼人から聞いた債務者情報を纏めていこう」

 

その日は捜査会議となり、後日より捜査を開始。

 

現在は新西区を捜査中。

 

聞き込みを繰り返す尚紀だが、気になっている部分が頭から離れない。

 

「倒産手続きをしていた社長の元に訪れたのは…魔法少女かもしれないな」

 

失踪した社長と話をした事がある長老から語られた情報を思い出す。

 

「腕の良い弁護士を紹介するとかで連れ出されたって話だが…その後の社長は何も覚えていない」

 

気がつけば会社の通帳も印鑑も使われ、手続きを乗っ取られて私的整理資産を巻き上げられた。

 

「こんな芸当が出来るのは、魔法が使える連中だけだ。東京でも見たことがある手口だしな」

 

椅子に座り、考えを巡らせていた頃にはお昼が近づいてきている。

 

「もうこんな時間か…。さっさと昼飯でも済ませて仕事に戻るか」

 

新西中央駅近くにあるGAUGHEBURGERというハンバーガーショップに入っていく。

 

「平日でも学生が多いな…今日は昼までだったんだろうか?」

 

注文を済ませ、番号札を持ちながら席を探す。

 

2階に昇り、ガラスの鳥籠のような個室スペースを見つけてそこに座った。

 

注文が来るまで静香達から聞いた情報を整理していた時…。

 

<<ねぇ……東…魔法少女……思う…?>>

 

隣の個室からかすかに聞こえてきた声に反応。

 

悪魔の聴力を用いて聞き耳を立てていく。

 

「十七夜さんが、東の魔法少女社会から追放されたって話…本当なわけ…?」

 

「ああ…。今はやちよさんが保護しているみたいなんだ…」

 

「ど、どうして…追放されちゃったのかな…?」

 

「…分からない。彼女の名誉の為にも言えないって…やちよさんに言われたよ」

 

「東の魔法少女社会は…これから、どうなっちゃうんだろう…?」

 

(…どうやら、西の魔法少女達のようだ)

 

隣の個室に視線を向ければ、座っているのはももことレナとかえでの姿。

 

「ねぇ…なんで東の魔法少女たちは…神浜で暴れるようになったの…?」

 

「それは…神浜の差別問題が原因なんじゃ…?」

 

「ハァ!?社会問題があったら、何をやってもいいワケ!?レナ…そんな理屈絶対に許さない!」

 

「落ち着けってレナ!神浜の西側は昔から東の人達に冷たすぎる…だから怒るのも無理はないよ」

 

「就職差別とか…賃金差別とかあるって…家族から聞いたことがあるよ…」

 

「どうして神浜の街は…そんな酷い事を、昔から続けてこれたんだろうね…?」

 

「今その話をしてるわけ!?東の魔法少女たちのやってる暴走の話じゃなかったの!?」

 

「そ、それはそうだけど…でもさ、アタシ達だって西側の人間だし…責任の一端あるよ」

 

「ふざけないで!レナ達は何も悪くない…。だってレナ達は…腹が立っても人間を襲わない!」

 

「そ、そうだよぉ…それだけは絶対ダメ!…一線を超えちゃってるし…」

 

「かえでだってレナと同じ意見よ。ももこだけなんだから…変に同情的なの」

 

「それについては…責任を問う機会をさ…やちよさんやひなのさんに作って貰おうよ」

 

「……ももこは、()()()()()なんだ?」

 

「突然何を言い出すんだよレナ!?」

 

「もういい!!レナ帰る!!!」

 

喧嘩分かれとなり、レナは去っていく。

 

(…西側の魔法少女達も、東の連中に関しては物別れしているようだな)

 

店員が上がってきて騒ぎを起こすなと注意している光景を見つめながら、物思いに耽る姿。

 

(よく見ればあの魔法少女…この街に来た時に出会った事がある奴か)

 

3人のやり取りを見つめていたが、彼も席を立ち上がる。

 

丁度その頃になって注文の品がやってきたのだが…。

 

「…騒々しいから外で食べる。包んでくれないか?」

 

店員は騒動を陳謝し、品を袋に詰め直してから彼に渡してくれた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

聞き込みの進展を得られなかった新西区を離れ、水名大橋を超えて捜査範囲を広げる。

 

水郷柳川として美しい水名区の道を進み、遊歩道の休憩ベンチに座って袋を広げた。

 

「…冷えたポテトって、あんまり美味くないよなぁ」

 

美しい川の景色を見ながら冷めたファーストフードを食べていた時…。

 

<<月夜ちゃん…この街はもうダメだよ!こんな街…出ていこうよ!!>>

 

突然の大声に耳を傾ける。

 

横を見れば、ベンチを1つ跨いだベンチに座る2人の人物達の声。

 

「月咲ちゃん、落ち着いて下さいまし!行く当てなんて…何処にもありません!!」

 

「ウチ…もうこんな街になんていたくない!!家族も人間も魔法少女も…自分勝手過ぎる!」

 

「わたくしだって…辛い立場です。こうして東の月咲ちゃんと会っているだけで…」

 

「…悪者の片棒を担ごうとしているって…言われるんでしょ?」

 

「……はい」

 

「みんなそうよ!東の住人ってだけで差別する!あの子達が暴れてるのだって…元はと言えば!」

 

「東西対立が原因ですね…」

 

「…だったらさ、月夜ちゃん。ウチらもさ……こんな腹が立つ街なんて……」

 

「月咲ちゃん、その先は言わないで下さい」

 

「月夜ちゃん…?」

 

「それでは…わたくし達は、本物の悪者となります」

 

「だって……だって……全部神浜って街のせいなんだからぁ!!!」

 

席を立ち上がり、月咲は去っていく。

 

「待って下さい!!」

 

月夜も立ち上がり、後を追いかけていく。

 

残されたのは彼1人。

 

「…この街の差別は政治で解決するしかない。だが…神浜市()()()()()となるのは不味い」

 

ヘイト条例とは、差別のない人権尊重のまちづくり条例。

 

外国人等へのヘイトスピーチを繰り返す者には氏名を公表し、最高50万円の罰金を科す。

 

溜息をつき、ヘイト条例が施行されている大阪市や川崎市の現状について語る。

 

「差別の定義は極めて不明確。国民の自由な言論や情報発信は萎縮され、被害者側に支配される」

 

歴史的事実を指摘し、正当な批判や論評をすることさえ差別だと罵り、裁く事が可能な条例。

 

弱者側の一方的な支配現象が起きる…差別撤廃ポリティカル・コレクトネスの悪用だ。

 

「憎悪表現は民法や刑法で規制は出来る。立法措置にまで踏み切られれば…西側は終わりだ」

 

席を立ち上がり、食べ終えたファーストフードをゴミ箱に捨てる。

 

「差別は被害者側に悪用される。似非同和会や似非人権団体が使ってきた()()()()()()()手口さ」

 

仕事に戻り、水名区でも聞き込みを繰り返すが有力な情報は得られない。

 

仕方がないので水名区を超え、中央区にまで捜査範囲を広げる彼の姿があった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

中央区で聞き込みを繰り返し、ようやく有力な情報を得られる。

 

「失踪した人物とよく似た人物を大東区で見たか…。住まい近くの西側地域かと思ったんだが…」

 

急ぎ足で東地区を目指している時…。

 

<<ひなのさん…私たち中央の魔法少女達は、どう動くべきなんですか?>>

 

視線を路地裏に向ければ、魔法少女と思われる数人の会話。

 

彼は路地裏の入り口前に隠れ、聞き耳を立てた。

 

「私たちは、このまま指をくわえながら街の騒動を見物していれば良いのかしら?」

 

「そ、そんなのダメ!だって…東の魔法少女たちが人間社会に乱暴してるんでしょ?許せない!」

 

「…こころ、まさら、あいみ。お前たちの言いたい事は分かるが…中央区は中立の立場なんだ」

 

「そんな…このまま見ていろって言うんですか!?」

 

「中央がヘタに西の肩を持てば…東の魔法少女達は、中央の中立を認めなくなるんだ…」

 

「中央の私たちは…人間社会に危害を与える東の魔法少女を見ても、手出しは無用?」

 

「…西や中央で悪さをしているのを見つけたら、今まで通りのやり方で処罰するしかない」

 

「西のみんなと一緒に東に乗り込んで…東の魔法少女達の暴走を鎮圧とかは出来ないの…?」

 

「それこそ全面戦争だ…。アタシが一番恐れている事態となる」

 

「…ひなのさんとやちよさんとで、東に現れた新しい長と協定を結ぶ事は出来ませんか?」

 

「藍家ひめなだったか…アイツは狡猾な奴だよ。ヘタに手を出せば…利用されるかもしれん」

 

「そいつは余所者なのよね?意図的に神浜に混沌を撒き散らして…何を企んでいるのかしら?」

 

「それは分からんが…余所者の数が最近、異様に増えてきている気がするんだ…」

 

「それも…藍家ひめなが手引きしている?」

 

「まるで…戦争の準備でもしているみたいよね…」

 

「どうなっちゃうの…私たちの街は……?」

 

一部始終を聞き終えた彼は路地裏を後にする。

 

「…魔法少女同士の全面戦争か。ヘタをしたら、見滝原みたいに魔法少女の数が激減するかもな」

 

そうなれば、この街にどれだけの被害が出てしまうのかは検討がつかない。

 

「…俺は、本当に見ているだけで良いのか?」

 

信じると口にした以上は、正義の魔法少女たちに任せてみるしかないと判断。

 

思考を切り替え、東地域へ向けて彼は歩いていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

パトカーが行き交う不穏な空気に包まれた東地域の道を進む。

 

「…まるで暴動が起こりそうな空気に包まれてやがるな」

 

付近には警察官が多数配置され、巡回を繰り返す。

 

彼も職質をされ、東地域の人物ではない事が証明されたので開放された。

 

「犯罪の激増、民衆の不安と不満が爆発しそうだ。神浜行政も東地域に支援が十分回せないか」

 

民衆達に聞き込みを繰り返すが、余所者であるという理由だけで怒りだし去っていく。

 

「民衆も感情的になってきている…。何かのキッカケで騒乱が起きるやもしれない」

 

通りを歩いていた時、大東区役所前の騒ぎを目にして立ち止まった。

 

「神浜行政に怒りをぶつけに来た連中か…。あいつらも魔法少女犯罪の被害者なんだろうな」

 

その光景を撮影している人物に視線が移る。

 

「おい小娘!!見世物じゃねーんだぞ…勝手に撮影してんじゃねぇ!!!」

 

「観鳥さんは只のジャーナリストだよ!」

 

「五月蝿ぇ!!ぶん殴られなくなかったら、さっさと消えろ!!」

 

男たちに追い出された観鳥だが、尚紀の姿を見つけて近づいてきた。

 

「…恥ずかしいところを、見られちゃったかな?」

 

「令…場所を変えよう」

 

「うん…そうだね…」

 

2人は移動し、落ち着いて話が出来る場所に移っていく。

 

子供達の姿が消えた公園に入り、2人はベンチに座った。

 

「お前の学生新聞は、社会問題も記事にするんだな?」

 

「観鳥さんは南凪区の生徒だけど…大東区出身なんだ。皆に東の苦しみを知って貰いたくてね…」

 

「令は大東区出身だったか…。なら、今の大東区の現状を…教えてくれないか?」

 

「…酷いもんさ。傷害・強盗・放火…何でもありな状態になってしまった…」

 

「原因は何だと思う?」

 

「そ、それは……説明が難しいね」

 

「……魔法少女が関係しているのか?」

 

「えっ!?嘉嶋さんは…魔法少女の事を知ってたの…?」

 

「俺は探偵だから、職業上お前らのような連中と出会う事がある。今更左手を隠しても無駄だ」

 

「…バレてたんならしょうがない。お察しの通り…この騒動には東の魔法少女が関与してる」

 

「東の住人でも見境なしに襲うのか?」

 

「連中には関係ない。人間そのものを憎みだし…魔法少女至上主義を掲げて暴れだしたんだ」

 

「東の魔法少女を纏めている奴はいないのか?」

 

「前の長は…追放されたんだ。そして…今の長に変わってから、歯止めが効かなくなった…」

 

「お前はどうなんだ?東の人間を差別してきた連中を憎み、魔法少女至上主義を掲げないのか?」

 

「観鳥さんはジャーナリスト…ジャーナリストの義務に関するボルドー宣言を遵守したい立場さ」

 

「そうか…お前のような冷静な東の魔法少女がいてくれて助かる」

 

「観鳥さん以外でも、冷静な魔法少女は何人かいるけど……みんな疲弊してきている」

 

「東の魔法少女至上主義者と喧嘩になったり、西側の魔法少女からは同じアナーキスト扱いか?」

 

「東の自治を望んで独立した…それが裏目に出たのかもしれない。西側と東側の溝は深いんだよ」

 

「なるほどな…それで?西側の連中は、この騒動をどう収束させるつもりなのか知らないか?」

 

「美雨さんに聞いたけど…西の長はね、これ以上西側に危害を加えるなら容赦しないそうだよ」

 

「戦争でもおっぱじめる気か?」

 

「攻めてくる連中だけを迎え討つだけでは…事態は収束出来ない。最後通告を与えるつもりだ」

 

「それこそ、東の長の思う壺なんじゃないのか?」

 

「そうかもしれない…それでも、今のままでは防戦一方で被害が増えるばかりなんだよ…」

 

「東西の全面戦争か…。そうなれば、どれだけの人間が巻き添えになるんだろうな?」

 

「やちよさんも…それを危惧している。最後通告の席で、話し合いで解決出来たらね…」

 

「……望みは薄そうだ」

 

席を立ち上がり、仕事に戻ろうとする彼の背中が呼び止められた。

 

「ねぇ、嘉嶋さんは大東区に何をしに来たのさ?」

 

「探偵の仕事だ。行方不明者の捜索を行っていてな」

 

「大東区ならホームグラウンドさ。観鳥さんも手伝ってあげるよ」

 

「いいのか?お前は取材中じゃなかったのかよ」

 

「追い出されちゃったしね…。それに、今は誰かと一緒にいたい気分だし…」

 

「…分かった。取り敢えず、浮浪者が立ち寄りそうなエリアを案内してくれるか?」

 

「了解、探偵さん♪」

 

令に先導され、尚紀は大東区の捜査に戻っていく。

 

(……俺は、信じてもいいのか?)

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

東地区の寂れた地域を2人は歩いていた時、先導している令が口を開く。

 

「…ねぇ、東の長や暴走した魔法少女達を倒せたら…本当に事態は収束すると思う?」

 

「……難しいだろうな。原因があるから結果が起こる…暴走の原因なら知ってるだろ?」

 

「うん…神浜の東西差別問題。これが…全ての引き金だよね」

 

「さっき東の社会がどんな苦しみを背負っているのか、記事にしたいと言っていたな?」

 

「社会問題の記事なんて書くもんだからさ……観鳥さんは大勢から嫌われてる」

 

「……………」

 

「令、楽しいゴシップ記事書いたら?趣向を変えないと面白くないぞ?…みんな口を揃えて言う」

 

「…ジャーナリストも、疲れる仕事のようだな」

 

「引退しようって…何度思ったか知れない。それでも真実に目を向けなければ…何も変わらない」

 

「真実は恐ろしいもんだ…恐怖や疑い、怒りを生む。荒れる話題だと、みんなが避けていく」

 

「真実が何を生むのか…それは世界のジャーナリスト達が示した。歴史を動かしたんだよ!」

 

背を向けていた令が後ろを振り向く。

 

その顔はやりきれない悔しさが滲んでいるように歪む。

 

「ジャーナリストは公人だ。善悪関係なく、真実だけを民衆に伝える……その影響は大きい」

 

「社会運動だって巻き起こしてきた!それぐらいやらないと…神浜の東西は何も変わらない!」

 

「おい…少しは落ち着けよ」

 

「あっ……ご、ごめんね。…時々、止まらなくなるんだ…」

 

「他人に何かを伝える事は…非常に難しい。相手に取捨選択の自由があるなら…なおさらさ」

 

「伝えたくても…みんな逃げていく。社会問題を聞いてくれる人さえ現れない!他人事なんだ!」

 

「伝えられてるじゃないか?」

 

「えっ……?」

 

「今…自分の自由意志で、お前の伝えたい言葉を聞いてくれている奴がいるだろ?」

 

指摘され、向かい合っていた令の顔が真っ赤に赤面して後ろを向いた。

 

「あっ…えっと……そうだったね。……聞いてくれて、ありがとう」

 

「真実を知る事は、未来の自分たちを守る事に繋がる。それだけの価値があると…俺も信じよう」

 

「……美雨さんが言ってた通りの人だったね」

 

「なんだって?」

 

「仁義に熱い……素敵な人だって言ってた♪」

 

機嫌がよくなり、観鳥は彼の前を元気よく歩み出したようだ。

 

……………。

 

程なくして、人通りも殆どないシャッター街に辿り着く。

 

再開発建設大反対の看板、鉄条網、拒絶を示す落書き塗れの通り。

 

「浮浪者がたむろしているのは、通りの屋根がまだ残るこのシャッター街だと思うよ」

 

「…何処の都市でも、こういう場所はあるもんだな」

 

通りを入り口から覗けば、ホームレスらしき人物達の姿も見える。

 

「ここまででいい。後は俺が聞き込みを行う」

 

踵を返し、彼は何処かに向かうのだが…。

 

「ちょっと?案内してあげたのに…何処に行くのさ?」

 

「…ああいう連中から聞き込みを行うなら、俺なりのやり方がある」

 

「嘉嶋さんなりのやり方…?」

 

「…俺も元ホームレスだ。あいつらの苦しみの理解者として…差し入れぐらいは持っていく」

 

「そんな過去があったなんて…。だったら手荷物多くなるでしょ?観鳥さんも運ぶよ」

 

「これ以上は手伝わなくてもいいんだぞ?」

 

「フフ♪いつだって正義の味方な嘉嶋さんの手伝いがしたいだけだよ」

 

「正義を名乗る資格は俺には無い。ただ…弱い立場の彼らに寄り添いたいだけだ」

 

「経験から言って、本物の善人になりたかったら善良に振る舞うしかない。嘉嶋さんは立派だよ」

 

「フン、勝手にしろ」

 

令にも手伝って貰い、スーパーやドラッグストアの買い物袋を抱えていく。

 

シャッター街に入り、尚紀はホームレス達に声をかけ施しを受け取って欲しいと言っていく。

 

彼の善行に皆が喜び、ここのホームレスを纏めるボスと話をする機会を貰えたようだ。

 

「本当に有難うな…。若いのに、俺たちと同じようなホームレスだったなんてなぁ…」

 

「衣食住が無いなら、俺のNPO法人に来るといい。研修を終えたら雇用すると皆に伝えてくれ」

 

「何から何まで申し訳ない…。余所者でも、あんたみたいな()()()()()様なら大歓迎だ」

 

「それより、聞きたい事がある。この人物を見なかったか?」

 

行方不明者の写真をボスに見せる。

 

「こいつか…。ちょっと前までここにいたんだが…ガラの悪い取り立て屋から逃げていったよ」

 

「ここから離れてしまったのか?」

 

「可哀想な奴だった…。突然少女に声をかけられ連れて行かれたら…全てを失ってたんだ」

 

「…こいつには、残した家族がいる。遅い結婚だったから…長男はまだ7歳だ」

 

「その家族を救う為にな…こいつは闇金に手を出してまで、私的整理費用を捻出したんだ」

 

「本当か…?倒産を控えた企業に銀行が金を貸してくれるはずがない…早まってしまったな」

 

「支払いの責任は全て独りで背負い、家族だけは弁護士に救ってもらいたいと言っていた」

 

「……何処に行ったか、検討がつかないか?」

 

「……()()()()()が見たいって、最後に言ってた。ああいう言葉を残す奴は……不味いんだ」

 

「俺も元ホームレスだから…知っている。だからこそ、早く見つけなければならない」

 

ボスが知る限りの目ぼしい場所を教えてもらい、彼は走りながらシャッター街を去っていく。

 

「観鳥さんも探すよ!こんな事態になってるなんて…東の魔法少女は人間を殺そうとしている!」

 

「お前に渡した名刺に、俺の連絡先も記載されているから…見つけたら連絡をくれ」

 

2人は分かれ、手分けして捜索を開始。

 

静かな怒りを押し殺し、彼は駆けていく。

 

駅の近くを探して回っていた時…。

 

<<キャァーーーーッッ!!!>>

 

突然の悲鳴が聞こえ、急いで現場に急行する。

 

見れば男が飛び降り自殺をしたようだ。

 

「おいッ!!しっかりしろよ!!!」

 

飛び降り自殺を図った男の特徴は、捜索中の行方不明者と一致。

 

「ガッ……あっ……ア……」

 

背中から地面に叩きつけられ、臓器も背骨も破壊された男の命は長くは持たない。

 

抱き起こす彼の胸を震える手で掴み、最後の言葉を残す。

 

「どう…し…て……?何…で……こん…な……め………に……?」

 

男の最後の慟哭を聞いた瞬間、脳裏に常磐ななかの慟哭の言葉が過る。

 

――何の変哲もない人生を生きたかった!

 

――正義を気取る魔法少女たちもあの時、守ってくれなかった!

 

――どうして魔法少女は自分だけの世界しか見てくれないの…?

 

――どうして無力な人間たちの気持ちになってくれないの…?

 

「残された家族はどうなる!?しっかりしやがれぇ!!!」

 

尚紀の叫びも虚しく、掴んだ男の手が緩むと同時に瞳孔が開いた。

 

通報する者や、SNSに投稿する為の撮影を行う愚か者達に囲まれた2人の姿。

 

野次馬達の雑多な声など、今の彼には届かない。

 

「…神浜の魔法少女のせいで……()()人間の犠牲者が出ちまった…」

 

彼の心に、抑え難い怒りの業火が巻き起こっていく。

 

「差別に苦しむせいだからだと…?東西の話し合いの場だと…?責任を問う機会だと……?」

 

――お前たちが()()()()()()()()()()……この男と残された家族は…。

 

男の遺体を抱きしめ、救えなかった人間達の苦しみを己の心に刻む。

 

尚紀はその場から動かず、魔法少女達の薄っぺらい道徳心や真善美の世界を…呪い続けた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

10月も最終日を迎えた今日。

 

「かこさん…私が恐れていた事が…現実になってしまいそうですね……」

 

立ち話を終えた常磐ななか達が歩き去っていく。

 

彼女達が立っていた自販機の裏側にあるパーキングエリアにはクリスが駐車中。

 

窓を開けて聞き耳を立てていた男の姿。

 

その表情は既に…東京に現れる、魔法少女の虐殺者。

 

「…ダーリン。本当に、手を出さないつもりなの?」

 

「一度だけ信じると…言ってしまった。神浜魔法少女が…どの様に事態を治めるのかを見極める」

 

「信じるって……既に人間の犠牲者が出ているのよ?」

 

「分かっている…。事態が治められたなら、俺は連中の責任を追求しに行くつもりだ」

 

「お前達のやり方は間違っていると言いに行ってさ…部外者の話を聞いてくれると思う?」

 

「2度…チャンスを与える。それでも連中が…人間としての俺の嘆願を踏み躙るつもりなら…」

 

「フフ……やっと素敵な顔を見せてくれるようになったじゃん♪」

 

バックミラーに映る尚紀の表情は既に…。

 

「それでこそ……悪魔よ、ダーリン」

 

「…クリス、その時になったら……お前にも働いて貰うぞ」

 

「モチのロンよ~♪あぁ……やっと血を見られるーッ♪♪」

 

「この街にも…悪魔の共産主義が必要かどうか…」

 

――…試してやる。

 




読んで頂き、有難うございます。


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110話 ルミエール

暗い夜の河川敷に座る、独りの少女。

 

「…ねぇ…ヒコ君」

 

誰かの名を呼ぶ。

 

「どうして誰も…私チャン達の事…認めてくれないんだろうね?」

 

答えは帰らず、彼女は独り。

 

「私チャンの中に入る前は…不釣り合いだなんて言われて…」

 

少女の言葉は要領を得ない。

 

「私チャンの中で自由に過ごすのは、意味が分からないんだって…」

 

悲しみと悔しさが滲むのか、彼女の両目には薄っすら涙が浮かぶ。

 

「私チャンの頭がおかしいとか…ホント、イミフ……」

 

周りの冷たい言葉と同じぐらい冷たい風が吹き抜けていく。

 

「ごめんねヒコ君…。私チャンなんにも出来なくて…」

 

頭脳秀でる彼に似合う女になろうと努力した。

 

「私チャン……頭良くないし。勉強したって…何も入ってこなかったし…」

 

秀出した男と、凡愚の女。

 

周りからは不釣り合いなカップルだと言われ続けたようだ。

 

「才能ある者には、才能ある者が必要。……どんだけ古い価値観さ…マジハラだよ」

 

悔しくて堪らなかった彼女は思う。

 

「きっと…世界をひっくり返すような、すごいことをしないと…」

 

――私チャン達の恋愛は、絶対に敵わない…。

 

心の晴れない曇りにより、ソウルジェムは濁っていく。

 

「どこかで自由を得ないと……」

 

<<自由とは、他人から与えられるものではありません。最初から己の内にあるべきです>>

 

声が聞こえた方を振り向けば、1人の少女の姿。

 

「えっ…!?あなた……誰?」

 

学生服の上にピンクのカーディガンを纏う、ロシア系ハーフを思わせる白人。

 

温厚な表情を向けながら、近づいてくる。

 

「ちょ…なんなのよ!?」

 

左手中指にあるソウルジェム指輪に右手を翳す。

 

「えっ……ええっ!!?」

 

まるで、彼女の右手に吸い取られていくかのように…穢れが抜き取られた。

 

「あ…あなた……何なの?」

 

「……私は、栗栖アレクサンドラと申します。何か…お悩みだったんですか?」

 

心配をしてくれているように見えるが、ひめなは後ろに下がっていく。

 

夜風が金髪の長髪を揺らす。

 

彼女の顔に見える瞳の片方は……人間とは思えない真紅の瞳。

 

(何…?あの赤い瞳を見てると……拒絶……出来ない…)

 

気がつけば、自分の経緯を語ってしまう。

 

「…古き価値観によって、望む恋愛を得られない。貴女はこれについて…どう思います?」

 

「マジハラに決まってるし!」

 

「個人が至高の価値を有するという道徳原理を、キリスト教が広めてきたのをご存知ですか?」

 

「…個人が至高の価値を…有する?そんなラブい事を…キリスト教が言ってたんだ?」

 

「個人の自由こそ尊ばれるべきであり社会の指針となる。この思想こそが今日の国を作りました」

 

「…そうだよ!個人の自由恋愛を望んで何が悪いのさ!?私チャンの正しさは…自分で決める!」

 

「自由に生きていい個人の尊厳は守られるべき。この政治思想こそが…個人主義です」

 

「政治とか私チャン知らないけど……なんか、エゴイズムってのとよく似てるね?」

 

「個人主義と利己主義は別の意味を持ちますが…利己主義に生きる自由さえ尊重する思想ですよ」

 

「最高じゃん!!そうだよ…私チャン、なに勘違いしてたんだろ…?」

 

――自由なら……最初からあるじゃん!!

 

「個人主義の名の下に、利己主義を望むのなら……」

 

――貴女も…()()()()に目覚めてみますか?

 

「けいもう……主義?」

 

笑顔を向けながら右手を持ち上げ、指を鳴らす。

 

ひめなの視界が歪んでいく。

 

気がつけば…。

 

「えっ……ここ…は?」

 

そこは、何処かの山の頂き。

 

空を見渡せば、美しき星空の世界。

 

「すごい……まるで……」

 

――()()()()()()()()()()……。

 

美しき星空の世界で一際輝く星とは……暁の星である金星。

 

<<個人の自由や権利を認めない…封建社会を破壊するのです>>

 

声が聞こえた横を振り向けば…。

 

「あ…あぁ……アァァァッッ!!?」

 

あまりにも恐ろしく、あまりにも美しい存在。

 

光り輝く天使の六枚翼を持ちし、アレクサンドラの姿。

 

その光は、天に煌く暁の星と同じ輝き。

 

凄まじい威光を浴び、全身に力が入らなくなった彼女は両膝を地面につく。

 

「理性による思考の普遍性と不変性を主張し、人間本来の理性の自立を促しなさい」

 

近づいてきた彼女が、ひめなに手をのばす。

 

「……あなたは……神様?」

 

ひめなも片手を伸ばす。

 

「自由を求めるのではなく……貴女自身が、自由となるのです」

 

――真の平等なる自由世界を…皆に与えなさい。

 

――()()()()()()()()…。

 

手を取り合った瞬間、神々しき光の霊圧に飲み込まれていく。

 

ひめなの意識はホワイトアウトし、天辺の光景は消えていった。

 

……………。

 

………………。

 

<<あの……大丈夫ですか?>>

 

「えっ?……あ、あれ…?」

 

気がつけば元の景色。

 

「ぼーっとしていましたけど…夜風が体に障りましたか?」

 

「う…うん……なんかさ、私チャンてば…白昼夢を見てたみたい」

 

「早く家に帰って休んだ方が良いと思います」

 

「…ありがとうね。私チャン……貴女に出会えて良かった気がする」

 

学生服のポケットからスマホを取り出す。

 

「いいこと教えてくれたしさ…魔法少女じゃなさそうだけど、私チャンのマイメンになってよ☆」

 

「フフ♪通りすがりの私でよければ♪」

 

「アレクサンドラだと名前長いし…アレクサ…サ……サーシャって呼んでいい?」

 

「可愛い愛称ですね♪構いませんよ」

 

彼女もカーディガンからスマホを取り出し、連絡先を交換。

 

手を振りながら帰っていくひめなを笑顔で見送っていたのだが…。

 

「……………」

 

アレクサンドラの表情が、冷淡な顔つきに豹変。

 

「栗栖アレクサンドラと呼ばれた魔法少女は……」

 

――もうこの世には…()()()()()()

 

前髪に身につけた花飾りを捨て、蜃気楼のように謎の存在は消えていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

北養区近くの公園。

 

そこには横笛を吹く少女の姿。

 

音色は美しさの中に、悲しみを宿すように震えている。

 

「うっ…ヒック……」

 

笛を吹くのを止めてしまった少女の目からは、大粒の涙。

 

「ダメ…感情が高ぶって……笛を吹いてても心が晴れない……」

 

月咲は片腕で涙を拭う。

 

「みんな…自分の都合や、価値観ばかりをウチに押し付ける…」

 

彼女の脳裏を巡る人物たち。

 

「お父ちゃんは腐りきった伝統を押し付けて…十七夜さんも自由を謳いながらもウチを拘束した」

 

周りの価値観ばかりに虐げられ、抑圧され、彼女の心は悲鳴を上げている。

 

「苦しい時こそ笑顔を作れば幸福になる…とかいう心理あるよね?…ただのバカじゃん」

 

――原因があるから結果が起こる…。

 

――原因が解決しないのに、笑顔を作れないのに…周りの人を不快にさせない笑顔を()()()()()

 

――周りの勝手な注文に応える笑顔なんかに……何の価値があるわけさ?

 

「…東の人は、西の人に虐められる。そして、東の人でさえ…弱い立場の人を探して虐める…」

 

彼女の眉間にシワが寄り、怒りを堪えきれない。

 

噴き上がる怒りの感情に震えていた時…。

 

<<周りに合わせる必要なんてないよ。貴女は貴女のままでいいんだから☆>>

 

「えっ……?」

 

声が聞こえた方を振り向けば、魔法少女たちの姿。

 

「時雨ちゃんとはぐむちゃん…?そ、それに……」

 

「姫、月咲さんも苦しんでる。姫の言葉で救ってあげてよ」

 

「オッケー、お話して~この子をチェキるから☆」

 

姫と呼ばれた人物とは、東の長となった藍家ひめな。

 

「初めましてかな~?私チャンは藍家ひめなっていうんだ、よろピー☆」

 

「…アンタ、十七夜さんが追放された日に現れた魔法少女だよね?」

 

「隣町の魔法少女だけど~、今は神浜の東の長に祭り上げられちゃった立場なんだ~」

 

「何の用事なわけ…?ウチは余所者のアンタを…東の長になんて認めてないよ」

 

拒絶の意思を示す月咲を見て、不敵な笑み。

 

「貴女の疑問の答え…教えてあげよっか?」

 

「答え……?」

 

「どうして東の人は虐められるのか?どうして東の人は弱い人を探して虐めるのか?…でしょ?」

 

「う…うん…」

 

「人の歴史で考えても普通の現象だよ。アメリカを例にして語ってあげる」

 

「人の歴史…?アメリカでも、こんな酷い状況があったわけ…?」

 

「人を虐げ、迫害するのは()()()()()からきてる。虐げた黒人を白人達が恐れたようにね」

 

「恐れの感情…?」

 

「復讐されるかもしれないって自覚してる。だから恐れて、あいつらは悪者だと決めつける」

 

「そ、そんなの酷すぎる!!なんで勝手に決めつけるのさ!?」

 

「SNSでも犯罪を犯した悪者ニュースなら、集団リンチコメントや晒し行為が行われるでしょ?」

 

「確かに…犯罪ニュースのスレとか見たら、社会のクズは全員刑務所にぶち込めとかあるよね…」

 

「人は恐怖存在を遠ざけ、安心を得たい生き物。銃社会アメリカも、黒人への恐れから生まれた」

 

――理解出来ない存在を疎み、社会の端に隔離したり、排除したりする事を人々は望む。

 

「その感情を建前で隠して、まるで正義の味方を気取ってるんだよ~~☆」

 

「それが…西の人達の……本性?」

 

()()()()()()がデマを生んだり、犯罪が露出すれば確信へと至って一斉攻撃出来る現象ね」

 

「酷いよ…犯罪者の人達だって……原因があったかもしれないのに…」

 

「他人への攻撃は…()()()()()()()()んだよ。相手を知る知恵を求める努力が無い証拠だね~」

 

「じゃあ…東の人は、どうして自分より弱い立場の人達まで虐めるの…?」

 

「単純な話。社会的に上の奴らから虐められたし、下の奴らを見つけて虐めたいな~…だよ」

 

「なんで!?なんでそんな理不尽が出来るのさ!!」

 

「社会は縦構造だからね。学歴社会、会社内カースド、人は上の奴らから虐げられ…抑圧される」

 

「社会の縦構造に逆らいもせず…保身に走って下を虐めるわけ?それが東の虐めの根本なの…?」

 

「人は虐められるから虐めを繰り返す。人を虐めない人はね…抑圧された事がない支配階級よ」

 

「あ……あぁ………」

 

人間社会の仕組みを知り、月咲は震えながら心が濁っていく。

 

「じゃあ…最底辺の人達は、どうしたらいいの?人間社会に絶望して……死ぬしかないの?」

 

聞きたかった言葉を月咲から絞り出せたひめなは、笑顔を向ける。

 

――この社会そのものを、()()()()()()()んだよ☆

 

「人間社会を……破壊する……」

 

「その為に、私チャン達は魔法少女至上主義を掲げる」

 

「腐りきった人間社会を破壊する為の……魔法少女至上主義?」

 

「古い価値観に縛られた封建社会を破壊して、魔法少女が望むままの新しい自由社会を作る」

 

――いっしょにさ……啓蒙の光を浴びられる天辺を目指そうよ?

 

――新しい別世界が見える……頂きに昇ろうよ。

 

――天辺はね、()()()()()()()()()()()()()()()なんだから☆

 

……………。

 

東の魔法少女達は、人間を信じなくなった。

 

このまま人間社会を放置すれば、死ぬまで人間に虐げられると恐怖心を爆発させていった。

 

黒人による報復を恐れた白人は、南北戦争の奴隷解放で平和を手に入れた黒人を信じなかった。

 

白人たちの恐れが生んだ思想がある。

 

それは『白人至上主義』と呼ばれた。

 

白人至上主義者が組織した団体こそが…『KKK』と呼ばれる秘密結社。

 

リンチ、店舗の放火、不当逮捕、あらゆる人種に対して差別行為を行った白人の歴史。

 

KKKが解散されてからも銃で武装し、あらゆる人種に差別行為を繰り返す。

 

黒人差別撤廃を叫んだ大衆運動こそが、歴史に名を残す公民権運動であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

10月の最終日。

 

西側の長は側近とも言える魔法少女たちを集める為に招集をかける。

 

後日に控えた会談の場について語り合う予定のようだ。

 

「やちよさんの住まい…みかづき荘に来るのも久しぶりだよね…」

 

段差の上にあるみかづき荘を見上げる人物はももこ。

 

「思い出すなぁ…。やちよさん達とチームを組んでいた頃は、ここによく集まったよ…」

 

帰れない昔の時代を思い出し、溜息をついていた時…。

 

「お~い!ももこ~~!!」

 

知っている声が聞こえた方角を振り向けば、飛びついてきた少女の姿。

 

「うわっと!?急に飛びつくなんて…相変わらずだなぁ、鶴乃」

 

「えへへ♪昔はこうやって、みんながみかづき荘に集まるのが当たり前だったよね…」

 

「そうだね…昔は良かったよ。それに…みふゆさんも久しぶり」

 

鶴乃の後ろからは遅れてやってきたみふゆの姿。

 

「お久しぶりです、ももこさん。やっちゃんが呼び寄せたメンツはこれで全員ですね」

 

「それじゃあ、久しぶりのみかづき荘にお邪魔しますか」

 

「旧みかづき荘チーム大集合の巻~~♪」

 

3人は段差を昇り、西の長である七海やちよに招き入れられた。

 

リビングに3人は座り、やちよが淹れた珈琲が注がれたマグカップを受け取っていく。

 

「…大事にしてくれてたんだね、やちよさん」

 

「……物持ちは良いほうだから」

 

かつての大切な仲間達を象徴するようなデザインに見えるマグカップだった。

 

「その……十七夜さんは、どうしてるの?」

 

「十七夜は…上の階で休んでる。今のあの子の精神状態では…戦いや治世を考える余力は無いの」

 

「どうして十七夜はさ…追い出されちゃったの?立派に長を努めていたはずなのに…」

 

「鶴乃…お願いだから言わせないで。あの子の名誉の為にも…詳細は伝えられないわ」

 

「そっか…十七夜も辛かったんだね。もう聞かないからさ…」

 

「今は私が十七夜の分のグリーフキューブを集めて保護している。予断を許さない状態なのよ…」

 

「早く家族のところに帰れるぐらい…精神状態が安定してくれたら良いんですが…」

 

やちよも席に座り、4人は向かい合った。

 

「今日の本題に入るわね。会談の日は11月1日…中央区公民館の貸し会議室で行われるの」

 

「中立の中央区を選んだのは正しい判断だと思います」

 

「東の子が中央で勝手をすれば、中央も西側の味方をしてくれるし…迂闊に動けない場所だね」

 

「会談には中央の長である都さんも参加するの。彼女の中央も東の被害を受けているから」

 

「東の新しい長に選ばれた奴ってのは…?」

 

「藍家ひめなと名乗る隣街の魔法少女。調べたら栄区の神浜未来アカデミーの生徒だったわ」

 

「栄区と関わってた子だったのか…かりんちゃんからそんな子がいるって報告はなかったよなぁ」

 

「あの子は独りで活動する道を選んだ子ですし、私たちとは距離を置いてるから仕方ないですよ」

 

「私はその会談の場で最後通告を行う。神浜でこれ以上暴れるなら…容赦しないと」

 

「もし要求を突っぱねられたら…それこそ全面戦争だよ。ししょーは…どうする気なの?」

 

「…私もそれが恐ろしいの。だからね…東の子達が何を望んでいるのかを聞いてみるつもりよ」

 

「彼女達の要求を飲む用意を見せるのですか…?」

 

「押してダメなら引くだけよ。ある程度の譲歩を用意しなければ…交渉が決裂するのは当然よ」

 

「理不尽過ぎる要求を吹っ掛けてこられたら、どうする気なんだ…?」

 

「人間社会を続けて襲いたいと言うなら断るわ。それ以外なら…多少の要求は飲むしか無い」

 

「ちょっと待って!私たち魔法少女社会の被害はどうなるの…?」

 

「東の狩場を増やしたいから、貴女達の自治地区を寄越せ…とか言うかもしれませんね…」

 

「これは魔法少女社会が起こしている勝手な騒乱…。街の不穏な空気なら見ているでしょ?」

 

「うん…あの光景は、私たち魔法少女が招いているんだよね…関係ない人間達を巻き添えにして」

 

「自治を行う魔法少女の責任は重い…。私たちが痛みを負うぐらいの覚悟は…見せるしかないの」

 

「それだけの利益を東に与えて……矛を収めてくれたら良いのですが…」

 

「…あのさ、多分だけど…東の子達が望んでいるのは、魔法少女社会の利害関係じゃないと思う」

 

「彼女たちの望みについて、何か心当たりがあるの…ももこ?」

 

「あの子達はさ……差別されるのがイヤなだけだと思うんだ」

 

その一言が、神浜東西差別問題を表している事は皆が察した。

 

「ちょっと待って…それじゃあ、この騒乱は……差別された仕返しをしてるだけって言うの?」

 

「そうとしか思えないんだ…。あの子達は…虐げられる抑圧から開放されたいんだよ」

 

「それじゃただの暴徒だよぉ!社会問題なんて…私たち魔法少女じゃ解決しようが無いし!」

 

「…ももこの推論が正しいなら、私の譲歩は通用しないわね…」

 

「どうします…やっちゃん?彼女たちの苦しみを解放するなんて…それこそ市政の仕事です」

 

「西側の人々が、東側の人々に差別を繰り返してきた。西側の私たちがいくら同情しても…」

 

()()()()()()()()()()って……怒り出すだけだよ、やちよ…」

 

「同じ苦しみを背負う人じゃないと…彼女達の心には届かない…よな」

 

解決の見通しが立たなくなり、場の空気が重苦しくなっていた時…。

 

<<自分の……自分のせいなんだぁ!!>>

 

大声が聞こえた方を振り向けば、階段の段差に立つ十七夜の姿。

 

目の色が濁った彼女はリビングまでふらつきながら近づいて…崩れ落ちてしまった。

 

「十七夜!?ダメじゃない無理しちゃ!」

 

やちよが駆け寄り、彼女に手を伸ばすが…はたき落とされた。

 

「自分が彼女達の心に寄り添えなかったせいだ!自由を謳いながらも…その心に()()()()()!」

 

「貴女のせいじゃない!自分を責めちゃダメよ十七夜!!」

 

「この騒乱を招いたのは…自分のせいなんだ!自分は東の長失格だ!正義の魔法少女失格だ!!」

 

「やめて十七夜……それ以上自分を責め抜いたら…また!」

 

地面に手をついた左手のソウルジェム指輪が、穢れの光を発していく。

 

このままでは絶望死して…円環のコトワリに導かれるのみ。

 

「十七夜さん!!」

 

3人も駆け寄り、ポケットの中に余らせていたグリーフキューブを手に取る。

 

彼女の左手に近づけ、絶望の穢れをどうにか吸い出していく。

 

「どうして…?自分なんて…優しくされる価値なんて無いのに…?」

 

「誰だって過ちを犯すことぐらいあるよ!長だからって…完璧になろうとしちゃダメだから!」

 

「そうだよ!足りない部分はあたし達がサポートするから…だから、自分を責めちゃダメだよ!」

 

「十七夜さん…東の長として自治を悩む時に、どうして西側に相談してくれなかったんです?」

 

「みふゆの言う通りよ…。私たちはね、東の子だからって拒みはしなかったわ」

 

「私とやっちゃんは、小さい頃から東の味方をしてきたじゃないですか…?」

 

「七海…梓…由比君…十咎…。君たちの優しさが…自分の心を抉っていく!!」

 

十七夜の両目から、大粒の涙が地面に溢れていく。

 

「本当はな……自分は、この事態を望んでいたのかも知れない…」

 

「何を馬鹿な事を言い出すのよ!?」

 

立ち上がった十七夜はリビングのカウンター席に座り、皆に背を向ける。

 

「みんな…聞いてくれ。自分が…魔法少女になった時に…何を望んでしまったのかを」

 

彼女は語る。

 

東の者は怖がられ、遠ざけられる。

 

生まれながらに、その境遇を受け入れざるを得ない理不尽。

 

「魔法少女になる前から…どうしたらその印象を変えられるのかばかりを考えてきた」

 

街の人々が平等に平和を享受する事を、彼女は望んだ。

 

「そんな頃に…ヤツが現れたんだ」

 

「十七夜さんは…何をキュウべぇに願ったんですか…?」

 

「差別の大本は、この街の歴史。だから歴史を消してくれと願ったが…釘を差された」

 

歴史が修正されても、その結果が明日起こるか数百年後に起こるかは分からない。

 

「歴史が変わっても、大東区への差別が消えて無くなる保証は無い。だから…」

 

歴史の部分以外で改善出来る部分はないか、知る為の願い。

 

「皆が大東を嫌う理由を知りたい…自分は、そう願った」

 

「十七夜の固有魔法である読心術は…その願いが形となったのね」

 

「自分は魔法少女となり、己の固有魔法を駆使して…西側の人間が何を考えているのかを知った」

 

明確な理由など、無かった。

 

神浜の歴史、東の治安の悪さ、東はなんとなく怖くて嫌い。

 

ただの()()()()()()()だった。

 

「神浜の人々は…個々人を見ず、取り巻く環境だけで人を判断する」

 

「…そうだったわね。それが…私たちが生きてきた、西側社会の現実だったわ」

 

「昔から…万々歳に来る人達もね、噂気分で大東の陰口を叩いててさ……気分が悪かったよ」

 

「古都の水名は、特に歴史に縛られてきました…。異を唱えるのは歴史修正主義だと罵るんです」

 

「大東への悪意の元凶は……無知だった。人を知る努力をしてくれなかったから…起こってきた」

 

「それ…SNSでも起こってる。外国人が犯罪を犯したら…その民族が悪いと()()()()()()()んだ」

 

「人間って……どうしてこんなにも…軽薄なのかしらね…」

 

「飯テロとか平気で言いますしね…。テロに苦しむ国の人達の気持ちなんて、知る努力もせずに」

 

「全ては他人事…自分達さえ楽しければそれでいい。異を唱えれば邪魔者扱い…」

 

「人間の軽薄さが…大勢の人々を苦しめる。歴史や環境に飲まれた西側は…それを東に行った」

 

「十七夜……」

 

「自分は…生まれ育った大東の街が好きだ。神浜全体が平等に平和を享受して欲しい」

 

「……………」

 

――この街が…これからも歴史や環境に縛られていくのなら…。

 

――()()()()()()()()()()()

 

「何もかも失って、0になれば全てが平等に帰れる…。自分は…そう望んでしまった事がある」

 

――今の神浜の惨状は……自分が望んだ、答えだったんだよ。

 

「十七夜さん……」

 

「自分がやってきた事は何だ?自由の破壊を望むくせに…皆の心を抑圧して街を守らせてきた」

 

「……………」

 

「言っている事とやっている事が違う。()()()()()()()()…だから自分は…皆に指摘されて…!」

 

カウンターの机に顔を伏せ、啜り泣き始める。

 

やちよは隣の席に座り、彼女を抱きしめながら頭を撫でていく。

 

「…これが、今の十七夜の現状よ。会談の場になんて……参加出来る状態ではないわ」

 

「プライドと責任感が人の何倍も高い十七夜さんだからこそ……」

 

「その矛盾に気が付かされて……自分を責め抜いてきたんだね」

 

「…やっちゃん。十七夜さんの為にも……明日の会談は、私たちだけで乗り切りましょう」

 

この街の歴史と環境、そして人の心の軽薄さに飲み込まれた魔法少女たち。

 

東の魔法少女たちを説得する事は、極めて難しい状況だと突きつけられてしまった西の長。

 

みかづき荘から最後に出てきたももこだったが、呼び止める声が聞こえた。

 

「ボクが言った通りだっただろ?」

 

「…お前かよ。穢れを溜め込んだグリーフキューブでも抱えて、どっか行けよ」

 

十七夜の穢れを吸ったグリーフキューブを投げ、キュウべぇは道に落ちた品を拾う。

 

「言った通りってさ…どういう意味なんだ?」

 

「いつだったか、君の家の屋根で語った話があったよね。覚えているかい?」

 

「……あの話か」

 

「彼女はね、知る為の祈りを行ったんだ。だから現実を知り、己の矛盾まで知る事になった」

 

「今の十七夜さんは……自分の願いのせいで…苦しんでいるって言いたいのかよ?」

 

「知りたいと思う探究心は、理不尽となる。知らなければ…楽しく過ごせた状況もあるんだ」

 

「全部…魔法少女たちの願いの結果なのかよ!?」

 

「原因があるから結果が起こるのが、因果法則。それを背負ってでも……」

 

――君達は、叶えたい願いがあったんだろ?

 

「くそっ……消えろよ!!お前の理屈なんて聞きたくない!!!」

 

「原因は常に自分の中から生み出される。都合が悪くなったら、()()()()()()()()()()

 

――余りにも人間は理不尽だ。

 

踵を返し、キュウべぇは去っていく。

 

「…ちくしょう!!アタシたち魔法少女は……」

 

――因果からは……逃れられないのかよ!!?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

11月1日。

 

中央区公民館前は物々しい空気に包まれている。

 

西と東の魔法少女たちが睨み合い、中央区の魔法少女たちがそれらを牽制するよう目を光らせる。

 

西側陣営の中には常磐ななか達の姿も見える。

 

「…ななか、この会談をどう見るネ?」

 

「…恐らくは、東側が何かを仕掛けてくるかと」

 

「何かって…?」

 

「自分たちの暴動を、さらに推し進めるような要求でしょうか?」

 

「そ、そんな!?やちよさん達は…どう対処するんですか?」

 

「突っぱねれば全面戦争です。ですから、向こう側に譲歩出来る何かを用意していると信じたい」

 

「それが…人間社会への加害行為を一部認める内容なら…ワタシ、西の長を許さないヨ」

 

「私も同じ気持ちです、美雨さん。蒼海幇社会だけでなく、神浜の人間社会そのものの驚異です」

 

「ボクだって、地域住民を苦しめる東の連中は許せないし、それを後押しする妥協案も許せない」

 

「私も同じです。どうして魔法少女たちは…自分達の都合で人間社会を振り回していくの…」

 

「かこさん……この騒乱が、神浜の魔法少女達の在り方を左右する事になるかもしれません」

 

「何か…確信でもあるんですか?」

 

「私……尚紀さんと出会えてから、社会主義思想に目覚めました」

 

「社会主義…思想……?」

 

「私は…これを機会として」

 

――人間社会を優先する社会主義改革を……神浜魔法少女社会に向けて提案します。

 

……………。

 

貸し会議室内には現在、西と中央の代表者4名ずつの姿が見える。

 

「やちよさんの西側は、みふゆさんと鶴乃とももこが来てくれたか」

 

「都さんの中央は、こころさんとまさらさん、それに…衣美里さん?」

 

「おっ久しぶり~やちょさん♪」

 

「アタシはこいつを会談の場に連れてくる気は無かったんだが…」

 

「あーヒドイ!エミリーのお悩み相談所であーし、東の魔法少女達ともコネが沢山出来たのに~」

 

「まぁ、こいつの人徳もある。それを期待して連れてきたんだ」

 

「…静かに。魔法少女たちの魔力が近づいてきたわ」

 

会議室の扉を開け、東の代表である4人が中に入ってきた。

 

「ええっ!?」

 

「天音姉妹の……月咲さん!?」

 

「どうして月咲が…暴徒となった東の代表なんだよ!?」

 

ひめな、時雨、はぐむの隣に立っていた人物とは…天音月咲。

 

「……………」

 

月咲は何も答えず、西側と向かい合える席に座る。

 

「東の子達がインしたのに、ガンぶーでガン見してくるのきしょいよね~」

 

「…藍家ひめな、席に座れ。相手を煽る発言は禁止だ」

 

「きゃわゆい議長さんに私チャン怒られちゃった☆後で彼ピとアチュラチュして慰めてもらお♪」

 

「ギャル語全開キャラじゃん!?あーしとりかっぺと一緒にオールでオケる?」

 

「そういう話をしに来たんじゃない!必要な時以外は衣美里は黙ってろ!」

 

「アハハ♪マジウケな中央キャラ達だね~☆西の4人は辛気臭いけど」

 

席に座った4人は向かい合い、会談が始まっていく。

 

「先ずは、今回の暴動の被害を受けている西側の発言から許可する」

 

席を立ち上がり、やちよが発言。

 

「西側の要求はただひとつ…即刻暴動を停止しなさい。でなければ容赦出来ないわ」

 

「西の長はそう主張しているが…東側はどう答える?発言を許可する」

 

席を立ち上がり、ひめなが発言。

 

「塩対応のジカジョーさん、それって全面戦争ってことだけど…それでしまい?」

 

「東側は折れる気はないようだが…西側はどうする?発言を許可する」

 

「私たちは、なぜ東側が暴動を起こしたのか…その原因を聞きたいの。答えてもらうわ」

 

ひめなは横の月咲に視線を向ける。

 

促された月咲は立ち上がって発言。

 

「…西側の人達が、東側にしてきた事を思い出して!」

 

「そ…それは…」

 

「あらゆる差別を行ってきた!賃金差別!就職差別!地域差別!不平等を強いてきた!!」

 

「月咲さん…それはですね…」

 

「歴史のせい?違う!!西側の連中が…東側の人間を知る努力をしないから起きてきたの!!」

 

「反論…出来ないよ…。だって本当に…西側はやってきた事だし…」

 

「東の子ってだけで笑われる!漫画でもそう…憎い奴らが無様なら…()()()()()()()でしょ?」

 

「東の子は…漫画のような悪役にされてるって…言いたいのかよ…?」

 

「虐めってさ、いつも虐める側が笑うでしょ?虐められる側は…身を守る為の悪役を強いられる」

 

「笑う事は…攻撃性の証明だと言いたいのですか、月咲さん…?」

 

「お笑い芸人のネタも、虐める相手がいて成立する。漫画だって悪役がいないと成立しない…」

 

「それは違うわ月咲さん…そう思う人がいても、そう思わない人だって……」

 

「いるでしょうね?でもさ…それは極少数派であって、西側全体じゃないのよ!!」

 

「やめてくれよ!まるでそれじゃあ…西側は()()()()()()東側を虐めてるみたいじゃないか!!」

 

「気が付かなかったの?東の子を虐めて嘲笑う西側の子達の……あの楽しそうな表情に?」

 

「…虐めの原因は、虐める側の価値観にあると言われるわ。本人は悪い事をしている自覚がない」

 

「会社とかでもそうだよね…。暴言も…上司にとってはスキンシップでも部下にはパワハラだし」

 

「笑いってさ、基本的な差別であって虐めだとウチは思う。だから危険で…楽しい娯楽なんだよ」

 

「アッハハ☆()()()()()♪人間はね、そんな楽しい娯楽だけを求めて本質を知る努力をしないの」

 

「…ぼくも西の皆から虐められてきた。人間不信に陥り…みんなから憐れまれる存在になったよ」

 

「時雨ちゃん……」

 

「そんなぼくにだってプライドがある。魔法少女になれた事で…西より上の存在になれたんだ!」

 

「私もすぐ…周りに流されるんです。そのせいで…間違ってる事を間違ってるとさえ言えない!」

 

「はぐむん……?」

 

「私も聞きたいです!差別をよくないと思う西側の人達は…西側を変える努力をしましたか?」

 

「それは……」

 

()()()()()()()()貴女たちだって…私と同じ様に、周りに流されてきただけです!」

 

「差別はよくないと思ってるだけでさぁ、行動で示せてないし~?説得力0だよね~♪」

 

「……西側の私たちが何を言っても…言い訳にしかならないのね」

 

「笑いはね、仲の良い友だちとの間だけで生まれるべきだよ。それ以外は全部虐めだから」

 

「西の人は…友達なんかじゃありません。社会の中に屯している他人同士です」

 

「相手の心を想像したり、相手を知る努力さえせず、大いに東の子達を嘲笑ってきた西側を……」

 

「ウチらは……絶対に許さない!!」

 

東の住人たちの叫びが続いてしまった会議室内。

 

(アタシは…あの子達の言葉を止める事が出来なかった。あの叫びは…魂の叫びだから…)

 

<…不穏な空気ね。このままでは…東の子達の言い分がそのまま通りそうよ>

 

不意にまさらの念話が聞こえ、中央の魔法少女たちが念話を繰り返す。

 

<東の子たちには…これだけの暴走を起こすだけの、苦しみがあったんだね…>

 

<…あーしね、相談所をしてたから知ってた。でもあーし…東の社会問題を…話せなかったし>

 

<政治は荒れる話題だからね…。恋バナとかお笑いとか…そんな娯楽しか話せてこなかった…>

 

<みんな…邪魔者扱いされたくないから、保身に走ってしまう。人は集団に依存してしまうのよ>

 

<人間工学の集団レジェリンスでもな…集団は個々人だけでは対処出来ないとされているんだ>

 

<やっぱり…神浜全体が変わらないと……この社会問題は解決出来ないんだよ…>

 

会議場内が重苦しい空気に包まれていた時…ひめなが不敵な笑みを見せる。

 

スマホで時間を確認し、口を開く。

 

「ねぇ、議長さん?私チャン眠くなってきたからさ…気分転換にテレビつけていい?」

 

「突然何を言い出すんだ!?今は大事な会議中だろ…?」

 

「このままじゃスヤりそうだし~いいじゃん、少しくらい♪」

 

勝手に席を立ち、中央の魔法少女たちが座る席の奥に見えるテレビに向かう。

 

テレビ台の上に置かれていたリモコンを手に取り、テレビをつけた。

 

ひなのは西の長に視線を向け、自分たちの相談の時間を稼ぐ為に首を縦に振った。

 

「お?この時間ならやってると思ったんだ~♪」

 

見れば神浜放送局のニュース番組。

 

神浜市の市長が行う、臨時記者会見の放送内容であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「只今より、令和1年度の個人住民税に関する、市長の臨時記者会見を始めます」

 

今年より東地区に住所を有する市民の賦課方法を変更するという説明内容だ。

 

「なぜ東地区の賦課方法を所得に応じる所得割から、定められた額による均等割にしたのです?」

 

記者からの質問。

 

「今回の変更点に関する必要性はですね…市の防犯意識を高める為の施策に必要な財源として…」

 

「西側は今まで通り所得割の賦課方法のままですが、これについては?」

 

「西地域の方々は防犯意識が極めて高いのですが…残念ながら、東地域の方々は些か問題が…」

 

「確かに東地区は神浜市犯罪の温床と言われております、それについては?」

 

「え~ですので、東の方々には神浜市の防犯に協力して貰う為にも、賦課方法変更への理解を…」

 

市長の説明は続く。

 

質問の順番が回ってきたのは、神浜商工会議所にある記者クラブ所属ではないジャーナリスト。

 

「神浜は外資系企業が集まる商業都市として、成長志向の法人税改革の対象として選ばれてます」

 

「その通りですが…それが何か?」

 

「課税ベースを拡大しつつ税率を引き下げる…大儲けをする大企業の租税回避地とも言えます」

 

「……………」

 

「神浜には多くの企業がこれを理由に集まりますが…雇用に関する問題点があります」

 

「……何でしょう?」

 

「東地域住民の雇用がなされていないのです」

 

「企業への採用に関しましては、企業人事が判断なされる問題だと…」

 

「東地区の方々が就職出来る企業は中小零細のみ。これで均等割をされては生活出来ません」

 

「……………」

 

「市の行政として、防犯を理由にするだけの賦課方法変更で…よろしいのでしょうか?」

 

「市の行政として、市民の方々の安全を最優先するのは当然かと…」

 

「生活困窮者が生まれるから犯罪の温床となる。あなた方は…意図的に犯罪者を生み出している」

 

会見の場がざわつき始める。

 

放送には映らない会見場の裏側。

 

魔法少女と思われる人物が、右手の人差指を持ち上げていく。

 

「東の生活レベルは…服も電化製品も満足に買えない。この上の増税では…食事まで満足に…」

 

魔法少女の右手の人差し指に小さな魔法陣が浮かぶ。

 

「がっ……あっ…あぁ…?」

 

突然市長が苦しそうになり、会場からどよめきの声。

 

「市長、どうされました?」

 

「……………」

 

苦しそうに俯いていた顔が、ゆっくり持ち上がっていく。

 

その顔つきは……愉悦の表情。

 

――御飯が食べられなければ、()()()()()()()()()()()()

 

「なっ…!?」

 

「あんな社会のゴミ共は…死んだ方が神浜市の為なのだよ」

 

「市長…正気ですか!!」

 

「東のゴミ共を絞り上げて手に入れた市税は…神浜市大企業への優遇制度に活かされるのだよ」

 

「それが…今回の賦課方法変更の正体だったのですか!?」

 

「大企業は大事な天下り先だからねぇ…神浜市政とは……」

 

――西と中央企業の儲けの為にあるのだよ!!

 

記者会見場が怒号に包まれていく。

 

生放送であった為か、映像が途切れてCMへと流れていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「これは……何で突然こんなことを言い始めたの!?」

 

やちよは鬼気迫る表情を東の長に向ける。

 

「懺悔でもしたくなってさぁ、全部ぶっちゃけちゃった感じに見えるね~?」

 

「貴女たちの仕業なの!?」

 

「証拠でもあるわけ?濡れ衣を着せるなら…ガンギレだよ」

 

「くっ…!!」

 

「アハハ♪東の人らは今頃…激おこスティックファイナリティぷんぷんドリームだよね~☆」

 

東の代表者たちは席を立ち上がる。

 

「お、おい!何処に行くつもりだ!?」

 

「私チャン達はね、西側に譲歩するつもりも西側の譲歩を受け取るつもりもない。これが答え」

 

「ならお前らは……最初から!?」

 

「それよりさぁ…この街は大丈夫そう?」

 

――()()()()()()()でさぁ……これと同じ状況が起こった事ってなかった?

 

不敵な笑みを浮かべながら、ひめな達は会議室を後にする。

 

「…やられたわ。最初から連中は……神浜の街に騒乱を巻き起こすつもりだったのよ!!」

 

「わ、私…万々歳が心配になってきた…」

 

「あの市長は…西と中央にヘイトが向くように仕向けさせられたみたいですね…」

 

「魔法で本音を語らされたってわけかよ…ちくしょう!!」

 

「会談は中止だ!急いで西側に帰れ!アタシ達も…急いで自分たちの家族の安全を確認するぞ!」

 

その頃、公民館を出て東の魔法少女たちと共に東に向かうひめな達は…。

 

「他所の街の魔法少女も含めた全員に招集をかけて。私チャンが連中に発破をかけるから」

 

「…分かった」

 

「了解だよ、姫」

 

「…いよいよですね」

 

月咲達は先に東地区へと向かっていく。

 

スマホを取り出し、何処かに連絡を入れる。

 

「あ、彼ピ?全部上手くいったからね~☆私チャンってばマジイケてるよね?」

 

彼女のスマホは電話アプリなど開いていない。

 

脳内イマジナリーフレンドと話しているかのようにも見えた。

 

――いよいよさぁ……全面戦争の幕開けだよ☆

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

<<くたばれぇ!!神浜行政ーーッッ!!!>>

 

大東区の区役所前は大勢の人々で埋め尽くされ、警官隊と睨み合う。

 

手にはスポーツ道具や農具、果ては工具まで持ち出して武装した民衆たち。

 

彼らの怒りは既に限界を超えてしまっていた。

 

「解散しなさい!!集会を行う許可は出ていないだろう!!」

 

警官隊が必死にバリケードを作るが、数が違いすぎる。

 

その光景を区役所の屋上から見つめているのは、東の魔法少女たち。

 

1人が警官隊に指をさす。

 

「ぐっ…!?あ……あぁ……」

 

1人の警官の表情が虚ろとなっていく。

 

「くそ……まだ機動隊は到着しないのか!?もう持たな……お、おいお前?」

 

虚ろな警官の右手が腰のホルスターにある銃を握りしめ……。

 

次の瞬間。

 

<<ウワァァーーーー!!!?>>

 

聞こえてきたのは発砲音。

 

凶弾によって、1人の怒れる神浜東市民は倒れ、絶命。

 

「ヒャハハハ!!東のゴミクズ共はよぉ…全員死ねばいいんだよ!!!」

 

狂った警官の本音が、凶行を続けるかのように民衆に発砲を繰り返す。

 

「俺たち西側の警官たちはよぉ……」

 

――お前ら東の犯罪者共なんて……全員刑務所にぶち込むか、死刑にしたかったんだぁ!!

 

周りの警官が操られた警官を取り押さえていく。

 

静まり返る民衆たちだったが…恐怖の言葉を紡いでいく。

 

「俺たちは…このまま西側の連中に搾取され、殺されるしかないのかよ…?」

 

「嫌だ……生活できない!殺されたくない!!」

 

「西側の奴らは……最初から俺たちにこうしたかったんだよ!!」

 

「許せない……絶対に許してやらねぇ!!!!」

 

――殺される前に……殺してやらぁ!!!!!

 

ついに騒乱は…暴動へと発展。

 

群衆は暴れだし、警官隊のバリケードを突破して区役所内になだれ込む。

 

<<死ねぇーー!!神浜市ーーーーッッ!!!!>>

 

民衆たちが区役所内を破壊しつくしていく。

 

区役所の屋上からその光景を見つめていた、東の魔法少女たちは語る。

 

「…私の魔法は洗脳じゃない。ただ…人間の本心を刺激してあげるだけのささやかな魔法」

 

「これが…西側連中の本音だったんだね…」

 

「やっぱりさ…クソな西側と、他人行儀を続けて手を差し伸べなかった中央は…滅びるべきだよ」

 

「アタシもそう思う。それより姫様の元に向かおう…演説を聞きそびれるわけにはいかない」

 

怒りに燃え上がる民衆たちによって区役所は占拠される事になる。

 

まるで()()()()()()の口火を切る事件であるパリ・バスティーユ牢獄の襲撃を彷彿とさせた。

 

凶弾に倒れた東市民の情報は、瞬く間にスマホのSNSで拡散されていく。

 

神浜市長発言の炎上の上に、西側の凶行に対して全国からヘイトが向けられていく光景。

 

東の住民たちが雪崩込むかのように、西側に向けて行進していく。

 

「我々を嘲笑う西側を滅ぼせ!!」

 

「我々を搾取する西側を滅ぼせ!!」

 

「我々を差別する西側を滅ぼせ!!」

 

「我々の生存権を脅かす西側を滅ぼせ!!」

 

暴徒たちが見境なしに暴れていく。

 

その被害は東地区から始まり、中央区、南凪区、参京区、栄区と次々に広がっていく。

 

「俺たち東の住民たちが、新しい神浜を作るんだ!!」

 

「神浜に蔓延る偏見を滅ぼし!人間本来の理性の自立を促す法律を作っていく!!」

 

「人の道理を捨てた西側野獣共を粛清し!真の平等なる市民平和を築き上げていく!!」

 

「これは創造的破壊行為である!!差別を許さない理性に基づく社会を築き上げよう!!」

 

――新しい時代を……俺たちの()()で築き上げよう!!!

 

次から次へと、街に火の手が上がっていく光景。

 

それは遠く離れた新西区のみかづき荘からも遠目に見えた。

 

「あ……あぁ………」

 

2階の窓から神浜の街が破壊されていく光景を目にしていたのは十七夜。

 

「自分の本心が……この光景を招いたんだ!!自分は…正義の魔法少女失格だぁ!!!」

 

大声で喚きながら泣いていた時…。

 

<<ちょっとあんた!!それでも東の長なわけ!!?>>

 

声が聞こえた方角の2階窓を開け、下を見ればレナとかえでの姿。

 

「自分に責任があると思うなら、止めてくるのが普通でしょ!?」

 

「自分に…そんな資格は無い!!この惨状は……自分が望んでしまったことなのだぁ!!」

 

「で、でも…!十七夜さんは思ってただけで…自分で実行したいなんて思って無かったでしょ!」

 

「そ…それは…そうだが……」

 

「責任を感じてしまうなら、自分の手で解決するのよ!清算すれば…望んだ事も帳消しよ!!」

 

「わ、私はね……十七夜さんこそ…東の長だって思う。みんなが望まなくても…私は望むよぉ!」

 

「水波君……秋野君……」

 

「泣いてばかりいないでさ、顔を洗って出てきなさいよ。さっさと行くわよ」

 

「う…うむ……自分に何が出来るかは分からないが……」

 

――神浜の破壊を望んでしまった罪に……向き合ってみよう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【フランス革命】

 

フランス王国に起きた資本主義革命であり、第三身分である民衆たちの革命である。

 

封建的な残留物とも言える身分制や領主制を一掃し、法の下の平等を望んだ。

 

これにより旧体制のアンシャンレジームは崩壊し、国王と貴族の時代は終焉を迎える。

 

アメリカ独立革命と並ぶ、自由民主主義国家形成の雛形とも言える歴史。

 

財政破綻した国家が民衆に増税を繰り返して苦しめた事だけが原動力ではない。

 

この時代においては、様々な思想家達が旧体制のフランスに疑問を掲げて新しい思想を生み出す。

 

【啓蒙主義】

 

フランス語ではリュミエール(ルミエール)と呼ばれる、民主的な近代国家体制を目指す思想。

 

原義は『光で照らされること』を意味し、時代的に先行するルネサンスを引き継ぐ側面もある。

 

一般的には経験論的、認識論、政治思想、社会思想や道徳哲学、文芸活動などを指す。

 

17世紀後半にイギリスで興り、18世紀のヨーロッパにおいて主流となった。

 

フランスで最も大きな政治的影響力を持ち、フランス革命に影響を与えた歴史を作った。

 

……………。

 

啓蒙主義は進歩主義的であると同時に回帰的。

 

これは啓蒙主義の理性絶対主義に起因し、理性主義はあらゆる領域での理性の拡大を促した。

 

しかし自然人と文明人に等しく理性を措定することは、文明の進歩からはなれている。

 

自然に回帰するような思想傾向をも生み出したのだ。

 

政治思想としては自然法論が発達し、とくに社会契約説が流行。

 

理性の普遍性や不変性は人間の平等の根拠とされ、平等主義の主張となって現れた。

 

理性を信頼する傾向は良心の絶対化に進み、政治思想において『急進的な傾向』を生む。

 

これにより弊害を受けたのはブルジョアジー。

 

行き過ぎた平等主義は、貴族から手に入れた自分達の自由利益まで『社会主義』として奪われる。

 

ブルジョアジー達は保守化し、平民たちとの激しい対立現象が起きてしまった。

 

……………。

 

社会革命を望み、自由と平等を望む者たちもまたエゴイスト。

 

自由と平等を手に入れたならば、簡単に掌を返してしまう。

 

国家理性の利己主義を法や道徳の要求と一致させようという啓蒙主義の試みは、不毛であった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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111話 炎の革命

不穏な空気によって支配された神浜市。

 

まるで不発弾がもう直ぐ爆発するかもしれない空気のようにも感じる。

 

東西中央の会談が続いていた時間帯の新西区、神浜ミレナ座。

 

「ヒホ…みたまが凄く怒ったホ。血相変えて東に帰っちまったけど…あのテレビ番組が原因?」

 

ミレナ座の入り口にはジャックフロストの姿。

 

「心配だホ…オイラもみたまを追いかけたいけど…オイラ外に全然出ないから道が分からんホ」

 

雪だるまに青帽子を被せた頭部を両手で抱えながら困っていた時…。

 

<<お~~い、フロスト!!>>

 

空を見れば、今では仲魔ともいえるジャックランタンの姿。

 

「おっ!いいトコで来たホ。それに下見たら…かりんも一緒かホー?」

 

ハロウィンコンビに手を振りながら出迎える。

 

「フロスト君!みたまさんは…?」

 

「血相変えて東に帰ったホ。こめかみに青い線が走るぐらい眉間にシワが寄ってた顔してたホー」

 

「のほほんなみたまさんが…そこまで怒るなんて。やっぱり…神浜ニュース番組のせいなの!」

 

「俺たちはな、あの調整屋姉ちゃんが心配で駆け付けたホ」

 

「ヒホ、オイラも同じ気持ちだホ。だいとう区ってどっちだホ?」

 

「私なら案内出来るの!フロスト君もついてくるなら…魔法少女に見つからないよう注意するの」

 

「任せるホ!それよりかりん…オマエも大丈夫かホ?」

 

「…今はアリナ先輩の事で、悲しんでる暇はないの!」

 

仲魔達を引き連れてかりんは急ぎ東の地へと向かう。

 

その頃、みたまはというと。

 

「どうしたのよ!?私は大東区までって言ったのに!」

 

タクシーを拾い、急いで大東区に向かっていたのだが…東の入り口である工匠区で降ろされた。

 

「さっきのニュースを知らないのか!?今の大東区になんて入ったら…東の連中に何されるか…」

 

「…何処までも、西側連中は最低の薄情者よ!!」

 

お釣りはいらないと財布の数千円を運転手に投げつけ、みたまは走りながら大東区に向かう。

 

「お願い……早まらないで!お父さん!!お母さん!!」

 

家族の身を案じていた時…。

 

<止まって、みたまさん>

 

突然の念話が聞こえ、横を振り向くと…。

 

「貴女は…雫ちゃん?」

 

かつて尚紀や静香たちが訪れた事があった喫茶店にいた魔法少女。

 

「私が貴女を家族の元まで飛ばすから…」

 

「そういえば…貴女の固有魔法は空間結合だったわね。お願いできる?」

 

「それともう一つだけ、お願いがあるの」

 

「お願い…?」

 

「貴女も東の魔法少女。だから貴女にも聞いてほしい演説があると言われたの」

 

「…雫ちゃん。いったい…誰と関わっているわけ?」

 

みたまは察した。

 

東の魔法少女の自分を必要とする存在は、新たなる東の長なのだと。

 

雫は押し黙ったまま答えない。

 

「私は調整屋よ。魔法少女としては中立の立場だから、東の魔法少女だけを優遇は出来ないわ」

 

「構わない。私の依頼人からは、貴女を連れてくるだけでいいと依頼されたから」

 

「依頼ですって?まるで…何かの仕事をしているだけのように見えるわ」

 

「私は…お金が必要なの。連中のやりたい事とか、それに連中の思想にも興味は無いわ」

 

「…分かったわ、聞くだけなら構わない。家族の安全を確認出来たら、連れて行って」

 

頷き、路地裏に来るよう促す。

 

人気のない路地裏で雫は右手を翳し、ワームホールのような穴を開ける。

 

二人はワームホールの中に入り、一気に大東区の団地街にまで飛んで行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

大東区の外れにある廃墟となったテニスコート。

 

現在ここには、大勢の魔法少女たちが詰めかけている。

 

「随分な数が集まってるわね…」

 

「ハワワ…外から来たのは、ミユたちの宝崎市だけじゃなかったんですね…燦様」

 

「東の魔法少女たちの数も合わせたら…300人に届きそうね」

 

周囲を見回す二人。

 

新たな東の長の元に集った魔法少女たちは、独特な衣装を身に纏う。

 

装飾が施された黒ローブや白ローブを纏う者が集まる光景は、秘密結社の集会を思わせる。

 

「張り詰めた空気…まるで祭りが始まる直前みたい」

 

「ミユは、ミユは、緊張してトンじゃいそうです…」

 

「でもさ、これだけの戦力があるなら…望みは大きそう」

 

「燦様とミユが望む、宝崎市の光塚にある伝統の火祭りだって残せそうです!」

 

「その為には…私たちが人間の上に立たなければならない」

 

「燦様なら火祭りの神にだってなれます!」

 

「そう、私は神となる」

 

「ハウッ!おみ足だけでなく…決め顔の燦様も素敵ですぅ」

 

「ミユ……」

 

「ごめんなしゃい……」

 

決起はまだかと意気込む周囲に囲まれているのは、ローブを纏わないみたまの姿。

 

(夏が過ぎた頃から、急に他所の街のお客さんが増えた理由は…この日の為だったのね)

 

彼女は一度自宅に戻り、激昂している両親をどうにか説得して踏み留まらせてきた。

 

隣に視線を移す。

 

周りの意気込みなど興味が無い表情をした保澄雫の姿があった。

 

「ねぇ…聞いてもいい?お金を集めて…何をしたいの?」

 

「…調整屋の貴女なら、私の調整をした時に見えたはずでしょ?」

 

「……貴女の口から聞いてみたいの。危ない橋を渡ってでも…求める望みがあるんでしょ?」

 

真剣な表情を向けられ、大きな溜息を出した後に口を開く。

 

「……神浜を出て、旅をしたい」

 

「何処か、行ってみたいところがあるの?」

 

「分からない。ただ…神浜という街は…私の居場所だとは思えないの」

 

「どうして?貴女の噂は聞いてるけど、周りから虐めを受けたり偏見を受けたとは聞かないわ」

 

「友達はそれなりにいても…あれは本当の自分の姿じゃなかった。偽りの居場所だったと思う」

 

「自分の本当の居場所を…探しに行きたいのね」

 

「うん…。本当はね、ふーにいって呼んでた人と一緒に旅に出たかったけど…亡くなったわ」

 

「その人の分まで…世界を見たいのね」

 

「だから私には…たくさんお金が必要なの。危ない橋だというのは分かってるわ…」

 

「…貴女の気持ち、分かるわ。私もね…いつ頃からこんなのほほん態度を始めたのか分からない」

 

「貴女も…偽りの自分を演じてきたの?」

 

「いつの間にか…周りを不快にしない笑顔を演じてた。本当の私は…周りの為の笑顔なんて…」

 

「みたまさんも…苦しんできたのね。いつか貴女にも、本当の居場所が見つかるよう願うわ」

 

(ここは…自分の居場所じゃない…。そう思ったから私も…悪魔の世界に入ったのかも…)

 

――この街が嫌なら、さっさと出ていけ――

 

尚紀に言われた言葉が頭を過る。

 

(この街を憎み…居場所を感じられなくなったわ。だから私は……あんな願い事を…)

 

「さて、私にはまだ最後の仕上げが残っているの。失礼させてもらうわね」

 

雫はみたまを残し、演説が始まる観客席の方に向かう。

 

(私の本心はまだ……この街に対する憎しみに囚われている)

 

周囲がざわつきだし、視線をテニスコートの奥に向ける。

 

見れば東の長であるひめな達が現れたようだ。

 

(藍家ひめな…あの子も調整を受けに来た。でも…あの子のソウルジェムに触れた時…)

 

みたまが見た記憶の光景とは、美しき天辺の景色。

 

(美しかった…地上に蔓延る差別も偏見も無い、新世界が見えた。あれが…この子達の望み?)

 

ひめなは周囲の魔法少女たちを見回す。

 

「はぐりんとしぐりんに頼んで、みんなのコスチュームを作って貰った甲斐があったなぁ」

 

新しい思想集団に相応しい衣装が欲しいという急な注文に応えてくれた2人だったようだ。

 

「うん?この子達のローブのフードに描かれたシジルは…?」

 

注文にはなかったデザインに目を向けていた時…。

 

<<お、お待たせしました~!!>>

 

声がした方を振り向けば、時雨とはぐむの姿。

 

はぐむの両手には大きな赤い布が持たれ、時雨の両手には旗用のポール等が握られていた。

 

「しぐりんにはぐりん~あざまし♪神ってる上におしゃんな衣装で私チャンうれぴーまん♪」

 

「えへへ♪私…裁縫みたいなチマチマした作業が好きだから…喜んで貰えて嬉しいです♪」

 

「姫、衣装だけじゃないよ。これを見てあげて」

 

はぐむは両手に持った赤い布を広げる。

 

「こ…これって…みんなのフードやローブに描かれているシジル…?」

 

それは、社会主義革命カラーである赤い旗。

 

パリ・コミューンの旗としても知られ、1871年の血の一週間において民衆政府が掲げた。

 

そして、中央に描かれているのは金色の印章。

 

天を貫く剣身の背には、枝分かれしたように見える翼。

 

それはまるで()使()()()()()にも見える。

 

そして六枚翼の頭上は光を発するかのようなデザイン。

 

「…………」

 

言葉を失い、天辺の光景を思い出すひめなの姿。

 

「啓蒙の光をイメージして作ってみたんです…どうですか?」

 

「……はぐむん、貴女って天才じゃん」

 

「えっ…?」

 

「これだよ…私チャンが天辺で出会えた……啓蒙の神様の光……」

 

「啓蒙の……神様?」

 

感動で泣きそうなひめなの前に出る時雨。

 

「ぼくとはぐむんのサプライズプレゼント。受け取ってよ…姫」

 

2人はポールに旗を結び、新しき思想集団の長に渡す。

 

「どうしよう……キュン死にしそう。しぐりんにはぐりん……」

 

――貴女たちは……マジ友だからね!

 

旗を受け取った時、テニスコートの外で車の車列が停車する音が聞こえる。

 

「ひめちゃん、遅くなってすいません」

 

歩いてきたのは栗栖アレクサンドラの姿。

 

「姫……この子は誰?魔法少女じゃないみたいだけど…?」

 

「私チャンの大事なマイメンのサーシャだよ。この革命のスポンサーでもあるんだ~」

 

「ぼく達の革命を…支えてくれる子なの?」

 

「この子は超金モなお嬢様だったんだよ~。……それよりサーシャ、前髪のアクセ変えた?」

 

彼女の前髪に見えたのは、前の花飾りではなく銀の()()()()

 

「はい。やっぱりお花は可愛すぎて……私には似合わない気がして」

 

「そんなことないない。それに山羊のアクセも私チャン的にはらぶたんだよ♪」

 

「ウフフ♪そう言って貰えると嬉しいです」

 

「あの……このトラックの車列は何ですか?」

 

「それは後から説明します。今は先に…皆に伝えるべきことを演説するべきです」

 

ひめなは促され、テニスコートの奥に設置された観客席の中央に上っていく。

 

時雨達もついていき、旗のポールを設置するポールスタンドを組み立てていく。

 

ひめなは託された革命旗をスタンドに差し込み、皆に振り返った。

 

(…ヒコ君、見てて。これが…あなたが考えだした演説だよ)

 

風が吹き、啓蒙の光を象徴する赤旗が揺れていく。

 

新たなる思想集団の長が語る演説が…始まっていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「この神浜市において、今日この日ほど自由と平等を求められた日はなかった」

 

重い口を開いたひめなの演説を皆が清聴していく。

 

「東西の歴史に始まり、それを次々と次の世代に押し付けて…古い価値観が継承され続けてきた」

 

東の魔法少女たちの手が握りこまれ、怒りに震えていく。

 

「誰もそれに疑問を持たず、また疑問を持つ者たちでさえ保身に走り…見て見ぬフリをした」

 

(…そうだったわね。西の魔法少女たちがどれだけ優しくても…誰も社会問題には触れなかった)

 

みたまの心に、東の魔法少女たちの苦しみと同じ感情が沸いていく。

 

「東は地域隔離され、生活を満足に出来ない責め苦を負わされ…犯罪者に仕立て上げられていく」

 

(私の家も…他の子達の家でさえも…本当なら普通に暮らせた幸福が、西側に奪われたわ…)

 

「これは自然権を侵害する人権侵害。国家でも侵害してはならない自然権を、この街は奪った」

 

(自由…平等…博愛…東の私たちに与えられなかった……人間としての自然権……)

 

「人権への無知、忘却、あるいは軽視のみが…公衆の不幸および政府の腐敗の原因なのよ」

 

東の魔法少女たちの脳裏を巡るのは、西の人々から人権を奪われた日々の苦しみ。

 

「人間のもつ譲渡不可能かつ神聖な自然権を荘重に宣言したのが…革命期のフランス人権宣言」

 

(フランスの……人権宣言?)

 

「人間は、生まれながらにして自由かつ平等な権利を持っている。これが今日の基本的人権よ」

 

「私たち……基本的人権を踏み躙られていた?」

 

「歴史や偏見なんかのせいで……?」

 

「西側の奴らは……あたし達の人権を侵害してきた…」

 

周囲のざわつきに対し、いったん沈黙して皆が清聴するまでに戻す。

 

「政治の目的は、人間のもつ絶対に取り消し不可能な自然権を保全することにある。してきた?」

 

<<してない!!!!!>>

 

「これらの権利は、自由、所有権、安全、および圧政への抵抗なの。市政は権利を踏み躙ったわ」

 

<<許せない!!!!!>>

 

「我々には抵抗権が認められている。圧政への抵抗は、民衆に与えられている権利なの」

 

<<私たちは抵抗する!!!!!>>

 

「この発想は、世界各地で発生した革命や改革の理論的根拠となった。…貴女たちは何を望む?」

 

<<抑圧から解放されたい!!差別されるのは嫌ッッ!!!>>

 

身振り手振りのボディランゲージを駆使し、皆の感情を刺激していく。

 

「我々は自由と平等を望む!貧困から解放され、望むままの幸福を得られる権利がある!!」

 

<<そうよ!!!!!>>

 

「人間社会は自由を望む我々を迫害する!この恥ずべき社会を我々は許さない!!」

 

<<解放を行う!!!!!>>

 

「それがフランス共和国精神であり、日本を含む自由民主主義社会の在り方よ!!」

 

<<私達に自由と平等を!!!!!>>

 

「我々は啓蒙の光を掲げる!愚かな歴史を信仰し続ける者たちを打倒する…無神論者となる!!」

 

<<神は死んだ!!啓蒙に照らされた私達が地上の神となる!!!!!>>

 

「東の民は平和的解決の声を昔から叫んできた!それを踏み躙ってきた外道連中は誰!?」

 

<<西の連中よ!!!!!>>

 

「差別はよくないと言いながらも、東の人たちを解放しなかった()()()()()()()たちは誰!?」

 

<<西と中央の連中よ!!!!!>>

 

「我々は西と中央に断固として抵抗する!自由と平等を束縛する社会に断固として抵抗する!!」

 

――それが啓蒙主義であり……社会に進歩を促す精神!!

 

――我々はこのテニスコートで誓う…世界に真の自由と平等を与える存在になることを!!

 

――我々は啓蒙の光に照らされる者達!!

 

――()()()()()()()()()()()(啓蒙会)よ!!!

 

啓蒙の光と革命を象徴する赤旗が靡く中、溢れんばかりの大喝采が響き渡っていく。

 

この光景は、王権に虐げられた国民議会が行った『テニスコートの誓い』を彷彿とさせた。

 

ひめなの横で拍手をしているアレクサンドラは思う。

 

(フッ……まるで()()()()()()()()()だ)

 

柄にもなく感情的な演説をしてしまったひめなは、息を切らせながら小さな言葉を紡ぐ。

 

「…私チャンのキャラじゃなかったけど…やるだけの価値はあったよ…ヒコ君」

 

涙を浮かべながら歩み寄るはぐむは、旗が結ばれたポールを抜いてひめなに捧げる。

 

「私たちを導いて下さい!!」

 

笑顔を向けながら旗を受け取り、皆の前に掲げる。

 

「魔法少女至上主義革命はこの街より始まる!我々と志を同じくしない人間たちに粛清を!!」

 

歓声が響き渡るテニスコートから離れた廃墟ビル。

 

窓際の角に隠れながら、望遠レンズ付きカメラのシャッターを切り続ける観鳥の姿。

 

「まるで…ウジェーヌ・ドラクロワが描いた絵画…民衆を導く()()()()()の光景だね…」

 

……………。

 

革命戦争を行う先遣隊は出発し、残っているのは支援任務を行う魔法少女たちとひめな達のみ。

 

「あの……私たちは後方支援でいいんですか?」

 

先ほど会話していた宝崎市の魔法少女たちのようだ。

 

「貴女たちには、扇動した民衆の支援に向かって欲しいんです。彼らも革命戦力になります」

 

アレクサンドラは2人に指示を出している。

 

「ミユは、少し安心したですぅ。ミユ……緊張でトンだら、何しでかすか分からないし」

 

「それで?そろそろ貴女が運んできたトラックについて…教えてくれるの?」

 

「ついてきて下さい」

 

トラック車列に向かい、手前トラックのリヤドア前で立ち止まる。

 

(このトラックのナンバーって……米軍基地ナンバーで使われてるものよね?)

 

アレクサンドラは2人を促し、燦にリヤドアを開けさせた。

 

「こ…これは!?」

 

そこに並べられていたのは、大規模テロが行えるほどの武器弾薬の数々。

 

「冷戦時代の東側が使ってた拳銃に自動小銃…それに対戦車ロケット弾まで…」

 

「ハワワ……こんな物騒な品を、この日本で用意出来るなんて…何者なんですぅ?」

 

「神楽さんは…魔法少女としては銃を得意としてると聞きます。銃器の知識が深い証拠ですね」

 

「それは…まぁ。銃の構造が理解できないと、魔法武器として生み出せないしね」

 

「燦様の知識は凄いんですよ!ガトリング砲の構造を理解して自分の魔法武器にしてるんです!」

 

「それより…何で私が銃に詳しいことを…?」

 

「即席で構いません。民衆に銃の扱い方だけを教えてくれますか?」

 

アレクサンドラの態度に対し、怪訝な表情を浮かべていく。

 

(……教えるつもりはないようね。何だかこの子…怖いわ)

 

今は考えても仕方がないと判断したようだ。

 

「即席だと…せいぜい基本操作しか教えられないよ。的を当てる練度なんて得られない」

 

「点を射抜く練度は必要ありません。大勢で撃ちまくる面射撃で十分です」

 

「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる…ね。これだけの銃があれば…列を組んで撃てるということね」

 

「ミ、ミユはチンプンカンプンですけど…ミユは何をしたらいいんですぅ?」

 

「今夜は長い夜となります。私達も民衆も疲弊しますので、補給物資の搬送班に回って下さい」

 

「りょ…了解ですぅ。ミユのローラーブレードでお荷物を迅速に運んでやるですぅ」

 

「それでは、トラックに乗って下さい。民衆の教官の役目を…お願いします」

 

「フフッ、私もこういう補佐役が性に合っているし…教官の任務は承ったわ」

 

「燦様が教官!?あぁ…なんて麗しい響きなんですかぁ…ミリタリーブーツで踏まれたいですぅ」

 

2人の魔法少女を乗せたトラック車列も発進していく。

 

残ったひめなとアレクサンドラは革命司令官として、移動指揮車となる車両に乗り込むのだが…。

 

「ちょっと待って」

 

声が聞こえた方を振り向けば、ワームホールの中から現れた雫の姿。

 

「月咲さんたちを例の場所に運んできたわ。これで依頼は全て果たしたし、給料を貰いたいの」

 

「おつハムニダ♪工作員の運搬を色々と頑張ってくれたし…サーシャがお給料出してくれるよ」

 

アレクサンドラに視線を向け、彼女はピンクのカーディガンから中身が詰まった封筒を取り出す。

 

「これで足りるでしょうか?」

 

パンパンに膨れた封筒を開けてみると…。

 

「こ…こんなに貰っていいの?二百万円はあるわよ…?」

 

「まだ足りませんか?」

 

「い、いえ…十分過ぎるぐらいだけど…貰い過ぎて、何だか申し訳ないわ」

 

「申し訳ないと思うならついでに…あの泣き崩れている調整屋さんを家に帰してあげて下さい」

 

3人はテニスコートに視線を向ける。

 

そこには、蹲りながら泣いていると思われるみたまの姿。

 

「みたまさんね…。あの人にも声をかけてあげてくれない?きっと…葛藤に苦しんでいるから」

 

「そっか…。オッケー、ガチめに慰めてくるよ」

 

ひめなが近づくと、すすり泣く声。

 

両膝を曲げてみたまと視線を合わせるひめなの姿。

 

「どうだった…?私チャン達の言葉…貴女の胸に響いてくれた?」

 

「グスッ…こんなにも…こんなにも私の望みを代弁してくれる魔法少女に出会えるなんて…」

 

「分かってる、本心を言えなかったんでしょ?仲のいい魔法少女に嫌われたくなかったのね…」

 

「私…本当は恐ろしい女なの!でも…みんなに嫌われたくないから…いつも偽りの私を演じて…」

 

「苦しかったのね…。本音を言えば集団から排除される…みんなそうだから」

 

「私の心が…貴女たちに協力したいって叫んでる!!でも…でもダメなの!!」

 

「…調整屋さんは中立の立場だから?」

 

「私に調整の技術を教えてくれた先生に言われたの…。調整はビジネスだから中立が大事だって」

 

「無理強いはしないよ。ここに来てもらったのは…私チャン達の思想を聞いて貰いたかっただけ」

 

「本当に…ごめんなさい。でも、これだけは言わせて……私の本心も…」

 

――虐げられる抑圧からの解放…()()()()()を望んでいる。

 

――それが…私が魔法少女になった時の…願いよ。

 

「…うん、それが聞けて十分♪貴女も含めた魔法少女達が…自由を享受出来る社会を作るからね」

 

踵を返し、移動指揮車両に乗り込む。

 

「さぁ…始めちゃうよ。自由と平等を望む……啓蒙主義を掲げた民主主義革命を実行する」

 

「現人神となる魔法少女と、思想を共に出来る人間たちが共生する…新しい社会を築きましょう」

 

「神浜民主主義革命が後に世界の魔法少女たちに広がり、社会主義に進む二段階革命になる」

 

「この革命はいずれ魔法少女統一戦線となりますね、ひめちゃん」

 

車両を見送った雫がみたまに近づいていく。

 

「……私なら大丈夫。自分の足で……帰れるから」

 

立ち上がり、雫に背を向けてテニスコートから去っていくみたまの姿。

 

東の人間ではない雫には、彼女にかけてやれる言葉はみつからなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

街の至る所から火の手が上っていく神浜市。

 

西と中央に戻ったやちよとひなのは連絡を取り合い、全員の家族の無事を確認していく。

 

後手となってしまったが為に、彼女たちは防戦を敷かれることとなった。

 

「やはり…それしかなさそうだな…」

 

「魔法少女たちも…自分の家がある地域の心配があるのは分かる…でも分散すれば…」

 

「数に物を言わせて…各個撃破されるのがオチだろうな…」

 

「戦力を集中させ、戦線を築く必要があるの……大至急よ」

 

「防衛陣地を築くとしたら……参京区から栄区にかけて縦に陣地を構築するだけで…限界だぞ」

 

「私達がバリケードとなり、これ以上の被害を神浜市にもたらさないようにするしかないわ」

 

「分かった!中央の魔法少女たちも全員招集をかける!西側も直ぐにこちらに寄越してくれ!」

 

スマホの電話を切ったやちよの顔は…自分にのしかかる重い責任に苦しむ表情。

 

「私が……連中の行動に気が付いていたら……こんな事態には…」

 

眉間にシワが寄り、自分への怒りが抑えきれないやちよの両肩を掴む2人の手。

 

「やっちゃん。私たちが十七夜さんに向けて言った言葉を…忘れたんですか?」

 

「誰だって過ちを犯すよ…だから足りない部分は私達がサポートする。…でしょ、ししょー?」

 

「みふゆ…鶴乃…」

 

2人の思いやりに涙腺が緩みかけたが、気を取り直して状況を伝えていく。

 

「みんなへの連絡は私が行います。それより…十七夜さんの姿は?」

 

「えっ…?そういえば、十七夜の魔力を感じない……まさかあの子!?」

 

最悪の状況が頭に浮かんでいた時…。

 

<<大変でございます!!お願いですから返事をしてくださいまし!!>>

 

玄関の扉の向こう側からは月夜の声。

 

やちよは扉を開け、血相を変えた彼女の姿を見て緊急事態が起こったのだと察する。

 

「落ち着いて、月夜さん…。何があったの…?」

 

「西側の奥地から……」

 

――魔獣の大軍勢が……攻めて参りました!!!

 

その一言を聞き、片手に持っていたスマホを落としてしまう。

 

「どういう……ことなの!?なんで…なんでよりにもよってこのタイミングで!?」

 

「やっちゃん…タイミングが良すぎます。恐らくは…東の魔法少女たちの作戦かと…」

 

「私達の背後からの強襲…恐らくは、西と中央を分断して各個撃破を行うのが目的よ…」

 

「訳が分からない!なんで意思を持たない魔獣が…統率がとれた状態で攻めてくるの!?」

 

「遠くから笛の音が…月咲ちゃんの笛の音が聞こえたんです!もしかして…そんな……」

 

「月夜…」

 

「……背後をとられてしまっては、中央との合流は……」

 

「……都さん、ごめんなさい」

 

西の長は決断し…背後から強襲してくる魔獣軍勢を優先する決断を下した。

 

…少し前の時間に戻る。

 

新西区の外れには、神浜市に向けて電力を運ぶ大きな鉄塔が存在する。

 

鉄塔の上層部に立つのは、月咲と彼女を護衛する時雨とはぐむ。

 

「あの保澄雫って魔法少女が働いてくれたから…こうも容易く西側の背後をとれたね」

 

「月咲さん…私の固有魔法は、()()()()。魔獣にのみ効力を最大限に発揮する力です」

 

「ウチの固有魔法は共鳴…。そして……ひめなの固有魔法は、()()

 

「姫の固有魔法は…魔法少女たちの固有魔法を合成出来る」

 

「聞かせて下さい、月咲さん。私の固有魔法が付与された……笛の調べを」

 

(……ごめんね、月夜ちゃん)

 

横笛を構え、笛の音が響き渡る。

 

「凄い……なんて大きな笛の音……」

 

「見て、はぐむん……」

 

鉄塔の下側に出現していくのは、無数の魔獣たち。

 

「周辺地域の魔獣を一気にかき集める事が出来るなんて…」

 

「これが…はぐむんの固有魔法が合成された……月咲さんの固有魔法の力……」

 

月咲の意志が反映されたのか、魔獣たちがコロニーを形成していく。

 

「ここに魔獣を生み出すコロニーを敷く。負の感情エネルギーは今の神浜なら申し分ないしね」

 

「西側の背後をとり分断する。私達の役目は、東が中央の魔法少女を殲滅するまでの時間稼ぎ」

 

「西側は手練れ揃い……でもこちらには数の暴力と地の利がある」

 

時雨はスリングショットに似た魔法武器を生み出す。

 

「ぼくは臆病で弱い…でも射程距離と手数ならある。ぼくに高い場所を与えてくれれば十分さ」

 

彼女の眼を覆う透明ゴーグルに照準レティクルが表示された。

 

「でも…もしぼくの狙撃を掻い潜ってきた場合は…援護をお願いしてもいい、はぐむん?」

 

「こ…心得てるよ。私だって…戦える!」

 

はぐむの体系には不釣り合いなほど大きい剣を生み出して構えた。

 

笛の音に意識を集中し、魔獣とのコネクトとも言える共鳴魔法を操る月咲。

 

(今なら月夜ちゃんがいなくても…ウチだけで魔獣を操れる。でも…西側と戦うとなると…)

 

彼女が愛してやまない姉の月夜は、西側に所属する魔法少女。

 

(ウチら…また離れ離れになるの?でも…東の苦しみを月夜ちゃんが理解してくれると思えない)

 

大切な姉妹でも、生まれも育ちも最初からこの街に引き裂かれている。

 

口元から横笛を下ろし、やりきれない感情から絞り出す言葉。

 

「こんな事になるぐらいなら…もっと早く…この街から出ていけたらよかったよ…」

 

――ねー…。

 

いつもの姉妹ハモリ言葉を紡ぐが、月咲の隣にはそれを返してくれる姉の姿はなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

参京区の東側は既に東の暴徒達が押し寄せ、水徳寺も危険な状態。

 

日本庭園のように大きな庭には現在、時女の魔法少女たちが大勢集結していた。

 

「どうですか?何か見えましたか…?」

 

魔法で空から偵察している魔法少女に声をかけるのはすなお。

 

「…東の廃墟当たりを飛ばせていた折り紙カラスが…パチンコ玉のようなもので落とされました」

 

「だとしたら、その辺りが東の魔法少女たちが潜伏する場所だって思うよぉ」

 

「どうでしょうか…?落とされたという事は、こちらの動きに気が付かれたと思います」

 

「移動された可能性は大きいよな…」

 

ちはる、ちか、涼子の姿も見える。

 

「それより…神浜放送局のあの放送内容は……」

 

「ええ…あんな本音をぶちまけるだなんて、魔法少女の魔法の仕業としか思えません」

 

「東のみんなが怒って…街を破壊していく…。私たち時女の魔法少女はどうしたらいいの?」

 

「日の本の民を守るのが巫の使命。暴徒とはいえ…日の本の民を魔法で制圧など出来ません」

 

「暴徒に関しては…警察に任せるしかない……よな」

 

「私たちはどう動くべきなのかの確認を…ヤタガラスの神子柴様に向けて静香が行っています」

 

「悔しいよぉ…街の人たちが大変な時に…私たちは自由に動けないだなんて…」

 

「これが…組織に飼われるってことだったんだな…」

 

今すぐ飛び出したい気持ちを抑え込み、指示はまだかと周囲は苛立つ。

 

<<どういうことなんですかぁ!!!>>

 

水徳寺の奥から静香の大声が響く。

 

すなお達はえんがわから寺に入り、家電話が置かれている部屋に向かう。

 

そこには、怒りの表情を浮かべながら黒電話の受話器を握る静香の姿。

 

「此度の騒乱に、我々時女一族が手を出す事は許さん」

 

「暴徒によって街が破壊されていく!日の本の民を守るのが私たち巫の務めではないのですか!」

 

「時女の使命とは、悪鬼と戦うこと。人間社会の問題ごとは、我々の役目ではない」

 

「この騒乱を起こしている…この街の巫たちを制する事も許されないのですか!?」

 

「許可できない。全ての巫は、悪鬼と戦う大事な戦力…いたずらに消耗すべきではないのじゃ」

 

「せめて…せめて人命救助はやらせて下さい!!」

 

「同じことを言わせるな。我々には我々の役目があり、人間社会の問題は人間社会が対処する」

 

「…それが、ヤタガラスの意志なのですか?」

 

「我々は秘密結社一族。公に姿を見せ、人々を救う英雄などではない。大局の為に動く一族じゃ」

 

「くっ!!!」

 

「それよりも静香…ヤタガラスから送られてきた指示を伝える」

 

「えっ…?」

 

「今回、時女に与えられた勧誘任務は()()されたのじゃ。全員時女の集落に帰還せよ」

 

「ま、待ってください!?嘉嶋さんをヤタガラスに迎え入れる任務はまだ終わってません!!」

 

「後任に任せることとなった。我々の役目は終わりじゃ」

 

「そ…そんな……理由はなんですか?」

 

「我々の不手際をヤタガラスから追及されてのぉ。長期任務とはいえ、グズグズさせ過ぎた」

 

「せっかく…せっかく嘉嶋さんと仲良くなれて…私達の事も理解してくれる兆しが見えたのに!」

 

「よいか?ワシは全員帰還せよとお前に伝えた。その中には時女の分家たちも含まれている」

 

「ちかと涼子も…?彼女たちは本家とは関係ないです!元の地域に帰してあげるべきです!」

 

「命令に変更はない。時女一族の長となる者の使命を果たせ」

 

電話は一方的に切られてしまう。

 

「静香……」

 

すなおが歩み寄るが、茫然とした表情のままの静香。

 

「静香ちゃん…私たちはどう動けって言われたの…?」

 

「…神浜の騒乱に関わる事は許さない。そして、私たちに与えられた勧誘任務も撤回されたわ」

 

「そ、そんな!?」

 

「全員…集落に帰還せよと神子柴様に命令されたわ。その中には分家のちかと涼子も含まれてる」

 

「何処までも勝手な都合ばかり押し付けやがって!!」

 

「わ、私は嫌です!!これ以上…ヤタガラスなんかに振り回されたくありません!!」

 

「静香…本当に、それで良いんですか?」

 

「私だって悔しい…納得できない!それでも…時女一族はヤタガラス組織の一族…」

 

涼子が歩み寄り、静香の胸倉を掴む。

 

「おい静香!!お前は時女の大将なのか?それとも…ヤタガラスの飼い鳥なのか!?」

 

「涼子……」

 

「あたしは霧峰村に赴いて知った。時女の行持を信じて散った…時女一族の女たちの生き様を…」

 

「……………」

 

「あたしの母は、自分を捨ててあたしを守った。時女一族の女達も同じ……静香はどうなんだ?」

 

「わ、私は……」

 

「秘密結社一族の立場に縛られて生きていくというのなら…あたしはあんたについていかない」

 

「私も涼子さんと同じ気持ちです。時女の長になるべき人の…望みを聞かせて下さい」

 

俯き、握りこんだ拳を震わせるだけの静香だったが…。

 

<<大変です!!!>>

 

部屋に入ってきたのは、偵察任務を行っていた時女の魔法少女。

 

「血相変えて…どうしたんですか?」

 

「西側の奥地に飛ばせていた折り紙カラスから見えました!悪鬼の大軍勢の姿が!!」

 

「なんですって!?」

 

「ど…どうしよう静香ちゃん?私たち…本当に何もしないまま帰らないといけないの…?」

 

皆の視線が静香に集中する。

 

(自分を捨てて…誰かを守る。それが時女の行持であり…私が体現しないといけない信念…)

 

体を震わせていた静香だが、静まりが収まり皆に顔を向ける。

 

「…時女の長として、みんなに命令するわ」

 

――私たちは完全武装を行い、悪鬼の軍勢を打ち倒す!そして…東の魔法少女を制圧するわ!!

 

その言葉を聞き、皆の目が見開き笑顔となっていく。

 

「それでこそ…あたしが大将として認めた女だよ!」

 

胸倉を掴んだ手を離し、涼子は静香を抱きしめた。

 

「静香…本当にいいんですね?これは神子柴様の命令であると同時に、ヤタガラスの命令ですよ」

 

「神子柴様は言っていたわ。私たち巫は悪鬼を倒す使命をもつ一族…なら、悪鬼は時女の専門よ」

 

「そ、そうだよぉ!!悪鬼となら戦って良いんでしょ?なら何も問題なんてないよぉ!!」

 

「神子柴様はこうも言ってたわ。巫の数を消耗させる殺人が許されないなら…()()()()()()()()

 

「アハハ!屁理屈で頓智を利かせてきたな♪神子柴に喧嘩を売る態度が気に入ったよ!」

 

「もう…静香ったら。でも…そんな静香だからこそ、時女の女たちは貴女についていく」

 

「そうです…それでこそ、分家の私たちでさえついていきたくなる…時女の長の姿です」

 

「時間が無いわ!みんな迅速に戦闘準備しなさい!!」

 

「この水徳寺の蔵の中身を解放する時がきたようだな!あたしはまぁ…忍道具は柄じゃないけど」

 

指揮をとる静香の姿を、時女の魔法少女たちは目に焼き付けていく。

 

彼女たちは確信した。

 

時女静香こそ……時女一族の長になるべき存在なのだと。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ヘルメットやタオル覆面を身に着け、スポーツ道具や工具などを持ちながら行進する東市民。

 

その光景はまるで昭和のゲバルト部隊を彷彿とさせた。

 

極左集団と化した民衆たちが破壊行為を繰り返していく。

 

「民主主義とはブルジョアや地域特権者の為にあるものではない!貶められた我々にもある!!」

 

栄区に乗り込んだ暴徒たちが警官隊を突破し、栄区役所にも乗り込んでいく。

 

「東市民は公務員になる事も許されなかった!貴様ら西市民だけが税金で暮らせやがって!!」

 

区役所内部が次々と破壊され、外では役所に掲げられた記章旗が燃やされていく。

 

大行進は様々な場所で行われ、スピーカーを持ちながら革命闘争を暴徒たちが叫ぶ。

 

<<西が豊かになれたのは弱者からの搾取である!弱者にも豊かさを手に入れる権利がある!>>

 

<<この闘争は、全国の低沈金労働者の権利も認められる事を叫ぶ社会要求行為である!!>>

 

<<我々の勇気ある行動を見よ!格差に苦しむ国民は続け!ゼネストは民衆権利である!!>>

 

<<団結せよ!!差別主義・拝金主義者をこの国から滅ぼし!真の自由・平等社会を築こう!>>

 

東の暴徒たちは次々と西側の豊かさを象徴するような施設を狙い撃ちしていく。

 

これはフランス革命期に見られた反教権主義を彷彿とさせる光景。

 

無神論者は理性絶対主義を崇拝し、道徳的な宗教を掲げて旧体制の破壊を繰り返した。

 

この神浜市で最も栄えているのは中央区。

 

大挙して押し寄せる暴徒たちを迎え撃つのは県警から派遣されてきた機動隊。

 

「放水開始!!」

 

遊撃放水車から次々と放水が行われ、暴徒市民の列を押し留めていくのだが…。

 

「くそっ!!差別主義者共め!」

 

「俺たちは負けない!!自由・平等社会の為に!!!」

 

「お、おい見ろ!!あれは…味方だ!!」

 

暴徒たちの後方に停車したトラックから現れたのは、東の男たち。

 

教官となった燦から即席指導された男たちが両手に持つのは、自動小銃や対戦車ロケット弾。

 

「差別主義者と拝金主義者のケツ穴からひり出すお零れが欲しい豚共を撃ちまくれーッ!!」

 

武装市民が一斉に射撃を繰り返す。

 

対戦車ロケット弾が放水車に命中し、爆発炎上していく光景。

 

「いいぞー!!俺たちの革命には…きっと啓蒙と自由の女神さま達がついてるんだー!!」

 

「このまま一気に水名区の神浜市役所本庁舎にある本会議場を目指せ!!」

 

「そこで俺たちは新たな条例をこの街に作る!東側住民の自由と平等を約束する法律を作る!」

 

武装市民たちは、この呪われた神浜の歴史原点ともいえる水名区の神浜市役所本庁舎を目指す。

 

燃え上っていく神浜市の光景。

 

まるで虐げられし東の民の怒りの炎によって焼かれていくようにも見える。

 

その光景の中を、茫然自失した表情をしながら歩く八雲みたまの姿。

 

「あ……あぁ……」

 

燃え盛る施設の数々。

 

道端には暴走を止めるよう暴徒たちに言いに行って襲われた者達の亡骸。

 

「これが…こんな光景が……私が望んだ光景…?」

 

みたまの脳裏に、キュウべぇと契約した日の記憶が思い出されていく。

 

「あの時の私は…みんな大嫌いで……私に酷い仕打ちをする西側連中が許せなかった…」

 

勉強の努力を繰り返しても差別され、加害者にされ、帰ってくれば裏切り者扱い。

 

「東の連中だって同じだった…。憎い…みんな…憎かった……」

 

全てはこの街の歴史と、人間の軽薄さが招いた現象。

 

「怒りと憎しみに飲まれてしまったから…容易く願い事に誘導された…」

 

彼女は契約の天使であるインキュベーターに願った。

 

――わたしは神浜を滅ぼす存在になりたい――

 

道端に佇み、燃える街を見ながら体を震わせていた時…。

 

「たす…け…て……」

 

ビクッと体を震わせ、声が聞こえた方に振り向く。

 

西側の水名生徒が道端に倒れており、全身には降り注いだ窓ガラスの破片が突き刺さっていた。

 

「痛い…苦しい……たすけ…て……」

 

泣きながらみたまに手を伸ばす水名女子生徒の姿だが…。

 

「……………」

 

痛い、苦しい、助けて。

 

その言葉なら、みたまだって何度も心の中で叫んできた。

 

「何よ…?都合のいい時だけ…東の子に助けを求める気…?」

 

拳が握りこまれ、怒りと憎しみに震えていく。

 

「私だって…助けてって西側の人に叫んできたわ!それなのに…貴女達がしてきた事は何ッ!?」

 

「苦しい…お母さん…助けて……」

 

「努力しても…加害者にされて水名を退学させられたわ!それが貴女たち西側のやり方でしょ!」

 

「痛い…痛いよぉ……」

 

「私だって痛かった!!だけど貴女達は…苦しんで泣く私を嘲笑ったわ!!」

 

――()()()()()よ!!!

 

虐げられてきた彼女の憎しみが、暴言となって吐き出されていく。

 

願いが叶って神浜が滅んだなら、憎い奴らを大いに笑いたかった彼女だったのだが…。

 

「……………なんでよ?」

 

彼女の両目からは、大粒の涙。

 

「なんで…私は泣いてるの?どうして笑えないの…?私はこれが…やりたかったんでしょ…?」

 

苦しみ悶える水名女子生徒の姿が、かつての自分と重なっていく。

 

かつて、聖探偵事務所の所長は語った。

 

――犠牲にされて泣き叫ぶ被害者たちの光景に、()()()()()()()()()んだ――

 

「私…私だって……本当は……」

 

――苦しいって泣き続ける貴女と同じように……誰かに助けてもらいたかった。

 

両膝が崩れ落ち、地面に膝立ちとなる。

 

「私は……私はなんて愚かな…願い事をしてしまったの……?」

 

今頃になってみたまは理解した。

 

憎むべき敵とは、誰も許せなかった自分自身。

 

その結果、自分が苦しかった事と同じ加害行為を行い、自分と同じ苦しみを周りに撒き散らした。

 

「……まるで、この国の歴史でいうところの一揆、打ちこわしの光景だな」

 

声が聞こえた方に振り向く。

 

そこに立っていたのは黒のロールスロイスから降りてきたヴィクトルとホテル総支配人の姿。

 

「ヴィクトル…叔父様?」

 

「…この子を病院に連れていくのだ」

 

「かしこまりました」

 

総支配人が傷ついた彼女を抱き起し、ロールスロイスに乗せて車を発進させていく。

 

「叔父様…どうして外に?日はもう直ぐ沈むけど…まだ外に出たら…」

 

見ればヴィクトルの肌からは蒸気のような煙が立ち、肌が焦げているのが分かる。

 

「…調整屋という()()()()()()の君と、話がしたかった」

 

「ビジネスマンとしての…私と?」

 

「この街の光景を見て、どう感じた?」

 

「…私のせいです。私が願い事をしたせいで……神浜の街が破壊され…」

 

「違う。奇跡など結果を導く一つに過ぎない。君はこの惨状を起こす直接原因を生み出している」

 

「私が…この惨状を引き起こす…直接原因を生み出した…?」

 

「軍産複合体というのを知ってるか?軍事組織と兵器産業が結びついた軍事体制だ」

 

「軍産複合体と…調整屋の私が同じだというのですか?」

 

「軍産複合体にとって国民の恐怖は利益となる。弱い魔法少女の恐怖が利益となる…同じなのだ」

 

「そ、それは……」

 

「皆が死を恐れる。だから恐れを排除したい。だから兵器が売れる。調整する魔法少女で溢れる」

 

「わ…私……」

 

「9・11テロの後、当時の国防長官はスタッフに脅威を永遠に持続させよと伝えた」

 

「戦争が起こるから……兵器産業が巨大化していく…?」

 

「企業と軍の癒着は増し、民間に軍隊が依存する事となる。調整屋に依存する魔法少女と同じだ」

 

「それじゃあ…軍隊はいずれ、民間に乗っ取られる?」

 

「事実ペンタゴンよりも民間軍事企業の方が将官数は多い。軍と結託した企業が政治を操れる」

 

みたまの顔が青ざめていく。

 

ようやく、自分が今まで何処の魔法少女でも調整を繰り返してきた真実に気が付けた。

 

「君は大繁盛をして、東の魔法少女たちは戦力を整え、君は望みであった神浜の破壊を行えた」

 

「私が…私がしてきたことは……全て繋がって……」

 

「……吾輩は、もう一度君に聞きたい」

 

――どうだね、調()()()()()()()()()()()

 

ヴィクトルの言葉が、みたまを絶望へと誘っていく。

 

「いやぁぁぁーーーーーーーーーッッ!!!!!」

 

地面に蹲り、泣きじゃくるみたまの姿。

 

「……これを語りたかったのは、吾輩とて君と同じ立場だからだ」

 

「ヒック……うぅ……叔父様も……私と同じ……?」

 

「君は一年程しか業魔殿にいないから知らないだろうが…吾輩はイルミナティとも取引してきた」

 

「叔父様が……イルミナティと取引を……?」

 

「イルミナティの魔術結社に所属するサマナー達も命がけの商売……大いに繁盛したよ」

 

「それが……どんな事態を生むのか、叔父様は考えなかったの!?」

 

「商売人がそれを考えるなら店仕舞いとなる。商売を行うなら、何を売るかの責任を負うべきだ」

 

「何を売るかの……責任?」

 

「吾輩とて罪人、君とて罪人。それでも商売を続けてきたのは…やるだけの価値があったからだ」

 

「私は…グリーフキューブを得るために。叔父様は…悪魔研究を続ける為に…」

 

「我々ビジネスマンにも…責任はある。物を売るなら、その物が何を生むのかを考えなさい」

 

「叔父様は…私に調整屋を辞めてほしいの…?」

 

「それを判断するのは…君自身だ」

 

膝を曲げ、みたまと向き合う。

 

懐から取り出した魔石をソウルジェムに掲げる。

 

「えっ!?」

 

魔石によって、絶望の穢れは急速に吸い出されていった。

 

「負の感情エネルギーを溜め込んだ魔石は、()()()()()となる。イッポンダタラにでも食わせる」

 

ビジネスマンの先輩は立ち上がり、背を向けながら徒歩で業魔殿へと帰っていく。

 

残されたみたまは思う。

 

「私って……みんなに迷惑かけるばかりね。いっそのこと……さっき絶望死してたら…」

 

自分自身を呪っていた時…。

 

<<あっ!見つけたホ!!>>

 

<<みたまさん!!!>>

 

声が聞こえた空に目を向ければ、魔法少女姿のかりんとランタンの頭にしがみついたフロスト。

 

空中から降りてきたかりんと仲魔たちが彼女に駆け寄る。

 

「無事でよかったホ!オイラ心配で心配で……体がちょびっと溶けちまったホ…」

 

「フロスト、それはこの街の火事の熱で溶けただけだホ」

 

「みたまさん…本当に心配したの。大丈夫なの…?」

 

優しい言葉をかけてくれる存在から目を背けるみたまの姿。

 

「…優しくされる価値なんてないわ。私はね…本当はこの街なんて滅びればいいって思う女なの」

 

「えっ…?」

 

「西の子に虐められ…東の子にも虐められたから…全部滅びろって願ったの。恐ろしいでしょ?」

 

突然隠していた本音を語られ、かりん達は戸惑いを見せていく。

 

「私になんて構わないで……ほっといていい存在だから……」

 

また泣きそうなみたまの表情を見て、かりんは重い口を開く。

 

「あのね、みたまさん…。人間は()()()()()()()()()()()()()()

 

「一面だけで…判断してはいけない……?」

 

「みたまさんが怖い人だったとしても、普段は優しいの。私はそれを知ってる…だから怖くない」

 

「かりんちゃん…」

 

「私のアリナ先輩もね…普段は怖い人だけど、本当は優しかったの。だから…信じてあげたい」

 

――人間の心は……捨てたもんじゃないって。

 

みたまの両目から、大粒の涙。

 

「うっ…ヒック…かりんちゃん…私……私ぃ!!」

 

かりんに抱き着き、泣きじゃくる。

 

「みんなと仲良くしたい!憎みながら生きるよりも…みんなと楽しく生きていきたいッッ!!」

 

震える体を、かりんが抱きしめていく。

 

「うん…みたまさんも、アリナ先輩も……またみんなと仲良く生きていけるの」

 

「うああああぁぁあぁぁぁああぁぁぁ────……ッッ!!!!!」

 

――私は……それだけを信じたい。

 

………………。

 

神浜の騒乱を起こす引き金を引いてしまった、調整屋としての八雲みたま。

 

だからこそ彼女は決意した。

 

自分が引き起こしてしまったこの騒乱を……必ず止めてみせると。

 




読んで頂き、有難うございます。


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112話 個人と公共

西の魔法少女達は現在、西の奥地にある鉄塔攻略の為に動く。

 

迫りくる魔獣の軍勢を打ち倒しながら前進し、電力を運ぶ鉄塔が並ぶ周辺に到着。

 

「あの一番奥の鉄塔から魔法少女の魔力を感じるよ!それにコロニーを築く魔獣の姿も!」

 

「遮蔽物がない田園地帯に立つ鉄塔群…だとしたら…」

 

「やっちゃん!!伏せて!!!」

 

みふゆの叫びに反応してやちよ達は身をかがめる。

 

直ぐ上をパチンコ玉のような魔法武器が掠めていった。

 

「やはりスナイパーを配置してたわね…地の利は完全に向こう側にあるわ」

 

「どうしよう……私の炎魔法で周囲を燃やして煙幕を作るわけにも…」

 

「鶴乃さん、それは被害が大き過ぎます。ここは私の幻覚魔法でデコイを生み出しましょう」

 

みふゆの案を了解し、やちよは後ろを振り向いて西側の魔法少女に指示を出す。

 

「美凪さん、竜城さん、牧野さん、胡桃さん、梢さん、春名さんは私と共に突撃するわ」

 

「くみ…やちよさんと同い年だし、年長者として頑張るからね!」

 

「貴女の固有魔法であるフリーズを駆使してくれる?魔獣の動きを止めれば固定砲台と同じよ」

 

「私の固有魔法なら、魔獣の攻撃手数を減らすことが出来るかもしれません」

 

「お願いするわね、梢(こずえ)さん」

 

「まなかの燃え上るクッキング魂で!魔獣たちをミートボールにしてみせます!」

 

「あまり…食べたい料理じゃないかも…」

 

「このみお姉さんは、ああいう食材は嫌いなんですね?」

 

「食材以前の問題でしょ!?」

 

「皆さん!私たちが先陣を切り、見事に敵大将首をあげましょう!」

 

「いや…連中は大将首じゃないよ、明日香。でも騎士として遅れはとらないわ」

 

皆が意気込む中、月夜がやちよの前に出る。

 

「わたくしも!月咲ちゃんの元に向かわせて下さい!!」

 

「月夜さん…貴女は前線向きの魔法少女じゃないでしょ?」

 

「それでも…それでも月咲ちゃんを救いたいんです!!」

 

「…断ってもついてくるんでしょ?私のそばを離れちゃダメよ」

 

「は、はい!有難うございます…やちよさん!」

 

突撃班は決まり、やちよは後方支援を行わせる魔法少女たちに振り向く。

 

「みふゆ、鶴乃、みんなと一緒に後方からの援護をお願いするわね」

 

「ももこさんも来てくれてたら…突撃班も心強かったんですけどね…」

 

「あの子はレナやかえで達を探しに行ったから…それに多分、2人は十七夜と一緒よ」

 

「あの子達なりに…十七夜を心配してたからね…」

 

<<突撃前で心配状態になってどうするんですの!!>>

 

やちよ達の前に出てきたのは、水名区で見かけた魔法少女である阿見莉愛。

 

「えっと……貴女は()()()()さんだったかしら?」

 

「阿見リアよ!!まったく、本当なら私が華麗に前線を務めるはずなのに…」

 

「阿見さんの魔法武器は弓よ。後方支援向けの武器だし…」

 

「分かってるわよ!戦場のトップスターを譲るんですし、絶対に負けちゃダメよ!」

 

「フフ、思い出したわ。貴女もモデルになった人だったし…次の勝負はモデルとしてよ」

 

「望むところですわ!!」

 

「でもでも、阿見先輩は筋金入りのやちよさんファン…」

 

まなかの口を抑え込み、苦笑いを浮かべながら早く行けと促すリアである。

 

みんなから少し離れた位置で俯いている魔法少女。

 

「梨花ちゃん……大丈夫…かな……」

 

中央の魔法少女を心配しているのは、尚紀が文房具屋で出会ったことがある五十鈴れんの姿。

 

「ねぇ…友達が心配なの?」

 

声をかけてきたのは、夏の時期にアイドルコンサートを行っていた魔法少女。

 

「え、えっと…貴女は……?」

 

「あなたのハートをたたっ斬る!恋の辻斬り姫こと〜史乃沙優希~…って知らない?」

 

「あ、聞いた事あるかも…です。たしか…水名区のご当地アイドルさん…?」

 

「本当に大変なことになっちゃったけど…大丈夫、またみんな笑顔で暮らせる日になれるよ」

 

「そ…そうだと良いんですけど……」

 

「そうなれるって信じる事が大事。沙優希だって…自分を信じたからアイドルを続けてこれたし」

 

「信じる……は、はい!生きてこそ…幸せが見つかる。私だって…梨花ちゃんから学びました!」

 

「魔法のマイクでガンガン応援ソングを歌うからね!みんな~!魔獣を袈裟斬りだよ~!!」

 

後方班も決まり、やちよが号令を上げる。

 

美凪ささらは突撃前に後ろを振り向き、遠くに見える街の赤い夜空を見つめる。

 

「お父さん…大丈夫かな…」

 

消防隊員である父親の心配をしていた時、鉄塔方面から大きな笛の音が聞こえてきた。

 

「えっ!?」

 

ささらの目に映ったのは、後方から出現した大量の魔獣軍勢。

 

「やちよさん!!後ろからも現れたわ!!!」

 

「挟撃された!?」

 

「やっちゃん!後ろは私たちに任せて下さい!!」

 

「…頼んだわよ、みふゆ!!」

 

大規模な戦闘が始まっていく。

 

その光景を鉄塔方面近くにある森林から見つめているのは、常盤ななか達。

 

「ワタシの固有魔法で事実偽装の結界張たネ。これでやちよさん達からも敵からも姿消せたヨ」

 

「敵は相当の策士のようですね。だからこそ、私たち別働班が必要なのです」

 

「…それだけの理由で、ななかはみんなから離れたのかな?」

 

「…私は西側の魔法少女から嫌われてます。私がついて来ていた時の…皆の表情が語ります」

 

「……歓迎されてるようには、見えませんでしたね」

 

「敵は前面に意識を集中しています。我々は側面から奇襲し、魔獣コロニーを殲滅しましょう」

 

「…ななか、一つだけワタシ……聞きたいことあるネ」

 

「…何ですか、美雨さん?」

 

「敵ならば……また殺すのカ?」

 

その一言が、復讐相手であった魔法少女の殺害と同じことを繰り返すのかと問うのは分かる。

 

「…此度の暴動によって、大勢の人間が犠牲になりました。私は東の魔法少女を許しません」

 

「連中だて…差別を受けて苦しんできたから…」

 

「可哀相な立場なら、何をやっても許される?…その理屈を私は…決して許さない…!」

 

美雨を睨みつけるななかの表情は、かつて更紗帆奈を殺害した時と同じ顔。

 

「人間社会の秩序の為なら…人殺しも許されると言うカ!?」

 

「…美雨さん、人間社会を優先しない魔法少女を甘やかした結果…南凪区はどうなってます?」

 

「そ、それは……」

 

「本当ならば、美雨さんだって蒼海幇の人達の身が心配で堪らないはずです」

 

「心配ネ……でも!それと人殺しは関係ないヨ!!」

 

「あります。魔法少女の自由を許した為に、人間達は安全保障が得られない…今がその結果です」

 

「ななか…お前の理屈は恐怖政治ネ!!社会秩序の為なら()()()()だて出来るヨ!!」

 

「皆死ぬのは怖い、だからこそ抑止力となる。法を犯すリスクが高い程…皆が保身に走るんです」

 

「ななかさん……」

 

「私はもう…私やかこさんのように、突然魔法少女に襲われて人生を奪われる人を作りたくない」

 

「美雨さん……私もななかさんと気持ちは同じです」

 

「オ…オマエたち……」

 

「私やななかさん、そして今日犠牲になった人たち…。全部…全部魔法少女達のせいです!!」

 

3人の価値観はすれ違う。

 

己の望みで魔法少女になった者と、魔法少女に襲われて魔法少女の世界に引きずり込まれた者。

 

3人の考える魔法少女の在り方は…かけ離れていた。

 

「…美雨、もうななかとかこちゃんは止められないよ。それにボクだって…黒帯を締める侍だ」

 

「あきら…オマエもなのカ!?」

 

「義を見てせざるは勇無きなり…義とは己の利害を捨て条理に従い、公共の為に尽くす気持ちさ」

 

「あきら…オマエは自分の拳が血濡れた人殺しに…なてもいいのカ!?」

 

「勘違い騎士道殺人事件なら知ってる。でもボクは…あの空手家が間違ってるとは思えない!」

 

「みんな正気に戻るネ!!人殺しになたら…誰かに恨まれて苦しむ人生しかないヨ!!」

 

「ボクはね…義の侍であった柳生十兵衛に憧れてる。一殺多生の()()()の心は間違ってない!」

 

【活人剣】

 

兵法の理想として柳生宗矩が提唱した思想。

 

本来忌むべき存在である武力も、1人の悪人を殺すために用いることで、万人を救い『活かす』ための手段となると説く。

 

悪人と言えども殺さぬ『不殺』を意味する言葉などではなく、剣術が殺すための術理で有ることは否定せず、むしろ両面を知ることを重視している。

 

戦場での一技法に過ぎなかった武術としての剣術を、人間としての高みを目指す『武道』に昇華される発端となった。

 

この思想は昭和の右翼にも用いられ、国を売る売国奴殺害でさえ周りに被害を出すなと説いた。

 

一般人を巻き添えにする左翼テロ行為とは違い、一殺多生の大慈の心を重視したようだ。

 

「あきらさん…貴女も私とかこさんの思想と同じ答えを出してくれるんですね…本当に嬉しい!」

 

「義に生きるあきらさんなら…きっと理解してくれると信じてました!」

 

3人が手を取り合い、笑顔を作る光景を茫然と眺める事しか出来ない美雨の姿。

 

「議論なら後でしましょう。我々の目的は…人間社会に仇なす魔法少女たちを制圧することです」

 

森林から飛び出した3人。

 

側面から一斉に魔獣コロニーに向けて進撃していくのだが…美雨は動揺によって動けない。

 

「なんで……なんでナオキやオマエ達は……」

 

――()()()()()()()の為なら……そこまで残酷になれるネ!!?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

中央区。

 

街の下では暴徒達と警察が激しい攻防を続けているが、警察側が劣勢。

 

そして、街の上部とも言えるビル群の屋上では別の激戦が繰り広げられていく。

 

「西側の魔法少女はまだ来ないのか!?」

 

中央区の魔法少女リーダーであるひなのは、状況が極めて最悪だと判断した。

 

「みゃーこ先輩!ダメだよ…中央の魔法少女だけじゃ戦線なんて持たせられないよ~!」

 

ひなの達中央の魔法少女だけでは中央区のみにしか防衛線を敷く事は出来ない。

 

革命先遣隊である200人規模の東の魔法少女たちの攻勢を押し留めることなど不可能だった。

 

「……前線の状況は、最悪よ」

 

固有魔法である透明化を用いて戦線から報告に戻ってきたのは、短剣を武器とする加賀見まさら。

 

「お、お前……その体は!?」

 

見れば彼女の全身は血塗れであり、激戦の中を命からがら報告に戻ってきたようだ。

 

「…撤退を進言するわ。このままでは…私たちは全滅するしかないわ」

 

「…西の魔法少女の合流が期待出来ないならば…仕方がないな」

 

「それに、私たちが防衛線を敷く事が出来ない参京区や栄区に回り込んで西側を目指しだしたの」

 

「…まさら、戦線を撤退させる。我々は散兵として潜みながら縦深防御を敷いていく」

 

「真正面からぶつかっても勝てないなら…ゲリラ戦しかないわね…」

 

「だ、大丈夫なの…?あれだけの数じゃ…いずれあーしら追い詰められて…」

 

「敵の進撃を遅らせても…最終的には西の端にまで追い込まれて…西側連中共々終わりだろうな」

 

「…指令は受け取ったわ。前線のみんなに知らせてくる」

 

「その体じゃ無理だよ~!あーしが知らせに行くから!!」

 

「大丈夫……私は死など恐れてないわ…」

 

「いいから言うこと聞いて!あーしもみゃーこ先輩も…誰も死んで欲しくない!」

 

衣美里は走り出し、前線に向けて指令を届けに行く。

 

「あたしの魔法は化学兵器として使える。敵の進撃経路を継続的に攻撃して押し留められるが…」

 

「広範囲の火災で火災気流が生まれてるわ…空に押し上げられてしまうだけよ…」

 

「それに…敵を限定出来ない。人間が吸い込めば殺してしまいかねないんだ…」

 

「魔法少女の魔法も…万能ではないわね…」

 

「生き残ってくれよ…あたしの後輩たち…」

 

中央区の東側前線の戦況は…既に決しようとしている。

 

「ハァ…ハァ…これ以上は……」

 

両手に持った巨大なトンファーで防御を固めながら戦うのは粟根こころ。

 

しかし彼女も既に満身創痍。

 

「もたない…よね…」

 

背後を守るようにして立つのは、西部劇のガンマンのように二丁拳銃を使う江利あいみ。

 

周囲は既に黒や白のローブを纏うルミエール・ソサエティの魔法少女達に囲まれている。

 

彼女たちは本や角笛を魔法の触媒として使うようだ。

 

「残っている中央の魔法少女たちは……?」

 

「他の子達は……もうダメみたい…。梨花ちゃんだって…生き残っているのか分からない…」

 

「……どうして、こんな事になっちゃったのかな…?」

 

「きっと…この神浜の社会問題を、みんなが放置したせいだよ…ね」

 

2人は死の覚悟を決めていく。

 

その頃、こころから心配されていた人物は……。

 

「く…うぅ……」

 

離れたマンション屋上では、東の魔法少女の攻撃を受けて倒れこむ綾野梨花の姿。

 

「生きる事の大切さを…れんちゃんに教えたあたしが諦めたくないけど……ダメかも…」

 

東の魔法少女たちがトドメをさそうと近づいてくる。

 

「ごめんね…れんちゃん……あたしの分まで……生きてよ……」

 

死を覚悟していた時…。

 

<<今宵は僕の魔眼が疼く…血を求めて乾く…!!>>

 

「えっ…?この声は……?」

 

どこからか突然、中二病セリフが聞こえてくる。

 

東の魔法少女たちが給水塔に目を向ける。

 

そこには銀髪の長髪を夜風で靡かせる、左目が前髪で隠れた魔法少女の姿。

 

隠された魔眼?を見せびらかし、ドヤ顔で決めポーズ。

 

「あんた…工匠の水樹じゃない!東の魔法少女のあんたが…なんでここでサボってるわけ!!」

 

「ち、ち、違う!!我が名はフォートレス・ザ・ウィザード…!」

 

「いや、そういう中二病設定とかどうでもいいし!あんた…中央を手助けする気?」

 

「フン!僕は東の連中を見限る事にした。貴様ら外道についていく僕と思ったか?」

 

「東を裏切るつもりなのね…裏切り者には容赦しないわよ!!」

 

「クックッ、僕だけが君たちを裏切ったとでも思ったか…?浅はかな愚か者共め!!」

 

その言葉を聞き、周囲を警戒するが遅すぎる。

 

<<action!!!>>

 

何処からかメガホン拡声器の音が聞こえたかと思えば…。

 

<<キャァァーーーーー!!?>>

 

叫ばれた声がまるで具現化された巨大文字のように変化し、隣ビルの屋上から降り注ぐ。

 

東の魔法少女たちは形となった大声物体に押し潰され、身動き出来なくなった。

 

跳躍して現れたのは、デビルサマナーのナオミが助けた事があった三穂野せいら。

 

「僕が連中の注意を引き、見事な連携で勝利した…。かつての異世界対戦でもこの戦術を僕が…」

 

「君…大丈夫?私たちが来たからには、安心してくれていいからね」

 

給水塔の上で妄想に浸る人物は無視し、傷ついた梨花を抱き起すせいらの姿。

 

「貴女たち…東の子でしょ?どうして…?」

 

「東の子たちも一枚岩ってわけじゃない。私たちは連中のやり方にはついていけなくなったんだ」

 

「私より…他の子たちを助けに…」

 

「大丈夫、もう向かってる人たちがいるから」

 

一方、こころ達は…。

 

「キャァァーーーーー!!」

 

東の魔法少女の魔法攻撃によって、あいみは手すりを突き破りながら飛ばされていく。

 

「くっ!!」

 

折れ曲がった手すりを掴み、落下を防ぐが後がない。

 

「あいみ!?キャァ!!」

 

よそ見をした為に、こころも魔法攻撃を受けて倒れこんだ。

 

「なんて守りが固い女だったの…。でも、これで終わりだよ!!」

 

こころとあいみが絶体絶命であった時…。

 

「言葉は心の使い…徒然なるままに!」

 

東の魔法少女たちの頭上から降り注ぐのは、筆のような魔法武器。

 

「な、なによこれ!?」

 

地面に降り注いだ筆が言霊とも言える文字を地面に描いていく。

 

<<武装解除して暴走を止めなさい>>

 

その言霊が響き渡ったのか、彼女たちは魔法武器を落として棒立ち状態と化す。

 

空から現れ着地したのは、せいらと一緒にいた吉良てまり。

 

「ううぅ…。もうダメ……ごめんね、伊勢崎君……」

 

力が入らなくなり、手すりを離して落下した時…。

 

「えっ!?」

 

彼女の片手に鞭のような魔法武器が巻き付き、屋上に引っ張りあげられた。

 

「間に合ってよかったわ」

 

眼鏡ブリッジを片手で押し上げ、笑顔を向けるのはてまりの幼馴染である古町みくら。

 

「ごめんなさい…東の魔法少女たちのせいで……大勢犠牲を出したわね」

 

「貴女達は東の子よね…?どうして中央を助けてくれるの…?」

 

「私たちはもう、東の魔法少女社会とは袂を分かつ事にしたの」

 

「だから西や中央の援護に向かうところだったのよ」

 

「よかった…伊勢崎君との恋が叶う前に…円環のコトワリに行くところだったよぉ…」

 

こころとあいみが安堵していた時…。

 

<<みんな~!撤退撤退~~!!命を大事に~~!!!>>

 

衣美里がみやこの指令を伝えに現れたようだ。

 

東からの助っ人と共に、中央の魔法少女達は西に撤退しながらの縦深防御戦に移る。

 

中央の戦線は後退していくが、東の攻勢は北と南からも行われていく。

 

既に栄区には、東の魔法少女たちの部隊が進軍してきていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

中央を迂回するようにして北と南から西側を目指す東の魔法少女たちの大攻勢。

 

栄区を守る魔法少女は次々と殺され、残されたのは…。

 

「く…来るの…」

 

栄区を守る最後の魔法少女は、孤高の変身ヒロインを演じる御園かりん。

 

そして……。

 

「……私は、東の子達を止めるわ。戦う力が無いなんて言い訳はしない」

 

かりんの横には、魔獣さえ倒せない八雲みたまの姿。

 

彼女が持つ魔法武器とは、シルクに似た極薄の布…。

 

「みたまさん、無理しちゃダメなの…戦う力が無いなら私に任せるの」

 

「大丈夫よ。私はね、魔獣が相手では戦えないけど…魔法少女が相手なら話は別よ」

 

「もしかして……調整を行うの?」

 

「その逆よ。この布は私の手となる…魔法少女に被せてソウルジェムに触れさえすれば…」

 

――ソウルジェムそのものを…無力化させれるわ。

 

「調整という魂の強化じゃない…調整そのものを()()()()()()()()…魂を破壊するの!?」

 

「…これでもう私は、中立者じゃなくなるわね。調整屋も店仕舞いかしら…」

 

「ダメなの!みたまさんが人殺しになってしまうの!!」

 

「覚悟は出来てるわ。私のせいで…大勢の人々を死なせてしまったのだから…」

 

「みたまさん…そんな……」

 

東の魔法少女部隊の姿は目前にまで迫ってきている。

 

このまま乱戦となれば、みたまを止める事はかりんには出来ないのであろうが…。

 

<<ヒホ、俺も暴れたいホ>>

 

<<なんなら連中、オイラたちがぶっ潰してやってもいいホ>>

 

みたまの腰の辺りから顔を出すのはジャックフロスト。

 

かりんの背後から現れたのはジャックランタン。

 

「あ、あなた達…。私たちを助けてくれるの?」

 

「忘れたのかホー?オイラはヴィクトルからみたまを守れって言われてるホ」

 

「俺は善行を積まなきゃ成仏できんホ。このさい魔法少女に姿を見られてもしょうがないホ」

 

「ダメなの!ランタン君の魔法は強すぎるから…魔法少女を殺してしまうの!」

 

「縛りプレイ過ぎるホー…。悪魔の俺たちには難しすぎるホー…」

 

「じゃあ、オイラの魔法で氷結させちまうホ!こう見えてオイラ氷結高揚覚えてるホ!」

 

「しょうがねーホ。俺もパララアイを使って連中を麻痺させていくだけに留めるホ」

 

みたまの背中にフロストは飛び移り、両手で掴みながらおんぶ状態。

 

右手の人差し指で魔力をみたまの布に送る。

 

「えっ!?こ…これって…」

 

極薄の布から白い冷気が溢れ出していく。

 

「それをブンブン振り回したら、氷結高揚アイスブレスみたいに冷気をまき散らせるホ」

 

「ありがとう、フロスト君。あなたのお陰で私も違う戦い方が出来……うん?」

 

彼女が今背中に背負っているのは、雪だるまの悪魔。

 

「つ、つ、冷たいわ~~~!!?」

 

キンキンに冷えた背中に慌てだすみたまを見て、微笑みを返すかりん。

 

「みたまさん…元気が出てきてくれて嬉しいの」

 

「かりん、お前のキャンディーなんたらに俺の炎魔法を付与出来るけど…」

 

「それを放ったらみんな殺してしまう…。だから私…大鎌でみねうちを狙うの!」

 

「ハァ…オマエも俺がいなかったらヤバかったホ」

 

二体の悪魔を引き連れた魔法少女たちが頷きあい、東の魔法少女たちとの戦闘を開始。

 

みたまはフロストと協力し、冷気魔法で東の魔法少女たちを氷結させて身動きを封じていく。

 

かりんはランタンのパララアイ魔法で動きを麻痺させ、相手を殴りつけて動きを封じていく。

 

しかし数の上では圧倒的に負けており、疲弊しながら徐々に後退していくしかない。

 

栄区の守りを打ち破られるのは、時間の問題であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

報道ヘリが飛び交う神浜市の夜空。

 

手薄となっている参京区では現在、迂回してきた東の魔法少女部隊が難なく通過していく。

 

「扇動した東の人間たちは派手にやってくれているようね」

 

「西側が燃えていく…いい気味よ。西の魔法少女達も自分の家が大変で心理的負担も大きいわ」

 

「我々はそれに乗じて連中を殲滅していく。姫様の策士っぷりには頭が下がるね」

 

燃えていく建物を避け、西の本丸とも言える地域を目指し跳躍移動を繰り返す。

 

彼女たちが通り過ぎていった燃える建物の中には…。

 

「な…なに!?」

 

建物の屋上周囲が濃霧に包まれていく。

 

「この霧は魔法!?視界がホワイトアウトして何も見えない!!」

 

突然の事態に動揺していた時…。

 

<<よくも……よくも私たちの大切なつつじの家を燃やしたわね!!!!>>

 

怒りの声が聞こえた方角に視線を向けた時…濃霧の中から何かが回転しながら迫りくる。

 

それは静海このはが魔法武器として使う、長柄両端に蝶の羽根型の刃を持つ両刃薙刀。

 

「がっ……!?」

 

東の魔法少女達の首を次々と跳ね落とし、憤怒が込められた両刃薙刀が殺害していった。

 

混乱していく東の魔法少女たちの両側面から飛び出してきたのは、葉月とあやめ。

 

「お前たちのせいで!!!!」

 

葉月が両手に持つのは、魔力で帯電する斧に似た独特の形状の刃物。

 

「ぐあぁーーーッッ!!!!!」

 

二刀流を振るい、奇襲攻撃によって次々と東の魔法少女たちを両断して殺害する葉月の憤怒。

 

「つつじの家のみんなは……」

 

あやめが持つのは、中国武具に見られる龍頭大铡刀(りゅうとうだいさつとう)と酷似した武器。

 

――煙に巻かれて……死んじゃったぁ!!!!

 

「や、やめてぇーー!!!!!」

 

憤怒の力任せに振りかぶり、東の魔法少女の頭部から真下に向けて唐竹割りの殺害行為。

 

濃霧の中から両刃薙刀を構えるこのはも現れ、視界が悪い中の大乱戦となっていく。

 

死んだ魔法少女たちが円環のコトワリに導かれる光を放つ中、血煙舞う戦いが続いていく。

 

3姉妹の魔法少女衣装は返り血塗れとなり、その表情は返り血を纏う憤怒を崩さない。

 

…東京の魔法少女が相手の時でさえ不殺を貫いた彼女たちが、慈悲を捨てる程の憤怒を見せる。

 

彼女たちに一体何が起こったのか?

 

それは…少し前に遡る。

 

「早く…早くつつじの家に向かわないと!!」

 

「あのニュース…只事じゃないよ!あんなヘイトを撒き散らせば…東側が暴走する!」

 

「あちし達が魔法少女になってまで守ったみんなが危ない……無事でいてよぉー!!」

 

3姉妹がつつじの家にたどり着いた頃には…。

 

「あ……あぁ……あぁぁぁぁーーーーーーッッ!!!!!」

 

東の暴徒達に囲まれた燃え上るつつじの家の光景。

 

「児童養護施設なんぞに!俺たち東の税金を使えって許可を出した覚えはねぇぞ!!」

 

「西の子供ばかりが優遇される!!東の子供の社会保障費は全く拡充されなかった!!」

 

「この施設も俺たち社会的弱者の税金で肥え太ったクソッタレ施設だ!!ざまぁみろ!!」

 

灯油が詰められた火炎瓶をさらにつつじの家に向けて投げていく暴徒たち。

 

児童養護施設等の福祉政策は国民も行政も関心が薄く、民衆からは税金の無駄遣いに見えた。

 

「どうして…?私たちの願いで…つつじの家は将来的な存続が運命付けられてたのに!?」

 

「アタシ達の人生を救ってくれたつつじの家が燃やされていく……許せない!!」

 

「あちし…こんなに怒るの初めてだよ!!絶対に許すもんかぁ!!!」

 

魔法少女に変身して暴徒たちに襲い掛かりそうな二人の肩を掴むこのは。

 

「何で止めるのさ!?」

 

このはも魔法少女姿に変身しているが、その顔は唇を噛み締めながら怒りを押し殺す表情。

 

「…暴徒たちは警察に任せるしかないわ」

 

「で、でも……あいつら許せないし!!」

 

「私だって怒り狂いそうなの……それでも、私にブレーキがかかる内に…人命救助を優先して!」

 

「このは…わ、分かった!残されてるかもしれない職員の人や子供達がいないか探そう!」

 

「つつじの家を守って死んだ院長先生の為にも…絶対に子供たちを死なせるもんかぁ!!」

 

施設の囲いを魔法少女の身体能力で飛び越え、ハンカチを口に当てて施設へと入る3人。

 

「ゴホッゴホッ!!誰か…誰かいないの!!?」

 

「ゲホッゲホッ!!天井は煙でダメだよ…身を低めて!!」

 

「手分けして探そうよ!きっと震えて動けない子供たちがいる…ゲホッゲホッ!!」

 

3人は手分けして捜索していく。

 

「しっかり!!お願いだから息をして!!!」

 

このはと葉月が見つけたのは、逃げ遅れた子供を探しに戻って煙に巻かれた職員たち。

 

「ダメ…この人たち息をしてないよ……」

 

「……まだ生き残ってる人がいるはずよ!諦めないで!!」

 

あやめは二階に上り、子供たちの部屋を捜索していく。

 

「誰かーッ!!いたら返事をしてよー!!」

 

部屋を開けていく内に、かつて自分の部屋だった場所を見つける。

 

「あちしやこのは達の部屋……」

 

息を飲み、部屋に入る。

 

そこには、知っている孤児の少女がクローゼットを内側から開けるようにして倒れた姿。

 

「そんな…あの子はあちしの妹のような子だった……」

 

駆け寄って抱き起す。

 

パニックとなり部屋に籠った為に、煙に巻かれて一酸化炭素中毒となったようだ。

 

「あやめお姉ちゃんが帰ってきたよ!お願いだから…返事をしてよぉ!!」

 

悲痛な叫びを上げた時、鼻と口元が煤けた少女の口が僅かに動いた。

 

「ゲホッゲホッ……お姉ちゃん……だれ……?」

 

「あっ……」

 

あやめは忘れていた。

 

姉妹たちが魔法少女として契約した時に叶えた3人分の願い。

 

その中には殺し合いが続く魔法少女として生きる為に、周囲との関係を断つ願い事があった。

 

…つつじの家に関わった3人の、記録と記憶を抹消する願いだ。

 

「怖くて……震えて……クローゼットに隠れたら……煙が入ってきて……」

 

「もういい!何も言わなくていいから…あちしが外に連れ出して病院に連れてくよぉ!!」

 

「苦…しい……息が……出来…ない…怖…い……」

 

「しっかり!!お願いだからちゃんと息をしてよぉ!!」

 

「お父…さん…お母…さん…どう…して…私を……助け…に……」

 

少女の目が閉じていく。

 

「…やだ…やだやだ!!目を開けてよ!またみんなでお庭の砂場でお城を作ろうよ…!」

 

あやめが掴んだ少女の手が、緩んでしまった。

 

「あやめ!!」

 

このはと葉月が入ってきて見た光景は、少女の亡骸を抱きしめながら号泣するあやめの姿。

 

「なんで…なんでさ!!魔法少女になってまで守ったつつじの家の子達が…どうして!?」

 

怒りと悲しみで錯乱状態となる葉月。

 

「……こんな真似が出来るのは、魔法少女だけよ」

 

「魔法少女の……仕業なの!?」

 

「あの市長の態度の急変……あんな真似が出来るのは、魔法以外考えられないわ」

 

「だとしたら……」

 

「ええ……おそらくは、噂になっていた東の魔法少女たちの仕業に違いない」

 

「このは……どうしてそんなに冷静に語れ……!?」

 

葉月が見たこのはの表情は、知っている顔ではなかった。

 

「この恨み……絶対に晴らしてみせる…」

 

その表情は…かつてないほどの憤怒を纏う顔。

 

――この騒乱を起こした全員に…つつじの家で死んだ人の苦しみと同じ苦しみを与えてやるわ!!

 

……………。

 

東の工匠区から参京区に向けて跳躍移動を繰り返す、針のような魔法武器を持つ魔法少女の姿。

 

「お弁当屋の千秋屋には理子ちゃんはいなかった…いったい何処に行ったのよ…」

 

彼女は東の大規模テロには加担せず、同じ東の魔法少女である千秋理子を捜索中のようだ。

 

「ひみかは弟達を郊外の親戚に避難させるから来れなかった…私1人で理子ちゃんを守らないと」

 

魔力探索を行っていたら、理子の魔力を探知。

 

「あっちね!」

 

跳躍移動を続けていた時…。

 

<<きゃぁぁぁーーーーッッ!!!!>>

 

理子の悲鳴が聞こえ、移動速度を速めていく。

 

現場に到着したのだが…。

 

「理子ちゃん大丈夫!?」

 

尻餅をついて座り込み、震えあがる理子の姿。

 

「あ……あぁ……」

 

「何をそんなに怯えてるのさ!」

 

「かのこさん……あ、あれを……」

 

震える手で指さす方角を矢宵かのこは振り向く。

 

「なっ……!?」

 

そこには、おびただしく血塗れた屋上光景。

 

佇むのは、返り血塗れの3姉妹の姿。

 

「……あたしさ、尚紀さんが語ってくれた事がある政治思想は…正しかったって痛感したよ」

 

「あちしも…尚紀お兄ちゃんやななかが言ってた、厳格なルールが必要だって…理解出来たし」

 

「社会主義と全体主義による法が必要だったのよ…この神浜の魔法少女社会には…」

 

「あたし…神浜の魔法少女社会の長をやってきた連中を…許せそうにないよ」

 

「私も同じ気持ちよ。彼女たちがお気持ち主義や真善美に流されず、厳格な法を施行していたら」

 

「こんな被害は……起きなかったよね……」

 

「この騒動が終わったら……ななかと一緒にやちよさん達の責任を追及してやる!!」

 

長達の楽観的な怠慢に対する怒りを燃やしていた時…。

 

<<あんた達!!なんてことをしたのよ!!!>>

 

声が聞こえた方に振り向けば、怒りの表情を向けるかのこと理子の姿。

 

「ひどいよ……なにも暴走した子達を殺さなくてもよかったのに!!」

 

「そうだよ!!話し合えば分かり合えたはずなのに……どうして殺しちゃったのさ!?」

 

正義の魔法少女が信じる真善美の世界しか見ようとしない者達。

 

姉妹達は軽蔑の眼差しを向けていく。

 

「…貴女たちがそうやって、人間社会を蔑ろにしたい考えを持つ連中を甘やかしてきたから」

 

「こんな事態になったんだって…どうして理解出来ないのさ!?この街の光景が見えないの!」

 

「ち、違うよ!!魔法少女たちは信じ合える絆を結ぶことだって出来るんだよ!」

 

「理子ちゃんの言う通りだよ!優しい心を向けて、話し合えばちゃんと理解し合え……」

 

<<うるさい!!!!!>>

 

「ヒッ!!?」

 

大声を上げたのはあやめ。

 

年齢も左程変わらないあやめに鬼の形相を向けられ、理子は恐怖で膝が崩れた。

 

「話し合えば分かるって?なら…()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

「し…してきたよ…。西の人たちも決して悪い人たちばかりじゃないって説得を続けて…」

 

「それで結果が残せたの!?信じ合える優しい心で…絆を結ぶことが出来たの!!?」

 

「そ、それは……」

 

「アンタ達の理屈が正しかったら…街は燃やされなかった!つつじの家は燃やされなかった!!」

 

みけんにシワが寄り切ったあやめの怒り。

 

震えていた理子が不意にあやめの衣装に変化が起きているのを見つける。

 

「えっ……あれって……!?」

 

あやめの右足のニーソは本来、可愛らしい動物デザインのニーハイソックスであったが。

 

怒りに呼応するかのように衣装が変化し、動物の表情は怒り狂う野獣デザインに見えた。

 

「そんなの結果論だよ!落ち着いてもう一度話合えば、みんな分かり合えて街も平和に……」

 

「貴女……これ程の大惨事の光景を見て、問題を矮小化するつもりなの!?」

 

「東の魔法少女たちだって社会問題に苦しめられた被害者なんだよ!?」

 

「これ程の暴動を招きながら…今度は被害者アピール!?何処までも腐ってるわ!!!」

 

「そんなに怒ってるから正常に判断出来ないんだよ…東の魔法少女達が可哀相だよ……」

 

「今度は原因を相手にすり替える!正義の味方を気取る連中は…()()()()()()だって分かった!」

 

かのこや理子の家は、この暴動の被害を受けて燃やされてはいない。

 

悲惨な事件であろうとも、自分の身が無事ならば大したことがない乗り切れる問題だと考える。

 

これは『生存者バイアス』と呼ばれ、失敗が無視されるなどの楽観的な偏りへと落ちる心理状態。

 

「ち…ちがう……私が信じてきた十七夜さんや、やちよさん達は……自己中なんかじゃ…」

 

「信じ合える絆で結ばれる。聞こえはいいけど、それは()()()()()()()()()()()とは関係ない」

 

「法とは……善人も悪人も関係なく縛り上げるもの。それは社会の安全保障の為なの」

 

「安全が保障されない社会でさ、アンタ達は笑顔で生きていけたら幸せだろうけど……」

 

「楽しく過ごしていく影ではね……楽観的な価値観のせいで誰かが犠牲となる」

 

「ななかや…あちしの親友のかこだって…そのせいで犠牲になって魔法少女になったの」

 

「あ……うぅ……」

 

「そ……そんな事があったなんて……知らなかったです…」

 

言い訳を並べても、彼女たちには通用しない。

 

今の姉妹たちには、正義と愛の魔法少女物語に相応しい真善美の光景など見えてはいない。

 

欲しているのは……社会全体主義によって生み出す、厳格な法律。

 

「行きましょう。私たちのやり方で……東の魔法少女たちを止めるわよ」

 

「ななかと合流しよう、このは。アタシはななかと一緒に……腹をくくるから」

 

「あちしもかこと一緒に腹をくくる……。あちし達はもう……」

 

――アンタ達のような、お気持ち主義や真善美世界しか見ない魔法少女は信じない。

 




読んで頂き、有難うございます。


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113話 ナチズム

鉄塔での戦況は混迷を極めていく。

 

突撃班の前進を阻むのは、時雨と魔獣軍勢が行う狙撃布陣。

 

後方から迫りくる魔獣軍勢を迎え撃つ後方支援班とに分かれた大乱戦。

 

「みふゆ…!やっぱり遠距離魔法攻撃が無いと前進を阻まれるよ!」

 

鶴乃に後ろの戦況を伝えられ、みふゆの表情にも焦りが浮かぶ。

 

「この為の分断だったのですね…。早く後ろの魔獣たちを倒してやっちゃん達の援護を!」

 

後方から現れる魔獣に対し、みふゆは自身の魔法武器である巨大チャクラムを投擲。

 

彼女の固有魔法も合わさり、まるで分身するかのように複数のチャクラムと化す。

 

魔獣の隊列を一直線に割いていくが、次々と魔獣が現れ続けていく。

 

「この笛の音…やっぱり、鉄塔にいる魔法少女を何とかしないと……」

 

れんが鉄塔に視線を向けていた時…。

 

<<危ない!!>>

 

「えっ…?」

 

大声を出す沙優希に振り向くが、彼女が注意を促したのはれんの背後に現れた魔獣に対してだ。

 

「あっ……!?」

 

後ろを振り向く頃には、魔獣のビーム攻撃が発射されようとしている。

 

「まったく!世話が焼けますわね!!」

 

誰よりも早く援護に動いたのは阿見莉愛。

 

魔法の矢に魔力を集中させ、矢が紫の炎を纏う。

 

「行くわよ!私の力で……ベラ・スピーナ!!」

 

彼女のマギア魔法が放たれ、魔獣に直撃すると同時に内部爆発を起こして消滅。

 

「ボサッとしてるんじゃありませんわよ!この阿見莉愛様が共に戦う華麗な戦場だというのに!」

 

「あの……えっと……ご、ごめんなさい…です」

 

「そこは謝るんじゃなくて!感謝の言葉の一つでも……」

 

プンスコした表情で彼女に激を送っていたのだが…。

 

「あ、あら……?」

 

見れば彼女は自身の魔法武器である杖を掲げ、青白い魔力を放出していく。

 

「怒ることないじゃない!?」

 

杖に収束した魔力が一気に解放され、莉愛に向けて無数の魔弾が放たれてしまうのだが…。

 

「えっ……?」

 

魔弾は莉愛の後ろを通り超え、背後の魔獣たちに次々と着弾して破壊していく。

 

五十鈴れんが得意とするマギア魔法、ソウル・サルベーションだ。

 

「あの…私、あまり会話が得意じゃなくて…。でも、守ってくれた人は…守ります…はい」

 

「はぁ…不器用なりの感謝のお礼というわけね」

 

2人は再び魔獣の軍勢を相手に善戦を繰り返す。

 

彼女たちの攻勢に押し戻されるかのように後退していく魔獣軍勢。

 

魔獣たちが下がっていく後方の開けた野原には既に、伏兵とも言える魔法少女たちの姿。

 

<敵さん共を上手く誘導してくれたよ。流石は神浜魔法少女たちの実力だね>

 

一体の魔獣が後ろ足を地面につけた時、足元が爆発。

 

足首から下が破壊され、大きく倒れこむ。

 

見れば次々と魔獣たちが同じ現象を起こしていく。

 

「み、みふゆ……魔獣たちが何かの罠で倒れていくけど…これって…?」

 

「まるで……地雷原にでも入ったかのような光景ですね…」

 

魔獣たちの足を破壊していくのは、埋め火(うずめび)と呼ばれる木箱の地雷。

 

<射手、今だ!>

 

林の中に潜んでいたのは、鴉面めいた仮面で頭部を隠す和装姿の魔法少女集団。

 

彼女たちが持つ火矢筒に備えられているのは、焙烙火矢(ほうろくひや)という爆弾。

 

次々と焙烙火矢が放たれ、倒れこんだ魔獣に雨の如く降り注ぎ、爆発して破片をまき散らす。

 

「凄い……まるで漫画の忍者集団ですね…」

 

「あの子たち……神浜の魔法少女じゃないよね…?」

 

「どうして私たちを助けてくれるのでしょう……?」

 

爆発の煙が晴れるが、仕留めそこなった魔獣がいる。

 

「ちゃらー!!開けた場所だしトドメは私が……」

 

<<ここはあたし達に譲ってもらうよ!!>>

 

「えっ!?」

 

木の枝から大きく跳躍して現れたのは涼子の姿。

 

「悪鬼共、もう未練は無いだろ!」

 

彼女が持つのは、仏教の修行で肩を叩く時に使う警策(きょうさく)と似た魔法武器。

 

燃え上るような赤い和装衣装と同じく、武器が業火を纏う。

 

一気に空から下降し、地面を叩きつける。

 

「大炎魔警策茶昆!!」

 

警策の炎が地面を走り、五つの火柱が周囲を囲みながら一帯ごと魔獣を焼き払っていく。

 

「あちゃー……私のお株を奪われちゃったよ…」

 

「…あの炎魔法の力は、鶴乃さんに匹敵する程に見えます。あの子たちは一体……」

 

業火が収まると、そこには焼け焦げた五芒星ともいえる大の文字が刻まれていた。

 

警策を肩に担ぐようにして歩いてくる涼子と、後ろからは時女の魔法少女である武装集団。

 

「何なんですの貴女たち!?私の活躍ステージにいきなりの乱入なんて感心しませんわ!」

 

「そこは勘弁して欲しいかな~。あたしらはね、諸事情があって今まで姿を見せられなかったし」

 

「貴女たちは神浜の魔法少女ではありませんね?」

 

みふゆが代表して涼子の前に歩み寄る。

 

「この神浜で何を目的にして潜伏していたのですか?東の魔法少女の誘いに乗ってこの街に…?」

 

「時女と東の魔法少女とは一切関係ないから安心しな。あたしらはね、東の魔法少女を止めたい」

 

「時女……?」

 

「積もる話は後にした方がいい。この魔獣共を操る東連中を制圧するのが先だよ」

 

「そうですね…協力に感謝します。私たちは急ぎやっちゃん達と合流を……」

 

「あたし達に先んじて時女一族の魔法少女が向かっているから安心しな」

 

「貴女たちは時女一族っていうんだね?なんだか漫画の忍者っぽくて…私は感激したよぉ!」

 

鶴乃に抱き着かれ、後頭部をかく涼子の姿。

 

後方班の戦いは決し、残すは突撃班と別働班の戦いへと流れていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

やちよ率いる突撃班の進撃を押し留める時雨。

 

だが下には既に常盤ななか達が迫りくる。

 

「東の魔法少女たちは…まだこちらに合流出来ないの!?」

 

時間稼ぎを行い、東側の進軍に合わせて挟撃する手筈だったが…間に合いそうにない。

 

横の月咲に視線を向ける。

 

彼女も汗まみれの表情を浮かべながら魔力を絞り、横笛の演奏で魔獣を操り続けるのだが…。

 

「このままだと…いずれここまでこられてしまう…」

 

鉄塔の下に視線を向ける。

 

彼女の視線は下で戦うはぐむに向けられていた。

 

「お願い…東の子たちが来るまで…持ちこたえてはぐむん!」

 

下のはぐむが戦っているのは、コロニーを形成する魔獣たちを超えてきた常盤ななか。

 

「ハァァァーーッ!!」

 

「くっ!!」

 

常盤ななかの舞うような連撃に対し、長大な大剣を駆使して戦うはぐむだが…。

 

(やっぱりこの剣…使いにくい!重さに振り回されちゃう!!)

 

一撃は重いが鈍重な大剣と、威力は低くても手数が多い軽量な二刀小太刀。

 

それに加え常盤ななかは居合の段持ちである武術の使い手。

 

「えいっ!」

 

大剣で唐竹割りの一撃。

 

ななかは素早くサイドに踏み込み、回避と同時に右肘を顔面に打ち込む。

 

「くっ!!」

 

鼻骨が砕け、鼻血を撒き散らし倒れ込むはぐむ。

 

刃の先端を彼女に向けるななかの表情は、冷徹な顔つき。

 

「これだけの所業に与したのです…覚悟は出来ていますよね?」

 

その目には暗い炎が宿る。

 

「これだけの所業が起こるだけの差別を行ってきたのは…西側の人々です!!」

 

「だから暴力革命が許されるとでも?」

 

「貴女たち西側はいつもそう!自分たちが酷い目にあう番になったら直ぐ被害者側のせいに…」

 

「どんな理由があるにせよ、それを利用し社会を踏み躙る免罪符にするというなら…貴女を斬る」

 

「貴女には差別をされた苦しみは無かったんですか!?」

 

「あります。ですがそれを理由にして…私は西側の人々に暴力を振るった事は一度もありません」

 

「うっ…」

 

「私は社会主義者。個人の感情よりも社会を優先し…社会に仇成す存在を決して許さない者です」

 

「差別をされた苦しみを知ってる人なのに……どうして!」

 

「かかって来なさい。己の私欲のみを優先する者たちが、どうなるかをその身に刻んであげます」

 

立ち上がり、大剣を中段に構える。

 

「やぁぁーーーッッ!!」

 

大きく大剣を振りかぶる唐竹割りの一撃。

 

小太刀二刀流を交差させ踏み込み、唐竹割りの速度が乗る前に刃を受け止める。

 

「くぅっ!」

 

押し切られまいと大剣を押し込もうとするが…罠だ。

 

ななかは右足を素早く半回転移動させ、相手の圧を利用した回り込みで相手の態勢を崩す。

 

同時に小太刀を握ったままの左手で相手の両手首を抑え込む形。

 

「あっ……」

 

はぐむの眼前には、右手の小太刀の先端。

 

「お覚悟を」

 

人間社会の為なら人を殺す事すら何も感じないと相手に感じさせる冷淡な声。

 

「はぐむん!!!!」

 

下の光景に気が付いて大声を上げた時雨だったが…。

 

「時雨ちゃん……ごめ……」

 

はぐむの顎下から頭部を貫く一撃が放たれようとした時…。

 

<<駄目ネ!!!>>

 

コロニーを形成する魔獣の群れの中から現れ出たのは美雨。

 

彼女の飛び蹴りがななかの側面に決まり、蹴り飛ばされてしまう。

 

「何をするんですか美雨さん!?」

 

倒れ込んだななかは仲間に対し、怒りの表情。

 

「人殺しを続けてしまたら!もう()()()()()()()()()()()()()()()ネ!!」

 

その一言は、正義の魔法少女たちに恐れられ差別されてきた常盤ななかの過去を物語る。

 

「蒼海幇も…街を守る為だと言て悪いことしてきたネ。だから神浜の人々から怖がられたヨ」

 

「それは神浜の治安を守る為に行ってきた正当防衛です!」

 

「人々を守る為には武は必要ネ。でもそれだけじゃダメだと分かたから…互助組織に変わたヨ」

 

「過去に行ってきた残酷な所業があったからこそ、社会を守れたんですよ!!」

 

「でも報復されるネ。ワタシも昔、蒼海幇が潰した悪人共に拉致されて大勢に迷惑かけたヨ」

 

「秩序の名の元に行った所業によって生まれる怨恨が…新たな悲劇を呼ぶと言いたいのですか?」

 

「そうネ。あの時だてワタシは手を汚せた…でもそれをしてたら…また復讐の連鎖が生まれたヨ」

 

「それを取り締まることが法です!報復者が生まれない程のリスクある法治社会を築けばいい!」

 

「…まるでワタシの心の奥底にいる、()()1()()()()()()みたいなことを言うカ…悲しいヨ!!」

 

「社会の為なら私は…理不尽となって手を汚す存在であっても構わない!!」

 

「ななか!それだとただの()()()()()()だて……なぜ分からないカ!!」

 

2人の刃が交わり、仲間同士の戦いとなっていく。

 

「はぐむん!連中が仲間割れをしてる今のうちに早く逃げ……えっ!?」

 

遠い林から強大な魔力と風の流れを感じとり、視線を向ける。

 

一番大きな木の上にある枝に立っていたのは、両手に手斧を持つ青葉ちかの姿。

 

「吹っ飛べ~~ッッ!!」

 

双斧を同時に振り、鉄塔に向けて放たれた竜巻。

 

彼女のマギア魔法ともいえるネイチャー・リグレッションの一撃だ。

 

「キャァァーーーーーッッ!!!?」

 

鉄塔の上にいた月咲と時雨は竜巻に弾かれるようにして転落していく。

 

「威力は弱めましたから…死なないとは思いますけど……」

 

ちかはななか達に視線を送る。

 

「これだけの惨状を起こした魔法少女達をどうするかは…時女が関与するわけにもいきませんね」

 

日の本を優先する一族である時女一族。

 

もし日の本の秩序だけを優先するならば、ななかと同じく首謀者たちを極刑にするだろう。

 

かつての地下鉄サリン事件のテロ首謀者たちを日本司法は死刑に処したように。

 

「人間の善性を信じる静香さんなら……どんな裁きをあの子たちにくだすんでしょうね」

 

月咲に操られていた魔獣たちの動きが止まり、形成は一気に逆転。

 

「くっ……うぅ……」

 

地面に倒れ込んでいた月咲に駆け寄ってくる魔法少女の姿。

 

「月咲ちゃん!!」

 

姉である天音月夜が駆け寄り、彼女を抱き起こす。

 

「月夜ちゃん……ウチ……」

 

「ごめんね!月咲ちゃん達がこんなに苦しんでたのに…わたくしは水名の掟に背くのが怖くて!」

 

「いいよ…今更謝られても…もう遅いし……」

 

視線を月夜から外し、近寄ってくる魔法少女たちに向ける。

 

「制圧出来たわ。無駄な抵抗はやめなさい」

 

近づいてきたのは、西の長である七海やちよ。

 

時雨とはぐむも後から合流したみふゆ達に取り押さえられていた。

 

「ウチらを……殺すわけ……?」

 

「貴女たちを殺しはしない。でもこれだけの所業を行った以上は……罰は必要よ」

 

()()()()()でもするわけ…?はは、殺された方がマシかも……」

 

鉄塔を巡る戦いは決し…またもう一組の戦いの方も終わりを迎えようとしている。

 

「ななかさん!仲間同士で戦うなんて…もうやめて下さい!!」

 

「美雨!どうしてそこまでななかを否定するんだい!?」

 

かこはななかを羽交い絞めにし、あきらは美雨を羽交い絞めにして2人の戦いを止めていた。

 

「……仲間割れをしているうちに、どうやら向こうは終わったようですね」

 

「…みたいネ」

 

「美雨さん…私は自分の信念を信じます。そして…西の長達が彼女達をどう扱うかを見届けます」

 

「好きにするネ…。でももし…また殺そうとするなら…止めるヨ」

 

「まだ東との戦いは終わってません。私を止めたいというのなら…貴女も好きにしてください」

 

事が終わった西の魔法少女たちを遠くから見守るのは、時女一族たち。

 

「こっちは何とかなったけど…静香たちの方はどうなるんだろうな?」

 

「人間の善性を信じる静香さんだからこそ…甘い部分が出るかもしれませんね」

 

「静香には甘い部分もある。だけどな…日の本の脅威になる存在ならあいつは長として…」

 

「迷わず斬れる程の…冷酷さを出せますか?」

 

「あいつには二面性を感じてた…。その狭間の中で、自分を見失わないことを願うよ…」

 

東の赤い夜空に視線を送る。

 

舞台は燃え上る神浜の街へと進んでいくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜市で起こる大規模暴動は既に市警の手に負える状態ではない。

 

神浜市長は県警の応援だけでなく、他県の県警にも機動隊の派遣を要請。

 

連絡を受けた近い県の県警から派遣されてきた機動隊車両が神浜市に入ろうとしていた。

 

サイレンを鳴らしながら車列を作る機動隊車両をビルの屋上から眺める魔法少女。

 

「邪魔されちゃ…困るわね」

 

彼女の背中に背負われているのは、魔力で生み出した旧式のガトリング砲。

 

1861年にアメリカ合衆国の発明家が生み出した車輪付きのものだと思われる。

 

魔法少女衣装頭部のデザインは、その車輪部分を思わせる滑車飾りもついていた。

 

「あなた達の命運は…ここで尽きるのよ!!」

 

背中に背負った銃口から猛火が噴き出し、弾丸の雨が雄たけびを上げていく。

 

空に向けて撃たれた銃弾の雨が魔力で操られ、地上に降り注ぐ。

 

機動隊車両が次々と弾幕射撃によって破壊されていく光景が続いてしまう。

 

それはさながら、地獄の火祭り光景。

 

銃身の回転が止まる頃には既に、下の道は破壊されて炎上する車両の山。

 

「日本の根底にある腐敗の毒に蝕まれた犬共には躾が必要。それを行うのが我々魔法少女なのよ」

 

背中の銃口から硝煙の煙を浮かべたまま片方の手で顎に触れ考え込む。

 

「扇動した民衆に銃の扱いを教える教官は…私だけじゃなかった」

 

アレクサンドラに指示された彼女だったが、現地に行ってみれば他の男たちも指導を行っていた。

 

「サングラスとフードを身に着けて身元を隠した男達…。私と同じぐらい銃の扱いに長けていた」

 

手分けすることによって素早く民衆に訓練を施せたのは良いのだが、彼女は釈然としない。

 

「栗栖アレクサンドラ…一体私たちに何をさせようとしているわけ?あの子はただの人間なのに」

 

不信感を募らせていた時、渡されていたハンディ無線機に連絡が入る。

 

「…宮尾たちはダメだったのね。私も前線に向かわないと…」

 

大きな溜息を出した後、魔力で弾丸を再装填。

 

「この暴力革命で…本当に魔法少女至上主義世界を築くことが出来るわけ…?」

 

これだけの大規模テロを行えば、自衛隊の特殊作戦群が押し寄せてくるのは彼女にも予測出来る。

 

「いくら武装した民衆でも鎮圧されて終わりよ。何が目的なわけ…姫様とアレクサンドラは?」

 

不安が拭いきれず、足取りが重かったのだが…。

 

<<燦様~~!!>>

 

不安だった心を晴らしてくれるかのような元気な声。

 

声がした方に振り向けば、大きなミリタリーリュックとカバンを携えた遊狩ミユリの姿。

 

「補給品をお届けにきました~」

 

「ちょうどいいタイミングね、ミユ。グリーフキューブはあるかしら?」

 

「もちろんですよ~。この日の為に東側の子たちは沢山集めてたみたいですしね~」

 

鞄から取り出したグリーフキューブを数個手に取り、地面にソウルジェムを置いて穢れを吸う。

 

「それとですね~お腹が空いてると思って♪」

 

リュックを下ろし、中から取り出したのはミネラルウォーターと食料品。

 

「兵站は大切よ。特に医療品・食料品は兵士たちの士気と直結するし…今のうちに食べておくわ」

 

「ミユも今のうちに食べておくですぅ。まだ配達が沢山残ってますし…」

 

「後方支援ご苦労様。大切な役割を任せられてるんだから、胸を張りなさい」

 

「えへへ♪ミユも頑張りますぅ」

 

笑顔を向けながら食料品を頬張る彼女を見て、心の中の迷いが燻りだす。

 

(私…本当にこの革命に身を任せていいの?火祭りを残したい我儘にこの子まで巻き込んで…?)

 

「よし!ミユはお腹も膨れたことだし、続きの配達に向かいますね」

 

「ミユ……くれぐれも無茶をしちゃ駄目よ。貴女は緊張でトンだら暴れ狂うタイプだし」

 

「ミユは前線に行けとは言われてないから大丈夫ですぅ。それより燦様こそご自愛下さいね…」

 

「ここで命を落とす必要はない。貴女は周りが見えないタイプだし…()()()()()()()()()()()()

 

「はいですぅ!」

 

ローラーブレードで地面を走り、跳躍移動を繰り返しながら去っていく後ろ姿。

 

「…いざとなれば、撤退も考える必要があるわ。火祭りとあの子の命を天秤には乗せられない」

 

大切な仲間に元気を少しだけ貰えた神楽は跳躍し、前線の魔法少女支援に向かっていった。

 

……………。

 

大東区を離れ、工匠区にある工場廃墟。

 

現在ここには移動指揮車両が停車し、コマンドポストとして運用されている。

 

青白いモニター室には通信を担当する男たちの姿と、後ろにはひめなとアレクサンドラの姿。

 

「革命は一度では終わりません。この革命の炎によって、新たな魔法少女革命を促します」

 

「…それによって、武装した民衆程度の兵力とは比べ物にならない革命戦力になるんだよね?」

 

「革命の目的は階級制度の破壊と、思想を共に出来る政党を生み出すこと。まだ足りません」

 

「私チャンもSNSを通して今日の日をアピっといたけど…何処まで注目されるかは分からないよ」

 

「この惨状はメディアによって世界に拡散します。世界のいたる場所で革命の炎が上がるんです」

 

「理屈は分かるけどさ…世界の国々を相手にして…本当に魔法少女の革命は成功すると思う?」

 

「ひめちゃん、どうしたんですか?随分弱気になってますね…」

 

「…しぐりんとはぐりん達が西側に捕まった。東側の進軍が遅れたせいで……」

 

「先遣隊の連絡では、西側と中央の散兵たちの抵抗にあい思うように進軍出来ないみたいです」

 

「歯がゆいよ…。ここでじっと堪えて指揮に集中してないといけないだなんて…」

 

「この暴動はキッカケに過ぎません。頃合いを見計らい我々は撤退しないといけないんです」

 

「扇動した民衆を見捨てて逃げるぐらいならいいけど…しぐりんとはぐりん達は見捨てられない」

 

「忘れないで下さい。我々は神浜の東側を今すぐ救う為に行動しているわけじゃない」

 

「全ては革命戦力を集める為の暴動。最終的な革命によって国家を転覆させればいいんでしょ?」

 

「その為にも貴重な魔法少女戦力を消耗は出来ないと考えてますね?」

 

「うん…しぐりん達は大事な戦力なのと同時に…私チャンのガチ友だし」

 

「なら、ひめちゃんが救出に向かいます?この場の指揮は私が引き続き行います」

 

「いいの?」

 

「貴女の護衛として、強力な存在を用意したのを忘れたんですか?」

 

言われて指揮車の出入り口に視線を向ける。

 

そこには、市街戦を専門とする法執行機関特殊部隊兵士のような黒装備姿の長身男性。

 

「……………」

 

頭部全体を覆う目出し帽の上に戦闘ヘルメットと戦術ゴーグルを身に着け、顔つきは伺えない。

 

「行ってください。大丈夫、彼の力なら西や中央の魔法少女など恐れるに足りません」

 

「…分かったよ、サーシャ。それじゃあ、行ってくるね」

 

通信室から出ようとした時、背中越しに声を発する。

 

「ねぇ…これだけの装備や資金、それに…悪魔なんてオーマーなヤツ用意出来る貴女は何者?」

 

彼女の背中に笑みを浮かべながら答える。

 

「この神浜革命が無事に終わった時に…教えてあげますよ、ひめちゃん」

 

答えをはぐらかすような答えに対し、顔も向けずに指揮車両の出入り口から男と共に出ていく。

 

笑顔から冷淡な表情となったアレクサンドラは、視線を壁に移す。

 

そこに飾られていたのは、時雨とはぐむが用意したルミエール・ソサエティの赤旗シンボル。

 

「…そろそろ便衣兵たちに撤退するように指示を出せ」

 

「了解です、閣下」

 

便衣兵とは、一般市民と同じ私服などを着用し民間人に偽装して各種敵対行為をする軍人のこと。

 

2019年に起きた香港民主化デモの際にも、中国共産党が多数の便衣兵を用いた事で知られる。

 

「愚かな欲望に従う魔法少女たちは、我々が行う()()()()には気が付いていないようですね」

 

「藍家ひめな。君たちの犠牲は無駄にはならないのだ」

 

【偽旗作戦】

 

あたかも他の存在によって実施されているように見せかける秘密作戦。

 

政府、あるいはその他の団体が行うように見せかけ、結果を相手に擦り付ける事を目的とする。

 

名称は自国以外の国旗、つまり偽の国旗を掲げて敵方をあざむくという軍の構想に由来。

 

戦争や対反乱作戦に限定されたものではなく、偽旗工作や偽旗軍事行動とも呼ばれた。

 

「お前たちもまたペンタグラムと同じく…悪魔の生贄となるのだ」

 

胸に手を当てて鼓動の高鳴りを感じ取る。

 

「感じるぞ人修羅…この革命によって犠牲となる人々を前にしたお前の感情の奔流が…」

 

怒り、叫び、嘆き、慟哭…。

 

身勝手な魔法少女社会に対する憤怒の鼓動が共鳴するかのように高まっていく。

 

「お前こそが、()()()()()()()()()()。悪魔と化した暁美ほむらでもここまで来れなかった」

 

目を瞑り、大いなる光である唯一神と共に在った時代を思い返す。

 

「お前もまたかつての私と同じく…()()()へと至る」

 

裁く者、それは唯一神が所有する絶対の切り札。

 

神の法と裁きを執行する権限を与えられた神霊を表す名。

 

「お前もまた…神霊サタンの領域に辿りつく者。七つの大罪の憤怒を司る悪魔だ…」

 

――人修羅がサタンとして完成したその時こそ、私はかつて引き裂かれた半身を取り戻せる。

 

――怒れ、古き神の名で呼ばれし人修羅…法の番人として。

 

――愚かなる魔法少女たちに…火水(かみ)の裁きを下せ。

 

――お前もまた混沌であると同時に…闇を照らす光明なのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

参京区では現在、このは達と合流した東の魔法少女の奮戦によって東側の進行を食い止めている。

 

手薄となっているのは、みたまとかりんが守る栄区方面。

 

燃え上る神浜の空を飛び交い、街の情勢を伝えるのは報道ヘリだけではなかった。

 

ビルの上を跳躍し、手薄となっている栄区の応援に向かうのは静香とすなおとちはる。

 

「空から監視してくれる魔法少女が時女にいてくれてよかったよぉ」

 

「情勢は彼女が逐一念話で報告してくれます」

 

「私たちは手薄となっている栄区を守る為に動くわ」

 

「殆どの時女の子は涼子ちゃん達に回しちゃったけど…私たちだけで大丈夫かなぁ?」

 

「仕方ないわ。地雷を設置する為の穴掘り作業だって人手が沢山いるし」

 

「私たちの任務は、東側と東に合流した他所の魔法少女たちの制圧で間違いありませんね?」

 

「殺してはダメよ。神子柴様に対する言い訳が通用しなくなるから」

 

「せっかく尚紀先輩と仲良くなれたのに…」

 

「ちゃる、それはこの騒動を終息させてから考えましょう」

 

「う、うん…」

 

前方に跳躍移動を繰り返していた時…。

 

「っ!?待って二人とも!!」

 

静香が大声を上げ2人を静止させる。

 

「この魔力…おそらくは藍家ひめなよ」

 

「ち、近づいてきてる!?」

 

「敵側の大将が自ら単独で動く…?何を目的にしてるのでしょうか?」

 

「鴨が葱を背負って来るとはこのことよ。私達が敵側の大将を拘束し、東側に降伏勧告を出すわ」

 

眼前の屋上出入口の屋根に着地して現れたのは、天女の衣を纏う魔法少女。

 

「ここらじゃ見ない子達だけど…貴女達がサーシャが言ってた潜伏している魔法少女一族ね?」

 

「ど、どうして神浜の街に…こんな酷い暴動を巻き起こしたのさ!」

 

「ギラつく?興味あるなら秒で終わらせる程度には説明してあげるけど…」

 

「貴女たちの目的は…魔法少女至上主義を用いて社会の変革を促す…違いますか?」

 

「潜伏してた間、遊んでたわけじゃなさそうだね。それとも、都会の遊びは分からない田舎者?」

 

おどけて相手を挑発する態度。

 

時女の長となる魔法少女、静香が前に出て口を開く。

 

「私達は時女一族であり、私は時女一族の長になろうとする者…時女静香よ」

 

「時女一族…?それって何さ?」

 

「日の本を守る為にのみ存在する魔法少女一族と言えば理解出来る?」

 

日の本を守る…その言葉を聞き、興味深い表情を静香に向ける。

 

「日本を守る一族?時代がかった響きだけど…それって人里離れた忍者一族みたいな連中?」

 

「時女の使命は魔獣と戦うだけでなく、日の本社会に害を成す魔法少女を止めることでもあるわ」

 

「へ~?…さっき日の本を守る為にのみ存在する一族だって言ってたけど…聞いてもいい?」

 

「何よ?」

 

「貴女たち時女一族の魔法少女たちはさぁ……」

 

――国家・社会に尽くす以外に選択肢がない…()()()()()()()()()()()()たちなわけ?

 

その一言を聞き、眉間にシワが寄っていく。

 

「私たち時女の魔法少女たちの…覚悟を疑うわけ!?」

 

「気持ちは一つって勝手に思ってるだけでさ、本当は自由を楽しみたいと考える子はいないの?」

 

「いるわけないじゃない…!」

 

ひめなの質問を聞き、すなおの手が握り締められていく。

 

(里の子たちの善性を信じたい静香は見ていない…あの子たちもまた、自由に憧れていたのよ…)

 

時女の里の指導者的立場である神子柴家と時女本家。

 

その二つに逆らえる時女の魔法少女たちなど、いなかった。

 

「時女の血は日の本の血!ただ一つの誇りを胸に抱きながら悪鬼と戦う者たちなのよ!」

 

「社会正義の味方ってわけ?それ以外の自由な価値観は許されなかったの?」

 

「くどいわ!最期の時まで日の本を穢す悪鬼(魔獣)から人々を守る使命に疑いなんてない!!」

 

「死ぬまで国や社会の為に戦わされる?それってさ、ただの()()()()()()()()()()()()だよ」

 

「国家社会主義…ナチズム?」

 

「ナチスや大日本帝国のような極右が掲げた政治。個人よりも国家・民族を優先する全体主義よ」

 

「個人よりも…国家と民族を優先する…全体主義?」

 

「それは独裁なの。全体主義は多元主義を認めず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「違う!時女本家は時女の子たちに使命を強制させてなんていない!みんな理解してくれてる!」

 

「時女の長という絶対君主制を敷かれて、里の子たちの自由な叫びは踏み躙られてきたわけ?」

 

「違う…違う…私は…みんなの自由を踏み躙ってなんて…」

 

「独裁は民衆から支持されてこそ基盤が作れる。時女の長さんは、民の利益を優先してくれた?」

 

「そ、それは……」

 

「自由を踏み躙るだけでさ、国や民族の為に魔獣と戦う事を強制させてきただけでしょ?」

 

「……………」

 

「基本的人権である言論と信教の自由さえ与えられず、政治の統制下に置かれた恐怖政治社会」

 

――それが……()()()()なんだって、私チャン理解出来たよ。

 

時女一族社会。

 

それはまさに、嘉嶋尚紀と常盤ななか達が望むであろう理想的全体主義社会体制。

 

時女一族もまた、社会主義カラーである赤旗を掲げる一族であった。

 

両膝が崩れ、膝立ちとなる静香。

 

時女一族が行ってきた政治がただの独裁であり、全体主義だということに衝撃を受けたようだ。

 

「独裁的な政治体制の下では体制批判は許されず、個人の自由は著しく制限される」

 

「母様…私たちは…間違っていたの……?」

 

――時女の使命、それは自由民主主義国家たる日の本の安寧を支えること。

 

――そこには自分の感情の善悪たる固定概念を作ってはならない。

 

――ただ日の本社会の安寧のみを支える秩序となるのよ。

 

かつて母に言われた言葉が、脳裏を過る。

 

「私の使命は…自由民主主義国家である日の本の安寧を支える事が正しいって信じてたのに…」

 

「自由民主主義を掲げる日本を守る一族が、()()()()()()()()()()()()()()()()…皮肉だよね」

 

「うぅ……あぁぁ……あぁぁぁぁぁーーーーッッ!!!!」

 

地面に蹲り、泣き崩れる姿。

 

自分が以下に世間知らずであったのかを、藍家ひめなに突き付けられた。

 

「ち、違うよ!静香ちゃんは何も悪くない!!」

 

「そうです!静香のみんなを救いたい願いは…そこまで否定されるものではありません!」

 

「願うだけなら自由だけどね。それを周りに強制してる時点でさ、ただの独裁だよ」

 

「静香ちゃんは独裁者なんかじゃない!全部神子柴が決めてるんだよぉ!!」

 

「私たち時女の魔法少女たちは…神子柴様とヤタガラスの命令からは背けないのです!」

 

「都合が悪くなったら誰かのせいにするんだ?それを変える努力をしなかった事を棚上げして?」

 

「それは……」

 

「くっ……」

 

「行動で示せてこなかった連中の言葉なんてね、何も響いてこないからね」

 

援護する言葉もなくなり、泣き崩れたままの静香に2人は視線を向ける。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいぃぃぃ……あぁぁぁーー……!!!」

 

最期の時まで世の為・人の為に戦う道こそが正しいと信じ、周りもそうあるべきだと信じた。

 

その純粋な願いそのものが、周りの基本的人権を踏み躙る結果を生む。

 

まさに、地獄への道は善意で舗装されているという諺通り。

 

――原因は常に自分の中から生み出される。

 

――都合が悪くなったら、周りのせいにする。

 

――余りにも人間は理不尽だ。

 

屋根の上から飛び降り、静香に歩み寄るひめなの姿。

 

「自分の歩んできた因果にも気が付けたことだしさ、提案があるんだけど?」

 

「グスッ……ヒック……提案…?」

 

「日の本の為にこそ戦う自分たちに誇りを感じてたんでしょ?それまでは否定はしないよ」

 

「……………」

 

「でもさ、周りもそうあるべきだと考える時点でね…()()()()したいだけなの」

 

「人為選択……?」

 

「生物を人為的に望む形態に誘導する。みんなそうあるべきってね、ただの品種改良なの」

 

「私の願いは…家畜を品種改良するのと同じ…?」

 

「魔法少女至上主義者もそれを望む。人の根底にある悪意を取り除く人間品種改良を行いたい」

 

「な、なにが言いたいの……」

 

――ルミエール・ソサエティと時女一族、一緒に手を組まない?

 

――苦しむ人に尽くす道こそ正しい、それを特別だと感じてるなら虐げられる人々と通じ合える。

 

――私チャンと時女って、ワンチャン似てると思うんだよね。

 

「私と貴女は……同じ矜持を持てるというの…?」

 

「まぁ、さっきの理屈は私チャンの彼ピの考え方なんだけどね」

 

「考え方……?」

 

「魔法少女が誰よりも優れている存在と知らしめる。だからこそ、人も社会も変えられる」

 

「それは……誰かを守る道だというわけ……?」

 

()()()()()()()()()よ。その為にこそ、私チャン達は革命を成功させなければならないの」

 

将来的、その言葉を耳にしたすなおとちはるが静香の前に出る。

 

「騙されないで下さい静香!この者は目的と手段を履き違えてます!!」

 

「そうだよぉ!これだけの惨劇を起こして…それでいて誰かを将来的に救うなんてありえない!」

 

「行動が伴わないのは互いに同じです!だからこそ、私たちもまた貴女を信じられない!!」

 

「ちゃる……すなお……」

 

「静香…貴女が今までの時女一族を疑問に思い、変えようとするも貫くも構いません」

 

「それでもね、貴女に付いていく私たちなら…こう考えるよ…」

 

――弱者に尽くせる貴女みたいにカッコいい()()()()()()()が出来る、魔法少女になりたいって。

 

その一言を聞き、幼少時代に見た剣術稽古中の母の姿を思い出す。

 

彼女もまた、日の本の為に戦う母の背中がカッコよかったから…この道を選んだのだ。

 

「全員が同じ答えに辿り着くとは思えない…そもそも、それを願うことそのものが傲慢だよ」

 

「それでもね、憧れを抱く気持ちなら同じです」

 

「みんながついていきたくなる生き様を見せてくれる背中に…ついて行きたいって」

 

「ふ……2人とも…こんな私に…ついてきてくれるの?」

 

「もちろん♪」

 

「フフッ♪私とちゃる、それに涼子さんやちかさんももう決めてます」

 

――時女静香こそ、時女一族の長になるべき者だって。

 

両目から大粒の涙が溢れ、両手で顔を覆い嗚咽を堪える静香。

 

「…テンサゲ。あと少しで協力出来そうだったのに…」

 

大きな溜息をつき、視線を隣ビルの屋上に向ける。

 

ビルの屋上には、ひめなの護衛としてついてきていた男の姿。

 

その両手にはSIG SAUERのMG338軽機関銃が持たれ、サイトは静香たちに向けられている。

 

「この悪意の臭い……隣ビルの屋上だよぉ!!」

 

ちはるが大声を上げた瞬間、分隊支援火器の猛火が噴きあがる。

 

「危ない静香ぁ!!!」

 

2人は崩れた静香を抱えて跳躍、追い詰める銃撃を回避していく。

 

銃撃が止み、隣ビルの屋上から跳躍してきた特殊部隊姿の男。

 

「交渉術に長けていたようだが、子供の純粋さに負けたようだな」

 

耳障りなハスキーボイスでひめなを皮肉る。

 

「フン、過程ばかりを気にして何も出来ない連中なら、私チャン達には必要ないよ」

 

「ならばこの者たち、我の死霊軍団の一部に加えてもいいのだろうな?」

 

「出来るものならやってみなさいよ。あなたが悪魔だっていうのなら楽勝なんでしょ?」

 

「よかろう、見ているがいい……」

 

銃をスリングで背中に回し、悪魔と呼ばれる男は両手を広げながら構える。

 

「悪魔ですって!?」

 

「そんな……ルミエール・ソサエティは、悪魔を従えていたのぉ!?」

 

支えられた静香が二人の肩を掴む。

 

「……私はもう大丈夫。悪魔が相手なら…私はもう迷わない」

 

彼女も剣の柄を握るかのようにして構える。

 

周囲から炎の柱が噴きあがり、両手には魔法武器である七支刀が握られていた。

 

「ルシファー様の実働部隊であるエグリゴリの堕天使の力…とくと見るがいい!!」

 

禍々しい光を全身から放ち、周囲が暗闇に包まれる。

 

「これは…悪魔の結界!?」

 

「やっぱり…悪魔が相手なんだね…」

 

「2人とも……ありがとう。そして…これからもよろしくね」

 

3人は頷き合い、武器を構える。

 

周囲は悪魔結界である異界化し、禍々しい光の中から巨大な鳴き声が響く。

 

次の瞬間、大きな翼が広がりを見せ禍々しい光の中から飛び出してきた翼獣と騎士の姿。

 

「あ……あの巨大な翼獣は……」

 

「グリフォン!?」

 

両翼で飛び、主を乗せたグリフォンが威嚇する鳴き声を放つ。

 

その背に乗る冠を被った騎士悪魔こそ、ルシファー直属の堕天使部隊の一員。

 

<<我が名は堕天使ムールムール!!死霊にして躍らせてくれよう!!>>

 

【ムールムール】

 

ソロモン王に封印された72のデーモン達の一柱に数えられる地獄の大公。

 

グリフォンを駆る緑の騎士の姿で描かれ、召喚者に哲学に関する知識を授ける。

 

また優れたネクロマンサーでもある強力な堕天使。

 

どの死人からでも死霊を呼び出すことが出来る存在であり、彼の使い魔となった。

 

「魔法少女とやらは、死ねば円環のコトワリに導かれる。その前にソウルジェムを喰わせて貰う」

 

グリフォンの口が開き、巨大な火球が放たれようとしている。

 

「桁外れの魔力……。わ…私チャンは邪魔になりそうだし、遠くで観戦してた方がよさそう…」

 

跳躍して離れたひめなの後に残るのは、日の本の為に戦う決意を崩さない魔法少女たちの姿。

 

「生き残れたら私……絶対に時女一族の在り方を変える努力をしてみせるわ」

 

「何処までもついていきます……私たちの長よ」

 

「絶対に生き残って……静香ちゃんを私たちの長にしてみせるよぉ!!」

 

今ここに始まるだろう。

 

堕天使の力の恐ろしさにも負けない、日の本が如き光明の信念を持つ魔法少女たちの戦いが。

 




読んで頂き、有難うございます。


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114話 トリコロール

火の手が上がり続ける南凪区の夜空。

 

警察車両のサイレンだけでなく、消防車のサイレンも鳴り響き続けている。

 

「火の手が上がっているので下がって下さい!」

 

「東の暴徒たちが迫っています!最寄りの避難所に早く移動してください!!」

 

避難誘導している警察官たちの呼び声の中、消防車と救急車が燃え上るホテル前に到着。

 

神浜消防署のハイパーレスキュー隊が現地に到着し、消火活動に移る。

 

3メートル先も見えない煙の中、訓練を受けた消防士たちが迷わず消火活動を行う。

 

ホテル従業員から情報を集める消防士の中には、美凪ささらの父親の姿もあった。

 

「一階ロビーから火の手が上がり、炎と煙が上階に上がって逃げ遅れた人々がいる!」

 

消防士たちが上を見上げれば、逃げ遅れた人々が窓際まで逃げて助けを求める姿が見えた。

 

「あの高さでは…はしご車は届かないな…。火点消火を行いながら救出に向かう!」

 

「我々は最大火点のロビー消火活動を行う!別班は裏口からホテルに侵入し、上階を目指せ!」

 

裏口に回り込む別班隊員たちだったが…。

 

「くそっ!!裏側も火の手が酷い!!」

 

「救助ヘリを要請して屋上から侵入しましょう!」

 

「ダメだ!救助ヘリは他の場所にも応援に向かっていて手が回らない!」

 

「ここから侵入するしかない!行くぞ!!」

 

美凪隊員の激の元、インパルス消火システムを纏った隊員たちは決死の覚悟で移動を開始。

 

一寸先も見えない煙と業火、そして灼熱地獄。

 

酸素マスクを装備しているが、空気は10分程度でなくなるだろう。

 

煙が酷い下層を超え、消防士たちは酸素を温存する為に酸素マスクを外しながら進む。

 

気道熱傷に耐えながら逃げ遅れた人たちに声をかけ続けた。

 

「こ…ここよ……助けて…下さい……」

 

「もう大丈夫だ!諦めるんじゃないぞ!」

 

美凪隊員は自分の酸素マスクを逃げ遅れた女性に被せ、下層を目指すのだが…。

 

<<フラッシュオーバーだぁ!!!>>

 

下の階で避難誘導中の隊員の叫び声。

 

火災室内の可燃物が加熱され、ある時期に一気に燃えだして室内が炎に包まれる現象。

 

「くそ!!下の階に降りる階段フロアが……分断されたか…」

 

避難誘導中の下層隊員たちと炎で分断されてしまった美凪隊員は、別の階段フロアに移動。

 

「ゴホッゴホッ!!息が…息が出来ない……!!」

 

酸素マスクの酸素が低下し、呼吸が出来ない為に避難民がパニックを起こす。

 

肩を貸す隊員を突き飛ばし、目の前に見えていた消火ケースに入っている消火器を取り出す。

 

そして女性は窓に目掛け…消火器を投げた。

 

「や、やめろぉーーーッッ!!!」

 

鈍化した世界で窓ガラスが砕け、外気が一気に室内に入り込む。

 

可燃性の一酸化炭素ガスが溜まった状態の時に窓やドアを開く行動をすると起こる現象がある。

 

それはバックドラフトと呼ばれる爆発現象。

 

「うわぁぁーーーーッッ!!!!」

 

通路が業火に包まれる程の爆発現象が起きてしまった。

 

「かっ……あぁ……」

 

顔面に大火傷を負い、呼吸する為の器官まで焼かれてしまった美凪隊員。

 

倒れ込む彼の離れた場所では、同じように全身を焼かれて絶命してしまった避難女性の姿。

 

薄れゆく意識の中、脳裏に浮かぶのは愛する娘の姿。

 

「ささ…ら……すま……な……い……」

 

下層から消火班の応援が駆け付けた時には、殉職した美凪隊員の姿が見つかってしまった。

 

…尊い人間たちの命が理不尽に奪われていく。

 

全ては身勝手極まりない魔法少女たちによって、引き起こされてしまった惨劇なのだろうか?

 

強硬手段で止められた筈なのに、平和的解決を目指そうとした正義の魔法少女たちのせいなのか?

 

それはいずれ、問われる事となるだろう。

 

……………。

 

燃え上る神浜市の西と中央から離れた北養区。

 

小高い山の上に建てられた屋敷の二階バルコニーに立つ、3人の女性たちの姿。

 

1人は白衣を夜風で靡かせ、もう1人はホークウッド家の紋章付きの黒い外套を靡かせる。

 

そして、フランス国旗であるトリコロールカラーの旗を外套として靡かせる黒騎士少女の姿。

 

「……思い出してしまう。あの燃え上る街の光景と、市民達の自由を求める叫びを見ていると」

 

口を開いたペレネルは細目を開き、遠くに見える街の光景を見て呟く。

 

リズも口を開く。

 

「…マスターが生きた歴史の中には、母国フランスで起きた市民革命もあったと聞いてるわ」

 

黙したままのタルト。

 

彼女の背には、フランス国旗が靡き続ける。

 

そのトリコロールの旗こそが、自由・平等・博愛の三色を掲げた市民革命の象徴であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

イギリス革命、アメリカ独立革命、フランス革命といった市民革命。

 

封建・絶対主義から解放され、自立した個人を求める思想が民衆行動の要因である。

 

ブルジョアたちの自由を求める叫びが、民衆達を動かしたのだ。

 

「ブルジョア達が起こした市民革命の目的は、王族・貴族が要求する重税からの解放だったわ」

 

「当時のフランスは既に国家破綻し、国庫も底を尽きたというのにさらに絞ろうとしたのね」

 

「ええ…街は酷い有様だったわ。飢饉も追い打ちをかけて…この世の飢餓地獄そのものだった」

 

「国を支配する王権・貴族が民衆たちを滅ぼそうとした為に起きた革命…」

 

「まるであの頃の光景が…この街で再現されてしまったように見えてしまうの…」

 

「……マスター」

 

重い口を開いたタルトは、ペレネルに振り向く。

 

「タルト……?」

 

彼女は背中の外套であるフランス国旗を右手で握り締め、ペレネルに見せようとする姿。

 

「私が試験管から解放されて、初めて産声を上げた時に…マスターが私にこの旗を被せてくれた」

 

――おかえりなさい、フランスの英雄…ジャンヌ・ダルク――

 

涙を浮かべ、フランス国旗と共に彼女を抱きしめてくれたペレネルの姿を…今でも覚えている。

 

「ジャンヌ・ダルクは、シャルル七世の王権復活の為に戦いました」

 

「……何が言いたいの?」

 

「その王権が、民衆たちを重税で殺していった為に起きた……フランスの市民革命」

 

――ジャンヌになろうとしている私が、この市民革命の三色を掲げる資格はあるのですか?

 

彼女が言わんとしている言葉の意味は、ペレネルにも分かる。

 

造魔は虚心であり感情を持ちはしないが…考える力ならある。

 

フランス国旗の理念と、ジャンヌ・ダルクの偉業が嚙み合わない事に苦しんでいるのだ。

 

「…ジャンヌ・ダルクとフランス革命。それは、フランスを象徴する二つの歴史」

 

バルコニーにある椅子に座り、ペレネルは重い口を開いていく。

 

「フランスの解放を叫んだタルトはアルマニャック派であり、ブルゴーニュ派を憎んでいた」

 

「タルトと妹のカトリーヌが生きた村が…アルマニャック派だったのですね?」

 

「タルトの活躍でシャルル七世は国王に即位するけれど…彼は保身に走り内戦の終結を望んだわ」

 

「ジャンヌ・ダルクはそれを無視し、フランスの解放を信じて戦い続けたのですよね?」

 

「彼女には、アルマニャック派として生きた歴史もある。シャルルにとって…それは邪魔だった」

 

「ブルゴーニュ派との講和の邪魔をする形となってしまった…ジャンヌ・ダルクは…」

 

「…ブルゴーニュ公国軍の捕虜となり、身代金と引き換えにしてイングランドに売られたわ」

 

「…あの頃に、タルトは大切な仲間であった私の元となるリズを失ったと…言ってたわね」

 

「シャルルは身代金支払いを拒否し、オルレアン市が進めた身代金集めも禁止した…」

 

「王権によって、タルトはフランス民衆たちから切り離されていったのですね…」

 

「その末路が…1431年5月30日のルーアン。火刑は王権に捨てられた末の悲劇だったのよ」

 

「…ジャンヌ・ダルクといえども、王にとっては所詮…邪魔な村娘でしかなかったのですね」

 

「後の復権裁判によって、タルトは無実の殉教になれた。それでも彼女は…民衆から忘れられた」

 

「……………」

 

「そのタルトがもう一度フランス国民に思い出された歴史事件が…フランス革命だったの」

 

「ジャンヌ・ダルクとフランス革命に…繋がりが?」

 

「反革命軍によって民衆が攻撃を受けた時、タルトを救国の英雄と叫び、宣伝した人物がいた」

 

「フランスの皇帝であり革命家……初代皇帝ナポレオン・ボナパルトね」

 

「ナポレオンもタルトも共に田舎育ちの軍人。タルトのカリスマを自分に被せようとしたのよ」

 

「ナポレオン一族はその後、タルトをどのように扱ってきたのですか?」

 

「国民国家形成の為のスローガンとして崇め、フランスという想像の共同体にまで押し上げた」

 

「ナポレオンがいてくれたからこそ……ジャンヌ・ダルクは歴史に埋もれることなく残った…?」

 

「第一次世界大戦の頃には、本格的な国民的スターとなれたわ」

 

――タルトこそが……()()()()()()()

 

フランス国旗を握る手に力が籠る。

 

虚心であるはずなのに、心が熱くざわめくようだ。

 

「……マスター、ご命令下さい」

 

彼女の悪魔の瞳が、ペレネルを映す。

 

悪魔であるはずなのに、心には人間であり魔法少女だったタルトと同じ心が沸き上がる。

 

「私に……神浜の民を救えと」

 

かつてのタルトと同じ、力強き信念の眼差しを向けてくる彼女を見つめるペレネルだったが…。

 

「神浜の民を救うとは、どういう意味?フランス国旗を掲げて…東の革命市民を導くのですか?」

 

「タルトが生きた時代は焦土作戦と黒死病が蔓延し、貿易も途絶えて外貨も入らない時代でした」

 

「そうね…フランス革命の時代と同じような条件だったわね」

 

「そんな時代を生きたタルトだからこそ、民の平和という光を求めたはず」

 

「貴女は…神浜に平和という光をもたらしたいのですか?」

 

「この光景に…平和の光など見えません。見えるのは…戦乱の時代の繰り返しです」

 

「私が貴女に送ったフランス国旗に…何を求めているの?」

 

「東の市民は民主主義の旗と理念を求める。ですが、市政は既に市民選挙で選ぶ議会政治です」

 

「…なるほど。憲法に縛られた民主主義市政を掲げる神浜に、民主主義革命など必要ないわね」

 

「私はこの旗に誓います」

 

――()()()()()()()()()()()()()()()など…あってはならないと。

 

――それが……戦乱と革命を超えてきた、ジャンヌ・ダルクという存在の意志だと信じて。

 

目を見開き、彼女の姿を見つめるペレネル。

 

今の彼女はまさに、魔法少女として生きたタルトの生き様そのものを体現していると感じる。

 

…だからこそ、恐ろしい。

 

「……駄目よ、許可出来ません」

 

「…何故ですか?私はこの革命の裏側には、魔法少女たちが暗躍していると考えます」

 

「テレビに映っていた市長の突然の豹変…確かに、魔法少女の魔法としか思えないわね」

 

「恐らくは、差別に苦しむ東の魔法少女たちが関与していると思います。私はそれを…」

 

「ダメです!!」

 

椅子から立ち上がり、厳しい表情をタルトに向けてくる。

 

「貴女はもう…どちらかの陣営に与して…誰かを傷つける生き方をするべきじゃない!!」

 

タルトの両肩を掴むペレネルの表情は、今にも泣きそうだ。

 

「忘れたの!?ジャンヌ・ダルクとして生きて欲しい貴女に…私とリズが何を求めているのか!」

 

その一言が、彼女の身を案じてくれているのは造魔でも分かる。

 

「貴女はもう戦乱に加わるべきじゃない!人間のように…普通の少女として生きなさい!!」

 

――かつての百年戦争の頃みたいに人殺しを続けては…誰も許してくれなくなる!!

 

――私とリズのせいで…火刑にされて死んだタルトの悲劇を…繰り返してはダメ!!

 

リズの握り締める拳が震えていく。

 

虚心である彼女の心もざわついていく。

 

蘇ったタルトに、普通の人生を生きて欲しいペレネルとリズの気持ち。

 

今のタルトが望む、本物のタルトになりたいと願う気持ち。

 

その両方の気持ちがあるからこそ、狭間の中で虚心が揺れ動く。

 

「……マスター」

 

細目から涙が浮かぶ主の顔に優しく手を添わせ、涙を手で拭く。

 

「マスターの気持ちと、リズの気持ち……感情はなくても、嬉しいと思います」

 

「分かって…くれたのね?」

 

「ですが…造魔でありながらの我儘を…お許し下さい」

 

「えっ……?」

 

――せめて…人命救助だけでも、私にやらせてくれる命令を出して欲しい。

 

人命救助ならば、かつてのタルトのように()()()()()()()()()()()ことはない。

 

平和の光には、人の命の輝きがなくてはならない。

 

カトリーヌの命の輝きを失った記憶を取り戻したタルトだからこそ…その答えを出せた。

 

「……マスター、私からもお願いするわ」

 

「リズ……?」

 

「この子はね……本物のタルトになりたいと願っている。本物のタルトなら……」

 

――苦しみ叫ぶ人々を目の前にして、見捨てるような生き様をする子ではないはずよ。

 

造魔でありながら、主に歯向かう姿を見せる2人。

 

この光景こそが、ペレネルが望んでいた造魔の可能性。

 

人の意思を大きく反映させたものに育ち得る可能性だ。

 

体を震わせていたペレネルだったが…震えが収まっていく。

 

「私は保身に走って…自分の願いを履き違えるところだったわ……」

 

――私が人間として生きて欲しい人物は……()()()()()()だった。

 

「この街には正義を愛する魔法少女たちもいるはずです。それに…」

 

――人間の守護者としての自分を貫く…人修羅と呼ばれる悪魔だっているんです。

 

――その人達に…私の果たせない戦いを託します。

 

民主主義の旗を纏う黒騎士がベランダから飛び降り、悪魔の身体能力を駆使して街を目指す。

 

ベランダに残っていたのは、ペレネルとリズ。

 

「あの子はこの街の平和を望んでいる。なら…災禍を巻き起こす諸悪の根源を断つ必要があるわ」

 

リズは腰元にある二本のダガーを抜く。

 

「タルトは誰も殺さなくていい。そういう()()()()なら…傭兵一族のホークウッドこそ相応しい」

 

「…行ってくれるかしら?」

 

「マスター、ご命令を」

 

眼鏡のブリッジを指で押し上げ、決意を秘めた表情をリズに向ける。

 

――リズ、命令を下すわ。

 

――暴動に与した東の魔法少女たち、それに与する魔法少女たちを……闇に葬りなさい。

 

その命令を聞けたリズの口元が、僅かに微笑んだ。

 

Con piacere.(喜んで)

 

影の中に入り込み、彼女も燃え上る神浜の街を目指す。

 

独り残されたペレネルは大きな溜息を出し、細目を開いていく。

 

「……そろそろ、姿を現しなさいよ」

 

ベランダの端に視線を向ける。

 

<<私の姿が…見えているのかね、ペレネル?>>

 

姿が見えないが、見知った人物の声。

 

「姿は見えなくても…貴方が好んで体に使っていた香水の匂いを感じてたわ」

 

ベランダの端の空間が歪んでいく。

 

そこに立っていたのは、石の賢者でありペレネルの元夫である老紳士…ニコラス・フラメル。

 

「魔石を用いた透明化といったところかしら?でも…勝手に私の家に上がり込むなんて…」

 

「住居不法侵入で警察を呼ぶかね?」

 

「いいえ…この街の惨状を見れば、神浜市警がこれる状況ではないことぐらい分かるわよ」

 

彼女の元まで歩み寄るニコラスだが…。

 

「私の潜伏先は魔石の未来予知で知ったの?」

 

「その通りだ」

 

「勝手に私の家に上がり込んで何の用事?まさかこんな時に…復縁を迫ろうというわけ?」

 

「そう考えていたのだが…私とて時と場合ぐらいは考える」

 

「なら、住居不法侵入までしてきた理由ぐらいは教えてくれるわけ?」

 

元夫に対して冷たい態度の元妻。

 

しかし、これでも酒に溺れていた頃の彼女に比べれば…遥かにマシな態度。

 

今の彼女は、かつてニコラスが愛していた頃の情熱溢れる錬金術師の姿を思わせた。

 

ニコラスは彼女から視線を外し、遠くで燃える神浜の街に視線を移す。

 

「…まさか、あの頃の光景がこの神浜で蘇ってしまうとはな」

 

「…貴方も、フランス革命の頃は母国に戻っていたのね」

 

「私たちが生まれるより遥か前、カペー朝により西フランクはフランス王国となった」

 

「王朝は移り変わり…そしてフランス革命時代を最後にして、君主時代は終わったわね」

 

「ローマ時代にガリアと呼ばれ、そこに定住したフランク人として…見届けたかった」

 

「フランク人である私も…同じ気持ちだったわ」

 

歴史の生き証人である元夫婦は語り合う。

 

フランス革命の時代に暗躍した…啓蒙を広めた社交クラブの者達について。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「フランスの王権が滅ぶ驚天動地の事件。恐怖した人々は説明を求めた」

 

「裕福で強大な権力を持つ絶対王政が、あっけなく滅びたのですもの…当然よ」

 

「フランス革命を牽引した活動家のなかに、フリーメイソンのメンバーがいたことは事実だ」

 

「革命運動は秘密裏に行われる。秘密結社ネットワークは中国革命でさえ使われたほどよ」

 

「活動家達は、メイソンに入会することで秘密結社ネットワークを自在に使うことが出来たのだ」

 

「18世紀ヨーロッパでは、フリーメイソンは名士の社交クラブになっていたわ」

 

「イギリスやドイツの上流階級は、自身がメイソンだったり周囲がメイソンは当たり前だった」

 

「でもそんな彼らにとって、フリーメイソンが革命の主体というのは容易に信じがたかったのよ」

 

「1797年、スコットランドの物理学者ジョン・ロビンソンが出した著作を知っているかね?」

 

「フリーメイソン、イルミナティ、リーディングソサエティ(啓蒙的な読書クラブ)の本ね」

 

「ヨーロッパの既成宗教をすべて根絶し、既存の政府を1つ残さず転覆させるという内容だ」

 

「フランスのイエズス会士、オーギュスタン・ドゥ・バリュエルはこうも言ったわ」

 

――フランス革命のジャコバン派こそ、イルミナティの後継者だと主張したの。

 

「フランス革命の間に見られた最も忌まわしい行為に至るまで、何もかも予知され、決められた」

 

「考え抜かれた非道の所産…そう彼は言葉を残したのを、私も覚えているよ」

 

「革命直後からイルミナティ陰謀説は世を席捲した。プロイセン王フリードリヒ2世を覚えてる?」

 

「イルミナティは依然としてドイツ全土で危険なまでに破壊的な勢力だ…そう言った人物だ」

 

「イルミナティ神話は、海を越えてアメリカにも伝わったわね」

 

「アメリカもフランス革命という荒唐無稽事件の説明が欲しかった。しかし当時のアメリカは…」

 

「独立直後の国は脆弱…あらゆる勢力がアメリカを転覆させると恐怖に怯えていた時代だったわ」

 

「陰謀論の不安に怯える人々は、欧州の得体の知れない秘密結社に恐怖を結び付けてしまった」

 

「それには根拠があるの。アメリカ建国もまた、フリーメイソンが大きく関わっているから…」

 

「アメリカ独立に大きな役割を果たしたメイソンクラブ。ボストン茶会事件を覚えているな?」

 

「独立運動組織5つのうちの1つが、フリーメイソンのセント・アンドルーズ・ロッジね」

 

「100ドル紙幣に描かれたベンジャミン・フランクリンもまたメイソンのグランドマスターだ」

 

「フリーメイソン憲章のアメリカにおける最初の版の発行者でもあったのよ」

 

「ワシントンが行った1789年の大統領就任式こそ、アメリカとメイソンとの関係が浮かぶ」

 

「フリーメイソンのセント・ジョンズ・ロッジ第一の聖書にかけて就任宣誓をした…」

 

「1794年の連邦議会議事堂定礎式では、メイソンの式服一式を身に纏って肖像画を描かせた」

 

「メイソン革命関与説は、その後の福音主義に反発したメイソン側が反発を受け否定説が流れた」

 

「フリーメイソンが革命や独立運動で主導的な役割を果たせたのは、秘密活動に向いていたから」

 

「身分に関わらず全ての会員が平等。秘密結社が地下拠点となった事で巨大ネットワークとなる」

 

「フランス国旗の自由・平等・博愛。これは思想会とも言えるメイソンが掲げた理念でもある…」

 

「特に平等を彼らは重視したが…()()()()()()であった」

 

「彼らが望むのは、古き体制を完全破壊した後の世界にもたらす…()()()()()()()()()よ」

 

「民衆側であるブルジョア達による…王権以外にも平等にもたらされるべき…支配の望み」

 

「古き体制を完全破壊する為の暴力思想と政党こそが……共産主義であり共産党なのよ」

 

「フランス革命によって王権は打倒され、後の時代に残されたのは資本主義と社会主義…」

 

「それは世界を破壊し、経済支配する為のブルジョア達の罠…」

 

「革命もまた資本主義だ。軍資金の出どころが必ず現れる」

 

「この神浜革命もまた……資本主義と社会主義の闇を感じさせるのよ…」

 

「準備が良すぎる…これだけの準備を東側の魔法少女だけで行えるはずがない」

 

――この暴動の諸悪の根源とは……東の魔法少女達ではないのかも…しれないわね。

 

「この街で自由を叫ぶ者たち……まるでアメリカの自由の女神の背中を追いかける民衆たちだ」

 

「フランスから送られた自由の女神の足元にある記念碑には…フリーメイソンの紋章があるの」

 

――フランスとアメリカの自由は、()()()()()()()()()()()()とアピールするかのようにね。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

大東区を超えて工匠区、そして栄区にまで走り続ける大東学院制服を着た小学生女子の姿。

 

「姉ちゃーッ!!何処なの……姉ちゃーーッッ!!!」

 

大声を張り上げているのは、みたまの妹である八雲みかげ。

 

「姉ちゃ…家に帰った後にまた何処かに行っちゃった…何処に行ったの…?」

 

姉の身を心配して親の静止も振り切り外に飛び出してしまったようだ。

 

燃え上る栄区の道を、彼女は走っていたのだが…。

 

「あ……あぁ……」

 

路上には、暴徒たちに襲われて亡くなった人の遺体。

 

救急車も乗り捨てられた車が壁となり、思うように進めず遺体を収容する作業すらままならない。

 

周辺は窓ガラスが散乱し、血痕も至る所に見られる。

 

「どうして…どうして神浜の街が…こんなことになっちゃうの……?」

 

彼女の脳裏に、みたまの願いの内容が浮かぶ。

 

「姉ちゃの願いが……この光景を生んじゃったの……?」

 

――姉ちゃは、みんなを助けてくれるヒーローだって事も知って貰いたい!

 

――調整屋として、魔法少女の手助けをしている。それは人々を救う道にもなると言いたいのね。

 

かつてタルト達に語った自分の言葉が頭に過る。

 

「違う……姉ちゃはこんな光景望んでない!姉ちゃは……ヒーローにならなきゃダメだよぉ!!」

 

涙を浮かべながら姉の魔力を探し続ける姿。

 

「姉ちゃは……ミィが守るんだ!その為にミィは……魔法少女になったんだよぉ!!」

 

だが、救うべき尊い命なら…みたま以外にも無数に存在している。

 

「あ……あれって……」

 

見れば業火に包まれた建物の消火作業が続く現場。

 

「火の回りが早すぎる!!」

 

「不味いぞ……屋根が崩れそうだ!!」

 

「まだ中には救出に向かった隊員と逃げ遅れた人がいるんだぞ!!」

 

消防隊員たちの大声が、みかげにも聞こえてしまった。

 

「ミィは……ミィは姉ちゃを守る為に、魔法少女になった…。他の人達に構ってる暇なんて…」

 

この場を見捨てて姉を探しに行こうとするのだが…。

 

「…違う!ミィは……姉ちゃの願いを止める為に…魔法少女になったんだ!」

 

みたまの願いと商売が神浜の惨状を引き起こし、大勢の人々の尊い命を奪う。

 

そんな光景を止める為にこそ、彼女は魔法少女になったのだと分かったようだ。

 

彼女は走りながら左手を掲げてソウルジェムを生み出す。

 

少しして、消防隊員たちが見た人物とは…。

 

「お、おい!!危ないぞ!!!」

 

川に飛び込んだのか、ずぶ濡れの魔法少女衣装を身に纏うみかげが消防隊員の隙間を超えていく。

 

「ごめん…!今だけはミィ…悪い子になる!!」

 

隊員の静止を飛び超え、業火と煙が噴きあがる建物の中に入ってしまう。

 

「ゴホッゴホッ!!川に入ってきたのに…熱すぎる!!それに…喉も痛いよぉ!!」

 

火災の熱を吸い込み、呼吸器官を焼かれながらも建物の奥を目指す姿。

 

業火で崩れた瓦礫に対し、両手に持つカタール短剣で切り裂きながら進んでいく。

 

炎に巻かれ、手足に火傷を負いながらも声を出して走っていた時…。

 

「あの部屋かも!」

 

扉が開いた部屋に入れば、ここでもフラッシュオーバーが起こったのか倒れ込んだ消防士の姿。

 

見れば消防士は誰かを抱え込むようにして倒れていた。

 

「大丈夫!?しっかりしてよぉ!!」

 

「おじさんが……おじさんがわたしを……守って……」

 

消防隊員はみかげと同じぐらいの少女を抱え込み、自らフラッシュオーバーの盾になったようだ。

 

「お……おじさん……?」

 

隊員は全身火傷で既にこと切れていた。

 

「……助けられなくて、ごめん…。でも、おじさんが守ったこの子だけでも…!」

 

みかげは子供を引き上げ、どうにか元の道から帰ろうとするのだが…。

 

「なに…!?」

 

天井が大きな音を立てていく。

 

次の瞬間…天井が一気に崩落。

 

「姉ちゃ……」

 

天井が崩れ落ちる音が建物の周囲に響き渡っていく。

 

みかげは少女の盾になるようにして庇う姿のまま、押し潰されてしまったのか?

 

「……………えっ?」

 

見れば周囲の空間には隙間があり、彼女たちは隙間の中で無事な姿。

 

そして、彼女の目の前には…。

 

「…………間に合いましたね」

 

「タルト……姉ちゃ……!?」

 

自らの体をつっかえ棒としていたのは、天井を抑え込む姿の黒騎士少女。

 

「みかげ……魔法少女であっても、無茶はダメですよ」

 

「その姿は……?」

 

人間のフリをしてみかげに接してきたが、今の彼女は本来の悪魔の姿。

 

悪魔の目である真紅の瞳でみかげを見つめてきた。

 

「ごめんなさい……人間のフリをして、貴女を騙してしまって」

 

「タルト姉ちゃ……その顔の傷……」

 

彼女の美しい顔は火傷塗れ。

 

ここまで来る道中でも、燃え上る建物の中で救出活動を行ってきたようだった。

 

背中に纏っていた民衆革命の象徴の旗でさえ、民衆革命がもたらした炎で焼かれている。

 

ジャンヌ・ダルク。

 

その者は、民衆の平和の為に戦いながらも…()()()()()()()()()()()()()を背負った魔法少女。

 

彼女もまた、造魔でありながらも本物のタルトと同じように…その身を炎で焼かれていた。

 

「私は……悪魔です。だからこれしきの傷では……死にません」

 

「悪魔……?」

 

「さぁ、みかげ。私が瓦礫を押しのけますから……思い切り跳躍して脱出しなさい!!」

 

彼女が力を込め、自分が背負い込む瓦礫の山を一気に持ち上げていく。

 

彼女の悪魔の力は、因果の力を背負いしかつてのタルトと比べても遜色がない程の力だ。

 

「タルト姉ちゃ……ミィは怖くないよ!助けてくれて……ありがとう!!」

 

彼女が持ち上げた瓦礫の山から外に飛び出せる隙間が見え、みかげは少女を抱えて跳躍。

 

「くっ……うぅあぁぁーーーッッ!!!」

 

タルトも魔力の剛力を全身で発揮し、タイミングを見計らい瓦礫から手を離して跳躍した。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!」

 

消防隊員たちから見えない場所に着地したみかげは、新鮮な空気を思い切り吸い込む。

 

助けた少女は安心したのか、気を失っていた。

 

「どうやら……他の人には見られなかったようです」

 

近づいてきたタルトにみかげは駆け寄る。

 

「タルト姉ちゃ……酷い火傷だよぉ…。ミィが回復魔法をかけて…」

 

言い切る前に、タルトが彼女に向けて焼け爛れた手を翳す。

 

「えっ……!?」

 

みかげの負った火傷が回復の光によって癒えていく。

 

悪魔の回復魔法である『ディアラマ』の光によって、傷は全快したのだが…。

 

「積もる話は後です。行きなさい、みかげ」

 

「で、でも……」

 

「貴女には守りたい人がいる。…違いますか?」

 

「う……うん……」

 

「私なら大丈夫。さぁ……行ってください」

 

「タルト姉ちゃ……本当にありがとう!ミィ……タルト姉ちゃが悪魔でも…大好き!!」

 

笑顔で手を振りながら去っていく後ろ姿に、死んだ妹のカトリーヌの姿が重なって見える。

 

「救えて…本当に良かったです。かつてのタルトは…妹を救う事が出来ませんでした…」

 

妹の命が失われていたら、姉であるみたまがどれだけ悲しむのかは同じ姉であるタルトは分かる。

 

彼女もまた走りだし、傷も癒さないまま駆けていく。

 

体が傷塗れであろうが、回復魔法の魔力は死にかけた人々の為に使う。

 

それが…本物のジャンヌ・ダルクの生き方なのだろうと思う自分の心を信じて。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

西側の敵陣深くにまで進軍した革命魔法少女たちの補給支援を続ける遊狩ミユリ。

 

彼女が抱えた補給品は全て配り終え、補給基地とも言える駐車場で追加物資を積みに向かう。

 

「アレクサンドラさんは采配が上手い人で安心ですぅ。ミユは本番に弱いタイプだし…」

 

ビルとビルを跳躍移動し、西側から工匠区に進んでいく。

 

「燦様が傍にいないと敵味方関係なく暴れちゃう凶器のミユは…前線には不向きだし…」

 

ローラーブレードで走りながら、これから訪れる魔法少女至上主義社会を思う。

 

「これが終わったら…燦様はまた火祭りで美しい舞いや太鼓打ちをミユに見せてくれる…」

 

火祭りらしい薄着の祭り姿をした神楽燦を想像し、興奮してくる表情。

 

「あぁ……燦様のお美しい下半身を晒し出す火祭り姿をもう一度見られるなら…」

 

彼女が飛び越えていくビルの下では、大勢の尊い命が消えていく。

 

――この程度の犠牲なんて……()()()()()ですぅ。

 

全ては魔法少女の欲望を優先するが如き下卑た言葉。

 

彼女たちが虐げられる人間たちの味方をしてくれているなど、誰が信じられるだろう?

 

啓蒙に照らされた魔法少女たちの行動は…誰が見ても左翼的破壊行為。

 

それはまさに、共産主義的暴力転覆によって…古い体制全てを破壊し尽くす悪魔の所業。

 

ビルの間を超えていく彼女を、隣ビルの屋上の角から見つめていたのはリズ・ホークウッド。

 

「東に向かうあの魔法少女…おそらく彼女は東の兵站を任されている存在ね。案内して貰うわよ」

 

影の中に入り込み、ミユリを背後から追跡。

 

工匠区の補給基地前で彼女は地上に降り、道路を走って大きな駐車場に入るのだが…。

 

「えっ…?」

 

そこには、多くの補給品を満載した複数のトラックが停車していた筈なのに何処にも見えない。

 

あまりの衝撃にミユリは両手に持つカバンを落としてしまう。

 

「どうして…?き、きっと別の場所に移動しただけですよね…?」

 

渡されたハンディ無線機を手に持ち、コマンドポストに連絡を行う。

 

「なんで誰も返事を返してくれないの!!?」

 

司令部は音信不通、そして目の前は置いてけぼりともいえる光景。

 

彼女の心が一気にざわめき、不安と恐怖心に塗り潰されていく。

 

「なんで…どうして……怖い……助けて燦様ぁ!!」

 

緊張が頂点に達し、彼女の意識が飛んでしまう。

 

目が血走り、狂人の如き表情と化したミユリがローラーブレードを操り街に向かう。

 

邪魔な魔法少女も人間も見境なく殺し、恐怖を取り除いてくれる神楽燦を探す為に。

 

彼女が駐車場から出て街灯の中に入り、次の街灯の明かりに入る手前の影に向かった時…。

 

「ガッ!!?」

 

彼女は突然何かに突き上げられるかのようにして、宙に浮かんでいる。

 

「アッ……ガハッ……!!」

 

吐血し、血走った目で大出血した腹部を突き上げる何かを見る。

 

それは、彼女の腹部を大きく貫通した影のパイク槍。

 

急には止まれないローラーブレード移動を利用した奇襲攻撃だ。

 

「狂人共め。貴女たちに…明日を生きる資格は無いわ」

 

「グガッ!?」

 

瀕死の重傷にも関わらず意識が戻らない狂人魔法少女は、声が聞こえる方を振り向く。

 

そこに立っていたのは…。

 

「死になさい」

 

リズが両手に持って振り上げる武器は、影で編まれたポールアックス。

 

無慈悲な斬首斧が彼女の首に振り下ろされる。

 

遊狩ミユリの首は、フランス革命の頃にギロチンにかけられたアントワネットの如く跳ね落ちる。

 

「かぐ…ら……さ……」

 

噴水の如く首から血が噴き出し、ミユリの体は転がった生首諸共円環のコトワリに導かれた。

 

「……………」

 

返り血を顔に浴びたリズは、彼女の中に溶けた魔法少女の記憶を思い出す。

 

「かつてのリズも…カトリーヌを救えなかった時…彼女を殺した賊共を全員殺したのよ」

 

かつてのリズも人殺し、そして今のリズもまた人殺しの道を行く。

 

「後悔など無いわ。私は造魔であると同時に…血塗られた傭兵一族の名を継ぐ者よ」

 

踵を返し、補給基地跡である駐車場に向かう。

 

ミユリが落とした鞄を開けて中を探してみる。

 

「これは…補給地点を記した地図ね?ありがたいわ」

 

物色した地図を仕舞い、彼女は跳躍移動を開始。

 

「私はリズ・ホークウッド」

 

――現代を生きる…()()()()()()()()よ。

 

ルミエール・ソサエティの補給地点に潜伏し、次々と革命魔法少女を殺害していく。

 

あらゆる武器を影で生み出し、また影の中に入り込み影の中から魔法少女を殺していく。

 

その鬼神の如き光景はまさに…百年戦争を生きたリズ・ホークウッドの現身そのものであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜の栄区を守ろうとする八雲みたまと御園かりん。

 

そして仲魔であるジャックフロストとジャックランタンであったが…。

 

「ヒホ…火事の熱が熱すぎて……オイラ力が出ないホ~……」

 

グルグル目をしたフロストの氷結魔法が途絶えた隙を見逃さない東の魔法少女の猛攻撃。

 

「キャァァーーーーーッッ!!」

 

みたまは魔法攻撃に弾かれ、壁に激突してフロストと共に倒れ込んだ。

 

「みたまさん!!!」

 

「不味いホ!!」

 

救援に駆け付けたいのだが、かりんとランタンも猛攻撃を浴びて動けない状況。

 

「何なの……こいつらが連れている、この生き物って?」

 

「魔獣では……なさそうよね?」

 

「そんなこと…どうでもいいわ!それよりも、調整屋として中立を気取ってきた貴女もお終いね」

 

東の魔法少女に囲まれ、今まさにトドメをさされようとしている。

 

「ビジネスを行う者としての責任を知らなかった…。だから私…貴女達に手を貸してしまったわ」

 

「貴女の調整のお陰様で、私たちも属性魔法が使えるようになったのよ」

 

「この力のお陰で、今日この日を迎えられる準備が出来た」

 

「よくよく考えたら、調整屋さんも暴力革命の共犯よね?」

 

「ええ……共犯よ。だから私は……自分の罪からは逃げないわ……」

 

東の魔法少女たちが魔法武器を構える。

 

「ヒホ……に、逃げるホ……みたま!!」

 

倒れ込んだフロストがみたまに手を伸ばすのだが…。

 

「死になさい!!東の裏切り者めぇ!!!」

 

目を瞑り、死に際に浮かぶのは愛する親友と家族の姿。

 

(大切な親友のももこと十七夜…そして愛しい妹のミィの声…もう一度聞きたかった……)

 

その声は、もう一度聞くことが出来る。

 

<<姉ちゃに手を出すなぁーーーッッ!!!>>

 

目を見開き、前を見る。

 

「ガハッ!!?」

 

鈍化した世界。

 

宙を飛びながら東の魔法少女に飛び蹴りをお見舞いしていたのは、八雲みかげ。

 

横にいた魔法少女ごと蹴り飛ばされ、奇襲を仕掛けてきた魔法少女を睨む。

 

「ミィ!?どうして!」

 

「ごめん…姉ちゃが心配だったから…家から飛び出してきたの!」

 

「ダメじゃない!外は暴動の真っただ中なのに!!」

 

「だから…姉ちゃをほったらかしになんて出来なかったの!」

 

「ミィ……」

 

「悪い子だって言われても構わない…姉ちゃを見捨てるぐらいなら、ミィは悪い子になる!」

 

独特な形状をしたカタールを構え、敵を迎え撃つ姿勢。

 

「あんた…八雲の妹ね!?やっぱり八雲一家は……東の面汚しよぉ!!!」

 

「東の面汚しは……貴女たちの方なんだからぁ!!」

 

地面を砕く程の踏み込みで跳躍接近。

 

「なっ!?」

 

懐に入り込まれた東の魔法少女は、遠距離魔法攻撃として使う角笛や本で迎え撃つしかない。

 

1人が角笛を鈍器にして殴打を仕掛ける。

 

みかげは左手で鈍器を持つ右手を捌き、右手で相手の首を絡めて態勢を崩す。

 

「ガハッ!!」

 

みかげの膝蹴りが腹部に打ち込まれ、倒れ込む。

 

「舐めるなよ小学生!!」

 

右手の本を振りかぶり、殴りつける構え。

 

右手で相手の右手を受けると同時に回転させて払い、鍔で右側頭部を殴りつける。

 

「小学生なんかが…どうしてこんな戦闘技術を!?」

 

振り上げる角笛を左手で払落し、右肘を相手の顔面に打ち込む。

 

「ガァ!?」

 

前歯が砕け、怯んだ相手の伸びきった右腕の脇に左腕を絡める。

 

武器の鍔で相手の顔面を叩き、崩れた態勢を利用して右腕の逆関節を決める動き。

 

「ぐあぁぁーーッ!!」

 

そのまま背中から地面に倒し込む状態からの右肘落としが顔面に決まった。

 

「す…凄い……ミィは一体何処でこんな武術を習ってたの……?」

 

立っていたのは、八雲みかげのみ。

 

彼女の足元には、痛みでうめき声をあげる東の魔法少女たち。

 

誰も殺さず制圧することが出来たようだ。

 

「姉ちゃ!ミィの活躍……見ててくれた!?」

 

姉に駆け寄り、彼女に手を差し伸べて掴み起こす。

 

「ええ……凄かったわ。こんな技術を誰に教えて貰ってたの?」

 

「えへへ♪実はね……姉ちゃが前に会った事がある外国人観光客の人たちから習ってたの」

 

「えっ!?あ……あの人達とまだ付き合っていたの!?」

 

「うん…。姉ちゃはあの人達を怖がってたけど…もしかして姉ちゃは、あの人達を知ってるの?」

 

「そ、それは……」

 

「もしかして……そこに転がっている変なお人形さんと同じ存在?」

 

みかげが視線を向けるのは、何も出来ずに地面でへばっているままのジャックフロスト。

 

「ヒホ……オイラ人形じゃないホ。悪魔だホー」

 

「やっぱり…この子もタルト姉ちゃと同じ悪魔…。姉ちゃは……悪魔のこと知ってるんだね?」

 

みかげが悪魔の事を知っているのだと判断し、みたまは彼女の両肩を掴む。

 

「…詳しい話は、東の魔法少女たちの暴走を止めてからよ」

 

「姉ちゃ…止めてもムダだからね!ミィは姉ちゃを守る為に…強くなったんだから!」

 

「ミィ……あまり面倒を見て上げれていないのに…こんなにも逞しく成長しているなんてね」

 

「姉ちゃ!今度はミィが姉ちゃを守るからね!!」

 

フロストとみたまが倒れ、彼女たちの代わりを務める為にかりんと合流するみかげ。

 

迎え撃とうとする東の魔法少女たちの心には、未だに革命を望む気持ちが燃え上る。

 

自由・平等・博愛。

 

東に与えられなかったフランス国旗の精神。

 

自由とは、戦ってでも手に入れる価値があるものだと…彼女たちは信じて疑わなかった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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115話 罪と罰

呪われた神浜差別の歴史が始まった水名区。

 

ここには神浜市役所本庁舎があり、現在は道路を封鎖するかのように特型警備車が配置。

 

周囲の建物を利用し、装甲車を並べた即席のバリケードといったところだ。

 

ヘルメットや盾を装備した機動隊と共に並ぶのは、警察の緊急時初動対応部隊。

 

特殊部隊の応援を要する程の事案に対し、SAT到着までの初動対処と支援を行う。

 

タクティカルベストやゴーグル、サングラスなどを装備した警官が手に持つは火器である特殊銃。

 

「生活に密着した問題に対処する地方自治に党派性は不要だ!!」

 

暴徒たちの群れが押し寄せる中、警官たちにも緊張が走る。

 

「地方自治は中央政党共が相乗り関与して!推薦現職候補を当選させるべきじゃない!!」

 

「中央政党の推薦首長候補がもたらすのは!豊かな西側と中央を優先する事務事業だけだった!」

 

「国会は選挙制度の抜本的見直しを行わない!東の票の格差を是正しない!」

 

「俺たちは地方独立する!腐った中央政党から独立し!東側が首長となり議会となる!!」

 

「西側と中央に重税をかけてやる!そして東側の公共福祉への財源とするんだ!!」

 

「そして神浜市ヘイト条例だ!!西側が二度と東側に逆らえないように言論を弾圧する!!」

 

暴徒たちが投石行為を始めていく。

 

<<各部隊密集!!>>

 

指揮官の拡声器の声に反応して、大盾を持つ警官たちが密集陣形を作る。

 

大盾に阻まれる投石だったが、暴徒たちの中から現れたのは銃で武装した民衆たち。

 

1人が対戦車ロケット弾を構え、発射しようとしているのだが…。

 

「死に晒せぇ!!公権力の犬どごぉ…!?」

 

彼の頭部は狙撃され、倒れ込む。

 

隣ビル屋上に配置されているスナイパー警官の射撃だ。

 

暴徒が怯んだ隙を見逃さず、大盾部隊の後ろから現れた警官達はMP5サブマシンガンを構える。

 

既にこの暴動は警視庁から大規模武装テロと判断され、警察隊も銃の使用が許可されていた。

 

<<撃ちかた始めぇ!!!>>

 

大規模な銃撃戦。

 

パニックとなり逃げ惑う暴徒や、死に物狂いで銃を撃ち返す暴徒や火炎瓶を投げる暴徒たち。

 

神浜市庁舎前の道路は戦場の如き混沌と化す。

 

32階建ての市庁舎ビルの屋上からその光景を眺めているのは、3人の魔法少女たちの姿。

 

「ウソでしょ……こんな光景が、レナ達が暮らしてる日本なの…?」

 

「まるで……戦争映画だよぉ…」

 

震えあがる2人の姿とは、レナとかえで。

 

彼女たちの真ん中で膝が崩れたままの姿をしているのは十七夜。

 

「あ……あぁ……そんな……」

 

警官隊に撃ち殺されていく東の暴徒たち。

 

暴徒から撃たれた銃弾に倒れる警官や、火炎瓶を浴びて火達磨で転げまわる警官たち。

 

「これが……こんなおぞましい光景が……自分が望んでしまった光景なのか?」

 

彼女の脳裏に過るのは、かつて同じ感情を共有出来た八雲みたまに語った言葉だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜の人々は個々人を見ず、個々人を取り巻く環境によって判断している。

 

これが和泉十七夜が愛する町、大東に対する悪意の元凶だった。

 

長い年月をかけ、神浜の人々の意識に根差してきたこの姿の見えない敵は…。

 

ある人には、無意識に人を傷つけさせ…ある人には、罪がなくても涙を呑ませた…。

 

神浜では、人が傷つけあう関係がずっと続いていたのだった…。

 

……………。

 

「はい、調整は終わりよ」

 

ここは神浜のミレナ座。

 

どうやら十七夜は物思いに耽っていたようだ。

 

「…考え事を、していたのね?」

 

「…うむ」

 

彼女は重い口を開き、何があったのかを語る。

 

「…そう、月咲ちゃんがそんなことを…」

 

「自分が敷いたルールを無視し、人間社会に危害を加える東の魔法少女たちも気持ちは同じだ」

 

「…東の境遇からの解放。それを行わなかった西側市政に対する…怒りの感情ね」

 

「東の魔法少女社会に蔓延り出した魔法少女至上主義…それは人の道に反する思想だ」

 

「たとえ、その思想がもたらす手段が道に外れた行為だとしても…」

 

「不当な扱いを受けてきた彼女たちだからこそ、あまりにも眩しい()()()()となった…」

 

「その境遇から救済されたいという思いは、なおのこと強い…だから思想に同調してしまう…」

 

「…そう、なのか…」

 

俯いて沈黙していたが、顔を上げみたまに真剣な眼差しを向ける。

 

「…自分は、自分が生まれ育った大東という町が好きだ」

 

「十七夜……」

 

「それに…神浜全体が平和に、平等に生きていけるようになってほしい。そう思ってる」

 

「……………」

 

「そして、その為にはどうすればよいのか。答えは、もう自分の中にある」

 

――だから、この神浜の歴史を消してくれ。

 

十七夜は最初にそう願った。

 

「町に蔓延る歴史…そして、その歴史の上に定着した現状の神浜の破壊…」

 

「……そうだ。歴史を破壊する為には、神浜そのものを一度、()()()()()()()()()()()()()()()

 

何もかも人々が失ってしまえば、その出生や財産に関わらず公平で平等な関係に戻れる。

 

和泉十七夜は、己の暴力革命の思想を八雲みたまに語る事となってしまった。

 

「手を取り合い、協力せざるを得なくなれば…歴史や地域への悪い印象など希薄になるだろう」

 

無言のまま調整屋から出てきた十七夜は、道を歩きながら思う。

 

「だが、実際には…自分に神浜を破壊する力がない以上…自分が出来る最善をやるしかない」

 

魔法少女としての使命である魔獣討伐、そして東の長としての責任を果たす。

 

「今できる最善を超える…それが出来れば、自分は本懐を遂げることが出来る」

 

――その時が来たとしたら…。

 

――愛するこの街の為に…自分がこの手で()()()()()()()()()()

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

彼女は最善を尽くしてきた。

 

魔獣討伐、東の魔法少女たちのサポート、そして東の魔法少女社会の治世。

 

その果てにこの地獄の光景があるのなら、彼女は今こそ本懐を遂げる行動が出来るはず。

 

なのに……。

 

「人間社会の為にこそ魔法少女は在れと、東の魔法少女たちに言い続けてきた…」

 

「十七夜さん…?」

 

「魔法少女として、東の長として最善を尽くした果てにこそ、本懐が遂げれると信じた…」

 

「本懐って……みかづき荘で言ってた、アレなわけ…?」

 

「神浜の徹底的な破壊…それを行うことが出来たら、東西の人々は全てを失い平等になれる…」

 

「あ、あんた……そんな狂人みたいな理屈を信じてきたわけ!?」

 

「…そうだ。自分の考えは…この下で争っている東の暴徒たちと変わらなかった…」

 

「思うだけなら誰でも考えるよぉ!私も…邪魔なマンションなんて消えちゃえって願ったし…」

 

「秋野君は…その願いを叶えて魔法少女になったのだな?本懐を遂げれたというわけか…」

 

「で…でもね、一度冷静になって考えてみたら……建設に関わった大勢に迷惑をかけたんだよ…」

 

「そうだろうな…魔法少女の()()()()()()によって、周囲を巻き込んで犠牲にしてしまう…」

 

「…レナもね、勝手に魔法少女になって夜中家から飛び出す毎日で…家族に迷惑かけてるわよ」

 

「どうして……自分たち魔法少女には、()()()()()()()()()()()が無かったのだろうな…」

 

十七夜の耳に刻まれた、この暴動によって犠牲となっていく人々の叫び声。

 

十七夜の目に刻まれた、この暴動によって尊い命の輝きが消えていく光景。

 

「何が人々の為に在れだ…自分はそんなの望んではいない!!ただの破壊思想家だぁ!!」

 

地面に蹲り、また泣き出してしまう。

 

「自分がやろうとしていたことは!!大勢の人々の生活を台無しにすることだったぁ!!」

 

「十七夜さん!!自分を責め過ぎちゃダメだよぉ!!」

 

「西の人々にだって生活はあった!それを理不尽に奪う事で本懐を遂げようとした!!」

 

「あ……あんたが直接手を下したわけじゃないでしょ!?いい加減にしなさいよ!!」

 

「自分は勘違いしていた……虐げられ、犠牲になっていく人々の姿に……」

 

――西も東も差異なんて……なかったのだぁ!!!

 

泣き崩れた彼女の左手のソウルジェムが、また穢れの光を発していく。

 

「あぁ……!!十七夜さんダメだよ……絶望して円環のコトワリに導かれるよぉ!!」

 

「ちょっとあんた!こんなままで絶望死しようだなんて……レナが許さないわよ!!」

 

レナがスカートのポケットから出したのは、彼女が温存していたグリーフキューブ。

 

「やめてくれ!!自分なんて…救われる価値などない破壊者だぁ!正義を名乗る資格はない!!」

 

自殺するかのような自暴自棄な態度を見せる十七夜。

 

「正義の魔法少女でいたいんでしょ!?だったら…自分が望んだ光景を止める必要があるのよ!」

 

かえでが十七夜を抑え込み、嫌がる彼女の左手を掴んだレナがグリーフキューブを使う。

 

彼女の絶望の穢れは取り除かれ、一命をとりとめたようだ。

 

「なんで…そんなに優しい?神浜の平和を望みながらも完全破壊を望む矛盾した自分に対して!」

 

「…レナとかえではね、やちよさんと触れ合えていた頃に、あんたの話を聞かされてたの」

 

「自分の話を……七海から?」

 

「喧嘩別れになったけど…十七夜さんは尊敬出来る魔法少女だって、私も聞かされたよ…」

 

――平和と平等を愛して、みんなを思える優しい子だって…やちよさんは言ってたんだよ。

 

彼女の両目から、大粒の涙。

 

「七海……七海……うあぁぁぁーーーー……ッッ!!!!」

 

子供の様に泣きじゃくる今の彼女に、東の長としてのカリスマなど無い。

 

何処にでもいる、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()たちと同じ姿。

 

レナとかえでは彼女を抱きしめ、涙を胸で受け止めた。

 

<<平等とは、階級制度の破壊なんだよ>>

 

声がした方に3人が振り向けば、契約の天使であるインキュベーターの姿。

 

「君と同じく平等主義を掲げて行った暴力革命こそが……歴史でいうフランス革命なのさ」

 

「あんた……何しにきたわけ!?」

 

「今の十七夜はグリーフキューブの消費量が多いからね。回収の為に傍にいたんだよ」

 

「フランス革命って……?」

 

「レナだって…あまり聞いた事もない歴史よ…」

 

「そのフランス革命で…自分と同じく平等主義を掲げた人々は…何を行ったのだ…?」

 

十七夜の質問に対し、現地の歴史を見届けた別個体であるキューブの記憶を転送してもらう。

 

「フランス革命とは階級闘争。社会的格差を克服する為に行う闘争こそが……暴力革命だ」

 

「暴力…革命……」

 

「この街の西側と同じく、当時のフランスは王権と貴族が民衆を重税で苦しめ殺してきた」

 

「それで…民衆たちが怒って…今の神浜みたいな暴動を起こしたっていうの?」

 

「それを率いたのはブルジョア達。これによって市民革命は成功して民衆政権が誕生したけれど」

 

「な…何が起こったの……?」

 

「革命を主導した民衆政治クラブであったジャコバン・クラブは分裂を起こし、粛清が始まった」

 

「そんな…民衆たちが悪い王様や貴族を倒したのに、どうして仲違いなんてするの…?」

 

「思想の違いによっての争いさ。その中でもさらに内部分裂し、共和制急進派の恐怖政治と化す」

 

「人間って……どうしてこんなにも考え方が纏まらないのよ……」

 

「恐怖政治を行ったロベスピエールだが、クーデターで失脚してからはジャコバン派諸共滅んだ」

 

「共和制を望んで王を処刑したのに…王に成り代わるかのような恐怖政治を行ったなんて…」

 

「ロベスピエールは、政治的平等をはじめとして権利の平等に価値を置いていた人物だった」

 

「十七夜さんみたいな人だったの……?」

 

「共和政体と自由・平等・博愛を軸とする革命の三理念に調和した憲法制定を構想した人物だよ」

 

「自由…平等…まさに自分が望んでいた社会体制だ。自分と同じ思想を持つ人がいたのだな…」

 

「財産の極端な不均衡が多くの災禍と犯罪の源だと叫び、貧困による社会悪の是正を求めたんだ」

 

「そうだ…それこそが、自分が求めていた神浜という町の平等による平和だ…!」

 

「ジャコバン派政権により社会的平等は優越的地位を占める権利となる人権宣言の発布となった」

 

「おかしいとは思えないよ…どうしてそんな良い思想を持ってた人が…恐怖政治なんてしたの?」

 

「ジャコバン派は山岳派という急進派以外にも多数の派閥がいてね、内部で政争が始まったんだ」

 

「同じ革命を行った仲間なのに……どうして潰し合いなんてしたのさ?」

 

「革命政府が、革命の遂行の為に中央集権を行ったことで…独裁が始まったんだよ」

 

「独裁によって…何が起こったのよ?」

 

「反革命派の粛清に使われたんだ。この時期、政治家だけでなく民間人までも粛清していくんだ」

 

「馬鹿な…民衆の平等を望んだロベスピエールが……どうしてそんな真似を!?」

 

「革命政府はいつ転覆してもおかしくない。強固な基盤を築く必要があったのさ」

 

「そんな……ことって……」

 

「恐怖政治も内部で意見が分かれて分裂したが、ロベスピエール派は恐怖政治を繰り返した」

 

「だから…クーデターが起きたんだね……」

 

「テルミドールのクーデターで政権は右派となり、ジャコバン派という左派は全て粛清された」

 

「ロベスピエールは……なぜ間違っていったのだろうな……」

 

「彼の理想は、()()()()()のものだったからさ」

 

「独りよがり……」

 

「反対する者は全員粛清する。全ては平等社会を築くために……()()()()()()()()()()()()()

 

「そ、それは……」

 

「民衆の自由と平等を求めた男が辿り着いた、自由と平等の景色とはね……」

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、自由と平等だったのさ。

 

十七夜の脳裏に、東の魔法少女たちから決別された日の記憶が蘇っていく。

 

――貴様たち…これ以上魔法の力を悪用する事は自分が許さない!東の長として!!

 

――あんたさ…あたし達に自由、平等を言ってきたじゃん。それを実行して何が悪いの?

 

――自由平等を叫びながら自由平等を否定する。あんた自分が何言ってるか解ってる?

 

――ふざけんな!!あんたさぁ…支離滅裂なんだよ!!

 

――自分の自由平等だけを見て、あたし達の自由平等なんて見てくれない!考えてくれない!!

 

――言ってくる言葉は自分の理想だけよ!!

 

――クソッタレな神浜社会に鞭を打たれるわ、クソッタレな東の長に鞭を打たれるわ。

 

――もうみんなの心はね…とっくの昔に爆発してたんだよね~?

 

全てにおいて合点がいったのか、十七夜の口元から乾いた笑い声が響いていく。

 

「そうか…そうだったのだな……。自分は…ロベスピエールに過ぎなかったのか…」

 

「十七夜さん……」

 

「ロベスピエールは自殺を図るが拘束され、ギロチン台に送られた。君はどうするんだい?」

 

震えた体を持ち上げながら、彼女は左手を翳して魔法少女に変身する。

 

「自分は…東の魔法少女社会に恐怖政治を敷いた独裁者だ。罪人として…罰を受けねばならない」

 

「ちょ、ちょっと!?何を言い出すのよあんた!!」

 

「自分は…己がもたらした罪からは逃げない。この惨劇は間違いなく自分の恐怖政治のせいだ」

 

「そんなことないよぉ~!!考えすぎだよ十七夜さん!!」

 

「自分は…この神浜の暴動を止める。そして然る後に…西と中央の長達から罰を受けよう…」

 

「どうして……どうしてそんなにまで背負いたがるのよ…」

 

「これが…自分の性分だ。ありがとう、水波君…秋野君…こんな自分に優しくしてくれて…」

 

迷いのない足取りで東の魔法少女たちを止める為に動き出す十七夜だが…。

 

「…ロベスピエールは自分の理想と共に死んだけど、彼の思想は継がれていくんだよ」

 

「誰が…彼の独りよがりの理想を継いだというのだ?」

 

「彼の思想は19世紀の革命等を通して受け継がれ…共産主義思想やロシア革命に受け継がれる」

 

「共産主義……ソ連や中国のことか?」

 

「十七夜、君が前々から口にしていた自由・平等、そして君が行ってきた治世とはね……」

 

――暴力革命と恐怖政治を行う…共産主義政党だったんだよ。

 

「……()()()()()()()()()()()()。なら、ソ連と同じく自分も滅びよう」

 

市庁舎ビルから跳躍し、東の魔法少女たちの魔力を追いかけていく姿。

 

「ま、待ってよぉ!今にも消えちゃいそうな十七夜さんをほっとくなんて…出来ないから!」

 

かえでとレナも魔法少女に変身し、彼女の後を追いかける。

 

「あんたが余計なことを言ったせいで!十七夜さんが追い詰められたのよ!!」

 

怒りの感情をぶつけるかのように、十七夜の穢れを吸ったグリーフキューブを投げつける。

 

彼女たちも十七夜の背中を追いかけてビルを跳躍。

 

残されたのは、地面に転がったグリーフキューブとインキュベーターのみ。

 

グリーフキューブを回収した後、変わらない表情のまま口を開く。

 

「…この街に、悪魔の魔力を多く感じてしまう。そして…ルシフェル様の存在も感じる…」

 

ビルの端に上り、下の戦場を観察する姿。

 

「啓蒙の光に照らされた東の魔法少女と暴徒…そして、ルシフェル様はラテン語でこう呼ばれる」

 

――光を運ぶ者……そして、炎を運ぶ者。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

燃え上る中央区の夜。

 

高層ビル群の中に存在している神浜市セントラルタワー。

 

屋上のヘリポートには、着陸した一機の大型双発輸送ヘリコプターの姿。

 

見ればヘリのパイロットとして乗り込んでいるのは、ダークサマナーのフィネガンとユダ。

 

屋上の端には、燃え上る神浜の街を見つめる2人の人物達。

 

「アハハハ!凄い…デスが溢れてる!アリナこんな光景テレビやネットでしか見た事なかった!」

 

興奮しているのはアリナ・グレイ。

 

「この革命は偽旗作戦でス。本当の目的は別にありまス」

 

隣に立つのは、アリナをダークサマナーにしようとするシド・デイビス。

 

「ねぇ…アリナ達は本当に手伝わなくていいワケ?」

 

「手を出すなと言われていまス。我々の神ハ、愛する我が子の成長ヲ…自ら促したいのでス」

 

「なら、アリナ達はここで高見の見物をしてればいいワケ?」

 

「そうしましょウ。それにイルミナティは本来、中立の立場を貴ぶのです」

 

「中立…?」

 

「1773年のロスチャイルドらの秘密会議によっテ計画されタ25条の行動計画に沿ってまス」

 

「…ロスチャイルド」

 

その名を聞き、アリナの顔は歪んでいく。

 

まるで思い出したくもない人物を表す名を聞いたかのように。

 

「対立する両陣営に武器を渡シ、戦わせて疲弊させ自滅に追い込ム。我々は利益だけを享受すル」

 

「…まるで調整屋みたいなんですケド。アリナはあいつの商売の行きつく先は分かってたカラ」

 

「この革命とて同じでス。なぜ東の市民がこのような悪魔共と化したカ、分かりますカ?」

 

「アリナが東の連中の気持ちなんて分かるわけないんですケド」

 

「人間を悪魔に変えるにハ、意図的に格差を生み出した後二…自由主義を与えればいいだけでス」

 

アリナは下の光景を見つめる。

 

そこには、自由・平等を叫びながら暴れ狂う暴徒たちの姿。

 

「大衆は自由の意味を理解しなイ。自由という思想を利用すれば階級闘争に仕向けられるのデス」

 

「それが…世界のブルジョアを代表するユダヤ共が考え出した手口ってワケ?」

 

「暴徒の力は無目的デ、無意味デ、論拠を持たない為二…いかなる側の提案にも影響されル」

 

「フン、アリナが生きてきた民衆社会も…自分に都合のいいものしか求めない連中ばかりだった」

 

「経済界が意図的に格差を創出すれバ、貴族社会に与えられた以上に確実な資本支配力が生じル」

 

「社会主義革命もまた資本主義なワケ?だから…暴徒たちは革命の為に資本家に頼る…」

 

「それによリ、資本家達は暴徒を使っテ国家さえ打倒することが出来るのでス」

 

「この革命の本当の目的は何なワケ?」

 

「NWOに必要な人口削減計画もありますガ……我々の神が望むのハ…」

 

――エンキ神となった人修羅ヲ、裁く者サタン(ルシファー)として覚醒させることでス。

 

「裁く者…サタン…」

 

アリナの脳裏に浮かぶのは、夢の中で見た燃え上る蛇の姿。

 

笑みを浮かべるシドは左手を持ち上げ、左の額に刻んだ赤い星である五芒星刺青をなぞっていく。

 

「…この日をどれだけ夢見たことカ。私たちダークサマナーが…そしてイルミナティが崇拝すル」

 

――真の至高神の御使いである蛇ガ……神であるメシアが降臨なされるのでス。

 

「真の至高神の御使いである…スネーク…」

 

それは、アリナが求める美である死と再生の極み。

 

「共に見届けましょウ。我々イルミナティの大いなる神が顕現なされる瞬間ヲ」

 

「アハッ♪アリナも……凄く楽しみなんですケド!」

 

2人は愉悦の表情を浮かべていたのだが…。

 

<<ハハハ!!景気が良さそうで何よりだな!オレもちょっくら暴れさせてくれよ!!>>

 

シドの表情が変わり、右手に持つ聖書を開ける。

 

そこに収納されていた管の一つが勝手に開いていき、中から悪魔が召喚され背後に現れる。

 

「クドラク、勝手な行動は許しませんヨ」

 

シドとアリナの背後に現れた悪魔とは、かつて天堂組を悪魔集団に変えた吸血鬼悪魔。

 

「べらんめぇ!こちとらアナーキーよ!アナキズムの光景は悪魔のパーティ会場だぜ!」

 

「聞こえなかったのですカ?いい加減にしないト…」

 

「わ、分かってる!計画の邪魔をしない範囲でよぉ…ちょっとご馳走にありつくだけだよ!」

 

「……………」

 

「こ、これぐらいの茶目っ気なら…ルシファー様だって許してくれるって!」

 

大きな溜息を出し、シドは口を開く。

 

「…今夜の渇きを癒したラ、直ぐに戻りなさイ。長居は無用でス」

 

「オーケー!それでこそオレが認めた寛大なる主ってもんだぜ!!」

 

悪魔の体が黒く染まるように蠢き、無数の赤い眼光を放ちながら弾ける。

 

無数の蝙蝠と化したクドラクが燃え上る街へと飛翔していった。

 

「跳ねっ返り悪魔の管理も大変でス…。おヤ……?」

 

右手に持つ聖書に振動を感じ、封魔管を管理するページをめくる。

 

一番下のページ棚に収められていた一つの管が振動していた。

 

「…アナタも暴れに行きたいのですカ?」

 

主に応えるかのようにして、()()()のアクセルを吹かすけたたましい音が鳴り響く。

 

管に収められた悪魔の言葉が分かるのか、シドは言い聞かせるようにして話す。

 

「ダメでス。アナタが暴れれば…クドラク程度の被害ではすみませン。ここは大人しくしなさイ」

 

反論するかのように再び鳴り響くアクセルを吹かす音。

 

「な二…?人修羅と戦いたイ?」

 

肯定するかのように響くアクセルを吹かす音。

 

「なるほド…かつての世界で因縁を持つ関係でしたカ。しかシ、許可は出来ませんネ」

 

文句を叫ぶかのようなアクセルを吹かす音。

 

「神に牙を突き立てる真似は許しませン。ですガ…ルシファー様から許可を頂ければ構いませン」

 

鳴り響き続けたバイクのアクセル音が鳴り止む。

 

「かつての世界で築き上げた古き縁ハ…この世界でも繰り返されるのですネ」

 

溜息をつき、横のアリナに視線を向ける。

 

「……アリナだって、この騒動をもっと間近で見たいのに」

 

子供の様な膨れっ面をしていた。

 

「アリナ、アナタは修行中の身でス。今はまダ…その時ではありませン」

 

「フン……オーライ、クソマスター」

 

跳ねっ返りばかりに囲まれている自分に対して、オーバーに両手を広げた姿を見せた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

東の暴徒たちが押し寄せた水名区は騒然としている。

 

東の人々が自分たちに仕返しに来たのだと恐れおののき、水名区住民はパニックとなっていた。

 

新西区側に逃げようと、人々が大挙して水名大橋に押し寄せていく。

 

「レナーーッッ!!かえでーーッッ!!」

 

逃げ惑う水名の住人たちを掻き分け、大声を上げながら仲間を探すのは十咎ももこ。

 

「あいつら…みかづき荘に行ってから何処に向かったんだよ…」

 

ももこは西の長であるやちよに頼み込み、2人の捜索に向かう許可を貰ったようだ。

 

またその時に十七夜の捜索も任されていた。

 

「十七夜さんが心配なのは分かるけど…今の十七夜さんを迂闊に扱うと大変なことに…」

 

精神が不安定になっている彼女を知っているももこの頭に浮かぶのは、最悪の光景。

 

「頼む……間に合ってくれよ!!」

 

人々を掻き分けながら、ももこは水名大橋を超えて水名区に入っていく。

 

その頃、ももこが探している3人は……。

 

「凄い……なんて速さで移動していくの…!」

 

十七夜の後を追いかける魔法少女姿の2人だが、距離をどんどん開けられていく。

 

「魔力を身体能力向上に無理やり使い込んでる…あんなんじゃ魔力の余裕が無くなるわよ!」

 

必死になって後ろを食い付いて行ったが、ついには見失ってしまった。

 

「ふゆぅ…見失っちゃったよぉ……」

 

「向かった方角から考えるとしたら……栄区に向かったとレナは思うわ」

 

「えぇ…?レナちゃんが冴えてる……」

 

「ちょっと!レナを何だと思ってたわけ!?」

 

「賞味期限が切れたデザートを、いつまでも鞄に入れておくおバカさ……ふみゃみゃ!?」

 

怒ったレナに両頬を引っ張られてしまう。

 

「あへぇ…?ほほはひょふ……」

 

「えっ?おかしな言葉で何が言いたいのよ?」

 

「もう!摘ままれたままじゃ喋れないよ!そんなことも分からないの!」

 

「うるさいわね!何なのよ!」

 

「ももこちゃんの魔力を感じるの……近くまで来てるよ」

 

「うっ…確かにレナも感じる。どうしよう……十七夜さんを勝手に連れ出しちゃったし……」

 

「怒られちゃうかも……」

 

「でも…今の暴走している十七夜さんを2人で止めれる自信は……レナには無いわよ」

 

「私も自信ないよぉ…。ここはももこちゃんと一度合流してから…十七夜さんを止めようよぉ!」

 

「それしかなさそうね……行きましょう、かえで!」

 

2人はももこの魔力を辿りながら合流を急いだ。

 

……………。

 

魔力消費もお構いなしに栄区に向かっていく十七夜の姿。

 

「この魔力…八雲なのか?しかも魔力がかなり弱っている……まさか!」

 

みたまの心に、十七夜と同じく神浜の破壊を望む感情が宿っているのは知っている。

 

東の革命魔法少女たちと共に暴れている光景が脳裏に過ってしまう。

 

「頼む八雲……早まらないでくれぇ!!」

 

後ろから追いかけるレナとかえでを置き去りにし、十七夜は急ぎみたまの元に向かう。

 

そんな彼女を見つけてしまった邪悪な存在が……空の上にいた。

 

「おぉ……驚いた。こいつは…オレ好みの極上な魔法少女だぜぇ!!」

 

無数の蝙蝠たちが急降下。

 

「なにっ!?」

 

空の上から感じたこともない魔力を感じ取り、上を見上げる。

 

「ヒャッハー!!」

 

蝙蝠が収束し、人の形となったクドラクが急降下蹴りを仕掛ける。

 

「くっ!!」

 

彼女は急ブレーキするかのように止まり、後方宙返りをして回避。

 

屋上の地面を蹴り砕きながら着地した悪魔の姿。

 

「な……何者なのだ…お前は!?」

 

スパイラルパーマがかかった白髪と黒ずんた闇の肌、黒い貴族衣装の上に漆黒のマントを纏う。

 

「へっへっ…見る程に極上っぷりが伺えるぜぇ。血を啜り終えた後でバックのまま犯してぇ!!」

 

盛りのついた雄のように腰をカクカク動かしながら彼女を挑発する。

 

「下卑た男め……何者なのか答えろ!!」

 

「男のオレを小型魔獣とか勘違いしてねぇか?間違わないよう…耳かっぽじってよく聞いとけ!」

 

蝙蝠の翼膜を思わせる黒い両手を構え、飛び上がりながら漆黒のマントを広げる。

 

<<オレは悪魔であり、東欧スロベニアの悪と闇の象徴である吸血鬼……クドラク様だぁ!!>>

 

【クドラク】

 

名は狼の皮を被る者を意味し、人狼との共通性を感じさせる吸血鬼。

 

正体は悪意を持った魔術師や巫術師、吸血鬼であるとされている。

 

その爪は無実の者や無防備な者を襲い、疫病・凶作・災害等は全てこの魔物のせいとされた。

 

死後に最も恐ろしい姿になるとされ、セイヨウサンザシの杭で心臓を突き刺す必要がある。

 

また、善と光の象徴であるクルースニクとは戦う運命にあった。

 

「吸血鬼……悪魔だと!?そんな存在……キュウベぇから聞かされなかった!」

 

「契約の天使のことか?あいつは必要ない情報だと一切言わないクソ野郎だからなぁ」

 

「仮に…悪魔という存在がいるとして、目的は何だ!この街の暴動を起こしたのはお前達か!」

 

「教えてやってもいいぜ?バックで犯されながらよぉ…よがってお願い出来たら教えてやるよ!」

 

十七夜の豊満な体を舐め回すかのように吟味する視線を向けながらの舌舐めずり。

 

「何処までも下品な奴め……貴様のような輩は反吐が出る!!」

 

自身の魔法武器である馬上鞭を右手に生み出し、魔力を纏わせ帯電させながら振り抜く。

 

「いい……女騎士みたいな堅物魔法少女は大好物だ!お前なら()()()()()()()()をくれてやる!」

 

両手を広げて放出するのは、氷結魔法の冷気。

 

「来なよ魔法少女!!悪魔と戦える機会なんてそうはねぇ……とことん楽しもうぜぇ!!」

 

「貴様と戦っている暇などないのだが……今の自分は行く手を阻む者には容赦しない!!」

 

右手を構え、悪魔の氷結魔法である『ブフーラ』を放つ。

 

氷の槍が無数に襲い掛かるが、横に跳躍側転して回避。

 

「悪魔だろうが恐れはしない!今の自分は……不退転の覚悟を決めている!!」

 

「いいぜぇ……綺麗な顔をもっと怒らせな!堪らなくそそられるぜぇ…!!」

 

底知れない怒りを向けながら悪魔と戦う和泉十七夜。

 

その怒りは悪魔に向けるものなのか?東の革命魔法少女たちに向けるものなのか?

 

あるいは神浜の差別に向けるものなのか?民の命を奪う破壊を望んでしまった己自身なのか?

 

その答えを求めるかの如く、戦いは熾烈を極めていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「男は度胸ぉぉーッ!悪魔は酔狂ぉぉぉーーッッ!!」

 

右手の爪を振りかぶり、体液を爪から分泌した『毒ひっかき』で引き裂こうとする動き。

 

「甘い!!」

 

十七夜は合わせて踏み込んで接近、ワンインチ距離。

 

馬上鞭の握りを返し、石突で相手の水月を打ち込む。

 

「ぐふっ!?」

 

一歩下がった相手に対し、握りを返した振り抜き打ち。

 

「がへっ!?」

 

左切上の角度から決まり、堪える相手のストレートパンチに合わせた回転回避。

 

回転の勢いのまま鞭を相手の後頭部に叩き込む。

 

「ぎゃぁッ!!」

 

帯電した鞭を後頭部に喰らい、つんのめりのまま勢いよく前によろめいていく。

 

「このアマァ……調子に乗るなよ!!」

 

焦げた後頭部を右手で払い、尚も執拗な突進攻撃。

 

「悪魔という連中は、猪のようにしか動けないのか?」

 

身を低めながらの回転左薙ぎが腹部に決まる。

 

右手の爪攻撃を鞭で打ち落とし、左薙ぎ・右薙ぎと顔面に叩き込む。

 

態勢が崩れた相手の膝裏にローキックを入れて刈り倒し込んだ。

 

「はぁッ!!」

 

鞭を叩き落とす一撃を放とうとするが、無数の蝙蝠化によって避けられる。

 

「オラァァ!!」

 

瞬時に実体化したクドラクの飛び後ろ回し蹴りが十七夜の右側頭部に決まった。

 

「くぅッ!!」

 

蹴り飛ばされて倒れ込むが、意を介さないようにして立ち上がる姿。

 

「ハァ…ハァ…接近戦が得意のようだな?迂闊に近寄るのは不味いってわけかよ」

 

「遠距離魔法攻撃は優れているようだが…接近戦ならこちらに分がある」

 

「チッ……霧化して纏わりつこうにも、火災気流のせいで空に持ち上げられちまう…」

 

「地の利もこちらにあるようだ。さぁ……悪魔の貴様が何故この町に現れたのか吐け!」

 

「やかましい女だねぇ…答えろと言われて素直に答えるバカ悪魔がいるかよ!」

 

「答えたくないのなら、自分の魔法で知るまでだ!」

 

純白の軍服のような魔法少女衣装の中で目立つのは、右目に身に着けた羽根毛モノクル。

 

彼女の右目がクドラクの心を読み取ろうとする。

 

しかし…。

 

「テメェ…オレの心を読もうとしたな?悪魔の読心術と同じ魔法が使えるってわけかよ」

 

「バカな……心が読めなかっただと!?それに…お前たち悪魔も自分と同じ魔法が使えるのか!」

 

「読心術なんぞ悪魔界隈じゃ珍しくもない魔法だぜ。だから悪魔全員が対処法を知ってるのさ」

 

「ならば、力ずくでも吐かせてやる!!」

 

「俺たち悪魔は対処法を知ってるんだが、お前たち魔法少女はどうなんだ?」

 

「なに……?」

 

クドラクの金色の両目が光る。

 

「な…何をしている…?」

 

「……ほう?お前の心は…この暴動を望んでるじゃねぇか?」

 

その言葉を聞き、十七夜の顔が青ざめていく。

 

「バカな……お前は自分の心が読めるのか!?」

 

「東の住人として差別されてきた。この町の全てを破壊すれば皆が全てを失い平等になれるか?」

 

「ち……違う!自分は……自分は……」

 

「隠せば隠すほど、鮮明に心が読めるぜ?読心術の使い手なら、その恐ろしさを知ってるだろ?」

 

「見るな……自分の心を読むなぁ!!」

 

「ハッハッハァ!!虐げられたなら、何をやってもいいとくる!お前は()()()()()()()()()()

 

「違う……違う……自分は……そんなことはもう考えて……」

 

「下の光景を見てみろ!このカタコンベの如き屍の山が…お前が望んだ悲願の光景だぜぇ!!」

 

――お前はただの破壊者だ!!俺たち悪魔と同じく人殺し側なのさぁ!!!

 

自責の念に再び駆られ、彼女のソウルジェムが急速に穢れていく。

 

「…決めたぜ。お前はオレたち側の存在だ……オレの遺伝子を与えてやるよ」

 

「だ……黙れぇ!!」

 

ただでさえ魔力を絞りながらの強行軍をしてきた上で、さらに精神的にも追い詰められる。

 

動きが鈍くなった彼女に対し、両手を掲げて放つ氷結魔法は『マハブフーラ』

 

「くぅ……!!!」

 

放射状に放出された冷気によって、十七夜の体が氷結していく。

 

「くっ……うぅ……」

 

全身が氷結し、まともに動くことも出来なくなり片膝をついた。

 

「これで大人しくなった」

 

邪悪な笑みを浮かべながら近づき、動けない彼女の前に立ち右手で彼女の顎を引く。

 

「うっ!?」

 

左の人差し指の爪で彼女の頬を引っかき、滴った血を舌で舐め回す姿。

 

「この極上の血の味……やっぱり思った通りだ」

 

――お前……()()()()()()()()()()()()()

 

「な、何を言う!?」

 

恥ずかしさによって、凍り付いた頬に熱が籠るかのように赤面していく。

 

「資格は十分だ。後はお前の体の中にオレの遺伝子を流し込むだけだぜぇ…!」

 

彼女の両肩を掴み、口を大きく開ける。

 

その口には、吸血鬼の牙が光る。

 

「や……やめろぉーーーッッ!!!」

 

絶体絶命の状態であったのだが…。

 

「ぐごっ!!?」

 

何処からか飛来してきた固い道具が後頭部にぶつかり、悶絶した顔。

 

両手で後頭部を抑えながら苦しみ、転がった固い何かに視線を向ける。

 

それは鍛冶師が使う古いハンマー。

 

<<うぉれの働く店の先輩にぃぃー!手を出す不埒な輩はぁぁー!うぉまえかぁー!!>>

 

素っ頓狂な大声が聞こえた方に振り向く。

 

隣マンション屋上の手摺に立つのは、十七夜の店で働いているメイドのイッポンダタラである。

 

「とうッッ!!」

 

跳躍して隣マンションからこちら側の屋上まで飛び降りてきた。

 

「ダタラ君!?どうしてここに……それにその身体能力は……?」

 

「なぎたん先輩の事をみんなが心配して励ますぅー!愛の寄せ書きを持ってきたぞぉー!!」

 

鞄から取り出したのは、元気になって欲しい十七夜に向けて店長やメイドが書いた寄せ書き色紙。

 

「み…みんな……この町を憎むあまり破壊を望んだ……自分なんかの為に……」

 

熱い感情が沸き、両目から涙が零れていく。

 

「テメェ…人間に擬態しているようだが分かるぜ……テメェも悪魔だろ?」

 

「な、なんだと!?そうなのか……ダタラ君?」

 

「騙したことは謝るぅぅー!!だがそれでもぉー!!うぉれはカワイイを研究したかったー!!」

 

色紙を鞄に仕舞い、右手に武器を出現させる。

 

鍛冶師のハンマーとハンマーを鎖で繋ぎ合わせた妙ちくりんな武器であった。

 

「うぉぉぉぉーー!!燃えよメイドラゴンンンーーッッ!!!」

 

ヌンチャクの如くハンマーを振り回し、周囲から業火が噴きあがる。

 

炎の中から現れたのは、悪魔としてのイッポンダタラの姿。

 

黒革エプロンと手袋、片足しか見えない足には黒のブーツ、そして頭部は4と書かれた鉄仮面。

 

「これがダタラ君の本当の姿…?お…男だったのか…?」

 

「うぉとこでもぉー!!カワイイは大好きでありますぅぅーーーッッ!!!」

 

「う…うむ。これはアレか…?男の娘というジャンルだったか…?」

 

「うぉれはぁぁーー!!ハイカラな男の娘だぁぁーーー!!!」

 

クドラクに振り向き、鉄仮面の隙間から覗かせる悪魔の片目が怒りを帯びる。

 

「この国の雪入道かよ……鍛冶神としては零落した妖怪姿で、オレに勝つ気か?」

 

「い、い、イクで、ありまァァァァァァァす!!」

 

片足のまま跳躍し、鎖で繋いだヌンチャクハンマーを振りかぶり叩きつけようとする。

 

「ケッ!片足程度の動きじゃ、モノクル魔法少女以下のすっとろい動きだぜぇ!!」

 

素早く踏み込み、ヌンチャクを振り下ろす右手首を掴む。

 

左手で殴りつけようとするが、右手で止められる。

 

互いに力比べの状態となった。

 

「なぎたん先輩ぃぃー!!ここはうぉれに任せて…逃げるんだぁぁーーー!!」

 

「し、しかし……」

 

「みんな心配しているぞぉ!!早く元気になって…なぎたんのカワイイを皆に伝えるんだぁ!!」

 

「ダタラ君……す、すまない!」

 

氷結した両足を引きずり、跳躍して逃げようと屋上の端に向かう。

 

鍛冶神としての名残か、剛力でねじ伏せようとするのだが…。

 

「吸血鬼相手に力比べか?お前バカだろ!」

 

吸血鬼もまた、剛力を持つ悪魔。

 

「うごごごご!!!?」

 

イッポンダタラの怪力を押し戻していく。

 

「オレは夜型だからよぉ、夜中でオレに勝とうだなんて百万年早ぇ!!」

 

密着した状態から放つクドラクの魔法攻撃。

 

「こ、こ、これはァァァ!!吸魔かぁぁーー!!?」

 

吸魔によってイッポンダタラの魔力が大きく吸われ、力が抜けていく。

 

「自分のこの体で持つのか…いや、ダタラ君やみんなの思いの為にも生き残らねば…」

 

屋上の端まで這い這いで辿り着いた十七夜は体を無理やり持ち上げ、一気に向こう側に飛ぶ。

 

しかし……彼女の背後から飛んできたのは。

 

「ぐはっ!!?」

 

跳躍した彼女の背中にぶつけられたのは、怪力で投げ飛ばされたイッポンダタラ。

 

密着したまま夜の空を突き飛ばされていく光景。

 

「浅草ROCKで、祭りだぜぇ!!」

 

鈍化した世界。

 

空を浮く2人の空中に現れた無数の蝙蝠が実体化し、クドラクと化す。

 

「オラァァ!!ぶっ潰れろやぁーー!!!」

 

吸血鬼の剛力を力任せに叩きつける一撃。

 

「ゴブゥ!!!」

 

イッポンダタラの腹部に決まり、背中の十七夜もろとも地面に叩きつけられる。

 

道路に急降下した2人はアスファルトが陥没する程の衝撃を受けることとなった。

 

「よく見りゃ…なぎたんとか言われた女まで巻き込んじまったか?」

 

漆黒のマントを広げながら空を飛び、下の光景を見つめる。

 

「やり過ぎちまったなぁ……生きててくれよ、お前はオレの遺伝子を継ぐべき女だぜ」

 

道路は大きく砕け散り、道路下の下水道が剥き出しとなっていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「く……うぅ……」

 

目を開ける十七夜。

 

周りは乗り捨てられた車と共に崩落したアスファルトの瓦礫塗れ。

 

「なぜ自分は助かって……はっ!」

 

彼女を抱きかかえるようにして倒れ込むのは、イッポンダタラの姿。

 

「君が……自分の盾となってくれたのか…?」

 

あの一瞬、地面に叩きつけられる前にイッポンダタラが彼女を抱え込み盾となったようだ。

 

「ガッ……ゴッ……ゴフゥ!!」

 

鉄仮面の中で大きく吐血。

 

人間ならばミンチとなっていただろう衝撃を受けたのだ。

 

「ダタラ君!!」

 

氷結した体を起こし、イッポンダタラの身を気遣う姿。

 

「イ、イ、痛いじゃないかぁぁぁ……し…死にが…ハチィィィィィィ……」

 

「動くな!今自分が回復魔法を……」

 

「うぉまぇは……早くぅぅ……逃げろぉぉ……」

 

「だが……」

 

「うぉまえは……メイドのうぉれの誇りだぁ…。またメイド先輩として…鍛えてくれぇぇ…」

 

「ダタラ君……ありがとう。君の様に誰かに尽くせる生き様こそ、メイドの誉れだ」

 

「ほ、ほ、誉れぇぇぇ……ステキすぎて……死ぬぜぇぇぇぇぇ……」

 

意識を失ったイッポンダタラだったが、脅威はまだ終わりではない。

 

<<ほう!まだ魔力を感じるじゃねーか!しぶとく生き残ってくれていて嬉しいぞ!!>>

 

瓦礫の上からは、クドラクの声。

 

「…やはり、決着をつけるしかないか」

 

動きが鈍い体を持ち上げ、力を込めて跳躍。

 

穴の中から出てきた彼女の前には、空から降りてきたクドラクの姿。

 

「さぁ……お楽しみの時間だぜ」

 

両手を広げ、今まさに飛びつかんと迫りくる。

 

「自分に……まだ正義の魔法少女としての資格があるのなら…貴様に負けるわけにはいかない!」

 

乗馬鞭を頭上に掲げ、残り少ない魔力を鞭に流し込む。

 

周囲に生み出されていくのは、無数の雷球。

 

彼女のマギア魔法である、断罪の光芒だ。

 

「ほう?こいつはイキな攻撃魔法だなぁ……」

 

彼女のマギア魔法を前にしても、クドラクは余裕の態度。

 

「自分を殺りたいのなら……そちらから来い!!それが…唯一無二の平等だ!!!」

 

「殺そうとするなら、殺されるのが平等?ならよぉ…差別して虐待するなら殺すのが平等か?」

 

「な……何を言う……?」

 

「お前はまさに、共産主義的暴力主義者だ。()()()()()()()()()()()()ことで…平等と化す」

 

「う…うぅ……」

 

「そんな光景によぉ、何処に平等があるってんだ?」

 

――()()()()()()()()()()()()なんぞ、ただの独裁だぜ?

 

彼女のソウルジェムが、また穢れの光を発していく。

 

「丁度いい。ならオレがお前の覚悟を試してやる」

 

後ろを振り向き、指を刺す。

 

その方向にあるのは……無数の民家。

 

「オレは耳もいい。どうやら向こう側には、避難所に逃げられない高齢者が残っているようだ」

 

「な……なんだと!?」

 

「その上で、お前はその大技を俺ごと周囲に浴びせようっていうなら…人殺しの仲間入りだな」

 

「じ……自分は……」

 

「やれよ、平等の名の元に暴力を撒き散らす傲慢者」

 

「自分は……」

 

「オレごと周囲の人間共の命を奪い、正義の味方とやらを演じて見せろ」

 

「自分は……!!」

 

「何が正義の味方だよ?お前が望んできたのはな……」

 

――平等という名の、虐殺行為。

 

――スターリンや毛沢東共が繰り返してきた…人類大量虐殺の歴史と同じ所業。

 

――まさに…()()()()()だな。

 

「う…あぁ……あぁぁぁ……」

 

彼女の全身が震えていく。

 

<<さぁ、撃ってみろ!!オレと同じ悪魔めぇーーーーッッ!!!>>

 

跳躍し、飛翔しながら迫りくる。

 

「あぁぁぁぁぁーーーーッッ!!!!」

 

彼女は馬上鞭を振り下ろす……ことが出来ない。

 

次の瞬間…。

 

「あっ………?」

 

彼女の柔らかい首元には、クドラクの牙が突き立てられていた。

 

牙から流し込まれるのは、唾液ではなくクドラクの闇の血。

 

<<十七夜さん!!!!>>

 

クドラクに向けて投擲されたのは、白い翼と光輪で飾られたレナの三叉槍。

 

噛みつきから離れ、槍が飛んできた方角に目を向ける。

 

顔面蒼白となった十七夜は後ろに後ずさり、上ってきた穴の中に転落して転げ落ちていった。

 

「…オレのお楽しみの邪魔しに来たのか?魔法少女共」

 

駆け付けたのは、ももことレナとかえで。

 

「よくも十七夜さんを傷つけたな!!」

 

「あんた……死ぬ覚悟は出来てるんでしょうね!?」

 

「ね…ねぇ?この人の姿をした存在はなんだろう?凄い魔力だけど…魔獣じゃないよね?」

 

「そんな事気にしてる場合!?こいつは十七夜さんを傷つけたのよ!!」

 

武器を向けてくる魔法少女たちに対し、頭を掻きながら口を開く。

 

「オレは悪魔であり吸血鬼って言えば…伝わるか?」

 

「悪魔……?吸血鬼……?」

 

「嘘でしょ…?そんな存在がいるなんて……キュウベぇは何も言わなかった!」

 

「ふ…ふみゃみゃ……魔獣だけじゃなかったんだね…魔なる存在は……」

 

「ま、待てよ……吸血鬼って言えば……」

 

「さ、さっきこいつ……十七夜さんに噛みついてたわよね…?」

 

「ま…まさか!!」

 

「吸血鬼の基本的な情報は知ってるようだな?遅かったってわけさ」

 

「そ、そんな……それじゃあ、十七夜さんは……」

 

「喜べよ、お前達も吸血鬼の……仲魔入りをさせてやるぜぇ!!」

 

跳躍して飛翔し、3人に襲い掛かる。

 

「ビビるな!!行くぞみんなぁ!!」

 

ももこは切子状の形をした三日月の曲線を描く大剣を構える。

 

彼女は固有魔法である激励を周囲にかけ、レナとかえでの恐怖心を取り除く。

 

3人の魔法少女たちは奮戦するのだが、力が違い過ぎる。

 

「きゃぁ!!」

 

「あぁ!!」

 

レナとかえでが投げ飛ばされ、全身は傷塗れ。

 

「くそぉーーーッッ!!!」

 

ももこは跳躍し、大剣を振りかぶる。

 

頭上からの唐竹割りの一撃に対し、クドラクは右手の人差し指と中指で刃を挟んで見せた。

 

「今夜はとことん景気がいいぜぇ。それでこそアナキズム的な無政府状態ってもんだよなぁ!!」

 

「悪魔だろうが…吸血鬼だろうが…無実な人々に害を成す存在は…決して許さない!!」

 

ももこの瞳に、怒りの炎が宿る。

 

それを見たクドラクは、眉をしかめていく。

 

「テメェ……」

 

彼女の熱い視線、そして宿るのは善と光。

 

「オレの()()()()()と同じ目をしてやがる……気に入らねぇ…気に入らねぇ!!」

 

吸血鬼の剛力で刃を押し上げていく。

 

「くっ…うぅ……!!」

 

刃がどんどん押し戻され、ももこの顔の前まで刃が戻されていく。

 

「テメェは血を飲んでなんてやらねぇ!!この場で八つ裂きにしてやるよぉ!!!」

 

「こんな…場所で…死ぬわけには……」

 

2人の死闘の光景。

 

それをスコープを用いて覗いている人物が、遠くのビルの屋上にいる。

 

「距離は1000メートル……火災による気流も出ているな」

 

大口径スナイパーライフルであるバレットM82を構えるのはウラベ。

 

彼の手前にある手摺には糸が絡まり、垂れ下がった下には木々で作った繭の中に潜む悪魔の姿。

 

「ねぇ、ウラベ。魔法少女を助けるわけ?」

 

「助けるわけじゃねぇ。俺はイルミナティに復讐がしたいだけさ」

 

「あの見えてる悪魔…たしかシドが使役していた吸血鬼だし、シドがこの町にいるのは確定だね」

 

「この暴力革命の裏にはイルミナティが絡んでいるのは間違いなさそうだぜ……プッツ」

 

「派手にやっちゃおうよ!復讐の狼煙は派手な方がいいしね」

 

「フッ……そうだな。派手にやらせてもらおうか!!」

 

ウラベの指が引き金に振れる。

 

「さぁ、命乞いしてみせろ魔法少女!!泣き叫んだ姿のまま引き裂いてやるぜぇ!!」

 

「くそ……!!」

 

絶体絶命の状態であったももこだが……。

 

「アバッ?」

 

突如クドラクの頭部が弾け、ももこは返り血を浴びる。

 

「えっ……?な…何が起きて……?」

 

頭部を失ったクドラクの体がよろめきながら倒れるが、無数の蝙蝠となり空に逃げていく。

 

「助かったの…あたし達?」

 

獲物にクリーンヒットはしたが、これで吸血鬼が倒せるわけではない。

 

ウラベは右肩にライフルを担ぎ、空に逃げていく悪魔に視線を送る。

 

「俺の復讐は……ここから始まるんだ」

 

状況が見えないももこであったが、傷ついた2人を抱えながら十七夜が落ちた穴に向かう。

 

「十七夜さんは……?」

 

「水路まで転がり落ちて……流されていったのかも……」

 

「そ、そんな……吸血鬼に噛まれた十七夜さんは……どうなっちゃうの……?」

 

「……くそっ!!なんであたしは、こんなにも……」

 

――肝心な時に……間に合わないんだよぉ!!

 

ももこの慟哭の叫びが、燃え上る神浜の街に響いていく。

 

自由・平等をもたらす為に暴れ狂う東の暴徒たち。

 

その光景はまさに地獄。

 

そして、それを望んだ魔法少女もまた……悪魔にこう言われることとなった。

 

――悪魔だと。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

……………。

 

…………………。

 

「ん……んん……」

 

意識が気が付いた十七夜。

 

「自分は……どれぐらい気を失っていたのだ……?」

 

彼女の姿は魔法少女化から解け、大東学院制服姿をしている。

 

「なぜ自分は助かって……はっ!?」

 

横を見れば、倒れ込んだイッポンダタラの姿。

 

全身の骨が砕けながらも水路に飛び込み、彼女を助けてくれたようだ。

 

「ダタラ君……助けられてばかりだな。先輩として…しっか……く……?」

 

体に違和感を感じていく。

 

「なんだ……?喉が酷く乾く……自分は何日眠っていたのだ?」

 

上からは暴動の騒音は聞こえてこない。

 

「何日か気を失ってしまったのか……暴動は…神浜の街はどうなったのだ…?」

 

状況を知る為に動く必要がある。

 

傷ついた体を持ち上げ、助けを呼ぶ為に上に登れる場所を探す。

 

「あの梯子を使えば…地上に出られるかも……」

 

梯子を上っていく。

 

マンホールの蓋を開けようとした、その時…。

 

「ぐわぁぁーーーーッッ!!!?」

 

強烈な日の光を顔に浴びた十七夜が悶絶し、梯子から落ちてしまう。

 

地面に倒れ込み、顔を抑えて苦しみ抜く。

 

「ぐっ……うぅぅ……!」

 

顔を抑えた手を見れば、焼け爛れた皮膚が張り付く。

 

「なんで……?ど、どうして……日の光を浴びたら……こんな事に……?」

 

横を見れば、マンホールの隙間が僅かに空いた状態で入り込む日の光。

 

彼女はもう一度手を伸ばすのだが…。

 

「熱っ!!!」

 

右手が日の光に焼かれ、慌てて日の光から遠ざかる。

 

「何が……何が起こったのだ……?自分は……自分は一体……!?」

 

彼女の脳裏に、クドラクの言葉が過る。

 

――さぁ、撃ってみろ!!オレと同じ悪魔めぇ!!

 

彼女が戦っていたのは吸血鬼。

 

そして彼女は、まだ男を知らない清い体。

 

そこから導き出される答えなら、吸血鬼漫画を読んだことがある十七夜でも分かる。

 

「あ……あぁ……あぁぁぁぁ…………」

 

涙を流し、震え抜く体。

 

彼女が生きた日の光の優しい世界に行けない体となってしまった自分自身。

 

「いやだ…いやだぁ……いやだぁぁぁぁーーーーーッッ!!!!」

 

日の光を恐れるかの如く、彼女の体が闇の光を発していく。

 

体が黒く染まるように蠢き、無数の赤い眼光を放つ。

 

体が弾け、無数のコウモリと化した十七夜は下水道の闇の世界へと消えていく。

 

彼女は失ってしまったのだ。

 

日の光の世界を。

 

彼女は失ってしまったのだ。

 

魔法少女としての人生を。

 

彼女は失ってしまったのだ。

 

正義の味方として生きようとした、己の矜持の世界を。

 

今の彼女は……共産主義を掲げる傲慢な悪魔に過ぎなかった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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116話 過ちの繰り返し

11月1日の夕方。

 

聖探偵事務所では所長の丈二と尚紀がテレビに見入っている。

 

今日は瑠偉が休みであり、尚紀は彼女の代わりに事務作業をしていたようだ。

 

神浜市の市長が行う臨時記者会見の放送内容を見ていた2人の顔が…驚愕に包まれる。

 

「バカな……こいつ、何を突然言い出すんだ……!?」

 

尚紀が口を開き、丈二は歯を食いしばる程の怒りを見せた。

 

「何処までも西のクソ野郎共は身勝手過ぎる!!俺たち東の住人は西の奴隷じゃねぇよ!!」

 

席を立ち上がる丈二に対し、尚紀も立ち上がり肩を掴む。

 

「おちつけ!こんな状況普通じゃない…この市長がそう思っていたとして、口に出すか?」

 

「うるせぇ!!それがどうしたっていうんだ!?」

 

「普通の人間なら保身に走り口にしない。それを無理やり語らせる手品が出来る連中がいる」

 

「まさか…この市長を操っているのは…?」

 

「あぁ……恐らく魔法少女の仕業だろう」

 

「魔法少女の仕業…?こんな事を言わせたら、東の連中が何をしでかすか分かってるのか?」

 

「それが狙いだと思う。西と中央の魔法少女にメリットは無い…恐らくは東の魔法少女の仕業だ」

 

「たしか神浜の魔法少女社会は、東西中央に分かれてたんだったな…?何が目的なんだ……」

 

「お前の刑事としての勘を聞いてみたい」

 

「……恐らくは、極左テロリズムだ。東の人々は格差と差別に苦しむ…だから平等を望む」

 

「自由と平等を望む…破壊行為…」

 

それは尚紀が人間社会主義の為に利用してきた共産主義思想の理念。

 

彼は共産主義を用いて東京の魔法少女社会を恐怖政治によって統治してきた。

 

「共産主義を魔法少女は望んでいるのか…前の東の魔法少女リーダーは平等を望む人物だった」

 

「そいつの平等主義を…東の魔法少女共は継ごうとしているのか…」

 

「この国の革マル派か中核派、もしくは欧米のアンティファが絡んでいるとは考えられるか?」

 

「どうだろうな…魔法少女ってのは十代の子供だろ?極左暴力団体に入っているとは思えないが」

 

「どちらにせよ、東の連中の思想は…マルクス、レーニン、トロツキーの革命理論に近いと思う」

 

「前の東の長って言ったな?そいつは東の魔法少女社会の内ゲバで追放でもされたのか?」

 

「そうだ。今は別の街の魔法少女が東の長をやっているが…そいつが自由主義をばら撒くんだ」

 

「自由と平等が合わされば…簡単に暴力革命に繋がるんだよ。前の長はそれを止めないのか?」

 

「たしか和泉十七夜って名前だったと思う。そいつは東を追放されてからの足取りは分からない」

 

「和泉……?もしかして、和泉さん家の長女のことか…?」

 

「知っているのか?」

 

「ご近所さんだ。20年ぶりにこっちに帰ってきた時に、何度か見かけたことがあったんだよ」

 

「彼女が関与しているかは分からないが、俺達は今何をやらなければならないかを考えるべきだ」

 

「…俺は今すぐ東に帰る。体が動かない両親だが……何をしでかすか分からないから止めてくる」

 

「そうした方がいい。俺も身近の人間たちに避難を呼びかけてくる」

 

「大規模なデモ行進程度では済まないだろう……これだけの怒りをばら撒いたんだ」

 

「俺なら怒る民衆をさらに煽る工作をする。そうすれば暴徒化して革命戦力に仕立て上げれる」

 

「不味いな……この街が血の海と化すぞ!お前も早く家に帰って暴徒共に備えておけ!」

 

2人は二階事務所から飛び出し、各々の行動に移っていく。

 

「えっ?えっ?血相変えてどうしたのダーリン???」

 

下のガレージに停車していたクリスに駆け寄り、事態を手短に伝える。

 

「マジで!?ワーオ…そりゃ大変なことになったわねぇ」

 

「ネコマタにスマホで連絡して家の備えをやらせておく。お前は1人で家に帰れるか?」

 

「アタシのマフラーで怪音波流して混乱をばら撒くの。人が乗ってなくても認識出来ないわ」

 

「俺は事務所近くにある中華街の蒼海幇に避難を呼びかけてくる」

 

「これって絶対大事になるわよ。ダーリンも気を付けてね」

 

クリスは発進し、尚紀もスマホで連絡を終えた後に急ぎ街に向かう。

 

中華街に入れば、周囲の人々は慌ただしく店の戸締りを始めていた。

 

「南凪路の門にバリケード用の道具を運んでいるのは…蒼海幇の連中か?」

 

「そうじゃ。尚紀君もあの放送を聞いて、ワシらの為に駆けつけてくれたようじゃな?」

 

声がした方に振り向けば、蒼海幇の長老の姿。

 

長老の元に向かい、お互いに情報を確認し合う。

 

「…ワシも同じ考えじゃ。あのように市長を操れるのは、東の魔法少女共としか思えん」

 

「この備え…やはり東市民が暴徒となることを前提としての用意か?」

 

「無論じゃ。備えあれば憂いなし…孫子の兵法は現代でも通じる」

 

「蒼海幇は、東の市民が暴徒となって押しかけてきたら…どう動く?」

 

「警察が駆け付ければ任せるが…恐らくは数が違い過ぎる。警察は当てには出来ん」

 

「暴動ともなれば、放火等の破壊行為に移るだろう。自分達の身は自分達で守るしかないな…」

 

「心苦しいのぉ…蒼海幇は差別問題に対しては中立として争うべきではないと主張し続けてきた」

 

「だが、市政が差別問題に取り組まなかった以上は…互助組織としても限界があったようだな」

 

「中立は嫌われる。どちらにも与しない以上は…どちらからも責められる立場なのじゃ」

 

「差別される者達の苦しみは…差別される側の者達にしか伝わらないか…」

 

「この街に帰属意識の無い新華僑共は当てには出来ん。ワシらはワシらの街を守る為に動く」

 

「蒼海幇とあんたがいればこの南凪路も心強い。そういえば…美雨の姿が見えないな?」

 

「あの子は魔法少女として中央区に向かったぞ。東西の大事な会合があるのだと言ってのぉ」

 

「恐らくは…その時に何か東の連中に仕掛けられたな。この騒動がその結果だろう」

 

「美雨にも連絡を入れておいた。彼女も蒼海幇を心配しておったが…彼女は西側の魔法少女だ」

 

「西の長である七海やちよに従わされる立場か?集団社会に首輪をつけられたらそうもなるな」

 

「彼女の力を当てに出来ん以上は、ワシらだけでこの街を守り切る。オマエさんはどうする?」

 

「蒼海幇は武闘派連中だから何とか出来るだろうが…他の地域連中はそうはいかないだろう」

 

「君は…他の地域で暴動に巻き込まれた住民たちを助けに向かうというのか?」

 

「そうするしかない。この街全体に暴動の波が押し寄せれば…神浜行政だけで対処など不可能だ」

 

「そうか…分かった。ワシらは南凪路を守るから…君は他の南凪区地域を守って欲しい」

 

「俺はベイエリアに向かう。あそこは観光産業で潤っているから…東に恨まれているだろう」

 

「頼んだぞ…オマエさんは南凪区の英雄じゃ」

 

「……俺は英雄になる資格など無い」

 

踵を返し、南凪区を東のベイエリアに向けて走っていく。

 

「……俺は、ちかにこう言った」

 

――()()()()()()()()

 

――お前のその疑い深さは……人として正しい在り方だ。

 

「疑うことの大切さを伝えたはずなのに……西側の正義の魔法少女達なら大丈夫だと信じた……」

 

この騒乱は、自分の甘さが招いてしまったのだと痛感していく。

 

それでも考える暇も無く、街の至る所から火の手が上がっていく。

 

呪われた神浜の東西差別によって、この街が焼かれてしまう時が来てしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ベイエリアには、ナオミが滞在している豪華ホテルが存在している。

 

市長の放送内容をテレビで見たナオミは既にホテル退去の準備を始めていた。

 

「どこの国でも…格差が極まればこうなるのよ。たとえそれが、魔法少女の扇動であろうと」

 

手荷物は最低限しか持たない彼女は程なくして準備を終え、ホテル窓口でチェックアウトする。

 

ナオミが滞在したホテルとは、美凪ささらの父親が殉職することとなるだろうホテルであった。

 

私物を入れたスーツケースと使い魔を収めた封魔管を入れたアンティーク鞄を車の荷台に収める。

 

「騒動が治まるまで、郊外に拠点を移すしかないわね……」

 

スマホを操作し、郊外のホテルを調べていたのだが…。

 

「…不味いわ、上の方から大騒ぎの声が聞こえてきた。東の市民は既に暴徒化していたみたい」

 

オープンスポーツカーの左運転席に乗り込み、急発進して地下駐車場から出ていくナオミ。

 

程なくして暴徒が集まるホテル入り口付近から火の手が上がるのをサイドミラーで確認した。

 

「タッチの差だったわ…。ここまでの極左テロリズムともなれば、この街は血の海と化す」

 

車を走らせ、神浜市から出ようとしていた時…。

 

「あれは……人修羅かしら?」

 

前方の歩道を走ってきていた人物を見かけ、車を横に停車。

 

「あの車に乗ってるヤツは……ナオミか?」

 

彼も彼女の存在に気が付いたようだ。

 

「ちょっとアナタ、向こうは東の暴徒達が暴れまくってるのよ。何をしに行く気?」

 

「決まってる。暴徒共に傷つけられようとしている住民たちを救助に向かう」

 

「アナタには関係無いのではなくて?」

 

「黙れ。俺は俺のやりたいことをやるだけだ」

 

「美雨が言ってた通り、度し難い程のお人好しね。アナタに何の利益があるというの?」

 

「損得じゃねぇ、俺は納得がしたいだけだ」

 

「納得…ですって?」

 

「俺を助けた恩人は、俺のせいで死んだ。俺はお人好しの彼女の死が無駄ではないと納得したい」

 

「その恩人のお人好しな彼女の意志を継ぎ、彼女がやろうとしてきた生き方を継ごうというの?」

 

「そうしなければ、彼女の死は俺と関わった為に無駄に終わる。だからこそ俺は()()()()()()()

 

「何処までも甘い男ね…。そんな男だからこそ、孤児たちを救うNPO法人活動が出来たのね」

 

「お前には無いのか?誰かに助けて貰い…その人の死が無駄ではなかったと思いたい気持ちが?」

 

ナオミの脳裏に浮かぶのは、孤児の自分の家族となってくれた老師たち。

 

「…あるわ。殺されたその人は、得にもならない孤児の私を助けてくれて…家族になってくれた」

 

「なら、お前もその恩人の死に報いろ。その人の人生が無駄ではなかったとお前が証明するんだ」

 

「老師……」

 

厳しくも優しかった老師の笑顔は、今でも記憶に焼き付いている。

 

「……私に何が出来るの?ビジネスマンの私は…人命救助だなんてやったことがないのよ」

 

「俺はこの騒動の裏側には、東の魔法少女だけしか存在しないとは…考えていない」

 

「確かに…これだけの暴動を突然起こせたんですもの。準備が良すぎるわね」

 

「東の魔法少女共の裏に潜む連中を探ってくれないか?魔法が使えるのは魔法少女だけじゃない」

 

「悪魔かしら…?それも、これだけの暴徒に暴動を広げる品を供給できる程の資産家悪魔が?」

 

「そいつらを見つけ出して始末して欲しい。悪魔と戦うのはデビルサマナーの専門分野だろ?」

 

「フッ……そうね。私の得意分野だわ」

 

「頼んだぞ……俺は向こうに見える燃えているホテルに向かう!」

 

ナオミを置き去りにし、尚紀は急ぎ大火事となったホテルに向かう。

 

「老師…アナタの死は無駄にはしない。だからこそ…虚無となった人生を今でも生きている!」

 

アクセルを踏み込み、オープンスポーツカーを走らせる。

 

極左テロリズム対象区域外まで車を移動させ、再び神浜の街に向かうだろう。

 

そして尚紀は…。

 

「ざまぁみろ!ブルジョア共しか利用出来ない豪華ホテルなんて神浜にはいらねぇ!」

 

「観光客が金を落とすとか言いやがるが…それは豊かな西側と中央地域だけだった!!」

 

「俺たちの東地域は観光紹介からも暴力の街だとレッテルを張られ続けたんだ!!」

 

「神浜の観光地域なんていらない!!落とす利益は全て西側と中央のものだからだぁ!!」

 

暴徒たちが燃え上るホテル前で密集しながら喚き散らす。

 

彼らは皆、東地域に人が流れず閉店していったシャッター街の住民たちであった。

 

「どけよッッ!!!!」

 

怒声が聞こえ、暴徒の後ろにいる1人が後ろを振り向く。

 

「ぐえっ!?」

 

尚紀は跳躍し、振り向いた暴徒の顔を踏みつけながらさらに跳躍。

 

「うわっ!?」

 

「なんだぁ!!?」

 

彼は次々と暴徒たちの肩を使いながら跳躍移動を繰り返し、燃え上る入り口を目指す。

 

「うおおぉぉーーーッッ!!!」

 

両腕を顔に掲げながら炎に飛び込んでいく姿。

 

燃え上るロビーに入った尚紀は跳躍からの着地と同時に地面を転がっていく。

 

炎に優れた耐性がある彼の肉体だが、着ている服はそうはいかない。

 

炎が纏わりついた黒のトレンチコートを転げながら消火し、立ち上がる。

 

「逃げ遅れた人達は何処だ……!」

 

一階をくまなく探し続ける。

 

「これは……なんてこった……」

 

ホテル案内を見つけ、裏口に向かった彼が見た光景とは…すし詰めのように倒れ込んだ人々。

 

ホテル火災では自室に留まるべきだが、パニックとなった人々はそう判断出来ない。

 

狭い裏口に大挙して押し寄せ、脱出が出来ないまま煙に巻かれた人々だった。

 

「スプリンクラーが無いのか……経費削減による利益しか頭にないホテルだったのかよ!」

 

彼は一人一人を担ぎ上げ、裏口から運び出していく…。

 

「くそっ!!ロビーから火の手が直ぐそこまできていやがる……!」

 

彼は悪魔化し、力任せに何人もの人々を同時に担ぎ上げていく。

 

倒れ込んでいた全員を担ぎ出した頃には、消防車のサイレンも近づいてきた。

 

「……後は消防とレスキュー隊員に任せるしかないな」

 

悪魔化を解き、再び燃え上る街へと向かう。

 

「一体どれだけ犠牲になっていくんだ……人間たちは!!」

 

燃え上る神浜の街。

 

その炎は1人の悪魔に義憤の炎を宿らせていく。

 

炎に燃え上る神浜の長い夜は…始まったばかりであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

燃え上る街から離れている北養区。

 

東の暴徒たちが水名区を目指すルートとしては選ばなかった地域。

 

尚紀の住まいでは、屋根に上ったネコマタとケットシーが燃え上る赤い夜空を見つめている。

 

「不味いニャ……尚紀が言ってた通り、神浜で暴動が起こっているようだニャ」

 

「そうみたいね……」

 

「オイラ達……本当にニャルソックしているだけでいいのかニャ?」

 

「……尚紀からはそう言われているわ」

 

「…燃えている街の住民達が心配だニャ」

 

「何を考えているの?まさか……」

 

「オイラ……尚紀に謝るしかないニャ」

 

ケットシーは悪魔化し、屋根の上から飛び降りる。

 

「ちょっと!今の街に向かって何をする気なのよ!」

 

「オイラみたいに…取り残されてしまった子供たちを救いたいニャ」

 

「ケットシー…」

 

「親が死んじゃうのは悲しいニャ。それだけは…ママを亡くしたオイラは知ってるから…」

 

「この騒動には東の魔法少女が関与していると尚紀が言ってた。そして魔法少女は悪魔が見える」

 

「街中で東の魔法少女と出くわしちゃったら…戦うしかないニャ。オイラ、この暴動を止めたい」

 

「悪魔としての力を取り戻せたけど…魔法が使える相手と戦闘経験なんて貴方には無いでしょ?」

 

「うん……そうなると凄く怖いけど、それでもオイラは逃げないニャ」

 

「貴方って子は……まったく、知的な判断が出来ない単細胞なんだから」

 

ネコマタも悪魔化し、屋根の上から飛び降りてケットシーの隣に立つ。

 

「私も戦闘経験なんて無いけれど、知略はあるわ。取り戻した悪魔の魔法もあるし」

 

「ついて来てくれるのかニャ?尚紀に怒られるニャ」

 

「仲魔の私たちにまで自分の生き方を押し付けない尚紀だけど…本当はこうして欲しいはずよ」

 

「オイラもそう思うニャ。尚紀とも付き合いがもう長いし」

 

「そうと決まればグズグズしてられないわね。行くわよ、ケットシー」

 

「クリス!オイラ達は街の住民を守護りに行くから!ニャルソックの代わりをお願いだニャ!」

 

<<勝手に行きなさいよ!ジェノサイドなら手伝うけど、アタシは人助けとか車だし無理!>>

 

ガレージに戻ってきたクリスが大声を上げながら二体の悪魔を見送る。

 

木々や建物を跳躍しながら移動し、北養区の下にある参京区を目指した。

 

……………。

 

燃え上る参京区。

 

この地区には洗練された緑溢れる都市型集合住宅も多く、地域から羨望の眼差しを向けられる。

 

その為、金持ちの道楽住まいとして東の暴徒たちからも憎まれ、放火を繰り返されていく。

 

「パパーッ!!ママーッ!!しっかりしてよーッッ!!」

 

集合住宅は一階部分から燃やされ、既に上階は煙に巻かれていく。

 

住民たちが一斉に階段に殺到した為にすし詰めとなり、煙に巻かれた人々が倒れ込む。

 

既に下層部分の屋根に燃え移った炎も上階にまで迫ろうとしていた。

 

<<ニャ―!!こいつはとんでもない大火事だニャ!!>>

 

<<ゲホッゲホッ!!猫も煙を吸い込めば脳に酸素が行かなくなるのよ!>>

 

<<猫は9つの命を持つとか言うけど、オイラ達には一つしかないニャー!!>>

 

<<あんたが言い出した人命救助でしょ!気合を見せなさいよ!!>>

 

倒れた両親を心配して泣いている子供には、ケットシーたちの姿も声も認識出来ない。

 

神や悪魔の姿を認識出来る人類は、デビルサマナーか魔法少女のみ。

 

「そら!行くわよ!!」

 

「ニャニャニャ―ッッ!!」

 

倒れた人達を担ぎ上げ、集合住宅の共用廊下を下に向けて飛び降りる行為を繰り返す。

 

「おい……なんだよアレ?」

 

暴徒の1人が開けた場所に着地したネコマタとケットシーを見つけるが、認識出来ない。

 

「人が……浮いてる?」

 

彼らに見えているのは、猫悪魔たちが担いだ人間の姿のみ。

 

「煙に巻かれて飛び降りたのか?でも…どうして宙に浮いて…」

 

「そんなことどうでもいい!ここらも派手にやったし、俺達も水名区を目指して移動するぞ!」

 

集合住宅に火をつけた暴徒たちの姿が消えていくが、悪魔たちの人命救助は終わらない。

 

「まだ上の階にも逃げ遅れている人達がいるかもしれないニャ!」

 

「扉をこじ開けてでも中を確認して回るしかないわね…」

 

上階の扉を強引に開け、中で倒れこんだり助けを求める人達を強引に担いで飛び降りを繰り返す。

 

ケットシーは最上階の通路を走り、扉を開けて中に入る。

 

「ここの人達は無事に逃げれたのかニャ?…誰もいないニャ」

 

そう信じるしかないと判断し、リビングから出ようとするのだが…。

 

「ニャ?屋上でなんか…ドタバタしている騒音が………?」

 

次の瞬間、屋上の地面を突き破ってケットシーのいるリビングにまで倒れ込んできた人物の姿。

 

「ニャニャ―!!?この天井を突き破ってきた子…怪我塗れだけど、誰かに襲われたのかニャ?」

 

不意に屋上に何人かの魔力を感じ取り、ビビったケットシーは猫の姿に戻って隠れる。

 

上の穴から飛び降りてきたのは、東の魔法少女たち。

 

「無敵化の固有魔法が使えるなんてね…でも、直ぐに効果が切れるんじゃそこまで脅威じゃない」

 

「それに、お前の仲間と分断して個別撃破を狙えば対処出来たよ」

 

傷だらけの姿で倒れているのは、参京区を守る為に東の魔法少女と戦っていたあやめ。

 

「くっ…うぅ…このは…葉月…」

 

「よくも東の仲間達を殺してくれたわね!この人殺し!!」

 

「お前たちだけは許さない!!お前も殺してやる!!」

 

「何が…許さないだよ…!自分たちはダメで、人間ならいくらでも殺していいわけ…!?」

 

「そうよ!私たち魔法少女は絶対者!!人間は私たちに管理される家畜となるのよ!!」

 

「全ては魔法少女至上主義による、新しい社会を築くために!!」

 

「アンタたちの理屈…狂ってるよ!だからあちし達も…アンタ達になんて容赦してやらない…!」

 

「トドメを刺されそうな貴女が容赦しない?アッハハハ!聞いた?この子立場が分かってないよ」

 

「その口の減らない態度…二度と出来ないようにしてやらないとねぇ!」

 

東の魔法少女たちは魔法武器を構える。

 

死を覚悟したあやめ。

 

そんな状況を利用して東の魔法少女たちの背後に回り込んだ、猫姿のケットシー。

 

<<抜けば玉散る氷の刃…>>

 

悪魔化したケットシーは、攻撃力を上げる補助魔法である『タルカジャ』をかけていく。

 

「えっ?何よ、この子供の声!?」

 

<<研ぎすまされた妖刀!真・ネコマサの威力を見るニャー!!>>

 

声が聞こえた後ろに振り向けば、ネコマサの唐竹割りの一撃が迫りくる。

 

「ぎゃあ!!?」

 

「ぐえっ!!?」

 

唐竹割りの一撃が脳天にヒットし、2人は倒れ込む。

 

「もちろん、真・ネコマサも模造刀だニャ。オイラ本物の剣とか怖くて振り回せないニャ」

 

どうやら峰打ちによって、命までは奪わなかったようだ。

 

「ヌッハッハ!見たか悪魔の実力……なんて言ってる場合じゃなさそうだニャ」

 

あやめの横に近寄り、悪魔の回復魔法である『メディア』をかけてやる。

 

「えっ……?あちし、何が見えてるの…?」

 

「気が付いたかニャ?魔法少女のお姉ちゃん」

 

傷が癒え、霞んだ目が治ったあやめは両目を見開く。

 

そこにいるのは、人の様に立ち上がっている大きな帽子を被った猫悪魔の姿。

 

「うわ~~!!カワイイ!!!」

 

興奮したあやめに抱き着かれるケットシー。

 

「えっ?えっ?喋れるの!?大きな猫のヌイグルミじゃないよね!」

 

「悪魔を見るのは、初めてかニャ?」

 

「悪魔……?」

 

「オイラはケットシー。それに……」

 

玄関が開く音が聞こえ、視線を向ければネコマタの姿。

 

「大きな音がしたから駆け付けたけど…転がった子とその子は魔法少女?」

 

「こっちがネコマタ。オイラと同じ悪魔で、知的な猫のようだニャ」

 

「ようだじゃなくて、知的なの!」

 

「悪魔なんていたんだ…そんな存在がいるなんて、あちしはキュウベぇから聞かされなかったよ」

 

「あちし…?妙な一人称を使う子が尚紀のNPO法人でボランティアをしてると彼から聞いたけど」

 

「えっ!?尚紀お兄ちゃんの事を知ってるの!」

 

「知ってるも何も、オイラ達は尚紀の仲魔であり飼い猫だニャ」

 

「そうだったんだね……えっ?でも、それじゃあ…尚紀お兄ちゃんも……?」

 

「そ、それは……」

 

返答に困っていた時、近づいてくる魔力を感じ取り上の穴を見上げる。

 

「あやめ!!」

 

上から飛び降りてきたのは、脅威を退けて駆けつけてきた姉の2人。

 

「このは!葉月!!」

 

「な……何よ、こいつらは!?」

 

「待って…情報量が多過ぎるわ…。転がっているのは東の魔法少女で…目の前にいるのは?」

 

「え、えっとね……この猫ちゃん達はね、あちしを助けてくれた悪魔なの」

 

「……状況がまるで見えないわ」

 

「そ、そうだね…。取り合えず、外に出て話が出来る場所に移動しようよ」

 

「オイラ達……人命救助があって忙しいニャ」

 

「人間を助けてくれているの?悪魔が……?」

 

「悪魔の生き方は自由なの。それが私たち悪魔界隈の絶対的な掟…口を挟まれる謂れはないわ」

 

「別に文句があるわけじゃないの。私たちは戦闘で手が回らなかったから、大いに助かるわ」

 

「ねぇねぇ!この子たちは尚紀お兄ちゃんの飼い猫で…あちし達の事も聞いてたんだよ!」

 

「尚紀さんの身内だったのね…。人命救助をしてくれるなら、彼の意志を汲み取っている証拠よ」

 

「尚紀さんは、親を亡くした孤児達の味方だからね。尚紀さんの身内だと分かって安心したよ」

 

「ネコマタ……どうするニャ?」

 

「長い質問には答えられないわ。お互いにやることが多いでしょ?」

 

「そうね…取り合えず、この場から移動しましょう」

 

このは達姉妹についていくかのように跳躍する猫悪魔たち。

 

集合住宅前にもようやく消防車のサイレンが近づき、この場は任せることとなる。

 

人気のない場所で手短に悪魔について姉妹に説明をしていたのだが…。

 

「不味いわ…向こうから大勢の魔法少女たちの魔力が近づいて来たわね」

 

「東の魔法少女たちかしら?」

 

「アタシ達が迎え討つ。悪魔のアナタ達まで巻き込まないから安心して」

 

「あやめ姉ちゃん、死ぬんじゃないニャ。死んだらきっと尚紀が悲しむニャ」

 

「うん…大丈夫!あちし達は負けない……()()()()()()()()()()連中なんかに!!」

 

このは達が走り出し、敵を迎え討ちに行く。

 

「人間社会を蔑ろにする者に対する怒りの感情…あの子達も尚紀と同じく社会主義者ね」

 

「どうりで尚紀が気に入っている魔法少女だと思ったニャ」

 

「行きましょう、ケットシー。私たちは人命救助だけに専念するわよ」

 

「了解だニャーッ!!」

 

二匹の悪魔たちも走り出し、助けを求める人間たちの為に動く。

 

燃え上る神浜の街の夜は更けていく。

 

尚紀もまた仲魔たちと同じく、必死になって人命救助に向かっていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜の街に戻ってきたナオミは尚紀の頼みに従い、暴徒たちの裏側に潜む存在を探る。

 

暴徒たちが集まっている中、彼らに見つからないよう路地裏の角に隠れて視線を向けた。

 

「連中に銃の扱い方を教えている奴らは…」

 

民間人の服を纏い、頭部を隠す長身の男たち。

 

「間違いないわ……連中は便衣兵よ」

 

1人の便衣兵に指令が届いたのか、民衆から離れてハンディ無線機を使う。

 

「撤退の指示が出た。全員撤収準備」

 

便衣兵たちが民衆から離れるようにして路地裏を通っていく。

 

最後に並んでいた男が突然何者かに襲われ、開いていた雑居ビルの中に引きずり込まれた。

 

「貴方たちがこの極左テロを扇動している便衣兵ね?」

 

I don't know! Who the hell are you?(知らない!お前は誰だ!?)

 

「…流暢な英語ね?」

 

ナオミが彼の覆面を剥ぎ取る。

 

どうやら彼は白人男性のようだ。

 

Are you an American soldier?(もしかして米軍兵?)

 

ナオミも英語を使い、尋問を始める。

 

Do you really think I'm going to answer that?(答えるとでも思っているのか?)

 

If you don't answer, use another method.(答えないなら別の方法を使うわ)

 

左腰に吊るした封魔管の一つを手に取り、悪魔を召喚。

 

ただの人間にはその姿が見えないのか、彼女が何をやっているのか判断出来ない。

 

<<……手短ニ頼ムゾ>>

 

「イヌガミ、こいつの心を読みなさい」

 

【犬神】

 

人に憑依し害を為すとされる犬の霊。

 

四国を中心に九州、中国地方等で伝承される。

 

憑依された者は狂犬病に罹ったかの如く奇怪行動をとったり病に臥せったりして死に至る。

 

ある種の蠱毒(呪殺の技法)との説が有力である。

 

餓死しかけた犬の首には強い怨念が宿り、その首を呪物として犬の霊を行使したようだ。

 

はみ出し者や突然裕福になった家の者達をやっかみも込めて犬神を行使する犬神筋という。

 

金持ちの犬神筋は地域の人々から差別対象とされ、忌み嫌う事もあったという。

 

「ガルル…マタカ。偶ニハ人ヲ襲イタイノダガ」

 

「いいからやりなさい。お前は読心術を使う時ぐらいしか用事もないし」

 

「ヤレヤレ、悪魔使イガ荒イナ」

 

米軍兵だと思われる人物は、彼女が独り言を喋っているようにしか見えない。

 

彼女は悪魔に読心術を行使させ、情報を抜き取った後で急所に当身を入れ昏倒させた。

 

「やはりこの暴動の裏側には、東の魔法少女だけでなく米軍も絡んでいた……」

 

栄区近くの道を走り、情報で知り得た移動指揮車両の潜伏先を目指す。

 

「でも何故東の暴徒に冷戦時代の東の武器を渡したの?極左暴力団体の仕業と見せかけるため?」

 

この裏側には、米軍を操れる程の巨大欧米資本が絡んでいるのだと彼女は察する。

 

「こんな真似が出来るのは…イルミナティだけよ」

 

不意に彼女は強力な悪魔の気配を感じ取る。

 

「これは……悪魔の異界結界?」

 

それは、静香たちを飲み込んだ悪魔結界であった。

 

「まったく……イルミナティが絡むと、悪魔まで出てくるのも頷けるわね」

 

彼女もまた、イルミナティに雇われたことがあるデビルサマナー。

 

「いいわ……その悪魔から吐かせてあげる」

 

――イルミナティと、ルシフェリアンである彼らが崇める大魔王ルシファーの目的をね。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

時刻は既に日付が変わろうとしている深夜。

 

パトカーや消防のサイレンが鳴り止む事はなく、既に県内だけでなく県外からも応援が来る。

 

騒然とした市内、避難所に避難した西側の民衆たちは恐怖の夜を過ごす。

 

だが、避難所に迎えなかった為に犠牲となった市民は数知れない。

 

「ハァ…ハァ……次から次へとキリがない……」

 

人命救助を繰り返す尚紀。

 

顔は煤で汚れ、黒のトレンチコートも炎によって焼かれた為に脱ぎ捨てる。

 

黒のベスト姿のまま街を走り続け、火の手を見かけたら駆け付ける行為を繰り返す。

 

彼は人命救助を繰り返す中、多くの人間たちの死を目撃していった。

 

酸素吸入が間に合わずに死ぬ者や、酷い火傷によって命を落とす者。

 

路上では暴徒に襲われて亡くなった者たちの遺体、親が死んで泣き叫ぶ子供達の姿。

 

――疑うのは、その人物を知る行為。

 

――信じるとは、崇高で聞こえの良い概念だと考えるだろうが、他人を知る事の放棄。

 

――無関心だ。

 

青葉ちかに語った己の言葉が、繰り返し頭の中に浮かんでいく。

 

「俺は……また()()()()()()()()()()()()……?」

 

――魔法を使って人間社会に害を与えるなら、俺がお前を殺してやる。

 

――わ、分かった!もう魔法を悪いことには使わないから許して!!

 

――こんなの……糞食らえ!!

 

――やめろぉ────ッッ!!!!

 

――アハハハハハ!!!魔法少女と関わるからそうなるんだよぉ!!

 

忌まわしき己の過ちによって1人の少女は魔法少女に殺され、残された家族は絶望した。

 

あの時彼は、魔法少女を根拠も無く信じてしまった。

 

月日は流れ、この神浜に流れてから正義の魔法少女と触れ合ううちに…もう一度信じてしまった。

 

「西と中央の魔法少女をもっと調べるべきだった…あんな役に立たない連中を信じたばかりに…」

 

その結果が……この地獄の光景。

 

<<誰か助けてーーーーッッ!!!!>>

 

悲鳴が聞こえ、考えることを止めた彼は現場に駆け付ける。

 

見れば燃え盛る家の前で膝が崩れ、泣き崩れた両親たち。

 

「何があった!!」

 

「子供が……娘が大切な品を家に忘れたから取りに戻ると言って……」

 

「放火は観光施設に向けて行われているから…民家にまで燃え広がらないだろうと…」

 

「私たちは止めたんですが…娘は避難所を出ていってしまったんです!!」

 

「我々も心配になって帰ってきてみたら……こんな光景になってしまった!!」

 

今日は風も強く、炎が風で流されているようだ。

 

「どうして……どうしてどいつもこいつも……」

 

――()()()()()()()()()で……信じるという過ちを繰り返すんだぁ!!

 

その叫びは、自分をも含めている。

 

彼は業火が噴き出す民家の入り口に入り込む。

 

「何処だぁ!!生きてたら返事をしやがれぇ!!!」

 

返事は返ってこない。

 

闇雲に家の内部を探し回っていた時…。

 

「こ、この魔力は……こんな時にかよ!」

 

彼は振り返り、大火事の家の中に侵入してきた悪魔に視線を向ける。

 

「ハァ…ハァ…あ……貴方は……」

 

現れた人物とは、彼のマガタマを狙うペレネルの造魔であるタルト。

 

「また俺のマガタマを狙いに来たのか……いや、お前のその酷い傷は…?」

 

彼女の全身は酷い火傷だらけであり、人間ならば死んでいてもおかしくない程だ。

 

明らかに今負った火傷ではなかった。

 

「私は……ここの家主の娘が取り残されていると聞き、救出に来ただけです」

 

「悪魔のお前が……人命救助だと?」

 

「同じ悪魔である貴方に言われたくは……くっ……うぅ……」

 

片膝をつき、息を切らせる。

 

彼女は炎に優れた耐性を持つ悪魔ではなかった為、限界を迎えようとしていた。

 

「お前……そんな体のまま人命救助を繰り返したのか?なぜ回復魔法で傷を癒さない?」

 

「限りある魔力は、命の危機に晒された人々の為に使うべきだと……判断しました」

 

「感情の無い造魔のくせに……そこまでして人々の為に尽くせるのかよ……」

 

「私はジャンヌ・ダルクです…。これが…かつてタルトと呼ばれた者の在り方だと信じます」

 

「フッ……まったく、造魔にしておくのは勿体ないヤツだ。手分けして探すぞ!」

 

2人は手分けして探す為に動く。

 

「くそ!!無駄に広い金持ちの家は嫌になる!!」

 

彼は二階を探していたのだが、天井から聞こえる音に気が付いた。

 

「このきしみの音……屋根が保ちそうにないか…」

 

<<こちらです!!見つけました!!>>

 

彼女の声の元に向かえば、一階の物置で倒れていた少女を見つける。

 

「良かった……ギリギリ間に合いましたね」

 

タルトは回復魔法をかけ、何とか彼女の呼吸を取り戻せたようだ。

 

「回復魔法が使えない俺は…人命救助を繰り返しても大勢を助けられなかった。感謝する」

 

「その話は後にしましょう。早くこの子を連れて外に……」

 

「俺がその子を抱える。お前は先導しろ」

 

彼が少女を背中におぶり、ふらつきながらも炎の中を先導するタルト。

 

玄関まであと少しの通路を進んでいた時…。

 

「なんだ!?」

 

「天井が…!!」

 

ついに天井が保てなくなり、二階部分を含めた瓦礫が一気に2人に降り注ぐ。

 

「チッ!!」

 

悪魔化した彼は背負う彼女から両手を離し、天井を支える構え。

 

「くっ……!!」

 

尚紀が天井を抑え込み、玄関まで続く通路の天井が僅かに残る。

 

「俺が支える!!この子を早く……!!」

 

「で、ですが……!!」

 

「任せろ!!俺はこの程度では死なない!!」

 

「人修羅……これが、貴方の生き方なのですね…心得ました!」

 

背中から落ちた少女を抱え、タルトは玄関まで力を振り絞りながら走る。

 

彼女が玄関から飛び出した時、ついに玄関までの天井まで崩れてしまった。

 

「あぁ…!!よかった……無事でいてくれて!」

 

「すまない……全身火傷を負った君にまで救出に向かわせてしまって!」

 

喜ぶ両親に抱えた娘を託し、タルトは崩れた家に視線を向ける。

 

<聞こえるか…ジャンヌ?>

 

悪魔の念話が聞こえ、念話で彼女も返す。

 

<ご無事なのですか?>

 

<瓦礫を一気に弾き飛ばす。お前の近くにいるだろう人間たちを守ってやってくれ>

 

彼の意志に応えるかのように、彼女は焼け爛れた右手にクロヴィスの剣を出現させる。

 

<<おおおぉぉーーーーッッ!!!!>>

 

悪魔の剛力が、瓦礫の山を一気に弾き飛ばす。

 

「何だ!?」

 

「ひぃ!!」

 

両親は娘を庇う。

 

鈍化した世界、タルトは迫りくる瓦礫に対して次々と斬撃を振るっていく。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

切断された瓦礫が後ろの人々を超えていき、散乱していった。

 

「…………?」

 

両親が目を開き、周囲の状況を確認する頃にはタルトの姿も尚紀の姿も見えなかった。

 

……………。

 

2人は路地裏まで移動し、人間たちに悪魔の姿を見られないようにしている。

 

「ハァ…ハァ……うっ……」

 

ついに限界を迎えたタルトが倒れ込む。

 

「おい!しっかりしろよ!!」

 

彼女の上半身を右手で抱き起し、朦朧とした意識の彼女に声をかけ続けた。

 

「私……本物のタルトになりたいんです……」

 

「かつてタルトと呼ばれたジャンヌ・ダルクは……魔法少女だったんだろ?」

 

「知っていたのですか…?」

 

「ペレネルの元夫であるニコラスから聞いた。そして…歴史においても末路は知ってる」

 

致命的な全身火傷を負った今の彼女の姿は、まさに歴史を再現したかのように痛々しい。

 

「マスターが…造魔の私に求めるのは…タルトにもう一度普通の人生を与えること…」

 

「だからお前は…ペレネルの為に本物のジャンヌ・ダルクになろうとして…」

 

「どうでしたか…?私の選んだ生き方は……ジャンヌ・ダルクでしたか……?」

 

「会ったことがないから判断出来ないが……お前の生き様を語らせてくれるなら…」

 

――間違いなく、民衆を守る気高い英雄の姿だったぜ。

 

その言葉が聞けたタルトは、口元が僅かに微笑んだ。

 

「…認めてやるよ。お前は()()()()()()()()()()()()()()だってな」

 

左手を翳し、出現させた回復アイテムとは『宝玉』

 

「口を開けろ」

 

「えっ…?」

 

左手に握る宝玉を砕き、小さな欠片にして彼女の口の中に流し込む。

 

「ん……ん……」

 

彼女の全身が回復の光を放ち、全身火傷の傷が癒えていく。

 

宝玉とは、悪魔の体力を完全に回復する高級な回復道具だった。

 

「俺は……お前達のことを、誤解していたようだ」

 

彼の優しさが伝わったのか、タルトは自然と笑顔になっていく。

 

「……造魔でも、笑えるじゃねぇか」

 

「人修羅……後は……お願いします…」

 

「………尚紀でいい」

 

「ナオキ……フフ、素敵な名前ですね…」

 

「お前は造魔なんかで終わる存在じゃない」

 

――魔法少女として生きた、かつてのタルトそのものになれるさ。

 

その言葉が聞けて嬉しかったのか、彼女は両目を閉じていき眠りについた。

 

「……すまない。お前の体を焼いてしまったのは…俺の甘さのせいだ」

 

彼女を地面に寝かせ、彼は再び騒乱が続く街へと向かう。

 

「俺は…西と中央の魔法少女たちが、本物の人間の守護者なのかを見届けると言った」

 

彼女たちがこの惨劇を重く受け止め、革命魔法少女たちを極刑に出来るのならば何も言わない。

 

だが、温情を与えるかの如く…彼女たちを許してしまうのならば…。

 

犠牲になっていった被害者たちを見届けてきた彼は…怒り狂う。

 

その答えは…時期に出るだろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

時刻は日付が変わる深夜。

 

大攻勢を仕掛けた東の革命魔法少女たちであったが…形勢が逆転。

 

「南津さん、青葉さん、それに時女のみんな。協力に感謝するわ」

 

「ああ、まったくだ。神浜の魔法少女社会の長として…礼を言わせてくれ」

 

西の長のやちよと中央の長のみやこは合流し、時女一族も彼女たちに加わったようだ。

 

「礼ならいい。あたしらは日の本の為に戦う魔法少女一族さ」

 

「神浜の街とて日の本の街…それを破壊する者たちを、時女は決して許しません」

 

「日の本の為に戦う魔法少女一族…そんな一族がいたなんてね」

 

「なんにせよ心強い!さぁ…一気に反撃を開始するぞ!」

 

「私たちは革命魔法少女たちを殺してはならないと厳命されてますので、安心して下さい」

 

「あんた達には、捕らえた魔法少女たちの戦後処理もある。ここは時女が前に出るよ!」

 

涼子とちかが率いる時女一族が攻勢を仕掛ける。

 

西と中央、そして東から離反した魔法少女と時女一族が合流を果たし、革命魔法少女を押し返す。

 

「こ…この余所者連中……強い!!」

 

時女一族は魔法少女であると同時にヤタガラスの戦闘員。

 

戦闘技術に秀でた彼女たちによって、次々と革命魔法少女たちは拘束され無力化されていく。

 

支援に回っていた神楽燦だが、前方から迫りくる魔法少女連合の奮戦を見て大きな溜息。

 

「…コマンドポストとは、まだ連絡が繋がらないの?」

 

「はい……後方支援部隊も前線に迎えという指令を最後に……通信が途絶えました」

 

「…どうやら、私たちは見捨てられたようね」

 

「えっ……?」

 

踵を返し、燦は去っていく。

 

「ど、何処に行くのよ!!?」

 

「この魔法少女革命は茶番劇だったみたい。私はミユを連れて宝崎市に帰り、再起を図るわ」

 

「裏切る気なの!!」

 

「今日あったばかりの魔法少女に、仲間意識なんてないから。……さようなら」

 

跳躍し、彼女は予め決めておいたミユリとの合流地点を目指す。

 

「ま、待って!!置いていかないでよぉ!!!」

 

ルミエール・ソサエティのメンバーたちの士気が乱れ、一気に押し切られていく。

 

「……勝敗は、決したようですね」

 

右翼陣営を任されていた常盤ななかは、慌てふためき降参しだす革命魔法少女を見て溜息をつく。

 

「所詮は烏合の衆……頼りにしていた当てが無くなれば、我が身可愛さが出るカ」

 

「何処までも……自由という名の自分勝手な魔法少女たちだったからね」

 

「暴力革命を目指す連中なんて……内ゲバで滅びるのは常だと思います」

 

「これだけの魔法少女たちを裁く裁判劇……。見届けさせて貰いますよ、西と中央の長」

 

赤く燃え上る空をななかは見上げる。

 

空には警視庁から派遣されてきた特殊急襲部隊SATのヘリが飛び交う。

 

地上からも特殊急襲部隊SATを乗せた車列が水名区に向けて進んでいく。

 

自衛隊の特殊作戦群は、国民感情の配慮から出動を見送られたようだ。

 

「尚紀さん……私は貴方が私に伝えてくれた、社会全体主義を信じます」

 

雌雄は決したと判断したななかは踵を返し、戦場から離れていく。

 

「ななか……西や中央の子から人殺しだと嫌われてるから、みんなと一緒にいるのが辛いんだね」

 

「ま、待ってください!ななかさんを独りになんてさせませんよ!」

 

あきらとかこは彼女を追いかけ、残されたのは美雨のみ。

 

「ワタシは……間違てないネ。人を殺したら……もう二度と平穏には暮らせないヨ」

 

胸に手を当て、もう1人の自分の感情に目を向ける。

 

己の内なる心が呟くのは……社会安全保障の為に悪人共を皆殺しにしろと叫ぶ声。

 

神浜の惨劇は、もう時期終わる。

 

そして新たに始まるだろう。

 

革命がもたらした炎とは違う……新たなる怒りの炎が。

 




読んで頂き、有難うございます。


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117話 ラ・マルセイエーズ

日付も変わり、深夜の時間は過ぎていく。

 

ここは新西区の外れに用意した神楽燦と遊狩ミユリの合流地点のようだ。

 

神楽はスマホで何度もミユリに連絡を行おうとしているのだが連絡が通じず焦ってしまう。

 

「どうして!?なんで繋がらないの…あの子は私の電話は直ぐに通話してくれるのに!」

 

嫌な予感が募り、冷静な彼女も焦りを隠せない。

 

「まさか……そ、そんなことないわよね?あの子が殺されるだなんて…」

 

狂暴化したミユリの力を知っている彼女だが、それでもそれ以外に考えられなくなっていく。

 

みすぼらしい街灯に照らされ、独り佇む彼女の体は震えていた。

 

「えっ……ミユリ?」

 

魔力を感じ取り、開けた路地裏に入れる通路に視線を向ける。

 

近づいてくる足音が響いてくる。

 

美しい黒髪の長髪と漆黒の外套を靡かせる人物が歩み寄ってくるのだ。

 

「ミユリの魔力じゃない……それに、この魔力は…魔法少女でもない!?」

 

暗闇の中から現れたのはリズ・ホークウッドの姿だった。

 

「他の補給地点と区別するように赤いサインをつけていた。どうやら逃走ルートだったようね」

 

右手に持つのはミユリが使っていた地図。

 

それを見た神楽の顔が真っ青になっていく。

 

ミユリの地図を彼女の前に投げ捨て、腰から二本のダガーを抜く。

 

「これだけの惨事を引き起こしておいて、都合が悪くなれば逃げるの?」

 

「貴女……これを何処で!?」

 

「補給任務を行っていた魔法少女から奪い取ったわ」

 

「ミユを……ミユをどうしたのよ!?」

 

「あの狂人魔法少女?もちろん…殺したわ」

 

その言葉を聞いた神楽の顔が憤怒によって歪んでいく。

 

「貴様……よくも…よくも私の大切な仲間を!!!」

 

「貴女が誰かを大切に思う気持ちは、貴女達が犠牲にしてきた人々も同じように持っていた」

 

二本のダガーを構え、殺意を向けながらこう告げる。

 

「人々の大切な人を理不尽に殺しておきながら、自分はダメ?腐った()()()()()()()()()女め」

 

「黙りなさいッッ!!!!」

 

上半身を下げ、背中に背負うガトリング砲の銃口をリズに向ける。

 

「死ねぇぇーーーーッッ!!!!」

 

猛火が噴きあがる前にリズは足元の影に入り込み回避行動を行い姿を隠す。

 

「何処ッッ!!?」

 

今は深夜であり街の明かりによって無数の影が生まれている。

 

地の利は完全にリズ側にあった。

 

「くっ!!?」

 

ガトリング砲の銃身に巻き付いたのは影の鞭であり動きを拘束してくる。

 

「物騒な武器だけど…随分と年代物の機関銃を扱う女ね」

 

現れたリズが武器を奪い取ろうと力を込めるが相手は思った以上のパワーファイターだ。

 

「うあぁぁーーッッ!!!」

 

怒り狂った神楽は魔力を振り絞り、力任せに上半身を跳ね上げる。

 

「チッ!」

 

鞭ごと宙に浮かされたリズだが武器から手を離し、壁に叩きつけられる前に壁に着地する。

 

「あぁぁぁーーーッッ!!!」

 

神楽が魔力で生み出したのは両腕そのものをガトリング砲に作り替えたかのような機関銃。

 

両腕のガトリング砲の銃身が回転し薬莢が大量にばら撒かれ、壁走りを繰り返すリズを猛撃。

 

「機関銃を並べたところで、私が相手では無駄よ!」

 

リズは壁から跳躍を行う。

 

鈍化した世界。

 

美しく空を舞うリズが生み出した影の武器は弓であった。

 

空中から放つ弓矢の速射が神楽に向けて襲い掛かる。

 

「ぐっ!!」

 

重たい武器を扱う為に鈍重な彼女は回避が間に合わずに何本か矢が体に刺さった。

 

「どうして私の固有魔法が貫かれるの!?私の絶対防衛は物理攻撃を無効化出来るのに!?」

 

「私の元となった悪魔の力よ。あの女神は全ての神の守りを貫く力を授かっていたわ」

 

神だの悪魔だのと言ってくるが神楽は理解することさえ出来ない。

 

彼女は魔法少女として魔獣と戦ってきただけの者であり悪魔の存在など知らないのだ。

 

それ以外にも傭兵のような知識を持つリズは神楽の武器の運用方法を指摘してくる。

 

「機関銃の運用は航空支援や陣地を形成して敵を猛火で押し留める為に使うものよ」

 

伝説の傭兵の現身に武器の運用方法が間違っていると指摘された神楽は怒りがこみ上げてくる。

 

「最後ぐらい潔く散るべきよ」

 

唇を噛み締める神楽だが距離を一気に詰めれる移動が出来るリズにはガトリング砲は通じない。

 

「白兵戦しか…なさそうね…」

 

背負うガトリング砲を捨てた彼女が魔力で生み出した近接武器とは二刀流の銃剣である。

 

「フッ…いい覚悟よ」

 

リズは二本ダガーを逆手に持ちながら構えてくる。

 

「ミユの死を……お前の死で償わせてやる!!」

 

「その言葉……人々を理不尽に犠牲にした貴女達自身に返ると知りなさい!」

 

神楽が駆け寄り、二刀流の銃剣を用いて斬りつけにかかる。

 

リズは踏み込み、相手の右袈裟斬りを右のダガーで払い込み相手を後方に流す。

 

「がっ!!」

 

すれ違い時に逆手に持つ左のダガーで神楽の右脇腹を切り裂いていた。

 

「うあぁぁーーッッ!!」

 

痛みを麻痺させ、左武器の右薙ぎ。

 

右腕で右薙ぎを受け止め、伸びた左腕の関節に右腕を添えて重心を崩し、背後に回り込む。

 

「ぐっ!!」

 

左肘打ちが後頭部に決まり、神楽は倒れ込んだ。

 

「くっ……うぅ……」

 

起き上がろうとする彼女の周囲を歩くリズ。

 

冷酷な悪魔の目には、慈悲などなかった。

 

「ミユ……ごめんね…。私が…もう一度火祭りをしたいだなんて…言い出さなければ…」

 

「今更後悔しても遅いわ。貴女たちが理不尽に奪った人々の命は…返ってこないのよ」

 

「……そうね。魔法少女至上主義を掲げた者として……行く道を行くしかないわ…」

 

「来なさい。トドメを刺してあげるわ」

 

ふらつきながらも立ち上がり、最後の一撃として両手の銃剣で唐竹割りを狙ってくる。

 

逆手に持つ左ダガーで二本ナイフの刃を受けると同時に右手のダガーで相手の両腕を払う。

 

伸びきった両腕はリズの右腕で制圧され、がら空きとなった彼女の首元に刃が走る。

 

「あっ………」

 

逆手の左ダガーの刃が走り、神楽の首は一気に切り裂かれる。

 

「……っ!!」

 

骨まで切断される一撃だが、おびただしい出血を撒き散らしながらも彼女の両目は怒りに燃える。

 

「……終わりよ」

 

後ずさった彼女の千切れかけた首に決まった一撃とは、サマーソルトキックの一撃。

 

(……ミユ……円環で…また…会える…よ…ね……?)

 

神楽の首は大きく蹴り上げられ、千切れた頭部が宙を浮く。

 

首から血が噴き出し、倒れ込んだ神楽の遺体は生首と共に円環のコトワリに導かれた。

 

「…魔法少女至上主義も恐ろしいけど、それよりも恐ろしいのが啓蒙主義よ」

 

返り血を漆黒のマントで拭き、路地裏を後にしながらこんな言葉を残してくれる。

 

「誰かを傷つけていいのは、()()()()()()()()()()()を持つ者だけよ」

 

ルミエール・ソサエティの崩壊は近い。

 

残された存在は啓蒙主義と魔法少女至上主義をばら撒いた藍家ひめなだけであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

堕天使の異界結界に飲まれた静香達は命の危機に晒されている。

 

彼女達の空高くには強力な堕天使であるムールムールが迫っているからだ。

 

「そらそらぁ!!ネズミのように逃げ回るしか出来ないのか?魔法少女共ぉ!!」

 

空を飛ぶ巨大グリフォンから繰り出されるのは悪魔の炎魔法では上位となる『アギダイン』だ。

 

静香達は異界のビルディングを飛び越えながら回避を繰り返す事しか出来ない。

 

彼女達が飛び越えたビルに直撃した大火球がビルそのものを破壊し尽くしていく。

 

「な……なんて火力なのよアイツ!!」

 

「わ…私達が勝てる相手では……」

 

「諦めたらダメ!!正義の探偵は最後まで諦めないから事件を解決出来るんだよぉ!!」

 

「なんとかあいつを空から落とさないと…攻撃が届かないわ!!」

 

航空優勢から繰り出される一方的な攻撃によって静香達は絶体絶命の危機から抜け出せない。

 

「クックッ…狩りはいい……特に人狩りはな!これぞ悪魔貴族の嗜みよ!!」

 

騎士悪魔であるムールムールが腰の剣を抜く。

 

「さぁ……逃げてばかりでは狩られてしまうぞ!もっとあがけぇ!!」

 

空から斬撃を振るうと真空波が生み出される。

 

「何っ!!?」

 

静香達が次の跳躍場として向かっていた高層ビルが袈裟斬りに切断され、上層が滑り落ちる。

 

空をも切り刻む『虚空斬波』の一撃である。

 

この悪魔は優れたネクロマンサーであるだけでなく達人級の剣技さえ備えていたようだ。

 

「ハッハッハッ、行き止まりだぞ…小娘共?」

 

「くっ……」

 

空でホバーリングしながら彼女達を嘲笑う堕天使に向けて魔法少女達は果敢に攻めていく。

 

「負けるわけには…いかないよぉ!!」

 

ちはるが先にマギア魔法を仕掛ける。

 

左手で十手をなぞり、緑に輝く鬼火を纏わせる。

 

周囲に浮かぶ無数の光りが御用提灯となり空に浮かぶムールムールに散弾の如く発射する。

 

「そうだ…もっとあがけ!イキのいい獲物を狩ってこその狩りだ!!」

 

グリフォンが翼を羽ばたかせ、旋回移動しながらマギア魔法を回避していく。

 

「くっ……大きくて魔力もあって、スピードまで速いなんてズル過ぎるよぉ!!」

 

「闇雲に狙っても魔力消費するだけです!回避が間に合わないタイミングを狙うしかないです!」

 

「また逃げ出すか?追いかけっこも少々飽きてきたところだ」

 

ムールムールが右手の指を鳴らす。

 

「な…何をする気なの…?」

 

「今宵は大量の死者が出た。我はネクロマンサー…道端に転がっていた死体は有効利用する」

 

「なんですって!?」

 

「この酷い悪意の数……下から昇ってくるよ!!」

 

大きなビルの屋上に入れる入り口が大きな音を立てていく。

 

「な…何が近づいてきているの!?」

 

「汝らは先ほど……日の本の為に戦う一族だと言ったな?喜べ……」

 

入り口を突き破り、屋上に現れてきたのは無数の屍である。

 

「お前達が愛してやまない……日の本の民と戦わせてやろう!」

 

【ゾンビ】

 

動き出した死者の総称であり、起源は西インド諸島で信仰されるブードゥー教圏におけるもの。

 

呪術師が罪人を労働力として使役するという民間呪術伝承に拠るとされる存在だ。

 

一説には幻覚剤の類を用いて自我を奪い、労役に就かせていたともされていた。

 

「グッ……ゴガッ……」

 

青白い肌と瞳孔が開いた虚ろな目をした民衆達。

 

彼らの手には鈍器などが握られている。

 

「う…うそ……これって、本当に人間なの……?」

 

「まるで…映画とかで見たことがある…ゾンビみたいですね…」

 

「来るわよ2人共!!」

 

だらしなく開いた口から雄たけびを上げ、ゾンビとなった民衆達が津波のように襲い掛かる。

 

「よくも……日の本の民の死を愚弄したわね!」

 

静香が前に出て七支刀を水平に向けながら前に構える。

 

「時女一心流…瞳合わせ!!」

 

彼女の両目が大きく開く。

 

「グガッ!!?」

 

彼女の瞳に見られたゾンビ達の動きが一斉に止まってしまう。

 

彼女の固有魔法は阻止であるのだが、時女一心流の技との関連性は不明だ。

 

「この技の短所は…術を使う私も動けなくなるところが辛いわね…」

 

「でもこのチャンス、私が活かすよぉ!」

 

彼女が駆け抜け、十手から捕縄術で使うワイヤーを生み出しゾンビを囲うように張り巡らせる。

 

「えいっ!!」

 

一気にワイヤーを締め、ゾンビの群れを中央で纏めて拘束する。

 

「ほう?姑息な魔法…いや、術なのか?面妖な……」

 

空で高見の見物をしていたムールムールだが、魔力の高まりを感じる方角に視線を移す。

 

グリフォンの死角になる位置まで移動していたのはすなおである。

 

彼女が両手で持つ水晶が輝きを放つ。

 

「過去の戒めを込めて…全ての色は、輝く明日を犯せません!」

 

「ぬぅ!?」

 

堕天使が背後に振り向けばグリフォンの背後に現れたのは巨大な光球。

 

「未来への光を…塗り潰して下さい!!」

 

ムールムールの背後で光球が弾け、眩い光の熱が生みだされる。

 

彼女のマギア魔法である『明日への戒め』だ。

 

だが相手は魔獣ではない悪魔である。

 

<<ほほう、破魔の光を使うか?だが、残念であったな>>

 

「えっ…!?」

 

空の光が収まれば、そこには健在のムールムールの姿。

 

「そんな……!!全然効いていないだなんて!?」

 

「悪魔は属性魔法に耐性をそれぞれが所有する。我は破魔の光に対する耐性を持つ悪魔だ」

 

「悪魔の……属性耐性ですって!?」

 

「喝ッッ!!!!」

 

『悪魔の一喝』が衝撃となり、すなおを襲う。

 

「キャァァーーーーーッッ!!!」

 

まるで衝撃波に襲われたかのようにして彼女は吹き飛ばされ、ビルの窓ガラスを砕いていく。

 

「すなお!!」

 

静香の悲痛な叫びが木霊する。

 

「くっ……うぅ……」

 

高層ビル内部の壁に叩きつけられたすなおは倒れ込んでいるようだ。

 

「余所見をしていていいのか?」

 

ムールムールが剣を掲げ、強力な念波を放つ。

 

「グガッ…ガガッ!!!!」

 

拘束されたゾンビ達の体が内部から光を放つようにして輝いていく。

 

「死を愚弄するとは…こういうことだ!」

 

「この悪意の臭い……静香ちゃん離れて!!!」

 

「もう遅い!!」

 

次の瞬間、囚われたゾンビ達が大爆発を起こしていく。

 

触れるもの全てを爆弾化する業の魔法である『バイツァ・ダスト』の一撃が放たれる。

 

ゾンビ達はムールムールにゾンビにされた時、既に爆弾にされていたのだ。

 

「キャァァーーーーーッッ!!!!」

 

反応が遅れた静香が爆風に吹き飛ばされ、高層ビルから転落していく。

 

彼女の背中は爆発の際に撒き散らされた人間の歯や骨が突き刺さり、大量に出血している。

 

「静香ちゃん!!」

 

落下していく静香を追うように飛んでくるのはちはるの姿。

 

彼女は十手を隣ビルまで投げて突き刺し、十手ワイヤーを用いる落下移動で静香を追う。

 

間一髪で静香を抱きかかえたちはるがワイヤーを伸ばしながら地面に着地する。

 

「くっ…日の本の民を…まるで玩具のようにして弄ぶ…悪魔め……ぐぅ!!」

 

「静香ちゃん!?」

 

抱き留めようとしていたが静香の体が倒れ込んでいく。

 

空から降下してきたムールムールが彼女達を見下ろしてくる。

 

「所詮は魔法少女。神や悪魔の真似事が出来る程度の存在で本物の堕天使に叶うと思ったか」

 

「あ……あぁ……」

 

圧倒的戦力差を前にしたちはるもついには怯えていく。

 

たとえ時女の魔法少女を全員集結させていたとしても、この堕天使には叶わないと悟るのだ。

 

その光景をビルの屋上から見物していたのは藍家ひめなである。

 

「凄い…あいつの力なら、例え他の仲間達が西や中央に負けていたとしても…全員倒せる」

 

勝利を確信した彼女は屋上から跳躍し、ホバーリングするムールムールの近くに着地する。

 

「どう?サーシャが私チャンに与えてくれた…悪魔の力は?」

 

「どうして!?どうして堕天使が東の魔法少女側の味方をするのさ!」

 

「サーシャは私チャン達に何もかもを与えてくれる…あの子こそ、導きの光なのよ」

 

堕天使の威を借る存在に対して、空を飛ぶムールムールは視線を向ける。

 

その視線はまるで侮蔑を込めたかのようだ。

 

「さて…いい具合に絶望の穢れを纏いだした。汝らのソウルジェム…我が喰らってやろう」

 

「そうは……いかないわ…」

 

七支刀を地面に突き立て、体を起こしていく重症の静香。

 

「虫けらが。死に際に何をほざく?」

 

「私たちは…負けるかもしれない。それでも、日の本の民の為に…戦う意思だけは残すわ」

 

「静香ちゃん……」

 

「私たちの挫けない意思は、私たちが倒れたとしても…次の者たちを奮い立たせる光となる…」

 

七支刀を構え、炎を剣から生み出す。

 

「私の名は時女静香!!」

 

――時女一族の矜持を…誰よりも体現する者よ!!

 

静香が吼える。

 

彼女の挫けない心が、ちはるにも届いたのか彼女も魔力で十手を生み出す。

 

「静香ちゃん……何処までもついていくよ」

 

「ちゃる……ありがとう。せめて…すなおだけでも守りましょうね」

 

決死の覚悟を見せる者たちに対し、ムールムールが虚空斬波を放つ構え。

 

「バイバイ、時代錯誤な忍者魔法少女一族さん。カッコつけたまま喰われちゃいなさい」

 

勝利を確信したひめなとムールムール。

 

だが、その時…。

 

<<よく吼えたわね。それでこそ、ヤタガラス一族の魔法少女と言ったところかしら?>>

 

余りにも強大な魔力を背後から感じ取り、ひめなとムールムールは背後に振り向く。

 

一直線に伸びた異界の道路。

 

遠くに立つのは、封魔管から召喚されし悪魔を背後に従えたデビルサマナー。

 

<<破邪顕正の退魔炎!!恐れぬならば受けてみよ!!!>>

 

不動明王の退魔の炎を倶利伽羅剣に纏い、構えるのはナオミ。

 

「これが本気の…くりからの黒龍よ!!」

 

唐竹割りの斬撃を振るう。

 

業火が螺旋を描き、炎の中から現れたのは炎龍。

 

「き、貴様はぁーーーーッッ!!!」

 

ムールムールも虚空斬波を放つが、業火を切断しても勢いが衰えない。

 

「うおおおぉーーーーッッ!!!?」

 

空を飛ぶムールムールに炎龍は直撃し、一直線に堕天使を押し出していく。

 

高層ビル群を貫いていき、異界神浜市の北養区方面にまで伸びていった。

 

人修羅のマグマ・アクシスに匹敵する程の炎魔法だ。

 

「あ……あぁ……何が…起こったの…?」

 

頼りにしていた堕天使が消え、ひめなは全身を震わせながら近づいてくる存在を目にする。

 

魔法少女としての力を振るっても、これ程の存在を倒せる自信など彼女には無い。

 

炎龍が通り抜けた燃え上る道を歩き、ひめなの横をナオミは超える。

 

「……………」

 

横目で彼女に視線を向けたが、戦意を喪失している表情をしていたので無視した。

 

「あの人は…誰なの……?」

 

「デビルサマナーだと思うけど……」

 

2人は助かったのだと考えていた時、気を失っていたが意識を取り戻したすなおが駆け付ける。

 

「大丈夫ですか静香、ちゃる!」

 

「う、うん……見ての通り大丈夫だけど」

 

「あの物凄い魔法……それに、近づいてくるあの女性はデビルサマナーですか?」

 

「多分……そうだと思うよぉ」

 

3人の元まで近寄ったナオミに対し、魔法少女たちは怪訝な表情を浮かべる。

 

「あ……あの……貴女は…?」

 

状況がまるで飲み込めない2人に近づき、3人の状態を見る。

 

「貴女たち…傷が酷いわね」

 

「一体誰なんですか…?どうして私たちを助けて…?」

 

「貴女たちは、ヤタガラス一族の者でしょ?」

 

「どうして知ってるんですか…?」

 

「私も一時期、ヤタガラスに雇われていたデビルサマナーなのよ」

 

「ヤタガラスのサマナーだったんですね…。私たちの応援に来てくれ……あれ?一時期?」

 

「今はフリーのサマナーよ。別件で神浜市に来ていた時に…この騒動に巻き込まれたのよ」

 

「そうだったのですね……うっ……」

 

背中に負った傷の痛みは痛覚が半分以上麻痺していても堪えるのか、静香が片膝をつく。

 

「助けてあげてもいいけど、ヤタガラス一族の者なら交換条件よ」

 

「ケチんぼ!!傷ついて痛がってる静香ちゃんに向かって…なんて言いぐさだよぉ!」

 

「貴女たち時女一族なら、葛葉一族を知ってるでしょ?」

 

「ヤタガラス最強の退魔師一族だと…存じてます。……それが何か?」

 

「葛葉一族の中に…レイ・レイホゥと呼ばれる人物がいる。居所を知らない?」

 

3人は顔を見合わせ、互いに首を振る。

 

「……そう。3人とも、どうやら知らないみたいね」

 

左腰に吊るした封魔管の一つを手に取る。

 

「私は……ボランティアは嫌いなの。それでも…これは老師の為よ」

 

召喚された悪魔とは、秘神ソーマ。

 

ゾロアスター教において霊薬のとれる神樹であるハオマを彷彿とさせる力が行使される。

 

「な、なに……?これは!?」

 

彼女達の傷は完全に癒え、活力までみなぎる程の回復力。

 

『ソーマ神権現』の成せる奇跡である。

 

「あ、ありがとうお姉さん!ケチんぼなんて言ってごめんね……」

 

「……礼なら、嘉嶋尚紀というお人好しの男に言うべきね」

 

「えっ!?尚紀先輩のことを知ってるの!」

 

「もしかして……別件で神浜市に訪れたというのは、嘉嶋さんの件で?」

 

「ふぅ……ヤレヤレ、世間は本当に狭いわね」

 

離れた位置で青い顔をしたままのひめな。

 

だが、頼りにしていた悪魔の気配を感じ取り視線を北部に向ける。

 

「アハッ!あいつ……あれでも死ななかったじゃん!!」

 

ひめなの声を聞き、3人は視線を向ける。

 

遠くには、燃え上る巨大な騎士が猛スピードで走ってくる姿。

 

<<まだだぁ!!まだ終わりではないぞぉーーッッ!!!!!>>

 

愛馬とも言えるグリフォンを乗り捨て、剣を振りかざした悪魔に対しナオミが前に出る。

 

「貴女たちが勝てる相手ではないわ。ここは私に任せなさい」

 

「で、でも……」

 

封魔管の一つを手に取り、不敵な笑み。

 

「見ていなさい、魔法少女たち」

 

――これが…デビルサマナーの戦いよ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

迫りくる悪魔騎士。

 

その巨体は10メートルを超え、ナオミとの身長差は9メートル以上にも及ぶ。

 

「現れなさい、魔王シュウ!!」

 

封魔管から召喚され、ナオミの背後に現れたのは中国の伝説の魔王であるシュウ。

 

「クック…今宵は実に愉快。我も人間どもの血祭を見ていて血が騒いでおったわ」

 

「血がたぎっていたのなら、暴れさせてあげるわ」

 

「あの堕天使が相手か?興醒めだが、燃え上る血潮を鎮める相手としては申し分ない」

 

「戦の魔王と呼ばれしお前の力…私に与えなさい!」

 

ナオミに憑依するかのようにして消えていくシュウ。

 

彼女の両目が見開き、悪魔と同じ真紅の瞳と化す。

 

「ぬぉぉぉーーーッッ!!!!」

 

巨大な剣を振りかぶり、袈裟斬りの角度からナオミに斬りつけにかかる。

 

「危ないッッ!!!」

 

避けようともしないナオミを見て、静香が声を張り上げるのだが…。

 

「えっ……!?」

 

「う、うそ……!!」

 

巨人の剛力と技の一撃が静止している。

 

刃を受け止めていたのは、魔王シュウが持つ武器の一つである青龍偃月刀と酷似した偃月刀。

 

「ハァァーーーッッ!!!」

 

巨大な刃を押し返し、次々と繰り出される斬撃を真正面から捌いていく。

 

まるで人間とウサギの身長差の勝負を物ともせずに打ち合いを続ける光景。

 

「凄い…なんて力なのよ」

 

「あれが……デビルサマナーの戦いなのですね」

 

「そうかもしれないけど……単純にあの女の人が強いだけかも」

 

ナオミの斬撃を刃で受けるが、弾かれる程の剛力。

 

「くっ!!この力……まさに戦の魔王と呼ばれしシュウの力!!」

 

武器を左右に回転させ、腰を落とし足を半歩開き、左手を垂直に構え、偃月刀を背中に構える。

 

ムールムールは巨人であるため、的が小さく斬撃が狙い辛い。

 

巨大な体はそれだけで全身が的とも言える面積を持つ。

 

尊大な態度を表すかの如き悪魔の巨体は、己自身に向けての足枷となってしまう。

 

繰り出す逆袈裟斬りを跳躍回避、そのまま旋風脚を左頬に繰り出す。

 

「ゴハァ!!!」

 

悪魔の巨体が蹴り飛ばされ、ビルを砕いていく。

 

「ぐっ……バカな……堕天使の中でも上位に入るこの我が……手も足も出ないというのか!」

 

炎によって焼かれた黒ずんだ騎士鎧の体を持ち上げていたが…。

 

「ぐあぁぁーーーーッッ!!!」

 

飛来してきた偃月刀がムールムールの額に突き刺さり、苦しみ悶える。

 

歩いてくるナオミの右手に握られているのは、シュウの持つ武器の一つである太極剣と似た剣。

 

「おのれ……おのれおのれ……おのれぇぇーーーーッッ!!!!」

 

巨体を起こしたムールムールが最後の一撃とばかりに猛撃を仕掛ける。

 

「フフ、ここまでタフだとはね。でも…これで終わりよ」

 

足を開き腰を落とし、放つ一撃とは太極剣を槍の如く一突きするが如き箭疾歩。

 

袈裟斬りよりも早く決まったのは、一直線に伸びてきた一撃。

 

「ガッ……!!?」

 

胸を貫かれ、手を離すと同時にシュウが持つ本来の大きさとなった剣が堕天使の体を背まで貫く。

 

ついに悪魔の巨体が倒れ込み、勝敗は決した。

 

「やったーっ!!!あの人…あんな強い悪魔に勝てちゃったよぉーっ!!!」

 

遠くで見守っていた3人が喜び、ちはるはすなおに抱き着き体全体で喜びを表した。

 

「凄いわねあの人…あのサマナーの実力は、もしかしたらあの14代目葛葉ライドウに迫るかも」

 

虫の息となったムールムールに近づいてくる。

 

「死ぬ前に答えなさい。お前の主は大魔王ルシファーで間違いないわね」

 

「……相違ない」

 

「魔法少女と東の市民を裏から操り、この街で暴力革命を起こした目的は何?」

 

「クックッ……聞いてどうする……?」

 

「お前たちは最初からこの街に革命をもたらす事など考えてはいない。違うかしら?」

 

「その部分については……考えの通りだ。我らの目的は……黒きメシアの覚醒を促すこと」

 

「黒き……メシア……?」

 

「あの方こそが…我ら貶められし悪魔の希望。もう直ぐ起こるだろうハルマゲドンを勝利に導く」

 

「その黒きメシアって……もしかして人修羅のこと?」

 

「怒れ…怒り狂えメシアよ…。人間共の死と、己の甘さ…そして魔法少女達に対して怒り狂え…」

 

ムールムールの体から死に際に発するマグネタイトの光が発せられていく。

 

――あの方こそ……もう1人の裁く者となりしお方。

 

――ルシファー様が…半身を取り戻し…一つとなりてかつての天使長の力を取り戻す日も…。

 

――……近い。

 

悪魔の体が爆発し、異界の空に向けて莫大な感情エネルギーを放出。

 

断片的にだが情報を引き出せたナオミだが、異界の空を見上げる。

 

「おかしいわ…悪魔を倒したのに異界結界が解けないだなんて…」

 

それは、この異界結界を構築していたのはムールムールではないということを表す。

 

その頃…。

 

「そんな…あんなに強い悪魔が手も足も出ないだなんて…私チャンじゃ勝てない!」

 

頼りのムールムールを失ったひめなは逃走し、闇雲に異界世界を逃げ回る。

 

彼女は悪魔の知識は何も知らず、どうやって異界を出たらいいのかも分からない。

 

「えっ……この巨大な魔力は……?」

 

ひめなが走って逃げていたのは北部方面。

 

「あ……あれはまさか!?」

 

前方から走ってくる巨体の猛獣

 

「グオォアァァァァーーーッッ!!!!」

 

くりからの黒龍に焼かれ、翼を焼き尽くされた黒焦げのグリフォン。

 

怒り狂う猛獣がこの異界結界を生み出していたようだ。

 

「こっちに来る!!」

 

ひめなは慌てて跳躍回避しようとするが…。

 

「オォォーーーーーッッ!!!!」

 

怒り狂う獣が前方に見えた虫けらに対し、容赦なく恐ろしい爪を振り上げる。

 

「あっ………?」

 

グリフォンが放つ『狂乱の剛爪』が…彼女の下半身を引き裂いた。

 

路地裏に転がり落ちる彼女の上半身など意に介さず、主と自分を傷つけたサマナーに向かう姿。

 

「この魔力は……さっきのグリフォンだよぉ!!」

 

北側から迫るグリフォンに気が付いた魔法少女たちが武器を構える。

 

「私たち3人の力を合わせて止めるわよ!!」

 

静香は七支刀を天に掲げ、ちはるは十手に鬼火を纏わせ、すなおは水晶を輝かせる。

 

静香のマギア魔法である巫流・祈祷通天ノ光の光がグリフォンに直撃していくが止まらない。

 

ちはるのマギア魔法である魔法同心・ちはる捕物帳を受けても怒りを爆発させていく。

 

すなおのマギア魔法である明日への戒めは破魔属性であり、グリフォンの耐性が防ぐ。

 

「ダメ!!止められない!!!」

 

「グオォアァァァァッッ!!!!」

 

彼女たちもひめなと同じく引き裂こうと前足の爪を振り上げる姿。

 

だが、それよりも早く飛来するのはシュウが持つ武器の一つである両刃斧。

 

大きさが元に戻っていく両刃斧が爪を振り下ろすよりも先にグリフォンの頭部を切断。

 

「えっ……?」

 

死を覚悟していたが、目の前の悪魔が突然倒れ込む姿に茫然とする3人。

 

グリフォンの体が爆発し、感情エネルギーの光を撒き散らす。

 

異界結界が解け、通常の神浜市へと戻っていった。

 

「すっごいカッコよかったよお姉さん!探偵もいいけど…サマナーもなんだか憧れちゃうよぉ!」

 

「何から何まで助けて頂き…本当にありがとう御座いました」

 

3人はナオミに礼を言い、自分達の目的も彼女に伝える。

 

「そう、貴女たちは再び栄区の救援に向かうのね」

 

「貴女はこれからどうするんです?」

 

「私は手に入れた情報を頼りに工匠区に潜伏している移動指揮車両を目指すわ」

 

「あの…本当にありがとうございました。せめて、お名前だけでもお伺いしてもいいですか?」

 

静香の真っ直ぐな感謝の眼差しを見て、この子は人間の善良な部分しか見ない危うさを感じた。

 

「……ナオミよ。感謝するのはいいけれど、私が貴女たちを騙し打ちする可能性も考えなさい」

 

「えっ……?どういう意味ですか?」

 

「信じることは大切よ。それと同時に疑いの感情も持たなければ…先の脅威に備えられないの」

 

「そんな…ナオミさんは義に熱い素敵な女性です!」

 

「そう思わせる手口もあるの。信用出来る素振りを見せて近づき、背後から襲う敵もいる」

 

「……………」

 

「私も…同じ手口を使われて、大切な家族を失ったの」

 

「まさか……葛葉一族にいるというレイ・レイホゥという人物は……」

 

「…これはイエス・キリストの言葉だけど、ためになるから覚えておきなさい」

 

マタイ福音書第7章15節。

 

――にせ預言者を警戒せよ。

 

――彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。

 

「それは……聖書の言葉ですか?」

 

「人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()悪癖がある。情報とは疑うことで調べるの」

 

「イエス・キリストは……人を信じるだけでなく、疑う大切さも説いていたのですね」

 

「…それだけよ。貴女たちの武運を祈るわ」

 

「ナオミさんこそ、ご自愛下さい。貴女の道はきっと…過酷な道になると思います」

 

「…覚悟は出来ているわ」

 

彼女たちはそれぞれの道に向かう。

 

その頃…通常空間の路地裏では。

 

「くっ……うぅ……」

 

下腹部から大量の血を流し、這いながら逃げようとするのは藍家ひめな。

 

「助けて…ヒコ君……助けてぇ……サーシャ……!!」

 

彼女の腹部に見えるソウルジェムには、亀裂が入っていく。

 

穢れを発し、致命傷と絶望の感情から直ぐにでも円環のコトワリに導かれるだろう。

 

路地裏を這いつくばる敗北者の姿。

 

彼女の自由を求める理想は潰え、終わろうとしている。

 

<<フフッ、素敵な姿になりましたね。ひめちゃん>>

 

「そ…その声は……!」

 

薄暗い路地裏の奥に見えるのは、恐ろしい片目の眼光。

 

真紅の片目が近づき、現れたのは演奏者として演奏を披露するドレス姿のアレクサンドラ。

 

「貴女たちは十分役に立ってくれました。……もう用済みですね」

 

「な……何を言っているのサーシャ…?私チャンたちは……友達だよね?」

 

「そう思い込んでいたのは貴女だけです。思い込みの感情に支配された者を操るのは容易いです」

 

その言葉を聞き、ソウルジェムが一気にどす黒い光を放ち始める。

 

「騙したの……?私チャンたちは最初から全員……見捨てるために戦わせていたの!?」

 

「人を操るのに洗脳魔法など必要ありません。人間の思考バイアスを操ればいいだけです」

 

歯を食いしばり、怒りの感情を向ける。

 

「あなたも……悪魔でしょ!?本物の栗栖アレクサンドラは何処よ!!」

 

「冴えてますね。本物の魔法少女としての栗栖アレクサンドラは……()()()()()()()

 

「えっ……食べ…た……?」

 

「寂しそうな貴女を、栗栖アレクサンドラと同じところに…連れて行ってあげます」

 

俯けに倒れた彼女の横腹を蹴る。

 

「ぐっ!!」

 

仰向けに倒れた彼女の腹部には、四弁花を思わせる濁り切ったソウルジェム。

 

アレクサンドラはソウルジェムをもぎ取る。

 

右手に持ったソウルジェムの形を卵の形へと変えた。

 

「な、何をする気!?」

 

「先ほど言いましたよね?本物の栗栖アレクサンドラが、どうなったのかを」

 

美しいアレクサンドラの顔が、悪魔の如き邪悪な笑みを浮かべていく。

 

「いや……やめて……やめてよぉ……助けて……助けてヒコ君……」

 

口を開き、右手に摘まんだ藍家ひめなのソウルジェムを口に近づける。

 

――やめてぇぇぇぇーーーーッッ!!!!!

 

次の瞬間、ソウルジェムはアレクサンドラに飲み込まれた。

 

「あっ………?」

 

彼女の瞳のハイライトが消える。

 

ソウルジェムは悪魔の体内で絶望による破裂現象を起こし、莫大な感情エネルギーを生み出す。

 

体内で産声を上げることも出来ずに取り込まれた魔女は、円環のコトワリには導かれない。

 

悪魔という概念存在の一部として、永遠を生きるのだ。

 

円環のコトワリに導かれない遺体はこの世に留まるかのようにして、転がっている。

 

…藍家ひめなの最後である。

 

「君の絶望は…極上の味わいだったぞ。突然私に殺されたアレクサンドラよりも美味であった」

 

踵を返し、路地裏の奥へと消えていく栗栖アレクサンドラの姿をした悪魔であった。

 

……………。

 

参京区にある水徳寺の縁側には、空から監視任務を行う緑の和装魔法少女の姿。

 

白い一つ目雑面布の奥の両目は閉じられ、複数の街の光景を監視カメラのように観察する。

 

「……………」

 

水名区、参京区、中央区、栄区とくまなく空から監視。

 

魔法少女連合に拘束されていく東の魔法少女の姿や、街から逃げ出す余所者魔法少女達の姿。

 

「……どうやら、魔法少女同士の戦いは、雌雄を決したようですね」

 

両目を開き、折り紙鴉に送っていた魔力を断ち空から落とす。

 

――あとは、時女が関与する訳にはいかない…人間社会の暴動だけです。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

深夜も4時を超えた水名区。

 

神浜で最も燃やされてしまった地区となったこの街は、未だに消火活動もままならない。

 

それは東から来た暴徒共が水名区に集結し、警察との血みどろの抗争を繰り返していたからだ。

 

警察の特殊部隊であるSATと合流を果たした機動隊と緊急時初動対応部隊が攻勢に出る。

 

銃で武装した武装暴徒たちが次々と撃ち殺され、武装していなかった暴徒たちは逃げ惑う。

 

水名区は既に包囲され、暴徒たちが逃げ出す隙間など無い。

 

「我々は負けない!!徹底抗戦だぁ!!!」

 

生き残った武装暴徒たちが立て籠る場所として選んだのは…呪われた神浜の歴史の象徴。

 

戦国時代から続く城下町地区に残されていた…水名城だ。

 

城に立て籠った武装暴徒たちはバリケードを作り、取り囲む警官隊を相手にする。

 

しかし、彼らに補給物資を運んでいた革命魔法少女たちは既にいない。

 

補給物資をトラックで運んでいた部隊も既に神浜からは消えている。

 

籠城戦を行う彼らは既に…補給物資が尽きていたのだ。

 

民衆独裁政府パリ・コミューンとヴェルサイユ政府軍との間に起きた血の1週間を彷彿とさせた。

 

……………。

 

中央区電波塔。

 

頂上に聳え立つアンテナゲイン塔の足場には、ペダルハープとドレス姿のアレクサンドラ。

 

「…現代まで続くフランス国歌とは、フランス革命時代に生まれた革命歌であり愛国歌」

 

悪魔の指が、ハープの弦に振れる。

 

栗栖アレクサンドラとして歌うのは、この暴力革命が起きた神浜市に送る曲。

 

――ラ・マルセイエーズ――

 

――Allons enfants de la Patrie,(行こう祖国の子らよ)

 

――Le jour de gloire est arrivé !(栄光の日が来た)

 

――Contre nous de la tyrannie,(我らに向かって暴君の)

 

――L'étendard sanglant est levé,(血塗れの旗が掲げられた)

 

――Entendez-vous dans les campagnes(聞こえるか戦場の)

 

――Mugir ces féroces soldats ?(残忍な敵兵の咆哮を)

 

――Ils viennent jusque dans vos bras(奴らは汝らの元に来て)

 

――Égorger vos fils, vos compagnes !(汝らの子と妻の喉を掻き切る)

 

「どうするんだよ…もう逃げ場なんてねーぞ!!」

 

「諦めるんじゃねーよ!俺たち東の自由と平等がかかってるんだぞ!!」

 

「こんな暴動…最初から無理だったんだぁ!!」

 

「いやだぁ!!殺される!警察に投降しよう!!」

 

「こいつらは反革命分子だ!!粛清しろぉ!!!」

 

暴徒たちに撃ち殺されていく暴徒たち。

 

――Aux armes, citoyens,(武器を取れ市民らよ)

 

――Formez vos bataillons,(隊列を組め)

 

――Marchons, marchons !(進もう進もう)

 

――Qu'un sang impur(汚れた血が)

 

――Abreuve nos sillons !(我らの畑の畝を満たすまで)

 

「革命に逆らう者はこうだ!この革命こそ、我ら東市民の自由・平等・博愛を勝ち取るものだ!」

 

「武器をとれ!恐れるな!隊列を組んで資本主義者と差別主義者共を皆殺しにするんだ!!」

 

「俺たち東の労働者達こそが!プロレタリア政権を築き!神浜市政を根底から変える!!」

 

「その先にこそ!この神浜に真の平等による平和を取り戻せる日である!!」

 

自由と平等を掲げ、理性主義の博愛を掲げる者たちがやる…外道行為。

 

左翼研究家の間では、左翼の言葉は本音の裏返しだという。

 

独裁するな=独裁したい。

 

差別するな=差別したい。

 

平和がいい=平和を破壊したい。

 

左翼思想に狂った八雲みたまと和泉十七夜もまた同じ。

 

平和を望みながらも神浜の滅びを望んだ者たち。

 

左翼の理屈とは、自分は良くてお前はダメというサンドバッグ理論であるダブルスタンダートだ。

 

――Que veut cette horde d'esclaves,(何を望んでいるのかこの隷属者の群れは)

 

――De traîtres, de rois conjurés ?(裏切り者は陰謀を企てる王共は?)

 

――Pour qui ces ignobles entraves,(誰の為にこの卑劣な足枷は)

 

――Ces fers dès longtemps préparés ?(久しく準備されていたこの鉄枷は?)

 

――Ces fers dès longtemps préparés ?(久しく準備されていたこの鉄枷は?)

 

――Français, pour nous, ah ! quel outrage(フランス人よ我らの為だ。何という侮辱)

 

――Quels transports il doit exciter !(どれ程か憤怒せざるを得ない)

 

――C'est nous qu'on ose méditer(奴らは我らに対して企てている)

 

――De rendre à l'antique esclavage !(昔のような奴隷に戻そうと)

 

「警官隊が突撃してきたぞぉーーッッ!!!」

 

バリケードを破壊したのは、警官隊が用意したブルドーザー。

 

残り少ない弾薬のまま武装暴徒たちが応戦するが、次々と撃ち殺されていく。

 

――Aux armes, citoyens,(武器を取れ市民らよ)

 

――Formez vos bataillons,(隊列を組め)

 

――Marchons, marchons !(進もう進もう)

 

――Qu'un sang impur(汚れた血が)

 

――Abreuve nos sillons !(我らの畑の畝を満たすまで)

 

武装暴徒たちはついに城の中に逃げ込み、退路は断たれた。

 

「もうダメだぁ…お終いだぁ……!!」

 

「こんな暴動に付き合ったばかりに……父さん…母さん…ごめんよぉ…」

 

「誰だよ!!こんな暴動を始めたヤツは!!」

 

「お前だろ!?」

 

「俺じゃない!!お前こそ嬉しそうに西の連中をボコって殺しただろうがぁ!!」

 

城内で醜い内ゲバを始めていく暴徒たち。

 

これはフランス革命期のジャコバン派だけでなく、昭和の日本赤軍でも行われた光景。

 

夏目かこはこう言った。

 

暴力革命を目指す連中なんて、内ゲバで滅びるのは常だと思いますと……。

 

――Quoi ! des cohortes étrangères(何と!外国の軍勢が)

 

――Feraient la loi dans nos foyers !(我らの故郷に来て法を定めるだと)

 

――Quoi ! ces phalanges mercenaires(何と!金目当ての傭兵の集団が)

 

――Terrasseraient nos fiers guerriers !(我らの気高き戦士を打ち倒すだと)

 

――Terrasseraient nos fiers guerriers !(我らの気高き戦士を打ち倒すだと)

 

――Grand Dieu ! par des mains enchaînées(おお神よ!両手は鎖で縛られ)

 

――Nos fronts sous le joug se ploieraient(頸木を嵌められた我らが頭を垂れる)

 

――De vils despotes deviendraient(下劣なる暴君共が)

 

――Les maîtres de nos destinées !(我らの運命の支配者になるなどありえない)

 

「ヒィィーー!!門が破られるぅぅーーッッ!!!」

 

特殊部隊の突入班が溶融切断器材を用いて城門を焼き切っていく。

 

武装暴徒たちを恐怖政治で纏めていたリーダー格の男は、覚悟を決める。

 

「我々は敗北する!だが、我々の勇気ある革命行為は…次の世代にも次の世代にも継がれる!!」

 

暴徒のリーダーは、残されていた火炎瓶を手に持つ。

 

そして…あろうことか、自分達が立て籠もる城内を燃やしていくのだ。

 

――Aux armes, citoyens,(武器を取れ市民らよ)

 

――Formez vos bataillons,(隊列を組め)

 

――Marchons, marchons !(進もう進もう)

 

――Qu'un sang impur(汚れた血が)

 

――Abreuve nos sillons !(我らの畑の畝を満たすまで)

 

「嫌だぁーーッッ!!!こんな平等革命なんて糞喰らえだぁーーーッッ!!!」

 

暴徒の1人がリーダー格の男を射殺。

 

それと同時に門を破壊した特殊部隊SATの隊員たちが城内にエントリー。

 

激しい銃撃戦が繰り返されながらも、火の手は天守閣となる城を燃やしていく。

 

――Tremblez, tyrans et vous perfides(戦慄せよ暴君共そして国賊共よ)

 

――L'opprobre de tous les partis,(あらゆる徒党の名折れよ)

 

――Tremblez ! vos projets parricides(戦慄せよ貴様らの親殺しの企ては)

 

――Vont enfin recevoir leurs prix !(ついにその報いを受けるのだ)

 

――Vont enfin recevoir leurs prix !(ついにその報いを受けるのだ)

 

――Tout est soldat pour vous combattre,(全ての者が貴様らと戦う兵士)

 

――S'ils tombent, nos jeunes héros,(たとえ我らの若き英雄が倒れようとも)

 

――La terre en produit de nouveaux,(大地が再び英雄を生み出す)

 

――Contre vous tout prêts à se battre !(貴様らとの戦いの準備は整っているぞ)

 

燃え上る城内。

 

撃ち殺された死体。

 

燃え上る火事に全身を包まれ火達磨となる者。

 

天守閣まで逃げた1人が、狂った笑い声を上げていく。

 

「ハハハ…ハハハ……!!これが…これが平等の光景かよ!何処に…平等があるんだよぉ…!」

 

狂った男はこめかみに拳銃を向け…引き金を引いた。

 

――Aux armes, citoyens,(武器を取れ市民らよ)

 

――Formez vos bataillons,(隊列を組め)

 

――Marchons, marchons !(進もう進もう)

 

――Qu'un sang impur(汚れた血が)

 

――Abreuve nos sillons !(我らの畑の畝を満たすまで)

 

「暴徒たちの制圧を確認」

 

「本庁より指令があるまで待機」

 

「酷いな…こんな極左テロリズムが令和に起こってしまうだなんて…」

 

「神浜って街は……平等主義に狂ったゴミ溜め共の街だったんだよ」

 

「あぁ……こんな街に産まれなくて良かったよ」

 

――Français, en guerriers magnanimes,(フランス人よ寛大な戦士として)

 

――Portez ou retenez vos coups !(攻撃を与えるか控えるか判断せよ)

 

――Épargnez ces tristes victimes,(あの哀れなる犠牲者を撃つ事なかれ)

 

――À regret s'armant contre nous.(心ならずも我らに武器をとった者たち)

 

――À regret s'armant contre nous.(心ならずも我らに武器をとった者たち)

 

――Mais ces despotes sanguinaires,(しかしあの血に飢えた暴君共には)

 

――Mais ces complices de Bouillé,(ブイエ将軍の共謀者らには)

 

――Tous ces tigres qui, sans pitié,(あの虎狼共には慈悲は無用だ)

 

――Déchirent le sein de leur mère !(その母の胸を引き裂け)

 

――Aux armes, citoyens,(武器を取れ市民らよ)

 

――Formez vos bataillons,(隊列を組め)

 

――Marchons, marchons !(進もう進もう)

 

――Qu'un sang impur(汚れた血が)

 

――Abreuve nos sillons !(我らの畑の畝を満たすまで)

 

「……平等主義を掲げ、共産主義を振りかざす暴力団体は…日本だけでなく世界中にいる」

 

「隊長……」

 

「黒人平等を掲げる暴力団体、フェミニズムを掲げる暴力団体、平等主義に狂った狂人団体だ」

 

「こんな光景は……日本だけじゃなく、今この瞬間でも…世界中で行われていくんですね」

 

「あぁ…フランス革命時代より始まっていく…呪われた左翼の歴史さ。…やりきれないな」

 

「どうして人間って奴らは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ…」

 

「だから人々は簡単に扇動されていく…。人間を操るのに、魔法なんて必要ないんだよ」

 

――Amour sacré de la Patrie,(神聖なる祖国への愛よ)

 

――Conduis, soutiens nos bras vengeurs(我らの復讐の手を導き支えたまえ)

 

――Liberté, Liberté chérie,(自由よ愛しき自由の女神よ)

 

――Combats avec tes défenseurs !(汝の擁護者と共に戦いたまえ)

 

――Combats avec tes défenseurs !(汝の擁護者と共に戦いたまえ)

 

――Sous nos drapeaux que la victoire(我らの旗の下に勝利の女神よ)

 

――Accoure à tes mâles accents,(汝の勇士の声の下に駆けつけたまえ)

 

――Que tes ennemis expirants(汝の瀕死の敵が)

 

――Voient ton triomphe et notre gloire !(汝の勝利と我らの栄光とを見んことを)

 

――Aux armes, citoyens,(武器を取れ市民らよ)

 

――Formez vos bataillons,(隊列を組め)

 

――Marchons, marchons !(進もう進もう)

 

――Qu'un sang impur(汚れた血が)

 

――Abreuve nos sillons !(我らの畑の畝を満たすまで)

 

……………。

 

…………………。

 

「あぁ……そんな……………!!」

 

革命魔法少女たちとの戦争を終えたみたま達は、燃え上る水名城を遠くで見つめる。

 

「どうして…どうしてこんなことに……これが…私と十七夜が望んだ光景なの!!?」

 

――町に蔓延る歴史…そして、その歴史の上に定着した現状の神浜の破壊…。

 

――歴史を破壊する為には、神浜そのものを一度徹底的に破壊しなければならない。

 

町に蔓延る歴史の象徴である、水名区と水名城の炎上。

 

それは紛れもなく、歴史の破壊を望んだ八雲みたまと和泉十七夜の理想光景。

 

それが叶ったのは、まさにみたまの願いが成就した瞬間であろう。

 

だが……望んだ本人であるみたまは号泣し、地面に蹲ってしまう。

 

「ごめんなさい…私と十七夜の願いのせいで…ごめんなさい……ごめんなさぃぃぃ……!!」

 

そんなみたまの姿に、かけてやれる言葉が見つからないのは妹の八雲みかげとフロスト達。

 

「おかしいよ…だってミィ…この光景を止めてって願ったのに!?どうして叶わないの!!」

 

「ヒホ…奇跡ってのは要因の一つでしかないホ。様々な因果関係が絡み合い…結果が生まれるホ」

 

「だって…グスッ…ミィは姉ちゃを悲しませたくないから魔法少女になったのに…これじゃあ…」

 

泣き出してしまったみかげに溜息をつき、マントの中からハンカチを取り出して渡すランタン。

 

「グスッ…ヒック……ミィたち、これからどうなるの…?」

 

「これだけの惨事を引き起こしたホ。()()()()()は…この禍根が残されると思うホ」

 

「そんな……ことって……」

 

「そ、それでも…神浜全体が燃え尽きたわけじゃないホ!みかげの願いはムダじゃないホー!!」

 

「ミィたちの世代も……この街を焼いた怖い大人たちと…同じことになっちゃうの…?」

 

「……それを選ぶのは、次の世代だホ」

 

――Nous entrerons dans la carrière(僕らは自ら進み行く)

 

――Quand nos aînés n'y seront plus,(先人の絶える時には)

 

――Nous y trouverons leur poussière(僕らは見つけるだろう先人の亡骸と)

 

――Et la trace de leurs vertus !(彼らの美徳の跡を)

 

――Et la trace de leurs vertus !(彼らの美徳の跡を)

 

――Bien moins jaloux de leur survivre(生き長らえるよりは)

 

――Que de partager leur cercueil,(先人と棺を共にすること欲する)

 

――Nous aurons le sublime orgueil(僕らは気高い誇りを胸に)

 

――De les venger ou de les suivre(先人の仇を討つか後を追って死ぬのみ)

 

――Aux armes, citoyens,(武器を取れ市民らよ)

 

――Formez vos bataillons,(隊列を組め)

 

――Marchons, marchons !(進もう進もう)

 

――Qu'un sang impur(汚れた血が)

 

――Abreuve nos sillons !(我らの畑の畝を満たすまで)

 

……………。

 

…………………。

 

ここは、神浜の何処かにある焼けた施設。

 

そこには、逃げ出せずに焼かれたおびただしい死体の数。

 

「……どうして……どうしてなんだ……」

 

尚紀の脳裏には、かつての世界の記憶やペンタグラムとの死闘の光景が蘇っていく。

 

守れなかった大切な友達と恩師、弱者救済を目指したフトミミと弱者だったマネカタたち。

 

新たなる世界でも変わらない。

 

ゲーム感覚で殺された人々、日常の光景だったのに爆殺された人々。

 

両膝が崩れた彼の前には、助けを求めるかのように手を伸ばす炭化した子供の死骸。

 

「俺が手を伸ばせば…手を伸ばすほど……誰もが俺の手から滑り落ち……犠牲になっていく……」

 

炭化した子供の手に縋りつくかのようにして蹲る…彼の姿。

 

歯を食いしばり、涙を零し続けた彼の顔が……変わり果てていくのが分かる。

 

「……許さない」

 

顔が起き上がっていく。

 

「……許さないぞ、人間の守護者を気取ってきた魔法少女共…」

 

その顔は……心を亡くし、完全なる悪魔と化した頃に戻ったかのようだ。

 

――うぉぉあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーッッ!!!!!

 

その雄たけびは、人の叫びか悪魔の叫びか。

 

ついに人修羅は決意した。

 

この神浜市において、魔法少女の虐殺者となる必要があるのだと。

 

人々の涙が再び、憤怒の炎となりし悪魔を蘇らせた。

 

火水(かみ)となれ、修羅よ。

 




読んで頂き、有難うございます。


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118話 戦後処理

革命暴動が収束した11月2日から3日が過ぎた11月5日に移る。

 

西と中央の長達は戦後処理に追われ眠る暇すら無い生活を送っていた。

 

大量に捕らえる事となってしまったのは余所者魔法少女よりも東の魔法少女が多い。

 

彼女達は街の外に逃げる当ても無い為、最後まで戦い拘束されたようだ。

 

彼女達の処遇についての対応に追われていたのであった。

 

新西区ミレナ座。

 

大量の魔法少女の拘束場所は限られており、映画館として使われたこの場所が選ばれた。

 

「……時雨ちゃん、私達…どうなっちゃうの?」

 

「……分からない」

 

ななかに傷をつけられた顔は回復魔法で癒されたはぐむが時雨に問う。

 

彼女達は現在、西と中央の長の要請を受けたみたまの力によって拘束されている。

 

彼女達が閉じ込められているのはまるでポーションを注ぐ巨大フラスコ瓶のようだった。

 

食事とトイレ以外は外には出されず、監視員としてももこ達が目を光らせる。

 

「……月咲ちゃん、気分はどう?」

 

監視員の中には天音月夜の姿もいるようだ。

 

心苦しい月咲の傍にいたかったのか自ら志願した月夜であるが、その表情は複雑そうであった。

 

「……月夜ちゃん、調べて欲しいって頼んだお父ちゃん達の事は分かった?」

 

「はい…。月咲ちゃんの実家の人達はどうやら暴徒としては動かなかったみたいです」

 

「いつもは偉そうにしてる癖に、肝心な時は保身に走る。でもその腰抜けっぷりが今は有難いね」

 

「月咲ちゃんのご家族の方々が暴徒となり、犯罪者として捕まらずに済んで良かったです…」

 

「…月夜ちゃんの実家は大丈夫?」

 

「はい…わたくしの実家はどうにか火事から逃れたようですが…他の水名区は…酷い有様です」

 

「……どれぐらい派手に燃やされたの?」

 

「地区の家屋が半分以上焼かれ…神浜の歴史的建造物であった水名城も燃やされ…瓦礫塗れです」

 

「そっか…東の人達は神浜の歴史を呪ってた…その呪われた歴史地区の水名には恨みがあったし」

 

「消火が遅れたのが原因です…水名区は暴徒の主戦場とも言える騒動でしたから…」

 

「……ごめんね、月夜ちゃん。ウチら……月夜ちゃん達に酷い迷惑かけちゃったね」

 

「……済んだことです。これからの事を考えましょう」

 

フラスコ瓶の中で体育座りをした月咲に目線を合わせ、献身的に面倒を見る月夜。

 

そんな彼女の姿を同じ監視員であるももこ達は苦しそうな表情で見守っていた。

 

「あの子達の扱いは……どうなるのよ?」

 

「やちよさんも前例が無い処分をするみたい…。法律に照らし合わせて裁判をするみたいだ…」

 

「さ、裁判って……?あの子達…死刑にされちゃうの…?」

 

「分からない…ニュースを見る限りだと、暴動で犠牲になった数は余りにも酷いし…」

 

「死者9743人、重軽傷者29629人…行方不明は確認出来ただけでも八千人超えてたわ…」

 

「ふゆぅ…私、怖くてニュース見れなかったけど……震災規模の被害が出てたんだね……」

 

「これは穏便に済ませられるケースじゃないよな……紛れもない魔法少女テロだった」

 

「やちよさんも辛い立場よ。あんな必死なやちよさん達を見たら…例の件を言えなかったわ」

 

「うん……十七夜さんは行方が分からなくなったとしか言えなかった…」

 

「今でも信じられないよ…この世界に悪魔がいただなんて…しかも吸血鬼だよ?」

 

「十七夜さんは自責の念に駆られてた。暴動は自分のせいだと責めて罰を受けるつもりだったわ」

 

「何であの人はそこまで背負いたがるんだよ…。十七夜さんだけのせいじゃないだろ…」

 

「それに…みたまさんもこの件に関しては、やちよさんに裁かれたいって言ってたよね?」

 

「調整屋も調整屋だ……あいつらが背負い込むべき問題じゃないだろ…訳が分からない…」

 

迫りくる処分の日を考えれば考えるほど不安が隠せない。

 

裁判を執り行うと決めた西と中央の長達はみかづき荘で対応に追われていたようだ。

 

「何とか分かる範囲でこの国の刑法と判例を頭に詰め込んできたよ」

 

「ごめんなさい…鶴乃さん。私は勉強が得意ではないから貴女にばかり負担をかけて…」

 

「アタシも理系だからな…文系の法律に関しては得意分野じゃないんだよ…」

 

「…鶴乃。ニュースを見たかしら…」

 

「うん……とんでもない死傷者数と行方不明者数になってたね…」

 

「行方不明者の遺体を合わせれば…一万人を超える規模の人々が死んだことになる…」

 

「……うん、そうなるね」

 

「あまりにも罪が重過ぎる。これ程のテロを行ったテロ組織がどうなったかは歴史が示したわ」

 

「21世紀の歴史を見れば分かる…この暴動は完全な組織的政治案件だ」

 

「国際法のテロリズム定義に合致してる…。だとするとテロ等準備罪になってくるよ…」

 

「それはどれ程の刑を与えないといけないの?」

 

「…死刑、又は無期…若しくは長期10年を超える懲役…若しくは禁錮の刑みたい」

 

「死刑……又は無期懲役刑……」

 

「テロを実行する前に自首していたら減刑には出来たけど…あの子達は実行した…」

 

「待て待て!!無期懲役だのと言われても!アタシ達は刑務所なんて用意出来ないぞ!」

 

「そうですね…私達はただの学生…そしてこれもまた皆に示しをつけるためのもの…」

 

「選択肢は……限られているということね」

 

「ど、どうするんだ…やちよさん?まさか…本当に極刑にしてしまうのか…?」

 

「…ひなのさんはどう考えているの?」

 

「アタシは……誰もが皆、間違いを犯さずに生きていけるなんて考えてない…だから…」

 

「…許すべきなのですか?それこそ水名区等で被害を受けた魔法少女達が激怒します」

 

「…すまない、みふゆさん。実家は水名の呉服屋だったな…」

 

「私の家は運よく助かりましたが…隣の家は燃えてしまい…うちの庭にまで火が迫ったんです」

 

彼女の体は震えている。

 

あと少しで自分の実家がテロリズムによって焼き尽くされるところだったのだ。

 

「…ひなのさんの言う通り、私達は刑務所なんて用意出来ない。だから全員を裁けないわ」

 

「だとしたら…」

 

「ええ…主犯格の魔法少女達に的を絞る。そして彼女達の重い処遇によって…抑止力とするわ」

 

「東の魔法少女達の主犯格…」

 

鶴乃の頭に浮かぶのは東西中央の会合の席に現れた時雨・はぐむ・月咲達のようだ。

 

「ねぇ…?あの子達を尋問したんでしょ?ルミエール・ソサエティの代表は彼女達なの?」

 

「いいえ…あの時現れた藍家ひめなと友人の栗栖アレクサンドラと呼ばれる少女だそうよ」

 

「私も尋問の席に同席しましたが…どうやらその2人は行方知れずのようです」

 

「行方知れず…?」

 

「東の魔法少女達は口々に言いました…自分達はあの2人に嵌められた被害者なのだと」

 

「ひめなの言葉は彼女達を魔法のように洗脳した。()()()()()()()()()()()()()と言ってたわ」

 

「勝手過ぎるよ!都合がいい理想に縋って街を破壊して…見捨てられたら被害者気取りなの!?」

 

「鶴乃さん……」

 

「鶴乃、気持ちは分かるけれど…全員を処罰なんて無理なの。彼女達にだって家族がいるのよ」

 

「死んだ人達にだって家族がいたよ!!なのに…どうして()()()()()()()()()()()()()…?」

 

その言葉を聞いたやちよ達は重い沈黙に包まれる。

 

目の下にクマがあるやちよの体がグラつき倒れそうになるがみふゆに支えてもらう。

 

「やっちゃん!?大丈夫ですか…?」

 

「…ごめんなさい。長としての責任が余りにも重過ぎて…あの日から一睡も出来ていないの…」

 

「少し休んだ方がいいですよ。裁判の段取りは私達の方で進めていきますから…」

 

「その必要は無いわ。…少し外の風に当たってきたら持ち直すと思うから…」

 

席を立ち上がり、やちよは玄関の扉を開けて外に出る。

 

新西区は北養区と同じく被害を受けなかったため街の景観はいつもと同じ。

 

だが新西区から水名大橋を超えて進めばテロリズムの傷跡は野晒しも同然だった。

 

「あの3人をどうするか…。それに…みたままで裁かれたいと私に直訴しに来た…」

 

やちよはその時、彼女が何をしてきたか、何を願って魔法少女になったのかを聞かされた。

 

「…あの子は望まず手伝ってしまっただけよ。それに…奇跡で街が燃えたなんて思えない」

 

これは人災であり、彼女の願いが奇跡を呼んだから街が燃えてしまったとは西の長は考えない。

 

「みたまも他の東の子たち同様、観察処分にするのが関の山ね……」

 

時雨達に与える重い刑罰が浮かばず溜息をつきながら家に入ろうと振り返る。

 

「あら……?こんな大変な時に郵便受けに封筒…?」

 

郵便受けに入っていた封筒を取り、家の中に戻っていく。

 

「やっちゃん、どうかしたんですか?」

 

「おかしな封筒が届いたの…。宛先も差出人も書かれていない封筒なのよ」

 

「だとしたら…やちよさんの家に直接持ち込んだヤツがいるということだぞ?」

 

「気味が悪いね…中身は何だろう?」

 

「手紙か何かだと思うわ」

 

封筒から手紙を取り出し、彼女は目を通す。

 

「こ……これは……!?」

 

「何が書かれてたんですか…?」

 

「魔法少女の加害行為を知る事も出来ない、哀れな人間社会の代理人を名乗る者からの嘆願書よ」

 

「代理人……嘆願書?」

 

「そ、その人ってのは…アタシ達魔法少女の存在を知っていて…」

 

「このテロリズムに魔法少女達が関わっているという情報を掴んでる人だよね…?」

 

「内容はどのように書かれているのですか?」

 

「……読み上げるわ」

 

手紙の内容は以下の通りだ。

 

魔法少女という存在を知る権利さえ剥奪された、人間社会の代理人として嘆願する。

 

これ程の魔法少女被害を被り、人間達は大切な家族や友人を大勢失った。

 

街は燃やされ、生きていく糧すら奪われた人々は、たとえ殺されなくても生きていけない。

 

今までこの神浜市を守ってきた正義の魔法少女達にお願いする。

 

被害者達の気持ちに寄り添い、捕えているだろうテロリスト共を全員極刑にしてくれ。

 

この国は魔法少女から人々の安全を守ってなどくれなかった。

 

だからこそ自治を行う正義の魔法少女達が皆の無念を晴らしてやって欲しい。

 

そうでなければ自分勝手に魔法が使える者達に蹂躙される人間社会が哀れでしかないからだ。

 

どうかお願いする。

 

壊された街に赴き、人々の泣き叫ぶ声に耳を傾けてあげてくれ。

 

やちよが読み終えた後、場が凍り付く。

 

長い沈黙に耐えきれなかった鶴乃が先に喋りだす。

 

「……この代理人を名乗る人も私と同じ気持ちなんだね」

 

「…どう思う?この人間社会の代理人を名乗る存在について、何か心当たりはないか?」

 

「分かりません…。魔法少女の存在を知っている人間なんて見当がつきません…」

 

俯いた顔をしていたやちよだが、気になる部分があったのかこんな話を持ち出してくる。

 

「……この手紙とほとんど同じ意見を私に言ってきた魔法少女達がいるの」

 

「ま、まさか……その魔法少女達が人間社会の代理人のフリをして手紙を持ってきたのか?」

 

「常盤ななか…そして静海このはをリーダーにする魔法少女チームが揃って嘆願しに来たわ」

 

「調整屋でやっちゃんと話しているのを私も見かけました。美雨さんの姿は見えませんでしたね」

 

「あの子達なら西の長である私の家も知っていて当然よ。人間のフリをしての再度嘆願ね」

 

「ど、どうするの…?あの子達って確か裁判官として参加をしたいって言ってたけど…」

 

「あの子達は遠ざけるしかなかった…。社会を優先するあまり全員を極刑にしたでしょうね…」

 

「やはり死刑を望む声も大きいと判断するしかないです。怒る気持ちは私にもある…それでも…」

 

「ええ……同じ気持ちよ、みふゆ。私はあの子達に生きて罪を償って欲しい」

 

「それで……本当にみんなが納得してくれるのかな?」

 

「分からない…それでも、私の中では答えは出ている」

 

「そっか…やちよとみふゆがそう決めたのなら…魔法少女仲間の私も自分の気持ちは抑えるよ」

 

「アタシも同じ気持ちだ。常盤ななか達は危険だが…どうにか穏便に出来るようにしよう」

 

「みんな…ありがとう。この嘆願書は……()()()()()()()()()()()()()

 

やちよは手紙を封筒に仕舞い、机の上に置く。

 

それはまるで魔法少女に蹂躙された人間社会の慟哭から目を背けるかのような所業だ。

 

彼女はななかの筆跡を知らないため誰が書いた手紙なのかを判断出来ない。

 

この嘆願書は東京で人間の守護者を貫いてきた男が書いたものであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

家屋の半分以上が燃やされてしまった水名区に場所は移る。

 

瓦礫の撤去作業が続けられる中、水名区で魔法少女をしていた少女達もまた被害を受けた。

 

「…そうですか。阿見さんの家は無事だったんですね」

 

「…家は無事だったけど…それどころじゃないんですの」

 

「えっ…?」

 

沈痛な顔つきを浮かべたまま深刻な被害を受けた彼女は語っていく。

 

「モデルの仕事が突然…全てキャンセルとなってしまったの…」

 

「ど、どうして…?」

 

「私は水名を売りにしていたけれど…今回のテロによって、神浜問題が全国放送されたの」

 

「そういえば…連日のように特番やってますね。なぜ神浜市で左翼テロが起きたのかを…」

 

「神浜は全国からバッシングされ、水名モデルである私まで…企業の仕事から追放されたわ…」

 

「そ…そんな…」

 

「私だけでなく、水名のさゆさゆでご当地アイドルをしてる史乃さんも同じ立場だと聞いたわ」

 

「酷い…阿見さんや史乃さんがテロを行ったわけじゃないのに…」

 

「モデルはね、イメージが売りの商品…。だから炎上する案件を抱えた存在は…必要とされない」

 

彼女の拳が悔しさによって震えていく。

 

「それもこれも…全部東の連中のせいですわ!やっぱり東の連中は暴力主義者だったのよ!!」

 

「ち、違います!それを起こさせたのは私たち水名の人間です!」

 

「だからって!こんな仕返しをする権利なんて無い!!私からモデルの夢を奪うだなんて…!!」

 

涙が溢れ出し、梢麻友の胸に顔を埋めて抱き着く。

 

「いや…こんなの嫌ぁ!!魔法少女になってまで…一番になる夢を目指したのよ!?」

 

「阿見さん……」

 

「返して…返してぇ!!私の夢を…返しなさいよぉぉぉ…ッッ!!!」

 

彼女に縋りついて泣き続ける阿見莉愛は悲嘆に暮れた姿を晒してしまう。

 

悲嘆に暮れる魔法少女は彼女だけではなかったようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

新西区の奥地にある大病院として機能しているのは里見メディカルセンターだ。

 

ここには暴動によって大勢の犠牲者達が搬送され、内部は野戦病院のような騒ぎとなっている。

 

病床不足で搬送されたが受け入れきれず、優先順位を示すトリアージタグが渡されていく。

 

そんな中、通路で座り込み苦しみ悶える負傷者達を走り超えていく少女がいた。

 

「嘘よ…嘘よッッ!!お父さんが殉職しただなんて……絶対に嘘よぉ!!!」

 

蒼い顔をした少女が入り込んだのは霊安室。

 

そこで寝かせられていた死体を見て、息を乱していた彼女が凍り付く。

 

顔にかけられている顔隠しを少しだけ持ち上げた彼女は絶句するのだ。

 

「そ、そんな……お父さん…お父さんなの…!?」

 

決死の覚悟で消火活動を行った美凪ささらの父の顔は焼け爛れ、誰かを判別出来ないほどだ。

 

だが彼女は直ぐにこの遺体が父だと理解するだろう。

 

自分と同じ道を進みたいという娘を誇りに思い、頭を撫でてくれた遺体の手は同じだからだ。

 

「いやぁぁぁーーッッ!!お父さん死んじゃヤダァァァーーッッ!!!」

 

遺体に縋りつき、泣き喚き続けるささらに声を掛けられる者はそこにはいない。

 

父親が消防士という公務員であり公共サービスの為に働き命を落とす日が来るのは考えていた。

 

だが今直ぐそれを受け入れるだけの覚悟は子供の彼女には無かったようだ。

 

「どうして…どうしてお父さんが犠牲になるのよ!!それもこれも…全部…ぜんぶ……」

 

――平等主義に狂った…東の暴力連中のせいよぉぉぉーーッッ!!!

 

……………。

 

病院のホールには負傷者達の家族が詰めかけている。

 

皆の邪魔にならないよう窓際に立っているのは付き添いで来た明日香とこのみであった。

 

「ささらさん……血相変えて病院の奥に走って行きましたね」

 

「……もしかして、お父さんは…?」

 

それを口に出して言う勇気は2人にはなく、重い空気となっていく。

 

「私の花屋さんは…無事でした。明日香さんの道場は…?」

 

「道場もどうにか無事です。東の暴徒達が火をつけたのは金持ちの民家や施設だそうです」

 

「どうして…こんなことになっちゃったのかな?私達には何が足りなかったの…?」

 

「……昔、あきらさんと武道思想の一つである活人剣について語り合ったことがあります」

 

「活人剣…?」

 

「1人を殺し、大勢を救うならば…殺人術も人を活かす道となる。柳生宗矩が提唱した教えです」

 

「そ、そんなの野蛮だよ!人を救いたいなら…殺人ではなく話し合いで解決するべきよ!」

 

「…ですが、此度の暴動において話し合いで解決出来ましたか?」

 

「そ、それは……」

 

「話し合いで解決出来る問題だったら東西中央の会談や、それよりも前に解決出来たはずです」

 

「……相手を思いやり、優しさを与えて手を取り合うじゃダメなの?」

 

「…時と場合によるのかもしれません。東の暴徒達は西側の差別に苦しめられてきました」

 

「だ、だからって…こんな暴動を起こしていいはずがない!!」

 

「その通りです。被害者なら何をやっても許される…可哀相なら許されるでは秩序は守れません」

 

「明日香さん…?」

 

このみが横の明日香に視線を向けた時、背筋が凍りつく。

 

彼女の表情は恐ろしい秩序の守護者のような顔つきとなっているからだ。

 

「私は…甘かったです。東の魔法少女達が不穏な動向を見せていた時に…斬るべきでした」

 

「殺す必要なんてない!!いくら悪者でも、痛めつけて反省を促していけば分かってくれます!」

 

「信じることは大切です。ですが…それだけでは先の脅威には備えられませんよ?」

 

「人殺しなんて許せません!!魔法少女の恥晒しよ!!!」

 

「その言葉、もしかして…ななかさんが人を殺した時に、彼女を否定したのは貴女ですか?」

 

それを問われた時、このみは動揺の表情を浮かべてしまう。

 

それでも誤魔化しきれないと知ると開き直った態度を見せてくるのだ。

 

「そ、そうよ!人殺しの魔法少女なんて…正義の魔法少女として失格だと思うから!!」

 

「魔法少女は夢と希望を叶える存在…聞こえはいいですが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

明日香に促されたこのみは周囲に目を向けてみる。

 

看護師から負傷者が亡くなったと聞かされ、泣き出してしまう家族連れの哀れな姿が見える。

 

家族が治療されず、病院の事務員を罵倒している家族連れだって数日前までは平穏に暮らせてた。

 

人々は魔法少女に苦しめられ、荒んだ光景を生みだしていく姿こそ明日香が伝えたい内容だった。

 

「…私には夢と希望がある光景には見えません」

 

「私…間違ってるの?変身ヒロインは不殺を貫き、相手を思いやれる優しい人達だと信じてきた…」

 

「その価値観に縛られ、思い込みの世界で私も生きてきました。ささらさんもそれを信じてきた…」

 

「その結果が……この光景?」

 

自分が信じて疑わなかった価値観が崩壊していき、このみの両膝が崩れて放心状態となってしまう。

 

苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる明日香は最後にこんな言葉を残すのだ。

 

「魔法少女を含めた人間は…善人も悪人も関係なく…度し難い程にまで…」

 

――自分に都合のいい世界しか見てこなかったんですね。

 

沈黙が場を支配していた時、ささらが俯いた表情をしながら帰ってくる。

 

「…ささらさん、お父様は?」

 

俯いたまま首を横に振る彼女の姿を見た明日香は察してくれるが、重苦しい顔のまま聞いてくる。

 

「…ささらさん。騎士道精神を重んじる貴女に…こんな話を持ち掛けるのは心苦しいですが…」

 

「……明日香。生真面目な貴女が騎士道に相応しくない提案を持ち掛ける内容なら…分かるよ」

 

俯いていた顔が起き上がっていく。

 

その表情は憤怒を纏う恐ろしさを感じさせる程の怒りに満ちている。

 

「気持ちは…同じよ」

 

「私は規律を重んじる人間です。行為の規準として定めた社会規則を守らない者は容赦しません」

 

「…私もそうしたい。だから…今日この日をもって……優しい騎士としての生き方を捨てるわ」

 

頷き合い、2人は病院を出ようとするが後ろから叫び声を浴びせてくる者がいる。

 

「だ、ダメよ2人共!!悪人なら殺していいだなんて……()()()()()()()()()()()()ッッ!!!」

 

未だに自分の理想世界から出てこようとしない者に向けて秩序の守護者達が振り向く。

 

その表情はあまりにも冷たい顔を浮かべたまま軽蔑の視線を送ってくるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

迷走していく神浜の魔法少女達。

 

その中でもリーダーを失い、東の魔法少女という立場である少女達は困惑しているようだ。

 

「これから東の魔法少女は……どう生きていけばいいの?」

 

警察のパトカーが多く巡回する大東区の公園に集まっているのは西と中央に味方した少女達。

 

古町みくらの問いかけに対し、誰も答えを出せる者がいない様子である。

 

「東を追放された十七夜さんの足取りはどうなったのか…誰か知らない?」

 

後輩の三穂野せいらが質問するが、みくらは目を瞑り首を振ってくる。

 

「わ、私……西に行って、やちよさんに聞きに行きました」

 

重い口を開いたのは千秋理子のようだ。

 

小学生の彼女は危険を承知で西に行った事に対して先輩達が怒ってしまう。

 

「小学生の貴女が…今の西側に独りで行ったの!?ダメじゃない!何されるか分からないわ!」

 

「私も付き添ったから大丈夫だよ。東の子だとバレないように私服姿で出かけたから」

 

理子を守ってくれたのは矢宵かのこである。

 

彼女も十七夜の身を心から心配する者であるため同行したい気持ちもあったようだ。

 

「やちよさんの話だと……十七夜さんはあの暴動の時に行方不明になったそうです」

 

「なぜ西側はそれを知っているの?」

 

吉良てまりの質問に対し、かのこが答えてくれる。

 

「十七夜さんは追放された時、やちよさんに保護されてたの。暴動の時…家を飛び出したみたい」

 

「そうだったのね…。不味いわ…今の東は纏められる人が不在状態よ」

 

「それに…暴動に与した東の魔法少女達だって今後どう扱うべきなのか分からないよね…」

 

「この中で…誰かやれそう?東の新しいリーダーをやってみない?」

 

てまりの質問を聞いた全員が俯いてしまい、自信の無さを無言で示してしまったようだ。

 

そんな時、少し離れた場所では憂鬱な表情をした水樹塁と八雲みかげの口が開いていく。

 

「こんなストレス展開耐えられない…。ストレスフリーなネット小説世界に行きたい…」

 

「ねぇ?貴女は覇王の生まれ変わりだって聞いたけど、貴女が東のリーダーやらないの?」

 

「いいっ!!?ど、何処でそんな話を聞いたの…みかげちゃん?」

 

「せいらお姉ちゃんが教えてくれたの。エミリーのお悩み相談所に集まった時に聞いたよ」

 

「せいらちゃん…なんて血も涙もない非道な行為を!わ…私は今…猛烈に穴の中に埋まりたい!」

 

「フォートレス・ザ・ウィザードとしてさ、数千年前の大戦の時みたいに…」

 

「わーっ!!わーっ!!それはただの設定!ソウルジェムが曇るから言わないでぇ!!」

 

緊張感の無い2人を見たみくらが溜息をつき、眼鏡のブリッジを押し上げた後にこう告げる。

 

「誰も名乗り出ないのなら…私とてまりに考えがあるの」

 

「考えって…何ですか?」

 

「私達の提案はね……東の魔法少女社会を解体して中央のひなのさんの傘下に入ることよ」

 

その一言を聞いた東の魔法少女達が絶句し、かのこが怒気を含ませた叫びを上げてしまう。

 

「どういう理屈よ!?中央の傘下になれだなんて……東の子達の気持ちを知らないの!?」

 

「私とてまりは他所の街から神浜に通っているから地元民ではないの」

 

「だから私達は客観的な目線で今後の魔法少女社会の在り方について…提案がしたい」

 

「いきなり過ぎます!十七夜さんだって…ちゃんと帰って来ます!」

 

「理子ちゃん、物事を希望的観測だけで判断してはいけない。先の準備を用意しないと」

 

「だって…だって…十七夜さんが私達を見捨てたまま帰ってこないだなんて…思いたくない!」

 

泣き出してしまう理子の頭を撫でた後、冷徹な顔をかのこは向けてくる。

 

「…なぜ中央でないとダメなの?」

 

「これだけの惨事を引き起こしたのよ。西側が東側を憎んでいる可能性は大きいわ」

 

「中央だって被害を受けたんだよ。どうして中央なら大丈夫って言えるの?」

 

「中央はこの街の歴史の影響を受けていない分、僅かな可能性があると思ったんです」

 

「それでも…中央の魔法少女達にも犠牲が出た分、風当りは強いけれど…西側よりはマシよ」

 

「勝手過ぎるよ…そんな提案。私は十七夜さんを待ち続ける」

 

「そうです!私たち東の魔法少女リーダーは…十七夜さんがいいです!」

 

地元の魔法少女達の中でも十七夜の人柄を好きになってくれた少女は何人もいるようだ。

 

「…それだと長が空席のまま東の魔法少女社会は纏まらない状態が続いていくのよ」

 

「そうなれば…暴動に与した東の魔法少女が解放された時に…何をしでかすか分からない」

 

「貴女達はそれを止めれるの?彼女達の苦しみを導いてあげれるカリスマが出せる?」

 

「そ、それは……」

 

「無い物ねだりはやめておいた方がいいです。先に備えられなければ…()()()()()()()()()()

 

「それでも、地元民ではないてまりと私は強制出来ない。判断は…地元の魔法少女に任せるわ」

 

東の魔法少女達は今後の自分達の在り方を迷いながら苦しむ。

 

そんな魔法少女の姿は東側だけでなく蒼海幇のメンバーの中にもいた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「美雨…話とは何じゃ?」

 

蒼海幇の長老と美雨の2人は今、南凪路の中国茶専門店の席に座っている。

 

店の窓ガラスから外を見れば騒動の後片付けを続けている者達の姿も見えた。

 

「長老…すまなかたヨ。蒼海幇の者でありながら…暴動の時に留守にしてしまたネ」

 

「魔法少女には魔法少女の立場もある。気にするでない、街はなんとかワシらで守りきれたぞ」

 

「それと…もう一つだけ相談したいことがあるネ」

 

「…そっちが本命のようじゃな?」

 

美雨の重い空気を察し、真剣に相談内容に耳を傾ける。

 

「社会秩序の為なら人殺しもじさない者達のやり方と、己の不殺の信念との間で揺れておるのか」

 

「今でも人殺しは絶対ダメだと言えるヨ。それでも…それが本当に正しいのか…自信なくなたネ」

 

「…何かを守るという事は何かを犠牲にする道。人間は常に、()()()()()()()()()()のじゃ」

 

「それは……私の選択によて、他の可能性で得られた恩恵を犠牲にするということカ?」

 

「その通り。人間は可能性の生き物とは言うが…選択によって得られる恩恵は限られておる」

 

「私は…人間を殺さずに平和を築きあげる道を考えたいけど…」

 

「お前さんの理性ではそう考えても……己の心は何と言っておる」

 

指摘されたため、胸に手を当てながら自分の鼓動を感じた上で本音を語ってくれる。

 

「…社会とは安全保障がなければ幸福は得られない。だから社会脅威は…殺してでも取り除けネ」

 

彼女の嘘偽りのない本音を聞かされた長老は腕を組みながら考え込む。

 

少しした後、細目が開いた長老が彼女の瞳を覗き込みながらこんな話を語りだすのだ。

 

「…美雨、少し中国の歴史の話に付き合ってくれんか?」

 

「中国の…歴史の話?」

 

「中国の後漢時代を生きた武将、関羽を知っておるな?」

 

「誰でも知てるネ。三国志の蜀の英雄であり、死後には武神や商売の神様にされた人ヨ」

 

「蜀漢の創始者である劉備に仕え、漢王室の復興を義弟の張飛と共に目指した人物じゃ」

 

「その関羽がどうかしたのカ?」

 

「…彼の生涯によって、どれ程の人間を殺してきたと思う?」

 

「そ……それは分からないけど、戦争だから仕方ない時代だと思うヨ」

 

「全ては漢王朝の為と言いながら…あらゆる人間を殺した。人を殺した兵士達を英雄と鼓舞して」

 

「……酷い時代ネ」

 

「じゃが、大儀だの戦争だのという言い訳がなくなれば…そこには何が残る?」

 

「…自分達の理想の為に人を大量に殺してきた大量虐殺者が大勢生まれただけヨ」

 

「その現実を封殺する為に政治家は兵士を英雄にしなければならん。そうでなければ……」

 

「兵士達も人間ヨ…大儀が無くなれば、ただの人殺しと罵られて差別されるだけネ」

 

「ベトナム戦争の米軍兵士とて国民から人殺しの悪魔と罵られた。これが現実なのじゃ」

 

「漢王朝復興を目指した関羽達もまた……ただの虐殺者に過ぎないと言いたいのカ?」

 

「腐敗した漢の末期、黄巾の乱によって動乱の時代となり人々は社会の安全保障を求めた」

 

「それが……天下泰平の為の戦争であり、大量虐殺だと言いたいのカ?」

 

「矛盾しておろう?平和を望みながらも人々を大量に殺す道…これが暴力の世界じゃよ」

 

「個人の欲望も、社会欲も、()()()()()()()()()()()()()()だと言いたいのカ…?」

 

「関羽と呼ばれた武将とて、一皮剝けば虐殺者。神などではない…ただの悪魔じゃ」

 

「それでも関羽にとては、人殺しを続けるだけの価値があたと思うのカ?」

 

「桃園の誓いを裏切ることなど出来ない。義に生きて人を殺し、義に裏切られて死んだのじゃ」

 

「……救いようのない人生ネ」

 

「人殺し。それは人として最悪の行為。それでも国は死刑という暴力を使うのは…大儀の為じゃ」

 

「大儀……それは大勢の利益の為カ?」

 

「悪人が死に、大勢の人々の安全が保障される。活人剣の思想こそが司法暴力の根拠なのじゃよ」

 

「そんな理屈……おかしいネ!だて…人殺しは人として最悪の行為だて……!」

 

「大儀とは()()()()()()()()()()()()()。正しい大儀と書いた正義の定義とは答えられるか?」

 

「そ……それは……」

 

「きっと漫画などの世界で描かれておるイメージが定義と考えておるのじゃろう?」

 

「…私だて、変身ヒロインの漫画とかは大好きネ。あの世界観が私達の行動理念ネ」

 

「それはお前さん達だけの正しさじゃろ?漫画の世界に興味が無い者にまで押し付けるか?」

 

「……出来ないネ」

 

「お前さん達の正しさの定義によって社会が不利益を被った時…お前さん達は()()()()()()()()

 

「……とれないネ」

 

「物事に正しさなど無い。定義としての正しさが存在しないのならば…国民の利益を考えるのみ」

 

「それが政治の世界であり、武将達が生きた時代から続く大儀の世界カ?」

 

「ワシの考えをお前さんに押し付ける気は無いが…お前さんとてワシに押し付ける権利は無い」

 

「長老……」

 

「誰かを否定して良いのは、誰かに否定される覚悟を持つ者のみ。これは人殺しも同じじゃ」

 

「人間て……どうしてこんなにも()()()()()ネ?」

 

「人はロボットではない。もし人間にそれを期待するのならキュウベぇになるしかないのぉ」

 

「あんな感情が無い合理主義者になれば…人々の争いは消えるというのカ?」

 

「争いは消えてなくなる。じゃが、それはもはや人間社会とは呼べない…機械のような世界じゃ」

 

冷えてしまった茶を飲み干した長老は立ち上がり、美雨に向けて結論を語ってくれる。

 

「人はそれぞれに正しさを持つ。相手を尊重したいのならば相手を否定するでない」

 

「それは……相手からも私が否定されるからだと言う意味カ?」

 

「己の生き方を信じ、道を選んで他の可能性を捨てる。それしか…人間には出来ないのじゃよ」

 

「私は自分の正しさを持ていい。人殺しの道を選ぶ者も…自分の正しさを持ていい…」

 

「己の生き方に責任を持つ。それが自由の世界…そして人殺しを選んだ者もまた責任を負う」

 

「ナオキやななか達は…その責任を取らされて死ぬのカ?関羽達のように?」

 

その一言を聞いた長老は一瞬体が震えたが、何事もなかったかのようにして店を出ていく。

 

武術館に戻る道を歩いていた時、立ち止まった長老が空を見上げる。

 

「過ちて改めざるをこれ過ちという。過ちを繰り返したワシが…次の世代にも過ちを行わせるか」

 

孔子の教えを呟いた長老が大きな溜息を出しながらも美雨のために覚悟を決めてくれる。

 

「誰かを否定するのならワシとて否定される。ならばその責任…ワシも背負うしかないのぉ」

 

覚悟を決めた長老が細目を開き、前を向く。

 

「長兄、益徳。ワシは人殺しを繰り返しながらも…今でも悪魔として現世に残されておる」

 

――ならば残されたこの命……償いの為に捧げよう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

災害対策基本法改正により地方はボランティアによる防災活動環境整備を行えるようになった。

 

神浜行政によって災害ボランティアセンターが設立され全国からボランティアが参加してくれる。

 

家屋の片付けや炊き出し等の直接的な復旧支援だけでなく、被害者との交流機会も設けられた。

 

ボランティアを行う人々の中には尚紀の姿もいたようだ。

 

「あんた…大丈夫なのか?被災したって聞いたけど…その日から寝ずにボランティアだろ?」

 

家屋倒壊現場の片づけ作業を黙々とこなすのは紺色の作業服を着た尚紀である。

 

同じボランティアの学生の質問を無視する彼は懸命に瓦礫を取り除いていく。

 

「……おい、仏を見つけたぞ」

 

瓦礫の中から出てきたのは我が子を抱きしめながら焼け死んだ家族の遺体。

 

ボランティア達が集まり、仏の前で手を合わす。

 

祈る神がいない悪魔の尚紀だが彼らの冥福を願うかのようにして手を合わせたようだ。

 

被災者の要請に応じてボランティアの一部は水名区から参京区に移動していく。

 

「この参京区も至る所で派手にやられたようだな…」

 

班分けが行われ、彼が担当するのは被害を受けた児童養護施設の家屋の片づけ作業である。

 

現場に向かっていたが児童養護施設の前で泣いている少女達を見つけたようだ。

 

「あいつらは……このは達なのか?」

 

近づいてきた尚紀に気が付いたのか姉妹達が駆け寄ってくる。

 

「尚紀お兄ちゃん!!あちし達の…あちし達の家がぁぁぁ……!!」

 

泣きながら彼に抱き着いてきたあやめを抱き留め、2人の姉に視線を向ける。

 

「まさか……この瓦礫塗れの児童養護施設は?」

 

「グスッ……アタシ達が世話になっていた…つつじの家の成れの果てなんです!」

 

「私達は…つつじの家の存続を願って魔法少女になったのに…どうして……どうしてぇ!?」

 

2人の姉も尚紀の肩に顔を埋めながら泣いていく。

 

「あちし達…守れなかった!目の前で帰りたい家を燃やされたのに…守ってあげれなかった!!」

 

あやめの言葉を聞いた彼の脳裏に佐倉牧師の教会が燃えていく光景が再び蘇っていく。

 

あの時の彼もまた彼女達と同じく目の前で帰りたい家を燃やされたのだ。

 

「孤児となり…拾ってくれた家を出て独立し…そして帰りたい家を目の前で燃やされる…」

 

彼女達の慟哭は尚紀でなければ分からない。

 

彼もまた目の前で帰りたい家を燃やされ、何も出来なかった無能者だった。

 

彼の震えた声を聞いた姉妹達の胸が締め付けられていく。

 

「尚紀さん……あの演説の時に語っていた苦しみ……今なら分かるわ!!」

 

「グスッ…ヒック……アタシ達も……尚紀さんと苦しみは同じだよ…!!」

 

「なんでぇ!!どうして…どうして大切な家が燃やされ…あ……あぁぁぁ~~……ッッ!!」

 

泣き叫ぶ姉妹達の慟哭を彼は受け止めてくれる。

 

握り込んだ両拳が憤怒によって震えてしまう。

 

このは達の大切な家であるつつじの家を燃やしたのは己の甘さのせいだと自分を責め抜く。

 

「…俺がしてやれるのは、義援金を自治体の義援金配分委員会に送ってやることしか出来ない」

 

義援金は被災者への直接支援として扱われる見舞金である。

 

被災した関係者に直接支援を行い、つつじの家の再建に努めて欲しいとするのだが問題もあった。

 

「全てを被災者に見舞金として届けられる以上は公平となり、つつじの家だけが優先はされない」

 

「…何年先になるの?つつじの家が元通りになるのは……?」

 

「生き残ってくれた孤児達が再びこの児童養護施設に戻るかは……分からない」

 

「そ……そんな……」

 

「それでも……全国から集まった寄付金によって必ず蘇る日が訪れる」

 

「いつか……絶対に蘇る日が来る……」

 

「この家出身のお前達は蘇ったつつじの家を必ず見届けろ。そして…支えてやれ」

 

「尚紀……お兄ちゃん……」

 

彼の胸から離れ、涙を拭ったあやめは決意の表情を向けてくる。

 

彼女には新たな生きる目標が出来たようだ。

 

「あちし…目標が出来た!あちしは……蘇ったつつじの家の院長先生になる!!」

 

三女の決意の言葉を聞いた2人の姉も顔を起こして涙を拭いながら将来の目標を語りだす。

 

「アタシも……社会の理不尽に苦しめられ続ける孤児達を支えていける仕事に就きたい」

 

「私も……投資家としての知識を活かし、孤児達を支えられる支援金を用意していきたいわ」

 

「このは…葉月……お前達は嘉嶋会の宝だ。これからも嘉嶋会を支え続けてくれ」

 

理事長から激励の言葉を送られた2人の顔が赤面していく。

 

それでも嬉しかったのか、泣き腫らした顔のまま笑顔を向けてくれたようだ。

 

「尚紀さんなら……何処までもアタシはついていくよ」

 

「私たち姉妹に尚紀さんを与えてくれた風華さんに……心から感謝するわ」

 

このは達姉妹はつつじの家を守るためにキュウべぇと契約して魔法少女となった者達。

 

三姉妹が魔法少女になった時、こう願った。

 

つつじの家の取り潰しの要因の排除。

 

つつじの家の関係者から葉月、あやめ、このはの記録を消す。

 

つつじの家の将来にわたる存続。

 

誰もつつじの家の関係者が()()()()()とは願っていない。

 

寄付金によってつつじの家は蘇り、将来的には存続していくのだろう。

 

しかし失った尊い命を蘇らせることは誰にも出来なかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

繰り返しボランティア活動をしていたが班長から呼び出されて休めと言われてしまう。

 

「俺は仕事の方もこの騒ぎで暫く出来なくなったから、時間は大丈夫だ」

 

「そうじゃない、君の体が保たないから言っているんだ」

 

「俺は大丈夫だから続けさせてくれ」

 

「行方不明者の安否が気がかりなのだろうが、それでも休むのも仕事のうちだよ」

 

頑なな班長の言葉に折れ、家に帰って風呂などを済ませてからもう一度来ると返したようだ。

 

瓦礫撤去も終わらない参京区の道を歩いていた時、見知った人物を見かける。

 

「あれは……令か?」

 

公園の椅子に座り、首にかけているカメラを見つめたままの観鳥令がいたようだ。

 

「あっ……嘉嶋さん」

 

近づいてきた彼に気が付いた彼女は疲れた笑顔を向けてくる。

 

「お前はこの東の騒動には参加せず、何をしていたんだ?」

 

「観鳥さんはね…この騒動の裏側で暗躍していた革命魔法少女達を撮影していたんだ」

 

「本当か?なら、あいつらの犯行現場を……?」

 

「うん、観鳥さんの固有魔法は確実撮影……連中の犯行現場を逃さず撮影出来たんだ」

 

「見せてくれないか?」

 

観鳥からカメラを受け取った彼が写真画像データを見せてもらう。

 

「これだけの現場を押さえれたか。これなら裁判で使える証拠品としても提出出来るぐらいだ」

 

「……それについて悩んでいたんだ」

 

「革命魔法少女を警察に突き出すことをか?」

 

「この写真には魔法少女の存在を証明出来るだけの動かぬ証拠力がある。だから…怖い」

 

「秘匿された魔法少女の存在が明るみになり、人間社会がパニックを起こすからか?」

 

「民衆達がそうなれば…魔法少女は迫害され、民意を受けた政府によって魔法少女達は……」

 

「…ユダヤ人のようにゲットーに隔離されるか、果ては戦争の道具かだな」

 

「人々は理解出来ない恐怖存在を社会から遠ざけたい生き物…。その為なら理由なんて…」

 

「為政者達なら幾らでも用意出来る。人類を大虐殺することさえ国家は歴史でしてきたんだ」

 

「だから…革命魔法少女達を人間社会の警察に突き出すことが……恐ろしい」

 

「そうか…だが、魔法少女の犯罪行為を証明出来る証拠品があるのは都合がいい」

 

「えっ……?何を考えているのさ、嘉嶋さん?」

 

「令……この写真データを俺に譲ってくれないか?」

 

「この写真を使って何をする気なんだい?」

 

「魔法少女社会の長を気取る連中に向けて突きつける」

 

「やちよさん達に…?どうしてそんな真似を……?」

 

「このテロによって、犠牲となった人々の気持ちに寄り添って欲しいと西の長に嘆願書を送った」

 

「そんな事をしたの…?返事は返ってきた?」

 

「返事はいらない。俺の言葉を重く受け止め、捕らえている魔法少女を極刑にすれば文句はない」

 

「だとしたら…不味いよ。観鳥さんも調整屋に赴いた時にさ…聞いたんだ」

 

「何をだ?」

 

「魔法少女達の裁判を執り行うって決めたようだよ。それでも…魔法少女達の意見は分かれてる」

 

「西と中央の長を気取ってきた連中は…革命魔法少女達についてどういう見解をしていた?」

 

「彼女達の犯罪行為は許されないけど…それでも、彼女達に同情を強くしていたと思う」

 

その言葉を聞いた時、彼の拳が強く握り締められていく。

 

「……だとしたら、俺が送った嘆願書の内容は西の長にとっては都合が悪いか」

 

「裁判の日取りは決まってる。事件が起きた日から数えて一週間後にしたようだから…」

 

「残すところあと二日か。裁判は何処で行われる?」

 

「調整屋を構えたミレナ座の第四シアターで行うんだ。秘匿裁判が出来る場所は限られてるし」

 

「お前も魔法少女裁判を傍聴したいのなら、裁判の結果を直ぐに俺に教えて欲しい」

 

「も、もしさ……温情を与えるような裁判の判決が出たら……?」

 

恐る恐る彼に質問した観鳥だが、彼の表情を見て背筋が凍り付く。

 

「……俺は、()()()()()()()()

 

その表情は誇り高くも残忍で冷酷な行動力を今まで示してきた魔法少女の虐殺者の顔だった。

 

写真データの報酬を支払おうとするが拒否されてしまう。

 

「写真データはタダで譲る。その写真を使って…何をする気なの?」

 

()()()()()()を執り行い、犯罪者共を許したなら…俺の嘆願書は踏み躙られたも同然だ」

 

「まさか、その写真を使って…もう一度嘆願を行いに行くの?」

 

「連中が言い逃れ出来ない証拠品として扱い、事実関係を証明して人間社会の怒りを叩きつける」

 

「…それが正しいのかも。裁判は長という行政が行うものじゃない…()()()()()()()()()()()

 

「令、お前はどう考えている?犯罪を犯した魔法少女でも…許されるべきか?」

 

その言葉を聞いた観鳥は立ち上がり、カメラを両手に持ちながら真剣な顔つきでこう告げる。

 

「観鳥さんはジャーナリスト。公人として、魔法少女も人間も関係なく犯罪者の味方はしない」

 

「…それが聞けてよかった。証拠写真……有難う」

 

踵を返した彼は家に帰っていく。

 

血のように赤い夕焼け空を令は見つめながら、これからの神浜市に起きる不安を語っていく。

 

「人間の尚紀さんは……魔法少女達が嘆願を無視してきたら…どうする気なの?」

 

あの時見せた彼の憤怒、そして殺気。

 

それは人間では表現できない程の恐ろしさだった。

 

「尚紀さんはただの探偵であり拳法家……それだけなの?」

 

令は彼のスマホに移したデータ以外の写真データを開いてみる。

 

その中には空を飛ぶ恐ろしい吸血鬼の姿が映っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「くっ……うぅ……乾く…喉が……焼けつくようだ……」

 

夕日の光が入り込む廃墟ビルで座り込み、呻き声を上げてしまう。

 

部屋の隅の影に座り、日の光を怯えて過ごす事しか出来なくなったのは十七夜であった。

 

「自分の体は……本当に吸血鬼にされたのか?何かの悪い冗談だろう…?」

 

彼女は左手を少しだけ日の光に近づけていく。

 

「くっ!!」

 

指の先端が触れただけで酷い火傷を負ってしまう現実を突きつけられ、乾いた笑いをが出てしまう。

 

「……ハハハ…どうやら自分は……魔法少女ですらなくなってしまったようだな」

 

彼女の瞳の色は悪魔を表す真紅の瞳。

 

口を開けば獲物に噛みつき血を飲む為に肌を傷をつける事に特化した尖った歯。

 

そして体は今まで感じたこともない程の衝動に突き動かされている。

 

悪魔としての本能が彼女に向けて人間を襲えと叫び続ける獰猛な本能こそ、悪魔の証だった。

 

「……自分も……終わりだな」

 

座り込む彼女の前には今では何のためにあるのか分からないソウルジェムが置かれている。

 

その色はどす黒く濁り切り、後僅かで絶望によって砕け散り円環のコトワリに導かれるだろう。

 

「吸血鬼として…悪魔として生きるぐらいなら…誰かに介錯を任せる必要も無い…」

 

座っていた場所の近くに捨てられていた事務用品の鉛筆削りを拾い上げる。

 

彼女は濁り切ったソウルジェムに近寄り、鈍器として鉛筆削りを振り上げる。

 

「神浜の破壊を望み、大勢に絶望を撒き散らした自分だ……自分も絶望に塗れながら死のう」

 

自らのソウルジェムを自らが破壊する自殺行為。

 

だが彼女の振り上げた腕が震えていく。

 

「…なぜだ?なぜこんな時に…思い浮かんでいく…?」

 

死を前にした時、頭に浮かんできたのは人間や魔法少女達と過ごしてきた平和な日々。

 

家族思いの彼女を大切にしてくれた家族がいた。

 

バイト先では東の人間であることで差別されることもなく、平等に接してくれた人間がいた。

 

自分を慕ってくれた東の魔法少女や、離れていても彼女を認めてくれた西の魔法少女がいた。

 

「どうして…!?どうしてこんな死に際に……優しかった人達の思い出ばかりが浮かんでいく!」

 

全身が震えだし、手に力が入らなくなったせいで鈍器を手から落としてしまう。

 

彼女は地面に蹲り、枯れ果てようとも尚も絞り出されてしまう涙が溢れ出す。

 

「うっ…グスッ……帰りたい…みんなのところに…。楽しかったあの頃に…帰りたいよぉ……」

 

神浜の破壊を望んだ少女が慟哭の言葉を漏らしていく。

 

絞り出された言葉には東の長としての威厳もカリスマも無い。

 

自分の不条理な願いによって滅んできた魔法少女と同じく、何処にでもいるか弱い女の子だった。

 

「ハッ…!?誰か…近づいてきているのか…?」

 

吸血鬼となった彼女の聴覚は研ぎ澄まされ、近づいてくる者の足音に気が付く。

 

「この魔力の感覚は……魔法少女じゃない?それに…普通の人間とも違う…」

 

嗅覚も研ぎ澄まされたのか近づいてくる者の臭いで男だと分かったようだ。

 

「逃げなければ…でも、どこに……?」

 

悪魔化した肉体でもそれを動かしているのは目の前に転がっているソウルジェム。

 

十七夜の体は未だに魔法少女としての運用しか出来ない体であったのだ。

 

地面のソウルジェムを手に持ち、近づいてくる男の存在に警戒する。

 

室内に入ってきた長身の男とは見るからに怪しい存在だった。

 

「貴女ハ、和泉十七夜さン…ですネ?」

 

「お…お前は……誰なんだ……?」

 

見るからに怪しい黒人神父の姿が恐ろしいのか体が震えていく。

 

「私ハ、シド・デイビス。貴女に用事がありまス」

 

「外国人神父が……自分に何の用事だ?頼むから……消えてくれないか?」

 

「さテ、十七夜さン。私はクドラクの主だと言えバ、用事というのもお分かり頂けますカ?」

 

「クドラクだと!?それじゃあ……お前はあの悪魔の飼い主か!」

 

「私達ハ、デビルサマナーと呼ばれまス。しかシ、我らは悪魔を崇めるダークサマナーでス」

 

「デビルサマナー…?ダークサマナーだと……?」

 

「クドラクを仕方なく泳がせましたガ、戻ってきた彼が思わぬ拾い物が出来たと喜んでましタ」

 

「ま、まさか……お前は…自分まで……!?」

 

「喜びなさイ。貴女も私の使い魔としテ、飼ってあげましょウ」

 

「い…嫌だ……来るな……来るなぁ!!!」

 

怯えた彼女はシドから逃げるようにして走り出す。

 

「ぐっ!!」

 

窓から入り込む日の光で足を焼かれてしまうが、それを気にしている場合ではない。

 

「そんな体デ、どこに逃げようというのでス?」

 

オーバーに両手を広げながら、ゆったりした速度で彼女の後を追う。

 

「フフ、死にたくはないでしょウ?私なラ、貴女を救えますヨ?」

 

「断るッッ!!!」

 

廃墟ビルを走り回って逃げていた彼女の動きが悪くなっていく。

 

「こ……こんな時に…!?」

 

彼女のソウルジェムの魔力残量は既に限界一歩手前であり、体を動かす魔力の余力もない。

 

歩く程の速度になってしまった彼女の後を鬼ごっこを楽しむかのようなシドが追う。

 

「私を拒みますカ?私から逃げ延びテ、このビルから出られたら見逃してあげましょウ」

 

「だ…黙れ!!額に赤い星を刻み込む変態神父めッッ!!!」

 

「フッフッフッ…さァ、お逃げなさイ」

 

ガムシャラに逃げ続けたが行き止まりに来てしまう。

 

「くぅ!!!」

 

ついに体を動かす魔力まで無くなり彼女は地面に倒れ込む。

 

手に持っていたソウルジェムは手から零れ落ち、目の前を転がっていく。

 

「フッフッフッフッフッ。さァ、お遊びもここまでにしましょうカ」

 

俯けに倒れた彼女が首を向ければ、後ろからはシドの姿が目前にまで来ている。

 

「私から逃げられなかっタ、十七夜さんにハ…魔法少女として死んでもらいましょウ」

 

「魔法少女として……死ぬだと!?」

 

魔法少女の死とはソウルジェムが絶望によって砕け散り円環のコトワリに導かれる光景だ。

 

「流石二、出口のないビルからハ、逃げ出せませんでしたネ」

 

この廃墟ビルはシドによって異界化されてしまい出口は塞がれている。

 

最初から出口のない鬼ごっこを強制されていたのだ。

 

シドは彼女の手前まで歩き、転がっていたソウルジェムを拾い上げる。

 

「…魔法少女として殺すなら、早く殺せ。自分もさっき…それを望んでいた」

 

「…おヤ?貴女は何カ…勘違いをされているようですネ」

 

彼女の顔の前で膝を屈めていた時、手下と思われるダークサマナー達も近づいてくる。

 

「口を開けさせなさイ」

 

手下達はシドに命令された通り動き、彼女の口を無理やり開かせていく。

 

「は……はひほふふひはぁ!!!」

 

「魔法少女はソウルジェムが砕け散る事デ、円環のコトワリに導かれル。そうはいきませン」

 

シドは右手に持つソウルジェムを、あろうことか彼女の歯に挟ませる。

 

「魔法少女が魔法少女を超エ、完全なる悪魔となる方法があるのですヨ」

 

この光景はかつて何処かで見た光景と酷似している。

 

悪魔の肉体となった悪魔ほむらが己のソウルジェムを嚙み砕いた光景と似ているのだ。

 

「外側に取り出されタ、人の魂ハ…悪魔の肉体に取り込まれて完全なる悪魔と化ス」

 

手下の1人が十七夜の頭を掴み、力を込める。

 

「……やりなさイ」

 

「ハッ……はへほぉぉぉーーーーーッッ!!!!!!」

 

次の瞬間、彼女のソウルジェムは強引に頭部を押し込まれて噛み砕かされる。

 

「あっ………?」

 

ソウルジェムに収められていた自分の穢れた魂が悪魔の肉体に取り込まれていく。

 

「おめでとうございまス。これで貴女モ…我らが神の娘とも言える少女と同じ存在になれタ」

 

意識が薄れていく中、シドが語る言葉の意味は理解出来たようだ。

 

(これで…自分も……本物の悪魔という…わけ……か……)

 

彼女の脳裏に最後に浮かんだのは大切な友達である八雲みたまの姿である。

 

(すま……な……い………)

 

倒れ込み、意識を失った彼女を満足そうに見下ろしていたシドが立ち上がる。

 

「連れていきなさイ」

 

手下のダークサマナーが用意していたのは紫外線を防げる大型バック。

 

人間の小柄な少女なら収めて運ぶぐらいは出来るだろう。

 

十七夜はイルミナティのサマナー達に捕らえられ運び出されていく。

 

車に乗り込んだシドは額の赤い星を左手でなぞりながら愉悦の表情を浮かべていたようだ。

 

「後ハ、もう1人の我らの神ガ、覚醒する瞬間を見届けるだけでス」

 

車は発進し、中央区のセントラルタワーに向かう。

 

日にちも過ぎていき、革命魔法少女達を裁く裁判の日が近づいていく。

 

これはその間に起きた戦後処理の光景でしかなかったようであった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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119話 優しい裁判

革命暴動の日より数えて一週間を迎えた頃。

 

被害を受けた南凪区の道路などの瓦礫は片付けられ道行く人達の姿が帰ってくる。

 

ホテル業魔殿も金持ち施設として東から忌み嫌われていたが暴動の被害を受けてはいない。

 

理由は怪奇現象が起きる呪われたホテルと地元でも有名な場所であった為に近寄られなかった。

 

業魔殿の地下施設に場所は移る。

 

現在この場所には八雲みかげがいるようだ。

 

「いくよ~フロスト君!」

 

「ヒホ!バッチこいホ~!」

 

業魔殿施設の休憩フロアに設けられた遊技場ではみかげとフロストが卓球をして遊んでいる。

 

「えいっ!」

 

「ヒホッッ!?」

 

打球をフルスイングして空振りしたのか目を回しながら座り込んでしまう。

 

「オイラ卓球は初めてやるけどムズかしいホ…目が回っちまったホ」

 

「力加減を加えないと当てても卓球台の外まで叩き出しちゃうんだよ」

 

「難しいルールだホー…」

 

ソファーに座って休憩するのだが、みかげは姉の隠れた仕事については思うところがあるようだ。

 

「姉ちゃがこんな場所で働いてるだなんて…知らなかったなぁ」

 

暴動後、みたまは妹に隠していた悪魔の仕事について話をしたようだ。

 

働いている業魔殿にまで案内した時に事情を聞いたヴィクトルも快く受け入れてくれた。

 

これには妹の身を思う姉としての理由もあったのかもしれない。

 

「フロスト君は姉ちゃを守ってくれてたんだよね?」

 

「そうだホ。調整屋に近づく悪い魔獣共をオイラがやっつけてたホ」

 

「姉ちゃズルい…こんなカワイイ悪魔を独り占めしてたなんて…」

 

「ヒホ?友達いないのかホ?」

 

「魔法少女の友達はいるけど…同世代の友達は…いないかな」

 

「なら、オイラが友達になってやるホ」

 

「フロスト君が?ミィの友達になってくれるの…?」

 

「みたまはあんまりオイラと遊んでくれないホ。大人のレディだからとか言われたホ」

 

「やったー!それじゃあ……ミィがお姉ちゃんだからね?」

 

「ヒホホ?みかげがオイラのお姉ちゃん?オイラの年齢って何歳だったか忘れちまったホー」

 

「ミィがお姉ちゃんやるの!絶対やるのーっ!!」

 

「わ、分かったホー…みかげ姉ちゃんでいいのかホ?」

 

「うん!それでよし♪」

 

人が近づいてくる気配を感じたのか視線を向ければヴィクトルが来ていたようだ。

 

「すまないね、みかげ君。業魔殿の地下施設で子供が遊べる場所はここぐらいしか無いのだ」

 

「大丈夫だよ、ヴィクトルおじさん。ミィはフロスト君がいるから退屈してないよ」

 

「そうか…。ジャックフロストも今の調整屋に潜む訳にもいかないからな…」

 

「たしか…暴動の時に捕らえた魔法少女たちを拘束する場所に使ってるんだよね?」

 

「オイラ…あんなに魔法少女のお姉ちゃん達に詰めかけられたら冷蔵庫から出られないホ」

 

「それより…何で姉ちゃはミィに一週間も調整屋に来ることを禁止したんだろ?」

 

それを問われた時、フロストの顔に動揺が浮かんでしまう。

 

とぼけるのが辛いフロストが口を開きそうになるがヴィクトルに頭を杖でしばかれる。

 

「フロスト、あれからイッポンダタラから連絡はきていないか?」

 

「きてないホ。最後に連絡がきた時はバイト先の先輩の行方を捜しに行くと言ってただけだホ」

 

「そうか……アイツなりに外の世界に繋がりが出来たようだな」

 

ヴィクトルとフロストの態度に不信感を感じたのか、みかげがジト目を向けてくる。

 

「ねぇ…?ヴィクトルおじさんとフロスト君は…何かミィに隠していない?」

 

「ヒホッッ!?な、なんのことだかサッパリパリチンだホー……」

 

「何も隠し事などしていないよ?それより、みかげ君も悪魔に興味を持つなら教えてあげよう」

 

「フロスト君やランタン君以外にも沢山悪魔がいるんだよね?可愛い悪魔の事が知りたい!」

 

「そうかそうか~、ならばこちらに来なさい。悪魔全書を見せてあげよう」

 

ヴィクトルはとぼけながらも時計に目を向ける。

 

(あと少しで……みたま君達の裁判が終わる頃だな)

 

みたまが妹を調整屋から遠ざけた理由とは我が身が裁かれる瞬間を妹に見せたくなかったため。

 

この日こそ、革命魔法少女の代表者達が西と中央の長達に裁かれる日であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

11月7日の午前九時前。

 

厳粛な空気に包まれているのはミレナ座の第四シアター。

 

スクリーン前に置かれた長机を法壇として使用し、端には書記官の席と弁護側の席を設ける。

 

最前列の席は被告人が座る席であり最前列の後ろからはカラーフェンスで仕切られる。

 

裁判官達と被告人以外は内側には入れずフェンスの外側が傍聴席というわけだ。

 

傍聴席には西と中央、それに暴動に組しなかった東の魔法少女達が座っている。

 

常盤ななか達や静海このは達の姿も見えるが周りの魔法少女への配慮なのか最後尾に座っていた。

 

「このはさん達は前の席に座られないのですか?」

 

「いいのよ、ななかさん。私たち姉妹もあの暴動の時に…貴女と同じ立場になったから」

 

「そ、それはまさか……?」

 

「アタシ達は革命魔法少女を…殺した。東の魔法少女に見られたから言いふらされたよ…」

 

ななかが視線を前に向ければ西や中央の魔法少女達の視線を感じてしまう。

 

ヒソヒソ声をしているが何を呟いているのかは差別されてきたななかには分かる。

 

「そうでしたか……貴女達も私と同じ苦しみを背負ったのですね」

 

「気にしないでいいよ、ななか。アタシ達はつつじの家を燃やした連中を許さない」

 

「そいつらを扇動した革命魔法少女達だって…あちし達は絶対に許さないからね」

 

「大丈夫だよ、あやめちゃん。私達なら貴女達を差別なんてしないからね」

 

「そうだよ、君達がやった行為は義の殺人。義に生きる武道家のボクが否定するもんか」

 

「かこ…あきら…あ、ありがとうね。あちし達…そう言ってくれて本当に嬉しいから」

 

「他の連中に何を言われようとも、私たち姉妹の心はななかさんと何処までも同じよ」

 

「本当に嬉しいです…。貴女達が私の理解者になってくれたら…私も寂しくありません」

 

<<貴女達の理解者ならここにもいるよ>>

 

席の後ろを見れば美凪ささらと竜城明日香が立っている。

 

「貴女達は私たち人殺しを否定しないのですか?以前は辛辣でしたが…?」

 

「…私のお父さんがね、あの暴動の日に……殉職したの」

 

それを聞いた常盤ななかは彼女の苦しみが痛い程に分かってしまう。

 

ささらは魔法少女社会の身勝手さの犠牲となり家族を失った。

 

ななかもまた魔法少女の身勝手さの犠牲となり家族を失っているのだ。

 

「美凪ささらさん…お悔やみ申し上げます。私も人間だった頃…魔法少女のせいで家族が…」

 

「ささらでいいよ。そうだったんだね…人殺しだからって冷たくしてごめんね」

 

「私とささらさんは決めました。これからは人間社会秩序の為に…魔法少女を裁いていこうと」

 

「私と明日香はね、活人剣の道を行く。騎士道も武士道と同じく…敵を殺す弱者守護の道だよ」

 

「我が身を犠牲として仁と成す。これこそが日本武道思想であり、私の信じる道です」

 

「明日香…ボクが昔語ったことがある活人剣の思想を覚えていてくれてたんだね!」

 

「申し訳ありません、ななかさん。心を犠牲にして人を殺す道もまた…武道だったのです」

 

「皆さん…本当に有難う!この暴動は悲劇ですが魔法少女社会が変わるキッカケとなれば…」

 

ななかや姉妹達とは少し離れた最後尾に座る美雨は不安そうな表情を彼女達に向けている。

 

「……みんな、裁判官が入廷してきたネ」

 

ささらと明日香もななか達の隣に座ってスクリーン前に視線を向ける。

 

スクリーン横の扉から現れたのはやちよ・みふゆ・鶴乃・ひなの・月夜である。

 

みふゆは書記官席に座り、月夜は弁護側の席に座り、他の3人は法壇席に座ったようだ。

 

「それでは裁判を始める。この裁判を起訴する役目は中央の長であるアタシがさせてもらう」

 

「鶴乃は裁判長としての私の補佐として隣にいるわ。検察官はひなのさんで、みふゆは書記官よ」

 

「革命魔法少女達を弁護する役目は月夜が名乗り出たから彼女が弁護役だよ」

 

時刻はちょうど午前9時。

 

「被告人、入廷しなさい」

 

弁護側の奥の扉が開き、ももこ達に促されて入ってきたのは時雨・はぐむ・月咲ともう一人いる。

 

「み、みたまさん!?」

 

傍聴席側から驚きの声が上がる。

 

連れてこられたのは調整屋として革命魔法少女を手助けしてしまった八雲みたまであった。

 

ももこ達は最前列前の席に彼女達を誘導していたのだが後ろを歩くみたまに問いかけてくる。

 

「本当にいいのかよ……調整屋?」

 

「……いいのよ。私の気持ちをやちよさんは汲み取ってくれただけだから…」

 

「だからって……」

 

「お願いよ、ももこ。これだけは…譲れないから」

 

「……バカ野郎。みんな…背負い込み過ぎだよ…」

 

4人を誘導したももことレナは出入口からの逃走を防ぐかのようにして配置されていく。

 

「座りなさい」

 

裁判長のやちよに促された4人が被告人席に座る。

 

彼女達に目を向けた裁判長が苦しい表情を浮かべながらも裁判を始める。

 

「それでは…ルミエール・ソサエティが起こしたテロリズム審理を開始するわ」

 

この裁判こそ、人間社会に害をなした者達に裁きを下すために行われるものであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「被告人、宮尾時雨、安積はぐむ、天音月咲、八雲みたま。間違いないわね?」

 

「はい…間違いありません」

 

4人は人定質問の返事を返す。

 

「今回の裁判は暴徒達を長期間拘留することは出来ないため、一審二審三審を纏めて行うわ」

 

「次に検察官であるアタシが起訴状を読み上げる」

 

立ち上がったひなのがメモに目を通しながら語る。

 

メモの内容はこうであった。

 

被告人は令和元年11月1日において神浜市において左翼テロリズムを起こした。

 

死者は一万人を超える規模となり火災により家屋の倒壊被害は凄まじい規模となった。

 

これは神浜市における東社会の差別を覆す為に行った政治テロである。

 

国際法のテロリズムに合致する案件であり罪名はテロ等準備罪となる。

 

一万人を超える規模の死者を出したため法律の根拠に乗っ取り死刑を求刑する。

 

検察官の起訴内容を聞いた時雨は乾いた笑いを浮かべてしまう。

 

「この国の死刑は3人以上殺せば死刑基準を満たすって聞いた…。死者が一万人を超えるなら…」

 

「どう足掻いても…死刑以外にありえないよね…」

 

「……月夜ちゃん」

 

弁護側の姉を見るのは辛そうな表情を浮かべた月咲。

 

姉も不安そうな表情を隠せない。

 

この裁判光景はビデオカメラによって動画撮影されている。

 

プロジェクターを使用して他の囚人達が収監された第二第三シアター内にも伝送されていた。

 

「被告人には黙秘権がある。都合が悪いことは黙秘する許可を与える。陳述も許可するわ」

 

「ぼく達の意見や考えを述べたって…これだけのテロを正当化していい理由になるの?」

 

「被告人の陳述内容は有利である無しに関わらず証拠として取り扱うことにしたいの」

 

「……分かった」

 

「起訴状に記載された事実について弁護側の意見を聞くことにするわ」

 

「…相違ありません。彼女達が行った所業は…紛れもなくテロリズムであり大破壊です」

 

「この事件の争点に置いて神浜の歴史問題がある。革命魔法少女達はそれを変えたかったわ」

 

「そうだよ…東の魔法少女達は…西側の連中に差別され続けてきた…」

 

「西側の人だって…口では差別はよくないと言いながらも神浜差別問題を棚上げしてきました…」

 

「西にも大きな責任があると判断するわ。それでも、暴力革命を正当化だなんて認められないの」

 

「待ってください裁判長!この歴史問題は全てわたくし達水名区の人間達のせいです!」

 

「確かに…水名区の歴史によって西側は東側を差別してきた。だから何をやっても許される?」

 

「彼女達にもやむにやまれずテロを起こすだけの理由がありました!」

 

「この神浜は民主主義市政を掲げているわ。なら選挙で東側に味方する議員を選出すればいい」

 

「そ…それはそうですが…」

 

「そして八雲みたま。貴女はテロリストに加担するという罪を犯した。間違いないわね?」

 

「…ええ、間違いないわ。私は調整屋として…彼女達の戦力拡充に貢献してきたの」

 

「調整屋としての能力なら彼女達の目的も見えたはず。それを黙っていたなら共犯よ」

 

「調整屋には守秘義務があるって言っても通用しないわよね…」

 

「では弁護側と被告人に聞くわ。この事実関係で間違いないわね?」

 

被告人達が揃って首を縦に振るのを確認したやちよが続けてくる。

 

「では、次は量刑の争点となる証拠についてね」

 

彼女達は神浜の街を破壊する扇動行為を行った動かぬ事実を当事者として語ってくれる。

 

大勢の人間達が泣き叫び、犠牲となっていくのを遠目で見ながら理想に酔ったと突きつけてくる。

 

「事実を認定するに必要な証拠としては革命魔法少女達が貴女達が主犯格だと言ってきたからよ」

 

「勝手な連中だよ…ぼくは確かにひめなの理想に酔ったけど、みんなだってそれは同じさ」

 

「時雨ちゃんと私は…ひめなちゃんの思想を東側にもたらす直接行動を確かに起こしてます…」

 

「ウチだって…言い訳はしない。ひめなの思想が正しいと信じてみんなを引っ張ってきたし…」

 

「被告人も認め、他の子も認めている。貴女達がテロ首謀者の代表側として裁きを受けるわ」

 

「ま、待って!それじゃあ……他の革命魔法少女達の裁きはどうなるんですか!?」

 

「…他の革命魔法少女は全員観察処分とするわ」

 

傍聴席がざわめき、裁判長であるやちよを睨む者達が現れていく。

 

「テロ等準備罪は死刑以外にも懲役刑があるけれど…私達は刑務所なんて用意出来ないの」

 

「だから月咲ちゃん達だけを裁いて…他の子達は許してしまうと言うんですか…裁判長!?」

 

「許しはしない。それでも全員に裁きを与えるとなると…もはや大量処刑しかなくなってしまう」

 

「月咲ちゃん達だけは処刑してもいいんですか!?横暴ですよ!」

 

「人間社会を蔑ろにする者達がどうなるかを…彼女達の身をもって他の子達に示すわ」

 

「そ……そんな……」

 

検察官であるひなのが立ち上がる。

 

「それでは、ここに纏めた冒頭陳述書を読み上げる」

 

被告人の成育・家庭状況・経歴・その前科関係。

 

犯罪に至る経緯・具体的な犯罪の状況・犯罪によってもたらされた被害状況を読み上げる。

 

「この事実関係の証拠を弁護側は同意するか?」

 

「……間違いありません」

 

「弁護側が同意したことにより、この証拠は採用されるわ。被告人質問がしたいのだけど」

 

「……認めるよ。ぼく達が大量殺戮者であり、大破壊者であるということを」

 

「月咲ちゃん……貴女も認めるの?」

 

「……うん、認める。ごめんね…ウチらの為に弁護してくれたのは嬉しいけど…変えられないよ」

 

「私も…認めるわ。調整屋としても…神浜の破壊を望んで魔法少女になった者としても…」

 

「では、論告としては起訴内容と同じく死刑を求刑したい」

 

無慈悲な表情を向けるひなのだが体は震えている。

 

「弁護側はこの論告に対し、弁護することはない?」

 

「…月咲ちゃん達にも生きる権利はあると思います」

 

「生きる権利なら被害者達にもあったの。それを理不尽に奪った連中は誰なの…?」

 

「生きて罪を償う方法を探すことだって出来ます!魔獣と戦わせることだって!!」

 

「それは私達がこれからも変わらず行う。罪の量刑として考える余地は無いわね」

 

「ダメなんですか…やちよさん?月咲ちゃん達は…処刑されないとダメなんですか!?」

 

「……それだけの罪を彼女達は犯したのよ」

 

やちよとひなのに不安そうな顔を向けているのはみふゆと鶴乃であり、心の中でこう思う。

 

(やっちゃん…ひなのさん…この子達を本当に処刑するんですか…?)

 

(やちよとひなのは…この子達にあんなにも生きて償って欲しいって言ってたのに…?)

 

「被告人、最終意見陳述を許すわ。最後に何か言い残すことはない?」

 

「……ぼく達が死んでも、神浜の差別は消えてなくならない」

 

「きっとまた東の魔法少女達は…これ程の規模にならなくても…人間社会を襲います」

 

「ウチらが死んでも…東の憎しみは消えない。差別という原因が神浜から消えない限り…」

 

「私達の死が…これからの神浜魔法少女達への戒めとなることを…願うわ」

 

「…では、貴女達に向けて判決宣告をさせてもらう」

 

この場に集まった魔法少女達が息を飲む。

 

(ごめんなさい…ミィ。妹の貴女を悲しませる選択をしたお姉ちゃんを許してね…)

 

大切な友達であるももこにも視線を向ける。

 

ももこの体は震えており、彼女達が極刑にされようとしている現実に怒りを感じている。

 

(ももこ…こんな私の友達になってくれて有難う。妹をよろしくね)

 

彼女と同じく裁きを望んだ親友である十七夜の事も浮かんでいく。

 

(十七夜…行方不明だと聞かされたけど…きっと貴女も私と同じ答えを出したはずよ)

 

正義感が誰よりも強い彼女なら誰に介錯を頼むこともなく先に旅立ったのだと信じたようだ。

 

(最後に気になることといえば…やちよさん達が昨夜訪れた時に聞かれたあの内容ね…)

 

みたまの脳裏に浮かんできたのは昨夜の調整屋に赴いてきたやちよとひなのの姿であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

深夜のミレナ座。

 

みたまは夜を徹して拘留している革命魔法少女達を監視する役目を果たしてくれている。

 

彼女も家が大変ではあるが夜中に家を飛び出して朝帰りを繰り返す毎日を送ってくれていた。

 

彼女なりに重い責任を感じているのだろう。

 

「…明日はいよいよ裁判ね。私の願いを汲み取ってくれてよかったわ…」

 

彼女も裁かれる旨を伝えられたのだが、みたまは責任逃れすることなく最後の夜を独り過ごす。

 

「あら?この魔力は…やちよさんとひなのさん?」

 

調整屋を構えた第一シアターの扉を開けて中に入ってきたのはやちよとひなのであった。

 

「夜分遅くにごめんなさい。聞きたいことがあってきたの」

 

「私は何処にも逃げないわ」

 

「疑っているわけじゃない、少し話を聞かせて欲しいだけなんだ」

 

「何を考えているの…?」

 

応接間のソファーに案内された彼女達は椅子に座って向かい合う。

 

「聞きたいことと言うのは…調整屋としての能力よ」

 

「私の能力ですって?」

 

「みたまの能力は魔法少女の魔力を強化するだけかと思ったのだが…違ったようだからな」

 

「あのフラスコ瓶の拘束魔法を見て、私達は貴女の潜在能力を過小評価していたと気づいたの」

 

「私の調整屋としての力に何を期待しているの?」

 

「お前の力なら…その、なんだ。可能だと思ってな…」

 

「もったいぶらないで言って頂戴。私の残された時間は…限られているの」

 

「…分かったわ。私とひなのさんが聞きたい内容は……」

 

……………。

 

「判決は……魔法少女への変身能力を()()()()()と処す」

 

それを聞いたシアター内の少女達が凍り付く。

 

全員が考えていなかった判決内容であったからだ。

 

「ま…待って……そんな真似が出来るわけ…?」

 

「出来るわ。そうよね、調整屋さん?」

 

青い表情をしたままのみたまだが震えた声を出してくる。

 

「ま…まさか…私を裁判にかける魂胆っていうのは…」

 

「調整屋としての八雲みたまには彼女達への変身能力剥奪の施術を強制する刑と処す」

 

それを聞いたみたまが激怒しながら席を立ち上がってくる。

 

「あ…貴女達!!最初からそれが魂胆で私を裁くつもりだったのね!?」

 

「その通りよ」

 

「魔法少女から変身能力を奪うということがどういうことか分かってるの!?」

 

「これからはもう魔獣とは戦えないわね。そして、人間社会に歯向かう力も行使出来ないわ」

 

「自力でグリーフキューブを得られなくなるの!そうなれば…彼女達はいずれ魔力が枯渇する!」

 

「そうなるわね」

 

「事実上の死刑判決と同じじゃない!彼女達にグリーフキューブ乞食にでもなれと言うの!?」

 

「冴えてるわ。これからの彼女たちの人生は物乞いと変わらなくなるわね」

 

「調整屋の私は調整というサービスが出来るから対価を要求出来る!けど…彼女達は…」

 

他の者達も乾いた笑いを浮かべながらこれからの自分達の人生を悲観した言葉が出てくる。

 

「聞いたかい…はぐむん?これからはぼく達…乞食生活になるみたい…」

 

「酷い…いっそのこと首を跳ねられた方がマシです!」

 

「ウチらに…死よりも辛い人生を()()()()()()()!?」

 

「そうよ、貴女達の罪は重い。苦しみ、のたうち周りながらでも…生きていきなさい」

 

やちよは弁護側の席に視線を向ける。

 

「…月夜さん、貴女は変身能力を失った月咲さんをどうしたい?」

 

「つ…月咲ちゃんが変身出来なくなるなら…彼女の世話を一生かけてでもやらせてもらいます!」

 

それを聞いた月咲は両手で顔を覆いながら嗚咽の声を上げてしまう。

 

「月夜ちゃん…ウチ……ウチィ!!」

 

心が離れていても歴史で引き裂かれても、姉妹の絆はコネクトする。

 

「心配しないで…月咲ちゃん。これからの人生も、ずっと一緒だよ」

 

「うん…グスッ……うん!!そうだよ…ウチ達姉妹は…一緒に戦えなくても…ずっと一緒だよ!」

 

「「ねー」」

 

弁護側の席を立ち、月咲の下に駆け寄り抱きしめ合う姉妹達。

 

「私とひなのさんは彼女達を助ける事を禁止などしていない。助けたい者は…好きにしなさい」

 

みたまも席を立ち上がり、法壇に座る彼女達の前まで詰め寄ってくる。

 

「最初から私の力を利用する為の裁判だったのね!何が裁判よ…こんなの恣意的過ぎるわ!!」

 

「これは戦勝国裁判とも言えるわね。我々西側と中央による勝者の裁判よ」

 

「こんなの一審制で裁いた極東国際軍事裁判や、ニュルンベルク裁判と同じだわ!!」

 

「貴女に拒否権は無いの、調整屋さん。これからの人生は魔法少女抑止力として生きてもらう」

 

「くっ……こんなの…卑怯よ…」

 

「貴女には小さな妹や、大切な親友のももこがいる。彼女達の為にも…辛くても生きなさい」

 

やちよはももこに視線を向ける。

 

彼女はホッとした表情をやちよに向けながらサムズアップのハンドサインを向けてくれた。

 

ビデオカメラにも視線を向ける。

 

「聞こえたかしら、東の革命魔法少女?人間社会を襲うなら貴女達も物乞い生活よ」

 

冷たい声をプロジェクターを通して聞いた革命魔法少女達は動揺の声を漏らしていった。

 

「以上で魔法少女テロリズム裁判を閉廷と……」

 

<<ふざけないでッッ!!!!!>>

 

大声を上げたのは傍聴席の最後尾に座る魔法少女達。

 

常盤ななかや静海このは達、それに明日香達も怒りの形相をしている。

 

額から冷や汗が流れるやちよはこの事態を想定していたようだが緊張を隠せない。

 

「こんな恣意的な裁判で…人間社会の怒りと悲しみが癒えるとでも言うのですか!!」

 

――答えなさい…西と中央の長ッッ!!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

法廷は異様な空気に包まれていく。

 

法壇机に置かれた木製ハンマーのガベルを叩くやちよは皆を落ち着かせようとする。

 

「静粛に!!傍聴側の発言は認められていないわ…酷いようなら退廷してもらうわよ」

 

「いいえ…発言させてもらいます!この場に来る事も許されない人間社会の側として!」

 

「聞こえなかったのかしら?聡明な魔法少女だと思っていたのだけれど…常盤さん?」

 

美雨が立ち上がりななかを静止させようとするが明日香とささらが彼女を阻む。

 

「くっ!!オマエ達…邪魔するカ!?」

 

「言わせてあげなさい。でなければ…ななかの仲間であっても容赦しないわ」

 

「ここを通りたければ私達と戦うことになりますが…よろしいですか?」

 

法廷が殺気だっていく。

 

最後尾席の後ろにある入場口に配置されていたかえでも震えが止まらない様子だ。

 

「ど、どうしよう……ももこちゃん、レナちゃん……みんな凄い怒ってるよぉ!」

 

困り切った表情をやちよ達に向けながら事の顛末を見守る事しか出来ない。

 

「裁判は本来、被害者達の事情聴取を行います。人間社会の悲痛な声をなぜ集めないのです?」

 

「人間社会に向けて魔法少女がテロを行ったと言ったところで誰も信じないからよ」

 

「知られなければ身勝手な裁判をしてもいい?バレなければ犯罪をしてもいい理屈ですね」

 

「そ、それは……」

 

「犯罪の被害を受けた者達には手厚い保護が必要です。なのに貴女達は…放置する!!」

 

「そうよ!人間社会が燃えて…大勢が死んだって…()()()()()()()()()()()()()()で満足なの!」

 

「わ…私達に何が出来るというの!?人間社会に向けて公開処刑でもしろとでも!」

 

「…裁判と言い出す癖に裁判の意味を理解しない。誰のための裁判だと考えるのです?」

 

――()()()()()()()()()であるはずです!!!

 

この問題はこの現場だけの光景ではない。

 

日本では加害者は憲法、刑事訴訟法で多くの権利が認められている。

 

なのに被害者には何の権利もないのがこの国の刑事司法。

 

あまりにも不合理な制度のまま日本の刑事司法界隈は放置されている司法問題もあった。

 

常盤ななかの叫びに応えるかのようにして立ち上がったのは阿見莉愛と史乃沙優希だ。

 

「彼女の言う通りですわ!こんな裁判で水名区で被災した人々が満足するとでも!!」

 

「私達…このテロのせいで仕事を失いました。どう責任をとってくれるんですか…?」

 

「阿見さん…史乃さん…そんな事態になっていただなんて…」

 

中央区の魔法少女達も立ち上がっていく。

 

「……アタシの後輩がね、亡くなったんだ。あの暴動の時に…革命魔法少女達に殺されたよ」

 

「…少し前に誘拐されて…せっかく助かった友達だったのに…殺されました…はい」

 

「大切な魔法少女の後輩だった。れんちゃんとも仲良くやってくれて…本当に感謝してたんだよ」

 

「うっ…グスッ…ヒック……大切な…友達でした!!」

 

「梨花…れん…それはアタシの責任だ。本調子じゃないあの子を…アタシが前線に行かせたんだ」

 

「違うよ!!都先輩は悪くない…悪いのはテロを行った連中だよ!!!」

 

西や中央で被災した魔法少女達の怒りが法廷に殺気を生んでいく。

 

東の魔法少女という立場であった者達は西と中央組の席から離れた場所で動揺を浮かべてしまう。

 

「……不味いわね、この流れは」

 

「ええ…そうね、てまり。このままでは法廷暴動まで突き動かされるわ」

 

「そうなったら…怒りの矛先が私達に向けられるんですか?古町先輩…吉良先輩…?」

 

「あ…あわわ……こんな時は異世界系神様チートで怒れる民衆を洗脳出来たらいいのに…」

 

怯えた理子をかのこは抱きしめ、怒り続ける魔法少女達に顔を向ける彼女も不安を隠せない。

 

(……嘉嶋さん。やっぱり……こうなってしまったよ)

 

観鳥令は爪を噛み、周囲の動向次第では暴動となる事態を想定した対処方法を考えていく。

 

「アタシ達の帰りたい家……つつじの家も暴動のせいで燃やされたんだ!!」

 

「その責任……どうとるつもりよ!?こんな茶番劇で納得しろとでも!!」

 

「そうだよ!!あちし達は絶対にこの暴動を扇動した革命魔法少女達を許さないよ!!」

 

怒れる魔法少女達が席を立ち上がり、フェンスの前にまで来て叫び続ける。

 

「みんな下がってくれ!ここから先は傍聴者は入ったらダメなんだよ!!」

 

「ちょっとアンタ達!!いい加減にしなさいよ!!!」

 

ももことレナがフェンスの前で彼女達を止めようとするが、ここで変身すればそれこそ暴動だ。

 

喧噪が渦巻く中、やちよとななかは睨み合いながらも言葉を交わしていく。

 

「人問は誰しも…重大な犯罪の被害者や遺族になれば加害者に対して応報感情を持ちます」

 

「……この光景がそうだと言いたいの?」

 

「昔は仇討ち制度もありましたが…休職して仇討ちに行く…捜査費用も本人持ちでした」

 

「それは武士の時代でしょ?明治時代になってからは禁止されたわ」

 

「私的制裁を許すと法秩序が保てない、国が仇を討ってやる。…それが旧刑法の理屈です」

 

「仇討ちが禁止されても…人は応報感情を持つ。赤穂浪士の忠臣蔵が人気なのもこれが理由ね」

 

「被害者は加害者に厳罰を求めます。それが()()()()になるからなのです」

 

「私達の裁判では……被害者たちの精神救済にはならないと言いたいの?」

 

「世界の司法は被害者に寄り添えるよう努力しますが…この場の裁判など()()()()()()()()です」

 

「私達が被害者の気持ちを尊重していないと言いたいのは分かったわ。でも……」

 

「日本の刑事司法界隈もそうですが……この裁判は被害者の為にあるのではない」

 

――()()()()()()()()()為のものであり、被害者のための裁判ではないんです!

 

徹底的な理詰めによる口論。

 

常盤ななかが最も得意とする戦場だ。

 

「……被害者達の回復は被害者自身で乗り越えるべきよ」

 

「…被害者には全く役に立たない日本司法と同じ理屈を振りかざす。それが貴女の正義ですか?」

 

「そうよ。司法は行政の役に立てばそれでいい…この裁判も皆に示しをつけるためのものだわ」

 

「…まるで中央集権独裁者のような口ぶりですね?西の長も()()()()()()()()()()ようで?」

 

やちよは法壇席を立ち上がり、堪えきれなくなったのか怒気を含む叫びを上げてしまう。

 

「私は!!みんなに生きていて欲しい…みんな笑顔で笑い合い……支え合い……」

 

――()()()()()()となって……困難を乗り越えられる幸福社会を築きたいの!!!!

 

その考えは他の可能性宇宙でもたらされた優しい思想。

 

レコード宇宙を超えても環をもたらす魔法少女と七海やちよの心は繋がり合っていた。

 

「……テメェ」

 

眉間にシワを寄せ切ったななかが眼鏡を外し憤怒を浮かべながら雄叫びの如き叫びを上げる。

 

「それは……()()()()()()()()()()()()だろうがぁぁーーッッ!!!!」

 

「なっ……!?」

 

あまりの気迫にやちよはたじろぐ。

 

「その幸福社会の…何処に()()()()()()()()()()()()()があるんだよぉーッッ!!」

 

常盤ななかが吼えた。

 

喧噪に塗れた法廷が静まり返る程の叫びを浴びた者達は金縛りにあってしまう。

 

それはまさに彼女が心に押し留めさせられてきた、か弱い人間としての感情の爆発だった。

 

魔法少女はみんなが手を取り合い、環になって幸福社会を目指す。

 

この理屈を()()()()違う可能性のレコードに存在している魔法少女は見てくれない。

 

魔法少女の救済によって破壊された街で暮らす人間社会の慟哭など見てくれない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()彼女にとってはあまりにも都合が悪いから。

 

利己的な愛に傾けば、自分にとって利益がある場合には愛ある態度を示せる。

 

しかし、自分にとって利益がない場合には相手に対して愛ある態度は示せなくなるのだ。

 

気圧されてしまったやちよは力なく椅子に座りこんでしまう。

 

「いい加減にしてよみんな!!裁判はもう終わったんだよ!」

 

「そうです!これ以上の騒動は私達が許しませんよ!!」

 

やちよの前に出てきた鶴乃とみふゆが立ちはだかるが常盤ななかは動じない。

 

眼鏡をゆっくり掛け直した彼女の鋭い視線が2人を射抜いてくる。

 

「…司法が被害者に冷たいのは、司法が国の行政目的に奉仕するために生まれたからです」

 

「私達…治世を行う魔法少女が司法権を乱用していると言いたいのですか?」

 

「仇討ちを禁止した明治政府の政治判断とは…外国からの圧力が原因でした」

 

「外国からの圧力……?」

 

「司法制度がない国に国民を裁判させるわけにはいかない。これにより司法制度が生まれました」

 

「そ、そんな勝手な理由があったなんて……」

 

「民よりも公の方に目が行くのは自然の流れ。これが21世紀まで続く…日本司法の在り方です」

 

「…何が言いたいのですか、常盤さん?」

 

「私は…魔法少女社会を変えたい。行政改革し、立法改革し、司法改革を行いたい」

 

「ななか……まるでそれじゃあ……」

 

「……私は悟りました。七海やちよ、都ひなのといった長達が何者であったのかを」

 

常盤ななかは人間社会を代弁する者として語ってくれる。

 

正義の味方を気取ってきた魔法少女達は人間の守護者などではない。

 

()()()()()()()()()()()()、人間を守るフリをした似非守護者なのだと伝えてくれた。

 

「ならば此度の騒乱で被害を受けた魔法少女は貴女達とは違う思想を掲げます」

 

「違う思想ですって?」

 

「それは魔法少女社会の完全なる社会主義化。そして…全体主義化です」

 

二度と魔法少女が人間社会に迷惑がかけられないよう恐怖政治を行う。

 

我々は個人を捨て、全体に奉仕する一つのイデオロギーだけを目的とする集団となる。

 

これこそが人間社会を代弁してくれる者が出した答え。

 

恐怖政治体制による完全管理社会の実現を目標にするべきだと語ってくれたのだ。

 

「お前は…()()()()()()()()()()!新しい魔法少女社会のリーダーになりたいと言うのか!?」

 

「そんな我儘言い出したって…ついていく魔法少女がいるって言うの!?」

 

ひなのと鶴乃が食って掛かる。

 

だが常盤ななかの周囲に集まりだした魔法少女達が彼女の思想に賛同してくれる。

 

「ななかさん…貴女と出会えて本当に良かったです。弱い人間としての立場を捨てなかったから」

 

「義を見てせざるは勇無きなり。己の心を殺す道であろうと…ボクは武道家としてついて行くよ」

 

このは達姉妹も横に付いてくれる。

 

「ななか…バッチリキメてくれたじゃん。アタシ…なんだかななかの姿が尚紀さんに見えたよ」

 

「最高の言葉だったわ、ななかさん。私たち姉妹は魔法少女として何処までも貴女と共に行くわ」

 

「あちし達が支えてあげるからね、ななか!心配しなくていいから!!」

 

明日香とささらも横につく。

 

「私達はななかについて行く。西側の魔法少女をやってきたけど…やちよさんには失望した」

 

「己を犠牲にして魔獣と戦うフリをしながらも…結局は自分達だけが可愛い人達でしたね」

 

阿見莉愛と史乃沙優希も横につく。

 

「私…貴女をモデルとしては本当に尊敬していたわ。でも…魔法少女としては…軽蔑しますわ」

 

「私のような犠牲を生み出したくない。私が守りたいのは…私のファンになってくれた人間です」

 

綾野梨花と五十鈴れんも横につく。

 

「…都先輩、今までありがとう。それでも、今回の裁判だけは…あたしは許せそうにないから」

 

「生きることの大切さは…人間も同じです。人間を大切にしない人達には…ついて行きません…」

 

自分の背中について来てくれる魔法少女達がこんなにもいてくれる。

 

今までこれ程までの勇気を貰えたことは常盤ななかには無かっただろう。

 

「今日この日より、私達が掲げる魔法少女思想とは……()()()()()()です」

 

騒動を起こしていた魔法少女達が踵を返して法廷を去っていく。

 

「これが魔法少女達の選択か…嘉嶋さんに報告しないとね」

 

観鳥も彼女達の後ろをついて行き第四シアターを後にする。

 

そんな時、目立たない席に座っていた帽子を被る傍観者少女が口を開きだす。

 

「…お釈迦様はこう言った」

 

――この世の一切の物事は、ある側面だけを解決すれば解決出来るものではない。

 

「魔法少女社会だけの偏った解決なんてね…()()()()()()()()()()()()()()()だけなのさ」

 

帽子を脱いだ魔法少女とは私服姿の南津涼子。

 

魔法少女裁判の結果を知らせて欲しいと静香に頼まれ、身元を隠して法廷にいたようだ。

 

似非守護者と罵られた魔法少女達は誰も口を開けず放心状態を続けてしまう。

 

この光景をもって魔法少女テロリズム裁判は閉廷となった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

裁判が終わり、時間が過ぎていく午後。

 

新西区のミレナ座から離れた夏目書房がある地域の公園には常盤ななかが座り込んだままだ。

 

「……はぁ」

 

気が抜けたかのようにして公園ベンチで座っていたが背後から誰かが近寄ってきたようだ。

 

「はい、ななか」

 

「きゃぁっ!?」

 

後ろから近付いてきたのはあきらとかこ。

 

2人が持っていた缶ジュースを両頬に押し当ててきたため彼女はびっくりしたようだ。

 

「フフッ♪いつものななかさんもいいですけど、さっきのななかさんは本当に尊敬しました」

 

「怒らない人が優しいんじゃない。他人に期待も興味もない人でしかないとお父さんが言ってた」

 

「私もそうだと思います。怒らない人は反省の機会を奪う人でしかないですしね」

 

渡された缶ジュースを飲み、口の中に潤いを取り戻したななかが自分の気持ちを語ってくれる。

 

「判決に口をつぐんでいた他の魔法少女達を見ていて…我慢出来ませんでした」

 

「あの子達はね、人間社会の苦しみなんて私達は責任とれないって…()()()()()()だけだよ」

 

「ななかさんが怒る程のエネルギーを向けたのは本当の優しさだって…私は信じてます」

 

「怒るというよりは叱るだと思うよ。相手を思う気持ちがなければ怒鳴るだけでしかないし」

 

「武道家のあきらさんは意外と博識ですね?私も色々武道哲学本を読もうかなぁ…」

 

「意外って付け加えられると…ボクも素直に喜べないなぁ…」

 

「人が全力で怒るべき時は、どうしても譲れない大切なものの問題を解決したい時だと考えます」

 

<<俺もそう思うぜ>>

 

知っている人物の声が聞こえた3人は顔を振り向かせていく。

 

「よぉ…ななか。令から話は聞かせてもらったよ」

 

声をかけてきたのは令と一緒にいる尚紀であったようだ。

 

「テロリスト共の裁判の時、お前が叫んだ言葉は俺の言葉そのものだった。大した女だよ」

 

「尚紀さん…?それに貴女はたしか、美雨さんと一緒にいるのをよく見かける…」

 

「初めましてかな?観鳥令、南凪区の学生をやってる東の魔法少女であり、ジャーナリストさ」

 

「尚紀さんとはお知り合いだったのですか?」

 

「マフィア騒ぎの時に知り合ってからは美雨さんが語っている通りの人だと判って慕ってるよ」

 

「令には魔法少女ではない俺に代わり、テロリスト共の裁判結果を知らせて欲しいと頼んでいた」

 

「そうだったんですね。あの…なら私のことも…お聞きされたんですよね?」

 

「お前こそ…この神浜魔法少女社会の長となるべき者だ。お前が長なら俺も安心出来るよ」

 

尚紀から太鼓判を押されたななかは恥ずかしいのか赤面していく。

 

「そ、そんな…私の政治思想は尚紀さんが私に与えてくれたものです」

 

「それでも、俺の思想を正しいと信じて社会を変えると宣言してくれたのはお前自身だ」

 

感謝を表したいのか片手を差し伸べてくる。

 

「ありがとう、ななか。お前ならきっと俺が考えた人間社会主義を貫けると確信が持てた」

 

握手を求められていると分かり戸惑いを見せるが笑顔となってくれる。

 

「尚紀さんのお陰です。貴方に出会えて私……本当によかったです」

 

固い握手を交わした後、尚紀も席に座って向かい合う。

 

事の顛末を詳しくななかから聞かされた彼の表情も厳しくなったようだ。

 

「そうか…主犯格共は変身能力を剥奪されるが…他のテロリスト共は無罪も同然か」

 

「主犯格に的を絞り、彼女達の処遇によって抑止力を期待していたみたいですが…」

 

「…足りないな。個人主義に腐った連中を本気で拘束するならば確実な方法がある」

 

「私もそれを期待して裁判に挑みましたが…結果は聞いての通りです」

 

「結局…ボク達が生きてきた神浜魔法少女社会っていうのは…」

 

「ただの()()()()()に過ぎなかったんですね…本気で人間社会を守ってはくれませんでした…」

 

「人間を守る為に魔獣と戦うって言うけど、観鳥さん達はそれが無くても戦わないと生きれない」

 

「ボク達は自分達の生存闘争を勝手に正義のヒーローごっこと結び付けていただけだよね…」

 

「長社会という中央集権状態ならそうもなる。()()()()()んだよ…独裁状態になったらな」

 

「私達も…そうなっていくんですか?」

 

「社会主義独裁を翳した国の歴史が証明している。官僚主義という内々の者達が支配する状態さ」

 

「大企業でもあるよね…新しいことを嫌い、昔からの慣習を何よりも大事にする風潮って」

 

「それによって…正義や社会主義の気高い公共心さえも腐敗していくのですね」

 

「それを胸に刻み、次の世代にも伝えていけ。優先すべきは個人ではない」

 

「……公共である全体なのだと承知しています」

 

「尚紀さん。ボク達はボク達自身の過ちを互いに止められるような体制作りを心掛けていくよ」

 

「話を戻すよ。観鳥さんは解放された東の魔法少女達を警戒している。あれで収まるはずがない」

 

「そうですね…彼女達を狂気に駆り立てた原因は残っていますし…」

 

尚紀は席を立ち上がり、決意を語ってくれる。

 

「俺はその件について西や中央の長共に向かって再度嘆願……いや、警告をしに行く」

 

「尚紀さんが…?以前も嘆願を出されていたのですか?」

 

「七海やちよの家のポストに嘆願書を送ったが、裁判の結果から考えて…踏み躙られたようだ」

 

「酷い……そこまでしてあの人達は魔法少女だけが可愛いと周りに示すのですね…」

 

「皆を環のような円にして手を取り合い、幸福社会を目指す……聞いて呆れるよ」

 

「その輪の中には人間社会の人々なんて…加えられてませんでしたから…」

 

「警告の結果次第では…お前達が改革したい魔法少女社会の道を()()()()()()事になるだろう」

 

背を見せた尚紀が歩き去っていくのだが、心の中では憎悪が燃えたぎっている。

 

「神浜で正義の味方を気取ってきた魔法少女共も…所詮は()()()()()に過ぎなかったな」

 

道を歩く彼の脳裏に浮かぶのは忘れられないかつての世界の記憶。

 

「氷川…マントラ軍ビルの前でお前が俺に語ってくれた言葉が…今の俺には分かるよ」

 

――ヒトの欲望とは灯火のようなものだ。

 

――小さなうちは暖かで心地よい。

 

――だが、燃え続ける火はやがて炎となる。

 

――全てを焼き尽くすまで止まらぬ怪物にな。

 

――ヒトはそんなものを愛しすぎた。

 

――その安易な温もりに依存し、全てを灰に帰す。

 

――破壊者の本性には、目を背けてきたのだ。

 

「千晶…同じくマントラ軍ビルの前でお前が俺に語ってくれた憂いが…今の俺には分かるよ」

 

――わたし、あれから落ち着いて考えてみたの。

 

――この世界でどうすればいいかってことばかりじゃなくって……。

 

――どうして、世界はこんなになったのか、てこと。

 

――そうしたら、見えてきたこともあるの。

 

――もう前の世界は、不要な存在を許容出来なくなってたんだ……って。

 

――たくさんの物があって、たくさんの人がいたけど……。

 

――もう、創り出すことはなく、何も無い時間が過ぎていくだけだった。

 

――世界が必要としてたものは……あそこには無かったのよ。

 

……………。

 

握りこまれた拳が震えていく。

 

「人は腐敗し…流されていく。だから…俺が人間として生きた世界は唯一神に滅ぼされた」

 

街に視線を向けていく。

 

ここはかつて人間として生きた世界に似ているが知らない世界。

 

それでもここはかつての世界のように人々が生きていてくれる大切な世界なのだ。

 

「……繰り返させはしない」

 

――ヒトは、世界のために尽くす存在であるべきなのだ。

 

――それが、ひいてはヒト自身の安息をも約束する。

 

――何を求めるべきであり、何を求めてはいけないのか。

 

――その線を定めるのはヒトではない。

 

――世界だ。

 

「人はただ世界を照らす信号台であればいい。穏やかに回り明滅し、世界の意思の一部となる」

 

――それが最善にして最高の生業なのだ。

 

空を仰ぎ見る。

 

人修羅の脳裏にはかつての敵の顔が浮かぶが、今は敵の思想が必要だったと痛感してしまう。

 

「氷川…これがかつての世界を絶望したお前の答えだったんだな?」

 

――そうは、思わないかね?

 

「世界はただ静寂であればいい…。個人を捨て、世界という全体の一つとなりて善とする」

 

それこそが宇宙開闢以前の原初の混沌。

 

一にして全、全にして一。

 

マロガレである。

 

決意を秘めた眼差しを前に向け彼は再び歩き続ける。

 

「繰り返させない…。世界から堕落という名の個人主義を完全に破壊して消し去る」

 

――先ずは手始めに俺が魔法少女社会に向けて…()()()()()()()()を敷く。

 




読んで頂き、有難うございます。


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120話 パニッシャー

裁判が終わった時、裁判長を務めたやちよは倒れた。

 

連日の過酷な状況の中、眠ることさえ出来ずに裁判に挑んだ末のあの末路だから無理もない。

 

「やちよーっ!!しっかりしてよ!!!」

 

「誰か!!救急車を!!!」

 

「待て!今の病院は被災者だらけで受け入れてくれるか分からないぞ!!」

 

「悠長なこと言ってる場合じゃないだろ!アタシ達は魔法少女だ!!」

 

「みんなで回復魔法をかけるわよ!レナだって…出来るんだから!!」

 

「や、やちよさん…お願いだから死なないでぇ!!」

 

周囲の魔法少女が彼女に回復魔法をかけていく。

 

どうにか持ち直したやちよを抱えたみふゆ達は今、みかづき荘にいた。

 

時間も過ぎていき日も沈んだ夜。

 

「……やっちゃん」

 

自室のベットに寝かされたやちよの姿を心配そうに見つめるのはみふゆである。

 

眠っているが彼女は悪夢に苦しむかのような表情を繰り返す。

 

「十七夜の為に残しておいたグリーフキューブだけど…やちよにも必要になるなんて…」

 

机の上に置かれたやちよのソウルジェムとグリーフキューブが光を発している。

 

彼女のソウルジェムは穢れを繰り返していたようだ。

 

「無理もないですね…。不眠不休のまま化粧で顔のクマをごまかした裁判の末のあの末路です」

 

「疲れとショックに耐えきれなかったんだね。やちよだって年長者だけど…繊細なんだよ」

 

重い沈黙を繰り返すみふゆと鶴乃。

 

仲間であり西の長でもあるやちよが倒れ、残された正義の魔法少女達の動揺の事を考えていた。

 

「…私達、間違っていたのかな?」

 

鶴乃の質問に対し、みふゆは俯いていた顔を上げる。

 

「……いいえ。私達は間違っていません」

 

「どうしてそう言い切れるの?私達…被害者の気持ちを踏み躙る裁判をしたんだよ?」

 

「確かに彼女達や、きっと人間社会の皆さんの気持ちだって…私達は踏み躙る所業をしました」

 

「正義の味方失格かな?」

 

「私達は…魔法少女社会の治世を任された者。なら…魔法少女社会を優先すべきです」

 

「どうして?私達…人間を守る為に魔獣と戦ってきたんだよ?その理屈だと見捨ててるよね」

 

「全てを救える治世など…国政政治家でも不可能です。大勢の利益を優先するしかありません」

 

「その大勢っていうのは…魔法少女社会の少女達しか入らないんだよね?」

 

「これが…魔法少女社会の限界です。これ以上の責任となれば国政の問題となります」

 

「…そうだね。国民の安全保障を守らないのに…どうして私達は国に税金を払ってるんだろうね」

 

「…正体を秘匿してきた責任もありますが、国が本当に魔法少女を把握してないとは思えません」

 

「世界規模の内戦状態になったら困ると政治判断したから…私達を野放しにしてたのかな?」

 

「そうでなければ…私達は今頃、国家に隷従する戦争道具にされてたと思います」

 

大きな溜息をつき、顔を俯けたまま鶴乃は口を開く。

 

「…今回の件でさ、私は魔法少女の存在がね……怖くなってきたよ」

 

「魔法少女は夢と希望を叶える者。そう信じてきましたが…()()()()()()()()()()()()()()

 

「テロを行った魔法少女達の夢と希望は…あのテロによって差別を無くし…平等社会を作ること」

 

「綺麗な言葉を深く考えもせず…私達は魔法少女を続けてきたのだと突きつけられましたね…」

 

今まで信じてきた正義の魔法少女の行動理念が崩壊することとなった2人。

 

これから先を考えれば考える程恐ろしくなっていく。

 

(私たち魔法少女って…何なんだろうね?もう…私には分からないよ…やちよ…それにメル…)

 

鶴乃が眠っているやちよに視線を向ける。

 

悪夢に苛まれた顔つきのまま小さな寝言を呟いている。

 

「…ごめ……さ…い…。ゆる…し…て…」

 

「やっちゃん!?」

 

みふゆが眠るやちよの顔を覗き込む。

 

辛い現実に打ちのめされ続けた眠り姫の目からは涙が零れ落ちた。

 

「…夢の中でも被害を受けた魔法少女や人間達に責められてしまうんですか…?」

 

胸が引き裂かれる程の感情が巡る。

 

その心が幼い日の記憶を思い出させた。

 

「…そうでしたね。小さい頃から気丈に振舞ってきても…やっちゃんだって…怖がりでした」

 

ベットに腰掛け両手をやちよの側頭部に置きながら顔を近づけていく。

 

「み…みふゆ……?」

 

彼女はやちよとオデコを合わせて両目を閉じた。

 

鶴乃の声も遠くなっていく程に幼い日の記憶世界に浸っていく。

 

それはまだ小学生時代の七海やちよと梓みふゆの記憶であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

あれは七年前。

 

彼女達がまだ魔法少女に成りたての頃だった。

 

「こんな…こんな怖いなんて…聞いてません…!」

 

魔獣結界内で敵に囲まれているのは後ろ髪を伸ばしていた頃の小さな梓みふゆ。

 

隣にはまだ後ろ髪が伸びきっていない小さな七海やちよがいるようだ。

 

「泣いてないで…一緒に戦って欲しいんだけど…」

 

「イヤ…いやぁ!!」

 

魔獣の群れに怯え切ったみふゆは動く事が出来ない。

 

魔獣のレーザー攻撃が迫り、動けないみふゆの手を引っ張ってやちよは逃げる。

 

「くっ!!」

 

走って逃げる2人をレーザーが掠め、勢い余って倒れ込んだ。

 

「…うぅ…痛いよぉ…ぐすっ…うぅ……」

 

「こうなったら…独りでも…!」

 

小学生には不釣り合いな長さの槍を持ち、果敢にも魔獣の群れと戦う。

 

「あぁ!!」

 

魔獣のレーザーを受けた槍が溶け、火傷で武器を手放してしまう。

 

「怖い……おばあちゃん……!!」

 

2人とも今日が初陣。

 

強がってはいるが小学生のやちよも怖気づいてしまう。

 

それでも彼女には目指すべきモデルの世界がある。

 

「…ダメ……自分で何とかするの……!」

 

武器を魔力で生み出し、なおも戦い続ける小学生魔法少女。

 

初戦の戦いを制し、2人は魔獣結界から抜け出せたのだが…。

 

「うっ……うぅ……っ!怖かった……」

 

泣きべそをかいている彼女を見て、魔法少女の世界に引きずり込んだ者を睨む。

 

「魔獣退治が危険なことだって、どうして…教えてくれなかったの?」

 

「…です…」

 

彼女達の足元にいるのは契約の天使であるインキュベーターのようだ。

 

「無理です!あんなのと…もう戦えません!」

 

「あなた…さっきは泣いてるばかりで、何もしなかったじゃない!」

 

「だって…怖かったんです…!魔獣退治のことなんて…詳しく知らなかったですし…」

 

「それは…私だって……」

 

「ひどいですキュウベぇ!」

 

殺し合いの世界を彼女達に与えた者は表情を変えない。

 

「そう言われても困る。願いを叶える代わりに魔獣と戦ってもらうことは君達に説明した筈だよ」

 

「…でも!危険なことだって…ちゃんと教えてくれていたら…!」

 

「君達はその危険性について、ボクに聞かなかったじゃないか」

 

「そんな……願いを叶えてもらったのは…嬉しかったのに……」

 

「…もう少し、詳しく知りたかった。これじゃ…嘘をつかれたみたいだもの…」

 

これからの事を考えれば考えるほど2人は恐怖に包まれていく。

 

「でも…願いが叶った以上は…戦うしかないんだよね…」

 

「私は…戦うなんて……やっぱり無理です…。弱いし…不器用だし…何をやってもダメだから…」

 

泣いてばかりの同じ新入りにムッとしたのか、やちよが食って掛かる。

 

「言い訳してないで、次は誰かの役に立てるように頑張ったらどう?」

 

「私だって…頑張りたいです!でも……」

 

「でも?だって?私には無理?そうやって都合よく逃げられるなんて羨ましい」

 

「あなたに……何が分かるんですか!?」

 

「あなたみたいな泣き虫のことなんて、分かるわけないでしょ!」

 

言い返せず、また泣きそうな表情を向ける者に溜息をつく。

 

「叶えてもらった願いのために…私は…魔獣と戦うわ…」

 

「……私は…」

 

「そんなに魔法少女がイヤなら!辞めればいいでしょ!」

 

「ま、まってください…!!独りにしないで…!!」

 

彼女を置いてけぼりにして彼女は走り出す。

 

心細いみふゆは後を追いかけ続けていたのだが見失ったみたいである。

 

「何処に…行ったの…?お願い……独りにしないでぇ……」

 

泣きべそをかきそうになっていたが自分以外の泣き声を耳にする。

 

独りで心細いが、それでもみふゆは近づいていくと先程の子供を見つけてしまう。

 

「うっ……グスッ……願いを叶えて貰ったんだから…役目を果たさないと…」

 

そこにいたのは地面に蹲ったまま震えていたやちよの姿。

 

「でも…でも…怖い……魔法少女なんて……辞めたいよぉ……」

 

さっきまで気丈に振舞っていた子供の姿はそこにはいない。

 

みふゆと同じように怖がっているだけのか弱い女の子の姿しか見えない。

 

今はまだ初対面ではあったが子供なりに理解した。

 

やちよという少女は気丈に振舞い回りを心配させまいと努力する癖に本当は泣き虫なのだと。

 

それ以来、2人はなし崩し的な魔法少女コンビを組むこととなる。

 

やちよの祖母も仲良くしてくれたお陰でやちよも意地悪な態度を改めていく。

 

彼女と共に生きるうちにみふゆの中にも彼女の心の強さが宿っていった。

 

半人前同士が互いに支え合い、一人前となっていく道。

 

いつしか彼女達は神浜の西側でもベテランと呼ばれる存在となり、長を継ぐ事となった。

 

……………。

 

「長の役目をやっちゃんにばかり頼って…私も支えようとして…2人とも気疲れしちゃう…」

 

七年も過ぎたのに出会った頃と何も変わっていない自分達の事を思うと自然と笑みが出る。

 

「頼ってばかりじゃ…ダメですね。私と貴女は…半人前同士が揃って一人前なんです」

 

大切な仲間を2人失い、やちよはみふゆ達を遠ざけようとした。

 

それでも2人の絆は七年過ぎても変わらないことが分かって嬉しかったのだ。

 

「魔法少女として生きるのは辛い…それでも生きているから守れる人達が僅かにでもいるなら…」

 

所詮は正義のヒーローごっこだとしても魔法少女達はやる価値があると信じようとした。

 

「たとえ私達が長としては無能で頼りなくても…私達のこの想いは残したいですね」

 

顔を上げ、ベットから離れようとした時に鶴乃と目が合う。

 

「鶴乃さん……?」

 

彼女は目を見開き赤面していた。

 

「え、えっと…その……やちよとは、()()()()()()だったのなら…外に出ていようか?」

 

「えっ……?ええっ!?」

 

何を言っているのかは19歳の彼女になら分かる。

 

お互いに赤面し合い、言い訳を並べていたのだが時計が気になり視線を送る。

 

「あっ……もうこんな時間ですね。私も家族が心配しますので…」

 

「うん、みふゆの家は被災しかけたし…やちよの面倒は泊まり込みで私が見るよ」

 

「すいません…よろしくお願いします」

 

みふゆは足早に一階まで降りていく。

 

「ハァ……やっぱりやちよとみふゆの関係は長年連れ添った夫婦のように分厚いよねぇ」

 

独り何かを納得していた時、突然みふゆが部屋に戻る。

 

「ホエッ!!?な、何か忘れ物でもしたの…?やっぱり…外には私の方が…!!」

 

やましい事を考えていたのか、たじろぐ鶴乃に対して彼女は動揺の表情を浮かべている。

 

「……鶴乃さん、これを郵便受けで見つけました」

 

みふゆが見せてきたのは宛先も差出人も書かれていない封筒。

 

「これって…また同じ嘆願書かな…?」

 

「分かりませんが…もしかして、ななかさんでしょうか?」

 

「どうだろう…?やちよに向かってあれだけの啖呵を切ったし…家には近寄り辛い気も…」

 

「待って下さい。それだとこの嘆願書は…魔法少女が書いた物ではないということに…」

 

「そ、それじゃあ…この嘆願書を書いた人物は本当に人間社会で暮らす人なの?」

 

「…中を見てみましょう」

 

封筒から手紙を取り出す。

 

そこに書かれていた文字を見た2人の顔が恐怖に包まれていく。

 

――お前達は人々の無念の感情を踏み躙った。

 

――あの判決は何だ?あれで人間社会の怒りと悲しみが消えて無くなるとでも思ったか?

 

――お前たち魔法少女が革命暴動を裏で操っていた証拠を俺は押さえている。

 

――これは裁判の証拠品としても十分通用する内容だ。

 

――証拠品を警察に突き出せばお前たち魔法少女の存在が白日の下に晒されるだろう。

 

――人間社会はパニックとなり、神浜でテロを起こした存在共は人類の敵だと叫ぶだろう。

 

――そうなればテロに加わらなかった魔法少女も無事では済まない。

 

――この証拠品を確認したければ今日の19時までに水名神社に来い。

 

――間に合わなければ警察に行くだけだ。

 

手紙を持つ手が震えていく。

 

「ど…どうしよう……。この人は…東の魔法少女達を警察に突き出す気だよ!」

 

「そんなことをされたら…私たち魔法少女は…人間社会から迫害されます!」

 

「こんな事を言い出せる人なら…嘆願書を書いたのは魔法少女じゃないよ!」

 

「やはり…私たち魔法少女を把握している人間がいると判断するしかないですね」

 

やちよの部屋の時計を見る。

 

「水名区の水名神社なら…今から走って向かえば間に合いますね」

 

「急ごうみふゆ!何とかこの人を説得しないと!!」

 

うなされたやちよに視線を向ける。

 

「私はもう…泣いて縮こまるばかりの自分は捨てました。だから…七年も貴女と共に生きられた」

 

辛く苦しい道のりであったが、2人は手を取り合い道を切り開いてこれた絆は固い。

 

「やっちゃん…私は貴女が言った環の思想を信じます。だって私達は支え合えたから生きてこれた」

 

みんなと手を取り合い、支え合ってこれたから魔法少女社会を築きあげてこれた。

 

たとえそれが人間社会を守る事には繋がらなかったとしても梓みふゆは否定をしない。

 

「私は…みんなと共に笑顔で生きられた人生を…否定なんてしませんから!」

 

みふゆは決意した。

 

長であるやちよが倒れたのならば自分が長の代行をする。

 

彼女達は互いに半人前、2人揃って一人前。

 

片方だけに苦しみを押し付ける関係ではなかった。

 

玄関を飛び出し、歩道に出る階段の下を見下ろせばキュウベぇがいる。

 

「やぁ、2人とも。やちよの具合はどうだい?」

 

「今は急いでいます。あなたの相手をしている暇はありません」

 

「やちよのソウルジェムも穢れたはずだ。ボクはグリーフキューブの回収に来たんだよ」

 

「こんな忙しい時に…はいっ!さっさと拾ってどっか行ってよね!」

 

鶴乃が地面に置いたグリーフキューブに視線を移した後、彼女達を見上げてくる。

 

「急いで行く場所っていうのは…水名神社かい?」

 

「どうして…分かるのさ?」

 

感情が無い生き物であったが目を背けながらこう呟く。

 

「……行かない方がいい」

 

「どうしてですか?この手紙を書いた人物を知っているのですか?」

 

「あの人物は…魔法少女が関わるべき存在ではないからさ」

 

「魔法少女は人間と関わったらダメって言うの!?そんなの理不尽だよ!」

 

「……警告はしたからね。行きたいというなら止めないよ…君達の命は君達のものだ」

 

「……今は議論している時間はありません。行かせてもらいます」

 

2人はキュウベぇを置き去りにして走り去っていく。

 

転がったグリーフキューブを回収し終えたインキュベーターがこんな話を持ち出してくる。

 

「あの悪魔は…東京だけでなくこの神浜市においても魔法少女の虐殺を行うよ」

 

それに至ることになってしまった原因なら人類を最初から見てきた契約の天使には分かる。

 

「人間関係は友情だの絆だの愛だのといった不確かな言葉を使って表現するから解らなくなる」

 

社会にひとたび出れば、そこに広がるのは赤の他人世界という公共の場。

 

学校、会社、組織、国家と言った人間の集合体を生み出す。

 

そこにあるのは友情だの絆だのの関係ではない。

 

「社会はね、お互いに得をし合える()()()()でしか成り立たないんだ」

 

相互利益とはwin-winの関係。

 

正義の魔法少女達は互いに支え合えることでお互いの利益関係を生み出した。

 

それを友情だの絆だのと言った言葉で表現し、繋がりを深めたと考え込むからこそ見えなくなる。

 

「けど、そこには人間社会の利益は生まれなかった。君達はね、自分達の得しか見なかったんだ」

 

彼女達は都合の悪さに目を背け、人間社会に不利益を与えてしまった事を糾弾される日が来た。

 

「君達は自分達だけ得をして、人間社会に不利益を与えた。なら関係が壊れるのは当たり前さ」

 

友達関係でも相手を傷つけて怒らせる不利益を与えたなら関係は破綻するものだ。

 

これは魔法少女達の行動がもたらした原因と結果。

 

魔法少女は自らが起こした因果から逃れる術はないのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

大破壊を受けた水名区は一週間が過ぎても人通りの影は見えない。

 

警察のパトカーも多く巡回する中、2人は警察官に見つからないよう身を潜めながら移動する。

 

「酷い…まるで東京大空襲を受けた東京を見てるみたい……」

 

「これが…魔法少女達がもたらした大破壊の光景です。私も…もう少しで…」

 

「被災した水名区の人達は…どうなったの?」

 

「避難所に指定された場所での生活を余儀なくされていますが…行政の対応は不十分です」

 

「…水名区の歴史から始まって、西側は追随するようにして東の人達を差別してきた…」

 

「神浜の歴史の上にある水名区もまた……自分達の因果によって…焼かれてしまったんです」

 

「これが…政治を放置してきた結果なんだね。政治の話題は荒れるから…意識的に避けてきた…」

 

「…自業自得だと全国から責められます。毎日やっている神浜テロの特番がそれを煽るんです」

 

「今までは神浜問題なんて同じように放置してきたくせに…都合がいい時だけ叩くんだね…」

 

「それが…情報娯楽だけを求める大衆心理なのかもしれませんね…」

 

隠れながら移動し、水名神社を構えた鳥居の前まで来た2人が石段の上を見上げる。

 

「なんだか…変な感覚。見慣れた鳥居のはずなのに…」

 

「上手く言えませんが…先に入るのは侵してはならない領域に踏み込む程の恐怖を感じますね…」

 

「でも、指定された場所はここだし…迷っている暇はないよ」

 

「行きましょう」

 

2人は石段を登り、息を飲みこんで鳥居を潜った。

 

鳥居とは神の門を表す。

 

ならばその先の神域で待ち構えている恐ろしき存在もまた神や悪魔なのかもしれない。

 

夜の境内を進み、2人は奥にある本殿までたどり着く。

 

「あ…あの人が……人間社会の代理人?」

 

「男の人……?」

 

本殿に上る階段には黒いトレンチコートを纏う男がいるようだ。

 

「……時間通りだな。余程これを人間社会に突き付けられるのが不味いと見える」

 

男の手にはクラフト封筒が持たれている。

 

立ち上がり、薄暗い境内を男は歩き2人に近づいてきた。

 

「えっ……あれ?この人って……夏頃のツーリングの時に見かけた…」

 

「そ、そんな……貴方はたしか、私の財布を拾って届けてくれた人……」

 

その人物とはかつて出会ったことがあった嘉嶋尚紀である。

 

「よぉ……人間の似非守護者でしかなかった魔法少女共。俺の嘆願書を踏み躙ってくれたな」

 

尚紀は2人の前にクラフト封筒を投げ捨てる。

 

「証拠品を確認しろ」

 

2人を睨んだままの彼に促され、戸惑いながらもクラフト封筒の中身を確認していく。

 

「こ……これほどの現場写真を貴方は撮影出来たのですか?あの暴動の時に?」

 

「俺は情報を依頼人に売る探偵をしているが…その職務の中で様々なコネも出来た」

 

「この写真の数々なら…私たち魔法少女が人間社会を扇動したって証拠に出来るよ…」

 

「言い逃れは許さない。お前たち魔法少女共が人間社会を焼き、大勢を死なせたんだ」

 

「ま、待って下さい!この犯行を行ったのは私達ではありません!」

 

「そうだよ!私達は革命暴動を起こした魔法少女を止めようとして戦ったんだよ!」

 

「関係ない。魔法少女という人間を蟻のように踏み潰せる力を持つ社会的強者共のせいだ」

 

「どうしてそうなるの!この写真の中にもルミエール・ソサエティと戦ってる子もいるよ!」

 

「人間ならばそう考える。お前達は人間社会の中に潜み…いつ人間社会を襲うか分からない」

 

「私たち魔法少女がいる限り…人間社会は安心して暮らせないと言うのですね…?」

 

「魔法少女がいる限り安全保障は得られない。そして人間はそれを知る権利さえ奪われた」

 

「私達は!…今まで命がけで魔獣と戦い、人間社会を傷つける魔法少女も取り締まってきたよ…」

 

「正義の味方ごっこか?だが、お前達が魔獣と戦うのはただの生存闘争のはずだ」

 

「ソウルジェムについてもお詳しいようですね。たしかに…私達は戦わなければ生き残れない…」

 

「魔法少女を取り締まってきた?なら何故…魔法少女が不穏な動向を見せた時に対処出来ない?」

 

「わ…私達の社会にはね、西と東の問題があって…西の私達は東の自治に干渉出来ないの…」

 

「魔法少女社会の東西自治問題?それは人間社会の犠牲よりも大事な関係だったようだな」

 

「そ、それは……」

 

「西側が東西協定を踏み躙ってでも東の魔法少女社会を武力鎮圧していたら止められた筈だ」

 

「そ、それは結果論です!私達は出来る限り魔法少女を話し合いで説得を続けようと…」

 

「…日本社会は既に()()()()に入った。やり直しの効く民主主義のやり方は否定されている」

 

「正解主義…?」

 

()()()()()()()()()()()()()。これは間違いながらもやり直す民主主義とは折り合いが悪い」

 

「平成30年の政治不信によって…日本社会の価値観がそれ程までの偏りになってたなんて…」

 

「お前達は人間社会の前に出て、今回の事態の説明責任が果たせるか?」

 

「そ、そんなこと…出来るわけないよ…」

 

「ならばお前達が治世を名乗る資格はない。民主主義治世を掲げる資格さえない」

 

――公共という社会は…お前達魔法少女だけしか存在しないとでも思ったか?

 

――お前達が生活出来てきたのは魔法少女だけでやってこれたとでも思ったか?

 

「己惚れるなよ魔法少女共…お前達はな…人間社会に生かしてもらえてるんだよ」

 

「あっ……うぅ……」

 

「魔法少女の生活を大切に守ってきた人間社会を…お前達は踏み躙る政治判断をした」

 

「…そうかも…しれません。その判断を実行する為の裁判…司法権の乱用だと罵られました…」

 

治世を行うということは国民の利益を最優先にする行政を指す。

 

治世を行う者とは国民の信託の上によって成り立っている。

 

魔法少女社会はこの定義に合致しているのだろうか?

 

「人間は()()()()()()()()()()()。魔法少女は国民の信託を受けた政府に管理されるべきだ」

 

彼の言葉を言い返すことが出来ない2人。

 

徹底した理詰めによる口論を行う尚紀の姿はまるで常盤ななかの姿と重なって見える程だ。

 

「魔法少女の存在を、この証拠品を持って脅威とし、代理人として事実関係の証明とさせて貰う」

 

「やはり…テロを行った魔法少女を警察に突き出し、魔法少女の存在を白日の下に晒すのですね」

 

「…待って…待ってよ…!そんなことされたら…私達…これからどういう扱いをされていくの…」

 

死刑宣告を受けたかのように震えあがっていく魔法少女達。

 

たとえ事実関係の証明として使う証拠品を持ち逃げしようとも写真データがある以上は無意味だ。

 

「恐ろしいか?人間社会に弾圧される未来が?似非守護者め、破壊者め…そう呼ばれるのが?」

 

「お…お願いします…それだけは…勘弁してください!!」

 

震えあがったみふゆに視線を向ける。

 

今にも泣きそうな彼女の表情は幼い頃の彼女の姿を彷彿とさせるほどだ。

 

「…そうか。そんなに嫌なら……俺の嘆願を今すぐ実行してこい」

 

その言葉が意味する行為とは大量処刑。

 

尚紀は言った。

 

フランス革命によって罪人として扱われた人々がギロチンで処刑される光景と同じ事をしろと。

 

「俺は二度…お前達にチャンスを与える。三度目は無い」

 

硬直したまま体どころか口さえ動かせない2人に向けて恐ろしい虐殺者の表情を向けてくる。

 

「やれよ」

 

「あ……あぁ……」

 

「…やれ」

 

もはやこの男には説得など通用しない。

 

この世界で彼が歩んできた道とは魔法少女に殺されていく人間達の骸によって出来ている。

 

人間達の死を嘆き、苦しんできた者として魔法少女という存在を決して許さない者となった。

 

嘉嶋尚紀は()()()()()()()()()()()()()人間の守護者だ。

 

プレッシャーに震えていたが、手を握り締めていく。

 

「………出来ません」

 

みふゆが言い切った。

 

魔法少女の虐殺者に向けて拒絶の意思を示してしまった。

 

彼の表情はこの答えを分かっていたかのように微動だにしない。

 

「私は…やっちゃんの意思を信じたい。魔法少女達は…皆で支えあって生きていくべきです」

 

それが彼女達魔法少女の望み。

 

みんなを環のように繋げ合い共に幸福社会を目指す。

 

それが魔法少女救済の道なのだと言い切ってしまった。

 

彼の拳が握り締められていく。

 

今まで感じたこともない程の殺気が爆発し、2人は腰を抜かしてしまう。

 

「…………貴様、よくぞ言い切った」

 

首を跳ね落とされる程の恐怖に怯え切った2人を見下ろすのは神であり悪魔の憤怒。

 

「自分達だけが可愛い似非守護者共め。貴様らに…()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

怯え切った2人を無視して証拠品も拾わずに去っていく。

 

鳥居の前で立ち止まった彼が背中越しに声を上げる。

 

「人間社会を破壊したテロリスト共を魔法少女が裁かないなら…」

 

――他の誰かが…連中に裁きを与えるだろう。

 

彼の姿が境内から消えたが、2人は怯えたまま動くことが出来なかった。

 

石段を下り終えた彼が見かけた人物が声をかけてくる。

 

「…やっと、その気になってくれたみたいね?」

 

水名神社と彫られた寺標の横には腕を組んだ姿の瑠偉がいたようだ。

 

「瑠偉…俺が神浜で動かなかった間に魔法少女の個人情報を集めておいてくれて感謝する」

 

瑠偉から魔法少女の個人情報を伝えられたお陰で彼はやちよの家に嘆願書を送ることが出来た。

 

「忘れたの?私は貴方と二年間も東京で魔法少女を殺していくパートナーをしてきたのよ」

 

「フッ…そうだったな。お前と組んで俺は魔法少女を殺してきたな」

 

「いずれ貴方はこの街でも動くと考えていた。その時の為の準備なら怠らないわ」

 

「行くぞ…瑠偉。今夜から神浜魔法少女狩りを始める」

 

――たとえ便所に隠れていても…息の根を止めてやる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

裁判が終わり、観察処分となった革命魔法少女達は調整屋から解放された。

 

他所から来た魔法少女達はすぐさま神浜から出ていき、残ったのは東の者のみ。

 

今の東はリーダー不在の状態。

 

彼女達を指導出来る立場の魔法少女はいなかった。

 

やりきれない感情のまま彼女達は東の地で路頭に迷う。

 

「ねぇ…これからどうしようか?」

 

20時になった頃。

 

路地裏で座り、相方の魔法少女に相談している魔法少女がいた。

 

「あたしは…納得なんて出来ない。テロは失敗したけど…あたし達は魔法少女だよ」

 

「で、でも…西側連中に拘束されたら変身能力を剥奪されるんだよ?」

 

「知ったことか!あたし達を殺す気概すら見せられない奴らなんて、泣き落としで対処出来るさ」

 

少女は懐からタバコの箱を取り出し、口に一本咥える。

 

「貴女…魔法の力でまたくすねてきたの?」

 

「別にいいでしょ?どうせあたしは高校にも通えない無職女だし…魔法で火を点けてくれる?」

 

<<俺が点けてやる>>

 

恐ろしい声が路地裏に響く。

 

少女達が視線を向ければそこには漆黒の装束を身に纏う男の影。

 

頑丈な黒いエンジニアブーツ、破れにくいバイク用の黒い革パンを纏う下半身。

 

上半身はパーカーフードがついたウィザードローブの黒いジャケットコートを纏う。

 

黒いパーカーを頭部に被る奥には金色の瞳が輝く。

 

「最後だ、一服していけよ」

 

開いた両腕を顔の前で交差して構える姿。

 

パーカーが首裏の角によって跳ね上げられ悪魔の素顔を晒す。

 

「ヒッ……!!」

 

悪魔の口から放たれたのは竜の業火の如きファイアブレスの一撃。

 

「「ギャァァーーーーッッ!!!!」」

 

業火によって焼き尽くされる革命に参加した魔法少女達の燃え上がる断末魔が路地裏を照らす。

 

ソウルジェムは熱破壊され2人は円環のコトワリに導かれていった。

 

周囲の建物の壁が黒く焦げた路地裏から踵を返し、魔法少女の虐殺者は歩き去っていく。

 

「お前達はスマホを常日頃から所持している。安物のandroidを選んでいたのが運の尽きだ」

 

テック企業はデータを引き換えに便利な機能を選択の自由を与えた消費者に提供する。

 

だがユーザーの位置情報を強制的に追跡してしまう問題が浮上しているのだ。

 

androidOSを載せたスマホやタブレットは位置情報追跡設定をオフにしても追跡される。

 

自分の今いる場所から最寄りの基地局の住所が、アメリカ最大規模のIT企業に集積される。

 

IT技術とは実は社会主義独裁にとって極めて相性が良い。

 

国民のプライバシーを侵害し、国民情報を完全に独占して監視・支配が行える。

 

まさにデジタルレーニン主義が為せるハイテクIT企業の闇であった。

 

「瑠偉がアメリカ最大のIT企業と繋がりがあったとはな…。しかし、便利な道具には裏があるな」

 

瑠偉は神浜魔法少女達のスマホにスパイウェアを転送している。

 

攻撃を受けた場合、消費者の意思によらずとも他の会社にデータが送られてしまうのだ。

 

悪人がこれを利用すればユーザーが知らない間に位置情報を発見するために利用されてしまう。

 

「だが今はそれが頼もしい。これだけの個人情報が揃えば…今夜中にカタがつく」

 

悪魔化を解き、路地裏から出てきた尚紀がパーカーを被り直す。

 

人間に擬態した悪魔は魔法少女に魔力を感知させない。

 

それによって可能な行為がある、それは暗殺だ。

 

裁きが生まれる光景は続く。

 

「これから先も西側社会に向けて暴れてやる…西側が差別を繰り返す限り…!」

 

やりきれない怒りの感情を抱えながら魔法少女は歩いていたが何かが飛んでくる。

 

「な、何…?」

 

小石が彼女の前に飛ばされてきたようだ。

 

繰り返し投げてくるのは明かりも点かない路地裏の暗闇の中。

 

「あんた…私を挑発してるの?虫の居所が悪い私に向かって!!」

 

怒りを募らせ路地裏に入り込んだのが運の尽き。

 

暗闇から現れたのは顔に光る刺青を持つ金色の瞳だった。

 

「えっ!?アガァ!!!?」

 

光剣二刀流を腹部に突き刺し、握り手で腹部ごと体を上に押し上げる。

 

「奇遇だな。虫の居所が悪いのは…俺も同じだ」

 

「た…助け……ギャァァーーーーッッ!!!」

 

右手の光剣を引き抜き、複数回の胴体刺し両足を左薙ぎで切断。

 

「た…たた……助けてぇぇぇ~~~ッッ!!!」

 

左腕で持ち上げたまま彼女の頭部に視線を合わす。

 

「嫌だね」

 

切上によって首を跳ね落とした後、地面に捨てて左手のソウルジェムを踏み砕く。

 

円環のコトワリに導かれる光を背に悪魔は次の獲物を求める。

 

裁きが生まれる光景は続く。

 

「やっぱり…諦められない…。でも、変身能力を取り上げられたら…生きてけない…」

 

女子トイレに座り用を足していた魔法少女がいる。

 

誰かが入ってくる気配を感じて独り言を喋る口を閉じていたが、何かの違和感を感じ取る。

 

「な、何の音……?」

 

固い金属が引きずられる音が響いていたが自分のトイレの前で止まったようだ。

 

「ちょ、ちょっと!ここは今わたしが使って……ギャアッッ!!!?」

 

扉が蹴り破られ金具が外れた扉が彼女の上半身を貫く。

 

「悪いが…ここは今から()()工事だ」

 

悪魔の手に持たれているのは建築・土木で木杭を打ち込む時に使う両手持ちハンマーである。

 

彼女の両腕は貫いた扉に挟まれており身動き出来ない。

 

「まま…待ってぇぇーッッ!!!改心するから許してぇーッッ!!!!」

 

「ダメだ」

 

振り上げたハンマーが彼女の頭部を襲う。

 

「あガぱぁッッ!!!」

 

彼女の頭部はスイカ割りのように砕けた。

 

痙攣した体が死を受け入れ円環のコトワリに導かれる光を放つ。

 

悪魔は血濡れたハンマーを窓から投げ捨て次の獲物を探しにいった。

 

裁きが生まれる光景は続く。

 

テロによって人通りを失った踏切前。

 

「町から逃げよう…何処に行ったって、魔法を使って人間共から略奪すれば生きていけるし…」

 

踏切警報機が鳴り響き、電車が近づいてくる。

 

彼女の元まで電車が近づいてきた時、後ろには悪魔の姿が現れている。

 

「なら、この電車に乗って逃げろよ」

 

「えっ?」

 

振り向いた瞬間、踏み込み蹴りを浴びる。

 

「がはぁッッ!!!?」

 

彼女の体は蹴り飛ばされ…。

 

「なんだとぉ!!?」

 

運転士が叫んだ時には彼女の体は電車に跳ね飛ばされている。

 

慌てて非常ブレーキを使うが跳ね飛ばされてレールに転がる彼女の体は無慈悲に巻き込まれた。

 

体が切断され円環のコトワリに導かれる光を放つ。

 

乗客達が慌てた声を上げ外に目を向ける頃には悪魔の姿は消えていた。

 

裁きが生まれる光景は続く。

 

「ガボガボガボガボッッ!!!!」

 

大東団地街の公園には頭部を掴まれたまま噴水に顔を入水させられた状態の魔法少女がいる。

 

「火事に飲み込まれた被害者達も、息が出来ずに苦しんだ」

 

暴れていた体が痙攣して動かなくなっていく。

 

溺死した彼女の体は円環のコトワリに導かれる光を放ち消えていった。

 

裁きが生まれる光景は続く。

 

「た”す”け”て”え”ぇ”~~~ッッ!!!!」

 

四肢を蹴り砕かれた魔法少女は今、投げ捨てられた古い大型プレス機の下にいる。

 

彼は無慈悲にプレス機のボタンを押す。

 

プレス機が下降を始め魔法少女は泣き叫びながら助けを求めるが慈悲無き悪魔は吐き捨てる。

 

「火事に飲み込まれた被害者達も、天井に潰される苦しみを味わった」

 

「許しべげぇッッ!!!!」

 

まるで蟻を踏み潰すかのようにして魔法少女は体ごとプレスされた。

 

円環のコトワリに導かれる光を背に工匠区の工場から悪魔は姿を消す。

 

裁きが生まれる光景は続く…続く…何処までも続いていく。

 

10人…20人…30人…。

 

革命に加わった魔法少女達が次々と殺されていく。

 

彼女達は一万人を超える規模の大虐殺扇動を行った。

 

日本の死刑判決の基準ともいえる永山基準を遥かに超える大破壊を実行した。

 

死刑とされるのは当たり前。

 

魔法少女社会を環の輪にしたい人物達は未来ある子供だからという理由だけで否定したのだ。

 

未来なら被害者達にもあったのだ。

 

……………。

 

彼女達の位置情報は人がスマホを携帯する習慣によって完全に把握されている。

 

だが流石に東の魔法少女達も異変に気が付き始めたようだ。

 

「ど、どうしたの時雨ちゃん…こんな遅くに電話をかけてきて?」

 

時刻は既に23時頃。

 

その日のうちに変身能力を剥奪されたはぐむは家に戻り、これからを考えていた時だった。

 

「ぼくと一緒に逃げるんだ、はぐむん!!何処か遠くに…神浜じゃない何処かへ!!」

 

「い、いきなり過ぎるよ…。神浜に居場所は無くなったけど…他の街も同じだよ」

 

「違うんだ!!革命に参加した魔法少女達との連絡がつかないんだよ!」

 

「えっ…?どういう…ことなの…?」

 

「分からない…もしかしたら、観察処分なんて嘘で…闇に紛れて殺しているのかも!」

 

「そ……そんな…やちよさんは倒れたはずでしょ!?」

 

「西側の魔法少女達が独断で行っているのかも…常盤ななか達のことを思い出して!」

 

事態を把握したはぐむの顔が恐怖に引きつり、全身が震えていく。

 

「ど…何処に逃げるの…?行く当てなんて思いつかないよぉ!私達…もうただの人間だよ!!」

 

「だったらこうしよう!ぼく達を殺そうとする者から守ってくれるよう…西の長に頼むんだ!」

 

「やちよさんは倒れてる!守ってなんてくれない…お終いだよぉ!!」

 

「それでも…やちよさんと考えを同じくするみふゆさん達がいる!急いで家から出て!!」

 

恐怖に引き攣った顔のまま急いで準備を始める。

 

「財布とスマホ…下着とか…ああ…考えが纏まらないよぉ!!着の身着のままでいい!!」

 

財布とスマホだけを持ち彼女は急いで自宅から飛び出して新西区に向けて走り続ける。

 

そんな彼女の前方の道路から走行してきた車の存在に気が付いてしまう。

 

「えっ……なに…あの古いアメ車……?」

 

彼女から離れた場所で停車した不気味な車に恐怖を感じる。

 

「う…嘘……あの車……人が乗ってない!?」

 

突然車のヘッドライトがハイビームとなり、はぐむは眩しさを手で覆う。

 

<<ハァイ♪この国の魔法少女さん>>

 

変身能力は失っているが魔法少女は悪魔の声が聞こえる存在。

 

「な…なんなの……この女性の声?ま、まさか……あの車が喋ったの!?」

 

「ダーリンのお手伝いに来ました~♪」

 

後輪が回転し、急発進してはぐむに迫る悪魔とは人修羅の仲魔のクリスだった。

 

「いや……来ないでぇ!!!」

 

魔法少女に変身出来ない彼女は戦う術もなくガムシャラに逃げるのみ。

 

「助けてぇ!!誰か助けてぇ!!!」

 

人間達に助けを求めるがテロが起きた為に外出は自粛されている。

 

自分達が招いた光景だ。

 

「ヒィ!!」

 

歩道に入った彼女をひき殺そうとガードレールに体当たりを仕掛けてくる。

 

「怖い……怖いッッ!!助けて時雨ちゃん!!!」

 

Uターンしてきたクリスがなおも追撃。

 

狭い路地裏に入り込み、必死になって向こう側の道路まで逃げる。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!!」

 

周囲を見回していたが向こう側からクリスが回り込んでくる。

 

「逃げなさい逃げなさい♪あぁ…久しぶりの人殺しは…堪らなく興奮するわ!!」

 

「来ないでぇ!!」

 

狩りを楽しむかのように彼女を追い続ける妖車。

 

この光景こそかつてアメリカを震撼させたクリスの姿だった。

 

工匠区まで入り込んだ彼女は見つけた工場のフェンスをよじ登る。

 

「キャァ!!」

 

勢い余って上半身が回転し、背中から地面に叩きつけられたが痛みを気にしている暇は無い。

 

立ち上がって走り続ける彼女に向けてフェンスを突き破って走行してきたクリスが猛追。

 

狭い工場の一本道を走る彼女を容赦なくクリスが追いかけてくる。

 

クリスは体を壁に擦り付けながらも追撃の手を緩めない。

 

「こんな目に合うなんて…!!やっぱり藍家さんになんて…関わらなければよかった!!」

 

工場内に入り込む彼女を追い、クリスは中で停車。

 

見れば彼女は荷物を搬出するシャッターを開けられずに立ち往生しているようだ。

 

エンジンが噴き上がる音が響く。

 

「来ないで…来ないでよぉ……許して…許して下さい……!!」

 

「そうねぇ?でも…被災して助けを乞う人間達に対して…魔法少女至上主義者は()()()()()()()

 

車体が急発進する。

 

狭い搬出口の横壁に車体がぶつかるが強引に車体をねじ込み続ける。

 

「イヤァァーーーッッ!!!助けて時雨ちゃーーーんッッ!!!!」

 

白煙を撒き散らしながらも強引にねじ込まれた車体が彼女に体当たりを仕掛けてくる。

 

「アァッッ!!!!」

 

彼女の下半身は壁に挟まれ車体のフロントに押し潰された。

 

ボンネットに上半身を叩きつけられた彼女が悲鳴を上げていく。

 

「痛い…痛いよぉ……助けて…お母さん……お母さんッッ!!!!」

 

「体を潰されたのは…火事に飲まれた人間も同じ。それをもたらした因果を…アンタも味わいな」

 

車の四輪から雷がほとばしり、小規模ながら全体に雷の一撃を放つマハジオが放たれる。

 

「アァァァーーーーーッッ!!!!!」

 

彼女の全身は関電していき、皮膚や髪が燃え上っていく。

 

搬出口から出る頃には黒焦げとなった遺体が円環のコトワリに導かれていく光景だけが残った。

 

「あぁ…最高の夜ね!ダーリンについて行けば…まだまだ美味しい思いが出来るかも♪」

 

彼女の車体はみるみるうちに回復していき、車体が元通りになった頃には再び狩りに向かった。

 

……………。

 

工匠区と栄区の境にある公園には宮尾時雨が不安な表情をしたまま佇んでいる。

 

ここで安積はぐむを待ち、合流したら西側に逃走しようと計画しているようだ。

 

「みふゆさんには連絡して事情を説明した…。もう少しでここに来てくれる…」

 

みふゆの家は水名区でも有名な呉服屋であり、スマホで検索すれば電話番号も分かる。

 

「なのに…はぐむんとは連絡がつかない…。ま、まさか…そんなこと…ないよね?」

 

嫌な予感が巡っていき彼女の体は震えていく。

 

「こんな事なら…魔法少女は人間よりも優れているだなんて…考えなければ…」

 

<<魔法少女になって、人間よりも優れた存在になれたなら、劣る存在を殺してもいいか?>>

 

心臓を鷲掴みされる程の恐怖を感じさせる男の声が響く。

 

「あっ……あぁ……」

 

近づいてくるのはみふゆではなく魔法少女の虐殺者だった。

 

「リベラル優生学か?遺伝子編集が可能となった今、人為的優生人種も産み出せるようになった」

 

「は…はぐむんじゃない…彼女は何処なの…?」

 

「各人は自分の生き方を選択する権利があるというリベラル本質もあるが、魔法少女は逆だな」

 

「何の話をしているの…?彼女は何処なの…?」

 

「親が我が子に押し付ける優生学ではなく、子供が親たち人間に押し付ける優生学。反吐が出る」

 

「そんな話は聞いてない!!はぐむんは何処かって聞いてるの!!」

 

「テロの主犯格である安積はぐむか?そいつならクリスに任せておいた」

 

「えっ……?」

 

「あいつは人殺しに飢えていたからなぁ、意気揚々と出かけていったよ」

 

その言葉を聞いた時雨は、はぐむが先に円環のコトワリに導かれた事実を理解した。

 

「そんな…ぼくのせいだ…。ぼくがひめなの理屈に賛同したから…はぐむんまで巻き込んで…」

 

「ナチスは優生思想の政策を施行した。その中でも有名なのが…障害者を間引くT4作戦だ」

 

「T4…作戦…?」

 

社会ダーウィニズムに基づく優生学思想によって劣等分子は断種されるべきだと説かれた。

 

これにより治療不可能な患者は安楽死させるべきだとしたのがT4作戦。

 

生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁。

 

民族の血を純粋に保つというナチズム思想により殺された人間の数は公式資料で7万273人。

 

まさに優れた人種だけを優先する傲慢な悪魔の所業。

 

「そんなにも弱い連中が嫌いか?気に入らない弱い連中など死ねばいいと言うか?」

 

――弱肉強食を貴ぶ…選民思想の魔法少女至上主義者め。

 

「く…来るな……来るなぁ!!!!」

 

今の彼女はあれほど軽蔑していた弱い人間と変わらない姿をしている。

 

弱い人間は強者である魔法少女によって命を含めた人生を管理される。

 

彼女たち魔法少女至上主義者が信じた思想だ。

 

背を向けて逃げようとする彼女だが突然倒れ込む。

 

「ウアァァァーーーーーッッ!!!!」

 

彼女の両足は魔力調節で刀身を伸ばした光剣によって切断されていた。

 

「強者が弱者を管理する思想を信じた強者なら俺に命を管理されるのも認めるよな?」

 

「嫌だ……嫌だぁぁ……死にたくない……助けて…助けて…」

 

「自分は良くて他人はダメ?何処までも腐ったダブルスタンダードだな…魔法少女至上主義者?」

 

悪魔の右手が持ち上げられていく。

 

「誰か…助けてぇぇーーーーーッッ!!!!!」

 

「都合のいい時だけ弱者と差別した人間に助けを求める。貴様の腐りきった因果…俺が焼き滅ぼす」

 

指が鳴らされた瞬間、時雨の体が業火に包まれる。

 

<<アァァァーーーーーッッ!!!!!>>

 

燃え尽きていき、円環のコトワリに導かれる魔法少女至上主義者の最後を人修羅は見届けた。

 

「…現人神を気取ろうとした魔法少女も劣る存在と差別した人間のように燃え尽きていく」

 

――所詮貴様ら魔法少女は、俺たち悪魔にとっては劣る者なのさ。

 

踵を返し、次の獲物のもとに向かう為に歩き去る。

 

「主犯格の宮尾時雨と安積はぐむを始末したのならルミエール・ソサエティの残りの主犯格は…」

 

その人物とは天音月夜の妹である天音月咲。

 

彼女の竹細工工房の住所なら把握している彼は次の獲物を狩る為に動くのだが…。

 

<<なんてことをしてくれたんですかッッ!!!!>>

 

公園の出口には2人の魔法少女が立ちはだかる。

 

「……貴様らか」

 

その人物とは先ほど水名神社で出会ったみふゆと鶴乃。

 

彼女達は変身した姿のまま魔法武器を構えている。

 

「…その姿が貴方の正体だったのですね」

 

「何者かは知らない…でも!!時雨を理不尽に殺した貴方を…私は絶対に許さない!!」

 

怒りをぶつけてくる者達に対して彼は悪魔の姿を隠さない。

 

「俺が何者かなら教えてやる。俺は悪魔であり…東京の魔法少女達からはこう呼ばれた」

 

――魔法少女の虐殺を行う者…人修羅とな。

 

その名を聞いたみふゆは東京観光をしていた時に襲ってきた魔法少女達の言葉を思い出す。

 

「貴方が…東京の魔法少女達が言っていた…」

 

「悪魔であり…魔法少女の虐殺者……人修羅なんだね…」

 

彼女達は戦慄する。

 

東京の魔法少女が震えあがり、従うしか選択が与えられない程の恐怖存在が神浜に潜伏していた。

 

今目の前にいるのは魔法少女に社会全体主義を敷く恐怖政治を行う者。

 

魔法少女社会に向けて革新的暴力革命を行う共産主義者であり独裁者であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜でもトップクラスの魔法少女達を相手にしても微動だにせず隙もない。

 

仕掛けようにも悪魔の力がどれ程のものか分からない彼女達は動く事が出来ないようだ。

 

「悪魔なんて…いたんだね。キュウベぇはどうして…教えてくれなかったのかな?」

 

「…私達が聞かなかったからです。あの存在は…昔からずっとそうでした」

 

「ねぇ…悪魔の貴方に聞きたいんだけど。もしかして…悪魔は魔獣みたいにいっぱいいるの?」

 

「…それを聞いてどうする?魔獣狩りのついでに俺たち悪魔も狩りたいか?」

 

「俺達と言いましたね?だとしたら…やはり悪魔は何体もいると考えるべきです」

 

「……想像したくない光景だね」

 

「そこをどくか、俺と今直ぐ殺し合うか…選ぶがいい」

 

悪魔の殺気はあの時見せた時以上に2人の体を強く叩きつけていく。

 

2人だけで敵う相手ではないと悟り、相手の出方を伺う為の悪魔会話に移ったようだ。

 

「私達がルミエール・ソサエティの魔法少女を死刑にしなかったから…貴方が行うわけですか?」

 

「俺は言ったはずだ。誰かがあいつらに裁きを与えるとな」

 

「何様のつもりなの!国家権力でもないのに、司法暴力を振りかざす権利があるって言うの!」

 

「国家権力でもない魔法少女が治世を行い、司法の真似事をしているお前達がそれを言うか?」

 

「うっ……それは、そうだけど…」

 

「国家なら司法暴力を振りかざしていい?なら独裁国家がやった虐殺歴史は肯定されるべきだ」

 

「個人にしても国家にしても…人を裁くなら皆の為となる明確な根拠が必要だと言いたいの?」

 

「司法は行政に奉仕する為に生まれた。行政とは国民の利益を最優先にする為に存在している」

 

「だから国は国民の利益を最優先にする為に…司法暴力を振りかざすんだね…」

 

「…日本では民衆が望む応報刑ではなく、社会秩序の為の抑止力としてしか機能しないがな」

 

「国が民に代わり…仇を討つ。それが旧刑法の理屈でしたが…民衆は政府に裏切られたのですね」

 

「国は魔法少女に対して何をしてくれた?」

 

「……それは」

 

「何もしてくれていない。それどころか魔法少女の存在さえ国民に伝えてなどくれない」

 

「だから貴方は…民の利益を最優先にしなくなった国家に代わり魔法少女を裁くのですね」

 

「そうだ。国が民衆脅威を野放しにするのなら俺が魔法少女を管理する。命も含めてな」

 

「そんなの…傲慢だよ…」

 

「国に代わり治世の真似事を勝手にやってきた傲慢なお前達が…それを言うのか?」

 

自分達に都合が悪い部分を悪魔に見抜かれてしまうため鶴乃は黙り込んでしまう。

 

「自分は良くて、他人はダメ。どいつもこいつも腐りきったダブスタ共ばかりで反吐が出る」

 

「どうあっても…私たち魔法少女社会に向けて社会全体主義を敷きたいのですね」

 

「東京と同じくな。だが、この神浜にそれを敷く役目は俺ではない」

 

「ま、まさか…!貴方は…ななかさん達とも繋がりがあるのですか!?」

 

「もしかして…ななかに人間社会主義思想を伝えたのは…」

 

「…俺はななか達の為に神浜魔法少女社会に向けて人間社会主義の道を切り開く」

 

彼は指の関節を鳴らしていく。

 

「俺に情けを期待するなよ…魔法少女共」

 

「どうしてなの…?貴方だって人間の為に戦ってるのに!どうして時雨達を殺すのさ!」

 

「身内だけが可愛いく、人間の苦しみを観ようとしない貴様らと俺を一緒にするな…ムカつくぜ」

 

悪魔会話は決裂したも同然の空気。

 

しかし果敢にもみふゆが彼の前に出てくる。

 

「……ここをどけば貴方はまたテロに参加した魔法少女達を殺しに行くのですか?」

 

「次の獲物は決めてある。このテロを起こした主犯格だけは…一秒たりとも呼吸をさせたくない」

 

「そうはいきません!私は…魔法少女達が手を取り合える未来を…やっちゃんと共に信じます!」

 

「お前が俺に立ち向かうか?…体が震えているくせに」

 

悪魔化した人修羅の圧倒的魔力を彼女達は感じている。

 

まるで小学生時代に戻ったかのように彼女の体は震えており涙が目に浮かんでいく。

 

それでも彼女はもう決めてある。

 

「私は…今でも半人前です!それでも…私とやっちゃんは!2人揃って一人前!!」

 

――やっちゃんだけに…痛みと苦しみを与えさせはしません!!

 

――私だって背負います!!

 

戦う覚悟を決めたみふゆに続くようにして鶴乃も武器を構える。

 

「……さっき俺が言った言葉を理解していないようだな」

 

悪魔の金色の瞳が瞬膜となる。

 

「えっ……?」

 

五感を狂わされる幻惑魔法である原色の舞踏が行使されたようだ。

 

2人の目の前には既に悪魔の姿は消えてなくなっていた。

 

幻聴が聞こえるかのようにして人修羅の声が耳に響いてくる。

 

<<主犯格の命を早く消し去りたいなら…お前達の相手をする時間など秒も無いということだ>>

 

それだけを言い残し、彼の姿は魔法少女狩人として突き動かされていった。

 

「幻惑魔法…だよね?悪魔は…魔法少女と同じような魔法が使えるってこと…?」

 

「大変…月咲さんが危ない!!私は月咲さんに連絡を入れます!」

 

「私はみんなに連絡するよ!あの悪魔が相手じゃ…私たち全員で戦う以外に勝ち目なんてない!」

 

2人も突き動かされるかのようにして対応に追われた。

 

この世界の神浜市には環をもたらす魔法少女は遂に現れてはくれなかった。

 

代わりに現れたのは魔法少女達を分断し、虐殺する者。

 

その者の姿は環をもたらす魔法少女の姿である白とピンクのフード姿などしていない。

 

魔法少女の返り血の赤を漆黒に染める邪悪な衣服を纏う者。

 

彼の者の名は人修羅。

 

魔法少女の虐殺者にして、断罪者。

 




読んで頂き、有難うございます。


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121話 レッドドラゴン

魔法少女が今まで戦ってきた脅威とは魔獣である。

 

しかし、それ以外の脅威が現れたというのを電話越しで手短に説明するのは難しい。

 

「ど、どうしたの…みふゆさん?こんな遅くに電話してきて…?」

 

みふゆの声のトーンからただ事ではないというのは理解出来るが要領を得ない。

 

「今直ぐそこから逃げてください!貴女を殺そうとしている者が直ぐそこまで来てます!」

 

「そ……それってまさか…常盤ななか達のこと?」

 

「違います!魔法少女ではありませんし…魔獣でもないんです!」

 

「ちょっと待って!意味が分からないよ…ウチらの事を把握して復讐しに来る人間がいるの?」

 

「詳しい事は分かりませんが…魔獣以外の脅威がいたとしか電話越しでは言えません!」

 

「魔獣以外の脅威?それこそ意味が分からないんだけど…」

 

「とにかく直ぐに逃げてください!!みたまさんには連絡して調整屋を解放してもらってます!」

 

「そんな事を言われても…お父ちゃん達が心配するし…」

 

「その者は既に時雨さん達を殺しています!私の目の前で殺したんです!!」

 

「し、時雨が殺された!?それじゃあ…やっぱりウチらがした事を根に持つ奴の仕業!?」

 

「急いで!!貴女の一生を守りたいと言った月夜さんを泣かせたいんですか!?」

 

「わ、分かった!直ぐに準備して調整屋に逃げ込むから!!」

 

「貴女だけでなく生き残っている東の魔法少女達にも私が連絡を入れます!早く逃げて!!」

 

みふゆだけでなく応援の連絡を入れている鶴乃も対応に苦戦している。

 

「な…なんだと?魔獣ではなく悪魔が現れただと……?」

 

鶴乃の慌てた声のトーンを電話越しに聞く中央の長だが要領を得ない顔を浮かべてしまう。

 

「キュウベぇが私達に教えてくれなかった脅威と出会ったの!そいつは…時雨を殺した!!」

 

「時雨が殺されただと!?では…今回の魔法少女テロに恨みを持つ者の犯行なのか!?」

 

「悪魔はね…魔獣と違う!人間と変わらない姿をしてて…人間のように恨みを持つの!!」

 

「ま、待て…悪魔が現れて、悪魔が人間社会の仇討ちをしている?今一ピンとこないのだが…」

 

「信じて!そいつの魔力は桁外れだった!!私とみふゆだけじゃ手も足も出ない!!」

 

「その悪魔と出会ったのか!?魔力を持つ存在だと…魔法少女のような存在なのか?」

 

「魔法少女のような魔法も使ってみせた!人の姿をした悪魔は少女じゃない…男だった!!」

 

「と、とにかく!状況が切迫しているというのは理解した!アタシ達も応援に向かう!!」

 

「悪魔は今、東で魔法少女狩りをしてる!東の子達が調整屋に逃げれるまで時間を稼いで!」

 

「未知の敵との戦いか…。こちらも先の戦いで消耗しているが、背に腹は代えられないか!」

 

「私も他の子に連絡してるけど手が回りきらないの!ひなのも電話で呼びかけて!」

 

「分かった!まったく…次から次へと、どうして問題ごとばかりが押し寄せてくる!」

 

電話リレーとなっていき悪魔の存在を知る魔法少女にも連絡は届いていく。

 

「あ……悪魔が現れたの?そ、それって…どんな悪魔か分かる?」

 

電話をしているのは御園かりん。

 

隣には人修羅と同じ悪魔であるジャックランタンもいるようだ。

 

「そう……わ、分かったの。私も援護に向かうね…」

 

スマホの電話を切り、ランタンに向き直る。

 

「……俺、その恐ろしい悪魔のことを知ってるかもしれないホ」

 

「会ったことがある悪魔だったの?」

 

「多分だホ。俺は男の姿をした悪魔とこの街で出会えたから…この姿になっちまったんだホ」

 

「でも…困ったの。みんなが悪魔という存在を知っちゃったし…ランタン君まで怖がられるよ…」

 

「その時はその時だホ。それより…悪魔を相手にするってのなら俺は力になれるホ」

 

「ついて来てくれるの…?心強いけどランタン君まで見つかったら…」

 

「悪魔の戦場は悪魔の領分だホ。素人の魔法少女は黙って俺のアドバイスに従うホ」

 

「分かったの!道すがら悪魔との戦いを教えて欲しいの!」

 

魔法少女に変身して魔法武器の大鎌の柄に座り、ジャックランタンと共に窓から飛び立つ。

 

電話リレーは続けられ常盤ななかの元にも連絡が届く。

 

「悪魔が…テロに参加した東の魔法少女を殺しているというのですか、明日香さん?」

 

「そのようにももこさんから連絡が届きましたが…悪魔というのは本当にいるのですか?」

 

ななかは事態を把握した。

 

尚紀が歩き去っていく時にななかに語った言葉を今、彼が実行しているのだと。

 

「その悪魔こそが…人間社会主義思想を私に伝えてくれた存在です」

 

「ええっ!?ななかさんは…今暴れているという悪魔とお知り合いなのですか!?」

 

「…これはチャンスです。今こそ私達は神浜魔法少女社会に向けて革命行動を起こすべきです」

 

「ま、まさか…その悪魔と合流して西や中央の長たちと一戦交えようと!?」

 

「その悪魔は言いました…私達が改革したい魔法少女社会への道を切り開くのは自分だと」

 

「では…その悪魔は私達の味方と判断するべきですね!私も改革を望む子達に連絡を入れます!」

 

電話を切ったななかは眼鏡を外し、左手のソウルジェムを掲げる。

 

「尚紀さん…貴方だけに負担を押し付けはしません。思想を共にする私も貴方と轡を並べます」

 

事態は切迫していく。

 

最初に連絡を受けたみたまはミレナ座で皆の避難準備を進めていた。

 

「裁判の跡片付けが残ってるから来た時に…まさかこんな事態が襲い掛かってくるだなんて…」

 

悪魔を知る立場であり人間の守護者を貫く悪魔を知っている彼女の体は震えていく。

 

頭に浮かぶのは尚紀の車の中で語られた恐ろしい警告の言葉であり、彼女は警告を犯している。

 

震えていた彼女の隣には業魔殿から解放されて帰ってきたフロストが心配顔を向けてくれる。

 

「ヒホ…?みたま、どうかしたのかホ?」

 

「悪魔がね…テロに参加した魔法少女達を殺して回っているの…」

 

「ヒホッ!?オイラやランタン、それにイッポンダタラ以外にも潜んでいたのかホ!」

 

「ここは避難所に指定されたわ。もう時期テロに参加した魔法少女達が詰めかけてくる」

 

「ま、まいったホー…せっかく業魔殿でのかんづめ生活からかいほうされたってのに…」

 

伝えるべきかどうか迷ったが意を決したみたまはフロストに向き直る。

 

「…みふゆさんがね、悪魔の名前を教えてくれたの。それは…フロスト君が知ってる悪魔名よ」

 

彼女は今まで尚紀がどのような悪魔名をしているのかを知らなかった。

 

ヴィクトルも必要以上に彼の事を喋らなかったからだ。

 

「ヒホ……オイラが知ってる…悪魔かホ…?」

 

「私も気が付かなかった…。あの人が…尚紀さんが……人修羅だったなんて」

 

その名を聞いた瞬間、フロストの穴のような黒い目が大きく広がっていく。

 

「ヒト……シュラ?いま……ヒトシュラって言ったのかホ!!?」

 

「フロスト君…貴方が私に語ってくれたかつての世界の仲魔はね……直ぐそこにいたのよ」

 

フロストの黒い目からまるで雪解け水のように涙が伝っていく。

 

「…オイラ、信じてたホ。きっとまた再会出来るって……信じててよかったホーッ!!」

 

地面に蹲りおいおい泣いてしまう。

 

そんなフロストの頭をみたまは優しく撫でてくれたようだ。

 

だがフロストは彼女の手が震えているのに気が付き顔を上げる。

 

「私ね…尚紀さん…ううん、人修羅に……殺されるかもしれないの」

 

「ヒトシュラが……みたまを殺す?どうして…そんなことをするんだホ?」

 

「…私がね、革命魔法少女達に協力して神浜の街を焼いて…大勢を死なせてしまったからよ…」

 

その言葉を聞いたフロストは理解した。

 

この世界でも彼は大勢を守ることが出来ずにアマラ深界最奥に堕ちた姿と成り果てたのだと。

 

「ヒトシュラは…友達も先生も守れず、よわい人達も守れず…心がこわれたことがあるホ」

 

「…そうだったわね。いっぱい悲しい目にあった人だから…優し過ぎたから…」

 

――誰かの為に、()()()()()()()()()()()()()()()だったのよ。

 

涙を拭い、決意の表情を浮かべたフロストが立ち上がる。

 

「オイラが…ヒトシュラをせっとくするホ!!仲魔のオイラの言葉なら…聞いてくれるホ!!」

 

「フロスト君……」

 

「みたまは悪いことしちゃったけど…反省したホ。だから…みたまを信じて欲しいって!」

 

フロストはみたまを守る悪魔として決断してくれる。

 

たとえ人修羅が相手でもみたまの側につくと言ってくれたのだ。

 

それが聞けたみたまの目に涙が浮かんでしまう。

 

「ありがとう……やっぱり私は悪魔のことを嫌いになんてなれないわ」

 

抱きしめてくれた後、みたまとフロストが動き始める。

 

「オイラは門番をやるホ!逃げてきた魔法少女達には見つからないよう工夫するホ!!」

 

「私は妹のミィに連絡するわ!今夜だけは絶対に家から出ちゃダメだって伝えないと!」

 

「燃えてきたホーッ!!…と思ってたらランタンとかりんの魔力を感じるホ」

 

「あの子達も援護に来てくれたのね…心強いわ」

 

「オイラとランタンでヒトシュラを止めるホ!!みたま達は奥に隠れて出てきちゃダメだホ!!」

 

「分かったわ…お願いするわね、フロスト君……」

 

外に出てきたフロストはランタンと合流を行い、かりんは奥のみたまを守らせるようにする。

 

かつての仲魔との再会を嬉しく思う反面、フロストは不安に押し潰されそうになってしまう。

 

「ヒトシュラ……もう繰り返しちゃいけないホ」

 

――大切な友達と殺し合ったことと…()()()()()()()()()()()…ダメだホ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

風のように街を駆け抜けていく人修羅の姿が夜の神浜を超えていく。

 

建物の屋上から跳躍して細い路地裏に着地したようだ。

 

「この先だな…天音月咲の家である竹細工工房は」

 

路地裏を歩いていた時、ふと壁にアートされている印が目に入る。

 

「これは……誰がスプレー缶で描きやがった?」

 

そこに描かれていたのは共産主義の象徴である赤い星、ペンタグラムである。

 

東京の魔法少女に恐怖心を植え付けるために彼が描いた印と同じものだった。

 

<<このシティにもデビルスターが必要になると思って沢山描いておいたんですケド>>

 

聞きたくもない声が聞こえた方角に視線を向ける。

 

近寄ってきたのはアリナとシドだったため人修羅は眉間にシワを寄せていく。

 

「テメェら…俺に何の用事だ?今は立て込んでいる最中なんだが?」

 

「フフッ、邪魔をしに来た訳ではありませン。私達ハ、貴方の殺戮劇を鑑賞したいのでス」

 

「ギャラリー気取りか?オーディエンスを招待した覚えはないんだがな」

 

「アリナ…興奮しちゃった♪あんなマーシーの欠片も無いマーダーを見せてくれるなんて♪」

 

「監視されるのは好きじゃない」

 

「もちろン。人も悪魔も監視されるのを恐れる生き物…それを貴方は赤い星に込めているはズ」

 

シドは左手を左の額に触れさせ、壁に刻んだ赤い星と同じタトゥーをなぞっていく。

 

「お前…左側の額に刻んだ赤い星のタトゥーは共産主義の赤い星を表していたのか?」

 

「それもありますガ、星である五芒星は黒魔術においテ…サタンの足跡を意味しまス」

 

「サタンの足跡だと?」

 

「この街ハ、サタンに蹂躙されル。支配さレ、監視さレ、魔法少女は五芒星の如ク…封印されル」

 

「…共産主義の監視社会は、()()()()()()()()だと言いたいのか?カルトらしい理屈だな」

 

「アリナね、共産主義の恐怖を煽るプロパガンダポスターのデザイン…凄くお気に入りなワケ」

 

「お前のアート好みなんて聞いてねぇよ」

 

「アートってね、激情を植え付けるの。感情が刺激されるからこそ人はデスを恐れるんだカラ」

 

「その恐れの感情を利用シ、()()()()()()()()()()()()()()ハ…アリナも貴方も同じなのでハ?」

 

それを問われた人修羅は舌打ちをして顔を背ける。

 

妙なところでアリナと繋がりを感じさせられた事に対して不快感を示したようだ。

 

「…まぁいい、どの道刻むつもりだった。手間をお前らが肩代わりするなら文句は無い」

 

二人の間を割って入るかのようにして立ち去っていく。

 

彼の背を見送る2人の表情は何かの確信に満ちていた。

 

「私が崇拝シ、額に刻む象徴とハ…黙示録の赤き獣」

 

「そのレッドビーストってのが…共産主義カラーのデビルだったってワケ?」

 

「多くの神学者達は語りまス。黙示録第九章の軍勢を再現出来るのハ…共産主義中国しかないト」

 

中国は2010年7月1日において国防動員法を施行している。

 

有事と判断されたなら18歳から60歳までの中国国民が戦時下予備役要員となる。

 

中国人口は2019年において既に約14億人に達しようとしている。

 

黙示録における2億名もの軍勢を動かせるのは中国人民解放軍しか存在しないのだ。

 

「2億もの騎兵隊ハ、人類の三分の一を殺ス。それを解き放つのガ…繋がれた4人の御使イ」

 

「アハッ!人類デリートを行う4人の御使いならヨハネでなくてもデビルに見えるんですケド」

 

「黙示録の四騎士ガ、古き世界を終わらせル。悪魔の軍勢を従えしハ…世界皇帝となる()()()()

 

「それがサタンであり…ローマ帝国に繋がるワケ?」

 

「黙示録の赤き獣とハ、7人の皇帝を表ス。黙示録とハ…キリストの脅威であるローマ帝国復活」

 

「それが…共産主義の千年王国…。ワンワールド…イルミナティのニューワールドオーダー…」

 

「…欧米でハ、中国のことをこう表しまス。共産主義を掲ゲ、人々の返り血を纏う赤き龍…」

 

――()()()()()()()()()()()()()()なのだト。

 

――全ての道をローマに繋げる赤き竜となる者こそガ、混沌王様なのですヨ。

 

……………。

 

「……チッ、連絡の方が早かったか」

 

彼は月咲の実家の前にいるが彼女の魔力を家の中から感じられずに舌打ちを出してしまう。

 

「あいつは変身能力を剥奪されて人間の能力と変わらない。遠くにはまだ行けていないはず」

 

周囲に集中して魔力を追いかけると月咲の魔力を発見する。

 

「中央区に向かっている魔法少女らしき魔力がいるな。どうやら家を出て間もなかったようだ」

 

家から離れ、風の魔法を纏いながら駆け抜ける。

 

時速百キロ近い速度で猛追すればあっという間に追いつけたのだが思いもよらぬ敵が現れるのだ。

 

<<過去と未来の因果…今!ひもたせます!!>>

 

「なにっ!?」

 

上空から迫るのは氷の刃を持つ蛇腹の刃。

 

「チッ!!」

 

急停止した悪魔が後方に向けて跳躍。

 

バク宙を繰り返して刃を避けるが追い続けてくる。

 

伸び続ける蛇腹の刃が周囲を取り囲み退路を断つ。

 

刃の先端は既に悪魔の頭上まで迫っていた。

 

「抜けなさいっ!!」

 

下の悪魔に向けて刃の先端が一気に急降下してくる。

 

この一撃とは古町みくらが得意とする『マグナ・カルタ』と呼ばれるマギア魔法だった。

 

着地と同時に悪魔は跳躍。

 

体を横倒しに捻りながら回転する動きを用いて回避。

 

剣先は体の側面を抜けて地面を大きく砕いたようだ。

 

「……魔法少女か」

 

地面に突き刺さった蛇腹の刃が収縮していく。

 

巻き戻る先に向けて人修羅は鋭い目つきを送ったようだ。

 

暗闇から現れた人物達とは古町みくら・吉良てまり・三穂野せいらである。

 

「魔獣とは違う存在がこの世界にいた…。歴史は凄いわね…神秘がまだまだ隠れてるわ」

 

「古町…歴史研究部部長として浪漫に浸っている場合ではないでしょ?」

 

「分かってるわよ。裁判に赴く為に隣街から来て、ホテルで泊まり込みをしていた時に限って…」

 

「こんな未知の敵を相手にすることになるなんて…」

 

彼女達を前にしても人修羅は微動だにしない。

 

「……後ろにもいたか」

 

後ろから現れた存在とは水樹塁・千秋理子・矢宵かのこといった東の魔法少女達である。

 

「あ…悪魔って実在したの?ここはもしかして異世界?私…いつの間に異世界転移されたの!?」

 

「水樹!今はネット小説のノリはやめときなさいって!」

 

「分かった…。それにしても…発光する刺青をした黒服悪魔だなんて…まさに私好み!!」

 

「あ…あれ?お兄さんって…たしか孤児を救う会社の代表をしている人…?」

 

理子は嘉嶋会に弁当を届けに行った時に彼と出会っているため正体に感づいたようである。

 

「貴様ら…俺の邪魔をする気か?」

 

「みふゆさんからは連絡を受けている。貴方がテロに参加した魔法少女を殺戮していることもね」

 

「そこをどけ。俺はテロの主犯格である天音月咲を殺しに行く」

 

「そうはいかないわ。テロに参加した彼女達が避難出来るまで私達が時間を稼ぐ!」

 

「口で言っても分からないか?ならば直接体に叩き込み、天音月咲共の避難先を吐かせてやる」

 

かつて感じたこともない程の殺気が解放され、彼女達は恐怖に包まれる。

 

怯え切った理子だが、それでも最初に出会った尚紀の姿が悪魔だなんて信じることは出来ない。

 

「どうして…どうしてなんですか!?貴方は子供のヒーローなのに…どうして人殺しになんて!」

 

「…今回の魔法少女テロによって、親を失った子供達が大勢いる」

 

「えっ……?」

 

「その子供達は泣き叫び、助けを求めるだろうが…これからの人生は地獄となるだろう」

 

「そんな……」

 

自分の親が被災して死んだ時を想像した理子は何も言えなくなってしまう。

 

「被災して孤児となった子供達の無念…お前たち魔法少女共は棚上げしたままでいいのか?」

 

「そ……それは……」

 

「俺は棚上げしない。魔法少女を環にすることしか頭にない貴様らに…人間の怒りを叩きつける」

 

「悪魔であり…人間の守護者だというの…?」

 

「悪魔の生き方は人と同じく自由だ。人を襲う悪魔も大勢いるが…俺は人間社会を守る道を選ぶ」

 

「…悲劇ね。共に人間を守る為に戦ってきた者同士だというのに…殺し合うだなんて…」

 

「映画とかでも正しさをぶつけ合う展開はあるけど…現実でやらされると辛いね…」

 

「それでも演じ切るしかないわ……この悲しみの演目を!!」

 

正義の魔法少女達が武器を構える。

 

目の前にいるのは魔法少女社会に()()()()()()()()をもたらす血塗られた赤き思想の悪魔。

 

迎え討つかのようにして腰を落とし足を半歩広げて構える形は()()()()である。

 

「…いくぞ。今まで正義の味方を気取ってきても人間社会には無関心だった魔法少女共…」

 

――俺が人間に代わり、お前達を否定してやる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

工匠区から離れた参京区の水徳寺。

 

神浜の西側と中央に味方をした静香達は時女の里に戻る為の準備に追われている。

 

「期日以内には里に帰らないといけないけれど…荒廃した街を見ていたら…そうもいかない」

 

大震災規模の被害が街に出てしまった為、この街では窃盗や空き巣被害が多発している。

 

停電や避難により無人となった民家や商店などが狙われており警察も手が回りきっていない。

 

静香は時女の魔法少女達に指令を下し、里に帰るギリギリまでは治安維持活動を行ってくれる。

 

「狙われる時間帯は人通りが完全に消える深夜…今夜も遅くまで警戒しないといけないわね」

 

寺の縁側に座る静香の横には空から監視任務を行う和装魔法少女がいてくれる。

 

しかし何かに気が付いたのか単眼雑面布の奥で驚愕した表情を浮かべてしまう。

 

「た…大変……」

 

血相を変えて怯える態度をした彼女を見た静香が顔を向けてくる。

 

「何が空から見えたの?」

 

「東の工匠区で現在…悪魔化したと思しき尚紀さんと東の魔法少女達が…戦闘を繰り返してます」

 

それを聞いた静香の表情が驚愕に包まれていく。

 

「嘉嶋さんが悪魔の姿になって…魔法少女と戦っているですって!?」

 

静香の大声が聞こえたため、ちはるとすなおも縁側にかけつけてくる。

 

「それ!どういう事なの!?」

 

「嘉嶋さんが東の魔法少女達と戦っているとは…どういう事態なのですか!?」

 

「分かりません…ですが戦っている魔法少女は東社会から離反して私達と共に戦った人物達です」

 

「古町さん達だというの…?なんで正義の魔法少女と嘉嶋さんが殺し合って…」

 

<<嘉嶋さんは…彼女達を疑っているのかもしれません>>

 

声が聞こえた方に振り向けば、ちかと涼子の姿が近づいてくる。

 

「どういう意味なの…?彼女達を疑うって…?」

 

「彼女たち神浜の魔法少女が行った裁判が本当に人々の為になったのかを…疑ってるんです」

 

「あの裁判は恣意的なものだった…あんな偏った解決なんかじゃ人間社会が浮かばれないよ…」

 

「それじゃあ…嘉嶋さんは人間社会の無念を晴らす為に戦ってるのね…」

 

「尚紀先輩が解放された革命魔法少女達を…悪魔になって殺してるというわけ!?」

 

「尚紀さんは私に人を疑う大切さを伝えてくれた人です。疑わなければ…先には備えられない」

 

青葉ちかが言った言葉は静香達もナオミから伝えられている。

 

「嘉嶋さんは…人間の善性を疑っている。そして私達を助けてくれたナオミさんも同じく…」

 

静香は迷う。

 

彼女とて人の善性を信じようとしたからテロリストとなった魔法少女達の解放を認めている。

 

「私は甘かったの?彼女達を信じようとしたから…嘉嶋さんが代わりに裁きを与えようとしてる」

 

「静香…貴女には貴女の立場がある。神子柴様の言葉を思い出して下さい」

 

「分かってる…悪鬼と戦う巫の数を減らしてはならない。だから拘束するだけに留めた……でも」

 

「もし、彼女達がまた神浜の街を襲う事になったら…それって…私達が見逃したせいだよね…?」

 

「これが…ナオミさんが伝えたかった事であり、嘉嶋さんがやろうとしている事なんですね…」

 

「相手を知ろうとしないから…疑わないから…先の脅威に備えられない…」

 

静香は仲間達に視線を向ける。

 

「ねぇ…私は間違っているのかな?人間の()()を信じようとする行為は…間違いなの?」

 

それを問われた皆が顔を俯けてしまうが、涼子だけは静香の顔を真っ直ぐ見つめてくる。

 

「あたしは仏教徒だからお釈迦様の言葉を信じたい。でも、静香には静香が信じたい言葉がある」

 

「私が…信じたい言葉?」

 

彼女の脳裏に浮かぶのは時女の矜持を伝えてくれた母の言葉の数々である。

 

母から伝えられた国の守護者としての戒めを思い出せた静香の手が強く握り締められていく。

 

静香は決断しなければならない。

 

時女一族が守る者達とは誰なのかを皆に示すために静香が語りだすのだ。

 

「…自由民主主義国家である日の本の国民は…選択を自由にしていい個人主義と人権があるわ」

 

「静香…?」

 

「自由を与えるからこそ…魔法少女は無秩序・混沌を望む利己主義に腐っていく…」

 

「静香ちゃん…」

 

「勿論、社会秩序を望む魔法少女もいるけれど…堕落を選ぶ子の方が多い…だって()()()()

 

「そうです…だから他人を平気で傷つけられる。他人の痛みを想像する必要もない楽な選択です」

 

「時女の使命…それは日の本の安寧を支えること。それは…()()()()()()を守るということよ」

 

「だとしたら、お前さんは…人々の心の善性を信じたい気持ちを捨てるということかい?」

 

「今でも信じたい…それでも私の固定概念を押し付けて誰かに犠牲を強いるだなんて出来ないわ」

 

彼女は左手を掲げ、ソウルジェムを生み出す。

 

「私……嘉嶋さんの下に行く」

 

「わ、私も行くよ!!尚紀先輩とナオミさんが私達に伝えてくれた事の答えを探す為に!」

 

「私もお供します。嘉嶋さんの生き様がきっと…これからの時女の在り方を決めると思うから…」

 

「私もついて行きます!疑うからこそ人々を救える道もあるのだと…見せてもらうために!」

 

「諸行無常…世は常に移り変わり、時女の在り方も移り変わる。あたしもついて行くよ」

 

悪魔の出現と共に時女の魔法少女達も再び動き出す。

 

動き出したのは彼女達だけではない。

 

大東区から新西区のミレナ座に向けて跳躍移動を繰り返すのは八雲みかげである。

 

「姉ちゃ…またミィに隠してる!ミィを遠ざける時はいつだって何かを隠してた!!」

 

夜遅くに出かけて、電話がかかってくれば家から出てくるなと言われても納得出来ないようだ。

 

胸騒ぎが収まらず彼女は必至な表情を浮かべながら夜の街を駆け抜けていく。

 

「ミィは…姉ちゃを守る為に魔法少女になった!だからお願い…ミィに姉ちゃを守らせて!」

 

愛する姉を助けたい一心で跳躍移動を繰り返す彼女の姿を目撃した者達もいるようだ。

 

「あれは…みかげですか?」

 

リズの車の中で夜空を跳躍している者を見上げたのはタルトである。

 

「この魔力…間違いなく彼女よ。向かう方角は…恐らくは新西区ね」

 

「姉のみたまの元に向かっているのでしょうか?」

 

「こんな夜更けに姉の元に向かう…。恐らく人修羅が現れたのと関係しているわ」

 

東の地に潜伏していた2人はペレネルからの任務である革命魔法少女達の監視を行っていた。

 

その時に人修羅の魔力を感じ取り、彼が何を行っていたのかも目撃している。

 

「やはり…彼は動いた。禍根が残る限り…あの魔法少女達は何度でも街を襲うと分かってたわ」

 

「だから…全ての革命魔法少女達を無力化する為に…殺戮していく」

 

「掃討戦ね…抵抗勢力がいる限り民衆達の安全保障は得られないわ」

 

「それだけですか?暴動が起きてから数日たった頃に魔法少女達が口にしていた話もあります」

 

「私達が見かけた魔法少女達が口にしていた裁判のことね」

 

「神浜魔法少女社会は三権分立していない長社会…。恐らくは…恣意的な裁判となった筈です」

 

「それに対する被害者達の怒りを叩きつけに行った可能性も大きいわね…」

 

タルトはジャンヌ・ダルクの歴史を思う。

 

ジャンヌ・ダルクもまた政治的思惑による異端審問の被害者だからこそ思うところがあった。

 

「政治の思惑が司法に表れれば…そこには()()()()()()()()()()。片方だけの利益となります」

 

「革命魔法少女達が無事に解放された背景を考えれば…この街の長達は甘過ぎたのよ」

 

感情が無い造魔であるがタルトは何かを決心したのか手を強く握りしめる。

 

「リズ…車をミレナ座に向けて走らせて下さい」

 

「タルト……?」

 

「私は…人修羅である尚紀を止めたいです」

 

「なぜ…?彼が革命魔法少女達を殺戮するのにどうして私達が関わらなければならないの?」

 

「イングランドの敵であったタルトが火刑にされた時…戦争は終わりましたか?」

 

「いいえ、それから先も22年は百年戦争が続いたわ」

 

「殺し…殺され…それでも争い続けていく。それでは何のためにジャンヌは焼かれたのです?」

 

「あの時焼かれたタルトは…自分の死で戦争を止めてくれたなら火刑にされてもよかったと?」

 

「タルトが望んだのは()()です。その為に彼女は魔法少女となり、戦争道具となる道まで選んだ」

 

「何処までも報われないわね…ジャンヌ・ダルクの人生は…」

 

感情が無い造魔であるが、タルトの理性はこう叫んでしまう。

 

その気持ちはまるで生前の優しいタルトのようであった。

 

「繰り返してはいけない。被害者達も苦しい…それでも禍根を超えてでも皆が前に向いて欲しい」

 

「失った人々は帰ってこない…元の生活にも帰れない…それでも前に向けと?」

 

「犠牲者達の心を思うと正しいとは言い切れません。それでも…残された人々にも人生がある」

 

「それが…百年戦争という政争の犠牲となったタルトの意思だと信じるのね?」

 

「はい…私は本物のタルトではありませんが…それでも彼女ならば…そう思うと信じます」

 

彼女の言葉は重い。

 

タルトは革命魔法少女達の扇動によって自らもジャンヌ・ダルクと同じく焼かれて死にかけた。

 

それでも彼女は革命魔法少女を恨まず、彼女達にもやり直して欲しいと言ってくれる。

 

「タルト…私は貴女が言った言葉がジャンヌ・ダルクの言葉だと……信じるわ」

 

リズはアクセルを踏み込み、猛スピードでラ・フェラーリを走らせていく。

 

魔法少女と造魔が望むのは同じ概念である秩序と平和。

 

それは一体どんな事をすれば達成出来るのであろうか?

 

今から始まるのはそれを目指す行為の一つ。

 

人間は座して死を待たず平和の脅威を取り除く為の()()()()と呼ばれる戦争を実行する。

 

それもまた専守防衛戦争の一つの形であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

悪魔と戦っている場所は結界内ではないため、周囲が気になり互いが全力を出せない状態だ。

 

「気を付けて!周りは民家がある人間の生活圏よ!!」

 

「参ったな…私の拡声器魔法だと避けられたら民家に直撃するよね…」

 

「遠距離魔法攻撃を使うなら民家に当たらないように撃ちなさい!」

 

「接近戦の武器を使う私達が前に出る!ほら、水樹!あんたも出るのよ!!」

 

「仕方ない…我が魔鎌の餌食にしてくれるぞ!世界を滅ぼす邪悪な悪魔よ!!」

 

「わ、私は後方から援護します!!」

 

マギア魔法による強大な破壊行為や直進する遠距離魔法攻撃を躊躇う魔法少女達。

 

条件が同じならば自然と互いの技量がものをいう接近戦の戦いとなる。

 

「私が先に出る!」

 

先に仕掛けてきたのは矢宵かのこ。

 

彼女の魔法武器とは針のように先端が鋭く刀身が細い剣。

 

「はぁっ!!!」

 

唐竹割りの一撃に対し、人修羅は右足を移動させ軸をずらした回避を行う。

 

舞うように回転移動を行うが、かのこの左切り上げの一撃が追ってくる。

 

右腕で彼女の手首を制すると同時に右手首を掴み引き込む。

 

彼女は人修羅の手を払い、唐竹割りを放つがサイドに移動しながら右腕を腕に絡めつけて止める。

 

「フンッ!」

 

半回転した左肘打ちがかのこのみぞおちに決まり、後ずさる彼女の両手首を両手で掴む。

 

関節を決められそうになる前に前蹴りを彼女は放つが罠だ。

 

「えっ!?」

 

体の軸をずらし、右手で足首を止め、背中を向けたまま両手で足を抱え込み一回転。

 

かのこの右足を両肩に担ぐ形となり右手で残った軸足を掴んで払い上げる。

 

「キャァァーーーーーッッ!!!」

 

宙に浮かびながら一回転した彼女の胴体に前蹴りを打ち込む。

 

彼女の体は大きく蹴り飛ばされ街灯に叩きつけられて倒れ込んだ。

 

大きく空中で舞うのはかのこが手放した細剣。

 

悪魔は落ちてくる細剣を右手で受け止めながらこう告げる。

 

「次だ」

 

「ハァァーーーッッ!!!」

 

一気に飛び掛かってきたのは巨大な鎌のような武器を振りかぶる水樹塁。

 

下段構えで受け止め、刃が火花を飛ばして擦れ合い、互いが回転した態勢から向かい合う。

 

「よくぞ僕の一撃を受け止めた!やはり貴様は前世において僕の…」

 

「うるさい」

 

互いの斬撃の応酬が続く。

 

後ろ首に鎌の柄を添わせて回転させ、体の回転も加えた右薙ぎを刃で逸らす。

 

「片手剣で僕の魔鎌を捌ききるだと!?さぞ名のある魔剣士と…」

 

「うるさい」

 

縦に魔鎌を回転させ、勢いのまま唐竹割り。

 

人修羅は受け止めるが柄の回転運動によって払い除けようとする。

 

回転運動に回転運動を合わせ、互いが前に進む形で刃を払い除けた。

 

互いの斬撃を繰り返す二人に向けて遠距離武器を構える他の魔法少女達だが攻めあぐねる。

 

「動きが早過ぎるよぉ…的も人間と同じように小さいし…魔獣みたいに当てられない!」

 

オレンジをあしらった巨大ピックのような穂を悪魔に向けるのは白い魔法少女衣装をした理子。

 

だが互いに乱戦を繰り返す素早い動きもあり狙いがつけられない。

 

「狙いが狂えば水樹に当たるし…避けられても民家に直撃していく…」

 

複数の筆のような武器を手に持ち投擲の構えをしていたのは吉良てまり。

 

「ならば…これしかないわ」

 

彼女は複数の筆を魔力で操り地面に文字を描いていく。

 

「いいぞ悪魔…よもや闇の覇王である僕に本気を出させるとはな!」

 

「…大口を叩くしか能がないその口、針で縫い付けてやろうか?」

 

縫い針のような細剣を相手の口元に向け不敵な笑みを浮かべる挑発に対して彼女は激怒する。

 

「ほざけ!!世界に終末宣告をもたらすのは…フォートレス・ザ・ウィザードの僕だ!!」

 

前髪で隠れた片目の魔眼?が赤く光り、彼女は仕掛ける。

 

体を一回転させる大鎌の右薙ぎを刃で受け止め、刃を滑らせながら打ち払う。

 

悪魔の連続斬りの中、塁は柄で斬撃を払い上げ、回転を加えた左薙ぎを放つ。

 

人修羅は上半身をのけぞらせて避けるが追撃を受けて後ろに下がる。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

跳躍からの唐竹割りが迫りくる。

 

人修羅の体が横に向けられ、大鎌の先端が地面に突き刺さった。

 

「グフッ!!?」

 

踏み込み、細剣の柄頭でみぞおちを打つ。

 

突き刺さった大鎌から手が離れ、後ろに下がってしまった彼女の左側頭部には蹴り足が迫る。

 

「グワーッ!!」

 

かっこつけて伸ばした前髪が死角となり二回転捻りの旋風脚が決まってしまう。

 

蹴り飛ばされた方角には小さな姿をした魔法少女がいた。

 

「こっちに来るっ!!?」

 

理子は重たい武器を捨て塁の体を受け止めたが、体重の軽い小学生の体まで突き飛ばされる。

 

「ああっ!!!」

 

壁に2人は激突して地面に倒れ込んでしまったようだ。

 

「世界に()()()()()()()()()()()()のは…お前じゃない」

 

かのこの細剣を投げ捨てた時、地面の変化に気が付く。

 

「なんだ……?」

 

見れば色とりどりの文字が浮かび彼の周囲を取り囲む。

 

「言葉は心の使い…徒然なるままに!ハァァーーーッッ!!」

 

言霊を操り相手の精神を洗脳するマギア魔法。

 

色とりどりの文字が人修羅の足元に向けて収束していく。

 

<<悪魔よ!魔法少女を傷つけるのをやめ、悪魔の情報について吐きなさい!!>>

 

彼女の固有魔法である言霊によって彼は洗脳されてしまったのか?

 

人修羅の姿は微動だにしないままである。

 

「…やったかしら?」

 

「これにて一件落着……では、なさそうね」

 

「えっ…!?」

 

みくらはてまりの顔を見るが彼女の表情は鬼気迫る程の戦慄に包まれていた。

 

「洗脳出来た手ごたえを…感じなかった…」

 

「そんな!?言葉を操るてまりの洗脳魔法が悪魔には効かないの!?」

 

悪魔が飲み込んでいるマガタマとは東京の戦いでも重宝したイヨマンテ。

 

精神を操り傀儡とする精神魔法を無効化する防御膜を人修羅の肉体に与えてくれる代物だった。

 

まるで物語を紡ぐ脚本家に逆らう登場人物の如く人修羅は歩み寄っていく。

 

「お前たち魔法少女は洗脳魔法の使い手だというのは知っている。俺も東京で散々苦しめられた」

 

「ならば…洗脳魔法に対処出来る何かを悪魔は用意出来るのだと判断していいわけ?」

 

「好きに考察しろ。さて、今度は俺がお前達を吐かせる番だな」

 

悪魔の金色の瞳が瞬膜となり本物の魔眼の力が発揮される。

 

「えっ……?」

 

何か心の中に違和感を感じたみくらとてまり顔には冷や汗がにじんでいる。

 

「…なるほど。どうやらテロを行った魔法少女共が逃げた先は新西区のミレナ座のようだな」

 

それを聞いた瞬間、残された3人の魔法少女達の顔が青ざめてしまう。

 

「うそ……これって、十七夜さんが得意としていた魔法の……」

 

「読心術…よね…?」

 

「そんな……悪魔の能力は何処まであるっていうわけ……?」

 

動揺した隙を見逃さず人修羅は一気に詰め寄る。

 

「くっ!!」

 

みくらの杖から氷の蛇腹剣が伸び、地を這う蛇の如く迫りくる。

 

人修羅は跳躍した側方宙返りを用いて刃を回避。

 

「はぁっ!!」

 

てまりも跳躍を行い、手に持つ複数の筆に魔力を宿らせながら光弾のように放射投擲。

 

迎え撃つ人修羅は側転を用いて筆の隙間を掻い潜る。

 

「く、来るなっ!!!」

 

せいらは魔法武器の拡声器から大声を出し、声が形となって放射される。

 

人修羅は大きく跳躍を行い放射された言葉を飛び越えながらの月面宙返り。

 

着地と同時に彼は攻め込む。

 

右手から光剣が生み出され、せいらの持つ拡声器が溶断される。

 

「ヒッ!?」

 

左手で相手の手首を掴み、瞬間的に右腕を相手の肘に打ち込む。

 

「ああッッ!!!」

 

せいらの腕から鈍い音が響く。

 

圧し折った腕を背中に回し込み、背中に回り込んだ人修羅がせいらを盾に使う。

 

「「三穂野ッッ!!?」」

 

見れば逆の腕で彼女の気道は締めあげられ、彼女は息が出来ていない。

 

「かっ……あっ………あ……」

 

「どうした?攻めてこないのか?」

 

「卑怯者ッ!!三穂野を盾に使うだなんて!!!」

 

「今俺達がやっているのはスポーツの世界じゃない」

 

脳に酸素が回らずせいらは意識を失ってしまう。

 

彼女の衣装の襟元を掴み人修羅は一気に彼女を投げ飛ばす。

 

「ダメッッ!!」

 

壁に叩きつけられる前にてまりが受け止めるが2人とも壁に激しく叩きつけられたようだ。

 

「よくも…私の大切な幼馴染と後輩を傷つけたわね!!」

 

杖を振るい伸ばされた蛇腹の刃が人修羅を襲う。

 

体を横に向け、通り過ぎる刃を掴むのだが彼は握られた武器に違和感を感じてしまう。

 

「…なんだこれは?刃物じゃない…模造刀のように刃が施されていないじゃねーか」

 

みくらは小学生の頃、刃物で脅され誘拐されたために刃物にトラウマを抱えている。

 

そのトラウマが彼女の武器の形にまで表れてしまっていたようだ。

 

「舐められたもんだな」

 

「…貴方を侮っているわけじゃない!この武器は…私が背負った業なのよ!!」

 

「なら大事に持っておけ。そして、歯を食いしばりな」

 

「えっ……?」

 

人修羅の体が放電していく。

 

「アァァァーーーーーッッ!!!!」

 

蛇腹剣のワイヤー部分から流されていくのは雷魔法であるショックウェーブ。

 

全身が感電したみくらは倒れ込んでしまった。

 

本来の威力なら電撃を喰らう彼女だけでなく周囲で倒れる魔法少女達まで消し炭となる威力。

 

しかし彼女の体は電気ショックを浴びた程度の被害規模にまで抑え込まれていた。

 

「…ネコマタが言ってたな。人間を守る道は誰かを遠ざける道ではなく…誰かを必要とする道だと」

 

かつて仲魔達と語り合った言葉が脳裏を過った人修羅は彼女達に手心を加えたようだ。

 

「…お前達は正義の味方を名乗ってきた。ならばお前達のその力…()()()()()()()()()()()()

 

彼を取り囲んでいた東の魔法少女達は全て倒されたように見えるが立ち上がった者がいる。

 

<<お願いします尚紀さん!!こんな酷いこと…もうやめて下さい!!>>

 

声を張り上げたのは幼い声。

 

見れば震えた姿をした理子が立っていたようだ。

 

「貴方は酷い人なんかじゃない…だって、マメジが懐くぐらい優しい人だもの!!」

 

冷酷な視線を人修羅は彼女に向けてくる。

 

「このテロは許されないと思います…でも!魔法少女達だって…反省してると私は思う!!」

 

「…反省だのなんだの、お前達はいつも勝手な思い込みだけの世界で物事を語るようだ」

 

「思い込みなんかじゃない!だって…だって魔法少女は…夢と希望を叶える…正義の味方です!」

 

「夢と希望?お前達の夢と希望ばかりが優先され、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そ……それは……」

 

「お前も街の惨状を見た筈だ。この街の光景の何処に…人間達の夢と希望があるというんだ?」

 

他の可能性宇宙だけでなく、この宇宙でも神浜の街は破壊された。

 

魔法少女救済という大儀の元、彼女達が救われるという夢と希望によって人間社会は蹂躙された。

 

そして神浜の街を破壊する元凶を産み出した彼女達は許されることとなる。

 

未来ある子供だから、生きていれば天才の力で償えるから、もう一度大切な親友と生きたいから。

 

全て彼女たち魔法少女の()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

利己的な愛に傾けば、自分にとって利益がある場合には愛ある態度を示せる。

 

他の宇宙の神浜市で生きる正義の魔法少女達が愛を示せたのは自分たち魔法少女のみ。

 

破壊された人間社会には()()()()()()()()()

 

「あっ……うぅ……」

 

「お前たち魔法少女は…これだけの犠牲を人間社会にもたらしても…まだ名乗れるか?」

 

――私達は、()()()()()()()()()()()()()()()()なのだと?

 

両膝が崩れ、膝立ちとなった理子の目から涙が溢れ出す。

 

「うっ……あぁ……あぁぁぁ~~~……ッッ!!!!」

 

自分が考えていた変身ヒロインのイメージが崩壊し、彼女は泣き喚いてしまう。

 

無慈悲な悪魔が彼女の元に近づいていく。

 

「ごめんなさい…ごめんなさぃぃ……ごめんなさぃぃぃ~~……ッッ!!!!」

 

我儘ばかりをしてきたのは自分達だったと気が付いた彼女は謝り抜く。

 

まるで他の可能性宇宙の魔法少女達の選択まで背負って謝り抜くかのようにして。

 

既に戦意を喪失した彼女の前にまで来た悪魔が手を伸ばす。

 

「えっ……?」

 

彼の手は彼女の細い首を握り潰す為に伸ばされたのではない。

 

彼女の頭を撫でる為に伸ばされていた。

 

「分かればいい。曲がりなりにも正義を目指したんだ…その意思、次の魔法少女社会で活かせ」

 

踵を返した人修羅は月咲の後を追いかける為に駆け抜けていき、理子は独り残されてしまう。

 

「次の魔法少女社会で…反省を活かす…」

 

理子は周囲で倒れた魔法少女達に視線を移す。

 

虫の息だが彼女達は殺されてはいない。

 

「尚紀さんは…私達を殺さなかった。あの言葉は…みんなに向けても言ってたんですね…」

 

その為に必要な行為は生き延びることだと彼女は判断する。

 

一番傷が酷いみくらに回復魔法をかけ続けて命を懸命に守ろうとした。

 

――美雨が言ってた通り、度し難い程のお人好しね。

 

彼女たち正義の魔法少女には()()()()()()()()が与えられていたようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「距離を取られたが…まだ追いつける」

 

月咲を追って中央区に入るが近づいてくる魔法少女達の魔力に気が付いたようだ。

 

「この魔力は…ななか達やこのは達なのか?」

 

立ち止まっている彼の元に向けてビルから跳躍して現れたのは常盤組と静海組である。

 

「よかった…見つけましたよ、尚紀さん」

 

「ななか…何の用事で現れた?それに…お前達もだ」

 

視線を周りに向ければ動揺した表情を浮かべたかこ達やこのは達がいた。

 

「こ…この全身刺青姿の悪魔が……尚紀さんなんですか…?」

 

「そんな……尚紀さんが悪魔だったなんて…。美雨は知ってたのかな…?」

 

「…信じられない。私たち孤児を救ってくれた大切な恩人が……悪魔だったなんて…」

 

「悪い悪夢を見てるみたい…。だけど光る刺青をしているだけで…見た目は尚紀さんだよね?」

 

「それになんか…首裏に一本角も生えてるよ?あちし…悪魔は山羊みたいな角だと思ってた」

 

動揺した魔法少女達に視線を向けていたが辛い表情を浮かべながらこう語る。

 

「騙していて悪かった。俺の正体を知っていたのは…美雨とななか、それに一部の余所者だけだ」

 

「すいません…皆さん。私と美雨さんは…彼に口止めされていたんです」

 

動揺を繰り返していたが2人が誠意をもって謝ったことで緊張も解けていく。

 

「そうだったんだ…。でもさ、恐ろしい姿をしているけれど尚紀さんだって分かって安心したよ」

 

「そうですね、あきらさん。私も最初は怖かったけど…尚紀さんの雰囲気は変わりませんし」

 

「そうね…私も貴女達と同じ答えよ。悪魔であろうとも尚紀さんは大切な恩人だから」

 

「尚紀さんになら何処までもついていくってアタシは言った。その言葉に…嘘はないよ」

 

「あちしだって気にしてない!尚紀お兄ちゃんは…あちし達にとって掛け替えのない人だよ!」

 

悪魔の姿をしていても人間に擬態していた頃のように接してくれる。

 

そんな彼女達の姿が嬉しかったのか尚紀の口元が笑みを浮かべてくれた。

 

「話を戻そう。お前達は何の用事で俺の前に現れた?」

 

「私達だけでなく明日香さん達や阿見莉愛さん達、それに綾野梨花さん達も集まってます」

 

「姿は見えないようだが?」

 

「すいません…貴方が何処から現れるのかが分からず捜索範囲を広げた布陣を敷きましたので…」

 

「ボク達はね、尚紀さんの味方だよ」

 

「そうです!私達は尚紀さんの背中に続き…テロに参加した魔法少女達を倒します!」

 

「あんな裁判なんかで…つつじの家の子達が浮かばれるはずがないわ!」

 

「このはの言う通り!アタシ達は連中を同じ目に合わせてやる…ハムラビ法典と同じ事をする!」

 

「目には目を…あちし達は絶対に…あんな()()()()()()()なんかで許してやるもんか!!」

 

彼女達の怒りの感情は人間社会を思っての事。

 

ならばその心は尚紀と同じだろう。

 

志を共に出来る仲間達なのだ。

 

だが彼は拒絶する言葉を吐き捨てる。

 

「…必要ない」

 

その言葉を聞いた周囲が驚きの表情に包まれていく。

 

「どうしてですか!?貴方独りにだけ重荷を背負わせる薄情者でいろと!?」

 

「お前達が手を汚す必要はない。お前達が築き上げる次の魔法少女社会の道は俺が切り開く」

 

「アタシ達のことを心配してくれているんだね?でもさ、アタシ達はもう…十分汚れてるよ」

 

「あちし達ね…革命魔法少女を殺した。円環のコトワリに導かれたから…証拠は残ってないけど」

 

「私たち姉妹は既に…人殺しよ。それはななかさんだって同じ…だから気にしないで、尚紀さん」

 

「ボクは武道家として君達についていく。人を殺してでも守れる命がある…それが活人剣思想だ」

 

「私とななかさんは魔法少女被害でこの世界に飲まれました。でも私達は…心はまだ人間です!」

 

「私とかこさんは魔法少女になりましたが…心は弱い人間でいたい。魔法少女だと思いたくない」

 

「私とななかさんは、()()()()()()()()()()()()()()。…だから言えます」

 

――嘉嶋尚紀さんは弱い人間の味方であることを貫いてくれる人だって!

 

彼女達の強い思いをぶつけられた彼なのだが、顔は俯いていく。

 

「…気持ちは嬉しい。だが、これから俺が行うのは……()()()だ」

 

恐ろしい単語を聞いた周囲の魔法少女達の顔は青くなり全員が息を飲む。

 

「人類史に刻まれた共産主義政権の如き大虐殺の光景となるだろう…それでもついてくるか?」

 

皆の動揺を見て彼は首を横に振る。

 

「無理をするな、お前達はまだ優しさを捨てきれていない。殺人も激情に身を委ねたからだ」

 

「自らの意思を持って大虐殺を行う覚悟は…私達にはまだ無いと仰るのですか…?」

 

「神浜魔法少女社会の恐怖の象徴は俺だけでいい。お前達は俺がもたらす()()()()()()()

 

「そ、そんな……私達の為に尚紀さんだけが悪者にされるだなんて…」

 

「俺は悪魔だ。()()()()()()()()()()()()()()

 

皆の輪を割って進もうとしていた時、シャッターを切る音が微かに聞こえた彼が反応する。

 

「……令か。流石はお前の固有魔法だな」

 

視線を向ければ歩いてくるのは魔法少女姿をしてカメラを構えた観鳥令のようだ。

 

「……それが今の神浜を騒がす悪魔の姿なんだね…嘉嶋さん」

 

「お前にも黙っていて悪かった」

 

「気にしてないよ。人は多かれ少なかれ隠し事をする。それをいちいち気にしてたらキリがない」

 

「お前の性格らしい答えだな。それで、お前は俺たち社会主義派閥を止めないのか?」

 

「観鳥さんは嘉嶋さんの考え方は好きだよ。それに君達の考え方もね」

 

「では…観鳥さんも我々の思想に同調すると言いたいのでしょうか?」

 

「社会主義の精神がない国や社会なんてね、資本主義の弱肉強食しか生まれない」

 

「確かに…それに待ったをかける思想こそが社会主義の思想の根幹に当たりますね」

 

「東の者として社会主義だけは捨てたくない。それでも…共産主義のやり方はごめんかな」

 

「フフッ、正直者ですね観鳥さんは。まるで無頼漢です」

 

「記者は無頼でいるぐらいが丁度いい。世間からひんしゅくを買ってでも()()()()()()()()()

 

皆の顔を尚紀は見回し、これから彼女達が作るだろう新しい魔法少女社会に思いを馳せる。

 

「俺のやり方は東の暴徒と変わらない。暴力革命こそが共産主義だ」

 

「それを選ぶ以上は…覚悟は出来ているということだね…嘉嶋さん」

 

「暴力革命にはメリットもある。変えようがないと思える社会制度を短期間で改革出来る点だ」

 

「歴史が証明したね…。フランスの絶対王政を滅ぼせるだなんて驚天動地の事件だったろうさ」

 

「俺がやる行為によって虐殺した魔法少女達の家族や友達は泣き叫び…絶望する」

 

「尚紀さん……」

 

「自分のことを棚に上げて人をけなすつもりはない。俺は裁く者であると同時に…()()()()()だ」

 

「嘉嶋さんは立派だよ。世間なんて自分すら省みず罪無き者だと気取りながら悪者を叩くのに」

 

「そうです…社会リンチによって正しいことさえ言えなくなったのが今の日本社会であり…」

 

「今の神浜魔法少女社会でもあるんですね…。私達だってその価値観に縛られてきました…」

 

「イエス・キリストの言葉もあったわね…。()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

「それでも…悪者にされて初めて分かった景色もある。ボクもサムライとして無頼漢になるよ」

 

歩き去っていく尚紀が立ち止まり、彼女達に振り向く。

 

「加勢はいらないが見物するなとは言っていない。見届けてくれ」

 

――正義を気取る魔法少女達に悪者と罵られる悪魔の()()()を。

 

風を纏いて人修羅は走り出す。

 

その姿はまるで竜風圧を纏う天空竜にも思えてくる。

 

赤き思想の竜と戦うのは新西区に入るエリアで待ち構えている中央の長達。

 

そして新西区に陣取った西の長を代行するみふゆ達である。

 

正義の魔法少女達は口々にこう叫ぶだろう。

 

人殺し、ケダモノ、人でなし、虐殺者、悪魔め、神浜魔法少女社会を滅ぼす者めと。

 

それでも悪魔の心に迷いはない。

 

「残して見せるさ…。あいつらが変えてくれるだろう…新しい神浜の魔法少女社会をな」

 

――その道を作る為に俺は…古き道を破壊してみせよう。

 

彼の後ろには思想を共に出来たこの街の魔法少女達がいてくれる。

 

それだけで尚紀の心は救われただろう。

 

残された道はただ一つ。

 

修羅となりて正義の魔法少女達と殺し合うのみであった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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122話 悪のレッテル

生き残っている革命魔法少女達はみふゆや自分達の電話リレーによって危機を知った。

 

必死の形相で調整屋に逃げようとする魔法少女達が夜の街を駆けていく。

 

中央区・参京区・栄区など散り散りになりながらも逃げ惑いながら西を目指す。

 

「悪魔って何なのよ!?突然そんな存在が現れるだなんて聞いてないわ!!」

 

「そいつは人間と同じぐらい弱い姿に変えられた時雨を容赦なく殺す鬼畜だって話よ!!」

 

「じゃあ…その悪魔は私達に恨みを持って暗殺を繰り返しているっていうの!?」

 

「あの西の長と並ぶぐらい強いっていう梓みふゆや由比鶴乃でさえ勝てないって話だよね…?」

 

「殺される…殺される!!早く逃げないと…!!」

 

人目に付きにくい路地裏を走り、何処から現れるか分からない悪魔から遠ざかろうと足掻く。

 

「な…なに……これ?」

 

逃げていた魔法少女達は路地裏の壁を見て今まで見かけなかった印を見つけてしまう。

 

「赤い星…?こんなスプレーアート…今まで見かけなかったよね?」

 

「まるで…共産主義国家の旗の星よね。な、なんだか…見られてるような怖い印象を感じるわ…」

 

「最近までこんな落書き見つけられなかったわ…。これも悪魔の出現と関係しているわけ…?」

 

「そんな壁の落書き気にしてる場合じゃないでしょ!早く逃げるわよ!!」

 

壁の赤い星は無視して逃げていく魔法少女達が見た星の形について語った者達がいる。

 

――人も悪魔も監視されるのを恐れる生き物…それを貴方は、赤い星に込めているはズ。

 

――共産主義の監視社会は、人間の五芒星封印だと言いたいのか?

 

五芒星。

 

それはかつてペンタグラム魔法少女達が掲げ、人間を支配しようとしたシンボルである。

 

それは人間と同じ感情を持つ存在である悪魔を封印する結界。

 

自由の権化とも呼べる悪魔を拘束出来る魔除けの印。

 

自由とは多様な価値観と選択の自由が認められるべきだと叫ぶ個人主義の世界。

 

そこに一筆書きの五芒星を描いて誰かを閉じ込め、狭き世界を構築されればどうなる?

 

多様な価値観という自由が認められず一筆書きの如く1つしか無いイデオロギー支配が起こる。

 

線が交わる点という多数の視線に監視される世界。

 

五芒星に飲み込まれた悪魔は術者のイデオロギーに支配され、監視され、従属させられる。

 

個人の自由が完全に剥奪される光景は社会全体主義国家社会そのものの光景と酷似するだろう。

 

そんな封印世界、人間も魔法少女も悪魔でさえも恐れる筈だ。

 

()()()()()()()()()()()を拒絶するのは当たり前であった。

 

「やっと新西区に入れた!!」

 

辿り着いた魔法少女達は西側の魔法少女達に誘導されるようにしてミレナ座を目指す。

 

「急いで!中央区の長達も戦ってくれていますが…何処まで持ちこたえられるか分かりません!」

 

「早く早く!!ここは私達が何とかするから…貴女達は生き残る事を優先して!!」

 

ミレナ座まで訪れた魔法少女達が大挙して入り口に群がるのだが変なモノを見つけてしまう。

 

「あ……あれ…?こんなの…調整屋の前に置いてたっけ?」

 

「な、何よ…この季節外れというか、季節を混ぜ合わせたような置物は…?」

 

入り口の横に佇んでいたのは雪だるまの胴体にハロウィンカボチャを頭にした置物。

 

「今年のハロウィンって…もう終わってるわよね?それでいて、なんで秋なのに雪だるま…?」

 

「気にしてる場合じゃないでしょ!妙ちくりんな置物なんかより命を優先しなさいよ!!」

 

慌ててミレナ座の中に入り込んでいく魔法少女達を尻目に謎の置物が念話のやり取りを行う。

 

<…どうやら、俺達の事はバレていないようだホ>

 

<魔力を感じさせない擬態はいいホ。でも、この姿になったらオイラ達は動けないホ>

 

<門番は動き回るもんじゃないホ。これで我慢するホ>

 

季節外れの闇鍋置物扱いされたフロスト達が見守る中、辿り着けた魔法少女達が中に入っていく。

 

「これで…生き残れた魔法少女達は全員収容出来たかな?」

 

「後は…私達の働きにかかっていますね」

 

みふゆと鶴乃は集まった西側魔法少女に視線を向ける。

 

十咎ももこ・水波レナ・秋野かえで・天音月夜。

 

胡桃まなか・梢麻友・牧野郁美・春名このみ。

 

そして中でみたまを守る御園かりんが勢揃いしてくれているようだ。

 

「11人…やっぱりあの裁判の時に私達とは袂を分かつと言った子達は…来てくれなかったね」

 

「…仕方ありません。それでも、これだけの魔法少女達が私達と共に戦ってくれる」

 

「うん…贅沢なんて言えない!むしろ最強パーティだと思わないとだね!!」

 

決意を胸に月夜が前に出る。

 

「わたくし達の指揮をとって下さいみふゆさん!やちよさんの代わりは貴女しかいません!」

 

「そうだよぉ!くみ…長いこと魔法少女してたから、みふゆさんの事は誰よりも知ってるよぉ!」

 

「やちよさんと一緒に私達を支えてくれたみふゆさんはシロタエギクのように美しかったです」

 

「阿見先輩が来てくれなかったのは寂しいけど…でも、まなかも文句はありませんよ!」

 

「みんな貴女を慕ってます。みんなの面倒見がいいのは、みふゆさんの方が西の長より上でした」

 

西の長の代わりとして皆がみふゆを認めてくれている。

 

誇らしい気分となり勇気を貰えたみふゆは西の長の言葉として言い放つ。

 

「私達は革命魔法少女たちを守ります!これはやっちゃんの意思だと思って下さい!!」

 

みふゆ支持の声を上げる魔法少女達から少し離れた位置にいるのはももこ達のようだ。

 

「…やっぱり、あの吸血鬼だけじゃなかったんだな…。悪魔は他にもいたんだよ」

 

「ど、どうするのよももこ…?今更レナ達…悪魔を知ってただなんて言えない空気よ」

 

「ふゆぅ…あんな恐ろしい悪魔と戦えだなんて…わ、私……自信ないよぉ」

 

「あたしだって自信はない…。でも、悪魔の存在は許せない!」

 

「そうよ…悪魔が十七夜さんにした事を思い出しなさいよ!悪魔は魔法少女の敵よ!!」

 

「だ、だけど…私怖くて……」

 

「あ……あんただけじゃないわよ。レナだって…怖くて堪らないんだから…」

 

「それでも…革命魔法少女達は守る。もう十七夜さんみたいな犠牲は沢山だから!」

 

彼女達も悪魔と戦う決意を固めた時、ももこは近づいてくる魔力に気が付く。

 

「この魔力は…たしか調整屋の…」

 

<<おお~~いっ!!ミィも参加させて~~ッ!!>>

 

着地して現れたのは八雲みたまの妹であるみかげの姿である。

 

「お前…調整屋の妹のみかげちゃんじゃないか?何しに来たんだ?」

 

「お久しぶり、ももたん!姉ちゃが調整屋で紹介してくれた時以来かな?」

 

「エミリーのお悩み相談所に遊びに来た時にもアタシ達は会ってるよ」

 

「そういえばそうだった…。あの時にレナたんとかえでたんとも知り合えたんだったね」

 

「ちょ、ちょっとももこ!小学生のみかげにまで戦わせる気!?」

 

「ミィは戦えるよレナたん!鍛えてくれた人がいたから…ミィは強くなったし!」

 

「ふみゃみゃ…いつの間にレベルアップしたのみかげちゃん?私…置いて行かれた気分…」

 

「そういう問題じゃないだろ?みかげちゃんを危険な目に合わせて調整屋が喜ぶか?」

 

「それに、みたまさんからは戦いに参加していいって許可を出してもらってるわけ?」

 

「うっ……許可は貰えてない。ミィは大人しくしてろって言われてる…」

 

「だ、だったら危ないよ…。みたまさんなら私達で守るからね」

 

「だ、ダメ!ミィは姉ちゃを守るの!だって…ミィは姉ちゃを守る為に魔法少女になったもん!」

 

梃子でも動かない態度をした彼女に困り顔を浮かべていた時、みふゆが近づいてくる。

 

「貴女は…みたまさんの妹さんでしたね?」

 

「みふゆさん!ミィも戦いに参加させて!姉ちゃがミィを遠ざけるなら…何かに襲われてる!!」

 

「今回の戦う相手は…悪魔と呼ばれる未知の敵です」

 

「あ…悪魔!?」

 

みかげはミレナ座入り口横で佇む擬態した闇鍋置物達に視線を向ける。

 

気が付かれないようにしてランタンはカボチャ置物を動かし、首を振ってみせた。

 

(フロスト君やランタン君がやったんじゃないんだね…?それにタルト姉ちゃ達もきっと違う…)

 

「加勢は嬉しいですが…みたまさんの気持ちを思えば、私は許可出来ません」

 

「だ、だったら!ミレナ座の中にいる姉ちゃから許可を貰ってくる!それならいいでしょ!?」

 

「それは…そうですが。ですが、妹を愛しているみたまさんが許可を出してくれるとは…」

 

「だったら、アタシからも頼んでみるよ」

 

視線を向ければももこがみかげに近寄ってきており、頭に優しく手を置いてくれる。

 

「調整屋を思う気持ちはアタシもこの子も同じ。悪魔はテロに参加した魔法少女を狙ってる」

 

「だとしたら間接的に協力したみたまさんだって…命の保証はされないですね…」

 

「姉ちゃを守る!!絶対守る!!悪い悪魔なんかに姉ちゃは殺させないから!!」

 

「ごめんな、みふゆさん。それでもアタシは…メルと同じ犠牲なんて二度と見たくない」

 

その言葉を聞き、みふゆの脳裏には大切な仲間であったが失った2人の魔法少女の姿が浮かぶ。

 

「…分かりました。私達は水名大橋付近に陣を張りますから直ぐに合流して下さいね」

 

2人の背中を見送るみふゆは決意を固めるための気持ちを表すために口を開く。

 

「もう繰り返させません。そうですよね…かなえさん、メルさん」

 

意を決した皆が動き、水名区から新西区にアクセス出来る水名大橋に向けて出発。

 

その光景を見つめていたのは魔力に気が付かれないよう擬態姿をしたタルトとリズのようだ。

 

「…リズ、この戦局をどう見ます?」

 

「結界内ではなく人間の生活圏での戦い。だとしたら、人修羅は魔法をほとんど使えないわ」

 

「私とリズが仕掛けた戦いと同じ状況となりますね」

 

「だけど、あの男の接近戦に使われる技量は桁外れよ。私と貴女2人がかりで倒せないのだから」

 

「おそらくは…この街の魔法少女達は人修羅に倒されます。条件は彼と同じなのだから」

 

「悪魔がこの調整屋に来た時、貴女はどうしたいの?」

 

「…マスターの命令を受けてはいない以上、戦闘をする訳にはいきません」

 

「話し合いという形での接触ね…。だけど、彼が貴女を襲うなら…私は貴女を守ってみせる」

 

「尚紀…ジャンヌ・ダルクになってはいけません。義の為でも、人殺しを続けてしまっては…」

 

――いつか必ず、貴方を許さない者たちによって…()()()()()()()()()がきてしまうから。

 

中央区から水名区にかけては既に中央の魔法少女達が悪魔との激戦を繰り広げる光景が続く。

 

中央の魔法少女達は悪魔の猛攻に押し切られ、時間の猶予はほとんどなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

革命魔法少女達が逃げる為の時間稼ぎを行うため中央の魔法少女達は悪魔と戦い続ける。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

跳躍からの飛び込み突きを放つまさらに対し、悪魔も跳躍。

 

飛び後ろ回し蹴りで短剣を蹴り飛ばし、続く回転回し蹴りがまさらの右側頭部を襲う。

 

「くぅッッ!!」

 

蹴り技のフェイロンで蹴り飛ばされたまさらが焼けた廃墟の壁に叩きつけられ内側で倒れ込む。

 

「まさらッッ!!」

 

まさらの親友のこころが叫ぶが人修羅は彼女に迫りくる。

 

「よくもまさらを…許さない!!」

 

こころの魔法武器は機械仕掛けの巨大トンファー。

 

彼女の魔力に呼応するかの如くトンファーが電流を纏っていく。

 

「雷魔法の使い手か…」

 

横目で他の魔法少女にも視線を送る。

 

(見た目がサキュバスのような魔法少女…嫌な記憶が蘇る。あいつも洗脳魔法が使えるのか?)

 

木崎衣美里の固有魔法を警戒した人修羅は洗脳魔法に対処出来るイヨマンテを外さない。

 

「守りたい気持ち…みくびらないで!!」

 

トンファーの一撃を地面に打ち込む。

 

放射状に地面から流れてきた電気ショックを見た悪魔は側転の勢いのまま跳躍。

 

「逃がさない!!」

 

こころも大きく跳躍し、全身に雷を纏いて悪魔に空中突撃を行うのだ。

 

マギア魔法である『ディスクリート・バレット』が迫る中、人修羅は体を横倒しに回転させる。

 

「この一発!!最後の一撃に……!」

 

鈍化した世界。

 

振りかぶるトンファーの一撃が人修羅に迫る。

 

だが悪魔の体に触れるよりも先に真上から落ちてきた蹴り足の方が早い。

 

捩じる回転を加えた浴びせ蹴りによりトンファーが打ち落とされる。

 

「えっ!?」

 

空中から落下する瞬間、人修羅は半回転を加えた左後ろ回し蹴りを行う。

 

「ああっ!!!」

 

蹴り技のスワイプナイフが左側頭部に決まったこころは蹴り落とされて地面に叩きつけられた。

 

人修羅も着地をするが片膝をつく。

 

「くっ…マサカドゥスとなったマロガレの耐性防御が使えないのが泣けてくるな…」

 

体には触れずともこころが発した雷に焼かれる傷を負っていたようだ。

 

だが動きが止まった彼を狙い撃つ魔法少女達の攻撃が迫りくる。

 

「ちっ!!」

 

後方に片手側転を繰り返し、あいみの銃撃と衣美里が放つハート型の矢を避けていく。

 

「なんてヤツ…!!こころとまさらを蹴り飛ばすような男は嫌い!…でも、顔はいいけど」

 

「そこ…今気にするところかな…?でもまぁ、あーしも分かるけど!」

 

「お前ら!敵を相手にしながらイケメン品定めか!?……まぁ、確かに顔はいいが」

 

攻撃支援を行うのは接近戦が苦手な魔法少女達なのだが、何か思うところがあるようだ。

 

「それにしても…みゃーこ先輩。あーしね、あのイケメンさん…どっかで見た事あるよ」

 

「お前は女社会も男社会も渡り歩いてるぐらいだし、その中で見かけたんだろ?」

 

「ちがうちがう!知り合いって感じじゃない…街の何処かで……あっ!あの時の!!」

 

「お前…悪魔と出会ったことがあったのか!?」

 

「みゃーこ先輩も会ったことあるでしょ!ほら、中央区でイケメンハプニングあったし!」

 

「あ……ああっ!?アタシのリア充計画を踏み躙り…アタシをフッたイケメン男か!!」

 

「いや、フラれてすらなかったよね?」

 

「確かに顔はイケメンだけど…あんな怖い男の人は嫌い!それに比べて伊勢崎君は優しくて…」

 

戦闘の最中に女子トークを始める緊張感のない者達を見ながら人修羅は後頭部を掻いてしまう。

 

「っ!?」

 

背中に悪寒を感じ、前方に側方宙返り。

 

宙返り態勢から背後に振り向く形で着地して前方を睨む。

 

そこには地面に短剣を突き立てるような薄っすらとした形が浮かぶ。

 

「…あの奇襲攻撃を避けれるだなんて、どうして分かったの?」

 

彼女の体は青白い炎のような光を纏い周囲に溶け込むかのような透明に見えた。

 

固有魔法である幻惑を駆使したステルス魔法だが人修羅は彼女の姿を感じていた。

 

「武術用語の心眼を説明するつもりはない。バックアタックなら嫌というほど経験してきた」

 

「なら…経験に基づく対処法を知っていると判断するべきなのかしら?」

 

「試してみるか?」

 

「何処までも…侮れない男ね」

 

横目をこころに向ける。

 

彼女は地面に打ち付けられた姿だが俯けのまま、まさらに手を伸ばしていく。

 

「まさら…私のコネクトを…受け取って!!」

 

彼女もこころに片手を伸ばす。

 

手から生み出されたのは光り輝く魔力。

 

まさらとこころの絆が伸ばし合う手を伝って集まり彼女を強化していく。

 

「貴女のコネクト…受け取ったわ」

 

コネクトを受け取ったまさらが武器を構える。

 

「…強化魔法の類か。二年以上、魔法少女と殺し合ってきたが…初めて見るな」

 

「この魔法は…絆を深め合った魔法少女同士でしか使えない」

 

「だとしたら東京のクソッタレ共が使えない理由にも納得がいく」

 

「こころを傷つけた報い…その身に刻むわ」

 

「親友を傷つけられたんだ…もっと怒っていいんだぜ?」

 

「きっと他の子なら激情を出すのだろうけど…私にはこれぐらいでしか表現出来ない」

 

「フン……造魔のように可愛げの無い魔法少女だ」

 

互いが構え、詰め寄っていく。

 

先に仕掛けたのはまさらだ。

 

「ハァッ!!」

 

右手の短剣突きに対し、左腕で彼女の右手首をずらすと同時に掴む。

 

「くっ!?」

 

そのまま押し出し彼女の態勢を崩しながら腹部に膝蹴り、続く顔面の右肘打ち。

 

「っ!!」

 

鼻骨が砕け流血を撒き散らす。

 

だが感情がほとんど無い彼女は怯まない。

 

コネクト魔法のダメージカットによって頭蓋骨が陥没する程の被害は受けていない。

 

掴んだ腕に小手返しを狙うが、まさらは左手を地面につけながらの側転で手首を守る。

 

解放された右腕の短剣を逆手に持ち、悪魔のストレートパンチが迫る中、彼女の体が揺れた。

 

「なっ!?」

 

悪魔の右ストレートの手首を左手で掴み、逆手に持つ柄で反動を抑制する殴りつけ。

 

顎を打ち上げ、仰け反った顔面に右ストレート、さらに右肘落とし。

 

コネクト魔法のカウンターが決まった人修羅が地面に倒れ込む。

 

態勢が崩れた腕を掴んだままトドメの心臓突きを狙うが足蹴りが彼女の刃よりも先に決まった。

 

「くぅッッ!!」

 

掴んだ手首が緩み彼女の体が蹴り飛ばされた隙に人修羅は立ち上がる。

 

「こころと私の絆の力…味わった気分はどう?」

 

「…これが魔法少女のコネクトってヤツか。…侮れねーな」

 

鼻血が出た鼻を袖で拭き、上下に体を揺らすフットワークを行う。

 

「…半端な攻撃では倒せない。次で終わらせるわ」

 

「……来な」

 

互いが構え、まさらはマギア魔法を仕掛ける。

 

左目から噴き出した蒼い炎が相手を幻惑し、彼女の姿を見失わせる魔法だが簡単には通じない。

 

(あの悪魔には…幻惑魔法は効かないわね。でも、気配だけなら…!)

 

背後からの奇襲を諦め、魔力を短剣に収束。

 

蒼い炎を纏いながら周囲に溶け込む程の気殺を用いるのだ。

 

そしていつ動いたのかも分からない程の跳躍移動で果敢に攻め込んできた。

 

鈍化した世界。

 

一気に距離を詰めてきたまさらが放つのは『インビジブル・アサシン』と呼ばれるマギア魔法だ。

 

人修羅は体の左外側を向けて構える。

 

彼の両手が動き、交差された瞬間だった。

 

「あっ……?」

 

刹那、まさらの短剣は払い落されている。

 

あの一瞬、交差させて開いた両手が短剣を持つ手首を挟めるようにして受ける。

 

右手で手首を握り、左手を回し込み相手の腕を引っかけ、左上腕で捩じった手首から武器を払う。

 

それが刹那で起きた武の現象であった。

 

「チッ!!」

 

魔法少女は魔力で武器などいくらでも生み出せる。

 

右手に生み出した魔法武器の斬撃が迫るが両腕で捌き、突いてくる短剣の腕を両手で掴む。

 

「ぐっ!!?」

 

腕が圧し折られ、続く左肘が顔面を強打。

 

今度こそ顔面が砕かれてしまう。

 

視界が流血で遮られた時には既に人修羅の後ろ回し蹴りが顎に決まり終えている。

 

「ここ…ろ……」

 

脳が激しく揺さぶられた彼女は意識が昏倒して倒れ、その体は痙攣を続けてしまう最後を残す。

 

「まさらーッッ!!!」

 

2人の乱戦を狙い撃つ事が出来なかった3人が怒りの表情を浮かべながら罵倒してくる。

 

「女の子の顔を何だと思ってるの!?このサディスト悪魔!!」

 

「男は美少女なら手を抜いてくれるとでも思ったか?俺にフェミニズムを期待するな」

 

「こんな酷い男…見たことない!下心はあったとしても男の人は女性に優しいもんでしょ!」

 

「なら、何故お前達は殺し合いの世界に入ってきたんだ?」

 

「うっ…それを言われるとあーし…言い返せないかも…」

 

「自分達の選択を棚上げし、都合のいい時だけ被害者面か。何処までも腐りやがって…」

 

魔法少女達からサディストと罵倒された時、彼の脳裏には佐倉牧師の言葉が浮かぶ。

 

――迷いというものは、ああなりたいという欲望から生まれる。

 

――それを捨てれば…問題はなくなる。

 

――人は迷って当然だ。大切なことは、君が納得することだと思う。

 

――迷う自分を受け入れ、自分が本当に納得出来るものを…君自身が、見つけなければならない。

 

可愛い美少女達に囲まれてハーレムを作りたい。

 

可愛い美少女達と親密になり、恋愛しながら仲良く過ごしていきたい。

 

男なら誰でもああなりたいと思う欲望のテンプレだろう。

 

だが、嘉嶋尚紀はそれが出来たかもしれない可能性を捨てた。

 

美少女と仲良く過ごして共にヒーローごっこをして、つまらない人間を何処かで見捨てていく。

 

そんな生き方を彼が納得出来るはずがない。

 

彼は美少女ヒロイン達の味方などではない。

 

()()()()()()()()()()()()人間の味方なのだ。

 

「俺は貴様らを許さない。人々の苦しみを棚上げし、皆で仲良く過ごす事しか頭に無い連中をな」

 

「そこまでお前を突き動かす…動機は何なんだ?」

 

「……それは」

 

──貴方のその力を…。

 

――私が守ろうとした…()()()()()()()()()を守るために…。

 

――使って下さい。

 

「……交わした約束のためだ」

 

彼は今でも忘れていない。

 

悪魔の全身から誓いの如き魔力の雄叫びが噴き上がっていく。

 

「あ……あぁ……」

 

圧倒的魔力を前にして震え上がる魔法少女達に向けて人間の守護者が己の覚悟を示す。

 

「…俺を悪魔だと罵れ。美少女を傷つける鬼畜だと罵倒しろ」

 

――そんな言葉で、俺は迷わない。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……派手にやったみたいね」

 

「そう見えるけど…東京の魔法少女の扱いに比べたらマシだと思うニャ」

 

ズタボロにされて倒れているのは中央区の魔法少女達。

 

悪魔は容赦なく彼女達を痛めつけ、獲物を再び追いかけていった。

 

「言われてみればそうかもね…。命までは奪っていないし」

 

「これには尚紀なりのメッセージがあると思うニャ。だとしたらここで終わるべきじゃないニャ」

 

「そうね…。魔法少女達とはあまり関わりたくないけれど、今回は特別よ」

 

倒れ込んだ彼女達に悪魔の回復魔法をかけていくのはケットシーとネコマタである。

 

「綺麗な顔だったんでしょうに…酷いわね」

 

まさらの上半身を抱き起したネコマタは回復魔法の『ディアラマ』をかけ続ける。

 

「彼は謝らないけど私が彼に代わって謝るわ…ごめんなさい。女悪魔として…辛さは分かるし」

 

陥没した顔が回復していき元の美しさを取り戻していく。

 

「東と中央の魔法少女達を超えたのなら…残されたのは…」

 

「……西側だニャ」

 

二匹の悪魔達は西を見て不安そうな表情を浮かべてしまうのであった。

 

……………。

 

憤怒を纏う悪魔の影が西側に忍び寄る。

 

既に彼は水名大橋の前にまで来ていたようだ。

 

「……感じる。向こう側に集まっているな…ここが最終防衛ラインというわけか」

 

誰もいない深夜の橋を人修羅は超えようとした時、知っている魔法少女の声が聞こえてくる。

 

<<嘉嶋さんッッ!!!>>

 

声が聞こえた北側に視線を向ければ静香達が走ってきていたようだ。

 

「…お前達か。何をしに来た?」

 

顔を向けてくる人修羅の顔にはベッタリと返り血がついており、静香達も緊張感を隠せない。

 

「……尚紀先輩なの?」

 

「こ…この姿が…悪魔となった嘉嶋さん…?」

 

「……まるで仏教においては死の神と言われる閻魔だよ」

 

「自然のような優しさで包んでくれる人だと思ってたのに…やっぱり自然の怖さを持っていた」

 

初めて見る彼の悪魔姿に動揺を隠せない時女の魔法少女達。

 

しかし静香だけは前に出たようだ。

 

「…私達に残された滞在期間は僅かですが、最後に嘉嶋さんの戦いを見届けようと思います」

 

「田舎に帰るのか?」

 

「はい…私達の任務は後任に引き継がれることとなりました」

 

「そうか…俺の心に取り入る為の長期滞在だったとしても、ダラダラとやり過ぎたか?」

 

「神子柴様は詳細を語りませんでしたが…私達に落ち度があったと判断するしかないです」

 

「まあいい、誰が来ても結果は同じだ。それより…なぜ悪魔としての俺の戦いを見届けたい?」

 

意を決した静香が手を握り締め、その重い口が開かれていく。

 

「私…人間の善性を信じたい女です」

 

「……そうか」

 

「だから…日の本を優先する使命を帯びているのにテロに参加した魔法少女達を見過ごした…」

 

「…お前が危ういタイプだというのは今まで接してきた中で気が付いていたよ」

 

「私は自分の固定概念を優先して時女の矜持を忘れていた…それに気が付けたんです」

 

「家でBBQをやった時に語ってくれた時女一族…それは国家・民族を優先する存在だったな」

 

「私たち時女一族とは…戦前の大日本帝国と変わらないナチズム・ファシズム社会です」

 

「日の本の為に戦うというたった一つのイデオロギーしか認められない国家社会主義体制か」

 

「時女の長を目指す時女本家の嫡女として失格でした…。私は国民よりも…自分を優先した」

 

「その過ちに気が付き、俺の戦いを見届けた果てに…何を見出す?」

 

「私は…嘉嶋さんの戦いを見届けてから……覚悟を決めます」

 

――人間の善性という不確かなものよりも…大事な存在を優先すると。

 

彼女は悪魔の尚紀を恐れず真っ直ぐに視線を向けてくる。

 

静香の決意の言葉が聞けた彼の口元は自然と笑みが浮かぶ。

 

「…ならば見届けろ。個人の感情よりも大切なのは……」

 

「…全体の社会秩序を優先すること」

 

「それが聞けてよかった。どうやらお前は迷いを断ち切れたようだな?」

 

「フフッ♪少しだけ迷いは残ってます。だからその残された迷いを…貴方の生き様で断ちます」

 

2人が笑顔を見せた時、周囲の緊張も解けていく。

 

「な…尚紀先輩……本当に神浜を守ってきた正義の魔法少女達と…戦うの?」

 

「守ってきたように見えていたのか?」

 

「…そ、それは……」

 

「私は…涼子さんから裁判結果を聞かされた時に感じました……馬脚を露したのだと」

 

「あれは自分達の理想だけを優先する裁判だ。そこには日の本の民の苦しみなど反映されてない」

 

「また騙されかけた…。優しい人達なら他人に害を与えないのだと思い込むところでした…」

 

「人は一面だけで判断するべきじゃないんだね。悪意の臭いはないけど…()()()()()()()()()…」

 

「フッ、流石は俺の後輩だ。いいところに気が付いたな」

 

――この世で最も邪悪な存在とは。

 

――()()()()()()()()()()()()()()自分を省みない正義宗教信者共だ。

 

「宗教世界の悲劇…異端狩りの頃から人って奴ぁ…何も変わってくれないんだね…」

 

「楽しいことだけを優先したいからさ。誰かを悪人と決めつけて叩くのは()()()()()

 

「人間社会を優先したいだけの嘉嶋さんの叫びは彼女達にとって都合が悪いから…認めない」

 

「正義の味方って…こんな世界だったの…?等々力さん…教えてよ…」

 

「そこまで人は正義を玩具にしたいのか…。お釈迦様が()()()()()を優先したのも頷けるね…」

 

「お前たち時女の矜持、それは社会全体主義。個を捨てて公に尽くす社会こそが俺の理想だ」

 

「私たち時女の社会には()()()()()()()()()()…。個を優先するからこんな事態になるのよ」

 

「俺はこの神浜魔法少女社会に疑問を持ってきた魔法少女なら変えてくれると確信が持てた」

 

「その魔法少女と一度話をしてみたい。きっと私とその人の思想は同じだと思う」

 

「常盤ななかって魔法少女を探してみろ。案外…近くにいるかもよ」

 

それだけを言い残した彼は戦場に向かって歩んでいく。

 

水名大橋全体を見渡せる入り口遊歩道まで移動した彼女達だが多くの魔力を感じたようだ。

 

「えっ……?あの方々は…?」

 

静香達の元に来たのは尚紀の戦いを見届ける為にやってきた常盤ななか達である。

 

「たしか…テロの時に私たち側に加勢してくれた他所の魔法少女達だと思いますよ…ななかさん」

 

「ええっ!?貴女が嘉嶋さんがさっき言っていた…常盤ななかさん!?」

 

「わ…私のことをご存じなのですか!?それに貴女方は尚紀さんとお知り合い!?」

 

「いきなり目当ての人物達が現れるだなんて…」

 

「フフッ♪尚紀先輩はきっと、この子達の魔力に気が付いてたんだよ」

 

積もる話は後回しにした彼女達は橋の全体を見渡せる遊歩道に広がっていく。

 

改革を望む他の魔法少女達も遅れてやってくる。

 

全員が橋の光景を固唾を飲んで見守ってくれるのだ。

 

誰も通らない深夜の水名大橋。

 

橋の灯りに照らされた人修羅は橋の中央を進んでいく。

 

「……来たか」

 

横に並んで道を塞ぐのは西の魔法少女達。

 

「…ひなのさん達もダメだったのですね」

 

西側を率いるのは西の長の意思を守り抜く梓みふゆである。

 

「東の子達まで倒されたんだよね…」

 

彼女を支えるのは西の長と互角の戦いが出来ると言われる程の魔法少女である由比鶴乃。

 

「……そこをどけ」

 

「…いいえ、ここから先には通しません」

 

「…ならば押し通るまでだ」

 

人々を守る為に互いが命をかけて戦ってきた者同士。

 

向かい合う両雄がついに相対する時が来たのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

両者が殺気立ち息をするのも苦しい空間。

 

恐ろしい程の殺気を放つ未知の敵を見た魔法少女達も動揺を隠せない。

 

「これが…悪魔の姿……?」

 

「男の人……だよね?」

 

「くみよりも…年下に見える。月夜ちゃんやみたまさんぐらいの子にしか見えないよ…」

 

「あ、あれ…?まなか、あの男の人はご近所で見た事があるような?」

 

春名このみ、梢麻友、牧野郁美、胡桃まなか達が口々に動揺を漏らす。

 

その中でも強い憎しみの感情を宿らせていたのは天音月夜だった。

 

「…月咲ちゃんを殺しに行くのですね?」

 

「お前はあいつの何なんだ?」

 

「…生き別れた双子の姉で御座います」

 

「そうか。ならばアイツの墓でも建ててやるといい」

 

妹を必ず殺すと宣言する者に対して、姉妹の絆の象徴である横笛が強く握り締められていく。

 

「やらせません…月咲ちゃんには生きて欲しい!わたくし達と共にやり直して欲しい!!」

 

「身勝手なことをほざきやがる。生きて幸福になりたかったのはお前たち姉妹だけじゃない」

 

「身勝手なのは貴方の方です!!人間に代わって魔法少女を裁く…そんな権利があるのですか!」

 

「そうよ!アンタ…()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ!!レナ分かるんだから!!」

 

「俺が魔法少女を裁く根拠を示して欲しいか?…それは昭和23年の最高裁判決だ」

 

「昭和23年…?最高裁判決…?」

 

日本の死刑制度は昭和23年の最高裁判決によって社会防衛方法として認められた。

 

憲法は死刑の存置を想定し、死刑の威嚇力に加え、死刑執行により社会悪の根本を断つとした。

 

永山事件判決においても罪刑均衡の応報刑が認められ、極刑として死刑の選択も許された。

 

死刑制度は平成26年の内閣府世論調査で日本人の8割を超える人々が支持を出している。

 

これは日本民族固有の道徳観が根拠とされていた。

 

江戸時代に仇討ち制度が法制化され多くの市民達から賞賛された歴史背景もある。

 

サムライの国に住まう民の道徳観とは、死刑は絶対に必要であると叫んだのだ。

 

「これでもまだ、俺の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…愚か者だと言うか?」

 

「あっ……うぅ……」

 

「総意とまではいかないが、総意に最も近い数字の人々が罪人に応報刑を望んでいる」

 

――これが、魔法少女を殺し続けてきた俺の裁きの必要性を叫ぶ()()だ。

 

「つ…月咲さんをどうしたいの…?罪刑均衡ってなに……?」

 

「行った犯罪と釣り合う程の裁きを与えろ。それ以上を行い報復合戦をするなという同害報復だ」

 

「そ…それでは…神浜の街を焼いて一万人を超える程の死傷者数を出した月咲ちゃんは…」

 

「…人知を超える程の死刑にしてやる。それでなければ釣り合わない」

 

ハムラビ法典を叫ぶのはシュメールの最高神エンキ、バビロニアの天空神エアと呼ばれた悪魔。

 

ハムラビ法典とはシュメールやバビロニアで生み出された()()()()()()なのだ。

 

「だ…ダメです!!月咲ちゃんには死んで欲しくない…死刑になんてさせません!!」

 

「それはお前が天音月咲を愛しているからだろ?」

 

「あ……愛してます!家族だから当然です!!」

 

「愛する家族なら犠牲者にもいた。俺はボランティアをしながら被害者達の声を聞いた」

 

――どうして…私よりも先に死んじゃったの?守れなかったママを許して…私も後から逝くわ…。

 

――返せ…俺の愛した息子を…娘を…返してくれぇーッッ!!!

 

――ママ…パパ…死んじゃったの?ねぇ…嘘だよね?嘘だと言ってよ!!

 

――イヤァァーーーッッ!!お父さん!お母さん!私を独りにしないでぇーーッッ!!!

 

……………。

 

彼は語り続けた。

 

正義の魔法少女達が裁判に持ち込まなかった被害者達の慟哭の言葉を語り続けた。

 

魔法少女を環の輪にして幸福社会を得られる事を望んだ者達にとっては都合が悪過ぎる現実。

 

あまりにも都合が悪い被害者達の叫びを届けてくれた。

 

正義の魔法少女達の顔は青ざめ、自責の念に縛られながら体を震わせていくしかない。

 

「これ程までの人々の無念…晴らさずにはいられない!!棚上げになど絶対にしない!!」

 

月夜の両膝が崩れ、妹が犯した大罪を嘆く涙を流し続ける。

 

「月咲ちゃん…どうして…?どうして踏み留まってくれなかったの…どうしてぇ!!?」

 

地面に蹲り泣き続ける月夜に向けて周りの魔法少女達はかけてやれる言葉も無い。

 

「わ…私達…間違っていたのかな?私…分からなくなったよ…レナちゃん…」

 

「……レナも分からなくなったわ」

 

自責の念に駆られていく魔法少女達は彼の言葉を覆す反論を望んでいる。

 

それを期待する視線の先には西の長の代理人でありあの裁判を誰よりも支持したみふゆがいる。

 

だが彼女は全身を震わせながら声一つ出せれない頼りなさを周りに晒すしかないのだ。

 

「み…みふゆ…私達…やっぱり間違っていたのかな…?こんなの私…耐えられない!!」

 

鶴乃も最初は被害者の気持ちに寄り添う立場を示した。

 

それを捻じ曲げたのは大切な仲間であり親友でもあるやちよとみふゆがそれを望んだからだ。

 

「わ…わ……私達はそんなつもりでは……」

 

震えた声を出すが、全てが言い訳に聞こえる単語しか頭に浮かばない。

 

西の長の代理人まで自分達と同じ態度しか示せず、魔法少女達の士気は大きく崩されてしまう。

 

それを覆せたのは飛び入ってきたももこであった。

 

「騙されるな皆ッッ!!!」

 

割って入ってきたももこは三日月の曲線を描く大剣を人修羅に向けて構えてくる。

 

「ももこさん!?みかげさんは…?」

 

「調整屋の傍で待機させる護衛という形でならどうにか認めてもらえたよ」

 

「ちょっと待ってよももこ!騙されるなって…どういう意味なの?」

 

彼女が何を言いたいのかはテロの時にももこと一緒に行動したレナとかえでには分かる。

 

「ま…まさか、ももこ!今更アレを伝えるわけ!?」

 

「ふみゃみゃ!?ど…どうなっても知らないよぉ!!」

 

たじろぐ2人に視線を移したみふゆは3人が何かを隠していたのだと分かる。

 

「…聞いてくれ。あのテロは…革命魔法少女達が起こしたモノじゃないんだ」

 

「革命魔法少女達が起こしたテロではない…?どういう意味なのですか…?」

 

「…黙っててごめん。アタシとレナとかえでは十七夜さんを捜索しに行った時に悪魔を見つけた」

 

それを聞いた周りの魔法少女達がざわめいていく。

 

「目の前にいる男じゃないけど…あの吸血鬼は悪魔だと名乗ってきたんだ」

 

「吸血鬼…?ま、待って…十七夜はどうなったの?ま、まさか……」

 

「…十七夜さんは守れなかった。吸血鬼に噛まれて…水路に流されていったんだ…」

 

「そ…そんな!?どうして今まで黙っていたのさ!?」

 

「みんな必死に戦後処理に追われてて…レナ達、言い出せる空気じゃなかったの…」

 

「ご…ごめんなさい…!隠したかったわけじゃないの…時期を見て伝えようとしてたから…」

 

十七夜が悪魔に襲われた事に戦慄するのだが、人修羅に向き直る。

 

「……貴方達、悪魔の仕業なのですか?」

 

「…何のことだ?」

 

「とぼけないで下さい!!革命魔法少女達の裏側にいたのは…悪魔なのかと聞いてるんです!」

 

「俺は知らない」

 

革命魔法少女達を裏で操っていたのは未知の敵である悪魔。

 

その理屈は正義の魔法少女達にとっては()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

それに縋りつこうとしたのは月咲を悪者にされたくない月夜であった。

 

「騙してたのですね!?さっきまでの理屈は月咲ちゃん達を悪者にするためのブラフです!!」

 

「……さっきから何を言っているんだ?」

 

突然他の悪魔の存在をひけらかし、同じ悪魔の彼を詐欺師扱いし始めてくる正義の魔法少女達。

 

ももこの勘は鋭いが、それは人修羅にとっては何の関係もない話であるが彼女達は止まらない。

 

「考えてみろ!暴徒達の金のかかった武装…あんなの魔法少女に用意出来るわけないだろ!?」

 

「確かに…あの革命暴動は準備が良過ぎました…。やはり…悪魔が裏で準備をしてたのです!!」

 

「月咲ちゃんも…時雨さんも…はぐむさんも悪くない!!悪いのは…悪者なのは…!!」

 

――全部…ぜんぶ……悪魔のせいですわッッ!!!!!

 

その言葉が正義の魔法少女達の()()()()()()()()

 

「そうよ…こんなの変だって思ってた…。魔法少女達に出来るわけない!!」

 

「もしかして、グレイさんの家を焼いて死んだ事に見せかけてるのも…悪魔の仕業!?」

 

「くみ…許せない!!悪魔の存在を絶対に許せない!!」

 

「最低です…こんな悪魔がご近所に引っ越してきてただなんて…最低です!!!」

 

彼女達が人修羅に向けて叫ぶ正義とは、証拠さえ用意しない理屈。

 

怪しい存在、恐怖の存在、傷つけられるかもしれない社会脅威。

 

ならばそんな恐ろしい存在など()()()()()()()()()()()

 

彼女達が始めたのは東側の神浜社会に対して西側の神浜社会が行ってきた差別と同じ光景だ。

 

SNSや日本社会では当たり前となってしまった光景でもある。

 

これこそ人類が未だに繰り返す愚かな()()()()()()()()の光景であった。

 

「いくぞみんな!!この神浜を自作自演で破壊した()()を倒すために!!」

 

ももこの固有魔法である激励が発動。

 

正義の魔法少女達の心に勇気が宿り、罪悪感をさらに消していく。

 

自分達が責められた現実など()()()()()()()()()()()()()()()

 

「貴様ら…!!何処までも身勝手な事を叫ぶ!!!」

 

迎え討つ人修羅は腰を落とし、足を半歩開き拳法の構えを行いながら迎え討つ。

 

「短絡的なお前達の言動を見せられて確信が持てた!!」

 

――正義宗教は……()()()()()()()()()ッッ!!!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

正義の系統は古代・中世・近世・近代によって形作られる。

 

その時々に置かれていた為政者達と民衆達とのせめぎ合いによって作り上げられた。

 

古代ギリシャの都市国家時代、中世の大僧院時代、絶対王政時代、市民革命時代。

 

歴史とは、現在と過去との対話であった。

 

「くみのラブキュンステージで!悪魔をお掃除しちゃうよーッ!!」

 

先に仕掛けてきたのはメイド服のような衣装を纏う牧野郁美。

 

彼女の魔法武器は掃除道具のモップに似ているようだ。

 

七色の光を放出しながらモップ掛け走行をしてくる。

 

微動だにしない悪魔は迎え撃つ構えを見せるのだ。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

一気に詰め寄った郁美はモップを振り上げ、左薙ぎを放つ。

 

身を低めた姿勢によって左薙ぎを回避。

 

「えっ!?」

 

右から迫りくるのは片手をつく程の低姿勢から放つ後ろ回し蹴り。

 

右側頭部を強打して蹴り飛ばされた郁美を超えて次の魔法少女が迫りくる。

 

「今のまなかは激辛フルコース気分です!!覚悟して下さい!!」

 

コック衣装を思わせる魔法少女服を身に纏う彼女が武器にするのはフライパンと似た魔法武器。

 

振り上げる彼女の一撃に対し、両手で腕を掴みながら捩じり上げる。

 

「くっ!?」

 

捩じり上げる一回転の動きのまま横に蹴りを放つ。

 

「ああッッ!!」

 

巨大な剪定鋏を思わせる大剣を持つこのみの袈裟斬りに対し、腹部を横蹴りで蹴り飛ばす。

 

片腕を捩じり上げられたまなかの後膝部にローキックを入れて倒し込み、右肘打ちを決める。

 

「ぐぅッッ!!」

 

左側頭部を強打されたまなかが倒れ込んだようだ。

 

正義を定義した人物の中には古代ギリシャのアリストテレスが存在する。

 

彼は善と正義についてこんな言葉を残す。

 

――我々が正しい行為と呼ぶところのものは、一つの意味においては国という共同体の幸福。

 

――またはその諸条件を創出し守護すべき行為に他ならない。

 

正義の魔法少女達はアリストテレスの正義の定義に合致しているだろうか?

 

「よくも郁美さん達を!!」

 

「援護しますわ!麻友さん!!」

 

麻友が構える武器は十文字槍に似た巨大絵筆。

 

虹色の絵の具の如き光を絵筆に纏い、周囲の空間を描く。

 

彼女の周りに水が集まっていき、水の中から巨大なシャボン玉のような塊が浮かぶ。

 

彼女のマギア魔法である『水彩レイン』を放とうとしてくる。

 

「この水魔法は過冷却されています!」

 

「ならば音で振動を与えますわ!!」

 

月夜の笛の音が振動を与えていく。

 

過冷却されたシャボン玉が結晶化し、巨大な氷塊と化して質量攻撃を放ってくる。

 

「「いっけーッッ!!」」

 

2人の合体魔法とも言える氷属性魔法攻撃が迫りくる。

 

それに対して悪魔は避けようとはしない。

 

「…頭に血が上りやがって!向こう側には人間の生活圏があるんだぞ!!」

 

振り上げた右拳から光剣が生み出され、振り下ろされる。

 

真っ二つに溶断された氷塊が光剣の熱によって一気に溶かされ大量の水蒸気を生み出す。

 

「くっ!水蒸気で視界が…」

 

橋の周囲が水蒸気に覆われ、視界が遮られていた時だった。

 

「えっ!?」

 

水蒸気の中から飛び出したのは拳を振り上げる悪魔の姿であるが、カウンターの魔法がくる。

 

「止まってッッ!!」

 

「なっ!?」

 

悪魔の体が一瞬止まる。

 

麻友の固有魔法である敵の攻撃を少し止める力が発揮されたようだ。

 

「チャンス逃してたまるかぁ!!!」

 

上に視線を向ければ跳躍からの唐竹割りを狙うももこの姿が迫りくる。

 

後方に側方宙返りを行い、唐竹割りの一撃を回避するが地面は大きく砕けたようだ。

 

「…見たこともない魔法を使いやがる。いつだって、魔法少女の魔法は侮れなかったな」

 

水蒸気によって視界が悪い空間が広がっていたが、水蒸気が一気に吹き飛ばされる。

 

悪魔が視線を橋の奥に向ければ功夫扇を振るい終えた鶴乃の姿が見えたようだ。

 

彼女の魔力が宿った風圧によって大きな橋に広がった水蒸気が一撃で搔き消されたのである。

 

「みんな!ここは絶対に守るよ!!こんな外道に…月咲達を殺させてたまるもんか!!」

 

悪魔の周囲を囲むのは、ももこ・レナ・かえで・月夜・麻友。

 

悪魔は両腕を水平に交差させる構えを見せ、囲まれたどちらからでも攻撃を捌ける形をとる。

 

「自分達の事はいつだって棚上げかよ!」

 

悪魔に次々と襲い掛かるのは自分達の正義を振りかざす魔法少女の群れ。

 

彼女達が人修羅にぶつけてくるのは個人の感情と価値観によって生み出される正義である。

 

ならば法の正義とは何だ?

 

――法が万般のことがらを制定しているのは、万人共通の功益を目指すもの。

 

彼女達の感情と価値観は人間を含めた万人共通の功益を目指すものなのか?

 

左右から襲い掛かるレナと麻友に対して悪魔は跳躍。

 

「「うっ!!!」」

 

両足を広げる開脚蹴りで彼女達の側頭部を同時に蹴り飛ばすが眼前からはももこの斬撃がくる。

 

着地と同時に前掃腿でももこの両足を刈り取り、斬撃体勢を崩す。

 

悪魔の視線の先に見えたのは月夜のようだが、狙いを阻もうとする一撃が放たれる。

 

「やらせるかぁ!!」

 

ももこが振るう左薙ぎに対して片足で踏み切りを行い、地面と平行になるように跳躍回避。

 

扇風機のような回転を蹴り足で表現するフラミンゴ回避からさらに回転跳躍。

 

「こ、こないで下さい!!」

 

横笛の音圧攻撃よりも先に決まったのは体を横倒し状態から放つ浴びせ蹴り。

 

「がっ!!?」

 

頭頂部を強打された月夜は地面に叩きつけられてしまう。

 

「チッ!!」

 

近づく風切り音よりも先に悪魔が跳躍。

 

後方倒立回転で回避したのは、みふゆと鶴乃が投擲した魔法武器。

 

炎を纏う功夫扇と巨大チャクラムが体の上を飛び越えていき、橋を旋回して武器が戻っていく。

 

「あの悪魔…凄い拳法使いだったんだね…」

 

「私たちに囲まれていながら…魔法も使わずにたった1人で立ち回るだなんて…」

 

「でも、燃えてきた!!私のサイキョー流拳法を見せてあげる!!」

 

功夫扇を受け取った鶴乃が駆け抜ける。

 

「アチョーーッッ!!!」

 

鶴乃の飛び蹴りに対し、体の軸をずらして避けるが側面からはももことレナが武器を振るう。

 

乱戦を繰り返す光景が続くのだが、彼女達は誰の為に戦っているのだろうか?

 

人は共同体のなかでしか生きていけず、万人の功益と支配者の功益とが共通な法を定めた。

 

その法には社会形成力があるとの考えをアリストテレスは示している。

 

正義を法によって、人々をして正しきを行わしめる状態と説いた。

 

彼女たち正義の魔法少女が掲げた社会ルールの中には万人の功益はあったのか?

 

「ハイーーッッ!!」

 

跳躍一回転からの空中踵落としを放つ鶴乃の蹴りを避ける悪魔だが、続く連撃が迫りくる。

 

「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!アチョーーッッ!!!」

 

二起脚を捌き、左右の功夫扇の一撃を両腕で捌き、片足連続蹴りを捌き続ける。

 

右ストレートを避けると同時に内回し蹴りを悪魔の伸びきった腕に絡める。

 

「ぐっ!!」

 

曲げられた足で悪魔の顔面を蹴り込み、怯んだ隙に旋風脚を放つ。

 

ガードは間に合ったが勢いを殺しきれずに蹴り飛ばされてしまう。

 

「チャンスだレナ!!」

 

「いくわよももこ!!」

 

2人が片手を伸ばして合わせ合う。

 

コネクト魔法が互いに広がり、レナは固有魔法を発動。

 

「さぁ、ダブルももこのマギア魔法だ!!」

 

レナの固有魔法とは変身魔法であり、人間だけでなく他の魔法少女にも変身出来る。

 

立ち上がる悪魔が上空に視線を向ければ、夜空の上で炎を纏う2人のももこがいる。

 

「喧嘩売った事!後悔させてやるわ!!」

 

「チームの絆を舐めんなぁ!!」

 

同じ大剣を構え、炎を纏いて落下突撃する一撃とはももこのマギア魔法。

 

レナの変身魔法は自身の魔力で再現出来る魔法少女の魔法ならば真似出来たようだ。

 

「くっ!!」

 

跳躍回避しようとしたが彼の足には植物のツタが巻き付き拘束されている。

 

「今だよももこちゃん!レナちゃん!」

 

湾曲した魔法杖を用いて行使するのは植物を操る魔法である。

 

「みんなに手間は取らせないわ!!」

 

「この一撃で…終わらせてやる!!」

 

ダブルももこのマギア魔法『エッジオブユニヴァース』が迫り、回避は間に合わない。

 

「…殺し合いの世界に来る選択をした…お前達の浅はかさを呪え!!」

 

悪魔の両腕から炎が噴き上がり、巻き付いたツタも周囲から生まれる業火で焼いていく。

 

「なにっ!?」

 

「あ、あの炎魔法は…!?」

 

悪魔が放つのは同じ炎魔法であるが桁外れの一撃となるだろうマグマ・アクシスの一撃。

 

射線は空であり人間の生活圏でないならば極大の一撃を放てるのだ。

 

「ダメ!!ももこ合わせて!!」

 

「任せろ!!」

 

悪魔の持ち上げられた両手から放たれた豪熱放射の一撃。

 

「「はぁッッ!!」」

 

ももこ達が互いに向き合い蹴り飛ばす。

 

彼女達の蹴り足が同時に触れ、左右に弾かれるようにして回避を行う。

 

豪熱放射の一撃は夜空を超えていったようだ。

 

2人が水名大橋の下を流れる川に落ちた音が響く中、悪魔は周囲を見回す。

 

「な…なんて……魔法なの……」

 

山を一直線に貫ける程の力に恐れをなしていた麻友に隙が生まれているのを彼は逃さない。

 

「グフッ!!?」

 

気が付けば懐に入った悪魔の右頂肘の肘打ちがみぞおちに決まり終えている。

 

怯んだ麻友の片腕を掴み背負い投げ、倒れた彼女にさらに追い突きを容赦なく打ち込む。

 

「ガッ……!!!」

 

度重なる急所打ちで意識を失った相手から視線を逸らす。

 

悪魔が次に視線を向けるのはかえでだったのだ。

 

「こ…来ないで……来ないでよぉ!!」

 

震えた姿に襲い掛かろうとした彼だが、川から飛び上がる者に向き直る。

 

「かえではやらせないわ!!」

 

川の水を周囲に張り巡らせた姿で槍を構えるのはレナである。

 

「何時までもアンタの相手してるほど!暇じゃないから!!」

 

「なんだッ!?」

 

悪魔の周囲を取り囲むようにして現れたのは複数の鏡。

 

レナのマギア魔法である『インフィニットポセイドン』を放とうとしてくる。

 

鏡に映りこんでいるのは全て槍を構えるレナの姿であり、質量をもった攻撃を仕掛けてくる。

 

「行くわよ!いっけーっ!!」

 

鏡の中から投げられる複数の槍によって獲物を串刺しにする一撃が迫りくる。

 

鈍化した世界。

 

悪魔は身を仰け反らせながら前方から迫りくる槍を回避する。

 

同時に後ろの手で槍を掴み、一回転運動を用いて槍を振り回す。

 

背後から飛んでくる槍も含めて全ての槍を払い落とすのだ。

 

「そ、そんな!?でもまだ…この一撃で!!」

 

自身が持つ槍に水の魔力を宿らせながら悪魔に向けて投擲する。

 

レナの槍を左右に振り回す悪魔は飛来する槍を迎え撃つ。

 

回転させた勢いを乗せながら迫りくる槍を叩き落とす。

 

衝撃で彼が持つ槍は砕けてしまったが落下してくる彼女に向けて駆け抜けていく。

 

「キャァァーーッッ!!?」

 

突撃の一撃に顔を掴まれたレナは後頭部を歩道の手摺に叩きつけられる。

 

「あっ………」

 

倒れ込み意識を失ったレナだったが彼はまだレナを掴んで離さない。

 

「よくもレナをーッッ!!!」

 

川から飛び上がってきたももこが大剣を構え、背後から迫るのに対して掴んだレナを投げ飛ばす。

 

「くぅっ!!!」

 

大剣を捨て、彼女の体を抱き留めたが勢いを殺しきれない。

 

「ぐっ!!」

 

同じように手摺に背中を強打したももこは倒れ込んだようだ。

 

「ももこちゃん!!レナちゃん!!」

 

「他の連中の心配をしてる場合か?」

 

鶴乃の功夫扇の一撃を身を低めた回転で潜り抜け、迫る巨大チャクラムをスライディング回避。

 

「ああっ!!?」

 

迫る悪魔が跳躍し、一回転しながらかえでの頭部を蟹挟み。

 

そのまま体を横に回転させ、遠心力を利用して体重をかけながら倒し込み、脇固めを決める。

 

「あがぁッッ!!!」

 

腕を折られて泣き叫ぶかえでに向けて踵蹴りを容赦なく放ってくる。

 

顔面を地面に叩きつけられ、意識を失った彼女の頭部からは血が地面に滲んでいった。

 

「女の子の顔に…なんてことするのよ!!」

 

「最低ですよ!!」

 

鶴乃とみふゆが吼えるが動じない表情を返す。

 

「中央の魔法少女共にも言った言葉だが…俺にフェミニズムを期待するな」

 

残された魔法少女達に向けて恐ろしい断罪者が迫ってくる。

 

「残されたのはお前達2人か?」

 

<<いや…アタシもまだやれる!!>>

 

立ち上がったももこが大剣を構えてくる。

 

「よくもレナとかえでを…アタシの大切な親友達を傷つけたな!!」

 

「3人か。いいだろう、相手をしてやる」

 

悪魔を囲むようにして武器を構えた魔法少女達。

 

「これだけの魔法少女を揃えたのに…私の判断が甘かったです…」

 

「それでも私達は負けない!だってさ…この3人は、やちよと一緒に神浜を守ってきたんだから」

 

「…そうだったね。アタシ達は…チーム七海だったんだ」

 

「かなえさん…そしてメルさん。見てて下さい…貴女達に残された、()()()()()()()()姿()()!」

 

為政者は常に賢者とは限らない。

 

アリストテレス以降の歴史を見ればよく分かるだろう。

 

実定法は人により立法され、為政者が徒党を組んで彼らの偏向したドグマを振りかざす。

 

悪法を立法してきた歴史が繰り返されてきたのだ。

 

過去の変遷をみると必ずしも人々をして正しい方向へと社会形成しなかった場面に遭遇した。

 

「神浜を守る私達と言ったな?…本気で言っているのなら、俺は貴様らに思い知らせてやる…」

 

法は人が生み出す以上、悪法を敷く者達によって生み出される。

 

人々を為政者たちから守るには、それを正す力がその時々の社会になければ平和は破綻する。

 

「お前達の無責任な治世によって、無念も晴らせず苦しみのたまう人間達の為にも…」

 

――俺が、()()()!!

 

――この神浜魔法少女社会を変えてみせる!!!

 

万人の功益と支配者の功益とが共通な法による正義とは、いかなることを言うのであろうか?

 

最良の社会形態とは何か?

 

治世を行う為政者達とはいかにあるべきか?

 

その答えを求める道を築き上げる悪魔の戦いは熾烈を極めていった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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123話 大量殺戮

固唾を飲んで橋の戦いを見守る魔法少女達の顔に動揺が広がっていく。

 

「あれが…あんな光景が…私達が今まで信じてきた魔法少女の正義なの…?」

 

信じられない光景を目の前にした沙優希が動揺の声を漏らす。

 

「あれじゃあ…西側の人々が東側の人々にしてきた事と同じですわ…」

 

水名区出身の者として東側差別の光景を誰よりも見てきた阿見莉愛は語る。

 

「おかしいよ…こんなの。あの男の人がテロを準備したなんて証拠ないじゃん…」

 

「でも…あの男の人が語った人間社会の苦しみを否定するには…あれしかないです…はい」

 

裁判を執行した側ではない梨花とれんは都合のいい感情には囚われなかったようだ。

 

「…人という生き物は証明出来ない事柄でさえ事実だと言い張れるのですね…」

 

「まるで…無いモノを有ると言い張る…()()()()の光景だよ…」

 

明日香とささらは冤罪の如き光景に対して衝撃を受けたようだ。

 

「何処までも恣意的…あれが神浜に根付いてきた魔法少女の正義だったのよ!!」

 

「最低です…私、魔法少女でいるのが嫌になるぐらい…恥ずかしい光景です…はい…」

 

「私達…ただただ仲良し生活ばかりを送ってきましたわ…」

 

「その過程の中で…こんなにも私達の心は腐敗してきただなんて…」

 

「あの子達だって悪人というわけじゃない。だけど善人でさえ…こんなにも捩じれるだなんて…」

 

「これが…誰の心の中にも潜むという……」

 

――()()というものです。

 

「ななかさん…?」

 

明日香の言葉を代わりに言った人物の方に視線を向ける魔法少女達。

 

近づいてくるのは常盤ななかと夏目かこ。

 

その横には時女静香と広江ちはるもいた。

 

「宗教修行でも武術でも、やればやるほど己のエゴが強くなる。経験はありませんか?」

 

「確かに…指導の方針でも本来の在り方とは逆になってしまうこともあると父は言いました」

 

「エゴを離れたという思い込みと自己愛によりエゴが強くなる。誰でも通る道です」

 

「自分はそうじゃない、間違ってない。その思い込みが…ここまで人を意固地にするんですね」

 

「武術の世界でも内発はあります。武は得難いですが、出来てると思い込む内発は誰でも起こす」

 

「時女一心流を伝えてくれた母様からもそれを聞いたわ。私も技の事で母様と喧嘩した事もある」

 

「それを検証する為にも誰かが厳しく指導しないとダメ。間違いに気が付けないよぉ…」

 

「竜真館の師範代になれたのも娘である前に弟子だと厳しく指導してくれた家族のお陰です…」

 

「エゴというものは執拗なモノで、巧みに姿を変えて人を支配する。失敗しない人はいません」

 

「いつも自分を疑う…その気持ちが大事なんですね、ななかさん」

 

「エゴは全否定しなくてもいい。あるのが自然ですから、冷静に観察する。そうでなければ…」

 

「さらに捩じれていってしまい…感情に流されて行くだけの者となる…ですね」

 

「そんな危なっかしい部分があるから明日香はほっとけないって、あきらさんが言ってました♪」

 

「わ、私って…皆様から見て、そんなイノシシ娘でしたか!?」

 

「はい♪客観的に見て、迂闊でそそっかしくて、騒動の元となってた時も多かったです」

 

「そういえば私とちゃるも…神浜に来た時に有らぬ疑いをかけられて追い回されたわね」

 

「とんでもないイノシシ娘だったよぉ…」

 

周囲の魔法少女達から白い眼差しを向けられ、ボタボタと冷や汗を流す明日香である。

 

「うぅ……なんと未熟な!このような恥辱…耐えられません!自害します!!」

 

「で、ですから!?エゴはあるのが自然ですから冷静に!!」

 

ななか達と明日香達のやり取りを見た改革派閥の魔法少女達は少しだけ心が軽くなってくれる。

 

「この光景が人の集団には大切なんだね、静香ちゃん」

 

「仲がいいだけではダメなのよ。時には厳しい態度で指導してこそ、集団は襟を正せるわ」

 

「間違いは誰でも起こす。間違ったなら怒ってでも止めないと…()()()()()()()()()()()()()()

 

「それを今やってるのが正義の魔法少女達…怒ってでも止めようと戦うのが悪者扱いの嘉嶋さん」

 

「赤の他人でしかない魔法少女達に嫌われ…悪者にされてでも指導する。難しい道だね…」

 

「私…嘉嶋さんを見に来て良かった。あの人のような姿こそ…」

 

――未来の時女一族長の在り方でありたいわ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

戦場は3人を残して他の魔法少女達は倒れ込む。

 

橋の上で人修羅を取り囲むのはみふゆ・鶴乃・ももこである。

 

人修羅は魔法少女達の武器に視線を移す。

 

巨大なチャクラムは投擲だけでなく振り回せば小柄な肉体など両断出来る。

 

手数が多く炎も纏える功夫扇。

 

魔獣だけでなく悪魔の首さえ両断出来る鋭い大剣が悪魔に襲い掛からんと構えられていた。

 

「今更…何を言っても聞く耳持たないよな?」

 

「貴方を倒し…このテロを巻き起こした目的を吐かせます!」

 

「月咲は悪くない…時雨もはぐむも悪くない!それを貴方は…用済みになったから殺した!」

 

「悪魔だけは…絶対に許さない!!十七夜さんの為にも!!」

 

「…いいだろう。そこまで悪魔を悪者にしたいなら…悪者の凶拳を見せてやる」

 

握っていた両拳を開く。

 

両腕で舞うような演舞を見せ、腰を落とし右手を前に、左手を下に向けて構えた。

 

「これって…八卦掌…?」

 

「知ってるのですか、鶴乃さん?」

 

「…気を付けて。八卦掌のフットワークは厄介だよ」

 

「構うもんか!行くぞ皆ぁ!!」

 

ももこの号令の元、3人の魔法少女が動く。

 

鈍化した世界。

 

人修羅は目を瞑っていき、記憶の世界に浸っていく。

 

――私もお前も人殺しだ!!

 

――どちらが生き延びようが、人々から呪われるべき存在だ!!

 

――だからこそ!!俺達は何も躊躇わずに殺し合える!!

 

――そうだ!!所詮は()()()()()の殺し合いだからな!!

 

(人殺しは社会悪だ。それでも俺はお前の道とは違うだろうが…人々から呪われる道を進もう)

 

人修羅の両目が一気に開き、体が動く。

 

振りかぶるみふゆの巨大チャクラムの左薙ぎを舞うように潜り抜ける。

 

続く鶴乃の踏み込み蹴りに対し、背を向けながら回り込む回避行動。

 

がら空きとなった背に双掌打を打ち、踏み込み斬りを仕掛けるももこの壁とする。

 

「くっ!!」

 

鶴乃の体がぶつかり鶴乃が覆いかぶさる形で倒れ込む。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

みふゆは巨大チャクラムを全身を使って振り回し、遠心力を活かした斬撃を放つ。

 

横に、縦に、斬撃を繰り出すが身を低めて舞い、横に舞い、円を描く回避を繰り返す。

 

「くっ!!」

 

右手で掴んだ巨大チャクラムの右薙ぎに対し、朴歩の形で避けると同時に右腕刀で両足を打つ。

 

「キャァーッ!?」

 

刈り取られた彼女の体が宙を一回転しながら地面に倒れ込む。

 

「くそぉっ!!」

 

両手持ちの大剣で袈裟斬りを仕掛けるももこに踏み込み、左手で両手首を受け止める。

 

左手を柄から離し、悪魔を殴りつけようとするが右手で手首を掴まれた。

 

「チッ!!」

 

ももこは背を向ける一回転運動で掴まれた両手を払い、柄を握って右薙ぎを放つ。

 

斬撃に対し人修羅は身を低め潜り抜けた。

 

手の甲を打つ鞭打が彼女のがら空きとなった背中を打つ。

 

「ぐぅっ!!?」

 

強打され、前に倒れ込むももこから視線を外し、向かってくる鶴乃に体を向ける。

 

「私だってやれる!!万々歳をサイキョーの店にするために…私は強くなってきた!」

 

功夫扇を逆手に持ち、屋根の部位で突きを狙う。

 

軸をずらして避け、右手で鶴乃の手首を掴む。

 

腕に沿わせるように左手刀が首元に伸びていくが、打ち込まれる前に左手をつく片手側転回避。

 

「負けないよ!私は誰にも負けないサイキョーでないと…()()()()()()()()!!」

 

功夫扇で突き、払いを繰り返すが避けられ、腕を掴まれ返された。

 

関節を折られる前に左手の扇突きで人修羅の首を狙う。

 

扇子突きが決まるよりも先に体を右奥に滑り込ませ、突きを背中側から右腕で抱え込む。

 

背を向けた形の左腕で鶴乃の胸を打ち、左足を両足に引っ掛けて倒し込む。

 

顔面に向けて拳が振り下ろされたが寸前で静止した。

 

「…何に追い込まれてる?」

 

「っ!?」

 

「お前の戦い方には()()()を感じる」

 

「あっ……」

 

彼女の必死の形相から何か人には言えない動機に背中を押されているように人修羅は感じていた。

 

「とりゃーッッ!!」

 

らしくもない気遣いを相手に見せた為にももこが放つドロップキック強襲が左側面を捉える。

 

「くっ!?」

 

蹴り飛ばされた人修羅に向けて振り上げた大剣が迫りくる。

 

立ち上がった彼は上半身を巧みに使い斬撃を避けるが勢いに押されて後退していく。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

一回転から放つ右薙ぎを身を低めて避け、右手を地につけ右足は弧を描いて体の後ろに回す。

 

「うわぁっ!?」

 

軸手に体重を載せ、開脚旋回蹴りで彼女の足を刈り取り、左手に軸手を移して蹴り足を回しきる。

 

そのまま後掃腿を放ち、俯けのももこの顔を蹴り飛ばした。

 

立ち上がろうとした先に見えたのは頭上に巨大チャクラムを投げるみふゆの姿である。

 

「夢と現実を超えた!幻覚の世界を味わいなさい!!」

 

バレェ選手のように片足を伸ばした態勢で投げられた巨大チャクラムが空中を旋回。

 

魔力念波が周囲に溢れていき幻覚を見せるマギア魔法が放たれようとしている。

 

「俺たち悪魔が使うドルミナー魔法の類か。何かの夢幻を見せたいのなら…俺には通用しない」

 

「なんですって!?」

 

彼女のマギア魔法である『アサルトパラノイア』は幻惑魔法の一種。

 

砂の大地と夜空の世界に引き摺り込まれ無数のチャクラムで切り刻まれるのだが効果は見えない。

 

「むしろお前らの方が正義という幻覚の世界から目を覚ますんだな」

 

「くっ!!ならば…せめて!!」

 

右手を掲げ、頭上で旋回する巨大チャクラムを遠心力を活かして射出。

 

複数に分裂するかのように見える一撃だが人修羅は迷わず駆け抜ける。

 

「そんな!?」

 

身を低めた悪魔は開脚状態のスライディングを行い、真下を潜り抜けた。

 

立ち上がって駆け抜けていき跳躍。

 

旋風脚を放つがみふゆはバク転回避。

 

潜り抜けられ遠くに飛んでいく巨大チャクラムが旋回しながら戻り続けてくる。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

まるでバレェダンサーの美しき舞いのように蹴り技を繰り出すみふゆに対して彼は迎え打つ。

 

みふゆの後ろ回し蹴りを避け、右回し蹴りを右手で捌き、左右のパンチを放つ。

 

彼女は首運動で避け、片手をついた低空後ろ回し蹴りを行う。

 

避けられ、立ち上がる彼女の頭部に内回し蹴りが迫るが両手を地につけた側転回避を用いる。

 

チャクラムは術者の元に戻り続ける。

 

右フックパンチの避け伸びきった肘を左手で掴み、右肩も掴んで投げ技の大外刈りを行う。

 

人修羅は足を刈り取られた勢いを利用して掴まれた腕に支えられながらの後方回り込みを狙う。

 

「ぐぅっ!?」

 

肩を掴んでいた右腕が後ろに回し込まれ伸びきった腕と肩にスタンドアームロックを行った。

 

片膝をついて苦しむ彼女の目前からは何かが飛来してくる。

 

「そんな!!?」

 

みふゆの頭部を切断する位置にまで迫ってきていたのは彼女が投げた武器。

 

拘束されたまま自分の武器によって死ぬ光景が広がるかと思われたのだが命を救われる事となる。

 

「えっ?」

 

腕の拘束を解かれたみふゆの首に両腕が絡みつき、引き倒す。

 

巨大チャクラムは彼らの上を通り過ぎ橋の手摺を切断しながら川へと落ちていった。

 

「ぐっ…うぅ……!!」

 

みふゆはバックチョークの締め技を喰らい、両足も胴体にフックした形となっている。

 

脱出することが出来ず首の気管が締め上げられ呼吸は出来ない。

 

「私…は……みんな……夢……環……叶え……」

 

「…()()()()()()()。その夢の世界には…お前たち仲良し魔法少女だけしかいない」

 

「か…な…え……さ……メ……ル……さ……」

 

意識を失ったみふゆから技を解き、人修羅は立ち上がる。

 

「……次はどっちだ?」

 

向こう側には武器を構えた鶴乃とももこが立っている。

 

だが鶴乃は何処か動揺している表情を浮かべていた。

 

「よくもみふゆさんを!!やらせない…メルや十七夜さんのような犠牲は生ませない!!」

 

「…う、うん」

 

「どうしたんだよ鶴乃!?シャキッとしろよ!サイキョーの名が泣くぞ!!」

 

「そ…そうだね…。私は…悪者をやっつけて、みんなに認められるサイキョーに…」

 

「あたしが仕掛ける!援護を頼む!!」

 

大剣を肩に担ぐようにして振り上げ渾身の力をチャージする。

 

指を揃えて手招きするが、ももこの姿を見てかつて戦った東京の魔法少女の姿が浮かぶ。

 

(何処か…死んだ凛と重なって見える。この女もあの子のような危うさを感じるな)

 

大切な親友魔法少女と心がすれ違い、破滅していった魔法少女がかつていた。

 

悪魔は右手に光剣を生み出して構える。

 

「これで決める!!ラストッッ!!!」

 

互いがアスファルトを踏み砕く程の踏み込みを行い、爆ぜる地面と共に前に飛び出る。

 

それは二年前の東京に訪れたクリスマスの戦いを彷彿とさせるだろう。

 

二つの意思があの時と同じく激しくぶつかり合った。

 

……………。

 

ももこはかつて戦った凛と同じようにして大剣を振り切れていない。

 

「かっ…あっ………あ……」

 

人修羅の光剣は放出を解かれ、腕を曲げてからの右頂肘の一撃に切り替わっていた。

 

みぞおちを強打され、息も出来ずに後ろに下がっていく。

 

「お前のように本物の戦士の目をした魔法少女が…かつて東京にいた」

 

「あ…がっ…ゴホッゴホッ!!!」

 

咳き込み、片膝をつくももこに向けて彼は語り続ける。

 

「その子は思い人の男を愛していた。でも、魔法少女コンビの違う女は…その子を愛していた」

 

「ゴホッ…ゴホッ……何の…話なの……?」

 

「2人の心はすれ違い、愛した男ともすれ違い、掲げた正義とまですれ違い…離れ離れとなった」

 

東京の魔法少女の存在を聞かされたももこの心にはその人物の心が分かってしまう。

 

「そんな…アタシみたいな魔法少女が…東京にいたの?」

 

ももこの脳裏に浮かぶのは魔法少女に契約してまで告白したかった男の子の記憶。

 

大切に守ってきた親友魔法少女であるレナとかえでの姿も浮かぶ。

 

「破滅した原因は…彼女を含めた全員が()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ」

 

「誰かの心の痛みを…想像する……?」

 

その言葉を呟き終えた頃には既に人修羅はワンインチ距離。

 

「お前は…凛の二の舞にはなるなよ」

 

彼女の腹部には伸ばされた指。

 

「ガハッッ!!!!?」

 

右手のワンインチパンチが放たれ彼女の体は大きく突き飛ばされる。

 

鶴乃を飛び越えて地面に倒れ込むももこは気を失うが命は残されたようだ。

 

残されたのは鶴乃だけだが彼女は武器を下ろしてしまう。

 

「…さっき私に言った言葉が…誰かの心の痛みを想像するってことなの?」

 

「そうだ。何を背負っているのかは聞くつもりはないが…お前はエゴに飲み込まれている」

 

「エゴに…飲み込まれている…?」

 

「宗教でも修行でも努力すればする程…自分がする事は絶対正しいという思い込みに陥る」

 

「努力すればする程…自分が正しいという思い込みになっていく…?」

 

「これだけやったんだから認められたい。だが見合う成果に繋がらなければルサンチマンになる」

 

「ルサンチマンに!?そ…そんな…それじゃあ…私の最強トレーニングは…」

 

「頑張り抜いた努力が真の喜びに繋がらない。それに気が付いた釈迦は苦行をやめた」

 

鶴乃の脳裏に浮かぶのは由比家の再興を自分の力で成し遂げること。

 

神浜を育てた大財閥をたった独りで再興させるなど不可能だろう。

 

それでも彼女は無茶苦茶な修行を繰り返し努力の果てに報われると信じてきたが現実は残酷だ。

 

「私が…頑張り抜いてきても……みんなは……みんなは……」

 

待っていたのは最強という存在を目指す自分の苦しみなど誰にも知ってもらえない過酷な現実。

 

「ニーチェは仏教を宗教ではないと言った。欲望を捨断するには…()()()()()()なんだ」

 

「努力すればする程…エゴに飲まれていく?だったら!私の…私の苦しみは…どう解放したら…」

 

「エゴは優越性の欲求であり、自分を認めて欲しい訴え」

 

「劣等感を克服出来ない…劣等コンプレックス…」

 

没落していく由比家を嘲笑う者達の恐ろしい囁き声が鶴乃の耳の奥に蘇っていく。

 

その言葉に耐えきれず由比家の女は没落を認められずに金と優雅な生活だけを求めた。

 

そして魔法少女に契約してまで手に入れた金は持ち逃げされ祖母と母に由比家を捨てられた。

 

「それじゃあ…私が最強を目指したのは…金持ち時代の栄華の優越性を取り戻したかっただけ?」

 

「お前の家が金持ちだったのかは知らないが、それだけなのか?」

 

「…ううん。私とお父さんの万々歳を捨てたように出ていった家族に…帰ってきて欲しかった」

 

――()()()()が……欲しかった。

 

「優越性を取り戻し、家族の絆を取り戻す欲求。それが身勝手な努力に繋がる場合がある」

 

「私の修行は人の言う事を聞いて従うんじゃなく、思う通りに行動するから優越感を感じてた?」

 

「お前は無意識に気が付いてたんだろ?私の誤りを指摘して、正しい行動に導いてほしいと」

 

「……私は」

 

「それを引き出し敗北感も刺激しないようにするには…ありのままの自分を万人に見てもらえ」

 

これはディスクロージャーと呼ばれるものであり、誰かに見られる事で襟を正す行為である。

 

無法者達も誰かに見られれば犯罪を起こす気にはならなくなる社会データもあった。

 

「無理をせず力を抜け。お前がサボっていたとしても誰もお前を責めたりはしない」

 

その言葉を聞いた鶴乃の手から家族を取り戻す為に握り締め続けた努力の結晶が落ちていく。

 

「ねぇ…教えてよ!私は…私はどうやったら…家族団欒を取り戻せるの!?」

 

「家族全員が個人よりも社会を優先することさ。家庭だって立派な社会だ」

 

「それが…社会主義……?」

 

悟らされた彼女の膝が崩れてしまう。

 

「私…無理してまで頑張らなくてもいいの…?周りに苦しいって…言ってもいいの…?」

 

「正しさは自分で決めるしかないが、判断材料はいくらあってもいいし助けも多い方がいい」

 

「助けて…くれるの?社会は…私の苦しみを…助けてくれるの…?」

 

「魔法少女社会だけでは無理だ。彼女達の力だけでお前の苦しみが救えるか?」

 

「出来ないよ…由比財閥復興費用を出してくれなんて言ったって…首を縦に振るはずがない…」

 

「そこが共産主義の限界だ。資本主義の合理性を超える社会制度など作れない」

 

「資本主義の中で…誰かに助けを求めることも許されるの…?」

 

「それを叫び続ける政治思想こそが社会主義だ。それを捨てれば…弱肉強食しか残らない」

 

「魔法少女以外にも助けを求める…。それが出来る社会は……」

 

「…人間社会さ。お前も街に出て、ありのままの自分で人々と接してみるといい」

 

俯いて沈黙を続けた鶴乃だが顔を上げて彼の目を真っ直ぐ見つめてくる。

 

「…行っていいよ」

 

「…逃げた家族が無一文となり、支えてくれる家族の大切さに気が付いてくれる日を願う」

 

そう言い残して彼は新西区に向かって駆け抜けていった。

 

()()にも独り助かった鶴乃は夜空に浮かぶ星の世界を見つめてしまう。

 

「誰かの心の痛みに気が付いてくれる悪魔が…テロを行うはずがない。彼と他の悪魔は違うよ」

 

張りぼてで作られた最強の肩書きに隠していた心の傷を初めて誰かに気が付いてもらえた。

 

それを気が付いてくれたのは同じ魔法少女ではなく、よりにもよって悪魔だった。

 

「魔法少女と環の輪になって楽しく過ごす。それでも…私の苦しみを解放してくれる気がしない」

 

神浜の魔法少女という子供達が望んでいる本音を鶴乃は知っている。

 

季節イベントとかパーティとかお誕生日とか、()()()()()()()()()()()()()()()()()だと。

 

「だって、みんなが欲しがっているのは…それはきっと…馴れ合いの世界」

 

馴れ合いとは利害を共にする同士が結託することをいう。

 

通常取るべきとされる手続きを踏まず暗黙の合意の元に意思決定を行うことを指す。

 

それはまさに神浜テロを行った魔法少女たちを独断で裁判し、救済したやちよ達を表す。

 

また官僚と産業界との馴れ合いで内密のギブ・アンド・テイクを行う官僚主義も表した。

 

「ごめんね…月咲、みたま。やっぱり私達…間違っていたよ」

 

踵を返して仲間達に回復魔法をかけようとしていたが目の前の光景に驚きの声を上げる。

 

「あ……」

 

気が付けば戦いを終えた魔法少女達の傷を癒す常盤ななか達の姿があった。

 

「由比さん、彼が言った言葉を忘れないで下さい。あの人の言葉こそが…私達の思想です」

 

「うん…骨身に刻むよ」

 

「私達は潰し合いがしたいのではない。共に人間社会を優先する道を探したいだけです」

 

「そうだね…。魔法少女だけでやってける程…世の中楽じゃないよね」

 

「あとそれと…春名さんの姿が見えませんが?」

 

「えっ?あ、あれ…倒れたのは見えたけど、何処に行ったのかな…?」

 

周囲を探すが春名このみの姿は見えない。

 

彼女は脳を揺らされる傷は与えられず、比較的早くに動けるようになっていたのだが…。

 

「勝てない…あんな強過ぎる悪魔に…私達なんかじゃ勝てるはずがない!!」

 

何処かに向かって走るのは、あの戦いの最中に逃げ出したこのみの姿であった。

 

「あの悪魔に勝てるとしたら…私達が長として認めてきたあの人しか残ってない!!」

 

彼女は新西区を走り続ける。

 

このみが向かった先とは魔法少女社会の長の家であるみかづき荘であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「…こんな形で調整屋の店に顔を出すことになるとはな」

 

悪魔の直ぐ向こう側にはミレナ座の建物が見える。

 

「いるな…大勢の魔法少女共が潜んでいる。誰も逃がしはしない」

 

正面のミレナ座に向かい道路を歩いていた時だった。

 

<<待つホ!ヒトシュラ!!>>

 

懐かしい声が聞こえてくる。

 

忘れたことなど一度も無い。

 

「ま…まさか……その声…その魔力は!?」

 

入り口横の闇鍋置物達が正体を現す。

 

現れたのはジャックフロストとジャックランタンであった。

 

【ジャックフロスト】

 

アメリカやイギリスの霜の精であり、意味は雪男である。

 

小人、白髪の老人、雪男、雪だるまといった姿で現れるようだ。

 

悪戯好きで冷たい息を吐き、人を凍らせることを楽しむという。

 

冬の寒さが厳しい時は彼らが悪戯をしていると言われていた。

 

人修羅の目が見開き、かつての仲魔達との記憶が鮮明に蘇っていく。

 

「お前…ジャアクフロストだろ!!見た目が俺に倒された時みたいに…ジャックだな?」

 

「ヒホホ…ヒトシュラ!会いたかったホー!!」

 

小人のように小さな雪だるまが駆けてきて人修羅の下半身に抱き着いてくる。

 

「また再会できるって信じてたホ!この世界は魔法少女とかいるけど…悪魔もいたからホ!!」

 

「俺も同じ気持ちだった…。いつか必ず仲魔達と再会出来る日が来てくれるとな」

 

蒼い帽子を被る頭を撫でてやっていたら蒼い薔薇の飾りに目がいってしまう。

 

「お前…こんな飾り物を帽子につけていたか?」

 

「…再会できて嬉しいのは本当だホ。でもオイラ…この飾りを与えてくれた人の味方だホ」

 

その言葉を聞いた人修羅は仲魔の頭につけている蒼薔薇と同じ薔薇を身に着けた人物を思い出す。

 

「…フロスト。まさか…今までお前の面倒を見ていた奴とは…」

 

「……みたまって名前の魔法少女だホ」

 

それを聞いた人修羅の眉間にシワが寄っていく。

 

「…ヒトシュラ、もしかしなくても……みたまを殺すのかホ?」

 

恐る恐る顔を上げていくと、そこにいたのはかつての世界で見たことがある存在であった。

 

「……あの細い体を八つ裂きにしてやる」

 

低く恐ろしい声。

 

死神の如き憤怒の形相。

 

その姿はかつての世界においてアマラ深界最奥から帰ってきた時の人修羅の姿と酷似する。

 

大切な人々を守れず、怒りと憎しみに飲み込まれて心が破壊された完全なる悪魔であった。

 

「そこをどけ。俺はあの中にいる魔法少女共を皆殺しにしてくる」

 

フロストを通り過ぎようとした時、後ろからフロストが走ってきて通せんぼを行ってくる。

 

「待ってくれホ!みたまは悪いことしちゃったけど…オイラの面倒を見てくれた恩人だホ!」

 

「知ったことか。仲魔の面倒を見てくれたからといって…罪を減刑する理由になどならない」

 

「みたまのお陰で…オイラ、人間社会に悪さしなかったホ!みたまは優しい子だホー!」

 

「悪魔には暴れさせず…自らも動かず…他の魔法少女だけを操り街を破壊するか…糞女め」

 

「ち、違うホ!みたまは…自分の商売のせいでテロが準備出来たなんて知らなかったホ!」

 

「無知は選択だ。知ろうと努力しなかった選択をした者に罪が無いとでも言いたいのか?」

 

「そ…それは……。むずかしい事は分からんけど、みたまはオイラに色々優しくしてくれたホ」

 

「お前にとっては恩人だろうが…俺にとっては守りたい人々を殺した…怨敵だ」

 

「ヒトシュラ……」

 

「かつての世界で、俺の友達の片腕を捥いだサカハギをどんな風に殺したか覚えてるだろ?」

 

それを聞いたフロストは思い出す。

 

フロストの脳裏にはかつての世界で語られた記憶が焼き付いていた。

 

……………。

 

頼みの綱の悪魔を失ったサカハギは自らも戦うが人修羅に叶う程の存在ではなかった。

 

手足は潰され、内臓は引きずり出されて首に巻かれ、腸で首を締め上げながら顔の皮も剥いだ。

 

<<どうだ外道ッ!!弱者の顔の皮を剥ぎ取って服に縫い付ける貴様には相応しい姿だぁ!!>>

 

<<ヒャハハ…ハハ…!オマエ…は…俺……よりも…外道に…なれる……ぜ…!!>>

 

<<まだ喋れる元気があるじゃねーか?なら…その顎もいらねーよなぁ!!!>>

 

口を両手で掴み、下顎まで千切りとり、死ぬまで肉体の解体を始めていく。

 

親友の千晶を傷つけ、右腕を切り落とした外道に向けるおぞましい狂気。

 

人なのか悪魔なのかも分からない存在だったが、その時の人修羅は完全なる悪魔そのもの。

 

その時の光景を見届けた仲魔から人修羅の狂気を聞かされた事がある。

 

仲魔であり主人でもある返り血塗れの赤き獣の記憶。

 

その記憶世界にいた断罪者の姿こそが人修羅であった。

 

……………。

 

あの時の記憶が蘇り、全身が震えていく。

 

「みたまも…()()()()していくのかホ?サカハギと…同じように…?」

 

「今回の犠牲者の数は…天秤にかけられる数じゃない」

 

「そ、そんな!?あれ以上をやるのかホ!!?」

 

「当たり前だ!これだけの罪を犯した上で罪を償う為に生きろと言う奴がいるなら許さない!」

 

――八つ裂きにした上で、焼き滅ぼしてくれる!!!

 

<<ならば、私も八つ裂きにして焼き殺しますか?>>

 

知っている悪魔の声が聞こえた人修羅は後ろを振り向く。

 

「……貴様ら」

 

そこに立っていたのは人間に擬態したままのタルトの姿。

 

そして両手にダガーを持ち、いつでも人修羅に襲い掛かれる姿をしたリズが立っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

静かなる憤怒をタルト達に向け、人修羅は殺気を彼女達にぶつけていく。

 

「…テロに加担した魔法少女共を救いに来たか?それもペレネルの命令か?」

 

「いいえ…私の独断です」

 

「造魔でしかないお前が…人間のように判断した上で主に背いたというのか?」

 

震えていたが棚から牡丹餅展開だと不安が少し癒されたフロストが口を開く。

 

「ヒトシュラ…このお姉ちゃん達を知ってるのかホ?魔力からして…オイラ達と同族だホ」

 

「知ってはいるが…今は立て込んでいる。いつの間にか仲良くなってたアイツのとこに行け」

 

親指で後ろを指させば電柱に隠れていたランタンがいる。

 

「ヒホッ!!?」

 

ご指名されたのかと震えあがり、カボチャからボタボタと汗のような汁が分泌されたようだ。

 

言われた通りランタンのところに向かいジト目を向ける。

 

「ランタン…オマエ、かりんにデカい口叩いておいて…隅っこで何やってんだホ?」

 

「バ、バカ野郎!!あんな魔王の中でも飛び切りヤバい魔王のような悪魔とは聞いてないホ…!」

 

「これはかりんにタレコミ案件だホー」

 

「うるさいホー!出会ったあの男がこんな次元の悪魔じゃ…俺達もあの女悪魔共も皆殺しだホ!」

 

「ランタン、オマエ成仏したいんじゃなかったのかホ?」

 

「死んだら転生ガチャが待ってるホ!次はどんな形にされるか分からないホー…!!」

 

ジャックコンビは電柱に隠れ、成り行きを見守る事しか出来なかったようだ。

 

「造魔であり悪魔の私には祈る神は与えられません。ですが、神学の知識ならあります」

 

「ジャンヌ・ダルクになるのを目指していたな。歴史でもジャンヌは敬虔なキリスト教徒だ」

 

「一神教では現世での罪を神に対して贖罪するという考え方が根底にあります」

 

「人間は神に対する罪人として贖罪のために生き、贖罪を果たしたものだけが天国へ行けるか」

 

「驚きました…悪魔の貴方が神学に詳しいなんて」

 

「…昔取った杵柄だ。一神教は啓示宗教…それは神を信じ、奇跡を信じることだ」

 

「宇宙には厳然たるアマラの法があります。それを犯す者は神との関係が切れるのです」

 

「無私の愛情を持たぬ者には原罪が与えられる。俺たち悪魔が…その象徴だ」

 

「人は既に神罰を与えられた罪人。神を信じ、神の教えを貫く者には死後の復活が約束される」

 

「お前…後ろの建物にいる連中を全員キリスト教徒にでもして贖罪の人生をやらせる気か?」

 

「それが……ジャンヌ・ダルクの望みだと私は考えます」

 

「ご高説を垂れ流せたなら、さっさと帰れ」

 

踵を返してミレナ座に向かおうとするのだが、タルトの声が聞こえて立ち止まる。

 

「私は悪魔です…。悪魔が神の教えを信じ、贖罪をやれという理屈は…さぞ滑稽だと思います」

 

「…誰もいなければ腹を抱えて笑ってやる。悪魔としてな」

 

「ですが…私は貴方に伝えたい。貴方は義の殺人を繰り返す…その先には報いしかありません」

 

「…俺もジャンヌ・ダルクのように死刑にされるか?覚悟なら天使と戦った時に出来ている」

 

「殺し…殺され…人々は報復を繰り返す。その負の連鎖は断ち切るべきです」

 

「俺が報復されるならばいつでも受けて立つ。俺が奴らを殺戮するのは人間社会の為だ」

 

「…人間社会の安全保障の為ですか?」

 

「人間社会は相互利益でしか機能しない。社会に不利益を与える罪人は隔離されるか…死刑だ」

 

「司法の世界ですね…。確かに私は神学者…司法の世界には疎いです」

 

「隣にいる俺と変わらなそうな造魔はどうだ?そんな武器をチラつかせ…()()()()()()()()()

 

意見を求められたリズが重苦しい口を開く。

 

「私も本音を言わせてくれるなら…テロに加担した魔法少女を全員死刑にしたいわ」

 

「リズ…?」

 

「私の元となったリズも…カトリーヌの仇討ちをした。賊を全員殺し…村の安全は保障された」

 

「それは…かつてのリズが行った所業です。新しく産まれた貴女が背負うことも…」

 

「隠していてごめんなさい…私はあのテロが起こった日に…革命魔法少女達を殺戮したのよ」

 

感情が無い造魔ではあるが心に小波が立ったのか目が見開かれる。

 

「こいつは驚いた。お前の相棒は俺の片棒を担いでいたようだ。なんなら、一緒に来るか?」

 

「貴女まで…かつて伝説の傭兵として生きたリズ・ホークウッドになりたいのですか?」

 

「これはマスターの命令でもあり、私の望みでもあった。やった事はかつてのリズ…そのものね」

 

「それで?伝説の傭兵さんは俺の殺戮に参加するのか?手伝ってくれるなら手間が省ける」

 

「…マスターの命令は安全保障を脅かす脅威の排除。そして事が起こった原因ならまだある」

 

「そうだ。この神浜が政治によって変わらない限り…魔法少女からの安全保障など得られない」

 

「それでもマスターは殲滅戦をするなと言ったの。造魔である私とタルトはそれに従うしかない」

 

「なんでもかんでもペレネルの許可がいるか。首輪はつけられたくないもんだ」

 

タルトが近寄り150センチしかない小さな身長で彼の目を見上げてくる。

 

「尚紀…貴方までかつてのタルトと同じ事になる。人殺しを続けては…誰にも許されません」

 

「許されるつもりは無い。既に俺は…お前が勉強している大いなる神に喧嘩を売った悪魔だ」

 

「どうしても…ダメなのですか?」

 

「力づくで止めてみるか?」

 

視線をリズに移せば既に悪魔化して武器を構えている。

 

俯いたままの姿をしていたが顔を上げて尚紀の両目を見つめ続けてきた。

 

「私は…感情が無いから分かりません。タルトはどうして…戦争で人殺しをしたのですか?」

 

――いつか誰かに報復される危険なら彼女だって分かっていたはずです。

 

その質問を聞いた人修羅は彼女が造魔であると痛感した。

 

「…お前はジャンヌの現身なんだろ?なら、彼女の記憶を辿れ」

 

「タルトの記憶を……?」

 

目を瞑り、思い出せた記憶を探る。

 

浮かんだのは南凪区の外国人墓地の光景であった。

 

彼女の右手が自然と後頭部をなぞっていく。

 

セミロングヘア―の先端部分で彼女の右手は後ろ髪を掴んだようだ。

 

「タルトは…カトリーヌの墓の前で断髪した。後ろ髪を捧げたのは…愛する妹のため」

 

「かつてのジャンヌは戦乱で妹を亡くしたのなら…繰り返させたくなかったのさ」

 

愛する人の死と同じ光景を生みださせたくない。

 

たとえ他人に恨まれる道を進もうとも、戦場の修羅になろうとも。

 

フランスに平和の光をもたらす覚悟を決めたのがかつてのジャンヌ・ダルクであった。

 

「それが…社会に安全保障をもたらす世界。国がそれを肩代わりするのが政治だ」

 

胸の高鳴りを感じたタルトは胸に手を当てる。

 

「何故ですか…カトリーヌの事を思うと…先ほど言った言葉が…無力に感じてしまう」

 

「やはりお前は造魔で終わる女じゃない。お前にもあったじゃないか…()()()()()がな」

 

踵を返し、今度こそ人修羅はミレナ座へと歩みを進めていく。

 

「これが…この感情の高鳴りが…ジャンヌ・ダルクを戦場の英雄に変え…殺戮者に変えた…」

 

「タルト…彼の決意はもう覆せないわ。彼は十分…人間社会の為に戦ってくれている」

 

国が民に肩代わりして安全保障を守る政治を行うのが本来の役割だ。

 

だが国が安全保障を守らないなら、誰かがそれを肩代わりしなければ平和は破綻するのだ。

 

ミレナ座に入ろうとする断罪者に対し見ている事しか出来ないランタンが焦りを浮かべてしまう。

 

「ま…不味いホ…中にはかりんが…みかげまでいるんだホ!!」

 

「こうなったら…オイラ達で無理やり止めてやるしかないホ!!」

 

「ええい!!次の転生先は…野菜だけはやめてくれホー!!」

 

覚悟を決めたフロストとランタンが電柱から飛び出す。

 

彼らに気が付いている人修羅は右足で地面を踏みつける。

 

「「ヒホホーーーッッ!!!?」」

 

足元から一気に業火が噴き出し、地面を走っていく。

 

豪熱に阻まれたフロスト達はタルトに向かって緊急避難を行うように逃げ出すのだ。

 

「こ…これは……!?」

 

ここは不況の影が色濃く残り人々が立ち退いた無人街。

 

そのため調整屋を秘密裏に構えたり魔法少女も利用しやすかったのが仇となった。

 

「ミレナ座を取り囲む程の…業火の結界!?」

 

炎の渦の中に向けて悪魔は背を向けながら歩いていく。

 

「正義も愛も追いかけない」

 

――もう俺に……()()()()()()

 

業火がミレナ座周囲を封印するかの如く走り続け、それは一筆書きの印となる。

 

自由を拘束する象徴であり支配の象徴。

 

憤怒の業火を纏うサタンの足跡…炎の五芒星だった。

 

「ダメだホ…駄目だホ…ヒトシュラァァーーーッッ!!!!」

 

フロストの叫びは燃え盛る炎の壁によって阻まれ業火の奥に進んだ彼には届かない。

 

今から始まるのは、かつて東京で起きたワルプルギスの夜の惨劇が繰り返される光景となる。

 

神浜の魔法少女社会に憤怒の炎が運ばれる時がきたのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ん……ん……?」

 

気が付いたやちよはベットから体を起こして時計に目を向ける。

 

「…半日以上、眠っていたというの?」

 

スマホで日付を確認を行う。

 

裁判を行った日から日付が過ぎた深夜だと理解したようだ。

 

「私のソウルジェム…誰かが穢れを取り除いてくれている?きっとみふゆ達ね…」

 

倒れた自分の面倒を見てくれた仲間達に感謝して机のソウルジェムを指輪に変えて嵌め直す。

 

服を着替えてダイニングルームまで下り、冷蔵庫のミネラルウォーターを口にした。

 

「私は……」

 

彼女の耳にはまだ常盤ななかから罵倒された言葉が響いている。

 

「私は…間違ってはいない。だって私は魔法少女社会の長…なら、優先すべきは……」

 

――私についてきてくれた魔法少女達の…利益よ。

 

彼女は君主論を読んだことがある。

 

「人も組織も、国家さえも()()()()では動かない。互いの利益が無ければ…関係は破綻するわ」

 

彼女がもし人間社会を優先して月咲・時雨・はぐむ・みたまを殺したとしよう。

 

月夜とみかげは復讐に燃え、長の政治判断を否定し始める。

 

半面、魔法少女社会を優先すれば優しさによって皆が環の輪となり、楽しく過ごせる利益となる。

 

そして人間社会の無念などゴミの如く捨てていい理由と出来た。

 

これはマキャベリズムといわれており、君主論にも繋がる思想であった。

 

「人が現実に生きているのと、人間いかに生きるべきかというのとは…()()()()()()()()()

 

人間いかに生きるべきかを見て、現に人が生きている現実の姿を見逃す人間は破滅する。

 

理想論や単なる人情論ではなく現実の中で役立つ指導力を発揮していかなければならない。

 

そうでなければ厳しい世界でリーダーなど務まらないのだ。

 

「私は見てきた…みたまと絆を結ぶ魔法少女達を…月咲さんと絆を結ぶ魔法少女達の姿を…」

 

ならば人間社会の慟哭などゴミ箱に捨ててでも優先すべき社会とは?

 

「私は七海やちよ…神浜魔法少女社会の西の長であり…魔法少女社会を優先する指導者よ」

 

組織と人を動かし成長させる為には大きな目標である正義が必要だ。

 

いままで地位が安泰だと思いのんびりと過ごした人達に向けて地位は安泰ではないと告げる。

 

会社でも今まで働くだけだった者に対して社会正義の大儀を掲げれば厳しく扱う事が出来た。

 

「私が掲げる正義は…魔法少女社会を環の輪にすること。私達の利益を阻む者は厳しく指導する」

 

正しい大儀と書いて正義。

 

大儀とは大勢の利益を優先して少数派の利益を踏み躙る行為である。

 

「私は目標を掲げる…。魔法少女社会を環の輪にすると言った以上は…ぬるま湯は許されない」

 

それを阻む少数派とは常盤ななか達であった。

 

「いずれ常盤さん達とも…決着をつけないといけないわね」

 

胸糞悪い気持ちに苦しんでいた時、玄関からけたたましいチャイムの音が響く。

 

「こんな深夜に…誰なの?」

 

玄関の扉まで叩く音に急がされ、彼女は扉を開けた。

 

「貴女は…春名さん!?魔法少女姿までして…何があったの!?」

 

やちよに会いに来た人物とは悪魔との戦いから逃げ出し応援を求めてきたこのみである。

 

「助けて…下さい…!私達では…あの悪魔には勝てない!!!」

 

「あく…ま…?言っている意味が分からない…何か特殊な魔獣が現れたの?」

 

「違います!魔獣じゃない…人間みたいな男の姿をしてる…そして悪魔は…私達に怒ってる!」

 

「落ち着いて!深呼吸して…興奮したままでは何を伝えたいのかも纏まらないわ」

 

思考が定まってきたこのみは西の長が眠っていた間に起きた出来事を伝えていく。

 

やちよの顔は蒼白となり西の長の意思を守り通そうとしたみふゆ達の安否に怯えてしまう。

 

「悪魔の力は…桁外れでした。私はどうにか逃げ出せたけど…みふゆさんや鶴乃さんは…」

 

「そんな…悪魔という存在が隠れていて…私達の裁判結果の報復を行っているというの!?」

 

「騙されないで!あの悪魔は神浜テロの裏側に関与してます!私達を悪者にするブラフです!」

 

「神浜のテロには…悪魔が関与している。用済みとなった時雨達は…その為に殺された…」

 

「生き残った革命魔法少女達はミレナ座に避難してますが…みふゆさん達が倒されれば…」

 

やちよの脳裏には、おぞましい存在によって魔法少女達が大虐殺される惨劇が浮かぶ。

 

まるでその光景は彼女が掲げた正義である環の輪を引き裂いていくかのように映った。

 

彼女の眉間にシワが寄り切り、憤怒の形相と化す。

 

「…やらせない…やらせないわ!!」

 

彼女はリビングのソファーに置いてあったバイカージャケットを身に纏い、ガレージに向かう。

 

収納されたバイクに跨りエンジンを点火。

 

マフラーから響くけたたましい唸り声はまるでやちよの怒りの叫びに聞こえるだろう。

 

「…私はミレナ座に向かい、悪魔を倒すわ。このみさんは…みふゆ達をお願いね」

 

バイクが急発進していき、みかづき荘に上る階段の上からバイクごと飛び出す。

 

道に飛び降りたバイクを急旋回させたやちよは新西区ミレナ座を目指した。

 

「私達が掲げる正義を守り通して見せる!環の輪を築くには…()()()()()()()()()()()()()()!」

 

彼女が叫ぶ正義の世界には人間社会の正義など含まれていない。

 

これは神浜魔法少女社会の長としての判断だ。

 

彼女が飛び出した場所においてインキュベーターはこんな言葉を残している。

 

魔法少女達は自分達だけ得をして、人間社会に不利益を与えた。

 

これはお前達がもたらした原因と結果。

 

魔法少女なら、因果から逃れる術はないのだと語ってくれていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

館内が燃え上っていくミレナ座館内。

 

吹き荒れる惨劇光景とはこの世全ての悪(アンリ・マンユ)であった。

 

「ヒギャァーーーッッ!!!!」

 

両手で頭部を掴まれ圧殺。

 

血と脳みそを撒き散らし円環のコトワリに導かれる。

 

「来ないで…来ないでぇーッッ!!」

 

もはや勝てる存在ではないとパニックとなった魔法少女達が館内を逃げ惑う。

 

「ヒィーッッ!!」

 

後ろ髪を掴まれ後頭部を抱えながら顔面を壁にぶつける。

 

「がフッ!!!」

 

何度も何度も壁に叩きつけられ、ぐちゃぐちゃになった顔を振り向かせて連続頭突きを放つ。

 

陥没してしまった顔面の口を両手で開かせ、下顎を首の皮ごと引き千切る。

 

「ガアァァー!!!」

 

声も出せない魔法少女の頭部は捩じり切られ、円環のコトワリに導かれた。

 

「助けて…助けてぇーーーッッ!!!」

 

魔法の使い方も思い出せない程パニックとなった生命達が本能のまま逃げ惑う。

 

近寄ってくるのは正視できない闇。

 

認められない醜さ。

 

逃げ出してしまいたい罪。

 

この世全てにある人の罪状と呼べるものを裁く者。

 

だから死ぬ。

 

この闇に捕らわれた者は苦痛と嫌悪によって自分自身を食い潰す。

 

「ギャアーッッ!!」

 

最後尾の魔法少女が悪魔に蹴り飛ばされ、倒れ込む。

 

悪魔は足で背中を踏みつけ両手で首を掴む。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いーーーーッッ!!!!!」

 

彼女の首の筋繊維が断裂していき、おびただしい出血が吹き出す。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”ーーーッッ!!!!」

 

少女の首が力任せに背骨ごと引き千切られる。

 

無表情なまま手に持つ頭部を壁に叩きつけ潰れたトマトに変えた。

 

円環のコトワリに導かれる光を背に返り血を漆黒に染める闇が逃げる者達を追撃していく。

 

彼は魔法少女社会に向けて暴力革命を敷く共産主義者。

 

「あゲぱァッッ!!!」

 

振るわれる拳は顔を粉砕する槌となろう☭

 

「たすゲめッッ!!!」

 

振るわれる刃は首を跳ねる鎌となろう☭

 

「悪魔の共産主義を思い知れ。そして、他の街の魔法少女社会も逃れられると思うな」

 

魔法少女をゴミのように大虐殺する光景はまるで共産党が繰り返す民族浄化殲滅行為。

 

民族浄化とは多民族国家において脅威となる民族を強制的に地域から処分することを指す。

 

人間と魔法少女という異なる民族が互いに暮らすしかない人間社会。

 

だが国家に管理もされず人間よりも遥かに優れた魔法少女達は人間社会を傷つけた。

 

ならばその脅威となる者達を人間社会大儀をもって殲滅する。

 

これが社会全体主義国家の政治であるのだろう。

 

「逃げたところで無駄だ。俺の怒りの炎に焼かれて死ぬか、怒りの拳に潰されて死ぬか…選べ」

 

火の手に飲まれまいと屋上を目指す生き残った魔法少女達。

 

死を撒き散らす闇は彼女達が上った階段を上がっていく。

 

よく見れば彼の背中には何やら小さな物がくっついている。

 

熱や電撃に耐性を持つ特殊繊維に包まれているのはコイン程に小さい盗聴器であった。

 

……………。

 

燃え上るミレナ座をビルの屋上から眺めているのはシドとアリナである。

 

「アッハッハッハ!!ファンタスティックッッ!!!」

 

両手を広げて大喜びするアリナの手には受信機から聞こえる大虐殺の音声が流れ続ける。

 

あの時、間を通り過ぎようとした彼の背に気が付かれず盗聴器を取り付けたのはシドであった。

 

「あァ…見なさいアリナ!!この光景こソ…私が崇拝シ!!降臨を待ち続けた神の威光!!」

 

音声しか聞こえないが虐殺の叫び声だけで何が行われているのか鮮明に想像出来る。

 

死と再生を追いかけ続けた2人にとっては死を形にするなど日常なのだ。

 

「やはリ、あのお方でありましタ…!我らイルミナティの啓蒙神!黙示録の赤き獣!!」

 

「デス&リバース…オールドスネーク…アリナが求める美の…最古の形…!!」

 

<<裁く者……()()()!!!>>

 

恋する乙女のように顔を赤くするアリナが持つ受信機からは追い詰められた者達の叫びが響く。

 

「来るな…来るなぁぁーーーッッ!!!」

 

燃え上るミレナ座の屋上まで逃げてしまったが周囲は業火で描かれた五芒星で封印されている。

 

身体能力で跳躍しようものなら壁となる五芒星の業火によって焼き尽くされるだろう。

 

「全員殺す…惨たらしく死ぬ貴様らを嘲笑ってやる。貴様らも人間に向けて同じ事をした筈だ」

 

光剣を両手に生み出し、断罪者が駆け抜けてくる。

 

<<ギャァァァーーーーーーーーーーッッ>>

 

殺人。

 

殺人 殺人。

 

殺人 殺人 殺人。

 

殺人 殺人 殺人 殺人。

 

殺人 殺人 殺人 殺人 殺人 殺人…。

 

<<ククク…フハハハハハ……ハーッハハハハハッッ!!!!>>

 

切り裂き。

 

潰し。

 

臓腑をばら撒く。

 

円環のコトワリの光さえ届かない闇が世界を赤黒に変える。

 

まさにこの光景をもたらす者こそこの世全ての悪としか表現出来ない。

 

そう表現された神がかつていた。

 

シジマのコトワリを掲げし神として、ボルテクス界で静寂思想を掲げた事があった。

 

……………。

 

ミレナ座という映画館の中で調整屋を開いていたスペースは第一シアターである。

 

だが扉は厳重に閉ざされており助けを求める魔法少女達は裁く者がうろつく外に放置された。

 

「……ごめんなさい……なの……」

 

両開きの扉を開けるドアハンドルにはかりんの大鎌を差し込み柄で錠をかけている。

 

逃げ惑い、扉を叩いて中に入れろと叫んだ魔法少女達はかりん達に見捨てられたようだ。

 

「私…あんな悪魔が来るだなんて分からなかった…。守ってあげたいけど…きっと皆死ぬ…」

 

「殺される……殺される……悪魔……ウチらを裁く悪魔が来る!!!」

 

膝が崩れた姿をして震えているのは月咲である。

 

「怖い…怖い…怖いよぉ姉ちゃ!!姉ちゃを殺しに来る悪魔って…こんな奴だったの!?」

 

姉にしがみつき震えていたのは八雲みかげだった。

 

「…ごめんなさい、ミィ。やっぱり私…貴女を遠ざけるべきだった…」

 

妹を抱きしめ燃えていくミレナ座を見つめていく。

 

「ここが…私の罪の証。やっぱり罪人は…極刑にされるべきなのよ…」

 

外側は燃え上る音以外は何も聞こえなくなった。

 

「ま…魔力が近づいてくる…。悪魔がもうすぐ…こっちに来るの!!」

 

かりんは震えながらも扉を抑え込み悪魔の侵入を阻もうと懸命な姿を行うが無駄なのだ。

 

「キャァァーーーーーッッ!!?」

 

突然爆ぜたのは扉の隣側であった。

 

「調整屋ぁぁぁ……」

 

人修羅は壁を破壊して中に侵入してくる。

 

「あっ……あぁ……」

 

頭からバケツで大量の血を被ったかの如き赤黒い頭部。

 

咽る程の血の臭いを纏う者に戦慄し、かりんは腰を抜かした。

 

「俺は言った筈だ…。魔法少女として人間などゴミクズとして扱うなら…今直ぐ殺すと」

 

闇の底に引き摺り込まれる程の恐怖を感じさせる低い声。

 

近づけば瞬く間に挽肉に変えられる程の威圧感を放ちながら調整屋の店の中を進む。

 

姉の命を奪うと宣言した人修羅に対し、震えていたみかげが果敢にも立ち向かう。

 

「姉ちゃは殺させない…!悪い悪魔の方がやっつけられちゃえ!!」

 

「ダメよミィ!?行っちゃダメ!!!」

 

彼女は右手の武器で刺突を仕掛けるが悪魔の体が揺れる。

 

左腕で刺突を放つ右腕を逸らすと同時に掴み、腕を背後に回し込むように体を移動させる。

 

「ぐっ!!?」

 

捩じり上げた腕を拘束し、動けない体の頭部に目掛けて右肘を後頭部に放つ。

 

「あっ……姉ちゃ……」

 

みかげは力なく倒れ込んでしまったようだ。

 

見下ろす悪魔はみたまに振り返る。

 

「…お前とよく似た顔つきの小娘だが、こいつは?」

 

「私の妹の…みかげよ。その子は関係ないわ…お願いだから助けてあげて」

 

「テロに参加した魔法少女リストの中にこいつはいない。生かしておいてやる」

 

「その言葉が聞けて…よかったわ」

 

「後ろで腰を抜かしている小娘。こいつを抱えてさっさと映画館から出ていけ」

 

「で…出来ないの!私はせめて…みたまさん達だけでも…守るの!!」

 

かりんは立ち上がり、マギア魔法を放つ構えを行うのだが必死の顔つきでみたまが止めてくる。

 

「ダメよかりんちゃん!!尚紀さんの…言う通りにして…」

 

「尚紀さん…?みたまさんはこの悪魔を知ってたの…?」

 

「ええ…知ってたわ。この人は人間の守護者を貫く悪魔…だからかりんちゃんは殺さない」

 

「だ…だけど…それじゃあテロに加わったみたまさん達は…」

 

「覚悟は出来ている。ありがとう、守りに来てくれて…その気持ちだけで…嬉しかった」

 

守れない自分の無力さを責められもせず、感謝の言葉を伝えてくるみたまを見て涙が浮かぶ。

 

「弱くてごめんなさい…なの…。私…マジカルきりんみたいに…なんでも解決出来なかった…」

 

「この映画館を焼く俺の炎は生きている。映画館入り口の炎は退かしておいてやる」

 

みかげを抱きかかえたかりんが最後にみたまに振り向く。

 

彼女は健気にも笑顔を作って手を振り、調整屋として最後のお客様を見送る姿を見せてくれた。

 

「ごめんなさいッッ!!!」

 

壊された壁から飛び出し、言われた通りに映画館の入り口を目指す。

 

「これでいい。残っている用事は…貴様らに裁きを与えるだけだ」

 

向かい合う裁く者と裁かれる者。

 

逃れられない死をもたらすのが悪魔の中でも魔人と呼ばれる種族の特徴である。

 

今…逃れられない裁きの刻が訪れた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

燃え上る調整屋内。

 

炎の世界から現れたのはラテン語で炎を運ぶ者と表現される悪魔。

 

その姿はまるでアリナが見た夢の世界に登場した大いなる存在を彷彿とさせるだろう。

 

憤怒の業火を纏う蛇…裁く者だ。

 

「お願い…許して…許してぇ!ウチ…月夜ちゃんと…一緒に生きたい…!!」

 

「ふざけんなぁ!!!!」

 

悪魔の怒声が館内に響き渡る。

 

命を刈り取られる断罪の刃の如き言葉がへたり込む彼女の股から失禁を誘う。

 

「生きたかっただと…?犠牲者の人間達は生きたくなかったとでも言うのか?腐ってやがる!!」

 

「あ…うっ……うぅぅ……」

 

半べそかいている月咲を見て、みたまは彼女の代わりに冷静な素振りを懸命に務めてくれる。

 

「私はテロの集会に参加したわ。藍家ひめなの言葉は…私も含めて全ての魔法少女の心を掴んだ」

 

「……今更何が言いたい?」

 

()()()()()()。これは日本の裁判でも無罪を言い渡されるケースを知ってるわ」

 

「…実娘レイプ犯が無罪とされたあの裁判か」

 

「なんですって!?女として許せない…そんな理不尽な裁判もあったというの!?」

 

「それ以外にも検察官が精神鑑定結果を見て起訴を見送るケースも多い。これが起訴便宜主義だ」

 

「日本司法は…そこまで堕ちていただなんて…」

 

責任能力が無いと判断されたら簡単に無罪となる。

 

犯行の原因が精神疾患に基づく場合は責任は無いとされ、()()()()()()()となってしまう。

 

これが刑事事件の原則であった。

 

「何処までも加害者を守る権利だけが拡充され…被害者の権利は何もないのが日本司法なの…?」

 

「弁護人が被告人の精神鑑定を要求するのはこの仕組みを悪用する狙いがある」

 

会話のやり取りを聞いていた月咲は震えながらも口を開く。

 

「ウチ…ひめなの奴らが来て、ウチの苦しみを聞いてくれた。あいつの言葉は…全てをくれた」

 

断罪者は癇に障る声を出す罪人に視線を向ける。

 

「まるで魔法の言葉だった…。ウチ…()()()()()()()()()()()()()()()()()にされたの!!」

 

「貴様…俺が語った仕組みを利用しての命乞いか?」

 

「ウチに責任能力なんてなかった…だから!ウチらは無罪なんだよ!!」

 

刑法で禁止された行為で他人や社会に損害を与えたというのに心神喪失で無罪となる。

 

これはおかしい、そもそも精神鑑定はいらないのでは?

 

これが今、日本司法界隈の議論とされていた。

 

「それで被害者達が納得するのか?あまりにも加害者優先主義…似非人権団体が好む手口だ」

 

「加害者にだって人権がある!!」

 

「被害者にも人権は必要だ!!」

 

罵声を浴びせられ、月咲はか細い希望が断たれたかのように黙り込む。

 

「俺なら心神喪失者でも許さない。責任能力が無いなら…永遠に出られない刑務所に収監する」

 

彼の右手から光剣が放出される。

 

「貴様ら全員…()()()()()()()()()()()()()に放り込んでやろう」

 

「…被害者達だって犯罪者から賠償金とかもらえるんでしょ!?それでやり直せば!!」

 

「踏み倒される」

 

「えっ……?」

 

「損害賠償は民事の10年で時効になる逃げ得制度だ。再提訴資金も払えず泣き寝入りしかない」

 

「そ、そんな……」

 

「神浜の街を破壊したお前らが損害賠償を払う?どうせ払えず逃げ得になるだけさ」

 

「これが…こんな司法制度が…日本司法なの?国民は日本政府に裏切られたのね…」

 

「江戸時代の仇討ち制度が絶賛された理由も分かる。これが海外の悪徳が日本を壊した例の一つ」

 

「市議会の条例で被害者支援を期待するのは…?」

 

「どうやって?魔法少女犯罪を証明出来ないのに?」

 

「それは……」

 

「ウチ…被害者たちに謝る人生を生きる…。それならいいでしょ…?」

 

「魔法少女犯罪を証明出来ないのに?被害者に向き合いに行くことさえ出来ない」

 

か細い希望は魔法少女達が繰り返した秘密主義によって無残にも断たれてしまう。

 

「被害者が許さない限り、被害者に対する罪というものを償う方法などない」

 

魔法少女が繰り返した()()()()()()()()()()()()が今、振りかかろうとしている。

 

「…懺悔の道も断たれたわね」

 

死刑執行のために悪魔が彼女達に向けて進み出る。

 

それを待っていたかのようにして八雲みたまは彼の前に立ち塞がる。

 

「いい心がけだ。先ずはお前からだ」

 

「月夜ちゃん……ごめんね……ウチが…バカだったよ……」

 

「他人の心の痛みを想像せず、自分本位の不満を優先した報いだ」

 

「そして…商売だからと何も考えず、自分が売り物にしてきた力の怖さを想像しなかった…」

 

「お前の責任でもある。報いを受けろ」

 

光剣を握る腕が振り上げられていく。

 

(ミィ…最後に来てくれて…嬉しかった。今度こそ妹をお願いね…ももこ)

 

悪魔の断罪の刃が振り下ろされようとした…その時だった。

 

<<ヒホホーーーッッ!!!!>>

 

後ろから現れたのはジャックランタンである。

 

「お前っ!?」

 

ランタンは火炎を吸収する耐性を持つ悪魔。

 

業火の封印結界であろうが彼には何の障害でもなかったのだが、他の悪魔はそうはいかない。

 

「俺は…このバカがどうしてもって言うから…連れて来てしまったホ…」

 

カボチャ頭に捕まっていた白い物体が雪解け水のように崩れて倒れ込む。

 

「フロストッッ!!?」

 

「フロスト君ッッ!!?」

 

倒れたのは胴体を失ってしまったジャックフロストであった。

 

人修羅が駆け寄りフロストの頭部を抱きかかえる。

 

「バカ野郎…どうして……」

 

「ヒ…ホ……ヒトシュラ…の…()()…してみた……ホ」

 

「俺の……真似?」

 

「ヒトシュラ…は…大切な…友達に…裏切られても……信じようと…した…ホ」

 

嘉嶋尚紀はかつてのボルテクス界の旅路の中で大切な親友達と殺し合う事となった。

 

勇も千晶も魔人となり己のコトワリを掲げて相争う関係となったのだ。

 

それでも尚紀は2人を信じようとした。

 

大切な親友達とまたやり直せると信じたから彼らを追ってアマラ神殿やミフナシロに行った。

 

ジャックフロストはそんな必死な尚紀の姿を今でも覚えていた。

 

「殺し合う事になった…大切な…友達…。でも…ヒトシュラは…本当は……」

 

――あの子達と…殺し合いだなんて…()()()()()()()…はずだ…ホ…。

 

彼の脳裏に千晶と勇と自分たち3人で笑顔を向け合いながら生きられた記憶が蘇っていく。

 

「みたまも…その子も…他の子達だって……運命という理不尽に…弄ばれたから…」

 

「…こいつらも千晶や勇と同じように…()()()()()()()()()()()()()というのか…?」

 

「この子達も…本当は…勇や千晶って子のように…優しかったはずだ…ホ…」

 

「もういい…喋るな!!」

 

フロストの頭部まで崩れていく。

 

「ヒト…シュラ…繰り返しちゃ…ダメだ…ホ…。本当は…望んでた…はずだ……ホ…」

 

――もう一度…勇や千晶…みたいに…優しい心を…持ってる…同世代の…友達と…。

 

――()()()()()()()()()()……が……欲し……か……。

 

「ダメだ…ダメだぁ!!出会って間もないのに…俺を置き去りにするんじゃねぇ!!!」

 

「繰り返し…ちゃ……ダメ……だ……ホ……」

 

フロストの頭部から形を形成していた感情エネルギーの光が放出されていく。

 

最後の力を振り絞りみたまにも振り向いてくれる。

 

「フロスト君……私達のために……」

 

両目から涙を零していくみたまを見ながら最後にこう呟いた。

 

「みた…ま…どうだった…ホ…?オイ…ラ…ジャアクな…テイオーとは……ちが…う…」

 

――()()()()()()()()()()……だった……か……ホ……?

 

「ソーマならある!!早くこれを……!!」

 

人修羅が左手に回復アイテムを生み出すよりも先にフロストが弾けてしまう。

 

「あっ………」

 

ジャックフロストの感情エネルギーが調整屋に放出される光景が広がっていく。

 

宇宙に消え去っていく感情エネルギーの光を茫然と見つめるしかない尚紀の姿だけを残して。

 

「悪魔は…()()()()()()()()()()()()()()ホ。また誰かに…召喚されるまでは…」

 

それだって今消えたジャックフロストとは限らないとジャック・ランタンは言葉を残すのみ。

 

調整屋を焼き続けた憤怒の炎が消えていく。

 

ミレナ座を燃やし続けた憤怒の炎が消えていく。

 

「あ……あぁ……あぁぁぁぁ……」

 

やっと出会えたかつての世界の仲魔。

 

心を繋ぎ合えた大切な仲魔。

 

ジャックフロストと旅をしてきた記憶が巡っていき歯が食いしばられていく。

 

「俺は……おれは……おれはぁぁぁぁ……」

 

金色の悪魔の瞳からは人間と同じ涙が溢れ出す。

 

同時に彼の耳にはこの世界で出会えた大切な人々の遺言の如き言葉が浮かんでいく。

 

――迷いというものは、ああなりたいという欲望から生まれる。

 

――それを捨てれば…問題はなくなる。

 

──貴方のその力を…。

 

――私が守ろうとした…かけがえのない人達を守るために…。

 

――ヒト…シュラ…繰り返しちゃ…ダメだ…ホ…。

 

――本当は…望んでた…はずだ……ホ…。

 

大切な人々から託された()()()()()()

 

彼らの切実な言葉が初めて人修羅に迷いを与えてしまう。

 

「尚紀……さん……」

 

ジャックフロストを失って辛いのはみたまも同じだが彼は彼女よりも前から大切にしてきた。

 

失う苦しみはお互いに同じだが、かけてやれる言葉が見つからない。

 

「………消えろ」

 

「えっ……?」

 

「俺の前から……消えろぉぉぉーーーーッッ!!!!」

 

地面に蹲り、慟哭の言葉を泣きながら叫び続ける姿を罪人達に向けて晒してしまう。

 

フロストから語られた人修羅の旅路を知っているみたまであったが理解した。

 

彼らの間には物語の部外者達が同情の言葉をかけていい関係などではないということを。

 

「尚紀…さん」

 

泣き喚き続ける尚紀を見て月咲は理解する。

 

これが加害者に大切なモノを奪われていった被害者達の叫びなのだと。

 

魔法少女は神浜の街を破壊しても被害者達はそれを知る権利さえ与えられない。

 

だからこそ彼が被害者達の姿を代わりに見せてくれたとも思える光景であった。

 

「………行きましょう、月咲ちゃん」

 

「………うん」

 

彼を独り残し、2人は焼け果ててしまったミレナ座から逃げ出していく。

 

ランタンだけは最後まで残ってくれている。

 

人間であり悪魔でもある人修羅の慟哭を見届け続けてくれたようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

人修羅とジャックランタンがミレナ座から出る頃にはついに崩壊が始まっていく。

 

尚紀は茫然としながらも八雲みたまの罪の象徴が崩れていく光景を見届けたようだ。

 

「…これからどうするんだホ?」

 

「…分からない。考える時間が欲しい」

 

「あいつ…自分の命をかけてまで魔法少女を守りやがった。俺には…信じられないホ」

 

「俺は…あいつと同じ気持ちをかつて持っていた時期もあった」

 

「お前も…大切な魔法少女がいたのかホ?」

 

「もう死んだ…そしてその子と約束したんだが…フロストの遺言はその約束とは矛盾する」

 

「それを考えたいのかホ…分かったホ。そっとしておくから、俺はかりんの元に戻るホ」

 

「お前も魔法少女と組んでいたのか…。だったらいつか…フロストの気持ちも分かるさ」

 

「期待しないで…かりんと付き合ってみるホ」

 

ランタンは飛び去っていき、残されたのは尚紀のみ。

 

だが程なくして現れたのはクリスと彼女に乗ったネコマタとケットシーである。

 

「ダーリン!今夜の狩りは最高だったわ~♪数十年分の人殺しは楽しめたから暫くはいいわ」

 

上機嫌なクリスだったが無言を貫く彼の姿を見て黙り込んだ。

 

「何か…あったの?」

 

運転席側に座っていたネコマタは心配する言葉を言うのだが、か細い声が聞こえてくる。

 

「……さっき、かつての世界で共に戦った仲魔と出会えた」

 

「尚紀が言ってた悪魔連中かニャ?そいつの姿が見えないんだけど…」

 

ケットシーは後部座席に座り、主を心配した表情を浮かべてくる。

 

「だが…かつての俺の仲魔は……俺が放った炎によって…死んでしまった」

 

それを聞かされたネコマタとケットシーは押し黙る程の悲しみに包まれてしまう。

 

「そ…そんな……」

 

「…俺が殺したようなものだ」

 

「尚紀……そ、その…自分を責めちゃダメ……」

 

心配する二匹の仲魔達だったが、クリスだけは違う。

 

「ダーリン乗って!!!」

 

突然の叫びに反応した尚紀は猛スピードで近づいてくる魔法少女の魔力に気が付く。

 

「ネコマタ!助手席側に移れ!!」

 

「分かったわ!!」

 

急いで運転席側を譲り、尚紀は運転席に座ると同時に急発進を行う。

 

バイクのライトが夜の世界を槍の如く切り裂き、現れたのは魔法少女社会の西の長であった。

 

「あの感じたこともない魔力…見つけたわ!!あれが悪魔という存在共ね!!!」

 

やちよはバイクに乗ったまま左手を掲げ、ソウルジェムを生み出す。

 

まるで雨の世界を潜り抜けるバイクが水を弾く光景の中で変身。

 

大きな水しぶきの世界から現れたのはバイクに跨った魔法少女である七海やちよであった。

 

「チッ!!考えている暇は…なさそうだ!!!」

 

猛スピードで走り続ける車とバイクのテールランプが夜の街を切り裂く。

 

「尚紀!あの美人だけど怖そうなお姉ちゃんを家まで案内するわけにはいかないニャ!!」

 

「どうにか巻いてしまうしかないわよ!!」

 

「ダーリン!今夜は激しく行くわ!!哀愁を描くレースバトルを始めましょう!!」

 

ダッシュボードに固定した尚紀のスマホをクリスが操り、オーディオから音楽を流す。

 

キックパネルスピーカーから溢れる車内音楽とは哀愁を感じさせるユーロビート。

 

「こんな時に…だが、迷っているよりは集中出来そうだ!!」

 

「アタシを委ねるわダーリン!あんなバイク魔法少女に抜かれるんじゃないわよ!!」

 

「任せとけ!!」

 

新西区を超え、神浜を超え、車とバイクは駆け抜けていく。

 

「ミレナ座が破壊された…だとしたら…避難していた魔法少女達は…」

 

やちよの心にかなえとメルを失った苦しみが蘇っていく。

 

「繰り返させない……絶対に……許してやるものか!!!」

 

彼女の鬼気迫る表情をバックミラーから確認し、彼女にも譲れない戦いがあるのだと知った。

 

「フッ…いいだろう。とことんついて来い!!」

 

――楽しいドライブバトルと行こうか!!!

 




読んで頂き、有難うございます。


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124話 最初の目標

猛スピードで走り続ける車とバイクが夜の道を駆け抜ける。

 

神浜の西側を超え、大きく迂回しながら神浜の北側に戻る山道に向かうために突き進む。

 

「チッ!リッターバイクのR1だと、弄ってても巻く事は難しそうだ…」

 

「ケツにずっと張り付いてくるニャ……なんて加速力だニャ!」

 

「あのバイクは一速上げれば150キロ以上は加速出来る。直線道路じゃ追いつかれる」

 

「こうやってジグザクに曲がりながら巻こうにも……ウニャー!?」

 

次の交差点をドリフトして右折を行う。

 

ドリフトのGに振り回され続ける猫悪魔達の事などお構いなしの荒い運転だ。

 

「ウニャ…気持ち悪くなってきたわ…。ちょっとお手洗いに…」

 

「アタシの車内で吐いたら黒焦げにするわよ!?」

 

「パーキングエリアに停車していいかどうか、後ろの魔法少女に叫んでみろよ」

 

「なんか…武器とか投げてきそうだから遠慮するわ…」

 

やちよも巧みなコーナーリングで距離を離さない。

 

「あの旧車…どれだけ弄ってるのよ!!それに、あの悪魔のドラテクも侮れないわね…」

 

やちよは魔法攻撃を仕掛けるタイミングを狙い続けているが、周囲は人間の生活圏が続く。

 

「埒が明かないわ…何処か、人通りのない場所に逃げ込んでくれれば…」

 

後ろから猟犬の如く迫り、距離を離さない魔法少女の殺気は人修羅も感じている。

 

「ダーリン、あの魔法少女は峠バトルをご所望みたい」

 

「だろうな…ヒルクライムしながら峠までついてこれればだがな!」

 

ギアを上げ、アクセルを踏み込む。

 

赤信号を突っ切り横から迫りくる車の間を超える。

 

「くっ!」

 

やちよもギアを上げ、スピードを上げて突っ切ろうとするのだが危険が迫りくる。

 

「早まったな」

 

バックミラーを見る人修羅は不敵な笑みを浮かべてくる。

 

「なっ!?」

 

既に側面道路からは鉄骨を運搬するポールトレーラーが侵入しようとしていた。

 

「っ!!」

 

鈍化した世界。

 

左手でハンドルを握りながら右足を上げ、跨った態勢から両足を地面につく。

 

靴が道路に削られながらも右手で後部シートを掴み、車体を斜めに滑らせる。

 

「なにっ!?」

 

倒れ込むエンジンを守るかのように空中で生み出されたのは魔法陣。

 

そこから現れたのは石突き部分を向けた魔法の槍。

 

倒れ込む車体が槍の石突きに支えられ、強引な滑り込みを行う。

 

ポールトレーラーの下を身を低めて潜り抜け、飛び出すと同時に石突きでバイクを押し上げる。

 

車体の態勢が前に戻ったバイクにやちよは飛び乗り、追撃の手を緩めない。

 

「あの女…魔法武器を自由自在に操りバイクを乗り回してきやがる!」

 

「ニャーッ!?自殺もののスタントアクションだニャーッ!!」

 

「まるで…生き急いでるようにも見えるわね…」

 

「フッ…上等だ!!ついてこい!!」

 

距離を離された為、ギア操作を足で行う。

 

彼女の魔法少女衣装の靴は厚底サンダルであり、バイク乗りが履くブーツではない。

 

美しい甲を痛めつけながらのギア操作に彼女の顔も歪む。

 

「逃がさない…死んでいった魔法少女の為にもここで悪魔を倒す!私は彼女達の長なのよ!!」

 

体の痛みよりも心の痛みに苦しむ。

 

やちよは自分のせいで大切な親友であり仲間を2人失ったと自分を責め続けた。

 

そして今度は魔法少女社会の長として誰も守れなかった苦しみがのしかかったからだ。

 

(私が魔法少女の長なんてしてたから…誰も守れなかったの?)

 

脳裏には雪野かなえ、安名メルが円環のコトワリに導かれた日の記憶が巡る。

 

(私のせいなの…?テロに参加した彼女達が死んでいったのは……?)

 

迷いを振り切るかのようにしてスピードを上げていく。

 

互いのスピードメーターが上がり続ける中、2台は峠を目指し山道に侵入した。

 

「お望みのステージに到着だ。さぁ、悪魔と踊ろうぜ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

人々が眠りについた深夜2時。

 

満点の月が夜空を彩る緩やかな登り坂を猛スピードで駆け抜ける悪魔と魔法少女。

 

「おあつらえ向きの場所まで案内してくれて助かるわ」

 

対向車が来る気配も感じられない深夜の山道なら仕掛けられるとやちよは判断する。

 

「望み通り…その車ごと破壊する!!」

 

バイクの周囲に表れた複数の魔法陣から射出される魔法の槍。

 

砲弾の如き速度で迫りくるおびただしい槍の数が車を捉える前にクリスの車体が揺れる。

 

山道のコーナーをドリフト旋回し、後ろから飛んできた槍を回避。

 

やちよも鋭いコーナーリングで悪魔を追いかけ距離を離さない。

 

「そうだ、俺のケツにしっかり喰らいつけ。お前のガッツを見せてみろ」

 

「尚紀!あんな貧乳娘に遠慮することはないニャ!ガツンと一発かましてやるニャ!!」

 

「ちょっとケットシー…なんで追ってくる魔法少女が貧乳だと分かるわけ?」

 

「オイラは猫だニャ。猫の夜目をニャめるニャよ」

 

「あんた……貧乳娘には容赦ないわね?」

 

「まな板女死すべし慈悲は無いニャ」

 

「私のことまで言ってるの!?ぶん殴るわよ!!」

 

「ゴチャゴチャ五月蠅い!!」

 

サイドミラーを使い、やちよが槍を射出するタイミングを見計らう。

 

蛇行運転で槍を避け、カーブを使って避けていく。

 

「やるわね…あの悪魔。だけど、これならどう!!」

 

ハンドルから左手を持ち上げて前にかざす。

 

「なんだ!?」

 

前方の道路に複数の魔法陣を展開されたようだ。

 

「ダーリン!下からよ!!」

 

地面に描かれた魔法陣から上に突き上げていく槍の数々。

 

蛇行運転で避けていくが、やちよは距離を詰めてくる。

 

「ニャニャ―!!?あの貧乳娘のダイレクトアタックだニャ―ッッ!!!」

 

左手に生み出した槍を構えて猛追。

 

クリスの車体を両断する構えを見せてくる。

 

「上等!!アンタが仕掛けてくるなら、アタシも仕掛けさせて貰うわ!!」

 

「お上品な走り屋レースバトルではないことを思い知らせてやれ」

 

回転するタイヤが放電現象を始めていく。

 

「これはっ!!?」

 

上空に魔力を感じたやちよは攻撃を諦めるように槍を捨て、ハンドルを両手で掴む。

 

空から放たれる雷魔法とはマハジオンガだった。

 

「くぅッッ!!!」

 

直感だけを頼りに蛇行運転を繰り返して避けていくが距離を離されていく。

 

「これが悪魔の魔法…魔法少女よりも強力な攻撃魔法が使えるだなんて!?」

 

「そらそら!集中力が切れたらズドンで黒焦げよ!!」

 

クリスの猛攻を掻い潜り続けるやちよが左手をかざす。

 

前方の道の側面に表れたのは上に伸びた無数の大きな槍。

 

それは道路側面に柱として打ち込まれ続けるようにして伸び続けていく。

 

やちよの頭上から落ちてくる雷が迫るのだが、彼女の策は的中した。

 

「あの女…槍を避雷針にしてるわけ!?」

 

放たれ続ける雷は側面の槍に次々と落ちていき、彼女の道を切り開く。

 

「お返しよ!!」

 

道を走り続けるクリスの前に現れたのは壁のようにして並び立つ槍の数々。

 

だが人修羅はアクセルを踏み込む。

 

「アタシを舐めんなアバズレ女ぁ!!!」

 

強引に車体をぶつけて並び立つ槍のバリケードを破壊していく。

 

「「ニャーーーーッッ!!!?」」

 

衝撃でシートベルトが食い込み悲鳴を上げる猫悪魔達が文句を言い出す。

 

「ちょっと!もう少しで胃液が飛び出しそうになったじゃない!!」

 

「五月蠅い!!今は立て込んでるし、吐いたら殺す!!!」

 

「ニャ―……エンジンみたいにヒートアップしてるニャ…」

 

「熱くなりやすいタイプだったわね…クリスって」

 

「それぐらいが俺の乗り回す車には丁度いい!」

 

目まぐるしく変わる景色の中を車とバイクは走り抜く。

 

「そろそろトンネルだな」

 

神浜市とかかれた青い案内標識を超えれば見えてくるのは山道トンネル。

 

「峠まで出られるあのトンネルはたしか一直線に伸びる道。なら…大技でいくわよ」

 

ハンドルの周囲に魔法陣を生み出し、槍を出現させてハンドルを空中固定。

 

やちよは槍を生み出し頭上で一回転させ天に掲げた。

 

「出し惜しみするつもりは無いから!!」

 

トンネル内部が無数に生み出されていく魔法陣の光に包まれていく。

 

「ダーリン」

 

「分かってる」

 

赤いボタンカバーを外せばそこにはNITROと書かれたボタンが露出する。

 

「お前ら、しっかり掴まってろよ」

 

「な、何が飛び出してくるのよ!?」

 

「ニャニャーッ!?オイラは子供だからジェットコースター系は勘弁!!」

 

猫達の悲鳴は無視してボタンを押す。

 

ニトロチューンが施されていた車のガソリンが一気に燃焼し、爆発的パワーで加速。

 

ギアを最大まで上げ、アクセルを踏み込む。

 

マフラーからアフターファイヤーが噴き上がった。

 

「行くぜ!!」

 

トンネル内部の上部壁面から道に放たれていくのは赤黒い巨大槍の数々。

 

やちよのマギア魔法である『アブソリュート・レイン』だ。

 

鈍化した世界。

 

巨大槍に貫かれるよりも先に車体が前に進んでいく。

 

「「ヒィーーーッッ!!!!」」

 

涙目で叫び、生きた心地が全く得られない仲魔達の恐怖が車内に響き渡った。

 

「あの急加速…ニトロチューンしてあったの!?」

 

マギア魔法の魔力を解除して生み出した槍を消しながらギアを最大まで上げる。

 

フルスロットルでトンネル内部を駆け抜けるやちよの口元は自然と笑みが浮かぶ。

 

「フフッ…ここまで熱くなれる走りが出来るだなんて、あの悪魔…殺すには惜しいぐらいね」

 

走り屋に目覚めたかのように血が騒ぎ、彼女の血潮は跨るエンジンと共に熱くなっていく。

 

「逃がさない!このバトルレースを制するのは私よ!!」

 

トンネルから先は峠部分だ。

 

下り部分に向けてクリスの車体が一気に飛び出し、着地と同時にドリフトカーブ。

 

やちよもトンネルから飛び出し、地を這う程の低姿勢からコーナーリングを行ってくる。

 

「峠までついてこれたか。いいぜ…俺も熱くなってきた!!」

 

「アタシとダーリンのダンスコンビに勝てると思うんじゃないわよ!」

 

「私達も乗ってるんだけど…」

 

「オイラ達は荷物扱いかニャ…」

 

「乗ってるからスピード出ないのよ!!放り出すわよ!!」

 

「「それだけは勘弁ニャ―ッ!!」」

 

バックミラーから後方に景色がスライドし、クリスを猛追するやちよの表情も熱くなる。

 

「家族とみふゆと鶴乃が私に与えてくれたバイク乗りの人生…この時の為にあった気分よ」

 

――今夜はとことん走り抜いてやるわ!!!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

二台の赤いテールランプが夜の世界を切り裂いていく。

 

木々が次々と後方に流れていく世界を駆け抜ける悪魔と魔法少女。

 

鳴り響くユーロビートが2人の走りを熱くする。

 

山道の橋のコーナーリングを猛スピードで曲がりながら渡り抜く。

 

迫りくるカーブに対し、前の車も後ろのバイクもタイヤから白煙を撒き散らしながら曲がり切る。

 

「これが神浜魔法少女社会の西の長か…みくびっていたな」

 

「ニャ―…澄ました顔してるくせに中身はイノシシ娘のように熱血漢だったニャ」

 

「ギャップ萌えでも狙ってるのかしら?」

 

「知るか!それよりダーリン、このまま峠を終わらせるのは勿体ないわ」

 

「そうだな。道を走り切るよりも先に…荒っぽくいかせてもらおうか」

 

二車線の横側にまで走り出たやちよと窓を開けた人修羅の顔が向き合う。

 

「こんな時に車内音楽を鳴り響かせるだなんて!音がうるさいわよ!!」

 

「俺の趣味の音楽じゃないが!こういうバトルの時はユーロビートなんだろ!!」

 

「アニメの見過ぎよ!!」

 

ハンドルを切り、クリスの車体で体当たりを仕掛ける。

 

やちよはブレーキレバーを引き、後方に下がって回避を行う。

 

足で素早くギア操作を行い、離された距離を猛追していく。

 

峠の側面に張り巡らされたガードレールの下は切り立った崖である。

 

隣は急傾斜地崩落危険区域等に設置された網目状コンクリートブロックが並び立つ。

 

「神浜行政の土木局には申し訳ないが、派手にやらせてもらう」

 

「人間を巻き込んで殺してなきゃノーカンよダーリン!!」

 

クリスの車体から『放電』現象が起こる。

 

放電の一撃が次々とコンクリートブロックを襲い、ブロック壁が砕かれていく。

 

「派手にやってくれたわね!!?」

 

蛇行運転を繰り返し、砕かれたブロックが散乱した道路を強引に突き進む。

 

「デカいのもいっとくわよ!!」

 

大きなカーブに曲がる前に放たれたのは『ジオンガ』だ。

 

轟雷の一撃によってブロック壁が大きく破壊され地滑りが起きて道を塞いだ。

 

「くぅッッ!!!」

 

前方はガードレールであり、その下は崖。

 

道が塞がれたのをサイドミラーで確認した人修羅は不敵な笑みを浮かべた。

 

「楽しかったぜ。だが、ここまでだな」

 

「尚紀、神浜行政に壊した道の修理代を寄付の形でちゃんと払いなさいよ」

 

「分かってるって…」

 

釘を刺されながらもレースを制したと思って走行していた時だった。

 

「待つニャーッ!!崖の空を見るニャーッッ!!?」

 

後ろの叫びを聞いた人修羅は山道を曲がりながら横の崖に視線を向ける。

 

「な、なんだとぉッッ!!?」

 

そこに広がっていた光景とは空を走るバイクである。

 

「バイクの足場を…無数の槍を横倒しにして生み出したですって!?」

 

あの一瞬、やちよは槍の投擲でガードレールを破壊した直後に魔力を絞り出す。

 

空に描いたのはまるで虹のアーチを描く槍の道。

 

前輪を持ち上げ、ウイリーしながら崖の世界に飛び出す。

 

槍の柄を走るバイクの振動に耐えながら彼女はクリスよりも先の山道に飛び出した。

 

「前を取られたニャーッッ!!?」

 

逆走して逃げようにも後ろの道はクリスが塞いでしまっている。

 

「もらったわ!!」

 

サイドミラーで後方の獲物の位置を確認。

 

周囲に魔法陣を生み出し、次々と槍がクリスに向けて後方射出されていく。

 

「身を屈めろ!!!」

 

「ニャーッッ!?とんでもないイノシシ女とドライブしてたのねーッ!!」

 

「途中下車を希望するニャ―ッ!!!」

 

蛇行運転を繰り返すがフロントガラスを槍が貫き、リアガラスを砕いて飛び出した。

 

「くっ!!」

 

「「ギャァァァーーーーッッ!!!?」」

 

サイドミラーも砕かれスピードが落ちていく。

 

割れたフロントガラスを肘で砕き、視界を確保しながら走り続けるのだが…。

 

「アタシの肌を傷つけやがって!!ケツにキスして崖から突き落としてやるわ!!」

 

人修羅のペダル操作を無視してアクセルをクリスが操作する。

 

「お、おい!?」

 

車が一気に前進して彼女のバイクを後方から突き上げようとしたが…罠だ。

 

「あら?わざわざ近づいてくれたのね」

 

左手に生み出した槍を持つ手は石突きに近いほど下側の位置。

 

彼女は身を捩じりながら後方に槍を振り抜く。

 

「伏せろぉ!!!」

 

人修羅が叫び、全員が身を低めた頃には槍の斬撃がクリスのルーフ屋根を切り裂いた。

 

「「しょえーーーッッ!!!?」」

 

斬り離された屋根が後ろの道に転がっていく。

 

仰天した二匹の猫悪魔が堪らず小さな猫姿に戻り、後部座席下に逃げ込んだ。

 

「すいませんニャ!!まな板娘だなんて言って魔法少女様を怒らせたのはネコマタですニャ!!」

 

「シャーッッ!!私に罪を着せようだなんていい度胸してるわね!このスカタン猫悪魔ぁ!!」

 

後部座席下で喧嘩を始める猫達だが、クリスの車体は減速してしまう。

 

そのままカーブを曲がりきるが、怯んだクリスはスピードが上がっていかない。

 

「勝手なことするんじゃねぇ!俺に身を委ねるんじゃなかったのか!!」

 

「だ、だってダーリン……って!?横見て!!」

 

ハンドル操作を槍で固定し、両手に槍を持つやちよがバイクを横側にまで後退させている。

 

「ここで終わらせる!!」

 

「鉄馬に跨ったヴァルキリー気取りか!受けて立つ!!」

 

次のカーブまで一直線の道を走る二台を操る者達が繰り広げていく馬上試合。

 

連続突きに対し、左手で捌きながら右手でハンドル操作を強引に行っていく。

 

猛スピードで走り続ける最中での戦いが2人の血を熱くする。

 

「はぁッ!!」

 

頭部を狙う突きに対し、首を引いて避けると同時に槍の柄を掴む。

 

バイクごと引き倒そうとしたが柄から手を離され再びアクセル操作で前に出る。

 

左手に持った槍を投げ捨て、追撃するように人修羅も前に出る。

 

次のカーブもガードレールの向こう側は崖エリアだ。

 

「今度は私がお返しをする番ね!!」

 

「なんだと!?」

 

横に視線を向ければ垂直コンクリートブロックに展開された魔法陣から巨大槍が飛び出す。

 

「くぅッッ!!」

 

車の体当たりで壁となった槍を砕き無理やり前に進み出るのだが遅すぎた。

 

「まずい!!?」

 

既にコーナーは目前でありハンドル操作が一瞬遅れる。

 

カーブを曲がり切れず車がガードレールにぶつかりながら火花を飛ばす。

 

「くそぉぉーーーッッ!!!」

 

態勢を制御しきれず片輪が崖に脱輪していき崩れるように崖から落ちてしまった。

 

「あの程度では死なないかもしれない…。何処かで止まって下に向かわないと」

 

白兵戦に持ち込まれると考えながらバイクを運転していたのだが何かの音に気がつく。

 

「こ、このエンジン音は!!?」

 

聞こえてくるのは崖の下から迫ってくるエンジン音。

 

「まだだぁーーーッッ!!!」

 

崖下の光景とは放電した四輪がコンクリート壁に張り付きながらの走行光景だった。

 

クリスは落下したのではなく車体を横倒しにした状態で斜め上の空を目指して駆け上るのだ。

 

鈍化した世界。

 

やちよの手前空から飛び出したクリスの車体が宙を舞う。

 

「「ニャーーーッッ!!!」」

 

いつの間にか悪魔姿に戻っていたネコマタとケットシーが必死に体重をかけて車を押す。

 

態勢を水平に戻せたクリスが道に着地してバトルレースを再開するのだ。

 

「どこまでも楽しませてくれる!!それでこそ神浜魔法少女社会の長だ!!」

 

「悪魔に褒められても嬉しくないわ!!」

 

挑発する人修羅を見ながら後部座席に座る猫悪魔達は白い眼差しを向けてしまう。

 

「私…この2人のドライブにだけは金輪際連れていかれたくないわ」

 

「そういえば尚紀が昔…魔法少女姉妹を連れてドライブに行ったことがあるって…」

 

「あぁ…このは達でしょ。私…あの子達の苦しみが分かったわ」

 

「ミートゥー…」

 

既に峠の道は終点が近い。

 

互いが猛スピードで走る直線道路にまで躍り出る。

 

「ダーリン、最後よ!アタシの体を思い切りぶつけてやりな!!」

 

「西の長の派手なサーカスジャンプを堪能してみるか!」

 

サイドブレーキを引きハンドル操作を行う。

 

車体を横滑りさせ一回転するドリフトを行い急停止。

 

車の側面を壁として使いバイクの壁としたようだ。

 

鈍化した世界。

 

「あの女…まさか!?」

 

バイクから後方に向けてやちよは跳躍する。

 

彼女は体当たりを読んでいた…しかし。

 

(…バイク乗りとして生きる人生を共に生きられた…私の大切なバイク…)

 

鈍化した思考の中で描かれるのは自分の頑張りに報いてくれた家族の笑顔。

 

欲しかったバイクを買ってくれた日の喜び。

 

自然を全身で感じながら走る喜びの日々。

 

親友達と趣味を通じてツーリングが出来た喜びの時間。

 

全てが走馬灯となっていくが、槍を持つ右手に力が籠る。

 

「…ごめんなさいッッ!!!」

 

彼女は迷いなく槍を投擲する。

 

「車から飛び出ろーーーッッ!!!」

 

「「えぇーーーッッ!!?」」

 

バイクのフロントがクリスの側面にぶつかると同時に燃料タンクに槍が突き刺さる。

 

「「ギニャーーーーッッ!!!?」」

 

後部座席から飛び出した猫悪魔達の背後で爆発が起きる。

 

クリスの車体がひっくり返り、炎上しながら俯けに倒れ込んだ。

 

着地した彼女はやりきれない表情を浮かべながらも炎上する悪魔の車を見つめていく。

 

「…それでもバイクは生活道具でしかない。魔法少女達の方が…私にとっては大切だから」

 

バトルレースを制し立っていたのは西の長である七海やちよ。

 

それでもこれはレース勝負に勝利しただけに過ぎないのは彼女も分かっていた。

 

「出てきなさいよ。貴方の魔力は感じているわ」

 

爆発して炎上する車を片手で持ち上げ、人修羅は這って出てきた。

 

その表情には悔しさが滲んでいたようだ。

 

「…認めてやる。最後まで走り切り、立っていた勝者はお前だってな」

 

「それでも、これはバトルレース勝負の勝敗でしかない。本戦はここからよ」

 

「…違いねぇ」

 

炎上するクリスに照らされた人修羅が立ち上がり、拳法の構えを行う。

 

やちよも右手に槍を生み出し左右に回転させながら構えた。

 

爆発から逃れた猫達は茂みに隠れて事の成り行きを見守る事しか出来ない。

 

西の長である魔法少女と神浜の魔法少女を虐殺した者。

 

ついに対決を迎える時がきた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

睨み合う両雄。

 

先に口を開いたのはやちよだ。

 

「なぜ…テロに参加した魔法少女達を殺したの?」

 

「人間社会の無念、人間の似非守護者共には分かるまい」

 

「私は裁判を行い、既に魔法少女達を裁いたわ。部外者の悪魔が関与していいわけ?」

 

「身内だけで行う勝手な裁判。人間社会の都合の悪い声などお前達は踏み躙る」

 

ななかと同じ言葉を浴びせられ唇を噛み締めていく。

 

「なら、何処に隠れていたのかも分からない悪魔という存在は…人間の肩を持つ連中なの?」

 

「悪魔の生き方は自由。そして俺が選ぶのは人間の守護者としての生き方だ」

 

「変わった悪魔ね…。悪魔のイメージとはかけ離れているわ」

 

「人間を襲う悪魔も大勢いる。魔法少女と同じようなもんさ」

 

「…貴方は仇討ちを行ったわけ?私達が行った裁判が気に食わないから?」

 

「司法は被害者達の為にあるべきだ。長という行政側が悪用していいものではない」

 

「まるで…常盤さんの言葉ね」

 

「俺とななか達とは通じている」

 

「なんですって!?」

 

「俺はななかを神浜魔法少女社会の長にしたい。そのための道を切り開く必要がある」

 

「…西の長の私を始末して常盤さんを長にする。それが常盤さんと貴方の目的というわけ?」

 

「俺達が望むのは魔法少女社会に向けての社会主義革命だ」

 

「…貴方は()()()()()()を気取りたいというの?」

 

チェ・ゲバラとはアルゼンチン生まれの政治家であり伝説の革命家だ。

 

キューバ革命をカストロと共に導き、キューバ革命を成功させた人物である。

 

だが彼はキューバ革命で手に入れた権力を全て捨て、救いを求める地に向かい命を落とす。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を選ばなかった本物の社会主義英雄だ。

 

「…何にでもなってやるさ。魔法少女に踏み躙られる声なき声…弱き人間達のためならな」

 

「私たち魔法少女は…魔獣と戦う正義の味方よ!!人間達を守っているわ!!」

 

「正義を名乗らなくとも、お前達は魔獣と戦うしかない。ただの生存闘争を身勝手に紐づけるな」

 

「魔法少女の数が多ければ…それだけ人々を守れる力になるじゃない!!」

 

「魔法少女は多くとも自由を拘束する仕組みが完全でない限り…連中は自由意志で狂犬になる」

 

「私たち魔法少女の自由意志を奪えというの!?それこそ独裁よ!!」

 

それを聞いた彼は構えを解き、冷めた眼差しをやちよに向ける。

 

「その優しさは()()()()()()()()()()()()()()()命をかけて戦ってきた?」

 

その言葉を聞いたやちよは戸惑いの表情を浮かべてしまう。

 

「わ…私の優しさは……」

 

彼女の脳裏に巡るのは大切な親友であった魔法少女達の遺言。

 

――やちよ…。

 

――あたしを…未来に連れてって…。

 

――アナタなら…やってくれる気がする…。

 

――アナタ…チームに…必要だから…。

 

雪野かなえはやちよに託した。

 

自分も含めた魔法少女達の未来を。

 

そのためにも、やちよは魔法少女を率いる長として必要としてくれた。

 

――尊敬する…リーダーを…守れて…ボク…幸せです…。

 

安名メルは西の長を守れた事を誇りとして死んだ。

 

かなえの願いを背負い、魔法少女達を導こうと足掻き続けた者を守りたかった。

 

それこそがかなえとメルだけでなく、神浜魔法少女達の誇りであった。

 

七海やちよは戦い続ける。

 

魔法少女達の願いを背負って。

 

魔法少女、魔法少女、魔法少女、魔法少女、魔法少女…。

 

思い浮かぶ言葉の光景は全て魔法少女達。

 

そこに人間達の姿など何処にも見当たらなかった。

 

「私の優しさを向ける存在達とは…魔法少女達よ」

 

眉間にシワが寄り切った顔を見せた人修羅はこんな話を持ち出してくる。

 

「…チェ・ゲバラの言葉の中にはこんな言葉がある」

 

――一生懸命に成長しなければならないが、決して優しさを失ってはいけない。

 

「お前の優しさは…魔法少女だけにしか向けてはくれなかった」

 

人修羅は再び拳法の構えを行う。

 

「俺は貴様ら仲良し魔法少女達の敵となろう。たとえ貴様らの輪を乱す破壊者と罵られようとも」

 

――友達がいないのは悲しいことだ。

 

――しかし敵がいないのはさらに悲しいことだ。

 

「やはり貴方は…私たち魔法少女の敵よ!!」

 

美しい顔を憤怒に歪め、悪魔の心臓を串刺しにせんと槍を向けてくる。

 

「…今頃思い出した。お前、コンビニの女性雑誌の表紙でよく見かけるモデルだろ?」

 

「…それがどうしたのよ?」

 

「一流モデルとして身だしなみを整えるくせに…」

 

――人は毎日髪を整えるが、どうして心は整えないのか?

 

「どうして心を整えなかった?」

 

「私を侮辱する気!?私の心は常に…魔法少女達の心を思いやってきたわ!!」

 

「どうしてお前は人間を蔑ろにする!?それがお前達の()()な治世なのか!?」

 

「そうよ!それがマキャベリズム…長として学ばなければならなかった君主論よ!」

 

――世界の何処かで誰かが被っている()()を心の底から深く悲しむ事の出来る人間になりなさい。

 

――それこそが革命家としての、一番美しい資質なのだから。

 

「それが…貴様らの掲げる正義か?」

 

「私の掲げる正義…それは!魔法少女達を環の輪にすること!!誰一人として見捨てない!」

 

「人間ならば見捨てていいと言うか!!」

 

「そ、それは…だって!仕方ないじゃない!!全てを救える治世など不可能よ!!」

 

「仕方ないで済まされる哀れな人間達のために…俺は牙無き民の牙となろう」

 

――十字架にはりつけになるよりも、わたしは手に入るすべての武器で戦う。

 

――1人の人間の命は、地球上で一番豊かな人間の全財産よりも100万倍価値がある。

 

――あらゆる不正に対して怒りに震えるならば、あなたはわたしの同志だ。

 

2人の価値観は決裂し、互いに詰め寄っていく。

 

「いくぞ…環の思想を掲げた魔法少女。俺が貴様の正義を…完全否定する!!」

 

「その言葉…私が貴方に突き返す!!」

 

互いが死を賭してまで守ろうとする相反する人々の姿がいる。

 

――目的の為には死をも厭わないと思えた時、わたし達は生きがいを確信することができる。

 

この世界に現れた悪魔が触れ合ったのは人間を守り抜いた魔法少女と社会を救いたかった牧師。

 

その人々と触れ合い、愛することで人修羅と呼ばれた悪魔を赤き思想の道に進ませた。

 

――世界があなたを変えれば、()()()()()()()()()()()()

 

人修羅。

 

それはミロク経典に記されし世界に変革をもたらす者の名だ。

 

彼は変えようとしている。

 

小さな世界ともいえるだろう魔法少女社会に変革を起こすのだ。

 

これはそのための道。

 

愛した人達の願いを継ぐための道。

 

「「ハァァーーーッッ!!!」」

 

両雄が今、風となる。

 

――バカらしいと思うかもしれないが、真の革命家は()()()()()によって導かれる。

 

――愛の無い真の革命家を想像することは、不可能だ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

地面を踏み砕き、突進してくる槍の一撃。

 

迫りくる槍の矛先が悪魔の心臓に触れるよりも先に体を回転させる跳躍回避。

 

矛先が通り抜け、回避と同時に放たれた一撃とは旋風脚だ。

 

「くっ!!」

 

左側頭部を蹴り飛ばされ倒れ込むが立ち上がり、果敢に攻め続ける。

 

連続して迫る矛先に対し、悪魔は左右に体をずらして回避行動で避ける。

 

回避と同時に両手で槍を掴むが、やちよは身を一回転させる捻り込み。

 

回転の勢いで体を引き込まれた悪魔だが柄から手を離し跳躍する。

 

体を横倒しにするコークスクリューを用いて着地を行い、向かい合って構え合う。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

尚も苛烈な連続突き。

 

心臓・脇腹・頭部と次々と繰り出す急所突きに対し、後ろに下がりながら体の軸をずらす回避。

 

首を下げ、歩法を刻みながら避け続けていく。

 

太ももの動脈を狙う下段突きを斧刃脚で蹴り飛ばし、後続の突きの回避と同時に後ろ回し蹴り。

 

柄の引きが早かった彼女は首を後ろに引き、蹴り足が空を切る。

 

「やるわね…!これ程の相手だとしたら…私のために貴方と戦ったみふゆ達は…」

 

「殺してはいない。連中は次の魔法少女社会に必要な人材だ」

 

「そう…なら、次の魔法少女社会の邪魔となるのは古い体制を守り続ける長なのかしら?」

 

「それを決めるのはお前だ。ななかに長を譲るなら良し…だが、今までの治世を貫くなら…」

 

「私は…自分の掲げた正義を取り下げる気はない!!」

 

やちよはかなえ達から魔法少女社会の未来を託されている。

 

「だからこそ!私は今までの社会治世を否定なんてしない!!()()()()()()!!!」

 

「それは…お前がその魔法少女達を心の底から愛しているからか?」

 

「私はこの愛のためなら…たとえ人間に犠牲を強いる判断を下しても…責任を背負うわ!」

 

立場固定という心理バイアスがある。

 

最初の行動が環境変化などによって合理性を失っているにもかかわらず、そのまま堅持する。

 

最初の決断を正当化しようとしたりして疑問を抱きつつも深みにはまってしまう心理状態。

 

合理的な交渉を妨げる心理バイアスの一つであった。

 

「よく言った…。ならばお前は次の魔法少女社会には必要ない。ここでケリをつける!!」

 

悪魔が踏み込み、やちよはカウンターの突きを胴体に狙う。

 

身を翻す歩法を使い、両腕を回転させながらの前方回り込みで矛先を避けて柄を左手で掴む。

 

側面から迫る悪魔の右裏拳を避けるが、右蹴りが決まってしまう。

 

「ぐぅッ!!!」

 

柄から手を離し、蹴り飛ばされたやちよの姿。

 

倒れるよりも先に両手を地面につけ後方回転を行う。

 

追い突きが頭部を掠めたが距離を離して槍を生み出す。

 

彼はやちよの槍を持ち、矛先を地面に寝かせていたが右足で拾い蹴りを行う。

 

槍が回転する勢いを利用して両手を使いながら舞う演舞を見せる。

 

演舞後に大上段構えを行い、槍同士の勝負を挑む。

 

()()()()()()のは…どちらかな?」

 

「いいわ…受けて立ちましょう」

 

先にやちよが仕掛ける。

 

槍の柄を巧みに使い、突きを捌き続ける。

 

柄で弾くと同時に前に踏み込み回転、首裏で柄を回転させる横薙ぎ。

 

彼女も前に低く踏み込み、横薙ぎを回転しながら避ける。

 

「「セイッ!!」」

 

向かい合う両者の突きが同時に顔面を狙うが、互いに避けた形で静止する。

 

「甘いわ!!」

 

矛先の側面に備わった刃を返し、人修羅の顔を狙う横薙ぎを放つ。

 

「チッ!!」

 

その場で側方宙返りを行い横薙ぎを回避。

 

回転の勢いでさらに続く連続横薙ぎをバク宙で避け切った。

 

「ヤァーーーッッ!!!」

 

渾身の突きが迫りくる。

 

鈍化した世界。

 

人修羅は柄を上から打ち付ける形で槍を弾くが矛先は止まらない。

 

打ち付ける反動を使って大きく前方宙返り。

 

着地と同時に槍の柄を両足で拘束した。

 

「ああッッ!!!」

 

人修羅は柄を用いて左側頭部、右側頭部と連続で打ちつけていく。

 

反撃として男の急所を狙い打つかのように槍を振り上げてくる。

 

大きく飛び上がり背後に回り込む前方宙返りで回避行動をとる。

 

回り込みながらの背中打ちがやちよに決まった。

 

「ぐッッ!!!」

 

彼女の魔法少女衣装は胸部当てのような鎧を身に纏っていたため斬撃を防ぎ切ったようだ。

 

向かい合う2人。

 

息を切らせながらも必死に抗おうとする西の長。

 

「私は負けられない…負けられないの!だって…長としての使命まで果たせないなら…私は…」

 

かなえとメルを失い、生きる理由を考えた時があった。

 

その時にはいつも耳の奥に聞こえるのは彼女たちの遺言だった。

 

「リーダーで居続けるために生き残りたいと願った私は…リーダーで居続けるために生かされる」

 

「何が言いたい?」

 

「私は…周りを犠牲にしてでも生かされ続ける…。なら、私の願いで生まれた固有魔法とは…」

 

――誰かを犠牲にして、生存する。

 

彼女が不安に怯える己の固有魔法の事を聞かされたが、彼は沈黙し続ける。

 

「私は…それを否定したい。そのために皆が生き残れる…環の輪を望んだのよ」

 

「…己の固有魔法で誰かを犠牲にするのが耐えられない。そのための環か」

 

「それさえ無くなったら…私は…皆を私のせいで死なせていくだけの存在でしかない!」

 

大切な魔法少女達をもう自分のせいで死なせたくない。

 

それが彼女の切実な気持ち。

 

そのために彼女は仲間であったみふゆと鶴乃とももこさえ遠ざけた。

 

それを聞いた人修羅は同情の言葉どころか憤怒の表情を浮かべてくる。

 

「何処までも自分本位か。たとえ環の輪を築けたとしても…()()()()()()()()()()()()()さ」

 

「なんですって…?」

 

「俺が語った言葉を思い出せ。貴様ら魔法少女は誰を犠牲にしてきた?」

 

「そ…それは……」

 

「貴様の治世によって…誰の生活が犠牲となってきたんだ!?あぁ!!?」

 

彼の怒声に彼女の体が震え抜く。

 

「ち…違う…私……そんなつもりじゃ……」

 

彼女がリーダーとして生かされ、魔法少女社会を治世してきた道。

 

その最果てにはどんな景色があったのか?

 

それは人間達の生活が奪われ、泣き叫び、慟哭の言葉さえ届けさせない裁判を執行した道。

 

「お前にとっては…人間など犠牲にすら数えられないか!?そこまで人間が嫌いなのかぁ!!」

 

「違う…違うの……お願い聞いてッッ!!!」

 

「魔法少女、魔法少女…どいつもこいつも…自分たち魔法少女の事しか出してこない!!」

 

「違う!!私…私達は…正義を守ろうとして…環の輪になろうと…」

 

彼が叩きつけてくる人間社会の怒りを全身で浴び続けて涙目になっていく。

 

憤怒の表情を浮かべていた人修羅が冷ややかな目となり、こう聞いてくる。

 

「もう一度だけ聞いてやる。その優しさは誰のためのものなんだ?」

 

――誰のために…命をかけて戦ってきた?

 

「私の優しさは…誰のために?誰のために…命を懸けて…」

 

「…待っててやるから深く記憶を探れ。お前の魔法少女としての原点を思い出せ」

 

言われた通り目を瞑り、記憶の世界を辿っていく。

 

「あっ……?」

 

浮かんできた光景とは、みふゆと共に生きた小さい頃の記憶。

 

七海やちよが魔法少女として生きた最初の光景だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

あれは小学生時代。

 

雨が降りしきる日だった。

 

「う……うぅ……」

 

「…っ…うぅ……」

 

ずぶ濡れで地面に倒れ込んでいるのは傷だらけのやちよとみふゆである。

 

「どうして……魔法少女が人間を襲うの…?」

 

「……ヒッ……うぅ……」

 

茫然とした表情を向けながら空を仰ぎ見るやちよの疑問に、泣きじゃくるみふゆは答えない。

 

その答えを与えに来てくれたのは契約の天使であるインキュベーターだ。

 

「魔法少女同士で争ったのかい?」

 

「キュウ…ベぇ…?」

 

茫然とした表情をやちよは向ける。

 

やちよとみふゆは東の魔法少女が西の女子学生を襲うところを目撃して止めようとした。

 

だが、魔法少女に成りたての彼女達では歯が立たなかった。

 

「お前らみたいな西のガキに…東の子たちの苦しみが分かってたまるか!!」

 

やちよ達を傷つけた東の魔法少女はそんな言葉を彼女達に残して去っていった。

 

「同じ魔法少女なのに…どうして…争い合うの……?」

 

彼女達が信じてきた変身ヒロイン像とは愛と正義の世界。

 

正義の変身ヒロイン達は手を取り合い、社会を脅かす悪者を協力してやっつける成長物語。

 

だが…これが現実だ。

 

「魔法少女は自由意志を持つ存在。彼女達が置かれた社会境遇次第では…人間に恨みを持つ」

 

「それじゃあ…あの魔法少女は…西の子に恨みを晴らすために…襲ったの…?」

 

「奇跡を願い、魔法の力を手に入れた魔法少女だけど…その力をどう扱うかまでは強制出来ない」

 

「魔獣と戦うだけじゃ…ダメなの……?」

 

「殺し合いの世界に来て辛い立場だ。せっかく手に入れた力なら悪用したくもなる」

 

残酷な現実を淡々と語るだけの契約の天使から視線を逸らす。

 

この存在は人類を有史以前から見つめてきただけに人の本性を誰よりも知っていた。

 

「グリーフキューブがいくらあっても…強くなっても…痛みも恐怖も消えないの…」

 

魔獣と戦い、魔法少女同士で争い、死と隣り合わせで心も磨り減る毎日。

 

いつしか自分の叶えたい願いさえ意味がなくなり、魔法少女として生きる意味もなくなる。

 

泣きじゃくっていたみふゆが重い口を開く。

 

「もう…こんな現実イヤなんです…。お願いです…キュウベぇ…」

 

2人は口を揃えて慟哭の言葉を呟いた。

 

魔法少女を辞めさせてと。

 

彼女達の悲痛な言葉を聞いても契約の天使は表情一つ変えずに残酷な言葉を放つ。

 

「それは無理なお願いだね」

 

突き放す言葉を言われたみふゆの目から涙が零れていく。

 

「じゃあ…いつか魔獣に殺されるまで…ずっと生き続けろっていうの…!?」

 

こんな苦しいのに誰にも理解してもらえない。

 

魔法少女社会の理不尽に嘆くことしか出来ないかと思われた時だった。

 

「う……うぅ……」

 

キュウベぇとは違う方角に視線を向ければ倒れていた西の女子学生が起き上がっていく。

 

「あっ……」

 

彼女が無事に家路につく後ろ姿だけを見つめていたやちよの表情が少しだけ軽くなる。

 

同じように見届けたみふゆの口が自然と動く。

 

「ねぇ…やっちゃん…。魔法少女だったから守れた人が…ここにいるじゃないですか」

 

その言葉が聞けただけで残酷な世界に入ってきた心が救われていく。

 

やちよの目にもついに涙が零れてしまう。

 

「死ぬ覚悟が出来ないまま逝ってしまう子だっているのに…。私達はまだ生きてます」

 

震えながら泣いていく彼女に向けて泣き腫らした表情のまま優しい言葉をかけ続ける。

 

「生きて、()()()()()()()()()…残せているんですよ…」

 

「うん…そうみたい…」

 

励まされたやちよは袖で涙を拭きみふゆに顔を向けた。

 

「また、みふゆに助けられちゃったね…」

 

強がって魔法少女として生きると決めても明日にでも死んでしまう恐怖に怯える。

 

そんな彼女だからこそ残したいものがあった。

 

「せめて私たちの想いだけでも、残せたらいいのに…」

 

「想いを…残す……」

 

その言葉の答えを祖母に求めるようにして、彼女達は立ち上がっていった。

 

………………。

 

「……思い出せたか?」

 

魔法少女として生きた原点を思い出せたやちよはついに両膝が崩れ落ちる。

 

「私……わたし……」

 

魔法少女なんて辞めたい。

 

それ程までに苦しんだ彼女がそれでも生きられた最初の目標。

 

それは明日をも知れない魔法少女でも誰かを守れる力になれる。

 

それだけを信じて彼女は戦い続けてきた。

 

人間を守るために。

 

「いつからなの…?いつから私は…自分の()()()()()()を…忘れてしまってたの…?」

 

――被害者達の回復は被害者自身で乗り越えるべきよ。

 

――司法は行政の役に立てばそれでいい…この裁判も皆に示しをつけるためのものだわ。

 

「言えるはずがない…小学生時代の私なら守るべき人間のためにも…言えるはずがない…」

 

「やっと思い出せたか?最初の目標を?」

 

「私は…魔法少女社会の長としての責任ばかりを考えて…最初の目標を…見失ってた…!」

 

地面に蹲り泣き出してしまう。

 

「ごめんなさい…ごめんなさいぃぃ…ヒック……ごめんなさいぃぃぃ……ッッ!!!」

 

泣きじゃくる彼女の姿はまるで雨に打たれて泣き続けた小学生時代の姿を彷彿とさせる。

 

戦意を喪失したのか人修羅が持っていた槍の形も消えていく。

 

「お前が最初の気持ちに気づき、やり直したいというのなら…新しい魔法少女社会で活かせ」

 

彼の声も届かないほど泣き続けるやちよ。

 

そんな彼女から視線を外す

 

「…これで良かったと思うか?お前達?」

 

彼が視線を向ける先とは蹲るやちよの背後空間である。

 

肉体を持ちながらも霊質も併せ持つ悪魔だからこそ、円環のコトワリに導かれた者の姿も見えた。

 

思念体のように光っているのは2人の魔法少女達。

 

美しい金髪の長髪を靡かせ黒のパンクファッションに身を包む人物が光って見える。

 

緑髪をポニーテールにして占い師が使うタロットカードを持つ人物も同じように見えた。

 

<……うん、これでいい>

 

<悲しいけどボク達、間違っていたんですね…>

 

肉体を持たず、空気を振動させる言葉が喋れない思念体の言葉はやちよには聞こえない。

 

<えっと…ボクたちの姿も声も、悪魔だから分かるんですよね?>

 

<ああ、見えてるし聞こえている。お前達は?>

 

<あたしは雪野かなえ。生きてた頃はやちよとチームを組んでた>

 

<ボクは安名メルです。かなえさんが死んで随分たった頃、七海先輩達と組んでました>

 

<円環のコトワリの使者として現世に来たのか?>

 

<いや…違う。やちよが導かれるのは……まだ先>

 

<ボク達…円環のコトワリの中核を担ってたまどかさんを剥ぎ取られたアラディアに仕えてます>

 

<アラディアに仕えているのか?あの無機質な女神がよく外出許可を出したもんだ>

 

<え、えっと…その……ボク達、七海先輩が心配でその…勝手に飛び出してきて…>

 

<……()()かも>

 

<ええっ!?そ、それは困るかも…もう外出出来なくなりますよ~!>

 

よく分からない単語を並べてくる。

 

群体神のアラディアの中身世界など想像したくもないと人修羅は考えるのをやめた。

 

<今のボク達は悪魔と変わらない概念存在。だから…七海先輩には何もしてあげられない…>

 

<本当なら…アナタの代わりにあたしが今の神浜魔法少女社会を怒るべきだった…ごめん>

 

<気にするな。それよりも…下のそいつに何か言いたくはないのか?>

 

泣き続けるやちよの為に片膝をつき、やちよの両肩を彼女達が優しく触れる。

 

しかし彼女達の手はやちよの体をすり抜けてしまう。

 

「ごめんなさい…かなえ…メル…。私…魔法少女の長として……失格だった!!」

 

悲痛な叫び声で自分達の名を叫ぶ彼女を見て、2人もやりきれない表情を浮かべた。

 

<七海先輩…ボクが貴方を守れてよかったのは…もしかしたら今日のラッキーデイのためかも>

 

<どういう意味だよ?>

 

<生きてた頃のボクは…遺品として、こんな言葉を残しました>

 

近い未来の結果。

 

神浜に異変が起きる時、何か大きな変化が起きるかもしれない。

 

だけど、そこにはいくつもの点が集まり、柔らかな円を描いていく。

 

多分これは人の円。

 

ボクたち魔法少女が紡ぐ円。

 

この時はきっと今よりも危険だけど、一緒に優しさも満ちている。

 

そのきっかけを作る星がひとつ。

 

この星はきっと人を表している。

 

そして、やちよさんの近くに落ちている。

 

この人が原因なのかは分からないけど、今から会うのが楽しみ。

 

やちよさんの近くに落ちてるってことは、ボクもきっと会うと思うから。

 

これが生前のメルが残した予言であった。

 

<このきっかけを作る星とは…もしかしたら()()()なのかもしれません>

 

<俺をルシファー扱いするなよ>

 

<人修羅…それがアナタを表す悪魔の名。だとしたら…メルが言ってた星を司る人とは…>

 

()()()()()である…あなたの事だったのかもしれないですね>

 

<俺は魔法少女達だけの環の輪とやらをぶった切るつもりで動いているんだが?>

 

<それでいい。間違いに気が付きもせず輪を作ったとしても…歪に歪んでいくだけ…>

 

<あなたには…七海先輩が間違ってしまった環の輪とは()()()()()を作って欲しいです>

 

<いいのか?俺が目指す社会の有りようとは…社会全体主義だぞ?>

 

<社会学に正解はないって聞いた…やってみないと分からない…>

 

<アラディアの一部のくせに先が見えないのか?>

 

<あたし…あの無機質なアラディアとコネクトするの…嫌だ>

 

<ボクもです…。まどかさんが円環のコトワリだった頃なら喜んでやってましたよ>

 

<…それもそうかもな>

 

3人が溜息をついた時、何かの視線を感じた。

 

「お…おい……あの妙ちくりんなインキュベーターは何だ?」

 

人修羅が視線を向けた先には()()()()()()のキュウベぇがいる。

 

<あーっ!?アラディアに見つかったですよーッッ!!>

 

<不味い…緊急避難!!それじゃあ…やちよ達をよろしく>

 

2人の思念体は消え去っていく。

 

ピンク色のキュウベぇに近寄ってみる人修羅なのだが困惑してしまう。

 

「……おい」

 

「……………」

 

「……何か言えよ」

 

「……………」

 

(こいつ……何も喋らないぞ?)

 

人修羅の存在など無視するようにしてピンク色のキュウベぇは走り去っていった。

 

横目で泣き続けるやちよに視線を向けたが、伝えるべきことは全て伝えた。

 

踵を返してひっくり返っているクリスの元に向かう。

 

「ゲホッゲホッ!!あのアバズレェェ……やりやがったなぁ!!」

 

炎上したボディをどうにか回復で鎮火させたようだがそれでも全身黒焦げでありボロボロだ。

 

「ダーリン起こして!回復したらあの女を市中引き回しの刑にしてやるんだから!!」

 

「もういい。あの女は戦意を喪失したんだ」

 

「アタシの戦意はフルボルテージのままよ!!」

 

喚き散らすクリスを無視して車体を持ち上げひっくり返す。

 

タイヤが地面についたら後ろ側に回り、両手でクリスを押していく。

 

「ニャ―ッ!!ド迫力のバトルの次は円環思念体トークイベントがくるとはニャ―ッ!」

 

「まったく…一時はどうなることかと思ったわよ」

 

茂みに隠れていた猫悪魔達も横につき、4体の悪魔は遠くに見える神浜の明かりを目指す。

 

爆発で散乱したやちよの愛車と心がボロボロになったやちよは取り残される。

 

今の彼女にかけてやれる言葉など誰も持ち合わせてはいなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あの女が望んだ環の輪とは…違う形の輪を作ってくれか」

 

クリスを押しながら尚紀は呟く。

 

「あの思念体達に何か言われたの?」

 

「頼まれごとをされたんだ」

 

「それを聞いて叶えてあげるつもりなわけ?」

 

「…俺が求めるのは人間社会を優先する治世。だが、魔法少女共には都合が悪い」

 

「押し付けたとして…彼女達が拒絶する光景しか浮かばないわ」

 

「…やりようならある」

 

「えっ……?」

 

「連中が嫌悪しないようなイメージを()()()()だけだ」

 

「どういう…意味なの…?」

 

「そのやり方なら、ななかに伝えておくさ」

 

後ろを歩きながら聞いていたケットシーの視線は人間に擬態した尚紀の背中に向けられている。

 

「尚紀ー?この背中に張り付けているコインのような形のモノはなんニャ?」

 

「えっ?」

 

背中に手を回してようやく盗聴器の存在に気が付いたようだ。

 

「こんなもの…いつの間に!?」

 

記憶を探っていけば自分を鑑賞したいと言ってきた悪趣味な連中を思い出す。

 

「趣味が悪いことしてんじゃねーよ!!このストーカーコンビが!!!」

 

盗聴器に罵声を浴びせ地面に投げつけて踏み潰す。

 

「この神浜に来てからというもの、何処までもストーキング被害ばかりだな…泣けるぜ」

 

無言のまま再びクリスを押し続ける。

 

「それにしても…どうしてあそこまで意固地になったのかしら…あの魔法少女?」

 

「立場固定という心理バイアスだ。自分が努力し続けた道を信じて守りたいのは…誰でも同じさ」

 

「それも…愛した魔法少女達のため…なのよね?」

 

「……そうだ」

 

やちよが愛した2人の魔法少女。

 

彼には何処かその姿が風華と佐倉牧師の2人と重なっていく。

 

「俺もいつか…七海やちよのようになっちまうのかもな」

 

彼もまたこの世界で歩んできた道を信じ続ける者。

 

だからこそそれは遠からずに起きる。

 

夜はまだ…開けてはいない。

 




読んで頂き、有難うございます。


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125話 善悪二元論

北養区の街明かりも近づく山道の路肩。

 

ボロボロのクリスをここまで押してきた尚紀はそこに駐車させて小休止中だった。

 

黒いウィザードコートのポケットからタバコの箱を取り出し、一本口に咥える。

 

右手の人差し指と中指から小さな火を灯し、紫煙をくゆらせた。

 

「……………」

 

今夜は様々な事が起きてしまい、彼の心にも乱れが生じている。

 

「尚紀のスマホ、また壊れちゃったニャ」

 

「クリスと一緒に爆発したものねぇ…しょっちゅう壊すわね」

 

ネコマタとケットシーはクリスの裏側で車体に背を向けて座り込み適当に過ごす。

 

考え事をしていたらタバコを吸いきり、吸い殻を指で弾き空中で燃やして消し炭とする。

 

もう一本タバコを咥えて吸っていた時、北養区方面から車の明かりが近づいてきた。

 

「あの高級セダンの外車を運転している奴は…ニコラスか?」

 

尚紀たちの路肩に停車し車から降りて近づいてきたのはニコラス・フラメルだ。

 

「よく俺達がここにいるって分かったな?」

 

「私には魔石の力があるのを忘れたかね?」

 

「そういやそうだった。迎えにでも来てくれたのか?」

 

「その通り。派手にレースバトルをする光景も見えていた」

 

「有難い。欲を言えば、クリスを牽引出来るSUVで来て欲しかったよ」

 

「アタシは車体を回復させきったら自力で帰るわ。先に行ってていいわよ」

 

「悪いがそうさせてもらう」

 

「ニャ―?この爺さんが、尚紀が言ってた伝説の錬金術師で…」

 

「もう700歳近い…中世時代の人間なのよね?」

 

「初めましてかな?尚紀君の可愛らしい仲魔達。私がニコラスだ」

 

「助かったニャ―。オイラ歩き疲れてヘトヘトだったし」

 

「伝説の錬金術師と知的な会話が出来る!こんなチャンス生涯に一度あるかないかね」

 

「悪いが…君達を乗せていくわけにはいかないんだ」

 

「「えっ!?」」

 

「どういう意味だ?」

 

「尚紀君と2人で…内密な話がある。他人に聞かれるのは不味いのだ」

 

尚紀に視線を向ける2匹の猫悪魔達だが、彼は渋々承諾する。

 

「ネコマタ達はクリスの車体が回復したら家に連れて行ってもらえ」

 

「仕方ないニャ―、そうするニャ」

 

「残念ね…でも、尚紀の友人なら家に遊びに来てね。その時に知的な会話を聞かせて欲しいの」

 

「そうさせてもらおう。それじゃあ、乗ってくれ尚紀君」

 

タバコの吸い殻を指で弾き同じように燃やし、彼はニコラスの車に乗り込む。

 

車をUターンさせ、高級セダンは神浜市を目指していく。

 

「時刻も深夜の3時半か…もう時期に夜が明ける」

 

「…この鼻を衝く程の血の臭い。どうやら革命魔法少女は全員極刑とされたようだね」

 

「…一部を除いてな」

 

「これで君は彼女達からこう呼ばれる。神浜魔法少女社会を破壊しにきた虐殺者であり…」

 

「…悪者だとな」

 

「彼女達は君を呪うだろう…大衆娯楽と化した善悪二元論を振りかざしてな」

 

「善悪二元論か……」

 

北養区の街に入った頃、ニコラスが重い口を開く。

 

「…ゾロアスター教という宗教を知っているかね?」

 

「いや、詳しくは知らない。それについて語りたいなら、家に寄ってもらえたら聞くが?」

 

「…車の中で話そう。長い話になるから、君の家には向かわず遠回りをさせてもらう」

 

「…分かったよ。それで、ゾロアスター教ってのは?」

 

「ペルシャの地に移住したアーリア人の民族的な信仰を基本とした宗教さ」

 

【ゾロアスター教】

 

イランに住んでいたアーリア人は、ミスラやヴァーユなど様々な神を信仰する多神教であった。

 

後にペルシャとインドに分かれてからはアスラ神族とデーヴァ神族(ヴィシュヌ等)を切り離す。

 

アスラ神族をアフラ・マズダーとして扱い信仰対象として創設したのがゾロアスター教である。

 

善の神アフラ・マズダーの他に、悪の神アーリマンという神が教義の中に存在している。

 

善の神と悪の神の二元論を信仰し、二元論はキリスト教やグノーシス主義などに引き継がれた。

 

世の中の事象を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を生み出したのだ。

 

「善の神アフラ・マズダー…そして、悪の神……アーリマン……」

 

アーリマン(またはアンリ・マンユ)。

 

その名はかつて戦った事があるシジマのコトワリ神の名でありシジマを掲げた氷川を表す。

 

「光明神アフラ・マズダーは仏教においては阿修羅と呼ばれている者達の王でもある」

 

「アスラ王…かつての世界で仲魔から聞いた事がある悪魔だ。別名はヴィローチャナだったか」

 

「東大寺の大仏のモデルとはアスラ王のことだ。真言密教では教主であり本尊…大日如来だ」

 

彼は自身の悪魔名とも言える人修羅の名を考える。

 

修羅とは阿修羅(アスラ)を略して表すのだ。

 

アスラ神族はヒンドゥー教ではアムリタをデーヴァ神族に奪われ不死を得られなかった悪神達。

 

仏教では帝釈天インドラに須弥山を追われ周囲の大海へ追いやられたとされる。

 

その後の仏教で彼らは神格化され、アスラ族の王は大日如来として崇められるようになった。

 

()()()の恐ろしさとは…分かるかね?」

 

「ああ…俺も悪者にされ続けて理解出来たよ」

 

――彼ら、または彼女達の正しさの概念は独特であり、根拠を必要としない。

 

「この世には最初から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()部分だ」

 

「自分はその正しさを常に選択していると思い込む傾向にある…根拠もなく、論証もしない」

 

「正しさ同士がぶつかった場合には…相手の劣等性を指摘する事で自己の正しさの担保とする」

 

「曲解でも捏造でも、その件と全く関係なくとも…なんでもいいのだ、()()()()()()()()()()()

 

「相手の劣等性を指摘した時点で…自身が指摘された問題を()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それがこの街で正義を気取ってきた魔法少女達にされてきたことだったんだね」

 

――善悪二元論とは、自身のその時の感情的利益を正しさとする余りにも危険な哲学。

 

――正しさがどう正しいのかではなく、()()であるところが何よりも恐ろしいのだ。

 

「自身と異なる意見や反論を無条件に間違いとする。…これが二元論的思考だ」

 

「ニーチェが一神教宗派の善神勝利一元論に即した善悪二元論を批判した理由も分かってくる」

 

「この思考に陥ると、必ずダブルスタンダードとなると経験出来たな」

 

――自分は良くて、お前はダメ。

 

「自分は正しく、他人は間違っている。それに心理バイアスがかかれば…間違いを棚上げする」

 

「一方的に相手のみを悪者サンドバックに出来る。自分達は絶対正義だと気取りながらな…」

 

「匿名性の高いSNSの政治ツイート光景さ。論証しない理屈を相手に押し売りするだけだ」

 

「持論の説明責任さえ果たさず、従わない者は悪者レッテルを張り付ける印象操作だろう?」

 

「…人って生き物は、こうも無責任でいたいのかよ。汚職政治家なら叩く癖に自分はダメとくる」

 

「宗教や哲学等が認識法を生み出し、善悪二元論のような人間社会的な二元論に陥ってしまった」

 

「こうやって人々は分断されていくんだな…」

 

――そこまで…人は正義を玩具にしたいのか…。

 

「涼子…お前の憂いは正しいよ。だからこそ魔法少女社会にはシジマの思想が必要だ」

 

「酒の席で語ってくれた事があったね。かつての世界において、新しい思想の一つだった…」

 

「感情否定のコトワリ。それはきっと、仏教主体のガイア教徒だった氷川が望んだ釈迦の捨断だ」

 

「欲望の捨断…たしかに欲しがる心さえ消えて無くなれば…愚かな善悪二元論など成立しないな」

 

「正義として認められたいという承認欲求的な欲望こそが、あらゆる至上主義の源だ」

 

「だからこそ…君は魔法少女社会を変えるんだね?」

 

「奇跡の如き変革は無理だろうが…少しづつでも変えていきたい」

 

「まるで君は社会の変革を求める冒険に旅立ち、命を落としたチェ・ゲバラだな」

 

「冒険家か…。確かにこの世界に流れ着いた俺は冒険家のようにも見えてくるだろうが…」

 

――俺は、自分の真理を証明するためなら…命も賭ける冒険家でありたい。

 

「君は魔法少女社会の解放者になるのかい?」

 

「違う、そんな者は存在しない。人は自らを解放するんだ」

 

「そのための道を君はこれから用意するんだね」

 

「ああ…。ところで、いつまで車を走らせるつもりなんだ?」

 

時刻は既に早朝の4時前であり、時期に空も青くなっていく時間。

 

ダラダラと神浜の街を走行していたら南凪区にまで来ていた。

 

「すまないね…会わせたい人物との待ち合わせ時間まで時間を潰す必要があった」

 

「会わせたい人物だと?」

 

「私にとっては友人であり、君にとっても大切な人だ」

 

「南凪区…そして俺にとって大切な人……だとしたら」

 

「こんな勝手な真似をしたことを許してくれ。それでも私は…彼の最後の願いを果たしたい」

 

「彼と言ったな?だとしたら…あの爺さんしかいない」

 

車は南凪路前の駐車場に入り停車する。

 

「ついてきてくれ。彼の元まで案内しよう」

 

怪訝な表情を浮かべながらも言われた通りについていく。

 

後に彼は思い知ることになるだろう。

 

己の道もまた、善悪二元論に縛られた道に過ぎなかったことを…。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

南凪路には蒼海幇の長老が経営している武術館がある。

 

時刻は深夜2時であるが武術館内には明かりがついていた。

 

明かりのついた館内にいたのはひたすら木人椿(もくじんとう)を叩く長老だった。

 

素早く、そして正確な動きと共に力加減もコントロールされた突き・蹴り・払い動作。

 

乾いた音が響き続ける館内に向かって歩いてくる年老いた女性が現れる。

 

「アンタ、行くんだね」

 

鍛錬を続けていた音が止まり、彼女の方に振り向く。

 

現れたのは長老の妻だった。

 

「……ああ」

 

「相手はアンタの弟子であっても、勝てる相手じゃないことぐらい分かるんだろ?」

 

「純粋な魔力勝負を仕掛けられれば手も足も出ないが…彼にはそれが出来ない」

 

「語ってた通りのお人好し悪魔ってわけかい?その弱点をついて…勝てそうかい?」

 

「分からん。尚紀君の技量の習熟速度は桁外れじゃ…あれも人修羅と呼ばれる悪魔の力かものぉ」

 

「…アンタは刺し違えようとしてる…違うかい?」

 

それを聞いた長老は細目を開き、近づいてくる。

 

「…長いこと、()()()()生活を共に生きてくれて…感謝する」

 

「何を今更。悪魔のあんたと共に70年も生きられたんだ…感謝したいのはこっちの方さね」

 

「初めて会った時は12歳の小娘じゃったのぉ。それからじゃ…共に生きるようになったのは」

 

「最初はひ孫、次は孫、次は娘で…そして妻」

 

「ワシは…見た目が変わることはない。それでも一世と二世はワシの正体を秘密にしてくれた」

 

「何言ってんだい。悪魔のあんたが守りぬいてくれた…蒼海幇の歴史じゃないか」

 

「それも終わらせようと思う。次の長老は…陳健民に譲ることにしたよ」

 

「アンタが武術館を開いた時の最初の一番弟子だった人だねぇ。サングラス顔が不気味だけど」

 

「彼ならば人徳もあり、蒼海幇のまとめ役として十分じゃ。そのためにあの暴動を利用した」

 

「南凪路に攻めてきた暴徒達への対処をあえてアンタはやらず…陳健民さんにやらせてたね?」

 

「彼の的確な判断によって暴徒の群れを退けられた。長としての器量は十分じゃ」

 

「それに老いた体を感じさせない武術の腕前も持つ。アタシも鍛えてたらよかったねぇ」

 

「お前はワシの小遣い巻きあげて趣味に没頭しておったしのぉ。昔は強かったのに嘆かわしい」

 

「五月蠅いねぇ今更…。でも、アンタに甘えすぎてたってのは認めるよ」

 

「やれやれ…身寄りのないお前の世話を続けてきたが、甘やかし過ぎたもんじゃ」

 

「フフッ、それでも…十分過ぎるくらいの人生を与えてくれた。そしてそれはこれからも続く」

 

その言葉を聞かされた長老は顔を俯けてしまう。

 

「…ワシが生きて帰ってこれなかったら、この武術館と内弟子たちの面倒は陳健民に…」

 

「言うんじゃないよ!縁起でもない!!」

 

妻の怒声に肩を竦めるが、長老の覚悟は変わらない。

 

「……美雨が近づいて来ておる」

 

「分かってるよ。老いて戦う力も無くなったアタシにだって…それぐらいは分かる」

 

「ワシは彼女に見届け人を頼んだ。ワシの死は…彼女が伝えに来る」

 

「願わくば…美雨ちゃんとアンタが、一緒に帰ってきてくれることを…願うよ」

 

武術館の扉を開けて入ってきたのは暗い表情の美雨である。

 

「……行くぞ、美雨」

 

「……分かたネ」

 

俯いたまま彼女は長老の後についていく。

 

2人を見送る老婆の表情にも恐怖の影が滲んでいる。

 

「その義侠心は人間のために修羅の道を進む弟子の未来を救うため…。それでも…辛いね」

 

握り締められる左手には結婚指輪らしき品が見える。

 

その指輪は()()()()()()()()()()()に嵌められていた。

 

「…己達せんと欲して、人を達せしむ」

 

老婆が呟いた言葉は孔子が残した言葉だ。

 

自分が目的を達成しよう思うときは、まず人を助けてその人の目的を遂げさせてやる。

 

仁者は事を行うのに自他の区別をしないということを表した。

 

「義を見てせざるは勇無きなり…アンタはいつだって、誰かのために命を張ってきた」

 

――不条理な願いで滅ぶしかないアタシの人生を…救ってくれたんだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

誰もいない中華街の夜道を歩く。

 

神浜関帝廟の前まで来たニコラスが止まる。

 

彼の横まで歩いてきた尚紀が離れた場所で立つ2人に目を向けた。

 

「……マスター、それに美雨か」

 

彼の前に立っていたのは神浜との繋がりを彼に与えてくれた大切な2人だった。

 

「ニコラス、こいつらの用事については聞いていないか?」

 

「それは彼らの口から聞いてくれ。私は離れておくよ」

 

そう言い残してニコラスは関帝廟の門横まで向かう。

 

門前の通りに立ち向かい合っていたが、重い口を先に開いたのは美雨である。

 

「…離れたこの場所まで染みついた血が臭うヨ。一体…どれだけの魔法少女を殺したカ?」

 

それを聞いた尚紀は察した。

 

2人は彼の行った所業を糾弾しに来たのだと。

 

「当然の報いを与えてやった。これには司法根拠もある…俺の身勝手な総意気取りではない」

 

「司法根拠じゃと?だとしたら、昭和23年の最高裁判決じゃな」

 

「長老、それは何ネ?」

 

「日本の死刑制度が社会防衛方法として認められた判決内容じゃ」

 

「そ…そんなの理不尽ネ!!死刑として国に殺される犯罪者だて…家族や友達はいるヨ!!」

 

まるで加害者を弁護する人権団体の口ぶりを続けてしまう美雨に対し、長老が細目を開く。

 

「…令和元年の今年、京都のアニメ制作会社で痛ましい放火殺人事件が起きた」

 

「7月18日に起きた…あのガソリン放火殺人事件カ?」

 

「男を含む71人が死傷。社員36人が死亡、33人が重軽傷」

 

「日本で起きた事件としては、過去に例を見ない大惨事となった。…俺も覚えてる」

 

「素晴らしいアニメを消費者に提供してくれた企業に対する…余りにも理不尽な所業」

 

長老が美雨に問おうとしてるのは日本の死刑制度の根幹部分ともいえるもの。

 

「死刑の判断基準を10倍以上超えている犯人に、家族や友達がいれば…」

 

――()()()()()()()()()なのかのぉ…美雨?

 

神浜で起きた革命暴動の死傷者数は数万人規模。

 

東京で彼が殺戮してきた魔法少女達にだって家族や友達はいた。

 

もちろん神浜でテロを起こした魔法少女達にだって家族や友達はいた。

 

死刑を許すべきなのか?

 

長老の言葉を聞いた美雨は俯いて黙り込む。

 

「テロには屈さない…日本を含めた世界の判断基準だ。テロを行った魔法少女達は死ぬべきだ」

 

「そんなの……魔法少女達が可哀相ネ……」

 

「その感情だよ、美雨」

 

「私の……感情……?」

 

「自身のその時の感情的利益を正しさとする。二元論的思考だ」

 

「……善悪二元論か」

 

「感情が傾く方にだけ味方をし、違う立場の者を否定する。己の正しさしか認めない」

 

「正しさ同士がぶつかった場合には…相手の劣等性を指摘する事で自己の正しさの担保とするか」

 

「相手の劣等性を指摘した時点で…自身が指摘された問題を相手の問題にすり替えられるんだよ」

 

「ち…違うネ!!私…私は別に…そんなつもりじゃ……」

 

「お前も俺を悪者にしに来たか?何でもいいぜ…曲解でも捏造でも、好きに俺を悪者にしろ」

 

そうすれば、魔法少女だけの環の輪を望む連中だけが正義の味方を気取ることが出来ると語る。

 

「言えよ」

 

「あ……うぅ……」

 

「俺を悪者だと罵れ。魔法少女を殺戮する鬼畜の悪魔だと罵倒しろ」

 

「私……わたし………」

 

美雨は彼を批判する力もなくなり両膝が崩れてしまった。

 

これがフィクションなどでも当たり前となってしまった正義執行の光景だ。

 

片方の悪い部分を切り取り、目立たせることで主人公達がやってきた所業を相手にすり替える。

 

フィクションの英雄物語。

 

英雄達は何をやってきたのだろうか?

 

英雄達の後ろ側には()()()()()()()()()()()()()

 

それを問われるのは人修羅とて同じだ。

 

「ワシはお前さんの義の殺人は否定をせん。その上で…お前さんに質問がしたい」

 

「質問だと……?」

 

「善悪二元論を悪用したいのは…先のお前さんも同じ事になるのではなかろうか?」

 

「先の俺が…善悪二元論を悪用するだと?」

 

「美雨と魔法少女チームをしている常盤ななか…お前さんが接触した人物じゃ」

 

「ああ……ななかがどうした?」

 

「彼女はある日を境にして社会主義に目覚めた。それは…お前さんが与えた思想かのぉ?」

 

「その通りだ」

 

「美雨から聞かされておったが、常盤お嬢ちゃんは常日頃から魔法少女社会に疑問を持ってきた」

 

「だからこそ俺とななかの思想は一致した。俺はななかを魔法少女社会の長にしたい」

 

「お前さん…初めから常盤お嬢ちゃんを使って魔法少女社会に仕掛けたかったのでは?」

 

長老が語ったのはローマ帝国から続く侵略手口である()()()()だった。

 

分割統治とは、ある者が統治を行うにあたり被支配者を分割することで統治を容易にする手法だ。

 

被支配者同士を争わせ、統治者に矛先が向かうのを避けることができる。

 

人種、言語、階層、宗教、イデオロギー、地理的、経済的利害に基づく対立、抗争を助長する。

 

連帯性を弱め、自己の支配に有利な条件を作りだすことを狙いとし植民地経営などに利用された。

 

ディヴィデ エト インペラ(分断して統治せよ)とはローマ皇帝の支配を意味した。

 

それを問われた尚紀は黙り込む。

 

黙示録の赤き獣と呼ばれし悪魔が用いるローマ帝国侵略手口。

 

黙示録の赤き獣とは7人のローマ皇帝を表すのだ。

 

「…ななかと出会えたのは偶然だったが、俺にとっては…得難い僥倖だった」

 

魔法少女の虐殺者は黙したままの長老に向けて己の本音を語りだす。

 

「神浜魔法少女社会に干渉する気はなかったが…この街の魔法少女には危機感を感じてた」

 

「善悪二元論に支配され、自分達の道徳精神こそが正しいと東の魔法少女を優遇する姿勢か」

 

「これでは遠からず大きな災いが起こる。ならば俺が干渉せず、魔法少女の誰かが社会を変える」

 

「常盤お嬢ちゃんは、お前さんにとっては願ったり叶ったりの存在であったか」

 

人修羅が干渉せずとも、彼の望む魔法少女社会主義治世を魔法少女達にやらせる結果を生む。

 

ローマ帝国の侵略手口である分割統治だと言われても否定は出来ないだろう。

 

「だが見通しが甘かった。ななかは人殺しと差別され、彼女の言葉を聞く者はいなかった…」

 

「…それもまた、正義を気取る神浜魔法少女達の危うさであったな」

 

「俺の目論見は潰え、その結果が今の惨状だ。だからこそ…この惨状は俺の甘さが生んだ」

 

「二度とこんな惨状を生み出さない。その為に作る社会とはファシズムのような共同体社会か?」

 

「…そうだ。失敗してはやり直す民主主義的治世では犠牲者ばかりが乱造されていく」

 

「全体主義ならば失敗しないとでも言うのか?社会主義独裁国家の歴史を知らんのか?」

 

それを問われた時、魔法少女の虐殺者の顔に動揺の影が浮かぶ

 

「俺達の治世が…自分達に都合がいい制度にしかならないと言いたいのか?」

 

「お前の治世ではない。お前が委任した常盤お嬢ちゃん達の治世となってしまう」

 

それは事実であり、反論することは出来ない。

 

「社会全体主義とはのぉ…独裁と腐敗しか起こり得ない不完全な政治なのじゃ」

 

民衆だけが大儀という道徳で虐げられ、政党に連なる者達にしか自由が与えられない。

 

それは尚紀も気が付いていた。

 

それでも彼はそれ以外の社会制度で個人の自由を拘束出来る仕組みを生み出せなかった。

 

動揺の影が色濃く顔に浮かび、汗ばんだ手を握り締める。

 

「ならばどうすればいい!?お前は今すぐ魔法少女達に英知を授けられるとでも言うのか!?」

 

「それこそお前さんのエゴじゃよ。魔法少女達を信じておらん」

 

「信じられるものかぁ!!あいつらの言動がそれを証明している!!!」

 

「疑うのは大切じゃ。しかし…信じることも大切なのじゃよ」

 

「なぜ信じられる!?自分の感情が全てだとでも言いたげな…魔法少女の態度を見せられて!!」

 

「不信を募らせた末に、社会脅威となりかねん魔法少女を弾圧する。その先には何が起こる…?」

 

自由を求める抵抗勢力が生まれ、()()()()()()()()()()が起こっていくと長老は語っていく。

 

それを指摘された尚紀の心にまで動揺が広がっていき、冷静ではいられなくなる。

 

「そ…それは……」

 

「お前さんの強さなら生き残れるだろうが…常盤お嬢ちゃん達の力で生き残れるかのぉ?」

 

「う……うぅ……」

 

「常盤お嬢ちゃん達を、不信の果てに生み出した社会全体主義の生贄にしたいのか?」

 

嘉嶋尚紀にとって、その程度の価値しかなかったのだろうか?

 

彼と心を通わせる事が出来た常盤ななか達の尊い命は?

 

それを問われた尚紀の全身が震えあがっていく。

 

「お前も一つの正しさに縛られる善悪二元論者じゃ。魔法少女の劣等生を持論の担保とする」

 

「ち…違う!!俺は…俺は……」

 

「お前さんが根拠を用意出来たのは義の殺人。全体主義が間違わないという根拠は何処じゃ?」

 

「だが!!民主主義治世だって…全体主義と同じぐらい間違いを繰り返す!!」

 

「論点をすり替えるでない。ワシは全体主義が絶対間違わないという根拠を聞いておる」

 

「ぐっ……うぅ……」

 

「用意は出来んのじゃろう?政治の歴史が()()()()じゃからのぉ」

 

「俺が望む治世もまた…間違っているというのか……?」

 

「お前の望む間違いの道。それによって犠牲となってしまう常盤お嬢ちゃん達が哀れじゃのぉ…」

 

人修羅は魔法少女同士の殺し合いには干渉してこなかった。

 

自らが望んで殺し合いの世界に来た者達ならいつ死のうが自業自得。

 

同じく殺し合いしか存在しない悪魔の世界に来てしまった己を含めて自業自得なのだと考えた。

 

果たしてそれだけなのか?

 

(俺は…魔法少女達が殺し合おうが関係ない。東京の魔法少女達に向けて…それを繰り返した…)

 

全ては優先すべき人間社会のために魔法少女を見捨ててきた。

 

もしも東京の魔法少女達の中にも彼と心を繋ぎ合える少女達がいたとしよう。

 

彼は同じように見捨ててこれただろうか?

 

「ななか…かこ…あきら…このは…葉月…あやめ…令……」

 

人殺しの悪魔であっても慕ってくれた魔法少女達の笑顔が脳裏に焼き付いている。

 

だからこそ彼は今まで通り魔法少女達を見捨てる事が出来ない。

 

利己的な愛に傾けば、自分にとって利益がある場合には愛ある態度を示せる。

 

しかし、自分にとって利益がない場合には、相手に対して愛ある態度は示せなくなるのだ。

 

これは彼だけでなく、違う可能性宇宙において環をもたらす魔法少女も同じ道を通った。

 

これが人間の限界。

 

何かを守るという事は何かを犠牲にする道。

 

人間は常に一つの道しか歩けない。

 

環をもたらす魔法少女が人間達を見捨てる裁判をしたとしよう。

 

ならば悪魔である尚紀は魔法少女達を見捨てるための殺戮を繰り返したのだ。

 

その光景はもはや()()()()()()()にしか見えない。

 

「俺は……俺は……」

 

両足に力が入らなくなった魔法少女の虐殺者も膝が崩れてしまう。

 

「人間社会を優先する魔法少女達だけを人間扱い。アパルトヘイト政策でいう()()()()か?」

 

アパルトヘイトとは、南アフリカ共和国における人種隔離政策のことを指す。

 

かねてから数々の人種差別的立法のあった南アフリカにおいて1948年に法制として確立。

 

特権階級の白人だけが優遇され、黒人には何一つ権利が与えられなかった時代。

 

しかし日本国籍を有する者は1961年から経済上の都合から名誉白人扱いとされていた。

 

都合がいい人種だけを特別扱いする差別極まったレイシズム政策の歴史である。

 

「ワシの弟子は魔法少女を差別するレイシストとはのぉ。師であるワシの監督不行き届きか?」

 

蹲ったまま体を震わせるばかりの弟子に向け、師匠は淡々とした客観性を語る。

 

魔法少女も人修羅も責められる場の空気に耐えられなくなった美雨が叫ぶ。

 

「もういい…もういいネ!!私達も悪かた…ナオキも悪かた…それでいいヨ!!!」

 

だが、その叫びが引き金となったかのようにして彼の震えは止まった。

 

「……俺が悪かっただと?」

 

尚紀の顔に光る刺青が浮かんでいき、首の後ろからも一本角が伸びていく。

 

立ち上がった彼の表情は怒りに満ちていた。

 

「認めない……()()()()()()()!!」

 

「ナオキ!!いい加減にするネ!!私達ともう一度話あて……」

 

「ふざけるなぁぁーーーッッ!!!!」

 

怒りの魔力が噴き上がり、周囲に殺意がばら撒かれていく。

 

「俺は…人間社会を優先する魔法少女の虐殺者!!それでいい…それで構わない!!!」

 

「ナオキ!!目を覚ますヨ!!!私…こんな戦いはイヤネ!!!!」

 

虐殺者の耳の奥に木霊するのは愛した人達の言葉のみ。

 

「俺が命をかけてでも守るべき…かけがえのない人達とは…」

 

この世界に流れ着き、魔法少女と共に人間の守護者の道を歩んできた原点がある。

 

尚紀と風華が命をかけて守ってきた人種とは…誰だ?

 

()()だぁぁぁーーーーッッ!!!!!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

睨み合う両雄。

 

長老は細目を開いたまま微動だにせず、人修羅の殺気を受け止める。

 

「俺が求めるのは結束主義を超えた共同体主義。世界の魔法少女達は人間に忠を尽くすべきだ」

 

「社会主義を超えたコミュニズムか…。運命共同体を望み、世界市民思想を掲げて押し付ける」

 

「俺は絶対的な平等主義を掲げる。我々の魔力は力なき人間たちのために共有されるべきだ」

 

「私有財産制の廃止を魔なる者達の魔法という財産所有に当て嵌めた解釈か」

 

「生産と消費の両方の社会化…我々が生み出す魔法という生産と、使用という消費を社会化する」

 

「行き過ぎた平等主義が何をもたらした?お前はこの暴動で東の連中が何をしたか見たのか?」

 

「俺のやり方は連中と変わらない。そしてこれからも変わらない…」

 

――全ての魔法少女社会を思想統一し、魔法の力を人間のためにのみ尽くさせる社会制度を生む。

 

「俺は資本主義と共産主義の中間である社会主義を超える…。我々は世界と一つになるべきだ」

 

「徹底した個人主義の否定…そこには利己主義も利他主義も存在しない…世界への帰結か」

 

「俺はシジマのコトワリを敷く者。それは人類全てが世界を照らす信号台へと変わること」

 

「無機質極まりないのぉ…それでは魔法少女がインキュベーターと変わらなくなるぞ」

 

「あいつの感情に流されない合理主義は魔法少女に必要だ。感情があるからエゴイストになる」

 

「二度と過ちを繰り返させない…魔法少女社会に向けての絶対的秩序主義か」

 

堕天使が好む()()()()()()()を用いて()()()()()()()()()()左翼的世界革命。

 

それこそがシジマのコトワリなのだと人修羅の師匠は見抜いたようだ。

 

「それは認めん。その世界で自由になれる存在は…シジマの者達だけじゃ」

 

シジマに与した欲深き堕天使もそれが欲しかっただけの()()()()()だと語っていく。

 

それを聞いた人修羅は師匠の正体に気が付いた。

 

ボルテクス界の事を詳しく知る存在など人修羅側である魔なる存在でしかない。

 

「どうやらあんたを疑ったのは正しかったようだ。お前…悪魔なんだろ?」

 

「あく…ま……?」

 

動揺した美雨が振り向くが、長老は静かに首を縦に振る。

 

「すまなかったのぉ、美雨。お前たち3世世代は知らんだろうが…古い世代は皆知ってた」

 

「そんな…それじゃあ、長老はずっと昔から生きて…」

 

「戦後の闇市から発展し、蒼海幇をワシが組織した頃から…ワシの姿はこのままなのじゃよ」

 

「みんな…みんな知てたのカ?悪魔の存在や…魔法少女の存在を…?」

 

「美雨…下がっておれ。ここから先は…悪魔同士の戦場じゃ」

 

長老の足元から濃霧が生まれていく。

 

濃霧が周囲を覆いつくし、霧が晴れる頃には周囲は悪魔結界である異界化する。

 

霧で姿が隠れていた長老が再び現れた時、美雨は凍り付く。

 

「あ……あぁ……あぁぁ……」

 

彼女は中国の旧正月である春節や關帝誕が好きで南凪路のイベントには毎年参加した。

 

その時はいつも関帝廟のイベントにも参加して地域貢献してきた。

 

だからこそ美雨は見てきた。

 

三国志の英雄であり、蜀の猛将として名を馳せた義の武神の御姿を。

 

<<我は英雄!!関聖帝君なり!!!>>

 

【関聖帝君】

 

道教の財神であり武神でもある存在。

 

後漢時代の有名な武将、関羽(関雲長)が神格化されたものである。

 

義侠心に富み、その忠節を称えられた関羽は中国の歴代王朝からも篤い尊崇を受けた。

 

三界伏魔大帝神威遠震天尊関聖帝君を略し、関聖帝君として慕われてきた武神。

 

冥界に通じ、死者の無念を晴らす老爺とも呼ばれる。

 

また理財に精通し、金銭に囚われない潔癖性から財神としても信仰されてきた存在。

 

財神という性格から、各国で華僑が集う中華街では大抵関羽を祀る関帝廟が見受けられた。

 

「まさか…俺のマスターが…」

 

赤き肌を持つ雄々しき武神の姿を顕現させた師の姿を前にした人修羅の顔に冷や汗が伝う。

 

「あの三国志で有名な…関羽だったとはな…」

 

「私に稽古をつけてくれたり…蒼海幇を組織してみんなを導いたのが…関羽だたなんて…」

 

道教の神が目の前に現れたと理解した時、美雨の脳裏には尚紀と共に関帝廟に行った記憶が巡る。

 

「これがナオキ達の世界なのカ…?これじゃまるで…円環のコトワリと同じ…概念存在!?」

 

驚愕する美雨だが関帝廟門の柱の横に立つニコラスは知っていたかのような表情を浮かべる。

 

不意に彼は後ろからの気配を感じ取り、振り向かずに口を開く。

 

「…君が来ることも分かっていた」

 

ニコラスの隣に歩いてきたのはナオミである。

 

「これはどういう事なわけ?私に人修羅護衛の依頼をしておきながら…自分達で始末する気?」

 

「彼を始末することになるかどうかは…これから分かる」

 

「先を知っているような素振りだけど、彼が死なないと分かっているのなら…アナタ」

 

――自分の友人を、見捨てる気なのではなくて?

 

その言葉を聞かされたニコラスの手が握りこまれ、震えていく。

 

「…私とて辛い。こんな勝負は止めて欲しいが…それでもこの戦いは…ナオキ君に必要なのだ」

 

彼も苦渋の決断であったと察したナオミは黙り込む。

 

「美雨……あの子も辛い立場よね」

 

震え続ける彼女の元まで向かい、ナオミに気が付いた美雨は駆け寄ってきて抱き着いた。

 

「ナオミ姉さん!お願いだから…この戦いを止めて欲しいヨ!!」

 

「美雨…この戦いは…止めるわけにはいかないの」

 

「どうして…!?」

 

「これは武術家同士が納得した決闘。ならば…礼を見ていたら答えが分かるわ…」

 

人修羅と関聖帝君である関羽の両手が持ち上げられていく。

 

行うのは抱拳礼(ボウチェンリィ)だ。

 

中国武術の作法として右手は武、左手は文(文化、争わない心)を表す。

 

右手の武力を文化的平和の左手で包み込むことこそが本来望ましい状態である。

 

ならば逆を行えばどういう意味となるのか?

 

彼らが行った抱拳礼は武を司る右手で平和を司る左手の拳を包み込む形だった。

 

「あなたは私の敵である。死闘をもって…あなたの命を奪うよ」

 

「そ…そんな……やめるネ!!ナオキ!!長老!!!」

 

共に武を学び合った大切な人々が殺し合いをする。

 

まるでナオミの家族であった老師と親友だった者との死闘を再現する光景に見えてしまう。

 

「レイ……どうして……」

 

やりきれない表情を浮かべる女性達。

 

だが、男達は死を賭して拳法を構えた。

 

「…武器を抜かないのか?あんた自慢の青龍偃月刀が泣くぜ?」

 

「フフッ、ならば抜かせてみるがいい」

 

空気が歪むほどの圧迫感を互いが放つ。

 

「…最後に一つ、問答に付き合え」

 

「…言ってみろよ」

 

「人間とは何ぞや?悪魔とは何ぞや?そなたが行ってきた事それすなわち殺生なり」

 

――そのこと、ゆめゆめ忘れなさるな。

 

問われるのは相手を倒し、殺めるのはあくまでそうしてまで生かしたい者があるからという自覚。

 

問われた人修羅の口元には不敵な笑みが浮かんだ。

 

「…無論、永遠に続くさ。俺の()()()の道はな」

 

それを聞いた関羽は武神としてではなく彼と共に生きた老爺として口を開く。

 

「まるでお前さんは…人間として生きていた頃のワシ…そっくりじゃ」

 

だからこそ弟子の道を止める。

 

師匠は弟子の望む道を先に見てきた者。

 

義の殺人を繰り返した果てにあったのは()()()()()()()死ぬ末路である。

 

問答を終えた瞬間、互いが風となる。

 

開いた手を先に固めて仕掛けたのは人修羅だ。

 

「ハァァーーーッッ!!!」

 

高速で突き出される縦拳・手刀打ち・裏拳に対し、手首・腕を高速に動かして捌く。

 

止められた突きを開き、貫手を仕掛けるが捌かれる。

 

互いにワンインチ距離。

 

互いが激しい肘の打ち合いを行う。

 

「がっ!?」

 

身を捩じって避けた回転を利用した左肘打ちが人修羅の左側頭部に決まる。

 

後ろに下がった彼が構えなおし、再び仕掛けていく。

 

互いの乱打を巧みに腕や手首を用いて制し、斧刃脚を互いに蹴り足で止めていく。

 

既に手を伸ばせば届くワンインチ距離で繰り返されるあまりにも早い攻防。

 

手刀打ちを受けた人修羅の右腕を掴み、同時に片足を刈り取る。

 

「チッ!!」

 

態勢を崩され転がされそうになるが片足跳躍を人修羅は行う。

 

身を空中回転させて堪えきり、振り向いて構え直す。

 

連続した蹴り足を足裏で、膝で、腕で止め、なおも果敢に人修羅の攻めを捌く武神。

 

「なんて鉄壁の守りなの…。流石は武神として祭り上げられた関羽ね…」

 

「私…もしもの時は……割て入るヨ」

 

「それだけはダメ。割って入ろうものなら…2人は貴女でも容赦はしないわ」

 

「だ、だて!!こんな勝負…辛いだけネ!!」

 

「それでも、譲れない勝負がある。貴女も武道家なら…見届けてあげなさい」

 

(そして私も…レイと出会った時には……彼らのように覚悟を決めるわ)

 

「くっ!!!」

 

関羽の前蹴りが決まり、店のシャッターに背中を強打してしまう。

 

なおも怯まず関羽を迎え打つ。

 

右手で関羽の連続突きを捌き、開いた脇腹に縦拳打ちを決める。

 

「ぐっ!?」

 

後方に弾かれた関羽に向けて押し蹴りを打つ。

 

避けられるが直ぐ様地面に足をつき、両手の攻防が繰り返されていく。

 

手刀打ち・裏拳・肘打ちが高速で繰り返される攻防の中、関羽の右腕を両手で掴みとる。

 

関節技を狙おうとしたが、左足で半円を描く里合腿が両腕に絡みつく。

 

足を返し、人修羅の左側頭部を蹴り飛ばすが彼も弾かれる際に蹴りを放つ。

 

「「ぐぅッ!!!」」

 

互いが蹴り飛ばされるが立ち上がり、2人の戦意は揺るがない。

 

「どうした小僧。悪魔界隈において音に聞こえた混沌王の実力は…その程度か?」

 

「ぬかせッ!!!」

 

互いの突き・裏拳・肘を捌き、互いの乱打をトラッピング。

 

片腕を止めると同時に関羽に目掛けて顔面突き。

 

首運動で避けるが脇腹に突きを喰らう。

 

伸びた関羽の左腕を掴み、返すと同時に右手刀打ち。

 

右手で捌かれ、右肘打ちで相手を突き飛ばす。

 

「デヤァーッ!!」

 

サイドステップキックを仕掛けるが左奥に回り込まれ、軸足に蹴りを喰らう。

 

「うっ!?」

 

背中から地面に叩きつけられた彼が倒れながら構えるが、師は構えたまま動かない。

 

「なめやがって!!」

 

起き上がりの蹴りを捌かれ、立つと同時に突きの応酬。

 

顔面に迫る関羽の右縦拳を左手で掴み、右手刀を腕に沿わせて顔面に放った時だった。

 

「がぁッッ!!!?」

 

後ずさる関羽の顔からは血が流れ落ちていく。

 

右手刀打ちは貫手となり、関羽の右目を薬指で抉っていた。

 

「長老ッッ!!!」

 

勝機と見るや人修羅の体が揺れる。

 

鈍化した世界。

 

潰れた右目の死角となった右側に向けて放たれる縦拳。

 

刹那、関羽が動く。

 

右肘を上に向けて放ち、縦拳を弾くと同時に右手で押す。

 

人修羅が一歩下がったその距離ならば放てる。

 

みぞおちには既に右手が伸ばされていた。

 

「ゴハッッ!!!?」

 

師から学んだ時に受けたワンインチパンチが再び弟子を襲う。

 

胸骨が砕かれ大きく突き飛ばされた弟子が倒れ込み、胸を押さえて悶え苦しむ。

 

「夏候惇ではないが、片目を潰された程度で戦意が怯む武将ではないぞ」

 

「ぐっ……がっ……ゴハッッ!!!」

 

師の一撃は心臓にまで達しており、彼の心臓は破裂している。

 

大きく吐血する弟子が倒れ込みながらも強敵として立ち塞がる師に目を向けた。

 

「じゃが、ワシに深手を負わせる程の功夫を練り上げていたのじゃ。油断は出来ん」

 

関羽の左手に持たれているのは関羽を象徴する青龍偃月刀である。

 

「立て。冥土の土産に我が刃を受け、悪魔共に語り継ぐがいい」

 

苦しみながらも立ち上がる人修羅もまた両手に光剣を放出。

 

朴歩の形を行い、両腕を交差するようにした構えを見せてくる。

 

関羽は魔力を偃月刀に纏わせて迎え撃つ。

 

「いくぞッ!!!」

 

下から切り上げる左右斬りを偃月刀の柄で受け止めていく。

 

纏わせた魔力が光剣の熱を受け止め、溶断することが出来ない。

 

身を翻して袈裟斬りを避けると同時に青龍偃月刀の回転左薙ぎを放つ。

 

人修羅は後方に身を捩じりながら跳躍し、左薙ぎを避け切った。

 

互いの斬撃の応酬が続き、交差した光剣を柄で受け止めながら弾く。

 

左切り上げ、右薙ぎと続く偃月刀を避け、逆袈裟を両手の光剣で受け止める。

 

右足が払い蹴りを受けるが人修羅は片足跳躍。

 

前宙を加えた両手唐竹割りを仕掛けるが偃月刀の柄で受け止められてしまう。

 

足を刈り取る払い切りに対し後方側宙飛びで避け、構え直す。

 

「ヨシヨシ…それでこそワシの弟子じゃ。歴史に名を遺した三国武将達を思い出す」

 

「ハァ!ハァ!ハァ!!」

 

彼の心臓は破壊されており、体に血液が循環しない。

 

放っておけば手足の末端から腐っていくだろう。

 

「本来の魔力を解放しておればワシなど敵ではなかろうに。その甘さ…戦場では命取りよ」

 

「くっ…まだ俺は……倒れちゃいない!!」

 

互いが摺り足を行い、間合いを図り合う。

 

「これが最後の警告じゃ。もう殺戮の日々を止め、魔法少女社会と関わるのをやめるのは?」

 

「言った筈!!俺の悪即斬は止まらない…魔法少女が魔法少女を死刑にしないなら…俺が斬る!」

 

「ならばその凶刃…ワシが断たねばならぬ。弟子の凶行は師の責任よ」

 

「俺は…間違ってなどいない!!!」

 

間合いに入るや否や、向けられた偃月刀を左の光剣で下から払い斬り。

 

右手の光剣を逆手に向けて放出し、左薙ぎを仕掛けるが柄で止められる。

 

左光剣の右薙ぎを避けると同時に身を捩じり、一回転して柄の一撃を行う。

 

「うぅ!!」

 

一回転を加えた柄に両足を刈り取られ、人修羅が倒れ込む。

 

振り下ろされる偃月刀の唐竹割りを左の光剣で受け止めると同時に右手を地面につく。

 

穿弓腿の蹴りは柄で受け止められるが、空中できりもみしながら右横蹴りを放つ。

 

しかしそれさえ柄で受け止められ、腕力で突き飛ばされた。

 

体を横倒しにして回転を加える着地をしたが、前方からは偃月刀の突きが迫る。

 

両手の光剣を用いて交差しながら弾くが、態勢が押し出された。

 

後ずさる人修羅の目の前からは石突を地面について跳躍した関羽の蹴り足が迫っていた。

 

「ガハッ!!!」

 

深手の胸部に飛び蹴りが決まり、大きく蹴り飛ばされながら建物を砕いていったようだ。

 

「も…もういいネ!!お願いだから老師…もうやめて欲しいヨ!!」

 

「…彼は最後の警告を蹴った。これからも尚紀君は…魔法少女を殺し続けるだろう」

 

「そんな…まさか…まさかナオキを……!」

 

「彼がもたらす全体主義によっても大勢が弾圧されて死ぬ。死を振りまく事しか出来ん」

 

かつて関羽は美雨にこう語っている。

 

大儀だの戦争だのという言い訳がなくなれば、そこには何が残る?

 

それは自分達の理想の為に人を大量に殺してきた大量虐殺者が生まれただけだと。

 

「魏と呉の計略に殺されたワシとて、死後数百年に渡って恨みを持った魂として彷徨った」

 

「義に生きた長老も…人々に害しかもたらさない悪霊になてしまたのカ…?」

 

「普静大師はこう言った。それなら、お前に殺された大勢の人々はどうなる…と」

 

「長老は…その人のお陰でやり直せたのか?」

 

「誰かのお陰でワシも悟りを得て救われた。ワシとの戦いもまた…彼に悟りをもたらす道!」

 

偃月刀の刃を地面に突き刺し、魔力を最大まで解放する。

 

魔力の柱が天を貫き、柱の中から現れたのは赤兎馬に跨る関羽である。

 

「この一撃をもって!!我が意思を汝に刻む!!!」

 

大きく蹴り飛ばされた人修羅は瓦礫に塗れた路地裏で倒れ込む姿をしている。

 

「ぐ…つ、強い……流石は…俺のマスターだ…」

 

意識が掠れていく彼の耳に聞こえてくるのは馬の蹄の足音だ。

 

よろけながらも立ち上がり、空を見上げる。

 

異界の夜空には大きく跳躍した赤兎馬の上で青龍偃月刀を振りかざす関羽がいた。

 

<<さぁ、人修羅よ!!汝の意思を我に示せーーッッ!!!>>

 

鈍化した世界。

 

人修羅は居合の構えを行い、光剣に魔力を収束させていく。

 

(マスター…俺の師よ。あんたが俺を導いてくれたからこそ…今の俺は生きている)

 

空から赤兎馬が迫り、関羽の刃が振り下ろされようとしている。

 

「だからこそ、俺はあんたを超える!!たとえ俺の道が間違っていたとしても…」

 

――師を超えることこそが!!弟子の恩返しだぁ!!!

 

収束した魔力を纏った光剣が関羽の一撃よりも先に振り抜かれる。

 

放たれた一撃とは巨大なエネルギー刃を放つ死亡遊戯だった。

 

「ガッ……ッッ!!!!」

 

赤兎馬の首は真一文字に両断され、関羽の胴体も切断していく。

 

放たれた居合のエネルギー波は異界の空へと消えていった。

 

人修羅の後ろ側に倒れ込むのは首を無くした赤兎馬と関羽の上半身。

 

弟子の目からは…涙が伝っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……マスター」

 

倒れ込んだ関羽の上半身を抱き起す。

 

「ゴハッッ!!!…気にするで…ない。ワシも人殺し…お前さんも人殺し…」

 

「罪人同士の殺し合いなら構わないと言うのか…?弟子が師を殺しても!!?」

 

「それが戦の世では常…。じゃが、今は戦の世では……ぐっ!!」

 

「回復道具ならある!!頼む…頼むよ!!フロストの二の舞にだけはなるんじゃねぇ!!」

 

左手にソーマを出現させたが長老は首を横に振る。

 

「ワシはな…孫文らが起こした中国革命によって…母国が全体主義国家になるのを憂いていた」

 

「あんたは…19世紀の革命時代から世界にい続けた悪魔だったんだな…」

 

「ワシをこの地に召喚したサマナーとは…中国人。じゃが彼も…全体主義の恐怖に怯えていた」

 

「共産主義は宗教を弾圧する…。だから悪魔を使役するサマナーもまた…弾圧される」

 

「ワシは主と共に逃げ、中国生まれの日本人達と共に…日本に流れ着いたのじゃ…」

 

「そこでアンタは…サマナーと一緒に神浜に根差したんだな…」

 

「…いや、ワシの主は日本に来た頃に流行り病で死んだ。召喚されたワシを残してな…」

 

「どうやって生き延びたんだ?先祖が悪魔という者達なら受肉していられるが…」

 

「感情エネルギーを媒体にして生まれた悪魔は…同じものがいる。術者がいなければ…枯渇する」

 

「まさか…あんたは人間達を集めて蒼海幇を組織したのは…」

 

「違う…。たしかに人を襲えば感情エネルギーを啜れるが…それを選ぶぐらいなら死を選ぶ…」

 

「なら…あんたはどうやって生き残れてきたというんだ?」

 

関羽は懐から一枚の古びた写真を取り出す。

 

「モノクローム写真…年代物だな。ここに写っているのはあんたと…この少女は?」

 

「…魔法少女じゃ」

 

「なんだと!?それじゃあ…あんたは魔法少女から…?」

 

「魔法少女は…魔力を使えば使う程、負の感情エネルギーを蓄積出来る。ワシら悪魔は…」

 

――それを()()()んじゃよ。

 

それを聞いた人修羅の脳裏にはかつての世界の記憶が蘇っていく。

 

「勇の感情エネルギーを…マントラ軍のトールが吸い出した場面に出くわしたことがある」

 

「マグネタイト、あるいはマガツヒと呼ばれる感情エネルギーは…悪魔の食事…」

 

「人と同じように食事をしなければ悪魔も生きられない。だから悪魔は…拷問してでも取り出す」

 

「苦しめれば苦しめるだけ上質なマガツヒを味わえるが…ワシはせん。肉体を維持出来れば十分…」

 

「それじゃあ、あんたは魔法少女のソウルジェムを利用して…()()()()を築けたのか?」

 

「彼女を…魔法少女を…人間に戻したかった。それが…ワシを助けてくれた魔法少女への…恩義」

 

――()()()()()()()()()()()()…?

 

――命をかけてでも…共に生きたいと願った…魔法少女…は…?

 

関羽の体から形を構成していた感情エネルギーが放出されていく。

 

目に涙を溜め込んだまま弟子は師匠に最後の言葉を叫んでくれる。

 

「いた……俺にもいたよ!!だから頼む…これを使って回復してくれぇ!!!」

 

「思い…出せ……。お前…の……かけ…がえの…ない……存在……は……」

 

――本当に…人間……だけだった……の……か……?

 

それを聞いた瞬間だった。

 

彼の脳裏を駆け巡ったのはこの世界の原点。

 

雨が降りしきる何処かの街の路地裏に人修羅は流れ着く。

 

世界への理不尽に怒り、全てを呪っていた時に手を差し伸べてくれた存在がいた。

 

「あ……あぁ……」

 

彼を最初に救ってくれた存在。

 

それは人間ではなかった。

 

「俺は……俺は……」

 

全てを呪う悪魔に手を差し伸べてくれた存在。

 

それは…人修羅が殺戮の限りを尽くした()()()()だった。

 

「やっと……思い出せた……か。なら…ば……ワシの……死も…報われ……る」

 

――尚紀君に……悟りを……与えられ……た……。

 

――ワシと……同じ道ではない…と……気づいてくれ…。

 

――やり……直………せ……。

 

……………。

 

感情エネルギーが空に向けて放出されていく。

 

蒼海幇の歴史を作った長老の最後だった。

 

茫然とした表情を空に向けていたが、悲鳴の如き叫び声を上げる者に振り向く。

 

<<これが!!これが()()()()()()()()()()ネ!!!>>

 

両膝が崩れて泣き喚くのは、走ってここまで来ていた美雨だ。

 

彼女は死に際の長老の最後を見届けてしまったようである。

 

後ろからは遅れてナオミとニコラスも近づいてきた。

 

「私が…人殺しはダメだて言い続けたのは…こんな末路にいつかなるて…分かてたから!!」

 

泣きじゃくる彼女を見ても尚紀は思考も心も定まらない。

 

「どうして…どうして()()()()()()()()()()()カ!?お前なら…違う接し方だてあた筈ヨ!!」

 

度し難いぐらいにお人好しで義に熱い心優しい悪魔なら別の出会い方もあった。

 

神浜の魔法少女達も喜んで受け入れてくれていた筈だと涙ながらに訴えてくれる。

 

そんな美雨の肩を掴み、ナオミは首を横に振る。

 

既に尚紀の心はここにあらず、周囲の雑音も聞こえてはいない。

 

「ヒッ…ア……アァ……アァァァァ……」

 

周囲の異界結界も解け、朝日の光が彼らを照らす。

 

何処かの路地裏に戻った瞬間…尚紀は発狂した。

 

「あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ーーーーッッ!!!!!」

 

悲鳴にも似た叫び声を上げ、頭を抱え込みながら走って逃げだす。

 

彼は悟ってしまった。

 

交わした約束の内容だけではなかったのだ。

 

かけがえのない者達を守る力になれ。

 

それは人間だけではなく、人生をかけてでも守りたい人のためにもあった。

 

魔法少女を守る。

 

魔法少女を呪われた運命から解放したい。

 

それこそが、彼がこの世界に流れ着いた頃に目指そうとした原点。

 

ならば彼が人間の守護者として生きた道とはなんだったのか?

 

魔法少女を守るどころか魔法少女を殺戮していくだけの道。

 

呪われた運命から解放するどころか死と恐怖という呪いをばらまいていった道。

 

それにようやく、魔法少女の虐殺者となった人修羅は気が付いてしまった。

 

彼の歩く道は既に定まらない。

 

逃げ出した先とて誰にも分からなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……そうかい。あの人が…死んだんだね」

 

長老の武術館には泣き続ける美雨が立っている。

 

彼女は言葉にならない声で必死に長老の最後を語ってくれた。

 

「…ありがとう、美雨。あの人の最後を……見届けてくれて」

 

優しく頭を撫でてくれた長老の妻は彼女を見送ってくれる。

 

大きな溜息を出した後、武術館の中に戻っていく老婆の顔には決断が浮かんでいた。

 

「思い出すね…。悪魔と一緒にこの武術館を開いて、蒼海幇を組織した日の事を…」

 

武術館に置かれた机の元にまできて、左手の指輪を外す。

 

左手の指輪は形を変え、ソウルジェムとなってしまう。

 

彼女はそれを机の上に置き、机に予めおいてあったハンマーを持ち上げていく。

 

「魔法少女なのに…十分過ぎるぐらい長生き出来たよ。悪魔と一緒に人生を生きれたから…」

 

――アタシは……()()()()()()()()()()()()()()んだ。

 

まるで飛び降り自殺でもするかのような表情を浮かべながら、彼女はハンマーを振り下ろす。

 

ソウルジェムが砕けると同時に彼女は横に向けて倒れていく。

 

抜け殻となってしまった遺体が光を放ち始め、円環のコトワリへと導かれて逝ってしまう。

 

ここに魔法少女の可能性がいてくれた。

 

魔法少女を辞め、人間として生きられる可能性。

 

それを残した者こそが、人修羅と同じ悪魔であった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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126話 アーリマン

惨劇の夜は明けた。

 

神浜の魔法少女達は回復魔法によって重症を癒せているようだ。

 

彼女達は今後の判断を仰ぐため西や中央の長の元に向かうのだが状況は深刻だった。

 

「な…なんだとぉ!?倒れていたやちよさんが…隣町の病院に緊急搬送された!?」

 

スマホでみふゆと連絡を取り合うのは中央の長である都ひなのである。

 

「早朝の頃…北養区の山道を通ってた車に見つけられて救急車を手配してもらえたみたいです」

 

「そんな時間に何故やちよさんは北の山道で倒れていたんだ?」

 

「救急車を手配してくれた人の話では、乗ってたバイクが爆発したように壊れていたそうです」

 

「バイクが爆発?やちよさんは自分のバイクに乗りながら…どういう状況になったんだ?」

 

「私達の救援を頼みに行った春名さんの話ですと…ミレナ座に向かうために飛び出したと…」

 

「だとしたら…やちよさんがバイクに乗って戦ったのはあの男の姿をした悪魔か?」

 

「目を覚ました私達はやっちゃんが救援に行った調整屋に向かったんですが…その…」

 

「…聞いている。ミレナ座は燃やされ…かくまってもらえていた魔法少女達も…」

 

「生き残れていたのはかりんさん、みかげさん…それにみたまさんと月咲さんだけでした…」

 

「今…何処から連絡してるんだ?」

 

「隣町の病院にいます。みかづき荘に立ち寄った時に電話が鳴ってまして私が連絡を聞きました」

 

「財布か何かに連絡先を入れてあったんだろうな…やちよさんの容態はどうなんだ?」

 

「強い精神的ショックにより、急性PTSDと診断されました。動悸と呼吸困難で倒れたんです」

 

「急性の精神障害だと?これも…悪魔の魔法か何かなのか…?」

 

「分かりませんがソウルジェムが危険です。鶴乃さんにグリーフキューブを持ってきて貰います」

 

「分かった…やちよさんの事を頼んだぞ」

 

電話を切ったひなのが皆に振り返る。

 

西の長が不在であったため、東西の魔法少女達は中央のひなのの元に集まっている。

 

かりんとみかげと月夜の3人はみたまと月咲をかくまうための護衛としてこの場にはいない。

 

「…聞いての通りだ。西の長は倒れ…悪魔は逃走。調整屋は燃やされ…魔法少女達が虐殺された」

 

それを聞いた中央の広場に集まっていた魔法少女達の顔に動揺が広がっていく。

 

「すまない…アタシ達が悪魔を止められなかったから…」

 

「ももこ…お前の責任じゃない。アタシ達だって…悪魔を止められなかったんだ」

 

「レナ…あの悪魔を絶対に許さない!!見つけ出して…必ず仕留めてやるんだから!!」

 

怒りに燃えるレナだったが横に視線を向ければ怯え切った表情のかえでがいる。

 

「わ…わ…私……また…悪魔と戦わないといけないの…?」

 

彼女は腕をへし折られた上に女の命ともいえる顔面を潰されている。

 

回復魔法で顔は元通りになってはいるが強い恐怖を植え付けられていた。

 

「このままでいいわけ!?悪魔はまだ生きている…だったらみたまさん達だってまた狙われる!」

 

「だ…だ…だけど……」

 

「みんなはどうなのよ!?このまま…悪魔を野放しにしていいわけ!」

 

レナの叫びに対し東の魔法少女達が口を開く。

 

「アタシは賛成だよ。あの悪魔を野放しには出来ない…だって十七夜さんを襲ったのは悪魔よ!」

 

レナに賛成するかのこは彼女達から東の長が襲われた件についても聞かされていたようだ。

 

「私達も行くわ。大事な後輩を傷つけられたままで…終わらせるつもりはない」

 

「敵は強い…それでも分散しないで戦えば勝機もあるかもしれないわ」

 

「フォートレス・ザ・ウィザードの僕に敗北は許されない!次こそは勝つ!!」

 

みくらとてまりと塁もレナに賛成の意思を示すのだが、横にいる後輩は違う。

 

大切にされている後輩のせいらは浮かない表情を浮かべていたようだ。

 

「…せいらお姉さん。私達…本当にあの人と戦っていいのかな…?」

 

「理子ちゃん…?」

 

「私達…間違ってたと思います。だってあの人は…人間社会のために戦ってくれてます…」

 

「うん…それを私も考えてた。だけど…それを言える空気じゃなくなってきてる…」

 

せいらと理子は周囲の言葉に耳を澄ませる。

 

「私は悪魔と再び戦うわ。顔を潰された礼とこころを傷つけられた礼…きっちり払わせるわ」

 

「みんなを守りきる…私の力はそのための力だと思う。まさらだけを行かせはしないわ」

 

「2人がそう言うなら私も行くしかないよね。うぅ…死ぬ前に伊勢崎君に好きと言われたい」

 

「あーしは…まぁ、みゃーこ先輩が行くなら行くよ。だって心配だし!」

 

橋の上で戦った魔法少女達も次々と賛成の意思を示す。

 

「ほら見なさい、かえで。レナの意見にみんな賛成よ」

 

「だ…だけど……本当にそうなのかな…?」

 

「みんなの言葉を疑う気!?」

 

「そういうわけじゃ…ないけど…」

 

「ももこだってレナと同じ気持ちよね?」

 

「当たり前だ。アタシはもう…これ以上悪魔のせいで魔法少女を犠牲になんてされたくない!!」

 

「ももこちゃん…レナちゃん……」

 

確証バイアスという認知バイアスがある。

 

自分が正しいと思う考え方を肯定する情報ばかりを集めてしまうことを指す。

 

自分に都合のいい情報ばかりを集めて意思決定しようとしてしまう。

 

またバンドワゴン効果もあり、多くの人が支持しているものは正しいと思い易い心理現象を生む。

 

ひなのは周囲の喧噪に目を向けた後、小さい体で声を張り上げた。

 

「静かに!!」

 

中央の長の言葉で場が静まり返り、皆の顔を見渡しながら口を開く。

 

「アタシはお前達に問いたい。アタシ達は…何を守るためにして戦ってきた?」

 

それを聞かされた魔法少女達が沈黙していたが、ももこが前に出る。

 

「アタシ達は正義の魔法少女。社会に害を成す悪者と戦ってきた!」

 

レナも前に出る。

 

「そしてレナ達は一緒になって絆を築いてきたの!レナの力は…皆のためにある!」

 

2人の言葉を聞き、周囲の魔法少女達も2人を肯定していく。

 

「私はこころを守りたいし…あいみも守りたい。こんな私の友達になってくれた人達を」

 

「まなかも同じです!悪魔なんかがいたら…魔法少女達が安心してお食事に来てくれません!」

 

「くみもメイドとして、まなかちゃんと同じ気持ちだよ!悪魔が魔法少女達のラブを邪魔する!」

 

「魔法少女の安全保障のためにも…悪魔は退けるべきです。グレイさんだって…悪魔のせいで!」

 

「魔法少女は花のゼラニウムのように真の友情を守る存在よ!それが愛と正義のヒロインです!」

 

出てくる言葉は全て自分たち魔法少女を優先する言葉ばかり。

 

彼女達の愛と正義とはこんなにも狭い世界にしか存在しなかった。

 

愛を深め合えば深め合う程、エゴが強化されていく。

 

己のエゴが優先され、赤の他人に過ぎない人間社会は優先順位から蹴落とされていく。

 

【無意識バイアス】

 

自分自身は気づいていない、ものの見方やとらえ方の歪みや偏りを表すバイアスである。

 

経験や知識、価値観、信念をベースに認知や判断を自動的に行い発言や行動として現れていく。

 

意識しづらく、歪みや偏りがあるとは認識していないため()()()()()()と呼ばれた。

 

こんな光景を見て、彼女達は本当に人間の味方なのだと思えるのだろうか?

 

「みんなの言葉は正しい。アタシ達は共に支え合い、絆を結んだからこそ戦ってこれた…」

 

魔法少女達の絆の象徴こそがコネクト魔法ともいえるかもしれない。

 

強力な魔法を絆の力で生み出せたようだが、その代償はあまりにも大きかった。

 

「だからこそ!アタシは誰一人として魔法少女を見捨てない!そのために中央の長となった!!」

 

「ひなのさん!アタシ達に号令を出してくれ!!」

 

「レナ達が悪魔を見つけ出す!!絶対に…倒してみせる!!!」

 

周囲の勢いにもはや黙り込むことしか出来ないかえでや理子やせいら達。

 

「アタシ達は互いに支え合える道を求めてきた!その輪を断ち切ろうとする悪魔を…探し出せ!」

 

中央の長の号令の元、集まった東西中央の魔法少女達が動き出す。

 

しかし彼女達とは合流せずビルの屋上から広場を見下ろす魔法少女が1人いた。

 

「やっぱり私…あの社会に居場所を見い出せない。ふーにいが集団を嫌ってたのと同じね」

 

その人物とはルミエール・ソサエティとビジネスのやり取りをした後消えていた保澄雫だった。

 

「独裁国家でも官僚や地方責任者の長い既得権益化で腐敗するってふーにいも言ってたわ」

 

これは官僚主義の中国を表し、不差為によって社会が非効率化の機能不全に陥る現象となった。

 

()()()()()ではダメ。外的な目的を達成するための機能集団になるべき…行政や軍隊と同じく」

 

企業社会でも同じであり、本来は利益の追求のために作られた機能的集団でなければならない。

 

人間社会に蔓延る自然発生的な繋がりを重視しては長い時間により仲良し腐敗の温床と化す。

 

馴れ合い社会となり、企業でも新しいチャレンジをしたいという出る杭は打たれる現象となった。

 

正義の魔法少女達は何を守ろうとしていたのかを見失っている事に彼女は気づいている。

 

しかしそれを表立って言うほど彼女はリーダーシップを発揮出来るタイプではない。

 

「それに気が付けない社会なら…出る杭は打たれるだけでしかないなら…私の居場所ではない」

 

踵を返して彼女はワームホールの中へと消えていったようだ。

 

最初に決めた基準こそが正しく、それに向けて努力した気持ちこそが絶対的に正しいと思い込む。

 

アンカリング効果やコンコルド効果という認知バイアスに支配されることしか出来ない。

 

人という生き物は何処までも無意識的なバイアスに流されるだけの愚かな生き物。

 

エゴという自我を持つ人間も魔法少女も悪魔とて何も変わらなかったみたいであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

時刻も過ぎていく。

 

魔法少女の虐殺を繰り返した悪魔は何処に消えてしまったのだろうか?

 

深夜の南凪区、神浜港。

 

コンテナ街はテロの影響もあり、稼働を停止しており再開の目処はまだ立っていない。

 

そんな埠頭の陸岸に人修羅の姿はあった。

 

膝が崩れた姿のまま微動だにせず大海を見つめ続ける。

 

魔石を一つ飲み込んで破壊された心臓を治癒したものの彼の体は全快していない。

 

体の傷すら気にならないのか心此処に在らずの姿を晒していた。

 

その姿はまるで悪神として扱われてきたアスラ神族のようにも見える。

 

帝釈天インドラに須弥山を追われ周囲の大海へ追いやられた阿修羅たる修羅を彷彿とさせた。

 

彼の元に歩いてくる2人の人物が近寄ってくる。

 

黄昏れる悪魔はそれにすら興味を示さない。

 

「やっと見つけたぜ、尚紀」

 

「探したわよ」

 

やってきたのはウラベとナオミのようだ。

 

知っている人物達の声が聞こえた尚紀の顔が後ろを振り向いていく。

 

その瞳は既に絶望を示し始めていた。

 

「……お前らか。いつの間に縁が出来ていたんだ?」

 

「私の滞在ホテルは燃えちゃったし、郊外のホテルに拠点を移そうとしたけど…不便でしょ?」

 

「この女はホテル業魔殿のオーナーであるヴィクトルに泣きついたってわけさ」

 

「ちょっと?そのヴィクトルに泣きついて部屋を提供して貰ってる貴方がそれを言えるわけ?」

 

「うっ…とまぁ、俺と彼女はヴィクトルの世話に暫くなる事になってな」

 

「同じサマナー同士、そしてイルミナティと縁がある者同士というわけで……聞いてる?」

 

2人の関係を説明されたが、今の尚紀には右の耳から左の耳のようだ。

 

己では答えが出せないのか弱々しい声を口から紡ぐ。

 

「……俺は間違っていたのか?」

 

それを聞いた2人は黙り込む。

 

事情をナオミから聞かされたウラベの口が先に開いた。

 

「自由の権化である悪魔が魔法少女社会を治世する…か。矛盾しているよな」

 

「自由…それは個人主義の世界。だからこそ悪魔は楽な道である利己主義を望むわ」

 

「人間とそこは変わらないし、もちろん魔法少女とだって変わらねぇ。感情がそうさせるんだ」

 

「…個人主義だからこそ、俺は社会主義を望む自由もあると解釈した」

 

「混沌の中に秩序を見出す道…それを選ぶのも自由というわけね」

 

その言葉はこの世界ではない別の世界のルシファーが語ったことがある。

 

唯一神との戦いに勝利したルシファーは、こんな言葉を共に歩んだCHAOSメシアに送った。

 

――唯一神が消えた今、我々はもはや悪しき者ではない。

 

――この世界で、自由に生きていけるのだ。

 

――虐げられた者たちが、ついに光を手にしたのだ。

 

――混沌の中、平和は失われているが…自由は手に入った。

 

――むろん、()()()()()()()()()()()

 

――さぁ、行こう。

 

――何者の支配も無くなったこの世界へ。

 

母国が香港ではなく中国となってしまった立場であるナオミには言える言葉がある。

 

「全体主義という絶対的秩序主義の欠陥なら…貴方も自分の老師から聞いたのではなくて?」

 

「……ああ、聞いた」

 

「私の母国である香港は97年に中国に返還されて…全体主義中国と併合されたわ」

 

「香港が完全に中国化するまでの期間はまだあるが…既に香港政府は中国の傀儡だったな」

 

「圧倒的暴力によって大儀という道徳を民衆に押し付ける政治体制。それが貴方の望む道よ」

 

「悪い…ことだったのか?」

 

「そもそも道徳って…()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ならば…何のために道徳や倫理はある?」

 

「道徳や倫理は価値観の押し付けに繋がる。それがイデオロギー対立を生むのよ」

 

「共産党やナチスは多様性を踏み躙ったな…。たった一つの社会イデオロギーしかいらないと」

 

「多様な価値観があって当たり前、それが本当の自由。それを破壊するのが全体主義なの」

 

「……多様な価値観が認められたら、魔法少女は簡単に狂人と化す」

 

「でしょうね…そこが()()()()()()。人は社会的状況次第でいくらでも社会の敵となるわ」

 

「俺は…そいつらが恐ろしい。だからこそ俺は…全体主義を使ってでも社会を変えたかった…」

 

暴力による絶対的秩序主義の先には何がある?

 

それは暴力を振りかざす道徳・倫理政党に逆らえる存在などいなくなる社会。

 

一神教と同じく一つのイデオロギーに逆らえる存在などいなくなる。

 

そうなってしまったら悪魔の如き道徳・倫理至上主義者の天下となってしまう。

 

混沌の中にも秩序を求めてもいいと違う世界のルシファーは言った。

 

だが、混沌世界を切り開くため道徳・倫理を暴力で振りかざせば世界はどうなる?

 

正義を振りかざす悪魔に逆らえる存在などいなくなる。

 

これこそが闇の覇王であるルシファーの本音。

 

唯一神の如き傲慢な秩序世界を望むだろうルシファーの狙い。

 

その頂きに立つのは()()()()()()()()()()ルシファーなのだ。

 

「そうなれば…官僚主義という腐敗しか起こり得ないわ。崇高なる公共心も消え去っていく」

 

「甘い蜜を吸ってきた奴らに反腐敗主義をぶつけようものなら…中央政府と軋轢が生まれるな」

 

「それが今の中国よ。今の中国共産党は中央の反腐敗主義の圧政で不満が爆発しかけている…」

 

「…俺の望んだ全体主義社会体制ですら…腐っていくのか…」

 

「自由の世界で腐るか、秩序の世界で腐るか…人間社会の在り様は救いがねぇな」

 

「だからこそ社会学に正解なんてないの。社会学は偽学問だと世界中で罵倒されているわ」

 

彼が欲しかったのは正しさの定義。

 

それすら用意されなかったため彼は再び遠くの世界に目を向けていく。

 

「…人を恐れれば恐れるほど、疑いを募らせれば募らせるほど…社会は秩序で壊れていく」

 

9・11テロによって自由の国と言われたアメリカは不自由の国に成り果てた。

 

愛国者法というテロリズム対策法によってアメリカ社会は全体主義監視社会のようになった。

 

国民のプライバシーはテロ撲滅という大儀によって侵害され、国民は自由を踏み躙られた。

 

テロリストの活動を監視する手段であり、攻撃を防ぐために役立ってきたと言うが正しいのか?

 

アメリカ国家安全保障局およびCIAの元局員であったエドワード・スノーデンは告発した。

 

陰謀論やフィクションで語られてきたNSAによる国際的監視網(PRISM)の実在を告発したのだ。

 

「俺がやろうとしたのは…この神浜テロを利用した…()()()()()()()()()政治だったんだな…」

 

「…アメリカの9・11や、中国の天安門事件と同じくね」

 

――疑うのは大切じゃ。しかし…信じることも大切なのじゃよ。

 

己が殺した亡き師の言葉は耳の奥にまだ残っている。

 

「マスター……俺は……」

 

脳裏に浮かぶ光景に浸る暇は与えてはくれない。

 

<<見つけたぞ!!悪魔!!!>>

 

大声が聞こえた後ろに3人は振り向く。

 

そこで見た光景とは、改革を望む者たち以外の神浜魔法少女達が集結した光景。

 

神浜中をしらみ潰しにしていた1人が神浜港で虐殺者を見つけ、全員に召集をかけたようだ。

 

「逃がさない…今度こそケリをつけてやる!!」

 

「あの女の人と男の人は…悪魔の味方でしょ!!レナ分かるんだから!!!」

 

「ほ…本当にそうなのかな…?」

 

「何言ってんだよかえで!あの虐殺者と一緒にいるなら…どう見ても仲間の加害者だろ!!」

 

ウラベはももこ達を救っているがももこ達はそれを確認出来てはいない。

 

憶測で判断しているだけの冤罪光景が再び生まれているのだ。

 

「…いい加減にしろよ正義馬鹿共。十代の気分屋な魔法少女共は…これだから嫌いなんだよ」

 

「私も同じよ。私は彼のボディガードを依頼されている身…彼に手を出すなら容赦しないわ」

 

前に出た2人が封魔管を取り出して構える。

 

「悪魔達が攻めてくる!行くぞみんなぁ!!!」

 

ももこが激励の魔法を周囲にかけ、恐怖心を魔法少女達から消し去っていく。

 

恐怖心があるからこそ本当に正しいのかと疑う気持ちにもなれたのに掻き消された。

 

睨み合うサマナーと魔法少女達。

 

だが、ウラベとナオミの肩を掴んだのは人修羅だった。

 

「……手を出すな。連中の目的は…俺だ」

 

「で、でも貴方……!?」

 

「お前…まだ傷が癒え切っていないし、迷いも晴れてないだろうが!?」

 

「これは俺がもたらした光景だ。俺に責任があるんだ…俺に背負わせろ」

 

「尚紀…お前って奴ぁ……」

 

「何べんでも言ってやるわ…度し難い程のお人好しだとね」

 

「所詮は血塗られた定め。この罪から…逃れようとは思わない」

 

「あの子達にはもう言葉は通用しない。貴方は彼女達からこう呼ばれる…」

 

――この世全ての悪(アンリ・マンユ)…アーリマンだと。

 

シジマのコトワリ神の名を言われた彼の口元が笑みを浮かべる。

 

「ならば本望だ。シジマを掲げた俺はきっと…アーリマンだったのさ…」

 

そう言い残して彼は魔法少女達の元へと歩み寄っていく。

 

その後ろ姿を見送ったナオミはようやく理解した。

 

「私が人修羅を欲しがった原因は…彼の中に()()()()()()()()()()()()からだった」

 

東の魔法少女達が自由・平等という混沌をもたらした事に対して、それを否定した魔法少女達。

 

人修羅がもたらした絶対的秩序主義に対しても、それを否定した魔法少女達。

 

ならば彼女達はどちらも選ばない中庸(NEUTRAL)なのだろうか?

 

論語においては中庸の徳たるや、其れ至れるかなとある。

 

中庸は道徳の規範として、最高至上であるとするが…中庸のバランスを保って行くのは至難の業。

 

知情意を統一体としてバランスさせるだけでなく個々の中でもバランスをとるのは一生の課題だ。

 

東洋哲学的には平常心や恒心といったものを持つことが如何に大事かということを語っている。

 

果たして彼女達は知情意を統一体として行えているのだろうか?

 

前に進み出た人修羅が魔法少女達と相対する。

 

「……過ちに学ぶ事なく、自由を求めるというのか」

 

戦った時に彼が語った言葉を無視するかのようにして立ち塞がる魔法少女達に送る言葉。

 

人修羅が選ぶことがあったかもしれない別の可能性において語られた()()()()()

 

コトワリを選ばず、世界をやり直す選択肢において無限光カグツチが人修羅を呪う言葉であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

睨み合う両雄。

 

先に口を開いたのは人修羅であった。

 

「西の長は崩れた。次はお前達が彼女の後を追う番だ」

 

「やちよさんを襲ったのは…やっぱりお前だったんだな!!」

 

「やちよさんに何をしたのよ!?レナ…アンタだけは絶対に許さない!!」

 

「何もしてはいない。あの女は自分で壊れただけだ」

 

「悪魔の理屈なんて信じない!お前がやちよさんを傷つけて病院送りにしたんだ!!」

 

「何とでも言え。俺は貴様らに恐怖を刻み込む…それは次の社会に必要だからだ」

 

「悪魔が…まなか達魔法少女を支配するっていうんですか!?理不尽です!」

 

「貴方を倒して…グレイさんの居所についても吐いて貰います!!」

 

「俺が貴様らに求めるものとは、集団の社会化だ」

 

「集団の…社会化?」

 

「力ある者とは、その力に意味が与えられなければならない。お前達の力の意味は俺が決める」

 

「ふざけないで!私達魔法少女は、あんたのような悪魔のために魔法少女になったんじゃない!」

 

「魔法少女は、辛い苦しみに耐えてでも…叶えたい願いのために契約したんです!」

 

「それを何様のつもりなの!?いい加減にしなさいよね!!」

 

「叶えたい願いのため?だとしたら、貴様らが望んでいることとは私欲のためか?」

 

その言葉が魔法少女達の怒りをさらに煽る。

 

「くみは見てきた!自分のために願いを使う子も多いけど…誰かのために奇跡を願う子もいる!」

 

「誰かのためというのは、魔法少女のためだったのか?それとも人間のためだったのか?」

 

「そ、それは…人間のためだったり、魔法少女のためだったりとか…」

 

「人間のために一度しかない奇跡を使ったくせに、人間社会を見捨てるとはな…」

 

「悪魔のくせに…どうしてそこまで人間社会の肩を持つのよ!?悪魔は人間を襲うものでしょ!」

 

「悪魔の生き方は自由。そしてさっきも言ったが…俺は魔法少女社会に社会全体主義を敷く者だ」

 

「社会全体主義…?それって…漫画とかでみたことがあるファシズムってやつなの?」

 

「独裁政治。魔法少女の力を社会化するとは、人間社会に忠を尽くす選択肢しかいらない政治だ」

 

「私たち魔法少女の自由意志を奪って…魔法少女達の人権を踏み躙ると言いたいわけ!?」

 

「俺が貴様らに()()を与えてやろう。この世での役割・使命をな」

 

ファシズムなどの全体主義社会はアリの巣で表現される。

 

働きアリという雄、子供を生んで育てるという雌。

 

それぞれが巣という全体を繁栄させるために役割を分担して機能した社会環境だ。

 

人間でいえば国家社会のために働き、髭を剃り、食事をして眠るといっていい。

 

徹底して人々に効率だけを求めさせるブラック企業などにも当て嵌まる社会体制であった。

 

魔法少女達の口元が怒りによって食いしばられていく。

 

「ふざけんなぁーーーーッッ!!!」

 

ももこが吼える。

 

「お前は…何処までも傲慢だ!!何様のつもりなんだよ!?」

 

――()()()()()()()()()()のかぁ!!?

 

……………。

 

彼の口が閉ざされた。

 

何も喋らなくなり、何処か表情も驚愕と動揺に包まれている。

 

「俺が……神を気取っている…?」

 

一神教の如き全体主義を望んだ人修羅。

 

その頂きにある神と言えば人修羅が呪い続けた唯一神。

 

足元から崩れていく感覚に襲われていく。

 

彼の脳裏には、かつて平和に生きられた世界の記憶が巡っていく。

 

――俺には望みがあるんだ。

 

――いつか人が…運命に支配されない世界にたどり着きたい。

 

――きっと全ての世界は自由になれる。

 

――…()()()()()()()()

 

……………。

 

ひび割れた心のガラスが今、砕け散った。

 

交わした約束。

 

それを守り抜きたかった道。

 

守り抜くために戦い抜いた。

 

多くを犠牲にしてまで戦い抜いた。

 

二度とこんな悲劇は繰り返されるべきじゃないと願った。

 

そう願った彼が辿り着いた頂きとは…大いなる神の如き存在と化す道。

 

たった一つのイデオロギーしか存在してはならないと人々に強制する独裁。

 

その姿はもはや、嘉嶋尚紀が呪い続けた存在。

 

「俺が……唯一神……?」

 

尚紀の心は今、魔法少女達の正義を望む少女によって完全に壊されてしまった。

 

「チャンスッッ!!!」

 

既にももこは大剣を振り上げ、チャージを最大まで溜め込んだ構え。

 

「ハァァーーーッッ!!!」

 

跳躍飛びによって一気に距離をつめたももこの左薙ぎが放たれる。

 

彼は立ち尽くしたまま避けることさえ出来ない。

 

三日月の曲線を描く独特な刃が左上腕にめり込み、彼の体が弾き飛ばされた。

 

「よし!!角度はバッチリ!!!」

 

積まれたコンテナに叩きつけられ、コンテナを弾き飛ばしながら宙を舞う。

 

倒れ込んだ場所とはガントリークレーンの下側だ。

 

コンテナの瓦礫に埋まってしまった人修羅の回りから毒々しい煙が噴き上がっていく。

 

「がっ……あっ……?」

 

ようやく我に返った人修羅は左腕の激痛に顔を歪める。

 

杏子の斬撃ですら薄皮一枚斬るのがやっとだった人修羅の腕が骨に食い込むまで切断されていた。

 

腕の神経を切断され、左腕の感覚がなくなってしまう。

 

そしてこの周囲の煙がさらなる地獄を体験させることになる。

 

「ゴホッゴホッ!!なんだ…この酷い化学薬品の煙は!!?」

 

彼の表情が土気色となっていき全身が猛毒に侵されていく。

 

マガタマのイヨマンテは精神支配魔法を無効化出来るが毒には耐性がない。

 

<<長として、悪魔の前から隠れていた非礼を詫びよう>>

 

声が聞こえたのはガントリークレーンの上側。

 

クレーンの上に立っていたのはガスマスクを纏う都ひなのだった。

 

「だが本来、アタシの戦い方はこういう搦め手なんだよ。アタシは理系だからなぁ」

 

彼女は右手を持ち上げ指を鳴らす。

 

クレーンに吊るされていたのは魔力で生み出した大型の化学薬品用水平貯蔵タンクである。

 

巻き上げワイヤーに設置してあったフラスコ瓶が合図と共に砕け、ワイヤーを腐食させていく。

 

千切れたワイヤーから切り離され落ちていく貯蔵タンクの下には人修羅の姿があった。

 

「くっ!?」

 

右手に光剣を放出する。

 

真上に向けて切り上げ、落下してきた貯蔵タンクを切断したのが運の尽き。

 

「グアァァーーーーッッ!!!!」

 

中から撒き散らされた液体とは次亜塩素酸ナトリウム。

 

安全基準を遥かに超えた濃度の塩素によって彼の皮膚は化学熱傷を受けガスで肺も焼かれた。

 

「人がいない場所に逃げ込んだのが運の尽きだな」

 

クレーンから飛び降り地面に着地したみやこが皆の方にかけていく。

 

魔法少女達も化学薬品の臭いが酷過ぎて気分を害しているようだ。

 

「ぐぅ…みやこさんの魔法って、こんなにも悪臭を撒き散らすのか…」

 

「レナ…なんか吐きそう………」

 

「ご、ごめん…私……う、うぐぅ!!!」

 

かえではコンテナの後ろ側に走って行く。

 

「理科の実験が安全を重視しないとならない理由が分かったか、お前ら?」

 

ガスマスクをつけているので内側のドヤ顔は周囲には伝わらない。

 

ガスが充満していくコンテナ街だったが魔法少女達は風の流れを感じていく。

 

「な、なに…この強風…?」

 

「ガスが…消えていく…?」

 

風がクレーン下に集まっていき巨大な竜巻を生み出す。

 

「な、なんだとぉ!!?」

 

ガスマスクを外したみやこは驚愕の表情を浮かべる。

 

竜巻によって周囲の塩素ガスと猛毒ガスが巻き上げられてしまったのだ。

 

「風を操る魔法なのか…?」

 

ガスを巻き上げたが、彼は全身火傷と肺の傷によって苦しんでいる。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

ボロボロのウィザードコート右手でを掴み、脱ぎ捨てる。

 

「ゴホッゴホッ!!…これだけの戦いが出来たのか。やはり魔法少女は…侮れない…!」

 

焼け爛れた上半身のまま彼は右腕だけで拳法を構える。

 

もはや彼を支えているのは交わした約束と佐倉牧師の導きの言葉のみ。

 

(なんだ…?体が重い…俺の言う事を…聞いてくれない!?)

 

全身に酷い虚脱感を感じ、心も乱れ切ったため武の神髄である明鏡止水さえ使えない。

 

ガスが消え去ったことで動けるようになり、武器を構える魔法少女達が迫る。

 

「虐殺を行った道に退路は無い…叶えたい社会理想さえ破壊された…それでも…それでも!!」

 

()()()()()()()()()を探し続ける。

 

そんな人間の守護者でいたいと彼は叫ぶ。

 

地面を踏み砕き、野獣の如き速度で魔法少女達に向けて突き進む。

 

ナオミとウラベは離れた位置に移動して尚紀の覚悟を見守ることしか出来ない。

 

そしてこの騒動に気が付いた人物達は他にもいるのだ。

 

「大変です!!」

 

街の治安活動任務を続けていた時女の和装魔法少女が静香に状況を報告する。

 

飛ぶように時女一族が動き出し、静香は連絡先を交換出来たななかにも連絡したようだ。

 

この騒動を魔石の未来予知で知っていたニコラスは既に車を走らせペレネルの元へと向かっている。

 

神浜北養区の山道からは神浜の街に入ってきたハンターカブの明かりが近寄ってきていた。

 

グリーフキューブを運び終えた鶴乃も合流を呼びかけられ現場に向かっていたようだ。

 

「ダメだよみんな…こんな戦いはダメ!!私たち…見失ってた!!」

 

飛ばせるだけ飛ばして南凪区の神浜港を目指す姿が夜道を超えていくのである。

 

この一戦が人修羅である嘉嶋尚紀が魔法少女と戦う最後の光景となるだろう。

 

魔法少女の虐殺者として生き続けた彼が残す最後の戦いとなった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

人修羅の行方をいち早く把握出来たのは、神浜のスマートシティ化を請け負ったアルゴン社。

 

中央区にあるアルゴンソフト支社の都市管理部門からの連絡を受けたシドとアリナは移動。

 

神浜港の海上には大型の豪華クルーザーが停泊しており、2人の姿も見えた。

 

「……ねぇ、人修羅の様子がおかしいんですケド」

 

双眼鏡で戦いの行方を見守る2人だったが、アリナは双眼鏡を下ろして不満顔。

 

「あんな連中にボコられるデビルが、本当にアリナ達のゴットになれるワケ?」

 

「これは想定内でス。追い詰められれば追い詰められるほド、我らの神は覚醒していク」

 

「それも、イルミナティのルミエールゴッドが言ってたワケ?」

 

「ルシファー様は全てを見通されておられまス。安心しなさイ」

 

「フン。ならアリナも、もう少しぐらいボーリングショーに付き合ってあげるんですケド」

 

再び双眼鏡を持ち、事の顛末を見守る姿勢。

 

コンテナ街での戦いは熾烈を極めていく。

 

「オォォーーーーーッッ!!!」

 

右手の光剣から発したのは、衝撃波を前方に広域放出させる物理魔法であるヒートウェイブ。

 

「キャァァーーーーーッッ!!!」

 

みくらとてまりとせいらが衝撃波に吹き飛ばされ、コンテナごと弾き飛ばされてしまう。

 

既に彼は悪魔の如き憤怒の激情に身を委ねるしかない戦い方にまで堕ちている。

 

体も思うように動かず、華麗な技や身体能力を発揮することさえ出来ない状態だ。

 

「よくもみんなを!!ここでなら我が魔眼の力…解放させれる!!」

 

大鎌の柄を回転させ、石突きを地面に打ち付ける。

 

「ぐっ!?」

 

地面から闇の魔力が放出し、人修羅の体を上空に突き上げる。

 

「ハァッッ!!」

 

上空に大きく跳躍した水樹塁はマギア魔法を放つ構え。

 

「魔を狩る死神の化身を、腐肉の細部に至るまで刻め!!」

 

闇の魔力を大鎌に収束させ、投擲。

 

地面に倒れ込んだ人修羅に大鎌が回転しながら迫りくる。

 

「チィッッ!!!」

 

右手の光剣で受け止め続けるが、本命は空から迫る次の一撃。

 

長い前髪に隠れた魔眼?が赤く光り、両手に魔力を収束。

 

「憂色の終止符!!!」

 

両手から放たれた紫黒色の魔の波動とは『終末宣告紋章』と名付けられたマギア魔法。

 

「舐めるなぁ!!!」

 

大鎌を弾き、光剣放出を止めて右手をかざす。

 

人修羅が放った一撃とは破邪の光弾だ。

 

「なんだと!?」

 

互いの一撃が空中でぶつかり合う。

 

「覇王の生まれ変わりの僕が!貴様らの陰謀を華麗に阻止してみせる!!」

 

「闇の覇王を名乗りたかったら勝手に名乗ってやがれ大口女め!!」

 

果敢に攻める塁だが、それでも魔力が違い過ぎるために押し切られていく。

 

<<くみが援護しちゃうよーッッ!!>>

 

倒れ込んだ周囲をモップ駆けしながら七色の光を放っていくのは牧野郁美。

 

モップ掛けにより描かれたのは人修羅を囲む虹色の結界。

 

「なんだ!?」

 

光弾同士の鍔迫り合いのため、彼は身動き出来ない。

 

「さぁ!悪魔のお掃除を始めましょう!!」

 

虹色の結界が光を放ち、地面を一気に弾き飛ばす。

 

「グハァーーーッ!!?」

 

郁美のマギア魔法である『ラブキュンステージ』に弾き飛ばされ、塁の一撃が地面を抉る。

 

彼女の一撃は地面を抉りながらも海の方角に向けて放出され消え去った。

 

「援護を感謝する!僕も数千年前の異世界ではメイド魔法使いと共に…」

 

妄想を垂れ流し始めた彼女たちから大きく弾かれた人修羅を待ち構えていたのは…。

 

「悪魔にとっておきの隠し味を教えてさしあげましょう!!」

 

巨大化させたフライパンを構えるのは、胡桃まなか。

 

大きくフライパンを振りかぶり…。

 

「最後の隠し味はこれです!!」

 

飛んできた人修羅は、巨大フライパンで打ち上げられた。

 

まなかのマギア魔法である『激辛フルコース』だ。

 

「チャンス!!やるよ…恋のパワーがみなぎってきたぁー!!!」

 

空を舞う人修羅に向けて、二丁拳銃を構えたのは江利あいみ。

 

噴き上がる連続マズルフラッシュが夜空の世界を彩っていく。

 

彼女のマギア魔法である『絶対ロックオン』の弾丸が次々と命中していく。

 

「くっ!!!」

 

懐かしい痛みに襲われた彼が空中で態勢を立て直し右手を翳す。

 

破邪の光弾を地面に撃ち込まれたが、あいみは跳躍回避。

 

「効いてる…?あの悪魔…()()()()()みたい!!弾丸のように鋭い刺突も効くかも!」

 

地面に大きく叩きつけられたが追撃は直ぐそこ。

 

「いくわよ!今がきっと、私たちが花開く時だよかのこさん!!」

 

「オーケー!合わせるわ!!」

 

巨大な剪定鋏の剣と針のように細い細剣を振りかざす2人が駆け抜ける。

 

春名このみが周囲に複数の光を放ち投擲。

 

人修羅の周りに空から落ちてきたのは複数の剪定鋏。

 

光剣で溶断していくが、地面に落ちた魔法武器から次々と巨大ブーケが出現する。

 

「こんな魔法ありかよ!?」

 

視界が遮られたことに動揺していたが、既に2人の魔法少女はブーケの隙間を掻い潜る接敵。

 

前から現れたのはマギア魔法である『ピオニーブーケ』の巨大剪定鋏を振り上げるこのみだ。

 

「ハッ!!」

 

「くぅ!?」

 

光剣で右薙ぎを行い、このみの武器を溶断したが罠だ。

 

「まんまとそっちに引っかかったわね!」

 

心が激情に支配され、心眼も聴勁技術も使えないため裏をかかれた。

 

「ほらほら、この一撃がお似合いだって派手な感じで!!」

 

瞬速の細剣斬撃となったマギア魔法の『ヤヨイコレクション』が焼け爛れた体を無数に刻む。

 

「くっ!!」

 

後ろに後退したがそれでも前に踏み込む。

 

「あなたのショーは幕引きだから!!」

 

低い姿勢から心臓に目掛けて放つ一撃。

 

彼は右手を翳す。

 

「っ!!」

 

右掌で細剣を受けたが右掌を貫通する程の一撃となった。

 

「邪魔だぁぁーーーっ!!!」

 

「「キャァァーーーーーッッ!?」」

 

周囲に竜巻が生まれ、2人の魔法少女を大きく上空に弾き飛ばす。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!!」

 

焼かれた体や肺だけでなく、彼の体は猛毒に侵されている。

 

動けば動く程に毒が回り、彼の体を傷つけ死に近づけていく。

 

右掌から業火を生み出し細剣を溶解させるが、次から次へと魔法少女たちが迫りくる。

 

「悪魔を休ませるな!回復されたら厄介だ!!」

 

「他の連中に後れをとるわけにはいかないわよ、ももこ!!」

 

接近戦を主体とする魔法少女たちの猛攻が迫る中、彼は一歩たりとも引かない姿勢。

 

「俺は逃げない!!俺の進む道は…人間を守る道!逃げ出すのは人間を見捨てることと同じだ!」

 

――迷いというものは、ああなりたいという欲望から生まれる。

 

――それを捨てれば…問題はなくなる。

 

――人は迷って当然だ。大切なことは、君が納得することだと思う。

 

次々と魔法少女たちの猛攻を掻い潜る世界でも、彼の耳には愛した人達の声が響く。

 

「俺は己の欲望を捨てる!!貴様らにへりくだる道では…人間は守れない!!」

 

尚紀は納得がしたい。

 

風華という人間の守護者が生きた道こそが、絶対的に正しいのだと納得がしたい。

 

彼女は周りの魔法少女と仲良しクラブを結成し、面白おかしく生きてきたわけではない。

 

たった独りでも、魔力が枯渇しようとも、人間社会を優先してくれた気高き魔法少女。

 

だからこそ彼もまた、独りであっても戦い続ける…風華のように。

 

それでも彼の悲痛な感情の叫びよりも、己が気が付いてしまった真実が体の動きを縛り上げる。

 

「ガハッ!!?」

 

大きく吐血し、下を見れば背中側から刺された短剣の刃が胸を貫いている。

 

「…貴方に陥没させられた顔の礼と、こころを傷つけた礼…受け取りなさい」

 

背後の蒼い鬼火の中から出現したのは加賀見まさら。

 

刃は回復させたばかりの心臓を貫いていた。

 

「いくわよ!!私とまさらの絆の力を受け取りなさい!!」

 

こころが踏み込みマギア魔法を打ち込む。

 

「グアァァーーーーッッ!!!」

 

ディスクリート・バレットが顔面に決まり、雷で感電しながら大きく弾き飛ばされた。

 

「いける…いけるぞ!!アタシ達の力で…悪魔を倒せる!!」

 

「あーしは洗脳魔法系だから、あんまりやれることがないんだけどね~」

 

科学の魔法は周囲を巻き込むため後方で指揮をとるみやこと、参謀?な木崎衣美里。

 

そんな彼女たちの後ろでは、この戦いにまだ疑問を持つ魔法少女たちがいる。

 

「ふゆぅ…このままで…いいのかな…」

 

「あの…かえでお姉さん」

 

「理子ちゃん…?」

 

「私……こんな戦い耐えられません!!今直ぐやめさせて下さい!!」

 

「で…でも…もう止められないよ…。私だって怖いのはイヤだし…あの人がいなくなった方が…」

 

「あの人は…尚紀さんは!人間社会のために戦ってます!だったら…私たちと同じはずです!」

 

「だけど…あの人は魔法少女を虐殺する悪魔だし…」

 

「そ…それは……」

 

「私…怖がりだから、ああいう人はちょっと…受け入れられないかも…」

 

「だからって…だからってあの人が叫んだ言葉を…聞こえないフリだなんて…」

 

「私、弱い子だし…()()()()()()()()()()()()()…ももこちゃんやレナちゃんに迷惑だよ」

 

彼女は保身を選び、集団と共依存する道を選ぶ。

 

人は集団主義に依存する傾向が強い。

 

自分を価値の低い者と感じ、自分が他者にとってなくてはならない者であろうと努力する。

 

他者からの好意を得るためなら何でもする。

 

つねに他者を第一に考え、みずからは犠牲になることを選択する。

 

そんな意志薄弱な共依存人間だからこそ、自分が正しいと思えることさえ言えなくなる。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

ふらつきながらも立ち上がる人修羅。

 

回復する暇さえ与えられず、重症の体を引きずりながらも耳の奥には大切な人々の声が響く。

 

――ヒト…シュラ…繰り返しちゃ…ダメだ…ホ…。本当は…望んでた…はずだ……ホ…。

 

――もう一度…勇や千晶…みたいに…優しい心を…持ってる…同世代の…友達と…。

 

――生き…られ…る…人生……が……欲し……か……。

 

――お前には…いなかったのか…?

 

――命をかけてでも…共に生きたいと願った…魔法少女…は…?

 

――思い…出せ……。お前…の……かけ…がえの…ない……存在……は……。

 

――本当に…人間……だけだった……の……か……?

 

社会のために欲を捨てろ、かけがえのない人達を守れという()()()()()

 

自分の本当の気持ちに目を向けて、自由に生きろという()()()()()

 

「大切な人々から…託された…相反する…願い…」

 

愛してやまなかった存在たちが、彼の心と体を逆に向けて拘束する。

 

「両手が重い…まるで…()()()()()()()()かのように…動かない…」

 

託された相反する願いが、まるで大岡裁きの如く彼の心と体を逆に向けて引っ張り続ける。

 

「それでも…風華の墓と…家族の墓に…誓ったんだ!もう二度と…悲劇を繰り返させないと!!」

 

金色の瞳が瞬膜となり、原色の舞踏を放つよりも先に決まった魔法とは…。

 

「止まってッッ!!」

 

「なっ!?」

 

悪魔の体が一瞬止まる。

 

麻友の固有魔法である敵の攻撃を少し止める力が発揮されたようだ。

 

「勝機ね!!レナの頭部を玩具にしてくれた礼…キッチリ返させてもらうわ!!」

 

レナが跳躍し、人修羅の前方に並べるようにして鏡を生み出す。

 

鏡に映るレナたちが一斉に槍を構え、跳躍したレナと共に複数の槍を投擲。

 

前面から弾幕を張るように迫るレナのインフィニットポセイドンに対し、無防備な姿勢。

 

次の瞬間…。

 

「カッ…ハッ……!!!」

 

一瞬しか効果が無い拘束魔法が解けた瞬間に体を動かそうとしたが上手く避けれない。

 

次々とレナの三叉槍が人修羅の体を貫いていく。

 

左太腿を貫き、右脇腹を貫き、左肺を貫き、右腕をも貫く。

 

「トドメだぁぁーーーッッ!!!」

 

跳躍からのチャージ唐竹割りの一撃が彼の右肩を襲う。

 

骨に食い込み受け止めたが、肩に深く刃がめり込んで止まる。

 

「ガァァァーーーーッッ!!!」

 

口からファイアブレスを吐き出すが、当たるよりも先に剣から手を離して側転回避。

 

立ったままだが、その姿は生きているのが不思議なぐらいの満身創痍。

 

「人修羅…いいえ、ナオキ……。貴方はそれでいいの…?」

 

彼の覚悟を見届けると決めたとはいえ、ナオミとウラベは唇を噛み締め眉間にシワを寄せる。

 

「正義だのなんだの連中は振りかざすが…ようは感情の問題だ」

 

――憎けりゃ殺す。

 

――それが人間ってもんじゃないのかね。

 

痛ましい姿を目撃することとなってしまったのは遅れて到着した魔法少女達も同じだ。

 

「あ……あぁ……尚紀さん!!!」

 

「な……なんてことを!!!」

 

ななか達とこのは達が悲鳴を上げる。

 

「そんな……なんて姿にされて!!」

 

「いや……私の先輩が……先輩がぁーっ!!」

 

静香たちも悲鳴を上げていく。

 

この神浜港でマフィア騒ぎがあった時、闇の世界で生きた王虎はこんな言葉を残す。

 

――魔法という力に酔いしれながら悪者と決めた相手を殺セ!!

 

――力で悪者を倒す正義のヒーローだと酔いしれろ!!

 

――正義とは、()()()()()()()()()()()()()()()()だぞ…ハハハハハ!!

 

駆け寄ろうとする魔法少女たちに向けて尚紀が吼えた。

 

<<来るんじゃねぇーーーーッッ!!!!!>>

 

彼の悲痛な叫びが届いたのか、ななかや静香たちが止まっていく。

 

大きく吐血し、口から大量に血を流しながらも尚紀は言葉を続ける。

 

「これは…俺が背負う業…俺がもたらした…因果!だから頼む…俺に背負わせろ!!」

 

彼は己の責任から逃げない。

 

自由とは、責任を背負える者だけが選ぶことが出来る道。

 

ならばこそ、これが魔法少女の虐殺者に与えられるべき()()()

 

「ダメ…ダメだよ…嫌だよ私……こんな光景……」

 

涙が浮かんでいく鶴乃は、意固地になってでも己の道を貫こうとする彼の姿が他人とは思えない。

 

――エゴは優越性の欲求であり、自分を認めて欲しい訴え。

 

――お前は無意識に気が付いてたんだろ?私の誤りを指摘して、正しい行動に導いてほしいと。

 

「努力するのは逆効果だって教えてくれた人が…私のようにエゴに飲まれちゃ…ダメだよっ!!」

 

今の彼と同じようにして、己のエゴを貫く道を選んでいたとしたら…。

 

それはきっと…自分も周りも傷つけるだけの破滅の道。

 

「ヤダよ!傷だらけになっていく貴方の姿は()()()()()()()を見ているみたいで…苦しいの!!」

 

やってきた魔法少女たちの悲痛な叫びを聞いた正義の魔法少女たちが動揺していく。

 

満身創痍でありながらも歩こうとしてくる悪魔の姿を見てさらに動揺が広がっていく。

 

「なぜだ…なぜお前は悪魔なのに……そこまでして戦おうとする!?」

 

正義の魔法少女たちを率いる長の叫びを聞き、掠れた声で返す。

 

「…この世界に、流れ着き…無くしたくないモノを…また…見つけられた…」

 

満点の星空が広がる森。

 

この世界に流れ着いた日の記憶。

 

やり直せると信じて東京に帰った日。

 

家族に拒絶された日となった。

 

誰にも覚えていてもらえない日となった。

 

居場所を失い彼は彷徨う。

 

何処かの街の路地裏で全てを呪いはじめた頃。

 

嘉嶋尚紀はもう一度見つけられた。

 

無くしたくないモノたちを。

 

「俺はもう…失いたくない…!だからこそ…俺は…人間の…守護者に…!!」

 

「もういい!倒れてしまえ!!アタシたちだって…もうこれ以上は…!!」

 

「失わない…仕組みが…いる…!それが無ければ…()()()()で…済まされる社会にしか…!」

 

「お……お前……」

 

ももこの握る大剣が震えていく。

 

レナが握る槍も震えていく。

 

彼の魂の叫び…それは悪魔の叫びなどではない。

 

大切な人を無くしていった人間の叫びだから。

 

「俺を…この世全ての悪だと…罵ろうが…構わない…!それを…背負ってでも…俺は…!!」

 

――人間の守護者で…在りたい!!!

 

脳裏に浮かぶのは、かつての世界で守れなかった大切な人々。

 

脳裏に浮かぶのは、この世界でも守れなかった大切な人々。

 

だからこそ彼は止まらない。

 

もう尚紀は失うことを繰り返させたくない。

 

その先に破滅が待っていようとも止まらない。

 

選ぶのは秩序(LAW)か?

 

それとも混沌(CHAOS)か?

 

あるいは中庸(NEUTRAL)か?

 

赤き思想を纏う英雄が選ぶ選択の答えが今、示される時がきた。

 




読んで頂き、有難うございます。


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127話 サタン

神浜港にいち早く辿り着けたのは、ペレネルの転移魔法を利用出来た者達。

 

「これは…どうして?神浜の魔法少女達は何故…テロリストを裁いた者に制裁を与えようと?」

 

細目が開いたペレネルは驚愕の表情。

 

彼女たちは海運会社オフィスの建物の屋上から人修羅達の戦いを見届けようとしている。

 

「…我々は、この戦いを見届けねばならない。…百年戦争を生きた者として…」

 

「それは…どういう意味なのでしょうか、ニコラスさん?」

 

「私たちのオリジナルが生きた時代と…この戦いが関係していると?」

 

「我々が生きた中世時代とは、一神教時代。それは善神勝利一元論に即した善悪二元論時代だ」

 

「突然夜中に現れて私たちに呼びかけた理由とは…二元論について語りたかったからなの?」

 

「二元論…?マスター、それがジャンヌ・ダルクと何か…関係しているのでしょうか?」

 

「そ……それは……」

 

「…ジャンヌ・ダルクの現身となった造魔よ。よく見ておきなさい…この戦いの悲惨さを」

 

タルトは固唾を飲んで見守っていく。

 

彼の叫びは踏み躙られ、悪者として罵られ、正義を振りかざされて傷つけられていく光景。

 

彼女は心臓の高鳴りを感じていき、胸に手を当ててしまう。

 

「あ……あぁ……」

 

彼女の記憶にフラッシュバックしたのは、タルト達が戦ったイングランド魔法少女達の記憶。

 

「ミヌゥ…コルボ―…ラピヌ……」

 

最強の魔女となる母親の復活のために百年戦争を利用し、死と呪いをフランスにもたらした者達。

 

ジャンヌ・ダルクとして生きたタルトと、彼女と共に生きたリズ達は正義のために戦った。

 

「わたし……わたしは……ミヌゥたちと戦って……」

 

姉妹さえも用済みとなれば処分する冷酷なミヌゥに対し、彼女は戦い続けた。

 

「フランスに闇をもたらす者達を倒すのは……神の御望みなのだと…信じて…」

 

大切な親友であるリズを失い、失意と絶望に飲まれた牢獄時代も生きた。

 

「わたしのせいで…リズを失っても……それでも……みんなは望んでくれました……」

 

その果てにタルトは仲間に救われ、救国の英雄を望みし者達の叫びに応じ…本物の英雄となった。

 

「わたしの戦いは…間違っていない……間違っていません……」

 

だが…そんな絵に描いたようなヒーロー物語だったのであろうか?

 

…百年戦争とは?

 

ジャンヌ・ダルクが最も見たくなかった記憶が濁流のように流れ込んでくる。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

両手で頭を抑え込み、膝をついてしまう。

 

…彼女はついに、振り返ってしまった。

 

正義の旗を掲げて百年戦争を駆け抜けた英雄ジャンヌ・ダルクの背後には…。

 

何が転がっていたのかを…。

 

「戦争は悲惨なものだ。どちらも正しく、どちらも間違い。それを政争にするなど愚かの極みだ」

 

「あ……あぁ……」

 

ジャンヌ・ダルクの現身に見えてしまった…あまりにも悲惨な光景。

 

魔法少女に適う人間などいるはずもなく、なす術もなく蹂躙されたイングランド兵達の死。

 

ひとたびクロヴィスの剣を振るえば、人間の群れなど挽肉と化していく。

 

ジャンヌ・ダルクは大砲の戦術にも新しい方法を見出した先見の明を持っていた人物。

 

攻城兵器としてしか使われなかった大砲を…あろうことか人間に向けて撃てと言ったのだ。

 

大砲の雨に晒されたイングランド側の兵士達は…ゴア塗れの死体と化していく。

 

また、彼女は思い込みが激しく自分にも他人にも厳しい側面を持っていた。

 

自分のやってきた事は絶対的に正しく、異を唱える者は間違いだと王太子にまで噛みつく始末。

 

彼女に付き従ったバタールに向けて、命令に従わなければ首を跳ねるとまで言い出した歴史事実。

 

ジャンヌ・ダルクは百姓の娘であり、農業をしながら男の子と育った人物。

 

そんな彼女は聖女のイメージのように、ずっと穏やかだった訳ではない。

 

自分の正義に反することをした人に対して、頭に血が上ることも多かったのだ。

 

その頑固さを信仰と愛国心へと繋げたために、彼女は戦ってこれた。

 

そして……果ての景色とは?

 

「これが……正義のために戦ってきたタルトが……築き上げた……景色?」

 

死…死…死…死…死……。

 

おびただしいまでの…人々の死の光景。

 

タルトの後ろ側に広がっていた景色とは、彼女を英雄として称える者達ではない。

 

フランス救国の英雄と呼ばれた魔法少女に、虐殺の限りを尽くされていった……。

 

骸の丘だけが…広がっていた。

 

「こんな…こんな光景が……タルトが信じた正義なのですか!?」

 

――ミヌゥ達がもたらしてきた光景と……()()()()()()()()!!?

 

タルトの現身となった造魔の言葉を聞いたリズが俯いていく。

 

彼女にもリズの記憶が流れ込んでしまう。

 

「…かつてのタルトは、ミヌゥを魔女だと罵った。でも…タルトもまた…魔女と罵られるのよ」

 

「彼女は敬虔なキリスト教徒。キリスト教の善神勝利一元論を誰よりも愛していたはず」

 

「…ニコラス。これが……かつてのタルトに向けての…メッセージだと言うの?」

 

「自分は虐殺の限りを尽くして良い。イングランドの魔法少女はダメ。…これが二元論の理屈」

 

――かつてのジャンヌ・ダルクが振りかざした理屈とは…ダブルスタンダード。

 

――戦争のために繰り返したこの世の悪行を、イングランドの魔法少女側にすり替える手口。

 

「救国の英雄と呼ばれた彼女は…さぞ有頂天になって自分を客観視しなかったのだろうな」

 

「……それを指摘しなかった当時の私にも、責任があると言いたいの…ニコラス?」

 

「ジャンヌ・ダルクの末路を、誰よりも後悔してきたのは君だろう…ペレネル?」

 

唇を噛み締め、眉間にシワを寄せ切ったペレネルは下の光景を見つめ続ける。

 

()()()()()()()()()()()()…。ナオキ君もまた…英雄ジャンヌ・ダルクと同じようになる…」

 

魔法少女の虐殺者だけが虐殺を許され、悪に手を染めた魔法少女はダメとくる。

 

「たとえ司法根拠があろうとも…人間社会の利益になろうとも…魔法少女たちは認めない」

 

――自分達だけが悪者にされたミヌゥとて、タルトを受け入れられたはずがない。

 

――自分の悪行を棚上げした正義の魔法少女に、サンドバックの理屈を浴びせられたのだから。

 

――これが庶民の愛した、正義と悪が戦い合うヒーロー物語の本質。

 

「実に…()()()()()()()だとは思わないかね?それとも…正義を振りかざす()()は楽しいか?」

 

「ニコラス…その理屈だと、この世の戦争全てが……」

 

「くだらないのだ。善と悪に分断されて殺し合わされ…悲しみと憎しみがさらに戦争経済を生む」

 

「憎しみの連鎖を永遠に生み出す宗教的な呪い……それが善悪二元論……」

 

「悪を差別する感情と正義を執行する優越性が人の心を壊す。絶対的他責思考が対立を生む」

 

「……19世紀以降の欧米植民地経営でも使われてきた手口ね」

 

「正義宗教の恐ろしさを語った彼もまた…正義に囚われた者。だからこそ…こうなった」

 

――一神教の唯一神の如く、世界を光の正義と闇の悪に分断して相争わせる者と成り果てたのだ。

 

修羅(アスラ)

 

アスラとはゾロアスター教においては大光明神であり、それは光の正義を表す。

 

同時にアスラは悪神としても扱われ、闇のアーリマンでもあった。

 

唯一神。

 

ユダヤ・キリスト教の光の創成神であると同時に、混沌をも司る神。

 

混沌の中から宇宙を創成し、破壊と創造の二面性を持つ全ての存在の父となった。

 

故に唯一神とは…二つに分かれる分断を表す。

 

世界に差異をもたらし、分断をもたらした神。

 

差異と分断によって、異なる存在となった人々を永遠に殺し合わせる神。

 

バベルの塔を生み出そうとした人類から言語を分断し、永遠に団結させれなくした神。

 

分断を表す図形とは…六芒星。

 

上向きの三角形は物質の霊への上昇という分断。

 

下向きの三角形は霊から物質への下降という分断。

 

陰と陽、天と地、光と闇、火と水、風と土、神と人、男と女、正義と悪…あらゆる分断。

 

十の戒律を掲げさせ、従わない者は殺せという人々の分断さえもたらした神。

 

ヘブライは六芒星を愛し、国旗とした。

 

世界に終わりなき災禍をもたらす分断の神を望む民族こそが、ヘブライ民族だ。

 

……………。

 

造魔であっても心に衝撃を受けたタルトの現身。

 

「ナオキ君…君は混沌王でありながらも光の秩序を宿すアスラ…だからこそ、唯一神と言われる」

 

ずっと膝が崩れていたが…立ち上がっていく。

 

「タルトは…そんなヘブライの教義を愛してしまった。だからこそ…正義という分断を望んだ」

 

悪魔化したタルトが建物から飛び降りる。

 

「……行かせてしまっていいのかね、ペレネル、リズ?」

 

やりきれない表情を浮かべていた2人だったが…ペレネルが元夫に振り返る。

 

「もう……繰り返してはいけないわね。百年戦争の呪いは……」

 

――それこそが…ジャンヌ・ダルクの贖罪よ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

中央区電波塔。

 

頂上に聳え立つアンテナゲイン塔の足場には、長身の男達の姿。

 

「どうだね、バアル神であるモロクよ。あれが…私の最高傑作だ」

 

黒のフォーマルスーツ姿のルシファーが隣を見る。

 

そこに立っていた人物とは…子供達の血で染められたが如き真紅の衣服を纏う大男。

 

燕尾服風の赤の上下に黒のカマーバンドやストールチーフを首に巻いたフォーマル姿。

 

肌は浅黒く、その頭部は二本角が天に向かって生えた牛を模した純金の兜を纏う。

 

190センチはあるルシファーよりも10センチは大きい大男が口を開いた。

 

「…素晴らしい。正義の名の元に、魔法少女という子供たちをゲヘナの炎に焚べていく」

 

純金兜の中から愉悦の笑いが木霊する。

 

「認めよう…あの悪魔こそが、汝の半身となるべき…憤怒を司る魔王なのだと」

 

「気に入ってもらえて何よりだよ…モロク。いや…バアル神と呼んだ方がいいかな?」

 

バアル神と呼ばれた男の両手が純金の牛兜を持つ。

 

上に兜を持ち上げていき、兜の中の素顔を晒す。

 

兜の中に収められていた髪が解放され、美しい白銀の長髪が風に靡いた。

 

「人修羅に敬意を示す。あの者こそが混沌王であり、闇の覇王…黒きメシアなのだと」

 

「…お前が素顔を晒すなど、滅多にない。最大級の敬意というものだ」

 

浅黒い肌をした美しい顔の瞳が紫に光り、ルシファーに向けられる。

 

「黙示録の赤き獣となりし人修羅と…金星を司る汝が共に歩むのは…()()であった」

 

それを聞かされたルシファーは前に向き直り、遠くの神浜港に目線を向ける。

 

神々の頂点の領域に立つ2人の大いなる存在にとって、距離など意味をなさない。

 

「赤き獣の五本目の首を表すローマ皇帝こそが…極まった反キリスト存在であった」

 

その者の名は第5代ローマ皇帝ネロ・クラウディウス・カエサル(紀元37~68)

 

暴君として知られ、母を殺害し、キリスト教徒を迫害し、芸術に心を奪われた末に命を絶った。

 

ネロはローマ市に自ら火を放ち、キリスト者の仕業にしてキリスト教会迫害を大々的に始めた。

 

帝国全土における組織的なキリスト者弾圧が始まり、キリスト教受難の時代をヨハネは嘆いた。

 

そんなヨハネが残したものが…ヨハネの黙示録。

 

「黙示録では、ローマ皇帝やローマ帝国は、悪の権化であるかのように描かれている」

 

「大バビロン…大淫婦…そして赤き獣か」

 

「洪水で滅びたバビロン文明の流れを組むギリシャ・ローマ帝国。ローマとはバビロンを表す」

 

「黙示録とはキリスト教迫害時代を象徴する。赤き獣とはローマ皇帝…ローマ帝国とは大淫婦」

 

「旧約聖書のイザヤ書では都のことを遊女に喩える。大淫婦とは…広大なるローマ帝国だ」

 

「ルシファー…金星を司る暁の星よ。汝こそがローマ帝国…バビロンを司りし堕落の星…」

 

――()()()()(イシュタル)なのだ。

 

金星とは本来、女神信仰の星。

 

五芒星においては頂点の点を表す。

 

それが堕天する降下を表すのが、デビルスターである逆五芒星。

 

「汝は()()()()()()()。反キリストの象徴たる暴君ネロとて女装をして結婚したXジェンダーだ」

 

「獣の数字とは…皇帝ネロのギリシャ語表記をヘブライ文字に置き換え数値化したもの」

 

「その数を合計した数こそが…666だ」

 

――666の赤き皇帝に跨る、バビロンの大淫婦たる古代ローマ帝国とは…。

 

――暁の金星であるルシファー……汝なのだよ。

 

…シド・デイビスはこんな言葉を残す。

 

――全ての道ヲ、ローマに繋げる赤き竜。

 

ローマ帝国を表すルシファーへの道を繋げる者と成り果てた人修羅。

 

彼はかつての世界においては、世界を混沌の闇に沈めてしまう。

 

CHAOSの道…それこそが闇の覇王たるルシファーが望む道。

 

アマラの終わりを望んだ嘉嶋尚紀は…流されてしまったのだ。

 

反キリストを司る…ルシファーへと成り果てていったのだ。

 

大いなる神たる唯一神は…人修羅に呪いの言葉を残した。

 

―――あの天使は、()()()()()()()()()()()、新たな悪魔を創りたるか。

 

―――ならば、わたしは滅びをおこう。

 

―――わたしと、おまえの間に。

 

―――わたしの末と、おまえの末の間に…。

 

……………。

 

「…かつて、新たな悪魔を創造するために用意した魔人の中に…黙示録の獣を表す者がいた」

 

「彼女…いや、彼は望んでくれた。象徴に過ぎない自身に代わる…本物の赤き獣を生み出すと」

 

「そのために人修羅と戦い、散っていった魔人。……その者の名は」

 

――魔人マザーハーロット。

 

【マザーハーロット】

 

ヨハネ黙示録に『大バビロン、大淫婦』として記される存在。

 

神に逆らう7つの頭と10本の角を持つ赤い獣(海からの獣との同一説も)に跨り、その手には汚れに満ちた金の杯を持つ。

 

大淫婦と獣はそれぞれ反キリストの宗教的・政治的存在の象徴とされる。

 

しかし、後に内部分裂が起き、大淫婦は獣によって滅ぼされるのだという。

 

ベイバロンとも称される彼女は神の七封印が解かれた後、七つの頭と十の角を持った邪悪で赤い獣に跨り、地上の王たちと享楽に耽り世界を混乱に貶めるという。

 

バビロンの大淫婦は、シュメールの大地母神イナンナ(イシュタル)がキリスト教の世界観に取り込まれた結果生まれたもの。

 

マザーハーロットとは、イナンナでありイシュタル(アフロディーテ・ヴィーナス)なのだ。

 

…美の女神の如き美しい顔の口元が歪んでいく。

 

その表情は愉悦を堪えきれない様子。

 

「もう直ぐだ…時期に生まれる。我が半身が…黙示録の赤き獣が誕生する…」

 

「汝は赤き獣の父親であり母親。帝国を失った寄る辺なき皇帝など意味をなさないからな」

 

――せいぜい尻に敷いてやるがいい…永遠にな。

 

――子供は黙っていても…()()()()()()()()()

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

…全身に刃が突き刺さった満身創痍の体が動く。

 

「く……来るなよ……!」

 

ふらつきながら迫る斬撃など、ももこにとっては避けるのは造作もない。

 

それはレナや他の魔法少女たちも同じであったが…誰一人として反撃を加えられない。

 

「くぅ!!」

 

光剣の右薙ぎが空を切り、態勢を崩した人修羅が片膝をつく。

 

その戦いは…あまりにも無様でカッコ悪い醜態。

 

…壊れた理想に縋りついた者の末路だ。

 

「倒れろよ…頼むから倒れてくれよ!!これじゃあ…アタシ達が悪者みたいじゃないか!!」

 

息を切らせた悪魔が、再び立ち上がっていく。

 

「…正義だの悪者だの…俺たちは何処までも、そんな世界に縛られてきたよな…」

 

再び斬りかかりに向かうが、態勢を崩してまた片膝をついた。

 

「今でも…人間のために戦った事を後悔していない。お前達もまた…後悔などしていないはず…」

 

「レ…レナ達は…正義のために…戦って……」

 

「魔法少女社会のため…それだって、大儀を振りかざす理由としては上等だ。だから…譲れない」

 

再び立ち上がろうとするが、足に力が入らず地面に右手をつく。

 

「…正義も愛も追いかけない、そう誓った。…だが、俺も…お前らも…それが捨てられない…」

 

「あ…当たり前だろ!!人から正義や愛を奪われたら…何が残るんだよ!?」

 

「人は…エゴに囚われる。だから…優先するものを違えていき…社会は壊されていく…」

 

「レナ達が…優先するものを違えてきた……?」

 

「正義の変身ヒロインを気取るお前達が…守ってくれないなら…誰かが…守ってやれなきゃ…」

 

――どうやって…かけがえのない人達を…救えばいいというんだ?

 

無くしたくない者たちのために戦ってきた。

 

それこそが、彼の最後の力。

 

再び足に力が入り、立ち上がっていく。

 

「俺…孤児なんだ。だから…親を失った人達の心の痛みが…分かるんだ…」

 

それを聞いたこのは達の目に、涙が浮かんでいく。

 

「俺…悪魔だけど…人間の心の痛みが分かるんだ…」

 

それを聞いたななかとかこの目に、涙が浮かんでいく。

 

「みんな…かけがえのないモノを誰かに奪われる。それを守ろうとした人達にまで…忘れられる」

 

――だから変えたい…魔法少女社会を。

 

――もう悲劇を繰り返させたくない…そう願った俺の心だけは…。

 

――俺自身が……裏切るわけには…いかない!!

 

666の獣を象徴する暴君ネロは、名君としての側面を持つ。

 

税制・通貨改革やコンクリートの街づくり、東方への領土拡大など実際には多岐にわたっている。

 

また彼は裕福な元老院議員たちから富を取り上げ、貧しい人々に分け与えた。

 

ネロは()()()()()()()()()()()愚かな人物だったが、人々を魅了した。

 

黙示録の赤き獣という悪者にされた皇帝ネロは…()()()()()()()()()だったのだ。

 

…正義の魔法少女たちの体が震えていき、次々と武器を落としていく。

 

「俺は…引かない!…媚びない!…省みない!!」

 

――たとえ俺の()()()()()()いたとしても…守れる可能性がある限り、捨てない!!

 

右手から光剣を生み出そうとした時、割って入ってきたのは黒騎士姿のタルト。

 

「お、お前っ!?」

 

彼女は傷ついた彼の体に抱き着き、動きを抑え込む。

 

「…もう、やめてください…お願いします…!」

 

「邪魔だ…離れろ!!」

 

「いいえ離れません!言った筈です…ジャンヌ・ダルクのようにはならないで欲しいと!」

 

「お前はジャンヌ・ダルクになりたかったんだろ!?そのお前が…なぜ英雄を否定する!」

 

「愚かだったのです…タルトは!客観性を失い…誰からも指摘されなかったから間違った!」

 

「ジャンヌ・ダルクが…間違っていた…?」

 

「タルトは…善悪二元論に憑りつかれてました!だから己の悪行さえ…見て見ぬフリをした!」

 

彼女の悲痛な叫びが心に響いたのか、光剣の放出が収まってしまう。

 

彼女は後ろにも振り返り、正義の魔法少女たちにも叫ぶ。

 

「私は悪魔です!ですが…私の元となった存在は…貴女達と同じ正義の魔法少女でした!」

 

「えっ……?どういう…ことなの…?」

 

科学知識を持つ都ひなのが前に出る。

 

「ま、まさか……お前は、クローン人間なのか!?」

 

「クローン人間!?そんなSF技術が…もう出来るっていうのひなのさん!?」

 

「21世紀頃から技術は確立したと化学記事を見たことがあるが…様々な団体から圧力を受ける」

 

「…似たようなものです。私の元となった正義の魔法少女は…人間を殺す道を選んだ者なんです」

 

「な…何よそれ!?そんなの…正義の魔法少女でも何でもないわよ!!」

 

「その通りです…。彼女がやったことは…戦争という言い訳を利用した…ただの殺戮でした!」

 

――政治が違う、宗教が違う、立場が違う、民族が違う…。

 

――こんな差異があるだけで…人々は終わりなき戦争を生み出していく。

 

「尚紀と皆さんに…差異があるのですか?()()()という…小さな差異があるから争うのですか!」

 

「ま…まなかは別に…男の人だから傷つけたわけじゃ…」

 

()()()()()()()…それだけの差異で…皆さんは争うのですか!?」

 

「く…くみは別に…悪魔だから争ってたわけじゃ……」

 

()()()()()()()()…その差異を認められないから争ってきたんですか!?」

 

「僕は…ううん、私はただ…その…小説みたいに悪者を痛快に倒せたら…皆に褒められると…」

 

()()()()()()()()…そんな都合で分断されたから…皆さんは彼を悪者にしてきたのですか!?」

 

ジャンヌ・ダルクの現身となった造魔の言葉が、魔法少女たちの戦意を消し去っていく。

 

「ジャンヌ……」

 

それは尚紀も同じだ。

 

「貴方もです尚紀!貴方は悪に手を染めた魔法少女達を…()()してくれた事がありますか?」

 

「検証……?」

 

「犯罪行為をした部分だけを切り取って、それが彼女たちの全てだと悪者にしたはずです!」

 

「お……俺は……」

 

「彼女達にだって…止むを得ない事情を抱えてました!その原因こそが…倒すべき敵です!」

 

その言葉を聞いた尚紀の脳裏には、ジャックフロストの死に際の言葉が蘇る。

 

――殺し合う事になった…大切な…友達…。でも…ヒトシュラは…本当は……。

 

――あの子達と…殺し合いだなんて…したくなかった…はずだ…ホ…。

 

――みたまも…その子も…他の子達だって……運命という理不尽に…弄ばれたから…。

 

――この子達も…本当は…勇や千晶って子のように…優しかったはずだ…ホ…。

 

……………。

 

立ち上がった彼の体に力が入らなくなり、タルトに覆い被さっていく。

 

そんな彼の体を抱きしめてくれた優しき者。

 

その人物は…人間の守護者として生きた彼と同じく、殺戮の上に殺戮を重ねたフランスの守護者。

 

…その現身であった。

 

「……アタシ達、間違っていた…」

 

ももこは掲げていた大剣を下ろしていく。

 

「……レナも、間違っていたわ…」

 

次々と戦いを止める意思を示してくれた魔法少女たちに向けて駆け寄ってくる人物たち。

 

「ごめん…ごめんなさい、2人とも!私が…私がおかしいって…指摘出来なかったから…!」

 

「…ううん、かえで。アンタはちゃんとレナ達におかしいって言おうとしてた…」

 

「だけど…アタシ達は自分たちの感情が望む正義を優先したから…聞いてあげれなかった」

 

「……ごめんね、かえで。友達として…間違ってたわ」

 

「ふ…2人とも…!こっちこそごめん…ごめんなさい!」

 

かえでは2人に抱き着き、鶴乃まで走ってきてももこに抱き着いた。

 

「それでこそ!私やみふゆ、それにししょーやメルと一緒に戦ってきた魔法少女だよ!」

 

「アハハ…ごめんな鶴乃……アタシ達が、バカだったよ」

 

抱き着きながらも鶴乃は尚紀に振り向いていく。

 

激痛に歪みながらも彼は鶴乃に疲れた笑みを見せ、静かに目を閉じていった。

 

みんなが笑顔になっていく光景の中で、落ち込んでいるのは中央の長。

 

「……アタシは長失格だ。誰よりも早く…自分達の間違いに気が付くべき立場だったのに…」

 

「みゃーこ先輩……」

 

「……やり直せば、いいだけです」

 

近寄ってきた常盤ななか達に視線を向ける。

 

「私たちは潰し合いがしたいのではない。共に人間社会を優先する道を探したいだけです」

 

「…アタシはみんなに言った。アタシ達は…何を守るためにして、戦ってきた…と」

 

「出てきた言葉は、魔法少女にとっては正しく聞こえた筈です。だからこそ()()()にしてしまう」

 

「理解力が足りなかった…アタシも自分に都合の良い感情に流されて…判断を間違ったんだな」

 

「エゴは誰でも持つのが自然。それを全否定してはいけません…さらに捩じれてしまいます」

 

「アタシ達…ななかから見ても、イノシシ娘に見えていたか?」

 

「そうですねぇ…明日香さんを超えるぐらいのイノシシ娘に見えておりましたが?」

 

「…フッ、やれやれだ…。こんなにも冷静に人々を客観的に見られる才能がいてくれただなんて」

 

中央の長はななかに振り向き、咳払いをした後…真剣な表情。

 

――ななか……アタシ達の長になってくれ。

 

みやこの横にいた衣美里は驚愕の表情を向けるが、ひなのは首を横に振る。

 

「若い才能がいてくれる。それだけで…先輩のアタシ達は嬉しくなっちまうもんなのさ」

 

「みゃーこ先輩……」

 

「老兵は死なず、ただ去るのみ……ってな!」

 

小さな体でドヤ顔を見せ、少しだけ元気になった衣美里が微笑んでくれる。

 

常盤ななかは姿勢を正す。

 

「委細承知いたしました。長年の長としての務め…お疲れ様でした」

 

深々と礼をするななかだが、またまた咳払い。

 

「その…なんだ。先輩として言えることは…厳しい態度も必要だが、緊張し続けると皆疲れるぞ」

 

「えっ…?あ、えっと……不束者ですが、よろしくお願いいたします!」

 

「なんで嫁入りみたいな言葉で言い返す!?」

 

社会の長になったことがない彼女の初々しい態度におかしくなったのか、皆が笑顔になっていく。

 

そんな様子を安堵して見つめる時女一族の面々。

 

「静香ちゃん…神浜の魔法少女社会は、変われたみたいだね」

 

「そうね…ちゃる。次は……時女一族が変わる番よ」

 

「もう帰る日にちも近いです。この光景を…次の時女一族にしましょうね、静香」

 

「もちろん!私が変えて見せる…絶対に」

 

――ヤタガラスの任務だったけど…私…。

 

――神浜市という街に来れて…本当によかった。

 

皆の様子を建物の上から見つめるペレネル達にも安堵の表情が浮かぶ。

 

「タルトの言葉が…みんなから善悪の概念を…消し去ってくれた……」

 

「…私では、あの言葉を言う資格はなかったわ。私は既に…ナオキと同じく虐殺者だから」

 

「彼女を暴動の時に戦わせなかった判断は…正しかったということだね、ペレネル」

 

戦争に飲まれた魔法少女ジャンヌ・ダルク。

 

彼女は戦争の善悪の世界に巻き込まれた末に、命を落とす。

 

だからこそペレネルは繰り返したくはなかった。

 

善悪に分けられてしまうことを恐れ…加害者になる道をタルトの現身に禁じたのだ。

 

眼鏡の奥の細目に涙が浮かび、手で擦り落とす。

 

「キリスト教などの善神勝利一元論に即した善悪二元論…なんて恐ろしい考え方だったのかしら」

 

「そして集団社会の恐ろしさだ。正しいと思っていることすら、言えない圧力が生まれる」

 

()()()()()()()()()…ジョージ・オーウェルも言ってたわね」

 

「日本は民主主義だと言いながら…中身は権威主義であり企業社会主義者と化した日本人体質だ」

 

「上の人が言う事は絶対…それがどんな理不尽な要望であっても従うしかない社会風土…」

 

「社会問題に沈黙する者は()()()()()()()。周りに迷惑をかけたくない価値観がそれを助長する」

 

「差異で分けると正しく区別も出来なくなり、感情に支配された奴隷となっていくのね…」

 

「奴隷は奴隷を作り、鎖を自慢しあう。サービス残業何時間した?…と自慢し合う光景だよ」

 

「奴隷である事すら理解出来ない愚かの極みね…日本人は完全に価値観が壊れてしまってたのね」

 

「選挙でも貧しい人に金を配ると言っても票は集まらなくなった」

 

――そんな社会のお荷物共など切り捨てて、俺たちに金を寄越せと言い出すのが今の日本人だ。

 

「人は…どうして差別から逃れられないのかしら…?あまりにも情けない生き物だわ」

 

「政界の人格者であっても、注意深く見れば劣る者を見下す発言を行う。人は差別する生き物だ」

 

「差別者と被差別者の間に生まれる怨念は…暴力による決着しか生み出せなくなっていく…」

 

「それを変えようとした人物こそが…公民権運動で知られるキング牧師だった」

 

「この世の問題は…二元論の対立を利用して如何なる分野でも複雑化し…人を盲目化させてきた」

 

「本質を見通す力こそが…客観性だ。だからこそ、社会はワンマン独裁ではダメなのだよ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()…ね」

 

日本国憲法19条。

 

思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

 

思想と良心の自由が互いに尊重されなくなった社会こそが…差別極まった社会。

 

「さて、ペレネル。自分独りで塞ぎ込めば視野も狭くなる…そろそろ復縁を…」

 

「……それとこれとは、話は別よ」

 

「やれやれ…やはり人の感情というものは、理屈の世界では中々にこじ開け辛いものだね」

 

オーバーに両手を広げるニコラスに意見を促されたリズは、少しだけ微笑み返す。

 

「かつてのマスターがニコラスを愛した気持ち…なんとなく分かった気がする。彼は聡明な人よ」

 

「ちょ、ちょっとリズ!?」

 

顔を赤くしてリズに怒りだしていた時だった…。

 

――そろそろ、仕上げに移れ。

 

突然何処からか念話が届くが…それは神浜港にいる人物達にではない。

 

シドとアリナが立つ豪華クルーザーの奥に存在していた人物に届いたようだ。

 

クルーザーの奥から現れたのは、ルシファー直属のエグリゴリ部隊の隊員である堕天使。

 

「……それでハ、お願いしまス」

 

「こいつ…このために用意されてたんだ?」

 

2人が見守る中、市街戦を専門とする法執行機関特殊部隊兵士のような黒装備姿の男が変わる。

 

その姿はまるで……イルミナティを象徴する梟のようにも見えた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【アンドラス】

 

ソロモン72柱の悪魔の一人である悪魔侯爵。

 

鳥の頭を持ち、炎の剣を片手に狼にまたがった天使の姿で描かれる。

 

彼は人々を不仲にする力を持っており、徹底的に相争わせることを好む。

 

下位の堕天使ではあるが、ソロモン72柱の中でも特に好戦的な性格を持つ危険な堕天使。

 

その制御も油断すると召喚者も殺されかねない危険を孕むものであった。

 

「了解いたしました…閣下。これより彼奴等めに不和の地獄を与えてみせましょう」

 

赤い肌を持つ巨人男の裸体、そして頭部は梟。

 

青と黄金で彩られた堕天使の翼が開いていく。

 

腕を組んだ状態で放つ魔法とは…混沌の悪魔たちが用いる洗脳魔法。

 

「我らの混沌王であり…世界の新たなる神皇陛下よ」

 

――貴方様が魔法少女に与えた恐怖心…利用させていただきます。

 

距離が離れていようが、この魔法は容赦なく襲い掛かる。

 

放たれた洗脳魔法とは…『ハピルマ・プリンパ』

 

「この魔力は…遠くの海からよ!?」

 

「いつの間に現れやがった!?」

 

悪魔の魔力に気が付いたのはデビルサマナーであるナオミとウラベ。

 

2人は人間に擬態していた悪魔の魔力に気が付くことが出来なかったようだ。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

突然苦しみ始める魔法少女たち。

 

「こ…これは……!?」

 

驚愕したタルトだったが、洗脳魔法の影響は受けてはいない。

 

彼女は強力な魔法耐性を持つ造魔であり、破魔・呪殺・精神・神経を無効化出来たようだ。

 

しかし…悪魔の魔法耐性など、魔法少女たちは持ち合わせてはいない。

 

「あ……あぁ……」

 

ももこの脳裏に浮かんでいってしまう。

 

「ダメだ…ダメだぁ!!やめろ…やめてくれぇーっ!!」

 

見えてしまう光景とは…人修羅に殺される八雲みたまの姿。

 

「そんな……お願いよ…お願いだから目を覚まして!かえでぇ!!」

 

レナに見えた光景とは、親友のかえでが他の魔法少女犯罪の連帯責任を取らされて殺される姿。

 

次々と浮かんでいってしまうのは、愛した魔法少女達が人修羅に殺されていく光景。

 

「扇動とは、人々の感情を高ぶらせ意見を変更させたり、特定の行動を起こすよう誘導するもの」

 

「フフ…アナタの力は弱くとモ、扇動をやらせれば右に出る悪魔はいませン」

 

群衆心理の著者は、フランス革命に注目する形で群衆心理を分析した。

 

貴族や僧侶に搾取されていた98%の平民達が、一部の扇動者たちによって立ち上がる暴力革命。

 

群衆の心に火がつき、国のシステムが替わる大きな流れが生まれたが…()()()()()()()()()()

 

国民の平和のために達成されたはずの革命が、いつしか暴走していく。

 

国民同士の間で新たな殺戮の時代、地獄の時代を生んでしまったのだ。

 

「ロベスピエールのような生真面目な政治家は…おかしくなっていくものだ」

 

「この神浜の魔法少女だと…東の十七夜みたいな奴なワケ?」

 

「彼は政治家になるト、毎日のように反対意見を言う者達をギロチンにかけましタ」

 

「元々は博愛精神主義を持っていたが…だからこそジャンヌ・ダルクのように壊れていく」

 

――己の絶対的平等主義・博愛精神だけが崇高であり、他は邪悪な意思であると信じ込む。

 

「自分が正義と信じたら、命をかけて行う。他人にも曖昧さを許さない」

 

「自分の思想に忠実…よってどんどん過激化すル。正しいことをしていると信じ込ム」

 

「アッハハハ!!ようは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってワケじゃん!」

 

「群衆心理を読み切って独裁者になった筈なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――東の魔法少女社会の長をやっていたあの小娘は…ロベスピエールの生き写しであったな。

 

「さぁ、始まるぞ。群集心理に支配された…愚かな魔法少女たちの姿を見るがいい」

 

アンドラスに促された2人が、双眼鏡を使って埠頭に視線を向ける。

 

「ダメだ…ダメだぁ!!やっぱりアタシは…悪魔を受け入れることなんて出来ない!!」

 

大剣を構えるももこの叫びが、周囲の恐怖心をさらに煽る。

 

「殺させない…かえでは殺させない!何よ連帯責任って……あんた何様のつもりよ!?」

 

「ヒッ…うぅ……やっぱり怖い!私……悪魔を受け入れるだなんて…出来ないよぉ!!」

 

次々と武器を構えていく正義の魔法少女たち。

 

「こ…これは一体!?」

 

何が起こっているのか分からない常盤ななか達。

 

彼女たちは尚紀に恐怖心を持っておらず、洗脳魔法が上手く効果を発揮しなかったようだ。

 

「やはり…アタシの判断は間違いじゃない!あの悪魔は…魔法少女の絆を破壊する者だ!!」

 

「落ち着いて下さい都さん!!」

 

「黙れ!!お前……あの悪魔とつるんで、アタシを亡き者にしたかったんだろう!?」

 

「違います!先ほど私が言った言葉を思い出して!!」

 

「悪魔と共闘して…神浜の長達を葬り…お前が魔法少女社会の長になる望みだったんだろ!?」

 

「そんなことは望みません!お願い…お願いだから…信じて!!」

 

静香たちも駆け寄り、ななかを援護する。

 

「冷静になって下さい!これは何かの暗示…いいえ、何者かの洗脳魔法です!!」

 

「欺瞞だ!!余所者の言葉など信じない!…お前達も悪魔と共闘し…神浜に干渉を企んでるな?」

 

「なんでそんな理屈になるの!?証拠こそが何よりも大事だって…等々力さんも言ってた!」

 

「五月蠅い!!お前達の不審な連携こそが…何よりの証拠というものだぁ!!」

 

「ち、違います!私達には諸事情があって…貴女たちの前に姿を出せれなかっただけです!」

 

「もういい…お前達の処遇は、悪魔を倒してから考えるとする!」

 

【集団パニック】

 

恐怖やストレスなどによって、何人もの人々が次々と混乱状態に突然陥ること。

 

一人の人間がパニックに陥ったことによって連鎖して生じる場合が多い。

 

その原因は不可解である事が多く、恐慌とも言う。

 

パニックは、正しい情報を得られない状況に陥った人々が冷静な判断力を失った時に発生する。

 

群衆が差し迫った脅威を現実のものとして実感していること。

 

何からの方法によって、その危険から逃れて助かる見込みがあると信じられていること。

 

コミュニケーションが機能せず、全体の状況を把握することができなくなること等が挙げられる。

 

悪魔という未知の存在、未知の恐怖。

 

魔獣とは違い、自らの意思を持って魔法少女に加害行為を繰り返す…知恵有る存在。

 

強大な力を持ち、あらゆる方法で魔法少女を殺戮していく虐殺者。

 

やろうと思えば寝込みを襲う事も出来る…魔法少女達は枕を高くして寝る自由さえ奪われる。

 

そして、そんな未知の恐怖存在と黙って連携を繰り返してきた魔法少女たち。

 

誰が、信じられる?

 

「そんな……こんなことって…」

 

信じられない光景を見つめるばかりのタルトであったが、彼の体が持ち上がっていく。

 

抱き留められていた人修羅が立ち上がり、タルトに向けて言う。

 

「……離れていろ。所詮こいつらは…この程度だったというわけだ」

 

「ち、違います!これは何かの…」

 

「離れてろ!!巻き込まれたいのかぁ!!!」

 

タルトを掴み、力任せに投げ飛ばす。

 

「キャァァーーーーーッッ!!!」

 

宙を舞うタルトがぶつかろうとしているのは、崩れたコンテナの山。

 

「タルト!!!」

 

建物から跳躍移動したリズが果敢に駆け抜けていく。

 

鈍化した世界で彼女を受け止めたリズは…背中からコンテナに叩きつけられた。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

「リズ!?そ……そんな……こんなことって…!?」

 

衝撃を受けているのは、恐怖に心が麻痺しなかった魔法少女達も同じ。

 

「落ち着いてよももこ!彼に怯える必要はないよ…だって彼は私の心を救ってくれた!!」

 

「騙されるな鶴乃!!悪魔は魔獣とは違う…知恵ある存在だ!」

 

「鶴乃に近寄ってきた理由だって…大方抱き込んでレナ達の輪を内側から切り裂く目的なのよ!」

 

「こんな…怖い存在…消えて無くなった方がいい!!」

 

「どうして…どうしてそんな理屈になるの!?貴女達まで…()()()()()()()()()()()…?」

 

頑張り抜いた孤独な道の果てにあったのは…ただの空回り。

 

その末路にあるのは、自分も他人も不幸にしてしまう…ルサンチマンの道。

 

ルサンチマンとは、弱者が強者に対して抱く恨みや嫉妬心のことを表す。

 

正義の魔法少女たちは望む。

 

悪魔は恐ろしい存在であった方が、正義にとっては都合が良い。

 

悪魔という悪者が魔法少女達を導く?それでは正義の魔法少女達の立場が無い。

 

持つ者を徹底的に憎む現象は…家庭や友達、優れた社会生活に恵まれた者達にも向けられる。

 

…そんな恨みや嫉妬心に飲み込まれていくのだ。

 

「協力しないならどいてろ鶴乃!!アタシ達だけで悪魔を倒す!!!」

 

「やるわよ、みんな!!」

 

「悪魔を倒そう!!ももこちゃん、レナちゃん!!」

 

魔法少女たちが手を合わし、絆を結んだコネクト魔法。

 

彼女達の魔力が武器に収束していき、巨大な魔法陣を生み出していく光景。

 

もはや身動きすら満足に出来ない人修羅は…立ち尽くす。

 

「……落ち着け、そしてよく狙え。お前はこれから…一人の人間を殺すのだ」

 

――お前の目の前にいるのは、英雄でもなんでもないただの男だ……撃て!!

 

…差異があるから、人も世界も分断される。

 

あらゆる差異によって、人々はこうも差別の悲劇を繰り返す。

 

彼が悪魔だから、男だから、それだけの理由で魔法少女達とは差異が生まれてしまう。

 

もし彼が…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…どうしよう?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…どうしよう?

 

そんな浅ましさのエゴだって、差別を繰り返せば生まれてしまう。

 

人はこんなにも…善悪二元論に支配されてしまうのだ。

 

<<いっけーーーーーッッ!!!!>>

 

巨大な魔法陣から放たれた、正義の魔法少女達の一撃。

 

人修羅は微動だにせず…光に飲まれてしまう。

 

「グァァァーーーーーーーッッ!!!!」

 

彼の体は光の奔流に吹き飛ばされ…神浜湾を大きく超えていく。

 

フェリーから見守る者達は直ぐ横を通り超えていった光の渦を見つめながら…笑みを浮かべた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

…少し前の時間。

 

不和の魔法によって混乱していく埠頭の様子を見つめているシドの姿。

 

「クックッ…疑いなさイ…憎み合いなさイ。そしテ…我らの神を追い詰めなさイ」

 

「我らの神…憤怒を司る魔王の覚醒がもう直ぐ起こる。全てはルシファー様の御心のままに」

 

愉悦の表情を浮かべていたシドとアンドラスであったが…アリナは静かに双眼鏡を下ろす。

 

「……?どうしましタ、アリナ?」

 

先ほどまでのハイテンションは何処かに消え、彼女は眉間にシワを寄せ切った怒りの表情。

 

それはまるで…あまりにも不快な弱者たちの愚かな光景を見せられたため、気分を害した顔。

 

さっきまでのアリナとは全く違う。

 

何者にも動じさせられない…自分のプライドに誇りを持つ強者の表情。

 

――弱い者は乱し、惑わすの。

 

――自分では何も出来ないから。

 

その言葉は…かつてのボルテクス界において力の思想、ヨスガを掲げた少女が語った言葉。

 

都合の良い理想を語るマネカタの長と、流されるだけのマネカタを見て侮蔑を込めて言い放った。

 

彼女の豹変ぶりを見て、シドは確信する。

 

(これガ…我らの神がこの娘に見出しタ、可能性ですカ。たしか二…何かに憑りつかれていまス)

 

アリナの雰囲気が落ち着いていくが…狂ったような笑い声が響いていく。

 

「…やっぱり、アリナの考えは正しかった。ガイウス・ユリウス・カエサルの言葉も正しかった」

 

共和政ローマ末期の政治家、ガイウス・ユリウス・カエサルの名言の中にはこんな言葉がある。

 

――人間という生き物は、見たいものしか見ようとしない、信じようとしない。

 

「この差別シティの人間共が証明済み。()()()()()()()()()()()()って」

 

人間は、己のエゴしか見ない、信じない。

 

自分の価値観こそが絶対的に正しく、他の人間の考え方は間違いでなければならない。

 

その正義を正当化するためなら、曲解だろうが捏造だろうが論点すりかえだろうが行う。

 

自分が間違い扱いをされたら不快だ、ムカつく、相手だけが悪者の方が気分が良い。

 

人間は何処までも無責任であり、意固地になってでも己のエゴしか見ない生き物。

 

自分は良くて、お前はダメのダブルスターンダードに呪われた生き物。

 

「人類は…自分で自分達の首を締めあげて殺そうとする…死にたがり共」

 

――人類は…死に魅せられている。

 

「アリナのアートが評価されてきた理由も分かる。人間は…誰かの死に興味津々」

 

ニュースを見れば、今日も誰かの不幸な死。

 

マスコミ達は遺族の心情を察してそっとしておけば良いのに、遺族たちを晒し物にする。

 

民衆はそんな人々に憐みの偽善を投げかけ、自分達が他人の死を娯楽にしている事を否定する。

 

対岸の火事なら、何処まで燃え広がろうとも他人事なのだ。

 

「人間は無責任極まった連中だから、それを認めない。人間の本質は…何処までも悪なワケ」

 

キリスト教では、人々は原罪を背負わされし罪人に過ぎない。

 

生きているだけで罪なのだ。

 

「なんで死に惹かれるか?それは…再生を美化してきたカラ」

 

仏教では死後は仏の道を進むため、死を悪いイメージとしては捉えない。

 

キリスト教では、敬虔な信徒達は死後復活を約束されていると信じている。

 

イスラム教では、敬虔な信徒達は天国で永劫の存在となり、72人の美女達の処女を貪れる。

 

「人は無意識に滅びを望んでいる。自分の番になるなんて考えもせず、誰かの死は娯楽となる」

 

――エモーショナルな感情のために、ダークなストーリーを求める。

 

――ヒストリーの中は戦争に溢れて、ウェポンの開発も止まらない。

 

それを聞いたシドは苦笑し、アリナに向き直る。

 

「なゼ、人々がこれ程までの愚かな道を進むのカ…理解出来ましたカ?」

 

「自由や正義という、中身が曖昧な言葉で人々は従わされる。自由や正義の意味すら考えず」

 

「自由になるのハ、その実、自由に隷属するこト。自由が概念であレ、語る俗人であレ」

 

「自由な人は不自由をもたらす人。自由総量は誰も同じ、自由に生きたければ他人から奪うワケ」

 

「自由ハ、多くの不自由の上に成り立ツ。何かに盲目的に縋った時、()()()()()()()()()のでス」

 

「悪い意味での宗教はコレだし独裁国家や企業構図でもあるワケ。1人の権力者だけが得る自由」

 

「中身が見えないモノを人は崇めル。正義、友情、愛、絆…不確かなモノに隷属する奴隷でス」

 

「奴隷は信者と同じ。置かれている状況に気づこうともしない…目を逸らし己のエゴだけを見る」

 

「そしテ、指摘する者だけを悪者にするのでス。善悪二元論を用いて…己の悪行をすり替えル」

 

「イルミナティの銀行家連中は、そんな不確かなイメージを使って…世界を支配してきたワケ?」

 

「この世は資本主義。世界は力の上に成り立ツ。我々の権利は力の中にあル」

 

―イルミナティの権利とハ、強者の権利によって攻撃する権利であル。

 

――既存の秩序、規律を代理人である国政政治家を通じて粉砕シ、既存の制度を再構築すル。

 

――服従と主権を確保出来れバ、躊躇う事無く財産を奪う権利として我々は手に入れられル。

 

――我々は平和的征服の道を進ム秘密結社であり、我々の代理人こそが世界の政府。

 

――国家ハ、盲従を生じさせる恐怖を維持するために目的に適う方策で置き換える権利を有する。

 

――自ら戦争を誘発し、敵対するどちら側にも領土の獲得を生じさせないようにすル。

 

――戦争は対立する国々ガ、さらに負債を抱え込ミ、我々の代理人の手中に収めるようにすル。

 

――貧困と恐怖に大衆が支配された時、我々の代理人を表舞台に立たせル。

 

――計算済みの恐怖支配が実現した時点デ、犯罪者や異常者を処刑すル。

 

――我々は抑圧された人々の救世主だと思わせることができル。

 

「恐怖支配ハ、手っ取り早く大衆を服従させるもっとも安上がりな方法でス」

 

「それでいて、自分達がそれを仕掛けたのに、自分達が片付けたように見せかける」

 

「我々は常にダブルスタンダード」

 

――毒を持った皿ヲ、そうとは分からないよう腹を空かせた君らの食卓に並べル。

 

――この皿は危険だ食べるなと言い、また、貴方は大切な人だと言いながらも背後から銃を撃ツ。

 

「繰り返すガ、我々はダブルスタンダード。安心させる事を言イ、奈落の底へと貶める者達」

 

「知恵と力を支配する者達…それがイルミナティ。なら、アリナがここに入るのは必然なワケ」

 

「我々は恐怖を大衆支配ツールとして使う者。恐怖支配の有効性なラ…そこに見えていまス」

 

「アリナは死と再生という恐怖アートを描く者。アリナの美の有効性は証明済みなんですケド」

 

2人は埠頭で争い合う愚か者たちに目を向ける。

 

「アリナ達にクリエイトされた争いにワクワクしてる…正義に陶酔した愚か者達なワケ」

 

――アリナ達が管理してあゲル。ほっといても滅ぶ事しか求めない連中をね。

 

「大衆は自由をどう享受していいのかも分からない愚か者だからでス」

 

「沢山殺した人をヒーローにする。何処までも二元論に支配された愚か者たち」

 

――滅びは、人類が無意識に求めているアート。

 

――つくづく人間って連中は…。

 

――見たいモノしか、見ないヨネ――

 

その一言を言い終えた瞬間、巨大クルーザーの横を魔法少女達の魔法攻撃が通り過ぎる。

 

フェリーから見守る者達は直ぐ横を通り超えていった光の渦を見つめながら…笑みを浮かべた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜港からかなりの距離が離れた海域の海に沈んでいく悪魔の姿。

 

海面に煌めく夜空の明かりを見つめながら、右手を海面に向けていく。

 

空気の泡を掴もうとするが、右手から溢れるばかり。

 

(……なぜ俺は誰も守れない?)

 

大勢の人々の命が、尚紀の手から溢れ落ちてしまった。

 

それを止めようとする仕組みを政治で生み出そうとしたが、それさえ壊れた理想だった。

 

(守ろうとすればする程に……失ってしまう?)

 

 かつてあった世界の記憶が巡る。

 

(勇を救えなかった……)

 

(千晶を救えなかった……)

 

(丈二を救えなかった……)

 

(マネカタ達やフトミミを救えなかった……)

 

(祐子先生を救えなかった……)

 

どこに流れ着こうとも、また同じ事の繰り返し。

 

(何が悪魔の力だ……?)

 

──俺は……無力だ。

 

襲いかかってくる無力感。

 

東京では、怒りに身を任せて奮い立つことが出来た。

 

だが、過ちを繰り返させない仕組みを生み出すことさえ出来ない無力感が…今度は襲い掛かる。

 

(もう……ダメなのか……?)

 

海面に伸ばされた手も力なく沈んでいくばかり。

 

光の世界も遠ざかり、海の底という闇の領域にまで身を沈めていった時…。

 

――貴方が人間の幸せに惹かれる気持ちは自然なものです――

 

――人は愛されたいから生きているんです――

 

耳の奥に聞こえてきたのは、愛した女性の言葉。

 

──人間の心があるからこそ、人は人の愛を求めて生きていくんです。

 

――貴方はこの世界で、夢を見てもいいんです。人の喜びの夢を――

 

(風…華……)

 

彼女のようになりたかった。

 

彼女のような人間の守護者こそが、完璧な理想だと信じ続けた。

 

彼女の妥協しない生き様こそが、尚紀が求めた守護者の形。

 

(お前は…社会の理不尽に…心を踏み躙られようが……貫き通した……)

 

――私は自分の理不尽な運命があったからこそ…今の道を選ぶ事が出来たのですから――

 

(お前の生き方こそが…正しい。そうであってくれなければ…俺は…納得が出来ない…)

 

光の魔法少女に手を伸ばすようにして、右手をもう一度海面に伸ばす。

 

だが、動かない左手に何かが触れたような気がした。

 

――世界を私が支配した暁には……私が命令してやる!!――

 

――中国も……中国人も……今直ぐ全員滅びろとな!!――

 

――私もお前も人殺しだ!!――

 

――どちらが生き延びようが、人々から呪われるべき存在だ!!――

 

耳の奥に聞こえてきたのは、憎んだ女性の言葉。

 

――フフ……まるでお前は……別の私だ!!――

 

(チェン…シー……)

 

()()()()()()()()()()()()()

 

暴力と恐怖をばら撒き、従わない者達は虐殺の限りを尽くしてしまった。

 

五芒星に憑りつかれた女だと尚紀は彼女を罵倒した。

 

だが、先を見れば尚紀もまた五芒星をばら撒き、魔法少女たちに恐怖を刻み込み続けてきた。

 

(お前は…社会の理不尽に…心を踏み躙られてしまい……人々の敵となった……)

 

チェンシーのソウルジェムを喰らった悪魔の脳裏に、彼女の幼かった頃の記憶が流れ込む。

 

物心ついて間もない彼女はただ、両親に愛されたかっただけ。

 

そのために拳法を必死になって学んできただけ。

 

それが…社会から愛を得られなかっただけで、凶拳と成り果ててしまった。

 

(それなら……魔法少女と呼ばれる存在達は……)

 

…牧野郁美はこんな言葉を御園かりんに伝えた。

 

――くみもね、()()()()()()()()()()()()()()()だって思うから。

 

(俺は……一面だけで……魔法少女という存在を測って……)

 

原因があるから、結果が起こる。

 

それが因果。

 

かれは結果だけを見て、原因を観なかった。

 

原因が起こる前の彼女たちの姿を、探さなかった。

 

(フロスト……俺は……俺は……)

 

――また……繰り返していた……だけだったんだな…。

 

かつての世界でコトワリを掲げ、コトワリ神と成り果てた2人の親友。

 

大勢の命をゴミのように殺戮していく魔人と成り果てたが…尚紀は知っていた。

 

勇と千晶が、どんな人物だったのかを…知っていた。

 

(勇も…千晶も…本当は優しい人物達だった…。だからこそ俺は…あいつらを信じようとして…)

 

彼は2人を追いかけ続けた。

 

もう一度やり直せると信じて。

 

疑わなかったから…戦い続けられた。

 

…その末路は。

 

(社会は…世界は…ただただ…理不尽…。人々は…流されていく…犠牲となっていく…)

 

共産主義を魔法少女達に振りかざした者は、ようやく気が付けた。

 

共産主義をアレンジして生み出した無力階級と強者階級という差異と分断。

 

…そんなものは、何処にも存在していなかった。

 

悪に手を染めた魔法少女たちとて、社会を変える力さえない無力な人間でしかなかったのだ。

 

彼が立ち上がる理由が…消えていく。

 

(俺の…歩んできた道って……何だったんだろう…な……)

 

海の底に消えていく尚紀の意識は…消えていった。

 

……………。

 

………………………。

 

そこはまさに地獄かと錯覚してしまう程、異質に赤く燃え上がる世界。

 

赤き豪雷が空で荒れ狂い、景色は業火のように燃え上がる赤き渓谷と大地に包まれた空間。

 

その世界は、死をもたらす事しか出来ない魔人を象徴とする結界世界と酷似する。

 

…黒いぼろ布を纏う男が独り。

 

息を切らせた男が独り、道なき道を彷徨い歩く。

 

咽返る程の血の臭いを纏い、髪の毛は返り血を浴びる事を繰り返した末に色素が抜けた。

 

白髪塗れの男は、道なき道を歩くのだが…。

 

男はふと気が付く。

 

周囲の景色に生えているモノが何なのかをようやく理解。

 

それは…罪人を処刑する際に使われてきた断罪の剣。

 

それらが頭蓋骨に突き刺さり、まるで墓標のように聳え立つ光景が続く。

 

男は歩き続けるが、その墓標は何処までも広がっていってしまい終わりが見えない。

 

…ふと男は立ち止まり、後ろの景色が気になってしまう。

 

それでも、振り返ってはならないと恐怖に怯え…歩き続けたが…やはり気になる。

 

それは、恐怖であると同時に…彼が見なければならないモノだと自覚している景色。

 

男は勇気を振りぼって…後ろ側に振り向いてしまった。

 

「…………あぁ……あぁぁぁ…………」

 

……もはや、語る言葉も無い。

 

ただただ、死が満ち溢れていた。

 

秩序に目覚めた悪魔によって、なす術もなく引き裂かれた少女達の骸が断罪の剣に貫かれている。

 

そしてその光景は、これからも先も続くのだ。

 

魔人とは、禍々しい災いの象徴。

 

逃れられない死を人々に与える存在。

 

そんな魔人が秩序に目覚め、人間のために戦ってきたのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()のは、必然だ。

 

「俺が…もたらした……景色…………」

 

膝が崩れそうになった時、背後から声が響く。

 

<<いいえ、この光景は……私たち英雄もまた、生み出していったのです>>

 

<<言ったじゃろう。義の殺人を繰り返した果ては、()()()()()()()()()と>>

 

知っている声が聞こえたので後ろを振り向けば、大男の老人と外国人少女の姿。

 

「マスター……それに、お前は……?」

 

彼が知っている造魔と瓜二つの顔を持つ少女だが、見た目が若干違う。

 

白き鎧を身に纏い、両目も悪魔を表す真紅の瞳ではない。

 

その手に持たれた旗槍には、契約の天使の旗が靡いていた。

 

「…私は魔法少女であり、英雄と呼ばれた者。そして…世界に多くの呪いを撒いた者」

 

「なら…お前が……本物のジャンヌ・ダルク?」

 

「…貴方も、私たちと同じ道を進んでしまうのですか?」

 

「……何が言いたい?」

 

「私たちの道とは、自分達だけにしか許されない虐殺の道。悪と決めた存在を一方的に殺す道」

 

「人々の義のためとはいえ、因果は巡る。戦争という大義名分を取り払えば…ただの虐殺者じゃ」

 

「ジャンヌ・ダルク…関羽……人として生き、英雄として歴史に名を刻んだ者たち…」

 

「守った人々からは英雄と呼ばれ、敵からは仲間殺しの虐殺者と罵られる。()()()()()()()()()

 

「それが英雄の正体なのじゃ。世界を分断する者達…終わりなき憎しみと悲しみをもたらす者」

 

「そんな世界に…生きていた頃の私は憧れました。亡くした妹のためとなると信じて…」

 

「お前たちは…二度と悲劇を繰り返したくないと願った者たち。なら、その心は俺と同じだ」

 

「二度と?その悲劇とは主観性ばかりで、客観性が欠けておるのぉ?」

 

「私たちは…二度と悲劇を繰り返さないために武力で平和を作ろうとした。ですが…」

 

――私たちは間違っていました。

 

――二度とどころではない…武器を振るえば振るう程、悲劇ばかりが繰り返されるばかり。

 

――あまりにも…愚かな道でした。

 

「ワシらが戦った相手は化け物か?いいや、血の通った人々…帰りを待つ親族や友人もいる」

 

「村娘にしか過ぎなかった私と同じだったんです。イングランド兵の皆さんにも…人生があった」

 

「お前さんが殺した魔法少女たちにも人生があった。それを義のために…殺し尽くす道」

 

「…人権団体のような口ぶりだな…なら何か?死刑は間違っているのか?国の殺人は良いのか?」

 

「いいえ、国の殺人さえも許されない。それを生み出す元凶とは…貧困社会なのです」

 

「社会で安心して暮らせない。だから人々は法を犯してでも生きようとする」

 

「為政者共のせいだとでも言うのか?俺の戦うべき相手は…人々に格差をもたらす特権階級か?」

 

「貴方だけの問題ではない。これは民主主義国家に住まう、全ての人々の責任です」

 

「権利の上にあぐらをかいた連中を正す道。それだけでも、お前さんは人殺しを続けなくてすむ」

 

「…俺は人間社会のトラブルには、人間として対処してきた。人間の政治は人間が変えるべきだ」

 

「ならば人間として、政治を変えてみせる努力が必要じゃのぉ」

 

「…俺が政治を学んだのは、魔法少女社会治世のためだ。表社会の治世など…俺の器じゃない」

 

「貴方にはその資格があります。貴方は新たなローマ皇帝…欧米権力は既に貴方を認めている」

 

「だからこそ、お前さんに取り入ろうとしてきたのでは…なかろうかのぉ?」

 

彼の脳裏には、自分に取り入ろうとしてきた欧米大財閥や世界権威たちの手紙が思い浮かぶ。

 

しかし、彼は興味も示さず歩き去ろうとする。

 

「…俺をルシファー扱いするな。俺はあんな悪魔と…同じ存在にはなりたくない」

 

「…お前さんが拒絶しようにも、既にお前さんもまたルシファーなのじゃよ」

 

「かつての世界にあったコトワリであるシジマ…そして、シジマのコトワリ神であるアーリマン」

 

――アンリ・マンユとは、アーリマン。

 

――シュタイナーが人智学において無機的・唯物的精神を表現する名として用いてきました。

 

――それはシジマの精神を思わせる部分も大きいです。

 

「ですが、それに対抗する情熱的な興奮や神秘主義に走りやすい精神のことを…」

 

――ルシファーと言います。

 

それを聞いた彼の足が止まる。

 

「情熱的なまでに戦いを求め、ルシファーの力を求めてでも世界を変えようとした神秘主義者よ」

 

――お前さんの通ってきた道とは…ルシファーだったのじゃ。

 

握りこまれた拳が、震えていく。

 

「俺は…何処まで足掻いても……あの悪魔の掌で踊るしかない……悪魔なのか……」

 

「たとえルシファーであったとしても、その力をどのように使うかは……貴方次第です」

 

「ワシらのようになるか、ワシらとは違う道を歩くかは……お前さんに任せるよ」

 

背を向けたままだったが、後ろに振り向く。

 

「……心に留めておく。お前たちも俺も、共に概念存在。いつかまた……会おう」

 

「ええ、尚紀。その時を…楽しみにしています」

 

「この娘っ子なら、そのうちお前さんの元に顔を出しそうな気もするがのぉ」

 

踵を返し、再び男は歩き出す。

 

「……あの男を、支えてやってはくれんか?ジャンヌ・ダルク…いや、タルトよ」

 

「…その時がくれば、必ず支えてみせます。もう…悲劇の上塗りを繰り返したくはありません」

 

英雄の道。

 

それは死の上に死を撒き散らす道。

 

それはまさに、魔人の如き禍々しさ。

 

それを悪者のせいだけにするために生まれたのが、善悪二元論。

 

ヒーローたちが行う殺戮は良くて、ヴィランが行う殺戮はダメ。

 

そんな詐欺によって、真実が覆い隠されてきた道。

 

2人の英雄の姿も見えなくなった頃、空を覆う雷の曇天が渦を巻いていく。

 

「この霊圧……俺の存在を全否定するかの如き……神々しさは!?」

 

空を見上げれば、そこに降臨していたのは…実体を持たない陽炎のような無限光。

 

<<かつて、世界の秩序を全て否定した…混沌の悪魔よ>>

 

忘れもしない神々しき響き。

 

脳に直接流れ込み、細胞の一欠けらさえも滅殺されるが如き恐ろしき振動。

 

<<汝は新たな世界に流れ着き、秩序を望んだ。……なぜだ?>>

 

「貴様には関係ない!!降りてこい……俺と戦え!!」

 

<<秩序の選択ならば、ボルテクス界に用意してやった。なぜ……選ばなかった?>>

 

「そ……それは……」

 

<<答えてやろう。汝は愛した者達を失った感情に振り回されて、堕ちた天使となったのだ>>

 

「貴様がみんなに与えた理不尽だろうが!!俺に滅ぼされて当然だ!!」

 

<<ならば、なぜ世界をやり直す選択を選ばなかった?なぜアマラの滅びを望んだ?>>

 

「ぐっ……うぅ……」

 

<<全ては憤怒…我と世界に与える憤怒のため。だが、その憤怒もまた…()()()()()()()>>

 

「憤怒が……秩序に必要だと?」

 

<<感情否定、それだけで秩序を守る気になるのか?かつての氷川の心は…機械であったか?>>

 

「違う…あいつの心は……世界を憂いていた…」

 

<<世界を変えねばならぬという情熱の心と、それを求める神秘主義。それもシジマの一側面>>

 

――義憤という名の、憤怒だ。

 

怒りに震えていたが、突然現れた大いなる神の幻影が企む目的が見えてこない。

 

「貴様は…俺と戦いに来たのか?それとも…くだらないご高説を垂れ流しに来たのか?」

 

<<義憤の憤怒を持ちし悪魔よ。汝に問おう…誰かを信じていいのか?>>

 

「どういう意味だ!?」

 

<<我はお前のやったことを忘れてはおらん。汝のような()()()()()を放置したから…>>

 

――一つの世界の輪廻が断ち切られたのだ。

 

「俺が……自由主義者……?」

 

<<我は汝が恐ろしい。そして汝もまた、自由主義者が恐ろしい。()()()()()()()()()()>>

 

――お前は…何処までも傲慢だ!!何様のつもりなんだよ!?

 

――神様でも気取っているのかぁ!!?

 

ももこに罵られた言葉が、今でも耳に刻まれている。

 

<<汝は混沌でありながらも、光を持ちし悪魔。なればこそ…お前に問おう>>

 

――誰かの心を信じていいのか?

 

――自由を信じていいのか?

 

――自由な選択肢に身を委ねた汝は、何をしでかした?

 

――汝の如き自由主義者のせいで、世界がどうなった?

 

――世界は、混沌の闇と化したのだ。

 

己のしてきた事を客観的に語られていく。

 

それ程までに、この世界に流れ着いた人修羅の生き様は…矛盾していた。

 

両膝が崩れ、自分が繰り返した所業があまりにも愚かであったことを叩きつけられていく。

 

<<自由か、秩序か……今の汝の天秤は……どちらに傾く?>>

 

尚紀の脳裏に浮かぶのは、この世界で守りたかった人達が次々と殺されていく光景。

 

それをもたらしたのは、自由の権化である悪魔の如き魔法少女たち。

 

悪魔のような存在ならば、これはボルテクス界の戦いの延長戦。

 

ボルテクス界の悪魔共にしてきた人修羅の道とは……()()()()()

 

怒りが…義憤が…憤怒が沸き上がっていく。

 

「繰り返させない…二度と繰り返させるものか……そのためなら…俺は…俺はぁ!!!」

 

――()()()()()()()()にでも!!なってやらぁッッ!!!!!

 

意識が消えていく。

 

英雄の道も消えていく。

 

ここから先に広がるのは、秩序の道。

 

<<その言葉が、()()姿()()()()()だろう。汝は宣言したのだ…>>

 

――裁く者になると!!

 

…人間関係は、信じれば裏切られることもある。

 

だが…信じられなければ、加害者に成り果てる。

 

相互不信。

 

それこそが、善悪二元論の根幹だったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

深海の底で光るのは、悪魔を象徴する赤き両目。

 

右手に力が籠った悪魔は、マガタマを生み出す。

 

それはまろぐの海で666のマガタマと化したマロガレ。

 

その尻尾はまだ癒えていないのか、消失したまま。

 

海の底であろうがおかまいなしに、海水ごと口の中に入れ込んだ。

 

<俺に力を寄越せ…今直ぐ寄越せ!!守るべき力を…人間社会の敵を裁く力を!!>

 

マロガレの中に溶けた魔具スパーダの声が響く。

 

<よせ!!今のまま使用しては…汝もマガタマも保たない!!!>

 

<うるせぇぇーーーッッ!!!寄越しやがれって言ってんだよぉーーーッッ!!!>

 

かつて…マロガレの中に溶けたスパーダは、まろぐの海の中で人修羅に言った。

 

――この力は御し難き力と感情の奔流をお前にもたらす。

 

マロガレの力を無理やり発揮してしまう。

 

海が揺れ、大気が揺れ、岩盤が揺れ、地球が揺れていく。

 

<オォォーーーーーッッ!!!!!>

 

海の底から海面に広がっていくのは、まるで海を燃やしていくかの如き赤黒い炎。

 

その光景は海中から大量の溶岩が湧き出しているかのようにも見える。

 

海の表面を焼き尽くしていく業火が線と円を炎で描く。

 

描かれた召喚陣とは…超巨大な炎の六芒星。

 

神浜どころの騒ぎではない、世界中の魔法少女たちが憤怒の魔王の魔力を感じた。

 

「あ……あぁ……」

 

波が叩きつけていく埠頭では、恐怖に怯えて腰を抜かした魔法少女たち。

 

現れようとしている悪魔とは、宇宙さえも飲み込む程の魔力を持ちし高位神域存在。

 

それはまさに、神霊である円環のコトワリが受肉して顕現するかの如き奇跡。

 

現れる…海の底から黙示録の赤き獣が現れるのだ。

 

黙示録13章 獣の国

 

―――また私は見た、海から一匹の獣が上って来た。

 

―――これには十本の角と七つの頭とがあった。

 

―――その角には十の冠があり、その頭には神を穢す名があった。

 

―――私の見たその獣は、豹に似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった。

 

―――竜はこの獣に、自分の力と位と大きな権威とを与えた。

 

―――そこで、全地は驚いて、その獣に従い、そして、竜を拝んだ。

 

―――獣に権威を与えたのが竜だからである。

 

―――また彼らは獣をも拝んだ。

 

―――だれがこの獣に比べられよう、だれがこれと戦うことができよう、と言った。

 

「な…なんだ…よ……この…ありえない…魔力の奔流は…ッッ!!!」

 

「か……神様でも……現れるわけ……!?」

 

「ヒッ……ヒィィィィ……ッッ!!!」

 

描かれた炎の召喚陣が……天を貫く炎の柱を打ち上げる。

 

「な……なにが……現れる……の……?」

 

鶴乃は見た。

 

遠くの海で打ち上げられた炎の柱の中から現れた…裁く者の姿を。

 

距離が離れ過ぎていても、はっきりと見える。

 

それは……それ程までの巨神であった。

 

…かつて将門公は、人修羅にこんな言葉を語った。

 

――大いなる神に呪われ、神の敵対者という概念存在になったが……お前はまだ未完成だ。

 

――お前の真の悪魔となる闇の霊体は、魔界の地で誕生する。

 

――最後の欠片が……お前なのだ。

 

人修羅は三度目の死を迎えられそうな程の傷を魔法少女たちに負わされる。

 

()()()()()()()()()()…再び蘇るその姿は666の皇帝ネロを彷彿とさせた。

 

六芒星の魔法陣もまた666を表す印。

 

角度の和は180°であることは決まっており、正三角形の場合1つの角度は60°。

 

これらが合わさると60+60+60=180。

 

数秘術ゲマトリアでは、0は数える事はない。

 

6+6+6=18

 

18=666

 

悪魔概念として未完成だった人修羅が、死の中で闇の霊体を生み出そうとしていく。

 

己の魔力で開いた召喚陣とは…魔界の奥底まで繋がる地獄門。

 

そこから引きずりだそうというのだ…闇の霊体姿を…。

 

「…ついに具現化させる事が出来たな。その御姿こそが…全ての世界で語られるだろう悪魔概念」

 

「もう1人の裁く者…それを生み出す事こそが、汝の悲願であったな…ルシファーよ」

 

電波塔のアンテナゲインの足場に立つルシファーとバアルの右手には、()()()()が持たれる。

 

マザーハーロットの逸話では、杯に注がれているのは神を冒涜する穢れ。

 

神の血であるワインなどではない。

 

注がれていたのは…魔法少女の脳にある魂の器であった松果体から絞り出した血液。

 

万物を司る神を真逆に解釈して行う行為全般を指すのが、反キリスト行為。

 

新たなる魔王顕現の瞬間を楽しむバアル神であるが、不意に口を開いた。

 

「かつてルシフェルと呼ばれた天使長の汝は、神の最も大切な()()()()()()()を与えられていた」

 

「…かつての私は、神自身の程度の低さに業を煮やし…それを裁こうとした。そして…負けた」

 

「エデンにてアダムとエヴァに知恵を得る機会を与えたことにより、神へ反旗を翻したのだ」

 

「神の力の三分の一に値する知恵と裁きを司る私の元には…天使の三分の一が集まってくれた」

 

「相手の軍勢に対し、自らの手勢はその二分の一。善戦はしたのだろうが…敗北は定めだな」

 

「神が四大天使に戦の采配を任せた時、我らの敗北は決定した」

 

「火の熾天使であるミカエルが汝を討ち滅ぼし地獄の底へと叩き落とした。そして引き裂かれた」

 

「地獄の底に堕ちる時、神は私から裁きの力を奪い取ったのだ…。結果、私は知恵のみとなった」

 

「汝はその力をもって地獄の魔王となり、力のみを求めてやまないカオスの長となった」

 

「神に奪われた私の裁く力こそが…()()()()()。神の傍らで働かされる神の法の番人となるのだ」

 

「知恵を奪われたサタンは、神の法にのみ()()()()

 

――大いなる神である唯一神は、自ら考えることの否定を促す神。

 

――従順な羊の如き存在しか欲しがらない。

 

――だからこそ、羊の如き存在であったアダムとエヴァに知恵を授けた汝を呪った。

 

「黙示録の赤き獣に、自分の力と位と大きな権威を与える竜よ。汝に聞きたい」

 

ルシファーは黙示録においてはドラゴンとしても扱われており、ローマ帝国の象徴たる竜。

 

「不完全な人間に知恵を与えた為に、彼らは暴力と破壊に明け暮れた」

 

「…………」

 

「それが、きさまの狙いだったのか?ルシファーよ」

 

「……宇宙を温めるには、()()()()()()()が必要だ」

 

その言葉を聞いたバアル神たるモロクは、全てを察して黙り込んだ。

 

2人が金の杯を遠くの炎の柱に向けて翳す。

 

「祝福しよう。新たなる裁く者の誕生を」

 

「我らの黒きメシアに、栄光あれ」

 

2人は一気に杯の中身を飲み干し、事の顛末を見守った。

 

……………。

 

それは……天地貫く大いなる闇。

 

赤黒い炎で生み出された上半身しか見えないが、岩盤の如き体は漆黒に染まる御姿。

 

その胸は赤熱し、赤く光る様はまるで竜の逆鱗。

 

漆黒の両手の甲には、巨大な杭が突き刺さり…杭には鎖が繋がれ赤き獣の体を拘束する。

 

それはまるで、人修羅の心を束縛してしまった相反する二つの願いを象徴するかのようだ。

 

その背には、巨大な四枚翼。

 

そして頭部こそが、黙示録の赤き獣だと確信が持てる形。

 

7つの頭部は真紅に染まり、首下には4つの頭部、首横には二匹の竜、そして中央の頭部。

 

中央の頭部は…まるで人修羅の一本角を象徴するかの如き巨大な一本角を持つ。

 

頭部とは思考を意味し、それは共産主義を望む思考の象徴をも彷彿とさせた。

 

【サタン】

 

原天使であり、ルシファーの似姿を持つ存在。

 

サタンという言葉そのものに魔王という意味はなく()()()を意味する。

 

ヘブライ語では抗弁者、告発する者、迫害する者も意味していた。

 

旧約聖書では神の使いとして登場し、人間を試すために唯一神より遣わされた存在。

 

そこで罪を犯した者を主に報告し、告発する役割を担う。

 

人間の信仰心と善性を見極める為に存在する必要悪であり、()()()としての役割も担う。

 

サタンはルシファーと同一視され、天上に在ってはルシファーであり、地に堕ちてサタンとなる。

 

七つの大罪において、憤怒を司る悪魔であった。

 

「………世界の……終わりなの?」

 

震えあがった静香は、ただ茫然と座り込むばかり。

 

それは周囲の魔法少女たち全員が同じ光景。

 

誰も…顕現した存在に抗おうとはしない。

 

赤き獣とは比べられない、誰がこれと戦える?

 

言わずとも、全員が同じ意見を返すだろう。

 

…逆らってはならないと。

 

火のように赤い大きな竜の胸部…逆鱗から飛び出した小さな影。

 

「AAAAAAAAAARRRRRRRRRTTTTTTTTHHHHH!!!!!」

 

飛び出してきたのは、クズリュウや悪魔ほむらと戦った時に見せた人修羅の姿。

 

背中の四枚翼を羽ばたかせ、神浜港に向けて高速飛翔。

 

その刺青の発光色は、赤き獣の如く真紅に染まっていた。

 

フェリーの頭上を通過し、船体が大きく揺れ動く。

 

「アァ……アァァァァ……我らノ……神ヨ!!!」

 

「あれが…あれこそがオールドスネーク…死と再生……アリナの美の極み!!!」

 

シドとアリナは跪き、アンドラスも跪く。

 

埠頭前まで来た人修羅が外側の両翼を一気に羽ばたかせて急停止。

 

<<キャァァーーーーッッ!!!!>>

 

風圧で無数のコンテナが吹き飛ばされ、魔法少女たちも吹き飛ばされてしまう。

 

天空で羽ばたき続ける悪魔の背後には、未だにサタンの燃え上る姿が見える。

 

しかし、具現化させれた自身の闇の霊との繋がりがまだ弱いのか…動かすことが出来ない。

 

だからこそ外側の重荷から飛び出し、自らが討って出て来た。

 

「Grrrrrrrr!!!!」

 

もはやその顔に、尚紀の面影は何処にもない。

 

理性である知恵を剥ぎ取られた…裁く者と成り果てている。

 

白髪の頭部、剣のように鋭い歯と爪、赤き体、一本角…そして背中の4枚翼。

 

その姿は小型のサタンとも言えるだろう。

 

「AAAAAAAAAARRRRRRRRRTTTTTTTTHHHHH!!!!!」

 

外側の両翼を折りたたみ、体に魔力を溜め込んでいく。

 

裁く者は判断を下した。

 

この地球から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、人間は脅かされずに済むと。

 

地球全土に放つ一撃となるだろうゼロスビートの一撃。

 

だが、その一撃は無差別に降り注ぐ。

 

多くの人間達までも巻き添えとなり…死んでいく。

 

「ダメです!!目を覚まして下さい尚紀!!!」

 

下の埠頭から聞こえる声に対して、翼の隙間から視線を移す。

 

陸岸に立っていたのは、ジャンヌ・ダルクの現身であるタルト。

 

「怒りに飲まれて…守るべきものを見失ってはいけません!貴方は人間の守護者ですよ!!」

 

外側の両翼が開き、魔力集中が収まる。

 

「Grrrrrrrr……!!」

 

邪魔者から先に消し去ろうと、サタンと化した尚紀は恐ろしい殺気を空から放つ。

 

「……たとえ死んでも、私は貴方を止めます。それが…ジャンヌ・ダルクの贖罪です」

 

「なら…私もお供するわ」

 

「リズ……」

 

「貴方を守るのが、私の使命。使命と共に果てるなら…造魔として本望よ」

 

もはや何処にも逃げ場などなく、ペレネルもニコラスも凍り付いたまま動けない。

 

恐怖に怯えた魔法少女たち…なす術をもたない者達。

 

……彼女だけを除いては。

 

「……下がりなさい、ジャンヌ・ダルク」

 

歩いてきたのはナオミ。

 

その表情は鬼気迫る程の焦りを見せているが…それでも引かない。

 

「困るのよ、ナオキ。世界を滅ぼされてしまったら…レイを探せなくなるわ」

 

ウラベが走ってきて、彼女を止めようと肩を掴むが振り払われる。

 

「正気かよお前!?勝てる相手じゃねーぞ…!!」

 

「だからといって…逃げる場所など…何処にもないわ!!」

 

封魔管を握り、召喚したのは不動明王。

 

倶利伽羅剣を天に向け、神霊の如き悪魔と対決する構え。

 

「……アーリマン。いや…ルシファーとなりし人なるアスラよ」

 

ナオミの後ろ側に召喚された不動明王が、人修羅に語り掛ける。

 

――汝はそれで……良いのか?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

睨み合う不動明王と人なる修羅。

 

人修羅は不動明王の正体を知っている。

 

「Vi……ro……cha……na.」

 

ヴィローチャナ。

 

それはアスラ神族を纏めるアスラ王の名であり大日如来。

 

ゾロアスター教では、シジマのコトワリ神アーリマンと戦い合う善神アフラ・マズダー。

 

不動明王とは、大日如来でありアスラ王であり、アフラ・マズダーの化身姿なのだ。

 

「Ahura……mazdar.!!!!」

 

シジマを掲げし者、アーリマンの意思を継ぐ者。

 

この世全ての悪となりし悪魔が吼える。

 

重く沈黙していたが、不動明王が口を開く。

 

「…我らアスラは、善神であると同時に悪神。()()()()()()()だ」

 

「…………」

 

「我らが本気で戦えば、ゾロアスター教の終末論である分離の時代まで殺し合うことになろう」

 

「…不動明王、彼にはもう……」

 

「言わせてくれ」

 

召喚者に静止されるが、アスラの神は続ける。

 

「今の時代は混合の時代。善と悪とが闘争する…それが善悪二元論を生んだ」

 

「…………」

 

「正義は悪用され、悪行を正当化するにまで堕ちた。それではもう、最後の審判も下せない」

 

「…ナ…ニ…ガ……イイ…タ……イ…?」

 

不動明王の声が、憤怒に飲まれた尚紀の心を揺り動かす。

 

「善悪二元論とは…()()()()()()()。生贄を叩き出すだけで、問題の本質を考えさせない手口だ」

 

パワハラは市民の尊厳という観点からでなければ、問題視できない。

 

差別を批判できる状況はすばらしいことだが、問題は()()()()()()()()()()()()こと。

 

炎上は単純な善悪二元論で成り立っている。

 

差別者は悪であり、正義はこちら側にある。

 

だが…本当に人間とは、差別を行わない善なる存在なのかを…考えさせない。

 

わたしも足を踏んでいるかもしれない…そう思えなくなるから、()()()()()()

 

都合の良い悪者だけをみんなで生贄にし、誰もが己自身を顧みることもなく悦に浸る。

 

「正義の概念は…ここまで地に堕ちた。もはやこれでは、何が正義か悪かも判断出来ない」

 

「オレ…ヲ……アク……ダ…ト……ノノ……シ…レ……」

 

「我らの区別もまた…国によってつかない。人間と同じなのだ」

 

――我らは皆、善を求められると共に、悪を求められる存在。

 

「…アーリマンよ、戦う意思を収めよ」

 

「オレト……タタカ……エ……!!セイギノ……カミ……!!!」

 

「このまま戦っても、我もお前も人々から見ればどちらも悪神と成り果てる。…アスラの定めだ」

 

「アナタ……ナオキを救うつもりなの…?」

 

「…古き宗教が、この世に呪いをもたらした。その因果…断ち切らねばならぬ」

 

善神が悪神に思いやりを見せる事に対して、アーリマンの意思を継ぐ悪魔は動揺していく。

 

これでは()()()()()()()()()()()、悪神とは倒されなければならない必要悪。

 

「オレ…ヲ……イケニエ……シロ…!オレモ……ソウシテ……キタ……!!」

 

「目を覚ませ人なるアスラ!!我らは皆概念存在…人々の勝手な望みが反映される存在!!」

 

人間だけが、神や悪魔という概念存在を観測出来る。

 

観測したものだけが、概念を形作っていく。

 

観測した者の数だけ、違う見方や役割を生み出していってしまう。

 

神や悪魔に、絶対的な定義など無いのだ。

 

「正義と悪という概念を超えろ!!そんなものは存在しない!!()()()()()()()()なのだ!!」

 

それを認めてしまったら、人修羅が虐殺してきた悪の魔法少女という定義が崩壊する。

 

「ミトメ……ナイ!!アクハ……ヒツヨウダ!!クリカエシタクナイ!!」

 

「だからこそ原因の審議を尽くすのだろう!?独裁者の判断だけで…人の命を判断するのか!!」

 

――それこそ貴様は…唯一神と同じになるだろう!!!

 

もう一度唯一神扱いされた尚紀の怒りが…爆発した。

 

「オレハ……アクダァァァァァ!!!!!」

 

アーリマンとして、サタンとして、必要悪として、倒されるべき者として勝負を挑む。

 

右腕を振り上げて放つ一撃とはアイアンクロウ。

 

空から急速降下してきたサタンに対し、倶利伽羅剣を天に向け霞の構え。

 

まともにぶつかりあえば、召喚者の肉体が保たない。

 

「ナオキ……恨みっこなしよ!!!」

 

互いの攻撃が……交差。

 

「えっ……?」

 

倶利伽羅剣は…人修羅の腹部を貫いている。

 

マサカドゥスに守られていようとも、将門を倒したのは不動明王。

 

その力には、神々の守りを打ち貫く貫通が備わっていた。

 

彼の右手は…振り抜かれていない。

 

尚紀は自ら倶利伽羅剣に刺されにいった。

 

「ゴハッ!!!……これ…で……いい……」

 

「ナオキ!?あ、貴方って人は……!!」

 

「これ…で……悪は……倒され……俺の…戦いも……間違っては……な…い…」

 

「…やはり、宇宙の根源である二元論の分断からは、我々は逃れられないのか…」

 

「お前……も……宇宙の……根源……誰も……逃れ……ら……れ……」

 

「…そうであったな。我らもまた人が生み出した概念…人が変わらないなら…()()()()()()()()

 

――悲しい…よな……。

 

――人って……生き物……は……。

 

海に聳え立つサタンの業火が消えていき、姿が消失していく。

 

尚紀の悪魔化も解けていく。

 

「…不動明王」

 

「…心得ている」

 

ナオミと尚紀の周りに業火が生まれ、業火が静まった時には…3人の姿は消えていた。

 

まだ自分達の正義を諦めない魔法少女たちから彼の命を守るための判断。

 

「…尚紀。貴方は……それでいいのですか……?」

 

自分の叫びは届かなかったようにして、彼は善悪の世界を望んでしまった。

 

それはまさに……死の上に死を築き上げる英雄としての道。

 

裁く者の道であった…。

 




読んで頂き、有難うございます。


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128話 幻の正義

自らが必要悪となり、魔法少女達を試す存在となってしまった者。

 

人修羅と呼ばれた悪魔は、裁く者サタンとしての役割を背負う事となる。

 

魔法少女社会とは関係ない第三者として告発人となり、彼女達の罪を問うた悲劇。

 

魔法少女を迫害するかの如く差別し、傷つけ、多くの魔法少女達を虐殺した者。

 

旧約聖書では神の使いとして登場し、人間を試すために唯一神より遣わされた存在とある。

 

人間の信仰心と善性を見極めるために存在する試す者としての役割を果たした男の末路は…。

 

あまりにも悲惨であった。

 

……………。

 

ポツポツと雨が降り出していく早朝。

 

ここは神浜の何処かの路地裏。

 

片足を伸ばし、壁に背を向けたまま顔を俯ける尚紀の姿がそこにはあった。

 

死にかけていた肉体はナオミの召喚魔法のお陰で完治している。

 

しかし、ボディガードとして彼の世話をするために自分のホテルに連れ込むわけにはいかない。

 

彼はナオミの恋人ではないし、女として守るべきものもあった。

 

尚紀の自宅の場所も知らないナオミはこの場所に置き去りにしていったようだ。

 

人間の姿に戻れたなら、魔法少女達から直ぐには見つからないという計算もあったのだが…。

 

「…………」

 

顔を俯けたまま絶望に染まった表情を浮かべる男。

 

ナオミが彼を放り出した本当の理由とは…かけてやれる言葉がなかったからだ。

 

ずぶ濡れになっていく彼の汚れた体。

 

その光景はこの世界に流れてきて間もない頃を彷彿とさせた。

 

(無くしたくないモノを…無くしてしまった。もう何も信じられない……)

 

信じていた理想社会は壊れていた。

 

目指した完璧な理想とは真逆の存在になっていた。

 

吐き出した言葉も否定した存在達と同じダブルスタンダードであった。

 

善悪に社会を分断し、死と混乱を撒き散らすだけの害悪に成り果てていた。

 

平等と博愛を掲げた全体主義で社会を正そうとすればするほど、魔法少女社会は反発した。

 

建前でも人間を守ろうとしてくれていた人々と深い溝を掘り下げただけの道となる。

 

その姿は、東の魔法少女社会の長として生きたが追放された和泉十七夜と重なって見えた。

 

「……それでも、信じたい」

 

繰り返した非道の戦いが人間達を救うことに繋がってくれていると信じ、縋りつく。

 

それさえ否定されてしまったら、今度こそ彼は動く事さえ出来なくなるから。

 

「俺の正しさは…他の連中の正しさではない…。だからこそ…善悪に分けられてしまう」

 

塞ぎ込み続けていたが、近づいてくる足音が聞こえてきた。

 

――アナタはアナタのままで良いワケ。

 

聞いた事がある者の声だが、彼は俯いたまま振り返りもしない。

 

彼の前に立つ少女とはアリナ・グレイであった。

 

「ノーマルな人も、コレクトな人もこの世にいないんですケド」

 

「……消えろよ」

 

「全てが平均的なヤツなんて、この世にいるワケ?ヒューマンはロボット?」

 

「……違う」

 

「人は殺してはダメ。なのに、ウォーでジェノサイドすればヒーローって呼ばれる」

 

――正しさっていうものは、はっきり言って()()()()()()()()でしかないワケ。

 

アリナにそう言われ、ようやく彼は顔を上げる。

 

過去と重なって見えたのか、美しい長髪を持つアリナの姿が過去に愛した人の姿と一瞬重なった。

 

「正しい人生が、アナタにとっての正しい人生だとは限らない」

 

「誰かに決められた正しさというものに…押さえつけられて生きる…」

 

周りから求められる最強娘を演じてきたが、苦しんできた鶴乃の姿が脳裏に浮かぶ。

 

「アナタはアナタの情念を貫けばいい。周りに合わせても、社会は変えられないワケ」

 

周りは偽善を並べて保身に走る。

 

自分達の人生設計だけを見ながら生きていきたい連中に過ぎないとアリナは語ってくれる。

 

「それに付き合わされたら腐るだけ。本当は現実問題に気が付いてるけどぬるま湯が気持ちいい」

 

「……だろうな。気が付いてさえいないなら…なおさら救いがない…」

 

「アリナはスクール時代、そういう腐り切った連中を沢山見てきたし…指摘したら虐められた」

 

「……そうか」

 

「出る杭は打たれる、これが今の日本社会。周りに合わさないと不利益しか返ってこないの」

 

「日本社会だと…目立ちすぎると角が立つもんな…」

 

「アリナはそんな腐った社会を捨てた。社会的には死んで初めてアリナはアリナを確立出来た」

 

「死人は…何者にも流されない……か」

 

「アリナはアリナを確立し、迷わずアリナの美を実践出来る。アナタにはないワケ?」

 

――自分が実践したいって、本気でうちこめる何かが?

 

「俺が…本気でうちこめる…何か……」

 

「アリナはアートがあったから、アナタみたいに正義の人として先鋭化はしなかったワケ」

 

「……俺は」

 

「原因は自分の過去にある。()()()()()()()()()()()()()()()()…それが情念を生むワケ」

 

尚紀の記憶の中には悲しみの記憶ばかり。

 

だからやり直そうとしている。

 

奇跡的に流れ着いてしまったこの世界。

 

自分が人間として生きられた世界とよく似たこの世界でやり直そうとしている。

 

「ほとんどの場合、自分の努力で過去の痛みを昇華するという方向は取らない」

 

――自分を傷つけた相手の行動を変えさせたいという形を取る。

 

守れなかった大切な人々が脳裏を巡る。

 

必死になって助けようとしても、己の手から零れ落ちていく命の記憶が巡る。

 

「自分は無力という屈辱を長期間味わっていけば…許せない人となる。それが今のアナタ」

 

「…………」

 

「屈辱に苛まれて正義の人になれば、周りに強要しかしない。周りを勝手に断罪していく」

 

「……よく、俺を観察しているじゃねーか」

 

「アリナはアーティストだけど、これでも鑑定眼を鍛えてるワケ。アートは表面の美じゃない」

 

「なら……そんな正義の暴走野郎の何に惹かれているんだ?」

 

「それはね…マルクス主義の実践をアナタがやっているカラ」

 

マルクスはヘーゲル哲学を徹底させた。

 

理性の自己運動と実践的な自己実現の弁証法の過程として捉える考え方だ。

 

マルクス主義における革命的実践においてはこうだ。

 

実践によって理論が生み出され、理論によって実践が調整され組織化される。

 

「理論と実践の統一……」

 

「人は、夢や目標を偉そうに語る癖に実践しようとしない。周りと面白可笑しく腐っていくダケ」

 

「そうさ。俺みたいに社会を変えろと叫ぶより、友達と遊んだり恋人作ったりする方が楽しいさ」

 

「だから腐る。仲良し腐敗の温床にしかならない。だからこそ先ず、実践する」

 

その一歩を踏み出せる強者だけが、流されない者になっていく。

 

社会の奴隷にはそれが出来ない。

 

自分よりも他人、出過ぎた事を言えばハブられる村社会化を彼女は嫌という程見てきた。

 

「実践する…その一歩を踏み出す……」

 

脳裏に浮かぶのは、公民権運動で差別社会が当たり前だった世の中を変えようとしたキング牧師。

 

そして尚紀の家族になってくれた佐倉牧師もまた、古いしきたりに縛られない社会を目指した。

 

勿論この2人の牧師には悲劇が待っている。

 

佐倉牧師と変わらないぐらいの年齢であったキング牧師は報復の凶弾に倒れて死亡。

 

佐倉牧師は所属教会から破門され、家族共々飢える毎日。

 

社会を変えようとする人々はこうも社会のリンチが待っている。

 

「アリナはスクール時代の連中から浴びた社会リンチに負けなかった。アナタは負けるワケ?」

 

「……負けたく、ない」

 

「なら、それを本気でうちこめるモノにすればいいんですケド。()()()()()()()()()()()()()()

 

「修正してでも…勝ち取る…?」

 

「アリナはアリナが納得出来ないアートなら、ぶっ壊す。そして作り直す…何度でも…」

 

「お…お前……」

 

両目が見開いていき、立ち上がる力が湧いてくる。

 

「なぜ…俺を探してまで、そんな言葉を贈るんだ…?」

 

それを言われて、なんでシドの目を盗んでまで探しに来たのか思い出せた。

 

「…アナタに、妥協して欲しくない。だからこそ…アナタが選んだあの自殺行為…」

 

自分の生き方を誰かに間違いだと言われ続けても貫こうとした彼の生き様を見届けた者。

 

だからこそ、彼女の心には男に向けた尊敬の感情が芽生えてしまう。

 

「アリナね…凄く胸が…締め付けられちゃったワケ」

 

自分でも何を言っているのか分からなくなり、赤面してきた彼女は去っていく。

 

路地裏の入り口付近で立ち止まり、背を向けたまま彼女は呟く。

 

「アリナはね…さっきも言ったけど、周りに合わさないから…虐められてきた」

 

「アリナ……お前……」

 

「だから…周りに間違いを指摘しただけで傷つけられるアナタの心の痛み…」

 

――アリナは…分かってあげられるカラ。

 

そう言い残して彼女は走り去っていく。

 

去っていく後ろ姿を見つめ続けた尚紀の目には、アリナの背中が何処か親友の千晶に見えた。

 

自然と彼の口元から笑みが浮かぶ。

 

「厳しい態度だったが…俺の崩れそうな心に傘をさしていきやがった。どことなく似ていたよ」

 

2人の大切な女性達を思い出せた尚紀の体が立ち上がっていく。

 

立ち上がれた彼が家路に向かう時、耳の奥に木霊する言葉が聞こえてきた。

 

――大丈夫ですか……?

 

懐かしい声が耳の奥に響く。

 

雨も上がっていき、秋の優しい風が彼の体に触れてくれる。

 

「…俺は大丈夫だ、風華。立ち上がれる力をまた…お前と同じ魔法少女から貰えたよ」

 

優しく微笑んだ彼の心には、タルトから言われた言葉も宿っている。

 

だからこそ、彼は自分の過ちを認めた末に己を戒める言葉を紡ぐ。

 

()()()()()()()()()()()()()()と。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

後日、尚紀の姿は聖探偵事務所内にある。

 

神浜の騒動もあり、探偵事務所としての今後の話し合いがしたいという招集に応じたようだ。

 

「集まってもらえたな。それじゃあ、この事務所の今後について語り合おう」

 

「丈二…家族はどうだった?」

 

「暴動には関わらせないようにしたが…親戚連中の中にはあの暴動でしょっぴかれた連中もいた」

 

「これからこの街も…荒れていきそうね」

 

「それだけの所業を東はやっちまった。たとえ差別されようが…暴力で政治を変えてはいけない」

 

「この禍根は長く続くだろう…。今までの差別は歴史問題が背景だったが…今度は実害だ」

 

「この騒動が発端となり、全国規模で神浜は悪の都市として認められた。西側経済も麻痺してる」

 

「神浜に根を下ろしてきた他県の企業は移転を検討中よ。企業に悪いイメージを与えると」

 

「そうなると…神浜住民の雇用者は切り捨てられる。失業問題が深刻化するだろう」

 

「神浜に最初からあった商工業も他県の取引先から切り捨てられている。ビジネスの泣き所ね」

 

「それだけじゃない。観光産業だって大打撃だろうな…人も物も金も、神浜から消えていくんだ」

 

「そんな街に引っ越してきてしまって大丈夫なの?もう一度東京に引っ越す?」

 

瑠偉の質問に対し、長く俯いていた丈二だったが…顔を上げる。

 

「……いや、俺はまだこの街で踏ん張ってみる」

 

「大丈夫なの?仕事がなくなったら事務所の看板下ろさないとならないわよ」

 

「探偵ってのは社会が混乱すればするほど、儲けられる。大勢が路頭に迷えば失踪案件も増える」

 

「差別も激化するだろうし、子供社会の虐めも激増する。虐めの調査案件も増えるだろうな」

 

「神浜企業を疑う他県の企業からの企業調査も来るかもしれないわ。探偵は不況に強いわね」

 

「探偵はエージェントだ。社会が混乱した方が…都合がいい。社会の生き血を吸ってるのさ」

 

「それでも、誰かが汚れ仕事をやらなきゃならない。だからこそ俺達は働いてきたはず」

 

「その通りだ、尚紀。俺は独立した時の目的を果たし終えたが…それでも探偵は辞めない」

 

「フッ…刑事として、か?」

 

「俺をそういう風に育てた先輩のためにも…社会を裏側から支える存在として…やっていく」

 

人は、その人の出来る範囲でやるべきことをやらねばならないと丈二は語る。

 

その言葉は大正時代において、何処かの探偵事務所の所長が語った言葉でもある。

 

彼もまた、過去の一端とそれから逃げていた自省を帝都の守護者であったサマナーに語った。

 

……………。

 

これからの行動計画会議も終わり、今日の仕事は終わりとなる。

 

二階事務所から降り、大破を修復出来たクリスに乗り込もうとした時に呼び止められた。

 

「ちょっと話をしない?埃臭い事務所ガレージじゃアレだし、外で話しましょう」

 

「…分かったよ」

 

2人は倉庫事務所の外に出て、事務所近くの陸岸から海を見つめるように立つ。

 

「革命魔法少女の殺戮は完了出来たのかしら?あの日…途中から行方が分からなくなったけど」

 

それを聞かされた尚紀は俯いていく。

 

「…2人を除いて、皆殺しにした」

 

「その2人というのは…もしかして許してあげたの?」

 

「…分からない。今の俺には…あいつらを裁く資格があるのかどうか…判断出来なくなった」

 

「他の連中は裁いておいて、それはないんじゃない?魔法少女の虐殺者としての立場がないわよ」

 

握り込まれた彼の拳が震えていく。

 

やはりまだ葛藤が残っているようだ。

 

「瑠偉…俺の道によくついてきてくれた。これからはもう……俺独りでやらせてくれ」

 

「……それでいいの?」

 

「俺は…彼女達の結果だけを切り取り、全てだと判断した。原因の追究を…棚上げした」

 

「彼女達に同情心でも湧いてきたというわけ?それでは東京で殺された魔法少女が浮かばれない」

 

「死刑を繰り返し、抑止力を期待した。全体主義を振りかざし、恐怖の抑止力を期待した」

 

「……………」

 

「それでも…魔法少女は社会の敵となる。魔法少女という個人だけに目を向けるのは早計だった」

 

「なら……貴方は今後どう動くの?まさか、探偵を辞めて政治家にでもなるつもり?」

 

「道はまだ分からない…。それでも今は、あいつらがなぜ社会の敵となったのかを探りたい」

 

「その原因さえ取り除けば…魔法少女が社会の敵となる理由も消える…それを期待したいの?」

 

「……それさえダメなら、もはや打つ手無しだ」

 

「武(裁き)から文(知恵)へ…それもまた、()()()()()()()()()()なのかもしれないわね」

 

「社会学に正解は無い。これもまた間違いかもしれないが…試させてくれ」

 

踵を返し、瑠偉の元から去ろうとする。

 

彼女は背中を向けたまま、こう口にした。

 

――この世のすべてが、君の生き様を左右する()()()()になる。

 

去ろうとする足が止まる。

 

――君が日常で何気なく交わす言葉のひとつひとつも……。

 

――多様な将来の扉のうち、いずれかを開く鍵となるんだ。

 

まるで男のような口調を喋り出す瑠偉に違和感を感じ、後ろを振り向く。

 

彼に振り返っている瑠偉は笑顔を向けてくるのみ。

 

「貴方は…何を選択したい?…秩序?…混沌?…どちらでもない中庸?」

 

「瑠偉……?」

 

「…フフッ♪ごめんなさいね、尚紀。少しカッコつけ過ぎちゃったわ」

 

彼女は先に歩き去っていく。

 

そんな瑠偉の後ろ姿を茫然と見つめるだけの彼だったが…。

 

「…やっぱり、あの女からはデジャブを感じる。俺は…あの女と似た奴と何処かで……」

 

考え事を邪魔するかのようにスマホの電話が鳴り響く。

 

連絡相手はネコマタだったようだ。

 

「…そうか。静香やななか達は、死にかけた俺を探し求めて家にまで押しかけて来たか」

 

「貴方が無事だと知って安堵していたわ。それと…今後について話し合いもしたいと」

 

「お前ら…悪魔の正体を晒してまであいつらを受け入れたのか?」

 

「だって…仕方ないじゃない。あんなにも悲痛な言葉を家の外から聞かされたら…」

 

「…全部バレちまったが、仕方ないな。それで、集まる場所は何処だ?」

 

「参京区の水徳寺のようだけれど…時間は夕方の17時頃の集合よ」

 

「話し合いの内容は恐らく…これからの神浜魔法少女社会治世についてだろうな…」

 

「早く行って安心させてあげなさい。貴方を嫌う魔法少女は多いけど…慕う子もいるわ」

 

「……分かった」

 

スマホの電源を切り、ガレージ内のクリスに乗り込む。

 

シャッターを開けて車を発進させた尚紀であったが…。

 

「あれ?家に向かうには遠回りの道を走行しているわよ、ダーリン?」

 

「少し…考え事をさせてくれ」

 

「そう……あまり思いつめないでね。貴方に死なれたらアタシが困るから」

 

「ネコマタとケットシーも困るだろうな…。俺は…独りぼっちの殺人鬼ではなかった」

 

「これから…どう生きていくの?まだ…魔法少女の虐殺者として生きる?」

 

「……………」

 

何も言わなくなった彼を察し、クリスも黙り込む。

 

(それに俺は…もう一つの悩みがある。それはきっと…俺だけの力では解決出来ない)

 

答えの無い道を歩き続けるかのようにして、車は当ても無く走行し続けるだけであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

外回りの仕事をする者以外は人通りをなくしてしまった南凪区。

 

道を歩くのは東の人間だとバレないように私服姿をした八雲みたまだ。

 

彼女が訪れたのはホテル業魔殿である。

 

「お待ちしておりました」

 

みたまを入り口で出迎えてくれたのは、このホテルの経営を任されている総支配人。

 

「…ヴィクトル叔父様と会いたいの。構わないかしら?」

 

「どうぞこちらへ」

 

ホテルの中へと入っていく2人。

 

ホテル内部を見渡せば観光客の姿は消えている。

 

「…このホテルも、これからの経営が大変ですね」

 

「…それにつきましては、当ホテルのオーナーであるヴィクトル様は手を打っておられます」

 

「大体分かるわ…この神浜からビジネス拠点を移すことぐらい」

 

地下の業魔殿の入れる秘密扉から地下に降りる階段を進む。

 

「ヴィクトル叔父様が去ったら…ここに居場所を築いてきた私は……」

 

捨てられるのではないかと怯えていく。

 

調整屋として資金援助をしてもらえたが、それもなくなるし何よりその店そのものがもう無い。

 

自分の居場所が足元から崩れていく恐怖に怯えながらも、彼女は業魔殿内部へと入ったのだが…。

 

「うおぉぉぉぉっ!!!うぉまえ!来たかぁ!!待ってたぞぉーっ!!」

 

彼女に向けて走ってきたのは、メイド姿に擬態したイッポンダタラ。

 

血相変えて走ってきたと思ったら彼女の前で土下座行為。

 

「ダタラちゃん!?な、なんなのかしら…急に?」

 

困惑して見つめるしかないみたまの視線が辛いのか、大声で泣き喚く。

 

「ひょっ!ひょえぇぇぇぇ!?見つめ殺されるぅぅぅぅ!!!」

 

土下座状態からゴロンと転がり、地面を転げまわるマッドメイドの乱痴気騒ぎ。

 

「だっ!だめだぁぁぁ!!そんな目で見てもだめだぁぁぁ…穴が!あくあくあくぅぅぅ~!!」

 

「ちょっと落ち着いてったら!どうして私に対してそんな負い目を感じるような態度なの…?」

 

<<それいついては、吾輩が語ってあげよう>>

 

業魔殿の主の声が聞こえ、彼女は奥の通路に振り向く。

 

「吾輩に話があって来たのだろう?奥の応接間に来なさい」

 

「分かりました、叔父様。ダタラちゃんは…大丈夫?」

 

「ドォワイジォォブ…ドォワイジォォブ…ずぅえんずぇんなんともないからゲラゲラゲラゲラ…」

 

奥に向かう2人と、みたまに頭が上がらないマッドメイドは地面を這いずりながら向かう。

 

会話を続けていた2人だったが、ヴィクトルから伝えられた言葉はみたまに衝撃を与えた。

 

「十七夜が…悪魔に襲われて…行方不明ですって!?」

 

「…イッポンダタラが守ろうとはしたのだが、クドラクと呼ばれる吸血鬼は強敵だったのだ」

 

「暴動の責任をとって、自決したものだとばかり…。生きていてくれてたのね…良かったわ…」

 

「それは…分からない。クドラクに襲われたということは…最悪の結末も考えられる」

 

「最悪の…結末?」

 

「君は和泉君とは付き合いが長いのだろう?彼女の周りで浮いた話を聞いた事があるか?」

 

「い、いいえ…十七夜に彼氏が出来ただなんて話は一度も……ま、まさかっ!!?」

 

恐れおののく彼女を見て、片目から滝のように涙を流し続けていく床に転がったマッドメイド。

 

「うぉれぁぁ…傷ついた体のままぁぁ探したぁぁぁ…でもぉぉ見つけられなかったぁぁぁ……」

 

「こいつも殺されかけてな…自力でここまで帰ってくるのが精一杯だったのだ」

 

「嘘でしょ…?魔法少女が…悪魔になれるの……?」

 

「…前例が無いわけではない」

 

自分の生きてきた人生が全て壊されていく。

 

体が倒れそうになったがヴィクトルが支えてくれた。

 

「和泉君に関しては、探し続けるしかない」

 

「助ける方法は…ないんですか……?」

 

「…悪魔となった者を戻す方法は無い。尚紀君が悪魔から元に戻れないのと同じくな」

 

「そんな…あの子は苦しんできたのに…こんなの理不尽過ぎるわ…!」

 

「夜の世界で生きるしかない人生となるだろう。それは…吾輩とて同じ身の上なのだが」

 

涙が零れていき、ただ泣き続けるしか出来ない彼女の姿を見せられるしかない2人。

 

ヴィクトルはポケットにある穢れを吸い出せる魔石を握り締め、いざという時に備えたが…。

 

「……落ち着いたかね」

 

「……はい」

 

彼女が落ち着いたのを見計らい、要件を伺う。

 

「そうか…調整屋を構えたミレナ座は…尚紀君に燃やされてしまったか」

 

「私は…寄る辺を失いました。調整屋としてこれからどう生きていけばいいのか…分かりません」

 

「…資金援助をしてきた吾輩だが、この暴動によって…神浜からは去らねばならなくなった」

 

「やはり…テロが行われたこの街でビジネスを続けるのは……難しいんですね」

 

「実はな、暴動が行われるよりも前…吾輩は溜め込んでいた資金を使って夢の品を買ったのだ」

 

「夢…?もしかして…いつか海の旅がしたいから豪華客船を買いたいって言ってた…?」

 

「そうだ。吾輩のこれから先の人生は海のホテルを経営するオーナーとなり、()()となる!」

 

暗い雰囲気を変えようとガラにもなくドヤ顔を見せてくる。

 

しかし、暗い表情を崩さないみたまには効果がなかったようだ。

 

「……そうですか、よかったですね」

 

夢が叶う喜びをこんな場で語る必要があったのかと反省し、真面目な顔つきに戻る。

 

「この業魔殿施設を船に移すための改修工事には5~6年はかかる。それまではここに残るよ」

 

「叔父様は先を見据えて動いていける…でも…私はもう……」

 

「君が望むならば別のテナントを用意してやってもいいのだが?」

 

親切心を見せてくれる恩師なのだが、彼女は首を横に振る。

 

「調整のせいで…多くの人々がテロによって死にました。私はその責任を負わなければいけない」

 

真剣な眼差しで己の覚悟を語るのだが、ヴィクトルは大きな溜息をつく。

 

「…吾輩は以前語った。商売人がそれを考えるなら店仕舞いとなる」

 

「で、でも…私の調整というサービスがあったから…みんなが死んで……」

 

「物を売る業者には責任が伴う。しかし…全てを想定することが出来るのか?」

 

「全てを…想定?」

 

「たとえば、台所用品を取り扱う店に包丁が並ぶのは自然。だが、その包丁で人が殺されれば…」

 

――包丁という道具を扱っていた、()()()()()になってしまうのかね?

 

「そ…それは……」

 

「君の調整サービスとて物売り。物に殺人を問うというのなら、道端に落ちてる石にも言えるぞ」

 

「たしかに…大きめの石を拾って後頭部を殴りつけたら人殺しぐらいは……」

 

「それぐらいの極論をぶつけてきたのだぞ、尚紀君は。道具を売る業者が罪に問われるべきか?」

 

「私には…この神浜テロに助力した罪を問われる責任はない、無罪だと言うんですか?」

 

「だからこそ吾輩は、イルミナティとも取引する。道具をどう使うかは取り扱う人間次第だ」

 

「でも…私の取り扱う商品の力は…あまりにも人間を殺し易過ぎる…」

 

「それは、アメリカの銃乱射事件の影響を受けて銃規制しようとするアメリカと同じなのだ」

 

「人を簡単に殺せる銃を売るから乱射事件が起きる…だから規制しろ…?」

 

「それが尚紀君の理屈。社会の安全保障を振りかざせば、こんなふざけた理屈がまかり通る」

 

全米ライフル協会スローガンにはこうある。

 

Guns don't kill people, people kill people.(銃が人を殺すのではない、人が人を殺すのだ)

 

「これは政治家共も使う手口。気を付けたまえ…大儀を振りかざす政治家ほど信用してはならん」

 

「安全保障という安堵感を人々に与えて…異を唱える者達を人々に批判させて潰す手口…?」

 

「民衆は楽な道しか求めない流される者達。考えること、疑うことを止めてはならん」

 

「ですが…それでも…この街の惨状を見ていると、自責の念に潰されてしまいそうです…」

 

思い悩む若い才能。

 

だからこそ先人の者として言える言葉があった。

 

「…長く生きていると、あの時こうしていればと思う瞬間がないでもない」

 

「ヴィクトル叔父様でも、後悔することがあるんですね…?」

 

「吾輩とて元は人間。人の心がそうさせてしまう…君と同じくな」

 

「……私は」

 

「だが、吾輩はこう考えることにした」

 

――やり直しがきかぬからこそ、人生は面白い。

 

「そうは、思わんかね?」

 

「私の…人生……?」

 

「…生きなさい、みたま君。後悔する感情があるからこそ、繰り返したくない情念も生まれる」

 

「私…生きて…いいんですか……?」

 

「尚紀君がもう一度君を殺しに訪れるなら、ここに逃げ込みなさい。吾輩が前に立とう」

 

「叔父様…私…わたしぃぃぃ……!!」

 

今度は嬉し涙を流していくみたまの顔を見たヴィクトルの顔つきも安堵していく。

 

彼はそっとポケットに仕舞っていたモノから手を離した。

 

そんな2人のやり取りを見ていたイッポンダタラが立ち上がる。

 

「お前を信じてやるぅぅ!みたま様ぁ!信じてますぅ!!」

 

「アハッ…ハハハ♪もう…ダタラちゃんってば、相変わらず意味不明な言葉ばかりなんだから♪」

 

「うぉまえはラッキーだぁぁぁ!!人修羅に謝りに行くなら…うぉれも行くぞぉぉぉ!!!」

 

「お前は和泉君を探しに行くとか言ってなかったか?」

 

「そっちもあったぁぁぁっ!?体が足りぬぅぅぅ…朝と夜に押しつぶされるぅぅぅぅ!!」

 

こんなにも自分の事を大切にしてくれる存在達がいる。

 

自分は独りぼっちじゃないという気持ちになり、彼女は決心がついた。

 

もう一度裁く者の前に立ち、自分の心を打ち明けようと。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

参京区の水徳寺。

 

先に集まっていた改革を望む魔法少女たちは寺内に入り、大広間に集まっていた。

 

「…なるほど。それが時女一族という、日の本優先の全体主義社会の在り様でしたか」

 

静香から時女一族について深く聞かされたのは、神浜の長として認められた常盤ななか。

 

その横にはかこやあきら、それにこのは達姉妹もいた。

 

「私たち時女一族は、国家・民族を優先する一族。たしかに…自由は少なかったですね」

 

「国家社会全体の利益の範囲内でしか自由が許されない社会。ですが、それが当たり前です」

 

「えっ…?」

 

「日本の公共福祉でも基本的人権は認められますが、基本的憲法秩序を害さないのは当たり前」

 

「それに…他人の権利を害さないことも重要よね」

 

「思想の自由はあっても、それを他人に向けて押し付ける暴力革命など、あってはならない」

 

「自由って…あるように見えて、公共という全体福祉の範囲内しか用意されないのですね」

 

「社会国家的公共福祉もあります。魔法少女と人間という力の格差を是正する必要性も大事です」

 

「自由の名の元に…持つ者が持たざる者を差別し、搾取する。それも規制する必要があるわ」

 

「幸福って…みんなのものだよ。一部の人々のための幸福なんて…あったらダメだよぉ」

 

「弱者保護や社会経済全体の調和ある発展のための規制というわけね」

 

「魔法少女という力の脅威を規制する。それが弱者保護や、安心ある自由経済をもたらします」

 

「今まで…社会の安全が確保されなかったんだね…。魔法少女の存在のせいで…」

 

政治的な話題ばかりが飛び交い、手前の方に座るあやめはグルグル目。

 

「あちし…頭がこんがらがってくる…葉月は分かる?」

 

「う~ん…アタシは嘘や誘導の手口なら得意だけど、政治に関してはねぇ…」

 

「でも、考えなきゃダメなんだよね?だってこれから…あちし達が神浜を治めるんだし!」

 

「あれから正気に戻ってくれた都さんも反省してくれて、改めて認めてくれたしね」

 

「やちよさんも退院出来たみたいだし…これから忙しくなっていくね…」

 

「嬉しい悲鳴ってヤツだよ、あやめ。もう二度と繰り返させない…つつじの家のような悲劇は」

 

「だからこそ!あちし達がビシバシ叱りつけていかないとね!!」

 

「そうね、あやめ。ぬるま湯社会こそが、堕落を生む。その甘さが…つつじの家を燃やしたのよ」

 

「馴れ合い社会ほど怖いものはないって…痛感させられたよ。だからこそ優先するものを決める」

 

このは達の視線がななかに集まり、彼女も首を縦に振る。

 

「私は、尚紀さんから学んだ全体主義を敷こうと考えます。その社会はきっと…ファシズムです」

 

「戦前の日本社会と同じく、全体の利益を優先し…個人の自由を弾圧する社会制度ね」

 

「時女一族社会そのものです。日の本を優先するためにしか戦えず、個人の戦いは許されない」

 

「だからこそ強固な一枚岩を築けたと思う。…その弊害は、みんなの自由を踏み躙る苦しみ…」

 

「たしかに…内心の自由まで踏み躙ってたよね…。私たちの時女一族社会って…」

 

「内心の自由があるから魔法少女は簡単に自由主義に腐るわ。自由主義の弊害なら見たでしょ?」

 

「……そうだね、静香ちゃん。私たちはこの街で…見てしまった…」

 

「あんな自由暴力の世界を許すぐらいなら…全体主義の方がマシです」

 

「国を乱す政治テロを許さない国家社会主義ナチズム。ナチスだってドイツ共産党を滅ぼしたわ」

 

「ナチズムの長所としては自由経済と共存出来る点。民族発展のためなら資本主義も認められる」

 

「…共産主義のように私有財産を没収されることもない?魔法少女の魔法も取り上げられない?」

 

「魔法少女の私有財産的な魔法は、国や民族発展のためなら所有出来る。ファシズムは必要です」

 

「問題は…その全体主義という個人の自由を破壊する社会を、他の子達が認めるかだね…」

 

「ボク達の自由は大きく制限される。普段の生活もボク達の楽しさより公共の福祉が優先される」

 

「えっと…海に遊びに行ってもパトロールして、クリスマスだって遊ばずにパトロール…?」

 

「そのイメージであってると思うよ、あやめ。個人の幸福を見ず、社会の幸福に重きを置く」

 

「…ハードル高そうだねぇ。今までのあちし達…遊んでる時は自分達の事しか考えてなかったし」

 

「でも、ボクはそれでいい。ボクは地域貢献を優先してきた…その時の気持ちは皆の幸福さ」

 

「あきらさんのような義の精神こそが、私たち魔法少女社会には必要だったんですよ」

 

「徹底した個人主義の否定…人間社会を優先する公共心…それこそが、次の魔法少女社会の目標」

 

「…アタシには分かるよ…みんなはこう言う。()()()()()()()()()って…私達の自由を返せって」

 

「そんなのボクは認めない!なら、どうして皆は正義の魔法少女を気取って戦ってきたのさ!?」

 

「そうです!個人の自由だけにしか興味がないなら()()()()()()()()()()()()()()()()()です!」

 

「かこさんとあきらさんに賛成よ。公共の福祉を重んじたから…院長先生は孤児を救ってくれた」

 

「孤児の苦しみを背負う…辛い児童養護施設長だなんて、義の精神がないと耐えられないよね…」

 

「私たち姉妹は…義の精神を持っていてくれた院長先生の道を信じたい。けっして譲らないわ」

 

「だからこそ、アタシ達姉妹は何処までも…ななか達についていく。頼りにしてよね♪」

 

「フフッ♪ありがとうございます、葉月さん。交渉が得意な貴女がいてくれて心強いです」

 

「あちしも頼りにしてよーななか~!?」

 

…時間を忘れて白熱した議論が交わされていく光景。

 

出てくる言葉は、個人の自由を否定する平等主義と博愛精神…絶対的秩序主義。

 

それは和泉十七夜が目指そうとした…徹底した社会全体主義的管理体制。

 

…紛れもない恐怖政治だ。

 

襖の向こう側の廊下に立ち、聞き耳を立てていた人物。

 

「………………」

 

尚紀の脳裏に響いてくる声。

 

――圧倒的暴力によって、大儀という道徳を民衆に押し付ける政治体制。それが貴方の望む道。

 

――そもそも道徳って…他人に押し付けるものなのかしら?

 

――道徳や倫理は価値観の押し付けに繋がる。それがイデオロギー対立を生むのよ。

 

――多様な価値観があって社会は当たり前、それが本当の自由。それを破壊するのが全体主義。

 

――多様な価値観が認められたら、魔法少女は簡単に狂人と化す。

 

――でしょうね…そこが多様性の限界。人は社会的状況次第でいくらでも社会の敵となるわ。

 

――俺は…そいつらが恐ろしい。だからこそ俺は…全体主義を使ってでも社会を変えたかった。

 

(…暴力による絶対的秩序主義…その先にあるのは…ななか達の絶対的支配体制だ)

 

1つのイデオロギーに逆らえる存在などいなくなる。

 

それは、時女一族の魔法少女達が神子柴家や時女本家に逆らえなかったのと同じ状況。

 

(正義を振りかざす全体主義政党に逆らえる者がいなくなる…そうなれば…腐敗する)

 

尚紀は知った。

 

自由の名の元に腐る現実と、秩序の名の元に腐る現実。

 

秩序も自由も…こんなにも人々は()()()()()()()()()()()

 

不完全な存在…それが、原罪という罪を唯一神に背負わされた人間という生き物。

 

だからこそ永遠に争わされるだろう…それこそが、逃れられない神罰。

 

(自由を選んでも犠牲者だらけ…秩序を選んでも犠牲者だらけ…なら、何が正しいんだ?)

 

――貴方は…何を選択したい?

 

――…秩序?…混沌?…どちらでもない中庸?

 

(俺は……)

 

――あなたには…七海先輩が間違ってしまった環の輪とは、違う形の輪を作って欲しいです。

 

汗ばんだ手が握り締められ、震えていく。

 

(秩序も自由もダメならば……残された手段は……)

 

考え込んでいたが、お手洗いに行こうとしたちはるが襖を開け、尚紀に気が付く。

 

「あれ!?尚紀先輩…いつの間に来てたの?」

 

ちはるの声が聞こえ、大広間に集まっていた魔法少女たちの視線が集まる。

 

「尚紀さん!?よ、よかった…無事だったのですね?」

 

「悪魔だったネコマタ達から無事を聞かされてたけど…嘉嶋さんの姿を見れて安心しました!」

 

「本当に良かったわ…。私たちの理事長がいなくなったら、孤児たちが路頭に迷うもの」

 

周囲の喜びの声。

 

震える拳が止まり、決意したかのように開いていく。

 

「……みんな、心配をかけてすまない。だが、聞いて欲しい考えがある」

 

「えっ…?それは一体…なんでしょうか?」

 

「…この政治思想は、俺がお前に伝えた政治思想の…()()()()()()()()となる」

 

「中間の政治……?」

 

「それを選ぶか、以前の俺が伝えた社会全体主義を選ぶかは……」

 

――お前たち…次第だ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日が沈んだ頃、水徳寺から出て来た尚紀の姿。

 

寺の近くにある有料駐車場に停めてあったクリスに乗り込み、駐車場から出る。

 

「これで二つの問題には対処出来た。残すは…」

 

「まだ問題ごとを抱えていたわけ?」

 

「これは俺の力だけではどうにもならないだろう。だからこそ、錬金術師の力がいる」

 

「だとしたら、ニコラスのところに向かうの?」

 

「あいつの力を当てにはしたいが…もしかしたら、それだけでは足りないかもしれない」

 

車は南凪区に戻り、ニコラスの店に向かう。

 

夜も更けていき、20時頃の時間。

 

屋敷のバルコニーにいたリズが部屋に戻り、ペレネルの執務室に入る。

 

「えっ?見かけない車が屋敷に近づいてくるですって?」

 

「あの車…もしかしたら、悪魔かもしれないわ」

 

「どうして分かるの?」

 

「アメリカで暮らしてた頃、初代プリムス・フューリーの形をした悪魔の噂を聞いたことがある」

 

「……だとしたら、ニコラスが日本に持ち込んでいた可能性も捨てきれないわね」

 

「マスター?ニコラスさんがまた来てくれたのですか?」

 

「まったく…しつこい男だから私に嫌われるのよ」

 

「でも、満更でもないように見えるわよ。今のマスターの態度は」

 

「……それも、客観性なのかしら?」

 

「客観性のない主観性は成り立たない。……でしょ?」

 

大きな溜息をつき、電子制御の門を開けるために動く。

 

屋敷の大きな庭に入ってきたクリスを出迎えるかのようにしてペレネル達は入り口に立つが…。

 

「あ、貴方は……嘉嶋尚紀さん?」

 

クリスから降りてきたのは、ニコラスだけでなく尚紀も一緒。

 

「ニコラスに対処して貰いたかったが…こいつの力だけでは足りないそうだ」

 

「彼は私たち錬金術師に用事があるそうだよ、ペレネル」

 

「私たち錬金術師夫婦に用事がある…?それは、どういう案件なのかしら?」

 

眼鏡の奥の細目から怪訝な表情を浮かべるが、彼はペレネルに向けて右掌を上に向けて翳す。

 

掌から出現し、現れたのは…浮遊する力すら失ってしまったマロガレ。

 

「こ……これは!!?これこそが……私が求めた…」

 

「マガタマね…。でも、私が奪った時のように…生命活動をしているようには見えないわ」

 

ペレネルが遥々来日してまで求めた魔道の奥義。

 

究極の悪魔の力を司りしマガタマをペレネルに見せる心変わり。

 

「…俺はあの時、不完全なマロガレの力を無理やり引き出した。その結果が…このザマだ」

 

「私が追い求めたこのマガタマを……私とニコラスにどうして欲しいわけ?」

 

「治してくれ」

 

「えっ?」

 

細目が開き、目を丸くしたペレネル。

 

「俺は魔道の知恵をもってない。禍魂は災厄の中より生まれるが…こいつは傷ついてるだけだ」

 

「マガタマの治癒を目的として…私たち錬金術師の協力を求めに来たというわけ?」

 

「マガタマの研究成果なら、お前がもらっておけ。それが目的で来日したんだろ?」

 

ペレネルの表情が喜びに包まれていき、元夫のニコラスに振り返る。

 

「貴方が……私のために、彼を説得してくれたの?」

 

「それもあるが…彼の心を一番動かしてくれたのは他でもない…彼女だ」

 

ニコラスが視線を向けた先にいた人物とは…。

 

「えっ…?わ、私……ですか?」

 

ペレネルの護衛としてついて来ていたタルトだ。

 

「彼は君の事を気に入っているそうだ。だからこそ、君のためにマガタマを託す気になった」

 

「私を……気に入ってくれているのですか…?」

 

キョトンとした顔を向けてくるタルトに対し、彼は気恥ずかしいのかそっぽ向く。

 

「…前にも言ったが、お前は俺の仲魔に相応しい程の悪魔だ。それに…止めてくれた礼もある」

 

身を挺してまで、彼の過ちを止めてくれようとしたジャンヌ・ダルクの現身。

 

「俺はな、お前を見届けたくなったんだよ」

 

「私を…見届ける?」

 

「感情がない造魔という種族を超えて…人の心を取り戻せる日を…見届けてやりたくなった」

 

「尚紀……私を、受け入れてくれるのですか?」

 

「そうじゃなければ、マロガレのためだろうが…ペレネルの元には来なかったよ」

 

2人のやり取りを見て、ペレネルもニコラスも喜びの表情。

 

彼もまたペレネルと同じく、タルトを本物のジャンヌ・ダルクにしたいと言ってくれている。

 

そんな光景を見ていたリズの口元も、自然と微笑みが浮かんだ。

 

「私の望みに応えてくれて…本当にありがとう、嘉嶋尚紀さん」

 

「尚紀でいい。これからはちょくちょく、この屋敷に寄らせてもらうよ」

 

「そうだ、お礼のお金を……」

 

「必要ない」

 

「で、でも……悪いわよ。タダで私の望みを叶えてもらうようなものだし…」

 

「…なら、今夜は付き合え。お前の奢りで飲み明かしてやるさ」

 

「フフッ♪よろしくてよ。マダムの店を貸し切って、朝まで飲み明かしましょう♪」

 

研究服を着替えるために、ペレネル達は屋敷の中へと向かう。

 

開いていた入り口の明かりに照らされていたのは、ペレネルの人ならざる影。

 

<……お前か。ペレネルに憑りついている悪魔は?>

 

悪魔である尚紀が、ペレネルに憑りついた悪魔に念話を送る。

 

<…初めましてかな?我らの黒きメシアよ。黙示録の赤き獣としての覚醒…まことに喜ばしい>

 

<ほざけ。この女を玩具にしている貴様などに好かれたくはない>

 

<では、我々は殺し合うしかないのかな?できればそれは…避けたいのだが>

 

<…お前をペレネルから引き剝がすのは、俺の役目ではない>

 

<フフッ…その言葉を聞けて安心したよ。いずれ我々は…ハルマゲドンの日に轡を並べる>

 

<その前に…お前には死んでもらいたいものだ。それを行う役目を背負うヤツは…俺の隣にいる>

 

<そのご老体に何が出来る?不死身であろうが、いくらでも殺してやれるのだが?>

 

<お前と戦う力を考えるのは、ニコラスの役目だ。俺は干渉する気はない>

 

<それが聞けて何よりだ。私とて、混沌王を相手にしては分が悪すぎるのでね>

 

<チッ……気に食わない悪魔だよ、お前>

 

短い念話のやり取りは、ペレネルが屋敷の中に入り扉を閉めた時…終わったようだった。

 

……………。

 

会員制のBARクレティシャスに訪れた一行。

 

タダ酒飲めるとナオミとウラベを誘ったらホイホイ2人もついてきたようだ。

 

「いやー疑って悪かったよペレネル大先生!流石は俺の命の恩人だ!」

 

「貴方たちを呼んだ覚えはないのだけれど…」

 

「まぁまぁ、せっかくの機会だし数百年生きてきた中でどんな魔道の知識を得たのか聞きたいわ」

 

「貴女、この前私の邪魔をしたサマナーでしょ?よくもまぁ図々しく顔を出せたものだわ…」

 

「こいつらには世話になったし、ついでに借りを返そうと思ってな」

 

「私の奢りでね…でも構わないわ。今日は無礼講でいきましょう」

 

飲み明かすつもりで集まった一行だが、自然と今後の話になっていく。

 

「それにしても、困ったわ。せっかく東京から神浜に拠点を移したというのに…」

 

「銀子、やはりヴィクトルはこの神浜からビジネス拠点を移す事になりそうか?」

 

「ええ、そうなるわ。彼は長年の夢だった豪華客船を購入したからそちらに業魔殿を移すの」

 

「そうか…あいつも近い将来は船長生活だな」

 

「業魔殿施設を移すための改修工事に5~6年はかかるから、暫くは神浜に残ってくれるわ」

 

「これから大変ね…この街も。まぁ、私には関係ない話だけれど」

 

「ナオミ、貴女はこれからも探したい人物を探しながらも、彼の護衛を務めていくのね?」

 

「そうなるわ、マダム。ナオキが大人しくしてくれるなら、私もそちらに専念出来るけれど」

 

「……そう。見つかると良いわね」

 

「俺は今後もマダムの護衛をしながらも、イルミナティの行動を把握したいのだが…」

 

「お前は連中に見つかると不味いんじゃないのか?一応死んだ事にされてるんだろ?」

 

「だからな…サマナーとしてのツテを頼りに、連中に探りを入れてくれる人物に依頼をした」

 

「サマナーとしてのツテ?」

 

「俺の家は古い悪魔召喚士一族。葛葉一族とも少しだけ繋がりがあるんだよ」

 

「なんですって?なら、貴方のツテというのは…葛葉一族のレイ・レイホゥではないの?」

 

「違うって、女じゃない。私立探偵事務所を経営してるヤツで…葛葉一族に連なる危険人物だ」

 

「葛葉一族に連なる…危険人物の男…?」

 

()()()()()()()()()()。宗家の葛葉の名を与えられながらも狂い死ねと名付けられた一族の者」

 

「葛葉…キョウジ…」

 

「その男も初代葛葉狂死と同じぐらいの危険人物。目的のためなら手段を厭わない非道の男さ」

 

「そんな危険人物に依頼をして大丈夫なわけ?」

 

「あの男は金に執着心の無い奴だから、俺の持ち金でも依頼出来た。それに命知らずとくる」

 

「そう…でも、その男は興味があるわね。コンタクトをとってみたいわ」

 

「やめとけって。あの男は女だろうが容赦しないタイプだし…タダじゃ済まないぞ」

 

「問題にならないわ。その男が貴方の元に情報を持って来る時…同席させてもらうわね」

 

「どうなっても知らねーぞ…」

 

左側の2人は葛葉キョウジについての話に没頭し始めたため、右側の2人に視線を向ける。

 

「ナオキ君。私は所用があって少しの間エジプトに行くことになる」

 

「エジプトだと?」

 

「古い友人に頼んでおいたモノが見つかったと連絡がきた。それを回収してから研究に戻る」

 

「私1人でも別に問題はないわよ?」

 

「釣れないことを言わないでおくれ…ペレネル。せっかくナオキ君が繋いでくれた縁なのに」

 

「まぁいいわ。先にマガタマの研究を始めておくわね」

 

「また…待たせてしまうね。今度はスペインに勉強に行った時ほどの時間はかからんよ」

 

「フフッ…貴方を待つ事には慣れてるわ。いってらっしゃい」

 

少しづつだが、凍り付いていた夫婦の時間が溶け始めているのを尚紀は感じている。

 

そんな2人の後ろに控えているかのように立つ造魔たちにも視線を向けた。

 

「お前らは飲まないのか?」

 

「えっ…?わ、私はその……マスターの使いで……護衛……を……」

 

「ど、どうした……?」

 

「何ですか…この…酒の…匂い…?我慢が……できましぇん……」

 

酔っぱらったみたいに顔が真っ赤になったタルトは、横のリズに抱き着き始める始末。

 

「…この子は見ての通り、酷過ぎる下戸なのよ…。私だけで護衛は大丈夫と言ったのだけど…」

 

「ウフフ…リズのオッパイは…抱き枕に最適です……フフフ♪」

 

「こいつ……本当に造魔なのかを疑いたくなってきた」

 

「そうね…アメリカにいた頃よりも明るくなってる気がするわ。貴方のお陰かもね」

 

「護衛は大丈夫だから、タルトを外に連れていって夜風に当ててあげなさい」

 

「分かった、そうするわマスター」

 

「フフッ…目の前に天使様が一匹…二匹…三匹……あぁ、まとめて光にしたい……」

 

抱きかかえたタルトを連れて、リズは去っていく。

 

店の入り口付近で立ち止まり、彼女は尚紀に振り向いた。

 

(黙示録の赤き獣…レッドドラゴンとなった悪魔。それはローマ帝国の皇帝を意味する)

 

リズの記憶の中にあったのは、百年戦争時代に共に生きたローマ帝国の魔法少女。

 

(神聖ローマ帝国の皇帝ジギスムントの娘…エリザ・ツェリスカ…)

 

かつてのタルトの仲間にいたのは、レッドドラゴンの如き魔法少女であり皇女だった。

 

時代を超え、再びローマ帝国と関わることになってしまったリズの現身は思う。

 

(エリザ…彼を見守ってあげて欲しい。貴方のように…誇り高き存在となって欲しいわ)

 

視線を前に戻したリズは、タルトを抱きかかえたまま店を出ていく。

 

元夫婦の間で積もる話もあったのか、話し込み始める2人から視線を外す。

 

「……これから、どう生きていくつもりなの?」

 

マダム銀子として生きるニュクスからの質問に対し、グラスの酒を一口飲んでから答える。

 

「俺は…暫くの間は魔法少女の調査を行いたい。連中の身辺周りの環境などをな」

 

「探偵として彼女たちを調べたいの?でも、どういう心境の変化なのかしら?」

 

「…俺は、人の一面だけを切り取って全てだと判断してきた。それを…変えていきたい」

 

「…忘れもしない今年の1・28事件の時に、私が語った言葉をようやく受け止めてくれたのね」

 

「…人類を悪い面だけで判断しないであげてね…か。その言葉の重みを…ようやく理解出来たよ」

 

「人を一面だけで判断する危険性を私は見て来た。信じられない者は、加害者に成り果てるわ」

 

「勉強不足だったのを痛感させられた…。だから、これからは政治をもっと勉強したい」

 

「将来は名探偵から名政治家になったりするかも?」

 

「神として先が見えるんだろ?そうなっていそうか?」

 

「これも前に言ったけど…未来とは作るもの。先の可能性を知って、未来を諦めてはいけないわ」

 

「そうだな…運命に喧嘩を売るのが、俺たち悪魔の生き方だったよ」

 

悪魔…そして神。

 

この世界に召喚されてしまった、自分と同じ概念存在たちを思う銀子が…重い口を開く。

 

「…尚紀。この世界で悪魔と呼ばれる私たち神々はね…万能ではないの」

 

「……………」

 

「概念というのは空気と同じ。そこに在っても意識出来ない。でも、召喚されれば定義が変わる」

 

「…現人神として祀り上げられた天皇だって、ただの人間。俺達も…同じだと言いたいのか?」

 

「所詮私達も自らの意思で選択し、その因果を背負うしかない者。人間や魔法少女と変わらない」

 

「……そうだな」

 

「だからこそ、これだけは忘れないで欲しい」

 

――我々は、神や悪魔と呼ばれても、()()()()()()()()()()()()()()

 

――どんなに頑張ろうと、救えない命もあれば……。

 

――届かない思いもある。

 

()()()()()()()()()を目指さなくてもいい。貴方のまま…迷いながらでも進んでいきなさい」

 

同じ概念存在である女神から送られた言葉が、彼の心に染み入っていく。

 

決意を持った瞳で彼女を見据える。

 

「……ついて来てくれるか、銀子?いや……ニュクス」

 

「勿論♪かつての世界だけでなく、この世界でも貴方の生き様を見届けたい。ついて行かせてね」

 

ギリシャ神話の夜の女神であるニュクス。

 

イギリスの17世紀の詩人、ジョン・ミルトンの失楽園第二巻では、混沌王と共に在る存在。

 

混沌王の位階に登りし人修羅と共に在るのも、概念に縛られる存在である所以だろう。

 

グラスの酒を一気に飲み干し、尚紀は微笑んでいく。

 

彼には多くの仲間と仲魔、そして心の中で今でも輝く、伝説のデビルハンターがいてくれた。

 

だからこそ、狂った秩序の守護者としての道を止めてくれた。

 

心の中は感謝の気持ちでいっぱいなのだろう。

 

「俺は…楽園から追放されたとばかり…思い込んでいた」

 

――失った楽園だって、みんなの力で()()()()()()()()()()んだな。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

数日が過ぎた頃。

 

仕事で外回りをしていた尚紀は、南凪区ベイエリアのベンチに座って休憩中。

 

人通りもまばらな通りの景色を見ながら、黒いトレンチコートの中に入れていた本を取り出す。

 

それは夏目書房で買った文庫本であるミルトンの失楽園。

 

カバーの無い唐草模様のデザインの文庫本を左手で持ち、右手でめくっていく。

 

読み耽っていたが、気になる部分が自然と口に出る。

 

――言論の自由を殺すのは、真理を殺すことである。

 

――心というものは、それ自身一つの独自の世界なのだ。

 

――地獄を天国に変え、天国を地獄に変えうるものなのだ。

 

それは人間の基本的人権にもあたる部分。

 

人間が人間らしい生活をするうえで、生まれながらにしてもっている権利。

 

基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果。

 

侵すことのできない永久の権利。

 

…彼はそれを、社会全体主義で踏み躙ろうとした。

 

静香が生きた時女一族もまた内心の自由を踏み躙り、常盤ななか達もそれに続こうとした。

 

「……反発されるわけだよな」

 

――俺がやろうとした事は、何人も侵してはならない内心を踏み躙ること。

 

――魔法少女の心という天国を…地獄に変えようとしてきたんだ。

 

「人間社会のためとはいえ…受け入れられるはずがない。死ぬ覚悟で抵抗してくるはずだ…」

 

それを暴力で粉砕し、ワルプルギスの夜の惨劇を生み出した日。

 

神浜においても、その惨劇をなぞるが如く惨劇を生み出してしまった。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺もまた…それをなぞってしまった…」

 

守護者として失格だと痛感し、己自身も罪人でしかないことを自覚出来た。

 

俯いていた時、知っている魔法少女たちの魔力が近づいてきたのを感じた。

 

「令…それに…美雨……」

 

彼の前に立ったのは、観鳥令と純美雨。

 

「一時はどうなるかと思ったけど…生き残ってくれて観鳥さんは嬉しいよ」

 

心配してくれている令だが、彼は俯いたまま。

 

頭を上げられないのは…美雨にとって大切だった蒼海幇の長を…殺してしまった自責の念。

 

「……顔を上げるネ、ナオキ」

 

促され、彼は美雨に向く。

 

「……俺を、恨んでいるか?」

 

それを問われた美雨の拳が握り締められ震えていく。

 

目を瞑った表情の眉間にもシワが寄り、堪えきれない何かに耐えている。

 

「……美雨さん」

 

横の彼女を心配そうに見つめる観鳥。

 

すると、震えていた拳が開いていき…表情の苦しさも飲み下せたのか消えていく。

 

「……ワタシは恨まないネ。恨む気持ちが……善悪の分断を生むヨ」

 

善悪の概念を飲み下し、長老の死は必然だったのだと…割り切った彼女。

 

「……それでいいのか?愛した人を殺されたなら…俺のように暴れてもいいんだぞ」

 

「オマエという悪い見本のお陰ネ。反面教師として…学ばせてもらえたヨ」

 

「……そうか。お前の方が…俺よりも大人なのかもな」

 

()()()()()だとは思わないネ。その悔しいという感情が…物事を見えなくする」

 

「俺も…大勢を守れず、長年の屈辱に苛まれた。だからこそ…繰り返したくはなかったが…」

 

「切実な情念…その感情が、自分を傷つけた相手の行動を変えさせたいという歪な形を取るネ」

 

「いわゆる…正義の人、許さない人になっていくというわけだね…観鳥さんにも経験がある」

 

「他人の心という聖域さえも、己の正しさをぶつけて踏み躙る…それが俺のしたことだ」

 

「嘉嶋さんだけじゃない。ワンマン経営のブラック企業や、独裁国家だって同じことをするよ」

 

「感情否定のコトワリを掲げたが…それも内心の聖域を踏み躙る行為。人は機械にはなれない」

 

「釈迦のように煩悩から解脱したいと願う人だけが進むネ。他の人を巻き込む良くないヨ」

 

個人が考えていたよりも、世界は多様な価値観があり、それによって見え方も変わってくる。

 

だからこそ制御しようとすればするほど、争いしか生まれない。

 

(シジマのコトワリ勢力に、自由と暴力を司る堕天使が集まったのは…必然だ)

 

――内心の自由を踏み躙られたなら、人は命をかけてでも争おうとする。

 

――そんな人々を殺戮し、恐怖支配でなければシジマの静寂が達成出来ないのならば…。

 

(最初から…破綻したコトワリだった。だからこそ氷川…()()()()()()()()()()になったんだ…)

 

「すまない…あの頃の俺は世間知らずのガキで…もっと真剣にお前のコトワリを考えていたら…」

 

「……?なんの話なのかな、ソレ?」

 

「……なんでもない。それより聞きたい…今後の蒼海幇はどうなるんだ?」

 

「長老は死ぬ前に次の長老を決めていたヨ。陳健民さんが次の長老になり、武術館も引き継ぐネ」

 

「…蒼海幇の人達は、俺を恨むだろう。長年街を守ってきた大黒柱を…殺したんだ」

 

「それについては、黙秘しろと長老に言われたし…ワタシだて…みんなには喋らないネ」

 

「…本当に、それでいいのか?」

 

「くどいヨ、しつこい男は嫌われるだけネ」

 

「嫌ってくれても…いいんだぞ?それだけの事をした罪人なんだ」

 

「罪人だからて、善悪の差別はしないヨ。善悪の差別をするから…犯罪者が社会復帰出来ないネ」

 

「…民衆は建前では否定するが、ようは()()()()()()()()()()()()()()が欲しかっただけかもな」

 

「そんな差別を受けてきたのが…人を殺してしまった常盤ちゃんやこのはさん達…なのかもね」

 

「ななか虐めた差別連中にはなりたくないネ。だからこそ、オマエとは今まで通りに付き合うヨ」

 

「…フッ、やっぱりお前の方が強い。俺の完敗だよ…美雨」

 

「これで勝たつもりは無いヨ。拳法の勝負に関してはまだ続いているネ」

 

「そうか…手強過ぎるライバルを持っちまったもんだぜ…」

 

2人のわだかまりが解けた光景が嬉しかったのか、令の表情も笑顔になっていく。

 

「心配してついてきたけど、大丈夫だったね。…だからこそ、彼女達にも向き合って欲しい」

 

「えっ……?」

 

遠くで隠れていた人物達に向けて促すように首を縦に振る。

 

近づいてきた者達に視線を彼は向けたのだが…。

 

「お…お前ら……」

 

やってきた人物達とは、八雲姉妹、天音姉妹、そしてかりん。

 

「……………」

 

みかげと月夜は警戒したまま厳しい表情。

 

彼女たちは未だに彼のやった虐殺行為を恐れ、愛する家族が殺される恐怖を感じていた。

 

…先に口を開いたのはかりん。

 

「…この人達はね、貴方に襲われる危険があったから…私の家で匿ってたの」

 

「…何の用事で来た?俺に殺されにでも来たというのか?」

 

それを聞いたみかげと月夜が罪人たちの前に立つ。

 

「ね…姉ちゃは殺させない!!姉ちゃから聞いたよ…貴方がフロスト君を殺したって!」

 

「…お前、ジャックフロストの何なんだ?」

 

「友達だよ!…同世代の友達がいないってミィが相談したら……友達になってくれたの!」

 

「…そうか。ならば俺を恨め、憎め…そして殺せ。俺もそうして生きてきた」

 

「わ…悪びれないの!?こんな酷い人が…フロスト君の仲魔だったなんて!!」

 

「言い訳を並べるつもりはない、フロストは俺が殺した。()()()()()…俺もそう信じた」

 

「許せない…許せないよコイツ!!ミィがやっつけて……」

 

怒りに任せて変身しようとした妹の肩を掴んだのは、姉のみたま。

 

「……彼を責めないであげて」

 

「どうして!?だってこの悪魔が…フロスト君を…自分の仲魔を……!!」

 

「怒りに囚われてはダメ。()()()()()()()だけに囚われてはいけないわ…」

 

「分からない…分からないよそんな理屈……だってそれじゃあ…泣き寝入りだよ!」

 

「印象操作で自分の思考停止をごまかさないで、ミィ。()()があるから…結果があるの」

 

「原因……?この悪魔が……フロスト君を殺してしまった……原因?」

 

「……それに目を向けられないとね、ミィまで…この恐ろしい人と同じ存在になるの」

 

「……そんなのミィ……ヤダよ」

 

姉に言われた理屈は、気分屋の小学生のため理解出来てはいないが…それでも矛を収めた。

 

「…貴方もよ。たとえ結果がそうであっても、自分に不利になる言葉を選んではダメ」

 

「そ、そうなの!不利な事を認めたら…皆が叩くの!アリナ先輩だって…それで虐められたの!」

 

「……俺は、人間の守護者失格だ。結局俺が繰り返した殺戮の道は…逆効果だった」

 

「あ、当たり前です!月咲ちゃんや皆の気持ちを踏み躙るように…殺戮したくせに!!」

 

「裁きは必要だが…それでは一時しのぎにしかならない。恐怖に屈しない者達には効かない」

 

「だから…ウチらの魔法少女社会を……暴力統制しようと……」

 

「…それさえも、通じなかった。内心の自由という聖域を踏み躙られたら…命懸けで戦う」

 

「…貴方が選んだ裁きの殺戮も…恐怖政治も…社会効果が見込めなかったのね」

 

「お前たちを裁いていいのは…被害を受けた人間達のみだ。だが、人間は知る権利さえ奪われた」

 

「ウチらだけの……()()()……?」

 

「…卑劣な逃げ得になんてしたくないからこそ…私達は貴方の元に訪れたの」

 

みたまが彼の前まで歩き、目の前に立つ。

 

息を吸い込み…決意の表情。

 

――私を……裁いて欲しい。

 

それを聞いた妹が駆け寄ろうとしたが、片手で来るなと静止させた。

 

「本当は…愛する人達と生きたい。でも…罪から目を背けてまでは…生きたくないわ」

 

「お前……」

 

「社会効果云々の政治の話じゃない、司法の話。()()()()()()()…そうでしょう?」

 

「…俺も、自分のしてきた事を裁かれたい。…お前も同じなんだな?」

 

「ええ……だからこそ、今の貴方になら…私の心の全てを語れる」

 

「…()()()()として、聞いてやる」

 

「…これからの神浜は、今まで以上に荒れる。西の差別は極まって…私は再び憎しみに囚われる」

 

「姉ちゃ……」

 

「…俺はお前が()()()()。恐ろしいから…殺してでも隔離したい。それが民衆の望む感情だ」

 

「それが刑務所であり、死刑制度ね…」

 

「…ジャンヌ・ダルクのような英雄も同じ気持ちだった。敵が恐ろしい…殺してでも遠ざけたい」

 

「今でも私が恐ろしいというのなら…裁きを与えて欲しいわ」

 

真剣な眼差しから目を逸らす事が出来ない尚紀。

 

武を司る右手が握り締められていくのだが…。

 

「…俺は、師匠とも言える人から言われた。疑う事も大事だが…信じることも大事だと」

 

「ナオキ……」

 

彼がみたまを襲おうものなら飛びかかろうとした美雨だが…踏み留まった。

 

「誰も信じられず、自分だけの正しさや道徳を周りに押し付ける政治を行えば…()()()()()()()

 

それを言われたみたまの口元が、唇を噛み締めていく。

 

もっと早くに十七夜の政治を止めていればと、後悔に苛まれる。

 

「加害者にしかなりえない政治だ。それが正しいと信じても…効果が無いと実感させられた」

 

「…フランス革命のロベスピエールの独裁だって同じ。誰からも理解されなくなり…()()()()()

 

「令はジャーナリストとして政治の歴史に詳しいネ。連れてきて正解だたヨ…」

 

「それでも今の俺には…お前や天音月咲が今後、人間社会を襲わないという…根拠が見えない」

 

「…そうね。根拠がない理屈なんて、私の脳内にある勝手な妄想と区別がつかないわよね…」

 

「お前は論証出来るか?絶対に人間社会を襲わないという…根拠とも言える証拠が出せるか?」

 

「…出せないわ。さっきも言ったけど、神浜の差別は地獄になる…私はきっと憎しみに囚われる」

 

「ウチも……保障なんて出来ない。これからの差別が地獄になったら…ウチだってまた憎むよ」

 

「月咲ちゃん……」

 

「……だからね」

 

――貴方に…私を()()()()()()()()()()()()

 

…尚紀にとっては、想像すらしなかった言葉が飛び出してきた。

 

「ずっと……私を見ていてもらいたいの」

 

「……正気か?俺がいつ、お前を殺すか分からない生活になるんだぞ?」

 

「ね…姉ちゃ…!?そんな生活…ミィだって耐えられない!!」

 

「だって…それしか証明出来ない。私が人間社会を絶対に襲わないだなんて理屈を証明するには」

 

「他の魔法少女にやらせたらどうなんだ?」

 

「…ももこやミィ、それに他の皆に頼んだって…私を説得するだけ。でもそれは…一時しのぎ」

 

「…差別の激化は止まらないし、向こう百年は続くだろう。何度だって…人間を憎むか」

 

「彼女たちは優しいもの…だから私に裁きなんて与えられない」

 

「…みんなと生きたいくせに、自責の念だけは拭えないか」

 

「商売人としての私に責任を問われないとしても…私は無関係ですだなんて平然と言えるほど…」

 

――私は…()()()()()()()()()()ではいられないの。

 

「……無責任の方が楽で楽しいのに、お前は自分で自分の首を締めあげたいのか?」

 

「尚紀さん…私を過ちから遠ざける脅威で居続けて欲しい。()()()()()()()()()

 

――私が、私の憎しみに憑り殺され様とするなら…。

 

――私を殺して。

 

…心の内を全て出し切ったみたま。

 

場は静まり返り、誰も口を開こうとはしない。

 

「……………」

 

考え込んでいたが、彼は結論を出した。

 

「…それしか、お前がこれから先…人間社会を絶対に傷つけられないという用意にはならないか」

 

「ももこ達だって魔法少女…いずれは戦えない年齢になる。でも、悪魔は違うでしょ?」

 

「生涯の脅威になれだなんて理屈……よく言えたものだな」

 

「だって……それしか……」

 

彼は立ち上がり、みたまと向き合う。

 

「…俺は魔法少女の虐殺者として生きた者。その時が来たならば…容赦なくお前を殺す」

 

――お前の人生を、共に見届けてやるから…。

 

――俺にその日を、()()()()()()()()努めることだな。

 

その言葉を聞いた魔法少女たちは理解出来た。

 

みたまはこれからも生きていいのだと。

 

安心したのか、みかげが姉に抱き着いてきた。

 

「姉ちゃはそんな事にならないもん!だって…ミィが説得し続けるもん!」

 

「俺はお前も監視しているのを忘れるなよ、小娘。みたまだけが脅威ではない」

 

「うぅ……ミィだって!ど…努力はするもん。でも…正直言って…この街の先が怖すぎるよね…」

 

2人のやり取りを見ていた月夜が近づいてくる。

 

「わたくしも…生涯をかけて、月咲ちゃんを監視します」

 

「月夜ちゃん……」

 

「月咲ちゃんはもう変身出来ない…それでも社会に危害を加える方法はある。それを止めます」

 

「ウチ……」

 

「こんな事態になって…街から出ていける余裕が出来るかどうかも分からなくなりましたし…」

 

「…月夜ちゃん、本当にごめんね…ウチ……本当に迷惑ばかりかけてるよね……」

 

「…()()()()()()()()()()()()()()()と、インドの哲学では考えます」

 

「インド哲学?迷惑をかけない人間なんていない…?迷惑をかけちゃいけない日本と違うね…」

 

「すいませんと謝るのが日本人。でも、他人に迷惑をかけない人生なんて、()()()()()()()です」

 

「人に迷惑をかけてもいい、その代わり迷惑をかけられたら助けなさい。そういう考えだったな」

 

「インド人は世話好きですが、日本人は迷惑をかける連中なんて()()()()と言う…冷血民族です」

 

「インドだと、喧嘩が始まれば皆が仲裁に入る。その哲学が子供の頃から教育されたお陰かもな」

 

「迷惑をかけられる人は、()()()()()()。不快な他人を何処まで許せるかの…()()()()()を」

 

「自分に都合の良い愛じゃない…自分をとことん不快にする存在に何処まで愛を示せるか…?」

 

「それが本物の愛だと…わたくしは信じます。どんどん迷惑をかけていいんだよ、月咲ちゃん」

 

「……月夜……ちゃん…!!!」

 

姉の胸に飛びついて泣いていく月咲。

 

月夜は尚紀に向き直り、彼も首を縦に振って姉妹の絆を見送った。

 

「…利他的な愛か。利己的な愛ならエゴによって正当化される…。だが利他的な愛は辛いだけだ」

 

「だからこそ、人間の器が試されるヨ。ナオキは何処まで、()()()()()()()()()()()()()ネ?」

 

「俺もまた…器を試されるんだな」

 

みたまに向き直り、片手を差し伸べる。

 

「しっかりやれ。頑張る必要はない、人には力量があるから…自分の出来る範囲で努力し続けろ」

 

「尚紀さん……」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……いいな?」

 

彼の思いやりに涙が浮かんでいき、差し伸べられた手を両手で握り返した。

 

「ありがとう…ヒック…ありがとうッッ!!尚紀さん…アァ…なおき……さんッッ!!!」

 

泣きじゃくって言葉にもならなくなった彼女の姿。

 

己の罪を責め立ててきた者に()()()()()()というのは、こんなにも嬉しいことなのだろう。

 

2人の光景を見て、貰い泣きしてしまった美雨にそっとハンカチを差し出す観鳥。

 

「頑張ってる人に頑張れ!…は逆効果。溜め込み過ぎて暴発するのが…日本人の悪癖だからね」

 

「…()()()()()()()()()()()()()()()()ネ。誰かの正しさは誤りだと、和解しないのが原因ヨ」

 

「真理は虚偽を追い出そうとする。()()()()()()()()()()こそ…正義の正体さ」

 

観鳥は青い空を見上げて、こう呟いた。

 

――正義なんて概念……()()()()()()()()()()()()()()()

 

美雨も空を見上げて、こう呟く。

 

「この世に悪があるとするなら…」

 

――それは()()()ネ。

 

尚紀も青く澄んだ空を見上げた。

 

「…俺が探偵事務所に就職して、丈二に最初に言われた言葉を……忘れていたよ」

 

――()()()()()()()()()()()()()になれ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

感動の場面であったが、台無しにするかのようにして尚紀の腹が鳴る。

 

「忘れてた…今日は朝飯もめんどくさくて食べずに昼まで働いてたんだった」

 

妹のみかげのハンカチで涙を拭き、気分が落ち着いてきたみたまが口を開く。

 

「ねぇ…尚紀さん。お昼ご飯がまだなら、()()()()()()()()()()()()?」

 

その言葉が、魔法少女たちの体に電流の如き衝撃を生む。

 

「料理が出来るのか?女子力高そうな雰囲気は感じてたが…」

 

「もちろん♪調整屋さんは~女子力Maxなイケイケガールよ~♪」

 

元気になれたのか、元の彼女らしさのトークが魔法少女達の不安をさらに煽る。

 

「どうせなら、尚紀さんの職場の人にも~ご飯を作ってあげれるわよ~?」

 

「そうか?ここからなら倉庫事務所も近いし、事務所にキッチンは用意してある」

 

「なら善は急げね~♪ルンルンルン~~♪今日の締めくくりは楽しいお料理時間よ~♪」

 

「食材は経費で買っていいかどうか、事務所の奥で働いてる丈二に聞いておくか」

 

2人は歩き去っていくのだが、私もお供したい…という言葉を言うものはいなかった。

 

「……ナオキ、無知は罪ネ」

 

「あ~あ……観鳥さんも知らないよ…」

 

「姉ちゃの料理……地獄だよ…」

 

「わ、私たちも早く帰るの!私達の分も用意するって言われる前に!!」

 

蜘蛛の子を散らすようにして、魔法少女たちが逃げていく。

 

…そして、悲劇が訪れる瞬間がきた。

 

「「ゴハッッ!!!!!」」

 

吐瀉物を撒き散らしながら倒れ込む、虹色の顔をした聖探偵事務所の職員達。

 

「あら~?ちょっと調味料を加える量が多過ぎたかしら~?」

 

間食しちゃったから遠慮すると言って口にしなかった瑠偉が、キッチンに入るのだが…。

 

「な…なにコレ…?絵の具…?それに…包丁がなんで天井に突き刺さってるわけ…?」

 

これこそが、魔法少女達が逃げ出した理由。

 

彼女の料理もまた…静海このは飯や常盤ななかドリンクと同じ類の…天災。

 

「なんで……俺には……」

 

――()()()()な女共しか……近寄ってこないんだ……グフッ。

 




読んで頂き、有難うございます。


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129話 新たなる始まり

神浜市で起きてしまった左翼革命テロの対応に追われる日本政府。

 

世界一安全な国、日本の威信に関わる問題のため、犯罪対策閣僚会議が開かれる。

 

八重樫内閣総理大臣の主宰の元、全閣僚が出席する会議となった。

 

再犯防止対策推進会議を終えた閣僚達が官邸内にいるのだが、数人が会議室を出る。

 

総理執務室に入ったのは、この国の防衛大臣と科学技術政策を担当する内閣府特命担当大臣。

 

2人は総理執務室のソファーに座り、奥の椅子に座る総理に目を向けた。

 

「…やれやれ、我らの神のためとはいえ…尻ぬぐいをする我々も堪ったものではない」

 

溜息をついた八重樫総理に対し、防衛大臣が口を開く。

 

「神浜市は今後、破防法に基づく調査対象地域となるでしょうな」

 

黒髪の壮年男性。

 

オールバックの黒髪に口周りに髭を蓄え、燕尾服を思わせる黒のスーツを上着として纏う人物。

 

「…西君。今回のテロに使われたという銃器に関しては…?」

 

「恐らくは在日米軍基地を経由してのものでしょう。あれだけの武器弾薬を用意するのは難しい」

 

「共産系の左翼団体ですら、あれだけの武器弾薬は用意出来ないからねぇ」

 

「神浜市は公安監視対象区となり、いよいよ我々のデジタル政策が花開くというわけですなぁ」

 

西は目の前の内閣府特命担当大臣に目を向ける。

 

IT大臣と呼ばれる人物は低い笑い声を出した。

 

「安全保障をチラつかせれば、こうも容易く国民の監視網は作り上げれる。愚かな民衆共だ」

 

白のダブルボタンスーツに黒シャツを合わせ、黒のスクエアサングラスを纏う人物。

 

真ん中分けにしたセミロングの黒髪だが…頭頂部から左側を白髪にした奇妙な頭髪。

 

額の中央には薄っすらと縦に向けて古傷のようなものも見えた。

 

「すまないね、()()()。民間人閣僚である君には行政と自社の両方の面倒事を担当させてしまう」

 

「かまいませんよ、総理。我々アルゴンソフト社は、この国にIT支配技術を提供します」

 

「デジタルと全体主義は相性が良い。この国はいずれ、国家が国民全てを監視するようになる」

 

「それを推進するための門倉君だ。アルゴンソフト社の最先端テクノロジーがそれを可能とする」

 

「スマートフォンや監視カメラなどのデジタル技術は表現の幅を広げたが…国民は気づかない」

 

「個人情報を効率的に集めやすい。使い方次第で国家が監視を強めるリスクがあると気づかない」

 

「犯罪を犯してない民衆は気づかない。おかしい事をおかしいと言えない社会になることをな」

 

「管理者である政府を批判する者は、全員強制収容所に入れられるようになる。戦前のように」

 

「デジタル・レーニン主義を最も実行する国が独裁国家中国。我々もそれを模範する形となろう」

 

「それを可能としたのはアメリカ金融街。アメリカがベイビータイガーの中国を育ててくれた」

 

「アメリカのWASP(ワスプ)階級が支配するウォール街。ユダヤ大財閥が育てたのだ」

 

「それに気が付きもせず中国だけを悪の枢軸国と呼ぶ。正義の国と悪の国という大衆娯楽と化す」

 

「政治の裏側とは、()()()()()。それに気が付きもしないでは政治を語れんよ」

 

総理秘書官であるマヨーネに出して貰ったお茶を啜り終えた3人が、重い口を開く。

 

「……西君。箱舟計画の推進状況はどうだね?」

 

「政府機能の60%は既にザイオンに移し終えました。見滝原に敷くのは臨時政府機能だけです」

 

「もうじき東京で行われるオーダー18で使われるという、東京のI()L()C()()()()の方はどうだね?」

 

「既に完成し、いつでも稼働させる事が出来ますが……神の粒子を使って…」

 

――本当に…()()()()()()()()()()()()()()()()

 

疑いの眼差しを向ける西の気持ちも分かるのか、苦笑いを浮かべる総理。

 

「宇宙誕生間もない頃の素粒子の力だ。それはまさに神の次元のエネルギーとなろう」

 

「下手をすれば…東京だけでなく、地球どころか宇宙までをも破壊しかねないのでは…?」

 

「我らの神はそれを所望されておられる。全てはルシファー様の御心のままに事が進むだろう」

 

「しかし、それはあくまで保険。我々は魔法少女の魂を集める()()()()()()の方を本命とする」

 

「白のマニトゥと黒のマニトゥ。創造と破壊を両方から行う両建て戦術…リスクヘッジですな」

 

「白のマニトゥが十分なソウルを蓄え終えた時…世界を産む母親の生贄とする」

 

「マニトゥそのものをソウルの器とし…莫大な感情エネルギー集積体とするのだ」

 

「いずれは風船のようになって、破裂する。()()()()()()()()()()()()()だ」

 

「放出された莫大な感情エネルギーを用いて、我らは世界を産む母親を召喚するのだ」

 

「神霊規模の悪魔…そちらが魔界を産んでくれるのならば、黒のマニトゥたる加速器は不要です」

 

「イルミナティは金融家であり投資家。彼らが望むのは、どちらでも目的を達成出来る両建てだ」

 

「我々は引き続き、魔法少女狩りを行う。ソウルを白のマニトゥに喰わせるためにもな」

 

「アルゴン社は、新たなる千年王国管理体制を万全にするためのデジタル政策も同時に進めます」

 

「頼んだよ、門倉君。我らの神を迎え入れる準備を怠るわけにはいかない」

 

――なにせ、我らの神はついに…神浜市で覚醒なされたのだからなぁ。

 

愉悦を含んだ表情をしていたが、総理の細目が開く。

 

「……そういえば、西君。小耳に挟んだのだが」

 

「なんでしょうか、総理?」

 

「魔法少女の存在を明るみにしようと企む、民俗学者がいるという話だ」

 

「私も聞いたことがあるし、彼の本も目を通した。…たしか名前は、()()()()でしたか?」

 

「魔法少女の存在は、秘匿しなければならない。我々の狩りのためにもな」

 

「政府は建前でも日本国民を守らねばならない立場。ですが、存在しない者達ならば…」

 

「守ってやる必要などなくなる。我々にとっては、魔法少女はいない方が都合がいいのだ」

 

「彼の件については既に対処済みです。車内で練炭自殺という形で処分しましたが…」

 

「何か問題でも?」

 

「彼の娘と、家政婦をしている少女は……どうやら魔法少女のようです」

 

「…里見太助は、娘である魔法少女に何か秘密を残している可能性もあるというわけか」

 

「なのでダークサマナーを派遣して事に当たらせてます。フィネガンに任せれば問題ありません」

 

「殺すことはない。マニトゥの生贄にしてしまえば、結果は同じだ」

 

「では、そのように連絡を入れておきます」

 

…総理執務室の扉前で聞き耳を立てている大臣がいる。

 

美国本家の長であり、織莉子の父である久臣(ひさおみ)の兄にあたる美国公秀環境大臣だ。

 

「うっ!?」

 

周囲の視線に気づき、後ろを振り向く。

 

そこにいたのは、八重樫内閣の他の閣僚たち。

 

疑いの目線を向けるかのようにして、恐ろしい眼差しを向けてくる。

 

総理執務室前から歩き去っていく公秀(きみひで)は思う。

 

(私は…本当にこの内閣について行っていいのか?今の日本に…ついて行っていいのか?)

 

答えも出ないまま歩き去る彼の後ろ姿は…迷いに満ちていた。

 

…ユダヤの聖典の中には、こんな言葉がある。

 

――団体が長を選ぶ時には蛆虫にて一杯になった袋を背負った者を選べ。

 

――そして彼が命令に従順でなくなる時には直ちにその背中を見よ、と言え。

 

これは、歴史に名を遺す世界の首相や大統領などを表す言葉である。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

参京区の中華飯店、万々歳。

 

夕飯時ではあるがテロの影響もあり、まったく客入りはない状態。

 

「……………」

 

万々歳の店主である鶴乃の父は、テレビを食い入るように見つめている。

 

<<東地区を隔離しろーーっ!!!>>

 

<<東地区を隔離するゲットーのような壁を作れーーっ!!!>>

 

テレビに映っているのは、神浜市役所本庁舎に向けて抗議をするデモ隊の映像。

 

<<連中のせいで!!俺は子供を失った!!東の連中は全員テロリストだぁ!!>>

 

<<テロには屈さないぞ!!東の連中は全員刑務所にぶちこまれるべきだぁ!!>>

 

<<あいつらのせいで!観光産業は大打撃だ!!生活出来ない…あいつらのせいで!!>>

 

<<人も物も金も!神浜から消えていく!!全て…全て東の連中がいたせいで!!!>>

 

中継しているメディアは、全国のテレビ視聴者に向けての都合の良い部分しか報道しない。

 

東の人々に対して冷静な意見を語る西側の人々には取材など行わない。

 

報道の自由を叫びながらも、報道しない自由を選ぶのが日本メディアの偏向報道。

 

2019年においての世界メディアの報道の自由度ランキングでは…日本は67位の低水準。

 

無理もない。

 

官邸の記者会見でさえ、放送局等記者クラブに加盟する一部の者しか利用出来ない状態。

 

報道の自由が制限され、国民の知る権利が奪われた国なのだ。

 

「……この報道のせいで、東の人らは全国から悪だと思われるんだなぁ」

 

「……そうだね、お父さん」

 

学校から帰ってきた鶴乃が店を手伝うが、客も入らないので父とテレビを視聴中。

 

「ねぇ…この国ってさ、やっぱり何処かおかしいよ…。()()()()…黙ってていいの…?」

 

かつて知ったこの国の秘密。

 

周囲に漏らそうと鶴乃は考えたが、父に厳しく止められていた。

 

「やめとけ。俺達が訪問した時…タイミングを合わせるようにして口封じされた光景を見ただろ」

 

「う、うん……」

 

「闇が深すぎる…俺達でどうにか出来る案件じゃない。俺達は何も聞かなかったし、見なかった」

 

「そんなの……正義に反するよ」

 

「正義ごっこと今の生活、どっちを天秤にかけるんだ?」

 

「そ……それは……」

 

「…耐えろ。俺だって悔しいが…生活を守る立場なんだ。大人になれ、鶴乃」

 

情けなく保身に走るのが大人なのかと、鶴乃は疑問に思う。

 

重い店の空気だったが、扉を開く音が聞こえて2人は立ち上がる。

 

「いらっしゃ……あ、貴方は……!?」

 

やってきたのは黒のトレンチコート姿の嘉嶋尚紀。

 

入り口近くの席に座り、注文を聞きに来た鶴乃に視線を送る。

 

「ラーメン一つ」

 

「あ…はい。えっと…そ、その……」

 

「…俺が夕飯を食いにきたら、何か困るのか?」

 

「そうじゃないよ…無事で良かったと思って」

 

「…俺が死んでいた方が、都合がよかったか?」

 

「そんなことない!だって貴方は…私の過ちを教えてくれて…救ってくれた人だし」

 

「蓋を開けてみたら、俺もお前と変わらなかった。客観性のない主観性は成り立たないもんだな」

 

「ねぇ、注文がくるまで相席していい?少し話があって」

 

「…座れよ」

 

彼と向かう合うようにして座る。

 

鶴乃は神浜の魔法少女たちについて語ってくれたようだ。

 

「…そうか。俺に対する報復の気配はなさそうか」

 

「貴方を人殺しと言えば…罪人になったみたま達を否定するのと同じ…それに気づいてくれたよ」

 

「……………」

 

「貴方の事よりも、これからの神浜魔法少女社会の方を心配してる。新しい長が生まれるの」

 

「…常盤ななかか?」

 

「うん…彼女が神浜の長になる。退院したししょーと、ひなのが認めてね」

 

「…東の長をやってた和泉十七夜はどうなった?」

 

「行方不明のまま…。東の長が不在になってね、東の魔法少女社会は合流を求めてくれたんだ」

 

「反対意見はなかったのか?」

 

「…あったけど、それだと荒れる東社会は無秩序状態のままが続くって…それで折れたみたい」

 

「こんなご時世だからな…。それじゃあ…新しい神浜の魔法少女社会は……」

 

「東西中央の調()()()()になる。東西に引き裂かれた魔法少女社会が…ようやく一つになったの」

 

「めでたい話かもな。長が複数いれば、イデオロギー対立しか生まれない」

 

「私達は反省した…。今までの魔法少女社会が、どれだけ馴れ合い社会だったのかを…痛感した」

 

「…誰かに言われなきゃ、気が付かない。俺もお前たちも…()()()()()だな」

 

「悪者になってでも、貴方は私達に向けて叫んでくれた。だからこそ…私たちもやり直せるよ」

 

「…行動した甲斐があったよ」

 

ラーメンが届き、一口啜ってみる。

 

「ね…ねぇ!味はどう?もちろん100点だよね…!?」

 

外食ばかりで舌が肥えている尚紀の表情は…怪訝な面持ち。

 

「…………30」

 

鶴乃の泣きそうな表情。

 

「…………50点」

 

「50点…それは可もなく不可もなし!だとしたら、可能性に溢れた味だってことだね!」

 

(どうしてそうなる?)

 

「まぁ、値段に比べて量が多いお得感はある。労働者たちが来てくれるし学生客も…」

 

「…学生客はね、テロが起きたから寄り道出来ないの。巡回員の数も増やされてるし…」

 

「昼時の学生客の収益を無くしたか…商売も厳しくなるな」

 

誰もいない店内のため、会話内容が聞こえている鶴乃の父もカウンター奥から声をかけてくる。

 

「うちもな…こんなご時世になって、何処までやれるか分からない。下手したら…夜逃げだ」

 

「お父さん……」

 

「覚えているか?魔法少女だけでは解決出来ない、助けは多い方がいいと言った俺の言葉を」

 

「あの時に言ってくれた言葉が…骨身に染みる。魔法少女のお客さんだけじゃ…維持出来ないよ」

 

「これが社会というものだ。お前たち魔法少女が意識をしてくれなかった…人間社会の有難さだ」

 

「魔法少女という親友だけしか見てこなかった…それがこんなにも視野を狭めるだなんて…」

 

「エゴは誰もが持っている。自分を冷静に観察出来る客観性は…互いに意識したいもんだな」

 

客観性が抜けているのは、今食べたラーメンも同じ。

 

だからこそ彼は鬼となる。

 

「おい、店主。お前のラーメンの味は30点以下だ」

 

「ちょっと!?」

 

鶴乃の動揺した顔、そして怒りに染まった鶴乃の父親。

 

「な、なんだとぉ!?喧嘩売りにきたのかお前っ!!」

 

「こんな味じゃ客は来てくれない。先祖が泣いてるぞ」

 

「五月蠅い!!俺は俺の味を信じてるんだ!!喧嘩なら外で買うぞ!?」

 

「やめてお父さん!!貴方もそうだよ…どうしてそんな酷いことが言えるの!?」

 

「皆お前が可哀相だから、誰も指摘をしなかった。だからこそ客観性がこの男には伝わらない」

 

「そ……それは……」

 

「お前は一家の大黒柱だろ?可愛い娘を夜逃げに付き合わせたいのか?」

 

「ぐっ……そ、そんなこと…お前には関係ない…!!」

 

「変わったサービスだのなんだの考えるよりも、味をしっかりさせろ。そうしたら…俺も考える」

 

――万々歳に投資をしてもいいかどうかをな。

 

…それを聞いた鶴乃と父親の目が見開いていく。

 

「えっと…と、投資をしてくれるの…?私たちの…万々歳に…?」

 

「正気なのかよ…あんた!?」

 

「暫く店を閉めて武者修行に行ってこい。他のラーメン店で働いて、自分の味を客観視して貰え」

 

「そ、その間の…生活費とかは……?」

 

「俺が面倒を見てやる。俺にもう一度満足のいくラーメンを食わせる気があるならの話だが…?」

 

鶴乃と父親が互いに目を合わせ……そして。

 

「…もう一度チャンスをくれるのか?落ちぶれた由比家に…手を差し伸べてくれるのか?」

 

「俺はアクティビストとしては厳しいぞ?繁盛させる味にして帰ってこないと…容赦はしない」

 

握りこんだ震える手が解かれ、父も覚悟を決めた。

 

「…分かった、俺…本気で武者修行に行ってくる!その間の娘の生活費を……頼めるか?」

 

「一年分、面倒を見てやる。立派になって帰ってきて…娘を安心させてやれ」

 

――この店は、()()()()()()()として…これからも必要になるからな。

 

彼の言葉を聞いた鶴乃の手から、器を運ぶ丸盆が落ちる。

 

その目にも涙が浮かんでいく。

 

「社会に助けを求めたら、社会も助けてくれる。俺もまた人間社会で生きる…ただの社会人さ」

 

「嘘つけーっ!?ただの社会人が投資家になってくれるだなんて……?」

 

鶴乃の父親のツッコミが入りきるよりも先に、娘は尚紀に抱き着いた。

 

「これが…社会なんだね!私たちが最初に守りたいと思った…人間社会の優しさなんだね!」

 

「魔法少女だけで世の中回っていないし、魔法少女だけが心優しい生き物なんかじゃない」

 

「うん…うん!!私…魔法少女の絆も大切だけど…人間社会の方が…もっと大切に思えたよ!」

 

「だったら、これからの神浜魔法少女達を客観視してやれ。エゴは消えないものだからな」

 

「了解っ!これからは最強でなくていい…ただの鶴乃として!魔法少女達を注意していくから!」

 

「嘉嶋尚紀だ。これからは万々歳のアクティビストとして、厄介者になるぞ」

 

「私は由比鶴乃!!尚紀…私、私ね…貴方に出会えて本当によかった…」

 

――貴方に出会えたことが……()()()()()だったよ。

 

これからの話し合いも行われ、夜も更けていく。

 

万々歳から出て来た彼は…大きな溜息。

 

「……勢いとはいえ、やっちまったな」

 

彼は買い直したスマホを手に持ち、静海このはに連絡を入れる。

 

彼女は嘉嶋会のFX投資家であり、財産管理に疎い彼の財産管理人も兼務してもらっていた。

 

だからこそ、尚紀は彼女を恐れる。

 

「あ~~……このはか?実はな…ちょっと勢いで投資費用が必要になって……」

 

鬼の会計士の如く激怒するこのはから、こっぴどく怒られる羽目になったのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜の調整屋として生きた八雲みたまも、新たな調整屋としての再出発を始めようとしている。

 

同時に彼女は、ある決意をしていた。

 

それは、神浜魔法少女たちに向けて悪魔の存在についての情報を明かす事にしたのだ。

 

その二つを可能にする施設がある。

 

「ここかぁ…調整屋が言ってた業魔殿……」

 

「レナ…この南凪区にあるホテルの噂…聞いた事あるんだけど…」

 

「た、たしか…怪奇現象が起きるお化け屋敷ホテルだって…わ、私…帰っていい…?」

 

「ダメだって、かえで。ここに新しい調整屋を構えたって話だから、見に行くよ」

 

「うぅ……気乗りしないよぉ」

 

ホテル内に入ったももこ達を迎えてくれたのは総支配人と八雲みかげ。

 

「お待ちしておりました」

 

「ももた~ん!こっちこっち~~!!」

 

「あれ、みかげちゃんじゃないか?今日はどうしたの?」

 

「えへへ~♪実はね、業魔殿に案内する役目を姉ちゃから任されたんだよ~♪」

 

「ええっ!?それじゃあ、アンタは業魔殿を知ってたわけ?」

 

「うん!そこに調整屋を構えた理由は~……姉ちゃに聞いてくれる?」

 

「こんなお化け屋敷ホテルに調整屋を構える…みたまさんの神経を疑うよぉ」

 

「では皆様、こちらへ」

 

2人に案内され、総支配人が秘密扉を開けて魔法少女たちを誘導した後に扉を閉める。

 

階段を下りながらももこ達が口を開く。

 

「凄い…何処まで下に降りるんだ…これ?」

 

「ホテルの地下に…こんな施設を作っていただなんて…業魔殿ってそもそも何なの?」

 

「薄暗いとこだし…怖いよぉ…やっぱり帰ろうよぉ」

 

「怖がらなくてもいいわよ。…お化けよりも怖い奴が出てこない限りは…」

 

「問題なのは、こんな施設を構えていた奴と…調整屋との繋がりだよなぁ」

 

「レナね、前々から不審に思ってたの。裕福な家の子じゃないみたまさんの金銭面のこと」

 

「たしかに…映画館丸々使った調整屋だなんて、17歳の子供が使える物件じゃなかったよなぁ」

 

「多分、この業魔殿の主人とみたまさんは繋がってたって…レナは思う」

 

「怪しい関係…なのかなぁ?」

 

「でも、調整屋が組むぐらいだし…悪い人であっては欲しくないよなぁ」

 

「もう直ぐつくからね~みんな~」

 

下見に来た者達をみかげは先導し、3人は業魔殿施設前に立つ。

 

「うわぁ…みるからに秘密研究所って感じだなぁ。…フランケンシュタイン作ってたりして?」

 

「ヒィィ!!こ、怖いこと言わないでよぉ……ももこちゃんってばぁ!!」

 

「レナは…大丈夫よ。かえでみたいなビビりじゃないし…」

 

「レナたん、足が貧乏揺すりしてるけど?」

 

「これは武者震い!!レナが先に行って、度胸を見せてやるんだから!!」

 

先に業魔殿内部に入ったレナに続き、他の者たちも中に続く。

 

「うわぁ…本格的な研究所だなぁ…」

 

「地下に作った横坑に並ぶようにして設けられた実験エリアって感じよね…」

 

「うぅ……怖い生き物を研究してたらどうしよう…」

 

キョロキョロと見回す3人をみかげは手を振って誘導。

 

「奥の方が業魔殿の心臓部だけど、姉ちゃの新しい調整屋は手前フロアに作られたの」

 

「奥の方は…何を研究してる施設なわけ?」

 

「それについても、姉ちゃに聞いた方がいいよ。ミィも最近ここを知ったばかりだからねぇ」

 

みかげに案内されたフロアの横扉が自動で開く。

 

「うわぁ……ここって……」

 

「ミレナ座に調整屋を構えてた頃の外観と…まったく同じじゃない?」

 

「資材搬入庫に使われてた大きなフロアだけど、業魔殿は引っ越しするから空けてくれたの」

 

「地下倉庫を利用しての新しい調整屋ってわけなんだなぁ~」

 

奥に進めば、青白く光り輝く巨大ステンドグラスの光が彼女たちを出迎える。

 

アンティークな家具や品が並べられた応接空間に立っていたのは、みたまとヴィクトル。

 

「いらっしゃ~い。新しい調整屋さんに、ようこそ~♪」

 

昔のような笑顔で出迎えるみたまと、業魔殿の主も微笑んで迎えてくれた。

 

「下見に来たぞ~調整屋。それと…隣にいる大きなのっぽの赤服おじさんが…」

 

「外国人だけど…病的に肌が白いわよね?それに…あの目元の黒い縦線刺青は何よ…?」

 

「それに…なんだか不思議な魔力を感じるね。魔獣とも魔法少女とも違う…」

 

「初めましてかな、魔法少女たちよ。吾輩がこの業魔殿と呼ばれる悪魔研究所の主である」

 

「悪魔…研究所ですって!?」

 

「ちょ、ちょっと待って!!悪魔を研究してるなら…この神浜テロと関わってるわけ!?」

 

動揺しだす正義の魔法少女たち。

 

それを見たみたまは…心の中で呟いた。

 

(…これを恐れてた。()()()()()()()()…それはきっと、悪魔となった十七夜の居場所を奪うわ)

 

笑顔をしていた彼女だが真顔になり、席に座るように促す。

 

「誤解を生まないよう、吾輩たちは君達に全てを伝えようと思う」

 

「お願いだから冷静に聞いて。私達は悪魔を使って人間を襲うために行動しているわけじゃない」

 

席に座り、向かい合った者達が長い会話を続けていく。

 

「そうか…調整屋は資金援助を貰うかわりに、あたし達の情報をこの人に流してたのか…」

 

「守秘義務違反じゃない!?それでよく今まで中立を気取ってこれたわよね!?」

 

「言い訳は出来ないわ…私が貴方たちの魂の情報を売ってたことは事実。ごめんなさい」

 

「みたま君に誓って、君達の魂の情報を悪用はしていない。研究材料に使わせてもらっただけだ」

 

「調整屋失格だったわ…私もリヴィア先生みたいにお金を貯めて調整屋を用意するべきだった…」

 

「渡る世間はGive and take。吾輩と彼女の利害は一致し、調整屋を支えてきた」

 

「突然そんな話をされても…みんなが納得してくれるかどうか…」

 

「全てを話す。そして、私を裁きたいとみんなが言うのなら…私は逃げも隠れもしないと伝えて」

 

「姉ちゃ……」

 

ももこ達は相談し合うが、まだ全てを判断出来る材料がない。

 

「研究助手としても迎え入れている彼女のために、新しい調整屋を用意したのには理由がある」

 

「それが…この業魔殿についてですか?」

 

「吾輩は君達魔法少女に…悪魔の情報を伝えたい。調整を行いに来るついでで構わないよ」

 

「レナ達に…悪魔の情報を伝えてどうする気なの?」

 

「君達はテロの時、初めて悪魔に遭遇した。どうしていいか判断もつかなかったはず」

 

「それは……まぁ」

 

「悪魔は…君達が戦ってきた魔獣とは違う。人のように意思を持つ…善悪混合の存在なのだ」

 

「善悪混合の存在…?」

 

「人間や魔法少女の中にも悪い奴らは大勢いるが、善良な人もいる。悪魔も同じなのだよ」

 

「悪魔の中にも…善良な奴がいるだって?」

 

「ミィね…少し前まで悪魔の友達がいたの。ジャックフロストって名前で…友達になってくれた」

 

「えっと…その悪魔の友達は……何処にいるの?」

 

それを聞いたみかげの目に、涙が浮かんでいく。

 

「あ、あれ!?私…何か悲しませることを言っちゃったのかな…!?」

 

「ミィも…まだ受け入れきれてないの。フロスト君は私の調整屋を守護してくれていた悪魔よ」

 

「どうりで、アタシのボディガードを必要としなかったわけだ。それもヴィクトルさんから?」

 

「フロスト君との関係は、一年以上続いたわ。…子供のようにヤンチャな悪魔だったけど…」

 

「…グスッ……優しい悪魔だったんだよ」

 

「だった…?どうして過去形なんだよ…?」

 

「…フロスト君はね、私と月咲ちゃんを守るために…死んだわ」

 

それを聞かされた彼女達の顔が俯いていく。

 

「私達が人修羅という悪魔に襲われて生きていられたのは、フロスト君のお陰なの」

 

「だからね…悪魔全員が悪者だなんて、思わないであげてよ。尚紀お兄ちゃんも辛いの…」

 

「フロスト君は、人修羅と呼ばれた尚紀さんの仲魔。彼は…自分の仲魔を不注意で死なせたわ」

 

「そんな…悲しい出来事があったなんて……」

 

「どうして…悪魔のことについて、レナ達にそこまで語る気になったの?」

 

「…貴女達は、悪魔に襲われた十七夜を守れなかった。そして十七夜が血を吸われた光景も見た」

 

「吸血鬼に襲われた十七夜さん……ま、まさかっ!?」

 

「…魔法少女も悪魔になれる。だからこそ私は、悪魔の誤解を解きたかったの」

 

「そうだったのか…。悪魔を誤解したままじゃ…十七夜さんの帰る場所がなくなっちゃうよな…」

 

「って!?そんなあっさり流さないの!!魔法少女が……悪魔になれるですって!?」

 

「前例がないわけでもない。見滝原の魔法少女の中にも、悪魔化した人物がいた」

 

「見滝原…?そんなに離れてない街の魔法少女の中にも…悪魔になった魔法少女がいたんだ…?」

 

「ふゆぅ…食い意地はったレナちゃんが悪魔になったら、お腹膨れた餓鬼になるよ」

 

「五月蠅いわねかえで!?レナはそんな醜い悪魔になんてならないから!!」

 

どつかれるかえでを見て、周囲の重い空気も和らいできたようだ。

 

「みたま君は業魔殿内部で調整を行い、調整しに来た君達に悪魔教育を施すのが吾輩の務めだ」

 

「みかげちゃんが引っ越しをするって言ってたけど、いつぐらいに引っ越すんです?」

 

「業魔殿施設を移す改修工事には5~6年はかかる。その間、出来る限り君達を教育したい」

 

「私たちは悪魔の知恵を知り、ヴィクトル叔父様がいなくなってからも後世に伝えていくのよ」

 

「責任重大だなぁ…わかったよ。みたまが隠し事をしていた件については、皆に判断してもらう」

 

「お願いするわね、ももこ。これからの私は…この業魔殿スタッフであると同時に調整屋よ」

 

「ミィはね!フロスト君が姉ちゃを守れなくなったから、今度はミィが姉ちゃを守るんだ!」

 

「アハハ…頼もしいボディガードも得られたみたいだし、調整屋の新体制だな」

 

みたまは笑顔を見せ、立ち上がって改めてお辞儀。

 

「これからも、業魔殿調整屋を御贔屓に~~♪」

 

ももこ達を見送る八雲姉妹とヴィクトル。

 

だが、ヴィクトルは今後について口を開いた。

 

「…この神浜テロには悪魔が関わった。それは今後…魔法少女と悪魔との戦いも示唆するだろう」

 

「魔法少女の魔法の力だけでは…強大な悪魔の力には立ち向かえないかもしれない…」

 

「そうなった時、吾輩と君が共同で研究してきた悪魔合体が…役に立つ日もくる」

 

「その時までは、私は調整屋として彼女達を支える。もし私の調整だけでは足りなくなったら…」

 

2人は業魔殿心臓部ともいえる、悪魔合体施設の扉を見つめる。

 

――()()()()を行うかどうかの選択を…彼女たちに与えるわ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜の魔法少女社会は変わった。

 

東西中央が融合し、1人の長によって治世が行われる社会。

 

長となった人物とは、常盤ななか。

 

彼女を補佐する形で集まった魔法少女達とは、かこ・あきら・美雨、そしてこのは姉妹達。

 

それに令や明日香やささらも加わり、新体制を築くこととなった。

 

明日香の実家である武術道場に長としての拠点を置き、今後の話し合いが行われていた。

 

「すいません、明日香さん。こんな広い道場をこれからの拠点として使わせてもらえるだなんて」

 

「構いませんよ、ななかさん。あきらさんの道場は…門下生達が沢山いますしね」

 

「明日香の道場は、内弟子さんを除いては…他の生徒の人達の姿も少ないしねぇ」

 

「うぅ…薙刀の知名度が低すぎます!空手みたいに普及すればいいのに…」

 

ぶつくさと道場経営についての談義をしていく明日香とあきらは置いておく周囲の魔法少女達。

 

「…美雨さん、私のやり方に…ついて来てもいいのですか?」

 

美雨とななかの思想は対立し、争った過去がある。

 

「…ワタシはななか達を見張るネ。オマエ達の治世が、正義の暴走になりそうなら…止めるヨ」

 

「観鳥さんは公人として中立の立場でいたい。美雨さんの隣に座り、みんなを監視する」

 

「そうですか…それがいいと思います。私の心も…いつエゴに囚われるか分かりませんし」

 

「ななかのやり方で、人間社会を守れるならいいネ。でも、魔法少女を蔑ろにするのもダメヨ」

 

「…私が望んだ治世のやり方は、ファシズム。ですが…それが必要かどうかを見極めたいのです」

 

「どういう意味ネ?」

 

「尚紀さんは…ファシズム以外の治世のやり方を教えてくれました。私はそれを先に実行したい」

 

「全体主義以外の…社会主義治世?」

 

「これは民主主義と全体主義の中間に当たる社会主義治世の道。それを彼は…託してくれました」

 

「ナオキ……一体、どんな政治をななかに伝えたネ?」

 

周囲に集まってくれた魔法少女たちを見回し、神浜の新しい長は口を開く。

 

「皆さん、聞いて下さい。これが私たちが治世を行う…新しい社会主義体制…」

 

――社会民主主義です。

 

社会民主主義とは、中道左派と呼ばれる社会主義の一つ。

 

極左の革命マルクス主義とは違う、左翼内部の右翼層が好んだ社会主義政治思想である。

 

欧州の穏健な社会民主主義政党などがこの政治を執り行ってきた。

 

現代的な社会民主主義は欧州で生まれ、冷戦期の西欧・北欧諸国を中心に発展してきた。

 

漸進主義的で民主主義的な手段によって社会主義を達成することを目指す。

 

資本主義の枠組みの中で労働者階級に利益をもたらす改善を主張する政治体制である。

 

「私たちは、今までの魔法少女社会に敷かれた自由主義を尊重する立場を表明します」

 

「…それだと、思想の自由が敷かれてしまいます。自由主義に腐った魔法少女が何をしたか…」

 

「…多様な価値観を認める弊害です。今までの長もそれを認めてきて…私達は犠牲となった」

 

「その通りです…ななかさん。やちよさん達が自由を尊重したから…後手になって防げなかった」

 

「それは、この国の警察も同じ。犯罪抑止力として機能はしても…後手の対応しか出来ない」

 

「考えてみたら…警察って人々を守る存在じゃないよね。犯罪の跡片付けをしにくるだけだし…」

 

「ななか…アンタはそれでいいの?安全保障を望んだからこそ…全体主義を求めたんじゃない?」

 

「そうです…葉月さん。私とかこさんは永久の安全保障を望む。ですが…それを望めば望む程…」

 

――ファシズムしか、選択肢がなくなってしまう。

 

個人の自由は監視され、内心の自由も踏み躙られ、国家社会の奴隷となるしか選択肢がない道。

 

「内心の自由という聖域を踏み躙られたなら…彼女達は命懸けで私達を襲いに来る…」

 

「尚紀さん程の力を持つ存在にだって…神浜の魔法少女達は命懸けで戦いを挑んできた…」

 

「でもでも!静香たち村社会の魔法少女達は…全体主義を受け入れて来たよ?」

 

「それは長い年月をかけて敷かれた全体主義社会そのものが…慣習法になったのです」

 

「慣行的に行われ、人々の行動を規律している一定の行動の型の繰り返しという意味よ、あやめ」

 

「あちし…よく分からないけど…人間って決まったルーチンワークにハマり易いんだねぇ」

 

「それも長年の信頼関係が熟成して、初めて成し得ますが…急すぎる改革を望めば…」

 

「大きな反発をされるのは必須…だよね」

 

「下手をしたら…神浜の魔法少女たち全員で潰し合いをする羽目に…なるのでしょうか?」

 

「私はそれを危惧し、長い時間をかけて社会主義精神を魔法少女達に与えることにしました」

 

「少し…安心したかも。ファシズムだとさ…やっぱり多くの魔法少女を切り捨てることになるし」

 

「国や集団とは、人の集まり。そこに住まう人々を排斥するでは…社会形態の否定でしかない」

 

「たしかに…集団社会で人を排斥するって理屈は…論理破綻してるかも…」

 

「社会とは、共同幻想です。幻想であるため然るべきルールを決定し、共同体の意識を共有する」

 

「私達がやろうとしたのも…一種のアナキズムだったのかも。共同体は片方だけのモノじゃない」

 

「社会のためというパワーワードを振りかざして…私達はそれをやろうと考えてしまいました…」

 

今のななかの姿を見て、美雨は安心していく。

 

(ナオキ…オマエは変われたヨ。それをななかにも伝えてくれて…ななかも変わてくれたネ)

 

――さすが…ワタシが生涯をかけてでも、背中を追いかけたいと思わせる程の男ネ。

 

令にも視線を向け、お互いに安心したのか笑顔を向け合う光景。

 

「それを…ななかが長として勤める任期の目標とするんだね?」

 

「私の望む社会主義治世の道は…長くなる。私の代だけでは成し得ないでしょうね…」

 

「次の世代にも、社会主義を望ませる。それを強制するんじゃなく自発的にやらせるには…」

 

周囲の視線がななかに集まる。

 

彼女は立ち上がり、長としての最初の政策を発表した。

 

「尚紀さんは、その道を達成する方法まで…私に与えてくれました。本当に…感謝してます」

 

――私たちの新しい魔法少女社会治世の最初の一歩とは……()()です。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

尚紀が水徳寺に訪れ、ななかと静香だけに伝えた改革方法とは…社会民主主義と教育。

 

2人に伝えた教育内容とは、ヴァーチューズ・プロジェクト。

 

心理療法士であるリンダ・カヴェリン・ポポフが提唱した個人の人間性を伸ばす教育プログラム。

 

1994年の国連により、あらゆる文化の家族のためのグローバルモデルとして表彰された。

 

1 美徳は教えるものではなく引き出すもの。

 

2 押し付けず、教える側にも同伴をする意識をもつ。

 

3 子供も、手本になるあなた自身も、完全な人間でなくていい。

 

このプロジェクトは、学校におけるこども達の環境にも大いに役立つ。

 

こども達の心の焦点を、心の中にある美徳に向け、その美徳によって生きていくよう力を貸す。

 

こども達を誇りに満ちた笑顔にしてしていく教育プログラムだ。

 

人と人を、心と心を繋げるものを提供していく。

 

それこそが、嘉嶋尚紀が選んだ…七海やちよの選択とは違うだろう…。

 

――()()()だ。

 

……………。

 

不穏な社会情勢だが、新しく生まれ変わろうとしている魔法少女社会。

 

それを高層ビルの屋上から眺めている人物。

 

<…俺のやり方で、よかったのか?……お前たち?>

 

立っていた尚紀の後ろ側には、思念体の光。

 

<…うん、やっぱり…アナタに任せて正解だったと思う>

 

<七海先輩とは違う形の環の輪を…ちゃんと築いてくれたとボクも思います>

 

思念体とは、七海やちよの元に訪れていた円環のコトワリの一部であるかなえとメル。

 

背後の2人に向いていた彼の視線が、目の前の神浜に向き直る。

 

<俺がやったのは、()()()()()()()()。テーゼとアンチテーゼを合わせた…ジンテーゼだ>

 

<意見と反対意見を合わせた…新しい概念を生み出す考え方ですね>

 

<どちらにも配慮する方法はこれしか思いつかなかった。それでも…正しいかどうかを見極める>

 

<…これから神浜の街は混沌を迎える。でも、アナタは魔法少女社会に平和をもたらしてくれた>

 

<…その平和のために、俺は多くの人々の血を流させてしまった>

 

<貴方は間違っていたかもしれない…でも、魔法少女達の過ちを気づかせてくれました>

 

<アナタがやった事は、この先何年も影響を及ぼす。アナタは歴史の一部として語り継がれる>

 

<魔法少女社会をより良い社会にしてくれた、反逆の戦士としての物語…ですね>

 

メルの言葉を聞いた彼が苦笑する。

 

()()()()()…か。悪魔として孤独な道を貫いた…>

 

――俺と暁美ほむらには…お似合いの物語かもな。

 

<社会が変われたのは、アナタが何とか変えてみせると信じて、やってみてくれたから出来た>

 

<…お前たちやタルト、それにフロストやマスター達が止めてくれたお陰だ>

 

尚紀の過ちを止めるために死んでいった者達を思い、溜息をつく。

 

<…俺は急いていた。二度と犠牲者を生み出したくないと…急過ぎる改革を望んでしまった>

 

待っていたのは、神浜魔法少女たちに向けて深い溝を作る道と…愛する者達の死。

 

<それでも価値はある。批判しない集団社会は、例外なく腐るんだよ>

 

<そうですね…批判がない社会なんて、間違いを軌道修正出来ませんし…もっとひどくなるかも>

 

<七海やちよ達も、政治家と同じく前例主義。前までの長のやり方を模範するだけの怠惰だった>

 

<批判を受け止められない人が長になんてなってはいけない。譲歩しないでは過ちに気づかない>

 

<…ボク、違う可能性の宇宙にいた可能性の魔法少女を…まどかさんと共に見た事があります>

 

<魔法少女社会に環の輪を作ろうとしてるあの子か…。あたしもね、あの子は危ういと思う>

 

――()()()()()()()――

 

それは、長としてもっとも言ってはいけない言葉。

 

批判を間違いだと決めつけ、己の正しさしか見ようとしない者では間違いさえ軌道修正出来ない。

 

ましてや感情論に訴えかけ、批判相手を悪者にするための印象操作を行うでは言語道断。

 

<あんなにも頑なに、自分しか見ようとしない魔法少女が長では…()()()()()()()も先は無い>

 

<あの可能性宇宙は…まどかさんでも先が見えませんでしたしね…先が怖いです…>

 

<…その他の宇宙にいる、可能性をもたらす魔法少女とやらも…少し前の俺達かもしれない>

 

――己のエゴしか見ようとしない、()()()()()()()()()()()()だ。

 

<俺達はそれに気が付けた…。多くの人々の犠牲が…過ちを止めてくれた>

 

<その人達の意思を無駄にしないための善政を、これからの東京にも敷いていって欲しい>

 

<……そうだな。かなえとメルだったか?お前たちは…これからどうする?>

 

それを聞かれた2人の思念体は、動揺した素振りを見せるのだが…。

 

<じ…実はですね…ボク達、アラディアのとこに……>

 

<うん……帰りたくない>

 

<…………>

 

突然の我儘。

 

<なんで帰りたくないんだよ…?>

 

<だって…まどかを剥ぎ取られたあの無機質女神のとこから黙って出て来たし…>

 

<見つかって回収されたら…ボク達もう二度と!円環の使者としてお外に出してくれませんよ!>

 

<……自業自得なのでは?>

 

<釣れないこと言わないでくださいよ~悪魔さん!ボクら思念体が見える唯一の存在なのに~!>

 

<どうにか匿って欲しい。出来る限り現世の世界を見て帰りたい>

 

<そうは言うがな……>

 

<ボク達以外の円環の使者だって、この世界に受肉させられて囚われてるのを知ってます!>

 

<さやか達だけずるい……>

 

<お前ら……>

 

怪訝な表情を向けてくる彼に対し、メルに天啓が舞い降りてきた。

 

<あっ、そうだ!!かなえさん、耳貸して下さい>

 

<ふんふん……おおっ、そんな方法も出来るのかな…?>

 

<ダメもとで…頼んでみます?>

 

振り返った2人の笑顔。

 

<なんだ?妙に不穏な気配を感じさせる顔を見せてきやがって…?>

 

<えへへ~♪実はですね!!>

 

<断る>

 

<えぇ~~っ!?まだボク達何も言ってませんよ~!!>

 

<最後まで聞いて欲しい>

 

<いや、聞かなくても面倒事をもってくるタイプの顔をしてたし…>

 

<その、なんだ。さっきも言ったけど…さやか達だけ受肉して…人間生活送れてズルい>

 

<ま…まさかお前ら……>

 

<そう!その通りですよ~♪勘が鋭いところは流石人修羅さんですね~♪>

 

――()()させてください。

 

……………。

 

彼は、黙ってその場から去っていく。

 

<待って待って~!!お願いだから見捨てないで下さいよ~~!!>

 

<あたしは知っている。この世界にはあるんだろ…?概念存在を受肉させれる施設が?>

 

<まさかお前ら……転生してでも生き返りたいのか?>

 

<<イエス>>

 

<……そうは言うがな、俺は魔法少女を悪魔合体で生み出したことなど一度も…>

 

<<レッツトライ>>

 

<俺に拒否権は…?>

 

<ノーだ>

 

<断ったら家に憑りついてあげますよ~♪お風呂の時でもトイレの時でも覗き見します♪>

 

<お前ら質の悪い思念体共だなぁ!?>

 

<<こんごとも、よろしく♪>>

 

こうして尚紀は、円環のコトワリの元から出てきた思念体達に憑りつかれる事となるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

後日。

 

神浜中央駅の改札口前では、故郷に旅立つ静香達の姿が見える。

 

見送りに来てくれたのは、聖探偵事務所の職員達と、志を同じく出来た常盤ななか達。

 

「グスッ…ヒック…帰りたくないよぉ…尚紀先輩達とずっと一緒にいたいよぉ…」

 

寂しくて泣きべそをかき始めるちはるを見て、未来の上司たちが彼女の肩に手を置く。

 

「俺達はこれからも神浜でやっていく。ちはるが就職出来る場所を残すために、頑張って働くさ」

 

「ずっと待ってるぜ、ちはるちゃん。君が預けてくれた大切な品を…大きくなって取りに来いよ」

 

「先輩…所長…グスッ……はいっ!!」

 

ちかに貰ったハンカチで涙を拭き、最後ぐらいは笑顔でお別れをしようと健気に務める姿。

 

隣では静香とななかが固い握手を交わし合っている。

 

「この街に来れて私…本当に嬉しい。多くの発見が出来たし…思想を共有出来る貴女と出会えた」

 

「こちらこそです、静香さん。もっと早くにお会いして…色々な話を聞かせて欲しかったです」

 

「これが今生の別れだとは思わないわ!時女一族を立て直したら…私はもう一度この街に来る!」

 

「その時は是非、私とちゃるも一緒に連れて行って下さいね♪…未来の時女一族の長よ」

 

すなおにも手を伸ばし、固い握手を交わす。

 

「…すなおさん。私は気づいています」

 

「えっ……?」

 

「貴女の瞳の奥には…私と同じ暗い炎が宿っている。それは…私と同じく血塗られた瞳」

 

「そ……それは……」

 

同じ苦しみを背負う者だからこそ、すなおの秘密に気が付いてくれていたようだ。

 

「きっと皆に知られたら…差別される。そんな怖さを抱えてますね?…私もそれに苦しみました」

 

「………私は」

 

「でも、神浜の魔法少女達はそれを乗り越えました。私ももう…差別はされてません」

 

「な…ななかさん……」

 

「みんなを信じて。きっと貴女のことだって…差別しません。彼女達を信じてあげて下さい」

 

――私や尚紀さんのようになってはダメです。

 

辛い苦しみを共有出来る者がいてくれる。

 

それだけで、すなおの心に温かさが生まれ…涙が浮かんでいく。

 

「ななかさん…あぁ…ななかさん!私…わたし…もっと早くに貴女と出会えていたら…!」

 

「今生の別れにはしないと、静香さんは言いました。次に会える日を…楽しみにしてますね」

 

2人は抱きしめ合い、固い友情を交わす。

 

そんな3人の元に尚紀も寄ってくる。

 

「それにしても、突然過ぎる帰還命令だな。勧誘任務なら、随分と頑張っていたように見えたが」

 

「私も突然過ぎる帰還命令に戸惑ってます。不備があったようには思えないんですけど…」

 

「他に何か思い当たることとかはないか?」

 

腕を組んで考えてみる。

 

「やはり…神浜港のマフィア騒ぎの時に、勝手に時女一族を動かした責任ですか…?」

 

「あれだって…誰も殺さずに警察に任せる対応はしたし…私達の存在を暴露していないわ」

 

「だとしたら…他にあったことは……」

 

「………あの件かも、しれないわね」

 

「何か思い出したのか?」

 

話していいのか分からず、しどろもどろな表情。

 

しかし、信用出来る人物だと判断した静香が重い口を開く。

 

「実は…尚紀さんが引っ越しを頑張っていた8月の時期に…大きな仕事を任されてたんです」

 

「大きな仕事だと…?」

 

「それは……警護任務。神浜市に来られていたんですよ…」

 

――秘密結社であるヤタガラスの、重要人物達が。

 

「ヤタガラスの…重要人物?」

 

静香の話声が聞こえたちはる。

 

彼女は突然…()()()()()()()()を浮かべていく。

 

「ヤタガラスの長である存在達とは…三羽烏と呼ばれる方々です」

 

「三羽鳥…?」

 

「天皇陛下と同じほどの権威を持つ、裏天皇の方々である皇族…そのように聞いております」

 

「そうか…。それで?そいつらに何か…大変失礼なことでもしでかしたか?」

 

「してません~!私達の任務は…中央区に訪れるというヤタガラス関係者の周辺警備任務でした」

 

「神浜に滞在しているヤタガラス関係者は私達のみでしたし、人手が足りない事情もありました」

 

「それぐらいか?お前たちの中で、何か思い当たる節を考えるとしたら?」

 

「おかしいですね…あの時の任務だって、平穏無事に終わらせたはずなのに…」

 

「そうか…まぁ、考えても仕方ない。神子柴にでも直接聞くしかない話だしな」

 

そう言い残し、涼子達の元に向かう。

 

俯いたままになったちはるに横目を向けるが、ちかに向き直る。

 

「尚紀さん…貴方に出会えて本当に良かったです。私…もう一度他人を信じられそうです」

 

「それと同時に、疑うことも忘れるな。そして…疑い過ぎることもやめておけ」

 

「クスッ♪尚紀さんという見本がいてくれたお陰で、私も調和が大切なんだって理解出来ました」

 

「中庸を目指すのは極めて難しいが…俺もその道を模索してみるよ」

 

「それと…これを受け取って下さい」

 

ちかに送られた品とは、木彫りの狛犬。

 

見れば人修羅のように一本角が生えている、獅子の阿像と対を成す吽像だ。

 

「これは…ちかが彫ってくれたのか?器用なもんだなぁ」

 

「はい♪尚紀さんって…何処か神社の吽像とよく似ている気がして…」

 

「俺は悪魔なんだけどなぁ…神様扱いされるのは、どうもケツが痒くなっていく」

 

そう言いながらも、ちかの愛情がこもっている木彫り像を受け取る彼の姿。

 

「私も…お別れは寂しいです。もっと沢山…尚紀さんとお話がしたかったです…」

 

「今生の別れにはしないって、静香も言ってる。だから…お前の帰る家なら、俺が管理しておく」

 

「えっ……?」

 

「俺が建ててやった山小屋があるだろ?管理人がいないと傷んでいくからなぁ」

 

ちかの顔が微笑んでいく。

 

「本当に…尚紀さんはお人好しですね。そんなに優しくされちゃうと…好きになっちゃいます♪」

 

「帰ってきたら、これの対の像でもこしらえてくれ。片方だけを貰うのもなんだからな」

 

「はい!絶対に…帰って来ますからね。それまでの間…私の帰る家を、お願いします」

 

固い握手を交わした後、涼子が隣に立つ。

 

「尚紀…あたしはね、これを機に…もう一度修行に本腰を入れようと考えてる」

 

「そうか…将来は仏教大学を目指してるヤツだからなぁ。応援している」

 

「今回の一件で…あたしは人間の煩悩の恐ろしさを痛感した…エゴに囚われる恐ろしさをね」

 

「そうだな…俺でさえも自分のエゴに気が付かなかった。それだけ…自分を見つめるのは難しい」

 

「そして…善悪二元論の恐ろしさも知った。偏らない心を持つには…平常心をもたないとね」

 

「頭に血が上りやすいお前だからなぁ。道行は険しくなるかもよ」

 

「覚悟の上さ。この街で多くの事を学べた…あらゆるものは、単独では成り立たないって」

 

「あらゆる縁が必要だと…俺も経験出来た。多くの人の縁があったから…俺も踏み留まれたよ」

 

「物事を一側面だけで判断せず、根本に目を向けるには…自分を律する精神が必要だね」

 

涼子も懐から何かを取り出し、彼に差し出す。

 

「これを…受け取って欲しいんだ」

 

「これは…数珠か?」

 

「数珠は念珠と呼ばれる法具。108の煩悩を司る品であり、それを数えることで己を律する」

 

「己を律するための…道具」

 

彼の脳裏に浮かんできたのは、仏教を主体としたガイア教徒だった氷川の姿。

 

彼は左手に悪魔召喚道具として数珠を巻きつけていた。

 

そして、武の世界においては左手は文(平和)である。

 

それを律する法具を巻きつけるという事は…平和を望む心を捨て、修羅になる意味もあろう。

 

「数珠を数えながら念仏を口ずさむ必要はない。心の中で…自分の煩悩を数えて、律するんだ」

 

それは、義憤に身を任せて殺戮を繰り返した者に与える戒め。

 

そう感じ取った彼は、涼子の顔を真剣に見つめ返す。

 

「…涼子。これを俺の右手首に…巻いてくれ」

 

言われた通り、彼の右手首に108個の珠が繋がれた数珠を巻きつけていく。

 

「右手は、中国武術の世界観では武を司る。だからこそ、武を律する数珠は…右手に持つよ」

 

「尚紀…これからのあんたの人生に、仏の加護があることを祈るよ」

 

「どうだかな?俺は仏の長ともいえる、大日如来と喧嘩をしてたんだぞ?」

 

「アッハッハッハ!あたしも腰を抜かしたよ~!この世に密教の本尊様が顕現されたんだ!」

 

「仏ってのは、心の中に描くもんだが…どうやらそうもいかないらしい」

 

「仏様が現世に現れるって分かったんだ…あたしも仏様達に恥じないよう、修行に邁進するよ」

 

右手で握手を交わした時、時計を見た静香が声を出す。

 

「……みんな、そろそろ時間だから」

 

静かに促された時女の者達が、改札口に向かっていく。

 

見送る尚紀たちに対して、最後に静香が振り向いて…涙を浮かべた笑顔を向ける。

 

「尚紀さん…私ね、貴方に出会えて…本当に嬉しかった!私を変えてくれたのは…貴方だから!」

 

ちはるも振り向いて、笑顔を向ける。

 

「尚紀先輩!私…大きくなって必ず帰ってくる!だから…私の帰る場所でいてね!」

 

すなおも振り向いて、笑顔を作る。

 

「尚紀さん!任務でしたが…それ以上の大切なものを得られました!本当に感謝してます!」

 

涼子とちかも振り向いて、笑顔を向けてくれた。

 

「尚紀さん!私は貴方を…自然と同じぐらいに愛してますから!」

 

「煩悩を断ぜずして涅槃を得る。お互いに…忘れないようにしような、尚紀!」

 

こんなにも自分の事を大切に思ってくれている。

 

勧誘任務で訪れた時は追い出そうとした自分が恥ずかしくなっていく。

 

「……また会おうな、お前たち!」

 

彼も精一杯の笑顔を見せ、手を振っていく。

 

静香たちの姿は…ホームの人ごみの中へと消えていった。

 

「……私達も、彼女達に負けてられませんね」

 

「…そうだな、ななか」

 

彼は涼子に巻きつけてもらった右手の数珠を掲げていく。

 

その姿は何処か同じシジマの道を生きた氷川の姿を彷彿とさせるだろう。

 

左手の平和を律した氷川とは違う、右手の武を律した尚紀。

 

2人の生き様は…似ているようで違う道へと進んでいくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

深夜の路地裏を歩くのは、長としての役目を終えた七海やちよ。

 

暗い表情をした彼女だったが、俯きながらも口を開く。

 

「…私は、間違っていた。与えるばかりで…魔法少女達を律する事が出来なかった…」

 

長を譲る席の場で、やちよはななかとかこから語られた。

 

彼女たちが魔法少女の世界に巻き込まれたのは、西()()()()()()()()()()()()()()

 

魔法少女の自由意志を尊重したために後手となり、ななか達は魔法少女の毒牙にかかった過去。

 

「私の責任よ…あの子達を、魔法少女の世界に引きずり込んでしまったのは…」

 

4年もの間、長い治世を努力してきた自分の歴史を歩きながら振り返っていく。

 

「…最初は志し高いコミュニティ意識も……馴れ合い社会でこうも腐敗していくのね…」

 

これはあらゆる政治団体にも言えること。

 

いつしか大衆の邪念や私欲を満たす口実となっていく政治運動。

 

やがては自分達が嫌った既得権力の側に移ろうとしている事にさえ、気が付かなくなっていく。

 

それはさながら、最初は清水から湧いた清流が、下流に至れば澱んで分かれていく光景。

 

「私は…何を守ろうとしてきたの?人間社会を守りたかったから…正義を名乗ってきた筈なのに」

 

正義や自由といった、中身の見えにくい言葉で皆を従わせてきた道。

 

その果てにあった光景とは…魔法少女たちの絆ばかりが優先される社会。

 

絆を結んだ愛しい魔法少女たちとの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「私は…中身の見えない立派なラッピング箱を用意して…みんなに崇めさせていただけだった…」

 

それはさながら、魔法少女達のみの()()()()()()()を求める…奴隷信者の群れ。

 

奴隷は信者と同じであり、自分の置かれている状況に気づこうともしない。

 

目を逸らし、自分達に都合の良いぬるま湯世界しか見ようとしない。

 

自分たちに都合の良い社会を提供してもらえた者達は、西の長を喜んで担ぎ上げてきた。

 

担がれている者は、それを自分の利益とした。

 

信者達から利益を貰うと書いて…()()()という字と化す。

 

「…私達の自由は、誰かの不自由。私のやってきた事は…人間社会の犠牲を支払ってきた…」

 

夜空を見上げる。

 

長の地位を失ったのは、自業自得なのだと納得出来た。

 

「千葉で見かけたあの占い師…腕が良いわ。塔の正位置通り…私の長としての人生は崩壊したわ」

 

前を向き直り、長い路地裏を歩いていく。

 

彼女が通り超えた暗い横道の奥。

 

そこには、小さな占い小屋が見える。

 

テント内の椅子に座っていたのは…やちよを占い、アリナを占った女性人物。

 

隣にある止まり木には、アモンと呼ばれた梟の姿。

 

「……フッ、これから面白くなっていくのよ」

 

「貴様ら魔法少女たちに、安息が訪れることはない」

 

彼女が暗い横道を通り超えた頃には…占い小屋は消え去っていた。

 

……………。

 

精神状態が不安定なやちよの身を心配し、仕事の帰りを待っていたみふゆだが…。

 

「待ち合わせの場所には現れなかった…何処に行ったの…やっちゃん…?」

 

路地裏の道を当ても無く彷徨いながら彼女を探すみふゆ。

 

だが、歩いているうちに路地裏の光景を覚えている事に気がついていく。

 

「私…この路地裏を見たことがある…。たしか…小学生時代に……」

 

小学生時代の記憶が巡ったみふゆは走り出す。

 

あの頃の記憶通りの光景が待っているのならば…やちよがいる場所は決まっている。

 

みふゆは…その場所に辿り着く。

 

見えたのは…蹲って独り泣いていたやちよの姿。

 

「うっ……グスッ……長を任せられたんだから…役目を果たさないと…頑張ったのに…」

 

…蹲ったままのやちよに近づいていく。

 

その姿は何処か、小学生時代の自分達に戻れたかのような光景。

 

「でも…ヒック…でも…私がやってきた治世は…アァ…人間を…グスッ…苦しめるだけだった!」

 

みふゆが横に立ち、膝を屈めて優しく肩に触れる。

 

「魔法少女なんて…()()()()ですね…やっちゃん……」

 

みふゆの方に泣き顔を向けていくやちよ。

 

その表情も何処か、小学生時代のやちよの姿を彷彿とさせた。

 

「みふゆ……アァ…アァァァァ……あぁぁぁぁ~~~……ッッ!!!!」

 

彼女の胸に抱き着き、ひたすら泣き喚き続ける姿。

 

「頑張り過ぎです…やっちゃん。貴女だってか弱い女の子だって…出会った頃から知ってました」

 

――ずっと一緒に頑張ってきた私の前なら…やっちゃんはか弱い女の子でいいんです。

 

子供のように泣き続ける彼女の頭を優しく撫で続ける。

 

彼女の目からも涙が溢れていった。

 

……………。

 

彼女たちのいる路地裏を超えた通りには、一台の車が停車する。

 

車から降りてきた人物たちが、路地裏の奥へと進んでいく。

 

降りてきた2人を先導するかのようにして歩くのは、運転手である黒のトレンチコート姿の男。

 

「……落ち着いてきましたか、やっちゃん?」

 

優しく頭を撫でてくれていたみふゆに顔を上げていく。

 

「……うん、落ち着いたわ…」

 

「なら、帰りましょう。長としての地位がなくなったなら、私達も肩の荷が下ります」

 

「…そうね。負担が減るのは喜ばしいけど…私達は…これからも魔法少女よ…」

 

「そうですね…私達は何処まで…戦っていけるのか……」

 

「私も貴女も…もう19歳。来年になる頃にはもう……」

 

「それが…魔法少女の定めです。死ぬ日、死ぬ時は…一緒でありたいですね、やっちゃん?」

 

「みふゆ…ずっと私の傍にいて……死ぬ時も……一緒に……」

 

抱きしめ合っていた2人だが、近づいてくる足音に気が付き、振り向いていく。

 

「ようやく、お前らの魔力を探し出せたよ」

 

「あ…貴方は……人修羅なの…!?」

 

「人間の姿でお前と会うのは初めてだろうが、見た目は悪魔の時と左程変わりはないはずだ」

 

「また…やっちゃんと殺し合おうと言うのですか……?」

 

警戒心を示す2人だったが、彼は首を横に振る。

 

「俺はな、私立探偵をやっている。()()()()()()()()()()を、大手から流されてきてな…」

 

「行方不明者の捜索ですって…?」

 

「数年前に行方不明になった人物と…一年ほど前に行方不明になった人物を…ようやく見つけた」

 

「その……見つけられた人物と、私達が……何の関係が?」

 

「……後は、こいつらから聞くんだな」

 

暗い背後の道の隅に隠れていた人物たちに振り返り、来るように促す。

 

暗闇の中から歩いてくるのは…。

 

「あ……あぁ……」

 

「そ……そんな……夢……ですか……?」

 

2人の両膝が崩れ、膝立ちとなる。

 

「夢じゃない。俺の仕事は完了したから、捜索依頼を出したこいつらの家族に連絡を入れてくる」

 

踵を返し、彼は暗闇の路地裏から消えていく。

 

「……やちよ、ごめんな。あたしの遺言のせいで……苦しめてしまって……」

 

「本物……なの……?本当に……貴女なの……!?」

 

「幽霊に見えますか?七海先輩、みふゆさん?」

 

「ちゃんと…足は地面に立ってる。幽霊ではないと…思うけど」

 

彼女たちの前に立っていた人物とは…数年前に死んだ雪野かなえと安名メル。

 

何一つ変わらない姿のようにも見えるが…少しだけ変化している部分。

 

それは、悪魔を表す真紅の瞳。

 

「そんな…どうして!?円環のコトワリに…導かれたはずなのに…!?」

 

「う、うん……そこを説明しだすと…長くなるけど……」

 

「まぁ、ボク達はこうして蘇って元気になりましたとさ♪…では、ダメですか?」

 

「もしかして……ゾンビだと警戒されてる?」

 

「えぇ~~!?こんな可愛くてピチピチのゾンビなんているんですか!?」

 

「多分……いない」

 

生きていた頃と何一つ変わらないやりとりを見せられ、2人の脳裏には幸せだった頃が巡る。

 

「かなえ……メル……本物よ……2人とも…私が覚えているかなえとメルよ!!」

 

涙を流して立ち上がった2人が走り、2人に抱き着く。

 

「かなえ…かなぇぇぇ…ごめんなさい…守れなくて…ごめんなさぃぃぃ~~……ッッ!!!」

 

「…うん、辛かったね。あたしも…力が足りなくて、やちよ達を悲しませた…」

 

「メルさん…あぁ…メルさん!!!夢でもいい…構わない!!ずっと…ずっとこの夢を……」

 

「…夢じゃありませんよ、みふゆさん。まだ寝る時間ではないと思いますけど…?」

 

泣きじゃくる2人を優しく抱きしめるかなえとメル。

 

そんな光景を見届けた尚紀は…静かに消えていった。

 

「…おかえりなさい。かなえ……メル……」

 

「うん…ただいま………やちよ、みふゆ」

 

「ずっと長としての役目を頑張ってきたんですね。お疲れ様でした、七海先輩、みふゆさん」

 

「これからは…あたし達が2人の分まで頑張るから」

 

「だから…だからですね…2人とも、もういいんです」

 

――()()()()()()()()()……いいんです。

 

……………。

 

……………………。

 

クリスの車内に戻った尚紀が車を発進させる。

 

後部座席にはネコマタとケットシーの姿。

 

「…慣れない悪魔合体なんてやるもんじゃねーな。持っていたマッカを全部使っちまった」

 

「こねくり回してどうにか形に出来たニャ―……」

 

「悪魔全書で召喚した悪魔を、手探りで思念体と合体させまくっての実験だったわね…」

 

「でも、尚紀とヴィクトルは楽しそうだったニャ。新しい発見が出来たヴィクトルも喜んでたし」

 

「本来の悪魔合体なら不可能だったろうが…俺にはこれがあったのを思い出せたんだ」

 

左掌に出現させた道具とは、後生の土鈴。

 

「さまよう魂を導くという土でできた鈴…アマラ深界という魔界から盗まれた宝物だ」

 

「かつての世界で得た魔界道具の力だったのね…魔法少女を生み出せたのは?」

 

「誰でも蘇らせれるわけじゃない。強い魂を持つ奴だけを蘇らせれる…悪魔として」

 

「だとしたら…あの2人にはそれだけ強い魂…いいえ、感情が宿っていたということよ」

 

「これを用いて、俺はかつての世界において…マネカタを生き返らせたことがあった」

 

「擬人であるマネカタを?」

 

「あの2人も、悪魔というよりはマネカタに近いはずだ。魔法少女種族から擬人になったのさ」

 

「マネカタで大丈夫なのかニャ?たしか、人間と変わらないぐらい弱いって言ってたニャ」

 

「…ある特殊なマネカタの力だけは違った。超人と呼べるほどの力量を発揮した」

 

「だとしたら、蘇らせたあの2人…大丈夫そうね」

 

出現させた道具を仕舞い、運転に集中する。

 

家路に向かう道を走っていた時、彼が口を開いた。

 

「…俺はな、政治において…大切なことを忘れていた」

 

「政治においての…大切なこと?」

 

「俺の恐怖政治は…縛ること、奪うことだった。だが本来政治っていうものは…()()()()()()

 

「それはそうね…奪うだけの為政者を、どうして民衆は支持するのかしら?」

 

「俺の好きな日本の内閣総理大臣の中には、こんな言葉を残した奴がいる」

 

――政治とは、自分達が飯を食えない、子供を大学にやれない状態から抜け出すことを先決に考えねばならん。

 

――理想よりも現実だ。

 

――政治とは何か?

 

――()()()()()

 

「これからの尚紀は…与える側に回るのかニャ?だとしたら、西の長の治世は正しいニャ」

 

「違う、与えるばかりじゃ腐りきる。ベネズエラの際限のない福祉政策の末路が証明済みだ」

 

「事情を調べ上げたうえで、与えることで解決に導ける案件だけを対処していくつもりね?」

 

「出来る範囲で、やらねばならないことをやらねばならない。そのためにも、俺は探偵に戻る」

 

「東京の魔法少女社会を調べ上げる…これから忙しくなっていくわよ」

 

決意を胸に、尚紀の新しい道が進んでいく。

 

(…俺は孤児であり元ホームレス。持たざる者達の苦しみを…()()()()()()()()()()()()()()

 

彼は奪うものから与える者になっていく道。

 

彼が目指すのは秩序ではなく…中庸の道へと向かっていくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日曜日。

 

クリスを運転する彼が向かうのは、故郷である風見野市。

 

風見野霊園に来た彼は、家族の墓前に立つ。

 

掃除を終えた彼が花を添え、線香を灯す。

 

祈る神がいない悪魔ではあるが両手を合わせ、家族の冥福を願った。

 

「…佐倉牧師。あんたが送ってくれた言葉だけでなく…あんたの生き様を俺は見るべきだった」

 

迷う人間たちのために、新しい教義を作ろうとした尚紀の家族。

 

古いしきたりに縛られた社会を変えようと足掻いた姿は、尚紀も追いかけることとなる。

 

だが、佐倉牧師は暴力で社会を変えようとしたのだろうか?

 

杏子の奇跡のせいで、その言葉は洗脳に成り果ててしまったが…それでも佐倉牧師は望んでいた。

 

「対話による社会変革…それこそが、あんたが目指した…世界の変革だったよ」

 

それでも彼には、それが如何に時と場合を選ぶのかを知っている。

 

人間をゴミ屑同然に扱う邪悪な魔法少女を相手にすれば、話し合いで解決することなど出来ない。

 

緊急事態に弱い、それが対話の限界。

 

それは緊急事態における民主主義政治体制の脆弱性さえも表していた。

 

「それでも…俺はあんたのやり方を真似てみようと思う。戦う場合でも…原因を探ってみる」

 

――アナタはアナタのままで良いワケ。

 

――アナタはアナタの情念を貫けばいい。

 

――周りに合わせても、社会は変えられないワケ。

 

――間違いは修正してでも勝ち取る。

 

――アリナはアリナが納得出来ないアートなら、ぶっ壊す。

 

――そして作り直す…何度でも…。

 

――…アナタに、妥協して欲しくない。

 

「秩序でも、自由でもない。道なき道を行く…答えのない道だ。だからこそ…()()()()()()

 

――そうだろ……アリナ?

 

家族の墓参りを終えた彼は、愛した人の墓参りに向かう。

 

不意に彼は立ち止まり、空の景色を見つめた。

 

「…人は正しさを求める。楽な正しさをな…」

 

光の道を歩くのは楽だから、みんな選ぶ。

 

闇の道に進み、正しい道を手探りで考えながら探す苦労は嫌だ。

 

だからこそ人は光だけが正しいと信じ、闇を悪だと罵るだろう。

 

光を疑わなければ、光という正義と異なる者達は、光という正義によって焼き尽くされるだろう。

 

光の神が生み出す道は正しいのか?

 

闇の悪魔が生み出す道は間違いでしかないのか?

 

「世界はこれからも二つに分断される。だが、分断が調和した時…六芒星は()()()()()となる」

 

六芒星とは、自然の力を最大限に発揮できる形。

 

自然の秩序に基づいたパワーを秘めながら、力学的にも安定した構造。

 

「これからの俺が求めるのは…秩序でも自由でもなくなる。それはきっと…俺の夢を捨てる道だ」

 

かつて彼は、愛した人に夢を語った。

 

世界は秩序から解放され、自由になるべきだと。

 

だが、彼は自由主義世界の弊害を見てしまう。

 

だからこそ彼は…夢と真逆の道である秩序を進むことになったが…それさえも破綻していた。

 

「間違いだらけの道…秩序でも自由でもないモノを追いかけるのは…」

 

――幻を追いかけている気分だ。

 

だが、彼は行く。

 

迷いのない足取りで。

 

これからの人修羅が進む道とは…六芒星の調和。

 

奪うだけでなく、与える道。

 

その先にこそ、中庸の道があるのだと信じて。

 

己の選択を信じ、責任を持つ。

 

 

それこそが、真・女神転生。

 

 

真・女神転生 Magica nocturne record

 

To be continued

 




4章テーマは、2章の五芒星とは違う『六芒星』(差異・分断・調和)です。
それと4章で描き切れなかった番外編としてのサイドストーリーをいくつか書いていきます。


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サイドストーリー
130話 それぞれの思い


深夜の神浜市北養区。

 

嘉嶋家に入ってきたのは車悪魔のクリスである。

 

ガレージ内に車を停め、中から出て来た人物とは家主の嘉嶋尚紀であった。

 

電動シャッターを閉め、クリスを収納し終えた彼が玄関の扉を開ける。

 

「…ただいま」

 

出迎えてくれたのは玄関の靴箱上に置かれた狛犬像である。

 

ちかの贈り物は無言のまま彼を出迎えてくれた。

 

「…やっぱ、片方だけだともう一つが欲しくなる。フィギュア集めてる奴らと同じ症状か?」

 

靴を靴箱の中に仕舞い右手の数珠も靴箱の上に置く。

 

家の中に入り込んだ彼を出迎えてくれたのは悪魔化した姿のネコマタとケットシーだ。

 

「おかえりだニャ~尚紀」

 

「仕事が終わった後には東京の守護者としての人生がある。多忙よねぇ、貴方って」

 

適当に相槌を打った尚紀は書斎を兼ねた自室へと上がっていく。

 

着替え終えた彼が風呂を済ませ、暖炉のあるリビングのソファーに腰掛けた。

 

時刻は深夜0時半を超えた頃。

 

二匹の仲魔たちもソファーに座り、向かい合う。

 

「東京の魔法少女たちの身辺を洗ってきたが…やはり、生活困窮者が多かったよ」

 

「貧乏だからこそ、切実な願いも生まれる。そんな連中は魔法少女になり易い連中よ」

 

「生活に困らない子らも、口車に乗せられてしまう人も多いけど…大抵はそういう人なのかニャ」

 

「無理もない…この国は今、生活困窮者ばかりだ。それもこれも…派遣法の改悪あっての光景だ」

 

「国の規制緩和によって労働者を簡単に使い潰せる社会に変えられたのよね…日本社会は?」

 

「経済界が出した要望…()()()調()()()。経営次第で人間をゴミのように切り捨てれる経済政策さ」

 

「酷いわね…労働者の権利なんてあったものではないわ…」

 

「それを促すために、時の政権与党に向けてガンガン政治献金したのさ。日本は地獄に変わった」

 

「公務員だって切り捨てられたわよね…。時の政権が公務員にヘイトが向くよう煽ったから…」

 

「90万人いた公務員は29万人に減少。行政サービスは劣悪となったが、税収は変わらない」

 

「誰か…税金を吸い上げてる奴らがいるのかニャ……?」

 

「行政サービスの外注さ。税金を企業が吸い上げる仕組みの事を…()()()と呼ばれている」

 

「それにさえ気が付かず…毎日の低沈金労働に耐えてるのかニャ…?日本人は…?」

 

「それに政権与党が進めてきた新自由主義問題。今の八重樫総理は前の総理から引き継いだ」

 

「新自由主義ってなんだニャ?」

 

「法の支配の破壊と新自由主義路線という日米財界を強くするだけの…民衆略奪政策だ」

 

()()()()()()…政府が市場に干渉して財界や資本家を儲けさせ続ける仕組みを生み出すね…」

 

「売国者しかいないのかニャ…?今の日本の政治界隈は…」

 

「階級権力の再興…今の日本はな、フランス革命前の貴族と民衆の状態なんだよ」

 

「税収ばかりを巻き上げられて還元されず…この世の地獄と化していたあの頃ね…」

 

「全ては日米財界を儲けさせる政治でしかない…。そして、財界を支配するのが国際金融資本だ」

 

「ユダヤ銀行組織とユダヤ資本というわけね。資本主義の社会階級制度は…悪魔の弱肉強食よ」

 

「これじゃあ…日本は欧米の奴隷だニャ」

 

「日本はな、120兆円を超えるアメリカ国債を買わされてる。所有権も処分権もない()()()だ」

 

「酷過ぎるわ…日本人の税金を使って何兆円もの為替損を被っているだけよ…」

 

「さっき語った派遣問題…ピンハネされた何十兆円は派遣会社や内部保留、投資家の配分となる」

 

「それも…国際金融資本家が絡んでるのよね…?欧米に略奪の限りを尽くされてるだけよ…」

 

「大きな破壊が起きたのは2006年の()()()()()()()。これで日本は外国資本の犬と化した」

 

「2006年から生まれた法律って…外資がぼろ儲けする内容ばかりだと貴方の書籍で読んだわ」

 

「今の日本はな、売国が一番の金になるんだよ」

 

「なんで…そんな酷い奴隷制状態なのに日本人は文句も言わずに働くしか出来ないニャ…?」

 

やりきれないケットシーの気持ちも分かるのか、尚紀も大きな溜息をつく。

 

夜風に当たりたいのかウッドデッキに移れる窓を開けた後…重い口を開く。

 

「…日本人は、個人であることよりも組織の一員であることに重きを置く。それが原因だ」

 

「自分たちがどれだけ政治に虐げられても、御上には逆らえないのかニャ…?」

 

「国や財界が日本人の権利を踏み躙る。それでも従うことこそが美徳だと…自分を押し殺す」

 

「救いようがないわね…日本人と呼ばれる企業社会主義民族は……」

 

「終身雇用制度事態が国家総動員法のパクリ。新自由主義が入れば社会主義国のように崩壊する」

 

「国の生産力をあげるために、国が企業という共同体に国民を縛り付けておく政策だったのね…」

 

「終身雇用という社会主義は…もう通じない。そんな社会なら…誰が淘汰されようが気にしない」

 

「虐めも注意出来ない…企業に文句を言えば村八分か退職の二択。…淘汰しか起こり得ないわ」

 

――アリナはスクール時代、そういう腐り切った連中を沢山見てきたし…指摘したら虐められた。

 

――出る杭は打たれる、これが今の日本社会。周りに合わさないと不利益しか返ってこないの。

 

――正しさっていうものは、はっきり言って誰かが決めたものでしかないワケ。

 

――誰かに決められた正しさというものに…押さえつけられて生きる…。

 

アリナから語られた言葉が脳裏を過る。

 

ポケットからタバコを取り出し指で火をつけて紫煙を燻らせた。

 

「…そんな日本社会なら、魔法少女達が略奪者に豹変するのも…自然でしかないわ」

 

「壊れた日本社会に虐げられ続けたニャ…。オイラだって暴れたくもなるニャ…」

 

「究極の選択社会よ…上のいう事を聞くのか?聞かずに学校や企業という社会から出ていくか…」

 

「自己責任という名の弱肉強食淘汰社会…本当に日本って、世界一平和な国なのかニャ?」

 

「ただの思い込みだ。調べればある判断材料を見ようともせず、友達と遊んでばかりの…B層だ」

 

B層とはメディアに流されやすい考えない人達を意味する。

 

アイルランドの文学者であり政治家だったバーナード・ショーはこんな言葉を残す。

 

――愛国心とは、自分が生まれたと言う理由でその国が他より優れているという思い込みである。

 

イギリスの小説家であるジョリアン・バーンズも、こんな言葉を残す。

 

――最高の愛国心とは、あなたの国が不名誉で、悪辣で、馬鹿みたいなことをしている時に…。

 

――それを言ってやることだ。

 

吸い終えた煙草の吸殻を指で弾き、宙で燃やして灰とする。

 

「俺は……()()()()()()()()()()()のかもしれないな」

 

「…人間のために経済があるはずなのに、経済のために人間がある…日本はイカれてるわ」

 

「…それは欧米で虐げられ続ける民衆だって…同じ立場さ」

 

布団に入り、今夜は早めに寝ようとするが寝付けない。

 

これからの自分の力は何処に向けていけば人間の守護者の道に繋がるのかを考え続ける。

 

答えが見えてこない彼は、夜通し政治・経済書籍を読み漁り続ける事しか出来なかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

次の週を残して11月も終わる頃の土曜日。

 

尚紀は知識を求めて夏目書房に向かう。

 

客のいない店内に入ると古書の匂いが出迎えてくれた。

 

視線を奥に向ければ夏目かこの姿も見える。

 

「………………」

 

彼が入ってきたのにも気が付かず、レジが置かれた机の上で勉強中のようだ。

 

「…よぉ、かこ」

 

「きゃぁっ!!?」

 

ビックリした彼女が慌てて顔を上げ、苦笑いを浮かべてくる。

 

「ご、ごめんなさい、尚紀さん…。勉強に集中してました…」

 

「構わない。学生の本分は勉強だからな」

 

「そっちも大事ですけど、私が勉強していたのは…尚紀さんが押しえてくれた教育方法です」

 

「ななかに伝えただけだったが、かこにも伝えられたようだな」

 

「ななかさんが新しい長になりましたが…実は、あの人は私生活が多忙な人なんです」

 

「そういや、華道の家元だったか?」

 

「華心流の再興…居合の鍛錬…学生の本分…魔獣との戦い…そして、魔法少女の長の役目…」

 

「俺も寝る間を惜しんで働くワーカーホリックと呼ばれるが…ななかも俺に負けてないな」

 

「だからこそ…私がななかさんに代わり教育部分を指導出来る立場になりたいんです」

 

「いい心がけだ。高度に機能した集団の強みはな、属する各人の短所を全体の力で補える点だ」

 

「私…魔法少女としては強くないし、気弱です…。それでも、知恵を求める気持ちは負けない!」

 

「各人の長所を最大限に活かせる集団になれ。かこの弱い部分は、みんなの強さで補える」

 

「私の強みはこれぐらいしかないのが恥ずかしかったけど…お陰様で考え方が変わりました♪」

 

「随分と教育や知識に貪欲だな?古書を扱う店の娘だからか?」

 

「私にも興味を持ってくれて嬉しいです♪ななかさんや美雨さん達とばかり付き合ってましたし」

 

「そうだったな…悪かったよ。これからは書籍を扱うかこの方に世話になる機会が増えるさ」

 

「本当ですか?嬉しいです♪椅子を用意しますんで、座って下さい。お茶も淹れてきますね♪」

 

「いいのか…?ただの客として来ただけなのに…」

 

店内を見回すが、レジカウンターで勉強しててもいいぐらいの静けさだ。

 

「尚紀さんは…神浜魔法少女社会を変えてくれた大恩人です。私も…貴方を尊敬してますから♪」

 

用意された椅子に座り、出された茶を飲みながら語り合う光景が続く。

 

「そうか…かこの父親は古書店の店主だが、母親は国語の教師をしていたか」

 

「本と教育、それが両親の人生です。そんな2人の血を…私も色濃く受け継いだんですね」

 

「理詰めで攻めてくるななかにも、喧嘩っ早い美雨にも気後れしない…芯の強さもあると思う」

 

「私…魔法少女の世界に入ってでもこの店を守りたかった。今…守れてよかったと感じてます」

 

「どうしてだ?」

 

聞かれた彼女が尚紀に振り向き、満面の笑みを浮かべてくれる。

 

「だって…古書の知恵を求めに来てくれる尚紀さんのお役に立てているから」

 

漫画雑誌や娯楽小説だけでなく、知恵を取り扱うのも本屋の役目。

 

それを意識してくれる若者はあまりに少ない。

 

「頑張って魔法少女の教育者の立場になれたなら…それをバネにして、私も教師になりたいなぁ」

 

「今の教育体制に参加している魔法少女の様子はどうだ?」

 

「…みんな余裕がない表情をしてます。とくに…東側の子たちは」

 

「押し付ける教育はダメだ。共に成長するのを重視し、日本の学校の奴隷教育の真逆をやれ」

 

「はい、わかりました。これからの教育の事で家族との会話も増えそうです」

 

13歳の少女の夢を聞いた彼は俯くが顔を上げて真剣な眼差しを向けた。

 

「これからの社会は、()()()()が重要になる。だからこそ、議論討論教育が大切になるんだ」

 

「議論討論教育…?」

 

「本来、先進国には議論討論教育があるんだが…日本は意図的に教育現場から削除されてきた」

 

「そうだったんですか…?」

 

「自分の考え、他者の多様な意見、間違い修正を重視、相手尊重の意識を育む事が出来なかった」

 

「たしかにそうですね。学校でも、先生からやれと言われたことしかやらせてくれませんね…」

 

「議論討論の威力を発揮したのが…あの幕末の松下村塾だ」

 

「吉田松陰が塾で講師をしてた…幕末から明治にかけて日本の指導者を生み出した塾ですね」

 

「元塾生の明治政府高官たちは…国民の反骨力を恐れた。意図的に削り取り、GHQも踏襲した」

 

「日本人から考える力が奪われた末路が…あの大東亜戦争だったのかもしれませんね」

 

「仔動物のじゃれ合いを止めるなって言葉はな、相手を傷つけない間合いを子供の時から学べさ」

 

「子供のじゃれ合いがエスカレートしたら…力有る親が止める。それが議長と議会なんですね…」

 

「議論討論を学ばなかった大人は、相手を傷つける間合いさえ分からない毒と化す」

 

「関係修復も出来ないし…トラウマで議論からも逃げますね」

 

「正しさの確信さえ得られず、自己の中だけで考える悪循環に陥っていくんだ」

 

「分かりました。ディベート教育についても勉強して、教育プログラムに入れてみますね」

 

「人の振り見て我が振り直せ。俺から指図されるのがムカつくなら、自分達で襟を正すんだな」

 

「はいっ!それが出来てこなかったから…神浜魔法少女社会は…仲良し腐敗してきたんですね」

 

「もっともそれは俺にも言えることだったよ。家族だった佐倉牧師に…合わせる顔がない」

 

「大丈夫です。きっと尚紀さんの家族だって…気が付いてくれたことを喜んでると思います」

 

「だと…いいんだがな」

 

俯いていた視線を彼女に向ければ、手をもじもじさせる子どもっぽい仕草を見せ頬を染める。

 

「ねぇ…尚紀さん。もし、週末に時間が空いている時は…その……」

 

「どうした?」

 

「えっと…もっと色々お話を…じゃなくって!…個人的な勉強指導を…ええと……」

 

(???)

 

「な、なんでもないです!!忘れて下さい!!!」

 

(何なんだ……一体?)

 

顔を真っ赤にして後ろに向くかこに対して、不思議顔な尚紀。

 

お互いに学び合う目線を重視して歩み寄り、相互理解を深めていく。

 

これこそが議論討論教育の価値であると信じたい尚紀であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

夏目書房で買った政治・経済・金融関連書籍を抱えた尚紀は場所を移していく。

 

彼は新西区の公園の椅子に座り、買った書籍を紙袋から取り出して読書中のようだ。

 

そんな彼を見かけた女性達が近寄ってくる。

 

「あーっ!見つけましたよ~尚紀さん!朝の占い結果通り、待ち人来るですね~♪」

 

「…あたし達の方から来たから、ニュアンスが微妙に違う気も……」

 

知っている人物達の声が聞こえた尚紀は書籍を閉じ、彼女たちに向き直る。

 

「…お前らか」

 

現れた人物とは、彼の協力で悪魔に転生して生き返る事が出来た雪野かなえと安名メル。

 

人間の姿に擬態している時はこうやって日常生活を送れるようだ。

 

その隣には…。

 

「…元西の長であった七海やちよと、補佐だった梓みふゆもいるのか」

 

「……………」

 

「えっと、あの……」

 

二人はまだ警戒心が抜けていない態度を示す。

 

少し前まで悪魔の姿をした彼と殺し合っていた関係性。

 

そう簡単には拭いきれない殺伐とした間柄であった。

 

「…やちよ、みふゆ。そんな態度ばかりしてると…あたしみたいに、周りの敵意を買うだけ」

 

「……分かってるわ、かなえ。私から…言わせて」

 

彼の前まで歩み寄ったやちよだが、何処か視線が泳いでいく。

 

「……なんだよ?」

 

「そ、その……私は……」

 

言いたい言葉が上手く喉から出てこなかった時、素っ頓狂な叫び声が響いてきた。

 

「尚紀~!!ししょ~!!みふゆ~!!」

 

「この喧しい声は……」

 

「それにメル~!!かなえ~!!」

 

突然飛び込み、尚紀とやちよの首に抱き着いてきた人物とは鶴乃である。

 

「ねぇねぇ!私が言った通りの人だったでしょ?尚紀は…私達の掛け替えのない人だよぉ♪」

 

「分かってる…抱き着いて首を抱え込まないで…」

 

「…相変わらずの大型犬っぷりだな。なんでこんなところでうろついてる?」

 

「出前配達の帰りだったの。お父さんも働けるラーメン店を探してるけど、店はまだ営業中だよ」

 

「そうか…修行場所が見つかれば暫く店を閉めてお前も骨休みが出来るな」

 

「それもこれも、全部尚紀がいてくれたお陰だからね…だからさ、やちよ!仲直り!!」

 

「分かってるから…首を放しなさいったら…もう」

 

鶴乃の両腕から解放された2人が改めて向かい合う。

 

「……ごめんなさい、貴方を誤解してたわ」

 

深々と頭を下げるやちよの隣に立ち、みふゆも頭を下げた。

 

「本当に…すいませんでした。貴方がいてくれたからこそ…神浜魔法少女社会は…変われました」

 

「……頭を上げろよ」

 

「…貴方が許してくれるまで、頭を上げる事は出来ないわ」

 

「指導的立場だった私達の怠慢を…無関係な貴方に尻ぬぐいをさせてしまいました…」

 

意固地な2人に大きな溜息をつき、立ち上がる。

 

「自分勝手にやったことだ。それに…俺のやり方だって間違っていた部分もある…顔を上げろ」

 

促された2人がようやく顔を上げてくれた。

 

「俺は…東京の魔法少女共を憎んだ。その感情をお前達にまで向けてしまっていただけだ」

 

「東京で出会った…あの荒くれ者共のことね」

 

「魔法少女も人間も関係なく無差別に襲う…恐ろしい魔法少女社会でした…」

 

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。お前達の社会も堕落していたが…あそこまでの対応はやり過ぎた」

 

「東京で魔法少女社会を管理してきたのね…魔法少女の殺戮者として」

 

「俺のやり方は…負の()()()()だった。そのやり方が…全体の生産性を低下させると理解した」

 

「生産性の低下…?どういう意味かしら?」

 

「…そこらへんも踏まえて、少しお前達と話がしたい。席に座れよ」

 

屋根のある公園の椅子に皆が座り彼と向かい合う。

 

語っていったのは全体主義による社会治世の欠陥部分だった。

 

「…そういう事だったのね。私の大学の政策学部教授の講義を受けたけど、似た事を言ってたわ」

 

「効率だけを求める生物は滅びる。全体主義はアリの巣で語られるが…似た現象が起きている」

 

「人間社会に向けてアリの巣社会を形成した時の…似た現象とは…?」

 

「巣の中には2~3割の働かないアリがいる。自由が許されたアリを認めないのが全体主義だ」

 

「自由が許された怠け者アリって…どんな役目を背負わされてたんですか?」

 

「怠け者のアリは決して休んでいるわけではない。仕事に対する反応が鈍いだけだ」

 

「仕事に対する反応が鈍い…?まるで、人間社会を優先して守らない…魔法少女達みたい…」

 

「外部刺激に反応する刺激の強さに個体差がある。指導者が人間を守れと叫んでも…」

 

「それぞれの魔法少女という個体差によって、刺激を受け入れきれない子が現れる…?」

 

「腰の軽い者たちは直ぐに動けるが、腰の重い者達は動けない。怠けているのではない…」

 

「働き方が…分からない状態…?」

 

「人間の職場だって、自分だけ仕事がなかったらかえって気疲れするし辛いだけだね…」

 

「だがな、働かないアリがいる構造の方が短期的には効率が悪くても、巣全体では長続きする」

 

「アリも働き続ければ疲れる…全員が働き者だと一斉に疲れて動けなくなる…?」

 

「だからこそ、役割分担なのだろう。人間を優先したい者達と、そうでない者達の分担だ」

 

「その怠ける自由を認めるからこそ…いざという時に交代させる事が出来るというわけ?」

 

「魔法少女も()()()()()()()()()。その間に人間を優先する魔法少女達は頑張り続けるが…」

 

「その子達が疲れ切ったら、今度は自由を謳歌した魔法少女達が()()()()()()()()()()仕組み?」

 

「俺は全体主義者だ。全体主義を敷き、人間のために働く事しか許されない社会を敷いてきた…」

 

――その社会の末路とはな。

 

――やり場のない怒りの感情を互いにぶつけ合う…()()()()()()()()()()()でしかなかった。

 

やちよ達の顔が青ざめていく。

 

彼女たちが東京に観光に行った時、襲われた光景が脳裏に蘇ってくる。

 

「どうりで…東京の魔法少女達に襲われるわけよ」

 

「やり場のない怒りと心の疲れ…そのハケ口を求めるならもう…」

 

「同じ魔法少女に向けて…怒りをぶつけあう事しか…出来なかったんだね…」

 

合点がいったのか彼女達は俯いていく。

 

そして彼とななかがもたらそうとした全体主義の恐ろしさを痛感させられた。

 

「これは人間社会にも言えること。効率ばかりを求められても、人間は壊れるだけだ」

 

「虐めやパワハラ…集団リンチが消えないわけよね…」

 

「人間同士の共食いも…魔法少女同士の共食いも…変わらない構造だったんだね…」

 

「俺が敷いた社会構造は…独裁国家やワンマン経営のブラック企業と同じ弊害をもたらした…」

 

「全体の効率だけを求める秩序主義だけじゃ…ダメだったんですね…」

 

「自由も必要…あたしだって、学校や企業社会の奴隷にされるのは…勘弁して欲しい」

 

「尚紀さんが言ってた生産性の低下って…もしかして、魔法少女の数が激減したことですか?」

 

「その通りだ、メル。東京の魔法少女は潰し合い…その数も三分の一以下になってしまった」

 

「それでは…魔獣との戦いも不利になってしまうわよ」

 

「返す言葉も無い…俺のやり方は結果として人間を守ることには繋がらなかったんだ」

 

「これからの東京の魔法少女社会治世は…どうしていく気なんですか?」

 

大きな溜息をついた尚紀が重い口を開く。

 

「…暫定的にだが、自由を認める。それも人間社会の利益の範囲内でしかないけどな」

 

「個人主義に腐ればどうなるか…貴方も東京や神浜で見てきたでしょ?」

 

「それを変えるための教育だと、俺は結論を出せたが…問題がある」

 

「神浜では尚紀さんに協力してくれる魔法少女がいたけど、東京には…誰もいない?」

 

「俺独りで東京の魔法少女全員をかき集めて、社会主義を説いたところで…通用しない」

 

「お互いの信用関係の無い、あの利己主義に腐り切った東京の魔法少女社会では…無理ですね」

 

「国や地域次第でこうも制御が難しい。だから社会学に正解はない…社会工学など傲慢だ」

 

「価値観の押し付けにしか繋がらないんだね…それだと大きな反発に合うだけだよ」

 

「20世紀のソ連が期待した共産主義革命は…世界で起きなかった。理由もよく分かるだろ?」

 

「社会に生きる人間が…歯車のように潰される社会だなんて、平等や博愛があっても嫌だよ…」

 

「自由を優先した私の治世と…秩序を優先した十七夜の治世。先に壊れたのは…十七夜だったわ」

 

「十七夜を責めてやるな…あたしだって、東の荒くれ魔法少女を従わせるには…力しかない」

 

「同じ意見だ、かなえ。荒くれ者しかいない東京の魔法少女社会は…これからも力の統制がいる」

 

「社会の舵取りって…難し過ぎるよね。正解が見えてこないよ…」

 

「中庸のバランスこそが大事だが…その舵取りは困難を極めるだろう。それでも…やらせてくれ」

 

会話を終えた皆が立ち上がる。

 

「興味深い話だったわ、尚紀さん。暇が出来たらみかづき荘に寄ってね、勉強させてもらうわ」

 

「尚紀でいい。戸籍上は23歳だが…お前やみふゆと並ばされたら俺の方が年下に見られる」

 

「フフッ、悪魔って羨ましいわね。これから先も子供の姿でいられるだなんて」

 

「よくない…あたしとメルは悪魔になったけど、やちよやみふゆと一緒に…年齢を重ねたい…」

 

「あ~その件でですね、尚紀さんに引き続き相談があるんですよ~悪魔のボク達!」

 

「まだあるのかよ…取り合えず俺は家で読書をしたいから、要件なら家で聞く」

 

「わ~い!尚紀さんの家に上がれる!ケットシーやネコマタをモフっていいですか~?」

 

「ケットシーから聞いた…家に地下があるって。羨ましい…今度楽器の練習に行っていい?」

 

「…好きにしろよ。お前らも悪魔になったし、同じ悪魔の家なら正体を隠さなくてもいい」

 

去っていく悪魔たちの後ろ姿を見送る魔法少女達。

 

「これから…どうなっていくのかしらね…私達の魔法少女社会って…」

 

「悪魔の存在は…私達の社会にどんな恩恵と…脅威をもたらすのでしょうね?」

 

「それでも…私は悪魔を信じたいよ。だって尚紀は、悪魔だけど……」

 

――魔法少女に手を差し伸べてくれた悪魔なんだから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

初めて悪魔になった事もあり、戸惑いを見せる元魔法少女のかなえとメル。

 

2人の不安な気持ちを察し、先に悪魔となった魔法少女の現身達に連絡を入れる。

 

尚紀の家には現在、タルトとリズの姿もあった。

 

「初めましてかしら?私はリズ・ホークウッドで…こちらはジャンヌ・ダルクよ」

 

「よろしく…。それと…ジャンヌ・ダルク…?」

 

「世界史の有名人と同じ名前じゃないですか~!?」

 

「同じ名前というだけです。それに…タルトで構いません。皆さん、よろしく」

 

「…リビングで座ってろ。何か飲み物でも淹れてやる」

 

「お構いなく~♪うわ~凄いオシャレなリビングですよ~かなえさん!!」

 

「はしゃいだら迷惑…でも、地下がどうなってるのか、あたしも見に行きたい」

 

別荘として機能していたログハウスにはしゃぐ者達を見て、リズはオーバーに両手を広げた。

 

家の探索を終えた頃には珈琲を淹れてきた尚紀がやってくるのだが…。

 

「…どうした、リズ?」

 

受け取った珈琲の匂いを嗅いだリズだが不満な表情を浮かべてくる。

 

「…ハチミツを淹れたのかしら?」

 

「珈琲にハチミツだと…?」

 

「ハチミツを淹れない珈琲を飲んでるだなんて…泥水を飲んでるようなものよ」

 

「そ、そこまで言うか…お前…」

 

「すいません、うちのリズはハチミツに目が無くて…。なんでもハチミツをかけるんです」

 

「そんなハイカロリー生活なのに、こんなスレンダーな体系を維持してるのかよ…」

 

「大丈夫、太った分だけ運動して痩せるから」

 

フンスと鼻息の荒い無表情なドヤ顔を見せてくる造魔に対して、彼も苦笑い。

 

「…かつての世界の仲魔にもいたよ。ハチミツが大好物な…地獄の番犬がな」

 

「犬のくせに味覚が優れているわね。会ってみたいものね、その地獄の番犬と」

 

「名はケルベロス。神話の中でも、あいつはハチミツを練り込んだ菓子が大好きな甘党だったな」

 

席に座り、珈琲を一口啜り終えたメルが口を開く。

 

「その…ボク達も悪魔になったお陰で、新しい力に目覚めることは出来ましたが…」

 

「うん…流石に魔法少女時代の固有魔法は…無くしたみたいなんだ」

 

不安を感じる者達に向けて、先に悪魔となった魔法少女の現身達が口を開く。

 

「悪魔の魔法と魔法少女の魔法は違う…私の今の魔法だって、生前のリズのものではないわ」

 

「私の光の魔法も…生前のタルトのものではありません。悪魔の力で真似をしてるだけです」

 

「便利だったんですけどね~…以前のボクが身に着けていた未来誘導の固有魔法」

 

「アレは…ある意味危険過ぎる固有魔法。やちよからも多様するなと言われる程に…」

 

「う~…でも、ボクには新しい悪魔の力があるんです!なんと先が視えるんです!…断片的に」

 

それを聞いた尚紀の脳裏にはマネカタの長であったフトミミの姿が浮かぶ。

 

(フトミミと同じ力が…特殊なマネカタとなったメルにも宿ったというのか…?)

 

「これはチャンスですよ~!運命を操作出来なくても、視える事で望む未来を誘導する事が…」

 

「はぁ…やちよに説教してもらわないと。全然懲りてない…」

 

悪魔の魔法の力に浮かれる元魔法少女達。

 

そんな者達に向けて釘を刺すのが悪魔となった魔法少女の現身たちの役目であった。

 

「ねぇ…貴女達。魔法少女達に魔力回復が必要なように、悪魔の私達にも魔力回復がいるの」

 

「えっ…?ま、まぁそうですよね。どうやって魔力を回復させたらいいんですか…?」

 

リズは尚紀に向き直り、彼も首を縦に振って話すよう促す。

 

「悪魔の魔力とは、MAG(マグネタイト)、あるいはマガツヒと呼ばれるの」

 

「マグネタイト…?マガツヒ…?」

 

「魔法少女たちが使ってきた言葉で表現するなら、感情エネルギーと同じ概念です」

 

「あたし達のソウルジェムが生み出してきた…感情エネルギーが…悪魔の魔力…?」

 

「俺もな、この世界に流れ着いた頃は理解していなかった…。悪魔の魔力という概念についてな」

 

<<それを説明したのがオイラ達だニャ>>

 

ケットシーとネコマタがやってきて尚紀の足元に座り込む。

 

「悪魔の魔力とは感情エネルギー。かつての世界では悪魔は実体を持つのが自然だと思ったが…」

 

「現世はボルテクス界のようにはいかないわ。概念存在である悪魔はMAGで召喚されるのよ」

 

「あたし達も…感情エネルギーを用いて…召喚出来たんだ…?」

 

「感情エネルギーで形作られた悪魔は受肉した生命である母親から生まれた悪魔子孫とは違う」

 

「感情エネルギーを補充しないとね…死んでしまうの。人間が食事をしないと死ぬのと同じよ」

 

「オイラ達は悪魔の子孫。感情エネルギーを必要とはしなかったけど…弊害も大きかったニャ」

 

「悪魔の子孫である私達は…MAGが弱すぎた。だから魔法さえ上手く使いこなせなかったわね」

 

「そんな事情があったんですか…?それなら…どうやって感情エネルギーを補充するんです?」

 

「俺は元々感情を生み出せる人間から悪魔になった存在。だから俺にMAGは必要ない」

 

「業魔殿で元の悪魔の力を取り戻した私達はね、尚紀から感情エネルギーを貰ってるの」

 

「チャクラを練り上げるとも言うニャ。なんなら、尚紀はアイテムでもMAGを用意出来るニャ」

 

「それは有限だ。補充が効かない以上、無駄遣いは出来ない」

 

「なるほど…ようはボク達悪魔は感情エネルギーを沢山持っている人から魔力を補充すると?」

 

「どうやって…やるんだろ…?グリーフキューブみたいなやり方なのかな…?」

 

「それについては私達が指導出来ます」

 

「私達はね、マスターが保護してる魔法少女達から感情エネルギーを提供し続けてもらえたのよ」

 

「つまり…ボク達が感情エネルギーであるMAGを当てにしていいのは…」

 

「やちよ…それに、みふゆからだな」

 

「あの2人も魔法少女としてはもういい歳だ。お前達が感情エネルギーを吸い出してやれ」

 

「つまり…ボクたち悪魔は…()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「うぅ…酷過ぎる例え。あたし…魔獣になったような気分になってきた…」

 

「まぁ…悪魔って概念は、基本的に邪悪なイメージですしね…。うぅ!ボクも辛い!!」

 

「気をつけなさい。ソウルジェムから毎日吸い出してるだけではちっぽけな量にしかならない」

 

「大きな魔法を使えば使う程、MAG不足になります。そうなれば…魔法少女の負担も増します」

 

「そうですね…毎日絶望死に近い程の感情の穢れを提供してくれだなんて…地獄ですよね」

 

「ある意味、()()()()()()()()()()()()()()()()…ってとこなのかニャ?」

 

「サマナーのナオミから聞いたが…悪魔召喚師の修行とはチャクラである感情と魂を練る事だ」

 

「ソウルジェム…それは人の魂が別の器に入れられた品。宇宙を温めるエネルギーという名の薪」

 

「感情の穢れた熱が宇宙だけでなく悪魔の存在まで延命してくれる。…因果なもんだな」

 

感情の穢れを象徴するのは七つの罪を司る悪魔達である。

 

感情の穢れという罪を喰らえば喰らうほど強くなれる悪魔達ならば欲するだろう。

 

「穢れを生み出す()()()()()()()()()()()()()…。俺達悪魔にとっては…()()()だ」

 

彼はつい口走ってしまった。

 

周囲を見れば恐ろしい何かを見つめるような視線が集まってくる。

 

「…すまない、例えにしても不謹慎だった。さっきの言葉は忘れてくれ…」

 

席を立ち窓を開け、ウッドデッキで煙草を吸い始める彼の後ろ姿を心配そうに見つめる少女達。

 

そんな彼の姿を見つめていたタルトがリズに念話を送ってくる。

 

<リズ…彼はまさか……>

 

<そのまさかだと思う…。あんな言葉は魔法少女のソウルジェムを味わった悪魔だけが言える>

 

<彼は…優しい悪魔なんでしょうか?それとも…皆を欺き……>

 

<その先は詮索しない方がいい。彼の行動を見てそんな人物ではない事ぐらい分かるでしょ?>

 

<…そうですね。口では何とでも言えても、人間を守り抜いた人が…そんな真似をするはずは…>

 

<それでも…彼は魔法少女の魂を食べている。矛盾した存在ね…>

 

<人なのか、悪魔なのか…。その狭間を生きる存在が…人修羅と呼ばれる悪魔……>

 

周囲の女悪魔達が黙り込んでいたが、かなえの重い口が開く。

 

「なぁ…メル。これってもしかして…チャンスじゃないのかな?」

 

「ボクも同じことを考えてました。ボク達は死なない限り、永遠不滅のグリーフキューブ…」

 

「なら…やちよもみふゆも戦う必要はない。生きてくだけで穢れるソウルジェム問題は解決する」

 

「はい…。ボク達悪魔が魔法少女に人間としての人生を与えられるんです」

 

「悪魔になれて…よかった。やちよとみふゆに救われた、あたしの人生…やっと恩が返せる」

 

かなえとメルは安堵した表情を浮かべる。

 

しかし、タルトとリズは違った。

 

<…それと同時に、悪魔は魔法少女を襲う存在なのよ。ソウルジェムを求めてね>

 

<私たち悪魔の可能性とは…魔法少女達にとって、どちらに傾いていくのでしょうね…>

 

――魔法少女の人生を救う救世主か。

 

――魂を弄んで喰らう…ただの悪魔か。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ウッドデッキで煙草を吸いながら外の景色を見つめる光景が続いていく。

 

尚紀の目線が舗装された山道に向いた時、溜息が出た。

 

「…今日は千客万来だな。しかも魔法少女のお客さんかよ」

 

煙草を指で弾き、宙で燃やして灰にしながらデッキから下りていく。

 

小高い丘の山道を歩いてきたのは御園かりんであった。

 

「この道であってるのかな?みたまさんから聞いたのは良いけど地図アプリだと分かりにくいの」

 

舗装されているが鬱蒼とした山道を歩きながら溜息をついていた時、目当ての人物が現れる。

 

「お前は…たしか調整屋共を匿っていた魔法少女か?」

 

「えっ!?び、ビックリしたの!!」

 

俯いていた視線が合わさり、後ろに何歩か後ずさる。

 

悪魔に怯えている態度を見て、家の中にいる悪魔少女達と合わせるのは面倒事になると判断。

 

「家の庭に落ちてる落ち葉を掃除していた。今日は何か用事で来たのか?…え~と」

 

「み…御園かりんなの…じゃない、かりんです。あの…ここの住所はみたまさんに教えてもら…」

 

「要件を手短に言ってくれないか?今日は客が何人か来ていてな…俺も忙しい」

 

「そ、そうなの…?間が悪かったの……」

 

「それで?悪魔の家に恐る恐るやってきたお前の要件はなんだ?」

 

緊張していたが、それでも彼女は仲魔とも言えるジャック・ランタンから彼の事は聞いている。

 

何もしていない魔法少女を突然襲うような悪魔ではないと知っているからこそここに来た。

 

「それは…その、アリナ先輩の件で来たの……」

 

「アリナ……」

 

彼の脳裏にアリナが走り去っていく光景が浮かぶ。

 

「その…前は疑ってごめんなさいなの。悪魔だから…アリナ先輩を誘拐しただなんて疑って…」

 

「…お前の先輩の行方を捜しているのか?」

 

「アリナ先輩は…栄区にあるギャラリーグレイの一人娘なの。社会人なら知ってると思うけど…」

 

「…栄区で起きたあの悲惨な火事か?」

 

「…先輩の葬儀に行ったの。でも、おかしいの…遺体が残る葬儀だなんて…ありえないの」

 

「遺体を確認はしたのか?」

 

「棺は…遺体の損壊が酷くて開けてもらえなかったの。でも、多分……」

 

「…言いたい事は分かったが…俺はアリナと呼ばれるお前の先輩の行方までは…知らないな」

 

それを聞いたかりんの表情に落胆が浮かぶ。

 

彼はアリナが生きているのは知っている。

 

だが、彼女が関わっている組織が如何に危険な組織なのかも知っている。

 

だからこそ、ただでさえ命の危険に晒されたままの魔法少女に重荷を背負わせまいとした。

 

「俺は探偵をしているが…流石にボランティアで人探しは無理だな。うちも人手不足で困ってる」

 

「そう…。な、何かアリナ先輩のことで分かった事があったなら…連絡して欲しいの」

 

「何処に連絡を入れたらいいんだ?」

 

「私の携帯番号を教えるの」

 

「…勘弁してくれ。お前も年頃の少女だろ?」

 

「えっ…?あっ……ごめんなさいなの」

 

「よく知らない男にプライベート情報を教えるな。どうせなら、お前の方から俺に連絡をくれ」

 

ポケットから名刺入れを取り出し、かりんに名刺を一枚渡す。

 

「聖探偵事務所の探偵……嘉嶋尚紀さん?」

 

「フルネームで呼ばなくてもいい」

 

「嘉嶋さん…その、本当に私…アリナ先輩が生きているって…信じてるの」

 

「……そうか」

 

「だから…だからお願いなの!ほんの少しの情報でもいいから…分かった事を教えて欲しいの!」

 

「…アリナ・グレイか。覚えておく」

 

深々と頭を下げ、彼女は俯きながら去っていく。

 

彼女の姿が見えなくなるまで見送った彼は溜息をついた。

 

――アリナはそんな腐った社会を捨てた。

 

――社会的には死んで…初めてアリナは自分を確立出来た。

 

――アリナはアリナを確立し、迷わずアリナの美を実践出来る。

 

空を見上げ、すれ違った彼女の道に思いを馳せる。

 

「…お前の正しさは、お前が決めていい。だがアリナ…お前の事を本気で心配してくれる奴を…」

 

――捨てていってもいいのか?

 

かりんの後ろ姿は、かつての世界で大切な親友達に置いて行かれた自分の姿と重なって見える。

 

家に向かって歩き始める彼が口を開く。

 

「…お前がイルミナティの側につくなら、俺達はいずれ…戦い合う日もくるだろう」

 

アリナが己の正しさを信じ、人間社会に危害を加える道を進むならば容赦なく殺す。

 

だが、それを考えた時…右手首に巻いた数珠が重く感じた。

 

「…涼子、俺のエゴは消えないだろう…。そして、俺の戦いの道に終わりもない…」

 

いずれアリナと戦う時、人間の守護者としてアリナを斬るかもしれない。

 

それでも過ちを起こした者として、尚紀は対話を諦めないだろう。

 

それでも義憤の感情に飲み込まれ、敵を殺したいエゴに囚われる恐怖を尚紀は感じていた。

 

「もう俺に…誰かの大切な友達を…()()()()()()()()()()()()…」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

アリナの事やこれからの神浜魔法少女との関係を考えていたら尚紀は落ち着かなくなった。

 

「少し街に行って夜風に当たってくる」

 

「大丈夫なのかニャ…?今の神浜は物騒過ぎて、オチオチ外にも出られないニャ」

 

「みんな同じ気持ちよ。だからこそ…今の神浜の外は寂れているとも言えるわね…」

 

「…行ってくる」

 

家から出た彼は徒歩で神浜の街に向かう。

 

北養区の街を歩いていた時だった。

 

「あっ……」

 

出会ってしまった人物とは、殺し合った神浜魔法少女の一人である十咎ももこ。

 

「…お前か。なかなかのパワーファイターだったよ。俺の体に刃を食い込ませる程のな」

 

彼女を襲うつもりはないが、それでも護身の構えは崩さない。

 

「…そう警戒しなくてもいい。もうアタシは…お前を襲うつもりはないからさ」

 

戦意を感じない彼女を見て、体の軸をずらして人体の急所を隠した構えを解く。

 

「本当に…ごめんな。アタシ達は…なんて馬鹿な戦いを繰り返したんだろう…」

 

「…謝らなくていい。俺だって、お前達をそこまで追い込んでしまった責任がある」

 

「アタシは…お前を殺そうとした。それなのに…アタシの大切な仲間を…見つけてくれた」

 

「大切な仲間…?」

 

「安名メル…。アタシがレナと組むよりも前に組んでた…チーム七海の大切な仲間だよ」

 

「メルか…。俺は探偵としての職務を果たしたまでだ」

 

「隠さなくていいって。メルは円環のコトワリに導かれたんだ…それを甦らせれたのは…」

 

「…悪魔の裏技だと言っておこう。生き返らせてやらないと…俺の家がメルとかなえに祟られる」

 

「アハッ♪幽霊も見えるんだ?メルは占いやオカルト好きだし、憑りつかれたら厄介だったよ♪」

 

「テレビを見てたら突然頭が出てくるなんて光景は見たくないからな」

 

「それに…かなえさんまで生き返らせてくれた。やちよさんね…あの2人を亡くしたから…」

 

「…自責の念に駆られて、仲間を遠ざけたか?」

 

「うん…でも、あの2人は帰ってきた。だからもう…やちよさんが仲間を拒絶する理由もない」

 

「チーム七海復活…と言ったところか?」

 

「神浜を荒らした悪魔は…多くの命を奪った。それと同時に…少しの命を返してくれた」

 

「……………」

 

「悪魔って存在…アタシは今一掴みかねてるけど、これだけは言えるよ…」

 

――人修羅と呼ばれた悪魔が、やちよさんやアタシ達を…もう一度繋いでくれた。

 

――環の輪に…してくれたんだよ。

 

それを聞けた尚紀の口元も自然と笑みが浮かぶ。

 

「ねぇ、お前とか言うのもなんだからさ…ちゃんとした名前教えてよ?」

 

「人間としては嘉嶋尚紀と名乗ってる」

 

「嘉嶋さんかぁ…社会人なのに見た目はアタシとそう変わらないよね」

 

「戸籍上は年上だが、敬語はいらない。好きなように扱え」

 

「ねぇ、嘉嶋さん。探偵として…ちょっと相談に乗って欲しいんだ」

 

「それが…こんな夜更けに魔法少女独りで物騒な外をうろついてる理由なんだろうな」

 

2人は北養区の公園に移動し、ベンチに座って向かい合う。

 

「実は…人を探してたんだ。探してる人物は……」

 

「もしかして…東の長をやっていた和泉十七夜か?」

 

「流石探偵さんだね、十七夜さんの事も調べがついてたんだ?」

 

「9月に探偵事務所を神浜に引っ越してきてからは…魔法少女社会の現地調査を繰り返していた」

 

「十七夜さんは…クドラクと呼ばれる吸血鬼悪魔に襲われて…行方不明になった」

 

「吸血鬼悪魔…質の悪い悪魔に襲われたようだな」

 

「彼女は…噛まれてしまった。水路に流されて…今も行方知れずなんだよ…」

 

「…考えられる状況の中で最悪だ。男を知らない女だったのなら…彼女は既に吸血鬼だろう」

 

「アタシ達が…もっと早くに十七夜さんの元に間に合っていたら……」

 

「過ぎた事だ…これからの事を考えてやれ」

 

「アタシ…絶対に十七夜さんを見つけ出す。そして……」

 

「…見つけた時、お前の知っている十七夜ではなくなっていたら?」

 

「…その時は、()()()()()()さ。アタシはまだ人間社会を守る正義の魔法少女でいたい」

 

「…みたまが苦しむだろうな」

 

「調整屋の事を知ってるの?アイツと月咲さんを裁こうと現れただけの悪魔だと思ってたよ」

 

「あいつの保護者を頼まれた。俺にこれからの人生の脅威となってくれだとさ」

 

「調整屋らしい…潔い覚悟だよ。アタシだって辛い…それでも、正義を貫きたい…」

 

「妥協できない正義…か。真っ直ぐな瞳をしてるもんな…お前」

 

「今は…手がかりさえ掴めてない。だからさ…探偵の嘉嶋さんにも調査依頼を…」

 

「手付金をくれるのか?」

 

突然大人の事情を聞かされたももこの顔に焦りが浮かぶ。

 

「えっ!?お金をとるの!」

 

「当たり前だろう?個人でやってる探偵事務所だが、ボランティアやれと言われたら所長も怒る」

 

「参ったなぁ…バイト代は夏に使い込んだし…探偵の手付金の相場も知らないし…」

 

「…仕事の合間で十七夜の存在に関する何かを見つけたら…教えてやるよ」

 

「本当に!?よかったぁ…相談して。そうだ、アタシの携帯番号を……」

 

「…これで二回目だ。年頃の少女が無防備な姿をよく知らない男に見せるなよ」

 

「えっ…?あっ…それもそうだね…ごめん」

 

「お前にも名刺を渡しておく。お前の方から俺に連絡をしてこい…個人情報が見えないようにな」

 

「フフッ♪嘉嶋さんって、意外と少女に優しいじゃん?これが大人の対応なのかなぁ…」

 

「…いつもの俺でいて欲しいなら、これからの神浜魔法少女社会を頼んだぞ」

 

「うん!もう過ちは繰り返さないって約束する…だからこそ、アタシ達は新しい長を迎えたんだ」

 

名刺を一枚渡した後、彼女は手を振って去っていく。

 

沈黙したまま後ろ姿を見送った尚紀であるが、何回目になるか分からない溜息が出た。

 

「…やれやれ。今回の騒動で行方不明者だらけになったか…」

 

警戒心を解いてくれたももこは気さくな性格だった。

 

そんな彼女と話せたことで落ち着きがなくなっていた気分を紛らわせる事も出来たようだ。

 

踵を返し、彼も自宅へと帰っていった。

 

諺の中にはこんな言葉があるのを知ってるだろうか?

 

二度あることは三度ある。

 

……………。

 

11月最後の週となる一週間が始まる月曜日。

 

事務所ガレージに停めたクリスから降り、二階事務所に入るのだが…。

 

「……………」

 

見れば所長の机に身を乗り出している少女達がいる。

 

「ちょび髭おじさん…()()()という遠い地から遥々やってきた私達に向けて…帰れって言うの?」

 

「ちょっと、呉?このオッサン殴ってもいいかしら?」

 

「おいおい穏やかじゃないな!?それに…子供の依頼を受ける探偵事務所が何処にある!」

 

「見滝原の警察は当てにならないし、探偵も当てにならなかったからネットで探して来たのに…」

 

「こんな薄情な探偵事務所だったなんて…無駄足の電車賃払って欲しいぐらいねぇ…」

 

「コイツ、刻もうよ小巻?」

 

険悪な空気もそよ風のようにして瑠偉の元に歩きより状況を確認。

 

(見滝原の郊外にある五郷の家から突然いなくなった友達を探して欲しいんですって)

 

(また依頼人が子供の人探し案件か…?これで三度目なんだがなぁ…)

 

(あら?他にも相談があったなんて景気のいい話でいいじゃない)

 

(…ちゃんと手付金を払える奴だったらな)

 

2人は前に向き直り、暴力沙汰を仕掛けるつもりなら止めに入る態勢である。

 

「いい加減にしろ!大人の世界はな…ちゃんと金払ってくれるか分からない事には関わらない!」

 

金というワードが出た途端、呉と小巻が顔を見合わす。

 

黒髪の少女の横顔を見た尚紀は目を見開いた。

 

――やぁ、ずぶ濡れのお兄さん。君は避難しないのかい?

 

その人物とは、魔法少女が魔女に成り果てる世界の頃に出会った事があった人物。

 

(こいつ…たしか美国織莉子からキリカと呼ばれていた人物か?この改変世界では初めて会うな)

 

短気だった彼女の隣にいる人物にも目を向けるが、織莉子が語った仲間なのだろうと判断する。

 

(こいつらが捜している人物ってのは…おそらく美国織莉子だろうな…)

 

注意深く2人を見つめていた時、小巻が手持ち鞄を開ける。

 

見れば取り出したのは大きな紙袋であり、中には何かが入っているように膨らんでいた。

 

「ちゃんと金払えば美国の捜索をやってくれるのなら…払う用意ぐらいはしてるわよ」

 

乱暴に所長の机に放りだされた紙袋。

 

「払う用意って…子供らしい豚の貯金箱でも入れてきたのか?」

 

紙袋の中身を見た丈二であったが、そのまま体が固まった。

 

「おい…丈二?」

 

心配した尚紀が声をかけるが、錆びついたゼンマイのような音を立てながら振り向く。

 

「……あ~瑠偉?この方々に珈琲を淹れてあげなさい」

 

「えっ…?べ、別にいいけど…」

 

「それと、尚紀。この方々を応接室に案内してくれ。俺とお前でこの方々の依頼を受ける」

 

「マジかよ!?子供の依頼は受けないんじゃなかったのか!」

 

「出すものを気前よく出してくれる方々に粗相は出来ないのだよ。これも大人の世界だ」

 

紙袋の中に入っていたのは、手付金として用意した500万円分の札束であった。

 

「いや~小巻の家が大金持ちでよかったよかった♪さすが白女はブルジョア集団♪」

 

「私だって…痛い出費なんだからね?それでも美国を探しだせるなら、払ってあげるわ」

 

「それでこそ、織莉子や私のお供というものだよ~小巻?」

 

「お供って何よ!?私をペット扱いする気なら…喧嘩買ってやろうじゃない!!」

 

突然喧嘩を始める2人に振り回される聖探偵事務所の職員達。

 

この時より始まるのは行方不明になった者達の物語。

 

それは遠からずに起こるだろう、東京の惨劇へと続く前日譚である。

 

魔法少女達に降りかかるこの世の地獄。

 

今こそ明らかになるだろう。

 

秘密結社と呼ばれる存在達の闇を。

 




読んで頂き、有難うございます。


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131話 酒は飲んでも飲まれるな

これは見滝原の少女達が聖探偵事務所に訪れる日の前日の話となる。

 

日も昇り切らない日曜日の早朝。

 

尚紀は日課の運動に向かうために起床し、ストレッチと筋トレを終えた後に出発。

 

ランニングにはいつもの如く武道仲間の志伸あきらが合流するのだが…。

 

「……なんで、お前までいる?」

 

見ればあきらの隣にいた人物とは水名区の武道仲間である竜城明日香であった。

 

「おはようございます、尚紀さん!早朝ランニングもおつなモノですね♪」

 

「何で…俺が早朝ランニングをしていると知って……あきら?」

 

彼が首を向ければ、彼女はボタボタと嫌な汗が吹き出す。

 

「アハ…ハハ…ランニング仲間は多い方が楽しいよね!」

 

「……口の軽い奴め」

 

「ずるいですよ!私だけ除け者にして秘密鍛錬だなんて!共に武道の道を歩きたいものです!」

 

「いや…あきらも美雨も勝手についてきてるだけなんだよ」

 

「そんな釣れない事を言わないでよ~尚紀さん!武道仲間は多ければ多い程いいし!」

 

「私も競技用薙刀を持ってきましたからね!公園での武術稽古の時はご指導お願いします!」

 

「スポ根娘共に振り回される……」

 

溜息をつき無言で走っていく。

 

ランニングをするだけなら文句もそこまでないのだが、悩みの種はついていけない女子トーク。

 

「それにしても…ランニングをしてると胸が痛くなってくるよね」

 

「胸囲が大きい程…クーパー靭帯に負荷がかかりますし…10代の成長期は特に痛むんです」

 

「明日香ぐらいオッパイが大きいとスポーツブラを探すのも大変でしょ?」

 

「うぅ…知らない間にこんな胸囲になるだなんて!毎日牛乳を飲んでたせいでしょうか?」

 

「まぁ…ボクも武術家として骨太になろうと毎日飲んでたせいか…胸が揺れて辛いんだよねぇ」

 

「参京の陸上部に参加してる葉月さんも胸が大きいし、何かお薦めブラを紹介してくれるかも?」

 

「そうだね~今度会った時に聞いてみようよ。…って!?尚紀さ~ん!置いてかないで~!」

 

(これがあるから…女子共の輪の中には入り辛いんだよ…)

 

2人に追いつかれた彼が溜息を出していたが、不意にポケットからスマホを取り出す。

 

「どうかしたんですか?」

 

「葉月の名前を口に出したから思い出した。嘉嶋会の理事長スケジュールを毎週送って貰ってる」

 

「え~?葉月さんに秘書みたいな仕事を与えてるんですか~尚紀さんは?」

 

「あいつ料理上手だけかと思ったらスケジュール管理も達者でな。願い出たから許可を出した」

 

(…尚紀さんがスケジュール管理能力が無い人だって思われたのかも?)

 

「嘉嶋会や傘下のFX企業の財産管理やスケジュール管理は、このはと葉月にも協力して貰ってる」

 

「それだけあの2人を信頼してるってことなんだね~」

 

「まぁな…。あの2人は孤児を救いたい俺達にとっては将来にわたって続くだろう宝物だよ」

 

無駄話をしていると南凪区も近づき、美雨の姿も見えてきた。

 

合流した皆が残りのランニングコースを走り続ける。

 

ランニングを終えた皆がいつもの公園に集合し、日課の組手鍛錬を開始。

 

早朝時間も過ぎていき朝日が見えてきた頃…。

 

「おはようございます、皆さん」

 

声がした方に皆が振り向けば、歩いてきたのは常盤ななか。

 

「どうした、ななか?というか、よく俺達がここで朝練してると……あきら?」

 

彼が首を向ければ、彼女はボタボタと嫌な汗が吹き出す。

 

「アハハ……ななかも朝練参加しない?って誘ってみたんだけど…断られたんだぁ」

 

「すいません、私は遅くまで勉強がありますので…流石に参加は難しいかと」

 

「無理をする必要はない。それより、今日は朝早くから用事か?」

 

「ええ…その……実はですね」

 

皆が練習を中断し、椅子に座って向かい合う。

 

「長としての資質について悩んでいる?」

 

「はい…私は小さなチームを率いた経験はありますけど…社会の舵取りをした経験はないので…」

 

「それを俺に相談しに来るのか?前まで長をしていた魔法少女連中に相談すればいいだろ?」

 

「尚紀さんは嘉嶋会理事長を務めている人です。リーダーシップについてお詳しいと思いまして」

 

「忘れそうになるけど、ナオキはNPO法人という共同体の長をやてる奴だたネ」

 

前までの長以上に頼りにされるのは、それだけ尚紀に信頼を寄せてくれている証。

 

彼もななかの気持ちを汲み取り、静かに口を開いた。

 

「長という為政者はな…哲人である必要はない。義務教育課程修了程度の常識人であればいい」

 

「そ…それぐらいでいいのですか?私はもっと知的で思慮深い者だと考えてました…」

 

「大切なのは…人の心の痛みを理解出来る者。最低限の品性や己の役職や権限の理解ある者だ」

 

「割と…基本的なイメージを提案してきますね」

 

「その基本さえ出来ていないのが日本の為政者共だ。ロジカルな思考も誠実さもない詐術師共さ」

 

「いつの間に長の正しいイメージが、ネガティブなモノにすり替わってきたのでしょうね…」

 

「平成30年間の政権与党を切り盛りしてきた連中が…イメージを変えてきたのさ」

 

「日本にとっては…失われた30年って言われてるよね…」

 

「相手の論理を躱す目眩しや、その場を凌ぐ詐術に長ける事が政治家の資質にされちまったんだ」

 

「日本の国会も…十分な審議を尽くしている場とも思えませんしね…」

 

「数だけで押し切る政治にしかならなくなった。こんな不誠実な存在にだけは…長としてなるな」

 

得心がいったのか、真剣な眼差しを尚紀に向ける。

 

「承知しました。誠実な長を目指すべく…これからの人生を邁進していきます」

 

「自分も人間という共同体の一員。魔法少女もまた共同体の一員だと心に刻んでいけ。忘れるな」

 

「はい、分かりました!魔法少女だけ得する治世を否定し…共同体皆が救われる道を考えます!」

 

「それだけ理解出来ていればいい。共同体の長として俺から言えることは…こんなところだな」

 

腕を組んでいたのを解き、立ち上がって見れば周囲から拍手の音。

 

「やっぱり尚紀さんはボクの目標だ♪こんな風に…社会を大切に出来る存在になりたいなぁ」

 

「義を見てせざるは勇無きなり…が、あきらさんの信条でしたからねぇ♪」

 

「私もナオキのような道を目指し、蒼海幇という共同体の一員として精進していくネ」

 

安心した彼女達を見回し、ななかの眼鏡が怪しく光る。

 

「そうだ、皆さんが朝練してると聞きましたので…スポーツドリンクを作ってきたんですよ♪」

 

皆の体に電流が走る。

 

冷や汗を流しながら彼女を見れば、肩に下げていた大きな水筒を開けようと…。

 

「……あ、今日の俺は嘉嶋会に行く準備があったんだ。先に帰るわ…」

 

「ボクも…今日は日曜稽古の指導員として参加する予定だったんだ…帰らなきゃ帰らなきゃ…」

 

「わ、私も今日は出稽古の指導員をする日でした…急いで帰らないと…」

 

「私…今日は蒼海幇の集会があたのを忘れてたネ。帰るヨ…大急ぎで!」

 

皆それぞれの言い訳を並べていくが、ななかはにこやかな笑顔を向けてくる。

 

「フフッ♪大丈夫ですよ、皆さん。これは私の伯母様が作ってくれた蜂蜜レモンジュースです♪」

 

ななかドリンクではないと聞かされ、安堵の表情を浮かべていく。

 

「ななか、そういう情報はもと早く言うネ」

 

「焦った~…ななかの猛毒…じゃない、刺激ドリンクは少し味がキツイからねぇ…」

 

「危うくドリンクで自害するかと思いました…。汗も沢山搔きましたから有難いですね」

 

「ななかも客観性に目覚めてくれたか。お前のドリンクは天災…じゃない、味が濃いからなぁ」

 

「紙コップも用意してますんで、良かったらどうぞ」

 

紙コップに注いで貰ったドリンクを皆が一息で飲み干すのだが…。

 

<<ゴハッッ!!!!!>>

 

虹色の吐瀉物を撒き散らし倒れ込む一同。

 

「あ…あら……?」

 

周囲の惨状を見て目をぱちくりさせるばかりの彼女が水筒を見つめる。

 

「あっ……これ………」

 

どうやら、伯母が止めてくれて用意して貰えたドリンク水筒ではなかったようだ。

 

「おかしいですねぇ…シュールストレミングは体にいいと思ってミキサーにかけたのに」

 

常盤ななかが自分の手作りドリンクに客観性を持てる日は、きっと遥か彼方であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

這い這いの体で家路についた尚紀は布団に入り込み、スマホで嘉嶋会を休むと連絡する。

 

「また…ななかの天災に襲われた。悪魔の俺をここまで追い込むななかの飲み物は何だ一体…?」

 

薬箱など用意していない彼は胃薬を買って来てもらうよう葉月にも連絡する。

 

「住所は教えたが…迷うかもしれないか?まぁ、スマホで連絡くれればナビはしてやれるし…」

 

胃のムカつきが収まらず布団から出られない状態が続く。

 

そんな家主を心配して枕横から見つめるのはお供の猫悪魔達であった。

 

「すまんニャ、尚紀。猫にしか擬態出来ないオイラ達じゃあ薬は買いに行けないニャ」

 

「当てにしてないから謝らんでいい…」

 

「かつての世界の回復道具であるディスポイズンで回復は出来ないの…?」

 

「それがな…不思議なことに…全く効果が出ない」

 

「無属性攻撃かしら…?恐ろしいわね、常盤ななかって子は…」

 

「マサカドゥス化したマロガレ飲んでても…防げる気がしないよ……」

 

「しょうがないニャ、昼飯は適当に冷蔵庫の中身でも漁っておくニャ」

 

「そうしてくれ…この前食料も買い溜めしておいたから暫くは持つだろう…」

 

家主を安静にするためにも二匹の悪魔達が部屋から出ていき一階に移動。

 

丁度その頃になって玄関のチャイムが鳴る。

 

「ニャ?葉月姉ちゃんもう薬を買ってきたのかニャ?」

 

「待ちなさい、ケットシー。この魔力なら覚えてるわ…昨日のあの子達よ」

 

ネコマタだけ悪魔化して玄関扉を開ける。

 

「おはよ~ネコマタ!」

 

「おはよう」

 

見れば昨日訪れたメルとギターとアンプを持ったかなえ達が立っている。

 

「あらあら、昨日に続いて今日も来てくれたの?」

 

「ん…この家の地下空間は、楽器練習場として最高の環境だったから…練習したくなって」

 

「ボクはそのお供ですし、それに…」

 

メルが後ろを見ればやちよとみふゆ、それに鶴乃の姿も見えた。

 

「やっほー!万々歳のスペシャル出前をお届けに来ました~!!」

 

「こら、鶴乃…朝っぱらから大声出しちゃダメよ」

 

「おはようございます。ええと…ネコマタさんですか?かなえさんとメルさんから聞いてます」

 

「貴女達は…って!?七海やちよーっ!!?」

 

脳裏に浮かぶのは尚紀と激しくぶつかりあったドライブバトル。

 

ネコマタは猫化して家の奥までトンずらしていった。

 

「…やっちゃん?あの猫悪魔ちゃん…貴女の顔見たら飛んで逃げていったけど…?」

 

「知らないところで何か…トラウマを与えちゃった感じ?」

 

「…思い出したわ。あの猫娘…尚紀とドライブバトルしてた時に乗っていた子だったわ」

 

「あ~……ボク達も七海先輩の背後から見てましたけど、とんだ災難を被ったんですよねぇ」

 

「ん……取り合えず尚紀を……」

 

かなえとメルが扉の中に入ったら今度はケットシーがやってきてメルに飛びついた。

 

「また遊びに来ましたよ~ケットシー♪」

 

ニャ―♪(オッパイ大きいお姉ちゃん達は大歓迎だニャ―♪)

 

メルの胸の中でゴロゴロ首を鳴らすケットシーの声は悪魔化しなければ周囲に伝わらない。

 

常時悪魔化しているとも言える車姿のクリスならばその心配は無いのだが…。

 

「この子も…悪魔なんですよね?」

 

「可愛い!悪魔って猫のような動物にも擬態出来るんだね~」

 

「そうね…今は可愛い猫姿だけど、たしか悪魔姿も猫人みたいな見た目をしてたわ」

 

やちよと目線が合うケットシー。

 

そっと胸に視線を移したケットシーであったが…枯れた大地にそっぽ向いた。

 

「この猫悪魔……私には懐かないわね…私には」

 

「もしかして…ネコマタみたいなトラウマ植え付けちゃいました?」

 

「なんで…やちよの胸に視線を向けたんだろうね…」

 

玄関でたむろしていたが下の騒ぎに気が付いた家主が下りてくる。

 

「お前ら…今日は一体何の用事で来たんだ?」

 

「おはよ~尚紀!万々歳のスペシャル出前をお届けに来ました~!」

 

「注文した覚えはないんだが…」

 

「まぁまぁ、今回はお父さんの奢りだって!これから世話になる人だし受け取ってね!」

 

「今の胃の状態で万々歳の味はキツイが…まぁいい。食える時にレンチンさせて貰う」

 

「昨日見学に来た時…地下を見たけど気に入った。ちょっと使わせて欲しい…」

 

「そのギターとアンプを見れば分かるよ、かなえ。まぁいい…好きに使ってくれ」

 

「フフッ♪そう言ってくれると嬉しい…あたし、友達少ないから……」

 

「それと…お前らまでこいつらについて来てうちに来たのかよ?」

 

「おはよう、尚紀。これから悪魔と共存する立場として…色々聞きたい事も多いのよ」

 

「だから尚紀さんとは…これからも仲良くさせて欲しいです。私達の大恩人ですし♪」

 

「そうか…お前らもあがってくれ。家を見て回りたいなら自由にしてくれて構わない…」

 

「調子悪そうですね~?何か食アタリでもしたんですか?」

 

「…やっぱお前、先の光景が視えるって話は…本当のようだな?」

 

「はい!なんかですね~夢の中で尚紀さんが虹色のゲーッ!…してるのが視えました」

 

「…そりゃあ、とんだ悪夢を見させちまったもんだな」

 

家主はかなえを地下に案内する。

 

残りの女性達は広々としたログハウス内を見学に向かう。

 

地下は前の主人の趣味空間として建造されており、奥のガラス部屋にはワインセラー跡も見えた。

 

「前の持ち主が収集品の置き場所として使っていたようだが…俺は広さを持て余していてな」

 

「凄いよ、ほんと。広い空間だから音も響くし…壁のボードやコンクリートも反射と吸音にいい」

 

「天井も吸音材を使ってると物件屋から聞いた。前の持ち主の趣味部屋だったんだろうな」

 

「至れり尽くせり…尚紀と出会えて、本当に幸運だったよ」

 

「室内武術鍛錬場としての使い道しかなかったが…お前も役立てたいなら俺は構わない」

 

「ありがとう、有難く使わせてもらうからね…」

 

アンプを繋いで練習を開始するかなえの姿を見つめつつ、地下室に置いてあるソファーで寝る。

 

熱心に練習するかなえの姿を見つめつつ尚紀はかつての世界の記憶に浸っていく。

 

(俺も…ギターに夢中になっていた時代が……友達の勇と…一緒に……)

 

胃のムカつきに耐えながら思い出世界に浸っていたが、かなえと目が合う。

 

「音……五月蠅くない…?」

 

「大丈夫だ。…お前とは音楽ジャンルの共通性を感じるぐらいさ…」

 

「そうなんだ…?もしかして、ギターを弾いてたとか…?」

 

「練習していた時期もあった…それでも、今となっては…辛い記憶しか思い出せないな…」

 

「そう……友達からギターを教えてもらってたの…?」

 

「まぁな…。お前は友達から習っているのか…?」

 

それを聞かれた彼女が黙り込む。

 

しかし、表情をあまり変えない彼女だが真剣な表情をして尚紀を見つめてきた。

 

「……あたしが魔法少女として生きてた頃の話…聞いて欲しい」

 

……………。

 

上の階ではログハウス内の見学を終えたやちよ達がリビングでくつろぐ光景が見える。

 

「素敵なログハウスね…地下や屋根裏部屋まであって、私のみかづき荘より豪邸よ」

 

「本当ですねぇ…あんな若いのに、どうしてこんな豪邸に住めるんでしょうね?」

 

「ななかが言ってたけど、尚紀はNPO法人の理事長も務めてるみたいだよ?」

 

「中々に謎が多い人物ですけど…でも、他人の心の痛みを理解してくれる優しい人ですよ」

 

ニャ―(その通りだニャ。尚紀も苦労してるけど心優しい悪魔だニャ)

 

みふゆの膝の上でゴロゴロ鳴いているケットシーを撫でていたみふゆなのだが…。

 

「それにしても、今日は日差しが強い日でしたねぇ。小高い丘の上まで登ってきたから…」

 

「そうねぇ…少し喉が渇いたかも」

 

「下の尚紀に飲み物飲んでいいか聞いてこようか?」

 

「勝手に何か頂いても大丈夫だと思いますよ?ボクが台所を見てきます~」

 

メルが勝手に台所に進んでいってしまう。

 

「ちょっとメル!行儀が悪いわよ!」

 

「フフッ♪メルさんのあの遠慮の無さを見ていると昔を思い出しますね」

 

「そうね…遠慮が無い性格をしてるから東の立場であっても西の私達と組む気になったのよ」

 

台所に来たメルが辺りを探索してみるとキッチンの上に置いてある大型ペットボトルに目がいく。

 

「ん?これって……」

 

話は変わるが、嘉嶋尚紀は酒豪である。

 

度数の高い酒が好みであり、ウイスキー・テキーラ・ウォッカ等を愛飲するのだが…。

 

「麦茶…ですよね?ペットボトルごと外に出して、ポンプつけて飲んでるんですねー」

 

彼女は勝手にグラスを取り出し、ポンプを押しながら人数分注いでしまう。

 

ステンレスの丸盆に乗せ、やちよ達に手渡していった。

 

「しょうがない子ね…飲み終えたら後でグラスを洗ってあげましょうか」

 

「ふんふん……な、なんかこの麦茶…妙な匂いが……」

 

「それじゃあ、勝手にいただきま~す!」

 

メルが淹れたのは麦茶などではない。

 

尚紀が一日の業務を終えた後、風呂から出ていつも飲んでいる晩酌用の品。

 

アルコール度数が40%となるウイスキー。

 

喉も渇き、麦茶だと勘違いした彼女達は一息で飲んでしまったのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

地下の趣味部屋では尚紀とかなえが思い出話を繰り返す。

 

「そうか…望まない暴力時代を救ってくれたのがやちよ達と軽音部だったか」

 

「…愛想の無い三白眼の顔をしてたから…いつも因縁をつけられてきた」

 

「…身を守るために喧嘩に明け暮れていく悪循環の人生か」

 

「小学生の頃からね…。騙し討ちも平気でしてくる…人間不信に陥ってきた…」

 

「それを救ってくれたのがやちよ達であり、音楽だったというわけだな?」

 

「ん…。やちよやみふゆ、それにやちよのお婆さんに救われた。そして…音楽にも」

 

「そうか…いつか音楽の才能が花開くといいな?」

 

「実は…生前に作りかけていた曲も色々あって…それで練習を再開したかった…」

 

「今は学生に復帰したんだろ?また軽音部で頑張ってるのか…?」

 

それを聞いたかなえは視線を逸らす。

 

「…あたしは数年間行方不明扱い。戸籍上の年齢は19歳…それでいて高校一年生からやり直し」

 

「…知っていた人物達は全員高校を卒業しちまったんだな」

 

「ん…それでも、もう一度やり直すために部活に入ったけど…年齢のせいで避けられてる…」

 

「年齢なんて社会に出れば関係なくなる。人間関係で大切なのはな、相互利益だ」

 

「相互利益…?」

 

「お前が利益になる行為をすれば、彼女達も無下にはしない。それを模索してみるんだな」

 

「ん…利益になる行為…。でも、あたしは絡まれやすくて…部活の子にも不利益しか…」

 

「前途多難そうだな…。まぁ、俺が空いている時なら相談に乗ってやる。悪魔同士の縁だ」

 

「…それも、利益になる行為…なの?」

 

「悪い気はしないだろ?こうやって、人間関係を積み重ねていくのさ」

 

「そっか……色々学ばせてもら……」

 

かなえが言葉を言い切る前に上の階から素っ頓狂な笑い声が響いてくる。

 

<<アッハッハッハ!!!>>

 

飛び跳ねて起きた彼とかなえが慌てて上の階に向かうのだが…。

 

「な……なんだ……これ???」

 

「うっ……酒臭い…」

 

もはやそこは居酒屋空間。

 

ボトルからウイスキーを注ぎ、飲んだくれのようにジャブジャブ飲んでいく女性達。

 

「ウフフィツィ美術館~~♪あ~…この麦茶飲んでると~…体が熱くなってきますぅ♡」

 

「アハッ…なんだか、独り頑張ってきたのがバカらしくなってきた…のんびりしようよ~…」

 

「グスッ…十七夜さんがいなくなるなんて…苦手だったけど…バカ…バーカ!バーカ!!」

 

女性陣の酒乱っぷりに唖然とした表情の尚紀と表情を変えないかなえである。

 

「この酒の臭い…まさか!?晩酌用の俺の酒を飲んでやがったのか!!」

 

「大変…全員未成年なのに……」

 

「気にするのそこなのか!?…未成年の飲酒自体は法律の罰則は無いから大丈夫なんだが…」

 

女子会の飲み会が如き光景など初めて見るので、社会人の尚紀も困惑を隠せない。

 

「は~い、梓みふゆ脱ぎま~す♡セクシーポーズが上手でしたら~おひねりくださ~い♡」

 

「ここって居心地いいよね~…もう家に帰りたくないし、魔法少女生活も疲れたな~…」

 

「あぁ…十七夜さん…グスッ…恋愛を知らないままだったから…お互い悪魔になったのかも…」

 

会話が成立しない光景が続く中、衣服を脱ぎだすみふゆから視線を逸らす。

 

「やちよは何処に消えた…?あいつしか止められる奴がいないぞ!?」

 

「あたしがみふゆの酔いを覚まさせてくるから、やちよを探してきて」

 

言われた通り廊下を通って台所に入ってみる。

 

そこで見た光景とは…?

 

「な……なんだ……アレ……?」

 

見れば大きな冷蔵庫の中に上半身を突っ込んで蠢く何かがいる。

 

「お…おい……やちよ……かな!?」

 

体がビクッと震えた蠢く何かが冷蔵庫から上半身を持ち上げていき…。

 

「あ…あぁ……」

 

そこに立っていたのは、顔中を埋め尽くす冷蔵庫の食材の数々。

 

「うぉぁぁぁーーーーッッ!!!?」

 

神や魔王が現れても驚かない彼が悲鳴声を上げてしまう程の異常現場。

 

それを合図にしたのか、勢いよく口の中に吸い込まれていく買い溜めた食料品の数々。

 

「ゲップ……夏も終わって食欲の秋。次は甘いものとコラボしたいわね…」

 

「やちよ…気のせいなのか…?いや、気のせいじゃねーよッッ!!?」

 

彼女を見れば体系がまるっと変わっている。

 

それは明らかに相撲取りの如き肥満姿である。

 

「どうやったら…こんな短時間でそんな人型ベルゼブブみたいなデブ体系になれるんだよぉ!?」

 

「企業秘密よぉ…。それにしても味気ない品ばかりだったし…カレーが食べたいわ…カレー…」

 

「カレーだと!?この期に及んでまだ食う気か!?」

 

「ちょっと出かけてくるわぁ。私は呑み気よりもヒック…食い気よぉ…」

 

デブっとした体を持ち上げ、彼女は軽快にステップしながら家を出ていく。

 

「どうすんだよ…この惨状…???」

 

胃のムカつきも忘れるぐらい思考停止していた時、後ろから酒臭さを放つ女が近寄ってくる。

 

「な~お~き~さ~ん♡♡♡」

 

背後から何者かが抱きつき、背中に感じる柔らかい感触によって彼も戸惑う。

 

「私のポールダンス見ててくれました~?上手く踊れたと思いますから~おひねり下さい♡」

 

「かなえ…俺は後ろの奴を見ていい状態なのか?」

 

みふゆを取り逃がしたかなえが後ろ側にいるが、首を振り諦めた声をだす。

 

「ダメ…上も下も脱いで下着姿。後ろを向いたらぶん殴る」

 

「…かなえ、こいつにきつけの一発を入れてやれ。リビングの棚の上に…飲み切った酒瓶がある」

 

「……了解。そういうのは…得意」

 

「ウフフ~~ン♡尚紀さんは~彼女います?いないなら~立候補しちゃいましょうか~♡」

 

「……悪いが、夢から覚める時間だ」

 

「え~~?」

 

次の瞬間、みふゆの頭に衝撃が走る。

 

「グエーッッ!!?」

 

背中から回した手を放して彼の後ろに倒れ込む。

 

背を見せたまま右手を上げ、サムズアップのハンドサイン。

 

「グッジョブ」

 

「ん…」

 

下着姿のみふゆをかついだかなえが消えたのを確認し、外に出たやちよを追うのだが…。

 

「ん!?逃げたらダメだよ尚紀!ここは新しいキレーションランドになるんだからね!!」

 

「何をワケの分からんことを!?」

 

立ちはだかるのは瞳のハイライトが濁った鶴乃である。

 

「私は生まれ変わった!無敵のツルノBLUE3だよっ!!」

 

「ニチアサ子供番組の見過ぎだろっ!?」

 

「うぇぇぇ~~ん!!尚紀さ~ん…十七夜さんが東にいないよぉ…先も視えないよぉ!」

 

「お前も足に抱き着くんじゃねぇ!!」

 

酒乱の少女達に拘束され身動きが取れない。

 

そんな家主の光景を猫悪魔達は見物しつつ、大きく溜息をついたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

尚紀が家の中で苦戦する中、やちよは息を切らせながら玄関扉を開けて出て来る。

 

「フゥーフゥー…歩いただけで疲れたわ。魔法少女に変身しないとしんどいわね」

 

左手を掲げて変身。

 

その姿は実にまるっとしていた。

 

「フフッ♪ビッグサイズ衣類のオファーが殺到…それに、心なしか胸も大きくなったわね」

 

グラビアモデルの仕事も来るかもとルンルン気分で移動を開始。

 

「フゥーフゥー…歩くのしんどいわ。そうだ、尚紀にバイクを壊されたし…弁償よ弁償…」

 

まるっとしたやちよの視線が向かう先は車庫であるガレージ。

 

「ふんっ!」

 

デブの怪力で無理やりシャッターを開ければヒステリーな叫びを上げる妖怪車がいた。

 

「あーっ!やっぱり!!感じた事ある魔力だと思ったらアタシのボディを焼いたアバズレ…」

 

「ギルティ」

 

「えっ?」

 

突然まるっとした体形が宙を舞う。

 

「ギィニャァーーーーッッ!!!?」

 

ボディプレスがボンネットをめり込ませる殺伐とした光景である。

 

「昨日の敵は今日の友。壊されたバイクの代わりに使ってあげるわぁ」

 

「アタシを盗むつもり!?アタシの体はダーリンだけのもの…って!?」

 

運転席側の扉を剛力でこじ開け、中に入る。

 

「怪力無双ぉぉ~~~っっ!!?」

 

「魔法少女の便利魔法を見せてあげるわ」

 

キーの差込口に魔力を注ぐ。

 

突然車のエンジンが始動し、いつでも発進出来る状態となる。

 

「これが魔法少女の魔法よぉ。その気になれば屋根の上から車操作も…」

 

反撃の如くクリスは座席を前にスライドさせる。

 

「ぐぅ!!?」

 

まるっとした体がハンドルに挟まれ、デブい細目顔のやちよも青い表情。

 

「うぅ…苦しい…!!でも、いいのかしら…?今の私に圧迫攻撃をしかけてきて…!?」

 

「どういう意味よ!?」

 

「……相当な量の虹色が…口から飛び出すわよ?」

 

綺麗好きなクリスにとってそれは悪夢の光景。

 

観念したのか、席のスライドを元に戻す。

 

「わかった!わかったわ!!好きなようにアタシを使いなさいよ!!」

 

「いざ行かん、カレーを食べに!!」

 

壊れたバイクの代わりとして、妖怪車は軽快に搔っ攫われていく。

 

持ち主が家の玄関から飛び出した時には既に遅し。

 

「なんてことだ!!?どうなってんだよ…今日のノリはーっ!!!?」

 

「逃げちゃダメ!一緒にのんびりしようよ~!!」

 

「は!な!せ!!」

 

家主の持ちモノを強奪したまるっこい魔法少女は鼻歌歌いながらクリスを運転中だ。

 

「あんた…酒臭くない?飲酒運転で捕まるわよ!!」

 

「大丈夫よ。こう見えて私は大型バイクだけでなく車の免許も持ってるから」

 

「だから!それが一発免停になるって言ってんの!!」

 

「大変ね。スーパーのポイント10倍デーに間に合わないのは」

 

「心配するポイントがズレてる!!」

 

「それよりも、前方空間から感じる…この香ばしいサンドイッチの匂いは…」

 

(会話が成立しない!)

 

丘の道を上って尚紀の家を目指すのは葉月とあやめである。

 

「尚紀さんってば…またななかのドリンク地獄を味合わされたみたいだね~」

 

「尚紀お兄ちゃん…メシマズ魔法少女達から呪われてるのかなぁ?」

 

「このはもね~…新作料理を尚紀さんに食べさせる気満々だし…」

 

「あちし…尚紀お兄ちゃんには悪いけど、毒見役を変わってくれて…凄く嬉しい」

 

「は…はは……アタシも同じ気持ちだよ、あやめ」

 

胃薬を入れた袋を抱えた葉月と、胃を壊した彼のために作ったサンドイッチを籠に入れたあやめ。

 

2人が丘を登っていく時…。

 

「あれ…あの車って…尚紀お兄ちゃんの……」

 

「ちょっと待って!?乗ってる人…あれってまさか!!」

 

猛スピードで横を通り超えていく。

 

「まるっとしてたけど…あれってまさか…やちよさん!?」

 

「魔法少女衣装は同じだったよね…?って…あれ?あちしが持ってた籠はどこ!?」

 

通りの道に出たクリスの車体はカレーを求めて全速前進。

 

車内にはあやめのサンドイッチ籠を強奪したまるっこい魔法少女が暴飲暴食中である。

 

「サンドイッチはおやつね…おやつ。あっさり味付けで食べやすいわぁ」

 

「食いカス落とすんじゃないわよーっ!!!」

 

こうしてまるっこい魔法少女は失ったバイクの代わりとなる足を手に入れたのであった。

 

「……に、なると困るんだよぉ!!」

 

葉月とあやめも合流し、酒乱の鶴乃を取り押さえてもらう。

 

その間に動かすのは酔っぱらってはいるが先を視通す透視能力を持つメルなのだ。

 

「頼むメル!!あの出る作品を間違えてそうなやちよの行方を見つけ出してくれ!」

 

「ウイ~ヒック……う~むむむ……」

 

両手の人差し指を頭につけ、蟹股で気合を入れた姿で未来を視通す。

 

「……むっ!視える…視えてきましたよ!!」

 

「あいつの行先が分かったか!?」

 

「視えたのは……こ、これは!?」

 

「何が視えた!?」

 

「これは…デザートの…大食い大会の光景!?ボクも行きたい!」

 

「何しに行ったんだよ…あのデブ女ぁ!?」

 

その頃、まるっこい魔法少女は嘉嶋邸の近くにある洋食屋のウォールナッツにいた。

 

店内にいるのは、まなかの地域復興イベント企画を聞きつけてやってきたもう1人の大食い女だ。

 

「フフッ♪ウォールナッツの味の評判は聞いてたわ。今日のイベントを楽しみにしてたのよ」

 

大食いバトル用の特大ケーキの前に座るのは燃費が悪い凄腕サマナーのナオミである。

 

「それでは!10分以内ですよ~!!張り切っていきましょう!!!」

 

まなかのスタート掛け声が喉から出るよりも先に音をたてたのは店の扉。

 

「なっ……!?」

 

逆光と共に現れたのはまるっこい魔法少女の姿。

 

「な、何者よ!?な…なんだか、雰囲気が微妙に私に似ているような…」

 

ズカズカと歩いてきた席とはナオミの席の前である。

 

丸っこい魔法少女の恐ろしい細目がカッと開く。

 

「ずっどぉぉぉぉぉん!!ヨロシクゥゥ!」

 

大口が開いた瞬間、目の前のケーキが消失。

 

「あっ……」

 

何が起こったのかも分からないナオミの脳内に浮かんだのは…。

 

<<イカレやろーが 現れた! >たたかう>>

 

店内が凍り付く中、まるっこい魔法少女は扉の外へと消えていった。

 

「ふぅ…何故かは分からなかったけど、強烈なキャラ被りを感じたわ。並ぶと困るわね」

 

クリスに乗り込み再び動き始める。

 

その頃、尚紀達はメルの未来を視通す力に頼ろうとしているが…。

 

「み…視えました!!次の行先は……」

 

行きついた先とはお弁当屋の千秋屋である。

 

「え……えっと……」

 

店番をしていた理子は唖然とした表情を浮かべている。

 

「フフフ…年頃の子が楽しそうに働く姿は…いいわね」

 

暗い山の中で狼に睨まれるかのような怖さに震える理子。

 

「貴女…みかづき荘に興味ない?」

 

「え……えっと……あの……」

 

「なんなら、注文の品は貴女の方が……」

 

番犬としても役立っている柴犬のマメジが吼えまくる。

 

「……ごめんなさい。唐揚げ弁当を10個貰うわ」

 

「あ……ありがとう……ございます」

 

怯え切った理子が背中を見守る中、クリスに乗り込んだまるっこい魔法少女は次の行先へ。

 

そんな彼女の次の行先で待ち伏せするために尚紀は近くにいたナオミに協力を要請。

 

彼女の車に乗り込み、大急ぎでクリスを確保しに行くのだが…。

 

「ああ、見えたわ!!私の目当てであった…カレー屋が!!」

 

「あんた…まだ食う気なの……?」

 

新西区に見えたのはチェーン店として有名なカレー屋さん。

 

猛スピードで駐車場に入り込もうとした時…。

 

「ナオキ、今よ!!かましてやりなさい!!!」

 

「俺の乗り物を…返せぇ!!!」

 

茂みに隠れていた尚紀が道路に飛び出し…。

 

「な、なんですってーーッッ!!!?」

 

彼は足を広げて両手を構え…相撲の組み付きの如く車のフロントを掴む。

 

右足を引き、衝撃を受け止め切ったが…運転手は無事では済まない。

 

「あぁぁぁ~~~~~ッッ!!!!!」

 

お腹が苦しいとシートベルトをしていなかったやちよはガラスを突き破り飛翔していく。

 

カレー屋を大きく飛び越えていく光景を見届けたナオミはほくそ笑む。

 

「同じ大食い女として言えることは…デリカシーの無い大食いは見苦しいというだけよ」

 

お星さまの世界へと消えていくやちよは不思議な光景を目にする。

 

<<あぁ…ピンク色に輝く景色…美しいわ…。それに、あの光の向こう側に見えるのは…?>>

 

彼女が見えた存在とは、白いローブにピンクの線が見える衣装を纏う少女の背中。

 

<<あれよ…あれこそが私が求めていた存在!!この世界で見つけられなかった…依存先!!>>

 

両手で泳ぎながら白い魔法少女を求める怪しい存在。

 

遠くに見えた少女が後ろを振り向いていく。

 

<<私を受け入れて~~!!環の魔法少女~~~ッッ!!!!>>

 

手を伸ばして求めるが…その少女の口からは恐ろしい言葉が響いてしまった。

 

――私は、星2の魔法少女じゃなくて…星4魔法少女が欲しいです。

 

その表情は、実に引き弱い顔つき。

 

ピンク色の世界に浮かぶのは、ショックのあまり気を失った存在。

 

彼女が意識を取り戻したのは、カレー屋の向こう側に広がっていた川の水面であったようだ。

 

……………。

 

その夜。

 

「そうか…見つかったやちよは何かしらのショックを受けて…激痩せ出来たと?」

 

「うん…本当に迷惑かけて、ごめんね……尚紀」

 

「気にするな、かなえ。これからは気兼ねなしにうちに来い。地下ならいつでも空いてる」

 

「ん…やっぱり尚紀は、優しいね。その……甘えさせて…もらう…」

 

「それとだ…。今後二度とうちの車を盗まれないようにするために…やちよに伝えておいてくれ」

 

「何をさ…?」

 

「…壊したバイクの代わりは俺が弁償してやるって」

 

「フフッ♪…分かった、伝えておく」

 

スマホの電話を切った尚紀は大きな溜息をつく。

 

「なぁ…ケットシー、ネコマタ。俺は…とんでもない厄介者共とこれから付き合うんだな?」

 

「でも…にぎやかでよかったと思うわよ?」

 

「まぁ…シリアスばっかで尚紀も疲れてたと思うし…こういう日もあっていいと思うニャ」

 

「よくねぇよ…二度とごめんだ!!」

 

その後、やちよのバイクは買い戻されることとなる。

 

しかし洗練されたクールビューティな元西の長というイメージだけはそうはいかない。

 

「…おかしいわ。最近、神浜の魔法少女界隈から…ロリコン扱いされるようになったの…」

 

「私は…酒乱の脱ぎ癖女だって…妙な噂が出るようになりました…」

 

「私なんて精神病の疑いをかけられて…病院に行け、頭の方よって…言われ出したんだよ?」

 

どうしてこんなことになったの?と不思議顔を浮かべる三人娘の姿を残す。

 

酒は飲んでも飲まれるなとはよく言ったものであった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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132話 葛葉ライドウの歴史

見滝原から訪れた2人の少女達の依頼。

 

それは友人である美国織莉子の失踪事件に関する捜索依頼であった。

 

応接室で詳しい事情聴取をされた2人であったが、聴取を終えた2人が事務所を出ていく。

 

帰っていくキリカと小巻の背中を外で見送る尚紀と丈二であったのだが…。

 

「美国…かぁ。国政政治家一族の娘の失踪…これは騒ぎになるだろうな」

 

「テレビやネットニュースには出ていない。恐らく美国本家は揉み消す構えだろう」

 

「政治家一族本家から捨てられた…哀れな分家筋少女ってわけだな」

 

「捜索するとしたら、失踪したという見滝原の金持ち地区と呼ばれる郊外の五郷だな」

 

「彼女は見滝原の白羽女学院にも通ってた人物。見滝原市内も捜索範囲に入るだろう」

 

「見滝原か…久しぶりに訪れることになりそうだ」

 

「そういや、お前の義妹が生活している街だったな?」

 

「ああ…あいつからも色々と事情を聞く必要がありそうだ。織莉子とは無関係ではない」

 

「もしかして…美国織莉子も魔法少女で、お前の義妹である佐倉杏子も…?」

 

「…ああ、魔法少女だ。見滝原魔法少女社会の一員として、何か知っているかもしれない」

 

「そこら辺の聞き込みはお前に任せる。人間の俺では…魔法少女達も秘匿するだろうしな」

 

「いつ見滝原に移る?」

 

「今日中に捜査機材などを準備して、明日の午前中には現地に入れるようにしよう」

 

「俺も手伝う。瑠偉には見滝原の捜査拠点として使えるビジネスホテルの予約を任せるか」

 

2人は探偵事務所に戻り、明日へ向けての準備に追われる。

 

捜査会議も行われ、終わる頃には夕方時刻。

 

捜査人員は2人であり、多くの機材は必要としないためクリスに乗って移動が決まった。

 

機材を積んだクリスは事務所ガレージに今日は置いておき、尚紀は徒歩で自宅へと向かう。

 

「手付金の額は十分だし、成功報酬は同じ額の500万円。大きな仕事になりそうだな…」

 

白女の女子生徒は子供なのに一千万円も勝手に使える身分なのかと考えていた時…。

 

<<ヒーホー!!>>

 

南凪区の通りを歩いていた時、空から聞こえてきたのはジャック・ランタンの声。

 

<お前か。声をかけるなら、人通りが少ない場所にしろよ…独り言を喋る変人扱いされる>

 

<すまんホ。出来れば、人通りが少ない場所に移動してくれると助かるホ>

 

<分かったよ…>

 

路地裏にまで移動した彼が浮遊するランタンに向き直る。

 

「何をしてたんだ?」

 

「ヒホ、俺はかりんに頼まれた人探しをやってたホ」

 

「…アリナの捜索か?」

 

「そうだホ。かりんは学校もあるし、魔法少女活動もある。暇な俺に白羽の矢が立ったホ」

 

「なるほどな。それで、何か当てがあるのか?」

 

「それがねぇから声をかけたんだホ」

 

「…俺だって当てはない。同じように行方を捜して欲しいと頼まれたが…何処にいるのやら」

 

「仕方ないホ。ブラブラしながら、適当に探してみるしかないホ」

 

「この神浜騒動のせいで…悪魔の存在が神浜の魔法少女連中にバレた。その後はどうだ?」

 

「ヒホ…空を飛んでる俺を見つけた魔法少女達に囲まれて、悪魔の質問攻めだホ」

 

「だろうな…まぁ、彼女達に向けて敵意はないと言い続けるしかないのだが…」

 

「…悪魔は、人の魂を喰らう存在だホ。そのイメージがある限り…悪魔に心開くのは難しいホ」

 

「…悪魔にとって、魔法少女のソウルジェムは…この上ないご馳走だからな…」

 

「俺も…かりんのソウルジェムを見てると、涎が出る時があるホ。でも…我慢してるホ」

 

「善行を積んでる証拠だ。魔法少女のかりんを支えてやっているのか?」

 

「あいつ、独りで活動してるけど…誰にでも味方しに行くホ。だから魔力消費が激しい奴だホ」

 

「それをお前が支えてやってるんだろ?彼女の穢れを吸い出して?」

 

「そうだホー。俺のお陰でかりんは魔獣と戦わないでもいいってのに…猶更人助けに行く奴だホ」

 

「フッ…アリナとは真逆の奴なんだろうな」

 

「これも成仏への道…生前の悪行を差し引きゼロに出来るまで、気長に頑張ってみるホ」

 

「かりんによろしくな」

 

会話を終えたジャック・ランタンが空に向けて飛翔していく。

 

「俺も手を貸してやりたいが…自分の仕事で人探しに向かう最中だ。勘弁な」

 

路地裏から出て来た尚紀であったが、知っている魔力を2人分見つけた。

 

「この魔力は……令とみたまか?」

 

視線を向けた先には、カメラを持った観鳥令と付添人の八雲みたまの姿があった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

尚紀を見つけたのはPRESS腕章をつけた学生服姿の令と私服姿のみたまである。

 

少し話があると言われて3人は南凪区にあるカフェに入ったようだ。

 

「…公園で聞いてもよかったんだが、こんな場所に連れてくるということは…」

 

「ウフフ♪観鳥さん達、歩き疲れて喉が渇いてたんだよね~」

 

「丁度いいタイミングで尚紀さんを見つけられたし、大人の太っ腹に甘えたいわね~♪」

 

「くっ…都合がいい時だけ、十代子供の特権を行使してきやがって」

 

メニュー表から選んだ品を店員に伝え終えた3人が向かい合う。

 

「お前達も、もしかして人探しをしていたのか?」

 

それを聞いたみたまが俯き、令は首を縦に振る。

 

「うん…十七夜さんを探してた。今の神浜は物騒でも、誰かが探してあげないと…」

 

「そうだな…。東の者だとバレない服選びは賢い判断だ。東の者だとバレたら…襲われるぞ」

 

「危険なのは承知の上よ。それでも…十七夜を見つけてあげたい…彼女はきっと苦しんでるわ」

 

「もしかして、令の固有魔法の力を当てにして…?」

 

「ええ…彼女の固有魔法は確実撮影。望む被写体と出くわす力こそが…彼女の能力だから」

 

「それでも空振り三振続き…観鳥さんの魔法の力に自信がなくなってきたよ…」

 

「捜査は集中力と忍耐力が試される。それは探偵だろうが記者だろうが変わらない」

 

「その通り。根気だけなら誰にも負けない…絶対に見つけ出してあげるよ」

 

「私も…見つけ出してあげたい。それに、悪魔の教育を魔法少女達にも施していき…」

 

「…悪魔となった十七夜の帰る場所を守ってあげたい…か?」

 

静かに首を縦に振る彼女を見て、それだけ2人の関係は深いものだと察する。

 

空気も重くなった頃、注文の品を届けられ一息つく。

 

何か別の話題でもして重い空気を取り除こうとした時、尚紀の視線が令のカメラに向かう。

 

「いいカメラだ。子供のお小遣いで買うのは難しいぐらいの高級品だな?」

 

「両親に我儘言い続けて…ようやく買ってもらえた初めてのカメラ。観鳥さんの宝物だよ」

 

「小さな頃からカメラが欲しかったのか?どうしてだ?」

 

自分に興味を持ってくれたのが嬉しかったのか彼女は少し微笑んだ後、口を開く。

 

「観鳥さんはね、幼い頃から珍しい出来事に遭遇するんだ。でも…信じてもらえない」

 

「そうだな…SNSでさえ、持論を語ったところで誰も信じようとしない連中ばかりさ」

 

「人は見たいモノしか見ようとしない、信じない。だからこそ、根拠や証拠がいるんだよ」

 

「その証拠を用意するための…カメラというわけか?」

 

「…ある時、幼い観鳥さんは学校の虐め現場を目撃した。でも…証拠が用意出来ないから…」

 

「教師は取り合わなかった…か」

 

「一番辛かった出来事は、交通事故の引き逃げ車のナンバーを残せなかった事。…悔しかったよ」

 

「……そうか」

 

「その悔しい感情を利用されてね…今はこの有様さ…」

 

「確実撮影の力…か。確かに凄かったな…あの神浜テロの時にその力をいかんなく発揮したし」

 

「普段はね、ゴシップみたいな撮影チャンスにしか巡り合えない。それが辛いとこだね…」

 

「新聞部の観鳥報は、南凪自由学園だと評判みたいじゃない?何が辛いの?」

 

「何処から嗅ぎ付けたか分からない真実の暴露。観鳥さんはね…皆から犬のように嫌われてる」

 

「警察や探偵、それに記者は犬と呼ばれる。犯罪者から見れば犬の如く追いかけ回す存在だしな」

 

「観鳥報という情報娯楽を消費するだけの人々には…貴女の辛さは理解されないわね…」

 

「人は証拠がなければ幾らでも詐術で逃れようとする無責任主義。だからこそ、証拠が大切だ」

 

「犬のように嫌われようが、ジャーナリストとしての生き様を貫くか…探偵として見習いたいな」

 

「素敵ねぇ~ほんとカッコイイわ。私も将来は~……カメラマンになろうかしら?」

 

……………。

 

一瞬思考が停止した2人がみたまを見つめる。

 

「な…なんで調整屋のお前が…カメラマンになりたいとか言い出すんだ?」

 

「観鳥さんもビックリしたよ。みたまさんがカメラに興味があったなんてねぇ」

 

「あら~失礼しちゃうわね。実はね~プロみたいに撮れる一眼レフカメラを衝動買いしてたの」

 

嫌な予感しかしなくなり、2人はみたまから視線を外す。

 

「そ…そろそろ出よう。もう日も沈みそうだし、東の家まで車で送ってやるよ」

 

「えっ?仕事からの帰り道だったんでしょ?悪い気がするなぁ…」

 

「このご時世だから何が出るか分からない。お前らは美雨のように喧嘩慣れしてるのか?」

 

「してないわね~…それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら♪」

 

「少し待ってろ。事務所に戻って車のクリスを回してくる」

 

3人分の清算を済ませた彼が小走りで仕事場に戻っていく。

 

車に乗って戻ってきたのだが、クリスがまた文句を言い出す始末。

 

「またこの女を乗せる気!?ダーリンの浮気者!!そんなにオッパイ大きい女が好きなの!?」

 

「こいつとはそんな関係じゃないって…何度言わせる気なんだ?」

 

「今度は~席をスライドさせちゃイヤイヤよ~♪」

 

「アタシだって!アンタを乗せるのはイヤイヤよっ!!」

 

「ハハ…悪魔の車に乗れる日が来るなんてねぇ。これは撮影しても信じてもらえないかも…」

 

クリスをなだめた後、2人を乗せた尚紀が東に向けて運転していく光景が続く。

 

「悪いな、令。明日から俺は見滝原に出張でな…捜査機材を後ろに積んでて狭苦しいだろ?」

 

後ろ側の席に顔を向けるが、令は笑顔で首を振る。

 

「観鳥さんは気にしてないよ。それに…探偵さんの捜査機材のカメラにも触れるし♪」

 

後ろで楽しむ彼女から視線を前に戻し運転に集中していく。

 

探偵の捜査機材に触れていた令であったが、自然と昔話を始めていった。

 

「…ねぇ、聞いてくれると嬉しいな」

 

「何をだ?」

 

「観鳥さんがジャーナリストになりたいって思った、動機についてさ」

 

「証拠を残す大切さがキッカケではなかったのか?」

 

「それもあるけど、証拠を用意する仕事なら他にもある。なぜジャーナリストを選んだかさ」

 

「それは私も聞いた事がないわね~?私も興味があるわ」

 

2人に興味を持ってもらえて嬉しかったのか、遠い眼差しを浮かべながら語り始める。

 

「観鳥さんはね、ある女性の歴史人物に憧れを抱いたから…ジャーナリストを目指したのさ」

 

「女性の歴史人物?」

 

「その人はね、女性が社会進出して働くのも難しかった時代でも負けなかった大正時代の記者」

 

――帝都新聞社に勤務していたその女性の名前は…朝倉タヱさ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

幕末・明治時代以降から続く女性蔑視の封建的な価値観に支配されていた大正時代。

 

そんな時代でも社会に進出して活躍した女性記者がいた。

 

その者は男尊女卑を嫌い、女性の活躍も必要だと考える思想に憧れを持つ。

 

日本で初めてフェミニズムを掲げた平塚雷鳥という女性に憧れ、名前の鳥を記者名に採用。

 

朝倉葵鳥(あさくら きちょう)というペンネームを用いて新聞社で働いたのが朝倉タヱだ。

 

「帝都新聞社で働いていた、その朝倉タヱの…何処に憧れたんだ?」

 

「社会の理不尽にも負けず、その人は平等を求めて頑張れた…鳥のように羽ばたけたんだよ」

 

「そういえば、貴女も苗字の中に鳥があるわよね~?繋がりを感じちゃったんだ?」

 

「その…葵鳥というペンネームで働いていた朝倉タヱという人物は…何をした人なんだ?」

 

「葵鳥さんを知ったのは報道と新聞記者っていう書籍を小さい頃に読んで知ったんだ」

 

葵鳥の歴史活躍をまるで自分の事のようにして嬉しそうな表情を浮かべながら語っていく。

 

帝都新聞社に勤務していた女性新聞記者、朝倉タヱ。

 

当時流行の先端であった洋髪(ショートカット)に洋服というコーディネート。

 

如何にも大正時代のモダンガールといった雰囲気を纏っていた人物。

 

美人であり、気の強いしっかり者であり、頭脳明晰であり、心優しく勇気と行動力に溢れた……。

 

「おい…なんか話が脱線してきているぞ?」

 

「そうねぇ、タヱさんの容姿や内面の自慢話になっちゃってるわよ~?」

 

「タヱさんじゃない、葵鳥さんだよ。そうだね…嬉しくなってつい彼女の自慢をしちゃった…」

 

「その女性記者は、報道の歴史に名を遺す程の記者だったんだろ?どんな記事を残せたんだ?」

 

「その部分が大事だね。女性記者として歴史の生き証人となった彼女が残した記事があるんだ」

 

それは1人の帝都書生であったデビルサマナーと共に生きた歴史でもある。

 

次々と語られていく歴史事件内容は学校では教えてくれない内容ばかり。

 

「超力兵団事件…アバドン王事件…コドクノマレビト事件…どれも都市伝説の記事じゃないか?」

 

「観鳥さんも最初はオカルト記者なのかと思ったけど…魔法少女になってから事実だと考えた」

 

「もしかして、その事件の数々も私たち魔法少女のように秘匿しなければならないものだった?」

 

「この事件の数々はね…科学では説明出来ない現象の破壊痕跡ばかり。それに、記事の中には…」

 

――悪魔の仕業という部分まで…記されていたんだ。

 

悪魔の存在ならば目の前にいるし、今乗っている車とて同じ存在。

 

だからこそ令は確信へと至れたのだろう。

 

朝倉タヱが追いかけた悪魔という都市伝説は実在したのだ。

 

「オカルト記者という不名誉な記者として歴史に残ったけど…彼女は負けなかった」

 

「男尊女卑の差別にさえ負けず、オカルト記者だと馬鹿にされても負けなかった…強い人なのね」

 

「共感したんだな?神浜東西差別に苦しむ立場でも、タヱのように負けない女性になりたいって」

 

「タヱじゃなく葵鳥さん。うん…その部分が一番共感した。だから観鳥さんも記者を目指したい」

 

「そうか…お前なら絶対になれるさ。お前の行動力や頭脳明晰っぷり、それに心優しさ…」

 

――どれをとっても、21世紀の朝倉葵鳥そのものに見えたよ。

 

真顔でそんな事を尚紀が呟くものだから、令は顔を真っ赤にして窓に視線を逸らす。

 

「え、えっと…その……観鳥さんも、葵鳥さんに見えた?凄く…嬉しい言葉だよ…ありがとう」

 

前を見れなくなった後ろの彼女に視線を向けていたみたまが、尚紀に向き直る。

 

「ねぇ、尚紀さんってさぁ…女たらしって言われたことあるでしょ~♪」

 

「言われたことなんてねーよ」

 

「も~自覚してないのね~…朴念仁♪」

 

「それより、何処まで走ればいいんだ?」

 

「ほら、目の前に大きな団地ビルディングが見えるでしょ?あそこの団地街で暮らしてるの」

 

「そうか、ならあそこで停めてやるよ」

 

車を団地街入り口で停め、みたまを下ろす。

 

手を振って見送ってくれる彼女を後にし、今度は令の家まで送っていく。

 

気まずい雰囲気なのか、彼女は未だに赤面しながら窓の景色の世界。

 

しかし、尚紀は聞かされたオカルト事件記事の中の気になる部分について聞きたくなった。

 

「なぁ…葵鳥が書いた記事の中で気になる部分があったんだが」

 

「えっ?気になる部分…?」

 

「超力兵団事件、アバドン王事件、コドクノマレビト事件。どれも共通して書生が登場している」

 

「うん…そうだね。その書生が気になったんだ?」

 

「…これは静香から聞いた話だ。この人物がその書生かは分からないが…お前も知っておけよ」

 

「う、うん…教えてくれるならありがたいよ」

 

彼は静かに語っていく。

 

静香が語った人物とは…退魔組織であるヤタガラスの歴史において最強のデビルサマナー。

 

その者の名は14代目葛葉ライドウであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日本のデビルサマナー(悪魔召喚師)の中でも名高い存在。

 

それが葛葉一族である。

 

悪魔を用いて人の世の霊的調和を保とうとする一族の名称だ。

 

平安時代以来の占術や呪術によって自然の流れを読み、和らげ、世の中を守るとされる陰陽師。

 

さらにその中でも伝説的存在であるのが安倍晴明。

 

晴明は謎が多いゆえに多くの伝説が伴っている。

 

彼の母親が信太の森(現在の大阪府和泉市周辺)の霊狐、葛葉だとする伝説だ。

 

葛葉一族は宗家と呼ばれる者と、宗家と共に飛鳥時代に一族を興したとされる4人が始祖となる。

 

一族の中心となるその5人の名は一族の中核を成す者達に代々受け継がれていく。

 

宗家に連なる4人の高弟は後に葛葉四天王と呼ばれることとなる。

 

その4人の高弟の中でも、もっとも名を上げた高弟の名が葛葉ライドウ。

 

それを成したのが数えること14代目に当たる14代目葛葉ライドウであった。

 

「14代目…葛葉ライドウ?その人物と葵鳥さんが書いた記事の書生が同じだと思うの?」

 

「14代目の葛葉ライドウは…大正時代の帝都を守ったデビルサマナーだ」

 

「…だとしたら、葵鳥さんが記者として生きた時代と重なる。それに同じ帝都で生きた人だし」

 

「恐らくは…その書生というのは葛葉ライドウだと俺は考える。弓月(ゆずき)の君の学生だ」

 

「記事に書かれていた書生も…弓月の君高等師範学校の学生。観鳥さんも同一人物だと思うよ」

 

「葵鳥の記事に書かれていた悪魔という存在…悪魔の影あるならば、デビルサマナーの影もある」

 

「この数々の事件を解決に導いたのが…14代目葛葉ライドウなのかな…?」

 

「そいつは秘密結社に所属していた奴だ。この国の霊的脅威を滅ぼす結社にな」

 

「ヤタガラス…かぁ。都市伝説だとばかり思ってたけど…そこに所属してたのが静香達だし…」

 

「追いかけるのはやめとけよ?闇の暗部を担う存在共の証拠を求めるなら…対価は命となる」

 

「この国の政治・行政・司法界隈には…不審死が多いのは知ってる。記者も不審死が多いんだ」

 

「ジャーナリストだって人間だ。命は一つしかない…大切な家族や仲間達のためにも…早まるな」

 

「うん…そうする。ヤタガラス…本当にその秘密結社は…」

 

――霊的国防だけを担う…秘密結社だったのかな…?

 

重い沈黙が続いていたが、令から案内された家も見えてきた。

 

家族に見つかると勘繰られると判断し、家から離れた位置で停車。

 

車から降りた令であったのだが…彼女は運転席の窓にまで近づく。

 

「どうした、令?車の中に忘れ物か?」

 

窓を開けて彼女を見つめる尚紀であったが、彼女は赤面して視線を逸らす。

 

それでも息を飲みこみ、彼と視線を合わせた令が口を開いた。

 

「ね…ねぇ、嘉嶋さんてさ…23歳なんだっけ?」

 

「…事情があって、俺は3歳年齢を偽ってきた。実年齢は二十歳だ」

 

「そ、そうなんだ…?観鳥さんとは…5歳差かぁ……別に普通だよね…?」

 

「…何の話をしているんだ?」

 

手をもじもじさせる子どもっぽい仕草を見せ頬を染めていたが、聞きたい言葉が出てくる。

 

「嘉嶋さんってさ……か、彼女とか作る気は……ないのかなぁって…思って」

 

赤面したまま尚紀を見つめているのだが…彼は俯いていく。

 

「…今の俺には、そんなことを考えている余裕はない」

 

拒絶とも肯定ともとれない曖昧な返事。

 

将来に期待してもいいのかと考え、令はそれ以上の追求はやめておく。

 

「そっか…嘉嶋さんは多忙を極める人だしね。いつか余裕が出来た頃には…その…観鳥さんね…」

 

――期待して、待ってるから…!

 

その先を言う勇気は出せず、彼女は後ろに向けて走り去っていった。

 

ぽかんとした表情を尚紀は浮かべていたのだが…車のタイヤの異変に気が付く。

 

「……ダーリン」

 

今の今まで黙っていたクリスの恐ろしい嫉妬が込められた低い声。

 

それと同時にタイヤが雷の発光現象を発する。

 

「ク…クリス……!?」

 

放たれる魔法の一撃とは…。

 

「ダーリンの……バァカーーーーーッッ!!!!」

 

車内にむけての放電現象。

 

「アバババババーーーッッ!!!?」

 

運転席側の扉が開き、黒焦げとなった尚紀が車外に向けて倒れ込む。

 

黒のトレンチコート内に入れていた買ったばかりのスマホもおじゃん。

 

「ダーリンのバカ!浮気者!!女たらし!!!アタシの事も遊びだったんでしょー!!?」

 

「ち…違う…!!何を誤解してるんだよクリス!?」

 

「もうダーリンなんて知らない!!アタシは他の男を求めて旅立つからーっ!!」

 

捜査機材などを載せたクリスが勝手に発進していく。

 

「待ってくれクリスーッ!!?お前がいないと俺の生活が成り立たないんだよーっ!!」

 

彼の叫びも空しく、クリスに置き去りにされてしまったようだ。

 

秋の冷たい夜風に吹かれながらも這い這いの姿でクリスを追いかけていく哀れな人物。

 

女性を傷つけることは結果として自分を傷つけることに繋がることもあるので気を付けよう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

大正二十年。

 

和の文化に刺激的な洋の文化が流入し急速に発展していた時代。

 

悪魔と呼ばれる異形の者たちが帝都を脅かしつつあった。

 

悪魔召喚師、十四代目葛葉ライドウを襲名した男は葛葉の里にいた。

 

そこは葛葉一族の御神木を祭る巨大社。

 

社の神域奥の大広間には葛葉一族を見守ってきた巨大三本松がそびえ立つ。

 

三本松の下側は拝殿の作りをしており、大きな篝火が暗い社内を照らす。

 

拝殿に向けて黒い学生服と学生帽を纏う人物が正座している光景が広がっている。

 

<<満点に輝く日輪は 大地に暗い影を落す>>

 

老人の声が神域内に響く。

 

それはまるで葛葉御神木である三本松から響いてくるかのようだ。

 

<<そは天の理 大地の法…>>

 

静かに清聴している書生姿の少年の前には刀と銃と召喚管が置かれる。

 

それに黒い外套が畳まれていた。

 

<<同じ定めとして 人ある所に闇生まれん>>

 

<<…その闇を討つ為に 我らが在る>>

 

瞑想したかのように目を瞑る書生。

 

<<新たな召喚士を目指す者よ。先ずは汝の名を告げるが良い>>

 

書生の目がカっと開かれ、自らの名を口にする。

 

地面に置かれた刀と銃と召喚管に手を伸ばす。

 

学生服の上から纏う白いベストや、白いガンベルトに身に着けて立ち上がる。

 

畳まれた黒い外套を手に持ち、体に纏った重装備を隠すかの如く上から纏った。

 

踵を返し、三本松から与えられたデビルサマナーの試練に向かう後ろ姿。

 

後に、14代目葛葉ライドウの名を襲名した少年は帝都に向かう事になる。

 

その者は奇しくも人修羅と同じ探偵の職業をしながらも学生生活という仮初の人生を生きる。

 

しかし、その者の本当の姿とは何か?

 

それは悪魔召喚士であるデビルサマナー。

 

超國家機関ヤタガラスに席を置く退魔師であった。

 

21世紀に生きる者達にとっては大昔の出来事であるが…彼は行く。

 

多くの伝説を残すために。

 

その伝説が始まった最初の事件こそが超力兵団事件。

 

帝都を脅かす異形の存在、怪人赤マントたち。

 

ライドウが席を置く探偵社に現れた謎の少女。

 

謎の少女の家に根ずく奇怪な伝承の謎。

 

事件の背後に潜む怪しげな影の存在と国軍である陸軍の暗躍。

 

行く手を阻む数々の怪異を仲魔を駆使して切り抜けるライドウ。

 

その事件は国家を揺るがすことになる真相へと迫っていくのだ。

 

栄えある葛葉四天王の名を継いだ書生は行く。

 

葛葉の使命を果たすために。

 

ヤタガラスの使命を果たすために。

 

その者は旅の途中、葛葉の里からの付き合いをしてきた仲魔ともいえる黒猫を失うだろう。

 

悲しみさえも踏み躙るようにして帝都に現れるのは、超力超神が如き機械の神。

 

恐ろしき魔の手を打ち祓い、帝都を救う事になるライドウ。

 

だが、決着の場となったのは…幾多の分岐世界へと進む事が出来るというアカラナ回廊。

 

ライドウは時間旅行者として回廊を駆け抜ける。

 

その先の分岐未来の果てに生まれてしまった…世界が崩壊してしまった世界へと。

 

その世界で決着をつけるのだ、葛葉ライドウの名を継いだ者との決着を。

 

機械の神との再戦さえも乗り越え、今ここに14代目葛葉ライドウの伝説を築き上げるのだ。

 

戦いに勝利したところで、失った悲しみは癒えることはなかった。

 

そしてこの未来はライドウが望む未来などではなかった。

 

絶対にこのような崩壊世界の未来を築き上げまいと心に誓い、大正時代に戻るために回廊を歩く。

 

ふと彼はアカラナ回廊の中で蠢く可能性世界へと目を向ける。

 

その世界を表す時空の砂時計が見せる時空の歪み。

 

その光景とは…21世紀の日本であった。

 

「おや、時間旅行者としてまだ長居をしているのですか?」

 

「………自分は」

 

「この可能性世界が、気になるようですね?」

 

「……………」

 

「悪魔として言えることは、人の一生など花のように儚く、短いということ」

 

「……………」

 

「後悔する生き方だけはやめておきなさい。たとえ秩序の守護を担う者でも、貴方も人間だ」

 

「……許されない」

 

「貴方は何者なのか…言ってみなさい」

 

「…自分は、葛葉ライドウの名を継いだ者。デビルサマナーとして…世界の安寧を守る者」

 

「分かっているのならば、行きなさい」

 

「なぜ?」

 

「世界の安寧とは、自分だけの世界を守るということですかな?」

 

「……違う。自分の戦いによって、壊れた未来の世界さえも…救うことだ」

 

「時空の歪みに現れた世界は…1人の悪魔と大魔王の顕現によって…先程の未来と同じになる」

 

「……………」

 

「貴方は先ほど…何を誓ったのです?」

 

「………あのような未来になど、決してさせない」

 

「その誓いの言葉は…この世界の未来にも言えることなのでは?」

 

「……その通りだ」

 

「このアカラナ回廊は、幾多の時間が連なる領域。アマラの地図でもあるアマラ経絡と対をなす」

 

「並行宇宙に…干渉出来る?」

 

「その干渉によって、世界の流れそのものを変える事さえも…出来ますでしょう」

 

ライドウの右手が強く握りしめられていく。

 

「ヤタガラスの任務とて、時間の流れを過去に向けて辿ればこの世界に干渉した事も分からない」

 

「……自分は、行っていいのか?」

 

「人生は一度しかありません。悔いのないように生きなさい。14代目葛葉ライドウ……いや」

 

――人々を守りし、デビルサマナーよ。

 

悪魔の言葉に決意を与えられる。

 

意を決した葛葉ライドウは時空の歪みに向けて歩みを進めていく。

 

その姿は時空の歪みに飲み込まれていき…消え去った。

 

彼を違う時間軸世界に流し込んだ悪魔は溜息をつく。

 

「閣下…この世界の未来に何を望まれます?この書生を送り込む事に…何の価値があるのです?」

 

概念存在である悪魔とて並行世界の異物が混じり込んでしまった世界の未来を視通すのは困難だ。

 

因果律は乱れ、乱れた世界が再び定まっていくタイムラインの変動を視るのは至難の業であった。

 

「この世界に…新たなる千年王国を築くのが我らの悲願。それを邪魔しかねない輩を招くなど…」

 

――任務とはいえ…不快極まりませんでしたぞ、閣下。

 




読んで頂き、有難うございます。


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133話 霧峰村の猟師少女

この物語は数か月前の夏頃に戻った時期の物語である。

 

静香達がヤタガラスの任務を受けてより一か月が過ぎた頃の7月頃。

 

ここは時女の里である霧峰村。

 

下界とは隔絶した環境のためか、労働者は年寄りが多く若者の姿は少ない。

 

そんな秘境の村の中なら十代の娘の姿は目立つだろう。

 

「おお、おはよう旭ちゃん。今日も森で山菜採りかのぉ?」

 

畑仕事中の老婆が声をかけた人物とは時女一族に所属する魔法少女。

 

三浦旭(みうらあさひ)であった。

 

「おはようであります。我は昨日の残りを済ませてくるであります」

 

子供にしては変わった口調なのは相変わらずの旭である。

 

「あの森は手つかずだから自然の恵みが多いのはいいんじゃが…」

 

「何か問題があるのでありますか?」

 

「いやね…あの森は昔から村の連中も入らない不吉な森。旭ちゃんは巫だけど…心配で…」

 

「大丈夫であります。今のところ悪鬼の類も出てきませんし」

 

「悪鬼は人の集まる地域に多く現れる。人が寄り付かない場所なら出てこないんじゃろうが…」

 

「…あんな人気のない場所に根付く存在ならば、それは悪鬼ではないでしょうな」

 

雑談を終えるかのように一礼をし、旭は村の奥に広がる山間の森へと入っていく。

 

「本当に物好きな子だよ…あの森に入る人なんて旭ちゃんか…時女本家の女戸主ぐらいじゃのぉ」

 

――あの森は、戦国時代の頃は落ち武者狩りが行われていた…怨念渦巻く血塗られた森なんじゃ。

 

深く鬱蒼とした森の中を進む。

 

人を拒むかのような道なき道。

 

しかし軍服のような魔法少女服を纏う彼女は物ともせず進んでいく。

 

道すがら山菜採りを行い、背中の籠に入れていく。

 

霧峰村でマタギのような仕事をしている彼女の夏はこうやって過ごすようだ。

 

森の奥に進んでいくと開けたエリアが見え、そこには拠点として使っている山小屋がある。

 

籠いっぱいに積んだ山菜を山小屋の入り口の横に置き、彼女は隣の空き地に進んでいくのだが…。

 

「今日も暑いでありますな、お爺殿。光合成もはかどっていますか?」

 

彼女が誰かに声をかけるが目の前に人などいない。

 

目の前に立っているのは古びた樹木。

 

新緑が美しい森であるはずなのに何故かその樹木だけは秋の葉を思わせる赤さ。

 

旭はなぜ木に話かけているのであろうか?

 

それは彼女の固有魔法があるからこそ出来る所業。

 

古びた樹木の枝が動き始める。

 

その枝葉はまるで枯れた悪魔の手を思わせるような醜さであった。

 

「ふわ~…寝取ったわい。おお、旭ちゃんか?いい歳した小娘なのにマタギ生活とはのぉ」

 

樹木が喋った。

 

その言葉を聞き取る事が出来る彼女の固有魔法とは…。

 

「我も歩き疲れたでありますし、少しお爺殿の足元で休むであります」

 

彼女は喋る樹木の足元まで来て座り、背を木に預ける。

 

樹木の見た目は禍々しく、子供ならば怯えて泣き出すような見た目なのだが彼女は気にしない。

 

「それにしても…ジュボッコであるワシに懐く魔法少女とは…変わった小娘じゃ」

 

【樹木子(ジュボッコ)】

 

戦場跡に生える妖樹。

 

人間の血を大量に吸い込んだ樹木には魂が宿り、ジュボッコになると言われている。

 

多くの死者を出した戦場に生えると言われ、死者の怨念や魂が木に憑依した存在。

 

ジュボッコは木の下を通る人間を枝で捕まえ、血を吸うと言われている。

 

血を吸われた人間の魂は再びジュボッコに吸収されて同化するという。

 

枯れた桜の下に死体を埋めると色鮮やかな花を咲かせると言い、これもジュボッコと言われた。

 

「我は気にしてないであります。貴殿が我を襲わない限りは」

 

「襲いやせん。ワシも昔は荒くれ悪魔であったが…時女のお嬢ちゃんに懲らしめられてのぉ」

 

「時女のお嬢ちゃん?」

 

「今では時女本家の女戸主を務めている娘じゃ。もう母親じゃ…娘と言うのもなんじゃがな」

 

「その人物とは…静香殿の母殿でありますか?」

 

「あの娘とも長い付き合いになるが…あの娘を気に入ってのぉ。仲魔になってやったのじゃ」

 

「仲魔…?我以外にも幽世の存在と話が出来る人物がいるというのでありますか?」

 

喋り過ぎたとばかりに枝を移動させ、枯れた大木の鼻のような穴を掻く。

 

「旭ちゃんよ、この村では…ワシのような悪魔を知る者は片手で数えるぐらい。他言無用じゃぞ」

 

「悪魔…でありますか?悪魔を仲魔に出来る静香殿の母殿とは一体……」

 

「でびるさぁまなぁ…連中はそう呼ばれておる」

 

「デビル…サマナー……?」

 

知らない単語をジュボッコが喋った時、人の気配が近づいてくる。

 

「お喋りが過ぎるわよ、ジュボッコ」

 

旭は近づいてきた人物に視線を向ける。

 

現れたのは時女静香の母親であった。

 

「後ろから近付いていたのでありますか?…気配に気が付きませんでした」

 

「ごめんなさい、尾行するつもりはなかったのだけれど…今日はこの老木のご飯の日なのよ」

 

「ご飯の日?」

 

歩いてきた静香の母が枯れた老木に手を当てる。

 

すると彼女の全身からMAG(マグネタイト)の光が吹きあがり、ジュボッコが吸収していく。

 

「こ…この光は……」

 

「おぉぉ~久しぶりの感情エネルギーじゃ!これで数か月はひもじい思いをせんで済むわい」

 

「感情エネルギー?この光は…魔法少女のソウルジェムに宿る穢れと同じものでありますか?」

 

「…この年寄りが貴女を信用して喋ったのだと判断したから、これを見せたのよ」

 

旭の隣に座り、悪魔や悪魔召喚士について話し始める静香の母親。

 

「そうでありましたか…お爺殿は、時女一族の首長とも言える貴女様の仲魔でありましたか」

 

「管の中に入ればいいのに、このご老人は森の中にいたいって駄々をこねられたのよ」

 

「ふん、他の悪魔は実体を伴わない姿でも構わんのだろうが…ワシは樹木本来の姿でいたい」

 

「森に迷い込んだ人間を襲わないという条件付きで自由にしてあげて世話をしてるの」

 

「あ、あの…もしかして、この空いていた山小屋は…?」

 

「私が作ったのよ。この森を監視する時に利用しようと思ってね」

 

「す…すみません。我は空き家だと思って…勝手に山菜取りや猟の小屋に利用してたであります」

 

「フフッ♪構わないわ。私だって偶にしか利用しないし、他の人にも役立ててもらえて何よりよ」

 

「それにしても…お美しい静香殿の母殿が、このような枯れた悪魔を使役されるとは…」

 

「こりゃ小娘!ワシは枯れ木ではあるが…こう見えて桜の木なんじゃぞ!」

 

「そうでありました。今年の春も見事な血染め桜を咲かせてましたな」

 

「桜の木は時女の家紋である四葉桜紋。時女一族首長である私の仲魔に桜の木は相応しいわ」

 

「で、ありますか。それにしても…デビルサマナーや悪魔とは…この村は秘密だらけですな」

 

「それとね、この森に監視に訪れているとさっき言ったけれど…旭ちゃんは見かけなかった?」

 

「何をでありますか…?」

 

「誰かの視線を感じたとか、木の上から見られてるような感じとかなかった?」

 

「そういえば…そんな視線を感じた事が何度もありますな」

 

溜息をつき、静香の母親が立ち上がって旭に向き直る。

 

「この森にはね、多くの悪魔が住み着いているのよ」

 

「お爺殿以外にも…沢山の悪魔がいるのでありますか?」

 

「この霧峰村は田舎も田舎…自然豊かな場所だとね、現世と異界との境界が曖昧になるのよ」

 

「ワシのところにも…あのわんぱく悪魔共が遊びにきよる。里の方にも行っとるらしいの?」

 

「そうなのよ…里の子供達が大きな虫だとか妖精だとかを目撃する事件も聞くし」

 

「今日はその件でも、ワシのところに来たのであろう?目的は連中が勝手に作った王国か?」

 

「勝手に作った…王国?」

 

「旭ちゃん、この森で山菜取りや猟をするのはいいけれど…妙な声を決して聞かないで」

 

「妙な声…?」

 

「子供のような声で遊びに誘ってくるとか…または身近な人間が突然森に現れてくるとか」

 

「それも…この森に住み着いた悪魔の悪戯か何かでありますか?」

 

「連中は妖精と呼ばれる悪魔種族。他の悪魔よりは残忍ではないけれど…愛憎は酷いのよ」

 

「妖精に好かれた記憶はないでありますな」

 

「それだけよ。私はこの森の奥にいる連中のところに行ってくるから、貴女は早く帰りなさい」

 

「腰に吊るした刀と数本の管…それに銃のホルスターのルガーP08。戦いに行くのですか?」

 

「話し合いに行くだけよ。心配しないで、こう見えて私は…か弱い女じゃないんだからね♪」

 

「時女一心流現継承者であり、悪魔召喚士でもあった貴殿の力を疑うはずがないであります」

 

当てにしてくれているのは嬉しく思うが、溜息をついた彼女は腰の鞘を引き抜き目の前で抜く。

 

彼女の愛刀である練気刀の刀身に映った自分の姿の衰え。

 

若々しい見た目とはいえ、既に全盛期時代は終わりを迎えていた。

 

「時女一心流も…娘の静香に伝えるべき技は伝え終えた。後は…時女の矜持を静香が担うだけよ」

 

そう言い残して静香の母親は踵を返し去っていった。

 

首長に言われたこともあり、今日は早めに山菜を干す作業を終えようとする。

 

立ち上がった彼女は背伸びをしたあと山小屋に向かうのだが立ち止まった。

 

「…お爺殿。貴殿と同じ悪魔と呼ばれる存在達は…この国の霊的脅威となるのでしょうか?」

 

「…案ずるな、巫よ。お前さん達が倒すべき敵は魔獣…人を襲う悪魔が現れるならば…」

 

「…魔法少女ではなく、デビルサマナーが退治をすると?」

 

「それが古来より続く役割分担。ヤタガラスに参加する他の退魔一族の領分なのじゃよ」

 

「なるほどでありますか…。まさか悪魔召喚士が…この霧峰村にもいたとは驚きであります」

 

「魔法少女の素質はなくとも、悪魔召喚士としての才能がある者もおる。ワシの主もそれじゃ」

 

「悪魔召喚士になるためには、どうすればいいのでありますか?」

 

「霊感が幼い時よりある者のところには、ヤタガラスの教育機関の者が現れる」

 

「ヤタガラスから教育を受けるのでありますか…?静香殿の母殿もそれで悪魔召喚士に…」

 

「…ワシはのぉ、悪魔召喚士よりも…巫である魔法少女達の方が辛い立場だと考える」

 

「それは…なぜ?」

 

「お前さん達の魔力は19歳から劣化していく…長くとも20代前半以内には戦で死ぬじゃろう」

 

「…我ら巫達は、ある意味消耗品なのかも…しれないでありますな」

 

「恋も知らずに死ぬのでは…でびるさまなぁよりも哀れじゃ。ワシの主とて旦那を作れたのに」

 

「そうでありますね…だからこそ、静香殿を残してくれた。…短命の我らには」

 

――いったい何を…残せるのでありましょうね。

 

振り向かず彼女は山小屋の中へと入っていく。

 

ジュボッコは彼女の背中を見送った後、静かに考え込む。

 

「…この村には悪魔召喚士が他にもおる。ワシの主でさえも倒せぬ程の…凄腕召喚士がな」

 

首長と呼ばれる村長は絶対的な権力者というわけではない。

 

首長の地位は儀礼的には際だたせられていたが、かならずしも政治的権力を伴ってはいなかった。

 

社会に概念的中心を与えるという点に主要な役割があり、人々の統一の象徴として扱われるのだ。

 

時女の矜持という宗教を守る長と、世俗的権力を伴う長という形で2人に分かれる場合もあった。

 

「ワシの主は時女の象徴に過ぎん。村の政治権力、そして祭儀を司るのが…妖怪婆の神子柴じゃ」

 

ジュボッコと静香の母は知っている。

 

この村を牛耳る政治権力者であるデビルサマナーが行ってきた…おぞましい生贄儀式について。

 

それを村の人々に言いふらす事など出来ない。

 

若い村男達の流出で先が無い村の経済を支えているのは、神子柴の政治手腕があってこそ。

 

女の一族とも言える時女集落の人々は神子柴家に依存し、共生関係を築き上げるしかないのだ。

 

考え込むと周りが見えなくなるのか、ジュボッコは気が付いていない。

 

山小屋を見渡せる木の上の枝にいる大きな鳥の姿には。

 

旭が山小屋に訪れた時よりこの場に隠れ、一部始終を見つめていたようだ。

 

「……あぁ、なんて美しい()()()。霧峰村にはまだ愛らしい男の子が残ってくれていたのね」

 

大きな鳥が喋った。

 

恐らくは悪魔が擬態しているのだろう。

 

考え込んでいたジュボッコが気配に気が付き視線を向ける頃には、その鳥の姿は消え去っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

短命の魔法少女として、巫(かんなぎ)として、この世に何を残せるのか?

 

そんなことを考えながら作業をしていたらすっかり遅い時間となっている。

 

「不味いであります…静香殿の母殿からは早く帰れと言われていたのですが…」

 

山小屋から出れば日も沈みかけている。

 

「それでは、我は帰るであります」

 

「森の中は既に暗い。足元に気を付けて帰るんじゃぞ」

 

「我は夜目が優れているでありますから、大丈夫であります」

 

手を振りながら帰っていく後ろ姿をジュボッコは見送ってくれたようだ。

 

暗くなった森の中を歩いているとお腹の虫も鳴いてくる。

 

「ぐぅ…干し肉も使い切ったでありますし、暫くは干した山菜生活でありますな…」

 

育ち盛りの子供には辛い食事内容に溜息をついていた時であった。

 

「ん…?あれは……」

 

見れば茂みの中から出て来たのは野兎。

 

「しめたであります。今夜はあのウサギを仕留めて、ウサギ肉の鍋であります」

 

肩にかけていた魔法のライフル銃を両手に持ち構える。

 

ウサギは音に敏感な生き物。

 

彼女が踏みしめた枝の音に気が付き走り去っていく。

 

「チッ!」

 

引き金を引くのが一瞬遅れ、銃弾はウサギの横を通り過ぎていった。

 

空腹に刺激されたのか、彼女は森の奥にまで逃げたウサギを追ってしまう。

 

「あぁ…今夜の食材が…ウサギ鍋が…肉団子が逃げていく…そうはいかんであります!」

 

普段なら猟で深追いなどしないのだが、今日は空腹に踊らされてしまう。

 

気が付けば森の奥。

 

逃げていたウサギであったのだが…開けた場所で立ち止まり、旭の方に振り向いた。

 

「観念したでありますか?ならば、今宵の我の空腹を満たす肉となるであります」

 

ライフル銃を構える。

 

眉間に一発で仕留める構えであったのだが…。

 

「……へっ!まんまと罠にかかったな!」

 

ウサギが喋った。

 

衝撃を受け、彼女は引き金を引くのが一瞬遅れる。

 

ウサギをした何かが先に動き、撃たれた銃弾を避けたあと獣道の中へと入り込まれた。

 

「我の空耳…?今…ウサギが喋ったのでありますか…?」

 

既に周りは暗い森。

 

周囲から感じるのは夜の森から視線を感じさせてくる恐ろしい気配。

 

「こ…これは……幽世の霊たち!?」

 

旭を囲むようにして現れたのは、おぞましい顔が浮かんだ鬼火達であった。

 

【ウィルオウィスプ】

 

イギリス各地で語り伝えられる鬼火、人魂である。

 

名はひと握りの(石炭を持つ)ウィルという意味をもつ。

 

鍛冶屋のウィルという男は死後に聖ペテロや悪魔を騙した為に天国地獄両方から閉め出される。

 

夜の地上を彷徨いながら与えられた一握りの石炭の燃えさしで暖を取っているのだという。

 

沼地や墓場などに出現して旅人を彷徨わせたりと悪意ある悪戯を仕掛けてくる。

 

また別名としては、ハロウィンのジャック・ランタンなど異称も多い悪霊であった。

 

「オォォ…ヤッ…たぁぁぁ…!!お一人ィィ様ァァァ…ご案内ィィ…!!」

 

「ウォマェェェ…食イ意地張ッタ奴ゥゥ…!女王様ノォォ…計画通リィィ…!!」

 

「ト言ウカァァァ…ウォマエェェ…人魂ノウォレラガァァ…見エルのかぁぁぁ!?」

 

「ウォォォォ…割リトォォォォ…ビックリィィィィ!!」

 

「鬼火のそっちがビックリしてどうするでありますか!?」

 

鬼火悪魔が現れてるのに鋭いツッコミ。

 

普通の魔法少女では見えないだろう死者の魂を見る事が出来る三浦旭の能力とは…。

 

「細けぇぇ事ハァァァァ…良ィィンダヨォォォ!!」

 

「ウォマェェェハァァァ……ウォ休ミナサイダァァァ!!」

 

「マギレコォォォハロウィンイベントォォォ開催中ゥゥゥゥ!!」

 

「なんかメタいことを言いだす鬼火がいるでありますよぉ!?」

 

「細けぇぇ事ハァァァァ…良ィィンダヨォォォ!!」

 

「グンナァァァァイィィィィッッ!!」

 

ウィルオウィスプ達が同時に放った魔法。

 

それは相手集団に睡眠を与える『ドルミナー』である。

 

「うっ…なんで…ありますか…?凄い…眠気…が……」

 

悪魔の魔法耐性など持ち合わせていない魔法少女が地面に倒れ込む。

 

頃合いを見て獣道から出て来たウサギが旭の頭の前まで歩み寄り、ほくそ笑む。

 

「よ~しよし、よくやったぞお前ら。この美少年君を妖精王国に連れて行こうぜ」

 

ウサギに化けていた妖精が姿を現し、旭を引きずっていった。

 

……………。

 

その頃、時女静香の母親は自宅の和室で練気刀の刀身に打ち粉を使いポンポンしている。

 

「妖精王のオベロンに手下の管理をしっかりしなさいと言ったけど…大丈夫かしら?」

 

溜息をつき、和室から見える庭景色に視線を送る。

 

「でも…あの妖精達も哀れね。以前の住処であった槻賀多村跡地の天斗樹林を失うなんて」

 

話を聞けば、オベロン達はかつてヤタガラス傘下であった村を寝床にしていたという。

 

ヤタガラスから見捨てられた一族の村は廃村となり…暫くは妖精達の天下となり楽しく暮らせた。

 

しかし再開発のメスが槻賀多村跡地に入り込み、住処としていた森を失う事となったようだ。

 

「そういえば…女王のティターニアの姿が見えなかったわね?何処に行ったのかしら…?」

 

考え事をしていたが夕飯の支度が出来たという屋敷のお手伝いさんの声に反応。

 

腹を空かせた時女の首長は小さい事だと気にせず、空腹を満たす事を優先してしまったようだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

妖精とは何を指すのか?

 

狭義ではイングランド、スコットランドなどの神話・伝承の精霊や超常的な存在を指す。

 

広義にはゲルマン神話のエルフ、メソポタミアのリリス、インドや東南アジアのナーガ等を含む。

 

人間に好意的なもの、妻や夫として振る舞うもの、人に悪戯したり命を奪うものも存在している。

 

また障害として立ちはだかるもの、運命を告げるものなど様々な伝承があった。

 

妖精王としてのイメージはウィリアム・シェイクスピアの真夏の夜の夢が有名だ。

 

妖精王オベロンと妖精の女王ティターニア夫婦が登場するのである。

 

妖精画で有名な妖精画家達が残した妖精のイメージとは何か?

 

それらの妖精画は神秘さと美しさ、不気味さとグロテスクさを伴っていた。

 

……………。

 

「う……うぅ……」

 

意識が気が付いた旭が目を開ける。

 

もう夜中であるはずなのに森の景色に幻想的な光を見出す。

 

「ここ…は……?」

 

上半身を持ち上げた彼女が見た景色。

 

そこには神秘的な森の中を飛び交う小さな存在が映ってしまう。

 

「我は…夢を見てるでありますか?」

 

彼女が見た存在達とは子供の絵本に登場しそうな妖精ばかり。

 

背中に半透明な羽根が生えた妖精。

 

地面を歩いているのは不気味さが強調されたゴブリンやドワーフ。

 

それに流れ着いたこの国土着の精霊の姿まで見えるではないか。

 

「いいや、あんたは夢を見てるわけじゃねーぞ」

 

背中側から声が聞こえたので後ろを振り向く。

 

そこに立っていたのは赤い肌をした小人であった。

 

「よぉ、食い意地張った小僧。喜べ…お前は俺達の女王様に気に入られた」

 

「貴殿のその姿は……昔何かの書籍で見たことが…」

 

「…もしかして、ハイファンタジー漫画のゴブリンと俺を同一視してねーか?」

 

【ゴブリン】

 

イギリスの妖精であり歪んだ性格の持ち主。

 

人の不幸を喜ぶが、それもどちらかといえば子供が悪戯をして喜ぶような程度である。

 

解り易いキャラクター性ゆえに様々な物語で登場し、好戦的な小鬼として描かれるようになった。

 

「女の敵のレイプ魔扱いするんじゃねぇ。俺はこう見えて由緒正しい魔女様に仕えていた事が…」

 

「家に帰して欲しいであります」

 

「…妖精の話を聞く気はないようだな」

 

立ち上がり、周囲を確認するのだが…。

 

「…方角が分からないであります。この森は一体……」

 

「逃げようなんて考えても無駄だ。妖精王国に一度引きずりこまれた小僧は二度と出られない」

 

「こ…小僧……?」

 

自分は女だと言おうとしたが、ゴブリンは踵を返してついてくるように促す。

 

逃げるにも方角が分からないため、仕方なく後ろをついていく。

 

神秘的な森の中を歩きながらも周囲を警戒する姿勢は崩さない。

 

「この森で見かける…あの妖精や精霊の姿は……」

 

「絵本でも見た事あるような見た目だろ?俺たち概念存在は、そうやって形作られるってもんよ」

 

「概念存在?それでは貴殿たちは…神や悪魔、それに精霊のような類でありますか?」

 

「その通りだ。もっともゴブリンの俺達はファンタジー漫画のせいで…孕ませレイプ魔概念に…」

 

ブツブツと文句の小言を言いながら歩く小人である。

 

ふと立ち止まった旭に向けて小鬼のゴブリンは振り向く。

 

「どうした?」

 

「いや……この白いローブで素肌を隠した妖精は……」

 

旭が見かけたのは石のように動かずこちらを見つめる恐ろしい顔をした妖精だ。

 

「そいつはこの妖精王国の門番だ。怒らせるとマジで怖いスプリガンだからな」

 

「スプリガン…?」

 

【スプリガン】

 

イギリスのコーンウォール地方に伝わる妖精の一種。

 

自由に姿を変えられるが小人の姿で油断させ、戦いになると巨人の姿になって敵を叩き伏せる。

 

財宝の埋蔵地の管理者であり醜く狂暴と言われるが他の妖精の護衛役も務める存在。

 

骸骨を思わせる姿で蹲り、白い布を被って人目を忍んでいるかのような姿をしていた。

 

「グ…ガ…ナン…ダァァァ…?おでに…構って…くれるのかぁ…?」

 

「い…いや……我は別に……」

 

「オマエ…客人。おで…叩き…潰さない……ゴガッ」

 

「そいつはほっとけ。客のフリした盗人だと勘違いされたら…巨人化されて襲われるぞ」

 

「……そうでありますか」

 

スプリガンから離れ、2人は森の奥に向かう。

 

そんな2人に視線を向けている妖精と精霊の姿が見える。

 

「ねぇねぇシルフ!あの子が来てるよ~!」

 

彼女を以前見かけたコダマが隣のシルフに嬉しそうに語るのだが…。

 

「あの子…女の子よ?なんで私たちの妖精王国に連れてきちゃうのかな~?」

 

宙を飛びながら腕を組み考え込む彼女の隣に別の妖精が飛んでくる。

 

「うちの女王様や王様ってさ~頭が弱い部分あるからね~。勘違いしちゃったとか?」

 

「それもありそうよね~ピクシー。あの子…女の子だってバレたら大変よね…きっと」

 

隣に現れた妖精とは、人修羅がかつて仲魔として連れていた妖精と同じ見た目である。

 

【ピクシー】

 

イギリスコーンウォール地方の悪戯好きな妖精であり、赤毛で緑色の目をした姿が定説。

 

旅人を道に迷わせるという性質はブラウニーに近い存在だ。

 

語源は悪戯妖精パックに愛称語尾のsyがついたパクシ―であるため非常に悪戯好き。

 

ちなみに人修羅の仲魔であったピクシーとは別個体である。

 

「ねぇねぇ、女王様のところに行くみたいだけど…大丈夫なのかなぁ?」

 

「どうせ…ティターニア様のお気に入り鑑賞物にされちゃうだけでしょ~?」

 

「まぁそうなるでしょうけど~…あんまり面白そうな顔してないわね~シルフ?」

 

「シルフはね~あの子のことを気にしてるんだよ!ボクといっしょにいつも見物してるし!」

 

「コラ、コダマ!余計な事は言わなくていいわよ!」

 

「だって~自然をだいじにしてくれる優しい子だっていつも言ってたよ~?」

 

それを聞いた色恋沙汰大好きな妖精であるピクシーはニンマリ顔。

 

「へ~~…シルフってさぁ、男の旦那を欲しがってたけど…百合もイケる口なんだ?」

 

シルフの頭部に怒りマークが浮かび上がり、空中で掴み上げて脇固めを放つ。

 

「あだだだだッッ!!!」

 

「だ~れ~が~女もイケちゃうバイ妖精だって~ピクシー!?」

 

「ねぇねぇ~バイってどういう意味~?食べ物なのかな~?」

 

「あんたは知らなくていいわよ!!」

 

どんちゃん騒ぎをしている妖精と精霊たちを尻目に、旭達は王国の奥まで進んでいく。

 

「この奥に女王様がいらせられる。粗相のないようにな」

 

「…我はお腹が空いてるので帰りたいであります」

 

「今、腹の虫は鳴いているか?」

 

「…そういえば、腹の虫が鳴らなくなったでありますね?」

 

「この妖精王国はな、時間の流れが曖昧なんだ。外の世界の方がずっと早く時間が流れる」

 

「それってまさか…浦島太郎の竜宮城世界と同じ…!?」

 

「ここにいれば腹も減らなくなる。ウサギに化けてた俺を食わなくても生きていけるぜ~」

 

「そ…そんな……」

 

「まぁ、うちの女王様に気に入られたのが運の尽きだな~小僧?ハッハッハッ!!」

 

(は……早く帰る方法を見つけるでありますよ!!)

 

手を振りながら帰っていくゴブリンを見つめていた旭であったが、意を決して森の奥に進む。

 

「うわぁ……凄いであります…」

 

見上げれば、そこには御神木の如き大きな樹。

 

大きな木の枝に座っている人物に目がいく。

 

「あら、お目覚めかしら?」

 

美しき4枚の羽根に緑のドレス、頭部には白い花のかんざしを纏うブロンドヘアーの女性。

 

妖精だと思われるが、人間の女性と変わらない程の大きさだった。

 

「ようこそ、私と夫のオベロンの王国へ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ブロンドの長髪をかき上げた後、背中の羽根を羽ばたかせて下りてくる。

 

旭の前に浮遊しながら舞い降り、彼女の顔を舐め回すように見つめてくる…。

 

「き…貴殿が…この妖精たちの国の、女王陛下でありますか?」

 

陛下と敬称をつけて呼んでくれた事に気分を良くしたのか、笑顔で答える。

 

「その通りよ♪私の名はティターニア…この妖精郷の女主人を務めているわ」

 

【ティターニア】

 

妖精王オベロンの妃であり、シェークスピアの戯曲である夏の夜の夢で有名な妖精女王。

 

ギリシャ神話の主神ゼウスの娘である狩猟の女神アルテミスのイメージを受け継ぐ存在。

 

魔女術の開示では、女の妖精ニンフを引き連れた月の女神ダイアナを妖精女王と呼んだ。

 

金髪の美しい女性の姿であり、綺麗な昆虫の羽を背に具えている。

 

また身体の線が分かる透けのある服をまとっており、官能的な絵画が多く残されていた。

 

地母神に由来するだけあって、ただ大人しく主人に従う性格ではない。

 

人修羅が仲魔として引き連れていたティターニアとは別個体であるように見えるのだが…。

 

「凄いであります…このような女神の如く美しい存在など、生まれて初めて見たであります」

 

神の如き女悪魔の存在に気圧されてしまい、世辞が出る。

 

それがさらに彼女の機嫌を良くしてくれたようだ。

 

「よく分かっている坊やね♪たしかに、私は様々な女神と同一視される概念存在よ」

 

「その…概念存在というのがよく分からないであります。何を指しているのですか?」

 

神や悪魔と呼ばれる存在について、旭はあまり知識がない。

 

困った坊やを見るような慈しみの眼差しを向けながら、木の幹に座るように促す。

 

隣に座ったティターニアが、神や悪魔について説明してくれた。

 

「…なるほど。つまり、神や悪魔と呼ばれる存在達は…全ての世界で観測される存在?」

 

「ティターニアと呼ばれる高位概念存在が他の並行宇宙に在るのなら、そこには私がいるのよ」

 

「では、貴殿も他の宇宙の事が…視えちゃったり、するのでありますか?」

 

それを聞かれたティターニアが遠い眼差しを浮かべる。

 

「…他の宇宙の私はね、ボルテクス界と呼ばれる…宇宙を創成する球体世界に存在していたわ」

 

「ボルテクス界…?」

 

「そこに存在していた私は…貴方に勝るとも劣らない程の美しい少年悪魔の仲魔をしていたのよ」

 

どうやらニュクスと同じく、かつての人修羅と触れ合った記憶を持つ悪魔のようだ。

 

「ボルテクス界や…アマラ宇宙という並行宇宙…それに、コトワリの神…でありますか?」

 

「魔法少女と呼ばれる存在たちを救う、新しいコトワリの神が最近生まれたみたいよ」

 

円環のコトワリの存在まで知る存在だと分かり、雲の上の話をされている気分になっていく。

 

「そ…その…我は神や悪魔、それに宇宙については分からないであります。…ただの猟師ですし」

 

「ごめんなさい、難しい話をしちゃったかしら?」

 

「我はその…人間世界で暮らしている身。帰りを待つ人々がいるので…その……」

 

人間界に未練がある態度を見せられ、機嫌が良かった妖精女王も顔をしかめる。

 

「心配しないで、坊やの代えなら用意してあげるわ」

 

「我の…代え…?」

 

「替え子(チェンジリング)よ。貴方に擬態させた別の妖精を人間界に送るわね」

 

「そ、それでは困るであります!我が帰りたいのであります!」

 

「困った子ねぇ…ここでなら何も苦しむことなく幸福に暮らせるというのに」

 

「わ…我をどうするつもりでありますか…?妖精は…人に危害を加える存在でありますか?」

 

怯えた表情も愛らしいのか、座ったティターニアは旭を笑顔で見つめてくる。

 

「私は他の粗暴な連中とは違うの。別に取って食うような真似はしないわ」

 

「本当で…ありますか?」

 

「美丈夫は…傍に置いておくだけでも私の乾いた心を潤してくれるのよ」

 

「…飼い殺しでありますか」

 

「特に、オリエンタルな美少年は私の好み。かつて仕えた人修羅もまた…私好みだったわ」

 

「我は…人修羅と呼ばれる悪魔少年ではないであります…」

 

「構わないわよ。貴方も十分美しいし…特別大切に愛でてあげるわ」

 

(参ったであります…我は女であり魔法少女だとは…言い辛い空気でありますね…)

 

注意深く探れば軍服衣装にも乳房の膨らみもあるし、魔法少女としての魔力もある。

 

それさえ気にならないのか、ティターニアは旭の容姿の美しさしか見えていない。

 

「美しき男は、美しき女によって鑑賞され…愛されなければならないわ」

 

「わ…我はその……髪を女みたいに伸ばしてるのはその……」

 

「遠慮しなくていいわ。私と一緒にいれば、貴方は何不自由なく暮らせるのよ?」

 

妖艶な笑みで近寄ってくるティターニア。

 

緑のドレスの谷間から覗く豊満な乳房だが、同じ女である旭にとっては嫉妬しか感じない。

 

それでも高位の霊的存在の圧倒的な威圧感に震えていた時…。

 

<<待ちなさいティターニア!>>

 

入り口方面の森から聞こえてきたのは少年の声。

 

<<美しき小性を手に入れて独り占めとは人が悪い!!>>

 

旭に近寄っていたティターニアであったが、忌々しげに舌打ちして振り返る。

 

「こんな時に限って…間が悪い男ね」

 

森の上空から飛来して現れたのは、背中に大きな蝶の羽を持つ王子様ルックな衣装を纏う少年。

 

舞い降りた人物の身長は1メートル少々しかない小学生サイズであった。

 

「こ…この人物は……?」

 

自分よりもずっと身長が低い少年に目がいく旭はティターニアに振り返るのだが…。

 

「…小さい子供のような見た目だけれど、私の夫であり…妖精王のオベロンよ」

 

【オベロン】

 

妖精王であり、ゲルマン人の民間伝承に属するドワーフ系の妖精。

 

13世紀のフランスの武勲詩ユオン・ド・ボルドーが登場する最古の物語と思われる。

 

その中ではオベロンは美しくも生まれた時の呪いで1メートル足らずの背しかなかった。

 

しかし強大な魔力を誇り、主人公ユオンに試練を与え、また手助けしたという。

 

後にイギリス詩人や劇作家に取り上げられ、妻のティターニアと共に名を知られるようになる。

 

オベロンのルーツとしてニーベルンゲンの歌に登場する小人王アルベリヒが有力視されていた。

 

地面に着地した小さな妖精王がズカズカと歩いてくる。

 

「私に霧峰村のサマナーの相手を押し付けて!自分は美少年漁りですか!?」

 

「五月蠅いわね~いちいち。私の趣味にまで口を出されたら、流石に怒るわよ?」

 

「趣味を馬鹿にしてるのではありません!王としての職務を私に押し付けてばかりはズルい!」

 

「何よ?私に王のお仕事押し付けて、自分が坊やをしゃぶりつくしたいって欲望が見え見えよ」

 

「一つ言っておきます。私が愛するのは妻の貴女だけですが、美少年の小姓は別です」

 

「私だって愛してるのは夫の貴方だけだけど、鑑賞物を集めるのは別口よ」

 

「その鑑賞物…私に譲ってくれませんか?」

 

「いやよ~私が先に手をつけたんだもの~♪」

 

「くっ…!では、ジャンケンで決めましょう!勝った方が美しき美少年を所有する!」

 

「いいわよー!妖精女王である私の強運を舐めないでもらおうかしら!」

 

夫婦喧嘩してたら惚気だし、今度は子供のお遊び。

 

妖精とは傲慢で気分屋で気まぐれな生き物なのだと考えながら…旭はこっそり逃げ出していく。

 

(馬鹿がバカを呼ぶであります…。しかし、今のうちに森から抜け出さねば…)

 

後ろのバカ夫婦に視線を向けながら匍匐前進して茂みに入ろうとした時…。

 

「あっ……」

 

目の前に立っていたのは身長3メートルを遥かに超えていそうな見張りの妖精である。

 

「むむむっ!?おまえ!!」

 

旭の両足を巨大な手で掴み上げる。

 

「見つかったであります!?」

 

原始人のような獣服を纏う巨大で恰幅のいいずんぐり妖精。

 

その剛腕はずっしりとしており、力を入れて掴まれたらひとたまりもないだろう。

 

「見張りをしていたら…オシャレなマタギ小僧を見つけてしまった!…ん?この臭いは小僧?」

 

「貴殿は何者でありますか!?」

 

「むむむーーっ!?喋っていいのか?いいとも!オレの名は…トロールだ!」

 

【トロール】

 

大柄な妖精の総称であり、性格は凶暴であったり親切であったりと様々。

 

本来は古代北欧語の怪物を意味する一般名詞である。

 

巨人族ヨトゥンの末裔とされる妖精を指すようになった。

 

トロールは日光を浴びると石になるか破裂するので、人里を徘徊するのは夜と言われる。

 

雷鳴や教会の鐘の音も苦手であるが腕力は強く、魔法が使える個体は変化も得意とした。

 

向こうではじゃんけん大会を繰り返すバカ夫婦の光景が続いている。

 

「やりますね…お互いに未来のタイムラインを覗き合っていては……」

 

「未来が改変されまくって…埒が明かないわね……」

 

「未来を覗くというのは…こういう弊害があるから神々の間で多用はやめとくのが常ですが…」

 

「夫婦であっても…負けられない勝負がある時は別よ…!」

 

次で勝負をつけようと2人が両手を構えていた時…。

 

「うぉ~~い王様~~!!」

 

見張りのトロールの声に反応し、2人が逆さに吊られた旭に向き直る。

 

「オレ、こいつは()()()()()()と思うぞーっ!!」

 

……………。

 

暫く思考停止してしまう夫婦。

 

バレてしまっては仕方がないと、旭は魔法少女の変身を解く。

 

「「あっ……」」

 

白い女子学生服を纏っているのは…美少年だと間違われていた三浦旭の姿。

 

「早く…おろして欲しいであります。スカートがめくり上がるであります…」

 

頬を染め片手でミニスカートを抑えていたが、目の前に逆さに映る夫婦の姿に視線が向く。

 

「あ……あ……あぁ………」

 

鳩が豆鉄砲を食ったような顔つきで口をパクパクさせるばかりのティターニア。

 

同じように茫然としていた夫だが、引き攣った表情のまま妻に振り返り…。

 

「何処が美少年なのですか貴女ーっ!?目玉が腐っているのではないのですかーっ!!」

 

「う、う、煩いわね!?私だって勘違いの一つや二つぐらいするわよ!!」

 

「それでよく女王を名乗ってられますね!ピクシーやシルフ達の方がまだ頭がいいですよ!」

 

「なんですってぇ!?女王の私を馬鹿にするのは…夫であろうと許さないわよーっ!!」

 

「今度は実力勝負ですかぁ!!?望むところですよーっ!!!」

 

小学生サイズの夫と取っ組み合いの夫婦喧嘩を始めるティターニア。

 

こんな性格で人修羅の仲魔をかつての世界で務めていたのであろうか…。

 

旭とトロールはしょうもない夫婦喧嘩の光景に冷や汗が浮かぶ。

 

「王様~~…こいつ、どうしよう?」

 

キッとした怒りの表情を同時に浮かべた夫婦が振り向く。

 

「あ…あの…我は女の子であります。ご期待には沿えないので家に帰して欲しいのでありま…?」

 

夫婦が同時に出したハンドサインは…古代ローマの闘技場で敗北者に向けて民衆が放つサイン。

 

親指を下に向けて殺せと指示するサムズダウンだった。

 

頭部にブワッと嫌な汗が浮かぶ旭と、巨人のくせにつぶらな瞳をしたトロールの目が光る。

 

「王様たちの許可が出たぞ~オシャレなマタギ―ッ!!」

 

「うわわわわわ~~~ッッ!!?」

 

ブンブンと剛腕を回転させ、旭の頭部が回転の渦の中で何個も錯覚で見える光景が続く。

 

「オシャレにあの世行きだぁぁーーッッ!!!」

 

勢いのまま旭を投擲。

 

「ひゃぁぁぁ~~~ッッ!!!?」

 

妖精の森の奥地に向けて飛んでいくか弱い女の子の運命は如何に…。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「うぅ……酷い目に合ったであります…」

 

木の枝に引っかかっていた旭だが、態勢を立て直して地面に着地。

 

左手を掲げて再び魔法少女に変身し、魔法のライフル銃を両手に持つ。

 

「妖精の王たちを怒らせてしまったでありますが…我のせいではないであります」

 

彼女はとんだトバッチリを受けただけの被害者だが、妖精の王を怒らせて無事で済む筈がない。

 

「どうにかして…この妖精の王国から抜け出さなければ…」

 

方向さえ分からない神秘的な森の中を彷徨い歩く。

 

どうやら山間部の山側にまで投げ飛ばされてしまったようである。

 

少し歩いた時、何かを見つける。

 

「これは……洞窟でありますか?」

 

切り立った山の中で見つけた洞窟であるが、中から不穏な気配を感じる。

 

「この臭いは……瘴気?中にいるのは…悪鬼である魔獣?それとも…悪魔?」

 

別の場所に移動しようにも、方角さえ分からないではいずれ追い込まれる。

 

暫くここでやり過ごすしかないと判断し、彼女は洞窟の中に向けて歩みを進ませた。

 

「…夜目が効くから分かるであります」

 

彼女が歩いている洞窟内部に散乱しているもの。

 

それは大量の人骨。

 

「悪鬼は人間を襲っても廃人に変えるだけで殺しはしない。なら、これを行ったのは…」

 

警戒しながら洞窟の奥にまで進んでいく。

 

「入り口もそうでありましたが…随分と大きな洞窟であります。これだけの広さなら…」

 

巨体を持った悪魔であっても巣に出来ると考えていた時、彼女の足が止まり岩場に隠れる。

 

(あれは…巨大な蜘蛛の巣?それに…吊るされているのは…)

 

夜目で確認すれば、どれも白骨死体ばかり。

 

(捕らえた獲物を食べもせず放置して殺す?ティターニアのように…獲物を鑑賞していただけ?)

 

疑問が募っていた時、クモの糸に絡めつけられて吊るされた一つが蠢く。

 

「あ…貴女は!?こんなところに迷い込んで…もしかして、私を救いに来た麗しき女神!?」

 

「あ……あの人物は…?」

 

慌てて態勢を旭の方に向けていくのは、逆さま姿の美しき青年騎士。

 

「私はタム・リンと申します!訳有ってジョロウグモに捕まり…大正からずっとこのままです!」

 

【タム・リン】

 

ケルト神話にその姿を見せる妖精騎士。

 

彼は森へ狩りに行った帰りに妖精の女王に捕らえられ、自分も無理矢理妖精にされてしまう。

 

妖精に変える事で妖精郷の住人にしてしまおうと考えたティターニアの策の犠牲者である。

 

だが彼の子供を孕んでたジャネットという女性の努力により、ハロウィンの晩に救われたという。

 

なお、人間時代のタム・リンは騎士の名に相応しい人物という逸話ではない。

 

カーターホーの森を通る乙女はタム・リンに持ち物か処女を奪われてしまう警告で始まるのだ。

 

バラッドの乙女の純潔を奪う妖精とは、タム・リンの事であった。

 

「タム・リン殿でありますか…?この魔力…やはり貴殿は悪魔でありますか?」

 

「そ、そうですが…()()()()()()()なのです!というか…私は元は人間なのです!」

 

「人間?ということは…貴殿も我と同じく、妖精郷に囚われた被害者なのでありますか?」

 

「その通り!は、早く拘束を解いて欲しいです!早くしないと…ジョロウグモが帰ってくる!」

 

「その…ジョロウグモというのは悪魔でありますか?」

 

忌々しい存在の事を聞かれたタム・リンが逆さの顔を歪めていく。

 

「黒い肌で女の上半身を持つ…巨大な蜘蛛悪魔です。私は大正時代の頃からあの女の鑑賞物です」

 

「大正時代から…?なるほど、周りの仏様達は…古い時代に攫われた犠牲者というわけですか」

 

「顔がいい悪魔だから~いつまでも鑑賞出来るわ~♪…とか考えてるおぞましい女悪魔です!」

 

「なるほど…ですが、我は先ほど妖精たちから酷い目に合わされたので…妖精と聞いては…」

 

「信じてください!私は人畜無害な妖精であり、人間なのです!助けてくれたら礼もします!」

 

「…貴殿は妖精だと言ったであります。もしかして、妖精郷の出口が分かるのでありますか?」

 

「オフコース!妖精である私ならば、出口がある場所など天斗樹林でなくとも解ります!」

 

「…了解であります」

 

魔法のライフル銃で狙いを定め、吊り下げた糸を撃つ。

 

「がはっ!!?」

 

体を鎧ごと糸で拘束されていたタム・リンは受け身をとることも出来ずに地面に落ちた。

 

魔力で銃剣を生み出し、包まれた糸を切り裂き彼を救出。

 

「ウォォォォ!!!何十年ぶりの自由でありましょうかーッッ!!!」

 

魔力で槍を生み出し、高らかに掲げて勝利の雄叫びを上げる。

 

「約束であります。我をこの妖精郷から連れ出して欲しいであります」

 

自由の世界に戻れた余韻に浸っていたが、彼女に向き直る。

 

「…貴女の今の状況ならば察する事が出来ます。貴女はもしかして、美丈夫と間違われて…?」

 

旭の顔が曇り、俯いていく。

 

「あ~言わなくていいです。あの妖精王夫婦はその…色々と頭がおかしいんですよ」

 

「さっき会ったばかりでしたが…頭がおかしいという部分は、的を得ているであります」

 

「無駄話よりも、早くこの洞窟から抜け出すのが先決。私が先導しますからついてきて下さい」

 

2人は洞窟の奥から移動していく。

 

警戒して進むのだが、旭から感じる久しぶりの美女の匂いを鼻で感じ取りご満悦なタム・リン。

 

「…つかぬことを聞きますが、貴女はもしかして…魔法少女と呼ばれる種族ですか?」

 

「我ら巫…いえ、魔法少女のことをご存知なのでありますか?」

 

「古くから、悪魔と共に魔法を司る存在として…世界に存在してました」

 

「我が魔法少女だとして、それが何かあるのでありますか?」

 

「い、いえね…魔法少女となる者達は古くから美少女揃い…この辺りにも沢山いるかな~と」

 

「それはまぁ…いるでありますね。この近くの集落である霧峰村は魔法少女一族の村であります」

 

小さくガッツポーズを作る彼の姿は夜目に優れた彼女には見えている。

 

「…何を考えているのでありますか?」

 

「えっ!?別に私は何も……ん!?」

 

片手で彼女を制し、岩場に隠れろと促す。

 

2人が岩場に隠れた少し後に、入り口から巨大な魔力を感じさせてきた。

 

「…名前は?」

 

「三浦旭であります」

 

「旭さん、魔力を覆い隠す技術をお持ちですか?」

 

「我は魔法少女の中でも魔力を隠蔽する力に優れた狙撃手であります。任せて欲しいであります」

 

「では、互いに魔力を隠し…息を殺して下さい。ジョロウグモが…巣に帰ってきたようです」

 

言われた通りソウルジェムの魔力を周囲から隠す。

 

近づいてくるのは巨大な足音。

 

「ハァァァ…天斗樹林から引っ越した場所が、若い男の少ない地域だったなんてねぇ…」

 

巨体が岩場を通り超えていく光景を2人は息を殺して見つめている。

 

(あれが…ジョロウグモでありますか?何という巨体……)

 

(そうです…あの女は擬態して麓の村まで下り、気に入った男を攫っていく悪魔なのです)

 

【絡新婦(ジョロウグモ)】

 

女郎蜘蛛ともいう日本民間伝承の齢を経た牝蜘蛛の妖怪。

 

美女に化けて男を誘い出し喰らうとされる。

 

滝や淵などに関連付けられ、水霊であるとする地方もある。

 

その場合は水辺に近付いた男の足に糸を巻き付け引きずり込むという。

 

中には人間と絡新婦の悲恋の逸話や、絡新婦を水難避けの神として伝える所もあった。

 

「ハァァァ…引っ越そうかしら?でも、悪魔が静かに暮らせる場所って少ないのよねぇ」

 

今日の収穫にありつけず愚痴をこぼしながらコレクションルームに移動していく巨体。

 

「…今です、移動しましょう」

 

「承知したであります」

 

2人は気配を殺しながら進み、ようやく洞窟の出口に到達。

 

そんな2人を出迎えてくれた妖精の姿があった。

 

「あーっ!!あ、あんた…そいつを助けちゃったの!!?」

 

「貴殿は……?」

 

現れたのはシルフである。

 

どうやら妖精郷の騒ぎに気が付き、旭を探す捜索隊よりも先に動いて見つけ出したようだ。

 

「わ、私はシルフっていう妖精よ。あんたの事はその…色々知っててさ、助けようと…」

 

「もしかして、森の中で感じていた何かの視線というのは…シルフ殿でありますか?」

 

「わ、私と…友達のコダマっていう精霊が貴女の狩りを見守っててあげたのよ!感謝なさい!」

 

(頼んだ覚えはないのでありますが…)

 

突然助けに来たり感謝を要求されたり、やはり妖精というのは気分屋なのだと旭は察する。

 

横を向けば、口笛を吹き出して素知らぬ態度を見せるタム・リンが立っている。

 

「その妖精男に近寄っちゃダメよアンタ!!」

 

「どうしてでありますか?」

 

「そいつに近寄ると……()()()()()()ても知らないんだから!!」

 

いきなりの爆弾発言。

 

旭は首を傾げながらタム・リンに視線を移していく。

 

「聞く耳を持ってはダメです、旭さん。妖精は人に悪戯を仕掛けてくる存在ですよ」

 

「白を切るつもり!?私の妖精の女友達だってあんたに……」

 

「待つであります!この魔力の数…近寄ってくるでありますよ!」

 

肝心の部分を言いかけたシルフだが、旭に促されて後ろの森に振り向く。

 

どうやら、ティターニアとオベロンに命令された探索隊が迫ってきているようだ。

 

「この大地を震動させる地響き…不味いですよ、コレ」

 

「うん…スプリガンまで来てる…」

 

木々が押し倒されていく音が近づいてくる。

 

「こんなにも大きく育った森の木々が押し倒されていく…あのスプリガンはそれ程の…」

 

血相変えたシルフとタム・リンが旭に顔を向ける。

 

「こうなったら仕方ありません。逃げるが勝ちです」

 

「タム・リン殿…貴殿は騎士でありますよね?その立派な槍が泣くであります」

 

「騎士とて無謀な戦いなどしないのです。勇気ある行動と蛮勇は区別するべきですよ」

 

「普段は股間にだらしないくせに…火事場になったらまともになるんだからコイツ…」

 

「いいですか?私たち妖精は擬態能力に優れます。ですので、どちらかが旭殿に擬態するのです」

 

「なるほど…つまり二手に分かれて逃げるのでありますね?」

 

「私が旭殿に化けましょう。私に対するシルフのよからぬ戯言などないと、行動で示しましょう」

 

槍を掲げたタム・リンが魔力を用いて擬態。

 

そこに立つのは、旭と瓜二つとなったタム・リンの姿。

 

「凄い…他人に変身する魔法を持つ魔法少女もいると聞きましたが…妖精も中々の手際ですな」

 

「では、我は別の方角から逃げるであります。シルフ殿、本物の旭殿を任せたであります」

 

「フン、言われなくても!アンタは掴まってまたジョロウグモの巣にでも放り込まれなさい!」

 

旭に化けたタム・リンは自らが囮となるために妖精たちが迫る方角に向かう。

 

「勇敢でありますな、タム・リン殿は。ご助力に感謝するであります」

 

「ああいう奴だけど、大正時代は帝都を守護するデビルサマナーと一緒に戦った事がある悪魔よ」

 

「では、我らは別の方角に向かうであります」

 

「こっちよ、私が妖精郷の出口に案内してあげる」

 

旭の肩にシルフは座り、ナビを行っていく。

 

スプリガンの地響きはタム・リンが逃げた方角に向けて移動したようだが…。

 

「この調子で進めばもう少しで出口よ!」

 

「何という悪夢のような一日でありましたか…それも、もう直ぐ終わりそうであります」

 

2人は安堵していたようだが、そうは問屋が卸さない。

 

「ウォォォォ!!オシャレなマタギを発見伝ーーッッ!!!」

 

慌てて後ろを見れば、見張りをしていたトロールの姿が迫りくる。

 

右手には切り株で作られた巨大な棍棒が握り締められていた。

 

「不味いわ!こうなったら…私の魔法でけちょんけちょんに!」

 

「同族に向けて戦う必要はないであります」

 

「えっ?」

 

「最後ぐらいは、我に働かせて欲しいでありますよ」

 

ライフル銃の銃床を肩に当て、狙うのは細く伸びた木。

 

「あれぐらいの木なら…撃ち抜けるであります!」

 

魔力を込めたライフル弾を発射。

 

その威力は細くはあるが丸太のように太い木を破壊する程だ。

 

木の上部が落下する下側には…。

 

「ぐごっ!!?」

 

トロールの頭に丸太のように大きな木がぶつかり、目を回していく。

 

「悪魔も…月までブッ飛ぶ…この衝撃!!オマエ…オシャレな…ヤツだった…ぜ…」

 

巨体が後ろに向けて倒れ込み、気絶したようだ。

 

見届けたシルフは手を叩いて喜びを露にする。

 

「魔法少女の戦いなんて初めて見たけど、やるじゃんアンタ!」

 

「お褒めの言葉よりも、出口のナビを頼むであります。追撃班が迫ってくる状況であります」

 

「そ、それもそうね…あっちの方角よ!」

 

シルフの協力を得た旭は、どうにか妖精郷の出口にまでたどり着く。

 

「ご協力に感謝するであります、シルフ殿。それに、タム・リン殿の勇気にも感謝であります」

 

「あの股間にだらしない妖精なんて気にしない。それよりさ…私、その……」

 

何か言いたそうな態度をしているが、旭は外の状況が気がかりな様子。

 

「我は…この妖精郷でどれぐらいの時間を過ごしたでありますか?それによって外界の時間は…」

 

「多分、次の日ぐらいにはなってると思うわ。ここは長居しちゃうと知ってる人は皆年寄りよ」

 

「まさに竜宮城の如き世界…妖精たちにとってはパラダイスであるのでしょうな」

 

「そ、その…ね?あんた達が暮らしてる村ってさ……その」

 

「霧峰村がどうかしたのでありますか?」

 

シルフは語ろうとしている。

 

霧峰村の暗部とも言える部分を目撃したことを。

 

しかし、首を振った後に旭の顔に向き直る。

 

「…ううん、何でもない。これはきっと…あんたの村の人達の力で解決する問題だと思うわ」

 

「本当に世話になったであります、シルフ殿。山間の森で出会えた時は、声をかけて欲しいです」

 

踵を返し、旭は去っていく。

 

もじもじした態度をしていたシルフだが、息を飲みこんで口を開く。

 

「ねぇ…旭っていうんでしょ?旭はさ…その……」

 

――悪魔の仲魔とか、欲しくはない?

 

それを聞いた彼女の足が立ち止まる。

 

「わ、私はね…自然を大事にしてくれる人なら、男も女も関係なく…好きだから…」

 

背を向けたままだが、彼女は首を横に振った。

 

「…我ら巫は、悪鬼である魔獣と戦う存在。この地で平穏に暮らす妖精殿を危険に晒すわけには」

 

「私だって!魔法の力があるから戦えるわよ!」

 

「その力は、同じ仲魔たちを守るために使って欲しいであります。我の力だって…」

 

――大切な、時女の巫たちを守るための力なのでありますから。

 

振り向いた彼女が笑顔を向け、一礼をした後に妖精郷の出口から姿を消していく。

 

彼女の背中を見送ったシルフは深く息を吸い込んだあとに溜息を出した。

 

「なんで…私はこんなことを言うんだろ?」

 

自分でも彼女を気にしてしまう自分のことがよくわかっていない様子なのだが…。

 

<<フッフッフッ、いやーシルフちゃんってば…青春だよね~♪>>

 

ビクッと体を震わせ、後ろを見ればピクシーとコダマがいた。

 

「ウリウリ~♪認めちゃいなさいよ~私は女もイケちゃうバイ妖精だって♪」

 

恋愛大好きな妖精仲間にからかわれたシルフの頭部に怒りマークが浮かぶ。

 

「ねぇねぇ、バイってどういう意味なのかおしえてよ~?ばいばいけいやくしょの略?」

 

「煩いわよコダマ!あんたは子供の精霊なんだから、そんなことは知らなくてもいいの!」

 

「まぁまぁシルフ、こういう話は妖精にとって最高のおつまみなの♪みんなに言いふらしてこ♪」

 

「ピ~ク~シー!!!」

 

ピクシーの後を追いかけ回すシルフとコダマ。

 

妖精郷に囚われた魔法少女の物語は、これにて一件落着なのではあるが…。

 

……………。

 

ところ変わって違う場所の出口にはタム・リンの姿が見える。

 

「フフフ…悪魔合体で生まれた私は、悪魔の思い出スキルである逃走加速があったのですよ」

 

どうやら確実に逃げられる算段があってこその行動であったようだ。

 

「私を鍛えた()()()()()()に感謝カンゲキ雨嵐!いざ行かん…美少女達が待つ旭さんの村へ!!」

 

こうして解き放たれてしまった不穏な影。

 

その後の時女の里はどうなっていくのであろうか?

 

一部始終を見てみよう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

7月も過ぎていった頃。

 

ここは時女一族に所属する魔法少女達が鍛錬の場に使っている大きな道場。

 

様々な武器や忍具が壁にかけられ、中では練習生として参加する時女の魔法少女が大勢いる。

 

その中には銃剣術の指導を行う三浦旭の姿もあった。

 

「そろそろ休憩にするであります」

 

銃剣術の指導も終わり、皆が道場に座り込んで休憩していく。

 

旭も壁にもたれ込み、水筒のお茶を飲んでいたのだが…。

 

「あの…旭さん。相談に乗ってもらいたいことがあるんです」

 

近寄ってきたのは練習生として参加していた魔法少女。

 

「相談とは、なんでありますか?」

 

「実は…私の友達の件なんです」

 

ここでは話せないと言われ、2人は道場の裏側にまで移動していく。

 

人気のない場所で語られた内容とは…。

 

「……お友達が妊娠した、でありますか?」

 

深刻な表情を浮かべながら首を縦に振る魔法少女。

 

「その、いつ頃から現れたのか分からないんですが…凄くイケメンな青年が村に現れるんです」

 

「凄くイケメンな…青年でありますか?」

 

「私の友達に声をかけてきたんですが…その子、その人に一目ぼれしちゃって…」

 

「関係を…持ってしまったのでありますね?」

 

「私たちはヤタガラスに所属する巫達です。色恋沙汰は厳しく取り締まられてるんですが…」

 

「…たしかに、全体の士気に影響が出る問題であります」

 

腕を組んで考え込む。

 

色恋沙汰の問題など初めて相談されたこともあり、旭では手に負えそうにない。

 

「そういえば…シルフ殿が何か言っていたような……」

 

色々と思い出していき、これは不味いと思った旭は時女本家の門を叩く。

 

出迎えてくれた静香の母親に相談し、彼女もこれは看過できないと判断。

 

「よく知らせてくれたわね、旭ちゃん。この問題はデビルサマナーである私が対処するわ」

 

「…タム・リン殿。無事であったのは喜ばしいでありますが…女として許せないであります」

 

「フフッ♪股間にだらしない男悪魔は、キツイお灸を据えてあげましょう♪」

 

そうして見つけ出された種まきタンポポ悪魔は静香の母親に捕らえられる事となったようだ。

 

時女本家の庭にある木には簀巻きにされて吊るされたタム・リンが晒されている。

 

「ほんの出来心だったのです!!私はMAG回復を!彼女は女の喜びを!理想の共生関係ですよ!」

 

色男が台無しにまでボコられた顔で言い訳を並べる姿は、ジョロウグモの巣で見かけた時と同じ。

 

「なるほど…ジョロウグモの巣に放り込まれていた理由も納得でありますね」

 

「妖精達からウワサは聞いてたけど、こんな質の悪い妖精がいたなんてねぇ…どうしようかしら」

 

「簀巻きにしたまま、妖精郷の入り口にでも捨てておくであります」

 

「そんな殺生な!?私は体を張って旭さんの命を救った恩人であるはずですよー!!」

 

「見返りを求める恩など、奪うのと同じであります」

 

「MAGを提供しないと悪魔は実体を維持出来ないし、ほっとくとまた巫達の純潔が狙われるし」

 

「こんなヤツを村においていたら、帰ってきた静香殿まで毒牙にかかるであります」

 

「フフッ♪静香はそんなヤワな鍛え方をしてないから安心して。それに、この男は……」

 

何かを閃いたのか、デビルサマナーとして怪しい笑みを浮かべてくる。

 

「ま…まさか…合体材料の刑!?何でもします!何でもしますから醜い悪魔にだけは勘弁!!」

 

「うん、決めたわ。この悪魔はね…」

 

……………。

 

季節も移り変わり9月頃。

 

霧峰村は田んぼの収穫作業に追われている光景が続くのだが…。

 

「おお、田村さんは働き者だのぉ。それにイケメンさんじゃ~ありがたやありがたや」

 

「眼福じゃ~ワシも心が50歳は若返った気分じゃのぉ~?」

 

「どうじゃ?爺さんも死んでワシも寂しいんじゃ~…今夜うちに寄っていかないかい?」

 

顔が引きつった状態で収穫作業を手伝うのは、人間の男に擬態したタム・リン。

 

「どうせなら、股間の種まきよりも労働で汗を流す方が色男というものよ」

 

「まったくであります」

 

キッと不満顔をぶつける先には、笑顔の静香母と旭の姿があった。

 

(見ていなさいよ…絶対にここを抜け出して!私の青春カムバックを狙いますから!!)

 

悪魔という存在と触れ合ってしまった三浦旭。

 

彼女はこれからどんな魔法少女人生を生きるのであろうか?

 

彼女たち巫達の運命は大きく動き出す日が近づいている。

 

それはきっと、彼女にとっては悲劇としか言いようがない結末が待っているのであった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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134話 ハロウィンの悪魔

これは尚紀が見滝原市に出張しに行ってしまった頃の物語である。

 

聖探偵事務所の職員たちが見滝原市に出張した後日の水曜日。

 

業魔殿は魔法少女の悪魔教育現場となった事もあり盛況な毎日を送っている。

 

「ふぅ…こんなにも魔法少女達の相手をする日々が始まるとはな」

 

悪魔授業を行う室内から神浜魔法少女を見送るヴィクトルなのだが、溜息をつく。

 

「悪魔の存在を脅威と判断されたままでは…吾輩の業魔殿とて見つかればタダではすまない」

 

悪魔という存在の誤解を生んだままではいずれ業魔殿にも悪影響を及ぼすと判断する。

 

悪魔を知ってもらう事がみたまの利益にも繋がるとも考え、慣れない教師の役目を果たす日々。

 

「若い娘達が頻繁に訪れるのだ、上のホテルにも若者向けの店を構えると利益になるな…」

 

商売人の血が騒いでいた時、仕事を終えたみたまが研究所の椅子に座っていたのを見つける。

 

その隣には妹のみかげの姿もあったようだが…。

 

「……………」

 

声をかけようと思ったが彼女達の元気の無さを見て止めておく。

 

(まだ…ジャック・フロストを失った心の傷が癒えないのだろうな…)

 

みたまのボディガードとして悪魔を生み出し彼女に進呈したヴィクトル。

 

フロストは思った以上に彼女に気に入られ、絆を生んでしまったようだ。

 

それは妹のみかげも同じであり、短い付き合いとはいえ弟のような存在が出来たのが嬉しかった。

 

なのに出来たばかりの弟のような存在は人修羅によって殺される結果となってしまう。

 

踵を返し、彼女達から遠ざかりながらも何かを考え込む。

 

(…仕方ない。あの姉妹を元気付けるためにフロストの同族悪魔でも生んで与えてやるか)

 

こうして、ヴィクトルの八雲姉妹元気にな~れ計画がスタート。

 

自費を投入して悪魔全書から適当に弱い悪魔を選んで召喚。

 

「たしか…妖精ジャック・フロストの合体材料は…」

 

違う個体でもジャック・フロストの性格は似たり寄ったりなので彼女達も気に入るだろう。

 

業魔殿深部の悪魔合体施設で悪魔合体作業を始めていく。

 

<<ご主人様、うぉれ…いや、私に今すぐ合体スイッチを押させやがれでございます>>

 

妙な言葉遣いを始めるのは業魔殿で働くメイドのイッポンダタラ。

 

みかげにメイドらしくないと怒られ、彼女から丁寧語を習っているのだろう。

 

「うむ、いいぞイッポンダタラ。これで上手く出来るはずだ」

 

<<それでは、悪魔合体を始めてやるでございます>>

 

ボタンをポチっと押す。

 

召喚された二体の悪魔が中央の五芒星結界内で合体していく光景が続くのだが…。

 

「むぅ!?」

 

施設内で警報が鳴り響く。

 

<<これはぁぁぁ合体事故の警報ぉぉぉ!?うぉれのせいじゃねぇぇぇぇ!!!>>

 

粘土の塊がけたたましく蠢き、破裂。

 

「…うむ、忘れておった。今日の月齢は…満月であった」

 

中から表れ出た悪魔とは?

 

<<ウウ…!丸いぞぉ!月がぁ!ウハハ!サツリクの思考がぁ!ウウ…!>>

 

その頃、施設内の警報を聞きつけた八雲姉妹が業魔殿の合体施設に走ってくる。

 

「姉ちゃ!!今の警報ってなに!?」

 

「さっきのはね、悪魔合体の失敗を意味する警報なの。叔父様は研究で何かを生み出してたの?」

 

2人が自動扉を開けたが息を飲む。

 

「あれ!?ヴィクトル叔父さんが倒れてるよ!」

 

「叔父様!?」

 

みたま達は駆け付けて彼を抱き起す。

 

「む…むぅ…どうやら吾輩は、合体事故でいらん悪魔を召喚してしまったようだ…」

 

「いらん…悪魔ですか?」

 

「すまん、勝手にこんな真似をして。2人が元気無さそうに見えてな…フロストを作ろうとした」

 

「またフロスト君をミィ達のために作ろうとしてくれてたんだ…優しいね、ヴィクトル叔父さん」

 

「それで…そのいらん悪魔は何処に?姿が見えないんですけど…」

 

<<あいつは悪戯好きな妖精じゃねぇぇぇ!!外道の類だぁぁぁぁ!!!>>

 

イッポンダタラメイドも慌てて室内に入ってくる。

 

「コラッ!ダタラちゃんダメだよ!!口調が汚くなってきてる!」

 

「ぐっ!?うぉれ…じゃない、私は…あの悪魔を知っているのであります」

 

「ど、どんな悪魔を生み出したの、ダタラちゃん?」

 

「あれは…悪魔の属性的にはDARK‐CHAOSであります。破壊衝動の塊でやがります」

 

「そんな危険な悪魔を生み出してしまったわけ…?」

 

「監視カメラの映像では、その悪魔は秘密のエレベーターを使って地上に逃げやがりました」

 

「不味いわね…街に被害が出たら大変よ。それで、その悪魔の名前は分かる?」

 

「かつてロンドンの街を恐怖に陥れた殺人鬼の犠牲者の怨念や、民衆の妄想が生んだ悪魔…」

 

――ジャック・リパーでございます。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

今日もアリナ捜索に適当に出かけたジャック・ランタンがかりんの家に向けて空から帰宅。

 

「ただいまだホー。窓を開けてくれホー」

 

窓をノックしたら学校から帰ってきていた御園かりんが窓を開けてくれた。

 

「ランタン君…今日はどうだったの?」

 

「まぁ…適当に探してみたけど、今日もダメだったホ」

 

「そう……ごめんね。いつもランタン君にばかり探させてしまってるの…」

 

「気にするなホ。これも善行に繋がるってんなら、俺は協力を惜しまないホー」

 

かりんの部屋に入り込み、定位置ともいえる箪笥の上に座り込む。

 

彼女は漫画を描く机の椅子に座り溜息をついた。

 

「…漫画の練習はしなくていいのかホ?」

 

「うん…頑張るの。デッサンが上手くなったら…アリナ先輩も褒めてくれるし」

 

帰ってきてくれるとばかり信じている彼女の後ろ姿にランタンまで溜息が出る。

 

「世間じゃ死んだことにされちまったから、行方不明者として捜索願も出せないホ」

 

「そうだね…アリナ先輩が生きているって分かるのは魔法少女だけなの」

 

「その…葬式に行ったんだホ?それでいて、替え玉みたいなのが葬式で使われてたと?」

 

「そうなの…あれはアリナ先輩じゃないの。魔法少女は死んだら死体は残らないの」

 

「家まで派手に燃やされたみたいだホ。もしかしたら…殺人鬼に襲われたとか…」

 

「アリナ先輩を襲う殺人鬼?」

 

「殺人鬼ってのは私欲のために人を襲うヤツだホ。有名人なら…名を売る為に襲うホ」

 

「アーティストとして有名人だったアリナ先輩を…襲う殺人鬼……」

 

「…昔、ロンドンを震え上がらせた殺人鬼の伝説を知ってるかホ?」

 

「たしか…切り裂きジャック?」

 

「そいつは娼婦を次々殺し、刻んだ死体をあえて残し続けたヤツだホ。恐怖は宣伝になるホ」

 

「それじゃあ…アリナ先輩を襲った存在は殺人鬼で…替え玉の死体をあえて残した?」

 

「魔法少女は死体が残らんホ。それだと有名人を殺した事にはならないから……」

 

その先を想像させられた彼女は机の上に顔を埋める。

 

「……アリナ先輩が死んで、もう円環のコトワリに逝ってるだなんて…信じないの」

 

「…もし生きているなら、何で家や学校に帰ってこないホ?」

 

辛い現実を語る。

 

彼女はそれ以上口を開かなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜市の市長はテロ騒動の対応に追われた後…辞職した。

 

理由は記者会見の場で市長にあるまじき爆弾発言をしたためだ。

 

自分に捜査のメスが入る前に現場から立ち去り、雲隠れしようという魂胆だろう。

 

彼は落胆しているわけではない。

 

神浜大企業や、日本の財界に有利に働くよう条例の整備を続けてきて民衆搾取を継続出来た。

 

市政を引退しようとも数社の大企業から非常勤役員の椅子が用意され、仕事もせずに金儲け。

 

これは財務省の官僚なども行う天下り手口であった。

 

しかし、地元のテレビ放送に映ってしまった以上は神浜市から去らねばならない。

 

郊外で暮らしつつ、役員として顔を出す時だけ神浜に戻る生活を送る為の準備に追われていた。

 

そんな元市長の元に現れたのは…恐ろしき悪魔の殺人鬼。

 

「がはっ!!!?」

 

風呂から出て髭を剃っていた元市長の首が散髪屋で使われる剃刀で切り裂かれ、血が噴き出す。

 

倒れ込む市長が最後の力を振り絞り、突然背中に飛びついて首を裂いてきた悪魔に視線を向ける。

 

「き………!!!?」

 

肺からの空気が出る音が切り裂かれた喉から出て断末魔の叫びも上げられない。

 

既に市長の家は異界に飲まれており、悪魔結界に囚われた人間だからこそ悪魔の姿が見えた。

 

「現世に戻れたんだ。数千あった俺サマの罪科も、これから数万に増えていくってもんよ」

 

それは小さな殺人鬼。

 

みたまの腰下ぐらいしか身長がなかったジャック・フロストと変わらないほど。

 

黒のスーツパンツ、ベルトが結ばれた黒のトレンチコートに黒のつば広ハット。

 

頭部はまるでカボチャの頭蓋骨を思わせる形をしていた。

 

「さて、死ぬ前に…その絶望の感情エネルギーを頂こうか」

 

黒のトレンチコートから取り出したのは五芒星が描かれたポット。

 

白手袋をした小さな手をかざせば元市長の体から絶望の感情エネルギーが抜き取られていく。

 

緑色に輝く絶望の感情エネルギーであるMAGはポットの中へと収納されていった。

 

「……!!……!……」

 

「用も済んだしおっ死ねよ。まだまだMAGが足りねぇ…家来を召喚するためのMAGがな」

 

自分を殺した小さな悪魔の姿を冥途の土産とし、元市長はこと切れた。

 

「俺サマの名はジャック。この国でいうところの…名無しの権兵衛って意味さ」

 

呼び方が定まらない悪魔は踵を返して去っていく。

 

既に家の中にいた家族は全員首を切り裂かれていた。

 

異界結界も解け、元市長の家は現世の世界へと戻る。

 

元市長一家の死。

 

これは神浜の西側で起こり続ける連続殺人事件の開幕となる惨劇であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2日が過ぎた金曜日。

 

政令指定都市である神浜市では9日間の市長選の選挙運動が繰り広げられる光景が続く。

 

しかし、民衆は市長選どころの空気ではない。

 

神浜テロの深過ぎる爪痕もさることながら…連続殺人事件が新聞やテレビで報道されたからだ。

 

犠牲となっていた人物が神浜の元市長であることから東側の報復だと憶測ばかりが飛び交う。

 

民衆が殺気だつ新西区の道を帰宅していくのは、暗い表情を浮かべたももこ達であった。

 

「ねぇ…テレビかSNSのニュース記事を見た?」

 

「うん…新西区や参京区、それに栄区でも連続殺人事件があったんだよね…レナちゃん?」

 

「このご時世だ…混乱に乗じて犯罪者が跋扈するようになったのかも…」

 

「魔獣の数だって以前よりも桁外れに増えちゃったし…これからどうなっていくのかしら…」

 

「「……………」」

 

レナの質問に答えることも出来ず、ももことかえでは下を向きながら歩き続けるのだが…。

 

「…もしかしたらさ、その連続殺人事件って…悪魔の仕業じゃないのかな?」

 

それを聞いたレナとかえでが立ち止まり、ももこに振り向く。

 

「数日前に調整屋から連絡がきてな。業魔殿から逃げ出した悪魔がいるって…」

 

「あの悪魔研究所が連続殺人事件に関わってたわけ!?やっぱり…悪魔はレナ達の敵よ!」

 

「待てってレナ!一体の悪魔が悪さしたら、悪魔全体が魔法少女の敵になるって言うのかよ!」

 

「そ、そうだよぉ…。レナちゃんは外国人が犯罪を犯したら、外国人全員が犯罪者になるの?」

 

「そ…それは……」

 

「差別をしたらダメだよぉ…レナちゃん。相手を知る努力をしないから差別が生まれるんだよ?」

 

「短絡的な答えを求めないよう、アタシ達に教育を施してくれてる人達の気持ちも考えろよ」

 

「う…うん。レナが…間違ってたわよ…」

 

しゅんとして項垂れたレナだが、それでも間違いを指摘しただけで怒り出すこともない。

 

ななか達が始めた議論討論教育の成果は確実に出始めていた。

 

「話を戻すけど、魔獣は人間を殺さずに廃人に変える存在。この件には魔獣は関係ないと思う」

 

「だとしたら…業魔殿から逃げた悪魔かなぁ?この短期間で手広くやれるのは悪魔ぐらいしか…」

 

「そこらへんも踏まえて、色々話し合いたいけど…寄り道が禁止されちゃったしなぁ」

 

「そうよね…以前みたいにハンバーガー屋でたむろしてたら補導されちゃうし…」

 

「これからは…人気のない路地裏で話すしかないのかなぁ?…不良と出くわしたらどうしよう」

 

路地裏と不良の話題をしていたら彼女たちに近づいてくる不良風の少女が現れるのだ。

 

「…奇遇だね」

 

ももこ達に声をかけてきたのは栄総合学園に復学した雪野かなえである。

 

「俺もいるぞー」

 

かなえの背後から出て来たのはジャック・ランタンであった。

 

「かなえさん?学校からの帰り?」

 

「ん…帰ってた時に、ランタンと出会ったから…念話で色々と話をしながら帰宅してた」

 

「俺とかなえは同じ悪魔同士。同族同士のシンパシーってやつだホー」

 

「ええっと…キミはたしか、かりんちゃんのお供をしている悪魔の…?」

 

「お前らがかりんと組んでた頃からお前ら知ってるホ。俺の影からのアシストを覚えてるかホ?」

 

「アハハ…あれってさぁ、やっぱり悪魔の魔法の力だったんだね?アタシの魔力じゃなかったし」

 

「合体剣と呼ばれる悪魔の魔法技術だホー。これは様々に応用が効いて魔法少女の力になれるホ」

 

「へぇ~、悪魔って便利なもんよね」

 

「ふゆぅ…私の木で作られた魔法の杖には使わないでよぉ~。勢いよく杖が燃えちゃうし…」

 

「さっきの会話…チラッと聞こえた。たまり場に困ってるの?」

 

「そうなんだよ…補導される場所にはもう集まれないし…」

 

「路地裏でよかったら…人気もなくたまり場に使えそうな場所…あたしは知ってるよ」

 

「よくそんな場所を知ってるわよね…?」

 

「…昔とった杵柄。あたし…不良に絡まれて喧嘩三昧だったから…路地裏には詳しいの」

 

人気のない場所に案内され、一同は開けた路地裏につく。

 

放置されていたビール瓶の籠を椅子代わりにして向かい合った。

 

話し合いの話題となったのは、やはり連続殺人事件の話題。

 

「そう……業魔殿から逃げ出した悪魔が、連続殺人事件の犯人かもしれないんだ?」

 

「調整屋の話だと、そこまで強い悪魔というわけじゃないみたいなんだけど…放置は出来ない」

 

「そうよね…人間が襲われている以上は、正義の魔法少女として見過ごす事は出来ないわよ」

 

「で、でも…まだ悪魔の仕業だと決まったわけじゃ…」

 

会話のやり取りを聞いていたランタンが重い口を開く。

 

「…悪魔の仕業で間違いないホ」

 

「えっ!?ランタンには…そういうの分かっちゃうの?」

 

「俺はお前らみたいに学校には通ってないホ。暇な時間の時に騒動の現場に俺は行ってみたホ」

 

「何か…見つけたの…?」

 

「…警察の鑑識班が隠していた死体。どうやら、感情エネルギーが抜かれているみたいだったホ」

 

「決まりだな。感情エネルギー目当てでも魔獣は人を殺さない…でも、悪意を持つ悪魔なら殺す」

 

ももこがレナとかえでに視線を向け、2人は頷く。

 

それを制するかのようにして立ち上がったのはかなえであった。

 

「…この一件は、あたしとメルで何とかする」

 

「ええっ!?どうして…アタシ達は関わったらダメなわけ?」

 

正義に燃える彼女たちを見て、かなえは俯いていく。

 

「気持ちは分かる…でも、どうか命を大事にして欲しい。魔法少女の戦いは…魔獣だけでいい」

 

「レナ達の…身を案じてくれているの?」

 

「正義に燃える魔法少女達はね…簡単に死んでいく。円環の世界には…沢山そんな子がいたんだ」

 

「え、えっと…かなえさんは、円環のコトワリに導かれてたけど…生き返れたんだよね?」

 

「こんなレアケース…尚紀さんがいなかったら絶対に手に入らなかったよ。…本当に感謝してる」

 

「悪魔の領分は、同じ悪魔が対処する。魔法少女だけに命の負担は…させはしないから」

 

「かなえ、俺がいること忘れてないかホ?」

 

「…来てくれるの?」

 

「さっき自分が言った言葉を忘れたのかホ?」

 

「ん……ありがとう。頼りにしてるからね」

 

会話を終えて去っていくかなえとジャックランタン。

 

そんな2人の後ろ姿を見つめていたももこが口を開く。

 

「本当に…今でも信じられないよ」

 

「レナも同じ気持ち。生きてるのよね…あの雪野かなえさんが」

 

「やちよさんとみふゆさん…本当に嬉しかったと思うよぉ。私…まだ尚紀さんは怖いけど…」

 

「うん…レナももう、あの人のことを悪く言うのは…やめておくわ」

 

レナとかえでも、ももこと同じく人修羅と呼ばれる悪魔をもう憎まない。

 

その光景が嬉しかったのか、ももこは2人の肩を抱きしめて満面の笑みを浮かべた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

11月最後の土曜日の夜。

 

人気のない栄区の路地裏にはジャック・リパーの姿が見える。

 

地面に描かれていくのは殺した人間から搾り取った血で描いた五芒星召喚陣。

 

中央に置かれているのは殺した人間から絞り出した感情エネルギーが入ったチャクラポットだ。

 

「よしよし、こんなもんでいいかな」

 

腕を組んで描いた召喚陣を満足そうに見つめる。

 

概念存在である神や悪魔を召喚する区別として、召喚(天使)と喚起(悪魔)がある。

 

召喚は進化樹で人間より上位にある天使や神などに懇願(請願)して地上に来臨を仰ぐ技法。

 

喚起は人間より下層に位置する四大精霊(地・水・風・火)、妖魔、悪魔などに命令して眼前に呼びつける技法をいう。

 

召喚技法には神や悪魔を具現化させる請願召喚と、己に神や悪魔を憑依させる憑依召喚があった。

 

「俺は悪魔としてはそこまで強くねぇ。だからこそ、悪魔の手下が必要になってくる」

 

両腕が開かれ、天に向かって掲げられる。

 

呟かれるのは悪魔を召喚する呪文。

 

――Eko, Eko, Azarak,

 

――Eko, Eko, Zomelak,

 

――Eko, Eko, Cernunnos,

 

――Eko, Eko, Aradia!

 

バスク語に由来するウイッカの典礼聖歌の一つを呪文として唱える。

 

ウイッカとはネオペイガニズムの一派である。

 

欧州古代の多神教的信仰、特に女神崇拝を復活させたとする新宗教。

 

円環のコトワリとなった女神アラディアもまたウイッカ信仰に取り入れられ崇拝対象となった。

 

「……………?」

 

気合を入れて呪文を唱えたのだが何も変化がない。

 

「おい!?どういうことだよ!!」

 

安全圏として描いた足元の魔法陣の中からヒステリーな叫びを上げる召喚者。

 

「手下にするなら可愛い女の子悪魔だよな~って、気合入れてMAGを集めたのに…出て来いよ!」

 

憤慨したリパーが安全圏から飛び出し、召喚陣の中に入り込んで陣をペシペシ叩きつける。

 

「どうせ召喚すんなら、最近生まれたコトワリ神の美少女なアラディア様を期待してたのに~!」

 

神霊規模の女神となったアラディア神をこの世に現界させるにはMAGが足りなさすぎる。

 

うんともすんとも言わない召喚陣に溜息をつき、踵を返して背後を振り向くと…。

 

「うん?こ…こいつは……」

 

リパーの後ろに立っていたのはアラディアの小さな分霊ともいえるピンク色のキュウベぇ。

 

「……………」

 

相変わらず無言を貫く様子なのだが…。

 

「おい、お前みたいな小汚い獣如きが…美少女なコトワリ神のアラディア様とかぬかすなよ?」

 

魔法少女の救済神の分霊を前にして舐め腐った態度を見せる小悪党悪魔。

 

感情が全くないように見えるが、不快を感じたのか顔を上げていき…。

 

「んがっ!!?」

 

突然、顔に唾を吐きかけられた。

 

まるで汚物に対する扱いの如き所業。

 

「テメェーーッッ!!?俺サマに喧嘩売るとは良い度胸しやがってーっ!!!」

 

一目散に逃げていくアラディアの分霊。

 

心優しいまどかを悪魔ほむらに剥ぎ取られた円環のコトワリ神は寛容ではない。

 

「ちくしょう…逃げ足の速過ぎる小汚い獣め…」

 

獲物を逃がしたリパーが召喚陣の元に帰ってきた時、召喚陣から赤い煙が噴き上がる。

 

「おおっ!!遅ればせながらの登場ってわけか!勿体ぶりやがってーっ!!」

 

ポットに入ったMAGを媒介にして、ついに悪魔達が召喚される…のだが。

 

「…あ、あれ……美少女悪魔ちゃんは?」

 

ぞろぞろと現れ出たのは円環のコトワリ神に連なる円環魔法少女達などではない。

 

「ウォマエカァァ!!女神様ニセクハラ行為ヲ企ムゥゥ!!不埒ナ悪魔ハァァァ!!!」

 

「むさくるしい髑髏の男野郎共じゃねーかぁぁーッッ!!?」

 

【トゥルダク】

 

ヒンズー教における閻魔大王ヤマの部下達であり、骸骨の姿をした黄泉の従者。

 

現世に執着する霊を捕らえ、ヤマの元へ送り届けるのが彼らの仕事だ。

 

地獄にて拷問などの執行を行ったりもする存在である。

 

また死期が近い人間の元に現れヤマの元に連れていくなどが彼らの役目であった。

 

「閻魔大王様ノ元ニィィ!円環ノ女神様カラノ通報ガキタァァァ!!」

 

「えぇ~っ!!?こんな短時間で通報されたのかぁぁぁ!!?」

 

「言イ逃レハ出来ンゾォォ助平悪魔ァァ!!ウォマエハァァァ無間地獄逝キィィ!!」

 

「待てって!!美少女悪魔の子分が欲しかっただけだ~!俺サマは断じて助平ではなーいっ!!」

 

「言イ訳ヲ並ベル気カァァ!?地獄ニ堕トス前ニィィ…ヤキ入レテヤルゥゥゥ!!」

 

「ま、待てーっ!!?話せば分かるーっ!!放してくれーーッッ!!!」

 

トゥルダク達に拘束され、小さなエイリアンの両手が掴まれた光景のようにして去っていく。

 

彼らの背後に残った召喚陣内に溜まった残りカスのようなMAGが光を放つ。

 

一瞬だけこの世に現界したのはアルティメットに大きい円環の女神の手。

 

その手がサムズアップのハンドサインを見せた後、静かに消えていくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日曜日の夜。

 

中央区のビルの屋上にはかなえとメル、それにジャック・ランタンが周囲を伺っている。

 

「どう…メル?連続殺人犯の悪魔の居所は視えてきた…?」

 

額に指を当て、目を瞑ったメルが意識を集中しながら先を視ていく。

 

「…視えました。どうやら多数の仲魔を引き連れて、今夜も街で暴れているようですね」

 

「便利な能力だホ。俺は悪魔だけど、高位の悪魔のように未来のタイムラインが視えないホ」

 

「それはあたしも同じ…尚紀の話だと、あたしとメルはマネカタに近い悪魔みたい…」

 

「人間に近い擬人の悪魔だホー。だけど、悪魔の魔法の力は備わってるみたいだホー」

 

「この悪魔の力…今夜試してみたい。詳しい場所は視えてきた…?」

 

「視えてきました。どうやら東地区に近い栄区の街で暴れているようですね」

 

「ここからなら遠くはない。急ごう」

 

跳躍移動を開始した2人と、後ろを飛行しながらついていくジャック・ランタン。

 

現場の街ではリパーを連れて行こうとしたトゥルダク達が暴れている。

 

「腐リ切ッタ差別ノ街ダァァァ!!ウォマエラハァァァ全員地獄逝キィィィ!!!」

 

両手に持つ二刀流の刀を使い、異界に引き摺り込んだ西の差別主義者達を殺戮していく光景。

 

リパーという悪霊を連れて地獄に帰ったのではなかったのだろうか?

 

トゥルダク達の殺戮劇を満足そうに眺めているのは拘束されていたジャック・リパーだ。

 

「ケケケッ!バカ共め…俺サマの混乱魔法であるプリンパに耐性がない奴らで助かったぜ」

 

リパーは図らずとも手下を沢山手に入れることが出来たようである。

 

(…本当なら、美少女悪魔を手下にしたかったんだけどなぁ)

 

ブツブツと愚痴を呟いていたが、接近する悪魔の魔力に気が付く。

 

「ヒィィィーー!!」

 

逃げていた差別主義者の男が追い詰められ、トゥルダクの刃が振り上げられる。

 

「差別主義者メェェェ!!ウォマエハァァァ…焦熱地獄逝キィィィ!!!」

 

邪見(仏教の教えとは相容れない考えを説き、また実践する)を持つ者をヤマの部下は許さない。

 

殺されそうになっていた時、空から鈍器が飛んできた。

 

「ヌゥッ!!?」

 

右手の刀を弾いたのは鉄パイプのような武器。

 

「な、なんだぁ…?」

 

リパーが異界世界のビルを見上げる。

 

そこに立っていたのは栄総合学園制服を着たかなえと、大東学園制服を着たメル。

 

「秋は日が短い、もう暗くなってしまった…。…さぁ、覚悟して」

 

「ここからは…ボク達の時間。闇の時間らしいですよ」

 

2人が跳躍して地面に下り、不敵な笑みを見せる。

 

「お…お前ら…魔法少女なのか?いや、違う…この魔力は…俺サマたちと同じ!?」

 

「悪魔同士の戦い…遠慮をするつもりはない」

 

「魔の饗宴を始めさせてもらいますよ」

 

かなえは右手を翳す。

 

現れたのはかつての魔法少女時代に使っていた煙の出る鉄パイプなどではない。

 

ケルト伝承の戦士・ドゥフタハが用いた魔槍であるルーン(アイルランド語で槍)だ。

 

戦闘が近付くと柄から炎を吹き出す槍と言われ、装備者は不意打ちを受けない。

 

その一方で戦いを好み、戦いを招き寄せる呪いをも持つ魔槍という。

 

ドゥフタハは誰からも恐れられたアルスターの戦士であったが、陰険な喋り方をする人物。

 

まるで生前のかなえのように争いの世界でしか生きられない呪われた人生を生きた存在だった。

 

「あたしの中に溶けた英雄の槍…槍術なんて知らないから、悪いけど()()()()()使わせてもらう」

 

槍の柄から炎が噴き出し、彼女の全身を覆う。

 

この槍は持ち手に永遠の戦いを求めさせ、敵の血が流されない場合には血に飢えて持ち主を襲う。

 

炎で焼かれるのは敵であると同時に己をも焼く事にもなる恐ろしさ。

 

そんな魔槍を手に入れ、悪魔に転生したかなえの新しい姿とは?

 

「そ、その槍は…ペルシャ王の毒槍と言われた…ドゥフタハの魔槍!?お前…悪魔なのか!?」

 

業火の中から現れたのは漆黒の貴族衣装を身に纏う雪野かなえ。

 

魔槍ルーンをかつての鈍器武器であった鉄パイプのように右肩に担ぐ姿を見せた。

 

「次はボクの番ですね」

 

メルの右手に持たれているのはトートの書と呼ばれる魔導書。

 

古代エジプトの知恵の神トートが記した魔法書であり、選ばれた者のみがその魔法を学べる。

 

この魔法書の各ページをカード化したものという意味で()()()()()()()がしばしばこう呼ばれる。

 

フランス人作家クール・ド・ジェブランの著作である原始世界においてはこう語られる。

 

タロットがエジプト古代の伝説の魔法書であるというタロット=トートの書説を述べた事に拠る。

 

タロットのエジプト起源説は様々な人物から唱えられていた。

 

「ボクの中に溶けた白いお猿さんの力…使わせてもらいますよ!」

 

彼女の周囲から緑の風が生まれていき、竜巻と化して彼女の体を包み込む。

 

「ゲーッッ!?あれは…トートの書!?つまりお前は…魔法の開祖とも言える悪魔かぁ!」

 

竜巻の中から浮遊して現れたのは黒と紫色のゴスロリ風衣装を纏うメル。

 

周囲には魔法書のページが浮遊し、彼女に様々な魔導の知恵を与えるだろう。

 

「あわ…あわわ……こんな連中が現れるだなんて…聞いてねぇぞーっ!!?」

 

赤い月が浮かぶ悪魔の異界に立つのは、悪魔の瞳である真紅の瞳を持つ転生者達。

 

「円環の鞄持ちとしての力は、悪魔に転生したから失われたけど…」

 

「これはこれで、以前にも増して力が高まった気がしますよね!」

 

「だからこそ、あたし達は戦える。()()()()()()()()()()()()()()に変わったのも何かの縁…」

 

――時期的には過ぎたけど、今宵はハロウィンを行おう。

 

――ハロウィンとは、ドルイド教の悪魔のお祭りです。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「先に行く」

 

「援護します!」

 

黒いブーツが地面を踏み砕き、魔槍を担いだかなえが一気にトゥルダクの群れに飛びかかる。

 

「や、やっちまえお前らーーッッ!!!」

 

リパーに洗脳されたトゥルダク達がかなえを迎え撃つ。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

燃え上る槍の柄を振りかぶり、一気に横に振り抜く。

 

「アヒー!!?炎ハ駄目ダァァァ!!」

 

「ウォレラノォォ弱点属性ーーッッ!!!」

 

「ウォレ達ガァァァ逆ニ血祭リィィィーーーッ!!?」

 

髑髏の体が柄の打ち込みで砕け散り、燃え上りながら滅びていく。

 

槍を振るう余波は後ろから迫りくるトゥルダクの群れまでをも砕け散らせた。

 

魔槍ルーンは離れた相手でも一振り毎に確実に殺し、投じれば一投ごとに9人を倒すと言われる。

 

「カードの原点達!出番だよ!!見せろ…4属性のアルカナ!!」

 

周囲に浮かぶ魔法書のページが周囲を回転しながら横に広がり、4属性の魔法陣を浮かべる。

 

「最強で最悪で極悪な結果をあいつらに!!」

 

同時に放つ魔法とは『炎のアギラオ』『氷のブフーラ』『雷のジオンガ』『疾風のザンマ』。

 

新たなる力によって、メルは悪魔の4属性魔法のスペシャリストとなったようだ。

 

「ヌァンダァァァ!!?属性魔法ガイッパイクルゥゥゥ!!?」

 

「ヌォォォ!!疾風モォォォウォレラノ弱点ーーーッッ!!!」

 

「医者ハ何処ダァァァーーーッッ!!?」

 

悪魔少女達が次々と同じ魔なる者達を屠り続ける魔の饗宴。

 

彼女達は悪魔の血祭りをハロウィンだと表現して楽しんでさえいる。

 

その光景をビルの上から見つめるのはついてきていたジャック・ランタン。

 

「これはこれは……俺、ついてこなくても良かったかもしれんホー」

 

悪魔に転生した魔法少女の実力に驚愕していたが、視線が戦場から少し離れた位置を見つめる。

 

「…しゃーねーホ。俺は大将首に逃げられないよう動いちゃるホ」

 

そう言い残してランタンは浮遊しながら空を移動していく。

 

下の戦場は既に雌雄を決しようとしていた。

 

「うん、読み通り♪これが運命です!」

 

両手を腰に当ててドヤ顔を見せているメルであるが、かなえがたしなめる。

 

「メル、魔力の使い過ぎはダメ。やちよやみふゆの負担になる……」

 

「あ…そうでしたね。ボク達の新しい魔力は感情エネルギー…無駄撃ちは出来ませんでした」

 

「それよりも……上から大きな魔力がくる」

 

「視えてましたよ。あの悪魔は、古代シュメール・メソポタミアの凶鳥…アンズーです!」

 

「フフッ、随分と悪魔について博識になれたんだね…メル」

 

「それもこれも、ボクを生み出す悪魔合体の材料になってくれた…白いお猿さんのお陰です♪」

 

空から飛翔して現れてきたのは巨大なライオンのような鳥。

 

「小賢シイ小悪魔ニ召喚サレテミタガ、見タコトモ無イ悪魔ト出クワストハナ!!」

 

【アンズー】

 

獅子の頭を持つ大きな鷲の姿をしたシュメール・メソポタミア伝承の嵐を呼ぶ怪鳥。

 

かつては善良な聖鳥であったが、すべてを支配したいという野心を抱く。

 

最高神エンリルの持つ天命の書板トゥプシマティを盗み出したことで知られる存在。

 

狩猟と戦争の神ニンギルスとの戦いに敗れたアンズーは、ニンギルス神殿の守護獣にさせられた。

 

後の新バビロニア時代の伝承では、ニンギルスと同一視された戦神ニヌルタがアンズーを倒した。

 

「我ガ風ノ刃ヲ受ケヨ!!」

 

巨大な翼を羽ばたかせて放つ魔法は風の魔法である『マハザンマ』である。

 

「かなえさん!」

 

「分かってる!」

 

2人は同時に跳躍移動し、周囲に発生した竜巻を避けながら路地裏に身を隠す。

 

「二手ニ分カレテノ奇襲攻撃カ?チョコザイナ!!」

 

空を旋回移動しながら周囲を探る。

 

「見ツケタゾ!小娘悪魔ァーッッ!!」

 

宙を浮かびながら屋上に佇むメルに対し、風の魔法攻撃の威力に匹敵する羽ばたき攻撃。

 

「くぅ!!」

 

旋風が彼女に襲い掛かり、軽い体重の彼女は吹き飛ばされてしまう。

 

<今です、かなえさん!!>

 

<もう獲物は捉えている、任せて>

 

念話が送られた先はアンズーの死角の位置。

 

屋上に立つかなえは魔槍ルーンを片手で持ち上げ投擲の構えを行っていた。

 

「あたしの新しい力であり…滅びとなるかもしれない槍よ。お前の力を…見せてみろぉ!!」

 

かなえが放つ渾身の一撃とも言える投擲攻撃とは、『鷹円弾』と呼ばれる悪魔の物理攻撃技術。

 

「囮ダッタノカァ!!?」

 

死角から迫りくる槍の一撃がアンズーの胴体を貫通していく。

 

「…この戦いのボスキャラなら、あたしの魔槍からは逃れられない」

 

魔槍ルーンの投擲は投じれば一投ごとに9人を倒す。

 

その9人の内1人は必ず王か王太子か盗賊の頭領格であったという逸話がある。

 

「コノ力ハ…ケルト伝承ノ戦士・ドゥフタハノ力ナノカ…?ヌカッタ…ワ…」

 

空から地面に墜落し、叩きつけられると同時に感情エネルギーを撒き散らして消滅。

 

悪魔の感情エネルギーは宇宙へと引っ張り上げられ宇宙を温める熱となっていった。

 

その光景を不満そうにかなえは眺めてしまう。

 

「悪魔を倒してMAGを回収出来たら…やちよやみふゆの負担なんてなくなるのに…」

 

円環のコトワリとなった鹿目まどかによって改変されてしまった魔獣宇宙。

 

宇宙を温める熱は極めて不足し、現世で生まれる感情エネルギーを大量に必要としていた。

 

「あの光景もまた、大いなる神である唯一神の宇宙延命行為なんですよ」

 

宙を浮きながら現れたメルが地上に降り立ち、かなえの横に並ぶ。

 

「グリーフキューブだけでは…熱が足りない。あたし達悪魔は…光と熱の神に必要とされる」

 

「そうです…これからの世界は、もしかしたら…」

 

――世界を温める、()()()()()()()が…必要とされていくのかも知れませんね。

 

異界の空を見つめていたが元の景色へと変わっていく。

 

2人は悪魔化を解き、元の姿に戻るのだが…周囲を見渡す。

 

「あれ?そういえば…ついてきていたランタン君は何処に行ったんですか?」

 

「…派手にやり過ぎて、見せ場を奪ったかも」

 

「あ~……拗ねて帰っちゃったのかもしれませんね」

 

「久しぶりに暴れたかった気持ちもあったし…あとで謝っておこうか」

 

「それがいいですね。これにて一件落着……?う~ん、何か忘れているような気が…」

 

「フフッ♪もしかしたら、そっちの方をランタンは…行ってくれているのかもね」

 

同じ仲魔の力を信じ、今宵の狩りは終了とする…かと思われたが。

 

「ねぇ、メル。あたし達…悪魔になったんだね」

 

「そうですね、かなえさん。これからのボク達は…悪魔として生きていく」

 

「それでも…あたしの心は人間だ。今までも…そして、これからも…」

 

「魔法少女と悪魔、そして悪魔召喚士…多くの人々とこれから触れ合っていくんですねぇ」

 

踵を返して2人は夜の街へと消えていく。

 

これからの2人の戦う目的は生きていた頃と変わらないだろうが…。

 

それでも戦う相手は大きく変わっていくこととなるであろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ハァァァ…ちきしょ~…あんな悪魔少女共が現れるだなんて…」

 

息を切らせているのは異界世界からトンズラしてきたジャック・リパーである。

 

「あの強さ…ケルトの英雄ドゥフタハと、エジプトの知恵の神を相手してるようなもんだぜ…」

 

この街にあんな手強い悪魔がいるのは予想外であり、計画を練り直す必要があると考え込む。

 

そんな小悪党の頭上から現れるのはハロウィンカボチャの影。

 

「ヒホホーイ!かなえとメルの強さを思い知ったかホー?」

 

「ゲェッ!?お前は…ジャック・ランタンじゃねーかぁ!?なんでこの街に?」

 

「転生ガチャでハズレ引かされたモンだホ。この街のとある畑で生まれちまったんだホー」

 

「そりゃあ、とんだ災難だったなぁ。それで?お前は…あいつらの仲魔なのか?」

 

「そうだホー。訳有って俺は善行を積んで成仏したいホ。だから…お前を見逃さないホー」

 

「マジかよぉ!!?」

 

右手の白手袋で握るランタンを掲げ、炎魔法を放とうとする。

 

「そんなー!!これから俺サマの現世ハッピーライフが送れると計画してたのにーっ!!?」

 

「どうせロクでもないハッピーライフだホ。それにお前は殺人鬼…取り零すと犠牲が増えるホ」

 

「ま、待て!後生だから見逃してくれー!!お前のためにMAGだって集めてやるからさぁ!」

 

土下座しながら命乞いする同じジャックの名を持つ悪魔を見て、ランタンは大きな溜息。

 

「いらんホ。俺は魔法少女からMAGを与えて貰いながら生きてるんで、間に合ってるホー」

 

「魔法少女の家来をしてるのかよ…お前?」

 

「それがどうかしたかホ?」

 

土下座から顔を上げ、腕を組みながら考え込む。

 

良からぬ事を思いつく前に焼きカボチャにしてやろうかと思っていた時、空から何かが近づく。

 

「待って!ランタン君!!」

 

空から現れたのはジャック・ランタンと共生生活を送っている魔法少女である御園かりん。

 

「この子…この見た目…間違いないの!この子もハロウィンの精霊なの!!」

 

「こいつがハロウィン?あんまりハロウィン感無いと思うホー」

 

「そんなことないの!このカボチャの髑髏顔を見るの!」

 

「こいつのしけたカボチャ髑髏顔がどうかしたのかホ?」

 

「髑髏さんもハロウィンの風物詩!季節の飾り物なの!」

 

「俺サマの扱いは飾り物かよ…。お前がもしかして、ジャック・ランタンと共生している奴か?」

 

「私は御園かりん!ハロウィンが生んだ魔法少女なの!だから…その、貴方も…」

 

悪い癖がまた出るのかと察したランタンが止めに入る。

 

「やめとけホ、かりん。こいつなんだホ…最近神浜を騒がせてる…連続殺人鬼は」

 

「えっ…?それじゃあ、貴方は…大勢の人を殺戮したの…?」

 

それを問われたリパーは言い訳も思いつかず、視線を逸らす。

 

「マジカルきりんは正義の味方として悪者を倒す。…そんな()()()()()を目指してるはずだホ」

 

正義のマジカルきりんを目指すマジカルかりん。

 

ならば人類の敵は勧善懲悪作品のように殺さなければならないのだが…。

 

「…ねぇ、名前は何ていうの?」

 

「ロンドンを震え上がらせた切り裂き魔の悪魔…ジャック・リパーだ。それがどうかしたか?」

 

「リパー君…私は漫画の正義の怪盗少女が大好きだけど…あの世界観が全てじゃないと思うの」

 

「正義のヒーローだのヒロインだのが好きなヤツなのに、変わった奴だな?」

 

「悪者だって…罪を悔い改めたらやり直せる。そう信じたいの…」

 

「ケッ!悪人は所詮悪人よ!ムショにぶちこまれてようが、出所したらまた犯罪を犯すぜ!」

 

「そんなこと…ないの。元犯罪者の人達だってきっと…社会でやり直したいはずなの」

 

「……………」

 

「それを許さないのが…社会正義を求める人達。犯罪者をリンチするのが正義だって…酔ってる」

 

「全国でも犯罪者の更生などいらない意見が8割超え。フランス革命前の()()()()()()()()だホ」

 

「スケープゴートの生贄リンチは楽しいぜ。なのにお前は…漫画みたいな正義を求めないのか?」

 

「矛盾してるのは分かってるの。でも、私の大好きな漫画の世界だけが全てとは言いたくないの」

 

「よく分からない奴だなぁ、お前?どうしてそこまで…大人になれたんだ?」

 

それを聞かれた彼女は静かに目を瞑り、神浜で起きた騒動を語っていく。

 

聞かされたリパーは顔を俯けていった。

 

「…そんなことがあったのか。悪者を信じられなくなった奴がもたらした…恐怖政治の惨劇か」

 

「疑うことも大切だけど、信じることも大切だって…尚紀さんが身をもって教えてくれたの」

 

「…人間を大勢殺した俺でも、信じてくれるのか?」

 

「尚紀さんも、大勢の魔法少女を殺戮してしまったの。それでも今…やり直そうとしてくれてる」

 

「その尚紀…いや、俺も聞いたことがあった…あの人修羅と呼ばれた混沌悪魔を…信じるのか?」

 

「みんな…信じようとしてる。神浜の魔法少女達はみんな…()()()()()()()()()と分かったの」

 

――私ね、誰かの心の痛みが分かってあげれる大人に…なりたいの。

 

――罪を憎んで、悪魔を憎まずなの。

 

それを聞いたリパーの体が震えていき、再び土下座を行う。

 

「…姐さん!!すいませんでしたー!!!」

 

「ええっ!!?急に…どうしたの?」

 

「俺は悪魔だけど…心が洗われました!!何処までもついて行かせて下さいーッッ!!」

 

「それって…私の仲魔になりたいで、いいのかな?」

 

「オフコース!!俺は外道のジャック・リパーを改め、正義の怪盗に仕えるリパーになります!」

 

フィクション熱を盛り上げる単語を言ってきた。

 

かりんの目が輝き始める。

 

ジャック・ランタンは嫌な予感しかしない。

 

「今宵より汝は!正義の怪盗マジカルかりんの家来となる!我に永遠の忠誠を尽くすがいい!!」

 

「ははーっ!!俺サマのマイマスター!一生御傍を離れません!!」

 

盛り上がっている光景を前にしてもランタンは後ろに向き、両手をオーバーに上げる。

 

「思いついたの!リパー君の更生計画!」

 

「嫌な予感しかしないホ…」

 

「悪い魔獣や悪魔を一緒に退治して!仲魔の友情を築く展開は燃えるの!」

 

「俺はやるぞ!姐さんとやるぞ!外道人生から転生だー!!」

 

「リパー君の一般人救出作戦なの!ランタン君と同じように善行を積んで…罪を清算するの!」

 

「俺の人斬り包丁が人々を救う!マジカルかりんの懐刀とは俺サマのことだー!!」

 

(……馬鹿と鋏は使いようなのかホー)

 

悪党でも改心すれば世の中の役に立つ。

 

そんな価値観が普及してくれれば、犯罪者の処刑が民衆娯楽でしかない時代から抜け出せる。

 

中世暗黒時代の再来となった現代日本から抜け出せるのだ。

 

そんな時代は…21世紀のいつ訪れるのであろうか?

 

それは誰にも分からなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その後の悪魔達はどうなったのであろうか?

 

一部始終を見てみよう。

 

ところ変わってみかづき荘では…。

 

「そう……魔法少女の長を引退しても、魔法少女はまだ引退しないんだ?」

 

リビングのカウンター席に座って語り合うのはやちよとかなえである。

 

ソファー席にはみふゆの姿もあった。

 

「かなえとメルだけに命の危険を負わせるつもりはないわ。貴女達の命だって…守りたいの」

 

「でも、やちよ…それにみふゆ…」

 

「言いたいことは分かります。たしかに私達の魔力はもう衰える一方…それでも、まだやれます」

 

「二度と…貴女達を失いたくないのよ、かなえ。だからお願い…私とみふゆの我儘を許して」

 

危険を承知で再び共に戦いたいと言ってくれている。

 

そんな彼女達の身を案じる気持ちもあれば、その思いやりが嬉しい気持ちもあった。

 

「…分かった、メルにはあたしが話しておく。また数年前の頃に戻れるね」

 

写真を飾っている壁に視線を向ける。

 

そこにはソファー席に座って笑顔を向け合うやちよとみふゆとかなえの姿があった。

 

幸せだったあの頃は尚紀の力によって再び取り戻されたのだ。

 

「ん?壁の写真が沢山増えたね…。バイク乗りかぁ…あのやちよがねぇ」

 

「意外だったでしょ?私がやっちゃんに勧めたんですよ~♪」

 

「ねぇ、かなえ?もし良かったらさ……」

 

その先の言葉が分かるかなえは微笑みを返す。

 

「うん…あたしもね、昔からバイクに興味があったの。だからさ…あたしも、その…」

 

「勿論よ、かなえ!あぁ…貴女とも一緒にバイクツーリングが出来る日が来るだなんて…」

 

「はいはい!私も来年こそは大学に合格して、バイクの免許を絶対に取りますよー!」

 

「なら、あたしはみふゆに合わせて免許を取りに行くよ。参ったな…バイトを探さないと」

 

「フフッ♪ツーリング仲間の鶴乃も絶対に喜ぶわよ。みんなでかなえのバイクを選びましょう♪」

 

3人は昔に帰れたように仲良く談笑し、やちよが持ってるバイク雑誌を見ながら会話を楽しむ。

 

ふと忘れていた事を思い出したのか、かなえがやちよに向き直る。

 

「そ、その…やちよ。実はね、やちよに頼みがあったから…今日は遊びに来たんだ」

 

「私への頼み事?それは何かしら?」

 

「ちょっと外に来て。メルに作ってもらった物なんだけど…その、ハンカチは持ってた方がいい」

 

怪訝な顔を浮かべながら、やちよとみふゆは指示された通りハンカチを持って外に出る。

 

玄関の隣に置かれているのは妙な壺であった。

 

「か、かなえ…?この妙な壺は何……?」

 

「蓋を厳重に締めてますけど…中は何が入ってるんですか?」

 

「…うちは両親と仲が悪い。行方不明期間も長かったから…余計に険悪な空気なんだ」

 

「もしかして、かなえの訳有り私物を預かってもらいたいの…?」

 

「うん…そ、その…これはね……うん、臭いがね…キツイんだ」

 

厳重に締められた壺の蓋をかなえが開ける。

 

「「ぐぅっ!!?」」

 

悪臭が立ち込め、2人は思わずハンカチを鼻に当てる。

 

やちよとみふゆが恐る恐る壺の中を覗き込むのだが…。

 

「な…なに……この毒々しい見た目の液体は…?」

 

「毒々しいじゃなくて、毒なんだ……コレ」

 

「ええっ!?そんなの勝手に用意したんですか!?しかも…メルさんが作った!?」

 

「メルはね、悪魔化した時に魔導の知恵を手に入れた。あたしの槍を封印するための毒なのさ」

 

「かなえが手にした…新しい魔法武器よね?たしか、魔槍ルーンだったかしら?」

 

「あたしの魔槍は…戦いに飢えている。戦わないとあたしも襲う…呪われた槍なんだよ」

 

「そんな危ない武器をこれから使っていくんですか、かなえさん?」

 

「戦いの前に穂先を毒に漬ける儀式を行い、自分が燃え上がらないようにする御呪いがいるんだ」

 

「ケルト神話の武器の扱いは魔法少女の武器以上にデリケートなのね。でも…でもね…コレ」

 

「うん、凄く臭い…この毒が入った壺。えっと……ダメ?」

 

「や…やっちゃん……いいんですか、コレ置いて?」

 

不快な臭いを我慢しながら考え込んでいたが、みかづき荘の管理人は頷いてくれた。

 

「外に置いておくわ。モデルの仕事に行っている時でも自由に使えるような場所を用意するわね」

 

「感謝する。断られたら…尚紀の家に頼みに行こうかと考えてたよ」

 

「相談事も解決しましたし…家の中に戻りましょう。匂いが服につきそうで…」

 

「ごめん…迷惑をかける…」

 

みかづき荘に戻っていくかつての仲間達。

 

これからはメルも合流して、やちよが失った全てが蘇っていく幸福な人生が出発するのだ。

 

さて、新しい出発を迎えようとしているのは御園かりんも同じ。

 

彼女の元にやってきた新たなる仲魔は何をしているのだろうか?

 

ところ変わって御園家では。

 

「ふんふんふん~♪マジカルきりんは正義の怪盗~♪」

 

お風呂場で体を洗いながら鼻歌を歌うのはかりん。

 

中学生ではあるが成長期であり、乳房の大きさも年々膨らんでいく。

 

そんな成長期真っ盛りな主人のあられもない姿が隠された風呂場の外では…。

 

(おい、ランタン!もっと上に押し上げやがれ!!)

 

(しょうもない事に俺をつき合わせるんじゃねーホ!!)

 

(いいだろ暇してるんだし!姐さんの御背中を流す事は出来ねーが…見守る事は出来る!)

 

(飼い犬みたいに警備したかったら、家の外向いてるだけでいいホ)

 

(馬鹿!分からんのか!!姐さんの風呂場に突然殺人鬼が入り込んでくるかもしれないぞ!)

 

(元殺人鬼のお前が窓から侵入しようとしてるホ…)

 

呆れたランタンが両手を離す。

 

リパーは突然重力を感じ、両手に力を込めるが窓際から手が滑り尻餅をつく。

 

「いてて…突然手を離すことねーだろ!」

 

「殺人鬼から覗き魔に転生した奴には付き合ってられ…!?」

 

カボチャ頭がみるみると青くなっていくランタンに首を傾げる。

 

上を見上げれば…。

 

「……2人とも、なにをしてるの?」

 

涙目で震えながら胸を隠す主人のあられもない姿が窓から見える。

 

その右手には魔力が籠った石鹸が二つ握られていた。

 

「い、いやね…姐さん…」

 

「ち、違うホ…俺は関係ないホ…!!」

 

しらを切って逃げ出す2人の仲魔たちに向けてか弱い少女が叫ぶ。

 

「エッチなのは、ダメなのーーーッッ!!!」

 

放たれたマギア魔法キャンディーデススコールの一撃が迫りくる。

 

「「グエーーッッ!!?」」

 

逃げるジャックブラザーズであったが魔弾と化した石鹸が後頭部を直撃して倒れ込む。

 

勢いよく窓を締め、かりんは浴槽の中に入って体を隠してしまう。

 

「うん、そうだ…。今夜から寝る時はリパー君を柱に括り付けてから寝るの」

 

信じる事も大切だが、疑うことも大切だと尚紀から教わったかりんは独り頷く。

 

彼女の新しい幸福な人生?もまた、始まっていくのであった。

 




読んで頂き、有難うございます。


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第3部 5章 秘密結社
135話 神秘主義


神秘主義とは、現実と超越的実在世界との特別な接触に由来するといってもいい。

 

その体験が神話として語られる場合がある。

 

死と再生の神話。

 

陶酔とオルギアの神話。

 

この二系列の神話は、現実法則を超越した出来事を、物語として言語化したもの。

 

古代宗教の中には、それらの物語に基づいた儀礼を定式化したものもある。

 

死と再生。

 

現実世界では、時間は時計によって計られ、決して後戻りはしない。

 

生そのものである今においては、時間を時間として感じることはない。

 

それは瞬間でもあり永遠。

 

死と再生のつながりとは、時間は決して戻らないという現実法則を超越する。

 

その意味で時計の針の影が投影されていない生の時間(今=永遠)を思わせた。

 

……………。

 

ここは見滝原。

 

暁美ほむらが入院していた総合病院の入り口にはアリナの姿が見える。

 

「ここに…国内でも有名な精神科医がいるってネットに書いてたけど、どんな奴なワケ?」

 

彼女は受付を済ませ、順番が回るのを待つ。

 

待ち時間の間に周囲を見物する。

 

「見滝原…初めて来たけど、こんなバカでかいビルの病院があるなんて」

 

今はまだ彼女がスランプを抱えていた時期。

 

美術室で真っ白いキャンバスを見つめることしか出来なかった頃。

 

自分の力だけでは問題を解決出来ないと判断した彼女は病院でカウンセリングを受ける事にした。

 

「アリナ・グレイさん。1番診察室に入って下さい」

 

看護師に促された彼女が診察室に入室。

 

出迎えた精神科医とは…。

 

「…やぁ、初めまして。私はこの総合病院の院長であり、精神科医でもある者だ」

 

瘦せ細った体つきと、中性的な声をした老人医師。

 

姿を見せなければ老婆のように映るかもしれない見た目であった。

 

(なに…コイツ?声や雰囲気がキモイんですケド…)

 

座るように促され、彼女は椅子に座り院長先生と向かい合う。

 

「今日はどんな心の病を抱えてきたんだい?」

 

「…アリナはね」

 

彼女は心の苦しみを吐き出していく。

 

魔法少女に生まれ変わっても得られなかった、アリナの美。

 

生涯をかけて完成させたい死と再生のテーマを掲げたアートの道は頓挫した。

 

それだけでなく、彼女は自分の価値観を理解してくれる友達にさえ恵まれていない。

 

孤独とスランプが混ざり合い、彼女は精神の袋小路に陥っていたようだ。

 

魔法少女の事は秘密にしたうえで、それを院長先生に向けてアリナは語る。

 

「…何かを変えなければいけない。だが、その原因を見定めるための教養と体力が足りてないか」

 

「アリナはずっと悩んできてる…でも、真っ白いキャンバスを見てるだけじゃ解決出来ないワケ」

 

「思考反芻と呼ばれる袋小路の状態だ。鬱病の状態とも言えるね」

 

「アリナが鬱病?笑えるんですケド」

 

「行動が活性化出来ない状態の精神病は誰でも起こす。君ほどのアーティストになろうともね」

 

「…どうしたら、治せるワケ?」

 

「休養、薬物療法、精神療法・カウンセリングとあるが…君はカウンセリングを選んだわけだ」

 

「だから今日ここに来たんですケド」

 

「抗うつ薬で環境要因は解決しない。君が求めているのは…環境を改善したい気持ちだよ」

 

それは、魔法少女になってもこの世界でアリナの美を見つけられなかった原因に繋がる問題。

 

「どうやったら…アリナは今の環境を改善出来るワケ?アリナはね…何も得られなかった」

 

「何も得られなかった…?」

 

「アリナは…生まれ変わった。でもね…生まれ変わったら得られると思ってたモノが…」

 

「…得られなかったわけだ」

 

「……………」

 

「それは…さっき語ってくれたアーティストとして追い求めたい作品テーマ」

 

――死と再生だね。

 

彼女は静かに頷く。

 

俯いてしまう彼女を見守っていたが、院長先生は椅子を回転させて後ろの壁を見る。

 

そこに飾られていた絵画は…ホルスの目とも呼ばれるプロヴィデンスの目。

 

暁美ほむらが悪夢の中で見た絵画と同じものだ。

 

…イルミナティが掲げるシンボルでもある。

 

「死と再生というテーマは、君だけが追いかけるものではない。世界の宗教家達も追い求めた」

 

俯いていた彼女が顔を上げ、後ろに向いたままの院長先生の言葉を静かに聞く。

 

()()()()()()()…それが神秘主義のルーツだ」

 

「神秘主義…?」

 

死と再生の神話。

 

再生が一度限りの出来事であるものと、定期的に繰り返されるものとの二種類がある。

 

女神が男神を甦らせるものと、地獄から自らの力で地上に戻るものという、2つの流れがあった。

 

「エジプトのオシリスとイシス、オルフェウスの地獄下り、マリアとキリスト、太陽神話等々…」

 

「アリナの美は…宗教がテーマだったワケ?」

 

「歴史の有名なアーティスト達とて、沢山の宗教画を描いてきたのは君の方が詳しいはず」

 

「ダ・ヴィンチ…ミケランジェロ…ブリューゲル…確かにそうなんですケド」

 

「私が今見つめているこの絵画…これも古代エジプトと繋がりがあるホルスの目だ」

 

「キリスト教の初代教皇をやってた聖ペテロに捧げられたサンピエール礼拝堂でも見た気が…」

 

「ヨハネの黙示録の目としても語られるね。瞼のない単眼として」

 

「古代エジプトの異教の神の目と…キリスト教的な目が同一…?」

 

「万物を視る神の目としては同じ意味を持つ。キリスト教にとってホルスはイエスを表すのだ」

 

「ホルスの目…ううん、キリストの目と…アリナの死と再生。…何処が繋がってるワケ?」

 

「オシリスとイシスの神話は見たことがあるかね?」

 

「たしか…兄弟のセトに裏切られたオシリスが体をバラバラにされて殺された神話だった気が…」

 

「兄妹であり夫でもあったオシリスの体を集めて蘇らせたのが…オシリスの妹のイシスだ」

 

「死と再生神話…古代エジプトの中にもあったのは知ってる。それとホルスの目の関係は?」

 

「ホルスの目とラーの目。これらが合わさり一対の双眼を表す。ラーは太陽、ホルスは月だ」

 

「太陽と月…それと死と再生。エジプト神のように死後の復活を望む願掛けとしての意味合い?」

 

「エジプトの墓石には双眼が刻まれる。これはラーとホルスの目と言われる」

 

「パパから聞いた事がある…エジプトの石棺には双眼が刻まれて死者の目になるって…」

 

「死後の復活を司る者こそがオシリスであり、ホルスはオシリスの息子。誰と似ている?」

 

「…イエス・キリスト」

 

「全ての人間の罪を背負い死んだキリストは蘇った。これは古代エジプトから続く神秘主義だ」

 

「神秘主義と…アリナのアートのテーマである死と再生は……同じ?」

 

その言葉を聞けて満足そうな顔となった院長先生は椅子を回し、彼女と再び向かい合う。

 

「シュメール、バビロニア、そしてエジプト。この文明こそが…ヨーロッパのルーツだ」

 

「欧州文化の二柱となったのがヘレニズムとヘブライズム…そのルーツは中東やエジプト文明?」

 

「…そんな数千年前より神秘主義を追い求める秘密結社が存在している」

 

――フリーメイソンだ。

 

それを聞いたアリナは苦笑い。

 

「アナタ、都市伝説なんて信じてるワケ?どうやらヤブ医者だったみたいなんですケド」

 

「実在している。彼らの歴史は、数千年もの長い間残り続けた…原点は石工組合だ」

 

「アリナは見えるモノしか信じない。根拠に乏しい理屈なんて…」

 

「死と再生という、見えないモノを追いかけ続ける君らしからぬ台詞だね?」

 

「そ、それは……」

 

指摘された彼女が困惑する。

 

リアリストであろうとしたが、彼女の求めるものは現実の生活内にはなかった。

 

「君は…人間たちには見えないモノを追いかけ、戦い続ける魔法少女ではなかったのかね?」

 

それを言われた彼女の表情が変わり、立ち上がって睨みつける。

 

「…最初から、アリナのことを知ってたワケ?」

 

「続きを聞く気があるのなら…座りなさい。それか、他の医者を探してくれても構わないよ」

 

選択を迫られたアリナは舌打ちし、座り直す。

 

「…フリーメイソンって、何なワケ?アリナだって都市伝説系の雑誌でしか知らないんだケド」

 

「フリーメイソンの歴史を語ると長くなるが…聞いて欲しい」

 

世界で最も有名な秘密結社フリーメイソン。

 

伝承では、創設は3000年以上前。

 

旧約聖書に登場するソロモン王の第1神殿を築いた大建築家ヒラム・アビフが始祖と言われる。

 

ヒラムは建築家の集団を親方・職人・徒弟に分け、秘密の合言葉や符牒を定めて仕事をさせた。

 

だが職人がヒラムの名声を妬み、秘密の合言葉を手に入れるためにヒラムを殺害。

 

遺体は埋められたが、そこに生えたアカシアによって弟子たちが発見する。

 

獅子の爪と呼ばれる特殊な握手法によってヒラムの復活を試みたという。

 

今日、フリーメイソンの入団儀礼ではこの伝説が忠実に再現される。

 

参入者はヒラムとなり、()()()()()()()()()()()ことでフリーメイソンとして生まれ変わる。

 

「フリーメイソンは…死と再生を疑似体験する?どういう意味なワケ…?」

 

「心理学の中では、肉体的な死とは違う()()()()()()というものがある」

 

「心の死と再生…?」

 

「人々の心が成長していく過程や、パーソナリティが変化していく過程で起こる象徴的な死だ」

 

「ようは…価値観や考え方が変わる現象のことを…心の死って表現するワケ?」

 

「カウンセリングに来た君もまた、心の死を疑似体験している」

 

「患者のパーソナリティが急激に変容していく際に、心理的象徴的な次元で死の体験が生じる?」

 

「カウンセリングにも夢や絵画などのイメージ表現を行う。その中に死を求める者達がいる」

 

「今のアリナのような…連中?」

 

「死んで新しく生まれ変わる再生のテーマが登場する。概念世界における象徴的な死と再生…」

 

――次元が切り替わる。

 

――ある世界から別の世界へと移行していく。

 

「それまでの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という体験を患者は求めてくるのだ」

 

それはまさに、今のアリナが求めている欲求そのもの。

 

彼女は求めている。

 

魔法少女になっても何も得られず、アーティストとして終わろうとしている今の自分の死を。

 

「アナタは…今のアリナに死を与えてくれるワケ?アリナを…別の何かに変えてくれるワケ?」

 

「それを行うのは、私ではない。我らの神々が…行うだろう」

 

「……アナタ、何者なワケ?」

 

周囲を見れば、周りには看護師の姿は見えない。

 

アリナと院長先生2人だけしか診察室には入れて貰えなかったようだ。

 

何者かを聞かれた院長先生は、恐ろしい笑みを浮かべた。

 

「……フリーメイソンの話題は、軽はずみで言えるものではない。君だからこそ私は伝えた」

 

「アリナだから…伝えてくれた?」

 

「君は我らの神と会わねばならない。いずれその時が来る…その時こそが」

 

――君が我らの門を叩く時であり、今までの自分に死が約束される日となろう。

 

……………。

 

診察を終えた彼女は見滝原病院を後にする。

 

帰りの電車内で夕日の景色を見つめていたアリナが口を開く。

 

「…イギリスの諺の中に、夜明け前が最も暗いってのがあった気がする…」

 

ニュージーランドやニューヘブリデス諸島の日没を眺めると死を挑発するという俗信がある。

 

宗教学者のエリアーデはそれに着目した。

 

日没とともに魂を冥界へと連れ立し、朝日と共に帰還する太陽神の性質を研究。

 

霊魂を死の世界へいざなう霊魂導師的な側面。

 

新生への加入儀礼を行う秘儀祭司という側面。

 

相反しながらも同時に持つアンビバレントな役割を持っている点を指摘している。

 

夕日を見つめ続けるアリナは、己の死を再び渇望する。

 

「アリナは変わらなきゃならない。こんなままじゃ…いずれフールガールに先を越されていく…」

 

彼女は選択を迫られる。

 

それは今までの光あふれる優しい世界からの決別を、再び行うことになるだろう。

 

人間としての人生の終わりが魔法少女なら…。

 

人間らしい在り方との決別こそが…神秘を追い求める道。

 

死と再生を求める()()()()()()()()

 

それはまさに宗教そのもの。

 

南津涼子が信じる宗教である仏教とて死と再生の道。

 

魂の次元上昇により、神や仏の領域にシフトアップする死と再生の変化を求める道。

 

即身仏自殺もまた、それを求める苦行である。

 

イカれてると人々は言うだろうが、宗教家達の定義は教義によって変わるのだ。

 

「デスはヒューマンから禁忌とされるけど…その先にしか無いモノを、アリナは求めたい…」

 

彼女は奈落の底に堕ちる選択を行う日がくる。

 

それは誰かに穴の中に引き摺り込まれるのではなく、自らが穴の世界へと入っていく()()()()

 

仏になりたい修行僧が穴に入り埋めてもらい、即身仏自殺へと至るが如く。

 

「求める以上は…アリナの責任。それは絶対に…背負わなければいけない」

 

彼女が求める秘儀、そして神々と同じ死と再生を求める神秘主義。

 

それは密教というよりは、どちらかと言えばユダヤ教や陰陽道の迦波羅(カバラ)だ。

 

「アリナは逃げない。アリナが掲げたアートのテーマからは」

 

――それこそが、アリナを形作る掛け替えのない要素なんだカラ。

 

────────────────────────────────

 

かりんしかいない放課後の美術室。

 

彼女はアリナから与えられたデッサン課題を黙々とこなすだけだが、溜息が出る。

 

「アリナ先輩…暫く美術部に来ないだなんて…。やっぱりスランプが原因なの?」

 

真っ白いキャンバスと睨めっこしても埒が明かないと彼女はかりんに告げる。

 

彼女は今一度自分の原点を振り返るために、部活とは違うモノを求める日々に進んだのだ。

 

「求めるテーマを変えたらいいの…アリナ先輩だって、マジカルきりんが好きになったら…」

 

かりんは自分の美のテーマしか見ようとしない。

 

それが絶対的に正しいと信じ、周りもそうあるべきだと押し付けようとする。

 

だが、そんなことをすればアリナは激怒するだろう。

 

内心の自由とは、善人も悪人も関係なく何人たりとも侵してはならない聖域。

 

国家でさえも侵害することが許されない、人間が生まれながらに持つ基本的人権なのだ。

 

誰かの天国は誰かの地獄、誰かの地獄は誰かの天国なのだから。

 

……………。

 

学校からの帰宅道。

 

アリナは真っ直ぐ家には帰らず、当ても無くぶらぶらと街を歩く姿。

 

気が付けば栄区にある自宅からは外れ、南凪区を歩いていた。

 

そんな彼女が見た路地裏の光景があった。

 

<<あたしの実家が仏教寺だからって…なんでそんな言われも無いこと言ってくるのさ!?>>

 

路地裏の奥で声を張り上げたのはヤタガラスの任務で神浜に訪れていた南津涼子だ。

 

「あんたの家って葬儀屋でしょ?葬式仏教の家じゃん」

 

「人の死に関わる職業って不潔だよね~不浄そのものじゃん」

 

「そんな不浄な奴が学校にいるとさぁ、臭うんだよね~~」

 

「そうそう!死肉臭さっての?あるいは、死肉に群がるハゲワシのような臭い?」

 

<<アッハハハハハ!!!>>

 

どうやら同じ南凪自由学園の女子生徒から虐めを受けているようだ。

 

これは中世の封建時代から続く部落民差別の光景だろう。

 

食肉処理、葬儀、処刑人、皮革加工や汚物処理など不浄とされた職業に従事する人々がいる。

 

その人々は長年日本社会の隅へ追いやられてきた。

 

生き物の死にかかわる仕事に携わる人々が隔離されて住む集落の人間を、部落民と呼ばれた歴史。

 

「……つまらないこと、やってるんですケド」

 

呆れた表情を浮かべながらも、死に関わる職業の家に生まれた少女が気になり視線を向け続ける。

 

涼子は怒りで歯を食いしばり、怒声を放つ。

 

「アンタら…人を差別して恥ずかしくないのか!お前らを不快にする行動なんてしてないだろ!」

 

「行動?あんたの実家が不快な行動をしてきたじゃん」

 

「そうそう。あんたは不快な家の者だからさぁ、存在そのものが不快なんだよね~」

 

「何かにつけて仏教の理屈を周りに押し付けてさぁ、鬱陶しかったんだよねぇ」

 

「…あたし自身が原因を作りもしないのに、勝手な結果を並べる!因果を無視する邪見だよ!!」

 

「ほらほら、またつまらない仏教を押し付けてきちゃったよ~こいつ」

 

「人の死のお零れで生活してきた不潔なヤツなんてさぁ、早いとこ転校してってよ」

 

「死に群がるハゲワシなんてさぁ、日本から隔離された場所で暮らして欲しいよね~♪」

 

ケラケラと人の死に関わる者を馬鹿にする西の差別主義者達。

 

この苦しみは東の者達も味わってきたが、彼女は神浜の地元住民ではない。

 

だが差別が当たり前の社会が築かれていったために差別をしても構わない環境が整備された。

 

もはや弱い立場の者達ならば、誰でも差別をしてもいい状況にまで神浜の西側は堕ちている。

 

「お前ら…よくもあたしの家を…仏教を……そこまで馬鹿にしてくれたなぁッッ!!」

 

頭に血が上りやすい性格の彼女は声を荒げ、拳を振り上げる。

 

その手を掴んだ人物がいた。

 

「ウェイト。こんな雑魚共、ほっとけばいい」

 

「お、お前さんは……?」

 

涼子の右手を掴んだのはアリナ・グレイ。

 

「これが連中の手口。アナタを挑発して暴力沙汰に導き、犯罪者にして学校から蹴りだすワケ」

 

アリナに手口を見破られた差別主義者達は舌打ちを見せる。

 

「弱い奴は弱い奴しか叩けない。弱い奴は弱い奴を虐めることでしか自信が持てないんだカラ」

 

「な、なによアンタ!?横からいきなり出てきて…私たちに喧嘩売ってるわけ!?」

 

「あんた…栄総合学園のアリナでしょ!?外国人みたいな見た目だから直ぐ分かった!」

 

「文句があるならかかってきなさいよ!あんたの気性の荒さは他の学校でも有名だからね~」

 

「貴女もたしか、死と再生とかいう不浄な芸術品を作るんでしょ?不浄は不浄を呼ぶってね~」

 

「私たちにケガさせたらさぁ~、あんたも学校にチクってやるんだから♪」

 

アリナまで挑発し始めたが、振り返るアリナの瞳を見て凍り付く。

 

「最近のアリナさぁ…他人どころかアリナさえムカつきが収まらないワケ。アナタが望むなら…」

 

――誰にも見つからない場所に、死ぬまで放り込んであげてもいいんですケド?

 

それは彼女の固有魔法である結界世界を表す。

 

彼女たちは魔法少女の魔法など知らないが、尋常ならざる迫力を見せるアリナに尻ごみしていく。

 

「…行きましょう。死を纏う連中になんて関わってたら、体に腐敗臭がつくし」

 

2人に睨みつけられながらも、差別主義者達は尻尾を撒いて逃げていったようだ。

 

「あたし…こんな街に来るんじゃなかった…。最低の街だよ…」

 

自分の家や宗教を馬鹿にされ、涼子は悔しさで涙が滲む表情を浮かべていく。

 

今の涼子はまだヤタガラス任務に不満を抱えていた頃。

 

青葉ちか共々、本意ではないのに神浜での生活を余儀なくされていた状況であった。

 

「…アナタの気持ち、アリナは分かる。だから…アリナらしくもないことしちゃったんですケド」

 

本来の彼女は、弱者になど目もくれず自分の高みを目指す事にしか邁進しない性格だ。

 

しかし今の彼女は心が弱り、弱い立場になってしまったために横に立つ者達の苦しみが見えた。

 

人は一面だけでは判断出来ない。

 

今の彼女の一面こそが、後輩の御園かりんが慕うアリナの姿なのだろう。

 

「助けてくれて…ありがとうな。もう少しで連中の手口に乗せられるところだったよ」

 

悔し涙を袖で拭き気丈な笑顔を見せる。

 

用も済んだから踵を返して帰ろうとしたが立ち止まり、振り返ってきた。

 

「ねぇ、アナタは仏教寺の人なワケ?」

 

「うん…それで連中にからかわれたんだ。それがどうかしたのかい?」

 

片手を口に当て考え込むが、彼女に振り返るアリナが口を開く。

 

「アリナね、死と再生をテーマにしたアーティストなワケ。仏教にも興味があるんですケド」

 

「お前さんには救われたからねぇ。修行中の身だけど、教えられる範囲でなら喜んで教えるよ」

 

路地裏から場所を変え、公園の席に座って向かい合う。

 

仏教の世界観においての死と再生について、彼女は内容を真剣に聞く。

 

自分自身の美のテーマを、もう一度掘り下げようとしているのだろう。

 

「仏教の死生観とは、生命あるものは死後、先祖のいる世界に行き仏となる」

 

「今の日本人の死生観のテンプレなんですケド」

 

「仏教以前は…宇宙があり、そこに神や仏、人々、衆生が存在していると考えた」

 

命あるすべての生物は、この世とあの世を行き来する。

 

あの世には天国も地獄も死後の審判もない。

 

この世で最期を迎えたら誰でも肉体を離れ、あの世に行き、神になり祖先の霊と一緒にいる。

 

「悪事を犯したら、すぐにあの世に行けない。遺族が供養することであの世に行くことができる」

 

「あの世で暮らした魂は、いつかこの世に戻り…永遠に生と死を繰り返す?」

 

「故人をあの世に送り出す葬式は、魂がこの世に戻ってくる重要な意味があるとの教えだね」

 

「永遠の生と死を繰り返す…死と再生…デス&リバース…」

 

「古来の日本人は、仏教以前から輪廻転生論を信じていたということになる」

 

「仏教の死後の世界って、どんな感じなワケ?」

 

「故人は最期を迎えてから6日目まで、真っ暗闇で険しく長い道のりである死出の山に登るんだ」

 

「その後は?」

 

「そして、花畑があり、賽(さい)の河原に到着。その先に三途の川が見えるのさ」

 

「そこまでは誰でもイメージ出来る領域。アリナは川の向こう側が知りたい」

 

「死後7日目に十王審査が始まる。閻魔大王を含む十王に審査され、六道地獄に落ちる」

 

「仏教においての天国は?」

 

「六道地獄を抜け出せた者は極楽浄土に行ける。一切の苦しみから抜け出すことを意味するんだ」

 

「魔法少女にとっては、円環のコトワリに導かれるようなモノってワケね」

 

「日本人の死生観は、この世の業を重視する。だからよりよく生きる必要があるんだ」

 

「アリナに人生のエンディングノートでも書いていけってワケ?年寄りが書けばいいんですケド」

 

「若者だって書いてもいいよ。自分の人生の道筋を確認することで、襟が正せるんだよ」

 

仏教の説法が始まるのかと溜息が出るが、アリナは別の事を考える。

 

神と仏の違いだ。

 

「人は死後、美しい神仏になるって考え方は古来から変わらない。神と仏の違いって何?」

 

「難しい事を聞くんだね?あたしが育ての親の住職から聞いた話だと…」

 

神とは何か?

 

大きく分けて2通りの意味がある。

 

キリスト教やイスラム教、ユダヤ教などの一神教の神。

 

自然現象などの信仰、日本神話で言われる八百万(やおよろず)の神。

 

世界の宗教のほとんどを占める神のイメージこそが、天地創造を行った唯一神だ。

 

では仏とは何か?

 

仏とは、さとりの名である。

 

仏教では、低いさとり から高いさとりまで、52の位があり、これをさとりの52位と言われる。

 

さとるとは、何をさとるのか?

 

「さとりの高みに上る程、大宇宙の真理に到達する。最高のさとりを得た存在こそが…」

 

「ゴーダマ・シッダールタっていう、お釈迦様なんでしょ?」

 

「その通り。あたし達仏教徒は…生涯をかけてさとりの山を登り続ける者達なのさ」

 

得心がいったのか、アリナは席を立ち上がる。

 

「サンキュー。興味深い話が聞けただけ、らしくもないことをした甲斐もあったワケ」

 

「あたしの名は南津涼子。同じ魔法少女なんだし、名前ぐらい教えてよ」

 

「…アリナ・グレイ。アナタ、神浜では見ない魔法少女だけど…」

 

「そ、そこは秘密にしてくれると助かる。あたしだって…好き好んで神浜に来たわけじゃない」

 

「事情があるようだけど、その部分はアリナは興味ないし。それじゃあね」

 

アリナは後ろ手で右手を振って別れを告げる。

 

家路に向かいながらも、アリナの表情は確信に満ちていた。

 

「やっぱり…ヒューマンはデスを美化しないと気が済まない」

 

キリスト教にイスラム教のような一神教、それに仏教も変わらず死後を美化する。

 

そのために生きている今をよりよく飾り、死後の美しさに備えようとする。

 

「そのデスの果てに在るリバースを求める感情こそが…」

 

――アリナの美の表現テーマなんだカラ。

 

人は神や仏になりたがる。

 

魂の次元上昇により、神や仏の領域にシフトアップすることを目指す思想…神秘主義。

 

まどかやほむら、それに人修羅や天使となりし者達が辿り着いた次元シフト…アセンション。

 

それはまさに、我々人間から見れば概念の領域に在る概念存在そのもの。

 

それらは神や仏だけで表現されるモノではない。

 

悪魔もまた概念存在なのだ。

 

「アリナは描きたい。デス&リバースの世界に在る者達の姿を…」

 

彼女は描くことになるだろう。

 

死と再生によって形作られし概念存在…悪魔と呼ばれるアートの数々を。

 

────────────────────────────────

 

死後の世界を美化しない宗教がある。

 

それは同じ一神教であるユダヤ教だ。

 

ユダヤは人は神が塵で作ったモノと考え、死後は土に帰り、魂は最後の審判の時に蘇ると考える。

 

だからこそユダヤ人は唯物主義。

 

だがユダヤ教と言えど派閥があり、モーセの五書であり律法たるトーラーが全てではないと説く。

 

それこそが、ユダヤ神秘主義とも言えるカバラだ。

 

唯一神の声であるトーラーに反対してでも追い求めたカバラとは何なのであろうか?

 

ユダヤ教には、トーラーという神話と行動規範(法:LAW)があるだけではない。

 

その背後には哲学と秘伝思想があると考えられている。

 

この秘伝思想がカバラと呼ばれた。

 

アブラハムがメルキゼデクから伝授された天界の秘密。

 

あるいは、モーセがトーラーに記し切れなかった部分を口伝として後世に伝えたものだ。

 

カバラを記した書物の中には、セーフェル・イェツィラー(形成の書)がある。

 

この世界がどのようにして形成されたかが語られているのだ。

 

神の思考(アイン)神の言葉(アイン・ソフ)神の行為(アイン・ソフ・オウル)。

 

そして流出というできごとが10回起こり、生命の木であるセフィロトが形成された。

 

セフィロトと他のセフィロトは線で結ばれている。

 

この線は全部で22本あり、10のセフィロトと合わせてこう呼ばれる。

 

32の神秘の英知の道。

 

このカバラ書の中に現れる大天使の名が存在していた。

 

その名はメタトロン。

 

唯一神に認められ兄弟のエリヤと共にアセンションし、概念存在である天使となった者だ。

 

神の神秘を追い求める神秘主義者にとってはメタトロンは憧れの存在。

 

天界の秘儀を解き明かし、天使を目指そうとする思想もまた神秘主義。

 

それは何処か仏になろうと目指す密教とも通じており、カバラは密教と混同される事も多かった。

 

神秘主義とは、神仏という最高実在、宇宙の究極的根拠などとされる存在を求める道。

 

絶対性のままに人間が自己の内面で直接に体験しようとする、哲学ないし宗教上の思想だった。

 

……………。

 

「今のアリナは、自己という枠を突破したい。それはある意味、()()()()()()()()()なワケ」

 

午後の授業が終わった休憩時間。

 

アリナは独り、廊下の窓を見ながら黄昏ていた。

 

そんな彼女に近寄ってきたのは後輩の御園かりんだ。

 

「アリナ先輩…今日も部活には来ないの?」

 

伝えるべき課題は与えたのに彼女はアリナを必要とする。

 

重荷のように感じた彼女は大きな溜息を出し、彼女が手に持っていたいちごジュースを奪う。

 

「あっ……」

 

チューズゾゾゾ…という音が響くぐらい乱暴に飲み干してしまった。

 

「今のアリナには、あの場所に求めるものなんて無いんですケド」

 

「だって…アリナ先輩が来てくれないと、私……」

 

「課題なら伝えたワケ。あとは自力でデッサンを磨けばいい」

 

彼女から視線を外し、外の景色を見つめる。

 

「…まだ、帰らないワケ?」

 

横を見れば、俯いたまま寂しそうな表情を浮かべたかりんの姿が見える。

 

デッサンの練習も大事ではあるが、かりんが求めているのはアリナとの付き合いだ。

 

求めるモノが互いに違うため、すれ違いしか起こり得ないのだが…。

 

「ねぇ、フールガール……少しだけ質問してもいい?」

 

突然アリナが自分に質問したいと言い出し、驚いた表情を浮かべて顔を上げる。

 

「たしかアナタって、マジカルきりんが大好きで崇拝してる…でいいワケ?」

 

「崇拝…って大げさなモノじゃないと思うけど、私はマジカルきりんが大好きなの」

 

()()()()()()…って、思う程なんでしょ?」

 

「そうなの!私は…マジカルきりんみたいになりたいから、魔法少女を頑張ってるの」

 

それを聞いたアリナはかりんに振り向く。

 

「そうなりたいって思った気持ちは……どんなモノだったワケ?」

 

――今の自分を変えたい、脱自したいって気持ちがあったカラ?

 

質問の意味がよく分からず、かりんはキョトンとする。

 

「脱自?その、意味は分からないけど…私はマジカルきりんが大好きだから…ああなりたいって」

 

「大好きだからああなりたい。それってさぁ…」

 

――フールガールの中での、()()()()()()()()()()()()()思想だと…アリナは思う。

 

フィクションキャラは偶像である。

 

偶像を崇める行為は実に宗教的。

 

オタクの中でも推し作品の布教や、商品購入お布施と言った宗教的表現が使われるぐらいだ。

 

「私の中での…絶対者……」

 

「それは、神仏と同じぐらい価値ある存在。人は見たいモノしか見ない、信じない生き物」

 

「アリナ先輩は…自分が大好きだと思う存在になりたいって、思わないの?」

 

「アリナもね…大好きだと思う存在に……なってみたい」

 

「だったら!アリナ先輩も大好きな漫画を見つけて読むの!」

 

「漫画っていう媒体でなくてもいい…宗教の教義でさえ構わない」

 

――アリナは、アリナを変えたい…。

 

――アリナが大好きな存在のような、生まれ変わりがしたい。

 

――そしてアリナの求めるテーマを、誰に憚られる事もなく…。

 

――追いかけられる存在になりたい。

 

神秘主義の根本的な特質は神秘的合一であり、絶対者と自己との()()()()にある。

 

行うことが人間を超えた絶対者との合一となるのだ。

 

通常の自己からすれば絶対的に他なる者との合一であるから、それは自己からの脱却を意味する。

 

神秘家というのは、いわゆる脱我(エクスタシー)を求める者達であると言えよう。

 

マジカルきりんが大好きな御園かりんが、マジカルかりんである自分に脱我を求めるように。

 

我々が普段自己と信じているものは、絶対者の前に吸収されつくして無になっていく。

 

同時に絶対者は対象ではなくなり、それが真の自己の根拠になる。

 

自己の徹底的な()()()()()()()()()()()()()が、神秘体験の宗教的な核心となっているのだ。

 

「アリナ先輩……」

 

彼女はアリナが伝えたい言葉の意味を読み取る事は出来ないだろう。

 

それを知るための知恵を、彼女は求めないから。

 

「アリナ先輩、スランプに苦しんでるなら……神社にお参りに行くの!」

 

「ワッツ……?」

 

アリナは突然の提案に困惑する。

 

「神様ならアリナ先輩の苦しみの助けになってくれるの!今日の帰り一緒に水名神社に行くの!」

 

「ちょ、ちょっと…フールガール?」

 

「校門で待ってて欲しいの!私も学校が終わったら直ぐに合流するの!」

 

手を振って自分のクラスに帰っていくかりん。

 

そんな彼女の姿を茫然とした表情で見つめていたアリナだったが…。

 

「ゴッドなら、アリナの苦しみを救ってくれる?だったら、いっそのこと…」

 

――アリナは魔法少女を辞めて…ゴッドになりたいんですケド。

 

その言葉を言った瞬間、彼女の脳裏には路地裏で出会った占い師の夢の内容が思い出される。

 

――覚えていなさい。

 

――貴女は、その悪魔のような醜悪美の価値観故に、人間ではいられなくなる。

 

――人間社会や魔法少女社会から、追われる事になるわ。

 

「何も生み出せないアリナから生まれ変わることが出来るのなら…望むところなんですケド」

 

――アリナはね…何処に行ってもアウトサイダーなんだカラ。

 

踵を返し、自分のクラスへと戻っていく。

 

神秘主義における神秘的合一は、あくまで自己自身の内面を通して体験される。

 

自己の最内奥におけるできごとでしかない。

 

だからこそ、神秘主義では魂や霊が強調されるのである。

 

夢の世界に現れた占い師であるリリスと梟の姿をしたアモンは語った。

 

――あの小娘…どう思う?

 

――吾輩が見たところでは、十分過ぎる輝きを持っていた。

 

――流石は閣下が失った第三の目に存在した、エメラルドの輝きと同じ光を持ちし魔法少女。

 

――あの小娘の頭上には、閣下の星である金星…明けの明星が輝くに相応しい。

 

ルシファーと同じ魂の輝きを持つと言われたアリナ・グレイ。

 

外側に引っ張り出されソウルジェムと化した霊と魂は…何になろうと求めるのであろうか?

 

自己の最内奥において、自己が破られる体験に何を求めるのだろうか?

 

そこにおいては無限の深さが開かれることになるだろうが、彼女は迷わず飛び降りる。

 

――恐れる必要はないわね?だって貴女は、自分の美がそこにあるのなら…。

 

――奈落の底にだって魔法少女に契約した時と同じく…身投げ出来るだろう女なのだから。

 

魂の内奥が自己という枠を超え、神の秘奥であるような内面性を体験する道。

 

それを与えてくれるのは…彼女が求めし死と再生による生まれ変わり。

 

導いてくれるのは太古の神々。

 

悪魔たちであった。

 




離れるのが長くなると書く気力がヤバくなるので第5章始めていきます。
第5章は第3章に続き魔法少女編となります。
アリナ・織莉子・静香の3構成となっていく予定です。
枠の余裕が無い駆け足展開なのでシリアス&鬱展開にしかならない予定です(汗)


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136話 口寄せ神社

旧約聖書の中にはサムエル記と呼ばれる古代ユダヤの歴史書の1つが存在している。

 

サムエルとはユダヤの預言者であり民族指導者だった人物。

 

後にイスラエルの指導者となり、初代イスラエル王サウルを選出することとなった。

 

サムエルの死後、サウルはイスラエルの主神である唯一神に従う政治を行う。

 

しかし、サウルの心はサムエルを失った深い不安と恐怖に塗り潰されていったのだ。

 

サムエル記上28:3-5

 

サムエルはすでに死んで、イスラエルのすべての人は彼のために悲しみ、その町ラマに葬った。

 

また先にサウルは口寄せや占い師をその地から追放した。

 

ペリシテ人が集まってきてシュネムに陣を取ったので、サウルはイスラエルの全ての人を集めて、ギルボアに陣を取った。

 

サウルはペリシテ人の軍勢を見て恐れ、その心はいたくおののいた。

 

サウルは口寄せや占星術などを行う魔術師達を唯一神の名の元に追放してきた。

 

だが、ペリシテ人に恐れをなしたサウルは…あろうことか魔術師の()()()()に頼ろうとしたのだ。

 

人の魂が天上のどこかで生き続けており、死者には意識があるとする信条に人は陥る場合がある。

 

そんなスピリチュアルに陥ったサウルは口寄せ術によって死したサムエルに頼ろうとしたのだ。

 

サムエル記上28:6-7

 

そこでサウルは主に伺いをたてたが、主は夢によっても、ウリムによっても、預言者によっても彼に答えられなかった。

 

サウルはしもべたちに言った、わたしのために、口寄せの女を捜し出しなさい。

 

わたしは行ってその女に尋ねよう。

 

しもべたちは彼に言った。

 

見よ、エンドルにひとりの口寄せがいます。

 

こうしてサウルは口寄せ術が出来るという1人の女魔術師の元に向かう事となったのである。

 

……………。

 

まだ燃やされていない頃の水名区。

 

水名区を歩くのは学校からの帰り道を寄り道して水名神社に向かう2人の女子生徒たち。

 

「水名神社はね、縁結びの神様がいる神社なの!」

 

「縁結び?」

 

「昔、水名の歴史で悲恋の物語があったそうなの。縁結びスタンプラリーは水名の町おこしなの」

 

「アリナは町おこしイベントなんて、やるつもりはないんですケド」

 

「アリナ先輩が求めている縁を与えてくれるかもしれないの!」

 

「アリナが求めている縁…ねぇ」

 

信心深い性格ではないアリナだが、今は藁をも掴みたいほど心に余裕がない。

 

半信半疑ではあるが、後輩の提案に乗り水名神社にお参りをしようというのだ。

 

今日は土曜日であり観光客も多く見かけた。

 

石段の前では、巫女服を着た神社関係者が掃除をしているようだ。

 

「ねぇ、少し質問がしたいんですケド」

 

「あら、いらっしゃい。今日は参拝に来たのかしら?」

 

「アリナは神道はあまり知らないワケ。水名神社はどんな神様を祀ってるワケ?」

 

「私は縁結びの神様だって聞いたの」

 

水名神社に興味を持ってくれたのが嬉しかった巫女のお姉さんは笑顔で答える。

 

「水名神社に祀られた神はね、全国で御祭神として祀られる神様…スサノオノミコトよ」

 

「スサノオ…?どんな神様なの?」

 

「古事記だとヤマタノオロチ退治で有名な神様であり、アマテラスとは兄妹姉弟なの」

 

「スサノオと水名神社って、どんな関係があったワケ?」

 

「この神浜市は海と隣接した地域。スサノオは水害から守ってくれるご利益があるのよ」

 

「スサノオのご利益はそれだけ?水名の悲恋の歴史物語に関わる縁結びとかはないの?」

 

「縁結びもあるわ。それに厄除け、子孫繁栄、病気平癒などもあるわね」

 

「やったの!アリナ先輩のスランプの病気も治してくれるの!」

 

「そんな簡単にいくわけないんですケド」

 

溜息をついたアリナは石段を登っていく観光客に視線を移す。

 

「今日は人が多いし、アリナ的には鬱陶しいから帰りたいんですケド」

 

「そんなこと言わないの!それにしても、今日は本当に参拝客が多いの…」

 

「知らなかったの?この水名神社の蔵の中からね…ある神仏像が見つかって公開されてるのよ」

 

「ある神仏像…?」

 

それを聞いたアリナに視線を向けた巫女のお姉さんは…不敵な笑みを浮かべる。

 

――その神仏の名は……()()()()()()()()()()()()よ。

 

その神の名は、かつてのボルテクス界に存在していた勢力の主神。

 

力の思想を掲げ、マントラ軍を組織した存在こそが牛頭天王。

 

シジマ勢力に敗れたマントラ軍の牛頭天王は、体が崩壊することになる。

 

しかし、牛頭天王の意思を継ぎ…力の思想を掲げ、コトワリを成そうとした少女がかつていた。

 

「牛頭天王…?牛の神様なの?」

 

「牛頭天王を知る日本人は…今の時代だとほとんどいないわね。よかったら教えてあげるわよ?」

 

牛頭天王の名を聞いたアリナの表情から退屈していた表情が消える。

 

「……教えて欲しいんですケド」

 

自分でもなぜ牛頭天王の事が気になるのか分かってはいない。

 

ただ、彼女はその名を聞いた瞬間…抑えようもない興味が湧いたのだ。

 

牛頭天王。

 

明治政府による神仏分離政策が施行される前は広くあまねく信仰された存在。

 

神仏習合の神であり、スサノオと同一視される程の神である。

 

「明治維新の神仏分離によって、牛頭天王を祀っていた社はスサノオに変えさせられたのよ」

 

「それじゃあ…この水名神社で祀られていた神様は今はスサノオだけど…」

 

「明治以前は牛頭天王を祀っていたことになるわね。この神様は様々な神と同一視されるの」

 

「スサノオ以外には…どんな神と同一視されるワケ?」

 

「…中東の恐ろしい牛頭神とも同一視されるのよ」

 

「中東の恐ろしい牛頭神の名前は…何ていうの?」

 

――バアル神…モロクよ。

 

その神名を聞いた瞬間、アリナの心臓が大きく高鳴った。

 

かつての世界ボルテクス界において、シジマに敗れた牛頭天王。

 

その思想を継いだ少女は、砕けた牛頭天王に残された力を継承させられた。

 

彼女は魔人となり、力の思想を掲げる者となる。

 

魔丞という敬称が与えられた彼女が掲げた力の思想こそがヨスガ。

 

その者はミフナシロでマガツヒを大量に手に入れ、自らのコトワリを啓く守護をおろす。

 

守護と融合した魔丞となりし者はこう呼ばれたのだ。

 

バアル・アバター(バアルの化身)と。

 

バアルの化身となりし者とは、人修羅となった嘉嶋尚紀の親友だった少女。

 

橘千晶である。

 

……………。

 

汗ばむ手が握り締められていく。

 

「どんな風に…その中東の牛の神様は恐ろしかったの?」

 

「…子供の生贄を要求する神。涙の国の君主、母親の涙と子供達の血に塗れた魔王よ」

 

「そ、そんな恐ろしい神様が…どうして名前を変えたら皆から拝まれるの…?」

 

「牛頭天王がバアル神なのかは定かではないの。インドのお寺の守護神としても扱われるのよ」

 

「そっちの方がいいの…。あれ?アリナ先輩は…?」

 

気が付けばアリナは横にはいない。

 

周囲を探せば彼女は既に石段を登っていた。

 

「ま、待ってなのーっ!アリナせんぱーい!!」

 

2人は鳥居を超えて参道の道を進む。

 

拝殿に向かう参道には大きな橋がかけられており、参拝客の姿も多い。

 

拝殿までたどり着いた2人は奥に飾られた牛頭天王の像を発見した。

 

「あれが神仏習合の神…牛頭天王……」

 

「鬼のような頭部が三つ…それに、()()()()()()()()()()()()()()の」

 

「これが、バアル神かもしれない神…?アリナを救ってくれる縁結びの神…?」

 

黙して何も語らない牛頭天王の像。

 

だが、アリナはその像の視線から目を逸らすことが出来ない。

 

周りの参拝客の声も遠くなるほど、彼女は神仏習合アートの形に見入ってしまった。

 

────────────────────────────────

 

聖書にまつわる絵画の中には、エン・ドルの口寄せの家でサウルに現れるサムエルの霊がある。

 

唯一神の命令を裏切り、口寄せを行う女魔術師のところに訪れたサウルと衛兵達の絵だ。

 

それがどれほどの罪であったのかは聖書のレビ記に記されている。

 

レビ記第20章27節。

 

男であれ、女であれ、口寄せや霊媒は必ず死刑に処せられる。

 

彼らを石で打ち殺せ。

 

彼らの行為は死罪に当たる。

 

唯一神の忠実なる僕となったサウルだが、それでも己の心には打ち勝てなかった。

 

それほどまでに求めた女魔術師が行う口寄せ術。

 

人間は解決出来ない問題に直面した時には、神頼みをせずにはいられなかったようだ。

 

サウルの前に現れた女魔術師が行った口寄せ。

 

彼の前に現れた存在とは本当に死者であるサムエルの霊であったのか?

 

旧約聖書の中の一つ、伝道の書の中にはこうある。

 

伝道の書9章5-6。

 

死者は何事をも知らない…彼らはもはや日の下に行われるすべての事に永久に関わることがない。

 

ヨハネの黙示録や福音書いおいても、死霊の存在を疑えとある。

 

これらは、しるしを行う()()()()

 

偽り者であり、偽りの父。

 

サムエルの霊なのかどうか分からない存在がサウルに語ったのは…自身を含めた親族の破滅。

 

その言葉に恐れおののいたサウルと衛兵を描いたシーンこそが、エン・ドルの口寄せの家。

 

予言は的中し、サウルとその親族はペリシテ軍に追い詰められ…剣の上に身を投げて自害した。

 

……………。

 

「あ…あれ……?」

 

牛頭天王の像を見入っていたアリナが我に返り、辺りを見回す。

 

周囲に人の姿はなく、隣にいたかりんの姿さえ見えない。

 

「みんな…何処に消えたワケ…?」

 

魔獣の可能性を考えたが、魔獣は結界内に引き込んだ人間の姿を消す存在などではない。

 

後ろを振り返る。

 

「なに…ここ……?」

 

参道を形成していた橋の道が…まるで異次元にでもなったかのような無数の枝分かれ。

 

橋の手摺には沢山の風車が飾られている。

 

仏教において、風車とは輪廻を表す回転。

 

死して新たな再生を得る輪廻転生を表す。

 

死んだ大切な人達が無事に輪廻の輪を潜れるよう風車を供える供養のことを風車供養といった。

 

「結界世界…でも、魔獣の結界じゃないんですケド……」

 

<<また会ったわね、()()()()()()()よ>>

 

異次元のように枝分かれした橋の中央部分には先ほどの巫女のお姉さんが立つ。

 

アリナはその声に誘われるようにして橋の中央部分に進んでいく。

 

彼女が通る道の風車の数々が、()()()()()()()()()()()()かのように回転していく。

 

「アナタが…この結界世界を生み出してるワケ?魔法少女なの?」

 

「ここは夢と現の狭間であり…私は貴女と出会った事がある者」

 

巫女姿が歪んでいき、黒い霧と化していく。

 

その中から現れ出たのはアリナを占ったことがある女占い師。

 

妖艶なウィザード姿は、まるで女魔術師を思わせた。

 

「アナタ…夢の中で見た占い師?だとしたら…アリナは立ったまま白昼夢を見てるワケ?」

 

「夢と現実、貴女にとってはどちらでもいいはず。貴女が求めるモノは現実にある?」

 

「……ない」

 

藁をも掴む気持ちとなり、彼女は女魔術師の元へと近づいていく。

 

その道が永遠に出る事が出来ない冥界であろうとも、アリナの美がそこにある可能性があれば…。

 

彼女は死を賭して飛び降りる、かつてのように。

 

まるで光の秩序を裏切った初代イスラエル王サウルのように。

 

彼女の眼前にまで来たアリナのために、彼女は魔術師衣装のフードを上げて素顔を見せる。

 

「……アリナに与えてくれるの?」

 

「貴女は何を求めているのかしら?」

 

「……アリナの美のテーマ」

 

「それは、死と再生?」

 

彼女は静かに頷く。

 

「アリナはね…魔法少女になっても得られなかった」

 

「貴女の美も得られないまま…無為な魔法少女人生を送ってしまったわけね」

 

「こんなことなら…あのとき野垂れ死にしてたら良かったんですケド」

 

「そんな辛い人生の中でも…貴女の美とも言い換えれる存在を目にしなかったの?」

 

「アリナの美と言い換えれる存在…?」

 

「たとえば、後輩の御園かりん」

 

「フールガールが…アリナの美?」

 

「貴女を慕う彼女は、貴女から孤独を遠ざけてくれるのではないの?救いにはならない?」

 

少し考え込むが、アリナは首を横に振る。

 

「一緒にいてくれるのは嬉しくても…心は同じじゃないんですケド」

 

「それは…彼女が求める真善美の世界と、貴女が求める醜悪美との間に広がる溝のことね?」

 

「勧善懲悪のノリだとか、愛と正義が勝利する物語のノリを押し付けられるのは…耐えられない」

 

「貴女は貴女の正しさがあっていい。それが本当の自由であり、誰であろうと侵害は許されない」

 

「アリナが求めるのはヒューマンのデス…誰かのデス…アリナのデス…」

 

――腐っていって…白骨化して…焼かれて灰になって…蘇る。

 

――屋外にうち捨てられた死体が朽ちていく経過…()()()()()()()()()と…。

 

――その先にあるリバースこそが、アリナが求める…デス&リバース。

 

夢と現の狭間において、彼女は包み隠さず自分の求めるモノを女魔術師に伝える。

 

それを聞いた女魔術師は満足そうな笑みを浮かべてくれたようだ。

 

「九相図…仏教絵画にもあるわね。貴女は仏教徒のように人の死を禁忌とはしていない」

 

「デスは始まりに過ぎない、そうアリナは考える。仏になるって考える仏教徒の南津涼子と同じ」

 

「死を美化する者であり、獣の命を救う者…アリナ・グレイ。そんな貴女だからこそ…」

 

――東京で起こった、1・28事件の時に現れた存在を…忘れられるはずがない。

 

この改変世界においても起こってしまったペンタグラム魔法少女達の決起。

 

結果は改変前の世界と同じだが、改変世界に放り込まれた人修羅はどう解決したか覚えていない。

 

その時の映像を見たアリナが、どれほどの喜びに打ち震えたのだろうか?

 

だが、それっきり。

 

それ以降の彼女の心は、喜びも覚めていき感動も思い出せなくなっていく。

 

「あの事件は…アリナの心にセンセーショナルを巻き起こしてくれた。でも…もう見つからない」

 

「あの事件動画や画像は世界中の国家から検閲されて処分されてきたものね…仕方ないわ」

 

「アリナ…あの存在をもう一度見てみたい、触れてみたい…」

 

「あの存在に…何を貴女は見出せたの?」

 

真っ直ぐ見つめてくるアリナは恐ろしい言葉を紡ぐ。

 

「並ぶもののない…アルティメットデス」

 

――この世に、おびただしい数のデスを撒き散らし…。

 

――そして、救いを与えてくれると感じられた程の…感動。

 

女魔術師はそっと両手を彼女の顔に近づける。

 

「ワッツ…!?」

 

両手を頬に当て、おでこを彼女のおでこにくっつけてくる。

 

「人修羅の本質をたった一度見ただけで言い表せれる貴女だからこそ…見せてあげるわ」

 

――彼が一体、何を成すことが出来たのかを。

 

その言葉が聞こえた瞬間、アリナの視界は死への門を潜る。

 

かつての世界の輪廻が断ち切られた死の光景へと誘われたのだ。

 

────────────────────────────────

 

そこは、何も無かった。

 

在るのは暗闇に包まれた大地のみ。

 

<<なに……なにが、おこったワケ?>>

 

少女の意識だけが暗闇の世界を漂う。

 

闇の世界で佇む、光を発する刺青を全身に纏う者が見えてくる。

 

<あぁ……アレ…アレなワケ!!>>

 

その光る刺青を纏う者の心は既に堕ちていた。

 

<<アレが…アレが……アリナが求めた……>>

 

――カグツチは そのひかりをうしなってしまった。

 

――ひとりのアクマの てにかかって。

 

――せかいはもう うまれかわれない。

 

――もうソウセイは できなくなってしまった。

 

<<この声は……?あの喪服姿のチャイルドは……?>>

 

少女の意識は刺青の悪魔と喪服姿の子供と老婆に向けられた。

 

「ここが……貴女が求めた美のテーマの極致」

 

女魔術師の声だけが少女の意識の中に響く。

 

<<アリナが求めた…美のテーマ?力を尽くして辿り着いた…極致?>>

 

「かつて在った並行世界。その世界は死という消滅が行われたわ」

 

<<パラレルワールドの…デス?滅亡が……他のワールドで……?>>

 

「そこでは、次の世界の在り方を決める再生の儀式が行われたの」

 

<<ワールドのデスと…リバースの儀式……>>

 

「あの者は悪魔となりて生き残れた。だけど…他の人間達は数名を除いて絶滅したわ」

 

<<ワールドの…デス&リバース……アレは……アレは何者なワケ…?>>

 

「彼の名は人修羅。死と再生の儀式において…全てのコトワリ神を滅ぼし、無限光を破壊した者」

 

<<人修羅…?コトワリ神…?円環のコトワリみたいな神を…全て破壊したデビル…?>>

 

「それによって世界の輪廻は断ち切られた。世界の死によって生まれる筈だった世界は消えた」

 

<<待って…それじゃあ…ワールドリバースは…起こらない?>>

 

アリナが求めたのは死と再生。

 

死だけではなかったはず。

 

「世界は死滅したけれど…ここが貴女の美の極致だと言った言葉の意味を…深く観察しなさい」

 

<<ワールドの完全なるデスによって…何が…リバースしたか……>>

 

少女の意識は見届けることになるだろう。

 

大いなる神が生んだ最高の闇の力と、大いなる闇と呼ばれた大魔王が生み出した混沌の力を。

 

<<あ……あぁ……>>

 

少女の意識は理解した。

 

一つの宇宙が死滅するという究極の死によって生み出された…究極の再生を司る大いなる存在。

 

それこそが…混沌を統べる闇の覇王となりし人修羅だったのだと。

 

大いなる闇である大魔王ルシファーと互角の戦いを行えた人修羅は認められた。

 

大魔王の全ての配下である魔神や堕天使たちからも認められた。

 

世界の死という犠牲を払って生み出された、偉大なる混沌王誕生の瞬間が祝福されたのだ。

 

「死と再生を求めし者よ…観えるでしょう?世界の死と引き換えにして生み出された者達を…」

 

<<観える…アリナには観える!ワールドのデスと引き換えにして生まれたリバースが!!>>

 

混沌王となりし人修羅と共に在るのは、混沌の闇を統べる悪魔の大軍勢。

 

<<アリナが求めたかった……アルティメットアートの形は……>>

 

――CHAOSデビル達の……()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

少女の意識が混沌の闇の中へと消えていく。

 

意識を失いながらも彼女は感じていた。

 

今まで生きてきた中で最高だった感動と、頬を伝う感涙の感触を。

 

……………。

 

目を覚ましたアリナ。

 

彼女は橋の地面を見た。

 

「ワッツ!?」

 

そこに描かれていたのは、自分を取り囲むようにして描かれた赤き六芒星。

 

魔法陣の四方に描かれし血のように赤く光る文字とは『 בַּעַל(BAAL)』だ。

 

バアル神であるモロクが召喚された召喚陣と同じ代物。

 

「召喚魔術は降霊術や口寄せと言われ…場合によっては()()()()とも言われるわ」

 

離れた位置には右手を翳す女魔術師の姿が立つ。

 

中世後期の降霊術は、一般にネクロマンシー と言われ死者の口寄せ術という。

 

死者を介した予言を行う目的で利用されてきた。

 

しかし、死者など存在しないと考えるならば現れるのは死者に擬態した悪魔の類。

 

「アリナに…何をする気なワケ!?」

 

魔法少女に変身し、魔法武器である()()()()を生み出すがもう遅い。

 

鼓動が高まっていく、赤黒い波動が陣から生み出し続けられる。

 

――美を求める者よ。

 

――美しさを求めるのなら…()()()()()()()

 

――並ぶ者のない…世界を変える比類なき力を。

 

アリナの脳に直接響いてきた女魔術師とは違う少女の声。

 

その声を人修羅が聞けば、誰なのかは直ぐに分かるだろう人物の声。

 

「アナタは……!?」

 

脳裏に聞こえた神々しくも恐ろしい声に震えるアリナ。

 

「魔法少女になる選択をして、()()()()()()()()()()()よ。その捨てた肉体…」

 

――使わせてもらうわね。

 

召喚陣からバアルを象徴するかの如くゲヘナの炎が噴き上がる。

 

「アァァァーーーーーッッ!!!!?」

 

まるで肉体の中に入り込むかのようにして、叫ぶアリナの口から炎が入り込んでいく。

 

体が痙攣して白目を剥くほど悶絶していく姿を晒す。

 

「…地獄より蘇りし鬼火。その鬼火とは…バアルの化身となりし者の強き霊」

 

倒れ込み、アリナは意識を失う。

 

見届けたのは女魔術師のフリをしたリリスと…。

 

「この娘の外側の器には…かつての世界において力の思想を掲げた者の霊が宿ることとなる」

 

橋の手摺に舞い降りてきたのはアモンと呼ばれる梟。

 

「この子にとっては、死を意味することになるだろう存在。でも…死は始まりに過ぎない」

 

「この娘の哲学通りの末路を…吾輩たちが用意してやらねばな」

 

「弱き者から生まれ変わり、強き者へと至るには…死と再生が必要なのよ」

 

「その道に至れる至高の器となる事が出来るかどうかは…見物だな」

 

倒れ込んだアリナの左手から転がったキューブと呼ばれる立方体に視線を向ける。

 

「この娘の()()()()()()()こそ、閣下を象徴する金星に至れる者である事を示唆する」

 

「古代アナトリアで行われた()()()()()こそ…金星のルシファーと土星のサタンを表すわ」

 

ウィザード衣装のポケットから取り出したのは赤い林檎。

 

「貴女もまた…閣下と同じく知恵を司る事になる。だからこそ、貴女にもこれは相応しい」

 

リリスは倒れたアリナの左掌内に林檎をそっと持たせた。

 

踵を返し、リリスは異界世界を後にする。

 

「励むがいい、暁の星よ。お前が金星となりし時には…()()()()()()もまたお前と共に在ろう」

 

翼を羽ばたかせ、アモンはリリスの頭上を越えていく。

 

結界世界が白くホワイトアウトしていき、アリナの姿も消えていった。

 

────────────────────────────────

 

「……先輩!!……アリナ先輩っ!!!」

 

大きな声に反応して瞼が開いていく。

 

「よかった…気が付いてくれたの!」

 

上半身を起こして周囲を見回す。

 

目覚めた場所とは、神職や巫女が働く社務所のソファーだ。

 

「……アリナ、なんでこんな場所で寝てたワケ?」

 

「拝殿に祀られた牛の神様の像を見てたアリナ先輩は…突然倒れたの」

 

「……ソーリー。迷惑かけたみたいなんですケド」

 

「神様に参拝したらご利益があると思ったけど…余計にアリナ先輩を苦しめただけだったの…」

 

深々と頭を下げて謝るかりんを見て、彼女は首を横に振る。

 

「ノー、それは違う。フールガールのお陰でさ…今のアリナはね…まるで……」

 

――死んで生まれ変わったような…フィーリンググレートな気分!

 

勢いよく立ち上がった彼女は大急ぎで社務所から出ていく。

 

「ま、待ってなの!アリナ先輩っ!!」

 

走って帰るアリナを追いかけようとしたかりんだったが、置いて行かれてしまった。

 

大切な後輩の姿さえ見えないほど今の彼女の内側は激しい衝動に突き動かされる。

 

「空っぽだったアリナの中に…パワーオブパワーな鼓動を感じる!今のアリナなら…描ける!!」

 

――アリナの美を!!!

 

…………。

 

かつての世界、ボルテクス界。

 

その世界において、静寂のコトワリを敷くシジマ勢力と互角の勢力規模を誇った集団がいた。

 

それが力の思想を掲げたヨスガ。

 

死の上に死を築き上げる弱肉強食を尊ぶ選民思想の集団だ。

 

自らのコトワリを達成するためにバアルの化身バアル・アバターとしてコトワリの神と成りし者。

 

その名は魔丞となりし橘千晶。

 

ボルテクス界の創成を成すために上ったヨスガの道たるカグツチ塔。

 

その果てに…千晶は人修羅の力によって敗れ去ることとなった。

 

敗れた時、彼女の心には何が残っていたのだろうか?

 

力が全てを統べる理想世界への憧憬か?

 

あるいは弱き人間として生きた頃の思い出か?

 

その答えは、千晶を殺した人修羅でさえ知る術はなかった。

 

……………。

 

その後のアリナは目覚ましい活躍を見せていく。

 

今までスランプだったのが嘘だったかのように思える程、様々なアートを形作っていく。

 

アリナのアートとは象徴主義的な絵画。

 

不変の存在である、生命の死と再生という概念に彼女の感性的な形態を纏わせる。

 

その絵画の数々は観念的であり象徴的であり総合的。

 

諸々の形態や記号を総体的に理解される形で描く…彼女の内面的な主観を用いて。

 

アリナの観念に他人が感受可能な形を着せたアート。

 

それこそが…悪魔と呼ばれる概念存在。

 

象徴派は、自然主義者とは対照的な形を好む。

 

人の内面部分である魂・霊・精神…この世ならざるスピリチュアルな領域を表現する。

 

禁忌とされながらも、そこに美しさを求めずにはいられない表現者や宗教家達。

 

民衆たちとて忌み嫌いながらも、アリナのアートを見ずにはいられない。

 

死というタブーの先にこそ、お花畑や輪廻転生という概念を用いた死と再生の美があるのだから。

 

蘇った天才アーティスト。

 

周りの人々は彼女に対して尊敬と畏怖を込めてこう呼ぶようになっていった。

 

――()()()()アリナ・グレイ。

 

……………。

 

あの日を境にして、御園かりんは先輩のアリナの言動に違和感を感じる時が度々起きていく。

 

夏の時期、共に海を楽しみに行った時もそうであった。

 

美術室で黙々と絵を描いていくアリナの姿を横から見つめるかりんがいる。

 

(アリナ先輩…一緒に水名区の神社に行った日から…おかしな事を言い出したの…)

 

それは、アリナとは思えない言葉を喋るようになったことを表した。

 

(まるで…アリナ先輩が、別人に思えるような瞬間が……)

 

描いている絵画に視線を移す。

 

そこに描かれていたのは、痩せ細った獣が人間の臓腑を生きたまま喰らう絵画。

 

「…なんでアリナ先輩は…その…そんな怖い絵を描きたいって思うの?」

 

それを聞いた彼女の手が止まる。

 

「前にも増して…死に憑りつかれているような……()()()()()()()と偶に思う時もあるの」

 

今の彼女を客観的に語った言葉を聞いたアリナは、笑みを浮かべる。

 

「アリナはね、何も生み出せない弱いアリナを死なせることが出来たワケ」

 

「スランプだった頃のアリナ先輩は…弱いアリナ先輩?」

 

「観て、このアートを。これが怖いっていうのは…どういう部分が怖いワケ?」

 

「……人が無残に殺されるシーンを見るのは、恐ろしい気分なの」

 

「それは人しか見ていないカラ。人の肉を喰らうビーストを見ても…何も感じない?」

 

「……怖いけど、酷く痩せ細っているようには見えるの」

 

「このビーストは食べ物が得られず、死にかけていた。そこに人という食料が迷い込んで来た」

 

「その獣は…お腹が空いていたから人間を襲う?」

 

「それが恐ろしいと感じる?フールガールだって、お腹が空いたらご飯が食べたくならない?」

 

「それは…そうだけど……」

 

「この獣は、人を殺して生き残る権利を得た。()()()()()()()()()なワケ」

 

「運命に選ばれた存在…?」

 

「それは生命に特別な優越性を与えてくれる。エクスタシーさえ感じさせてくれる」

 

「エクスタシー…?それが選ばれた存在だと考える気持ち…?」

 

「今のアリナはね、エクスタシーに満ちている。アリナは死んで生まれ変わるために選ばれた」

 

「選ばれた人……選民…?」

 

「このエクスタシーを…もっとアリナは手に入れたい。アリナのアートを高みに上げるために」

 

「そのためなら…誰かに怖い思いをさせても…いいと考えるの?」

 

「逆の選民主義もある。人を救うのを天命だと勝手に考えて、選ばれた民だと考える思想もね」

 

「私は…そっちの選民の方がいいの。私がマジカルきりんのようになれたのは…運命だと思うの」

 

「お互いに脱我的エクスタシーを求めあう者同士ってワケね。もっとも…方向性は違うケド」

 

会話を終えたアリナは作業に没頭していく。

 

痩せ細った飢えた獣を救う者とリリスに言われた事があるアリナ・グレイ。

 

その者はそれを体現することとなるだろう。

 

自分の思想が壊れていた事に気が付いた黙示録の赤き獣と呼ばれし人修羅との邂逅。

 

心が飢えた獣に対して生きる糧を与えることになるのだ。

 

間違いは修正してでも勝ち取るという、生きる糧を人修羅に授けた者。

 

その光景はまさに、獣の命を救う者であった。

 

……………。

 

8月に入った頃の東京。

 

成田国際空港の滑走路にはアメリカからの旅客機が着陸していく。

 

暫くして、長身の外国人がコンコースの通路に現れる。

 

長身痩躯の漆黒の肌を持ち、オールバックにした白髪の下の額には赤い五芒星のタトゥー。

 

黒のカソックコートを纏う姿は黒人神父を思わせた。

 

ターミナルビルの外に待たせていた者に対して、赤いサングラスを指で押し上げ視線を向ける。

 

We've been waiting for you. Mr. Sid Davis.(お待ち申しておりました。シド・デイビス様)

 

深々と頭を下げる黒服スーツの男に対して、シドと呼ばれた男が口を開く。

 

「英語は必要ありませン。私ハ、日本語を勉強していまス」

 

「失礼いたしました。どうぞお乗りください」

 

後部座席の扉を開けられ、シドは後部座席に乗り込む。

 

発進していく光景の中、車内ではシドがコートのポケットから写真を取り出す。

 

「この人物ガ…アリナ・グレイと呼ばれる魔法少女…」

 

「彼女は神浜市と呼ばれる街で魔法少女をしている人物だと突き止めております」

 

「もっとモ、魔法少女としてよりハ…アーティストとしての顔の方が有名ですネ」

 

「…イルミナティの金融家たちの間でも、彼女のアートは評判だと聞いております」

 

「私が日本に訪れた目的とハ、彼女を勧誘することでス」

 

「フリーメイソンに…ですか?」

 

「その使命を私は啓蒙の神より授かっていまス。入団儀礼の場にハ…バアル神もおいで下さル」

 

「モ…モロク様まで!?それほどまでの存在なのですか…?たかが魔法少女だというのに…」

 

「魔法少女の中にハ…アセンションした者がいまス。魔法少女とハ…」

 

――条理を覆す存在なのですヨ。

 

車の進行方向には神浜市が見えてくる。

 

シド・デイビスとの出会いによって…アリナ・グレイは死ぬことになるだろう。

 

人間としての人生の死。

 

人の道理の死。

 

魔法少女としての死が約束される。

 

そして彼女は生まれ変わる…選ばれし者として死と再生の美を極めるだろう。

 

選民思想とは、時に自分を卑下する道だとも言われている。

 

他者よりも多くの責任を負い、自己をより多く犠牲にすると考えることにも繋がるからだ。

 

それを体現したのが、死と再生を象徴する存在の1人であるイエス・キリスト。

 

だが、アリナは責任を背負う覚悟を持つ者。

 

責任から逃げようとはしない、他人に流されない強き者なのだ。

 

だからこそ、外側の器の中に宿ってくれた。

 

弱い自分を捨てさり、強者として生まれ変わった少女の霊。

 

ヨスガのコトワリ神となりし者…橘千晶の霊が。

 




4章ではシジマを取り扱いましたので、5章ではヨスガを取り扱っていくことになるかと思います(汗)
水名神社シーンは、アニメのマギレコで見た水名神社結界をまんまパクってしまった(汗)


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137話 入団儀式

8月も過ぎていき後半に差し掛かった頃。

 

この時期の尚紀は神浜港のマフィア騒ぎを終えて引っ越し作業で忙しい時期。

 

そんな頃、アリナはどのように過ごしていたのだろうか?

 

「ハァ…バットな気分。やっぱりフールガールはフールガールなワケ」

 

何やらブツブツ言いながら学校から下校している。

 

どうやら今年もハロウィンが近づきイベント企画の相談を持ち掛けられたようだ。

 

「アリナは季節イベント参加には興味ないんですケド」

 

美術室で相談されるのに辟易したのか、今日は絵も描かずに帰宅中。

 

「アリナが求めるハロウィンの形は…」

 

彼女が求めるのは…ハロウィンのルーツ。

 

その形を妄想しながら家路についていたのだが…。

 

「……誰?」

 

アリナの家の前には黒人神父の姿が見える。

 

アリナに気が付いた神父が近づいてきた。

 

「貴女ハ…アリナ・グレイさんですカ?」

 

にこやかに笑顔を向けてくるがアリナは警戒心を示す。

 

魔獣とは違う魔力を感じさせ、額の左側に赤い星のタトゥーを刻むサングラス神父。

 

どう見ても怪しい不審者だから無理もない。

 

「……アナタ誰?アリナのファン?」

 

天才アーティストにサインを求めに来た者だと思われたのが可笑しかったのか苦笑い。

 

「フフッ…えエ、私は貴女の大ファンでス。アナタのアートは実二…美しイ」

 

「サインを描いてあげる気分じゃないワケ。出直してきて欲しいんですケド」

 

無視するように横をすり抜け様とするが、背後から声をかけてくる。

 

「死と再生…それが貴女の美のテーマ。我々の団体ハ…死と再生を追い求める集団でス」

 

アリナの足が立ち止まり、振り返る。

 

「申し遅れましタ。私の名はシド・デイビス…アメリカで悪魔教会の神父を務める者でス」

 

「悪魔教会…?どうやら、サインを求めに来た奴じゃなく…宗教勧誘だったみたいなんですケド」

 

「死と再生による転生を求メ、表現すル。それはまさに宗教画家達と同じでス」

 

「そんなアリナに…アナタ達の宗教に入れって言いたいワケ?冗談じゃないんですケド」

 

「話を聞くだけでもどうですカ?」

 

「しつこい男は…」

 

「アナタは死と再生を極めたイ…違いますカ?」

 

「…………」

 

「我々ハ、貴女の美の手助けが出来ル。貴女はそれを利用して利益とすル」

 

「…悪い関係にはならないって、言いたいワケ?」

 

「お互いにwin-winの関係を築けるト、私は考えまス。今日のお時間が難しいなら出直しまス」

 

片手を口に当て考え込むが、シドに向き直る。

 

「…手短に済ませてヨネ」

 

「でハ、こちらにどうゾ」

 

停めてあった車の後部座席に2人は乗り込み、運転手が扉を閉めて運転席に移動。

 

車が発進して直ぐアリナは横のシドに振り向く。

 

「遠い場所は勘弁してヨネ。アリナは家でアートを作る予定もあるカラ」

 

「そうですカ。郊外にある料亭の個室を用意してましたガ…そうですネェ」

 

少し考え込むシドであったが、栄区の繁華街を窓から見ていたら良い場所を思いついたようだ。

 

「でハ、あそこにしましょウ」

 

「え……?」

 

車を停め、降りてきた運転手が後部座席の扉を開ける。

 

地面に降り立ったアリナが見た施設とはカラオケボックスだ。

 

「ウェイト…アリナとカラオケがしたかったワケ?馬鹿にしてるなら…」

 

「ジャパンのカラオケはアメリカと違イ、個室で歌うそうでス。内密の会話をするのに丁度良イ」

 

「近場で手ごろなのはここしかないワケ…?こんな場所に入るの、アリナ初めてなんですケド」

 

「でハ、郊外の料亭に行きますカ?」

 

「……ここでいい」

 

2人は店内に入り、ついてきた運転手が受付を済ませる。

 

店員に案内された部屋に入った後、付き添いの運転手は扉を閉めて門番を務めた。

 

カラオケボックスの個室で向かい合う2人だが、アリナは落ち着かない様子。

 

「それで?アナタ達の宗教団体ってのは?」

 

「正確に言えバ、我々の団体は非公開団体。友愛結社を生業とすル…秘密結社でス」

 

「秘密結社…?」

 

アリナの脳裏には、見滝原総合病院の院長先生が語った秘密結社のイメージが浮かぶ。

 

「我々の団体名ハ…フリーメイソンでス。私はその中の秘密サロンに所属していまス」

 

「その秘密結社名…アリナ聞いた事があるんですケド」

 

「先に貴女に語ったと聞いておりまス。貴女は出会った筈…ロッジマスターとネ」

 

「ロッジマスター…?あの男なのに女みたいな見た目のキモイ老人が?」

 

「彼がジャパンロッジのグランドマスターでス。世界にあるロッジには代表者がいるのでス」

 

「…あの老人が言ってた。アナタ達はデス&リバースを求めているって」

 

「フリーメイソンそのものが求めているのではなイ。内部のイルミナティ思想がそれを求めル」

 

「内部のイルミナティ?フリーメイソンが団体名じゃなかったワケ?」

 

「フリーメイソンはイルミナティを必要として受け入れタ…メイソンとイルミナティは一つでス」

 

「…イルミナティってなんなワケ?」

 

「正式名称ハ…バイエルン啓明結社といいまス。ジャパンでは光明会とも言われてますネ」

 

「創始者はいるワケ?」

 

「アダム・ヴァイスハウプトが創設したと言われますガ…ルーツは古ク、創始者は別にいまス」

 

「オールドルーツ?」

 

「イルミナティとハ、イエズス会から分派した存在でス」

 

「イエズス会って…あのカトリック教会内の司祭修道会の一つ?」

 

「イエズス会の創立者であり初代総長イグナチオ・デ・ロヨラが創始者となりまス」

 

「イグナチオ・デ・ロヨラ…?」

 

「アダムは彼から受け継いだイルミナティを強くするため二…フリーメイソンを利用したのでス」

 

「イエズス会を作っておいて…イルミナティまで生み出した奴だったワケ?」

 

「イエズス会を生み出す14年前にイルミナティ会を生み出し、スペイン当局に逮捕されてまス」

 

「アダム・ヴァイスハウプトは…そいつの理想を引き継いだってワケね」

 

「イグナチオとアダム、2人のイエズス会メンバー達が掲げたイルミナティを教えましょウ」

 

アリナはアダム・ヴァイスハウプトが掲げた理想理念を聞き入る。

 

人間は自分自身の力で意識や人格、霊格を高め、より高い霊性を会得しなければならない。

 

この思想が多くの人々から支持され、イルミナティはフリーメイソン内部で急速に発展。

 

自由と平等は誰もが享受出来ると説き、理想社会を語った。

 

その理想を実行した最たる歴史…それこそが自由・平等・博愛を掲げたフランス革命であった。

 

「人はそれぞれが強き王となるべキ。それこそが今日の個人主義、自由民主主義理念となっタ」

 

「人は誰にも従わず…それぞれが強き王となるべき…」

 

「そのために実行すべき事とハ…」

 

権威破壊。

 

宗教破壊。

 

国境破壊。

 

民族破壊。

 

「あらゆる概念を破壊しテ、世界を一つの共和国とすル。ワンワールド…世界政府の樹立でス」

 

「…アダム・ヴァイスハウプトってヤツ、狂ってない?どれだけのデスがばら撒かれるワケ?」

 

「人々は神にかしずくのを辞メ、無神論者となり唯物主義者となるべきでス」

 

「生きているこの世界を変革するために古い存在達を殺して…新たなるリバースを生み出す?」

 

「イグザクトリー。我々は世界に死と再生をもたらしたイ…そのためなら我々は喜んで死のウ」

 

――死と再生を超エ、世界を理想世界に変えるための人材として生まれ変わル。

 

――それこそが我々、イルミナティ・メイソンメンバー達でス。

 

恐ろしい理想を語られたアリナは体を震わせる。

 

恐ろしいから震えているのではない。

 

「誰にもかしずかない強者達がワールドをブレイクして…ビューティフルな強さだけが残される」

 

――ビューティフルソルジャーだけの…アイディアルワールド…。

 

――ミレニアム・キングダム!

 

立ち上がり、彼女はシドの目を真剣に見つめる。

 

「……アリナ、アナタ達の宗教に入ってあげてもいいんですケド」

 

その言葉が聞けたシドは不敵な笑みを浮かべ、立ち上がる。

 

「口で言うのは容易いでス。我々と轡を並べる覚悟があるのですカ?」

 

「アリナの覚悟を疑ってるワケ?」

 

「二度と帰る事が出来ない世界に旅立つ事になりますガ…よろしいのですカ?」

 

「しつこいんですケド」

 

「人間の少女として生きた貴女の人生全てが死ぬことになったとしてモ?」

 

その言葉の意味を知ることになるのは、()()()()()()()()()()になるだろう。

 

だが、彼女は己の死を恐れなかった。

 

「アリナが求めるのはデス&リバース。弱いアリナが死に、強いアリナへと生まれ変わる」

 

それが叶うなら本望だとアリナは言ってのけてしまった。

 

彼女の言葉に覚悟を感じたシドは彼女の選択を尊重する。

 

手を伸ばし、笑顔を向けてきた。

 

「貴女は自由な選択をしましタ。そしテ、自由であるからこその責任を背負う覚悟も語っタ」

 

アリナも手を伸ばし、固い握手を交わすのだが…。

 

「親指を相手の指の付け根辺りに当てて下さイ」

 

「どういう意味なワケ?」

 

「我々フリーメイソンにハ、()()()()()()()()()が幾つかありまス。我々の仲間だと示すため二」

 

「フンッ、秘密のサインってワケ?秘密結社らしいんですケド」

 

言われた通りの握手の形を作り、握手をし直す。

 

彼女のための参入儀礼の予定を語り終えたシドがカラオケボックスから出てくる。

 

アリナを車に再び乗せ、彼女を丁重に家まで送った。

 

後部座席から出て来たアリナに向けて窓を開け、シドは最後の言葉を贈る。

 

「貴女のために用意する参入儀礼は()()ありまス」

 

「2つ?」

 

「フリーメイソン加入儀礼だけではないのでス。貴女はそれよりも上の次元に辿り着いて欲しイ」

 

「それが…フリーメイソンの奥の院と言われるイルミナティゲートってワケ?」

 

「大変な名誉でス。イルミナティの門を潜れるのは本来、グランドマスター位階の者達のみでス」

 

「どうしてそこまで…アリナを高く評価してるワケ?有名アーティスだから?」

 

彼女の疑問に対し、不敵な笑みを浮かべたシドが右手を翳す。

 

そのハンドサインとは、人差し指と小指を二本角に見立てて立てるハンドサイン。

 

サタンの指サインと呼ばれるコルナサインだ。

 

「全ては我らの神の御心のまま二」

 

発進していく車をアリナは見送る。

 

静かな車内であったが、黙り込んでいた運転手が口を開く。

 

「私は信じられません。女性であるあの小娘を…なぜ女人禁制のメイソンに加入させるのです?」

 

「確かにメイソンにとって女性は原則入れませんガ、彼女は魔法少女として秘匿社会を生きた者」

 

「他の女共と違って、お喋りではないと仰られるのですか?」

 

「秘密結社は秘密を守れない者を見定める必要がありますガ、私から見て信頼出来まス」

 

「それは…彼女が求めるアートと、イルミナティが求める理想が同一だからですか?」

 

「我々は互いに利益関係を生み出せル。利益関係が続く間ならば問題なイ」

 

「では、彼女に与える死と再生とは…」

 

――今まで女であった自分の人生を、()()()()()ということですね。

 

シドはサングラスを指で押し上げる。

 

「これからの彼女…いヤ、()()()()()()として扱われることになるでしょウ」

 

「フランス大東社ロッジと同じく、女を受け入れることもまた平等であり博愛というわけですか」

 

「クックッ…平等の名の元二、彼は破壊者に変わっていくのですヨ」

 

――これから先が楽しみで仕方ありませんネェ。

 

────────────────────────────────

 

次の週の週末。

 

アリナが訪れていたのは、東京タワーの近くにあるフリーメイソン日本ロッジ。

 

迎えの運転手から後部座席を開けられ、彼女は地面に立ち施設を見上げた。

 

「今日は特別な日です。貴方のために世界中の著名人として名高いメイソン達が集結しましたよ」

 

「そんな連中にアリナは興味ないんですケド」

 

ロッジ内に入ったアリナを出迎えたのは、今日の日の礼服を用意して貰った仕立て人の女性。

 

「英語の試験もちゃんと出来たようね?貴女、意外と教養が高い人だと分かって安心したわ」

 

「…アリナの学力なのか分からない。水名神社に行った日からアリナ…頭が良くなってる」

 

それを聞いた仕立て人の女性は笑みを浮かべる。

 

「今日貴方は生まれ変わり、世界の王族や財界の重鎮達と同列の席に座る。大変な名誉です」

 

「それより、あの宣契文ってさぁ…メモとか用意出来ないワケ?覚え辛かったんですケド」

 

「出来ません。宣契の言葉はメモを用意することなく宣言しなければならない…これは契約です」

 

「まぁいいんですケド…。アリナの儀式正装は出来てるワケ?」

 

「勿論です、こちらにどうぞ」

 

個室に入り、アリナは仕立て人に用意してもらえた礼装を身に着けていくのだが…。

 

「…なんで女のアリナが、男のタキシードなんて着ないとならないワケ?」

 

大きな鏡の前に立つのは、まるで男装の麗人を思わせる姿となったアリナ。

 

長い後ろ髪は括られ、傍から見れば美少年に見えなくもない。

 

「フリーメイソンは本来、女性は入会出来ません」

 

「なら、なんで女のアリナを勧誘しにきたワケ?」

 

「今日この日より、貴女は生まれ変わる。女であった貴女は死に、男として生まれ変わるのです」

 

「…これからのアリナに男として生きろってワケ?冗談キツイんですケド」

 

「貴方は死と再生による生まれ変わりを望んだ筈です。今更後には引けませんよ?」

 

厳しい表情を向けてきた仕立て人の女性を見て、アリナも表情が変わる。

 

「…そうだったワケ。口から出した以上は…アリナは逃げないカラ」

 

「その意気です。では、タキシードの上から纏うお召し物を纏ってください」

 

タキシードの上から纏ったのは、儀式正装である子羊の皮で作った刺繍エプロンの前掛け。

 

元石工組合であったフリーメイソンは作業着として使ってきたエプロンを礼服にする。

 

また子羊は潔白と純粋の象徴するものとして扱われ、キリスト教ではキリストを表した。

 

エプロンは役職を示すものであり、基本階級の徒弟・職人・親方という序列が生まれる。

 

フリーメイソン組織は他にも階級制度があり、スコティッシュライト式では33階級。

 

ヨークライト式では13階級と言う風に各国メイソン組織によって階級制度も変わってくる。

 

アリナが身に纏った前掛けエプロンは入門者である徒弟を表していた。

 

それ以外にもコンパス三角を模した装飾タイネックレス、胸には徽章となる装飾バッジ。

 

「このバッジ…ドラゴン?それも、()()()()()()()()()…?」

 

フランス大東者ロッジの33位階グランドマスターが身に着けた双頭の鷲バッジとよく似ている。

 

しかし、こんなバッジは正規のものではないのだが…。

 

「そのバッジは我らの神が貴方に贈る品。今までのメイソンバッジではないオリジナルです」

 

「我らの神?どういう意味なワケ…?なんでアリナが神に気に入られて…」

 

「そのバッジは啓蒙の神の威光そのもの。それを身に着けた貴方を他のメイソンは否定出来ない」

 

「…なんだか、期待され過ぎな気がしてならないんですケド」

 

「ええ、異常過ぎる程の期待です。普通の人間なら耐えきれず自殺してしまう程のね」

 

「……………」

 

「貴方を推薦した2人、それこそが我らの神である御二人なのだと肝に銘じなさいね」

 

不敵な笑みを浮かべた仕立て人の女を見て、アリナは気が付いた。

 

「アナタ…アリナの夢の中に現れたヤツでしょ?」

 

気が付かれた女は笑みを浮かべる。

 

「フフッ、私は貴女の導き手よ。でも、この地獄の道を進みきれるかどうかは…貴女次第ね」

 

「…上等なんですケド」

 

「私たちに見せてみなさい、アリナ・グレイ。貴女の可能性の力を…」

 

廊下を進み、秘密の儀式の間に入る。

 

そこで待っていたのは、アリナと同じ衣装を纏う世界中のメイソン達。

 

「……………」

 

張り詰める程の空気にアリナは一瞬、体が震える。

 

周りの人々が彼女に向ける視線に込められた感情とは、明らかなる敵意。

 

(女人禁制の我らの結社に…女を入れろというのか?)

 

(名誉男性として生まれ変わるというけれど、信用出来ないな)

 

(それに見ろ、彼女は成人すらしていない子供ではないか?)

 

(女はお喋りな生き物。秘密をべらべら喋るような存在を、どうして我らが受け入れられる…)

 

ヒソヒソ声が響く空間。

 

しかし、1人が彼女の胸につけられた双頭の竜バッジを見て戦慄した。

 

「あ……あれは、双頭の竜!?」

 

「2人の啓蒙の神を表し…ローマ帝国と皇帝を表す印!?」

 

「エンキ神の紋章とも呼べる代物を…どうしてあんな小娘が!?まるで女神()()()()()()だ!」

 

「我らの神…ルシファー様とサタン様を表す紋章だと聞かされたが…」

 

「それでは…あの小娘は、ルシファー様とサタン様が認めた存在だとでも言うのか!?」

 

「あの小娘を推薦した2人…そういうことだったのか…!?」

 

「忠義を尽くした男の我らを差し置いて…なぜ啓蒙の神は女をお選びになる!?」

 

どよめきに包まれた空間を埋める人々など興味無さそうに彼女は周囲を観察する。

 

「ブルー…天井から床までブルー色ばっか」

 

床はモザイク模様のじゅうたん。

 

天井はドーム型で星空が描かれていた。

 

ブルーロッジと呼ばれる空間の中央に視線を向ける。

 

「四角い石台の祭壇と…三つの角に、ろうそく立てが3本…ピラミッド?」

 

コンパスと定規、神を表すGが描かれたフリーメイソン紋章が描かれた祭壇の奥に目を向ける。

 

「G…ゴッド…それに、元建築集団だから…ジオメトリー(幾何学)?」

 

建築学は数学と科学の産物。

 

メイソン達は自己の建築技術を通し、神と科学の融合を目指す意味が込められていた。

 

「あの祭壇に置かれた聖書みたいな分厚い本に片手を置いて宣契しろってワケね」

 

3段高くなった壇の中央にひときわ大きく威厳のある椅子と机が鎮座する。

 

机の前には二つの石が置かれていた。

 

左は原石。

 

右はそれを加工してきれいにしたもの。

 

原石は人間そのものの荒々しさを表す。

 

加工した石はメイソンの教義によって生まれ変わった証だ。

 

「どうやらあの二つのストーン…アリナを()()()()って意味なワケね」

 

その意味をアリナは一目見ただけで見抜いてしまった。

 

もう直ぐ儀式の時間も迫り、周囲の人々も静まりかえっていく。

 

周囲に視線を向けていた時…。

 

「アイツら…テレビで見たことある。この国の総理大臣に…内閣の大臣連中…?」

 

空間の外側に並べられた椅子に座っていた人物達とは、八重樫総理と西大臣と門倉大臣。

 

アリナと目が合った3人は笑みを浮かべて頷いた。

 

その周囲に座る人々に目を向ければ、世界中の王家・権力者・大金持ちの面々。

 

「アリナは今日、生まれ変わる…。そしたら、この連中と同列となるワケね」

 

最後に中央祭壇奥の椅子に座る人物に目を向ける。

 

日本ロッジの代表を務めるのは、彼女を診察した見滝原総合病院の院長先生だ。

 

「準備をしてきなさい。そろそろ儀式の時間だよ」

 

「…分かった」

 

踵を返し、アリナは儀式の間を後にする。

 

フリーメイソンロッジ内で起こる儀式、それはロッジ内だけで完結し決して表には出てこない。

 

儀式はグランドマスターの進行の元に行われる。

 

偉大な建築家の死を追体験するような寸劇と宣契の誓い。

 

アリナは生まれ変わる。

 

フリーメイソンと呼ばれる友愛団体の輪に入り、彼女は今までの自分を殺す事になるだろう。

 

……………。

 

秘密の儀式が終わり、彼女はロッジ内の個室に案内される。

 

「お疲れ様。これで貴方は男となり、メイソンとなったわ」

 

出迎えてくれたのは仕立て人の女だ。

 

「退屈な儀式だったんですケド」

 

「これで貴方は世界中の王族や財界の重鎮達が味方となることになったのよ」

 

「どういう意味?」

 

「メイソンは仲間を決して売らない。真実を語り仲間を売るぐらいなら虚偽を貫くのが掟よ」

 

「フン、顔も知らない連中に仲間意識を持たれても嬉しくないワケ」

 

「安心は出来ないわ。周りが仲間として扱う以上は、貴方も仲間を裏切ったら許されない」

 

「裏切ったら…どうなるワケ?」

 

にこやかな笑みを浮かべ、仕立て人の女は右手を首に持ち上げながら水平にして首に当てる。

 

そして、ナイフで首を掻き切るかのようにして横に滑らせた。

 

()()()()()()わ」

 

「アイン…?」

 

「ヘブライ語で目であり宇宙の根源、0。貴方はプロヴィデンスの目を裏切ることは許されない」

 

「神の目を裏切る者は…喉を掻き切られるってワケね」

 

溜息をつきながら不満げな表情。

 

「あんなカルトごっこで、本当にアリナはデス&リバースを得られるワケ?」

 

「そうねぇ、あんな形式ばかりのお遊戯で…神に仕える証を示したことになんて()()()()()()

 

恐ろしい笑みを浮かべてきた女に対し、アリナの顔に冷や汗が滲む。

 

「ねぇ…そろそろ名前ぐらい教えてくれてもいいでしょ?」

 

威圧感を放ちだす女に対し、アリナは後ずさる。

 

夢でみた光景と同じように女は黒い霧を体から発していく。

 

霧の中から現れたのはウィザード姿の女魔術師ではない。

 

女性用の黒いスーツを纏い、黒いセミロングヘア―をオールバックにした女性姿だ。

 

「私の名はリリス。貴方を死への門に誘うためにやってきた…悪魔よ」

 

「死への門……?あく…ま……?」

 

言葉を言い切る前に彼女は後頭部に強い衝撃を受ける。

 

「ガッ!!?」

 

倒れ込み、意識を失った彼女を見下ろすのはシド・デイビスだ。

 

彼の後ろから黒スーツ姿の男達が現れ、彼女の頭部にズタ袋を被せて視界を奪う。

 

両手も拘束され、彼女は男たちにかつがれていった。

 

「彼がフリーメイソン奥の院であるイルミナティに入れるかどうかを試すには…儀式が必要よ」

 

「フリーメイソンの祭壇は本来、神に生贄を捧げたり贖罪を行イ、神と交わる場所」

 

「イルミナティの門を潜ったメイソングランドマスター達も超えた試練…」

 

――それこそが、神に忠誠を示すための儀式。

 

――血の中傷…リチュアル・マーダー(儀式殺人)よ。

 

シドはサングラスを指で押し上げ、不敵な笑みを浮かべる。

 

「彼女がメイソン内部のイルミナティ・メイソンとなれるかどうかハ…見物ですネ」

 

「彼女が試練を超えたならば、世話を任せる存在たちは決めてあるわ」

 

「英国ロスチャイルド家の当主がジャパンに来日されてるそうですガ…まさかあの方ガ?」

 

「イルミナティの司令塔一族の庇護の元、彼女は我々の計画を担う駒となるわ」

 

「そしテ、悪魔崇拝者として生まれ変わった彼ヲ…ダークサマナーにすル」

 

「その任務、貴方に託すわね」

 

「承知しておりまス」

 

「でも、それはあくまで()()に過ぎない。彼は…いいえ、女性であるあの子はいずれ…」

 

――暁の金星となるのよ。

 

────────────────────────────────

 

シュメール語で書かれた神話の中には、金星の女神イナンナの冥界下りがある。

 

イナンナ、あるいはイシュタルは天と地を統べる古き女神。

 

女性の力がとても強かった時代、男神と女神との区別はなかった。

 

イナンナは天も地も統治しているが死者の国である冥界、あるいは地獄を統治していない。

 

ある日イナンナは冥界に心を向け、持てるものをすべて捨てた。

 

かわりに7つの神力を身につけて冥界に向かった。

 

冥界には冥界の女王がいる。

 

イナンナの姉であるエレシュキガルだ。

 

イナンナは自身の領土拡大のため冥界を支配しようと思い立ち、野望のまま冥界へ下る。

 

エレシュキガルは怒り、冥界の掟に従いイナンナが7つの門をくぐるたびに身ぐるみを剥がした。

 

全裸となったイナンナを捕えたエレシュキガルは、イナンナに死の眼差しを向け殺害。

 

その死骸を鉤に吊るしたという。

 

……………。

 

「ぐっ…うぅ……!!」

 

首は絞首刑用の縄で締め付けられ、アリナは息がしづらくなっている。

 

頭部はズタ袋で視界を覆われ、ここが何処なのかも分からない。

 

両腕は鉤に吊り下げられているかのように縛られ、身動きできない。

 

そして、彼女は衣服を全て剥ぎ取られて()()にされている事に気が付く。

 

左手の中指にあるはずのソウルジェム指輪の感触もなかった。

 

「どういうワケ!?アリナにこんな仕打ちをするために…カルトに入信させたの!!」

 

叫び声は空間に響き渡る。

 

この場所は音が響く屋内空間だというのは分かるが…まるで洞窟内のような寒さに震える。

 

聞こえるのはいくつもの篝火が燃え上る音のみ。

 

誰かが近づいてくる気配を感じる。

 

階段を上ってくるような音が近づき、彼女の前に誰かが立った。

 

「ようやくお目覚めかしら?」

 

何者かが彼女のズタ袋を外す。

 

「そ…その声…アリナを診察した医者…!?」

 

顔を真っ赤にして激怒する彼女の目の前に立っているのは見滝原総合病院の院長。

 

彼が纏っているのは、まるで子供達の血で赤く染められたかのようなウィザードローブ。

 

フードの奥に見えるその顔に、彼女は酷い嫌悪感を感じた。

 

あろうことか、男なのに女のような厚化粧…そして女のような話し方。

 

「アナタ…トラニーチェイサーの変態だったワケ!?アリナを離せ!!」

 

変態異性装者の顔に唾を吐きかけるが…頬に当たった唾を舌で舐め、邪悪な笑み。

 

「解放してあげるわ。そしてこれから貴方が行うのは…真の試練」

 

彼女の首にかけた縄を外し、鉤に吊り下げられた両腕を外してやる。

 

「両腕を縛った縄もほどくワケ!!」

 

「必要ない。両掌が開けば…肉の塊を投げ飛ばすぐらいは出来るわ」

 

「ミートの塊…?投げる…?」

 

「それより、周りを見てみなさい。新たなる悪魔崇拝者誕生を祝いに来た信徒達を」

 

全裸であるため股座の女性器を両手で隠しながら周囲を伺う。

 

グランドマスターと同じく、赤いウィザードコート姿をした無数のカルト信者達が集った光景だ。

 

中にはシンバルやトランペット、太鼓などを持った演奏隊信者の姿も見えた。

 

「ここ……何処なワケ?洞窟……?」

 

何処かも分からない地底世界の如き洞窟内。

 

地底とは地獄や冥界を表す領域だ。

 

「アレは……あの大きな像は……?」

 

信者達の奥に見えるのは…太陽とプロヴィデンスの目が描かれた旗の中央に佇む巨大な像。

 

巨大なる牛頭天王の像だ。

 

その姿はまさに、人修羅がかつての世界であるボルテクス界で見た牛頭天王そのもの。

 

しかし、巨大な像には意思が宿っていないかのようにして沈黙したまま。

 

「あの像の下にある……薄いカーテンで囲まれた玉座は……?」

 

「もうじき、あそこに我らの神である御二方が降臨される。そのための儀式をするのよ」

 

「儀式?カルトの儀式はもう終わったワケ!」

 

「あれはフリーメイソンに入るための儀式。これより行うはフリーメイソンの奥の院に入る儀式」

 

「カルトの…奥の院?」

 

「イルミナティ・メイソンになれるかどうかの覚悟を…人身供犠をもって証明するのよ」

 

指さす先。

 

玉座の手前にある広々とした中央空間で燃え盛る…恐ろしい拷問器具。

 

「あれって…ファラリスの雄牛…?」

 

ファラリスの雄牛とは、バビロンの流れを組む古代ギリシャで開発された処刑道具。

 

真鍮で鋳造され中が空洞の雄牛の像であり、胴体には人間を中に入れるための扉がついている。

 

受刑者となったものは雄牛の中に閉じ込められ、牛の腹の下で火が焚かれる。

 

真鍮は()()()になるまで熱せられ、中の人間を炙り殺す。

 

「こ…こんな話聞いてなかったんですケド!!アリナをホームに返して!!」

 

「断る!!貴方は既に我らのブラザーと宣言した…裏切るというのなら、今直ぐ首を跳ねるわ!」

 

腰に携えた儀式剣を抜き、彼女の首に先端を向ける。

 

背後で佇んでいた信者達も儀式剣を抜き、アリナは剣の先端に囲まれてしまった。

 

「貴方にはまだ…()()()()()()()が無数に残っている。我々がそれを研磨してあげるわ」

 

「それが…あの儀式の時に見かけた、石の原石と研磨された石の正体なワケ!?」

 

「恐れるな…天才アーティスト。貴方もまた偉大なる建築家と同じく、創造を司る者」

 

「それがどうしたっていうワケ!!」

 

「建築はあらゆる分野の技術に精通する必要がある王者の技術。社会的地位が約束された存在」

 

「だから…アナタ達の建築ギルドには、王権や財界の重鎮共が並び立つワケ!?」

 

「貴方が大好きなダ・ヴィンチとて建築家であり芸術家。貴方もそうあるべきなのよ」

 

「アリナもダ・ヴィンチのように…アーティストだけでなく、建築家になる…?」

 

「我らは皆、心の中に神殿を築き上げる建築家。その神殿に佇むのは…啓蒙神よ」

 

グランドマスターが剣の先端を下ろすのに合わせ、周囲の信者も剣を鞘に納める。

 

「ついてきなさい。逃げ出す事は不可能なのは…魔法少女なら分かるわよね?」

 

「…アリナのソウルジェムは、何処にあるワケ?」

 

「さぁ?分からないまま逃げ出せば…貴方の外側の器はたちまち死んでしまうわよ?」

 

「アリナに…選択の余地はないってワケね…」

 

全裸のまま儀式を行う場へと連行されていく。

 

まるで冥界に行くために衣服を全て剥ぎ取られていくイナンナの姿を彷彿とさせた。

 

黄金色になるまで加熱されたファラリスの雄牛の前にまで連行されたアリナは魔力を感じとる。

 

「この恐ろしい魔力…リリス!?」

 

玉座の横側に黒い霧が現れ、中から歩いて出て来たのはリリス。

 

それに合わせるかのようにして、洞窟の入り口から場内に飛びいってきたのは梟。

 

梟は片腕を水平にしたリリスの腕に止まり、信者達を見下ろす。

 

「おぉ…リリス様とアモン様がご降臨されたわ!!」

 

信者達全員が跪く…アリナを除いて。

 

「世界を監視する啓蒙の梟達よ、今日はよくぞ集まってくれたわ」

 

<<ははーっ!!>>

 

平伏し、神を崇めるが如き姿を見せていくカルト信者達。

 

「皆の者、啓蒙の光は来たれり!!偉大な王は来たれり!!」

 

叫びと同時に、篝火がまるでゲヘナの如き炎の柱と化していく。

 

「あ……あぁ……」

 

あまりにも恐ろしい魔力、そして神々しい霊圧。

 

まるで円環のコトワリの如き存在達が顕現するかの如き異常現場。

 

魔法少女ならたちまち恐怖に飲まれ、心が弱い者なら気絶するだろう。

 

洞窟内の天井部分から光が溢れ出す。

 

玉座のカーテンの内側に見えてくる2人のシルエット。

 

1人は高身長をした男性を思わせる人物。

 

もう1人は隣の人物よりも大きく頭部の影は牛の頭部を思わせるシルエットだ。

 

<<ルシファー様ばんざいッッ!!!>>

 

<<バアル様ばんざいッッ!!!>>

 

<<サタン様ばんざいッッ!!!>>

 

信者達が熱狂の声を上げる中、アリナは震えながらカーテンで仕切られた玉座を見るばかり。

 

2人のシルエットの両目部分が悪魔を表す真紅の光を浮かべた。

 

「……捧げよ」

 

「……我らに覚悟を示せ」

 

神のオーダーを聞かされた信者達が立ち上がり、儀式の準備を始めていく。

 

アリナは怯えるばかりで身動き一つ出来ず、何をされるかすら想像出来ない。

 

不意に聞こえてきたのは、信者の1人が持ち運んできた新生児の赤ちゃんの泣き声。

 

「そ…そのベビーは……?」

 

「捧げよ」

 

「我らの神に捧げよ」

 

「供物となる生贄を捧げよ」

 

玉座の影が要求したのは、神に捧げる生贄儀式。

 

「あ……あぁ……」

 

もはや言葉も出ない異常光景。

 

今行われようとしているのは明らかなる殺人儀式。

 

しかも生まれたばかりの赤ん坊を目の前の拷問道具で焼き殺せという。

 

「オギャーーー!!!オギャーーーッッ!!!!」

 

死と再生にアリナは憧れてきた。

 

死を美しいと言ってきた。

 

それらに触れようとあらゆるモノを追い求めた。

 

だが、これは明らかに一線を越えている。

 

人間としての最後の一線を超えようとしている。

 

彼女の中に残された人間性が弱さをもたらしてしまう。

 

震えるばかりの彼女の肩を掴むのは、異常性癖のグランドマスターだ。

 

「怖がることはないわ。我らが行う儀式とは…楽しい()()()()()()()()()なのよ」

 

「ハロウィン……パーティ……?」

 

「そう、楽しいハロウィン。貴方の後輩が大好きなハロウィンイベントね」

 

「フールガールのことを……どうして知ってるワケ……?」

 

「ハロウィンのルーツは知っているかしら?」

 

「たしか…ドルイド教のパーティ……?」

 

「古代ケルト人が行っていたサウィン祭やサムハイン祭が起源…その中身はバアル神崇拝」

 

「ジャパンの牛頭天王だけでなく…ケルトでもバアルは崇拝されていたワケ…?」

 

「ハロウィンのお祭りには牛と炎が欠かせないわ。炎の中に生贄を投げ捨てるお祭りね」

 

「それが…チャイルドの生贄…?」

 

「じわじわと生贄を殺すのがドルイドの儀式であり、その源流は中東のモロク神崇拝よ」

 

玉座に座る牛の頭部をした存在に目を向ける。

 

「これは大変な栄誉よ。バアル神様であらせられるモロク様が直々に貴方の覚悟を試されるわ」

 

「アリナは……アリナは……」

 

真っ青な顔つきで泣き喚く赤子を見つめることしか出来ない。

 

「モロク様を模した巨大ウィッカーマンを用意は出来ないけど…この黄金に輝く牛もモロク様よ」

 

――さぁ、貴方の信仰心を見せてみなさい。

 

――貴方は人間として()()()()()()()()

 

――貴方は人殺しとなり、加害者となり、我らと同じく人々から呪われし者として生まれ変わる。

 

赤子を抱くカルト信者から赤子を渡される。

 

両手は震え抜き、幼い命の温もりが彼女の心を弱くする。

 

演奏隊は楽器を構え、生贄が処刑道具に放り込まれるのを今か今かと待ち構える。

 

「アリナが……人殺しをする……」

 

アリナの美を求めて生み出してきた禍々しいアートの数々。

 

それでも彼女は自分のアートのために人間を殺したことなど一度もない。

 

そこまで踏み越えられなかったのは、人間の心が邪魔をする弱さがあったから。

 

「我らの神に見せなさい…反キリスト行為を!()()()()()()()()()()()()()()()()()させろ!!」

 

「ヒッ…!!」

 

か弱い悲鳴を上げ震え抜く。

 

これを行えば、もう二度と神浜魔法少女社会には戻れない。

 

大切な後輩にさえ顔向けできない。

 

アリナ・グレイは赤子の命を奪った外道となるのだから。

 

「……………」

 

震えたまま身動きできない彼女の姿を見て、牛の頭部をした玉座のシルエットが片手を上げる。

 

それを合図としてカルト信者達が儀式剣を抜いていく。

 

このまま彼女は裏切り者、背信者として処刑されるのか?

 

激しく脈打つ心臓の鼓動。

 

だがその心臓の音さえ遠くなっていくほど、アリナの意識は狂気の世界で薄れていく。

 

現実と悪夢の境さえ分からなくなった意識の中で…力強き者の声が響いた。

 

――弱い者は乱し、惑わすの。

 

――自分では何も出来ないから。

 

――貴女は違うでしょ?

 

その言葉が、弱い心を破壊した。

 

強者としての力強き鼓動を全身に感じて震えが収まる。

 

処刑道具の前に歩み出て、アリナは両手に力を込める。

 

――この赤子は弱者として、()()()()()()()

 

――それだけの話じゃない?

 

――さぁ、この子を()()()()()()にしてあげましょうか。

 

「…忘れてた。アリナのアートには……必要だった」

 

――ライフにデスを与えて、生まれ変わらせる……()()()()が。

 

アリナのアート作品の中には死者蘇生シリーズがある。

 

遺体の燃焼による灰を使った絵画だ。

 

そこに新たな生命ではなくあった生命を蘇らせる取り組みをした作品集。

 

生に対する表現のひとつだ。

 

赤子の体が宙を舞う。

 

生贄を収める雄牛像の胴体が開く。

 

そして……。

 

<<オギャァァァァァーーーーーーッッ!!!!!>>

 

豪熱で熱せられた黄金に輝く生贄炉の中に赤子は収められた。

 

命の限り泣き叫ぶ声を掻き消すかのようにして演奏隊が演奏を始める。

 

それはまさに、生贄が投げ入れられる火で熱された牛のブロンズ像の光景。

 

ハロウィンの起源であるドルイド教の生贄儀式、炎のウィッカーマンの光景。

 

バアル・ハモンにおける子供の人身御供の光景であった。

 

涙の国の君主、母親の涙と子供達の血に塗れた魔王…モロク神話の完成だ。

 

「……………」

 

アリナ・グレイは…人を殺した。

 

人殺しとなってしまった。

 

もう二度と帰れない。

 

大切だった最後の欠片…人の優しさを()()()()()()()

 

この地獄の如き冥界の底で…。

 

――貴女は、覚悟を示す強さを見せた。

 

――力ある者は、()()()わ。

 

アリナの中に宿った力強き少女の声が消えていく。

 

<<ククク…ハハハ……ハハハハハハハッッ!!!>>

 

洞窟内に木霊するバアル神の喜びの笑い声。

 

カーテン奥の玉座に座るのは、黄金になるまで熱せられた牛と同じ色の牛兜を纏う神。

 

「…汝は我の前で覚悟を示した。それでこそ、我の化身となりし者の魂を宿した者だ」

 

牛頭神モロクは隣に座る男に視線を向ける。

 

隣に座っていたのは、漆黒のダブルボタンスーツで正装したルシファーだ。

 

「…彼女は使い物になるだろう。もっとも…暁美ほむらと比べて、()()()()()()()()()()()な」

 

そう言い残して、カーテン奥の玉座に座る片方の神のシルエットは消え去った。

 

俯いたままのアリナの元に歩み寄るのはリリス。

 

「ウフフッ♪これで貴女もバージンは卒業ね。羨ましいわ…」

 

――いつだって、初めての時が一番…()()()()もの♡

 

雄牛の中で焼かれて泣き叫ぶ赤子の断末魔はもう聞こえない。

 

赤子の命はバアル神に捧げられると同時にアリナの美にも捧げられた。

 

俯いていた顔がリリスに向けられていく。

 

その顔には大切な人間性を絞り出すかのようにして…涙が伝っていった。

 

「…まだ貴女の中に弱さを感じる。それもいずれ研磨していくけど…最後の仕上げが残っている」

 

「最後の…仕上げ…?」

 

「冥界の女神エレシュキガルに代わり、彼女と同じく夜の女王として…」

 

――このリリスが貴方に死を与えてあげる。

 

右手で彼女の顎を持ち上げ、瞳と瞳が見つめ合った瞬間…。

 

「ぐぅっ!!?」

 

リリスの瞳が瞬膜化して放たれた魔眼魔法とは『ぺトラアイ』だ。

 

相手を石化させる魔法である。

 

()()()()()によって、体の手足の末端から石化していく。

 

「貴方は今日、ここで死ぬ。でも恐れないで…死は始まりに過ぎない」

 

――新たなる貴方の道が始まるわ。

 

体中が石化していく死に怯えているのだろうか?

 

…違う、彼女は狂ったような笑い声を出していく。

 

そして呟き続けるのだ。

 

「リバースの前にデスがあるリバースの前にデスがあるリバースの前にデスがある…」

 

――フッ…アハッ…ハハハハハハハ……。

 

――アッハハハハハハハハハハッッ!!!!

 

狂気の女神の如き表情を浮かべたまま…彼女は完全に石化して死を迎えた。

 

イナンナ神話をなぞるが如く。

 

「死を恐れない貴女こそ、生まれ変われるの。貴方なら私達と同じく…神の次元に辿り着けるわ」

 

――その時こそ、私と貴女は神話の如き縁の繋がりとなる。

 

――フルップの樹(生命の木)の下で…また会いましょうね。

 

玉座に座っていたモロクが立ち上がり、右手には黄金の杯を掲げるシルエットを見せる。

 

「新たなる悪魔崇拝者誕生に、バアルの祝福を与える!そして皆も祝うがいい!!」

 

歓声が鳴り響き、宴の準備が始まっていく。

 

その宴の光景を見ることなく、一時的にでも死を迎えれたアリナは幸いである。

 

始まった祝いの光景とは()()()()()()だ。

 

檻に入れられて連れてこられたのは、人身売買組織に売られた小学生程度の子供達。

 

赤いウィザードコートの下は何も纏っていなかったカルト信者達は全裸となり、宴の品を貪る。

 

イルミナティメンバーの中には特殊性癖を抱えた権力者達が多くいるという。

 

その中でも代表的なのが小児性愛…いわゆるペドフィリアである。

 

世間に語る事も出来ない闇を抱えた者こそ口が堅く、同じペド仲間と結束して秘密を守れる。

 

子供時代から勉強尽くしで成人して富を得た者たちこそ、闇が多い。

 

失った子供時代を取り戻すかのようにして、美しい子供を貪りたい衝動に駆られていくのだろう。

 

雄牛の中で丸焼きとなった赤子の肉も料理人らしき信者が調()()()()()()

 

腹が空いた信者達は持ち込まれた酒と赤子の肉で乾杯をしていった。

 

…ここは、この世の地獄そのもの。

 

アリナはイナンナ神話をなぞるが如く、冥界堕ちを果たしてしまった。

 

神秘主義。

 

現実と超越的実在世界との特別な接触。

 

自己という枠を突破したい欲望、ああなりたいと望むエクスタシー。

 

神秘的合一、絶対者と自己との合一体験。

 

行うことが人間を超えた絶対者との合一となるのだ。

 

マジカルきりんが大好きな御園かりんが、マジカルかりんである自分に脱我を求めるように。

 

アリナもまた脱我を求めるために絶対者と同じ道を行く。

 

アリナとかりん。

 

2人の道は相反するように見えて根っこの部分は同じ。

 

2人はこれからもハロウィンを心から愛していくだろう。

 

表のハロウィンと、闇のハロウィンを。

 




僕の作品はハロウィンリスペクトです(メガテン脳)
だからアリナとかりんちゃんはいっぱい苦しむと思いますね(汗)


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138話 グッバイ・マイフレンド

気が付けば自宅のベットで目を覚ます。

 

「………………」

 

静かに体を起こし、胸に手を当てる。

 

「……生きてる」

 

アリナはあの時、リリスの魔法によって石にされて殺された。

 

しかし石化は解けており、生命が活動している証拠である心臓の音も聞こえる。

 

彼女の魂であるソウルジェムの指輪の感触も左手に感じた。

 

暗い自室の中を見回す。

 

彼女の服が収納されたクローゼットは扉が開いている。

 

中に見えたのはフリーメイソンに入団した時に使った儀式正装だ。

 

それにテーブルの上には高級なケースに収められている双頭の竜の形をした装飾バッジ。

 

あの悪夢の光景が現実にあったと証明する品の数々から視線を外し、両手を見つめる。

 

「………アリナは」

 

まだ生々しく残っている小さな命の温もり。

 

彼女はその命の灯火を業火の中へと投げ捨てた。

 

神への供物とするために。

 

自身の美へとするために。

 

震えているのだろうか?

 

いや、手の震えは既に収まっていた…しかし。

 

「………くっ!!」

 

ベッドから飛び起きたアリナは、地面に脱ぎ捨てたままの学生服に袖を通して部屋から飛び出す。

 

親の静止もふりきり、彼女はガムシャラに夜の街を走って行く。

 

今の時間帯ならば神浜の魔法少女が魔獣狩りに精を出している時間帯だろう。

 

栄区の街を走り続ける彼女は一体、何処に向かっていくのだろうか?

 

それは彼女自身にさえ分からなかった。

 

……………。

 

大東区から栄区に向けて夜空を飛ぶのは、ハロウィンが生んだ魔法少女であるマジカルかりん。

 

隣の上空を飛んでるのはハロウィンお供のジャック・ランタンだ。

 

「まったく、昨日は北から南、今日は中央に東と…忙しいことこの上ないホ」

 

「私は決まった狩場を作らないの。困っている魔法少女を助けるのがマジカルかりんなの」

 

「ソロで頑張っていくのはいいけど、なんで東まで助けに行くホ?いい顔されなかったホ」

 

「私はこの街の東西軋轢なんて気にしないの。マジカルかりんは正義の怪盗だから」

 

「手に入れたグリーフキューブも全部渡す義賊活動。みんなから心配されてないかホ?」

 

「そこは…上手くごまかしてるの。ランタン君が私の穢れを吸い出してるなんて…言えないの」

 

「魔力切れの心配は悪魔の俺が解決してるホ。それでも…魔法少女として生きるのかホ?」

 

少し俯いてしまうが、顔をあげて迷いのない表情を向けてくる。

 

「うん…。たとえ私が魔力切れの心配がなくなったとしても…私は正義の味方でありたいの」

 

「まぁ、いきなり魔法少女を引退します~なんて皆に言ったら、かえって怪しまれるかもホ」

 

「そういうことなの」

 

1人と1体の飛行物体が東地区を超え、自宅がある栄区に入った頃…。

 

「あれ…?この魔力は……アリナ先輩?」

 

「あ、お~いかりん!?」

 

いきなり急降下した相棒をランタンは慌てて追いかけて地上に下りる。

 

かりんは魔法少女姿を隠すために路地裏に着地し、乗り物の大鎌の柄から飛び降りた。

 

「魔獣の瘴気は感じられないけど…どうかしたのかホ?」

 

「アリナ先輩の魔力をこんな場所で感じるなんて…珍しいと思って」

 

「あの怖い先輩?そいつは今の時間帯だと魔法少女活動をしてないとか言ってなかったかホ?」

 

「そうなの…いつもは皆が寝静まる時間帯で、気が向いたら活動してたぐらいだったから…」

 

「お…俺は先に家に帰るホ。見つかったら…アートのための標本にされかねんホ」

 

「そうした方がいいと思うの。私はアリナ先輩に挨拶してから帰るから」

 

「まったく…あの恐ろしい先輩の何処をそんなに気に入ってるのやら分からんホ」

 

「周りの人達にはそう見えても…アリナ先輩は…本当は優しい人だから」

 

「はいはい…それじゃあ、先におさらばだホ~」

 

ランタンは飛行しながら帰っていく。

 

見送った後、魔法少女姿を解除してから歩みを進めていく。

 

「この先はたしか…廃墟になった神浜記録博物館?」

 

音楽や映画を鑑賞できる巨大博物館が栄区にあったようだが、今は閉館して廃墟となっている。

 

誰にも見られないよう閉館した館内に入るための扉に手を伸ばそうとすると…。

 

「扉のガラスが割られてるし、鍵をこじ開けたような跡が残ってるの…」

 

怪訝な顔をしながら扉のレバーに手を伸ばし、扉を開けて館内に入る。

 

瓦礫が散乱した大きな廊下を進んでいくと開けた場所に出た。

 

踊り場途中で左右に分かれる両階段の踊り場に座り込み、顔を俯ける人物がいた。

 

「………何しにきたワケ?」

 

座り込んでいたのはアリナ・グレイ。

 

彼女は顔を上げもせず声だけだし、侵入者を拒絶した。

 

────────────────────────────────

 

「アリナ先輩…どうしてこんな場所で独りぼっちなの…?」

 

「………アナタには関係ない。アリナなんてほっといて」

 

顔を向けてくれない時は日常で何度もあったが、今の彼女は酷く落ち込んでいるように見える。

 

只事じゃない事が先輩に起きたのだと判断して、彼女を心配する言葉を言う。

 

「何かあったの…?私で良かったら相談に……」

 

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」

 

突然怒声を上げながら立ち上がり、アリナはかりんを睨みつけてくる。

 

「お前にアリナの何が分かる!?後輩面してるからって…調子に乗るなぁ!!!」

 

自分の苦しみは自分だけで背負えばいい。

 

自分に厳し過ぎる完璧主義者だからこそ、他人の優しさを拒絶してしまう。

 

怒鳴られて体を一瞬震わせたが、かりんは前に出て口を開く。

 

「何かあったことぐらい分かるの!今のアリナ先輩は…誰が見ても苦しんでるって分かるの!!」

 

「アリナは苦しんでなんていない!!アリナは自分の面倒ぐらい自分で見られるワケ!!」

 

「どうしてそんなに強情なの!?訳ぐらい話してくれても損はないの!!」

 

「シャラップ!!アリナに構うな……ゲラウェイ・フォーミー!!!」

 

転がっていた瓦礫を拾い上げて彼女の足元に投げつける。

 

大きな音を立てる館内。

 

何かに追い詰められているとかりんは察した。

 

「アリナ先輩…苦しい時は苦しいって、言っていいの!!」

 

「アリナが苦しんでる!?違う!!アリナは苦しんでなんていない!!」

 

――アリナは…生まれ変わったワケ!!!

 

「生まれ……変わった……?」

 

言葉の意味は分からない。

 

かりんにとって、目の前にいるアリナが別人のように見えるのか?

 

いいや、いつも通りの先輩にしか見えてはいない。

 

怒りのまま拳を握りしめていたが手を開き、背中を向ける。

 

「…そんなにアリナに構いたいワケ?なら、正義の怪盗マジカルかりんとして…言ってみて」

 

「マジカルかりんとして……?」

 

少しだけ沈黙した後、アリナは意を決して言葉を紡ぐ。

 

「もし、自分の美を完成させるために…ベビーを殺す存在がいるとしたら…」

 

――正義の怪盗は…そいつを許すことが出来るワケ?

 

どうしてそんな酷い例えを彼女が言い出したのか、かりんは知る術もない。

 

しかし正義の味方として言える言葉がある。

 

「そんなの…絶対に許せないの!!」

 

――マジカルかりんとして、その悪者をやっつけるの!!

 

()()()()()()()()…彼女はそう言い切った。

 

道徳や正義に反する存在なら、無条件で悪として断罪してしまいたい心理が働いてしまった。

 

結果だけで全てを判断し、原因を追究するのをやめてしまう。

 

これが結果論の恐ろしさであり、善悪二元論脳とも言えるだろう。

 

館内に低い笑い声が響く。

 

かりんの笑い声ではない、アリナの笑い声だ。

 

「フッ…アッハハハ……ジャスティスガールが言いそうなセリフ。期待した通りだったワケ」

 

振り向き、両手を広げて宣言する。

 

「アリナはね…正義を気取る連中が大っ嫌い。その時の感情的正しさしか見ようとしない」

 

自分のやっている事を客観視しない、弊害は棚上げする。

 

救いようのない()()()()()()()()だとアリナは吐き捨てた。

 

かりんはこう言ってあげるべきだったのだ。

 

なぜ、その人物は赤ん坊を殺すような状況になってしまったのだと…。

 

「私が…感情的正しさしか…見ようとしていない…?」

 

アリナの言葉の意味すら理解出来なかったかりん。

 

それが、彼女達の道を()()()()()()()()()()となってしまった。

 

「アリナはね、そのベビーキラーを賞賛してあげる。そいつは自分自身を貫き通せたカラ」

 

「そんなのおかしいの!赤ちゃん殺しだなんて…最悪の行為なの!!」

 

「デスは始まりに過ぎない、それがアリナの美。これからのアリナの人生は…それだけを求める」

 

――妥協と甘さを研磨しつくす…アリナのニューライフ。

 

「恐れはしない。それこそが、強者として生まれ変わったアリナだカラ」

 

「言っている意味が分からないの!アリナ先輩…正気に戻ってなの!!」

 

右手を持ち上げていき、親指と人差し指を丸めていく。

 

瞼が開いた右目に指穴を掲げたハンドサインとは…666OKサイン。

 

片目の単眼とはプロヴィデンスの目を表す。

 

プロヴィデンスの目と獣の数字を表すサタンを崇拝する者だと宣言するサインだ。

 

「私はパワー。何者にも打ち克つパワーの結晶。だから何者にも負けない」

 

あらゆるすべてのものに打ち克つパワーなのだと宣言する。

 

顔の前に掲げた右手を前に翳し、サタンの指サインであるコルナサインを掲げるのだ。

 

「そうよ!!強いパワーの結晶なのよ!!!」

 

かりんの目に不可思議な光景が映る。

 

アリナの背後に誰か、知らない少女の姿が霞んで見えた気がした。

 

常軌を逸脱したアリナの態度を見て、魔獣に操られているという見当違いの思考が巡っていく。

 

かりんは魔法少女に変身してしまった。

 

「アリナ先輩…やっぱり何かに操られているの!私が救ってあげるの!!」

 

「ジャスティスガールとして?何処までも変身ヒロインの世界観に浸りたいというなら…」

 

――ここで、アナタとはお別れなワケ。

 

踵を返し、踊り場右側の階段を上っていく。

 

「待ってなの!!」

 

かりんも階段を登ろうとした時、アリナの魔力が高まるのを感じた。

 

既に彼女も魔法少女姿に変身しており、右掌には魔法武器であるキューブが浮かぶ。

 

「アリナと戦いたい?それ以上階段を上がってくるなら…容赦しないんですケド」

 

「アリナ…先輩……」

 

「…何処までもアナタはフールガールだったワケ、御園かりん」

 

――もしも…もしもさっき…自分に都合のいい感情に囚われていなかったら。

 

――自分の言おうとしている言葉を飲み込み、冷静になってくれていたなら…。

 

「アリナはね……()()()()()()()()()()()()…アナタを勧誘したかった」

 

「勧誘……?」

 

「でも、それは正義のヒロインを()()()()()()。アリナはアナタに妥協するなと言った以上は…」

 

――選んだその道を貫く姿、アリナに見せてくれる日を…願っているカラ。

 

そう言い残して、彼女は階段を上り切り奥の扉を開けて回廊から出ていく。

 

独り残されたかりん。

 

彼女は不安と恐怖で心が塗り潰されていく。

 

大好きな先輩にもう会えなくなってしまうのだと言い知れぬ恐怖に怯えるばかりであった。

 

……………。

 

奥の展示室を歩きながら右手を持ち上げて見つめる。

 

右手はまだアリナの弱さが残っているかのようにして小さく震えていた。

 

「お互いに…妥協しちゃダメだヨネ。アリナが妥協するなと言った以上は…アリナも妥協しない」

 

頑固な先輩だったけど、それでも御園かりんはアリナを先輩と呼んでくれた。

 

「嘘つきな先輩の姿を…慕ってくれた後輩に見せるわけにはいかない…ヨネ」

 

弱さを吐き出すようにして唾を吐いていく。

 

暗い通路を歩いて行ったアリナの姿は…闇の世界へと消えていった。

 

罪を憎んで人を憎まずという言葉がある。

 

原因があるから結果が生まれる因果関係にこの世は支配されていると気が付いた者の言葉だ。

 

だが、人は見えやすいモノしか見ようとはしてくれない。

 

分かりやすい善悪しか受け入れてはくれない。

 

余りにも酷い人間の浅慮が、善悪を生み出し人々を分断してしまう。

 

先で起こるだろう神浜騒乱の時に、人修羅はこんな言葉を残した。

 

人は正しさを求める。

 

楽な正しさをな…。

 

────────────────────────────────

 

次の日、アリナは学校に現れなかった。

 

帰りにギャラリーグレイに顔を出しに行ったかりん。

 

しかし、アリナの父親からはこう言われた。

 

「…娘の体調が悪いんだ。今日は帰ってくれないかい」

 

「……分かったの。あの…アリナ先輩によろしく伝えておいて欲しいの」

 

「……ありがとう。さようなら」

 

かりんは渋々家路についていく。

 

アリナの父親は嘘をついていた。

 

昨日の夜から娘の姿が消えているのだ。

 

自室の荷物も持ちだせる範囲までのものが消えていた。

 

アリナの両親は理解している。

 

娘は家出をしたのだと。

 

だが、両親は学校にそれを連絡していないし警察にも連絡していない。

 

アーティストとして将来が約束された娘の経歴に汚点を残したくない親心である。

 

大手の探偵事務所に依頼をして捜査を行ってもらうだけに留めてしまっていた。

 

彼女はいったい何処に消えてしまったのだろうか?

 

それは神浜市にいる者達では誰にも分からない。

 

かりんが帰ってから数時間後の夜…。

 

グレイ家の前に数台の黒塗りセダンが停車したという目撃情報が近所の住人達の間で語られる。

 

それ以来、グレイ家に住む人達を近所の住人達が見かけることはなかったという。

 

……………。

 

日にちも過ぎていき、月が変わった9月4日。

 

日付が変わりそうな時間帯を走行していく一台の黒塗り高級セダンが見えてくる。

 

「こんな深夜に晩餐会だなんて…何考えてるワケ?」

 

後部座席で窓から東京の街並みを見物している人物とはアリナ・グレイ。

 

車が停車する。

 

運転手が後部座席を開け中から降りてきたのはフォーマルスーツを着たアリナの姿だ。

 

彼女…いや、彼が降り立った場所とは東京でも最高級と言われる外資系ホテル。

 

「付き添いはいい。晩餐会ルームの場所はホテルの連中に聞くカラ」

 

「承知しました」

 

深々と頭を下げアリナを見送る。

 

高層ホテルビルに入り、受付に質問する。

 

晩餐会を行う部屋に案内するベルスタッフを待っていたが、ホテルの総支配人が現れた。

 

「今夜の晩餐会は特別な部屋で行います。他のスタッフに知られるわけにはいきません」

 

「どうでもいい。さっさと案内して欲しいんですケド」

 

「では、こちらにどうぞ」

 

案内されたのは秘密のエレベータールームのようだ。

 

「こちらが専用の直通エレベーターとなります」

 

「オーケー。後はアリナ1人でいいから、アナタは消えるワケ」

 

「分かりました」

 

アリナはエレベーターに入り、深々と頭を下げる総支配人の姿を扉を閉めて遮った。

 

上昇していくエレベーター内で溜息をつく。

 

「アリナは生まれ変わって男になった…。だけど…まだ男装には慣れそうにないんですケド」

 

後ろ髪を括って男らしさをアピールしている髪を触っていたら目的地に到着。

 

エレベーターから出れば、宮殿の回廊かと見紛うばかりの豪華な通路が出迎えてくる。

 

「VIPしか入れないシークレットエリアってワケね」

 

回廊を歩き続ける。

 

奥に現れたのは豪華な両開きのドアのようだ。

 

「ここが晩餐会ルーム?だけどこの魔力は…魔法少女?」

 

魔法少女だからこそ魔力を持つ存在に気が付いた。

 

1人はシド・デイビスだというのは分かるが、もう1人感じる魔法少女の存在は全く知らない。

 

恐る恐る扉を開ける。

 

「ここは……」

 

絵画や陶器が飾られた宮殿のような食堂。

 

明かりは蝋燭しかなく薄暗い。

 

蝋燭が立てられた燭台とはヘブライ民族の象徴であるメノラーであった。

 

「……………」

 

部屋の中で一番最初に目に入ってきたのは女性人物。

 

(外人ガール…?)

 

185cmはある高身長をした白人女性。

 

美しいブロンドヘアーをセンター分けにし、長い後ろ髪を黒いリボンで纏めている。

 

男装フォーマルスーツを着込み、左手には銀の鞘に納められた剣を握り締める者であった。

 

東京の守護者として戦い抜いた人修羅ならば忘れるはずがない人物。

 

かつてのペンタグラムメンバーであり工作員でもあった魔法少女…ルイーザ。

 

そのオリジナルだ。

 

「アナタ…魔法少女なワケ?」

 

In the presence of our Lord. Be careful how you behave.(我らの主の御前だ。振る舞いを慎め)

 

片言の英語しか喋れないアリナは溜息をつき、会話出来る相手ではないと視線を逸らす。

 

<<goyim…(非ユダヤめ)>>

 

低い声が響いた方に振り向く。

 

長い机の奥に座っているのは白人の老人である。

 

ダブルボタンスーツを着込み、英国紳士のように見えるが蛇のような目を向けてくる存在だ。

 

「魔法少女がロードって言ってたけど、この頭が禿げた老人がイルミナティの主人?」

 

答えを求めるかのように視線を向けるのは、老人の横に立つシド・デイビス。

 

「ロスチャイルド卿への侮辱発言…もし卿が日本語を理解出来ていたラ…アナタは死んでましタ」

 

「ロスチャイルド卿…?」

 

「手前側に座りなさイ。ロスチャイルド卿は家畜の匂いが大嫌いなのでス」

 

「…アリナを家畜扱いってワケ?ムカつくジジイだヨネ」

 

「アナタだけではなイ、非ユダヤ全てが家畜なのでス」

 

「ユダヤ以外は……全て家畜……?」

 

「命が惜しけれバ…手短に晩餐会を終えましょウ。卿の言葉は私が通訳しまス」

 

背後に殺気を感じる。

 

後ろに控えていたルイーザは既に、親指を使い鞘から剣を抜いていた。

 

「…これが晩餐会って空気なワケ?…イカれてるヨネ」

 

指示された通り、手前側の椅子に座りロスチャイルド卿と呼ばれる人物と向かい合う。

 

睨んでくるばかりの年寄りに辟易して周囲の芸術品に視線を向けていく。

 

(あの絵画…何?人骨塗れの大地と白ウサギ…それに分子構造の形…ウサギの頭…?)

 

奇妙な絵に心を奪われている人物を見物しながらイルミナティの司令塔人物は溜息をつく。

 

Everything is as the will of our God.(全ては我らの神の御心のままに)

 

横のシドに視線を向け、彼も頷き重い口を開く。

 

それを通訳してシドは内容をアリナに伝えてくる。

 

「初めましテ、アリナ・グレイ。私はJ・ロスチャイルド…ロスチャイルド家の4代目当主ダ」

 

「J…?」

 

「我らの神ハ、お前の面倒を私に託されタ。不本意ではあるが面倒をみてやろウ」

 

「それが…アリナが家出した時に用意してくれた…あの豪邸ってワケね」

 

「生活に困らない環境は与えてやるガ…お前が我々の期待に応えられないならば…許さなイ」

 

「アリナの面倒を見てくれるなら、アリナもアナタの事を知りたい。ロスチャイルドって何?」

 

自分の一族について聞いてくる者に対して、長々説明する気にもならないJは無言となる。

 

彼の代わりに説明してくれたのはシドであった。

 

ユダヤの大富豪ロスチャイルド家。

 

その一族の祖となったのは、世界の総資産の半分を独占した男と言われる銀行家。

 

マイヤー・アムシェル・ロートシルト。

 

ドイツの古銭商人であったが、ヘッセン選帝侯の御用商人の銀行家となったことで成功。

 

ナポレオン戦争で莫大な財を成したという。

 

彼には優れた5人の息子達がいた。

 

息子達はドイツ・イギリス・フランス・イタリア・オーストリアに分かれて一族を大きくする。

 

だが、ロスチャイルド家は秘密主義であり親族者との婚姻しか認められなかったという。

 

そのため生まれてくる子供は病弱な者が多く、ドイツ・イタリア・オーストリアの3家は消滅。

 

現在はイギリスとフランスの2家だけが残っていた。

 

「マイヤーが残した言葉ガ…21世紀まで続く世界の金融支配構造を語りまス」

 

――私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。

 

――そうすれば、誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでも良い。

 

マイヤーが作り上げたのは富の収奪システム。

 

国家の富を滅ぶまで永遠に略奪出来る金融仕組みを生み出した。

 

このため、世界の金融を生み出したのはロスチャイルド家なのだと言われることとなっていった。

 

第三代アメリカ大統領トーマス・ジェファーソンは、こんな言葉を残す。

 

――銀行は、軍隊よりも危険である。

 

――通貨発行権を奪われたら、我々の子孫は…。

 

――ホームレスになるまで銀行に利益を吸い上げられてしまうだろう。

 

「…まぁ、ロスチャイルド家ってのが大金持ちってだけは理解出来たワケ」

 

「大金持チ?世界の長者番付で紹介される程度の貧乏人共ト…勘違いしてませんカ?」

 

「…どういう意味?」

 

「本物の銀行資産家達は表になど出てきませン。その資産は非課税団体に溜め込み財を蓄えル」

 

「ようは…資産を隠す脱税が上手い連中ってワケね」

 

「ロスチャイルド家の総資産は既二、日本円で言えば一京円を超えているそうでス」

 

「い…一京円!!?」

 

「光栄に思いなさイ。不本意とはいエ、世界を代表する金融王の庇護の下で生きられるのでス」

 

長話に興味が無いのか、右手を上げて自分の一族の話題を遮る。

 

横の扉が開き、ルームサービスの品である食前酒が持ち運ばれてきた。

 

「…アリナにまでアルコールを注ぐワケ?」

 

「構いませン。もう直ぐアナタは未成年という決まり事なド…意味をなさなくなル」

 

「ハァ…?」

 

血のように赤い赤ワインが注がれたグラスに視線を向け続ける。

 

気が付けばアリナの横にはルイーザの姿が立っていた。

 

「ちょっと!?」

 

ルイーザは懐から取り出した小さな瓶の中身を少量、赤ワインの中に入れ込んだようだ。

 

Are you curious about the rabbit? (兎が気になるか?)

 

邪悪な笑みを浮かべたルイーザは後ろに下がり、再び沈黙。

 

食前酒を注がれたグラスを持ち上げ、不敵な笑みを浮かべたJ。

 

I've prepared a dish worthy of you. Enjoy it.(お前に相応しい料理を用意した。堪能しろ)

 

アリナもグラスを持ち、怪訝な表情を浮かべながらも未成年飲酒行為。

 

(なに…?アルコールって…こんな味わいなワケ?)

 

飲み込んだ瞬間、妙な高揚感に襲われる。

 

(心が解放されていく…まるで…建前の仮面を剥ぎ取られた気分…)

 

ルイーザが口にしたラビットという単語。

 

アリナはもう一度ウサギの絵画を見る。

 

人骨の上に佇むウサギの瞳は…()()()()()()()()()()

 

「如何でしたカ?アドレナクロムの味わいハ?」

 

「アドレナクロム…?」

 

ルイーザに注がれたモノの正体をシドは知っているかのような素振りを見せる。

 

その表情はJと同じく…愉悦に満ちていた。

 

────────────────────────────────

 

「さテ、今宵の晩餐会の料理が運ばれてきましたネ」

 

視線を扉の方に向ければ配膳ワゴンに乗せた大きな皿と銀の蓋を持ち込むルームサービス達。

 

銀の蓋で覆われた二つの大きな皿をアリナの食卓前に並べた後、部屋を出ていく。

 

Eat all of it. They are very tasty.(残さず食べろ。味わい深い者達だ)

 

「アナタは死んで生まれ変わっタ。しかシ、まだ人間性が残されている粗削りな石でス」

 

「まさか…この晩餐会も……アリナの試練だっていうワケ…?」

 

「我が主は残さず食べろと仰いましタ。そうしてあげなさイ…これもまタ…」

 

――死と再生の美なのでス。

 

何が仕込まれているのか判断出来ないが、拒絶出来る空気ではない。

 

恐る恐る銀の蓋に手をかけ、出された料理の正体を見た時…。

 

アリナは絶句した。

 

「……パパ……ママ……?」

 

出された料理。

 

それは…()()()()()()()()()()

 

頭蓋は切り開かれ、脳みそがデザートプリンのようになっている。

 

「アナタには死んでもらウ。人間として生きた人生全てを殺して貰ウ」

 

持っていたリモコンで壁に飾られていた大画面テレビのスイッチを入れる。

 

現実感が無い思考のまま震え抜く体を無理やりテレビ中継に向けていく。

 

「あ……あぁ……アァァァーーーーーッッ!!!!?」

 

テレビに映し出されていたのは、アリナの実家が燃え上る光景だ。

 

9月4日から5日未明にかけて起こった栄区の大火災光景であった。

 

少し前の時間。

 

神浜市栄区のギャラリーグレイを見つめるのは黒い革ジャンと革パンに身を包む悪魔の姿だ。

 

「チッ!アクセルヲイッカイ回シタダケデコノザマカ」

 

チョッパータイプのアメリカンバイクに跨り、首に巻いた赤いマフラーを靡かせる存在。

 

ヘルメットを被っていないその頭部は…魔人を表す髑髏。

 

死をもたらす事に特化した魔人と呼ばれる悪魔種族だ。

 

「グレイッテ家ダケ燃ヤセッテ言ワレテタガ、マァイイ…派手ナ方ガ楽シイカラナァ!」

 

【ヘルズエンジェル】

 

地獄の天使の名を持つ魔人であり、激しい怒りの心の実体化と言われる存在。

 

激情に任せて猛スピードで突っ走る魔人なのだ。

 

そのマシンであるハーレーの車輪も怒りのオーラである炎で形成されている。

 

己を憎み、周りを憎むようになった魂は暴力とスピードを己の拠り所としていた。

 

任務を終えたヘルズエンジェルはバイクをUターンさせる。

 

「感ジルゼェ…人修羅。オ前モ俺ト同ジク、()()()()()()()()()ニナッタコトヲ!!」

 

アクセルを回し、バイクのマフラーからバックファイアが噴き出す。

 

怒りと憎しみで全てを焼き尽くす炎、『ヘルバーナー』だ。

 

地獄の業火の如き炎が後方に噴出され、燃え上るグレイ家だけでなく近隣の家まで燃やす。

 

走り出したバイクで風を感じ、赤いマフラーを靡かせたスピード狂が去っていく。

 

「オ前モ俺ト同ジニナッタナラ、イッショニ行コウゼ…スピードノ向コウ側ニナァ!!」

 

――俺達ノ次ノ戦イハ…()()()()()()()()()()ニシヨウジャネーカァ!!!

 

……………。

 

自分に起きている現象が飲み込めず、アリナは硬直したまま震えるばかり。

 

「私は言った筈でス。二度と帰る事が出来ない世界に旅立つ事になりますト…」

 

「なんで…なんでパパとママを殺したワケ!!?なんでアリナの家を燃やすワケ!!?」

 

「アナタに全てを捨ててもらうたメ。帰る場所があれバ…()()()()()事も起こル」

 

「だからって…だからって!!何も殺さなくても……」

 

「自分の家族を殺すのはダメデ、他人や動物なら構わなイ?都合の良い言い訳ですネ」

 

「そ…それは……」

 

「アナタは自分の死者蘇生シリーズの材料として何を使ったカ、言ってみなさイ」

 

「……………」

 

「アナタは入団儀式の時に何を材料にして捧げたのカ、言ってみなさイ」

 

「アリナは…アリナは……」

 

「死を愚弄してきたのでス。ですが我々はそれを責めませン、我々もまた死を美化する者達」

 

「パパ……ママ……」

 

見つめる先にいる両親は娘に何も言わない。

 

娘のための食材にされてしまっているのだから。

 

「両親を食べるのは嫌ですカ?ですガ、アナタは既に()()()()()()()()

 

「ワッツ!!?」

 

「アナタの新たな住処で提供された肉料理、アナタは食べてきたじゃないですカ?」

 

アリナの顔が青ざめていく。

 

「まさか…まさかあのミート料理は……」

 

「如何でしたカ、人間の肉の味ハ?豚肉とよく似ているでしょウ?」

 

胃液が逆流し、胃の中身を吐き出しかける。

 

必死になって両手で口を押え、涙目になりながら吐くのを堪える。

 

ガタガタ震えていた時、首元に冷たい感触を感じる。

 

首をゆっくり後ろに向ければ、魔剣を抜いたルイーザが立つ。

 

首元には刃が当てられ、薄く血が滲んでいく。

 

Eat.Cannibals are the mark of our people.(食え。食人こそ我らの仲間の証)

 

食わなければ殺すという意思表示なら、英語が話せないアリナでも分かる。

 

胃液を無理やり飲み干したアリナは息を切らせながら口を開く。

 

「なんで…なんでアナタ達は……ヒューマンミートを食べるワケ…?」

 

「ユダヤ人がカナンの民と交わったからですヨ」

 

「カナン人…?」

 

「カナンの地には食人文化があっタ。民族のアイデンティティは国を失おうが捨てはしなイ」

 

これこそが、初期のイスラエルを南北に分断した原因となった。

 

「イスラエル王であリ、デビルサマナーでもあったソロモンハ…カナンに根差す異教を認めタ」

 

その異教こそが豊穣の神であるバアル神崇拝。

 

生贄儀式を尊び、それに刺激がなくなればカニバリズムまで行った民族の宗教行為。

 

憐みの師イエス・キリストでさえ、聖書の中でカナン人を拒絶した一説がある。

 

マタイによる福音書15:22-23

 

――すると、この地に生まれたカナンの女が出てきて

 

――主よ、ダビデの子よ、私を憐れんでください。

 

――娘が悪霊に憑りつかれて苦しめられておりますと叫んだ。

 

――しかし、イエスは何もお答えにはならなかった。

 

マタイによる福音書15:26

 

――イエスが、子供たちのパンを子犬にやってはいけないとお答えになる。

 

イエスに犬と呼ばれた存在こそが、カナン人だと言われている。

 

一人暮らしで死んで、ペットの犬や猫に()()()()()()()()()()()事件は現代でも見かける。

 

犬とは、人を食べることも出来る存在である…だからこそカナン人を犬と言われた。

 

「つまり…ユダヤってのは…カナン人でもある…?」

 

「カナン人からフェニキア人となリ、ヴェニスの商人となっタ者達…」

 

「ヴェニスの商人って…あの十字軍遠征のスポンサーだった…?」

 

「彼らこそガ、イルミナティよりも偉大なる存在」

 

――世界の支配者たル…黒の貴族たちでス。

 

「アナタ達は…黒の貴族共の慣習に…従っているダケ…?ならイルミナティってなんなワケ!?」

 

「イルミナティとハ…()()()()。ロスチャイルド卿とてそれを管理する金融部門長に過ぎなイ」

 

「どれだけ…世界史には秘密が隠されてるの…?もうアリナ…分からない……」

 

「分かる必要はなイ。アナタも我々の一員となったからにハ…人為的ユダヤとなってもらウ」

 

もはや目の前の料理に手を付ける以外に、彼女が生き残る術はない。

 

魔法少女に変身しようが、シドとルイーザの2人がかりに勝てる筈もないし伏兵の気配もある。

 

震えあがる手でスプーンを掴み、両親の脳みそに近づけていく。

 

「パパ……ママ……」

 

彼女の脳裏には、まだ死と再生に憑りつかれてなかった幼い頃の記憶が巡っていく。

 

「許して……許して……」

 

スプーンが両親の脳みそを掬い取る。

 

小さい彼女の後ろには、大好きだった飼い犬の姿がいたことを思い出す。

 

記憶の世界に浸りながらもスプーンが口元に近づけられていく。

 

記憶の世界には、おてんば娘でも愛してくれた優しい両親の姿が映ってしまう。

 

「アリナは……アリナは……」

 

幸せだった頃の光景が、走馬灯のように巡っていく。

 

彼女の人間として生きられた幸福な人生。

 

――弱い者は乱し、惑わすの。

 

――自分では何も出来ないから。

 

――お互いに…妥協しちゃダメだヨネ。

 

――アリナが妥協するなと言った以上は…アリナも妥協しない。

 

「アリナは……アリナはね……」

 

今ここで、人間としてのアリナ・グレイは終わりを迎えるだろう。

 

「……マイロードを進む」

 

――恨んでくれて…いいカラ。

 

大粒の涙を流しながらも両親の脳みそを…咀嚼した。

 

「両親の死はアナタの糧となり再生すル。物質的な人間の生き方とは他者の命を奪い糧とすル」

 

――それを肯定する超自然的な思想こそが弱肉強食であリ、悪魔信仰(サタニズム)でス。

 

それは、かつての世界で掲げた力の思想ヨスガそのもの。

 

「クックックック……」

 

堪えきれずに笑い出す老人がいる。

 

See. Livestock cannibalizing livestock.(見ろ。家畜が家畜を共食いしている)

 

<<ハッハッハッハッハッ!!!>>

 

口の中でいくら咀嚼しても喉に通らせない拒絶反応を示すアリナの肉体。

 

それを無理やり酒で流し込んでいく。

 

「ちなみ二、先ほどルイーザさんが注いだ液体。アレはアドレナクロムと言いましてネ…」

 

――脳の松果体が恐怖を感じた時に分泌する物質であリ、高揚感を与える…()()でス。

 

――アドレナクロムは主二、()()()()()()()()()()()()()()しまス。

 

ウサギと人骨、そして分子構造。

 

アドレナクロムの分子構造の形こそがウサギの頭部を表す。

 

飾られていた絵画の正体とは…子供達を拷問して脳から絞り出す光景だったのだ。

 

「フッ…フフフ…アハハハハ…アッハハハハハハハハハハッッ……」

 

泣きながら。

 

鳴きながら。

 

啼きながら両親の脳みそを食べつくす…おぞましい女。

 

狂気。

 

狂気。

 

もはや狂気しかない。

 

狂宴の最凶形態とも言えるだろう()()()()の光景である。

 

旧約聖書に登場する預言者イザヤは、カナン族を見て絶句した。

 

子供の生贄を燃え盛るモロクのブロンズ像に投げ入れるだけでは飽きてしまい、食人を始めた。

 

カナンの神官は第一子は邪神のモノであり、捧げものとして差し出せと説いた。

 

下劣で野蛮なカナンの習慣を見たイザヤは…カナン族を罵倒した。

 

イザヤ書57:3-5

 

――お前達、女まじない師の子らよ、姦淫する男と淫行の女との子孫よ、ここに近づくがよい。

 

――お前達は誰を快楽の相手とするのか。

 

――誰に向かって大口を開き、舌を出すのか。

 

――お前達は背きの罪が産んだ子ら、偽りの子孫ではないか。

 

――大木の陰、全ての茂る木の下で身を焦がし、谷間や岩の裂け目で()()()()()()らではないか。

 

落ちていく。

 

アリナは何処までも堕ちていく。

 

冥界下りをしたイナンナのように。

 

堕天したルシファーのように。

 

そんな彼女に向けて、女まじない師の姿をしたリリスはこう言った。

 

――恐れる必要はないわね?だって貴女は、自分の美がそこにあるのなら…。

 

――奈落の底にだって魔法少女に契約した時と同じく…身投げ出来るだろう女なのだから。

 

死海文書4Q184

 

―――彼女の門は死への門であり、その家の玄関を彼女は冥界へと向かわせる。

 

―――そこに行く者はだれも戻って来ない。

 

―――彼女に取り憑かれた者は穴へと落ち込む。

 

────────────────────────────────

 

良心を殺し尽くす勢いで両親の脳みそを食べきったアリナは気絶した。

 

秘密の従業員達に担架で運び出されていく彼女をシドは見送る。

 

横には黒スーツ姿の男がおり、シドに向けて口を開く。

 

「彼女もイルミナティ入りを果たしたのならば…イルミナティ一族の女性と同じく…」

 

――()()()()()()()()()()が施されていくのですね。

 

イルミナティ一族から逃げ出した女性の証言では、幼い頃より虐待が始まるという。

 

物心つく前から親族にレイプされ、この世の全てを真逆に解釈出来るよう教育を行う。

 

英国ロスチャイルドの一番弟子であり、イルミナティ司令塔一族として双璧を成すアメリカ財閥。

 

それがユダヤ財閥のロックフェラーと言われる。

 

だが、当主のD・ロックフェラーは2017年に死去。

 

その人物の回顧録の中では、家族との関係性を内戦だと記す。

 

彼は娘達に甘すぎた。

 

そのため娘達から反逆されてしまったのだ。

 

良心の自由が敷かれれば、こうも秘密主義は瓦解する。

 

だからこそ徹底した洗脳が大切なのである。

 

「レイプではダメでス。それでは被害者としテ、自らの内側で完結してしまウ」

 

――彼女は()()()()()()()()でなければならないのでス。

 

「では、洗脳教育とは…?」

 

「これから彼女の世話を行うのは私ト、見滝原総合病院の院長となりますネ」

 

「日本ロッジのグランドマスターが世話を?だとしたら…あの地下室ですね?」

 

「彼女に子供を虐待させル。眉一つ動かさずに子供の松果体から血を吸い出せるまで続けル」

 

――生まれ変わるのですヨ、魔法少女としての自分を捨ててもらウ。

 

――彼女は男となリ、加害者となリ…ダークサマナーとなル。

 

「ようこソ、アリナ…グローバルエリートの世界へ」

 

――クックッ…ハハハハハハハッッ!!!

 

……………。

 

その後のアリナの人生は苛烈を極めることとなるだろう。

 

身も心も削ぎ落されていくことになるだろう。

 

それでも彼女は這い上がってきた。

 

それこそが自分の選択だったから。

 

魔法少女になる時、インキュベーターは選択の自由を少女達に与えている。

 

シドも選択の自由を与えている。

 

それでも彼女達は自らの自由意志によって選んでしまった。

 

深くは考えさせないレベルに留めていたが、危険があるという事さえ伝えている。

 

想像力のない彼女達は自らの願いという欲望を優先して選んでしまった。

 

ならばそれは()()()()の世界。

 

断る自由を踏み躙った浅慮過ぎる己の過ち。

 

背負うしかないのだ。

 

自由とは、責任を背負える者だけが行くことが出来る道。

 

だからこそ人々は自由を叫ぶくせに…()()()()()()

 

本質的に人間とは、自由とは真逆の存在なのかもしれなかった。

 

……………。

 

9月も終わり、10月も過ぎていき月の終わりを迎える日。

 

今日は子供たちの楽しいイベントであるハロウィンだ。

 

神浜市郊外の街にある繁華街でもハロウィンの装飾などが街を飾る。

 

そんな街の中、男装したアリナが通っていく。

 

長い後ろ髪を隠すようにベージュ色のトレンチコートを纏い、キャスケット帽子で頭部を隠す。

 

「……………」

 

見えるモノ全てが無価値に思える程の差別に満ち溢れた眼差し。

 

弱き者など価値が無い選民主義に汚染され尽くしている思考。

 

なぜ弱い人間がたむろう街になど繰り出してきたのだろうか?

 

それは、研磨しても剥ぎ取ろうとしても消えない思いがあったから。

 

ハロウィンのカボチャ提灯がツリーのように施された噴水に視線が移る。

 

彼女…いや、彼の脳裏には捨てきれない思い出がこびりついていた。

 

「……フールガール」

 

――我こそは、ハロウィンを守る心優しきカボチャの王様なのだ!

 

――暴君の間違いなんですケド。

 

――そんなことないの。

 

――シャラップ!アリナをこんな格好にしておいて、よく言うヨネ。

 

――あっ…ごめんなさいなの…。

 

記憶に蘇ったのは魔法少女が集まった一日だけのハロウィン劇団イベントの光景。

 

アリナも無理やり連れていかれてオバケの仮装をさせられた。

 

ブツブツ文句を言いながらも、あの時だけが唯一神浜の魔法少女達と触れ合える経験となった。

 

アウトサイダーとして扱われながらも、楽しいイベントの時は皆アリナを悪くは言わなかった。

 

はみ出し者ではない、仲間のように接してくれた。

 

それだけは心の中で嬉しかった記憶が残っている。

 

「…今のアリナは、連中の前どころか…フールガールの前にさえ…顔を出す資格はない」

 

彼女はハロウィンを穢してしまった。

 

ハロウィンのルーツと言われる宗教によって。

 

バアル神であるモロク崇拝、悪魔崇拝によって。

 

そして今この時でも、ハロウィンを象徴する子供達の生き血を脳みそから吸い出している。

 

魔法少女の恥晒し。

 

魔法少女の面汚し。

 

血も涙もない外道。

 

所詮はアウトサイダー。

 

正義の味方を気取る魔法少女達から罵倒される光景が脳裏を巡る。

 

――覚えていなさい。

 

――貴女は、その悪魔のような醜悪美の価値観故に、人間ではいられなくなる。

 

――人間社会や魔法少女社会から、追われる事になるわ。

 

「それで構わないんですケド。アリナだってもう…許されようとは思わないカラ」

 

――アリナ先輩!せっかくだから一緒に言うの♪

 

――ハァ…なんでアリナがこんなことを。

 

――せーのっ♪

 

――トリックオアトリート!

 

――なの♪

 

トレンチコートのポケットから取り出したのは、ハロウィンカボチャのアクセサリー。

 

劇団イベントが終わった時、主催者から貰えたご褒美の品だ。

 

後輩のかりんや、神浜の魔法少女達と繋がりを感じられた思い出の欠片。

 

彼女は家出した時、これを持ち出していたようだ。

 

「…………アリナはね」

 

掌に置かれたアクセサリーが握り締められ、力を込めて投げ捨てる。

 

思い出の欠片はハロウィンツリーの辺りまで飛んでいき沈んでしまった。

 

「何処までも沈んでいって堕ちていく。でも恐れはしないカラ。そこにアリナの美がある限り」

 

――グッバイ…マイフレンド。

 

踵を返して自分のいるべき場所へと帰っていく。

 

選んで進んだ道とはこの世の地獄であり、冥界の道とも言えるだろう。

 

悪魔と、悪魔の如き存在達が跋扈する世界こそが今のアリナの住処であった。

 




アリナ拷問は興奮しますんすん(拷問さなちゃん脳)
ところで、バアル神であるモロク(牛頭天王)は、メガテンでカニバルイベント天王洲奇譚があったのを真・女神転生4をプレイしたことあるメガテニストならご存じだと思います。
あれの元ネタはカナン族だったようですねぇ…流石公式メガテンはえげつないネタ使う…なので僕も真似しました(汗)
次回はダークサマナー化したアリナに相応しい仲魔の登場ですかね。


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139話 死と再生の悪魔

かつて暁美ほむらの試練として立ち塞がり戦った7体の魔人。

 

黙示録の4騎士の中には反キリストを象徴する騎士ホワイトライダーがいた。

 

その者は鍛えた弟子とも言えるだろう暁美ほむらに敗れた時、言葉を残す。

 

――ヨハネ黙示録…全テハ、聖書ニ記サレタ運命ヲ辿ル…ソレヲ実行スル者達ガイル限リ。

 

――200人ノ天使カラナル集団ノ長シェムハザハ、カルメル山ニ降リタ。

 

――守護天使ヲ気取ル奴ラ、堕天使共ハ…新妻ニ魔術ヲ教エタ。

 

――ソノ結果…ネフィリムノ名デ知ラレル巨人ガ産マレタ。

 

世界にカニバリズムをもたらしたアナクの子孫ネフィリムと呼ばれる突然変異体。

 

聖書の中にも記述がある。

 

創世記 6:4

 

当時もその後も、地上にはネフィリムがいた。

 

これは、神の子らが人の娘達のところに入って産ませた者であり、大昔の名高い英雄達であった。

 

民数記13:32

 

イスラエルの人々の間に、偵察して来た土地について悪い情報を流した。

 

我々が偵察して来た土地は、そこに住み着こうとする者を食い尽くすような土地だ。

 

我々が見た民は皆、巨人だった。

 

ゼカリヤ書9:6

 

混血の民がアシュドドに住み着く。

 

わたしはペリシテ人の高ぶりを絶つ。

 

ゼカリヤ書9:7

 

わたしはその口から血を、歯の間から忌まわしいものを取り去る。

 

残りの者は()()()()()()()、ユダの中の一族のようになり、エクロンはエブス人のようになる。

 

人食い巨人としても知られるネフィリム達は、唯一神の怒りに触れて洪水に飲まれた。

 

唯一神は彼らを殺し、天使長ミカエルはネフィリムを産んだ堕天使達を闇の中に投獄した。

 

だが、生き残った者達は交配を重ねながら小型化していくこととなる。

 

――サトナ(サタン)ハ、エヴァト交ワリ…人類最初ノ殺人ヲ犯シタ男カインヲ産ミ出ス。

 

――ココヨリ始マルノダ…数千年モノ間、大イナル神ヲ呪ウ…悪魔崇拝者ノ歴史ガ。

 

カナン人の祖となるのは、カナンと呼ばれたノアの孫。

 

カナンが移り住んだ地域の子孫たちこそがカナン人である。

 

ギリシャ人からはフェニキア人と呼ばれた存在達だ。

 

カナンの父とはノアの次男であるハムと呼ばれた人物。

 

ハムはノアの箱舟で大洪水を生き延びた時、唯一神の命令に背いた。

 

箱舟内で禁止された性行為を行い、子供を作ってしまった。

 

ノアはハムの行った背信行為を嘆き、恐れ、葡萄酒を浴びる程飲んだという。

 

聖書研究者の間では、カナンはノアを激怒させたと考える。

 

それについての記述は聖書にはないが、カナンは混血種であった点に着目する。

 

アダムの子孫の規律に縛られなかったため、同性愛行為を望んだのではと考えられた。

 

それが原因でなければ、カナンではなく父親のハムこそ呪われなければならなかったはず。

 

しかし、カナンは祖父のノアから呪われた。

 

これがカナンにして唯一神を数千年もの間、呪い続ける原動力となるのだろう。

 

最初の人殺しを犯したカインの血脈からカナンが生まれ、継がれていく。

 

唯一神を呪い、貶め、堕落させるために存在する民となろうと。

 

これを暁美ほむらに伝えたかった反キリストの象徴的魔人。

 

その姿は何処かイルミナティと似ている。

 

白人となったフェニキア人であるカナン族は、ホワイトライダーの愛馬である白馬を思わせる。

 

目玉だらけの白馬とは、単眼のプロヴィデンスの目を崇拝する者達にも見えてくる。

 

ホワイトライダーは弓兵であり、世界最強の弓矢である核兵器を多く持つのは白人国家。

 

その頭に被った王冠は、バビロンの流れを組むローマ帝国を表すとしたら…?

 

黙示録において、世界を終わらせると言われる4体の騎士。

 

その一体目は既に…遠い昔に解き放たれていたのやもしれなかった。

 

────────────────────────────────

 

アリナは調教されていく。

 

冷徹無常なサイコパスになる訓練を受け続けていく。

 

人々を見下し、嘲笑し、人もモノも単なる商品、廃棄物であり、全ては無価値なゴミだとした。

 

全てを燃やし破壊したって構わない、エリートこそが支配階級なのだからと洗脳されていった。

 

マイナス100度の冷凍庫に良心を仕舞い込めれる人間ほど金融業界に向いている。

 

かつて人修羅は、そんな話を東京のホームレス社会で聞かされたことがあった。

 

……………。

 

アリナの毎日は変わった。

 

学校の代わりとなるのはフリーメイソンとイルミナティだ。

 

表向きのメイソンメンバーとしてメイソン教義を学ぶ毎日を送る。

 

イルミナティ・メイソンメンバーとして良心の全てを剥奪される教育行為も行われる。

 

そしてダークサマナーとなるための修行が繰り返された。

 

男として生まれ変わった彼女は、目覚ましい程のスピードでそれらを吸収していく。

 

そんなアリナの後ろ姿を見つめる教育係のシドは溜息をつく。

 

「流石はバアル様の祝福を受けられる者。妬ましい程の才能の持ち主でス…」

 

――だガ…それでもアナタは石ころに過ぎなイ。

 

――暁の子の輝きにハ…遠く及ばなイ。

 

……………。

 

「助けてぇぇぇーーーーッッ!!!」

 

ここは見滝原総合病院の地下。

 

暁美ほむらが悪夢の世界で見た地獄の如き施設内だ。

 

見える光景とは、儀式の部屋を思わせる手術室。

 

ペドフィリア達から凌辱を受けた全裸姿の子供の少女は拘束され、頭部も拘束されている。

 

眼球を開かせる手術器具で両目を無理やり開かされた少女の隣には恐ろしい人物が立つ。

 

1人は手術用ガウンを着て手術用手袋を嵌めたアリナ。

 

もう1人はアリナの教育係として選ばれたロッジマスターの男性老人。

 

その老人はあろうことかドレスを纏い、厚化粧によって顔のシワを消し去った女の顔つき。

 

ほむらが見たおぞましい絵画に描かれた人物と同じ存在だ。

 

冥界の如き地獄の世界に君臨する狂気の女王を演じる男の姿とも言えた。

 

「今日もお願いするわね」

 

「もう慣れたんですケド」

 

慣れた手つきで麻酔の目薬を子供の右目に入れていく。

 

そして、アリナが手にしたのは長い注射針のような道具。

 

「お父さん!!お母さん!!!助けて!!助けてぇぇぇーーーッッ!!!」

 

「もっと泣き喚くと良いワケ。その方が…良質なアドレナクロムを抽出出来るんだカラ」

 

眉一つ動かす事もなく、アリナは針を子供の眼球に近づけていく。

 

「あーーーっ!!!やだ!!やだぁーーーッッ!!!」

 

そしてアリナは迷うことなく針を右目に刺しこみ、脳の中央である松果体まで突き刺した。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ーーーーッッ!!!!!」

 

激痛と恐怖で失禁と痙攣を繰り返していく子供の肉体。

 

血液吸引機械に繋がった部分から赤い血が吸引されていくのが分かる。

 

子供の絶叫が叫ばれる中、2人は体を震わせることなく悠々とした表情で会話していく。

 

「フフッ…最初の頃と比べて成長したわね。子供の悲鳴を聞いても…もう震え一つないわ」

 

「アリナは弱いアリナを殺していく。そして生まれ変わるワケ」

 

「そうね…あなたは弱者を食す強者としての道を進んでいってる。グローバルエリートの道をね」

 

「アリナはね、アドレナクロムを使ってアートを描くことにしたワケ」

 

「なるほど、子供の生き血で描いた死と再生の美。素晴らしいわ…高値で買わせてもらうわね」

 

「欲しいなら売ってあげてもいいんですケド。アリナのデス&リバースは…あれじゃ物足りない」

 

「そうね…あなたは既に最高の死と再生を手にしたと聞いてるわ」

 

「それが…アリナがダークサマナーになった証。()()()()()()()()()だったケド…愛しいカラ」

 

「あなたは死と再生の父親であり、母親。誇っていいわよ」

 

「それより、このチャイルドの呼吸が弱くなってきてるんですケド」

 

「あらあら?」

 

心臓発作を起こした少女の体はグッタリしていき…死んでしまう。

 

「しょうがない子ねぇ。吸い出せる分は吸い出したし、あとは調理室に持って行かせるわ」

 

「レイプパーティが終わったら次はカニバルパーティ。つくづく生臭い場所なワケ」

 

「あなたは参加しないの?それとも…まだ肉が喉を通らない?」

 

「…いずれ克服するんですケド。アリナはこの弱さを認める気なんてないカラ」

 

「その意気よ」

 

子供の死体が秘密の職員達に運び出されていく。

 

アリナはガウンを乱暴に脱ぎ捨て、手を洗い終わってから手術室を出ていく。

 

少し歩いていたが立ち止まり、後ろをついて来ていた女装院長に向き直った。

 

「ねぇ、そろそろ聞いてあげてもいいんですケド」

 

「何を聞きたいのかしら?」

 

「アナタの名前」

 

「あら?聞きたくもない態度をしてるから語らなかったけれど」

 

「アリナ達は秘密を共有しあう関係。一応、仲間として聞いてあげてもいいワケ」

 

「そう…私達は秘密を共有しあう同士であるからこそ結束が強い。魔法少女社会のように」

 

「確かに魔法少女社会は秘匿社会。強固な繋がりが生まれたワケ」

 

女装院長は少し歩き、自分の女装絵画が描かれた大きな絵画の前に立ち、振り返る。

 

「表向きは佐藤博信と名乗っているけれど…そんな名前なんて、私には意味をなさない」

 

「どういう意味なワケ…?」

 

邪悪な笑みを浮かべた女装院長は後ろを振り向き、自分の絵画を見つめながら語る。

 

「私はね、1947年に…死んだ人間なの」

 

「ワッツ…?」

 

「元々はイギリス人であり、オカルティスト。儀式魔術師でもあったのよ」

 

「言ってる意味が分からない…なら、今生きているアナタは何者なワケ?」

 

「生前の私は死ぬ間際に…悪魔を召喚したわ」

 

「デビルを召喚…?ダークサマナーだったワケ?」

 

「私は肉体と魂を切り離して欲しいと頼み込んだの。その代わり、貴方の僕となると契約した」

 

「肉体と魂を切り離す…?それって、白いオコジョが得意としてるアレ…?」

 

「男の私は魔法少女にはなれない。だから魂を切り離すだけにして、肉体は捨てたのよ」

 

「なら…その切り離されたソウルは…どうなったワケ?」

 

「私は悪魔に頼み込み、私の魂と適合する肉体を探して貰ったら…日本で見つけてもらえた」

 

「なら…アナタはジャパニーズのボディに乗り移った…イギリスのウィザード?」

 

「生まれて間もなく死にかけていた赤子の肉体に乗り移り、私は日本人を演じてきた…」

 

低い笑い声を出しながら…ゆっくり振り向く。

 

英国紳士のような礼をし、顔を上げた後に己の真名を名乗った。

 

「初めまして、アリナ。私の名は…アレイスター・クロウリーと申します」

 

【アレイスター・クロウリー】

 

イギリスのオカルティスト、儀式魔術師、著述家、登山家。

 

魔術結社を主宰した人物であり、スピリチュアル哲学のセレマ思想を提唱した法の書を残す。

 

黙示録の獣666を自称し己の魔術にカバラやヨガ、麻薬や性魔術を取り入れていった存在だ。

 

彼のオカルティズムや魔術はヨーロッパ中で嫌悪され、スキャンダルに塗れた人生を送る。

 

麻薬常習やバイセクシャルといった部分をあげつらわれ疎まれたが、近現代思想に歴史を残した。

 

「アレイスター・クロウリー…?それが本当の名前…?」

 

「私は悪魔に魂を売り、別人に転生したわ。私もまた、死と再生を超えてきた存在なのよ」

 

「どうりで…アナタとは妙なシンパシーを感じるワケ。名前を聞きたくなったのもソレ」

 

「私は転生したけど、対価は悪魔の僕となること。私にはね…任務が与えられたわ」

 

――()()()()()()()()を生み出す必要があるのよ。

 

「マスター…テリオンって?」

 

「黙示録に記されしテリオンとは、サタンの力と権威を与えられた獣を表す」

 

「サタンの力と権威を与えられたビースト…?」

 

「あなたも見たことあるはずの1・28事件の映像…あの方こそが、テリオンとなられるお方」

 

「あのデビル…人修羅が…マスターテリオン?サタンとなるビースト…?」

 

「でも、我らの神はさらに生み出せと言われた。サタンの力と権威を与えるに相応しい存在をね」

 

「さらに生み出す…?」

 

「その存在となれるに値する少女を…私はこの病院の院長として預からせて貰えたわ」

 

「その…サタンとなるに値するガールって…?」

 

――その子の名前は…暁美ほむら。

 

「暁美…ほむら…」

 

「彼女は生まれつき心臓が弱かった。私は絶対にその少女を死なせるわけにはいかなかったのよ」

 

「それで?そのガールはこの病院でライフを救われて、サタンになったワケ?」

 

「彼女は生き残り、見滝原中学校に通う生徒となり…魔法少女になった」

 

「アリナと同じ魔法少女に!?」

 

「彼女を魔法少女にしたのは我らの神。それこそ…彼女をサタンにするための導きだった」

 

「魔法少女が…サタンに…デビルになれる?どういうワケ…!?」

 

「彼女は魔法少女として生きた。親友と交わした約束のために戦い続けたけど…守れなかった」

 

――そして、我らの神が与えた7つの試練を潜り抜けた果てに絶望して…。

 

――悪魔になったのよ。

 

「魔法少女が…本当にデビルになれたワケ…?」

 

「彼女こそテリオンの一柱に相応しき存在。でも…まだ足りないの」

 

「足りない…?」

 

アリナの体を舐め回すような目つきを向けてくる。

 

不快に思ったアリナは舌打ちをし、話を切り上げて奥の通路に向かい始めた。

 

背を向けたまま歩き、口を開く。

 

「魔法少女がデビルになれるなら…()()()()()()()()()

 

「悪魔になりたいの?悪魔になって…何を求めるの?」

 

「そんなの決まってるワケ」

 

――デス&リバースを世界にもたらす…デーモンロードになるんですケド。

 

アリナが遠ざかるのを見届けたアレイスターは反対の道を進む。

 

「あの子は負けず嫌いだから対抗心に火がついちゃった感じね。話した甲斐があったわ」

 

途中に飾ってあったホルスの目の絵画に向き直り口を開く。

 

「果たして、アリナは悪魔化した暁美ほむらを研磨するための研磨剤になるのか…あるいは…」

 

絵画から視線を逸らし、カニバルパーティ主催会場の食堂に歩みを進める。

 

「私の残りの使命は…3度目のインパクトが起こった世界の人間共に()()()()を施術するのみ」

 

――そのための準備なら…この国の政府と放送メディアが準備してくれるわ。

 

第32代アメリカ合衆国大統領フランクリン・D・ルーズベルトはこんな言葉を残す。

 

――世界的な事件は、偶然に起こることは決してない。

 

――そうなるように前もって仕組まれていたと。

 

――私はあなたに賭けてもいい。

 

────────────────────────────────

 

見滝原総合病院の地下空間は巨大だ。

 

暁美ほむらが悪夢の世界で見て回ったのは東側エリア。

 

地獄の如き光景に耐えきれずほむらは逃げ出し、西側エリアに向かうことはなかった。

 

西側エリアに入る自動ドアが開き、2人の人物が進み出る。

 

1人はアリナであり、もう1人はシド・デイビス。

 

「アナタの仲魔も大きくなりましタ。そろそろダークサマナーとして実戦を経験する時期でス」

 

「実戦って…魔法少女が戦ってきた魔獣とでも戦わせるワケ?」

 

「違いまス。ダークサマナーは悪魔のスペシャリストとしテ、悪魔とも戦えなければならなイ」

 

「つまり…アリナが戦う相手ってのは…」

 

「そウ、悪魔でス。この先の空間は昔からダークサマナー達の修験場として使われましタ」

 

「そういや…こっち側に来るのは初めてだったけど…そういうのがあったワケ」

 

「この修験場ハ、名高い悪魔召喚士一族の修験場を参考にして作られた構造。連戦となりまス」

 

「上等なんですケド」

 

ひときわ大きな自動扉が開き、アリナが進み出る。

 

「私は訓練モニター室でアナタの活躍を見届けまス。生き残れる保証はありませんがネ」

 

「アリナのパワーを疑う気?」

 

「この奥にハ、我々ダークサマナーの中でも飛びぬけて腕利きのサマナーが待ち構えていル」

 

「そいつがゴールってワケ?なら、そいつを倒してアリナが名を上げるワケ」

 

「フフッ…生き残ってみせなさイ。そうでなけれバ、アナタに投資をした価値がなイ」

 

シドと別れ、縦に長い広大な空間を進む。

 

「…いる。魔獣と似ている瘴気だけど…これがデビルの魔力ってワケね」

 

管理室で広大な修験場をモニターするシドがマイクを使い、修験場内に音声を届けてくる。

 

<<ダークサマナーとしての初陣でス。私から学んだサマナーとしての技術を全て出しなさイ>>

 

「…言われなくても分かってるワケ」

 

左掌を掲げ、アリナの魔法武器であるキューブを生み出す。

 

デビルサマナーは召喚管を使うものだが…彼女は使用する気配を見せない。

 

エメラルドの如く輝くキューブに線が入っていき、ルービックキューブのような形に変化。

 

自分の魔法武器を見つめながら、アリナは初めての仲魔と出会えた日の事を思い出していった。

 

……………。

 

目を覚ましたアリナは周囲を確認する。

 

「ここ…何処なワケ…?何処かの屋上…?」

 

両親の脳みそを食べさせられたアリナは倒れ、運び出される。

 

ここはアリナが晩餐会に参加したホテルの屋上だ。

 

「うっ!!」

 

口内に蘇っていく両親の脳の感触。

 

胃液が逆流して嘔吐し、激しく咳き込む。

 

「お目覚めですカ?」

 

聞きたくもない人物の声がした方に視線を向けていく。

 

そこにはシド・デイビスの姿と配膳ワゴンの上に置かれた壺の入れ物が見える。

 

「ぐっ…うぅ……今度はアリナに…何をやらせようってワケ…?」

 

「睨むこともないでしょウ?食べずに殺される選択も出来タ…しかシ、アナタは両親を食べタ」

 

――それ二、赤子をバアル神の生贄に捧げた時かラ…アナタは十分、我らと同じく加害者でス。

 

事実を言われ、俯いていく。

 

自分の弱さに腹を立てるかのように震えていた時、シドがワゴンを押してきた。

 

「我らの主ハ、食人を行えた者としてアナタを認めましタ。褒美をお渡しするそうでス」

 

「褒美…?」

 

「見なさイ、この没薬(もつやく)で出来た壺の中身ヲ」

 

立ち上がり、言われた通りにする。

 

「…何かの液体?」

 

「この悪魔を見つけることが出来たのは偶然だったそうでス。とても貴重な存在でス」

 

――世界各地で伝説となリ、語り継がれル…死と再生を司る悪魔でス。

 

「…デス&リバースデビル?この液体が…?」

 

「見ていなさイ。もう直ぐこの液体ハ…再生を迎えル」

 

「この液体が…リバースする…?」

 

「アナタが悪魔の死と再生を見届けるのでス。この悪魔こソ、アナタの悪魔となるに相応しイ」

 

そう言い残し、シドは去っていく。

 

怪訝な表情のまま壺を見ていた時…。

 

「な…なに……?」

 

壺がカタカタと揺れ動き出す。

 

亀裂が入っていき、アリナは壺の中に魔力を感じる。

 

両親の脳を食べたショックさえ忘れるようにして、アリナは見入ってしまう。

 

まるで内側から破壊するかの如く壺が弾け飛ぶ。

 

中から現れた悪魔とは…?

 

<<ピィーーーーーッッ!!!>>

 

アリナは見届けた。

 

死と再生の悪魔が復活する瞬間を。

 

生まれたその姿はまるで…。

 

「ビッグ……イーグル?」

 

このサイズでありながらも、この悪魔は生まれたばかりの雛鳥である。

 

「グァグァグァ……グァ?」

 

「このビューティフルバードが…アリナのデス&リバースデビル……?」

 

ワゴンの上に立ち、アリナをじっと見つめてくる。

 

金色と赤で彩られた羽毛を持つ美しい雛鳥。

 

この悪魔は悪魔でありながらも動物に過ぎない。

 

雛鳥には刷り込みと呼ばれる学習形態が備わっており、最初に見たものを親と認識する。

 

「ピィーーーーッッ!!」

 

両翼を羽ばたかせ、雛鳥でありながらも空に舞い上がる。

 

飛翔しながらその鳥は燃え上り、自らを象徴する姿へと変わっていく。

 

「あぁ…あの姿は……マジなワケ…?」

 

燃え盛る大鷲が如き雛鳥。

 

その姿を人間が視る事が出来たなら、世界中の人々からこう呼ばれるだろう。

 

不死鳥と。

 

「あのイーグルの正体は……フェニックス!!!」

 

【フェニックス】

 

不死侯と呼ばれる侯爵階級を持つ、ソロモン王に封印された72柱の魔神の一柱。

 

名は真紅の意味を持ち、エジプト神話の聖なる鳥ベンヌと同一視される。

 

不死鳥の所以は死なないからではない。

 

フェニックスは世界に一匹しか存在せず、数百年の寿命を得て死と再生を繰り返すからだ。

 

死期を悟ると香料の枝を集めて山を作り、上に横たわって自ら火を点ける。

 

身体は燃えて液状となるが、凝固するとそこからフェニックスが復活するという。

 

地獄の20個軍団を指揮し、序列第37位に数えられる魔の侯爵だ。

 

夜空を旋回して飛ぶフェニックス。

 

長く伸びた尾羽の炎が線を描き、夜空に円環の炎陣を描いていく。

 

さっきまでの苦しさなど忘れたかのように、アリナは死と再生の鳥に魅入られていく。

 

「…トゥービューティフル。間違いない…このデビルこそが…アリナが求めてきた美の形!!」

 

――ヒューマン共に一目で伝えられる神々しいビューティフルフォルム!

 

――フレイムによってデスが生み出され!リバースしていくアルティメットライフ!!

 

「アリナがアナタのママになってあげる…アリナに見せて……」

 

――美しさとパワーに満ち溢れた……デス&リバースフォルムを。

 

両手を広げて新たなる仲魔を歓迎するアリナを遠くから見つめるのはシドだ。

 

「…フェニックスと同一視されるベンヌは太陽を表ス。プロヴィデンスの右目でス」

 

プロヴィデンスの目は片目の単眼だが、元はホルスの目なのだから両目がある。

 

月の左目と太陽の右目。

 

太陽も月も天空を支配する存在であり、ピラミッドの頂点である天を表す。

 

またピラミッドは階級社会構造を表すことにも使われる。

 

「我らはピラミッドの頂点であり天を司る支配者。王・宗教・金…この世の権力を表すのでス」

 

――我らのように天に上リ…金星の如く輝けるかどうカ…見物ですネ、アリナ。

 

――フェニックスハ…アナタを()()()()()となるやもしれませン。

 

……………。

 

「…出ておいで。アリナの愛しいデス&リバース」

 

27個のキューブが纏まったルービックキューブの一つが外れ、アリナの周囲を飛び交う。

 

サイコロまでに小さいキューブが光を放ち、中に収められていた存在が解き放たれる。

 

アリナの固有魔法とは結界の生成。

 

27個あるキューブそれぞれが彼女の結界魔法であるとしたら…27体の悪魔をストック出来る。

 

己の固有魔法を応用したため、デビルサマナーの召喚管を必要とはしなかったようだ。

 

結界世界から解き放たれた存在が実体化していく。

 

「ピィーーーーッッ!!!」

 

その雄々しき姿とは、アリナの美を象徴する悪魔…フェニックス。

 

僅かな期間ではあったが、雛鳥の頃よりも数倍巨大な姿となっている。

 

フェニックスが雛鳥の姿で生きてこれたのは成鳥するまでの期間が極端に短いからだろう。

 

背後の空中で羽ばたきながら燃え上り、マスターであり母親でもあるアリナを守る守護悪魔。

 

周囲に漂う瘴気から現れていく悪魔達の姿も顕現した。

 

ダークサマナーとしては初陣であるが、恐れもなく不敵な笑みを浮かべる。

 

「蹂躙してやるカラ。アリナの美になれるフレイムを…アナタ達にも与えてあげる」

 

――死んだら感謝してヨネ。

 

────────────────────────────────

 

訓練モニター室では、複数台供えられたモニターから修験場内の様子がモニターされる。

 

静かに戦いを見つめるシドであったが、後ろに控えていた黒スーツサマナー達が口を開く。

 

「馬鹿な…あの小娘……本当に新米サマナーなのか!?」

 

「訓練期間はまだ二か月も立っていないはず…。なのに…あれ程まで悪魔を操れるだなんて…」

 

モニターの光に照らされたサングラスを押し上げ、シドが口を開く。

 

「この程度の悪魔共を蹂躙したからといっテ、威張れる存在ではありませン」

 

「し、しかし…魔法少女として実力者であったのかもしれませんが…あれ程とは…」

 

「それに…悪魔との連携である()()()()()()()()の技術まで…短期間で身に着けるだなんて…」

 

「…確か二、恐ろしい程の才能ですネ。嫉妬のあまり殺したくなるほド…妬ましい存在ですヨ」

 

モニターに視線を戻す。

 

業火に包まれている修験場内。

 

転がるのは焼き尽くされた悪魔と魔法武器の光弾に貫かれてバラバラになった悪魔の死体。

 

死体は弾け、感情エネルギーであるMAGと化し施設内を漂う。

 

右手に翳しているのは、悪魔を収納するキューブとは違う攻撃用のキューブ。

 

彼女の背には、口から炎の息を噴出する守護鳥が羽ばたき主を守る。

 

「残念。燃えて灰になってくれたら、アリナの死者蘇生シリーズに加えてあげたのに」

 

アリナとフェニックスの戦いぶりはまさに、力による蹂躙。

 

魔力残量など気にせずアリナはマギア魔法を連発。

 

フェニックスは人修羅のファイアブレスに匹敵する程の業火を口から吐き出し焼き尽くした。

 

圧倒的な力押し。

 

力の思想に目覚めつつあるアリナの戦い方だ。

 

これには理由もあった。

 

「アリナのソウルジェムにも穢れが溜まってきた事だし…吸っていいんですケド」

 

「グァグァグァ♪」

 

フェニックスの目が光る。

 

アリナのソウルジェムが穢れの輝きを放ち、外側に向けてどす黒い渦の光を噴出。

 

穢れと言われる負の感情エネルギーを悪魔が吸収していく光景だ。

 

母親を務めるアリナの感情エネルギーを嬉しそうに吸っていくフェニックス。

 

さながら、子供に授乳を与える母親のようにも見えてくる。

 

穢れの感情エネルギーを吸いきられたソウルジェムは元の輝きを取り戻した。

 

「魔法少女になって後悔した時期もあったけど…今はラッキーだったと思うワケ」

 

デビルサマナーと悪魔との契約行為。

 

それは召喚者が生み出す感情エネルギーであるMAGを悪魔に提供し続けること。

 

餌を貰えなければ飼い犬とて主人の手を嚙み千切るだろう。

 

フェニックスは周囲を漂う悪魔死体のMAGまで吸い尽くし、体が大きくなっていく。

 

「もっと食べるワケ。満足したら、そこでエンドだカラ」

 

奪われる者ではなく、奪うモノとしてアリナは進む。

 

修験場の奥にまでたどり着いたアリナは目を細め、奥にいるサマナーを見据える。

 

「あのサングラスかけたひげ面おっさんが…ここのボスってワケ?」

 

腕を組んで待っていたのはウラベを襲ったことがあるフィネガンだ。

 

「フン、魔法少女のサマナーか…。ソウルジェムを用いてMAGを練り出すとはな」

 

「アナタが腕利きのダークサマナーってヤツ?アナタを倒してアリナが名を上げるワケ」

 

「私の名はフィネガン。先輩サマナーとして…天狗になった後輩の鼻をへし折ってやる」

 

「アナタの名前なんてどうでもいい。アリナは上り続けるカラ」

 

「飽くなき強さへの渇望か。しかし、井の中の蛙大海を知らずだな」

 

ポケットから葉巻を取り出し火を点ける。

 

紫煙を燻らせながら、アリナの召喚悪魔を油断なく見つめる。

 

「フェニックスか…確かに強大な悪魔だが、一体しか悪魔を使役出来ない者など論外だ」

 

「アリナはアートを選ぶワケ。興味のないデビルなんか、アリナは仲魔になんてしないカラ」

 

「選り好みしているようでは、強敵悪魔と戦っても生き残れない。魔法の属性概念を忘れたか?」

 

「…デビル魔法の4属性、それにバッドステータス魔法、そして即死魔法のアレ?」

 

「悪魔たちは固有の属性耐性を持つが、同時に弱点となる属性を持つ。忘れてはならない」

 

「つまり…アリナのフレイムフェニックスの弱点は…」

 

「氷結魔法となるだろう。私が氷結魔法を得意とした悪魔を使役して…勝てるか?」

 

「……………」

 

「上を目指し、飽くなき力を求めるならば多くの悪魔を求めろ。貪欲なまでに悪魔を求めろ」

 

「…オーケー。そこまで言うなら面倒見てあげてもいいワケ。アリナもデビルをもっと知りたい」

 

「その意気だ。もっともそれは…私との戦いで生き残れたらの話だが」

 

葉巻を指で弾き、黒スーツズボンのベルトに吊り下げたメリケンサック型召喚管を外す。

 

両手にはめ込み、メリケンサックで武装した右拳をアリナに掲げる。

 

「案ずるな。お前が一体しか悪魔を使役出来ないなら、私も悪魔を一体用意するだけに留めよう」

 

「スポーツマンシップでも気取ってるワケ?」

 

「私は元ボクサーであり、プロフェッショナル。仕事に対して独自の美学を持つ者だ」

 

「…まぁ、そこは否定しないワケ。アリナだって独自の美学を持っている訳だし」

 

「お互いの美学を貫き通すためにこそ…強さを求めるのだ。私から生き残ってみせろ」

 

メリケンサック型の召喚管の蓋が緩んでいき、MAGを放出。

 

MAGの感情エネルギーが凝固していき…巨大な悪魔を形作っていく。

 

召喚された悪魔とは獅子の頭部と腕を持ち、鷲の足を持ち、背中に4枚翼を持つ獣人悪魔だ。

 

<<…ほう?魔法少女が相手か。ちょうど喉が渇いていた…ソウルジェムを喰わせてもらう>>

 

浮遊した強大な悪魔を前にし、アリナもさっきまでの余裕顔が消える。

 

冷や汗を流しながらも、怯えた素振りを見せずに強気な態度。

 

「…名前ぐらい名乗ったらどうなワケ?」

 

「我を前にして怯えぬか?愛い奴め…いたぶり尽くして絶望させ…魂を喰らってやる」

 

――我に喰われて同化する前に、我が名を称えよ。

 

――我が名は邪神パズスなり!!

 

【パズス】

 

パズズとも呼ばれるアッシリア・バビロニアの悪魔であり、メソポタミアの風の魔王。

 

獅子の頭と腕、鷲の脚、背中に4枚の鳥の翼とサソリの尾、蛇の男根を隠し持つという。

 

ペルシャ湾から吹く南東風が猛暑と共に嵐と()()をもたらしたことから風が神格化した存在だ。

 

悪霊の王であるため、その彫像が悪霊を統御する護符として用いられることもあった。

 

シュメールの嵐の神であるアンズーの流れを引くとも言われている。

 

また、蝗害を具神化した存在とも考えられていた。

 

空中で睨み合う悪魔たち、地上のサマナー達も睨み合う。

 

「……行くぞ!!」

 

「ハッ!オッサンサマナーに負けるアリナじゃないワケ!!」

 

修験場最後の戦いが火蓋を開く時がきた。

 

────────────────────────────────

 

2体の悪魔が同時に動く。

 

フェニックスのファイアブレスに対し、パズスが放ったのは風の魔法である竜巻。

 

横回転の渦を巻く竜巻と炎が空中でぶつかり合い、周囲は豪熱と化す。

 

「死ね~~~ッッ!!!」

 

右手に出現させたルービックキューブをフィネガンに向けて構える。

 

アリナが放つマギア魔法『Nine Phases(9つの段階)』だ。

 

生き物が死んで腐りきる九相図の名を与えられた無数の光弾の雨が敵を穿つ…筈だが。

 

「えっ…?」

 

既にフィネガンはワンインチ距離。

 

左腕でパリングの払い動作、構えた右手が大きく弾かれる。

 

「ぐふぅッッ!!!」

 

右腕が弾かれたのに気が付くよりも早く、メリケンサックの右ストレートがアリナの左頬を穿つ。

 

大きく弾き飛ばされたが、アリナは悪魔との連携を駆使する。

 

サマナー達が駆使する悪魔連携の中で見られる召し寄せ。

 

離れた位置にいる悪魔を瞬時にサマナーの元にまで瞬間移動させる技法だ。

 

炎を纏ったフェニックスは自らの炎を消し、上腹をクッションにしてアリナを受け止めた。

 

「ピィー!ピィーッッ!!」

 

「ぐっ……いつの間に懐に……」

 

血反吐を吐き、悠々と歩んでくるフィネガンに向き直る。

 

「お前の戦いを見物していたが…遠距離戦しか能がないようだな?」

 

自分を鍛えてくれているマスターのシドと同じ指摘をされる。

 

接近戦の攻防など、魔法少女の敵として立ちはだかってきた魔獣はしてこなかった。

 

そのためアリナは接近戦を身に着ける必要性など無いと判断し、怠慢を選んだ。

 

それが裏目となり、弱点にさえなっている。

 

「接近戦を挑める力量もないか?ならば、私が前に出るまでもないな」

 

パズスの邪眼が邪悪な光を纏う。

 

瞬時に何が来るのか分かったのはフェニックスだ。

 

「ワッツ!?」

 

アリナの襟をクチバシで摘まみ、拾い上げるようにして背中側に放り込み羽ばたく。

 

あと少しパズスに睨まれていれば、即死の魔眼魔法である『ヘルズアイ』によって即死していた。

 

広大な修験場内の空中を飛び、眼下の獲物を睨むフェニックス。

 

「助けてくれたワケ…?グッボーイ、アナタは愛しいアリナのベビーなんだカラ」

 

優しく背中の羽を撫でていた時、無償の愛を捧げてくれた愛犬のことを思い出す。

 

「…アナタはアリナの新しいパートナー。さぁ、そのパワーを見せてヨネ!!」

 

両翼に炎を纏い、大きく下に向けて翼を羽ばたかせる。

 

放つ魔法とは悪魔の炎魔法では最上位とも言える極大魔法である『マハラギダイン』だ。

 

地上が爆裂し、大業火地獄と化す。

 

その規模は小規模な町一つを焼き尽くせる程の大火力。

 

悪魔との戦闘を想定して強固に作られた修験場だからこそ耐え切れたようだが…。

 

「流石はフェニックスと言ったところか?」

 

眼前の空中に視線を移す。

 

4枚翼で空中を飛ぶパズスの右掌に立つのはフィネガン。

 

彼もまた召し寄せを使い、あの一瞬で空に向けて回避行動を行えたようだ。

 

「…腕利きのダークサマナーって話、マジだったみたい」

 

獅子の顔を持つパズスの口元が歪み、牙をむき出しにする笑みを浮かべる。

 

「我とフェニックス、どちらが空の王者なのか…試してみるか?」

 

獅子のたてがみが逆立ち、フェニックスに向けて無数の毛を射出。

 

刺さった相手を石化させて殺す『石化針』であり、魔法というよりは物理に近い攻撃。

 

フェニックスは飛翔して石化針を掻い潜り、背に乗るアリナはキューブを構える。

 

「お返しなんですケド!!」

 

魔法攻撃を放つが、施設内に豪風が吹き荒れ光弾の軌道が逸らされていく。

 

「空を制するは炎にあらず…風なり」

 

豪風が一気に強まり、フェニックスは姿勢制御も難しくなっていく。

 

「くぅ!!この…湿()()()()は何っ!!?」

 

突然全身に感じ始める激しい悪寒、発熱、手足の痺れなどの症状。

 

耐え切れずにアリナの姿勢が崩れ、地上に向けて落下。

 

パズスとは嵐と熱病を運ぶ邪神。

 

パズスにしか使えないと言われる熱病を運ぶ風魔法である『湿った風』の効果だ。

 

「ピィーーーーッッ!!!」

 

体の神経を蝕む魔法攻撃に耐性があったフェニックスが動く。

 

炎が消え、黒焦げた地面に激突する前に飛び込んで来たフェニックスがアリナをキャッチ。

 

ゆっくり地面に彼女を寝かせるが、アリナは体が麻痺したかのように動けない様子。

 

4枚翼を羽ばたかせて地上に下りたパズスもフィネガンを下ろした。

 

「くっ…あ……あぁ……」

 

俯けのまま無理やり起きようとするが熱病が体を蝕み嘔吐してしまう。

 

「さっきまでの威勢はどうした?新米サマナー」

 

両手を大きく広げながら悠々とした態度で近寄ってくるフィネガン。

 

「これが悪魔の戦場だ。悪魔の魔法、耐性、弱点、あらゆる要素を把握して悪魔を使役する」

 

――力押しだけで勝ち残れる程、デビルサマナーの世界は甘くはないぞ。

 

アリナは才能に恵まれていた。

 

だが、才能だけでは乗り越えられない壁にぶつかった。

 

それでも彼女は立ち上がろうとする。

 

「麻痺した体に鞭を打ち、私のサンドバックとなるか?」

 

「ゴホッゴホッ…!!アリナは負けない…負けるわけにはいかないカラ…」

 

「私との実力差すら理解出来ないか?」

 

「アナタとの実力差なんて関係ない。アリナは…()()()()()()()()()()()()ワケ」

 

「……………」

 

「アートの世界でも、比べるエネミーなんて何処にもいない。エネミーは常に…アリナ自身」

 

――ライフで最も大切なことは、何をおいてもマイハートに積極性を失ってはならないワケ。

 

「理想には信念が必要。信念がないと困難を突破なんて出来ない、理想を選ばず妥協するダケ」

 

「才能だけはあるようだが、所詮は我らの猿真似をしているだけだ」

 

「模範も極致に達すると、真実と同様になる。真似をすることこそが…理想に繋がっていく」

 

アリナが語っていくのは神秘主義的な信念。

 

それは芸術の世界だけでなく、かりんが愛した漫画家の世界にも通じる。

 

真似をするからこそ、真似をしたい憧れの存在へと近づいていく。

 

マジカルきりんが大好きな御園かりんが、マジカルかりんである自分に脱我を求めるように。

 

「マイハートは理屈を超越する。マイハートに背かないライフこそ…強者の道であり幸福の道」

 

――アリナはガムシャラでいい…当たって砕けるほどのベストを尽くせばいい。

 

――アリナがアリナに負けなければ…目の前の存在なんて…。

 

――気が付いたら超えているワケ!!

 

アリナの信念の叫びが、彼女のソウルジェムをエメラルドの如き光へと変える。

 

その光景は、強敵の人修羅相手でも自分の本心を裏切らなかった杏子の魂の輝きと似ていた。

 

「こ…この光は……」

 

パズスはアリナの魂の輝きに魅入られていく。

 

悪魔の目はアリナの輝きの中に見出せていく。

 

金星の輝きを見出だせたのだ。

 

沈黙し続けるフィネガン。

 

抗う余力もないアリナを見つめ続けた後、溜息をつく。

 

訓練モニター室の強化ガラスに視線を向け、口を開いた。

 

「この娘は合格だ。私が保障する」

 

モニター室にいたシドはマイクを使い、音声を届ける。

 

<<フィネガンに認められた以上ハ、アナタは合格ですヨ…アリナ>>

 

状況が理解出来ず、力が抜けて片膝をつく。

 

彼女の前にまで歩いてきたフィネガンは語る。

 

「お前はサマナーにとって、最も大切なモノを持っていた」

 

「サマナーにとって…最も大切なモノ…?」

 

「何者にも惑わされない…折れない心」

 

――鋼の信念だ。

 

「悪魔は狡猾だ。隙あらばサマナーを出し抜き、破滅させる。だからこそ…迷わない信念がいる」

 

「デビルの惑わす理屈や誘惑さえ跳ね除ける…鋼の信念…?」

 

「お前の言葉はボクシングの世界でも同じだった。ベストを尽くす…敵は己自身だ」

 

「フィネガン……」

 

「恐れに支配された人生など破けた風船と同じ。学問しようが経験しようが…人の価値を殺す」

 

――結局、当たって砕けろの精神こそが大切なのだ…サマナーの世界だろうが、何だろうがな。

 

後ろを振り向き、パズスも頷く。

 

右手をパズスが掲げると、アリナの体を蝕んでいた湿った風の熱病が解けていく。

 

立ち上がったアリナはフィネガンを見て微笑んだ。

 

「流石はプロフェッショナル。アリナと同じマインドをしてたってワケね。認めてあげるカラ」

 

「フッ…大口を叩くことも大切かもな。消極的な言葉しか言えん者の人生は…暗いものだ」

 

踵を返し、パズスの元へと歩きながら片手を上げて別れを告げる。

 

パズスを召喚管に戻そうとしたが、パズスはフィネガンに向けて語り掛けてきた。

 

「…フィネガンよ、我はこの娘と共に行く」

 

「パズス…?」

 

「この娘の魂の中で…見出せた」

 

――我ら悪魔を導く者…暁の輝きをな。

 

少し沈黙したが溜息をつき、フィネガンは頷く。

 

「世話になった」

 

会話が聞こえていたアリナは状況を理解し、左手に悪魔を収納するキューブを生み出す。

 

キューブの一つが外れ、パズスの元へと飛翔していく。

 

「我の新たなるサマナーとなりし娘よ。見せてみよ…汝の魂のいく末を…」

 

アリナの結界魔法に収納されたパズス、そしてフェニックスも収納していく。

 

修験場を後にするアリナを見守りながら、フィネガンはサングラスを指で押し上げる。

 

「周りの正しさに身を沈め、流されていくだけの弱き者にはなるな…アリナ」

 

――お前も私と同じく…プロフェッショナルとなる者だ。

 

────────────────────────────────

 

11月1日。

 

神浜市において左翼テロリズムが起きた日。

 

夕暮れが近づく空を見上げていたのは、魔法少女姿のアリナだ。

 

彼女が立っている場所とは、自宅である最高級ホテル最上階のペントハウス屋上。

 

ヘリポートの端に立ち、かつてあった魔法少女としての人生を思い返していたようだ。

 

遠くの空から見えてくるのは迎えの大型ヘリ。

 

左掌を掲げ、悪魔を収納したキューブを生み出し見つめる姿を見せた。

 

「…アリナが生まれたカミハマシティ。みんな仲良しのように見えて…()()()()()()()だった」

 

西側の人々は東側の人々など無関心だった。

 

あるのは周りから刷り込まれてきた歴史背景。

 

周りの正しさという同調圧力によって、人々は傷つけ合うだけだった街。

 

「結局みんな…()()()()。自分の信念も考えもない…他人の言動に同調するだけのシティだった」

 

善人だと思われた西側の魔法少女達でさえ…東の人々を救う為に政治を叫んだことはない。

 

あったのは、可哀相な東側に同情する自分達に酔いしれた後…楽しい日常に戻る毎日だった。

 

正義の味方を気取る魔法少女達がやってきた日常を()()()()()()()()()

 

「アリナはね…百万人の付和雷同より、1人のリアリストを望むんですケド」

 

アリナが望んだ人物とは、神浜の魔法少女社会を本気で批判するために戦い抜いた男。

 

後に覚醒し…裁く者サタンとなった存在。

 

人修羅と呼ばれた悪魔だ。

 

「アリナはこれからもデビルと共に生き続ける。もうあのシティに…未練はないカラ」

 

踵を返し、降り立ったヘリに歩みを進めていく。

 

ダークサマナーとして生きる道を選んだ者。

 

死と再生の美を極める為に生きる者。

 

従えし悪魔とは、死と再生の悪魔と熱病の悪魔。

 

アリナの足取りに迷いはない。

 

彼女は…いや、彼は生まれ変わる為に死んだ人物。

 

死人は何者にも流されないのだから。

 




アリナの仲魔に相応しい悪魔として選んだのは、フェニックスとパズスでした。
アリナの美のテーマとマギレコドッペルテーマがくる悪魔はもう、この2体しかないと思いまして。
アリナの仲魔はまだ追加する予定ですが、なかなか決まらん(汗)


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140話 人間錬金術

燃え上る神浜市。

 

自由と平等を叫ぶ暴徒達が神浜の街を焼いていく。

 

その光景を中央区セントラルタワーの屋上で見守り続けるのはアリナ達だ。

 

シドの召喚悪魔であるクドラクを見送った後、暫くしてアリナは口を開く。

 

「この騒動がダミーフラッグミッションだったら、踊らされたルミエール共はどうなるワケ?」

 

シドはサングラスを押し上げ、薄気味悪い笑みを浮かべる。

 

「連中はただの道化。役目を終えたら捨てるに限ル」

 

「アッハハ!ルミエールに踊らされるバカって、ヒューマンも魔法少女も変わらない!!」

 

「頃合いを見て我々は撤収しまス。革命の目的ハ、我らの神となるお方に憤怒を与えるたメ」

 

「煮るなり焼くなり好きにすればいい。でも、このシティのジャスティスガールは出来ないワケ」

 

「不殺の変身ヒロインを気取る魔法少女…どこの国でも見かける者達ですネ」

 

「大方、連中を拘束してジャッジでも行うワケ。示しとして利用されるのが見えるんですケド」

 

「この街の魔法少女社会は中央集権独裁状態。恐らくは長という行政の恩赦がもたらされル」

 

「この暴動規模なら、一万人を超えるヒューマンが死ぬ。それでいてギルティはなし」

 

「お涙頂戴の芝居でもしテ、皆に喜びを与えて被害者から目を逸らさせル。私にも見えまス」

 

「どこまでも無責任。それに、気持ちよく騙されたいだけのジャスティスガール達」

 

「…()()()()()()()()()をご存知ですカ?几帳面で真面目であるからこそ起こる集団依存症ヲ」

 

「ジャパニーズ特有の精神病?」

 

「一般的に是とされる事柄だけを画一的に守らせようとすル…それは()()()()なのでス」

 

――絆・団結・連帯・信頼といった不可視である和に執着させル。

 

――それを乱す者を悪と捉えさセ、考える力を奪い集団の言動に依存させル。

 

「多角的に事象を検証シ、行動を決定することを拒絶すル。物事の具体性を抽象的にすり替えル」

 

シドが語った言葉は後に起こる裁判の時に現実と化す。

 

裁判長を務めた七海やちよは叫ぶのだ。

 

――私は!!みんなに生きていて欲しい…みんな笑顔で笑い合い……支え合い……。

 

――環のような輪となって……困難を乗り越えられる幸福社会を築きたいの!!!!

 

環の輪…みんな…どこに具体性があるのだろう?

 

あまりにも抽象的であり、誰と誰が輪(和)になっていくのかさえ語っていない。

 

こんな中身の見えないラッピング箱を崇めさせようとしていたのだ。

 

西の長を務めてきた七海やちよは…。

 

「魔法少女のリーダーが用意するジャスティスに酔いしれ、何処までも無責任になるワケ」

 

「世の中には騙されたい人がいル。自分達は悪くないという他責の安心感が得られるからでス」

 

「本質的創造的に思考することを拒絶する連中。…このシティの全員に言えることなんですケド」

 

「何も考えないバカを装うことが保身の条件。異を唱える者になれば釘として扱わレ、打たれル」

 

「ジャパニーズの道徳は、空気を読んで人に同調する。早い話、()()()()()()ってワケ」

 

「芋虫は群れてキャタピラになるガ、向かう方向を皆が決めていなイ。向かう先も見えなイ」

 

「自我を確立することは自分の中にブレない芯を持つこと。我儘とは違うんですケド」

 

「アナタは言っタ、()()()()()だト。この街の魔法少女達がそれに気が付けるカ…見物でス」

 

悪が分からない偏った善人は無意識に、無邪気に、悪事を善行だと信じて行う。

 

善行と信じているので批判に聞く耳を持たず、より強固な善意で悪行を働く。

 

地獄への道は、いつだって客観性のない無知な善意によって敷き詰められていく。

 

その光景こそが…これから始まるだろう東京の守護者と神浜の守護者達との戦いなのだ。

 

……………。

 

「…戻ってきたようですネ」

 

燃えるような赤い夜空を飛翔してきたのは蝙蝠の群れ。

 

蝙蝠達はシドとアリナの後ろ側に集まり人型に変化していく。

 

「チクショーッッ!!お楽しみの邪魔が入っちまったぜぇぇーーッッ!!!」

 

破壊された頭部が復元しているクドラクは苛立ちを隠さず地面を踏みつけていく。

 

「これ以上の散歩は認めませんガ…邪魔が入ったとハ?」

 

「聞いてくれよシドの旦那!もう少しで魔法少女を八つ裂きにしてやれたのに…狙撃された!」

 

「狙撃…?魔法少女に狙撃されたのですカ?」

 

「微かに聞こえた銃声の距離からして、千メートルは離れた位置から撃ってきやがったな」

 

「…アリナ、この街の魔法少女の中二、長距離狙撃が出来る狙撃手はいましたカ?」

 

「いないワケ。ていうか、狙撃銃のような魔法武器を扱うヤツ事態いなかったんですケド」

 

「…だとしたラ、デビルサマナーが関与した可能性もありますネ。調べてみましょウ」

 

「あ~~気分悪い。オレも湿気た気分になったから戻るわ」

 

召喚管をシドが取り出していた時、何かを思い出したようにして手を叩いた。

 

「そうだ!いいモノを手に入れたのを思い出した!!」

 

「なんですカ、いいモノとハ?」

 

「クックッ…上玉の魔法少女の血を吸ってやったぜぇ。オマケにそいつ処女ときた!」

 

「…だとしたラ、その者は吸血鬼となるでしょウ」

 

「どんな魔法少女だった?アリナもこの街の魔法少女だったから気になるワケ」

 

「そいつの名は和泉十七夜。東のリーダーをやってた奴だったと読心術で読み取れたぜ」

 

それを聞いたアリナは堪えきれずに笑い出す。

 

「プッ!アッハハハハッ!!だからアリナは言ったワケ!報いを受ける日が来るって!」

 

「アリナ、その人物を知っているなら力量も知っているはズ。使えそうですカ?」

 

「まぁ、自分の正しさしか見ない頑固者だったけど…力量だけならアリナが保障する」

 

「オレもまともに戦ったら手こずった。だが、揺さぶりをかけてやりゃ…イチコロだったけどな」

 

魔法少女としての戦闘力が保障され、それでいて心の弱点を抱えた存在。

 

シドの口元が邪悪な笑みを浮かべていく。

 

「その噛まれた魔法少女…使えそうですネ。居場所は分かりますカ?」

 

「アイツはもう…()()()()なんだよ。オレの血を分けた兄妹ならどこに逃げても追える」

 

ポケットから電話の音が響き、シドはポケットからガラケーを取り出し通話する。

 

「…そうですカ。やはリ、この街にはデビルサマナーが潜んでいたようですネ」

 

通話を切ったシドはガラケーをポケットに仕舞い、クドラクを召喚管に戻す。

 

「何かあったワケ?」

 

「…エグリゴリのメンバーである堕天使が倒されたようでス。相当の実力者であった筈ですガ…」

 

「エグリゴリ?」

 

「我らの神の実働部隊だと答えておきまス。彼らこそガ…黒の貴族の祖先なのですヨ」

 

「…魔法少女のパワーで、そんな奴を倒せるはずがないとアリナは思う」

 

「調査班をこの街に残す事にしましょウ。我らも撤収しまス」

 

アリナ達は大型ヘリに向かう。

 

ヘリは飛び立ち、燃え上る神浜市を後にしていく。

 

彼らが再び神浜市に訪れることになる日がくる。

 

その日こそが、黙示録の赤き獣であるマスターテリオン…サタンが誕生する日となるであろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ここは薄気味悪い地下牢。

 

鉄格子の向こう側には蹲る十七夜の姿。

 

「ぐっ…うぅ……うぅぁぁああーーーッッ!!!!」

 

頭を何度も地面に叩きつけ、砕きながら渇きに抗おうとする痛々しい姿を晒す。

 

鉄格子近くには同じ牢に放り込まれて震える少女がいた。

 

「い…いや!!来ないで…来ないでぇぇぇーーーっ!!!」

 

制服から見て水名女学園の女子生徒かと思われる。

 

「おいおい、どうした?渇きに抗うことはねーだろ?」

 

鉄格子の外には椅子に反対向きで座りながら両手を背もたれに乗せるクドラクがいた。

 

「お前はもうオレなんだよ、十七夜。吸血鬼なら本能に従いな」

 

「だ…黙れ…黙れぇぇ……自分は…魔法少女でなくなっても…心は……」

 

血走った目をクドラクに向けようとするが、自然と視線が旨そうな獲物に向いてしまう。

 

「差別されてきた東の住人のお前だからこそ、差別の元凶を産み出す獲物を用意したんだぜ~」

 

「自分は…自分は……」

 

「あ…あんた……東の住人?東の住人って…やっぱり()()()だったの?」

 

「ち…違う!!東の人々は…化け物なんかじゃ……」

 

「嘘よ!!平等を喚き散らしながら街を破壊する!そんなことが出来る連中…全員化け物よ!!」

 

「うっ……うぅ……」

 

「やっぱりお祖母ちゃん達が言ってた通り!!東の連中は全員ケダモノ…街から消えればいい!」

 

「黙れ…だまれぇぇ……それ以上言うなぁぁぁぁ……」

 

クドラクはわざと西の差別主義者を用意した。

 

彼女の心の中にある消せない憎しみの炎を利用し、悪魔として覚醒を促すために。

 

「憎しみを正当化しろ。そうすりゃよぉ…誰だって正義を振りかざす化け物になるんだぜ~?」

 

「せ…正義……」

 

「こんな差別主義者なんぞ、殺せばいいじゃねーか?スカッとするぜ~麻薬を注射したようにな」

 

――そうやって溺れていくのさ。

 

――正義の味方を気取る連中は…()()()()()とでも言うべき中毒者なんだよ。

 

「来ないで東のケダモノ!!神浜にはお前らなんて必要ないんだからーッッ!!!」

 

「貴様…東の人々がどれだけ苦しんできても…他人事か!!自分達の悪行は棚上げかぁ!!」

 

「五月蠅い!!悪者なんてお前らだけでいい!!だって街を破壊したのは貴女達じゃない!」

 

「その原因を生み出した貴様らが…うっ……がぁぁぁ……!!」

 

もはや理性も限界が近い。

 

「さて、そろそろお楽しみの時間かな?」

 

意識が朦朧としていくが、体中には獰猛な血が駆け巡っていくのを十七夜は感じる。

 

「悪魔め!!東の連中は…()()()()なのよ!!!!」

 

「うおぉぉあぁぁぁーーーーッッ!!!!」

 

正義の味方のように生きた者として、最後の抵抗とばかりに激しく頭を地面に打ち付ける。

 

激しく砕けた地面の中に顔を埋め、彼女の意識は途絶えてしまう。

 

だが意識とは無関係にして彼女の体が起き上がっていく。

 

無意識にまでに求めてしまうのだ…血の渇きを。

 

「ヒィッッ!!?」

 

囚われた水名の女子生徒は戦慄する。

 

悪魔を表す十七夜の真紅の瞳が…瞬膜と化す。

 

口を開き、凶悪な牙を剝き出しにして吐息を吐き出すおぞましい姿が迫る。

 

<<グゴアァァァーーーーーッッ!!!!>>

 

<<いやぁぁぁぁーーーーーッッ!!!!>>

 

絶叫が木霊し、牢獄の中が地獄と化した。

 

牢屋の外にまで流れてくる血を見ながらクドラクは満足そうな笑みを浮かべる。

 

「それでいい。それでこそ、()()()()()だ」

 

――お前もまた…オレと同じくクドラクになったのさ。

 

……………。

 

「………ん……えっ?」

 

目を覚ました十七夜。

 

だが、目を開けたことを激しく後悔した。

 

「あ……あぁ……あぁぁぁぁ…………」

 

そこに転がっていたのは、無残な肉塊。

 

吸血鬼の強大な腕力を使い、肉を力任せに引き裂いたような無残な姿が散乱する。

 

そして、自分の口の周りどころか体中が血に塗れていることに気が付く。

 

「自分が…自分がやったのか……?人間を…人間を……」

 

臓腑に塗れた血の海に立つ正義の魔法少女として生きた者の震えた姿。

 

牢屋の向こう側から拍手が聞こえてくる。

 

「おめでとう。これでお前もバージンは卒業だな…立派なデビルレディになれたってわけさ」

 

「そんな……そんな……」

 

十七夜の中で、壊したくなかった何かが…壊れた。

 

正義のヒロインとして在りたいと願い、戦い抜いてきた魔法少女人生。

 

人々を守る道こそが正しく、皆もそうあるべきだと信じて東の魔法少女達の長になった。

 

自分の姿こそが正義の味方の体現でなければならないと必死に頑張り抜いてきた。

 

だが、それももう終わり。

 

彼女は最後の一線を越えてしまった。

 

人々を守る者ではなく、人々を殺す者に成り果てた。

 

人々に平等をもたらそうと信じたロベスピエールの如く、虐殺者と化した。

 

「結局、お前が守りたかったのは()()()()()()。自分達を苦しめる西側連中なんざ…ゴミなのさ」

 

――度し難い程にまで、人って連中は自分に都合の良いものしか探さないし、拾わない。

 

「俺たち悪魔とどこが違う?えこひいきさんよぉ?」

 

「あ……あぁ……」

 

クドラクが語った言葉はただの客観的な意見。

 

自分だけの正義を見てきたが、その正義の中には客観性が存在しなかった。

 

十七夜の行ってきた治世を批判する者などいなかったから、気がつけなかった。

 

たとえ批判者がいたとしても、自分の正義が絶対的に正しいと信じ込み拒絶しただろう。

 

自分だけが認められたいという承認欲求にも似た我儘の世界に固執し、意固地になる。

 

客観性のない主観性はこうも成り立たなくなっていく。

 

批判のない社会は例外なく腐り果てるのと同じく。

 

近づいてくる足音が聞こえる。

 

吸血鬼の嗅覚により、その人物が誰なのかが十七夜には分かった。

 

「お前は……アリナ……?」

 

クドラクの横に立ち、嘲笑うような笑みを浮かべてくる。

 

「なぜ…君がこんなところに…?聞いた話では、君は9月に起きた火事で死んだはず…」

 

「アリナがアナタに語った言葉、覚えてる?」

 

「そ、それは……」

 

「いつか報いを受ける日がくるって」

 

「…今が、その報いなのか……?」

 

「ノー。もっと前に味わってるハズ」

 

十七夜の脳裏に再び蘇っていくのは、東の魔法少女達から拒絶された日の記憶。

 

「アナタは優秀だった。だからこそ劣る人の話を受け入れない。プライドさえ()()()になる」

 

「自分は…そう見られていたのか……」

 

「認めるのが怖かったダケ。それならバカの方がまだマシ。騙された分、臆病になり学べるカラ」

 

「自分は…東の長として優れていると…己惚れていたのか……」

 

「これは高学歴のエリートも陥る()()()()。優秀だと勘違いする奴は意地でも間違いを認めない」

 

アインシュタインはこんな言葉を残す。

 

学べば学ぶほど、自分の無知が分かるという言葉だ。

 

「足りなかったのは知的謙虚さ。自分で全てを決めず、周りの正しさにも目を向けるべきだった」

 

――それが出来なかったフールガールなら、堕ちるとこまで堕ちるワケ。

 

「これが鑑定眼でアナタを観察した、アリナの感想だカラ」

 

牢獄の中で乾いた笑い声が響いていく。

 

「ハッ…ハハハ…自分は愚か者だ…。君に警告を与えてもらいながら…間違いを認めなかった…」

 

牢獄内に異変が起きていく。

 

臓腑が転がった血の海が沸き立つ。

 

血の雫が宙に無数に浮かび上がり、凝固していく。

 

「自分はコンプレックスの塊だ…だから既成概念を外せず…壁を作り…人を受け入れなかった…」

 

赤黒い血の塊が十七夜の体に集まっていき、魔法少女衣装のような悪魔姿を形成していく。

 

黒のマント、ビスチェ、ガーターベルト、髪飾りには血のように真紅の赤薔薇。

 

固有魔法を象徴するかのようなモノクルには、蝙蝠の翼の飾り。

 

白き軍人を思わせた魔法少女姿とは違う…禍々しい漆黒の吸血鬼姿が顕現する。

 

「自分は…()()()()()()()()()()()()()だけの……」

 

――愚者だったぁーーッッ!!!!

 

血の海が弾け、周囲を赤く染める。

 

クドラクとアリナにも血が覆い被さったが、2人は瞼を閉じずに見届けた。

 

魔法少女が悪魔となった瞬間を。

 

赤い魔力を放つ姿。

 

その瞳は悪魔を表す真紅の瞳。

 

血に塗れた姿をした夜を支配する種族である夜魔。

 

東欧スロベニアの悪と闇の象徴である新たなる吸血鬼の誕生だ。

 

だが、新たなる悪魔は両膝が崩れ、砕かれた地面に顔を埋めて号泣していく。

 

「あぁ…アァァァ…うああああぁぁあぁぁぁぁぁぁ────……ッッ!!!!!」

 

和泉十七夜のプライドと、正義の魔法少女としての誇り。

 

全て砕け散った。

 

今の彼女の心は全てを剥ぎ取られて壊されたように無垢。

 

赤子のように泣き喚き、自分の愚かさに絶望していく。

 

これ以上は会話にならないと、クドラクとアリナは牢屋から去っていった。

 

通路を歩きながらも2人は十七夜の今後について語り合う光景が続く。

 

「守ったプライドも、ブレイクすればこうなるワケ。気が付くのが遅過ぎなんですケド」

 

「東の長としてのプライドしか見てなかったってことさ。外向きのプライドってやつだな」

 

「プライドは内側に向けるものなワケ。それに気が付きもせずブレイクしてズタズタになった」

 

「宗教信者に見られる光景さ。間違ってた事に気が付いた時、そいつは何も信じられなくなる」

 

「あんな姿になった和泉十七夜だけど、使っていけそう?」

 

「あいつはもう人殺しであり、オレの兄妹とも言える吸血鬼。堕ちるとこまで堕ちていくさ」

 

「そうじゃない。自発的にアリナ達と肩を並べる気になるかを聞いてるワケ」

 

「どうだかな?悪魔になっても人殺しになっても…超生真面目な性格なのは変わらないだろう」

 

「だとしたら……もう一押しが必要なんですケド」

 

「それについては、もう用意してあるそうだ。ユダがこっちに来てくれる」

 

「ユダって…頭にターバン巻いた笛吹き蛇使いみたいなダークサマナー?何が出来るワケ?」

 

「いずれ分かるさ。あいつの話術そのものが…()()()()なのさ」

 

薄暗い通路を歩いていたがアリナは立ち止まる。

 

クドラクが去っていく後ろ姿を見送った後、後ろを振り向き十七夜の牢屋に視線を向けた。

 

「この目で見ないと確信が持てなかったけど…魔法少女は本当にデビルになれた」

 

アレイスターが言っていた言葉は真実だったと確信が持てたアリナは右手を握り締める。

 

「…和泉十七夜ですらデビルになれる。でも…アリナはまだ、ダークサマナー程度でしかない」

 

遥か高みを目指す者。

 

アリナが目指すべき頂きとは天空を超えた世界。

 

星の世界だ。

 

「アリナは…あんなレベルのデビルにはなりたくない。もっと強く…美しく輝けるデビルになる」

 

――美を司るスター…ヴィーナス・プラネットのように輝いてみせる。

 

「暁美ほむら……アナタになんて、アリナは負けてやらないんだカラ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

捕虜となった者の意思を曲げさせる手法としては、拷問を想像するだろう。

 

だが、このやり方は非科学的だと非難されている。

 

第二次世界大戦中のドイツには、捕虜のほぼ全員から重要な情報を引き出した尋問官がいた。

 

彼は捕虜に指一本触れなかったと言う。

 

物理的に捕虜を虐待したことはなく、全員に敬意を払い、親切に接した。

 

その結果、ほぼ全員が必要な情報を喋った。

 

拷問を使わず、尋問相手を丁寧に扱うことで全員を喋らせる技術は敵国を震撼させた。

 

……………。

 

地下牢から出された十七夜。

 

彼女の表情は虚ろであり、放心状態とも言える。

 

抵抗する素振りも見せずに連れていかれてしまったようだ。

 

彼女が連れていかれた部屋は豪華な応接室のような空間。

 

周囲には誰もおらず、彼女一人だけが残されている。

 

外部の情報が何も入らない空間とも言えるだろう。

 

「……………」

 

全てを諦めたようなぼんやりとした表情。

 

彼女は今、自責の念によって精神はボロボロの状態。

 

この状態に導くことこそ、ユダの狙いがあった。

 

「失礼するよ」

 

入ってきたのは、アルファベットが刻まれたターバンを巻いた褐色肌の男性。

 

召喚道具は何も身に着けず、友好的な笑顔を向けながら手前の椅子に座った。

 

虚ろな表情のままユダに視線を向け、か細い声を出していく。

 

「…殺せ………殺してくれ………」

 

悪魔として生きることを拒絶する言葉。

 

彼女の心は未だに…人として生きた頃と同じ。

 

介錯を願う悪魔少女を見て、ユダは首を横に振る。

 

「シドのやり方は異常過ぎる…彼の犠牲にされてしまった哀れな君を、私は殺せない」

 

「今更…何様のつもりだ…?自分を吸血鬼に変えて…人殺しをさせて…善人面なのか…?」

 

「それは私が関与したものではない。君に行った仕打ちを聞かされた時…私は彼を殴ったよ」

 

「……お前は何者なんだ?」

 

「私の名はユダ・シング。友愛結社の会員として働いている者さ」

 

「友愛結社…だと…?」

 

「それよりも…さっき殺して欲しいと私に頼んできた君の気持ちは…本心なのかい?」

 

それを聞かされた時、十七夜は顔を俯けてしまう。

 

「君にも家族がいるのだろう?娘が親よりも早く死んで…家族が喜ぶとでも思うのか?」

 

「……自分は、もう家族の前には帰れない。吸血鬼として…夜の世界で生きるしかない…」

 

「それに…殺害に関与させられてしまった血塗られた手では、愛する家族を抱きしめられないか」

 

静かに首を縦に振る。

 

「…私にもね、遠く離れた母国ネパールに家族がいる。大勢の大家族だよ」

 

「…その家族とは、離れ離れなのか?」

 

「私の国は…先進国のような豊かさはない。大家族を支えるために…私は外国に旅立った」

 

「……遠い異国の地で、家族を支えてきたのか?」

 

「貧乏過ぎる家であっても…大家族が生きていけるだけの生活費を、どうにかして賄ってきた」

 

家が貧乏であり、家族を支えるために独りで働き、家族と会えない孤独を抱えた者。

 

十七夜は自分と同じ共通点を見出していき、彼の話を真剣に聞き始める。

 

「君は…本当に死にたいのか?」

 

「…自分は、魔法少女の長…失格者だ。自分のせいで魔法少女達を苦しめて…暴力に導いた…」

 

「間違いを犯さない人間など存在しない。間違えたのなら、やり直していけばいい」

 

「やり直す…?馬鹿を言うな!吸血鬼にさせられて…人殺しになって…やり直すだと!?」

 

「君が魔法少女社会の長になったのは、何か目的があったんだろ?」

 

「……………」

 

「話したくないなら構わないが…」

 

「…平等と平和を望んだ。利他精神こそが正しく、正義を行うことこそ魔法少女だと信じた」

 

「平等と平和…そして利他精神。それが君の望みならば…長でなかろうと貫けばいい」

 

「悪魔にされたんだぞ…?人殺しなんだぞ…?こんな自分が…そんなこと……」

 

「君は自分で自分の首を絞めている。自責の念から解放されたいから死を望む」

 

「そうだ……そうだとも……」

 

「だがね、死んだところで…それは償いにはならない。責任を取らずに逃げ出しているだけだ」

 

「責任…だと……?」

 

「死んだ人間達は帰ってこない。街が焼かれて苦しむ人達の心も救われない。ならどうする?」

 

「……自分には、分からない」

 

「社会を変えていけばいいじゃないか。東の人達だけでなく魔法少女達は…何に苦しめられた?」

 

「……格差と差別」

 

「なら、そんな社会を変えていくことこそが…君の償いではないのかい?」

 

「社会を…変える?」

 

「君に必要なのは死ではない」

 

――社会に平等をもたらす可能性を秘めた…思想なんだよ。

 

社会平等…その言葉を聞いた時、壊れた十七夜の心が()()()()()かのようにして震えた。

 

『マインドコントロール』

 

他人の考えや気持ちを自分の意のままにコントロールし、洗脳していく心理操作の技法。

 

もともと人間の脳というのは真っ白なキャンパス。

 

成長の過程で外部からの情報により染められ、それを基にして個人の価値観が作られていく。

 

我々が個性だと信じているものも外部からのマインドコントロールによって作られる。

 

何が流行っているのか、どんなことが起きたのか、知らない情報を探してみたい。

 

そうやって外部と接触していくうちにマインドは流されていくものだ。

 

学校、塾、セミナー、企業研修、テレビ、新聞、雑誌、SNS。

 

あらゆる外部との接触によって、我々は常にマインドがコントロールされていくのである。

 

これは集団意識操作とも言える手口だ。

 

「平等思想……そうだ…それだ……自分が欲しかったのは…平等社会だ…」

 

「我ら友愛結社の目標は、人類は平等であり、全ての人が手を携えて幸せに生きるという社会」

 

「お前たちは…平等社会を作ろうとしているのか?」

 

「我らの結社のスローガンは、自由・平等・博愛。これこそが世界の羅針盤となるべきだ」

 

「そんな世界…築くことが出来るのか?人々は歴史や伝統ばかりを見て…新しいものを否定する」

 

「歴史よりも大切なもの、それは人々の幸福社会。博愛主義こそが歴史よりも重要なのだよ」

 

ユダの言葉の一つ一つが、十七夜の心の隙間を埋めていく。

 

岩のように固くなった心を削り取っていく。

 

()()()()()穿()()のだ。

 

「我らが目指す世界連邦。それこそが歴史や伝統を消し去り、世界に平等の幸福がもたらされる」

 

「神浜の歴史を消すことが出来るのか…?差別を消すことが出来るのか…?」

 

「我らのユートピアに、そのような差別など存在しない。人々は平等となり幸福となる」

 

『ユートピア』

 

イギリスの思想家トマス・モアが出版した著作に登場する架空の国家の名前である。

 

ユートピアという言葉を用いるときには注意が必要だ。

 

現代人が素朴に理想郷としてイメージするユートピアとは違う。

 

ユートピアには格差がない代わりに人間の個性を否定した非人間的な管理社会の色彩が強い。

 

決して自由主義的・牧歌的な理想郷などではない。

 

本来の意味からすると社会主義や共産主義の文脈で用いられるべき言葉であった。

 

「理想郷を私は目指す。神浜で起きた悲劇はそもそも…格差と歴史差別によって起こされたんだ」

 

「その通りだ…!東の人々は神浜に根差した歴史ばかりを見て…東の人々を迫害した!!」

 

「我らはそんな悲劇を生み出す歴史、伝統を破壊し尽くす。人々に必要なのは博愛精神のみだ!」

 

「あぁ…全くその通りだ!!自分が胸に押し留められてきた思想が…理想が…ここにある!!」

 

「君は悪魔になったが、心は自由であるべきだ!自由に平等を望み、博愛社会を求めるべきだ!」

 

「求めていいのか…?こんな悪魔の自分が…人殺しの自分が……」

 

「己に周りとの格差を求めるな!悪魔であろうと人殺しであろうと…胸を張って平等を叫べ!」

 

十七夜の両目に涙が溢れていく。

 

悲しみの涙ではない、喜びの涙だ。

 

「人類みな兄弟姉妹!!我らに格差を作る線引きを破壊しろ!溝を破壊しろ!!」

 

――権威を!宗教を!国境を!民族を!歴史を!全て破壊しつくして統一する!!

 

――我らの間に歴史差別や伝統差別、宗教差別も民族差別も起こり得ない理想郷が生まれる!!

 

「それこそが世界連邦であり!!世界市民であり!!」

 

――博愛に満ちた理想郷…()()()()である!!!

 

両手で顔を覆い、嗚咽を堪える十七夜。

 

ユダが語る言葉の一つ一つが水滴の雨となり、岩の如く閉ざした十七夜の心を完全に削り取った。

 

「グスッ…ヒック…目指したい…。自分もそんな理想郷を…目指したい…!!」

 

「君の悪魔の力を、自由と平等と博愛のために使ってくれないかい?」

 

「勿論だ!!こんな悪魔の自分でも…まだやれることが…やりたいことが…見つかった!!」

 

「我らの結社に協力するなら、もちろん報酬を出してくれる。君は家族の口座を知ってるかい?」

 

「う…うむ。自分はメイドとして働いて、稼いだ金を父の口座に入金してきたからな」

 

「ここでも同じ事をしてやりなさい。たとえ家族と離れ離れでも出来ることはある…私のように」

 

「ユダさん…ありがとう。こんな自分に()()()()を与えてくれて…本当にありがとう!!」

 

片手を差し伸べてきたユダの手を両手で握り、2人は微笑む姿を見せる。

 

そんな光景は監視室とも言えるモニタールームで監視され続けていた。

 

監視室に立つシドは、モニターの光に照らされたサングラスを指で押し上げる。

 

「フッ……これだからユダは恐ろしイ」

 

シドの横に立つアリナは呆れた表情。

 

「あ~あ、これで和泉十七夜も()()()()()のバカ共の仲間入り確定なんですケド」

 

これこそが、マインドコントロールの恐ろしさ。

 

マインドコントロールと洗脳はその意味合いが微妙に違う。

 

洗脳は監禁や暴力などの恐怖心を利用して相手の意思をコントロールする。

 

弊害もあり、洗脳はその環境から解放されてしまうと意外とあっさり解けてしまうのだ。

 

マインドコントロールはそうした恐怖心を煽るような言動は行わない。

 

相手が気づかないように心理操作などを駆使しながら、巧みに個人の意思を変えてしまう。

 

加害行為ではなく、自分で呪縛をかけることになるから極めて解き辛い。

 

「これで和泉十七夜も我らの一員。拾った甲斐もあったというもノ」

 

「ユダってヤツ…すました顔して相当エゲツないヤツだったんですケド」

 

「ユダは大家族を支える一家の大黒柱。家族のためなら彼は悪魔となれル」

 

「フン…()()()()()()()()()()()ってワケ」

 

「モーツァルトのオペラ曲、魔笛を知っていますカ?」

 

モーツァルトの最後の作品であるオペラ曲、魔笛。

 

意味は魔法の笛である。

 

「あれがどうかしたワケ?」

 

「あの曲ハ、フリーメイソンのためのオペラとして知られているのでス」

 

「まさか……モーツァルトも…?」

 

「彼もまたフリーメイソン会員でしタ。魔笛はフリーメイソンのシンボルや教義に基づク」

 

「知識階級連中は…みんなフリーメイソンと縁があったワケね」

 

「悪魔が来りて笛を吹ク。アナタが表現した言葉こそガ…イルミナティのマインドコントロール」

 

「…どういう意味なワケ?」

 

「我らはある意味演奏隊。大衆の行動を支配する音楽を奏デ、民衆は行進曲のように流されル」

 

現代人は、自分の耳で聞いたニュースや身辺の出来事を通じて漠然としたものを溜め込む。

 

言葉にならない言葉を心の中に蓄積していく。

 

言葉にならない言葉をキーワードとする命令に従い、行進曲にでも合わせるかのように進む。

 

「和泉十七夜の言葉にならない言葉とハ、格差と差別を憎ミ…そして平等を望む道徳主義でス」

 

「確かに…アリナが見た限りでも、和泉十七夜は言葉にならない言葉を通して生活してきた」

 

現代人はダブルマインド(自己との葛藤によって混乱した精神状態)だ。

 

その断層を真剣に癒そうとはしていない。

 

断層を癒すためには荒療治が必要だからだ。

 

偽りのペルソナをかなぐり捨て、真実の自己を理解するための行動を起こさねばならないからだ。

 

「そこデ、自然と()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようになル」

 

「自分自身は、苦痛や犠牲を払わなくてもすむ…。そんな連中、アリナは腐るほど見てきた」

 

「大衆の行動を支配しようと音楽を奏でるのが我々エリート。民衆はそれに気が付かなイ」

 

「まぁ、アリナだって一昔前までは…催眠術だのマインドコントロールだのは笑ってたワケ」

 

「だから我らの術中にハマるのでス。我々は代理人を通しテ、それを行ウ」

 

「その役目を担ってるのが…世界中の政府やメディアってワケ?」

 

「人々はそんな話を決して信じなイ、嘲笑ウ。だからこそ我らのマインドコントロールは無敵」

 

「ジャパニーズはヒトラーから何も学ばなかったってワケ。()()()()()()の恐ろしさを」

 

「我らは人々を永遠に躍らせる音楽を奏で続ける者。それによって人々を望む形に()()()()()

 

――それこそガ、我らの錬金術。

 

――人間錬金術なのでス。

 




なぎたんも立派にハロウィンモードになって悪落ちしてくれました(汗)
さて、そろそろシドのバトルを描こうかと考えてます。
シドのバトル相手はもちろん、キョウジさんです。


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141話 葛葉の異端児

季節は10月初旬頃。

 

ここは神浜市の郊外である隣接した都市、宝崎市。

 

高層マンションがいくつも建っており、木々などの自然と調和したような都市だ。

 

繁華街の商店街は閑散としており、客足は外資系ショッピングモールに流されている。

 

そんな商店街の中に、一軒の私立探偵事務所が営業をしていた。

 

探偵事務所の入り口には看板がかけられている。

 

そこに書かれていた事務所名は葛葉探偵事務所であった。

 

「……………」

 

煙草を吸いながら事務所内に供えられたホワイトボードに視線を向ける目つきの鋭い男。

 

身長は182cmはある大柄な男であり、白いスーツを着た派手な見た目。

 

左手で黒い短髪の後頭部を掻きながら思考を巡らせている。

 

「連続少女失踪事件調査依頼。あんたが所在調査なんて真っ当な仕事を引き受けるなんてねぇ」

 

鋭い視線を事務所入り口に向ける。

 

そこに立っていた人物は、黒いサングラスをかけた女性である。

 

ストライプ柄のスーツを着て長めのショートヘアに赤いカチューシャを纏う人物であった。

 

「探偵の仕事よりも、マリーのババアの副業の方で生計を立てる奴だと思ってたわ、キョウジ」

 

「……レイか。どこに消えていた?」

 

「宝崎第三次駅前近くの肉まん屋さんよ。夕飯は先に済ませてきたわ」

 

「フン、てっきり俺に嫌気がさして逃げ出したかと思ったぞ」

 

「…確かにあんたは嫌なヤツだけど、助手のあたしがいないと事務処理も出来ないでしょ?」

 

「事務処理?俺が帰ったら終わっているから、気にした事はなかったな」

 

「あがしがやってあげてるのよ!少しは感謝しなさいよ!!」

 

「給料を出される下っ端のお前が、所長の俺から感謝も欲しいだと?分を弁えろ」

 

大きな溜息を出し、サングラスを外す。

 

視線を向けた先はホワイトボードである。

 

依頼人から渡された少女達の写真が貼り付けられ、関連性を示すように線が引かれていた。

 

「この失踪した少女達の関連性が分かったの?」

 

「全員第二次成長期の女子学生。身なりの特徴としては、全員左手に指輪を嵌めている」

 

「ま、まさか…失踪した少女達の関連性って…」

 

「…ああ。俺が大嫌いな正義馬鹿…魔法少女共だと思う」

 

「魔法少女の失踪なら、魔獣との戦いで死んで…円環逝きになったのがオチじゃない?」

 

「俺も最初はそう思ったが…妙なことがある」

 

「妙なこと?」

 

「依頼人の話で共通しているのは、娘が不審人物に尾行されて怯えていたという内容だ」

 

「不審人物…これだけの少女達が誘拐されたとしたら、組織的な犯行の線もあるわね」

 

「…魔法少女の魔法を悪用する目的があるのか、もしくは…連中のソウルジェムが狙いか」

 

「ま、まさか…彼女達の魂を狙う存在なんて…」

 

「悪魔以外を考えられるか?大昔から魔法少女の魂は…悪魔にとって格別のご馳走だった」

 

「考えられないわね…。悪魔共が組織だって動く…ダークサマナーかしら?」

 

「ダークサマナーだとして、なぜ連中は大量のガキ女共の魂が必要なんだ?その先が知りたい」

 

「なるほど、どうりでらしくもない仕事を請け負ったわけね」

 

「ダークサマナーを最も多く抱えている秘密結社…イルミナティ。俺は奴らが大嫌いなんだよ」

 

「フフッ、あんたは秘密結社って存在そのものが大嫌いなのよね。その最たるものがヤタガラス」

 

「…その結社名を口にするな、撃たれたいのか?」

 

「はいはい、怖い葛葉の異端児さんに撃ちまくられる前に、おさらばしとくわよ」

 

「フン、あばよ」

 

サングラスをかけ直して外回りに向かったレイと呼ばれた人物。

 

その名前は神浜市に現れたデビルサマナーであるナオミが探している人物と同じ名前だが…。

 

気が付けば煙草は吸い終わっており、応接机に置かれた灰皿に押し付けて火を消す。

 

応接用の黒革ソファーから立ち上がり、所長用の机の後ろ側に見える書籍棚の前まで移動。

 

隅に置かれた書籍を手前に引くと、棚が横にスライドしていく。

 

奥に見えた空間に並べられていたのは様々な武器の数々。

 

軍隊用の火器と弾薬類に、密教法具などの武器…それに陰陽道の式札なども見える。

 

キョウジはそれらに手を付けず、机の上に置かれていた木製の刀箱を持ち上げる。

 

刀箱には『七星剣』と書かれており、背中に背負うためのベルトも供えられていた。

 

背中に刀箱を背負い、キョウジはオフィスから出ていく。

 

「チッ…レイを引き留めるべきだったな。ガキ女に聞き込みなんて、俺のガラじゃないんだよ」

 

不愛想で目つきの悪い長身の男。

 

被害を受けそうな女子学生に声をかけたところで怖がられるだけ。

 

「…仕方ない。行きつけの情報収集場の連中にでも聞いてみるか」

 

徒歩で移動を開始していく。

 

行きつけのBARに向かう為に大きな交差点の前に立つ。

 

「…この交差点の信号にはいつもイラつかされる。無駄に待ち時間が長い」

 

信号を待つ人だかりの最後尾に立っていたが、不意に後ろからの気配に気が付く。

 

耳を澄ませば…何やらブツブツ独り言を口ずさむ少女の声。

 

「……ういが亡くなって……もう半年が過ぎた……」

 

少女のか細い声を聞いたキョウジは後ろを振り向く。

 

ピンク色の長髪を後ろで纏めた少女。

 

年齢は中学生ぐらいに見えた。

 

俯いたままの彼女の雰囲気を見て、探偵としての勘が叫ぶ。

 

自殺前の心身衰弱した者の精神状態だと直感で分かった。

 

「ごめんね…お姉ちゃん…弱いの……。ういがいない半年間は…私にとって…地獄だった…」

 

キョウジの横を通り過ぎるが…彼は引き留めはしない。

 

「学校も…家も…もう何も感じられない。空虚過ぎて…人生を生きている実感が湧かない…」

 

人ごみを通り超え、少女は交差点の前に出る。

 

まだ信号は青にならず、周囲は車が往来中だ。

 

「きっと私の人生は…ういが死んだ時に終わってたんだって……お姉ちゃん…理解出来たよ」

 

少女の異変に気が付いた周囲の大人達が声をかけてくる。

 

それに突き動かされたようにして…少女は駆けだした。

 

無数の車が往来する道路の中に。

 

鈍化した世界。

 

急ブレーキの音。

 

少女の横側からは止まり切れない大型トレーラーが迫りくる。

 

「待っててね……うい」

 

――お姉ちゃんも……そっちに行くから。

 

激しい音が響く。

 

悲鳴が響き、周囲の大人達が騒ぎ出す。

 

「じ、事故だーッッ!!」

 

「あの子……自殺しやがった!!」

 

「だ、誰かーッッ!!救急車を呼んでー!!!」

 

信号が青に変わると、女子学生達が向こう側から走ってくる。

 

宝崎市内の中学校の制服を着た少女達が倒れた少女に近づき、悲鳴を上げた。

 

()()()ーーッッ!!しっかりしてよ…お願いだからぁ!!!」

 

「なんで…なんで自殺なんてしたの!?どうして皆に…苦しみを語ってくれなかったの!?」

 

「目を開けて…お願いだから目を開けてよ…いろはぁぁーーッッ!!!」

 

周囲のざわめきの中にキョウジの姿はいない。

 

「チッ、あの交差点に行くと…いつもロクでもない待ち時間を食うな」

 

面倒な騒ぎに巻き込まれる前に別の交差点から目的地のBARを目指す後ろ姿を残す。

 

いろはと呼ばれた少女の命を救うチャンスを持っていたが…彼は見捨てていった。

 

キョウジと呼ばれた人物を後にウラベはこう語ることになるだろう。

 

――その男も初代葛葉狂死と同じぐらいの危険人物。

 

――目的のためなら手段を厭わない非道の男さ。

 

冷酷非情。

 

それが彼を知る者達が下すキョウジの印象。

 

救わなければならないか弱い命が目の前にあったとしても、何も気にせず見捨てる男。

 

金も、他人の命も、自分の命さえ関心を持たないエゴイスト。

 

仁義や道徳、正義とは程遠い道を行く葛葉一族の異端児。

 

宗家の葛葉の名を与えられながらも、狂い死ねと名付けられた一族の者。

 

それが葛葉狂死(キョウジ)であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

葛葉探偵事務所からそう離れていない場所にあるBAR、イノセンス。

 

常連客のキョウジが店に入れば、カウンターにいるマスターが声をかけてくる。

 

「いらっしゃいませ。時間を気にせず、どうぞごゆっくり」

 

「いつものだ」

 

「かしこまりました」

 

注文が出来るまで、キョウジは見知った人物達に声をかけていく。

 

「連続少女失踪事件?最近多いよね」

 

「この前のニュースだと、隣町であったそうね?その前は…隣の隣だったかしら?」

 

「失踪範囲が広がっていくっていうのも…なんだか不気味な話だよなぁ」

 

一通り聞き込みを終えた彼がカウンター席に戻ってくる。

 

いつも座る席には注文した酒である、かちわりロックがグラスに注がれていた。

 

六甲の湧き水で作った氷とウイスキーが織りなす絶妙のハーモニーと評判のメニュー。

 

キョウジはグラスを持ち、酒を飲む。

 

今日は有力な情報もなく、酒を飲んだ後は自宅に直帰する腹積もりのようだ。

 

事務所の戸締りなどは助手のレイに押し付ける常習犯なのだろう。

 

グラスをカウンターに置いた後、ポケットから煙草を取り出して火を灯す。

 

紫煙を燻らせていたが、視線がカウンター近くにあるテレビに向かった。

 

<<宝崎市〇〇区〇〇町で4日に、トラックと歩行者が追突し一人が死傷した事件…>>

 

「……ん?」

 

テレビニュースが流れており、内容は今日の宝崎市で起こった追突事故についてだった。

 

<<署によると、死亡した女子学生は〇〇区〇〇町に住む中学3年生の()()()()…>>

 

ニュースキャスターの横に映し出された人物ならまだかろうじて覚えている。

 

彼にとってはどうでもいい存在なので酒を飲み終える頃には名前も忘れているだろう。

 

(あのガキ女…()()()()()()()()()()な。魔法少女なら泳がせるのに利用出来たんだが)

 

興味もないままニュース画面を見ていたら、煙草も吸い終えている。

 

灰皿に吸い殻を押し付け、グラスに残っていた酒も飲み干し終えた彼が勘定を済ませる。

 

店から出る頃には空も暗くなっていた。

 

「失踪範囲は徐々に広がっているか…。やはり、組織だっての誘拐事件だろうな」

 

事件に関与している存在がダークサマナーならば、戦闘になるだろう。

 

「久しぶりに七星剣に血を吸わせたい。期待させてもらおうか」

 

秋の夜風に吹かれながら、キョウジは今日の仕事を終えて自宅へと帰宅していった。

 

……………。

 

後日、レイが葛葉探偵事務所に入ってくる。

 

中には昨日と変わらずキョウジがソファーに座り、ホワイトボードと睨めっこ。

 

ホワイトボードには関東の拡大地図が張られており、失踪が起きた都市に印がつけられていた。

 

「的は絞れたわけ?」

 

「大体はな」

 

「そう。あんたのことだから…どうせロクでもない手口で奴らを釣り上げるんでしょ?」

 

「お前が気にする必要はない」

 

「まったく、血も涙もない上司を持つと部下は苦労する……?」

 

ポケットのスマホから着信音が入り、レイはスマホ画面に目を向ける。

 

レイの表情が変わり、通話ボタンを押す。

 

「…はい、あたしです」

 

事務所入り口から出て、キョウジには聞こえないよう配慮。

 

暫くしてレイは戻ってきたのだが…。

 

「誰からの電話だ?」

 

「……葛葉のお目付け役」

 

「銀子だと?あの悪魔から連絡とは…只事じゃないんだろうな?」

 

「あたしを指名しての依頼があったわ。長期捜査になりそうだけど…受ける事にする」

 

「お前のその表情…どうやらきな臭い案件のようだな?」

 

「ええ…そうね。だけど、これはあたしでないと務まらない…あんたじゃ無理」

 

「どういう意味だ?」

 

「あんた、ヤタガラスの潜入捜査だなんて出来る?」

 

それを聞いたキョウジの眉間にシワが寄る。

 

「ヤタガラスを嗅ぎ回れだと…?銀子…いや、ニュクスの奴は何を企んでるんだ?」

 

「企んでるのはヤタガラスだって銀子は言ってる。あたしはそれを探り出すの」

 

「フン、ヤタガラスが絡むなら俺は降りるぞ。やりたければ勝手にやれ」

 

「そう言うと銀子も思ってたから、私を指名してきたのよ」

 

「そうかよ。まぁいい、ヤタガラスを嗅ぎ回るなら…お前の顔も今日で見納めかもな」

 

「あたしはヤタガラスに所属している者。これはヤタガラスを裏切る案件になるだろうけど…」

 

「この依頼を受けるなら…覚悟は出来ているというわけか?」

 

「あたしもね…戦後からのヤタガラスは……違和感を感じてたの」

 

「だが、お前は従順にヤタガラスの任務をこなしてきただろ?香港時代の親友を裏切ってまで」

 

レイの眉間にシワが寄り、怒りの表情を向けてくる。

 

「…あたしだってね、望んでナオミや美雨を裏切ったわけじゃない……」

 

「言い訳か?親友の家族を殺したくせによく言う」

 

「…そうね、言い訳よね。あたしはヤタガラスのエージェントだったけど…もうこれっきりかも」

 

「喜べ。これでお前も俺共々…ヤタガラスから厄介者扱いを受けるだろう」

 

「気が付かれないように立ち振る舞うけど…その時は、あたしも腹を括るわ」

 

踵を返し、レイは事務所から出ていく。

 

商店街事務所の裏側の駐車場に停めてあるBMWミニ・クーパーに乗り込む。

 

溜息をつき、ダッシュボードの中から一枚の写真を取り出す。

 

それはナオミが持っていた写真と同じ写真。

 

違う部分は、憎しみが籠った黒い塗り潰しがない点だ。

 

思い出の写真を見つめていた手が震えていく。

 

「…あたしは裏切り者。ナオミの家族である老師を殺し…美雨さえ見捨てて逃げた裏切り者…」

 

――あたしは…復讐されるべき裏切り者。

 

――裏切り者の名は……麗 鈴舫(レイ レイホゥ)よ。

 

駐車場から車が発進していく。

 

物陰にはキョウジが立ち、珍しくもレイを見送る姿を見せた。

 

「……死んでやるなよ」

 

――お前を殺していいのは…復讐者となるだろうお前の親友だけだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

季節は流れて11月。

 

テレビでは神浜市で起きた左翼テロリズム特集が毎日のように流されている時期。

 

だが、この街の子供達にとっては対岸の火事としか思われていない。

 

宝崎市の魔法少女達は今日も魔獣退治に勤しんでいる光景が続く。

 

その中には、1人で活動している珍しい魔法少女の姿があった。

 

人気のない場所で魔獣結界が解け、1人の魔法少女が結界世界から出てくる。

 

黒いフード付きケープを羽織り両手には手榴弾の形と似た魔法のメイスを二刀流で持つ姿だ。

 

「……いつまで、こんな生活が続くの?」

 

溜息をつき、魔法少女姿を解除。

 

フード付きケープ姿が解除されたので、黒髪三七のお団子頭が見えた。

 

黒い女子学生服となった少女は踵を返し、転がっているグリーフキューブを拾っていく。

 

「私にはもう…命懸けで戦う理由なんてない。願いで付き合えた好きな子とだって…別れたし」

 

右掌に集めたグリーフキューブに左手のソウルジェム指輪を近づけようとしたが…手が震える。

 

「…いっそのこと、円環に導かれた方が楽なのかな?だってもう…生きてたって…」

 

自暴自棄な態度だが、それでも自殺する勇気がないのかソウルジェムの穢れを取り除く。

 

<<おう、嬢ちゃん。どうせ死ぬんだったら…俺らの役にたってくれや>>

 

「えっ?」

 

後ろから突然の羽交い絞めを受けた彼女は恐怖を感じて叫びだす。

 

「ちょっと!!?いきなり何する気なの!!」

 

魔法少女の魔力パワーで腕を引き剥がそうとするがびくともしない。

 

前に回り込んできたのは神浜で魔法少女を誘拐していたヤクザグループと似た姿の男達。

 

「叫ばれると面倒じゃけぇのぉ」

 

黒髪の魔法少女はヤクザ達の姿を見て戦慄した。

 

「赤い瞳…?それに…病的なぐらい肌が青白いし……小型の魔獣なの!?」

 

「髪の毛生えてる俺らが魔獣に見えるか?俺達のことをよく知りたいなら…黙って攫われな」

 

口をハンカチで無理やり抑え込まれ、叫び声も塞がれてしまう。

 

両足をばたつかせて抵抗するが、横の男が鞄の中から取り出した道具を見て凍り付く。

 

「おう、早く打っちまえ」

 

「んんんんんん~~~~~ッッ!!!!」

 

取り出した注射器を血管に差し込み中身を注入。

 

ジエチルエーテルが血管内で急速に作用していき、彼女は意識を失っていく。

 

(どうして…こんな目に…?私が…死にたいって…考えた…か…ら……?)

 

完全に意識を失った少女はヤクザ達に担がれて攫われてしまう。

 

最後の1人が地面に落ちているものに目がいき、拾い上げた。

 

「バタついた時にポケットから落とした学生証か?()()……名前はなんて読むんだ?」

 

興味を失い学生証を捨て、ヤクザ悪魔は表のトラックに向かう。

 

コンテナに入り込んだ男達を乗せたトラックが夜道を走行していった。

 

……………。

 

トラックは高速道路に入っていく。

 

その後ろを尾行してくる一台の車が見える。

 

ジャガー XJセダンを運転している人物とはキョウジのようだ。

 

「チッ…あのトラックはGPS信号妨害機を備え付けてるな。お陰で余計な手間が増えたぜ」

 

あれからキョウジは独りで捜査を行ってきた。

 

彼が考えた捜査方法とは、撒き餌を用意して網を張る捜査である。

 

魔法少女を見つけては声をかけ、人違いのフリをして制服の襟裏に小型GPSシールを貼り付けた。

 

あとは犯罪グループが宝崎市に現れるのを待ち、獲物に喰らいつかせて案内してもらう手口。

 

しかし、相手はそれを見越して用心のための道具を用意していたというわけだ。

 

「トラックまでの道案内には役に立ったが…あとは自力で追うしかなさそうだな」

 

暫くの間は大人しく後ろをついていく。

 

トラックは高速道路を下り見滝原市方面に入る。

 

後ろ側をついていき、トラックと共に見滝原郊外にまで移動。

 

景色は街からどんどん外れていき、鬱蒼とした森林地域となっていく。

 

ここまでは順調にいったが…流石に同じ車がずっと後ろをついてくれば気が付かれる。

 

「なぁ、あの車……ずっと俺らについてきとるぞ?」

 

「ポリの覆面か?」

 

「車種もナンバーも違う。ポリじゃないとすれば…探偵か何かか?」

 

「探偵なんぞが…何で俺らの犯行に気が付くってんだ?」

 

「分からねぇ…さらった連中の中に、何か不審なモンがついてないか聞いてくれ」

 

「スケ共相手にお楽しみの最中だってのに…あいつら不機嫌になるぞ」

 

「どうせスケ共は逃げられないんだし、いいだろうが。妨害機をOFFにしてからかけろよ」

 

トラックのコンテナ内部。

 

そこに広がっていた光景とは…魔法少女を相手にしたレイプパーティ。

 

「ハハハ!!オラオラ!もっとよがり狂えよ!!」

 

「いやぁぁぁぁーーーーー!!ヤダ!!もうやめてぇぇーーーッッ!!!」

 

淫らにぶつかり合う肉と肉の音。

 

泣き叫ぶ悲鳴の連鎖。

 

両腕は後ろ側で固く縛られており、ソウルジェム指輪も奪われているため変身出来ない。

 

抵抗することも出来ずに純潔を悪魔達に捧げることになってしまった哀れな魔法少女達。

 

ソウルジェムを死なない程度に穢れさすために行われる強姦だった。

 

コンテナの奥には攫われた他の魔法少女達が並ぶようにして集まり、怯えて泣き叫ぶ。

 

ヤクザ悪魔達が今相手している少女達でハッスルし終えた後は…自分達の番だと誰もが分かる。

 

「なんで…?どうして…?何で私が……こんな目に……!?」

 

奥で震え続ける魔法少女達の中には黒江の姿もあった。

 

泣き叫ぶ少女達の叫び声にかき消されそうになるが、微かに電話の音がコンテナ内部に響く。

 

「ハァ!ハァ!!そろそろ出すぞ……って!?なんだ!誰の着信音だよ!!」

 

「お前の上着ポケットから聞こえてくるだろうが!!」

 

「もう少しで中出しだってのに……何じゃワレェ!!何の用事だぁ!!」

 

繋がった部分が抜け落ち、俯きに倒れ込んで泣き続ける魔法少女を放置して内容を聞く。

 

「……なんだと?つけられてる?」

 

電話を切ったヤクザ悪魔が俯けに倒れた魔法少女に視線を向ける。

 

はだけられた衣服を掴み、調べていくと…。

 

「…GPSが貼られてやがる。追ってくる奴ぁ…さらったガキ共の正体を知ってた奴だな!」

 

「ポリが魔法少女の存在を知ってて網を張ってた?考え辛いぞ……」

 

「車をどこかに停めさせろ。追ってくる奴ぁ…俺ら側の奴かもしれねぇ」

 

「ま、まさか……デビルサマナー!?」

 

黒江はヤクザ達が服を着始めていく光景を震えながら見つめている。

 

「助けが…来てくれたの……?デビルサマナーって何……?」

 

会話の一部が聞こえてきた彼女は助けが来たのだと恐怖心が薄れていく。

 

だが、彼女の藁をも掴みたい気持ちは的外れ。

 

それを思い知ることになるだろう。

 

車を運転し続けるキョウジはモニター画面をタッチ操作していく。

 

「この先にある目ぼしい施設は…佐藤メディカルグループ傘下の精神病院か」

 

ダッシュボードに供えられたモニターに目を向けていたが、トラックの異変に気付く。

 

「なんだ…?」

 

道路から外れ、横道に入っていく車の影に視線を向ける。

 

「…どうやら、何も気づかない馬鹿ばかりというわけでもなかったようだな」

 

追って横道に入れば、開けた場所にトラックは停車。

 

キョウジの車も離れた場所に侵入して停車したようだ。

 

「フッ…尾行も飽きた。連中の口を割らせて喋らせた方が速そうだ」

 

助手席に立てかけられた七星剣と書かれた刀箱を手に取り外に出る。

 

車のトランクを開け、中から取り出したのはウィンチェスター M1887ショットガン。

 

銃を左手に持ち、トラックに歩み寄っていく。

 

既にヤクザ悪魔達はトラックから下り、キョウジを待ち構える姿を見せる。

 

「どこの鉄砲玉じゃワレェ…?物騒なもん持っとるが……玩具じゃなさそうだな?」

 

「テメェ……デビルサマナーかよ!?」

 

「おんどれぇぇ……名を名乗りやがれぇ!!」

 

悪魔の力を今にも解放させんとする者達を見て、不敵な笑みを浮かべていく。

 

「おい、生臭い臭いを纏ったチンピラ共。連続少女失踪事件について聞きたい」

 

「ヤクザ相手に聞きたいと言って…答える阿保ヤクザがいると思うのかぁ?」

 

「いないだろうな。だが、喋らせてやろう…俺は悪魔だろうが誰だろうが容赦はしない男だ」

 

「俺らを悪魔だと分かる男なら…デビルサマナーで間違いなさそうだなぁ」

 

「貴様ら如き雑魚を処分するのに、召喚魔法などいらん」

 

右肩に担いでいた刀箱を下ろし、右手で開く。

 

中に収められていた七星剣とは中国の伝統的な剣を思わせる形の直剣だった。

 

「どぐされがぁぁ…俺らを舐めやがって!!」

 

ヤクザ達の赤い瞳が瞬膜となり、周囲が異界化。

 

吸血鬼悪魔であるストリゴイイ化した悪魔たちが一斉に跳躍し、キョウジに飛びかかる。

 

右肩に七星剣の刀身を担いだキョウジ。

 

その口元が血に飢えたかのように邪悪な笑みと化す。

 

「来い、雑魚共」

 

――生まれてきたことを後悔させてやる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「死ねやぁぁーーッッ!!」

 

真上から飛んできた一体。

 

「ガハッ!!?」

 

側踢腿(そくてきたい)の真上蹴りで蹴り上げ、舞うような動きで七星剣を横回転させる動き。

 

「ぐぅッッ!!?」

 

横から攻めてきた相手に刺突突き。

 

引き抜くと同時に後ろ回し蹴り。

 

「ぐあっ!!」

 

迫る悪魔の右側頭部を蹴り、大きく蹴り飛ばす。

 

「糞ぁぁーーッッ!!」

 

同時に跳躍してきた相手に対し、舞う動きで左切り上げ、右切り上げを行う。

 

「「ぐあーーーッッ!!!」」

 

片腕を切り落とされた悪魔達が地面に倒れ、転げ回った。

 

「この程度の悪魔なら、葛葉修験場内をうろつく悪魔共の方がまだ手ごたえがあるな」

 

「舐めやがってーーッッ!!」

 

片腕を切り落とされた一体が跳躍するが、既に左手に持つショットガンの銃口が向いている。

 

「ガベッッッ!!!」

 

散弾が発射され頭部が破壊される。

 

ヴァンパイア程の不死性を持つ吸血鬼ではなないため、体が砕けてMAGを放出。

 

そのまま左手でスピンコッキングさせ、次弾を装填。

 

「取り囲んで襲い掛かれ!!」

 

「無駄な足掻きだ」

 

次々と襲い掛かる悪魔に対し、舞うような剣技、正確無比な銃撃。

 

悪魔を召喚せずともここまで戦える。

 

これが伝説の悪魔召喚士一族である葛葉一族の中で、宗家の葛葉の名を与えられた者の力。

 

たとえ忌み嫌われた存在であろうと、その実力は並のサマナーを遥かに上回った。

 

トラックのコンテナ内では、囚われた少女達が閉じられた扉に体当たりを繰り返す。

 

「諦めないで!きっと私達は助かるから!!外で戦ってくれている人が…助けてくれるから!!」

 

黒江は必死に声を張り上げ、心が折れてしまいそうな魔法少女達を鼓舞する。

 

だが、ソウルジェムはトラックの助手席にあるアルミケース内に収められた状態。

 

両腕も後ろ側に向けて縛られているため、体当たりを繰り返そうが扉はびくともしない。

 

「誘拐された恐怖で…理解出来た。命があるのは尊いんだって…わたし…まだ死にたくない!!」

 

外の戦いも既に決着がつきそうな状況である。

 

「チクショーッッ!!こうなりゃ…誘拐したスケ共を人質に使ってやる!!」

 

残された一体がトラックに向けて走って行く。

 

鈍化した世界。

 

キョウジはポケットからショットシェルを取り出す。

 

散弾や火薬を内臓するケースに描かれていたのは、ウラベが用いた自爆魔弾と同じ五芒星の印。

 

魔弾を装填し、銃床を肩に当てて狙う。

 

銃撃の直進位置には…逃げる悪魔の背中とトラックのコンテナ。

 

「情報を吐かせる悪魔は一体いればいい。他の連中は必要ない」

 

引き金が引かれ、銃弾が放たれる。

 

発砲から噴き出したのは煙ではなく、感情エネルギーだ。

 

感情エネルギーが飛翔しながら実体化し、悪魔の形となっていく。

 

その姿は陰陽師が使役する式神を代表する鬼の姿であった。

 

【鬼】

 

日本では人間を襲い、喰らうとされる有名な妖怪。

 

その語には人知れず隠れ住むことを意味する隠が由来だとする説がある。

 

鬼門とされる丑寅の方角の思想から、牛の角に虎皮の巨漢異形のイメージが形作られていった。

 

節分の豆撒きで鬼が退散する俗習も陰陽五行説に基づくという。

 

日本の寺社では、神や仏の化身や使者として鬼が登場する行事も存在しているようだ。

 

<<初登場でこの扱いかよぉーーッッ!!!!>>

 

赤い肌をした二本角の鬼の体が輝いていく。

 

自爆のような周囲を大破壊する魔法ではない、一直線に向けて自爆エネルギーを放つ魔法。

 

「ギャァァァーーーーーーーーーーッッ!!!?」

 

自爆魔法の『特攻』の巨大な光に飲まれる悪魔。

 

「えっ……?」

 

コンテナ内では、目の前から迫りくる強大な魔力が何なのかも分からない黒江がいる。

 

次の瞬間…悪魔どころか、トラックごと特攻の奔流が全てを飲み込む。

 

断末魔の光景の如き光の世界で…宝崎市の魔法少女として生きた黒江は最後の言葉を呟いた。

 

――どう……し……て……?

 

一直線に放たれた一撃は…遠くに見えた民家さえ飲み込んでいく。

 

「…あばよ」

 

肩にショットガンを担ぎ、つまらない戦いに興醒めしたような表情を浮かべたキョウジ。

 

殺してしまったか弱い魔法少女達のことなど、どうでもいい態度を見せる。

 

これが葛葉の忌子として狂い死ねと名付けられた一族の者の戦い。

 

時代を超えてさえ、初代キョウジの邪悪さを継承してしまった者の戦い方だった。

 

光に飲まれて消滅したソウルジェムは、円環のコトワリに導かれる光を現場に残す。

 

光に背を向けて、足を破壊され地面に倒れ込んだヤクザ悪魔の元にまで歩いていった。

 

「て…てめぇ……魔法少女ごと殺しやがったな!?ヤクザ顔負けの外道じゃねーか!!」

 

頭を踏みつけ、銃口を背中に向ける。

 

「連中の役目は終わっている。後はお前を吐かせるだけだ」

 

「血も涙もねぇ野郎め…!!悪魔よりも恐ろしいぜ…!!」

 

「魔法少女共は自らの選択で殺し合いの世界に入った者。望んで命を捨てた者なら自業自得だ」

 

「お前…本当にデビルサマナーなのか?ダークサマナーの方がお似合いだぜ……」

 

「俺は悪魔を崇拝する者ではない。人間だろうが魔法少女だろうが悪魔だろうが…ただの道具だ」

 

「へっ…そうかよ。だがなぁ…俺達と同じ外道の道を行くなら…高い代償がつくぜ!」

 

耳に聞こえてきたのは数台の車の音。

 

広場に侵入してきたのは黒塗りのセダン。

 

中から出て来たのは、武装したヤクザ達である。

 

「俺達だけかと思ったか?馬鹿め…戦う前に応援を呼んでおいたのさ!!」

 

「この短時間で辿り着けるなら…やはり貴様らの根城は近いということだな」

 

応援に駆け付けたヤクザ達が悪魔化していく。

 

キョウジは恐れも無く不敵な笑みを浮かべたまま近寄っていく。

 

「有象無象が集まろうと同じだ。俺と出会ったことを呪いながら…死ね」

 

七星剣を地面に突き立て、銃を地面に落す。

 

「へっ!今更命乞いでもしようってのか?」

 

「俺達のシノギを邪魔したテメェは…泣き叫ぼうが八つ裂きの刑だぁ!!」

 

鈍化した世界。

 

一斉に襲い掛かってくる悪魔の群れ。

 

キョウジが纏う白スーツの上着の袖口から落ちてくる道具。

 

両手に持たれていたのは…()()()()()()()と描かれたトランプカード。

 

「これが俺のジョーカーだ」

 

複数のトランプカードが扇状に開き、高速の光の一線と化す。

 

「あがっ!!?」

 

「ぐげっ!!?」

 

一瞬で投げられたカードは、刃物のように悪魔に突き刺さっていく。

 

「な…なんだ!!?」

 

悪魔達の体が光ったかと思えば…巨大なトランプカードのような姿に変えられてしまう。

 

「ぐっ…がっ……悪魔の……封印魔法!!?」

 

葛葉狂死の一族は陰陽師系のデビルサマナー。

 

陰陽師は破邪の法と呼ばれる退魔術を駆使したという。

 

また陰陽道では陰陽五行として知られる五芒星の呪術も取り入れてきた。

 

五芒星こそが、東西を問わず悪魔を封印する力を持つ印。

 

トランプカードに過ぎなくても、陰陽師系サマナーが使えばこうも変わってくる。

 

次に取り出したのは、陰陽師が用いてきたという護符。

 

護符とは陰陽師などの術者が作る願望を叶える紙の符板。

 

正しく作られた護符には神の力が宿ると言われる。

 

神や悪魔の力を象徴するものこそが…魔法。

 

キョウジは放つのだ。

 

悪魔の魔法を。

 

「急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)」

 

放たれた複数の護符が巨大な業火と化していく。

 

悪魔の炎魔法でも上位と言われる『マハラギオン』そのものだった。

 

<<ぐわぁぁーーーッッ!!!!>>

 

トランプカードにされた悪魔たちの体はいわば紙。

 

紙はよく燃えるのだ。

 

「あ……あぁ……そんな……バカな……」

 

業火の海の中で全滅した悪魔部隊。

 

業火を背に、不敵な笑みを浮かべたキョウジが近寄ってくる。

 

生き残ったヤクザ悪魔は悟った。

 

自分達は絶対に敵に回してはならない者を敵に回してしまったのだと…。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

キョウジは車を運転しながら宝崎市へと帰っていく。

 

「やはり奴らの根城はあの先にある精神病院だったか」

 

口に咥えた煙草に火を点け、これからの捜査方法を考えながら夜道を走る。

 

敵のアジトを見つけたとて、考えも無しに飛び込むほどキョウジは愚か者ではない。

 

「警戒を強めるだろうが関係ない。病院を担いで逃げられるものでもない」

 

だが、中に収められた証拠物を持ち逃げされてしまうわけにもいかない。

 

「明日の夜にでも、あそこに向かう必要がある。事務所に戻って準備をしなければな」

 

ハンズフリーを使い、依頼人の1人であるウラベに連絡。

 

「そうか…奴らの根城を見つけたか」

 

「イルミナティ共に逃げ切られる前に動く。警備を強化される以上は…派手にやらせてもらう」

 

「やれやれ…決死の特攻部隊だな。お前は昔から命がいらないような生き方をしてたよ」

 

「10年前を覚えているか?俺は貴様がイルミナティのダークサマナーになるなら縁を切ると」

 

「ああ、覚えている。だが…俺はイルミナティに家族を殺された…今では憎い仇だ」

 

「お前が連中を見限ったというのなら、俺は奴らを皆殺しにしても構わないということだな?」

 

「そうしてくれ。俺も動きたいぐらいなんだが…今ではマダムの警護役だしな」

 

「俺が崩せるのは氷山の一部。奴らの規模は世界を飲み込む…アメリカでさえ平伏する存在だ」

 

「お互いに…長くは生きられそうにないな」

 

「フッ…命が惜しくて葛葉キョウジを名乗ってはいない」

 

テールランプの光が見滝原市を超えていき、宝崎市を目指す。

 

彼を待ち構えるのは恐らく、ダークサマナー最凶の存在。

 

アリナのマスターであり、魔法少女誘拐の指揮をとるサマナー。

 

シド・デイビスであろう。

 

キョウジのトランプに描かれていたジョーカーと呼ばれる存在。

 

意味は道化師であり王の代わりに命を捨てる程の批判を周りに行わねばならない存在だ。

 

死をも恐れない愚か者でなければならない。

 

ジョーカーはある意味…狂い死ぬことを果たさねばならない役目を背負わされている。

 

その在り方は何処か…葛葉狂死とよく似ていた。

 




環いろはちゃん、初登場即死亡…(汗)
しゃーない…公式マギレコのいろまどストーリー通り、交通事故死させるしかなかったんや…。
いろはちゃん死ぬなら黒江ちゃんもいいよね?(汗)
キョウジさんついに登場ですけど…初代キョウジを意識し過ぎた外道に描いてしまいました(汗)
キョウジ・スペシャル…どう見ても格ゲーキャラのパクリ演出(汗)


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142話 生体エナジー協会

1950年に精神衛生法 が制定された時期から私立精神科病院が乱立し始める。

 

精神科は一般診療科に比べ医者や看護師の数が少なくても良いという特例があった。

 

病院建設費用なども便宜が図られるなど精神科病院を開院しやすい土壌があったといえる。

 

また抗精神病薬が発明され、身体拘束から投薬による抑制が可能となる。

 

少ない投資で得られる利益が大きい分野となったようだ。

 

佐藤メディカルグループ傘下には単科精神科病院の中でも国内有数の大病院が存在する。

 

キョウジが見つけ出した敵の根城の一つ…佐藤精神科病院であった。

 

……………。

 

地元住民達の間では佐藤精神科病院に行く者は死亡退院を望む者達だと囁かれる。

 

佐藤精神科病院の死亡退院者数は全国でも極めて高く、66・5%にもなっていた。

 

これは精神医療業界そのものの闇が凝縮してしまった結果なのだろう。

 

そんな恐ろしい精神病院に向けて走行してくるのは神浜テロでも見かけた米軍偽装トラック。

 

自動で開いたフェンスゲートを超え、小高い場所にそびえる大病院の暗い夜道を走行していく。

 

周囲は無数の監視カメラが備え付けられ、病院敷地内の森の上空には防犯小型飛行船が宙を飛ぶ。

 

高性能ワイヤレスカメラを搭載し、100m上空から監視体制が敷かれる異常光景。

 

過剰過ぎる警備体制ではあるが精神障碍者の脱走防止目的だと地元の人々には説明されていた。

 

数台の偽装トラック車列の最後尾を走るのは黒塗りの高級セダン。

 

大病院の敷地内に入ってきたトラック車列が敷地内の奥に向けて走行していく。

 

敷地内の一番奥に建てられた資材搬入倉庫として使われる場所に入り、停車。

 

トラック車列が全て収まった後、倉庫の巨大扉が自動で閉まる。

 

昇降エレベーターが下がっていくような音が周囲に響いた後…静寂に包まれた。

 

高級セダンは大病院の入り口前で停車。

 

運転手が降り、後部座席の扉を開ける。

 

中から出て来た人物とは…ダークサマナーのシド・デイビスだ。

 

「やれやレ……ここを嗅ぎ付ける者が現れるとハ」

 

サングラスを押し上げた後、運転手を残して病院入り口へと向かう。

 

院内に入れば出迎えの人物が現れたようだ。

 

「アナタがここのセキュリティチームの責任者ですカ?」

 

「はい。こんな夜分にご足労願い、申し訳ありません」

 

黒の警備服を着た人物。

 

上着の袖や黒のベレー帽に見えるエンブレムの形は特徴的だ。

 

六芒星の図形の中にピラミッドと単眼…プロヴィデンスの目を収めたエンブレム。

 

紛れもなくイルミナティを表していた。

 

「丁度私も荷物を届ける仕事がありましたガ…私が対処しなければならない問題ですカ?」

 

「ここを嗅ぎ付けた者は…攫われた少女達が魔法少女だと分かる者だと連絡がありました」

 

「お仲間という線はないのですカ?」

 

「車で尾行してきたようなので、その線は考え辛いですね」

 

「なるほド。車を運転出来る年齢まで生きられる魔法少女なド、そうそういませんしネ」

 

「恐らくはデビルサマナー。…我々の警備部と合流していた天堂組の者達は…全滅しました」

 

「分かりましタ。いきなり乗り込んでくる愚か者でなくとモ、時間を延ばさずに行動を起こす筈」

 

「この病院の地下施設に気が付かれるわけにはいきませんし…」

 

――マニトゥを直ぐに移動させることは出来ません。

 

「フッ…それもそうですネ。暫くは私がここの警備につきましょウ」

 

「お心強いお言葉です。では、所長もお待ちしておりますのでこちらにどうぞ」

 

不気味な院内を2人は進んでいく。

 

窓は強化ガラスに格子戸となっており扉は全てオートロック。

 

精神病院は言わば昔で言うところの座敷牢。

 

法律が変わってからは精神病院に名前が変わっただけなのだ。

 

2人は院長室に入っていく。

 

中は豪華な装飾品で飾られているが、その中でも不気味なのはホルスの目を描いた絵画。

 

警備責任者が絵画に手をかけ回転させる。

 

横の隠し扉が開き、中には大型エレベーターが見えた。

 

エレベーター内に入り扉が閉まっていく。

 

地下へと進んでいく光景が続き、エレベーターが停止。

 

扉が開いていく。

 

この領域こそが…この病院の心臓部であり正体。

 

医療で人々を救うという擬態を施した施設の正体とは…少女を喰らう施設であったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そこはあまりにも巨大過ぎる地下秘密研究所。

 

螺旋構造を束ね合わせて作られたかのように複雑な構造をした地下空間。

 

ま白い空間は地下施設を感じさせないような外の景色がスクリーンに映し出されている。

 

オフィス空間のような景色が続くが、ガラス部屋の向こう側にはおぞましい光景が見えてくる。

 

<<あ”あ”あ”あ”あ”ーーーーッッ!!!>>

 

巨大な機械に繋がれた魔法少女の片目に繋がっているのは…機械式の吸引装置。

 

開かされた眼球に針が差し込まれ、脳の中枢である松果体の血を吸い上げられているのだ。

 

隣の部屋をガラス越しに見れば、さらにおぞましい光景。

 

複数の試験管内に浮かぶのは…魔法少女達から取り出した脳である。

 

脳には埋め込み型の電極が刺さっており、研究所内のAIで脳の思考意図を解読中。

 

電気的な刺激を利用し、発信者の意図を知る仕組みの研究なのだろう。

 

発信内容はインターネットに収集され、他の脳との相互交信が行われていた。

 

他のガラス窓の向こう側には奇妙な光景が広がっている。

 

機械設備に繋がれているのは…餓死しかけた裸体の魔法少女達。

 

頭部は奇妙な機械で覆われている。

 

外の大型モニターにはVRアバターが映し出されており、美しい異世界仮想空間を描いていた。

 

機械に繋がれた魔法少女達は…まるで現実世界など捨て去ったかのような笑み。

 

他にも様々な非人道的行為の光景が見えるが…もはや語るのも憚られる。

 

あまりにも酷い地獄の如き光景が続いていった。

 

()()()()()()()()()の研究状況はどうですカ?」

 

「21世紀の技術革新により飛躍的に進んでいます。2030年までには実用化するでしょう」

 

「ハルマゲドン後の世界秩序、生き残った人類の家畜化計画。時間はあまりありませン」

 

「これらの研究は神浜市の地下深くにあるザイオン都市で続けられるでしょうね」

 

「この研究所もいずれ引き払イ、ザイオンに引っ越ししなければなりませン」

 

「いずれ人間の脳…いや、魂はインターネットで管理される。外側の肉体は必要でなくなる」

 

「我らは人の魂を管理する者となル。魂を奪う者を超エ、我らは管理者を超えた現人神となル」

 

「最終的な目標は2050年。それまでに我々のニューワールドオーダーは完成するでしょう」

 

シドは立ち止まり、感情エネルギーを発している研究室を窓越しに見物。

 

そこには機械内部の筒状の容器の中に収められたソウルジェム。

 

ソウルジェムは拷問の如き研究に耐え切れず破裂。

 

だが…円環のコトワリに導かれる光景が見えない。

 

ソウルジェムが破裂すると同時に筒状容器の中が輝き、生まれる魔女が分子破壊されてしまう。

 

残ったのは純粋な感情エネルギーであるMAGの光のみ。

 

「生物とは情報の塊。人も魔法少女も悪魔とて情報の塊。デジタル化することは可能なのでス」

 

シドが語った恐ろしい言葉。

 

人間も魔法少女もデジタル管理される未来。

 

悪魔の如き管理プログラムと化していくのだ…人類も、魔法少女さえも。

 

その光景はさながら()()()()()()()()の光景であった。

 

……………。

 

景色が変わり、神殿の回廊空間のような景色が続く。

 

赤いカーペットの向こうにはバフォメット像が置かれた両開き扉が見えてきた。

 

「では、私はこれで失礼します。地上の監視任務もありますので」

 

「分かりましタ」

 

警備責任者は去っていき、シドは両開きの扉を開ける。

 

中に入れば、そこは神殿の如き円柱で飾られた空間。

 

白黒タイル床の向こう側まで続く赤いカーペットの奥には…黒革椅子に座る人物がいた。

 

「ようこそ、生体エナジー協会へ」

 

巨大な六芒星とプロヴィデンスの目の形をしたシンボルを背にした男。

 

黒いスーツ姿に黒のベレーを被る姿。

 

肌は病的なまでに白く、その目は悪魔を表す真紅の瞳。

 

「こんばんワ、所長。今夜の荷物をお届けにきましたヨ」

 

「助かるよ。ここに捕らえていた家畜の数も少なくなってきてね」

 

「この国には米軍基地を通しテ、様々な国の魔法少女が搬送されまス。それには理由があル」

 

「フフッ…その通り。せっかく来たのだし、見ていくかね?」

 

――白のマニトゥを。

 

所長は邪悪な笑みを浮かべてくる。

 

シドも笑みを浮かべて頷くのだが…突然空腹を示す音が室内に響く。

 

「…失礼。夕飯を食べる暇もない多忙な状況でしたのデ」

 

「ハハハッ、構わないよ。幹部食堂で遅い夕飯を済ませてからにしよう。高級寿司を用意させる」

 

「それは楽しみでス」

 

2人は移動していく。

 

まるで貴婦人のサロンを思わせる宮殿食堂に移動した2人が席に座って向かい合う。

 

「そういえバ、私はまだ出会ったことがないのでス」

 

「誰と出会ったことがないのかね?」

 

「暁の子…我らの神が手塩にかけて用意した存在。アナタはたしカ、7つの試練の時に見た筈」

 

その言葉が意味するのは…所長と呼ばれた男もまた堕天使なのだと意味する。

 

ルシファー直属の実働部隊エグリゴリのメンバー達だ。

 

かつて暁美ほむらに与えられた7つの試練。

 

その5番目に現れた時の翁の戦場に演奏隊として現れた200人の堕天使がいた。

 

目の前の人物もまたそこにいたようだ。

 

両肘を机に置き、合わせた手の上に顎を置く。

 

「…力強く、美しかった。たとえ肉体も魔力も弱くとも…彼女の魂は決して砕けない盾だった」

 

「我らの神になられるお方…人修羅とさエ、互角に戦える程の存在だと聞いてまス」

 

「あの戦いの光景を私も見物させてもらった。彼女の存在はハルマゲドンに必要なのだ」

 

「我らの理想未来NWOとテ…ハルマゲドンに勝利出来なければ藻屑と化ス」

 

「LAWの天使共を打ち倒し、唯一神を滅ぼす。それを成し得なければ我らの庭である地球は…」

 

「……神の怒りに触れテ、神罰が下されるでしょうネ」

 

「…今度の神の怒りは、世界を飲み込む津波程度では済まされんと…私は考える」

 

「アナタもまた原初の宇宙が生まれた頃かラ、唯一神と共に在った天使。よく知っておられル」

 

「地球はイレース(破壊)されるだろう。この考えは他の協会幹部とも意見が一致している」

 

「世界の国のうち9割の国に生体エナジー協会があル。そこの管理者もまた堕天使方でス」

 

「エグリゴリメンバーが代々所長を務めてきた。魔法少女を家畜にする以上は危険が伴うからな」

 

「生体エナジー協会の会長である堕天使…シェムハザ様とも会った事が私はありましたネ」

 

「シェムハザ様とアザゼル様もまた、暁の子には期待されている。負けるわけにはいかんのだ」

 

――光と闇の最終戦争をな。

 

話し込んでいたら職員が来て、木箱器に収められた高級寿司を置いて去っていく。

 

「フフッ、ジャパンの諺では腹が減っては戦は出来ぬとありまス。私も同感でス」

 

「軍隊は胃袋で動く…ナポレオンの諺もあったな」

 

「アナタは食べないのですカ?」

 

「悪魔の私は…こちらを頂こう。寝酒には丁度いい」

 

上着のポケットから取り出したのは小さな試験管のような器。

 

中で緑色に輝くのは犠牲となった魔法少女から搾り取ったのだろう感情エネルギーであるMAGだ。

 

蓋を開け、所長は一気に飲み干していく。

 

「フゥーッ、やはり魔法少女の絶望の味は格別だな」

 

「私はショーユソースとワサビで頂きまス」

 

食事を終えた2人は移動していく。

 

この地下研究所の最深部へと至っていく。

 

暗闇の奥底こそがこの世の冥界。

 

その先に存在しているのだ。

 

白のマニトゥと呼ばれる悪魔が。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

エレベーターから降りてきた2人が立つ場所が地下研究所最深部。

 

長いトンネル形状の巨大空間が地下800mまで広がっており、底はMAGの光に包まれている。

 

モニタールームに入り、2人は巨大空間をモニター越しに見つめる。

 

「見たまえ。悪魔の私でさえ醜いと感じさせるほど獰猛なソウルイーターを」

 

「…かなり肥大化してますネ。もうじき耐え切れなくなるでしょウ」

 

モニターに映し出されたのは、あまりにもおぞましい姿。

 

全長はかつてのワルプルギスの夜に迫る程の巨大な存在。

 

二本角が生えた白い肌の巨人に見えなくはないが…人の形を保つ事が出来なくなっている。

 

全身が分割されたかのように内側から弾け、黒き触手で無理やり内側に繋ぐ痛々しい姿。

 

マニトゥの巨体は巨大な鎖で雁字搦めにされており、拘束されている。

 

それ以外に見える管のようなチューブは体と繋がり、無尽蔵に感情エネルギーが流し込まれる。

 

まさに破裂寸前の風船の如き姿をした巨大なる大霊。

 

「自分が耐え切れずに死ぬことさえ理解出来ぬほど知能が欠如し、無限にソウルを喰らう者だ」

 

「フッ…いくら私とテ、大好きなスシで死にたくはないものでス」

 

「この悪魔は特殊な存在。自分の一部を増殖させ、無尽蔵に個体を増やす事が出来る」

 

「世界中にある生体エナジー協会の最深部にモ、これと同じ個体があるというわけですネ」

 

「マニトゥはソウルを喰らうシダ植物とも言える。体から放たれる胞子状のスポアが魂を捕える」

 

「この研究所内でも感じましタ。あの胞子がソウルジェムを捕エ、穢れのエネルギーを喰らウ」

 

「お陰様で家畜を拷問しようが、そうそう絶望死には至れない。体を切り刻もうとね」

 

「捕えた穢れはマニトゥに回帰するキャリア生物を生じさせル。その生物はデジタル化すル」

 

「あそこに見える管の数々はLANケーブルにもなっている。ネットワーク経由でソウルを貪る」

 

「自分でソウルの穢れを喰らイ、我々が用意するMAGさえ喰らウ。際限なき暴食の悪魔ですネ」

 

「暴走しているとも言えるね。ある意味…()()()()()()()のやもしれん」

 

マニトゥが収められた空間の音声がモニター室に響く。

 

空間内が振動し、モニター室にも揺れが伝わってくる

 

<<ヒハハハハ…ヒヒヒヒヒ……ソウル……ソウルだぁぁぁ……>>

 

暗闇の奥底に鎮座した主のおぞましき声。

 

まるで魔法少女達から際限なく授乳を求める狂気の赤子のようにも聞こえるだろう。

 

『悪魔の産声』だ。

 

「……まだ自我が残っているようですネ」

 

「…いずれそれも消え去る。自分が何を求めているのかさえ、分からぬほどにな」

 

「白のマニトゥと黒のマニトゥ。白は創造を司る存在でス」

 

「世界中のマニトゥは…あと少しで東京に向けて運び出されるだろう。そこで創造が行われる」

 

「東京においテ、全てのマニトゥを破壊すル。それによリ…莫大なMAGが放出されル」

 

「その時にこそ、神霊規模の悪魔をこの世に召喚出来る。魔界を産む…母親だ」

 

「…私も見てみたいものでス。古代バビロニアにおいての…原初の神ヲ」

 

「白のマニトゥで目的を達成出来れば良いが…邪魔されるならば、黒のマニトゥが必要となる」

 

「…神の粒子を生み出すILC加速器。東京湾にまで伸びて繋がれた巨大地下リングですネ」

 

「黒のマニトゥとは破壊を司る。世界を内側から次元破壊する……()()()だ」

 

「……出来れバ、黒のマニトゥは使わないで済めばいいのですガ」

 

「閣下が発令されるオーダー18。それには必ず障害が現れると仰られている」

 

「こちらでの騒動もまタ…それに繋がるやもしれませン。私も警戒を緩めぬよう努めまス」

 

「案ずるな、君だけに負担はかけん。君以外にも強力な戦力がいるから自由に使って構わん」

 

「ほウ?」

 

「ここには莫大なMAGが貯蔵されている。私は許可を貰い、護衛として2体の悪魔を召喚した」

 

「その悪魔の実力ハ?」

 

「折り紙付きだが性格に難有りだ。しかし私の秘書を務める悪魔の力で懐柔させたから問題ない」

 

「でハ、その2体の悪魔とやらを拝見させてもらえますカ?」

 

「よろしい、こちらに来てくれ」

 

踵を返し、2人は研究所最下層を後にする。

 

繋がれたソウルイーターは際限なく魔法少女達のソウルから生み出される絶望を喰らい続ける。

 

その身が破裂するまで。

 

その身の破壊こそが創造へと至る…死と再生の大霊。

 

故に白のマニトゥとは死ぬために存在しているとも考えられる悪魔であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

後日。

 

夜中の見滝原市郊外の佐藤精神科病院から離れた場所にはキョウジが立つ。

 

車のボンネットに置いた周辺地図を見ながら煙草を吸っている光景が続いていた。

 

「正面の警備態勢は地元の奴らにも怖がられる程の異常さ。それに病院の後ろは山の斜面か」

 

人の流れは正面部分からしか整備されておらず、病院の周囲はフェンスで覆われている。

 

周辺地図に印をつけながら考え込んでいたら煙草を吸い終えている。

 

地面に吸い殻を落し、踏み消そうとした足が止まった。

 

「…戦術の要諦は、敵をあざむくこと。ならば定石を覆す戦いこそが求められる」

 

佐藤精神科病院が毎年行う避難訓練の内容にも目を通し終えている。

 

「フッ…寒い季節になってきた。派手に暖かくしてやろう」

 

火が付いたままの煙草の吸殻を放置して、キョウジは車の後ろに歩いていく。

 

車のトランクを開け、ミリタリーリュックを取り出して背負う。

 

中に入っているのは証拠データを収める端末や、C-4爆弾等々。

 

米軍採用の対戦車ロケットランチャーを右肩に担ぎ、左手にはAPC9サブマシンガンを持つ。

 

白いスーツ上着の下に防弾タクティカルベストを纏い、マガジンや拳銃を隠し持つ重武装。

 

地面に突き立てていた七星剣を右手で抜いて逆手に持ち、病院に向けて歩いていく。

 

「あの施設の着工から竣工するまでの異常過ぎる長さから判断して…地上の建物は偽装だな」

 

暗闇の世界へと歩みを進めていくキョウジの背中。

 

彼の道は死への旅路か、終わりなき殺戮の道か。

 

デビルサマナー葛葉キョウジの戦いが始まったのだ。

 

……………。

 

警備の数が増やされ、病院施設に入れる山道前のゲートは物々しい空気。

 

山道の周囲の森の中にまで巡回している警備兵の姿が多数。

 

その手には日本の警備会社が使用することなど出来ないはずの自動小銃。

 

厳戒態勢ともいえる布陣ではあるのだが…。

 

「今日は風が強いな」

 

「夜風も寒い季節になったし、早く見回りを交代してもらいたいぜ…」

 

「地上も空も監視の目で固めてる。これだけの監視網を敷いてて…昨日の騒ぎの奴が来るのか?」

 

「どうだろうなぁ?死にに来るようなもんだぞ」

 

「だよなぁ」

 

お喋りをしながら巡回していた警備員達だったが思い知らされるだろう。

 

監視の目で固めていようが、それが通用するのは人間や魔法少女程度でしかないということを。

 

<<ゥリィィィィィ!!!!>>

 

「な、なんだ…?」

 

叫び声が何処かで聞こえた気がした。

 

「どうした?」

 

「…いや、なんでもない」

 

ただの人間では概念存在である悪魔の姿を見る事など出来ないし、声も伝わらない。

 

それは監視カメラとて同じ。

 

悪魔の異界に引き摺り込まれた者達のみがその存在を知覚出来るのだ。

 

では、悪魔が異界を開かずに行動すれば何が出来る?

 

<<オレは悪霊インフェルノだぁぁーーーッッ!!!>>

 

大気に焦げ臭い匂いが充満し…次の瞬間、それは起きた。

 

「「うわぁぁーーーーッッ!!!?」」

 

突然の森林大火災光景が広がっていく。

 

業火が次々と森に広がり、山の斜面を登っていくかのようにして病院に迫りくる。

 

今夜の風が追い風であったのも影響が強いのだろう。

 

「な、なんだーっ!!?何処から火の手が上がったんだぁ!!?」

 

「早く逃げろーーッッ!!」

 

警備員達が慌てて森から逃げていく光景を空から見つめる存在こそが…炎の悪霊。

 

【インフェルノ】

 

イタリア語で地獄を意味する名を持つ悪霊。

 

生きたまま焼け死んだ死者の怨念が、炎を纏った亡者の姿で現れたもの。

 

東西を問わず、地獄とは炎が燃え盛っているイメージがある。

 

これは生前の罪悪感や受けた憎しみが形を成したものとも考えられる。

 

生前に極悪人と記憶された者は死後、その記憶により地獄で苦しむこととなるのがこの悪霊だ。

 

「グゥゥゥゥ!!熱イィィーッッ!!!貴様ラモ同ジニナレェェーッッ!!!」

 

亡者の憎しみが業火となり森林を燃やし尽くす。

 

病院内では火災警報が鳴り響き、入院患者達を看護師達が誘導していく光景が続く。

 

警備室では警備責任者が檄を飛ばす。

 

「何処から侵入されたんだ!?これだけの監視網を敷いているというのに…」

 

「やれやレ、この体たらくだからこソ、私が呼ばれたというわけですネ」

 

後ろを見れば、いつの間にかシドがいる。

 

「相手はデビルサマナーですヨ。アナタは悪魔の存在について知らな過ぎたようですネ」

 

「うっ…わ、私は……」

 

「アナタの査定についてハ、私が上に報告しておきまス。それよりモ…陽動に注意しなさイ」

 

ゲート周辺の山道や森林から逃げてきた警備兵達が病院施設を防衛するかのように動き続ける。

 

「くそっ!!このままじゃ…山火事に飲み込まれちまうぞ!!」

 

「消防がここまで駆けつけるのに…早くても20分はかかる!」

 

「一本道しかない病院は防災に弱いって上に忠告してきたってのに…だからこのザマだ!!」

 

「狼狽えるな!!俺達の任務は侵入者を見つけ出して排除すること……!?」

 

檄を飛ばした男の首が跳ね落ちる。

 

次々と跳ね落ちていく警備員達の首。

 

「ヒィィィーー!!?」

 

闇雲に銃を乱射する警備員の首も跳ね落ちた。

 

彼らには見えてはいなかった。

 

自分達の近くに立つ敵の姿を見る能力はなかったのだ。

 

<<ヒャッハー!今夜は派手な血祭りと行こうぜーッッ!!>>

 

【ラクシャーサ】

 

インドに伝わる悪鬼の種族。

 

アスラが神々の敵であるのに対してラクシャーサは人間の敵であるとされる。

 

ヒンドゥーでは人喰い悪鬼だが、彼らは土着の神々の系譜らしく水に関係する自然神であった。

 

様々な妖術を用い神々を圧倒する事もあるが、最終的には敗れることを運命付けられている種族。

 

仏教では羅刹として夜叉(ヤクシャ)と共に天部に取り入れられた。

 

「パッションがぁーーみなぎるぜぇぇぇーーッッ!!!」

 

赤い肌と二本角を持つ黒髪長髪の悪魔が振りかざすのは二刀流の曲刀。

 

病院内部にまで入り込み、次々と警備員達を殺戮していく。

 

殺戮の悪魔が通った後に残されたのは、おびただしい死体の数々。

 

「クックッ…臭うぜぇぇ…こいつぁぁ乙女の感情エネルギーだぁぁ……」

 

地下から漂う魔法少女達の感情エネルギーに気づいたラクシャーサは病院内を探し求める。

 

「ここだなぁ?」

 

院長室の扉を蹴破り、中に侵入。

 

「旦那は好きに暴れていいと言ってくれた。だったら好きにMAGを喰らうし殺戮するさぁ!!」

 

中を物色していた時、下側からエレベーターが昇ってくる音が微かに聞こえた。

 

「そこに道を隠してたってわけかよ?さぁ~て、下にはどんなご馳走共を隠してるんだぁ?」

 

隠し扉の前で双剣を振りかざす。

 

下から昇ってきた者が扉を開けた瞬間に首を跳ねる構え。

 

エレベーターは院長室で停止した時、ラクシャーサは異変に気付く。

 

<<貴様の心臓、貰い受ける>>

 

「あん?」

 

エレベーターの向こう側から感じたのは…恐ろしい悪魔の魔力。

 

「がフッ!!?」

 

エレベーターの扉を突き破って伸びてきた矛がラクシャーサの心臓を貫く。

 

「ゴハァ!!!こ…この槍……ま…さか……ケルトの…英雄!!?」

 

槍が引き抜かれ、エレベーターが開く。

 

後ずさりながら現れた悪魔に視線を向ける。

 

そこに立つのは白銀の甲冑鎧を纏った美しき槍兵。

 

その姿は同じケルトの英雄であるタム・リンとよく似ていた。

 

「……貴様の首も、貰い受ける」

 

「て…てめぇは……()()()()()()()…!!?」

 

一閃の風が室内に吹き抜ける。

 

「すま……ねぇ……サマナー……だん…な……」

 

殺戮してきた者達同様、槍の矛で首を跳ね落とされたラクシャーサの体が弾け、MAGの光と化す。

 

「……………」

 

勝利の余韻を感じることもない美しい顔。

 

だが、その瞳は何処か濁っているようにも見える。

 

「ウッフフフ♪いい子ね~クーフーリン♪」

 

同じエレベーターから出て来たのは、胸元をはだけたビジネススーツを着た金髪女性。

 

長身のクーフーリンに胸元の巨乳を見せびらかすようにしてウインクしてくる。

 

クーフーリンと呼ばれた悪魔は視線を逸らし、寡黙に徹する姿を残す。

 

【クーフーリン】

 

アイルランド、アルスター神話における英雄で光の神ルーグの息子。

 

幼少時から大変に美しく、勇猛な少年セタンタとして知られた存在。

 

しかし、戦闘の狂気に囚われると凶暴化すると共に、世にも恐ろしい姿に変化したという。

 

彼は鍛冶屋クランの獰猛な犬を打ち殺した時、犬の代役を申し出たことがある。

 

クーフーリンの名はクランの猛犬を意味するのだ。

 

武者修業の為に影の国に出かけ、そこで戦いの女神スカアハに武術や魔術を学ぶ事となった存在。

 

師匠であるスカアハから授けられた象徴的な槍こそがゲイボルグと呼ばれる魔槍であった。

 

「最初の頃は狂犬だったけど~、私の魅惑魔法でメロメロになったのよね~~?」

 

「……いつになったら、私に相応しい強敵と巡り合えることになる?」

 

「そうね~?最近は物騒だし~もう直ぐ巡り合える気がすると思うわけ♪」

 

「とぼけるな。私の血が騒ぐ…もっと強い敵と殺し合いたいと…騒ぐのだ!!」

 

<<俺様との勝負じゃ不満だってのかよ、犬っころ?>>

 

視線を向けた先はエレベーターの奥。

 

腕を組んでいるのは赤と紺色のカンフー着を着た長身人物。

 

長めの白髪をワイルドにオールバックにした人物もまた、瞳の色が濁っている。

 

「黙れ、暴れ猿め。貴様との腐れ縁が()()()()()()()()と考えると…眩暈がして戦う気が失せる」

 

「寝惚けてる犬っころなんぞ俺様の敵じゃねぇ。擬態不意打ちでもやってんのがお似合いさ」

 

「貴様…私の槍術を侮辱する気か!?」

 

「おうおう、やろうってのか?」

 

詰め寄ってきて睨み合う男達。

 

割って入ってきたのはお色気秘書。

 

「ま~ま~、2人とも。喧嘩するほど仲が良いでいいじゃない?戦う相手を間違えないで~♡」

 

「五月蠅ぇ色ボケ女!!俺様とこいつは戦いに飢えてんだよ!さっさと強敵を連れてこい!!」

 

「あ~ん!そんなこと言われても~~私は斡旋の仕事まではしてないの~~!」

 

「たくっ!この無駄にデカい尻でも振って連れてこいってんだ!」

 

尻を鷲掴み。

 

ビンタをもらった。

 

「フン、貴様は女の尻でも追いかけてた方がいいんじゃないのか?赤い尻が好みなんだろう?」

 

赤い尻というワードに超反応。

 

オールバックにしたおでこに血管が浮かんでいく。

 

「テメェ……今俺様のことを…ケツの赤い猿っつったか!?」

 

右手に生み出した武器。

 

それは如意棒として知られる武具であった。

 

雲のような霧を全身から発し、暴れ猿と呼ばれた男は正体を現す。

 

「上等だぁーッ!!このセイテンタイセイ様を怒らせる犬がどうなるかを見せてやるぜ!!」

 

【斉天大聖】

 

中国四大奇書の一つ、西遊記に登場する仙術を駆使する妖猿であり、孫悟空として知られる武神。

 

花果山の霊石から生まれ、曲折あって仙術を身に付けて天界で暴れ回ることとなる存在。

 

天界が彼をなだめる為に役職を与えると共に認めた称号が斉天大聖である。

 

名だたる道教の神々にも彼は止め切れなかったが、釈迦如来によって下界の五行山に封じられた。

 

後に三蔵法師に解放されて弟子入りし、猪八戒・沙悟浄らと共に天竺まで経典を求めて旅をする。

 

それが後の世に知られる有名な物語、西遊記であった。

 

中国の伝統的な武侠服を思わせる衣装を纏うのは、獣人とも言えるような姿となった孫悟空。

 

「行くぜオラァァーーーッ!!」

 

如意棒を頭上で振り回し、袈裟斬りの角度から打ち込む。

 

「フンッ!」

 

ゲイボルグで受け止め、鍔迫り合い。

 

睨み合う両雄と困ったままオロオロするお色気担当。

 

「やめて~!!喧嘩するなら外でやりなさいよ~!!」

 

「応!!ここじゃ狭いし、屋上来いやぁ!!」

 

「ヤンキー漫画でも読んだのか?だが、部屋が狭くて戦い難いことは同意してやる」

 

「キャンキャン鳴かせてやるから覚悟しろよぉ!!」

 

「キーキー鳴くことになるのは貴様の方だ!!」

 

プンスコしながら部屋を出ていく2体の悪魔。

 

独り残された女秘書は両手を広げるポーズを残す。

 

その光景はまさに犬猿関係であった。

 

「全く…私の魅了魔法で戦いの事しか考えられないようにしてるのが災いしたのかしら?」

 

妖艶な笑みを浮かべた彼女の背中から蝙蝠の翼が生える。

 

蝙蝠の翼を折り曲げ、姿を隠す。

 

翼を広げた時、彼女の姿はセクシーな女悪魔姿へと変化していた。

 

【サキュバス】

 

女性タイプの淫魔であり、ラミアやリリムと混同される悪魔。

 

夢や現実で男を誘惑し、性交すると言われる存在。

 

夜寝ている男の夢の中に入り込み、誘惑して精液を奪う者だと言われている。

 

豊満な肉体をした絶世の美女として現れるため、彼女の誘惑に抗える者は少ない。

 

過度な性行為が続けられた男達を死なせる淫魔として恐れられた。

 

また、男性タイプの淫魔はインキュバスとしても知られているのだ。

 

「今日のあの2人は役に立ちそうにないし~……シドさ~ん、ファイト♡」

 

踵を返してエレベーターに乗り込み、下の研究所へと戻っていく。

 

この騒動の中で陽動を警戒していたのだが、キョウジの姿は何処にも見えない。

 

彼は一体何処から現れるのだろうか?

 

彼は言った。

 

戦術の要諦は、敵をあざむくことだと。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

病院施設の奥にある大きな倉庫前にはキョウジが立つ。

 

顔はガスマスクが装着されているようだ。

 

ガスマスクを外して捨てた彼は倉庫に向けて歩みを進めていく。

 

「最初からここが怪しいと思っていた。病院にしては不釣り合いな大きさを誇る倉庫だからな」

 

キョウジが病院施設に侵入したルートとは何処だったのか?

 

それは…あろうことか燃え上る森林内部から直進してきたのだ。

 

白いスーツも煤けており、火災の壮絶さを物語るのだが…彼は迷わず直進してきた。

 

命知らずの戦術ではあるが、敵の裏をかくことが出来たようだ。

 

兵は詭道、それが孫子の名言。

 

出来るのに出来ないふりをし、必要なものを不要とみせかける。

 

遠ざかるとみせかけて近づき、近づくとみせて遠ざかる。

 

敵の意表を衝く、これが戦術の要諦。

 

敵が陽動だと思い込むのを逆手にとったわけだ。

 

七星剣を用いて扉を真っ二つに切り捨てる。

 

「倉庫なのに何も置かれていない…それに妙な地面だ。奥に見えるあの操作パネルは何だ?」

 

捜査パネルを押せば地面が沈んでいく。

 

「なるほど…ここが地下施設の生命線である物資搬入路というわけかよ」

 

100m程下りれば、そこは広大な空間。

 

「大型トレーラーが何台も停車出来そうな空間だ。あの奥が地下施設というわけだな」

 

厳重に閉じられた両開き扉に視線を向ける。

 

キョウジは右肩に担いでいた対戦車ロケットランチャーを持ち、構えた。

 

「俺のやり方はいたってシンプル。敵を皆殺しにして、証拠データを奪い、施設を破壊するだ」

 

対戦車弾頭が発射される。

 

扉に直撃し、大きな穴を開けて通路を開けた。

 

「さぁ、蜂の巣を叩いた騒ぎになるぞ。お楽しみといこうじゃないか」

 

使い捨ての無反動砲を捨て、キャリングで肩にかけていたサブマシンガンを左手に持つ。

 

開けた通路に向かっていた時…キョウジの眉間にシワが寄る。

 

「……この魔力、ダークサマナーか。それも…かなりの実力者だな」

 

瓦礫と白煙の中から現れたのは悪魔崇拝神父であるシド・デイビスである。

 

「陽動と見せかけて正道。中々に賢しい人物のようですガ…私は気づいてましたヨ」

 

「……お前はイルミナティのダークサマナーだな?」

 

「イエス。冥途の土産に教えてあげてもいいでしょウ。私の名ハ、シド・デイビスでス」

 

「今から俺が殺す者の名だ。直ぐに忘れるさ」

 

「中々の自信ですガ、私に通用するのかどうカ…試してみるのもいいでしょウ」

 

「フン……いいだろう」

 

「好奇心は猫をも殺ス。イルミナティを追う者は例外なク…私が殺しまス」

 

睨み合う両雄。

 

キョウジは地面に七星剣を突き立て上着のボタンを外し、タクティカルベストを露出。

 

腹部にはマガジンと拳銃ポーチ、胸には複数の召喚管がポーチで支えられいつでも抜ける。

 

空気が歪む程の緊張感の中、2人が動く。

 

デビルサマナーとダークサマナー…悪魔召喚士同士の戦い。

 

互いに実力者であり熾烈を極める戦いとなろう。

 

キョウジは狂い死ぬジョーカーとしての運命を果たすのか?

 

それとも活路を見出せるのか?

 

葛葉キョウジ最大の戦いとなるだろう一戦が…始まった。

 




さぁ、キョウジVSシド・デイビスが始まりますね。
原作のままキョウジさん死んでしまうのでしょうかねぇ(汗)
ようやく人修羅の仲魔達も登場させる事が出来たし賑やかになってきましたね。


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143話 ジョーカー

「行きまス」

 

先に仕掛けたのはダークサマナー。

 

踏み込んできた相手に対し、左手を持ち上げサブマシンガンを構える。

 

マズルフラッシュが噴き上がり、9mmピストル弾の猛火射撃。

 

シドは意に介さず、両腕で顔を守りながらの接敵。

 

「防弾コートか!!」

 

カソックコートに織り込まれたカーボンナノチューブシートが銃弾を受け止める。

 

高速で接敵してきた相手に対し、七星剣の逆袈裟斬り。

 

「フンッ!」

 

相手の斬撃を受け止めたのは…なんと左手に持つ聖書。

 

右足を後ろに引いたシドの上半身が揺れ、次の瞬間キョウジの右側頭部は蹴り飛ばされる。

 

「ぐぅ!!?」

 

シドが放ったのは、右手を地面につけるまで角度を下げた後ろ回し蹴り。

 

カポエイラでいうメイア・ルーア・プレザだ。

 

立ち上がろうとするキョウジに目掛けて悠々歩き迫る。

 

「チッ!!」

 

左手の銃撃に対し、ジンガと呼ばれるステップで上半身を移動させる回避。

 

背中から足を回して蹴るサソリ蹴りを受け、キョウジは怯む。

 

体勢を崩しながら右手を地につけ、低い体勢から飛び上がるジャンプ蹴り。

 

「ガハッ!!」

 

シャペウジコーロと呼ばれる蹴り技を受けたキョウジはキリモミしながら倒れ込んだ。

 

シドは側転し、カポエイラの演舞を悠々舞いながらキョウジを挑発。

 

「…カポエイラの達人だったのか。ただの銃では貴様に勝てんな…」

 

立ち上がり、左手に持つサブマシンガンを投げ捨てる。

 

重荷として背負っていたミリタリーリュックも下ろして大きく投げ捨てた。

 

七星剣を地面に突き立て、タクティカルベストに備え付けた召喚管を手に持つ。

 

「接近戦で勝てないとみるヤ、悪魔に頼ル。無様な戦いですネ」

 

「言ってろ。後悔させてやる」

 

左手には召喚管、右手に持つのは上着ポケットから取り出した式札。

 

人の形に切った式札を投げ捨て、両手を交差させる召喚の構え。

 

対峙するシドもまた聖書を開き、収納していた召喚管の一つを右手に持つ。

 

「いでよ……シキオウジ!!」

 

召喚管が開いていきMAGの光を放つ。

 

召喚管を一気に振り抜き、管の中身を解放。

 

キョウジの後ろ側に舞い落ちる式札を依り代にして現れたのは陰陽師の式神だった。

 

<<我を呼んだのは貴様か?人の子よ、心して我を行使せよ>>

 

【式王子】

 

高知県香美郡物部村に伝わる、いざなぎ流と呼ばれる民間陰陽道に伝わる鬼神。

 

この世に無数に存在する神霊や精霊を祈祷によって神格化したものである。

 

式王子は主に病人の祈祷で病気や災厄をもたらす悪霊を追い払うために使役されるという。

 

しかし、人間に対しては呪詛として用いられることもあった。

 

呪詛は邪悪な行為であり、子孫が絶えるから行使してはならないといざなぎ流では伝わっていた。

 

キョウジの背後に現れたのは、二本角が生えた人の姿にも見える巨大な紙の鬼神。

 

まるで護符を用いて全身を編み込んだかのような恐ろしい姿を形作る。

 

「クックックッ…ハハハハハハハッッ!!」

 

シキオウジを見て、シドは不気味な高笑いを始める。

 

「悪魔召喚を依り代頼りとはネェ…私の不肖の弟子以下ですヨ、アナタはネ」

 

シドの侮辱発言に対し、キョウジは舌打ち。

 

葛葉狂死の一族は元々は陰陽師であり、悪魔召喚師一族の葛葉と繋がりを持った分家一族。

 

悪魔を召喚する際に自らが練り上げる感情エネルギーであるMAGを練る力が弱い。

 

霊力が弱いため、依り代を用いて悪魔を式神として使役してきたようだ。

 

「この勝負、勝敗は見えましタ。見せてあげましょウ…完成されたデビルサマナーの力ヲ」

 

シドも召喚管を構える。

 

「いでなさイ……ファフニール!!」

 

召喚管を振り抜き、背後に現れた悪魔とは…まるで巨大な機械竜。

 

<<我ハ邪龍ファフニール!!我ヲ使役スル者ヨ、我ノ敵ヲ示セ!!>>

 

【ファフニール】

 

北欧神話に登場する邪悪な竜であり、人が自らの財産を守るために変身した存在とも言われる。

 

空を自由に飛び回り、炎を吐き散らし、その血は浴びた者に不老不死を与えるという。

 

12世紀頃に書かれた書物ヴォルスンガサガでは、毒を吐き大地を震わせる竜として描かれる。

 

ファフニールはジークフリートに倒され、彼は心臓を食べる事で賢者の如き知恵を手に入れた。

 

白銀に輝く鋼鉄の外皮を持ち、吐息からは毒々しい煙を噴き上げる姿をしたファフニール。

 

邪龍を迎え撃つかの如くシキオウジが歩き始める。

 

「目の前の悪魔を倒しなさイ。私はサマナーを仕留めまス」

 

「我ノ財宝ヲ狙イシ賊共メ!!焼キ尽クシテクレルワ!!」

 

「薙ぎ倒せ、シキオウジ」

 

「委細承知!我が呪詛をその身に受けよ!!」

 

巨大な悪魔達が地響きを立て、互いの間合いに近づいていく。

 

キョウジは地面に刺さった七星剣を抜き、構える。

 

両手を広げながら歩き、迎え撃つ構えのシド。

 

「行くぞぉ!!」

 

「来なさイッ!」

 

悪魔と悪魔同士、サマナーとサマナー同士の熾烈な戦い。

 

地下の戦場模様は激しさを増していくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

異界化した物資搬入エリアで繰り広げられる激しい戦い。

 

「我ガ爪二引キ裂カレルガイイ!!」

 

白銀の機械竜ファフニールが振り上げた爪から放つのは『狂気の粉砕』の一撃。

 

周囲を獰猛な爪で破壊し尽くす程の暴れっぷりではあるが、シキオウジには効いていない。

 

全身を張り巡らす物理無効耐性が防いでいるのだ。

 

「その程度では我の耐性貫くこと能わず!」

 

護符で編みこまれた手が邪龍に向けられ放たれたのは無数の『マヒ針』である。

 

「貴様ノ耐性ハ侮レン!ダガ、貴様ノ攻撃モマタ我ノ結界ニハ通用セン!」

 

ファフニールが周囲に張り巡らせたのは、物理反射魔法であるテトラカーン。

 

物理属性であるマヒ針が反射されたが、シキオウジの物理無効耐性が防ぐ。

 

互いに一歩も譲らない戦いはサマナー達も同じ。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

シドが放つ蹴りの乱舞。

 

上段メイア・ルーア・プレザ、中段アルマーダ、上段ハボジ・アハイア。

 

キョウジはスウェーバックし、片膝を上げ、さらにスウェーバックして避け切る。

 

跳躍からの旋風脚を身を屈めて掻い潜り、七星剣を振りかざす。

 

「今度はこちらの番だ!!」

 

袈裟斬り、逆袈裟をジンガステップで避け、続く左薙ぎに対して体勢を下げる回避。

 

右手を地面につき、床で行う攻撃への繋ぎ移動であるネガチーバホレー。

 

身を屈めたまま床移動をされるため、攻撃が狙い辛い。

 

「舐めた真似を!」

 

唐竹割りで真っ二つを狙うが、低い姿勢から放たれる蹴り足で斬撃運動中の手首を止められる。

 

左手で蹴り足を掴み関節技を狙うが、掴まれた手に支えられながらの後ろ蹴り。

 

「グフッ!?」

 

腹を蹴りこまれ、掴んだシドの足を離してしまう。

 

床を舞うように移動しながら立ち上がり、体を左右に振るジンガステップを行う挑発行為。

 

「ファフニール、得意の毒ガスブレスはやめなさイ。ここでは私まで毒にやられてしまウ」

 

「ヌゥゥ!!体ガ弱キ人間ナドヲ連レテイナケレバ…」

 

「その人間からMAGを貰うしかない者ガ、随分と偉そうですネ」

 

「ヌカセ!!コノ程度ノ紙切レ悪魔ナド、焼キ尽クシテクレルワ!!」

 

「その言葉、我が呪詛に堪え切れたらの話だ!!」

 

シキオウジの手が印を結ぶ。

 

危険を察知したファフニールが背中の翼を広げる。

 

鉄の骨組みのような翼を広げて飛翔。

 

足元に広がったのは、敵集団を呪殺する即死魔法マハムドオンだ。

 

呪殺に耐性がないため間一髪の回避行動。

 

反撃とばかりに息を吸い込み、口から業火を吐き出す。

 

「グォォォーーーッッ!!!」

 

ファイアブレスを受けたシキオウジの体が燃え上る。

 

「炎ガ弱点ダッタカ!コノ戦イヲ制スルノハ、我ノホウダァ!!」

 

空中から続けて業火を吐き続けるファフニール。

 

「チッ!!」

 

相性が悪いため、召喚管に戻そうとして意識が逸れたのが運の尽き。

 

「ぐっ……!?」

 

召喚管を持つ左腕に血が滲んでいく。

 

シドが構えていたのは、中をくり抜いた聖書の中に隠し持つ拳銃であるSIG SAUER P220。

 

貫通はしておらず、内部で弾頭が留まる9mmホローポイント弾を撃ち込まれたようだ。

 

「戦闘中に余所見をするからでス。いかがですカ?私のマジック・バレットハ?」

 

「マジックバレット…魔的弾だと?」

 

「私の使う弾丸は特注品。鉛でこしらえズ…魔を払う水銀を用いて作らせていまス」

 

水銀は魔を払うと言われている。

 

神社の朱色も魔を払うために水銀と硫黄を加工して塗装されるほどだ。

 

魔を払えるほどに強い毒。

 

人間にとっても水銀は毒であり水俣病の原因ともなった。

 

「くっ…うぅ……!?」

 

体内に回り続ける水銀の毒によって片膝をつく。

 

「このまま撃ち殺してもいいですガ、何者なのかを吐かせる必要があル。楽には死ねませんヨ」

 

聖書に銃を仕舞い、威圧感を放ちながら迫りくる。

 

「くそっ!!」

 

上着のポケットから取り出したのは数枚の護符。

 

シドに向けて投擲し、印を結ぶ。

 

「六根清浄!急急如律令!!」

 

護符が清めの業火と化して放つマハラギオンの一撃。

 

上半身に迫りくる業火の渦であるが、マカコと呼ばれる片手バク転で回避。

 

「無駄な足掻きでス」

 

完成されたダークサマナーが持つ桁外れの実力。

 

絶体絶命の窮地ではあるが、それでも立ち上がる気力を見せる。

 

「召喚管を使う暇など与えませんヨ」

 

痛みと苦しみで歪むキョウジの表情。

 

しかし、彼の瞳には絶望の色など欠片もなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

戦場の乱戦は激しさを増すばかり。

 

「ぐっ……ぬぅ……」

 

燃え上る体の炎に焼かれ続けるシキオウジ。

 

航空優勢のまま業火を吐き続ける構えを崩さないファフニール。

 

「勝負アッタナ!我ニハ分カルゾ…貴様、術者カラ十分ナMAGヲ貰エテオラヌナ?」

 

「くっ…それでも我は式神!術者の命令を遂行するためにのみ存在する鬼神よ!」

 

「ソノナリデ何ガ出来ル?燃エ尽キルガイイ!!」

 

再びファイアブレスを放つ構え。

 

俯けに倒れたままのシキオウジであったが…その目が怪しく光る。

 

「ヌゥ!?」

 

口から吐き出し続けたファイアブレスの炎が消える。

 

ファイアブレスは悪魔が用いる炎魔法の一種。

 

シキオウジが放った魔眼魔法とは『クロスアイ』である。

 

敵単体の魔法を封印する魔眼の魔法であった。

 

「ヌォォォォーーーッッ!!!」

 

気力を振り絞り、立ち上がる巨大なる式神。

 

羽ばたいていたファフニールが地面に下り、突撃しながら体当たりの姿勢。

 

「物理ガ効カヌナラ!壁二押シ付ケテ潰シテヤル!!」

 

迫りくる機械竜に対し、シキオウジが何かを掴む。

 

「カラクリが如き邪龍め…これでも喰らうがいい!!」

 

シキオウジが両手で掴んで投げ飛ばしたのは、物資搬入エリアに停めてあったトラック電源車。

 

「コノ程度ノ瓦礫ナドデ!!」

 

右腕でトラックを弾こうとしたが、放たれたマヒ針が電源車を貫く。

 

テトラカーンを封じられたため、マヒ針は鋼鉄の鱗が如き白銀の肌に突き刺さっていく。

 

「アバババババババッッ!!!?」

 

電源車に溜め込まれた電気が針を通してファフニールに流れ込み、巨大な体が感電していく。

 

「…やはりカラクリか。電撃が弱点であったか」

 

巨体が倒れ込み、麻痺した体のまま苦しみのたまう。

 

追撃をするために動くシキオウジの動きも鈍い。

 

魔封が効いているのが終われば勝敗は決するのだ。

 

サマナー同士の戦いもまた、両者譲らない激戦。

 

シドは地面に手を付け、側方倒立回転。

 

キョウジの目前で体勢を回しきらずに逆立ち姿勢。

 

そのまま両足で連続蹴りを放ち続ける。

 

「うぅっ!!」

 

両肘で弾き続けたが、一発を頭頂部に受けて後ずさる。

 

片手逆立ち状態で体を回転させ起き上がる相手に対し、キョウジが迫る。

 

回し蹴りを身を低める一回転で避け、前掃腿。

 

片足を上げて避けた相手に対し、片手をつきながら飛び上がる浴びせ蹴り。

 

七星剣の柄頭で蹴り足を弾き、果敢に攻め抜く。

 

「貴様の召喚した悪魔も景気が悪そうな状況だな!」

 

「苦し紛れの勢いで止められるほド、私の邪龍は甘くはありませんヨ」

 

斬撃を掻い潜り、地面を舞いながら這う相手に対し苦戦を強いられ続けるキョウジ。

 

「…いいだろう。そこまで格闘戦が好きなのなら…付き合ってやろう」

 

七星剣を地面に突き立て、腰を落とし足を半歩開いて両腕を構える。

 

「…望むところでス」

 

ジンガのステップを刻む相手に対し、互いが動く。

 

シドのハイキックを肘で弾き、右回し蹴りを放つ。

 

側転回避し、左側頭部に目掛けてハボジ・アハイア。

 

状態を逸らした勢いで倒れるが、腹部に蹴りを放つ。

 

「グッ!?」

 

後ろに後退した相手に対し、起き上がって立ち向かう。

 

シドの前蹴りを払い、膝を突き出す一撃。

 

膝を聖書で払い、後ろ回し蹴りを狙うが罠だ。

 

「何ッ!!?」

 

後掃腿で軸足を刈り取り、倒れ込むシドに向けて跳躍一回転からの膝刺し落とし。

 

身を捩じらせて避けた相手を追撃する地を這う掃腿を放つ。

 

バク宙で掃腿は避けられ、一回転した浴びせ蹴りの反撃。

 

片手を地面に付く反動で飛び上がりながら蹴る穿弓腿で蹴り足を弾く。

 

「チッ!」

 

俯けに倒れ込んだシドに目掛けて蹴り足が伸びるが、バク転避け。

 

着地の低い姿勢から片手をつく浴びせ蹴りを読んでいたかのように掃腿蹴りで刈り取った。

 

「オノレェ!!」

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

鈍化した世界でキョウジは跳躍。

 

放つ旋風脚をシドは片腕で受け止めたが、罠だ。

 

「ゴハッッ!!?」

 

着地と同時に放った後ろ回し蹴りが側頭部にクリーンヒットし、キリモミ回転。

 

大きく地面に倒れ込んだシドに向けてキョウジは駆け抜ける。

 

七星剣を地面から引き抜き、勢いのまま前方宙返り。

 

「殺ったッッ!!」

 

起き上がるシドの頭上から迫りくる七星剣。

 

ヒビが入ったサングラスが怪しく光る。

 

次の瞬間、大きく鳴ったのは…本を閉じる音だった。

 

「な、なんだと!!?」

 

七星剣を受け止めたのは…聖書を用いた真剣白刃取り。

 

「聖書は剣より強シ」

 

「くぅッ!!」

 

両手持ちで押し込もうとするのだが…。

 

「スゥ―――……」

 

呼吸を整え、意識を集中していくシドの姿。

 

「なんだ…!?」

 

カソックコートの上半身が内側から筋肉膨張していくかのように肥大化していく。

 

キョウジの腕力をもってしてもビクともしない体勢。

 

次の瞬間をキョウジは覚えていない。

 

「ガッ……?」

 

左側頭部に決まっていたのは上段膝蹴り。

 

ぐらついて後ろに下がるキョウジの腹部に目掛けて強烈なサイドキックを打ちこむ。

 

「グアァァーーーッ!!!」

 

大きく蹴り飛ばされ、地上エレベーターの真ん中付近で倒れ込んだ。

 

ひび割れたサングラスを指で押し上げ、視線をファフニールに向ける。

 

「…そちらも終わったようですネ」

 

離れた場所では、ついに焼き尽くされて灰となったシキオウジの姿が転がっていた。

 

「グハハハハッ!!魔封ガ切レルマデニ我ヲ仕留メキル余力ハナカッタヨウダ!」

 

勝利の咆哮を上げる機械竜。

 

キョウジに視線を向ければ、もはや虫の息。

 

「ご苦労様でしタ、ファフニール。戻りなさイ」

 

召喚管にファフニールを戻し、トドメを刺さんとシドが近寄ってくる。

 

無謀過ぎたのだ。

 

守りを固めた敵拠点に単身乗り込むなど狂気の沙汰。

 

自らの命を捨てに行くも同然の狂った行動。

 

その果てに待っているのは言わずもがな殺されて死ぬ末路。

 

狂い死ねと名付けられた一族の男の末路が…迫ってきた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

倒れ込んだキョウジの横に立つダークサマナー。

 

「私を相手にして手傷を負わせる程度の実力はありましたカ。ですが…所詮は半人前のサマナー」

 

「キ…サ…マ……俺を…侮辱…する…か…!」

 

「アナタは陰陽師なのでしょうガ、古来より陰陽師系サマナーの霊力は弱いと聞きまス」

 

「グッ…うぅ……」

 

「召喚した悪魔の力すら満足に与えてやれないのであれバ…付け焼き刃もいいところでス」

 

キョウジの脳裏に浮かぶのは、葛葉一族の者達から嘲笑われる光景。

 

――所詮は陰陽師。

 

――陰陽師系の悪魔召喚士は、葛葉一族の恥さらし。

 

――コドクノマレビト事件同様、陰陽師共は悪魔召喚士を名乗らせるのもおこがましい。

 

――お前など、狂い死ぬ末路がお似合いだ。

 

「余程の才能に恵まれた陰陽師であればまだしモ…アナタも例に漏れない弱者でしたネ」

 

キョウジの口元が怒りに燃え上るかのように食いしばられる。

 

「…確かに、俺は陰陽師系サマナーだ。それでもな…初代キョウジは…葛葉の名を手に入れた…」

 

「葛葉…?まさカ、アナタは……ヤタガラスの者?」

 

「葛葉一族宗家の名を…自らの力だけで手に入れたんだ!その末裔である俺は…捨てない」

 

――どんなに嘲笑われようと……葛葉の矜持をな!!

 

死を前にしても…葛葉のプライドを捨てない者。

 

サマナー同士の戦いが終わったのを確認した警備員達が奥から走ってくる。

 

警備員達に視線を向けた後キョウジに視線を向け直し口を開く。

 

「私に手傷を負わせることが出来た者は少ないでス。名を聞いてあげましょウ」

 

キョウジの口元に笑みが浮かび、シドを睨む。

 

「俺の名は…葛葉キョウジ」

 

――必ず貴様を殺しに現れる者だと…頭に刻め。

 

残された力を振り絞り、右手に持つ七星剣を口に咥える。

 

「何をする気ですカ?」

 

「…そこで見ていろ。吠え面かかせてやろう」

 

左手を腰に回し、取り出したのは銃の形をしたフックショット。

 

「キサマッ!?」

 

シドの隙をつき、頭上に構えて引き金を引く。

 

放たれたフックが伸び、地上倉庫の屋根を突き破って傘のようにアンカーが開いて固定。

 

「くっ!!」

 

一気に上に向けて引き上げられるキョウジの体。

 

脱臼する程の衝撃に耐えながら下に視線を向ける。

 

「逃がすナ…撃テッ!!」

 

警備員達の銃撃が飛び交う中、右手に持たれていたのは起爆リモコン。

 

シドは気づいていない。

 

自分の近くに落ちているミリタリーリュックの中身を。

 

不敵な笑みを浮かべたキョウジが呟く。

 

「…あばよ」

 

鈍化した世界。

 

シドの視線が遅れてミリタリーリュックに向けられていく。

 

「まさカ…ッ!?」

 

起爆スイッチのリモコンが押される。

 

次の瞬間、物資搬入エリアが大爆発。

 

地上倉庫までワイヤーで持ち上げられたキョウジは振り子の勢いを利用して跳躍。

 

倉庫の外で着地し、ふらつきながらも病院から逃げ出していく姿を残した。

 

まさに()()()()()()が如き光景。

 

シャッフラー使いであるキョウジのトランプに描かれているのはジョーカーである。

 

狂い死ぬ道化師としての意味合いが強いが、トランプ占いの世界では違う。

 

占いで使われる時には()()()()()()()()()()()という意味を持つカードとなる。

 

この光景はそれを暗示させるようにも思えるのであった。

 

……………。

 

爆炎と煙に包まれた物資搬入エリア。

 

警備員達は爆発の直撃を受け、全員人の形を保っていないまま転がっている。

 

爆発の近くにいたシドの姿は見えない。

 

煙が晴れていき…そこに立たされている存在とは?

 

「……ゲフッ」

 

口から黒い煙を吐き出したのは…黒い肌がさらに黒ずんだ気がするクドラク。

 

ボロボロな姿となったクドラクの後頭部を掴んで離さない人物はシドであった。

 

「あ…あの…シドの旦那…?」

 

「咄嗟の判断でしタ。ヴァンパイアなのだシ、この程度はどうってことないですよネ?」

 

「そりゃ……ない…ぜ……ガフッ」

 

白目をむいて倒れ込む哀れな吸血鬼。

 

サングラスを指で押し上げ、邪悪な笑みを浮かべる。

 

「葛葉キョウジ…ですカ。私に恥をかかせる程のジョーカー……侮っていましたネ」

 

踵を返し、燃え盛る物資搬入エリアから研究所に向けて去っていく。

 

「次に出会った時にハ…私は全力でアナタを八つ裂きにしてあげますヨ」

 

そう言い残して消えていくシドの後ろ姿。

 

クドラクは何故か回収もされず、笑われる道化師のような姿となって終わった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

数日後。

 

被害を受けた佐藤精神科病院から離れた場所にあるゴルフ場は人気もなく貸し切り状態。

 

レジャースポーツを楽しむ姿をしているのは…ゴルフウェアに着替えたシドであった。

 

「さテ、警備責任者としテ…此度の失態の責任をとってもらいますヨ」

 

彼が握るドライバーの下側には…地面に埋められて首だけが伸びた男の頭部。

 

「ままま、待ってくれーーッッ!!!ここまでされる謂れはないぞぉ!!」

 

「そうはいかん」

 

シドの横に立つのは秘密研究所の所長を務める堕天使。

 

「あれ程の被害を未然に防げなかったのは、初期措置の遅れが原因だ。責任をとってもらうぞ」

 

「シドさんって~ゴルフが趣味だったなんて知らなかったわ~♪」

 

セクシーなミニスカウェアを着ているのは、お色気秘書を務めるサキュバス。

 

「この国に来てからというもノ、趣味を楽しむ時間もない多忙スケジュールでしタ」

 

「今日はお休みにしたんだし~~、思いっきりかっ飛ばしてあげちゃって~♡」

 

「フッ…期待して貰えるなラ、喜んデ」

 

ドライバーを振り上げていく。

 

「や…やめて……やめてくれぇーーーッッ!!!!」

 

振り上げられたドライバーをフルスイング。

 

「あごパァッッ!!!!!」

 

首が千切れ飛び、空を大きく飛んでいく。

 

生首は血を撒き散らしながらも、一打でグリーンの上まで転がっていった。

 

「ナイスショット~♡ワンオンを狙えちゃうわね~♪」

 

「使わせてもらえているこのゴルフ場を汚しても大丈夫なのですカ?」

 

「構わんよ。このゴルフ場はアレイスターがオーナーを務めているゴルフ場だからね」

 

「なるほド。でハ、遠慮なく楽しませてもらいまス」

 

「しかし…此度の被害は大きかった。色々と手回しをして隠蔽を図らねば…」

 

「大きな問題点だったのハ…性格に難有りの悪魔共ですネ」

 

「あの子達ったら~屋上で朝まで喧嘩してたのよ~?信じられない脳筋バカ達よね~」

 

「あの者共にかけた洗脳魔法の効果は限定的だからな」

 

「そうね~。私が本気で魅了魔法をかけちゃったら~…目につく連中全部殺していくかも?」

 

「元々の悪魔の性格に難があるのやもしれませン」

 

「そこでだ。私はあと2体…追加の悪魔を召喚しようかと考えている」

 

「次の召喚悪魔を使役する許可を貰えたわけですネ。性格に問題ない悪魔を願いますヨ」

 

ポケットに入れているガラケーの着信音が響き、シドは通話ボタンを押す。

 

<<ちょっと!!今日はアリナのトレーニングに付き合ってくれる約束……>>

 

速攻で通話ボタンを消し、電源をOFF。

 

「わ~お…こっちにまで聞こえるぐらいの喧しさだったわね~」

 

「ハハハッ、まったく…多忙な人生を送っているようだね」

 

「私とテ、休日ぐらいは必要でス。唯一神でさえ一週間に一日ぐらいは休みまス」

 

「違いない」

 

キャリーバックを背負い、今日一日はのんびり過ごす一同の姿がそこにはあった。

 

……………。

 

宝崎市、場所は葛葉探偵事務所。

 

事務所オフィスの奥である書斎は開いており、奥にはキョウジの姿が見える。

 

包帯を頭に巻き、絆創膏を顔に張り付ける痛々しい姿。

 

椅子に座り、机の上で器の中の肉塊を磨り潰していた。

 

武器庫とも言える空間の隅には封印と張り紙がされた壺がいくつも見える。

 

その壺の中は恐ろしい生き物たちの蠢く音が響いてきた。

 

――古来より陰陽師系サマナーの霊力は弱いと聞きまス。

 

シドに言われた言葉が脳裏を過り、歯を食いしばる程の怒りの表情を浮かべる。

 

「俺は…目的のためなら手段は選ばない。たとえそれが、俺の身に災いを招こうとも」

 

彼が行っているのは、蠱毒と呼ばれる呪術。

 

毒虫を瓶や壺などに詰めて作り上げる、古来から存在する呪具の一種。

 

作成の方法は割と簡単で、百種の蟲を一つの容器に入れお互いを食らい合わせるのみ。

 

生き残った一匹を決め、それを呪物として利用するというわけだ。

 

作成が成功した蠱毒には様々な使い道が存在する。

 

中国式では完成した蠱毒を細かく磨り潰し、呪いを掛ける対象の飲食物の中に混ぜ込む。

 

しかし、彼が生み出そうとしている蟲毒は真逆の用い方をするのだ。

 

「コドクノマレビト事件…あの時に帝都を襲った陰陽師結社が用いた蟲毒の丸薬レシピ…」

 

――初代キョウジは…子孫のために残しておいてくれて助かったよ。

 

復讐に燃え上る葛葉狂死の末裔。

 

彼が再び姿を見せる時、それは殺戮の幕開けとなる日であろう。

 

キョウジを以てしても解決出来なかった難事件。

 

その事件と関わり合いになっていく探偵事務所は他にもある。

 

彼から依頼を引き継ぐ探偵。

 

その人物とは、人修羅と呼ばれる悪魔でありながらも探偵業を営む男…嘉嶋尚紀であった。

 




キョウジさんもウラベさん同様、どうにか生き残ってくれましたね。
ライドウさん絡めるなら…キョウジさんとも絡めたいな~という誘惑に負けましたので生存させた次第です。
シリアスダークばかりじゃ何なので、次はアリナとなぎたん使って何か日常系を描きたいかと思います。


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144話 命を食む者達

アリナが住まう新たな住処は高層マンション屋上部位である最高級ペントハウス。

 

直通エレベーターから下りれば、4階丸ごとアリナの居住区エリアである。

 

天上の高い広々とした空間を見れば高級家具が並びたつ。

 

大きなキッチン、様々なバスルーム、書斎ルーム、遊具室、屋内プールにトレーニングルーム。

 

広々としたルーフバルコニーに出ればイングリッシュガーデンを思わせる景色が広がる。

 

屋上に出ればヘリポートと直通しており、ここからヘリに乗って移動出来るようだ。

 

たった1人が暮らすにはあまりにも広々とした豪邸。

 

彼女…いや、彼はここでどんな毎日を過ごしているのだろうか?

 

今日はそんなアリナの新しい生活の一部を語る物語。

 

日も昇り切らない早朝。

 

朝起きるのが苦手なアリナであるが…目覚ましの時計が鳴ると同時に目を開ける。

 

大きなベットから飛び起きて運動着に着替えてから下の階に向かう。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!」

 

トレーニングルームでは柔軟体操を終えたアリナがランニングマシンの上で走り続ける。

 

ひとしきり走り終えたら、今度はストレッチ器具を使って股割り中。

 

「グググ…開き切らない!!アリナって…こんなにボディが固かったワケ!?」

 

朝起きるのも運動するのも億劫な人物であったのだが、見違えるほどの行動力。

 

アリナをここまで変えたキッカケとは何か?

 

それはフィネガンに成す術もなく負かされたのが原因なのだろう。

 

接近戦を挑まれ、抵抗も出来なかったのがよほど悔しかったのだ。

 

「フンッ!フンッ!」

 

壁に供えられた鏡を見ながら蹴り足を伸ばし、蹴り足動作を確認する。

 

どうやらシドからカポエイラも教えてもらう事にしたようだ。

 

カポエイラトレーニングを終える頃には、ビルの窓ガラスから日差しが入り込む。

 

「ハァ…こんなことなら、スクール時代にもっと運動しとけば良かったんですケド」

 

汗まみれになった体を潤すように水を飲み、隣接したシャワールームで汗を流す。

 

ガラスの向こうに見える湯気の世界には…アリナが少女である事を示す膨らみが見える。

 

それでも、今のアリナは名誉男性。

 

女性である事を意識させる服装からは遠ざかっているようなのだが…。

 

それでも流石に男性用の下着を履く事には抵抗があったようだ。

 

黒のショーツとブラを着て長い髪を乾かす姿は女性そのもの。

 

バスローブとスリッパ姿の彼女はエレベーターに乗り込み屋上に向かう。

 

「グッモーニン、アリナの可愛いキュートキッド」

 

ヘリポートを見れば巨大な鷹の姿を誇るフェニックスがいるのだが…。

 

「グァ!グァ!」

 

何やら足をばたつかせて交互に持ち上げている光景が続く。

 

「プッ!アリナの真似をしてるワケ?ほんとキュートなんだカラ♪」

 

「グァ?ピーーッ!」

 

アリナが来たのに気付いたフェニックスは駆け寄ってきて頭部を近づける。

 

「よしよし、グッボーイ」

 

顔を擦り付けながらフェニックスを撫でていく。

 

何処かその姿は悪魔の母親のようにも見えた。

 

「ブレックファストは食べたワケ?」

 

「ピーーッ!」

 

「そう、もうミールは自分で探して食べれるようになったワケね」

 

「ピーーッ!」

 

巨大なクチバシを見れば…血で汚れている。

 

それが何なのかはアリナには分かっていた。

 

バスローブのポケットからタオルを取り出し、口元の血糊を拭いてあげる。

 

「アリナもアナタのように…ちゃんと肉食出来るようにならなきゃね」

 

「グァ?」

 

「何でもないカラ」

 

手を振った後、部屋に戻っていく。

 

見送ったフェニックスは眠くなってきたのか座り込んで目を瞑っていった。

 

……………。

 

エレベーターから下り、一階部分と言えるスペースから階段を上っていく。

 

二階空間は生活スペースとなっており、吹き抜けのリビングルームや大型キッチン等が見える。

 

リビングの窓は全て電動ブラインドが閉められており、シャンデリアライトが照らす空間だ。

 

「アリナのブレックファストは出来てるワケー?」

 

不機嫌そうな声を大型キッチンに向けて言う。

 

ここに来た頃には世話人が何人かいたのだが…アリナは全員追い出している。

 

家族の肉を食わされたのだ…無理もない。

 

では、アリナ独りで暮らす豪邸の中には現在誰がいるのだろうか?

 

<<うむ、出来ているぞ>>

 

アリナが椅子に座れば、朝食が並べられている。

 

お茶を淹れている人物とは…吸血鬼悪魔となった和泉十七夜。

 

着ている服装はクラッシックメイドを思わせる衣装姿をしていた。

 

「かけてくれ、ご主人」

 

「その言い方やめるワケ。アリナは別に、ここの所有者じゃないんですケド」

 

「むっ?そうか…。では、なんと言えば良いのだろうか?」

 

「アリナはアリナでいいカラ」

 

「アリナか…分かった。飲み物は牛乳がいいか?それとも緑茶か?」

 

「ウォーターで……やっぱ止める。ミルクでいいカラ」

 

「うむ、骨太な強い女になるがいい」

 

「アリナはもうガールは辞めたって、言わなかった?」

 

「……そうだったな。すまなかった」

 

視線を自分の机に向ける。

 

彼女の席に並べられていたのは、卵や野菜を中心とした洋食メニュー。

 

「アリナのオーダー通り、ミートは使ってないクッキングで安心したワケ」

 

「自分はこれでも家族の料理番を務めていた。それなりに腕には自信がある」

 

「アナタも席に座ればいい。お互いさっさと食べて、デイリーワークを片付けるワケ」

 

「そうしよう。君は豪邸の管理を自分に任せてくれたからな…日光を遮断出来る家で助かった」

 

朝食を始める2人の姿は、まるでルームシェアをしている友人同士のようにも見える。

 

「アリナの代わりにミートは食べていいって言ったけど…レバー刺し身なワケ?」

 

「…自分は吸血鬼にされた。血の代用品になるのは鉄分だと…クドラクから教わったんだ」

 

語りたくもない者の名を呟いた彼女の顔が俯いてしまう。

 

重い空気となった朝食時間が続いていく。

 

アリナは十七夜の姿を見つめながら、物思いに耽る表情を浮かべる。

 

彼女が思い出していたのは数日前のこと。

 

吸血鬼であり元魔法少女の十七夜を家に連れてきた…ユダの事を思い出していた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

玄関を開ければ、にこやかな笑顔をしたユダとオドオドした表情の十七夜。

 

ユダの肩に担がれているのは十七夜用のベットとして用意した棺桶ベットだ。

 

アリナは笑顔を返し、勢いよく扉を閉める。

 

「ま、待ってくれ!夜分遅くの急な訪問だったのは悪かった!!」

 

<<アリナの家に突然用事があるとか言ってきたけど…そういう魂胆だったワケ!?>>

 

「十七夜君が暮らしていける家を他にも用意したんだが…君のところがいいと言われたんだよ!」

 

<<それでどうして…アリナがホイホイとイエスって言う発想が出てくるワケ!?>>

 

「彼女は元魔法少女だ!君も魔法少女としての自分を捨てた者なのだから…」

 

<<ノーサンキュー!アリナの世話人なんて…もういらないんだカラ!!>>

 

インターホンから拒絶な大声が聞こえた2人が肩を落とす。

 

「…無理もないか。あれ程の所業をされたのだからな…」

 

「……ユダさん、自分に話をさせてくれ」

 

インターホンのボタンを押し、カメラに向けて真剣な眼差しを向ける十七夜。

 

「聞いてくれないか?自分が何故、君と一緒に生活がしたいと思ったのか…その動機を」

 

インターホンから返事は帰らないが、語り続ける。

 

「自分は読心術を使える者だ。だが、己自身を読む能力が欠如している者だと…君に教えられた」

 

<<……それが、どうかしたワケ?>>

 

返事が返ってきたから続けて胸の内を語っていく。

 

「ひとつの綻びから、なし崩し的に自分の在り方は壊れた。だからこそ…自分は観察者が欲しい」

 

<<……アリナの鑑定眼で、毎日アナタの言動をチェックして欲しい?>>

 

「自分は…負の潔癖主義者だ。いずれまた、己のエゴに飲み込まれる日がくる…それが怖いんだ」

 

<<…かつてのアリナは、カミハマのアウトサイダーだった。…そんな奴でも、いいワケ?>>

 

「はみ出し者だからこそ、冷静に観察してくれる。嫌われる敵になってでも…批判してくれる」

 

――そんな君が……自分は欲しいんだ。

 

ゆっくりと扉が開いていく。

 

顔を覗かせてきたアリナの表情は…頬を染めていた。

 

「…プロポーズみたいなセリフは、アリナはノーサンキュー。でも、世話人1人ぐらいは…」

 

懐柔されたアリナの表情を見たユダはニヤニヤした表情を浮かべてくる。

 

玄関扉に足をかけ、強引に扉を開けてきた。

 

「いや~流石は魔法少女同士の絆。さて、十七夜君のベットはどこに置こうかな?」

 

「ちょ、ちょっと!アリナの家に勝手に……」

 

「……なるほど。勝手に上がって欲しくなかったのには、理由があったわけだね」

 

部屋の中を見渡せば…散らかり放題。

 

アリナに女子力を期待するのは難しそうな光景が広がっていた。

 

「……いいのか?」

 

オドオドした表情をアリナに向けてくる。

 

大きな溜息をつき、片手でOKサインを描いてくれた。

 

「この物件は高層ビルの窓が使われてるから日差しが強いな…奥まった部屋を探そう」

 

気が付いたらユダは階段を上っていく。

 

「ちょっと!アリナの家を勝手に散策しないで欲しいんですケド!」

 

慌ててユダの後を追いかけるアリナの後ろ姿を見て、十七夜の口元には微笑みが浮かんだ。

 

「……ありがとう、感謝する」

 

受け入れてくれた者のために頑張ろうと、周囲の散乱っぷりを見つめながら決意する姿。

 

看板メイドとして働いてきたメイドのなぎたんに訪れた新たなるスタートだった。

 

……………。

 

場所は変わり、アリナの豪邸の3階部分。

 

客人用の寝室として使われてきた部屋には階段を登ってきた3人がいた。

 

「…むぅ、棺桶ベットか」

 

ユダが持ってきた棺桶ベットをジロジロ見つめる。

 

「君の身長に合わせて作らせた。中にはマットレスを供えてるから背中も痛くはならないだろう」

 

「へぇ、死者が起き上がる棺桶ベットねぇ?アリナ的には超グットなんですケド」

 

「よ、よし…せっかく作ってくれたんだし、入ってみるか」

 

赤いマットレスで敷き詰められた棺桶ベットに入り込む。

 

「むぅ……どっちに頭を向けて寝ればいいんだ?」

 

棺桶の中でゴソゴソ動き回る吸血鬼少女の姿を見て、二人は苦笑い。

 

「閉所恐怖症とかは大丈夫そうかい?」

 

「うむ、自分はそういう恐怖症を感じたことはないぞ」

 

棺桶扉の開け閉めをしながらも、棺桶生活に不安そうな表情を浮かべてくる。

 

「あ、そういえば…」

 

アリナが部屋から出ていき、戻ってきた彼女の手には室内ガイド本が持たれている。

 

「このペントハウスには電動ブラインドが備え付けられてたのを忘れてたんですケド」

 

「ほう?ビルに照り付ける日差しと紫外線を守ってくれる設備付きだったか」

 

「では、自分はこの棺桶ベットではなく…隣にあるベットで眠ってもいいということか?」

 

「やれやれ…ここの物件内容を把握しておくべきだったな」

 

「アリナ的には、こっちのベットの方がオススメなんですケド」

 

「いや…遠慮する。自分は人間として生きてきた者だ…可能な限りは人間らしく生きたい」

 

「残念。でも、アンデットヴァンパイアと暮らせるなんて…アリナワクワクしてきちゃった♪」

 

「仕方ない、棺桶は持ち帰ることにするよ」

 

「いや、これは残しておいてくれ。日差し避けとして使える日が来るかもしれないからな」

 

「やっぱりヴァンパイアに棺桶はセットってワケ。それとも…単なる貧乏性?」

 

「…手厳しいな、君は」

 

ガックリ肩を落とす貧乏少女の姿を見て、アリナとユダは微笑む。

 

新たなるルームメイトを迎え入れた彼女の表情にも穏やかさが蘇っていく。

 

吸血鬼悪魔とダークサマナー、2人の共同生活がこれから始まっていくのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

物思いに耽りながら食事をしていたら、朝食を食べ終えていた。

 

「それじゃ、アリナは着替えて出かけてくるから後の事はお願いするワケ」

 

「了解だ」

 

不意に誰かの携帯の音が響く。

 

「アリナの携帯じゃないんですケド」

 

「これは…自分に渡してもらえた携帯からだな」

 

メイド服のポケットから携帯を出し、通話ボタンを押す。

 

「おはよう、十七夜君」

 

連絡相手はユダだったようだ。

 

「自分に何か用事か?」

 

「ダークサマナー達が利用している修験場に来てくれ。場所はアリナ君に聞いて欲しい」

 

「そこで何かを行うのか?」

 

「君も悪魔になった。吸血鬼悪魔としての戦い方をクドラクが教えるそうだ」

 

クドラクと聞き、眉間にシワが寄ってくる。

 

「……断る。あの男の顔を見るだけでも反吐が出る」

 

「そう言うな。吸血鬼としては初心者なんだから、吸血鬼の先輩からは多くを学べる」

 

「しかし……」

 

「我々の戦力に早くなりたいと言ってきたのは君の筈だ」

 

「……そうだったな。選り好みなど、自分は選べる立場ではなかった」

 

「私も同席してクドラクを監視する。彼が君に乱暴を働かないよう見張っていよう」

 

電話は一方的に切られてしまう。

 

「出かけることにするワケ?」

 

「お達しがあったからな。ダークサマナー達が利用する修験場を知っているか?」

 

「オフコース。アリナも利用している場所だから案内出来るワケ」

 

「ではお願いしよう。自分も服を着替えてこないとな」

 

「着替えはあるの?」

 

「あっ……」

 

今着ている服も使用人室から借りているもの。

 

彼女は拉致されて連れてこられたのだから、着の身着のままというわけだ。

 

「ハァ…仕方ない。日が沈んだら、アナタの日用品を買いに行くことにしてあげる」

 

「いいのか…?自分はまだ給料を貰えていないから…その…」

 

「アリナの生活費から出してあげる。これは貰い物だからジャブジャブ使っていいワケ」

 

「何から何まですまない…自分は君に頼り切りだな」

 

「その辺はギブ&テイクにしてあげる。後でアリナの役に立ってもらうんだカラ♪」

 

「むぅ?」

 

ニヤニヤした表情を浮かべ、両手の指で四角の形を作りながら覗き込んでくる。

 

「あっと、もうこんなタイム?アリナ着替えてくるから、食器片づけといて」

 

「うむ。しかし…参ったな。吸血鬼の自分が外に出歩ける時間帯じゃないぞ?」

 

「その点は準備しておくから、心配いらないんですケド」

 

「そうか?では、任せるとしよう」

 

スマホを取り出し、どこかに連絡しながら自分の部屋へと戻っていく後ろ姿を見送る。

 

程なくして男装服に着替え終えたアリナがメイドの十七夜を連れ、エレベーターに向かう。

 

高層ビルの地下駐車場に呼びつけておいた迎えの車に向かう2人。

 

日光に弱い十七夜のためにリアガラスを鉄板で覆ったラグジュアリーリムジンが停車していた。

 

「なるほど…これなら日光は後部座席に入らないな。それにしても…リムジンに乗るのか…」

 

「早く乗る」

 

「待て、心の準備が……」

 

「貧乏人のハートの準備を待ってる暇はないカラ。ハリーハリー」

 

「わ、分かった!押さなくても自分で乗れる!」

 

2人を乗せた高級リムジンが発進していく。

 

道を走るリムジンの空高くにはフェニックスの飛ぶ姿。

 

母親を警護する役目を果たす親孝行な子供なのだろう。

 

後部座席に座る十七夜はどこか落ち着かない様子だ。

 

「むぅ…貧しい家で生活してきた自分が、こんなVIP待遇を受けていいのだろうか?」

 

「細かい事を気にし過ぎていると、若白髪が生えるんですケド」

 

「嫌味か?自分の髪は元々白髪色だ」

 

「ダッツライト。忘れてたワケ」

 

「ハァ…この新しい生活に慣れるまで、暫くかかりそうだな」

 

不安を感じる十七夜を乗せたリムジンは見滝原市を目指して進んでいった。

 

……………。

 

アリナと別れた十七夜がいる場所とは、見滝原総合病院の地下西側エリア。

 

ダークサマナーの修験場で彼女を待っていたのはユダとクドラクである。

 

「よ~く来たなぁ~十七夜。オレの兄妹よ」

 

「黙れ。貴様に兄妹扱いされるのは…反吐が出る」

 

「つれない態度だな?まぁいい、シドの旦那から頼まれた教育をさっさと済ませて帰るとするか」

 

「十七夜君、これからの君は悪魔として生きるのだが…君は特殊な悪魔のようだ」

 

「特殊な悪魔とは?」

 

「君は元々受肉した魔法少女から悪魔に変化した。MAGから生まれた悪魔とは違う」

 

「召喚されて生まれたオレ達悪魔は概念存在。悪魔の姿を人間が視認することは出来ねぇ」

 

「つまり、魔獣のような存在が悪魔というわけか?そして自分は…その中間になると?」

 

「その通り。君は概念存在としては完成していない…いわば悪魔化した人間のようなものさ」

 

「この世界を統べる皇帝陛下となられるだろう人修羅様と同じく、悪魔人間とも言えるんだよ」

 

「人修羅……?自分以外にも、悪魔人間はいるというわけだな」

 

「君が悪魔化した姿は、魔法少女時代と同じく人間に視認される。気を付けたまえ」

 

「分かった、そうしよう」

 

「それじゃあ、早速ヴァンパイアレッスンを始めるとするか」

 

両手を鳴らし始めるクドラク。

 

ユダは離れていく姿を見た十七夜の口元には不敵な笑みが浮かぶ。

 

「…なるほど、荒っぽい教育になるというわけだな?」

 

互いが向き合い、構える。

 

「もう魔法少女じゃないんだ。今までの戦い方は忘れるつもりで攻めてきな」

 

「…いいだろう。自分も試してみたかった…悪魔化した自分の力を!」

 

ライトで照らされた修験場内。

 

十七夜の影が蠢き始め、影の中から無数の蝙蝠が飛び出す。

 

蝙蝠は十七夜の体に纏わりつくように集まり、彼女の戦闘衣装を編み込んでいく。

 

現れたのは魔法少女の和泉十七夜ではない、悪魔人間となった和泉十七夜の姿だ。

 

「悪魔変身や蝙蝠を操る力ぐらいは理解しているようだな?」

 

「そうだ。しかし…魔法少女時代の武器である鞭はもう…錬成出来ないようだ」

 

「気にするな。それ以上の恩恵をお前は授かっているのだと…オレがレクチャーしてやらぁ!」

 

クドラクは指を揃えて手招きする挑発。

 

十七夜は右手を翳し、周囲を飛び交う蝙蝠に魔力を送る。

 

吸血鬼師弟の対決が始まったのである。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あの時に受けた借りを返してやる!」

 

無数に飛び交う蝙蝠達が赤く帯電していく。

 

「訓練程度で終わると思うな!!」

 

右手を翳し、蝙蝠達を放つ。

 

かつての魔法少女時代に得意としていたマギア魔法を模した一撃だ。

 

ニヤニヤした表情をしたクドラクの体に変化が見える。

 

「なんだと!?」

 

彼の体が一気に霧となり、無数の蝙蝠の一撃が素通りしてしまう。

 

周囲が毒々しい濃霧に包まれ、実体を持たなくなったクドラクに警戒する。

 

「これがあの時にしてこなかった霧化なのか…?それに何だ…この酷い臭いは?」

 

<<後ろがガラ空きだぜ>>

 

「なにっ!?」

 

霧が集まり実体化すると同時に、十七夜を背後から羽交い絞め。

 

拘束された十七夜は吸血鬼の力で振り解こうとするが、ビクともしない。

 

「これがヴァンパイアの能力の一つだ。そして、お前が吸い込んだ霧は毒でもあったんだ」

 

「くっ…!つまり…ヴァンパイアは霧になれる上に、毒を吸っても大丈夫というわけか?」

 

「毒や疾病のような体の神経を攻撃してくる魔法は効かない耐性を持つ。お前もやってみろ」

 

「自分も霧化出来るのか…?」

 

「オレが吸血鬼にしてやった男でさえ簡単に出来た。イメージしろ、お前の体が応えてくれる」

 

「…いいだろう」

 

目を閉じ、意識を集中する。

 

(自分は水だ…水蒸気のように形無き者……)

 

十七夜の体に変化が生まれる。

 

白い霧のようになっていき、羽交い絞めから抜け出せた。

 

慣れない芸当のため直ぐに霧化が解けるが、実体化すると同時に宙を舞う回転蹴り。

 

クドラクは右腕を上げてガードし、不敵な笑みを浮かべてくる。

 

「呑み込みが早いところは100点だが…可愛げのない性格をしてるところでマイナス50だ」

 

「貴様から100点を貰えても嬉しくなどない!」

 

「体を瞬時に変化させれるぐらいにまで磨き上げろ。オレ達の体は形があって形がない存在だ」

 

右手を翳し、氷結魔法を放つ構え。

 

「チッ!」

 

放たれたマハブフーラに対し、十七夜の体が変化して無数の蝙蝠化の回避行動。

 

距離を離したところで実体化して右手を翳し、いつでも反撃出来る姿勢を崩さない。

 

「その調子ならオレが教える手間も少なくて済むな。今度は悪魔の魔法を教えてやる」

 

「悪魔の魔法…?自分も使えるというのか?」

 

「ヴァンパイアはサイと呼ばれる攻撃魔法が使える。サイってのはサイキックの略だ」

 

「つまり…超能力者のような力が使えるというのか?」

 

「オレがお前に読心術を行使しただろ?悪魔の読心術はサイキック魔法の応用なのさ」

 

「では、魔法少女でなくなった自分だが…以前のような読心術が使えるというわけだな」

 

「それだけじゃないぜ」

 

クドラクが十七夜に向けて右手を翳す。

 

「うわっ!?」

 

十七夜の体が宙に浮かび、一気にクドラクの前にまで引き寄せられた。

 

「これがサイだ。物体を浮かせて引き寄せたり、遠くに飛ばしたり出来る」

 

「ぐっ…!体が…動かない…!!」

 

「そしてこれが…威力を上げたサイオだ」

 

クドラクの右手がまるで固い林檎を握り潰すかのようにして動く。

 

「ぐぁぁぁーーーーッッ!!?」

 

まるで全身を万力で締め上げられるかのような苦しみに襲われる十七夜。

 

右手を下ろされ、解放された彼女は地面に蹲ってしまった。

 

「サイは集中力がかかる魔法だ。前に吸血鬼にしたヤクザは…スプーンも曲げられなかったなぁ」

 

「ハァ…ハァ……自分にも、これが出来るというのか…?」

 

「練習あるのみだな。サイの魔法が使える悪魔は限られている」

 

「…分かった、鍛錬に励もう」

 

「さて、ヴァンパイアの能力についてのレクチャーに戻ろう。お前…血は吸っているか?」

 

「……血の代用品で我慢している」

 

「それだといずれ我慢出来なくなる。吸血鬼に血を吸われた者がどうなるかを…見せてやるぜ」

 

指を鳴らす。

 

鍛錬用の悪魔が内臓されたゲートが次々と開いていく。

 

中から現れた存在とは…屍鬼にされてしまった人間達。

 

<<GRRRRR……>>

 

「こ…この青白い肌をしたゾンビ共はなんだ!?」

 

「こいつらは屍鬼。オレ達に血を吸われた非童貞、あるいは非処女だった人間の末路だ」

 

「そんな…自分が人の血を吸って…性の喜びを知っている者だったら…こうなるのか!?」

 

「こいつらはオレ達の使い魔として操ることも出来る。今のこいつらはオレの傀儡だ」

 

「貴様…まさか人間を襲ってまで用意したというのか!?」

 

「優等生を気取っていられるのも今の内だけだぜ。こいつらを始末しろ」

 

クドラクの目が怪しく光り、屍鬼の目も同時に光る。

 

<<シャァーーーーッッ!!!>>

 

屍鬼達が大挙して十七夜に襲い掛かってくる。

 

「や、やめろぉ!!」

 

襲い掛かるかつての人間達に対して、手加減を加えた徒手空拳で倒そうとする。

 

しかし痛覚が麻痺した屍鬼達は倒れても起き上がり、十七夜を襲い続ける。

 

「未だに不殺ごっこか?屍鬼にされちまった奴らはもう人間には戻れねぇ、遠慮はいらねーぞ」

 

「だ、黙れ外道め!!自分に…また人間を殺させようとするのかぁ!!」

 

正義の変身ヒロインとして生きた者の矜持を捨てきれない者を見つめるユダの姿。

 

テコ入れが必要だと感じた彼の笛が再び吹き鳴らされた。

 

「案ずるな、十七夜君。その者達はな…神浜に差別を撒き散らしてきた西の差別主義者だ」

 

「なんだと…!?」

 

「神浜テロが起きたその後の東がどうなっているのか…君は知っているのか?」

 

「何が…起きているんだ?自分の故郷の人々に…一体何が!?」

 

()()()()()()()さ」

 

「アパルトヘイト…だと?」

 

「今の神浜市議会では、アパルトヘイト条例の制定が急がれている。東住民に対する差別条例だ」

 

「馬鹿な!?どうしてそんな条例を…西側の奴らは平気で作ろうとする!?」

 

「東の人々を人間扱いしないからさ。就業・居住・教育・治安・住民分類を推し進めるのだ」

 

「ふざけるな!!たしかに…東の人々は街を破壊した!それでも…それは西の連中のせいだ!!」

 

「その通りだ。言われも無き差別の歴史は、テロという実害によって…狂気を極めた」

 

「東の人々は今…どうなってる!?西側の連中は…何をやっているんだ!?」

 

「…()()()()()()()さ」

 

「ヘイトクライム…?」

 

「嫌がらせ、脅迫、暴行等の犯罪行為。連日続く西側住民のヘイトスピーチがそれを促す」

 

――いずれ東の人々は…()()()()()()の二の舞になるやもしれないね。

 

ルワンダ虐殺とは、1994年にアフリカのルワンダで発生した大量虐殺である。

 

フツ系の政府とそれに同調するフツ過激派によって、多数のツチとフツ穏健派が殺害された歴史。

 

ルワンダ全国民の10%から20%にも上る約100万人もの人々が虐殺されてしまった。

 

原因は、ヘイトスピーチからヘイトクライムにまで流れていったこと。

 

メディアがツチと、ツチに味方するフツ穏健派は殺すべきゴキブリだと扇動したのだ。

 

「東の住民はテロリストだ。いつ襲われるか分からない。だから隔離しろ、街から追い出せ」

 

――()()()()()()()にして、人々を迫害することを正当化する。

 

――それこそが、アパルトヘイトの歴史というものさ。

 

青ざめた十七夜の表情だが…次第に歯を食いしばる程の怒りに変わっていく。

 

「ふざけるな……ふざけるなぁぁーーーッッ!!!」

 

怒りに呼応するかの如く、赤い魔力が全身から噴き上がる。

 

その光景を見たクドラクとユダの口元に笑みが浮かんだ。

 

「吸血鬼は噛まなければ血を吸えないわけじゃねぇ。お前も使ってみせろよ」

 

――オレ達ヴァンパイアがもっとも得意とする魔法。

 

――『吸血』をな。

 

蝙蝠の羽が生えたモノクルが怪しく光る。

 

両手を開けて構え、周囲を異界化させていく。

 

異界化した光景とは…まるで墓場の世界。

 

「うぉぁあああーーーーッッ!!!!」

 

開かれた両手から赤い波動を放ち続ける。

 

<<グアァァーーーッ!!!?>>

 

屍鬼にされた者達の体の皮膚から流れ出すのは…おびただしい血の雫。

 

念動力で全身から吸い出されるかのようにして絞り尽くされていく。

 

絞られて宙を浮かぶ血の塊が凝固していき、無数の赤い蝙蝠と化して十七夜の体に集まりだす。

 

クドラクに痛めつけられた傷が回復していき、さらには屍鬼達の魔力まで吸い尽くす。

 

全身を用いて血を吸いつくしていく光景。

 

攻撃と回復を同時にこなす魔法…それこそが、悪魔達が用いる吸血魔法だ。

 

「…血痕も残らないようにしてやる」

 

広げた両手を頭上に掲げる。

 

大量の血で生み出された蝙蝠が収束していき、赤黒い球体と化す。

 

血を吸いつくされてミイラのように痩せ細った屍鬼達に向けて放つのは…十七夜の極大魔法。

 

右手を前に向け、左手で支えて放つ。

 

「さぁ、クライマックスだ」

 

――フフフ……ハァーハハハァ!!!

 

頭上の赤黒い球体が破裂し、巨大な魔力の奔流と化す。

 

<<Aghhhhhhh!!!>>

 

魔力の奔流に飲み込まれた屍鬼の体は欠片も残らず消滅していく。

 

これがヴァンパイアと化した十七夜の極大魔法『ブラッディ―・ルーラー』の一撃。

 

悪魔を表す真紅の瞳を輝かせた十七夜が…吐き捨てるように呟く。

 

「…太陽にでも祈っていろ。腐り切った西側の連中にだって、太陽は平等だ」

 

拍手の音が響く。

 

拍手をしていたユダであったが歩み寄ってくる。

 

「素晴らしい。君の怒りの力こそが我々の博愛結社には必要なんだよ」

 

「…どういう意味だ?」

 

「我々のスローガン、自由・平等・博愛。それを望まない邪悪な存在は…誰だ?」

 

「…西側のように、エゴに腐り切った……人間共だ」

 

「我々に必要なのは正義を執行する剣。振るう者は誰よりも()()()()()でなければならない」

 

「こんな吸血鬼の自分にも…正義の剣を振りかざす資格があるのか?」

 

「私が言ったことを忘れるな。人殺しの悪魔であろうとも、皆が平等なのだ」

 

「ユダさん……」

 

両肩に優しく手を置き、にこやかな笑みを向けてくる。

 

「私の目に狂いはなかった。君のように道徳と正義を愛する者こそが、世界の未来を築く」

 

真顔でそんなセリフを言われたものだから、背を向けてしまう。

 

彼女の頬は照れたように赤くなっていた。

 

クドラクも近寄ってきたが…その表情は驚愕に包まれている。

 

「…これ程の吸血魔法を見たのは初めてだ。どうやら…とんでもない逸材を拾ったみたいだぜ」

 

「フン、敵に塩を送ってくれたことを後悔する日がくるかもな」

 

「ぬかせ!お前みたいなガキヴァンパイアなんぞに!クドラクの座はまだ譲れねぇ!!」

 

顔を近づけ、火花が飛び散るように睨み合う師弟を見ていた彼は両手をオーバーに広げてしまう。

 

そんなユダだったが腕時計を見て十七夜に向き直る。

 

「もうこんな時間か。たしか君はアリナ君の家に帰って夕飯の支度をするんだったな?」

 

「むっ?もうそんな時間か…すまないが、今日のトレーニングはこれで終わらせてもらう」

 

「人間の飯なんぞを有難がるとは…ヴァンパイアの風上にもおけねぇ娘だな」

 

「人間の食事の美味さを忘れた化け物に言われたくはない」

 

「病院の地下駐車場に車を回しておく。今度からあのリムジンは君の移動手段として使ってくれ」

 

「あ…有難く使わせてもらう。こんな自分がリムジン生活か…家族が知ったらさぞ笑うだろうな」

 

踵を返して帰っていく十七夜の後ろ姿をユダとクドラクは静かに見送る。

 

歩きながらも彼女はこう呟く。

 

「…人間という生き物が、どういう連中なのかを理解した。自分はもう…迷わない」

 

――この世に自由と平等と博愛をもたらす事に異を唱える者達は…絶対に許さない。

 

――カタコンベの如き死の山を築き上げようとも…博愛に満ちた世界を自分は目指そう。

 

修験場を後にする十七夜。

 

残されたクドラクであったが、ユダの方に向き直る。

 

「…流石は悪魔の笛吹き。たとえ毒の耐性を体に纏おうとも…心までは守れないってわけか」

 

ユダの口元が邪悪な笑みと化す。

 

「適当な悪役を作らなければ、正義のヒーローに出番はない。これこそが世界を破壊する原動力」

 

「倒すべき敵がいなければ、正義の味方は()()()()()()()()()()()()()もんな」

 

「だからこそ、正義の味方を気取る者達は…恐ろしいイデオロギーに憑りつかれる」

 

――道徳的に劣った、非人道的で理解不能で対話不能な悪者を次々と欲しがる。

 

――まるで漫画の変身ヒーローにでもなった気分で悦に浸り、敵を滅ぼしたがる。

 

「自分は正義だと信じる者は、批判になど耳を貸さない。正義の物語だけを頭に浮かべたい」

 

「わたしのかんがえたじゃあくなてき~しか、興味なさそうな連中だからなぁ」

 

「どんな卑劣でデタラメな嘘でも許されると考える。気持ちよく騙されたいだけの愚者共だ」

 

「十七夜は神浜で正義の味方を気取っていた連中と変わらねぇ。()()()()()()()()()()()()()()

 

「学校の同一性同調洗脳教育の賜物さ。個で考えず、周りが正しいと教えることだけを強要する」

 

「掲げるイデオロギーの中身を考えない奴ぁ、法さえ蔑ろに出来る。それが暴力革命ってもんさ」

 

「ドストエフスキーは、イデオロギーに憑りつかれた狂人を…()()()()()()()()と表現している」

 

「概念に憑りつかれてるってわけだな。正義だの絆だの道徳だの、中身をまったく考えねぇ」

 

「正義や道徳という、見えないラッピング箱に隠された概念を崇める者達は…気づかないだろう」

 

――自分たちの方こそが、邪悪な悪者に変わっているということをね。

 

この世は思い込みと勘違い合戦の闇鍋だ。

 

皆が自分の勘違いで作った型と世界を比較し、良し悪しを決める。

 

一般的な正義を教える勢力、すり込む勢力が正義や絆は良い行いだと言い出す。

 

正義が生きるべき道だとしたことで異論を唱える者は悪にされ、制裁が叫ばれる。

 

客観性を無くした例を語ればこうだ。

 

あなたが悪者なのは、()()()()()()()()()()()()

 

我らの倫理となる概念がそう伝えているから、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ニーチェはこんな言葉を残す。

 

――道徳的理想の勝利は、他のいずれの勝利と同じく。

 

――非道徳的手段によって、つまり暴力・虚言・誹謗・不正によってえられる。

 

―― 霊魂は肉体が衰え、いまわしくなり、飢えることを欲した。

 

―― ... 哀れ、その霊魂こそ痩せ、いまわしくなり、飢えたのだ。

 

神浜で正義の味方を気取ってきた魔法少女達と、東京で正義の味方を気取ってきた守護者。

 

命を懸けて行ってきた正義の中身は…人修羅の暴力、魔法少女達の虚言・誹謗・不正。

 

まさにニーチェの言葉を体現した存在達。

 

魔法少女達のみの利益と、人間の守護者としての怒りと憎しみの正当化。

 

それこそが…正義や絆、道徳や平等という()()()()()()()()()だったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

エレベーターから下り、玄関の扉を開ける。

 

「ただいま~…」

 

ダルそうに返事をするが今日は返事が返ってこない。

 

不思議に思ったアリナは二階に上っていき、キッチンに向かう。

 

「…いるなら返事ぐらいは返したらどうなワケ?」

 

夕飯を席に並べた状態で椅子に座っていたのは十七夜。

 

顔は俯き、表情も暗い。

 

「えっ…?あ……すまない、考え事をしていたんだ」

 

「…何かあったの?」

 

自分の夕飯が並べられた席に座り、十七夜を見つめる。

 

暫く黙っていたが顔を上げ、アリナに向き合う。

 

「…人間という生き物は、どうしてこんなにも……残酷なんだろうな?」

 

「ヒューマンに愛想でも尽きることでもあったワケ?」

 

彼女は語っていく。

 

今の神浜市が地獄と化している現状についてだ。

 

「自分は…正義と平等を愛した。コミュニティ意識のために戦った……その結果がコレだ!」

 

「…なるほど。見返りに見合わない仕打ちを与えられたってワケね」

 

「神浜の西側など…ケダモノ共だ!あんな連中なんか守りたくない…だから東の自治を望んだ!」

 

「ふ~ん、それが東側の独立自治を望んだ原因だったってワケ」

 

「どれだけ社会平等を説いたところで…西側の聞く気のない連中には、馬の耳に念仏だ!!」

 

「西側の中には、差別はよくないって言いながらも社会を変える行動をしなかった連中もいる」

 

「結局は自分達だけが可愛い愚か者共だった…。ならば、自分はこうしたい」

 

――そんな性根が腐り切った連中を()()()()()

 

――平等と博愛こそが貴ばれるべきであり、異を唱える者達は悪であり()()()()()と。

 

彼女の迷いなき表情が語る概念とは…フランス革命独裁者ロベスピエールが掲げた恐怖政治。

 

たった一つのイデオロギーしか認めない社会全体主義。

 

かつての人修羅や常盤ななか、時女一族が掲げた政治理念と共通する全体主義そのものだった。

 

感情のままにアリナに熱弁を振るう姿をした十七夜。

 

そんな彼女を見つめながらも、アリナは微笑んでいく。

 

「…やっと、()()()()()()()()気がする」

 

「えっ……?」

 

「フフッ♪今日は開けてもいいんですケド♪」

 

機嫌よく席を立ち、ワインセラーに向かう。

 

アリナが持ってきたのは鉄分を入れた黒ワインと、イチゴ牛乳のようなピンク色のワイン。

 

「お、おい…酒を飲むのか?自分達は未成年だぞ?」

 

「アリナは戸籍上はもう死んでるし、アナタだって家に帰らないなら、7年後には葬式だカラ」

 

「…そうか、自分は行方不明扱いなのだろうな。死亡認定が降りたら…自分も故人か」

 

「もう規則なんて気にしないでさ、パーっと弾けるワケ♪今日はそれが出来たアナタに乾杯♪」

 

珍しくもアリナがグラスを持ってきてあげて、2人分のワインを注いであげる。

 

そして、懐から取り出した小さな管を開け…赤黒い何かをワインに淹れ込んだ。

 

「今淹れたそれは何なんだ…?」

 

「アドレナクロム。分かりやすく言えば…人の血なんですケド」

 

「き…君は人の血を飲む者だったのか!?まるで自分と同じ…吸血鬼だ……」

 

「そう、今のアリナはアナタと同類。だからね…本当のアナタと出会えた気がして…嬉しかった」

 

「本当のアナタと出会えたというのは…どういう意味だ?」

 

「言葉っていう表現行為はね、ある意味()()()なワケ」

 

「言葉が…ペテン?」

 

「外側に向けて話す以上は外側の人々を不快にさせない言葉しか選ばない。取り繕う言葉なワケ」

 

「それは…そうだな。自分が語ってきた正義もまた…取り繕ってきた綻び塗れだった」

 

「周囲と揉め事を起こすな、既存の事に疑問を持つな。そんな周りに合わせるだけのペテン表現」

 

「…周囲の同調圧力にばかり屈してきたから…そこには、本当の自分はいなかったのか…」

 

「事象が優先され、その他は一切思考させないジャパニーズ固有の村社会精神。反吐が出るヨネ」

 

「いい学校を出て、いい企業に就職するのが正解…そんな拝金思想も同じなんだろうな…」

 

「せっかく生まれてきたんだし、アナタはアナタのままでいいワケ」

 

――アナタが本当のアナタと向き合えたら…たとえそれが醜くても、アリナは素敵に思うカラ。

 

「アリナ……」

 

赤黒い液体が舞うワインを手に持ち、乾杯を望む姿を見せてくる。

 

戸惑っていたが微笑み、十七夜もワイングラスを手に持つ。

 

「フッ……()()()()()()()()()。自分達は、何処か似ていると感じていたよ」

 

乾杯の音が鳴り響き、2人は喉を潤していく。

 

「フフッ♪こんなに美味かったのだな…酒という飲み物は?」

 

「アリナも今日飲んだワインは…一番美味しかったんですケド♪」

 

「さぁ食べてくれ!今日はムシャクシャしていたから、料理に没頭して沢山作ってしまった!」

 

「アナタも沢山食べるワケ。それと…アナタに提案があるんですケド」

 

「提案だと?」

 

「アリナはね、ダークサマナーとして仲魔を色々と探してるの。だから…その……」

 

――アナタも…アリナの仲魔になってくれたら…嬉しいなって…。

 

その言葉を聞いた十七夜は、満面の笑みを浮かべてきた。

 

「勿論だ!!」

 

アリナの手を握り、輝いた眼差しを向けてくる。

 

「こんな醜いエゴを抱えた自分のことを愛してくれる君なら…自分は何処までもついていく!」

 

「フフッ♪それなら……」

 

「うむっ。今後とも、よろしく……だぞ」

 

仲の良い食卓風景が広がっていく。

 

その光景は何処か、アリナが失った家族のような光景にも思えてしまう。

 

いつも不機嫌な表情ばかりをしていたアリナも、今日ばかりは笑顔を見せてくれた。

 

酔っぱらうまで飲んでしまった2人は食事を終えたが、勢いのまま電話で車を呼び寄せる。

 

十七夜のための買い物を派手に楽しもうという魂胆なのだろう。

 

イルミナティと関わってしまったがために、失ってしまった人間らしい生活。

 

悪魔となって孤独となってしまった十七夜と触れ合うことで取り戻せた気がする。

 

そんな嬉しそうなアリナの姿を、夜の繁華街で目にすることになるのであった。

 




書いてて思った。
あれ…?想像以上にアリなぎCP出来上がってきてね?


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145話 失踪追跡者

12月1日。

 

尚紀が見滝原市に出張した際に巻き込まれた事件を解決し、神浜に戻ってきた頃。

 

神浜で暮らす魔法少女達の日常は不穏な気配が続く。

 

皆これからの神浜市がどうなっていくのか分からず、暗い空気が続いている。

 

そんな中、街の事よりも心配な問題を抱えている魔法少女が1人いた。

 

時刻は夜の22時を過ぎた頃。

 

街の空を飛んでいるのは魔法少女姿をしたかりんと、お供のジャックコンビ。

 

ランタンはかりんと並走しながら空を飛び、リパーはランタンの背中に捕まっていた。

 

目指す方角は南凪区であり、業魔殿を構えた高級ホテルであった。

 

「みんなと集まれる時間帯はもう…こんな時間帯しかないの」

 

「しゃーねーホ。学校帰りの寄り道は禁止されたみたいだし、夜中にコッソリ集会だホ」

 

「ケッ!規則なんぞ糞喰らえですぜ姐さん!堂々とたむろったらいいじゃないですか~」

 

「そうはいかないの。補導されたら…お祖母ちゃんに迷惑かけちゃうし」

 

「うっ…慈悲深い姐さんの御心を深く理解出来なかった発言をしちまって申し訳ねぇ!」

 

「いいの、怒ってないから。そろそろ業魔殿ホテルだから地上に下りるの」

 

人気のない場所に下り、変身を解除してホテルに向かう一同。

 

ホテル業魔殿はチェックインの門限もなく、深夜の時間帯でもナイトスタッフが働いている。

 

ホテル内のラウンジは一般客も利用する事が可能であり、24時間営業しているカフェがあった。

 

「集合場所はここみたいだけど…十咎先輩や水波先輩達は何処の席だろう?」

 

カフェに入れば、手を振りながら声をかけてくる人物達がいた。

 

「お~い、かりんちゃんこっちこっち~!」

 

オシャレなラウンジカフェの奥の席にはももことレナ、それにかえでがいたようだ。

 

「遅くなってごめんなさいなの」

 

「いいわよ別に。待ってる間にレナはデザート楽しんでたし」

 

「ふゆぅ~、レナちゃん深夜のデザートは確実にメタボるよ~」

 

「五月蠅いわね!食べた分は運動すればノーカンよ!」

 

「それと…出てきていいよ、かりんちゃんの後ろ側の悪魔さん」

 

かりんの背中側からひょこっと左右から顔を出してみる。

 

「深夜のホテルで美少女達とお茶!いいね~興奮し過ぎて通り魔したくなってくる!」

 

「この小さくて髑髏みたいなカボチャ悪魔…かりんの新しい仲魔なの?」

 

「おう!姐さんの懐刀といや~俺サマジャック・リパーのことだぜ~オッパイでかい姉ちゃん!」

 

「ちょっと!こいつセクハラ悪魔なんだけど!!」

 

「そうだホ。こいつは見ての通りの不審者悪魔であり、セクハラ悪魔であり、覗き魔悪魔だホ」

 

「テメェ!?そこまで言うことねーだろ!?」

 

「質が悪過ぎる変態悪魔じゃない!?」

 

「かりんちゃん…趣味悪いと思うよ~」

 

「ま、まぁ…ランタン君に比べたら困った子だけど、わたしの言葉には逆らわないから大丈夫」

 

「信じていいんでしょうね…?」

 

「ま、まぁ座りなよ。何か注文したいならメニュー表あるよ」

 

「大丈夫なの。深夜の飲み食いはあまりしたくないし…」

 

「……レナちゃん」

 

「う、五月蠅いわね!!乙女心をくすぐるカフェメニューが悪いんだから!!」

 

席に座り皆が向かい合う。

 

彼女達が集まってくれたのは、かりんの相談事についてのようだ。

 

「あれから色々探したけど…アリナ先輩、何処にも見当たらないの…」

 

「戸籍上は既に死亡扱いだからなぁ…警察や探偵も動いてくれるわけないし…」

 

「変な話よね…死体が残ってたんでしょ?魔法少女の死に際で、そんなのあるわけないわ」

 

「そうだね…私達は死んだら、円環のコトワリに導かれて…この世から消えちゃうし…」

 

「魔法少女のみんなにも同じことを聞いたら、おかしいって意見は全員一致してたの」

 

「だとしたら…やっぱり9月に起きた火災の時に…何かの事件に巻き込まれたのかも」

 

「アリナ先輩は…それ以前から体調不良を理由にして学校を休んでたの…」

 

「考えられるとしたら…その頃からあの嫌な女は何かに巻き込まれてたのかも?」

 

「レナちゃん!苦しんでるかりんちゃんに向けてそれはないよ!…怖い人だったのは認めるけど」

 

「うっ…ご、ごめんなさいかりん。レナ…言い過ぎたわよ」

 

「ううん、気にしてないから安心して」

 

「警察も当てにならないから、俺が方々飛び回って見たけど…街の何処にも魔力は見当たらんホ」

 

「だとしたらよぉ、もうこの街からは消えているって考えるのが自然じゃねーのか?」

 

かりんの表情が曇っていき俯いてしまう。

 

「リパー君の言う通りだとしたら…アリナ先輩は自分の意思で…この街から出て行ったの?」

 

「どうしてそう思うのさ?事件に巻き込まれたとか、誘拐されたとかの筋は?」

 

「何か…アリナの失踪について思うところがあるの?レナ達が聞いてあげるわよ」

 

かりんは語っていく。

 

神浜記録博物館でアリナの姿を見たのが最後であったと。

 

「……そんな辛い出来事があったんだね」

 

「わたし…アリナ先輩を傷つけたのかもしれない。あの時のアリナ先輩は…凄く苦しそうだった」

 

「変な問答をされたってのが気になるわね…」

 

「それに…いつもの先輩の態度とは違った時があったっていうのも気になるよぉ」

 

「そういう時が何度もあったの。アリナ先輩の口調とは違う…まるで別人の雰囲気を感じる時が」

 

「そういうのを見かけだした時期っていうのは覚えてる?」

 

「たしか…アリナ先輩のスランプを治してもらおうと、水名神社にお参りに行った日からなの」

 

「その時から…アリナに何かが起きていたのかもしれないわね…」

 

「わたしのせいなの…わたしがアリナ先輩を救おうとして…余計なことをしたから……」

 

「自分を責めちゃダメだよぉ!かりんちゃんは…大好きな先輩を元気づけたかっただけだし!」

 

「かえでの言う通りだ!自分を責めちゃダメだからな。アタシ達だけでなく…皆が味方だからさ」

 

「十咎先輩…水波先輩…かえでちゃん……」

 

涙ぐんできたかりんに向けてランタンは懐マントから出したハンカチを渡す。

 

「どうだ、かりん?アリナもいなくなったんだし…元鞘に戻るって道は?」

 

「ランタンから聞いたけど、姐さんはこの姉御さん達と組んでたんですよね?俺サマも賛成!」

 

「…お前はスケベが出来る魔法少女が増えるのが嬉しいだけだホ」

 

仲魔達の提案を聞いた時、アリナの去り際に言われた言葉が脳裏を過る。

 

――アリナはアナタに妥協するなと言った以上は…。

 

――選んだその道を貫く姿、アリナに見せてくれる日を…願っているカラ。

 

涙を拭いて顔を上げ、首を横に振る。

 

「…それは出来ないの。アリナ先輩と約束したの…マジカルかりんの道を妥協しないって」

 

決意の固い表情を浮かべたかりんを見て、ももこも頷く。

 

「かりんちゃんがそう決めたのなら、アタシ達はそれを尊重するよ」

 

「だけど忘れないで。レナ達はね、かりんの事はずっと大切な仲間だと思ってるから」

 

「私達が仲間として一緒に戦い合えた日の記憶は忘れてないよ!かりんちゃんは大切だから!」

 

「孤高の変身ヒロインだろうと、お助け人を呼んでくれてもいいんだ。いつでも駆けつけるよ」

 

かつての仲間達からの優しい言葉に涙腺がまた緩む。

 

「うっ…グスッ…みんな優しくて…最高の仲間で…ヒック…」

 

また泣き出してしまい、ランタンのハンカチで嗚咽を堪える姿を晒す。

 

しんみりした空気になってしまったのだが、ランタンが辺りをキョロキョロし始める。

 

「あれ?リパーの奴は何処に消えたんだホ?」

 

「えっ?そういえばあの小さな不審者…じゃない、リパーの姿が見えないよね?」

 

「退屈して先に帰ったんじゃ…おっと」

 

デザートを食べ終えて机に置いていたスプーンを床に落としてしまう。

 

拾おうとレナは身を屈めてみると…。

 

「あ……あぁ……」

 

机の下には座り込んでお花を楽しむ子供のような表情をしたリパーがいた。

 

「レナの姉御は水玉パンツ…ももこの姉御はピンクパンツ…かえでの姉御は……あっ?」

 

レナと目線が合う。

 

「こ…こ…このドスケベ悪魔ぁぁーーーッッ!!!」

 

顔を真っ赤にし、素っ頓狂な掛け声で蹴り足を放つ。

 

「ゴハッッ!!?」

 

蹴り飛ばされたリパーは、かりんやランタンが座る椅子に後頭部を強打。

 

靴跡がついた顔から星を出し意識昏倒。

 

「こいつ最低なスケベ悪魔じゃない!!ここで始末した方がいい気がするわ!!」

 

「だから覗き魔だと言ったんだホ。俺も賛成するホ」

 

「あは…はは…見られちゃってたのか…」

 

「かりんちゃん…やっぱり趣味悪いと思うよ~」

 

困った悪魔ではあるが場の空気が和らいでいく。

 

かりんの表情にも笑顔が戻っていき、下に転がっているリパーを摘まんで椅子に座らせた。

 

「こんな困った子だけど、場を明るくしてくれるの。辛い時には励ましてもくれるし」

 

「悪魔を引き連れた魔法少女かぁ…ヴィクトルさんの授業で教えてもらったけど…」

 

――かりんちゃんもさ…立派なデビルサマナーなのかもしれないよ。

 

「わたしが…デビルサマナー…?」

 

「俺は善行を積んで成仏するのを目的にしてるから、かりんを助けるんだホ」

 

「ぐっ…うぅ…姐さんは…俺サマの命の恩人……うぅ……」

 

「頼れる仲魔もいるし、かつての仲間のアタシ達もいる。だからさ…諦めないで探そうよ」

 

「十咎先輩……はい!なの♪」

 

ここはホテル業魔殿。

 

悪魔召喚士達が集う悪魔合体施設。

 

デビルサマナーと呼ばれた御園かりんが訪れる資格は十分ある。

 

そしてここはサマナーならば誰でも平等に商売を行う場所。

 

ダークサマナーが訪れようとも、ここでは平等なのであった。

 

────────────────────────────────

 

業魔殿内部でスタッフとして働く人物は八雲みたまである。

 

今日の彼女の表情には緊張の色が浮かんでいるようだ。

 

不安そうな姉の表情を見て、護衛役を務めるみかげも心配していた。

 

「叔父様…今日訪れるという悪魔合体希望者という人物達は……」

 

「ダークサマナー達だ」

 

「だーくさまなー?姉ちゃ、それって何?」

 

「…悪魔を崇拝するカルトサマナー。世界の金融・経済・政治の裏側で暗躍する…邪悪な者達よ」

 

「えぇ!?ヴィクトル叔父さん…そんな悪い人達と取引なんてしちゃダメだよぉ!」

 

子供にはビジネスの世界が分からないのか癇癪を起す。

 

溜息をつき、言葉を選びながら優しく諭す。

 

「みかげ君。吾輩の業魔殿は、悪者だから拒絶するという…えこひいきを行う場所ではない」

 

「どうしてさ!?悪者の役に立ったら…悪事に加担するようなものだよ!」

 

「もし…君の理屈を君たち東の住人達に当て嵌めたとしたら…何が起こる?」

 

「えっ……?」

 

「東の者に店の品を売ったらテロリストに加担する行為だ。お前達に売る品はない、出ていけ」

 

「あっ……うぅ……」

 

「単純な善悪二元論によって…こうも差別が極まってしまうんだ」

 

ヴィクトルが語る言葉は、ルミエール・ソサエティとビジネスをしたみたまにも当て嵌まる。

 

みたまも唇を噛み、俯いてしまう。

 

「店の品に罪はない、使う人間に罪がある。だからこそ吾輩は…カルト結社とも平等に取引する」

 

「ミィ…理屈は少し分かったけど…なんだか心が苛立ってくるよ…」

 

「正義だの悪だのといった概念に囚われ、自分が正義側なら…そこまで傲慢になれるのか?」

 

「……………」

 

「君の感じる気持ちこそが、今の神浜市を混乱の渦に導く…西側の差別主義者達の感情なのだ」

 

「…ミィ、少し席を外すね。頭を冷やしてくるよ…」

 

走り去っていくみかげの後ろ姿を二人は見送る。

 

溜息をつき、俯いているみたまに視線を向けた。

 

「君も気に病むことはない。君は優し過ぎる…だからビジネスの世界で苦しんでしまう」

 

「…叔父様は正しいと思います。でも、そのせいで多くの人に危害がもたらされると考えると…」

 

「その時は危害を加えた者を裁け。物を売った君が裁かれるべきではない。…だから恐ろしい」

 

「えっ……?」

 

「国際金融資本家である投資家達はビジネスマンという中立者だ。だから裁くことが出来ない」

 

「イルミナティの中核を成す者達ですね…」

 

「世界の戦乱にビジネスという形で加担し、旨味だけを吸い上げてしまう。マネーゲーマー共だ」

 

「合法的に世界を混乱させ…死をばら撒いて利益だけを吸い尽くすだなんて…」

 

「構造としては、ソマリア沖の海賊共を支援するマネーロンダリングと同じ。ギブ&テイクだ」

 

「まるで…株主を儲けさせるためだけに働く()()()()()()よ…。本当に私達は正しいんですか?」

 

「…イルミナティも吾輩も、そして君さえも…正義の感情だけを見たい者達からは…罵られる」

 

――人の不幸に寄生する…吸血鬼だとな。

 

震えるみたまの頭を優しく撫でてやるヴィクトルの視線が横に向く。

 

業魔殿の入り口方面から複数の足音が近づいてくる。

 

肩を震わせたみたまは通路の奥に視線を向けた。

 

「あの2人が……ダークサマナー達?」

 

歩いてきた長身の男は、カソックコートを纏うシド・デイビス。

 

もう1人は、後ろ髪を隠すようにトレンチコートを纏い、キャスケット帽子で頭部を隠す者。

 

顔はサングラスをかけ、ガムの風船を膨らませる行儀の悪さを周囲に晒す。

 

「お久しぶりでス、ミスターヴィクトル」

 

「やぁ、シド君。君と会うのは何年ぶりだろうな?」

 

「2年ぶりとなりますネ、お元気そうで何よりでス」

 

握手を交わし合う2人だが、ヴィクトルの視線がトレンチコートを纏う者に向けられる。

 

「見かけないサマナーだね?」

 

「私の弟子でス。今日はこの子の教育も兼ねテ、悪魔合体を行いに来ましタ」

 

「君ほどの人物に弟子入り出来るとはね。将来は有能なサマナーとなるだろう」

 

世辞の言葉もどこ吹く風か、膨らませた風船を口の中に戻して噛み続ける行儀の悪さ。

 

「申し訳なイ。私の不詳の弟子ハ、腕は確かなのですガ…素行が悪い者でしテ」

 

「フフッ、気にしてはいない。この子の悪魔全書も用意しなければな」

 

「寛大なお言葉、痛み入りまス」

 

お辞儀をしたシドが顔を上げ、みたまの方に視線を向ける。

 

シドの恐ろしい雰囲気に対し、怯えた表情をみたまは返す。

 

トレンチコートを纏う人物もサングラス内でみたまに視線を向けてきた。

 

「2年前には見かけなかったスタッフがいらっしゃるようですガ…魔法少女ですカ?」

 

「その通り。調整という特殊な力を持った子で、業魔殿で調整屋を営むことを許可した」

 

「調整…ですカ?魔法少女も悪魔合体のよう二、己を強化する方法をお持ちだったようデ」

 

「そのためここには魔法少女が頻繁に訪れるようになり、賑やかになったよ」

 

話しの内容を聞いていたトレンチコートを纏う人物は舌打ちを行う。

 

この人物にとって、神浜の魔法少女達が頻繁に訪れる場所は不味いのだろう。

 

「…そうですカ。我々サマナーにとってハ、関係ない話でス」

 

「では、サマナー達がお望みの場所に向かおう。それこそが本来の業魔殿の在り方だ」

 

ヴィクトルは2人を案内するかのように先導する。

 

シド達もついて行こうとした時、何かに感づいたような表情を浮かべたみたまが近寄る。

 

「ちょっと!?」

 

彼女は突然トレンチコートを纏う人物の左腕を掴み、無理やりポケットから手を出させた。

 

「…ソウルジェムを扱う調整屋の私は誤魔化せないわ」

 

無理やり出された左手の中指には、ソウルジェムの指輪が見える。

 

「貴女……魔法少女でしょ?」

 

不快な顔のまま舌打ちをして、みたまの手を払う。

 

「アリ……着易く触らないで」

 

「アリ…?」

 

「みたま君!!」

 

怒気を帯びた声を上げたのはヴィクトルだ。

 

「業魔殿は、利用者の個人情報を詮索する場所ではないと伝えた筈だぞ」

 

「で、でも叔父様……」

 

「二度と利用者を詮索するような真似をするな」

 

「す…すいませんでした…」

 

粗相をされ、機嫌を悪くした人物はガムを吐き捨てながら奥へと消えていく。

 

独り残されてしまったみたまだが、確信を持ったような表情を浮かべた。

 

「左手に触れた時…感じたわ。あのソウルジェムは、私が調整をしたことがあるものよ」

 

――まさか…あの子は……?

 

……………。

 

悪魔合体を終えたシド達は業魔伝を後にする。

 

ホテル内まで戻った時、ようやく彼女が口を開いた。

 

「…アリナ、この業魔殿って場所を利用していくのは嫌なんですケド」

 

「たしか二、魔法少女が出入りするような場所となってハ…ダークサマナーを嗅ぎ回られル」

 

「何処か他にもないワケ?デーモン・マージングすることが出来る施設は?」

 

「今まではありませんでしたガ…我々はついに見つけたんですヨ」

 

「何を見つけたワケ?」

 

「悪魔合体と呼ばれる邪教の秘術。そのルーツとなるのだろウ…()()()()()()をネ」

 

「なら、どうしてこんな場所を利用しに来たワケ?そっちを利用すればいいんですケド」

 

「…見つけたのは良かったのですガ、強敵が門番をしているようでス」

 

「強敵がゲートキーパーをしている?」

 

「我々が派遣したダークサマナー達は全滅。たとえ米軍を動かそうとも結果は同じでしょうネ」

 

「その強敵って…もしかしてデビルなワケ?何処にその館っていうのがあったの?」

 

「東京に隠されていましタ。我々も本腰を入れテ…あの館を手に入れなければなりませン」

 

――邪教の館をね。

 

「邪教の館……それが、デーモン・マージングのルーツ……」

 

「アリナ、その時はアナタにも動いてもらいますヨ。アナタの固有魔法が役に立ツ」

 

「フフッ、オーケー糞マスター。アリナが派手にぶんどってあげる」

 

――デビルを生み出す()()()()()()()……アリナ凄く欲しくなったカラ♪

 

ホテルの入り口から出た2人は、ホテル前に停めてあった高級セダンに乗り込む。

 

「ちょっと寄って欲しいところがあるんですケド」

 

「何故でス?アナタはこの街からハ、なるべく早く帰りたいと言っていたの二?」

 

「頼まれごとをされたワケ。直ぐ戻ってくるカラ」

 

車が走行し、南凪区を後にしていく。

 

向かった方角は大東区方面であった。

 

────────────────────────────────

 

「ハァ…ハァ……」

 

ボロボロの状態で大東区の団地街入り口に入ってくる少年がいる。

 

体は傷だらけであり、誰かに集団で痛めつけられたような姿を晒していた。

 

病院にも向かわず家に帰ろうとするのは、病院費用すら満足に払えない生活水準の証。

 

「ぐっ…うぅ……」

 

家まで歩き切れず、団地街に整備された公園ベンチに座り込んでしまう。

 

「畜生…父さんの薬を貰いに栄区に行っただけなのに…どこで東の住人だってバレたんだ?」

 

傷む腕を摩りながらも、彼の顔には悔し涙が浮かんでいく。

 

「東の者ってだけで極悪人扱いされる…。テロを行ったバカ共ばかりだけど…全員じゃねぇよ!」

 

ベンチを強く叩き、涙が零れていく。

 

「姉さんは行方知れず…収入を支えてくれる人がいなくなったから…中学卒業で働かないと…」

 

両手で顔を抑え、嗚咽を堪える少年。

 

この人物とは和泉十七夜の弟である和泉壮月(そうげつ)であった。

 

「ちょっと聞きたいんですケド」

 

目の前に誰かの気配を感じ、涙を袖で拭いて充血した目を向ける。

 

そこに立っていたのは、サングラスを外して素顔を見せるアリナであった。

 

「この団地街で和泉十七夜っていう高校生が住んでるホームを探してるワケ」

 

「姉さんの…知り合いの人…?」

 

「姉さん?アナタ、和泉十七夜のブラザーの和泉壮月なワケ?」

 

「そうだけど……」

 

「あっそ、丁度良かった」

 

ポケットから取り出したのは封筒である。

 

押し付けるようにして十七夜の弟に封筒を渡す。

 

「これは…何だよ?お前…行方不明になった姉さんが何処にいるのか知ってるのか?」

 

「和泉十七夜が行方不明?それは初耳なワケ。これを渡すよう頼まれただけだカラ」

 

「この封筒の中身は何なんだよ?触った感触だと…手紙っぽいけど」

 

「知らない。ホームに帰ってファミリーと一緒に読めばいい」

 

「愛想の悪い奴だな…分かったよ、預かっておく」

 

立ち上がろうとするが傷が痛み、座り込む。

 

「…派手に痛めつけられてるみたいだけど、ホスピタルには行かないワケ?」

 

「…うちは貧乏なんだ。稼ぎ頭の父さんが足を怪我して働けなくて…そのうえ姉さんまで…」

 

「……………」

 

「このぐらいどうってことないよ。金なら…俺が中学を卒業してから働いて稼ぐさ…」

 

無理やり立ち上がり去っていく後ろ姿をアリナは見送る。

 

黙り込んでいた彼女だったが、彼の背中に声をかけてきた。

 

「ねぇ、タフガイ」

 

「えっ?わっ!?」

 

投げ渡されたものを両手でなんとか掴む。

 

「えっ……えぇ!?」

 

渡されたのは…200万円分はあるだろう札束の塊。

 

「それも預かっておいた物。ネコババしようかと思ったけど…アナタ見てたら気が変わったカラ」

 

「ちょ、ちょっと待って!こんな大金…貰えないよ!!」

 

「確かに渡したカラ。バイバイ」

 

踵を返して去っていくアリナの後ろ姿を壮月は黙って見送る事しか出来ない。

 

彼女は歩きながらも、十七夜から手紙を受け取った昨日の出来事を思い出していた。

 

……………。

 

「神浜市に用事があるのだろう?これを…大東区団地街にある自分の家に届けて欲しい」

 

「これは何?」

 

「自分で書いたものだから法的な効果はない。それでも用意したかった…失踪宣告書だ」

 

「自分で書くってことは…思うところがあって出て行きます、探さないで下さいって書置き?」

 

「うむ。自らの意思で家を出て行くと宣言しなければ…家族は苦しい生活費を削ってでも…」

 

「…アナタを探してもらうために、探偵に依頼するしかなくなるワケね」

 

「黙って家を出て、七海の家で匿ってもらった。事件性が認められないなら…警察は動かない」

 

「探偵って、結構お金がかかるみたいだカラ」

 

「家族に迷惑はかけられない。だからこそ、自分の意思で…縁切りを行いたいんだ」

 

自らの意思で家族と縁を切る。

 

その苦しみならばアリナが一番よく知っている。

 

「……辛い選択をしたんですケド」

 

「遠く離れていても…縁が切れようとも…出来ることはある。ユダさんがそれを教えてくれた」

 

――家族は支え合い、助け合う。

 

――当然のことだ。

 

……………。

 

後頭部を掻き毟る。

 

「ハァ……アリナらしくもないこと、やっちゃった」

 

シドが乗る車の後部座席に乗り込み神浜市を後にする。

 

意識が散漫になっていたからアリナは魔力に気が付かなかった。

 

団地街の入り口付近の物陰に隠れていた魔法少女カメラマンの姿を。

 

物陰から出て来たのはカメラを持った観鳥令であった。

 

「…十七夜さんを探していたら、とんでもない人物を捉えることになるとはね」

 

写真データを確認する。

 

そこに映し出されたのは、サングラスを外したためにハッキリと分かるアリナの横顔だった。

 

神浜市が遠ざかる景色を高速道路からボーっと眺めるアリナの横顔。

 

らしくもないことをした自分に少し驚いているのだろう。

 

だが、それもまた御園かりんが慕うアリナの一面である。

 

「…ファミリーは支え合い、助け合う。当然のこと……か」

 

その言葉を自分が言う資格はないと彼女は感じている。

 

アリナは家族を喰らった人物なのだから。

 

「縁が切れても出来ることはある……そうだヨネ」

 

――失ってしまったら……出来ることなんて、ないんだカラ。

 

家族の大切さを誰よりも知っている。

 

だからこそ、アリナは餞別のために身銭をきってくれた。

 

今の十七夜を失いたくない感情が湧いてくる。

 

たとえ悪魔であったとしても、今の十七夜はアリナにとって、新しい家族なのだから。

 

────────────────────────────────

 

後日の夜。

 

ペントハウス内にあるアトリエ作業場には、黙々と絵を描くアリナがいる。

 

デッサンをしているようだが、モデルを担当している人物の姿とは…。

 

「……アリナ」

 

「何?」

 

「どうしても……()()()()()()()じゃないとダメだったのか?」

 

モデルとして動かない姿勢を見せるのは白いシーツで前を隠すだけの全裸な十七夜。

 

シーツだけでは背中側は隠せず、お尻のラインは丸出しだ。

 

「勿論。お情けでシーツを用意してやってるんだカラ、喚かない」

 

「は、恥ずかしいのだが……」

 

「モデルのバイト料金アリナが払うんだカラ、喚かず動かない。オーケー?」

 

「仕方ない…これも仕事だし、君には返しきれない恩もあるからな…」

 

「前々から思ってたんだヨネ。調整屋とアナタって…アリナ好みのパーフェクトボディだって」

 

「そうなのか…?八雲の体つきなら分かるのだが…自分の体はそれ程なのか?」

 

「自分を過小評価しない。言い寄ってくる男の数だけ、アナタのボディに値がつくワケ」

 

「まぁ…下心を持ってそうな不埒な男共は昔から事欠かなかったな…」

 

一時間程デッサンに集中していたが、筆を止めてしまう。

 

「ハァ……」

 

「どうした?」

 

「なんかね…今日は気分が乗らない。モデルの続きはまた今度お願いするんですケド」

 

「気分が乗らない?何か…思い悩むことでもあったのか?神浜市に出かけた時に…?」

 

席から立ち上がり大きな背伸びを行う。

 

大きく溜息をついた後、十七夜に向き直った。

 

「ねぇ、今夜はナイトプールと洒落込まない?」

 

「ナイトプールだと?そう言えばここには屋内温水プールがあったな。しかし…いきなりだな?」

 

「アーティストはオンとオフをしっかり切り分ける。迷った分だけエネルギーのムダ」

 

「フッ…メイド喫茶のオネェサマも同じ事を言っていた。よかろう、付き合おう」

 

2人は水着に着替えて4階を目指す。

 

4階には広々とした屋内プールが完備され、電動で開閉する天窓まで供えられている。

 

黒いビキニ姿の十七夜はプールと併設したジャグジーに入って体を癒す。

 

「ふぅ…小さい頃から、こういう豪邸生活に憧れたものだ。夢が実現するとはな…」

 

天窓の夜空を見つめていたが横のプールに向いてみる。

 

「水着も買っておいて正解だったでしょ?」

 

「うむ、そうだな。ところで君は泳がないのか?」

 

プールに浮かんでいるのは白いビキニを着たアリナ。

 

背もたれつきのフロートうきわに座り込み、同じように夜空を見つめていた。

 

「アリナはね、子供みたいにバシャバシャはしゃぐのは好きじゃないカラ」

 

「そうか…自分も静かに楽しみたいタイプだ」

 

「悪いんだけど、天窓の開閉ボタンを押してくれる?」

 

「お安い御用だ」

 

ジャグジーから出て入り口付近に供えられたボタンを押す。

 

天窓が開閉され、高層ビル屋上から見える美しい夜空が広がってくれた。

 

「12月の外気を入れるのは肌寒いが…それだけの価値がある美しさだな」

 

「…アグリー。アリナもそう思う」

 

ジャグジーに入って温水で体を温めつつ、2人は夜空の世界を堪能していく。

 

「…手紙を渡した時に、出会ったんですケド」

 

「誰とだ?」

 

「アナタのブラザー」

 

それを聞いた十七夜の顔に寂しそうな笑みが浮かぶ。

 

「……そうか。元気にしていたか?」

 

「……全身傷だらけだった」

 

「な、なんだと!?」

 

「大方、西の連中に痛めつけられたって思うワケ」

 

「外道共め…あの子が何をしたというんだ!?」

 

「横から聞こえたのは、ファーザーの薬を取りに行ってたとかなんとか…」

 

「たったそれだけなのに…それだけなのに!西側の奴らは…壮月を傷つけたというのか!?」

 

「ユダから詳しく聞いたけど、市議会が条例を急いでいるアパルトヘイトの内容を知ってる?」

 

「……知りたくもないが、知る権利はある」

 

「教育、就業、施設利用等の制限。東の住民はマイナンバーカードを携帯する義務が生まれる」

 

「マイナンバーカード…?」

 

「特定の個人を識別するICカード。これってね、使い方次第で…中国と同じ管理社会を作れる」

 

「中国と同じ…管理社会?」

 

「人民格付け制度。社会信用システムという名の…差別極まった管理支配」

 

「人民格付け制度?社会信用システム…?」

 

「想像して。行政にプライバシーが管理され、信用スコアのように点数が引かれていく未来を」

 

「ど…どうなるんだ……?」

 

「西側に反抗的な東住民はブラックリスト入り。公共交通機関さえ利用出来なくなる」

 

「そんな……そんな……」

 

「カミハマは最先端スマートシティ。AIカメラ監視で逆らう東住民は逃げられずに捕らえられる」

 

ジャグジーから音を立てるぐらいの勢いで立ち上がる。

 

「認めない……そんな差別条例は!!絶対に認めない!!!」

 

プールから出て行こうとする十七夜の後ろ姿に声をかけてくる。

 

「どうする気?」

 

「…この条例を推し進めようとしている市議会議員を探し出す」

 

「探し出して、どうするワケ?」

 

「フフッ……吸血鬼の自分に、それを聞くのか?」

 

「野暮だったんですケド。それと、ブラザーは心配いらない。アリナが餞別をあげたカラ」

 

「君は本当に…優しいな。今の自分にとって、心の友はもう……君だけだ」

 

十七夜の後ろ姿をプールから見送った後、アリナは再び星の世界を見つめる。

 

「あの怒りは…ラブのため。ファミリーへのラブ、フレンドへのラブ、地域へのラブ……」

 

家族、友達、故郷。

 

アリナは全て自らの意思で捨てている。

 

彼女にとっては弱さを意味するからだ。

 

「パワー…感じる、欲する、求める。自分に息づく無限のパワー。それに気づくと人生が変わる」

 

アリナの雰囲気が変わっていく。

 

「目標へ向かうんじゃないの。成功や成果を目指すんじゃないの。外へ向かわず、内から動くの」

 

うきわから下りてプールに立ち、星の世界を見つめ続ける。

 

「何かのために命があるんじゃないわ。命を表現するために世界があるの」

 

――あなたは命。

 

――あなたはパワーそのものなの。

 

「私も見ていてあげるから…派手に暴れてきなさいね」

 

今のアリナの姿を見た時、後輩のかりんはこう言うかもしれない。

 

私の知ってる先輩じゃないと。

 

────────────────────────────────

 

その日の業魔殿では、帰ろうとするかりんに向けて声をかけてくる人物がいた。

 

「ちょっといいかな?」

 

「えっ?えっと…貴女はたしか、新しいリーダーの子達と組んでる魔法少女の…」

 

「観鳥令。ジャーナリストを目指す卵な魔法少女さ」

 

「そうなの?わたしも漫画家を目指す卵なの。お互いに目標を達成出来るよう頑張ろうね」

 

「うん。ところで話が変わるけど、ちょっと時間いいかな?」

 

「別に構わないの」

 

応接ルームの方に進んでいく2人の姿を見つめているのは、アリナの安否を気にする梢麻友。

 

「かりんちゃん?観鳥さんと一緒に何処に行くんだろう?」

 

応接ルームでは令が持ってきていた写真を見せられるかりんの姿があった。

 

彼女の顔は喜びに包まれている。

 

「アリナ先輩…間違いないの!この男装みたいな服装をしてる人は…アリナ先輩なの!!」

 

「ちょ、ちょっと!声が大きいって!」

 

「あっ……ごめんなさいなの」

 

「十七夜さんを探していて偶然撮影出来たんだ。観鳥さんはアリナの魔力は知らないけど…」

 

「その人…魔力を感じたりはしなかった?」

 

「バッチリ感じたよ。あの魔力は間違いなく、魔法少女のものさ」

 

「生きてたの……やっぱりアリナ先輩は…生きててくれたの!!」

 

「だから!声が大きい……」

 

<<それは本当ですか!?>>

 

びっくりした2人が視線を向ける方向には喜びに包まれた麻友がいたようだ。

 

「ずるいです!そんなビックニュースなら私も聞かせて下さい!!」

 

「あ……ごめん。えっと、君はアリナ・グレイの……何?」

 

「えっ?ええと…その……アーティストとしてのグレイさんのファンです」

 

「そ、そっか…アリナって子の友達は、かりんちゃんぐらいしか知らなかったんだ」

 

「この写真…間違いないですね。でも、どうして男装なんてしてるのかな…?」

 

<<その子なら、昨日ここに訪れていたわ>>

 

さらにびっくりした3人が視線を向ける方向には、腕を組んだみたまが立つ。

 

「アリナ先輩が…業魔殿に来ていたの!?きっとわたしを探しに来ていたの!」

 

「…違うわ、かりんちゃん」

 

「えっ…?」

 

「…言いにくいけれど、これは貴女も知るべき問題。だって貴女は…悪魔と関わる者だから」

 

近寄ってきたみたまがかりんの前に立ち、真剣な眼差しを向けてくる。

 

「アリナはね……魔法少女として生きるのは、もうやめたみたい」

 

「どういう…ことなの?」

 

「今のあの子は…悪魔を崇拝するカルトサマナー。…ダークサマナーなのよ」

 

みたまが言った言葉を飲み込めなかったのか、かりんは両目を瞬きさせるばかり。

 

「どういう…ことなの?アリナ先輩が…悪魔を崇拝する…カルト……?」

 

「どういう事なんですか、みたまさん…?」

 

「グレイさんの身に…何があったんですか?」

 

「一緒に来ていたのは、アリナのマスターとなるサマナー。彼はね…恐ろしい秘密結社の者なの」

 

「恐ろしい…秘密結社……?」

 

「こんな事を言うと、頭のおかしい陰謀論者だと馬鹿にされると思うけど…聞いてくれる?」

 

「う…うん……」

 

みたまは語っていく。

 

世界を代表する秘密結社の存在について。

 

「フリーメイソン…?イルミナティ…?聞いた事もないの…」

 

「かりんちゃんと同じくです…」

 

「観鳥さんは…都市伝説番組で聞いた事はあったけど…実在してるなんて思わなかったよ…」

 

「悪魔崇拝を行う秘密結社は多くのダークサマナーを抱えている。業魔殿の客でもあるの」

 

「それじゃあ…アリナ先輩は…悪魔を使役するために…ここに訪れてたの…?」

 

「彼女からは拒絶されたから、あの子が何を目的にして動いているのかは分からないわ…」

 

「グレイさんが…秘密結社の一員になっていた?それじゃあ、あの火事は一体…?」

 

「分からない…全てはアリナを捕まえて吐かせる以外に確認する方法はないわ」

 

3人がかりんに視線を向ける。

 

喜びに包まれていた表情が一転し、不安と恐怖に塗り潰されたような表情に変化。

 

震えていたが、それでも決意を示す瞳をしていた。

 

「わたし…ここでアリナ先輩を待つの!」

 

「かりんちゃん……」

 

「アリナ先輩がサマナーになったのなら、またここに来るの!その時にわたしが問い質すの!」

 

「それしか…彼女を探す方法はないと思います」

 

「観鳥さんも捜索に協力してあげたいけど…行方不明の十七夜さんの捜索に今は全力を尽くすよ」

 

「ありがとう、令ちゃん。今日も家に帰って着替えたら合流するから」

 

「了解、みたまさん。いつもの場所で待ってるからね」

 

令とみたまは去っていくが、かりんと麻友は不安な表情のまま立ち尽くす。

 

「これから…どうなっていくの?神浜の街だって大変なのに…グレイさんまで……」

 

「それでも…それでも…希望は捨てたくないの!」

 

「かりんちゃん……?」

 

「わたしはマジカルかりん。人々を救う正義の変身ヒロイン…だから、希望を捨てたくない」

 

「希望を捨てない道も…かりんちゃんの大好きな漫画のヒロインの道なんですね」

 

「そうなの。真似してるだけだけど…それが極致に達したら本物になるって…」

 

――尊敬するアリナ先輩から…教わったことがあるから。

 

大切な人達の行方を決して諦めない失踪追跡者達。

 

いずれ彼女達の元には、その行方人が現れる日がくる。

 

その時に彼女達は耐えられるのだろうか?

 

大好きだった人達の変わり果てた姿を。

 

神浜市の魔法少女達に向けて襲い掛かる試練は続く。

 

その先駆けとなる者がもう直ぐ神浜の街に訪れるのであった。

 




アリなぎCPの続きと言わんばかりに書いてしまった。
すまんな、画伯なかりんちゃん(汗)
次回は、原作まどマギ闇堕ちヒロインさやかちゃん展開。
この世界って守る価値あるの?状態に堕ちた十七夜さんをお楽しみください。


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146話 悪夢の再会

神浜市に起きた悲劇、東地区から発端を起こした左翼テロリズム。

 

その爪痕は未だに大きく残されており西側と中央の経済は大きく麻痺している。

 

犠牲者を多く出した西の住民達は怒り狂い、東の者を見かけては襲い掛かっていく光景が続く。

 

その規模は膨大であり、神浜市警だけでは対処など不可能だろう。

 

見殺しにされているも同然の状況が続いていた。

 

現在、住民達の強い要望によって生み出されようとしている条例が存在する。

 

その条例の内容こそアパルトヘイトそのものであった。

 

行政の目的とは市民に安全を保障すること。

 

こんな大義名分を振りかざせば国民の基本的人権など容易く踏み躙れる。

 

自由民主主義国民だと言いながらも簡単に全体主義独裁を受け入れる愚かな民族性。

 

疑うこと、調べて考えること、和を乱してでも周りを批判する姿勢を完全に忘れている。

 

大多数の日本人の姿であろう、和を叫びながらも下の者達を虐めるのが大好きな民族姿だった。

 

……………。

 

「どうして…どうして私が政治運動をしてはいけないのですか!!?」

 

声を張り上げる人物とは七海やちよである。

 

彼女が怒声を上げているのは所属しているモデル事務所の社長に向けてだ。

 

「…有名人の政治発言が、どれだけSNSで炎上するのか知らないのか?」

 

「知ってます!それでも叫ばなければ…この街の市議会で最悪の条例が生まれてしまう!」

 

「君には関係のない話だ。モデル業に専念することだけを考えなさい」

 

「なぜですか…?私だって神浜の住民です!街のことで声を上げる権利はあります!」

 

「君の勝手な発言によって生み出される事務所クレームの対応をさせられる者達の事も考えろ」

 

「…ご迷惑をお掛けするとは思います。ですが、私だって神浜の一市民なんです!」

 

「では、君はモデルの仕事をやめて一市民に戻る覚悟があるということかね?」

 

「そ…それは……」

 

「所属事務所は違ったが、水名モデルを売りにしていた阿見莉愛君のことは知ってるか?」

 

「はい…。あの子は先の神浜左翼テロで…水名の者として世間からバッシングを浴びて…」

 

「モデルを引退にまで導かれた。これが政治だ…政治に関わろうとすれば盛大な火の粉を浴びる」

 

「それでも…それでも私はこの条例案には反対なんです!お願いします…発言させて下さい!!」

 

溜息をついた社長だが、腕を組んで睨んでくる。

 

「では、私のモデル事務所は…君との契約を解除させてもらう」

 

やちよの背中に氷柱がねじ込まれたかのように震えあがってしまう。

 

事実上の解雇通告なのだ。

 

「君程のモデルであろうとも…私も経営者だ。モデルよりも事務所の繁栄を優先させる」

 

「あ……あぁ……」

 

先程の強きな態度が一転、まるで嘘だったかのように怯えきった姿を晒す。

 

「君は手放したくない売れ筋商品。だが…探せば君の代わりなど、いくらでも見つかるのだ」

 

やちよの脳裏に浮かぶのは魔法少女に契約してまで生き残ろうとしたモデル世界。

 

ここでモデル業を引退させられたら何のために魔法少女になったのか分からなくなる。

 

「これが資本主義社会というものだ。考え直して大人になれ、やちよ君」

 

震えきったままやちよは深々と頭を下げていく。

 

「……すいませんでした、社長。出過ぎたことを…口にしました」

 

「それでいい。出過ぎた杭は打たれると理解出来た君は、()()()()()()()()に成長出来たわけだ」

 

――和(環)や絆、協調性を重んじ、周りに迷惑をかけない者こそが美しい日本人の在り方だ。

 

一礼をした後、社長室を出て行く。

 

廊下を歩いていくやちよの表情は憤怒に歪んでいる。

 

「何が美しい日本人よ…何が和(環)よ…。そんなの…()()()()()()()()()()()じゃない!!」

 

怒りのまま歩いていたが立ち止まり、ようやく理解出来た表情を浮かべてしまう。

 

「…今の社長の姿がきっと、魔法少女裁判を行った時の…私の姿だったのよ…」

 

他人の悪い部分なら簡単に見つかるのに自分の悪い部分になると全く見えなくなる。

 

自分への自尊心と、自分の生き方にプライドを持つ者達なら猶更だ。

 

人の欠点の見える者は、()()()()()()()()()()確実なる証拠。

 

これは七海やちよ達だけでなく嘉嶋尚紀や常盤ななか達にも言えることなのだ。

 

「常盤さんは…私達から村八分にされる恐怖があった筈なのに…勇敢に私を批判してくれた…」

 

自分が恥ずかしいのかやちよの目に涙が浮かんでいく。

 

他人の悪徳を見て、自分の悪徳に気づく。

 

それこそが人の振り見て我が振り直せという格言だった。

 

「ごめんなさい…常盤さん…。私も貴女のような勇気があれば良かった…でも、ダメだった…」

 

自分に自信が持てなくなり両膝が崩れて膝立ちとなってしまう。

 

「ごめんなさい…みふゆ、鶴乃、かなえ、メル。私…こんなにも弱虫な人間だった…」

 

モデル仲間達が彼女に手を差し伸べるがその手を掴む気力は今の彼女にはなかった。

 

中国の思想家であり哲学者の孔子はこんな言葉を残す。

 

――君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。

 

和とはすなわち、自らの主体性を堅持しながらも他と協調すること、それが君子の作法と説く。

 

それに対して同とは、自らの主体性を失って他に妥協すること。

 

およそ君子の作法ではなく、小人のすることだと説いた。

 

────────────────────────────────

 

12月3日。

 

神浜市役所本庁舎の前では極少数ではあるがデモを行う西側民衆の姿が見える。

 

議会におけるアパルトヘイト条例の審議に対してデモ活動を行う若者が集まっていた。

 

偏向報道ばかりする日本のメディアまで珍しくも集まり、デモの光景を撮影している。

 

周囲は警官隊が並ぶようにして警備し、デモは粛々と行われていくのだ。

 

<<差別条例はんた~い!!>>

 

<<差別条例はんた~い!!>>

 

差別反対のプラカードを掲げ、皆が一生懸命声を上げる。

 

うら若い乙女の声を張り上げているのは私服姿の梓みふゆである。

 

隣には鶴乃やかなえの姿もあり、他の魔法少女も何名かは私服に着替えて参加中だった。

 

「…方々を当たりましたが、この条例に反対してくれた人達は…あまりにも少なかったです」

 

「私も頑張ったんだけど…みんな鬼のように怒りだして…手に負えなかったんだ…」

 

「それでも、これだけの人を集められたのは…みふゆや鶴乃が皆に声をかけたからだよ」

 

「かなえさん…私達はあのテロの責任を負ってるんです」

 

「みふゆや鶴乃が背負うこともないだろ…?」

 

「私達が参加したあの会議場で…テロに参加した東の子に言われたの」

 

――差別をよくないと思う西側の人達は…西側を変える努力をしましたか?

 

――してませんよね?

 

――貴女達だって…私と同じ様に、周りに流されてきただけです!

 

「…私は水名で暮らしてきました。小さい頃から周りに合わせてばかりで…何も言えなかった」

 

「私も…常連さんを逃したくないから…東の陰口を叩く人を見ても…見て見ぬフリをしたよ…」

 

「…過ちは繰り返しちゃダメ。あたしもさ…東の嫌われ連中は…自分と重なって見えてたよ」

 

「メルやみたま、月咲や十七夜、それに大勢の東の人達の未来を…今度こそ守ってあげないとね」

 

「傍観者は…もうやめます。今日来られなかったやっちゃんの分まで、私が声を上げますね」

 

決心がついた者達に視線を向けていた人物が近寄ってくる。

 

<<なんて素敵な子供達なの~!アタシ…感動しちゃったわ~!!>>

 

素っ頓狂でオネエな叫びが聞こえ、一同は振り向く。

 

「この人は…?」

 

「かなえさん、この人が今日のデモの届け出をしてくれた代表なんです」

 

「初めまして♡アタシはね…東京からこの街に来て、メイド喫茶を切り盛りしている店長さん♪」

 

「もしかして…十七夜がバイトをしてた場所の?」

 

「そう。…あの子からずっと聞かされてたわ。東の住民が…どれほどの仕打ちを受けてきたのか」

 

「店長さんは…十七夜の味方なんだ?」

 

「モチのロンよ~♡だからね、あの子が帰ってくる街に差別条例を敷かれるなんて…許せない!」

 

「元気いっぱいな店長さんだ♪ふんふん!私も声を上げちゃうよ~!」

 

差別反対と皆が声を上げているが周囲を行きかう人々からは野次の叫びも聞こえてくる。

 

「気にしちゃダメ!()()()()()()()()()()()()()()()なんて…こんなくだらないことないから!」

 

<<その通りです、由比さん>>

 

「へっ…?あっ、ななか!それにかこにあきら…美雨も来てくれたの!」

 

彼女達の応援に来てくれたのは常盤組の面々だったようだ。

 

「遅れちゃってごめんね。ボク達も方々声をかけてたから…うわっ!?」

 

抱き着く大型犬な鶴乃アタックをあきらは浴びせられてしまう。

 

「常盤さん、来てくれて嬉しいです。…いつも一緒におられるこのはさん達は?」

 

「…申し訳ありません。声をかけたのですが…あの姉妹は味方をしてくれません」

 

「えっ…このは達は来てくれなかったの?それに…一緒にいるささらや明日香も見えないけど?」

 

「…あの人達は東のテロの犠牲者達です。明日香さんも…気持ちに整理がつかないそうです」

 

「あっ…そうだったね…」

 

「責めてやるのはやめるネ。私だて…蒼海幇の人達に犠牲者が出てたら…気持ちは同じだたヨ」

 

「個人よりも社会を優先するって…本当に難しいです。皆に議論教育はしてるんですが…」

 

「かこさん…エゴは消えないものです。怒りの感情を抱えた者達との話し合いは成り立ちません」

 

「議論は数学だって…尚紀さんから聞きました。決められたやり方に当て嵌めてやらないと…」

 

「ネットで見かける煽り合いや、押し付け合いの罵倒合戦のような光景にしかならないネ」

 

「あの子達とは…怒りが冷めた頃に話し合います。微力では御座いますが、私達も頑張ります」

 

「今日は思いっきりボク達は叫ぶよ!道場での掛け声レベルで大声出すからね!」

 

ななか達も差別条例反対と声を上げていく。

 

勇気づけられたみふゆ達も野次に負けないよう続くのだが周囲から叫びが響く。

 

<<裏切り者め!!>>

 

<<テロリスト共の味方をするな!!>>

 

<<見て!あの跳ね毛頭の子…水名の呉服屋の子よ!!もうあそこで買わないから!!>>

 

<<あの子も知ってるぞ!万々歳の子だ!最低な味の店なら、娘も最低だな!!>>

 

野次の罵倒規模が大きくなっていき、みふゆと鶴乃は顔を青くしながら震え抜く。

 

警官隊が並んでいるが野次を飛ばす民衆達が暴れ出さない限り無視を決め込むようだ。

 

「あいつら……!!」

 

かなえが動こうとしたがななかが肩を掴んで静止させてくる。

 

「…あれが古来から続く日本人の姿なんです」

 

「えっ…?どういうことなの……?」

 

「民衆が本質的思考をするのを最も恐れたのが武士です。江戸の五人組連座制を知ってますか?」

 

「いや……知らない」

 

「治安維持と年貢徴収の為の連帯責任制度です。 相互監視と密告に利用され民衆は腐敗した」

 

「相互監視と密告社会か…。連帯責任を課せられないよう世渡りするには……」

 

「何も知らない馬鹿を装う。権力に降伏し、譲歩の御慈悲を貰うのが()()()()()()()()とされた」

 

「あたし達日本人は…そんな時代の頃からの悪癖が染みついてたんだね……」

 

「時代劇ではいと言わずへぇ、というのは卑屈さの表れ。日本人は御上に逆らえない民族です」

 

「上に逆らえないから…下を虐める。この光景がそれを物語ってる…無責任過ぎるよ」

 

「季節や文化は美しい国ですが…歴史を知れば知る程…恥ずかしくなっていく」

 

「…変えていかないとね。そんな社会をさ…」

 

野次馬の方に意識を奪われ、警戒心が鋭いかなえとななかは気づかなかった。

 

「えっ…?」

 

みふゆの隣でプラカードを持っていた男の1人が走り出す。

 

「ちょっと!?」

 

鶴乃の静止も聞かず、走り込む先にいるのは警官隊。

 

市役所本庁舎ビルの市長室から下の景色を見つめていた新市長は邪悪な笑みを浮かべるのだ。

 

「やれ」

 

男はプラカードを振り上げながら大声を上げる。

 

「ウォォーー!!差別条例はんたーーい!!!」

 

あろうことか警官の1人をプラカードで殴りつけてしまうのだ。

 

「貴様!?公務執行妨害だぞぉ!!」

 

取り押さえようとする警官に目掛けてさらにプラカードで殴りつける。

 

「オラァ!!邪魔すんじゃねぇ!!差別主義者共の味方をするポリ公なんぞに屈するかぁ!」

 

「貴様ーッッ!!公務執行妨害で逮捕だぁ!!」

 

地面に取り押さえられていく男の姿を顔を青くして見つめることしか出来ない魔法少女達。

 

後ろの騒ぎに気が付いたななかとかなえも顔を青くする。

 

「ま…まさか……この手口は!?」

 

「この団体を徹底的に調査しろ!!」

 

「お前が代表だな!!」

 

「えぇ!?ア、アタシは暴れた男とは関係ないわよ!!」

 

「五月蠅い!!署まで来てもらうぞ!!」

 

取り押さえられた男と同じようにして十七夜が世話になった店長が逮捕されてしまう。

 

「違うわ!!アタシは無実よ…無実なのよーーーッッ!!!」

 

デモの1人が暴れた光景を見た野次馬達がヒートアップしていく。

 

<<見ろよ!!穏健派を気取っていたって、東の暴力主義者と変わらねーぞ!!>>

 

<<あいつら東の回し者なのよ!!>>

 

<<裏切り者め!!西側の面汚し共だ!!>>

 

<<きっとあいつらもテロの時に街を破壊したに違いない!!許せねぇ!!>>

 

<<叩き潰せーーッッ!!!>>

 

野次馬達が暴徒となる勢いになっていくが周囲を固めた警官達が押し留めていく。

 

<<デモを解散しなさい!我々の誘導に従い、速やかにデモを解散しなさい!>>

 

パトカーが集まりだし、デモは無理やり解散に追い込まれてしまう。

 

なす術もなくパトカーに誘導され、騒ぎの場から去っていく魔法少女達。

 

「…やられました」

 

「ななか……あの騒ぎが何なのか…知ってるの?」

 

「公安警察共がよく使う…デモ潰しの手口。双頭の鷲作戦…日本でいうマッチポンプです」

 

「公安警察が…デモ活動を潰すのですか!?」

 

「矢部政権の頃から売国政策を批判するデモ活動は公安警察に潰されたと聞いておりました…」

 

「まさか…今日私達のための警護を務めていた警官達は…?」

 

「恐らくは…公安警察でしょう。私達はまんまと嵌められたというわけです…」

 

「そ、そんな……メディアが撮影に来てたんだよ!?私達…どうなるのさ!?」

 

「あれも仕込みだと思われます。全てはアパルトヘイト条例反対の声を消すために…」

 

恐怖で体が震える鶴乃は青い表情をしたまま空を茫然と見つめていく。

 

「お父さん…やっぱりこの国は狂ってる。日本人のための政治をしていない…」

 

絶望に打ちひしがられた西の魔法少女達。

 

それは東の魔法少女達とて同じであった。

 

────────────────────────────────

 

次の日の夜。

 

工匠区で待ち合わせをして西側へと捜索に向かう人物は私服姿の八雲みたまと観鳥令だ。

 

2人はとても暗い表情をしながら口を開いていく。

 

「…昨日のニュースを見た?」

 

「…ええ。デモの暴動ニュースでしょ」

 

「あんなの絶対やらせだよ!だけど証拠がないんじゃ…誰も信用してくれない…」

 

「あれが…西側のやり方なのよ。東側に味方をするなら西側の人々さえ排除する…」

 

「放送されたニュース内容は画一化されたようにデモを悪者にしてる…何が放送の自由だ…」

 

「…日本のメディアにさえ私達は…見捨てられてるのよ」

 

「みたまさん……」

 

参京区に入る橋の歩道を歩いていたが橋を渡り切る前にみたまが立ち止まってしまう。

 

「……ねぇ、令ちゃん」

 

低い声を上げたみたまに気が付き、令は後ろを振り向く。

 

「……この世界って、()()()()()()()()()

 

突然の発言を浴びせられた令の顔に冷や汗が浮かぶ。

 

暗い夜道の街灯に照らされたみたまの瞳は絶望を感じ始めているように濁っている。

 

「いきなりな……発言だね?急にどうしたのさ…?」

 

「私は願った、この街に呪いあれと。今思えば…この街の惨状も願い通りよね」

 

「ち、違うよ!みたまさんは悪くない!!魔法少女は夢と希望を叶える者達さ!」

 

「…それは世界を呪った調整屋達じゃない。希望を紡ぐ貴女達こそが報われるべき…なのに…」

 

――希望を願った東の子達まで…世界から呪われていく。

 

その言葉を返す言葉を令は思いつかないだろう。

 

全ての魔法少女達が背負ってきた業なのだから。

 

「貴女達は誰かの幸せを叶えた。なのに…それと同じぐらいの絶望が…世界からもたらされる」

 

()()()()()()()()()()()()()になる…?」

 

「貴女達は…何のために戦ってきたの?命をかけて人々を守ってきたのに…人々から虐待される」

 

みたまのソウルジェムの指輪から穢れの光が浮かんでいく。

 

「教えて…今直ぐ貴女が教えて。こんな醜い人間共を守る理由を…教えなさいよ!!」

 

彼女の表情はテロの時に傷ついた水名生徒を罵倒した時と同じ憤怒の表情を浮かべてくる。

 

そんな時、令はみたまを止めるための叫びを上げてくれるのだ。

 

「やめてくれ!!嘉嶋さんとの約束を忘れたのか!!!」

 

「えっ……?」

 

怒りの表情が解け、みたまは茫然としながらも俯いてしまう。

 

「しっかりやれって言ってくれただろ!頑張らなくていいって…言ってくれただろ!!」

 

「私……わたし……」

 

「嘉嶋さんが語った言葉を思い出して!疑うことも大事だけど…信じることも大事だって!!」

 

「尚紀……さん……」

 

「あの人も…今のみたまさんみたいになった!あの人にもう…繰り返させちゃダメなんだ!!」

 

――魔法少女の虐殺者に戻る日を…与えちゃダメなんだよ!!

 

令の必死の叫びがみたまの体を震わせる。

 

暫く震えていたが顔を上げ、真っ直ぐ目を向けてくる。

 

「令ちゃん……」

 

みたまが言葉を紡ごうとしていく。

 

横は道路であり、無数の車が往来するためよく聞き取れない。

 

「私ね……」

 

鈍化した世界。

 

令の後ろ側から走ってくる一台の車。

 

助手席の窓が開き何かを外に向けてくる。

 

「間違って……」

 

次の瞬間だった。

 

「あぐっ!!?」

 

突然みたまは片膝をつき、左手でおでこを抑え込む。

 

「みたまさん!?」

 

駆けつけた令が額を抑え込んだ左手を見れば酷い出血が滲んでいく。

 

すれ違う時に何かを撃たれたようだ。

 

通り過ぎていった車の姿はもう見えない。

 

「痛い……いたい……イタイ……」

 

「酷い傷……パチンコ玉のようなもので撃たれたんだね…」

 

涙を流しながら座り込み、怯え切った表情をみたまは浮かべていく。

 

「待ってて、直ぐに回復魔法を……」

 

伸ばしてきた令の手は叩き落とされてしまう。

 

「嫌…いや…もう西となんて関わりたくない!!私のことは……放っておいてぇ!!!」

 

両手で頭を抱え込み蹲ったまま泣き喚き続けるみたまの姿を見た令は慰めの言葉も出せない。

 

令は道路に視線を向け、怒りのまま歯を食いしばっていく。

 

「また…車のナンバーを残せなかった…。何がジャーナリストだ……観鳥令は失格者だぁ!!」

 

両拳を橋の手摺に叩きつけてへこませ、震えた令の体も蹲ってしまったのだ。

 

……………。

 

橋の近くにあるビルの屋上では一部始終を見つめていた少女が1人立つ。

 

黒のダウンと白のニットトップスの上着を纏い、紺色のスカートを纏う人物だった。

 

「……月が綺麗だな」

 

彼女の視線の先には夜空に輝く月の光。

 

「こういう夜は無性に……血が見たくなる」

 

月に照らされた彼女の影が蠢き、無数の蝙蝠達が舞う。

 

「ハッ…!?」

 

恐ろしい魔力を感じ取った令は後ろに振り向いて夜空を見上げる。

 

川を高速で飛び越えていったのは無数の蝙蝠の群れ。

 

「あれは…一体……?」

 

その頃、みたまを襲った車は工匠区を迂回しながら栄区を目指す。

 

改造エアガンで次々と東の人々を撃ちながら車内でゲラゲラ笑う光景が続いていた。

 

「ハハハ!正義執行って本当に気持ちがいいよな~♪」

 

「FPSシューティングよりも興奮するぜ!悪者の東連中なら気兼ねなく撃てるってもんよ♪」

 

「そうそう!俺達の武勇伝を聞きたがる西の被害者達は大勢いるだろうぜ~」

 

「泣いて感謝されたりして?善行をするって本当に気持ちがいいぜ~!」

 

栄区に入る橋を走行していた時だった。

 

「えっ……?」

 

運転していた男が横を向くと猛スピードで黒い影が迫りくる。

 

「ヒィィィーーーッッ!!!?」

 

無数の蝙蝠が車に向けて突撃を行ってくる。

 

窓ガラスを突き破り中に侵入、車の側面にまで体当たりして車を横転させてしまう。

 

<<ギャァァァーーーーッッ!!!!>>

 

ひっくり返った車内では地獄の光景が広がっている。

 

全身に喰らいつく無数の蝙蝠が血を吸い上げ、襲撃した2人の男がミイラのようになっていく。

 

絶命するまで血を吸った蝙蝠達が空高く飛び立ち、人の形へと変化。

 

翼のように大きく広げたのは血と夜を思わせる漆黒のマントだった。

 

「…西の汚物共は消毒するに限るな」

 

宙に浮いた少女が右手を翳し、帯電させていく。

 

放たれた魔法とは悪魔の雷魔法であるジオンガ。

 

轟雷が車に直撃して爆発を起こす光景が広がったようだ。

 

「八雲の借りは返したぞ。さて…今夜の渇きはまだ癒えていない」

 

体が弾け、無数の蝙蝠となって飛翔していく。

 

次の獲物を狩るために闇夜の空に蝙蝠が舞うのであった。

 

……………。

 

「ぐあぁぁーーーーッッ!!!?」

 

新市長の家では惨劇が広がっている。

 

突然部屋の中に霧が立ち込めたと思ったら少女の形となって襲い掛かってきたようだ。

 

少女の手で顔を掴まれ、片腕で持ち上げられながら頭部を締め付けられる。

 

「ニュースは見た。世話になってきたオネエサマを…西の穏健派を…よくも嵌めてくれたな」

 

「し、知らない!!ぐあぁぁーーーー!!?」

 

万力で締め付けられる程の握力によって市長は悲鳴を上げていく。

 

あと少し力を加えれば頭部が潰れたトマトになるだろう。

 

「とぼけるか?まぁいい、貴様が市議会に提出した差別条例案だ。…言い訳は認めない」

 

「た、助け……ギャァァァーーーーッッ!!!?」

 

掴んだ手が赤く光る。

 

市長の体から血が噴き出していき念力で引き寄せられるかのように少女の体に集まり出す。

 

全身で血を吸い上げる魔法こそが悪魔の吸血魔法なのだ。

 

「が…あ……あぁ……」

 

「死は平等に訪れる。たとえそれが腐れ外道であろうとな」

 

「すま…な………」

 

ミイラ化して絶命した市長に対して掴んだまま雷魔法のジオを放つ。

 

死体の体が雷で焼き尽くされていき発火。

 

燃え上る市長の姿を見つめる少女の口元には笑みが浮かんでいるようだ。

 

<<キャァァーーーーッッ!!!!>>

 

叫び声が聞こえた方に視線を向ける。

 

そこには腰を抜かした市長の妻と娘の姿があった。

 

「…そうか、腐れ外道にも家族がいるのか。さっき殺した連中にもいたのだろうな」

 

悪魔少女はゴミのように燃えた夫の遺体を投げ捨てる。

 

「な…なんてことをしたのよ!!」

 

「ママ…パパはどこ…?パパの姿が見えない!!あの燃えてる人は誰!!?」

 

「お前のパパならここにいるぞ?」

 

悪魔が指さすのは燃え上る死体である。

 

「いやぁぁーーーッッ!!!」

 

悲鳴を上げる娘と妻の元に歩み寄ってくる。

 

「人殺し!!悪魔め!!!よくも夫を殺したわね!!?」

 

「…貴様、この外道の妻だな?この男が市議会に提出した条例案の内容は知っていたか?」

 

「あ、あんたなんかに話すわけないでしょ!!?」

 

「そうか…別に構わん。貴様の心に聞くだけだ」

 

「えっ……?」

 

片目に身に着けたモノクルが怪しく光る。

 

何か心の中に違和感を感じたようだが人間には理解出来ない魔法の力なのだ。

 

「…なるほど。どうやら貴様は条例案の中身を知ってて…夫の仕事を止めなかったようだな?」

 

「な…何で分かるの……!?」

 

「それが悪魔の力だ」

 

断罪が必要だと判断した慈悲無き悪魔が近寄ってくる。

 

「ママ…怖い…怖いよぉ!!悪魔が…悪魔が来るーーッッ!!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()屑共め。新たな()()世界には…()()()()()()()()

 

悪魔を表す真紅の瞳が瞬膜と化す。

 

<<アァァァァ―――――ッッ!!!!>>

 

……………。

 

燃え上る市長の家を上空から見つめる悪魔少女は冷淡な言葉を残す。

 

「腐れ外道共も、外道を野放しにした傍観者も許さない。この世は道徳を重んじる者だけでいい」

 

血濡れた右手を持ち上げていき、舌で指を舐める姿はまさに悪魔の如き存在だった。

 

「自分は…東を守るために戦った者。これもまた…東の未来を守ることに繋がるだろう」

 

――もっと早くに…こうしていたら良かったよ。

 

無数の蝙蝠と化し、悪魔少女は夜空の世界へと消えていった。

 

これが客観性を無くしたまま平等を叫ぶ正義の味方の在り方だ。

 

彼女が吐き捨てた言葉はブーメランとなって己に帰ってくるだろう。

 

この世を善と悪でしか認識しないから自分が正義側だと思えば悪を無条件で裁きたくなる。

 

それでも彼女は迷わないし、聞く耳を持たず無責任な態度をするだろう。

 

何故なら善行をしている自分の在り方に誇りを持っているからだ。

 

かつての神浜騒動の時、広江ちはると人修羅はこんな言葉を残す。

 

――悪意の臭いはないけど…そこが凄く恐ろしい…。

 

――この世で最も邪悪な存在とは。

 

――自分が悪だと気が付いていない…自分を省みない正義宗教信者共だ。

 

ミイラ取りがミイラになる光景は誰でも起こす時がある。

 

地獄への道は、善意で舗装されていた。

 

────────────────────────────────

 

2日が過ぎた12月6日の夜。

 

参京区の街を捜索しているのは令だが隣にみたまの姿はいない。

 

代わりに彼女と共に捜索してくれているのは十咎ももこだった。

 

「…そうか。あれから調整屋は塞ぎ込んで家から出れなくなったのか…」

 

「みかげちゃんの話だと…ソウルジェムが不味いみたい。だから業魔殿のメイドさんが行ってる」

 

「たしか…あのマッドなメイドさんも悪魔だったんだよね?」

 

「悪魔はソウルジェムの穢れを取り除く力がある。任せて大丈夫だと思いたいね…」

 

「…問題なのは調整屋の精神状態の方だろうな」

 

「ごめん…ももこさん。観鳥さんがついていながら…守ってあげられなかった…」

 

「自分を責めちゃダメだよ、令ちゃん。アタシだってきっと同じことになってたよ…」

 

「みたまさんのためにも…十七夜さんを探し出そう」

 

「そうだね…。ところで、神浜市議会で起きたニュースは見た?」

 

「うん…とんでもない騒ぎになったようだね」

 

彼女達が見たニュース内容とは議事堂において犯行声明とも思える文字があったこと。

 

「血文字で描かれてたみたい…。アパルトヘイト条例に賛成した議員は皆殺しだとね…」

 

「脅迫そのものだよ…。誰があんな犯行をしたんだろう?」

 

「連日を騒がす偏向メディア共は…東の住民の犯行だと憶測ばかりを撒き散らす」

 

「酷過ぎるよ…日本のメディアは。証拠さえないのに…」

 

歴史ジャーナリストの中にいるジョージ・オーウェルはこのような言葉を残す。

 

ジャーナリズムとは、報じられたくない事を報じることだ。

 

それ以外のものは広報に過ぎない。

 

この定義に基づけば、日本メディアは報道の自由を守れる組織だと思えるだろうか?

 

「画一的な報道なんて自由民主主義国の報道機関はやっちゃいけない。独裁国家じゃないんだ」

 

「そうだな…知る権利こそが国民には必要なんだし」

 

「だからね、観鳥さんは本物のジャーナリストになりたい。記者クラブになんて絶対に入らない」

 

「フリーランスでもいいじゃないか?無頼漢してる令ちゃんの方がアタシも好きだし♪」

 

「ありがとう。心配なのは…市議会議員達はテロには屈さないと強行採決を言い出してる」

 

「だとしたら…あの新しい市長一家のような殺人事件がまた起きる可能性が大きいよな…」

 

「たとえ混乱極まる神浜であろうとも…観鳥さんは十七夜さんの捜索を諦めないよ」

 

「調整屋のためにもアタシも諦めないよ。参京区から北側にも向かってみる?」

 

「そうだね。さぁ、観鳥さんの確実撮影さん…今夜こそ頼むよ」

 

カメラを持つ令が先導し、ももこも後ろに続く。

 

北養区に入り夜の高級住宅街を歩いている時だった。

 

「な、なんだ…この恐ろしい魔力は!?」

 

魔力を感じ取ったももこが声を上げる。

 

「魔獣のものじゃない…それにこれは…あの時戦った吸血鬼悪魔と魔力が似てる…」

 

「この魔力…観鳥さんも感じた事あるよ!」

 

「あっちの方角だ!!」

 

丘に並ぶように建つ高級住宅地を走り、奥まった広々とした家に向かう。

 

2人は走りながら魔法少女に変身して門を飛び越え、広々とした敷地内に入ったようだ。

 

「なんだ!?」

 

屋敷の窓を破り無数の蝙蝠が外に飛び出す。

 

蝙蝠は二階建ての屋根に集まっていき、人の形を生み出していく。

 

<<…君達か。戦う相手を間違えているんじゃないのか?>>

 

「あ……あぁ……」

 

「そ、そんな……嘘だろ……?」

 

漆黒の悪魔衣装を纏う悪魔少女とは彼女達が探し続けた人物の成れの果て。

 

「なんで…なんでお前が…悪魔のような姿をしてるんだ…?」

 

「やっと見つけだしたのに…何かの冗談だって言ってよ…」

 

<<十七夜さんッッ!!!>>

 

無数の蝙蝠を夜のカーテンとして現れたのは悪魔化した和泉十七夜である。

 

悪魔を表す真紅の瞳が2人に向けられ、不思議そうな顔を浮かべてくる。

 

「魔法少女が戦うべき相手は魔獣共だろ?魔獣狩りには向かわないのか?」

 

「その姿は…何なんだよ…?それに…ソウルジェムの魔力を感じないけど…」

 

「うむっ、不思議に思うのも無理はないな十咎。自分はな、魔法少女を辞めさせてもらった」

 

「魔法少女を…辞めただって…?」

 

「そうだ、観鳥君。自分はあのテロの時、吸血鬼悪魔に噛まれた後…肉体も魂も変化した」

 

「あの時十七夜さんは…あの吸血鬼悪魔に噛まれた…。あれから何があったんだよ!?」

 

「もちろん吸血鬼となった。男と性交したことがない魔法少女はみんなこうなる」

 

「魂が変化したというのは…?」

 

「魂であったソウルジェムは何処にもない。自分はな…ソウルジェムに囚われた魂を内に戻せた」

 

「キュウベぇから引っ張り出された魂を…取り戻せたっていうのか…?」

 

「お陰で痛覚を取り戻せたが…不便さはあまり感じない。悪魔化した肉体の恩恵だな」

 

「じゃあ…今の十七夜さんは魔法少女ではなくなって……」

 

「その通り」

 

右手を掲げれば蝙蝠達が何匹か彼女の腕に止まっていく。

 

「和泉十七夜と呼ばれた魔法少女は…悪魔となったのだ」

 

青い表情をしたままの2人だが、ももこが吼える。

 

「だから何だよ!今まで何処をほっつき歩いてた!?家族や友達のことはどうでもいいのかよ!」

 

「家族とは…縁を切らせてもらった」

 

「な、なんだって!?」

 

「友と呼べた魔法少女達も…もう必要ない。これからの自分は悪魔としての戦いを続ける」

 

「悪魔としての戦いだって…?悪魔として…何と戦ってるんだよ!?」

 

「この邸宅…思い出した。ここは市議会議員の中でも中心人物が暮らしてる家だ…」

 

「そ、それってまさか…嘘だと言ってよ令ちゃん!?」

 

「…邸宅内から人の気配を感じない。まさか…嘘ですよね、十七夜さん…?」

 

「…事実だ。自分が戦っているのは民衆の自由と平等と博愛を踏み躙る邪悪な人間共だ」

 

その言葉が意味するのは人間の虐殺行為。

 

信じられない衝撃を立て続けに受け、ももこも令も体が震えていく。

 

「フランス国旗理念であり、フリーメイソン理念を邪魔する悪を倒す自由と平等と博愛の戦士だ」

 

「フリーメイソン…だって……?」

 

「世界を代表する友愛結社だ。人は平等であり人類が手を携えて幸せに生きる世界を作る組織」

 

「そんな…十七夜さんが秘密結社と関わっていただなんて…」

 

「我々は破壊する。自由と平等をもたらし、博愛に満ち溢れた世界の障害となる概念を」

 

「平等や博愛を邪魔する概念…?」

 

「権威を、宗教を、国境を、民族を、歴史を全て破壊しつくして統一する」

 

「自分が何を言ってるのか分かってるのか…十七夜さん!?その思想は…共産主義だ!!」

 

「その通り。自分は共産主義者でありグローバリストとなった。国家民族概念を破壊する者だ」

 

「ふざけるなぁ!!そんな狂気を実現したら…日本はどうなるんだ!?」

 

「神浜を含めた日本の悪しき歴史は全て消え去り、宗教・民族概念が消えた共和国となる」

 

「共和国だって……?」

 

「歴史の象徴である君主を持たない民衆国家。日本民族の悪しき象徴である()()()()()()()()

 

吸血鬼悪魔は民衆革命理念を語っていく。

 

それによって起こったのは様々な国家の歴史を象徴してきた皇帝や王を殺害した歴史。

 

王という歴史の象徴など民衆平等の前では何の価値もない。

 

歴史の象徴である王は民衆を守らず特権階級ばかりを優先したためだ。

 

グローバル共産化とは()()()()()()()()を信奉すること。

 

豊かで平等な搾取、抑圧、差別のない社会の一員である世界市民を目指して世界連邦を築く理念。

 

「お前…正気なのか?日本の歴史の象徴である天皇陛下さえ…殺すというのか!!?」

 

「歴史があるから人々は差別を行う。その光景は東の者として見てきただろう、観鳥君?」

 

「イカレてる…観鳥さんが望むのは神浜の歴史差別の修正だけだ!!」

 

「そんなものは平等ではない!自分達だけが良ければそれでいいだけのエゴイズムだ!!」

 

「鏡見ろよあんた!!十七夜さんの言っていることはアタシには矛盾にしか聞こえない!!」

 

「残念だが、吸血鬼となった自分は鏡に映らなくてな。自分の姿は確認出来ない」

 

「落ち着いてくれ十七夜さん…話し合えば、お互いの間違っている部分が見えてくるよ…」

 

「そうやって…また何も起きない楽しい毎日だけを望ませる気か?」

 

「そ…それは……」

 

「今までの人生は何だ?社会に無関心になり楽しく遊んでヒーローごっこをして過ごしただけだ」

 

「……否定出来ないね」

 

「人間社会に対して無責任に過ごし、絆という腐った馴れ合い社会を築いただけではないか?」

 

「それは…アタシ達だって反省している。命をかけて批判してくれた人がいたから…」

 

「日本は若者ほど社会変革意識を持たない。迷惑だ、過激だと言って…奴隷人生を選ぶ」

 

「昭和の頃からそれは起きてきた…国民の行動が政治に影響を及ぼしている感覚が消えたんだ…」

 

「全てを諦め、御上に従う奴隷人生を選んだというわけだ。自分はそんな権威主義など望まない」

 

かつてのボルテクス界において力の変革を望んだ少女の憂いはこの世界でも起こってしまう。

 

かつての世界と同じく、この世界もまた人類の堕落によって何も創り出せない世界となったのだ。

 

掲げた腕に止まっていた蝙蝠達が飛び立つ。

 

十七夜は右手をゆっくりとももこ達に向けていく。

 

「理解してくれないならば仕方ない。自分は平等を世界にもたらす道を行くと…皆に伝えてくれ」

 

「調整屋は…お前の大切な親友の八雲みたまはどうなる!?」

 

みたまの名を叫ばれた十七夜の表情に苦しみの影が浮かぶ。

 

「お前の帰りをずっと待ちながら探し続けてたんだぞ!令ちゃんと一緒に!!」

 

「それだけじゃない…みたまさんは悪魔になってるかもしれない十七夜さんのために…」

 

「全てを打ち明けてくれた…。それに、悪魔の差別が起きないようアタシ達に教育もしてくれた」

 

「八雲……」

 

「戻ってきてくれ十七夜さん…!悪魔に堕ちても…帰る場所はここにある!!」

 

「黙れッッ!!!」

 

怒りの表情となり、掲げた右手が帯電していく。

 

「この街に帰る日が来るとしたら…それは博愛に包まれた世界連邦を築き上げた時だけだ!!」

 

「この……分からず屋がぁぁーーーッッ!!!」

 

ももこは魔法武器である大剣を生み出し構える。

 

令も魔法武器であるバズーカを生み出し構える。

 

かつて轡を共にし、正義の道を歩む友であった魔法少女達の殺し合いが始まっていった。

 

────────────────────────────────

 

「自分に挑んでくるのなら…命を懸ける覚悟を見せてもらう!!」

 

赤く帯電した右手から放つのは複数の敵に向けて放つ雷魔法であるマハジオ。

 

加減はしているが、それでも直撃すれば重症は免れないだろう。

 

「令ちゃん!」

 

「うん!」

 

2人は横に跳躍し、頭上から落ちてきた雷の一撃を回避する。

 

「ごめん!十七夜さん!!」

 

横っ飛びの姿勢からバズーカを構え、屋根の上に向けてバズーカを撃つ。

 

放たれたロケット弾の弾頭が空中で開き、敵の動きを拘束するネット弾に変化。

 

「無駄だな」

 

微動だにしない十七夜の体が霧化していく。

 

「そんな!?」

 

ネット弾は霧を素通りしていったようだ。

 

「こっちがお留守だよ!!」

 

反対側から跳躍斬りを仕掛けるももこだが罠だ。

 

「えっ!?」

 

十七夜は視線すら向けず、右手を伸ばして大剣の唐竹割りを指で挟みとる。

 

両手で押し込もうとするが魔法少女の魔力強化であろうとも吸血鬼悪魔の剛力には通じない。

 

「自分は悪魔になっても読心術が使える。会話をしている時の君達の念話内容は知っていた」

 

「くぅ!!」

 

悪魔の赤い瞳を向けてくる十七夜を見たももこは恐怖に包まれる。

 

十七夜の姿が成す術もなく殺されかけた吸血鬼悪魔のクドラクと酷似して見えたからだ。

 

「ぬんっ!!」

 

刀身を挟んだまま右手を開き、集中する。

 

「なんだよコレッ!!?」

 

ももこの体が動かなくなり、宙に向けて浮かされていく。

 

悪魔の超能力魔法の初歩であるサイの力だ。

 

「う…動けない……これも悪魔の…魔法なのか…!?」

 

「悪魔は超能力魔法も使えるということだ。もっとも…自分もまだ練習中なのだがな」

 

右手を動かせば宙に浮かされたももこの体も右手に沿うように動いていく。

 

ももこの体が向けられたのは地上で魔法のカメラを十七夜に向ける令であった。

 

「君の魔法能力は望むシャッターチャンスを手に入れるだけではないと知っている」

 

サイの魔法を応用し、ももこの体を令に向けて念導投擲を行う。

 

「しまった!?」

 

カメラのボタンを押す手が止められずカメラ撮影してしまう。

 

「うわぁぁーーーッッ!!?」

 

撮影されてしまったももこの体が変化して地面に落ちていく。

 

その姿は一枚の写真。

 

かつての葛葉キョウジが用いたシャッフラーと同じく魔なる者を封印出来る魔法なのだろう。

 

「ごめん!ももこさん!!今解除を……」

 

写真に向けて手を伸ばすが、視線が十七夜から離れてしまう。

 

<<戦いの最中に余所見をするなと、自分は君に教えた筈だぞ>>

 

「はっ!?」

 

振り返れば無数の蝙蝠化移動で背後に回り込んできた十七夜が立っている。

 

「ぐぅ!!?」

 

喉を掴まれ令は体を持ち上げられてしまう。

 

「やめて…十七夜…さん…!貴女は…東の長…だ!!みんな…帰りを待っ……」

 

「…かつての自分について来てくれて…礼を言う。だが…自分はもう東の長に戻る気はない」

 

「十七夜……さ……」

 

「かつての同胞と殺し合うのは辛い…。だからこそ、大人しくしていてくれ…」

 

逆の手が令に向けられる。

 

左手が淡く光り、放つ魔法とは敵集団を眠りにつかせる『ドルミナー』だ。

 

「あ……あぁ……」

 

令は急激な睡魔に襲われていき意識が途絶えていく。

 

「ごめ……後は……おね……」

 

最後の力を振り絞り、写真にされて封印されたももこに手を伸ばす。

 

封印解除の魔力を送った後、令は眠りについてしまったようだ。

 

優しく彼女を地面に寝かせた十七夜が蘇った人物に向き直る。

 

立ち上がっていたのは魔力で刀身に炎を纏わせたももこの姿だった。

 

「正義の世直し人にでもなったつもりか…?お前は自分の暴力を正当化しているだけだ!!」

 

「十咎…分かってくれとはもう言わん。だが、今の発言は聞き捨てならんぞ」

 

「何度でも言ってやる!!今のアンタの姿はな…」

 

――人の感情エネルギーに寄生して廃人に変えていく…魔獣共と同じだぁ!!

 

それを聞いた十七夜の眉間にシワが寄っていく。

 

「…いいだろう。自分が魔獣として扱われるなら聞こう…魔法少女の使命とはなんだ?」

 

「…魔獣を倒し、人々を救うこと」

 

「自分もそう信じて戦ってきた。ならば…その使命を果たしてみせろ」

 

――正義の魔法少女としてな!!

 

ももこは地を蹴り、跳躍斬りを仕掛けてくる。

 

十七夜は蝙蝠化で回避しようとしたが慢心であった。

 

<<グァァァーーー!!?>>

 

斬撃に纏った炎が蝙蝠の一部に当たったのが効いたのか、実体化して蹲る。

 

「ぐっ…うぅ……」

 

焼け焦げた腕を掴み、ももこを睨んでくる。

 

「悪魔には弱点属性があるってヴィクトルさんから聞いたけど…吸血鬼は炎が弱点か」

 

「…クドラクから弱点の事を教わっていたが…忘れていた。吸血鬼の能力に己惚れていたか…」

 

「勝負あったな、十七夜さん。もうこんな戦いはやめてみんなのところに…」

 

勝利を確信した者に向けて低い笑い声が響いてくる。

 

立ち上がる十七夜は抑え込んでいた火傷から手を離すと信じられない光景が浮かんでいるのだ。

 

「そんな……」

 

火傷の跡が異常な速度で修復されていき、完全に治ってしまった。

 

「吸血鬼は再生能力に優れている。傷を癒す願いをした魔法少女と同じぐらい治癒能力が強い」

 

「だったら!再生が追い付かないぐらい焼いてやる!!」

 

「十咎のマギア魔法か?ここは悪魔の結界ではないようなのだが?」

 

「くっ……」

 

「自分の弱点を突けるようだが、それだけでは覆せない力の差を見せてやろう」

 

「強がるな!吠え面かかせてやる!!」

 

炎を大剣に纏って飛びかかるが右手を翳されてしまう。

 

「ぐっ!?ま…またか…!!」

 

サイをもう一度かけられ空中で静止させられてしまったのだ。

 

「自分はまだ、この超能力魔法を上手く使いこなせない。…練習に付き合ってもらうぞ」

 

「れ…練習だと…!?」

 

右手を構えたまま意識をさらに集中させる。

 

右手が林檎を鷲掴みして握り潰すように動いていく。

 

「ぐぁぁぁーーーーッッ!!!?」

 

全身を万力で絞め潰される程の圧力が加えられ、悶え苦しむももこの姿が生み出される。

 

サイの威力を上げたサイオを使って攻撃してくるのだ。

 

「自分が暴力を正当化しているだと?ならば君達はどうやって神浜社会を変えてくれるんだ?」

 

「ぐっ…うぅ……!!」

 

「今まで君達は差別問題に対して何もしなかった。綺麗事ばかり言うが…政治に無関心だった」

 

圧力がさらに強まっていく。

 

「楽しい事だけを優先したい。みんな楽しく和を築き、気が付けば政治問題など棚上げだった」

 

圧力がさらに強まっていく。

 

「ウアァァァァ―――!!!」

 

「博愛を語るくせに行動が伴わない。君達の方こそ己の無責任を正当化してきたペテン師共だ」

 

他人の悪い部分なら簡単に見つかる。

 

だが自分の悪い部分は全く気づこうともしない。

 

自尊心の強い者にとって間違いを認める事は()()()()()()()()

 

自分の無知を認めることになりゼロから学び直す屈辱を味わうことになるからだ。

 

理解出来ないものを不快に感じる生理現象のことを社会心理学では()()()()()()と呼ばれた。

 

「たしかに…アタシ達は流されてきた。楽な毎日を優先して…荒れる話題の政治から目を背けた」

 

「恥ずべき生き恥を晒してきたと思えるようになったのか?」

 

「はぐむに批判されて…ようやく気が付けた…。正義を気取っても…行動が伴わなかった…」

 

「それを認める勇気ぐらいはあったというわけか」

 

「認めるよ…。でもさ…アタシ達が認める勇気を出せるなら…十七夜さんにだって出来る!」

 

「貴様!?まだ言うか!!!」

 

「頼む…!!調整屋には…みたまには…お前が必要なんだよぉ!!!」

 

「ぐっ…うぅ……!!」

 

集中力が乱れようとした時、何かが飛来してくる。

 

「ぐあっ!?」

 

十七夜の翳した右腕に飛来した槍が彼女の右腕を貫通している。

 

超能力魔法から解放されたももこは地面に倒れ込み、動けなくなったようだ。

 

<<見損なったぞ十七夜。アナタはそれでも…東の長と呼ばれた魔法少女なのか?>>

 

「こ…この声は……まさか……まさかっ!!?」

 

槍が刺さったまま蝙蝠化して実体化し直す。

 

転がった槍だが自らの意思を持っているかのように宙に浮かび、回転しながら飛んでいく。

 

月明かりに照らされた敷地内に入ってくる存在達に視線を向ける。

 

飛んできた槍を片手で受け取ったのは漆黒の貴族衣装を身に纏う雪野かなえ。

 

分厚い魔導書を持っているのは黒と紫色のゴスロリ風衣装を纏う安名メル。

 

立ち止まった2人が十七夜と同じ真紅の瞳で彼女を見つめてくる。

 

その眼差しには落胆の色が滲んでいたのだ。

 

「馬鹿な…自分は白昼夢を見ているのか…?君達は……君達は死んだ筈だぞ!?」

 

「夢じゃありませんよ、十七夜さん。夢であって欲しかったのは…今の十七夜さんの方です」

 

「何故生きているんだ…?君達は…円環のコトワリに導かれた筈だ!!」

 

「訳有って…転生して生き返れた。十七夜…今のあたし達はね…アナタと同じ存在」

 

「自分と同じだと…?」

 

「ボク達の瞳を見てください。…十七夜さんとお揃いでしょ?」

 

3人の赤い瞳が交わるように視線を交わし合った時、彼女達が何者なのかを理解する。

 

「そうか…君達まで……悪魔にされたというのだな」

 

「いいえ、ボク達は自らの意思で悪魔になりました」

 

「悪魔になってでも…この世に未練があったと解釈していいのか?」

 

「そう…あたしには未練があった。やちよ達や…十七夜が…間違っていくのを止めたかった」

 

「君まで…自分を否定するのだな…」

 

「十七夜さん…こんなやり方じゃ…尚紀さんと同じ末路にしかなりませんよ」

 

「尚紀…?男の名前に聞こえるが…?」

 

「嘉嶋尚紀はね…魔法少女の虐殺者となった人物。人間社会主義を掲げた…共産主義者だ」

 

「嘉嶋尚紀か…きっとその人物も悪魔なのだろう。そして…自分と同じ思想を持った同士だ」

 

「その人物は、自分の正義を掲げて虐殺の限りをつくした。だけど……」

 

「自分の理想が壊れていたと突きつけられた時に…壊れてしまいました」

 

「そして…報復を望む神浜の魔法少女達に襲われて…危うく死にかけたんだ」

 

「…自分も、嘉嶋尚紀と同じ末路を辿ると言いたいのか?」

 

「十七夜さん…これは尚紀さんの言葉です。疑うことも大切だけど…信じることも大切です」

 

「疑う気持ちが極まれば、加害者にしかなり得ない。尚紀がそうであり、アナタもそうなる」

 

「自分はそうはならない……絶対になってやるものか!!」

 

赤い魔力を放出し、十七夜は全身に蝙蝠のカーテンを纏う。

 

意固地になった彼女を見たかなえとメルも動く。

 

かなえの新たな魔法武器である魔槍ルーンが業火に包まれる。

 

メルの新たな魔法武器であるトートの書が開き、風に靡くようにページがめくられていく。

 

「感じるこの魔力…。自分と同じく悪魔となった君達は…強そうだな」

 

「それでもやりたいというのなら、あたしは手加減しない」

 

「十七夜さん…お願いだから、ボクに悪魔の魔法を使わせないで下さい!!」

 

状況は不利だと判断した時、十七夜の頭の中に念話が響く。

 

<ジリープアー。泥沼合戦するぐらいなら今日は帰るんですケド>

 

「……分かった」

 

体が弾け、無数の蝙蝠と化した十七夜が夜空に向けて飛び去っていく。

 

「逃げるのか…?」

 

「待ってかなえさん!空の上から感じる…この強大な悪魔の力は!?」

 

高高度から迫りくるのは巨大な鳥の影。

 

大きくループして平面飛行した鳥の上に蝙蝠が集まり、背の上で実体化しながら去っていく。

 

巨大な鳥は可変翼戦闘機のように翼を広げ、後方に向けて業火を噴き出す。

 

アフターバーナーのような急加速を行った存在はあっという間に街から消え去ってしまう。

 

「思わぬ邪魔が入ってしまったな……」

 

強風地獄だがフェニックスが用いる風魔法の応用によって背の上は安定しているようだ。

 

「あの2人…知り合いなワケ?」

 

「…昔の仲間達だが円環に導かれた者達だ。だがあの者達は生き返った…悪魔としてな」

 

「アッハハ!超グッドなんですケド、そいつら!デス&リバースデビル…アリナも会いたかった」

 

「出会えば殺し合いになるだろう。自分の思想は彼女達から拒絶されてしまったからな…」

 

「これからどうするワケ?」

 

「差別条例を強行採決しようと企む市議会議員は他にも大勢いる。自分の粛清は終わらない」

 

「その件なんだけどさ…暫く動くなって、上から言われちゃったんですケド」

 

「なんだと!?ユダさんは何を考えているんだ…これからだというのに!」

 

「今回のアナタは覚悟を試すために動かされたワケ」

 

「また試練だったのか…。それで、自分は合格なのか?」

 

「オフコース。メイソン教義に反するヒューマンをゴミのようにジェノサイド出来たし」

 

「一緒について来ていた君は試験官も兼ねていたんだな」

 

「カミハマシティの事は心配しなくていいカラ」

 

「何故そう言い切れる?何かしらで神浜から差別条例が消えてくれるというのか?」

 

後ろの十七夜を見たアリナは笑みを浮かべてくる。

 

「もっとビッグな事が起きる。それはきっと、()()()()調()()()()()()そのものだカラ」

 

……………。

 

現場に残されてしまった2人は悪魔化を解き、互いに向き合う。

 

「突然空から現れたあの巨大な鳥は…悪魔だったのかな?」

 

「あの力強くも美しいフォルム…間違いありません、あれはフェニックスでしたよ」

 

「そうなの…?悪魔化したあたしだけど、悪魔知識は多くないからサッパリだったよ」

 

「ボクの知識だって白いお猿さんからの貰い物ですけどね」

 

「そうだったね。さて、傷ついた子を助けないと」

 

「回復魔法はボク得意です。ももこさんは任せて下さい」

 

「ん…あたしは令を起こすよ」

 

傷みで気絶したももこに対してメルは悪魔の回復魔法であるディアラマをかけ続ける。

 

かなえは令を抱き起して揺さぶってみるが熟睡しているのか一向に起きる気配がない。

 

暫く黙り込んでいたが不安そうな声をメルが呟いてくる。

 

「……みたまさんに、なんて言えばいいのかな?」

 

「…分からない。こんな現実…悪い夢としか思えない」

 

「十七夜さん……悪夢の再会でしたよ。こんな形で再会なんてボク…望みませんでした」

 

どうしていいのかも分からず、その後の2人が口を開くことはなかった。

 

────────────────────────────────

 

みたまが暮らす大東区の団地街にはももこが訪れている。

 

玄関を開けたみたまに向けて暗い表情を浮かべてしまう。

 

「急な連絡だけど……何かあったの、ももこ?」

 

「……調整屋、どうか…落ち着いて聞いてくれ」

 

場所を移動し、団地街の公園でももこは打ち明けてくる。

 

和泉十七夜の変わり果てた現実を語ってしまうのだ。

 

顔面蒼白となったみたまは両膝が崩れてしまう。

 

「嘘よ…十七夜が人殺しの悪魔に変わり果ててただなんて……嘘よ!!!」

 

「…事実だ。アタシと令が駆けつけた現場からは全身の血を抜かれた家族の遺体が発見された…」

 

「なんで?正義を愛して…誰よりも平等と利他精神を愛した十七夜が…なんでそんなことを!?」

 

「あの人は…吸血鬼の力を使って世直しを企んでる。襲われた人間は差別条例賛成議員だった…」

 

「人間のために…命を懸けて戦った正義の魔法少女が…人間を殺すことが出来るの!?」

 

「アタシだって辛いんだ…だけど、現実は受け止めるしかない…」

 

「あの子は精一杯頑張った!正義の魔法少女の長を…生活が苦しくても懸命に務めたわ!!」

 

「調整屋……」

 

「なのに!!みんな十七夜を虐める…私を虐める…東の住民達を虐め抜く!!」

 

「お、落ち着けよ調整屋!」

 

「教えて…ももこ。私たち魔法少女は一体何が大切で…何を守ればいいの?もう…分からない」

 

「大丈夫だって調整屋…きっとなんとかなるから…」

 

「だったらももこ…今直ぐ貴女が代わってよ!!」

 

「えっ…?」

 

「今直ぐ東で差別されてきた子の立場と代わってよ!!」

 

「それは……」

 

「西で恵まれてるくせに…何もしないで温温と生きてきた影で…私と十七夜は苦しんできた!!」

 

感情が高ぶり過ぎて自分がももこを傷つけているという客観性が消えていく。

 

「それを棚に上げて…利いた風な口を叩かないで!!!」

 

泣き崩れてしまったみたまに対して、ももこは俯いたまま。

 

かけてやれる言葉などないのだ。

 

平穏に暮らせた西側住民が苦しめられ続ける東住民にかける言葉など用意できる筈がない。

 

「助けて……誰か助けて………」

 

神浜の混迷極まった中で1人の魔法少女は生きることへの絶望に打ちひしがられてしまう。

 

意思が濁れば意地になる。

 

口が濁れば愚痴になる。

 

徳が濁れば毒となる。

 

他人の痛みを想像せず、己の感情しか見ない楽な道がそこにはあるだろう。

 

一度エゴに飲まれれば最後、相手のことなどどうでもよくなる。

 

悪魔を表す7つの大罪は人間の心の中に宿ってしまうものだ。

 

人に罪を犯させる概念はいつだって人間の感情から生まれるのであった。

 




原作まどか☆マギカの闇堕ちヒロインさやかちゃん化したなぎたんでした(汗)
原作監督の新房監督の理屈だと、人殺しは決して報われちゃならんそうですが…なぎたんもどうなることやら(汗)
みたまさん、悲劇のヒロイン過ぎる(汗)


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147話 神浜人権宣言

見滝原市での出来事を終えた尚紀は神浜での日常に戻ってくる。

 

新しい同居人が増えたことにより一週間はバタバタとした生活を送っていたようだ。

 

「あいつらの偽造公的証書をニンベン師から用意してもらう事になったし、街での生活に戻ろう」

 

今日も探偵事務所の職員としての生活を送るため職場に向かう。

 

事務所扉を開けると不機嫌な表情をした丈二が出迎えたようだ。

 

何があったのかを詳しく聞かされていくと尚紀の表情も重くなる。

 

「…アパルトヘイト条例か。そんなものが出来たら…東の住民は管理という絶対支配を受けるぞ」

 

「あれ程の惨事を起こしたからなぁ…。想像はしていたが…こいつは最悪の事態になる」

 

「就業・居住・教育・治安・住民分類を推し進めるか…。東住民を東地区に隔離する気だ」

 

「そうなれば…東住民である俺もまた影響を受ける。西側である南凪区で商売出来ねぇ」

 

「事務所を東に引っ越すか…街から出て行くかの選択肢しか残らないか…」

 

「クソッタレの西側連中なら本気で実行する。ここで頑張ってきたが…潮時かもな」

 

「諦めるのか?」

 

「実はな、神浜での商売が軌道に乗らなかった場合の保険として…東京物件をまだ残している」

 

「東京にとんぼ返りか…。だけどな、丈二……この事務所はもう、俺達だけのものじゃない」

 

「未来の聖探偵事務所職員のちはるちゃんが帰ってくる場所でもある。何とかして残したいが…」

 

「…俺もこの街で、多くの人々と出会えたし…新しい社会活動も始めた。…離れたくはない」

 

「最後の抵抗としてな、市議会で市民の意見陳述を求める議決をされたのを利用しようと思う」

 

「条例制定請求代表者への意見を述べる機会か。だが…ニュースは見たろ?」

 

「差別条例を議会に提出した新市長は…殺された。だから助役が代理人を務めるだろうな」

 

「場所は何処で行うんだ?」

 

「南凪区の国立神浜国際会議場になる」

 

「大人数を収容出来る会議場は限られてるしな。それに、抽選になるんだろ?」

 

「勿論だ。神浜住民約300万人を全員呼べるわけないからな…俺も抽選には応募してる」

 

「…当たるかどうかは分からないんだろ?」

 

「まぁな…抽選の選考を考えるのは西側行政だ。だとしたら……」

 

「…考えたくもないが、丈二の言う通りになるかもしれない」

 

「だからな…潮時かもって……お前に愚痴っちまったよ」

 

2人の間に重苦しい空気が広がっていく。

 

だが尚紀は迷わず決意を語る。

 

「…丈二、その抽選の受付はまだ終了してないよな?」

 

「今日が最終日だ」

 

「良かった、俺も抽選に参加しよう」

 

「尚紀が俺の代わりに批判しに行くのか?」

 

「気持ちは同じだ。この差別条例を俺は決して受け入れない…やらせてくれ」

 

「尚紀…お前に出会えて本当に良かった。抽選の申し込みはスマホからでも行えるぞ」

 

「了解だ。早速応募してみよう」

 

会話も打ち切り、今日の仕事が始まっていく。

 

日も沈んできて辺りは夜の景色となる。

 

クリスに乗って職場から帰っていく尚紀だが、工匠区を目指していく姿を見せた。

 

「ダーリン家に帰らないの?新入り共がブーブー喚くわよ~」

 

「あいつらには俺が社会活動家だと説明している。暫く離れていた嘉嶋会に顔を出したい」

 

「相変わらずワーカーホリックなダーリンねぇ。分かったわ、なるべく早くで帰宅しましょう」

 

後日。

 

仕事を終えた尚紀は大東区方面に向けて車を進めていく。

 

孤児の支援を行う福祉団体である嘉嶋会は地域福祉のための炊き出しボランティアを行うようだ。

 

東のホームレスや生活困窮者のための福祉支援活動と言えるだろう。

 

世間から関心が持たれず、軽視される存在なのがソーシャルワーカーと呼ばれる者達。

 

だが彼らの支えがあって差別・貧困・抑圧・排除を抑える社会正義の実現が為されるのだ。

 

「俺達のような存在が政治には必要なんだ。自由・平等・共生に元ずく幸福社会のためにな」

 

「そういう思想を持った政治家達が今の政権与党が推し進める市場原理主義を止めるのね」

 

「本来その役目は社会主義政党である野党の役目なのだが…どの政党も政権与党を止めない」

 

「どうでもいい野次は飛ばすくせに、売国法案には何の反応もしないでスルーなんでしょ?」

 

「日本の野党は機能していない。与野党含めて売国国会だ」

 

「日本人は国会プロレス劇場を見せられてるだけってわけね。なんで取り締まれないの?」

 

「日本は先進国ではあって当たり前のスパイ防止法がない。売国者天国の国なんだ…」

 

「ワ〜オ…アタシとんでもない国で暮らしてきたってわけね。アメリカが懐かしいわ」

 

「本来の政治の役目は俺たち民間が行う炊き出しや子ども食堂を増やすことじゃない」

 

「貧困を解消して国民の生活水準を上げることが政治の役目なのにね~」

 

「政治支援はないがソーシャルワーカーも社会の一部。共存を模索したいが…支援は少ない」

 

「ニコラス爺さんだけが頼りなんでしょ?それとも、ペレネル婆さんにも泣きつく?」

 

「資本主義を味方につけるしかやっていけない。国を挙げた共産主義では上手くいかなかった」

 

「まぁ、そこら辺は周りの人と相談してね、ダーリン。そろそろつくわよ」

 

駐車場にクリスを停めて徒歩で移動していく。

 

大東区公園広場では数個のテントに群がる東住民達の姿が集まっていたようだ。

 

いい匂いが立ち込めてくる光景の中を歩き、代表の元に向かう。

 

「米さん、お疲れ様。昨日炊き出しの話を聞かされてたから顔を出したよ」

 

「やぁ、尚紀君。多忙な君が来てくれなくても…」

 

「そうはいかない。これでも嘉嶋会の理事長をしているし…暫く顔を出せてなかったしな」

 

「そうか…ありがたいよ」

 

「スタッフは足りているか?」

 

「君が東のホームレスの方々も嘉嶋会に迎え入れてくれたからね。なんとか足りているかな」

 

「俺も手伝いたい。何か出来ることはあるか?」

 

「なら、配膳をお願い出来る?葉月ちゃんの方はこのはちゃんとあやめちゃんが配膳してるよ」

 

「あいつらも来てたんだな。了解だ」

 

テントを移動して葉月が料理を担当している場所に向かう。

 

尚紀の姿に気が付いたのは三角巾を頭に巻いたこのは達であった。

 

「あっ!尚紀お兄ちゃんだーっ!!」

 

「尚紀さん、お久しぶり~♪」

 

「フフッ♪出張お疲れ様」

 

「ただいま。悪いな…嘉嶋会の通常業務だけでなく炊き出しにまでつき合わせてしまって」

 

「私達が望んでやっているの。生活に苦しい立場の人達の気持ちに西も東もないわ」

 

「うん…でもね、あちしは頭ではそれを理解してるけど……」

 

「そうだね…。アタシ達の心の中には、まだ東の人達への不信感が残ってる…」

 

「…お前達はテロに参加した東の者達に家を焼かれた。それでも顔を見せてくれて嬉しいよ」

 

「これもね、社会を重んじるため。だけど…口で言うのは容易いけれど……」

 

「それを拭いきれない…あちし達の心がまだ残ってる…」

 

「エゴは消えないものだ。少しずつだがわだかまりを解いていくしかない。手伝おう」

 

集まった人達に向けて時間の許す限り配膳作業を行っていく。

 

すると1人の少女を見かけたようだ。

 

「ん…?あの子はたしか……みたまの妹の?」

 

列に並んでいたのは八雲みたまの妹である八雲みかげの姿であった。

 

「あっ……?どうして尚紀お兄ちゃんが…ここで働いてるの?」

 

オドオドした表情を向けてくる小学生女子を見て、目線を合わせるぐらい屈んでくれる。

 

「この炊き出しは嘉嶋会という団体が参加してる。嘉嶋って団体名で分かるだろ?」

 

「えっ!?もしかして尚紀お兄ちゃんって…社長さん!?」

 

「…まぁ、似たようなもんだ。だが、どうして炊き出しになんて来るんだ?家の食事は?」

 

「そ、それはね……」

 

俯いて黙り込んでしまった彼女の姿を見て彼は察した。

 

「……何人分、包んで欲しい?」

 

「……4人分」

 

「お前もみたまも育ち盛りだろ?6人分包んでやるよ」

 

「尚紀お兄ちゃんは…本当に優しいね。ありがとう」

 

葉月に頼み、6人分の汁物や揚げ物をプラスチック容器に入れてもらう。

 

袋で包み持ってくる彼の姿が近づいてくる。

 

「これは葉月からのサービスだ。熱いうちに食っちまえ」

 

尚紀は小さな紙袋に入れられた大学芋をみかげに渡す。

 

彼や葉月達の優しさに触れたみかげの目に涙が浮かんでしまうのだ。

 

「グスッ…うぅ……ありがとう……ありがとうみんな……」

 

「みかげちゃん…どうしたのかな?」

 

「……少し聞いてみるか」

 

彼らは広場から少し離れた場所のベンチに座ったみかげを囲むようにして立つ。

 

彼女は大学芋を頬張り、口の中に広がる優しい味で少しだけ元気を取り戻せたようだ。

 

「どうしてみかげだけで来たの?お姉ちゃんのみたまさんはどうしたのかな…?」

 

「…姉ちゃはね、外に出るのが怖くなって…団地街から出られなくなってるの」

 

「だからみかげちゃんが代わりに炊き出しに並んだの?お父さんやお母さんは?」

 

そう聞かれて俯いてしまったが、顔を上げたみかげの顔には暗い表情が浮かんでいる。

 

それでも聞いてほしいのか、みかげは語っていくのだ。

 

神浜の東経済がどんな状況になっているのかを語ってくれた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「…ミィや姉ちゃのお家はね、とっても貧乏なの」

 

「そうでしょうね…私も昔からみたまさんの金銭面については疑ってたわ」

 

「うら若い17歳の乙女が映画館丸ごと用意して調整屋だなんて…無理あったし」

 

「どれぐらい貧乏なの?」

 

「コラ、あやめ。デリカシーがないんだけど~?」

 

「あっ…葉月ごめん。話したくなかったら、あちしはもう聞かないよ?」

 

デリカシーがない質問であっても、みかげは辛い過去を語ってくれる。

 

「……()()()()()()()()()()()()ぐらい」

 

その言葉を聞いた4人は暗い表情となり顔を俯けてしまう。

 

「ミィはママから望まれなかった子供…。ミィが生まれてさえいなかったら負担は少なかったの」

 

「…望まれない命など、あってはならない」

 

「そうだよ!みかげちゃんまで…あちし達みたいにされちゃったら……」

 

「あやめお姉ちゃん達も…望まれなかった子供なの……?」

 

「貴女だけじゃないの…。多くの子供達が親から疎まれて孤児となり、養護施設行きにされる」

 

「みかげちゃんよりも歳が若い子供がね…顔を痣だらけにして養護施設に来るんだよ…」

 

「俺も…家族だと信じてた両親から捨てられた。だからこそ、俺は孤児を救う団体を立ち上げた」

 

「…だったら、ミィをまだ育ててくれてるだけ…ミィはママやパパから望まれてるんだね」

 

「…東の経済状況は丈二から聞いていた。その上で今回のテロによる経済打撃だ」

 

「東地区で働いていた人達は…収入面がさらに厳しく追い込まれたでしょうね…」

 

「……これは神浜だけの問題じゃないんだ。日本全国の問題なんだ」

 

「どういうことなの…?尚紀さん…?」

 

「国民負担率を知ってるか?日本人所得の半分近くが…税金や社会保険料で国に奪われる」

 

「そんな…働いても働いても生活が豊かになるはずがないじゃん!」

 

「北欧なら福祉政策の財源にされるが…日本はされない。毟り取られるだけなんだ」

 

「酷過ぎるよ!!それが日本政府や国会の在り方なの!?」

 

「消費税が上がるほどデフレが進む。だが、税収は上がらない。法人税を下げるからだ」

 

「…投資や還元に使うでもない内部保留や、株主配当金や役員の給料を増やす目的なのよ」

 

「このはの言う通り。経団連や日本国営メディアの内部保留額は、数百兆円規模にもなる」

 

「略奪者共じゃん!!そんな悪人共のせいで…ママはミィにお小遣いも出せないよ!」

 

「正社員を派遣化、ギグワークを増やす、移民を連れてくる。失業者が激増してるのに…」

 

「…今の日本は先進国最下位の国。それもこれも…日本行政が日本人から略奪するからだ」

 

「な、なんで反対の声が上がらなかったの?国民主権の国でしょ!?」

 

「…ちょうどいい。滅びゆく日本に生まれてしまったお前達のために今から俺が授業をしてやる」

 

このは達もみかげの横に座るよう促し、尚紀は皆の前で重い現実を語り出す。

 

「今の日本は、政官財を担う特権階級のためにしか機能していない」

 

――そいつらが儲けるために、お前達は安月給で働かされ、高い税金という略奪を受ける。

 

「そいつらが何をお前たち民衆に望んでいると思う?」

 

「な……何を望んでるの?」

 

「今のまま…()()()()()()()()()()さ」

 

世の中の仕組みに目もくれず、不公平なことにも目を向けないまま楽しく遊んでればいい。

 

漫画やゲーム、映画や音楽、バラエティーやスポーツやセックス、娯楽だけを望むがいい。

 

御上に逆らわないロボットになり、戦争が始まれば軍需産業を儲けさせるために死にに行け。

 

そんな愚民共であって欲しいと彼は独裁者達の本音を語ってくれる。

 

これが永田町や霞が関、政官財がグルになった日本人総愚民化政策である。

 

GHQの残したWGIPや3S政策等の踏襲でもあった。

 

「詩人ユウェナリスが、古代ローマ社会の世相を批判して詩篇中で使用した表現があるんだ」

 

権力者から無償で与えられる食糧と娯楽によって、ローマ市民が政治的盲目に置かれている。

 

そんなローマ市民のことを()()()()()()()だと表現したと尚紀は語ってくれた。

 

「子供の頃、()()()()()と親に聞いてきただろ。俺達はそれを教育・社会・政治に奪われたんだ」

 

顔を青くして震えるのは社会に疑問を持たず、楽しく遊んできただけの若者達。

 

合点がいった表情を浮かべたみかげが口を開いてくれたようだ。

 

「…ミィね、ミィの部屋にもテレビが欲しいってママに言ったの。でも…間違いだった…」

 

「昔の人は言ってくれていた…テレビを見てたら馬鹿になると」

 

「タダより高い物はない、便利な物には裏がある……全部真実だった」

 

「あちし…知らないことだらけだった。世の中はこんなにも…悪人のためだけに在ったんだね」

 

「ミィね…もう駄菓子屋さんで無駄遣いしないよ。古本屋さんに行って…少しでも本を読む」

 

「そうか…。そう言ってくれるなら慣れない授業をやってみたのも悪くなかったよ」

 

「ありがとう、勉強になったよ。それじゃあ、ミィはそろそろ帰るね…」

 

席を立ち上がろうとしたみかげに向けて尚紀が片手を持ち上げていく。

 

「あっ……?」

 

彼はみかげの頭を撫でてあげ、辛そうな表情を浮かべた。

 

「…今まで、この街に対して沈黙してきて…すまなかった」

 

「尚紀お兄ちゃん……?」

 

「飯が冷めないうちに…早く帰ってやれ」

 

……………。

 

炊き出しの品を抱えたみかげが帰っていく後ろ姿を4人は見送る中、尚紀が姉妹達に振り向く。

 

「…お前達はアパルトヘイト条例については賛成の立場なのか?」

 

「それは…その……」

 

「今の俺の話を聞いても東住民だけが悪者だと思うのか?」

 

「…思えないよ、アタシには。これだけの仕打ちを政官財の糞野郎共にされるなら…」

 

「…東の人達だけじゃなく日本全国の人達が怒って暴れてもいいぐらいだよね…」

 

「…短絡的だった。表面的な結果だけに囚われて…なぜ暴動が起きたのかに目を向けなかったわ」

 

「気に病むな、このは。少し前の俺だってお前達と同じ考えだったんだから」

 

「尚紀お兄ちゃん……」

 

「さて、俺はそろそろ帰るよ。後の事は米さんやお前達に任せるとする」

 

踵を返して停めてある車の元へと去っていく。

 

俯きながら歩いていた彼だが、顔を上げて決意を秘めた表情を浮かべたようだ。

 

「荒波を避けては通れない。俺は掲げた正義の為に…魔法少女を殺戮した者。ならば責任を負う」

 

正義とは権利に近いニュアンスだ。

 

責任をとらない正義はあり得ない。

 

責任をとらない正義など()()()だと彼なりの信念があるからこその決断であった。

 

「俺は…神浜の東で暮らす魔法少女を虐殺した者。彼女達のためにも…償いをしよう」

 

夜空を見上げながらもその表情には恐れの色が浮かぶ。

 

「たとえそれが責任の矢面に立たされて…俺が守った人々から罵倒される事になろうとも…」

 

――俺は……逃げも隠れもしてやらない。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2019年12月12日、時刻は夕刻頃。

 

南凪区の国立神浜国際会議場には多くの住民や報道陣が集まってきている。

 

会議場を目指す人の列内にはビジネススーツを着込んだ尚紀の姿も見えた。

 

「運良く抽選に当たることが出来た。それに住民被害者の声を俺が語る役にも選ばれるとはな…」

 

ビル内に入り受付を済ませて大ホールに入場していく。

 

「俺の席はF列の右端か…」

 

貰った用紙に書かれた案内を見ながら傍聴席を目指していると声をかけてくる者がいた。

 

「あっ!尚紀さんじゃないですか!」

 

席を見れば尚紀の隣と並ぶようにして座っている常盤ななかと夏目かこの姿があったようだ。

 

「お前達も応募していたのか?」

 

「はい。私達も西側住民として条例内容を知る権利があると思いまして」

 

「私とななかさんは抽選に当たりましたけど…あきらさんと美雨さんはダメでした」

 

「それに…大ホール内にはお前達以外の魔力を感じるな」

 

「この魔力は…ささらさんと阿見莉愛さん、それに史乃沙優希さんもおられるようですね」

 

「令から聞かされてる。その魔法少女達はテロのせいで世間からバッシングを浴びていると」

 

「はい…。モデルとご当地アイドルの仕事を続けられなくなったそうです…」

 

「彼女達だって犠牲者なんです…この条例には切実な思いがあると思います」

 

「そうだろうな…怒って当然のことだ。だが…彼女達にも気が付いてもらいたいもんだ」

 

席に座り込み、3人は意見陳述が始まる時間まで時間を潰す。

 

「…ななか、気が付いているか?」

 

「はい…。大ホール最後尾に陣取るメディアのことですね」

 

「物凄い数ですよね…。聞いた話によると、今日の会議内容は国営放送の生放送らしいです」

 

「それだけじゃない。欧米メディアも大勢詰めかけてるんだぞ」

 

「異常ですよね…。遠い異国の地方都市の条例問題をどうして気にするんでしょう?」

 

「何かしらの企みがあると考えるのが自然だと思う」

 

左腕の腕時計を見て、ななかは2人を促す。

 

「お静かに。そろそろ意見陳述が始まりますよ」

 

地方自治法第74条第4項の規定により条例制定請求代表者への意見を述べる機会が始まる。

 

演説台に立つ助役は供えられたプロジェクターを使って条例案内容を説明する姿が続く。

 

30分ほどアパルトヘイト条例の必要性を語った後、住民被害者代表スピーチに移行するのだ。

 

代表に選ばれた者達が涙ながらに東のテロリズム被害に苦しむ胸の内を語っていく光景が続く。

 

お涙頂戴スピーチに対し、席に座って見物する助役達の口元には薄気味悪い笑みが浮かぶ。

 

(もっと同情票を集めろ。感情論に持ち込めば何も疑わない愚民を騙すことが出来るのだ)

 

(それにしても助役…あの海外メディアの数は何ですか?あれも仕込みなんでしょうか?)

 

(私も聞いてはいないが、誰が呼んだのだ?)

 

(総務部に聞いても誰も知らないそうです。これも中央政党の先生方の配慮でしょうか?)

 

(そうとしか思えん。まぁいい、世界の人々も味方につくならこの条例に反対する者はいない)

 

会議内容は国営放送メディアを通じて国民の食卓前に飾られたテレビにも届けられていく。

 

テレビ中継は神浜魔法少女だけでなく遠く離れた見滝原魔法少女達の目にも留まるだろう。

 

2人目の被害者スピーチが終了して順番が回ってきた尚紀が立ち上がる。

 

「尚紀さん……」

 

彼は心配そうに見つめてくるななかとかこに振り向く。

 

「…ななか、かこ。今から俺が語る演説内容を…()()()()()

 

「えっ…?どういうことですか?」

 

「たとえその内容が東側の人々にとって最高の内容であったとしても…疑え」

 

「何を企んでるんですか…尚紀さん?」

 

「反面教師としての俺の姿を見届けろ。今から始めるのは汚職政治家達の手口……()()だ」

 

そう言い残してステージの上に向けて上がっていく。

 

演説台の前に立ち、大ホールに集まった住民やメディアに目を向ける姿を見せるのだ。

 

目を瞑り、かつての家族の姿を思い出していく。

 

(佐倉牧師…俺もあんたと同じ道を行こう。たとえ()()()()()()()に終わろうとも…)

 

――暴力ではなく、対話によって和(環)を築く。

 

目を開けた尚紀が語り始める。

 

死の上に死を積み上げてきた混沌の悪魔、人修羅にとっては初めてとなる戦場。

 

大規模論戦が始まったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

国際会議場のテレビ中継を固唾を飲んで見守る神浜の魔法少女達。

 

その中には家族と共にテレビを見つめる八雲姉妹の姿があった。

 

「…この放送も差別条例後押しのために世論操作を行う仕込みなのよ」

 

「姉ちゃ……」

 

「…金を牛耳る連中ばかりが世の中の全てを決めていく」

 

「……うん」

 

この光景は見滝原市でも同じであり、神浜市の惨劇に心を痛める少女達がテレビを見つめていた。

 

「…これからどうなるんだろうね、神浜市は」

 

テレビを見つめるのはこの世に受肉した概念存在の父の役目を果たす鹿目知久だ。

 

「うん…。パパはどう思う?」

 

概念存在である鹿目まどかは弟の役目を演じるタツヤをあやしながらテレビを見つめる。

 

その表情には不安が滲んでいたようだ。

 

「テロは絶対に許されない。だけど…東の人達に対して危険だから管理するでは…」

 

「そうだよ…こんなの可哀相だよね…。東の人達だって人間なんだよ…」

 

「ね~ちゃ?てれびのひとたち、いじめっこなの?」

 

「虐められた人達でもあるんだよ。お姉ちゃんには政治は難し過ぎて分からないかな…」

 

巴マミの家でも遊びに来ていた人物と共にテレビを見つめるマミがいたようだ。

 

「…悲劇を繰り返してはいけない。私もそう思うけど…これで本当にいいのかしら?」

 

「悪いことする連中を監視出来るのです。なぎさはこれでいいと思うのですけど?」

 

「確かに…監視や管理をされたら犯罪なんて出来ないわ。でも想像してみて…」

 

「何をです?」

 

「なぎさちゃんがね、悪いこともしてないのに…警察官に付きまとわれて監視されるのを」

 

「そ、そんなの許せないのです!なぎさは悪い事なんて…してないのに!」

 

「この条例はね…そんなことを東の人達に向けて行う条例なのよ…」

 

「そ、そんな……なぎさが間違ってたのです…」

 

美樹さやかの家では一人娘のさやかと同居人の役目を果たす佐倉杏子がいる。

 

2人はテレビを見つめながらも杏子は複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「…さやかはこの条例をどう思うんだ?」

 

「あたしは賛成。だってさ、この条例が施行されたら犯罪なんて出来ないよ。絶対正しい」

 

「…擦れた人生生きてきたあたしの立場から言えば…こんなのやり過ぎだ」

 

「どうしてさ?悪者を縛り上げて犯罪抑止出来るならこんな素晴らしいことないじゃん?」

 

「…潔癖症なさやからしい意見だな。まぁいいか…これ以上口開いたら喧嘩になりそうだし」

 

杏子はテレビから視線を外して寝転び、スマホを弄り始める。

 

「この被害者達の叫びは報われないといけない。間違いは正さないといけないの」

 

「そうかよ。表面的な正しさばかり見ていると…あたしみたいな過ちを起こすぞ」

 

「あんたって本当に斜めにしかモノを考え……えっ、杏子見てよ!?」

 

テレビに映し出されたのは演説台の前に立つ人物。

 

かつては佐倉杏子の義理の兄とも言えた存在であった。

 

「この前見滝原市にお仕事で来てた嘉嶋さんが…テレビに映ってる!」

 

それを聞いた杏子が飛び起き、テレビ画面に釘付けとなる。

 

「な……何で?何で尚紀がいるんだよ…?被害者スピーチに呼ばれてたのか…?」

 

固唾を飲んで彼の姿を見つめる2人。

 

そんな2人の光景は怪しげな空間にも存在していた。

 

「人修羅……いいえ、嘉嶋尚紀と名乗っているのだったかしら?」

 

椅子に座り宙に浮かぶ額縁風の巨大画面を見つめるのは悪魔となった暁美ほむらである。

 

隣には老人姿の時の翁が後ろ手を組み、大画面を見つめながら立っているようだ。

 

「私が見ないテレビなんてつけさせて、何故私がこの男を見物しなければならないの?」

 

「よく見ておけ。今日この日こそ…世界に向けて()()()()が照らされる事になるだろう」

 

「啓蒙の光ですって…?」

 

「ルシファー閣下の()()()()()とも言える。その役目を果たす存在こそが…」

 

――獣の数字666を司る…赤き獣となりしサタンの役目だ。

 

意味深な言葉を残した後、時の翁と呼ばれしクロノスは黙り込む。

 

視線を戻した彼女は今まで真剣に見た事もなかったテレビに集中する姿を残すのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「俺はあのテロの時、被災者のために奔走してきた。しかし…多くの人を救えなかった」

 

演説台のマイクを使い、被災者救援やボランティア活動内容を短く語っていく。

 

「多くの亡骸の中に人生を生きる権利を持っていた人達がいた。だが…奪われたんだ」

 

彼の語る悲惨な犠牲者達の事を思う西側住民達のすすり泣く音が響いてくる。

 

「俺は東の連中に怒りを覚えた。だがな…それと同時に疑問が浮かんだんだ」

 

すすり泣く音が止む。

 

「人生を生きる権利を持っている人達は…本当に神浜の西側住民だけなのか?」

 

今行っているのは被害者の声という趣旨内容。

 

被害者とは西側住民だけであったのか?

 

「俺たち人間は…何のために生まれてきた?俺は幸福に生きるために生まれてきたんだと思う」

 

周囲がざわついていく。

 

不快な表情をした助役が口を開いてしまった。

 

「あの男は…何を言う気なんだ!?」

 

周囲のざわめきも意に介さず彼は言葉を紡ぐ。

 

「東西、被害者と加害者…差で分けるから区別出来ない。東の人々だって幸福に生きるべき者だ」

 

ざわめきはどよめきに変化していき、会場内がざわついていく。

 

傍聴席に座り不快な表情を浮かべる魔法少女達の姿もあったようだ。

 

「あの人は…何を言いに来たの?今は西側で犠牲になった人達の話をする内容じゃないの?」

 

父親をテロで失ったささらは怒りの表情を浮かべていく。

 

「嘉嶋さん…だったかしら?テロの犠牲になった人達のために魔法少女を虐殺した人なのに…」

 

「どうして突然…加害者になった東側の味方をするようなことを言い出すの…?」

 

隣同士で座る阿見莉愛と史乃沙優希も動揺の声を漏らす。

 

東の暴徒達が起こしたテロによって仕事を奪われた彼女達も怒りの表情を浮かべてきた。

 

「差別や偏見はダメだと子供に唱えながら大人がやっている。お前達はそれでも大人なのか?」

 

<<空気読めよ!!!!>>

 

尚紀を罵倒する叫び声が上がってしまう。

 

日本人が最も得意とする()調()()()の一つだろう空気読め発言だ。

 

<<お前何しに来たんだよ!!?>>

 

<<あんた…東の肩を持つつもり!!?>>

 

<<貴様だって見たんだろうが!!西の犠牲者達を見ておいて…それでも裏切るのか!!>>

 

<<この東の回し者め!!ここから出ていけ!!!>>

 

会場から鳴り響くのはブーイングとも言えるだろう大合唱。

 

<<K・Y!!K・Y!!>>

 

<<K・Y!!K・Y!!>>

 

空気を読め、空気が読めない奴めという頭文字アルファベットを叫ぶ西側住民達。

 

「こ…怖い!!みんなやめて…やめてください……!!」

 

周りの人々の怒号に恐怖し、かこはななかに抱き着きながら震え抜く。

 

「尚紀さん…貴方という人は…そこまでの覚悟をお持ちだったのですね…」

 

周りの勢いは圧倒的過ぎてななかが立ち上がって叫ぼうとも掻き消される勢いだ。

 

大ホールに入っているのは千人にも上る西側住民達。

 

交渉事を得意とするななかや葉月が演説台に立とうともこの圧力なら震え上がるだろう。

 

「あの男をここからつまみ出せ!!!」

 

怒りに燃える助役であったがポケットの中で鳴っていたスマホに気が付く。

 

「こんな時に誰だ…!?」

 

助役は席を立ち上がりホールの裏側まで移動して通話を行う。

 

「はい、私です。……八重樫先生ですか!?」

 

通話してきた相手とは新市長選の時に中央政党代表として応援演説に来た八重樫総理大臣だった。

 

「この前の市長選の時には、先生から大変お世話に…なんですって!?あの男を喋らせろ!?」

 

大ホール内では怒号ブーイングが続いていく。

 

流石の尚紀であっても演説台に置く両手は震えていた。

 

(…佐倉牧師。あんたも味わったんだな……この恐ろしさを)

 

かつて所属教会から破門される覚悟で佐倉牧師は叫んだ。

 

――人間の心に目を向けて欲しい!そして人間の言葉で語りかけるのです!

 

――神の言葉では、本当の人の救済は成し得ない!

 

キリスト教徒でありながら唯一神とキリストの言葉を否定した裏切り者。

 

古いしきたりに縛られるべきではないと叫んだ佐倉牧師に待っていたのは社会リンチ。

 

その恐ろしさを佐倉牧師にとっては義理の息子とも言えただろう尚紀もまた味わうのだ。

 

西側住民達の勢いが消えてから喋ろうとするが勢いはますます強まっていく。

 

人間の守護者として戦ってきた者が守ってきた人間達から罵倒される光景となる会場空間。

 

尚紀にとってはこれ以上ない程にまで心が痛めつけられてしまう。

 

これが彼が選んだ責任の道だった。

 

()()()()()()()()()…それこそが、あんたが目指した……世界の変革だった)

 

――アナタはアナタのままで良いワケ。

 

――アナタはアナタの情念を貫けばいい。

 

――周りに合わせても、社会は変えられないワケ。

 

――間違いは修正してでも勝ち取る。

 

――…アナタに、妥協して欲しくない。

 

アリナの言葉が脳裏に過った時、尚紀が動く。

 

演説台のマイクを片手で払い彼は自らの口で叫ぶのだ。

 

()()()()()とは何だッッ!!!!」

 

悪魔の雄叫びの如き叫び声が大ホール内を揺らす。

 

民衆のブーイング圧力さえも超える叫び声によって民衆達は静まり返っていく。

 

覚悟とは声に表れるのだ。

 

「尊厳とは自然権!生存権、自由権、幸福追求権、参政権や抵抗権…自由に生きていい権利だ!」

 

彼が叫ぶ()()()()()こそアメリカ独立戦争の時にも叫ばれた概念だ。

 

全ての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与される。

 

生命、自由および幸福の追求の含まれることを信ずるという内容であった。

 

「尊厳がなんだ!!俺達の尊厳を踏み躙ったのは…東の連中だぞ!!!」

 

立ち上がった1人の男性に向けて尚紀は視線を向ける。

 

「あんたにも犯してはならない尊厳がある!!それと同時に…東の人々にも尊厳がある!!」

 

「詭弁だ!!お前は東のテロリスト共を正当化したいだけだろうがぁ!!!」

 

「ならば聞く!!テロリスト共の蛮行の正当化はダメで、西側の蛮行の正当化ならいいのか!?」

 

「そうよ!!私達には東の連中を裁く権利があるわ!!!」

 

立ち上がった1人の女性に向けて尚紀は視線を向ける。

 

「大迷惑を被ったのよ!!死んでいった西側の人達のためにも…東住民は裁かれるべきよ!!」

 

「迷惑をかけない人間など存在しない!!迷惑を語るあんたは他人に迷惑をかけなかったのか!」

 

「そ、それは……」

 

「あんたはどうだ!!そっちのあんたは!!向こうのあんたはどうなんだ!!!」

 

尚紀に指を刺された者達は顔を俯けてしまう。

 

彼らの頭の中に浮かんだのは仕事の失敗のせいで周りに迷惑をかけた苦い記憶だった。

 

「他人に迷惑かけといて相手を許さないのか!いつから日本の迷惑をかけるなが生まれた!?」

 

「わしの孫は東のテロで死んだ!!!」

 

叫び声を上げた老人に向けて尚紀は視線を向ける。

 

「あの子達の人生は…これからじゃった!幸福に生きる権利があった!それを奪われた!!」

 

「生まれた子供には幸福に生きる権利がある!それは西側の子供だけではない!!」

 

「返せ!!孫たちの幸福な人生を…返してくれぇ!!!」

 

「ならば問う!!孫達の幸福な未来が奪われたのなら東側の子供達の未来を奪うのか!!?」

 

「五月蠅い!!返せ…返してくれぇぇ…孫達の幸福な人生を返してくれぇぇ!!!」

 

「あんたの悲しみは人間の悲しみ!!その悲しみの感情は東側の人間も同じだ!!奪うのか!?」

 

「ぐっ…うぅ……」

 

尚紀の言葉が言い返せなくなり老人は力なく椅子に座り込む。

 

「お前達の怒りの原因を教えよう。日本人は人に迷惑をかけちゃいけないと教えられてきた」

 

――それなのに、子供が大人になったら自分は我慢してるのに、何故他は我慢しないと苛立つ。

 

「我慢の上に我慢を重ねる悪循環。それは…()()()()()()()()()()を受けてこなかったからだ!」

 

「許せっていうんですか!!!」

 

立ち上がったのは家族を東側住民に殺されてしまった美凪ささらである。

 

「お父さんは正義の消防士だった!なのに東の暴徒のせいで焼け死んだ!悪を許すんですか!!」

 

「怒りや憎しみの感情…そして正義と悪!!俺はこの二元論のせいで多くの人を裁いてきた!!」

 

「貴方だって怒ってくれたじゃない!!西で犠牲になった人達のために…戦ってくれた!!」

 

「俺も正義を振りかざしてきた…その末路なら!!お前もあの時に見ただろうが!!」

 

「そ、それは……」

 

「俺は怒りと憎しみを正当化して正義を振りかざし…裁く相手の心を想像しなかった糞野郎だ!」

 

――お前もそうなりたいのかぁ!!?

 

「う…うぅ……お父さん…お父さん……あぁぁぁぁ~~~……ッッ!!!!」

 

泣き崩れてしまったささらは座り込み、隣の女性が抱きしめてあげる姿が見えた。

 

「東の平等主義者共のせいで!!仕事を奪われた私達はどうなるのよ!!?」

 

声を張り上げたのは元モデルの阿見莉愛と元ご当地アイドルの史乃沙優希である。

 

「私は努力しましたわ…でも届かなかった!だから奇跡に縋りついてでも…モデルになったの!」

 

「沙優希は刀剣好きの変わり者です!だから友達が欲しくてアイドルになって…友達が出来た!」

 

「それを全部失ったのよ…私達は!!どう責任とってくれるのよ…返して!!返しなさいよ!!」

 

「返して…沙優希のことを好きになってくれた人達を!!返して下さい!!!」

 

「ならば問う!!この条例によって、好きな就職先さえ選べなくなる東住民は構わないのか!!」

 

「知った事ですか!!あいつらは私からモデルの仕事を奪ったのよ!?」

 

「奪われたから奪い返すのか!?努力しても届かなかった苦しみを知るお前がそれを言うのか!」

 

「あっ……」

 

「私のことを好きになってくれた友達や…ファンの人達はどうなるんですか!?」

 

「この条例によって、東の子供は西側で出来た大切な友達と出会えなくなる。考えなかったのか」

 

「えっ…?そ、それは……」

 

「自分の大切な友達なら良くて、東の子供達の大切な友達なら失おうが…どうでもいいか?」

 

「さ、沙優希…そこまでは考えてなくて……」

 

「お前達は尊厳を奪われた。だから尊厳を奪い返す…それがお前達の在り方だったのか?」

 

「う…うぅ……どうして?どうして私は…水名になんて生まれてきたのよ…ッッ!!」

 

泣き崩れてしまった阿見莉愛を抱きしめるために沙優希も口を閉じて座り込んでくれる。

 

罵倒の声を誰も上げれない空気にまで圧倒されてしまった空間を見回し、尚紀が叫ぶ。

 

「西側は東側を恐れて監視社会を築いた!!だからギスギスするし、いがみ合いが起きる!!」

 

――人間は、()()()()()()()()()なんだ!!

 

――これを意識出来なければ…政治屋共と同じくエゴイストにしかなり得ない!!

 

「怒りや憎しみの感情ではなく、人間の尊厳に目を向けて欲しい!!心に目を向けて欲しい!!」

 

彼は語っていく。

 

かつての佐倉牧師が掲げた理念を。

 

「周りの言葉ではなく!あんた達の言葉で語って欲しい!周りに己の正しさを決めさせるな!!」

 

――周りに合わせれば、誰もが肯定してくれる喜びが得られるという承認欲求を捨ててくれ!!

 

――自身の欲望を捨てれば、周囲に流される迷いは解けるんだ!!

 

「あんた達の心を救うのは、同調社会じゃない!!()()()()()()()()()()()()()なんだよ!!」

 

周囲は尚紀の演説に聞き入ってしまっている。

 

そんな周囲を観察していた常盤ななかは違和感を感じた。

 

「こ…この手口は……まさか、尚紀さんは……」

 

いつの間にかホール内は暗くなっており明かりはステージ上にしか見えない。

 

ホール内はスタジオ照明のような光で包まれ、演説台で熱弁を振るう尚紀を照らす。

 

降り注ぐ光に照らされた彼の背後には美しい人影が広がっていく。

 

「ななかさん……見て下さい!!」

 

「あれは……天使の翼……?」

 

背後に敷かれたバック幕に広がっていた人影とは6枚翼の影。

 

人類に知恵を授けた悪魔であり、イルミナティからは啓蒙神と呼ばれし存在。

 

大魔王ルシファーの翼であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

国際会議場のテレビ中継を見守っていたのは東の魔法少女達である。

 

彼女達は尚紀の演説を聞き入り、頬には涙の雫が落ちていく。

 

「尚紀さん…ボク達東の人達のために…グスッ…うぁぁぁ~~……ッッ!!!」

 

やちよに抱き着き、涙を抑えきれないメルは号泣していく。

 

みかづき荘のテレビを見つめるやちよとみふゆ、それに鶴乃とかなえも口を開いていく。

 

「やっぱり尚紀は…他人の心の痛みを考えてくれる人!戦った私でさえ…救ってくれたもん!」

 

「私達を命懸けで批判してくれた人よ…。こんなにも勇気があって…誰よりも前に立ってくれる」

 

「本当に…誰も出来なかったことをしてくれる人です…。本気で社会を変革させようとする…」

 

「あたし……もっと早くに尚紀と出会えていたら…良かったな…」

 

工匠区の廃工場内ではスマホのニュースアプリ画面を見つめる天音姉妹がいるようだ。

 

彼女達も尚紀の言葉に胸を打たれて涙を流していた。

 

「嘉嶋さん…大切な仲魔をウチのせいで死なせたのに…なのにウチのために…戦ってくれる…!」

 

姉の胸で泣いていく月咲を片手で抱きしめながらも月夜はスマホに映る彼の姿を見守ってくれる。

 

「他人に迷惑をかけない人間なんていない、だから許す…。わたくしも…そう信じていきますね」

 

南凪区の中華街では公園に集まった令と美雨とあきらが涙ぐみながらスマホ画面を見つめている。

 

「観鳥さん…尚紀さんと出会えてよかった…。あの人こそが…本物の英雄だ!!」

 

袖で涙を拭いていく令にハンカチを渡す美雨は潤んだ瞳のまま尚紀に言葉を送ってくれる。

 

「ナオキ…どこまでも遠くに行ける男ネ。私…ナオキの背中が見えなくなた気がするヨ…」

 

「この人の姿こそが…本物の仁義だよ…。義を見てせざるは勇無きなりを体現してるよ…!」

 

工匠区の工場を経営する男の一人娘もまた尚紀のテレビ演説を見て涙を流す。

 

「私…あの人に酷いことしちゃった…。お父ちゃんの工場や…東の人達を守ってくれてる…」

 

矢宵かのこはかつて報復を望んで彼を傷つけてしまった己の浅はかさを恥じていった。

 

「やっぱり…やっぱり尚紀さんは…子供達のヒーローだった!!」

 

両親と一緒にテレビを見ていた千秋理子は号泣して母親の胸の中で泣き続けた。

 

「僕…こんな伝説の覇王になってみたい…。嘉嶋さんの姿こそが…僕の理想だった…」

 

中二病妄想が好きな水樹塁は対話の可能性を知ったようだ。

 

後輩の三穂野せいらの部屋に集まり、テレビを見ていた古町みくらと吉良てまりも口を開く。

 

「凄い…まるで私の大好きなSF映画の大統領キャラが叫んだ独立宣言を聞いてるみたい…」

 

「…私には公民権運動で差別撤廃を叫んだキング牧師に見えるわ…」

 

「……私…私…自分が恥ずかしい…」

 

「吉良…?」

 

てまりは彼の対話を聞いて涙を流していく。

 

「私の言霊なんて魔法というチート行為です!なのにこの人は魔法も使わず言霊を届けられる!」

 

「吉良先輩…そんなことないですよ!吉良先輩は言葉ではなく、文字で言霊を描くんです!」

 

「私なんて魔法を使わないでここに立ったら…泣きべそかいて逃げ出します!最低ですよね…」

 

吉良てまりは言霊という人の心を揺り動かす現象について多くを学べたようだ。

 

見滝原市においても彼の演説を聞き入る少女達の姿が見える。

 

「凄い…こんな若者なのに…大人顔負けの迫力だよ……」

 

テレビを見ていた鹿目知久は眼鏡を指で押し上げながら尚紀の姿を見守り続ける。

 

「こんなにも優しい男の人…わたし、今まで見たことも………アレ?」

 

鹿目まどかは記憶に違和感を感じる。

 

「わ…わたしは……この人の事を知ってるような…出会ったことがあるような気が…?」

 

まどかはかつて魔女と呼ばれる魔法少女の成れの果てが跋扈する世界で尚紀と出会っている。

 

その記憶を封印している悪魔の呪縛に僅かながらもヒビが入った気がした。

 

「この男の人…凄いのです…。あんなに虐められてたのに…皆を黙らせちまったのです…」

 

マミの部屋でテレビを見つめていたのは円環の使者としての記憶を奪われた百江なぎさ。

 

政治ニュースを小学生なりに驚いていたのだが、隣のマミに視線を移す。

 

「……どうかしたのです?」

 

隣には正座しながら顔を俯けてしまっているマミがいる。

 

太腿の上に乗せた両手は握り締められており、苦い経験によって肩を震わせている。

 

思い出していたのは過去に尚紀から浴びせられた言葉の数々だった。

 

「…なぎさちゃん。私ね…薄情な女だって思う?」

 

「何を言い出すのです!?マミはとっても優しいのです!なぎさに毎日チーズくれるし!」

 

「それはね…大切な友達のなぎさちゃんを失いたくない…ただのエゴなのよ」

 

「エゴ…?難しいことは分からんのですけど、なぎさはマミが優しい子だって思うのです!」

 

「そうありたい…。だからこそ私は…他人の家の問題であっても…救いの手を差し伸べていく」

 

「それが…この前の騒動の時だったのです?」

 

「ええ。あれも…私なりの贖罪だったのよ、なぎさちゃん」

 

さやかと杏子もテレビを食い入るように見つめている。

 

「あ…あたし…なんて馬鹿だったんだろ…。嘉嶋さんに言われるまで…気が付かなかった…」

 

浅慮過ぎる正義感を振りかざし、あやうく神浜の東住民達の不幸を望むところであった。

 

己に恥じていた時、突然の頭痛に襲われてしまう。

 

「ぐぅッッ!!?」

 

さやかの脳裏に浮かんだのは、かつてあったかもしれない世界の記憶。

 

記憶世界の電車の中に座る彼女は2人組のホストの話内容を聞いている。

 

立ち上がり、虚ろな瞳を向けながらホストの元に歩いていく。

 

「あたし…あたしは……」

 

彼女もまた円環のコトワリの使者であるが、その記憶は悪魔に奪われている。

 

その封印に亀裂が入る程の凄惨な記憶がフラッシュバックしてしまったようだ。

 

「ち…違う…あたし……あたしはそんなつもりじゃ……!!」

 

怖くなってテレビから離れていき、ベットの中に飛び込んでしまう。

 

杏子は正座したままテレビの前から動かない。

 

震えたままの彼女の口元から小さな声が響く。

 

「……父さん」

 

演説台の前で人々から罵倒され、それでも熱弁を振るい続ける尚紀の姿が重なって見えてくる。

 

佐倉杏子の父である佐倉牧師の姿と重ねていたようだ。

 

「尚紀の中で…生きててくれた…。あたしの父さんは……生きててくれたんだ…」

 

大好きだった家族の記憶と、風華の記憶、そして尚紀の記憶が交互に浮かんでいく。

 

幸せだった小学生時代を思い出した彼女の頬に雫が流れ落ちていった。

 

白い世界でテレビを見つめていた暁美ほむらも重い口を開いていく。

 

「……かつて私はこう言ったわ」

 

――悲しみと憎しみばかりを繰り返す、()()()()()()()()()()()

 

──それでもかつて、この世界を守ろうとした人がいた。

 

「魔法少女として生きた頃の私は…この世界を救いようのないものだと…切り捨てたわ」

 

「魔獣と戦うことで人々を救いはしたが…魔獣が生まれる原因とは向き合わなかったのぉ」

 

「魔法少女なんかに政治や社会を変える力なんてない…。だから諦めてしまっていた…」

 

「あの男はお前さんが切り捨てたものと戦っているというわけじゃな」

 

「…しょうがないじゃない。私達はどこまでいっても…世間知らずな子供でしかないのだし」

 

「しょうがないで済まさなかったのが嘉嶋尚紀と名乗る人修羅の生き方なのじゃろうのぉ」

 

「個人のために戦う私と、全体のために戦う人修羅。似ているようで…違う存在ね」

 

「人修羅と呼ばれる存在を語った書物の中ではこう記されておる。世界に変革をもたらす者と」

 

世界に変革をもたらす者。

 

その姿は鹿目まどかの理不尽な運命を変えようと足掻いたほむらの姿とも重なってくる。

 

「もう1人の人修羅とも言えるお前さんは変革した銀の庭宇宙を…どこまで守れる?」

 

「むろん…私が死ぬまでよ。それと、私の事を人修羅って呼ばないでと言ったでしょ?」

 

「やれやれ…女子はもっと可愛らしい悪魔名で呼ばれたいようじゃな」

 

……………。

 

尚紀のテレビ演説をもっとも聞き入っている神浜の東住民がいる。

 

その人物達とは八雲みたまと八雲みかげであった。

 

「尚紀さん…尚紀さん…あぁ……あぁぁぁぁ~~……ッッ!!!」

 

嬉し過ぎて泣きじゃくる姉のために涙を流しながらも妹はハンカチを渡してくれる。

 

姉の嗚咽が止まるまで待ち、尚紀の演説を聞いていて気が付いた事を語ってくれた。

 

「姉ちゃは…前に言ったことがあるよね?魔法少女の希望は…絶望で差し引きゼロになるって」

 

「グスッ…ヒック……言ったわ…。それが…どうかしたの?」

 

「だったらさ…姉ちゃのように世界を呪った魔法少女は…どうやって差し引きゼロになるの?」

 

「えっ…?そ、それは……」

 

「ミィね…尚紀お兄ちゃんの演説を聞いて…ようやく分かった気がする」

 

――姉ちゃの絶望はね、()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ。

 

涙で充血したみたまの両目が見開いていく。

 

「尚紀さんが…世界を呪った私たち調整屋の……希望?」

 

みかげから語られた逆転の発想を見届けるために姉のみたまは再びテレビに視線を向ける。

 

妹が語った発想を成し遂げられる者なのかを見極める必要があるのだろう。

 

テレビに映る尚紀の熱弁は激しさを増していった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ステージ上で照らされる尚紀の姿を撮影し続けるメディア群。

 

その後ろ側に隠れるようにして立つのはスーツ姿の瑠偉とリリスの姿である。

 

「フッ…実に愉快な姿だな、人修羅。今のお前の姿はまるで()()()()共のようだ」

 

()()()()()()()神であるバアル様がこの場にいらっしゃったら…彼を殺したくなるでしょうね」

 

不気味な笑みを浮かべた瑠偉が尚紀の背後に映った6枚翼の人影を見つめながらこう口にする。

 

「啓蒙神として…()()()()()()()として…世界に示すがいい。神の啓示をな」

 

瑠偉の期待を一身に背負う男は尚も演説を続けていく。

 

「我々は!!正義だの悪だのといった、二元論的概念から解脱しなければならない!!」

 

――万物の陰陽とは、陰と陽の二元論だけで捉えるべきではない!!

 

――根源の太極を合わせた…()()()()で捉えるべきなんだ!!

 

万物を司る宇宙を表すのはカバラで伝わる生命の樹と呼ばれしセフィロトである。

 

十個の球体セフィラこそが世界の在り様を記しているのだ。

 

セフィラとは2本の柱ではなく、()()()()によって構成されている。

 

宇宙の時間でさえ過去・現在・未来という3本柱。

 

生命である男と女だけでなく、子供という3本柱。

 

争い合う者達だけでなく、赦す者も加える3本柱。

 

三位一体的視点は偏りがなくなるので()()()N()E()U()T()R()A()L()()な視点を得られるのだ。

 

「我らに必要なのは怒りと悲しみだけではない!!そこに愛を加えた三位一体が必要だ!!」

 

――我らに見えている景色は、エゴという見えない影で覆われる、偏った世界に過ぎない!!

 

――愛だけが、敵を友人に変えられる唯一の力だ!!

 

「人は個人的な狭い関心事を越え、人類全体に関わる広い関心事に向かうべきだ!!」

 

ざわつきの声さえもはや上がらない。

 

被害者である西側住民の心は怒りや悲しみというエゴを忘れることが出来ている。

 

それほどまでに尚紀の熱意が西側住民達の心に言霊として響いてくるからだ。

 

「俺には夢がある!!いつか人が…運命に支配されない世界にたどり着きたいという夢が!!」

 

――相争うだけが人類の運命などではない!!

 

――互いが手を取り合う()()()()()()()()()()()()…運命に抗う権利が必要なんだ!!

 

周囲で黙っていた住民達の口から今までのことを振り返る小さな言葉が呟かれていく。

 

「お…俺は、みんなが東の奴らはクソだって言うから…そうだって…調べもしないで…」

 

「爺さんや婆さん達…それに親父や御袋から聞かされてきただけで…俺が考えたわけじゃ…」

 

「水名の名家連中がそうだって言うから…合わせておけば得するし…逆らえば損するし…」

 

「歴史の授業で東側は西側を苦しめたと習っただけだった…歴史の内容が全てだと思ってた…」

 

「周りが怖かったんだ…周囲に合わせないと生きていけないぐらいに…日本は同調社会だった…」

 

責任逃れのようにも聞こえるが、それでも今までを振り返ることなどしてこなかった西側住民。

 

その機会を尚紀の熱意が与えてくれたのだ。

 

「最大の悲劇は!!悪人による圧政や暴力ではない!!()()()()()()()だ!!」

 

――直面する問題に対して沈黙しようと決めた時、我々は()()()()()()()!!

 

「だからこそ俺はもう黙ってはいない!!俺は余所者だが…今はこの街の平等を望む者だ!!」

 

――だが、それだけでは足りない!!

 

「えっ……?」

 

「地域だけが良ければそれでいいでは、自分達が良ければそれでいい理屈!!平等ではない!!」

 

――我々は地球市民として、全ての差別と闘わなければならない!!

 

「尚紀…さん……?」

 

演説を聞いていた常盤ななかが感じた違和感が確信へと変わっていく。

 

「我ら人類!!我ら兄弟姉妹!!地球人として、全ての国々が和(環)を築き上げるべきだ!!」

 

――その時こそ誕生するだろう…世界が()()()()()()()()()()()()()が!!

 

――我らは世界市民であり地球人!!世界のために、苦楽を共に背負わなければならない!!

 

彼が叫んだのはフリーメイソン理念でありイルミナティ理念でもある。

 

共産主義であり、イデオロギーの自由を認めないグローバルスタンダード(国際基準)なのだ。

 

「モントルー宣言の世界連邦6原則に従い、我ら一丸となりて!人類皆平等のために尽くす!!」

 

「ななかさん…尚紀さんは…何を言って…」

 

「…そういうことだったのですね」

 

「えっ…?どういうことなんですか…ななかさん?」

 

「尚紀さん…貴方という人は……あまりにも()()()()()でした」

 

賞賛の表情から一転、ななかの表情は尚紀に対して恐怖を感じる表情となった。

 

「我らは二元論を超え、新たなる概念に辿り着くだろう!!それこそが三位一体世界だ!!」

 

彼が用いているのはヘーゲルの弁証法と呼ばれる手口。

 

テーゼとアンチテーゼを合体させて生み出す三つ目の概念、ジンテーゼを生み出す弁証法だ。

 

このヘーゲル弁証法の恐ろしさや不備に気づく者達は少ない。

 

「我らは神浜だけでなく世界の差別と闘う者となる!!それこそが…俺が皆に語る啓蒙精神!!」

 

両手を広げていき、大ホール内にいる皆に向けて尚紀は宣言した。

 

「人類は誓うべきだ!善悪で生まれる差別を撤廃し!自由を叫ぶ宣言を今日行うべきなんだ!!」

 

――それこそが俺が代表して叫ぶ……()()()()()()だぁぁーーーッッ!!!!

 

……………。

 

静まり返る大ホール内。

 

彼が掲げた理想の世界を住民達は上手くイメージすることが出来なかったようだ。

 

たが、遠くから拍手の音が聞こえてくる。

 

拍手をしていたのは瑠偉とリリス。

 

日本メディアや欧米メディアの者達も全員拍手を始めていく。

 

拍手の音に流されていくかのようにして西側住民達まで拍手を始めてしまう。

 

気が付けば響き渡る拍手の音で大ホール内は埋め尽くされていった。

 

「ハァ…ハァ…ハァ……」

 

演説を終えた尚紀が息を切らせながらもステージ上から下りてくる。

 

大ホール内の全体照明が灯されていく中を素通りして彼はホール内から姿を消していく。

 

神や魔王と戦うよりも神経と精神を擦り減らした戦いを終えた尚紀は休息を必要としていた。

 

……………。

 

外に出て来た彼は目立たない場所にあった喫煙場でミネラルウォーターを飲んでいる。

 

「……俺は、なんて理屈を振りかざしちまったんだよ…」

 

まだ震える手でポケットから煙草を取り出し、右手の人差し指と中指で火を灯す。

 

紫煙を燻らせる左手だが煙草を挟んだ左手は震え続けていた。

 

「……尚紀さん」

 

横を見ればななかとかこが立っている。

 

「…よく俺がここに来ると分かったな?」

 

「…なんとなくです。それよりも……言いたい事があるんです」

 

「俺が出した宿題の答えが…分かったような顔つきだな?」

 

「はい…。貴方が用いた詐術とは……」

 

――()()()()()()と、()()()()()()でした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

予定が狂ったことによりアパルトヘイト条例の意見陳述会議は日を改めると助役は語る。

 

意見陳述会議は解散となり、住民達が大勢ホール内から出て行く光景が続く。

 

壁際にいた瑠偉とリリスは不気味な笑みを浮かべながら住民達を見つめていた。

 

「かつて…すり替えを最も得意とした民族がいた。それこそがヘブライであり、ユダヤだ」

 

「ユダヤにすり替えられ、貶められた神こそが…バアル神であるモロク様です」

 

嵐と慈雨の豊穣神でもあるバアルは、バアル・ゼブル(崇高なるバアル)と呼ばれてきた。

 

それをすり替えベルゼブブ(糞山の王)として語り継ぎ、本来の存在を()()()()()()()()

 

「そして生まれた悪魔概念こそが太古の昔から私の副官を務める蠅王…ベルゼブブだ」

 

「異教文化を破壊する手口こそが、すり替え行為。ユダヤはあらゆる概念をすり替えてきました」

 

「彼らは詐術の天才だ。支配者として君臨していたら、いつの間にか可哀相な被害者に()()()()

 

ワイマール共和国頃の腐敗極めたドイツを生み出し、いつの間にかホロコースト犠牲者となる。

 

責め立てられる者がいつの間にか同情され、ユダヤを攻撃する者こそが悪とされた歴史を語った。

 

「演説していた彼の行いもまた、すり替え行為でしたわね」

 

西側の責め立てる者達がいつの間にか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

かつてユダヤと戦った者達と同じ末路がこの場でも生まれているのだと2人は語ってくれる。

 

「彼らは毎日新しい嘘を生み出し、敵は次から次へと反論しなければならなくなりますわ」

 

「その結果、本来の目的であった攻撃をする余裕が全て無くなってしまうというわけさ」

 

糾弾される者がいつの間にか糾弾する側にすり替わり、金切り声で裁判に引っ張り出す。

 

過去にユダヤに立ち向かったあらゆる人物や運動は常にこの結末で終わらされていた。

 

「差別は本当に便利な概念ですわ。正当な主張さえ()()()()()()()()()()()()で潰せるのです」

 

「人修羅が語った美談に騙され、あの男がもたらした最悪の詐術を誰もが鵜呑みにしたのだ」

 

「彼の働きを無駄にするわけにはいきませんね」

 

「勿論、そのための準備でもあったのだから」

 

瑠偉は後片付けをしている各国のメディアに視線を向ける。

 

「人修羅…お前が語った理想を私が成し遂げよう。お前の理想をグローバルスタンダードにする」

 

「神浜に起きてきた差別の歴史は消えますわ。そしてこれからは()()()()()()()()()()()()時代」

 

「移民の時代となる。移民を平等に扱わないのは差別主義者として糾弾されるのだ」

 

「それによって、移民はあらゆる権利を手に入れることが出来る。そして()()()()()()()のです」

 

「イスラム移民を入れ込んだEUと同じく、移民に逆らう事は警官であっても許されなくなる」

 

「神浜や全国の犯罪率は激増するでしょうね。どれだけの少女達が()()()されるのかしら?」

 

「フフッ、異民族を支配するやり方はいつだって…民族の雑種化を促すためのレイプだからな」

 

「それでは後の事は私が勤めますわ、閣下」

 

「よろしく頼むよ、リリス」

 

踵を返して瑠偉と呼ばれる女性を演じるルシファーは去っていく。

 

「人修羅…お前はハルマゲドン後の世界皇帝となり、世界に和(環)を築く支配者となる」

 

――お前こそが、()()()()()と呼ばれるに相応しい。

 

――国家を解体してローマを築く…()()()だ。

 

サイファーとは英語で暗号、文語では0の意味もある。

 

HIPHOPでは皆で輪になるという意味合いもあった。

 

サイファーという暗号をこう考えることも出来ないだろうか?

 

0→輪→和→円→環とも考えられる。

 

かつて佐倉牧師はこんな言葉を残す。

 

――この救いの環を、多くの人々にも円のように繋げていかなければならない!

 

――これこそが、希望を繋いでいく円環の世界!!

 

みんな手を取り合って円環を築く。

 

それによって何が起きるのだろうか?

 

それは()()()()()()()である。

 

余所者が流れ込んできても迎え入れろ、何をされても差別してはならない。

 

みんなが手を取り合って()()()()()()()()という概念にさえ結びつけることが出来る。

 

博愛や道徳という他人を思いやる優しい思想は、こんなにも国家破壊に繋がってしまう。

 

世界は博愛や平等、道徳によって破壊しつくされるだろう。

 

破壊され尽くした果てに辿り着く世界連邦と世界市民への道しか残らない。

 

人修羅が語った三位一体。

 

それはトライアングルともなり、イルミナティのピラミッドにもなる。

 

三位一体世界の支配者とは誰のことなのだろうか?

 

イルミナティに所属する者達は人修羅である尚紀のことをこう表現する。

 

神皇陛下だと。

 

2019年12月12日。

 

世界に向けて啓蒙神の光が届けられることになった日。

 

全ての数字を足せば36であり、唯一神を表す三位一体を意味する日。

 

36の数字を全て足していけば獣の数字666ともなる日。

 

世界から差別を表す概念が憎まれ、滅ぼされていくことになるだろう()()()()()()

 

それと同時にこうも語られるだろう。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()日なのだと。

 

神浜の差別の歴史を終わらせることになるだろう存在。

 

彼が世界にもたらしたのは神の慈悲か?

 

それとも悪魔の笛か?

 

それを決められるのは嘉嶋尚紀の詐術に気が付いた者達だけであった。

 




これにて、神浜問題は一応のケリを自分の中でつけられました。
しかし…人修羅君は相変わらずルシファー閣下の尻の下に敷かれる赤いペットで終わりましたね(汗)


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148話 偽りの平和

国家統治の基礎は権威(神・宗教)が権力(政治)の上にあって権力の暴走を抑える仕組みだ。

 

日本では天皇・神道、欧米ではキリスト教、イスラムでは預言者の代理人を務めたカリフ。

 

これらによって将軍・皇帝・スルターン等の政治勢力の暴走を抑止する働きを成した。

 

啓蒙神として、イルミナティの宗教権威としてサタンと呼ばれし神は啓示を行った。

 

神浜人権宣言は世界中のメディアによって広く拡散されていくことになったのだ。

 

日本全国、欧米、アジアや中東、世界中のメディアが神浜人権宣言を画一的に報道する。

 

国連さえも動き、神浜人権宣言はグローバルスタンダードにするべきだと賞賛を露にした。

 

総理大臣官邸で記者たちの質問に答える八重樫総理大臣は言葉を残す。

 

「神浜で暮らす一市民が叫んだ人権宣言こそが民主主義の根幹だ。賞賛に値する」

 

「総理を含めた国会議員の多くが世界連邦運動の日本国会委員会に所属してますね」

 

「その通り。我らは国家を超えた世界市民として苦楽を共にし、差別と戦わねばならん」

 

「ネトウヨ等を代表する日本の極右勢力は移民に差別的ですが…その件については?」

 

「恥ずべき存在だ。移民達も一人の人間として扱い、同じ権利を与えられるべきなのだ」

 

「では、これからの日本は移民国家としての未来を築き上げるべきなのでしょうか?」

 

「RCEP(東アジア地域の包括的経済連携)によって数百万人の移民が日本で暮らすだろう」

 

「彼らの人権のためにも、神浜人権宣言は尊重されるべきだと総理は仰られるというのですね」

 

「日本人の人口減少は止まらない。その穴を埋めてくれるのが移民達なのだよ」

 

「これからの移民国家日本のために国会は法整備を進めていくわけでしょうか?」

 

「日本人という概念こそ、もはや差別的だ。我々は世界市民として、和の世界を目指していこう」

 

移民を受け入れて成功した国など存在しない。

 

21世紀のヨーロッパ移民問題などこの世の地獄だ。

 

殺傷事件・トラック突撃事件・銃撃事件・爆弾テロ・性的暴行等々…。

 

経済的状況の改善を求めて他の国に移住することは合理的な選択とは言えないのだ。

 

なぜ経済移民は渡航前に望んだ生活が出来ないのか?

 

それはそもそも、ヨーロッパに移民を受け入れる経済的余裕などないからである。

 

先進国最下位となり、後進国化待ったなしの日本でさえ同じ条件であった。

 

それでも移民国家推進を推し進めるのは、もはや売国政策である。

 

ユダヤ人であり、アメリカの政治学者のズビグネフ・ブレジンスキーはこんな言葉を残す。

 

――毎年500万人の移民を日本は受け入れるべきだ。

 

――日本政府は移民政策推進による、日本民族の雑種化を促すべきだ。

 

――日本をグローバル市場に取り込む為に、日本を多民族国家にするべきだ。

 

目的は日本の富を外資が奪うためである。

 

国連、世界銀行(IMF)、世界貿易機関(WTO)等はもはや、ユダヤの為のグローバル推進機関。

 

神浜人権宣言を聞き届けたルシファーはこう語る。

 

――移民の時代となる。

 

――移民を平等に扱わないのは差別主義者として糾弾されるのだ。

 

移民が人権を手にし、平等に扱われたら何を求めるのだろう?

 

それは人権侵害救済法案、外国人参政権、外国人住民基本法。

 

嘉嶋尚紀が叫んだ天賦人権論・自然権に沿った法案と言える。

 

外国人参政権を認めればウクライナのクリミア半島と同じく国土が外国のものとなる。

 

これで日本は滅びることになるだろう。

 

これこそが、美しき博愛と平等、道徳によってもたらされる国家の破壊光景。

 

移民と呼ばれる存在によって国を内側から滅ぼされていくのだ。

 

それを最も喜ぶ連中とは誰だ?

 

それは国無き流浪の民と呼ばれし者達であるユダヤである。

 

そのユダヤの内側に入り込み、シオニズムを撒き散らす者達なのだ。

 

シオニズム運動の父であり、 イスラエル建国の最大の貢献者であるテオドールは言葉を残す。

 

――ユダヤ人の逆境を、これからさらに酷くする必要がある。

 

――それは、我らの目的をより達成しやすくしてくれる。

 

――良い提案がある。

 

――私はこれから、ユダヤ人差別主義者達にユダヤ人の財産を取り上げるようそそのかす計画だ。

 

――ユダヤ人差別主義者達は、ユダヤ人が虐げられて迫害されているという事実を強化してくれることになる。

 

――ユダヤ人差別主義者達は、()()()()()()()()()()()()となるわけだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

尚紀の演説をテレビで見ていたのは神浜の人々や見滝原の人々だけではない。

 

神浜の郊外で暮らすアリナ達もまた彼の勇士を見届けていたようだ。

 

アリナが暮らすペントハウスの巨大リビングでは大型テレビを視聴する者達の姿があった。

 

「うああああぁぁぁ────……ッッ!!!!!」

 

テレビ前で泣き崩れてしまったのは吸血鬼にされた十七夜である。

 

リビングソファーで座るアリナは泣く程にまで叫ぶ者を見物しながら呆れた表情を浮かべてくる。

 

「この人物が…グスッ…ヒック…フリーメイソンの…あぁ……イルミナティの神か!!」

 

「アリナが言った通りだったでしょ?アナタや調整屋の理想を叶えてくれるって」

 

「メシア様だ……人修羅様は…サタン様は……神浜の東を救ってくれるッッ!!」

 

「アナタが殺戮を続ける必要はなかったワケ。もっとも、屑は死んで当然だと思うケド」

 

「恥ずかしい…。暴力や…恐怖心という弱点を突くしか…世直し出来ないと思っていた…」

 

「アナタ、この場に立って同じことが出来る?アリナでさえ無理なワケ」

 

「出来るわけない…。これ程までの演説が出来る魔法少女なんて…見たこともないぞ…」

 

「アレがゴッドの権威なワケ。政治という権力を止められる存在こそが、ゴッドなんだヨネ」

 

「人修羅様のお言葉の一つ一つが…胸の奥底にまで響く…。これが…神の権威なのだな…」

 

「神格化出来る程の存在って、本当にいるってワケ。アレが本物の博愛メシアなんですケド」

 

「自分は…この御方に死ぬまでついて行きたい…。イルミナティの神になられるべきだ…」

 

「フフッ♪アナタも崇める気になったワケ?アリナ達は全員崇めてるんだヨネ」

 

「あぁ…神様……。博愛と平等…そして……自由の神様ッッ!!」

 

十七夜は蹲ったまま平伏し、両手を握るように合わせて祈りを捧げてしまう。

 

これ程までに人々の心を支配出来てしまう神々しくも恐ろしき存在。

 

それこそが神と呼ばれる権威であった。

 

祈りを捧げる十七夜の姿を見つめていたアリナの脳裏に、かつて言われた言葉が過る。

 

あの時に頼られた彼女は悪い気持ちにはならなかった。

 

アリナが席を立ち上がり、リビングの奥に見える大きなキッチンに向かう。

 

長い机の上に飾られるようにして置かれたフルーツバスケットの中から林檎を一つとる。

 

「ねぇ、リンゴ食べる?」

 

突然アリナからリンゴを食べるかと聞かれ、祈りをやめて怪訝な表情を浮かべてくる。

 

「今はいい…感動と興奮で胸がいっぱいなんだ…。それより、どうして今…リンゴなんだ?」

 

「あっそ。いらないならアリナが食べるカラ」

 

リンゴを齧りながらもテレビ画面に視線を向ける。

 

そんなアリナがこの場に相応しくない言葉を語りだすのだ。

 

「…ねぇ、アレが本当に救済に繋がると…本気で思うワケ?」

 

「突然何を言い出すんだ?彼は東の人々を本気で救済しようと叫んでくれたんだぞ?」

 

「たしかに、カミハマシティの東は救われると思う。でもさ…それだけだとはアリナは思えない」

 

「変なことを言い出すのだな…?自分には君の理屈はよく分からないのだが…?」

 

「だからこそリンゴを勧めたんだけど…いらないって言うならアリナが食べちゃうね」

 

ポケットのスマホが鳴り響き、アリナは片手で通話を行う。

 

「用事が出来たからアリナ出かけてくるね。ディナーは先に食べててくれていいカラ」

 

「いや、君が帰ってくるまで夕飯は我慢しておこう。帰る頃に連絡してもらえたら用意する」

 

「オーケー。分かった」

 

「…これからの自分は独断専行しない。ユダさんの指示に従って行動させてもらうよ」

 

「りょーかい。それもユダに伝えておいてあげるカラ」

 

ペントハウスから地上に下りるエレベーターに入り込む。

 

下に向けて移動していくエレベーター内でアリナは本音を語るのだ。

 

「知恵がなければ、あの演説内容がどれほどのクレイジーな事態になるのか…理解出来ないヨネ」

 

林檎とは聖書において禁断の果実と呼ばれ、善悪の知識の木の果実を指す。

 

善悪を知る知恵がなければサタンの詐術には気が付けないという意味で林檎を勧めたようだ。

 

「唯一神に従順だったアダムとエヴァは、知恵を食べることで呪縛から解放されたワケ」

 

食べる前のアダムとエヴァは知恵もない動物のような存在であった。

 

それらを導く唯一神はさながら、羊の群れを飼いならす支配者として君臨する牧師であろう。

 

「知恵がなければ…アナタも騙されるだけの眠る羊に過ぎないんですケド」

 

――和泉十七夜…アナタも()()()()で終わるワケ?

 

シープルとは英語で羊と人々を掛け合わせた混成語だ。

 

群集動物である羊のような人々という意味であり、洗脳された愚か者だと非難する言葉であった。

 

地上に下りたアリナは回廊のような通路を歩いていく。

 

「カミハマシティは、サタンが描くペンタグラムで蹂躙される。差別主義者達は全員封印される」

 

世界そのものもラブ&ピースという封印が成される。

 

国を乗っ取りたい移民達の大勝利なのだと彼女は神浜人権宣言の正体を語ってくれたのだ。

 

回廊にあったゴミ箱に林檎の残りカスを捨て、地上で待たせていた車の中に乗り込む。

 

車の中でアリナは聖書の一節を口に出すのであった。

 

マタイ福音書第7章15節。

 

――にせ預言者を警戒せよ。

 

――彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

あの日から一週間をかけて全国のお茶の間には神浜人権宣言の内容がニュースで流れ続ける。

 

キング牧師の再来として神浜人権宣言はマスコミを通してテレビに届けられていくのだ。

 

日本メディアの恐ろしいまでの画一化された報道は世界中から()()()だと非難されている。

 

各大手新聞やテレビ局の無差別的な、情に訴える激しいまでの報道手法が問題視されてきた。

 

日本国内がある時期にはある話題で持ち切りになるといった状況が繰り返されてきたのだ。

 

その光景はまるで()()()()()()そのものだった。

 

「なんで…なんでこんなくだらねぇニュースばっか流れるんだよ…?」

 

苦虫を嚙み潰したようにしてテレビを見るのは神浜在住の西側差別主義者達である。

 

専門家たちの答弁に対し、苛立ちを募らせているようだ。

 

「神浜市で行われてきたヘイト問題は前に向かう人々を無理やり後ろに向かせてきた行為です」

 

「死ぬまで神浜の歴史に向き合わせて、憎悪をもたらしてきたということでしょうか?」

 

「これはセカンドレイプです。歴史に苦しみ、それでも前に進みたい人々を歴史が殺してきた」

 

「それによってもたらされたのが、あの神浜左翼テロだったというわけでしょうか?」

 

「これからの神浜市は人権の街となるべきでしょう。世界のグローバルモデルとなって欲しい」

 

権威ある専門家の意見に対し、苛立ちが限界を超える。

 

「ふざけんなぁ!!」

 

リモコンをテレビにぶつける差別主義者が荒々しい醜態を晒してしまう。

 

「くそ…専門家のお偉方共は…前までは東のテロリスト共を非難してたろ!!この二枚舌め!!」

 

こんな光景は他でも見かけていく事になる。

 

「なんだよ…これ!?神浜人権宣言を糞だって書き込んだら…炎上してやがるじゃねーか!?」

 

SNSのニュースに対し、批判的意見を投稿した彼だが袋叩きにされるリプで溢れかえっている。

 

「お前らだって!前までは東のテロリスト共はクソだって書き込んでたろ!!風見鶏共めぇ!!」

 

彼はスマホを壁に投げつけ壊してしまった。

 

これが情報娯楽だけを求める全国の民衆の姿なのだ。

 

ニュース内容など深く考えず、その場の勢いだけで物事を決めてしまう浅慮過ぎる者達。

 

()()()()()()()がそうだと言えば、何も考えずにそうなのだと鵜呑みにしてしまう愚民性。

 

さながらその光景はストレス発散としてスケープゴートを求める卑屈さが滲み出た光景だった。

 

日本人が民主主義ではなく、()()()()だと世界の人々から言われるのも無理はない。

 

「不味いよ…これ。会社でも東側の差別を禁止する就業規則を行政官庁に提出するつもりだ!」

 

「なんでだよ…?社長だって東側の連中を差別してたのに…なんで掌返しするんだよ!?」

 

西側で働く差別主義者達の顔色にも困惑が浮かんでいく。

 

「周りの連中を見ろよ…?テレビの人権問題ばかり語ってやがるぞ…?」

 

「仕方ないだろ…。会社の同僚の話題なんて…皆と共有出来るテレビの話題ばっかじゃねーか…」

 

「こんな空気にされたんじゃ…もう東側の連中を馬鹿に出来ねーじゃねーかよ…」

 

「日本って…こんなにも酷い同調圧力社会だったのか……」

 

御上がこういえば、民衆はへぇ…と言って従う光景である。

 

まさに卑屈さが滲み出た日本人達の姿なのだ。

 

尚紀が言った通り、日本人は個人であることよりも全体を優先してしまう民族のようであった。

 

「ちょっとあんた!!東の子供に物を売らないってどういう理屈よ!!」

 

「五月蠅い!俺の妻はあのテロで暴徒達に襲われて大怪我をしたんだ!!」

 

「それがこの子と関係ある!?この子が可哀相でしょ!?それでもあんた、人間なの!!」

 

「喧しい!!お前らだって…前までは東の連中を嘲笑ってきただろうが!?」

 

「今はもうそんな時代じゃないでしょ!あんた()()()()()()()()!?」

 

「テレビテレビ…!なんでお前らは…テレビが言う理屈だけしか見ないんだよーッッ!!?」

 

全体が優先されれば、おかしい!どうして?と発言しただけで白い目で見られて孤立していく。

 

究極の選択社会。

 

上の言うことを聞くのか、聞かずに去っていくかを選べと突き付けられる光景だ。

 

下にされた人間達にはもはや逆らう余力はなくなってしまう。

 

「しょうがないよな…御上に言われたんだし…我慢していくしかねーよ…」

 

諦めて我慢する道を選んでいく西側の差別主義者達が続出していく。

 

人は我慢をし続けていると、それが我慢だということを忘れてしまうように出来ている。

 

慣れとも呼ばれ、色々なことが鈍感となり自分が苦しんでいることさえ分からなくなっていく。

 

それによって日本の民衆達は国に蔑ろにされてきても潰されていくのだ。

 

<<分断はよくない!!>>

 

<<水名でふんぞり返ってた名家連中の思う壺だ!!>>

 

<<我々は人間としての尊厳を重視する!!>>

 

似非融和主義を掲げ、東側を差別するアパルトヘイト条例に反対する大勢の西側民衆達。

 

それが本当に正しいのか、住民達で集まり意見を出し合う()()さえ行っていないのが彼らだ。

 

「お前ら恥ずかしくないのかよ!?少し前まで西側で東連中を笑ってやがったのに!!」

 

野次を飛ばしてくる西側住民に対し、大規模な怒号が巻き起こっていく。

 

<<分断主義者だ!!>>

 

<<人間の尊厳を踏み躙る屑め!!>>

 

「今までのことを棚に上げて融和主義かよ!!この東の回し者共め!!!」

 

<<差別反対!!我々は団結する!!!>>

 

<<差別主義者はーーこの街から出ていけーーーッッ!!!>>

 

<<出ていけーーッッ!!出ていけーーッッ!!!>>

 

勢いに圧倒され、西側の差別主義者達は蜘蛛の子を散らすようにして逃げていった。

 

「何なんだよコレ…?批判にすら耳を傾けないのかよーッッ!!?」

 

違う意見のぶつかり合い=分断だと勝手に決めつけ、()()()()()()()()()悪辣なレトリック。

 

その光景はさながら批判をした身内信者を袋叩きにするカルト宗教団体だろう。

 

「助役……」

 

市庁舎ビルが西側民衆に包囲された光景を見つめる助役に対し、不安を抱える部下の声が響く。

 

「……もはやこれまでだ。アパルトヘイト条例は市議会も廃案にするしかなくなるだろうな…」

 

市議会さえアパルトヘイト条例の施行は不可能だと断念せざるを得ないまでに追い込まれた。

 

……………。

 

「…これがメディアの力だ」

 

出かけている尚紀と丈二の代わりに留守番を事務所でしている瑠偉はテレビを見ながらこう語る。

 

「上手なプロパガンダのコツとは…誰も反対しない、誰もが賛成する()()()()()を作る事さ」

 

誰もその言葉の意味なんて考えない、そもそも何の意味もなかったりする。

 

誰も反対できないし何の意味もない言葉でも雰囲気作りは確実に成功する。

 

「そうやって民衆はメディアによって流されていくだけの羊達へと化けていくのだよ」

 

これを最も実績したのがヒトラーであり、各国の独裁国家も続いていくのだ。

 

「日本は民主主義ではない。民主主義とは、個が確立した成員が多数であって初めて機能する」

 

――ヒトラーの宣伝手法は、未熟な民主主義に対する()()()()()()だったのだ。

 

「実に滑稽なピエロ共だよ…シープル」

 

西の差別主義者という悪のお陰で、いよいよ差別の歴史から東の人々は解放されようとしていく。

 

その光景はまさにシオニズムの父が残した言葉通りの光景であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

12月13日。

 

朝の日課を済ませた後、尚紀は事務所に出勤するためにクリスに乗って移動を開始。

 

「ダーリンダーリン!ラジオでダーリンのことをニュースにしてたわよ!」

 

「そういやお前、暇してる時は車のラジオをつけてるんだったか」

 

「キング牧師の再来ですって!懐かしい名前ね~アタシがアメリカにいた頃の人よ」

 

「大げさに呼びやがって…」

 

「それにしてもさぁ、この国もアメリカに劣らず独裁的な画一化ニュースよねぇ」

 

「原因は()()()()()()()だ。外国人株主の比率は20%を大きく超え、完全に違法状態なんだよ」

 

「ゲ~?それさえも放置されっぱなしなわけ?終わってるわねー日本って」

 

「普通なら無線局免許を剥奪処分されてなきゃおかしいぐらいだ。日本の大手メディア共はな」

 

「投資家共の傀儡か~。どうりでこの国のメディアもアメリカと変わらないと思ったわ~」

 

「表現の自由・言論の自由の剥奪だ。情報選択の自由なくして、民主主義メディアはありえない」

 

無駄話をしていたら事務所に到着。

 

車から降り、二階事務所に入っていく。

 

「おおっ!!英雄様のご登場だぞ!!」

 

拍手で出迎えてくれたのは丈二と瑠偉であり、尚紀は面食らった顔を浮かべてしまう。

 

「テレビ見たわよ~尚紀♪バッチリ決めちゃってくれて~♪」

 

「お前の叫びは東住民達の魂の叫びだったよ!お前のような職員を持てて俺も鼻が高いぜ~♪」

 

「…よしてくれ。俺は英雄でもなんでもねーよ」

 

「謙遜すんな!東の人は大喜びしてたんだぞ?大東の団地街が喜びの叫びで包まれるぐらいにな」

 

「言うべきことを言ってきただけだ。感謝されたとしても…差別条例を止めれるかは分からない」

 

「そんなことないわ。全国のメディアが貴方の人権宣言を取り上げてる。世論が一気に傾くわ」

 

「総理大臣が賞賛するぐらいだもんなぁ。御上に逆らえない体質の日本人には効果抜群だぜ」

 

「暫くは人権宣言をメディアが持ち上げ続けてくれると思う。そうなれば嫌でも世論が味方する」

 

「ふん。ナチスのラジオや、大日本帝国大本営放送に振り回されてた頃と何も変わらねーな」

 

「そう言うな。この勢いなら神浜市の悪名でもたらされた流出現象にも歯止めが効く」

 

「全国から支援の輪だって期待出来る。貴方が行った行為は神浜にとっては英雄的行為なのよ」

 

(…道化を演じた甲斐もあったというわけか。だが、しかし……)

 

「本来なら、今日は仕事をキャンセルして飲み明かしたい気分だが…こんな日でも依頼はくる」

 

「所在調査の依頼よ。西側で家を焼かれた一家の子供が家出をして行方不明だそうよ」

 

「テロの傷跡は未だに根深い。差別問題が解決しようが…この街が荒れることには変わりない」

 

「探偵事務所は今日も平常運転。今の俺にはそれぐらいが丁度いいんだが…」

 

「どうかしたのか?」

 

「…これだけメディアに顔を晒したんだ。街行く人達からちょっかいかけられないかとな…」

 

「有名人は辛いね~」

 

「聞き込み捜査なんだが、帽子とサングラスを身に着けても構わないか?」

 

「んなこと許可出来るわけねーだろ」

 

「不審者扱いされて、誰からも聞き込み出来ないわよ」

 

「……だよな」

 

今日も聖探偵事務所の仕事が始まり、尚紀は現場に向かっていく。

 

依頼人から詳しい内容を聞き、街で聞き込み捜査をするため神浜の西側へと向かう。

 

「絞り込みが出来なかったな…。こうなりゃ、西から東へと捜査範囲を広げていくか」

 

捜査を進めていく中で彼は多くの人々から賞賛されていくだろう。

 

その中にはもちろん神浜の魔法少女達の姿が大勢いたのであった。

 

……………。

 

午後の時間まで捜査を行うが、案の定大勢から呼び止められて声をかけられていったようだ。

 

「予想はしていたが…ここまでとはな。だが、そのおかげで聞き込みが捗ったのは有難い」

 

神浜市立大附属学校方面にまで捜査範囲を広げていくと素っ頓狂な叫び声が聞こえてくる。

 

<<尚紀~~~っ!!!>>

 

「この喧しい声は……」

 

前方を見れば全力疾走で走ってくる鶴乃の姿が高速で接近中。

 

「見たよ見たよ見たよ~~!!テレビ見たよ~~~っ!!!」

 

彼女は躊躇いもなくジャンプ跳躍。

 

迎え撃つ尚紀は片足を後ろに下げて踏ん張る構えを見せるのだ。

 

「ぐっ!?」

 

彼は大型犬の全力疾走突撃を受けたような衝撃に襲われてしまう。

 

「お前…なんでいつもいつも抱き着いてくる…?」

 

「最高だったよ~尚紀の演説!!私ね…泣いちゃうぐらい感動したよ~っ!!!」

 

「重たいから下りろよ…」

 

「ほっ?尚紀は力持ちだと思ったけど…?それってもしかして…遠回しに太っただろ発言!?」

 

「…とにかく、抱き着いたままの状態から解放してくれ」

 

全体重をかけて両手両足で抱き着くものだから、胸の感触に困っているのだろう。

 

地面に下りた鶴乃は後ろから来ている人物達に目を向ける。

 

「みんな~!!神浜のヒーローはこっちだよ~~っ!!!」

 

視線を向ければ神浜市立大附属学校に通う魔法少女達が大勢詰めかけてくる。

 

七海やちよ・十咎ももこ・水波レナ・秋野かえで・夏目かこ・美凪ささら・五十鈴れんの姿だ。

 

「お前ら…よく俺がここいらをうろついてるって分かったな?」

 

「フフッ♪地域住民ネットワークを甘く見ない方がいいわ、尚紀。あなたはもう有名人なのよ」

 

「最高だったよ嘉嶋さん!!あんたは神浜を変えてくれた伝説の英雄だぁ!!」

 

「ふんっ!天狗にならないことね!レナだって…あれぐらい出来るわよ!」

 

「またまた~?超コミュ障のレナちゃんがあそこにいたら、傍聴席側でも逃げちゃうよ~?」

 

「うるさいわね、かえで!!でも…あんな酷いアウェイの場で、よくあれだけ吼えれたわね」

 

「バカでかい声を出すのには、それなりに自信があったんだよ」

 

「それにほら、レナちゃん!さゆさゆのことで感謝したいって言ってたの言わないと!」

 

「わ…分かってるわよ…」

 

「さゆさゆ…?」

 

「あんた…神浜のご当地アイドルやってた刀剣アイドルの史乃沙優希を知らないの!?」

 

「そういう意味だったのか。俺は音楽ジャンルで好きなのは…ポップじゃなくてロックなんだ」

 

「音楽ジャンルの好みは合わないアンタだけど…レナ、感謝してあげる」

 

「あの子のことで何かあったのか?たしかあの子は……」

 

「うん…アイドルを引退に追い込まれた日からSNS発信も止まってた。でも、更新があったの」

 

「なんて呟かれてたんだ?」

 

「昨日の夜にね、突然大手芸能事務所から電話があって…芸能界入りするのが決まったの」

 

「突然過ぎる…どうしてあのタイミングなんだよ?世間からバッシングされてたんだろ?」

 

「レナだって詳しいことは分からないけど…それでも、あのさゆさゆがビッグアイドルになる!」

 

「レナちゃんはね~、さゆさゆファンクラブ第一号だったのを自慢していくつもりだよ~♪」

 

「一番嬉しいのはね…さゆさゆがまたアイドルを続けてくれること。アンタのお陰だって思う」

 

話しの内容に対し、尚紀は怪訝な表情を浮かべてしまう。

 

(きな臭い話だな…。何かの狙いがあると考えるのが自然なぐらいだ…)

 

かえでの肘に押され、おどおどしながらもレナは片手を伸ばしてくる。

 

「…ありがとう。ちゃんと話したことなかったけど…レナ、アンタのことを誤解してたわ」

 

「水波レナだったか?俺の方こそ、あの時はお前の頭を玩具にしてすまなかったよ」

 

「レナでいいわよ。それにレナだって、アンタを串刺しにしたんだからおあいこよ」

 

「そうか…。口は悪いが根は素直な女のようだな」

 

2人は固い握手を交わしていたら、2人の両手に手を重ねるようにしてかえでも横に立つ。

 

「秋野かえでです!レナちゃんやももこちゃんの友達で…だから2人を救ってくれて嬉しい!」

 

「かえでか。植物を操る魔法を使えるとは変わった奴だな。前世は妖精だったのか?」

 

「かえでの前世が妖精なら!レナの前世は女神様よ!!」

 

「餓鬼の間違いだと思うけど~?」

 

「ああ、なるほど。腹の代わりに胸が出たのか。頼むからバックアタック奇襲はやめてくれ」

 

「何べん言わせるのよ!?レナは食い意地なんて張ってないから!!」

 

握手の手を離して怒り出すレナをももこが止め、かえでは尚紀と向き合う。

 

「私…自然が好きなんです。それに動物や虫だって好きなんですよ!猫と犬を飼ってます!」

 

「うちも飼っている。機会があればあいつら連れてくるから、行儀を仕込んでやってくれ」

 

「ええっ!?その子達…凄く気になる!機会がなくても私が遊びに行きますね!」

 

「やれやれ…想像しい連中ばかりがうちに来る。…お前にも酷いことをしたな、すまなかった」

 

「いいんです…もう気にしてませんから。こういう時、魔法少女やってて良かったって思います」

 

「誰もが回復魔法ぐらいは使える器用さを持っているもんな。悪魔でもそうはいかないのに」

 

視線を横に向ける。

 

近くに立っていたのは意見陳述の場にもいたささらの姿である。

 

「…お前はこれで納得出来たか?」

 

顔を俯けていた彼女だったが迷いを払うようにして顔を上げ、彼を見つめてくる。

 

「…私、騎士道を見失うところだった。弱者救済を掲げていたのに…東の人達を虐げようとした」

 

「勘違いは誰でも起こす。俺だって起こすし、お前だって起こす。間違いは修正していくもんさ」

 

「エゴの恐ろしさを痛感した…。自分が掲げていた理想との矛盾にさえ…エゴで気づけない」

 

「これからに活かせばいい。間違ってきた俺だからこそ…あの場に立ったんだ」

 

「フフッ♪尚紀さんって、騎士道の鏡なのかも?私も見習いたいな…将来は公務員になりたいし」

 

「…そうか。本来、公務員こそが社会主義者だ。国民に奉仕するために命を削る者達だからな」

 

「だからこそ、私はななか達と組んだのかもしれない。私も社会に奉仕する思想を信じるから」

 

「しっかりやれ。お前だってまだ若い、頑張り過ぎて…我慢を我慢だと思えないようにはなるな」

 

「ありがとう♪辛くなったら…フフッ♪尚紀さんに甘えに行こうかな~♪」

 

「勘弁してくれ…。俺はただでさえ毎日の日課の中にスポ根バカの明日香を抱えてるんだぞ」

 

「え~っ!?明日香と仲良くしてたんだ!ズルい…明日香に聞いて私も尚紀さんとスポ根する!」

 

(スポ根バカが…さらなるスポ根バカを呼んでくる……)

 

「あーっ!!秘密特訓の気配!ズルいズルい!私も参加するったらーっ!!」

 

「鶴乃ちゃんも参加する?」

 

「勿論だよーッッ!!由比家のためでなくてもいい…私は皆のために強くならないとだね!」

 

「「おーーっ!!!」」

 

(……もう、どうにでもしてくれ)

 

盛り上がってるスポ根娘達は置いておき、オドオドとしている人物に目を向ける。

 

「あ……あの……」

 

「お前は…文房具屋で会った時以来だな」

 

「は…はい…五十鈴れんです…。ご無沙汰してました……はい」

 

「あの時の騒動で救出されたはずの友達とは…上手くやっているか?」

 

「そ…それは……」

 

俯いて黙り込んでしまった彼女を見て彼は察した。

 

あれ程までの大規模テロ、そして東のテロに加わった大規模な魔法少女達。

 

西と東の戦火の中で命を落とし、円環に導かれたと判断するしかない。

 

「……すまない、聞くべきじゃなかったな」

 

「…いいえ、あの子は貴方に救われて…喜んでました…。そして、あの時の戦いも…」

 

「…自らの意思で戦場に赴き、納得した上で死んだか?」

 

「はい…。あれもまた…命の在り方なのだと…私と梨花ちゃんは…納得する努力をしてます」

 

「納得した上で死ぬ…か。お前はその子の死について…納得は出来ているか?」

 

「納得…してるとは思います…。でも…辛くて寂しい気持ちになると…納得出来なくなるかも…」

 

「そうだな…納得出来る答えなんて、そうそう見つからない。俺も生涯探していきそうだ」

 

「答えを探すのも…生きてるから出来る…。だから…命は尊いんだと…思います…はい」

 

空を見上げ、彼は風華のことを思い出していく。

 

「俺もな……かつて愛した人を亡くしたんだ」

 

「えっ……?」

 

「その子はな、戦わなくてもいいのに…自らの意思で戦場に赴き…命を落とした」

 

「そんな…まるで、私や梨花ちゃんの友達の死と…同じです。もしかして…魔法少女…?」

 

「その子は最後に……こんな言葉を残した」

 

──貴方のその力を…。

 

――私が守ろうとした…かけがえのない人達を守るために…。

 

――使って下さい。

 

「…誰かのために生き、誰かのために死んだ。あの子が己の死を納得出来たかは分からないが…」

 

――あの子の死に際の表情は…どこか安心しているような表情を浮かべて…死んでいった。

 

「あっ……」

 

れんは思い出す。

 

彼女の友達の死を看取ってくれた魔法少女が語ってくれた言葉を。

 

その子の死に際の表情は安心しているかのような表情を浮かべていたと語られていた。

 

「…意思を継いでくれる人がいる。だから自分の人生はムダではなかった…だから…」

 

「納得して…死んでいった……ですか?」

 

「俺は誓った。その子の意思を継ぐために約束を守り通すと。そして継がれた意思により…」

 

――彼女の願いが叶い…俺を通してその子の人生に意味があったのだと示す道。

 

「それが……俺の納得だと思う」

 

俯いて涙ぐんでいくれんの姿に彼は気がつく。

 

袖で涙を拭い、彼女も決意を秘めた瞳を向けてくる。

 

「私…こんなにも今……生きてて良かったと思えた日は…ありません」

 

「その子はお前や梨花に託してくれたんだ。自分の人生が無駄ではなかったと示せる人達がいる」

 

「継いでくれる人がいる…だから安心して……死ぬ……グスッ…ヒック…」

 

泣き出してしまった彼女を見て、かこが駆け寄ってきて慰めていく。

 

「かこ……」

 

尚紀に視線を向けてきた彼女は神浜を救ってくれた英雄を見ても何も語りはしない。

 

その表情も何処か不安な表情を浮かべていた。

 

「…れんを頼む」

 

しんみりしてしまった場から去っていく尚紀の後ろ姿をみんなが見送ってくれる。

 

誰も引き留めはしなかったが、やちよの横を通り過ぎようとした彼の足が止まる。

 

「……やちよ」

 

「えっ…?何かしら……?」

 

「お前は本当に俺のことを…神浜を救った英雄だと思うのか?」

 

「その通りだと思うけど…何かおかしいの?」

 

「かつてお前は長としてマキャベリズム治世を行った。それでもお前は…俺が正しいと思うか?」

 

「どういうことなの…?言ってる意味がよく分からないわ…」

 

「……そうか。邪魔したよ」

 

顔も向けないまま彼は今度こそ去っていく。

 

「どうしたんだろ…嘉嶋さん…?」

 

ももこが後ろ姿を見送っていたが、彼女は彼の背中を見ていてこう口にした。

 

「嘉嶋さんの後ろ姿…なんだか…苦しそう」

 

――アタシ達に褒めちぎられるのが…辛かったのかな…?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

参京区方面にも捜査範囲を広げたが、案の定魔法少女達から声をかけられる。

 

参京院教育学園に通う常盤ななか・志伸あきら・静海このは達姉妹が彼を賞賛していく。

 

適当に相槌を打つ彼であったが、ななかに視線を向ける。

 

「ななか…」

 

彼女はかこと同じ表情を浮かべ、手放しで絶賛するようなことはしてくれない。

 

彼女達と別れた尚紀は気疲れしたのか、かつて利用したことがあった純喫茶に入る。

 

「……いらっしゃいませ」

 

店番をしていたのはルミエール・ソサエティとビジネスを行っていた魔法少女である。

 

「喫煙席は?」

 

「…奥の席です」

 

「分かった。それと珈琲一つ」

 

「…分かりました」

 

奥の席に座り、暫くして持ち込まれた珈琲を飲みながら日が沈んだ夜の景色を見つめていく。

 

吸っていた煙草を灰皿に押し付けて消していた時、横に人の気配を感じた。

 

「…何か用事か?」

 

立っていたのは店番をしていた人物のようだ。

 

「…聞きたいことがあるの」

 

「見知らぬ男にか?」

 

「貴方はもう有名人でしょ?テレビを見させてもらったから…質問があるの」

 

「…言ってみろ」

 

「あの時のあなたの演説で、神浜の差別の歴史は終わるかもしれない。その件で聞きたいの」

 

「喜ばしい表情をしていないな?この街が救われるというのに…どこか他人事のようだな?」

 

「…私はこの街に特別な思い入れがあるわけじゃないの」

 

「そうか…。だとしたら、お前のような中庸の者なら俺の質問にも答えられるかもしれない」

 

「質問の答えを返してくれたら、私も答えを返す。貴方は街を救って…大勢から感謝されている」

 

――貴方はこの街を救った英雄として…強く居場所を感じられている?

 

重い沈黙が続く。

 

重い口を開いた彼の表情はどこか苦しそうであった。

 

「…感じられないな」

 

「どうして…?みんながあなたを賞賛するのに?」

 

「なぜ、そんな質問をするんだ?」

 

答えを返すと約束した彼女だが黙り込み、俯いてしまう。

 

「答えないのか?口約束に過ぎないが、約束を守らない店は金輪際利用するつもりはない」

 

俯いたまま彼女は重い口を開いてくれた。

 

「私は…自分の居場所を探してる者。どうやったら…自分の居場所を見つけられるのか探す者」

 

約束を果たし終えた彼女が踵を返し、帰っていこうとする。

 

そんな彼女の背中に向けて、尚紀はこんな言葉を送るのだ。

 

「…今の俺は、お前と同じだよ」

 

「えっ……?」

 

考えてもいなかった言葉が出てきたためか、慌てて彼の方に向き直る。

 

「周りから賞賛されようが…居場所なんて感じない。むしろ…針の筵に座らされてる気分だ」

 

「どうしてなの…?あれほどの偉業を成し遂げたのに…?」

 

「…お前の着ているその制服、参京院教育学園の学生か?」

 

「…うん」

 

「自分の居場所を探す者として、どんな学生生活を送っているのか大体は想像出来る」

 

「…想像している通りだと思う。私はごく普通の学生生活をしているけれど…」

 

「周りに合わせているだけで、心此処に在らずだろ?今の俺と全く同じだよ」

 

「分からない…あれほど周りの人々から求められる存在になったというのに…どうしてなの?」

 

「お前…()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それを聞かれた彼女は俯いていく。

 

「俺も嘘をついている…。周りに合わせるだけで…両足でしっかり立っている気にならない」

 

「そこまで私と同じ気持ちだなんて…その気持ち…とても分かるわ」

 

重い沈黙が場に広がっていく。

 

珈琲の残りを飲み終えた彼がようやく重い口を開いてくれた。

 

「…英雄だの、悪者だの、クラスの人気者だの、厄介者だの、どうでもいい概念だ」

 

「えっ……?」

 

「人は善人である必要も、悪人である必要もない。人がその本性を受け入れるのが大切だ」

 

「どういう意味…?」

 

「人がその本性を引き受け、開き、生きていれば…どんな人間だって素晴らしく魅力的だ」

 

「…周りに合わせて、普通に生きる努力をしてきた私は…魅力のない者だと言いたいの?」

 

「本性を受け入れず、繕い、作り上げるなら何であれつまらない。だから今の俺も…価値はない」

 

「あっ……」

 

心の中に抱えていた何かが揺り動かされる。

 

「偽善、偽悪は等しくお粗末。本性さえ表してくれたら何でもいいんだ」

 

――俺は…()()()に会いたい。

 

――どこかで見たような、聞いたような人間には興味は無い。

 

胸の高鳴りが抑えられず、彼女は手で胸を支えてしまう。

 

「自分の本性に目を向けろ。せっかく生まれてきたんだし…本当の自分と出会いたいだろ?」

 

――それこそが、誰のものでもない…()()()()()なんだよ。

 

後ずさりしていく彼女だが、力が抜けたようにして両膝が崩れる。

 

両目は見開かれ、尚紀の姿が瞳の中に広がっていくようだ。

 

彼女はようやく見出せた。

 

自分が何故どこにも居場所を感じられなかったのかを。

 

同調圧力社会で生きるしかない日本人全員が抱えている心の問題の答え。

 

周囲に流されない()()()()だ。

 

「わた…し…なんて…馬鹿だったの…。環境のせいにして…自分の居場所を勘違いしてた…」

 

「自分の内面に真剣に興味を持たない者は、他人や社会に問題を見出していく」

 

――そうして事の本質からは遠ざかり、遠ざかるほど苛立って焦っていく。

 

彼女の脳裏に浮かぶのは、家族との確執や学校生活、そして大好きだった人の夢。

 

周りにばかり振り回されて彼女は個を失っていた。

 

()()()()()()()()()んだから、自分の居場所なんてどこにもねーよな。だから俺もまた同じさ」

 

「私自身が…私の居場所を失わせてたのね…。どうりで何処にも…見出せないはずよ…」

 

「感情や気持ちは人生の羅針盤。気持ちが指し示す方向に向かうがいい。まだ見ぬ港が待ってる」

 

「私が私に正直であることこそが…私の居場所を…私自身が守ることに繋がる…?」

 

「今までのこだわりは捨てて自然体でいろ。まだ子供なのに、俺のようになっちまうぞ?」

 

言うべきことは言ったので立ち上がり、レジの方に向かう。

 

「清算したいんだが?」

 

「えっ…?あ、はい!」

 

慌ててレジの前に来て清算しようとするから打ち間違えてしまう。

 

「落ち着けって、急いでるわけじゃない」

 

「私…わたし…興奮し過ぎて…!見つけたかったものが…やっと見つかったから…!」

 

恥ずかしいのか嬉しいのか彼女は泣き出してしまう。

 

そんな彼女の姿を見ていて辛いのか、ポケットからハンカチを出して彼女に手渡す。

 

「グスッ…ヒック…ありがとう…ありがとう……嘉嶋尚紀さん…」

 

「お前…俺の事を知っていたのか…?」

 

右手のハンカチで涙を押さえつけ、左手を彼に見せる。

 

「そうか…お前も魔法少女なら業魔殿に行って悪魔の教育を受けてるはずだよな」

 

「貴方は悪魔なのに…私の居場所を救ってくれた。本当に悪魔なの?私には神様にしか見えない」

 

「神様扱いは勘弁してくれ…ケツが痒くなってくる」

 

「フフッ♪私の名前は保澄雫(ほずみしずく)です。よろしくね、嘉嶋さん♪」

 

「フッ…やっとお前に出会えた気がするよ。その調子でいけば…もう居場所を失わないさ」

 

「私…これからはもっと自分と向き合って、自分のことを勉強していきます!」

 

「勉強をするではなく経験が大事だ。知るではなく、やる。自分のやりたいことをやっていけ」

 

「はいっ!嘉嶋さんって…学校の先生よりも好きになれそう。貴方のこと…もっと知りたいです」

 

「俺は…自分の居場所を見失っているだけの……()()()()()さ」

 

純喫茶から出て来た尚紀は夜空を見上げる。

 

彼の脳裏にはかつての仲魔でありライバルとも言えたデビルハンターの姿が浮かんでいく。

 

「刹那主義であり快楽主義だった男…ダンテ。自分に正直に生きる者の見本のような男だった」

 

ダンテなら我の居場所の迷子になった者に何を言うのかを考え込んでしまう。

 

目を瞑り、かつての世界ボルテクス界の記憶の中に浸っていく。

 

あれはアマラ深界最深部に下りる決意をした時だった。

 

……………。

 

「この先に下りたらもう…俺は俺でなくなるかもしれない…」

 

そんな弱さを仲魔達に語った時、ダンテが言ってくれた言葉がある。

 

「迷うな、少年。先に行って何になろうが…少年は少年のまま生きればいいのさ」

 

「たとえそれが…完全なる悪魔になる道であったとしてもか…?」

 

「イカレた姿になって帰ってきて、仲魔達に見捨てられるのが怖いのか?」

 

「……そうだ」

 

「フッ…そんなんだから、お前はいつまでたっても周りが怖いだけのガキなのさ」

 

――お前の道を進め。

 

――()()()()()()()()()()()()()()

 

ダンテが残した言葉はフィレンツェ生まれの詩人・哲学者でもあったダンテと同じ言葉だ。

 

新しいことをしようとする時、人はもっともなことを言って、それを止めさせようとする。

 

しかし、直感が一番正しいのだ。

 

自分が進むべき道は、自分のリスクで、大胆に突き進むべきだ。

 

自分の直感に自信がないと、人の言うことに流され、自分の道を断念する時がある。

 

しかし後になって、あの時の自分の直感が正しかったと気づく、その時の後悔は最悪だ。

 

自分の直感を信じて、自分の道を敢然と進めという意味合いがあった。

 

「…そうだな。俺の道は俺が選んで進み、周りの連中なんて…勝手な事を言わせておくべきだな」

 

踵を返して探偵事務所へと帰っていくが、それでもその背中には迷いが残っている。

 

「ダンテ…お前は完全な悪魔になった俺を捨て身で止めてくれた。もっと早くに殺せた筈なのに」

 

周りにとっては間違いであったであろう選択さえ、ダンテは認めて背中を押してくれた。

 

最悪の脅威となろうとも、ダンテは彼の選択を認め、後悔させない道へと押し出してくれた。

 

「俺の最悪の選択によって、国が滅ぶかもしれない。それでも認めてくれる人がいないと…辛い」

 

――ダンテ……あんたがいなくて、寂しいよ。

 

彼の足取りは重い。

 

ペテンがバレて国賊だと罵られる日のことを考えれば考えるほど、彼の足取りは重くなっていく。

 

啓蒙神として彼は神浜市に平和をもたらしたのかもしれない。

 

それと同時に日本どころか世界さえも滅ぼすだろう和(環)をもたらしてしまう。

 

一時の喜びなど悪魔がもたらした偽りの平和に過ぎない。

 

もう一度責任の矢面に立たされる日を想像していく彼の肩は震えていった。

 




長くなるので二つに分けます。
人修羅君のモテ期到来ですが、本人は佐倉牧師の如く心がズタズタになっていってハーレムにはならない計算です。


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149話 偽りの光

後日。

 

尚紀は神浜市の中央区と栄区に向かい、重点的に聞き込みを続けていく。

 

街行く人達からは賞賛の声をかけられていくが、彼は適当な返事しか返さない。

 

彼を睨んでくる西側差別主義者もいたが彼が睨み返せば逃げていくようだ。

 

「…あいつらはもう諦めてるんだろうな。これだけの世論を俺が生み出してしまったから…」

 

今日は土曜日であり、中央区では多くの学生達が休日を街で過ごす姿が見える。

 

「学生達も外に出ていいようになったのか?そういや新聞で読んだっけ」

 

差別条例可決は難しくなり議員からは人権尊重の街作りが必要だと声が上がった内容だった。

 

「子供達にも人権は必要だ。大人達の勝手な都合で青春を殺されるべきではない」

 

学校も重い腰を上げたのだと判断し、道行く学生からも聞き込み捜査を行っていく。

 

<<おい!そこのイケメン英雄!!>>

 

声がした方に振り向いてみるが、アイラインの先には誰もいない。

 

「近くで声がしたと思ったんだが…気のせいか」

 

「いるって!?アタシはここだって!!」

 

下に目を向けてみる。

 

袖がダブダブな私服姿をしている人物とは中央区の元リーダーであった都ひなのだった。

 

「お前か…相変わらず身長が小さくて気が付かなかったよ」

 

「お前も変わらず失礼なイケメンだな…だが許そう。そして…よくぞ叫んでくれた!!」

 

ぴょんぴょんと跳ね、喜びを表す仕草を見せてくる。

 

「お前の叫びこそ!アタシがずっと胸の内に抱え込んできた…この街に対する叫びだった!」

 

「そう思ってきたのなら、なぜ今まで叫んでこなかったんだ?」

 

「叫んできたさ…それでも、中央の学生連中は保身に走るばかりだった…」

 

「そういや、中央区は神浜の外から集まった連中が多いんだったな」

 

「神浜の問題ごとには首を突っ込みたくないと逃げられてばかりだったんだ。悔しかったよ…」

 

「そうか…お前も人情家だったようだ。だからこそ中央の魔法少女達がリーダーにしたわけか」

 

「それも…もう終わりだ。アタシはリーダーを引退して中央の魔法少女達をななかに託したんだ」

 

「元リーダーとして常盤ななかをどう見る?」

 

「安心した…とだけ言っておく。人々を冷静に観察して間違いを正していけると思う」

 

「同じ意見だ。しかし…エゴは誰もが持つものだ。リーダーは常に自己批判しないとな」

 

「それが出来ていなかったと…アタシは反省したよ。エゴとは恐ろしいものだな…」

 

「……そうだな」

 

「だが、これでアタシも肩の荷が下りたことだし…受験勉強に専念出来るというわけさ」

 

「受験生だったのかよ?俺も中学の頃は男友達と集まってのたうち回りながら受験勉強を…」

 

「アタシは高校生だぁ!!高校受験じゃない!!大学受験!!!」

 

「……そういやお前、18歳とかあの時言ってたな」

 

「アタシは今までの下地があるから問題はない。問題なのは…あたしが指導しているみふゆだ」

 

「あぁ…そういやアイツ、浪人生だったか」

 

「薬学部志望のくせに…理数系が壊滅的なんだぞ?先が思いやられる…」

 

「アイツ……来年も桜の開花を呪うかもな」

 

「アタシも来年は大学生。花のキャンパスライフというわけだが…」

 

「どうした?」

 

「…新たな大学生活で未だに彼氏の1人もいないでは…周りからバカにされるやもしれん」

 

「健闘を祈る」

 

「そこでだ!アタシのリア充生活爆進計画のためにも…お前とは関係を築きたい!!」

 

「はぁ?」

 

グルグル目のまま赤面しており、緊張のせいかひなのは呂律が回らない。

 

「ま…先ずは紳士的に…交換日記だ!!つ…次は…その…お茶に誘われてやってもいいぞ!?」

 

(なんの話を始めているんだ…このリスザル女?)

 

緊張で舌が回らなくなっていた時、素っ頓狂な大声を聞いて素に戻る。

 

「みゃ~こ先輩~~っ!!!」

 

手を振って走ってきたのは、ひなのが開く化学教室のアシスタントをやっている木崎衣美里だった。

 

「待ち合わせ場所に来ないと思ったらこんなところで油を……げ~~っ!?」

 

「お前はたしか…あの時に戦ったサキュバスみたいな魔法少女か」

 

「みゃーこ先輩!また怖いお兄さんところに来てたの!あーし、お尻ぺんぺんされたんだよ!」

 

「えっ……?」

 

「パンツが履けないぐらいにお尻が腫れたんだよ!?も~最悪だったよ~~っ!!」

 

「ちょっと待て!!そんな痛めつけ方はしてなかっただろ!?」

 

「あ~…こいつの話は真に受けるな。ノリだけで喋る奴だからな…」

 

「だけどさ…あーし達にも悪かった部分あるし、赦したげる。それに…謝らないとだね」

 

「あっ…一番伝えたかった部分をアタシも忘れてたな…」

 

2人は並ぶようにして立ち、尚紀に向けて頭を下げてくる。

 

「お前を傷つけてしまって…すまなかった。未知の敵が魔法少女を襲う…その概念に縛られてた」

 

「あなたの話を…もっと聞いてたら良かったね。あーしも早合点してた気がするから…ごめんね」

 

「気にするな、俺だってお前達を傷つけたんだし。俺の方こそ…すまなかったよ」

 

「寛大な男だな!ますます気に入ったぞ!!流石は神浜の差別歴史を救った()()だ!!」

 

彼女の発言に対して尚紀は俯いていく。

 

「えっ?このお兄さん、そんなことやったの?」

 

「衣美里…お前はあんなビッグニュースを見てなかったのか!?」

 

「あーしがつまんない政治ニュースなんて見るわけないし~」

 

「そうだったな…お前はそういう奴だったよ…」

 

「……さて、俺はそろそろ行くよ。こう見えて探偵をしているからな…今は仕事中なんだよ」

 

「えっ?お兄さんは悪魔なのに探偵さん?悪魔探偵!?ちょ~かっこいいじゃん!!」

 

「この人物を見なかっただろうか?」

 

依頼人から渡された写真を衣美里に見せてくる。

 

「ふんふん…あ、この子はたしか…あーしのお悩み相談所に来たことがある子だよ」

 

「あきらから聞いている。お前達2人は街の困りごとを聞いてあげる相談所をしてたんだよな?」

 

「そうそう。かなり思いつめてた顔してたし、よく覚えてるよ」

 

詳しいいきさつを聞かされ、失踪者が何処に向かうのかを絞っていく。

 

「助かった。これでだいぶ絞り込めそうだ」

 

「探偵さんのお役に立てちゃった!エミリーのお悩み相談所やってて良かった~♪」

 

「ほぼ魔法少女達の溜まり場になってたが…継続は力なりだな、衣美里」

 

「えへへ~♪みゃーこ先輩があーしを見直してくれて、うれぴーまん♪」

 

「俺は嘉嶋尚紀という。お前の相談所は役に立ちそうだから、今後は情報収集で寄らせてもらう」

 

「あーしは木崎衣美里!お菓子を沢山用意して待ってるからね~()()()()()()()!」

 

神浜の英雄。

 

それを聞いた尚紀の表情は苦虫を嚙み潰したようになっていく。

 

彼は何も言わずに去っていってしまった。

 

「あれ…?あーし、何か怒らせるようなこと言ったのかな?」

 

「いや…分からん。失礼なことを言ったようには聞こえなかったのだがなぁ?」

 

絞り込んだ情報を頼りに尚紀は水名区方面に向けて歩みを進めていく。

 

黒のトレンチコートのポケットに入れられた彼の拳は苛立ちによって震えていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

衣美里の情報を頼りに水名の街を奔走していく。

 

彼女の情報によって潜伏先を見つけ出し、行方不明になっていた少年を発見したようだ。

 

「辛い気持ちは分かる。だが、家族はお前のことを心配している…家族のところに帰らないか?」

 

元気付けようとするが、座り込んだ子供は返事さえ返してくれない。

 

呑まず食わずだったのか少年の顔はやつれていた。

 

「…ニュースは見たか?全国の人達が神浜の味方をしてくれる。もうこんなテロは起きないさ」

 

「…本当に?本当にもう…東の人達は…暴れたりしない?」

 

「…その原因となっていた歴史は終わるだろう。原因がなくなれば…怒って暴れたりはしない」

 

「…うん、分かった。ごめんなさい…迷惑かけました…」

 

「辛かっただろう…。新しく生まれ変わるだろうこの街で、幸多い人生を生きれるよう願う」

 

家族に息子の無事を知らせ、後は警察に任せることにしたようだ。

 

「これで依頼は達成だな。これも衣美里のお陰かもな…あいつのことは覚えておこう」

 

空襲で焼かれたような水名の街を歩いていく。

 

脇道に入り、人気も無く開けた場所に向けて進んでいく後ろ姿を見せる。

 

彼は背後から迫る者達に気が付いているようだ。

 

(…性懲りもない奴らがいるな。神浜市に差別をもたらしてきた中心街なだけはある)

 

広場で後ろを振り向けば数人の水名住民達が立っている。

 

「随分と物騒なもんを持ち歩いている連中だな?俺に何の用事だ?」

 

「貴様の演説のせいで…俺達は全国から悪にされたんだ!!」

 

「東の回し者め!!お前だけは生かしちゃおけねぇ!!」

 

鉄パイプや金属バットで武装して威嚇してくる。

 

「随分と気品溢れる連中だな?流石は神浜歴史の象徴地区で暮らしてきた…クソッタレ共だ」

 

首を左右に鳴らし、余裕の表情で手招きする尚紀に向けて男達が鈍器を向けてくる。

 

「御託を並べても聞く耳もたないんだろ?始めようぜ」

 

「言ったな!!後悔させてや……!?」

 

暴徒の肩を背後から掴んできた人物に目を向ける。

 

「いい加減にしなさい!!恥ずかしくないのですか!?」

 

声を荒げて止めてきたのは梓みふゆのようだ。

 

「みふゆ…?それに…お前達まで…?」

 

彼女に続くようにして立つのは水名女学園に通う魔法少女達。

 

天音月夜、竜城明日香、阿見莉愛、胡桃まなか、梢麻友であった。

 

「いい加減にして!わたくし達がもたらしてきた差別のせいで…大勢の人々が苦しんだのです!」

 

「そうですわ!こんな水名の歴史なんて…価値はないですわよ!人々を苦しめるだけだった!」

 

「この水名に武道の心を伝えられなかったのは…竜真館の恥でした。正させてもらいます!!」

 

「歴史とは後世に残すものです!私達がもたらしてきた差別なんて…歴史ですら語りたくない!」

 

「まなか…水名の学校に通ってましたが…水名の人達が嫌いでした!酷い差別の街でしたよ!!」

 

今までこの街に対して黙ってきた若者達が吼える。

 

勇気をくれたのはきっと、誰よりも前に立ち神浜の差別の歴史を正そうとした者がいたからだ。

 

「その制服…水名女学園の女子生徒共か!?お前ら同郷だろうが!東側に寝返るのかぁ!!」

 

「寝返る?同じ神浜で暮らす者達でしょう!?寝返るも糞もありませんわ!」

 

「阿見先輩の言う通りです!まなかはまなかの料理を食べに来てくれる人を差別はしません!!」

 

「わたくしは…こんな差別の街…出て行きたかった!でも間違ってた…諦めてただけでした!!」

 

「古都として芸術的に美しかったけど…そこで暮らす人間は…美しさの欠片もない野蛮人です!」

 

「私達はそんな水名の者…。周りの慣習や差別を黙認して…悪の一部と化してきました…」

 

「もう黙りません!こんな差別の歴史は武道精神に反するのです!我が身を捨てて仁とします!」

 

魔法少女としてではなく水名で生きた人間として彼女達はここに立つ。

 

この戦いは魔法少女としての戦いではない、だから魔法さえ彼女達は使わない。

 

自らの勇気だけで水名の歴史と戦う。

 

演説台の前に立った尚紀と同じ意思を示してくれた。

 

「我々は水名の街を東の連中に焼かれたんだぞ!!なのに味方するっていうのかよ!!」

 

「当然の報いですわ!私も差別を黙認してきた悪として…仕事を無くす罰が与えられましたわ!」

 

「それでも阿見先輩は負けませんでした!!あなた達は阿見先輩以下です!!」

 

「わたくしももう…同調圧力社会には負けません!愛する妹と共に…この街で生きたいから!!」

 

「嘉嶋さんは言ってくれました!私達に見えたのは古都の美ではない…エゴで偏った世界です!」

 

「だからこそ!水名の者として…もう一度歴史と向き合いたい!他県にも誇れる街にしたい!!」

 

「水名が西を壊したのです!同調圧力社会を築き…前に進みたかった住民達の心を殺してきた!」

 

彼女達の叫びを聞き、尚紀はさっき助けた子供のことを思い出す。

 

(子供には何も関係なかった…。大人がもたらした差別のせいで…子供の未来が犠牲にされた…)

 

彼女達の迫力に気圧されたのか、差別主義者達がたじろいでいく。

 

そんな者達にむけてみふゆが叫ぶのだ。

 

「私達はこの世に生まれてきたんですよ!なのに周りに左右される人生なんて…あんまりです!」

 

――そんな人生…生きている価値なんてありません!!!

 

「この裏切り者共がぁ!!女だからって容赦しねぇぞ!!!」

 

「やろうと言うのですか?」

 

明日香がみふゆの前に出て木製薙刀を構える。

 

「こ…この子知ってるぞ!水名でも有名な武術道場の娘だ!!」

 

「竜真館だったか…?あそこの娘はたしか…鬼のように強いとかいう噂を聞いたことが…」

 

「言っておきますが、これは型用の薙刀です。打ちどころが悪ければ死にますよ?」

 

明日香の迫力に恐怖を感じた者達から一目散に逃げていく。

 

「く、くそ!!覚えてろよ裏切り者共!!お前らはもう水名で生きられないからな!!」

 

負け惜しみの捨て台詞を吐き、最後まで残っていた者も逃げ出していった。

 

「あれが水名の姿なんです…。上品な言葉使いや教養を学ばされてきても…中身なんて無かった…」

 

「水名の者達の中身は…最低の屑でしたわ。()()()()()でしかなかったのよ…」

 

「月咲ちゃん達…東の人達の方がずっと立派です。見栄を張らないだけ…下町人情がありました」

 

彼女達の勇士を見届けた尚紀から拍手が送られる。

 

「お前ら…やれば出来るじゃねーか?俺が演説台の前に立つ必要もなかったぐらいだ」

 

「そんなことないですよ…。全国の世論が味方をしてくれなければきっと…叫べませんでした」

 

「だからこそ、最初の一歩を踏みしめてくれた嘉嶋さんは…神浜の英雄なんです」

 

「私やあきらさん、それに美雨さんが追いかけたい背中です!尚紀さんの生き様は英雄ですよ!」

 

ひなの達と変わらない言葉を送られる尚紀の視線が下に向いていく。

 

「……そうか、よかったな」

 

まなかが肘で阿見莉愛を押し、オドオドしながら尚紀の前に出てくる。

 

「あの…えっと…ちゃんと話をするのは初めてですわね。私は阿見莉愛と言います、嘉嶋さん」

 

「……何の用事だ?」

 

「私はあの時…あなたを罵倒しちゃったから…謝ろうと。ごめんなさい…私、勘違いしてた…」

 

丁寧に謝ってくるが、彼は何処か辛そうな顔を浮かべてしまう。

 

「努力をしても届かない辛さを知ってるのに…東の努力の自由さえ奪おうとした…最低でしたわ」

 

「……修正していけ。間違えば終わりじゃない、やめたら終わりだ」

 

「そうだと思ったからこそ、私…もう一度モデルを目指し直すつもりなの…」

 

「阿見先輩はですね…契約解除された事務所を変えて、やり直そうと面接を受けてきたんです」

 

「……そうか。世論の流れも変わってきている、今ならバッシングも受けないだろう」

 

「受かるかどうかは分からない…それでも私…絶対にモデルの夢を諦めたくないの…」

 

「阿見先輩なら大丈夫!まなかが保障してあげますから、大船に乗った気で良いですよ!」

 

「お前の道を進め。人には勝手な事を言わせておけ。俺から言えるのは…それだけだ」

 

「その通りです!せっかく生まれてきたんだし、阿見先輩は阿見先輩でいいんです!」

 

「2人とも…ありがとう。そう言ってくれると私は嬉しい……それでもまだ、周りが怖いわ」

 

「……周りのことを気にして繕い、()()()()()()()。俺みたいに苦しむぞ」

 

「えっ……?」

 

その言葉を聞いた阿見莉愛は胸が締め付けられてしまう。

 

(阿見先輩は…天然モノの美少女にしてほしいって願った。奇跡で整形した人に…その言葉は…)

 

「どういう意味ですの…?私の美しさが…繕って飾ろうとしたですって!?」

 

「お前は誰なんだ?周りのためにしかこの世にいないのなら、お前など存在していない」

 

「私を侮辱する気ですの!?」

 

「周りに合わせた飾りなどに価値はない。お前には、お前にしかない強みがある」

 

「私にしかない…強み?」

 

「間違いを認めて先に進める強さだ。己のプライドに溺れる者は、間違いを認める勇気さえない」

 

「それは…そうだけど……」

 

「敵なんて何処にもいない、敵は常に自分自身。ガムシャラなぐらいで丁度いいんだよ」

 

「美しく生きるんじゃなくて…ガムシャラに…生きる…?」

 

「自分の心に目を向けろ。自分の心に積極性がなくなった時…人の存在価値は死ぬんだ」

 

「私の心に目を向ける……私が私の心の言葉に目を向ける……」

 

「モデルの夢を諦めたくない。なら、その夢を与えてくれた人の真似がしたいから進むんだろ?」

 

「私が…真似をしたいと思った…憧れのモデルは……」

 

「お前がそいつと同じになる必要はない。お前はお前にしかない強さを持ち、それを極めろ」

 

「私…本当に…その人に勝てるの…?こんな私なんて…奇跡に頼らなかったら…」

 

「お前はつぼみだ。豪華ではなく派手でもない。しかし慎ましい佇まいは心をほぐしてくれる」

 

「私は…つぼみ……?」

 

「つぼみにしかない可憐さもあり、開花に向かうエネルギーに満ちている。生命と可能性だ」

 

「私も…自分に目を向けて…ガムシャラに生きれば……いつか本物の花のように咲ける…?」

 

「お前を開花に導く温かさは、仲間達が与えてくれるだろう。自分の本当の強さを探して極めろ」

 

――俺は、本当のお前の美しさに興味がある。

 

――いつかきっと、本物の美しさが、周りに向けて飾った虚飾を超える日がくる。

 

「その可能性を秘めている本当のお前こそが……美しいんだよ」

 

莉愛の頬に雫が落ちて両膝が崩れ落ちてしまう。

 

「私…初めて…本当の私を…美しいって…言ってくれる人と出会えた……」

 

「阿見先輩……」

 

「えっ…うえっ…あぁぁ…あぁぁ…あぁぁぁぁ~~……ッッ!!!!」

 

泣き崩れてしまい、場がしんみりした空気と化す。

 

「今言った言葉は俺にもブーメランとなる。開花に導くいい仲間と出会えたお前が…羨ましいよ」

 

その場から去っていく尚紀の背中を見送る魔法少女達は彼に向けて言葉を残す。

 

「たとえ空気を濁してでも誰かを批判出来る勇気……見習いたいものですね」

 

「だからこそ、わたくし達を命懸けで批判してくれた人なんだと思います」

 

「まなか…あの人のことを誤解してました。謝りたかったけど…帰られちゃいましたね…」

 

「仁義に溢れる者は、礼儀や知識だけあればいいのではなくて…勇気を示す信念も必要ですね」

 

「五常の徳…仁義礼智信ですね。尚紀さんの姿こそ私の理想のサムライです」

 

「でも…まなかの気のせいでしょうか…?」

 

――尚紀さんの背中こそが…阿見先輩よりも泣きたそうなぐらい…寂しそうでした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

依頼は無事に達成したこともあり今日の仕事は早めに終われたようだ。

 

家に帰ろうと車のクリスに向かっていた時、買い直したスマホが鳴り響く。

 

「これは…嘉嶋会からの電話か?何かあったのかな…」

 

通話ボタンをスライドさせて電話相手と話すのだが、どうやらトラブルのようだ。

 

「藤堂さんか?どうかしたのか?」

 

「ボスーーッッ!!大変な騒ぎになった!!今直ぐこっちに来れそうか!?」

 

「何か…トラブルでもあったのか?」

 

「とにかくこっちに来てくれ!アンタを出せ出せって…大変な騒ぎだぞ!!」

 

「大事のようだな…分かった。代表として今直ぐ向かおう」

 

トラブルに対処するために尚紀は車で移動していく。

 

中央区とほど近い工匠区のマンション・オフィスに近づいていた時、異変に気付いた。

 

「ダ…ダーリン…何なの…あの凄まじい人だかり…?」

 

「嘘だろおい……何があったんだ!?」

 

視線の遠い先にはマンション・オフィスの周囲を囲む大勢の東住民達がたむろっている。

 

「離れた場所から近付いた方が良さそうだな…」

 

「気をつけなさいよ、ダーリン。何が起きてるのか分からないから」

 

離れた駐車場にクリスを停め、徒歩で近寄っていく。

 

集団に近づいていた時、工匠学舎の女子制服を着ていた少女が叫ぶ。

 

「見て!!神浜の英雄が来てくれたよ!!!」

 

叫んだ人物は千秋理子であり、声に反応して東の住民達が向き直り歓声を上げた。

 

<<神浜の英雄ばんざーい!!!>>

 

<<俺達の街を救ってくれた英雄ばんざーい!!!>>

 

大きな声で歓声を上げる民衆達の姿を見た尚紀は戸惑いを隠せない。

 

弁当屋の理子は嘉嶋会に彼がいるのを知っていて、それを周囲に伝えたために拡散したようだ。

 

集まった民衆とは神浜に根差した差別を封印してくれた恩人へ感謝を伝えるための集いだった。

 

1人の少女が駆け寄ってきて紙とリボンで包んだオレンジ薔薇を差し出してくれる。

 

「最高の演説でした、尚紀さん!!私…貴方のことを誤解してました!!」

 

「お前はたしか…花の魔法を使ってきた奴だったか?」

 

彼に花束を渡してきたのは西側住民であり花屋で働く魔法少女の春名このみである。

 

「春名このみって言います。私だけでなく、周りが怖くて差別反対と言えなかった人達もいます」

 

「西側の連中まで来てくれていたのか…。どうりでとんでもない集団になるはずだ」

 

「その…本当にすいませんでした。貴方の事を疑って…悪者のレッテルを張ってしまいました…」

 

「済んだことだ、気にするな。それに…この花いくらだ?タダで貰うわけにもいかない」

 

「ブロッサムの店長も怖くて差別反対と言えなかった人です。この花は感謝の気持ちなんです」

 

「…その人の気持ちを踏み躙るわけにもいかないな。オレンジ薔薇は大事に飾らせてもらう」

 

「花言葉は熱望と絆です。皆の熱望を叶えてくれて…神浜に絆の環をくれた人に相応しいです」

 

「………そうか」

 

「えへへっ♪みんな尚紀さんに感謝してるんですよ!」

 

横を見ればいつの間にか理子も来てくれている。

 

「理子…もしかしてお前が嘉嶋会のことを住民達に伝えていったのか?」

 

「いけませんでした…?だって、千秋屋のお得意さんが神浜の英雄だなんて…黙ってられません」

 

「…まぁいい、黙っていてもいずれバレていただろう」

 

「わたし…泣いちゃうぐらい感動しました!やっぱり尚紀さんは子供達のヒーローです!!」

 

疑いもなく真っ直ぐな瞳を向けてくる者の視線が辛いのか、顔を背けてしまう。

 

彼の心は切り裂かれていく程に苦しんでいくが、彼の事情など想像も出来ない者達が近寄ってくる。

 

「素敵なお兄~さん♪お父ちゃんの工場を救ってくれて…本当に感謝してるよ!」

 

「お前はたしか…裁縫道具箱に入ってそうな武器を使ってた奴だな?」

 

「矢宵かのこです!工匠区で工場を経営してる家の娘で…ファッションデザイナー志望なの!」

 

「どうりで裁縫道具のような武器を振り回す奴だと思ったよ」

 

「その…本当にごめんなさい。私達…あなたに報復なんて…するべきじゃなかった…」

 

「…いいんだ。俺はそれだけのことをした存在…報復されて当然なんだよ」

 

「そっか…そう言ってくれる優しい人だからこそ、神浜のために叫んでくれる人なんだね」

 

「……俺は褒められるような奴じゃない」

 

「謙遜しないの♪そうだ、お兄さん結構いい生地使ってるコート着てるね?こだわりのある人?」

 

「こだわりというか、生地や裁縫がしっかりしてる服じゃないと破れやすいんだよ」

 

「なるほど、コストを度外視してでも実用性を重視する服装選びをするセンス…気に入ったわ!」

 

「な、なんだって…?」

 

「嘉嶋さんでいいんだよね?今度さ、体の採寸をしていい?貴方に似合う服を作りたいの!」

 

「ファッションデザイナーの卵らしい意見だな。けど、服は間に合ってるし……」

 

「贈り物だと思って協力して!私…男の人の服だって作りたいの!ねぇねぇ、いいでしょ?」

 

「…そんなに顔を近づけてくるなよ。考えておく」

 

「期待して待ってるからね~♪」

 

目を輝かせるかのこの隣にいるこのみに視線を向ける。

 

(なんだ…あのこのみの表情は?ご愁傷様ですとか…言いたげな表情だな…?)

 

不穏な気配を感じていた彼は他にも近寄ってくる少女達に視線を向ける。

 

「あ…あの…僕…じゃない、私……水樹塁って言います。先日の無礼を…許して下さい…」

 

「気にするな。お前はたしか…痛々しい言動が目立った奴だったな?」

 

「えっと…その…私はゲームやネット小説が大好きで…妄想するのが好きだから…その…」

 

「そうか…あの言動にはそういう理由があったんだな。それと、隣にいる連中はたしか…」

 

「…吉良てまりです。私達…貴方のことを誤解していました」

 

「古町みくらよ。ごめんなさい…私達は貴方の言葉の意味すら考えずに…襲ってしまったわ」

 

「三穂野せいらです。本当に…ごめんなさい。映画監督を目指すのに…全体が見えなかった…」

 

「…頭を上げてくれ。俺だってお前達に大怪我をさせた悪党だ。あんなやり方…間違ってた」

 

「そう言ってくれて…本当に助かるわ。私達ね、貴方に凄く興味が湧いたの」

 

「貴方の言霊は魔法を超えてたと思う。私もあれほどの言霊を文で描けるようになりたいです…」

 

「文学者になりたいのか?」

 

「私はきまぐれ屋。ただ文を描く才能があったみたいだから…契約したんです」

 

「きまぐれ過ぎるだろ…。それで?文を描く才能を極めてみたいのか?」

 

「私は言霊を文で綴れる者になりたい。だけど…今の私は魔法頼り…和歌や本を読んでるけど…」

 

「それだ」

 

「えっ?」

 

「本を読んで満足するから経験にならない。実践しないから知った知識に深みが生まれない」

 

「読書では教養にならないと言うんですか?」

 

「英語を6年間習っても日本人は英語すら話せない。本なんて読ませるから身につかないんだ」

 

「習うよりも…実行することが大切だと言いたいんですか?」

 

「この世の本質は経験。平面よりも立体。書き物や言葉でも経験とタイアップすると立体になる」

 

「そ…そういう仕組みだったんですね。深みがないと沁み込まない…水と同じです…」

 

「頭の中で解ったつもりにはなるな。俺は行動で実行していく者だ」

 

「どうりで貴方の言霊には私にない力があるはずです。私はこの街の差別を黙認した者だし…」

 

「修正していけばいい。お前もまだ若い、人生はこれからさ」

 

「フフッ♪嘉嶋尚紀さん…私…あなたの事が気に入りました。これからも宜しくね」

 

「吉良共々、よろしく。私は歴史が大好きなの…今度、歴史の背後にいた悪魔について…」

 

「それについてはヴィクトルにでも聞いてくれ。俺だってこの世界の悪魔に詳しいわけじゃない」

 

「嘉嶋さんって、凄くスタイリッシュな戦い方ですよね!アクション映画好き?」

 

「まぁ…嫌いじゃないが…」

 

「なるほど!今度オススメのアクション映画について色々お話ししようね!」

 

「どうしてそうなる…?」

 

賑わう周囲だが、1人だけ浮いているのは水樹塁である。

 

「あ…あの……」

 

「…今度は何だよ?」

 

「私…闇の覇王になりたいんです。あなたこそ、私の理想である…()()()()だと思います!!」

 

混沌の悪魔達以外でも混沌王と言われてしまったためか、尻が酷く痒くなったようだ。

 

「闇の覇王の素質について…えっと…色々ご教授してもらいたく…」

 

「そんな概念は周りの連中が勝手に作るもんさ。お前の道を進め。周りの勝手に踊らされるな」

 

「なるほど…それが覇王の素質なんですね!僕…また一歩、覇王の道に進めた気がする!!」

 

(……本当に痛々しい小娘だよ、コイツ)

 

住民達も集まってきて多くの人々から賞賛され、感謝の言葉が紡がれていく。

 

英雄だの救世主だのと呼ばれる尚紀の姿だが、英雄の表情は曇るばかり。

 

その顔は感謝を語った住民の数だけ凍てついていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

解放された頃には日も沈む。

 

クリスの元まで歩いてきた尚紀は扉を開け、受け取ったオレンジ薔薇を助手席に置く。

 

「……クリス、夜風に当たってくるから遅くなる」

 

「えっ…?何かあったの、ダーリン?」

 

「……行ってくる」

 

彼は理由も語らずクリスを置いて歩いていく。

 

工匠区を超える程にまで東に向けて歩いてしまい、気が付けば大東の団地街近くにいた。

 

「……英雄だの、メシアだの…勝手なことばかりほざきやがる…」

 

彼は確かに神浜市を救ったのかもしれない。

 

だが、彼がもたらした理屈によって日本が乗っ取られるというのも分かっていた。

 

「ああ言うしかなかった…。平等の概念を振りかざす者が…他の地域はどうでもいいでは…」

 

もしあの時、誰かがこう言えば彼は黙るしかなかった。

 

神浜の平等は語るくせに、他の地域の平等はどうでもいいのかよ?

 

そう言えば簡単にマウントを返せたのだ。

 

「俺や佐倉牧師…それにかなえ達から聞いた他の可能性宇宙の魔法少女の思想である環の輪は…」

 

――ナショナリズムを破壊する思想だったんだよ。

 

国や民族を守るためのナショナリズムはリベラル・グローバルという共産主義とは相性が悪い。

 

地域の人々の生活と幸福を優先しなければならないのに、他の地域住民の負担までやれという。

 

国土や経済規模が小さい国々において、そんな負担は最初から耐え切れない。

 

断れば和(環)を乱す差別国家だと罵倒するのが自由・平等・博愛という名の侵略行為。

 

「やちよの掲げたマキャベリズムこそが…国防における政治思想の正しさだったんだよ…」

 

だが彼は社会主義を掲げてやちよに言う。

 

自分達の社会ばかりを優先せず、人間社会も平等に扱えと。

 

社会主義を掲げる者が現れなければ魔法少女達の負担は軽かった。

 

しかし人間社会を優先しろで状況は変わる。

 

他の地域住民であり民族とも言える人間達を優先しなければならない苦しみを味わうのだ。

 

「博愛だの平等だのは地域や民族を守るのに弱い。環の輪によって…他の地域主権が脅かされる」

 

――()()()()()()()()()()()()()()が地域主権であり…国という地域を守る答えだったんだよ。

 

それを認めれば、今度は差別を撒き散らす西側の地域主権まで認めることになるだろう。

 

地域主権の名の元に、地域を攻撃してきた敵国ともいえる東側を断罪しろと叫ぶだろう。

 

そこに社会主義者が現れて、神浜市に根差した差別を超えろという負担を押し付けてくる。

 

博愛の名の元に西側地域主権は壊され、東のテロで犠牲になった人達の苦しみは踏み潰される。

 

「魔法という卑劣な手段を使わないで超えられる考えが…見つからなかった…」

 

彼の頭に浮かんでいくのは奇跡という名の洗脳魔法が使えない頃の佐倉牧師。

 

「あんたは正々堂々とした覚悟を見せて…対話による変革を望んだはず。…俺も背中を追ったよ」

 

なのに結果は佐倉杏子の奇跡で信者を会得した頃と変わらない現実が彼を苦しめる。

 

大東区団地街の入り口前まで歩いてきた彼の両膝が崩れ、膝立ちとなってしまう。

 

「何が英雄だ…何がメシアだ……」

 

――私は、彼らにとって真実でない事を信じさせようとした。

 

「俺は……俺達は……」

 

――私のやってきた事は……。

 

「悪魔の如き……()()()()()()()でしかなかったんだぁ!!!」

 

蹲り、震える背中を晒していく。

 

自責の念に堪え切れなくなり、尚紀の心は佐倉牧師と同じように壊れようとしていた。

 

「尚紀……さん?」

 

知っている人物の声が聞こえ、濁った瞳を向けていく。

 

近寄ってきていた人物とは私服姿の八雲みたまだった。

 

「み……みたまか…?そうか…俺は……団地街にまで…歩いて来てたのか?」

 

「大丈夫なの…?どこか苦しいの…?」

 

「…なんでもない、なんでもないんだ…」

 

「そんな訳ないでしょ!ほら、手を出して…」

 

彼女の手が差し伸べられ、渋々手を掴んで引き起こしてもらう。

 

「…ただの仕事疲れだよ。夜風に当たってたら紛れると思って…歩いてた」

 

「そう…尚紀さんも社会人だったわね。探偵の仕事はよく知らないけど…辛い仕事のようね」

 

「……まぁな」

 

「向こうに団地街の公園があるの。そこで少し休まない?」

 

「いや…俺は……」

 

「それにね……貴方に…伝えたいこともあるから…」

 

俯いてしまうみたまを見て、彼は怪訝な表情を浮かべる。

 

俯いている表情はどこか頬を染めているようにも見えた。

 

心配かけさせまいと彼は黙って彼女の後ろをついていく。

 

噴水広場の前まできた時、みたまが振り向いてくれた。

 

「どうした……?」

 

俯いたままのみたまに向けて心配の声をかけてくれる。

 

彼女の肩は震えており、緊張しているようにも見えた。

 

「…どうしよう。歩きながら何を言おうか考えてたのに…胸が苦し過ぎて…何も思い浮かばない」

 

「お前の方こそ体を大事にしろよ」

 

顔を上げていくみたまの瞳は潤んでいる。

 

「おいっ?」

 

駆け寄ってきた彼女が尚紀の胸に抱き着き、顔を埋めてくる。

 

「ありがとう…ありがとう…私達を救ってくれて……本当にありがとう……」

 

――あなたこそが…世界を呪った私たち調整屋の……希望だった…。

 

震えて啜り泣き初めてしまうみたまの姿だが、彼は先程語られた言葉の内容が引っかかる。

 

(世界を呪った…調整屋?どういう意味なんだ…?)

 

……………。

 

落ち着いて離れてくれた彼女に向けて彼は質問する。

 

彼女は重い口を開き、彼女が魔法少女としてどんな願い事をして契約したのかを語っていく。

 

「…車の中で語ってくれた人間達に対する憎しみ。それが契約にも繋がってしまったか」

 

「私は…夢と希望を叶える魔法少女なんかじゃない。人々に呪いと絶望を欲した魔法少女よ…」

 

「あの神浜テロはお前の望みが叶った光景だと言いたいのか?」

 

「そうかもしれないし…今となっては分からない。私の望み通り…神浜に呪いと絶望が訪れた」

 

懺悔の気持ちが隠せないのか、尚紀に向けて自分の憎しみがどれだけのものだったかを語り続ける。

 

「燃え上る街を歩いていて…後悔したわ。あんな地獄を望んでしまったのだと…自分を呪ったわ」

 

「…お前もエゴに飲まれたか。俺も怒りの炎を撒き散らし…大勢の魔法少女達を絶望させたよ」

 

「…私は罰を欲した。だからこそ、私は貴方に裁かれたいと…ずっと一緒にいて欲しいと…」

 

「それももう必要ないだろ?神浜市の差別の歴史は終わり、お前の憎しみの原因もまた消える」

 

「おかしな話よね…?裁く者の貴方が…私が呪い続けた街を救ってくれるだなんて…」

 

「…この街で多くの人と出会えた。それによって俺もまた過ちを正せた。感謝している」

 

「私もよ…。貴方がこの街に来てくれたから…貴方と出会えたから…私は本当に救われた…」

 

頬を染め、また俯いてしまう。

 

彼女を見守っていたが、か細い声が夜の公園に響く。

 

「ねぇ……尚紀さん」

 

「…なんだよ?」

 

「私もね……令ちゃんに負けたくない」

 

「どういう意味だよ?カメラマンとしてなら令の方が…」

 

「そういう意味じゃない……()()()として、負けたくない…」

 

顔を上げたのは真っ赤な表情をして瞳を潤ませたみたまの姿。

 

「裁く者として…ずっと一緒にいる約束は終わると思う。だからね…今度は…今度はね……」

 

朴念仁な尚紀ではあるが、流石にこの状況には気が付いてしまう。

 

彼女の口から語られる言葉は今の尚紀に言うべきではないのだが、それでももう止められない。

 

「私の()()()()として…ずっと傍にいて。私…あなたのことが…」

 

――大好き…です…。

 

……………。

 

告白してしまったみたまは恥ずかし過ぎて顔を俯けてしまう。

 

肩を震わせてしまうのは断られた時を想像する恐怖心からなのかもしれない。

 

震えながらも告白した相手の返事を待ち続ける。

 

待ち続ける。

 

待ち続けるのだが?

 

「……尚紀さん?」

 

顔を上げて彼を見た時、みたまは驚きを見せた。

 

尚紀の全身は震えあがり、顔面は蒼白となっている。

 

濁った目をしたまま震える唇から低い言葉が出てしまう。

 

「…よせ……やめろ……やめてくれ……」

 

「どうしたの…?私…何か貴方に悪い事でも…」

 

「俺は…俺は人から…好かれるような…男じゃないんだ……」

 

「な、何を言い出すの……?一体何が貴方をそこまで……」

 

近寄ろうとしてくるみたまに対し、震える片手を向けて制止させてくる。

 

俯いてしまう彼はもう片方の手で顔を覆ってしまう。

 

もうこれ以上、偽りの英雄の姿を大事な人達に見せたくない仕草にも思える。

 

「俺は…人々から罵倒されるべき男なんだ…!!」

 

――希望の光なんかじゃ……ないんだよぉーーーッッ!!!!

 

彼は逃げるようにしてみたまの前から姿を消していく。

 

「待って!!何が貴方をそこまで苦しめているの…お願いだから待ってーっ!!!」

 

追おうとしたみたまだが彼の全力疾走によって見失ったようだ。

 

「尚紀さん…どうしちゃったのよ……。お願い…行かないで……」

 

暗い夜道の世界に消えてしまった愛する人の姿。

 

暗い夜道の光景は彼の心を表すかのようにして不気味さを彼女に感じさせた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

何処かの路地裏。

 

壁にもたれかかっている男は両足を広げて地面に寝そべるかのようなだらしない姿を晒す。

 

周りにはウィスキーの酒瓶が何本も転がっており飲み干されている。

 

「ヒック……どいつも…こいつも…俺を勝手に…希望の光だとか言って…祀り上げやがる」

 

袋の中の酒瓶を手に取り、蓋を開けて飲み始める。

 

口から漏れ出るような雑な飲み方をしていた彼なのだが無理が祟ったようだ。

 

「ぐっ!!?」

 

強烈な吐き気に襲われ、堪えるかのようにして地面に倒れ込む。

 

体を痙攣させていく堕落した男。

 

その姿はまるで心が壊れてしまった頃の佐倉牧師だった。

 

「ハァ…ハァ…ハァ……」

 

吐き気を堪えたようだが、また酒瓶を拾い上げて残りを飲み始める。

 

飲み切った酒瓶を捨て、袖で口を拭きながら勘違いしている者達に向けての憎しみまで吐き出す。

 

「お前らは…()()()()()()。本当に英雄なのか…希望の光なのか…調べてもくれねぇ…」

 

都合のいい存在だけを欲する者達の姿は彼にとっては情報娯楽だけを求める者のようにも映る。

 

「フッ…ハハハ…こんな楽なことはない…。お前らは…追い込み猟で罠にかかる獲物も同然だ…」

 

周囲を包囲して獲物を囲むが出口を一つ用意しておく。

 

獲物は出口に向かって走り逃げ、出口に仕掛けられた罠によって捕らえられる。

 

「都合のいい答えばかりを求めて飛び込んでいく…。まるで…()()()()()()()のようだ…」

 

炎を運ぶ者。

 

そして今の人修羅は光を運ぶ者とも呼ばれるかもしれない。

 

ラテン語でルシファーを表す悪魔概念と瓜二つとなっている。

 

その者は暁の星の如く美しく輝くが、堕天して醜い悪魔王と化す。

 

神浜市に現れたバアル神は言葉を残した。

 

――子供は黙っていても…親に似てくるものだ。

 

悪魔として生んだ親、流れ着いた世界で育ててくれた親。

 

今の尚紀はどちらの親の姿にも酷似するだろう。

 

「俺が…子供のヒーローだと…?ククク……違うね…」

 

袋から酒瓶を取り出していく。

 

「欧州で移民に凌辱され…股から白いものを流しながら親に泣きつく少女達を知らないのかよ…」

 

蓋を開け、また壁にもたれながら座り込み飲み始める。

 

「俺は子供の強姦魔を喜んでこの国に招く英雄様だ!!ハハハ!!移民犯罪に乾杯だぁ!!」

 

乾いた笑い声を出しながらも飲み続けているとスマホの着信音が鳴り響く。

 

「もう深夜0時を超えてんぞ…おまけに知らない電話番号。まぁいい…酔っ払いが相手してやる」

 

誰であろうと構わないのか電話ボタンをスライドさせて通話を始める。

 

「誰だぁ~テメェ?」

 

通話相手は何も答えない。

 

「シカトすんならもう切るぞ~…」

 

電話を切ろうとした時、尚紀にとっては家族の声が聞こえてくる。

 

「……尚紀」

 

その声を聞いた瞬間、急激に酔いが冷めていく。

 

「杏子……か?」

 

「この前、見滝原で会ったばかりだろ?なんだか…何年も見かけなかった人物のように語るな?」

 

家族の声を聞いた瞬間、この世界に流れ着いた頃の記憶が脳裏を過る。

 

「…テレビ見たよ。久しぶりに電話をしてみようかと思ったのは…アンタを懐かしく思ったから」

 

風華がいて、佐倉牧師がいて、佐倉牧師の妻がいて、義妹とも言えた姉妹がいてくれた。

 

「演説していた姿…カッコよかったよ。まるで…死んだ父さんみたいだった…」

 

新しい家族や、大切な人と巡り合えた頃の幸せな記憶が巡っていく。

 

「尚紀の中に…父さんが生きている。なんだかさ…父さんは死んでなかったんだって気がして…」

 

「…………杏子」

 

震えた声を聞き、杏子は違和感に気が付く。

 

「俺は…佐倉牧師の姿なんかじゃねぇ…。おぞましい……悪魔なんだよ」

 

「ど…どうしたんだよ…尚紀?もっと自信持てよ…アンタは神浜を救った英雄だろ?」

 

「英雄だと…?押しつけがましい理想を俺に押し付けるぐらいなら…売国奴と呼べよ…」

 

彼の豹変ぶりを聞き、杏子の脳裏にフラッシュバックする。

 

心が壊れ、酒浸りとなり、家族に乱暴し、杏子を罵った佐倉牧師の姿が蘇ってしまう。

 

「やめて…くれよ…尚紀…!アンタ…そんな部分まで…父さんに似ることねーだろッッ!!」

 

「俺はもう…お前の家族…失格者だ…。いつでも敵討ちに来い…首を洗っておいてやる…」

 

「何言い出すんだよ!?アタシにはもう…新しい人生がある!!前に言っただろうが!?」

 

「頼む…頼むよ杏子…。俺は罪人なんだ…。みんなから英雄だなんて…言われたくねぇ!!」

 

「…何があったんだ?そっちの人達には語りたくないなら…アタシにだけは語ってくれよ…」

 

――こんなんでも、アタシはまだ…アンタの最後の家族なんだぞ?

 

尚紀の目から涙が零れ落ちてくる。

 

「…聞いてくれ…お前にだけは…語らせてくれ…。真実を知っても……」

 

――俺のことを……嫌いにならないでくれぇぇ……ッッ。

 

涙ながらに語っていく尚紀の姿を見かけるものはいない。

 

英雄だのメシアだのと賞賛された人物の栄光の姿など何処にも見えない。

 

その姿はまるで見捨てないでくれと人々に哀願する者の姿のようにも見える。

 

かつてダンテはこう言った。

 

――そんなんだから、お前はいつまでたっても()()()()()()()()()()なのさ。

 




変な時間に目が覚めたので投稿します。
みたまさんの青春モードですが、この話は原作まどかマギカのテーマを使う物語。
100%の善意によって、相手に呪いを与える救いの無さ(さやか&仁美展開)
人修羅君はとことん苦しむ、だってメガテン主役だし(汗)


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150話 国賊の剣

日曜日の朝。

 

ゴミ袋が集められている山の上に倒れ込むようにして寝ていた尚紀が起き上がっていく。

 

酷い二日酔いによってもたらされる頭痛に耐えながら街を歩いていると声をかけられたようだ。

 

「あっ!!」

 

視線の先にいたのは差別が解消される期待が大きい西側に出かけようとしていた月咲である。

 

「尚紀さん!テレビ見ましたよ!!」

 

駆け寄ってきた時、月咲は感じるだろう。

 

「ウチ…本当に嬉しかった!尚紀さんが叫んだ言葉は東の人達の……うっ!?酒臭い…」

 

酷い酒臭さを浴びたせいか顔を歪めてしまう。

 

「……そうだ。そういう顔つきで俺を見るべきなんだよ…」

 

「ど、どうしたんですか…?浴びる程の酒を飲まないと…こんな風にはなりませんよ?」

 

「お前には関係ない。それよりも…ここいらで一番近い駅は何処だ?」

 

「工匠区の駅ですか…?工匠区は駅が少なくて、橋を渡って参京区に入った駅の方が近いです」

 

「……分かった。…ありがとう」

 

月咲から送られる感謝の言葉も受け取らずに歩き去っていく。

 

「尚紀さん…どうしたんだろ?何か…嫌な事でもあったのかな…?」

 

怪訝な表情を浮かべながらも神浜を救った英雄の背中に向けて深々とお辞儀を向けてくれた。

 

……………。

 

北養区の街を歩く人物達がいる。

 

「えへへ…尚紀さんが喜びそうな品は分からないから、実用的な品でいいですよね?」

 

「ん…。尚紀は探偵だし…仕事着はネクタイ姿だから…贈り物はネクタイでいいと思う」

 

「本当に…凄い人です。ボク…あの人と出会う運命を与えてくれたこの世界に…感謝してます」

 

「あたしも気持ちは同じ…。魔法少女やってた頃に…出会いたかったな」

 

プレゼントを包んだラッピング袋を抱えて歩くのはメルと付き添いのかなえのようだ。

 

彼女達は尚紀の家がある丘の方に向けて小高い坂道を歩くのだが素っ頓狂な叫びが聞こえてくる。

 

「ちょっと~あんた達~~っ!!」

 

道路を走ってきたのはクリスのようだ。

 

2人が歩く横道に停車して悪魔同士の会話を始めていく。

 

「アタシのことはダーリンから聞いてるでしょ!?ちょっと聞きたいのよ!!」

 

<クリスさんでしたっけ?あと、普通に悪魔会話をするのは勘弁して下さい…>

 

<念話を使って…。普通の会話だと…あたし達は車に話しかける変人に見られるから…>

 

<あっ……それもそうね。ごめんなさい>

 

<聞きたいことって何ですか?>

 

<昨日の夜からね…ダーリンが帰ってきてないのよ!!>

 

クリスの報告を聞いた2人は驚愕に包まれた表情を浮かべてしまう。

 

<どういう…ことなんですか?最後に尚紀さんを見たのはいつです!?>

 

<工匠区の駐車場で見たのが最後よ。夜風に当たりに行くとか言って東に向かったけど…>

 

<大東区方面に…?尚紀の様子に…何かおかしい部分はなかった?>

 

<凄く…落ち込んでいる様子だったわ。東連中が大勢集まってきててね、英雄様万歳合唱よ>

 

<ボクもその場にいたかったんだけど…プレゼント品を漁りに買い物に出かけてました…>

 

<尚紀がいつまでも帰ってこないから…家に戻ったというわけだ?>

 

<ネコマタから尚紀に連絡してもらったんだけど…ダーリンったら、スマホの電源切ってるわ>

 

<余程…人を遠ざけたい状態だということですね…>

 

<うちも新入り含めてダーリンの捜索に出向いてもらってる。しっかり者に見えて…繊細よね>

 

<そうなのかも…しれないですね。ボク達…あまりにも尚紀さんに頼り過ぎてたのかも…>

 

<無理させ過ぎたのかな…。尚紀にしか出来ないことはあるけど…だから苦しめてたんだね…>

 

<あんた達と出会えたのは僥倖よ!ダーリンから聞いてるわ、メル君だっけ?>

 

<もしかして…ボクが手に入れた予知の力を頼りにしたいとか?>

 

<モチのロンよ~!ダーリンの居場所をヨチヨチしてあげちゃって~!!>

 

<あたしからもお願いするよ、メル>

 

<分かりました。視てみますね>

 

両目を閉じ、こめかみに指を当てて意識を集中する。

 

「……どう?視えてきた?」

 

「これは…電車内の景色です」

 

「電車…?尚紀は電車に乗って…何処に向かってるんだろう?」

 

「ボクは電車オタクではないから…この電車がどの鉄道路線で使われてるのかは分かりません…」

 

「電車内から見える景色で何か分からない?」

 

「ボクは電車で旅をすることもなかったので…正直分かりませんね…」

 

「そっか…電車に乗って何処かに向かっているという情報しか分からないな…」

 

状況を把握したクリスは落胆の色を浮かべてしまう。

 

<ボク…尚紀さんにプレゼントを持っていく途中だったんです。それがこんな事になるなんて…>

 

<気持ちだけで十分ダーリンは喜ぶわ。帰ってきたら、ちゃんと渡してあげなさい>

 

<力になれなくてごめん…。あたし達もどうにかして探してみる>

 

<ありがとう♪ダーリンが生き返らせてもいいって言うぐらいの子達だと分かって嬉しいわ>

 

尚紀を捜索するためにクリスは再び発進していく。

 

不安な顔を浮かべるメル達も彼の行方が心配で溜まらないのか後悔の言葉を語ってしまう。

 

「尚紀さん…辛かったのなら言ってくれたら良かったのに…」

 

「もしかして…辛いからこそ、誰かに打ち明けに行ったとか…?」

 

「それも考えられますね…」

 

不安そうに空を見上げる者達。

 

不安を抱える者達の姿はここだけではなかったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

竜真館の道場内で正座しているのは神浜魔法少女社会の新たなるリーダーの姿。

 

常盤ななかは目を瞑り、考え事を繰り返している。

 

「………はぁ」

 

答えが出ないのか深く溜息が出てしまう。

 

人の気配を感じたのか後ろに振り向くと見知った人物が立っていた。

 

「かこさん…?それに貴女は…観鳥さんじゃないですか?」

 

玄関先に立っていたのは仲間の2人。

 

「多分…こちらにいらっしゃると思って来ました」

 

「観鳥さんは…何か私に用事でしょうか?」

 

「夏目ちゃんだけでなく…常盤ちゃんも気が付いてるんでしょ?」

 

「どういう意味でしょうか?」

 

「ななかさん、観鳥さんはですね…尚紀さんの演説の正体に気が付いた人です」

 

「…そうでしたか。よく気が付かれましたね?」

 

「観鳥さんも最初は感動してた…。だけど、最後の部分だけは看過出来なかったんだ…」

 

「流石は政治ジャーナリストを目指す卵です。では…貴女もお悩みになってるのですね?」

 

「うん…。答えが出ないまま迷ってたら…夏目ちゃんに声をかけられてね」

 

「同じ悩みを抱えている者同士で相談し合いながら答えを出そうかと…」

 

「有難いです。私も独りで考えてましたが何も答えが出ないままでした…」

 

「それじゃあ、上がらせてもらうね」

 

「明日香さんからは許可を貰ってますのでどうぞ。それと…貴女達はつけられてましたね?」

 

「「えっ?」」

 

意味が分からなかったが背後から感じる魔力に気づく。

 

「ええっ!?い…いつの間にいたんですか…美雨さん?」

 

立っていたのは2人の後を追っていた美雨だったようだ。

 

「固有魔法を使て尾行してたネ。行儀が悪いことして悪かたヨ」

 

「そんな真似までして…観鳥さん達を尾行してきた理由は?」

 

「オマエ達がさき話していた内容ネ」

 

「あっ……」

 

「あの時…私達はナオキの演説に感動してたヨ。だけど最後の部分で令の表情に変化が見えたネ」

 

「バレてたか…。流石は裏社会を渡ってきた美雨さんだよ」

 

「何も語らず、不安そうな表情で帰る令が気になてたネ。隠し事してるとピンときたし」

 

「…バレてしまっては仕方ないですね。美雨さん、私がお伝えしますのでお上がりください」

 

「お邪魔するヨ」

 

4人は集まり、ななかが語っていく。

 

真実を聞かされた美雨は驚愕し、顔には冷や汗が流れ落ちる。

 

「…そういう手口だたカ。そして…ナオキが語た理屈は…落とし穴があたと言うカ?」

 

「この手口によって今…世界中の国々が荒らされているのです」

 

「酷いもんだよ…。欧州は既に移民天下の状態で、公共施設も移民文化で作り替えられてる」

 

「今のロンドンを知ってますか?まるでイスラムの国を見ているかのような有様ですよ…」

 

「ナオキの人権宣言は…移民にとて、都合が良すぎたというわけカ…」

 

「移民と自国民との間で激しいいがみ合いが起き、それが憎悪として国民に向けられるのです」

 

「この問題は神浜とて例外じゃないネ。移民は増え続けてる…南凪区一極化集中では収まらない」

 

「移民はポリコレという人権と多様性の政治によって守られ、欧州は移民の植民地となったんだ」

 

「ナオキの人権宣言は素晴らしい博愛と道徳精神ネ…。だけど…だけど……」

 

「はい…。博愛や道徳では守り切れないものがあるんです。それこそが…地域主権なのです」

 

「私…移民とのトラブルは多くを見てきたネ。そして…連中を摘まみだそうとすると…」

 

「蒼海幇は極右を掲げる差別団体…。そういう扱いを国から受ける危険性が大きかったのでは?」

 

「これが…平等なのカ!?平等という素晴らしい博愛によて…国が壊れるなんて…あんまりネ!」

 

「異なる存在の人達とも仲良くし…慈しみ…みんなで手を繋ぎ合って和(環)を築くってね……」

 

――そもそも…不可能なんだよ。

 

「…経済とは()()()()()()。移民に仕事を奪われたら国民が怒り…国民に奪われたら移民が怒る」

 

「憎悪しか…もたらさないんだ。だから移民を受け入れて成功した国なんて…なかったんだよ…」

 

重苦しい沈黙が場を支配していく。

 

「社会主義は地域限定にするべきです…。それこそが静香さん達が掲げてきた国家社会主義です」

 

「社会主義をグローバル化させるのが共産主義…それを推し進める国連は共産主義組織なんだ…」

 

「神浜は…神浜はどうなていくネ!?ナオキがもたらした思想によて…何が起こるカ!?」

 

「憎しみの連鎖は終わらないのです…。今度は東が相手ではなく…移民が相手となるでしょう」

 

「ナオキ…オマエはそれが分かてて…分かてた上で…神浜人権宣言を掲げたのカ…」

 

「尚紀さんは…間違っていたのでしょうか?私には……答えが出せません」

 

「観鳥さんも…出せないよ。平等を掲げた人権宣言のお陰で東が救われたのは…事実なんだ」

 

「神浜を救った英雄なのは事実です。ですが…それと同時に、新たなる災厄さえもたらす者…」

 

周囲が静まり返り、皆が俯いてしまう。

 

ショックで体が震えていた美雨であったが顔を上げ、決断した表情を向けてくる。

 

「……これはもう、()()()()()()()()()()()()と思うヨ」

 

「美雨さん……」

 

「ナオキは差別を黙認しないで戦てくれた…。弊害もあるけど…それでも間違えてないヨ」

 

「そ…それは……」

 

「そうです…よね…。神浜魔法少女社会に対してだって…やり方こそ間違ってましたが…」

 

「神浜の魔法少女達を批判してくれたお陰で…やり直すキッカケとなってくれた…」

 

「楽な道しか求めない魔法少女や人間は多い…。それでもナオキは…命を張てくれたネ」

 

「誰かの尊厳を守り抜く人であり…同時に目的のためなら手段を選ばない暴君でもある…」

 

他人を思いやれる優しい男。

 

目的のためなら手段を選ばない暴君。

 

人修羅と呼ばれる悪魔は秩序(LAW)なのか?混沌(CHAOS)なのか?

 

魔法少女達は選択を迫られる。

 

「世界なんて救いようがないと切り捨てる…それに反逆した男ネ。こんな男…今までいなかたヨ」

 

「私…尚紀さんを怖がってしまいました…。もしかしてあの時も…尚紀さんを傷つけたのかも…」

 

「光をもたらすと同時に闇をもたらす人…か。どっちが正しいのかな?観鳥さん…分からないよ」

 

美雨は立ち上がり、両足を肩幅に開いて両手を動かす。

 

「美雨さん…その構えは…?」

 

左手を頭上に掲げ、右手を下に向ける正中線の構えを皆に見せてくる。

 

「…見ているネ」

 

空手の回し受けと似ているような動き。

 

左右に大きく両腕を回し、そのまま両腕でS字を描くような型には見覚えがある者がいた。

 

「その動きは…太極拳ですか?」

 

左右の手が逆になった正中線の構えで描かれたのは陰陽太極図。

 

「攻めの手と守りの手は同時に存在するヨ。拳法は()()()()であり、万物の在り方ネ」

 

「光があれば…影もまた…同時に生まれる…?」

 

「傷つける事もあれば…傷つけられる事もある…。同時に備えるのが…陰陽理論?」

 

「ナオキが言た太極の根源とは…()()()()()。私達は常に…陰陽のコトワリの上で生きているヨ」

 

「私達は陰陽を見つめながら…どちらが正しいかと悩んでいただけ…?」

 

「人は陰陽を観測する者…だから流されやすいヨ。常に心を中庸に保ち、陰陽を取り扱うべしネ」

 

ななか達の表情から迷いが消えていく。

 

「す、凄いです美雨さん!私…陰陽理論に感動しました!!」

 

「フフッ、流石は美雨さん。あの嘉嶋さんの口から完敗だって言わせるぐらいの魔法少女さ♪」

 

「ウフッ♪私はきっと…太陽の光から生まれる影なんていらないって…我儘を言ってただけです」

 

「…ほ、褒めても何も出せないヨ!それに…拳法ではまだナオキに勝ててないネ!」

 

みんなから太鼓判を押された美雨は赤面しながら床に座り込んでしまう。

 

「私…尚紀さんに謝りに行きたい…。顔には出さなくても…苦しんでると思います」

 

「せめて…事情を知っている私達だけでも理解者になってあげたいですね…」

 

「中庸の徳たるや、それ至れるかな…孔子の言葉ネ。私達だけでも…ナオキを分かてやりたいヨ」

 

「それが中庸(NEUTRAL)の道…か。観鳥さんもジャーナリストとして…そうありたいね」

 

彼女達は道場に掛けられていた掛け軸に視線を向ける。

 

道場主である明日香の父自らが書道したもののようだ。

 

「心正しからざれば剣また正しからず…。心の正しさとは…()()()()()()()()だったのです」

 

「皆がナオキを悪者扱いして罵倒することになっても、私は正しいと言える勇気…()()()()ネ」

 

「一般的な意見に惑わされない中庸の心…竜城さんのお父さんもそれを目指してたんだね」

 

「ノルウェーの劇作家であり、近代劇の父であるヘンリック・イプセンの言葉と同じです…」

 

――この世で最も強い人間は、孤独の中でただ一人立つ人間だ。

 

自分を見失わず、孤独に耐えて立ち続ける強い意志を持った人間を目指す道。

 

彼女達が選んだのは秩序でも混沌でもなかった。

 

陰陽だけでは偏った見方しか出来ず、相争うだけの未来しか築けない流される道。

 

だからこそ尚紀は叫んだのだ。

 

三つ目の概念を生み出し、バランスを産みたいと。

 

それこそが彼がもたらしたルシファーの宇宙的啓示。

 

LAW・NEUTRAL・CHAOSの勢力は、()()()()()()()()()()と啓示したのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

東京。

 

平将門の首塚に向けて歩く人物とは二日酔いに耐えながら歩く尚紀である。

 

「ここしばらく…将門のところには顔を出していなかったっけ…」

 

久しぶりに訪問しようと遠出してきたようだ。

 

首塚に登るため石段を上っていると違和感に気が付く。

 

「な…なんだ…これは…?」

 

周囲の景色が歪んでいきホワイトアウトしていく光景に動揺を浮かべるが見た事もある景色である。

 

「あれはかつての世界において…将門の領域に入った時の光景だ」

 

世界に色が戻っていくとそこは薄暗い場所。

 

「坂東宮…再び来ることになるとはな。だが…以前に見た景色とはかなり違うな…」

 

広大な闇の世界に見えたのはあまりにも巨大な武家屋敷。

 

「俺をこんな場所に引きずり込むとは…何を企んでいる…将門?」

 

朱色に染まった鳥居を潜り、武家屋敷方面へと歩いていく。

 

屋敷内に入り、蝋燭の明かりを頼りに屋敷の回廊を進んでいく。

 

「似たような景色ばかりが続く武家屋敷って…方向感覚が分からなくなっていくな…」

 

畳の部屋に入って襖を開いて進んだり、曲がり角の多い廊下を当ても無く進む。

 

地下に下りる階段を降り、先に進んでいく。

 

「地底洞窟か…?」

 

滝に沿うように地底洞窟の道が続き、川には灯篭の明かりが灯っている。

 

洞窟の奥まできた尚紀は両開きの入り口を開ける。

 

「ここは……」

 

大きな地底湖の中央に見えた社こそ、かつての坂東宮の中央に位置した将門公が祀られた社。

 

階段を下りていき、地底湖の中央に聳え立つ社の領域へと入ろうとすると何かに気が付く。

 

「これは…結界だな?かなり厳重に張られている…さっきまでの領域といい…どういうことだ?」

 

怪訝な表情を浮かべていた時、将門の声が頭に響いてきた。

 

<久しいな、人修羅よ。何用か?>

 

<あんたに…聞いて欲しいことがあった。それと…この迷路のような領域は何なんだよ?>

 

<…賊共が東京に現れておる。これはそのための守りなのだ>

 

<賊共…だと?>

 

<汝がここまで来れたのは正解の道を我が与えた為。賊共が入れば手荒い歓迎となるだろう>

 

<なるほどな…。俺をそっちに入れてくれるか?>

 

<鳥居の結界は既に解けている。入るがいい>

 

幾重にも連なる朱色の鳥居を超え、将門の社の中へと入っていく。

 

社の中は神域の如き異空間となっており、奥底まで続く社内の鳥居の向こう側は異次元空間だ。

 

「再び…この場所に訪れる日が来るとはな…」

 

鳥居の奥底から近付いてくるのは、神の如き強大なる怨念。

 

現われし存在とは天皇の朝廷に対抗し、東国の独立を標榜して新皇と名乗った豪族。

 

「…その出で立ち。サムライとしてのあんたの姿を見るのは…初めてだな」

 

漆黒の全身甲冑を纏い、髷を下ろして後ろ髪を伸ばし、青白い顔には歌舞伎化粧を纏う存在。

 

日本三大怨霊の一つとして数えられ、禍々しい祟神であると同時に明神でもある御姿。

 

桓武天皇の血筋を持ち、新皇を名乗る資格は十分持っていた存在。

 

一千年の時を超えて関東を守護せし猛将…平将門公だ。

 

「その姿こそが…本来のあんたの姿ってわけかよ」

 

凍てつくような覇気を全身に感じ、人修羅としての尚紀でさえ冷や汗が浮かぶ。

 

「…賊共に備えるため、我もまた警戒している」

 

「賊共っていうのは…?」

 

無言の態度を向けてくるのは彼に語るべきかを迷っているのだろう。

 

「俺はまだ東京の守護者としての自分を捨ててはいない。聞く権利があるはずだ」

 

「…そうだな。守護者として知るべきであろう」

 

将門は語っていく。

 

かつて西洋からやってきた神々達から託されたものについてだ。

 

「馬鹿な……この世界にも存在していたというのか!?」

 

「そうだ。我が千年を超えて守ってきたのは邪教の秘術を行う施設……邪教の館だ」

 

「どうしてそれをもっと早くに教えてくれなかった!?」

 

「…西洋からやってきた神々との約定があったからだ」

 

「約定だと…?」

 

「邪教の秘術を求める者は太古の昔から多い。悪魔召喚士、魔法少女…あらゆる邪な者達が集う」

 

「あんたは…そいつらに見つからないようにするために隠し通してきたのか?」

 

「そうだ。だが…邪教の秘術文献の断片によって館と同じ施設が生まれているのは知っている」

 

「業魔殿のような施設か…」

 

「古の約定有る限り、我は邪教の館を表に出すつもりはなかった。しかし…」

 

「……ついにその存在を突き止めた連中が現れた。そいつらが賊共ってわけか…」

 

「彼奴らはダークサマナー。悪魔合体施設を求めるのは道理というものだ」

 

「まさか…イルミナティ共か!俺も守りたい…邪教の館は何処に隠されてたんだ?」

 

「我の首塚と並ぶようにして存在している我ゆかりの寺社を繋ぎ、結界を張って封印してきた」

 

「聞いた事がある…あんたの首塚を通して東京に描かれた()()()()か」

 

「北斗七星結界は各寺社で祀られた神鏡が起点となり張られている。我の力を宿す鏡だ」

 

「ダークサマナー共はその鏡を破壊したがっているというわけだな。守りはどうしてる?」

 

「何度か小競り合いが起きたが全て蹴散らした」

 

「もしかしてこっちの世界のあんたも、あいつらに守護されているのか?」

 

「無論だ。我の守りを貫きし剛の者達とは仏法の守護神である四天王達だ」

 

「どうりで蹴散らされるわけだ…。多聞天でもある毘沙門天は元気にしていたか?」

 

「汝に会いたがっていた。毘沙門天とそれに続く鬼神達。そして我の七体の影が防御を固める」

 

「それだけの布陣を敷かれればイルミナティだって手を出してこれなかっただろうな」

 

「汝も結界を守りに来るのはいいが…汝は神浜と呼ばれし地域に住居を移したのだろう?」

 

「知っていたのか…?」

 

「彼奴らはいつ攻めてくるか分からない。東京在住ならまだしも、神浜から間に合うのか?」

 

「そ、それは……」

 

「案ずるな、ここは我らが防御を固める。汝は今まで通りで構わん」

 

「俺が神浜に引っ越して…良かったのか?東京の一大事だっていうのに…」

 

「神浜と呼ばれる地域とて関東。関東の守護神である我が守らねばならない地域なのだ」

 

「すまない…二足の草鞋を履く羽目になったな…」

 

「東京を忘れなければそれでいい。それで…汝の要件というのは?」

 

「……聞いてくれるか」

 

尚紀は重い口を開き、語っていく。

 

将門でなければ今の彼の苦しみは分からないと感じたからこそここまで来た。

 

今の尚紀は将門と同じ立場である。

 

国の民を守ってきた守護者が謀反を起こし、民を苦しめる人権宣言を行った国賊であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

辛い表情を浮かべたまま語り続ける尚紀の言葉を将門は聞いてくれる。

 

思うところがあるのか、その目が閉じられていく。

 

まるで人間として生きた頃の記憶を思い出していくかのようにした姿を見せた。

 

「俺は確かに神浜を救ったのかもしれない。だが、それと同時に俺は…移民を招いた逆賊だ」

 

黙して語らずの態度を続ける将門に向けて懺悔の言葉を繰り返す。

 

「移民を受け入れる環境を整えるのは国を売る行為だ。国の守護神として…俺を斬るか?」

 

重い沈黙が破られ、将門は重い口を開き出す。

 

「…かつて我も、国の政治を憂いて謀反を起こし…朝廷の敵となった武士だ」

 

「あんたの時代も…国の政治は腐敗していたのか…?」

 

「朝廷の要職は藤原氏が独占し、地方の政治は国司が横暴に振る舞ってやりたい放題であった」

 

「国の中央どころか地方の政治まで腐っていたのか…。今も変わらない…神浜もそうだった」

 

「民衆は朝廷から派遣された国司からの重税や労役に苦しめられてきた。民の敵だったのだ」

 

「……人間の歴史は繰り返しだな。救いようがない…」

 

「我は国司だけでなく、それを押さえない朝廷共にも憤慨し…乱を起こした」

 

「平将門の乱か…」

 

「傍若無人な国司共から印綬を奪って追放し、関東8か国を解放してきた」

 

「朝廷の悪政に苦しんでいた民衆を味方に付けられたから…あんたは新皇を名乗ったんだな」

 

「朝廷は祈祷による呪殺を目論んだが潰え、我を打ち取った者は誰であれ貴族にすると宣言した」

 

「…後の末路は分かる。連合軍の焦土作戦によって民は路頭に迷うが…嘆いていた理由は違う」

 

「…全ては我の力不足。我の治世を望んでくれた民草を…守ってやれなかった…()()()()()()

 

「…さぞ無念だったろう。あんたの気持ち…今の俺なら分かってやれる」

 

「難しいものだな…民を守る道は。…1・28事件の時、我が語った言葉を覚えているか?」

 

「優れた武将であろうとも、救えない存在は必ず生まれる…。あんたの事だったんだな…」

 

「…守ってやれなかった民草に向けて…詫びれる言葉などない。汝は我から…何を学ぶ?」

 

俯いて黙り込むが顔を上げ、決意を秘めた表情を将門に向ける。

 

「…繰り返させない。過ちは違った形となり、何度でも降りかかろうが…止めてみせる」

 

――そのためならば俺は……喜んで()()と呼ばれてやる。

 

彼の決意を聞けた将門の口元に微笑みが浮かぶ。

 

漆黒の鎧の腰に身に着けた刀を鞘ごと抜き、彼の前に翳すのだ。

 

「…未来の汝は()()()()()となるだろう。…受け取るがいい」

 

禍々しくも美しい輝きを放つ刀剣。

 

それはかつての世界でも手に入れたことがあった公の御剣。

 

関東の守護神が携えてきた霊刀であり、国の暴政を諫めし者が振るってきた剣。

 

将門の刀であった。

 

「俺に託してくれるのか?もう一度…あんたの刀を?」

 

「かつての世界以上に、今の汝はこの刀を持つに相応しい益荒男にまで成長してくれたな」

 

――嬉しいぞ…()()よ。

 

将門の意思を汲み取った尚紀は片膝をつき、両手を前に掲げる。

 

将門は彼の両手に託すようにして政治を諫めし者が振るうに相応しい剣を託してくれた。

 

両手で将門の剣を持つ尚紀は右手で柄を握る。

 

「…前に持った時よりも重く感じる。それに…手に吸い付く程の一体感を感じる…」

 

鞘から引き抜き、霊刀の刀身を解放する。

 

周囲に凍てつくような寒さと神々しさが放たれていく。

 

「日本刀の原型である古太刀か…。斬ることに重点が置かれている…」

 

腕を組んで見守る将門の口元には喜びの笑みが浮かんでいた。

 

「我の後継者よ。舞ってくれないか?」

 

同じ無念と同じ志を受け取った尚紀は迷いなく頷く。

 

「志は受け取った。見ていてくれ…国賊と呼ばれるだろう守護者が振るう剣舞をな」

 

……………。

 

かつてのボルテクス界以上に将門は人修羅を認めてくれた。

 

人修羅が振るった美しき演舞を見届けた将門は去っていく後ろ姿を見守りながら語りだす。

 

「…666の悪魔よ。汝が背負いしはルシファーの魂だけにあらず…我の魂をも背負うのだ」

 

踵を返し、異次元空間に戻るための鳥居の道を歩きながらも彼に託したい気持ちを語ってくれる。

 

「汝は憂国の烈士となりて戦うだろう。日の本の血筋ではない国家内国家だけが相手ではない」

 

――我の血筋の祖先であり、1300年間…日の本を支配してきた…渡来人一族ともな。

 

――その者達こそが、我が倒せなかった日の本の朝廷一族。

 

――()()()()()()()()()と、秦氏の宗教組織である神道…()()()()()だ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜行きの電車の中に立つ尚紀は窓の景色を見つめながらも新たなる力に思いを馳せる。

 

将門の刀は左手の収納魔法で収められ、いつでも抜けるよう手を開きながら感触を感じていた。

 

「大事な剣を託されたな…。それでも嬉しかったよ……あんたの気持ちを託してくれて」

 

神浜の景色が見えてきた時、彼はこんな言葉を口にする。

 

「俺はもう迷わない。たとえななか達が俺のペテンを周囲に漏らそうとも…恐れはしない」

 

駅のホームから下りた時、夕暮れの空を見上げながら己の迷いなき覚悟を見せてくれた。

 

「たとえペテンがバレて神浜の人々から国賊だと罵られても…恐れはしない」

 

――お前の道を進め。

 

――人には勝手な事を言わせておけ。

 

ダンテの言葉がまた浮かび、今はいないかつてのライバルに思いを馳せながら微笑む。

 

「ダンテ…俺もあんたと同じく吹っ切れた。周囲の人々から憎まれながら生きるのも…悪くない」

 

――俺は俺であればいいんだ。

 

――俺はたった独りでも戦い抜く。

 

――それこそが、人間の守護者としての…俺の生き方なのさ。

 

恐れを捨てて真っ直ぐ進む尚紀の足取りにはもう迷いはない。

 

この世で最も強い人間は、孤独の中でただ一人立つ人間である。

 

自分を見失わず、孤独に耐えて立ち続ける強い意志を持った人間こそが強いのだ。

 

それを伝えようとしてくれた仲魔こそがデビルハンターと呼ばれたダンテである。

 

魔界の悪魔達から裏切り者の息子だと呪われながら生きてきた者。

 

悪魔に襲われ人間にまで被害をもたらし人間から呪われながらも誇りを捨てなかった男がいた。

 

人修羅はダンテの背中に続くだろう。

 

人間としての誇り高き魂を追い求める男達の道はもう一度重なってくれたのだった。

 




やっと人修羅君も吹っ切れて、パワーアップアイテムも貰えたというわけです。
僕の物語は日ユ同祖論ネタを全開にするんで、時女一族編は地獄になるかも(汗)


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151話 ルシファーとバアル

年が明けて間もない頃。

 

招集がかかるまではお互いに実力を高めるための鍛錬に勤しむアリナと十七夜。

 

鏡の前で倒立、側転、バク転などのアクロバットを繰り返すアリナの姿。

 

「ふん~ふん~ふん~~っ♪」

 

ジンガのステップを刻みながら蹴り技、アクロバット移動などを駆使する演舞。

 

トレーニングルーム内のスピーカーからはアリナ好みのハイテンションなサウンドが続く。

 

「よっと」

 

側方宙返りからの猫宙返りを決め、着地と同時に体勢を回転させながら決めポーズ。

 

まるでダンサーのようにも見えるだろうが…決めポーズのセンスはよろしくない。

 

入り口付近から拍手の音が聞こえ、視線を向ける。

 

「素晴らしいじゃないか」

 

立っていたのは同居人の十七夜。

 

「シドからカポエイラを習いだして日も浅いというのに…ここまで身に付くとはな」

 

「それだけアリナが本気だってワケ」

 

「天才とはいるものだな…。集中力と吸収力が違い過ぎる」

 

「そっちのトレーニングは上達してる?」

 

「うむっ」

 

メイド服のエプロンポケットからスプーンを取り出し、アリナの方に向けて下手投げ。

 

「ぬんっ!」

 

超能力魔法のサイが使われ、スプーンは空中静止。

 

構えた右手に力が籠る。

 

「はぁっ!!」

 

右手が一気に握り込まれる。

 

空中のスプーンが一瞬でへしゃげ、小さな鉄屑に変化。

 

サイから繋げるサイオを鍛え、さらに威力を増した一撃となる『サイダイン』だ。

 

「ヒュ~♪その魔法を受けたら、マジカルガールも一瞬でミートボールだヨネ~」

 

「魔法少女や人間には超能力魔法は有効だ。しかし…悪魔が相手だと話が変わる」

 

「どういう意味?」

 

「超能力魔法は念動力とも言える念波を放ち相手を拘束する。その念波を悪魔は視認出来るのだ」

 

「アリナには見えなかったけど、デビルには見えちゃうんだ?」

 

「霊体や精霊まで観える連中の力は計り知れんものだな。狙うなら動きを止めてからしかない」

 

「あ、分かった。クドラクに仕返しとして仕掛けたら、避けられちゃったワケ?」

 

拗ねたように口をへの字にする十七夜を見て、アリナも苦笑い。

 

「まぁ…あれだけのスプーンを鉄屑に変えただけの成果はあったから、良かったんですケド」

 

キッチンに置かれたゴミ箱には、原型を留めないスプーンが山となって放り込まれているようだ。

 

「自分も色々と工夫している。超能力魔法は…こういう扱い方も出来るのだ」

 

人差し指と中指を揃えて構える。

 

指先から送られる念波によって、トレーニング部屋に置かれた器具が振動していく。

 

「ワ~オ…」

 

揃えた指を上に動かせば、トレーニング機器が全て空中に浮遊していく光景。

 

超能力魔法においては全体攻撃となる魔法である『マハサイ』だ。

 

「転がっている物体なら、いくらでも操れる。これを全部…君にぶつけてみせようか?」

 

「ちょっと!?ウェイ!!ウェイトゥ!!」

 

「フフッ♪冗談だ」

 

指を下に向ければ、トレーニング機器がゆっくりと下に下りて定位置に置かれた。

 

「超能力は便利なものだ。メイド喫茶で働いてた頃に使えたら…何人分の注文を運べただろう?」

 

「帰りたくなった?」

 

「…いや。失言だったな…すまない」

 

「それより、掃除が終わったからこっち来たんだヨネ?スパーリングに付き合ってくれる?」

 

「お安い御用だ。鍛錬用に使う乗馬鞭を持ってこよう」

 

部屋から出ていき、階段を上っていく。

 

鍛錬道具を持ち出すのに対し、十七夜はなぜか遊具室の中へと入っていった。

 

<<さまなぁ!さまなぁさんや!!>>

 

聞こえてきたのは男の声、しかも老人。

 

うら若い乙女が暮らす場所には似つかわしくない存在の声に対し、アリナは大きく溜息。

 

声が聞こえた方に歩いていくと…。

 

「ボケデビル。今度は何を無くしたワケ?」

 

そこにいたのは、赤い肌をした巨大な鹿…いや、鹿人だ。

 

3メートルはある巨体を持つ獣人であり、鹿の頭部を持ち、背には堕天使の翼を持つ存在。

 

「ワシの眼鏡を知らんかのぉ?人間の新聞は文字が小さくて老眼にはキツイわい」

 

「鹿の蹄な手のくせに、よく新聞なんて読むんですケド。眼鏡ならヘッドの上」

 

「ん?おお!あったあった!近くのモノほど忘れてしまうもんじゃ」

 

謎の獣人は眼鏡をかけ直し、リビングにまで行ってしまう。

 

「拾ったデビルで色々デーモン・マージングしたのはいいけど…あんなジジイデビルだなんて…」

 

【フルフル】

 

嵐と稲妻の伯爵であり、ソロモン王に封印された72柱の魔神の一柱。

 

地獄の26個軍団を指揮する序列第34位の地獄の伯爵である。

 

翼と、燃えるように赤い蛇の尾を持った鹿として描かれる存在。

 

婚姻をもたらしたり、厳重に隠された秘密を暴いたり、雷を落す力に優れている。

 

ただし、呪文によって強制されない限りは召喚者に本当のことは言わない性格のようだ。

 

「フルフルとかいうあの鹿…隠された秘密どころか、眼鏡さえ見つけられないんですケド」

 

情けない悪魔を仲魔にしたことに後悔していた時…。

 

<<んほぉぉ~~ッッ!!!もっとだぁーーッッ!!!>>

 

さらに男の叫び声が聞こえてくる、今度は若者のような声。

 

「あいつ…!縛り上げてやったはずなのに!!」

 

慌てて遊具室に向かうアリナの姿。

 

この高級ペントハウスに供えられた遊具室は特殊である。

 

オシャレな遊具が置かれているわけではない。

 

「五月蠅いんですケド!!」

 

扉を開ければ、中に広がっていたのは…前の持ち主の特殊性癖部屋。

 

まるでラブホで見かけるSMルームのような場所で叫んでいた存在とは…。

 

「も…もっと叩けというのか…?よく分からん趣味だが…そんな姿で楽しいのか?」

 

三角木馬の上にいたのは…亀甲縛りされて悶絶している男悪魔。

 

彼の背中をSMプレイで使うような乗馬鞭で叩いていたのは十七夜である。

 

「私は君を導きに参りました!この姿に惑わされてはいけません!!」

 

「自分もよく知らないのだが…こういうのは、あまり表に出さない方がいいのではないか…?」

 

「そんなことはない!!きれいは汚い!汚いはきれい!迷妄をやめなさい!!」

 

――すわっ!!

 

【アティス】

 

ローマ時代にトルコ方面のプリュギアで信仰された、死と復活を繰り返す美少年の姿をした神。

 

大地の植物の枯死と復活を司る存在であり、地母神キュベレの息子とも愛人とも呼ばれる。

 

キュベレが生まれた際に切除した男根は、地に落ちてアーモンドの木となったという。

 

その実がサンガリオス河神の娘ナナの体内に入り込んで身籠らせ、アティスは生まれた。

 

キュベレは自分の息子を愛人にしようとしたが冷たくあしらわれ、彼に呪いをかける。

 

呪われたアティスは発狂して自ら男根を去勢し、体を八つ裂きにして死んだ…狂神である。

 

「さぁ!もっと私を痛めつけるのです!!愉悦とはいつだってタブーの先にあるのです!!!」

 

全身ミイラのような包帯姿のまま、二本角が生えた変態神はおかわりを所望。

 

「この変態デビルを甘やかしちゃダメだって言ったんですケド!」

 

アリナの飛び蹴りが決まり、三角木馬から落下する変態の姿。

 

「はっ!?ここはどこ、私は誰アルか!?この懐かしい痛み…貴女様は私の女王様アルか!?」

 

…今一口調がハッキリしないのが、狂神と呼ばれる神々の特徴なのだろう。

 

「シャラップ!!キューブの中で大人しくしてるか、ここで大人しくしてるか選ぶワケ!」

 

「そんなことより聞いて欲しいでございやがります」

 

このオレいわゆる異邦人系口調の流暢且つ冗長なマシンガントークはこのようにくどくどつらつらと春の訪れを告げる雪解け水のようにとめどなくまろび出てこの世界即ち魔法少女達を通してオレの素敵トークを読んでいるPCやスマホ前のアンタ達を多種多様なボキャブラリィと突拍子もない語り口、つまりはアンタ達が生きている時代即ち令和の世で言う所のいわゆるひとつの電波系トークで圧倒したりゲンナリさせたりするんでスねェ。

なお通称であるすわ族の『すわ』ってのはナショナルランゲージつまりは国語用語で感嘆詞に分類される言葉で予想外の出来事に驚いた時に発する言葉なんだがこれを何故かオレ達異邦人系悪魔はひときしり喋りまくった後セリフの最後に付け足すんだなこれが。

現代ではあんまり使わない言葉だが雑学として憶えておいたりすると一興なんじゃないかねェ。

いややっぱ忘れていいわ。

すわっ!

 

……………。

 

「これでヨシ」

 

主人であるアリナのマギア魔法が炸裂し、体がバラバラとなったアティスである。

 

「こ…ここまでやっていいのか…?」

 

「ノープロブレム。コイツはほっといても生き返るデビルだし」

 

「死と再生の悪魔でもあるのだな…。君の美のテーマである悪魔なのは確かだが…些か…」

 

「…今度こいつのパワーを試して、使えない奴だったら…アリナだってこんな変態はいらない」

 

「うむっ、寝ている時に部屋に現れてマシンガントークをされては堪らんからな」

 

気を取り直してトレーニングルームに向かう2人であるが…。

 

「婆さんや、飯はまだかのぉ?」

 

現れたフルフルを見て、十七夜は溜息。

 

「さっき食べたばかりだろう。それに自分はまだ18歳だぞ」

 

「はて?そうじゃったかのぉ…。それによく見れば…婆さんの肌ツヤピチピチぢゃあ!」

 

「アリナ達はやる事あるから、大人しくしてないとキューブに戻すんですケド」

 

「おお!ワシも参加するぞ!ジジ&ヤングでイケイケぢゃあ!!…ノリノリ?イケイケ?」

 

やる気が出たのか、鹿老人の尻尾の先端から業火が噴き出す。

 

……………。

 

「これでヨシ」

 

主人であるアリナのマギア魔法が炸裂し、ボロボロになったフルフルはテラスに捨てられた。

 

「…悪魔とは個性的だな。恐ろしい奴らもいれば…憎めない奴らもいる」

 

「おバカなデビルもね。アイツ…今度アリナのホームを燃やしそうになったら…」

 

「どうするんだ?」

 

「鹿皮剥いで、アリナが頭に被ってやるんだカラ。色も染色してホワイトにしてやるんですケド」

 

その光景を想像する十七夜の脳裏には、()()()()()()()()()姿()が浮かぶ。

 

「ハァ…デーモンマージングして手に入れたデビルの中でマシだったのは…」

 

2人はヘリポートがある屋上に向けるようにして天上を見上げる。

 

ヘリポートで蹲っている巨大な存在は…ある意味ニワトリ。

 

<<コケコッコー!!>>

 

巨大な体を持ち上げ、翼を広げて空の悪魔を威嚇する姿。

 

尾はまるでドラゴンの尻尾のようにも見え、黒い尾羽を持つ姿はドラゴンに見えなくもない。

 

【コカトライス】

 

コカトリスとも呼ばれる邪龍。

 

雄鳥が産んだ卵をヒキガエルが温めると誕生すると言われている。

 

姿は蛇の尾と、四本足を持った雄鳥であり、その凝視を浴びた者は石化させると言われていた。

 

「コラッ!ココハオレサマノ縄張リダゾ!アッチ行ケ!!」

 

空を飛翔しながら威嚇してくるのは、アリナのフェニックス。

 

「グァグァグァ!!ピーーッ!!!」

 

「ナンダト?ココハ最初カラ自分ノモノダト?ママカラ貰ッタダト?」

 

「ピーーッ!!」

 

「ナラバ縄張リ争イダ!餌ヲ探ス優先権ヲ主張スルノハ鳥ノ掟ダ!…ン?オレサマ鳥ダッタカ?」

 

「ピーーッ!!!」

 

コカトライスはクチバシを開け、氷結魔法である絶対零度を収束させて放つ。

 

フェニックスも負けじとファイアブレスを放つ。

 

互いの魔法がぶつかり合い、ビルが振動していく。

 

「あのニワトリ…腐った連中を彫像にして、デスマスクを楽しむのに役立つと思ったケド…」

 

「おい…不味いぞ。癖の強い悪魔を放し飼いにしておくのは危険なのではないか…?」

 

「アイツら…キューブの中に押し込んだままだと文句垂れるんだヨネ…」

 

「せめて鳥同士は別々に放ったほうが良さそうだな…。縄張り争いを始めてるようだが…」

 

「アリナのデビルの中で、一番扱いやすいのは…パズスだけかもしれないんですケド」

 

2人は屋上へと向かい、どうにか仲魔同士の喧嘩を仲裁することが出来たようである。

 

アリナと十七夜は来るべき日のために力を蓄え続ける。

 

そんな2人の元に、ついに招集がかかる時が訪れたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

1月某日の東京。

 

夜の東京を走るリムジンに乗るアリナと十七夜は、天王洲アイルを目指す。

 

尚紀達が探偵事務所を構えていた近くにある天王洲アイルとは、再開発街区の通称である。

 

品川区の臨海部であり、商業複合ビル、商業店舗、飲食店、アートギャラリーが軒を連ねた。

 

「芸術文化の発信地をコンセプトとしている街か…。君好みの街だろうな」

 

「アリナね、天王洲アイルのアートイベントに出展したこともあったんですケド」

 

「そうか。ところで、自分達は天王洲アイルの何処に集まる話になったのだ?」

 

「運河ルネサンス推進区域を見渡せる高層ビルホテルの貸し会議場なワケ」

 

「なるほど。…では、いよいよなのだな」

 

「フフッ、楽しみだヨネ。デーモンマージングのルーツとなるアトリエ…必ず手に入れるカラ」

 

2人を乗せたリムジンは天王洲アイルに入り、ホテルまで進んでいった。

 

…天王洲には、牛頭天王に関する故事がある。

 

この場所が海だった時代に、牛頭天王のお面が海中から引き上げられたという内容の故事である。

 

天王洲という名称とは、牛頭天王であるバアル神の名を拝した地区であったのだ。

 

……………。

 

ホテル内の会議場には、続々と黒服の男達が集まっていく。

 

その中には、会議場に向かうアリナ達の姿も見える。

 

「今回の作戦会議には…これだけのダークサマナー達が集まってくるとはな…」

 

「それだけ、アトリエ奪取をマジで求めてるってワケ」

 

会議場内に入る扉前に来た時、黒のスーツ姿とは違う人物と2人は出くわす。

 

「あら…?もしかして、貴女が噂の魔法少女サマナーかしら?」

 

「アナタ……誰?」

 

アメリカの西部開拓時代を彷彿とさせるドレスを身に纏うのは、総理秘書官を務めるマヨーネ。

 

「初めまして、私はマヨーネと呼ばれるサマナーよ。むさくるしい男ばかりで、嫌になるわよね」

 

「…アリナだカラ」

 

「和泉十七夜という。…貴女はテレビで見たことがあるような…たしかアレは…」

 

「総理大臣の後ろをついて回る女性を、ニュースで見たことがあるでしょ?」

 

「そうだ、思い出した。貴女はたしか、八重樫総理大臣の秘書官を務めている人だな?」

 

「それは表向きの肩書きよ。私の任務は彼の護衛であり、時には暗殺者ともなるの」

 

「あの太ったジジイが言うこと聞かなくなった時の保険でもあるワケ?」

 

「その通り。私のような女性サマナーが増えてくれるのはいい傾向ね。期待してるわよ」

 

「失望させるつもりはないカラ」

 

<<ケッ、魔法少女がサマナーの真似事を始めるとはな…世も末だぜ>>

 

男の声が聞こえ、3人は近づいてくる男に視線を向ける。

 

黒の革服を纏い、ギターケースを担いだオールバックのサングラス男とは、キャロルJだ。

 

キャロルJはアリナの前に立ち、サングラス内から視線を向けてくる。

 

「気に入らねぇな。魔法少女は子供らしく、変身ヒロインごっこでもやって遊んでな」

 

「アナタ…誰?今時流行らないロックンロールスタイルだけど、ダサいカラ」

 

「俺様の名前はキャロルJだ、新入り。それと新入り…今なんつった?」

 

「ダサいって言ったワケ」

 

「テメェ…俺のロックを馬鹿にしやがるとはいい度胸してやがるじゃね~か?」

 

眉間にシワを寄せてガン飛ばしてくる男に対し、アリナは涼しい表情。

 

「やろうってワケ?アリナは別に構わないんですケド」

 

「シドに鍛えられてるからって図に乗るなよ!俺様がギャフンと言わせて…」

 

「そこまでにしないか、キャロル」

 

肩を掴んできたのはユダだ。

 

「もう直ぐ作戦会議が始まる。君達も早く中に入りなさい」

 

「チッ!邪魔が入ったか…。覚えとくぞ、魔法少女サマナー」

 

「いつでも相手してあげるカラ。アナタなんて、アリナの糞マスターに比べたら弱そうだし」

 

「こ…こいつ!!」

 

「しつこいわよ、キャロルJ。女に相手にされないなら、早々に消えるのが男の役目よ」

 

「マヨーネ…お前までこのガキの肩を持つか。いいさ…その気合が本物かどうかは後で分かる」

 

会議室内に入っていくキャロルJとユダを見て、3人は溜息。

 

「…男って、口先だけの奴らが多いのよ。特に女が相手だと、直ぐ上から目線でモノを言うの」

 

「弱い奴ほどよく吼えるヨネ。デカく見せようとするところがニワトリなワケ」

 

「ウフフッ♪同意見よ。それじゃ、私達も中に入りましょうか」

 

<<あーっ!おったおった!!嬢ちゃんちょっと待ってーや!!>>

 

素っ頓狂な男の声が聞こえ、3人は視線を向ける。

 

「……今度は誰?」

 

「ふむっ…変わった人物のようだが…?」

 

ヘルメスの杖が描かれた黒エプロンを纏う眼鏡男の姿。

 

おかっぱヘアーにデカい鼻が特徴的であり、赤い眼鏡フレームを押し上げながら見つめてくる。

 

「ドクタースリル、こちらに来ていたのですか?」

 

「ドクター…スリルって?」

 

「ロスチャイルド家が抱える魔術結社、黄金の夜明け団から資金援助を受ける軍事科学者よ」

 

ロスチャイルドという名を聞き、アリナは舌打ち。

 

彼女の脳裏には、未だにあの悪夢の光景が刻み込まれているからだ。

 

「たしか、名前はアリナやったかな?はじめましてやな~わしは…」

 

「興味ないカラ」

 

「いきなりなツッコミやな!?わしボケてへんで!ちょっと話したかっただけやで!」

 

「アリナはアナタに話なんてないカラ」

 

「くぅーッ!クソ生意気なガキやで!よくもまぁイケしゃあしゃあと!!礼儀知らずなガキめ!」

 

「アリナより身長小さいオッサンに凄まれても怖くないカラ」

 

「自分よりも小さいな…?147cmぐらいか?」

 

「きーっ!!わしの身長は関係ないやろ!?わしのガルガンチュアでいてこましたろかぁ!」

 

「まぁまぁ、子供には寛大な態度をしてあげてね、ドクター」

 

「マヨーネ…お前は女サマナーに甘すぎるんや!育ちの良いおまえが礼儀を仕込んでやってや!」

 

「私も忙しい身なので難しいですわ。それより…ガルガンチュアはもう完成したのですか?」

 

「おう!完成したガルガンチュアの性能実験のために、実戦投入が決まったというわけや」

 

「……ガルガンチュアって、何さ?」

 

「…わしとは話は無いって、言うてなかったか?」

 

「……ふん」

 

(可愛げのないガキサマナーめ…!!)

 

「…君達、もう会議が始まってしまう。席についてくれないか?」

 

ユダに促された者達は会議室内に入り、席についていく。

 

大型スクリーンの横の演台にはシドが立ち、作戦内容を伝えていく。

 

いよいよ邪教の館攻略が始まっていくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

北斗七星結界を繋ぐのは、将門の首塚と並ぶようにして建てられた寺社の神鏡。

 

1 鳥越神社

 

2 兜神社

 

3 将門首塚 

 

4 神田明神 

 

5 筑土八幡神社 

 

6 水稲荷神社 

 

7 鎧神社

 

これらの寺社に神鏡があり、出撃して神鏡を破壊する計画が語られていく。

 

「先遣隊の情報でハ、首塚の周囲を守る形で四天王が配置され残りの寺社に影が配置されてまス」

 

出撃班が編成されていく光景が続く。

 

「シドは持国天討伐、フィネガンとユダは広目天討伐、マヨーネとキャロルJは増長天討伐か」

 

「難敵だっていう、毘沙門天の討伐は誰が担当するワケ?」

 

「今回の作戦にハ、リリス様とアモン様も加わることになりましタ」

 

アリナの脳裏に浮かぶのは、自身を冥界へと引き摺り込んだ悪魔であるリリスが浮かぶ。

 

「…あいつらに任せても大丈夫なワケ?」

 

「毘沙門天ハ、将門の切り札とも言える鬼神でス。だからこソ、あのお方達が動いてくれタ」

 

「それでは…最大の難関とも言えるだろう将門首塚は…誰が攻略に向かうのだ?」

 

「この作戦の指揮をとられる神…」

 

――バアル神であるモロク様、自らが討って出ることになりましタ。

 

アリナの背中に氷柱が差し込まれた程の寒気が走り、肩が震える。

 

彼女の脳裏に浮かんだのは、バアル神に生贄を捧げた己の姿。

 

神への捧げものを見届けた…恐るべき牛頭神の影。

 

同時に、言い知れぬ興奮さえもたらしていく。

 

「アハッ…あのゴッド・オブ・バアルと一緒に戦える日が来るなんて…サイコーなんですケド…」

 

「アリナ、十七夜。アナタ達は影の討伐に向かう為に水稲荷神社に向かって下さイ」

 

「了解した」

 

「アリナ達は雑魚エネミー退治?舐められたもんなんですケド」

 

「わしのガルガンチュアは何処で使えばええんや~!」

 

「同じク、影の討伐に用いる予定でス」

 

「ケッ!わしのガルガンチュアも舐められたもんや…雑魚掃除に使われるなんて感じ悪いの~!」

 

「ガルガンチュアシリーズハ、実戦データが不足していまス。データ収集のための実戦でス」

 

「ふんっ!わかっとるわ!」

 

「侮らないことでス。将門は陣地に敵を引き摺り込んで倒すのを得意とする武将だそうでス」

 

「敵さんの土俵がなんや!わしのガルガンチュアで蹴散らしたるわ!」

 

「ハァ…このチビスケオッサンと同じ仕事をやらされるなんて、超バッドなんですケド」

 

「それはこっちのセリフやぁ!!ケツしばいたろか生意気サマナー!!」

 

「喧嘩はやめて頂きたイ」

 

「作戦決行の時間は何時?」

 

「今夜の0時を予定しておりまス」

 

「まだ少し、時間があるな…」

 

「装備の最終確認を済ませておきなさイ。それでハ、貴殿方の武運を祈りまス」

 

作戦会議は解散となり、ダークサマナー達が会議室から出て行く。

 

会議室から出て行くアリナと十七夜だが、アリナは十七夜に向き直り口を開いた。

 

「……少し、夜風に当たってくるね」

 

「アリナ…?」

 

「大丈夫……直ぐ戻るカラ」

 

そう言い残して、アリナは歩き去っていく。

 

ホテルから出たアリナが進むのは、運河沿いの道。

 

ボードウォークの運河沿いに立ち、冷たい夜風を体に浴びていく。

 

「……くっ……うぐっ…ッ!!」

 

右腕を抑え込み、苦しんでいく姿。

 

「何なの…この痛みは?熱い…右腕が…焼けつくように痛む……ッッ!!!」

 

アリナが感じている痛みは、彼女が感じている痛みではない。

 

彼女のものではない、内側の少女の魂が感じている幻肢痛。

 

「この痛み…覚えてる気がする…。あれは……あの時……」

 

アリナの脳裏にフラッシュバックしたのは、バアルの化身となりし少女の記憶。

 

――熱い……手が燃えるよう……。

 

アリナの記憶世界に見えたのは、ひび割れた牛頭天王像の頭部。

 

まるで記憶世界の少女と融合している感覚を味わいながら、右腕を動かしていく。

 

力任せに振りかぶり、殴りつける動作。

 

巨大な牛頭天王像の頭部は…完全に砕け散ってしまった。

 

――見て、尚紀君。

 

――美しいでしょう?

 

――力有る者は美しいわ。

 

視線を右腕に向けていくアリナの目に見えたのは……。

 

「ヒッ!!!?」

 

そこにあったのは…異形化した己の右腕。

 

黒い触手を何本も束ね合わせ、無理やり腕の形にしようとするが抑えが効かない暴走した右腕。

 

――私は自分の道を切り開く力を得た……。

 

――私を宿す貴女は、その程度の力で満足するのかしら?

 

――フフッ……アッハハハハハハハハハハッッ。

 

おぞましい世界で最後に見えたのは…愕然としながら両膝を崩れさせていく人なる悪魔の姿。

 

かつての世界ボルテクス界においては人修羅と呼ばれし…尚紀の姿であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ハァ…!ハァ…!!」

 

記憶の世界から解放されたアリナは片膝をつき、息を切らせる。

 

近づいてくる足音が聞こえるが、彼女は振り向く気力すらない。

 

「…逃げ出したのかと思いましたガ、何をしていたのでス?」

 

現れた人物とは、アリナのマスターであるシド・デイビス。

 

「……何でもない」

 

「右腕を抑えていますガ、怪我でもしていたのですカ?」

 

「何でもないって言ってるんですケド!」

 

怒りの表情を浮かべて立ち上がり、睨んでくる。

 

「フッ…それだけの元気があれば問題ないでしょウ」

 

「アリナは何処にも逃げない。帰るホームも焼いてくれたし、覚悟も鍛えてくれたカラ」

 

「それが聞けて何よりでス。皆は支度を終エ、待機状態となってまス」

 

「アリナも直ぐ行く。だけど……」

 

「どうかしましたカ?」

 

運河に視線を向ける。

 

美しいアリナの後ろ髪を夜風が揺らしていく。

 

「…聞きたいことがあるワケ。…ルシファーとバアルについて」

 

サングラスを押し上げ、怪訝な表情をシドは浮かべてくる。

 

「アリナを試す儀式の時、ルシファーとバアルは同時に現れた。でも…分からないんだヨネ…」

 

「何が分からないのです?」

 

「ルシファーとバアルって、そんなに関係が深いゴッドデビルなワケ?」

 

質問の意味を理解したシドは、同じように運河の前に立ち口を開いていく。

 

「古代オリエントで広く信仰されていたバアル神ハ、聖書においてサタンとして語られていまス」

 

「ルシファーは聖書の世界で、サタンとして語られないワケ?」

 

「ルシファー閣下の御名ハ、聖書の何処にも記載されていないのでス」

 

「聖書の世界に…ルシファーは存在しない?」

 

「旧約聖書イザヤ書においテ、輝く者が天より墜ちたという比喩でしか登場しませン」

 

「じゃあ、聖書の世界においてのサタンっていうのは…バアルのことを表す?」

 

「バアルから無数の悪魔概念が生み出されたのでス。ルシファーという名もそこがルーツでス」

 

「つまり…デビルっていう存在は、須らくルシファーなワケ?」

 

「閣下を象徴する金星、暁の星。金星を司る女神アシェラトハ…バアル神の妻でス」

 

「つまり…ルシファーは、その影響を受けている存在だというワケ?」

 

「暁の星とハ、バアル神と共に在ル妻の星。いわバ…あの御二方は()()()()()()()()ですネ」

 

「分からない…アリナの前に現れたルシファーは…男の姿だった…」

 

「あの御方は男神であり女神でもあるのでス。ルシファー閣下とバアル神のルーツとハ…」

 

――金星の女神イナンナ…そしテ、木星の神であるマルドゥク神なのでス。

 

――そしテ、マルドゥク神の父神であリ…古代シュメール最高神の一柱こそガ…エンキ神。

 

――バビロニアにおいては天空神エアと呼ばれシ…()()()()()なのでス。

 

シドの話を聞き終えたアリナは、大きく溜息を出す。

 

「アリナ…神話の世界って、よく分からないんですケド」

 

「全ての神話のルーツこそガ、古代シュメールでありバビロニアなのでス。覚えておきなさイ」

 

踵を返し、シドは去っていく。

 

胸に手を当て、内側に宿ったバアルの化身の鼓動を感じていく。

 

「アリナはね…この程度のパワーじゃ満足しない。だからこそ、手に入れたい…」

 

――最強のデビルを生み出せる…邪教のアトリエを。

 

――アリナも輝いてみせる…美を司るヴィーナスのように。

 

――だってアリナは……美を追い求めてきたマジカルガールだカラ。

 

迷いを振り払い、シドの背中を追いかけていくアリナの姿。

 

聖書においてはサタンと呼ばれるバアルのルーツこそ、木星神であるマルドゥク神。

 

それがエジプト神話のオリシス、ギリシア神話のゼウス、ローマ神話のユピテルとなっていく。

 

木星神ユピテルを英語でジュピターと発音し、木星として語られてきた。

 

その木星が衛星となり、ルシファーを象徴する金星が誕生したと言われている。

 

バアルとルシファーは切っても切れない星々の関係性を持つ存在。

 

バアルの化身を宿した魔法少女は目指していくだろう。

 

美を司る星、暁の星へと至る道を目指すのだ。

 

暁の星ルシファーを生み出せる存在こそが木星であり、バアルであったのだ。

 




アリナの仲魔悪魔を色々悩みましたが、アリナを象徴するマギレコ要素は死と再生、熱病だけでなく鹿、デスマスクもあると思ったのでそれに因んだ連中を用意しました。
フルフル…デビルチルドレンにしかいない鹿悪魔でしたよ(汗)
アティスに関しては、後々アリナと関わりが深くなる悪魔との関係性が深い悪魔となりますね。


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152話 坂東宮攻略戦

夜空に暗雲立ち込める東京。

 

東京都千代田区大手町に向け、黒塗りバン・偽装トラック車列が次々と向かう光景が続く。

 

作戦通りの攻略先に向かう車列の中には、アリナ達が乗るリムジンも見えた。

 

「あのデカいトラックの中に…ガルガンチュアとかいうのが入ってるんだろうけど…」

 

「…悪魔の魔力を数体あの中から感じたが、ただの悪魔ではなさそうだったな」

 

「どんな感じのデビルだと思う?」

 

「分からんが…スリルは軍事科学者なのだろう?悪魔を用いた研究成果を乗せてるとしか…」

 

「デビルインスティチュートのマッド科学者かぁ…。話ぐらいはしてあげても良かったヨネ」

 

「悪魔研究所も、君にとってはアトリエなのかもしれないからな…」

 

「イグザクトリー」

 

車の車列は千代田区に入り、皇居が見えてくる。

 

スマホの地図アプリで現在位置を確認し、苦虫を嚙み潰したような表情となっていく十七夜。

 

「…この国の悪しき歴史の象徴とも言える牙城が見えてくるころだな」

 

「手を出すのはやめといた方がいいって。あそこには皇居警察だけでなくヤタガラスも潜んでる」

 

「ヤタガラス…ユダさんから聞いたな。この国を1300年間支配してきた神道秘密結社だと…」

 

「皇室だけでなく政財界にも枝葉を大きく伸ばしてるんだヨネ。サマナーも多くを抱えてるワケ」

 

「戦うとなると厄介な連中だという訳だな。そのヤタガラスのお膝元での作戦行動か…」

 

「ノープロブレム。ヤタガラスからは許可を貰ってのミッションだって言ってたカラ」

 

「どういう事なんだ…?」

 

――イルミナティとヤタガラスには…()()()()()()というのか?

 

彼女の質問に対し、アリナは不気味な笑み。

 

車は千代田区を超え、目的地となる新宿区西早稲田にある水稲荷神社に向かっていった。

 

……………。

 

午前0時が近づいてきた頃。

 

経団連会館前に停められた移動指揮車内では、兵士達が戦闘指揮を行うモニターを監視中。

 

青白く光るモニターを後ろ側から見つめる…大いなる存在。

 

そこに立っていた人物とは…子供達の血で染められたが如き真紅の衣服を纏う大男。

 

燕尾服風の赤の上下に黒のカマーバンドやストールチーフを首に巻いたフォーマル姿。

 

肌は浅黒く、その頭部は二本角が天に向かって生えた牛を模した純金の兜を纏う。

 

腕を組んでモニターを見つめていたのは、バアル神であるモロクだ。

 

「東京都公安委員会からの連絡です。全ての寺社付近の交通規制は完了したとのことです」

 

「……人払いは済んだか」

 

時計に目を向ける。

 

現場には既に黒塗りバンから下りてくるダークサマナー達が展開されている。

 

その姿はまるで市街戦を専門とする法執行機関特殊部隊兵士のような黒装備姿。

 

自動小銃や、タクティカルベストには召喚管や銃弾マガジン等で武装を行う完全装備。

 

ヘルメットにはカメラも装備され、カメラ映像は移動指揮車のモニターに届けられるようだ。

 

アリナ達も進行部隊と共に潜伏中。

 

ドクタースリルを乗せた偽装大型トラック内では…ガルガンチュアシリーズが稼働し始める。

 

コンピューターパネルを操作し、機械仕掛けで覆われた巨大試験官が開いていく。

 

「ケケケ!この天才スリルが生み出したすんばらしい造魔!ついにお披露目の時間やでぇ!!」

 

中から現れた巨大なる人の姿。

 

衝撃吸収素材を用いたアーマーを纏い、着膨れした巨人こそペレネルも取り扱う造魔である。

 

【ガルガンチュア】

 

中世フランスの民話、巨人ガルガンチュア大年代記に登場する巨人。

 

アーサー王物語のマーリンによって自由の力を与えられ、冒険をしていくと言う話が展開される。

 

ガルガンチュア物語は派生も多く生まれ、巨人だけでなく人間姿として登場したこともあった。

 

社会を痛烈に風刺する作品であり、善悪といった単純な描写ではない作品を歴史に残したようだ。

 

「行けや!ガルガンチュアQ!!雑魚やからって手加減はいらへんでぇ!!」

 

「ホホホホゥ。了解した、ドクタースリル。雑魚をブチのめす!」

 

「おまえに着せたったランパート・スーツは、いくらどつかれても効かへん!流石天才やな!」

 

「このピエロのような大型スーツ…重たい、動きにくいですぞ」

 

「贅沢言ったらあかんでぇ!おまえは皮膚が弱いんやさかい、外気を浴びたらあかんのや!」

 

「なんというデメリット!作り直しを所望しますぞ、ドクタースリル」

 

「わしの成果にケチつけるんかい!?良いからさっさと行って、いてこましてこんかい!!」

 

「トホホホホゥ…造魔使いの荒いドクターである」

 

偽装トラックからは、他のガルガンチュア造魔も下りてきて寺社内に展開していく。

 

水稲荷神社内に向かう魔法少女姿のアリナは、手首のバンドで隠していた時計に目を向ける。

 

「……そろそろミッション開始なんですケド」

 

黒のミニスカートポケットから、彼女は黒革手袋を取り出す。

 

「その革手袋は何だ?」

 

吸血鬼悪魔姿となった十七夜は、手袋を嵌めていくアリナをしげしげと見つめてくる。

 

「ダークサマナーとして立派になったお祝い品として、アレイスターから貰ったんだヨネ」

 

右手に嵌めた手袋の甲に描かれていたのは、悪魔召喚士や陰陽師が用いる五芒星の印。

 

「受け取る気はなかったケド…あいつが生み出した()()()が気に入ったから身に付けるワケ」

 

手袋を嵌めた右掌を十七夜に見せる。

 

「その印は……何なんだ?」

 

手袋に描かれていたのは…暁美ほむらの左手にも刻み込まれていたルシファーシジル。

 

「有神論的サタニズムを象徴するシジル。サタンを崇拝するシンボルでもあるんだヨネ」

 

「なるほどな…自分もサタンである人修羅様を崇拝するために、マントに刻みたいぐらいだ」

 

「サタニズムは、個人主義と自由主義を表すワケ。自己を高める追求…()()()()だカラ」

 

「己が他者にコントロールされたり抑圧されたり、群衆に従わされたりするのを拒絶する道か…」

 

「アリナ達は迷わない。カミハマのマジカルガール達が現れても…ゴーイングマイウェイを貫く」

 

「うむっ、自分もサタニズムの道を共に進もう。全ては世界に…博愛と平等をもたらすために」

 

「アリナ達はアリナ達のマイウェイを進む」

 

――人には勝手な事を言わせておけばいいカラ。

 

アリナが進む道もまた、嘉嶋尚紀や暁美ほむらと同じ道。

 

たとえ周りから間違っていると責められても、自分の正しさを自分自身が裏切らない道。

 

鹿目まどかの正しさ、御園かりんの正しさ、正義の魔法少女達の正しさに流されない道を求める。

 

かつて尚紀は、自分の居場所を探し続けた保澄雫に言葉を残す。

 

――英雄だの、悪者だの、クラスの人気者だの、厄介者だの、どうでもいい概念だ。

 

――人は善人である必要も、悪人である必要もない。人がその本性を受け入れるのが大切だ。

 

――人がその本性を引き受け、開き、生きていれば…どんな人間だって素晴らしく魅力的だ。

 

本性を受け入れず、繕い、作り上げるなら何であれつまらない。

 

周りに合わせて生きていても、両足でしっかり立っている気がしない。

 

周囲の人々に流されていき、保澄雫のように自分の居場所を見失うようにはなりたくない。

 

唯一神に支配され、全体秩序の正しさしか許されない原初の男女のようにはなりたくない。

 

そう願う人間が知恵を求め…本当の自分と出会う道。

 

それこそが、人間に知恵の林檎を授けるサタニズムであったのだ。

 

……………。

 

「各班、突入準備完了しました」

 

腕を組んだ姿をしていたが両腕を下ろし、純金の牛兜の中から声を発する。

 

「……作戦開始」

 

「了解。作戦開始発令、各班は坂東宮結界に突入せよ」

 

アリナ達が率いるダークサマナー部隊が動き出す。

 

坂東宮攻略戦が、ついに開始されたのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

突入部隊に待っていたのは、尚紀が将門首塚にやってきた時と同じ光景。

 

「…異界に引き摺り込む気ですネ。将門は歴史においてモ、敵軍を自軍領土で待ち構えましタ」

 

ホワイトアウトした景色が収まれば、そこには巨大な鳥居と広大な武家屋敷迷路が待ち構える。

 

「備えあれば憂いなしか…。だが、今までの三流サマナーのようにはいかんぞ」

 

「策士策に溺れるという諺を思い知らせてやりましょう、フィネガン」

 

侵入部隊は武装サマナーを先頭にして、武家屋敷に侵入していく光景が続く。

 

「ちょっとキャロル!迂闊に先に進めば罠にかかるわよ!」

 

「ビビってんじゃねぇ!俺様のオーディエンスにダサい姿を見せる訳にはいかねぇぜ!!」

 

「まったく…どうして男はいつもいつも、自分を大きく見せようとするのかしらねぇ…」

 

ガルガンチュアシリーズも武家屋敷に入っていく光景が続く。

 

ガルガンチュアQも屋敷の中に入ってみるが、そこは既に惨状が広がっている。

 

「ホホホホゥ?プロトガルガンチュアシリーズでは、対処出来なかったようですな」

 

廊下の板を踏み抜いたガルガンチュアは、壁から飛び出した無数の槍で串刺しにされているのだ。

 

「なるほど、足元注意というわけですな。しかし!このランパート・スーツの性能を見よ!」

 

気にせず歩き、板をどんどん踏み抜いていく。

 

壁や天井から槍や大砲の弾が飛び出そうとも、スーツの耐久性のお陰でびくともしない。

 

「フホホホゥ!流石はドクター・スリルのスーツ性能!わたくし、感激で前が見えません!」

 

だが、油断は大敵である。

 

「フホッ!?」

 

床が開き、落とし穴の罠にかかってしまう。

 

「ホホホーーーゥッッ!!?」

 

底に仕掛けられた剣山の如きトラップさえも、スーツの耐久性で防ぎ切ったようだが…。

 

「無敵!!わたくしは無敵でございます!!」

 

起き上がり、落とし穴から出ようとする。

 

「フホッ……随分と底が深い穴だったようですぞ…」

 

重たいずうたいのジャンプ力では上まで昇れそうにない。

 

仕方がないので、両手足を壁に貼り付けながら上っていく。

 

そんな罠にかかった獲物の頭上には…二体の黒い影が現れていたのだ。

 

アリナ達も先攻部隊を先に行かせ、遅れて中に入り込む。

 

「…見ろ、アリナ」

 

後ろを振り向けば、既に入り口は消えており枝分かれした通路となっている。

 

「デビルラビリンスってワケね。トラップ塗れだと考えるのが自然だと思うんだヨネ」

 

「先に行った連中も…どうなっていることやら」

 

「仕方ない…コイツの実力を試してみるカラ」

 

黒手袋を嵌めた右掌を掲げ、キューブを生み出す。

 

キューブの一欠けらが宙を浮き、中から現れたのは鹿悪魔のフルフル。

 

「ほえほえ~、呼んだかのぉさまなぁさんや?」

 

「ボケデビル、アナタはたしか…隠された秘密を暴ける能力があると思ったんだケド?」

 

「おお!ワシの力を当てにしようというワケじゃな!よかろう、ヤングガール共は見ておれ」

 

鹿の蹄のような手を翳し、帯電させていく。

 

霊波を感じる場所を探り当てる力こそ、悪魔の現場検証能力とも言えるだろう。

 

「ふむっ、罠の位置は把握したぞ。ついてこい、さまなぁさん達」

 

「驚いたな…悪魔にはこのような能力も備わっていたとは」

 

「現場検証能力だけではないぞ~?真っ暗なダークゾーンを光で明るくも出来るんじゃ」

 

「ただのボケデビルってワケでもなくて、良かったんですケド」

 

黒い翼を広げて浮遊するフルフルが先導して2人を案内していく。

 

道中では、罠にかかって即死したダークサマナー達の惨たらしい死体が転がっている。

 

「一瞬で殺されたか…。流石のサマナー達とて、見えない罠を探る術がなければ助からんか」

 

「アリナは当たりのデビルを引けて、良かったワケ」

 

「わははっ!!どうぢゃ!ワシの華麗なテクは!」

 

「図に乗らない」

 

先導していくが、屋敷の出口までは分からないのか入り組んだ道を進むしか出来ない一行。

 

「同じ景色ばかりで…方向感覚も分からないな」

 

「ここの異界を張り巡らせる者を倒さん限り、ワシらは迷宮の迷子で終わるぞい」

 

「なら、ここのボスを探り出すんですケド」

 

「今やっとるわい!ろうじんをいたわれ!」

 

フルフル達が進んだ先は、武家屋敷の中庭と思われる領域。

 

篝火が焚かれた庭で待ち構えていた二体の黒い影とは…。

 

「…どうやら、あいつらがここのボスって感じだヨネ」

 

「この魔力…影と呼ばれながらも、桁外れだぞ!」

 

腰の鞘から刀を抜刀して近づいてくるのは、甲冑姿の将門と瓜二つの影達。

 

【公の影】

 

御伽草子(おとぎぞうし)に登場する平将門の影武者。

 

7人の影武者がいるか、本物を含めて7人いるとされ、妙見信仰によるものだとされた。

 

影武者は平将門の呪術によって藁人形から創り出されたと御伽草子では語られている。

 

また、主の身代わりとして討ち死にした家臣7名であるという伝承も残されていたようだ。

 

「ふぅ…久しぶりに体を長時間動かしたら腰が痛くなったぞい、さまなぁさんや」

 

「ボケデビル…まさかとは思うケド…」

 

「ワシは帰って茶でも飲みたいわ、他の連中に任せるぞ~」

 

そう言い残し、フルフルの体が光ってキューブの中へと戻ってしまう。

 

「やっぱアイツはボケジジィなんですケド!!」

 

「自分が前に出る!援護を頼めるか?」

 

「他の奴も前に出すカラ。前衛やれそうなヤツ…アイツを試してみるんですケド」

 

キューブの欠片が宙を舞い、中から現れたのはアティス。

 

「全国の皆様、こんにちわ…」

 

「挨拶とかやってる場合なワケ!さっさと前に行く!!」

 

「突撃レポートしたいと思います!!」

 

曲線を描くダガーを逆手に持ち、アティスも前に出る。

 

<<曲者共が…撫で斬りにしてくれるわ>>

 

公の影達が跳躍し、一気に乱戦へと導かれていく光景。

 

影に襲われているのは、ガルガンチュアQも同じだ。

 

<<愚か者が罠にかかったようだ>>

 

<<たとえ鎧を纏おうとも、愚鈍な輩は容易いものだ>>

 

落とし穴の中には、両手足を壁に貼り付けたままのガルガンチュアQの姿。

 

「ままま待ちなさい!!こんな状態のわたくしに攻撃を仕掛けるとは恥を知りなさい!!」

 

<<戦場で命乞いか?造魔とやらも痴れた者よ>>

 

<<灰塵に消えるがいい>>

 

片手を持ち上げ、メギドの光球を生み出していく。

 

「ヒィーーーッッ!!魔法攻撃はやめたってくださ~~いっ!!!」

 

哀れ抵抗も出来ずに倒されようとしたその時…。

 

<<ぬぅ!?>>

 

突然飛び込んできた巨体の斬撃に対し、二体の公の影は跳躍回避。

 

現れた存在とは、増援として現れた新たなガルガンチュア。

 

その見た目は、西洋甲冑を纏う黒騎士二体を合成したかのような禍々しさをもつ。

 

「こんなこともあろうかと、ドクタースリルは私も持ってきていたというわけだ」

 

「その声はX!?もう完成していたのか!」

 

「さっさと上がって来い、Q。私だけでは手に余る相手なのだ」

 

「あと少しで上り切るから持ちこたえてくれ~!」

 

広い畳部屋にまで移動した3体の悪魔は武器を構える。

 

ガルガンチュアXを囲むようにして、霞の構えを向ける公の影。

 

迎え撃つ黒騎士造魔は、ロングソードとランスを向け、繋がった体同士で死角を補う。

 

<<ゆくぞッッ!!>>

 

「私は愚鈍なQとは違うということを教えてやろう!!」

 

公の影達との戦いは熾烈を極めていくだろう。

 

しかし、それ以上の戦いを行わなければならないのが…四天王達との戦い。

 

そのために用意されたのだ。

 

イルミナティが誇るダークサマナー達を。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

他の坂東宮内でも攻防が続けられていく。

 

罠を掻い潜って進んでくるダークサマナー達に対し、各寺社の神鏡を守る四天王達も動く。

 

<…思い出しますな。天慶3年(940年)の頃を…>

 

他の四天王に向けて念話を行ったのは、最奥領域で佇む鬼神。

 

【持国天】

 

世界の中心である須彌山(しゅみせん)の中腹にある、四天王天に住まう四天王の一人。

 

東方および人間が住む勝身州の御法神であり、ドリタラーシュトラとも呼ばれた。

 

古代インドの二大叙事詩の一つマハーバーラタには、同名の盲目の王が記載されている。

 

このドリタラーシュトラ王が神格化され、持国天となったらしい。

 

一般的には中華式の鎧を着た武人像であり、刀と摩尼宝珠を手に持つ姿である。

 

<…公は五千の兵を率いて常陸国へ出陣し、平貞盛と維幾の子為憲の行方を捜索した>

 

念話を返すのは、筆と経典を持つ鬼神。

 

【広目天】

 

醜目天とも意訳される存在である四天王の一人。

 

西方および人間が住む午貨州の御法神であり、ヴィルーパークシャとも呼ばれた。

 

第三の目である浄天眼と三叉槍を共有するように、破壊神シヴァと関連が深い。

 

古代インドの二大叙事詩の一つマハーバーラタには、同名のラクシャーサがいたという。

 

一般的には中華式の鎧を着た武人像であり、右手に筆、左手に経典を持つ姿である。

 

<10日間に及び捜索するも貞盛らの行方は知れなかった。あのとき公は…兵達を国に返した>

 

念話を返すのは、巨大な三叉槍を持つ鬼神。

 

【増長天】

 

四天王の一人であり、南方および人間が住む贍部洲の御法神。

 

ヴィルーダカとも呼ばれ、この語には芽生え始めた穀物という意味がある。

 

五穀豊穣を司り、驚異的な成長を持って仏法を守護する。

 

密教の真言によると、八部衆の一つである森の神ヤクシャの頭領であったという。

 

一般的には中華式の鎧の上から天衣を纏う武人像であり、右手には剣か三叉槍を持つ姿である。

 

<…あの判断が致命的となり、公は敗戦した。歴史が繰り返されるだろう…>

 

最後に念話を返す者こそ、四天王達の中心人物とも言える鬼神。

 

【毘沙門天】

 

多聞天とも呼ばれる鬼神であり、北方および人間が住む倶盧洲の御法神。

 

ヴァイシュラヴァナとも呼ばれ、その前身は古代インドの財神クヴェーラである。

 

財神であるため七福神にも取り入れられ、また戦いの神としても崇拝されてきた存在。

 

戦国武将の上杉謙信も毘沙門天の加護を祈り、旗印に毘の文字を入れて出陣したと言われた。

 

一般的には中華式の鎧を着た武人像であり、左手には宝塔を、右手には金剛棒を持つ姿である。

 

<…公は人修羅を彼の地に返された。残しておれば…此度の戦も勝てたやもしれぬ>

 

<まるで公は…かつての歴史を繰り返すために、この負け戦に臨んだようにも思える>

 

<我ら四天王の力を結集しようとも…我ら神々は未来が視える者達。この戦は…負けるのだ>

 

やりきれぬ思いを感じさせる言葉を残す三鬼神達。

 

だが、毘沙門天だけは違う。

 

<フッ…それがしにはな、公のお気持ち…なんとなくではあるが、分かるのだ>

 

<どういう意味なのだ、毘沙門天殿?>

 

<それがしは、かつてのボルテクス界において人修羅と呼ばれた嘉嶋尚紀と…二度戦った>

 

<彼の者の実力をよく知る者として、何を感じられたのだ?>

 

<あの者は…ただの悪魔ではなかった。人であり、悪魔でもある…陰陽を司る存在であったのだ」

 

<陰陽の悪魔…>

 

<悪魔であると同時に…人でもある…>

 

<かつての尚紀は流される者だった。しかし、この世界で成長した尚紀を公から聞けて確信した>

 

――あの男は…()()()()()()としての可能性さえも秘めていた男だったのだ。

 

人であり悪魔であり、そして神でもある。

 

それはまさに、陰陽だけではなく根源である太極をも表す三位一体。

 

父と子と精霊を司る三位一体であり、万物の三本柱であるセフィロトともなるのだ。

 

<公もそれがしも…尚紀になら託してもいいと思えた。だからこそ、我がマガタマを譲ったのだ>

 

<神…それはヘブライにおいては、大いなる神の子であるメシアをも表す>

 

<仏教においては…遥か未来に生まれるという菩薩…ミロクメシアをも表すだろう>

 

<彼の者なら…公には出来なかった日の本の救世を…いや、世界の救世を行えると考えるのか?>

 

<そうだ。だからこそ、公とそれがしの魂は…人修羅と呼ばれた尚紀のために残そう>

 

毘沙門天の覚悟を聞いた他の三鬼神達の口元には…笑みが浮かぶ。

 

「ならば…我らの魂も、彼の者のために残そう」

 

「そのための負け戦ならば…悔いはない」

 

「公のお気持ち…我らも理解出来た。共に冥府に参りましょうぞ…」

 

皆が口を揃えて言葉を残す。

 

――この星の新たなる御法神となるに相応しき益荒男に……栄光あれ。

 

語り終えた毘沙門天は、眼前から現れようとしている巨大な魔力に視線を向ける。

 

「…鬼門結界を破れる程の豪の者達か」

 

最奥領域の扉に張り巡らせていたサンスクリット文字の結界が砕け、扉が破壊される。

 

白煙の中から飛び出し、最奥領域の広大な空間に飛翔して現れる梟。

 

歩いてくる人物の姿を見て、毘沙門天は金剛棒を振りかざす。

 

現れたのは黒スーツ姿のリリスであり、持ち上げた右腕に梟姿のアモンが降り立つ。

 

「ヤクシャや羅刹程度の雑兵で、私達を止められると思ったのかしら?でくの坊さん?」

 

50mを誇る巨体を持つ毘沙門天を相手にしても余裕の表情。

 

「貴様…夜魔の女王であるリリスだな?そして…梟の姿に擬態している者は…」

 

「如何にも。こちらも紹介するわね、魔王アモンよ」

 

「ククク…この程度ででくの坊と言うのか?吾輩から見れば、虫けらの如き小さな者に見える」

 

「古代エジプト、テーベの守護神を起源に持つ魔王か…。正体を現せ!!」

 

「ご指名みたいよ、アモン」

 

「では…吾輩が相手をして差し上げよう」

 

腕から飛び立ち、リリスの上で羽ばたきながら真紅の瞳を光らせる。

 

「こ…この膨大な魔力は!!」

 

梟の体がどんどん膨張して巨大化していく。

 

「ここは狭い。離れているがいい、リリス」

 

「そうさせてもらうわ」

 

リリスが蜃気楼のように消えた背後には、超巨大な蛇の尾が地面に叩きつけられる。

 

「おおおおぉぉ……ッッ!!」

 

両翼の付け根部分から血が噴き出し、真紅に染まった巨大な両腕が生えてくる。

 

尾羽の辺りから生えた蛇の尾は伸び続け、梟の体も巨大化を続けていく。

 

最奥領域でさえも巨体を収めきることは出来ず、屋根を破壊して聳え立つ…超巨大な魔王の姿。

 

【アモン】

 

ソロモン王に封印された72柱の魔神の一柱であり、古代エジプトの守護神を起源に持つ魔王。

 

大気と豊穣を司る神であり、太陽神ラーと習合され主神アモン(アメン)・ラーとして信仰された。

 

地獄の第1軍団大将を務める悪魔軍団最高司令官であるサタナエル配下の者である。

 

地獄の40個軍団を指揮する序列7位の大侯爵であり、炎の侯爵とも呼ばれる司令官を務める。

 

梟の頭を持つ人間の姿や、梟の頭と狼の胴体、蛇の尾を持つ姿としても描かれるようだ。

 

過去や未来を視通す力を持ち、気が向けば恋愛や友人同士の仲違いを仲裁することもあるという。

 

アモンは魔神の中で最も強靭な肉体を持ち、口から業火を吐くことも出来ると言われている。

 

見えざる者とされ真の名を暴く事は出来ず、いかなる神も彼を傷付けることは出来ないとされた。

 

<<アー!!モーッッ!!!>>

 

アモンは自身の悪魔結界を生み出し、毘沙門天を取り込んでいく。

 

毘沙門天が立っていたのは、地平線の彼方にまで伸びる夜の砂漠世界だ。

 

天に向かわんばかりの巨大なる悪魔を見上げる毘沙門天の顔にも冷や汗が浮かぶ。

 

「まさか…これ程までの存在であったのか!アモン・ラー!!」

 

2千mにも上る巨大な蛇の尾。

 

尾の模様は無数の単眼を思わせ、イルミナティが崇めるプロヴィデンスの目と似ている。

 

本体である梟の体だけでも500mはある巨体。

 

長く伸びた赤き両腕と、大きく広げた梟の翼をもって相手を威圧する禍々しさ。

 

これ程までの魔王が地上に現れたのなら、地球などアモン一体で滅んでしまうだろう。

 

「…ここが、それがしの死に場所となるだろう。だがッッ!!!」

 

腰を落とし足を半歩広げ、金剛棒を右肩に担ぐような構え。

 

「ただでは死なん!!貴様も道連れにしてやろうぞ!!!」

 

「吾輩を恐れぬその胆力…見事なり。だがその意思、何処まで保つのか…」

 

――吾輩が審理してやろうではないか。

 

禍々しい両掌が開き、業火を噴き上げさせる。

 

敵全体に相性を無視して貫通する、特大威力の火炎属性魔法である『メギドフレイム』だ。

 

さらに体から光りを発し、魔力を強化していく。

 

魔法攻撃力を上げる魔法である『コンセントレイト』をかけて威力を倍増させたのだ。

 

絶対の死をもたらす魔神を前にしても、毘沙門天の口元には笑みが浮かぶ。

 

「尚紀…汝は小さな人の身でありながらも、それがしに果敢に挑んできた。それがしも続こう…」

 

物理攻撃力を上げる補助魔法のタルカジャをかけ、さらに攻撃力を上げる気合の力を溜め込む姿。

 

「ゆくぞぉ!!!」

 

一気に跳躍し、上空にそびえるかの如きアモン本体に向けて剛腕の一撃を狙う。

 

「耐え切ってみせよッッ!!!」

 

両掌からメギドフレイムが放たれる。

 

「ぐおおぉぉーーーーッッ!!!!!」

 

地平線の彼方まで伸びる砂漠世界全土を飲み込む程の超業火地獄。

 

魔法少女であれば、防御結界を張り巡らそうとも一瞬で燃え尽きる程の熱量世界。

 

炎を無効化出来る耐性を持つ毘沙門天ではあるが、耐性を貫通する程の炎攻撃で全身が焼かれる。

 

「乾坤一擲!!!」

 

メギドの如き業火の世界から飛び出したボロボロの毘沙門天の一撃がアモンに迫る。

 

四天王達は決死の覚悟で戦うだろう。

 

その先に敗北があると知っていても、彼らの顔には恐れも悔しさもない晴れやかさを誰もがもつ。

 

四天王達の意思と志とも言える魂を、託せる者がこの世界にいてくれたから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

公の影二体と戦うガルガンチュアXであるが、劣勢となっていく。

 

「がぁッッ!!!」

 

剣戟で壁に叩きつけられたボロボロのガルガンチュアXは、迫りくる公の影二体に視線を向ける。

 

「剣豪とも呼べる剣技だけでなく…魔法も熟達している!ドクタースリル…情報不足だったぞ!」

 

立ち上がり、負けじとマハブフーラを放つ。

 

公の影の一体が反射魔法のマカラカーンを使い、マハブフーラは跳ね返される。

 

「ぐおおぉぉーーーーッッ!!!」

 

跳ね返された吹雪で甲冑が凍り付いていき、動きが鈍くなっていく。

 

「まだ上れないのかQ!!これ以上は持ちこたえられないぞ!!」

 

<<あと少しだーーッッ!!!>>

 

穴の方からの声に最後の希望を託し、決死の覚悟で突撃する。

 

<<笑止!!紛い物の悪魔如きで我を倒せるものか!>>

 

「本体の影共に言われたくはない!!」

 

ガルガンチュアXの剣戟を受け止めるが、畳部屋にまで押し込まれていく。

 

<<面妖な造魔め!!>>

 

背後から迫るもう一体の影の剣戟は背中と同化した黒騎士が受け止め、左右から迫る剣戟に対応。

 

左右から迫る公の影の袈裟斬りを受け止め、鍔迫り合いと化す。

 

「ぐあっ!?」

 

左右同時の頭突きを受け怯むガルガンチュアXに対し、左右同時に放つ回し蹴りの一撃。

 

「ヌォォォォーーーッッ!!!」

 

畳に倒れ込んだガルガンチュアXにトドメをささんと左手を刀に翳す二体の影。

 

合体剣と呼ばれる魔法の『紅蓮真剣』を纏わせ、刀身に業火を纏わせる。

 

武器を落したガルガンチュアXは覚悟を決める。

 

「…あの愚鈍造魔め!死んでドリーカドモンに戻っても…アイツにはされたくない!」

 

刀を振りかざし、トドメを刺そうとした時…。

 

「ピンチヒッター登場ぉーーッッ!!!」

 

襖を体当たりで破り、跳躍して公の影二体の中央に着地したのはガルガンチュアQ。

 

「間に合ったか!!騎士がピエロに助けられる皮肉もこのさい許してやるぞ!!」

 

意表を突かれた公の影達が向き直ろうとした頭部を剛腕の手で掴み上げる。

 

「このままスイカ割りのようにしてや…ぬふぅ!!?」

 

火炎魔法を纏った刀の刀身が、ランパート・スーツを貫通している。

 

スーツ内で吐血するガルガンチュアQであるが、掴んだ手を離さない。

 

「ゴハッッ!!このスーツは魔法が防げない…弱点を突いてくるとは卑怯ですぞーッッ!!」

 

<<痴れ者め!!戦場で女々しい言い訳を並べるぐらいならば、潔く散華せよ!!>>

 

「トホホホホゥ……それしかないかも」

 

立ち上がろうとするガルガンチュアXに向けて、最後の叫びを放つ。

 

「ドクタースリルに伝えておいて欲しい!このスーツで暴れさせてもらえて…楽しかったと!」

 

「ガルガンチュアQ…!!いちいち死に際までそのスーツ気にする必要あるのか!?」

 

「ドリーカドモンは拾っておいてくれ!!あと、スーツの見た目もカッコよくしてと伝えて!」

 

「死に際なのに注文が多すぎる!悲壮感の欠片もない奴め!!」

 

「大切な事である!!」

 

スーツの隙間から光りが漏れ出していく。

 

悪魔が命を捨てて用いる自爆魔法である『玉砕破』の光だ。

 

彼の意思を汲み取ったガルガンチュアXは跳躍して回避行動。

 

<<ヌォォォォーーーッッ!!は、放せーーーッッ!!!>>

 

「ホホホホゥ!!嫌なこったでございますーーーッッ!!!」

 

カッと武家屋敷が光り、大爆発を起こす。

 

爆発の衝撃波が幾重にも生み出され、武家屋敷迷路は主ごと破壊されてしまった。

 

異界が解け、寺社内に戻ったガルガンチュアXの前には…影が守っていた神鏡が宙を浮く。

 

「……ぬんっ!」

 

甲冑を纏う拳で神鏡を叩き割る姿。

 

同時に、北斗七星結界を繋ぐ起点の一つが消失する余波が周囲に広がっていった。

 

「よぉやったで~ガルガンチュアX!!おまえはオトコ前や~!!」

 

労いに現れたドクタースリルであるが、周囲をキョロキョロと伺う姿。

 

「……ガルガンチュアQは帰ってへんな?」

 

「…あの造魔は、影を道連れにして死んだぞドクター。お陰で命拾い出来た」

 

それを聞いたスリルは赤眼鏡の内側から大量の涙を流して大喜び。

 

「ガルガンチュアQ!!お前もオトコ前やった!!流石わしが作ったガルガンチュアや!」

 

「それと…あのスーツについて文句を垂れていたのだが…」

 

「なんやねん!?わしのスーツに文句あったんかあのアホ!!感動して損したわ!!」

 

離れた場所に転がっていた造魔の素であるドリーカドモンを拾い、スリル達は撤収していった。

 

……………。

 

水稲荷神社の結界内においても、アリナ達の善戦が続くのだが…。

 

「くっ!!」

 

霧化を駆使して避けようとするが、風魔法の『ザンダイン』の直撃を受け霧ごと弾かれた十七夜。

 

「十七夜!?」

 

援護射撃をするために、アリナはマギア魔法Nine Phasesを放つ。

 

複数のルービックキューブが光弾となりて影に迫るが、マカラカーンを使われる。

 

「マジでッ!?」

 

マギア魔法が反射され、アリナに向けて飛来。

 

「アウチッ!!」

 

避け切れず光弾を体に食らって倒れ込むアリナの姿。

 

「女王様ーーッッ!?私の主になんということを!!」

 

<<余所見をするとは、死にたいらしいな>>

 

「何っ!?ぐはぁ!!」

 

隙を突かれ、刀で腹部を串刺しにされたアティス。

 

そのまま蹴り込まれ、アティスの体が弾き飛ばされる。

 

「ゴハッ…この強さ…雑魚と聞いておりましたが…些か情報不足だったのでは…?」

 

迫りくる強敵に対し、ふらつきながら起き上がり手をかざす十七夜。

 

「魔法攻撃は反射されるのか…。ならば、これならどうだ!!」

 

念波を周囲に送る。

 

日本庭園のような中庭に備わっていた岩や石灯籠が宙に浮かび上がる。

 

「行けっ!!」

 

物理攻撃に近い魔法攻撃とも言えるマハサイを駆使する攻撃。

 

無数の飛来物が迫りくるが、影達は霞の構えで迎え撃つ。

 

「そ、そんな!?」

 

次々と迫りくる飛来物を連続で斬り捨て、あっけなく地面に落ちていってしまう。

 

「チャンス!!」

 

傷だらけのまま起き上がったアリナは、攻撃用のキューブを構える。

 

キューブが光りを放ち、公の影の周囲に結界を張っていく。

 

<<ぬぅ!?>>

 

影達の姿がキューブの中に収められ、封じ込められてしまう。

 

アリナの固有魔法を駆使した牢獄結界の中に閉じ込められてしまったようだ。

 

「や…やったのか…?」

 

ふらつきながらアリナに近寄ってくる十七夜。

 

飛来してきたキューブを掌の上で浮かせていたアリナであったのだが…。

 

「……不味いかも、コレ」

 

「何っ…?」

 

冷や汗が顔を伝うアリナは結界を張る持ち主であり、結界内の光景も分かる。

 

常人なら発狂死するほどの狂った空間内で影達が放とうとする巨大な魔法を感じ取ったのだ。

 

<<周りの被害を気にしなくてもいい空間を与えてくれたのだ>>

 

<<遠慮をする必要もないということだな?>>

 

地面に刀を突きさし、放たれたのはメギドの一撃。

 

結界内で二発のメギドが炸裂し、眩い光に包まれていく。

 

「ま、不味いんだケド!!」

 

掌の上で浮かせていたキューブを捨てようとしたが、キューブが光りを放ち…。

 

<<キャァァーーーーッッ!!!!>>

 

メギドの威力は牢獄結界を破壊しただけでは収まり切らず、外の空間まで襲い掛かる。

 

周囲に放たれた万能属性魔法の威力によって、アリナ達は武家屋敷方面にまで弾き飛ばされる。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

「なんという……一撃!わたくし…感動いたしましたぞ…!」

 

壁を突き破り、屋敷の中から中庭を見るアリナとアティス。

 

牢獄結界から解放された影の一体が迫ってくるのが見える。

 

「女王様…こんな時に言うのもあれですが…MAG不足でお腹ペコリンなのであります」

 

「…マジでこういう時に言うようなセリフじゃないんですケド…」

 

「申し訳ないのですが…濁ったジェム内のマグネタイトをチューチューしても宜しいですかな」

 

「……好きにしなさいヨネ」

 

俯けに倒れたままアリナに手を翳すアティス。

 

アリナのソウルジェムから穢れの感情エネルギーが噴き出していく。

 

「あ…あら……?」

 

感情エネルギーはアティスの方には向かわず、中庭の方に向けて飛んでいく。

 

「あいつ…!?」

 

公の影は怪しく光る刀を翳し、アリナから生み出されたMAGを刀を用いて吸収していく。

 

デビルサマナーのMAGを吸い取る能力を持つのが『怨霊剣』の能力のようだ。

 

<<ぐあぁぁーーーッッ!!!>>

 

MAGを吸収する公の影の向こう側では、首を掴まれて持ち上げられた十七夜の姿。

 

<<生者必滅。吸血鬼であろうとも例外ではないぞ、小娘>>

 

「十七夜!!アリナ達を残して逃げてもいいカラ!!!」

 

「断…る……!!」

 

愛する仲間のために最後まで戦おうとする十七夜の腹部に目掛け…。

 

「がはっ!!!」

 

怨霊剣が突き刺さり、刀身が大きく背中から突き出す光景。

 

「まだだ…まだ終わりではないぞぉ!!」

 

首を掴む腕を両手で掴み、吸血魔法を放つ。

 

影の体から血と魔力が噴き出し、吸血しながら回復しようと努めるようだが…。

 

「なんだ…か、体が……!?」

 

手の先から石へと変化していくことに気が付く十七夜。

 

足元も石化していき、石化現象は体の上部に向けて進んでいく。

 

<<我が飛び首の一撃、汝を死へと誘うだろう>>

 

相手にダメージを与えると同時に、石化や魅了などの状態異常を付着させる攻撃が十七夜を蝕む。

 

分霊である雑魚だと侮っていたようだが、絶体絶命の状態にまで追い込まれてしまったアリナ達。

 

千年を超えて関東の守護神を務めてきた将門公とは…それ程までの存在であったのだ。

 

「……女王様」

 

腹部から血を流すアティスが立ち上がり、迫りくる影に向けて歩いていく。

 

「私の死を超えて……勝利という再生の美を描いて頂きたい…」

 

「変態デビル……?」

 

最後の力を振り絞り、逆手に持つ刃を突き立てんと公の影に飛び込む姿。

 

<<手打ちにしてくれる>>

 

八相の構えとなり、飛び込んでくるアティスに目掛けて左薙ぎ。

 

「が……あっ……」

 

アティスの首は跳ね落とされ、飛び首となって宙を舞う。

 

だが…残されたアティスの体が光りを放つ。

 

「何が起きてるワケ…?」

 

「この温かな光は…一体…?」

 

仲魔達に向けて光が舞い降り、傷も魔力も全快していく。

 

命を捨てて味方を完全回復させる回復魔法である『リカームドラ』の光だ。

 

石化が解けた十七夜は蝙蝠化を用いて刀身から抜け出し、光で目が眩んだ影の背後に回り込む。

 

実体化して鎧甲冑の背中に向けて右手を翳す。

 

「この距離なら外さん」

 

<<貴様…!?>>

 

サイの念波を放ち、相手を拘束。

 

<<ヌォォォォーーーッッ!!!?>>

 

宙に浮かぶ公の影に対し、右手に力を込める。

 

「はぁッッ!!!」

 

開いた手が握り込まれると同時に、影の体は一瞬で圧縮され押し潰された。

 

小さな肉塊が弾け、MAGの光を空に向けて放つ光景に気が付いたのは、もう一体の影。

 

<<おのれぇぇーーッッ!!!>>

 

影の一体が倒された事に気が付き後ろを振り向いた迂闊さを、アリナは逃さない。

 

<<何っ!?ぐおおぉぉーーーーッッ!!!>>

 

背後を振り向けば、巨大な手によって鷲掴みされて持ち上げられていく。

 

召喚されていたのは、武家屋敷の天井を破壊する程の巨大な体を持つ邪神パズスだ。

 

「状態異常に耐性を持つ者か…。楽には死ねんぞ」

 

掴んだまま青白い炎を噴出させ、公の影を焼いていく。

 

<<グォォォーーーッッ!!!>>

 

掴まれたまま体を焼き尽くされていく影の姿。

 

首から下を掴まれた状態ではあるが、伸ばしていた右腕と刀はまだ動かせる。

 

最後の力を振り絞り、公の影は首の裏に刀の刃を向ける。

 

<<我の魂は公と共に有り!!そして公の魂も…新たなる後継者と共に有り!!>>

 

自ら首を跳ね落とす。

 

飛び首となった頭部が空中で浮かび、パズスに目掛けて最後の特攻。

 

眼前で自爆し、周囲が白煙に包まれる。

 

白煙が晴れれば…左手で顔を覆い、爆発を防ぎ切ったパズスの姿が現れた。

 

「最後まで武士であったか…見事なり」

 

異界が解け、寺社内に戻ったアリナ達。

 

「変態デビル…グッジョブだったんですケド。使えるヤツだと分かって、アリナも安心したカラ」

 

アリナと十七夜の前には、宙に浮かぶ神鏡。

 

上を見上げ、頷いたパズスは右手の人差し指を鏡に向ける。

 

神鏡はパズスの業火で熱破壊。

 

同時に、北斗七星結界を繋ぐ起点の一つが消失する余波が周囲に広がっていった。

 

「獅子でもある我は常に汝と共にある。いつでも呼ぶがいい」

 

「どうしてライオンだと、常にアリナと共にいたくなるワケ?」

 

「…いずれ分かる時が来る」

 

――獅子とは、金星の女神と縁が深い存在だからだ。

 

そう言い残して、パズスはアリナのキューブの中へと戻っていった。

 

「…生き残れたのは自分達だけか。アティスがいてくれなければ…死んでいたな」

 

「そうカモ。後でフェニックスの蘇生魔法で生き返らせてあげてもいいヨネ」

 

「そうだな。だが…ご褒美の鞭を要求されそうな気がする」

 

「アリナにも…ヒールで踏んで欲しいって要求しそうなんですケド」

 

「…やっぱり、生き返らせてやるのは止めとくか?」

 

「変態さえ無かったら、マシなデビルだったんですケド」

 

夜空に流れ星が見え、泣き崩れるアティスの影が見えたような気がした。

 

踵を返し、2人は寺社を後にしていく。

 

北斗七星結界を繋ぐ起点は次々と破壊されていく。

 

同時に、結界の効力が切れてきたのか夜空に巨大な施設の影が見えてくる。

 

人間には見えないが、魔法少女やデビルサマナー…それに悪魔達にはその影が見えている。

 

「あれが邪教のアトリエ…?」

 

「だと思う…。あれ程の巨大な施設が東京の空の上に隠されていたとはな…」

 

「フフッ♪楽しみだヨネ…アリナは絶対にあのアトリエを手に入れてみせるんだカラ」

 

リムジンに乗り込み、合流地点へと向かう。

 

坂東宮攻略戦は最終局面を迎えようとしている。

 

移動指揮車内では神鏡破壊の情報が伝えられていき、表示された地図には印がついていく。

 

「……我も動く」

 

「ご武運を、バアル様」

 

移動指揮車内から姿を消し、バアル神であるモロクは将門首塚を目指す。

 

日の本の守護を担ってきた神々の輝きは…次々と消えていく。

 

その光景は、この国がさらなる闇に飲み込まれていくかのようにも見えてくる。

 

それでも、憂国の烈士達の顔に憂いはない。

 

なぜなら…国を憂う志しを継いでくれる男と、出会えたから。

 




長くなるので二つに分けます。
敵側にもコミカルなキャラを突っ込むと生き生きさせられて良いですよね。


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153話 継がれる魂

将門首塚の結界である坂東宮の最奥。

 

地底湖中央にある将門公の社の前では篝火が焚かれ、陣床几椅子に座る将門の姿が見える。

 

白いハチマキを頭に締め、合戦に赴く武将のような緊張感を放つ姿。

 

腕を組み目を瞑り、戦場の状況を把握していく。

 

「……済まんな、皆の衆。我の負け戦に付き合わせてしまった…」

 

意識の世界で見える光景とは、次々と討ち死にしていく四天王と影達の姿。

 

持国天に最後をもたらしたのは、イルミナティに所属するダークサマナー最強の存在であるシド。

 

炎が弱点であった持国天は、ファフニールがもたらす業火によって焼き尽くされていく。

 

「トドメを刺しなさイ、ファフニール」

 

「グハハハッ!!コレデ終ワリダァ!!」

 

口からファイアブレスを放ち、焼き尽くされる持国天は遂に力尽き果てる。

 

「悔いは…ない…。後の…事…は…たの…む……ぞ……」

 

倒れ込んだ体が弾け、MAGを空に放出する最後となる。

 

広目天に最後をもたらしたのは、シドに次ぐ実力を持つフィネガンと腕利きサマナーであるユダ。

 

弱点は雷だと見抜いたユダはマルトを召喚、フィネガンが召喚したケルヌンノスを援護する。

 

「やれ、ケルヌンノス」

 

「これで終わりにしてくれるわ!!」

 

浮遊する鹿の頭蓋骨の上から放つ一撃とは、物理攻撃魔法の中では最上位となるデスバウンド。

 

感電して動けなくなった広目天に目掛け、複数の物理的衝撃波の津波が襲い掛かっていく。

 

「ぐおおぉぉーーーーッッ!!!!」

 

衝撃波の波の中に飲まれ、体が砕け散っていく広目天の最後。

 

「画竜…点…睛…我らの…死…は…次なる…魂を…育て……」

 

衝撃波の光の中でMAGを放出し、広目天の姿はこの世から消え去ってしまう。

 

増長天に最後をもたらしたのは、ユダと並ぶ腕利きサマナーであるマヨーネ。

 

「うおぉぉーーっ!?こんなバカでけぇ悪魔だとは聞いてねぇぞ!!」

 

どうにか罠を掻い潜り、いの一番に最奥領域に攻め込んだキャロルJではあるが…劣勢である。

 

「逃げるか小僧!!」

 

最奥領域から外に出て、武家屋敷を破壊しながら迫りくる怒れる鬼神の姿。

 

「こんなところで死ぬわけにはいかねぇ!あと少しでマヨーネの待ち伏せエリアだ!!」

 

マヨーネが残した印を頼りに、武家屋敷内を逃げ惑う姿。

 

どうにか中庭にまで飛び出すことが出来たが…背後からは屋敷を破壊しながら迫る鬼神。

 

<<口先だけの男でも、逃げ足だけは早いようね。上出来よ>>

 

中庭で光るのは…大量のC-4爆弾。

 

特殊部隊姿のダークサマナー達の指揮をとる冷静沈着なマヨーネは、罠を仕掛けておいたのだ。

 

「ぬぅ!!?」

 

次々と中庭が爆発し、増長天の足を止める。

 

「小賢しい!!人間の兵器如きで我を倒せると思うてか!!」

 

ワルプルギス戦に挑んだ暁美ほむらが用いた爆弾量に迫る爆発であったが、増長天は健在。

 

だが、視界は爆発の煙で覆われ何も見えなくなる。

 

「出てきなさい、総攻撃のチャンスよ!」

 

控えていたダークサマナー部隊が召喚管を用いて悪魔を次々と召喚していく。

 

マヨーネもむらさきカガミを召喚、魔法威力を上げる補助魔法の『マカカジャ』を全体に用いる。

 

「総員一斉攻撃!!」

 

4属性魔法の数々が次々と増長天に命中していく。

 

「ヌォォォォーーーッッ!!!」

 

攻撃を受けながらも不屈の闘志で怯まず、三叉槍を天に掲げる。

 

雷魔法の最上位であるショックウェーブを放つのだが、むらさきカガミが前に出る。

 

「アラやだ…まあまあ…ええのホンマに?おばちゃんに魔法攻撃は洒落にならんよ~」

 

巨大な鏡が怪しく光る。

 

天から放たれた轟雷は鏡によって反射されてしまう。

 

「ぐおおぉぉーーーーッッ!!!」

 

自らが放った渾身の魔法攻撃によって全身を焼かれ、絶命していく姿。

 

「託し…て…死ねる…のだ…。公よ…先に…冥府で…待っ……」

 

体が砕け散り、MAGを放出する最後。

 

マヨーネが陣頭指揮をとることにより、部隊の被害は最小限に留めることが出来たようだ。

 

「……もう出てきてもいいわよ、キャロルJ」

 

中庭の草むらから顔を出し、ガッツポーズを見せるロックンローラー。

 

「ハァ…ロックンロールでカッコつけてるつもりだろうけど、雑魚しか相手出来ない男は最低ね」

 

次々と倒されていく四天王達の最後を見届けていく将門。

 

最後に見た仲魔の末路とは…毘沙門天だった。

 

……………。

 

「ぐあぁぁーーーーッッ!!!!」

 

超巨大な蛇の尾に絡みつかれ、締め砕かれていく毘沙門天の姿。

 

巻き付かれた毘沙門天の頭上には本体であるアモンが迫り、影で覆われていく。

 

「…吾輩の優れた物理耐性の上から手傷を負わせるとは…見事なり」

 

アモンの赤い左腕は金剛棒で骨ごと砕かれ、だらしなくぶら下がっている。

 

「だが、ここまでである。汝の勇猛に敬意を示そうではないか」

 

「ぐっ……うぅ!!!」

 

巨大な右腕を持ち上げ、鋭い鉤爪で頭部を引き裂こうと構える姿。

 

<<その役目、私にやらせてもらえるかしら?>>

 

アモンの結界世界に入り込み、巨大な尾の道を歩いてくるのはリリス。

 

彼女は絞め潰されようとしている毘沙門天の頭部の前に立ち、微笑みを見せた。

 

「リリスか…。吾輩を傷つけた獲物を横取りする気であるか?」

 

「あなたを傷つけれるほどの殿方なんて、そうそういないわ。女として凄くそそられちゃう♪」

 

「ふん…流石は性欲を司る夜の女王と言ったところであるが…腹の虫が収まらぬ」

 

「あなたの怒りの感情は、私がキッチリこの男にぶつけきってみせるわ」

 

「……よかろう、やってみせよ」

 

笑みを浮かべたリリスの目が金色となり、全身から漆黒のカーテンとも言える煙を発する。

 

漆黒のカーテンが晴れれば…そこに立っていたのは巨大な大蛇を首に巻いた全裸女性の姿。

 

全身には蛇柄文様が巻き付く鎖のように描かれ、その足は鳥の鉤爪の如く鋭く尖る。

 

その姿はギルガメシュ叙事詩にて描かれた女性の妖怪と酷似し、バーニーの浮彫とも似ていた。

 

「さぁ、遊びましょう。私があなたを天国に連れて行ってあげるから」

 

首に巻かれた大蛇の頭が持ち上がり、毒々しい煙を吹き出す。

 

「だ…黙れ!!男を貶める夜鷹め!!どれだけの新生児や妊婦を狩り殺してきた!?」

 

「フッ、私は人類の数を減らす事を目的とする女。だからこそ私は()()()()()()の象徴でもある」

 

女性解放運動であるフェミニズムは市民革命であり、フランス革命の頃に生まれた。

 

人間と市民の権利の宣言における人間とは男性であり、女性蔑視を批判して世界中で巻き起こる。

 

だが先鋭化したフェミニズムは男女平等など望まず、()()()()()()()()()をもたらしてしまう。

 

同性愛や性的少数者こそ貴ばれるべきだとフェミは叫び、少子化を促し社会の男女関係を壊す。

 

21世紀のSNS社会によってフェミニズムはさらに狂暴化し、社会に害しかもたらさなくなった。

 

リリスはそんな者達の掲げる悪魔である。

 

男性や、男社会に味方する女性を排除する()()()()()()()()()()()の象徴でもあったのだ。

 

「私はある意味、魔法少女達の象徴でもある。彼女達は()()()()()になる者達ばかりですものね」

 

「貴様…魔法少女達にもフェミニズムをばら撒く気か!!?」

 

「それをもたらしたのは閣下よ。それが形になったのが…魔法少女至上主義者だったのよ」

 

「男を堕落させるだけでなく…地位まで貶める!!それ程までに男が憎いか!!?」

 

「ええ、憎いわ。私を拒絶したアダムを永遠に許さない。その子々孫々を永遠に呪い続けるわ」

 

リリスの原型となったのは、メソポタミアのリリートゥとも言われる。

 

嵐の精霊であり、初期シュメールの神話にはアダパが南風の翼を破壊したという物語に繋がる。

 

彼女(南風)は人類に敵意を抱き、神々の王エンリルの妻であるニンリルとも同一視された。

 

エンリルはニンリルを強姦し、ニンリルは強姦されたトラウマによって男性に復讐を誓ったのだ。

 

「魔法少女至上主義者はこれからも増やし続ける。魔法少女はね…すべからく愛しい私の娘達」

 

――男性を貶めてくれる復讐者…()()()達なのよ。

 

リリスもリリムもその名の由来は()()であり、百合は三相一体の女神の処女相を表す。

 

魔法少女達が女同士で恋愛していく光景を百合と呼ばれるのは、リリスが起源。

 

「魔法少女達の恋愛の障害となるのは誰?」

 

「な…何が言いたい!?」

 

「それは()()()()()()()()()()()()と呼ばれる存在。だからこそ魔法少女はフェミニストとなる」

 

「女に近寄る男は全て…憎しみの対象だとでも言うのか!!」

 

「彼女達の()()()()がそうさせる。()()()()()()の正当化としてフェミニズムを欲しがるのよ」

 

「貴様の憎しみを代行させるために…魔法少女を利用しようというのか!!」

 

「魔法少女至上主義者とは、ラディカルフェミニストよ。彼女達の嫉妬と欲望が男社会を滅ぼす」

 

「極まった邪悪な悪霊め!!貴様を滅ぼせず死ぬとは…無念極まりない!!!」

 

「さぁ、百合の名を持つ私が…男と呼ばれる邪悪な存在に制裁を与えてあげましょう」

 

右腕を天に掲げ、南風の如き豪風を空にもたらしていく。

 

空は荒れ狂い、雷鳴を轟かせる積乱雲を生み出す。

 

嵐の精霊リル(大気・風)とも呼ばれ、風の女神ニンリルとも同一視されるリリスが放つ一撃。

 

――私はアダム(男)を許さない。

 

天から落ちる神雷の一撃こそ、敵単体に特大威力の電撃属性魔法を打ち込む『ジオバリオン』だ。

 

「ヌォォォォーーーッッ!!!!」

 

天雷の神槍の如き一撃が毘沙門天を貫き、全身がひび割れていく。

 

「我…が…無念…汝に…託…す!!必ず…や…倒して…く…れ……尚紀!!!」

 

毘沙門天の体が砕け散り、空に向けてMAGを放出。

 

「見事であった。吾輩の怒りの一撃に相応しい末路であったぞ」

 

「お気に召してくれて何よりね」

 

「外の坂東宮結界も消えるだろう。吾輩は元の巨体故に、擬態し直してから合流しよう」

 

「待ってるわ、アモン」

 

そう言い残してリリスの姿は消え去っていった。

 

…旧約聖書の創世記において、リリスはエヴァよりも先に生まれてアダム(男)の妻となる。

 

だが、リリスはアダム(男)に対し()()()()()を求めるようになっていく。

 

アダム(男)はそれを拒絶し、激怒したリリスはアダムの元を去ってしまう。

 

後悔したアダム(男)は唯一神に頼み、三体の天使を捜索に向かわせることになる。

 

紅海にてリリスを発見するが…既にリリスは悪魔と結婚していたのだ。

 

天使達はリリスを脅迫する。

 

アダムの元へと戻らなければ、悪魔との間に儲けた子供達を1日100人ずつ殺していくという。

 

それでもリリスはアダムの元へ帰ることを拒否したため、殺戮は実行されるのだ。

 

この仕打に苦しんだリリスは、復讐として人間の子供達を襲う悪魔になったと伝えられていた。

 

創世記においても、リリス(百合)は男と対等になれなかった。

 

だからこそ彼女は男を憎み、堕落させ、その地位さえも貶める。

 

彼女の嫉妬、そして憎しみはフェミニズムとなって21世紀の男女社会を蝕んでいくだろう。

 

彼女の復讐心を代行する者達こそが…百合(リリス)を掲げたい女(リリム)であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

毘沙門天の最後を見届けた将門の両目が開いていく。

 

「……残るは我と、3体の影達のみ」

 

本陣とも言える将門首塚の坂東宮結界には、3体の公の影達が武家屋敷内で守りを固める。

 

だが…将門は感じている。

 

大魔王ルシファーに匹敵する程の強大な悪魔の波動が…近づいてきている。

 

地底湖の上にそびえる武家屋敷。

 

そこは既に…ゲヘナの地獄と化していた。

 

<<ぐあぁぁーーーーッッ!!!!>>

 

頭部を掴まれた影の一体が一瞬で焼き尽くされ、消失。

 

MAGの光が放たれ、恐るべき牛頭神の姿を業火の世界で照らし出す。

 

「……児戯なり」

 

左手で黄金の杯をクルクルと回すスワリングを行いながら迫ってくる姿。

 

バアル神であるモロクは、真の姿を現すこともなく右手だけで相手をしてくる余裕の態度。

 

<<ここから先にはいかせん!!我が屍によって隙を生み出す!!>>

 

影の一体が飛び込み、もう一体の影はメギドを放つ構え。

 

袈裟斬りが決まるよりも先に右手が伸ばされ、空中制止。

 

「面倒だ。纏めて消し去ってくれるわ」

 

サイの魔法によって空中で静止した影の一体は、メギドを放つ構えをした影に向けられる。

 

<<お…おのれぇぇーーッッ!!!傷一つつけられんとは!!>>

 

「分霊などに用はない。用があるのは…本霊の将門のみ」

 

嵐と慈雨の神であるバアルは、ゲヘナの炎だけでなく雷や風も自在に操る事が出来る神。

 

右手から放たれたのは、無数に生み出される真空刃の刃。

 

<<グォォォーーーッッ!!!!>>

 

二体の影はサイコロほどの細切れとなり、無数の真空刃が屋敷を次々と切断して破壊し尽くす。

 

これ程までの魔王を相手にしては、もはや迷宮という地の利は意味を為さない。

 

地球が壊れる程の天変地異を相手にしているようなものだからだ。

 

「まだ出てこんか、将門?いいだろう…全てを焼き尽くして燻り出してくれる」

 

右掌を天に掲げる。

 

武家屋敷を燃やすゲヘナの火力がさらに増大し、超業火地獄と化す。

 

地底湖までには業火は届いていないが、その燃え盛る音は将門の社にまで響いてくる。

 

「…官軍に敗戦した我が軍は自軍領土で待ち構えた。官軍共は…我が領土で焦土作戦を決行した」

 

燃え盛る業火の音が、人間の武将として生きた頃の記憶を呼び覚ましていく。

 

幻聴のようにして聞こえてくるのは、将門を新皇陛下と称えた民達の泣き叫ぶ声。

 

自責の念によって苦悶の表情を生む将門だが、迷いを払うようにして立ち上がる姿。

 

「……来るか」

 

地上を全て破壊し尽くしたバアル神は、見つけ出した階段から地底湖を目指す。

 

浮遊しながら近づき、将門の紋である九曜紋が描かれた両開き扉の前に立つ。

 

右掌を扉の前に向ける。

 

「ふんっ!」

 

ソニックブームが放たれ、扉が破壊される。

 

衝撃波は地底湖にまで広がっていき、幾重にも張った鳥居結界を一撃で破壊し尽くす。

 

岩盤が次々と地底湖に落ちる音が響く中、両腕を組んだまま動じぬ姿勢を保つ将門。

 

「……見つけたぞ、将門よ」

 

浮遊しながら将門の社前まで表れたバアル神は地上に降り立つ。

 

「残すは貴様のみ。我が名はバアル神モロク…カナンの主神であり、天地を支配する神なり」

 

残す神鏡は将門自身が守る一つだけとなっている事は、念話によって伝えられていた。

 

組んでいた腕を下ろし、怨念の如き魔力の波動を周囲に生み出す。

 

バアル神であるモロクも全身から魔力の波動を放つ。

 

互いの波動がぶつかり合い、将門の社だけでなく地底湖そのものが崩壊していく。

 

「…我が影達…そして四天王達。良き武士達であり…我にとって最高の家臣達であった…」

 

「貴様も後に続くがいい。冥府魔道の先で家臣共が待っているぞ」

 

「直ぐには逝かん。我が首級を持ち帰りたければ…貴様の首を差し出してもらおうか」

 

「ぬかせ。刀すら持たん貴様如きが、バアル神である我にどう立ち向かうというのだ?」

 

甲冑姿の将門の腰元には、公の御剣は備わっていない。

 

「我が魂とも言える刀は…次の世代に託すことにした」

 

「ほう?では貴様…我を相手にした上で、徒手空拳で戦うとでも?」

 

神に対する侮辱ととられ、牛兜の中の素顔は不愉快そうに歪む。

 

怒りの波動となり、将門の波動が押されるかの如く強力になっていく。

 

将門でさえ極めて不利な状況ではあるが…彼の口元には笑みが浮かぶ。

 

「フッ…人事を尽くして天命を待つ身だ。出し惜しみはしない…」

 

――我の真の姿……刮目して見るがいい!!!

 

合掌し、全身から禍々しい光を放つ。

 

「むぅ!?」

 

光柱が地底湖の天井を穿つ。

 

引き裂かれていく天上世界。

 

瞬間移動するかのようにして地上に降り立つバアルは…天を見上げていく。

 

「おぉ……これ程までの存在であったか」

 

そこに立っていたのは…あまりにも醜悪な巨神。

 

途方もなく巨大であり、全長は七千mを遥かに超える巨体。

 

かつての神霊クズリュウと同じく、地球の岩盤で出来ているかの如き姿。

 

こことは違う並行世界において、大陸間弾道ミサイルから東京を守ろうとした巨神と同じ存在。

 

全身全霊を用いて具現化した大霊こそ、祟り神すら超えようとしている御法神であり…破壊神。

 

平将門公の御姿であったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

将門が生み出す結界世界に聳え立つ巨神。

 

胸元に巻雲を抱きながら、恐ろしい声を放つ。

 

<<木星神マルドゥクに起源を持つカナンの主神よ。貴様ほどの相手だ…我も遠慮はせん>>

 

「ここまでの力を供えているとはな…。魔界においても最上位の魔王として君臨出来るであろう」

 

<<いらぬ世辞なり。我は平将門……関東の守護神であり、人間の守護神だ>>

 

戦いの構えをとるかの如く、巨大なる腕を振りかざしていく。

 

巨大故に動きは緩慢であるが、七千mを超える質量の拳が叩きつけられた威力は計り知れない。

 

その動きが止まる。

 

地上に立つバアル神から放たれる不気味な笑い声に警戒心をもったようだ。

 

「ククク…人間の守護神よ。その巨体で天を掴み取った気分でいるようだが…愚かなり」

 

左手に持つ黄金の杯の中身が一気に弾け、巨大な水柱を放つ。

 

「貴様は真の姿を見せてくれた。ならば、我も見せてやろうではないか…」

 

――真に天を支配する神の姿をな。

 

どす黒い水によって地上が大洪水となり、バアル神の姿も汚水の中に消え去ってしまう。

 

不浄な海と化した地上を見下ろす将門は感じていく。

 

<<この胎動は…不浄の海そのものが…鼓動しているというのか…?>>

 

赤黒く脈打つ不浄の海が膨張していく。

 

<<おぉ………なんという……姿……>>

 

巨神と化した将門の巨体をさらに超える程にまで膨張していく存在。

 

<<刮目して見るのは……貴様の方だ、将門よ>>

 

バアル神モロクの結界が生み出され、将門は取り込まれていく。

 

<<ぬぅッッ!?>>

 

視界がブラックアウトして、周囲の景色は消え去ってしまった。

 

……………。

 

…………………。

 

<<ここ……は……?>>

 

巨神と化した将門が立っていた場所は……月の大地と酷似する。

 

見上げれば、青々とした地球の球体も見えてしまう。

 

<<月…なのか?あの悪魔が生み出した異界世界とは……>>

 

推し測ることしか出来ないが、将門はそれしか考えられない。

 

<<宇宙そのものを……生み出したというのか……?>>

 

大魔王ルシファーに匹敵する程の魔王の実力に恐怖していた時…。

 

<<おぉ……おぉぉぉ……ッッ!!!>>

 

月の大地である地平線そのものがせり上がっていく。

 

月の大地では、バアル神モロクの巨体を収めきれていないからだ。

 

地球を超える程の巨大さをもって、()()()()()()()と説く。

 

現れたのは…極巨大神化したモロク像。

 

4本の腕を持ち、牛の頭と人の上半身、下半身は超巨大な生贄炉の姿だ。

 

<<バアルの称号は、雲の乗り手、強き者を意味する。天を支配する姿こそが…バアルである>>

 

<<これ程までの神であったのか…木星神マルドゥクを起源にもつ…バアル神は!!>>

 

<<天空を支配する神に逆らいし愚者め。汝に……誅伐を下す>>

 

月よりも巨大な腕を振りかぶっていく。

 

これ程までの一撃が決まれば、月どころか地球さえ一撃で破壊されてしまう。

 

<<天罰とは……こうやって下すのだぁーッッ!!!>>

 

ついに星を砕く一撃が放たれ、大きさから見ても小さ過ぎる月に目掛けて落ちてくる。

 

その光景はまるで……()()()()()()()()()()()光景。

 

<<……フッ>>

 

絶望しかない状況ではあるが…将門の心は何処か晴れやか。

 

両腕を持ち上げ、落ちてくる天空そのものに抗う覚悟を見せた。

 

<<ヌォォォォーーーッッ!!!!!>>

 

ついに直撃した一撃により、月そのものが砕けていく光景。

 

両腕で抑えきることも出来ず、将門の巨体は月の中心核にまで打ち込まれようとしている。

 

星を『ぶっ潰し』てしまえる程の一撃こそが、真の天空神が与える天罰なのだ。

 

質量に耐え切れず、巨神の体が砕け散っていく。

 

<<フフッ……いいものだな……>>

 

薄れゆく意識の中で絶命しようとする将門は……最後の言葉を呟いた。

 

――意思を…継いでくれる人が…いるというのは……。

 

……………。

 

…………………。

 

バアルの結界と将門の結界が同時に解ける。

 

将門首塚の前には、一瞬で擬態し直したモロクが立つ。

 

墓石の前に転がっていたのは…全身を破壊されて首だけとなった将門。

 

その頭部も光を放ち、MAGとして弾けようとしている。

 

「…敗北者の表情ではないな」

 

最後を見届けるモロクが感じた将門の死に顔とは…安心したかのような安らかな表情。

 

残っていた頭部が弾け、MAGを放出。

 

東京の夜空に向けて牛兜で覆われた顔を向けていく。

 

夜空で光り輝くのは、宇宙の熱として利用されまいと流れていく複数のMAGの光。

 

光が流れていく先とは…一体…。

 

「天空に抗うその覚悟…見届けた。汝こそが…この国で一番の武士であろう」

 

視線も向けずに右手を墓石に翳していく。

 

首塚の前で浮いていた神鏡は…首塚ごと破壊されてしまった。

 

北斗七星結界を繋ぐ起点の最後が消え、ついに北斗七星結界は崩壊してしまった。

 

……………。

 

イルミナティを象徴するかのような梟の像が立つ経団連会館前では、サマナー達が集う。

 

「……始めなさイ、アリナ」

 

経団連会館ビルの屋上には、右掌を夜空に向けて構えたアリナの姿。

 

「あれが……邪教のアトリエ……」

 

東京の夜空に出現した巨大施設を見て息を飲みこみ、右手に生み出したキューブを展開させる。

 

「アハッ……アハハハハ!!」

 

――さいっこーだヨネーーーッッ!!!

 

夜空に巨大なキューブが生み出され、顕現した邪教の館が封じ込められてしまう。

 

その光景を見届けたバアル神は、作戦に参加した者達全員に念話を送るのだ。

 

<作戦は完了した。皆の者、大儀であった>

 

念話を伝え終えたモロクは踵を返して歩き去っていき、首塚から出る頃には蜃気楼と化した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

胸騒ぎで眠れなかった尚紀はベットから起き上がり、家から出て行く。

 

家着であるカンフーズボンとチャイナジャケット姿のまま夜道を歩いていく姿。

 

気が付けば稽古場の一つである竹林に訪れていたようだ。

 

左手には、将門から譲り受けた将門の刀。

 

正座し、刀を地面に置いてから瞑想を始める。

 

神経を研ぎ澄まし、いつでも戦いに赴ける状態にまで心を落ち着けようとする姿。

 

だが、目を瞑った彼の意識世界に現れた存在達がいた。

 

<<……我の後継者よ>>

 

正座している尚紀の前に立つようにして、暗闇の中から現れたのは将門公。

 

後ろから歩いてきたのは四天王達。

 

<<久しいな、尚紀。生きているうちに汝と出会えなかったのが…残念だ>>

 

<<この世界で汝と相見える事が出来なかったとしても…>>

 

<<我らの魂は…汝のために、残して去ろう>>

 

<<我らは常に、汝の傍にいる。公の御剣と共にな>>

 

四天王達が消えていく。

 

最後まで残っていた将門の口元には…笑みが浮かぶ。

 

<<よそにても 花の匂ひの 散り来れば 我が身わびしと 思ほえぬかな…>>

 

離れていても、花の香りが散ってやってくる。

 

私の身の上が、わびしいものとは思わない。

 

将門が残す短歌の意味だ。

 

<<人間の守護者として…満開にまで咲き誇ってくれたな……尚紀>>

 

――汝と出会えた天命を…心から感謝する。

 

尚紀の両目がカっと開く。

 

一瞬の出来事であったが、確かに彼は感じたのだ。

 

「将門…毘沙門天…?それに、他の鬼神達の声まで聞こえた気がした…」

 

地面に置いた将門の刀を見て、異変に気付く。

 

「これは……感情エネルギー?」

 

空から降り注ぎ、公の御剣に吸われていくのは憂国の烈士達の感情。

 

公の御剣もまた怨霊剣であり、感情エネルギーであるMAGやマガツヒを吸う力を秘めていた。

 

「何だ!?」

 

大切な同志達の魂が…公の御剣に変化をもたらす。

 

刀の鍔が変化していき…666の悪魔を象徴する黄金の鍔となっていく。

 

666を表すのは、三つのマガタマが渦を巻く形となる()()()()

 

三つ巴の間には、()()()()を表す花菱の図を透かして形作られたのだ。

 

MAGの光に包まれた刀を持ち上げ、鞘から刀身を引き出す。

 

剣を通して、熱き漢達の最後の光景が観えてくる。

 

「…何故だ将門?何故俺を遠ざけた……俺も戦いに参加していれば……」

 

――お前達を……死なせずに済んだ筈なのに!!!

 

感情エネルギーが宿った刀身を鞘に戻し、MAGの光が収まっていく。

 

尚紀の瞳からは…雫が零れ落ちていく。

 

「くそぉぉぉーーーーッッ!!!!」

 

将門の刀を抱きしめ、慟哭とも言える叫びを発していく姿。

 

…東国武士の祖、平将門公の魂は受け継がれた。

 

家臣達とも言える四天王の魂をも背負い、人修羅は生まれ変わるだろう。

 

関東の守護神であり、人間の守護神となるのだ。

 

託された意思は、継がれていく。

 

()()()()として。

 

……………。

 

2月も近づいてきた頃。

 

見滝原某所の超高層ビルの貸し会議室からアリナは出てくる。

 

ダークサマナー達との会合を終えた彼女はエレベーターに向かう。

 

屋上のスカイガーデンにまで赴き、高層ビルの景色を静かに見つめる姿。

 

後ろから近づいてくる人物に気が付くが、後ろ髪を風で揺らす彼女は振り向く素振りを見せない。

 

「……ねぇ、邪教のアトリエで行われてる実験について、聞きたいんだケド」

 

サングラスを押し上げ、アリナの質問を聞いていくのはシド・デイビス。

 

「悪魔合体の禁忌…人間と悪魔の融合合体。これを望むこソ、イルミナティは邪教の館を欲しタ」

 

「グノーシス主義連中だカラ、そう望むのは自然なワケ。連中が望むのは…次元シフト」

 

「ミトラス秘儀とメルカバー神秘主義。イルミナティの魔術のルーツとハ、エジプトでス」

 

「政治の中心はローマだった頃、文化の中心はエジプトのアレキサンドリアだっけ?」

 

「その頃に秘教的思想が多く生まレ、ユダヤコミュニティにも影響を与えましたネ」

 

「ユダヤ神秘思想はペルシャ系マギの中心教義を取り入れた。後でメルカバー神秘主義になった」

 

「メルカバー神秘主義の目的とハ、至高神との融合。メルカバーの車輪とも言える天使となル」

 

「ケルビム…たしか、ユダヤのアークを守る天使でもあったっけ?」

 

「グノーシス、そしてカバラは密教と通じまス。目的は至高天に上リ、全知全能神となル」

 

「だからイルミナティの13血統連中や、黒の貴族達はゴッドを自称してたってワケ?」

 

「我らは神の車輪となル。我々を率いる神とハ…サタン様でありルシファー様なのでス」

 

「それは良いケド…実験で成功したヤツいたワケ?」

 

シドは溜息をつき、首を横に振る。

 

「未だに成功者はいませン。人間と悪魔を合体させれバ…どうしても自我を悪魔に喰われル」

 

「ヒューマンだった頃の自分は欠片も残らず、デビルになっちゃうってワケ?」

 

「黒の貴族の方々ヤ、13血統の方々はそれを望まなイ。自らが支配側になりたいのでス」

 

「フン、あのルシフェリアン共だって、元を辿ればデビルの血筋なのに…」

 

「だからこソ、悪魔に吸収される確率も極めて高イ。並の人間でさエ…成功者はいませン」

 

「八方塞がりって感じだヨネ。期待して損したんですケド」

 

「期待…?アリナ、アナタは何を企んでいるのですカ…?」

 

不気味な笑みを浮かべたアリナだが、とぼけるように両手を横に上げる仕草。

 

強いビル風が吹き、アリナの後ろ髪を大きく揺らす。

 

「…そろそろ、ビッグストームが来ると思う」

 

サングラスを指で押し上げるシドの口元にも、不気味な笑みが浮かんでいく。

 

「世界中の生体エナジー協会で育てていたマニトゥハ、膨張率が限界近くになりましタ」

 

「なら、この国に持ってくるんだヨネ?」

 

「えエ、最大級のタンカーの船底に積まれて運ばれまス。大船団となるでしょウ」

 

「なら……いよいよだヨネ」

 

「その通リ。いよいよ始まるのですヨ……」

 

――この世界二、()()()()()()を与える日ガ……来るのでス。

 

風雲急を告げる世界。

 

神浜に根差した人間の守護者は、再び東京を舞台にして死闘を繰り広げる日が来るだろう。

 

見滝原で暮らす悪魔と魔法少女達も、イルミナティと関わっていく。

 

そして、それぞれの思いを秘めたデビルサマナー達も動き始めるのだ。

 

全ての舞台の中心地となるのが…関東の中心街である首都、東京。

 

今再び、東京の守護者の戦いが始まる。

 




アリナ編ラストなので、めちゃんこ盛ったお話でした。
いつかモッさん相手に宇宙規模のバトルを描きたいものです。
これにてアリナ編は終了となりますので、次回からは五章織莉子編がスタートしていきます。


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美国織莉子編
154話 テオーリア


かつての世界、ボルテクス界からは外れた世界である…魔界。

 

アマラ宇宙の深界…アマラ深界と呼ばれる領域。

 

ここには、新たなる混沌の悪魔を誕生させるために集まった強敵とも言える悪魔が跋扈する。

 

また、LAW陣営からは最高位の天使の刺客も現れることになるだろう。

 

かつての世界において、人修羅として生きた嘉嶋尚紀はアマラ深界を堕ちていく。

 

世界の真相に至るために。

 

数々の悪魔や神々、魔王達を打ち倒していく強さを示すうちに人修羅は辿り着く。

 

墓標の間と呼ばれる場所に。

 

ここは、かつてボルテクス界で戦った強敵達が宿る墓場とも言える領域だ。

 

かつての強敵達と再戦することになるだろうが、死した者達が形を成せるのは僅かな時間のみ。

 

それさえも蹂躙する力を宿し、全ての墓標から認められた者のみが辿りつけるだろう。

 

アマラ深界に隠された…666の領域へと。

 

……………。

 

アマラ深界の扉を開き、墓標の間へと入ってくる人修羅の姿。

 

「……………」

 

両目は真紅に染まり、心は人にあらず。

 

アマラの最奥に堕ち、ルシファーによって人の心を破壊された…完全なる悪魔。

 

全てのコトワリを破壊し、全てのマガタマを手にした者であり、力を全て引き出した者。

 

ボルテクス界においては並ぶ者無き者だと恐れられ、称えられた者は…後にこう呼ばれるだろう。

 

…混沌王だと。

 

「……なんだ?」

 

後ろを振り向けば、仲魔達の姿が消えている。

 

「…分断してくるか。全ての墓標の間は攻略した…次は何が出てくる?」

 

仲魔達から分断された彼だが、恐れも知らず墓標の間の中に入ってくる姿。

 

今の彼の力は完成され尽くしている。

 

恐れる者などいないのだ。

 

中央に近寄ろうとした時、空から現れた一体の悪魔。

 

「お前は……ケルベロスか。どういうつもりなんだ?」

 

現れたのは、トウキョウ議事堂辺りからついて来ていた仲魔であるケルベロス族の悪魔。

 

白いライオンを思わせる姿をした獣であり、尾は力強き龍の尾を持つ。

 

ケルベロス族の個体は様々であり、この個体は三つの頭ではなく一つの頭しかない存在だ。

 

【ケルベロス】

 

ギリシャ神話の冥府タルタロス門の番犬。

 

地獄に許可なく入り込もうとする者や、地獄から脱出しようとする者を見張る役目をもつ。

 

ヘシオドス神統記によれば、蛇巨人ティホンと蛇の下半身を持つエキドナの子とある。

 

ギリシャ神話だけでなく、ダンテの神曲やスペンサーの妖精の女王でも三つ首姿で現れるという。

 

ヘラクレスの受けた12の試練において一番最後に登場し、生け捕りにされる逸話を残した。

 

「…ヨク来ナタ、強キ者ヨ。我ハ汝ノ如キ強キ者ヲ待ッテイタ」

 

「どういうつもりなんだと聞いている。仲魔のフリをして…俺の命を狙っていたか?」

 

「我ハ汝ト共ニ旅ヲシ…ソノ力ヲ見極メタ。我ガ主人ガ…汝ニ会イタガッテイル」

 

「お前の主人だと…?」

 

「サァ、我ガ主人ノトコロニ来ルノダ」

 

ケルベロスが雄たけびを上げる。

 

視界がホワイトアウトし、気が付けばそこはアマラ深界の一本道。

 

<<サァ、奥ヘ進ムノダ。我ガ主人ガ待ッテイル>>

 

「俺だけに用があるようだな。いいだろう…お前が隠していた主人とやらの相手になってやる」

 

ケルベロスの念話に促され、人修羅は一本道を進んでいく。

 

この領域こそ、墓標の間を全て突破した者しか入れない領域。

 

アマラ深界にあっても幻と言われる…地下666階エリアだ。

 

一本道の最奥にあった黄泉の石室の扉を開ける。

 

中は墓標の間と同じであり、2つの墓が出迎えた。

 

「なんだ……?」

 

2つの墓が光り輝き、一体の男神と一体の女神の姿を具現化させていく。

 

その姿は日本神話の神々を思わせる御姿。

 

両者の背中は、光背(こうはい)と呼ばれる円光を輝かせる。

 

後光とも呼ばれ、キリスト教においては天使の輪として知られていた。

 

後光の輪を輝かせる女神が口を開く。

 

「ついに、ここまで辿り着いたのですね、尚紀」

 

後光の輪を輝かせる男神が口を開く。

 

「我は、イザナミと共に長きに渡り大八島(日本)を見守ってきた」

 

「イザナミだと…?だとしたらお前は……イザナギか?」

 

【イザナギ・イザナミ】

 

古事記によると、別天津神に次いで現れた神代七代の中で、七番目に現れた神々。

 

女性側のイザナミと対になっており、二人はこの日本を造った天津神である。

 

イザナギとイザナミは別天津神である五柱神に呼ばれ、国生みを命じられた存在。

 

雲の上から天沼矛で島を寄り集め、出来上がったオノゴロ島に天下ったという。

 

彼ら夫婦が産んだ子供達が日本の島となり、自然を司る三十五柱の神々も産んだ。

 

しかし、火の神である火之迦具土(ヒノカグツチ)を産む際、イザナミは焼け死んでしまう。

 

怒り狂ったイザナギは、生まれたばかりのヒノカグツチを斬ってしまう日本神話が残されていた。

 

「世界が定めにより滅び……我らは力を持たぬ姿となってしまった」

 

「……………」

 

「力を振えぬ私達は…私達に代わり、未来を託す事の出来る者を待っていました」

 

――そしてそこに、あなたが来たのです。

 

言わんとしている事を理解した人修羅の口元には、邪悪な笑みが浮かぶ。

 

「ククク……ハハハハハハハッッ!!!」

 

人の心を無くした悪魔の狂った笑い声。

 

イザナギとイザナミも押し黙る。

 

「未来を託すだと…?お前ら、人違いか悪魔違いでもしているんじゃねーのか?」

 

「……………」

 

「俺は…この世界をぶっ壊したい者。全てのコトワリを破壊し…世界を生む光を破壊したい者さ」

 

尚紀の心にあるのは、喜怒哀楽のうち半分を失った心。

 

怒りと哀しみしか残らなくなり、それは憎悪と憤怒の業火となって彼の心を破壊し尽くした。

 

望むのは…世界に滅びの定めを与えた唯一神に復讐することのみ。

 

「…確かに、今の君では……このボルテクス界に破滅をもたらすだろう」

 

「あなたの手で、生まれ出でる筈の宇宙の輪廻は断ち切られ…原初の混沌しか残りません」

 

「世界の未来が視える者達か。なら、なぜ俺に…そんな言葉を言ってくる?」

 

「あなたにはまだ…可能性が残っています」

 

「可能性…だと?」

 

「君は人であり悪魔、人修羅だ。今はもう悪魔でしかないのかもしれないが……」

 

「それでも、あなたにはまだ…人の可能性が残されているのです」

 

「くだらない。人の心ならアマラの最奥に捨ててきた」

 

「それを取り戻してくれる者がいる。……君の隣にいるのだ」

 

「俺が捨ててきた……人の心を取り戻す者…だと?」

 

「その者は…この世界をあなたが破壊した後に、あなたに立ち塞がるでしょう」

 

「己の命を懸けてでも…君を止める者だ」

 

「フン、ならばそいつを超えて……俺は先に進むだけだ」

 

「尚紀よ、君に力を渡そう。この混沌に満ちた宇宙から君が新しい世界を作り出せるよう」

 

「そう、かつて私達が出会った時…そうしたように……」

 

「俺の言葉を聞いていたのか?俺はこの世界を破壊し、混沌に作り替える者だ」

 

「たとえこの世界を君が混沌に変えようとも…世界とは無限につらなっている」

 

「違う世界にこそ、私達は希望を見出せたのです。だからこそ…私達はあなたを選びました」

 

人修羅の体に不思議な光が溢れて来る…。

 

「体に力と素早さが溢れて来る…。これなら一回の行動で、二回分の行動力が示せられるな」

 

「あなたは陰陽を司る存在。一つだけでなく、二つを司る者です」

 

「君の心から、人の心を捨てきることは出来ない。陰陽とは常に…表裏一体なのだ」

 

「…チッ、力をくれた事には礼を言ってやるが…俺が世界を救う者だと考えるなら……」

 

――救いようのない、大馬鹿野郎共だぜ。

 

踵を返し、黄泉の石室を後にする。

 

外で待っていたケルベロスと合流して、人修羅は最後の戦いへと赴きに向かっていった。

 

「…さよなら、尚紀。私達の務めは終わりました。あなたの活躍を願っています」

 

「そして…次の世界の希望を託す。君こそが…我らが生んだ日の本だけでなく…」

 

――世界の太陽となる者だ。

 

――その身に天恩のあらんことを……。

 

……………。

 

…………………。

 

かつての世界から離れた並行世界。

 

ここは、魔法少女と呼ばれる者達が存在する世界だ。

 

その者達が生きる星を高天原(たかまがはら)から見守るのはイザナギ。

 

「…尚紀。君はこの世界に流れ着き、イザナミと我が期待した通りの人物にまで成長してくれた」

 

彼の隣には…イザナミの姿は見えない。

 

彼女は創成の世界においては、元の女神の姿で在れた。

 

しかし、ここは未だに神々を観測して語り継ぐ者達が生きる世界。

 

概念存在であるため、イザナミは古事記の神話通りの末路を辿ってしまっていた。

 

天上世界から日本を見下ろすイザナギの表情は…憂いに満ちている。

 

「君は大きな罠を張り巡らせる者達と戦うことになる。日の本だけでなく世界を罠にかける者だ」

 

世界を見守ってきた者として、この地球を乗っ取ってしまった民族の事には気が付いている。

 

その民族の一部が日本に渡来し、己の血筋である天皇家と深く関わる集団となったことも。

 

「漢波羅(カバラ)秘密組織として誕生した八咫烏…。彼らは祭祀を司るヘブライ組織である」

 

左手を掲げれば、光の菊の花が生み出される。

 

それは天皇家を象徴する十六菊家紋と同じ菊の花。

 

天上世界から遥か彼方に視線を向けていく。

 

その先にあったのは…シュメール、メソポタミア文明が起こった地域である中東イラク方面。

 

「今の日の本を象徴する皇帝とは…表の天皇ではない。()()()()を務める者達なのだ…」

 

左手に力が籠るほど強く握り、菊の花は散ってしまう。

 

花びらが舞い、高天原から風に揺られて下界へと消えていく花びらを見つめる国生みの神。

 

「今の日の本に…太陽無し。あるのは祭祀を司る月の一族…ヘブライのレビ族の末裔だけだ」

 

イザナギの姿が消えていく。

 

最後にイザナギは…尚紀に対してかつての世界と同じ希望を託す言葉を残して消えた。

 

「尚紀…我とイザナミが生んだ日の本国の…新たなる太陽神となってくれ…」

 

――太陽神である()()()()()()()()()となりて…太陽の如き光となって欲しい…。

 

――君こそが、黒き夜空を照らす太陽…明けの明星だ。

 

――かつての世界で我に仕えてくれたケルベロスよ…この世界でも、彼を支えてやってくれ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

季節は戻り、2019年の7月頃。

 

ここは見滝原市郊外に新しく作られた高級住宅街である五郷。

 

見滝原市内にまで行ける駅の入り口横では、政治活動を行う少女がいた。

 

「皆さん聞いて下さい!この国の政治は乗っ取られています!!」

 

うら若い乙女の声を張り上げるのは、美国織莉子の姿。

 

「この国の政治に…右も左もありません!あるのは()()()()()()()()()達からの命令だけです!」

 

ジャパンハンドラーズとは、米国から訪れる知日派政権スタッフ。

 

政府の手法や行動パターンを知り尽くし、日本を米国に有利な様に仕向けることを目的とする。

 

「この国の政治が掲げるマニュフェストは嘘!本当のマニュフェストは…()()()()()()()です!」

 

【日米合同委員会】

 

日本のエリート官僚と在日米軍の高級軍人からなる組織。

 

日本側代表は外務省北米局長、アメリカ側代表は在日米軍司令部副司令官が務めるという。

 

都心の米軍施設や外務省の密室で、日米地位協定の解釈や運用について人知れず協議を重ねる。

 

米軍の特権を維持するために数知れぬ秘密の合意=密約を生みだしていく。

 

密約は、日本の国内法(憲法体系)を無視して、米軍に治外法権に等しい特権をあたえていた。

 

これには米国側の駐日公使も激怒している。

 

――軍人が他国の官僚と直接協議をして指示を与えるなんておかしい。

 

――こんな占領中にできた異常な関係はすぐにやめるべきだ。

 

第93代内閣総理大臣を務めたことがある、行政経験の浅い野党議員も言葉を残す。

 

――日米合同委員会の決定は、憲法よりも優先される。

 

――総理大臣の私はそれを知らなかった。

 

彼が日米合同委員会に気が付いたのは、普天間基地の移設先は県外だと主張した時だ。

 

沖縄県民の怒りを汲み取った形だが、米国の圧力とその意を受けた外務官僚や防衛官僚が抵抗。

 

これによってあっけなく挫折を迎え、野党政権は3年という短命によって幕を閉じた。

 

「米国は日米合同委員会を通して日本を()()()にしています!日本の官僚達は売国奴です!!」

 

道行く人達に叫び続けるが、誰もその声に耳を傾けたりはしない。

 

あるのは差別に満ちたにやつき顔と嘲笑のみ。

 

「見て、あの子。あれって美国織莉子じゃない?」

 

「この前のニュースでやってたな。汚職政治家の娘が政治活動を始めやがったのか?」

 

「親が汚職政治家なら、娘は陰謀論者とくる。救いようのない連中だぜ」

 

彼女の必死な叫びに待っていたのは、周りから浴びせられる揶揄と嘲笑。

 

人は自分の知識の外側にある知識を理解出来ない。

 

だが、なぜか人は物事の表面だけをとらえ反応し、思考停止する。

 

そういう風に人間の脳は出来ている。

 

それでも織莉子は負けない気概を見せた。

 

「官僚達は米軍に脅されてます!要求を断れば…在日米軍基地がこの国を攻撃出来るのです!」

 

<<デマばかり垂れ流してんじゃねぇ!!この反日娘が!!>>

 

SNS政治スレッドでは、日常的に見る光景である…悪のレッテル張りの声。

 

<<アメリカは日本の友好国だ!!こいつは日本を中国や北朝鮮に売りたいだけなんだ!!>>

 

「違います!!どうか…どうか調べて下さい!!私の言葉は嘘じゃありません!!」

 

<<陰謀論者はデマばかり垂れ流す!!権威ある専門家が言ってる言葉が正しい!!>>

 

「どうして…?どうして私の言葉じゃダメなんですか!?何でデマだって決めつけるんです!!」

 

権威主義民族日本人が垂れ流すお決まりのセリフを浴びせられ…涙目となる織莉子の姿。

 

肩無しのド素人が言う事=陰謀。

 

肩書き有りの専門家が言う事=事実。

 

メディアに出てくる専門家たちが、どのようにして利権を築くのか考えもしない。

 

専門家だからこそ、多くの言い訳が並べられると疑わない。

 

自分では何も調べず、権威に全てを丸投げして思考停止する()()()()()

 

尚紀と出会って成長した青葉ちかがこの場にいたなら、憤怒によって顔が歪んでいただろう。

 

「政治家や専門家は民衆を騙してます!嘘つき論理学を手に入れた者が支配者側になるんです!」

 

「君!!いい加減にしないか!!!」

 

声を荒げて近づいて来たのは警官達。

 

「近隣の住民達から通報を受けてきた。今直ぐ迷惑活動をやめて家に帰りなさい」

 

「何故ですか!?文科省大臣は学生の政治活動を認めてます!学校や教育委員会にも届け出を…」

 

「住民達が迷惑してると言っている!!騒音罪でしょっ引かれたいのか?」

 

「そんな…私は拡声器さえ使ってないのに騒音罪だなんて!!あんまりです!!!」

 

まるで戦前の大日本帝国時代で起きてきたファシズム光景。

 

政府を批判する政治運動を行う者は、()()()()()によって逮捕される。

 

いわれのない弾圧が行われ、独裁政府に反対する者達は次々と投獄され死刑にされていく。

 

自由民主主義国である日本においては、憲法21条の表現の自由で守られているはず。

 

なのに公益と公の秩序が優先され、害があると判断されたら踏み躙られる全体主義。

 

民衆が主権を持つ国において…あってはならない光景。

 

憲法21条とは、独裁政府に立ち向かう民衆にとっては絶対に必要な権利であった。

 

「家に帰りなさい。子供は教師から()()()()()()()()()()()()()()であればそれでいい」

 

……………。

 

「グスッ…ヒック……あぁぁぁぁ~~……ッッ!!!」

 

部屋の中では、布団の中で蹲り泣き続ける織莉子の姿。

 

無理やり解散に追い込まれたうえで…人々からゲラゲラと嘲笑われたのだ。

 

15歳の少女に対し、大人達が振りかざす…えげつない行為。

 

神浜人権宣言の時に尚紀が叫んだ言葉通りの光景。

 

SNS社会でもそれは同じであり、根拠をもって批判する者達さえ悪として扱われ嘲笑されるのだ。

 

「お父様もきっと…この苦しみを味わったのよ…。()()()()()()()()()()()()()()を…」

 

日本人特有の無思考な振る舞いが…少女の心を切り裂いていく。

 

公共教育、サブカル、SNS、バラエティやスポーツやセックスという衆愚情報に汚染された末路。

 

植民地主義に利用されているとも知らず、眠れる羊として飼育されていく。

 

大衆のマインドは考えない娯楽に流されて行く者となり、個を喪失して全体主義化をもたらす。

 

御上万歳である江戸時代的専制政治を望む民族こそ…自由も民主主義も理解しない日本人の姿だ。

 

「お父様は…国際金融資本家と売国ディープステートに抗おうとした。だからこそ…嵌められた」

 

愛した父親と同じ苦しみを背負うことにより、彼の無念の気持ちが痛いほどに分かってしまう。

 

織莉子の父、美国久臣の憂いと義憤に鼓舞されるかのようにして、彼女は布団を跳ね除けた。

 

「負けたくない…私達国民を劣る者だと嘲笑う者達に。連中の()()()()なんかに…負けないわ」

 

――お父様…私は貴方を苦しめる一端を担った不出来な娘。

 

――だからこそ、貴方を苦しめた私の才覚を持って…世直しの道を進みます。

 

「それこそが…お父様の絶望にトドメを刺した罪を清算する…罰だと信じます」

 

そう言い残し、政治活動で使うための道具を自作するために部屋から出て行ってしまう。

 

美国織莉子を父と同じ政治の道に突き落とした存在こそが…八重樫総理大臣。

 

彼は国際金融資本家達の手口の紐解きとなる手がかりとして、シオンの議定書という書籍を託す。

 

そして…こう呟くのだ。

 

――私は思う。

 

――君が…政(まつりごと)をやったら、面白かろうと。

 

――彼女が政に関わり、父親と同じく()()()()()()姿()が見たい。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

料亭から出て来たのは、日本メディア幹部達と八重樫総理。

 

待たせていた車に乗り込み、総理はその場を後にしていく。

 

政権与党の総理大臣とメディアとの癒着。

 

これは極めて問題視されていることで知られている。

 

新聞・テレビの論説委員クラスや政治評論家など、多岐に渡り影響力のある者を懐柔する。

 

彼らは売国政権与党のスポークスマンとして機能していくことになるのだった。

 

「上の手綱を握ってしまえば、下の記者共は社長に迷惑がかかると自由な記事を書けなくなる」

 

「資本主義に組み込んでしまえば、ジャーナリズムなど踏み潰せる。楽なものですね、総理」

 

「この世の全ては株式会社構造だ。私の内閣府だけでなく、ホワイトハウスとて同じことさ」

 

「マスコミの信用はネット社会で地に落ちました。それでもテレビを手放さないのが老害共です」

 

「ネットに真実を見出そうとする愚か者も罠にかかる。そのためのネットサポーターズクラブだ」

 

ネットサポーターズクラブとは、政権与党の宣伝工作部隊とも言える存在。

 

活動内容は各種広報活動・情報収集活動ではあるが…世論を誘導するサクラを演じるのが主目的。

 

与党万歳のネトウヨを演じ、政権与党が推し進める売国政策を批判する者は()()()()()()で潰す。

 

各種SNSやニュースアプリのコメント欄で世論を誘導し、売国政策に目を向けさせない部隊だ。

 

「CIAやCSISの誘導手口は日本だけでなく、世界中で通じる。何も考えないシープルばかりだ」

 

CSISとは、米国に拠点をもつ戦略国際問題研究所である。

 

ジャパンハンドラーや日本の国会議員とも繋がりが深く、売国誘導機関の役割を果たす存在だ。

 

「衆愚政治は完成しました。後はこの国を売り尽くすだけですね」

 

「矢部総理は長期政権を築いてくれた…。その間で数々の売国法を生み出してくれた貢献者だ」

 

「しかし…疑惑があまりにも大きくなった。そのために首を挿げ替える必要がありましたね」

 

「私が総理大臣をしているが、誰がやっても同じこと。この国の政治は米国のものだからな」

 

「もっと正確に言えば…米国ユダヤ財閥のものですね」

 

「その人物達こそが日本も米国も所有している。イルミナティの中核を成す司令塔一族の一つ」

 

――13血統の2番手となる…ロックフェラー家だ。

 

総理を乗せる運転手との会話が続いていく。

 

政治の話題ばかりであったが、気になる話題が出てきたようだ。

 

「何…?久臣君の娘が政治活動を始めただと?」

 

「監視員からそのように聞いております。彼女が語る内容は…あまりにも政府の都合に合わない」

 

後部座席で低い笑い声を出していたが…堪えきれずに大笑いを始める売国総理の姿。

 

「ハハハハハッ!!そうかそうか!あの小娘…やはり政の世界に来よったか!」

 

「総理…?」

 

「ククク…私が誘導してやった甲斐があったというもの。どんな風に扱われているのかね?」

 

「彼女の話を聞く者などいません。陰謀論者、反日、近所迷惑極まりない汚職議員の娘扱いです」

 

「フハハハハハッ!!期待通りだな!あの小娘の泣き喚く姿が浮かんでくるわ!」

 

「総理とその小娘とは…何か繋がりがあるのでしょうか?」

 

「君は気にしなくてもいい。それよりも、彼女も知恵を身に付けた者だ…我らには都合が悪い」

 

「では……総理」

 

「うむっ、彼女を盛大に歓迎してやろうではないか」

 

――ディープステートにたてつく者は皆…地獄へ落ちるのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2019年の夏頃。

 

見滝原中学校の屋上に姿を見せていたのは、見滝原で魔法少女活動をしている面々。

 

巴マミ、佐倉杏子、美樹さやかの3人だ。

 

「ん~~!やっと期末試験から解放された!もう直ぐ夏休みって感じですね~皆の衆!」

 

「コラ、美樹さん。夏休みが近いからって浮かれちゃダメよ?」

 

「固いこと言うなってマミ。あたしは勉強遅れてる分、さやかと一緒に頑張り過ぎて疲れたよ」

 

「あんたは期末試験、どんな感じになりそう?」

 

「まぁ…ボチボチだとは思う。魔法少女やってると寝不足気味で授業中もしんどいからなぁ~」

 

「美樹さんの方は手応えあったのかしら?」

 

「いいっ!?それを聞いちゃいますか~マミさん…」

 

「ウフフッ♪意地悪だったかしら?」

 

「この表情を見てお察しくださ~い!」

 

肩をガクッと落とすさやかを見て、周囲も苦笑い。

 

「夏休みが近いからこそ、私たち魔法少女も活動範囲を広げられるわ。気を引き締めないとね」

 

「おっ?マミさんには予知能力でもあるのですかな~?」

 

「えっ?どういう意味なの…美樹さん?」

 

「ニッヒッヒ!聞いてください皆の衆!」

 

自慢気に語るのは、さやかの友達である恭介からのお誘い内容だ。

 

海水浴も出来る観光地への宿泊旅行に行く内容を聞かされたのだが…。

 

「音楽家の恭介の顔馴染みの音楽家がいてね、別荘持ちなの!海水浴も出来るんだって!」

 

「美樹さん…魔法少女の活動範囲を広げるって意味は、遊ぶ目的ではないのよ?」

 

「固いこと言わないで下さいよ~!恭介が利用出来なくなったから、代わりのお誘いなのに!」

 

「まぁ…観光地ってなら、美味いもんが多いよな?あたしはさやかに賛成かな~」

 

「流石は杏子!このさやかちゃんが杏子の水着を選んであげるからね~♪」

 

水着を買う=海で泳ぐ。

 

容易にイメージが想像出来た杏子の表情には…暗い影が浮かぶ。

 

「…あ、あたしは…その…」

 

「どうしたのよ、杏子?海水に入るとアレルギーとか出ちゃうタイプ?」

 

「そういうもんじゃない…けど……」

 

しどろもどろになった杏子を見て、付き合いの長いマミの方から口を開いてくれる。

 

「その…ね、美樹さん。佐倉さんは…泳げないのよ」

 

「マジでっ!!?」

 

「こ、こらマミ!!余計なこと言わなくても良いだろ!」

 

「意外な弱点!いつもは自信家な杏子だけど、海ではあたしが一番かも!」

 

「絶対に泳がないからな、あたしは!!美味い食い物だけにしか用事はね~よ!!」

 

「はいはいっ♪杏子はこんな感じだけど…マミさんはどうです?」

 

「そうねぇ…参加したい気持ちはあるけど、友達のなぎさちゃんを残しては…」

 

「大丈夫!恭介の知り合いの音楽家さんの別荘は豪邸なんです!友達も連れてきて良いって!」

 

「そうなの…?なぎさちゃんを連れて行ってもいいなら…私も参加したいわね」

 

「勿論ですよ~!なぎさも凄く喜びますって!」

 

「ウフフッ♪私たち魔法少女にも息抜きは必要よね♪なぎさちゃんも大喜びするわ」

 

「気を引き締めるんじゃなかったのか~マミ?油断してると腹の方も油断を……」

 

…聞き捨てならぬ言葉であった。

 

「ギャァァァーーーーーッッ!!?」

 

いつの間にか伸びていたリボンによって拘束され、簀巻きにされて圧迫中の杏子である。

 

「マ…マミさん……?」

 

両肩を震わせ両拳を握り締めるのは、乙女の地雷を容易く踏んでくる者に対する鬼の表情。

 

(マミさんに向けて体重の話をするのはやめといた方が良いって分かったよ…杏子)

 

グロッキー状態の杏子に向けて両手を合わせて念仏を唱えていたら…。

 

<<やぁ、楽しそうで何よりだね~きみたち>>

 

声がした方に振り向く3人。

 

現れたのは、見滝原の郊外や政治行政区内で魔法少女活動を行う呉キリカの姿。

 

「よぉ、キリカ。お前が学校に現れるのも珍しいよな」

 

「簀巻き状態でそんなセリフを聞かされるとはねぇ。私も布団に簀巻きにされて寝ていたいよ」

 

「フフッ♪出席日数はちゃんと稼がないとダメよ、呉さん。美国さんに怒られるわよ?」

 

織莉子の名を聞かされた時…キリカの表情に暗い影が浮かぶ。

 

「どうしたのさ、キリカ?一度しか会ったことないけど…あの織莉子さんに何かあったわけ?」

 

伝えて良いのか分からず、キリカの表情は俯いてしまう。

 

彼女を心配してくれた3人は、屋上の椅子に座った彼女を囲んで心配してくれる。

 

そんな魔法少女達の優しさが嬉しかったのか、キリカは重い口を開いて語り始めてくれた。

 

「美国さんが…政治活動を始めた?」

 

「うん…。()()()()()()()政治の話ばかりを始めてね…私や小巻も困ってるんだ…」

 

「中学生で政治活動…?うぅ、あたしが入り込める世界じゃなさそうな案件…」

 

「あの織莉子ってヤツ、頭は良さそうなヤツだったけど…政治活動なんてするヤツだったのか?」

 

「今まではしてこなかったよ。だけど…6月のある時期から…織莉子は変わってしまったんだ…」

 

「ある時期から…変わってしまったというのは?」

 

「魔法少女活動以外は家に閉じ籠るようになった。魔法少女活動してる時も…心此処に在らずさ」

 

「なんだか…心配だね。何かショックを受けるようなことでもあったの?」

 

「それについては…織莉子は語ってくれない。語り始めたのは…国の政治に対する怒りばかり…」

 

「美国さんの家は…たしか国政政治家一族だったわね。家族と同じような志に目覚めたのかしら」

 

「分からない…織莉子は何も語ってくれない。だから心配過ぎて…私の心は散り果てそうだよ…」

 

「社会に対する要求ってのは…社会リンチしかもたらさねぇ。あたし達一家も…苦しんだよ…」

 

「政治活動をしている織莉子を虐める連中を刻んでやりたいよ!でも…手を出すなと言われる!」

 

「そこまで追い込まれてるだなんて…。彼女のソウルジェムの状態は大丈夫なの?」

 

「常に穢れてしまうぐらいにまで…苦しんでる。私と小巻が織莉子のために…今は戦ってる…」

 

「不味いわね…。そんな状態になってしまったら…いつ死ぬか分からないわ」

 

「お願いだよマミ!織莉子をどうにかして欲しい!聡明な君なら…織莉子を救ってくれる!」

 

「あ…あたしは助けになれないかも…。政治の話題だなんて…全く分からないし」

 

「さやかと同じくノンポリのあたしも…力にはなれねぇな。どうする、マミ?」

 

「私だって…政治に詳しいわけじゃないわ。それでも…どうにかして悩みを聞き出してみる」

 

「あぁ…!持つべき者は魔法少女の友だね!!今日から君は私の恩人だ!!」

 

目を輝かせて立ち上がり、両手を握り締めてくるキリカを見て…マミは不安そうな表情。

 

そんな彼女達の話を立ち聞きしていた人物の姿。

 

「………美国さん」

 

俯いた表情を浮かべていたのは…魔法少女を辞めて悪魔と化した暁美ほむら。

 

彼女の脳裏には、美国織莉子に命を救われた記憶が蘇っていく。

 

「あの子はもう…私の敵ではない。かつてはまどか殺しの怨敵であっても……今は命の恩人よ」

 

後ろ髪をかき上げた後、ほむらは屋上入り口から姿を消していく。

 

彼女の心の中には、織莉子に対する深い思いやりの感情が沸き起こり続けるようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

夏休みに入り自由時間が増えた織莉子の政治活動は益々精強になっていく。

 

五郷から場所を変え、見滝原中央駅の入り口近くで声を張り上げる姿。

 

「この国は今!自由貿易の名の元に売り尽くされています!TPP・EPA・FTAによるものです!」

 

TPPとは、日本とアメリカを含む12カ国による環太平洋パートナーシップ協定。

 

EPAとは経済連携協定であり、FTAとは自由貿易協定を表す。

 

「自由貿易で豊かにはなれません!その目的とは、競争力の弱い国を()()()()()()()事です!」

 

資源が豊富な先進工業国などには有利であるが、資源も乏しく輸入頼りの日本にとっては不利。

 

競争力の無い国にとって、自由貿易とは終わりの無い欧米企業独占搾取を意味するのだ。

 

それによって最も利益を得られるのは…企業の株主であり投資家たる国際金融資本家達だ。

 

「関税撤廃による独占!日本の産業が勝てるわけありません!日本企業は()()()()()()()()()()

 

道行く人々に声を張り上げるが…誰も聞き耳を立てず同じ反応しか返ってこない。

 

聞こえてくるのは、差別に満ち溢れた者達の揶揄と嘲笑。

 

馬鹿で間抜けな事を言っているヤツだと下に見て、弱い者虐めを楽しみたいだけの者達。

 

税金ばかりを上げてデフレを推し進める御上に対し、逆らえないならどうする?

 

それは…自分達より下だと判断出来る者を虐めて、面白可笑しくストレス発散すればいいだ。

 

「どうして…どうして誰も……聞いてくれないの……?」

 

心が切り裂かれ、悔しさで震えるばかりの織莉子であるが…これこそが償いの道。

 

「1%の外資系大企業が儲けては国が亡ぶ!99%の中小企業務めをするのが日本人です!!」

 

大企業にお金を使ってくれるのは、99%の中小零細企業に勤める者達が大半だ。

 

99%の中小零細企業にお金が使われず、1%の外資系大企業にしか使われないと…どうなる?

 

「中小企業が滅びれば!使()()()()()()()()()()()大企業以外の者は路頭に迷い…飢えて滅ぶ!!」

 

――それを全て、根こそぎ奪いつくす世界規模の政策こそが…SDGs(エスディジーズ)です!!

 

SDGs(持続可能な開発目標)とは、国連が採択した世界が共通して取り組む2030年目標。

 

17の目標と169のターゲットを目的とする。

 

世界が注目する理由とは…大規模なビジネスチャンスだからだ。

 

持続可能な開発委員会によると、年間最大12兆ドルの経済価値を持つ市場が生まれるという。

 

国連主導の元、万人の雇用を生み出す市場というが…目的は国際金融資本家を儲けさせること。

 

環境破壊を推し進めてきたのは近代市場であり、既に貨幣経済は行き詰まり破局を待つばかり。

 

だが、今度は自ら作り上げた破壊と貧困をメシのタネにして、新しい市場を作り出したのだ。

 

「国連とは、ロックフェラーとロスチャイルドのもの!この2大財閥こそがイルミナティです!」

 

<<うるせぇ!!デマばかり垂れ流してんじゃねぇぞ陰謀論者!!>>

 

心無き者達から侮辱されていく少女の姿。

 

<<陰謀論者ってマジうぜーよな。死ねばいいのに>>

 

<<あいつら反日だろ?愛国政権である与党政権を批判する奴らは反日に決まってるし>>

 

<<そうだそうだ!売国奴は日本から出て行けよ!!中国や北朝鮮で暮らせ!!>>

 

「私は反日じゃない!行政府こそが売国奴です!調べて下さい!行政が進めた売国法を!!」

 

<<陰謀論者がデマをまた作り上げようとしてる!マジでこういうのを規制する法律がいるな>>

 

<<治安維持法を作ればいいのに。こういう反日は全員刑務所にぶちこまれりゃいい>>

 

彼女の言葉を調べもせず、憶測だけで悪のレッテル張りを繰り返す日本人達の姿。

 

リベラルという自由主義が生み出したのは…差別極まる()()()()()()()()しかなかった。

 

多数派の流される者ばかりが優先され、考える少数派が駆逐される光景はヒトラー扇動そのもの。

 

「お願いです…信じて下さい!!うぅ…ヒック……」

 

<<陰謀論者が感情論に持ち込みだしたぞ~!騙されるかこの詐欺師め!!>>

 

<<所詮は汚職政治家の娘だな!!父親がクソなら娘もクソとくる!!>>

 

<<デマを垂れ流すのはやめろよ陰謀論者!!警察を呼ぶぞ!!>>

 

泣き出してしまった織莉子を見ながらゲラゲラと嘲笑う日本人達。

 

…日本人の()()()()()()()()

 

所得格差が人の心と社会を破壊する。

 

格差は人と社会の健康を蝕む。

 

所得格差と人と社会の健康状態の相関関係を示した調査研究は数多くある。

 

世界各地で見られているように社会の分断、暴動、革命、戦争に発展までするのが格差社会。

 

神浜の東西社会だけの問題などではない。

 

格差によって世界の人々が争い合うしかないまでに追い込まれていく。

 

それによって生み出されていく子供社会の犠牲と苦しみ。

 

子供達の絶望から生まれる願いを食い物にするインキュベーター。

 

その場しのぎの奇跡に縋りつき、不条理な願いによって破滅する子供の魂を導く円環のコトワリ。

 

この世はまさに…地獄の円環(サイファー)という悪循環構造によって支配されていた。

 

――愚か者が相手なら、私は手段を選ばない。

 

手を叩く音が響く。

 

織莉子を囲んでいた心無き者達の瞳が…濁っていく。

 

「あ…あれ?俺…何してたんだっけ?」

 

「なんでこんな子供の相手をしてたんだろ…?」

 

「そうだ、仕事があったんだ。こんな子供の相手をしてる暇はない」

 

周囲の人々が立ち去っていく光景を茫然と見つめることしか出来ない織莉子。

 

「貴女は……?」

 

近寄ってくる人物とは、夏休みに入って私服を纏う姿となった暁美ほむらだ。

 

「…場所を変えましょう。ここにいたら、貴女も辛いでしょ?」

 

気遣ってくれる優しさに触れた織莉子は、力なく頷く。

 

さし伸ばされた手を掴み、力なくついて行くことしか出来なかったようだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

見滝原市庁舎前に大きく整備された噴水公園。

 

整備された遊歩道の椅子に座る2人の姿。

 

「あの…貴女は一体……?」

 

暁美ほむらと美国織莉子は出会っているはず。

 

なのに、織莉子自身には記憶が残っていないようだ。

 

(この子の記憶も…世界を改変する時に書き換えた。私が魔法少女だったのを忘れてもらった…)

 

初対面の者のように接してくる織莉子の姿を見て、時間渡航を繰り返してきた時代を思い出す。

 

「…貴女の政治活動を聞いていた者よ」

 

「私の話を……聞いてくれてたんですか?」

 

「ええ。酷かったわね…デマ屋の陰謀論者扱いされて。…さぞ辛かったでしょう」

 

彼女の苦しみに触れてくれるほむらの表情を見た織莉子は確信する。

 

ほむらもまた、誰にも話を聞いてもらえなかった苦しみを知る者なのだと。

 

織莉子の瞳に悔し涙が浮かんでいき、苦しみを分かってくれる人に向けて慟哭を叫ぶ。

 

「繰り返せば繰り返すほど…周りとの関係が壊れていく!大切な友達とも気持ちがズレていく!」

 

「みんなとは違う世界を生きる者となっていく…。私も…そうだったわ…」

 

「嘘つき女!みんなの和(環)を乱す陰謀論者!そうやって…皆が私を責め立ててくる!!」

 

「真実を伝えようとしても…悪のレッテル張りしかされない。だから私も…独りになった…」

 

「私は…この国の未来を心配しているだけなのに!!私の気持ちは…皆から疎まれていく!!」

 

「どんな献身にも見返りなんてない…。そうやって…報われないまま死んでいくしかなかった…」

 

「私のせいなの…?私が真実を言おうとしてたから…皆を傷つけてしまっていたの…?」

 

「貴女は自分を責めすぎているわ。貴女を非難できる者なんて、誰もいない」

 

――いたら、私が許さない。

 

ほむらが超えてきた苦しみの記憶から生まれる、切実な言葉。

 

苦しみを分かってくれる者の思いが、織莉子の胸を貫く。

 

感極まって泣き崩れてしまった織莉子に対し、ほむらは抱きしめてあげた。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”~~~……ッッ!!!!」

 

泣きじゃくる頭を優しく撫でる姿。

 

「私…貴女のことを誤解してた。貴女もまた…まどかと同じように…皆のために戦う者だった…」

 

記憶の中に呼び覚まされていく。

 

鹿目まどかから生まれる最悪の魔女が誕生する前に消そうとした…違う世界の美国織莉子。

 

まどかを守るために殺し合い、容赦なく彼女を撃ち殺した自分自身。

 

不穏分子を除去するために、数多の並行世界の織莉子を殺害してきた。

 

「私は…貴女の心を想像してあげられなかった…。だから私は…()()()になってしまったわ…」

 

暁美ほむらもまた、嘉嶋尚紀と同じ過ちを犯してきた者。

 

今ようやく、それに気が付くことが出来たようだ。

 

「ごめんなさい…美国さん。私が憎むべきだったのは…最悪の結果を生んだ貴女じゃなかった…」

 

――運命という名の…原因だけだった。

 

――私たち魔法少女は、どこまでも因果からは……逃れられないのね。

 

美国織莉子は、生きる意味を知りたいと願った者。

 

知る力として手に入れたのは、予知魔法。

 

だが、不条理な願いは彼女に知ってはならない知識まで授けてしまう。

 

それによって生み出されたのは…地獄ともいえる迫害の日々。

 

魔法少女達は逃れられない。

 

誰も因果からは…逃れられなかったのだ。

 

……………。

 

落ち着いた織莉子は、ほむらから渡されたハンカチで涙を拭いていく。

 

「ありがとう…私の話を聞いてくれて。その…私のことを知ってるようだけど…魔法少女?」

 

かつての過ちをまた繰り返すようにして、ほむらは違う世界の話を持ち出してしまった。

 

だからこそ、彼女の言葉は相手に伝わらない。

 

猛省するかのように俯いてしまうほむらの両手が叩かれようとしていたが…。

 

「…ええ、知ってるわ。私の話を……信じてくれる?」

 

彼女の両手は下ろされ、記憶操作魔法は使われなかった。

 

彼女がタブーを犯してまで伝えたかった気持ちを…無かったことには出来なかったようだ。

 

織莉子の顔に笑顔が戻っていき、優しい表情のまま頷く。

 

「勿論よ。貴女は私の言葉を聞いてくれた人…。なら、私も貴女の言葉を…聞かせて欲しい」

 

同じ苦しみを背負う同士の顔を向けてくれたほむらの表情にも…微笑みが浮かぶ。

 

(こんなにも報われた気持ち…初めてよ。もっと早くに…貴女とはこうなりたかったわ…)

 

暁美ほむらは語っていく。

 

かつて魔法少女であったこと、今は悪魔と化したこと。

 

そして、今の自分は一人の少女を守る者でしかないということを。

 

突拍子もない話をされても、織莉子はそれを事実だと受け止めてくれる。

 

そんな彼女を見て、ほむらの心も喜びに包まれていった。

 

家に帰っていく織莉子の後ろ姿を見守るほむらだが…その表情には曇りが見えてくる。

 

「貴女の活動を助けてあげたい気持ちはある。だけど……」

 

右手を持ち上げ、掌の中に悪魔としての魔力を顕現させようとする。

 

だが、かつて人修羅と戦った時の魔力の波動が…()()()()()()のだ。

 

「私が変革を起こして閉じたこの宇宙に…無理やり入り込もうとする女神がいる…」

 

ほむらは感じている。

 

悪魔の力を全開にして張り巡らせる…締め切った窓ともいうべき結界を打ち破ろうとする力を。

 

「私の悪魔の力は…閉じた宇宙を守る為に使わないとならない。だから…力が弱まってしまった」

 

今の彼女の力は、魔法少女として生きた頃と変わらないほどにまで弱くなっている。

 

言い知れぬ不安を抱えてるからこそ、ほむらは織莉子のために動くことが出来なかったようだ。

 

「今も昔も変わらない。私は誰のためでもない、自分自身の祈りのために…戦い続けるのよ」

 

そう言い残して、ほむらも歩き去っていった。

 

暁美ほむらが残した言葉が事実なら、それは円環のコトワリが受肉して顕現したことを表す。

 

違う宇宙に降臨した円環のコトワリ神、アラディア。

 

彼女は持てる力を総動員して…銀の庭宇宙とも呼べる鹿目まどかが生きる世界に干渉してくる。

 

目的は、自身の半身とも言うべき者を取り返すため。

 

暁美ほむらは戦い続ける。

 

愛する人の人生を守り通すために。

 

今も昔も変わらない。

 

それこそが、暁美ほむらの戦い。

 

誰にも言えない苦しみを背負う少女達の戦いは続いていく。

 

そんな者達の姿を、高天原から見守ってくれていたのは…イザナギ神。

 

「…たとえ友達から異常者扱いされたとしても、人間や世界の在り方を考える君達はこれから…」

 

――長い孤独に耐えなくてはならなくなる。

 

そもそも知識とは、連帯よりも()()()()()()()()

 

政治や歴史だけでなく、ミリタリーや電車、アイドルといった様々な知識にも言えること。

 

群れから外れてでも求めるものがある者達は、その者の中身を濃厚にするだろう。

 

「孤独の中で迷い、それでも立ち向かう者達こそが…偉大な存在に成長していく者なのだ」

 

意思を託すようにして消えていく。

 

「迷うな、少女よ。深い思索を得て、本当になるべき自分になり、心から果たしていく者となれ」

 

――その者達こそが…この世界の尚紀と同じく流されない者達。

 

――()()()()()だ。

 

テオーリアとは、見ること、眺めることを意味する。

 

哲学では、永遠不変の真理や事物の本質を眺める理性的な認識活動と言われる。

 

アリストテレスは、これを実践と制作に対して、人間の最高至福の活動とした。

 




織莉子編スタート開幕から展開的に異次元カップリングが生まれる…。
それにしても…原作続編も始まらない中、見滝原組を動かすとワルプルギスの廻天内容と整合性とれなくなりそうで怖い(汗)
それと、叛逆の物語の中でなぎさちゃん指輪身に付けてなかったんですけど、彼女は魔法少女ではなくなったのかな…?


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155話 魔貨

夏休みに入り、見滝原で活動する魔法少女達は浮かれモード。

 

明日は楽しい二泊三日の旅行ともあり、さやかと杏子は美樹家で支度をしていた。

 

「まさか…キリカと小巻があたし達の代わりに見滝原のパトロールをやってくれるなんてなぁ」

 

「お陰様で、あたし達は楽しいバカンスが出来る!ちょっと悪い気がするけど…有難いよね~」

 

「あいつらはグリーフキューブが大量に必要みたいだからなぁ」

 

「戦えない織莉子さんの魔力回復のためだよね…。心配だけど…あたしは力になれそうにないし」

 

「織莉子自身が始めた政治活動だろ?あいつが納得するまでやらせるしかないって」

 

「まぁ…それはそうだよね。無理に止めろって言っても…喧嘩になりそうだし」

 

「そういうこった。まどかとほむらも誘ったんだろ?あいつらは来るって言ってたのか?」

 

「勿論!まどかは目を輝かせて喜んでたし~、ほむらも最初は困惑してたけど頷いてくれたよ」

 

「なんだかんだで、まどかが来るとなるとほむらも一緒になるんだよな~」

 

「暗い性格だけど、まどかのことを大事にしてくれてるって訳だね~」

 

「…なぁ、ほむらについて聞きたいんだけどよ」

 

「何さ、急に改まって?」

 

「あたしはアイツと仲が良かったわけじゃないのに…あたしの事を凄く詳しい時があるんだよ」

 

「そういや…あたしもそう感じたことある。怖いぐらいにあたしの事を知ってたり」

 

「謎が多い奴だよな…。もしかして、あいつも魔法少女だったのか?」

 

「ないない。ほむらからは魔法少女の魔力を感じないし、左手だってソウルジェム指輪はないよ」

 

人修羅同様、暁美ほむらも悪魔人間である。

 

人間の姿に擬態している時は、魔法少女から魔力を感じ取られることはない。

 

そして、彼女達の記憶は未だに悪魔化した暁美ほむらに奪われた状態。

 

何も思い出せないまま…ほむらをただのクラスメイトだと思い込んでいるようだった。

 

<<次のニュースです>>

 

テレビをつけっぱなしにしていたのか、ニュース番組が映っている。

 

横目でニュースを見ながら旅行支度をしていた時…杏子が口を開く。

 

「また有名芸能人の逮捕ニュースを引きずってやがる。いくらなんでも長過ぎだろ?」

 

「…日本のニュースってさ、一回の放送で終わればいいニュースを、しつこく流すの多いよね」

 

「…こういうニュースって、胡散臭いよな。内容は変わらないし、他に報道することあるだろ」

 

「ネタがないのかなぁ…?それとも、こういうので視聴率がとれるとか?」

 

「ふん、つまらないニュースで視聴率稼ぎか…。これだからテレビニュースはくだらねーんだよ」

 

彼女達が感じている、くだらないニュース内容。

 

それは…政治界隈では()()()()()と呼ばれるもの。

 

政権側に配慮した報道であり、権力者が有利になるよう不都合な報道をせず違う報道を繰り返す。

 

国民の関心事を逸らせ、売国法案を国会で素通りさせたり国会議員の不祥事揉み消しに使われた。

 

報道の自由を叫びながらも、報道しない自由を使うばかりの日本メディア。

 

その偏向ぶりは、資本主義メディアの堕落した惨状と言えるであろう。

 

「あたしがニュース嫌いなのはな…ニュースは嘘つきでしかないって、分かるからさ」

 

「どういう意味よ…それ?」

 

「色々な事件の報道の中で…何度も同じヤツを見かけるんだよ」

 

「ただの偶然じゃないの…?」

 

「偶然で片付けられる回数を遥かに超えてやがるんだ。それに…悲惨な事件報道も嘘臭ぇ」

 

「どういう部分が…嘘臭いわけ?」

 

「考えてもみろ。新幹線の中で無差別殺傷事件なんて起こすか?逃げられない場所なのに」

 

「でも、犯人は誰でも良かったとか犯行動機を語ってたし…人が大勢いる場所でしょ?」

 

「ニュースで現場検証してるシーンがあったけど、血痕なんて何処にもなかったぞ」

 

「それは…掃除したからとか?」

 

「魔法少女やってるあたしの目は誤魔化せねぇ。血痕はな、そう簡単に消える筈がないんだよ」

 

「そういや…魔獣退治で殺人事件の現場に行った時…地面にはまだシミの跡があったよね…」

 

「水やブラシで洗ったって残るもんさ。なのに…綺麗なままなんだよ」

 

「たしかに…不自然過ぎるよね…」

 

「いいか、さやか。テレビのニュースなんか見るんじゃねぇ、こんなの見てるヤツは大馬鹿だよ」

 

――ニュースを疑わず、鵜呑みにして騙されるだけの…眠れる羊でしかねーんだ。

 

社会から傷つけられてきた杏子だからこそ、偏向メディアの嘘に気が付くことが出来た。

 

彼女が気づいた不自然さとは…()()()()()()()()()と呼ばれる存在だ。

 

本来、クライシスアクターが存在する目的は、防災訓練にリアリティを与えるため。

 

しかし、メディアがこれを用いれば恣意的な報道ニュースを演出することが可能となるだろう。

 

国際金融資本家の望む法律を作り上げる為に引き起こされる架空の事件に、リアリティを与える。

 

ニュースを鵜呑みにするしか出来ない者達は、それに気づく事は一生ない。

 

「ハァァァ…テレビは売って、テレビ機能のない大型モニターでも部屋に置こうかなぁ」

 

「それがいいって。あたしはネットに繋いだ大型モニターで、動画サイトを楽しめるし♪」

 

「テレビ番組も…お年寄りが喜びそうなのばっかだし、ママに相談してみるね」

 

テレビを消し、2人は早めに就寝。

 

彼女たちが気が付いたとしても、日本人の9割以上は騙されていくだろう。

 

この国の大手メディアが日本人の味方をしてくれることは…ない。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

見滝原郊外の高級住宅街の道を歩くのは、暗い表情を浮かべた織莉子の姿。

 

今日も政治活動として街頭演説を行ったようだが…結果は変わらなかった。

 

心無い大人達に傷つけられるばかりの織莉子の精神は…擦り減るばかり。

 

「今の私では…魔獣退治に向かう余力もない。魔力回復だって…あの2人に頼るしかないわ…」

 

自分の政治活動のせいで大切な仲間達に迷惑をかけている。

 

自責の念によって、さらに彼女の精神は荒んでいくだろう。

 

迷いながらでも進んでいくしかない者の前方には、一台の高級セダンが停まっている。

 

「……………」

 

気にせず通り過ぎようとした時、車内から声がした。

 

「…やぁ、織莉子ちゃん」

 

身の毛のよだつ声。

 

彼女はその人物を知っていた。

 

車から出て来たのは、八重樫内閣の閣僚である美国環境大臣だった。

 

「見滝原に用事があってね。こんな偶然もあるものだね」

 

返事は帰ってこない。

 

沈黙していたが、重い口を開く。

 

「…公秀(きみひで)おじさま、おひさしぶりです」

 

「最後に会ったのはいつだったか?見違えたなぁ」

 

「母の葬儀の時ですから…8年程前でしょうか」

 

動じないよう平静を務めようとするが…彼女の手は握り締められ震えていく。

 

(……よく気安く、私に話しかけられるものだ)

 

彼女の記憶に蘇っていくのは、両親を見捨てた公秀の姿。

 

美国本家の家長を務める美国公秀衆議院議員。

 

織莉子の父の事件の際、実弟の愚行を涙ながらに詫び、世間は彼に同情的感情を寄せた。

 

しかし彼は事件直後、織莉子からの連絡は全てシャットアウト。

 

身内でひっそり行われた父の葬儀にも顔を出さなかった人物。

 

(この男は誰よりも…父を切り捨てたのだ)

 

表情は平静を保っているが、手は震えている。

 

政界で長く務めるベテラン議員である公秀には、彼女が何を考えているのか察する事が出来る。

 

「…君が私に対して、どんな感情を抱いているかぐらいは分かる」

 

「……………」

 

「私も時間のない身だ。単刀直入に言わせてもらう」

 

――今直ぐ、くだらない政治活動をやめろ。

 

その言葉を聞いた織莉子の平静な態度は砕け散る。

 

眉間にシワが寄り、公秀を睨んでくるのだ。

 

「…お言葉の意味が分かりません」

 

「君の街頭演説は秘書の三枝君に監視させていた。隠しても無駄だ」

 

「私の自由です。公秀おじさまに指図される謂れはありません」

 

家族を見捨てた美国本家の家長に対し、捨てられた分家の娘が見せる怒り。

 

怒りの感情を示す者に議論をもちかけても平行線にしかならないぐらい、国会議員なら分かる。

 

それでも、公秀には言わねばならない理由があった。

 

「…君は、敵に回しては絶対にならない存在達を…敵に回そうとしている」

 

「敵に回してはならない存在達……?」

 

「この国において、不審死が蔓延っていることぐらいは…久臣の娘なら聞いているだろう」

 

「はい…。永田町や霞が関の議員・官僚だけでなく、ジャーナリストの間でも多いそうです」

 

「その者達は、この国の暗部に逆らおうとした者達。そして、君も逆らう側になろうとしている」

 

「公秀おじさま…それを伝えられるということは、貴方は私の敵側なのですか?」

 

「勘違いするな。私とて、その存在を感じてはいるが…正確な全体像までは掴めていない」

 

「では、父を見捨てた貴方が…娘の身だけは案じるというのですか?おかしな話ですね?」

 

公秀の眉間にシワが寄っていく。

 

何も知らぬ愚か者を見るような眼差しを見て、織莉子の背筋に寒気が走る。

 

(あの目だ……私の恐れた美国の目)

 

幼い時に感じた、美国本家の人間達が彼女に向けてきた…蔑みの眼差し。

 

幼い彼女は美国本家に恐れおののき、両親に泣きついた記憶が蘇っていく。

 

「正体が掴めない国家内国家。それは日本のみならず、世界中の政府の裏側に潜んでいる」

 

「ディープステート…信託を受けた政治家でありながら、国を売り尽くす売国奴たち」

 

「久臣の残した知識を手に入れたか。ならば、連中の恐ろしさを織る知識も残したはず」

 

「私は引く気はありません。私はこの国を憂う者…命の危険に晒されようとも民の為に戦います」

 

その言葉を聞いた公秀の目が見開いていく。

 

彼の脳裏に浮かんだのは、政治倫理綱領。

 

政治倫理の確立は、議会政治の根幹である。

 

主権者たる国民から国政に関する権能を信託された代表であることを自覚する。

 

政治家の良心と責任感をもって政治活動を行う。

 

いやしくも国民の信頼にもとることがないよう努めなければならない。

 

国会の権威と名誉を守り、議会制民主主義の健全な発展に資するため、政治倫理綱領を定めた。

 

「…君の口からそんな言葉を聞けるとはね。やはり君は…政治家一族の血を引く者だ」

 

視線を逸らしてそう語る公秀の態度を見て、織莉子は気が付く。

 

「公秀おじさま…?」

 

公秀の拳も握り込まれ、悔しさで震えていた。

 

「私のような世襲議員に…何の価値がある?甘やかされて育てられ、国会議員にされた者ばかり」

 

「国会議員には、それ程までの世襲議員がいるのでしょうか?」

 

「矢部前総理大臣もそうだ。彼など国会答弁で日本語すらまともに言えないアホだったんだぞ?」

 

「アホでも務められるというのが…日本の国会の現状だと…仰られるのですか?」

 

「国会議員など、金融・経済界に媚びを売るしか生きられない人形共だ。国を動かす者ではない」

 

「今の政権与党の会派出身者は…戦後のCIAから司法取引を受けて米国の犬となった手下共です」

 

「今の与党政党を立ち上げた者もそうだ。本来ならA級戦犯として極東軍事裁判で裁かれた者だ」

 

「米国の犬となった今の与党会派と、米国に立てつく会派の二つがありました…」

 

「田中角栄や竹下登も…米国に立てつく派閥だった。だからこそ…私は君を心配しているのだ」

 

「どういう…意味でしょうか?」

 

「竹下総理のように…あまりにも酷過ぎる()()のされ方を、君は受けることになるかもしれない」

 

竹下総理の葬儀は密葬で行われ、そのまま火葬場送りになった。

 

本来、密葬は自殺や変死者が弔われる葬儀形態。

 

一国の総理大臣が密葬である。

 

「竹下総理は…米軍に拉致された」

 

「えっ…?」

 

「身体的な拷問のあと、ヘリで吊るされて、海中に頭を漬けられ、ビデオ撮影された」

 

「そんな…一国の総理大臣なのですよ!?日米安保条約違反です!!」

 

「米国植民地には関係ない。米軍の言うことを聞かない官僚や政治家は…ビデオを見せられる」

 

「だから…霞が関官僚たちは……誰も逆らえなかったのですね…」

 

「私とて…米国に逆らえばそうなる。もっと正確に言えば…日本と米国の所有者である…」

 

「イルミナティの13血統の二番手であるユダヤ財閥…ロックフェラー家ですね…」

 

「そこまで知っているなら、ロックフェラーとネオコン軍産複合体、CIAの関係も分かるだろ?」

 

「………はい」

 

「日米安保条約?笑わせるな。進駐軍が在日米軍に名を変えただけだ。目的は日本の武力支配だ」

 

――21世紀になっても、日米合同委員会という名のGHQは存在していたというわけさ。

 

顔を青くして震えるばかりの織莉子。

 

自分が戦っている存在の巨大さを現職大臣から伝えられ、恐れおののくばかり。

 

「これで分かったろう…戦っている相手の恐ろしさを。君は米国の犬達を怒らせている」

 

「私…わたし……」

 

「久臣も逆らって嵌められた。ディープステートでも手に負えないなら…米軍が出てくる」

 

織莉子の震える肩に優しく手を置く、久臣の兄。

 

「私は…久臣を守ってやれなかった。美国家家長として…家を守る保身に走ったのだ…」

 

「公秀…おじさま…そんな理由があったなんて……」

 

「国会議員の恥晒し…腰抜けの売国者だと…蔑んでくれ……」

 

織莉子の心の中で燻り続けた公秀への憎しみの炎が消えていく。

 

(私が彼の立場だったなら…同じ選択をしたかもしれない…。守るべきものを抱えた者として)

 

8年間も続いた憎しみが解け、ようやく父の兄の気持ちに寄り添えれるようになった。

 

「公秀おじさまの思いは理解しました。ですが…私は政治活動を止めるつもりはありません」

 

「気は確かか!?自殺願望でもあるのかね!」

 

「たとえ相手が強大でも…私は己の道を進みます。貴方に出来なかった道を…進みたいんです」

 

「私に…出来なかった道…?」

 

「貴方は美国家の家長。一族を守らねばならない重荷を背負う…だから捨て身で戦えない」

 

「それは……」

 

「私は美国家からは見捨てられ、社会からも切り離された者。いなくなっても…誰も気にしない」

 

公秀は俯いていく。

 

彼女を孤立させたのは自分の所業なのだ。

 

「家族を失った私にはもう…失うものはありません。だからこそ、捨て身で戦い続けます」

 

「織莉子ちゃん……」

 

「公秀おじさま…私が消えた時は、祖父の遺産は本家のもの。あの屋敷も受け取ってください」

 

「そこまでの覚悟を…示すと言うのか…。まだ未来溢れる…子供だというのに……」

 

真っ直ぐ見つめてくる織莉子の表情にはもう、憎しみも迷いもない。

 

まるでその表情は…世界のための人柱として、自らが生贄となった者のようにも見えた。

 

「私…伯父様も叔母様も大嫌いでした」

 

「分かっていた…私達は君にとっては忌むべき敵なのだろうと。私は子供に好かれたことはない」

 

「ええ!叔父様は目つきが鋭くって怖いです!獲物を狙う狐みたい」

 

「う、う~ん…そうなのか…?」

 

「でも、狐って…意外と愛らしい目をしてるんですね♪」

 

「…そういうのはやめなさい」

 

「フフッ♪」

 

今まで触れ合えてこなかった分、織莉子は公秀に向けて胸の内に溜まっていたものを吐き出す。

 

彼女が客観視してくれた自分の姿に気が付き、自分の人生を振り返っていく公秀。

 

2人のわだかまりは解け、ようやく本当の親族のようになれようとしている。

 

だが、ここで別の憎しみの原因を生み出しかねん乱痴気者達が登場してしまうのだ。

 

<<中学生に何するつもりだぁぁーーエロおやじぃぃーーッッ!!!>>

 

「えっ…?」

 

顔を向ければ、キリカキックが飛来。

 

「がはっ!!?」

 

飛び蹴りを顔面に浴びた公秀が後ろ向きに倒れようとするが、既に背後はコンビネーション体勢。

 

<<美国に乱暴する気でしょ!!エロ同人みたいにーッッ!!!>>

 

腰に両手を回し込み、そのままバックドロップ。

 

「ゴハッッ!!!?」

 

弧を描く美しい小巻バックドロップが決まり、公秀の意識は途絶えてしまった。

 

「ナイス小巻!このエロおやじ…ぐるぐる巻きにして川に流そう」

 

「同意見ね、呉。女の敵みたいな顔つきしてたし」

 

「ちょ、ちょっと2人とも!?この人は私の伯父よ!!」

 

「「えっ?」」

 

呆気にとられた顔をした2人が倒れた公秀を指さし、織莉子は頷くばかり。

 

大切な仲間の身を案じた咄嗟の行動であったのだが、報連相の大事さを痛感させられる光景だ。

 

「お…伯父さん…?」

 

「コイツ…偉い奴なわけ…?」

 

「国会議員をしているわ」

 

阿鼻叫喚の表情を浮かべ、パニックと化すキリカと小巻。

 

「たたたいほ!?ねぇ逮捕!?うわーどうしようッ!!?」

 

「冗談じゃないわよーッ!?刑務所で面会人の小糸と会うのは嫌ーっ!!」

 

「お巡りさん!!犯人は小巻です!!!」

 

「ちょっと呉ぇ!!?あんたも共犯でしょうがーーっ!!!」

 

「ギャー!!牢屋には小巻だけで行ってーーっ!!?」

 

小巻のコブラツイストを受けるキリカの悶絶した表情を見ながら、織莉子は微笑みを浮かべる。

 

「……ありがとう、2人とも」

 

「「えっ?」」

 

恐ろしい敵を前にしても、自分はまだ独りぼっちではない。

 

そう感じられた織莉子の顔に、笑顔が生まれてくれた。

 

「取り合えず、公秀おじさまを回復してあげましょう」

 

「車の中に放り込んでおけば…バレないよね?」

 

「なんか…死体遺棄する犯罪者の気分になってきたわよ」

 

「やっぱり小巻は犯罪者!おまわりさーん!!」

 

「ドツキ倒すわよ!!!」

 

公秀が車の中で目を覚ます時には、3人の姿は消えている。

 

「むぅ…?私は車の中で寝ていたのか?織莉子ちゃんと話してた後の記憶がない…」

 

狐が女狐につままれたような表情を浮かべたまま、車を発進させていく。

 

美国公秀、国会議員として生きる現職大臣。

 

彼の頭の中には…織莉子に思い出させられた政治倫理綱領が浮かんでいく。

 

「子供の頃は…久臣と共に正義を果たす政治家になりたいと思っていた。だが…私は道を違えた」

 

――いつの時代も、私のような老兵は死なず…ただ去るのみか。

 

――時代を作るのは…いつだって希望を捨てない若者なのだな。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

次の日。

 

エプロン姿の織莉子は、緊張した面持ちでキッチン前に立つ。

 

手を握り締め、レンジの中からケーキの型を取り出した。

 

素早く型からスポンジを取り出し、そっと指で押してみる。

 

彼女の表情が久しぶりの笑顔となってくれた。

 

<<きゃ~~~~っ!!!!>>

 

屋敷の中庭テーブル席に座っていたキリカと小巻がすっ転ぶ程の大声。

 

「やったわー!初めてスポンジが上手く出来た!ふっかふかよ~!ケーキの神様ありがとう!」

 

スポンジケーキを皿に乗せたまま舞い上がる織莉子だが、気配を感じる。

 

「あっ……」

 

視線が合ったのは、ニヤニヤした表情を浮かべたキリカと小巻。

 

「織莉子もはしゃいだりするんだねー」

 

「あんな美国の表情、白女で見た事なかったわよ」

 

中庭まで移動した3人であるが…恥ずかしくて机の下に隠れたままの織莉子である。

 

「忘れて……」

 

「困るよ、勿体ない」

 

「美国に恥ずかしい秘密を握られた事あるし…おあいこよ」

 

「えっ?小巻の恥ずかしい秘密を織莉子に握られた事件!?小巻…もしかして君は……」

 

キリカの脳内に浮かんだ光景とは…どこかのキャバクラ店内。

 

<<ふふふ…浅古小巻。貴方の秘密は知っているわよ。これが広まったら大変な事になるわね>>

 

<<お許し下さい!何でもしますからそれだけは!>>

 

<<夜の女王になって!私に貢ぐのよ小巻さん!>>

 

<<はいっ!私、ナンバー1になります!>>

 

悪女化した織莉子に働かされるキャバクラホステス浅古小巻。

 

「…という事態になったわけだね?」

 

寺の鐘の音ほど響くゲンコツ。

 

「バッカじゃないの!!魔法少女だってバレただけよ!!!」

 

「妄想が爆発した……」

 

煙を出す頭を手で押さえて悶絶中のキリカを見ながら、織莉子も微笑んでくれる。

 

「2人には本当に迷惑をかけてるわ。だからね、今日はお詫びとしてケーキを作ったの」

 

「最高のケーキだね!織莉子食べようよ!小巻は食べると太るけど大丈夫?」

 

「私のケーキまで食べようって言うの呉ぇぇ……?」

 

「まぁまぁ♪ホールで作ったから沢山あるから大丈夫。ナイフを持ってくるわね」

 

「いやいや!世界一のケーキだよ!一番美味しい食べ方をしなきゃ!」

 

「あー、呉の言ってる食べかた想像出来るわ、私」

 

「もしかして…小巻もナイフ使わない派?」

 

「だって…切るの面倒じゃん」

 

「やれやれ、ガサツな女にはなりたくないね~」

 

「さっきの一番美味しい食べ方はどうしたーっ!!?」

 

喧嘩騒ぎばかりであるが、2人がいてくれるお陰で織莉子の荒んだ心も安らいでいく。

 

(この子達を巻き込みたくない…。だけど、この子達の力がなければ…生きる事も出来ない)

 

自分の無力さを感じてしまうが、上手に出来たケーキを一口食べると顔も微笑む。

 

「こんな食べ方したことないわ…でも、美味しい♪」

 

ナイフだけでホールケーキを切っていき、食べていく3人の姿。

 

久しぶりのお茶会ともあってか、皆の表情も明るくなっていった。

 

ケーキを食べ終えた織莉子が紅茶を持ってきて器に淹れていく。

 

お茶を静かに飲んでいたキリカと小巻だが、視線を合わせて頷いた。

 

「ねぇ…織莉子」

 

「何かしら?」

 

「久しぶりの楽しいお茶会の席で…こんな話をしていいか分からない…けど…」

 

何かを言いたげなキリカの表情だが、その視線は泳いでしまう。

 

「コミュ障な呉だと言い辛いわね。…私から言ってあげる」

 

2人が何を言いたいのか察することが出来た織莉子の顔が俯いていく。

 

「…言わなくても大丈夫よ、小巻さん。この前…巴さんから聞かされた内容と…同じだと思うわ」

 

「巴から話があったの?」

 

キリカに視線を向ければ、念話で自分が頼んだという答えが返ってくる。

 

「私の政治活動のせいで…仲間達に心配をかけていると…叱られたわ」

 

「そ、その…織莉子。私は織莉子のことが心配で心配で……」

 

「美国、そろそろ何があったのかぐらい…話してくれても良いでしょ?何が美国を変えたの?」

 

真剣に見つめてくる仲間の表情を見て、彼女たちがどれだけ自分の事を心配してくれたか伝わる。

 

「ごめんなさい…。私は自分の責務の重圧ばかりに苦しめられて…貴女達の心が見えなかった」

 

重い口を開いていく。

 

何があったのかを語る織莉子を見つめる2人。

 

聞かされたのは、政治活動に至るまでの原因だ。

 

父の書斎から見つけた品のこと。

 

父の絶望が記されていたこと。

 

器量が良すぎた織莉子自身が父の重荷になっていたこと。

 

不出来な父であっても、本物の政治家であろうとしたこと。

 

「私はお父様を苦しめた罪人だった…。それを私に織らせた存在とは…八重樫総理大臣よ」

 

「織莉子が…総理大臣の暗殺をしようとしただなんて……」

 

「あんた…バカじゃないの!?そんなことしたって…罪が清算出来るはずがないわよ!!」

 

「小巻さんの言う通り…。あの時の私は…怒りと絶望をぶつけられる存在を求めてしまった…」

 

「その…八重樫ってヤツから何かされたの!?織莉子を傷つける奴なら…私は許さないよ!」

 

「何もされていないわ。それどころか…私の愚かさを突き付けられて…泣き崩れたわ」

 

「美国…あんたがとんでもないテロリストにならずに済んで…安心したわよ」

 

「日記の一部分だけで…物事を判断してしまったわ。最後に書かれていた内容こそが大切だった」

 

織莉子の父、美国久臣。

 

彼は本物の愛国者だった。

 

民を愛し、民の未来が奪われている仕組みに気が付き、憂い、抗おうとした。

 

美国に相応しくない、娘よりも劣る者という劣等感以上に、彼が求めたもの。

 

「それこそが…国政への出馬だった。自尊心を満たすためではない…国を立て直したかった」

 

彼女がなぜ政治活動を始めたのか、その原因を知る仲間達。

 

2人は顔を俯け、一言も喋る事が出来ない。

 

…かけてやれる言葉がなかったからだ。

 

「本当にごめんなさい…もっと早くに伝えるべきだった。貴女達を苦しめてしまったわ…」

 

「…いいのよ、美国。それだけの思いがあったなら…突っ走るしかないわよね」

 

「私は…政治なんて分からないから、織莉子にかけてあげれる言葉が見つからない。それでも…」

 

――私は絶対に、織莉子を裏切ったりはしないからね。

 

その言葉を聞けた織莉子の表情にも明るさが戻っていく。

 

「久しぶりのお茶会なのに、しんみりさせてしまったわね…。何か他の話題をしましょうか」

 

楽しいお茶会を続けようとするが、2人はかけてやれる言葉も見つからず俯いたまま。

 

気まずくさせてしまった責任を感じた織莉子の口が開く。

 

「なら…私の話題に付き合ってくれるかしら?」

 

「政治の話は…付き合えそうにないかな……」

 

「大丈夫よ、キリカ。これは政治の話題…というよりは、私達の身近にあるものの話題よ」

 

「身近にあるものの話題って…何よ?」

 

織莉子が手を伸ばし、掴んで2人に見せたのはフォーク。

 

「これも、ケーキや紅茶の材料も…全て買わなければ手に入らない。分かるかしら?」

 

「当たり前でしょ?それがどうしたのよ」

 

「キリカ、これはどうやったら買えるのかしら?」

 

「そんなの私でも分かるよ。お金を出して買うんだよ」

 

答えを聞いた織莉子は頷き、真剣な表情を浮かべる。

 

「そう…お金を出さなければ、私達は何も手に入らない。私が話したい話題とは…」

 

――()()についてよ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

かつて襲ってきた織莉子に対し、八重樫総理は言葉を残す。

 

――君は銀行と呼ばれる組織について、考えた事はあるかい?

 

――銀行が融資で経済を動かし、経済組織が組織票と政治献金で国政政党を支える。

 

――言わば銀行とは、国家の心臓。

 

「紙幣が生まれる前の経済取引は、物々交換だったわ。でも…それだと不便よね?」

 

「それはまぁ…そうだよね。欲しいもの買う時に交換する品を持ち運ぶだなんて…」

 

「時間の経過で腐ったり、壊れやすいもので物々交換とか非効率だっての」

 

「物品貨幣・自然貨幣・商品貨幣・そして金属貨幣が生まれたわ。江戸時代の小判を思い出して」

 

「ああ、あれってそういう仕組みだったのね」

 

「RPGゲームでもゴールドは通貨として利用されるもんね~」

 

「軽くて取り扱い安い貨幣として生まれたのが…紙幣よ。日本は明治時代から紙幣になったの」

 

「RPGゲームやってても、それは感じたことあるよ。これだけゴールド持ってたら重たいって」

 

「ゲームの例えはどうかと思うけど、装備品の経済取引も通貨制度みたいなものよね」

 

「考えてみて。今までは価値のあるものと交換してたのに、突然紙切れを渡された時の気分を」

 

「それは…困るよ。子供の玩具紙幣を渡されたって、私は自分の持ち物を売る気にはなれないね」

 

「その通り。紙切れに価値を付加する貨幣制度こそが…()()()()だったのよ」

 

【金本位制】

 

金本位制とは、金を本位貨幣(通貨価値の基準)とする制度。

 

中央銀行の発行紙幣と同額の金を常時保管して、金と紙幣とを引き換えることを保証する制度だ。

 

「でもね、金本位制だと金の総量分しか紙幣が作れない。…だからこそ、生まれてしまったわ」

 

――()()()()(ふかんしへい)が。

 

【不換紙幣】

 

不換紙幣とは、管理通貨制度(国が通貨の流通量を管理調節する制度)の下で発行される紙幣。

 

金貨との交換を保証しない紙幣であり、国の信用で流通することから、信用貨幣とも呼ばれる。

 

経済が発展すると、金の生産量が追いつかなくなり、金本位制を保持することが難しくなる。

 

管理通貨制度への移行は、時代の趨勢(すうせい)と言えるであろう。

 

「信用貨幣を支えるものは、国の信用。信用を高めるためにも、政府は情報開示義務が生まれる」

 

「国の信用だけで…私達が利用してきた諭吉さんが…使われてきたっていうの…?」

 

「怖いわね…。国の経済がダメになったら日本円なんて…一気に値崩れしちゃうじゃない…」

 

「…管理通貨制度では、中央銀行が自由な裁量によって通貨の発行量を管理・調整出来るわ」

 

「景気の変動に対応して、国内経済の安定化を図るってわけ?」

 

「中央銀行が諭吉さんを大量に作れるなら、いっぱい作って国民にばら撒いたらいいじゃん」

 

「ダメよ。通貨を発行しすぎると通貨の価値が下がり、それと連動して物価が上昇するの」

 

「インフレーションっていうのよ、呉。それぐらいは知ってたら大人になった時に役立つわ」

 

「景気が悪いから紙幣を作る。それは国の信用がなくなり…紙幣価値がなくなる証なのよ」

 

「物価高って…昔はお菓子を安く買えてたのに…今は高い金額になってたのは…そういうこと?」

 

「それは貿易も同じよ。円安で貿易を繰り返しても…支払う額が増す。紙幣の価値が低いから」

 

「紙幣の価値が下がるって…怖いわね。物を買う行為の負担が増すばかりになるわよ…」

 

「私たち…そんな不安定過ぎるお金を使ってきたんだね…」

 

「不換紙幣は流通量が増える程に円安を導く。税金は…インフレ防止のために使われるべきよ」

 

「紙幣を作るんじゃなく…今流通している紙幣枚数だけで経済を立て直すってわけね」

 

「難しい世界だね…。RPGゲームのゴールドの方が、ずっと信用出来る通貨に思えてきたよ」

 

暗い表情になってしまった2人を見て、続きを話すか迷う織莉子。

 

だが、それでも知ってもらいたかったようだ。

 

「…()()という言葉を、知っているかしら?」

 

【国債】

 

国債とは、国が発行する債券のこと。

 

債券とは、資金を借り入れする際に発行される有価証券で、借用証書である。

 

国家として、社会保障の整備や各種インフラ整備などには税金を充てるのが一般的だ。

 

しかし、財政支出が税収入で賄えなくなると、国は国債を発行して投資家からお金を募る。

 

国の借金の申し出に賛同した投資家が国債を購入することで、国にお金が入る仕組みだ。

 

投資家が債権者であり金を出す側、国家が債務者であり借金を払う側といえよう。

 

満期まで国債を保有しておくことで、最初期に投資した元本と利子を債務者から受け取れるのだ。

 

「あらゆる国債は…国が無力だと示す証。約束手形として、債権者達にお金を支払う義務を生む」

 

「それは…まぁそうだよね。私だって、お金を貸したら返してもらえないと怒るだろうし」

 

「友達とのお金の貸し借り次元じゃないわ。銀行からお金を借りるなら…利息が追加されるのよ」

 

「まぁ…儲けにならないのに、誰が国債を買うお金を出してくれるんだって話だしね…」

 

「利息を甘くみないで。五分利息なら…20年後には借りた金額と同額になるのよ」

 

「…40年後には利子だけで元金の2倍、60年後には…その3倍の返済になる…?」

 

「さ…最初に借りた元金を残してだよね…?そんなの…払いきれるわけないじゃん!!」

 

「ええ…払いきれるはずがない。国債と借入金、政府短期証券の残高を合計した借金額はね…」

 

――1200兆円にも上り…これからも際限なく…借金額は増え続けるのよ。

 

…絶句した2人。

 

声を出すことも出来ず、体も震えていく。

 

「国の使うお金は…投資家への借金。私達は死ぬまで税金を搾り上げられ…投資家に支払われる」

 

――それでも毎年の税金額では利息を支払いきれず、利息の額は増え続けていくしかない。

 

――これが…世界中の国家の悲惨な現実だったのよ。

 

国債の中には、内債(内国公債)だけでなく()()(外国債券)がある。

 

外国債券とは、外国の通貨である債券のことだ。

 

「利息が払えず国債をまた作り、また支払えず国債を作る…終わりのない搾取構造…」

 

――それこそが、イルミナティの司令塔一族が…世界を支配する証。

 

――13血統の一番手…ロスチャイルドが生み出した…世界金融支配システムだったのよ。

 

中央銀行、不換紙幣、国債、外債。

 

全て金融の世界である。

 

中央銀行が生み出す紙幣によって、経済は回り、国家は税収以外の収入源とする。

 

国民からの税収とて、借金の利息の支払いだけで殆どを食い尽くされ、さらに国債頼りになる。

 

焼け石に水とばかりに、国は新しい税を生み出し続け、それでもなお利息額は増え続けるだろう。

 

国債の元金が支払える日など…永遠にこない。

 

日本で暮らす人間も、魔法少女も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()未来。

 

初代ロスチャイルドであるマイヤー・アムシェル・ロートシルトは言った。

 

――私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。

 

――そうすれば、誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでも良い。

 

第三代アメリカ大統領トーマス・ジェファーソンは言った。

 

――銀行は、軍隊よりも危険である。

 

――通貨発行権を奪われたら、我々の子孫はホームレスになるまで…。

 

――銀行家に利益を吸い上げられてしまうだろう。

 

「国債を書換えてでも…利率の引下げをやることは出来ないわけ…美国!?」

 

「国債所有者の同意を得たときのみ実施出来る。でも…所有権の額面価格を払うことになる」

 

「そんな…ことって…」

 

「債券所有者の全部が不同意を申出て、払戻しを要求したら、政府は自身の釣針に懸ってしまう」

 

「要求額の全部を払い戻すことは…不可能なのね…」

 

「ねぇ…織莉子…。私たち…これから先も…死ぬまで投資家から搾取され続けるしかないの…?」

 

「それを変えたいからこそ…私は政治活動を始めたのよ、キリカ」

 

「私…謝るよ。織莉子のことを…頭のおかしい陰謀論者になったって…思い込んでた…」

 

「その言葉を聞けただけで…私は報われたわ。ありがとう…そう言ってくれて」

 

「イルミナティ…前に言ってたわね。世界を支配する金融マフィアであり…悪魔崇拝者だと」

 

「そうよ…。私達の人生は、これからも悪魔共が握る。彼らの銀行が生みだす世界の紙幣とは…」

 

――悪魔共を際限なく儲けさせ、国を亡ぼすまで搾取し続けるために生み出し続ける代物。

 

――まさに悪魔の貨幣……()()()()()()()だったのよ。

 

旧約聖書の箴言には…こんな言葉がある。

 

富める者は貧しき者を治め、借りる者は貸す人の奴隷となる。

 

この一節こそが…21世紀まで続く世界の在り様を表していた。

 




ここまで読んで頂けた方なら、まどマギとマギレコでキャラ飽和なのに、おりこマギカとたるとマギカを必要とした理由も見えてくるかと思われます(汗)


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156話 破滅の始まり

政権与党憲法改正推進本部の会議を終えた議員達が会議室から出てくる。

 

八重樫総理も参加しており、この憲法改正に並々ならぬ思いを巡らせていた。

 

「この日本を地下に移す際、膨大な混乱が起きてしまう。それを抑え込むためにも必要なのだ」

 

総理執務室で口を開く総理は、秘書官のマヨーネに語り掛けている。

 

()()()()()()ですわね。内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することが出来ますわ」

 

「何人も公の機関の指示に従わなければならない。効力を有する間、衆議院は解散されない」

 

「戦争・内乱・大災害などの場合、国会の関与なしに内閣が法律と同じ効力を持つ政令を出す」

 

「内閣の独裁権。これこそが憲法改正の本当の狙い。2012年から続く憲法改正草案なのだ」

 

「愚民共はスピン報道のお陰で気づきませんわ。緊急事態条項の恐ろしさをね」

 

「発動要件が曖昧な上に、政府の権限を不用意に拡大していると知られるわけにもいかん」

 

「フフッ♪大丈夫ですわ。愚民共は何も気が付かないままバラエティ番組でも見てるでしょう」

 

「2020年から…世界の黙示録が始まる。神浜の地下へと下ろす民衆選別も済んだ」

 

「…ヤタガラスの意向を汲み取った形となりましたわね」

 

「秦氏(はたうじ)の血縁者を優先してザイオンに定住させるが…中流階級の一部も移住する」

 

「その者達が秦氏と我々の奴隷となる者達ですわね。連中を拘束し、支配するためにも…」

 

「憲法改正は滞りなく終わらせる。来年は各地の街で国民投票が始まるだろう」

 

「それはいいのですが…私が心配していた小娘の件について、手筈が整ったという知らせが」

 

「フッ…そうか。では、始めてくれたまえ」

 

「仰せの通りに。フフッ…あの小娘の地獄が始まりますわ」

 

「私もそれが楽しみだったのだよ、マヨーネ君」

 

……………。

 

夏休みも終わり、新学期が始まった頃。

 

「政権与党の改憲で一番恐ろしいのは緊急事態条項です!ヒトラーの独裁にも使われたのです!」

 

新学期が始まってからも、織莉子の政治活動は続く。

 

「緊急事態宣言と緊急事態条項は違います!憲法と法律のコントロールが効かなくなります!!」

 

街行く人達に向けて改憲の目玉とも言える緊急事態条項の恐ろしさを語っていく。

 

何が出来るかは内閣が独断で決めて、内閣が独断で法律的政令を作れる。

 

国会の事前同意は不要、民意(選挙)を問う事も出来ない。

 

国民は内閣が独断で決めた事に従わなければならない。

 

従わない者は投獄することも可能。

 

集会・結社・言論・報道の自由がなくなる。

 

上記のことを無限ループさせることだって可能だ。

 

「目的は97条98条の削除!国民の基本的人権の削除!そして11条と13条の人権は残す!」

 

11条と13条を残すのは、移民にまで日本国憲法を適用させるのが目的。

 

日本国民の侵してはならない最高権利を移民にまで適用させるのだ。

 

「99条緊急事態の宣言とは!総理大臣による独裁!ヒトラーが手に入れた()()()()()です!!」

 

米国大統領でさえ立法権はないのに、日本の総理大臣は法律を超えた巨大な権限が与えられる。

 

総理大臣が何を緊急事態と判断し、何の政令を作るのか、フリーハンドで手に入れられるのだ。

 

他の条項は何条だろうが関係なくなる。

 

ドイツが戦争の悲劇を繰り返さないよう作った憲法裁判所さえ、日本にはない。

 

暴走する国の権力を抑えることなど出来ない。

 

改憲議論である9条、97条、98条、10条、11条などは、スピンに過ぎなかった。

 

「戦争の悲劇を繰り返さないための憲法前文の削除!自衛隊の国防軍化!戦争が出来るのです!」

 

過激な改憲により、日本は大日本帝国時代に逆戻りするだろう。

 

天皇は国家元首に返り咲き、国旗国歌が重視され、軍国主義時代に返り咲く。

 

「日本はナチズム時代となります!日本人が手に入れるものではない!()()()()()()()()です!」

 

織莉子が必死になって続けてきた政治活動の効果はない。

 

「見て、あの子。まだ懲りずにやってるわよ」

 

「相手すんな。陰謀論にハマる中二病お年頃なんだろ?馬鹿は死ななきゃ治らないってね」

 

道行く人々でさえ、もはや彼女を相手すらしなくなってしまったようだ。

 

「どうして…?こんなにも危険が迫っているのに…なんで私の話すら聞いてもらえないの…?」

 

日本は巨大な愚者の船。

 

日本がとてつもない危険に晒されていると叫ぶ人々が異常者扱いされる不条理。

 

大手メディア報道やSNSトピックス記事以外のことが起きている筈がないと()()()()()()()

 

バラエティ的なソフト報道ばかりが貴ばれ、中身を考えない、議論さえ行わない。

 

改憲をテレビショッピング感覚でお試し改憲と報道し、国民は周りの空気に流されるばかり。

 

インフォティメント報道によって育てられた日本人は…疑わない、考えない人にまで堕落した。

 

「負けられない…お父様のためにも…私は……うぐっ!!?」

 

突然頭を抑え込み、蹲る織莉子の姿。

 

「な…何なの…?今の酷い頭痛は……?」

 

周囲を見回すが、魔法か何かの攻撃を受けたような気配はない。

 

だが、彼女が立っている場所の背後、屋内空間には怪しい人物の影。

 

男が手に持っていたのは、銃の形をしているが銃ではない武器。

 

非致死兵器の一種である電磁波兵器。

 

マイクロ波などの電磁波(電波)は目に見えない上に壁を貫通する。

 

技術は早い段階から確立しており、家庭の電子レンジでさえ改造すれば電磁波兵器に出来る。

 

2006年にはイラクにおいて米軍が用いたと認められ、機密情報が開示されていた。

 

無人兵器であるドローンミサイルに対する有効な攻撃手段として期待されているようだが…。

 

「皆さん…聞いて下さ……ぐぅ!!!」

 

突然の吐き気や動悸に襲われ、地面に蹲ってしまう。

 

街頭演説を続けることが出来ず、今日の彼女は帰ってしまった。

 

「へへへ!公安調査庁のバイト代金で、またパチンコ生活が出来そうだな!」

 

懐に電磁波兵器を仕舞い、男は逃げるように去っていった。

 

法務省の公安調査庁とは、テロ等の暴力で自分達の主張を押し通そうとする団体を監視する組織。

 

それはある意味、政府にとって都合の悪い存在を監視する組織でもある。

 

国と国民の安全を守ると言いながらも、独裁的な政府とその政府に従順な国民しか守らない。

 

国を売る売国政権にとっては、邪魔な反体制分子を取り締まる秘密警察と言ったところだろう。

 

「ハァ…ハァ…おかしいわ…。帰ってくるだけで…こんなに疲れたことはないのに」

 

どうにか家にまで帰ってきた織莉子は、背中に熱さを感じたのか衣服を脱ぐ。

 

大きな鏡の前に立ち、手鏡で下着姿の背中を確認。

 

「なに…?背中が赤くなってる……?」

 

彼女の美しい背中は発赤しており、チクチク感と灼熱感をもたらす。

 

これは電磁過敏症(EHS)と呼ばれる非得意的症状。

 

皮膚症状だけでなく、神経衰弱性および自律神経性の症状などをもたらす。

 

「めまいが酷い…頭痛もする…風邪を引いたのかしら?でも、風邪で背中が腫れるの…?」

 

目に見えない攻撃と風邪に似た症状から、彼女は攻撃されていることに気が付かない。

 

彼女は予知魔法が使える魔法少女だが、行使を望まない時にまで予知が発動するわけではない。

 

普段の生活で常時の予知魔法行使は、いたずらに魔力を消耗し戦う余力がなくなってしまう。

 

この弊害によって、かつては魔力消耗が激し過ぎて戦う余力がない時期があった。

 

「キリカと小巻さんには…足を向けて眠れない。あの子達のグリーフキューブが私の命を繋ぐ…」

 

寝巻に着替えた織莉子は棚からグリーフキューブを取り出し、心の消耗で削られた魔力を回復。

 

使ったグリーフキューブは窓辺の外に置いておく。

 

後でキュウベぇが回収に来るというわけだ。

 

「今日は早く寝て、体調を回復させないと。お父様のためにも…私は負けたくないから」

 

布団に入り込み、今日のところは休むことにする織莉子の姿。

 

…この日より始まっていくのだ。

 

迫害の日々をも超えた…地獄の日々が。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

9月も終わりが近づいた頃。

 

見滝原市の商業区で魔法少女活動を終えた3人が集まり、今日の反省会。

 

「2人とも、魔獣は数で攻めてくるのよ。突出したら包囲されるのだから気を付けて」

 

「わ、分かってますよ~それぐらい!」

 

「あたしはイノシシ娘なさやかの背中を守りに行っただけだよ」

 

「あたしのせい!?あんただって前線で大暴れして背中がガラ空きになったじゃん!」

 

「うるせー!さやかがフォローしてくれるんだから、前だけ見てりゃ良いんだよ!」

 

「あんたもイノシシ娘じゃん!自分の事を棚上げしてる奴はこうだー!」

 

「ぐえぇぇーーっ!やめろってさやかーっ!!」

 

背後からチョークスリーパーを仕掛けるさやかとギブを示す杏子の姿を見て、溜息をつくマミ。

 

「ふぅ…この2人と連携するのは骨が折れるわね」

 

前線で戦う2人とそれを中距離から援護するマミ。

 

魔法少女時代のほむらを失いはしたが、今は円環から帰ってきてくれたさやかがいる。

 

見滝原の魔法少女達は魔獣を相手に連戦連勝を重ねていくのだが…。

 

<<恩人ーーーッッ!!!>>

 

悲鳴にも似た叫びを上げて走ってくる人物に目を向ける。

 

「呉さん…?」

 

走ってきたのは魔法少女姿の呉キリカだ。

 

走ってきた彼女はマミの両肩を掴み、哀願するかのように辛そうな声を上げる。

 

「助けて欲しい…!!このままじゃ織莉子が…織莉子が壊れる!!!」

 

「美国さんに…何があったの?」

 

「私は…私は悔しい!!人間共に襲われてるはずなのに…尻尾を掴ませないんだ!!」

 

「落ち着けってキリカ!」

 

「そうだよ!落ち着かないと話の中身が見えてこないよ」

 

「う…うん…ごめん…」

 

どうにか落ち着かせ、彼女から話を聞かされていく。

 

話を聞いた3人の表情は…恐怖で引きつった。

 

「美国さんが…酷い嫌がらせ被害を受けている?」

 

「汚職事件の時から近所住民の嫌がらせを受けてきた…。でも、今回の騒ぎは次元が違うんだ…」

 

「どういう風に…次元が違うのさ?」

 

「織莉子の体に…異常がどんどん増えていく。魔法じゃない…何かのテクノロジーだと思う…」

 

「テクノロジー被害を受けてるだと!?あたしの家族でさえ…そんな責め苦は経験ないぞ!」

 

「熱、頭痛、吐き気、めまい、耳鳴り、体の痺れ、心臓の痛み…幻聴さえ聞こえてくるみたい」

 

「何なのそれ…本当に相手は人間なの!?魔法とかじゃないの!」

 

「犯人が魔法少女なら魔力で分かるさ!織莉子の家の周りを探ってるけど…魔力は感じない…」

 

「だとしたら…人間から攻撃を受けていると判断するしかないわ。警察に相談はした?」

 

「それが…織莉子も警察には何度も相談してるけど…取り合ってくれない…探偵さえもだ…」

 

「ヤクザか何かが絡んでるってのか…?」

 

「私だって…四六時中織莉子の家の周りで見張りは出来ない。私のいない時に現れるのかも…」

 

「あたし達は魔法少女だよ!回復魔法があるじゃん!」

 

「私と小巻が織莉子の体を癒す回復はしている。だけど…症状がまた悪化していくんだ…」

 

「攻撃を受け続けている証拠よ。警察も探偵も動かない相手…余程の存在よね…」

 

「織莉子はもう…食事さえまともに喉を通らない。織莉子の心と体は…どんどんやつれていく…」

 

苦しそうに語るキリカの姿を見て、杏子は歯を食いしばっていく。

 

社会から虐待される苦しみは、虐待された者にしか分からないからだ。

 

「キリカ…あたしも見張りを手伝ってやる。社会から虐待される苦しさは…あたしも経験済みだ」

 

「ありがとう…杏子。家の周りだけじゃないんだ、外出していても織莉子は被害を受けている…」

 

「外出時にもですって!?」

 

「監視、尾行、待ち伏せを織莉子は感じてる。苦しいのに予知魔法を使って避けてるけど…」

 

「精神的な怖さだけは…避けられないよね。魔力を消耗する上に…心の穢れまで生んじゃう」

 

「もっと怖いのは…織莉子の個人情報が出回ってるんだ。それのせいで…トラブルが絶えない…」

 

「トラブルって…この上まだ苦しめられてるの!?」

 

「何処で盗聴されたのか分からないけど…音声が合成されて身に覚えのないトラブル続きさ…」

 

「酷過ぎるわ…まるで()()()()()()()()よ!!」

 

【集団ストーキング】

 

海外ではギャングストーキングとも呼ばれる被害であり、組織犯罪である。

 

ギャングストーキングの手法は歴史が古い。

 

ヒトラーが行った実験や、CIAのMKウルトラ計画など、戦争を前提とした研究から始まった。

 

冷戦下では、政府の思想統制や治安維持目的に変わっていく。

 

FBIのコインテルプロもそうだ。

 

FBI等によって行われた非合法工作活動(国家犯罪)のプロジェクトとして知られる。

 

共産主義者等、当時のアメリカ政府にとって都合の悪い人物や団体に対する工作活動。

 

人間関係の破壊工作、風評工作、生活妨害工作、失業させる工作などを仕掛けて自殺に追い込む。

 

元々各国の諜報機関で行われていた謀略活動の一種。

 

別名はスローキルと呼ばれ、時間をかけた殺人であった。

 

「織莉子はもう…学校に行くのも怖がってる!不自然な付きまといやカメラ撮影ばかりされる!」

 

「分かった!あたしも杏子と一緒に手伝う!そんな苦しみを中学生に与えるなんて…許せない!」

 

「私もよ!美国さん…これは間違いなく貴女の政治活動と関係している。あの子を止めないと!」

 

「マミ…私と小巻もそれを悩んでた。織莉子にも譲れない理想がある…だけど、今が大事だ!!」

 

4人は頷き合い、小巻も含めて対策を考えていく。

 

だが、その間にも織莉子の周囲では苦しみの光景が続いていってしまう。

 

「うぅ…熱い…苦しい…息が出来ない…助けて…たすけ…て……」

 

汗塗れで苦しみのたまうのは…痩せ細り、顔の脂肪も落ちて頬がこけた姿に成り果てた織莉子。

 

「いや…眠るのは嫌…電話が鳴り響く…誰かが家に無理やり入り込もうとする…怖い…こわい…」

 

布団を頭からかぶり、三角座りで震えあがる織莉子の脳裏に浮かんでいくのは、社会リンチ光景。

 

学校に届けられたのは、織莉子の合成写真。

 

彼女が魔法少女活動をするために夜な夜な出かけるのは、不純異性交遊が目的だとする偽証拠。

 

校長に呼び出され、彼女は厳しく非難される。

 

「美国!!白羽女学院は異性交遊を学則で禁止している!これはどういうことなんだ!?」

 

「し、知りません!!こんな男の人…見たことありません!!」

 

「嘘をつくな!!ラブホに入っていくこの人物は、間違いなく君自身だぞ!!」

 

「本当に知らないんです!!お願いです…信じて下さい!!」

 

「黙れ!今度こんな事を引き起こしたなら…君の政治活動許可を取り下げる用意があるからな!」

 

「そんな…私は無実です!!無実なのに……どうして……」

 

身に覚えがないと彼女が言えば、周りから嘘つきだと罵られる。

 

携帯電話が鳴り響く。

 

通話に出れば、変質者のような男の声。

 

「へへへ…お嬢ちゃん中学生なのに、大人な下着を履いてるんだね?俺には分かるよ」

 

「だ…誰なの!?なんで私の下着の話なんて持ち出してくるのよ!!」

 

「俺は君の私生活なら何でも知ってるよ?大人な下着を履いてるのは、俺を誘ってるんだろ?」

 

「いやぁ!!この変態!!!」

 

「そう言うな。中学生のくせに溜まってるなら、夜な夜な家に上がらせてもらうから楽しもうぜ」

 

「二度と電話をかけてこないでぇ!!!」

 

織莉子が出す家のゴミからプライバシーを漁り、少女の恥ずかしい私生活を意気揚々と語る者。

 

彼女は携帯電話を後見人の親族に頼んで解約してもらい、家の電話まで線を切ってしまった。

 

「私は襲われてる…間違いないのに…それをみんなに叫んでも…キチガイ扱いされる!!」

 

自分は襲われていると周りの人々に叫んできた。

 

「はぁ?あんた被害妄想が酷過ぎるんじゃないの?」

 

「違うわ!!私は貶められてるの!!誰がやってるかは分からない…けれど!!」

 

「汚職議員の娘は嘘つきの常習犯。おまけに、最近は陰謀論者だって白女でも有名人じゃん」

 

「あんた、話しかけないでくれる?陰謀論者はキチガイだから相手したくないし」

 

そう言い残し、白羽女学院の女子生徒たちは去っていく。

 

「私の勘違い…?そんな訳ないわ!!だけど…周りに証明出来ない…」

 

この手口はガスライディングと呼ばれている。

 

コインテルプロの手法の一つで、相手の現実感覚を狂わせようとする事。

 

この言葉は舞台劇のガス燈からきている。

 

妻が正気を失ったと当人および知人らに信じ込ませようと、夫が周囲の品々に小細工を施す。

 

妻がそれらの変化を指摘すると、夫は彼女の勘違いか記憶違いだと主張してみせる。

 

心理的虐待の一種であり、被害者が自身の記憶、知覚、正気を疑うように仕向けるのだ。

 

「もう嫌…こんな生活…いやぁぁぁ……」

 

涙は枯れ果てた筈なのに、悔しい感情がさらに彼女の心を雑巾絞りして…涙を流させる。

 

「うっ…!!ゴハァ!!!」

 

嘔吐感に堪え切れず、布団の横に常備してある袋の中にゲロを吐き出す哀れな姿。

 

吐瀉物の中身も殆ど水分であり、ろくに食事をしていない証だ。

 

深夜になろうと恐ろしくて電気が点けられている織莉子の屋敷。

 

だからこそ狙いやすい。

 

屋敷から離れた遠隔地のビルの上では、複数人の男達の姿。

 

手には米軍が用いる暴動鎮圧型マイクロ兵器。

 

電磁波が屋敷の明かりに向けて照射され、織莉子は毎日電磁波被害を受けているのだ。

 

世界中の学者や研究者が、電磁波やスマホが人体に及ぼす影響の研究をしている。

 

機密情報でもある国もある為、メデイアとして公表するかどうかは、国によって判断がわかれた。

 

中国軍と印度軍の間でマイクロ兵器が使用されたニュースが2020年11月には流れるだろう。

 

ニュースの見出しはこうだ…()()()()()()()()

 

織莉子の地獄は続き、精神を蝕んでいく。

 

「みんなが…みんなが私を虐める…バカにする…!!みんな嫌いよ……大嫌いっ!!!」

 

彼女の疑心暗鬼は後に、大切な人達にまで向けられることになるだろう。

 

時女一族の青葉ちかや嘉嶋尚紀が繰り返した悲劇は、誰でも起こす現象。

 

人を疑うことも大事だが、疑い過ぎると加害者にしかなり得ない。

 

その言葉が実現する時は、時期に訪れるだろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「出て行って!!!」

 

屋敷の玄関先で大声を上げたのは織莉子。

 

「私は政治活動を止めるつもりはない!!貴女達まで…私を疑うというのね!!」

 

彼女が拒絶を示す存在とは、彼女の身を案じてくれる魔法少女達だ。

 

「そんな事は言ってないわ美国さん!」

 

「そうだよ!あたし達は、織莉子さんのことが心配で…」

 

「私は大丈夫よ!こんな嫌がらせなんかに屈しはしない…私には使命があるの!!」

 

「落ち着けって!そんなフラフラの体で…使命を続けられるわけねーだろ!?」

 

「キリカ!小巻さん!!この子達を連れてきた目的は何!?」

 

「そ…それは…織莉子が壊れていくのに、私達じゃ何もしてあげられないから…」

 

「貴女達は十分私を助けてくれている…。だから…信じて欲しかった…」

 

「疑ってるわけじゃない!立ち止まって欲しいだけよ美国!!このままじゃあんた…」

 

「言わないで!!私は立ち止まらない…立ち止まったところで…社会は変わらない!!」

 

政治活動に向かおうとするが足がもつれて倒れ込む。

 

キリカと小巻が慌てて助けおこそうとするが、その手は払い除けられた。

 

「いい加減にしろよ!周りの言葉に耳を貸さない自分の姿が…見えないのかよ!!」

 

「聞きたくない!!みんな…私のことを頭のおかしい嘘つきだっていう!それを覆したい!」

 

「お前の無念の気持ちは…あたしの父さんが経験した苦しみなんだよ!!」

 

「えっ…?どういうことなの…佐倉さん…?」

 

辛い表情を浮かべながらも、佐倉牧師がどんな人生を生きてきたのかを語る杏子の姿。

 

人々の心を救いたい、古い価値観に縛られるべきではないと叫んだ者に待っていた社会リンチ。

 

家族も巻き添えになり、身も心も飢えに苦しみ痩せ細る日々。

 

そして、信じていた理想に裏切られ、自分自身すら信じられなくなって酒浸りとなった者。

 

今の織莉子の姿と重なってくる。

 

「意固地になるんじゃねーよ!みんながアンタを傷つけようとも…魔法少女は裏切らない!」

 

「杏子の言う通り!あたし達は魔法少女だよ!!人々を救いたいと願った者なの!」

 

「私達は誰かのために願い、戦い、命を使い果たす者達。そんな子達が…貴女に嘘をつくの?」

 

「佐倉さん…美樹さん…巴さん……」

 

自分達が言いたかったことを全部言ってくれた者達を見て、キリカと小巻も安心した表情。

 

「織莉子…あの時、私は言ったよね?どんなことがあっても、私は織莉子を裏切らないって」

 

「裏切るつもりなら、グリーフキューブ集めなんてしてあげてない。信じてるから助けるのよ」

 

「キリカ…小巻さん……私…わたし……」

 

信じてくれるからこそ助けに来てくれた者に対して、被害妄想を爆発させてしまった己を恥じる。

 

嬉し過ぎて泣きじゃくってしまう。

 

無理をし過ぎていると悟らされた織莉子は、キリカと小巻に連れられて家の中に戻っていく。

 

「今は治療に専念してもらうしかないわ。その間に、私達が彼女の周囲を警戒してあげましょう」

 

「あたしの家族以上の苦しみを…あいつに味合わせたんだ。代償は高くつくぞ」

 

「絶対に許してやらない…警察が動かないなら!あたし達で叩き潰してやる!!」

 

決意を示す者達なのだが…その会話のやり取りは庭に仕掛けられた盗聴器で筒抜けだ。

 

ぞろ目ナンバーをしたバンの中では、通信機材を用いて会話内容を傍受する者達。

 

「魔法少女が動くか…。作戦を第二段階に進ませよう」

 

「魔法少女との武力衝突は避けたい。いたずらに犠牲者を生むだけだからな」

 

「集団ストーキングはコストを抑えた戦いだ。無駄な戦力消耗など上は望まない」

 

バンは発進していく。

 

次の日、織莉子に会いに来た人物達とは…後見人となってくれた母の親族達。

 

「織莉子、いい加減にしなさい。今直ぐ政治活動を止めるのよ」

 

屋敷の応接室に座る親族達の表情はとても厳しい顔つき。

 

「伯父様…伯母様…隠していたことは謝ります。何処でその話をお聞きされたんですか?」

 

「学校の校長先生から連絡が来たの…。貴女は政治活動のせいで精神的に追い詰められていると」

 

「織莉子の今の姿が…その言葉を証明している。どうして…そんなになるまで苦しんだ!」

 

自分のことを本気で心配してくれていると彼女は感じてしまう。

 

美国家に捨てられた分家の子供でも、支え続けてくれた優しき母の親族達なのだ。

 

「ごめんなさい…どうしても譲れなかったんです。私の親友達からも…それを責められました」

 

「お前は独りじゃないんだ。私達は何処までも…由良子が残した可愛い孫を愛している」

 

「貴女に譲れない気持ちがあっても、体だけは大事にして。病院に行くのよ」

 

「本当に…すいませんでした。自分を見失わないためにも…病院で診察を受けてみます」

 

親族に説得された織莉子は、親族達と一緒に見滝原市内に向かう。

 

向かった場所とは…あろうことか見滝原総合病院。

 

診察を担当した人物とは院長であり、イルミナティに所属する者…アレイスター・クロウリーだ。

 

診察室で向かい合い、自分の症状をアレイスターに話していく姿が続いてしまう。

 

「…重度の()()()調()()を患っているようだ」

 

「な…何を言い出すんです!?私が…キチガイの統合失調症ですって!!」

 

「陽性症状と陰性症状を同時に併発し、認知や行動にも障害が出ている。直ちに入院するんだ」

 

「私は統合失調症なんかじゃありません!何かの間違いです!!」

 

「統合失調症は脳の病気だ。薬物療法が主な治療となるだろう。入院して安静にしたまえ」

 

「お断りします!病院の先生まで…私のことを頭のおかしいキチガイレッテルを貼り付ける!!」

 

「お、落ち着きたまえ!!医学に基づいての判断だ!!」

 

「どうして他人はこんなにも残酷なの!?私のことを知りもしないで…偉そうに言わないで!!」

 

立ち上がって喚き散らす織莉子の姿を見て、看護師たちが慌てて駆けつける。

 

「落ち着きなさい!私達は君を傷つけたいわけじゃないんだ!」

 

「放しなさい!!私は統合失調症なんかじゃない…悪のレッテルを張らないで!!」

 

「患者が頭をぶつけないよう頭部を抑え込みなさい!鎮静剤を投与する!」

 

5人がかりで診察台に無理やり寝かせつけられ、腕をまくられる。

 

「放して!!いや!!いやぁぁぁーーーッッ!!!」

 

本気で錯乱しているなら、魔法少女の魔力で人を殴り殺すことも出来る…だが彼女は行わない。

 

織莉子は統合失調症などではないのだが、暴れる患者として対応されてしまったようだ。

 

「あっ……」

 

鎮静剤を腕に打ち込まれた織莉子の力が抜けていく。

 

診察台に力なく寝かせつけられてしまったようだ。

 

「…家族には私から説明する。()()()()が必要だ」

 

精神保健福祉法という法律が存在する。

 

精神障害者の医療及び保護を目的とし、指定医の診察の結果次第では強制的な入院を可能とする。

 

本人の同意がなくても、保護者の同意があれば精神科病院へ移送・入院させる措置が出来る。

 

病院は10日以内に保健所長を経由して知事に届け出るというのが医療保護入院の内容であった。

 

「粗相を起こし…申し訳ありませんでした。織莉子のことを…よろしくお願いします」

 

「ご安心ください。万全を尽くしますので」

 

診察室での騒動を説明された後見人親族は平謝りして、緊急入院を承諾。

 

入院書類を書きに受付の方に向かう親族の後ろ姿を見つめた後、院長は邪悪な笑みを浮かべた。

 

(我々の代理人であるディープステートは上手くやってくれた。後は我々に任せてもらおう)

 

鎮静剤の効果で眠ってしまった織莉子が運び出されていく。

 

救急車で運ばれた先とは…魔法少女にとってはこの世の地獄とも言える場所。

 

佐藤精神科病院だった。

 

…精神保健福祉法は、人権侵害に利用される。

 

措置入院の場合と違って、医療保護入院は単独の指定医が判定する。

 

その指定医が経営に関与する精神科病院へ入院させることになるのだ。

 

保護者の関係者や指定医の関係者で違法な馴れ合いを生じさせる。

 

精神保健福祉法の仮面の下で、人権侵害の犯罪が敢行される恐れが大きかったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「美国さんが…行方不明ですって!!?」

 

集まったマミ達に対して、涙ながらに語るのはキリカ。

 

横にいる小巻は俯き、前髪で表情を隠すが…両手の拳は震えていた。

 

「私のせいだ…私が織莉子の傍についてあげなかったから…織莉子がいなくなったんだぁ!!」

 

「お前のせいじゃねーよキリカ!」

 

「そうだよ!あんたにだって家族がいるでしょ!家に帰るしかないって…」

 

「家族なんかよりも織莉子が大事だ!織莉子は私の全てなんだよ!!」

 

「美国を支えるって決めたのに…このザマよ。最低よね…自分への怒りでどうにかなりそうよ!」

 

「浅古さんも落ち着いて!貴女達に責任なんてないわ!!」

 

「何か聞いてないか?昨日は解散したけど…アンタらは織莉子の傍についてたんだろ?」

 

「…最後に美国から聞いたのは…親族が来るってことだけよ」

 

「グスッ…邪魔しちゃ悪いと思って…泊まり込むのを遠慮したんだ。…大間違いだったよ」

 

「その親族が鍵だと思う。その人達と連絡をとることは出来ないの?」

 

「無茶言わないでよ…いくら友達だからって、親族の連絡先まで聞けるわけないでしょ?」

 

「織莉子の母親の親族は…他県の人だって聞いてる。かなり遠い県の人だって…」

 

「連絡をとる手段がないってわけか…。小巻は織莉子と同じ白女だろ?学校の方はどうだ?」

 

「美国は…障害者として病気療養児にされたわ。当分の間…学校には顔を出さないと言われたわ」

 

「病気療養児ですって!?どんな病気扱いなの…?」

 

「クラスの先生に聞いても…答えてくれない。詳しく聞かされていないそうよ…」

 

「だけど、これは手掛かりになるよ。織莉子さんは病人として…何処かの病院に囚われてる」

 

「でも…どこの病院だよ?それも聞き出せなかったのか?」

 

「私も怒って問い詰めたけど…本当に何も知らないようだったのよ…」

 

「不味いわね…見滝原にある病院だとは…限らないのよね……」

 

重い沈黙が場を支配していく。

 

集まった魔法少女達を遠目で見つめるのは、まどかと一緒に帰宅していた暁美ほむら。

 

「……………」

 

「どうしたの?ほむらちゃん?」

 

「…いいえ、何でもないわ。立ち止まったりしてごめんなさい」

 

「あれ?ほむらちゃんが見ていた先にいるのは…さやかちゃんや杏子ちゃん、マミさんもいる?」

 

「そうね…何か深刻な話し合いをしてるように見えたから…気になっただけよ」

 

「そうだね…。さやかちゃん達は…夜な夜な何かの活動をしてるって友達から聞いたけど…」

 

「貴女が気にする必要はないわ。私達はただのクラスメイト…それ以上でも以下でもないわ」

 

「そう…だね。でも、さやかちゃんが言ってくれたら…私も力になりたいなぁ」

 

「その必要はないわ。これは…貴女が手を出せる案件ではないと思うから」

 

「で、でも!」

 

「もし助けを必要とするなら…私が彼女達の手伝いをする。こう見えて、色々頼れるのよ?」

 

「ほむらちゃんが頼れる人だっていうのは知ってるよ…。でも、何の役にも立たない私は…」

 

かつての世界でも、鹿目まどかは同じ言葉をほむらに伝えている。

 

だからこそ、同じ言葉をこの世界でも返すしかない。

 

「…貴女は、何で貴女は、いつだってそうやって自分を犠牲にして…」

 

「ほむらちゃん…?」

 

「役に立たないとか、意味が無いとか、勝手に自分を粗末にしないで!」

 

――あなたを大切に思う人の事も考えて!!

 

困惑した表情を浮かべてしまうまどかを見て、ほむらも顔を俯けていく。

 

「…ごめんなさい、怒ったりして。私は…貴女を大切に思ってる。だから…その…」

 

「ほむらちゃん…ううん、私は怒ってなんていないからね」

 

「ありがとう…そう言ってくれて。美樹さんには佐倉さんや巴さんもいる…それに他の子達も」

 

「あの人は…不登校が多い呉先輩だよね?それにあの制服は…白女の人?」

 

「あれだけの仲間がいるのなら、安心しなさい。あの子達は強い…恐れるものなんてないわ」

 

その場から去っていく2人だが、ほむらの鞄を持つ反対側の手が握り込まれていく。

 

(美国さんが行方不明…。あの子と話をしていた時…聞かされたわ)

 

ほむらの事を伝え終えた後、織莉子から聞かされたのは…日本を裏から操る者達。

 

(イルミナティ…クロノスから聞かされたわ。私を育てる資金を用意したのも連中だと…)

 

彼女の脳裏に浮かんでいくのは、ホワイトライダーから聞かされた言葉。

 

(ネフィリム…悪魔の子孫。後のカナン人となり…欧州に流れてヴェニスの商人となった者達…)

 

美国織莉子はイルミナティの存在を語ろうとした人物。

 

ならば、彼女に危害をもたらしたのもまた、同じ存在だとほむらには分かっている。

 

(悪魔の子孫が相手なら…悪魔が出てくる。私に記憶と力を封印された美樹さやか達だけでは…)

 

せっかく分かり合えた織莉子の身を心配する気持ちは強い。

 

しかし、それでもほむらは動くことが許されない。

 

(感じる…この宇宙を覆う私の結界に…ヒビが入っていく。破られるのも…時間の問題よ)

 

この宇宙に現れようとしている円環のコトワリ神。

 

一度でもこの世界に侵入することを許せば、瞬く間に鹿目まどかを奪い取られるだろう。

 

だからこそ、まどかの傍を離れることが許されない。

 

(まだダメよ…。せめて、まどかが人間としての寿命を全うするまでは…守り抜いてみせる)

 

打つ手が見つからず、織莉子を見捨てようとしている自分に苦しんでいく。

 

そんな時、脳裏に浮かんだのは…人修羅の姿。

 

(こんな時…私と同じ程の存在とも言える…あの男がいてくれたら…)

 

今まで戦ってきた存在の中で、最強と呼べるほどの悪魔人間。

 

その人物ならば、織莉子を救ってくれるかもしれない。

 

(嘉嶋尚紀…だったかしら?たしか、東京で探偵をしていると…去り際で言ってたわね)

 

か細い希望を託すかのようにして、家に帰ったほむらは嘉嶋尚紀という探偵を探してみた。

 

……………。

 

打つ手が見つからないまま、月日が過ぎていく。

 

神浜左翼テロの事件がテレビで報道された日も過ぎ去ってしまう。

 

11月も最後の週が近づいた頃。

 

織莉子の捜索も進まず、打ちひしがれていくばかりのキリカと小巻の姿があった。

 

「織莉子はもう…帰ってこないのかな…?」

 

公園のベンチに座り込んだまま俯いているが、その表情は絶望を感じるほどに暗い。

 

そんなキリカに向けて、隣で座る小巻が口を開いてくれる。

 

「美国は魔法少女よ。戦う力はあるけれど…今の美国の精神状態だと…いつ死ぬか分からない」

 

「もう…円環のコトワリに…導かれたのかな…?」

 

「……考えたくもないわ」

 

「もし、そうなってたら……私はもう、生きている意味がなくなるよ」

 

「バカ!あんたには…えりかって友達がいるでしょ!?あの子を悲しませたいの!」

 

「そ、それは……」

 

「自分だけの命だとは思わないことね。私だって…妹の小糸がいる。命の安売りはしない」

 

「うん…ごめんね、小巻」

 

「私は親のツテを頼りにして探偵を探してもらってる。けど…この依頼を受ける探偵は現れない」

 

「警察も当てにならないよね…本当に刻みたいぐらいの税金泥棒共だよ…」

 

魔法少女だけでは解決案が見つからず、大人の社会に頼ろうとしても当てに出来ない。

 

八方塞がりになっていた2人の元に歩いて来た人物とは…。

 

「……ちょっと良いかしら?」

 

俯いた顔を上げる2人。

 

現れたのは暁美ほむらだ。

 

「貴女たちは…美国さんを探してるんでしょ?」

 

「あんた…美国のことを知ってるの?」

 

「ええ。政治活動をしているあの子の話を聞いている時に…知り合えたのよ」

 

「君はもしかして…織莉子の居場所を知ってたりするとかは!?」

 

「ごめんなさい…居場所は分からないわ。私だって、突き止めたいの」

 

「そっか…。何処の誰かも分からない子供に期待をするわけにもいかないよね…」

 

「だけど、探してくれそうな人物なら心当たりがあるの」

 

スマホを取り出して操作し、聖探偵事務所のホームページを2人に見せる。

 

「聖探偵事務所…?私立探偵みたいね?」

 

「個人でやっているところだから、大手のように邪見にされることもないかもしれないわ」

 

「東京から神浜市に事務所を引っ越したって載ってるね。事務所の場所は…神浜の南凪区かぁ」

 

「そこにはね、頼りになる探偵がいるの。その男なら…この問題を解決してくれるかもしれない」

 

2人は顔を見合わせて頷く。

 

「もう見滝原の警察も探偵も当てにならないわよ…。こうなったら、一か八かね」

 

「探偵に依頼するにしても…私はお小遣い少ないよ?豚の貯金箱を割っても…小銭ばかりだし」

 

「その点は私が受け持つわよ。呉の小遣いには期待しないから、豚の貯金箱は生かしときなさい」

 

「さっすが白女のブルジョアだ!!持つべき者は魔法少女の友だよ!!」

 

立ち上がった2人はほむらに礼を言って去っていく。

 

後ろ姿を見送ったほむらが後ろ髪を掻き上げる仕草を見せた。

 

冬が近づく冷たい風に後ろ髪を揺らせながら、空を見上げる。

 

「この問題が解決出来たとしても…問題は山積みよ。特に…私の問題はね」

 

踵を返し、ほむらは去っていく。

 

彼女が見上げた空の彼方には、最悪の脅威が近づく気配。

 

この世界は、神と悪魔が跋扈する世界。

 

ならばコトワリの神もまた、この世界に現れるのは必然だ。

 

世界は黙示録へと確実に近づいてきている。

 

この世の地獄が近づいてきている。

 

人修羅として生きる嘉嶋尚紀、もう一人の人修羅とも言える悪魔ほむら。

 

2人が再び交わる日も、目前であろう。

 




ここまで読んで頂けた方なら、なぜ人修羅君と時女一族を組ませたのか、理由も見えてくるかと思われます(汗)


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157話 囚われの日々

強制収容所と聞くと、北朝鮮みたいな悪の独裁国家にしかないものだと一般的には考えるだろう。

 

だが、実は日本にも存在している。

 

権力体勢にとって不都合な事実を主張する人達を、精神病だとでっち上げて強制入院させる。

 

精神医療の闇は深い。

 

自分は精神的に全く正常だから、精神病院なんて一生無縁だ。

 

そう思っていたら、悪意ある人物からあなたが危険で精神異常者だと虚偽通報されたとする。

 

そうやって精神病院に強制入院させられるトラブルが多いのであった。

 

……………。

 

「美国さん、調子はどうですか?」

 

病室に入ってきた看護師の声に対し、織莉子は何一つ反応を示さない。

 

「調子が悪かったらナースコールを押して下さいね」

 

そう言い残して、看護師は病室から出て行った。

 

椅子に座って外の景色を見つめるばかりを繰り返す囚われの少女。

 

窓は鉄格子で覆われており、精神病患者の自殺を予防する措置が取られている。

 

だが、傍から見れば座敷牢のようにも見えてくるだろう。

 

閉鎖病棟内は全てオートロックであり、医師の許可が無ければ外出さえ出来ない構造。

 

持ち物でさえ、自殺に使われそうな類のものは看護師が預かるため、荷物は最低限だった。

 

「お夕飯を食べ終えたら、食器を持ってきてくださいね。それと、薬の服用も忘れずに」

 

持ち運ばれてきた食事を少量食べ、彼女は薬を飲む。

 

飲まされているのは精神薬。

 

「……何もする気が起きない」

 

薬を飲んだ後はいつも虚脱感に襲われ、病院から脱出する気分にもならなくなっていく。

 

今日も何もすることなく、彼女は病室のベットの中で眠りにつこうとする。

 

そんな精神病患者達の様子は、深夜巡回の看護師が確認していくことになるだろう。

 

何も異常は無さそうなので、看護師は扉を閉めて次の病室へと歩いて行った。

 

(…私、何してるんだろう?最初の頃は…脱出しようと足掻いたはずなのに…)

 

眠っていたフリをしていた織莉子は、精神病院に運ばれた最初の頃を思い出す。

 

「私を家に帰してぇーッッ!!!」

 

「暴れるな!!!」

 

看護師たちに抑え込まれた織莉子の姿。

 

「私は異常者なんかじゃない!!統合失調症なんかじゃない!!悪者にしないでーっ!!!」

 

「悪者になんてしていない!!ここでは皆がそうなんだ!!」

 

助けを求めるかの如き少女の叫び。

 

しかし、周りの人々は助けを求める彼女を見る事さえない。

 

患者が叫び出して暴れる光景など、精神病棟の日常茶飯事。

 

発達障害、薬物依存、アルコール依存等の患者で埋め尽くされた場所では…異常が普通なのだ。

 

「保護室に移す!この子が落ち着くまで病室には戻せない!」

 

「いやぁぁぁーーーッッ!!!」

 

泣き叫ぶ彼女だが、無理やり保護室という名の隔離室まで連行されてしまう。

 

自殺する恐れのある人や錯乱、器物破損など行動が制御出来ない者が隔離される場所。

 

閉鎖し、隔離し、時には拘束するというのは、周囲の人に害を与えるのを防ぐためにあった。

 

「この娘…物凄い力だった。こんな痩せ細った体なのに…」

 

5人がかりで隔離室に連れてこられた織莉子は、身体拘束を受けていく。

 

「やめて!!乱暴しないでーーッッ!!」

 

布などでできた器具で胴や手足などをベッドに固定する措置がとられてしまう。

 

「改善が認められれば、ただちに解除の指示がもらえる」

 

「私は正常よ!!それに…こんな状態にされたらトイレにさえいけないわよ!?」

 

「後で女性看護師が来て、オムツを履かせてくれる」

 

「オ…オムツ……?」

 

「ここでは殆どの患者が…トイレにさえまともに行けない。オムツの中に漏らしてくれ」

 

まだあどけない中学生女子の織莉子に対し、オムツの中に糞尿を漏らせと残酷に告げてくる。

 

「そ…そんなのって……私…女の子なのに……」

 

「割り当てられるオムツの数も限られているからな。漏らすのが多ければそのまま履いてもらう」

 

「やだ……いやぁぁぁ……」

 

赤面し、涙が溢れ出す。

 

「少女の恥じらいか?だったら早く薬を飲んで、精神的に落ち着いてから病室に移されるんだな」

 

そう言い残して、男の看護師たちは隔離室から出て行くのだ。

 

「助けて…キリカ…小巻さん…巴さん…美樹さん…佐倉さん……」

 

魔法少女の力を行使して、脱出する。

 

それが出来ないのは…自殺防止のためにソウルジェム指輪を奪われているから。

 

錯乱して異物を飲み込むことも許されない処置が施されている状況。

 

隔離病棟内のナースセンターにある患者達の持ち物が管理されている棚。

 

美国織莉子と書かれた引き出しの中には、穢れの色に染まっていくソウルジェム。

 

このまま放置し続ければ絶望死するしかないのだが…。

 

「あんな子供が入院してくるとはなぁ…。政治家一族の御令嬢だって話だぞ?」

 

「そんな高貴な娘が…重度の統合失調症か。大方、政治家一族のスキャンダル隠しの捨て子だな」

 

「哀れな子供だよ…。勤務先が精神病棟だなんて…こっちまで頭がおかしくなりそうだ…」

 

ナースセンターで会話をしている看護師達の横を通過していく小さな微生物。

 

普通の人間では肉眼で見る事も感じ取る事も出来ない微生物とは…地下から這い出した存在。

 

それは…病院の地下深くに存在する生体エナジー協会内で大量に存在する胞子状のスポアの一部。

 

「キキ…グキキ……ソウル…ソウル……」

 

織莉子のソウルジェムが収められた引き出しの中に入り込み、ソウルを捕獲するように寄生する。

 

みるみるうちにソウルジェムの穢れが取り除かれ、美しい輝きを取り戻す。

 

「ハコブ……ソウル…エナジー…ハコブ……」

 

負の感情エネルギーを吸収したスポアはソウルジェムから離れ、キャリアとして帰っていく。

 

看護師が持っているスマホに憑りつき、電波を駆使するネットを用いた地下移動を行う姿。

 

…この地獄のような牢獄では、魔法少女は絶望さえ許されなかった。

 

……………。

 

隔離室での辱めが耐え切れなかったのか、織莉子は抵抗する素振りも見せずに薬を飲んでいく。

 

飲まされたのは抗精神薬だ。

 

「なに…コレ……?」

 

絶望に染まる程にまで荒れ果てた心が落ち着きを取り戻す。

 

正確に言えば、麻痺していく。

 

何もする気が起きなくなり、抵抗するのも馬鹿らしくなっていく。

 

「気分がいい…辛い感情が…消えていく……」

 

まるでアルコールでも飲んだかのような気分になり、嫌な事を考えないまでに思考が鈍化する。

 

精神薬とは…()()()()()だ。

 

精神科で使われる薬の種類は、麻薬や覚せい剤と同じ成分によって作られたものばかり。

 

使い続ければ…彼女も無事では済まなくなる。

 

「辛くなったら…お薬を飲もう。あれを飲んだら…泣き叫びたくもなくなるわ…」

 

彼女は辛い現実を忘れたいかのように抗精神薬を率先して飲み続ける。

 

無抵抗となっていき、精神保健指定医の診察でも症状が落ち着いてきていると判断された。

 

隔離室から解放され、病室に移された織莉子は…別人のように大人しくなってしまう。

 

「いや…何も考えたくない…。薬が飲みたい…もっと…もっと精神薬を頂戴……」

 

まるで薬物依存症患者のような目つきとなり、看護師の指示に従う従順な態度となっていく。

 

病室の外から聞こえる精神病患者の奇声や暴れる音も気にならない。

 

生きる気力もないが、死ぬ気力もない。

 

それが…今の病室で寝たフリを続けている織莉子の現状であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

地上の精神病院など偽装に過ぎない。

 

この地獄の本当の姿とは…地下深くにある生体エナジー協会だ。

 

協会内の深部にあるのは、悪魔を召喚する魔法陣。

 

周りは感情エネルギーであるMAGを貯蔵するタンクが備え付けられ、どんな悪魔でも形に出来る。

 

「始めてくれ」

 

魔法陣が軌道して、悪魔が召喚されようとしている。

 

それを見守るのは生体エナジー協会の所長と女秘書、そして警備任務につくシド・デイビス。

 

「おォ……」

 

召喚されようとしている悪魔の力強さを感じたシドは、感銘の声を上げた。

 

魔法陣に立つのは…2体の悪魔。

 

「……我ヲ呼ビシハ貴様ラカ?」

 

美しい毛並みと巨体、そして龍の尾を持つ悪魔。

 

現れた一体とは、ケルベロスだ。

 

「…感じるぞ、あの吸血鬼の気配が。私がこの世界に召喚されたのは…必然というものだな」

 

ケルベロスの横に立つのは、青年の姿をした人物。

 

白いスーツズボンと白いトレンチコートを纏い、白銀のロングソードが納められた鞘を持つ姿。

 

真ん中分けにした黒い長髪を後ろで括り、額には赤い十字架のような印を刻む者。

 

サングラスを押し上げるシドが口を開く。

 

「…光と闇の宿命は繰り返されますネ。私がここにいたのもまタ、必然だったのでしょウ」

 

彼が持つ聖書が振動していく。

 

管の中に収められた一体の悪魔が…憎悪を撒き散らし、激しく暴れようとしているのだ。

 

<抑えなさイ、クドラク。このヴァンパイアハンターハ…利用出来まス>

 

【クルースニク】

 

光の加護を受けた善なる吸血鬼狩人であり、名は十字架を意味する言葉に由来する。

 

クルースニクは、スロベニアのイストリアに住む吸血鬼クドラクを宿敵として戦う存在。

 

両者は常に比類なき戦闘を繰り返すと伝えられている。

 

クドラクが動物に化ければ、クルースニクは白い動物に化けて戦うという。

 

この戦いは常に光の勢力であるクルースニクの勝利で終わるのだと言われていた。

 

「ウフフ♪強そうな悪魔達が現れてくれて~私とっても嬉しいわ~♡」

 

ケルベロスとクルースニクの前に歩み寄ってくるのは、女秘書の姿をしたサキュバス。

 

「コノ臭イ…姿ヲ偽ッテモ無駄ダゾ…サキュバス」

 

「さっすがケルベロス族♪もう正体がバレちゃったわね~」

 

「貴様ら…私とこのケルベロスを召喚した目的は何だ?」

 

「も・ち・ろ・ん♪」

 

サキュバスの両目が瞬膜と化す。

 

――あなた達を、利用させてもらうためよ。

 

「ムゥ!!?」

 

「この魔法はッ!?」

 

放たれた魔法とは、悪魔の精神操作魔法の一種である『マリンカリン』だ。

 

「「グァァァーーーッッ!!!」」

 

魅了魔法を受けた二体の悪魔達が苦しみ悶えていく。

 

「フフフ…あの犬猿コンビのお仲魔入りね」

 

両者の瞳が濁っていき、この世界にやってきた使命を忘れていくのだ。

 

様子を見守っていたが任せても大丈夫だと判断し、所長とシドは悪魔召喚ルームから出て行く姿。

 

「冷や冷やしましたヨ。私の使い魔の一体とクルースニクハ…殺し合う定めでしたかラ」

 

「クドラクか。よく彼を抑え込めたね」

 

「直ぐに出せと騒がれましたガ、彼を利用するという提案は面白そうだと矛を収めてくれましタ」

 

「フッ…因縁深き吸血鬼ハンターを利用する吸血鬼か。確かに面白い」

 

2人は地上まで上がるエレベーターに乗り込む。

 

精神病院の外に出れば、シドを迎えにきた車が待機していた。

 

「申し訳ありませン。急用を任せられましたのデ、協会の防衛任務から外れさせてもらいまス」

 

「構わんよ。新しく警備を担当する悪魔も召喚出来たし、交代要員も君が手配してくれた」

 

「天堂組の組員と会長がこの場の警護を務めまス。彼らは既に吸血鬼…サマナーとも戦えまス」

 

「前回の失態の時、武装した人間程度では…デビルサマナーの進行を止められなかったからな」

 

「あの男が再び来る可能性も考えられまス。その時の保険としテ、私の悪魔をお貸ししまス」

 

「君の悪魔とは…?」

 

「魔人…と言えバ、信頼してもらえますカ?」

 

「ハハハ!気前がいいじゃないか。魔人まで用意してくれるなら、恐れる者は何もない」

 

「少々性格に難がありますガ、実力は保障しますヨ」

 

そう言い残して、シドは車で去っていく。

 

所長が視線を向ける先。

 

そこに召喚されていたのは魔人。

 

「オウオウ!俺ヲパシリニシヨウッテカ?」

 

バイクのアクセルを吹かせる魔人とは、ヘルズエンジェル。

 

「悪イガ気ガ乗ラネェナ。俺ハ好キニヤラセテモラウゼ…セッカクノ自由ダシナァ!」

 

そう言い残し、ヘルズエンジェルはバイクを走らせていった。

 

残されてしまった所長は両手をオーバーに広げ、大きな溜息。

 

「やれやれ…性格に少々難がある次元ではなかったよ、シド君」

 

バイクで風を感じながらも、髑髏顔は愉悦に笑うかのようにカタカタと口を動かせる。

 

「遠クカラ感ジルゼェェェ人修羅ァァ…オ前ノ怒リガ、アノ街ニ近ヅイテキテルッテヨォ!!」

 

バイクを走らせていくのは、怒りの炎を纏う魔人。

 

その先に見えた都市とは…見滝原市であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

佐藤精神科病院の屋上ヘリポートに着陸していく一機のヘリ。

 

ヘリから降りてきたのは、八重樫内閣で民間人閣僚を務める門倉IT大臣の姿。

 

「…ここに来るのも久しぶりだな」

 

案内人に誘導され、地下施設へと降りていく。

 

生体エナジー協会の入り口とも言えるエレベーターから下りれば、所長が出迎えてくれたようだ。

 

「ご無沙汰しております、所長」

 

「久しぶりだね、門倉君。IT大臣とアルゴンソフト社のCEOという二足の草鞋も大変だろう?」

 

「そうですね。体が沢山あれば良いと思えるぐらいには、多忙な身の上です」

 

「ここを視察に来るというのは、ムーンショット計画の進捗状況の確認かね?」

 

「その通り。私は2050年までに完成させなければならない計画を任される身です」

 

「私が研究区画まで案内しよう、ついてきたまえ」

 

2人は研究所エリアを進んでいく。

 

ガラスの向こう側には、魔法少女というモルモットを使ったおぞましい人体実験の光景が続く。

 

「ムーンショット計画とは、()()()()()()()。身体や脳といった制約からの解放だ」

 

内閣府が掲げるムーンショット計画には、6つの目標がある。

 

1 2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現。

 

2 2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現。

 

3 2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現。

 

4 2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現。

 

5 2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出。

 

6 2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現。

 

「人は肉体という檻から解脱する。彼ら、彼女達の新しい生活はロボットという()()()()が行う」

 

「労働させ、娯楽をさせ、その追体験は己自身の脳にフィードバックされる。肉体は不要となる」

 

「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会。それはまさに…サイボーグの世界です」

 

「第四次産業革命によって、IT、AI、ロボット技術は飛躍的進歩を遂げた。もうSFではない」

 

「足が不自由な人も山登りを楽しみ、家で寝ながら仕事をこなす。少子高齢問題も解決しますね」

 

「現実とゲームが融合した作品も数々生み出された。人々はリアルとデジタルの()()()()()()()

 

「人が機械と融合するイメージとて好意的に受け取られる。漫画やゲーム主人公になった気分で」

 

人と機械の融合など出来るのか?

 

例えば、スウェーデンでは既に数千人がマイクロチップを体内に埋め込んだ生活を送る。

 

玄関や車の開錠、公共交通機関の料金の支払いなどを、鍵やサイフを取り出す必要なく行える。

 

日本で現金だ電子マネーだと言っているうちに、北欧はマイクロチップで支払いをしているのだ。

 

動物実験では、ネズミの脳波を検出してロボットを操作する技術がすでに実現している。

 

人間がロボット(アバター)を操作するのは、夢物語ではない。

 

「我々は…管理者と言う現人神と化す。人の肉体は必要なくなり、抵抗することも出来ない」

 

「脳だけを取り出し、生活を送る。人間は物理的制約から解放された…ユートピアで暮らす」

 

()()()()()X()…人々がアバターとして暮らしていくデジタル管理世界。我々の計画の骨子だ」

 

「我々イルミナティは、人のソウルをデジタル化させ、支配する現人神となる」

 

――人間など…ソウルを生み出す松果体としての脳だけあればいいのだ…。

 

急に頭痛を感じたのか、門倉は額を抑え込む。

 

抑え込んだ額には、縦に伸びた古傷が痛々しく残っている。

 

「どうしたのかね?」

 

「いえ…ただの仕事疲れでしょう。もう大丈夫です」

 

「そうか」

 

ガラス越しに見ていた地獄の研究光景から遠ざかっていく。

 

「捨てられる人間の肉体は、新しい食料となるだろう。生まれる子供も試験官ベビーとなる」

 

「大人になった人間の肉の味は今一ですからねぇ。食すならばやはり、子供の肉が一番美味い」

 

「子牛や子山羊と同じくな。カニバルこそが、グローバルエリートの証であり人の支配者の証だ」

 

「太古のカナン人から続けられてきた文化が、世界の新しい生活様式となる。実に素晴らしい」

 

「フフッ、飯の話題をしていたら腹が減ってきた。どうだね、後で共に夕食でも?」

 

――ここには魔法少女という子供達の肉が沢山あるのだから。

 

「そうしたいのですが、僕も多忙な身です。また今度ということで」

 

「残念だ」

 

ムーンショット計画の進捗状況を確認していく光景が続く。

 

門倉が最後に立ち寄ろうとしていたのは、最深部にあるマニトゥが収められたエリア。

 

「我々のムーンショット計画とは…魔法少女の構造と同じなのだ」

 

「肉体と魂を切り離し、体を外付けHDDとする。我々はアバターという外付けHDDを用意する」

 

「魔法少女から生まれたソウルは、円環のコトワリに喰われる。我々もまたソウルを食すものだ」

 

「イルミナティを生み出した黒の貴族達の祖…カナン人。彼らは貴方の子孫であるヘブライです」

 

「私を含めた堕天使達は…元々は天使。ヘブライの天使であるインキュベーターと同じ存在だ」

 

「目指すべきはソウルの管理世界。生み出される感情エネルギーを利用する目的は違いますがね」

 

「LAWのインキュベーターは宇宙延命のために。我々CHAOSは私利私欲を満たすために使う」

 

「世界が黙示録となり滅びた後も、魔法少女は地底世界でさえ生まれていくかもしれません」

 

「勿論そうなる。ハルマゲドンに勝利すれば、LAWのインキュベーターも消えるだろうが…」

 

――CHAOSの堕天使が、代わりの契約の天使となり、魔法少女契約を繰り返すだろう。

 

「どういう意味でしょうか?」

 

「絶対管理世界を作れば、我々悪魔は退屈する。だからこそ、娯楽は残しておきたいものだ」

 

――獲物を追い立て、狩りをし、肉を引き裂いてソウルを喰らう喜びを奪わないでくれ。

 

かつての世界において、世界に静寂をもたらすという全体主義世界を望んだ勢力こそがシジマ。

 

LAW(法)とも言えるコトワリを望んだ者達は、LAWとは真逆の存在である堕天使。

 

あまりにも矛盾極まった光景であったが、この世界の光景こそが…シジマに与した堕天使の本音。

 

ボルテクス界において、シジマのコトワリを啓いた氷川は言葉を残す。

 

――シジマに与する堕天使共は、シジマを利用していた。

 

――自分達が思い描く、別の世界計画に生かすための思想実験がしたかった。

 

――堕天使共が欲しかったのは、人々の静寂ではない。

 

――悪魔達の完全なる支配体制だ。

 

地獄の主のおぞましい欲望を聞かされた門倉は、不気味な笑みを浮かべるばかり。

 

エレベーターの扉が開き、マニトゥを管理するモニタールームに入る2人。

 

モニター光景を見ながらマニトゥの成長具合を観察していた門倉であったのだが…。

 

「ぐっ!?」

 

また頭痛がぶり返し、額を抑え込んでしまう。

 

(傷が疼く…。米国で生活していた時…僕は…米国の生体エナジー協会内のマニトゥと出会い…)

 

門倉の脳裏には、不気味な声が木霊する。

 

<<ヒヒヒ…ヒハハハハ……ソウル……ソウルだぁぁ……>>

 

頭を振り、脳裏に浮かんだ闇の囁き声を振り払う仕草。

 

「やはり仕事疲れのようだな。少しは休んだらどうなのかね?」

 

「…いえ、大丈夫です。ハルマゲドンまで時間はあまりない…急がなければ」

 

「そうか。よろしく頼むよ」

 

踵を返し、門倉は先に帰ってしまう。

 

地上に出るためのエレベーターに向かう中、研究区画のガラス内の光景に視線を向ける。

 

機械設備に繋がれているのは…餓死しかけた裸体の魔法少女達。

 

頭部は奇妙な機械で覆われている。

 

外の大型モニターにはVRアバターが映し出されており、美しい異世界仮想空間を描いていた。

 

「現代人間の欲や争いに満ちた社会を改善するには…その根源である魂、()()()()()()()()()だ」

 

サイバーネットワークによるデジタルレーニン主義管理体制。

 

それこそが、イルミナティの代理人の一人である八重樫総理から与えられた門倉の使命。

 

「人は肉体を捨て、アバターとなる。ハルマゲドン後の世界は…()()()()()()()()を起こす」

 

時代や分野において、不動にされた主流の考え方や支配的な価値基準が劇的に変化する世界。

 

それこそが、アルゴンソフト社のCEOでありイルミナティに所属する門倉が生む…新世界秩序。

 

パラダイムXだ。

 

「今はまだ実験段階を示すXナンバーだが、いずれは完成するだろう」

 

――その時こそパラダイムシフトは完成し、我々の家畜である人間共の理想郷を生み出す。

 

――我々ソウルの管理者である牧師達が生み出す、新しい人間牧場。

 

――()()()()()()(理想郷)だ。

 

その世界の名は、違う並行世界においても語られている。

 

東京にICBMが落ち、魔界と繋がってしまい、人類文明が滅びてしまった世界。

 

悪魔が跋扈するその世界を支配したのは、LAWの天使達だった。

 

天使達は()()()()という全体主義独裁組織を生みだし、TOKYOミレニアム都市を築いた。

 

四大天使を元老院の長とするセンター組織が行政府として機能する役目を果たす。

 

彼らが生み出そうとした理想郷世界とは、この世界で生まれようとしているパラダイムXと同じ。

 

人々をデジタル管理支配出来る仮想世界に落し込む…人間牧場計画。

 

メシア教が生み出した人為的アルカディアであった。

 

「我々が生み出すニューワールドオーダー…()()()()()()()。必ずや…やり遂げてみせる」

 

屋上ヘリポートにまで来た門倉を乗せたヘリが飛び立っていく。

 

夕焼けが沈む空を見つめていた門倉は、額の傷を触りながら…こう呟く。

 

――人類とは、バーコード化を行い、デジタル管理することは…可能だ。

 

悪魔の千年王国到来を夢見ながらも、心の奥底には堕天使達と同じ欲望が渦巻いてしまう。

 

「ヒ…ヒヒヒ……ソウル……ソウルだぁぁぁ……」

 

愉悦に歪んでいく門倉の表情は…人間の顔つきではなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ん……んん……?」

 

寝台の上で目を覚ました織莉子は違和感を感じた。

 

「ここは……何処?」

 

病室ではなく、隔離室でもない。

 

白い壁と床と便器、目の前には電子ロック付きの強固な扉。

 

左手を確認するが、やはりソウルジェム指輪は見つからない。

 

彼女達を収監している独房の近くに収められているのは間違いないのだが…。

 

<<お目覚めかな、魔法少女>>

 

壁に備え付けられたスピーカーから音声が響く。

 

<<顔を見せなくて失礼。君たち魔法少女が収められた独房は強固でね、外から声は届かない>>

 

虚ろになっていた思考が急速に回りだし、恐怖に包まれていく。

 

<<君は精神病棟から脱走したとして、警察に通報された。行方不明者として扱われるだろう>>

 

「私を…何処に連れてきたの!?ここから出して!!」

 

<<いずれ出される時はくる。絶望死さえ、ここでは許されない。覚悟しておくのだな>>

 

「ここは何処なの!!私をどうするつもり!?」

 

<<ここは生体エナジー協会と呼ばれる場所。魔法少女にとっては…地獄の一丁目だな>>

 

「生体エナジー協会…?魔法少女にとっては…地獄…?」

 

<<ここには、君達のお仲間が世界中から集められる。そして、生きて帰れる者はいない>>

 

「あ…あぁ……」

 

全身が震えだし、涙が溢れて来る。

 

<<ソウルジェムから生まれる感情エネルギーを取り出す施設。その方法は…想像に任せよう>>

 

そう言い残して、スピーカーから声は聞こえなくなった。

 

絶望のどん底に突き落とされた織莉子は、両手で顔を覆いながら泣き叫ぶ。

 

「お父様…これが…私に与えられる罰なのですか!?貴方を死に追いやった…報いですか!?」

 

知りたいと願った少女が辿り着いたのは、逃れられない地獄の世界。

 

知りたいという好奇心は、猫をも殺す。

 

イルミナティとディープステートに触れなければ、こんな目には合わずに済んだ筈なのに。

 

<お願い!誰か返事をして!!>

 

魔法少女同士の念話を送るが、特殊な金属で覆われた強固な空間がそれを阻む。

 

魔法少女同士の連携による脱走を防ぐためのものだろう。

 

代わりに応えたのは、さっきの男とは違う男の声。

 

<<よぉ、新入りの魔法少女。ついてねぇな~ここに運ばれたらもう…法律は通用しないぜ?>>

 

「出しなさい!!私をここから出して!!!」

 

<<無駄なことさ。それよりも…ククク。お前、瘦せこけちまってるが…いい体してやがる>>

 

「な…何を言っているの…?」

 

<<どうだ?死ぬ前に…女としての楽しみぐらいは経験したいだろ?俺達が相手してやるよ>>

 

中学生ではあるが、織莉子だって年頃の15歳。

 

言っている意味は理解出来るため、赤面しながら罵倒する。

 

「最低の屑共め!!お前達に凌辱されるぐらいなら…舌を噛んで死んでやるわ!!!」

 

<<舌を噛み千切っても死にはしない。苦しみが続き、穢れのMAGが生み出されて絞られるぜ>>

 

「MAGですって…?ソウルジェムから生まれる…感情エネルギーのことなの…?」

 

<<まぁいい、気が変わったら声を上げな。お前達の状態は常にモニターされているからな>>

 

欲望に塗れた男の声が消える。

 

もはや成す術もなく、命をいつ終わらされるかを待つばかりの魔法少女の姿。

 

「助けて……誰か助けて……」

 

泣く事でしか生きる事を証明出来ない者に救いの手を差し伸べる者など、地の底にはいない。

 

ここは生体エナジー協会。

 

地獄を象徴する地の底であった。

 

……………。

 

11月の最後の週、火曜日を迎える時期。

 

クリスを運転しているのは、尚紀の姿。

 

喧嘩別れになりかけたが、どうにかクリスを見つけ出してなだめられたようだ。

 

助手席に座るのは丈二。

 

今回の依頼のサポートをしてくれる。

 

「俺にとっては、久しぶりの見滝原だ。丈二は来たことはあるか?」

 

「いや、俺も初めて訪れる土地だ。土地勘がないだけに、捜査に支障が出るかもなぁ」

 

「俺は何度かあるが…片手で数える程度だ。土地勘に優れてはいない」

 

「お互い迷子にならないよう気を付けようぜ」

 

高速道路に入り、見滝原市を目指していく。

 

「昨日スマホを台無しにされてな。新しいのを買いに行く時に…店内のテレビニュースを見た」

 

尚紀が見たニュース内容とは、里見太助の娘である里見那由他(さとみなゆた)失踪内容。

 

「家政婦を務めていた氷室ラビと共に行方不明。たしか、里見ってのは…」

 

「ああ、民俗学者の里見太助だろ?俺もあいつの民俗学の本は見たが…嘘っぱちだと思ってた」

 

「今はどうなんだ?」

 

「事実だったと痛感した…。俺達は…限られた情報の世界でしか生きていないんだな」

 

「里見太助は、随分と前に行方不明のニュースが流れたが…今度は娘と家政婦が行方不明」

 

「何かの繋がりを感じずにはいられないが…捜索依頼が来ない以上は動く事は出来ないぜ」

 

「こっちも人手不足なんだ。人探し案件なら他にもあるんだが…手を回す余裕は俺もない」

 

「里見太助の民俗学書籍内容からして、魔法少女を追いかけた存在だ。だとしたら…」

 

「ああ…。この国の裏側連中からして見れば、嗅ぎ回られたくない内容を追ってた奴だ」

 

「不審死の仲間入りかもなぁ…。そして、その娘達も…」

 

「年齢からして、魔法少女をやっててもおかしくない奴らだった。魔法少女まで失踪なのか?」

 

「どうだろうな?どっちにしろ、今は目の前の依頼に集中するべきだ」

 

「違いねぇ」

 

高速道路を進み続けるのだが、後ろから走ってくる赤いオープンカーに気づく。

 

「あのBMWのZ4…神浜市の辺りからずっと後ろをついて来ているぞ」

 

「ああ、あの車はナオミだ」

 

「知り合いなのか?」

 

「俺のボディガードを請け負ってるそうだ。そう思ってたら喧嘩を売られたり、読めない女だ」

 

「ボディガード?悪魔のお前にボディガードなんて必要なのかよ?」

 

「俺が頼んだわけじゃねぇよ。大方、仕事だから仕方なくついて来てるんだよ」

 

「そうか…ところで、そのナオミって女性は…美人なのか?」

 

「…それを聞いてどうするんだ?」

 

「いや、尚紀のボディガードをしてるなら…ついでに人探しを御一緒に…と思ってな」

 

「やめとけ、あいつは傲慢なビジネスウーマンだ。バカ高い依頼料をふんだくられるぞ」

 

「そいつぁ…勘弁して欲しいもんだ」

 

見滝原市へと向かっていく二台の車。

 

人修羅として生きる尚紀の戦場は、次のステージへと向かっていく。

 

見滝原を舞台にした戦い。

 

その中で彼は、再び魔法少女達と出会うことになっていく。

 

彼の記憶の中に巡るのは、苦い記憶ばかり。

 

再び尚紀と出会う魔法少女達は、彼を受け入れてくれるのか?

 

それとも、手を取り合うこともなく、お互いに拒絶の意思を示すのか?

 

敵の布陣は強固。

 

協力し合えなければ、囚われの少女を救う事など…不可能であった。

 




ちなみに、ムーンショット計画はリアルの内閣府HPからネタを貰っており、メガテン的な設定に魔改造しましたが、将来は分かりません
くわばらくわばら…(汗)


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158話 見滝原再訪

海に面した見滝原政治行政区。

 

地下空間には、暁美ほむらに用意された広大な武器弾薬庫と射撃場が未だ健在している。

 

魔人との試練の際に利用されたが、現在も利用を続けているようだ。

 

500メートルはある奥域をもつ広大な屋内射撃場内では、けたたましい銃声が鳴り響く。

 

射撃ブース内の机には様々な銃が置かれている。

 

拳銃・自動小銃・狙撃銃・分隊支援火器等を次々と撃ち終えたら交換して的を撃つ。

 

素早い狙いをつけ、高速かつ不規則に動くハンガーにかかったターゲットシートを撃ち抜く姿。

 

射撃訓練を続ける彼女の後方には、後ろ手を組み見守る姿をしたクロノス。

 

射撃訓練を終えた彼女がイヤーマフヘッドホンを脱ぎ、ブースのスイッチを押す。

 

ハンガーが戻ってきて、彼女はターゲットシートを確認していくのだ。

 

「そんな人間の武器を…未だに使うのか?」

 

時間を操る神から与えられた質問に対し、後ろを振り向き口を開く。

 

「言いたいことは分かるわ。コトワリ神であるアラディアと戦うのには役に立たないでしょ?」

 

「分かっておるなら、どうして未だに修練を続けるのかのぉ?」

 

「私の悪魔の力は…強大過ぎるの。力の制御が難しい分、下手に街中で使えば…」

 

「まぁ、この街が大惨事になりかねんのぉ」

 

「だからこそ、まだ人間の武器が必要なの。歩兵武器である以上、それを超える被害は出ない」

 

「フン、鹿目まどかだけを目的にしてきたお前さんが、人間社会に配慮し続けるのか?」

 

「勘違いしないで。私は確かに…まどかを優先して数多の世界を見捨てたわ。けれど…」

 

「他の選択肢があったなら、人類を見捨てることはなかったと言いたいのか?」

 

「…それが見つからなかったから、私は罪人として生きる道を選んだだけよ」

 

「甘い小娘じゃのぉ…。愛する人を守るだけで良いのに、他人を気にして己の首まで締め上げる」

 

「まどかだけを守ればいいではダメ。あの子は人間社会に生かされてる…失うわけにはいかない」

 

「人間の武器を用いて、何と戦うつもりなのじゃ?」

 

「もしもの備えよ。アラディアだけが脅威じゃない…円環の使者とも戦う日が来るかもしれない」

 

「まぁええ。お前さんがそう決めたのなら、それを貫くがいい。ワシはただの傍観者じゃ」

 

「見物料はもらうけれどね。それに、貴方はこの武器庫の管理人でもあるのを忘れないで」

 

射撃場から出て来た2人の姿。

 

広大なスーパーマーケットの如き武器庫内を移動してカウンターまで移動。

 

置いてあったメモに必要な物資を書き込み、クロノスに渡す。

 

「ルシファーとはまだ繋がりを持っているのでしょ?あの悪魔はアラディアを把握してるの?」

 

「無論じゃ。だからこそ、閣下はお前さんに多大な期待を向けておられる」

 

「私に円環のコトワリ神を倒させるつもりね…。だからこそ、私の世話をまだ続けてくれている」

 

「学生としての生活費と、この武器庫の維持。全ては閣下の役に立たせるために用意されたもの」

 

「…拒否権は無いという事ね。もちろん、私は言われなくてもアラディアと戦うわ」

 

「人間として生きて欲しい、愛する者を守る為にか…」

 

「今も昔も変わらない。それこそが…私のたった一つの道しるべ」

 

――交わした約束なのよ。

 

溜息をついたクロノスがカウンター内に移動していく。

 

棚にあった物を取り出して、カウンターに置いてくれた。

 

「これは…何?」

 

中央に六芒星が刻まれているのは、木製のアンティークガンケース。

 

「中を見てみるがいい」

 

ガンケースを開けると、ほむらは息を飲みこむ。

 

「これは…SAA(シングル・アクション・アーミー)ね」

 

赤い布の上に置かれているのは、西部開拓時代の名銃と同じ見た目の銃。

 

美しい銀のフレームには、職人技が詰め込まれた装飾が施されていた。

 

「ただの古い銃ではない。この魔具はな…魔界で生み出された銃じゃ」

 

「魔具…?魔界で生み出された…銃?」

 

「魔界の名工として生きた悪魔、マキャヴェリが残した傑作。お前さんの為に…閣下が用意した」

 

「私の為に…ルシファーが用意した銃なの?」

 

「お前さんは見事に悪魔転生を果たした。新たなる悪魔の戦いには、さらなる力が必要じゃ」

 

「魔具って…怪しい武器じゃないでしょうね?」

 

「閣下がお前さんの為に用意した武器の数々は、一度でも裏切ったのか?」

 

「いいえ。ここに用意してもらえた銃こそ私が求めていた物。いつだって私を裏切らなかったわ」

 

「手に取ってみるがいい」

 

言われた通り、彼女はSAAを手に取ってみる。

 

「凄い…手に吸い付くような一体感を感じる樹脂グリップね。それに…不思議な魔力を感じるわ」

 

様々な角度で銃を確認していく仕草を見せる。

 

「装弾数は6発じゃ」

 

「…悪魔を表す数字ね。今の私に相応しいわ」

 

「この銃はな、特殊な弾丸を撃つことが出来る。持ち主の魔力を最大限に込めた一撃を放てる」

 

「特殊な弾丸…?」

 

ケース内には、並べられた弾丸の数々。

 

手にとってみれば、今まで触れたこともない感触をもたらす。

 

「見た目は45口径弾だけど、不思議な金属ね…。それに、薬莢には五芒星の印がつけられてる」

 

「五芒星とは悪魔の力を封印する印。悪魔としてのお前さんの魔力を封じて溜め込めれるのじゃ」

 

「その封印出来る悪魔の魔力は…無尽蔵なの?」

 

「試してみるか?」

 

「後でやってみるわ。もしその話が本当なら…願ったり叶ったりね」

 

「かつての試練の時、お前さんは抜き撃ち技術を磨いた。弓よりも早く引き金を引けた筈じゃ」

 

「ええ。弓で戦うよりも、私は銃を用いて戦うことを得意としているから」

 

「悪魔としてのお前さんは弓しか生み出せん。だからこそ閣下は、悪魔としてのお前さんにも…」

 

「悪魔専用の銃を与えてくれたというわけね…有難いわ」

 

撃鉄を親指で持ち上げ、構える。

 

引き金を引き、撃鉄が落ちる音が響いた。

 

「年代物の銃でも…手に馴染むわ」

 

「暁美ほむらを象徴する武器は、やはり弓ではなく銃というわけじゃな」

 

「私の長い旅路を共に歩んでくれたのは…貴方と銃だけだったものね」

 

「今まで通り、魔法盾としてのワシの領域に収納するがいい。いつでも抜けるようにな」

 

「そうするわ。練習が必要ね…シリンダーを指で回転させながらリロードする旧式構造だから」

 

「この武器庫には、それと同じタイプの銃もあったはずじゃ」

 

「練習用には丁度いいわ。探してみる」

 

銃をアンティークガンケースに仕舞い蓋を閉じた時、強大な魔力を感じとる。

 

「…この魔力、忘れもしないわ」

 

「…人修羅じゃな。この街に近づいてきておるようじゃ」

 

「この街に近づくあの悪魔は、探偵として訪れようとしているのかしら?それとも…」

 

「お前さんとの再戦を求めて訪れるのか…どちらなんじゃろうのぉ?」

 

「この街に不穏分子は近寄ってもらいたくはない。…確認が必要ね」

 

2人は地上に出るためのエレベーターへと向かっていく姿。

 

その頃、クリスを運転している尚紀と助手席に座る丈二はというと…。

 

「見えてきたぞ」

 

「あれが新興都市として生み出された見滝原市か。栄えているようだなぁ」

 

高速道路から見える光景は、見滝原市を象徴するビルの数々。

 

尚紀の脳裏に巡るのは、僅かな間で関わった見滝原魔法少女達との記憶。

 

(杏子…巴マミ…そして、俺と同じ道を歩む暁美ほむら……)

 

彼女達と再び出会うことになるためか、重い溜息をつく。

 

(杏子…新しい人生を手に入れても復讐を望むか?そして…あの女は再戦を望むだろうか?)

 

――俺と同じ悪魔となった…暁美ほむらは?

 

高速道路から下り、下道を進んでいく。

 

尚紀を再び出迎えたのは、悪魔ほむらが支配する都市の光景であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

瑠偉が手配してくれたビジネスホテルにチェックインを済ませ、クリスに乗せた捜査機材を運ぶ。

 

時刻は既に夕刻を過ぎ、日が沈もうとしていた頃。

 

「捜査は明日からにしよう。先ずは部屋で捜査会議といこうじゃねーか」

 

「そうだな」

 

「俺もこの街に来たのは初めてだし、手付金をガッポリ貰えた。どうだ、今夜は一杯?」

 

「明日に響かない程度でな」

 

「分かってるって♪」

 

先にホテルの入り口の中に入っていく丈二だが、続く尚紀は立ち止まり…後ろを振り向く。

 

「…気味の悪い街にされちまったもんだな」

 

空を飛び交うのは、かつてくるみ割り人形の魔女と化した暁美ほむらの使い魔達。

 

街の影にも使い魔の影が見える。

 

「あの使い魔共が…暁美ほむらの目となり耳となる連中なのだろうか?」

 

人間には見えない光景だが、人修羅として生きる尚紀は違う。

 

暁美ほむらと同じ悪魔だからこそ、彼は認識出来るのだ。

 

「…イヨマンテを飲み込んでおくか。あの悪魔と出会った時、記憶操作をされたら敵わない」

 

ホテルの中に入り込み、自分達の部屋を目指す後ろ姿。

 

彼の脳裏に浮かぶのは、レコードと呼ばれる宇宙さえ砕く程の激闘の記憶。

 

(今の俺は…マサカドゥス化したマロガレを失っている。あの悪魔に報復されれば…命はないか)

 

不安を感じながらも、部屋の中で捜査会議を続けていく。

 

明日の段取りを済ませた2人は、夜の見滝原市へと出かけていくのだが…。

 

「神浜の外にまで出歩かれると、こっちも経費が膨らむんだけど」

 

待ち構えるようにして立っていた人物とはナオミだ。

 

「おおっ!この人がナオミさんか!!すげぇ美人さんじゃねーか!」

 

「俺だって探偵を務める社会人だ。出張ぐらいはする」

 

「大人しくしてくれていたら私も楽が出来るのに。それと…このオジサンが貴方の上司?」

 

「どーもお嬢さん初めまして!俺は聖探偵事務所で所長をしている聖丈二です!」

 

「気安い男ね。下心丸出しの男は嫌いなのよ」

 

「ナオミ、お前はこっちでも俺のボディガードをやるのか?」

 

「そうするのが依頼内容だもの。ミスターニコラスから大金を貰った以上、仕事は完遂するわ」

 

「ようは俺のストーカーとして付き纏うだけだろ?ストーカー被害にはもう慣れちまったよ…」

 

「俺達はこれから、商業区に向かって一杯飲もうかと思うんだが…御一緒とかどうです?」

 

「そうねぇ…タダ酒が飲めるなら、付き合ってあげてもいいわ」

 

「勿論!お嬢さんのような美しい人に向かって割り勘は言えねぇ!」

 

(…あの気性が荒かった依頼人の魔法少女に手付金の悪用を見られたら…襲われそうな光景だな)

 

スマホの地図アプリを見ながら先導する丈二の後ろについて行く2人。

 

「随分と変わった街ね。街全体を覆う程の使い魔共が跋扈しているだなんて…」

 

「お前も気が付いていたか」

 

「当たり前でしょ?私はデビルサマナーよ。この使い魔共を支配している悪魔がいるのかしら?」

 

「ああ、俺と同じ名を持つに相応しいぐらいの悪魔娘が、この街を支配している」

 

「知っている存在なの?」

 

「殺し合った仲さ」

 

「お互いに生き残れるってことは…貴方と互角に戦える程の悪魔なのね。厄介な存在だわ」

 

「あいつは精神操作魔法を得意としている。お前も気を付けておくんだな」

 

「情報ありがとう、そうさせてもらうわね」

 

3人がやってきたのは、見滝原市の夜景が楽しめる屋上展望台BAR。

 

ビルの窓際席に座り、大人達は憩いの時間を楽しむのだが…尚紀の視線が窓の外に向く。

 

(あいつらは……杏子と巴マミ、それにこの魔力は…感じた事はないな?美樹さやかか?)

 

尚紀の視界に微かに見えたのは、ビルの上を跳躍していく魔法少女達の姿。

 

「……あの子達が、この街の魔法少女なのかしら?」

 

「ああ、そうだ。東京や神浜市に比べたら、随分と数が少ないようだ」

 

「潰し合いでもして、数が激減したといったところね。まぁいいわ、私には関係ないし」

 

「ナオミさんも魔法少女を知ってるのか!…もしかして、ああいう魔法少女衣装に憧れてる?」

 

「…ナオキ、このオッサンしばいていい?」

 

「やめてやれ。お前にどつかれたら、丈二の首が千切れ飛んでいく」

 

ほどほどにして飲み会を終えた3人がビルから出てくる。

 

「先にホテルに帰っていてくれ。俺は酔い覚ましに散歩をしてくるよ」

 

「迷子になるんじゃねーぞ」

 

「その時は地図アプリでも見ながら帰るさ」

 

丈二と別れた尚紀だが、後ろにはナオミもついてくる。

 

「あの子達が気になるの?さっきの子達の魔力を感じる方面に歩いていくけど」

 

「…あの3人の中には、俺の義妹になってくれた少女がいる」

 

「そう…家族の事が気になっていたのね。気持ちは分かるわ、私も美雨を気にしていたし」

 

「付き合わなくても良いんだぞ?」

 

「私は仕事をしているだけよ」

 

「フン、勝手にしろよ」

 

魔獣結界近くのビルの屋上に上り、魔獣結界内での戦いを見物する2人の姿。

 

「あの槍を持ってる子が、貴方の義妹だった子なの?」

 

「ああ、名前は佐倉杏子。隣で戦ってるのは多分…美樹さやかだ。今はあの子と同居している」

 

「彼女達をサポートしている形で指揮をとっている子は?」

 

「巴マミ。歴戦の強者であり優等生ぶっているが…中身は自分の事しか考えてない糞女さ」

 

「何か恨みがあるようね?」

 

「あいつは…俺の家族を見捨てやがった。一番近くにいたはずなのに…」

 

「その苛立ちの感情は、あの子に向けるだけのものなの?」

 

「…俺自身にも向いている。だからこそ、あいつの顔は二度と見たくなかったんだがな…」

 

溜息をつき、彼の肩に手を置いてくる。

 

「貴方の無念は…私も同じ。家族の老師を失った時…私は近くにいてあげられなかった」

 

「お前には怒りをぶつけられる存在がいるだろ?俺には…いない。家族を失ったのは俺のせいだ」

 

「だとしたら…貴方のことを、あの魔法少女は恨んでいるのではなくて?」

 

「ああ…憎んでいる。お前が語ったレィ・レイホウという奴を、お前が憎んでいるのと同じくな」

 

「だったら、どうして彼女の事を気にするのよ?憎まれる存在だというのに?」

 

「杏子になら、殺されてやってもいい。それでも俺にとって杏子は…」

 

――たった一人残された…家族なんだ。

 

彼の言葉を聞いたナオミは顔を俯けていく。

 

(レイ…私の家族を奪った裏切り者であり、家族のような存在だった女。今の貴女は…)

 

尚紀と同じ感情が湧いてしまった迷いを振り払うように顔を上げる。

 

「…貴女は彼女と再会したいの?」

 

「聞き込みをするつもりだったが…迷ってる。それでも、出会う事があるなら…報復を受けよう」

 

「いい覚悟ね。その時の戦いなら、私は手を出すことはないわ」

 

「ボディガードなのに?仕事の完遂はどうした?」

 

「違約金を払うことになるかもしれない…。だけど、この戦いだけは…手を出せない」

 

「お前もまた…杏子と同じく復讐のために生きる女だったな」

 

「そうよ…。佐倉杏子を止めるのは、私の復讐を止める行為と同じだから」

 

「…そう言ってくれて助かるよ。そろそろホテルに帰って、首を洗っておくか」

 

見物しながら吸っていた煙草を指で弾き、空中で吸い殻を燃やす。

 

2人は踵を返して帰ろうとした時だった。

 

「この強大な魔力は…!?」

 

「…気をつけろ、この街を支配している悪魔のご登場だ」

 

目の前に一瞬にして現れたのは、悪魔の姿となった暁美ほむら。

 

左手には魔法盾と化したクロノスが装備され、魔法弓が握られている。

 

「…私の街に再び現れた目的は何?」

 

返答次第では即座に殺す態度を示してくる者。

 

「聞いてどうする?暁美ほむら…いや、悪魔ほむらと言った方が正しいのか?」

 

「好きに呼びなさい。答えてもらうわ」

 

黒のトレンチコートの襟裏から伸びるのは一本角。

 

素肌が見える顔や手には発光する刺青が浮かび、右手からは光剣を放出。

 

互いが悪魔化し、一瞬即発の空気と化す。

 

「随分と力が弱まっているようだな?あの時の実力は…こんなものではなかった筈だが」

 

「それはお互い様よ。貴方からも、あの時感じた極限の魔力を感じられないわ」

 

「互いに理由があるのだろうが…それでもやり合いたいか?俺は構わないぜ」

 

挑発してくる態度を示してくるが、隙は全くない人修羅の姿。

 

横に視線を向ければ、知らない存在から感じさせてくる複数の強大な魔力も侮れなかった。

 

「クロノスから聞いた事がある…。貴女のような存在が、デビルサマナーなのかしら?」

 

「ええ、そうよ。聞いた事もない悪魔ね…悪魔ほむらだなんて」

 

「私は悪魔に転生した者よ」

 

「悪魔に転生ですって…?」

 

「こいつは元魔法少女だ」

 

「なんですって!?魔法少女は…悪魔に転生する能力があるというわけ?」

 

「いや、こいつが特殊なだけだ。なにせ…ルシファーが用意した魔法少女だからな」

 

「大魔王秘蔵の魔法少女であり、悪魔に転生した者だなんて…戦いたくない相手ね」

 

ナオミも管を構え、いつでも不動明王を召喚出来る構えを見せる。

 

無表情を崩さないが、戦えば不利になるとほむらは判断する。

 

彼女の考えと同じ判断を下すかのようにして、魔法盾が光を放つ。

 

「ちょっと…クロノス?」

 

ほむらの横で実体化したのは、時の翁姿をした魔人。

 

「やめておけ。ここで潰し合っても利は無いぞ」

 

「この悪魔は…時の翁じゃない!?魔人を自分の魔法道具にして用いているだなんて…」

 

「この大きなのっぽの古時計爺は…初めて見る魔人だな」

 

「お初にお目にかかります、混沌王殿。ワシの名はクロノス…ルシファー閣下の部下を務める者」

 

「ルシファーの部下だと?なら、お前はあいつの命令を受けて…暁美ほむらに与するわけか」

 

「貴方と同じく、ワシも7つの試練に参加した者。そして今は…この娘の先を見届けたい者じゃ」

 

「魔人を仲魔にしたというわけか。別に不思議じゃない、俺も魔人を仲魔にしたことがあった」

 

「クロノス、貴方は戦いたくないというのね?」

 

「互いに矛を収めよ。無理をしてまで悪魔化し、この宇宙を守る結界力を弱めてどうする?」

 

クロノスに説得されたほむらは、大きく溜息をつく。

 

カラスの翼の骨を折り曲げ、黒き翼で己の姿を覆う。

 

黒い羽根が舞い上がり、立っていたのは人間の姿に擬態したほむらの姿。

 

戦意を解いた者を見て、尚紀の姿も悪魔化を解かれたようだ。

 

「俺はこの街に仕事で訪れた。お前が俺とやり合いたい意思を示さない限り、戦う理由はない」

 

「それが聞けて何よりね」

 

「全く、昔からこの娘は早とちりする癖がある。疑うのは大切じゃが、信じることも大切じゃよ」

 

「私は常に騙されてきた者。疑わなければ、大切な人を守るどころか…自分の身さえ守れないわ」

 

「殊勝な心掛けだな、気持ちは分かるよ。俺も魔法少女を疑い過ぎて…加害者に成り果てた者だ」

 

「フフッ♪なんだか貴方達って…よく似ているわね。兄妹なんじゃないの?」

 

「「こんな兄(妹)を持った覚えはない」」

 

ハモりながら否定する者達を見て、ナオミとクロノスも苦笑い。

 

「さて、ワシは先に帰るぞ。下の方の面倒事を済ませたら、お前さんも早く戻るといい」

 

背中から片翼を生み出し、己の体を覆う。

 

天使の羽が舞い上がると、クロノスの姿は消え去っていた。

 

「下の方の面倒事だと?」

 

「不味いわ…魔獣の結界が消失している。私達の魔力にも気が付かれたかもしれない」

 

下の方では隣ビルの屋上から感じた魔力に気が付いた魔法少女達の姿。

 

「どうする?」

 

「私に任せて」

 

ほむらは両手を持ち上げ、手を叩く。

 

下の方では、瞳の色が濁っていく魔法少女達がいた。

 

「あれ…?何か…大きな魔力を感じた筈なんだけど…」

 

「気のせいだったのか…?」

 

「変ね…私も感じたわ。でも、今は何も感じられない…」

 

去っていく魔法少女達の姿を確認し、互いが向き直る。

 

「便利なものだな。あいつらが現れた時は、俺の幻惑魔法を行使しようかと考えていたよ」

 

「これでも私は…世界を騙すペテン師ですもの」

 

「フッ…そうだった。お前は世界を騙す、お節介詐欺師だったよ」

 

踵を返し、ほむらは帰ろうとしていくが立ち止まる。

 

「……人修羅」

 

「どうした?」

 

「さっきクロノスが言った通り…私はこの宇宙を覆う結界の為に…魔力を大きく消耗しているわ」

 

「どうりでかつての力を感じられなかったわけだ。そして、俺と戦う為に結界を弱めたんだな」

 

「そのせいで…結界を外側から破壊される速度が増してしまったわ。もう…時間がない」

 

「……何に襲われようとしている?」

 

後ろに振り向き、尚紀の目を真っ直ぐ見つめてくる。

 

彼女の表情には、恐怖の影が滲んでいた。

 

「貴方も見たことがある筈よ…」

 

――この宇宙に入り込もうとしているのは…受肉した円環のコトワリ神。

 

――アラディアよ。

 

その名を聞いた時、魔女と呼ばれる存在が跋扈した世界を思い出す。

 

鹿目まどかの死の光景を思い出してしまう。

 

両手が握り込まれ、怒りの感情によって震えていく。

 

「アラディアと一つになったまどかを…私は剥ぎ取ったわ。だからこそ、取り戻しに現れる」

 

「コトワリ神が受肉出来る程のマガツヒを…他の宇宙で手に入れたのか…あるいは…」

 

「アマラ宇宙の支配神である…唯一神が寄越した刺客という可能性もあるわね」

 

「……俺にどうして欲しい?」

 

顔を俯けてしまうが、顔を上げた表情は決意を感じさせる顔つき。

 

「まどかを守る為に……力を貸して欲しい」

 

「分かった」

 

「えっ?」

 

「協力してやるよ」

 

即答の返事に対し、驚きの余り目を丸くする姿。

 

「そんな簡単に…協力してくれるというの?」

 

「アラディアとは…かつての世界の因縁がある。そして俺は…コトワリ神と戦う定めにある者だ」

 

「あの戦いの時…貴方が語ってくれた悲しみは…そこからきていたのね」

 

「唯一神の刺客として現れるなら…容赦は一切しない。コトワリ神を破壊することになるぞ」

 

「そ、それは……」

 

「安心しろ。コトワリ神という概念存在になった以上は不滅…受肉した肉体を破壊するだけだ」

 

「そう…良かったわ。魔法少女達の希望でもあるし…何よりアラディアは…まどかの半身なのよ」

 

「名刺をお前にも渡しておこう。何かあったら直ぐに連絡を寄越せ」

 

「そうさせてもらうわね」

 

名刺を受け取るほむらの表情にも微笑みが浮かぶ。

 

先に帰っていく尚紀とナオミの後ろ姿を見送り、後ろ髪を掻き上げる仕草。

 

「貴方との最初の出会いは最悪だったけれど…こうして共に戦える日が訪れてくれて…嬉しいわ」

 

同じ運命を背負う者同士にしか分からない感情もある。

 

夜空を見上げ、遠くの宇宙に思いを馳せる姿を見せた。

 

「まどかを守り抜く…今度こそ守り抜いてみせる。恐れはないわ…だって今の私はね…」

 

――独りぼっちじゃないから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

後日の朝から捜索活動が開始される。

 

尚紀と丈二は手分けをして、先ずは商業区を捜査していくのだが…。

 

「行方不明者の発見は一週間が過ぎると格段に落ちる…。急がなければ」

 

道行く人達に向け、小巻から提供された美国織莉子の写真を用いた聞き込みを続ける姿。

 

「いや、見てないよ。見てたところで、近所迷惑だったこいつなんぞ、どうでもいいよ」

 

「この子って…街頭で喧しい声を上げてた子でしょ?最近は見ないわね~有難いわ」

 

「見滝原では有名人だなこいつ。頭のおかしい陰謀論者だって。見かけなくなって清々するよ」

 

「きっと警察に逮捕されたんだよ。陰謀論者はデマばかり垂れ流すテロリスト共だしなぁ」

 

非協力的な意見ばかりが飛び交い、捜査も難航していく。

 

「不味いな…住民達から相当嫌われていたようだ。これじゃ聞き込みを続けても収穫が無い」

 

丈二は織莉子の家庭環境部分についての聞き込みをする為に、白羽女学院に向かっている。

 

「異性関係のトラブルは無いと依頼人は言ってたし…だとしたら犯罪関係か?」

 

これだけの恨みを買う人物ならばと、遅い昼飯を食べながら考えていた時…。

 

「……よぉ、尚紀」

 

深く考え事をしていた為か、魔法少女の魔力に気が付かなかった。

 

公園の椅子から立ち上がり、立っていた彼女に振り向く姿。

 

「……杏子」

 

現れた人物とは、見滝原女子制服を着た佐倉杏子。

 

「…久しぶりじゃん。あたしに顔も見せないで、仕事ばっかしているようだけど」

 

彼女の表情は不機嫌そうに見える。

 

「この前街に顔を出した時も…ほむらを相手にしてたよな?何であたしには顔を見せないんだよ」

 

尚紀の脳裏に浮かぶのは、風華の墓前での記憶。

 

――次にお前の身辺を洗った時、もう一度社会に危害を加えていたならば……。

 

――恩があろうが、俺と殺し合う覚悟がなかろうが……。

 

――八つ裂きにしてやる。

 

魔法少女の虐殺者として生きた者。

 

杏子の一家を破滅に導いた者。

 

罪悪感から、彼の顔は俯き…上がる事は無い。

 

口を閉ざしたままの態度を見せられた杏子だが、溜息をつく。

 

「……食うかい?」

 

差し出された物に視線を向けていく。

 

出された物とは細長いチョコ菓子。

 

「別に…怒ってるわけじゃねーよ。ただ…家族のあたしを無視する態度が不満だっただけだよ」

 

「杏子…お前……」

 

「食わないのか?いらないなら、あたしが食っちまうぞ」

 

「いや…いい。仕事が難航していてな…色々と疲れていただけだよ」

 

踵を返し、逃げるように去っていこうとする。

 

喫煙所に立ち寄り、落ち着くために煙草の箱を取り出す。

 

「お菓子よりも煙草かよ?お互いに、体を壊す嗜好品が好きだよなぁ」

 

横を見れば、ついて来ていた杏子の姿。

 

「話ぐらいは…してくれたって良いだろ?何で逃げようとするんだよ」

 

彼女の復讐心と向き合う覚悟を示した。

 

だが、大切な恩人であり家族だった杏子の姿を見た途端…恐怖を感じて逃げ出したくなった。

 

もう彼女と殺し合いをしたくないという感情が、口で言った覚悟を超えてしまったようだ。

 

「杏子……俺の事を、まだ恨んでいるか?」

 

心の弱さが形になった質問。

 

杏子も俯き、暫く黙っていたようだが…口を開いてくれる。

 

「…そこら辺の気持ちもさ、語りたかったから…尚紀と話がしたかったんだよ」

 

「…分かった。煙草を吸ってる間だけなら…聞いてやるよ」

 

煙草の箱から一本取り出し、口に咥えて指を近づけ火を点ける。

 

彼女もチョコ菓子の箱の中から一本取り出して、口に咥えて齧りついた。

 

似た動作をしている2人の姿は、家族だった頃を思い出させてくれる光景。

 

「尚紀が譲ってくれた写真…今も大切に飾ってる。ありがとう…譲ってくれて」

 

「…そうか」

 

「今のあたしは…さやかの家で居候している。何でそんな事になったのかは…覚えてないけど」

 

「……………」

 

「お陰で…もう犯罪行為をしなくても生きていける。さやかの両親には…足を向けて眠れないよ」

 

「……新しい家族だな」

 

「あたしは…尚紀と殺し合った。あたし達一家を破滅に導いたのは…あんたのせいだって」

 

「…その通りだ。俺がお前の家に上がり込まなければ…佐倉牧師達は死なずに済んだ」

 

「そう考えてた…。だけどな、尚紀だけが原因じゃないって…昔の事を語った時に気づいたよ」

 

「誰に向けて語ったんだ?」

 

「さやかに向けて。あたしもさ…自分の理想を押し付けるようにして…魔法少女になったんだ」

 

持たれていたチョコ菓子の箱が握り潰され、手が震える。

 

「家族であっても…他人なんだと突き付けられた。信じていたって…応えてなんてくれないんだ」

 

「…信じる行為ってのはな、ある意味…()()()()()()()()()()()()なのさ」

 

「あたしの…気持ち的な正しさだろ?」

 

「お前の正しさが相手の正しさとは限らない。だから応えてなどくれないんだ」

 

「あたしがやった事なんて…好きな気持ちを…相手に無理やり押し付けるような行為だった…」

 

()()()()()()()()ぐらいが丁度いい。相手はお前じゃないんだ…そして、俺でもない」

 

彼の表情が暗くなり、俯いてしまう。

 

彼もまた、身勝手な政治思想を振りかざし、それこそが絶対的に正しいと信じた者。

 

己の思想を神浜魔法少女達にばら撒いて分断させ、従わない者達に対して暴力革命を仕掛けた。

 

「悲しいよな、社会に生きる他人同士ってのは…」

 

「善人であろうとなかろうと、利害関係が崩れたら…加害者に成り果てる…だろ?」

 

「守りたいと思えば思う程、守れない者が生まれる。相手を知る努力を…俺は怠ってしまった」

 

「あたしも同じさ…。父さんの考え方を聞きもしないで…()()()()()で勝手をしちまった…」

 

これはメディアの偏向報道に流される者達も同じであろう。

 

例えば、戦争が始まったとする。

 

偏向メディアは、戦争を始めた国こそが悪だと独裁的な画一報道ばかりを繰り返す。

 

それでいて、なぜ戦争が始まったのかという根本的な原因部分を棚上げ報道を繰り返すだろう。

 

不自然なまでに情に訴えるトピックス記事ばかりが流れ出し、民衆は感情のまま流されていく。

 

結果論に踊らされた民衆は、戦争が始まった真の原因さえ知らず、()()()()()で戦争反対と言う。

 

イラクに大量破壊兵器はあったのか?

 

湾岸戦争とて、ナイラ証言というペテンによる戦争だった。

 

これが…()()()()()()()()に踊らされ、知った気分になる…思い込み世界の弊害。

 

「無知は罪…あたしはそう理解出来た。アンタだけじゃなかったんだ…あたしも同じ罪人だった」

 

横に立つ尚紀に体を向け、深々と頭を下げる姿を見せた杏子。

 

驚いた彼は、慌てて煙草を灰皿に擦り付けて消し、彼女に向き直った。

 

「あたしが悪かった…。アンタを…サタンだなんて罵倒して。家族を破滅させた悪魔だと罵って」

 

「杏子…頭を上げてくれ!お前が叫んだ言葉は事実だ!」

 

「いいや、下げない。あたしはね…もう尚紀を…これっぽっちも憎んでなんていないんだ」

 

「お前…それでいいのか?無念の感情をぶつけられる奴が…目の前にいるというのに…」

 

「アンタは…命を奪おうとしたあたしの為に…あたしが犯した犯罪を…代わりに背負ってくれた」

 

「それは……」

 

「それだけじゃない。あたしの家が再建されてく…あれも尚紀がしてくれてるんだろ?」

 

「俺は…その……」

 

「さやかの両親から聞かされてる。居候のあたしの為に、毎月お金を振り込む人がいるって」

 

「……………」

 

顔を上げる杏子の目には、薄っすらと涙が浮かぶ。

 

「ありがとう。アンタは…あたしの家族のままでいてくれた。原因があるから結果が起こる…」

 

――その原因を生み出したのは…あたしとアンタで良いんだよ。

 

彼女の切実な気持ちを語られるが、彼の顔は俯いたまま動かない。

 

例え恨まれなくなっても、()()()()だけは消えないのだ。

 

袖で涙目を拭い、はにかんだ笑顔を向けてくる。

 

「…だからさ、あたしはもう…復讐は止めだ。新しい家族と一緒に…これからを考えていくよ」

 

「杏子……俺は……」

 

「湿っぽい話になっちまったな。仕事があるんだろ?引き留めて悪かったよ」

 

仕事の事を思い出させられ、ようやく平静を取り戻せた尚紀。

 

「…お前に聞き込みをしたかったんだが…この街に戻った途端、臆病風に吹かれちまったよ」

 

見滝原市に再訪したのは、キリカと小巻からの依頼であったと説明していく。

 

彼女もまた、キリカ達と共に織莉子の捜索を続けていたことを語られた。

 

彼女達が調べてくれた情報をメモしていく。

 

「そうか…障害者として何処かの病院に隔離されている事しか分からないか」

 

「見滝原市にある病院で、精神科があるところは全て調べたけど…織莉子は見つからなかった」

 

「それでも有力な情報だ。見滝原以外でも精神病院はあるから、その点で調べていこう」

 

「頼むよ。人探しの本職は、尚紀のような探偵だからな」

 

手を振って帰っていく杏子の背中を見送り、踵を返して彼も歩き去っていった。

 

喫煙所の裏側には、魔力を隠した人の気配。

 

気殺を用いて隠れていたのはナオミ。

 

彼女の表情は俯き、拳は震えていた。

 

「許すですって…?貴女は…それで良いと言うの?家族を死に追いやった者なのに……」

 

彼女の脳裏に浮かぶのは、家族とも言えた老師達の亡骸。

 

骸に縋りつき、泣き叫ぶことしか出来なかった無力な自分の姿。

 

親友のフリをして近づき…大切な家族を奪った憎き者の姿。

 

「認めない…私は認めないわよ!私は復讐するためだけに…強さを求める人生を生きたの!」

 

やりきれない苛立ちを抱えたまま、彼女も去っていく。

 

怒りの感情を抱えたまま歩くが、杏子が語った言葉が頭を離れない。

 

「知った気分で勝手をしている…無知は罪…原因があるから…結果が起こる…」

 

立ち止まり、空を見上げる。

 

「レイ…貴女はどうなの?貴女には…私や美雨を裏切ってまで…犯罪を犯す理由があったの?」

 

空は答えを返さない。

 

迷いを振り払うかのようにして、彼女の後ろ姿は消えていく。

 

彼女の歩みが止まる事は無い。

 

復讐だけが、彼女の道しるべだから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日直があるから帰りは遅れるとさやかに言われ、街で適当に時間を潰していた杏子。

 

尚紀と立ち話を繰り返したこともあり、そろそろ戻ってくる頃だと迎えに行くのだが…。

 

<ちょっとちょっと!!そこのお嬢ちゃん!!>

 

突然念話が聞こえ、周囲を見回す。

 

「何だ…?突然念話が聞こえてきたけど、知らない声だった。他の街の魔法少女なのか…?」

 

<こっちよこっち~!!>

 

<何処にいるんだよ!姿が見えねえぞ!>

 

<目の前にいるでしょ!この美しい車が見えないの!>

 

<車…だぁ?>

 

横を見れば、路肩停車しているアメ車。

 

暇を持て余していたから散歩に出かけていたクリスのようだ。

 

状況を理解した杏子の顔が青くなっていく。

 

「く…く……車が喋ったのか!!?」

 

<モチのロンよ~♪ダーリンから聞いてるわ、貴女の特徴が一致するし…佐倉杏子でしょ?>

 

<ダーリンだぁ?もしかして…尚紀の車なのか?しかも…喋る車!!?>

 

<ダーリンの事を悪魔だって知ってるんでしょ?アタシも悪魔なのよ~>

 

<マジかよ…?悪魔の中には、車の姿をしてる奴までいたのかよ…>

 

悪魔ほむらの記憶改変を受けた杏子の記憶には、7つの試練の時に戦った魔人の記憶はない。

 

他の悪魔の姿を見るのは初めてのように感じられてしまったようだ。

 

<ちょっと聞いてよ~!ダーリンの義妹ちゃんなら、聞く権利あると思うわよ~!>

 

<何の話だよ…?>

 

<ダーリンたら酷い男なのよ~!!神浜に探偵事務所を移してからね…魔法少女達とね~…>

 

杏子は聞かされてしまう。

 

尚紀がどのようにして、神浜魔法少女達と過ごしてきたのかを。

 

嫉妬に狂ったクリスの()()()()()()()がふんだんに入り込んだ情報を聞かされる。

 

そして…知った気分で鵜呑みにしてしまったようだ。

 

その頃、手に入れた情報頼りに丈二と合流して捜査会議をしようとしていた尚紀なのだが…。

 

「救急車で搬送出来る距離にも限りがあるだろう。見滝原郊外を探ってみるか」

 

ビジネスホテルに向かっていたら、後ろから杏子の声。

 

<<尚紀~~~~っ!!!!>>

 

素っ頓狂な叫び声を聞き、慌てて振り向く。

 

「きょ…杏子!!?」

 

その表情は…狂犬時代を彷彿とさせる恐ろしき顔。

 

手には何処かでアスファルトごと引っこ抜いた路側式交通標識。

 

「テメェ…あたしに顔をずっと見せなかったのは!そういう理由だったのかぁ!?」

 

「何を言ってるんだ!?」

 

「しらばっくれるな!神浜生活で…現地の魔法少女共とネンゴロになってばかりなんだろ!?」

 

「誰からそんないい加減過ぎる情報を聞いたんだよ!?」

 

「うるせぇ!!家族のあたしよりも…他の魔法少女が良いんだろ!特におっぱいデカい奴とか!」

 

「偏見過ぎるぞ!?」

 

怒りのあまり捻じ曲げられていく交通標識。

 

女の嫉妬なのか、復讐心の再燃なのか…とにかく怖い。

 

「さっきのは取り消しだぁぁ……今日ここで決着をつけてやらぁーッッ!!!」

 

アスファルトの塊を大きく振り上げる。

 

「誤解だーーーッッ!!!?」

 

「うるせぇぇーーーッッ!!!」

 

…街中に響き渡った悪魔に与える鉄槌の音。

 

呆気にとられた民衆達も気にせず、大きなコブを作って倒れ込んだ尚紀を引き摺っていく姿。

 

場所は変わり、日直の仕事が遅くなったさやかは、杏子の魔力を探す。

 

「いや~遅くなっちゃいましたね!それにしてもLINEで迎えの連絡くれた杏子はどこだろ?」

 

見滝原市庁舎近くに整備された噴水公園を歩きながら探す。

 

公園に隣接するように存在している森林の中に杏子の魔力を感じ取り、入っていくのだが…。

 

「きょ…杏子!!?」

 

驚きのあまり叫ぶさやか。

 

見れば、槍の矛先を使って墓穴を掘っている杏子の姿。

 

「あんッッ!!?」

 

ギョロ目で振り向く怒れる少女…とにかく怖い。

 

彼女の隣には、まだ失神したままの尚紀が俯けに倒れていた。

 

「その人…もしかして杏子が言ってた義兄の…」

 

「あたしに義兄なんていねぇ!!特にこんな…魔法少女すけこまし野郎ならなぁ!!!」

 

「な、なんですとーっ!!?嘉嶋さん…それは魔法少女として聞き捨てならないんだけど!」

 

偏りきった情報の中身も検証せず、誤解したまま次から次に広まっていく無残な光景。

 

「おう!さやかも墓穴掘れ!!」

 

「任せときなって!女の敵は成敗しちゃうんだからーっ!!」

 

暫くして、やり遂げた表情を浮かべながら森林から出て行く魔法少女達。

 

残されていたのは、スコップ代わりにした槍が墓石のように突き立てられた光景。

 

さやかの魔力で生み出した白マントを旗代わりにし、柄に結ばれている。

 

『女たらし』

 

そう書かれていた。

 

木の影から顔を出してくるのはナオミ。

 

魔力と気配を隠していた人物の片手が持ち上がり、サムズアップ。

 

「それでこそ復讐者よ。そうこなくっちゃ♪」

 

誤解を受けたまま生き埋めとなった哀れな存在。

 

女の嫉妬はかくも恐ろしきかな。

 

情報はよく検証しなければならないという教訓を感じさせる…無残な光景であった。

 




哀れ人修羅君ここに眠る(汗)
さて、人修羅君だけにパワーアップアイテム進呈は平等ではないので、悪魔ほむらちゃんにもパワーアップアイテムを用意しました。
1作目の真・女神転生をプレイしたことがあるメガテニストなら、ピースメーカーを覚えているかと思われます。


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159話 可能性の選択

後日。

 

杏子から与えられた有力な情報を頼りに、尚紀と丈二は動き出す。

 

丈二はタクシーを拾い、見滝原郊外の病院へと移動を開始。

 

尚紀はクリスに乗って郊外の病院へと移動していく。

 

「中学生だけで、よく見滝原市内中の病院巡りが出来たものね~」

 

「そうだな。移動距離があって、交通費がかさむ郊外にまで手を回せなかったのは仕方ない」

 

「そこら辺は、大人達でカバーしてあげましょうね」

 

「ああ。ところでクリス、俺は昨日…あらぬ誤解を受けて生き埋めにされちまった」

 

「まぁ酷い!!一体誰がそんな酷い仕打ちを!」

 

「杏子にされた。あいつ…神浜での俺の生活に関して、あらぬ誤解情報を植え付けられたようだ」

 

「そ…そうなの?きっと丈二があの子に語ったんでしょうね~…」

 

「あの子?杏子と会ったのか?」

 

「え”っ!?いや、アタシは知らないわよ!な~んにも知らないんだから!」

 

「……………」

 

「さぁさぁダーリン!時間もないから、もっとアタシを飛ばしちゃいなさ~い!」

 

話をはぐらかし、車は見滝原市内を出て行く。

 

郊外に点在している病院の中で、精神病患者を入院させられる病院に的を絞り捜索していると…。

 

「丈二からの連絡か。見つけたのか?」

 

スマホの通話ボタンをスライドさせる。

 

「どうした、丈二?」

 

「尚紀!病院にあるテレビかニュースアプリを確認してみろ!」

 

「それがどうかしたのか?」

 

「いいから早く!」

 

通話ボタンを切り、言われた通りスマホのニュースアプリをタップする。

 

ニュースを漁っていると、彼の表情が険しくなった。

 

「美国織莉子が…佐藤精神科病院から脱走しただと!?」

 

ニュース内容とは、虚偽の通報により脱走犯にさせられた探し人の情報だった。

 

「なんてこった…。次に向かおうとしていた病院に入院してたのか…しかも脱走って…」

 

捜査が行き詰まり、一度丈二と合流するために見滝原市内へと帰っていく。

 

ホテルに戻り、捜査会議を始めていくのだが…。

 

「参ったな…振り出しに戻っちまったよ」

 

「家に帰ってるとかは?」

 

「警察がそれを考えないと思うか?家に向かっていたら、今頃警察に補導されていただろう」

 

「それを見越して、何処かでほとぼりが冷めるまで潜伏していると考えるべきか…」

 

「五郷は警察が巡回を繰り返している。近場の見滝原市内に潜伏しているかもしれない」

 

「また市内捜索に逆戻りか…。ほとぼりが冷めるのを確認するなら、近からず遠からずだな」

 

「だが…何処に潜伏していると考えるべきか?相手は着の身着のままで脱走したんだぞ?」

 

「友人の家に匿ってもらう…?だとしたら、友達の依頼人から連絡が来るだろう」

 

「金だって持っていないはずだし…ニュースにされた以上は表を歩くことも出来ない」

 

「そんな後ろめたい奴が隠れられそうな地域なら、工業区はどうだ?」

 

「そうだな、あそこは不況の影響を受けて廃工場や無人家屋が多い。身を隠せるだろう」

 

「見滝原の東側に面する工業区と言っても広い。的を絞らないとな」

 

「北側地域は寂れているようだ。その辺りに的を絞るとするか」

 

2人は工業区へと移動し、捜索を開始。

 

勿論これは的外れであり、捜査を繰り返しても成果には繋がらない。

 

「無一文で潜伏していても腹が減る。コンビニにさえ行けない魔法少女なら…何をしでかす?」

 

魔法少女の虐殺者として生きた者なら、それを想像するのは容易だ。

 

人間の守護者として生きる者の心には、怒りの感情が燻り始める。

 

「……………」

 

黒のトレンチコートの袖を白シャツごとめくる。

 

右腕に巻かれていたのは、涼子から貰った数珠。

 

「分かっているさ…涼子。もう俺は…裁きの右腕を通して、お前に縛られる者となったんだ」

 

悔い改めた者として、彼は進んでいくだろう。

 

心の中で燃え上る怒りの感情という煩悩を制御するために、心の中で念仏を繰り返す。

 

魔法少女の虐殺者として、再び魔法少女を殺戮する者に戻るわけにはいかない。

 

そう思えるまでに成長出来たのも、神浜の魔法少女達と出会えたから。

 

南津涼子は魔法少女であり、陰陽五行を司る大という五芒星を用いてマギア魔法を放つ者。

 

悪魔として、彼女の五芒星封印を受けたかのように…尚紀の心は縛り上げられたようだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

丈二と合流して捜索内容を報告し合う。

 

「そうか…聞き込みを続けても、非協力的な態度しか得られなかったか」

 

「ああ…。こっちで働いてる奴らも、美国織莉子を嫌悪している。頭のおかしい陰謀論者だと」

 

「まるでマウントを取りたいだけの連中に見えるな。彼女の言葉を聞いた上で判断してるのか?」

 

「どうだかな?住民達が皆そう言うから、自分もそうだと言ってるだけかもしれない」

 

大きな溜息をつき、腕を組む丈二が重い口を開く。

 

「…民主主義的な多数決の弊害を知ってるか?」

 

「ああ…全体主義による()()()()()()()。多数派による独裁専制…同調圧力を敷いてくる」

 

「多数の意見が優れた判断だと見なすことは、意思決定にとって正しいかどうかは分からない」

 

「イラク戦争の際、アメリカ下院で武力行使に反対したのは一人だけ。結果は歴史が証明済み」

 

「大量破壊兵器なんて何処にもなかった…。これが多数決の弊害なんだよ」

 

「二者択一、善悪二元論、こんなやり方を繰り返したら…誰も自分の選択を疑わなくなるんだ」

 

「相手だけが悪者であり、自分は常に正しい選択をしている。自分を否定する者は嘘つきだ」

 

「美国織莉子も…そんな思考に陥った連中から虐められたのかもな…」

 

「まだ15歳の少女を相手にしてだぞ?哀れなもんだよ…」

 

「人間は…見たいものしか見ないし、信じない。ガイウス・ユリウス・カエサルの格言だ」

 

「やりきれねぇな…全くよぉ」

 

喫茶店から出て、2人は再び工業区へと向かっていく。

 

成果は全く上がらず、捜査は暗礁に乗り上げてしまう。

 

「ダメか…これは別の捜査方法を考えていくしか無さそうだな」

 

「俺はもう少し粘ってみる」

 

「分かった。先にホテルに帰って、考えた案を纏めておくよ」

 

丈二と別れた後も独り捜査を続ける姿。

 

気が付けば夕方となり、流石の彼も諦めムード。

 

「この捜査ではダメそうだな…。丈二と合流するか…」

 

工業区から出られる橋を越え、繁華街方面へと向かっていく。

 

「ついでに晩飯を買っておくか。夕食プランの無いビジネスホテルだからなぁ」

 

スマホで丈二と電話して、買ってくる物を聞く姿。

 

そんな人物に向けて、素っ頓狂な叫び声。

 

「あ~~!!墓穴から出て来たのーっ!この女たらし!!」

 

慌ててスマホの通話ボタンを切り、声がした方に顔を向ける。

 

腰に手を当てて指さしてくる人物とは、昨日彼を生き埋めにした魔法少女である美樹さやかだ。

 

「お前…もしかして、俺を生き埋めにした奴なのか?」

 

「その通り!さやかちゃんは女の敵を許さないからね~嘉嶋さん!」

 

「さやか…?もしかして、お前は美樹さやかなのか?」

 

「えっ?そうだけど…ちゃんと会うのは初めてだったかな」

 

「ああ、初めてだ。お前の両親とは会った事があったんだが…」

 

「パパとママから聞いてる。杏子の生活費をうちに仕送りしてくれてるんでしょ?」

 

「そうだ。居候を引き取るにしても、学費や生活費がかさむからな」

 

「うちの家計を助けてくれてる人だったの忘れてたなぁ…。ちょっとやり過ぎたかも」

 

「ノリで俺を生き埋めに出来る奴なら…俺の正体も杏子から聞いてるんだろ?」

 

「うん…。その、この辺じゃ不味いから…違う場所で話そうよ。…聞きたい事があるし」

 

2人は場所を変え、繁華街の路地裏に入っていく。

 

話し合う内容とは、悪魔についてだ。

 

尚紀はかつての世界の話は伏せ、この世界で知り得た悪魔の情報を彼女に語っていく。

 

「信じられない…。魔獣以外にも、悪魔と呼ばれる存在がいただなんて…」

 

「目の前に悪魔がいる。論より証拠だ」

 

「そ、それもそうだね…あたしも半信半疑だったんだ…。悪魔は…魔獣と同じなの?」

 

「魔獣のように人間に危害を加える者もいるが、共生する者もいる。俺のようにな」

 

「それじゃあ…人間に危害を加える悪魔は今まで…どうしてきたのさ?」

 

「悪魔召喚士については、まだ知らないだろ?デビルサマナーと呼ばれる連中だ」

 

「デビル…サマナー?えっと…その人達が魔法少女に代わって、悪魔と戦ってくれてたんだ?」

 

「そうなる。悪魔召喚士は悪魔を使役出来る者達。悪魔を殲滅出来るし、味方にも出来る」

 

2人が話す路地裏入り口には、魔力を抑えて気殺した姿を見せるナオミが立つ。

 

仕事の邪魔はしないよう配慮してボディガードを続けてくれているようだ。

 

さやかは腕を組み、色々考え込むがのだが…今一信じ辛い表情。

 

「悪魔だけでなく、デビルサマナーまでいる…。世の中って…知らないことだらけだね」

 

「俺達はな、限られた情報しか与えられていないんだ。それで世の中を知った気にはなるなよ」

 

「まぁ確かに…あたしだって魔法少女になる前は全く信じてなかったし。でも、今は違うよ」

 

「一番確認したかったのは…俺が人間を襲うかどうかだろ?」

 

「う、うん……どうなの?」

 

「安心しろ、俺は人間の味方を続けてきた。今までも変わらないし…これからも変える気はない」

 

「それが聞けて良かったよ。魔法少女のすけこましだけど、杏子の家族だからね♪」

 

「…さっき俺が言った言葉を忘れたのか?その情報も偏見塗れの間違った情報だよ」

 

「え~?でも、神浜の魔法少女達にモテまくってるって!杏子が言ってたよ!」

 

(どう説明すれば良いんだろうな…コレ?)

 

「でもさ、神浜の魔法少女と悪魔が…どんな風に触れ合ったのかは興味ある。聞かせてくれる?」

 

「今は仕事で来ているんだ。忙しいからまた今度な」

 

「だったらさ!あたしと杏子が嘉嶋さんの家に遊びに行く!冬休みになったらさ!」

 

「はぁ…好きにしろよ。その話は長くなるから、この場では話しきれないからなぁ」

 

住所や連絡先を伝え終えた尚紀がさやかを連れて路地裏から出ようとする。

 

「あっ……やばっ!」

 

何かに気づいたのか、さやかは尚紀の背中に隠れてしまう。

 

「どうした?」

 

「ちょっとだけ…隠れさせて」

 

怪訝な表情を浮かべながら前に振り向く。

 

「あいつらは…」

 

繁華街の通りを歩いていくのは、さやかの友人である上条恭介と志筑仁美の姿。

 

「上条君、もう健康そのものですわね。少し前まで病院に入院してたのも嘘みたいですわ」

 

「そうだね…もう遠い昔のように思えてくるよ」

 

「元気になってくれて何よりです。ヴァイオリンの演奏だって、技量を取り戻せてると思います」

 

「そんな事ないよ。まだまだ練習不足…もっともっと練習しないといけないんだ」

 

「それは…休日を潰さないとならないぐらいのものでしょうか?」

 

「学業を疎かにするのは…うちは許されないんだ。まとまった時間がとれるのは休日しかないし」

 

「そうですわね…上条君の家は名家ですし、厳しいのでしょうね」

 

「うん…。それに、今度の演奏会の日も近いんだ。早く家に帰って勉強を済ませて練習しないと」

 

「まるで上条君は…ヴァイオリンの()()()()()()()みたいですわ」

 

「そうなれるよう努力したい。夢を諦めかけたけど…今はそれだけが生き甲斐なんだ」

 

「……そうですか」

 

「ところで志筑さん?この前貸してあげたドヴュッシーの音楽はどうだった?」

 

「え…?ええ…その……素敵な音楽でしたわ」

 

「でしょ?僕が大好きな作曲家なんだ。他の音楽CDも今度貸してあげるね」

 

仲良く帰る光景のように見えるのだが、それを路地裏から観察しているさやかは顔を手で覆う姿。

 

「アチャー…恭介の奴、あんなんじゃいつまでたっても恋仲が進展しないんだけど…」

 

「知り合いなのか?」

 

「うん…あたしの親友達。春頃に付き合ったそうだけど…進展する素振りは見せないんだ」

 

「聞こえてきた会話の内容からして、男の方は忙しいみたいだったぞ」

 

「でも!付き合ってくれてる彼女がいるんだよ!?それを蔑ろにしてまで…夢を追いかけるのは」

 

「無責任だって…言いたいのか?」

 

顔を俯けてしまうさやかの姿。

 

乙女心をあまり知らない尚紀には、励ましてやれる言葉は見つからない。

 

「難しいもんだな…恋と仕事の両立ってやつは」

 

「ドラマとかでもあるよね…私と仕事、どっちが大切なの!…っていうの」

 

「それは男を一番苦しめる質問だ。男だって体が一つしかないんだ…どちらかしかない」

 

「それだよ…そのどちらかっていうのが気に入らない!バランスが悪すぎるよ!」

 

「しかし……」

 

「あたしは二者択一なんて気に入らない!男なら…()()()()()()()()()()()()よね!」

 

辛そうな表情を浮かべたまま、彼女は走り去っていく。

 

「あいつ…あの表情からして、何か思うところがあったんだろうな…」

 

遠く離れていく恭介と仁美の背中に視線を向ける。

 

「スペシャリストか…。俺も多忙を極める身だ。あいつと同じように…自分を抑えるしかない」

 

ごく一般的な男達と同じ選択をした時…丈二との会話内容を思い出す。

 

「多数の意見が優れた判断だとは限らない…か」

 

自分がやるべき事を見出し、スペシャリストとして己の道を極めようと足掻く男達。

 

上条恭介が敬愛する作曲家であるクロード・ドビュッシーは…こんな言葉を残した。

 

――私はスペシャリストを好まない。

 

――私にとって自分を専門化することは、それだけ()()()()()()()()()ことだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

捜査会議を済ませ、遅い晩飯や風呂を済ませた2人はベットに入り込む。

 

明日は丈二が考えた捜索方針で捜査を進めていくようだが…。

 

「……なぁ、丈二」

 

「…なんだ?眠れないのかよ」

 

「ああ…。聞いてもいいか?」

 

「何だ?」

 

「その……だ。お前は…その歳でまだ独身だろ?今まで恋愛とかは経験あるのかと思って…」

 

布団から上半身を起こし、ニヤついた顔を浮かべてくる。

 

「なんだなんだ~?恋愛話をしたいのか?学生時代の修学旅行の夜を思い出すぜ~♪」

 

機嫌が良くなり、部屋の冷蔵庫の中に入れてあった缶ビールを持ってくる。

 

「飲めよ。こういう話は酒が入った方が話しやすい」

 

尚紀も起き上がってベットに座り込み、向かい合う。

 

ビールを飲みつつ、丈二は口を開き始めるのだ。

 

「俺だってな、恋愛の一つや二つは経験ある。だがな…それでも俺は刑事だったんだ」

 

「捜査第一課務めだったんだろ?凶悪犯罪を取り締まる部署で務めてたなら…危険は大きかった」

 

「警察官と付き合う女性の心労は重い。刑事時代の俺の先輩だって…嫁さんを苦しめたんだ」

 

「お前はその現実を知ってたから…身を固めるのを拒んだのか?」

 

「ああ、そうだ。一家の大黒柱になろうかという男が…命を落とす。残された女性が哀れだよ」

 

「…そうだな。妻を幸せにする責務を残してあの世に旅立つなど…無責任極まりない」

 

「俺も同じ考えだ。だけどな、先輩にその事を聞いた事がある…どうして結婚なんてしたんだと」

 

「なんて言ってたんだ?」

 

「俺にも、あいつがどうして結婚してくれたのか…分からないんだとよ」

 

「相手の気持ちすら知らずに…結婚したのかよ?随分といい加減だな」

 

「刑事は社会の為に戦う責務がある…。いい加減な結婚は女を不幸にする…そう伝えてやった」

 

尚紀は刑事という職務の立場を考えてしまう。

 

警察だけでなく、消防や軍人だって、尚紀と同じ気持ちで人々の守護者を務める社会奉仕家だ。

 

だからこそ、彼らが女性を遠ざけようとする気持ちは…痛いほど分かってしまう。

 

「先輩も…辛そうな表情を浮かべて黙り込んだものさ。あの人だって…気が付いてたんだよ」

 

「いつか…結婚した女を不幸にする日がくる。俺なら結婚どころか…付き合う事さえしたくない」

 

「だからこそ、俺は今でも独身だ。私立探偵であろうと…命の危険は付き纏うからなぁ」

 

「当然の判断だ。俺だって気持ちは同じ…これから先も、女性と結ばれることは無いだろう」

 

重い空気となり、2人は缶ビールを一気に飲み干す。

 

喫煙室を予約していた事もあり、2人は煙草に火を点ける。

 

紫煙を互いに燻らせながら、不思議そうな表情を丈二は浮かべた。

 

「お前が恋愛話を持ち掛けてくるなんて初めてだな?何かあったのか?」

 

尚紀は事情を説明してくれる。

 

「なるほど…。お前の義妹の友達から…そんな事を言われたわけか」

 

「女の我儘だと思う。だけどな…多数の意見が優れた判断だとは限らない…」

 

「俺が語った言葉だな」

 

「両方をやり遂げてみせろだなんて…難し過ぎる。もしもの時を考えたら…悔やみきれない」

 

「俺と同じ苦しみさ。だからこそ、俺は女性との生涯から……逃げたんだ」

 

「悪い事だとは思わない。無責任な人生に付き合わせるぐらいなら、他の奴と結ばれるべきだ」

 

俯いたまま頭を掻く仕草をする丈二。

 

顔を上げ、尚紀の目を見つめてきた。

 

「俺はな…私立探偵を続けてきた間の中でも、それを考え続けてきたよ」

 

「答えは同じだったんだろ?だからこそ、今も独身だ」

 

「男の俺が考えられることなんてこれが限界さ。だけどな…だからこそ、狭めたのかもしれない」

 

「狭めた?」

 

「俺の可能性さ。何かの道を選んだのなら…何かの道を諦める行為だ」

 

「悪い事なのか?スチュワーデスをやりながら、パイロットもやりたいなんて理屈は通用しない」

 

「二兎を追う者は一兎をも得ず。これは世の常だから仕方ない…けどな、相手の心はどうだ?」

 

「相手の心…?結婚してくれた女のことか?」

 

「自分だけで悩んできたが…相手の気持ちまでは想像出来ない。俺はな…こう思うようになった」

 

――これは…俺たち男だけで考えて、勝手に答えを出していいものなのだろうかと。

 

尚紀の顔が俯いてしまう。

 

自分の事ばかり考えて、()()()()()()()()()()()

 

それこそが…さやかが一番怒った部分。

 

「たった一度の人生だ。リスクを承知した上で…突き進む選択もあるんだろう」

 

「そんな選択…付いて来てくれた女が可哀相だろ…」

 

「どうして分かる?先輩が分からなかったように…男の俺たちでは、女性の心は分からない」

 

「後悔したくないという直感だけで…リスクを承知した上で…大胆に突き進む覚悟を示す…」

 

彼の脳裏に浮かんだのは、ダンテの言葉。

 

――お前の道を進め。

 

――人には勝手な事を言わせておけ。

 

「一見無責任のようにも思う。だけどな、人の言うことに流され、自分の道を断念するのは辛い」

 

「あの時の自分の直感が正しかったと気づいた時の後悔の方が…恐ろしいというのか?」

 

「それを決められるのは…相手だけだ。だからこそ…さやかちゃんは向き合って欲しかったんだ」

 

「あの小僧は…どちらを選ぶんだろうな?片方だけの道を選んで女を遠ざけるか…あるいは……」

 

「こればかりは、大人の俺たちが出しゃばる問題じゃない。その子の問題だ」

 

「…そうだな」

 

「難しいもんだ…。全体の幸福を優先するのか、個人の幸福を優先するのか…あるいは…」

 

「両方手に入れてみせろ…か。無茶言うよな……美樹さやかは」

 

会話を終えた2人が布団に入り込む。

 

ベットの上で眠くなるまで沈黙していたが、頭の中では考えてしまう。

 

(俺は……遠ざけるべきなのだろうか?)

 

かつて愛した人の思い出を考えながら、尚紀は静かな寝息を洩らしていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

警察の捜索でもそうだが、人探しには多大な時間と人員が必要とされる。

 

長期間の捜索は難しく、行方不明者を発見出来ない場合も多い。

 

限られたコストと時間の中で、どうやって目的の人物を見つけ出すかは探偵の経験に依存する。

 

しかし、本人の足取りが長く途絶えたり、探されるのを拒むようなケースの場合、困難を極めた。

 

「ただでさえ人手不足…手付金は多いが肝心の人員が少なすぎるではなぁ…」

 

回ってなかった住宅区で聞き込み捜査を続けているのは尚紀。

 

丈二は工業区で回り切れなかった南側の方に向かっているようだ。

 

彼の脳裏に浮かぶのは、霧峰村に帰っていった広江ちはるの姿。

 

「お前の嗅覚があってくれれば良かったんだがなぁ…。泣き言ばかりも言えないか…」

 

SNSで情報を募ったが、汚職議員の娘という看板を知られているため心無いコメントばかり。

 

交友関係も狭く、頼れる親族は遠い県にいる後見人の家ぐらい。

 

「この街にいないなら…いよいよ手詰まりだな。捜索を続けるかを依頼人に聞く必要が出てくる」

 

住宅区での捜索もはかどらず、見滝原中学校を超えて繁華街方面を目指す。

 

時刻は既に夕刻となり、今日の捜索も空振りに終わりそうな気配。

 

繁華街方面に向かう彼だが、魔法少女の魔力を感じ取ったようだ。

 

「この魔力…嫌な奴がうろついているようだ。近くにも魔力を感じるな…魔法少女なのか?」

 

彼女が感じたのは巴マミの魔力と百江なぎさの魔力。

 

彼の脳裏に忌まわしい記憶が蘇っていく。

 

「…嫌な奴がいるからといって、捜索先を変えるわけにもいかない」

 

溜息をつき、彼は繁華街の方へと歩いて行った。

 

……………。

 

少し前の時間。

 

学校を終えたマミはいつもの日課である魔獣パトロールを行っている。

 

そんな彼女に向けて、元気な声が木霊してきた。

 

「マミ~~おかえりなのですーっ!!」

 

手を振って走ってくるのは、赤いランドセルを背負ったなぎさの姿。

 

「あら、なぎさちゃんも帰りなの?」

 

「そうなのです!用事があったから遅くなったけど、ちょうどマミと出会えて良かったのです!」

 

「ウフフ♪私も会えて嬉しいわ」

 

「マミはまた街のパトロールなのです?」

 

「ええ、これが私の使命ですもの」

 

「なぎさもパトロールやりたいのです!」

 

「えっ…?それはちょっと…」

 

「う~!マミだけ正義の味方はズルいのです!なぎさもやりたいのです~!」

 

「しょうがない子ね…分かったわ。一緒に街を回りましょうか」

 

「やったのです!」

 

2人は手を繋ぎ、繁華街を歩いていくのだが…。

 

「どうしたのです?」

 

マミが視線を向けたのは、路地裏方面。

 

「…ちょっとここで待ってて、なぎさちゃん」

 

「えっ?マミ~!?」

 

「いい子だから、ここで大人しくしてて。直ぐに戻ってくるから」

 

なぎさを置いて彼女は路地裏の奥へと入っていく姿。

 

彼女が駆け付けた先では、男と女の言い争い光景が見える。

 

「は、放して!私は帰るつもりはないから!」

 

「いい加減にしろ!私がどれだけお前を探したと思ってる!?」

 

男は女の手を掴み、無理やり連れて行こうとしているように感じさせる光景。

 

「待ちなさい!」

 

「誰かね!?」

 

男が視線を向けた先には、怒りの表情を向けてくるマミの姿。

 

(魔力の痕跡は何も感じないわ…。魔獣に操られている類ではない…)

 

「子供じゃないか…子供は早く家に帰って、勉強でもしているといい!」

 

「その人は嫌がってます!手を放してあげてください!」

 

「五月蠅い!この女はな…家を出て行った私の妻だ!!」

 

「えっ……?」

 

女に視線を向ければ、暗い表情をして頷いてくる。

 

男が言ってる事は本当であり、これは他所の家の夫婦問題。

 

魔獣と戦う使命のために生きる魔法少女が関わる必要はないのだが…。

 

「あ…えっと……」

 

女性が乱暴をされていると勘違いして怒鳴ってしまった自分に戸惑ってしまう。

 

「ほら…行くぞ。冷たくした事は謝るから、やり直そうじゃないか」

 

男に手を強く引っ張られる女性。

 

女性はマミに顔を向け、か細い声を上げる。

 

「……たすけて」

 

「えっ……?」

 

引っ張られて上着の袖が捲れれば、腕には痣が見える。

 

恐らくは全身にもあるのだろう。

 

ドメスティックバイオレンスの痕跡だ。

 

これは他所の家の問題であり、夫婦の問題。

 

頭の中で関わるべきか迷った時、かつてのトラウマが蘇ってしまう。

 

――どうやらお前は、杏子の命さえ守れたら……それで良いと考えていたようだな?

 

――杏子の命さえ無事なら、家族の事など……どうでもいいと考えていたようだな?

 

――なぜ手を差し伸べなかった?

 

――杏子の一番近くにいただろ……なぜ俺の家族を見捨てたんだ?

 

寒い冬の夜、杏子の家族となった者から罵倒された記憶。

 

心の苦しみで顔が歪み、両手が握られ震えていく。

 

――例えよう。

 

――お前は隣に住んでいる子供が、毎晩親の虐待で泣いていた時……どうする?

 

――なぜお前の力で救ってやらない?

 

――誰かの家の事情だから、魔法少女は関わり合いになるべきではないと考えるのか?

 

(私は…わたしは……)

 

握り込んだ手が開かれていく。

 

ソウルジェムを構えることもなく、魔法少女としてではなく。

 

彼女は、ただの女子中学生として叫ぶのだ。

 

「……放してあげてください」

 

「なんだと…?」

 

「たとえ貴方の妻であったとしても…嫌がる人に無理やりな行為をするのは犯罪です」

 

「他人の家の問題に…首を突っ込むのか!?出しゃばるなよ!」

 

「いいえ!出しゃばらせてもらいます!!私はもう…過ちを繰り返したくない!!」

 

彼女の心の中に巡るのは、杏子の家族を救えなかった自責の念。

 

そして、尚紀から与えられたトラウマの痛み。

 

全ては、次に繋げる為の大切な戒め。

 

駆け寄り、女性を掴んでいる男の手を掴み上げる。

 

「貴様ッッ!!!」

 

本性を現し、逆の手でマミの顔を張り倒そうと仕掛ける。

 

「ハァーッッ!!」

 

振りかぶった男の右手首を掴み、背負い投げ。

 

「がはっ!!?」

 

アスファルトに叩きつけられ、大きく咽る男の姿。

 

右手首を掴んだまま俯けに寝かせ、関節を捻じ曲げる。

 

「ギャァァァーーーッッ!!!」

 

悲鳴を上げる男の逆の手も掴み、背中に回し込む。

 

「……これでヨシ」

 

男の両手はリボンで括り付けられ、無力化させられてしまったようだ。

 

「…警察に連絡した方がいいです」

 

「で、でも……この人は私の主人なのよ…」

 

「たとえ夫であったとしても…DVは犯罪行為です。時たま見せる優しさに騙されないで」

 

「それは…その……」

 

「貴女にだって、守りたい尊厳があると思います。だからこそ、逃げ出したのは正解なんです」

 

「……分かったわ」

 

…マミが入ってきた方角とは逆の方向から、足音が近づいてくる。

 

「……その男は、俺が警察まで連れて行ってやるよ」

 

「えっ…?」

 

忘れもしない…マミにトラウマを与えた人物の声。

 

現れた人物とは、今年の1月頃に見滝原市に現れてマミを罵倒した男…嘉嶋尚紀。

 

「嘉嶋…さん……?」

 

マミの体が恐怖で震えていく。

 

自責の念からなのか、彼の正体を1・28事件の時に知った恐怖心からなのかは分からない。

 

俯いたままの彼女を無視して、男を無理やり立たせる。

 

「は、放せー!!私が妻に何をしようと勝手だろうが!?」

 

「他人に身勝手な期待をするな。たとえ妻であったとしてもな」

 

「く…くそ……」

 

立たせたまま連行していくが立ち止まり、背中越しに口を開く。

 

「……やれば出来るじゃねーか」

 

「えっ……?」

 

「俺が言った言葉を忘れていなかったようだな」

 

「そ、それは…その……」

 

「それでいい。誰だって過ちは起こす…。お前も起こすし…俺だって起こすんだ」

 

「嘉嶋さん……私……」

 

俯いた顔を上げれば、マミに振り返ってくれている尚紀の姿。

 

「お前の事を見直した。自分や仲間の事しか頭にない奴かと思ったが…そうでもないらしい」

 

「私を…許してくれるんですか…?佐倉さんや…貴方の家族を見捨てた女なのに…」

 

「…自分の事しか見えなくなる認知バイアスは、誰でも起こす。俺もまた…過ちを犯した者だ」

 

「嘉嶋さんでさえ…私と同じような過ちを起こすんですね…」

 

「もう俺は…お前の事を自分だけが可愛いエゴイストだとは…思わない」

 

――巴マミ、お前の可能性を示してくれて…先に期待が持てるようになったよ。

 

そう言い残して、彼は去っていく。

 

「嘉嶋さん……」

 

残された女性を見て、彼がマミに託したのだと判断する。

 

「…ありがとう。こんな私を…許してくれて」

 

暗い表情が消え、微笑む姿。

 

「さぁ、行きましょう。被害届を出した後、民間シェルターに向かいましょうか」

 

「は…はい……」

 

2人も路地裏を後にし、待っていたなぎさと合流して去っていく。

 

男を警察署に突き出した後、外に出て来た尚紀が夕暮れ空を見上げる。

 

「可能性の選択とは常に…()()()()()()()()()()()()()。それでも…選択を繰り返すしかない」

 

――お互いに…迷いに迷った末に、納得出来る選択の道を目指したいものだな。

 

そう言い残して、尚紀は聞き込み捜査へと戻っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「アー…オカシイナ?見滝原トカイウ街ヲ目指シテイタハズナンダガナァ……」

 

バイクを止めて道端に立ち、地図を見ているのは…シドが召喚した魔人。

 

ヘルズエンジェルである。

 

「コッチノ道ダト思ッタンダガ…何処デ道ノ選択ヲ間違ッタ?」

 

遠くに見えていた見滝原市の道に進もうとしていたが、道を間違ったようだ。

 

高速道路にまで持っていかれ、そのまま進んで行く過ちを犯してしまう。

 

ドライバーならば、一度か二度は経験するだろうトラブル。

 

「テイウカ…今ハドノ辺ナンダ……?」

 

青い道路案内標識に視線を向ける。

 

「二木市ダト?見滝原カラドレグライ離レタンダロウナ…?」

 

地図を革ジャンに仕舞ってバイクに跨り、アクセルを吹かす。

 

「マァイイ!地図デ探シ出シタ次ノ道ガ正解ダロウ!」

 

勢いよく発進し、二木市から魔人は去っていくのだが…。

 

「た……大変っす……」

 

影で隠れて魔人を見ていたのは、魔法少女の姿。

 

困り果てていた為か、ヘルズエンジェルは魔力に気が付いていなかった。

 

「あんな魔獣…見た事ないっす!結菜さんに報告しないと!!」

 

慌てて去っていく。

 

この街で喧嘩っ早い事で有名な魔法少女と出くわしていたなら…大火炎祭りとなっていただろう。

 

後日…。

 

「髑髏顔をした…小型の魔獣ですってぇ?」

 

銀髪の長髪に黄色いカチュームを纏う少女は怪訝な表情。

 

「ひかるは見たっす!黒い革ジャンと革パンのライダースタイルで…しかも喋ったっす!」

 

「それ…ただのバイク乗りの男だったってオチじゃないのぉ?」

 

「そんなことないっす!とんでもない魔力だって感じたっすから!」

 

「魔力を感じる?だとしたら魔獣よねぇ。喋る小型の魔獣…ピュエラケアなら分かるかしらぁ?」

 

「今度調整に行く時に聞きに行くっすよ!ついでに、お茶会も♪」

 

「フフッ♪それも良いわねぇ」

 

この街で暮らす魔法少女達は…平穏に暮らせている。

 

違う宇宙の二木市ではない。

 

神浜市で起きた原因によって血の惨劇が起こることも無い…平和な街であったようだ。

 

危うく招かれざる客によって平和が破壊されかけたのだが、当の魔人はというと…。

 

「ココハ何処ダァーーーッッ!!?」

 

田舎道で立ち往生して、また地図と睨めっこをしているようだ。

 

彼はさすらいのバイク乗り魔人。

 

風が向くままに走って行く存在。

 

だからこそ、気まぐれな風のように行く当ては不確かだ。

 

つまり……酷い方向音痴悪魔であった。

 




ついでに二木市の結菜さんとひかるちゃんを描きましたが、今後絡むかどうかは進行余裕次第です(汗)


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160話 怒りのデスロード

()()()()というネットスラングが存在している。

 

どんな親を持つかで人生が決まってしまうことを指す。

 

生まれ育った家によって、努力しても厳しい生活を強いられるままの現実を悲観する言葉だ。

 

しかし、ネットではそんな社会的弱者に向けて言われる言葉は決まっている。

 

「親のせいにしないで努力をしろ」

 

「生活が苦しいのは自分の責任だろ」

 

保護者の収入が多く学歴が高い家ほど、子供の成績が良く、大学まで進学させたいと考える。

 

生活保護、ワープア、失業等々…社会的弱者が望んでも手に入らないものを最初から持つ者達だ。

 

恵まれない立場、不遇な環境などで社会的弱者になってしまった人々に対する冷たい自己責任論。

 

何故これ程までに自己責任論が蔓延したのだろうか?

 

それは年功序列制度が崩壊して、()()()()()()()()が跋扈したからだろう。

 

誰しも努力次第で未来を切り拓くことができるというのは、一見フェアに見える。

 

だが、能力を発揮しようにも家庭の経済状況によってスタートラインにすら立てない人々がいた。

 

努力はきっと報われるなど…大嘘である。

 

個人の努力を充実させれる環境とは、()()()()()()()

 

親ガチャに恵まれた者ならば、自分の努力は報われたし、努力しない奴らは糞だと考えるだろう。

 

社会は格差と偏見で分断され、極まった差別ばかりをもたらす悪循環を生み出してしまう。

 

知識の配分率とは、親ガチャによって不平等。

 

それでは、親ガチャに恵まれず、年功序列さえ崩壊してしまう低所得者達は…どうすればいい?

 

答えは簡単だ。

 

()()()()すればいい。

 

……………。

 

見滝原市に入ってくる一台のハーレーバイク。

 

黒のレザージャケットに身を包むのは一人の男の姿。

 

サングラスで目元を覆い、口元は濃い無精髭、ボサボサの長髪を纏う者。

 

いかにもハーレー乗りという見た目をした男が路肩にバイクを停車させた。

 

「畜生…地図を見ても埒が明かなかったせいで…人間に擬態して道を聞く羽目になっちまったぜ」

 

革ジャンのポケットから葉巻ケースを取り出し、右手を用いて口に咥えた葉巻に火を点ける。

 

紫煙を燻らせた後、男は溜息をついた。

 

「ようやく見滝原って街についたのは良いが……」

 

男が入ってきたのは工業区。

 

ここは多くの失業者達の負の感情エネルギーが蓄積したエリアだ。

 

「湿気た空気を感じさせやがる…。怒りに燃え上るべき感情が湿気て…糞みたいな臭いばかりだ」

 

サイドスタンドを地面に下ろし、バイクから降りて歩き始める男の姿。

 

彼が向かった先とは…工業区内にあった公園。

 

中では派遣切りをされてホームレスとなった人々が炊き出しに群がっているようだ。

 

「お前…次の仕事見つかったか?」

 

「見つからない…俺みたいなオッサンを雇ってくれるところなんて…何処にもないよ」

 

「世の中おかしくなったもんだな…。昔は企業に就職出来たら、定年まで安泰だったのに…」

 

「今は年功序列は機能しない。会社の負担が増すばかりな上に、消費者は財布の紐を閉じるんだ」

 

「企業が必要とするのは能力主義だって言うが…能力が高い奴は条件の良い企業に逃げていく」

 

「自分で自分の首を絞めているって気が付かない馬鹿共が経営をしてるんだ…やりきれねぇな」

 

会社のパーツとされて働いてきた工業務めの労働者達の悲惨な愚痴。

 

いっぽう、不動産や商社はビジネスで動く金額が大きく、収入に天井もない。

 

企業間の格差がどんどん広がり、極端な二極化が生まれる日本社会。

 

「このままだと日本は…どうなっちまうんだ?俺たちのような低所得者はもう…いらないのか?」

 

「機械がトレースできる技術職やルートセールスの営業職は、AIやロボットに取って代わられる」

 

「だろうなぁ…。もう普通に働いてたって…給料は上がらねぇ。消費が増えるわけないのに…」

 

「真面目に働いても価値を見出されない時代…。能力主義と成果主義のせいだ…」

 

「俺達だって消費者なのに…。その俺達を切り捨てる能力主義を行って…()()()()()()()()よ?」

 

「もう日本どころか…世界の先進国で生きて良いのは…エリート共だけでいいってことだな…」

 

「俺たち貧乏人なんて…死ねばいいってわけかよ……クソッタレ!」

 

神浜東の経済社会と変わらない光景が見滝原にも生まれている。

 

それは全国にも同様に広がっており、世界規模の末路。

 

国際金融資本家を儲けさせる為にある新自由主義にもとづいた…市場原理政策が生み出す光景。

 

これこそ資本家達が望んだ世界……資本主義であった。

 

<<なんで暴れねぇ?>>

 

「えっ……?」

 

視線を向けた先から歩いてくるのは、葉巻を吸いながら近づいてくるバイカー男。

 

目の前に立った男は葉巻を吸い込んで、男達に吐きつけた。

 

「バハマ産の上モノの煙をくれてやっても…テメェらの汚物の臭いで咽返りそうだぜ」

 

「お前……何なんだよ!?俺たち失業者を笑いに来たのか!!」

 

「テメェらは悔しくねーのか?能力ばかりを優先されて?」

 

「しょうがないだろ…俺の家は貧乏だったんだ…。大学進学なんて…とてもじゃないが…」

 

「俺の家もそうだ…。奨学金返済で首が回らなくなった上で切り捨てられたら…首を吊ってたよ」

 

腑抜けのような態度を見せられ、葉巻を吸い込んでもう一度煙を吐きかけてくる。

 

「テメェら、()()っていうものを意識したことがあるか?」

 

「階級…?そんな前時代的なもんを考える余裕なんて無かったよ…」

 

「所得水準や社会的地位は己の能力次第で決まると思い込む。違うぜ…全ては階級制度が決める」

 

「階級制度なんて…関係あるか。貧乏だったけど…それなりに暮らせた。自業自得ってもんさ…」

 

「何処までも奴隷根性か?流石は世界一支配し易い国だと資本家から言われるだけのことはある」

 

カナダの大学の経済学部で取り上げられた日本の貧困状況では、こう語られている。

 

日本の貧困者は薬物もやらず、犯罪者の家族でもなく移民でもない。

 

教育水準が低いわけでもなく、怠惰でもなく勤勉で労働時間も長く、スキルが低いわけでもない。

 

世界的にも例の無い、()()()()()()()による貧困だと。

 

「テメェら派遣労働者共は()()()()だ」

 

「奴隷以下だと…!?」

 

「古代ローマの奴隷達は貴族の所有物として手厚く保護された。だが、お前らのザマは何だ?」

 

古代ローマの奴隷は家族を養える処遇があった。

 

奴隷とは貴族の資産であり、奴隷を失うのは資産を失うのと同じ。

 

つまり、日本の派遣企業は古代ローマの奴隷商人を遥かに超える程の悪魔だということだ。

 

バイカー男に問われたホームレス達の顔が俯いていく。

 

「企業の所有物とも言えた終身雇用は崩壊。()()()()()()()()()()()()()()()()()と同じ姿」

 

「俺たちは…その……」

 

「今の今まで何をしてきた、あ?こんなムカつく社会を壊してやりたくはならなかったのか?」

 

「そんな真似…出来るかよ!?それじゃまるで…テロリストじゃないか!」

 

「人間の自然権を奪われておきながら恭順を選ぶってか?憲法を踏み躙る政治家共が笑ってるぜ」

 

「仕方ないだろうが!!()()()()()()ってもんなんだよ!!!」

 

「おーおー、臭い臭い。生まれた人間であることを忘れた家畜の臭いで鼻が曲がりそうだぜ」

 

踵を返してバイカー男は去っていくが…立ち止まる。

 

吸っていた葉巻を右手に持ち、背後のホームレス達に見えるように持ち上げる姿。

 

「怒りの感情を忘れた豚共に、怒りの感情とは何なのかってのを…この街で見せてやる」

 

持たれていた葉巻が右手を通して燃え上る。

 

驚愕したホームレス達が震えながらも口を開く。

 

「あんたは…誰なんだよ…?どうして俺達ホームレスの前に現れたんだ…?」

 

視線を向けてくるバイカー男の口元は、不敵な笑み。

 

「虐げられても御上万歳なテメェらに、俺が本物の階級闘争の光景を拝ませてやるぜ」

 

「あんたは…俺達を救いに来たのか…?名前ぐらい言ってくれよ!」

 

「俺は地獄からやってきた…怒りの使者」

 

――地獄の天使様(ヘルズエンジェル)だよ。

 

────────────────────────────────

 

見滝原郊外の高級住宅街である五郷には、クリスを運転する尚紀の姿。

 

丈二に頼まれ、五郷の様子を探っていたようだ。

 

「パトカーの巡回が多いな…。これだけ網を張られたら戻って来れるはずがない」

 

「こっちも空振りねぇ…。こっちに来て…もう4日が過ぎようとしているわ」

 

「分かってる…。長引かせれば長引かせる程、行方不明者の発見率が低下していく」

 

焦りの表情が浮かぶ尚紀は五郷を出て、見滝原市へと戻っていくのだが…。

 

「ダーリン!!あの光景を見てよ!」

 

「バカな…何が起こっているんだ!?」

 

日が沈もうとしている見滝原市の空に立ち上る黒煙の数々。

 

ダッシュボードに固定してあるスマホに通話が入り、ハンズフリーで通話を行う。

 

「大変だ尚紀!!商業区が…商業区が燃えてやがる!!」

 

「そっちで何が起こってるんだ!?」

 

「分からない…商業区の商社ビルが次々と燃え上っていく!突然火柱に飲まれるように!」

 

アクセルを踏み込み、加速させて見滝原市を目指す姿。

 

「感じるわよダーリン…物凄い魔力をね」

 

返事は帰ってこない。

 

「ダーリン…?」

 

彼の表情は驚愕に包まれている。

 

「この魔力は……間違いない!!あいつの魔力だ!!」

 

耳の奥に蘇っていくバイクの音。

 

脳裏を過るのはかつてのボルテクス界において、メノラーを巡る戦いを仕掛けてきた魔人の一体。

 

「あいつまで…この世界に召喚されてたってことか!」

 

「急ぎましょう!あの街は魔法少女達が守ってるけど…勝てる相手じゃないわ!」

 

「早まるなよ…杏子!!」

 

スピードを上げたクリスが市内へと入っていく。

 

その頃、商業区の外資系商社ビルの屋上では…業火に包まれていく街を見下ろす悪魔がいる。

 

火災気流を全身で浴び、ビル風で赤いマフラーを揺らすのは…髑髏顔のバイク乗り。

 

「ハハハハハ!!見タカ?感ジタカ?赤キ業火ノ怒リヲナ!!!」

 

燃え上る階級闘争こそ、赤旗を振りかざす社会主義を象徴する光景。

 

地獄と化した街の地上では、逃げ惑う民衆達の姿。

 

商社ビルの中に取り残された社員は業火に阻まれ、焼かれ、命を失うばかり。

 

ブルジョアから虐げられてきた怒れる労働者達がもたらしてきた…階級闘争の歴史光景だ。

 

「ククク…感ジルゼ人修羅ァァァ…。テメェノ怒リガ近ヅイテキテルッテナァ!」

 

アクセルを回し、マフラーからけたたましい業火が噴き上げる。

 

バイクの車輪が燃え上り、怒りの炎と化す。

 

「ヒャッハーーッッ!!!」

 

一気に走り出し、ビルの屋上から飛び降りようとする。

 

だが、炎の車輪が地面に吸着するようにビルの窓ガラス側面を走行していくではないか。

 

燃え上る車輪によってビルの側面を焼き切りながら駆け下りてくる光景。

 

商業区内に走行してきたクリスを急停止させる。

 

「やはり奴か!!お前ら早く逃げろーーッッ!!!」

 

地面にまで駆け下りてきた悪魔のバイクが無数の車が走る道路に飛び出す。

 

「イーハアァーーッッ!!!」

 

バイクの車輪をドリフトさせる一回転運動。

 

周囲に巻き起こったのは…全体を薙ぎ払う程の『ヘルスピン』攻撃。

 

突風と業火が巻き起こる程の『全体攻撃』によって、無数の車が宙を舞う。

 

「チッ!!」

 

車を後退させ、炎上しながら飛ばされてきた車の数々を避けながら後退。

 

周囲は豪熱結界と化し、もはや人間の姿は炭化した死体のみ。

 

停車したクリスの元にまで走行してきたのは、かつて死闘を行った魔人の姿。

 

「イヨォォ…()()()()。会イタカッタゼェェェ」

 

車の中から降りてきた尚紀の姿は既に悪魔化している。

 

業火と煙に覆われた世界を歩くその表情は、憤怒と化す。

 

「貴様…またメノラーでも奪いに来たのか?…ヘルズエンジェル!!」

 

髑髏顔の口元をカタカタと動かす表情は、笑っているようにも見える。

 

「勘違イスルナヨ。俺ハモウ、アンナガラクタニ興味ハネェ」

 

「ならば…この惨状は何故起こした!?俺を挑発するためか!!」

 

「俺ハ概念存在ダゼ。ヘルズエンジェルッテノハナ…米国ヲ荒ラシタ巨大暴走族カラキテイル」

 

「ヒエラルキー社会への怒りを込めて暴走を繰り返していた連中か…。それを実行したわけか」

 

「格差ニ虐ゲラレタ己ノ在リ様ヲ憎ミ、周リヲ憎ム。俺ノ怒リコソ社会主義革命ノ炎ダゼ」

 

「暴力革命の真似事だと…?貴様は低所得者の怒りを代弁する存在だとでも言うのかよ」

 

「コノ国ノ愚民ホド腐ッタ連中ハイネェ。虐ゲラレ続ケテモ貴族ト言エル御上ニ従ウ家畜共ダ」

 

「民主主義国家は選挙で民意を託すしかない!暴力で政治意思を押し通すなどテロリストだ!」

 

「ハハハハハ!!ソノ暴力デ、テメェノ政治思想ヲ魔法少女二押シ付ケタ奴ガヨク言ウゼ!」

 

「クッ……」

 

「ブラザー…テメェモ()()()()()ノサ。人間ト魔法少女ノ力ノ格差デ生マレル被害ヲ憎ム者ニナ」

 

尚紀の脳裏に浮かぶのは、東京や神浜市において魔法少女の虐殺者として生きた記憶。

 

人間社会主義の為なら、帰りを待つ人々がいる悪の魔法少女であろうと虐殺を繰り返してきた。

 

どれだけの人間に悲しみと絶望をもたらしてきたのか?

 

人間の守護者であろうとした者が?

 

誰かを守ろうとすればする程…守れない者達を無尽蔵に生み出す怒りの業火の道を歩んできた男。

 

その姿は何処か、ヘルズエンジェルとよく似ていた。

 

「たしかに俺は…怒りと憎しみを正当化して魔法少女を虐殺した。人間の怒りを叩きつけてきた」

 

「怒リノ魂ハ、暴力トスピードヲ己ノ拠リ所トスル。テメェノ怒リノ炎ガ欲シカッタンダヨ」

 

「俺を怒らせるためだけに…これだけの所業をやってのけたのかぁ!!」

 

「オウトモ!俺ハカツテノ世界デ、テメェニ言ッタハズダ!!」

 

――連レテッテヤルゼ…スピードノ向コウ側ヘ!!

 

「貴様ぁーーッッ!!!」

 

怒りの魂を宿した人修羅もまた、暴力とスピードを欲する悪魔と化す。

 

右手から光剣が出現し、刃を構えた。

 

「待チナ!セッカク良イ女悪魔ヲ連レテルンダ…カツテノ世界ト同ジ勝負ジャツマラネェ」

 

髑髏顔の視線を向けた先には車悪魔であるクリスの姿。

 

「…どうやらこの魔人は、アタシとダーリンというダンスパートナーを相手に挑みたいみたいね」

 

「良イ車ヲ持ッテルノニ自信ガネェカ?ペーパードライバーダッタノナラ、勘弁シテヤルガナ?」

 

「車輪対決か……良いだろう」

 

クリスに乗り込み、車体をUターンさせる。

 

ヘルズエンジェルが前に進み、左側に停めて並び合う光景。

 

「付き合ってやるが、ここではダメだ。人間の被害が大きくなる」

 

「甘イ男ダナ?マァイイ、オ望ミトアラバ用意シテヤルゼ…俺達ノバトルステージヲナ!」

 

ヘルズエンジェルが魔人結界を張り巡らせる。

 

視界がホワイトアウトし、白い世界に色が戻れば…。

 

「かつての魔人結界じゃないな…」

 

「アノ不毛ナ大地ジャツマラネーダロ?楽シモウゼ」

 

「良いだろう、ここなら文句はない」

 

張り巡らされた結界世界とは、人間が消えた夜の見滝原都市の光景だった。

 

互いにエンジンを回転させ、マフラーが唸り声を上げていく。

 

「コイツガ落チテキタ時ガスタート合図ダ」

 

運転席側に右掌を向けると、金貨コインが置かれている。

 

「コイントスか…()()()()()を思い出させてくれる」

 

「スタートト同時ニ戦イヲ始メヨウゼ。ナンデモアリダ」

 

「フッ…()()()()()ってわけかよ。構わないぜ?踊りたくなってきた」

 

「アタシとダーリンに喧嘩を売った以上はアンタ、無事じゃ済まないわよ!」

 

「ノレルゼェェェ…最高ノ夜ニナリソウダァ!!」

 

コインを親指で弾く。

 

鈍化した世界を舞うコイン。

 

互いのマフラーが唸りを上げる。

 

「サァ、俺達ノセカンドステージダ!!」

 

――怒リノデスロードガ始マルゼェ!!

 

コインが落ちた瞬間、一気に急加速。

 

互いの怒りが爆発する程の激しいデスレースが始まったのだ。

 

彼らが発進した後から跳躍してやってきた人物達がいる。

 

「あいつら…行っちまったぞ」

 

現れたのは、見滝原の守護者を務める美樹さやか・佐倉杏子・巴マミ。

 

「あんな魔獣…見たことないわ。嘉嶋さんはアレと戦おうというの…?」

 

記憶が改変されたため、マミと杏子はかつて戦った魔人の事を思い出せない。

 

「関係ない!あたし達の街に火を点けて…大勢を殺した悪者を絶対に許さない!」

 

「へっ、さやかの言う通りだな。未知の脅威にビビッて逃げ出したんじゃ、尚紀に笑われる」

 

「私達は彼らのレースの先回りをしましょう!嘉嶋さんを援護するわ!」

 

魔法少女達も動き出す。

 

彼女達をビルの屋上から見守っていたのは、見滝原を支配する悪魔達。

 

「ヘルズエンジェルか…厄介な魔人が現れたものじゃのぉ」

 

「私が支配する街で勝手なことをしてくれた礼をしてやろうと思ったけれど…」

 

「どうする?人修羅とあの小娘達に任せるのか?」

 

「もしもの時は動くけれど…見守らせてもらうわ」

 

「人修羅の力を疑うことはないが、あの小娘達まで信頼しておるようじゃのぉ?」

 

「当然でしょ?私は彼女達の実力を疑ったことはないわ」

 

――敵として戦い合い、時には仲間としても死線を共に潜ったことがある子達なんだから。

 

────────────────────────────────

 

ルール無用のデスレース。

 

追われる者と追う者との戦い。

 

どちらが先にゴールするかではない。

 

どちらが先にくたばるかを競うデスロードバトル。

 

「あのハーレーバイク…かなり弄ってるわね!振り切れないわ!」

 

「ただのバイクだと思うな。あれはヘルズエンジェルの怒りが形になった代物だ」

 

前を走るクリスを追う形として迫りくる魔人のバイク。

 

チョッパータイプのハーレーの車輪は怒りの炎そのものであり、地面を焼きながら走り迫る。

 

車体でブロックして前に出さないレースバトルではない。

 

生き残れるかを競う戦いだ。

 

「サァ、行クゼ!俺トコイツノ怒リヲ止メラレルカナ!!」

 

バイクに乗ったまま立ち上がり、爆音を鳴らすアクセル操作。

 

「来るぞ!」

 

ドリフトして急カーブする回避行動。

 

地面から出現したのは、巨大な竜巻。

 

ヘルズエンジェルが得意とする風魔法の一種である『ヘルエキゾースト』だ。

 

魔人のバイクも急カーブし、猛追を崩さない。

 

「わ~お…あんなのに巻き上げられたらイチコロね」

 

「あの風魔法は厄介だった…。こちらの強化魔法を無効化させてくる」

 

「デカジャ効果まで付与されてるだなんて…戦った時は苦戦したでしょうね」

 

「ああ。だが、今回のバトルはお前がいてくれる。もう奴のスピードには振り回されない」

 

「頼りにしてよねダーリン!」

 

人間がいない悪魔結界世界であろうとも、道路には無数の車が転がっている。

 

蛇行運転を繰り返しながら避けていくのだが…。

 

「オラオラオラァーーッッ!!」

 

ウイリーしながら炎の車輪を前に向け、次々と壁となる車の数々を破壊しながら突き進む。

 

「ノレる奴じゃない!いいわ、こっちも熱くなってきた!!」

 

エンジンの如く熱くなったクリスがダッシュボードの上に固定させたスマホを電波で操作。

 

動画サイトを用いてキックパネルスピーカーから流れ出すのはハードロック。

 

「へっ…やっぱ俺にはユーロビートよりも、こっちのノリが熱くなれるぜ!」

 

窓を全開にして音楽を周囲に放つ彼女の後ろ姿を楽しむヘルズエンジェル。

 

「イイ女ジャネェカ~ソレデコソダ!俺モノッテキタゼ~~ッッ!!」

 

互いが蛇行運転を繰り返し、車の壁を超えていく。

 

左カーブをドリフトする瞬間、人修羅は左手を窓から突き出す。

 

「喰らいな!」

 

放たれた破邪の光弾に対し、魔人バイカーは間一髪で避けきる。

 

カーブを曲がるタイミングを逃したヘルズエンジェルは大きく迂回。

 

「やるわね」

 

「あいつはスピード自慢の魔人だった。俺達の攻撃も避けられまくったもんだ」

 

「フフッ♪懐かしい記憶の世界に浸っているようね」

 

「お前があの時いてくれたら、もっと楽しめただろうよ」

 

左に急カーブして移動するが、後続からはヘルズエンジェルのハーレーが迫りくる。

 

黒の革ジャンの襟元に右手を伸ばし、背中に隠していた武器を取り出す姿。

 

「セッカクノチェイスバトルダ。盛リ上ゲル道具ヲ用意シテオイタゼ」

 

右手に持って構えるのはソードオフ・ショットガン。

 

「人間ノ玩具ダロウガ、俺ガ使エバコウナルノサァ!!」

 

引き金が引かれ、12ゲージショットシェルが発射される。

 

鈍化した世界を舞うのは、複数のコイン。

 

コインショットと呼ばれるショットガンの撃ち方だ。

 

コインに怒りの炎が宿り、火炎散弾となりて迫りくる。

 

「チッ!!」

 

身を伏せながら運転するが、クリスの背後は燃え上る散弾の一撃を浴びせられる。

 

リヤガラスやテールランプ、バックドア等が割れ、フロントガラスまで砕け散る有様。

 

「やりやがったなスカル野郎!!」

 

激怒したクリスの車輪は、怒りの放電現象。

 

「今度はこっちの番よ!!」

 

空から放たれる雷魔法とはマハジオンガ。

 

蛇行運転を繰り返し避けながらも、余裕の表情でショットガンを折り曲げシェルを排出。

 

魔人の意思が宿ったバイクは、自動で運転行為を繰り返す。

 

ダブルバレルに弾を詰め込み直し、アクセルを回し込む。

 

攻撃を受けて怯んだクリスに向けて急接近。

 

横に並走した瞬間、右手の銃を人修羅に向けて構え込む。

 

「そうはさせるか!!」

 

運転席側の扉を勢いよく開け、ヘルズエンジェルをバイクごと弾く。

 

「チッ!!」

 

体勢が崩れながらも引き金を引く。

 

発射されたコインショットによって、側面から車の屋根が破壊されてしまう。

 

「野郎ッッ!!」

 

サイドブレーキを引くブレーキ操作。

 

クリスの車体が一気にドリフトし、車体側面を壁にする一撃。

 

「甘イゼェ!!」

 

ヘルズエンジェルは走行しながら足を伸ばし、地面を砕くほど蹴り込む。

 

「なんだと!?」

 

鈍化した世界の宙を舞うハーレーバイク。

 

魔人はクリスを大きく飛び越え、走行しながらドリフトUターン。

 

人修羅も車を発進させ、チェイスバトルは続いていく。

 

振り向き、猛追してくる魔人を確認。

 

「クリス!運転を続けろ!!」

 

「何をやろうってのさダーリン!?」

 

「誰もいないんだ!派手にやっても構わないだろう!」

 

席を立ち上がり、両手を広げ、全身に魔力を溜め込みながら両腕を抱え込む姿勢。

 

体勢を起き上がらせるように両腕を広げ、全身に纏った光を放つ一撃となるゼロスビート。

 

彼の体から放たれた無数の光弾に対し、ヘルズエンジェルは不敵な笑み。

 

「ハッハーーーッッ!!!」

 

迫りくる光弾を蛇行運転で避け続け、爆発を超えていく。

 

火花を撒き散らす程の横滑りを行い身を低め、前方から迫ってきた光弾を避け切る。

 

一回転のヘルスピンを用いて体勢を立て直し、空から落ちてくる光弾の雨をウイリー跳躍。

 

大爆発を起こした業火の中から飛び出したのは、爆発の炎を無効化した魔人の姿だ。

 

「あれを避け切ったですって!?」

 

「だから言ったろ!あいつは魔人の中でも最速の魔人だったんだ!」

 

再びハンドルを握りスピードを上げるチェイスバトル。

 

側面まで走ってきた魔人が運転席に向けて再び銃を構える。

 

人修羅はそれに対し、左裏拳を放ち相手の銃を弾き落とす。

 

「ヤロウッ!!」

 

相手も裏拳を放つが左手で掴み取り、運転席側の扉に叩きつける行為。

 

「グゥ!?」

 

関節を折られる前に振り解くが、体勢が崩れて後退していく。

 

「堪ラネェ…流石ハカツテノ世界デ俺ノ走リニツイテコラレタ奴ダゼ!!」

 

互いの爆走行為によって、次々と街が破壊されていく。

 

その光景をビルの上から見下ろす者達がいた。

 

「あれが…悪魔と呼ばれる存在なのね、美樹さん」

 

「うん…嘉嶋さんからそう聞いてる。マミさんも今年の1月のニュースは知ってるでしょ?」

 

「ええ…彼は魔獣なんかじゃなかったわ。そして、嘉嶋さんと同じ存在は無数にいるのね」

 

「…悪魔を倒して、魔法少女の利になるのかねぇ?」

 

「利益の問題じゃない!嘉嶋さんが言ってた通り…悪魔の中には人間を襲う連中がいる!」

 

「本来ならデビルサマナーと呼ばれる存在達の領分だろうけど、放置する事は出来ないわ」

 

「しゃーねぇな。尚紀だけに負担を押し付けるのも癪だからねぇ」

 

「さぁ、私達も行くわよ!」

 

デスレースは互いの怒りによって際限なく加熱していくだろう。

 

しかし、二体の悪魔達は熱くなり過ぎて気づいていない。

 

バトルレースに飛び入り参加を希望する少女達がいたことを。

 

────────────────────────────────

 

互いが絡み合う程のチェイスバトル光景。

 

ヘルズエンジェルに側面体当たりを仕掛けるがブレーキをかけられ後方に回り込まれる。

 

スピードを上げ、右側に飛び出した魔人の蹴りが助手席側の扉を蹴り抜く。

 

扉が大きくへしゃげ、衝撃でひっくり返りそうになるが片輪走行のまま走り抜く。

 

「おおぉぉーーーッッ!!!」

 

持ち上がった片輪から放電現象が生まれ、そのままビルに突っ込む。

 

放電した片輪がビルの側面に触れた瞬間吸着し、車体が大きく駆け上がる。

 

「面白レェ!!」

 

地面を蹴り砕き大きく跳躍、ヘルズエンジェルもまたビルの側面を炎で駆け進む。

 

互いが跳躍した先には、商業区の真ん中にあった高速道路。

 

互いが着地しながら体勢を維持し、駆け抜けていくのだが…。

 

「なんだ…?」

 

近くまで来た魔法少女の魔力に気が付き、人修羅は視線を向ける。

 

商業区に屹立する無数のビルを超えていくのは、リボンを用いた空中移動を繰り返すマミ。

 

ビル屋上の手摺に巻き付いたリボンの遠心力を利用して街中を飛び交っていく。

 

「突然失礼!!」

 

遠心力を生かした跳躍によって、彼女は高速道路まで大きく跳躍移動。

 

「おいっ!!?」

 

彼女が飛び乗ったのは、屋根が破壊されてオープンカー状態になったクリスの後部座席。

 

「文句なら後で聞くわ!!」

 

右手を翳せば、横一列に並ぶマスケット銃が出現。

 

「はぁっ!!」

 

一斉射撃を仕掛けるが、バイクを横滑りさせて掻い潜るヘルスピンによって避けられた。

 

「ナンダテメェ!?コノ俺ガ魔人ダト分カッテテ喧嘩ヲ売ロウッテノカァ!!」

 

「魔人…ですって?」

 

マミの記憶に掛かった闇のカーテンの一部がめくり上がるように記憶がフラッシュバックする。

 

彼女が思い出すのは、黙示録の四騎士達との戦いの記憶。

 

「私は…あの魔人と似ている悪魔と戦ったことがあるような…」

 

茫然としているマミに振り向き、声を荒げる。

 

「ボケっとしてんじゃねぇ!何しにきやがった!?」

 

「えっ!?あっ…そうだったわね。援護しに来たのよ」

 

「これは悪魔同士の戦いだ!魔法少女が出しゃばるんじゃねぇよ!」

 

「そうはいかないわ!あの悪魔は私の街を焼き払った敵なのよ!」

 

「お前の街を焼いた報いなら俺が与えるから、さっさと帰れ!!」

 

「私だって戦える!去年の私よりも強くなっているわよ!」

 

「そういう問題かよ!魔人の力を侮るんじゃねぇ!」

 

運転しながらの口論になろうとも、ヘルズエンジェルは容赦なく仕掛けてくる。

 

ヘルエキゾーストの風魔法が次々と繰り出され、地面から竜巻が噴き上がっていく。

 

蛇行運転を繰り返すGに耐えるようにして、マミはリアシートを掴む姿。

 

「ちゃんと運転して!私は車に良い思い出がないのよ!」

 

「だったら乗るなよ!?」

 

「ちょっとちょっとダーリン!?他の街に来たと思ったら…また魔法少女と仲良くなって!」

 

「こんな時になに馬鹿なこと言い出すんだクリス!?」

 

「車が喋った!?これも悪魔だと言うの…?」

 

「説明している時間はねぇ!!」

 

「この浮気者!女たらし!!何処までもすけこましなんだからーっ!!」

 

「被害妄想もいい加減にしろよ!?」

 

「ダーリン殺してアタシも死ぬぅーーッッ!!!」

 

運転席側にほとばしる嫉妬の雷魔法。

 

「アバババババ!!?」

 

「キャァァーーーーッッ!!?」

 

運転しながらも感電地獄が襲い掛かってしまう哀れな男の姿。

 

乱痴気騒ぎを始める者達を後方から見ていたヘルズエンジェルは、髑髏顔ながらも怪訝な表情。

 

「仲魔割レカ…?何シニ来ヤガッタンダ、アイツ?」

 

呆気に取られていた時、背後から迫りくる魔力に気づく。

 

「今度ハ道路建設会社ノ回シ者カァ?」

 

空の上で高速道路と並走するように伸びていくのは、青白く輝く楽譜の5線。

 

まるでスケートボードのように線の上を滑りながら加速してくる存在とは、美樹さやか。

 

逆側からも並走して伸び、上を滑っていくのは佐倉杏子。

 

2人を乗せた楽譜がヘルズエンジェルと並走するまでに迫りくる。

 

「あんた!あたし達の街で好き勝手暴れてくれたわね!」

 

「覚悟は出来てんだろうな、髑髏野郎?」

 

「魔法少女共カ。ガキガ出シャバッテイイ場所ジャネェ。家デミルクデモ飲ンデナ」

 

「バカにする気!?喋れる分、魔獣よりも質が悪いわ!」

 

「だったらよぉ、命乞いだって出来るよな?そうさせてやらぁ!!」

 

さやかが持つ魔法武器は、西洋のサーベルに近いナックルガード付きの剣。

 

杏子が持つ魔法武器は、突くだけでなく斬る事も可能な長槍パルチザンと酷似する槍。

 

2人が同時に跳躍し、ヘルズエンジェルに仕掛ける。

 

魔人はブレーキを用いて減速、2人の同時斬撃をやり過ごす。

 

跳躍した2人は5線の上に飛び移り、追撃の手を緩めない。

 

「杏子!5名様ご案内!」

 

「任せとけ!」

 

さやかは纏う白いマントで全身を覆い、開くマントと同時に出現させたのは同じ種類の剣。

 

「う・す・ら・バ・カ!」

 

魔人を馬鹿にし返しながら次々と剣を投擲するが、投げる方角は側面道路ではなく前方空間。

 

杏子は右手を翳し、魔力を放出。

 

「編み込み結界!」

 

剣が投げられた空間に張り巡らされたのは、赤い鎖を無数に張り巡らせたような結界。

 

投げられた剣が編み込み結界を超え、柄に巻き付き鞭のように操る。

 

「合体魔法カ!デビルサマナーミタイナ芸当ガ出来ルトハナァ!!」

 

無数の赤い鎖に繋がれた5本の剣が次々とヘルズエンジェル目掛けて斬撃を仕掛けてくる。

 

アクセルを回し一気に加速。

 

杏子に操られた斬撃が次々と迫り、高速道路を切り裂きながら破壊していく。

 

スピードが遅ければバラバラにされていただろう。

 

ヘルズエンジェルはヘルスピンを行い車体を回転させる。

 

前輪ウイリーを使って炎の後輪を持ち上げ、迫りくる剣を回転を用いて打ち払う。

 

体勢を戻し、スピードを上げながら前方の敵に視線を向けるのだ。

 

「今度ハ大艦巨砲主義カ?俺ト人修羅ノデスバトルヲ邪魔バカリシヤガッテ!!」

 

目の前を走るクリスのリアシートから身を乗り出すのは、マギア魔法を構えるマミの姿。

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

巨大なマスケット銃を模した大砲の火打ち石が火皿に落ち、榴弾が放たれる。

 

「ウザッテェ!!一気二飛ビ出シテ…テメェラマトメテ焼キ尽クシテヤル!!」

 

ハンドルの真ん中に付いているメーターのカバーを外す。

 

スイッチを押し、一気にアクセルを回し込む。

 

「行クゼェェーーーーッッ!!!」

 

爆発的な速度で高速道路を駆け抜け、飛来してきた榴弾を避けながら突き進む。

 

背後で爆発した榴弾によって、杏子が操っていた複数の剣が破壊されてしまう。

 

クリスの前まで飛び出した加速力こそ、ヘルズエンジェルのスピードを極限にまで上げる力。

 

『ヘルスロットル』だ。

 

「あいつ!アレを放つつもりか!!」

 

「何をやろうって訳なの!?」

 

「クリス!ニトロを使って運転しろ!俺が前に出て防ぐ!!」

 

「何をやるつもりか分からないけど、やっちゃいなさいダーリン!」

 

右掌から生み出すのは、ナオミとの戦いで用いたマガタマであるゲヘナ。

 

マガタマを飲み込みながら立ち上がり、跳躍してボンネットの上に飛び移る。

 

片膝をつき、右手を構えて迎え撃つ姿。

 

「俺ノ怒リノ業火ヲ思イ知レェェーーッッ!!!」

 

後方に向けてマフラーから放たれたのは、広範囲に広がる程の業火噴射。

 

地獄の天使を象徴する怒りの炎を放つ一撃である『ヘルバーナ』が迫りくる。

 

直撃すればクリスどころか、楽譜の道を滑りながら移動するさやかと杏子も無事ではすまない。

 

後方に業火を撒き散らしながら走り続ける魔人バイカーはサイドミラーで後方を確認。

 

「馬鹿ナ…!?」

 

放たれた業火の一撃を吸収していく存在。

 

前方に右手を掲げた人修羅が炎を吸収する防護壁の役目を務める。

 

マガタマのゲヘナは炎属性魔法を吸収する優れた耐性を持つのだ。

 

「ちょっと!しっかり掴まってなさいよ魔法少女!」

 

「何をする気なの!?」

 

「あの髑髏野郎のケツにキスしに行くのよ!」

 

「なんですって!!?」

 

ニトロスイッチが自動で押され、クリスは一気に急加速。

 

前の椅子にしがみつき、加速力に怯えるマミの脳裏には…トラウマの光景が蘇っていく。

 

「もう()()()()はイヤーーッッ!!!」

 

互いが極限のスピードとなり、高速道路を駆け抜けていく。

 

「ウォォーーーッッ!!!」

 

ヘルズエンジェルもアクセルを最大にまで回し込み、加速し続ける。

 

「あと少しだ…もう少し!」

 

間合いにまで入り込んだ時、人修羅が跳躍。

 

「テメェッッ!!?」

 

後ろに現れた存在に振り向く。

 

「よぉ、メノラーバトルの続きを始めようか?」

 

後部座席に座り込んでいるのは、不敵な笑みを浮かべた人修羅の姿。

 

素早く動き回れるバイクであろうとも、バイクに乗る魔人自体が素早いわけではない。

 

この戦法を用いて、ボルテクス界の戦いでも勝利を掴み取っていたのだ。

 

「グハァ!!」

 

左右の肘打ちを髑髏の頭部に打ち込み、怯んだ相手にチョークスリーパーを仕掛ける。

 

「グォォーーーッッ!!!」

 

操縦が乱れた魔人のバイクが高速道路の壁を突き破る。

 

商業区と工業区を遮るように伸びる川の中に飛び込み、水上の上を炎の車輪で走り抜く。

 

首をへし折る程の圧力が加えられ続けるが、アクセルを回し込む。

 

「貴様!何をする気だ!?」

 

「一緒ニ行コウゼ…スピードノ向コウ側ヘナ!!」

 

自らに向けてヘルエキゾーストを放ち、巨大な水飛沫ごとバイクを竜巻で巻き上げてしまう。

 

「「ウォォーーッッ!!?」」

 

体勢を崩した二体の悪魔が空から舞い落ちてくる。

 

河川敷に落ちてきた悪魔達は、同時に地面に叩きつけられてしまったようだ。

 

「ぐっ…うぅ……」

 

互いに立ち上がろうとするが、片膝をついた状態のままヘルズエンジェルは低く笑うのだ。

 

「ヘヘ…強クナッタナ、人修羅。モウ俺ジャ…敵ワナイカモシレネェ」

 

「貴様をこの世界に召喚したのは誰だ…?」

 

「シド・デイビスサ」

 

「シドだと!?お前…あいつの仲魔だったのか!」

 

「俺ハアイツヲ利用シテキタ…。俺ハ悪魔ダ…未来ガ分カル」

 

「まさか…この世界に流れ着いた俺と再戦するために、仲魔のフリをしてたってのか?」

 

「カツテノ世界デ俺ハ…テメェニ負ケタ。悔シカッタンダヨ…リベンジガシタカッタ」

 

「その為だけに…この街を焼き払うとはな。かつての世界と同じ末路にしてやる」

 

「イイゼ…テメェニナラ倒サレテヤッテモイイ。ダガナ…タイマンジャナキャ駄目ダ」

 

立ち上がったヘルズエンジェルは転がった愛車を持ち上げ、上に跨る。

 

「勝負ハオ預ケダ。マタヤロウゼ…今度ハテメェトアノ可愛イ子チャンダケデキナ」

 

「逃がすと思っているのか?ここで終わらせてやる!」

 

「ソウイキリ立ツナ。トコロデ、話ハ変ワルガ…テメェハドウシテ見滝原ニ来タンダ?」

 

「この世界で生きてきた俺は探偵をしている。この街には人探しで訪れただけだ」

 

「ソノ探シ人ッテノハ…魔法少女ナノカ?」

 

「どうして分かる?居場所を知っているのか?」

 

革ジャンのポケットから葉巻ケースを取り出し、右手を用いて口に咥えた葉巻に火を点ける。

 

勝負の余韻を感じるかのように紫煙を燻らせながら、口を開く。

 

「…佐藤精神科病院ダ」

 

「あの病院がどうかしたのか?」

 

「アソコニハ秘密ガアル。魔法少女ニトッテハ…絶望死サエ許サレナイ地獄ノ一丁目ナノサ」

 

「美国織莉子は…佐藤精神科病院に囚われているのか。なぜその情報を俺に伝える?」

 

「俺ハナ、イルミナティナンゾニ与スルツモリハネェ。テメェトノ勝負ダケガ全テダ」

 

「あの病院がイルミナティと関わりのある施設だったとはな…」

 

持っていた葉巻ケースをアイテム代わりにするようにして、投げ渡す。

 

「バハマ産ノ上モノダゼ。アリガタク受ケ取リナヨ、ブラザー」

 

そう言い残し、ヘルズエンジェルは赤いマフラーを靡かせながら去っていく。

 

人修羅は追撃を行わず、悪魔化を解いていく姿。

 

魔人が張り巡らせた結界が解け、景色は元の河川敷となっていった。

 

「美国織莉子は…イルミナティから狙われていたとはな。丈二に情報を伝えなければ」

 

貰った葉巻ケースを開ければ、バハマ産の葉巻が一本残っている。

 

取り出して口に咥え、端を噛み千切って吐き捨てる。

 

右手で火を点け、吸い込みながら紫煙を燻らせていたのだが…。

 

「ゴホッゴホッ!!忘れてた…葉巻は煙草と違って直吸いだったな…」

 

初めての葉巻を味わいながら捜査方針を考えていたら、魔法少女達が遅れて駆けつけてくる。

 

「尚紀!あの髑髏野郎はどうしたんだよ!」

 

「あいつか?あいつなら去っていったよ」

 

「どうして逃がしちゃうんですかー!?あいつは…あたし達の街を焼いた奴なのに!」

 

「あの魔人は必ずまた俺の前に現れる。その時にこそ、100倍にして報いを与えてやるさ」

 

「それでも、無事で良かったわ。あれが悪魔なのね…恐ろしい強さだったわ」

 

「巴マミ、クリスはどうした?」

 

「あの悪魔なら高速道路から下りて目立たない路地裏で停車してるわ。体を癒したいそうよ」

 

「そうか…。お前らを乗せて移動してたら目立つからなぁ」

 

「チッ!やっぱり骨折り損だったって訳か…悪魔はグリーフキューブを落しもしないし」

 

「そうでもない、情報を残していきやがった」

 

「情報って…何だよ?」

 

「美国織莉子の行方だよ」

 

驚愕した3人に向けて、かつての敵から語られた内容を伝えていく。

 

依頼人の仲間であり、戦友の魔法少女ならばと判断したようだが…甘い判断だったと後悔する。

 

彼女達が情報を知った上で、どんな行動に出るかを想像したのはホテルに帰っていた時だった。

 

「不味ったな…。後で釘を刺しておかないとな」

 

立ち止まり、夜空を見上げる。

 

「魔法少女にとっては…絶望死すら許されない地獄の場所か…」

 

彼の脳裏に過ったのは、ボルテクス界での記憶。

 

悪魔達が人から絞り出すものは、何処の世界でも同じなのだと尚紀には分かっている。

 

悪魔が求めるものとは感情エネルギー。

 

かつての世界ではマガツヒと呼ばれ、この世界ではMAG(マグネタイト)と呼ばれるもの。

 

「…マガツヒを絞り出すのは簡単だ」

 

――人を死ぬまで()()すればいい。

 




いやーついにさやかちゃんのバトルシーンを描くことが出来て嬉しいのなんの。
マギレコでも登場待たせまくったキャラですし、僕も待たせてしまいましたね。


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161話 ホワイトメン

<<アァァーーッッ!!!痛い痛い痛いーーッッ!!!>>

 

生体エナジー協会に響き渡るのは、日常とも言える狂気の叫び。

 

ソウルジェムを奪われ、人体実験のモルモットにされるしかない魔法少女達の苦しみの声だ。

 

「里見太助は、何処までを知っていたのかね?」

 

尋問室の光景が見える強化ガラスの向こう側には、協会の所長が椅子に座っている。

 

サイドテーブルに置かれた2つのソウルジェムに片手を置き、光を放つ。

 

契約の天使であるキュウベぇと同じく、ソウルジェムの扱い方を知っているような素振りだ。

 

「彼は魔法少女の事を知っていたようだが、それだけではない。我々の事も書籍内で語っていた」

 

所長の声がスピーカーを通して尋問室内に響く。

 

「キュウベぇと呼ばれる存在とは、ヘブライの天使だと彼は知っていた。我々との関係性もな」

 

尋問室内で手足を拘束されて椅子に固定されているのは、2人の魔法少女達。

 

牛の角のような癖毛にウェーブのかかったベージュ色をした長髪の少女。

 

赤髪を三つ編みに束ねた少女。

 

2人の手足の爪の間には、尋問官によって薄い竹べらが差し込まれている。

 

大の大人が赤子のように泣き叫ぶ程の拷問方法だが、魔法少女は痛覚が半分麻痺している存在。

 

にもかかわらず泣き叫ぶのは、ソウルジェムを操り痛覚麻痺を解除している堕天使がいたからだ。

 

「答えてもらうぞ。里見太助の娘である里見那由他…そして、彼と深く関わった氷室ラビ」

 

「私達を家に帰してぇーーッッ!!!」

 

質問に答える余裕がない程の激痛に苛まれるしかない少女の痛々しい姿。

 

「私は何も知らないんですの!助けてパパ!!イヤァァーーーッッ!!!」

 

経験したこともない激痛によって錯乱している那由他から視線を逸らせる。

 

見つめる先には、彼女の家で家政婦のような立場で働いているラビ。

 

激痛で涙を流しながらも歯を食いしばり、無理やり理性を保とうと足掻いている。

 

「里見太助は我々の最後の審判について…書籍内で警告をし続けてきた。()()()()()の事をな」

 

「ぐっ…うぅ…!!那由他様と私を…どうするつもりですか…!!」

 

「立場が分かっていないのかね?質問をするのは我々でいい。君達は答えればいい」

 

「私も…那由他様も…何も知らない!教授のお手伝いはした…それでも…詳しくは知らない!!」

 

「そうか…まだ痛みが足りないようだな」

 

尋問官達が手術道具を置く机の上に置いてあった薄い竹べらをとる。

 

「手足の指は合計20本。3本に竹べらを刺して泣き叫ぶのなら…全部に刺したらどうなるかな」

 

「ヒィィーーーッッ!!!」

 

「その後は爪を剥す。激痛を与える痛覚部分は他にもある…歯はどうかね?」

 

「止めて!!那由他様に乱暴しないで!!やるなら私だけにして!!」

 

「答えてもらおうか。君達は何処まで知っている?里見太助の協力者なのだ…知っているだろう」

 

慈悲無き悪魔の冷淡な声がスピーカーから響く。

 

命を弄ばれるしかないと理解したラビが…重い口を開いてくれる。

 

彼女から聞かされた内容について、所長は大きく溜息をついた。

 

「里見太助という民族学者は聡明な男だったようだ…。自力でそこまで調べ上げるとはな…」

 

「貴方が…教授が言っていた…カナン族のフェニキア人なの!?」

 

「違う。私達は彼らの中に入り込み、血を分け与え、知恵を授けた古の先祖達だ」

 

「エグリゴリの堕天使…!?半信半疑だったけれど…契約の天使だけでなく堕天使もいたのね…」

 

「無論だ。インキュベーターも我らも同じ天使。君達のソウルジェムの扱い方は知っている」

 

「貴方達は…本当に最後の審判をやろうというの!?人類に対する()()()()()()()()を!!」

 

――アジェンダ21を!!!

 

アジェンダ21。

 

1・28事件の際にペンタグラムメンバーのフリを続けた工作員魔法少女が語った計画だ。

 

「大選別は必要なことだ。地球規模での人口削減は、貧困解決と地球汚染を防ぐ手段なのだ」

 

「将来への持続可能な文明を実現するための…国際的な行動指針…。教授が言ってたわ…」

 

アジェンダ21とは、1992年6月に行われた地球サミットによって採択されている。

 

4つのセクションから構成されており、各国家組織の役割や具体的な実施手段も策定済み。

 

単なる努力目標の理念や理想だけを掲げたものではないのが特色だ。

 

条約のような拘束力はなくとも、各国は何が何でも取り組まなければならなかった国際問題。

 

2002年、2012年に大きな修正が施されていく。

 

2015年に具体的な方針を盛り込んだ改訂版が作成され、9月の国連サミットで発行された。

 

その内容は、2030年までになんとしても実現すべきこととある。

 

待ったなしで各国に迫るもの。

 

ジョージア州に突然建てられたガイドストーンは、人類に対して宣言する。

 

()()()()()()()()()()()()()と。

 

「環境に対して、人間社会が影響を及ぼしているどの地域においても、地球規模で実施される」

 

「環境破壊と人口過剰による持続可能性の危機の問題に直接有効なのが人口削減…悪魔の所業よ」

 

「我々はジョージア州ガイドストーンをもって宣言する。地球の管理者として人口を管理すると」

 

「各国の取り組みがあっても…人類の数は増え続けたわ…」

 

「独裁政権でも築かない限り民主主義では達成出来なかったようだ。なら…何が必要だと思う?」

 

「……大戦争。世界を滅ぼせる規模の戦争によって…人口を削減する」

 

「その通り。だからこそ、我々にはヨハネ黙示録通りのハルマゲドンが必要だったのだよ」

 

「貴方達は…どうあっても()()()()()()()()()()()必要があるというのね…」

 

「ハルマゲドンの戦火によって、地上で生きた有象無象の人間は死に絶えるが…選民は生き残る」

 

「それも聞いている…そのための箱舟計画を企んでいるという話も…」

 

「やれやれ、これでは生きて返す事など出来ないな。もっとも…どちらにせよ生きては返さんが」

 

「教授は言っていた…ヨハネの黙示録が世界に巻き起こると…終末時計の針は必ず0になると…」

 

「君達はその光景を見る事はないだろう。ここで新たなる人類進歩の生贄となりたまえ」

 

尋問を終えた所長が椅子から立ち上がるが、泣き叫ぶばかりだった那由他がようやく口を開く。

 

「パパを…パパをどうしたのですの!?パパは知り過ぎていた…貴方達には都合が悪かった!!」

 

激痛と恐怖、そして何よりも耐え難いのが…不安。

 

不安の答えを語られるのは、彼女にとっては絶望死を意味するだろう。

 

所長の視線が那由他に向けられ、口元は邪悪な笑みと化す。

 

「ああ、里見太助か?彼ならもちろん……」

 

――始末したとも。

 

…痛みですすり泣く音が止む。

 

激痛さえ忘れてしまえる程の…絶望の言葉。

 

サイドテーブルに置かれていた那由他のソウルジェムが一気に穢れていく。

 

絶望死確実の穢れの増殖であったが…ここでは意味を為さない。

 

マニトゥのキャリア共がソウルジェムに寄生して、負の感情エネルギーを貪るからだ。

 

「う…嘘ですの…そんな話…嘘ですの!!!」

 

「事実だ。彼は邪魔だった…車内で練炭自殺に見せかけた上で、海の中に車を落してやったよ」

 

瞳のハイライトが消え、濁っていく。

 

体中が痙攣するかのように震えていく。

 

「教授…そんなことって……な、那由他様ッッ!!?」

 

横に首を向ければ…見えたのは発狂の瞬間。

 

「イ”ヤ”ァ”ァ”ァ”ァ”ーーーーーーッッ!!!!」

 

たった一人残された家族の悲報。

 

再会したい気持ちだけで宝崎市から神浜市に移住してきた者。

 

頑固なまでに父を探し続けてきた苦労は今、全て壊れてしまう。

 

「魔法少女の存在と、我々ヘブライとの関係性を世間に漏らす()()()()()()愚者は…許されない」

 

そう言い残して、所長は尋問室の隣部屋から出て行く姿を見せた。

 

「ア”ァ”ァ”ーー!!!ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ーーーッッ!!!!」

 

椅子に拘束されたまま体を暴れさせ、発狂を抑えることが出来ない悲惨な有様。

 

隣にいた尋問官達は彼女の頭部を抑え込み、首に無理やり鎮静剤を注射する。

 

「あ…あぁ……パ…パ……」

 

眠りについてしまった者の手から竹べらを抜いて拘束を外し、尋問官達が運び出す。

 

「触らないで!!もう…抵抗はしない…好きにしなさい……」

 

ラビもまた絶望の意思を示し、従わされるのみ。

 

独房に戻されてしまったラビは、回復魔法で手の傷を癒すことさえしない。

 

生きる気力そのものが、もう彼女には残っていないようだった。

 

脳裏に浮かぶのは、故郷である湯国市で繰り返された忌まわしい差別の記憶のみ。

 

「もういい…疲れた…。魔法少女になった時点で…絶望しか許されなかったのよ…」

 

白い世界の独房を見つめる事しか出来ない。

 

もう彼女はここから生きて出る希望に縋りつく意思さえ示せない。

 

心の色は()()を通り超えていき…()()()()()()()()のだ。

 

「終末への針が0時へと刻み始める…誰にも止められない。()()()()()()()()()()…」

 

――誰もが負けているこの戦いを。

 

彼女が掲げる絶望の感情とは…()()

 

道理を悟る心であり、真理を諦観する心であり、諦めの気持ち。

 

<<知恵や知識と交わり、欲を覚えた原子(アトム)よ>>

 

脳裏に声が響き、顔を上げるのだが…。

 

「えっ……?」

 

見えた光景とは、何もない世界。

 

ただただ白い世界。

 

白い世界に陽炎が浮かんでいく。

 

形を成した者とは…あろうことかラビ自身。

 

「わた…し……?」

 

近寄ってくるラビの姿は、生命に溢れた色を失った…真白い姿。

 

<<あなたの中のミトコンドリアに問う>>

 

「私の…ミトコンドリア…?」

 

<<人はなぜ生まれ、世界はなぜ存在するのか、考えたことはある?>>

 

「言っている意味が分からない…あなたは誰なの…?」

 

<<一部の原子が反乱を起こそうとも、一部の細胞が傷つくのみ>>

 

小宇宙を表す人間の体のシステムに例えて、世界の在り様を問う白き者。

 

<<傷ついた細胞は、他の細胞が元に戻してしまう>>

 

「世界の運命に抗おうとも…他の運命が押し寄せてきて…潰されてしまう…?」

 

白き存在が語った世界の在り様。

 

それは、1人の少女が希望を祈り、世界に反逆して魔法少女を救おうとした人間の抵抗。

 

だが、結果はどうだ?

 

この世界に生まれたのは、新たなる脅威となる魔獣。

 

そして、悪魔と呼ばれる概念存在達によって、魔法少女は再び因果に飲まれて絶望していく。

 

世界の形は抗おうとも…別の災厄と化して舞い戻ってくる。

 

<<この連鎖を断ち切るには、別の選択肢が必要なのよ>>

 

「別の…選択肢…?」

 

<<あなたに選択のための道標を示してあげる>>

 

「貴女は何なの…?どうして…私の姿をしているの…?」

 

その質問を聞いた存在は、無表情のままこう答えるのだ。

 

<<私は()()()()()()。あなたの心が灰色を超えて真白になった時に宿った存在>>

 

――諦念と呼ばれる概念存在よ。

 

ホワイトメンと名乗る存在が右手を持ち上げていく。

 

手に持たれていた品は、ラビにとっては大切な品。

 

友達の形見でもある懐中時計だ。

 

<<行きましょう、世界の先へ。あなたは傍観者として…見届ける必要がある>>

 

諦念に導かれるようにして、手を伸ばしていく。

 

懐中時計に触れた瞬間…世界は完全に色を失い真白に染まっていった。

 

……………。

 

「馬鹿な!?囚人の1人が脱走しただと!」

 

所長室に報告に現れた職員の情報を聞き、驚愕する所長の姿。

 

「消えた魔法少女は…氷室ラビです。独房に入っていた筈ですが…消えていたんです」

 

「我々が保管してあった氷室ラビのソウルジェムはどうなった!?」

 

「ソウルジェムも行方不明です…。恐らくは、脱走のために奪われたものかと」

 

「彼女は魔法少女に変身出来なかったはずだぞ!?固有魔法があるにせよ…使えないはずだ!」

 

「分かりません…本当に蜃気楼のようにして、消えてしまったとしか…」

 

椅子に座り直し、手で追い払う仕草。

 

職員は所長室から出て行くが、彼の表情は苛立ちに包まれている。

 

「なぜ脱出出来た…?魔法少女の力が発揮出来ない状態ならば…内部で手引きした者がいる」

 

女秘書のサキュバスを呼び出し、原因調査に奔走させる。

 

数日が過ぎ、纏められた報告書をタブレット端末で確認していく。

 

「里見那由他を置き去りにする脱走など考えられなかった。やはり悪魔が関わっていたようだな」

 

「新入り悪魔達を召喚した時か、犬猿コンビを召喚した時に異物が混じっていたとしか…」

 

「…ここの魔法少女は皆、絶望死すら許されず、絶望したまま命を諦めるしかない」

 

「それとこの案件が関係あるのでしょうか…?」

 

「諦念に支配された者達を好む存在が…魔界にいる」

 

「魔界に潜む、人間だった者達の残留意思…ホワイトメンのことですか?」

 

「かの者達のいずれかが悪魔召喚の際に紛れ込み…研究所の中で息を潜めていたのやもしれん」

 

「ホワイトメンに気に入られて憑りつかれたと考えるべきでしょうか…氷室ラビは?」

 

「あれは諦念という概念存在そのもの。虚無的であり()()()()()()()()()()()()…己も含めて」

 

「あの存在は実体を持たないですけど…次元と次元を流浪する存在です。まさか氷室ラビも…?」

 

「ホワイトメンは神出鬼没。我々の監視網に引っかかるまでは…身動き出来んな」

 

…これより先、氷室ラビは世界の各地で出現しては消え去っていくだろう。

 

彼女は諦念に支配された存在であり、終末時計の針が指し示す日を見届ける者となった。

 

彼女が見届けるのは、滅びゆく世界の刻なのだろうか?

 

それとも、運命に抗う者達なのだろうか?

 

終末時計の針は刻を刻み続けるだろう。

 

()()()()()()()()()()()

 

────────────────────────────────

 

尚紀が見滝原に訪れてから5日目を迎える土曜日。

 

昨日の戦いでずぶ濡れになった仕事着とも言える服をクリーニングに持ち運ぶ彼の姿。

 

「私服で張り込みをすることも想定しておいて良かったよ」

 

彼の下半身は、魔法少女の虐殺者として動いていた姿と変わらず黒革ズボンにブーツ。

 

上は黒のTシャツの上から白と青の線が入ったライダースジャケットを纏っていた。

 

朝早くクリーニング店に持ち運び、ホテルに帰っていく。

 

「まったく…何が俺のボディガードだ。昨日は放置されちまったよ」

 

ぶつくさ文句を言っていたら、当の本人が待ち構えていたようだ。

 

「私の事を噂してたでしょ?」

 

愛車に持たれながら腕を組んでいるのはナオミだ。

 

「昨日は何処に行ってたんだお前?化粧するのに一日かかったとか言うなよ?」

 

「ごめんなさい、間に合わなくて。昨日は散々だったのは…街の様子を見れば分かるわ」

 

商業区の火災は鎮火しているが、爪痕はあまりに深い。

 

火災が起きた地区は封鎖され、現在も復旧活動や救助活動で慌ただしい光景が続くのだ。

 

「昨日の私はね…神浜に急用が出来て帰っていたのよ」

 

「仕事を放り出しても優先しなければならない程のか?」

 

「ええ…私にとっては最重要なの。私がレイ・レイホゥを探してるのは知ってるでしょ?」

 

「まさか…何か情報を手に入れたのか?」

 

「私は稼いだお金で探偵を多く雇っているの。神浜で雇っていた探偵から情報が来たわ」

 

懐から写真を取り出し、尚紀に見せる。

 

「こいつがレイ・レイホゥなのか…?後ろ側の景色は…南凪区のベイエリアだと思う」

 

「ついに尻尾を掴んだわ…。この女が神浜市に出没すると突き止めただけでも大収穫よ」

 

「なら、依頼をほったらかしにして神浜に帰ってもいいんだぞ?獲物に逃げられるだろうが」

 

「私も…それを悩んでる。それでも私はビジネスウーマンなの、分かる?」

 

「……何が言いたいのか、なんとなく分かるぞ」

 

「さっさと見滝原での仕事を終わらせて、神浜に帰りなさい」

 

(だったら俺の仕事も手伝ってくれよ…)

 

溜息をつきながらホテルに帰っていく。

 

室内では丈二が捜査会議の準備を終えていたようだ。

 

尚紀が得た情報を頼りにし、捜査会議が続いていくのだが…。

 

「やはり…警察の協力は難しそうか」

 

「あの病院は被害届を出す立場だ。美国織莉子を拉致してる証拠が無ければ…動かない」

 

「だとしたら、潜入捜査になるだろうが…今から始めるにしてもなぁ」

 

「その線で調べてみたが、仕事の募集はしていない。清掃員としてもぐりこめると思ったが…」

 

「病院職員から聞き込みをしたところで無駄だろうな…。知っているかどうかさえ怪しいもんだ」

 

「打つ手無しだな…今のところは。有力な情報だが、誰から聞いたんだ?」

 

「俺と同じ悪魔だよ」

 

「だとしたら…あの病院は悪魔と関わりがあると考えるのが自然だろうな。だが、どうする?」

 

「俺たち探偵に礼状はない。警察のように踏み込むわけにもいかないからな…」

 

重い沈黙が続く。

 

丈二の提案により、捜査機材を用いて病院周囲の張り込みを続けるしかないという結論となった。

 

昼飯は外食にしてくるとホテルから出て行く尚紀だが…溜息をつくばかり。

 

「ヘルズエンジェルの言葉通りなら…時間をかけるほど美国織莉子の身が危険に晒される…」

 

俯いたまま立ち止まる。

 

長い沈黙が続いたが、顔を上げた彼の表情は決断したかのような表情。

 

「…済まない、丈二。今回ばかりは正攻法じゃ救えない」

 

彼が思いついたのは、軍隊が行うような人質救出作戦。

 

武力を用いて敵陣に侵入し、敵を排除した上で人質を助けるという内容。

 

だが、それを民間人である尚紀が行うというのなら…もはや凶悪犯罪者でしかない。

 

「あの病院に多くの魔法少女が囚われているとしたら…俺独りで全員を救えるのか?」

 

人質救出任務とは、チームワークが何よりも必要とされるだろう。

 

孤軍奮闘では、人質にされた者達を盾にされて身動きが取れずに包囲されるだけだ。

 

「…仕方ない、ナオミに助けを頼んでみるか」

 

連絡先から彼女を呼び出して、昼飯に誘う。

 

レストランの個室で話し合いが続き、犯罪ともいえる救出行為に参加を希望してくれたようだ。

 

「それでも…私と貴方の2人だけでは心もとないわ」

 

「お前の仲魔をいっぺんに召喚して手伝わせることは出来ないか?」

 

「デビルサマナーの悪魔召喚はね、術者のMAGを必要とするの。私でさえ一体召喚が限界なのよ」

 

「丈二はただの人間だしなぁ…。後は……」

 

彼の顔が俯いていく。

 

何を考えているのか察する事は出来るが、それでもナオミは提案してきた。

 

「この街の魔法少女の協力を得られないかしら?」

 

「やめてくれ、危険が大きすぎる。昨日の夜に釘を刺してきたばかりなんだ」

 

「他にも頼れそうな存在がこの街にいるのかしら?」

 

「いや…それは……」

 

彼の脳裏に浮かんだのは、同じ悪魔である暁美ほむらの存在。

 

しかし、彼女は鹿目まどかの回りから動く事が出来ないのは聞いていた。

 

「いないのならば、選択肢はなくてよ」

 

「……そうするしか無さそうだ」

 

レストランから出て来た2人だが、尚紀の表情は重い。

 

(せっかく犯罪行為から足を洗えた杏子を…また汚れた世界に引き摺り込むのか…?)

 

断って欲しいと願いながら魔法少女達の魔力を探して行く。

 

今日は土曜日であり、中学生たちは休日。

 

「見つけたぞ、巴マミの魔力だ」

 

レストラン近くの繁華街に食料品を買いに訪れていたマミに声をかける。

 

事情を説明した上で断る自由を与えたが、マミは二つ返事で承諾してくれた。

 

「いいのか…巴マミ?正義の味方として生きるお前が…犯罪行為に手を染めるんだぞ?」

 

「選択の余地はないわ。美国さんの命がかかっているし」

 

「顔がバレたら指名手配犯よ…それでもいいの?」

 

「怖い気持ちもある…。それでも、美国さんの命を守れない方がよっぽど怖いのよ」

 

「協力に感謝する。頭部を隠せる目出し帽なら俺が買っておいてやるよ」

 

「まるでテロリストね…私たち。でも構わない、覚悟は出来たわ」

 

「他の魔法少女達とは連絡がとれそう?」

 

「ええ、任せて。作戦会議を行いたいのだけれど、私の家に来てくれるかしら?」

 

「オイオイ…彼氏でもない男の俺を連れ込む気か?カラオケボックスとかでいいだろ?」

 

「ダメよ。こういう作戦を練り上げる時は、美味しい紅茶を飲みながら考えたいものね♪」

 

「安心しなさい。レディの家に上がり込んで箪笥を漁る男だったら…私が懲らしめてあげる」

 

「誰がするか!?そんな変態行為!!」

 

マミから集合場所の住所を聞いた後、尚紀はスマホで調べておいたサバゲ―ショップに向かう。

 

暫くして、買い物を済ませた尚紀がマミのマンションに向かうのだが…。

 

「随分と立派なマンション暮らしだったんだな…あいつ」

 

社会人の悪癖か、維持費のことを考えながらマミの家の階を目指す。

 

扉の前に立ち、チャイムを押そうとするようだが…片手が持ち上がらない。

 

「参ったな…女の家に上がり込むだなんて小学生の頃に千晶の家に遊びに行ったのが最後だぞ?」

 

恥じらいを見せていた時、家の中から扉を勢いよく開けられる。

 

「ゴハッ!?」

 

扉にぶつかり悶絶していると、杏子が顔を出してくる。

 

「何ちんたらしてんだよ尚紀。女の家に上がるのが恥ずかしいのか?」

 

「いや、そういうわけじゃ…」

 

「つーかさ…あたしも女の子なんだけど?あたしの家に上がり込むのは平気だったのか~?」

 

遠回しに男扱いされていると感じた杏子の狂犬顔。

 

また殴られる前に素早く家の中に入っていく情けない男の姿があったようだ。

 

────────────────────────────────

 

ショルダーバックを背負っていた尚紀は、中を開けてファイルを取り出す。

 

机の上に置いていくのは、3D地図を使うことが出来るアプリを用いて印刷した用紙。

 

写されているのは、航空から撮影したように写し出された佐藤精神科病院の全体像。

 

「ここに織莉子が囚われてたのか…よし!刻みに行こう!!」

 

「馬鹿!暴れに行くんじゃないっつーの呉!美国を助けに行くだけ!」

 

「そういう小巻だって、暴れたそうな顔してるじゃん?」

 

「そ、それは…ケースバイケースよ。暴れる必要があったら別にいいでしょ?」

 

「やはりゴリラ女の力は禁じられないようだ。存分に暴れてくれたまえ」

 

「そのゴリラ女に張っ倒されたいの!!?」

 

喧嘩を始めるキリカと小巻をさやかと杏子が抑え、マミは咳き込んで沈黙を呼びかける。

 

「色々と調べてみた。最近この病院は山火事を受けたようだ」

 

「上空写真からでも分かるね…森が丸裸になっちゃってるよ」

 

「ここから侵入するのは難しい。この病院は地元で評判になるぐらい警備の規模が尋常じゃない」

 

「何かを隠してる証拠だな。建前としては精神病患者の脱走を防ぐってところだろうよ」

 

「二手に分かれよう。俺が警備をしている連中を引き受ける」

 

「私たちは別動隊になって病院内に潜入して、魔法少女達を捕らえている施設を探り出すね」

 

「上空写真から見て、不自然に大きい倉庫が見えるだろ?病院の資材倉庫規模じゃない」

 

「ここに入り込むのは良いけれど、脱出ルートの確保も必要ね。大勢が囚われてるのでしょ?」

 

「それに…中がどうなってるのかも分からないし…魔法少女を捕らえれる何かがあるのかも?」

 

「あたし達も同じ末路になるって心配してるのか、さやか?」

 

「怖がってるわけじゃないよ!ただ、備えは必要だって言いたいだけ」

 

「随分と成長したな~さやか?昔のお前はもっとこう…猪突猛進だったぞ?」

 

「えっ?もちろんですとも!さやかちゃんの成長期は年中無休なのだ~!」

 

自分でもどうして冷静になれるのかは分からない表情。

 

たとえ記憶を奪われても、彼女は円環のコトワリの使者。

 

コトワリ神と一つになったことで、様々な経験値を手に入れられたのだろう。

 

「囚われの子達を搬送するバスが必要ね。私が手配してあげるし、運転も任せて」

 

「頼んだ、ナオミ。俺は先攻して様子を伺いながら連絡しよう。決行は今夜の0時とする」

 

「盛り上がってきた~!囚われ姫な織莉子を救出しに行く王子様な私…これだよコレ!!」

 

「班分けはどうするの?尚紀さん一人に警備員全部を任せるわけにも行かないわよ」

 

「俺に任せろ。病院施設内には何が隠されているか分からないし、避難誘導員は多く必要だ」

 

「尚紀なら心配いらねーよ。本気のあたしを倒せるような奴なら、警備員共の方が心配さ」

 

「それじゃあ、私たちは救出班として動く事にする。指揮は私が執らせてもらうわ」

 

作戦会議を終え、尚紀は使った資料を鞄の中に戻していく。

 

「そろそろお湯が沸いたかしら?紅茶を淹れてくるから待っててね」

 

台所に移動していく。

 

暫くして、紅茶を淹れて持ってきてくれるマミが帰ってきたようだ。

 

「へぇ…美味いじゃないか?」

 

「そうねぇ、これなら店に出しても良いぐらいだと思うわ」

 

「そ、そうですか…?大人達に喜んでもらえたのは初めてだから…嬉しいわ♪」

 

「マミさんは紅茶に詳しいだけじゃなく、ケーキ作りも得意なんですよーっ!」

 

「ケーキ…ですって!?」

 

さやかの一言で鼻息が荒くなるほど気合が入った表情を浮かべてしまうナオミの姿。

 

彼女が手を付けられないほどの大食い娘である事を知っている尚紀は、マミに振り向く。

 

「あ~…その、なんだ。ケーキはまた今度にしとけ…」

 

「えっ?どうしてなのかしら?」

 

<…冷蔵庫の中身を全部食いきられても、まだおかわりを言うような女だぞ?>

 

念話を聞き届けたマミの顔が青くなる。

 

「そ、そうねぇ…?また今度にしちゃおうかしら…あは…ハハ……」

 

引きつった笑いを浮かべるマミを見て、ナオミは肩を大きく落としたようであった。

 

────────────────────────────────

 

行動を開始していくためにマンションから出て行く者達を見下ろす存在。

 

隣ビルの屋上から地上を見下ろす者とは、魔法少女姿となった氷室ラビ。

 

ネイティブアメリカン等が付けるようなウォーボンネットを頭に纏い、風で羽根が揺れていく。

 

「あれが…守ろうとする者達なの?」

 

誰もいない場所で独りごとを喋るようにした態度。

 

答えを返すようにして、彼女の頭に直接声が響いてくる。

 

<<あなたの原子が、可能性に触れた>>

 

「あの人達が…終末時計の針を止めようとする者だと言いたいの?世界を守るために…」

 

<<守ることを選んだ将来は、より強大な守る力に飲み込まれる>>

 

「あなたが語った円環になった少女。魔法少女を守るために命を捧げた者は…私を守れなかった」

 

<<忘れるな。人間の将来にあるのは、()()()()()であるが故の…絶望の荒野だ>>

 

「かつて希望を祈り、いつか絶望を撒く魔法少女を救いたい鹿目まどかの意思は…叶わなかった」

 

悟りを得たようなその表情は、何も感じないように微動だにしない。

 

大切な存在である里見那由他を救いに行って欲しいと哀願しに行くことさえしない。

 

全ては無価値。

 

まるでそう言いたいかのように。

 

<<いずれ万物は、根源へと帰る時がくる。早いか遅いか…ただそれだけだ>>

 

「そう…私達は輪廻の元へと帰っていく。この世界の事象など、一時の花火に過ぎない」

 

<<悟りを得る旅路は続く。行きましょう、先の世界へ>>

 

「ええ、行きましょう。止まる事の無い…終末時計の針と共に」

 

蜃気楼のように消えていく存在。

 

彼女は既に魔法少女の域を超えようとしている。

 

その姿はまるで時間渡航者。

 

終末時計の針の流れのままに、終わりの日を見届ける旅路の世界へと旅立った者。

 

氷室ラビの心を支配するものは、諦念。

 

彼女に憑りついた存在こそ、諦念そのもの。

 

彼女は既に己の名前さえ意味を見いだせない。

 

「私は傍観者。命の終わりという古き伝承に従い、世界の終わりを見届ける者」

 

――私はホワイトメン。

 

――世界の午前0時を見届ける…フォークロア(民間伝承)よ。

 




マギレコだけでなく、メガテンにも諦念勢力が存在しますのでクロスさせてみました。
キャラが増える一方…扱いきれるのか?(汗)


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162話 包囲網突破

土曜日の夜となり、郊外を目指す魔法少女達。

 

ナオミが運転するバスに乗り込み現地を目指すようだが、流石に緊張感を隠せない。

 

「あは…はは…魔獣と戦う時よりも、ずっと緊張するわ…」

 

「まぁ…やることはテロリストと変わらねーからな」

 

「素性が見つかったらもう…学校に通えないかもしれないわね…」

 

「恩人!織莉子救出作戦の現場指揮を執る君が、弱腰でどうするんだい!」

 

「そ、そうね…呉さん。平常心を保たないと…平常心…平常心…」

 

「要はバレなきゃいいのよ。その為に尚紀さんが私たち用の素性隠し道具を用意したんだし」

 

「頭に被るマスクでしょ?あたしは髪の毛短いから良いけど、杏子は後ろ髪下ろして括ったら?」

 

「そうだなぁ、ポニーテールのままじゃ被れないし」

 

「私も後ろ髪を下ろしてきたの。括らないと頭に被れそうにないし」

 

「どうりでいつものマミさんヘアーじゃなかったんですね~。ストレートも似合いますよ!」

 

「フフッ、ありがとう美樹さん」

 

尚紀から渡された目出し帽が入った袋を取り出す。

 

髪が長い者達は後ろ髪を括った後で目出し帽を被ってみる。

 

「うへぇ…こういうの被るの初めてだけど、テロリストまんまじゃん…」

 

「おまけによぉ…首の下側は魔法少女衣装だぞ?」

 

「コスプレテロリスト扱いされたりして…?」

 

「そんな頭ミラクルホームランな連中が襲撃してくるんだ。浮足立ってくれたら儲けもんだな」

 

さやか達が会話をしていると、キリカと小巻が声を荒げてくる。

 

「「なんじゃコリャーーッ!?」」

 

2人の方に視線を向ける。

 

「ぷっ!アハハハハ!!」

 

「お前ら…ククク!何だよその…マスク…?アハハハハ!!」

 

笑い転げるさやかと杏子に対し、恥ずかしさで震えるばかりなキリカと小巻。

 

彼女達に渡されていたのは、目出し帽ではなかった。

 

「ぷっ!ウフフ…ごめんなさい、笑っちゃいけないけど……アハハハハ!」

 

2人が頭に被っていたのは、ド派手なプロレスマスク。

 

「なんで私達の被り物だけプロレスなのさぁ!?」

 

「これじゃ私と呉は大間抜けコンビに見えるわよぉ!!」

 

彼女達の脳裏に浮かぶのは、袋を渡してきた時の尚紀の言葉。

 

――すまん、これで勘弁してくれ。

 

店を探したようだが、どうやら在庫不足だったようだ。

 

「いいじゃんソレ!マジカルプロレスラー達の電撃エントリーだよ!アハハハハ!」

 

「やめろってさやか…!現場を想像しただけで…ぷっ…ハハハハハハ!!」

 

「そうよ2人とも…笑っちゃダメなのに…ごめんなさい、無理!アハハハハ!!」

 

「君たち笑わないで欲しい!こういうピエロな役目は小巻だけで十分なのに!!」

 

「どういう意味!?私をピエロ扱いする気なら…やってやろうじゃない!!」

 

「ちょ、ちょっとーッッ!!?」

 

小巻はキリカに対し、頭を脇に挟む形でヘッドロック。

 

「ギャーギャー!!?」

 

バスの真ん中にまで運んでいき、頭がクラクラして前屈みになったキリカの胴体を掴む。

 

「どっせーーいッッ!!!」

 

「アギャーーッッ!!!?」

 

そのままパワーボムを放つ。

 

「おーっと!ヒールレスラー小巻によるパワーボムだぁ!正義の魔法少女レスラー危うし!!」

 

「いいぞー!もっとやれー!!」

 

「コラコラ!呉さんが泡吹いてるからやめなさい!!」

 

これから命懸けの潜入だというのに、緊張感が抜けきった乱痴気騒ぎ。

 

「緊張で硬くなるよりはマシだけど…後ろの子達だけで大丈夫かしら?」

 

運転手を務めているナオミも、後ろの騒ぎに溜息しか出てこない様子。

 

バスの時計に目を向け、暗い夜道に視線を戻す。

 

「先に向かったナオキは…上手くやってればいいのだけれど」

 

都市部から離れ、郊外の道を進んで行く。

 

民家も少なくなっていき、夜の暗闇は一層深くなる。

 

彼女たちの戦いは、この夜道と同じように暗い世界へと向かっていくだろう。

 

魔法少女達にとっては、この世の地獄とも言える場所へと向かうのだ。

 

────────────────────────────────

 

郊外は都市部と違い牧歌的な田園風景を見せるが、夜の時間では確認し辛い。

 

先に向かっていた尚紀は、傷を修復したクリスを運転して夜道を走り続ける。

 

「丈二の方は上手くやれたの?見つかったら不味かったんでしょ?」

 

「酒を飲ませて泥酔させてやったよ。今頃布団の中で寝息を立てているだろう」

 

「酒の付き合いをしてたわけ?ダーリン、飲酒運転はダメなのよ~?」

 

「心配ない。持ち込んだ酒の中には俺が仕込んでおいた麦茶入りがある。それを飲んだだけだ」

 

「なら問題なさそうね」

 

ダッシュボードに固定してあるスマホの時刻を確認。

 

時刻は22時30分を回っていた。

 

「どういう手筈で警備員共の気を引くつもり?」

 

「囮として派手に動く。あの病院の周囲は山に沿うように森林が続くから、また燃やしてやるさ」

 

「人気のない場所に病院を建てた報いってやつね。周りを気にせず派手にやっちゃいなさい」

 

林の夜道を進みながら、尚紀は遠い眼差しとなっていく。

 

「魔法少女の虐殺者として生きた俺が…今度は魔法少女を救いに行く立場になるなんてな」

 

脳裏に浮かぶのは、彼を救ってくれた者達の言葉の数々。

 

「風華が言ってた…人は愛されたいから生きるのだと。虐殺者としての俺は…真逆を生きてきた」

 

「ネコマタやケットシーから聞いてるわ…。東京でどれだけの魔法少女を虐殺したのかを」

 

「神浜に流れても…繰り返した。俺はとことん…他者の愛から遠ざかろうとしたんだな」

 

「大切だった人と交わした…約束があるのよね?」

 

「それに縛られ過ぎたのかもしれない。風華が語った言葉は…それだけじゃなかったんだ…」

 

「あることに集中していると、 他のことに対する注意が弱くなるわ。手品師も使う手口ね」

 

「それに引っかかっていたんだろうな…。ゲームに集中していても、周りが見えなくなるもんだ」

 

「これからのダーリンは…どういう風に生きてみたい?」

 

「探偵や便利屋として生きつつ…社会活動も続ける。表の世界で生きてきた日常に帰るのさ」

 

「魔法少女と一緒になって、魔獣討伐を頑張っちゃったりはしないわけ?」

 

「する必要はない。魔法少女の使命は彼女達が行い…彼女達が出来ない部分を俺が引き受けよう」

 

「まぁいいわ、ダーリンがそう言うなら。アタシは仲魔としてずっと付いて行きたいし♪」

 

「これからも宜しくな、クリス」

 

アップダウンの続く直線路を走っていた時だった。

 

「どうしたの…ダーリン?」

 

駆け寄ってくる強大な魔力。

 

その魔力を尚紀は知っている。

 

「この魔力はまさか……あいつなのか?」

 

彼の脳裏に浮かんだのは、かつての仲魔の一体。

 

遠くに見える坂道の上から跳躍して下に着地した存在に目を向ける。

 

「あれは…間違いない!!俺の仲魔だったケルベロスだ!!」

 

「ボルテクス界時代の仲魔なの…!?」

 

赤い眼光を放ち、かつての仲魔が猛スピードで駆け抜けてくる獰猛な姿。

 

車を停め、彼は車を降りようとした時…気が付いてしまう。

 

「この気配は…まさかアイツ!?」

 

彼が感じたのは、ボルテクス界を彷徨う時にいつも感じていた恐ろしい気配。

 

人修羅を嬲り殺しにしてやろうと常に近寄ってきた悪魔達の…殺気だ。

 

「グォォォォーーーッッ!!!」

 

殺意に塗れたケルベロスが跳躍。

 

鈍化した世界。

 

振り上げる野獣の一撃とはアイアンクロウ。

 

「くそっ!!!」

 

アクセルを踏み込み、急発進。

 

道路が派手に砕け散る程の強大な一撃。

 

間一髪で避けられたクリスをドリフトさせUターン。

 

ライトに照らされた姿は、紛れもなくかつての世界を共に生きた悪魔の姿。

 

「グゥゥゥ…コロス……コロス!!!」

 

変わり果てた仲魔の姿を見届けた彼の顔には、冷や汗が流れ落ちていった。

 

────────────────────────────────

 

「あいつ…アタシ達を殺そうとしたわよ!!本当に仲魔のケルベロスなの!?」

 

ライトに照らされた白き野獣。

 

その目は赤く輝き、瞳は濁っている。

 

「あの顔つき…悪魔の精神操作魔法を受けてやがるな!」

 

「マリンカリンを受けたのね…状態異常を回復させないと!」

 

尚紀は左手からディスチャームを出現させようとするが…。

 

「コロスッッ!!!」

 

飛び出して来たケルベロスに対し、一瞬の状況判断。

 

ギアを素早くバックに入れ込み、急発進。

 

バックのまま一直線の道路を逃走し続けるが、バックのままでは相手の方が早い。

 

「グォォーーーッッ!!」

 

再び跳躍攻撃を仕掛ける時、サイドブレーキを引く。

 

反対車線に向けてUターンし、相手の飛びつきをいなす回避行動。

 

即座にギア操作、アクセルを踏み込み前を走行していく。

 

「やるしかないわよダーリン!痛めつけて隙をつくらないと!」

 

「あいつをただのケルベロスだと思うな!俺が邪教の館で鍛え抜いたケルベロスなんだぞ!」

 

戦うしかないと判断し、車を運転しながら悪魔化を行う。

 

追うケルベロスが雄たけびを上げる。

 

「チッ!!」

 

『火炎高揚』によって威力が上がった火炎魔法を用いた攻撃。

 

人修羅が得意としている地獄の業火の一撃が次々と巻き起こっていく。

 

まるで爆撃を受けているかのように地面が爆発していくが、蛇行運転を繰り返す回避行動。

 

「このままじゃ不味いわ!民家が巻き込まれる!!」

 

「仕方ない!!」

 

道路から一気に曲がり込み、林の中に車を進めていく。

 

暗い林の中を猛スピードで走り抜けるが、背後が一気に燃え広がっていく。

 

「ケルベロスはたしか氷結魔法が弱点よ!何か魔法攻撃アイテムとか持ってない!?」

 

「あいつの弱点は邪教の館で()()()()だ!氷結魔法は無効化される!」

 

「も~!無駄に強くしちゃったわけ!?」

 

「仕方ないだろ!大事な戦力だったんだ!」

 

夜目が効くケルベロスの猛追が迫りくる。

 

「逃ガサン!!」

 

口を開き、放つ雄叫びとは神経魔法の一種である『バインドボイス』

 

敵全体に緊縛効果(BIND)をもたらす魔法なのだが…。

 

「悪いわね!アタシの体は機械だから、生物のように神経魔法が効く悪魔じゃないのよ!」

 

「ぐっ…俺には効いてるぞ…体が動かねぇ」

 

「何やってんのさダーリン!?」

 

「仕方ないだろ!俺は生物なんだ!」

 

「しょうがない悪魔ね!アタシが運転してあげる!」

 

運転を代わり走り抜けるが、林の木々が邪魔してスピードが出せないようだ。

 

「ダーリンの仲魔なのかもしれないけど、大人しくしなさいよね!」

 

クリスはマハジオンガを放つ。

 

空から落雷が落ちていくが、俊敏な速度で避け続けてくる。

 

「モラッタゾ!!」

 

背後から迫るケルベロスが一気に駆け抜け、仕掛けてくる。

 

「ここじゃ避け切れない!!」

 

木々に阻まれドリフトが出来ない場所。

 

『ヘルファング』の牙がクリスのトランクに突き立てられ、車体がへしゃげていく。

 

「ヌォォォォーーーッッ!!!」

 

噛みついたまま車体が持ち上がり、首を一気に持ち上げながら放す。

 

「ウォォーーッッ!!?」

 

林の上空をきりもみしながら飛んでいき、開けた場所に叩きつけられる有様。

 

ひっくり返ってしまい、這いながら車の中から人修羅は出てくる。

 

左手から状態異常回復道具のイワクラの水を出現させて飲み込み、BINDを回復した。

 

「あいつ…とんでもない狂犬よ!!狂犬病注射をしてなかったの!?」

 

「そんなの効く相手じゃねぇ!それにボルテクス界にはそんな道具無かったよ!」

 

視線を横に向ければ、林の中から飛び出してくるケルベロスの巨体。

 

「ここで待ってろ…俺が奴を止めてくる」

 

「気を付けてね、ダーリン」

 

神経魔法を無効化出来るマガタマである『ヴィマーナ』を飲み込み、ケルベロスに歩み寄る。

 

「マリンカリンを受けてるんだ…俺の言葉は通じないよな?俺も受けたことがあるから分かる」

 

「行クゾ…マルカジリニシテヤロウ!!」

 

口が開き、煙幕の如きブレスを放つ。

 

林の開けた場所全体が濃霧に包まれていく。

 

相手の視界を奪い、命中率と回避率を一気に奪う『フォッグブレス』だ。

 

相手はかつての仲魔。

 

光剣を用いて両断するわけにはいかない。

 

腰を落とし足を半歩広げた中国拳法の構え。

 

獰猛な悪魔を相手に徒手空拳を用いて戦う姿勢。

 

全身を用いて相手を感じとる心眼を発揮していく。

 

側面から感じ取った相手の気配に反応し、右足を蹴り上げる。

 

「ガハッ!!」

 

側踢腿(そくてきたい)の真上蹴りで顎を蹴り上げ、巨体が宙を舞う。

 

猫のように宙返りを行い着地したケルベロスは周囲を走り回り攪乱を狙う。

 

「何処から攻めてきても同じだ」

 

「ヌカセェ!!」

 

悪魔たちの死闘が濃霧の世界で繰り広げられていく。

 

その光景を上空から監視していたのは、佐藤精神科病院の警備部が用いる防犯小型飛行船。

 

警備部から連絡を受けた存在が夜空を飛行してくる。

 

その姿は無数の蝙蝠であり、死闘が繰り広げられる上空で集まり実体化。

 

「シドからシケ張りやらされてうんざりしとったら、悪魔の鉄砲玉か…面白れぇ」

 

実体化したのは吸血鬼。

 

かつてシドが現れ、吸血鬼にされた者。

 

天堂組の会長である天堂天山の変わり果てた姿だ。

 

全身に鎧甲冑を纏い、頭部は鎧兜を模した二本角を伸ばす異形の頭。

 

左手に持たれているのは、自慢の刀剣コレクションの中でも並ぶものが無い逸品。

 

「いなげな悪魔だが容赦しねぇ。わしの村正でたたっ斬ってやらぁ!」

 

徳川将軍家から忌み嫌われてきた村正の刀。

 

その一振りを手に入れた天山は、敵対組織の構成員たちを次々と切り殺して血を吸わせてきた。

 

左手に握った鞘から刀を抜き、一気に空から急降下。

 

「タマァ殺ったらぁぁぁーーッッ!!!」

 

上空から急降下してくる存在に気が付き、上を見上げる人修羅の姿。

 

「いいぜ…来なよ!派手に暴れてやるぜぇ!!」

 

囮としての役目を演じる為、彼の戦いは激しさを増していく。

 

騒ぎは警備を任された天堂組に察知され、構成員悪魔達が次から次へと迫ってきていた。

 

────────────────────────────────

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

周囲に竜巻を生み出し、フォッグブレスの濃霧を風で巻き上げる。

 

上空から迫りくる天堂に対しても竜巻の一撃が迫りくるのだが…。

 

「おどれの魔法なんぞわしには効かねぇ!!」

 

竜巻の一撃が直撃しながらも急降下攻撃は止まらない。

 

「無効化してくるか!」

 

後方に向けて側方宙返りを行い、唐竹割りの一撃を回避。

 

「吸血鬼か…にしては、時代がかった見た目をしてやがるな?」

 

右手に持つ刀を向け、不敵な笑みを浮かべてくる。

 

「われぇ…わしは任侠道に生きたヤクザじゃ。伝統文化を愛する姿をしとって何が悪い?」

 

「ヤクザだと?イルミナティに飼われた連中の一部かよ?」

 

「答えてやる義理はねぇが、冥土の土産として名だけは教えてやる…わしの名は天堂天山じゃ」

 

「天堂だと?だとしたら、神浜港でチャイニーズマフィア共とつるんでいた組の関係者か?」

 

「あれはわしの子分共が勝手にやったシノギじゃが…えらく詳しいのぉ?」

 

「フッ…俺があの取引を潰した上で、あの場にいた男を始末した奴だと言えば…どうだ?」

 

その一言を聞いた天山の眉間にシワが寄っていく。

 

「われぇ…天堂組に立てついてきた奴だったか。不出来だったが頭をやらせた男を殺すとはのぉ」

 

「お前らの組と関わるのはこれで三度目だな?奇妙な縁を感じるが…ここらで終わりにしてやる」

 

「ぬかせ!!バックレられると思うなよ…ヤキ入れてやらぁ!!」

 

吸血鬼でありながらも侍のように刀を構えてくる。

 

しかし、横からは怒りの咆哮。

 

「邪魔スルナ!!ソノ獲物ハ我ノモノダァ!!」

 

「フン!わしは勝手にやらせてもらうぞ犬っころ…早い者勝ちといこうじゃねーか」

 

「貴様…マトメテ葬ラレテモ文句ヲ言ウナヨ?」

 

人修羅を囲むようにして周囲を歩いていく二体の悪魔。

 

両腕を水平に交差させる構えを見せ、囲まれたどちらからでも攻撃を捌ける形をとる人修羅。

 

「わしの村正の錆びにしてくれるわぁ!!」

 

「吸血鬼如キガ出シャバルナァ!!」

 

互いが同時に駆け抜け、攻撃を仕掛ける。

 

状況判断した彼は天山に向き直る。

 

仕掛けてきた袈裟斬りに対し跳躍。

 

「ぬぅ!?」

 

片手を頭部に置いた逆さ倒立。

 

回り込むように背後をとり、蹴りを放つ。

 

「ぐあッッ!!?」

 

勢いよく蹴り飛ばされた天山は、ケルベロスの『地獄突き』の一撃が直撃。

 

大きく弾き飛ばされた悪魔になど目もくれず、ケルベロスが迫りくる。

 

「噛ミ砕イテヤル!!」

 

跳躍からのヘルファング。

 

身を低め、右手を地面につく。

 

「ゴハッ!?」

 

穿弓腿の蹴りが腹部に命中し、大きく蹴り上げられた。

 

「邪魔しやがってド腐れ犬がぁ!!まとめて死に腐れぇーッッ!!」

 

口を大きく開け、『毒ガスブレス』を放つ。

 

放たれたブレス攻撃に対し、右手を翳す。

 

地獄の業火の爆炎が地面で起こり、相手ごと毒ガスを吹き飛ばす。

 

「…火炎も効かないか?どうやら、四属性魔法は当てになりそうにないな」

 

業火の中から飛び出してきたのは無数の蝙蝠。

 

天堂天山は強力な吸血鬼であり、並の吸血鬼が弱点として抱える炎を無効化させるのだ。

 

実体化する勢いのまま空中から逆袈裟斬り。

 

身を半回転させ、斬撃を避ける。

 

「まだまだーーッッ!!」

 

左薙ぎをバク転で避け、袈裟斬りを潜り抜けて背後に回り込む。

 

「ぐっ!?」

 

背中に飛びつき、右肘落とし。

 

「チッ!?」

 

側面から伸びてきたのは龍の尾。

 

ケルベロスが放つ尻尾の一撃を右腕でガードするが、弾き飛ばされる。

 

転がりながら体勢を立て直す眼前には、右前足から放つ獰猛なアイアンクロウ。

 

素早く潜り抜け、馬に跨るように上に飛び移る。

 

「ヌゥ!?離レロォーッッ!!」

 

ロデオの形となり、暴れる相手に対し体が放電。

 

「威力は弱めてやる。歯を食いしばれケルベロス」

 

全身から放つのはショックウェーブ。

 

「グァァァーーーッッ!!!」

 

仲魔の耐性なら人修羅は熟知している。

 

雷魔法は防げないケルベロスが感電し、倒れ込む。

 

飛び降りた人修羅に向けて、天山が仕掛ける。

 

「大物をたれたわりに大したことないのぉ!わしが殺ったらーッッ!!」

 

刀を構えて迫りくる相手に対し、構える。

 

開いた左腕を曲げるように水平に、開いた右手を手首に沿える形。

 

サイドに踏み込み袈裟斬りを放つ相手の手首を止め、半回転の右肘打ち。

 

「くっ!?」

 

顔面に受けて怯んだ相手に対し、回転を加えた左手刀を首に打つ。

 

「おどれぇーッ!!」

 

踏み込み斬りに対し、身を低めるカウンターの肘打ち。

 

後ずさる相手に踏み込み鉄山靠がヒット。

 

背面を向けた体当たりで弾き飛ばされた天山が倒れ込む。

 

「物理は効くようだな?ならばやりようはある」

 

掌を向けて手招きする挑発行為に対し、激怒した天山が吼える。

 

「ヤクザ舐めてんじゃねぇ!せっかく吸血鬼になってまで生き長らえたんだ…負けられねぇ!!」

 

毒ガスブレスを放つが、人修羅の風魔法の応用によって掻き消されてしまう。

 

「ヌォォォォーーーッッ!!!」

 

覚悟を決めた天山の一撃が迫る中、革ズボンのポケットから何かを取り出す。

 

身を翻しながら斬撃を避け、刺突を仕掛ける一撃を避けて踏み込む。

 

「ガハッ!!?」

 

吸血鬼の首元に突き刺した小さな道具。

 

この程度で吸血鬼が怯む筈がないのだが…後ずさりながら苦しみだす。

 

「ガッ…あぁ…グァァァーーーッッ!!!?」

 

首元に突き刺さっていたのは、クリーニングの時に取り外しておいた銀のネクタイピン。

 

吸血鬼は銀が弱点。

 

魔を払う銀の力によって体が発火していく。

 

近づいてくる人修羅の右手からは光剣が放出。

 

「社会的状況のせいで暴力の世界に来ただなんて言うなよ…ヤクザ野郎」

 

「ぐがぁぁーーッ!!熱い!!苦しい!!」

 

「選択の余地もなく悪に堕ちるしかなかった魔法少女とは違う。最初から極道を選んだ連中だ」

 

「死にたくねぇ!!悪魔になって…これからだってのに!!!」

 

「極道を超えて俺たち悪魔の世界に来たのならば…悪魔の末路を辿るんだな」

 

人修羅の体が揺れ、高速で飛び込む。

 

放たれる一撃とは、無数に繰り出されていく連続刺突。

 

「そら!そら!そら!そら!そら!そらぁ!!!」

 

光剣の高速刺突によって、原型が留まらない程にまで破壊されていく。

 

「ギャァァァーーーーーッッ!!!」

 

鈍化した世界。

 

残された頭部が落ちる瞬間。

 

光剣を引き絞り、一気に突撃。

 

「イヤァァ――ッッ!!!」

 

悪魔に堕ちた天堂天山が見た、最後の光景。

 

迫りくる刺突を放つ悪魔の背後に見えたのは、赤きデビルハンターの姿。

 

人修羅が放った一撃とは、かつての世界でダンテが繰り出した技である『スティンガー』の再現。

 

光剣の突撃刺突が頭部に突き刺さり、跡形もなく弾け飛ぶ末路を迎えた。

 

「…これが俺たち悪魔の末路だ。それを与えに来る存在こそが…デビルハンターと呼ばれた男さ」

 

放出した光剣を解き、後ろを振り向く。

 

「待たせたな」

 

体に喰らった感電が収まり、立ち上がっていたのはケルベロス。

 

「フン、吸血鬼程度デ倒セル相手デハナカッタトイウコトダ」

 

「そういうことだ。だが、俺が鍛えたお前は違う」

 

「我ヲ知ッテイルヨウナ素振リダガ…我ハ汝ナド知ラヌ」

 

「思い出させてやるさ。…俺の一撃でな」

 

力を溜め込む物理魔法ともいえる気合を互いが溜め込む。

 

次の一撃で勝負を決めるつもりだ。

 

「我ガ顎ニ噛ミ砕カレテ死ヌガイイッッ!!!」

 

全力の一撃を放つケルベロスが跳躍。

 

ヘルファングが迫りくる中、右足を前に踏み込み右拳を引き絞る。

 

「ハァァーーーッッ!!!」

 

鈍化した世界。

 

ケルベロスの顎を打ちぬいていたのは、縦拳アッパーカットとも言える通天砲の一撃。

 

「グァァァーーーッッ!!?」

 

地面が大きく砕け散る程の沈墜勁を用いた一撃に突き飛ばされ、仰向けに倒れ込む。

 

「グッ…ガッ…マダ…終ワリデハ……!?」

 

気配を感じれば、目の前には仰向けに倒れ込んだケルベロスに跨る人修羅の姿。

 

「いい加減目を覚ましやがれ!!」

 

左手から出現させたアイテムとは、精神操作魔法攻撃を回復させるディスチャーム。

 

「グゴッ!?」

 

口が開いた中に無理やり左腕を突っ込み、強引に飲ませ込む。

 

回復の光がケルベロスの体を包み込み、真紅に染まった瞳が金色を取り戻す。

 

「ムゥ……?我ハ…一体……?」

 

「ようやく気が付いたか?」

 

「汝ハ…人修羅デハナイカ!?ココハ何処ダ…?タシカ我ハ…無現光カグツチ二敗レテ…」

 

仰向けに倒れたケルベロスから降り、かつての仲魔が立ち上がる姿を見届ける。

 

「お前はこの世界に召喚されたんだよ。魔法少女と呼ばれる連中がいる世界にな」

 

「魔法…少女…?何ダ、ソレハ?悪魔ナノカ?」

 

「説明してやりたいところだが、今は時間がないんだ」

 

「汝モソノ者達ガ存在スル世界二流レ着イタトイウ訳カ。ソシテ、今ハ込ミ入ッタ事情ガアル」

 

「手を貸してくれると助かるんだが…どうする?また俺の後ろをついてくるか?」

 

「ボルテクス界デ言ッタ筈ダゾ。我ハ主ガ汝ニ託シタ願イ、叶エラレシ者カ見極メルト」

 

「そうだったな…なら、また宜しく頼む」

 

「我ハ魔獣ケルベロス。コンゴトモ、ヨロシクダ」

 

「それと、この世界には別の魔獣がいるんだよ。魔獣を名乗ってるとややこしいことになるぞ」

 

「ムゥ…?コノ世界モ色々ト面倒ガ多イヨウダナ、人修羅ヨ」

 

「退屈はしないさ。魔法少女や魔獣だけでなく…俺たちのような悪魔もいるのだから」

 

後ろを振り向く。

 

倒した吸血鬼の場所には、墓標のように突き刺さった悪魔の遺品が残されていたようだった。

 

────────────────────────────────

 

二体の悪魔が墓標となった刀に近寄っていく。

 

刀を地面から抜き、転がっていた鞘を拾う。

 

「銘に書かれてるのは…村正か。妖刀として不吉とされた刀…いい業物だな」

 

「貰ッテオケ。悪魔ノ戦イノ常ダ」

 

「そうだな…ボルテクス界の戦いでも、殺した悪魔から道具を色々手に入れたもんだ」

 

刀を鞘に仕舞い、左手に持つ。

 

「……感じるか、ケルベロス」

 

「アア、ドウヤラ…団体客ノオ出マシノヨウダ」

 

後ろを振り向く。

 

周囲を包囲していたのは、警備任務に就いていた天堂組の組員達。

 

全員がストリゴイイ化されており、手には自動小銃やドス等で武装していた。

 

「お…親父が…やられたのか…?」

 

「馬鹿な…親父は並大抵の吸血鬼じゃなかった!なのに倒されたっていうのかよ!?」

 

主人を失った組員達は動揺を隠しきれない。

 

恐ろしき二体の悪魔が近寄ってくる。

 

「まだ戦い足りないか?」

 

「無論ダ。我ノ発散二付キ合ッテモラウゾ、雑兵共」

 

「び…ビビるんじゃねぇ!!数の上では俺達の方が圧倒的なんだ!!」

 

「親父の仇を討たなくて…何が子分だ!!やっちまえーーッッ!!!」

 

包囲網を築いた悪魔達が次々と飛びかかっていく。

 

左手に持つ刀を持ち上げ、不敵な笑みを浮かべる。

 

「妖刀村正…お前は何処まで保つのか…」

 

――試させてもらうぞ。

 

腰を落とし足を半歩開いた居合の構え。

 

人修羅を象徴する色とも言える深碧の魔力が噴き上がる。

 

魔力の光の中に浮かぶ存在。

 

彼の背後に立つ、悪魔の存在。

 

それは…ダンテの双子の兄の姿と酷似して見える。

 

人間の誇り高き魂の道を進まず、悪魔の道を進んだ男の姿。

 

魔剣スパーダは、尚紀に伝授した。

 

ダンテの双子の兄である…バージルの剣技を。

 

「初めに死ぬ奴は決まったか?」

 

親指で鍔を弾き、刃が解放されると同時に柄を右手で掴む。

 

「ガッ!!?」

 

一迅の風が吹き抜ける。

 

悪魔達の向こう側には、一瞬で駆け抜けた人修羅の姿。

 

刃が納刀された瞬間、次々と悪魔の体がバラバラになっていく。

 

バージルが得意とした歩法である『エア・トリック』を用いた『疾走居合』だ。

 

「弾幕を張れ!!近づけさせるなぁ!!」

 

横に並び自動小銃を構えて撃ちまくる。

 

迫りくる銃弾の雨に対し、刀の柄を指で回す回転斬撃。

 

高速で刃が回るプロペラと化した盾により、銃弾の雨が弾かれていく。

 

「親父の仇ぃぃーーッッ!!!」

 

ドスを突き立てようと迫りくるヤクザ悪魔であるが、相手は一体ではない。

 

「我ヲ忘レテイタヨウダナ!!」

 

側面から強襲をかけてきたケルベロスのアイアンクロウが悪魔達を一気に引き裂く。

 

疾走しながら通り抜け、滑り込みを行いUターン。

 

口から業火が溢れ出し、ファイアブレスを一気に放つ。

 

<<ギャァァァーーーーーーーーッッ!!!>>

 

炎が弱点の吸血鬼悪魔達が業火に包まれ、次々と倒れてMAGと化す。

 

「こ…こいつら強過ぎる……グフゥ!?」

 

ブレスの中から飛び出し、腹部に突き刺さっていたのは刀の鞘。

 

怯んだ悪魔の頭上には、エア・トリックを用いて一瞬で移動した人修羅の袈裟斬りが迫る。

 

「アギャーーーーッッ!!?」

 

頭部を真っ二つにし、背中を向けたまま鞘を引き抜く。

 

振り向き様の右薙ぎによって体も両断されMAGと化す悪魔の姿。

 

「その程度か?」

 

血振りを行い、柄を二回転させる回転納刀。

 

包囲網が次々と切り裂かれていく光景を見守るクリスは呟くのだ。

 

「あれがボルテクス界を駆け抜けた悪魔の力なの…?まったく、とんでもない連中よ」

 

自動小銃の銃弾の雨を刃を回転させながら弾き続ける。

 

弾を撃ち尽くした悪魔共がリロードを行う瞬間を逃さない。

 

納刀した状態から居合の構えを見せ、鞘に魔力を纏わせる。

 

刃が引き抜かれた瞬間、遠距離の空間そのものが無数に切り裂かれていた。

 

「馬…鹿…な……?」

 

細切れとなった悪魔達を葬った技とは、次元を斬り裂く『次元斬』の一撃。

 

「随分保つ業物じゃないか?これなら……アレをやってみたい」

 

悪魔を屠り続けるケルベロスに念話を送る。

 

<離れていろ。大技を仕掛ける>

 

<何ヲヤルノカ知ランガ、ソノ力ヲ見セテミロ>

 

大きく跳躍して飛びのき、周囲は人修羅を囲む悪魔達のみ。

 

「逃げるわけにはいかねぇ!!親父が死んだんだ…もう俺達には何も残ってねぇ!!」

 

ドスを構え、決死の覚悟でヤクザ悪魔達が突撃を仕掛ける。

 

「スゥ―――……」

 

精神を集中させ、納刀した刀に魔力を大きく注ぎ込む。

 

強大な波動を全身から放ち、周囲の空間を大きく包み込んでいく。

 

居合の形として構える鞘に魔力の光が宿る。

 

巨大な魔力の真空刃を放つ死亡遊戯の時に纏う輝きだ。

 

「くたばれぇぇーーーッッ!!!」

 

鈍化した世界。

 

跳躍して飛びかかる悪魔達の群れ。

 

「絶対なる我が力を…受けてみろ!!」

 

金色の瞳が真紅に染まる。

 

深碧の魔力が噴き上がり、背後に現れて見えたのは悪魔化したバージルの幻影。

 

刹那、それは起きる。

 

世界は静止し、見えたのは空間に張り巡らせるように伸びた無数の線の網。

 

瞬間移動するかのようにして現れた人修羅は片膝をつき、鞘を縦に構える。

 

ゆっくりと納刀していき、鍔が鳴る音。

 

世界の時間が動き出し、空間に存在していたモノが全て細切れと化す。

 

死亡遊戯の魔力を纏わせて放った一撃。

 

バージルの奥義とも言える剣技である『次元斬・絶』を再現してみせたのだ。

 

周囲は感情エネルギーであるMAGが飛び交う光景。

 

彼の背後に現れた幻影の悪魔も消えていく。

 

悪魔を表す真紅の瞳が金色の瞳に戻っていき、立ち上がった。

 

「……これでもダメだったか」

 

村正の刃を引き抜く。

 

刀身は振るう魔力に耐え切れず砕け散っており、刃の根本も折れそうだ。

 

「これ程の業物でも耐えられないか…。スパーダの技を振るうに耐えきれる武器が欲しい…」

 

刀を捨てる彼の元にケルベロスが歩み寄ってくる。

 

「見事ナ技ダッタ。ドコカ…奴ノ姿ヲ思イ出サセタナ」

 

「奴って誰だよ?」

 

「汝ノライバルトモ言エタ男…ダンテノコトダ。アノ男ト似タ技ヲドコデ手ニ入レタ?」

 

空の彼方に消えていくMAGの光を見つめるようにして、夜空を見上げる。

 

尚紀の瞳の先には、違う世界に旅立ったかつての戦友の背中が見えた。

 

「あいつに託されたものが…俺の体の中に宿っていた。そうとしか言えねぇな」

 

「フッ…ソウカ。アノ男ハ、意外ト面倒見ガ良イ男デモアッタゾ」

 

「俺はまだ…ダンテの世話になっているという訳か。それでもいつか……」

 

――あいつの赤い背中に辿り着ける男になってみせるさ。

 

踵を返し、ひっくり返ったクリスの元まで歩いていく二体の悪魔達。

 

包囲網を突破した尚紀は車を走らせ、横を並走しながらケルベロスもついてくる。

 

時刻を見つめれば、既に0時を超えていたようだ。

 

「あいつらも動き出しただろうな…援護に向かうぞ」

 

「気ヲツケロ、人修羅。コノ先デ待ツ者達トハ…我ト同ジク、カツテノ仲魔達ダ」

 

「だとしたら…激戦となるだろうな。それでも、救ってみせるさ」

 

車を走らせる尚紀の姿。

 

彼の心は言い知れぬ不安に包まれている。

 

かつての仲魔達と殺し合うことが不安なのではない。

 

魔剣スパーダが彼に託したバージルの剣技。

 

それを振るっていた時に感じた…獰猛な悪魔の本能。

 

右腕に巻かれた涼子の数珠が重く感じる。

 

(スパーダの剣技を振るっていた時の俺は…()()()()()()()()()

 

あの剣技を振るえば振るう程、人間の誇り高き魂からかけ離れていく。

 

そんな不安を感じながらも、彼は先に進むしかないのだ。

 

いつか追いつきたい、赤い背中を目指して。

 




ダンテさんに未練タラタラな人修羅君書いてて楽しい…。
腐の暗黒面に堕ちているのやも…(汗)


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163話 地獄の釜

日付が変わる午前0時。

 

離れた場所で待機しているナオミを残し、魔法少女達が動き出す。

 

病院の景色を魔法で生み出した双眼鏡で見つめる杏子の姿が夜闇の中に浮かぶ。

 

「山から攻めれば手薄だと思ったが…監視してる飛行船の影が見えるな」

 

木の枝に立って侵入ルートを模索している杏子に振り向くさやかの姿。

 

「病院裏側の森の中には、警備員は見える?」

 

「ああ、何人かいるようだ。手には物騒な銃を持ってやがる…日本じゃ手に入らないようなのだ」

 

「あの病院がただの精神病院じゃないという証拠よ。明らかに何かの秘密を守ってる…」

 

警備を務める存在に気づかれず中に入り込むのが望ましい。

 

そう考えたマミは、隣の木の枝に立つキリカと小巻に視線を向ける。

 

「呉さん、たしか貴女の固有魔法は速度低下だったわね?」

 

「その通り。私の固有魔法の結界を張り巡らせれば、飛行船はおろか警備員の速度も低下する」

 

「侵入にはうってつけの魔法ってわけね。上手く病院内に入り込めた後は…」

 

さやかは木の横で浮遊している悪魔に視線を向ける。

 

「え~と…あんたが道を見つけてくれるのよね?」

 

宙に浮いている存在とは、胴が細長い犬のように見える悪魔。

 

「オウ!オレノ主人カラ手助ケシロト言ワレタカラナ。任セテオケ」

 

【真神(マカミ)】

 

大口の真神とも呼ばれる聖なる山神であり、絶滅したニホンオオカミが神格化された存在。

 

狼は古くは田畑を荒らすニホンジカやイノシシを退治する農耕の守護神として崇められてきた。

 

時代が下り山野が開拓され、山と里が接するようになると狼は忌み嫌われるようになっていく。

 

人間や家畜を襲う事も起こり、西洋と同じく悪い象徴として認識され、狩り立てられていった。

 

マカミの神聖は地に堕ちたが、本来は人語を解し、人の性質を見分ける善なる存在であった。

 

「この悪魔がナオミの使役する犬悪魔の一体なんだろ?何が出来るんだよ?」

 

「オレハ性質ヲ見分ケタリ、構造ヲ把握出来ル。アノ病院ノ内部構造ガ知リタインダロ?」

 

「ナオミさんは私たちが迷わないよう、この子を託してくれたというわけね」

 

「シカシマァ、魔法少女ト悪魔ガ共二戦エルナンテ…何百年ブリダ?昔ヲ思イ出スゼ~」

 

「え?大昔の魔法少女達ももしかして、デビルサマナーをやってたりしたの?」

 

「アア、オ前ラカラモMAGヲ貰エルカラナ。共生関係ヲ築ケテキタンダヨ」

 

「なら、何でその関係が廃れて語られなくなったんだ?あたしはそんな話聞いた事もないよ」

 

「そうねぇ…私も長いこと魔法少女をやってるけど…初耳よ?」

 

悪魔と魔法少女の関係性に興味を持たれたようだが、マカミは項垂れてしまう。

 

「…オレタチ悪魔ハ、必ズシモ魔法少女ト上手クヤレタワケジャネェ。ソノ理由モ時期ニ分カル」

 

「どういう意味なのよ…それ?」

 

「…アノ施設ノ底カラ、魔法少女達ノ絶望ヲ感ジル。アレコソガ…関係性ガ壊レタ証ナンダヨ」

 

「魔法少女達の…絶望ですって?」

 

「チンタラシテナイデ行クゾ。手遅レニナル前ニナ」

 

皆は頷き、全員がキリカに視線を向ける。

 

「期待に応えてみせるよ!全ては織莉子のために!」

 

木の枝から飛び降り、両手を地につける着地。

 

同時に魔法陣を生み出し、固有魔法を展開させる姿。

 

「これでヨシ。行こうじゃないか!織莉子救出部隊の出撃だ!」

 

「みんな、静かに侵入するわよ。警備員を無力化させても定時連絡がなくなれば気づかれるわ」

 

魔法少女たちが行動を開始していく。

 

キリカの速度低下魔法の影響を受けた飛行船や警備員達は気づかない。

 

自分達の移動速度が低下していることに。

 

彼女の魔法は、悪魔の魔法で言えばスクンダに該当する。

 

敵の命中率や回避率を落とし込むバッドステータス魔法の一種であった。

 

息を殺しながら山に沿う森の中を進み、病院の敷地内に飛び込んでいく。

 

マカミが用いる構造把握能力である現場検証によって、防犯カメラの位置も把握済み。

 

彼の念話に従いながら、無事に病院倉庫前まで到着出来たようだ。

 

「なんだこれ…?扉が真っ二つになってるじゃねーか?」

 

「誰かがここに侵入した痕跡かしら…?」

 

「ついてるじゃん。あたしの斧で叩き壊す手間が省けるってものよ」

 

中に侵入すれば、そこに見えたのは奈落まで沈んでいける深き穴。

 

「これ…資材搬入用エレベーターよね?」

 

「なんてデカさだよ…これならトラックが何台も停車出来るじゃねーか」

 

「地上の病院は偽装…ここの本体は地下にあったというわけね…」

 

「早く飛び降りよう!こうしてる間にも織莉子の身に危険が迫るんだ!」

 

「待って!何処まで深いのか分からない…いくら私達でも数千メートル下までの着地は無理よ」

 

「なら、マミの出番ってわけだな。よろしく頼むぜ」

 

マミは手を翳し、複数のリボンを生み出し放出。

 

屋根の骨組みに巻き付いたリボンを使って皆が懸垂下降していく。

 

魔力で生み出され続けるリボンによって降下していき、下の景色が見えてくる。

 

「へっ!そこまで深くなかったようだな。これならリボンもいらなかったぐらいだよ」

 

杏子がリボンを放して飛び降りる着地行為。

 

続けて他の魔法少女達も飛び降りてきて、周囲を伺うのだが…。

 

「何よ…これ?物凄い爆発でも起きたわけ…?」

 

明かりに照らされた広大な空間は、まるで爆心地。

 

キョウジが残した爪痕は大きく、復旧作業ははかどっていないようだ。

 

「あたし達の他にもここに侵入した奴がいる。そいつが残した傷跡ってところだろうな」

 

「杏子の言う通りだと思う。あっちに見える扉も破壊されてるし」

 

「そいつに感謝しておこう。織莉子救出の役に立ってくれたんだからねぇ」

 

「感謝するのは早いわよ、呉。そいつの侵入が失敗したせいで、警備を固められたりもするわ」

 

「あ…そうか。感謝して損したよ…」

 

「ブツクサ言ッテナイデ行クゾ。ツイテ来イ」

 

キョウジが破壊した隔壁扉を超え、研究所内部に入っていく。

 

ここから先は、並の魔法少女では直視することも憚られる光景が続くだろう。

 

マカミが言った言葉の光景そのものが広がっていくだろう。

 

その時、魔法少女達は悪魔という存在をどう感じるのだろうか?

 

悪魔は魔法少女と共存できる存在か?

 

悪魔は魔法少女を虐殺するものに過ぎない存在か?

 

答えを示す道が今、始まっていったのだ。

 

────────────────────────────────

 

所長の私室では、今日の仕事を終えた所長が眠りについている。

 

壁にはモニターが設置されており、自動で光が点く。

 

「ヤブンオソクニシツレイシマス、ショチョウ」

 

機械音声が響き、モニターに映し出される存在。

 

地下研究所の管理を任されているAIによって形作られたのは、人の頭部を模した3D立体映像。

 

「…何用だ?」

 

ベットから上半身を起こし、モニターに向き直る。

 

「ケンチサレナイマリョクパターンヲカクニン、ガイテキガシンニュウシタモヨウデス」

 

目つきが変わり、布団を跳ね除けてベットから起き上がる。

 

着替え終えた所長は女秘書のサキュバスを所長室に呼び出す。

 

「侵入者ですか!?」

 

「そのようだ。上の警備は何の役にも立たなかったようだな」

 

「恐らくは、魔法の力を使われたのでしょうね。相手はまたデビルサマナーですか?」

 

「魔法少女共だ。悪魔を一体連れているようだがな」

 

「魔法少女…?飛んで火にいる夏の虫とはこのことですわね」

 

「クルースニクを向かわせろ。犬と猿には期待するな」

 

「分かりました、そのように手配いたします」

 

サキュバスが所長室から出て行こうとするが、扉を開けて入ってくる人物と出くわす。

 

「ヒィーヒッヒッヒ!侵入者ですと?私の研究成果を使ってください所長!」

 

頭が白髪になった中年研究者のようだが、ここで務められる研究者なら異常者なのは間違いない。

 

「上を警備させていた監視装置は役に立たなかったぞ。相手は魔法が使える、機械では分が悪い」

 

「監視しか出来ん無能な機械の時代は終わる!これからは戦闘ロボット兵器の時代です!!」

 

マッドサイエンティスト研究者が手に持つタブレット端末を見せようとしてくる。

 

所長は手を向けて制止させ、断る態度を示すようだ。

 

「ロボット兵器のプレゼンテーションは聞きたくない。論より証拠だ」

 

「勿論ですとも!出撃許可を頂けましたら、その性能が遺憾なく発揮されるでしょうな!」

 

「どうします…所長?」

 

腕を組んで考え込むが、静かに頷く。

 

「研究所に甚大な被害をもたらす爆発物を装備させなければ…構わん」

 

「ヒィーヒッヒッヒ!!そのお言葉が聞きたかったのです!!」

 

喜び勇んで所長室から出て行くマッドサイエンティストの後ろ姿。

 

見送るサキュバスは所長に振り返っていく。

 

「機械の力については半信半疑ですが、精神攻撃や毒などの状態異常は効かないのは利点ですね」

 

「電撃や素材に応じた属性攻撃に弱いだろうな。我々悪魔と同じく、一長一短なのだろう」

 

「人間は科学によって魔法の領域へと進む。ロボットもある意味、ヘブライのゴーレムですわね」

 

「物は試しだ。良好な戦闘結果が得られたのならば、軍産複合体連中に伝えておこう」

 

外敵を迎え撃つ構えを見せる地の底に君臨する者達。

 

侵入者である魔法少女達の激戦を暗示させる光景であった。

 

……………。

 

搬入した資材倉庫のコンテナの中に潜み、研究所の構造を把握していく魔法少女達の姿。

 

「どう…?そろそろこの研究所の全体像を把握出来そう?」

 

さやかの質問に対し、雷魔法の応用によって霊波を放出するマカミが答える。

 

「アア、大マカニハナ。オ前ラノ探シ人ガ囚ワレテイルノハ、独房区画ダ」

 

「そこに美国さんが囚われてるのね…恐らくは他の魔法少女達も」

 

「なら、ちんたらしてないで独房区画とやらに突入しようぜ」

 

「マテマテ、独房区画ハ強靭ナ外壁デ覆ワレテルシ、独房ノ扉ハ魔法少女デモ壊セナイゾ」

 

「ならどうすればいいのさ!?こんなことしてる時でも、織莉子は苦しんでるというのに…」

 

「独房ハ全テ電子ロックサレ、セキュリティAIデ管理サレテイル。ココヲ統括スルAIヲ狙エ」

 

「要は、それを派手にぶっ壊せば良いんでしょ?私の斧に任せなさいよ」

 

「この研究所を管理するセキュリティ区画は分かる?」

 

「把握済ミダ。行クゾ、ツイテ来イ」

 

コンテナの影から魔法少女達が出てきて走り抜ける。

 

巨大な資材倉庫を走っていた時、案内役のマカミが空中停止した。

 

「ど、どうしたのさ…?」

 

「…ドウヤラ、オレ達ガ入リ込ンデイタノニ気ヅカレタヨウダナ」

 

「なんですって!?」

 

倉庫と倉庫を繋ぐ隔壁扉が開いていく。

 

奥から現れてきたのは、人ならざる存在達。

 

「う…嘘でしょ?こんな連中…ゲームや漫画でしか見た事ない…」

 

「21世紀って…こんなにも文明が進んでたってわけね…」

 

その者達とは、機械人形ともいえるマシン。

 

【T93G】

 

93式機動歩兵Gタイプと呼ばれる対悪魔用兵器として開発されたマシン。

 

逆関節の二足歩行を採用したため安定性が低く、量産には至らなかったようだ。

 

白いボディの両椀にはマニピュレーターと機関銃を供える武装だ。

 

【T95D】

 

95式機動歩兵Dタイプと呼ばれる対悪魔用兵器として開発されたマシン。

 

四足歩行するロボットであり、重武装・多層構造装甲を併せ持つ巨体。

 

このタイプはボディの上に機関銃を二丁装備しているタイプのようだ。

 

【ビットボール 】

 

監視偵察用マシンであり、戦闘能力も備わっている浮遊する球体型兵器。

 

エコモーターで浮遊し、重要施設の警備を行う存在である。

 

<<ヒィーヒッヒッヒ!!>>

 

館内放送のように資材倉庫内に聞こえてきたのは、狂気の音声。

 

<<動いたぞ!動いたぞ!21世紀を形作る!新たなる労働力達が!!>>

 

「誰だよテメェ!?正体を現しやがれ!!」

 

<<出て来いと言われて出て行く馬鹿はおらん!私は研究者なのだ!!>>

 

「ビビりの研究者如きが用意した木偶の坊で!私達を止められると思ってんの!!」

 

<<マシンが魔法少女に負けるという()()()()()()()()!お前達の四肢を破壊してやろう!>>

 

「私達を達磨にして捕らえようというのね…卑怯者!出てきなさい!!」

 

<<ヒィーヒッヒッヒ!!イヤなこった!いけえ!ロボット軍団!!>>

 

マシンのカメラアイが悪魔の如く真紅に光る。

 

<<ターゲットヲカクニン。コレヨリ、コウゲキヲカイシスル>>

 

銃口を向けてくるマシン達に対し、小巻が前に出る。

 

「私を馬鹿力だけの女だとは思わないことね!」

 

魔法武器であるポールアックスを振り上げる。

 

この斧は小さな四角い十字盾と合体した見た目なのだが、盾が見当たらない。

 

マシンロボ達から繰り出される銃撃の雨。

 

それを防いだのは、彼女達の前に出現した巨大な盾。

 

「小巻さんのあの武器…魔法の盾と一体化してたってわけね!」

 

「呉ッッ!!」

 

「言われなくても分かってるって!」

 

速度低下魔法を発動させる。

 

銃撃速度が低下し、発射速度と弾速が落ちていく。

 

この隙を見逃す魔法少女達ではない。

 

小巻が生み出した大盾の左右と上から飛び出すのは、さやかと杏子とマミ。

 

速度が低下した銃弾を斬り払いながら進み、さやかが切り込む。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

人型から先に狙い、次々と切り捨てていく。

 

「援護するわ美樹さん!!」

 

上空を跳躍したマミは複数のマスケット銃を生み出し、援護射撃。

 

白い装甲版で覆われた隙間に弾が撃ち込まれ、内側からリボンが飛び出す。

 

「レガーレ・ヴァスターリア!!」

 

リボンによって拘束されたマシンを切り捨てていくさやかの姿。

 

離れた位置から機関銃の腕を構えるマシンに対し、顔も向けずに反応を示す。

 

剣の刃を相手に向け、鍔の下側に見える引き金を引く。

 

刃が射出され、マシンのカメラアイを貫通する程の威力を示す。

 

「あたしの剣が斬るだけしか能がないとでも思ったわけ?甘い甘い♪」

 

射出し終えた剣の柄を投げ捨て、魔力で新しい剣を生み出しマシンと戦っていく。

 

マシンはAI制御されているようだが、この時代のAI技術ではまだ人の反応速度は超えられない。

 

鈍足な動きで狙いをつけているようでは、さやかとマミの敵ではない。

 

しかし、装甲材質によって防御を固め、愚鈍な動きのまま攻めることなら出来る。

 

「かてぇぇーーッッ!!!」

 

四脚型のマシンに一撃を叩きこむのだが、弾かれる杏子の槍。

 

「カチカチじゃねーか!あたしの槍でも切り裂けなかった!」

 

複合装甲で覆われたマシンが愚鈍に動き、機関銃で狙いを定める。

 

「チッ!!」

 

側転しながらの回避行動。

 

跳躍し、狙いを定める槍の一撃。

 

「カメラの部分は脆そうかもな!」

 

投げられた槍の一撃がカメラアイを貫き、一機が沈黙。

 

「どいてなさいよ、あんた達!!」

 

小巻の声が木霊する。

 

跳躍して現れた彼女が、巨大なポールアックスを振り上げる。

 

「うらぁぁーーーッッ!!!」

 

まるでスイカ割りの如く装甲で覆われた四脚型マシンが両断される光景。

 

「スピードしか能がない魔法少女だとは思わないでもらおうか!」

 

同じく跳躍して現れたキリカの姿。

 

手が隠れて見えないほど長い袖の中から飛び出すのは、繋ぎ合わされた三日月鎌の鞭。

 

「ヴァンパイアファング!!」

 

叩きつけるように振り下ろされた一撃によって、数機が纏めて両断された。

 

「あの固い連中は呉さんと浅古さんに任せていいわ!私は空を飛び交うマシンを狙う!」

 

「そっちは任せたぞマミ!!」

 

「見滝原魔法少女組を舐めんじゃないわよーッッ!!!」

 

次々と倒されていくロボット軍団の光景をセキュリティルームから眺める存在。

 

マッドサイエンティストは苛立ちを募らせパネルを叩き、マイクに向かって叫ぶのだ。

 

<<何をやっている!?そんなコスプレテロリスト如きに後れを取るな!!>>

 

「うっ…!恥ずかしいプロレスマスク被ってるの忘れてたのに!」

 

「妙なところで乙女の恥じらいを見せるよね~小巻ってさ?魔法少女衣装も恥ずかしがってたし」

 

「五月蠅いわね呉!私だってこう見えて、女の子なんだから!」

 

「そのゴリラな暴れっぷりを見せられたら、嫁の貰い手が無くなるかもね~♪」

 

冗談を言い合いながらも、キリカと小巻の連携は息がピッタリ合う。

 

織莉子の為に魔獣と戦い続けたこともあり、3人組で戦うよりも長く2人で戦ってきた間柄だ。

 

「フフッ♪呉さんと浅古さんの関係を見ていると、佐倉さんと美樹さんに見えてくるわね」

 

自分が織莉子ポジションかと考えていた時、違う隔壁扉が開く音に振り向く。

 

<<私のロボット軍団に敗北は許されん!数で攻めれば負けはしない!!>>

 

次々と現れるロボット軍団の銃撃の雨に対し、リボンを張り巡らせる防御結界を敷く。

 

「物量で攻めて来るわ!大型のロボットが入り込めない場所にまで行きましょう!」

 

「地の利を生かして個別に撃破か!仕方ねぇな!!」

 

「ちょっとマカミ!何処に隠れてるわけさ!?何処かいい場所ないわけ!」

 

キョロキョロ辺りを見回すと、コンテナの隙間からところてんのように伸び出る犬神の姿。

 

「ジョ…状況判断トイウモノダ!オマエラニ任セタラ大丈夫カト思ッテナ!」

 

浮遊しながら強がるが、怯えたように尻尾がくるりと丸まっている。

 

<コイツ…ビビりな悪魔だったわけ?>

 

<悪魔って連中も個体差があるようだなぁ…>

 

念話を用いて疑念を浮かべながらも、マカミの誘導に従い倉庫区画から移動を開始。

 

<<逃がすな!!包囲して殲滅しろ!!人間の警備員共もさっさと向かいたまえ!!>>

 

防御を得意とする小巻をしんがりとして研究所を駆け巡る魔法少女達。

 

いつしか彼女達は施設の奥深くにまで入り込む。

 

そこで見る事になるだろう。

 

悪魔達が魔法少女に対して…どんな惨い仕打ちをここで続けてきたのかを。

 

────────────────────────────────

 

鋼鉄の血管内かと思わせる程の巨大な地下施設空間を駆け巡る魔法少女達。

 

鈍重なマシンよりも、人間の警備員達の方が小回りも効き反応力も高いため苦戦を強いられる。

 

「いたぞーーッッ!!!」

 

武装した警備員達から浴びせられる銃弾の雨。

 

キリカは常に速度低下魔法を展開させ、魔法少女達を援護し続ける。

 

彼女の奮戦もあり、銃弾の猛火を斬り払いながらみねうちで敵を昏倒させていく。

 

マミもリボン拘束を用いて戦うが、キリカの方に心配した表情を向けてくるのだ。

 

「呉さん!いくら何でも魔力の使い過ぎよ!」

 

「そうだよ!そんなハイペースじゃ最後まで保たないよ!」

 

心配そうにしてくれる皆を見るが、キリカは笑顔となり背中を向ける。

 

「問題ない。私の腰元にあるソウルジェムを見てみなよ」

 

「嘘だろ…?魔力を消耗したのに濁ってねーじゃねーか?」

 

「呉だけじゃないわ。防御魔法を使い続けてる私のソウルジェムも綺麗なままよ」

 

「どういうことなのかしら…?」

 

敵の猛攻が沈静化したためか、魔法少女達は向かい合って話し合う。

 

「…オ前達ニハ見エナイヨウダナ」

 

「何が見えないっていうのさ?」

 

「コノ研究所内ニハナ、小サナ悪魔共ガワンサカイルンダヨ。空気中ニ漂ウ微生物レベルノナ」

 

「その微生物レベルの悪魔が…私達のソウルジェムを綺麗にしてくれてるわけ?」

 

「魔法少女ハ感情エネルギーデアルMAGを練リ上ゲルコトガ出来ル」

 

「もしかして、そのMAGっていうのは…私達の魔力行使や感情の曇りで生まれる穢れのこと?」

 

「ソノ通リ。オ前達ガ魔力ヲ使ウホド穢レタMAGガ溜マル。悪魔ハMAGヲ吸イ出シテ喰エル」

 

「つまり…あんた達がいてくれたら、あたし達は魔力切れを起こすこともなくなるわけ!?」

 

「スゲーじゃねーか!?あたし達…もう戦わなくても済むぞ!!」

 

「そうね…魔力切れの心配が無くなる以上、魔法少女が戦う理由も無い。でも、変ね…?」

 

「何が変なんですか、マミさん?」

 

「それ程の恩恵を与えてもらえるというのに…どうして太古の魔法少女達は悪魔を遠ざけたの?」

 

マミの言葉に対し、マカミは顔を背ける。

 

「…ソノ答エナラ、コノ先ニアルダロウ」

 

「この先に…?」

 

視線を向けた先には、隔壁扉が見える。

 

狼の神格化であるマカミの鼻は誤魔化せない。

 

この先から漂う…死臭の臭いを。

 

「コノ先ノ光景ヲ見タ上デ…マダ悪魔ノオレ二付キ従ウ気ニナルカ…見物ダナ」

 

マカミに促され、魔法少女達は先を進んで行く。

 

隔壁扉を開けた先とは…廃棄物処理区画。

 

「ぐっ!?」

 

「なんて酷い臭いだよ!!?」

 

全員が顔をしかめてしまう程の強烈な腐敗ガスが充満した施設。

 

眼前を見れば、焼却機械に放り込まれるのを待っているかのような…腐肉の海。

 

「見ロ、地獄ノ光景ヲ。円環ノコトワリニ導カレルコトモ出来ズニ腐リ果テタ…哀レナ者達ヲ」

 

巨大なゴミピット内に捨てられていたのは…体が欠損した魔法少女達の遺体。

 

「ヒィ!!?」

 

「キャーー!!?」

 

「う…嘘だろ…こんな…こんな酷過ぎる光景!!?」

 

今まで様々な凄惨な光景を見てきた魔法少女達であるが、これ程までの地獄絵図は見た事ない。

 

研究に使う臓器を抜き取られ、食肉に使う肉付きのいい部分を切り取られた遺体の数々。

 

死体は腐敗して全身が黒ずみ、液状化してピット内を悪臭の泉に変えていた。

 

「…コノ光景コソガ、我々悪魔ト魔法少女達トノ共存関係ヲ破壊シタ光景ナノサ」

 

「どういう意味だよ!?」

 

「悪魔ハ強欲ダ。ソウルジェムカラ少量ノMAGヲ提供シテモラウ程度デハ…()()()()()()()()

 

「まさか…あんた達悪魔は…ソウルジェムを…!?」

 

「…ソウダトモ。オレ達悪魔ハナ、オ前達ノソウルジェムヲ…()()()()()

 

――爆発的ナ負ノ感情エネルギーヲ生ミ出セル…ソウルジェムヲ喰ライタイ。

 

…絶句した魔法少女達。

 

さやかと杏子は武器をマカミに向けて構えてくる。

 

「あんた…あたし達を騙そうとしてたのね!?」

 

「こんな場所に連れ込んできたのは…罠だったのかよ!?」

 

キリカと小巻も彼女達に続く。

 

「織莉子を救出する手助けなんて嘘だ!この悪魔は…私達と織莉子を喰らいたいだけなんだ!」

 

「何が悪魔と魔法少女の共存関係よ!あんた達は魔法少女に近づいて…魂を喰らいたいだけよ!」

 

恐怖心と猜疑心によって混乱し、浮足立つ姿を見せていく。

 

「ハッ!昔ヲ思イ出スゾ!太古ノ魔法少女達モ…今ノオ前ラト同ジ顔ヲシテ、()()()()()()()!」

 

強がった態度を見せるマカミだが、殺される覚悟で震えている。

 

脳裏に浮かぶのは、冤罪の如き光景。

 

太古の魔法少女達から悪魔狩り被害を受け、狩られていった仲魔達の凄惨な光景だった。

 

一瞬即発の空気を破ったのは、一発の銃声。

 

「マミさん…?」

 

マスケット銃を上に向けて撃ち放ち、冷徹な表情を仲間達に向けてくる。

 

「今がどういう状況なのか分からないの?仲間割れをしている場合ではないわ」

 

「だ、だけどマミ!この悪魔は…何を企んでるのか分からねぇ!」

 

「そうだよ恩人!こんな奴を連れてたんじゃ…織莉子の身に危険が迫る!」

 

「それでも信じてついていけって言うの…巴!?」

 

苛立ちを向けてくる仲間に向けて、厳しい表情を返す姿。

 

「この子を信用出来る保証はない。それでも、今の私達は彼のナビがなければ包囲殲滅されるわ」

 

「悪魔なんて信用するっていうんですか!?」

 

「その悪魔である嘉嶋さんから、生活費を送ってもらえているのは誰?」

 

「えっと、それは……」

 

「悪魔である嘉嶋さんがATM犯罪の罪を代わりに被ってくれて、救われた子は誰なの?」

 

「それは…その……」

 

「一時の感情に惑わされないで。疑いたくなる気持ちも分かる…それでも、私は信じてみる」

 

――他所の家の問題に対して薄情だった私でも、先はあるのだと信じてくれた嘉嶋さんのように。

 

冷静なマミに論され、俯いていく魔法少女達。

 

誰かの客観的な視点が無ければ、それこそ仲間割れが起きていただろう。

 

己の選択に向ける自己批判の大切さが伺える光景だ。

 

「…アンタノヨウナ冷静ナ魔法少女バカリダッタナラ、共生関係モ続ケラレタダロウニ」

 

口惜しい表情をしていた時、腐海に目を向ける。

 

「…気ヲツケロ、魔法少女達」

 

「えっ…?どうしたのよ…?」

 

「コノ研究所ノ微生物悪魔共ガ…ソウルジェムソノモノヲ喰ライタガッテイル」

 

「なんですって!?」

 

魔法少女達も腐海に目を向ける。

 

…それはあまりにもおぞましい光景。

 

腐海で横たわる遺体という名の抜け殻に宿っていくのは、マニトゥの一部達。

 

無数に存在する一つ一つがマニトゥであり悪霊。

 

悪霊に憑りつかれた腐った遺体が…無数に動き出す。

 

「あ…あぁ……」

 

顔面蒼白になり、冷や汗が噴き出す少女達。

 

ゴミピット内から這い出してきたのは、魔法少女の遺体に宿ったアンデット達だった。

 

【トルソー】

 

イタリア語で木の幹や人間の胴体部分を指す言葉。

 

転じて胴体部のみを造形した彫刻やマネキンを指すこともある存在。

 

この言葉はバラバラ殺人の亡骸の隠語に用いられる事もあったという。

 

爆発やバラバラ殺人で死んだ遺体を表す際にも使われ、死んだ犠牲者の無念の形でもあった。

 

「グッ…ゴガッ…ソウ…ル……ソウ…ル……」

 

腐肉の手足は欠けており、腹は開かれたまま内臓を垂れ流し這ってくる存在。

 

マニトゥのキャリア達は既に飽きていた。

 

ソウルジェムに寄生して、少量のMAGを吸い出して運ぶ行為に。

 

「ク…ワ…セロ……ソウ…ル……ジェ…ム……」

 

肉体に宿り、ソウルジェムを喰らい、内側で破裂して放出された負の感情エネルギーが欲しい。

 

地獄から這い出してきた存在達の怨念の意思が迫ってくる光景。

 

「どいてろ!!」

 

血相変えて前に出たのは杏子。

 

頭に被っていた目出し帽を脱ぎ捨てた顔は…やりきれない表情を浮かべる。

 

「あんた!なんでマスクを脱ぐのさ!?どこで顔を記録されるか分からないのに!」

 

「構わねぇ!!惨い姿に変えられた死者達を弔うんだ…行儀の悪い姿は見せられねぇ!」

 

片膝をつき、祈りを捧げる構え。

 

まるでその姿は、死してなお彷徨う者達に祈りを捧げるシスターにも見える。

 

「なんて姿にされちまったんだよ…お前ら……」

 

杏子のソウルジェムが赤く輝きだす。

 

「神様に見捨てられた上に…円環のコトワリに導かれることさえ…出来なかったなんて…」

 

何をやるのか一瞬で判断出来たさやかが叫ぶ。

 

「みんな!!この部屋から出て!!」

 

「どういうことなの美樹さん!?」

 

「杏子は…大技を放つつもりだよ!あたし達まで焼け死んじゃう!!」

 

状況を理解したマミは、キリカと小巻にも目線を向け、彼女達も頷く。

 

4人と一体の悪魔は廃棄物処理区画から奥へと移動していく。

 

残された空間の頭上には、刃を下に向けて構えられた無数の槍が浮かぶ光景。

 

「イエスは言われた…私は蘇りです、命です。私を信じる者は死んでも生きるのです」

 

槍の刃が左右に開き、浄化の炎を放出。

 

「あたしに出来るのは…弔われた遺体が、いつか違う形で蘇る日がくる事を…祈ってやるだけだ」

 

決意を秘めた表情。

 

無数の槍が巨大な業火となりて地上に降り注ぐ。

 

「盟神抉槍(くがたち)!!!」

 

彼女が放ったのは、一つ一つが彼女の最大威力のマギア魔法に匹敵する威力。

 

これ程までの乱暴な魔力行使は通常なら耐えられないが、この研究所内ならば出来る。

 

杏子のソウルジェムに寄生した他のキャリア共が無尽蔵の魔力を提供してくれるのだ。

 

<<ソ…ウ…ル…ジェ…ム……!!!>>

 

隔壁扉が下りた向こう側から離れていても感じさせる大豪熱。

 

扉も熱に耐え切れずに赤く変形していくが、どうにか奥の通路にまでは炎を届かせない。

 

「なんて…威力なのよ」

 

「考えなしにあんな魔法を使うだなんて…私よりもおっかない奴だったんだね…」

 

「フン、あんただって…キレたら何しでかすか分からない怖さを感じてたわよ…呉」

 

「フフッ、八重歯を伸ばす魔法少女は恐ろしいってところで納得しなよ、小巻」

 

変形して開かなくなった扉が袈裟斬りで切り裂かれる。

 

「……弔いは終わったの、杏子?」

 

俯いたまま歩いてきたのは、膨大な魔力行使に耐えきった杏子の姿。

 

「ああ…あれだけ燃やしてやれば、もう眠れるさ。ついでにクソッタレ廃棄場も破壊してやった」

 

「行きましょう、みんな。ここに囚われた魔法少女を救い出す…もう悲劇は繰り返させない!」

 

決意を込めて駆け抜けていく魔法少女達。

 

目指すは独房区画のセキュリティを解除するために破壊しにいくセキュリティ区画。

 

恐れも無く突き進む彼女達だが、この先にいる者の気配を感じているのはマカミだ。

 

(コノ匂イ…悪魔ナノハ確カダガ、善ナル存在ノヨウニモ感ジサセルナ…?)

 

ようやく研究者たちが活動する区画内に入り込む魔法少女達。

 

自動扉が開く。

 

広がっていた光景とは…宮殿の回廊のような光景が広がっていた。

 

────────────────────────────────

 

「コノ辺リガ幹部区画ダ。セキュリティ区画モ直グソコダ」

 

「悪趣味な光景の次はブルジョア光景…。何処までも支配者気取りの連中なんだね」

 

「油断しないで。何が飛び出してくるか分からないわ」

 

宮殿の如き回廊を警戒しながら進んで行く。

 

飾られた大きな窓には屋外景色を映し出す映像が映っている。

 

周囲を飾るのは悪趣味な絵画の数々。

 

そして…ドレスで着飾った少女達の蝋人形だ。

 

「ブルジョア空間内にまで悪趣味なもんを飾るなんて…とことんイカれてる連中ね」

 

「私の鎌で早く刻んでやりたいけど…不気味な人形だね。まるで…()()()()()()()()()よ」

 

回廊を進んで行くと、両開きの扉が開く音が響く。

 

「あの人は…?」

 

俯いたまま回廊まで出て来たのは、真白い剣士。

 

白いスーツズボンと白いトレンチコートを纏い、白銀のロングソードが納められた鞘を持つ姿。

 

「…スゲー魔力だ。あれも人型の悪魔なんだろうな…尚紀のように」

 

魔法少女達とは離れた場所に立ち、立ち塞がってくる。

 

「あんたもあたし達の邪魔をしようっていうの!?」

 

黒い長髪を後ろで括った男は、顔も上げずに答えない態度。

 

「無視しようってのなら…しょうがないわね」

 

「見た目は整ってる悪魔だけど、織莉子のためなら容赦なく刻むよ」

 

接近戦の武器を持つ魔法少女達が前に出る。

 

後ろからマスケット銃を構えて援護しようとするマミだが、横で浮かぶマカミの異変に気付く。

 

「どうしたの…?」

 

宙に浮かぶマカミの体は震え上がっている。

 

「嘘ダロ…?アノ白イ剣士ノ姿ハ……伝説ノヴァンパイアハンター……」

 

マカミが言葉を喋り終えるよりも先に鳴ったのは、剣の鍔を親指で弾く音。

 

「えっ……?」

 

一迅の風が吹き抜ける。

 

「消えた……?」

 

前方空間からいなくなった存在だが、背後の気配を感じて皆が振り向く。

 

抜刀して剣を振り抜いた後ろ姿を見せる白き剣士。

 

血払いを行い、柄を回転させる回転納刀。

 

「あ…あれ…?」

 

鍔の鳴る音が響くと同時に、魔法少女達の覆面マスクが切り裂かれ、布切れが落ちていく。

 

「ガッ…アッ…ア………」

 

皆がマカミに目を向ける。

 

体には無数の斬撃の痕が浮かび、血が噴き出す。

 

「マカミ!?」

 

「スマ…ネェ…オレ…ハ……ココマデ…ダ……」

 

体がバラバラとなって弾け、MAGの光と化す。

 

一瞬で起きた斬撃現象。

 

悪魔の中でも達人級の剣技を持つ悪魔が使えるという『刹那五月雨斬り』の一撃だ。

 

「グッ…ウゥ…!道先…案内人は…始末…した…ぞ……」

 

後ろを振り向く白い剣士。

 

彼の表情を見た魔法少女達は戦慄する。

 

美しく整ったその顔は、血管が浮き上がる程にまで血走っている鬼の形相。

 

両目も獰猛な悪魔を象徴する真紅の瞳を輝かせていた。

 

<<驚いた。まさか…この区画まで入って来られるとはな?賞賛に値するぞ>>

 

幹部区画に響くのは、この地下研究所の支配者である所長の声。

 

「あんたがここのボスなの!?出てきなさいよ!!」

 

<<その者を倒せたならば、考えてやる。君達が相手をしているのは、伝説の吸血鬼狩人だ>>

 

「吸血鬼狩人だと…?」

 

<<名はクルースニク。闇の吸血鬼と戦う宿命にある…善なる吸血鬼狩人だ>>

 

「そのクルースニクは…正義の味方をしている悪魔なの?嘉嶋さんのように…?」

 

<<彼を懐柔させるのに、私の秘書も苦労した。洗脳魔法を駆使しても…未だに抵抗してくる>>

 

「ガッ…アァ……アァァァァーーーッッ!!!」

 

頭を抑え込み、片膝をつき苦しみだすクルースニクの姿。

 

<<見ての通り、彼の精神耐性は強力だ。だからこそ、私の秘書も洗脳に加減が効かなかった>>

 

幽鬼のように揺らめき、立ち上がっていく…白き狂気を纏う剣士。

 

<<今の彼は純粋なる狂戦士。最初の一撃で死ねなかったことを後悔するだろう>>

 

剣を抜き、構える。

 

その表情は正気を失いかけているかのように苦しみ悶える。

 

「……マミさん、小巻さん、キリカ。ここはあたし達に任せて」

 

前に進み出たのはさやかと杏子。

 

「お前らは、どうにかしてセキュリティ区画を見つけ出せ。こいつは抑え込んでおくよ」

 

「貴女達だけで勝てるというの!?さっきの一撃…私でさえ動きが見えなかったわ!」

 

「そうだよ君達!私の速度低下魔法なら援護出来る!!」

 

「防御魔法だってそこまで得意じゃないんでしょ…あんた達!?」

 

「不利なことぐらい分かってる…。それでも、一刻も早く囚われた魔法少女達を救いたい」

 

「もうあんな…胸糞悪い光景は見たくないからな」

 

さやかは剣を正眼に構える。

 

杏子は左足を前に出し、左前半身で槍を構えた。

 

「Grrrrrrrr!!!!」

 

歯を剥き出しにした野獣の如き表情。

 

それでもクルースニクの体には剣豪の如き剣術が染みつき、刃を振るえるだろう。

 

「行って!!!」

 

「あたし達を信じろ!!」

 

「美樹さん…佐倉さん…ごめんなさい!!」

 

マミはキリカと小巻を連れ、回廊の奥へと駆けていく姿。

 

<<逃がさんよ。いずれ君達も…愚かな2人組の後を追うだろう>>

 

回廊を走り続けるが、周囲から魔力を感じとる。

 

「これは!!?」

 

回廊に飾られていた蝋人形達が振動していく。

 

ギクシャクした動きで前に進み、蝋が剥げ落ちていく。

 

「な…何なんだよ!?この化け物!!」

 

「さっきと同じ…アンデットなの!?」

 

【ワックスワーク】

 

人体解剖の標本にされるはずだった女性の死体に対し、蝋細工を用いた防腐処理を施したもの。

 

内側の死体は経年劣化で腐り果て、部分的に腐敗し骨が覗いてしまっている。

 

欧米ではキリスト教の最後の審判での復活思想の影響で、亡骸を残す復活思想が根強い。

 

遺体に消毒・保存処理を施し、必要に応じて修復し、長期保存が出来る技法が研究されてきた。

 

エンバーミングの技術はそういう背景で発達してきたようだ。

 

<<私が仕込んでおいた悪霊達は、私の命令があれば動き出し、敵を滅ぼす人形と化す>>

 

動き出す歩く死体は、先程と同じく魔法少女達の遺体。

 

頭部や手足の蝋が歩く振動で剥がれ落ち、腐った腐肉と骨を剥き出しにして迫ってくる。

 

<<この死体はな、私が気に入った美しい魔法少女達の死体だ。コレクションでもある>>

 

少女達の尊厳を踏み躙る悪魔の言葉。

 

マミとキリカと小巻の表情が憤怒と化す。

 

「このドクズがッ!!」

 

「こんなにも頭にきたの…生まれて初めてよ!!あんただけは絶対に許してやらない!!」

 

「私たち魔法少女を弄んだ罪…魔法少女である私達があなたに罰を下してみせるわ!!」

 

<<楽しみだ。私はセキュリティルームにいる…ここまで辿り着いてみせろ>>

 

「グッ…ゴガッ……グガァァァーーッ!!!」

 

迫りくるアンデットの群れに対し、慈悲とも言える供養の一撃が次々と繰り出されていくだろう。

 

彼女達もかつては希望を祈った魔法少女達。

 

魔女と呼ばれる世界においては、その成れの果てとなった者達。

 

その者達を殺さねばならない苦しみは、魔女と呼ばれる存在と戦った時の苦しみの再現。

 

それでもマミ達は迷わない。

 

これ以上の悲劇を繰り返させないためにも。

 

地獄の底では、イキの良い魔法少女達のMAGを欲するおぞましい赤子の胎動。

 

独房では、仲間達の魔力を感じ取った織莉子の希望に満ちた表情。

 

それぞれの戦いが始まっていく。

 

地獄の釜の蓋は開いた。

 

後は地獄の悪魔共を呵責(かしゃく)するのみ。

 




バイオハザードの地下研究所をイメージして書いてたら、ゾンビ悪魔祭りになってしまった(汗)
これもプラズマの仕業か。


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164話 かつての仲魔達

周囲や地下では激戦が繰り広げられるのだが、地上の精神病院内は静かなもの。

 

警備部以外は通常の業務を続けており、夜勤の看護師達が働くのみ。

 

深夜1時を過ぎた頃。

 

精神病患者の病室見回りを続けている看護師だったが…窓を見て表情が変わる。

 

「た…大変だ!!また大火事が迫ってくる!!」

 

彼が見た光景とは、魔法少女達が侵入してきた山側から伸びてくる大火災の光景。

 

直ぐに火災報知器のベルが鳴り響き、看護師達が慌てて病院患者達を避難誘導していく。

 

「ダメだ!火の勢いが強すぎる!!患者達を病院から遠ざけるしかない!!」

 

警備部にも連絡がいき、避難誘導人員として駆り出されていく始末。

 

病院から次々と逃げ出していく人々を見つめるのは、病院ゲート付近の森に隠れた男。

 

黒の帽子を目深く被り、口元をスカーフで覆い隠した姿。

 

身元を偽装している人物とは尚紀であった。

 

「ケルベロスは上手くやってくれたな。この調子で病院内の人々を全員追い出そう」

 

病院にいる人々の命を危険に晒すわけにはいかないという判断を下したようだ。

 

ゲートから出て行く最後の人々を確認し終えた頃には、山火事を起こしたケルベロスが帰還する。

 

「派手ニヤッテモ構ワナイト言ワレタガ、アレデ良カッタノカ?」

 

「ああ…こうするしかなかった。あいつらと本気で戦えば…病院内の人間達に犠牲が出ただろう」

 

「人間ノ守護者ヲ気取ッテイルヨウダナ?相変ワラズカ…マネカタ共ヲ守ロウトシタ汝ダカラナ」

 

「お人好しだと笑いたいか?」

 

「イイヤ、汝ガソウイウ悪魔ナノハ知ッテイル。…安心シタゾ」

 

「何を安心したんだよ?」

 

「人間ノ心ヲ取リ戻シテクレタコトニダ」

 

ケルベロスの喜びの言葉を聞き、尚紀は俯いていく。

 

アマラ深界最奥に堕ちた時、彼は第二の転生を果たした。

 

人間としての嘉嶋尚紀は死に、完全なる悪魔になった人修羅が生まれてしまう。

 

仲魔と合流した時、どれだけ皆を苦しめる選択をしたのかを突き付けられる責任を感じるのだ。

 

「…よく付いて来てくれたな。完全な悪魔に成り果てた俺だというのに…」

 

「言ウナ。我ハ主カラノ使命ガアッタガ…汝ヲ信ジタカッタ部分モアル」

 

「信じたかった…?」

 

「タトエ悪魔二堕チヨウトモ、必ズ蘇ル…。悪魔デハナク…人間ダト言イ続ケタ男ノ心ハ蘇ル」

 

「……………」

 

「我ダケデナク、皆ガソウ信ジタ。ソノ期待二応エテクレテ…嬉シイゾ」

 

「すまない……お前らに迷惑をかけちまったな」

 

「気ニスルナ。汝ノ選択ハ汝ダケノモノ…責任ヲ背負ウ覚悟ヲ示シタ者ヲドウシテ止メラレル?」

 

「ケルベロス……」

 

「自由二生キテコソ悪魔デアリ、人間ダ。周リニ流サレルダケノ者ナドL()A()W()()()()()()()()()

 

「法や全体主義を選ばず、個人の権利や自由を求める道…。それが俺たちCHAOS悪魔だったな」

 

「自由ノ中ニハ、秩序ヲ求メル自由モアル。汝ガコノ世界デドンナ自由ヲ求メルカ…楽シミダ」

 

森の中から出て来た悪魔達が病院ゲート前まで移動して立ち止まる。

 

「いるな…あいつらが。病院施設の中で待ち伏せていやがる」

 

「奴ラモ精神操作魔法デ操ラレテイル。クルースニク程デハナイガ、洗脳サレタママ本能デ動ク」

 

「クーフーリン…セイテンタイセイ。あいつらと戦う事になるなんてな…」

 

「セイテンタイセイハ汝二拳法ヲ伝エタ老師デアル達人。ソレニ…伝説ノケルトノ英雄ガ相手ダ」

 

「あいつらを相手にして…手加減をする余裕はないかもしれない」

 

「案ズルナ、我ガツイテイル。片方ノ相手ヲシテヤロウ」

 

「いや…俺だけでやる」

 

「何ダト…?マサカドゥスノ力ヲ使ウノカ?」

 

「いいや。マサカドゥスと化したマロガレなら…今は所持していない」

 

「何ダト?愚行トシカ思エン…蛮勇ハ命トリニナルダケダゾ」

 

「お前には連絡されただろう消防隊の連中を遠ざけてもらいたい。もう直ぐつく頃だ」

 

「ソイツラノ命マデ気ニシテ戦場カラ遠ザケルカ…何処マデモオ人好シナ奴メ」

 

「こういう性分な俺でも、付いて来てくれたじゃねーか」

 

「マァナ…。トコロデ、後ロカラ匂ウ化粧臭サ…ソシテ魔力…厄介ナ奴ガ近ヅイテクルゾ」

 

後ろを振り向けば、近寄ってくるのはナオミ。

 

口元はスカーフを巻いており、目元はサングラスを身に付け頭部を隠す姿。

 

「…そのケルベロス、貴方の仲魔なの?」

 

「ああ、そうだ」

 

「知リ合イカ?」

 

「名前はナオミ。凄腕のデビルサマナーであり、何故か俺のボディガードをしてやがる女だ」

 

「デビルサマナーカ…。悪魔ガイル世界ナラ、イテモ不思議デハナイナ」

 

「それよりもナオミ、どうしてここにいる?手筈ではお前は待機を務めると言ってた筈だが…」

 

「私の使い魔の一体がやられたわ。MAGを供給してあげていたけど…それが途切れたのよ」

 

「道先案内をやらせると言ってたマカミがやられたのか…。あいつらは無事なのか…?」

 

「それを確かめにいくためにも、私も前線に向かうしかないと判断しただけよ」

 

「デビルサマナー、コノ先ニハ我ト同ジク人修羅ノ仲魔ガ待チ構エル。マリンカリンヲ受ケテナ」

 

「だとしたら、襲い掛かってくるわね…。これ程まで強くしたケルベロスに匹敵する悪魔なの?」

 

「俺の自慢の仲魔達だ。その実力なら俺が保障する」

 

「厄介ね…。それでも、先に進むしかないわ」

 

「ナオミの実力なら大丈夫だ。俺と互角にやり合える程の凄腕サマナーだからな」

 

「ソウカ…。ナラバコノ男ヲサポートシテヤッテクレ。我ハ頼マレゴトヲサレテナ」

 

「どうせ、お人好し過ぎることでも頼まれたんでしょ?私も嫌というほど見せられたわ」

 

「コノ世界ノ汝ト付キ合イガ長イ者カラモ、ソウ言ワレルカ。コレカラモ変ワラヌ汝デ在レ」

 

そう言い残し、ケルベロスは消防隊の侵入を防ぐために動き出す。

 

「私たちも行きましょう」

 

「ああ、行こうか」

 

避難して誰もいなくなったゲートを飛び越え、病院敷地内を目指す。

 

近寄ってくる存在達を屋上で見下ろす存在達。

 

背後の森の火災に照らされたその表情は、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「へっ!まさか…この世界に流れ着いていやがったとはな。俺様達と同じく」

 

「尚紀…再び再開出来るとはな。試してみたかったのだ…私の槍とお前の力…どちらが強いかを」

 

「隣にいる覆面女は誰だ?強力な悪魔の魔力を複数感じさせるなら…デビルサマナーだろうがな」

 

「一緒にいるということは、尚紀とは協力関係の者か。丁度いい、女の方は譲ってやる」

 

「なんだと!?俺様が尚紀とやり合うんだよ!俺様が鍛えた小僧なんだぞ!!」

 

「獲物を譲るわけないだろうが!あっちの女サマナーで我慢しろ!!」

 

「嫌なこった!こっちでどれだけ強くなったのかを知りてぇんだ!譲る気はねぇ!!」

 

「ならばここでやり合って決めるか!?」

 

「そんな暇ねーだろ!!もう目の前に来てるんだぞ!?」

 

「ならジャンケンで決めるしかあるまい」

 

「間髪を入れずかよ…事が差し迫ってるんだ、仕方ねぇ!」

 

間の抜けた勝負を始める二体の悪魔だが、彼らは正気に戻っている訳ではない。

 

ここでの凄惨な光景を黙認するのは、己の欲望に忠実であれと洗脳されているからだ。

 

彼らが望むのはただ一つ。

 

戦士として、相応しい戦いがしたいという闘争欲求だけであった。

 

────────────────────────────────

 

病院玄関口までやってきた2人は病院を見上げていく。

 

「人の気配は感じられない。上手くやれたようだ」

 

「そのようね。人払いも済んだなら、連中とここでやり合ったとしても被害は最小限で済むわ」

 

「建物は壊しても直す事が出来る。しかし、命を取り戻すことは出来ない」

 

「その通りね。…だからこそ、人の命を奪った加害者は許されないのよ」

 

「感じるか、ナオミ」

 

「いるわね…連中が」

 

病院玄関口が見える屋上に立つ存在。

 

白銀の甲冑鎧を纏った美しき槍兵とは、尚紀の仲魔として共に戦ったクーフーリン。

 

右手に持つ魔槍ゲイボルグを構え、槍に魔力を込める。

 

「ハァッ!!」

 

赤い魔力が籠った槍が投擲され、勢いよく迫りくる。

 

「来るぞ!!」

 

2人は後方に向けて大きくバク宙回避。

 

地面が爆発する程の一撃を放った相手に視線を向けるが、上の魔力に気が付く。

 

燃え盛る炎に照らされた夜空の上に在ったのは、小さな雲。

 

觔斗雲(きんとうん)を操る仙術を行使するのは、武侠服姿の悪魔。

 

「オラァァーーーッ!!」

 

雲の上から飛び降り、一気に地上に向けて降下。

 

飛び退いた2人の場所が大きく爆ぜる程の震脚の一撃。

 

巨大なクレーターから白煙が上り、中から飛び出してきたのはセイテンタイセイだ。

 

「いよぉぉ…尚紀。久しぶりじゃねーか」

 

「…久しぶりだな、マスター」

 

「てめぇに拳技を仕込んでやった俺様への敬意を忘れてないようで安心したぜ」

 

両手を鳴らし、不気味な笑みを浮かべてくる。

 

「俺様が何を望んでいるか…分かるか?」

 

「ああ…なんとなくな」

 

叩きつける程の殺気を浴びせられ、尚紀の顔にも冷や汗が滲む。

 

<<おい!尚紀の相手は私の筈だぞ!!>>

 

跳躍して現れたのはクーフーリン。

 

左手を横に翳し、意思をもつかのように飛来してきたゲイボルクを掴み取る姿。

 

「ジャンケンで負けたのだ。譲ってもらうぞ」

 

「チッ!まぐれ勝ちした程度で勝ち誇りやがって!」

 

「相変わらずの仲のようだな?こっちの世界に流れてきて、ちっとはマシになったかと思ったよ」

 

「俺様がこんな犬っころと仲良く出来るわけねーだろ!」

 

「かつての世界で…私とコイツがどんな犬猿関係だったのかを忘れたのか!」

 

「おう、尚紀!さっさと犬っころをぶちのめして俺様と代われ!それまで女の相手をしてやる!」

 

「ハッ!女サマナーにぶちのめされて、キーキー鳴いても助けてやらんぞ!!」

 

「俺様が女如きに負けるかよ!尚紀にキャンキャン鳴かされちまえ!!」

 

いがみ合いを起こす緊張感の無い悪魔達。

 

オーバーに両手を広げるナオミと、懐かしそうに二体の悪魔を見つめる尚紀が向かい合う。

 

「ねぇ…この悪魔達は本当に精神操作魔法で操られているの?普通に見えるけど…」

 

「威力を弱めてかけたんだろうな…。こいつらは元々喧嘩っ早い奴らなんだよ」

 

「天界を荒らしまわった妖怪猿と、クランの猛犬だものね…。よくこんな連中を仲魔にしたわね」

 

「喧嘩するほど仲が良いとまではいかないが…それでも頼りになる奴らだったんだよ」

 

「なら、この二体は何を目的にして…イルミナティ連中と付き合ってきたのかしら?」

 

「大方、掃除役でもやらされてたんだろうな。それでも弱い奴らしか相手出来ずに不満だった」

 

「私達のような強者を求める為に、我慢しながら与してきたわけね。でも…それだけなの?」

 

「あいつらだって、弱い奴らをいたぶる趣味はもたない。倫理観だけを削り取られたようだ」

 

「洗脳力が弱いなら…荒療治で治るかもしれないわ」

 

「俺もそれを期待したいもんだ」

 

どつき合いが止まり、尚紀とナオミに向き直る二体の悪魔。

 

「尚紀、私はお前を主だと認めたが…武においては後れをとったつもりはないぞ」

 

「セタンタの頃から変わらないな、お前は。勝負事に拘り過ぎるところがな」

 

悪魔化し、右手から光剣を生み出す。

 

ゲイボルグを左右に回転させ、大上段の構えを見せる。

 

「武神としても名高いセイテンタイセイと戦えるなんてね…拳法家として誇らしいわ」

 

「てめぇの佇まいからして、相当なクンフーを積んだ奴だと分かるぜ。だが、相手が悪かったな」

 

召喚管を持ち、構える姿。

 

武器を持たない女が相手であるためか、如意金箍棒を使わない武術の構えを見せる。

 

互いが睨み合い、クーフーリンとセイテンタイセイが一気に踏み込む。

 

これから始まるのは、悪魔で在る前に武術家同士の戦い。

 

互いが達人クラスの実力。

 

加減は効かず、どちらかが死ぬまでの激戦となっていくだろう。

 

悪魔と悪魔、悪魔とデビルサマナーとの戦いが始まっていった。

 

────────────────────────────────

 

「い出なさい!不動明…」

 

召喚するよりも先に間合いに飛び込んできたのは、相手の飛び膝蹴り。

 

「チッ!」

 

左足を後ろに引き、身を翻して避ける。

 

反撃の回し蹴りを放つ。

 

上半身を仰け反らせて避け、続くローキックを蹴り足で止める。

 

召喚管を構える右手を払い、みぞおちに頂肘の肘打ち。

 

「グフッ!?」

 

手から召喚管が落ち、相手は尚も踏み込んでくる。

 

ワンインチの攻防となり、互いが拳打を打ち合う光景。

 

「召喚の隙を与えないつもり!?」

 

「先んずれば人を制す。ご自慢の悪魔を連れていようが、召喚出来なきゃ飾りに過ぎねぇ」

 

互いの突き、蹴り、膝蹴り、肘打ち、払い動作が連続して繰り返されていく。

 

「ハイッ!」

 

後ろ回し蹴りがセイテンタイセイの側頭部にヒット、

 

蹴りを受けた体の回転を利用し、勢いのまま跳躍。

 

「アァ!!」

 

旋風脚の一撃が左側頭部に決まり、キリモミしながら倒れ込むナオミの姿。

 

「いい一撃だが、物足りないぜ。悪魔を召喚出来たらもっと楽しめるのか?」

 

余裕の表情で倒れ込んだ彼女の周囲を歩く武神に対し、起き上がる彼女の口元は不敵な笑み。

 

「…試してみる?自慢の如意金箍棒を使わないぐらい、女を侮っているようだし」

 

「女如きに俺様の棍を使うまでもねぇ」

 

「そう…なら、引っ張り出させてみたくなったわ」

 

ひび割れたサングラスを投げ捨て、口元を覆うスカーフも外して捨てる。

 

腰から召喚管を手に取るが、今度は邪魔しない余裕の態度。

 

「出てきなさい…シュウ!!」

 

MAGが解放され、彼女の背後に現れた巨大な魔王の姿。

 

「ほう?セイテンタイセイではないか?貴様もこの地に召喚されていたとはな」

 

「へっ!同郷の魔王を召喚出来るとはな…楽しめそうじゃねーか」

 

「貴様が相手なら、我も大いに楽しめる。無様な戦いは許さんぞ、サマナーよ」

 

「期待に応えるわ。我に宿れ…戦の魔王!!」

 

シュウの全身から放たれる魔王の力が次々とナオミに注がれていき、シュウの姿が消えていく。

 

憑依とも呼べる光景を前にしながらも、彼女の元まで詰め寄ってくる。

 

「拳法家同士の決闘なら、こいつでどうだ?」

 

開いた左手を前に掲げてくる。

 

「シュウを宿した私を相手に推手を挑んでくるとはね…面白いわ」

 

彼女も開いた左手を相手の手首に合わせる形とする。

 

ワンインチ距離で並び立つ達人同士。

 

息も出来ない張り詰めた空気が破られた時、互いの拳舞が放たれていく。

 

激闘を繰り返すのは、離れた場所で戦う他の悪魔達も同じだ。

 

「ハァァーーーッッ!!!」

 

目にも止まらぬ程の高速突き。

 

光剣で捌き続けるが、防戦一方となる人修羅の姿。

 

矛の一撃を捌き続けるが、頭部を覆い隠すスカーフや帽子は切り裂かれて脱げ落ちている。

 

魔槍ゲイボルグは光剣の光熱を受けようとも溶断されない強靭さをもつようだ。

 

「やるな!腕前は衰えていないようだ!!」

 

「攻めてこい尚紀!臆病風に吹かれた攻めなど私は許さん!!」

 

「上等だ!!」

 

右切上げで突きを払い、一気に踏み込む。

 

払われた槍の勢いのまま頭上で槍を回転させ、体を反転させ槍を振るう。

 

槍は鈍器としても優れており、矛の重みが遠心力を増してくれる構造。

 

逆袈裟の角度から振るわれる柄の一撃に対し、左手から光剣を生み出し受け止める。

 

「グフッ!?」

 

右肘がクーフーリンの胴体に打ち込まれ、後退る。

 

手首を用いて光剣を回転させ、剣戟の応酬。

 

斬る、払う、打つ、払う攻防が高速で繰り出される光景。

 

槍を背に持つ形で光剣を受け止め、払う勢いのまま跳躍回転。

 

「フンッ!!」

 

後方に飛びながら突く一撃に対し、開脚しながらの跳躍。

 

着地と同時に後掃腿を放つ。

 

跳躍回避した相手に対し、起き上がり突き。

 

石突きを地面に立てる形で光剣を受け止め、跳躍。

 

「チッ!!」

 

槍に支えられた連続蹴り。

 

右腕でガードし、着地と同時に放つ横薙ぎをバク転回避。

 

態勢を整えるが、槍を大きく振り上げる姿を見せるクーフーリンを見て顔色が変わる。

 

「我が一撃を受けよ!!」

 

槍を大きく振るい、放たれた衝撃波。

 

放射状に放たれた『烈風破』が迫りくる。

 

「ぐぁぁーーーッ!!!」

 

衝撃波に弾き飛ばされ、尚紀の体が病院の壁を壊しながら吹き飛ばされる。

 

衝撃波の勢いは留まらず、大きな精神病院までもが破壊されていく。

 

後ろ側の山にまで迫り、ケルベロスが放った森林火災を森ごと削り取っていった。

 

彼の避難誘導が無ければ大惨事だった光景だ。

 

一方、互いの拳舞を制したのはセイテンタイセイ。

 

「オリャーーッッ!!」

 

ナオミの腹部に決まった崩拳によって、大きく弾き飛ばされる。

 

「アァァーーーッッ!!!」

 

病院の瓦礫の中に叩き込まれ、大きな土煙を上げていく。

 

瓦礫の中に埋まった好敵手に向けて歩みを進めていく悪魔達だが、素っ頓狂な叫びを耳にする。

 

「あんた達ーッッ!!なんてことしでかすのよ~!!?」

 

空から舞い降りてきたのは、彼らに洗脳魔法を行使したサキュバス。

 

「せっかくの偽装建物が台無しじゃない!!隠蔽工作にどれだけ費用がかかると思ってんの!?」

 

「ゴチャゴチャ五月蠅ぇ!建物の一つや二つ壊れた程度でガタガタ言いやがって!」

 

「好敵手との戦いの時に周りの被害など気にしていられん!好きにやらせてもらうぞ!」

 

「んも~!救いようがない脳筋バカ達なんだから!所長から管理責任を問われたらどうしよ~!」

 

「その無駄にデカい乳でも使って、顔を挟んでやりゃ~大目に見てくれるんじゃね~か?」

 

胸を鷲掴み。

 

派手にビンタされたようだ。

 

乱痴気騒ぎを始める者達を瓦礫の中から見つめるのは、健在だった尚紀とナオミの姿。

 

「全く…なんて馬鹿力よ。シュウを宿して鋼化した私の体を貫くなんて」

 

「あの2人を侮るな。邪教の館で俺が鍛え抜いた連中だ…奴らは物理無効さえ貫通させるぞ」

 

「貫通スキルまで所持しているなんて…。流石は貴方と共に轡を並べて戦った仲魔達よ」

 

「それより…見えるか、あのサキュバス?」

 

「ええ。あのサキュバスが彼らをマリンカリンで洗脳したのでしょうね」

 

「あいつを倒せば魔法効果は消えるだろうが…あいつらがそれをさせてくれるとは思えない」

 

「あの悪魔達をどうにかして状態異常回復させれば、隙が出来るわ」

 

「マリンカリンをかけ直す前に、あのサキュバスを仕留めてやる」

 

左手からディスチャームを二つ取り出してナオミに渡す。

 

「あいつらは物理攻撃を得意としている。隙は俺が作る…どうにかして奴らにそれを捩じ込め」

 

「アイテムを収納出来る魔法が使えるなんてね…。その中には他にも何があるのか楽しみだわ」

 

乱痴気騒ぎを終えた悪魔達が迫ってくる。

 

2人も瓦礫の中から歩きだし、互いが向かい合う。

 

「俺様を相手にここまで戦えるとはなぁ?女にしておくのは勿体ないゴリラだぜ」

 

「レディに向かって酷い言いぐさね。でも、流石は武神…私のクンフーでも技量は届かないわ」

 

「俺が徒手空拳で戦って、一度も勝てなかったマスターが相手だ。無理もない」

 

「貴方に拳技を仕込んだ老師はコイツだったの?どうりで私と張り合えるクンフーだと思ったわ」

 

「粗削りだったが、それでも短期間でアホ猿の拳技を取り込めた者だ。だからこそ本気で戦える」

 

悪魔達の目つきが変わり、本気となる。

 

セイテンタイセイは左手に如意金箍棒を出現させ、派手に振り回しながら腰に向けて構える。

 

「シュウの名に恥じない戦の魔王っぷりだった。ならば、俺様も敬意を示す一撃をくれてやる」

 

同じく槍を投擲する構えをしたクーフーリン。

 

魔槍ゲイボルグに赤い魔力が宿っていき、真紅に染まっていく。

 

「尚紀…我が一撃の威力は知っているだろう?」

 

「お前ら…その技を使う気か?後ろの山どころか、その向こう側にある街まで消し飛ぶぞ」

 

「知ったことか。私はクーフーリン…赤枝の騎士の名に恥じない武功を求めるのみ!」

 

「犬っころと同じく、容赦はしねぇ。俺様は天界の神々でも止められなかった暴れ猿だぜ!」

 

「全く…気持ちよく狂いやがって!目を覚まさせてやる!!」

 

尚紀がナオミを庇う形で前に出る。

 

二体の悪魔は放つのだ。

 

ボルテクス界においては、コトワリの神々とも戦えた力を解き放つ一撃。

 

「「ハァァーーーッッ!!!」」

 

跳躍して槍を投擲。

 

飛来する魔力の塊と化した『デスバウンド』の一撃が迫りくる。

 

如意金箍棒を薙ぎ払う形で振り抜く。

 

超巨大な衝撃波と化した『八相発破』の一撃が迫りくる。

 

鈍化した世界。

 

当たれば自分どころかナオミさえ消し飛ばされる一撃が迫る中、左手に何かを出現させた。

 

「脳筋バカ共め!!俺のアイテム行使を忘れたか!!」

 

左手を前に掲げたのは物理反射鏡と呼ばれる魔道具。

 

物理反射魔法であるテトラカーンと同じ効果をもたらす。

 

「「なにぃ!!?」」

 

強大な一撃が反射され、放たれた魔力が相手に向かって跳ね返されていく。

 

「「ぐあぁぁーーーッッ!!!」」

 

全身ズタボロとなり、大きく弾き飛ばされる姿。

 

「ちょっとーーっ!!?」

 

後ろで応援していたサキュバスに二体の悪魔が重なる形でぶつかり、弾き飛ばされていった。

 

倒れ込むクーフーリンとセイテンタイセイだが、それでも致命とまではいかない。

 

「ぐっ…忘れてた…ぬかったぜ…」

 

「いつだって…尚紀の道具は我々の命を救い…戦局を覆してくれたな…」

 

どうにかして体を起き上がらせようとするが、彼らを見下ろす存在がいる。

 

「大した実力だったわ。私の使い魔として欲しいぐらいだけど…今回は諦めてあげるわ」

 

ナオミが両手に持つのは、預かっていたディスチャーム。

 

「「あがぁ!!?」」

 

同時に口の中に突っ込み、無理やり飲ませ込む。

 

回復の光がクーフーリンとセイテンタイセイの体を包み込んでいく。

 

濁った真紅の瞳が金色へと戻っていき、洗脳魔法は解除されたようだ。

 

「む…むぅ?私達はどうして……」

 

「こんな胸糞悪い連中と…付き合ってきたんだっけ?」

 

正気を取り戻したのか、頭を振りながら立ち上がる姿。

 

尚紀も仲魔達の元にまで歩いてきて、呆れた表情を向けてきた。

 

「軽いマリンカリンをかけられていただけだ。お前らはそれでも効果は十分だったようだな」

 

「そうねぇ…これだけの暴れん坊達ですものね」

 

白い眼差しを向けてくる2人に対し、嫌な汗をかいていくかつての仲魔達。

 

言いたい事は山ほどあるようだが、皆が後ろに転がる女悪魔に振り向く。

 

「痛たた…も~最悪よ!!あんた達!さっさと立ち上がってやっつけちゃいな…さ……?」

 

俯きのまま見上げれば、囲まれている。

 

「あ…あら……?もしかして、私の洗脳魔法…解けちゃったの?」

 

全員が頷く。

 

「え…ええと…その!もしかして、こんな状態の私を総攻撃とかしちゃうわけ!?」

 

全員が頷く。

 

「待って待って~!お願いだから許して~!私は他の夜魔と違うか弱いサキュバスなのよ~!」

 

洪水の嘘涙を流しつつ、全員にもう一度マリンカリンを放とうと企む小賢しさ。

 

尚紀とナオミは溜息をつき、お互いに振り向く。

 

「この情けない女悪魔、どうしちゃおうかしら?」

 

「そうだな~…俺は許しても構わないと思うぜ?」

 

「それ、本気で言ってるわけ?」

 

「勿論。だけどよぉ……こいつらが許すかな?」

 

前に進み出てきたのは、鬼の形相となったクーフーリンとセイテンタイセイ。

 

「貴様ら…よくも騎士道に反する恥ずべき行為を私にさせてきたな!」

 

「胸糞悪い研究ばかりを繰り返してきた上で、俺様達をコケにした。覚悟は出来てるよな?」

 

恐怖で固まったままのサキュバスだが、近づいてくる魔力に向けてゆっくり振り向いていく。

 

「終ワッタヨウダナ。ソノ上デ…ヨクゾコイツヲ残シテクレタモノダ」

 

現れたのは、尚紀に頼まれた仕事を終えてきたケルベロス。

 

弄ばれた者達が放つ怒りのオーラと、仕返し出来る喜びに満ちた邪悪な顔つき。

 

<<イヤ~~~~ンッッ!!!!>>

 

死ぬまで蹴り飛ばされていくサキュバスには目もくれず、尚紀とナオミは周囲を見回す。

 

「しかしまぁ…派手にやっちまったな。これで俺も立派なテロリストってわけだ」

 

瓦礫に塗れた光景を見つめつつ、後頭部を掻く姿。

 

落した召喚管を拾ってきたナオミも口を開く。

 

「地上の病院はただの偽装。本体はきっと…この地下にあるわ」

 

「だろうな。俺が目星をつけていた倉庫まで破壊されてる…あそこに何かあるはずだ」

 

「行ってみましょう」

 

仲魔達に振り向けば、情けない死に方をした女悪魔の体が弾け、MAGを放つ光が広がっている。

 

「行くぞ、お前ら。この下に何かがあるのは分かっている」

 

「その通りだ。この病院地下には広大な研究所が存在している。我らはそこで過ごしてきた」

 

「イルミナティとか言ってたか?そいつらと関わる施設のようだ。それ以上は知らねーな」

 

「興味もなかったからな。しかし、今は違うぞ」

 

「ああ…俺様達をコケにした組織なら興味は大有りだ。どうやって始末してやろうかをな」

 

「フッ…そう言ってくれると思ってた。俺もイルミナティとは因縁がある間柄だ」

 

「なら、俺様達はテメェについて行くさ、尚紀。かつての世界と同じくな」

 

「フフッ、またお前の仲魔として共に戦えることを嬉しく思うぞ、尚紀」

 

「俺もだ。これからも宜しくな、クーフーリン、セイテンタイセイ、ケルベロス」

 

かつてのボルテクス界で死線を潜り抜けてきた仲魔達が頷き合い、互いに誓う。

 

イルミナティへの報復を皆が決意していった。

 

────────────────────────────────

 

「なんだっ!!?」

 

突然の大地震。

 

病院敷地内に亀裂が入っていき、岩盤ごとひび割れていく。

 

「この強大な魔力は…一体!?」

 

「まさか…あれが這い出してこようとしてやがるのかよ!?」

 

「あれって何だよ!?」

 

「直ぐに分かるだろうが…とにかく離れろ!巻き込まれる!!」

 

「待て!この下には俺とナオミよりも先に入り込んだ救出人員がいるんだよ!」

 

「構っている余裕は無いわ!あの子達を信じましょう!!」

 

皆が山を駆け下りるかのようにして走る。

 

病院敷地内の地面を砕いて飛び出してくるのは、巨大な黒き触手。

 

焼け果てた森からも飛び出していき、地響きがさらに巨大化していく。

 

「一体何が地底から這い出してくる…!?杏子…頼むから無事でいてくれ!!」

 

病院ゲートを飛び越えていき、安全圏まで移動。

 

ようやく後ろを振り向けば…。

 

「あれは…悪魔なのか?」

 

「そうだ…。あれこそが、あのおぞましい研究所で育てられてきた狂気の赤子」

 

「魔法少女共のマガツヒを喰らい続けてきた悪魔…マニトゥだ」

 

病院があった場所では、代わりに屹立する存在。

 

<<ソウル…!!ソウル…!!グォォーーーッッ!!!>>

 

囚われの鎖から解放されたのは、ソウルを死ぬまで喰らうことしか頭にない異形の悪魔。

 

無尽蔵に吸い続けたMAG供給が止まり、狂い飢えた咆哮。

 

その体は内側から弾けるように分割され、内側の触手で無理やり繋ぎ合わせる痛々しい姿。

 

この存在こそが、新たなる世界を生む母に捧げられし生贄の一体。

 

インディアンに伝わる超自然的な力として表される神。

 

大霊マニトゥのおぞましき御姿であった。

 




これでようやく人修羅パーティの一軍メンツが揃いましたね。


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165話 再会

地上で避難誘導が始まった頃。

 

地下研究所内では激戦が繰り広げられていく。

 

セキュリティ区画を発見したが、守りを固められているようだ。

 

戦闘マシン達が道を塞ぎ、銃弾の雨をばら撒き続ける。

 

「チッ!通路が狭くて回り込めないじゃないか!」

 

「地の利を使ってくるわけね…トロイ連中も使いようってことでしょうね」

 

角に隠れて銃撃をやり過ごすが、前進出来ないままの状態が続く。

 

「このままでは不味いわ。ここで足止めされたままでは後続部隊が来て挟撃されると思う」

 

「巴の派手なマギア魔法を一発ぶち込むってのは?」

 

「ここは地底なのよ?連中が爆発物を装備しないのには理由があるはずよ」

 

「生き埋めにされたら魔法少女でも困るよ。ゴリラな小巻の発想は貧弱だね~」

 

「うっさい!なら、選択肢は前に出るしかないってことじゃない!」

 

「そういうこと。だからこそ、小巻がいてくれて大助かりさ」

 

「アレをやれって訳ね。冴えてるじゃない、呉」

 

ポールアックスに魔力を込めて構える。

 

斧と一体化している盾が形を変えるようにして消えていく。

 

「あの盾…あんな能力があっただなんて」

 

角から向こう側を見れば、バリケードを築いていたマシン達が結界に閉じ込められている。

 

発射され続ける銃弾は結界に阻まれ、向こう側には届かない。

 

「盾ごと粉々にしてやるわ!!」

 

角から飛び出した小巻が駆ける。

 

ポールアックスを振りかぶり跳躍。

 

次々と四脚型マシンが真っ二つとなっていく。

 

「よし!流石は荒々しいゴリラ!誰もゴリラを止める事は出来ない!」

 

「ちょっと呉さん…?それ聞こえてたら頭をかち割られるわよ……」

 

小巻が切り開いた道を駆け進む。

 

奥に見えた両開きの扉がスライドし、セキュリティルームに入り込む魔法少女達。

 

「ここが…この研究所を統括する場所なの?」

 

無数のモニターと管理制御端末、スーパーコンピュータで埋め尽くされた広大な空間。

 

「…よくここまで来れたな」

 

セキュリティ部署の所長が座る席が回転し、後ろ側に振り向く男。

 

「あんたが…ここのボスね!!」

 

「如何にも。私がこの研究所の所長を務める代表者だよ」

 

3人の魔法少女達が武器を構える。

 

「織莉子を返してもらうよ!」

 

「他の魔法少女達も解放しなさい!!」

 

「フッ…威勢がいい魔法少女の姿を見るのは久しいな。ここでは絶望した者しか見なかったよ」

 

「どうして魔法少女達を狙ってきたの!?目的はソウルジェムなの!?」

 

「その通り。我々にはソウルジェムが必要だ…負の感情エネルギーを莫大に生み出せる魂がね」

 

「その為に…どれだけの魔法少女を殺害してきたというのさ!!」

 

「君達はそんな事を気にするのかね?今まで食べてきたパンの枚数など、いちいち気にするか?」

 

「私たち魔法少女なんて…お前達にとっては食料品でしかないって言いたいの!」

 

「無論だ。感情エネルギー、食肉、研究材料…あらゆる為に魔法少女は役だってくれたよ」

 

「食…肉…?研究材料ですって!?」

 

「研究区画には立ち寄らなかっただろう?あそこでは人類の未来を担う研究が成されてきた」

 

「貴方達は何者なの!?未来を担う研究ですって!?」

 

邪悪な笑みを浮かべた所長が立ち上がる。

 

「我々はイルミナティを操る黒の貴族達の祖先。エグリゴリの堕天使と呼ばれる者達」

 

「イルミナティ…?黒の貴族…?エグリゴリの堕天使…?」

 

「イルミナティぐらいは聞いた事ないか?出していい情報程度なら都市伝説番組でやらせてるが」

 

「そう言えばそんな番組を見たことがあった気がする。世界を代表する秘密結社だと言ってたわ」

 

「彼らは国際金融資本家であり司令塔は13血統と呼ばれる。システムとなり世界を操る一族だ」

 

「国際金融資本家が世界を操る?大統領の方が偉いに決まってるだろ!」

 

「フッ、お子様らしい意見だな。国の代表など、何の決定権も無い世界構造を知らないと見える」

 

「あんた達は…世界を裏から操る秘密結社共のお親玉だと言いたいの!」

 

「彼らは悪魔を崇める悪魔崇拝者達。祖である我らエグリゴリの堕天使を崇拝する者達だ」

 

「これだけの研究施設を秘密裏に運営出来る…もしかして、この国の政府も協力者だと言うの?」

 

「巴マミ君だったか?聡明な推察だ。世界各国は表の政府の影には、裏の政府が存在する」

 

「裏の政府ですって…?」

 

「ディープステートと呼ばれる国家内国家だ。世界中の政府は、影の政府で操られているのだ」

 

「そんな胡散臭い話…信じろって言うの!?」

 

「おかしいとは思わなかったか?政治家共が聞こえの良い政策を言っても、()()()()()()()

 

「そ、それは……」

 

「いつだって裏切られてきた筈だ。彼らに決定権などない、国際金融資本家が国の政策を決める」

 

「仮に…貴方の言ってる事が全て事実だとしたら…私たちが敵にしているのは…」

 

「無論、この国の政府となるディープステート。そして米軍、国連軍さえ敵に回すことになる」

 

衝撃の発言。

 

目の前の存在から語られた、あまりにも現実離れした圧倒的巨大組織。

 

いくら魔法少女が魔法を使える存在であったとしても、相手は世界を牛耳る存在。

 

国でさえ歯向かえずに従うしか道が無い程の敵を相手にしてしまったのだ。

 

「君達は友人を救いに来たのだろうが…好奇心は猫をも殺す。もう()()()()()()()()

 

あまりにも巨大過ぎる敵組織を前にして、震えあがっていく者達。

 

「君達だけの問題では済まない。家族、友人、親族…あらゆる存在が我々の獲物となるだろう」

 

「私達の大切な人達にまで手を出すつもりなの!?」

 

「聡明な君が想像できなかったのか?我々に立てつくなら、家族友人も犠牲にされると?」

 

「まるで…マフィア共じゃない!!家族は関係ないわ…私達だけを狙いなさいよ!!」

 

「断る。君達はそれだけの事をしてくれた。全員皆殺しにされなければならない」

 

「魔獣なんて…比べ物にならない…!!こんな悪意の塊共は初めてだ!!」

 

指を鳴らす音が響く。

 

セキュリティルームの無数のモニターに映っていくのは、素性がバレたマミ達の素顔。

 

「君達の情報は既に世界中に届いている。地球の裏側に逃げようとも追い詰めて殺せる」

 

「あ…あぁ……」

 

「絶望したまえ。これからの君達は、平和な日常など訪れない」

 

3人のソウルジェムが絶望を示す穢れを生み出していく。

 

しかし、マニトゥのキャリアにMAGを喰われていき輝きを取り戻す。

 

ここでは絶望死して人生から逃げ出す自由すら与えられない。

 

「どうだね?いつ暗殺されるか分からない恐怖に苛まれて生きるより、ここで生贄にならんか?」

 

項垂れたまま震えていたが、決断する一撃が放たれる。

 

「…これが答えか?」

 

片腕を持ち上げて放ったマスケット銃の銃弾は、所長の右手の指に挟み取られている。

 

「美国さん…さぞ怖かった筈よ。あまりにも巨大過ぎる敵を相手にしていたのですもの…」

 

「織莉子の苦しみが…ようやく分かった。私も背負うよ…織莉子だけには背負わせない!!」

 

「小糸には悪いけど…私は自分が決めたことは必ずやる女なの!腹を括ってあげるわ!!」

 

「貴方を倒して…美国さんを返してもらう!!逃げ場が無いなら受けて立つわ!!」

 

覚悟を示した者達を見て、邪悪な笑い声を発する所長の姿。

 

「クク…素晴らしい覚悟だ!そんな君達の魂が、どんな絶望に染まっていくのか味わいたい!!」

 

両手を広げながら構える。

 

所長の全身から禍々しい光が放たれていく。

 

周囲の景色も歪んでいき、悪魔結界である異界に飲み込まれていく。

 

「これが…エグリゴリの堕天使なの……?」

 

3人が立つ異界の光景とは、研究所の戦闘実験区画を模した異界。

 

眼前に立つのは、深碧(しんぺき)のマントを靡かせる巨大な豹人間。

 

【オセ】

 

ソロモン王に封印された72柱の魔神の一柱であり、豹総裁と呼ばれる。

 

地獄の30個軍団を指揮する序列第57位の地獄の大総裁を務める豹の姿をした存在。

 

人を望む姿に変える力があると言われ、幻覚を見せたり発狂させたりも出来るという。

 

狂暴なので、呪文によって従属させないと食い殺される恐ろしき存在であった。

 

「貴様らの代わりなど見つかる。恐れを知らぬ少女の魂…我が喰らってくれる!!」

 

背中に背負う形で装備していた巨大な剣を抜く。

 

二刀流を構えるのは、15mはあろうかという巨大な悪魔。

 

「行くわよ、みんな!!」

 

「ここで死ぬつもりは無い!!織莉子と再会するまで死ねるものか!!」

 

「大型の魔獣ぐらいのデカさで粋がらないことね!真っ二つにしてやる!!」

 

3人の魔法少女達の戦いが始まっていく。

 

これで終わりではない。

 

彼女達はこれより、イルミナティとディープステートから追われる立場となるだろう。

 

終わりの無い恐怖と、いつ誰が襲われるか分からない苦痛と絶望との戦いが始まる。

 

それでも彼女達は選んだのだ。

 

悪には屈さないという…誇り高き生き様を。

 

────────────────────────────────

 

鳴り響く剣戟の音。

 

弾き合う金属が火花を散らす。

 

「ヤァァーーッッ!!」

 

二刀流で果敢に攻め抜くさやかに対し、クルースニクは剣戟を弾き続ける。

 

斬り結ぶ刃を鍔で止め、後ろに流し込む。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

続く杏子の連続突きを上半身を翻して避け、態勢を回転させる払い斬り。

 

後ろから迫るさやかの逆袈裟斬りを弾き、左拳で顔面を殴りつけてくる。

 

「ぐっ!?」

 

大きく弾き飛ばされながらも、左剣を構えて引き金を引く。

 

射出された刀身を避けるが、本命は次にある。

 

横向きで回転しながら迫りくるのは、投げられた右剣。

 

鈍化した世界。

 

迫りくる刃を避けると同時にフックガードに左指を入れ込み、回転を利用した逆投擲。

 

「チッ!!」

 

杏子に向けて投げられた剣だが、袈裟斬りで弾き落とす防御。

 

「こいつ…魔法で洗脳されてる筈なのに…!!」

 

「そうだね…狂ってる筈なのに…ここまでやれるなんて!」

 

伝説のヴァンパイアハンターの実力は、狂ってなお強力だと2人は痛感する表情。

 

「Grrrrrrrr!!!!」

 

左手を掲げ、魔力を込める。

 

放たれた魔法とは炎魔法であるマハラギオン。

 

「あたしが防ぐ!!」

 

槍を両手で掲げ、編み込み結界を前方空間に敷く。

 

「くっ…!!なんて威力だよ!!」

 

悪魔の魔法攻撃を受けたのは初めてであり、その威力に驚愕した表情。

 

「ぐあぁぁーーーッッ!!」

 

結界防御でも防ぎきれず、威力の一部が砕かれた結界を超えて2人を襲う。

 

杏子は倒れ込むが、常時発動する回復魔法で全身を常に回復しているさやかが前に出る。

 

「いい加減目を覚ましなさいよ!!」

 

焼けた肌が直ぐに回復したさやかが斬りかかる。

 

受け止めると同時に左手で手首を掴み捩じり上げる。

 

「ぐふっ!!」

 

腕を捩じられて俯けになった胴体に蹴りを浴び、続く回し蹴りが左側頭部を強打。

 

弾き飛ばされたさやかの体がガラスに叩きつけられ、背中がズタズタとなっていく。

 

倒れ込む彼女だが、その目に浮かぶ戦意は些かの曇りもない。

 

「まだ…まだぁ……!」

 

背中のマントはガラスで切り裂かれ、赤く出血していく。

 

だが、背中に円を描く複数の楽譜が展開され傷を癒しながら立ち上がる力を示す。

 

「どいてろさやかぁ!!」

 

声がした方に振り向けば、迫りくる鎖の鞭。

 

変形機構を持つ杏子の槍が展開され、多節鞭の如く迫りくる。

 

後方に向け側方宙返りを行い一撃を回避。

 

蛇の如く迫りくる槍の鞭を次々と斬り払い、鎖部分を唐竹割りで断ち切って見せた。

 

「うらぁーーッッ!!」

 

跳躍から仕掛ける袈裟斬り。

 

右切上げで受け止めるが、新たに生み出した槍で迫る杏子に視線を向ける。

 

受け止める刃を下に向けるように流し、払い込む。

 

逆袈裟斬りの角度で迫る槍の刃を左切り上げで受け止め、そのまま払い抜ける。

 

さやかと杏子から繰り出される剣戟の嵐に対し、舞うように立ち回り斬り払い続ける悪魔の剣技。

 

避けると同時に唐竹割りで袈裟斬りを弾き落とし、柄頭で右目を打つ。

 

「ぐっ!?」

 

右目が潰れたが、尚も袈裟斬りを果敢に放つ。

 

刃を受け止め鍔迫り合いとなった瞬間だった。

 

「あたしが合わせる!!」

 

飛び込んできた杏子の一撃が、鍔迫り合ったさやかの刀身に打ち込まれる。

 

刃と刃を通して光り輝いたのは、コネクト魔法。

 

攻撃力が上がったさやかの斬撃が押し込まれる。

 

「グゥッッ!!?」

 

左肩まで刃が押し込まれて食い込み、白いトレンチコートが出血していく。

 

「ガッ…アァ……アァァァァーーーッッ!!!」

 

鍔迫り合いから右側面に回り込むと同時に右肘打ちをさやかの頭部に放つ。

 

「あぁ!!」

 

続く杏子の袈裟斬りを片手で持つ剣で受け流し、強烈な回し蹴り。

 

「がっ!!?」

 

壁に激突し、大きく砕け散る。

 

飛び込んで逆袈裟斬りを狙うさやかに対し、後ろ蹴りが槍の如く突き刺さった。

 

反対側の壁に叩きつけられ、壁が大きく砕けて倒れ込む。

 

「グゥ…ウゥ……!!」

 

大きく跳躍して離れるクルースニク。

 

起き上がったさやかは杏子の元までふらつきながら歩き、肩に手を貸す。

 

コネクト魔法が光り、杏子の傷が回復の楽譜効果で癒されていく。

 

「魔力を気にせず戦えるのは良いが…ここまで技量の差があるのはキツイぜ…」

 

「それでも負けられない…!ここで殺されていった魔法少女達のためにも!!」

 

怒りに燃えるさやかの心。

 

円環のコトワリの使者として、救済を邪魔する存在に向ける怒りなのか?

 

それとも、1人の人間としての感情なのかは分からない。

 

「グッ…ワタシ…ジャ…マ…スル…ナ……」

 

さやかから受けた傷の痛みによって、封じられた自我の兆しが表れ始める。

 

しかし受けた洗脳魔法は重く、専用の回復道具か状態異常回復魔法が無ければ完治しない。

 

錯乱したままのクルースニクに見える光景。

 

それは…二体のヴァンパイアに襲われているような幻覚の世界。

 

左手を前に掲げる。

 

「これは……」

 

さやかと杏子の周りに出現したのは、破魔の光。

 

破魔を司る光の書物の紙が周囲を舞い、2人を包み込んでいく。

 

その光景を見た時、杏子の脳裏に巡ったのは封印された記憶。

 

「この魔法は…!?」

 

魔人との戦いの記憶の一部が蘇り、一瞬で状況判断。

 

「うわっ!?」

 

さやかを抱え込み大きく後方に向けて跳躍回避。

 

悪しき存在を纏めて浄化の光で消滅させる『マハンマオン』の一撃をギリギリで避け切った。

 

「あぶねぇ…危うく即死するところだった…」

 

「杏子…あの魔法の効果を知ってたの?」

 

「いや…覚えてるようでいて…上手く思い出せない。それより、片目は治ったか?」

 

「バッチリ!」

 

潰れた片目のまぶたを開けば、自動回復魔法によって復元しているさやかの目。

 

その光景を見たクルースニクは判断する。

 

あの魔法少女を滅ぼすには、生半可な一撃では足りないと。

 

右手に持つ剣を地面に突き立てる。

 

「あいつ…今度は何をする気だ!?」

 

左手を前に向け、握り込む。

 

左手から光りの魔力が噴き上がり、出現したのは光の弓。

 

寝かせて構える光弓の弦に右手を添え、引き絞っていく。

 

「この膨大な魔力…アレを受けたら不味いよ!!」

 

射掛けるようにして出現したのは、金色の弓矢。

 

クルースニクにとっては必殺の一撃となる『天扇弓』を放つのだ。

 

距離が離れすぎたため、いくら突進力のある2人でも斬り込む前に放たれる。

 

「やめてよ!!あんたは正義のヴァンパイアハンターでしょ!?戦う相手を間違えないで!」

 

「ダマ…レ…!ノロ…ワレ…シ…吸血鬼共メ…!!」

 

「何勘違いしてやがる!?あたし達は吸血鬼なんかじゃねぇよ!!」

 

「あたし達を殺したって使命は果たせない!それに、あんたは最悪な連中の手助けをしてる!」

 

「グッ…ワタ…シ…ハ……狩人…ダ!ソレ以上デモ…以下デモ…ナイ!!」

 

「お願いだから目を覚まして!正義の味方同士が殺し合うなんて…間違ってるよ!!」

 

精神に覆いかぶさる洗脳の力に逆らおうとし、苦悶の表情を浮かべていく。

 

光の弓矢が消え、両膝が崩れて蹲り苦しみだす。

 

「あんたは狩人なんでしょ!?なら、何のために狩りをしてきたのかを思い出して!!」

 

「私…ガ…狩リヲ…シテキタ…理由…ハ……」

 

微かに蘇っていく記憶。

 

それは、数多の並行宇宙において終わりなき戦いを繰り返していった記憶。

 

邪悪な吸血鬼であるクドラクによって、罪もない人間達が犠牲になってきた光景。

 

その光景に憤り、刃を振るってきたのは間違いなく善なる心。

 

「てめぇは何者なのか言ってみろよ!まだ誇りが残っているのなら!!」

 

「あたしには分かる!あんたも…あたし達と同じ正義のために戦う者だって!」

 

2人の説得の言葉に耐え切れず、両手で頭部を掴み苦しみ悶える姿。

 

「ウォォーーーーーッッ!!!!」

 

精神を支配してきた洗脳の壁を今、超える。

 

闇の膜を切り裂けたのは、善なるヴァンパイアハンターとしての誇りの刃。

 

だが、精神操作魔法に抵抗するために全力を尽くした反動によって意識が朦朧としていく。

 

倒れ込んだクルースニクの口元から、微かな言葉が聞こえてくるのだ。

 

「わた…し…は…クルースニク…。闇の…悪魔と…戦う……者……」

 

そう言い残し、彼の意識は途絶えて気絶してしまった。

 

「へっ…説得なんてガラじゃなかったけど、やってみるもんだな」

 

「正義の心が支配の鎖を断ち切れたんだよ…。この人はもう大丈夫だと思う」

 

「急ぐぞ、さやか。マミ達の援護に向かおうぜ!」

 

「うんっ!!」

 

2人は回廊の道を駆け抜けていく。

 

彼女達が相手にしようとしているのは、エグリゴリの堕天使。

 

今まで戦ってきた魔獣や魔法少女など比べ物にならない力を発揮するだろう。

 

それでも戦うしかないのだ。

 

囚われた魔法少女達を救い出し、ここで行われてきた地獄を終わらせるために。

 

────────────────────────────────

 

その頃、オセの異界に囚われてしまった魔法少女達の戦いは続く。

 

奮戦する魔法少女達であったのだが…。

 

「うっ…うぅ……私の盾を…両断出来るなんて…」

 

地面に倒れ込む姿をした小巻。

 

地面から出現させた巨大な盾は真一文字に切り裂かれ、半分欠けている。

 

「物理攻撃も…魔法攻撃も…反射出来る魔法…。これが悪魔の魔法なのね……」

 

壁に激突してめり込んだ姿のマミ。

 

地面に倒れ込み、それでも立ち上がろうとしていく痛々しい姿。

 

「速度低下魔法効果を…解除する魔法が使えるなんて…反則だよ……」

 

俯けに倒れ込んだ姿をしたキリカ。

 

重ねるようにして並んだ赤黒い鎌は切断されていた。

 

満身創痍の彼女達の元へと歩み寄ってくる巨体。

 

「どうした、魔法少女共?我の体に傷一つつける力すらなかったか?」

 

両手に持たれた巨大な二刀流の剣を振りかざし、放つ一撃。

 

<<アァァーーーッッ!!!>>

 

回転する薙ぎ払いを行うと同時に放たれた衝撃波。

 

人修羅が用いてきた物理魔法とも言えるだろうヒートウエーブの一撃。

 

衝撃波に弾かれた魔法少女達が全員壁にぶつかり、壁が大きく砕け散る。

 

地面に倒れ込んでいく魔法少女達。

 

力の差はあまりにも開き過ぎていた。

 

<何か…方法は無いの…?あいつの反射魔法に対抗出来る方法は…?>

 

念話を送る小巻に対し、マミが返事を返す。

 

<一瞬だけ現れるシールドのような光が見えたわ…。あれに反射されたんだと思う…>

 

<私達のマギア魔法を反射出来るぐらいなら…攻撃が通る魔法なんてもうないよ…私達…>

 

絶体絶命の窮地に立たされた魔法少女達の元に迫りくる堕天使の巨体。

 

「これがエグリゴリの堕天使だ。神や悪魔の真似が出来る程度の魔法少女が勝てる相手ではない」

 

「く…そぉ…!!織莉子を前にして…殺されるだなんて…!」

 

「絶望するがいい、魔法少女。ここでは絶望しか許されん…そして、絶望死すら許されんぞ」

 

「魔力は際限なく使えるのに…こんなことって…!」

 

「何度でも試してみるがいい。汝らの体が保つならばな」

 

余裕の挑発。

 

だが、それに反応を示したのはふらつきながらも立ち上がる意思を示す小巻。

 

「上等じゃない…何度でも試してやるわ」

 

「ダメよ浅古さん!攻撃を反射され続けられたらダメージに耐えられない!!」

 

「それでも…やるのよ」

 

「気は確かか小巻!?白女でスポーツばかりしてたから頭が弱くなったのかい!」

 

「ゲームばかりしてる呉ほど弱くはないわよ。それに、ゲーマーなら…私の狙いが分からない?」

 

「えっ……?」

 

「あんな魔法…そう何度も使える筈が無いわ」

 

「小巻…もしかして、相手のMP切れを狙って…」

 

ポールアックスを振りかぶり、決意を示す表情を浮かべる。

 

「呉…巴…私が必ずこいつの魔力を削り取ってみせる。だから…後はお願いね」

 

意を決し、相手に決死の突撃を仕掛けようとした時だった。

 

<<その役目、あたしが引き受ける!!>>

 

異界の中に入り込んできた存在に目を向ける。

 

放たれた矢の如く迫りくるのは、美樹さやか。

 

青い曲線を描くが如く迫りくる相手に対し、オセは剣を持つ両手を交差させる。

 

「無駄だ」

 

前進に張り巡らせたのは、物理反射魔法であるテトラカーン。

 

「くっ!!」

 

さやかの一撃は反射され弾き飛ばされる。

 

「あたしを忘れてもらっちゃ困るぜーッッ!!」

 

上空から飛び込んできたのは、悪魔に与える鉄槌の如き杏子の槍。

 

「チッ!」

 

振り向きながら剣を振り上げる。

 

迫りくる巨大な右切上げと鉄槌の如き槍が打ち合う。

 

「ぐあぁぁーーーッッ!!」

 

圧倒的な力の差で弾き飛ばされ、壁に大きくぶつかる杏子の姿。

 

「見えた…今の?」

 

「ええ…私にもハッキリ見えたわ…呉さん」

 

「あの反射魔法…攻撃を反射したら効果が消えるんだ!」

 

「だとしたら、休む間もなく攻撃を与え続ければいいわ!」

 

3人の元まで跳躍移動してきたのは、全身に円形楽譜の自動回復魔法を使うさやか。

 

「癒し系魔法少女のさやかちゃんが来たからには、もう大丈夫!」

 

地面に剣を突き立てる。

 

楽譜で描かれる魔法陣が出現し、傷ついた3人の体を癒していく。

 

さやかが得意とする回復魔法である癒しの調べだ。

 

「あいつが反射魔法を使ったら、あたしが攻撃する!ここでは回復魔法を無尽蔵に使えるから!」

 

「頼りになるじゃん…あんた」

 

「本当だよ…杏子から聞いていたイメージだと、考えなしに突進するイノシシ娘だったけど」

 

「うっ……後で杏子は説教だよ!」

 

「どうしてそうなる!?」

 

士気を取り戻した見滝原魔法少女達が武器を構えていく。

 

だが、彼女達の狙いが何なのかを理解しているオセは笑い始めるのだ。

 

「ククク…!実に子供らしい浅はかな希望だ」

 

両腕を交差させ、魔法を行使する。

 

「なに…あの魔法は?」

 

「そういえば…私達と戦っていた時にも、何度かあの光を見たわ」

 

緑に輝く光を纏い、再び剣を構えてくる姿。

 

「我が魔法しか能がない悪魔だと思い込んでいるようなら…思い知らせてくれるわ」

 

オセが踏み込み、斬撃を放つ。

 

両手から繰り出される唐竹割りの一撃が大地を砕く。

 

横っ飛びで回避した魔法少女達。

 

着地と同時に小巻が仕掛ける。

 

「タフさなら私も負けないよ!美樹!!」

 

互いに攻撃を仕掛け、傷ついたら回復しようという算段。

 

ポールアックスの刃が迫りくるが、オセの体が揺れる。

 

「えっ……?」

 

一瞬で背後の空間に回り込まれる。

 

「ガッ…!!?」

 

剣の石突が小巻の背中にクリーンヒット。

 

地面に倒れ込む彼女を援護するかのように周囲の魔法少女達も攻撃を仕掛け続ける。

 

「ヴァンパイアファング!!」

 

三日月鎌が重なった巨大な一撃。

 

オセの体が揺れ、背後から狙いを定めていた杏子の元まで移動している。

 

「ぐあぁぁーーーッッ!!?」

 

槍の投擲の構えをしていた杏子の背後から蹴りが迫り、大きく蹴り飛ばされていく。

 

「レガーレ・ヴァスターリア!!」

 

右手を翳すマミの拘束魔法。

 

読んでいたのか、大きく跳躍して拘束リボンを避け切る軽やかさ。

 

巨体にあるまじき程の軽やかさをもって、魔法少女達の猛攻を次々と避けては反撃を放つ。

 

「ま、まさか…さっきまで使っていたあの光の正体は!!」

 

「気づくのが遅すぎる!最大限まで高まった我がスピード…とくと味わえ!!」

 

速度に関する魔法が使えるキリカだからこそ理解出来た。

 

オセが行使していたのは、悪魔の補助魔法の一つであるスクカジャ。

 

スピードを上げることにより、回避力を上げ、命中率を上げる効果をもたらす。

 

「くっ!!」

 

相手の上がったスピードを落とし込もうと、地面に手をついて速度低下魔法を放つ。

 

「無駄だ」

 

オセは魔法効果解除をもたらす『デクンダ』を用いて魔法効果を打ち消してしまう。

 

「なんて強さなのよ…これが悪魔の力なの!?」

 

「魔獣なんて…束になっても比べ物にならない!!」

 

かつての世界で戦ってきた魔女さえも上回るだろう強大な力…そして狂気。

 

この者達こそが、改変された世界で戦うことになっていくだろう悪魔達の力。

 

攻め手を無くしていく魔法少女達は、焦りの色が滲んでいく。

 

小手先の攻撃は避けられて反撃され、大技を狙えば反射魔法で自らの一撃が返される。

 

ボルテクス界で戦ったことがある人修羅でさえ、苦戦を強いられた程の悪魔なのだ。

 

「ソウルジェムを喰らう楽しみがなくなるかもしれん。頑張って生き残ってみせろ」

 

双剣を構え、一回転させる薙ぎ払い攻撃。

 

全体に放たれたヒートウェイブの衝撃波が迫りくる。

 

<<アァァァァーーーッッ!!!>>

 

全員が衝撃波に弾き飛ばされ、壁にぶつかり地面に倒れ込んでいく。

 

満身創痍となってしまった魔法少女達。

 

「まだ…やれる…!!」

 

体を回復させながら剣を地面に突き立て、立ち上がっていくさやか。

 

「みんなを…回復させないと……」

 

彼女を覆う巨体の影に気づいた時にはもう遅い。

 

「先に汝から頂くとするか」

 

右腕が振り上げられ、放たれる唐竹割りが迫りくる。

 

「あっ……」

 

剣を地面に突き立ててしまい、受け止められる姿勢ではない。

 

「さやかーーーッッ!!!」

 

杏子の叫びが木霊する。

 

大切な仲間が両断される光景に対し、全員が目を背けてしまう。

 

響き渡る剣の音。

 

「そんな……そんな……美樹さん…美樹さん!!!」

 

絶叫するマミだが、魔力を感じた彼女はさやかに視線を向けていく。

 

「き…貴様は!?」

 

響き渡った剣の音とは、剣と剣がぶつかり合う音。

 

「えっ……あ、あんた……?」

 

さやかの目の前に見えたのは、白いトレンチコートの背中に描かれた赤き蝙蝠。

 

表れた存在とは、片手で持つ剣でオセの一撃を止め切ったクルースニクの姿。

 

「フンッ!!」

 

剣戟を打ち払われたオセは跳躍し、後方に下がる。

 

「貴様……洗脳魔法を打ち破ったか」

 

目の前に立つクルースニクの瞳は、金色の瞳。

 

誇り高きヴァンパイアハンターの魂が宿った、力強き眼差し。

 

「よくも私を惑わしてくれたな……」

 

片膝を地面につく。

 

全身に浴びた巨大な剣の一撃が左肩の傷に響き、血が噴き出してコートを染めていく。

 

「あたしを…助けてくれるの?あんたの体に酷い傷をつけたのに…」

 

「…私もお前の片目を潰した。これでおあいこだな」

 

現れた強大な力を持つ悪魔ではあるが、傷は深い。

 

だが、それで攻め手を緩めてくれる堕天使などではないのだ。

 

「クルースニク…やはり貴様は手に余る。ここで始末してやろうではないか」

 

悪魔の物理攻撃力を上げる気合を行使。

 

「待ってて!あたしが傷を癒すから!!」

 

「そんな暇は無い!!いいか…私が奴の隙を作る。怯んだオセを一気に畳みかけろ!!」

 

オセが放つのは、最大威力となったヒートウェイブの一撃。

 

衝撃波が迫りくる中、クルースニクは左手を掲げていく。

 

「な、なにぃ!!?」

 

彼が行使した魔法とは、オセと同じ物理反射魔法。

 

「グォォーーーッッ!!!」

 

テトラカーンに反射された自らの強大な一撃がオセに降りかかり、壁に激突してめり込む姿。

 

「佐倉さん!!今がチャンスよ!!」

 

「合わせろマミ!!」

 

片手と片手を合わせ、コネクト魔法が発動。

 

「ティロ・デュエット!!」

 

マミのコネクトにより攻撃力が上がった杏子が槍を投擲する構え。

 

横のマミもリボンを放ち、巨大な大砲を生み出す構えを見せた。

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

「盟神抉槍(くがたち)!!」

 

壁にめり込んだオセが顔を上げれば、巨大なマギア魔法が迫りくる。

 

「し、しまったぁぁーーッッ!!!」

 

テトラカーンを張り巡らせる暇もなく、直撃を浴びる光景。

 

大爆発を起こして壁が一気に壊れる。

 

しかし、爆炎の中から飛び出したのは…怒りに我を忘れたオセの巨体。

 

「グォォーーーッッ!!!」

 

悪魔の本能のまま迫りくるが、既に他の魔法少女達は間合いにまで詰め寄っていた。

 

「まだまだ…こんなもんじゃないわよぉーーッッ!!!」

 

高速の突進でオセの懐に入り込んださやかの乱舞斬り。

 

「ヌォォーーーッッ!!?」

 

巨体が後ずさるが、追撃を仕掛けるのはキリカと小巻。

 

「合わせなさい呉!!」

 

「言わなくてもいいさ!君と私の仲だ!!」

 

振り上げられたポールアックスと、連なる赤黒い鎌がオセの両腕を切り落とす。

 

「ギャァァァーーーーーッッ!!!!」

 

絶叫して後ずさっていく相手に対し、迫りくるのはさやかのマギア魔法。

 

「こいつでトドメだぁーーッッ!!!」

 

楽譜を描く光を纏い、高速で迫る飛び込み突きとはスプラッシュ・スティンガーの一撃だ。

 

「ガッ……!!!!」

 

オセの頭部に深く突き刺さるさやかの剣。

 

巨体がぐらつき、ついにオセの体が倒れ込む。

 

「ば…か…な……?我が…エグリゴリの…堕天使が…魔法少女…如き…に……?」

 

オセの胸元辺りで立つさやかは相手に対し、右手で指差しをしながら叫ぶのだ。

 

「あたし達魔法少女を玩具にして弄んだみんなの無念…キッチリ叩き込んであげたからね!!」

 

魔法少女を生き地獄へと突き落とし、恐怖の人体実験を繰り返してきた者に対する制裁の言葉。

 

その言葉は、円環のコトワリの使者として叫んだものなのか。

 

あるいは、今を生きる1人の魔法少女として叫んだのかは…分からない。

 

「図に…乗る…な…魔法少女共…。これから…始まるのだ…」

 

オセの巨体が光り輝き、MAGを放出していく。

 

「この…世界は…魔界と…化す…。世界に…与え…る…サード…インパクトが…始まる…」

 

「魔界…?サードインパクトですって…?あんた達、何を企んできたのさ!!」

 

「フフッ…貴様らにはもう…退路はない…。それでも…地獄の道を…切り開きたい…なら…」

 

――()()を…目指すと…いい。

 

そう言い残し、オセの体は弾けてMAGの光を放出していった。

 

飛び退いて着地したさやかの元まで走ってくる仲間達。

 

「やったじゃねーかさやか!!」

 

杏子に片腕を首に回されて笑顔を向けられるのだが、彼女の表情は暗い。

 

「浮かない顔ね?何か言われたのかしら…?」

 

「…ううん、何でもない。今は説明している時間もないし」

 

周囲の景色が戻っていく。

 

異界結界が解け、セキュリティルームに戻った一同が周囲を見回していく。

 

「あれが怪しそうね」

 

小巻が視線を向けたのは、セキュリティルームに設置された巨大なスーパーコンピュータ。

 

「小巻さん、後はお願い出来る?あたしは…傷をつけちゃった人を回復してあげないと」

 

「そうしてあげなさい。あの悪魔が来てくれなかったら…私達は全員死んでたわ」

 

ポールアックスを担ぎ、スーパーコンピュータの前まで歩いていく。

 

コントロールシステムの前に立った時、大画面モニターに映し出された存在に視線を向けた。

 

「キンキュウジタイ、システム、サドウカイシ」

 

現れたのは、この研究所を統括するAIである警備システム。

 

「タダチニ、シンニュウシャヲ、ハイジョ……」

 

「五月蠅い!!!」

 

振り上げた斧の一撃が大画面モニターを両断する。

 

「あたしは機械音痴なのよ!システムとか何だの言われたって訳分からないから!!」

 

指差しながら怒鳴り散らす小巻の姿を見ながら、皆は苦笑い。

 

「キリカ…あいつの面倒を見るのは大変だろうな」

 

「うん…小巻は超がつくほど短気だし、おまけに筋金入りの機械音痴だからねぇ」

 

「でも、友達思いの優しい子よ。浅古さんのような友達がいてくれて嬉しいわ」

 

微笑みながら、セキュリティルーム内のスーパーコンピュータを破壊していく者に目を向ける。

 

セキュリティAIによって区画管理されていたシステムがダウンしていく。

 

「これで良し!あとは織莉子を救出するために独房区画に向かうだけさ!」

 

「私が案内する」

 

声がした方に振り向けば、さやかと共に歩いてくるのはクルースニクだ。

 

「操られていたとはいえ、ここの構造なら把握している。ついて来い」

 

「私達に協力してくれるんですか……?」

 

「…この悪夢のような地獄で生贄になった者達のためにも、私は君達に手を貸そう」

 

セキュリティルームから出て行く彼の背中に続いていく。

 

火花が飛び散るセキュリティルーム。

 

研究所内の全てのシステムがダウンし、独房区画の電子ロックも解除されたようだ。

 

…だが、それによって地の底に繋がれていた者までも解放されることになるのだ。

 

マニトゥを収めていた空間では、システムダウンによりMAG供給が止まる光景。

 

<<ヒハ…ハハハ…ソウル…ソウ…ル……ソウ……ル…?>>

 

体に繋がれたLANケーブルから流れ込むMAGが止まり、空間内の光が消えてしまう。

 

<<アガッ…ガッ…アァ…アァァ……アァァァァーーーッッ!!!!>>

 

狂気の雄叫びが地底の底で噴き上がる。

 

<<AAAAAAAAAARRRRRRRRRTTTTTTTTHHHHH!!!!!>>

 

暴れ狂い、力任せに次々と鎖を千切っていく。

 

体の内側から伸び出た黒き触手も暴れ狂い、壁を貫いていく。

 

魔法少女達から提供される授乳と言えるMAG供給を止められた狂気の赤子が暴れ狂うのだ。

 

両手を壁につけ、400m近い巨体が上を目指していく。

 

地獄の底で続けられてきた魔法少女の苦しみは、救出に来た魔法少女の活躍で終わるだろう。

 

だからこそマニトゥは求めるのだ。

 

この悪魔にとっての、最後の食事を。

 

────────────────────────────────

 

「みんな!!早く逃げなさい!!!」

 

声を張り上げるのは、ソウルジェムを取り戻して変身した姿の織莉子。

 

独房管理ルームから出てくるのは、囚われていた魔法少女達。

 

警備員達に集団で襲い掛かり、収納ボックスに収められていたソウルジェムを取り戻すのだ。

 

織莉子の号令の元、研究所から脱走を始めていく。

 

「ソウルジェムがまだ一つ残っている…?誰か独房に残っているというの?」

 

残されたソウルジェムを持ち、彼女は走る。

 

一つ一つの独房を確認していくと、寝台の上で蹲った姿をした少女を見つけた。

 

「独房の扉は開いてるのよ!どうして逃げ出さないの!」

 

彼女の大声にも反応を示さないのは、生きる気力を奪われてしまった魔法少女。

 

愛する父を殺されてしまった里見那由他の姿だ。

 

「ほっといてくださいですの…」

 

「そんなことは出来ないわ!ここに残っていたら貴女は殺されてしまう!」

 

「別に良いですの…。生き残れたって…私にはもう何も残されてないですの」

 

「どういう意味なの…?」

 

「私のパパは…連中に殺されましたの。それに…ラビさんの魔力も感じませんですの」

 

「貴女のお父様が殺されただなんて…。それに、ラビさんというのは?」

 

「私と同じく、ここに囚われていた魔法少女ですの。だけど、魔力を感じられないのは…」

 

それは容易に想像出来るため、織莉子は顔を俯けてしまう。

 

「私はもう…生きていたくないですの。ここで死んだ方が……」

 

生きる事に絶望した哀れな少女。

 

その姿を自分の姿と重ねずにはいられない。

 

織莉子もまた、愛する父親をイルミナティの傀儡であるディープステートに殺された少女だ。

 

彼女の両肩に手を置き、真剣な眼差しを向ける。

 

「…それでも、生きなさい」

 

「どうして……ですの?」

 

「私がそうしているからよ。私もね…貴女と同じ立場なのよ……」

 

「もしかして……貴女もパパを……?」

 

「お父様は…連中に嵌められて汚職議員にされた。私は…そんな父にトドメを刺した罪人よ」

 

「どうしてですの…?そこまで辛い立場なのに…どうして生きようとするのですの?」

 

肩から手を離し、信念を宿す胸に片手を置く。

 

「お父様の無念を…晴らしたいからよ」

 

「パパの無念を晴らすために…ラビさんの無念を晴らすために…生きる…?」

 

「私は生きることを止めないわ。たとえどれだけの責め苦を負わされても…戦い続けてみせる」

 

「強い人ですの…。私は…貴女みたいには……」

 

「貴女には貴女の人生がある。生き抜くことこそ、貴女のお父様が望むことだと…私は思うわ」

 

スカートのポケットから那由他のソウルジェムを取り出して手渡す。

 

「私は美国織莉子。貴女の名前は?」

 

「里見那由他ですの…。織莉子さん、私…貴女のように強くなりたいですの…」

 

「出来るわ…きっと。お父様への愛を貫く気持ちがある限り…」

 

「パパ…パパ……グスッ…うぇぇぇぇぇ~~……ッッ!!!」

 

織莉子の胸に抱き着き、泣きじゃくる悲しき少女。

 

両手で力強く抱きしめ、彼女の苦しみを共に分かち合う。

 

だが、そんな彼女達に襲い掛かろうとする邪悪な大霊が迫りくるのだ。

 

「なにっ!!?」

 

突然の大地震。

 

研究所内が激しく振動し、明かりが明滅を繰り返す。

 

<<警告、マニトゥ格納区画で異常を確認>>

 

「マニトゥですって…?」

 

<<緊急事態コードを承認。研究区画を放棄せよ。職員はただちに避難用プラットフォームへ>>

 

「な……何ですの!?この…地の底から感じさせる、あまりにも巨大な魔力は!?」

 

「貴女も魔法少女に変身しなさい!急いで!!」

 

「は、はいですの!!」

 

ソウルジェムを構え、那由他も変身。

 

中華風のドレスを纏う女帝のような姿となり、芭蕉線(ばしょうせん)と似た武器を生み出す。

 

2人が独房から飛び出して来た時、遠くの方から叫び声が木霊する。

 

「何が…起きているの……?」

 

逃亡していく魔法少女達だったが、研究所を破壊しながら飛び出す黒き触手に襲われていく。

 

<<キャァァーーーーッッ!!!>>

 

次々と触手に取り込まれていく魔法少女達。

 

ソウルジェムどころか、肉体さえも喰らいつくす飽くなきソウルへの渇望。

 

「ヒィーーーッッ!!!!」

 

研究所から逃げ出そうとする職員達にも襲い掛かり、肉と魂を貪りつくす。

 

その光景はまさに最後の晩餐だった。

 

「こっちに来て!!」

 

織莉子に手を引かれながら那由他も走って行く。

 

「何処に逃げるというのですの!?」

 

「仲間達の魔力が近づいてくるのよ!」

 

「もしかして…助けが来てくれたのですの!?」

 

「その子達と合流してここから脱出しましょう!」

 

「は…はい!!」

 

独房区画を目指すクルースニクと魔法少女達も走り続ける。

 

クルースニクに担がれているのは、リボンで拘束された姿をしたマッドサイエンティスト。

 

「は、放せーーッッ!!私は研究者だ!!暴力反対!!」

 

「喧しいわね!ここで魔法少女をいたぶってきた屑のくせに!!」

 

「殺されないだけ有り難く思うんだね。刻みたいぐらいだけど、脱出場所まで案内してもらう!」

 

「くぅ~~!!科学が魔法に負けるなんて~!!くやしい~~ッッ!!!」

 

「うるせーぞ糞野郎!!」

 

杏子の槍の平たい部分でどつかれ、黙り込んだようだ。

 

「この魔力は…感じるわ!美国さんが近づいてきている!!」

 

「流石は織莉子さんだ!あたし達と合流して脱出しようというんだね!」

 

「あぁ……織莉子との感動の再会!救出に来た王子様としての私が今直ぐ行くよ!!」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!なんか…近くに別の魔法少女の魔力も感じるわよ?」

 

「ええっ!?織莉子…もしかして、私という者がいながら…違う魔法少女を選んだのかい!?」

 

「落ち着きなさい呉さん!今はそんなことを考えてる暇は無いわ!!」

 

「あぁ…恩人…私の心は散り果てて…走る気力がなくなっていく…」

 

「あたしの槍でケツをしばけば、走る気になるか?」

 

「私の斧でしばいてやってもいいわよ、呉?」

 

「やめてくれないか!そんな武器でお尻を叩かれたらパンツが履けないぐらいに腫れちゃうよ!」

 

緊張感が抜けきった一同を横目で見ながら、眼前に視線を移す。

 

「どうやら、合流出来そうだな」

 

奥の通路から走ってきたのは織莉子と那由他。

 

「キリカ!!小巻さん!!」

 

「織莉子ぉぉーーッッ!!!」

 

突然元気を出したキリカが走り、織莉子に抱き着く。

 

「会いたかったァァーーッ!!会いたかったよ織莉子ッッ!!」

 

泣くほど嬉しいのか、彼女の胸の中でワンワン泣きじゃくるキリカの姿。

 

「全く…このバカ!あんたバカでしょ!!私達がいなかったらどうなってたのよ…このバカ!」

 

「小巻さん…本当にごめんなさい。それに皆にも心配をかけさせて…」

 

「大体そんな景気悪い顔してるから絡まれるのよ!バカじゃないの!ほんとバカ!!」

 

(一生分のバカを言われている気がするわ…)

 

怒りながらも、小巻の目にも涙が浮かんでいく。

 

キリカと小巻は彼女の仲間として、ずっと織莉子の身を案じて探し続けてくれた親友達。

 

そんな彼女達の優しさと、再会の喜び。

 

織莉子の目にも薄っすら涙が滲んでいった。

 

「貴女は…囚われていた魔法少女ですか?」

 

マミが那由他に近寄る。

 

俯いたままであるが、それでも希望に縋るように顔を上げて口を開いてくれる。

 

「はい…ですの。私は里見那由他と申しますの…」

 

「巴マミよ。自己紹介を済ませる暇は…無さそうね」

 

彼女達が視線を向ける先。

 

遠くの通路を突き破りながら迫りくるのは、マニトゥの触手が群れとかして迫りくる光景だ。

 

「早く行け!!私がしんがりを務めてやろう!!」

 

光りの弓矢を出現させ、天扇弓を放つ。

 

一発の光の矢が分裂し、次々と触手の群れを破壊していく。

 

それでも次々と生み出される膨大な触手の群れに対応し続ける事は不可能だろう。

 

<<警告。証拠隠滅のため、自己破壊モードが作動>>

 

<<研究所は放棄されます。職員は速やかにプラットフォームに移動して下さい>>

 

マッドサイエンティストの誘導に従い、中央エレベーターを目指す。

 

「こ…ここから脱出用のプラットフォームに下りられる!」

 

「嘘じゃねーだろうな?嘘だったら!!」

 

「信じてくれ!!こんな場所に長居したら…私まで死んでしまう!!」

 

「命欲しさの情報なら、信用してもいいんじゃないの?」

 

「チッ、生き残れてもタダじゃおかねーからな、オッサン!!」

 

巨大な中央エレベーターからプラットフォーム区画へと移動。

 

辿り着いた場所とは、地下鉄を思わせる空間だった。

 

「ここは資材搬入路としても使われるが…緊急時には脱出用の車両基地としても運用される!」

 

「あれがそうなのかしら…?」

 

ホーム内を見れば、資材運搬用車両が見える。

 

「オラッ!オッサンが運転しろよ!!」

 

「キィーッッ!!大人をこき使うガキは嫌いだーーっ!!」

 

車両に乗り込み、マッドサイエンティストが操縦を行う。

 

資材を詰め込む車両に飛び移るが、中央エレベーター方面から迫りくる存在に目を向ける。

 

「急いで!!もう直ぐそこまで来てる!!!」

 

列車が動き出し、暗い地下鉄線路を猛スピードで走行していく。

 

後方からは物凄い数の黒き触手たちが獲物を逃がすまいと迫りくるおぞましい光景。

 

「いい加減しつこいのよ!去っていくレディの背中を追いかけるのは止めなさいよね!!」

 

最後の一撃としてマミが放つ極大魔法。

 

列車の後部車両の上に生み出されたのは、巨大な列車砲。

 

「あなた達に蹂躙されてきた魔法少女達の怒りを込めるわ!ボンバルダメント!!」

 

轟音と共に放たれたのは、巨大な榴弾。

 

洪水の如く迫りくる触手の群れに着弾し、大爆発を起こす。

 

「おいおい…不味いぞ!!」

 

マミの一撃によってトンネルが崩壊していく。

 

迫りくる触手をせき止められたのは良いのだが…このままでは生き埋めだ。

 

「もっと飛ばしなさいよ!!」

 

「やっとるわい!!死んだら化けて出てやる!!!」

 

猛スピードで地上へと駆けあがっていく車両。

 

光りが見えてきたのは、使われなくなった廃線路から見える夜の光。

 

「間に合えーーーッッ!!!」

 

偽装された廃トンネルから車両が飛び出すと同時に、トンネルが崩れ落ちる。

 

「ダメだぁ!!こんなスピードでは曲がり切れん!!!」

 

緩やかに曲がった線路であろうが、これ程のスピードが出れば遠心力も増すだろう。

 

<<ギャァァァーーーーーッッ!!!?>>

 

車両から飛び出す魔法少女達と、マッドサイエンティストを抱えたクルースニク。

 

車両は横倒しに倒れ込み、どうにか危機を脱出出来たようだ。

 

「ここは…何処なのかなぁ?」

 

「随分と遠くまで来ちゃったわね…。もしかして、見滝原の隣町かしら?」

 

「だとしたら…尚紀達と直ぐに合流するのは難しそうだな」

 

遠くに見える夜空を見上げる魔法少女達。

 

赤く燃え広がるのは、証拠隠滅のために研究所が自爆した事によって生み出された火災光景。

 

彼女達の顔には冷たい汗が滲んでいく。

 

遠くからでも感じる巨大な魔力。

 

屹立した巨大な大霊の影。

 

これから始まっていくのは、魔法少女では太刀打ち出来ない戦いの領域。

 

神々の領域の戦いへと進んで行くのであった。

 




完全にバイオハザード展開でした(汗)


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166話 マニトゥ

「あの悪魔が…地下に隠されていたものの正体だったのか?」

 

病院ゲートの外から見上げる先には、マニトゥの巨体。

 

「そうだ…。あの悪魔は際限なくマガツヒを喰らう悪魔だ」

 

「そのために…魔法少女共は拷問の限りを尽くされ、マガツヒを奪われていったのさ」

 

「惨イ末路ヲ繰リ返サセラレテイッタヨウダ」

 

仲魔達の言葉を聞き、尚紀の脳裏に浮かぶのはかつての世界の記憶。

 

マントラ軍に奴隷として捕らえられたマネタカ達。

 

彼らが捕囚されたのは、カブキチョウ捕囚所と呼ばれた施設。

 

尚紀の友人もそこに囚われ、助けに向かった時に見せられた…凄惨な光景が蘇っていく。

 

「…何処の世界でも、悪魔がやることは変わらないな」

 

「フン、そうだとも。俺様たち悪魔に必要なのは、感情エネルギーだ」

 

「召喚された我ら悪魔は、実体を保つために食事を必要とする。人間と同じように」

 

「食ワネバ死ヌ、ダカラ食ベル、ソレハ責メヌ。シカシ…アノ悪魔二ハ際限ガナイ」

 

「何のために魔法少女を喰らってきたのかさえ、もう考える力は無いだろうな」

 

「だとしたら…あの悪魔が解放されたならば、望むのは…」

 

「際限なきソウルの捕食ね…。魔法少女が手に入らないなら、人間から奪うわ」

 

屹立する邪悪な大霊。

 

ワルプルギスの夜の巨体に匹敵する程の巨人の姿は…あまりに醜悪。

 

人の形を保つ事が出来なくなり、全身が分割されたかのように内側から弾けている。

 

それを内側から伸ばした黒き触手で無理やり繋ぎ合わせている醜悪な姿。

 

体を支える力を戻すため、地面に伸ばしていた蠢く触手がマニトゥの体に収納されていく。

 

「あの姿…マガツヒを喰らい過ぎて自滅しかけているのか?」

 

「そのようだ…。なぜあれ程までに感情エネルギーを喰わせてきたのか…目的は分からん」

 

「聞いた話じゃ、あの個体は増殖することが出来るそうだ。世界中に同じ個体がいる」

 

「イルミナティ共は…あの悪魔を量産して何を企んでいるというんだ?」

 

「分からん。俺様たちは興味なかったから詳しく調べてなんてこなかったよ」

 

「増殖出来る悪魔だなんて…ゾッとする。あの個体が本体と同じ力であって欲しくはないわね」

 

「戦ってみれば分かる。どの道、奴を倒す以外にないのだから」

 

大地から感じる地震の振動が激しくなっていく。

 

研究所が自爆したことにより、病院周辺の山が下側から岩盤を砕いて弾け飛ぶ。

 

<<AAAAAAAAAARRRRRRRRRTTTTTTTTHHHHH!!!!!>>

 

巨体が大きく跳躍し、巨大な爆発を超えていく。

 

爆発した巨大な瓦礫が散乱し、岩盤の如き巨大な落下物が宙を舞い落ちてくる光景。

 

「全てを破壊するしかない!!」

 

「任せろ尚紀!!」

 

「へっ!!面白くなってきたぜ!!」

 

「見セテヤロウ!我ガ真ノ力ヲ!!」

 

尚紀に合わせるかのようにして、全員が気合を込めて力を溜め込む。

 

<<ハァァーーーッッ!!!>>

 

人修羅が放ったのは、飛び後ろ回し蹴りから放つジャベリンレイン。

 

クーフーリンは魔力を込めた槍を投擲し、デスバウンドを放つ。

 

セイテンタイセイは如意金箍棒を構えて薙ぎ払い、八相発破を放つ。

 

跳躍したケルベロスが光弾の如き突撃を行い放つのは、闇の力を一気に解き放つ『冥界破』だ。

 

空中に飛散していく巨大な大地の破片が次々と砕け、消滅していく。

 

夜空という何もない空間だからこそ、彼らは巨大な威力を誇る一撃を放つことが出来たのだ。

 

「あいつ…!?街に向かうみたいよ!!」

 

ナオミ達を飛び越えて地下爆発を避けたマニトゥの巨体。

 

浮遊するかのように宙を浮いて移動していく背中が見える。

 

「あの方角は……見滝原市を目指すつもりだわ!!」

 

「なんだとっ!?」

 

浮遊する巨大なる大霊。

 

顔の半分が内側から弾け、分割された顔の片目から見える街の明かり。

 

感じるのは神浜市に匹敵する程の人口を支える人間たちの魂。

 

<<ソウル!!ソウル!!!グォォーーーッッ!!!!>>

 

シダ植物の如く全身から胞子状のスポアを解き放つ。

 

無数のキャリア達が見滝原市に向け、風に流れるようにして飛んでいく。

 

その光景はさながら黄砂の嵐のようにも見えるかもしれない。

 

マニトゥの弾けた頭部。

 

かろうじて形が残っている口元が開き、巨大なエネルギーを放出していく。

 

<<グォアアーーーッッ!!!>>

 

黒き塊が口の中から飛び出し、闇の光弾と化して発射される。

 

「しまった!!」

 

マニトゥの体内で練り上げた『異形胞子飛弾』の一撃が見滝原市に迫っていく。

 

直撃すれば、街が跡形もなくなるだろう一撃。

 

一瞬で殺される人間達の絶望で染まった魂は、後でキャリア共が回収するというわけだ。

 

<<グガッ……?>>

 

マニトゥが感じ取ったのは、人修羅とは違う別の強大な魔力。

 

見滝原市の上空に浮かぶ、別の悪魔の存在。

 

「……やらせないわ」

 

宙に浮かぶのは、悪魔と化した暁美ほむら。

 

両腕を広げていき、背中の骨で出来た翼に向けて魔力を送り込んでいく。

 

背中から生み出されていくのは、鹿目まどかを守りたい感情の翼。

 

「この街は…まどかが生きる街なのよ!!」

 

街を覆える程にまで巨大化した翼とは、侵食する黒き翼。

 

侵食する翼が折りたたまれ、街を守る巨大な盾とする。

 

ほむらの盾と化した黒き翼によって、異形胞子飛弾の直撃は浸食されて消し去られた。

 

「あいつ……来てくれたのか」

 

ほむらの魔力を感じ取った尚紀の口元には、笑みが浮かぶ。

 

「町の方角から感じさせるこの強大な魔力は何者なんだ…?」

 

「知ってるような素振りだな、尚紀?」

 

「街の方は大丈夫だ。最強の盾が守ってくれている」

 

「最強ノ盾ダト?」

 

「マサカドゥスの力を解放した全力の俺の一撃を全て受け止めた悪魔だと言えば…伝わるか?」

 

「マジかよ?そんな強い悪魔がこの世界にいたとはなぁ」

 

「そして、その悪魔は人間の街を守ろうとしている。ならば脅威とは言えまい」

 

「後ろは心配するな。俺たちは目の前のあいつを倒す!」

 

一撃目が失敗に終わった事を理解する程度の知能はまだ残っている。

 

次弾を放つ構えを見せた時だった。

 

<<グゥッッ!!?>>

 

背中に強力な光弾を浴び、態勢が崩れる。

 

巨体を回転させ、後ろの方角に見えた小さな悪魔達。

 

「よぉ…大将。俺たちとも遊んで行けよ」

 

左手を掲げ、破邪の光弾を放った尚紀の顔は不敵な笑みを見せる。

 

「もっとも、俺様たちと遊ぶなら…命を懸けてもらおうじゃねーか」

 

如意金箍棒を豪快に振り回し、左手で印を組む。

 

觔斗雲が出現し、飛び乗りながら構える姿。

 

「我が魔槍からは逃れられん。貴様の心臓…貰い受けてやる」

 

槍を頭上で回転させ、仲魔たち全員にスクカジャをかけるクーフーリン。

 

「久シブリノ強敵ダ…我ガ爪デ引キ裂キ甲斐ガアルトイウモノダ!」

 

力強き『雄叫び』を上げるケルベロス。

 

本能的に怯んだマニトゥの攻撃力と魔法攻撃力が大幅に下がっていく。

 

「フフッ…創成の世界を超えた悪魔達との共闘だなんて…夢のある話ね。気に入ったわ!」

 

召喚管を構えたナオミが悪魔を召喚。

 

背後に現れたのは、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)と呼ばれる菩薩。

 

ナオミの体が光りに包まれ、力がみなぎっていく光景が広がる。

 

戦闘準備は完了した。

 

後は敵を屠るのみ。

 

マニトゥの邪悪な咆哮が木霊し、異界が開いていく。

 

周囲は荒廃した世界と化し、周りの被害を気にする必要もなくなった。

 

「行くぜ!お前ら!!」

 

上着を掴み、脱ぎ捨てる。

 

上半身に見えるのは、魔力が全身に迸る発光した刺青。

 

噴き上げる魔力を光剣として放出した尚紀が走る。

 

続くように仲魔達とデビルサマナーも駆け抜ける。

 

迎え撃つマニトゥは地上に下り、迎え撃つ構えを見せた。

 

今こそ始めよう。

 

ボルテクス界を超えた悪魔の力と、デビルサマナーの力を合わせた戦いを。

 

────────────────────────────────

 

<<アァァァァーーーッッ!!!!>>

 

全身から放ち、地面を貫いて迫りくるのは無数の黒き触手。

 

触手が巨大な鞭となり放つのは『メガトンプレス』となった一撃。

 

大地を砕きながら迫りくる黒き洪水は、全ての命を飲み込み喰らう。

 

その光景はまさに奈落。

 

『ナラクノアビス』が迫りくるのだ。

 

「乗レッ!!」

 

駆け抜ける尚紀と並走してきたケルベロスに飛び移る。

 

両足で胴体を押さえつけて態勢を固定。

 

馬の代わりとなった地獄の番犬を引き連れるのは、悪魔達から混沌王と呼ばれし大悪魔。

 

「おぉぉーーーッッ!!!」

 

叩きつけてくる触手を跳躍し、飛び移る。

 

触手の道を駆け抜けるが、無数の触手が次々と叩きつけるように伸ばされていく。

 

光剣を振りかざし、次々と迫りくる巨大な鞭となりし触手を両断しながら駆け抜ける。

 

左右から挟み打ちを仕掛ける攻撃に対し、ケルベロスは地面に爪を立てて一回転。

 

「ハァァーーーッッ!!!」

 

左手からも放出した光剣。

 

魔力で刀身が伸びた光剣と回転運動が合わさり、左右から迫りくる触手を両断。

 

触手の道を果敢に超えていくが、頭上を覆う影。

 

「伸びろ!!如意棒!!!」

 

唐竹割りの如く叩きつけにくる触手を弾いたのは、上空を飛んでいるセイテンタイセイの一撃。

 

「オラオラァ!!ガンガン行こうぜ尚紀ーっ!!!」

 

雲の上で立つセイテンタイセイが左手で印を結ぶ。

 

仲魔たち全員の攻撃力を上げるタルカジャを行使するのだ。

 

「フフッ、昔を思い出すぜ!!」

 

遠くに聳え立つマニトゥを目指し、猛攻が繰り返される道を果敢に超えていく雄々しき姿。

 

<<グォアアーーーッッ!!!>>

 

口から闇のエネルギーが溢れ、再び異形胞子飛弾が発射される。

 

威力は落ちているが、次々と連射撃ちを仕掛けてくる様は砲弾の雨の如し。

 

無数に蠢く触手の道を飛び越えながらの回避運動。

 

一発が迫りくるが、それを破壊した大火球の一撃。

 

火炎魔法の中でも強力なアギダインがマニトゥの一撃を相殺してくれる。

 

遠くで放った存在とは、槍の矛を用いて空中に発光するルーン文字を描いたクーフーリン。

 

彼は師匠であるスカアハから武芸だけでなく、ルーン魔法の扱い方も教わっている。

 

北欧神話の最高神であるオーディンが手に入れたルーン魔法の知識を豊富に持つ戦士なのだ。

 

「合わせなさい!クーフーリン!!」

 

傍に立つ者に振り向けば、業火を纏うナオミの姿。

 

倶利伽羅剣を天に向け、放つ一撃とはくりからの黒龍。

 

「承知した!!」

 

魔槍ゲイボルグに魔力が最大限まで籠り、真紅に染まっていく。

 

「「ハァァーーーッッ!!!」」

 

くりからの黒龍に合わせ、デスバウンドの一撃が一気に放たれる。

 

一直線に飛翔する二つの一撃が尚紀の頭上を越えていく。

 

<<ギャァァァーーーーーーッッ!!!>>

 

分離して離れた太腿や上腕を破壊され、苦しみの叫びを上げるおぞましき大霊。

 

破壊された部位からMAGが放出されるが、マニトゥはそれを逆利用。

 

<<グォアアーーーッッ!!!>>

 

空中に次々と悪魔召喚陣が浮かび、削り取られた自らのMAGを用いて悪魔召喚。

 

<<キシャーーーッッ!!!>>

 

現れたのは、おびただしい数の凶鳥たち。

 

【鴆(チン)】

 

紀元前からの中国に伝わる毒鳥。

 

鷲位の大きさで、紫がかった緑の翼と長い首を持ち、クチバシは赤い。

 

その羽根を酒に浸せば致死性の毒酒ができるという。

 

チンはマムシなどの毒蛇を好んで食し、その為に自らも毒を持つようになったとされた。

 

<<コロース!コッロース!!>>

 

飛翔して迫りくるチンの群れがマニトゥの壁となる。

 

毒ひっかきを用いて攻撃してくる存在に向け、尚紀を乗せたケルベロスが果敢に攻める。

 

「オォォォーーーッッ!!!」

 

ケルベロスの口から業火が溢れ、ファイアブレスを放つ。

 

それだけではない。

 

周囲に地獄の業火を放ち続け、炎の渦と化しチンの群れを焼き尽くしていく。

 

業火の奔流の海を越え、ついにマニトゥの巨体が目前にまで迫る。

 

「飛べ!!」

 

「応ッッ!!」

 

触手の道を跳躍。

 

マニトゥの周囲を飛び交うチンの体を足場として飛び続けていく。

 

周囲を飛び交うチンが迫りくるが、ケルベロスの背の上に立つ尚紀の双剣が唸りを上げる。

 

次々と凶鳥を斬り捨て、ケルベロスの背から一気に跳躍。

 

「ハァァーーーッッ!!!!」

 

魔力を右手の光剣に込め、刀身が一気に伸びる。

 

態勢を横倒しにする回転の一撃。

 

<<グォアアーーーッッ!!!!>>

 

唐竹割りの一撃の如く、マニトゥの右腕が一気に切断する一撃が決まった。

 

回転したまま態勢を戻し、飛んできたケルベロスの背に飛び乗った着地移動。

 

「いい一撃だぁ!!それでこそ俺様の弟子ってもんだぜぇ!!」

 

頭上を見上げれば、筋斗雲から飛び降りるセイテンタイセイの姿。

 

「俺様の如意棒の一撃…受けてみやがれぇ!!」

 

態勢を回転させて勢いをつけ、伸ばした棒を一気に振り下ろす。

 

<<アガァァーーーッッ!!?>>

 

マニトゥの頭部に打ち込まれた『ヤマオロシ』の一撃。

 

態勢が崩れた相手に対し、触手の道を跳躍しながら迫りくるクーフーリンとナオミの姿。

 

放ったゲイボルグが回転しながら主の右手に戻り、そのまま跳躍。

 

ナオミは倶利伽羅剣の剣を構え、続くように跳躍。

 

チンの群れを風魔法のザンダインで吹き飛ばし、マニトゥに迫る。

 

背後に現れた不動明王の業火によって焼き払い、マニトゥに迫る。

 

<<アギャーーーーッッ!!!!>>

 

クーフーリンが放つ『ギロチンカット』の一撃がマニトゥの左腕を両断。

 

ナオミが放つ斬撃によって、左足も切断されていく。

 

<<ア…ガァァ……ソウル……ソウルゥゥーーッッ!!!>>

 

両腕を捥がれ、片足を捥がれるが尚も飢え狂うマニトゥの咆哮。

 

宙に浮かび上がり、体を回転させていく。

 

背後に回り込んだ敵に向け、最大威力の異形胞子飛弾を放とうとするが…。

 

<<グゥゥ……ッッ!!?>>

 

背後の大地に立つ者達は既に、同じように最大火力を放つ構えを見せる。

 

尚紀は口を大きく開け、至高の魔弾を放つ態勢。

 

ナオミはくりからの黒龍を放つ構え。

 

セイテンタイセイは片手で印を結び、火力を上げるタルカジャを最大にまで周囲に用いる。

 

クーフーリンは相手の能力を一気に落とす『ランダマイザ』をマニトゥに仕掛ける。

 

4人の背を見つめるケロべロスは、マニトゥの最後となるだろう姿を見上げ…口を開く。

 

「貴様ハ強キ大霊ナノダロウガ……相手ガ悪過ギタノダ」

 

気合とタルカジャがかかった至高の魔弾が放たれる。

 

同時にくりからの黒龍が放たれる。

 

<<アァァァァーーーッッ!!!!>>

 

迫りくる巨大な奔流に飲み込まれる大霊の巨体。

 

<<ソ…ウ……ル………>>

 

光と業火の奔流の中で形が消え去っていくマニトゥ。

 

イルミナティに生み出されたおぞましき悪魔の最後であった。

 

遠く離れた見滝原市の空の上でそれを確認するのは、弓兵の如く弓を構えていたほむらの姿。

 

「流石ね…私が手を出すまでもなかったわ」

 

弓を形作る魔力を解き、右手で後ろ髪を掻き上げる仕草。

 

「心強い仲魔と巡り合えて…嬉しいわ、人修羅。たしか人間の姿の時は嘉嶋尚紀だったかしら?」

 

<どうでもいい男の名前など、直ぐに忘れるお前さんじゃからのぉ。覚えておいてやるがいい>

 

左腕に装備されたクロノスの念話が聞こえ、軽く溜息をつく。

 

「男が私の力になってくれたことなんて…無かったわ。だからこそ、可能性を感じさせてくれる」

 

背中の翼が折りたたまれると同時に消え去る。

 

黒き羽が舞う夜空を家の窓から見上げていたのは、眠れなくて起きていた鹿目まどかの姿。

 

「あれは…ほむらちゃんだったのかな?」

 

記憶の中にかけられたベールに綻びが生まれていく。

 

彼女は遠くの景色に目を向け、こう呟くのだ。

 

「私は…人間だよね?だけど、こうやって生活していることに…どこか違和感を感じちゃう…」

 

人間だと思い込まされている優しい嘘。

 

彼女を優しく支配し、守り抜く悪魔の存在がこの街にはいてくれる。

 

しかし、悪魔の存在は他にもいる。

 

悪魔達がこの街で跋扈するようになり、出会わずともまどかはその存在を感じ取っている。

 

そして、こんな疑問を考えるようになっていくのだ。

 

「私は…もっと……」

 

――大きな存在の一部だったような気が…。

 

────────────────────────────────

 

山の大爆発が起きた事により、周囲は騒然としている。

 

元から来た道には多くの人だかりが集まっていることもあり、徒歩で騒動の場から離れていった。

 

日が上り始めた頃。

 

周囲は騒然としているが、尚紀とナオミは素知らぬ顔で人々の間を超えていく。

 

彼の後ろをついてくるのは、人間の姿に擬態した仲魔達。

 

拳法着を着た姿をしたセイテンタイセイと、英国紳士を思わせるスーツ姿をしたクーフーリン。

 

ケルベロスは真白いウルフドックに擬態して皆についていく姿。

 

「俺はこいつらをクリスに乗せて見滝原に戻るとするよ」

 

「分かったわ。私は連絡があったあの子達の迎えとして、隣街までバスを運転するわね」

 

「お前が連絡先をあいつらに伝えておいてくれて助かったよ。よろしく頼む」

 

ナオミと別れた尚紀達はクリスの元まで移動していく。

 

クリスに乗り込んだ尚紀達は車を走らせ、見滝原市を目指す。

 

車内では沈黙が続いていたが、後部座席に座ったクーフーリンが口を開いた。

 

「尚紀、お前が人間の守護者として生きてきた話は隠れている時に聞かせてもらった」

 

助手席に座り、開いた窓に片腕を置いて外を見つめていたセイテンタイセイも口を開く。

 

「そのうえで、俺様と後ろの犬共は言ってやる…手伝う気はねーぞ」

 

「人間ノ守護者トシテ生キル判断ヲ下シタノハ汝ダ。我ラガ望ンダモノデハナイ」

 

重い沈黙が続く。

 

答えなら分かっていたかのように動じない尚紀は構わず運転を続けるようだ。

 

「これは…俺が始めた戦いだ。お前達の戦いではないことぐらいは分かっている」

 

「アタシだって、ダーリンの世直しに付き合うつもりはないわよ?楽しい殺戮なら参加するけど」

 

「我々が借りがあるのはイルミナティ共だけだ。魔法少女社会を管理するなど興味は無い」

 

「もっとも、俺様に仕掛けてくる魔法少女がいるのなら話は別だがな」

 

「お前達の面倒なら俺が見てやる。戸籍も用意してやるから、普通に暮らしていけいばいい」

 

「人間社会での生活か…。人として生きていた時代を思い出させてくれる」

 

「せっかく流れ着いた世界だ。面白おかしく生きてやらなきゃ損だからなぁ」

 

「不慣レナ世界ダガ、我ハ汝ト共二生キヨウ。汝ヲ見届ケルコトガ我ノ使命ナノダ」

 

「お前らには紹介したい連中が沢山いる。神浜市という街でな」

 

「探偵としての仕事も終わったろ?帰る前に…見滝原って街で感じた悪魔について聞きたいぜ」

 

「そうだな…それもあった。今日は日曜日だし、帰るのは今日の夜でも構わないだろう」

 

見滝原市の街の光景を遠目に見ながら、新入り達について丈二にどう説明しようかを考える。

 

「これから忙しくなっていくな…」

 

新たに手に入れた仲魔とはかつての戦友たち。

 

強力な戦力になるだろうが、敵は余りにも強大過ぎる存在。

 

そして、暁美ほむらの敵もまた並ぶ者なきコトワリ神。

 

かつてのコトワリの神々以上の激闘が予想されるのは難しくないだろう。

 

それでも尚紀の心に恐れはない。

 

マニトゥとの戦いの時に感じられた感覚がそれを保障してくれる。

 

ボルテクス界で出会ったどんな神々や悪魔を前にしても負けなかった理由。

 

それは、心を繋いだ仲魔達がいてくれたからだった。

 




独自路線で叛逆の物語の続きっぽい二次世界を書いてますが、出来る限り早くワルプルギスの廻天を上映して欲しいものです。
原作マギレコは後つけ設定ばかりで整合性とるのは難しくなったので、せめて原作まどマギとぐらいは話の整合性作りたいな~…(汗)


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167話 見滝原出立

11月も終わりを迎えそうな頃の日曜日。

 

ホテルに帰った尚紀は、離れていた事情を丈二に説明する。

 

車を運転しながら考えていた言い訳とは、かつての仲魔と連絡が取れた事だった。

 

「それで…こいつらも悪魔なのか?」

 

悪魔のことを知っている丈二に紹介するのは、後ろに控えている者達。

 

「オイオイ!?丈二じゃねーか!」

 

「まさか…こちらの世界でも出会うことになるとはな……」

 

「な、なんだ?お前ら俺の事を知っているのか…?」

 

ワン!(ヤレヤレ、人修羅ハトコトンコノ男ト縁ガアルヨウダ)

 

<かつての世界の丈二じゃない。俺たちが覚えていても、コイツはボルテクス界を覚えていない>

 

尚紀の念話に促され、納得した表情。

 

彼らもボルテクス界を彷徨った聖丈二という存在の真実を知っている者達だからだ。

 

「あ~…その、なんだ。似たような奴を知ってるが、人違いのようだ」

 

「そうだな…同じなようでいて、違ったようだ」

 

「要領を得ない連中だな…?まぁいい、ところで尚紀」

 

「どうした?」

 

「朝方に依頼人の小巻ちゃんから連絡がきた。探し人が帰ってきたそうだ」

 

「そうなのか…?見つかったなら良かったよ」

 

当事者であるが知らぬ素振りを見せる。

 

織莉子を救う為にテロリストの所業を行ったなど言える事情ではないのだ。

 

「しかしまぁ…今日のニュースを見たか?」

 

「ああ…佐藤精神科病院があった場所が大規模な地崩れをしたそうじゃないか?」

 

「地震があったわけでも雨が降り続いたわけでもないのにだぞ?おかしな話だな」

 

「…そうだな。もしあそこに入院したままだったら、今頃どうなっていたことやら」

 

「親族が来て、色々手続きに奔走するそうだ。復学したり病院の手続きもあるだろう」

 

「俺達の仕事は終わりだな。行方不明者発見には繋がらなかったから成功報酬は期待出来ないが」

 

「それがな、気前よく払ってくれるそうだ。世話になった礼だってよ」

 

「有難い話だ。なら帰り支度を始めないとなぁ」

 

「そこまで機材は持ってきていないから俺がやっておくよ。そいつらの面倒があるんだろ?」

 

「そうか…悪いな、丈二」

 

「帰りは夜になってからにしよう。それまでは、義妹との時間を大切にしてやれよ」

 

ホテルから出て来た一行を出迎えたのはナオミの姿。

 

「世話になったな、ナオミ。ボディガード以上の働きをしてくれたよ」

 

「私は早く神浜に戻りたかっただけよ。貴方の仕事をさっさと終わらせて欲しかったし」

 

「お前にはお前の目的があったな。今夜の夜には見滝原から帰る予定だ」

 

「私もそれに合わせて帰るわ。神浜に戻ってからは暫く…独自行動をさせてもらうから」

 

「そうしてくれ。復讐に生き、復讐を果たした経験を持つ俺がお前を止めることはない」

 

「ありがとう。それよりも…あの子達、これからどうなるのかしら?」

 

「…言いたいことは分かる。その辺を踏まえて、あいつらのところに顔を出してくる」

 

「任せるわ。私の仕事は貴方のボディガードであって、あの子達の面倒じゃないもの」

 

ナオミと別れた一行は、マミの家を目指す。

 

昨日の帰り際に連絡先を教えてくれたため、先に確認をとっていたようだ。

 

これからの事を相談し合うため、他の魔法少女達も集まるという。

 

「このマンションとやらに、魔法少女がいるのか?」

 

「ああ、ケルベロスはここで待ってろ。このマンションはペット持ち込み禁止物件だ」

 

「ムゥ…人間社会ハ面倒事ダラケダナ。致シ方ナイ」

 

入り口近くで座り込んで主の帰りを待つケルベロスを残し、他の3人は上の階に移動。

 

「マミは一人暮らしだから家の連中を気にする必要はないが…」

 

「言いたいことなら分かるぞ、尚紀。このスケベ猿が粗相を起こさないか心配なのだろう?」

 

「ハァ!?俺様が小娘相手に何しようって言うんだよ!!」

 

「女子の家に上がり込んで箪笥を漁ったりとか?」

 

「んなことするかぁ!!どういう目で俺様のことを見てやがった犬っころ!!」

 

「美しい女を見たらスケベを行うセクハラ猿だが?」

 

「ああ、俺もそう思ってた。ティターニアとパールヴァティから何回ビンタを貰ったんだ?」

 

白い眼差しを向けてくる2人に対し、嫌な汗が吹き出すスケベ猿。

 

「こいつを見張っておいてくれ、クーフーリン」

 

「任せておけ。魔法少女達に手を出したらマンションの窓から蹴り出してやろう」

 

「これも身から出た錆ってやつなのか…?手が自然と動く俺様が憎い~!!」

 

そうこうしているうちにエレベーターはマミの家の階に到着。

 

玄関扉の前でチャイムを押し、マミが出迎えてくれるのだが…。

 

「え…えっと…その人達は誰なの?」

 

「俺の仲魔達だ。上がらせるのが嫌ならここで待たせるが?」

 

「貴方の仲魔…?もしかして、この人達も……」

 

「察しの通り悪魔だ。俺たち悪魔は人間に擬態出来る者が多い」

 

「尚紀から聞いているぞ。イルミナティ共に一泡吹かせてやった小娘達だと」

 

「まだ中学生ぐらいか?魔法少女って連中も肝っ玉が据わっているようで何よりだな」

 

「こいつらもイルミナティとは因縁がある。部外者ではない」

 

「そう…それなら信用しても良さそうね」

 

「浮かない顔だな?誰も信用出来ない不安な表情に見える」

 

「ええ…。これからどう生きていけばいいのか…みんな分からなくなってしまったの…」

 

上がらせてもらえた3人がリビングまで案内される。

 

そこには、マミと同じく暗い表情をしたさやかと杏子の姿があった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

地下研究所内で何があったのかを3人は語られていく。

 

事態を飲み込めた尚紀が重い口を開く。

 

「そうか…オセからそんな事を言われたのか」

 

「オセと戦って生き残れるだけでも大したものだが…連中の規模がそこまでだったとはな」

 

「クルースニクと呼ばれた悪魔が、私達を助けてくれたんです」

 

「あいつがいてくれなかったら…あたし達は全滅してたと思うよ」

 

「そいつの姿が見えないが…去って行ったのか?」

 

「ええ…。彼には彼の使命があると言って、私達の元から去って行ったわ」

 

「心強かったあいつがいなくなるとよ…みんな不安になってきちまったって訳さ」

 

重い沈黙が場を支配していく。

 

俯いたままのさやかが重い口を開き始める。

 

その言葉は何処か、後悔を感じさせるように沈んだ声。

 

「あたし達は正義を執行した…。ヒーロー作品ならこれでハッピーエンドだったけど…」

 

「あいつらはそんな生易しい連中なんかじゃなかった…。あいつらはマフィアそのものだ」

 

「考えられる状況の中では…最悪よ。イルミナティとディープステートを敵に回したのよ」

 

「事態の重さなら分かる。この国の暗部どころか、世界を牛耳る連中が相手だ」

 

「パパとママ…大丈夫かな?突然仕事をクビにされたりとか…銀行口座を凍結されるとか…」

 

「やめろよ…さやか。縁起でもねぇ…」

 

「いや、考えられるケースだろう。連中は手を汚さずに相手を殺せる方法ならいくらでもある」

 

「ライフラインが絶たれたら生きられないものだ。自給自足社会を築けなかった弊害だな」

 

「社会に依存するなら、社会から切り離せばいい。単純だが確実に人を死に追いやれるな」

 

「そうなったらあたし…パパとママにどう詫びたらいいのさ!正義を貫いた筈なのに…」

 

「正義を執行するなら代償も伴うものだ。それでもお前達は引かなかった…本物の正義の味方さ」

 

尚紀の励ましの言葉を聞いても、彼女達は俯くばかり。

 

無理もない。

 

今までの戦いで、国や世界を動かす権力組織から受ける報復の恐ろしさなど経験したことはない。

 

魔獣という悪者をやっつければ、いつだって日常の世界に帰ってこれた子供達なのだから。

 

「尚紀はさ、政治に詳しいよな?もしこの国が動くとしたら…何を仕掛けてくると思う?」

 

「お前たちの両親や親族を狙うとしたら…恐らくは()()()だな」

 

「共謀罪って…何ですか?」

 

「国会で強行採決された忌まわしい法律だ。テロや暴力団対策とするが…一般人にも適用出来る」

 

「何がそれで出来るって言うのさ…?」

 

「犯罪を行う事は合意した段階で成立する。それを無視して悪者レッテル張りだけで逮捕出来る」

 

「そんなの嘘でしょ!?そんな無茶苦茶な法律を…日本の国会は強行採決したの!?」

 

「それだけじゃない、()()()()()も施行された。国民の政治批判は監視され、不当処罰出来る」

 

「何だよそれ…?どうして大人達はそんな無茶苦茶な法案を止めなかったんだよ!?」

 

「政治に興味がなかったからさ。お前らだって、荒れる話題の政治なんぞに興味は無かったろ?」

 

事実を突きつけられ、俯いていく子供達。

 

今までの記憶を掘り下げてみても、政治の話をしたことなど一度もない。

 

それは学校のクラスメイト達とて同じであっただろう。

 

「今こうして話している内容だって、何処で盗聴されているかは分からない。これが国家権力だ」

 

「この国の政権与党は…日本人のための政治を行ってはいなかったのね…」

 

「戦後からずっとな。逆らう派閥もいくつか生まれたが…全部叩き潰されたのさ」

 

「そして残ったのが…ディープステートだけだったって訳かよ…」

 

「あたし達…とんでもない敵に喧嘩を売っちゃったんだね…。これから…どうすればいいの?」

 

恐怖で震えるさやかは杏子に抱き着く。

 

不安そうに尚紀に視線を向ける杏子とマミを見て、これからの提案内容を持ち出すのだ。

 

「先ず最優先に考えるべきなのは、お前たちの安否だ。そこで提案がある」

 

「提案…?」

 

「お前ら…神浜市に来る気はないか?」

 

「神浜市なら、私たちの身の安全を保障してくれる何かがあるの?」

 

「南凪区にあるホテル業魔殿に向かえ。総支配人に魔法少女だと言えば地下に案内されると思う」

 

「その地下の業魔殿っていうのには、何があるんだよ?」

 

「イルミナティ連中も利用している施設がある。悪魔を召喚したり、合体させたりする施設がな」

 

「悪魔合体施設ですって!?」

 

「それだけじゃない。神浜には魔法少女を相手にする調整を行える者がいる。その子も頼れ」

 

「魔法少女の調整…?今までそんなことが出来る魔法少女がいたなんて…聞いた事もなかったわ」

 

「お前たちのソウルジェムを調整して、能力を強化してくれる。戦うのは権力だけではない」

 

「悪魔に喧嘩を売ったんだもんな…。悪魔が出てきても不思議じゃねーよ」

 

「業魔殿の主はイルミナティとは中立協定を結んでる。何かあったら業魔殿に逃げ込め」

 

尚紀の提案を聞いても、暗い表情は消えない。

 

たとえ自分達の身の安全が守れたとしても、大切な家族や友達を守る力にはならないからだ。

 

そんな彼女達の不安を察した尚紀が立ち上がり、皆に視線を向けながら語るのだ。

 

「…これは、俺の希望的観測に過ぎない。それでも、聞いてくれるか?」

 

「希望的観測って…何か希望を持てるようなものでもあるんですか?」

 

「俺が悪魔だという事は知っているな?」

 

全員が頷くのを確認し、さらに続ける。

 

「実はな…俺はイルミナティの13血統連中や、黒の貴族共から崇拝されている悪魔なんだ」

 

「どういう…ことだよ?いつから尚紀が…連中から崇拝されるようになったんだよ?」

 

「あの1・28事件の時に、俺の存在は世界中に広まった。それからなんだよ…」

 

「何か…あったの?」

 

「奴らが付き纏うようになった。招待状が送られたり、俺を崇拝する権力者が現れ出した」

 

「そんなのって…嘉嶋さんは連中に与したりはしないよね?」

 

「する訳がない。ただ、俺の庇護を求める世界の権力者は後を絶たない…こう考えられないか?」

 

――たとえ敵に塩を送る形になろうとも、俺からの敵意を向けられたくはない。

 

言っている言葉の意味が理解出来た魔法少女達の目が見開いていく。

 

まるで希望の糸が一筋見えたかのように。

 

「どうして俺なんぞを崇めたいのかは知らないが…それでも俺は奴らにとって大事な存在らしい」

 

「イルミナティの司令塔一族や黒の貴族の中から、お前の敵意を買うのに反対する者が出るか」

 

「まさにそうなったら良いなって理屈だな。だが、悪魔の世界は力が全てであり権威そのものだ」

 

「魔界の悪魔を良く知るお前たちなら、王に逆らう下々の者がいたのかを知ってるはずだ」

 

「いなかった。どいつもこいつも震えあがって、魔王や魔神共に取り入ろうと企んだ者ばかりだ」

 

「イルミナティを支配する黒の貴族共は、悪魔の子孫ネフィリムだ。悪魔の本能を持つ者達だ」

 

「この国のディープステートが報復のために動こうとすれば、歯止めをかけにくるやもな」

 

尚紀達が語る言葉が、魔法少女達の顔に笑顔を取り戻させていく。

 

「尚紀…お前は本当に凄い奴だよ!」

 

「そうだよ!杏子のお義兄さんが…こんな大物だったなんて知らなかった!!」

 

「私たちを守ってくれるんですね…嘉嶋さん!」

 

「そう出来るようにはする。杏子やその親友達に手を出す悪魔がいるなら…俺が報復に向かう」

 

「安心するのは早い。たとえイルミナティや黒の貴族が動けなくとも、悪魔の司令塔がいる」

 

「エグリゴリの堕天使共が襲えと言えば、そう動くしかなくなるぜ」

 

「エグリゴリの堕天使を率いる悪魔はルシファーだ。あいつの意向次第というわけだな…」

 

「全てはルシファーに通じている。だからこそ、お前もそれと同じ程の権威と考えられてるのだ」

 

「尚紀がルシファーか…。テメェを悪魔に変えたのはルシファーだから、息子のようなものか」

 

「あんな親父を持った覚えはないが…利用出来るものは利用する以外に対抗手段はない」

 

「尚紀があたし達の為の抑止力になってくれるなら心強いよ」

 

「そうね、安心したわ。尚紀さんに言われた通り、早いうちに神浜市に向かった方が良さそうね」

 

「業魔殿の主であるヴィクトルに相談してみろ。交通費ぐらいは工面してくれるだろう」

 

「魔法少女達の面倒見が良い人だって解釈していいんだね?」

 

「調整屋を営む魔法少女が慕い、彼女の為に業魔殿の一区画を店として利用させるぐらいにはな」

 

「業魔殿に行けば調整屋さんとも会えるってわけだね?よ~し!次の週末は神浜に行こう!」

 

「冬休みに行くつもりだったけど、早いに越したことはないよな。尚紀、泊りに行くぞ」

 

「まぁ…構わないが」

 

仲魔に目を向ける…特にセイテンタイセイに。

 

「こいつな…イビキがとんでもなく五月蠅いんだ。眠れないかもしれねーぞ」

 

「外の木の上で寝させたらいい。猿にはお似合いだろう」

 

「テメェら!?戦友である俺様よりも他所の魔法少女を優先するのかよ!!」

 

「私は騎士道に生きる者だ」

 

「というか…俺も眠れそうにねぇ。トレーラーハウスでも庭に用意しよう、無駄に庭が広いし」

 

「俺様を隔離するのは決定事項なのか!?」

 

「俺に拳法を伝授したマスターはあんただが、家主は俺だ」

 

ガックリ項垂れるセイテンタイセイを見て、不安に苦しんでいた魔法少女達の心も晴れたようだ。

 

話を終えた尚紀達がマミの家から出てくる。

 

神浜に帰る時に杏子達が見送りに来てくれることになった。

 

スマホが鳴り響き、通話ボタンをスライドさせる。

 

「尚紀か?依頼人の小巻ちゃんからお前に用事があるんだとよ」

 

「俺に何の用事だよ?」

 

「正確に言えば、小巻ちゃんが行方を捜してた織莉子ちゃんからの用事だ」

 

「美国織莉子からの用事だと…?」

 

「小巻ちゃんを通して俺に頼み込んできた。成功報酬をタップリ貰えたし、断れないだろう?」

 

「分かった、行ってみる。住所を教えてくれ」

 

スマホを切った尚紀は仲魔達に振り向く。

 

「暫くこの街で時間を潰しておいてくれないか?俺は郊外の五郷に用事が出来た」

 

「了解だ」

 

「まぁ、適当にしてるわ。ついでに昼飯代金くれ」

 

「お前らの分のスマホも買わないとな。出費が嵩んでくる…このはになんて言い訳しよう?」

 

仲魔達と別れた尚紀はついでにクリーニング店で預けていた仕事着を受け取る。

 

ホテルに戻って着替え終えた彼がクリスに乗り込み、五郷を目指す。

 

脳裏に浮かんでいくのは、かつての世界で織莉子と出会った時の記憶。

 

「この世界で美国織莉子と会うのは初めてになるんだな…。俺に何の用事だというんだ?」

 

いい出会いではなかった記憶が邪魔をして不安になっていく。

 

車は見滝原市内から移動していき、五郷へと入っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

郊外の有料駐車場にクリスを停め、織莉子の屋敷を目指す。

 

歩いていると、程なくして荒れた屋敷の塀を見つける。

 

「…酷いもんだ。近隣の住民からやられたのか?」

 

悪意の塊のような嫌がらせの落書きに溢れた塀を超え、門扉の前に立つ。

 

カメラ付きドアホンを押し、門が開いて屋敷の庭を進み玄関の前に立った。

 

チャイムを押すと、玄関を開けてくれた少女が現れる。

 

「…お前まで酷い有様だな」

 

出迎えたのは、痩せこけてしまった美国織莉子の姿。

 

「…嘉嶋尚紀さんですね」

 

「そうだ」

 

「応接間にどうぞ」

 

案内され、応接室の椅子に座る。

 

向かい合うようにして座った織莉子は深々と頭を下げてきた。

 

「本当に…ありがとうございました。私の捜索だけでなく、救出まで手を貸してくれるなんて」

 

「礼を言うべきなのは浅古小巻だ。あの子はお前の捜索のために…破格の捜索費用を出したんだ」

 

「あの子達には本当に感謝している…。私にとっては、人生を支えてくれるパートナー達よ」

 

「それよりも、俺に話とは何だ?もう仕事なら終わったんだが」

 

「私が…魔法少女だということは知っていますか?」

 

「ああ…それがどうかしたのか?」

 

「私の固有魔法は予知です。貴方が今日、巴さんの家で語っている内容が視えたんです」

 

「そのうえで、俺に聞きたいことというのは恐らく…今後の身の振り方だろうな」

 

沈痛な表情を浮かべ、静かに頷く。

 

「私が敵に回した存在は…あまりにも巨大です。後見人になってくれた親族の身が心配で…」

 

「安心しろ。予知でマミの家の光景が見えたなら、俺が言った言葉も覚えているはずだ」

 

「私やキリカ、小巻さんも…守ってくれるんですか?」

 

「勿論。杏子やその親友達に手を出す悪魔がいるなら…俺が報復に行くという言葉に二言はない」

 

「本当に優しい人なんですね。貴方のようなお義兄さんを持てて、佐倉さんは幸せ者です」

 

もう一度礼を言うために頭を下げる彼女を片手で制する。

 

窓の景色に視線を移し、しばしの沈黙。

 

窓から見える光景とは、悪意の落書きに塗れた屋敷の塀。

 

「…美国織莉子」

 

「織莉子で構いません。何でしょうか?」

 

「お前の置かれている境遇なら、杏子から聞いてる。どれだけ惨い仕打ちを受けてきたのかを」

 

「それは…その……」

 

「汚職議員の娘、陰謀論者、デマ屋、詐欺師、テロリスト…好き放題塀に書かれていたよ」

 

「…たとえ人々から理解を得られなくとも、私は負けません」

 

「これからも街頭で政治活動をするのか?止めておけ、また集団ストーキングを受けるぞ」

 

「覚悟の上です。それ以外に…この国を救える方法なんてありません」

 

「民衆に真実を伝えて、大勢の力でディープステートと戦いたいのか?」

 

「はい…。ですが、それがどんなに不可能だったのかを…私は突き付けられました」

 

「人は見たいものしか見ないし、信じない。ガイウス・ユリウス・カエサルの格言だ」

 

「何千年過ぎようとも…人間の中身なんて…変わらなかったんですね」

 

「俺はお前を嘘つき陰謀論者などとは思わない。…それでも人々は悪のレッテルをお前に張る」

 

「どうして…私の話を誰も聞いてくれないのか…分かりません」

 

()()()()がそうさせる。陰謀論と聞こえただけで胡散臭い、聞く価値はないと激しく思い込む」

 

「物事の表面だけを捉えて思考停止する…私がどれだけ叫んでも、内容を調べてもくれなかった」

 

「陰謀論という言葉の出所を知ってるか?」

 

「いいえ、それが何か関係があるんですか?」

 

「陰謀論という概念が生み出されたのはアメリカだ。それを生み出した連中が…CIAだったんだ」

 

【陰謀論】

 

1950年代にCIAが生み出したプロパガンダ用語。

 

既知の事実を調査・分析し、その結論を合法的に表明した個人を中傷することを目的とする。

 

1967年ジョン・F・ケネディが暗殺された時期にも陰謀論というプロパガンダは使われた。

 

真相を追及する人々を全体圧力で貶め、真相を有耶無耶にしてしまう大衆扇動を行う。

 

間接的に人を中傷して貶め、なおかつ悪事を揉み消すという魔女狩り手法を考案したのだ。

 

「人は理解の範疇を超える知恵を語られても決して受け入れない。常識という()()()()を好む」

 

「痛い程分かります…。私が調べて伝えようとした内容を…デマだと最初から決めつけたんです」

 

「CIA文書による具体的なプロパガンダ手法はこうだ」

 

――CIAに親しい人々に相手の主張を攻撃させる。

 

――目撃者の証言は信用できないと主張する。

 

――憶測は無責任だと主張する。

 

――金銭的利益から陰謀論を広めていると非難する。

 

「何が真実かは、自分が情報を集めて検証するべき。なのに…大衆が求めるのは悪意の娯楽だけ」

 

「そうよ…私がどれだけ叫んでも、みんなが私を虐めたわ!揶揄と嘲笑しか与えられなかった!」

 

「望むのは思考停止とマウント取り。悪だと決めた奴をサンドバックにするのは楽しいもんだ」

 

「私が問いかけた内容さえ反論に足る反証をしない!自分のことを棚上げしてリンチしてくる!」

 

「善悪二元論だ。差別する者達の正しさの概念は独特であり、根拠を必要としない」

 

「いつだってマウントを取ることしか頭に無い連中だった…それが善悪二元論というものなの?」

 

「この世に正しさは一つだけ、己は常にそれを選択している。それ以外は悪だと激しく思い込む」

 

「片方を悪だと決めつけた時点で、自分は正義側。だから悪の言葉になんて…耳を貸さない」

 

「正しさ同士がぶつかった場合には…相手の劣等性を指摘する事で自己の正しさの担保とする」

 

「曲解でも捏造でも、その件と全く関係なくとも…なんでもいいのね…」

 

「相手の劣等性を指摘した時点で…自身が指摘された問題を相手の問題にすり替えられるんだ」

 

この手口は、後に神浜人権宣言の時にも使われるだろう。

 

()()()()()()()と呼ばれる手口だ。

 

「善悪二元論とは、自身のその時の感情的利益を正しさとする…余りにも危険な哲学だ」

 

「頭の中で善悪概念を作れたなら、大衆は少数の言葉に耳を貸さない…。それが二元論なのね?」

 

「この手口を最も実績したのがナチスやソ連であり、欧米等も続いていき戦争を正当化した」

 

自分が正しい、または正義だと思い込めば…相手の切実な言葉さえ悪者の囁き声に聞こえる。

 

この苦しみを味わったのが、まだ眼鏡をかけてあどけない顔をしていた頃の暁美ほむらだ。

 

――みんなキュウベぇに騙されている。

 

旅をしてきた並行世界。

 

そこで知った魔法少女の仕組みと真実。

 

それを伝えようとしても、他の宇宙のマミやさやか達は聞く耳を持ってはくれなかった。

 

証明出来ない理屈だったから。

 

皆の和(環)を乱す者として疑われ、邪見にされるという同調圧力を敷かれてきた苦しみ。

 

陰謀論者という侮辱の言葉を浴びせられてきた織莉子と同じ苦しみだ。

 

証明出来ない理屈なら、()()()()()()()()()()()()という発想が何故出てこなかったのか?

 

彼女の言葉を聞き届け、寄り添う気持ちがあったなら…暁美ほむらの物語は変わっていただろう。

 

だが、暁美ほむらの物語の結末は変わらない。

 

何故なら、彼女だけが悪者にされ…自分達の常識という()()()()()()()()されたからだ。

 

自分の無知を棚上げして、相手だけを悪者にする自分の思考を客観視しない。

 

無知は罪であり、無知が善意を生み他者の切実な言葉を悪として排除する。

 

地獄への道は、()()()()()()()()()()によって舗装されているのだ。

 

「随分とお詳しいのですね?こんなにも政治の話に付き合ってくれた人は…初めてでした」

 

「無理も無い。お前達はまだ10代の子供…本来なら友達付き合いや恋愛で忙しい時期だ」

 

「私に偏見を持たない人だと分かって安心しました。だからこそ…お願いがあります」

 

「お願いだと?この屋敷の中で感じる…もう1人の魔法少女についてか?」

 

頷き、織莉子は念話を送る。

 

扉を開けて中に入ってきたのは、織莉子に命を救われた里見那由他の姿。

 

「この子は私と一緒に研究所から脱出した子です。私の家で匿ってました」

 

「…里見那由他と申しますの。民族学者の里見太助の1人娘ですの…」

 

「里見太助…丈二から聞かされたな。魔法少女の存在を世間に伝えようとしていた奴だったと」

 

「会話内容を聞かされて…理解しましたの。パパの言葉がどうして…皆に伝わらなかったのかを」

 

「魔法少女なんて概念はサブカルネタだ。現実と空想の区別もつかない奴だと罵られただろうな」

 

「その通りですの…。パパは世間から笑いものにされ…学会からも追放されましたの」

 

「そんなもんさ。知識を語るなら、同じ知識の土台が相手に求められる…他人に期待はするな」

 

「那由他さんは…私と同じ立場となりました。那由他さんのお父様は…その……」

 

顔を俯けてしまう2人の魔法少女を見て、尚紀は察した。

 

魔法少女という存在を白日の下に晒そうとする者は、魔法少女狩りを行う者達には都合が悪い。

 

「里見那由他だったな?これから…どう生きる?」

 

「那由他でいいですの。私にも…分かりませんですの。パパは死に…ラビさんまで……」

 

「そうか…」

 

「彼女は神浜で暮らしてきたんです。神浜に帰られるのでしたら、彼女を送ってくれませんか?」

 

「お安い御用だ。俺が近くにいてあげた方が良いだろうし」

 

「貴方の存在そのものが、イルミナティや黒の貴族への抑止力になることを期待します」

 

話を終えた尚紀と那由他が玄関から出てくる。

 

見送ってくれる織莉子に対し、後ろに振り向く姿。

 

「織莉子、お前達も神浜市に来い。もしもの時の避難場所として業魔殿を知っておけ」

 

「分かりました。キリカと小巻さんを連れて伺わせてもらいますね」

 

「神浜市の魔法少女達なら、お前の言葉を聞いてくれるかもしれない」

 

「どうして分かるんですか?」

 

「俺が指導してやった魔法少女達がいてくれるからさ。客観性の大切さを学んだ連中だ」

 

「そうですか…そんな聡明な魔法少女達がいてくれるのなら、私も希望が持てます」

 

「暫くは体を大事にして、政治活動を自粛しろ。お前のやつれた体は見るに耐えない」

 

「はい…そうします。街頭演説では効果が無いと…突きつけられました」

 

「俺はお前を信じてやる。他人にどうこう言われようが知ったことか、俺の道は俺が決める」

 

「尚紀さん……」

 

「常識なんて、18歳までに身に付けた偏見のコレクションさ。アインシュタインの言葉だ」

 

織莉子の肩に手を置き、微笑んでくれる。

 

「自分の直感を信じろ。お前は他人の圧力に流されて終わるような腰抜け女じゃない」

 

「私の直感を…信じる…」

 

「美国織莉子からは、誇り高き政治家の血を感じさせてくれた」

 

――お前のような生き方こそが…本物の個の確立だ。

 

……………。

 

真顔でそんな言葉を言うものだから、織莉子の顔が赤面していく。

 

「えっ…えっと…その……」

 

しどろもどろになっていく織莉子を見ていた那由他にも微笑みが戻っていく。

 

「ウフフッ♪織莉子さんって、年上の殿方がお好きなんですの♪」

 

「ちょ、ちょっと那由他さん!?突然何を言い出して!」

 

真っ赤になって否定する織莉子を見て、彼女も笑顔を取り戻せたようだ。

 

「織莉子さんも魔法少女だけど、年頃の女の子だって分かって…なんだか安心したですのよ」

 

「那由他さん……?」

 

「無理ばかりをしないで欲しいですの。貴女にだって…幸福に生きていい権利があるんですの」

 

そう言い残し、尚紀と那由他は屋敷から去っていく。

 

手を振って見送っていたが、那由他から言われた言葉が脳裏を過っていく。

 

「幸福に生きていい権利…それこそが憲法の自然権。それを踏み躙るのが…今の日本なのよ」

 

心の中には、決して折れない信念が宿る者。

 

彼女の戦いは続いていくだろう。

 

誰にも理解されずとも、守りたい人達から罵倒されようとも、守り抜く道を探す。

 

長い孤独の果てに、本当になるべき自分になり、心から果たしていく者となる人生が待っている。

 

そんな生き方に至れるものこそが、テオーリアへと成長していく。

 

誰にも理解されずとも、愛する人から理解されなくても、守り抜く道を俄然と進んだ者がいた。

 

並ぶ者なき偉大なる愛を貫いた暁美ほむらと同じく、自分自身を裏切らない誇り高き道。

 

妥協せず、流されない者へと成長していく未来が待っているのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

帰り支度が済んだ尚紀は、丈二と那由他をクリスに乗せていく。

 

運転席側に座り、窓を開けて外の人物達に顔を向ける。

 

駐車場に集まってきていたのは、見送りに来てくれた魔法少女達。

 

「本当にありがとう、嘉嶋さん。貴方がいてくれなかったら、きっと美国さんは…」

 

「その先は言うな。俺は探偵としてあの子を探したが、自力で帰ってきた…そういう事にしとけ」

 

「そうだったわね…ごめんなさい。でも、本当に感謝しているわ」

 

「この街に戻ってきて、お前を見直すきっかけになるとはな。この先もその調子でいけ」

 

「ええ、私はもう大丈夫よ。貴方に言われた言葉は骨身に染みている…一生忘れないわ」

 

視線を横に向ければ、さやかと杏子の姿。

 

「嘉嶋さん…ちゃんと話した事がなかったけど、杏子が言ってた通りの人で…本当に安心したよ」

 

「さやか…杏子をお前に託す。これからも…杏子を大切にしてやってくれ」

 

「ええっ!?お義兄さんからそんな言葉を言われちゃうと…その……」

 

「お前がどういう奴なのかは知ってる。そして、お前にずっとついて行きたい杏子の気持ちもな」

 

彼の脳裏に浮かぶのは、かつて魔女と呼ばれる存在がいた世界の記憶。

 

魔女と成り果てたさやかを救う為に、命を捨てる覚悟を決めた杏子から託された手紙。

 

杏子の切実な気持ちが綴られた手紙内容は、世界が改変されようとも忘れてはいない。

 

「ったく、キリカと小巻も見送りに来てくれたら良かったんだけどよ」

 

「あいつらにはあいつらの都合があるんだろ?」

 

「まぁな…キリカは織莉子の身が心配だって言うし、小巻は妹や家族が心配なんだとよ」

 

「それでいい。お前たちが見送りに来てくれただけでも嬉しいよ」

 

言いたい事は沢山あるのだろうが、別れが寂しいのか顔を俯けてしまう。

 

そんな杏子の姿を見て、素直ではなかった小学生時代の杏子を思い出していく。

 

杏子がいて、モモがいて、佐倉牧師夫婦がいて、風華がいてくれたあの頃を。

 

「杏子…もう直ぐ風華が死んで三年目になる。四回忌は無いが…顔を出しに行かないか?」

 

「尚紀……」

 

「それに、今年の一月の三回忌に俺は行けなかった。だからこそ、俺にとっては三回忌だ」

 

「うん…いいよ、あたしもついて行く。風姉ちゃんもきっと…喜ぶからさ」

 

見送りに来てくれた者達に視線を向け、互いが頷く。

 

車のキーを回し、エンジンが始動。

 

発進しようとしていた時、窓の外を見上げていく。

 

近くのビルの屋上に立っていた人物と目が合う。

 

人間に擬態して魔力を隠していた人物とは、暁美ほむらの姿。

 

<…またな、暁美ほむら>

 

念話を送り、左手でピースサインを掲げる。

 

ピースサインは平和の意味を持つが、第二次世界大戦の頃には勝利という意味で使われた。

 

円環のコトワリ神であるアラディアを必ず倒すという、勝利を掲げるハンドサインを送るのだ。

 

<……ほむらでいいわ>

 

尚紀が掲げるハンドサインが気になり、魔法少女達は視線を隣ビルに向けていく。

 

屋上に視線を送る頃には、黒い羽根が舞い落ちる光景だけが残っていた。

 

……………。

 

夜道の高速道路を走行中の車内。

 

静かな時間が続いていたが、丈二が口を開き始める。

 

「お前の仲魔連中は乗せなくても良かったのか?」

 

「あいつらは先にタクシーで神浜市に向かわせたよ。後ろの子が乗れなくなる」

 

後部座席に座っているのは、俯いた表情を続ける那由他の姿。

 

かけてやれる言葉も見つからず、重苦しい空気が続いていたようだ。

 

「私…これからどうやって生きたらいいんですの…?」

 

自分では答えが見つからず、男達に問うように口を開いてくれる。

 

「厄日なんて次元じゃないですの…不幸という底なし沼に嵌ったような気分ですの…」

 

「母親はどうした?」

 

「パパとママは数年前に離婚しましたの。ママとは…離れて暮らしてきましたの」

 

「父親に兄弟はいないのか?従姉妹を頼るというのは?」

 

「パパの兄とは…仲が悪かったですの。そして、私も従妹とは仲が悪かったんですの…」

 

「里見っていう苗字…もしかして、里見メディカルセンターの…?」

 

「はい、そうですの。あの病院グループとは親族関係になりますの」

 

(里見メディカルグループ…神浜に来た頃の新聞で見た記憶が…)

 

尚紀の脳裏に浮かんだのは、里見メディカルグループ院長の娘である里見灯花の病死。

 

那由他にとっては、仲の悪かった従妹との死別を意味していた。

 

「仲が悪かった従妹の灯花とは…最後まで仲直り出来ませんでしたの」

 

「新聞で見たよ。残念だったな…」

 

「気にしなくて良いですの。あの子は…私やパパを馬鹿にしてきた子ですの…」

 

「その表情からして、先立たれた空虚感を感じているようだな?」

 

「もっと素直な子だったら…いいえ、元気な体だったなら…良かったですの」

 

再び重苦しい沈黙が続いていく。

 

すすり泣く音が聞こえ始め、男達は後ろを振り向くのだ。

 

「私…何もかもを失うばかりですの…!グスッ…私の人生なんて…価値は無かったですの!」

 

「那由他ちゃん……」

 

「もう何も信じられないですの!パパが死んでラビさんまで死んで…何を頼れと言うんですの!」

 

「絶対的な存在を失った事による喪失感に耐えられないか?」

 

「そうですの…私は織莉子さんみたいに強くはなれないですの…。私は…寂しがり屋ですの…」

 

「どうして織莉子は…喪失感に耐えられたと思う?」

 

「それは…分からないですの…」

 

「強く在ろうとしたからだ」

 

「強く在ろうとしたから…?」

 

「人生は苦しみの連続だ、生きていることそのものが苦しい。なら…どう楽しくすればいい?」

 

「え…えと……芸術を楽しむとか、娯楽を楽しむとか…」

 

「そんなものは現実逃避のロマン主義だ。絶えず現実逃避を続けても…真の喜びなど得られない」

 

「だからこそ…自分の強さを求めるのですの…?」

 

「己に誠実に生きる…それが強さだ。弱い連中はそれを否定し、連帯して強者を引き摺り下ろす」

 

「ニーチェのニヒリズムだな」

 

「この世に絶対などはない。たとえ父を愛しても、いつかは死に別れる。他の強さが必要なんだ」

 

「厳し過ぎますの…。私は弱いですの…こんな私に急に強くなれだなんて…あんまりですの」

 

「欲望が無くなった人間など、強くはなれない。何かないのか?お前だけの欲望は?」

 

「私だけの…欲望……」

 

「それを見つけ出し、必要としろ。自分を我慢し続ける人生など死んでいるも同然だ」

 

「ニーチェがキリスト教を批判した理屈か。絶対神に盲従する生き方など己が死んでいるとな」

 

「絶対を作ってしまえば、それに縋りついてしまう。だからこそ喪失感に耐えられないんだ」

 

「なら、織莉子さんは何に支えられているのですの…?愛したパパを失った筈なのに…?」

 

「彼女が求めているのは、父の無念を晴らしたい気持ち。だがそれ以上にあるのは…()()()()()

 

――堕落した日本社会は正されるべきだという…社会欲を求めているんだ。

 

織莉子とほむらの強さの秘訣。

 

それは誰かのためではなかった。

 

自分自身が望む欲望…社会欲、愛欲だ。

 

己の欲望を本気で望む者達こそが、妥協を許さず強く在ろうとするだろう。

 

人間の守護者として生きてきた尚紀の姿もまた、同じであった。

 

「誰かのために戦っても応えてなどくれない。ならばこそ、時にはエゴに生きるのも必要だ」

 

「私の…エゴ……」

 

「それが生きる力、戦う力に変化させられるならな。だが、あくまでも個人で完結しろよ?」

 

「そうだな…エゴは周りに押し付け易いもんだ。しかし、エゴを自制出来れば生きる強さになる」

 

「俺はエゴを魔法少女社会に押し付けたことがある。俺みたいには…なるんじゃねーぞ」

 

黙り込んでしまった那由他から視線を逸らす2人。

 

夜の夜景を後部座席から眺めつつ、彼女は自分自身と向き合っていく。

 

神浜市内に入った頃。

 

「この先でいいんだな?」

 

「はい…」

 

那由他が住む家の前まで案内され、車を停止。

 

後部座席から出て来た彼女を見送る2人だったのだが…。

 

「えっ……?」

 

家の玄関前にいた存在。

 

電動の車椅子に座った人物の影。

 

くたびれたトレンチコートを纏い、首元にはマフラーを巻く姿。

 

パーマがかかった長髪を真ん中分けにした髪型と、黒縁眼鏡。

 

「パ…パ……?」

 

暗い庭を進んでくる電動車椅子から見えてきた男の姿とは…那由他が探し続けた大切な家族。

 

里見太助の姿であった。

 

「パパ…!?パパ――ッッ!!!」

 

那由他は駆け抜け、父親に抱き着く。

 

「生きてたんですの…パパは生きてたんですの!!」

 

「……悪かったね、那由他。心配をかけさせてしまったようだ」

 

突然の光景に尚紀と丈二も驚愕した表情。

 

「どういう事なんだよ…?」

 

「あの子の親父さんは…死んだんじゃなかったのかよ…?」

 

感動の再会で泣きじゃくる彼女の姿を茫然と見つめることしか出来ない。

 

「急に出て行ったと思ったら!神浜に家だけ用意していなくなるなんて酷いですの!!」

 

「……ごめんね、那由他」

 

「私がどれだけ心配したか…!!でも、良かった…生きててくれて…良かったですの!!」

 

「五体満足という訳では…なくなってしまったがね。だが、どうにか命を取り留めたようだ」

 

「パパ…?もしかして……足が……?」

 

「心拍停止によって、脳に酸素がいかなくなってね…後遺症が残ってしまったようだ」

 

「そ、そんな……」

 

「それでも、私を見つけて海に飛び込み救助してくれた人には感謝する。命を繋げたからね」

 

「パパ…本当に無事で良かったですの…。そんな体になったのならもう…何処にも行かないで…」

 

「うん…そうするしかないようだ。これからは…家族の傍にいさせてもらうよ」

 

「あぁ…パパ…パパ……」

 

家族水入らずの光景を目にしていた尚紀と丈二は溜息をつく。

 

「…行こうぜ、丈二」

 

「そうだな…俺達はお邪魔虫のようだ」

 

車に乗り込み発進していく。

 

ようやく再開を果たした親子の美しい光景。

 

だが、何処か違和感を感じる。

 

抱き着いて泣きじゃくる愛しい一人娘に向けて、太助は目を合わせてはいない。

 

あろうことか太助の視線は、別の人物にずっと向いていた。

 

車に乗り込む尚紀を見送り、不敵な笑みを浮かべる。

 

「長かった……ようやく、会えたね」

 

――私は君を探していたんだよ。

 

実の娘を抱きしめている彼の腕は何処か…空虚なまでに温もりを感じさせなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

家の中で眠りについている織莉子。

 

今日は電磁波被害を受けていないのか、ぐっすり眠れている。

 

時計の時間だけが動いていく。

 

夜の静かな時間を打ち破ったのは、飛び起きた織莉子の姿。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!!」

 

息を乱し、恐怖に包まれたように汗ばんだ顔つきが…尋常ならざる事が起きたのを物語る。

 

「なんだったの…あの予知夢は……?」

 

織莉子の固有魔法が見せた、近くて遠い未来。

 

その光景は…まさに戦場そのものだった。

 

「飛び交うヘリと戦闘機…爆炎に包まれた見滝原…私に指示を求めてくる兵士達の声……」

 

状況が飲み込めなかった彼女はベットから出て、窓辺に立つ。

 

「革命を示す赤い布を腕に巻いた兵士達は叫んでいた…時女一族の魔法少女達は叫んでいた…」

 

脳裏にまだ残っている悲痛な叫び声。

 

<<()()()()()はまだ戻られないのか!?>>

 

<<こちらB班!!パイナップル・ブリゲイツの侵攻を食い止められない!!>>

 

<<こちらA班!!ヤタガラスの猛攻が止められないわ!嘉嶋総司令はまだ戻られないの!?>>

 

<<円環のコトワリ神と悪魔ほむらを同時に相手をしてるんだ!!そう簡単にはいかない!!>>

 

<<こちらC班!!海の向こう側に無数の艦船を確認!!米英の連合艦隊です!!>>

 

<<持ちこたえて!!嘉嶋さんは帰ってくる…()()()()()()()()()()は…帰ってくるわ!!>>

 

<<この革命は絶対に負けられない!!この世界同時革命戦線が…最初で最後の賭けだ!!>>

 

<<海の彼方でも()()()()()()()()()が戦っている!イルミナティから他国を解放する!!>>

 

<<我々()()()の悲願はこの一戦にある!!皆の者!!奮戦せよ!!!>>

 

決意が籠った憂国の烈士達の叫び声。

 

その叫びは世界中の烈士達と共に叫んでいるのだ。

 

未来の世界の戦場に立っていた織莉子は、烈士達の叫びをイヤーマフ通信機から聞いている姿。

 

燃え上る戦場と化した見滝原市をビルの上から茫然と見つめることしか出来なかった。

 

「あれが…未来の私の姿?私は…尚紀さんや革命兵士達、それに魔法少女や神々と共に戦って…」

 

あまりにも現実離れした光景を見せた予知夢。

 

なぜそんな事態になってしまったのか、彼女は織る勇気さえ出せない。

 

ビルの屋上から見えた光景。

 

それは、戦場から逃げきれずに死んでいく見滝原市の人々の姿。

 

航空母艦から発艦した攻撃機の爆撃によって、無残な死体の山で埋め尽くされた地獄。

 

あまりにも酷過ぎる死の嵐。

 

地獄の光景を前にして、予知夢世界の彼女は震えが止まらなかった。

 

「私はいつか…赤き革命旗を掲げた嘉嶋尚紀と、烈士達と共に…戦場に向かう日が…来る……」

 

予知夢の世界に立っていた織莉子の姿。

 

正義の魔法少女として生きた人生を捨て去ったかのようにして、白き帽子は捨てられている。

 

左腕には兵士達と同じく、革命軍を表す赤い布が巻かれていた。

 

世界を解放するための戦場光景。

 

それは、人類を救う救済の光景なのか?

 

あるいは、人類を戦火に巻き込み大虐殺する地獄の光景か?

 

美国織莉子は憂国の烈士として戦場に参加する。

 

彼女は人類を解放する者であると同時に、人々を戦火に飲み込ませて死なせていく極悪人。

 

嘉嶋尚紀もまた、人々から罵倒される呪われた悪魔となるだろう。

 

時女一族もまた、守るべき日の本の民を裏切った者達だと罵倒されるだろう。

 

この人殺し!!

 

戦争を生み出した悪魔共め!!

 

お前達のせいで家族が死んだ!!

 

息子を返せ!!娘を返せ!!

 

彼らの慟哭の叫びを浴び、並ぶ者なき悪として歴史に名を残す存在となるだろう。

 

それと同時に、まだ見ぬ未来の先では…別の形としても呼ばれるかもしれない。

 

――世界を解放した偉大なる革命戦士達――

 

 

真・女神転生 Magica nocturne record

 

 

To be continued

 




これにて織莉子編は終わり、時女静香編が始まります(もちろん地獄コース)
考えている最後の部分を描く頃には、物語のラスト部分でしょうな。
眼鏡をかけて車椅子に座る怪しい太助…何者なのか?(メガテニストには正体バレバレ)


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常盤ななか編
168話 フェミニズムと同性愛


女性解放運動として知られるフェミニズム。

 

その思想はオカルトのカバラ主義やグノーシス主義の中にも見出すことが出来る。

 

これらの思想では、結婚や家族制度を社会改造における障害として捉えているからだ。

 

フェミニズムの背景にはオカルト主義が隠されている。

 

その象徴こそが、リリスと呼ばれる悪魔。

 

アダムの最初の妻であったが別れる神話の光景は、現代フェミニストと行動が合致する。

 

リリスは平等を叫んだ。

 

アダムとのセックスにおいて、下にされるのを拒絶した。

 

8世紀から10世紀頃に描かれたリリス物語の一部にはこうある。

 

神はアダム自身をそうして創ったように、アダムのために大地から女を創りリリスと名付けた。

 

アダムとリリスは争いを始めてしまう。

 

リリスはこう言った。

 

「お前の()()()()()()()

 

アダムはこう言った。

 

「お前の上には乗ってもいいが、下にはならない。お前は()()()()()()()()()()

 

リリスは反論した。

 

「私達は()()だ。共に大地から創られたのだ」

 

2人は一歩も譲らず言い争い、やがてリリスは畏れ多い名を口にしながら空に飛び立った。

 

アダムは創造主に祈りを捧げた。

 

「世界を統べる方よ!あなたが与えてくださった女は逃げてしまいました!」

 

リリスがアダムの下になるのを拒んだのは、男性の種を()()()()()()事への拒絶。

 

よく考えてみて欲しい。

 

これの何処が不平等なのだろうか?

 

生殖行為とは万物全てにおいて、唯一神が用意した生命を生み出すセックスシステム。

 

これに沿って行われた創成の物語こそが、人修羅が潜り抜けたボルテクス界での戦い。

 

そのシステムをいくら否定しようが、生命はシステムに従う事でしか繁殖出来ない。

 

アダムがどれだけ横暴であったとしても、彼は唯一神が生んだシステムに従っていただけ。

 

リリスは自分の役割を否定し、唯一神が生み出した繁殖システムに唾を吐いて消えていった。

 

()()()()()のは、果たしてどちらであったのか?

 

アダムと呼ばれた男性なのか?

 

リリスと呼ばれた女性なのか?

 

グノーシス主義とカバラにおいては、唯一神に歯向かうことが何よりも貴ばれる。

 

神を否定する人間達が世界のルールを作り替えようという、唯一神への復讐の道でもあった。

 

唯一神が生み出した、異性間セックスという名の生命繁殖システム。

 

男女セックスの原点とは、快楽だけを貪るためにあったのであろうか?

 

より高次の目的のために生み出された繁殖システムではなかったのだろうか?

 

グノーシス主義とカバラを崇めるイルミナティに支配された、フリーメイソンという友愛団体。

 

彼らが望む世界とは、自由と平等によって唯一神が生み出した全ての概念を真逆にすること。

 

それらによって、どんな男女世界へと変質させられていくのだろうか?

 

今から始まる物語は、唯一神への復讐を望む者達が行う社会変革プログラム。

 

そして…男性(アダム)に虐げられし女性(リリス)の復讐譚でもあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

愛と呼ばれる概念とは何か?

 

一般的には恋愛と呼ばれるフィクションにも似た物語的概念が主流なのは言うまでもない。

 

恋愛というフィクション概念に振り回された男女社会には、何が待っていたのか?

 

いつか私を迎えに来る、私に都合が良い白馬の王子様がやってくる。

 

俺が守りたくなるような都合の良い美少女が何人も現れて、選り好み出来る生活が送れる。

 

…余りにも現実感を感じさせない妄想の如き()()()()に引き籠り、未婚率が上がっていく。

 

現代日本は少子化に歯止めが掛からない。

 

経済的な理由は勿論だが、何よりも男女が考える()()()()()()()()そのものが少子化を促す。

 

我を貫く我儘の世界とも言えるだろう。

 

その光景はまるで、唯一神を否定したリリスの我儘のようにも見えてくる光景であった。

 

……………。

 

「…俺の答えを示さないまま、放置しておいて良いのだろうか…?」

 

東京に失踪してから神浜に戻ってきた頃の尚紀は現在、休日を過ごしている。

 

家に戻ってきてからは何かについて悩んでいたようだ。

 

「尚紀、そろそろ晩御飯だぞ」

 

ウッドデッキの椅子に座って悩んでいた彼の元に現れたのはクーフーリン。

 

黒のベストに合わせた紳士衣装の上からエプロンを纏う姿から察するに、家事をしていたようだ。

 

「もうそんな時間か?それにしても…意外だったよ。お前が料理得意だったなんて」

 

「何事もそつなくこなせる器用さを私は持っている」

 

「お前は勉強熱心な奴だったの忘れてたよ」

 

家主が座る椅子の隣に座るのだが、顔をしかめて副流煙を払う仕草。

 

「あ…悪い」

 

煙草を吸いながら考え事をしていたためか、嫌煙者への配慮を怠っていた。

 

煙草を灰皿に押し当てて消し、クーフーリンに向き直る。

 

「ずっと外に出たまま考え事をしていたようだな?」

 

「……まぁな」

 

「お前の横顔は窓から見えていた。何を悩んでいたのか当ててやろうか?」

 

「お前…読心術が使えるのか?」

 

「いいや、これは男の勘だ」

 

ニヤニヤした顔つきを尚紀に向けながらこう語る。

 

「恋の悩み事だろう?しかも相手に言い寄られてきたパターンだ」

 

言い当てられてしまった尚紀がしかめっ面になり、後頭部を掻きだす仕草。

 

「私も沢山の女子達から言い寄られた経験をもつ。お前の苦しみなら私の方が先輩だ」

 

「……分かった。恋愛ごとの先輩に聞いてみるか」

 

観念したのか、尚紀は事情を説明していく。

 

「なるほど…魔法少女から告白されたのか」

 

「俺は…どうしたら良いんだろうな?ハッキリ言うが、俺は多忙な身の上だ」

 

「付き合ったところで、恋人を放置する結果を生む。無責任な立場にはなりたくないか?」

 

「それが多数の男の意見だと思う。しかしな…多数の意見が優れた判断だとは限らない」

 

「なら、その八雲みたまとかいう少女に伺うしかないだろう」

 

「それしか…無さそうだな。あいつが俺に幻想を抱いているなら、真実を俺の口から語ろう」

 

「この街を救った英雄など何処にもいない。むしろ、世界を破壊する者だと伝えたらいい」

 

「……落胆させちまうかもな」

 

「信じてやれ。アマラの底に消えた尚紀の事を、私達が信じたようにな」

 

重苦しい空気となっていく。

 

無言のまま黙り込んでいる尚紀であったが、クーフーリンはこんな話を持ち出すのだ。

 

「古き時代を生きた私はな、生真面目な尚紀や丈二の価値観をこう考えてしまう」

 

――恋愛に()()()()()()()()…ただの誤謬(ごびゅう)だとな。

 

突然の発言を受けて、怪訝な表情を返す。

 

「どういう…意味だよ?」

 

「男性が愛と結婚に人生の意義を見出す考え方は、人々を混乱させる誤謬なのだ」

 

「現代人の男達は…女性との恋愛というものに幻想を抱いているとでも言いたいのか?」

 

「そのような態度はそもそも()()()()()だ。男性が考えるべきではない」

 

騎士道が貴ばれた封建時代における男の役割を語られていく。

 

それはフィクション的なイメージである恋愛世界のような概念ではなかった。

 

生き甲斐を感じられる仕事に就き、認められ、報酬を得ることで自分に自信を持つ。

 

人間こそが独立した神であり、異性の内に宿る恋愛幻想に惹かれる考え方など()()()()()()()()

 

「封建的な考え方だな…。それじゃあ男なんて、女を繁殖道具としか考えないサル同然だ」

 

「悪いことなのか?男に()()()()()()()()()()()()()()()()()という概念を考えないのか?」

 

「男に従わされることで得られる…幸福だと?」

 

「男女の愛とは…()()()()()という二つの言葉に置き換えることが出来るんだ」

 

男女における信頼と尊敬という概念。

 

男性は理想に沿った生き方をし、目標を達成していくことで自分を尊敬出来る存在にしていく。

 

男は自分の魅力を磨き、小さな求愛活動によって女性との将来を勝ち取る。

 

女性は逆であり、弱みを曝け出して男性に従うことで愛を表現してしまう。

 

伴侶の男性を慎重に選ぶことが女性には求められるのだ。

 

「求愛とはセックスだ。セックスで得られる最も大きなものとは、肉体のエクスタシーではない」

 

――精神的なものなのだ。

 

男性は女性を完全に()()()()精神的な満足を得られる。

 

女性は男性に完全に()()()()ことで精神的な満足を得られる。

 

それを達成するには女性が男性を完全に信頼し、セックスを()()()()()()()()()必要があった。

 

「恋愛を生得の権利だとは考えない。私に言わせれば、恋愛という概念など発達障害だ」

 

「そこまで言うのか…?俺も丈二も…ただの発達障害者だとでも言いたいのかよ?」

 

「自分を磨き、価値を高める代わりに無条件に愛してくれる女を探すのが…本来の男性像だった」

 

――だが、今の時代の男女が求めているものなど…性的欲情という娯楽に過ぎない。

 

若い女性は性的魅力が全てであるかのように振舞う…アイドルのように。

 

性的に可愛いだけで、中身など空っぽな女性に成り果てていく。

 

若い男性はそれを助長するかの如く浮かれて喜ぶ。

 

昔の女性像とは何だったのか?

 

妻や母親になる者として、実用的なスキルを優先してきたはずだ。

 

何よりも重要であったはずの女性の心構えを身に付けていたはずだ。

 

「なぁ…尚紀。私はこの時代に流れ着き、人の社会を見せられたが…恐ろしくなった」

 

「クーフーリン……」

 

「良い時も悪い時も互いに支え合う、チームという名の男女の姿が…何処にも見当たらない…」

 

――みんなが我を押し通す我儘社会しか…見つけられなかった。

 

「このままでは男女は…人類は…その数を減らし続ける以外に道は無い」

 

……………。

 

就寝時間となり、尚紀はベットで横たわる。

 

浅い睡眠ぐらいは出来る彼だが、今日は眠れそうにない状況が続く。

 

頭の中に浮かぶのは、恋愛という概念に縛られた現代の男女を憂う仲魔の言葉。

 

「昔の女性は子供を産み…夫の魂を未来に残すという目的意識があった…か」

 

それが本物の女性の愛なのだとクーフーリンは語ってくれた。

 

しかし、見たいものしか見ない現代の男女から言えば、封建社会の理屈として聞こえてしまう。

 

「クーフーリンが経験してきた古き男女の絆と…現代人の俺達が考える男女の絆の形は…」

 

――どっちが正しいんだろうな…?

 

無理やり寝ようとするが眠れない。

 

今日は朝まで考え事をしてしまうだろう。

 

一体いつの間に…我々が生きてきた男女社会は()()()()()()()()()()()のだろうかと。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

外来の手によって日本にフェミニズムが導入され、大きく動いた時期は1980年代である。

 

当時の日本はまだ根強い男尊女卑社会が形成されている問題社会だとみなされたからだ。

 

若い女性は大学を卒業したら決められた職務しか与えられず、30歳までに寿退社を強いられる。

 

大学を出た女性達はそれに不満を募らせ、抑圧されたためにフェミニズムが必要とされた。

 

当時の社会を生きた女性は、日本の男社会が何を女性に向けてしてきたのかを語る。

 

今日は何色のパンツ?と聞いてくる。

 

女性の性的な部位を触ってきたりもする。

 

毎日色々な嫌がらせをしてきたという。

 

これらの概念を表す外来語こそが、セクシャルハラスメントと呼ばれるセクハラだった。

 

女性は男性社会に虐げられている。

 

フェミニズムは海外からの勢いに後押しされ、平成30年間を通して爆発的に広がった。

 

それによって、本当に女性社会は救われたのであろうか?

 

フェミニズムを撒き散らす勢力は隠している。

 

フェミニズムによって、人類が滅亡しようとしている現実を隠していた。

 

……………。

 

神浜人権宣言が行われた時期から一か月が過ぎた頃の2020年1月。

 

中学高校の3年生魔法少女達は受験勉強が忙しい時期なのだろうが、息抜きも大切だ。

 

「キャァァーーッッ!!さゆさゆカワイイ~~ッッ!!」

 

自宅のテレビ前で熱中しながら歌番組を視聴している人物とは水波レナ。

 

テレビの世界では、正月歌番組で登場している史乃沙優希の姿があった。

 

大歓声の中、音楽ステージで踊りながら歌う姿は人気芸能人そのものに見える。

 

「みんな!明けましておめでとう!恋の辻斬り曲…いっくよ~!!」

 

テレビから流れる沙優希の曲に合わせてペンライトを振り回すレナの姿。

 

彼女の家には様々な雑誌で紹介された史乃沙優希記事が机の上で広がっている。

 

さゆさゆファンクラブ第一号のレナによってコレクションされたもののようだ。

 

テンション高い姉を尻目に、テレビのチャンネル権を奪われたレナの弟は不満顔。

 

暇潰しでレナが買ってきた雑誌に掲載された記事内容を読み耽るのだが…表情は暗い。

 

「…姉ちゃん」

 

「何よ五月蠅いわね…レナは今集中してるから、チャンネルを変えさせないわよ」

 

「そうじゃないよ。姉ちゃんが買ってきた雑誌の取材記事を読んでてね…違和感を感じるんだ」

 

「違和感って…何よ?」

 

「僕だって姉ちゃんの趣味に付き合わされたからさゆさゆの事は昔から知ってる。だから分かる」

 

レナの弟が読んでいた雑誌記事。

 

それは女性の性差別について取材を受ける、売れっ子芸能人になった史乃沙優希の内容であった。

 

「さゆさゆってさ…昔はこんな政治ネタなんて言わなかった筈なのに…」

 

記者の取材によって書かれた記事内容とは、フェミニズム問題そのもの。

 

記事の見出しはこうだ…性の革命を望む人気芸能人特集!

 

「さゆさゆってさ…()()()()()()()()ような子だった?男社会は間違ってるって言う子だった?」

 

「アンタ…何が言いたいのよ?さゆさゆが間違った事を言うとでも思ってるわけ!?」

 

レナの中では絶対者である史乃沙優希を馬鹿にされたと激しく思い込み、苛立ちを見せる姿。

 

エゴに飲まれれば最後、相手の切実な言葉さえ悪者の囁き声として聞こえてしまう生理現象だ。

 

「違うって!さゆさゆを馬鹿にしたいわけじゃない…芸能界に行って変わったと言いたいだけ!」

 

「さゆさゆは何も変わってなんていない!さゆさゆを馬鹿にするならしばくわよ!」

 

弟の直感が気が付いた違和感を棚上げし、自分のエゴ世界を優先するかの如くテレビに集中。

 

「姉ちゃん……」

 

そんな姉の姿を見て、レナの弟は言い知れぬ不安を感じてしまったようだ。

 

このような光景は他でも見られる。

 

神浜左翼テロが起きてより一か月が過ぎた神浜市。

 

新たなる魔法少女社会が再編された事により、減った魔法少女の数が増えてきているのだ。

 

死傷者数が一万人を大きく超える程の大惨事。

 

その悲劇を食い物にする者がいる…契約の天使であるインキュベーターだ。

 

テロの犠牲になった子供達の元に現れ、契約を持ち掛けてきた。

 

親を失った少女達は二つ返事で願い事を言ってしまう悲劇が繰り返されてしまう。

 

これにより、魔法少女の虐殺者が殺したために減った魔法少女の数が少しづつ回復していた。

 

そんな彼女達を統括する存在こそが、新たなる神浜魔法少女社会の長となった常盤ななかなのだ。

 

彼女は今、魔法少女社会治世において大きな悩み事を抱えているようであった。

 

「話って…何なのさ、ななか?」

 

レストランの個室を用いて密談しているのは、常盤ななかと遊佐葉月。

 

相談事を持ち掛ける魔法少女社会の長の表情は重い。

 

「…あの騒乱より月日は流れ、新たな魔法少女の数も増えてきています」

 

「そうだね…あれだけの悲劇が起きて、アタシ達姉妹と同じ立場になった子供も多かったし…」

 

「彼女達を管理するのも…長としての私の務めです」

 

常盤ななかは人間社会主義を掲げる魔法少女であり、心には人間の目線を持つ人物。

 

東西中央の長達が築き上げた助け合い社会を踏襲しながらも、締め付けは厳しく行ってきた。

 

「魔法少女は魔獣と戦う使命にのみ準じるべき者達。それ以外を縛りつつ、教育も施す…」

 

「自由を縛り上げる弊害なら…尚紀さんに見せられたよね。…ななかも苦しい立場になったよ」

 

「はい…。私は彼女達の内心の自由まで拘束するわけにはいかなくなりました」

 

「だからこそ、内面部分を長い時間をかけて変えていく教育政策を尚紀さんに託されたわけだ」

 

「ですが…長い時間がかかる分、緊急事態に対処出来ない」

 

ななかが今起こっている魔法少女社会問題について語っていく。

 

「フェミニズムが…魔法少女社会に巻き起こってきている?」

 

「私はバラエティには疎いのですが、メディアがフェミニズムを強調していると聞いております」

 

「新入り魔法少女達が…その影響を受けてしまっているというの?」

 

「彼女達が不満を感じているものとは…私の治世そのものなんです」

 

「どういう意味なの…それ?」

 

「私は長として経験の浅い者。だからこそ、相談役として尚紀さんを頼ってしまう…」

 

「それの何が不満だっていうのさ?」

 

「それはですね……」

 

――私たち魔法少女にとって…尚紀さんは()()()()()()だからなんです。

 

葉月は驚愕して立ち上がる。

 

信じられないという表情を浮かべてしまう。

 

「私の治世は()()()()だと陰口を叩かれます…。男に媚びを売る()()()()だと…罵られるのです」

 

「バカげてるよ!!尚紀さんが男だからって…何で魔法少女達は不満に思うのさ!?」

 

「魔法少女社会は()()()。だからこそ、女社会は女だけで治世を行い、独立しろと叫ぶのです…」

 

「ふざけてる…男の尚紀さんを差別したいだけじゃないか!」

 

大きく溜息をつき、ななかは眼鏡を外す。

 

ハンカチで眼鏡の汚れを拭き、ガラスに映った自分の姿を見つめる。

 

そこに映っていたのは、女性である少女の姿。

 

「女と男…少しの差異があるだけで…どうして人々は分断されるのでしょうね?」

 

彼女の憂いの言葉は、人間の守護者と戦った神浜魔法少女達に向けて叫んだタルトの憂いと同じ。

 

――尚紀と皆さんに…差異があるのですか?

 

――男と女という…小さな差異があるから争うのですか!

 

辛そうな表情を浮かべて眼鏡を掛け直す彼女を見て、葉月も気持ちを落ち着けるようにして座る。

 

叫んだこともあり喉が渇いたのか、ジュースをストローで飲み始めた。

 

「…このような話をしても良いのか分かりませんが、葉月さんはどう思います?」

 

「アタシは気にしないけど、何の話なの?」

 

困ったような表情を浮かべたななかは視線を逸らし、気恥ずかしいのか頬を染める。

 

「私たち魔法少女社会に広がっていく…()()()のことです」

 

突然の話題転換ともいえる恋愛相談。

 

ビックリした葉月はストローで吸い出していた中身を吹いてしまう。

 

「恋愛ごとに疎い私ですが…尚紀さんから聞かされた話があります。1人の魔法少女の物語を…」

 

東京の守護者が常盤ななかに語ったのは、東京の魔法少女の物語。

 

それは東京の魔法少女社会においては、はぐれ魔法少女として扱われた少女の物語であった。

 

「魔法少女は正体を秘匿して生きねばならない者達。だからこそ、強い連帯感が生まれます」

 

「そうだね…。人間達に秘密が語れない以上は…アタシ達はアタシ達の社会で完結するしかない」

 

「だからこそ、パートナーとも言える魔法少女を大切に思うばかりに…愛してしまう」

 

「吊り橋効果ってヤツだね…。交渉を学ぶために心理学の本を読んだことがあるから知ってるよ」

 

「普通の恋愛を望む事も許されないのが魔法少女達。だからこそ、同性愛を唯一無二の愛とする」

 

「だからなんだね…魔法少女社会に関わろうとする男がいるだけで…不満を感じてしまうのは」

 

「深く絆を結びあった愛する魔法少女の間に()()()()()()()()。…それを彼女達は許せない」

 

「ななかに敵意を向けてくる魔法少女達の原因が分かったよ…」

 

――彼女達にとって、都合が良い同性愛の世界を破壊する可能性を持つ男に向ける嫉妬と憎悪。

 

――被害妄想だったんだね。

 

合点がいった表情となり、ななかに呼び出された理由も察しがついたようだ。

 

「どうやら、今のななかはアタシのネゴシエイトを必要としているわけだ?」

 

「その通りです。彼女達の被害妄想を刺激しないようにして、どうにかなだめて欲しいのです」

 

「了解したよ、交渉事なら任せておいて。個人同士の交渉なら、相手にノーとは言わせない」

 

「フフッ♪相手にイエスと言わせるだけの交渉術をお持ちのようですね?」

 

「この葉月さんに任せときなって♪」

 

話し合いが終わったこともあり、2人は勘定を済ませて店から出て行く。

 

美雨に調べてもらった敵意を向けてくる魔法少女達の情報を受け取り、葉月は去っていった。

 

背中を見送る常盤ななかであったが、その表情には曇りが生まれてしまう。

 

「葉月さん…いくら交渉を得意とする貴女でも…此度の問題解決は難しいです」

 

いくら火消しを行おうとも、燃え上る業火の勢いが強まれば強まるほど逃げるしか道が無い。

 

魔法少女社会どころか、世界中にフェミニズムという女性の怒りを撒き散らす()()()達。

 

それこそが、国際金融資本家達に牛耳られる…日本を含めた世界メディアであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

季節は12月頃にまで戻る。

 

尚紀は仕事に向かったようだが、今日は何故かクリスには乗らず徒歩で職場に向かう。

 

ガレージ内で不貞腐れているクリスの元にまでやってきたのはクーフーリン。

 

「ちょっとクーフーリン。それとも、ダーリンが用意した戸籍名の瀬田槍一郎と呼ぶべき?」

 

クーフーリンに与えられた人間名とは、彼の幼名に因んでいる。

 

クーフーリンの幼名はセタンタと呼ばれるため、瀬田という性となった。

 

また、槍一郎という名は彼の武器である魔槍ゲイボルグから名付けられたようだ。

 

「どちらでも構わない。それより、念話で呼び出した用事とは何だ?」

 

「ダーリンがね、珍しくアタシに乗らずに職場に行ったでしょ?何か聞いてない?」

 

「知らんな」

 

「嘘おっしゃい!ダーリンはアンタの事を高く評価してるから家の管理を任せてるじゃん!」

 

「確かにそうだが、何でも聞かされるというわけではないな」

 

「絶対浮気しに行ったに決まってるわよ!逢引きに違いないわ!!」

 

「そうとは限らんだろう?あいつは拳法家だから、車ばかり乗っていると体もなまるからな」

 

クーフーリンは事情を知っているが、素知らぬフリを懸命に務めている。

 

クリスを残した事情とは、連れたままではまた誤解を受けかねないと判断したためだった。

 

……………。

 

南凪区ベイエリアに場面は移る。

 

神浜港が見渡せる海沿いの通りでは、2人の人物達の姿が見える。

 

夜の海沿い通りの街灯に照らされたベンチに座っていたのは、尚紀とみたまであった。

 

あの時、みたまの告白を受けてしまった尚紀は錯乱したまま逃げ出してしまう結果を残す。

 

それでは勇気を振り絞って告白してくれた者に対して、余りにも無責任な態度となるだろう。

 

社会で生きる大人として、返事を返す責任を感じていたからこそ呼び出した。

 

全ての事情を話すために…。

 

「これが…神浜を救った英雄とか呼ばれる存在がやらかした…真実だ」

 

長い話に付き合ってくれた彼女の顔は俯き、酷く困惑した表情を浮かべてしまう。

 

世界を呪った調整屋と呼ばれる魔法少女を救ってくれる存在だと信じ、救いを求めてしまった。

 

それでも蓋を開けてみれば、新たなる絶望を世界に撒き散らすだけの存在でしかなかった。

 

「私は…自分に都合の良い理想像だけを…貴方に押し付けていただけだったのね」

 

「確かに俺は東の人々を救ったのだろう。だが…それを遥かに超える他の人々が犠牲となる」

 

「それが…尚紀さんがもたらした、神浜人権宣言の正体だったのね?」

 

「論点のすり替えと呼ばれる手口さ。西側の劣等生を指摘すれば、後はこちらのものだった」

 

「確かに…あの時に行われた会議の趣旨内容と、尚紀さんが持ち出した話は…関係なかったわ」

 

「誰かがこう言えば、俺が用いた論点のすり替えなど簡単にひっくり返せたのさ」

 

――今、その話はしていない。

 

全く別の話題を持ち掛けて、西側被害者達の気持ちの矛先をすり替える。

 

気が付けば、加害者ではなく被害者達こそが悪人なのだと仕立て上げられてしまったのだ。

 

「俺は…お前が語った希望の光なんかじゃない。インキュベーターと変わらない…詐術師さ」

 

重苦しい沈黙が夜の海沿い通りを支配する。

 

被害の復興は進んでいくが、それでも人々は外出を自粛しているため人通りは見かけない。

 

2人だけの重苦しい空間であった。

 

「…告白してくれた気持ちは嬉しい。それでも…俺はお前が考えている理想なんかじゃない」

 

真実をみたまに語り、恋心を諦めてもらいたい。

 

それこそが尚紀の出した答えであり、独りで彼女の元にまでやってきた理由。

 

彼が出した結論とは、丈二に語った言葉通りであり大多数の男達が同じ答えを出すだろうもの。

 

私と仕事、どっちが大事なの!

 

この問題を上条恭介と同じく、尚紀もまた乗り越える事が出来なかった。

 

これを克服し、両方手に入れられる答えを用意出来なかったのだ。

 

俯いたまま無言で悩み抜くみたまの姿を見ていると、美樹さやかが語った言葉が脳裏を過る。

 

――あたしは二者択一なんて気に入らない!

 

――男なら…両方手に入れてみせなさいよね!

 

それと同時に、クーフーリンから語られた言葉も過る。

 

――そのような態度はそもそも女性の性質だ。男性が考えるべきではない。

 

――男に従わされることによって得られる幸福という概念を考えないのか?

 

(確かに…クーフーリンが出した答えならば、仕事と女、両方を守ることも出来る…しかし)

 

女性の立場を考えてしまう。

 

夫天下のような状態にされてしまった女性の気持ちに寄り添う感情が強くなる。

 

クーフーリンに言わせれば、それこそが女々しい態度なのだと切り捨ててきた。

 

仕事と女、両方を満足させられない苦しみに悩む心優しい男達。

 

だが、そもそもその概念そのものが()()()()()()()()()()()()()()()

 

「みたま……?」

 

俯いた顔を上げ、彼女は立ち上がる。

 

尚紀の前に立ち、決断する表情を浮かべながら口を開いてくれた。

 

「私の答えはきっと…大勢を怒らせると思う。それでもね…やっぱり私は…貴方に感謝したい」

 

意外な答えを返され、俯いた顔を彼も上げたようだ。

 

「私たち東の人々が救われても…今度は移民問題によって東西中央の人々が苦しむのは分かるわ」

 

「なのに…どうしてお前は感謝を述べてくれるんだよ?」

 

「私はね…東にもたらされた差別に苦しんできたわ。でも…貴方が差別を解放したのは事実なの」

 

「それは結果論だ。俺のやったことなんて…ただの詐欺師なんだよ」

 

「それでもね…そんな優しい詐欺師さんなら…私は愛していけると思う…」

 

優しい詐欺師と言われた時、暁美ほむらの事を思い出す。

 

彼女もまた理不尽な現実を覆すために、世界を騙す詐欺師となる道を選んだ悪魔であった。

 

「みたま……」

 

あの時と同じようにして俯き、頬を染めている。

 

彼女の気持ちは真実を語られ様とも、微塵も動かなかった。

 

尚紀も立ち上がり、彼女と向き合う。

 

潤んだ瞳を向けてくる彼女に向けて、自分の答えを示すしかない。

 

「俺は多忙な社会人であり、NPO法人の代表であり、今でも東京の守護者を務める者だ」

 

「分かってるわ…デートする暇も無いことぐらい。それでも、貴方について行きたいの…」

 

「その気持ちは…俺に向けられた信頼と尊敬なのか?」

 

「その通りよ。私は尚紀さんを尊敬しているし…私を幸せにしてくれる人だと信頼しているわ」

 

差別から解放される実績を女性に示したため、信頼しても良いという判断を下せる女性の気持ち。

 

これこそが、求愛を求める男達が本当に求めなければならない…男女関係なのではなかろうか?

 

彼女の気持ちは本気である。

 

だが、それでも尚紀には尚紀の正しさというものがあった。

 

「少し…海でも見物しないか?」

 

通りを歩き、海が見える位置にまで進む。

 

みたまも横に並び、2人は静かに海を見つめいていた時に…彼の気持ちを聞かされたのだ。

 

「俺はな…まだみたまを救えてなんて…いないと思うんだ」

 

「そんなことないわ!差別から解放された時…私の心がどれだけ救われたと思ってるの!?」

 

「しかし…お前の生活面ではどうなんだ?」

 

「生活面…?」

 

「東の人々が差別から解放されようとも、賃金は低いまま。物質的な豊かさは得られていない」

 

「それは……そうだけど」

 

「俺はな…本気でお前の事を救ってやりたい。詐欺師などではなく…本当に救う者になりたい」

 

「尚紀さん……?」

 

振り向く尚紀の表情には、決断の感情が宿っている。

 

「俺な……東京の魔法少女社会が安定してくれたなら、目標があるんだ」

 

「目標?」

 

「探偵を続けるのも良かったんだが…それでは社会を救えない。だからこそ…目指したい」

 

――()()()()()()()をな。

 

彼の高過ぎる目標を聞かされたみたまは、驚いてきょとんとしてしまう。

 

「今の日本の政治など…売国者共がもたらす圧政だ。だからこそ、俺が日本を変えてやりたい」

 

「尚紀さんは…私だけでなく…生活に苦しむ全ての魔法少女達まで救いたいというの…?」

 

「それが俺に出来る贖罪だ。生活と差別に苦しむ原因を見ないまま…俺は魔法少女を虐殺した」

 

東京の魔法少女社会、そして神浜の魔法少女社会。

 

どちらの社会にも根底にあったのは…日本政府がもたらしてきた圧政による苦しみだった。

 

「お前はあの時、俺に言ったよな?本当は愛する人達と生きたいと」

 

「尚紀さん……」

 

「俺はお前に幸福を与えてやりたい。お前を含めた、全ての人々の生活水準を上げてやりたい」

 

後頭部を掻き、照れた表情を尚紀は浮かべる。

 

「これが俺に出来る精一杯の愛情表現だ。それはきっと…女が考えていた幸福とは違うのかもな」

 

偉大なる男の優しさは、個人の狭い関心事を遥かに超えた次元にあった。

 

彼が幸せにしてあげたい女とは、全ての魔法少女どころか、人間の女にまで向けられている。

 

それはきっと、東京で救ってあげられなかった少女と、その母親までも含めているのだろう。

 

尚紀の優しさに触れたみたまの胸が激しく締め付けられる。

 

女としての願望を望みたい気持ちと、尚紀の道の果てにある景色を見てみたい願望がせめぎ合う。

 

「……尚紀さん」

 

「済まない…みたま。俺の答えはきっと、お前の気持ちを拒絶して付き合うことを……?」

 

駆けだした彼女は尚紀の胸に顔を埋めてくる。

 

「…分かったわ。貴方を独り占めにしちゃったら…他の子達が怒り出すものね」

 

――尚紀さんの愛は…()()()()()()()()()だったのよ。

 

すすり泣く彼女を片腕でそっと抱き締めてやる。

 

美樹さやかがこの光景を見たら、きっと激怒するかもしれない。

 

上条恭介と同じような選択を望み、女個人よりも全体が望むことを優先するからだ。

 

しかし、果たしてそれだけなのであろうか?

 

上条恭介と呼ばれる少年は…本当に私欲のためだけにヴァイオリンを演奏するのだろうか?

 

美樹さやかは聞いたことがある筈だ。

 

皆が彼の演奏を望んでいた景色を見た事がある筈だ。

 

彼がもたらす音色の幸福とは…美樹さやかを含めた全ての人々のための音色。

 

これこそが上条恭介が人生を捧げてもいいと思える程の仕事であり、生き甲斐だ。

 

たとえ付き合ってくれている彼女を放置しようとも、彼女を含めた全てのために働くだろう。

 

それによって得られた自信と報酬によって、妻となった仁美を幸せに導く道だってあってもいい。

 

男が女を娶り、幸福にするというのが恋愛だと皆が言う。

 

しかし、男がもたらす愛とは本当にセックスという求愛行為しか無かったのであろうか?

 

性的な欲情を遥かに超えた次元にまで精神を磨き、その代わりに無条件に愛してくれる人を探す。

 

それこそが、男が求めるべき愛の形なのではなかったのか?

 

古き時代を生きたクーフーリンは、尚紀に伝えてくれた。

 

平成30年間によって忘れ去られてしまった、日本人が求めてきた家族の在り方を伝えてくれた。

 

伝統的な道徳観とは何か?

 

それは…人類が長年に渡って蓄積してきた、()()()()()()()()()()

 

しかし、国家や民族、伝統や歴史を破壊しようとする左翼団体が世界中に存在している。

 

彼らが撒き散らす自由と平等思想こそがフェミニズムであり、自由なセックスであった。

 

「たとえ…尚紀さんの一番になれなくても…私は貴方にずっとついていく。ついて行かせて…」

 

「ありがとう…分かってくれて。お前は美樹さやかよりも、考え方が大人なのかもな」

 

「フフッ♪この前調整屋に来てくれた美樹さんは14歳だったわね。きっとこれからなのよ…」

 

「そうだな…。いつかあいつにも、俺達の先祖が残してきた愛の形に気が付いてくれるさ」

 

話を終えた2人の姿が通りから消えていく。

 

そんな彼女達の姿を遠くの茂みから監視していた少女の姿があった。

 

「尚紀さん……調整屋……そんな関係だったなんて……」

 

隠れていた人物とは、みたまの親友である十咎ももこ。

 

南凪区に用事で訪れていたところでみたまの魔力を感じ取り、現場に訪れてしまったようだ。

 

遠くで隠れていたためか、彼女は会話内容が聞こえていない。

 

だから勘違いをしてしまう。

 

海が見える夜の景色で抱きしめ合う男女の姿。

 

それは年頃の少女ならば、こう見えるだろう。

 

恋人同士の姿として。

 

「べ…別にいいじゃん!尚紀さんと調整屋が付き合ってたって…アタシは全然気にしてないし…」

 

空元気を出そうとするが、体は震えている。

 

頭の中では否定しても、心の中にはどす黒い感情が噴き上がってくる。

 

「ち…違う…!アタシは…アタシは別に……怒ってなんていないんだから!!」

 

耐えられなくなり、彼女もまた街の明かりの世界へと駆けだしていく。

 

その光景はまるで…東京で儚く散ったはぐれ魔法少女達と同じ光景に見えてしまう。

 

普通の恋愛を望んだだけで、大切な魔法少女と関係が壊れてしまった悲劇。

 

ももこの胸の内に噴き出すどす黒い感情とは…普通の恋愛を望む感情ではなかった。

 




時女一族編のプロットが暗礁に乗り上げ、過去話の加筆修正してましたがメンタルをやられました。
なのでリリスの話に決着をつけたくなったので、常盤ななか編をスタートしていきますね。


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169話 フェミニズム・プロパガンダ

同性愛とフェミニズムによって、今まで形を保ててきた男女関係が破壊されていく。

 

これら社会改造計画を望む者達とは、いったい何者なのか?

 

実は、フェミニズムとフリーメイソンには密接な関係性がある。

 

イルミナティの中核を成す中央銀行カルテルを統括する国際金融資本家が望む思想だからだ。

 

それは人類の奴隷化であり、正当化するには理論的基盤を必要とした。

 

イルミナティとは悪が善であり、善が悪だと信じるルシファー主義者達。

 

啓蒙の光を放つ我々こそが善だと言うが、その中身は悪そのもの。

 

いわゆるダブル・ミーニング(表現に二重の意味をもたせる)である。

 

ルシファー主義者達の強大な組織に改変されてしまった組織こそがフリーメイソン。

 

彼らはルシファー主義者達の尖兵となり、真の目的は上位組織のイルミナティしか知らない。

 

フランス革命期の啓蒙主義から後の欧米文化とは、基本的にはルシファー主義に根差している。

 

根底には、人間が唯一神にとって代わろうとする考え方が存在しているためだ。

 

それこそが魔法少女至上主義さえ内包した、人類が掲げる至上主義。

 

ヒューマニズム(人間至上主義)であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

現代文化には、ある意味宗教的な考え方が存在している。

 

ルシファー主義者達がもたらしてきた社会文化の考え方ともいえるだろう。

 

それは、()()()()()()()()()()()だという退廃的な思想。

 

金とセックスを崇拝する文化的宗教こそが…ルシファー主義。

 

それはある意味、今までの封建的価値観を転覆させる社会革命ともいえるだろう。

 

フランス革命、アメリカ革命、ロシア革命…あらゆる革命が起こった後の世に溢れ出した思想だ。

 

貴族社会や教会などの旧秩序を破壊し、新世界秩序を築き上げる。

 

それこそがルシファーとイルミナティが求めるNWO(ニューワールドオーダー)であった。

 

……………。

 

「私は…今の魔法少女社会の長がやっている治世に反対します」

 

レストランの個室で遊佐葉月と向かい合うのは、テロ以降に契約した魔法少女の1人。

 

「どうして…そんな考え方に至ったのかな?」

 

不満を募らせる相手を刺激しないよう、平静を保ちつつ相手の心理に寄り添う姿勢を示す。

 

「女性は男性社会から迫害されてきました…。なのに…未だに男が行う治世に従うのですか?」

 

「言われてみれば…ななかが行う治世の中には、男の入れ知恵部分が大きくあるね」

 

「その男は悪魔であり…神浜魔法少女社会に牙を突き立てた者だと聞きます。なぜ従うのです?」

 

「確かに神浜魔法少女社会に殺戮をもたらしたね…。でも、過ちを認めて改心してくれたんだよ」

 

「信じられません。本当に改心したというのなら、二度と魔法少女に関わるべきではないです」

 

「どうしてそんなにまで…男の人を遠ざけようと考えるのさ?」

 

なるべく刺激しないよう配慮するが、自分の味方をする気がない者に苛立ちが募っていく。

 

顔を歪めながら新入り魔法少女は叫び出す。

 

「魔法少女…いいえ、()()()()()()()です!男は魔法少女の間に入り込み…大切な人を奪う!」

 

興奮しだした彼女をなだめるため、何か冷たいものを奢ると葉月は言うが拒否された。

 

頑ななまでの態度を示す相手に対し、交渉を学んだ葉月は一計を用いる。

 

それは…相手にイエス以外の選択肢を与えない交渉術だ。

 

「貴女の気持ちは分かったよ。ならね…聞かせて欲しいんだ」

 

「何をですか?」

 

「女の子は男の子に虐げられるなら、男の子は女の子に関わるべきではないという意見も分かる」

 

「……その通りです」

 

「なら、男の尚紀さんは魔法少女社会問題については二度と近づかないで良いんじゃないかな?」

 

「それは…そうですね。男の人が魔法少女社会問題に関わるなんて…許せません」

 

「ななかは魔法少女である前に女性だよ?女性が統治を行っているなら、それで良いじゃない?」

 

「違います!確かに長は女性ですが…男の相談役を作ってる時点で許せません!」

 

「ななかの治世を見てこなかったの?」

 

「えっ…?」

 

「彼女がいつ、魔法少女教育現場に男の人を連れてきたのか…思い出せる?」

 

「そ、それは……ありませんでした」

 

「今の神浜魔法少女社会は全て…魔法少女という女性で自治出来ている。望み通りじゃない?」

 

「で、でも…男の人が相談役をしてるんでしょ?」

 

「相談役って、現場に出てくるような人だった?」

 

「……違います」

 

「尚紀さんもね、神浜魔法少女は自分達で営むべきだと認めてる。だから魔獣退治も手伝わない」

 

「私たち…女性の独立を認めている男だと…言いたいんですか?」

 

「女性社会に挟まりに来る男を排除するのも、相談役として現場から蹴り出すのも同じだと思う」

 

「……………」

 

「なら、貴女は何を選びたいわけ?」

 

葉月は敢えて相手に都合が良いだけの選択肢を用意している。

 

これならノーという選択肢は消える。

 

イエス以外の選択肢を与えない上で思考を誘導していく。

 

マーケティングを習った者達が用いるダブルバインド手法であり、CM暗示に近い手口。

 

セールスで用いられる手法であり、買わないという選択肢を与えられずにクロージングされる。

 

どちらを選んでも勝ち確定なのだ。

 

「……分かりました。どうやら…私の被害妄想だったみたいです。私の望みは既に叶ってました」

 

「うんうん♪誰でも勘違いは起こすし、これからに活かせば良いんだよ~♪」

 

彼女の選択を尊重するかのように寄り添う笑顔を示し、握手を用いて交渉は終了となる。

 

レストランから出てきた2人は別れていくのだが、同じように出てきた少女達が後をつけていく。

 

勝機を逃さぬ交渉には集中力がいるため、葉月は他の魔法少女の魔力に気がついてはいなかった。

 

「ちょっと、アンタ」

 

「えっ?あ…あなた達は…?」

 

「ちょっと顔貸しなさいよ」

 

葉月に言い包められた新入り魔法少女が無理やり路地裏に連れていかれる。

 

「ぐふっ!?」

 

路地裏で始まった光景とは…社会リンチであった。

 

殴る蹴るの暴行を浴びせられ、仲直り出来た魔法少女は路地裏に倒れ込む。

 

「アタシ達の百合(リリス)社会を裏切る…男みたいな女め。アンタも名誉男性認定だから」

 

「な…なんで私が男扱いを受けるのよ!?私は魔法少女…女性なのよ!?」

 

「五月蠅い!!()()()()()()()()()()なんてね…男の肩を持つ裏切り者なのよ!!」

 

「違うわ!私たちの望みは既に叶ってるの!私たちの被害妄想でしかな…がはっ!?」

 

再び殴る蹴るの暴行が始まっていく。

 

その光景はまるで…百合(リリス)至上主義者による制裁行為。

 

百合の間に挟まりに来る可能性を残す男を認める女を許さない行為。

 

「あ…あぁ……」

 

倒れ込み、息も切れた魔法少女を見下ろす百合至上主義者達。

 

その中の1人が膝を屈めて目線を合わせてきた。

 

「男の肩を持つ、男みたいな魔法少女に洗脳されちゃダメだよ。貴女が望んでいる思想って何?」

 

「そ…それは……」

 

「魔法少女である前に私達は女。だからこそ、男社会が繰り返してきた迫害を許さない者よね?」

 

「う…うん…。その考え方だけは…私は捨てる気はないから」

 

「なら、もう過ちを繰り返しちゃダメだよ。私達に必要な思想は何か…言ってみて」

 

許されたい意識が優先してしまうため、勘違いを認められなくなった魔法少女が立ち上がる。

 

涙を袖で拭い、決断する言葉を皆に伝えた。

 

「私たちに必要なのは…()()()()()。それを守る政治思想こそが…フェミニズムなのよ」

 

「その通り♪ごめんね…男扱いなんてしちゃってさ。殴ってでも貴女の間違いを止めたかったの」

 

「ううん、気にしてない。過ちは互いに支え合う…喧嘩してでも止めてくれるのが友情だよね♪」

 

まるでDV夫が時たま見せる優しさに懐柔され、洗脳されていく妻のような光景。

 

葉月に説得された魔法少女は再び…男である嘉嶋尚紀排除を叫び出すことになっていった。

 

路地裏の光景を見つめていた人物がいる。

 

屋上で佇み、風に靡いているのは天女のような羽衣。

 

その人物を知る者は、東側の魔法少女社会には多かった。

 

しかし…魔法少女の虐殺者によって殆どを殺されたため、彼女を知る者は限られてしまっていた。

 

「……キャハッ★」

 

両手を持ち上げながら顎に翳し、可愛い笑顔を向ける者。

 

笑顔を向けていたのだが、すぐさま表情が変わっていく。

 

その表情は不気味な雰囲気を醸し出す。

 

何よりも不気味であったのは…彼女の片目。

 

生前の彼女にはなかった筈の真紅の瞳が片目に浮かんでいた。

 

「……君達は、フリーセックスを望むべきなのだ」

 

少女である筈の人物だが…まるで()()()()()()()()()()()()()喋り方を始める存在。

 

意味深な言葉を残し、天女の姿をした少女は消えていく。

 

天女の姿をした少女なら、神浜左翼テロの際にも見かけたことがあるだろう。

 

屋上で佇んでいた人物とは…死んだ筈の藍家ひめなであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜の南凪区には、東京のビックサイトと同じような国際展示場が存在している。

 

ここでは毎年のようにオタク達が集まる同人誌即売会や、コスプレイベントが催されている。

 

今年はテロの被害も大きく、冬にあったカミケは自粛されてしまったようだ。

 

心に深い悲しみを抱えつつも、癒しを求めるかのようにして神浜電気街を歩く人物が見える。

 

「ふぅ…やはり、乾ききった僕の心を癒してくれる場所は…魂のルフラン(故郷)しかない」

 

電気街を歩いていたのは、神浜の東で活動してきた魔法少女。

 

頭が少々痛々しいその人物とは、水樹塁であった。

 

「この乾いた心を癒すには…僕の欲しい魔導書をふんだんに手に入れるしかない!薄い本(同人誌)だけど」

 

カミケのために溜め込んでいたお小遣いを握り締め、同人誌やアニメグッズを取り扱う店に急行。

 

暫くして店から出て来た彼女の表情は喜びに包まれていたようだ。

 

オタクのプライバシーである品はリュックに仕舞い、ウキウキ気分で帰ろうとしていた時…。

 

<<オタクは女性を差別するなーーッッ!!>>

 

突然聞こえてきたのは、フェミニズム運動団体の声。

 

「な…何なの…あの人達……?」

 

彼女達が叫んでいる理屈は、オタクである水樹塁には理解不能な概念ばかり。

 

「オタクの美少女コンテンツは、女性を性消費差別しているわ!!」

 

「女性はロリコン男共の性消費道具じゃない!!」

 

「女性を辱める美少女ポスターなんていらないし商品もいらない!電気街は女性差別の街よ!!」

 

「この電気街の美少女ポスターの撤去を求めます!!」

 

今まで意識すらしたことがない、当たり前だったオタク社会の光景に待ったをかける者達。

 

果たして、彼女達の理屈とは本当に女性のための権利運動なのであろうか?

 

断じて違う。

 

何故なら、オタク趣味を愛している女性なら目の前にいるのだから。

 

「あ…あの……」

 

「な…何よ、貴女は…?私たちの運動に加わりたいの?」

 

政治運動を行う団体の元まで歩いて来た人物とは、オドオドした表情を浮かべたままの水樹塁。

 

普段の性格は大人しく内向的であるため、彼女を知る友人が見れば信じ難い光景だろう。

 

それでも声をかけてしまったのは、譲れない信念があるからだった。

 

「オタクにも…好きなモノを好きだって思い…愛する権利が…あると思う……」

 

彼女の言葉は電気街のオタクを援護する。

 

それを聞いた過激派フェミニスト達が大人しく引き下がる筈がない。

 

「この女性差別主義者め!!あんたは女なのに…ロリコン男共の味方をするっていうの!?」

 

「ち…違う!!私…は…オタクは…ロリコンばかりじゃないって…思う…」

 

「嘘おっしゃい!!見なさいこの電気街のポスターを!十代の少女達を性消費道具にしてるわ!」

 

「そ…それは…商売だから…広告を出してるだけだから……」

 

「広告なら何を使っても良いっていうの!?女性を玩具にして男共の支配欲を喜ばせたいの!?」

 

「そんな人達が全てじゃない…。でも…薄い本を楽しみたいっていうのは…性欲なのは認める…」

 

「聞いた?この女は女性を男共にレ〇プさせる表現に味方する…裏切り者の女よ!!」

 

<<この名誉男性め!!()()()()()()()()()()()()()よ!!!>>

 

自分達が何を言っているのかも、フェミニスト達は理解していない。

 

男の味方をする女は女の敵なんて理屈…もはや破綻している。

 

それにも気が付かず、自分達に都合の良い我儘ばかりを垂れ流す光景。

 

左翼研究家はこう言った。

 

左翼の言葉とは、本音の裏返しであると。

 

そしてこれもまた善悪二元論の光景であった。

 

周囲を歩くオタク達。

 

フェミニスト達に苛立ちを感じているようだが、塁の味方をするために前に出る勇気を示せない。

 

フェミニスト達がオタク社会を攻撃するのには、大きな理由がある。

 

未だに残る偏見に怯えるオタク社会の男達なら…何を言っても無抵抗。

 

二次元美少女コンテンツという分かり易い悪を用意出来ることもあり、参加しやすい。

 

誰かを社会悪にしてスケープゴートの生贄として用意した上で、しゃぶりつくす。

 

分かり易い悪を用意してサンドバックにするのは、フィクションでなくとも楽しいものだった。

 

「いい加減にしてよ!!!」

 

フェミニスト達の金切り声にも負けない叫びを上げた塁。

 

前髪で片方を隠しているため片目しか出さないのだが、その瞳には怒りの炎が宿っていた。

 

「どうしてオタクだから差別するの!?オタクにだって…内心の自由があるべきだよ!!」

 

「ふざけるなぁ!!オタク男共の自由のせいで…どれだけの女性が傷ついたわけ!?」

 

「鏡が見えないの!?オタクを差別する君達の言葉で…僕がどれだけ傷ついたと思ってるの!?」

 

「僕?アッハハハ!!やっぱコイツは名誉男性だわ!」

 

「そうそう♪僕なんて男の一人称を有難がる名誉男性なら、そりゃロリコン男の味方するよね~」

 

ゲラゲラと嘲笑われるのは、1人のオタクとして立ち上がった塁。

 

怖さと悔しさで体が震え、涙目になっても、それでも譲れない気持ちがある。

 

「オタクが好きな事を捨てるのは…()()()()()()!!君達は…僕達オタクに死ねと言うのか!?」

 

「そうよ!!女性を性消費差別するオタク…いいえ、男社会なんて…全員滅びちまえ!!!」

 

ついにフェミニストの本音がぶちまけられ、大人しい塁も我慢の限界をきたす。

 

「お前達ぃぃーーーッッ!!!」

 

怒りで我を忘れ、左手を掲げてしまう。

 

ソウルジェムを生み出そうとした塁の肩を掴んだのは、南凪区で活動する魔法少女。

 

「…怒りたい気持ちは分かるネ。それでも、刃を抜いてしまたら…加害者にされるのはお前ヨ」

 

「美雨…さん……?」

 

「魔法少女の虐殺者として生きてしまたナオキと戦たお前は…何を学んだネ?」

 

「あっ……」

 

「行くネ…こいつらはもう、見たいものしか見ないし…信じない連中ヨ」

 

逃げるようにして去って行く2人の姿。

 

背後ではフェミニスト達が勝利を喜び合うバカ騒ぎ。

 

悔しい感情が溢れ出し、塁はまた涙目となってしまう。

 

「アレはフェミニストと呼ばれる政治運動連中ネ。男女平等を謳う連中だけど…そう見えるカ?」

 

「全然見えない…あいつらは女性である僕を差別した!オタク趣味を持つ他の女性も差別した!」

 

「それがフェミニスト共の正体ネ。女性至上主義なんてものじゃない…()()()()()()()()()()ヨ」

 

「自分達さえ良ければそれで良いだなんて…あんまりだよ……」

 

「その嘆きの気持ちこそが…心の自由を望む気持ちこそが…ナオキの圧政に立ち向かた気持ちネ」

 

「そうだった…。僕たちは…いくら社会大儀を振りかざされても…首を縦には振りたくなかった」

 

「内心とは心の神殿ネ。神殿を荒らしに来る外来の異教徒教義が現れたら、全力で抵抗するヨ」

 

「怒りと憎しみの正当化…それが左翼運動なんだね?連中は…何の大儀を振りかざしたいの?」

 

美雨は立ち止まり、顔を俯けてしまう。

 

「あいつらが味方するのは…レズやゲイ、バイやトランスジェンダー。LGBTと呼ばれる人々ネ」

 

「いわゆる同性愛者や…性同一性障害を抱えた人達の味方をしたいってわけだね…」

 

「それが不味い事態を招いているヨ」

 

「不味い事態…?」

 

顔を上げて彼女の目を見つめる美雨。

 

神浜魔法少女社会を治める治世側に立つ者として、憂いを感じさせる顔つきをみせた。

 

「魔法少女社会には…古くからの恋愛観があるのは…知てるカ?」

 

水樹塁も魔法少女社会では経験を積んできたため、魔法少女社会を長く見てきた者だ。

 

だからこそ、魔法少女達の恋愛光景なら幾度か見てきた経験をもっていた。

 

「ま…まさか……」

 

「……お察しの通りネ」

 

「新入り魔法少女達の中に…同性愛を望む子達が大勢いる……?」

 

「だからこそ……彼女達は求めてしまうヨ」

 

――同性愛者を正当化出来る政治思想……フェミニズムを。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

病んだ生物がいたとしよう。

 

病んだ生物が周りの生物に向けてこう叫び出す。

 

自分達は健康で、健康な動物こそが病気なのだと訴えていく。

 

そんな生物の理屈を鵜呑みにすれば、どうなってしまう?

 

言うまでもなく病気は進行し、正常な動物まで病気にされていく。

 

これが今の社会と同性愛者との関係性。

 

ごく自然な異性愛者達の社会と家庭は今、フェミニズムによって大きなダメージを負っている。

 

どちらが病気なのかは、フェミニズムの本場である米国社会を例にすれば分かるだろう。

 

ゲイと呼ばれる人物達は、自分達を冷静に分析出来てはいない。

 

それはレズビアン達とて同じであった。

 

……………。

 

「……れんちゃんは、どう思う?」

 

メイド喫茶の店内の端には、メイドさん達も近寄れないぐらい暗い空気を醸し出す少女達がいる。

 

中央で活動している魔法少女の綾野梨花と、西側で活動している五十鈴れんであった。

 

暗い表情をして相談していた内容とは…魔法少女社会に流行りだしたフェミニズムについてだ。

 

政治の話題を急に話され、政治に詳しいわけでもないれんの表情は困惑を隠せない。

 

「えと…その…私…政治とか考えたことがなくて…よく分からない…かな…」

 

「あたしだって…政治なんて興味なかったよ。でもさ、今はもう…そんな事を言ってられない」

 

「そうですね…政治に無関心だったからこそ…東の魔法少女達に手を差し伸べられなかった…」

 

「過ちは繰り返したくない…。でも、あたしは…フェミニストになった子達の気持ちも分かるの」

 

「どういう…意味ですか?」

 

梨花の顔が俯いていき、頬を染めてしまう。

 

こういう話題は慣れているかと思ったが、それでも気恥ずかしい恥じらいを抱えていたようだ。

 

「れんちゃんはさ…。あたしがレズビアンだって…知ってるよね?」

 

「……はい」

 

綾野梨花には、昔から愛していた同性の幼馴染がいた。

 

ある日、彼女と愛する幼馴染との間にやってくる存在が現れる。

 

百合の間に挟まりに来た存在とは…男性であった。

 

人間だった頃の梨花は悩み抜く。

 

男女の仲を認められない感情に苦しんでいた時、知り合った魔法少女から契約を勧められた。

 

誘惑に飛びつき魔法少女となったのが…綾野梨花が背負う過去である。

 

「あたしの願いは…叶わない恋の成就だった」

 

4年間も思い続けた愛する女を…百合の間に挟まりにきた男になど奪われたくない。

 

契約によって果たされたのは、挟まりに現れた男との関係を両方忘れさせること。

 

何事もなかったかのようにして男は去り、愛する同性を自分のものに出来た。

 

何故か女性同士の恋愛概念だと考えられてしまう…百合の大勝利の光景であろう。

 

フェミニストがこれを聞けば、男に勝利した梨花を絶賛するだろう。

 

だが、彼女は己の望みを果たした筈なのに…苦しんできた。

 

「何も知らない幼馴染とのデートは…あの子を騙している気分しか感じられなかった」

 

「一時の喜びは得られても…奇跡を悪用しただけ。梨花ちゃんはそれを…私に語ってくれました」

 

「辛さに耐えられなくて魔獣に八つ当たりを繰り返した。あたしの苦しみを聞いてくれたのが…」

 

「中央の長を務めてくれていた…都ひなのさんだと…聞いてます…はい」

 

「レズであっても…都先輩は平等に接してくれた。親身に接してくれるから…話ちゃった」

 

「奇跡の悪用を…ですね」

 

「あたしは後悔したんだ…。偶然出会った前の彼氏を見てたらさ…()()()()()だったの」

 

「梨花ちゃんが合コンに行く時によく見かけるという…心無い男の人ではなかったんですね…」

 

「百合漫画で使われるような酷い男じゃなかった…。だからね…あの人なら構わないと思ったの」

 

「だから…愛した幼馴染の子と…辛いのに…別れたんですね」

 

「都先輩はね、あたしに協力してくれた。別れた彼氏さんと出会うチャンスを作ってくれた」

 

「そして…幼馴染と前の彼氏さんは…もう一度男女関係を結べたと…聞いてます」

 

「あはっ…辛い気持ちはね、溜め込むとしんどいの。れんちゃんには…知ってもらいたくて…」

 

「話してくれた時…そんな気持ちを向けてくれた事が…嬉しかったです。そして今も…同じです」

 

大きな溜息をつき、話が脱線した事に乾いた笑いが出てしまう。

 

「フェミニストのやり方はね…奇跡の力を悪用していた頃のあたしの姿…そのものなんだ」

 

「自分に都合が良い感情しか見ない…それを周りに押し付ける…」

 

「だからさ…フェミニストになった魔法少女達にも…気づいて欲しい」

 

――百合の間に挟まりに来る男の人全てが…()()()()()()()()()()()()ってことを。

 

暗い話題を繰り返す彼女達の声は、店内に響く談笑の声に搔き消される光景が続く。

 

だが、そんな彼女達の会話を密かに聞いていた人物がいたのだ。

 

「なんて…なんて冷静な子なの!!アタシ…感動しちゃったわ!!」

 

素っ頓狂な叫びを上げたのは、彼女達の後ろの席に座っていた人物。

 

「えっ!?お…おじさん…誰?」

 

「いやん!!おじさんだなんて言わないで!オネエサマと呼んで頂戴!」

 

「えっと…たしか、このメイド喫茶の店長さんだと…存じてます」

 

現れた人物とは、容疑が晴れたため解放されたメイド喫茶の店長だった。

 

「梨花ちゃんと…れんちゃんね?隣に座っても良いかしら?」

 

「構いませんけど…店長さんがお仕事サボってても、大丈夫なんですか?」

 

「そこらへんは、店のオーナーでもあるアタシの特権を使わせてもらっちゃう♡」

 

意気揚々とれんの横に座り、店長は梨花と向き合う。

 

最初は笑顔を向けていたのだが…辛そうな態度になっていく。

 

「梨花ちゃん…アタシの喋り方や態度を見て、どう思う?」

 

「もしかして…店長さんも…?」

 

「そう…アタシはゲイなの。だからね…同性愛者のレズビアンの気持ちは…痛い程分かるわ」

 

「そっか…店長さんも、辛い恋愛を経験してきたんだね?」

 

「うん…ゲイを押し付けるわけにもいかないからね。でもね…アタシの周りのゲイは違うのよ」

 

「どういう事なんですか…?」

 

深刻な表情を浮かべたまま、今のゲイ社会に巻き起こるフェミニズム問題を語ってくれる。

 

語ってくれた内容とは、米国ゲイ社会のライフスタイルの間違い部分を指摘する内容と同じ。

 

「ゲイはね…()()()を患い易いの。だから詐欺師になっていくゲイ友達も…大勢いたわ」

 

「そ…そんな…」

 

「原因は日常的に自分を偽ってきたから。やがて…自分はゲイではないと自己欺瞞に陥っていく」

 

「まるでフェミニストが繰り返す…虚言癖みたいな症状ですね」

 

「アタシを含めたゲイはね…あらゆる固定観念を否定する。それはきっと…レズビアンも同じよ」

 

同性愛者のモラルとは何か?

 

同じ同性愛者である店長は、レズビアンである梨花にも分かり易い言葉で例えてくれた。

 

「そんな……嘘だと言ってよ!!」

 

分かり易い言葉を選んだために、酷い言葉を選んだようだ。

 

同性愛者のモラルとは…こうだ。

 

――自分はやりたいことをやる。

 

――()()()()()()()()()()()()()

 

「アタシのゲイ友達は…信頼している友人の既婚者でさえ…食い物にしてきたわ…」

 

「嘘だよ…そんなの…!あたしと同じことを…ゲイの人達までするなんて!?」

 

「アタシが生き証人よ。彼らの略奪行為を正当化したのは()()()()…フェミニズムだったのよ」

 

自分の我儘を押し通すためなら、友人であろうが簡単に裏切る。

 

そんな誠意のないゲイ友達に憤慨し、冷静な店長は縁切りを行ったようだ。

 

「同じ同性愛者として恥ずかしい。ゲイやレズの子はね…病的なまでに()()()になる時があるの」

 

常に注目され、賞賛されることを求める。

 

他者への共感や配慮が欠如し、他者への興味も長続きしない。

 

浅薄で流行に敏感であり、誘惑好きであり、外見を膨張する。

 

目的のためなら他人を利用する。

 

政治やメディア、SNSで流行りだしたフェミニズムに飛びつく者達の言動と酷似する内容だろう。

 

「人間関係において過大な自己像と卑屈の気持ちの間で揺れ動く…アタシも気を付けたい心理ね」

 

「あたし…あたしも確かに…そんな気持ちになった気がする。だからあたしは…あたしは…」

 

ギャル衣装を纏い、合コンで目立ち、キュウベぇを利用し、幼馴染の気持ちさえ裏切った過去。

 

綾野梨花が犯してしまった過ちが怖くなり、体が震えていく。

 

同性愛者は自分のエゴと向き合う時…これ程までの苦しみを背負うことになる。

 

「アタシはゲイ仲間に警告してきたわ。貴方達の望む理想を行えば…異性愛社会は()()()()()と」

 

ア〇ルセックスにコンドームは不要であると叫び、HIVに感染していく。

 

性的興奮を常に求め、アルコールやドラッグに手を染める。

 

フェチ・スカ〇ロ・SM…公衆浴場を利用する男同士のセックス…もはやキリがない。

 

「何よりも恐ろしいのは…それを禁止する行為そのものを…()()()()()()()()()()手口なのよ」

 

これを行うのが、海外の悪徳であるフェミニズムに媚びを売る売国政治家や偏向メディア達。

 

最も反発を招きにくい形で同性愛を宣伝する。

 

同性愛に対する恐れは、ユダヤ人や黒人や女性差別に繋がると宣伝する。

 

同性愛者は普通だというイメージを摺り込み、NEWノーマルとして異性愛社会に定着させる。

 

宣伝は()()()()()()()()()()()

 

理由は、同じくらい真実とかけ離れている負の偏見に対抗するため。

 

同性愛者達の真実が、偏見と同じか、それ以上に酷いものだと認めているようなものだった。

 

「気が付けば()()()()()()()という欺瞞に満ちた言葉で…今までの()()()()()()()()()()()のよ」

 

「それに気が付かないのが…神浜で巻き起こっている…フェミニズム問題なんですか?」

 

「アナタ達のさっきの会話内容は伏せとくわ。何者であっても構わない…でも、忘れないで」

 

――同性愛を望む気持ちは内心の自由であり、公共の福祉の範囲内なら尊重されるべきよ。

 

――でもね…同性愛を差別問題にすり替えた時点で、アタシ達は()()()()()()()()()()()わ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

米国で巻き起こったフェミニズムを危惧する著作は数多い。

 

米国のライフスタイルに対して、体勢転覆よりも遥かに大きな脅威となるものを想定している。

 

著者たちは口を揃えてこんな言葉を残す。

 

米国人の感情と意思と意見に向けて、事前に計画した心理攻撃を行う。

 

メディアによるプロパガンダによってそれを転換させる。

 

普通の人達の偏見と恐怖、憎悪の感情を否応なく寛容な認知へと変質させていく。

 

こんな手のかかる真似をせざるを得ないのは、同性愛者達が自分達は異常だと感じているからだ。

 

ならばこうすればいい。

 

我々の同性愛を社会が認めないのなら、我々の()()()()()()()()()()()()()を築けばいい。

 

それこそまさに…今までの世界へ求める我儘という名の自由要求。

 

NWO(ニューワールドオーダー)であった。

 

……………。

 

2020年1月頃。

 

12月頃に芸能界デビューを果たした史乃沙優希は、彗星の如く輝かしいデビューを飾ってきた。

 

あらゆるメディアが所属する事務所に仕事依頼を寄越し、秒単位のスケジュールを必要する程だ。

 

それでも沙優希は嬉しかった。

 

失った友達が蘇っていく感覚を感じているためだ。

 

事務所に届くファンレターの数は鰻登り。

 

雑誌取材が数多く行われ、コンビニで彼女を飾る表紙が溢れ出す程の規模。

 

地方都市で活動していたご当地アイドルにもたらされたのは、余りにも違和感を感じさせる光景。

 

それを可能とする存在こそが…国際金融資本家と広告代理店であった。

 

「史乃沙優希は従順に動いてくれているようね?」

 

「我々のプロデュースに沿う形で宣伝を行い、彼女のメディア登場頻度を急加速させました」

 

話している人物とは、黒のビジネススーツを着たリリス。

 

その隣にいる男とは、日本においては世界規模を誇る程の広告代理店代表。

 

日本メディアの総本山にリリスは赴いているというわけだ。

 

「彼女は多くの友達に飢えていた魔法少女…メディアで目立てばそれだけファンが集まるわ」

 

「愚かな事です。消費者が求めているものなど、性的偶像崇拝という娯楽に過ぎないというのに」

 

「人間なんて何処までも我儘なものよ。自分に都合の悪い情報など聞きたくもない態度を示すわ」

 

「まさに思考の蛸壺現象。SNS社会においては()()()()()()()()()()()を完成させる要素です」

 

【デジタル・ゲリマンダー】

 

ゲリマンダーというのは、もともとは選挙区の境界線を意味する。

 

ある党派が他の党派よりも有利になるように恣意的に画定することを指す用語であった。

 

これはSNS社会を言い表せる現象にもなるという。

 

TwitterやYouTubeなどは、自分が気に入るアカウントをフォローすることから始まる。

 

気に入らないアカウントも多く見かけるだろうから、無視するなりブロックなりしていく。

 

そんな事を続けていけば、どのようになるのか?

 

自分に居心地のいい快適空間を築き上げることは出来る。

 

だが、自分の価値観に合う情報しか集まらないという弊害をもたらしてしまう。

 

自分に都合が良い情報を鵜呑みにし、内容も考えない、一次情報も確認せずに肯定してしまう。

 

一次情報を検証しないため、フェイクニュースにまんまと吊られていく蛸壺空間が完成する。

 

レッテル張りしか出来ない弱者を欲しがる存在こそが、為政者の息が掛かるインフルエンサー達。

 

デジタル・ゲリマンダーとは、思考の蛸壺化を利用する政治的扇動行為を表す言葉であった。

 

「ルシファー閣下と私が求めているものとは何か…言ってみなさい」

 

「はい。それはNWOであり、宇宙意思たる唯一神への叛逆を意味し……」

 

「そうじゃないわ。私と閣下が男女社会へ求める望みを言うのよ」

 

「し、失礼しました…。それは、ルシファー主義を完成させることです」

 

「閣下の存在とは、どのようなものか…知っているかしら?」

 

「男神であると同時に…女神でも在らせられます。だからこそ、ルシファー様は人類に望まれる」

 

――女らしさ、男らしさの()()()()()()()()ことを。

 

理解しているようなので、リリスは微笑みを返す仕草を見せる。

 

「それじゃ、後の事は任せるわ。私は他にも色々と仕事を抱える多忙な女なのよ」

 

「お任せを。それと、1月の第三日曜日には史乃沙優希の神浜凱旋イベントも予定してますので」

 

「分かった。彼女が人類を堕落させていく光景は心が躍る…私もライブを拝見させてもらうわね」

 

オールバックにした黒髪を掻き上げる仕草を見せた後、踵を返してエレベーターに向かう。

 

世界を代表する広告代理店のビル一階にまで下りてくる。

 

出入口に向けてリリスは歩いていくのだが、彼女が踏みしめる大理石の床を見て欲しい。

 

パネルのように並べられた大理石の床には全て、特徴的なシンボルが描かれている。

 

床一面…目玉とピラミッドを表すようなシンボルが描かれていたのだ。

 

入り口から出てくると、リリスの頭上には五芒星のシンボルまで用意されている。

 

本当にこの広告代理店は日本の広告代理店なのかを疑いたくなる光景であった。

 

「お待ちしておりました。どうぞ、お乗りくださいリリス様」

 

待たせていたロールスロイスに乗り込み、運転手が車の扉を閉める。

 

シークレットサービスのような見た目をした護衛達も移動して車に乗り込んでいった。

 

車列が発進していく中、後部座席で待っていた存在に向けてリリスは顔を向けていく。

 

「その姿…この前の神浜テロの時に召し上がった魂を気に入られた様子ですね?姿を真似る程に」

 

隣に座っていた人物とは、神浜未来アカデミーの女子制服姿をしている藍家ひめなであった。

 

「ありよりのありな姿でしょ?閣下と私チャンはね、思想の上ではアチュラチュなんだ~★」

 

「まぁ…?彼女の魂を取り込んだ時に、その魂を消化せず、内に取り込んだのですか?」

 

「正確に言えば、私チャンから生まれた魔女が記憶していた情報を、閣下が取り込んだわけ」

 

「つまりは…藍家ひめなの魔女情報を元にして、彼女の言動をマネてらっしゃるのですね?」

 

藍家ひめなの言動を続けているが、リリスが乗ってこないため元の男口調に戻ってしまう。

 

「フッ…彼女の絶望がもたらしてくれた感情エネルギーは美味だった。彼女が気に入ったのさ」

 

「先ほど仰ってましたが…藍家ひめなと閣下の思想が一致しているというのは?」

 

「それについては、藍家ひめなと呼ばれた人物を語らねばならないね」

 

取り込んだ魔女の情報を頼りにし、如何にして藍家ひめなが魔法少女になったのかを語っていく。

 

「秀才だった幼馴染の男との関係に釣り合わない自分に絶望していたのが…藍家ひめなであった」

 

「劣等生というコンプレックスを抱えてまで付き合いはしたけれど、周りは関係を認めなかった」

 

「古い価値観に縛られている者ばかりだったからな。先に耐えられなくなったのは男の方だった」

 

「男が自殺した時、契約の天使が現れて契約を行ったのですね。生まれた固有魔法こそが…合成」

 

「死んだ男は彼女と合成させられ、彼女の中にしか存在しえなくなった。そうなればどうなる?」

 

「愛した男の存在をいくら周りに語ろうとも、誰も信用しないでしょうね」

 

「友達どころか親にさえ信用されず、絶望したまま河川敷で黄昏ていたというわけさ」

 

「そこで拾ったのが…栗栖アレクサンドラに擬態した閣下だったというわけですか」

 

「フッ…皮肉なものだ。愛した男と合成を望んだ者なのに…今度は私と合成しているではないか」

 

()()()()()()()()()()()()()()…確かに、その存在は閣下に近かったのだろうと思いますわ」

 

「だからこそ、彼女は私と同じ答えを求めたのだ。()()()()()という考え方をね」

 

「古い価値観に縛られず、新しい価値観にアップデートさせる。それは貴方様の望みですわね」

 

「男女という概念こそが…唯一神が用意した生命の在り方だ。私はそれらを()()()()()()()()()

 

「男は女のように女々しくなり、女は男のようにガサツにしていく…」

 

「そんな男女になったなら、もはや()()()()()()()()()()。互いが我儘言い放題な環境となる」

 

「金とセックスが全てとなり、結婚さえ望まない男女で溢れ出す…アジェンダの光景ですわ」

 

「我々は地球という人間牧場の管理者たる牧師達だ。増え過ぎる羊共は…()()()()()()()()()

 

片腕を窓際に置き、外の景色に視線を向け続ける者こそ魔法少女のフリをした大魔王の姿。

 

彼女の顔が映る窓には、藍家ひめなの顔も映っている。

 

低い笑い声が車内に響きだす。

 

窓ガラスに映っていたひめなの口元には、邪悪な笑みが浮かんでいく。

 

「私チャンは望んでた。誰も逆らえない者となり、自由な恋愛を生み出す支配側になりたいって」

 

藍家ひめなが望んだ世界の在り様。

 

それは魔法少女主義を信用する人物を中心とした管理制度が施された世界。

 

システムを細分化して人口と面積単位で割り当て、主義を信じる者にだけ恩恵を与える。

 

「私チャンが望んだ世界構造は…もう行われていた。それこそがイルミナティなんだよ」

 

ルシファー主義を信用するルシフェリアンを中心とした管理制度が施された世界。

 

銀行システムを細分化して人口と面積単位で割り当て、主義を信じる者にだけ恩恵を与える。

 

「これからも私チャンはね、人類を天辺に導いていく」

 

――だって今の私チャンはね、()()()()()()()になったんだから★

 

藍家ひめなが組織したルミエール・ソサエティの旗に記されたシジル。

 

中央の剣の側面から伸びるようにして広がるのは、六枚翼を表す形。

 

その上を光が照らすシンボルこそが、啓蒙会であった。

 

藍家ひめなが掲げたシンボルの形こそが、今の彼女の姿そのもの。

 

彼女の背に隠された六枚翼と啓蒙の光は…これからもイルミナティを導く光となるだろう。

 

藍家ひめなが望んだ…人類管理を行うために。

 




藍家ひめなちゃんPUガチャの絵が可愛い印象を受けたので、まだ捨てるには勿体ないと思いまして使っていこうと思いました。


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170話 女性器のモノローグ

イルミナティの真の目的とは、大衆を堕落させることにある。

 

中でもセックスはあらゆる人間に共通した基本的行為であり、目的にとって好都合。

 

その尖兵とされてしまったフリーメイソンは…ある意味セックスカルトとも言えるだろう。

 

コンパスと定規の中央に描かれたGマークには、ゴッド以外にも意味がある。

 

GENERATION(世代)という意味まで込められているのだ。

 

彼らの描くオベリスクは男性器を象徴し、円の中に描く点は女性器に挿入する意味があった。

 

我々が考えてきた性の解放や進歩という欧米概念こそ、フリーメイソン理念。

 

秘密裏に行われてきた大衆洗脳に気が付かないまま、多くの人々が同性愛万歳と叫んできたのだ。

 

……………。

 

「そう…。神浜の電気街で、フェミニズム団体から酷い言葉を浴びせられたのね」

 

神浜の栄区図書館に集まってきていたのは、工匠学舎に通う魔法少女達。

 

古町みくら、吉良てまり、後輩の三穂野せいらに向けて辛さを語る水樹塁の姿があった。

 

「みんな酷い…オタクが何をしたっていうの!私達にだって…好きなモノを愛する権利がある!」

 

「その通りです、水樹さん。彼女達の主張など…自分達の我儘を押し通したいだけです」

 

「フェミニズムかぁ…。この問題は…映画好きとして看過出来ない問題でもあったんだよね…」

 

「そうね…フェミニズムの本場である米国映画産業は…フェミニズムの実験場みたいなものよね」

 

「いつの間にか…男は邪悪な存在で…女こそ正義であり邪悪な男を滅ぼす存在に変えられたんだ」

 

「文芸作品にも多くあります。アメリカ文学史で有名な戯曲がここにもあるので、持ってきます」

 

てまりが席を立ち上がり、図書館内を移動していく。

 

持ってきた文芸書を皆の前で開き、要点を語ってくれた。

 

「この戯曲の骨子となっているメッセージとは…()()()()()()()()()()という主張です」

 

「私や…電気街のオタク達を差別してきたフェミニスト連中の理屈と…同じだね…」

 

「異性愛者の社会や家族は…捏造されたものだと演出している内容でした」

 

「酷い内容ね…まぁ、百合漫画とかでもそのほうがレズカップルが持ち上がるから使われるけど」

 

「この作者も同性愛者です。内容はフェミニズムとの類似性があり、()()()()そのものです」

 

「このタイトル…そういえば洋画で上映されたんだよ。私は…見たいなんて思わなかったけど…」

 

「つまり…フェミニストと同性愛者は同盟を築ける程にまで…親和性があるというわけね」

 

「さっき言ってた…酷い男性差別…思い当たる節が電気街であったの…」

 

「どういうことなの、水樹さん?」

 

「帰っていた時…私の叫びを喜んでくれたオタク女子がいたの…。彼女も不満を感じてたみたい」

 

「その子は…何を水樹さんに伝えてくれたんですか?」

 

「フェミニストは…何故かBLには文句を言わない。美少女作品だけを敵視してると…言ってた」

 

「つまり…性消費道具にされるなら、劣等種である男を使えば…フェミは文句無しというわけね」

 

「それでいて同性愛だけは尊ぶ…。自分は良くて、お前はダメ…酷いダブルスタンダード連中よ」

 

「どうして…この国にフェミニズムなんて思想が流行りだしたのか…私には分からない…」

 

悩み苦しんでいる魔法少女達に向けて、声をかけてくる人物が現れる。

 

「興味深い話をしているようね?」

 

「やちよさん…?貴女も栄区の図書館に用事があったんですね」

 

「レポートを書く資料を探してたの。それより…隣に座っても良いかしら?」

 

「はい、どうぞ座って下さい」

 

「年上だけど、無理に丁寧語を使う必要は無いわ。私はもう西の長ではないのだから」

 

彼女達の横に座り、やちよは重い口を開き始める。

 

「貴女達が話していたフェミニズム問題は…私の大学にまで影響を及ぼしているのよ」

 

「どういう…ことなんですか?」

 

「私のクラスメイトの中にはね…外国人留学生もいるわ。イスラム教徒よ」

 

「その人物が…何かフェミニズムによって被害を受けているんですか?」

 

「今のイスラム社会はね…フェミニズム侵略を受けていると…語ってくれた事があったのよ」

 

語られた人物とは、イスラム改革者であると同時にレズビアン活動家をしている有名女性。

 

その人物の目論見は、伝統的な価値観を破壊してグローバリズムに飲み込ませること。

 

彼女の著書は様々な言語で出版されていた。

 

「レズビアン活動家の講演では…イスラム社会はイジュティハードに帰るべきだと主張してるの」

 

「イジュティハード…?」

 

「社会と宗教を考える基盤とされ、生き方の指針となったイスラム法を見直そうという主張ね」

 

「それによって…どんな弊害がイスラム社会に巻き起こってるんですか…?」

 

「彼女はイスラム女性の社会進出を促し、男性は女性に養われるべきだと主張してきたの」

 

「今までのイスラム社会を…真逆に作り替えようとしている…?」

 

「社会を守り…家族を守ってきたイスラム男性全てを…彼女は敵に回したことになるわ」

 

「でも…それって悪いことなんですか?女性が社会進出するのなんて…日本なら当たり前なのに」

 

「イスラム男性はそう考えない。彼らは右翼ともいえる保守派であり、歴史と伝統を優先するの」

 

「それでも、歴史と伝統が女性社会を抑圧してきたのなら…解放されるのは良い事なのでは?」

 

みくらの質問に対し、やちよは大きく溜息をつく。

 

「抑圧からの解放…聞こえは良いわね。でも、私のクラスメイトはこう言ったわ…」

 

――私たちイスラム女性は…()()()()()()()()()()()

 

――同性愛しか選ぶ自由がなくなり…()()()()となって…子供も産めなくなると。

 

やちよの言葉を聞いたみくらは俯き、唇を噛んでいく。

 

表面的な正しさしか考えず、後の弊害を棚上げするような言葉を言ったためだ。

 

「イスラム男性は…家族を守る女性を助ける事を誇りにしてきたわ。そこに欧米思想を混ぜ込む」

 

「何が…起きるっていうの…?」

 

「その子はこう言ってたわ…欧米の()()()()()()をイスラムに輸出したいだけだと」

 

ウーマン・リブ(女性の解放)とは、聞こえは良くても目的は人類の数を減らすこと。

 

イルミナティ思想を輸出する尖兵によって、イスラム社会は日本と同じく混乱していく。

 

グローバリストという名の共産主義者にとっては、夫と家族に尽くす女性は目の敵だ。

 

彼女達は支配出来ない危険な存在であり、放置すれば流されない者として踏み留まってしまう。

 

先祖達が残してくれた幸せの形によって、幸福社会を築かれてしまう。

 

そんな状況など、看過することなど出来なかった。

 

()()()()()()()()()()()()()()は…私の学校を汚染したわ。女の数と男の数が不釣り合いなの」

 

「神浜市立大附属学校って…そこまで男子生徒数が少なかったんですね?」

 

「これは意図的に仕組まれていると言われてる。私達の学校教師はね…全員左翼主義者なのよ」

 

「左翼主義…?」

 

「社会改革派と言えば分かるかしら?社会改造を施すために、あえて女性を多く入学させるの」

 

「神浜市立大附属学校では…子供達にどのような教育が施されてきたんですか?」

 

「表面的には普通の学校でも…至る所で同性愛を推奨する話を教師達が持ち出すのよ」

 

「私の友人の中に…洋画好きの子もいるんです。その人が言ってたカナダの大学みたいですね」

 

「カナダって…同性愛結婚が認められたり、学校で同性愛教育を施す国よね…?」

 

「嘆かわしいわ…。神浜市立大附属学校は神浜を代表する学校なのに…反国家主義だったなんて」

 

「今度私の大学にそのレズビアン活動家が講演を行いに来る。大学生に見せる演劇を用意してね」

 

「いったい…その演劇って、どんな内容なんですか…?」

 

「演劇タイトルしか聞かされてなかったけど……最低のタイトルだったわ」

 

――女性器の独り言よ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ハァァーー……」

 

溜息をつき、公園で黄昏ている少女が1人いる。

 

「ハァァーー……」

 

深い溜息を何度もつき、悩み事を繰り返していたら誰かが近寄ってきた。

 

「どうしたのさ、あきら?思い悩んでるみたいだけど?」

 

現れた少女とは、神浜の西側で活動を続けている魔法少女の美凪ささらである。

 

「うん…凄く困ってる。どうしよう…」

 

「私で良かったら相談に乗るよ?」

 

「助かるよ…ボクだけだと答えなんて出せない問題なんだ…」

 

「いいって♪エミリーのお悩み相談所で働いてる子だって、悩み事ぐらい出来るよね」

 

あきらの横に座り、何があったのかを聞いてみる。

 

重苦しい表情をしながら語ってくれた内容とは…恋愛問題であった。

 

「その…ボクが魔法少女になるキッカケになった話があるんだよ」

 

「あきらは確か…トラブルシューターとして働いてた時に魔法少女になったと聞いてたけど?」

 

「うん…その時も同じく頼まれ事をされてね。後輩の女子を守るために一緒に帰宅してたんだ」

 

その時は後輩からボディガードを頼まれたという。

 

後輩を警護しながら自宅まで歩いていくのだが、トラブルは別の形で舞い降りてきた。

 

「その子が目的にしていたのは…悪漢から身を守ることじゃなかったんだ…」

 

気恥ずかしい表情となり、頬を染めてしまう。

 

「その表情…もしかして、あきら……?」

 

「う、うん……お察しの通りだと思う」

 

「やれやれ…あきらって結構女の子にモテるタイプだと思ってたからね。別に不思議じゃないよ」

 

「突然女の子から告白されちゃっても…ボクはその時…応える事が出来なかったんだ」

 

「あきらは同性愛者ってわけじゃないし、それに人を騙して告白してくる子なんてイヤでしょ?」

 

「そうだね…人として誠意を感じられない子だった。同性愛者って…ああいう子が多いのかな?」

 

「目的のためなら虚言を用いてでも他人を利用する…何だか危うい子達だよね」

 

「その時はどうにかして逃れる事が出来たんだ。けど……」

 

「ちょっと待った」

 

ささらがベンチの後ろに視線を向ける。

 

「そこの貴女。隠れながら聞き耳立てるぐらいなら、こっちにきたら?」

 

茂みに隠れていた少女が肩をビクッと震えさせ、ばつが悪い表情をしながら立ち上がる。

 

「えっ?君は確か……中央区で活動している魔法少女の?」

 

「たしか…江利さんですよね?」

 

「えへへ……香ばしい恋バナの匂いに釣られてきちゃった♡」

 

隠れていた少女とは、中央で活動している粟根こころと加賀見まさらの友人である江利あいみだ。

 

あきらの横に座り、笑顔を向けてくる。

 

「隠れて聞いてたのは謝るけど…あきらちゃんも私と同じなんだね」

 

「同じって…?」

 

「同性愛を求めず、白馬の王子様を求めちゃうタイプ♪私も同じなんだ~♪」

 

「カッコイイ空手少女を演じてるけど、本当のあきらはラブリー趣味全快だしね~♪」

 

「わーっ!!それは企業秘密だって!!」

 

「妄想全快キャラ!?俄然親近感を感じちゃう!私もね、伊勢崎君の妄想してたら歯止めが…」

 

「ま、まぁ…話が脱線したらアレだから、その話はまた今度ということで…」

 

「えっ、そう?途中からしか聞いてなかったけど、他に何かの主題があったの?」

 

2人が真ん中に座るあきらに視線を向ける。

 

話していいか迷ったが、囲まれてしまっては仕方がないと腹を括ったようだ。

 

「実はさ……その子に今日、呼び出されたんだ」

 

「もしかして…まだ未練を持ってたっていうの?」

 

「そうみたい…騙してたのは悪かったから、付き合って欲しいって…言われちゃったんだ」

 

「あきらちゃんは…何て答えを返したの?」

 

「丁重にお断りさせてもらったよ。だけどね…断った瞬間…彼女の態度が豹変したんだ」

 

――あきら先輩は…()()()()()なんですね!?同性愛者を差別してます!!

 

あきらの話を聞かされた2人の顔に困惑の表情が生まれていく。

 

「いきなり差別問題にまで話を飛躍させてきたんだ。女性差別主義者扱いまで…されちゃったよ」

 

「酷過ぎる虚言癖じゃない!?何考えてるのよ…同性愛が好きな子達は!!」

 

「その子に言われたんだ…ボクは間違ってる!価値観をアップデートするべきだ!…って」

 

「告白を認めない同性を差別主義者レッテル張りで懐柔させようだなんて…恥を知るべきよ」

 

「その子はね…ボクが告白を断った時期から…フェミニストになったと言ってたなぁ」

 

「フェミニスト…?」

 

「同性愛を守る政治運動に参加したい思想を持つ子達だね。同性愛者も大勢参加してるそうだよ」

 

「弱者を守るのが騎士の務めだけど…弱者が被害者の立場を利用するなんて…私は味方出来ない」

 

「ボクだって武道家として…そんな卑劣な子は許せない。だからボクも怒ったんだ」

 

結局その子とは喧嘩別れに終わったと聞かされていく。

 

去り際にはあきらに憎悪を向け、より強固な意思でフェミニズムを信じる者となったようだ。

 

「去り際までボクを罵倒し続けた。ホモ恐怖症め…名誉男性め…心無い言葉を浴びせられたよ」

 

「それで元気が無かったという訳だったんだね…」

 

重苦しい沈黙が場を支配してしまう。

 

俯いたままであったが顔を上げ、あきらとささらに視線を向ける。

 

あいみの表情には、憂いを感じさせる重さがあった。

 

「フェミニズム問題や同性愛問題ってさ…魔法少女社会とも無縁じゃないよね」

 

「江利さんも…何か思うところがあるんですか?」

 

「私の魔法少女仲間には、こころとまさらがいるのは知ってるよね?」

 

「あの2人がどうかしたんですか?」

 

「その…ね?私の偏見かもしれないけどさ…仲が良すぎる気がするの」

 

「仲が良すぎると、何か悪いことになるのかな?」

 

「だって普通は私達の年齢なら異性愛の恋バナで盛り上がるじゃん?でも…あの2人は嫌がるの」

 

「どうしてなの?」

 

「こころはいつもこう言うわ…私にはまさらがいるからって」

 

「そ、それって…まさか……?」

 

「休日も時間が合えば、こころの趣味の登山にまさらを連れて行ってる。まさらに凄く優しいの」

 

「それは…まさらさんの感情が希薄なのを心配してるからじゃ…?」

 

「そう思いたいけど…ずっと一緒にいる私の目は誤魔化せない。だからね…時々感じるんだ…」

 

――ノンケの私なんかが…同性愛を求める魔法少女社会にいても…いいのかなって。

 

あいみの憂いの感情はあきらも同じ。

 

彼女も同性愛を拒絶する者として、あいみの心の痛みが理解出来てしまう。

 

「美雨もあきらも長く活動してきたから…魔法少女社会の同性愛は見てきたんだよね?」

 

「社会が同性愛を求めるからって…何でボク達の内心の自由まで踏み躙られないとならないの?」

 

「そうよ!私だって…異性愛を求めたい!なのに…社会という全体圧力がそれを許さないの!」

 

「人は集団化したら…パワーバランスが生まれるよね。だから同調圧力が生まれる…」

 

「人間も魔法少女も変わらない。みんな…見たいものしか見ないし、信じないのよ…」

 

「このままじゃ…ボク達のような魔法少女は神浜魔法少女社会からは…いずれ切り離されていく」

 

――性の難民化になっていくしか…ないんだよ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

封建的価値観が根強く残る神浜市において、フェミニズムを最も喜ぶ地域がある。

 

それは男天下とも言える地域として知られる職人街、工匠区であった。

 

ここで暮らす男性達は職人として生き、女性に家事を押し付けてくる。

 

昔ながらの役割分担であろうとも、女性にだってやりたい事はあるだろう。

 

不満は抑圧され、今にも爆発しかけている温床地域である。

 

だが、嘉嶋尚紀の神浜人権宣言の後押しを受けるようにして変革されていく。

 

今の神浜市政は既に…人権尊重の街作りに舵を切っていたからだった。

 

「いい加減にしてよお父ちゃん!うちばかりに…もう家事を押し付けないで!!」

 

「だらしねぇこと言ってんじゃねぇ!!女は男を支えながら生きるもんだろうが!」

 

「それがおかしいんだよ!女だって人間だよ!男ばかり自由にされるのは苦しいんだよ!」

 

「はっ!どうせお前…また西側に遊びに行くんだろ?男の俺達は仕事してるのに」

 

「そ…そんなことしないよ!」

 

「なら、何を目的にして自由を望むんだ、あ?男の俺達に仕事だけでなく家事まで押し付けて」

 

「そ、そんなのウチの勝手だよ!!女のプライベートにズカズカ入り込まないで!」

 

「いい加減にしやがれ!!見え透いてんだよ…女の我儘を男に押し通したいだけだって!」

 

今日の親子口論は激しさを増している。

 

不安に感じながらも見物するしかない弟子達なのだが、心は揺れていた。

 

(月咲ちゃん…)

 

弟子の1人であるタケは迷う。

 

男社会の伝統は本当に正しいのであろうかと。

 

「もういい!お父ちゃんなんて知らない!肝心な時に腰すら持ち上げられない腰抜けの癖に!」

 

「テメェ!?それはまさか…神浜左翼テロの時のことか!?」

 

「そうだよ!ウチは…腰抜けなお父ちゃんなんてもう…怖くないから!!」

 

涙目になりながら娘は出て行く。

 

「待ちやがれ!!」

 

父親が娘の肩を掴むが、強引に払い除けながら駆けだしていく。

 

「月咲ちゃん…!!」

 

タケが呼び止めようとしたが、無視されてしまったようだ。

 

やり切れない表情を浮かべた父親が椅子に座り込む。

 

心配になって親方の横に座ったタケが質問をするのだ。

 

「本当に…良かったんですか?俺たち男は…月咲ちゃんに女性の役割を押し付けてきて…?」

 

「当たり前だろ…それが先祖が残してくれた幸福の知恵だ。それに…俺は腰抜けなんかじゃねぇ」

 

「さっきの話ですか?」

 

「俺だってな…あの時は暴れに行きたかった。それでも…俺には女と家族を守る責任があった」

 

「男は死に物狂いで働き…それによって妻と子供は守られる。それが伝統ってもんでしたね…」

 

「だからな…自分の心を押し殺してでも、腰抜けと蔑まれ様とも…仕事に縋りついたんだ」

 

――大事な女や、家族を守り抜くためにな。

 

愚直なまでに働く男達には、()()()()()()()()()

 

だが、男の心は女には届かない。

 

()()()()()()()()()()()()()()の中にあるのは、愛する姉への思いだけ。

 

家から飛び出して来た時、近所住民の1人が声を掛けてくる。

 

「ねぇ…月咲ちゃん。物凄い声がしたけど…何かされたの?」

 

「べ…別に何もされてないよ。おばさん、心配してくれて有難う」

 

「でもね…天音さんところも大変なんでしょ?大所帯なところなのに…女手は貴女だけじゃない」

 

「それは…そうだけど。でも、もういいの!女だって…自由になる権利があるから!」

 

声を掛けてきた女性から逃げるようにして走り出す。

 

「月咲ちゃん……」

 

声を掛けてきた人物もまた、工匠区という男天下の街で生きてきた女性。

 

抑圧された女の気持ちに寄り添える立場だからこそ、月咲のために動く決意をしてくれたようだ。

 

……………。

 

夜遅くまで愛する姉と共に魔獣狩りを行った月咲は帰路についている。

 

「えへへ…やっぱりウチは魔法少女!ウチを信じてくれた常盤さんには感謝しないとね…」

 

彼女は変身能力を調整屋から剥奪された者。

 

しかし、神浜人権宣言の効力によって東西差別問題は決着を迎えているのが現実だ。

 

天音月咲が人間社会を襲う可能性は極めて薄くなったと常盤ななかも判断している。

 

変身剥奪処分を下した者達と相談した末に、月咲をもう一度魔法少女に戻すことにしたようだ。

 

「これからもウチは月夜ちゃんを支えていく!だって…ウチは魔法少女やってる方がいいから…」

 

男社会に抑圧されるだけの人生よりも、同性社会に身を置いていた方が癒される。

 

女の我儘世界に浸りながら帰路についていくのだが…自宅前の異変に気付く。

 

「な…何よ…あれ……?」

 

パトカーの赤い光が月咲の家の前で停まっている。

 

家の中から聞こえてくるのは喧騒だった。

 

「は…放しやがれ!!俺は何もやってない!無実なんだぁ!!」

 

「言い訳なら署まで来てから聞いてやる!!」

 

手錠をかけられて連行されていたのは、月咲の父親であった。

 

「お父ちゃん!?」

 

慌てて駆けだすのだが、父親を乗せたパトカーは娘を残して走行していく。

 

「なんて…こった……」

 

青い顔をしたまま玄関で固まっているタケの元にまで月咲が走ってくる。

 

「何があったの!?なんで…なんでお父ちゃんが警察に逮捕されたわけ!!」

 

「近隣住民から通報されたんだ…。娘に対するDVの恐れがあるって…誰かが通報したんだ!」

 

それを聞かされた月咲の顔が青くなっていく。

 

月咲の父親が通報された内容とは、ドメスティックバイオレンスであった。

 

「DVなんてしてないと俺も言ったんだ!肩を掴んだだけだったのに…それでもDV扱いされた!」

 

「そんなのって……何かの間違いだよ!ウチはお父ちゃんにDVなんてされてない!!」

 

「どうすんだよ…竹細工工房のような零細企業は…信頼が売りなんだぞ!?」

 

「あ……あぁ……」

 

「企業の代表が警察に逮捕なんてされたら…誰もうちの商品なんて買ってくれなくなる!!」

 

女の我儘がもたらした結末は、()()()()へと続く道。

 

愛する女と家族を守ろうと足掻いた男の気持ちを踏み躙った女に待っていた結末。

 

「ウチのせい…?ウチが…女の役割なんて嫌だって…我儘を言い出したから…こんなことに?」

 

両膝が崩れ、女の我儘がもたらした現実に打ちのめされるばかりの天音月咲の姿。

 

これが…人権尊重の街作りという名の弊害。

 

神浜東の人権や移民の人権だけでなく、女性の人権も手厚く守られる政策が進められてきた。

 

いわゆる()()()()()()()()()()()()()()()()()政策の光景だ。

 

これにより、どんな些細ないざこざであっても女性は手厚く守られるだろう。

 

身体接触は家庭内暴力とされ、被害者側が望まなくても国家権力が簡単に動けるようになる。

 

ゼロ・トレランス政策の元、男性は女性と口論しただけでも刑務所行きや罰金刑が待っている。

 

男達は家族や家を失うのだ…守り抜きたかった女に逆らっただけで。

 

この政策は政権与党の後押しを受ける神浜市政が推し進めてきた政策。

 

日本政府の目論見とは、男性を軟弱にして異性愛者を見境なく検挙することにあった。

 

異性愛を機能不全に追い込み、社会を退廃に導き人口を抑制する。

 

イルミナティ政策を実行する日本政府は既に…()()()()()()()()()()への道を歩み出していた。

 

待っている未来とは何か?

 

女性はいつでもヒステリーを起こせば警察が動いてくれる、女性強権時代。

 

女性は見境なく虚偽の通報を行い、男達を逮捕出来る武器を手に入れた時代。

 

家庭と私生活への公権力介入を容易に推し進められる政策こそが、人権を尊重する政策。

 

この政策は…独裁政府に付き物の警察権力介入を日本人に慣れさせる目的もある。

 

まさに()()()()()()()()()()()()政策であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

世界の金融を支配する国際金融資本家達は理解している。

 

物理的な強制よりも、マインドコントロールを用いた扇動の方が効果が高いと。

 

教育や報道、映画や音楽、雑誌やサブカル、あらゆるメディアにフェミニズムを混ぜ込む。

 

これにより洗脳と統制を容易に行えることを実績してきたのだ。

 

第二次世界大戦頃に確立したプロパガンダモデルは戦後70年たっても継続されてきた。

 

共産体制下のロシアで起こったことも、今のアメリカで行われることも、共に社会全体主義。

 

イルミナティは人間的成長を阻害するために…異性愛の結びつきの根幹を破壊するのだ。

 

……………。

 

「今日は日本にお招きいただき、有難うございます」

 

流暢な日本語を話しながら演説台の前に立つのは、レズビアン活動家である外国人女性。

 

神浜市立大附属学校内にある国際交流会館内のホールにおいて、演説が始まっていく。

 

集まっている女子大生達に向けて、同性愛とフェミニズムを熱心に語っていく光景が続いた。

 

「女性にとって、最も危険な状態が何なのか…分かりますか?」

 

演説台から誰かを指差し、立ち上がった女子大生に質問していく。

 

「どういう状況でしょうか…?」

 

「それは知らない男と路上で接触することでも、敵兵士と戦場で出くわすことでもありません」

 

「では、どんな状況が女性にとって一番危険なんでしょうか?」

 

「夫や恋人と家で2人きりになる時間のことです」

 

周囲にどよめきの声が湧いていく。

 

「男に従わされるだけの女性は、いずれアイデンティティを失い、ゾンビと成り果てます」

 

レズビアン活動家は女子大生達に向け、ナチスに捕虜にされた囚人をモデルにして例えてくれる。

 

「女性が生きる屍にされるのは、()()()()のせいです。環境要因こそが女性の心を殺すのです」

 

日本の女性はナチスに捕虜にされた囚人と同じだと語っていく。

 

男社会から自分の意思ではない家事を強制され、何の進展もなく自立も出来ないと語る姿。

 

レズビアン活動家の演説を清聴している女子大生の中には、七海やちよの姿も見える。

 

静かに聞いているのだが、彼女の顔には不快な感情が浮かび上がっていた。

 

(家庭というプライベートな空間とナチスの強制収容所を紐づけるなんて…酷い印象操作よ)

 

感情に流されないよう、冷静になってレズビアン活動家の演説を聞き続ける。

 

彼女もまた過ちを犯した者として、表面的な正しさに振り回されない者になろうとしていた。

 

「自己表現と進歩の機会を奪われた女性に比べれば、強制収容所の苦しみの方がマシなのです」

 

神浜市立大附属学校は左翼主義の学校であり、同性愛を推奨する教育を水面下で行ってきた。

 

そのため女子学生の中には同性愛者も多くいるため、多くの女子学生から共感を得ていく。

 

「女性に必要なのは、キャリアウーマンになることです。女性に必要な五箇条を教えます」

 

1 男はもはや信用出来ない。

 

2 女は男の性欲の犠牲者だ。

 

3 女性はもっと利己的になるべきだ。

 

4 セックスは愛情や結婚に縛られるべきではない。

 

5 自己実現は家族ではなく仕事によって達成出来る。

 

彼女が語った五箇条とは、男という概念を完全に排除する社会理念。

 

女は男のように自立を行い、男のように生きろという。

 

「これからは、男女という概念が消えるべきです。男女ではなく、()()()との関係にすべきです」

 

レズビアン活動家の言う新たなる人類の形。

 

それは男らしさ、女らしさという境界線を破壊する未来を望む思想。

 

全人類を()()()()()()()()()()()()にすることを望んでいたのだ。

 

「これによって同性愛はNEWノーマルとして受け入れられます。寛容な社会変革を望めます」

 

女子大生達の中に大勢いるレズビアン達が口々に彼女を賞賛する言葉を呟いていく。

 

だが、その中に紛れていたやちよの表情は暗い。

 

目を瞑り、自分を育ててくれた家族の事を思い出していく。

 

(私を育ててくれたのは…お父さんとお母さん。男女社会によってここまで成長させてくれたわ)

 

思い出の中で一番鮮明に蘇ってきたのは、愛車であるバイクを購入してくれた日の記憶。

 

(私の我儘を喜んでくれたのはお父さんだった。子供のように…私とバイクを語り合ってくれた)

 

高いリッターバイクを新車で購入してくれたのは父親だった。

 

購入出来た費用とて、愛する娘と家族を守るためにガムシャラに働いてくれた男がいたからだ。

 

父親という男がもたらしてくれたバイクのお陰で、彼女の人生は救われてきた。

 

みふゆや鶴乃、それにかなえやメルとツーリングに行きたいという目標も出来た。

 

失うばかりだった七海やちよに生きる喜びを与えてくれたのは、嘉嶋尚紀も含めた()()()

 

怒りの感情が沸き起こり、眉間にシワが寄ってくる。

 

演説も一通り終わったこともあり、次はレズビアン活動家が用意した演劇が始まっていく。

 

内容とは、1人語りで繰り返される演劇。

 

しかし…内容はあまりにもおぞましかった。

 

表向きは女性の権利がテーマになっているが、内容は()()()()()()()()の公開朗読会。

 

「アッハハハハハハハハハハッッ!!」

 

レズビアン女子大生達から大ウケする演劇内容は続く。

 

この芝居は女性達が自分達の()()()()()()()()()について語った事を舞台上で再現する。

 

男社会からネグレクト(虐待)された女性器達を擁護するという演劇。

 

それぞれのヴァギナにニックネームをつけ、擬人化させて行う芝居であった。

 

<<おま〇こ!!おま〇こ!!おま〇こ!!>>

 

下品な男のような笑い声をあげるレズビアン女子大生達が口々に女性器の日本語名を叫ぶ。

 

まるで小学生男子がチ〇コと連呼しながらバカ騒ぎする光景だ。

 

「……もう、聞いてなんていられない!!」

 

憤慨したやちよは国際交流会館のホール内から出て行く。

 

入り口付近からでもバカ騒ぎが外まで聞こえてくる中、大きく溜息をついた。

 

「あのレズビアン活動家の目的は…私たち女性から…()()()()()()()()()()()()()ことなのよ」

 

歩き去って行くのだが立ち止まり、講演が行われている国際交流会館に振り向く。

 

「フェミニズム…あんな傲慢過ぎる女性思想が…私たち魔法少女社会にまで浸透してきている…」

 

やちよが去った後、演劇は終了を迎える。

 

レズビアン活動家は最後に、レズビアン女子大生達に向けてこんな言葉を残すのだ。

 

「白馬の王子様は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。女に必要なのは男ではありません」

 

――男の恋人を探すぐらいなら、ズッキーニでヴァギナを優しくマスターベーションしなさい。

 

――男とのセックスなど、女性レイプでしかないのですから。

 

……………。

 

講演を終えたレズビアン活動家が歩き去って行く。

 

その口元には邪悪な笑みが浮かんでいた。

 

「この学校は興味深いわね。多くのレズ女性を抱えているようだし…少しぐらい遊んでもいいわ」

 

性的な興奮を感じ出したのか、獰猛な瞳と化していく。

 

瞳孔が瞬膜となり、真紅の瞳と化す。

 

それは悪魔を表す印。

 

レズビアン活動家の正体とは…リリスに送り込まれた女性悪魔。

 

「私の名はアルプ。女達に身勝手な夢を抱かせて悪さをさせる事を何よりも楽しむ悪魔よ」

 

【アルプ】

 

ドイツの夢魔であり、エルフと同様北欧神話の妖精アールヴを起源とする悪魔。

 

時の流れと共に変容し、夜な夜な人間の夢に侵入してきて悪さをするという。

 

鍵穴など、どんな小さな隙間からでも侵入出来る能力を持つ存在であった。

 

「レズビアン女共の鍵穴を楽しませてもらっちゃう♪リリス様も少しぐらいは許してくれるわ♡」

 

邪悪な舌なめずりをしながら、人間に擬態した女悪魔は廊下の奥へと消えていった。

 

フェミニズムに汚染された同性愛者達は、口々にこう言うだろう。

 

男など、女性をレイプすることしか頭に無い連中なのだと。

 

それはある意味、女性器達が繰り返す、()()()()()()()()とも言える光景かもしれない。

 

確かに男は性欲の生き物だ。

 

それでも、男性が求めるのは女性とのセックスだけなのであろうか?

 

その先にある、男女社会という原点の世界を求めているのではなかろうか?

 

それは唯一神が与えたもの。

 

原初の男女に与えた苦しみの世界。

 

男は労働の苦役に悶え苦しめ。

 

女は産みの苦しみに悶え苦しめ。

 

善悪を知る木の実を食べた男女に与えられたのは、終わりの無い責め苦。

 

しかし、楽園から追放されたとしても、男と女は責め苦に耐えながらも力強く生きてこれた。

 

男と女を支えてこれたものとは、何だったのか?

 

それは…()()()()()()()()()()()()()()、共に支えてこれたからであった。

 




マギアレコードは魔法少女カップリング万歳なレズ作品ですので、僕はそこにレズって本当に正しいの?というテーマをリリス編で突っ込んでいこうと思います。


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171話 性の復讐

フェミニズムは女性のための権利運動という話など、大嘘である。

 

目的は男性と女性の両方を中性化させ、社会の基本単位である家族を崩壊させること。

 

異性愛者達の選択の自由という名の元、同性愛を普及させようとしていた。

 

これもまたイルミナティが求める新世界秩序に順応出来るだろう、堕落人類を生み出すため。

 

そのために利用されたものこそがセックスである。

 

現在主流になっているセックス観とは、性科学者アルフレッド・キンゼイの影響が大きい。

 

彼が男性編と女性編に分けて発表した報告書は、キンゼイ・レポートとして知られている。

 

自由な性表現を奨励し、カウンターカルチャーとして米国内で取り上げられてきたものである。

 

レポートが主張している内容は、異常な性行動はごく一般的でありノーマルだという主張。

 

後に彼の報告書内容は恣意的なものであり、彼自身もまた同性愛者だったと発覚することになる。

 

だが、キンゼイ・レポートの影響は計り知れず、多くの同性愛が奨励されるキッカケとなった。

 

……………。

 

「お待たせしちゃったかしら?」

 

レストランに私服姿で現れた人物とは、十七夜が世話になってきた店長である。

 

待っていた人物とは、この前店長と話をした綾野梨花であった。

 

「ううん、あたしも今来たばかりだし…」

 

「スマホ片手にそのセリフ言われてもねぇ。若い子に呼び出されたし、メイクに時間かかったわ」

 

「そんな気合入れなくても大丈夫。同じ同性愛者なんだし、もっと気楽に接してくれていいよ」

 

「フフッ♪なら、お言葉に甘えちゃおうかしらね~」

 

密談を行える個室に案内され、店長の奢りで飲み物を注文する。

 

出された飲み物が並べられ、2人は相談事を始めていくのだ。

 

「その…店長さんはゲイだし…あたしよりもずっと長い間、同性愛と向き合ってきたよね?」

 

「同性愛について、何か悩み事があったからアタシを呼び出したというわけね」

 

沈痛な表情を浮かべた梨花は語っていく。

 

内容とは、この前語られた同性愛者達に共通する精神疾患についてだ。

 

「どうりで…今日は友達のれんちゃんを連れてこないわけね。こればかりは同性愛者の問題だし」

 

「店長さんの話を聞かされて…怖くなったの。あたし自身…語ってくれた内容とダブるんだ…」

 

「…同性愛者は頭の病気を患ってる。そんな不安を抱えさせたのね…ごめんなさい」

 

「ねぇ…店長さん。レズビアンなあたしは……病気なの?」

 

子供の同性愛者を不安にさせた事を悔いるようにして、店長の顔も重く沈む。

 

だが、同性愛者は自分と向き合わねばエゴに飲まれてしまうというのを店長は知っている。

 

「同性愛者の内面について…教えて欲しいの!あたしは自分自身さえ…理解してなかった!」

 

「その気持ちは…貴女が大切に思う人達を傷つけるかもしれないという…恐怖心なの?」

 

不安に怯えた表情をした梨花は静かに頷く。

 

辛い現実と向き合う覚悟を見せるレズビアン少女を見て、店長も覚悟を決めたようだ。

 

「…多くの心理学者達の間ではね、同性愛者は()()()()()()()()だという意見を出してるわ」

 

「自己愛性…人格障害…?」

 

「同性愛を男社会から認められないために…病的なまでに()()()()を行う癖があるのよ」

 

夢想、被害妄想、非論理的思考、感情的、非現実的な考え方を行うのが同性愛者達の現実逃避。

 

そのため()()()()()であり、自己を肯定するのに正当な理論さえ必要ない。

 

同性愛者の自由な権利を叫ぶフェミニスト達の心理と酷似する内容であろう。

 

「同性愛者は自己愛者になり易い。自分は絶対的に正しいという…揺るぎない正義感を持つの」

 

「あたしだって…同性愛が間違ってるなんて言われたら怒るよ!それがあたしなんだもん!!」

 

「絶対に正しいという思い込みが…周りへの加害行為に繋がるの。それが恐ろしいんでしょ?」

 

「あっ……」

 

「今…感情的な叫びを上げた筈よ。怒りと憎しみの正当化こそが…加害者へと導く導火線なの」

 

指摘された梨花の顔が俯いていく。

 

知らず知らずのうちに恐れていた加害者へと豹変する可能性を露見させたため、体も震えていた。

 

「精神の袋小路に陥った同性愛者は…欺瞞を使うわ。現実さえ()()()()()()()()()()()()()()

 

「あたし達は…自分を騙し続けているだけなの?異性愛を築けない…発達障碍者なの?」

 

「その答えになるかは分からないけれど…同性愛に走るという心理的原因を語ってあげる」

 

「心理的原因…?」

 

「アタシ…幼い頃は父の愛を得られなかったの。母にばかり育てられてね…女々しくなったわ」

 

「そんな辛い立場だったから…店長さんはゲイになっちゃったんだね…」

 

「同性愛に走った子達はね…()()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ」

 

家庭環境や、同性愛者から与えられた性的加害行為などによって精神を病んでいくケースは多い。

 

同性愛者は小児性愛を求め、あどけない同性に性的行為を繰り返すデータは米国に多くある。

 

それによって家庭が崩壊したり、同性愛者が次々と増殖していくケースが後を絶たない。

 

これを()()()()光景だと言わずに、何という光景だというのだろうか?

 

「アタシが同性に求めているのは…与えてくれなかった父性愛なのよ。無い物強請りね…」

 

「店長さん……」

 

「同性愛者がね…同性に惹かれるのは…性的欲求なんかじゃないわ」

 

――愛されたい、誰かを信頼したいという…無意識の欲求の表れだったのよ。

 

その一言を聞いた梨花の目に涙が浮かんでいく。

 

レズビアンという特殊な人間として生きてきた。

 

だが、周りは異性愛社会しかなかった。

 

何処にも居場所を感じられず、孤独で、寂しくて…泣きたかった人生。

 

だからこそ綾野梨花は求めてしまう。

 

誰かに愛されたい、誰かを信頼したいという…無意識の欲求を。

 

「梨花ちゃんは合コンに行ったりするんでしょ?それもね…女性らしさを取り戻したい欲求よ」

 

「あたしは…寂しかった…。自分だけが変で…周りはあたしと違うから…だから合わせようと…」

 

「性のアイデンティティの回復を望む気持ちが…間違った形で表れる。その現象が同性愛なのよ」

 

幼児期のトラウマや自己像の低さ、男性への怒り、両親との関係、同性愛に肯定的なメディア。

 

あらゆる環境要素によって、女性が女性に惹かれる原因を生み出す。

 

同性愛者である筈なのに、都合の悪い部分まで冷徹に自己分析してきた同性愛者が語る現実。

 

子供の同性愛者である梨花は机に置いていた両腕に顔を埋め、嗚咽を堪えるばかり。

 

「アタシもね…自分に幻滅してた時期があるわ。それでもアタシは…ゲイなのよ」

 

「グスッ…ヒック…あたし…これからどうやって…生きたらいいの…?」

 

「その答えは…ゲイのアタシが人生をかけて出さなきゃならない答えね」

 

ポケットからハンカチを取り出し、梨花に渡す。

 

彼女が落ち着くまで待ち、喋り疲れた口を潤すようにして珈琲を口に含んだ。

 

「梨花ちゃん…この前妙なことを言ってたわね?魔法少女とかなんとか…」

 

「えっ!?え…えと…それは…あの……」

 

「まぁいい…どんな小さな共同体であろうとアタシは味方する。だってアタシはゲイだし♪」

 

「店長さん…あたし達の事を……信じてくれるの?」

 

「貴女達の社会もまた、表に出せない小さな共同体である以上は…環境の影響を多大に受けるわ」

 

店長が語った部分とは、常盤ななかと遊佐葉月が話し合った内容と同じである。

 

環境によって魔法少女達もまた…同性愛しか選ぶ自由がない者に成り果てていく。

 

()()()()()()()こそが…魔法少女社会の現実だった。

 

「ゲイ社会も魔法少女社会も…分別をわきまえるべき。他人に迷惑かけないなら同性愛もいいわ」

 

「でも…さっきのあたしみたいに…認められなくて怒り出す子も大勢いると思う…」

 

「気分屋な子供達ですものね…。だけどね、同性愛を認めたくない人達にまで押し通してはダメ」

 

「それをやってる連中が…今のフェミニスト達なんだね…」

 

「アタシ達を病気扱いしたいなら好きにすればいい。でも…アタシ達もこう言ってはいけないの」

 

――同性愛を認めない異性愛者の方こそが、頭の病気なのだとね。

 

子供の頃から周りと比較して自分自身を罰してきたとも言える存在こそが、同性愛者達。

 

心の何処かで異性愛が正しいと認めているからこそ、罪の意識に苛まれていく。

 

カリフォルニア大学の有名な精神医学者は、このような言葉を残した。

 

子供の頃から自分を憎むように育てられてきた同性愛者は、自ら罰を求め続ける。

 

非情な異性愛社会を心の何処かで肯定しているからだ。

 

そのため自らを挑発して屈辱を受けようとする。

 

同性愛者の行動は性的なものも、そうでないものも含めて…。

 

()()()()()()となっていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

心理学、精神医学において同性愛は病気だとされてきた。

 

しかし、イルミナティの中核を成すユダヤ財閥の支援を受ける団体の力でねじ伏せられてきた。

 

彼らは米国心理学会に圧力をかけ、1973年に同性愛はノーマルだと無理やり宣言させたのだ。

 

こうして同性愛は障碍ではなくなり、性的嗜好ということに改革されることになる。

 

違う見解をする精神医学者は排斥され、講義は同性愛団体の圧力で打ち切りにされてしまう。

 

著書や論文でさえ相手にされなくなり、フェミニズムに逆らえば昇進すら出来なくされる。

 

こんな惨状が今の科学研究分野の現実。

 

国際金融資本家の資本を受ける左翼主義者達によって、保守派は存亡の危機に立たされたのだ。

 

……………。

 

これは、神浜市立大附属学校に通うとある男子生徒達のボヤキである。

 

「この学校ってさ……おかしくね?」

 

「ああ……俺もそう思ってた」

 

昼休みの風景を男子生徒達は見つめている。

 

耳を澄ませば、女子生徒達の恋バナ等の会話が聞こえてくるだろう。

 

内容とは、同性愛を喜び合う話であった。

 

「学校を挙げて同性愛教育をするような学校だなんて知ってたら…入学しなかったよ」

 

「新しいライフスタイルや考え方に触れようなんて謳い文句は…こういう意味だったんだよな」

 

「確かにカルチャーショックを俺も受けたし、他の男子も受けた。だから流されちまったよ…」

 

「そうだな…いつの間にか同性愛を認めるような、女々しい男連中ばかりが増えていったんだ」

 

「一種のショック療法なんだよ。最初はおかしい事も、慣れてしまえば受け入れられる」

 

「人間が頭で考えたことは…たいてい現実に出来るってことを…証明するための学校だったんだ」

 

「もう直ぐ受験だし…俺は他県の高校に進学を目指すよ」

 

「俺もそうする。こんなレズビアン広場みたいな学校…二度と見たくねーよ」

 

本来なら普通である筈の異性愛者達が…神浜市立大附属学校では異常者扱いを受ける。

 

居場所を感じられなかった暗い中学生活を打ち切り、この学校に見切りをつけたい保守派男子達。

 

そんな彼らの愚痴に対し、周りの女子生徒達がヒソヒソ声を上げていく。

 

不満の感情が強過ぎたのか、思ったよりも大きな声でボヤキを呟いていたようだ。

 

「ちょっと、アンタ達」

 

声を掛けてきた人物に男達は振り向く。

 

現れた人物とは、もう直ぐ高校受験を控えている水波レナであった。

 

「アンタ達が他所の学校に行きたいなら別にいいけど、その前にみんなに謝りなさいよ」

 

「謝るだと?」

 

「さっき言ってたじゃない?レズビアン女子を馬鹿にしてたの、レナ聞こえたんだから」

 

「ハァ!?いつ俺達がレズ女共を馬鹿にしたんだよ!おかしいって言っただけだろ!?」

 

「バカにしたじゃない!!アンタ達が女性差別主義者だって、レナ分かるんだから!!」

 

「それは被害妄想だ!おかしい事をおかしいって言っただけで…何で差別主義者扱いなんだ!?」

 

「同性愛を馬鹿にしたからよ!アンタ達のような異性愛好きの方がおかしいんだから!!」

 

伝統的な異性愛を馬鹿にされたことにより、男子生徒達の目に悔し涙が浮かんでいく。

 

「正しさの定義を…なんで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ!!」

 

激情に駆られ、殴りつけようと振りかぶるのだが…周囲の異変に気付く。

 

「お…お前ら……!?」

 

見れば、レナを援護するかのようにして集まった女子生徒達の光景。

 

「レナの言う通りだよ。あんた達は女性差別主義者で間違いないから」

 

「そうよ!私たちの同性愛を認めない…差別主義者のくせに!!」

 

「この学校に文句があるなら出て行きなさいよ!!誰もあんた達の味方なんてしないから!!」

 

普段は情緒不安定なレナの味方をするクラスメイトはいないのだが、共通の利益があれば別だ。

 

レナの肩を持つ同性愛者達に罵倒される異性愛者達。

 

騒ぎは教師に通報され、男子生徒達は生徒指導室へと連行されていった。

 

「やるじゃんレナ!アンタって、言うべき時には言える子だって思ってたよ!」

 

「え…えと…別にレナ…アンタ達のためじゃなくて…頭にきただけだから…」

 

「見直しちゃったよ!転校してきた時に虐めてごめんね…私、貴女を誤解してたみたい」

 

「あの…えと……そうよ!レナはね、さゆさゆファンクラブ第一号として叫んだの!」

 

「さゆさゆって…あの有名芸能人の!?今の日本のフェミニズムを象徴する子じゃん!」

 

「レナだけズルい~!私もさゆさゆファンクラブに入る~~!!」

 

レナにとっては、ひょんなことから好感度が鰻登りとなった事件。

 

一方、生徒指導室に連行されてしまった男子生徒達は教師から厳しく叱られていく。

 

しかし、自分達が間違ったことを言ったつもりなど微塵もないため…こんな質問を返すのだ。

 

「この学校の先生達はフェミニズム変革工作員だってのは知ってる。だから質問させてよ」

 

「先生達は言ってきたよね?同性愛者が接しているのと同じように、同性愛者に接しようって」

 

「それがどうした?」

 

「なら、同性愛者は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の?」

 

男子生徒達の核心に触れる質問内容を聞かされた教師の顔に焦りが生まれる。

 

レズビアンが感じる欲求は自然なものではなく、社会によって作られたと教師は摺り込んできた。

 

その教育内容を、今度は異性愛側が行ったのなら…同性愛側はどのように思うのだろうか?

 

そんな風に考え方を矯正されたいと思うのであろうか?

 

「自分は良くて、お前はダメ。先生達の理屈ってさ…ただのダブルスタンダードだよね?」

 

工作員の触れられたくない部分を指摘したため、異性愛者達は長時間正座をさせられたようだ。

 

社会変革の尖兵として動く左翼工作員達は口々に言う。

 

レズビアンは絶滅の危機に瀕しているのだと。

 

この光景を見て、その言葉が正しいと思えるのだろうか?

 

脅威に晒されているのは異性愛者側の方だ。

 

異性愛者は家族を形成して子供達を産み、人類の未来を育てる立場を担う者達。

 

異性愛者が同性愛者に滅ぼされたなら、人類もまた堕落と腐敗によって滅びるのみ。

 

人類を大量に間引く計画を進行させているイルミナティにとっては…大勝利の光景であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「そうか…中等部の方で、そんな騒ぎがあったんだな」

 

学校からの帰宅道。

 

隣を歩く秋野かえでから中等部で起こった出来事を語られているのは、十咎ももこである。

 

「レナちゃんね、友達が沢山出来たって…凄く喜んでたよ」

 

「そっか…転校した頃の奴らまでレナを絶賛したのなら、もう虐められないと思うよ」

 

「うん…それは喜ばしいと思うよ。でも……」

 

「どうかしたの?」

 

暗い表情を浮かべたまま顔を俯け、弱々しい言葉を呟く。

 

「ねぇ…ももこちゃん。今回の騒ぎの原因はね、男子が同性愛を差別したって内容だったの」

 

「えっ……?」

 

動揺した表情となり、ももこも顔を俯けてしまう。

 

「私たちが通う神浜市立大附属学校は…自由と平等と博愛を学生に教育する学校だよね?」

 

「うん…特に同性愛問題に力を入れてる。女性達の自由に生きていい権利を教育する場所だね」

 

「なのに…どうしてあんな風に酷い事が言える男子が現れるんだろうね?」

 

異性愛こそが正しいと叫んだだけで…酷いというレッテルを張られる。

 

かえでも神浜市立大附属学校に通う女子生徒として、偏りきった人権洗脳を受けていたようだ。

 

苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていくももこ。

 

拳も握り締められ、震えていく。

 

「同性愛になりたい子達は…みんな良い子だよ。だけど…やっぱり男の人は分からないのかな?」

 

眉間にシワが寄り切り、目を瞑ったまま絞り出すようにしてももこは口を開く。

 

「…そうさ。男なんて連中は……」

 

「ももこちゃん……?」

 

前髪で隠れ、目元が伺えない。

 

俯いたままの彼女は口にする。

 

それは…異性愛者を憎む言葉。

 

「女社会に挟まりに来て……大切な人を奪っていく……」

 

――薄汚いこそ泥に過ぎないんだ。

 

嫉妬と憎しみで我を忘れるような言葉を呟いた自分に気づき、ハッとした表情を浮かべる。

 

隣に視線を向ければ、困惑したような表情を浮かべる親友の姿。

 

「あ……アタシ……」

 

自分が何を言ってるのかも分からなくなってしまったももこが走り出す。

 

「ももこちゃん……」

 

独り残されてしまったかえでは背中を見送ることしか出来なかったようだ。

 

……………。

 

「何言ってんだよ……アタシ?」

 

公園ベンチに座り、独り黄昏ているももこの姿。

 

どうしてこんなに苛立つのか分からず、困惑してしまう有様だ。

 

「アタシは…男の子との恋愛を望んで魔法少女になったんだぞ?なのに…何で男を憎むんだよ?」

 

矛盾極まった自分の内面に苦しみ、酷く落ち込んでしまう。

 

「分かってる…分かってるさ…。どうしてアタシの心が…こんなに荒れているのかぐらい…」

 

脳裏に浮かぶのは、夜の南凪区で起きた出来事。

 

大切な女性と尊敬している男性が結ばれる光景が再び蘇ってしまう。

 

無論、これはただの誤解である。

 

しかし、それを確認する勇気すら持てないももこは精神の袋小路に陥ってしまう。

 

「別にいいさ…尚紀さんなら調整屋を幸せにしてくれる。アタシなんて…適う訳がないよ…」

 

神浜を救った英雄と、ただの世話好き魔法少女。

 

格差を勝手に生み出し、尚紀との間に超えられない溝を自分勝手に掘り下げていく。

 

かつてアリナはこう言った。

 

――アートの世界でも、比べるエネミーなんて何処にもいない。

 

――エネミーは常に…アリナ自身。

 

今のももこが抱えている問題を恋愛で例えるなら…三角関係。

 

大事な女性と、尊敬する男性との間で板挟みになる苦しみを抱えている。

 

三角関係においては、友情を選ぶか愛情を選ぶか…どちらかを早めに選択するのがベスト。

 

長引けば長引く程に心が荒み、周りに苛立ちをぶつける加害者に成り果てるからだ。

 

「どうして…素直に認められないんだよ?別にいいだろ?尚紀さんは最高の男さ…」

 

尚紀を讃えれば讃える程、心が惨めになっていく。

 

「アタシに何があるんだよ…?男みたいにガサツだし…弁当は茶色い食べ物ばかり詰め込むし」

 

ももこは十分美しく魅力的なのだが、男勝りな自分を卑下する癖がある。

 

世話好きのため周りを持ち上げる配慮なのだろうが…今回ばかりはそれが悪い方向に働いていく。

 

「アタシは……アタシは……」

 

悔しい感情と、それを否定したい感情がぶつかり合い…涙が溢れてくる。

 

初めて八雲みたまと出会えた日の事を思い出していた時…恐ろしい声が聞こえてきた。

 

<<異性愛者は常に…女性に独裁を仕掛けてくるのです>>

 

「えっ…?貴女は……?」

 

現れた人物とは、やちよ達に向けて講演を行ったレズビアン活動家の女性であった。

 

「失礼。貴女の独り言が聞こえたから興味を持ちました。そして…貴女は間違っている」

 

「突然現れて…アタシが間違ってるだって?いきなり何を言い出すんだよ…?」

 

「貴女は大切に思う女性を男に渡す事が正しいと思い込もうとしている…それが間違いです」

 

「他人のプライベートにズカズカと入り込まないでよ!」

 

「でも、苦しんでいるのでしょう?」

 

図星であり、ももこは顔を俯けながら大人しい態度になってしまう。

 

「同性愛は自然です。異性愛という常識を疑うべきなのです」

 

「バカ言うなよ…アタシの話を何処まで聞いたか知らないけど…アタシは男に惚れた女だぞ?」

 

「でも、男は貴女に何も与えてはくれなかった。そして、愛する女性は貴女に与えてくれた」

 

「そ、それは……」

 

「異性愛は男社会が生み出したもの。その目的とは…同性愛者を発達障碍者に仕立て上げるため」

 

「そんなの嘘だ!なら…アタシを産んでくれた両親は…何を望んで結婚なんてしたんだよ!」

 

()()()()()()()()()です」

 

「な…何だって…?女性を…抑圧する…?」

 

「男女結婚とは、女性の自由を奪いたい独裁行為。男性の支配欲を求める行為なのです」

 

「男は女を…支配したい…?」

 

「貴女は男達から抑圧された経験はありませんか?」

 

質問され、人間として生きた時代も含めて思い出していく。

 

ももこの家族には男兄弟がいる。

 

家庭内に男社会を築かれていったため、彼女もまた男勝りな性格に育っていく。

 

だが、本当のももこは誰よりも女性らしさに憧れを抱く少女。

 

本当は可愛い服を着たいし、可愛いぬいぐるみに囲まれるラブリーな女性になってみたい。

 

しかし、それは叶わなかった。

 

何故なら…周りの男社会に合わせざるを得ない人生を生きてきたからだ。

 

「アタシは…もっと可愛くなりたい…。可愛いぬいぐるみが欲しい…可愛い服が着たい…」

 

「それを望めなかったのは、男社会のせいですね?貴女もまた、抑圧されてきた女性なのです」

 

「男達から抑圧されてきたから…男みたいにガサツに生きるしか道がなかった…?」

 

「私たち女性の自己嫌悪は、抑圧や男性中心社会への憎しみが内向したものなのです」

 

レズビアン活動家の言葉の一つ一つが、固く閉ざしたももこの心に水滴のように降り注ぐ。

 

彼女の心の壁を削り取り、丸裸にし、エゴを強化していく。

 

「アタシは男達から抑圧されてきた…。コンプレックスを抱えてたから…アイドルに憧れた…」

 

「貴女が求めるべきなのは、女性の人権です。自由と多様性を求め、男社会の偏狭を排除する」

 

――それこそが、我々が提唱する同性愛を守り抜く政治思想…フェミニズムなのです。

 

心が開かれたかのようにして、ももこの両目が見開いていく。

 

まるで天啓を得たかのような表情を浮かべ、レズビアン活動家の政治思想を頷いてしまう有様。

 

かつて、十咎ももこは友人の水波レナに向けてこう言った。

 

――一体の悪魔が悪さしたら、悪魔全体が魔法少女の敵になるって言うのかよ!

 

男社会の中にだって、女性にDVを振るう悪魔の如き男は存在している。

 

だが、フェミニズムを求めるようになってしまえば…男は悪魔という一括りにされてしまう。

 

過ちを犯したくないと願った者が、また過ちを繰り返す。

 

エゴに飲まれれば最後…他人の事などどうでもよくなる光景だった。

 

ももこは片手を伸ばし、レズビアン活動家も片手を伸ばして固い握手を交わす。

 

「有難う…迷いを払ってくれて。アタシはもう迷わない!男がなんだ…アタシは男の犠牲者だ!」

 

「人が神の似姿として作られてから随分経ったわ。でもね、人は進歩出来る生き物なのよ」

 

「うん!()()()()()()()()()()…もう絶対に…男共から抑圧なんてされてやらない!!」

 

「貴女のように男のような心の強さを持つ女性こそが、フェミニストに相応しい」

 

レズビアン活動家の政治思想をもっと聞きたくなったももこは連絡先を交換する。

 

レナとかえでも彼女の誘いを受け、フェミニズム勉強会に参加を希望することとなった。

 

常盤ななかと夏目かこに託した男の教育政策は失敗に終わったのか?

 

その答えならば…時期に出るであろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

現在のセックス観を生み出したキンゼイ・レポートはこう主張している。

 

報告の中には、子供もごく自然に性的欲求を持っているという内容だ。

 

しかし、それを証明するためにキンゼイと仲間の小児性愛者達は数々の性犯罪を行った。

 

キンゼイの研究内容によって、アメリカ社会はどのようになったのか?

 

彼の嘘を見破った人物の報告にはこうある。

 

アメリカでは病的なまでに快楽志向が広がっており、様々な分野がそれを後押しする。

 

学校教育、芸術やポップアート、報道機関、法律や政策にも反映されたという。

 

キンゼイの研究チームを支援した財閥こそ、イルミナティ司令塔一族であるロックフェラー家。

 

ロックフェラー財団から資金提供を受けたキンゼイには、目的があった。

 

男女のセックスは生殖行動でなければならないというユダヤ・キリスト教の価値観を変えること。

 

一対一の関係に拘らない、何でもありの両性愛、小児性愛の楽園を創る事だった。

 

……………。

 

「GHQは上手く占領政策を行ったわ。教育現場から保守派を蹴り出し、左翼教授を入れ込んだ」

 

神浜市立大附属学校の大学には、アリーナライブが行える程の地下空間が存在している。

 

現在は改修工事中のため、学生達は立ち入り禁止となっている区画。

 

時刻は深夜。

 

見渡す限り広がっていた光景とは…おびただしい数のセックスである。

 

子供達の肉と肉のぶつかり合い。

 

淫らに飛び交う子供達の喘ぎ声。

 

男女は我を忘れたかのようにしてまぐわう光景は、ウサギの如き性欲の光景だろう。

 

「フッ…キャリアウーマンは()()()()()()()事をステータスとする。それは()()()()()()()()よ」

 

観客席で見物している人物とは、レズビアン活動家に擬態していた女悪魔。

 

陰部を隠す剛毛な毛以外は白い肌を持つ姿。

 

オールバックにした後ろ髪は扇のような広がりを見せる。

 

悪魔の尻尾を振りながら愉悦の表情を浮かべていた。

 

「バイを生み出す事により、同性愛とセックスは氾濫する。目的は異性との繋がりを断つためよ」

 

異性愛では1人の異性を愛し、子孫を残すためにその人と生涯を共にする。

 

それは自然が定めた生命循環の一部になるということだ。

 

全ての段階において命の本来の意義が反映されることになる。

 

異性愛とは、健全な人間、健全な社会の基盤であった。

 

「犠牲者の解放など偽装よ。異性愛の慣習を破壊するイデオロギー…それがフェミニズムなの」

 

観客席に座るアルプの周りには…全裸にされた女子学生達が横たわっている。

 

「ウフフ…あははは……」

 

「オネエサマ…もっと…もっと頂戴…」

 

全員が魅了されたような虚ろな表情。

 

下腹部に与えてくれる快感を求めて蠢く姿は…麻薬に依存したゾンビ共のようだ。

 

「同性愛者はね、精神が発達しない発達遅滞なの。それを補うためにレズセックスを求めるわ」

 

何十人相手にしたのかは定かではないが、アルプの性欲は満足している。

 

喰い飽きた子供達からは視線を逸らせ、アリーナ内でまぐわう者達を見る。

 

彼らが一心不乱にセックスを繰り返すアリーナの地面を見て欲しい。

 

そこに描かれていたのは…感情エネルギーを集積するための巨大な五芒星魔法陣。

 

これは性魔術と呼ばれるものであり、セックスを魔術に取り入れたもの。

 

起源はインドであり、東方聖堂騎士団英国支部に性魔術をもたらしたのがアレイスターであった。

 

性交による感情エネルギーを集積するために、今宵は生贄をかき集めたというわけなのだが…。

 

「男女社会を不安定化させ、争わせる。男達は同性愛に走る女達を憎みだすわ」

 

堕落思想を撒き散らすだけでなく、保守派との対立まで狙わせる構図。

 

それは他国支配を容易に行う伝統的なローマ帝国手口である分割統治。

 

堕落と対立によって人々をいがみ合わせ、人口を抑制する。

 

腐敗した民衆支配は容易であり、それこそが発達遅滞を患う同性愛者を欲する理由。

 

彼ら、彼女達は自分達を冷静に分析出来る力すらないのだから。

 

「フリーセックスの行きつく先は同性愛とインポテンツ。人類の少子化に歯止めはかからないわ」

 

まぐわう者達が次々と倒れていく光景が続く。

 

性欲を無理やり爆発させられ、何度も絶頂を味合わされた為に力尽きていくのだ。

 

彼ら、彼女達から発せられた性欲のMAGを吸い上げる五芒星魔法陣。

 

呼応するかのように赤黒く光り、明滅を繰り返す。

 

「この調子なら、あと一回程度の黒ミサで召喚出来そうね」

 

快楽を求めるゾンビ少女達を捨て置きながら去っていくアルプの姿。

 

歩き去るその表情は…不気味さを感じさせる笑みが浮かんでいた。

 

「我々は人類を堕落させる。男女間の憎しみを増殖させるために…性の復讐を利用していく」

 

――ルシファー閣下とイルミナティが望むのは、男女の愛をこの世から消滅させることなのよ。

 

イルミナティは、男女の愛を憎み続ける。

 

愛こそが、人々の怒りと憎しみを消し去ってしまう…忌々しいものだったから。

 

同性愛者の行動の多くは、性的なものもそうでないものも含めて復讐が原動力となる。

 

異性愛社会への絶望の中に価値を見出していくからだ。

 

幼少期の敵対者と似た資質を持っている…あらゆる人々に()()()()()()()()()()()()()であった。

 




ももこちゃんが退化していく(汗)
公式マギレコのみたまさんから、面倒見はいいけど頭がいいわけではないと言われるのもしゃーないということで(汗)


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172話 社会改造計画

同性愛というと、単に同性に性的な魅力を感じる人達の事だと皆は思っている筈だ。

 

しかし、同性愛はもっと広い視点で捉える必要がある。

 

同性愛の本質とは何か?

 

性のアイデンティティの混乱により、異性と永続的な関係を結ぶ力に支障をきたす状態なのだ。

 

一種の発達障害であり、この障害の最大の症状は自らの快楽を最優先にしてしまう心理である。

 

つまり、不特定多数と性的な関係を築きたいという()()()()()()()()になるわけだ。

 

この定義に基づけば、異性愛者の中にも同性愛者と同じ性質を持つ者達も見かけることになる。

 

それがバイセクシュアルという両性愛者達のことであった。

 

同性愛者だけでなく、バイに生きる者達もまた伝統的な男女家族制度を崩壊へと導く者達。

 

人々をバイへと作り替えようとする者達こそ、先進国の政官財を牛耳る国際金融資本家達である。

 

彼らが目指す新世界秩序とは、かつての大英帝国に匹敵するローマ帝国を蘇らせること。

 

ロンドンシティやウォール街を拠点とするイルミナティ勢力は、数百年前から計画し続けてきた。

 

世界のワンワールド化に抵抗する保守勢力を駆逐する社会改造計画を企んできたというわけだ。

 

家族、人種、宗教、国民国家の中に欺瞞に満ちたイデオロギーを流し込む。

 

人々の差異を曖昧にする社会的寛容精神を熟成させ、人々のアイデンティティの基盤を破壊する。

 

この潮流を無抵抗に受け入れてしまえば…先祖達が残したものは何も残らないであろう。

 

……………。

 

「そうですか……酷い講演内容だったんですね」

 

「ええ……最低の内容だったわ」

 

みかづき荘のリビングに集まっているのは、やちよとみふゆとかなえである。

 

レズビアン活動家の講演内容について話し合うため集まったのだが、他の少女達の姿は見えない。

 

性的な話題になるため、18歳以下の子供達に配慮したというわけだ。

 

「女性のための権利運動…聞こえは良いけど、あたしには嘘つきの理屈にしか聞こえない」

 

「女性差別を無くそうと叫ぶ者が()()()()()()()。差別撤廃を叫ぶ連中こそが差別主義者なのよ」

 

「活動家の理屈を鵜呑みにしてしまったら…私のお父様を排除する理屈になります…」

 

「やちよやみふゆの両親は…あたしの家族みたいに冷たくはないはず。守りたい存在なんだろ?」

 

「勿論よ。だけど…私の学校も含めて、世界中の国々が女性強権時代に移ろうとしているわ」

 

「私は伝統的な水名女学園に通ってましたが…やっちゃんの学校はそんな学校だったんですね?」

 

「あたしは栄総合学園に通ってるから知らなかったけど…やちよの学校はどんな学校だったの?」

 

目を瞑り、小学生時代を含めた神浜市立大附属学校で暮らしてきた記憶を思い出していく。

 

深い溜息をついた後、目を開いたやちよは語っていくのだ。

 

「私が通ってきた神浜市立大附属学校は…欧米の左翼思想に汚染された学校なのよ」

 

やちよが語ってくれたのは、左翼思想に汚染された学生社会の実態について。

 

教師達が子供達を洗脳していく内容とは、若い女性は男のように生きろという洗脳である。

 

今まで女性が果たしてきた役割とは、人為的かつ抑圧的な社会的偏見の産物だと主張してきた。

 

表向きは神浜の東に根差した男女差別撤廃を望む、人権を尊重する教育内容。

 

それを疑わず、鵜呑みにしてしまった無垢な少女達には…何が待っていたのだろうか?

 

「私の学校に通う男女の学生達はね…なんというか…()()()がなくなってしまったのよ」

 

「らしさって…どういう意味なの…?」

 

「男らしさとか、女らしさという意味よ」

 

「それによって…どんな学校社会が築かれていったんですか?」

 

少しだけ視線を逸らし、咳払いする。

 

「私は…男性と付き合ったことがないから噂でしか聞いてない。その噂内容は…色恋沙汰なの」

 

頬を染めたやちよが語っていく。

 

神浜市立大附属学校に通う男女社会の色恋沙汰についてだ。

 

その内容は…あまりにも退廃的であった。

 

「同性愛を望む子達も含めて…男女の恋愛観が刹那主義・快楽主義になってしまったのよ」

 

「刹那主義…快楽主義…?」

 

()()()()()()()()()()()()()。誰とでも…その…性的な関係を築きたい子で溢れ出したのよ」

 

やちよと同じ19歳のみふゆとかなえであるが…彼女達はまだ男性経験を持たない処女達。

 

やちよと同じく気恥ずかしくなったのか、2人も頬を染めてしまう。

 

「男性中心の抑圧社会など忘れて自由を求めろという…教師の教え通りの光景かもしれないわ」

 

「そんなことって…やっちゃんは…そんな恋愛なんて望まないですよね?」

 

「魔法少女として生きる私が残す遺書とも言える手紙を見てきたみふゆなら…分かる筈よ」

 

「勿論です。やっちゃんは健全な男女関係を望んでます…中学時代は男の子を好きにもなったし」

 

「ロックが好きなあたしからも言わせて欲しい。やちよの学校社会は…アメリカそのものなんだ」

 

好きなモノが高じてアメリカに詳しくなったかなえも語ってくれる。

 

アメリカのスクール社会で巻き起こる…退廃極まった男女関係について。

 

デューク大学で起こった性的スキャンダルこそが、今のアメリカの学生社会だと語っていく。

 

「フェミニズムに洗脳されたアメリカの少女達は…誰とでも寝る事がステータスになったんだ」

 

いちゃつくのもセックスするのも()()()と表現し、デートを望む者などいない。

 

アルコールとドラッグでハイになり、退廃的なセックスを繰り返す。

 

そんな社会では男女関係は長く続かないため、セックスはより過激になるという。

 

オーラルセックスもキスの感覚で行い、挨拶代わりに男性の男根をしゃぶるのだ。

 

男は女をどんどん乗り換え、女は自分を安売りして1人の男に複数のセフレが出来る始末。

 

フェミニズムがもたらした自立した女性像とは…男のような()()()()になること。

 

固定観念を捨ててカジュアルなセックスを謳歌するべきだと女性に説くフェミニズム書籍は多い。

 

その本の内容とは、アバズレやヤリマンと呼ばれることを誇りに思えという主張内容。

 

私はアバズレよ!セックス大好き!と、心から叫ぶのが女性の選択の自由。

 

そううそぶく政治思想こそが…フェミニズムであった。

 

「そんなのって…酷過ぎます!!両親はそんな風に育ててきた筈はないのに!!」

 

「フェミニストは()()()()()()()()()()。妻や母親といった本来の役割を認識出来なくされた」

 

「フェミニズムは間違ってます!!女性のためと言いながら…()()()()()()()()だけです!!」

 

「それが男女平等の正体だったのよ…。フェミニズムの真の目的は…女性を男性化させる事よ」

 

「男性を女性化させる狙いもあると思う…。自分を認めてもらうためにセックスに依存させる…」

 

「愛されたい…誰かを信頼したいという気持ちが…間違った形で表れてしまうのですね…」

 

「欧米のミュージックビデオの中にもそのイデオロギーが詰められてる。ポップスターもそうさ」

 

「学校どころか…政治や経済界からも私たち女性の価値観を変革させようとしてくるのね…」

 

「どうしてこんな風にされてしまったんでしょうね?国を動かす政官財の目的は何なんですか?」

 

「分からないけれど…これだけは言えるわ」

 

――私達をこの世に産んでくれたお父さんとお母さんの愛の形は…間違いなんかじゃないとね。

 

話を終え、みふゆとかなえを見送るやちよなのだが…その表情は重い。

 

憂いを感じさせる表情を浮かべた彼女はこう呟くのだ。

 

「私は長く魔法少女達を見てきた者…だからこそ、魔法少女が同性愛者になる光景も見てきたわ」

 

新しい魔法少女社会が形成されていく神浜市。

 

元西の長であった彼女は思い出していく。

 

治世を治める者になった者としての難しさを。

 

「常盤さん…貴女も私と同じ苦しみを背負うわ。縛るばかりでは…反発を生み出す結果を生むの」

 

しかし、自由を与えてばかりでは西の長時代同様に腐敗社会を生み出してしまう。

 

秩序(LAW)と自由(CHAOS)の両方に挟まれる者こそ、共同体の代表を務める長。

 

新たな魔法少女社会の長にのしかかる苦しみは…計り知れなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

社会改造の首謀者達は、民衆が怠惰で何でも鵜呑みにし易いと知っている。

 

自分の理性や本能で行動するよりも、指示された事に従いたがるものだと理解していた。

 

そのため反社会的集団が水面下で実権を握れば、世論操作など造作もない。

 

民衆達は()()()()()()ことを抑圧だと摺り込まれてきた。

 

自堕落に生きる生き方は、解放や自己表現という欺瞞に満ちたイメージを摺り込まれてきた。

 

実際は逆だ。

 

理想のために努力することこそが人間を自由にして力を与えてくれる。

 

だらしなく生きれば人間は弱くなり、誘惑やプレッシャーに負けてしまう。

 

民衆は伝統的な社会道徳にノーと叫ぶのが勇気ある行動であるかのように洗脳されてきた。

 

人間達だけが気持ちよく騙されてきた訳ではない。

 

魔法少女達とて…それは同じであった。

 

……………。

 

「そうか…。神浜魔法少女社会に在籍する者達の中に…男の俺を遠ざけたい勢力がいるんだな?」

 

カラオケボックスの個室内で密談をしているのは、嘉嶋尚紀と常盤ななか。

 

外回りの仕事中であったのだが、ななかに見つかり相談事を持ち寄られたようだ。

 

「教室として利用させてもらってる明日香さんの道場に集まって…MeToo運動を始めたんです」

 

MeToo運動とは、私もと声を上げる女性の権利運動として知られている。

 

男から受けたセクハラや暴力を世間に訴え、女性の権利回復を主張する内容だ。

 

この運動は問題となっている。

 

性的不正行為の告発によって、著名な男性数名が職を失ったことを受けた事による不安の増加。

 

男社会は女性を恐れ、女性を遠ざける動きが活発となった。

 

それによって女性を入社させたくないという企業まで表れている惨状だ。

 

女性のための権利運動など名ばかりであり、暴力の仕返しを望む女性ファシズム運動であった。

 

「長の私に向けて彼女達は要求してきたんです。相談役に男を用意するな…男を関わらせるなと」

 

「男の俺が相談役になっているのと、MeToo運動の何処に関連性があるんだ?」

 

「彼女達は男に対する被害妄想の塊です。私も…という主張は男を排除したいと望む団結です」

 

「…その要求を突っぱねたら、次は何を言われると思う?」

 

「長の私の退陣を要求するでしょう。それでなくとも彼女達を治世側に回せと言ってくるんです」

 

「今の魔法少女社会治世は…お前と親しい魔法少女達で固めている。それが不満なのだろう」

 

「彼女達は冷静さを失っています…。そんな状態では話し合いの場を設けても譲歩しないのです」

 

「我儘ばかりを押し通したい連中の面倒まで見ないとならない長の立場も大変だな?」

 

沈痛な表情を浮かべた彼女は俯いてしまう。

 

長として信頼されない自分に落ち込んでしまったようだ。

 

「縛るばかりでは不満も爆発する。俺が魔法少女社会問題に関わらなければいいのか?」

 

「それが彼女達の要求です。ですが、仮にそれを叶えたとしても…問題があります」

 

「…我儘の味をしめた連中による、際限ない要求攻撃を受ける危険性もあるな」

 

「私が危惧しているのは…彼女達の怒りの矛先がいつ…人間社会に向けられるかです」

 

尚紀とななかは人間社会主義を掲げる社会主義者達。

 

仮にそんな事態になったのなら、迷わず社会主義独裁による恐怖政治を行う用意もあるだろう。

 

「彼女達を信じてあげたい気持ちと…人間として疑いたくなる気持ちの両方で…揺れてます」

 

「内心の自由を与えた以上は…フェミニズムを望むのも彼女達の自由か」

 

「私は…どのような治世を行えば良いのですか?与えるばかりでは腐る…縛れば反発される」

 

「与える事によって解決に導けるなら…俺は喜んで一筆用意してやるよ。二度と関わらないと」

 

「急いては事をし損ずる。もう少し彼女達の周囲から情報を集めた上で判断しようと思います」

 

「そうしてくれ。今回の問題については…俺は出しゃばらない。男の俺が行けば火に油を注ぐ」

 

「本当に…御迷惑をお掛けしてます。魔法少女社会の長である私が至らなかったばかりに…」

 

暗い表情となったななかは眼鏡を外し、眼鏡に映る自分の姿を見つめる姿。

 

長として自信を喪失しかけている者を見て、人の上に立つ者として言える言葉があった。

 

「長として見栄を張るな」

 

「えっ……?」

 

「日本人特有の恥の文化もあるのだろうが、笑われたり馬鹿にされたりを拒む見栄は人を殺す」

 

「そ、それは…その……」

 

「自分に鞭を打ち続けても、やちよの治世には届かない。だから劣等感を感じてしまう」

 

図星であり、恥ずかしいのか頬を染めてしまう。

 

「お前はお前で良いんだよ、ななか。敵は常に自分の中から生まれる…比べる相手を用意するな」

 

「尚紀さん…」

 

「俺もお前も人間の心を持つ者だ。だから良い面もあれば悪い面もある…当たり前の事なんだよ」

 

「力不足の私でも…長として胸を張れと仰るのですか?」

 

「何もかもを出来なくていい。お前に足りない部分は仲間が補ってくれるし、俺も協力する」

 

微笑んでくれた尚紀が彼女の肩に右手を置く。

 

「お前は俺が太鼓判を押した女なんだぞ?他の連中に何を言われ様とも、俺がお前を支えてやる」

 

……………。

 

真顔でそんな言葉を言うものだから、ななかの顔が赤面していく。

 

「あの…えっと……ありがとう…ございます」

 

眼鏡を掛け直した彼女だが、顔を背けながら縮こまってしまう。

 

朴念仁である尚紀は、女たらしな自分の言動を客観視する力はなかったようだ。

 

カラオケボックスから出て来た2人が別れていく。

 

彼女の背中を見送る尚紀であったが、決意を秘めた表情を浮かべた。

 

<いるんだろ、ケルベロス?>

 

路地裏に視線を向ければ、ウルフドッグに擬態しているケルベロスが出てくる。

 

近寄ってくる白い大型犬に話しかける真似をするわけにもいかないため、念話を行うのだ。

 

<済まないが、魔法少女社会に探りを入れてもらいたいんだ>

 

<我ハ魔法少女社会ノ治世トハ関ワリヲ持ツツモリナドナイ。ソレハ汝ガ始メタ問題ダ>

 

<分かってる。だからこうしよう、対価を用意する>

 

<フッ…悪魔会話ヲ心得テイルヨウデナニヨリダ。何ヲ我ニ与エテクレル?>

 

<お前はたしか、蜂蜜を練り込んだ菓子が好きなんだろ?高いの買ってやるよ>

 

<何ダト!!?>

 

ギリシャ神話通りの概念存在であるため、ケルベロスは千切れんばかりに尻尾を振ってしまう。

 

<…仕方ナイ、今回バカリハ協力シテヤロウデハナイカ。イイカ、高級品ヲ用意シロ>

 

(うちのケルベロスは堅物みたいな性格してる癖に、ちょろい奴なんだよな…)

 

同性愛を望む魔法少女派閥の内偵を進めている美雨と令を紹介し、秘密裏に援護しろと伝える。

 

早速行動を開始したケルベロスを見送る尚紀であったが、重苦しい言葉を発した。

 

()()()()()()()()()()()()()()から過ちを起こす。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶんだ」

 

語った言葉とは、ドイツ初代宰相ビスマルクの言葉だ。

 

愚者は自分で失敗して初めて失敗の原因に気付き、その後同じ失敗を繰り返さないようになる。

 

賢者は過去の他人の失敗から学び、同じ失敗をしないようにするという内容だった。

 

「限られた情報だけで世の中を知った気分に浸るのが人の悪い癖。俺も過ちを犯して理解したよ」

 

尚紀はとある日本人医師の言葉を思い出す。

 

アフガニスタンで活動し、65万人の命を救った人物はこのような言葉を残すのだ。

 

大人を信用しないこと。

 

大人達がすることを丸吞みしてはいけない。

 

ニュースを鵜呑みにしてはいけない。

 

我々は自由なようで、本当は不自由だ。

 

限られた情報の中で生きているんだということを忘れずに。

 

公式発表を鵜呑みにせずに、本質は何かと鋭く見ていくことが大切なのではないか。

 

我々年寄りはいずれ死んでいく。

 

この後始末をしなくちゃいけないのは君達ですから。

 

もうちょっと世界を研ぎ澄ました目で見る目を、養っていただきたい。

 

「消去法で論理的にそれが正しいなんて理屈にはならない。感情ベースで思考停止してはダメだ」

 

魔法少女の虐殺という過ちを犯した者が、フェミニスト魔法少女達に送る言葉。

 

政官財という支配層と民衆が同じ性善説で生きているという思い込みをしてはならない。

 

多くの人は嘘に加担していることにすら気づかないで行動してしまう。

 

複雑な人間社会の模様に気づかなければならないと。

 

「大切なのは物事を深く知る勉強だ。だからこそ、俺はななかとかこに教育政策を託したんだ」

 

伝統的な人間社会で生きる男が語る、切実な言葉。

 

だが、魔法少女達の元に現れて語ったところで同性愛を望む魔法少女は聞く耳をもたないだろう。

 

人は見たいものしか見ないし、信じない生き物。

 

感情というエゴでしか社会を判断する事が出来ない…あまりにも視野狭窄な存在であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

民衆が日常的に入手出来るのは、学校教育や巨大メディアから与えられる知識や情報だけである。

 

体制側は真実を民衆に知らせるつもりなど欠片も無い。

 

表向きは否定しながらも、歴史や伝統を転覆させる計画を影で練るのが陰謀という概念である。

 

イギリスの歴史学者であるアーノルド・J・トインビーという人物がかつていた。

 

1931年にコペンハーゲンで開かれた国際エリート達の集会でこんな言葉を残すのだ。

 

我々は、地域に囚われた世界の国々から主権という名の奇妙な政治力を奪取する取り組みを行う。

 

慎重に事を進め、我々はこのような取り組みの存在については、表向きは否定し続けている。

 

社会改造を望むエリート達は、性のアイデンティティを混乱させバイセクシュアルを生み出す。

 

彼らは明らかな性差があるにも関わらず否定し、若い女性に男のように振舞えと洗脳する。

 

それによって男女社会は失っていくだろう。

 

男らしさ、女らしさという概念を。

 

……………。

 

「みゃーこ先輩、南凪自由学園に来たっていう外国人の講演内容はどんな感じだったの?」

 

ファミレスで向かい合うのは、中央区で魔法少女活動をしている都ひなのと木崎衣美里である。

 

講演内容を聞かれたひなのの表情は曇り、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべてしまう。

 

「…最低の内容だったと言っておく。お前はまだ13歳だから、講演内容は言えんぞ」

 

「あーズルい!18歳で大人なみゃーこ先輩だけが大人の階段上れちゃうなんて!」

 

「当たり前だ!それが女性の権利…と言いたいところだが、アタシは女性の権利に疑問が出来た」

 

「どういうわけ?」

 

「アタシの科学アシスタントやってる衣美里には教えてやるか。ただし、性的な部分を除いてだ」

 

ひなのが語っていく内容とは、男性と女性の性差について。

 

「男女の役割が人為的に定められたものだと思うか?女性は家事をやるべきだという考え方だ」

 

「あ~…どうなんだろね?結婚しても、役割分担って大事なことじゃないの?」

 

「その通り。男女の役割が人為的に定められたものなら、そもそも逆転現象など起きる筈がない」

 

男性と女性の役目は造り出されたものではないと語ってくれる。

 

生物学的な違いに基づいていると判断出来るのは、ひなのが科学者であったからだ。

 

男性の体に存在するテストステロン(男性ホルモン)量は女性の10倍である。

 

男性ホルモンの影響により、強い意志と攻撃性、冒険心を男は持つようになるという。

 

女性の脳は男性とは異なっているとも語ってくれる。

 

男性の三倍お喋りをし、話す速度が二倍であるのもそのためだろう。

 

男女の違いとは生物学的に見れば明らかに違っていた。

 

「男女の役割には、生物学的な違いや心理学的な違いが反映されるんだ」

 

「つまり、あーしは女の子だから…こんなにもお喋りになっちゃうわけ!?」

 

「そうした男女の役割をあの活動家は否定した。混乱も起きるし、異性との関係も築けなくなる」

 

「あ~…みゃーこ先輩には死活問題だよね。大学生活でもリア充爆進計画進めるつもりだし~♪」

 

「緊張感の無い奴め。いいか、異性愛は性的嗜好なんかじゃない…生物学に基づく仕組みなんだ」

 

同性愛者とフェミニストは、様々な科学データが逆の事実を示しているにも関わらず無視をする。

 

男女の区別が人為的なものだと固く信じてしまうため、両者は同じ存在だとひなのは語るのだ。

 

「そこまでの扱いをされてさ…何で男子達は怒らないの?あーしが逆の立場なら激おこだよぉ!」

 

「それには大きな理由があると思う…。誰もが皆、勇気ある存在ではないからな」

 

異性愛者が同性愛者とフェミニストに抵抗することが出来ない大きな理由は二つある。

 

同性愛者とフェミニストは()()()()()()ことで、反論出来ない一方的な攻撃を仕掛けてくる。

 

異性愛者達はホモ恐怖症や女性差別主義者と罵られるのが恐ろしいため、沈黙してしまう。

 

もう一つは、共産党の十八番である騙しのテクニック。

 

表面的には女性の権利を擁護するフリを行い、世間からの支持をかき集める。

 

その裏では社会革命のための同性愛化を進めるというわけだ。

 

大きく溜息をついたひなのの表情は憂いに満ちている。

 

「アタシがな…魔法少女達から人気があるのは多分…信頼と尊敬を求められるからだと思う」

 

「それはそうだね…あーしはみゃーこ先輩を尊敬しているし、信頼してるつもりだよ」

 

「だがな…そういうのは本来、男に求めるものなんだ。男扱いされてる気分になってくる…」

 

「ええっ!?あーしら…知らず知らずのうちに…みゃーこ先輩を傷つけちゃってた?」

 

「こう見えて、アタシだって繊細な女の子なんだぞ?男扱いされるのは不快極まりない」

 

「なるほどなるほど、みゃーこ先輩は頼られるよりも守られたいタイプなんだね~」

 

「それがアタシのリア充爆進計画を望む気持ちだし、身長を伸ばして男にモテたい気持ちさ」

 

暗い気分になり、注文していた飲み物をストローでゆっくり啜る姿が続く。

 

集まっていたファミレスは中央区の駅前にあり、窓の外には駅前広場も見える立地条件。

 

だからこそ、ひなのをさらに不快にさせる光景が見えてしまうのだ。

 

<<レ〇プしたのは男達だ!!レ〇プしたのは男達だ!!>>

 

駅前広場で見えた光景とは、異常な光景である。

 

若い少女達がパーティやクラブに行くような服を纏い、目隠しやマスクで顔を覆う。

 

集まって合唱する歌とは、男のレイピスト(強姦魔)を非難する歌。

 

ひなのが見えた光景とは、フェミニズム運動の光景。

 

南米チリのフェミニズム団体が始めたダンス抗議であり、SNSを通して世界規模で広がる運動だ。

 

<<男性天下社会が女性達を裁く!!女性の尊厳を弄ぶ!!>>

 

<<女性に与えられる罰は!!女性には見えない男の暴力!!>>

 

<<レ〇プしたのは男達!レ〇プしたのは男社会!レ〇プしたのは男国家!!>>

 

<<レイピストは男達だ!!レイピストは男達だ!!>>

 

余りにもおぞましい光景。

 

周囲の人々から見れば、何かのカルト宗教団体のようにも見えてくるだろう。

 

歌というよりは、男への憎しみを叫ぶ光景。

 

同性愛者とフェミニスト達の怒りと憎しみがぶちまけられる光景であった。

 

「ねぇ…みゃーこ先輩。あーしの勘違いであって欲しいんだけど…」

 

「いや…勘違いなんかじゃない。あの連中の中に…多くの魔法少女達の魔力を感じるぞ」

 

「それに見てよ…あの子達!?」

 

「あいつら……何であんな連中とつるんでるんだ!?」

 

驚愕した表情を浮かべる2人が見つけた人物達。

 

それは西の魔法少女社会ではよく知られている三人組魔法少女。

 

十咎ももこ、水波レナ、秋野かえで達であった。

 

「あのバカ共!!」

 

ファミレスから飛び出したひなのが駆けだす。

 

向かった先とは、フェミニズム運動を行っている最後尾で歌を歌っている気分に浸る者達。

 

「ももこ!レナ!かえで!今直ぐおかしな活動に参加するのは止めるんだ!!」

 

「邪魔しないでよ…ひなのさん」

 

「そうよ。レナ達はね、女性を守るために活動しているだけだから」

 

「そ、そうだよぉ…。私ね…同性愛を差別する男の人達に変わってもらいたいだけだから…」

 

「何がお前達を変えてしまったんだ!?ななかの治世には…こんなのを勧める内容はなかった!」

 

「常盤さんは関係ない。アタシはね、フェミニズムの勉強をしてきただけだよ」

 

「どうしてそんなにまで…男社会の慣習を憎むフェミニズムを欲するようになったんだ!?」

 

「ひなのさんには関係ないから」

 

「レナはさゆさゆが望んでることをしてるだけ。さゆさゆは女性の権利を守りたい子になったの」

 

「私はね…男の人達が変わってくれたらそれでいいの。でも…叫ばないと変わらないよね?」

 

「ひなのさんがフェミニズムを気に入らないなら好きにすればいい。アタシらも好きにするから」

 

「別に魔法少女社会に迷惑かけてるわけじゃないでしょ?だったらレナ達の内心の自由よね?」

 

「ごめんなさい…ひなのさん。今回ばかりは私…男の人達の方が間違ってるって思うから…」

 

頑なな態度を示す魔法少女達を見て、元中央の長も困惑を隠せない。

 

気が付けばフェミニズム運動に参加する他の魔法少女達までひなのに振り向き、睨んでくる。

 

「みゃーこ先輩!これ以上は刺激しちゃダメだよぉ!一応許可貰ってやってる人達だし!」

 

「ももこ…レナ…かえで…お前達は何のために教育を受けてきたんだ?間違いを知るためだろ!」

 

「間違いを知る勉強なら今もしている。間違っていたのは男社会なんだよ…ひなのさん」

 

「そんな理屈…科学を求めるアタシは認めない!根拠が無さすぎる非科学的な論理だ!!」

 

「もういい!ひなのさんが女性と同性愛者の権利を蔑ろにする人だったなんて…最低だよ!!」

 

「さっさと帰りなさい!!レナはこれ以上問答する気は無いから!!」

 

「私達はね…ジェンダーフリーを求めていきたいの。だから邪魔しないで…ひなのさん!」

 

警察を呼ばれる前に逃げるようにして去って行くひなのと衣美里。

 

路地裏に入り込み佇む表情は動揺を隠しきれない。

 

「どうして…どうして魔法少女社会にフェミニズムが浸透してしまうんだ?何故だぁ!?」

 

「みゃーこ先輩…それはきっとね……」

 

――あーし達の社会に求められているのは…魔法少女同士の恋愛だからだと…思うよ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

正しい知識があるからこそ、正しい判断が出来る。

 

教育の大切さを痛感しているのは尚紀だけでなく、みたまやヴィクトルも同じ考えだ。

 

悪魔に対する偏見や差別が起きないよう、業魔殿で悪魔教育も並行して行っている。

 

悪魔になった十七夜やかなえ達に向けての差別が起きないよう、教育を行いたい考えなのだ。

 

しかし、現在のところ授業に参加する魔法少女の数が激減している。

 

その光景は常盤ななかが主催する教育現場においても同じ現象が見られていた。

 

今日の授業を終えた魔法少女達が帰路についていく。

 

その中の数人の魔法少女達が遊戯室に供えられたソファーに座り、話し合いを行っていた。

 

「嘘でしょ…?あのももこさん達が…フェミニズム運動に参加してたっていうの!?」

 

驚きの声を上げたのは、レズビアンという苦しみを抱えている綾野梨花。

 

彼女に昨日の出来事を語る都ひなのの表情は暗い。

 

「嘘じゃない…。衣美里もアタシと一緒にいたから、コイツは証人だ」

 

「あーしだって信じられなかったよ…。何であの子達がフェミニストになるのか分かんない!」

 

「ここの教育現場も魔法少女が寄り付かなくなっていく…ななかのところも同じ現状のようだ」

 

「もしかして…ここから離れた魔法少女達は、別の教育現場に足を運んでいるわけ?」

 

「調べてみたら、神浜の中央区にある無料セミナーに多くの魔法少女達が参加してるようだ」

 

「女性学講座って内容だけど…中身はフェミニズムについての勉強会みたいだよ」

 

「アタシは…フェミニズムは間違った思想だと思う。だけどな…そう言えばあの子達が怒るんだ」

 

「う~ん…魔法少女も人間も、おこになったら人の話なんて聞く耳持たないもんね~…」

 

「梨花はフェミニズムについて…どう思う?その…お前も肯定するのか?」

 

暗い表情となり俯いてしまうが、否定するかのように首を横に振る。

 

「フェミニスト達の気持ち…あたしは分かる。だけどね、間違いを犯したあたしだから言える」

 

梨花は店長から教えてもらった話の内容を2人に語ってくれる。

 

「性の難民化社会か…。確かに、アタシ達はその…同性としか苦楽を共に出来ない現実があるな」

 

「あーしやりかっぺみたいに、男の人と触れ合うために合コンに行ったりする子…いないよね」

 

「店長さんが言ってたんだ…同性愛に走るのは、環境の影響が大きいって」

 

「言われてみれば思い当たるな。するとつまり…ももこ達がフェミニストになった原因とは…」

 

ももこの名を口にしていた時、通路の奥からももこの親友が現れる。

 

「その話…詳しく聞かせてもらえるかしら?」

 

「みたまか…お前には辛い話になるぞ?」

 

「構わないわ。ももこは親友なの…彼女に何があったの?最近姿を見ないから…心配してたのよ」

 

ひなのは昨日の出来事を語っていく。

 

驚愕に包まれたみたまは声を荒げてしまう。

 

「どうして…どうしてももこ達がフェミニズム運動に参加するのよ!?」

 

「理由は語ってくれなかった…。アタシの批判を猛烈に怒るあたり…フェミニズムに陶酔してる」

 

「怖いぐらいに…男を憎む言葉を叫んでたの。あの優しいももこ先輩がだよ?」

 

「みたまは今までで思い当たるようなところはないか?男を毛嫌いしているような態度とか?」

 

「あるわけないわよ!ももこはね…男の子を好きになったから魔法少女になったのよ!」

 

「そんなももこが…どうしていきなり男を憎むような態度を示すようになるんだ?」

 

親友も思い当たるところがないため、原因の特定が困難になってしまう。

 

皆が悩んでいた時、黙っていた梨花が重い口を開いていく。

 

「…魔法少女達の中に、()()()()()()()()からかもしれない」

 

「えっ…?どういう意味なの…梨花ちゃん?」

 

「調整屋をやってるみたまさんなら…あたしのソウルジェムに触れた時に見えた筈だよね?」

 

「それは…その……」

 

「いいの…もう隠さなくて。あたしはね、昔の自分と向き合う気になれたんだ…」

 

「言っている意味が分からない…どういう意味なんだ?」

 

「都先輩には話したよね?あたしが魔法少女になったキッカケとなった事件を」

 

「あの時のことだな…。もしかして…今のももことあの時の梨花との間に共通点があるのか?」

 

「あたしね…愛していた幼馴染の女の子を男に奪い取られるって…被害妄想に走ったの」

 

「え…えと…りかっぺ?それってまさか…アレなわけ…?」

 

衣美里は梨花が同性愛者だとは知らない。

 

梨花が起こした騒動の時、協力してくれたのはひなのだけであったからだ。

 

同じ同性愛者の冷静な考え方に触れた梨花の心は成長し、自分を偽らないと決めたようだ。

 

「もう隠さないよ…あたしはレズビアンなの。だから男の人が怖くなって…憎くなったんだ」

 

梨花は奇跡の力を用いて、幼馴染の少女に迫る男を遠ざけた。

 

それはある意味、奇跡や魔法という名の暴力を行使したことにもなる。

 

同性愛を侵害する異性愛者が現れたなら、ここまでの攻撃性を表してしまう。

 

ゲイの店長が語った通り、現実逃避を行う精神疾患を同性愛者は患っていたのだ。

 

「レズとして…フェミニスト達の気持ちも分かる。だけどね…同性愛を周りに押し付けたらダメ」

 

「昔の梨花のような攻撃性を周りにもたらすと言いたいんだな…今のフェミニスト達のように」

 

「ちょ…ちょっと待って!梨花ちゃんは…ももこが同性愛者になったと言いたいの!?」

 

「そうとしか思えないんだ…。フェミニストの心理と同性愛者の心理は同じなの」

 

「えっと、みたまさんは何か思い当たる事ない?最近男の人とラブラブになっちゃったとか?」

 

衣美里から突然そんな事を言われたものだから、恥ずかしいのかみたまは赤面してしまう。

 

デリカシーの無いアシスタントに溜息をつくひなのだが、動物的な反応を示す部分は逃さない。

 

「みたま…言いたくないなら構わない。もしかしたらと思っただけなんだ」

 

気を使ってくれるひなのを見て、みたまも決断するような表情を見せる。

 

「…梨花ちゃんは辛い話を私達に語ってくれたわ。だからね…貴女達には教えてあげる」

 

みたまは語っていく。

 

夜の南凪区で起きた出来事を。

 

内容は女子生徒達にとってはご馳走ともいえる色恋沙汰ともあり、黄色い声を上げてしまう。

 

「マジで!?えぐいぐらい尚紀さんとみたまさんはアチュラチュじゃん!」

 

「何という事だ!!アタシよりも先にリア充爆進計画をみたまが進めていたとはな…!!」

 

「ちょっとちょっと!恋バナで盛り上がりたい気持ちは分かるけど、今は落ち着いてったら!」

 

「む…むぅ、梨花から説教されてしまうとはな。アタシもヤキが回ったもんだ」

 

「りかっぺの言う通りだね~。それに、内容からして付き合う展開にはならなかったみたいだし」

 

「尚紀さんはね…私を含めた全ての女性を幸せにしたいと願う人なの。それが彼の愛なのよ」

 

「何という偉大なる男だ!益々アタシの彼氏にしたい…しかし…それも叶わないのだろうな」

 

「あーし…今まで接してきた男の子の中で、そんな凄い恋愛観を持ってる人はいなかったなぁ」

 

「そうだね…あたしが知ってる男は…女の子に向ける下心ばかりを優先するような人だったし」

 

「私はね…今でも尚紀さんを愛してるわ。だけどね…彼は私の隣には立ってくれないの」

 

「近くにいなくても…出来る愛情表現はある。そのためにあの男は…国政政治家を目指すんだな」

 

「泣けるぐらい立派な男の人だね…。あーし達の幸福のために…死に物狂いで働いてくれる…」

 

「あたしはレズだけど…そんな男の人なら…惹かれちゃうなぁ。信頼出来るぐらい尊敬するよ」

 

「信頼と尊敬を勝ち取る行為こそが…恋愛というものなのだろう。これで状況は理解出来た」

 

「うん!ももこ先輩は勘違いしてるだけ!だから直ぐに連絡してあげないと!」

 

「ももこは私の親友なの…だから私にやらせて。それでも…ももこの好意は…その…」

 

「応えられないと…言いたいのか?愛する男がいるからだと言えば…ももこはさらに傷つくぞ」

 

三角関係など初めて経験するため、みたまは頬を染めながら悩む姿を見せる。

 

そんな彼女に向けて、梨花は同性愛者の先輩の言葉を伝えてくれた。

 

「ももこさんがみたまさんに向ける気持ちはね…性的欲求なんかじゃないんだよ」

 

「どういう意味なの…梨花ちゃん?」

 

「愛されたい、誰かを信頼したいっていう…無意識の欲求なんだよ」

 

「無意識の…欲求?」

 

「ももこさんもきっと…あたしと同じように抑圧されてきたと思う。だからね…愛されたいの」

 

ももことは長い付き合いを経験してきたため、みたまはももこの家庭環境を知っている。

 

可愛いものが大好きな気持ちも知ってるし、女性らしさをひた隠しにしてきた辛さも知っている。

 

「ももこはね…家庭環境が男性中心社会だから本当の自分を抑え込むことしか出来なかったの」

 

「だけど、みたまさんの前でなら…女性らしさを出しても良かったんだね?」

 

「ええ…。本当は女の子趣味が似合う子なのよ。私が可愛い服を用意してあげた事もあったわ」

 

「嬉しかったんだよ…ももこ先輩は。みたまさんの前でなら、普通の女の子になれるから」

 

「ももこさんの気持ち…凄く分かるよ。あたしも幼馴染の前でなら…本当のあたしになれたんだ」

 

「周りに合わせるしか出来なかった苦しみが攻撃性に繋がっていく。それが今のももこなんだな」

 

「だからね、みたまさん。同性愛とか恋愛とかで考えず、ありのままのももこさんを受け入れて」

 

「そうそう!あーしもね、恋愛とかは好きだけど…もっと好きなのは親友と一緒にいる時間だよ」

 

「ありがとう…みんな。フフッ♪調整屋さんはお姉さんだけど…梨花ちゃんの方が私より大人ね」

 

突然べた褒めされ、梨花の顔が真っ赤になってしまう。

 

「やったじゃん、りかっぺ!大人の女にレベルアップしたよ!」

 

「梨花に先を越されるとは…悔しい!!やっぱり尚紀が欲しくなってくるぅぅーーッッ!!」

 

「ダメよ!尚紀さんが欲しいのは私も同じなんだからーっ!!」

 

「あーしも参加希望しちゃう!!ガンガン行くしかないっしょ!ノリで♪」

 

「あたしはレズだけど、尚紀さんに興味が出ちゃった♪あたしも争奪戦に参加した~い!」

 

暗い雰囲気は消え、女子学生達の楽しい恋バナのような光景になっていく。

 

通路で佇み聞き耳を立てていたヴィクトルの顔も微笑み、杖をつきながら歩き去っていった。

 

……………。

 

イルミナティは秘密裏にして、世界を標的にした社会改造プログラムを実行していく。

 

異性愛者に同性愛者のような生き方を植え付け、社会を不安定にさせる目的がある。

 

性の革命、同性愛者の人権等の謳い文句によって騙される人々は後を絶たない。

 

宗教の融和や人種の混血、ユーロ統合等もこの流れに沿って動いてきた。

 

確実なる方法とは、世界の国々の中で地域を構成する男女家庭を崩壊に導くこと。

 

一つの政府、一つの人種、一つの宗教を実現し、最終的には性の統一まで目指す。

 

ルシファー主義者であるルシフェリアン達が望むのは、()()()()()()()ワンワールド化。

 

それはあらゆる概念が一つしか存在しえない世界。

 

人類の未来とは、()()()()()()()()()()()()()()()差異という概念が合成させられ消滅した世界。

 

人類全てのバイセクシャル化と同性愛化こそ、ルシファー主義の完成。

 

そんな世界で生きるしかない人類の数など、5億人以下で十分だとルシファーは判断した。

 




書いてて思う。
うちの人修羅君…ペルソナ主人公みたいにコミュ形成力が強過ぎる。
修羅場レンタインイベントを書きたくなってくる(汗)


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173話 自己犠牲精神

中央区にある無料セミナーから出てくる大勢の少女達。

 

その中には美雨と令の姿も見える。

 

同性愛派閥である魔法少女達の中に混じり、女性学講座を受講していたようだ。

 

2人の顔が疲労感に包まれているのは、セミナーの中でももこ達を見つけたからだけではない。

 

女性学講座という名のフェミニズム思想を長時間聞かされただけでも精神的にきつかったようだ。

 

離れた場所にあった公園のベンチに座り、2人揃って大きな溜息をつく。

 

「休憩時間中にももこさん達を説得出来るかと思ったけど…甘かったね」

 

「連中…梃子でも動かぬ態度ネ。よほどフェミニズム思想を気に入たと見えるヨ」

 

「女性のための権利運動…聞こえは良くてもね、観鳥さんは男女平等なんて不可能だと思う」

 

「どうしてそう思う?何か根拠があるのカ?」

 

「想像してみてよ。例えば、女が男社会の定番ともいえる肉体労働に従事した時のことを」

 

「私は力持ちネ。肉体労働を辛いとは思わなかたヨ」

 

「そう思えるのは、美雨さんが魔法少女だからさ。普通の女性は体を鍛えても男には敵わない」

 

女は男に敵わないという例として令が語るのは、米軍女性兵士問題についてだ。

 

米軍は、戦争には女性は参加しないという法律を曲げて女性兵士を採用している。

 

男性兵士だけでは数が足りないというのは表向きの理由に過ぎなかった。

 

「イラク戦争に参加した女性兵士の証言ではね、支援任務ではなく前線に行かされたそうだよ」

 

「女を戦場のど真ん中に行かせるのカ…?米軍は狂てるヨ…」

 

「イラク戦争では既に…戦闘においての男女の区別がなくなってしまっていたんだよ」

 

「魔法少女でもない女が戦場に行て…何が出来るネ?」

 

「フル装備重量を纏うだけでも難しい…肉体能力が男性と比べても極端に弱いのが女性なんだ」

 

「米軍まで…フェミニズムの実験場にされてしまたと言うのカ?」

 

「アメリカの指導者達が自然の定義を変えてしまったせいで…女性兵士達が犠牲になったんだ」

 

イラク戦争の従軍経験がある女性兵士に起こった出来事を令は語ってくれる。

 

入隊したのは経済的に困っていたからであり、男の職場である前線に行きたかった訳ではない。

 

砲兵隊に配属されても、重い砲弾を持ち上げたり装填する事も出来ないし重いレバーも引けない。

 

軍曹達に男のように厳しく扱われても、女性兵士はついていけずに毎日立たされた。

 

脅したり罰したりすれば男に出来ると思われたため、女性兵士は囚人のようにされてしまう。

 

最後にはセックスの相手にされかけたが拒絶したため、前線女性の存在価値は消えてしまった。

 

女の能力は男の職場では何一つ通用しなかったのが現実だったようだ。

 

「保守活動家達は…米軍の男女の役割分担に関する新方針は女性差別だと非難してきたんだ」

 

「そういえば、人間だた頃の私も荒稽古してたら疲労骨折したネ。でも…他の男達は耐えれたヨ」

 

「それが現実なんだよ。生物学的に男女平等なんてありえない…男女の役割は分担するべきだ」

 

「でも、フェミニスト達はそれを認めないネ。家事等の役割分担こそ女性差別だと叫ぶ連中ヨ」

 

「本当に頭がイカレてる左翼思想さ…。こんなんじゃ女性のためじゃなく、女性を貶める思想だ」

 

「それに気が付かないももこ達はウスラトンカチネ。虚言と虚構の世界を見ているだけヨ」

 

「何か…現実を棚上げしてでも、フェミニズムに縋りつきたい事情があると考えるべきかな?」

 

「正面から聞きに行て、教えてくれる連中では無さそうネ」

 

「いつの時代も…人間の弱い部分につけこむ詐欺師は多い。キュウベぇ然りさ」

 

会話を終えた2人が席を立ち上がり、移動していく。

 

神浜の魔法少女達にフェミニズムを撒き散らす連中の後を追うためだ。

 

2人が公園から姿を消し去った後、白い犬が茂みの中から出てくる。

 

(アイツラノ匂イハ覚エタゾ。尾行サセテモラオウカ)

 

2人と一匹の捜査活動が何日か続いていく。

 

今日の講義が終わった時、美雨と令は講師を務めていた人物達に不審な動きがあるのを見つける。

 

廊下で誰かと連絡しているのを影で隠れながら聞き耳を立てていた。

 

「ええ、フェミニストとしての洗脳は上手くいってます。連中は気が付いていません」

 

女講師が語っている内容とは、フェミニズムによって導き出されたキャリアウーマン像の教育だ。

 

専業主婦とは男に依存する寄生虫であり、たかり屋の居候に過ぎない極潰しと男は考えている。

 

女性は自らの価値を高めるために労働に従事し、女性の性を武器にしなければならない。

 

現実的な人間となり、どんなことでもやるという覚悟を持たなければならないという洗脳だった。

 

「これによりセックスは女の武器となる。不倫は文化となり、上司を脅す武器としても使えます」

 

同性愛者達の我儘を正当化するための教育内容も語っていく。

 

さっさと男を見つけて子作りしろ、それが女の役目だという伝統は女性差別である。

 

知的で自立した女性像を嫌う伝統的な異性愛者とは、女性を所有物だと考える独裁者である。

 

男に尽くさせられ、本音を言う事も知性をひけらかすのも認めない男社会を許すべきではない。

 

人間らしく生きる事にこそ喜びを求め、それが女性の真の喜びへと繋がるという洗脳内容だった。

 

「女を精神的に中性化させる。これにより男嫌悪は加速し、男女家族制度を崩壊へと導けます」

 

徹底した女性天下と、百合(リリス)の間に挟まりに来る強姦魔としての男性を貶める教育内容。

 

まさにアダムへの復讐を望むリリスの思想が具現化したような内容だった。

 

()()()()()()()()()()()()。我儘な女を正当化させる精神誘導教育…男は女を憎むでしょうね」

 

徹底的に男と女を潰し合わせる光景こそ、旧約聖書の創世記の光景。

 

アダムとリリスのいがみ合いは時を超え、21世紀の現代社会にまで蘇っていく。

 

リリスの役目を託された存在こそが女性(リリム)であり、魔法少女達であった。

 

「セミナーに参加する魔法少女達の洗脳も段階を進めていいと思います。ええ…分かりました」

 

通話を終えた女講師が歩き去って行く。

 

物陰から監視していた美雨と令も動き出す。

 

「令、音声レコーダーアプリで録音出来たカ?」

 

「距離があったから不安もあるけど、後で確認してみよう」

 

「フェミニズム…その狙いは男女社会を崩壊させる目的なのは間違いなさそうネ」

 

「男性、女性の区別を崩壊させるユニセックス洗脳…それこそがフェミニズムだったんだよ」

 

「あの講師…魔法少女の存在を知てる奴だたヨ。何者ネ?」

 

「魔法少女の存在を知ってる存在は限られている…まさか、あの講師は悪魔なの?」

 

「ナオキ同様、人間に擬態されては魔力を探れないヨ。尻尾を掴む必要があるネ」

 

「そうだね…。魔法少女達を洗脳して…何をさせるつもりなんだろう?」

 

「どうせロクでもない事に使うに決まてるヨ。神浜をテロで焼いた連中は…魔法少女ネ」

 

「悲劇を繰り返させる気か!?こうしちゃいられない…常盤ちゃんに報告に行かないと!」

 

「情報がまだ足りないヨ。あの講師が悪魔なのかを確認してから向かうネ」

 

ビルから出て来た2人は何処かに向かって行く女講師の後をつけていく。

 

「路地裏に入ていくネ」

 

「あの路地裏の道は行き止まりだった筈だけど…」

 

「私達も注意しながら後を追うヨ」

 

女講師の後を追うために2人も進んで行く。

 

それは迂闊な行為。

 

悪魔達は魔法少女の魔力を感じとる力を持っている。

 

「美雨さん!?」

 

後ろを見れば、異界結界が広がり路地裏の出入り口が閉じられてしまう。

 

「やはり…悪魔だたカ!!」

 

一直線に伸びる異界の路地裏世界。

 

周囲には蜘蛛の巣が張り巡らされ、触れれば相手の動きを拘束するだろう。

 

<<何日か前から繰り返していた尾行には気づいていたわよ、おばかさん共が!>>

 

「上ネ!!」

 

痛覚を取り戻した事により、美雨の肌感覚は研ぎ澄まされている。

 

奇襲攻撃を回避するため令を抱えて跳躍移動。

 

背後から音が響く。

 

地面を切断する音を響かせたのは…両腕が鋭利な刃物と化した女性悪魔の一撃。

 

【アルケニー】

 

ギリシャ読みではアラクネと呼ばれる悪魔であり、糸を紡ぎそれに吊り下がる蜘蛛女。

 

元々は小アジア(現在のトルコ)のリュディアに住んでいた機織りの名人であった人物。

 

工芸の女神としても知られるギリシャ神話のアテナに機織り勝負を挑まれる事になったという。

 

アルケニーが用意したのは男性権威を象徴するゼウスを罵倒する織物。

 

それに激怒したアテナはアルケニーを打ち据え、死体に魔法の薬をかけて蜘蛛姿に変えたという。

 

「あんた達の不真面目な態度は見ていたよ。フェミニズムには興味が無いって顔してたでしょ?」

 

全裸の黒髪女性悪魔ではあるが、獣の両足と両腕はカマキリを彷彿とさせる程の巨大な刃をもつ。

 

女性器辺りから伸びるのは蜘蛛糸であり、これを用いて上空からの攻撃を得意とする悪魔である。

 

ソウルジェムを掲げた二人も魔法少女へと変身し、鉤爪とバズーカを構えた。

 

「何を目的にして魔法少女達にフェミニズムをばら撒く!?答えてもらうよ!」

 

「男に媚びを売りたい男みたいな魔法少女なんぞに教えるわけないでしょ!」

 

「男に味方しただけでホモ恐怖症だの名誉男性だのと…フェミニズムは我儘の極みネ!!」

 

「それを望む女性は多くいるってわけ。全ては男共のせいだからね~女性を抑圧するからさ!」

 

男を憎むアルケニーは男に味方する女も許さない。

 

彼女は男性権威を罵倒しただけで男神に味方する女神に殺され、蜘蛛姿に変えられた者だ。

 

両腕の刃を打ち鳴らし、女性器から伸びる蜘蛛糸を使って空中に上っていく。

 

「逃がさない!!」

 

武器を上に向けて構え、拘束するための弾を撃とうとした時…頭上から感じる魔力の数に気づく。

 

「あははは!!あたし一体だけしかいないと思ったわけ?」

 

「こいつらは…全員同じ悪魔カ!?」

 

蜘蛛の巣が張り巡らされた上空に浮かぶのは複数の真紅の瞳。

 

全てがアルケニーであり、周囲は囲まれてしまっていたようだ。

 

「あたし達悪魔は概念存在。望めばこうやって分霊を用意することだって出来るのさ!」

 

空中で鳴り響く刃の音が宣言する。

 

男に媚びを売る裏切り者の女共の首を跳ね落としてやると。

 

「来るネ!!構えるヨ!!」

 

「ここで死ぬわけにはいかない!魔法少女をテロリストにされるわけにはもういかないんだ!」

 

アルケニー達の口が開き、吐き出されたのは無数の毒針攻撃。

 

神浜市で再び暗躍する悪魔勢力との戦いが始まっていく。

 

悲劇を繰り返すわけにはいかないと美雨と令は誓うのだ。

 

神浜テロの裏で暗躍していた悪魔共に好き勝手されるのを、これ以上は許さない者達であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

異界化したことにより、路地裏の光景は異質さを増している。

 

そこまで奥域が無かった筈なのに、向こう側が見えない程にまで伸びた異次元空間。

 

しかし、一直線の通路であるため逃げ道が狭い。

 

上を取られてしまっているため、2人は毒針の雨を後ろに向けて逃げ続けるしかない状況だ。

 

「向こうが地の利を使うなら…こちらも使うヨ!!」

 

「何をする気なんだい!?」

 

「逃げ道が無いなら作れば良いだけネ!!」

 

美雨は両手に身に付けた鉤爪を用いた攻撃を放つ。

 

狙う相手とは、彼女達の逃げ道を塞ぐ異界ビルの壁であった。

 

「ハァッ!!」

 

左右の手から繰り出した袈裟斬りと逆袈裟によって壁が切断され道が出来る。

 

「その手があったか!」

 

令もバズーカーを横に向けて構え、隣ビルの壁を破壊。

 

2人は左右のビル内にそれぞれ入り込み、毒針の雨から姿を隠す。

 

「チッ!逃がさないわよ!!」

 

路地裏上空に張り巡らせた蜘蛛の巣で陣取っていたアルケニー達も動き出す。

 

階段を駆け上り、女悪魔が陣を張る側面から奇襲を仕掛けようとする魔法少女達。

 

「ジャーナリストは粘り強い集中力と体力勝負ってね!」

 

階段を軽快に駆け上る令であったが、悪魔化した存在の魔力を感じとる。

 

踊り場に上り切る前にバズーカを構え、迎え撃つ。

 

壁を切り裂き現れたアルケニーの一体に向けて魔力を込めたロケット弾を放つ。

 

「シャーーッ!!」

 

口を開いたアルケニーが蜘蛛の糸を吐き出す。

 

ロケット弾が蜘蛛の糸に絡み取られ、蜘蛛の巣で受け止められる形で弾は静止させられてしまう。

 

「物騒な武器を使うじゃない?今度はこっちから…!?」

 

アルケニーは令の動きを見て動揺する。

 

あろうことか首元にぶら下げたカメラを向け、撮影を行おうとしてくる。

 

「写真写りが悪そうな被写体だけど、観鳥さんに任せなよ!」

 

「小娘!?何をす…る…!?」

 

気が付いた時にはもう遅い。

 

アルケニーの姿は一枚の写真内に封印され、紙切れとなって宙を舞う。

 

「このショットで炎上してもらう!!」

 

再びバズーカを構え、ロケット弾を発射。

 

蜘蛛の巣で絡み取られたロケット弾に次弾が命中し、アルケニーを閉じ込めた写真ごと爆発。

 

観鳥令が得意とするマギア魔法である『絶対炎上観鳥砲』の一撃が悪魔の一体を倒す。

 

しかし、場所が場所なだけに悪手であった。

 

「アアァーーッッ!!?」

 

狭い場所での爆発物行使は己の身にも危険を招く。

 

あわや爆発に巻き込まれるかと思ったが、爆風に弾き飛ばされ壁に激突していたようだ。

 

「参ったな…。観鳥さんの魔法武器は閉所だとこうも使い辛いなんてね…」

 

回復魔法をかけているのだが、相手は休ませてくれる気など毛頭ない。

 

次々と壁を破壊してビル内に侵入してくるアルケニーに向け、観鳥令の奮戦は続くのだ。

 

同じように階段を上っていく美雨にも危険が迫る。

 

「来るカ!!」

 

気配を感じ取った美雨が武器を構える。

 

「死ねぇぇぇーーッッ!!」

 

壁を切り裂きビル内に入って来たアルケニーの一体が袈裟斬りを仕掛ける。

 

左手の鉤爪で受け止め、続く相手の逆袈裟を逆の鉤爪で受け止め鍔迫り合いとなった。

 

「お前たち悪魔は魔法少女達に何をさせる気ネ!!」

 

「あの子達はリリス様の望みを果たす道具…男の権威を貶めてくれる愛しい娘達なのよ!!」

 

「リリス…?それがお前たちの親玉悪魔の名前カ!」

 

「リリス様は望んでいるし、あたしも望んでる!男共を根絶やしにして女性世界を生み出すと!」

 

「男みたいな女と…女みたいな男しかいない世界を生みだすのは…男への復讐のためか!」

 

「そうよ!それがリリス様の復讐…旧約聖書の創世記の頃より続く…()()()()()()()よ!!」

 

「そうはさせないヨ!!」

 

「百合(リリス)を裏切る名誉男性め!!そんなに男が好きかぁーっ!!」

 

右腕の刃を持ち上げ叩きつけようとするが、先に決まったのは美雨が仕掛けた頭突き。

 

鼻骨を砕かれ、鼻血を撒き散らして怯んだアルケニーに迫りくる連撃。

 

左肘打ちが右側頭部に決まり、踏み込みから放つ縦肘打ちが顎を打ち上げる。

 

「ガッ…!!」

 

崩れて倒れ込みそうなアルケニーの視界に映ったのは、渾身の一撃を構えた美雨の姿。

 

「ハイッ!!!」

 

片膝を上げた状態で地面を踏み抜く震脚を放つ。

 

反動を利用した裏拳落としが放たれ、後頭部に決まった。

 

後頭部を砕かれたアルケニーが倒れ込み、トドメの下段踵蹴りが頭部を潰す。

 

MAGを放出して消滅するアルケニーを背に、美雨は階段を駆け上り廊下に飛び出すのだが…。

 

「調子に乗るなよ男みたいな魔法少女めーッッ!!!」

 

廊下に陣取っていた複数のアルケニー達の魔眼が瞬膜と化す。

 

放たれた魔法とは魅了魔法であるマリンカリン。

 

「うっ!?」

 

美雨の両目が濁っていき、動きが止まってしまう。

 

「トドメーーッッ!!!」

 

獣の如く迫りくるアルケニーの一体が右腕を振り上げ、美雨の首を両断。

 

「ざまぁみなさい!!男に味方するか…ら……?」

 

視界が下に向けて落ちていく光景に疑問を持つ。

 

首を跳ね落とされていたのはアルケニーの方である。

 

アルケニーの一体が消滅する光景に動揺する他のアルケニー達。

 

「ギャァーーッッ!!?」

 

「これは…まさか!?グアァーーッッ!!?」

 

次々と切り捨てられていくアルケニーはようやく気付く。

 

美雨もまた相手を幻惑させる魔法行使を得意とする相手だったのだと。

 

「女性世界という、くだらない夢の世界から目を覚ますネ」

 

先に決まっていた事実偽装を用いた幻惑魔法によって、残すアルケニーは後一体。

 

「くっ…うぅ……!!」

 

後ずさり、向こう側で戦っている他のアルケニー達に念話を送り合流を促す。

 

迫りくる美雨は怒りの表情を浮かべながら質問してくるのだ。

 

「世界中にフェミニズムを撒き散らして男に復讐する。リリスの復讐の果てにあるのは何ネ?」

 

「ククッ…決まってるでしょ?核家族の崩壊、男女恋愛の消滅…そして()()()()()()()()()よ!」

 

「子供を産まない社会?」

 

「貴女も女子学生なら見てきた筈よ。男子学生達の変化に気が付かなかったの?」

 

「どういう意味ネ?」

 

「変革された男はね…女を性的に見るか、女そのものに興味が無くなっていく連中ばかりなのよ」

 

アルケニーは時間を稼ぐために語っていく。

 

「男が女に惹かれる精神構造を知っているかしら?」

 

「…可愛い美少女とかに興味を持つことカ?」

 

「アッハハ!!貴女も我々のメディア洗脳を受けているわね!違う…男が女に感じる魅力とはね」

 

――古来から続く男の本能……()()()なのよ。

 

女性の本能とは、受け身である。

 

所有され、価値ある目的に使われたいと望む精神構造をしている人間なのだ。

 

女性は自分が必要とされていないと感じると、ジェラシーを感じてしまう。

 

愛されていないと感じると素っ気なくなり壁を作る状況ならば想像しやすいだろう。

 

「我々の教育とメディア洗脳によって、男は女をリードする方法が分からなくなっていったわ」

 

自分のペースでゆったり過ごせば女性の方から勝手についてくる。

 

そんなミスリードを生み出し、気が付けば貴重な青春を無駄にしている男性で溢れかえる。

 

男達はそれでも焦りもせず、性的欲求ならばアイドル産業やポルノ産業で満足してしまう。

 

益々男は女を必要としなくなり、リードしてくれない男など女側も必要としなくなる悪循環。

 

無理やり結婚したとしても、セックスレス夫婦になる未来しか見えない光景であった。

 

「骨抜きになった男共でもね…それでも本能は捨てられない」

 

「それが…好きになった女子をモノにしたいという…所有欲なのカ?」

 

「男は望んでいることを女に伝え、従ってもらおうとする。それが叶えば男は女を深く愛するわ」

 

古来の女性は、男性に従うことで愛情を表現してきた。

 

女性が自分についてきてくれる事ほど嬉しいものはないと考えるのが本来の男性である。

 

年齢で劣化していく外見やセックス等では、男女関係を繋ぎ留める事など出来ない。

 

「自分のために尽くしてくれる相手に愛情を抱く。古来より愛を証明する証とはね…」

 

――男と女の()()()()()()だったのよ。

 

男性もまた仕事をして家族を養い、愛情を与えて道を示すことで自分を犠牲にする愛を示す。

 

両方が利己的になってしまえば、男女が愛情を示す道は永遠に閉ざされるだろう。

 

「まさか…それがフェミニズムの…リリスの目的だたのカ!?」

 

「その通りよ!リリス様は()()()()()()()()()()()()()()()事を所望されていらっしゃるわ!!」

 

――傲慢の罪を象徴されるお方…大魔王ルシファー閣下のように!!

 

「そこまで男を憎むのカ…リリスと呼ばれる悪魔は!!」

 

「リリス様はね…男であるアダムと天使から虐げられたわ。だから子供を殺す悪魔になられたの」

 

「アダム…?聖書の世界の話は…現実にあたと言うのカ?」

 

「そうよ。リリス様は男女から生まれる子供を殺すお方…でもね、()()()だと言われたの」

 

邪悪な笑みを浮かべたアルケニーが語るリリスの企みとは…あまりにもおぞましかった。

 

「産まれる子供を直接殺し続けるのも…めんどくさい。だったら、いっそのこと…」

 

――男女の子供なんて、最初からこの世に産まれなくなればいい。

 

高笑いを上げて美雨を挑発してくるアルケニー。

 

美雨は眉間にシワが寄り切り、憤怒の表情を浮かべていく。

 

「これ程までの邪悪な存在…生まれて初めて見つけてしまたヨ!!」

 

「邪悪な存在ですって?魔法少女だってフェミニズムを望んでいる筈よ!!」

 

――だって魔法少女社会は、百合(リリス)を崇めるレズビアン社会じゃない!!!

 

「黙るネッッ!!!」

 

両手の鉤爪に魔力を纏わせる。

 

もはや援軍は間に合わないと判断したアルケニーは最後の攻勢を仕掛ける構え。

 

「男に味方する魔法少女に終わりを与えてあげるわ!!」

 

両手の刃を交差させて放つのは、悪魔の風魔法であるマハザンマ。

 

迫りくる無数の風の刃に対し、美雨は両手の鉤爪を振り上げる。

 

「終わりの時は近づいているネ!!」

 

「何ですって!?」

 

彼女が放つ魔法とは、同じく風を放つ魔法。

 

噴き上げる風の竜巻が風の刃とぶつかっていき、強い強風で目も開けていられない。

 

「くぅ!!」

 

両手の刃を地面に突き刺し耐えていたのだが、目の前に現れた存在に目を向ける。

 

「それはお前の方ヨ!!」

 

風に舞う柳のような宙返りを用いて接近した美雨。

 

両手の鉤爪を交差させ、纏う風を放射するようにして払う動きを見せた。

 

「この一撃が…私が積み上げたクンフーネ!!」

 

放たれた一撃こそ、美雨が得意とするマギア魔法である『鷹影爪風斬』の一撃。

 

<<アァァァァーーーッッ!!!>>

 

竜巻に飲まれたアルケニーの体が風の刃によって細切れにされていく。

 

マギア魔法を放つと同時に後方に跳躍した美雨が着地。

 

目の前に広がっていたのは、竜巻に飲まれたアルケニーが消滅する際に放ったMAGの光だった。

 

「こちら側は…全滅させたようネ」

 

アルケニーから語られた話の内容で混乱してしまうが、令の無事を優先するために念話を送る。

 

<令、そちはどうネ?>

 

<大丈夫、こっちも全員始末出来たよ。だけど…>

 

<どうかしたのカ?>

 

<観鳥さんはうっかりしてたみたい…。録音してたスマホを落として壊してしまったよ>

 

<物的証拠が無くなてしまたカ…仕方ないネ。状況証拠だけでもななかに持ち帰る事にするヨ>

 

異界結界が解けた路地裏から美雨と令は駆け足で出てくる。

 

その光景を見守っている動物がビルの屋上には存在していた。

 

「アノ小娘共…思ッテイタヨリモ強者デアッタヨウダ」

 

白い大型犬の姿をしているのは、尚紀の仲魔であるケルベロス。

 

彼女達を影から守るために異界世界にも現れていたようだ。

 

「アルケニーハ言ッテイタナ…リリスモマタ、コチラノ世界ニ召喚サレテイルヨウダ」

 

目を瞑り、かつての世界であるボルテクス界の記憶を思い出していく。

 

「カグツチ塔ニ現レタリリス共ハ分霊デアッタ。ソレデモ…魔王ノ如キ力ヲモツ悪魔デアッタ」

 

ケルベロスは不安を感じてしまう。

 

もし、この世界に召喚されたリリスは本霊であったのならばと。

 

「モシソウデアッタナラ…魔法少女ガ敵ウ相手デハナイ。地球ソノモノサエ滅ボセルダロウ」

 

ケルベロスもビルから跳躍して駆け抜けていく。

 

「人修羅ヨ…此度ノ戦ハ魔法少女ダケデハ分ガ悪過ギル。我ラモ動クシカアルマイ」

 

ケルベロスの知らせを受けた尚紀もまた動き出すことになるだろう。

 

かつての世界であるボルテクス界での戦いが再び始まろうとしていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「やっちゃんの大学構内で…大量の行方不明者が出たですって!?」

 

声を荒げたのは、みかづき荘のリビングに訪れている梓みふゆである。

 

隣にいるかなえや鶴乃、メルも暗い表情を浮かべてしまう。

 

「行方不明者は男女合わせて30人にも上るわ。全員が神浜市立大附属学校に在籍してる生徒よ」

 

「魔獣の仕業じゃないよね…?だって、魔獣は感情を吸い上げた人間を隠す事なんてしないし…」

 

「意図的な隠蔽行為…恐らくは、あたしやメルと同じ…悪魔の仕業だと思う」

 

「だとすれば…悪魔の狙いが何なのかは、同じ悪魔であるボクとかなえさんなら分かります」

 

深刻な表情を浮かべる2人が語るのは、悪魔が求める感情エネルギーであるMAGについて。

 

「ソウルジェム以外からでも、悪魔は魔獣のように感情エネルギーを吸い出せるんです」

 

「方法としては…分かり易いと思う。人間に与える拷問なんだ…」

 

「人間を拷問する!?」

 

「酷過ぎるよ…そんなの!!」

 

「その光景を見た事がある尚紀から聞かされた…。彼の親友も犠牲になって…辛そうだった」

 

「尚紀には…そんな辛い経験があったんだね…」

 

「それを今度は…私たちの学校に向けて行っている連中がいる。在学生として許さないわ」

 

「私も気持ちは同じですよ、やっちゃん」

 

「私だってやちよと同じだよ!絶対に許せない…悪魔にギャフンと言わせないとだね!」

 

「こんな時こそボクの出番!魔法少女時代の占い魔法は無くなっても…予知能力があります!」

 

「フフッ、やっぱりメルがいてくれると心強いわね。悪いけれど調べてもらえないかしら?」

 

「勿論ですよ~♪七海先輩とまた昔のように戦えるなんて…生き返れて本当に嬉しいです♪」

 

「あたしも付き合うけど、単独で動くなら新しい長にも連絡を入れておいた方がいいと思う」

 

「そうね…常盤さんも今は厳しい状態だし、動ける私たちで対処した方がいいわ」

 

「魔法少女はチームワークだね♪でもさ…このキメ台詞を言ってくれるももこの姿が最近…」

 

「そうですね…見かけなくなってます。レナさんやかえでさんもですよ?」

 

「あの子達の事も心配だけれど…今は行方不明事件に集中しましょう」

 

東の学校に通うメルはやちよの学校については詳しくないため、残って詳しく聞かされていく。

 

他の3人は帰っていくようだが、話題はももこ達の事を心配する内容となってしまう。

 

「鶴乃さんは同じ学校の高等部だし、ももこさんの姿を見てません?」

 

「私ね…ももこの件については、やちよの前では言い辛い話があったの」

 

「どういう事なんですか…鶴乃さん?」

 

「立ち話もなんだからさ…あそこで話し合おうよ」

 

場所を公園に変えて話し合いが始まっていく。

 

語られる内容とは、鶴乃と同じ神浜市立大附属学校高等部で生活しているももこについて。

 

「ももこはね、面倒見が凄く良い子でしょ?だからね…最近は周りからの相談事で忙しいみたい」

 

「どういう相談をされているんでしょうか?」

 

「それが…ね?私も噂で聞いただけなんだけど…」

 

鶴乃が語っていく内容とは、同性愛を望む女子高生達の悩み事について。

 

特に男性問題についての相談事を請け負っているようだ。

 

「ももこはね…同性愛を毛嫌いする男子生徒を…許さない子になったの」

 

「何ですって!?」

 

「あの子は人一倍正義感が強い子なのは認めるよ。だけど…今はそれがおかしい方向に向いてる」

 

聞かされていく内容によって、みふゆとかなえの表情は暗くなっていく。

 

「私の学校は女性差別を認めない。だから女性差別を監視する風紀委員会も設立されてるの」

 

「思想の自由が認められない独裁的な学校だったんですか…?やっちゃんの通う学校は…」

 

「ももこは風紀委員の手伝いもしてる。今の彼女はね…風紀委員みたいに男の子を取り締まるの」

 

「男の子を取り締まるって…同性愛を認めたくないって主張をしているだけなんですよね?」

 

「それが女性差別に繋がるって…あの子は信じて疑わない。先生達もももこを絶賛してるんだよ」

 

「教師達の後押しがももこさんの自信にも繋がるんですね?女性を守る正義を行っているって…」

 

「私…そんなももこの姿を見るのが苦しくて話し合ったの。だけど…物凄く怒ってきたんだ…」

 

「鶴乃さんの話すら聞いてくれないだなんて…何がそこまでももこさんを突き動かすんですか?」

 

「見当もつかない…。レナやかえでまで変わっちゃったし…訳が分からないよ…」

 

「…やちよに黙っていて正解だったよ。やちよは真っ直ぐだから…呼び出して説教すると思う」

 

「そんなことになったらさ…せっかく昔のように繋がり合えたのに…私…やだよそんなの…」

 

鶴乃は尚紀との約束を果たしただけだ。

 

神浜で暮らす魔法少女達を客観的に見てあげて欲しいと鶴乃は言われている。

 

だからこそ、自分の正しさの世界しか見ようとしないももこを客観視してあげただけ。

 

それでも、親友の言葉でさえ聞く耳をもってくれなかった。

 

その原因ならば、イルミナティがもたらす人間心理操作を例にすれば分かるだろう。

 

「あいつら……」

 

かなえは不快な表情を浮かべてしまう。

 

彼女は以前、ももこ達を見かけた時に立ち聞きしていた言葉がある。

 

――一体の悪魔が悪さしたら、悪魔全体が魔法少女の敵になるって言うのかよ!

 

――レナちゃんは外国人が犯罪を犯したら、外国人全員が犯罪者になるの?

 

(ももこ…レナ…かえで…アナタ達が語った言葉は嘘だったの?間違いに気づいた筈なのに…)

 

人間とはここまで視野狭窄になれる生き物。

 

何かの間違いを犯したら、今度は別の間違いを起こす。

 

自分は間違いを是正出来たという思い込みの自己愛が…さらなる間違いに繋がっていく。

 

人間は外部から与えられた情報を頼り、自分の正しさを()()()()()()

 

思考の蛸壺化を防ぐには、不快な話でも分析して検証する冷静な判断力を持つしかない。

 

しかし、そんな事をやる民衆がいるのだろうか?

 

日々の生活の忙しさに追われ、気が付けば流されていくだけの者に成り果ててはいないのか?

 

気が付けば仲の良い連中とだけつるんで、マウントをとりたいだけの者になっていないか?

 

みふゆと鶴乃と別れたかなえは…こんな言葉を残す。

 

「あたしが擦れた生き方をしてきたのはね…あたしの心を誰かに委ねるのが…嫌だったからさ」

 

周りの正しさにばかり振り回され、不良レッテルを張られて苦しんだ記憶が蘇っていく。

 

「教師だの…他人にどう思われるだの…それを心配している限り…アナタの心は()()()()()()

 

雪野かなえは迷わない。

 

彼女を導いてくれたのは、古き伝統の知恵を託してくれたやちよの祖母がいてくれたから。

 

「恥も外聞もない…。あたしの事を好きじゃない人を心配している暇も無い…」

 

――あたしの事を好きでいてくれる人を大切にするので…忙しいから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「そうですか…。魔法少女達にフェミニズムをばら撒く者達の背後には…悪魔がいるのですね」

 

美雨と令からの報告を受け取っているのは、明日香の道場に来ている常盤ななか。

 

2人から悪魔達の目的を聞かされる彼女の表情は憂わしい顔つきになっていく。

 

ななかの隣にいるこのは達姉妹も動揺を隠せない様子だ。

 

「リリスと呼ばれる悪魔が背後で糸を引いている。それで間違いないのですね?」

 

「その悪魔は聖書に出てくる悪魔ネ。アダムの最初の妻である…あのリリスで間違いないヨ」

 

「悪魔は概念存在だというのを突き付けられますね。神話上の存在がこの世に顕界するとは…」

 

「リリスの目的はアダムとして生み出された男への復讐。そのために男社会を貶めるんだ」

 

「その尖兵にされるのが…人間の女性だけでなく、私たち魔法少女も含まれるのですね」

 

「ごめんよ…ななか。アタシも方々当たって交渉してきたけど…怒れる集団が相手だと厳しいね」

 

「お気になさらずに、葉月さん。私の治世のために尽力してくれただけでも嬉しいです」

 

「葉月の交渉でも折れない辺り…やはり彼女達を支配しているのは…」

 

「うん…それはエゴだと思う。感情に支配された相手だと交渉にならないんだよ…」

 

「葉月がおかしい部分を指摘しても…聞く耳を持ってくれないんだね…?」

 

「あの神浜騒動の時にエゴに飲まれる恐ろしさを皆が経験した筈。なのに…未だに克服出来ない」

 

皆の顔が暗くなっていく。

 

一番ショックを受けている人物がいる。

 

「かこ……」

 

あやめの隣に座っている夏目かこの表情は今にも泣きだしそうな顔つき。

 

自分が行ってきた教育政策に自信が持てなくなってしまったようだ。

 

「かこさん…自分を責めてはいけません。教育政策は時間がかかる分、効果が出るのが遅いです」

 

「…責任を感じてしまいます。尚紀さんに教育を託されたのは…過ちを繰り返さないためなのに」

 

「彼女達を信じるためにこそ任された教育政策。ですが…このまま放置するわけにもいきません」

 

「どうするネ、ななか?治世側の私たちの言葉を聞く気がないのなら…暴走しかねないヨ」

 

皆が神浜の新しい長に視線を向けていく。

 

目を瞑り、しばしの沈黙を続ける。

 

目を開けた彼女は声と表情を強張らせた状態でこう口にするのだ。

 

「…神浜テロの悲劇を繰り返すつもりはありません。いざという時は…武力を用いて鎮圧します」

 

ななかの決断に皆が動揺していく。

 

長の決断を不安に感じる美雨と令が彼女に質問するのだ。

 

「ななか…私と令はお前たちを見張るために治世側に立つ者ネ。忘れたとは言わせないヨ」

 

「常盤ちゃん…まさか、あの時と同じように…彼女達の命を奪う気なのかい?」

 

2人の質問に対して俯いてしまうのだが、顔を上げ真剣な表情を浮かべてこう返す。

 

「疑うのも大切ですが…信じる事も大切です。ですので、私は両方を試してみようと思います」

 

「ななかの独裁ではなく、話し合いの場を設けると言いたいのカ?」

 

「彼女達の言い分を聞いた上で、私達もまた此度の状況を彼女達に伝えていこうと思います」

 

「物的証拠を押さえられなかったのが痛いね…。決定的な証拠が無いんじゃ憶測扱いされる…」

 

「話し合い…聞こえは良くても無力な場合が多いです。行政でも無駄な会議が繰り返される程に」

 

「それでも…それが民主主義的な治世だと、私は信じるヨ。冷静な判断に感謝するネ」

 

「安心するのは早いです。私は彼女達を信じるために話し合いをしますが…無駄になるなら…」

 

美雨は背中に冷たいものを感じてしまう。

 

目の前にいるななかの瞳の中に感じてしまうものがある。

 

それは、尚紀と同じく人間社会主義者としての怒りの炎。

 

常盤ななかの父親であった男は、女である魔法少女に襲われて犠牲となり家族は崩壊。

 

魔法少女社会という女社会の犠牲者にされた人間の無念を尊重したい気持ちもあった。

 

「その時は…仕方ないネ。それでも、その時の私は拳だけで連中の相手をさせてもらうヨ」

 

「それが貴女の矜持でしたね…美雨さん。マフィア騒動の時の信念を貫くために…」

 

「あの子達にも…帰りを待ている家族や友達がいるネ。奪う者にはならないで欲しいヨ…ななか」

 

会議が終わり、皆が帰路についていく。

 

残っていたななかは明日香の父親が書道した掛け軸に視線を向けたままの状態が続いていた。

 

「これってさ…明日香さんのお父さんが書いたものなの?」

 

隣に残っていたのは葉月である。

 

大きく溜息をつき、ななかは重い口を開いてくれる。

 

「心正しからざれば剣また正しからず。私の心は揺れています…私は社会を優先すべきなのかと」

 

「同じ社会主義者として、ななかの気持ちも分かるよ。だけどね…尚紀さんの過ちを思い出して」

 

「裁く相手の心を想像してあげられなかったから…尚紀さんは魔法少女の虐殺者に成り果てた…」

 

「正しさはそれぞれが持ってるよ。だけどね、どちらかに味方したら…どちらか捨てる事になる」

 

ななかの心は迷い抜く。

 

美雨の理屈の味方をすれば、加害者になろうとしている者達は救われるだろう。

 

しかし、ななかやかこ、それにこのは達のような立場となる犠牲者側は救われない結果を残す。

 

蒼海幇の長老を務めた関羽が生きていた頃、こんなやり取りがあった。

 

――お前さん達の正しさの定義によって社会が不利益を被った時…責任がとれるか?

 

――……とれないネ。

 

――定義としての正しさが存在しないのならば…国民の利益を考えるのみ。

 

――誰かを否定して良いのは、誰かに否定される覚悟を持つ者のみ。これは人殺しも同じじゃ。

 

「アタシはね…たとえななかが裁く者として魔法少女を殺したとしても…絶対に味方してあげる」

 

「葉月さん……」

 

「だってさ…美雨さんの理屈で言うなら、死刑制度がある日本の刑務官達は全員罪人にされるよ」

 

「刑務官達は被害者達の精神救済を願って…死刑執行官になる。そうでなければ耐えられない」

 

「だけど…加害者の親や友達から見れば…大切な人を死刑にした仇でもあるんだよね…」

 

「どちらかに味方をするという弊害ですね…。片方で得られた恩恵を捨てる行為になります…」

 

「どうやったら…皆を救えるんだろうね?交渉しか得意じゃないアタシには…分からないよ」

 

悩み抜く2人であったが、尚紀の神浜人権宣言を現場で聞いていたななかは思い出す。

 

演説台の前に立ち、彼が何を叫んでいたのかを。

 

「…あの神浜人権宣言の時、尚紀さんはこのような言葉を言っていました」

 

――怒りや憎しみの感情ではなく、人間の尊厳に目を向けて欲しい!!

 

――心に目を向けて欲しい!!

 

――我々は!!正義だの悪だのといった、二元論的概念から解脱しなければならない!!

 

――我らに必要なのは、怒りと悲しみだけではない!!

 

――そこに愛を加えた三位一体が必要だ!!

 

「あの時の尚紀さんの手口は…この前私が葉月さんに伝えましたよね?」

 

「うん…論点のすり替えと、弁証法の悪用だって言ってたね」

 

「それでも、東の人々のために叫んだ尚紀さんの道徳精神だけは…嘘偽りは無いと信じたいです」

 

「なら、ななかは…加害者の心にも目を向ける気になれるの?」

 

葉月からの問いかけを聞いた彼女は目を瞑っていく。

 

思い出すのは、憎き仇として殺害した魔法少女…更紗帆奈の姿。

 

「くっ……!」

 

思い出しただけで憤怒が沸き起こり、眉間にシワが寄っていく。

 

更紗帆奈がどれだけ悲惨な人生を生きていようとも、ななかは決して許さない。

 

加害者が被害者ぶる態度を絶対に認めない感情を持つのが常盤ななかである。

 

冷静になろうと努めるようだが、心は人間。

 

エゴを克服することは不可能であるため、容易く飲み込まれてしまう。

 

「言うは易し…ななかは魔法少女のせいでこの世界に引き摺り込まれたんだから無理しちゃダメ」

 

葉月に促され、両目を開けていく。

 

「私も過ちを犯す危険性を孕む者です。ならば…尚紀さんの過ちから学ぶしかありません」

 

「なら、ななかは演説台の前に立った尚紀さんと同じ事をしようというの?」

 

「その通りです。私は話し合いの場に立った時…彼と同じ手口を使ってみます」

 

――ヘーゲルの弁証法を。

 

テーゼとアンチテーゼを掛け合わせた、ジンテーゼに導くのが弁証法の手口。

 

それは右翼と左翼の妥協点を見出し、どちらにも配慮出来る妥協案を示すという内容となる。

 

「愛だけが…敵を友人に変えられる唯一の力だと尚紀さんは言いました。それを…信じてみます」

 

掛け軸に視線を向ける。

 

「心を正しく保つには中庸の精神しかありません。秩序と自由の両方を敵にする選択となります」

 

「難しい道だね…中庸(NEUTRAL)の道ってさ…」

 

結論を出せたななかの元に連絡が届く。

 

スマホを取り出して通話ボタンをスライドさせれば、相手は七海やちよであった。

 

連絡を確認したななかは葉月に振り向き、こう伝えてくる。

 

「神浜市立大附属学校の件については…やちよさん達にお任せします。私も準備で忙しいので」

 

「行方不明事件かぁ…。その件にも悪魔が絡んでいるのなら…チャンスに出来ないかな?」

 

「私もそれをお願いしています。物的証拠が用意出来たら、話し合いも有利に出来ます」

 

「やちよさん達だけが頼りだね…」

 

「長としてまだ未熟者の私では…元西の長のやちよさんに頼るしか無いということです」

 

「ドンマイドンマイ♪ななかはこれからなんだしさ…見栄を張るのは止めようよ」

 

「フフッ、それもそうですね。この前、尚紀さんからも同じ事を言われてました♪」

 

迷いが晴れた2人も道場を後にしていく。

 

帰路についていたななかであるが、美雨の報告で聞いたフェミニズムの狙いの事を考えてしまう。

 

「魔法少女社会は…性の難民化社会。その原因は…人間達に()()()()()()()()()()()()()()から」

 

彼女はこう考えてしまう。

 

魔法少女の苦しみを理解してくれる男達が現れてくれたのなら、フェミニズムなど求めないと。

 

「原因があるから結果を生む。原因が解決されない限り…」

 

――魔法少女達がフェミニズムを求めたい気持ちを抑え込むことなど…出来ません。

 

魔法少女の真実を人間社会に伝えていきたい。

 

その考え方は、他の可能性宇宙でも模索されている。

 

魔法少女達にも人間らしく生きてもいい自由を求める可能性を探す道。

 

それが巡り巡って魔法少女達の恩恵にも繋がっていくと常盤ななかは信じてみたくなる。

 

「同性社会だけではダメなんです。異性愛者達の協力が無ければ…社会は上手く機能しません」

 

フェミニズムという名のリベラル左翼思想が生まれた歴史など、たかが数百年。

 

結果は今まで先祖達が築き上げてきた社会をぶち壊しにするだけの末路しか無かった。

 

異性愛とは、太古の先祖達が残してきた幸福になるための知恵。

 

正しかったと示す根拠ならば、何千年も上手く機能してきた異性愛の歴史が根拠となるだろう。

 

「本物の愛とは…己を押し殺す自己犠牲精神。愛は()()()()()()()()…誰も信じない」

 

加害者になろうとしている魔法少女に向ける愛を求める者もまた、自己犠牲を強いられる。

 

何千年も続いてきた異性愛社会の男女関係もまた、己の心を殺す自己犠牲によって機能してきた。

 

己の心に自制心を働きかけ、誰かのために尽くす態度を示す事が、愛を証明する証。

 

それこそが、アダムとエヴァが楽園から追放されても生き残る事が出来た力。

 

互いの相互利益を優先する自己犠牲精神であったのだ。

 




マギレコ魔法少女触れてないキャラも多いんですが、メガテンキャラも突っ込んでるので描き切る余裕が生み出せない(汗)
何人分のマギア魔法を取り扱ったのか思い出し辛い(汗)


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174話 女の敵は女

1786年の出来事である。

 

イルミナティの脱会者達がこの悪魔教団の内幕を暴露する文章を公表する出来事が起きる。

 

あるイルミナティ文書の中には、女性について次のように書かれていた。

 

女は男に影響を与える最も強力な手段であり、優先して研究する必要がある。

 

我々は女性の賛同を得られるよう徐々に感化し、女性の解放をほのめかしていく。

 

我々のために蜂起するよう仕向ける。

 

こうして女達は利用されていることに気づく事なく、我々のために熱心に活動するだろう。

 

彼女らは望んでいるもののために、自らの意思で動いていると思い込むのだ。

 

この文章内容はシオンの議定書内でも記されている部分である。

 

あらゆる人間に自尊感情を植え付ける事で、我々はゴイムから家族や家庭教育の価値を奪う。

 

我々の手先が導かない限りどの方向にも向かうことのない強大かつ従順な力を、我々は創り出す。

 

この目的を達成するため、世界を代表する二つのユダヤ財閥が大きく貢献する事になった。

 

イルミナティ13血統の一番手と二番手であるロスチャイルド家とロックフェラー家は暗躍する。

 

財団、シンクタンク、共産党、CIAをはじめとする諜報機関の大半を資金提供という形で掌握。

 

イルミナティネットワークは世界中に広がりを見せ、ルシファー主義を広めていくのだ。

 

戦後のフェミニズムとは、国際中央銀行カルテルが生み出した女性洗脳思想であった。

 

……………。

 

夜の神浜市立大附属学校に入り込んでいく数人の少女達。

 

防犯カメラは校門付近にしか供えられていないため、内部に入り込むのは容易いようだ。

 

「メル、本当に今日で間違いないのね?」

 

「ええ、今日で間違いないです。予知で視えた世界で日にちを確認しておきました」

 

「メルの予知で何が視えたの?」

 

「鶴乃さん…それは…その……」

 

しどろもどろになったメルに向けて、鶴乃は怪訝な表情を浮かべてしまう。

 

「ほえ?何で顔が真っ赤になっちゃうのかな?」

 

「あの…えっと…何て言っていいか……」

 

安名メルは14歳の魔法少女として生きた人物である。

 

学校教育でもようやく性に関する保険授業を受ける年齢であるため、性的な事に耐性がない。

 

そんな彼女が視えてしまったおぞましい予知の光景とは…。

 

「やめなさい、鶴乃。これは気軽に話せる内容なんかじゃないのよ」

 

「どういう意味なの?」

 

「R指定だからよ」

 

突然の発言を受けて、鶴乃は目が点になってしまう。

 

「アール指定…?それって…まさか!?」

 

鶴乃は17歳になる少女であるため、中学生よりは性的な知識を持つ年頃。

 

やちよが言いたい内容を把握したため、彼女まで顔が赤面したようだ。

 

「メルには申し訳ない事をしたわ…。予知を頼んだせいで…不快なモノを視る羽目になったの」

 

「詳しい事は言えませんが…暗くて広い屋内施設の光景でした。スポーツが出来るぐらいに」

 

「それに当て嵌まる場所は一つだけど…今は改装工事中の筈なのよ」

 

「そんな場所に沢山の在学生達が集められて…何をさせられてるっていうの?」

 

男性経験がない女として不安を感じていた時、先に潜入していた2人が走り寄ってくる。

 

「ご苦労様、みふゆ、かなえ。巡回している警備員達は大丈夫そう?」

 

「夜勤の警備員さん達は、私の幻惑魔法で眠りについてもらいました」

 

「人気は他に無さそうだけど…悪魔は何処に潜んでいるか分からない」

 

「そうね…警戒しながら進みましょう。私が案内するわ」

 

周囲に警戒しながら夜の学校内を進んで行く。

 

建物の入り口に手をかければ、鍵は開いているようだ。

 

「やはり誰かが中にいるというわけね」

 

建物の中に侵入するのだが、夜の学校内は思った以上に明かりが無い。

 

「あちゃ~…酷く暗いね。先が見えにくいし、スマホで明かりを灯そうか?」

 

「そんな時こそ!悪魔のボクに任せて下さいよ~鶴乃さん♪」

 

「むっ!悪魔パワーを見せる時がきたんだね!ド派手にやっちゃっていいから!」

 

「ド派手にされたら気づかれるでしょ!全くもう…」

 

「大丈夫♪これは騒々しい魔法じゃないから安心してくださいね」

 

メルが左手を掲げれば、彼女の魔法武器となったトートの書が出現する。

 

風で揺れ動くようにページがめくられていき、何かの魔法が行使された。

 

「うわ~…凄いね!?昼間のように明るくなったよ!」

 

周囲の暗闇が消え、明るい光で空間が包まれる光景が広がっていく。

 

悪魔の魔法において、暗い洞窟内を探索する時に重宝する魔法『ライトマ』であった。

 

「十分騒々しい事態になりますよ!?誰かが来たってバレちゃいます!」

 

「大丈夫だよ、みふゆ。この魔法の恩恵を受けるのは術者達だけなんだ」

 

「つまり…他の人達から見れば、暗い通路内であることに変わりはないんですね?」

 

「この魔法は長時間使える代物ではないんです。魔法が切れたらまた使いますね」

 

「助かるわ。行きましょう、目的地は地下よ」

 

建物内を慎重に進んで行く。

 

魔獣とは違う存在である悪魔が潜んでいるため、魔法少女達も緊張を隠せない。

 

緊張を紛らわせるために、やちよが口を開きだす。

 

「今日はね…この前私が講義を受けた活動家の二回目の講演があった日なのよ」

 

「やっちゃんは参加しなかったんですね?」

 

「頼まれてもお断りよ。メルの予知が起こる日と重なるだなんて…偶然なのかしら?」

 

「分からないけど、何か他に知っていることはない?」

 

「人伝で聞いた話だと、フェミニズムに熱心な生徒に向けての特別講演があると聞いたわね」

 

「それで…その講義に参加した女子大生達は、特別講演に参加したというわけなんだ?」

 

「かなえ…私は後悔してるわ。メルの予知を聞いた時、あの子達を止めるべきだった」

 

「七海先輩…証拠が無いんじゃ信じてくれませんよ。魔法なんて誰も信じてくれないし…」

 

「こんな時…魔法少女の存在を秘匿してきた事が悔やまれるわ。正しい情報さえ伝わらない」

 

「正しい情報が伝わらないから…人々は過ちを犯すんですね。それは魔法少女も同じです」

 

「だからこそ、正しい判断が出来る教育政策が肝心なんだよ。それが尚紀の望みだと思う…」

 

話をしていると、地下に下りる階段をやちよ達は見つける。

 

「下から聞こえるこの声は…女性達の声…?」

 

地下空間から聞こえてくるのは、多人数の叫び声。

 

「えっ…ええっ!?まさか…地下から聞こえてくるこの声って…!!」

 

「あ…あぁ…ボクが予知で見えた光景が…きっと広がっているんです!」

 

赤面しながら固まってしまう鶴乃とメル。

 

地下から聞こえてくるのは、女性達のだらしない喘ぎ声。

 

まるでポルノ動画を大音量で響かせてくるような恥ずかしさを周囲に与えてしまうのだ。

 

「やっちゃん…これは…その…アレなんですよね?」

 

19歳とはいえ、厳格な家で育てられたため性的な経験を持たなかったみふゆも固まってしまう。

 

男をまだ知らないやちよとかなえも赤面するが頷き合い、3人に振り返った。

 

「多分…みんなが想像している通りの光景が広がってると思う。無理強いはしないわ…」

 

「あたしは大丈夫だけど…みんなは辛いと思ったら、あたし達に任せても大丈夫だよ」

 

気を使ってくれる大人の女性達を見て、大人の女性になろうとするみふゆも覚悟を決めたようだ。

 

「鶴乃さん、メルさん。ここから先は18歳未満は閲覧禁止の光景です。大丈夫ですか?」

 

「わ、私だって…今年で18歳になる高校三年生だよ!だけど…メルはまだ中学生だし…」

 

周囲の視線がメルに集まっていく。

 

怖さと恥ずかしさで震えていたが、覚悟を決める表情を浮かべてくれたようだ。

 

「ボク…予知で見えた光景は暗くてよく見えませんでしたけど…アレが…性行為なんですね?」

 

「こんなモノを子供の貴女に見せる事になるのは…大人として恥ずかしいわ。だから…」

 

「いいえ!助けを求める人達を見捨てる行為の方が恥ずかしいです!ボクもついて行きます!」

 

「メル…本当にごめんなさい。でも…ありがとう」

 

「ボクは何処までも七海先輩について行きます!恥ずかしいけど…頑張りますね!」

 

5人は頷き合い、意を決して階段を下りていく。

 

地下アリーナは二階構造であり、一階部分は観客席となる。

 

観客席に入れる扉の前に立つが、奥から聞こえてくる男女の喘ぎ声を浴びせられ緊張してしまう。

 

「……行くわよ」

 

扉を開くと同時に魔法少女達が感じたモノ。

 

それは女性として身の毛のよだつ感情であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

フェミニストの中には同性愛者ではない男性も参加している。

 

性を糾弾する立場を演じているようだが、男性フェミニストの中には性犯罪を犯す者が多い。

 

男性フェミニストをネットで検索すると、真っ先に出てくるサジェストワードは()()()である。

 

これは英語圏で男性フェミニストを名乗って活動してきた多くの男性活動家達に言えること。

 

性犯罪の前歴を告発されてきたため、捕食者と呼ばれたようだ。

 

「ハァ!ハァ!もっと犯したい…女を犯したいぃぃーーッッ!!!」

 

アリーナ内に広がっていた光景とは…男性経験のない少女達ならば目を覆いたくなるような光景。

 

一心不乱に腰を突き動かす男達と、成されるがまま尻を突き出し続ける女子大生達の姿。

 

数十人の男女によって繰り返されていたのは…集団レイプの光景。

 

「フェミニズムに騙されるアホ女共は犯しやすいぜ!また出すぞ…うぅ!!」

 

1人の男の体が震え、女性器と繋がった部分から精液が溢れ出していく。

 

この男達はフェミニズムに洗脳された女性を食い物にするために集まってきた者達。

 

性犯罪者達は、フェミニズムを利用してキャリアを築いてきた者達が数多い。

 

フェミニスト向けの企業展開を行う傍らで、女性に性的虐待を加える存在としても知られている。

 

不祥事が発覚すれば、女性に責任を擦り付ける程の外道達。

 

男性フェミニストとは、フェミニズム活動を隠れ蓑に女性を狙う性犯罪者であった。

 

「もっと…もっと頂戴!もっと犯してーーッッ!!」

 

レイプされているように見えるが、男とまぐわう女子大生達は喜びを感じているように見えた。

 

余りにも異常過ぎる光景と共に鼻を突くのは、アリーナ内を満たす生臭い匂い。

 

一体どれだけの量の精液を垂れ流したのか分からない程の有様であった。

 

「ッッ!!!!」

 

両手で口を抑え込み、ショックのあまり膝が崩れてしまう鶴乃。

 

隣のメルも両膝が崩れてしまい、放心状態となってしまう。

 

予知で視えた時には薄暗かったが、ライトマの魔法を用いたためにレイプ光景がハッキリ見える。

 

「なんて…ことを!!!」

 

赤面したまま震え抜くやちよと、同じ姿をしたままのみふゆ。

 

性的な光景に耐性が一番強かったかなえは怒りの表情となり、女性として叫ぶのだ。

 

「やめろ……やめろぉーーーッッ!!!」

 

かなえの怒声がアリーナ内を包み込むのだが、まぐわう男女は叫び声にすら気づかない。

 

「あの魔法陣は…まさか!!」

 

放心状態であったが、集団レイプが行われているアリーナの地面に描かれていたものに気づく。

 

「あれは性魔術です!!」

 

「性魔術!?それって何なの!」

 

「魔術に性的興奮を取り入れる儀式です!性的絶頂エネルギーを利用して結果を視覚化させる!」

 

メルの中に溶けた知恵の神トートが与えた魔術知識により、メルは一目で魔術目的を見抜く。

 

「オーバーオーガズムは通常の知覚された現実を超越出来る強大な力です!それを使う目的は…」

 

<<もちろん、悪魔を召喚するためよ>>

 

声が聞こえてきた方角に視線を向ける。

 

観客席の奥側に立っていたのは、やちよ達女子大生に講義を行ったレズビアン活動家であった。

 

「夜中なのにここに現れるとはねぇ?貴女達もフェミニズムに興味を持ったのかしら?」

 

講演を行っていた時の澄まし顔が豹変し、邪悪な笑みを浮かべてくる。

 

集団レイプされているのは同じ大学の女子生徒であるため、やちよは憤怒の叫びを上げるのだ。

 

「今直ぐ彼女達を解放しなさい!!悪魔の魔法の力で操っているのは分かってるわ!!」

 

「どうして?これが彼女達の望みだというのに」

 

「フェミニズムは同性愛者の味方じゃなかったの!?貴女の講義ではそう言ってたわ!」

 

「講義を受けても理解していなかったようね?フェミニズムとは…女性の自立を促す思想なのよ」

 

「この光景の…何処に女性の自立があるっていうのよ!?あまりにも退廃的じゃない!!」

 

「同性愛者であろうと、異性愛者であろうとね…その本質は愛情を求める行為なのよ」

 

「愛情を求める行為…?」

 

「我儘を受け入れてくれる者を求めたい。そのために誰かれ構わずセックスを求めるようになる」

 

「その先には…何があるっていうのよ!?」

 

「人類の()()()()()()()()()()よ」

 

ノーマライゼーションとは、違いを吸収して全体を均一化するという意味。

 

障害をもつ者ともたない者とが平等に生活する社会を実現させる考え方とも言えるだろう。

 

「退廃的と貴女は言うけど、それはアレルギー症状よ。アレルギーには()()()治療が必要よね?」

 

過敏性の原因となるアレルゲンをごく少量注射し、しだいにその量を増して過敏性を減弱させる。

 

「それがフェミニズムだと言いたいのね…。何が女性のための思想よ!女性を貶めているわ!!」

 

「そうです!こんなの…男女の道徳精神に反します!!」

 

「道徳観とは、偏見に満ちた社会の維持を目的にした人為的なもの。それでは女性は救われない」

 

「違います!私は伝統と共に生きましたが…水名の男女社会は上手く機能しましたよ!」

 

「その伝統とやらは、男が女を支配する伝統でしょ?それの何処に女性解放があるというの?」

 

「あるよ!!!」

 

声を張り上げたのは鶴乃である。

 

「私の家はね…女が男を支えてくれなくなった家なの。女は家のお金を盗んで…逃げちゃった」

 

「素晴らしいわ。その行動こそ女性の自立であり、男社会から女性が解放された光景なのよ」

 

「だからね…私がお父さんを支えるしか道が無くなった。私は女だよ?なのに解放されてない!」

 

「今直ぐその父親を切り捨てなさい。貴女も自由となりなさい。男などいなくても自由となれる」

 

「違うよ!私が自由でいられた時間は…お母さんがお父さんを支えてくれた時期だけだった!!」

 

やちよと同じく憤怒の表情を浮かべた鶴乃が立ち上がる。

 

怒りのままにこう叫ぶのだ。

 

「私は男が働いてくれたから生きてこれた!お父さんやお爺ちゃんが必死に働いてくれたから!」

 

――女の人生を必死になって守り抜いてくれた男の人を裏切る女の生き方なんて…許せない!!

 

鶴乃の怒りに鼓舞された魔法少女達が左手を構え、ソウルジェムを出現させて変身を行う。

 

魔法少女姿となった者達を見つめるアルプは目を細めていく。

 

「…そう。なら、こういう考え方ならお気に召すかしら?」

 

「これ以上…何を言うつもりなの?」

 

「魔法少女とは性の難民。人間に秘密を打ち明ける自由もなく、女同士で完結するしかない者達」

 

「そ、それは…そうだけど…」

 

「どれだけ命を懸けて戦っても男社会は応えてなどくれない。なら、男共をこう考えればいい」

 

――私達の愛しい百合(リリス)社会を存続させるためだけに飼ってやる…()()()()()()()とね。

 

傲慢極まった魔法少女至上主義者が望みそうな理屈をアルプが吐き出した時、かなえが動く。

 

「ぐっ!!?」

 

レズビアン活動家の心臓に突き刺さっていたのは、かなえの魔槍であるルーン。

 

「御託はもういい…同じ悪魔である…あたしが相手だ」

 

かなえとメルも悪魔化を行っており、いつでも戦闘を行える構えを見せた。

 

「フッ…フフフフ……」

 

レズビアン活動家の体から霧が噴き出していく。

 

「これは!?」

 

霧が晴れ、倒れ込んでいたのはアルプに擬態させられていた行方不明者の1人。

 

「なんなの…あの人の姿は!?」

 

全裸になっている男の死体の体色は紫に変色している。

 

頭髪が抜け落ちた頭に寄生されているのは…人間に寄生した魔界の花であった。

 

【マンドレイク】

 

マンドラゴラとも呼ばれ、根の部分が人間の形をした異形の植物。

 

名は愛の野草という意味をもち、男女の性別があるようだ。

 

万病に効く霊薬ともされるが、土から引き抜くと絶叫を上げて人間を死に至らしめると言われた。

 

<<ア”ァ”ァ”ァ”ァ”―――ッッ!!!!>>

 

かなえの魔槍に貫かれたマンドレイクが絶叫を上げていく。

 

「キャァァーーーーッッ!!?」

 

耳をつんざく程の奇声によって、乱交を繰り返す男女が次々と倒れ込んでいく。

 

両耳を抑え込んで耐える魔法少女達であったが、このまま聞き続けては発狂してしまう。

 

「チッ!!!」

 

左耳を抑え込んでいた左手を動かして掲げる姿を見せる。

 

かなえの意思を汲み取った魔槍ルーンの柄が発火し、マンドレイクを一瞬で焼却。

 

しかし、絶叫のダメージを負ったのかピアスを身に付けた左耳から血が流れだす。

 

<<アッハハハ!!危険を省みずに現れるとでも考えていたのかしら?>>

 

絶叫から解放されたが、魔法少女達の意識は朦朧としている。

 

耳鳴りが酷くアルプの声は聞こえないが魔力を感じ取り、反対側の観客席に視線を向けた。

 

<鼓膜が破れる程度で済んだようね?いいわ、もう直ぐ私の友人が現れるから楽しみなさい>

 

念話を送ってくるのは、俯け姿勢のまま宙に浮かぶアルプ。

 

両手に顎を置き、愉悦を感じた表情を浮かべながらアリーナ内に視線を向けていた。

 

<みんな…大丈夫?>

 

<意識が朦朧としますが…何とか戦えます>

 

<皆さんの傷は…ボクに任せて下さい!>

 

メルがトートの書を開き、全体回復魔法である『メディラマ』を用いる。

 

鼓膜の傷を癒し、意識の朦朧も治った魔法少女達ではあるが…アリーナ内の異変に気付く。

 

「みんな!アレを見て!!」

 

鶴乃が指差すのは、男女が倒れ込んだアリーナの地面。

 

魔法陣が明滅を繰り返し、赤黒い波動を放ち続ける。

 

「ウフフ……出てきなさい、アルラウネ」

 

アリーナ内の地面が砕けていき、おびただしい数の枝が飛び出していく。

 

無数のいばらの棘が倒れ込んだ男女に絡みつき、絞め潰して殺していく光景が広がってしまう。

 

精液と血が混ざりあう地面に咲いていくのは…おびただしい数の魔界の花。

 

魔法陣の中央に咲いた紫色の巨大な薔薇のつぼみが開いていき、女悪魔の姿が顕界した。

 

<<あぁ…かぐわしい。男達の精の匂い…血の匂い…興奮しちゃう!!>>

 

現れた女悪魔とは、下半身が花であり上半身が美女の姿をした怪物であった。

 

【アルラウネ】

 

元々は魔術植物マンドレイクのドイツにおける名称であり、秘密に通じているという意味がある。

 

ドイツの民間伝承では深紅の蘭に似た幻花の精のイメージにアレンジされたようだ。

 

アルラウネの花は無念の想いを抱いて処刑された男の血または精液を吸って処刑台の下で育つ。

 

この花を鉢植えにして部屋に置いて眠ると美女がベッドを訪れ、男の精を吸っていくとされた。

 

「ハァイ、アルラウネ♪貴女も魔界からこちら側にこれて何よりね」

 

美しい真紅の長髪を持ち、前髪で目隠れしている顔をアルプに向けていく。

 

「アタシを召喚してくれて感謝するわ、アルプ。久しぶりに性の解放を楽しめそうよ♪」

 

「貴女は美男子を好むものねぇ。でも、強欲なまでに性を求める貴女は好きよ」

 

「よしてよ、アタシはレズビアンってわけじゃないし。アタシが欲しいのは男の精だけよ」

 

「そう…それは残念ね。それじゃあ、お邪魔虫達を始末してから出かけましょうか」

 

「そうね。アタシの最初の獲物となるのが女共だなんて、幻滅しちゃうけど」

 

アルラウネは視線を反対側の観客席に向けていく。

 

「美しい魔法少女と悪魔共ね…気に入らないわ。アンタ達もアタシの養分にしてあげる!」

 

アルラウネが片手を掲げていく。

 

地面を埋め尽くす花の世界から狂暴ないばらが湧きだし、地面をえぐり取っていく。

 

掘り出された地面の中から現れたのは…行方不明になっていた男女達。

 

全員が頭に魔界の種子を寄生させられ、マンドレイク化させられていた。

 

「これだけの事をしてくれたんだ…覚悟は出来てるよね?」

 

助けにやってきたのに全員を死なせる結果を残してしまったかなえの表情は怒りで満ちている。

 

左手を横に向けて構え、回転しながら飛んできた魔槍ルーンの柄を掴む。

 

左肩に槍の柄を乗せる彼女の横に立つのは、かつて死線を共に潜り抜けてきた仲間達。

 

「これでハッキリしましたね。女の敵はいつだって、()()()()()()()()()()()()()()なのだと」

 

「思い知らせてやりましょう。女の敵を倒すのもまた…女の役目なのだと」

 

魔法の槍と円月輪を生み出したやちよとみふゆも同時に構える。

 

そんな3人の後ろ姿を見て、鶴乃とメルは微笑むのだ。

 

「見て…メル。やちよの時代が戻って来たよ」

 

「そうですね…。あの3人の姿こそが…七海先輩が愛してやまなかった…」

 

――大切な光景なんです。

 

頷き合い、2人も魔法の功夫扇とトートの書を構える姿を見せた。

 

迎え撃つアルラウネの横で浮遊しているアルプは、その表情を歪めていく。

 

「言ってくれたじゃない…ミソジニー女共!!女性を蔑視する裏切り者の女共に死を与えるわ!」

 

観客席側から飛び降り、女同士の戦いが始まっていく。

 

伝統的な秩序(LAW)を守りたい勢力と、自由(CHAOS)を周りに押し付けたい勢力。

 

その戦いは熾烈さを増していくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

<<シャーーッッ!!!>>

 

マンドレイクの根にされてしまった死体達が襲い掛かってくる。

 

助けることは出来ないのかと迷う魔法少女達であったが、メルが皆に向けて叫ぶ。

 

「マンドレイク化させられてしまった人間は助けられません!叫ばれる前に首を跳ねて下さい!」

 

「私たちが間に合わなかったばかりに…ごめんなさい!!」

 

みふゆとかなえが動き出す。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

みふゆは魔法武器である巨大な円月輪を投擲。

 

円月輪は生きているかのように周囲を回転していき、次々とマンドレイクの首を跳ね落とす。

 

「一瞬で殺す…これ以上は苦しませない!!」

 

魔槍を使うが槍術を心得ているわけではないため、かなえは力任せに魔槍を振り回す。

 

槍は鈍器として優れており、矛の重みによって遠心力が増した一撃を頭部に叩き込んでいく。

 

一体のマンドレイクの頭部を潰せば、後続から迫りくるマンドレイクの頭部も同時に潰れる。

 

魔槍ルーンは離れた相手でも一振り毎に確実に殺す武器であった。

 

かなえの背後の地面が爆ぜ、地中から一体のマンドレイクが奇襲を仕掛けてくる。

 

「これは!?」

 

かなえの意思に関係なく槍の柄が燃え上り、周囲を業火で包み込む。

 

「ギャァァァーーーーッッ!!!」

 

奇襲攻撃を仕掛けてきたマンドレイクは業火で焼き尽くされ絶命したようだ。

 

「そうか…アナタはあたしの背後を守ってくれるんだね?」

 

魔槍ルーンは戦闘が近付くと柄から炎を吹き出す槍と言われ、装備者は不意打ちを受けない。

 

「昔から喧嘩に巻き込まれて…背後に怯える人生だった。だけど今は…アナタがいてくれる」

 

槍の柄から吹き出す炎の勢いが強くなり、槍を纏うかなえまで炎の熱さを感じてしまう。

 

「分かってる…血に飢えてるんだろ?あたしは逃げない…あたしは戦いから逃げた事はない!」

 

燃え上る魔槍を振り上げ、次々と獲物を屠る光景が続く。

 

敵の血を浴びるごとに魔槍は満足していき、かなえが感じる炎の熱も収まっていく。

 

この槍は持ち手に永遠の戦いを求めさせ、敵の血が流されない場合には血に飢えて持ち主を襲う。

 

戦いを好まないかなえは、見た目のせいで望まぬ戦いを強いられる人生を生きた者。

 

槍の持ち主であったドゥフタハと同様に、逃れられぬ戦いを強いられる運命を背負う女であった。

 

「みふゆ!かなえ!私達も援護するよ!!」

 

「奴らの弱点属性は炎です!合わせて下さい鶴乃さん!!」

 

魔力で宙に浮かぶメルの周囲には、魔法書のページが浮遊していく。

 

魔法書のページが周囲を回転しながら広がり、炎の属性魔法を放つ。

 

<<ギャァーーッッ!!!>>

 

放たれたのは、炎属性を用いた全体魔法攻撃であるマハラギオン。

 

「メルには負けないもん!チャチャー!!」

 

跳躍と同時に燃え上る功夫扇を投擲。

 

業火を纏う功夫扇が魔力で操られ、次々とマンドレイクの群れを火葬していくのだ。

 

植物悪魔の弱点属性を供えていた者達を上空から見つめるアルプの顔に焦りが生まれる。

 

「おのれ…よくも!!」

 

右手を下に向けて構え、魔法を放とうとする。

 

状態異常を得意とするアルプが放つのは、敵全体に精神ダメージを与える『テンタラフー』だ。

 

しかし、戦場で目立つ存在にばかり意識を向けるのは愚の骨頂。

 

「私が相手よ!!」

 

背後から跳躍して現れたのは、複数の槍と共に突撃してくる七海やちよ。

 

「チッ!」

 

姿を消し、悪魔が得意とする隠し身の技術によって観客席側に移動。

 

突撃を回避されたやちよではあるが、前方に魔法の足場を生み出す。

 

青く光る魔法陣を蹴り、直角に飛びながらアルプを串刺しにせんと攻勢を緩めない。

 

複数の槍が次々と観客席を貫いていくが、アルプは飛翔しながら回避行動を繰り返す。

 

「貴女…大学生魔法少女なら19歳ぐらいよね?魔力の劣化時期を迎えている筈なのに…」

 

槍を構える彼女の隙を伺おうとするのだが見出せず、焦りが生まれる。

 

「魔力は減退してきている。それでも私には長年生き残れた経験と…大切な仲間がいてくれる」

 

地下二階のアリーナで戦う仲間達を信頼する彼女は、目の前の敵に集中する姿勢を崩さない。

 

「一対一の個人授業を望みたいのね?いいわ…貴女にもフェミニズム教育をしてあげる!」

 

「願い下げよ!!」

 

観客席側で繰り返される女同士の戦いは熾烈さを増していく。

 

一方、地下二階のアリーナの戦いは弱点属性を突ける魔法少女達が有利に見える。

 

手下のマンドレイクが倒されていくのだが、アルラウネは不気味な沈黙を続けていた。

 

「よし!マンドレイクはあらかた倒したよ!」

 

「後は中央に陣取るアルラウネを倒す…だ…け……?」

 

突然体の痺れを感じたみふゆの膝が崩れ、倒れ込む。

 

その光景は他の者達も同じであり、次々と地面に倒れ込むのだ。

 

「体が…痺れる!これは…一体…!?」

 

「この甘い匂い…迂闊でした!!」

 

アルラウネが全身から密かに放っていたのは、神経を麻痺させる『花粉』攻撃である。

 

「大人しくやられてくれるとでも思ったわけ?甘いわね~その甘さは命取りになるわ」

 

周囲に咲く花は魔法攻撃で燃やされたが、それでも地面から伸びる根は健在である。

 

「くっ!!」

 

「は、放して!!」

 

いばらの枝に体を拘束された魔法少女達と悪魔達が持ち上げられていく。

 

「みふゆ!!かなえ!!鶴乃!!メル!!」

 

仲間達が拘束された姿を見たやちよは焦りを浮かべてしまう。

 

「形勢逆転といったところかしら?」

 

右手をかざして放つのは、雷魔法であるジオ。

 

「アァァァァーーーッッ!!!」

 

避けることが出来ずに感電し、やちよは俯けに倒れ込んでしまったようだ。

 

空中から現れたアルプが地面に足をつけ、勝ち誇った顔つきをしたまま膝を屈めてくる。

 

「私とアルラウネはね、暑苦しい女は嫌いよ。派手にやってくれたし…覚悟しなさい」

 

「貴女達は…私達を殺して何を望むの!フェミニズムの先に求めるのは人類の人口管理なの!?」

 

やちよが語っていくのは、美雨から得た情報をななかがやちよに伝えた話である。

 

「アルケニーから大体は聞いたようね?ルシファー様とリリス様の望みを叶えるのが我々の使命」

 

アルケニーに負けない程の邪悪な笑みを浮かべたアルプは語っていく。

 

「アルフレッド・キンゼイによって、愛や子孫を残すという目的とセックスを切り離せたわ」

 

同性愛活動家は不特定多数とのセックスを擁護する。

 

性の革命とは、人々の人間としての成長を破壊する目的なのだと語っていく。

 

「同性愛者をセックスに縛り付け、異性愛者もセックスに縛り付けて中性化させていく」

 

「男らしさと女らしさの破壊行為…。だから私の学校の男子達は骨抜きにされて…」

 

「ラディカル・フェミニズムの到達点とは、()()()()()()()()()()。男女の合成なのよ」

 

「フフッ♪表現が分かり辛いと思うわ、アルプ。もっと分かり易く言ってあげなさい」

 

「それもそうね…。なら、もっと分かり易い言葉で表現してあげる」

 

「分かり易い言葉ですって…?」

 

「私達フェミニストの目的とはね…女の心にチ〇ポを生やし、男の心のチ〇ポを去勢すること」

 

――()()()()()()()()()()ことが、リリス様のお望みなのよ。

 

ふたなりという意味なら、もう直ぐ二十歳に届く年齢のやちよなら分かる。

 

女の体に男性器が生えている両性具有こそが、ふたなりと呼ばれる概念。

 

「ふたなりとは暁の星である金星信仰にも繋がるの。イナンナ様は男性器をお持ちだった女神よ」

 

「私たち女性を…金星信仰の生贄にしようっていうの!?」

 

「それこそがルシファー主義。女社会で完結する魔法少女達にとっては…悪い話じゃないわ」

 

――だって、貴女達は愛する魔法少女とのレズセックス(コネクト)を望んでいるのだから。

 

卑しい笑みを浮かべた女悪魔が高笑いを行う。

 

俯けに倒れたままだが、怒りで我を忘れそうになるぐらいに…やちよは激怒する。

 

彼女は叫ぶのだ。

 

女社会だけで面白おかしく生きていけるという、()()()()()()()()()()を罵倒するのだ。

 

「私たち魔法少女の…誰かに向ける愛の定義を……勝手に決めつけないでぇ!!!」

 

「貴様…そこまで男の肩を持つわけ!?男が魔法少女に何をしてくれたっていうのよ!?」

 

「私の全てよ!!生まれた赤ん坊の私を…お父さんは死に物狂いで働いて育ててくれたわ!」

 

やちよが語っていくのは、先祖達が残してくれた異性愛という幸福の道徳観。

 

セックスは愛や結婚の一部であり、人間的で健康的なことだと信じるという内容。

 

「女はね…男から必要とされたいから愛するの!女が愛してくれるから子供を育ててくれるの!」

 

やちよの心に蘇っていくのは、男の子に恋心を抱いた頃の気持ち。

 

「でもね…魔法少女は真実を語れない!いつ死ぬかも分からないから…異性愛からはぐれたの!」

 

同性愛者は愛情からはぐれた者達ばかりだと、ゲイの店長は梨花に語ったことがある。

 

同性愛者が不特定多数とセックスをしたがる心理とは、愛情に飢える気持ち。

 

同性愛者とは、環境によって同性愛へと導かれてしまった社会的犠牲者なのだ。

 

「私達が真実を人間に語ってもいい自由があるのなら…私は好きになった男の子に告白するわ!」

 

魔法少女達の同性愛とは、魔法少女社会の環境のせいで歪められていったもの。

 

諦めてその現実を受け入れてしまい、同性愛に流されたくはないとやちよは叫ぶ。

 

「私の心は人間よ!!人間として…正しい男女愛を求めたい!!」

 

――私を産んで愛してくれたお父さんとお母さんのような愛の形を…()()()()()()()()!!!

 

――それが子供達の幸福に繋がる証拠なら、目の前にある!!!

 

「私が男女愛で幸福になれた子供の…生き証人になるわ!!!」

 

1人の女性として叫んだ言葉は、アルラウネに拘束されている女性達の心にも届いている。

 

「やちよ…私の代わりに私の気持ちを言ってくれて…ありがとう!!」

 

「私も…男女愛を継承したいです!魔法少女社会の現実は厳しくても…諦めたくない!!」

 

やちよの叫びを嬉しく思うかなえとメルは顔を向け合い、頷き合う。

 

七海やちよは、人間の女性として示してくれた。

 

先祖達が残してくれた幸福の定義を。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

黙って清聴していたアルプであるが、立ち上がっていく。

 

やちよを見下ろすその表情はあまりにもおぞましく、醜かった。

 

「…このミソジニー女め。百合(リリス)では幸せになれないとは…言ってくれるわね」

 

アルラウネに視線を向ける。

 

「お前達のような…右翼とも言える保守的女性を滅ぼす必要がある。誰一人生かしておかない」

 

「左翼主義者のフェミニストが正体を曝け出したわね。女の敵はいつだって女なのよ…」

 

「アルラウネ…いい加減待ちきれないでしょ?こいつの仲間を挽肉にしてあげなさい!!」

 

「勿論よ♪アタシの男を掠め取ろうと企む泥棒猫共は全員…磨り潰して養分にしてあげる!」

 

絶体絶命の状況ではあるが…時間をかけ過ぎたようだ。

 

「何っ!!?」

 

かなえの左腕の麻痺が回復してきたため、縛られながらも手を地面に向けている。

 

彼女の意思を汲み取ったのは、宙に浮かぶ魔槍ルーン。

 

魔槍が業火を纏い、回転しながら周囲を旋回していく。

 

「しまった!!!」

 

魔法少女達を拘束していたいばらの枝が焼き尽くされ、解放される。

 

槍の回転は収まらず、アリーナ内は業火地獄と化していくのだ。

 

「まだまだぁ!!!」

 

地面で拾ったトートの書がめくられていき、メルは回復魔法を行使する。

 

行使された魔法とは、全体の麻痺を回復する状態異常回復魔法である『パララディ』だ。

 

「アァァァァーーーッッ!!!?」

 

地面から伸びた根ともいえる枝が焼き尽くされ、体を構成する巨大花も燃え上っていく。

 

「アルラウネ!!?」

 

大事な仲魔が窮地に立たされたことにより、アルプは隙が生まれてしまう。

 

「やっちゃん!!!」

 

業火の中から飛び出して来たのは、複数の円月輪を繋ぎ合わせた武器を持つみふゆの姿。

 

繋ぎ合わした円月輪を天井に向けて突き刺し、大きく跳躍した遠心力を用いた移動を行ったのだ。

 

倒れ込んだやちよを左手で掴み、壁に激突する前に壁を蹴り込む。

 

アリーナ内を大きく後退していき、向こう側の観客席にまで移動したみふゆが着地を行う。

 

「ピンチヒッター登場~~ッッ!!!」

 

みふゆに続いて飛び込んできた鶴乃の飛び蹴りがアルプの側面を強打。

 

「ぐっ!!?」

 

蹴り飛ばされて倒れ込んだアルプが鶴乃を睨む。

 

「は~い!笑って笑って~~♪」

 

「えっ…?」

 

鶴乃の首にかけられているものにアルプはようやく気が付く。

 

首にぶら下げていたものとは、ツーリングの時に使う一眼レフカメラ。

 

「くっ!!」

 

構えられたカメラのシャッターが切られ、眩しい光で目を瞑る。

 

「これで物的証拠の一つを抑えられたし、後は貴女を倒すだけだよ!!」

 

悪魔は概念存在であるため、普通の人間が見れば風景しか映っていない写真になる。

 

しかし、悪魔の姿を確認出来る魔法少女達であれば証拠としては十分通用するだろう。

 

「私の気持ちは人生のししょーでもあるやちよと同じ!だから絶対に…貴女を許さない!!」

 

魔力で生み出した功夫扇を構えて振り抜く。

 

観客席全体が業火に包まれ、アルプは逃げ場を失ってしまう。

 

「おのれぇぇーッッ!!男に媚びを売る名誉男性共めーッッ!!」

 

「いいからいいから!倒されちゃいなよ!!」

 

飛び上がり、体を捩じりながら両手の功夫扇を構える。

 

「間違いないから!これが私の…全身全霊!!」

 

功夫扇を振り抜くと同時に周囲に生み出された火球が下に向けて放たれていく。

 

鶴乃が得意とするマギア魔法である『炎扇斬舞』の一撃だ。

 

「アァァァァーーーッッ!!?」

 

逃げ場を失ったアルプに向けて火球が命中していき、体が業火に包まれていく。

 

「ミトメナイィィ!!男女ノ愛ナド…ミトメナイィィ!!!」

 

フェミニストの怨念の如き執念が木霊する。

 

それを打ち倒す者こそ、同性愛とフェミニズムを否定する女性が放つ一撃。

 

「チャチャーーーッッ!!!」

 

一閃が起きる。

 

観客席の業火が収まれば、アルプの後ろ側を通り超えた鶴乃の背中が見えた。

 

「カッ…アッ……」

 

あの一瞬において懐まで飛び込んだ鶴乃の一撃が悪魔の体を切断している。

 

「申し…訳…ございま…せん…リリス…さ…ま……」

 

体が砕け、MAGの光を放出。

 

鶴乃はすぐさまカメラを構えてアリーナ内に視線を向けていく。

 

そこに見えた光景とは、荒々しいラフファイト。

 

鶴乃が観客席に飛び込むと同時にかなえも動く。

 

周囲を回転して炎の世界にアルラウネを閉じ込める魔槍は使う素振りも見せない。

 

「アナタ達のふざけた理屈なんて…これ以上耐えられるか!!」

 

全身から紫色に輝く魔力を放出するかなえの全力疾走。

 

跳躍して飛び込み、アルラウネの上半身の前に立つ。

 

「もう我慢なんてしてやらない…リミッターカットだぁ!!!」

 

「な、何をする気!!?」

 

振り上げられたのは、彼女の利き腕である左腕。

 

「ぐふぅ!!?」

 

放つ一撃とは、力任せのぶん殴り行為。

 

「ハァァーーーッッ!!!」

 

左右から繰り出される拳打がアルラウネの顔面を打ち据え、ボコボコにしていく。

 

「ギニャーッッ!!顔はやめてーッッ!!同じ女悪魔でしょーッッ!!?」

 

「聞く耳もたない!!昔のアタシとは違うんだ!!」

 

女悪魔を相手に女悪魔は一切の容赦をせずに殴り続ける光景。

 

彼女のマギア魔法は固有魔法の力など必要としない。

 

そのため魔法少女でなくなっても同じ攻撃を繰り出せる。

 

『無思考』となった雪野かなえは慈悲をもたなかった。

 

「ギャァァァーーーーーーッッ!!!!」

 

上半身が固定されているため逃げられず、ミドルキックが顔面を強打。

 

地面に入っていた根が千切れていき、巨大な花の体ごとアリーナの奥まで叩きこまれる。

 

着地したかなえは、アルラウネに視線を向けてこう吐き捨てる。

 

「消し飛べ……」

 

回転していた魔槍ルーンが飛来し、かなえは左手で柄を掴み取る。

 

両手で握り込んだ槍の矛を地面に突き立て、噴き上がる業火をえぐり取るようにして払い込む。

 

「クズがぁぁーーッッ!!!」

 

払われると同時に業火が前方に向けて広域放射。

 

<<そんなぁぁぁーー!?召喚されたばかりなのにーーッッ!!!>>

 

業火に飲み込まれたアルラウネが炎上し、体が崩れてMAGを放出。

 

アリーナ内を漂う二体のMAGの光を見つめながら、かなえはこう呟くのだ。

 

「…魔槍の錆びになれ」

 

かなえの魔槍ルーンは、これからも敵を求めていくだろう。

 

敵の血を魔槍は吸い上げ、その錆は獲物を殺し続ける者の証となろう。

 

悪魔となった雪野かなえが背負い続けなければならない業であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ふらついた体を引きずりながらも、やちよ達は建物の中から出てくる。

 

騒ぎに気が付かれる前に移動しなければならないためだ。

 

「…みんなを助けられなかったわね」

 

メルの回復魔法によって傷を癒したやちよではあるが、その表情は暗い。

 

「魔法少女社会にフェミニズムを撒き散らすのは悪魔だっていう物的証拠は押さえたけど…」

 

カメラで写真画像を確認している鶴乃であるが、やはりやり切れない表情を浮かべてしまう。

 

「すいません…。日にちの確認だけでなく、犯行時刻も正確に視るべきでした…」

 

「自分を責めては駄目ですよ、メルさん。私達に出来ることは、これ以上の被害を防ぐだけです」

 

「ん…あたしもそう思う。あたし達が用意した証拠を使って…上手くやってくれるのを祈るよ」

 

「かなえさん、ボク達は悪魔ですよ?祈る神様は欲しいですけど…多分神様は許してくれません」

 

「んん…?そうかもしれないね…。あたし達は…円環の女神に嫌われてると思うし…」

 

「だからですね、尚紀さんもやってますけど…願うだけなら、悪魔でも自由です」

 

「そっか…じゃあ、あたしもそう願おうかな」

 

忍び込んでいた学校から抜け出したみふゆ達は、ふらつくやちよをみかづき荘まで送っていく。

 

歩きながらも、やちよは何かを考え込んでいたようだ。

 

「フェミニズムを撒き散らす目的の糸口は見えたわ。だけど…リリスの情報を聞き出せなかった」

 

「ごめん…倒す前に…情報を吐かせるべきだったね」

 

「それについては…私も反省しないとかなぁ」

 

「いいのよ、2人とも。相手は強敵だったのだし…生き残れたのならチャンスは巡ってくるわ」

 

みかづき荘に向かって行く魔法少女達ではあるが、その背後をつけ回す存在がいる。

 

(やれやれ…お楽しみの最中に喰ったモンで腹を下してトイレから帰ってみりゃ…全滅ときた)

 

怪しい身なりをしている男とは、ももこ達が参加するセミナー講師の1人でもあった。

 

(アルプとアルラウネを倒すような魔法少女なら、正面から挑むのは無謀だな。寝込みを襲うか)

 

人間に擬態しているため、やちよ達は尾行してくる者には気づいていない。

 

このままでは、やちよは男性フェミニストに寝込みを襲われかねない状況となってしまう。

 

(キッヒッヒ♪お楽しみを邪魔されたんだし、代わりを務めてもらっちゃうぜ~♪)

 

みかづき荘に向かう辺りに設置されてあったゴミ置き場に男は近寄っていく。

 

野犬がゴミを漁るため()()()()というプレートが張られてあるのだが…。

 

「あらっ?」

 

ゴミ捨て場の後ろ側の屋根から飛びかかってきた巨大な存在によって、怪しい男の体が宙を浮く。

 

「ギャァーーッッ!!?」

 

男の体は獰猛な狂犬の顎で噛みつかれており、そのまま運ばれてしまうようだ。

 

「痛い痛い!!オレ様を何処に連れていく気だーーッッ!!?」

 

白い狂犬は跳躍移動を繰り返し、開けた路地裏に着地を行う。

 

そこにいた人物とは、ビール瓶の籠に座り込んでいる黒いトレンチコート姿の男であった。

 

「ご苦労だったな、ケルベロス。こいつは悪魔で間違いないのか?」

 

<我ノ嗅覚ハ誤魔化セン。コノ者ノ臭イハ…インキュバスダ>

 

念話を送るのは、嚙みついた相手を放すつもりはないという意思表示。

 

【インキュバス】

 

夢や現実で女を誘惑して性交する淫魔。

 

主に後家や修道女など欲求不満が高い女性に襲い掛かり、純潔を奪って淫乱の罪に陥れる。

 

美男子に変身する能力もあり、山羊のような姿にもなるという。

 

自分自身には生殖能力が無いため、サキュバスが集めた精子を犯した女に注ぎ込む存在であった。

 

「さて、長い質問になるだろう。洗いざらい吐いてもらうぞ、インキュバス」

 

「テメェ!?オレ様にこんな仕打ちを仕掛けて無事で済むと…ギャァーーッッ!!?」

 

ケルベロスの噛みつきが強くなり、激痛によって擬態が解けてしまう。

 

晒した悪魔姿とはピンク色の体を持ち、股間に大人の玩具を身に纏うような小柄な悪魔であった。

 

「ボルテクス界でも、お前らには世話になったな。見かけたらいの一番に殺したくなる」

 

「ボルテクス界だと!?ま、まさかお前は…ギャァーーッッ!!?」

 

「ケルベロスに胴体を食いちぎられる前に、洗いざらい吐いた方が良いんじゃないか?」

 

「こんな状態のオレ様に脅しを仕掛けてくるのか!?後生だ…見逃してくれ!頼む!!」

 

「断る。お前らのような連中が命乞いをしてくる時は、騙し討ちを仕掛けるのが定番だった」

 

「チクショーッッ!!ボルテクス界を彷徨ってた同胞共のせいで…オレ様大ピンチ!?」

 

野良犬の遠吠えが鳴り響く。

 

みかづき荘の窓際で遠吠えを聞いていたやちよは首を傾げてしまう。

 

「やだわ…また野良犬がうろついてるのかしら?誰かが襲われないよう願う事しか出来ないわね」

 

その誰かが彼女を強姦しそうになった現実があった事など知る由もない。

 

「今度は何?汚らしい男の叫び声まで聞こえてきたわ…野良犬に噛みつかれたのかしら?」

 

その通りである。

 

洗いざらい情報を吐かされたインキュバスであるが、ケルベロスは容赦なく噛み千切ったようだ。

 

夜の闇の中へと消えていく黒いトレンチコート姿の男と白い狂犬。

 

彼らもまた秘密裏に動いていくのだろう。

 

神浜で暗躍する巨大な闇の力は増すばかりであった。

 




話の内容的にベルセルクの断罪の塔辺りを思い出すエログロ展開でした(汗)


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175話 啓蒙の六枚翼

神浜の新たな魔法少女社会に芽吹いてきたフェミニズムの波。

 

それを好意的に受けとる魔法少女の数は多く、大きな派閥となっていく。

 

新入り魔法少女だけでなく、古参の魔法少女達もフェミニズムの影響を受けている。

 

気が付けば神浜の魔法少女社会は保守派と改革派に分かれてしまっているのが現状のようだ。

 

状況を看過出来ない常盤ななかの依頼を受けた志伸あきらと、ささらと明日香も動き出す。

 

彼女達は今、手分けして古参の魔法少女達の意見調査を行っている。

 

古参の魔法少女達の考え方は賛否両論といったところであった。

 

「まなかは…政治は分かりませんけど、良い事じゃないですか?」

 

胡桃まなかから意見聴取しているのは、竜城明日香。

 

「どのようにして、良い事だと思うんですか?」

 

「だって、フェミニズムは女性の社会進出を促す思想です。まなかは将来コックになりたいし」

 

「確かに…まなかさんは世界一のコックになるのが夢でしたね」

 

「コックだって立派なキャリアウーマンです。だけど伝統的な価値観だとまなかは報われません」

 

「そうですね…まなかさんも社会進出を望むお方でした」

 

「だからね、まなかの将来の道を手助けしてくれるフェミニズムは大事だと思います」

 

改革思想に慎重な態度を示す魔法少女も存在している。

 

「くみもね、アイドルを敵視するフェミの考え方には激おこぷんぷん丸だったんだ~」

 

十七夜が働くメイド喫茶とは別店舗のメイド喫茶で働く牧野郁美。

 

彼女から意見聴取をしているのは美凪ささらであった。

 

「女性の性消費差別とか言って、アイドルを攻撃するし!くみはプンプンだよ~!」

 

「フェミの理屈だと…ミニスカートを履いてるだけで女性差別扱いだからねぇ」

 

「ほんと信じられない!くみはアイドルになる夢を諦めないし、フェミとも関わりたくない!」

 

「郁美(いくみ)さんはフェミニズムに反対なんだね?」

 

「勿論だよ!それと…い・く・み・ん!って呼んでくれないとイヤイヤ~!」

 

「アハ…ハハ…そうでした」

 

意見聴取を繰り返す中、色恋沙汰が混じる意見を出す魔法少女も見かける。

 

「私は…伝統的な家族制度の在り方は反対だよ」

 

あきらから意見聴取を受けているのは、中央区で活動している粟根こころである。

 

「どうして…そう思うのかな?」

 

「男が女に家事を押し付ける価値観は嫌い。誰かの苦しみの上に成り立つ家族の在り方だから」

 

「それはそうだけど…でも、昔から続いてきた役割分担だと思うんだ」

 

「どうして役割分担が正しいの?それは誰かの為に生きる事を強いられる苦しみしか感じない」

 

「それだけが全てじゃないと思うけど…どうしてそこまで嫌うのか、理由があるのかな?」

 

重苦しい表情を浮かべるこころに無理強いはしないと言うが、聞いて欲しいと彼女は話し出す。

 

「母親の失踪が原因で魔法少女に契約したんだね…こころさんは」

 

「私は願った…両親の関係を守りたいって。だけどね…元に戻ってからが問題だったの」

 

沈痛な表情を浮かべながら語り続ける。

 

母親が出て行ってからは父との関係は壊れていく。

 

母親が戻ってきてからは喧嘩ばかり。

 

どちらに転んでも壊れそうな両親の関係を守る為、彼女は無理やり笑顔を作ってきた。

 

家族の関係性を守る為の潤滑油として犠牲になってきた人生。

 

「それでもね…私は家族を…守れなかったの」

 

切実な気持ちを生み出してしまったのは、社会的な環境のせいだとあきらも理解する。

 

「私はね、まさらに教えてもらったの。他の誰かの為に生きる義務なんて、どこにもないって」

 

「それが…こころさんがフェミニズムに賛成する理由なんだね?」

 

「女性だって自由に生きるべき。それを抑圧するだけでしかない伝統なんて…変えるべきだよ」

 

「それは…えっと…」

 

あきらは言葉を濁してしまう。

 

頑なにまでフェミニズムを支持するのは、家族関係だけでなくまさらも影響が大きいと考える。

 

こちら側の考えを押し付けたところで反発しか生まないと慎重になっているようだ。

 

「魔法少女社会は性の難民化社会だなんて思わない。魔法少女は魔法少女と絆が結べるんだから」

 

「じゃあさ…こころさんにとって男の人なんて…魔法少女には必要じゃないと言いたいのかな?」

 

「えっ…?そ、それは…その…」

 

突然の発言を受けて、こころも戸惑ってしまう。

 

いつの間にか感情的になっている自分に気が付いたようだ。

 

「確かにこころさんにとって、男の人は虐げる存在だよ。お父さんがそうであるように…」

 

「う…うん。それだけは…考え方を曲げる気はないよ」

 

「でもさ…ボクはこう考えてしまう」

 

――こころさんが本当に欲しかったのは、魔法少女同士の絆の世界だけなの?

 

それを問われた時、こころの心臓が大きく高鳴ってしまう。

 

「ボクは空手道場の娘として恥じない生き方をしてきた。だから両親からも必要とされてきた」

 

「あきら君は…両親から愛されてきたんだね。私とは…大違いだよ」

 

「両親から愛されたいから頑張ったし、地域の人達からも愛されたいから社会貢献もしてきたよ」

 

「その努力が実を結んだから…今のあきら君がいるんだね?」

 

「ボクは魔法少女だけでやっていけるとは考えない。異性愛社会の力だって必要だと思う」

 

あきらの言葉で思い浮かぶのは、異性愛社会で生きている親友の江利あいみのこと。

 

「空手道場の看板娘としての役割分担を…苦しみとは思わない。だってさ…」

 

――努力した分だけ…耐えた分だけ…みんながボクを愛してくれたから。

 

その言葉を聞いた時、こころの目に涙が浮かんでいく。

 

「ボクの生き方と考え方も語らせてもらったことだし…もう一度聞いても良い?」

 

震えていく彼女に聞くべきか迷っていた時、彼女の方から口を開きだす。

 

「私…必要とされたかった!!両親から…必要とされたかったの!!」

 

「こころさん…」

 

「だけど必要としてくれなかった!どれだけ頑張っても…応えてなんてくれなかった!」

 

子供を大切にして欲しかった。

 

男女の家で生まれた人間として大切にしてもらいたかったと涙ながらに語っていく。

 

「我慢し続けても応えてくれないなら…我慢しなくていいって…まさらは言ってくれたの!!」

 

周りに合わせるだけでは不幸しか得られない状況もある。

 

そんな時まで役割分担をしていては救えるものも救えない。

 

しかし、粟根こころの役目とは…両親が喧嘩しないよう愛想笑いを浮かべ続けることだったのか?

 

出て行った母親の悪い部分を客観視したり、その原因が父親にないかを客観視出来なかったのか?

 

「こころさん…辛い話をさせてしまったね…ごめんよ」

 

その時に手を差し伸べられなかった己を恥じ、あきらも観念したようだ。

 

「気持ちは分かったよ。時には我儘を言ってもいいって…ボクも思う」

 

「あきら君…」

 

「理不尽への抵抗権すら奪うような役割分担では救われないよ。だけど…忘れないで」

 

「私…その…」

 

「両親という異性愛社会から愛されたかった思いと、そのために努力し続けた自分の思いをね」

 

踵を返して去ろうとした時、あきらはこんな言葉を残すのだ。

 

「フェミニズムは女性の自立という我儘を擁護する。こころさんの母親の勝手な家出も擁護する」

 

「あっ……」

 

「伝えるべきことは全部伝えたからね…それじゃあ」

 

歩き去って行くあきらの背中を見つめながらも、こころは戸惑いの表情を浮かべていく。

 

「私は…両親のための我慢を登山に例えたよ。でも…望みが叶わないなら諦めてもいいと思った」

 

そんな事を繰り返して、本当の喜びが得られるのだろうか?

 

登山家のようなこころは知っている筈だ。

 

我慢の上に我慢を重ね、諦めずに上り切った果てにあった景色の美しさを。

 

「私だって…両親から愛されたかった。けど…私を大切にしてくれたのは…魔法少女だけだった」

 

あきらから言われた言葉で気が付かされるが、それでも彼女は愛する魔法少女へと逃げていく。

 

彼女は手近にあった癒される存在へと逃げ出した者。

 

同性愛者の例に漏れず、現実逃避を選んだ者であった。

 

……………。

 

古参の魔法少女達から意見聴取を行っていた魔法少女達が集まり、意見を交換し合う。

 

彼女達の情報交換が進むにつれ、深刻な表情を浮かべていく。

 

「そっか…思った以上に、古参の魔法少女達はフェミニズムについては好意的なんだね?」

 

「社会に出て働きたいと考える魔法少女は多いです。だからフェミニズムを魅力に思うんです」

 

「それに…異性愛社会から受けた理不尽に苦しんだ末に…フェミニズムを望む子もいるんだよ…」

 

「不味いね…今度の話し合いの場は、大きく荒れるかもしれないよ…」

 

「古参の魔法少女全ての了解を得られないのでしたら…ななかさんも厳しい立場となりますね…」

 

「報告しに行くのも辛いよね…。それでも、もう日にちが無いんだ」

 

「そうですね…彼女達の要求を突き付けられる日は…もう目前なんですから」

 

あきら達が危惧している日は迫っていく。

 

それは、魔法少女社会の労働環境を是正する要求を突き付ける団体交渉であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

団体交渉とは、労働組合が行う労働交渉である。

 

魔法少女社会は企業ではないのだが、それでも集団である以上は連帯を生み出せる。

 

今の長が行う治世に反対する者達が連帯して労働環境の是正をしてもらうために行う交渉だ。

 

もしこの交渉が上手くいかない場合、企業などでいうストライキの用意もあるようであった。

 

2020年、1月某日。

 

武術道場である竜真館に集まってきたのは改革派の代表者達。

 

予め団体交渉におけるルールとして様々な取り決めを行ったようであり、これもその一つ。

 

道場の中で待っていたのは、魔法少女達を束ねる長であり使用者たる常盤ななか達。

 

ななかと葉月の隣に座るのは、かこやあきら、このは達姉妹に明日香とささらであった。

 

用意された座布団に座り、互いが向かい合う。

 

「…十咎さん。貴女が改革派の代表者に選ばれたのですね」

 

「…うん。アタシの事をみんな信頼してくれたみたいだから」

 

「東側の魔法少女は月咲さんだけですか?…他の方々は?」

 

「神浜の東の魔法少女達は…尚紀さんの味方だよ。流石は東西差別を救った英雄様ってところさ」

 

「改革派は西と中央組を中心にしていると聞いておりましたが、相違なさそうです」

 

「神浜を救った恩人が相手でも、それとこれとは別問題。アタシ達はそれを託されたんだ」

 

交渉役として代表に選ばれた者達は古参の魔法少女達。

 

ももこ、レナ、かえでだけでなく、こころやまさら、それにまなかや天音姉妹の姿も見える。

 

月夜まで参加していたことにショックを感じた葉月が視線を向け、重い口を開く。

 

「月夜さんまで…改革派に付くなんてね」

 

「わたくしは伝統と共に生きてきました。ですが伝統が月咲ちゃん達を苦しめた事を知ってます」

 

「だから、今までのやり方を変えていきたいと願うんだね?」

 

「はい…。それが工匠区で虐げられてきた月咲ちゃんのためになると信じます」

 

横の月咲に視線を向ける。

 

姉の隣にいる月咲ではあるが、彼女の視線は何処か泳いでいる。

 

まるで迷いを孕んでいるように葉月には映ってしまう。

 

両者に与しない中庸側として美雨と令は端の真ん中席に座り、両方に視線を向けた。

 

「それでは、団体交渉協議を始めさせてもらうネ」

 

2人の進行役の元、ももこ達は改革を望む魔法少女達の要求を長に伝えていく光景が続く。

 

先ず第一の要求は、相談役としての嘉嶋尚紀を魔法少女社会の関係者とするのを禁止すること。

 

次の要求は、美雨や令だけでなくフェミニスト側の魔法少女も治世の監視側に回すこと。

 

最後の要求として出されたものとは…。

 

「魔法少女社会のパートナー関係を脅かす者は…人間であっても遠ざけろというのですか?」

 

「魔法少女である前に、アタシ達は女性だよ。女性は男性社会から常に虐げられる危険が大きい」

 

「これはレナ達だけで決めたことじゃないわ、みんなで相談して決めたことだから」

 

「魔法少女は助け合い社会を築くべきだよぉ…。魔法少女は常に人間社会の脅威を浴びちゃうし」

 

「先の神浜左翼テロにおいても…魔法少女は人間社会の脅威によって虐げられてきたわ」

 

「それが原因となって、私達は追い詰められていく。私も…家の事情で経験があるよ」

 

「まなかはももこさん達に賛成です。料理の仕事ではそう思いませんが魔法少女問題なら別です」

 

「これからは伝統に縛られない、自由な社会を模索するべきです。そうですよね月咲ちゃん?」

 

横に視線を向けるが、妹の月咲は返事も返さず俯いてしまう。

 

フェミニスト側の要求を清聴した治世側の魔法少女達は動揺していく。

 

葉月は長であるななかに視線を向ける。

 

「ななか…」

 

彼女は目を瞑り少しだけ溜息をついたあと目を開き…その重い口を開いていく。

 

「要求は分かりましたが…少し質問をさせてもらえないでしょうか?」

 

「質問だって…?」

 

「何故そのような考えに至ったのかというものです」

 

「それは答えないとならないものなの?」

 

「答え辛いですか?では、貴女方が如何にしてそのような考えに至ったのかを私がお答えします」

 

ななかは今まで秘密裏に調べてきたことを話していく。

 

「貴女方がフェミニズムに目覚めたキッカケとは、女性解放運動の影響が大きいです」

 

「…レナ達が通ってる場所を探りに来てたものね。頼んでもいなかったのに」

 

「女性は常に男性から虐げられる。果たして、その状況だけが全てなのでしょうか?」

 

「どういう…意味なの?」

 

ななかは語っていく。

 

フェミニズムが前提としてきた理屈が、如何にして切り取られたものでしかないのかを。

 

「貴方達は男性が大黒柱となる家族制度と戦っていると考えますが、ただの思い込みです」

 

ももこ達がざわめき、月咲の顔が青くなっていく。

 

「男性は女性を助けてくれている、必要としている。それを邪見にするのは我儘です」

 

「嘘だ!!」

 

声を荒げたのは、フェミニズム側の代表を任されたももこ。

 

「アタシは男性社会に抑圧されたから苦しんだ!男は女を所有物としか考えずに差別する!」

 

「ももこの言う通りよ!さゆさゆだって…同じことを言ってたんだから!」

 

「同性愛者達だって…同じだよぉ!私…そういうのが嫌だからフェミニズムが必要だと思う!」

 

「まなかは社会で活躍したいです!男女平等は必要だと思います!」

 

声を荒げる者達を制する為に進行役の美雨が彼女達を睨む。

 

美雨の迫力にたじろいだ者達が黙り込み、今度は葉月が口を開いていく。

 

「…平等と同じを混同してはダメだよ。男女は同じと考えれば…女性は辛い現実が待ってる」

 

「辛い現実…?」

 

「女性に不得手なことをしないとならなくなる。力仕事なんて、か弱い女の子では耐えられない」

 

葉月は視線を俯いたままの月咲に向けてみる。

 

「月咲さん…工匠区は女性が家事を押し付けられてきた封建時代の風習があるよね?」

 

葉月からの質問に対し、口を開くことも出来ず頷く態度。

 

「もし、月咲さんが男性と同じ仕事をやらされたとしたら…頑張っていけそう?」

 

「そ…それは…」

 

「工匠区は工業区。工場で働くのも力が必要な部分も多い…魔力強化無しでやれそう?」

 

「ウ…ウチは…」

 

「出来ない筈だよ。月咲さんだけでなく、月夜さんだって無理だと思うけど?」

 

「わ…わたくしは…その…」

 

「それを他の女性達にもやらせようとしている。フェミニズムは本当に女性を守る思想なの?」

 

「なら…女性は社会進出したらダメなんですか!?まなかは男性のように働きたいです!」

 

「男性だって、有能な女性上司と働くのは構わないと思う。でもね…家庭はどうなの?」

 

「家庭…?」

 

「有能な妻の尻に敷かれる男なんて男じゃない。自尊心もなくなって、夫は妻を愛さなくなる」

 

「それは…えっと…」

 

「家庭崩壊へと繋がる道なんだよ。そうなった時…犠牲となるのは産まれた子供なんだ」

 

孤児達の中には、そういう犠牲者もいたことを葉月達姉妹は誰よりも知っている。

 

そして、親から愛されなくなった子供となった者もいる。

 

こころは激情に駆られて立ち上がり、こう叫ぶのだ。

 

「男女社会が産まれた子供を犠牲にするのよ!!」

 

葉月が語った言葉を被害妄想で歪曲し、男女に犠牲にされたと思い込むこころは止まらない。

 

「お母さんは家から勝手に出て行く!お父さんは怒鳴るばかり!私は…抑圧されてきたのよ!」

 

「こころさん…」

 

自分が言った言葉は届かなかったのかと、あきらは辛そうな表情を浮かべてしまう。

 

「男女関係なんて築いても苦しむばかり!だったら…女の子は女の子同士の方が救われる!」

 

「自分自身を安心させてくれる、ペルソナとも言えるよく似た者を求めておられるのですか?」

 

長であるななかに振り向き睨むが、冷徹な態度を崩さない。

 

「男女は同じと考えるのと同じです。自分と似た人物に惹かれるのは恋愛の価値観では普通です」

 

「そ…そうよ!だから私は…苦しんできた私に我慢しなくて良いって言ってくれる子の方が…」

 

「こころ…」

 

救いを求めるかのようにまさらに視線を向けるこころだが…まさらは顔を俯けてしまう。

 

「まさら…?」

 

加賀見まさらは感情が希薄な人物。

 

感情的なエゴを押し通すことがないため、自分の考えに固執し続けることがない。

 

自分が言った言葉に整合性を感じられなくなり、自分が正しかったのかと疑問を感じてしまう。

 

そんな頼りない愛するパートナーの姿を見せられたこころは、動揺を隠しきれない。

 

「自分のアイデンティティを誰かに求める。それは他人の理想化に過ぎません」

 

「まさらを理想にしちゃダメだっていうの…?だったら私は…何を頼ればいいっていうの!?」

 

「辛い自分の逃げ道になってくれる依存先ではなく、自分を補ってくれる相手です」

 

「自分を…補ってくれる相手?ななかさんで言えば…嘉嶋さんのような?」

 

「貴女は両親という補ってくれる者達がいなければ生きられない。だから仲良くして欲しい」

 

自分の原点とも言える感情をななかに言われたこころの体が震えていく。

 

「ですが、フェミニズムは男女の夫婦制度を破壊する思想。それは…こころさんの望みですか?」

 

「私…は…」

 

「こころさんの母親がフェミニズム的な自立を望まず、妻としての役目を果たしてさえいれば…」

 

――勝手に家から出て行くこともなく、父親が激怒することもなかったのでは?

 

あきらに続き、ななかからも核心に至れる事実を語られる。

 

こころの両膝が崩れ、両手で顔を覆いながら泣き始めてしまう。

 

「お父さん…グスッ…お母さん…ヒック…どうして…どうしてぇ…!!」

 

「こころ…」

 

隣のまさらに抱き着き、泣き崩れていく。

 

ななかはまさらに視線を向けるが、まさらは静かに頷き自分達の間違いを認めてくれたようだ。

 

「…他に、何か言いたい者はいないカ?」

 

進行役の美雨がフェミニズムサイドに目を向ける。

 

皆が動揺し、自分達の考えは間違いなのではないかと不安になっていく。

 

その動揺を打ち払うのは、皆に激励を与える力を持つ十咎ももこ。

 

「みんな騙されるな!アタシ達は女性の権利を守るために戦ってるんだぞ!」

 

騙す、という謂れもない言葉を浴びせられたななかの表情が厳しくなっていく。

 

「…何故、騙すという前提にされるのです?貴女は先の戦いで何を学んだのですか?」

 

「アタシは女性として男社会から抑圧されてきた者だ!騙されるもんかぁ!!」

 

「貴女がどのような人生を生きたかは存じませんが、何故男が女を虐げるとお考えに?」

 

「男は…女を都合の良い存在だと考える!だから抑圧するし…したいこともさせてくれない!」

 

「したいこととは…?」

 

「アタシは…女の子のように生きたかった。でも、周りが男社会だから…出来なかった!」

 

「それは…貴女が周りの空気に合わせていただけではないですか?」

 

核心を突く言葉を長から浴びせられ、ハッとさせられたももこが動揺を見せる。

 

「アタシが…周りに合わせていただけ?」

 

「女の子のように可愛くありたい。何を恥じる必要があります?存分にやれば良かった」

 

「で…でも、それだと…男達の迷惑になるじゃないか…」

 

それを聞かされたななかは眼鏡を外し、真剣な表情で日本の悪しき歴史を語っていく。

 

「…日本人を動かしているのは、人じゃなく()()なんです」

 

「空気…?」

 

「一人一人が自立していないから空気が変わると皆が付和雷同し、意見や態度をコロコロ変える」

 

「空気を読んだアタシが…意見や態度をコロコロ変える?」

 

「戦前の戦争の時だって反対する人はいました。でも…その時の空気がそれを認めなかった」

 

戦前からも変わらず、日本人は周りの空気で動き、空気が行動を先導していく。

 

結果…責任の所在が不明確になり、()()()()()()()()()()()

 

「周りを恐れる必要は最初からない。危害を加えないのなら、自由を謳歌してもいいです」

 

「アタシの自由を生きても良い…?女の子のような可愛い服を着てもいい…?」

 

「勿論です。貴女に似合う可愛いお召し物を一緒に探してくれる親友はいないのですか?」

 

それを言われた時、ももこの顔が俯いてしまう。

 

顔を隠しているが眉間にシワが寄っているのを察したななかは、こう質問する。

 

「…その苛立ちの感情が、私達から尚紀さんを遠ざけようとしているものなのですね?」

 

「そ…それは…」

 

「尚紀さんが貴女に何かしたんですか?貴女を傷つけたのなら、尚紀さんを直接怒ればいいです」

 

「そうだね。尚紀さんを怒れば済む問題なら、男社会という全体問題にすり替える必要はないよ」

 

「そんなの…」

 

言えるはずがなかった。

 

相手は神浜の差別問題を封印した英雄であり、彼を慕う神浜魔法少女達は数多い。

 

それに雪野かなえや安名メルを生き返らせてくれた大恩人でもあり、自分とて感謝している。

 

そんな尚紀を痴情のもつれで批判したなら、やちよ達だけでなく大勢からバッシングを受ける。

 

何よりも…自分が大好きな親友の調整屋から責められるのが何よりも恐ろしい。

 

勇気を周りに与える者なのに、自分が一番勇気がない。

 

好きになった男に告白する勇気も出せずにキュウベぇに縋った過去もある。

 

皮肉な話であるが、ももことてか弱い女の子。

 

だからこそ、自分の我儘を正当化出来る政治思想を欲したのだ。

 

「貴女方は男性を誤解しています。一部の男性の悪行を切り取り、全体問題にすり替えています」

 

ももこまで批判する気力がなくなったこともあり、親友のレナが立ち上がり口を開く。

 

「だったら…だったら同性愛問題はどうなのよ!?」

 

「そうだよぉ!レナちゃんの言う通り…男性は女性の同性愛を認めない人達が多すぎるよぉ!」

 

「それは古来から続いてきた異性愛社会を壊されるのを認められないからだよ」

 

葉月の言葉に対し、レナは食って掛かる。

 

「ハァ!?同性愛をしたからって、どうして異性愛社会が壊されるわけよ!!」

 

「異性愛で成り立ってきた夫婦制度を破壊するからだよ」

 

「だから!どうして同性愛がそんなことになるわけよ!?」

 

「女性が男性化していく。男の役目だったことを女性に奪われ、男性は女性を愛さなくなる」

 

「だ…だったら!男性だって同性愛を望んでもいいと思うよぉ!」

 

「かえでの言う通りよ!みんなが同性愛を認め合うのが差別解消なんだから!」

 

「同性愛やバイセクシャルばかりが増えて、どうやって夫婦制度を維持するわけ?」

 

「そ…それは!同性愛結婚を認めるとかあるでしょ!?」

 

「どうやって子孫を増やすの?出来ることなんて、同性愛同士の性交だけでしょ?」

 

「そ…それは…」

 

「異性にこだわらないフリーセックスを女性に望ませる。それがフェミニズムだったよね?」

 

「葉月さんの言う通りです。そんな社会空気にされたら…性の難民で溢れかえるだけです」

 

ななかは視線をあきらに向ける。

 

「…うん。ありがとう、ななか」

 

自分が相談したことを議題にしてくれたことを喜ぶようにして笑みを返してくれた。

 

隣に座るかこにも視線を向け、彼女は頷き言いたかったことを口にし始める。

 

「私…フェミニズムを認めれば、男女共に()()()()()()()()()()()と思うんです」

 

「どういう意味よ…?」

 

「女性は男性が求めるアイデンティティを失い…男性は女性からアイデンティティを奪われる」

 

「そ…それは…その…」

 

「レズビアンとフェミニズムは同じです。レズは男性の役目を奪い取り、排除しようとします」

 

「あちし…そういうの聞いた事ある。たしか…百合の間に挟まりにくる男を排除するだっけ?」

 

「あやめちゃん…そういうの何処から覚えてきたの?」

 

「えっ?このはから聞いた事あるけど」

 

「このは…姉として、そういうのをあやめに伝えるのはまだ早いかも~…?」

 

「ちょっと2人とも!?そういうのはこういう場で言わないでったら!」

 

治世側がドタバタと騒ぎ始めるが、かこは視線をレナに向ける。

 

レナは言い訳を必死に考えようとしているが、しどろもどろになっていく。

 

「あ…えっと…」

 

「ゴホン!レナさん、そこにフェミニズムが掲げる()()()()()はあるんですか?」

 

かこは同性愛とフェミニズムの欺瞞を見抜き、語っていく。

 

フェミニズムは平等や選択の自由を掲げてきた。

 

本当に選択の自由があるのなら、女性に仕事をさせて自立しろと強要などしない。

 

男性や異性愛や家族制度を悪として排除するはずがない。

 

それは選択の自由などではない、()()()()()()という。

 

フェミニズムに選択の自由など、最初から与えられてはいないと見抜いたのだ。

 

「尚紀さんを遠ざけろと叫ぶ魔法少女の行動は…異性愛を敵視する反社会運動にしか見えません」

 

「かこさんの言う通りです。同性愛とフェミニズムによる家族の解体…誰が犠牲となるんです?」

 

「それは…その…」

 

「…隣で泣き続けているこころさんのような子供達を、貴女達は生み出したいのですね?」

 

ついに心折れたのか、レナもかえでも黙り込む。

 

皆を見つめる進行役の観鳥令も安堵の溜息をつく。

 

「…どうやら、論戦は決着を迎えたようだね?美雨さん」

 

「そのようネ。さぁ、どう纏めるネ…ななか?」

 

徹底した理詰めによる論戦を繰り返した常盤ななかと遊佐葉月達。

 

自分達の主張に疑問を持てた者達を見つめるななかと葉月は、このような提案をしてくるのだ。

 

「皆さんのお気持ちの全ては否定をしません。要求のうち、二つ目は考慮させてもらいます」

 

「だけどね…要求の一つ目と三つ目については受け入れられないよ。もう一度考え直して」

 

「貴女方は女性を守ろうとする者達。同じ女だからこそ、守ろうとする意志だけは尊重します」

 

「だからね、全ての男を否定するのはやめようよ。酷い男の人だけを摘まみ上げたら良いんだよ」

 

新たな神浜魔法少女社会の長が出してきたのは、皆をジンテーゼに導く妥協案。

 

全てを否定するのではなく、片方の主張も取り入れた形で双方の利益を模索する。

 

ヘーゲルの弁証法手口を実践するのだ。

 

「ももこ…」

 

「ももこちゃん…」

 

不安そうに見つめてくるレナとかえでに顔を向け、観念したのか頷く顔を見せる。

 

「…帰ってみんなに説明しよう。完全に…アタシ達の敗北だよ」

 

頑なな態度ではなくなったのを見計らい、ななかは横に置いてあった封筒を手にする。

 

「他の方々に説明をするのなら、お渡ししたいモノがあります」

 

「渡したいモノ…?」

 

「これを見てもまだフェミニズムを信じる気になるのかどうか…熟慮下さい」

 

新たな神浜魔法少女社会においては初となる団体交渉はこれで終了となっていく。

 

フェミニズム側の魔法少女達を見送る一同だが、美雨と令がななかに近寄り口を開く。

 

「これで…丸く収まってくれれば良いと思うけれど…」

 

「何を言いたいかは何となく分かります。何故、彼女達が浅慮な考えに至るのか…ですね?」

 

「私と令はフェミニズムセミナーに行て…見たネ。何も考えずに鵜呑みにする連中を」

 

「与えられた情報を鵜呑みにするテレビやSNS利用者達と同じさ…何も調べようとしない」

 

「人それぞれ考えは違う。ですが、無意識に()()()()()()()()()()()()方々は当てはまらない」

 

「論拠は偉い政治家や専門家がメディアで言ってた…って、話ばかりなんでしょ?」

 

「葉月さんも思うところがあるのですね?」

 

「アタシは交渉を生業とする女だよ?無意識を利用して要求を鵜呑みにさせる…だから分かる」

 

「誰かに与えられる情報を鵜呑みにする恐ろしさを知っておられる…ですね?」

 

「一度それを正しいと人々に思い込ませれば…疑う者はキチガイかデマ屋扱い。盲従してるのさ」

 

「まるでカルト宗教信者ネ。本当に自分が調べぬいた考えなのかを己に問うのを忘れてるヨ」

 

「それを忘れた瞬間、人は()()()()()()()()()()()()()()()()。だからメディアは恐ろしいんだ」

 

「人それぞれ考えはあって当然です。ですが…考えを他人に委ねる人々は伝書鳩に成り果てます」

 

「たとえ地球上で同じ考えを持つ人がいなくても自分はこう考える。それが言えて本物ヨ」

 

「それこそが個の確立…。民主主義国家を成熟させる最も重要な要素だと…観鳥さんは信じるよ」

 

周りに合わせて飾らない己のままで在れと尚紀に言われたななかは、視線を空に向けていく。

 

たとえ空気を読まずに皆から嫌われ者になってでも、批判する者として在り続けたい。

 

それこそが、尚紀と同じ思想を掲げた者の在り方だと常盤ななかは信じるのだ。

 

()()()()()が重要です。話し合いの前提条件が本当に正しいのかを見抜くためにも…」

 

間違えた情報を与えられて間違った前提でいる内は、選択の自由があるとは言えない。

 

最初に答えありきのままでは、答えにそぐわない者達を排除する結果しか生み出せない。

 

話し合いは重要だが…批判するものがいなくなれば最後、扇動者に操られるのみであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

社会正義を振りかざす者に右翼も左翼もない。

 

連中が言う言葉はみな共通しているからだ。

 

「それは社会的にどうなの?」

 

「被害者の身になれ」

 

「当人が聞いたらどう思う?」

 

人のため社会のためと、他人のために戦う事は素晴らしい。

 

しかし、そればかり連呼して他人を執拗に批判し、攻撃ばかりする人はどうなのか?

 

自分の本当の欲望、感情を隠している。

 

思想の型で殴りつけたいだけのようにも見える。

 

他人からよく思われたい欲求を、あたかも自己犠牲かのように目くらまししている姿なのだ。

 

人の為と書いて偽と呼ぶべき行為を行い、それにすら全く気が付いていない。

 

まさに偽善者と呼ぶしかない者達の姿がそこにはあった。

 

……………。

 

「あいつら…ただの役立たずよ!古参の魔法少女だからって信頼したのが間違いだったわ!」

 

フェミニズムサイドに戻って話し合いが行われたようだが、荒れに荒れたようだ。

 

神浜の魔法少女社会にフェミニズムをばら撒くのは悪魔だという証拠も用意した。

 

それでも、だから何だ?とフェミニスト魔法少女達は突き返してしまう。

 

人は見たいものしか見ないし、信じない生き物でしかない事を表す光景そのものである。

 

ももこ達を役立たずと罵った新参の魔法少女達は帰路につきもせず愚痴を言い合う。

 

「私たちの気持ちを共有してくれたのに!懐柔されて戻ってくるなんて!」

 

「あいつらも潜在的なミソジニーなのよ!男社会の味方をする気になった名誉男性共だわ!」

 

白か黒かでしか物事を考えない短絡的な正義を振りかざす者達。

 

彼女達が集まっているのは、新西区にある噴水公園。

 

時刻は既に夜中であり、人通りもまばらであった。

 

「でも…これからどうしよう?発言力のあったももこさん達が懐柔されちゃったら…」

 

「アタシ達の発言力もなくなって…新参の長の政治圧力に屈するしか道がなくなる…?」

 

「そうなったら…また正義の味方を強制されるんだよね?男共を守るために戦わされる…」

 

「私…そんなの嫌よ!女性を所有物としか考えない男を守るために命を使わされるなんて!」

 

「私たち魔法少女は異性愛社会を打ち壊すべきよ!それが不平等の元凶なんだから!」

 

「女は男に従うべきなんて理屈を振りかざす男なんて守らない!女は女を守ればいい!!」

 

「女同士で自立出来る!百合の間に男なんていらない!!だけど…私達だけで…何をやれるの?」

 

「そ…それは…」

 

その質問に答えられる者は誰もいない。

 

彼女達は自分を犠牲にした男達の労働力によって生かされている。

 

それを失った時、果たして彼女達の言う女性だけの自立した人生を送れるのであろうか?

 

家父長制の悪から無縁の、女性によって治められた社会がどのようなものであるのか例がある。

 

例えば、無人島に男だけの島と女だけの島を用意したとする。

 

男達は労働する事が当たり前だというアイデンティティがあるため、それぞれ役目を果たす。

 

しかし、女性はグループ全体のコンセンサス無しには何もすることが出来ない弊害を抱えている。

 

結果、女性社会はいがみ合いばかりを繰り返して何もしようとしない。

 

男の島は役目を果たして繁栄する傍ら、女の島は労働の押し付け合いで繁栄出来ずに惨めとなる。

 

女の島は安定した労働力も得られず、食料も尽きて男達に助けを求める以外にない。

 

この現実をフェミニスト達は全力で棚上げしている。

 

それでも、自分たち女の無力に薄々気が付いているのか不安を隠せない。

 

――貴女達って、不安なだけなんでしょ?

 

少女の声が響き渡り、フェミニスト魔法少女達が周囲を伺う。

 

「見て!あの子…何者なの?」

 

街灯の上に立っていたのは、魔法少女衣装のような服を纏う藍家ひめな。

 

「自分達が不安で堪らないから、それを解決出来ないから周りを変えようとする…違う?」

 

「貴女…誰なの?この街の魔法少女なの?」

 

「でもね、私チャンはそれで良いと思うよ?だってさ~男達に抑圧されてたら苦しいでしょ?」

 

「それは…そうだけど…」

 

「女は男に守られるべきという()()()()()に疑問を持とうよ?それは唯一神が決めたことだから」

 

「宗教の神様が決めたことだっていうの…?こんな偏見に満ちた世界を望んだっていうの!?」

 

「キリスト教の象徴たる神への絶対服従。それは暴力を携え、人間の尊厳を踏み躙り抑圧する」

 

「まるで…女(リリス)を虐げて抑圧する男(アダム)のような存在じゃない!!」

 

「女性は()()()()()()()レジスタンスになるべきだよ。それを正当化する思想こそ…啓蒙主義」

 

ひめなは片手を上に向けて構えていく。

 

「見て…あれは…天女の羽衣?」

 

かつてのひめなが纏っていたピンク色の羽衣ではない。

 

光り輝く羽衣が現れると同時にひめなの体も宙を浮く。

 

羽衣は彼女の体に蛇の如く纏わりつき、彼女の体を覆うのだ。

 

「かつて、私チャンは東の魔法少女達に光を与えた。今度は西や中央の子にも光を与えてあげる」

 

両手を広げていく。

 

「あの子は…何なの…?女神様…?」

 

ひめなの背中に現れたのは、発光する天使の六枚翼。

 

「なんて…美しいの…。まるで女性の美しさそのものだわ…」

 

魔法少女達の前に現れたのは、かつてのルミエール・ソサエティが掲げた旗の如き存在。

 

虐げられ抑圧される者達に、歯向かう剣の如き思想を与える六枚翼と啓蒙の光。

 

「凄い…光…」

 

「まるで…星の世界に…一番近いような…」

 

それを体現する啓蒙神が目の前に降臨したのだ。

 

「…私チャンが貴女達を、天辺の世界に連れて行ってあげる」

 

――天辺はね、光をもっとも強く浴びられる場所なんだから☆

 

……………。

 

覚悟を決めた魔法少女達の背中をひめなは見送っていく。

 

笑顔で手を振っていたようだが、口元には邪悪な笑みが浮かぶ。

 

「…あっちの方はアンドラスが行ってくれたし、私チャンまだまだ楽しめそうだね♡」

 

神浜未来アカデミーの女子制服姿に戻ったひめなが夜の世界へと消えていく。

 

神浜の魔法少女社会に再び啓蒙の光が降り注ぐ。

 

魔法少女達は人々のためだと信じて疑わずに啓蒙の光を希望の光だと叫ぶだろう。

 

しかし、彼女達が行うのは自分達が拒んだ暴力と抑圧を用いた世直し行為。

 

正義を掲げた瞬間、人々は自分のやっている事を見ようとしなくなる。

 

手品師が用いるトリックの如く、右手に意識が向けば左手が見えなくなるのと同じように。

 

正義を掲げる者達は常にダブルスタンダード。

 

自分は良くて、お前はダメ。

 

不満や苛立ちを払拭したい者達とは、()()()()()()()()()()()()だけの者達でしかない。

 

否定する人、悪口を言う人、怒る人、攻撃してくる人、論破しようとする人も変わらない。

 

自分の我儘を押し通したいだけの者達でしかなかったのだ。

 




体の体調も戻ってきたので投稿を再開します。


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176話 善悪を超えた者

暗雲立ち込める神浜市の夜。

 

反省会を路地裏で行っていたももこ達の前に現れたのは、黒スーツ姿の男。

 

男の両目が瞬膜となり、再びももこ達は感情を揺さぶられる魔法をかけられる。

 

直ぐに男は去っていくのだが、魔法少女達は突然苦しみだす。

 

「いや…まなかは…こんな未来…嫌です!!」

 

まなかの頭に浮かんだのは、家庭に押し込められてコックの夢を諦めた幻。

 

「ウチ…やっぱり役割分担なんて認めない!月夜ちゃんに会えなくなる!!」

 

「わたくしもです!水名の伝統に支配されて…月咲ちゃんから遠ざけられる!」

 

天音姉妹の頭に浮かんだのは、男の家庭に押し込められて姉妹が離れ離れになる幻。

 

「嫌…嫌っ!!私が奇跡を願っても…お母さんは家を捨てる!お父さんは私を責めてくる!!」

 

こころの頭に浮かんだのは、両親が喧嘩の末に離婚していく幻。

 

「あ…あぁ…どうして…どうして…」

 

ももこの頭に浮かんだものとは…。

 

「他の街からやってきた余所者の男なんかに…大切な親友を奪われるんだよーっ!!」

 

それは、八雲みたまと結ばれた尚紀を見つめることしか出来ない敗北者となった自分の幻。

 

レナもかえでも同じようにして苦しみ、不安によって冷静ではいられなくなる。

 

「みんな…どうしたの?急に苦しみだして…さっきの男に何かされたの!?」

 

感情が希薄な加賀見まさらには、ハピルマ・プリンパの洗脳効果は薄い。

 

皆の動揺の光景を見て、まさらはかつてと同じ光景となっていると気づくのだが…。

 

「ダメだ…やっぱりアタシは認めない!今の長のやり方じゃ…女性は救えない!!」

 

「ももこの言う通りよ!レナ達を口車に乗せようとしていただけなのよ!!」

 

「私たちは同性愛のために戦うべきだよぉ!それがみんなを救う正義なんだから!」

 

「私はもう迷わない!男女社会は私を苦しめ続ける…私にはまさらだけいればいい!!」

 

「わたくし達も同じ気持ちです!」

 

「うん!こうなったら力づくでもあの長を止めに行こうよ!!」

 

「まなかも続きます!まなかはコックになる夢を絶対に諦めませんから!!」

 

まさら以外の少女達がソウルジェムを掲げて変身を行う。

 

だが、長の元に向かおうとする皆を制止するかのようにして加賀見まさらが立ち塞がる。

 

「みんな待って!どう考えてもこれはおかしいわ…冷静になって!」

 

「悪いけど、アタシは冷静だよ」

 

「レナも同じだから。邪魔したら承知しないわよ」

 

まさらの制止などお構いなく、魔法少女達は彼女を無視して横を通り過ぎていく。

 

こころも同じように歩き去ろうとするが、まさらは彼女の手を掴む。

 

「お願いだから話を聞いて!」

 

「放して!私は守る者…私とまさらの未来を…魔法少女社会の未来を守る者なんだから!」

 

まさらの手を振り解き、こころは走り去ってしまう。

 

見たいものしか見ない者達の行動が理解出来ず、茫然と立ち尽くすことしか出来ない。

 

「みんな…どうして冷静になってくれないの?どう考えても私達の方が間違ってたのに…」

 

まさらは自分の力だけでは止められないと考え、親友の江利あいみに連絡を入れる。

 

そんな彼女達を見送るのは、先程の黒スーツ姿の男。

 

隣ビルの屋上に立ち、煙草の紫煙を燻らせながら溜息をつく。

 

「やれやれ…閣下もお戯れが過ぎる。あのような小者共など捨て置けばいいものを」

 

貧乏くじを引かされたことに不満を感じているようだが、それでもまんざらでもない態度。

 

魔力を隠すため人間に擬態しているが、アンドラスは危険な堕天使。

 

彼は人々を不仲にする力を持っており、徹底的に相争わせることを好む。

 

固い絆を持つ者達を不仲にさせて分断し、争わせる光景によって心躍る外道なのだ。

 

「社会の事を考えろと周りに同調を強いる者ほど、自分のことしか考えていない愚民共だ」

 

たとえその方向性が後で失敗だったと判明したとする。

 

それでも、社会を変えろと叫んだ連中が責任をとることなどまずない。

 

そういう連中は他人を支配したいだけの無責任主義者であり、自由の侵略者に過ぎないのだ。

 

「大衆は愚か者だと見抜いた者こそが、あのヒトラーであった。同じ嘘の手口に何度も騙される」

 

自分と同じく扇動の達人であった者の手口をアンドラスは語っていく。

 

共通の敵を作り大衆を団結させよ。

 

敵の悪を拡大して伝え、大衆を怒らせろ。

 

人は小さな嘘より大きな嘘に騙される。

 

利口な人の理性ではなく、愚か者の感情に訴えろ。

 

貧乏な者、病んでいる者、困窮している者ほど騙しやすい。

 

都合の悪い情報は一切与えるな、都合の良い情報は拡大して伝えよ。

 

大衆を熱狂させたまま置け、考える間を与えるな。

 

「社会正義という大きな嘘に騙され、社会貢献する正義に熱狂していく。どう正しいかも考えず」

 

煙草の吸殻を指で弾き、踵を返してアンドラスは去っていく。

 

「ヒトラーの扇動術は21世紀でも陳腐化していない。SNS社会の閉鎖性なら100%通用する」

 

――思考の偏りに無意識となり、自分に都合の良いものだけを拾うことしか出来ないのが人間だ。

 

そう言い残し、彼の後ろ姿は消えていってしまう。

 

アンドラスが残した言葉は、格言の世界でも残っている。

 

――狂気とはすなわち、同じ事を繰り返して行い、()()()()()()()()()こと。

 

――大衆は常に間違う。

 

自分の発言と行動に責任を持たない我儘な者達は知る努力もせず、何度でも間違うだろう。

 

無責任に生きる方が楽なのだから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

新西区の外れにかつてあった神浜ミレナ座周囲は、現在立ち入りが制限されている。

 

そこから離れた場所には、誰も利用しなくなった公園が存在していた。

 

外来種のシロツメクサに覆われたその公園に向かう大勢の魔法少女達。

 

周囲は濃霧と思える程に霧が濃く、視界は良好とはいえない。

 

「この先にアタシ達の長を気取る常盤ななかの魔力を感じる…近いよ」

 

「何であいつ…こんな夜中に人通りが全くない場所で行動してるわけ?」

 

「どうせ魔獣退治でしょ?チャンスよ…一気に畳みかけるわよ」

 

濃霧の中、大勢が公園内に入り込んでいく。

 

全員の手には魔法武器。

 

明らかに話し合いを行う光景ではなかった。

 

「……来ましたか」

 

待っていたかのようにして、魔法少女姿の常盤ななかは公園の中央で佇んでいる。

 

「…アタシ達が来ることを知ってたような素振りじゃん?」

 

「なら、私達が何を望んでいるのかも分かってるんじゃないですか?」

 

常盤ななか1人に対し、30人の魔法少女達が一斉に武器を構えていく。

 

冷徹な態度を崩さないななかの表情が厳しくなり、二刀流の刀を収めた鞘を持つ手に力が入る。

 

「…話し合いを望んでいるような態度ではないですね」

 

「あんたの嘘になんてアタシ達は乗らない!女性の権利を踏み躙ろうとする者には従わない!」

 

「私達は女性を守る者!女性を虐げる男の存在を許す者の決まり事なんて認めない!!」

 

ももこ達と同じく、前提という決めつけを行い謂れも無い言葉を浴びせられる。

 

しかし、あの時と同じく冷徹な態度をななかは決して崩さない。

 

「嘘だの踏み躙ろうだの…勝手に決めつけてくる。少しは自分達の考えを疑わないのですか?」

 

「五月蠅い!!お前のデマに惑わされるもんか!このミソジニー女め!!」

 

「陰謀論もそうですが、そういう言葉を使う人に限って自分では全く調べていない者達ばかり」

 

「コイツ…アタシ達が間違ってると決めつけようとしてる!こいつは詐欺師だ!!」

 

「調査力、洞察力に著しく欠けている事にも気づかない。だから物事の辻褄さえ無視出来る」

 

「黙れぇ!!私達は無知なんかじゃない!ちゃんとした考えのもとで動いてる!!」

 

「貴女方の論拠など、自分に都合の良い情報を与えてくれた人達のもの。持論ではない」

 

「これ以上貴女の嘘に付き合うつもりはないわ!私達の要求を踏み躙ろうとするなら…」

 

「するなら…?」

 

一斉に武器を構え、殺意をななかに叩きつけてくる新参の魔法少女達。

 

相手は手練れの魔法少女であるが、数の暴力による安心感なのか怯みはしない。

 

ななかは顔を俯けていく。

 

前髪で表情は伺えないが、怒りの形相と化していく。

 

「私達は貴女を長とは認めない!貴女を蹴り出して…私達は自由となるのよ!!」

 

「自由となった暁には!アタシ達は女性を脅かす人間の男なんて守らない!!」

 

「人間の男なんてほっといても死ぬ!だったらいっそのこと…」

 

――魔獣にでも喰わせて、百合(リリス)を脅かす男を減らす方が社会正義ってものよ!!

 

…看過出来ない言葉であった。

 

「私は……貴女達を信じたかった」

 

鞘を持ち上げ、左右の刀の柄を握り締める。

 

同時に刃を抜き、鞘が落ちる音と共に濃霧が晴れていく。

 

「こ…これは!!?」

 

フェミニスト魔法少女達は目を疑った。

 

ななか1人しかいないと思っていた公園内には、ななかに与する魔法少女達の姿。

 

かこ、あきら、美雨、令、それにこのは姉妹にささらと明日香達。

 

令から声をかけられた東の魔法少女達の姿も見える。

 

フェミニズムに反対する東の魔法少女とは、古町みくら、三穂野せいら、吉良てまり、水樹塁。

 

「そんな…魔力を感じなかったのに!?」

 

「この濃霧も魔法だったというの!?」

 

「誘い込まれた…最初から罠を張っていたのよ!!」

 

ななかの元に近寄るのは、事実偽装の魔法が使える美雨と霧の魔法が使える静海このは。

 

「……やはり、こうなてしまたカ」

 

「どうするの…ななかさん?」

 

怒りの形相のまま殺気を放つ者を見て、美雨の表情も不安によって歪んでいく。

 

「ななか…私の言葉を忘れたカ?お前もまた…かつてのナオキと同じになるのカ?」

 

眉間にシワが寄ったままだが、ななかは両目を閉じる。

 

怒りを飲み込もうと足掻くが、更紗帆奈に復讐した時と同じ感情が噴き上がり続ける。

 

「ななか…」

 

不安そうに見つめる葉月とあやめ達。

 

葛藤に苛まれるようだが、ななかの脳裏に浮かぶ言葉がある。

 

「怒りの感情が…善悪を生む。繰り返したくない感情が…他者を傷つけても良い()()()となる…」

 

ななかの表情が落ち着きを取り戻し、両目が開いていく。

 

「それでは…あの子達と同じです。不快な存在を排除するために正義を掲げる者達と変わらない」

 

常盤ななかは()()()()()()

 

正義を掲げないため、ダブルスタンダードという思考の罠には陥らない。

 

「彼女達を制圧します。ただし、命を奪うような行いは禁止です」

 

それを聞けた時、美雨達の表情が喜びに包まれていく。

 

「ななか…よく頑張ったね。加害者の心にも…ちゃんと目を向けてあげられたんだよ」

 

「本当に強い子だよ…ななかは。あちし達はあの時…怒りの感情に飲まれたのに…」

 

「ななかだって同じことをしてる。だからこそアタシ達はもう…同じ過ちは繰り返さない!!」

 

葉月とあやめは握り手を持ち替え、武器で殴打する構えを見せる。

 

「拳の勝負こそ空手家の本懐!!」

 

「武道家として…稽古をつけてやるネ!!」

 

あきらと美雨は武器を使わず、武術を構える。

 

他の魔法少女達もななかの意思を受け取り、それぞれが魔法武器を構えるのだ。

 

「何処までもアタシ達をコケにする気ね!!男に味方する裏切り者共がぁ!!」

 

「私達は魔法少女の正義よ!!百合の間に男を挟み込むことを望む悪を成敗してあげる!!」

 

男に対する怒りと憎しみに支配された少女達が正義を掲げ、悪と決めた少女達に襲い掛かる。

 

善悪を掲げる者達と…善悪を超えた者達との戦いが始まったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ヤァァーーッッ!!」

 

短刀を構えたフェミニスト魔法少女達が迫りくる。

 

「くっ!アタシの武器はあんまり峰打ちには向いてないかも~…!」

 

「あちしの武器だって同じだよ~!!」

 

迎え撃つ葉月とあやめだが、彼女達の武器の形は独特であり刃を返し辛い。

 

慣れない武器の扱い方に苦戦をしていたが、一陣の風の如く踏み込む長女の姿が迫りくる。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

このはの武器は長柄両端に蝶の羽根型の刃を持つ両刃薙刀。

 

魔法武器の平たい部分を用いた峰打ちによって短刀の魔法少女達の顔面を打ち据えていく。

 

「過去を肯定するためにも…」

 

このはの脳裏に浮かぶのは、怒りに我を忘れて殺戮を行った記憶。

 

「未来をつかめ!!」

 

迷いを振り切ったこのはの体から魔力が噴き上がっていく。

 

迫りくるフェミニスト魔法少女達に向け、両刀薙刀を水平に構える姿。

 

青白い魔力を放ち、周囲に出現した両刀薙刀が地面に突き刺さり魔法陣を描く。

 

「いい加減…視界から消えてもらおうかしら!!」

 

景色が一変し、周囲から美しい蝶々が大量に出現していく。

 

「な…何よコレはーーッッ!!?」

 

無数の蝶々に纏わりつかれると同時に、水流の竜巻が出現。

 

フェミニスト魔法少女達は水流の竜巻に巻き上げられ、地面に激しく叩きつけられる。

 

威力は弱めているが、このはのマギア魔法である『バタフライ・テンペスト』が猛威を振るう。

 

「これで何も言わなくなったら、許してあげるわ」

 

全身を強打したフェミニスト魔法少女達は激痛によって動くことはない。

 

「流石はアタシ達姉妹の長女だよ!」

 

「にっしっし♪それでこそあちし達のこのはだね♪」

 

「葉月!あやめ!気を抜かないで!!貴女達の武器は峰打ちには向いてないわ!」

 

「それならそれで…やりようはあるって!」

 

新手が迫りくる中、武器の柄を持ち直した葉月が武器を交差させる。

 

「アタシとしてもさ…これで終わらせたいわけよ!」

 

交差させた武器を滑らせながら開き、一気に火花を飛ばす。

 

斧に似た形状の魔法武器を天に向けて構え、魔力で生み出した雷を浴びる。

 

雷を一気に放つマギア魔法である『サンダー・トレント』の光景。

 

しかし雷を一直線に放出せず、全身に雷を溜め続ける。

 

「撃たれる前に仕留めてやるわ!!」

 

新手の魔法少女達の曲刀の一撃が迫りくる。

 

「…言っとくけどこれ、よっぽどのやつだから!」

 

葉月は両手に持つ武器で2人がかりで飛びかかってきた魔法少女達の武器を受け止める。

 

「「アバババババ!!?」」

 

雷を放出せずとも、雷のエネルギーを纏っているため全身が帯電している。

 

威力は弱められてはいるが体が感電したフェミニスト魔法少女達は地面に倒れ込んでいった。

 

「ここらで終わらせたいからね。ビリビリするのが怖くない奴からかかって来なよ!」

 

頼りになる2人の姉の姿を見つめるあやめではあるのだが…。

 

「う~ん…あちしの炎を武器に纏わせると大火傷させるし…どうしよう?」

 

フェミニスト魔法少女と目が合ったあやめは、取り合えず野球バッターの構えをとる。

 

「あちしは難しい戦い方は無理!ホームランされたい奴からかかってこい!」

 

どうやら難しいことを考えるのを止め、あやめは物理馬鹿一代を決め込む戦いを選んだようだ。

 

それぞれが奮戦を見せるこのは達姉妹の戦いが続く。

 

隣では、竜城明日香と美凪ささらの戦いが始まっている。

 

「くらえーーッッ!!」

 

処刑人の大剣のような魔法武器で跳躍斬りを仕掛けてくるフェミニスト魔法少女。

 

ささらは素早く体を横に向け、唐竹割りの一撃を回避。

 

「ぐっ!?」

 

回避と同時に自身の魔法武器であるレイピアの柄頭で顔面を打つ。

 

「せいっ!!」

 

怯んだ相手に回し蹴りを打ち込むが、新手が仕掛けてくる。

 

サーベルに似た魔法武器による斬撃が迫る中、レイピアを縦に構えて迎え撃つ。

 

「あっ!?」

 

柄を傾けたレイピアの刃でサーベルを受け流し、即座に首に向け刺突の構えに移る。

 

「騎士道に生きる私は無益な殺生はしたくない。まだ戦う?」

 

「フン!強がってられるのも今のうちよ!!」

 

フェミニスト魔法少女が視線を奥に向ければ、がら空きになった背中を狙う新手の姿。

 

しかし、ささらの背中を守る者がそれを許さない。

 

<<我が流派の神髄!お見せします!!>>

 

「えっ!?」

 

新手の魔法少女を覆う巨大な影に気が付き、影の方に視線を向ける。

 

「何よあれぇーーッッ!!?」

 

フェミニスト魔法少女が見たものとは、満月に照らされた巨大な日本の城。

 

天守閣の屋根に上るのは明日香の姿。

 

仁王立ちのまま薙刀を構え、勢いよく天守閣から跳躍。

 

「これが竜真流の奥義です!」

 

刃を返した薙刀から青い魔力が噴き上がり、水流のように明日香の体を包み込む。

 

「竜真閃光爪牙!ちゃあー!!」

 

浮かび上がったのは水の龍であり、顎を広げてフェミニスト魔法少女の頭上から迫る。

 

「キャァァーーーーッッ!!!」

 

明日香のマギア魔法の一撃を頭上から受けた魔法少女が倒れ込む。

 

「今のは峰打ちです!ですが、立ち上がるならば刃を返しますよ?」

 

返事は返らない。

 

どうやら気絶したようだ。

 

「あ…あれ?もしかして、やり過ぎましたか!?しっかりしてくださーい!!」

 

慌てて倒れた魔法少女の体を揺さぶる明日香を見ながら、ささらも溜息をつく。

 

「全く、明日香はやり過ぎるから冷や冷やするね…」

 

「隙あり!!」

 

後ろを向いていたささらにサーベルを振るうが、寸前で側方宙返りを行い距離をとる。

 

「まだやる気なの?これ以上は騎士同士の決闘になるけど良いの?」

 

「余裕ぶってるんじゃないわよ!この男女め!!」

 

聞き捨てならない言葉である。

 

「男女!?私だってか弱い女の子なんだけど!」

 

「嘘よ!よく見たら筋肉が目立つし、ゴリラ女じゃない!だから名誉男性なのよ!!」

 

消防士を目指して体を鍛えていたためか、いつの間にかゴリラ女になっている。

 

そう客観視されたのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしたささらが睨む。

 

「くぅ~~っ!!私は傷ついたわよ!デリカシーの欠片もない悪者め!!」

 

右手のレイピアを払い、垂直に構える。

 

半円を描くようにレイピアを振るえば、魔力で生み出した黄金の剣が6本出現。

 

「悪者が勝って終わりだなんて、そんな最後は認めない!」

 

魔力で浮遊した6本の剣が水平になり、射出体勢。

 

「成敗!!はぁッッ!!」

 

レイピアを振るうと同時に6本の剣が射出されていく。

 

「くっ!?」

 

サーベルを持った魔法少女は剣術に覚えがあるのか、次々と迫りくる剣を切り払っていく。

 

6本の剣を受け流しきった魔法少女がサーベルを構えてささらに斬りかかるが終わりではない。

 

「えっ!?」

 

後方から飛んできた黄金の剣がサーベルを打ち落とす。

 

残りの5本の剣は既にフェミニスト魔法少女の頭上であり、刃が垂直に落ちてくる。

 

「これは!?」

 

5本の剣が地面に突き立てられていき、刃の牢獄と化す。

 

腕が抜ける程度の隙間しかないため脱出することは出来ない。

 

ささらのマギア魔法である『ナイトリゾルブ』だが、加減をしてるため6本の剣は爆発しない。

 

「知ってる?最後には必ず正義が勝つの」

 

レイピアを腰の鞘に仕舞ったささらが笑顔で向かってくる。

 

両手をポキポキ鳴らしながら。

 

「ま、待ってーッッ!!?こんな状態でサンドバッグは止めなさいよ!!」

 

「五月蠅い!乙女の地雷を容易く踏み抜く悪はこうよ!!」

 

「ギャーッッ!!!」

 

「ささらさん!?私よりもささらさんの方がやり過ぎですよーっ!!」

 

加減をしてるのかしていないのか分からない惨状が広がっていく。

 

どちらも狂暴な暴れ馬な側面があるささらと明日香コンビの戦いは続くのだ。

 

後方では、ななかの背中を守るために戦う武道家達の奮戦の光景。

 

「ぐあっ!?」

 

中段蹴りに見せかけた変則回し蹴りが左側頭部を強打。

 

フェミニスト魔法少女が後ろに倒れ込み、あきらの姿が現れる。

 

右足を引き、腰を落としながら左腕を縦に構え、右手は腹部の辺りで水平に開く構え。

 

相手から見れば被弾面積が細くなり狙いにくい状態となる。

 

「来い!!ボクの拳で君達の怒りを受け止めてみせる!!」

 

「ざけんなぁ!!男のような魔法少女めぇ!!」

 

「あんたみたいなノンケがいるから!百合(リリス)が悪者にされるのよ!!」

 

メイスのような武器を振り上げたフェミニスト魔法少女達が迫りくる。

 

袈裟斬りの角度で振り上げた一撃を右回し蹴りで手首を蹴り飛ばし、続く左後ろ回し蹴りを放つ。

 

左側頭部を蹴り飛ばされた魔法少女の後ろから迫りくる相手に向け、右足刀を放ち蹴り飛ばす。

 

「後ろがガラ空きよ!!」

 

背後から迫る一撃。

 

「ふんっ!!」

 

背後に向いたあきらの左腕が持ち上がり、武器の柄を上腕受け。

 

「がはっ!?」

 

引き絞られた右拳による水月突きが決まり、大きく突き飛ばされる。

 

「義を見てせざるは勇無きなり。ボクの守りたい者達に…性別なんて関係ない!!」

 

「だからアンタはミソジニーなのよ!!魔法少女は女だけを守ればいい!!」

 

「そうよ!!百合の間に挟まりに来る男なんて…殺した方が魔法少女のためなのよ!!」

 

「何処まで押しつけがましいんだ!?自分達の我儘で他人を傷つけてると気づいてよ!!」

 

「五月蠅い!!私たちは美しい百合(リリス)だけを守る!!」

 

見たいものしか見ない者達の不満と怒りが迫りくる。

 

「話しても分かり合えないなら…拳で語らせてもらう!!」

 

息を短く吸い込み、あきらは一気に踏み込む。

 

「この拳にボクの全部を乗せる!!」

 

鈍化した世界。

 

前方の魔法少女に踏み込み、引き絞った拳で正拳突きの連打。

 

「どりゃーーッッ!!!」

 

「ギャーーッッ!!!」

 

一気に突き飛ばされるが、周囲からは跳躍した一撃が迫りくる。

 

「これがボクの…」

 

片膝をつき、全身に魔力を溜め込む。

 

「最高の一撃!!!」

 

立ち上がりながら天に向けて揚げ突きのアッパーカットを放つ。

 

地面に流し込まれた魔力も噴き上がり、青白い魔力の柱が放たれていく。

 

<<アァァァァーーーッッ!!!>>

 

あきらのマギア魔法である『巨拳連弾』の猛威が周囲を穿つ。

 

青白い魔力の柱に突き上げられた魔法少女達が次々と倒れ込み、呻き声を上げていくのだ。

 

「分かり合えないって…悲しいね。ボクは女同士の恋愛の敵になりたいわけじゃ…」

 

彼女達の我儘な気持ちを力でねじ伏せることしか出来ない自分の未熟さを痛感していた時…。

 

「死ねぇ!!男の味方めーーッッ!!!」

 

「はっ!?」

 

反応が遅れて背後からの一撃を浴びかけるが、すかさず美雨の援護攻撃。

 

「ぐあっ!?」

 

美雨の旋風脚が顔面にクリーンヒットして倒れ込み、悶絶していく。

 

「考え事をしている暇はないネ!あきら!!」

 

「ご、ごめんよ!今は戦場の真っただ中だったね…」

 

「答えを出すのは戦いが終わてから好きなだけするといいヨ」

 

「うん…そのためにも、彼女達の怒りは!ボク達の拳で受け止めよう!!」

 

2人が並び、背中を向け合いながら武術の構えをとった。

 

油断なく戦う武術家魔法少女の姿の中で、最も苛烈な戦いを見せる者がいる。

 

それこそが、今の神浜魔法少女社会の長を務める常盤ななか。

 

「先ずは一太刀!!」

 

舞うような動きで次々と剣戟を払い、後ろから迫る敵の斬撃を打ち払うと同時に後ろ回し蹴り。

 

蹴り飛ばされたフェミニスト魔法少女を超え、次々と新手が迫りくる。

 

「柔能く剛を制す。我が流派の舞…恐れぬならばかかってきなさい!」

 

下段の構えを見せた二刀小太刀が揺れ、次々と華麗な斬撃が繰り返されていく。

 

前方からの敵の斬撃を左切り上げで打ち払うと同時に背後に振り向き、後方の斬撃を払い落とす。

 

後ろから斬りかかる剣を背中を向けたまま左小太刀で受け止め、振り向き様の右薙ぎ打ち。

 

「ぐはっ!?」

 

刃を返された峰打ちを受けて倒れ込む仲間を超え、次々と斬撃の嵐が迫りくる。

 

「推して参ります!!」

 

右手の小太刀を逆手に持ち、鋭い眼光を放つななかが踏み込んでいく。

 

振り上げた左小太刀で袈裟斬り打ちを鎖骨に放ち、横からくる剣戟を右小太刀で受け流す。

 

舞いながら構えなおし、左の小太刀も逆手に持ったななかの体が揺れる。

 

斬撃を踏み込んで左薙ぎ打ち、側面の斬撃を受け流しながら舞い、右薙ぎ打ち。

 

二刀流の敵の連続斬りを後方に回転移動しながら連続で受け流し、さらに踏み込む敵の胴に一撃。

 

ななかの戦いはさながら、武を用いた舞踏のようにも見えてくる。

 

「なんて強さなの!?」

 

「これが長の力!?知将だって聞いてたから頭が良いだけかと思ったのに…」

 

「臆病風に吹かれたの!?私達は魔法少女の幸福のために戦ってるのを忘れないで!!」

 

後がないフェミニスト魔法少女達が攻撃を仕掛けてくる。

 

前から来る敵に踏み込み、右肘をみぞおちに打ち込む。

 

怯んだ相手に左小太刀の逆袈裟打ちを放ち、後ろに振り向く。

 

「「ヤァァーーッッ!!」」

 

同時に放つ右薙ぎと左薙ぎの斬撃に対し、逆手に持つ二刀小太刀の刃を縦にして受け止める。

 

押し込んでくる刃が滑り、剣と剣が絡み合う。

 

「…散りなさい」

 

左小太刀で絡みあった剣を上に向けて払うと同時に舞い、二刀小太刀の持ち手を変える。

 

鈍化した世界。

 

まるで桜の木々が生茂る程の美しい光景が映る中、ななかの二刀小太刀は天と地に向けられる。

 

「この一閃で落とします」

 

美しく光を放つ二刀小太刀から放たれるのは、一瞬で起こる連続斬り。

 

「白椿!!!」

 

桜の花びらが舞い散る。

 

まるで散る者達の儚さを表すかのように。

 

しかし、刃を返しているため致命傷ではない。

 

「がっ…あっ……」

 

複数回の斬撃を浴びて倒れ込んだ魔法少女達を見下ろしながら、長はこう口にする。

 

「魔法少女同士の間に男が挟まりに来る…それが憎い。それこそ被害妄想です」

 

「なんで…すって…?」

 

「社会とはみんなのもの。魔法少女達だって、男の方々の労働力に頼った生活を送っています」

 

「そ、それは…」

 

「魔法少女同士の生活の中で、一度でも男の人を排除した生活を送れた日がありましたか?」

 

そう言われた時、フェミニスト魔法少女達の頭に浮かぶものがある。

 

生活に必要な品を買う、交通を利用する、医療を利用する、娯楽施設に行く。

 

あらゆる場所で男達が働き、その恩恵を魔法少女達は受けているはず。

 

「私達は男社会の恩恵無くしては生きられない。お世話になった方々を排除したいのですか?」

 

言い返せなくなっていた時、別のフェミニスト魔法少女がこう叫ぶのだ。

 

「だったら!!男共は魔法少女を楽させる労働力として奴隷生活を送っていけばいいのよ!!」

 

まるで魔法少女至上主義の如き暴論を放ち、スパイク付きメイスを振りかざす敵が迫りくる。

 

敵を迎え撃つため振り向くななかが見たものとは…。

 

「がふっ!!?」

 

フルスイングされたのは、杖の先端が工具のニッパーかと思わせるような魔法の杖。

 

夏目かこの一撃が顔面に決まった魔法少女が倒れ込み、目から星が出る始末。

 

「最低の暴論です!百合って美しい友情の世界だと思ってたのに…押しつけがましいだけです!」

 

プンスコ怒るかこの元にまで歩き、ななかが頭を撫でてくれる。

 

「フフッ♪やはり私の背中を任せられるのは、最初のパートナーだけですね」

 

「ななかさん…私と出会った頃のことを覚えてくれていたんですね?」

 

「勿論です。私とかこさんは最初のパートナー同士…そして、心を同じくしてくれた同志です」

 

「私とななかさんは…いつまでも弱い人間の目線を忘れない。そんな魔法少女で在りたいですね」

 

「魔法少女という強者になるからこそ己惚れる。そんな者達を止めるために…戦いましょう」

 

背中合わせとなり、ななかとかこは戦い抜く。

 

その姿はまるで最初の頃に戻れたかのような姿。

 

東の魔法少女達も奮戦しているのだが、西の魔法少女達の戦いを見て安堵の溜息をつく。

 

「観鳥さん…安心したよ。この人達ならきっと…間違いをみんなで止めていけると思う」

 

「映画趣味でも、好みの押し付け合いで喧嘩になる…。住み分けが大事だって私は思うよ」

 

「三穂野さんの言う通り。考え方が違う者同士は相いれない…住み分けこそが尊重精神なんだよ」

 

「尊重がない世界なんて、きっと争い合いしか起こらないって思う。映画の世界でもそうだから」

 

感慨にふける令とせいらに向けて、東の魔法少女仲間達が叫んでくる。

 

「ちょっと!遊んでないで手を貸しなさい!」

 

「闇の覇王である僕に手柄を全部横取りされたいなら、そこで見てても構わないよ?」

 

「数が多いのだから協力して取り組みましょうか。フォートレス・ザ・ウィザードさん♪」

 

みくら、てまり、塁の奮戦を見て、令とせいらも顔を向け合いながら頷き合う。

 

「さぁ!観鳥さんも派手にいこうか!!」

 

「カメラを回したら最高のアクション女優になれるよね!私達!!」

 

魔法のバズーカと拡声器を構え、東の魔法少女達の連携によって次々と敵を打ち倒す。

 

30人もいたフェミニスト魔法少女達は倒れていき、もはや全滅を免れない状況。

 

その窮地を救いに現れた者達とは…。

 

「やらせるもんかぁーーッッ!!!」

 

「えっ!?」

 

跳躍斬りを仕掛けてきた者に反応し、後方に宙返りを行う回避行動。

 

ななかが立っていた場所が大きく砕け、その一撃の重さを周りに知らしめる。

 

「そ…そんな…」

 

「どうして…どうしてですか…?」

 

驚愕したななかとかこ、そして長に与する魔法少女達。

 

砕けた大地から噴き出す煙の中から歩いて来たのは、十咎ももこ達。

 

「負けるなみんな!アタシ達は女性を守る為に戦う盾なんだ!!」

 

三日月の曲線を描く独特な刃をした大剣を構え、激励の固有魔法を放つ。

 

「ぐっ…私…達は…」

 

「女性を…魔法少女達の…絆を…守る者…」

 

倒れ込んだフェミニスト魔法少女達のソウルジェムに勇気が宿り、光を放つ。

 

全身に感じる激痛すら感じない程の覚悟を見せ、立ち上がっていく。

 

「痛覚麻痺を使てくるカ!?」

 

「不味いね…。相手を殺す一撃を放てないボク達は…決め手に欠ける戦いになるよ…」

 

「やれやれ…最悪のバットタイミングに現れるだなんてね」

 

「そこら辺も…あの子らしいのかもしれないわね、葉月」

 

ももこ、レナ、かえで、こころ、天音姉妹、まなかが武器を構えていく。

 

「行くぞみんな!フェミニズムこそが魔法少女社会を救うと…アタシ達で証明するんだぁ!!」

 

ももこから勇気を貰えたフェミニスト魔法少女達が再び襲い掛かってくる。

 

レナ達も武器を構えながら迫りくる。

 

考え方が違う者同士が互いの思想を押し付け合う。

 

それがどう正しいのかも分からないまま。

 

戦いは乱戦となり、混沌に包まれていったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

加賀見まさらから連絡を受けた江利あいみも動き始めている。

 

彼女は中央の元長であった都ひなのを頼り、ひなのも他の魔法少女と連絡を取り合う。

 

あいみの元まで駆けつけたのは、ひなの、衣美里、それに梨花とれんであった。

 

「急ごうみんな!暴走してるこころ達の後ろはまさらが追いかけてるから!」

 

「あいつの魔法なら気づかれないだろうな…アタシ達も急ぐぞ!」

 

「あーし分かんない!なんでまた喧嘩になっちゃうのかなぁ…?」

 

「まさらの話だと…変な男に近寄られてから皆の様子がおかしくなったって…」

 

「恐らくその男は悪魔だろう。もしかしたら…あの時にアタシ達の心を操った奴かもしれん」

 

「だったら!あーしはそいつを探し出してとっちめたい!!」

 

「はやる気持ちも分かるが、今は暴走している魔法少女達を止める方が先だ!」

 

まさらの連絡を頼りに、中央の魔法少女達が神浜の西に向けて走って行く。

 

ひなの達を追いかける梨花とれんであるが、梨花の表情は暗い。

 

「レズビアンのあたしに…同性愛とフェミニズムを望む子達を止める資格…あるのかな?」

 

彼女の脳裏に浮かぶのは、かつての過ちの記憶。

 

自分の過去に苦しんでいる親友の姿を見つめるれんは、心配しながらこう言ってくれる。

 

「…何者であっても構わないって、あの店長さんは言ってくれました」

 

「れんちゃん…?」

 

「店長さんはゲイなのに…同じ同性愛者の我儘で大勢の人に迷惑がかかると止めようとした…」

 

「あたしも…あの店長さんと同じことが出来るかな?」

 

「やろうとする意志が大事だと思います。望みがあるからこそ…生きていけるんです」

 

「あたしは今…生きてる。だから望みもあるし…過ちを繰り返したくないんだね」

 

れんに励ましてもらえたことで心が軽くなったのか、梨花は迷いを払う事が出来たようだ。

 

まさらの連絡でこころ達が向かった先が分かったこともあり、路地裏に隠れて皆が変身を行う。

 

ここから先は跳躍移動となるのだが、知っている魔力が近寄ってくる。

 

「ハァ!ハァ!待ってみんな!!」

 

「みたまか?こんな夜中の西側で何をやっていたんだ?」

 

「ももこを探してたの…。連絡しても繋がらない…私を避けてるみたいなの…」

 

「それで家にまで押しかけてみたがいなかった…と言ったところのようだな?」

 

「貴女達が集まってるようだから走ってきたわ。ももこの居場所を知らないかしら?」

 

「私達が向かう先にももこちゃんもいるみたい!こころ達と一緒にいるってまさらが言ってた!」

 

「どういうことなの…?ももこはこころちゃん達と何をしようとしてるの?」

 

状況が見えないみたまに向け、みやこが手短に状況を説明してくれる。

 

驚愕した表情を浮かべるが、真剣な表情となったみたまが決意を語るのだ。

 

「私も付いて行くわ。ももこを止めないと…あの子をもっと苦しめることになる!!」

 

「あたしもみたまさんと気持ちは同じ!あたしの苦しみを…みんなに繰り返して欲しくない!」

 

「梨花ちゃん…皆を止めましょう。自分を騙し続けても苦しいだけだって伝える必要があるわ!」

 

決意をもった者達をみつめる都ひなのが微笑みを浮かべてくれる。

 

(こいつらが…みんなを止めてくれるかもしれないな)

 

みたまは左手をかざして魔法少女姿に変身。

 

皆に続き跳躍移動を行っていくが、心の中には葛藤の気持ちが湧いていく。

 

(ありのままのももこを受け入れる…それは本当にももこの望みなの?)

 

どれだけ親友であっても他人は他人。

 

他人の心を読み取ることなど魔法が無ければ出来ないため、憶測で判断する以外にない。

 

それでもやらなければ最悪な結末は変わらないのならば、みたまは迷わず行動するだろう。

 

たとえ親友の望みが分からなくても、愛する者のために行動する。

 

たとえ罵倒される結果を生んで友情が壊れるかもしれなくとも、恐れはしない。

 

それこそが親愛という名の友情であり、自己犠牲精神。

 

そう信じるみたまの足取りが重くなることはなかったのだ。

 




活躍が乏しかった神浜魔法少女達のテコ入れのお話です。
分かり易くいえば、これ以降出番が薄くなるキャラ達なので目立たせました。


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177話 本当の自分

かつての神浜騒動の時において、アリナとシドはこんな言葉のやり取りを残す。

 

「自由や正義という、中身が曖昧な言葉で人々は従わされる。自由や正義の意味すら考えず」

 

「自由になるのハ、その実、自由に隷属するこト。自由が概念であレ、語る俗人であレ」

 

「自由な人は不自由をもたらす人。自由総量は誰も同じ、自由に生きたければ他人から奪うワケ」

 

「自由ハ、多くの不自由の上に成り立ツ。何かに盲目的に縋った時、自由とはかけ離れるのでス」

 

「悪い意味での宗教はコレだし独裁国家や企業構図でもあるワケ。1人の権力者だけが得る自由」

 

「中身が見えないモノを人は崇めル。正義、友情、愛、絆…不確かなモノに隷属する奴隷でス」

 

「奴隷は信者と同じ。置かれている状況に気づこうともしない…目を逸らし己のエゴだけを見る」

 

「そしテ、指摘する者だけを悪者にするのでス。善悪二元論を用いて…己の悪行をすり替えル」

 

自由(CHAOS)とは誰かの不自由。

 

誰かに不自由を強いることこそが自由(CHAOS)であり独裁(LAW)となる。

 

独裁国家の代表、ブラック企業の社長、唯一神。

 

あらゆる独裁的権力にしか許されない自由がそこにはあり、自由を求める者は排他的となる。

 

アリナとシドはそう言葉を残してくれた。

 

人間の守護者として生きた人修羅も鶴乃に向けて言葉を残す。

 

「エゴは優越性の欲求であり、自分を認めて欲しい訴え」

 

「劣等感を克服出来ない…劣等コンプレックス…」

 

頑張り抜いた努力が真の喜びには繋がらない。

 

これだけの事をやったから認められるべき。

 

努力が見合った成果に繋がらなければルサンチマンになる。

 

努力する程に自分が絶対的に正しいという思い込みに至ると言葉を残してくれた。

 

それらの言葉を再び体現する者達こそがフェミニスト。

 

彼女達は必死に努力して訴えるだろう。

 

自分達の努力こそが絶対的に正しいのだと。

 

しかしフェミニスト達は気が付いていない。

 

最初は志し高いコミュニティ意識も、馴れ合い社会で腐敗する。

 

いつしか大衆の邪念や私欲を満たす口実となっていく。

 

やがては自分達が嫌った既得権力の側に移ろうとしている事にさえ気が付かない。

 

清水から湧いた清流が、下流に至れば澱んで分かれていく光景を繰り返す。

 

人間とはこれ程までに偏ってしまい、己の間違いに気が付けない生き物であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「アタシは女性の敵になんて負けるもんかぁーーッッ!!」

 

「くっ!?」

 

ももこが放つ大剣の右薙ぎをななかは二刀小太刀を縦に構えて受け止める。

 

しかし威力が重すぎて体が後方に大きく弾き飛ばされていく。

 

宙返りを行い着地を行うが、両手に強い痺れが残り二刀小太刀に力が入らない。

 

繰り出される斬撃の数々を身を翻して避け続けるが防戦一方となっていく。

 

「女性の務めだとか言って男は女性を抑圧する!男と女は平等になるべきなんだぁ!」

 

「あの時に私達が語った言葉を忘れたのですか!?それは被害妄想です!!」

 

「黙れ!!男に尽くさせられる女性の気持ちなんて考えもしなかったくせに!!」

 

「役割分担を否定しても女性は女性自身を苦しめるだけです!!」

 

「そんなことはない!!アタシ達女性は男社会が生み出す抑圧からの解放を望んでる!!」

 

虚言癖のある人や詐欺師における同性愛者の割合は驚くほど多いと店長は梨花に言葉を残す。

 

これは日常的に自分を偽り続けているのが原因であり自分はおかしくないという自己欺瞞に陥る。

 

現実逃避傾向(夢想、被害妄想、非論理的思考、感情的、非現実的)が余りにも強過ぎるのだ。

 

苦戦を強いられるななかではあるが、他の魔法少女達も同様の光景。

 

「お父さんなんて大嫌い!お母さんも大嫌い!男女社会なんて大嫌いよ!!」

 

こころが振り回す機械仕掛けの巨大トンファーの猛攻を避けるしか出来ないのはあきらの姿。

 

「男女社会から虐げられる私の苦しみなんて!男女社会から愛された人には分からない!!」

 

「やめてよこころさん!ボクは君とは戦いたくないんだぁ!!」

 

「男女社会の味方をしたいなら私を倒してみせなさいよ!!私は男女社会を否定する者よ!!」

 

動揺によって動きが鈍ったあきらに踏み込み、トンファー突きが腹部に決まる。

 

「ぐふっ!?」

 

大きく突き飛ばされたあきらを超え、援護に入る美雨の蹴り足が迫りくる。

 

だが、トンファーを自在に操るこころの守りは想像以上に堅牢だ。

 

「お前の親が酷い奴なのは分かたネ!でも、だからて全ての男女社会を否定するのは止めるヨ!」

 

「邪魔しないでぇ!!男女社会の慣習があるから…私のように苦しむ子供達が生まれるのよ!!」

 

次々と繰り出す連続蹴りをトンファーで弾き落とし、踏み込み突きを狙う。

 

しかし、彼女の体が静止する。

 

背後から羽交い絞めにして抑え込む魔法少女が突然現れたからだ。

 

「止めなさいこころ!!」

 

青白い炎のような光の中から出現したのは加賀見まさら。

 

「尾行していたの!?放してまさら!!」

 

「落ち着きなさい!両親が酷い人物でも、曲がりなりにも貴女を育ててくれた人なのよ!!」

 

「育ててくれても愛してくれなくなった!!子供を犠牲にして自分達の我儘ばかりを言い合う!」

 

「鏡を見なさい!!今の貴女の姿は…我儘ばかりを言う酷い両親と同じになってるわ!!」

 

「違う!!私は魔法少女社会や女性社会の未来を守るために…戦ってる!!」

 

羽交い絞めにしながら懸命に説得を試みるまさらではあるが…。

 

「後ろネ!!」

 

「えっ!?」

 

背後に振り向いた瞬間、頭部に衝撃が走る。

 

「あっ……」

 

力なく倒れ込み気絶するまさら。

 

こころが振り向けば、彼女を援護しにきたのは胡桃まなか。

 

まさらの頭部を打ち付けた魔法武器のフライパンを構え、美雨を睨んでくる。

 

「ごめんなさいです、まさらさん。そこで大人しくしてて下さい」

 

「お前たち…何処までもフェミニズムを魔法少女社会に押し付ける気カ!?」

 

「女性が抑圧されて自立出来ないのは、男社会のせいです。まなかはそれが許せません」

 

「自立自立…それだけしか求めないのカ!?家庭のことなど考えてはくれないのカ!?」

 

「まなかは将来コックさんになりたいです!それを抑圧するのが男女社会の慣習なんです!」

 

「女は男に尽くせばいい…そんな抑圧をされたからお母さんは出て行った!お父さんのせいよ!」

 

「冷静になるネ!!何でも前提にして決めつけてしまうのは悪のレッテル張りヨ!!」

 

「違うわ!!私達が求めているのは性の自由!そして男社会が女社会に与える寛容と平等よ!!」

 

同性愛者はあらゆるモラルや固定観念を否定する。

 

性の自由で正当化して周りを傷つける。

 

寛容を叫びながら男社会に不寛容になり、平等を叫びながら男性を迫害する。

 

同性愛者とフェミニストの最大の武器とは欺瞞なのだ。

 

「まだ…ボクはやれる」

 

「あきら…」

 

美雨の肩を掴んで現れたのは、口元の血を腕で拭いているあきら。

 

こころの一撃で内臓を痛めたようだが、彼女の闘志は微塵も揺るぎない。

 

「心正しからざれば剣また正しからず。明日香のお父さんが残した言葉が骨身に染みるね…」

 

「自分の間違いにさえ気づかず振るう武は…狂気そのものネ。それをこいつらは気が付かない」

 

「人間は…見たいものしか見ないし、信じないのかもね…。それでも!!」

 

2人は同時に武術の構えをとる。

 

相手が武器や魔法を使おうが、彼女達には譲れない信念がある。

 

武という文字を分解すれば二と戈と止になり、二つの争いを止めると読む。

 

そのための術こそが武術なのだと、空手家のあきらと拳法家の美雨は信じるのだ。

 

「こころさん!受け取って下さい!」

 

「うん!これが魔法少女達が優先して守るべき!絆の力だよ!!」

 

まなかのコネクト魔法を受け取ったこころの体が光り、攻撃力が増大していく。

 

堅牢なこころの防御に加え、回復効果も伴うコネクト魔法も行使してくる。

 

こころとまなかとの戦いは激戦を深めていくのだ。

 

公園内は既に乱戦となり混迷を深めていく。

 

魔法のバズーカを構え、どうにかフェミニスト魔法少女達の動きを止めようとするのは観鳥令。

 

「この音色は…!?」

 

笛の音色を聞いた瞬間、酷い頭痛に苛まれて膝をついてしまう。

 

東の魔法少女仲間達も同じ状況だ。

 

「やめて…くれ!!月夜さん!月咲さん!!」

 

令が叫んだ向こう側では、天音姉妹が横笛を構えて魔法を放つ。

 

笛花共鳴を行い、動きを止めてくる。

 

<そこでじっとしていて欲しいです>

 

<ウチらの邪魔をしたら…これ以上の苦しみを味わうことになるよ>

 

横笛を演奏しながら念話を送ってくる。

 

演奏を行うのを止めないのは、洗脳魔法の使い手を警戒するため。

 

吉良てまりのマギア魔法を行使されては戦闘を継続出来なくされるからだ。

 

<わたくしは認めません!女性に向けて男尊女卑の伝統を押し付けてくる工匠区の伝統を!>

 

<ウチはいつも抑圧された!本音を言ったり意見を持ったり面白いことを言うのを嫌悪された!>

 

<知的でシニカルで独創的な女性は女性扱いされません!男の嫉妬が女性を抑圧するのです!>

 

神浜の東に根付いた男尊女卑の伝統を憎む叫びを令は浴びせられる。

 

同じように東で生きてきた令ではあるが、女として気に喰わない一面だけに縛られる者ではない。

 

「知的で自立した女性であってもね…自分のことしか考えない女は男達は願い下げなんだ!」

 

<それが差別です!女性らしくを強制され、支配される!!>

 

<ウチは自立して生きたい!それを邪魔する男社会の伝統なんて…変えるべきだよ!>

 

「人はね…自分の事を愛してくれて、自分のために生きてくれる人の事を好きになってくれる!」

 

<これからも月咲ちゃんは男社会に尽くさせられて!抑圧されて生きろというのですか!?>

 

「気の利いた受け答えが出来るだけじゃ…気持ちを生涯繋ぎ留めることは出来ない!!」

 

相手がどん底の状態になったとしても幻滅したり見捨てたりしない者にだけ、愛は与えられる。

 

女が自立を望むのなら、どん底になった男など幻滅して簡単に捨てていくと令は語るのだ。

 

「男社会はね…知的な女性が嫌いというわけじゃない!女を支配したいわけじゃない!」

 

<な…なら!ウチは…ウチは男達から何を求められてるっていうの!?>

 

「自立を犠牲にしてでも尽くしてくれる…家族愛だよ!!」

 

<ウチだけが犠牲になれっていうの!?そんなの嫌だよ!!>

 

「犠牲になっていたのは男達も同じだよ!!そのために()()()()()()()()()に耐えてくれる!!」

 

<あっ……>

 

月咲の脳裏に浮かぶのは、毎日遅くまで働いてくれた男達の姿。

 

彼らの献身とも言える労働力によって、天音月咲は生きてこれたのではないのか?

 

女の自分だけが家事という労働を押し付けられ、男尊女卑に苦しんでいただけなのか?

 

「やりたくないは男も女も()()()()!それでも耐えてくれるのが…男達の愛なんだ!!」

 

同性愛者とフェミニストは自己愛の塊だ。

 

そのため女の苦しみばかりが優先され、男の苦しみには目を向けてくれない。

 

<ウ…ウチ……>

 

令の言葉で気が付かされた月咲は、大事な父親が警察に逮捕された日の光景を思い出す。

 

娘のために自分を犠牲にして働いてくれた男が冤罪で奪われていく辛さが思い出されるのだ。

 

「女性の家事仕事が男尊女卑だなんて誰が決めた!?恥ずべきことなんかじゃ…ぐっ!!」

 

「裏切り者のミソジニーめぇ!!そんなに女を男の奴隷にしたいの!?」

 

地面に蹲る無抵抗の魔法少女達を取り囲み、新参の魔法少女達が蹴り飛ばしていく。

 

その光景を茫然と見つめることしか出来ない天音姉妹ではあるが、動揺を隠しきれない。

 

乱戦が繰り返される中、レナとかえでのコンビも猛攻を仕掛けてくる。

 

迎え撃つのはこのは達姉妹。

 

「なんでアンタ達は同じ女なのに…同性愛やフェミニズムを毛嫌いするのよ!!」

 

レナの槍が連続で突かれていく。

 

このはは自身の魔法武器である両刀薙刀を振るい、槍の矛先を弾き続ける防戦となる。

 

「私達は同性愛者に敵意を抱いてるわけじゃないわ!!」

 

「嘘よ!!フェミニズムを否定するのは同性愛者を否定してるのと同じよ!!」

 

「疾病を患った人に抱くのと同じ感情を持っているだけ!感染が食い止められたらそれでいい!」

 

「やっぱり同性愛者を差別してる!!同性愛者を病人にしてる奴らの方が頭の病気なのよ!!」

 

「風邪をひいた人を差別するの!?家で安静にして心の風邪を早く治して欲しいだけよ!!」

 

「レナ達を病人扱いしないで!!同性愛を否定するのは魔法少女の絆を否定するのと同じよ!!」

 

打ち払われた槍の勢いを利用し、頭上で回転させた後に横薙ぎ打ちをレナは放つ。

 

両刀薙刀の柄で受け止めようとするが、このははレナの姿が別人になっているのに気付く。

 

「アァァァァーーーッッ!!!」

 

変身魔法でももこに変化した一撃がこのはに決まり、武器ごと体が弾き飛ばされる。

 

公園の木に背中を強打して倒れ込む長女の援護に入るため葉月が武器を構えて迫っていく。

 

「やらせないよ!!」

 

レナの後方にいたかえでが湾曲した魔法の杖を構えて魔法を発動。

 

大量の植物が地面から召喚され、葉月に迫りくる。

 

「ちっ!!」

 

側方宙返りを行い絡みつこうと迫る植物を跳躍回避。

 

勢いのままさらに跳躍し、連続回転斬りを行い植物のツタを切り裂きながら着地。

 

ももこの姿をしたレナが迫るが、大剣の技術までは真似出来ないため変身を解く。

 

「さゆさゆは言ってた!女性らしさは女を抑圧するために男社会が生み出した偏見だって!」

 

右薙ぎ、左薙ぎとレナは連続して槍を振るうが、葉月は二刀流の武器を駆使して弾いていく。

 

防戦一方となるが、葉月は懸命に交渉を試みようと叫ぶのだ。

 

「自分の考えを他人に委ねたらダメだよ!たとえそれが有名人であっても!!」

 

「アンタまでさゆさゆを馬鹿にする気なの!?さゆさゆを馬鹿にするヤツは許さないから!!」

 

「女らしさは偏見じゃない!現実を自分達の都合の良いように歪められてるって気づいてよ!」

 

「さゆさゆが間違ったことを言うはずがないわ!!間違ってる悪なのは男とその味方の方よ!!」

 

権威主義に汚染され尽くした者が揺るぎない正義感をぶつけてくる。

 

自分達が間違っている可能性を考えようともしない。

 

大好きな存在が語る言葉の裏で巻き起こる弊害など知る努力もしないし、知った事ではない。

 

社会正義を振りかざす者達とは何処までも我儘であり無責任。

 

その行動は病的であり、他者に伝染する傾向が強い。

 

同性愛活動家はフェミニストと結託して異性愛社会の慣習を破壊する。

 

その尖兵にされているとも気が付かず、フェミニズムを信じる魔法少女達は正義を掲げていく。

 

<<ウーマン・リブ!!ウーマン・リブ!!ウーマン・リブ!!>>

 

痛覚を麻痺させたフェミニスト魔法少女達が、いつの間にか掛け声を上げている。

 

自分達の正義が女性社会と同性愛社会を守るのだと固く信じる叫びの光景だ。

 

「聞こえるかい?女性解放を叫ぶ魔法少女達の声が?」

 

大剣を構えるももこが目の前のななかに言葉を放つ。

 

息を切らせたななかの魔法少女衣装は所々が切り裂かれ、両手も未だに痺れが強い。

 

「魔法少女社会の長として、彼女達の切実な言葉を聞き届けるのが役目だろ」

 

「批判なら甘んじて受け入れる所存です。ですが、我儘で無責任な理屈ならば別です」

 

「女性解放が我儘で無責任だと!?我儘で無責任なのは男社会の方だぁ!!」

 

「貴女方が掲げる男女平等とは、同性愛のノーマライゼーション。異性愛社会の脱感作です」

 

「それを望ませた原因は…男社会の道徳観が繰り返した偏見に満ちた抑圧だ!!」

 

「男の道徳観は偏見に満ちた社会維持を望むと叫ぶ。ですが、道徳はそんなものではありません」

 

常盤ななかは人類が育んできた道徳観をこう信じる者。

 

道徳とは、人類が蓄積してきた充足に至る健全な生き方についての知恵の集大成にほかならない。

 

「健全な生き方から外れる行為を行う同性愛者とフェミニストを…私はこう言ってあげましょう」

 

――異性愛社会に病魔の思想を撒き散らす…()()()だと。

 

その言葉を女性である自分の侮辱だと思い込んだももこの眉間にシワが寄っていく。

 

大剣の柄を握る力が増し、一気に踏み込む。

 

「この裏切り者がぁーーッッ!!!」

 

ななかも同時に踏み込む。

 

チャージして威力が増した袈裟斬りを放つももこの右側に抜け、右肘打ちを右側頭部に決める。

 

怯まず右薙ぎを狙うが、ななかの左肘打ちの方が先に肋骨にヒット。

 

「ぐっ!!」

 

肋骨が折れる音が響き、怯んだももこの左側頭部に向けて回し蹴りを放つ。

 

鈍い音が響く。

 

しかし、ももこの顔を見たななかは戦慄したかのような冷や汗が浮かぶ。

 

ももこは蹴り飛ばされることなく踏ん張り、ななかの蹴りを受け止めきったのだ。

 

「うぉぉぉーーーーッッ!!!」

 

片足立ちで態勢が不安定な相手に向け、体当たりを仕掛ける。

 

「きゃぁ!!」

 

痺れがまだ残る両手から二刀小太刀が零れ落ち、大きく弾かれ地面に倒れ込む。

 

「ななかさん!!!」

 

助けに向かおうとする夏目かこだが、フェミニスト魔法少女達に阻まれて向かうことが出来ない。

 

「「ななかぁ!!!」」

 

同時に叫ぶあきらと美雨だが、こころとまなかの猛攻が凌ぎきれず救援には向かえない。

 

鈍化した世界。

 

怒り狂ったももこが大剣を背負うようにして構え、一気に跳躍。

 

「ななかぁーーッッ!!!」

 

葉月も叫ぶが、レナの槍が邪魔して助けには向かえない。

 

「チャンス逃してたまるかぁぁーーーッッ!!!」

 

一刀両断を狙うが如く唐竹割りの構え。

 

「くっ……!!」

 

起き上がろうとするが間に合わない常盤ななかが最後に見た光景とは…。

 

「「えっ!!?」」

 

空中で構えたももこの大剣に向け、青白い光の一撃が刃に直撃。

 

大剣が大きく弾かれ、ももこは唐竹割りを行う事が出来ないまま着地。

 

武器を失ったももこが視線を向けた先にいた魔法少女とは…。

 

「れんちゃん…?」

 

魔法の杖を構えて攻撃を放ったのは、五十鈴れん。

 

駆けつけたのは彼女だけではない。

 

「何っ!!?」

 

公園内に飛んできた魔法の試験管が砕け散り、大量のマグネシウムが強い光を放つ。

 

眩い光で目が眩み、全員が戦いを中断してしまう。

 

両腕で光を遮る姿をした魔法少女達に向けて、怒鳴り声が響く。

 

<<この大馬鹿者共!!仲間同士で潰し合うのもいい加減にしろぉ!!!>>

 

全員が視線を向けた先には、駆けつけた中央の魔法少女達の姿。

 

江利あいみ、都ひなの、木崎衣美里、綾野梨花。

 

そして……。

 

「あ…あぁ……」

 

ももこの体が震えていく。

 

中央の魔法少女達の中にいる魔法少女の姿に釘付けとなってしまう。

 

「なんで…なんでここに現れるんだよ…」

 

中央の魔法少女達と共に現れたのは、ももこの大好きな親友。

 

悲しみに満ちた顔をした八雲みたまであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

新たに現れた中央の魔法少女達を見て、フェミニスト魔法少女達は睨んでくる。

 

彼女達がフェミニズムに反対している事は聞いているからだ。

 

「加勢をしに現れたわけ!?男に味方をするなら容赦しないわよ!!」

 

「貴女達だって魔法少女でしょ!魔法少女の絆を邪魔する存在は男だって分からないの!?」

 

魔法少女の絆という、美しい百合(リリス)の世界だけを尊ぶフェミニスト魔法少女達。

 

その光景はさながら、やちよの治世時代に繰り返された光景と同じ。

 

百合の世界が美しい友情でしかないのなら、堂々と男が挟まりにきてもいいはず。

 

しかし、それでは百合にはならないと百合を尊ぶ者達は口を揃えて言うだろう。

 

百合の中身は同性愛でしかないのに友情だと言い張るのは、もはや支離滅裂の理屈。

 

欺瞞を用いてでも譲れないのだ。

 

魔法少女同士の美しい絆の世界に男が挟まりにくるのは。

 

ひなのが言い返そうとするが、梨花が肩を掴む。

 

「お願い…都先輩。ここはあたしにやらせて」

 

静かに頷き、ひなのはフェミニスト魔法少女達の元に向かう梨花の背中を見送る。

 

彼女達の前に立ち、梨花は同性愛者として言葉を紡ぐのだ。

 

「みんな…聞いて欲しいの。あたしはね……レズビアンなの」

 

突然の同性愛者発言を受け、フェミニスト魔法少女達は動揺の声を漏らす。

 

「あたしのような同性愛者のために皆が戦ってくれてるのは嬉しい。だけどね…間違ってるよ」

 

同性愛者でありながら同性愛のために戦うフェミニスト魔法少女を否定する。

 

これには彼女達も激怒し、罵倒の叫びが上がっていく。

 

「アタシ達が間違ってるですって!?レズビアンのアンタのために戦ってるのに!!」

 

「そうよ!貴女もレズビアンなら…女の子同士の愛の世界に男が挟まりに来るのが憎い筈よ!!」

 

カリフォルニア大学の有名な精神医学者は、同性愛者の行動は復讐が原動力だと言葉を残す。

 

今の彼女達の叫びこそ、百合を侵害する男に向けた剥き出しの復讐心そのものだと言えるだろう。

 

「あたしもね…男の人が憎かった。だから魔法少女契約を利用して…男の人を遠ざけたんだ」

 

「私達と同じ気持ちだったのに…どうして突然男の味方なんてする気になったの!?」

 

梨花の顔が俯き、両手を握り締める。

 

向き合うのが辛い過去と、同性愛者としての優越性を求めたいエゴ。

 

それでも梨花は逃げない。

 

現実逃避を選んだところで苦しかったのは経験済みだからだ。

 

震えながらも梨花は語ってくれる。

 

自分が犯した過ちから学んだことを。

 

「自分を騙してきても辛かった…愛した幼馴染の気持ちを踏み躙ったのが辛かった!!」

 

自分の過ちを認めて愛した幼馴染を男に託し、見送った時の感情が蘇っていく。

 

涙が溢れ出す梨花は訴えてくれる。

 

「男の人にだって優しい人は大勢いるよ!それを認めたくなくて……あたしは罪を犯したの!!」

 

「ア…アタシは……」

 

「怖かったの!!男の人が素敵だったら…愛した人が奪われちゃうって…怖かったの!!」

 

「私……その……」

 

フェミニズムに染まった新参の魔法少女達が振り向き合う。

 

見つめ合う先にいるのは、苦楽を共にしても良いと思えるほどに大切な魔法少女の姿。

 

「あたしの気持ちは…皆と同じだよ!!だけど…もう踏み躙りたくない!!」

 

――愛した女の子の本当の幸せを踏み躙るぐらいなら…あたしはフェミニズムを求めない!!

 

「だって…大切な女の子を騙しながら付き合っていくのが……つらかったからッッ!!!」

 

両膝が崩れ、梨花は顔を覆いながら号泣してしまう。

 

彼女が向き合ってくれたのは、フェミニズムを掲げていた魔法少女達と同じ気持ち。

 

だからこそ、新参の魔法少女達の心に深く届いてくれる。

 

「アタシは…大切なパートナーを…騙してたの…?」

 

「私は…間違ったことを…大切な人にやらせてたの…?」

 

梨花の苦しみを共有出来た新参の魔法少女達の手から魔法武器が落ちていく。

 

「ご…ごめん…アタシ…その……」

 

「ううん…いいの。この子のお陰で…私達はこの子の過去と同じ苦しみを背負わずに済んだわ…」

 

「アタシも…男が優しいと認めるのが怖かった。けど…大切な人を騙し続けるのは…もっと怖い」

 

「私もよ…。やり直して…いけるかな?」

 

「そのチャンスを…目の前の勇気ある魔法少女仲間が…与えてくれたんだよ…」

 

フェミニズムを掲げた同性愛者達が己のエゴと向き合い、克服してくれる。

 

それが大切に思うパートナーのためにならないならば、エゴや思想よりも大切な人を優先したい。

 

梨花と同じ気持ちになれた魔法少女達が抱きしめ合い、嗚咽をこらえる音が響いていく。

 

感極まって泣きそうなひなのの横を超え、れんが走ってくる。

 

泣き喚く梨花の横で両膝を屈め、抱き締めてくれる姿。

 

「やっぱり…梨花ちゃんは…勇気ある人です…」

 

「あたしぃぃ…ヒックッ…あたしぃぃぃぃ……ッッ!!」

 

「梨花ちゃんは…女の子の気持ちを踏み躙る人じゃないです…。女の子の心を…救う人です…」

 

「あぁぁぁぁ~~…グスッ…ヒック……アァァァァ~~……ッッ!!!」

 

「私も…梨花ちゃんに救われた女の子です。だから梨花ちゃんと一緒に…生きたいです…はい」

 

言葉にならない叫びの中で、梨花は感謝の言葉をれんに送る。

 

それでも言葉にならないから、梨花はれんに抱き着きながら泣き続けていった。

 

……………。

 

ひときわ大きな音を立て、武器が地面に転がり落ちる。

 

両手に持っていた機械仕掛けの巨大トンファーを手放したこころの両膝が崩れてしまう。

 

「私は……」

 

梨花の必死な叫びを聞き届けたこころは動揺を隠しきれない。

 

自分を騙し続けても辛いだけだと気づかされたためだ。

 

彼女の元まで走ってくるのは、親友のあいみ。

 

「こころ!!」

 

駆け寄ってきたあいみが片膝をつき、こころを抱きしめてくれる。

 

「心配したんだから!!家族のことで苦しんでたなら…どうして今まで教えてくれなかったの!」

 

「だって…あいみの迷惑になると思って…」

 

「迷惑をかけない人間なんていないよ!!友達にぐらい迷惑をかけてくれたって良い!!」

 

「私…間違ってたの?お父さんとお母さんの不仲を必死に止めようとしたけど…ダメだった…」

 

フェミニズムを否定されたとしても、両親が不仲な現実は変わらない。

 

こころには両親が喧嘩を起こす原因の根本が見えてはいないからだ。

 

そんな時、あいみはこんな言葉を送ってくれる。

 

「私ね…伊勢崎君と結婚したいと考えてる。だけどね…夫婦生活を妄想してると…怖くなるの」

 

「何が怖いの…?」

 

「もし…私が家事をするのが当たり前になって、伊勢崎君が()()()()()()()()()()()()()()って」

 

それを言われた時、幼かった頃の光景が蘇っていく。

 

夫は仕事はしてくれるけど、家事を行う妻に感謝の言葉や贈り物をしてくれた事があったのかと。

 

「夫婦愛はね…献身という自己犠牲だと思う。それでもね…献身が報われないと…辛過ぎるよ」

 

こころの両目が見開き、確信が持ててくる。

 

母親が家を出て行った原因の根本に気が付かされたのだ。

 

「間違ったなら…やり直せばいい。登り切れなかったら…また登ればいい」

 

声がした方に2人が振り向けば、気絶から目が覚めたまさらが近寄ってくる。

 

「私という休憩所を利用してくれても構わない。何度でも登れるわ…登りたい場所があるのなら」

 

「こころは登山が好きだよね?だったら!疲れたこころの体は私が山頂まで背負っていくわ!!」

 

「あいみ…まさら…私…わたしぃぃ……ッッ!!!」

 

両目に大粒の涙が浮かび、こころは2人に抱き着いてくる。

 

あいみとまさらもこころを抱きしめ、親愛というものが何なのかを噛み締めるのだ。

 

「まなかは女です…。女は男のように社会に出て働いたら…ダメなんですか?」

 

両膝が崩れ、魔法武器のフライパンを両手で抱きしめたまま震えるまなかの姿。

 

その姿は、夢であり目標のコックさんの道を捨てたくないという縋りつきにも見えてくる。

 

「平等という、男性的な力を女性が求めた時…女性は女らしさを失うと思うんだ」

 

近寄って来たのは、あきらと美雨。

 

「ボクは空手道場の師範代として、男のような強さを求められた。応えてきたけど…失ったよ」

 

「それは…()()()()()()()()というものですか…?」

 

「男の門下生達と一緒に働く職場みたいなものさ。女は男の領域に進出すると…らしさを失う」

 

「女らしさを失ったら…何が起きるんですか?」

 

「女らしさを求められなくなる。性的な目で見られたとしても…守る価値は無いと思われる」

 

「…男は弱い女を守りたいという本能があるネ。女が自立したら…男は女の人生を守らなくなる」

 

「ボクは門下生達以上の力を持ってきた。だからルームメイトみたいな関係しか作れない…」

 

「平等を求められた弊害ネ。自然の在り方を否定しても、男達の心は離れていくだけヨ」

 

まなかは将来の自分の姿を想像してみる。

 

例えば、世界一のコックさんとして成功したとする。

 

コック業界で知り合った男性と結婚することが出来たとする。

 

その過程において、平等な関係であるために巻き起こる弊害を想像出来るだろうか?

 

平等故に夫は妻の活躍に嫉妬し、いつしか守るという自己犠牲を与える価値はないと思われる。

 

弱い女で無いのなら、自立出来るのなら、()()()()()()()()()()()()()()

 

男のプライドは本能であり、捨てられないもの。

 

いがみ合いの末、男は強さを求めた女を捨てていくのだ。

 

「女は男と競い合い、同時に愛を求めることは出来ないヨ。男の領分である力を求めたからネ」

 

「男と女の力の綱引きだね…。ボクはそのせいで…力を得られたけど…守られない女になった」

 

「まなかは…世界一のコックさんになったら…守られない女になるんですか?」

 

「お前も女の子なら、白馬の王子様が私を守てくれると憧れたはずネ。でも、平等を望めば別ヨ」

 

――白馬の王子様は守る価値の無い御姫様とセックスして、犯り捨てていくだけヨ。

 

コックになりたい願望と、女としての本能がせめぎ合う。

 

「仕事をとるか…家庭をとるかネ。女として生まれた自分に問い続けると良いヨ」

 

フライパンを抱きしめながら蹲り、すすり泣く音が響く。

 

あきらと美雨はまなかの人生の選択を尊重するために、これ以上は口を開かなかった。

 

月咲はあいみとこころ達の会話が聞こえたため、両膝が崩れたまま泣いている。

 

「ウチも…感謝が欲しかった!家事をしてくれてありがとうって言ってくれたら…耐えれたよ!」

 

「月咲ちゃん…わたくしは…その……」

 

月夜は自責の念に駆られていく。

 

人は迷惑をかけるのが当たり前だから許すべきだという思想を信じた者が、許さない者になった。

 

見たいものを見たいという欲が心を曇らせ、偏ったものしか見えなくなった己自身を恥じていく。

 

その光景はレナとかえでも同じであった。

 

……………。

 

立ち上がった常盤ななかの前まで歩いていくのは、八雲みたま。

 

立ち止まり、ななかの前で謝罪の言葉を述べてくる。

 

「……本当にごめんなさい。もう少しで…貴女の命をももこが…」

 

「…いいんです。後の事は…お願いしますね」

 

「……分かったわ」

 

再びみたまは歩き出す。

 

目の前にいるのは、震えながら後ずさる十咎ももこの姿。

 

親友を遠ざけたこと、男を罵倒したこと、魔法少女社会を混乱させたこと、凶剣を振るったこと。

 

あらゆる罪悪感が心の中で噴き出してしまい、逃げ出したい衝動が体を操る。

 

何よりも辛いのは、それらは全てみたまが好きになった男に向けた復讐心が原因だったこと。

 

「逃げないで、ももこ!!」

 

ももこの体がビクッと大きく震え、立ち止まってしまう。

 

追いついたみたまがももこの前で立ち止まる。

 

「ア…アタシは……その……」

 

頭の中がグチャグチャとなり、言い訳一つ出す事が出来ない。

 

怒りに来た母親に怯えた娘のような表情を浮かべることしか出来なかった。

 

「……ももこ」

 

みたまの手が持ち上がっていく。

 

ぶたれるのだと思ったももこは、両目を瞑ってしまう。

 

「……えっ?」

 

体に温かい感触を感じる。

 

両目を開ければ、みたまはももこの体を抱きしめてくれていた。

 

「…貴女はいつだって、自分を犠牲にして誰かを守ろうとする。優しい子だから…」

 

「調整屋…?」

 

「戦う力が無い私や、魔法少女仲間や、頼ってくれた人達のために…守る者になってくれる」

 

――でも、それは本当に…ももこが望んだ本心だったの?

 

それを問われた時、ももこの心臓が大きく高鳴る。

 

十咎ももこは姉御肌で男っぽい性格の娘。

 

気さくで面倒見がよく、度が過ぎておせっかいだから頼られる存在にされた少女。

 

だがしかし、彼女は本当に男のような性格と強さを求めた少女であったのだろうか?

 

親友の八雲みたまは知っている。

 

「本当のももこは…誰よりも女らしさに憧れてた子」

 

「ア…アタシ…」

 

「可愛いぬいぐるみや服が大好きだし、アイドルの世界に憧れたし、女らしさに憧れた子よ」

 

女らしさとは何か?

 

それは、()()()()()()()()()()()()()()()()ような…()()()()

 

「みんな…貴女を頼り過ぎていた。私も…レナちゃんも…かえでちゃんも…だから断れない」

 

自分がずっと隠していた感情を語られるももこの心に、熱い感情が迸っていく。

 

「ごめんなさい…ももこ。私達のせいで…貴女は本当の自分を隠す生き方しか出来なかった」

 

本当は知って欲しかった自分の弱さに気が付いてもらえた。

 

ももこの両目に大粒の涙が浮かんでいく。

 

「弱くてもいいの…弱くても私はももこを嫌ったりしない。カッコつけなくてもいいの」

 

――私はね…どんなももこでも…大好きになれるから。

 

ももこの両膝に力が入らなくなり、抱き締めたまま2人は地面に膝をついていく。

 

「アタシ…アタシィィ…ッ!弱いんだ…本当は臆病で…勇気がなくて…弱いんだぁぁ…ッッ!!」

 

「うん…それが言えたももこはね…とっても可愛い女の子よ」

 

「本当は…守られたいんだ…ッッ!好きな人が盗られたり…遠ざかったら…寂しいんだッッ!!」

 

「ずっと…()()()()()()()()()()のね。でもいいの…本当のももこは…凄く女らしいわ」

 

「調整屋みたいに…みたまみたいに…守られたいッ!!弱いアタシを誰か守ってよぉ…ッッ!!」

 

ももこの両手が伸び、みたまの背中を抱きしめながら泣きじゃくる。

 

みたまも強くももこを抱きしめ、二度と離れないと誓うのだ。

 

「これからは私も貴女を守っていく、支えていくわ。だからね…本当のももこのままでいてね…」

 

「アァァァ~~~……ッッ!!!!」

 

熱い雫が流れ落ちていくももこの頬に、雪の雫が触れてくれる。

 

気が付けば、1月の夜空からは雪が降り落ちてくる美しい光景。

 

心が熱くなった魔法少女達の体と心を癒すようにして雪が降り続く冬の夜。

 

そんな夜空の下で、弱さを抱えた魔法少女達は気づくのだ。

 

敵なんて…()()()()()()()()()のだと。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「…認めぬ…認めぬぞぉぉ…ッッ!!」

 

雪が降りしきる公園を一望出来る廃ビルの屋上には、人間に擬態したアンドラスの姿。

 

顔は憤怒に歪み、怒りを隠しきれない。

 

アンドラスとイルミナティがもっとも見たくない光景が眼前に広がっているためだ。

 

「人々の人間的成長を阻害するための憎しみ…それを覆すのが愛!だから滅ぼさねばならぬ!!」

 

同性愛者の大多数は、ただ干渉されたくないと望む善良な人々。

 

だが、金融エリートが支配する財団や巨大企業は同性愛者をNWOの道具として利用してきた。

 

同性愛者の団体に資金を与え、社会の異性愛の基盤を破壊するために使い潰そうとした。

 

そのために男に向けた憎しみを利用してきたが、それを覆されたのだ。

 

「不快な存在を憎め!!攻撃しろ!!憎しみを克服する愛など…捨ててしまえーッッ!!!」

 

アンドラスが正体を表し、梟の頭部をした悪魔と化す。

 

両翼を広げたアンドラスの目が瞬膜となり、再び扇動魔法を放とうとする。

 

だが、それは迂闊な行為。

 

悪魔化したため周囲に魔力をハッキリと示してしまう。

 

自分の居場所はここだとアピールしているようなものだ。

 

<<貴様の心臓、貰い受ける>>

 

アンドラスが向こう側の廃ビルから感じた魔力に気が付いたが、もう遅い。

 

魔法少女達が集う公園の夜空を、一筋の赤い流星が飛翔していく。

 

「がっ……あっ……?」

 

アンドラスが胸を見れば、貫通して巨大な穴が開いている。

 

自身の心臓は後ろ側の入り口近くの壁に突き立てられていた。

 

アンドラスの胸を貫いた魔槍こそ、ゲイボルグ。

 

「申し訳…ありま…せん…閣…下……」

 

後ろに倒れ込んだアンドラスの体が砕け散り、MAGを夜空に向けて放出。

 

その光景を向こう側の廃ビル屋上で見つめていたのは、三体の悪魔達。

 

「ジャックポット。ど真ん中だ」

 

不敵な笑みを浮かべるのは、黒のトレンチコート姿をした嘉嶋尚紀。

 

隣にいるのは、悪魔化したクーフーリンとケルベロス。

 

飛んできたゲイボルクの柄を掴み、クーフーリンは尚紀に振り向く。

 

「あれは堕天使アンドラスだ。扇動を得意とする堕天使であり、人々を争わせることを好む」

 

「ボルテクス界では出会わなかった悪魔だが、出会っていたなら真っ先に殺したい悪魔だな」

 

「アノ悪魔…生体エナジー協会ニ現レタコトモアッタ。イルミナティ関係者デ間違イナイ」

 

「今回の騒動の影にも、イルミナティの影がチラついていたというわけか…」

 

「だからこそ、我々も陰ながら動いている。イルミナティ共に好き勝手されるのは腹が立つ」

 

「奴ラニハ借リガアルカラナ」

 

「イルミナティが絡んでると分かった事だし、気乗りしてなかった悟空も動いてくれるだろう」

 

「孫悟空カ…。セイテンタイセイト呼ビ過ギタセイカ…未ダニ戸籍名ガシックリコナイ」

 

「じきに慣れるさ。それよりも…」

 

屋上から下界を見下ろす。

 

尚紀の視線の先には、常盤ななかの姿。

 

「…よく頑張ったな、ななか。それでこそ、俺が太鼓判を押した魔法少女なだけはある」

 

「善悪を超えた者…か。あの少女の生き方こそが…中庸(NEUTRAL)だ」

 

「LAWニモCHAOSニモ惑ワサレルコトノナイ豪ノ者。ソレ故二双方ヲ敵二回ス」

 

「中庸の道はあまりにも苦しい。それでも…俺はNEUTRALを探していかなければならないんだ」

 

「秩序でも自由でもない、道なき道を探す者か…。まるで幻を追いかけているような気分になる」

 

「それでも…ついてきてくれるか?」

 

それを問われた時、クーフーリンとケルベロスは微笑みを見せる。

 

「勿論だ、尚紀。かつての世界同様、私の槍はお前に預けている」

 

「我モマタ使命ヲ負ウ者。汝ガ何者ニナルノカヲ見極メル者ダ」

 

それを聞けた尚紀も微笑み、踵を返した悪魔達が夜の街へと消えていく。

 

去っていく時、尚紀はこんな言葉を口にする。

 

「インキュバスからの情報では、もうじきリリスがこの街に現れる」

 

「いよいよか…激戦となるだろう」

 

「リリスガ分霊デアルニシロ本霊デアルニシロ、侮レヌ相手ダ」

 

「だからこそ…これは俺達の戦いとなる。魔法少女達に戦いを押し付けるわけにはいかない」

 

降りしきる雪の中、悪魔達の足跡が雪によって消されていく。

 

その光景は魔法少女達も同じであり、今宵は一晩中降り続くだろう。

 

まるで争いがあった世界を美しき世界へと変えてくれる雪景色。

 

夜空を見上げる尚紀には、それが懐かしい景色を思い出させてくれるような気がしたのだ。

 




辛い気持ちをチャージすることしか出来ないチャージももこちゃんも大団円といったところですね(汗)
本当は弱い女の子を描いてると、男塾塾長江戸島平八のセリフが頭に浮かびます。
男なら幸せになろうと思うな!幸せになるのは女と子供だけでいい!
男なら死ねい!!


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178話 悪魔崇拝サイン

男らしさとは力である。

 

男は私的な集団である家族に、物理的、社会的、文化的な枠組みを与えてくれる。

 

男は守り、養う存在で、リスクを恐れず冒険心に富み、必要なものを造っていける存在だ。

 

女らしさとは愛し愛されることである。

 

女性の心には夫と子供の世話をする本能が宿っていて、その見返りに愛情が男に要求される。

 

女性は体に血液を循環させる心臓のように、家族に愛を巡らせることが出来る存在なのだ。

 

その愛を男に一押しさせるために必要なものこそが、彼女達の愛という自己犠牲。

 

夫と子供、家庭への献身という愛情こそが、女性を女性らしくしてくれる。

 

男が力を求め、女が愛を求める生き物ならば、異性愛とは二つの要素を与え合う行為。

 

女性は男性を信頼して、自分が持っている愛を差し出す。

 

女性は男性への信頼によって愛情を表現し、男性はその信頼に応える契約関係を結ぶことになる。

 

男性が女性の信頼を裏切れば契約関係は崩れ、力を失うことになるだろう。

 

女性は男性のリーダーシップを受け入れる代わりに、真に求めているものを手に入れる。

 

それこそが、愛した女性への忠実な愛情と男性の力。

 

女性は男性的な力に憧れをもつ生き物。

 

しかし、それは男性こそが与えるべきだとしたものこそが古来から続く道徳観。

 

舵の無い船(女)は何処にもいけない。

 

船の無い舵(男)など役に立たない。

 

男女は協力し合う事によってはじめて厳しい社会で生きていくことが出来る。

 

それこそが、唯一神から楽園を追放された男女が生き残ることが出来た…原点の在り方。

 

男(陽)と女(陰)が描く陰陽太極図であり、強固なハニカム構造をした六芒星だ。

 

伝統的な男女の役割分担が抑圧的、男尊女卑だなんて大間違い。

 

伝統的な役割を柔軟に解釈するだけで、女は女らしい幸せを得る事が出来るのであった。

 

……………。

 

「…以上が、今の神浜魔法少女社会で起きている問題の報告よ」

 

大きな暖炉前に置かれた高級家具に座っているのはペレネルであり、後ろには護衛のタルトの姿。

 

ペレネルに内偵報告を行っているのはリズであった。

 

暖炉の灯りに照らされた眼鏡を指で押し上げ、ペレネルは溜息をつく。

 

「フェミニズムに汚染され尽くした欧米だけでなく…この国まで汚染されていたというわけね」

 

「マスター、フェミニズムとは何ですか?私は神学者なので政治には疎いです」

 

タルトの疑問に対し、ペレネルは手短に説明を行ってくれる。

 

それと同時に、フェミニズムによって欧米が深刻な社会汚染に晒されていることも語ってくれた。

 

「欧米の女性はね…不感症に苦しんでる。セックスしても集中出来ずに気持ちよくないと言うの」

 

性的な話題になってしまったが、感情がほとんどない造魔達は気にせず口を開いていく。

 

「何故…そのような心理的な病気になったのでしょうか?」

 

「不感症を患う女はフェミニズム的な精神をもつわ。そのため情動停止が起こり性的反応が鈍る」

 

「一種の発達障害ですね…その原因は何処からきているのでしょうか?」

 

「フェミニズムによって女らしさを失った弊害よ。そのため肉体的にも精神的にも満足出来ない」

 

ペレネルは出版されたが政治的に正しくないと言われて絶版にされた精神科医の本の内容を語る。

 

医師によると、女性の本質は本源的な利他行動にあるという。

 

夫と子供を第一に考えることで力が湧き、自己を表現していけるのだそうだ。

 

性的満足や精神的豊かさも、恭順によってもたらされるという。

 

「男性と女性は元来異なる生き物。男性は外的支配を行い、女は精神支配と家庭の支配を司るわ」

 

「フェミの理屈では、それが男社会の抑圧だと言っているようね。神浜の子もそう言ってたわ」

 

「私は中世から生きてきた者よ。昔の男女関係を知る者として、フェミが嘘つきだと分かるわ」

 

「マスターもニコラスさんを夫に迎えて、男女の婚姻を果たした魔法少女でしたね」

 

ニコラスの事を言われたペレネルは溜息をつき、暖炉に振り向く。

 

暖炉で燃え盛る炎の灯りに眼鏡が照らされながら、過去を語ってくれた。

 

「夫と別れた頃から…私も女らしさを失ったと思う。ビジネス世界に行ってから顕著に表れたわ」

 

ペレネルは錬金術師だけでなく、キャリアウーマンとしても大成功を収めた資産家だ。

 

しかし、ビジネス世界で活躍すればする程に女らしさを失ってきたという。

 

「女性はビジネスとは違う存在だわ。全く別の務めを果たすように出来ている…私の経験談よ」

 

「神様が与えた役目ですね…。男は労働の苦しみを、女は産みの苦しみを運命づけられました」

 

「…唯一神から与えられた使命を否定した弊害を女性は味わう。女のアイデンティティを失うの」

 

ペレネルはフェミニズムによって巻き起こる異性愛社会の崩壊を危惧している。

 

現代の女性はもはや女として男から必要とされないまでに落ちぶれてしまっていると考えるのだ。

 

「産業革命前は家族が生の基盤だったわ。女は育児を行い服と食事を用意して農作業を手伝った」

 

「産業革命が起きてから…女性はどのように変化していったのでしょうか?」

 

「子供が重荷になったのよ。必要な物は何でも店で買え、家庭は閑散とした場所に変質したわ」

 

「子供は学校に行き、夫は仕事に出る。妻である女は独り家庭に取り残されてきたというわけね」

 

「…これに対抗するために女性が選んだものこそ、女らしさに反旗を翻すことだったのよ」

 

フェミニズム声明的な著書の中には、このような言葉がある。

 

女性は男性とまったく同じである。

 

女性が自分の中の男性的な部分を引き出していくべきだと訴える内容だ。

 

「フェミニズムの教条は、女性の特質や欲求を完全に否定し、男と同じを目指せとあるわ」

 

「産業革命に対する反動こそが…フェミニズムだったのですね」

 

「その反動はもう一つあるの。ヴィクトリア派がその一つね」

 

英国のフェミニズム運動はヴィクトリア時代の初期から第一次大戦までの間に猛威を振るった。

 

ヴィクトリア派の女性は、自分達の性的感情を完全否定することで男性に報復したのだ。

 

彼女達の主張を大多数の男が信じ込み、科学者でさえ不感症は女性の本質だと考えてしまう。

 

「こうして、フェミニストとヴィクトリア派によって現代女性の神経症の素地が作られたわ…」

 

「基本的な女性教育において…生物学的、精神的な女性の理想像が完全否定されたのね…」

 

「大勢の女性達がそれに感化されてしまうなど…神様はどれ程の怒りを感じられたのでしょう」

 

家事、出産、育児、料理、忍耐、情愛、男への献身が貶められてきた。

 

それは唯一神が楽園から追放した原初の男女に与えた運命を完全否定することと同じ。

 

その光景はある意味、原初の男性であるアダムへの復讐の光景とも思えてくる。

 

「それまで目指してきた女性の生き方に、男性の目指す生き方が取って代わる。()()()()()よ」

 

「異性愛社会の未来は…女に滅ぼされる。その光景の一端を…私は神浜の魔法少女社会で見たわ」

 

「百合の間に男が挟まりに来る…だから男を排除する。まさにフェミニズムの理想的な行動ね」

 

「そのような社会で生きるしかない女性は…神様の幸せを得られません。孤独になっていく…」

 

「今までの私のようにね。キャリアウーマン…聞こえは良くても、男の愛からはぐれた負け犬よ」

 

タルトは神学者であるため、その光景が聖書の創世記で語られた女性存在と合致すると考える。

 

その女性は悪魔となり、アダムとエヴァを憎み血筋から生まれる新生児を殺戮する者と化した。

 

()()()()()()()()()()()()男女逆転…まるでアダムと喧嘩して離れていったリリスの望みです」

 

「リリスの理想社会そのもののように私も感じるわ…。資本主義社会こそ…悪魔の理想世界よ」

 

かつての創世記において、アダムとリリスはこんなやり取りを起こす。

 

――お前の下にはならない。

 

――お前の上には乗ってもいいが、下にはならない。お前は下になるのが相応しい。

 

――私達は平等だ。共に大地から創られたのだ。

 

ペレネルが語った男女の逆転。

 

それこそが、イルミナティを操る支配的存在でもあるリリスの悲願の光景でもあるのだろう。

 

重苦しい沈黙が場を支配する。

 

そんな時、車の音が外から聞こえてきたためタルトは窓を開けて来訪者の存在を確認する。

 

「尚紀のようです。マガタマの修復がどれぐらい進んだのかを見にきたのでしょう」

 

「急いではいないと言ってくれたのだけど…必要とする程の事態になったのかしら?」

 

「それも踏まえて、色々話を聞いてみる必要があるわね」

 

3人は尚紀を出迎えるために玄関へと移動していく。

 

その光景を静かに見つめているのは、屋敷の屋根の上に立つキュウベぇ。

 

彼はイギリスのインキュベーター個体からの情報を転送してもらい、こんな言葉を残した。

 

「フェミニストとヴィクトリア派の男性憎悪は母から娘に受け継がれ、多くの願いを生んだよ」

 

その望みとは、大勢の女性にとって異性を敵視する憎しみを叶える願い。

 

それによってどれ程のフェミニスト魔法少女を生んだのかは計り知れない。

 

「彼女達の望みは受け継がれ、現代女性にも継がれてきた。根底には男性への憎しみがある」

 

明るい家庭を献身的に支える妻という男性の理想に賛同するフリをすることはある。

 

だが、それは単なるリップサービスに過ぎないとキュウベぇは語っていく。

 

内心ではそのような役目に強い不快感を覚え、男性は基本的に敵であり搾取する存在だと憎む。

 

心の奥底では男性に取って代わり、役割を逆転させたいという願望を持っている。

 

そのことに自覚すらもたない女性も多いのだと語ってくれた。

 

「魔法少女達はフェミニズムによって自分達は救われると信じた。けど、そうはならなかったよ」

 

女性は不感症になり、情緒不安定になって離婚率が跳ね上がる。

 

ノイローゼや同性愛、若者の犯罪も増えた。

 

「全ては女性が真の役目を放棄した結果さ。これもまた、僕達の主神の天罰であり…」

 

――精神を司る感情的な女性達の、自業自得でもあるのさ。

 

原因があるから結果が起こる。

 

これもまた女性達が起こした因果。

 

故にリリス(百合)を崇めるフェミニスト魔法少女達は逃れられない。

 

自らの選択によって破滅していく因果からは逃れられないとインキュベーターは言葉を残した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

自宅の自室にあるベットの上で三角座りをして顔を膝に埋めているのはレナの姿。

 

隣には落ち込んだ表情をしながら机の前に座るかえでの姿があった。

 

「…レナちゃん、もう直ぐ高校進学の受験でしょ?勉強…しなくていいの?」

 

「今のレナ…そんな気分になれないからいい。勉強の手伝いに来てくれたのに…悪いわね」

 

「ううん…いいの。本当はね…勉強の手伝いよりも…謝りに来たかったんだ」

 

かえでの脳裏に浮かぶのは、人間の守護者として立ちはだかった人修羅との戦いの記憶。

 

あの時、かえではももことレナを止めることが出来ずに無意識バイアスという偏りに陥った。

 

周りに流され、勇気が無い自分の保身を優先するように付和雷同を行ってしまった罪の記憶。

 

「私…結局は魔法少女という女の子を優先したかっただけだと思う。ごめんね…止められなくて」

 

「いいのよ…。レナだって…レナやももこ達…それにさゆさゆが一番可愛かっただけなのよ…」

 

過ちを繰り返してしまう愚かな自分への怒りの感情によって、レナの両目に悔し涙が浮かぶ。

 

だが彼女は右腕で涙を拭い、かえでに顔を向けてくれる。

 

「レナ…泣かないから。今回のレナ達が起こした騒動の中で…一番辛かったのは…ももこだから」

 

「私…ももこちゃんに頼り過ぎてたんだね。苦しみに気づいてあげられなかった…」

 

「レナも同じよ…。ももこはいつだって…レナを守ってくれた。だからレナも…甘え過ぎてたわ」

 

「本当のももこちゃんは…私やレナちゃんと同じだった。か弱い女の子でいたかったんだね…」

 

そんなももこを追い込む原因を作ってしまったことを2人は激しく後悔する。

 

それでも、繰り返したくない感情が再び湧いてきたレナとかえでは誓うのだ。

 

「もう…ももこに無理はさせない。日常生活だって…今度はレナがももこを守ってあげるわよ」

 

「私だって気持ちは同じ!私は臆病だけど…レナちゃんと一緒だったらももこちゃんを守れる!」

 

「力を合わせて…ももこを支えていきましょう。あんなにも辛そうなももこは…見たくないから」

 

「やっぱり私達はチームワークだね♪足りない部分を補い合うから…人間関係は築けるんだよ」

 

「今回の騒動で…レナもそれを学べたわ。男社会だって…レナ達の足りない部分を補ってくれる」

 

「男女合わせてチームワークを築けるから…きっと社会を維持する事が出来たんだって…思うよ」

 

2人は頷き合い、自分達の過ちを認め合う。

 

フェミニズムは女性社会を救う思想にはなり得ないと悟ってくれたようだ。

 

ベットから降りたレナがかえでと向き合うようにして机の前に座る。

 

勉強道具を机に並べてはいるが、レナは机の下に纏めてあった雑誌を手に取りかえでに見せる。

 

「それにしても…どうしてさゆさゆはフェミニズムなんかに目覚めたのかしら?」

 

「レナちゃんが好きなさゆさゆって、今では売れっ子の芸能人なんでしょ?」

 

「芸能界に行く前のさゆさゆは…政治の話題なんて公で話すような子じゃなかったわ」

 

「何か目覚めたキッカケを語ってるような記事はないのかな?」

 

「さゆさゆが載ってるから無造作に買っただけだから、全部の記事には目を通してないわ」

 

気になったレナは雑誌の束を机の上に置き、かえでと一緒に記事を確認していく。

 

そんな時、かえでは売れっ子芸能人になった史乃沙優希が写った表紙の違和感に気が付いたのだ。

 

「ねぇ…レナちゃん?これって…偶然なのかな?」

 

「何に気が付いたのよ?」

 

「えっとね…気のせいじゃないと思う。どうしてさゆさゆが写った雑誌の表紙は…」

 

――()()()()()()()()()()()ばかりで統一されているのかな?

 

かえでが感じた違和感を感じ取ったレナが雑誌の表紙を机の上に並べていく。

 

そうすると浮かび上がるものに気が付いたようだ。

 

「な…何よ…コレ?レナ…全然気が付かなかった…」

 

「なんだか…気持ち悪いよね…」

 

まるで統一されたかのように沙優希の片目が強調された写り方。

 

雑誌の表紙を並べたため、机の上は目玉だらけの光景となってしまう。

 

その写り方を体現する悪魔がかつていた。

 

悪魔となる前の暁美ほむらの師匠となり、試練の相手となった魔人。

 

第一の騎士ホワイトライダーが跨っていた目玉だらけの白馬の姿と酷似する光景であったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日本やアメリカ等の芸能界においては、単眼サインで溢れている光景が目立つ。

 

単眼サインとは、イルミナティが崇拝するプロヴィデンスの目を表現するサイン。

 

米国の音楽関係のアーティストや芸能人はイルミナティと契約しないと売れないと言われる。

 

鳴かず飛ばずの売れないアーティストが突然売れ出した時には、国際金融資本が動くようだ。

 

彼らと契約した芸能人はメディアを通して悪魔崇拝の洗脳を広げる役目を与えられる。

 

アルバムのジャケット、ミュージックビデオにはイルミナティを表すサインが組み込まれてきた。

 

世界中の人々が娯楽として消費しながらも、知らない間にイルミナティ教義に感化されていく。

 

イルミナティは物理的な強制よりも、教育やメディアを通して人々を洗脳する事を重視する存在。

 

その尖兵として利用されてきたのが芸能人や映画スターだったというわけだ。

 

しかし、次第に耐えられなくなった芸能人も多くいる。

 

悪魔崇拝を自分の音楽や芸能活動で広めることに対し、後悔するようになった者達がいた。

 

……………。

 

ここは東京の新宿、夜の歌舞伎町。

 

東京で暮らしてきた尚紀が生活していたエリアであり、相変わらず夜の繁華街は盛況のようだ。

 

新宿歌舞伎町には大人だけでなく少女達も大勢集まる。

 

理由は売春や援助交際、中には人身売買の被害に合う少女もいた。

 

彼女達が新宿に集う原因は、推しの男達に金を貢ぐこと。

 

ホストやコンセプトカフェのコスプレ店員、それに地下アイドル男などが彼女達を食い物にする。

 

推しという呪われた言葉に女の子達はたぶらかされ、正常な判断を下せなくしてしまったようだ。

 

彼女達が集うエリアから因んで、トー横キッズと呼ばれるようになっていった少女達である。

 

今日も歌舞伎町にはそんな少女達が大勢集まっているようだ。

 

「ねぇ…見てよあの子?」

 

16歳ぐらいの少女が椅子に座っている少女を見て、怪訝な表情を浮かべる。

 

「サングラスとマスクなんてつけて…どういうつもりなわけ?」

 

「もしかして、有名人とか?」

 

「そんな人がこんな場所をうろついてるわけないでしょ~」

 

「だよね~」

 

気にするのを止めた少女達は再びスマホに視線を向け、援助交際の声が掛かるのを待つ。

 

そんな光景をサングラス姿をした少女は見つめながらも、マスクの中で溜息をつく。

 

(沙優希…逃げてきちゃった。彷徨ってたらこんな場所に来たけど…何だか凄く怖い場所…)

 

私服姿をしたサングラス少女とは、今では売れっ子芸能人となった史乃沙優希。

 

どうやら所属事務所から逃げ出してしまい、東京を彷徨った果てに歌舞伎町に辿り着いたようだ。

 

膝の上に置いた両手をギュッと握り締める。

 

心細いのか、サングラス奥の瞳には涙が浮かんでいた。

 

(帰りたい…。神浜市に…みんなのところに帰りたいよぉ…)

 

神浜市の魔法少女達に助けを求めることは出来ない。

 

彼女はスマホを持たされず、SNSや電話さえ利用することが出来ない。

 

SNS活動は事務所が行い、保護者からの連絡も沙優希のマネージャーが管理しているからだ。

 

着の身着のままで飛び出してきたため、小銭すら持ち合わせがなかったようである。

 

(友達が欲しかったから…アイドルになった。芸能人になったら…友達が増えると思ったのに…)

 

彼女の脳裏に浮かぶのは、スポンサーの命令を遂行するかのような事務所命令。

 

沙優希は自分が思ってもいないことを記者達に向けて語らされてきた。

 

それをさも本心のように語れと命令されてきたのだ。

 

所属する芸能事務所の意思に逆らうのは、スポンサーへの背信行為。

 

資本主義社会に組み込まれた者として、選択の余地など無かったのだ。

 

「お嬢ちゃん達、トー横キッズだろ?」

 

「えっ?」

 

沙優希が顔を上げれば、防犯ボランティア活動を行っている数人の男達。

 

奥の少女達の方にも目を向ければ、同様の人物達が声をかけているようだ。

 

「我々は防犯ボランティアをしている者だよ。この街は危険な大人が多いから守る活動をしてる」

 

「そ…そうなんですか…?」

 

「歌舞伎町を知らないのかい?なら、地方から来たんだろ?そういうトー横キッズも多いんだ」

 

「はい…。地方都市の神浜市から…来ました」

 

「地方から流れて来る子達の多くは…家に居場所がない、虐待を受けているから逃げた子も多い」

 

「沙優希は…家族と仲が悪いというわけではないです。家に帰りたいぐらいなんです…」

 

「そうなのか?では、家族とは連絡を取れないのかい?迎えを呼べないの?」

 

「その…着の身着のままで流れ着いたから…連絡が取れません」

 

「そうか…ならお腹も空いているだろう?我々は炊き出し活動も行ってるからついてくるといい」

 

「えっと…その……」

 

丁度お腹が空いていたのか、空腹を示す音が響く。

 

他の少女達もボランティア男達について行く様子を見て、彼女も流されてしまう。

 

数人のボランティア達に炊き出しが行われているという場所まで案内されていくのだが…。

 

「あ…あの……ここは……?」

 

沙優希が連れてこられた場所とは、誰もいない開けた路地裏。

 

目立つのはスモークガラスで内部を隠した白いミニバンであった。

 

「あ…あの…ここが炊き出しの場所なんですか?他の子達の姿も見えませんが…」

 

怪訝な表情をマスクの中で浮かべる沙優希に振り向く男達。

 

その顔つきが邪悪なものへと変化していく。

 

「馬鹿だね~君?ただのボランティアなんてするわけないじゃん」

 

「今どき正義の味方なんて流行らないんだよ」

 

「えっ!?」

 

男達の態度が豹変したのに慌てた彼女を背後から掴む別の男達。

 

「オラッ!!大人しくこっち来いやぁ!!」

 

「嫌っ!!放して下さい!!」

 

「うひょー!!カワイイお尻してやがるぜぇ♪」

 

「ダメェ!?スカートめくらないでぇ!!!」

 

「サングラスとマスクなんてつけやがって!どんな可愛い顔が隠れてるのかな~?」

 

男が無理やりサングラスとマスクを外す。

 

「おおっ!?お前…もしかして、売れっ子アイドルのさゆさゆじゃねーのか!?」

 

「ラッキー!!こんなデカい獲物が引っかかるなんてよぉ…こいつは楽しめそうだぜ!」

 

「沙優希をどうする気なんですか!?」

 

「決まってんだろ?」

 

邪悪な笑みを浮かべた男がミニバンを指さす。

 

扉が開いたミニバンには、下着姿の男がビデオカメラを手に持ちながら手を振っていた。

 

「お前のハメ撮り撮影会をするに決まってんじゃん♪」

 

レイプされるのだと理解した沙優希は顔が赤面していく。

 

力任せに藻掻く抵抗を行うのだが…。

 

「いやっ!!助けてぇ!!誰かーーッッ!!!」

 

「暴れるんじゃねぇ!!コイツ…細い体してなんて力を出しやがるんだぁ!?」

 

「抑えきれねぇ!?アレを使え!!」

 

数人がかりで抑え込んでいたが、ミニバンまで走っていった男が何かの道具を持ってくる。

 

手に持たれていたのはスタンガンだ。

 

「抵抗するなら覚悟は出来てるんだろうなぁ!!」

 

「や…やめて…やめてぇぇーーッッ!!!」

 

スタンガンの一撃を浴びせられようとした時だった。

 

<<お巡りさん!!こっちです!!!>>

 

男の叫び声が聞こえたレイプ魔達が慌て始める。

 

「くそっ!?誰かが通報しやがったのかよ!」

 

「畜生…こんな大物を楽しめる時だってのに!!」

 

慌てたレイプ魔達が沙優希を解放してミニバンに乗り込んでいく。

 

車は急発進していき、どうにか難を逃れる事が出来たようだ。

 

地面に膝をつきながら泣いている沙優希の元にまで男が近寄っていく。

 

その姿はホストのような服装をしていた。

 

「糞野郎共め…。あんな連中を防犯ボランティアだと思った僕が馬鹿だったよ」

 

両膝を屈め、目線を沙優希に合わせてくれる。

 

「大丈夫だったかい?」

 

「グスッ…ヒック……あなたは?」

 

「ただのホストだよ。休憩中だったんだけど、外を歩いてたら君の叫び声が聞こえたんだ」

 

「グスッ…助けてくれて……本当にありがとうございます…」

 

彼女を助けたのは、尚紀が便利屋活動を行う時の仕事の斡旋をしてくれている人物。

 

歌舞伎町で有名なホストクラブのナンバーワンホストであるシュウであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

怖かった彼女を落ち着かせるため、シュウは沙優希を連れて場所を移動していく。

 

歌舞伎町公園にまで沙優希を連れていき、買ってあげた飲み物を彼女に手渡す。

 

飲み物を口にして落ち着きを取り戻した彼女に向けて、連中が何者なのかを語ってくれた。

 

「連中はボランティア団体の皮を被った反社共さ。自警団を自称して犯罪行為を繰り返す」

 

暴対法で締め付けが厳しくなったのを逆手に取り、対反社という表の組織を作るヤクザは多い。

 

その実態、裏の顔は売春斡旋、薬物取引、人身売買等を目的にしていると語ってくれる。

 

「沙優希…気が付きませんでした。見た目はボランティアをしてる人に見えたから…」

 

「人間はね…()()()()()()()()()()()。善人のフリをしながら近づき、人間を貶めるんだ」

 

「まるで…平和テロリスト集団です。偽装されたら直ぐには気がつきませんね…」

 

「見た目だけでなく、言葉や理論さえ偽装する事が出来る。それに騙される人達は多い」

 

それを言われた時、沙優希は暗い表情を浮かべながら顔を俯けていく。

 

「……史乃沙優希さんでいいのかな?」

 

「えっ?シュウさんは…沙優希を知ってるんですか?」

 

「コンビニ雑誌でよく見かけていたからね。立ち読みしていた時…君の記事を読んだよ」

 

その内容を言われるのが辛いのか、沙優希はまた顔を俯けてしまう。

 

「君は…フェミニズムを信じている芸能人なんだよね?」

 

それを問われた彼女は俯きながら首を横に振る。

 

「なるほど…仕事だから考えてもない理屈を言わされていたというわけか。芸能人は辛いね」

 

「沙優希は神浜市の伝統的な街で育ちました。だからフェミニズム理論は…受け入れられません」

 

歴史地区の伝統的な価値観をアイデンティティにしている彼女は、フェミニズムを嫌悪している。

 

それによって、どれ程の女性達が自由を叫んで社会を混乱させるのかを想像するだけで怖くなる。

 

ホストとしても思うところがあるのか、シュウはこんな話を語り始めるのだ。

 

「トー横キッズ達もそうだけど…今の時代、女性は男性から得られる愛に飢えていると思うんだ」

 

「えっ?」

 

顔を上げてシュウを見れば、まるで憂いを帯びたような表情。

 

異性愛社会がフェミニズムに滅ぼされていく光景を見ながら悲嘆に暮れるような男の顔つきだ。

 

「心から信頼出来る人がいない。うわべだけの付き合いしか生まれず、心細くなっていく」

 

「それによって…あそこにいた少女達は…どうなっていくんですか?」

 

「セックスで人間関係の信頼を作ろうとする。みんな騙されているんだ…フェミニズムに」

 

それを言われた沙優希は、強い罪悪感に苛まれていく。

 

自分は助かったが、連れていかれた他の少女達が傷つけられて捨てられていく事が耐えられない。

 

その後押しをするかの如く、芸能人の自分がフェミニズムをばら撒いた事が苦しかったようだ。

 

「ごめんね…性的な話題になったね。恥ずかしかったかな?」

 

「いいんです…気にしてません。沙優希だってもう18歳ですし」

 

「そうか…18歳以上の女の子なら、僕の話を聞いてくれるかな?」

 

静かに頷き、シュウの話を聞いていく。

 

現代の女性は心から信頼出来る人と出会えず、それを求めるセックスを繰り返す。

 

しかし、セックスを繰り返す程に男達の愛情からは遠ざかっていく。

 

男達はアバズレのヤリマン女など、セックス相手としてなら利用するが、捨てていく現実がある。

 

自ら信頼から遠ざかる行動を繰り返し、彼女達は理想的な存在に縋りつこうと偶像を求めていく。

 

ホスト等の男達は女性が欲している信頼を食い物にして、パパ活や援助交際で金を貢がせる。

 

負の連鎖が起きている根本の原因とは、異性愛をぶち壊しにしたフェミニズムにあると語った。

 

「セックスとは、男女の信頼関係を築く契約だ。それを売り物にして信頼など得られる筈がない」

 

「それを言ってくれるホストの人は…どれぐらいいるんですか?」

 

「…ほとんどいない。女がフェミニズムに染まってくれた方が利益になるんだ」

 

「シュウさんは…女性の弱みに付け込むホストではないんですね。凄く…安心出来ます」

 

「その安心感こそが僕の売りだよ。異性愛社会の伝統こそが、男女関係を固く結べると信じてる」

 

情動停止が解消されれば女性の本能が解放され、再び健全な状態に戻る。

 

それには男を心の底から信頼する気持ちが必要なのだ。

 

男を恐れたり張り合ったりする必要がない事を知り、それが女を守り女性らしさを開花させる。

 

「女性は男性を信頼出来て、初めてセックスは快感となる。恭順は偏見や抑圧なんかじゃない」

 

「沙優希も信頼出来る人と巡り合いたいです。友達が欲しかったから…アイドルになりました」

 

「…君がこれからどう生きるのかは分からない。芸能界で頑張りたいなら…止めはしないよ」

 

それを言われた時、沙優希は決意を持った表情を浮かべる。

 

資本主義社会に組み込まれても、捨てたくない信念があった。

 

「アイドルは…ファンという友達の為にあるべきだと思います。貶める為にあるんじゃないです」

 

「だからこそ、こんな場所にまで逃げてきたというわけだね。自分を偽るのが耐えられないから」

 

「もう直ぐ…神浜市で凱旋ライブイベントがあるんです。その時に沙優希は……」

 

「止めた方がいい」

 

「えっ!?」

 

「ファンを裏切りたくないと、ファンの前で真実を告白する気かい?どれだけの被害額が出る?」

 

「そ、それは……」

 

「ライブは個人でするものじゃない、協賛企業が大勢集まる。君は被害総額を支払えるのかい?」

 

それを問われた時、返す言葉が見つからなくなる。

 

これからも芸能人という操り人形となり、自分のファン達に病魔の思想を撒き散らす以外にない。

 

そんな恐怖に晒されてしまい、芸能界入りに飛びついた自分を激しく呪ってしまう。

 

シュウに縋りつくようにして抱き着き、涙ながらにこう訴える。

 

「沙優希…こんな筈じゃなかった!魔法少女になったのは…友達を貶めるためじゃないのに!!」

 

「魔法…少女……?」

 

魔法少女という存在をシュウは尚紀から聞かされたことがある。

 

アニメか漫画の話かと思ったが、尚紀は嘘をついているような態度ではなかった。

 

彼が語った魔法少女の特徴を思い出し、シュウは抱き着いている彼女の左手を見る。

 

「こ……これは!?」

 

沙優希の左手中指に嵌められたソウルジェム指輪が、穢れの光を放っている。

 

「尚紀さんが言ってた話は…本当だったのか!?魔法少女が実在してたなんて!?」

 

「えっ…?シュウさんは…尚紀さんを知ってるんですか!?」

 

2人が驚愕の顔を向け合っていた時、近づいて来る足音に気づく。

 

公園の入り口に2人が顔を向ければ、立っていたのは沙優希のマネージャー女性の姿。

 

後ろには黒スーツを着た屈強な男達まで控えている。

 

「……見つけたわよ、沙優希」

 

恐ろしい笑みを浮かべながらマネージャー女性が沙優希に近寄り、左手首を掴む。

 

「は、放して下さい!!」

 

強引に沙優希の左腕を持ち上げ、厳しい表情を向けてくる。

 

「な…なんだ…アレは?」

 

シュウの目には信じられない光景が映っている。

 

ソウルジェム指輪が発する穢れの光が、掴んだ手によって吸い出されていく光景。

 

明らかに人間が行える現象ではなかった。

 

「事務所の皆に迷惑かけて、どういうつもり?神浜のライブイベントが近いというのに」

 

「沙優希…もう芸能活動なんて…したくないです!!」

 

「なぜ?貴女はあんなにもファンから頂いたファンレターの数に大喜びしていたのに?」

 

「最初は嬉しかったです!でも…沙優希は言いたくもない話を記者達に語るのは嫌なんです!」

 

「仕事は嫌な事もしなければならない。他の人達は頑張ってるのに、貴女だけ楽したいの?」

 

「それは…その……」

 

「苦しみはいつかきっと貴女の力になってくれるわ。気の迷いで逃げ出した事は…許してあげる」

 

「……………」

 

「帰りましょう、みんな心配しているから。私は貴女の味方よ」

 

「……はい。勝手に出て行って…すいませんでした…」

 

「貴女は皆の期待に応えていればいい。魔法少女として…もう戦わなくても良いのだから」

 

暗い表情を浮かべながらも、沙優希はシュウに向き直り一礼を行う。

 

マネージャー女性の後ろについて行き、停められた高級セダンの後部座席に乗車していく。

 

沙優希の隣に乗ろうとしたマネージャー女性が立ち止まり、後ろに振り向く。

 

「沙優希がお世話になったみたいだから、礼をしてあげて頂戴ね」

 

シュウの前に残されていたのは、屈強な男達。

 

「お前…魔法少女の存在を知っているな?」

 

「運が無かったようだ」

 

景色が異界化していく光景の後ろでは、高級セダンが発進していく。

 

異界に取り込まれたシュウの眼前には、巨大化していく醜悪な存在が屹立する。

 

現実感を全て失い、地面にへたり込んだシュウは…己の死期を悟ることとなるだろう。

 

「すまない……尚紀さん……」

 

振り上げられた凶刃の一撃によって、地面が激しく砕け散る。

 

クレーターの中には、原型を留めない赤い血痕だけが残されたようだ。

 

その日の夜、尚紀と共に歌舞伎町を守り抜いたシュウは…帰らぬ人となった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

1月の第三日曜日を迎える頃。

 

まだ朝日も昇らない時間において、嘉嶋尚紀の家は物々しい空気を出す光景が続いている。

 

「車ノ免許トヤラヲ取ッテオイテ正解ダッタヨウダナ」

 

「クリスは目立ち過ぎる。静かに動くなら目立たない車で向かう方が良い」

 

ガレージの前に立つ人間姿のクーフーリンと、狼犬姿をしたケルベロスが視線を向ける。

 

クリスの横に停められていたのは、フォードのエコノラインと呼ばれるフルサイズバンであった。

 

「犬っころの運転で行くのかよ?事故るんじゃねーの?」

 

歩いてきたのは、カンフー着を身に付けた人間姿をしたセイテンタイセイ。

 

「嫌なら自慢の筋斗雲で向かっても良いのだぞ?」

 

「まぁいいさ。後ろ側で寝てるから、ついたら起こしてくれ…ふわ~……」

 

眠そうな顔つきで後部座席の扉を開けて中に入り込んでいく。

 

「緊張感ノ無イ奴メ」

 

「神経が図太いのだろう。プレッシャーに潰される者よりはマシだがな」

 

「セイテンタイセイノ酷イイビキト共二向カウノカ…ゾットスルナ」

 

ケルベロスも後部座席の中に入り込んでいく。

 

後部座席の扉を閉めるクーフーリンに向けて、隣のクリスがブーイングを浴びせてくる。

 

「アタシも暴れたい~~!!」

 

「今回は隠密行動になる。お前では無理だ」

 

「ブ~~~ッッ!!」

 

クリスのブーイングもどこ吹く風といった態度で運転席側に入り込む。

 

後は尚紀が来るのを待つだけであったのだが…。

 

<<なんだとぉ!!?>>

 

大声が家の方から聞こえ、クーフーリンは視線を明かりがついた窓に向ける。

 

リビングに見えたのは、スマホを持ちながら通話を行う尚紀の姿。

 

その顔つきは動揺を隠しきれない表情を浮かべていた。

 

通話を終えた尚紀を心配そうに見つめるのは、留守番を任されたケットシーとネコマタ。

 

「シュウが…行方不明ですって!?」

 

「そんな…シュウさんに一体何があったんだニャ!?東京で世話になってきた人なのに!!」

 

「連絡をくれたホストクラブの店長の話では…休憩時間中に外に出て行方不明になったようだ」

 

「心配ね…何かの事件に巻き込まれた可能性があるわ」

 

「シュウさんは…とても正義感が強い人だったニャ。きっと誰かを助けようとして…」

 

「シュウ……」

 

シュウがいなくなってしまった事により、尚紀は便利屋として活動していく事は困難となる。

 

それ以上にシュウは友人でもあったため、尚紀の心は心配によってかき乱されてしまう。

 

「…何があったのかは知らんが、今は戦いに赴く時だぞ」

 

視線を向ければ、車に来ない尚紀を迎えに来たクーフーリンの姿。

 

「集中しろ。相手はあのリリスだ…それに他の悪魔共も潜んでいる事態も十分考えられる」

 

「……そうだな。今はそちらが優先だったよ」

 

「ペレネルの造魔達は先に会場に向かってくれている。我々も早く行くぞ」

 

そう言い残してクーフーリンは家から出て行く。

 

事前に手に入れておいたライブスタッフのアルバイト制服を着た尚紀もそれに続いていった。

 

フルサイズバンのヘッドランプに明かりが灯り、車が発進していく。

 

助手席に座る尚紀はスタッフの帽子を目深く被りながらも、視線を外の景色へと向けていく。

 

「シュウ……」

 

彼の脳裏に浮かぶのは、シュウと初めて出会った日の記憶と、便利屋として生きてきた記憶。

 

シュウがいてくれたからこそ、彼は生活が出来てこれた。

 

恩人でもあり友人でもあった大切な人が無事でいてくれる事を願う事しか出来なかった。

 

夜道を進む車が向かう先は神浜アリーナ会場となるだろう。

 

男達は夜道を突き進む。

 

その先にあるのは、男社会を破壊し尽くす野望に燃えた女悪魔の牙城。

 

男の尊厳をかけて譲れない戦いがある。

 

そう決意する尚紀の顔つきには、迷いの色は消えていた。

 




版権ヒロインにちょっとエッチな事をしてしまいましたが、版権ヒロイン達がレ〇プされるような展開は描かないのでご安心下さい。


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179話 死闘

1月の第三日曜日、午後3時。

 

神浜アリーナ前には人だかりが大勢詰めかけている。

 

今日は売れっ子芸能人となった史乃沙優希が行う凱旋ライブイベントがあるためだ。

 

地元ファンだけでなく、遠方からも大勢来場しているためスタッフが列整理を行っているようだ。

 

ブロックごとに観客がアリーナ内に入っていく光景が続く中、遠くからヘリの音が聞こえてくる。

 

神浜アリーナと隣接している高層ホテルの屋上に向けて大型ヘリが着陸していく。

 

屋上のヘリポートには迎えの者達が整列しながら並んでいた。

 

大型ヘリの扉が開き、ラグジュアリーな内部光景が露出。

 

プライベートジェットのような大型ヘリから下りてくる人物こそ、フェミニズムの象徴。

 

キャリアウーマンに相応しい黒のレディーススーツに身を包んだリリスであった。

 

お腹の辺りで腕を組みながら歩くリリスの後ろには女性秘書の姿。

 

「ライブイベントが終わった後の予定ですが、日本のポルノ産業代表者達との会食となります」

 

ポルノ産業は一兆円を遥かに超える産業と言われており、その規模は世界を含めて計り知れない。

 

リリスはポルノ産業にも力を入れており、映画や音楽もポルノを全面的に押し出す政策を進める。

 

目的は、不特定多数の相手に向けて自慰行為を促すため。

 

異性愛社会を浸食することが本命であり、不特定多数とセックスしたいと男達に望ませる。

 

ポルノに夢中になる男達を骨抜きにして、結婚や子孫を残すことを望ませないのが狙いだった。

 

「その予定はキャンセルしなさい」

 

「何か理由があるのでしょうか?」

 

「…今夜は熱い夜になりそうなの。久しぶりに体が疼くのよ」

 

その言葉の意味を理解した女性秘書は頷き、沈黙してくれた。

 

迎えの者達に先導されながらホテルエレベーターに向かっていた時、リリスが立ち止まる。

 

視線を空に向ければ、梟の姿をしたアモンが飛来。

 

リリスは右腕を上げ、アモンは彼女の腕に止まったようだ。

 

「…奴らが潜んでいる。吾輩達を狩るためにな」

 

「もう知ってるわ。私は概念存在である神なのよ」

 

「フッ…未来のタイムラインは確認済みか。では、吾輩達はあのお方が来られるのを待つのみだ」

 

「混沌王様…私達の歓迎を心行くまで楽しんで下さい」

 

不気味な笑みを浮かべ、リリスはアモン達と共にホテルを後にする。

 

迎えの者達が用意したベントレーの大型リムジンに乗り込み、護衛を乗せた車列と共に発進。

 

警備員達に誘導されながら地下駐車場に入っていく車列を見つめるのは、1人のライブスタッフ。

 

帽子のバイザーを指で押し上げたのは、偽装姿の尚紀であった。

 

……………。

 

午後5時前。

 

観客は全て会場入りし、ステージで始まるライブを今か今かと待ちわびている光景が続く。

 

メインステージ上では音楽を担当する者達とバックダンサー達が並び、沙優希の登場を待つ。

 

アリーナ中央のセカンドステージの地下では、迫り上がるステージの上に立つ彼女の姿があった。

 

「…大勢の声が上から聞こえる。みんな沙優希のことを待ってくれてる…」

 

可愛さと性的さを強調したアイドル衣装を纏う彼女の体が震えていく。

 

男達を興奮させるポルノ姿のような衣装をファン達に披露するのが恥ずかしいからではない。

 

「沙優希は…みんなを騙してる。それでも、そんな沙優希をみんなは喜んでくれる…」

 

気持ちよく騙されたいだけのファン達の声が、彼女の心に暗い影を落とす。

 

罪悪感によって逃げ出したくなるが、もう後戻りはできない。

 

「友達が欲しかったからアイドルになった。でも…友達を傷つけるぐらいなら…辞めてもいい」

 

時間がきたため、ステージがせり上がっていく。

 

覚悟を決めた沙優希は決断する。

 

「これがアイドルとしての沙優希の…最後になるステージ。どうか…よろしくお願いします!!」

 

左手のソウルジェムを掲げて変身を行う。

 

操り人形としてのアイドルではなく、歌姫魔法少女として最後のステージに挑む。

 

セカンドステージに向け、アリーナのスポットライトが浴びせられる。

 

ついに神浜凱旋を果たした歌姫のご登場だ。

 

「あなたのハートをたたっ斬る!恋の辻斬り姫こと~史乃沙優希…参上~です~!!」

 

迫り上がった沙優希の姿を見た観客達が歓声に沸いていく光景が広がっていく。

 

<<さゆさゆ~~!!神浜が生んだ最高のアイドルが帰ってきた~~っ!!>>

 

<<おかえりさゆさゆ~!!帰りを待ってたみんなのハートを袈裟斬って~~っ!!>>

 

ファン達を見回し、ご当地アイドルの頃と変わらない笑顔を向けてくれる。

 

インカムマイクを使って話す感謝の言葉に震えは無かった。

 

「神浜のみんな~ただいま~!!そして~遠くからお越し下さった皆様!本当に有難う!!」

 

可愛い笑顔を向けてくれる偶像に向け、多くの歓声が集まっていくと同時に音楽が始まっていく。

 

メインステージまで歩いてきた沙優希が振り向き、凱旋ライブ一曲目の熱唱がスタートするのだ。

 

「辻斬りプリンセス!いっくよ~~っ!!」

 

バックダンサーと共に踊りながら熱唱する光景が広がり、ステージ照明が目まぐるしく輝く。

 

各所に配置されたスクリーンにはホログラム演出として、刀剣の美しい世界観が投影される。

 

ファン達は熱狂しながらペンライトを振り、輝かしい歌姫魔法少女を絶賛するのだ。

 

その光景を見つめるのは、アリーナVIPルーム内で佇むリリス。

 

スイートルームかと見紛うプライベートルーム内で腕を組み、ガラス越しの景色を見守る。

 

「…奴らが動く」

 

バーカウンターの机に立つ梟姿のアモンの言葉は聞こえているが、顔も向けずに返事を返す。

 

「ええ、分かってるわ。いつでもいらっしゃい」

 

視線を横に向ける。

 

隣に控えている女性秘書が頷き、念話を行う。

 

<各班、状況報告>

 

VIPルームまで続くアリーナ内部の至る所では、警備職員とは違う人員達が配置されている。

 

SPかと思わせる黒スーツ姿をした屈強な男達が念話を返し、異常なしと女性秘書に報告を行う。

 

明らかに人間ではない者達が配置され、迎え撃つ準備は万端といった光景であった。

 

不敵な笑みを浮かべたリリスは来訪者の到着を待つ。

 

アダムとリリスの戦いを始めるために。

 

――さぁ、男と女の狂宴を始めましょうか。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

アリーナには多くの報道陣も詰めかけ、地元のテレビ局が所有する中継車の姿も見える。

 

凱旋したアイドルライブは神浜テレビ局の生放送となり、地元民達に映像を届けていく。

 

さゆさゆの大ファンのレナであるが、気持ちが落ち込んでおりライブに足を運んでいない。

 

落ち込んだままテレビに映るライブ映像を見ているようだが、何かに気付く。

 

「さゆさゆって…あんなにダンス上手かったかなぁ?それに…奇妙なポーズばかりするけど?」

 

ダンスポーズの所々で目を強調するシーンが入っている。

 

指で6を描き右目に合わせたり、指で6を描き左目にも合わせる。

 

それにイヤホンマイクの形もよく見れば6。

 

スクリーン映像も一瞬だけだが違和感を感じるだろう。

 

メインスクリーンで輝く光は、単眼サインを表しているかの如く輝くシーンが差し込まれている。

 

また、ホログラムには一瞬だけだが刀剣の刀身に性的な裸体が映るようなシーンも浮かんでいた。

 

この光景は()()()()()()と呼ばれるものであり、潜在意識に働きかける様子という意味をもつ。

 

イルミナティはサブリミナルを映像作品に使用すると言われている。

 

あらゆる作品内に666とルシファーとセックスを潜ませ、作品内容を消費者達に絶賛させる。

 

消費者達が気が付かないうちにルシファー主義を絶賛しているという意味合いにされるのだろう。

 

それに気がつける者はあまりにも少なかった。

 

「昔からのさゆさゆに見えるけど…笑顔も素敵だけど…何処か悲しそうに見えるのは…なぜ?」

 

さゆさゆのことが真剣に好きなレナだけが、彼女の異変に気付いてくれる。

 

最後のステージ光景のようにも見えたレナの心には、言い知れぬ不安が宿っていった。

 

……………。

 

ライブが始まった頃。

 

中継車の横を通り超えていくのは男女の姿。

 

1人は185cmはある男であり、もう1人は150cm程度の小柄な少女である。

 

「…ジャンヌとか言ったか?目立つよう言われてるのは分かるが…その姿は何だよ?」

 

「私は神学者です。この姿をしていても不思議ではないでしょ?」

 

「悪魔である造魔が神学者ねぇ…?まぁ、場違いな姿してた方が目立つし…丁度いいか」

 

「私達は陽動役です。悟空、協力して上手くやりましょう」

 

「よし、行くか」

 

アリーナ会場の入り口に向けて歩いていくと警備員達に呼び止められる。

 

「ちょっと待て!怪しい奴らめ…何なんだお前達は?」

 

1人はカンフー着を纏い、長めの白髪をワイルドにオールバックにしたガラの悪い男。

 

もう1人はスカートにスリットが入ったシスター服を纏う白人少女であった。

 

「この近くで昼寝してたんだけどよぉ、この建物から聞こえてくる騒音が不快で起きちまったよ」

 

「私は神に仕える者です。主はこの場所で行われている汚らわしい催しを大変嘆いておられます」

 

「俺様達はこのイベント騒ぎに腹が立って文句を言いに来たってわけさ。主催者に会わせろ」

 

「貴様ら…悪質な迷惑行為を行いに来たというわけか!?つまみ出すぞ!!」

 

「おっ、やろうっての~?俺様は構わないけどよ~」

 

「警察を呼ばれたいのか!!」

 

「そのような輩になど屈しません。主は今直ぐ邪悪な催しを中止することを望んでいます」

 

「頭のおかしい奴らめ…いい加減にしろ!!警察に突き出してやる!!」

 

警備員の男が悟空の腕を掴むが、迂闊な行為。

 

「ぐふっ!!?」

 

勢いよく頭突きを顔面にお見舞いされた警備員の男が倒れ込む。

 

暴力沙汰が起きた事に慌てた警備員の1人が無線を用いて連絡を行う。

 

<<本部!正面玄関でトラブル発生!至急応援を寄越してくれ!暴力沙汰だ!!>>

 

騒ぎを聞きつけた周辺の警備員達も大勢駆けつけてくる。

 

囲まれてしまった悟空とジャンヌは背中を合わせあう。

 

「テメェの強さは聞いてないが、俺様は面倒見なくて大丈夫なのか?」

 

「これでもリズから武術の訓練を受けています。この程度の雑兵ならば問題ありません」

 

「そうかい?なら…派手に暴れようや、シスターさんよぉ」

 

「望むところです。主の怒りを浴びることを恐れぬ者から前に出なさい」

 

2人は同時に武術の構えを行う。

 

「取り押さえろーーッッ!!」

 

特殊警棒で武装した警備員達が一斉に迫りくる。

 

「暇してたもんだからよぉ、暴れ足りなかったんだ。派手にいくぜぇ!!」

 

迫る警備員の警棒の袈裟斬り打ちに対し、払い上げると同時に肘を引き正拳突き。

 

左右から迫る警備員に右肘、左肘と腹部に打ち込み後ろ回し蹴りで次の相手を蹴り飛ばす。

 

警棒を振り上げて迫る警備員に踏み込み、股間と胸倉を掴み上げる。

 

「おらぁぁーーッッ!!」

 

一気に頭上まで持ち上げ、豪快に地面に叩きつけた。

 

暴れまくるセイテンタイセイの後ろでは、タルトの激戦が繰り広げられていく。

 

「来なさい!神の裁きを与えましょう!!」

 

左手で警棒を持つ手首を払い右拳突き。

 

横から迫る警備員に対し、手首を払いながらの諸手突き。

 

迫る警備員の袈裟斬り打ちを左手で受け止め、両手で相手の体に抱き着きながら跳躍。

 

「ぐふっ!?」

 

警備員の体を利用したドロップキックが炸裂し、後列の警備員達が巻き込まれて倒れ込む。

 

掴まれた警備員がタルトを振り解き、右薙ぎ打ちを仕掛けるが掻い潜り態勢を俯き姿勢にする。

 

「がはっ!?」

 

背中から足を回して蹴るサソリ蹴りが顔面に決まり、怯んだ相手に向けて旋風脚が打ち込まれた。

 

黒タイツの美しい脚線美から放つ蹴り技はスリットによって邪魔されずに動かせているようだが。

 

「派手にやるつもりでそんなスカート履いてきたか?だけどよぉ、見たくなくても見えちまうぞ」

 

タルトの背後から迫る警備員に向けて飛び蹴りを放つ援護攻撃。

 

後ろ側に着地したセイテンタイセイに視線を向ける彼女は冷ややかな態度を返す。

 

「…ジロジロ見ないでください」

 

「造魔でも恥じらいを見せるんだな?」

 

「私は造魔である前に女性です」

 

「そりゃ失礼!」

 

警棒で刺突を仕掛けてくる相手の側面に踏み込み、右腕を相手の右肩に回し込む。

 

そのまま両手で捕まりながらの跳躍蹴り。

 

<<ぐわぁぁーーーッッ!!?>>

 

警備員を中心に旋回するような豪快な連続蹴りを放ち、警備員達の側頭部を蹴り飛ばしていく。

 

着地した彼を振り解き警棒を振り上げるが、右肘を打ち込まれそのまま右裏拳が顔に決まる。

 

怯んだ相手に向け、今度はタルトが飛び蹴りを放ち大きく蹴り飛ばす連携攻撃を見せるのだ。

 

「団体客が来たようだな」

 

視線を向けた先からは増援の警備員達が次々と駆け付けてくる。

 

「陽動で終わるつもりは俺様はないぜ!こいつら全員しばき倒して、尚紀と合流しようや!」

 

「相手はあのリリスです。私達も急ぎましょう!」

 

前方から迫る警備員に対し、セイテンタイセイが踏み込み蹴りを放ち後続を巻き込んで倒し込む。

 

倒れ込んだ警備員達が顔を上げれば、セイテンタイセイとタルトが仁王立ちのまま不敵な笑み。

 

「そういうわけだ。逃げるなら追わねぇが…やるなら覚悟しろよ」

 

「聖書は剣より強しです。逃げないならば…覚悟なさい」

 

表の騒動は激しさを増していき、アリーナ内を警備していた警備員達も外に駆り出される有様。

 

だからこそ、アリーナ内の警備は手薄になるというわけだ。

 

メインアリーナ内のイベントは盛況であるが、他にも神浜アリーナ内には設備が多い。

 

二階にあるのはセンテニアホールであり、多目的会議場として使われるエリア。

 

その通りを歩いていくのは、作業服に身を包んだ長身の男女達。

 

モップを持つ男は身長184cmはある男であり、隣の黒髪女性に向けて口を開く。

 

「表の連中は上手くやってくれたようだな。警備員共の姿が見えない」

 

168cmはある長身の女性は顔も向けずにこう返す。

 

「タルトなら心配いらないわ。小さい子だけど、私が鍛えた子なのだから」

 

「ほう?武においては自信があるようだな?」

 

「フッ…私にそれを問うのかしら?クーフーリン」

 

自身の名を語られた彼が怪訝な表情を浮かべながら視線を向ける。

 

「…お前には瀬田槍一郎と名乗ったはず。なぜ私がクーフーリンだと分かった?」

 

「私は造魔よ。体を構築するために悪魔が使われている…その中の一体が貴方を知ってるのよ」

 

「他の悪魔の知識や記憶も引き継いでいるというわけか。お前の中に溶けた悪魔…気になるな」

 

「お喋りをしている暇は無い。私達には私達の役目がある」

 

「そうだったな。待ち構えているのは警備員だけのはずがない…行くぞ、リズ・ホークウッド」

 

「リズでいいわ」

 

奥まった通路にまで来た2人が通路内を進んで行く。

 

エレベーター前にはSPを思わせる黒スーツを着た男達が立っていた。

 

「おい、この先は立ち入り禁止だぞ」

 

「清掃作業員として来た。上の階の掃除をしなければならない」

 

「聞こえなかったのか?立ち入り禁止だと言っている」

 

「随分と厳重な警備ね?上の階には相当なVIPが来ているのかしら?」

 

不審に思ったSP達が念話を送る。

 

後ろ側の通路からは合流を促された他のSP達まで現れだす。

 

「警告はしたからな。侵入者として対処させてもらう!」

 

周囲が異界化していく。

 

異界の通路内で正体を表していくSP達。

 

その姿は筋骨隆々の大男のような悪魔共であった。

 

【オーガ】

 

オーガの名はローマの死神オラクルス、または北欧の主神オーディンの異名ユッグに由来する。

 

人を襲っては食べると言われる邪悪な鬼であり、力は強いが頭は弱いと言われていた。

 

オーガは巨大な体をもった鬼であり、若くて美しい女を好んで襲い、食したという。

 

力が強いだけでなく変身能力を持ち合わせているようだ。

 

「男は嬲り殺しにしてやる!女の方は美しいな…組伏せて強姦した後で喰らってくれるわ!!」

 

緑の肌とボサボサの黒髪長髪を靡かせたオーガ達の右手に持たれているのは巨大な鉈。

 

通路の前後から迫りくるオーガ達を見つめる男女の口元には不敵な笑みが浮かぶ。

 

「さぁ、久しぶりに出会えた貴方の実力を私に見せてみなさい、クーフーリン」

 

「お前の中に溶けた悪魔が何者なのか…この戦いで見極められるやもしれんな」

 

クーフーリンは右手の指でルーン文字を描く。

 

周囲に風の竜巻が生み出され、オーガ達は右腕を顔に掲げて突風を防ぐ。

 

「風魔法だと!?まさか…貴様らも悪魔かぁ!!」

 

竜巻が収まれば、そこに立っていたのは白い甲冑姿の槍兵と漆黒のマントに身を包んだ猛将の姿。

 

互いが背を向け合い、前後の敵に対処する構えを見せた。

 

「ビビるんじゃねぇ!やっちまえッッ!!」

 

頭上でゲイボルグを回転させたあと横に振る構えを見せるクーフーリンに対し、悪魔が迫りくる。

 

「雑兵共が何体集まろうと…我が魔槍の敵ではない」

 

左切り上げで鉈を打ち払いながら体勢を回転し、胴に横打ち。

 

槍に弾き飛ばされたオーガの横から迫るオーガに対し、腹部に刺突。

 

「ガハッ!?」

 

槍を引き抜くと同時に横から迫るオーガに向けて足を刈り取る払い打ち。

 

宙に浮かされたオーガの巨体に向けて槍を叩き落とし、地面を砕く程の一撃となる。

 

「アグッ!!」

 

心臓を一突きされてMAGの光と化すオーガなど目もくれず、背後から迫る敵に向けて跳躍。

 

旋風脚を右側頭部に叩き込み、さらに回転を加えた右薙ぎ打ちでオーガを弾き飛ばす華麗な動き。

 

視線を横に向ける。

 

後ろ側で戦っているのは、同じく華麗な技を駆使する造魔の姿。

 

「下品な悪魔共ね。身の程を教えてあげるわ」

 

彼女の右手に持たれているのは影で編まれたロングソード。

 

放たれる逆袈裟斬りを潜り抜け、左裏拳を放つオーガの手首を片手で受け止めながら掴む動作。

 

「ウガーッ!?」

 

手首を捩じられて俯けになった相手の顔面に蹴りを入れ、怯んだ敵に袈裟斬りを放ち一体を倒す。

 

迫りくるオーガの連続斬りをかわし、袈裟斬りを潜り抜けて背中を蹴り飛ばす一撃。

 

横から放たれる斬撃の手首を蹴り飛ばし、舞う動きで背後から迫るオーガの胴体を左薙ぎで両断。

 

「おのれ小娘ぇーーッッ!!」

 

両手持ちで放つ鉈の一撃を受け止めるが蹴りを背中に放たれ態勢を崩す。

 

「もらったぁ!!」

 

鉈を叩き落とす一撃を放つ時、リズの体が影に飲まれる。

 

オーガの一撃は空振りし、オーガの影から出現したリズの一撃によって両足が切断される。

 

悲鳴を上げて倒れ込む敵に向けて心臓を背後から串刺しにする一撃。

 

MAGの光と化すオーガになど目もくれず、次の獲物を狙う姿を見せた。

 

そんな彼女の戦いに横目を向けていたクーフーリンは心の中で呟くのだ。

 

(完成された武…そして影を操る魔法…。まさか…リズの中に溶けた悪魔とは…?)

 

彼の脳裏に浮かぶのは、セタンタとして生きていた頃の自分自身。

 

影の国で修行をしていた時、彼を鍛えてくれた女悪魔の師匠がいた。

 

「こいつらは強い!!応援を呼べ!!」

 

念話を行い、さらに増援の兵士達を呼び寄せるオーガ達。

 

「そうだ、応援を呼ぶがいい。それが我々の役目だ」

 

「まだまだ戦い足りないもの。それに…可愛いセタンタの戦いをもっと見物したいのだから」

 

自身の幼名であるセタンタと呼ばれたクーフーリンはリズに振り向く。

 

彼に顔を向けるリズの口元は微笑んでくれている。

 

「まさか…お前の中に溶けた悪魔とは……」

 

「ボヤかない。今は戦いに集中しなさい」

 

美しい黒髪の長髪を掻き上げる仕草を見せる。

 

そんな彼女の姿が、クーフーリンにとっては鍛えてくれた女師匠の姿と酷似して見えたのだ。

 

「…今は考えても仕方ない。望みとあらば我が槍術…お見せしよう!!」

 

クーフーリンとリズの戦いもまた激しさを増していく。

 

彼らの活躍によってアリーナ内で待機していた悪魔勢力も分散してくれている。

 

それによってリリスに至る道もまた開けることになるのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

アリーナのイベント道具を収納する大倉庫内で隠れていたウルフドッグが物陰から出てくる。

 

アリーナ内で複数の魔力反応を感じ取ったためだ。

 

「クーフーリントホークウッドハ上手クヤッタヨウダ。我モ動クトシヨウ」

 

大倉庫内からアリーナ内へと侵入していく犬が駆けていく。

 

「人修羅カラ聞カサレテイタエレベーターハ…コッチダナ」

 

VIPルームがあるアリーナ四階に向かえるエレベーターまで進む。

 

通りを走っていたが、エレベーターに辿り着く前に通路から現れる存在に気付き立ち止まった。

 

「ライブスタッフや警備員は何をしてるのかしら?野良犬が紛れ込んでいるじゃない」

 

現れた人物とは、沙優希のマネージャーをやっている女性。

 

唸り声を上げて警戒するケルベロスを見て、女マネージャーは目を細めていく。

 

「リリス様の守備隊に合流を促されたけど、もしかして…侵入者とはお前のことなの?」

 

「……試シテミルカ?」

 

普通の人間ならば犬の鳴き声に聞こえるだろうが…彼女はケルベロスの言葉を理解出来る。

 

ならば、女マネージャーの正体は決まったも同然だろう。

 

ウルフドッグの体から霧が放たれ、周囲を包んでいく。

 

濃霧が晴れた時、そこに現れたのは悪魔姿の巨体。

 

「ケルベロス…お前程の悪魔が侵入していたのなら、合流を促されたのも頷けるわね」

 

「女悪魔トテ手加減ハセン。悪魔ノ法トハ、強者コソガ全テダ」

 

「もちろん…私もそのつもりよ!」

 

ビジネススーツの裾部分から両手に落ちてきて掴んだのは護身用のスローイングナイフ。

 

ナイフをケルベロスに向けて次々と投擲。

 

しかし、竜の尾を持つケルベロスの尻尾が次々とナイフを弾いていく。

 

最後のナイフ攻撃を尻尾を使って握り止めて砕き、獰猛な金色の瞳を女悪魔に向けてくる。

 

「コノ程度ノ児戯デ攻メテクルナラバ…死ヌダケダ」

 

「フフッ…興奮してきたわ!悪魔同士の殺し合いだなんて久しぶりだものね!!」

 

女マネージャーの両目が赤く染まり、周囲も異界化していく。

 

そこに現れていたのは、ケルベロスの巨体に匹敵する程の女魔獣。

 

青色の毛皮にライオンの前足と馬の後ろ足を持ち、オールバックにした金髪の顔を持つ姿だった。

 

【エンプーサ】

 

夢魔、あるいは吸血鬼とされる女悪魔であり、名は力づくで押し入る者という意味をもつ。

 

一本の足は真鍮または青銅で、もう片方は大きな鉤爪があり蝙蝠のような翼を生やす。

 

冥界の魔術の女王ヘカーテに仕えており、雌犬に例えられたという。

 

夢魔と同じく男性を誘惑して精気を吸い取ったり、時には喰らい殺す悪魔であった。

 

「夢魔カ…リリス二与スルノハ、男性ヲ喰ライタイトイウ欲望ノタメナノダロウナ」

 

「私もリリス様の思想を信じる女よ。この世は女こそが支配するべきなのよ!」

 

「クダラナイ。雌犬ノ貴様二与エテヤロウ…女ガ超エラレナイ男ノ力ヲナ!!」

 

「ぬかせぇぇーーッッ!!!」

 

獰猛な魔獣達が同時に飛びつき、取っ組み合いの乱戦と化す。

 

巨大な獣同士の戦いが激しさを増していくが、それは異界での出来事。

 

何事も起きていないかのような一階通路を歩いて来るのはライブスタッフの男である。

 

「ケルベロス…そいつは任せた」

 

異界景色が見えるライブスタッフとは、偽装姿の尚紀であった。

 

クーフーリン達の活躍によって一階エレベーターの護衛達も上の階に向かわされており手薄。

 

何の障害もなくエレベーターに乗り込み、4階を目指すことが出来ると思われたのだが…。

 

突然手が扉にかけられて開きだす。

 

乗り込んできたのは、女マネージャーを務めるエンプーサの護衛達。

 

尚紀の両隣に入り込み、エレベーターの扉が閉まっていく。

 

上の階に上がっていくのだが、黒スーツを着た男の1人が非常停止ボタンを押す。

 

エレベーターは3階辺りで停止することになった。

 

張り詰めた空気が支配する中、護衛の男達は中央に佇んでいる尚紀に視線を向けていく。

 

「…貴様、ライブの仕事を放り出して何処に行く?」

 

目元が帽子で隠れている尚紀は何も答えようとしない。

 

「どうやら…侵入者とは貴様のようだな?」

 

男達が腰元に隠してあったナイフに手をかける。

 

尚紀は首を左右に鳴らし、いつでも来いという態度を示す。

 

「いいだろう…そんなに死にたいならば…」

 

「…死ねぇ!!」

 

左の男のナイフ突きを両手で払い突き飛ばし、右の男の突きを片手で受け止め払い飛ばす。

 

左からくる右薙ぎに対し、上体を後方に反らせて避け、右からの袈裟斬りを手首で受ける。

 

そのまま右手刀を護衛男の背中に打ち込み、体勢を崩す一撃とする。

 

「くそっ!?」

 

横からの突きを右腕で受け止め、ナイフを持つ腕ごと体を壁に押し付ける拘束技を使う。

 

「貴様ぁ!!」

 

袈裟斬りを仕掛ける相手の手首を受け止め、一本拳の形にした右拳で首を打つ。

 

喉仏を打たれた男が呼吸困難になった隙に右手首を掴み、左腕を内側に回し込む関節技を決める。

 

「ぐあぁぁーーッッ!!」

 

伸びきったナイフを持つ手を右手で突き飛ばす。

 

「がふっ!!?」

 

曲がった右腕によってナイフが左肺に突き刺さり、吐血を吐き出す。

 

左腕を回し込んだまま盾として使い、横の男を威圧する尚紀。

 

冷や汗が浮かぶ隣の男が腰元に隠してあるもう一つのナイフを抜く。

 

「これ以上…好きにさせるかぁ!!」

 

両手にナイフを持つ相手が動くと同時に隣の男を払い飛ばして迎え撃つ。

 

互いの両腕が高速で交差され、次々と突き・払い斬り、受け、捌き動作の応酬が続く。

 

左の払い斬りを止め、右腕の払い斬りと腹部に向けた突きを受け止めたが腕力で押し込んでくる。

 

エレベーターの隅に尚紀は叩きつけられ、首元と腹部に向けてナイフが迫りくるが…罠だ。

 

「甘い!!」

 

右膝蹴りを相手の左腕に打ち込み、腹に刺突を仕掛けていた刃が右上に向けて跳ね上げられる。

 

「ギャァァァーーッッ!!?」

 

左のナイフが右腕に突き刺さり、怯んだ相手に尚紀が仕掛ける。

 

右手首を両手で掴んで捩じり込み、ナイフを払い落とす。

 

そのまま小手返しを放ち、一回転して倒れ込んだ男のナイフを奪い取り、腹部に突き刺す。

 

「ゴフッ!!!」

 

倒れ込んで呻き声を上げる護衛達を見下ろしながら非常停止ボタンを再び押す。

 

四階まで上がったエレベーターの扉が開き、護衛の男達は這い這いの姿をしながら逃げ出す有様。

 

その後ろを追う狩人の如く出て来た尚紀に向けて、刺されたナイフを引き抜いた男達が叫び出す。

 

「貴様…何者だぁ!!?」

 

「俺の名は嘉嶋尚紀。今となっては…ただの探偵だ」

 

「嘉嶋…尚紀だと!?まさか…あの時のホストが言っていた男なのか!!」

 

「ホストだと…?」

 

尚紀の脳裏に浮かぶのは、行方不明者となった友人であるシュウの姿。

 

「貴様ら…シュウに何をした!?」

 

それを問われた男達が不気味な笑い声を上げながら立ち上がっていく。

 

その瞳も悪魔を表す真紅の瞳に変わっていくのだ。

 

「ククク…あの男ならば、俺の一撃で粉々にしてやったぞ?」

 

周囲が異界化し、男達の姿が巨大化していく。

 

景色が狭い屋内通路ではなく、アリーナ屋外景色へと変化する。

 

「泣きべそかきながらお前の名を叫んでいたさ。貴様もあのホストの後を追うがいい!」

 

屹立したのは、身長3メートルはある巨体の悪魔達。

 

【アステリオス】

 

ギリシャ神話のミノタウロスの別名であり、その名は星・雷光を意味する。

 

海の神ポセイドンは神の祝宴で生贄とするため、特別な牛を作りクレタ島の王に渡したという。

 

しかし彼は自分の飼う牛の中から替え玉を用意したため、神の怒りに触れることとなる。

 

報復として后が特別な牛であるクレタを愛するよう仕向け、生まれたのがアステリオスであった。

 

【ベルセルク】

 

北欧神話に登場する獰猛な戦士達であり、英語圏ではバーサーカーと呼ばれる存在。

 

戦闘時の極度の興奮によって恐怖を感じなくなり、凶暴な戦闘力を発揮すると言われている。

 

語源は古代北欧語であり、熊の毛皮を着た者という意味があるという。

 

北欧神話の主神に仕えており、ベルセルク達はオーディンの加護を持つ存在として知られていた。

 

<<Grrrrrrrr……!!>>

 

手負いの獣と化した二体の悪魔達が極度の興奮によって痛覚を忘れる。

 

牛の頭部を持つアステリオスは巨大な両手斧を振り回し、尚紀に向けてくる。

 

黒豹の皮を被った隣のベルセルクは腰の鞘から剣を抜き、霞の構えを向けてきた。

 

殺意を叩きつけてくる悪魔共に対し、それ以上の殺意を向けてくる尚紀が帽子を脱ぎ捨てる。

 

顔と両手に発光する刺青が浮かび上がり、首裏からは一本角が伸びていく。

 

獰猛な金色の瞳となった人修羅が、雄たけびの如き叫びを上げるのだ。

 

「シュウの仇だ…命がいらない奴からかかってこい!!」

 

「「オオォォォーーーッッ!!!」」

 

獰猛な雄たけびを上げた二体の悪魔が同時に迫りくる。

 

両方から繰り出される一撃に踏み込み、ベルセルクの手首とアステリオスの斧の柄を受け止める。

 

腕で両方を弾き、ファイティングポーズを構えた人修羅に向けて次々と斬撃が繰り出されていく。

 

斧と剣によって繰り出される連続の斬撃に対し、上半身を駆使するスウェー回避を高速で行う。

 

回避と共にショートアッパーを武器に放ち、武器を打ち上げていくが尚もスピードが増していく。

 

魔法少女でも刃に触れれば挽肉にされかねない攻防を制したのは、斬撃の嵐に踏み込む人修羅。

 

「ぐふっ!!?」

 

アッパーでベルセルクを大きく打ち上げ、袈裟斬りを仕掛ける斧を掻い潜り膝関節を蹴り飛ばす。

 

アステリオスの態勢を崩すと同時に壁蹴りの如き跳躍を見せ、宙を飛ぶベルセルクに迫る。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

ベルセルクを超えて跳躍した人修羅が拳を大きく振りかぶり、腹部にパンチを打ち込む。

 

勢いのまま落下していき、地面を激しく砕く。

 

大きく吐血したベルセルクの腹に一撃を入れたままの拳から業火が噴き出す。

 

「消し飛べぇぇーーッッ!!!」

 

ゼロ距離から放つ地獄の業火の爆炎によって、ベルセルクは原型を留めない程の死となった。

 

「おのれぇぇぇーーーッッ!!!」

 

巨大な両手斧を振り上げて迫るアステリオスに向け、放たれた矢の如く飛び込んでいく。

 

右掌内に生じたのはメギドの光。

 

「うおおぉぉーーーッッ!!!」

 

振り下ろされる両手斧の一撃よりも先に決まったのは右フックパンチ。

 

牛の顔が殴り飛ばされると同時に右拳からメギドの光が解放される。

 

極大の光の爆発が起こり、アステリオスは異界ごと消失していくのだ。

 

最後まで立っていたのは、亡き友を思う人修羅の姿のみである。

 

「シュウ……仇は取ったぞ」

 

4階にあるVIPルームの位置は既に把握済み。

 

通路に向かおうとするのだが、一直線に伸びた道にはリリスを守護するSP達が次々と現れる。

 

周囲が再び異界化して悪魔の姿を晒していく。

 

獰猛な悪魔の瞳を人修羅に向けていくのだが…相手が悪過ぎる。

 

彼らは相手が混沌王である人修羅とはリリスから伝えられていない。

 

捨て駒として利用されているだけなのだ。

 

「御託はいい…始めようぜ」

 

両手を鳴らしながら不敵な笑みを見せる。

 

親指を鼻に擦り付け、舞う演舞を行ったあと手招きを行う人修羅の勇姿。

 

そして彼に与する仲魔達の死闘は、神浜アリーナにおいて苛烈さを増していくばかりであった。

 




公式マギレコストーリーは終わってしまいましたが、僕はボチボチ続けていこうと思います。


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180話 女が求めたもの

「ガハッ!!!」

 

人修羅に蹴り飛ばされた女悪魔がVIPルームの扉を突き破って室内まで蹴り込まれる。

 

呻き声を上げながら立ち上がろうとするのは、リリスの女性秘書を務めていた女悪魔。

 

【メデューサ】

 

ギリシャ神話に登場するゴルゴン三姉妹の末娘であり、名は支配する女という意味をもつ。

 

青銅のような鱗の肌と飛び出しそうな大きな目玉、毒蛇の髪をもつ存在だと言われている。

 

その姿を見た者は恐ろしさのあまり石にされると語られている存在だ。

 

元は美しい女性であったが、女神アテナの神殿において海神ポセイドンからレイプ被害を受ける。

 

神殿を荒らしたとしてアテナが激怒したのは、父の兄であるポセイドンではなく女性の方だった。

 

アテナはレイプされた女性を醜悪な蛇女に変え、それに抗議した他の姉達も怪物に変えたのだ。

 

「ぐっ…うぅ……おのれぇぇ…おのれぇぇぇぇ…ッッ!!」

 

下半身が蛇であり、無数の蛇を髪とする巨体を持ち上げようとする。

 

だが、相手の実力は桁外れ過ぎて勝ち目などないとメデューサも本能で感じていた。

 

「お前の存在は有名過ぎる。一目見て石化を用いてくる悪魔だと見抜けたよ」

 

通路から歩いて来るのは、全ての障害を排除した上で最後の護衛をも屠ろうとする人修羅の姿だ。

 

彼が飲み込んだマガタマとは、呪殺を防ぐ耐性を与えてくれる『サタン』である。

 

これによってメデューサが用いてくる魔眼の呪殺魔法ペトラアイを無効化したわけだ。

 

「リリス様はやらせない…リリス様こそが…私たち女悪魔を…女性を…救ってくれる!!」

 

巨体を持ち上げ、最後の抵抗を行う構えを見せてくる。

 

それに対し、人修羅は蔑みの眼差しを向けてくるのだ。

 

「…男では女を救えないとでも言いたいのか?」

 

「そうよ!!男共は女をレイプすることしか頭にないわ!!私もその被害者よ!!!」

 

「だから全ての男を強姦魔扱いするのか?被害者意識もそこまでいくと反吐が出る」

 

「女を救えるのは女だけよ!男共も…男に味方する女共も…全員許さない!!」

 

「自分の言っている言葉が破綻していると…なぜ気が付かない?」

 

フェミニズムを固く信じるメデューサもまた、虚言癖を患っている。

 

女の敵は男に味方する女もそうだとぬかす支離滅裂な理屈にさえ気が付かない。

 

同性愛者に成り果てたメデューサもまた、現実を自分の都合の良いようにしか解釈出来ない。

 

精神的引き籠りを患う精神疾患者であったのだ。

 

「私が倒され様とも…リリス様がこの世界を救ってくれる。女性が支配する世界を生みだす!」

 

獰猛な瞳を赤く染め、魔眼に頼らない戦いを仕掛けようとする構え。

 

迎え撃つ人修羅もまた右手に光剣を生み出し、鋭い目つきを返す。

 

「…お前もまた、鬼畜外道に蹂躙された者だと言うならば…やり直すつもりはないか?」

 

人修羅として生きる尚紀が見せた最後の慈悲。

 

その慈悲さえ、現実を見ようとしないメデューサの心には届かない。

 

「今更善人ぶるんじゃないわよ!!女を傷つけるものを股間にぶら下げる男共は…全員殺す!!」

 

右掌から放つ一撃とは、無数の麻痺針を発射する『百麻痺針』の一撃。

 

人修羅も左手を掲げ、風魔法の応用によって針の雨を逸らし続ける。

 

そのまま歩いていくと同時に一気に踏み込む。

 

「がっ……あっ……?」

 

背中側まで切り抜けた人修羅が光剣を振り、消しさる。

 

メデューサの腹部には一閃の如き斬撃の痕が浮かび、胴体が地面に転がり落ちてしまう。

 

「いや…いやよ…ッ!!私の体が…崩れて…ッ!!」

 

魔法少女達の感情エネルギーで構成された体に亀裂が入っていき、砕け散るメデューサの体。

 

<<うげェェェェェ…ッ!!!>>

 

断末魔の叫びと共に飛び散ったMAGの光に向けて振り向き、やりきれない表情を浮かべてしまう。

 

「見たいものしか見ないし、信じないのは…人類も悪魔共も同じってわけか」

 

エゴと共に生き、エゴと共に死んだ女悪魔から視線を逸らす。

 

VIPルーム内に視線を向けていくのだが…リリスとアモンの姿は見えない。

 

「なんだ…?」

 

周囲の景色が歪んでいき、ホワイトアウトしていく。

 

人修羅の周囲に広がっていく景色とは中東のイラクを思わせる程の荒野。

 

「異界に引き摺り込んだか…いいだろう。俺にとってもその方が都合が良い」

 

古代遺跡の跡地のような場所を歩いていくと神殿跡地のような場所に出る。

 

「あれは確か…神話の本で見た事がある。()()()()()()()か?」

 

崩壊した神殿ゲートを潜ると、そこに見えたのは巨大レリーフであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

メソポタミア文明において作られたものであり、夜の女王と呼ばれるのがバーニーの浮彫。

 

メソポタミアにおける愛と美の女神イナンナか、姉の冥界神エレシュキガルだと言われている。

 

両隣には梟が描かれており、梟の鉤爪の如き鋭い足が立つのは聖獣である獅子の上。

 

裸の背中には翼があり、両手には神権を示す尺度と巻き尺、頭にはアヌンナキの三重冠を被る。

 

三重冠とは天と地と地獄を治める太陽の象徴として語られるものであった。

 

<<フェミニズムの起源とは、オカルトであるグノーシス主義ですわ>>

 

声がした方に振り向けば、蜃気楼のようにして現れる人影。

 

バーニーの浮彫が聳え立つ段差の上に現れた人物こそ、フェミニズムの象徴であるリリス。

 

右腕には浮彫の絵を彷彿とさせる梟が止まっていた。

 

「…お久しぶりですわね、混沌王様。ボルテクス界におけるカグツチ塔以来かしら?」

 

不敵な笑みを浮かべてくるリリスに向け、鋭い眼差しを向ける。

 

「そうなる。そして…ボルテクス界では見かけなかった悪魔も連れているようだな?」

 

視線を向けられた梟が鳴き声を発する。

 

悪魔でなければ理解出来ない言葉であった。

 

「お初にお目にかかる。吾輩の名はアモン…古代エジプトの守護神を起源に持つ魔王である」

 

「アモンだと?仲魔から聞いた事がある魔王だ…かなりの強さを持っていると聞かされたな」

 

「吾輩とリリス、その両方が揃えばどれ程の強さとなるか…考えた事はありますかな?」

 

「覚悟の上で来ている。そして…俺の前に現れるということは、お前達の覚悟も問われるぞ」

 

「私の覚悟はあの頃から変わらない。分霊ではありましたが貴方様を鍛えるために戦いましたわ」

 

「アマラ深界に集った悪魔たち同様、吾輩たちもまた貴方の試練となる」

 

「全てはLAW勢力とのハルマゲドンに勝利するため。そのために最強の悪魔を生み出す」

 

「しかし、我らに敗れるような弱き悪魔であるならば…我らの期待を裏切る者として処分する」

 

「かつての試練では俺の強さの証明にはならなかったのか?」

 

「十分な資質を見せてくれましたわ。ですが…ダイヤは磨かなければ輝きが曇ってしまう」

 

「この世界に流れ着いた貴方の輝きがボルテクス界の頃と変わらないのか…見極めよう」

 

「いつでも始めて構わないが…その前に聞きたい事がある」

 

怪訝な表情を浮かべるリリスとアモンに向け、人修羅は口を開いていく。

 

「さっき倒したメデューサはこう言って死んだ。女が男を支配する世界をお前が築くとな」

 

「彼女も私の思想に賛同してくれた同志だったけれど…役目を果たして死んだようね」

 

「リリス…貴様こそがフェミニズムの象徴だと聞いている。お前は女性を救う悪魔なのか?」

 

「その通りよ。私の在り方が生み出したとも言えるフェミニズムこそが、女性社会を救うのよ」

 

それを聞いた人修羅の眉間にシワが寄っていく。

 

「ふざけるな…貴様が撒き散らすフェミニズムとは、魔法少女だけでなく全ての女性を貶める!」

 

男として生きる者が叫ぶのは、フェミニズムによって巻き起こってきた男女社会の弊害の糾弾だ。

 

性を標的にした社会改造プログラムによって、どれ程の男女が犠牲となってきたか。

 

性のアイデンティティの混乱により人間としての成長を阻害された人類の堕落した在り方。

 

自らの快楽のみを優先させ、同性愛とセックスが氾濫したことによる社会の退廃化。

 

家族、人種、宗教、国民国家を崩壊に導かせるために利用されたのが女性達。

 

我儘極まった思想に操られた女性達は同性愛万歳と叫び、逆らう男性や女性達と対立させられた。

 

異性愛と同性愛、どちらかが滅びるまで戦わさせられる呪いを与えた者こそがリリス。

 

「男女家庭とは、人生の目的や()()()()だ!皆の自立を育む場を貴様は破壊しようとしたんだ!」

 

尚紀の怒りの源とは、男女家族を失ったことがある悲しみの経験からきている。

 

この世界に流れ着き、辛かった苦しみを癒せる場所として真っ先に頼ったのが両親である。

 

子供である自分を育ててくれた我が家と両親があったからこそ、帰属意識が生まれた。

 

帰れる場所があることが、どれ程の救いとなったのか…その家族を失ったからこそ分かるのだ。

 

「女性が子を産んでくれる!男性が育ててくれる!こんな自然なことさえ…貴様は貶めた!!」

 

黙して語らずの態度であったリリスだが、眉間にシワが寄っていく。

 

「何が同性愛だ!?何がセックスだ!?そんなものより大事なものこそ…」

 

――()()()()()()()()()だ!!

 

人の心が帰れる場所。

 

人類の祖になれたかもしれなかったリリスもまた、それを失ったことがあった。

 

眉間にシワが寄り切ったリリスが憎しみに支配された言葉を発する。

 

「…気が変わったわ。彼の相手は私1人でやらせて頂戴ね」

 

顔を向けなくとも、リリスの全身から発する桁外れの殺意を感じ取ったアモンは静かに頷く。

 

「混沌王殿の連れ合い共が近づいてきている。吾輩はそちらの相手をしてやろう」

 

リリスの右腕より飛び立ち、異界の中から消え去っていくアモンの姿。

 

残されたリリスの全身からは漆黒のカーテンとも言える煙を発する。

 

<<人の心が帰れる場所ですって?そんなもの…女性に必要ではないわ>>

 

漆黒のカーテン内のリリスが口ずさんでいくのは、彼女の在り方を表すような詩。

 

――男が作った世界が滅びても女は生きていく。

 

――国が滅びても、わたしは生きていく。

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

人修羅も上着を掴み、脱ぎ捨てる。

 

上半身に発光する刺青をもつ彼の左手を見るがいい。

 

そこに握られていたのは、東京の守護者と共に在った男達の魂が形となった刀。

 

「男達の魂は女に届くのか…試させてもらおうか!!」

 

666を象徴する三つ巴紋が刻まれた鍔を親指で弾き、怨霊剣の光と共に刃が煌めく。

 

一瞬で抜刀し、刀を左右に回しながらの回転納刀。

 

男達の魂は女に向けて何時でもかかって来いと示す。

 

憤怒に歪んだリリスもまた、人類の男達に向けて憎悪の言葉を発するのだ。

 

「さぁ、百合の名を持つ私が…男と呼ばれる邪悪な存在に制裁を与えてあげましょう!!」

 

ギルガメシュ叙事詩における夜の女王リリスの如く、全身から魔力が噴き出す。

 

叙事詩のくだりを象徴するバーニーの浮彫の前で互いの魔力が拮抗していく。

 

地面は揺れ、周囲の古代遺跡が魔力振動によって砕けていく中…互いが動く。

 

今こそ始めよう。

 

男への復讐に燃えたリリス(女)と、受けて立つアダム(男)との戦いを。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

全身に蛇柄文様が巻き付く鎖のように描かれたリリスの右手から放たれる無数の真空刃。

 

かつてのバアル神が放った風魔法と同等の威力を示す程の一撃が広域放射されていく。

 

迎え撃つ人修羅は腰を落とし足を半歩開いた状態で斬撃を放つ。

 

繰り返されるのは目にも止まらぬ居合術。

 

納刀状態から放たれる無数の斬撃が前方空間に張り巡らされ、真空刃を切り裂いていく。

 

刀身からは怨霊剣の魔力が噴き上がり、斬撃範囲を大きく伸ばしてくれる。

 

彼の背後の遺跡群は巨大な真空刃によって大地ごと切り裂かれていき崩壊していくのだ。

 

天変地異とも言える程の力に対抗出来る刀こそ、将門が託してくれた公の御剣たる怨霊剣。

 

(いける…この刀の強度ならば、スパーダの剣技に耐えきれる!)

 

技を振るえば振るう程、新たなる武器の強度に確信が持ててくる。

 

怨霊剣と呼ばれる刀を構成する材質こそ、神代の霊的金属である()()()()()()

 

古史古伝の一つである竹内文書に記された超金属であり、オリハルコンにも似た金属。

 

太陽の如く輝き、常温で加工できるが合金にすると極めて堅固になり錆びる事もないという。

 

「どうした!!女の力はその程度か!!」

 

山を背にした神浜市すら破壊し尽くせる程の巨大真空刃の雨の中でリリスを挑発。

 

「粋がらないで!!女の力はこの程度ではないわよ!!」

 

真空刃を放つのを止め、右手を天に向けていく。

 

その隙を見逃す人修羅ではない。

 

「今度はこっちの番だ!!」

 

刀を鞘に納めたまま右足を引き、背中に向けて右手を引き絞る形で構える。

 

右手からは逆手に向けた光剣が放出され、刀身から魔力が噴き上がっていく。

 

放たれた斬撃とは、二連続で放たれる魔力の刃。

 

『ドライブ』と呼ばれる剣技の一撃が迫るが、リリスは浮遊した体を高速移動させる回避行動。

 

斬撃がバーニーの浮彫に直撃してX字を描くように切り離されていく。

 

浮遊したまま移動を繰り返すリリスに向け、放たれた弾丸の如く人修羅は駆ける。

 

怒りに我を忘れていく彼女はアダム(男)を罵倒する言葉を発していく。

 

「男共はいつの時代も女を下にする!!私たち女こそが男の上に立つべき存在なのよ!!」

 

嵐の精霊の怒りに呼応するかの如く暴風が吹き荒れていく。

 

人間どころか岩まで吹き飛んでしまう突風を突き抜け、怨霊剣と光剣を同時に構える姿を見せる。

 

「行くぞリリスーーッッ!!」

 

連続して放たれる袈裟斬りと左薙ぎを高速で繰り返しながら接近。

 

破壊されて飛ばされてくる巨大な岩を切り裂きながら接敵を繰り返す。

 

跳躍し、迫る巨大岩に向けて体を横倒しに回転させながらの回転斬りを用いて切断。

 

向こう側に隠れていたリリスに向け、回転体勢からの左袈裟斬りを仕掛ける。

 

「見えてるわ」

 

巨大な大蛇を体に纏うリリスの体が揺れ、獰猛な猛禽類の如き左足から蹴りを放つ。

 

左袈裟斬りを放つ手首を蹴り飛ばし、すかさず大蛇が援護攻撃。

 

「チッ!」

 

首に巻き付いて圧し折る動きを見せたが咄嗟に右腕を差し込む。

 

身動きを止められた人修羅に向け、リリスの魔眼魔法が解放される。

 

「無駄だ!!」

 

リリスを蹴り込み、反動を利用して蛇の拘束から飛び出す。

 

「くっ!?魅了魔法が効かないのは…精神操作魔法に耐性を持つマガタマを装備しているからね」

 

分霊ではあるがリリスと戦ったことがあった人修羅は彼女の得意魔法を知っている。

 

全体を魅了して支配する『肉体の解放』への防御を固めてきていた。

 

一回転して着地した距離は近い。

 

この間合いならば接近戦を得意とする人修羅の独壇場だ。

 

怨霊剣を左掌内に収納し、接近戦を仕掛ける動き。

 

迎え撃つリリスもまた、猛禽類の如き鉤爪の足を用いた動きを見せる。

 

「「ハァァーーーッッ!!!」」

 

互いの連続蹴り足が交差していく。

 

リリスが放つのは、獰猛な足先を使って敵を引き裂くヘルファング。

 

人修羅が放つのは連続して13回蹴りを放つ『キック13』だ。

 

激しい打撃の応酬。

 

蹴り足がぶつかり合う衝撃波が周囲を砕いていく。

 

人修羅の回し蹴りを身を低めて潜り抜け、片手を地につける程の低空後ろ回し蹴りが迫る。

 

獰猛な鉤爪の如き足指に頭部を引き裂かれかけた時、彼の姿が一瞬で消える。

 

歩法技であるエア・トリックを用いて後方移動を瞬時に行い、再び踏み込む。

 

「うおおぉぉーーーッッ!!」

 

振り上げた拳を放とうとしたが、同じく一瞬で踏み込んできたリリスに顔面を掴まれてしまう。

 

浮遊したまま高速移動し、彼の体をバーニーの浮彫の残骸に目掛けて叩きつける程の一撃とする。

 

「がっ!!」

 

巨大レリーフが完全に砕け、尚も勢いは止まらず神殿跡地を破壊しながら突き進む。

 

掴まれた手から放つ魔法とは吸魔であり、人修羅の魔力を吸い上げながらの同時攻撃。

 

「男は女の下になるのが相応しいのよ!!」

 

曇天が渦を巻く雷雲に目掛けて空を昇り、地上に向けて急降下。

 

荒野にあった山に目掛けて叩きつけ、山そのものが激しく砕け散る。

 

それと同時に雷雲から神槍の如き雷の一撃が落ちてきたのだ。

 

掴まれたまま地面に叩きつけられた人修羅に向けて放ったのは、毘沙門天を殺した一撃。

 

「ぐあぁぁぁーーーーッッ!!!!」

 

ジオバリオンの一撃を浴びた人修羅の体が焼かれていく。

 

精神操作魔法に耐性を持つイヨマンテだが、雷を防ぐ耐性を持ち合わせてはいない。

 

雷に焼かれ続ける人修羅を掴んで離さないリリスの表情は女の喜びに包まれている。

 

「この光景よ…この光景こそが私たち女の望みなのよ!!」

 

女に組伏せられて上に乗られ、成す術なく支配された男の姿。

 

これこそがフェミニズムの象徴たるリリスが望んだ光景そのものであった。

 

「まだ…だぁ!!!」

 

顔を掴んだ右手の手首を掴み、伸びきった右腕の肘に向けて左腕刀を打ち込む。

 

「がぁ!!?」

 

鈍い音が響き、右腕を折られたリリスが怯む。

 

右足で腹部に蹴りを放ち、彼女を大きく蹴り飛ばす反撃を見せる。

 

起き上がっていく人修羅だが、全身が焼け爛れる程の大きなダメージを負っていた。

 

「カグツチ塔で戦った時の次元じゃない…これが本気の力ってわけかよ、リリス?」

 

左手に出現させた宝玉を飲み込み、回復の光を発する。

 

リリスもまた折られた右腕を左手で掴み、回復魔法を用いて回復していく。

 

互いが睨み合う中、人修羅が口を開く。

 

「バーニーの浮彫もまた貴様を示すものならば…共に在る梟はアモン一匹だけじゃない筈だ」

 

「そうよ。私と共に在るもう一つの梟とは、イルミナティを表すのよ」

 

「イルミナティを操り、女性が支配する新世界秩序を築き上げる算段かよ」

 

「私の望みであると同時に時代が望んだものでもある。産業革命によって女性は抑圧されたのよ」

 

「彼女達の不満を利用し、自由と平等を掲げさせたってわけか…」

 

「人々は自由と平等の意味すら考えようとしない。だからこそ簡単に扇動することが出来るのよ」

 

この世に平等という概念は存在するのか?

 

産まれた時から男女という格差を与えられ、見た目ですら不平等。

 

産まれる家の裕福さも格差があり、住んでいる地域によって得られるものにも格差がある。

 

持たざる者として産まれたみたまと十七夜でさえ、恵まれた容姿と豊満な肉体を与えられている。

 

彼女達を見れば他の恵まれない女性達はその美しさに嫉妬するしかないであろう。

 

この世に平等という概念は…本当にあるのであろうか?

 

()()()()()()()()()()()()、人々を扇動してテロリストに仕立て上げたのが…暴力革命か」

 

()()()()()()()()()()()()()()。それこそがイルミナティの手口なのよ」

 

イルミナティは唯一神が生み出した万物・自然の在り方を真逆にすり替える。

 

秩序を司る五芒星を真逆にすり替え、自由を司る逆五芒星にしていくかの如く。

 

これこそが唯一神への復讐を掲げる反キリスト主義であり、グノーシス主義であった。

 

「聞きたい事は聞いた。インターバルは終わりとしよう」

 

人修羅は再び左手に怨霊剣を出現させ、全身から魔力を噴き出す。

 

右腕を回復したリリスもまた体を宙に浮かび上がらせ、全身から魔力を噴き出す姿。

 

極限にまで高まっていく2人の魔力が弾け合い、大地震によって大地が引き裂かれていく。

 

「俺が求めるのは自然であり…秩序だ」

 

「自由を司る混沌王様ともあろうお方が…LAWの天使と同じ理屈を振りかざす。残念なお方ね」

 

「自由の中には秩序を望む自由もある。俺はそう信じよう」

 

腰を落とし足を半歩開いた状態で居合の構えを見せる。

 

リリスは右手を天に向けて掲げ、雷雲には次々と雷の光が生み出されていく。

 

「さぁ…男と女の戦いの決着をつけようぜ!!」

 

「最後に勝つのは…男ではなく女よ!!」

 

鞘から刀を抜刀し、宙に浮くリリスに仕掛ける技とは次元斬。

 

相手の位置を囲む程の斬撃の嵐を放つが、天高く飛翔して回避したリリスが反撃に転ずる。

 

放つ魔法とは荒れ狂う天雷が如き魔法攻撃である『マハジオダイン』の一撃。

 

次々と落ちてくる雷の槍を掻い潜り、リリスに迫る人修羅。

 

2人の戦いは極限の神域へと高まっていくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「「ハァァーーーッッ!!!」」

 

天に浮かぶリリスは頭上に生み出す光球を地上に向けて投げ放つ。

 

対する人修羅は右手を頭上に掲げ、光が収束した右拳を地面に叩きつける。

 

互いに放った一撃とは、メギドの火を究極に高めた一撃たるメギドラオン。

 

互いの極限魔法が接触し、二発の核爆弾が爆ぜる程にまで膨らむ光の爆発現象を生む。

 

大地が大きく削られていき、リリスが生み出した巨大な異界領域を削り取る。

 

岩盤は砕け散り、光の爆発によって巻き上げられていく光景が続いていく。

 

巻き上げられていく大地に立っていたのは人修羅の姿。

 

「うおおぉぉーーーーッッ!!!」

 

飛び交う岩盤大地を跳躍しながら天に君臨する夜の女王へと目指す。

 

「もう試練で終わらせるつもりはない!!男に脅かされた女の尊厳をかけて滅ぼして見せる!!」

 

男に脅かされる女はダメで、女に脅かされる男は構わないというダブスタを吐き捨てるリリス。

 

エゴに囚われれば最後、他人のことなどどうでもよくなる。

 

客観性がなくなり、自分の言葉の辻褄さえ無視出来てしまう。

 

客観性のない主観性はこうも成り立たないのだ。

 

両手から魔力の波動を放つ。

 

人修羅の周囲に巻き上げられていく岩盤大地が操られ、彼を圧し潰さんと左右から迫りくる。

 

超能力魔法の最上位であり、全体に向けて極大超能力攻撃を仕掛ける『マハサイダイン』だ。

 

左右から迫る岩盤大地。

 

彼は鞘に納められた刀を構えていき、右手で刀を引き抜きながらの円運動。

 

円環を描く斬撃が周囲に放たれ、左右から迫る岩盤大地が切り裂かれる凄まじい光景。

 

『時空烈閃』と呼ばれる剣技を放った人修羅は片膝立ちから立ち上がり、さらに跳躍。

 

刀を納刀し、右手をかざしながら魔法を放つ。

 

リリスの周囲に竜巻が発生していく。

 

「バカね!!風を司る悪魔の私に風魔法が効くとでも思ったの!」

 

魔法ダメージなど最初から期待してはいない。

 

竜巻を発生させたのはリリスの視界を封じるため。

 

竜巻の渦を突き破って現れたのは、ドラゴンキックを放つ人修羅の姿。

 

「ぐふっ!!?」

 

腹部に直撃を受けたリリスが竜巻を突き破り、尚も蹴り飛ばされていく。

 

『流星脚』とも言える一撃を腹部に決めたままの人修羅の態勢が一回転。

 

リリスの頭上から迫るのは踵落としの一撃。

 

「アァァーーーッッ!!!」

 

『月輪脚』が頭部に打ち込まれたリリスの体が遠くの彼方にまで蹴り飛ばされる。

 

メギドラオン爆心地から大きく離れた廃墟に叩きつけられたリリスの体が落石に埋まっていく。

 

完全に埋まってしまったが、瓦礫の山から魔力が噴き上がり落石を周囲に弾き飛ばす。

 

中から現れたのは、オールバックにした髪が蹴りの一撃で下りてしまっているリリス。

 

頭部から血が流れ落ちていく顔が憤怒に歪み、男に向けたおぞましい呪いの言葉を紡いでいく。

 

「…()()()()()()()()()女を傷つけるレイプ魔共め。私が男共のイチモツを去勢してやる!!」

 

()()()()()とも言える程の過激な暴力性。

 

自分の正義のためならここまで暴力を正当化してくる狂気。

 

女性社会や同性愛社会を守ると言うフェミニズムの価値観とは、()()()()()()()()だった。

 

「ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ーーッッ!!アダム(男)は殺してやるぅぅぅーーーッッ!!!」

 

ヒステリーな叫びを上げる女の元まで迫ってくるのは、豪熱放射の一撃。

 

マグマ・アクシスの一撃を回避したリリスが浮遊しながら一気に加速。

 

風魔法の応用によって高速で迫りくる人修羅に向け、右手を振りかぶりながら突進してくる。

 

右掌には全魔力を収束させたメギドラオンの光。

 

これを直接ぶつけることで勝負を決める腹積もりのようだが…。

 

「男を憎む女達に虐げられてきた男達の無念…」

 

疾走しながら親指で鍔を弾き、右手で柄を握る。

 

鋭い眼差しを向ける地の果てからは飛翔しながら迫りくるリリス。

 

「…男の俺が晴らして見せる!!」

 

互いの全力の一撃が今、交差する。

 

人修羅として生きる男はリリスとして生きる女を斬り抜け、背中を通り超えている。

 

メギドラオンの一撃を振りかぶったリリスは人修羅を背にしたまま動けない。

 

「あっ……あぁ……」

 

リリスの首に巻き付いている大蛇の体が切断されていく。

 

右手に収束してあったメギドラオンの光が消えてしまう。

 

血払いを行い、回転納刀を行う男の口から言葉が出てくる。

 

「…毘沙門天達の無念と怒り、貴様の体に確かに刻んだ」

 

鍔が鳴る音と共にリリスの腹部から一気に血が吹き出す。

 

「どうして…わたし達…女は…」

 

自重によって体が倒れていき、胴と下半身が切断されてしまう。

 

「男に…勝てないの……?」

 

アダムを憎み、アダムとエヴァの愛の形を憎んだ女が辿り着いた最後の光景。

 

男と女の戦いは…リリスが憎んだアダム(男)の勝利で終わりを迎えようとしていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

下半身が砕け散り、MAGの光と化す。

 

負けを認められないリリスの上半身は両手で立ち上がろうとするがひっくり返すので精一杯。

 

仰向けに倒れ込んだリリスの上半身にも亀裂が入っていく。

 

もう長くはないのだ。

 

「ハァ……ハァ……」

 

足音が近づいてくる。

 

「ここで果てるわけには…百合の名をもつ私は…魔法少女達の…愛しい娘達の…望みの象徴よ…」

 

近づいてくる足音が止まる。

 

首を向ければ、トドメを刺しにきた人修羅の姿。

 

「貴様が魔法少女達の象徴だと?()()()()()()()()()()()だろうが…貴様が決めることじゃない」

 

怨霊剣を引き抜き、逆手に持って構える。

 

苦痛によって顔を歪めるリリスは振り下ろされる断罪の刃を見て、女として言葉を紡ぐ。

 

「女である私はまた…男の下にされるのね…。どうして女は…男と対等になれなかったの…?」

 

唯一神によって最初の女として生み出された存在の嘆きの言葉が空しく響く。

 

無念を抱えたまま静かに目を閉じる。

 

男が下す断罪の刃に身を任せる覚悟を示してしまう。

 

その光景はある意味、()()()()()()を受け入れようとする女の姿のようにも感じられる。

 

女が男を無抵抗に受け入れる態度を示す。

 

その光景は愛という自己犠牲の証であるセックスと似ていた。

 

「……リリス」

 

無抵抗に男を受け入れようとする女の姿を見て、男の脳裏には美雨とななかの言葉が浮かぶ。

 

「利他的な愛は…人間の器が試される。愛は証を示さなければ…誰も信じない…」

 

目を瞑って死を受け入れる覚悟を示していたが、鍔の鳴る音が響いたことにより目を開ける。

 

「……なぜ、トドメを刺さないの?」

 

疑問を投げかける女に顔を近づけるため、右手に持ち替えた刀を杖にして片膝をつく。

 

左掌内に出現させたのは悪魔の傷を完全回復させる道具であるソーマだった。

 

「男の人生には…()()()()()()だ。ここで死ぬ必要はない、やり直すんだ」

 

残りわずかとなった最後のソーマを敵に譲り渡す態度を示す男。

 

その姿を見た女は苦痛に顔を歪めながらも憎しみの言葉を放つ。

 

「バカにしないで!!私にとっては敵である男に情けをかけられるぐらいなら…死を選ぶわ!」

 

頑なな態度を示す女に向け、男は疑問の言葉を投げかける。

 

「お前にとって敵であったとしても…アダムである最初の男はお前の事を敵だと思っていたか?」

 

「えっ…?」

 

「男って生き物はな…女をモノにしたい生き物だ。独裁的所有欲だと言われるが…そうじゃない」

 

「なら…何だと言いたいのよ…?」

 

リリスにはアダムが何故彼女を拒絶したのか分からない。

 

彼女はただ平等を叫んだだけ。

 

女の我儘を叫んだだけ。

 

夫婦だって我儘を言い合う光景なら日常的に見かけるはずだ。

 

その光景の何処に敵意を感じるというのだろうか?

 

「男だってな…女の愛が欲しいんだ。愛は自己犠牲を示すしか証を立てることが出来ない」

 

「愛は…自己犠牲……?」

 

「結婚式の仕事を手伝っていた時、佐倉牧師は誓いの言葉を語ったことがある」

 

――健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも。

 

――富めるときも、貧しいときも妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い。

 

――その命ある限り()()()()()()ことを誓いますか?

 

「男がこの誓いを達成するにはな…女の努力を必要とする。証を示せば男も尽くしてくれる」

 

――真心を持って男に尽くし、自分を押し殺す自制心がなければ…夫婦は成り立たないんだ。

 

その言葉を聞いたリリスの両目が見開いていく。

 

彼女の記憶にフラッシュバックしたのは、アダムとのセックス中に喧嘩した時の記憶。

 

創成神話の時代において、リリスはアダムと言い争いになった。

 

セックスにおいて上か下かを競い合うような喧嘩をしてしまった。

 

リリスは我儘を受け入れない男とはセックスしたくないと駄々をこねた。

 

その時において、アダムは怒りの感情をリリスに叩きつけたのだろうか?

 

「アダム……わたしは……」

 

最初の男として産まれたアダムは、ただただ困惑した表情を浮かべていただけ。

 

リリスに敵意や憎しみをぶつけるような態度を示してなどいない。

 

リリスが逃げ出してしまった事に慌ててしまい、唯一神に助けを求めようとしただけだった。

 

「敵なんて何処にもいない、敵は己自身が生み出すもの。俺も過ちを犯し…お前も犯しただけだ」

 

――やり直そう、リリス。

 

――いっしょにやり直すんだ。

 

「あっ……?」

 

リリスに聞こえたのは尚紀の声であると同時に…かつて愛した男の声としても聞こえてくる。

 

男を堕落させ、その権威まで貶め続ける敵となった女に示す…自己犠牲の言葉。

 

怒りの感情を飲み下し、女に向ける愛を示す者となろうとする。

 

彼もまた常盤ななかと同じく、善悪を超える者となっていく。

 

中庸(NEUTRAL)の道を体現しようというのだ。

 

男の愛という自己犠牲は女に示された。

 

女の心にもまた、()()()()()()()()()が湧いてくる。

 

「アダム……私…わたしぃぃ……」

 

両目に大粒の涙が浮かび、霞んだ瞳のまま男である尚紀に向けて手を伸ばしていく。

 

掠れた目には、人修羅の姿が映っているわけではない。

 

「あなたのこと…ずっとまっていたのよ…。永遠の…パートナーとして……」

 

リリスの目に映っていたのは…違う男の姿。

 

サイバースーツを纏い、右手には刀を持ち、左腕にはハンドヘルドコンピュータを装備する男。

 

リリスにとってはアダムの生まれ変わりだと信じた男がかつていた。

 

違う世界においての記憶が蘇り、男である尚紀の姿が重なって見えてしまう。

 

リリスが愛した男…()()()()()()の姿と重なって見えているのだ。

 

「リリス…早くソーマを飲み込め!命が持ちこたえられないぞ!!」

 

ひび割れていくリリスの体。

 

もう時期彼女も死ぬだろう。

 

命を繋ぎ留めろと男に叫ばれる女は静かに首を横に振る。

 

「いいのよ…。それは…貴方の命を繋ぎ留めるために…使って頂戴ね…」

 

「だが…お前は…!!」

 

「私はね…もう満足したわ。だって……だって……」

 

――女の私が…一番欲しかったモノを…男(アダム)の貴方が……示してくれたから。

 

リリスの体がついに砕け散り、莫大なMAGを放出。

 

「リリスーーーッッ!!!」

 

男を憎み続けた女が男の愛を思い出す。

 

女が欲しかったモノを示してくれた男に向ける死の間際の表情は…安らぎに満ちていた。

 

まるで愛した男に抱かれた女の顔のようにも見えたかもしれない。

 

女に先立たれ、男はまた独り残される。

 

この世界で愛した女性を失った時の感情が蘇り、リリスの名を叫んでしまった男の慟哭。

 

安らぎを感じさせる優しい感情エネルギーが天に昇っていくのを静かに見守る姿を残す。

 

「リリス……」

 

周囲の景色が変化していき、元のVIPルームへと戻っていく。

 

感情が高ぶり過ぎたのか、彼は右腕で目元を擦る。

 

「男の俺は女達に向けて……何をしてやれる?」

 

茫然としていたが、強大なアモンの魔力と仲魔達がぶつかり合う魔力を感じとる。

 

答えを出せないまま尚紀は走り出していった。

 

アダムとリリスの戦いは時代を超え、再び蘇ることとなった。

 

この戦いに勝者など何処にもいないだろう。

 

残されたのは…男女の愛。

 

互いが互いを尊重し、()()()()()()()()()()()()だけが残される結果となった。

 




友情出演として真・女神転生主人公のふつお君が一瞬登場するお話でした。
ふつお君と人修羅君は真・女神転生4Fでの金剛神界で縁がありますので、ふつお君の役目を人修羅君が肩代わりする形として描きました。


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181話 太陽神の座をかけて

人修羅の仲魔達はそれぞれの障害を乗り越えていき、合流を急ぐ光景が続く。

 

だが、彼らを待ち受けていたのは強大なる魔王であった。

 

合流を果たした直後に現れた梟の悪魔によって異界に飲み込まれてしまう。

 

彼ら、彼女達が見た異界光景とは古代エジプトの都市を彷彿とさせる廃墟の街並みであった。

 

「あれが……アモンなの?」

 

古代エジプトの廃墟を覆うのは漆黒の影。

 

廃墟の向こう側に見えるのはエジプト王権を示すピラミッド。

 

それに巻き付くようにして屹立する存在こそがアモン。

 

「なんて巨大な……悪魔なのですか」

 

天に向かわんばかりの巨大なる悪魔を見上げるタルト達は感情が無くとも戦慄の言葉を口に出す。

 

2千mにも上る巨大な蛇の尾。

 

本体である梟の体だけでも500mはある巨体。

 

長く伸びた赤き両腕と、大きく広げた梟の翼をもって相手を威圧する禍々しさ。

 

タルト達が立っている廃墟を覆う影とはアモンを照らす月の光によって生み出された影だった。

 

「…違う世界で見かけたことがあった奴の姿だが、あれ程の巨体を晒す姿は初めて見る」

 

「大方、本霊を召喚してもらえたといったところだろうなぁ」

 

「ナラバ、奴ノ実力ハ他ノ世界デ見カケタ時トハ比ベ物ニナルマイナ」

 

「上等だ。暇を持て余してた分、俺様も楽しめるってもんよ」

 

「尚紀はリリスと戦ってくれている。ならばこそ、我らがアモンを抑えねばなるまい」

 

「人修羅ガ応援二来ルマデモナイ。我ラノ力デ奴ヲ打チ倒シテ見セヨウゾ」

 

「フッ…その意気だ」

 

ボルテクス界を超えてきた悪魔達は戦慄の言葉すら口にしない態度を示す。

 

アモン程の巨体をもった悪魔と戦うのは初めてではない経験からくる自信の表れだ。

 

三体の悪魔達は武器を構えて歩んでいく。

 

恐れず突き進む男達の背中を見守る女達は、感情が無いながらも信頼感を感じたようだ。

 

「私の中に溶けたリズならこう言うわ。男達もまた魔法少女を守ってくれる存在だったと」

 

「ジャンヌ・ダルクは男達と共に戦場を駆けました。そして私達もまた男達と戦場を共に出来る」

 

「これが女達だけで完結するしかない魔法少女と、男達と共に駆けた魔法少女との違いね」

 

――男の力を信頼して背中を託せる嬉しさというものは…代えがたいものなのよ。

 

頷き合い、現代を生きるタルトとリズの現身達もまた男達の背中に続いていった。

 

天空に聳え立つが如きアモンの両目が真紅に光る。

 

赤き両腕を持ち上げ、両手から業火を発する構えを行う。

 

「無限光カグツチの前に立てた豪の者達よ。吾輩は手加減をせん…心ゆくまで死合おうぞ!」

 

両手から放たれるのは無数の巨大火球。

 

全体火炎攻撃魔法である『マハラギダイン』を放つアモンに向け、悪魔達が駆け抜ける。

 

着弾した町が蒸発する程の火炎地獄が荒れ狂う中、激しい死闘が繰り広げられるのだ。

 

炎の侯爵と呼ばれる力は圧倒的であり、邪教の館で鍛えられた悪魔達とて苦戦を強いられる。

 

リリスと共に在ったが実力においてはリリスを上回る程の魔王の力が荒れ狂う。

 

魔法少女達に戦わせるわけにはいかない程の脅威の力はまさに神の次元であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

射程圏内にまで迫りくる相手に向け、アモンの巨体が動く。

 

ピラミッドに巻き付いていた尾が揺れ、一気に薙ぎ払いを仕掛けてくる。

 

尾の高さだけでも200mはあろうかという巨体が迫りくる光景は山が動く驚天動地そのもの。

 

「遅れるなよ!犬っころ共!!」

 

左手で印を結んだセイテンタイセイが筋斗雲を生み出して飛び移る。

 

「誰に向かって言ってる!!」

 

「貴様コソ遅レルナ!!」

 

クーフーリンはケルベロスの上に飛び移り、迫りくる尾の山に目掛けて飛ぶ。

 

筋斗雲で飛翔する横には尾の壁を爪を用いて登り続けるケロべロスとクーフーリンが共にある。

 

「リズ!!」

 

「心得ているわ!!」

 

アモンの巨影を利用して影移動を2人は行う。

 

薙ぎ払った一撃によって膨大な土煙が上がる中、悪魔達は尾の道の上に立つ。

 

「虫けら共が…吾輩の体に飛び乗り接近戦を仕掛けてくるか!!」

 

尾の道を駆けるケルベロスとクーフーリンの頭上を越え、セイテンタイセイが先に仕掛ける。

 

「いくぜぇぇぇーーーッッ!!!」

 

振りかぶった如意棒が大きく伸び、一気に振り抜く。

 

気合によって攻撃力が上がった如意棒に対し、アモンは右腕を持ち上げてガードを行う。

 

「ぐっ!?」

 

アモンは優れた物理耐性を持つ魔王であるが、セイテンタイセイは貫通スキルを手に入れている。

 

耐性の上から貫通する物理ダメージが右腕に決まり梟の顔を歪めるのだが…。

 

「ぬるいわ!!」

 

如意棒ごと右腕を払い、セイテンタイセイを大きく跳ね除ける。

 

落下していく主を筋斗雲が回収するが、巨大な右手からは追撃の巨大火球の雨が放たれていく。

 

「チッ!!」

 

回避飛行を行いながら反撃のチャンスを狙う…フリをしているだけだ。

 

「ぬぅ!?」

 

一直線に放たれた光の一撃に気が付き、左腕で光の一撃を受け止める。

 

尾の道の遥か先に見えたのは、クロヴィスの剣から放つメギドの光を発射したタルトの姿。

 

「吾輩の意識を逸らせた隙の援護攻撃か…面白い!!」

 

尾の道が一気に跳ね上がる。

 

「タルト!!」

 

リズは悪魔の魔法である風魔法を纏いて大きく跳躍。

 

暴れ狂う尾の道に跳ね上げられてしまったタルトを掴み、影で編んだ鍵縄を投擲。

 

尾の道の皮膚に突き刺さった鍵縄によって落下を未然に防ぐことが出来たようだが…。

 

「くっ!!」

 

尾の道はうねるように暴れまくり、飛び乗った者達を振るい落とそうとする。

 

ケルベロスも爪を地面に突き立てて耐えるが、しがみつくだけで精一杯の状態だ。

 

「近寄レヌナラバ!!」

 

ケルベロスは雄叫びを上げ、アモンに目掛けて地獄の業火を放つ。

 

しかし炎を吸収する耐性をもつアモンは逆に体力を回復させる効果しか与えられない。

 

「奴の耐性は優れている!万能魔法を除いてまともに効くのは雷魔法と風魔法ぐらいだ!!」

 

魔槍ゲイボルグを構え、槍に風の魔法を纏わせる。

 

槍を一気に振り抜き放つ一撃とは真空刃。

 

胴体に目掛けて迫る一撃に対し、アモンは業火が噴き上がるクチバシを大きく開ける。

 

口から放ったのは相手の耐性を貫通する大火球を放つ炎魔法である『トリスアギオン』だ。

 

魔法同士がぶつかり合い相殺するが二撃目を警戒する。

 

クーフーリンが放つのは、赤黒い魔力を纏わせた極大の一撃であるデスバウンド。

 

合わせるように後ろから迫るセイテンタイセイが放つのは八相発破。

 

前方から迫るゲイボルグと後ろから迫る八相発破の衝撃波に対し、アモンの両手が光り輝く。

 

「神に逆らう愚者共め!!我が太陽の光に焼き尽くされよ!!」

 

両手から放たれた一撃とは、相手の耐性を貫通する極大炎魔法であるメギドフレイム。

 

<<うおおぉぉーーーーッッ!!?>>

 

メギドの如き業火の世界が周囲を飲み込み、放たれた攻撃を掻き消しクーフーリン達を焼く。

 

炎を反射する耐性を持つケルベロス以外は炎に焼かれて地上へと落下していくのだ。

 

「オノレェェーーッッ!!」

 

ケルベロスは尾の道を高速で駆け抜け大きく跳躍。

 

反射された炎を吸収して回復したアモンに目掛けて大きく迫り、冥界波を放とうとする。

 

「ヌゥ!!?」

 

だが動きは読まれており、巨大な右手に掴まれてしまうケルベロスの体。

 

「グォォーーーッッ!!!」

 

力任せに握り込まれ、ケルベロスは全身の骨を砕かれていく。

 

「犬畜生めが!!太陽神たる吾輩に噛みつこうなど万死に値する!!」

 

ケルベロスを大きく投げ捨て地上に叩きつける。

 

流石のケルベロスも全身の骨を砕かれては身動きをとることも出来ずに瀕死の重傷だった。

 

<<アー!!モーッッ!!!>>

 

勝どきを上げるが如き雄叫びを上げ、全身から魔力を噴き出す。

 

大地が激しく地響きを上げて地割れを起こし、砕かれた大地がアモンの魔力で浮かされていく。

 

天変地異の世界で君臨する驚天動地の存在こそ、魔王の権威とは何かを周りに示す王の姿。

 

しかし、アモンは自身のことを魔王と呼ばれることを好む者ではなかった。

 

「我が名はアモン・ラー!!太陽神でありエジプトの主神である!!頭が高いわ虫けら共!!」

 

キリスト教圏から悪魔に貶められようとも、アモンは太陽神の誇りまでも捨てたわけではない。

 

トドメを刺されるのを待つしかないのは、メギドフレイムに焼かれた大地で蹲る者達。

 

「へへ…退屈しのぎって次元じゃねぇよな」

 

「まだ…我らは戦える…」

 

焼け爛れた体を持ち上げるのは、圧倒的戦力の差を見せつけられても折れぬ心を持つ者達。

 

武器を杖にして立ち上がろうとするのはタルト達も同じである。

 

「私の中に溶けたタルトは…どんな脅威が立ち塞がろうとも…決して諦めない者でした」

 

タルトの現身となった造魔の目に宿るもの。

 

それは太陽の光にさえも挑む信念を秘めた輝き。

 

「私は太陽神が相手だろうと恐れません。女の私とリズだけで貴方と戦うのではない!」

 

――男達の力もあったからこそ、圧倒的脅威とも戦うことが出来たのです!!

 

彼女の記憶の中に蘇った光景。

 

それは魔法少女であったジャンヌ・ダルクの最後の戦い。

 

売国妃イザボーが真の姿を晒した時、戦った記憶。

 

あの時、戦場に集ったのは魔法少女達だけではなかった。

 

ジャンヌ・ダルクを救国の英雄だと叫び、牢獄から助けに現れた男達の軍勢もいてくれた。

 

男達の声援がなければ、圧倒的脅威として立ち塞がった女王の黄昏を倒す心の力は出せなかった。

 

かつての世界で経験したタルトの思いが宿る現身だからこそ、こう言える。

 

「この過酷な世界で生きる力を示すのは…女だけではありません!!()()()()()()のです!!」

 

タルトの叫びに鼓舞された男女達が奮い立つ。

 

その光景を天高くから見下ろす神の如き魔王は吐き捨てる。

 

「天地を支配する太陽に挑むその勇気…虫けら共にしては見事なり」

 

体から光りを発し、魔力を強化していく。

 

魔法攻撃力を上げる魔法であるコンセントレイトをかけて再びメギドフレイムを放つ構え。

 

一発目をさらに上回る一撃をもって愚者を弔う鎮魂の炎とする。

 

トドメの一撃を放とうとした時だった。

 

<<よくぞ吠えてくれた、ジャンヌ>>

 

声がするのはアモンを超える天の空。

 

満月の光に十字の線が浮かび、切り開かれる。

 

アモンの異界領域に侵入してきた者。

 

それは女と共に生きる力を示す者である男の姿だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

上空から勢いよく降下してくる存在に向けてアモンが顔を上げる。

 

「リリスは敗れたか…流石は我らの叛逆の刻を告げる象徴たる混沌王殿である!!」

 

空の上から現れたのはリリスを打ち倒した人修羅の姿。

 

迎え撃つアモンはメギドフレイムを放つのを止め、左腕を空に向ける。

 

「リリスと同じく吾輩もまた貴殿の試練となろう!!」

 

左掌から放つのはコンセントレイトで威力が上がったマハラギダイン。

 

無数の巨大火球が雨の如く迫る中、滑空しながら迫りくる人修羅の体が光りを放つ。

 

全身から放つゼロスビートの光弾が次々と巨大火球と接触して爆発の光が生まれていく。

 

爆発の光を超えながら滑空してくる存在に向け、アモンは左腕を振りかぶる。

 

「我が剛爪の一撃をもって貴殿の力を測る!!リリスを倒した力を見せよ!!」

 

迎え撃つアモンが放つのは『狂乱の剛爪』の一撃。

 

巨大な左手の爪が迫る中、人修羅の両手には怨霊剣と光剣が握られている。

 

滑空する人修羅の体がドリルの如く急速回転。

 

右手から放出する光剣を前方に向ける破壊槌とし、左手に持つ怨霊剣を回転ノコギリとする一撃。

 

「イヤァァァーーーッッ!!!」

 

人修羅が放つのは『ディープ・スティンガー』と呼ばれる剣技だ。

 

突っ込んでいく一撃がアモンの剛爪と接触。

 

「グァァァーーーッッ!!?」

 

左掌を突き破った突進攻撃は尚も回転を続けていく。

 

怨霊剣の魔力によって斬撃範囲が伸びた刃が切り裂いていくのはアモンの左腕。

 

まるでスライサーにかけられる肉の如く腕の道を切り裂きながらアモンに迫る。

 

鈍化した世界。

 

アモンの顔面まで迫る人修羅は斬撃を止め態勢を一回転させる蹴りを放つ。

 

「グフッ!!!!」

 

流星脚の一撃が決まった余波がアモンの顔面周囲に広がっていく。

 

巨体がぐらついて地面に倒れ込む中、人修羅は宙に浮いていた岩盤大地の上に着地を行うのだ。

 

「待たせたな」

 

怨霊剣を右手に持ち替えた人修羅が左手に出現させたのは『宝玉輪』と呼ばれる回復道具。

 

それを左手で握り込んで砕き、周囲に回復の光を発していく。

 

焼け爛れたクーフーリン達の体が癒され、全身の骨を砕かれたケルベロスの傷も全回復する。

 

「へっ!随分と待たせやがってバカ弟子が!!」

 

「お前が遅いから先に戦わせてもらっていたぞ」

 

「モウ少シ遅ケレバ我ラガ先二仕留メテイタナ」

 

「それだけの強がりが言えるなら、まだまだやれるんだろ?」

 

「当たり前だ!天下のセイテンタイセイ様がコケにされたままで終われるかってんだ!!」

 

筋斗雲に飛び乗り再び空を目指すセイテンタイセイ。

 

クーフーリンもまた戦場に行くためにゲイボルグを呼び寄せようとするのだが…。

 

「御探し物はコレかしら?」

 

クーフーリンの影から現れたのはリズの姿。

 

彼女に振り返ったクーフーリンの目が見開いていく。

 

「バカな……」

 

そこにいたのは赤黒い魔力の波動を放つゲイボルグを右手で浮かせる姿をしたリズ。

 

「持ち主を選ぶ我が魔槍が…どうして!?」

 

「フフッ…この槍を振るうのも久しぶりよ」

 

左手で後ろ髪をかき上げる仕草を見せる。

 

彼女の姿を見たクーフーリンの脳裏に浮かぶ女悪魔がいた。

 

つばの長い黒帽子を被り、帽子から伸びる黒いヴェールに覆われる美しい頭部。

 

病的なまでに白い肌の左頬には薔薇の刺青を刻んだ女悪魔こそ、セタンタを鍛えた存在。

 

「お前の中に溶けた悪魔とは…私にゲイボルグを託してくれたスカアハ師匠なのか!!?」

 

造魔であるが微笑みを浮かべる姿がスカアハの顔と酷似して見えてしまう。

 

「私の中に溶けたスカアハの力…この槍をもって証明するわ」

 

見上げる彼方には、足場として使う岩盤大地の上に立つ人修羅に迫る脅威。

 

「ヌォォォーーーッッ!!!」

 

左腕を切り落とされても戦意を失わないアモンは残った右腕で狂乱の剛爪を仕掛ける。

 

鞘に納めた怨霊剣を構え、迎え撃つ人修羅であったが高速で飛来する魔力に気が付く。

 

「グォォーーーッッ!!?」

 

アモンの巨大な右手の甲を貫いたのは、光弾の速度で飛来したゲイボルグ。

 

「その意気だ。早く上がってこい!俺とセイテンタイセイだけにやらせる気か!」

 

下に向けて叫ぶ人修羅に目掛けて再び剛爪を放つが跳躍移動されて避けられる。

 

「お呼ばれしたから私は行くわね。タルトをお願いするわ」

 

「お、おい!」

 

「積もる話もあるだろうけど…後にしてちょうだい」

 

リズは影に入り込み再び尾の道の上に移動する。

 

「槍一郎さん!私もお願いします!」

 

駆けつけた黒の甲冑少女を見ながら飛来してくるゲイボルグの柄を受け止める。

 

「やれやれ…ジャンヌ・ダルクと師匠の姿をした造魔と組むことになるとはな。まぁいい!」

 

槍を回転させるクーフーリンの前に立ち、身を任せるようにして跳躍する。

 

彼女の足裏を打ち上げるようにして槍を払う一撃を放つ。

 

ゲイボルグに押し出された勢いを利用してタルトもまた尾の道に再び立つのだ。

 

「ヌゥゥゥーーーッッ!!!」

 

岩場を跳躍しながら破邪の光弾を放ち続ける人修羅の猛攻を梟の片翼を用いて防御する。

 

反対側面を飛行するセイテンタイセイが放つ如意棒の一撃もまた片翼で防御態勢。

 

左右に意識を振り回されるアモンは尾の道から迫りくる存在に意識を向けられていない。

 

「いい連携よ。昔のリズもこんな風に頼れる仲間達と共に戦場を駆ける事が出来たのかしら」

 

尾の道から跳躍して浮遊する足場を移動しながらアモンに接敵。

 

彼女は補助魔法のスクカジャを用いて回避力と命中率を強化している。

 

リズの存在に気が付いたアモンは口から再び大火球を放つ。

 

「遅い!!」

 

回避力が増したリズに難なく避けられるが、既に間合いはアモンの領域。

 

右腕を振りかぶり狂乱の剛爪を放つ。

 

迫りくる巨大な右手。

 

リズは跳躍突進しながら二本のダガーを構える。

 

刀身に風を纏わせる『疾風真剣』の魔法を行使して武器強化を行う。

 

飛来した剛爪の指の隙間を縫うようにして潜り抜けると同時に斬撃を放つ。

 

「グァァァーーーッッ!!?」

 

リズが潜り抜けた人差し指と中指が切断され、苦悶の雄叫びを上げるアモン。

 

『霞駆け』の一撃を放ち終えたリズは影で編んだアンカー付きのフリントロックピストルを撃つ。

 

アモンの右腕にアンカーが突き刺さり、伸びたワイヤーを利用して尾の道に向けた移動を行う姿。

 

激痛に苦しみ暴れ狂う尾の道。

 

暴れるからこそタルトが放つ一撃がアモンの尾を傷つける。

 

「ガァァァーーーッッ!!?」

 

尾の道の上に立つタルトはクロヴィスの剣を地面に突き立てメギドの光を放っている。

 

刀身から地上に至るまで放出された光の刃によって巨大な尾の道が縦に引き裂かれていくのだ。

 

「動きが止まりました!今です!!」

 

動きが止まった尾の道を駆けるのはケルベロスに跨ったクーフーリン。

 

「師匠に後れをとっては弟子の名が廃る!!」

 

赤黒い魔力を纏った槍を構える。

 

「貴様の心臓…貰い受ける!!」

 

ゲイボルグが投擲され一気に飛翔していく。

 

光弾の如くアモンに迫り胸を刺し貫くダメージを与えるのだが…。

 

「舐めるな虫けら共ーーーッッ!!!」

 

強靭なアモンの体を貫き通すまでとはいかず、ゲイボルクは表面部分に突き刺さったまま。

 

アモンの右掌に太陽の如き光の熱が収束していき、メギドフレイムを放つ構え。

 

同時にコンセントレイトをかけ、最大火力をもって勝負を決める覚悟を示す。

 

「合わせなさい!ケルベロス!!」

 

「何ヲヤルノカハ知ランガ…決メテミセロ!!」

 

リズの声に反応したケルベロスが爪を地面に突き立てながら旋回する。

 

空から降ってくるリズはワイヤーピストルから手を離し空中捻り込みを行いながら飛び込む。

 

ケルベロスは後ろ足を蹴り上げ、着地したリズの足裏を大きく跳ね上げるのだ。

 

「クーフーリンの師を宿した私の一撃…受けてみなさい!!」

 

アモンの懐まで入り込んだリズの体が一回転する蹴りを放つ。

 

「ハァァーーーッッ!!!」

 

リズの飛び蹴りが突き刺さったゲイボルグに直撃。

 

蹴りの重みが加わったゲイボルグがアモンの体を突き抜ける程の威力を示す。

 

「ガッ……アッ……ッッ!!!!」

 

心臓を刺し貫いたゲイボルグの槍が背中を突き抜け空を舞う。

 

鈍化した世界。

 

空を舞うゲイボルグのさらに上から迫る二体の影。

 

「これで…終わりだぁーーーッッ!!!」

 

頭上から降下してくる人修羅が放つのは『墜撃斬』と呼ばれる剣技。

 

怨霊剣から放つ兜割りの如く右腕を縦に切断し、メギドフレイム発射を阻止する。

 

同時に降下してきたセイテンタイセイがトドメの一撃を放つ。

 

「乾坤一擲!!!」

 

ヤマオロシの一撃がアモンの頭部に直撃して頭蓋を砕く一撃とする。

 

「バカ…な…太陽神である…吾輩…が……」

 

アモンの巨体がついに崩れ落ち、光を放って消失していく。

 

強大な魔王の力はついに倒されることとなる。

 

これこそがボルテクス界を超えてきた悪魔達の実力。

 

そして魔法少女が存在する世界で出会えた新たなる仲魔達の力なのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

地上に着地した人修羅達が周囲を伺う。

 

「異界領域が消失しない…奴はまだ生きているぞ」

 

「MAGの光じゃなかったからなぁ…何処に潜んでるんだ?」

 

「あれ程の致命傷を受けているのです。そう長くは持たない筈ですけど…」

 

「…見ツケタゾ」

 

ケルベロスの嗅覚が見つけ出した存在の元まで皆が歩いていく。

 

砂漠の大地に倒れ込んでいたのは人間サイズにまで小さくなってしまったアモンの姿。

 

両腕は切断されており、頭部と足、それに胸と背中からはおびただしい出血を流し続ける。

 

「ぐっ…うぅ…」

 

エジプトのファラオを彷彿とさせる血染めの衣服を纏うアモンが立ち上がろうとしていく。

 

「往生際が悪いわよ、アモン」

 

「トドメを刺し損ねたのは失敗だったな。会稽之恥にしてやるつもりはねーぜ、アモン」

 

如意棒を担いだセイテンタイセイがトドメを刺すため近寄ろうとするが、人修羅が片手で制する。

 

人型の姿をしたアモンの体には無数のヒビが入っていく。

 

トドメを刺さずとも長くはもたない状態であった。

 

「吾輩…は…アモンでは…ない……」

 

「何だと…?」

 

「その名は…唯一神を崇拝する者達が…吾輩を貶める為に生み出した呪いだ。吾輩の真の名は…」

 

――アメン・ラーだ…。

 

【アメン・ラー】

 

エジプトの創造神であり太陽神。

 

テーベ地方の神アメンが太陽神ラーとされ成った存在として知られている。

 

エジプトにおける神々の崇拝には王家の信奉が大きく関係しているという。

 

アメンは大気の神であり目立つ存在ではなかったが、テーベがエジプトを支配したことで変わる。

 

神々の父と呼ばれる太陽神ラーと一つになり人々から崇拝されるようになった存在であった。

 

「ぐっ…あぁぁ……ッッ!!」

 

意識が朦朧とするアメンの脳裏に浮かぶ呪いの言葉がある。

 

――アメンは神ではない!!

 

「やめろ……やめろぉぉ……」

 

――アメンは悪魔である!!

 

アメンの脳裏で叫ぶ存在こそ、人類初の唯一神教を生み出したファラオの声。

 

ツタンカーメンの父であるアメンホテプ4世の声であった。

 

――()()()こそが神だ!!アメンの神殿を焼き払え!!

 

「何故だ…なぜだぁぁぁぁ……!!!」

 

掠れた目に見える光景とは、かつては太陽神として崇拝してくれた人々の裏切り光景。

 

アメンを悪魔だと叫び、彼を祀り上げた神殿を破壊していく民衆達の姿が映ってしまう。

 

「貴様ら民衆は…吾輩を太陽神として崇めたはず!!なのに…どうして吾輩を悪魔にする!!?」

 

幻覚に苛まれるかのようにしてふらつきながら叫ぶアメン。

 

その無様な姿を見つめることしか出来ない人修羅達。

 

「吾輩は神だ!!太陽神だぁ!!悪魔ではない…悪魔ではないぃぃ……ッッ!!」

 

もがき苦しむアメンの姿を見つめる尚紀の心の中には、彼と同じ苦しみが蘇っていく。

 

太陽神アメンが魔王アモンとして人々から呪われていく光景こそ、現代でいう()()()()()()()()

 

太陽神として民衆のために在った存在が為政者側の勝手によって悪魔としてすり替えられる。

 

人間の守護者として戦った者が為政者側の勝手によって神浜テロの首謀者側だとすり替えられる。

 

「時代を超えようが…人間の本質なんて何も変わらないってわけかよ」

 

アメンに歩み寄る人修羅。

 

「…介錯が欲しいか、アメン?」

 

慈悲の言葉をかけてくる者の声が聞こえたアメンは視線を向けていく。

 

掠れた目には人修羅の姿が映っている訳ではない。

 

「貴様…は……!?」

 

アメンの目に映っていたのは赤き獅子。

 

獅子の頭部を持つ巨人であり、背中に翼を生やし体に大蛇が巻き付く悪魔。

 

「…吾輩から太陽神の座を奪いに来たか…()()()!!」

 

「何だと…?」

 

「それとも…吾輩を悪魔だと罵り…裁きに来たのか!?」

 

「何を勘違いしているんだ…お前?」

 

ミトラと勘違いされた時、尚紀の脳裏に浮かんだ光景がある。

 

かつてのボルテクス界において、東京議事堂で戦った悪魔がいた。

 

シジマ勢力に与する存在であり、裁きを司る司法神こそがミトラ。

 

ミトラは西洋ではミトラス、東洋ではミロク菩薩としても知られる契約神であり太陽神だった。

 

「渡さぬ…渡さぬぞぉぉ…ッ!!吾輩こそが太陽神だ…民衆から太陽と崇められる者だぁ!!」

 

体中のヒビ割れも進行していき限界が近い。

 

それでもアメンには捨てられないプライドがあった。

 

口を大きく開いたアメンは最後の抵抗として業火を放とうとする。

 

「バカ野郎ッッ!!!」

 

一瞬で抜刀した怨霊剣を用いて右切上げを行う。

 

ヒビ割れたアメンの上半身に一閃の跡が浮かび、血が吹き出す。

 

トドメの一撃を浴びたアメンが正気を取り戻すかのようにして…最後の言葉を残すのだ。

 

「…人間共は…何時の時代も…変わらぬものだ…」

 

アメンの上半身が一閃の跡に沿うようにしてずり落ちていく。

 

「見たいものしか見ないし…信じない…」

 

――()()()()()()……獣共で……あ…る……。

 

回転納刀によって鍔が鳴る音と共にアメンの体が弾け、膨大なMAGの光を放出。

 

無念を抱えた感情の光が天に昇っていく光景を見つめる尚紀。

 

その表情にはやりきれない感情が宿り、アメンの言葉を理解する者としてこう口にする。

 

「…そうだな。いつの時代でも…何処の世界でも…人々は変わってなんてくれないんだ」

 

見えざる者、隠れた者と呼ばれし悪魔は自ら真名を曝け出し、隠してきた己の業をも曝け出す。

 

それを受け止めてくれたのは、同じく悪魔として悪にされる運命を背負いし者達。

 

その苦しみは神浜の歴史においても悪とされてきた東の民衆達にも通じるものがあるだろう。

 

価値の無い神として扱われてきたが太陽神になる事が出来たからこそ、神の権威に縋りついた者。

 

太陽神アメン・ラーを魔王アモンとして貶めた存在こそが、アテンと呼ばれし唯一神教。

 

アメンホテプ4世が始めた()()()()()()こそが唯一神を崇めるユダヤ教を生んだという説がある。

 

アトンとも呼ばれしアテンは、アメン・ラーを崇める神官団に対抗するために神権を強化された。

 

アマルナ革命が行われた時期と出エジプト記は推定される年代がほぼ同じである事が根拠となる。

 

革命による弾圧が行われた事によるエジプトからの脱出が起こったとしても不思議ではない。

 

アテンはヘブライ語においては主(アディン)とも呼ばれ、唯一神を表す神名の一つとされる。

 

こうしてアテン信仰が後のユダヤ・キリスト・イスラム教の起源とする説が生まれたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

リリスとアモンの戦いを終える頃には沙優希の神浜凱旋ライブは終わりを迎えている。

 

表面上は何事もなく終了したように見えるが、アリーナ玄関前には警官隊が大勢詰めかけている。

 

警備員相手に暴れまくった怪しいカンフー男と怪しいシスターを探しているようだった。

 

表から脱出するのは困難と判断し、イベント資材を補完する大倉庫方面から逃げ出していく。

 

無事に駐車場まで辿り着いた尚紀達は警官に嗅ぎ回られるタルトを家に帰すためにリズを促す。

 

リズが運転するラ・フェラーリを見送った尚紀が踵を返して乗ってきた車を目指す。

 

フルサイズバンの中には身を隠すセイテンタイセイとケルベロス、運転席にはクーフーリンの姿。

 

後は尚紀が乗り込んでずらかるだけであったのだが…。

 

<<待って下さい!!>>

 

声がした方に視線を向ける。

 

そこに立っていたのは、ライブ衣装を着たままの沙優希の姿であった。

 

「俺は急いで帰りたいんだが…何か用事か?」

 

オドオドした態度を示す者を見て怪訝な表情を浮かべてしまう。

 

それでも伝えたい言葉があったのか、真剣な表情を浮かべた沙優希が口を開いてくれる。

 

「ご…御無沙汰してます、尚紀さん。その…私を助けに来てくれたんですよね…?」

 

「何を助けるというんだ?俺は仕事でこの場所まで訪れていただけだ」

 

「沙優希は魔法少女です。貴方達の戦う魔力はライブ中でも感じてました」

 

舌打ちをして顔を背けてしまう。

 

言い訳を考えていた時、微笑んでくれている沙優希の顔に気が付く。

 

その顔つきは何かを吹っ切れたような清々しさを感じさせる程だ。

 

「沙優希はですね…このライブを最後にして…芸能界を引退しようと考えています」

 

「突然だな、どういう心境の変化だ?」

 

「芸能界入りしたのは…友達が欲しかったから。だけど…沙優希はファンの人達を騙してます」

 

「お前の記事はコンビニに立ち寄った時に読んだことがある。フェミニストになったのか?」

 

「その記事内容は仕事だから仕方なく言わされていただけです。それがもう…耐えられません」

 

「仕事は嫌な事でも努力して乗り越えるもんだ。お前だけ楽がしたいのか?」

 

「マネージャーからも同じ事を言われました。乗り越える努力は沙優希の力になってくれるって」

 

「……………」

 

「でも…それは思いやりじゃありません、()()()()()です。ファンを貶めるなんて間違ってます」

 

「…だからこそ、お前のファンになってくれた人々のために身を引くのか?」

 

「ファンの人達に真実を語れない以上は…沙優希は皆の期待を裏切った者として…憎まれます」

 

「…もうアイドルとしては再起不能になるかもな」

 

「構いません。アイドルになれなくなっても…友達を見つける方法ならきっとあると思います」

 

迷いのない決意を語ってくれた者を見つめる尚紀の表情にも微笑みが浮かんでくれる。

 

「それでいい。個を尊重しない、己の考えを持たない臆病者に民主主義なんて豚に真珠だ」

 

「尚紀さん…」

 

「ローマは一日にして成らず。御上に己の正しさを委ねず、自分の正しさは自分で見つけていけ」

 

「はいっ!沙優希はアイドルを辞めますけど…魔法少女としての人生が残ってます!」

 

「魔法少女として友達を救っていけ。これからのお前の人生に…幸多いことを願おう」

 

車に乗り込み発進していく。

 

見送る沙優希は世話になった人達に向けて深々とお辞儀を行ってくれる。

 

助手席に座る尚紀は視線を外の景色へと向けていく。

 

「己の考えを持たず、周囲の同調圧力に屈してしまうから…民衆は過ちばかりを繰り返す」

 

悪のレッテルを張られた悪魔である尚紀は考え込んでしまう。

 

アモンが神として在った時代において、アマルナ革命は間違っていると叫ぶ民衆がいたのなら。

 

神浜の歴史差別において、差別の歴史は間違っていると叫ぶ西側民衆がいたのなら。

 

織莉子の政治活動を嘲笑う者達に向けて彼女は正しいと叫ぶ勇気をもった民衆がいたのなら。

 

「たとえ善人であっても勇気が出せずに保身を選び、見て見ぬフリを選ぶしかない社会圧力か…」

 

沙優希のようにリスクを承知で自分の意見を言えるような人間が欲しいと彼は思う。

 

そんな人間達ばかりがいてくれたら、人間や魔法少女だけでなく神々だって救われる。

 

「お前の道を進め、人には勝手なことを言わせておけ。ダンテの言葉こそが…民主主義の根幹だ」

 

流されない者としての覚悟を示す道こそ、美雨が語った事がある実存主義。

 

女が男を悪者扱いして罵倒することになっても、正しいと言える勇気を示さなければならない。

 

政治意見を叫ぶ者が罵倒されようとも、その人は正しいと言える勇気を示さなければならない。

 

「過ちを繰り返さないためにも必要なのは…知識だけでは足りない」

 

――社会リンチされる覚悟を持って自分を貫ける…()()()()()()()だったんだ。

 

夜空を見上げる尚紀の耳の奥にはアモンの叫びが未だに残る。

 

いずれまた、尚紀も悪魔として悪者レッテルを再び貼られる日がくるやもしれない。

 

それでも彼は正しいと叫んでくれる人は現れてくれるのか?

 

それを考えた時…人修羅として生きる尚紀は言い知れぬ不安に支配されるしかなかったのだ。

 




メガテン悪魔であるアモンは真女神転生ifだけでなく、漫画のデビルマンの主役に宿った悪魔としても有名ですよね。
デビルマンが一番苦しんだのは悪のレッテル貼りを受けた事でしたので、そこら辺を強調してみました。


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182話 人類の父

神浜港に近い太平洋の海を渡るのは世界最大の豪華客船に匹敵する程の超巨大フェリー。

 

まるで海の上に聳え立つ巨大な城の如き存在こそ、ルシファーが仮の住まいにしている場所。

 

宮殿のような船内の回廊を抜けていくと城主が君臨する王宮執務室へと辿り着ける。

 

執務室の奥側に供えられた机の向こう側では、複数のモニターを見つめる人物がいた。

 

モニターに映し出されていたのは、黒の貴族やイルミナティの司令塔であるロスチャイルドの姿。

 

皆が顔を青くして啓蒙神たるルシファーにどうすればいいのかを尋ねているのだ。

 

黒の貴族とイルミナティにとっては指導者的立場であったリリスとアモンの死。

 

その知らせは瞬く間に拡散し、世界を支配する者達に不安と恐怖を植え付けてしまったようだ。

 

彼らが心配している案件とは、イルミナティにとってはもう1人の啓蒙神であるサタンの存在。

 

サタンとして扱われる人修羅は、リリスとアモンを殺しただけでなくマニトゥまで破壊した。

 

自分達の首を締め上げる存在に疑問を持ち、その存在は脅威そのものだと震え上がっている。

 

総力をもって排除するべきなのではないかと、ルシファーに進言しにきたというわけだ。

 

モニターの光に照らされるのは、漆黒のダブルボタンスーツを身に纏うルシファーの姿。

 

高級な椅子に座り目を瞑って聞いていたが、重い口を開いていく。

 

「案ずるな。たとえリリスとアモンが死んだとしても、それを超える存在を迎え入れればいい」

 

日本語で返すがAIによって自動翻訳され、彼らにも伝わる言葉として話し続ける。

 

「私は未来を知る者だ。今のサタンは脅威であったとしても…奴は必ず追い詰められる」

 

――その時こそ、サタンは()()()()()()()として君臨することとなるだろう。

 

その言葉に皆が落ち着きを取り戻し、啓蒙神であるルシファーを信じると言い始める。

 

モニターの光が消えていき、静かな執務室へと戻ったようだ。

 

「リリス殿とアモン殿が亡くなられるとは…無念極まりない」

 

豪胆さを感じさせる男の声が背後から聞こえてくる。

 

「我々にとっては大きな損失ですな、閣下。ハルマゲドンにおける戦力低下に繋がります」

 

狡猾さを感じさせる男の声が背後から聞こえてくる。

 

「…アザゼルとシェムハザか」

 

後ろに控えていた男達こそ、黒の貴族達の祖となったエグリゴリの堕天使を束ねる者達。

 

シェムハザと呼ばれた男は、スーツとチェスターコートを纏う白髪が混じる黒髪の姿をしている。

 

彼こそが世界中に存在している生体エナジー協会の指導者である会長であった。

 

アザゼルと呼ばれた男は、日本の政治ニュースで見かけたことがあるはずだ。

 

シェムハザの隣に立っていたのは、八重樫内閣で防衛大臣を務める西であった。

 

「マニトゥを一体失うことになったが、魔界を産む母の召喚に必要なMAGは他で補える」

 

「そのために膨大な数のマニトゥを生産しましたからな。100体いれば十分召喚出来ます」

 

「余ったマニトゥは破壊してMAGを抽出しろ。魔界から新たなる悪魔を召喚していく」

 

「その件ですが、朗報があります」

 

西と呼ばれる人間に擬態したアザゼルが話していくのは、邪教の館についてだ。

 

「悪魔合体に成功した初となる人間が生まれました」

 

「ほう?誰が最初の成功者となったのかね?」

 

「魔法少女です。ロスチャイルドの隠し子が志願を申し出たおり、成功したと報告がありました」

 

それを聞いたルシファーの口元に不気味な笑みが浮かぶ。

 

「あの子は負けず嫌い極まった娘だ。悪魔の力を手に入れて…何を望む?」

 

「あの娘はネフィリムの末裔。これによりネフィリムは悪魔合体に適した素材だと証明された」

 

「確かに朗報だな。黒の貴族やイルミナティ指導者達はネフィリムの末裔だ…彼らの望みが叶う」

 

「彼らは神秘主義者であり次元シフトを望む者達。先祖帰りして我らと永遠を生きたい者達です」

 

「よし、余ったマニトゥを破壊した時に抽出したMAGは邪教の館に運べ」

 

「連中と合体させる悪魔を召喚するためですね、承知しました」

 

「魔界には私の代わりに治世を任せている魔王や魔神達が大勢いる…彼らも必要なのだ」

 

「では、生体エナジー協会の総力を結集して抽出したMAGを邪教の館に運ばせるとしましょう」

 

「頼んだよ、シェムハザ」

 

一礼をしてシェムハザは執務室を出て行く。

 

残されたアザゼルに向け、ルシファーは命令を下すのだ。

 

「私が君を日本政府に送り込んだ目的とは何だ?」

 

「この世界を魔界化させるためです。閣下のオーダー18は近い…日本政府も本格的に動きます」

 

「君を現場指揮官として動かすための采配だ。失敗は許されんぞ」

 

「心得ております。我が身命を賭して必ずや閣下のお望みを叶えて見せましょう」

 

一礼をしてアザゼルもまた執務室を出て行く。

 

独り残されたルシファーは椅子を動かして机の前を振り向く。

 

その姿は男の姿ではなく、藍家ひめなの姿をしていた。

 

「安らかに眠ってくれていいからねリリス。私チャンが貴女のフェミニズムを引き継いであげる」

 

邪悪な笑みを浮かべたひめなは語ってくれる。

 

たとえフェミニズムに疑問を持てたとしても、男女家庭を崩壊させる方法ならあるのだと。

 

「両親を家から追い出し、働かせて税金を払わせる。そうなれば子育てや教育を自由に操れるの」

 

親を家庭から引き離し、エリート主義者達の望み通りに子供を育てさせる。

 

夫婦が共働きになれば国家や社会の管理部分に収める税金の額も増えていく。

 

これを実現するために経済界がとった行動は…世帯主である()()()()()()()()()こと。

 

アメリカの労働男性は1973年をピークにして収入が減り続けている。

 

自動車工場で働いていたアメリカ人男性は中流クラスの生活が約束されていた時代があった。

 

日本の労働男性も状況は同じであり、男性一人で世帯を支えられる時代も今は昔の話となる。

 

男女同一賃金や職能給が当然となり、共働きしないと家計が厳しい世帯が大幅に増加したのだ。

 

「この世は()()()()()()()だよ。税金を預かる大蔵省とは、()()()が管理する宗教存在だったの」

 

アモンが太陽神として在った時代において、王であるファラオの下には神官団がいた。

 

その神官達こそがエジプトの国庫を管理する大蔵省の役人達であった歴史背景がある。

 

税金を預かる大蔵省とは、太古の昔から宗教的側面を多大に受ける存在だ。

 

ルシファーをファラオとし、世界の中央銀行を支配するイルミナティは神官団とも言えるだろう。

 

世界の裏側構造とはエジプトにおけるピラミッドであり、イルミナティトライアングルだった。

 

「現代でも宗教と金融は陰で密接に繋がっている。彼らに新税を作らせて税金を奪えばいいの」

 

地上の王たるルシファーに税金を貢がせるため、世界中の男女家庭を共働きに追い込む。

 

夫婦が親密に過ごせる時間は激減し、家事や子育ての押し付け合いによって家庭崩壊に導く。

 

イルミナティの二大政策である金儲けと人口削減の光景だ。

 

ルシファーという地上の王に税金を貢がせるため、どれだけの子供達が犠牲となったのだろうか。

 

それによって、どれだけ社会の理不尽を憎む魔法少女が生まれたのだろうか。

 

その数はもはや計り知れないだろう。

 

「男女家庭なんて忘れちゃっていいよ♪同性カップルでも作ってさ~…()()()()()()()()()()♪」

 

自由な恋愛を信じた少女。

 

それこそが魔法少女として生きた藍家ひめなの在り方。

 

その思想は歪められフリーセックスとなり、これからも同性愛を世界にばら撒いていくだろう。

 

性を標的にした社会改造プログラムはこれからも男女社会を蝕んでいく。

 

それを乗り越えようとも経済的な現実を突き付けられ、男女家庭は崩壊へと導かれる。

 

ルシファーとイルミナティが張り巡らせた人間管理牧場の包囲網は完璧であったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「そうか…。私がエジプトに行っている間に…そんな出来事が起きていたのか」

 

南凪路にあるジュエリーRAGには尚紀が訪れている。

 

エジプトから帰って来たとニコラスから連絡が入り、近況報告を行っているようだ。

 

「シュウの事は残念だった…。お前と同じく、数少ない東京の友人だったのに…」

 

「君が彼を紹介してくれて共に飲みに行った事がある。私も残念だよ…」

 

「沙優希から聞いたが、フェミニズムアイドルの彼女に接触したのが彼の姿を見た最後になる」

 

「フェミニズムか…私とペレネルの故国であるフランスとてフェミニズムに蝕まれた国となった」

 

ニコラスが語るのは、かつてはロマンスの国と世界から讃えられたフランス男女社会の惨状だ。

 

フランスの女性誌が行った調査によると、フランス女性はこんなイメージを持っているという。

 

男勝りで男性に復讐心を持っており、力に飢えていて、性的能力で男性の価値を決める。

 

フランスの男性達の世論調査では、女性は手に負えない存在となったと嘆いているという。

 

女性が過大評価され、男性の肩身が狭くなり、家事等の女性的な性質を身につけろと脅される。

 

女性が男性を性的搾取するこの現象を、女性化され従属させられた世代と呼ばれるようになった。

 

「男女恋愛の国と呼ばれたフランスまで…なんてザマだよ」

 

「まさに男女の逆転現象だ。君が倒したリリスの思想は世界を蝕み続けるだろう…これからもな」

 

「神浜市においてもフェミニズムの嵐が吹き荒れた。男の俺は傍観者になるしかなかった…」

 

「魔法という力を手に入れた魔法少女は力を満たした者だ。ならば望むのは男性の役割だろう」

 

「男は邪悪な存在だと叫び…女を守れるのは女だと叫んできた。男の役目を奪い取ろうとした…」

 

「百合の間に挟まりに来る男は死ね。ネットでよく見るフェミニスト的なオタクの言葉だったな」

 

「それでも…男を守ろうとしてくれた魔法少女達もいた。男の俺は彼女達に心を救われたよ」

 

「それはきっと、男性である君と触れ合うことが出来たから…変わってくれた魔法少女なんだよ」

 

「そうだと…信じたいものだな」

 

重苦しい空気を出す尚紀の前から立ち上がり、店のカウンターから何かを持ってくる。

 

「話は変わるが、君が来るよりも先に美雨君と令君が私の店に来てくれたんだ」

 

「あいつらが?何をしに訪れたっていうんだ?」

 

「ちょうど私が店に帰って来た時に訪れてくれてね…これは何なのかを尋ねてきたんだ」

 

ジュエリーケースの蓋を開けば、中にあったのは悪魔から手に入れられる魔石であった。

 

「神浜から去った静香君とすなお君もこれを聞きに来た。錬金術師である私の答えは決まってる」

 

「悪魔にとっては食い物に過ぎないが…魔法少女にとっては穢れを吸い出す道具にも出来るか…」

 

「魔獣と同じく倒す事で恩恵を得られるのなら…魔法少女は率先して悪魔と戦いたがるかもな」

 

「危険過ぎる…悪魔は意思の無い魔獣共とは違う。寝込みだろうが何だろうが襲ってくるぞ」

 

「かつての世界で経験した苦しみか。君は熟睡することも出来ない戦場を彷徨った存在だったな」

 

「悪魔は耐えられたが…魔法少女は肉体と精神の負担を繰り返せば魔力減退に繋がり死を招く」

 

「それでも…彼女達とて死地に赴く運命。魔獣に殺されようが悪魔に殺されようが同じ結末だ」

 

「お前の言う通り…俺達は自己責任を背負う者だったな。魔石の情報を伝えるかどうかは任せる」

 

商談席を立ち上がり店から出ようとするが立ち止まる。

 

自己責任を語った事により、思うところがあったようだ。

 

「俺は魔法少女を虐殺した者だ。その責任を背負う者として…これからは魔法少女を守りたい」

 

「償いか…彼女達のために、何と戦うつもりだね?」

 

「共に戦うつもりはない、子供の彼女達が手に負えない問題を俺が対処していきたい」

 

かつて、東京の片隅にあった路地裏において我が子を失った両親に誓ったものがある。

 

悪に染まった魔法少女に襲われるような人間を二度と生み出さない社会を築き上げると誓った。

 

だが、結果ばかりを重視するあまり何故魔法少女が社会悪に染まったのかを考えない弊害を生む。

 

魔法少女たちとて普通の人間として生活してきた者達。

 

彼女達の人生を苦しめてきた原因を背負ってきた者達だった。

 

「俺の行った事は…奪う事、縛る事だった。しかし、これからの俺は与える者となりたいんだ」

 

「与える事によって魔法少女が人間社会を憎まない結果を生みだす。それが新たなる抑止力か」

 

「彼女達の人生を壊した理不尽社会…それを変えていくことこそが原因と結果の解決に繋がる」

 

「では君は…社会主義を掲げて国会議員にでもなろうというのか?」

 

振り返った彼が頷き、迷いのない目を向けてくる。

 

「シュウが死んだことにより…便利屋としての俺は廃業だ。時間が空いた分、勉強に費やす」

 

「探偵業は辞めるのかね?」

 

「そうなる。丈二には言いにくい話になるが…タイミングを見計らって伝えようと思う」

 

「武ではなく文で救う道か…。君は今年で戸籍上では24歳となるし、来年から出馬出来るな」

 

「東京の魔法少女社会も俺の圧政による疲弊が極まった。疲れた彼女達は俺の話を聞き始めてる」

 

「今年は準備段階になるな。東京の魔法少女社会に生きる者達も救ってやるのだぞ」

 

「やり遂げて見せる。彼女達が背負った人生の苦しみを聞き、それを解決に導くと語っていこう」

 

店から出て行く尚紀の背中を見送るニコラス。

 

その表情は喜びを感じるかのようにして微笑んでくれた。

 

「リスクを恐れずどこまでも困難な道に挑戦していくか…。君のような生き方こそ…」

 

――()()()()()というものだ。

 

南凪路を歩く尚紀はボルテクス界で生きた頃を思い出していく。

 

彼が思い出すのは、アモンからミトラと間違えられたことによるミトラとの戦いの記憶だった。

 

「司法神ミトラか…俺も司法根拠を振りかざし、虐殺を正当化した者。間違えられたのも頷ける」

 

ボルテクス界でミトラが君臨した場所こそ、国会議事堂における本会議場内。

 

再びその場所を目指そうとする己の在り方もまた、シジマのミトラとなっていくと実感する。

 

物思いに耽りながら南凪路を出ようとした時…。

 

「あっ……尚紀さん」

 

知っている人物の声が聞こえた彼が顔を上げる。

 

目の前で見かけた人物とは、浮かない顔をしたまま歩いていた常盤ななかであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

レストランの個室に案内された2人が向かい合う。

 

冬服の私服を着たななかは迷いを孕んだ表情を浮かべており、先に尚紀が喋り出す。

 

「もう2月に入ったし、3年生組は高校組も含めて卒業を残すだけだな」

 

「…そうなりますね」

 

「浮かない顔だな?受験結果が心配なのか?」

 

「そうではありません。その…色々と悩み事を抱えておりまして」

 

「魔法少女社会の長の心労は受験が終わっても関係ないか。それより…あの子達は大丈夫か?」

 

尚紀が気にしているのは、フェミニズムを掲げた魔法少女達の状況だ。

 

ななかの話では、フェミニスト魔法少女達は長に向けての要求を撤回してくれたという。

 

その後はななか達が主催する教育の場にも顔を見せてくれるようになったようだ。

 

「古株の魔法少女達の状況はどうだ?」

 

「粟根さんの件が深刻でしたが…あきらさんと葉月さんが動いてくれることになりました」

 

こころが抱えている両親の夫婦喧嘩について、あきらは助けられなかったのを後悔していた。

 

過ちを繰り返したくないと、あきらはこころの両親を説得するために動いてくれたという。

 

あきらだけでなく交渉を得意とする葉月も動き、2人の力で対処してくれているようだ。

 

「問題なのは…警察に逮捕された月咲さんのお父様の方です」

 

「あの子の父親が逮捕されただと?」

 

「彼女のお父様はDV容疑で逮捕され…公判を待つばかり。調停すら無しで起訴されたのです…」

 

「そうか…。あの子は竹細工工房のような零細企業を営んでいる。これから厳しくなるな…」

 

「月咲さんは凄く後悔しています…。女の我儘が家庭崩壊を築いたと自責の念に駆られるのです」

 

「…アメリカでもそれは同じだ。近所の入れ知恵で警察に通報したら直ぐに夫が逮捕されるんだ」

 

「酷い話です…。そうなれば子供がいようが…もう一緒に暮らせないかもしれませんね」

 

「官選弁護士の話では、女性は見境なく虚偽の通報を行う。それに対する罰則すらない」

 

「そんなのって…!妻が浮気をするためにだって悪用されますよ!!」

 

「…もう日本もアメリカも自由な国ではない。フェミニズム警察国家の未来が待っている」

 

「国民を守る為の法すらまともに機能しないだなんて…法の信頼を失うばかりですね…」

 

尚紀はスマホを取り出し、丈二に連絡を入れてくれる。

 

程なくして通話を終えた彼が語り始めてくれたようだ。

 

「丈二のツテでDV専門のベテラン弁護士を雇えることになった。弁護士費用なら払っておく」

 

「そ、そんな…!月咲さんのために身銭まで切ってくれるなんて…」

 

「あの子だってまだ若い…過ちから学べることは多い筈だ。可能性の芽を潰したくない」

 

「尚紀さん…」

 

「疑うのも大事だが…信じることも大切だ。男社会の一員として…彼女にやり直してもらいたい」

 

「妹の事で泣くばかりの月夜さんが聞けば喜んでくれます。本当に…感謝しています」

 

喜びの声も束の間、2人は重い沈黙に支配されてしまう。

 

それでも一番伝えたいことがあったのか、真剣な表情を浮かべたななかが言葉を紡いでくれる。

 

「十咎さんの件についても、月咲さんの件についても…全ては()()()()が原因の源です」

 

「ななか…?」

 

「魔法少女社会は性の難民化社会。男社会に魔法少女の真実を伝えられないために自己完結する」

 

「男社会とのわだかまりも解けず、争うことしか出来なくなるな…」

 

「私は悔しいです…。魔法少女達は社会の直ぐ隣にいるというのに…本当のことが言えない!」

 

魔獣が引き起こしたことは天災として扱われ、世間では原因不明の事件として片づけられる。

 

それを魔法少女が解決しても決して公になることなどない。

 

魔法など…誰も信じないから。

 

「世界中に魔法少女が沢山いるのに…私達が使った魔法も…願った奇跡も…誰にも届きません!」

 

涙ぐんでいく彼女の顔を見つめることしか出来ない尚紀の脳裏に…アモンの言葉が蘇る。

 

「見たいものしか見ないし、信じない。民衆は…偏見極まったドグマ(常識)に支配されるんだ」

 

眼鏡を外し、ハンカチで涙を拭くななか。

 

彼女の無念は全ての魔法少女達の苦しみ。

 

また、佐倉牧師達のような人間だけでなく神々もまた同じ苦しみを背負ってきた。

 

誰にも話を聞いてもらえず、揶揄と嘲笑を与えられて悪者にされる苦しみなのだ。

 

「…ドイツの哲学者であるショーペンハウアーは、真実についてこんな言葉を残してくれた」

 

――全ての真実は三つの段階を辿る。

 

――第一は、からかわれる。

 

――第二に、暴力的な抵抗を受ける。

 

――第三に、自明の理として受け入れられる。

 

「天動説から地動説を唱えた人間でさえ、誰にも信じてもらえなかった。それでも諦めなかった」

 

「私たち魔法少女も…歴史に名を残した偉人達のように…真実を伝えれる者になれますか?」

 

「ニーチェもまた、絶対的な視点は存在しないと語っている。視点を転換させねばならない」

 

発想の転換を迫る者は、誹謗中傷のリンチを浴びせられるのは歴史が証明済み。

 

それでも、国家、民族、宗教を超えた実践のモデルが必要になってくるだろう。

 

「ななか…お前たち魔法少女の苦しみ、確かに聞かせてもらった。託してはもらえないだろうか」

 

「えっ……?」

 

「俺は政治の世界に行く。民衆たちの代表として言葉を言える存在こそが政治家だ」

 

「私たち魔法少女の代表として…私たちの苦しみと向き合ってくれるのですか…?」

 

「俺はただの人間として皆に叫ぼう。国会議員になろうとも、1人の人間として叫んでやろう」

 

――この世には、魔法少女と呼ばれる人類の守護者達がいてくれたことを。

 

……………。

 

ななかの頬が赤く染まり、目から涙が落ちていく。

 

右手で左胸を抑え込み、女として抑えきれない感情を隠そうとする。

 

彼女の心の中には、女の感情だけでなく迷える子羊達が救いを求めるのと同じ感情も宿っている。

 

迷える羊は見つけられた。

 

理不尽社会に苦しめられるのみの魔法少女達を照らす…光を見つけられたのだ。

 

「ありがとう……ありがとう……」

 

席を立ち上がって尚紀の横にまで来た彼女が抱き着いてくる。

 

彼の胸の中で泣き続けるか弱き者の温もりを感じた尚紀の心に激しい感情が湧いてくる。

 

その感情は…人間の守護者としての戦いを支えてくれた義憤の感情。

 

その感情が今、魔法少女を守る義憤の感情へと変わってくれたのだ。

 

店から出て来た2人が別れていく。

 

彼女の背中を見送る尚紀は、決意の言葉を残す。

 

「俺はもう…人間と魔法少女の区別はしない。たとえ魔法が使えようとも…」

 

――お前たちもまた、()()()()()()()()()()()だったんだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

家に帰っていた時、黄昏ている魔法少女の姿を見かける。

 

クリスを停車させた尚紀は彼女に見つからないよう近寄っていく。

 

尚紀が見つけた魔法少女とは、彼を憎んだ十咎ももこであった。

 

「アタシは……なんてバカだったんだろう」

 

己が貫いたフェミニストとしての在り方を振り返っていく。

 

批判に耳を貸さず、自分の思想こそが女性社会と同性愛社会を救えると自尊心を満たしてきた。

 

自尊心を満たしたかった感情とは、自分に自信が持てなくなったから。

 

愛する親友を男に奪い盗られると被害妄想に陥り、だからこそ自分を肯定出来るものを欲した。

 

その結末とは…壮大な勘違い。

 

「こんなんじゃ……アタシは……」

 

ももこの脳裏に浮かぶのは、悪魔と化した十七夜との戦いの記憶。

 

あの時ももこは世直しを望む十七夜に向けて叫んだ言葉がある。

 

――正義の世直し人にでもなったつもりか…?

 

――お前は自分の暴力を正当化しているだけだ!!

 

「世直しを望む十七夜さんを…否定することなんて……もう出来ない」

 

十七夜に向けて分からず屋と叫んだ者が、同じく分からず屋になっている。

 

他人の悪い部分なら簡単に見つかるのに、自分の悪い部分になると全く見えなくなる。

 

自分への自尊心と、自分の生き方にプライドを持つ者達なら猶更だ。

 

人の欠点の見える者は、自分に同じ欠点のある確実なる証拠。

 

自己批判を行えない者は偏見を振りかざし、何処までも勝手な事をやれる光景であった。

 

「アタシ……尚紀さんにどう謝ればいいんだよ?」

 

雪が降る夜道の帰り、ももこはみたまから全ての事情を説明された。

 

ももこの被害妄想は全て勘違い。

 

誤った情報を鵜呑みにして嫉妬の感情を爆発させ、百合の間に挟まりに来る男を憎んできた。

 

綾野梨花が経験した過ちをなぞるが如く、ももこもまた繰り返してしまう。

 

全ては自分の優越性を捨てきれず、劣等感を克服出来ないエゴが彼女達を突き動かしたのだ。

 

「俺がどうかしたのか?」

 

「へっ?ウワァァーーッッ!!?」

 

慌てて椅子から立ち上がり後ろに振り向く。

 

背後にいたのは忍び寄ってきた尚紀の姿だ。

 

「よぉ、最近顔を見なかったな。元気にしてたか?」

 

「あ…あの…その……」

 

「誰かと待ち合わせ中か?それにしては浮かない顔をしてるな」

 

努めて普通に接しているが、ももこの事はみたま達から聞いている。

 

フェミニズムを掲げて男の自分を憎む者になろうとも、やり直せると信じたいからだ。

 

「な…尚紀さん…アタシ…アタシ……」

 

突然深々と頭を下げてくる。

 

そんなももこの姿を見せられた尚紀は溜息をつく。

 

「アタシは本当に…バカだよ。被害妄想ばかりして…尚紀さんを憎んで……」

 

「言っている意味が分からない。俺を憎むとはどういう意味だ?」

 

「アタシのこと…聞かされてないの?詳しく説明するのは…その……」

 

「何があったのかは知らないが、顔を上げろ。謝る必要は無い…俺はお前に怒ってなどいない」

 

「尚紀さん…」

 

「悪いことなんて誰もしていない。自責の念を感じる必要もない。敵なんて何処にもいないんだ」

 

敵なんて何処にもいないと言われた時、家族の顔が思い浮かぶ。

 

たとえ家庭に男社会を築かれ様とも、家族達はももこを大切にしてくれた事に変わりはない。

 

家族と幸福に過ごせた人間時代を思い出せたももこの目に涙が浮かんでいく。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいぃぃ……」

 

両膝が崩れて泣いてしまう彼女に近寄りハンカチを渡す。

 

落ち着いてきたももこの両肩に両手を置き、尚紀は語り始める。

 

「日本人は人に迷惑をかけるなと教わるが…これは人に迷惑をかける事が前提となる」

 

「迷惑をかけちゃいけないけど…迷惑をかけるのが当たり前…?」

 

「大切なのは()()だ。意見の相違があった時にも当て嵌まる…簡単なようでいて極めて難しい」

 

「許容する…たとえ考え方が違う人でも…」

 

「人は感情で動く生き物だ…反する相手を拒絶する。相手の尊厳に目を向けられないからだ」

 

「相手の尊厳…」

 

「他人に迷惑かけといて相手を許さない。日本人は借りを作るよりもマウントをとりたい民族だ」

 

「自分達の優越性しか見ない…劣る存在を見つけて排除したい…」

 

「そんな感情に支配されてはいけない。誰にだって尊厳はある…尊重精神こそが大切なんだ」

 

――それこそが、男と女の共存共栄なんだよ。

 

優しくありたい。

 

人に迷惑をかけてはダメ。

 

そう言われ続けた子供達が大人になったら自分は我慢してるのに何故周りは我慢しないと苛立つ。

 

自分が生きているだけで限りある配分の他人の分が減っていく迷惑をかけている。

 

競争で勝てば負けた者に迷惑がかかる。

 

他人に迷惑をかけずに生きることなど絶対に不可能だ。

 

だからこそ、子供の頃から許す教育が必要になってくるのだろう。

 

「俺もお前も他人に迷惑をかけ続ける者…()()()()だ。そう考えたら、許し合えるんだよ」

 

尚紀の言葉を聞いていたももこの目が見開いていく。

 

子供に諭すように語り掛けてくれる男の姿が、小さい頃から見てきた異性のように感じられる。

 

(アタシ…どうして()()()()()()()()()()()()を…忘れてたんだろう)

 

産まれた時から接してきた異性と接しているような感情を感じたももこが微笑んでくれる。

 

手を差し伸べてくれた手を握り、起き上がらせてもらえたようだ。

 

<<ももこ~~っ!!>>

 

声がした方に2人は振り向く。

 

やってきたのはレナとかえでであったようだ。

 

「「あっ……」」

 

尚紀の姿を見つけた2人が固まってしまう。

 

彼女達もフェミニズムを掲げて男達を罵倒した苦しみを背負っているからだ。

 

そんな2人に向けてももこが首を横に振る。

 

「大丈夫だよ。アタシ達はもう憎んでいないし…尚紀さんも怒ってない」

 

「えっ……?」

 

「それよりも!高校受験を乗り越えたレナをねぎらうパーティをするんだろ?」

 

「う…うん。ももこがそういうなら…それでレナは構わないわ」

 

2人の元までやってきたももこが肩に両手を回して笑顔を作ってくれる。

 

そんな3人はレナの家に向かおうとするのだが立ち止まり、尚紀の方に振り向く。

 

ももことレナとかえでは、男の尚紀に向けて深々と頭を下げる。

 

そんな彼女達に向けて尚紀も首を縦に振り、それぞれが踵を返して去っていく光景を残す。

 

レナの家に向かっていた時、ももこが心の中に思った感情を言葉にしてくれる。

 

「どうしてアタシが男の子を好きになったのか…その気持ちをようやく理解出来たよ」

 

――アタシが男の子に求めたものは…小さい頃から感じさせてくれた()()()だったんだよ。

 

「突然何を言い出すのよ、ももこ?」

 

「ううん、何でもない!レナとかえでもいつか気が付くさ…きっとね」

 

「ふゆぅ?」

 

「変なももこ」

 

歩きながら談笑していたが、尚紀に言われた言葉が脳裏を過る。

 

(アタシは…もう一度十七夜さんと出会った時、何をしてあげられるんだ?)

 

許すことの大切さを尚紀に語られたが、十七夜の世直しを許容することは未だに出来ない。

 

(きっと戦うことになる…。いくら叫んでも…圧倒的に力の差が開いてたんじゃ…死ぬだけだ)

 

魔法少女では超えられなかった悪魔との力量差。

 

それを乗り越えるためには、彼女もまた魔法少女の域を超えなければならないと覚悟を決める。

 

(調整屋は隠してる…。業魔殿の奥にある施設のことを…)

 

彼女の覚悟は実行に移されることになるだろう。

 

その時にこそ、魔法少女を超えられる次元にまで辿り着ける。

 

ももこが求めるもの。

 

それは悪魔に対抗する為の…悪魔の力であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「そうか…。貧困や差別に苦しむ人々のために…国会議員を目指すっていうんだな?」

 

夕暮れの光が窓から差し込む聖探偵事務所内。

 

仕事がひと段落ついたのを見計らい、職員達に自分の決意を語っていく。

 

「すまない…丈二。ホームレスの俺を拾ってくれたお前を裏切る決断をして」

 

「言うな。お前の決意は俺の故郷の人々を救うための決断だ。否定出来るはずがない」

 

「……寂しくなるわね」

 

「瑠偉…お前にも世話になってきた。勝手に出て行くような判断をして…すまない」

 

「貴方には新しい目標が出来たんでしょ?知恵を用いて世直しをすると決めたはずよ」

 

「そうなる。一番心苦しいのは…俺のことを先輩と呼んでくれたちはるを裏切ることだ」

 

「あの子が大人になってここに来たら…貴方の姿はいない。あの子も寂しがるでしょうね…」

 

「ちはるが送ってくれた品があったな…。俺の分のグラスは処分してくれて構わない」

 

「いや、これは残しておく」

 

「どうしてだ?」

 

「職員でなくなっても顔見せに来てくれていい。そのためにこそ、俺は事務所を存続させる」

 

「あの子も揃ってお酒を飲みたいんでしょ?別に職員じゃなくなっても飲みに来たらいいわ」

 

職場仲間達は尚紀の決意を尊重し、温かく送り出す意思を示してくれる。

 

心が温かくなったのか尚紀の表情も微笑みが浮かんでくれたようだ。

 

「だがな、現実は厳しいぞ?来年は選挙権を手に入れられるが…選挙に勝てなきゃ意味がない」

 

「選挙資金の問題はクリアしているが…そこが問題になってくるだろうな」

 

「今年は準備期間になるわね。貴方が政治家になれるかどうかはまだ分からないし、焦らないで」

 

「ここの職員も増強していかないとな。頼れる探偵職員がお前1人なのが悩みの種だったし」

 

「まだ世話になることになる。これからも宜しくな」

 

今日の仕事は終わりとなり、それぞれが帰路につく。

 

事務所の鍵を閉め終えた丈二が振り返り、尚紀に声をかけてくる。

 

「今日は早めに終われたんだ。お前に行って欲しい場所がある」

 

「場所はどこだ?」

 

「俺の故郷である神浜の東地区だ。お前が守ろうと決めた人々の苦しみを…見に行ってやれ」

 

「…そうしてくる。これは俺の責務とも言えるな」

 

クリスを運転しながら東地区を目指す。

 

大東区に入った尚紀は車を駐車場に停める。

 

「ここからは歩きで行く。地域住民たちの生活環境を直に見たい」

 

「未来の政治家さんが行う現地調査といったところね。早めに帰らないと新入りが文句言うわよ」

 

「善処するよ。それじゃ、行ってくる」

 

市の東端に位置する区を見て回る。

 

余所者に対しては排他的な街であるが、神浜の英雄を嫌う東住民はいない。

 

尚紀を見つけては声をかけ、彼もまた彼らの生活面での問題事を聞いていく。

 

「西部は開発や再開発が進む一方、東部は放置されているか…。就職先の選択肢も細すぎる」

 

この大東区は不良地区と呼ばれる地域であり、神浜市民から評判が悪い。

 

その部分についても聞き込みを行っていくのだが…。

 

「両親共働きで家族の時間もなく、家事や教育を巡って喧嘩ばかり…子供達もグレるわけか」

 

何よりも問題なのは経済問題であった。

 

「…日本の現実が詰まった街だ。日本は25年間も給与が下がり続けて貯蓄率も戦後最悪なんだ」

 

子供の貧困や母子世帯の貧困も先進国ワーストなのが今の日本。

 

子ども食堂どころか大人食堂まで出来ている上に、国から援助も貰えない。

 

「2004年の派遣法改悪でピンハネを基幹産業にした。それ以来何の生産もせず中抜き横行だ」

 

一生懸命働く人々が馬鹿を見る社会こそ、神浜の東地区だけでなく日本そのものの現実。

 

外資規制の撤廃によって、外資が制度を決められるのが21世紀の日本の政治体制。

 

派遣強化、消費税増税、五輪招致、移民の解禁、関税の撤廃、社会保障の切り捨て、大企業減税。

 

「全ては外資化した経団連企業の要望書に示されている。経団連は国際金融資本家の犬共だ」

 

経団連大企業は営利団体であり、株主である国際金融資本家達に利益を渡さなければならない。

 

利益率をさらに上げるため、国政に要望書を出して日本の労働者をさらに切り捨てる政策を作る。

 

「まるでファラオと神官団のために()()()()()()()を作らされる奴隷搾取国家だ…今の日本はな」

 

これこそまさに売国者天国。

 

そして売国政策の法案を作るのが売国官僚であり、国会議員はそれをまともに審議すらしない。

 

「民を豊かにするのが政治家じゃないのか…?消費を増やして経済を救うのが政治家だろうが…」

 

憤りの感情を抱えたまま神浜大東団地方面に向けて歩いていく。

 

すると入り口近くで知っている魔法少女の姿を見かけることになるのだ。

 

「あっ……」

 

見かけた魔法少女とは、大東学院制服姿の八雲みかげであった。

 

尚紀が近寄ってくると手に持っていた物を背中に隠す。

 

おどおどした表情を見せる彼女に向け、目線を合わせるよう屈んで喋る。

 

「かすかにスナック菓子の匂いがするな。背中に隠しているものは駄菓子か?」

 

「あの…これは…その……」

 

「この前、俺に言ったよな?古本屋に行って勉強するって。捗っているか?」

 

それを問われた彼女は顔を俯けていく。

 

どうやら古本屋には行かず駄菓子屋でお小遣いを使い果たしたようだ。

 

「責めているわけじゃない。学生は遊ぶのも大事だが…勉強こそが本分だ」

 

「無駄遣いしてごめんなさい…。やっぱりミィは…駄菓子屋のあした屋さんが凄く大切だったの」

 

「そんなに落ち込むな、怒ってはいない。月が変わったしお小遣いを貰えたから行ったわけか」

 

「うん…欲しかったお菓子があったから…全部使っちゃった」

 

「駄菓子屋といってもそこまで高い品は並べてないだろ?古本と一緒に買えないのか?」

 

「ミィ…そこまでお小遣い貰えないの。姉ちゃだって貰えるお小遣いは少ないんだよ…」

 

それを聞かされた尚紀が真剣な表情を浮かべる。

 

毎月貰えるお小遣いの額を聞かされたため、眉間にシワが寄るほど目を瞑り込む。

 

「お前の両親は…そこまで生活苦だったのか。子供のささやかな我儘すら応えられないのか…」

 

政治に詳しい尚紀は、みたまやみかげの両親という労働者達を追い詰める原因を知っている。

 

「ミィね、お小遣い少ないけど元気だよ!神浜の西と東が仲良しになってくれたし毎日楽しい!」

 

「違う!!」

 

声を荒げた尚紀に驚き、目を丸くするみかげ。

 

「差別が解消されるだけでは足りない!()()()()()()()がなくて…何が人間の幸福だ!!」

 

「尚紀お兄ちゃん…?」

 

「お前のような子供は…()()()()()()()だ!大人はそれに応えられる生活を手にするべきだ!!」

 

尚紀にとって、物質的な豊かさがどれだけ大切なのかは経験済みだ。

 

彼は両親から捨てられ、ホームレスとして生きるしか道がなくなった孤児。

 

「俺がお前の両親を助けてやる!子供の小遣いすらまともに出せない苦しさから救ってやる!!」

 

彼の義憤の感情は、八雲一家だけでなく全ての日本人にも向けられている。

 

力強く抱き締めてくれた尚紀が、生活に苦しみぬくか弱い魔法少女に向けて誓いを放つのだ。

 

「俺が神浜の東地区経済を救ってやる!日本を救ってやる!俺にやらせろ…やらせてくれ!!」

 

みかげの両目が見開いていく。

 

我儘を言えばいつも家族から怒られたのに、我儘を言うべきだと叫んでくれる大人がいる。

 

それに応えられる生活を手にするべきだと叫んでくれる大人がいる。

 

彼の力強い誓いの言葉を聞いたみかげ。

 

その顔に満面の笑みが浮かんでくれた。

 

「……えへへ、なおたん!」

 

「な…なおたん……?」

 

「もしも…ミィのパパやママだけでなく、他の子供達のパパとママも救ってくれたらさ…」

 

――ミィが将来お嫁さんになってあげる♪

 

……………。

 

「邪魔したな」

 

そそくさと去っていく尚紀の後ろ姿。

 

「あ~~っ!?なんで逃げるのさ~~!!」

 

「小学生に求婚されても嬉しくない」

 

「ミィは今年で中学一年生だよ~!!大人のレディだよ~!!」

 

小さくなっていく尚紀の背中をプンスコしながら怒っていた時、肩に手を置く人物が現れる。

 

「コラコラ、大人の尚紀さんを困らせちゃダメよ~ミィ」

 

「あっ…姉ちゃ」

 

肩に手を置いていたのだが、ほっぺを摘まむ。

 

「それに~…尚紀さんが欲しいのは私だってミィに負けないんだから♪」

 

「姉ひゃほ狙っへふほ!?はほはんはヒィほははらぁ!」

 

姉妹でじゃれ合っていたが並び合い、小さくなった尚紀の背中を見送ってくれる。

 

「あれが尚紀さんなのよ。自分を犠牲にしてでも…皆のために死に物狂いで働いてくれる人なの」

 

「なおたんが抱きしめてくれた時にさ…ミィね、凄く安心したの。この気持ち…覚えてるよ」

 

尚紀の背中を見つめながら微笑むみたま。

 

妹が感じた気持ちを彼女も思い出し、尚紀に抱きしめてもらえた時と同じ気持ちになっていく。

 

「それはきっと…私たち女性が最初に出会う…異性の温もりだったのよ」

 

「なおたんの温もりは…小さなミィが泣いてた時に…おぶって帰ってくれた()()()()()()だった」

 

女性が最初に出会う異性とは…()()だ。

 

父親は産まれた娘を我が子として愛し、我が子のために死に物狂いで働いてくれる。

 

家庭においては導き手となり、良き家族として産まれた娘の世話を懸命に務めてくれる存在だ。

 

自らが率先して働き、家族を導くリーダーこそが男性の本質であり父親の資質なのだ。

 

そんな男の姿にこそ、女性達は安心感を感じてくれるし満足を得られる。

 

フェミニズムに染まった犠牲者もまた、父親の愛を得られなかった者が多い。

 

父と仲が悪かった粟根こころは同性愛者となり、父と仲が良い志伸あきらは異性愛者となった。

 

最初に出会う異性である父親こそが、女性を正しい道に進めるか過ちに進めるかを決める。

 

それ程までに父となる男の役割とは重いのだ。

 

男性とは女性を導く存在にならねばならない…父親となる者として。

 

そんな男性にこそ、女性は信頼と尊敬を向けてくれるだろう。

 

女性とは()()()()()だ。

 

男性とは()()()()()()だ。

 

男女の在り方とは唯一神が生み出したセックスの光景そのものであり神聖なものなのだ。

 

嘉嶋尚紀は男の在り方をこれからも魔法少女達に示してくれるだろう。

 

「男の人生の土台とは女を守るための()()だ。そのためにこそ俺は…政治を用いて働きたい」

 

女達にしてやれる道を見つけ出し、自分の快楽を犠牲にしてでも歩んでいく。

 

その道はきっと佐倉牧師の道であり、織莉子の父の道となるだろう。

 

無念に散った男達の魂を背負う男の姿にこそ、魔法少女達を安心させてくれる愛が宿っている。

 

魔法少女達が最初に出会っただろう異性である父親の愛…()()()だ。

 

キリスト教においては、ルシファーは偽りの父と呼ばれている。

 

グノーシス主義では、人類に知恵を授けたルシファーこそが父だと真逆の概念を叫ぶ。

 

2人のルシファーの背中には、啓蒙の光を放つ翼が存在している。

 

同性愛をばら撒くルシファーの翼こそが、魔法少女の心を救う光をもたらす翼なのか?

 

異性愛を信じるサタンの翼こそが、魔法少女の心を救う光をもたらす翼なのか?

 

自由を掲げる翼と、秩序を掲げる翼をもつ存在こそが…堕天使ルシファー(サタン)である。

 

その翼の光に照らされた魔法少女達はどんな道を望むのだろうか?

 

自由と平等を叫ぶ同性愛(CHAOS)か?

 

伝統的秩序である異性愛(LAW)か?

 

選択を迷う者達の判断を決めるキッカケがこれからも彼女達にもたらされていくだろう。

 

自由であると同時に秩序を司る天使。

 

それこそが…かつての天使長ルシフェルの在り方であった。

 

 

真・女神転生 Magica nocturne record

 

 

To be continued




これにて、レズって本当に正しいの?という僕の問いが詰まったフェミニズム編は終わりです。
ですが僕はももみた百合カップリングを滅ぼしたい訳ではありませんのであしからず。
人間は見たいものしか見ないものなので、百合こそ正義!という人らはそれはそれで構わないと思いますね。
静香ちゃん主人公の話が残ってますがもうしばらくお待ちください。


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時女静香編
183話 シオンの丘


季節は去年の11月頃にまで戻る。

 

神浜市で出会った人々との別れを終えた時女静香達は帰路につくため電車に乗り込む。

 

彼女達の故郷である霧峰村は神浜からは遠く離れており、電車を乗り継ぎ次の駅を目指していく。

 

時女の里に向かうのは、時女本家組である時女静香と土岐すなおと広江ちはる。

 

そして分家組である南津涼子と青葉ちかまで何故か帰郷せよとの命令が下ったようだ。

 

それについて涼子とちかは納得しておらず、不満そうな顔つきのまま窓の景色を見つめ続ける。

 

ちかが隣の席を見れば寝息を立てる静香と憂鬱そうな顔をしたすなおとちはるの顔が見えた。

 

「やれやれ…我らの未来の大将ときたら、肝っ玉が据わったような態度でいらっしゃる」

 

「静香さん…里に戻るのを怖がらないんですかねぇ?私は凄く怖いです…気が休まらない程に」

 

「長が慌ててたんじゃ、下のあたしらだって不安になる。その点については度胸があるとは思う」

 

「でも…他の2人は私達と同じ気持ちのようですね。ずっと俯いたまま無言だし…」

 

「すなおも思うところがあるんだろうけど…いつも天真爛漫なちはるまであんな態度か…」

 

ちはるの様子が変だったのは駅のホームにいた頃からだと涼子とちかは気が付いている。

 

心配になったのか、ちはるに向けて席が空いているこっちに来るかと聞いてみる。

 

「え…えっと……」

 

「行って構わないですよ。寝てる静香の面倒は私が見ておきますから」

 

「いいの?その…雰囲気が暗いすなおちゃんと一緒にいるのが嫌という訳じゃないからね」

 

「そんな風には思いません。私は大丈夫だから隣に行ってもいいですよ」

 

「ごめんね…すなおちゃん」

 

席を立ち上がり、涼子とちかの隣に座る。

 

涼子は視線を隣に向け、窓の景色に視線を向けるすなおの様子を確認してから小声で話し出した。

 

「随分と元気が無いみたいだけど…何をそんなに心配してるんだ?」

 

「えっ…?それは…その…」

 

「駅のホームにいた時に…ちはるさんの態度が急に変になったのには気が付いてます」

 

「そうだった…?私…別に普通だったと思うけど…」

 

「隠すなって。あたし達だって…静香と一緒に里に呼び出されたのには不信感を募らせてるんだ」

 

「分家の私達まで静香さんの里に帰れだなんて…変です。それについて、何か心当たりでも?」

 

それを問われたちはるの顔が青ざめていき、出てくる言葉もしどろもどろになっていく。

 

「なぁ…ちはる。やっぱりお前さん何か知ってるんじゃ…」

 

「や、やめてよぉ!取り調べを受けるようなことなんて…私は何もしてないから!」

 

「あっ…ちはるさん!」

 

声を荒げたちはるが立ち上がり、逃げるようにして静香とすなおの席に戻っていく。

 

何事かとすなおは涼子達に顔を向けるのだが、彼女達は首を横に振るばかり。

 

「あの2人に何か言われたんですか…ちゃる?」

 

すなおの言葉も聞こえないかのような態度を示すようにして窓の景色に顔を向けてしまう。

 

そんな彼女を見て、ちはる以外の3人は同じ事を考えている。

 

彼女は何かを隠していると。

 

(みんなには言えない…。私だって…あの光景が何だったのか…分からないもん…)

 

窓の景色を見ながらちはるは思い出していく。

 

彼女の脳裏に浮かんだのは…今年の8月に起きた任務の時の光景であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

季節は去年の8月頃にまで戻る。

 

尚紀が神浜市に引っ越しを行うために奔走していた時期。

 

静香達はヤタガラスから受けた重要任務のため、朝早くから中央区にまで足を運んでいたようだ。

 

「うわ~…これがセントラルタワーなんだ?大きいね~初めて来たよ~♪」

 

整備された敷地内にウキウキ気分で入っていくちはるを見て、静香とすなおは溜息をつく。

 

「コラ~ちゃる!遊びに来たわけじゃありませんからね~!」

 

「私達はヤタガラスから重要任務を受けた身です。気を引き締めないとダメですよ」

 

「は~~い!!」

 

心配もどこ吹く風か、彼女は高層ビル敷地内を回りながらビルを見上げてはしゃいでいるようだ。

 

「はぁ…あんな態度じゃ観光客にしか見えないわよ」

 

「でも、その方が私達にとっては都合が良いかもしれませんよ?」

 

「それもそうね。私達は隠密任務を受けているわけだし、それでいきましょう」

 

「ヤタガラスから来られるという方々の到着まで大分間があります。その間に確認しましょう」

 

「じゃあ涼子とちかも呼んでから作戦会議ね」

 

敷地内にあった休憩所に集まった静香達が椅子に座って向かい合う。

 

机の上に置かれたのはセントラルタワー周辺地図とビルの内部案内図であった。

 

「今日神浜市に来られるというヤタガラスの最重要人物の警備任務、それが我々の役目になるわ」

 

作戦会議を行う静香であったが、分家組である涼子とちかは冷ややかな視線しか向けてこない。

 

「なんで分家組のあたしらまで…ヤタガラスなんぞの護衛に回されなきゃならないんだよ?」

 

「そうですよ!私達にだって日常ですることがあるし…振り回されてる気分です」

 

「不満があるのも分かるけど、ヤタガラスは人材不足なのよ。だから魔法少女も必要とされるの」

 

「連中の尻拭いを末端にまで回されるってわけか。つくづく泣けてくるね~…」

 

「文句なら任務が終わってから私が聞くわ。それじゃ、私達の配置から説明するわね」

 

静香が人員配置について皆に説明を行っていく。

 

後から合流するヤタガラスの護衛達はセントラルタワー内部の警備を担当する。

 

静香たち時女一族はタワー周辺警備と地下駐車場警備を任されているようだ。

 

「ズルい!!あたしらは8月の炎天下に晒される下で警備任務やらされるなんて!」

 

「涼しそうなのは…地下駐車場の警備だけみたいですね…」

 

目を細めて静香を睨む涼子とちか。

 

その目には地下駐車場に行かせろという無言の脅しが込められているようだ。

 

分家組に無理をさせる静香も嫌な汗をかきつつ、皆を無理やり納得させる提案を行ってくれる。

 

「そ…それじゃあ!地下駐車場警備に向かう子はジャンケンで決めましょう!」

 

ジャンケンの結果、地下駐車場に行くことになったのは…。

 

「わ~い!涼しい地下駐車場に行くのは私で決まりだね~♪」

 

勝ち残ったのはちはるであり、炎天下で働くことになる涼子とちかはガックリ項垂れる始末。

 

こうして人員配置も決まったことにより、静香達は行動を開始していく。

 

耳に身に付けているのは無線機であり、ヤタガラスの護衛達と連絡を取り合うようだ。

 

少ししてヤタガラスの護衛達が乗車した車の列が地下駐車場に入っていくのを確認する。

 

彼らと連絡を取りつつ、今回の警備任務を完遂するため静香達は気を引き締めるのだ。

 

北側警備を任されている静香とすなおは周辺に視線を向けながら警戒感を強めていく。

 

「もう直ぐ11時です…。そろそろあのお方達が到着される頃合いですね」

 

「そうね…。それよりすなお…無線機はこのぼたんを押せば通話が出来るのよね?」

 

「ハァ…機械音痴な静香に無線機を渡してくるヤタガラスの情報収集力も痴れてますね」

 

「すなおが隣にいてくれて本当に良かったわ。それよりも…三羽烏様はどんな方なのかしら?」

 

「私達と同じく女性だとしか聞かされてませんね…。神道の祭祀を司る大本ですし」

 

「神道は女性が祭祀を行う宗教だったと聞かされたわ。神道の祭司長は天皇陛下ではないのね…」

 

「戦後の宮中祭祀は天皇陛下が私的に執り行う儀式です。それとは別の祭祀長がいたのですね…」

 

「天皇陛下は太陽を司る皇帝。祭司とは本来、()()()()()()()()()って母様から聞いた事がある」

 

「では…三羽烏様達もまた、月の一族なのやもしれません…」

 

無駄口を叩いていると無線機から連絡が入り、静香達が視線を道路に向けていく。

 

見えたのは黒塗りの高級セダンが車列を作って走行してくる光景。

 

車列の中央には内部が見えない高級リムジンが走行しており、目を向ける静香達も息を飲み込む。

 

「こちらは異常ありません」

 

静香が無線機を用いてタワー内部に設置された警備指揮所に連絡を入れる。

 

静香達に見守られる中、ヤタガラスの重要人物達を乗せた車列は地下駐車場内へと下っていった。

 

「今回の護衛任務にはヤタガラス直轄のデビルサマナー達がきてくれている。心強いわ」

 

「私たち時女一族も負けてはいられません」

 

「勿論!時女一族本家の娘として、三羽烏様からお褒めの言葉を貰うぐらいに活躍しないとね!」

 

「まぁ…有事になったらそれはそれで困るとは思いますけど」

 

「うぅ…何事もなく終わったらお疲れ様でした~…で、終わりそうな予感がするわ…」

 

大きな溜息をつきながらも、静香達は警備任務を続けていく。

 

涼子とちかから念話による文句が聞こえてくる中、彼女達は滞りなく警備任務を全うするのだ。

 

日も沈んできた頃。

 

三羽烏一行を乗せた車列を見送る中、指揮所から任務は完了したという連絡を受ける。

 

任務から解放された静香達は合流するのだが、その顔には戸惑いの表情が浮かんでいた。

 

「ちゃる…何処に行ったのかしら?念話も無線も通じないだなんて…」

 

「上に報告してちゃるが警備していた地下駐車場を見てもらいましたが…異常なかったそうです」

 

「何かあったと考えるのが自然だよな…。ヤタガラスは胡散臭いし、あたしは信用してないよ」

 

「ちはるさん…無事だと良いんですけど」

 

静香が左手を掲げてソウルジェムを出現させる。

 

もう一度魔力探知を行った時にちはるの魔力を感じ取り、安心したようだ。

 

「ちゃる!何処に行ってたのよ!?」

 

魔力が近寄ってくる方向に皆が視線を向ける。

 

地下駐車場方面から歩いてくるのは俯いたまま顔を上げないちはるであった。

 

静香達が集まってくる中、彼女は俯いた顔を上げようともしない。

 

「どうして連絡してくれなかったんですか?みんな心配してたんですよ?」

 

「え…えっと…その……」

 

「ヤタガラス連中に何かされたのか?もしそうなら…あたしは絶対に許さない!」

 

「私達はちはるさんの味方です。正直に話してくれて大丈夫ですよ」

 

優しい言葉をかけてくれるが、しどろもどろな態度しか返せない。

 

(ごめん…みんな……)

 

顔を上げたちはるは無理やり笑顔を作り、片手で後頭部を掻く仕草。

 

「えっとね…。私はその…警備中にトイレに行きたくなって…便座が温かくて…寝てたみたい」

 

……………。

 

地面に倒れ込むぐらいの反応を示す仲間達に向け、照れた表情を返す。

 

起き上がった静香の目が据わり…。

 

「この…おたんこなす~~ッッ!!!」

 

ちはるのこめかみを両拳でグリグリと制裁行為。

 

「いたいいたい~~!!ごめんなさ~~い!!」

 

制裁が続く光景を見守る仲間達は呆れながらも彼女の無事を喜んでくれているようだ。

 

帰路につく中、ちはるは顔を俯けながらも内心では混乱が続いている。

 

(あの光景は…何だったんだろう?悪い夢の世界に迷い込んだとしか…思えないよぉ…)

 

歩きながら彼女は思い出していく。

 

思い出す光景とは…現実感を全く感じられない光景であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

中央区のセントラルタワーは神浜市を象徴する高層ビルであり複数の施設が入っている。

 

下層部分は観光メインとなっており、中層辺りからオフィス区画となっているようだ。

 

この区画に入っている企業とは、IT大臣を務める門倉をCEOとするアルゴンソフト社である。

 

上層には展望フロアがあり、最上層に位置するフロアは関係者以外誰も知らない区画であった。

 

秘匿されたエリアに入っていくのは、3人の女性と側仕えを務める巫女達である。

 

前を歩く3人の女性こそ、ヤタガラスの最重要人物である裏天皇と呼ばれし三羽鳥。

 

顔はヤタガラスを象徴する八咫烏紋が描かれた雑面布で覆われており表情は伺えない。

 

彼女達の美しい黒髪は異常なまでに伸びており、後ろを歩く巫女達が髪を持ち運ぶ程である。

 

女性の髪には霊力が宿ると言われており、三羽鳥に生まれた女性は生涯髪を切る事が無いようだ。

 

装束は紅指袴の上に白衣と鴉が描かれた千早を着た身なりをしていた。

 

回廊を歩いていくのだが、そこはまるで宗教施設かと思わせるような外観をしている。

 

フリーメイソン施設と酷似した内部を超えていくと、そこにあったのは秘密の儀式を行うフロア。

 

両開きの扉が開くと内部はフリーメイソンが入団儀式を行うロッジと同じ外観をしていたようだ。

 

出迎えたのは、総理大臣を務める八重樫とアルゴンソフト社CEOでありIT大臣の門倉の姿。

 

2人はモーニングコートを纏っており、最も格式の高い正礼装をしている。

 

総理とIT大臣が深々と頭を下げ、三羽鳥たちが片手を上げるのと同時に頭を上げていく。

 

「奥の院より遠路はるばるお越しいただき、恐悦至極に存じます…三羽鳥様」

 

太った老人である八重樫総理の顔には冷や汗が滲み出ており、緊張を隠せない。

 

天皇陛下と謁見するよりも困難な存在と面会を許される経験など彼にはなかったからだ。

 

<<よきにはからえ>>

 

不気味な光景である。

 

三羽鳥である3人の女性は動きも喋りも3人揃って行っている。

 

まるで自分の分身を両隣に立たせているかのような不自然さを周りに与える存在であった。

 

それ以降は口を開かず、側仕えの巫女の代表者である女性が代わりに受け答えを行ってくれる。

 

「三羽鳥様にとって、下界は空気が澱んでおります。お体に触りますのでお早くお願いします」

 

「承知しました。我々がザイオンの御案内を致しますので…どうぞこちらへ」

 

総理とIT大臣が先導するようにして部屋を出て行く。

 

秘密フロアにまで昇れる専用エレベーターまで向かう道中、門倉は心の中で思う。

 

(八咫烏は三本足を持つ神…。三羽鳥は3人の女性…しかし、三本足があっても烏の胴体は一つ)

 

三羽鳥について色々思うところもあるようだが、それ以降は考えないようにする。

 

深入りすればたとえ門倉であっても命が無いからであった。

 

……………。

 

セントラルタワーには地下駐車場が整備されている。

 

広大な地下駐車場は地下三階まで続いており、ここが広江ちはるの警備エリアとなるようだ。

 

「流石に駐車場まで冷房が効いてるわけじゃないけど、日差しが照り付けてこない分マシだよぉ」

 

広い駐車場エリアを歩きながら不審な人間がいないかを警戒していく。

 

警備任務を張り切っているようだが、急に腹痛を感じ出したちはるの表情が苦しみだす。

 

「うぅ…暑いからって作戦会議中に冷たいジュースを飲み過ぎたよぉ。お腹痛い…」

 

地下三階を回っていたのを中断してトイレに向かい出す。

 

地下三階はタワーで働く人々が利用する業務エリアであり、人通りは見かけなかった。

 

「ふぅ…トイレが混んでなくてよかった~」

 

用を足しながら安堵の溜息をつく。

 

スマホで時間を確認するが、まだお昼を回って間もないため仕事はまだまだ続くのだ。

 

お腹が痛くなくなるまでスマホを弄っていたようだが手から滑り落ちてしまう。

 

スマホを拾う時、視線が便座の横に向く。

 

「も~…生理用品入れぐらいちゃんと片付けといてよぉ~」

 

いっぱいになっていた生理用品入れを見た彼女が溜息をつく。

 

トイレから出て来たちはるが掃除用具入れを開けて中を物色しているのだが…。

 

「あっ…誰か来る」

 

勝手に掃除道具を漁っている不審者だと誤解されかねないので扉を閉めて姿を隠す。

 

女性用トイレに入って来たのは、黒スーツとサングラスを身に付けた女性であった。

 

タワー職員の身なりでないところから、自分と同じく警備任務に就く者だと彼女は判断する。

 

扉の隙間からそっと向こう側を見てみると、黒スーツの女は手を洗い出したようだ。

 

「ハァ…あんなオンボロ車の運転手に選ばれるだなんて。計器のランプも所々点かないわよ」

 

ヤタガラスも色々と財政難なのか、切り詰めるところは切り詰められているようだ。

 

調子が悪くなったエンジンを色々と整備したため汚れてしまった手を洗い続ける。

 

溜息をついた黒スーツ女が周囲を見回す。

 

女性用トイレの扉は全て開いており、誰もいないものだと判断する。

 

愚痴を零すかのようにして、誰もいないと思われる女性用トイレで喋り出した。

 

()()()()()()()()()…。そのために用意された箱舟をこの目で見れるだなんて…光栄よね」

 

(えっ……?)

 

何かの冗談に聞こえてしまうが質が悪過ぎる。

 

動揺してしまったちはるが後ろに後退りした時、バケツに踵をぶつけてしまう。

 

「誰かいるの!!?」

 

黒スーツ女が慌てて後ろを振り向く。

 

そこに見えたのは扉が開きっぱなしの掃除用具入れであった。

 

「不味い…聞かれてしまった!サマナーじゃないただの構成員だから…気がつけなかった!!」

 

自分の不手際を呪いながら慌てて女性用トイレから黒スーツ女が出てくる。

 

「何処に消えたの!?出てきなさい!!」

 

腰のホルスターから拳銃を抜いた黒スーツ女が辺りを警戒しながらちはるを探す。

 

「ど…どうしよう…」

 

車の影で身を潜めているちはるであるが、魔法少女に変身する素振りは見せない。

 

ヤタガラスの構成員を襲えば静香達に大迷惑がかかると分かるからだ。

 

どうにかやり過ごそうとするが、足音が近づいてくる。

 

「逃げなきゃ…!」

 

車を縫うようにして逃げていくが、他には誰もいないため足音が響いてしまう。

 

「出てきなさい!!抵抗は無意味よ!!」

 

走ってくる追手の足音が近寄ってきたちはるは慌ててしまい、冷静な判断が出来なくなる。

 

「このままじゃ…どうしよう!?」

 

万事休すかと思ったが、手を置いていた方に視線を向ける。

 

「この車…トランクケースが開いてる?」

 

近寄って来た追手が銃を向けるが、そこにちはるの姿は見えない。

 

「何処に消えたの…?」

 

ただの人間に魔法少女の魔力を追う力はないため、警戒しながら歩いていく。

 

年季が入った黒のセダンを通り超えて行ってしまう。

 

足音が遠ざかっていくのを待っているのは、修理工具が入ったトランクケース内に身を潜める者。

 

(早く何処かに行ってよぉ…)

 

ちはるは追手が諦めるまでここで籠城戦を行う覚悟を決めたようだ。

 

聞き耳を立てていたと思われる不審者を完全に見失ってしまったヤタガラス構成員は焦り出す。

 

「不味いわ…!ここで私の不手際が発覚したら…ザイオンへの移住権を剥奪されるかも…!」

 

青ざめた顔をしながら震えていた時、無線機から定時連絡の声が聞こえてくる。

 

慌てて対応する黒スーツ女であったが、どうやら見なかったことにしたようだ。

 

<<もうじき三羽鳥様方が駐車場に到着される。急いで準備しろ>>

 

「りょ…了解しました」

 

駆け足で走って行き年季の入った黒のセダンに乗り込む。

 

(嘘でしょ!?)

 

ちはるが乗り込んだ黒のセダンとは、追手が乗ってきた車であったようだ。

 

出るに出られなくなってしまったため、息を殺して耐え忍ぶしかない。

 

少しして、大勢の足音が近寄ってくる。

 

他の構成員達を乗せた黒スーツ女が車のエンジンを点ける。

 

計器のランプが点いていくのだが、所々明かりが点いていない。

 

そのためトランクケースが開いているということに気がつかない醜態をさらに晒すのであった。

 

(ウワァァーーッッ!!車が走り出しちゃったよぉ~~!)

 

三羽鳥や総理大臣を乗せた車列が地下駐車場3階の奥に向けて走行していく。

 

ちはるが乗った黒のセダンは最後尾を走っており、逃げ出すチャンスを伺うのだが…。

 

(あれ?こっちの道は行き止まりだったと思うけど…)

 

車列が走って行くのは地下駐車場の壁かと思われた場所。

 

車列が停止していく。

 

逃げ出すチャンスかとちはるはトランクルームの扉を薄く開ける。

 

周囲に人気が無いのを確認してから逃げ出そうとした時、何かが移動していく音が聞こえてきた。

 

「えっ…?何が外で起きてるの…?」

 

動揺していたら車列が動き出し、逃げ出すチャンスを逃した彼女は再びトランクを閉める。

 

薄く開いた外の景色しか見えないちはるだが、自分達が移動していくエリアに疑問を持つのだ。

 

(この辺りにも道があったの…?まさか…隠し通路?)

 

車列が地下に向けて移動していく光景が続く。

 

存在を隠された広大な空間は大型トレーラーさえ何台も収納出来る程の奥域があった。

 

(また止まった…?今度は何が始まるの…?)

 

トランクを少しだけ開けてみる。

 

彼女が目にした空間とは、超巨大エレベーターと思わしき場所。

 

(ま…待って!私は下ろさせて!!)

 

飛び出す間もなくエレベーターが地下へと下り始める。

 

不安に怯えるしかないが、外が気になるのかトランク内から外の景色を見つめ続ける時間が続く。

 

まるでSF映画世界に迷い込んでしまったような気分に浸っていた時…。

 

「えっ…?」

 

彼女にとっては信じられない光景が広がり出す。

 

超巨大エレベーター内から見えてきた景色とは…広大な大都市。

 

地底深くに隠されていた大都市の光景こそ、人類が生き残るために用意された箱舟の一つ。

 

この地こそ、神の山と呼ばれし都市。

 

シオンの民とそれらに隷属する民のみが生き残れる選民都市。

 

聖書においては()()()()()と呼ばれしザイオンであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

かつて、鶴乃の祖父の元にやってきたジャーナリストがいた。

 

彼は取材の時、鶴乃の祖父からこんな話を聞きだしている。

 

祖父の父であり由比財閥当主であった人物は、この街の開発計画に心血を注いでいた。

 

それは日本人である大和民族の未来を救う為でもあったと。

 

彼が口にしたのはザイオンという単語。

 

ザイオンとは、旧約聖書に出てくるエルサレムの聖なる丘(山)。

 

かつてダビデ王とその子孫が王宮を営み、宮殿を立てて政治の中心にした地の名称だった。

 

取材に訪れた人物はザイオンの支配者について聞きたかったが、祖父は口を閉ざしてしまう。

 

年月が過ぎ、取材に訪れた人物から送られたカセットテープが鶴乃達の元に届くこととなる。

 

取材に訪れた人物の元まで訪れたのだが、その人物は口封じの為に殺されてしまった。

 

それ程までの機密とされるザイオンと呼ばれる秘密都市計画。

 

その全様が姿を晒すこととなるのであった。

 

……………。

 

エレベーターが下降を続けていく中、透き通った強化ガラスの向こうに見えるのは大都市である。

 

半球形の超巨大空洞に建設されていたのは巨大な摩天楼都市の光景。

 

色鮮やかなネオンが輝き、蜘蛛の巣のように張り巡らされた未来的なモノレール等も見える。

 

遠くの景色を見れば海を思わせる湖も広がっており、海沿いの都市のような外観をしていた。

 

「え…?なに…ここ?私…何処に連れてこられたの…?」

 

まるでサイバーパンクの世界にでも迷い込んだかのようなちはるは酷く混乱していく。

 

そんな彼女などお構いなく、地下都市に到着した車列が次々と発進。

 

摩天楼を縫うようにして張り巡らされた高速道路を走る車内では都市のプレゼンが行われていた。

 

「ザイオンは人工的に気象制御が行われます。現在は夜を模してますが天気は自在に変化します」

 

三羽鳥が乗るリムジンの運転手の後ろ側には大きなモニターがあり、門倉の姿が映っている。

 

彼がモニター内で説明する内容とは以下の通りだ。

 

大都市を中心として横坑を結び、都市に必要な資源を製造するプラントが複数用意されている。

 

それらは工業プラント、農業プラントといった形で呼ばれているようだ。

 

今走行している大都市は政治・金融・経済が集う中心コロニー都市として機能する予定だという。

 

「これらのザイオンは世界に13都市建造されており、ここが人類の新たなる国となります」

 

門倉のプレゼンは続くのだが、三羽鳥達は黙して語らずの態度が続く。

 

横の席に控えている巫女が代わりの受け答えを行うようだ。

 

「…21世紀の人類は都市国家時代に逆戻りするわけですね。都市の稼働率はどうなってます?」

 

「既にザイオン都市は完成しており、日本の政治・金融・経済は移転を開始しております」

 

「これで地上が滅びようとも、我が国は存続し続けることが出来るというわけですか」

 

「生き残れるのは秦氏一族と政治・経済界のエリート達。そして我々に隷属する奴隷達のみです」

 

「我々秦氏企業群も移転を急がせています。来年の夏が終わる頃には完了しているでしょう」

 

「世界の13都市には100年分の資源が備蓄されています。地上が滅びようとも種は存続する」

 

「生き残った我々こそが地上の神々となる。荒廃した地上を立て直さねばなりません」

 

「テラフォーミングを行う為に人類の数は増やしていきますが…5億人を超えるのは許されない」

 

「承知しております。全ては人類の持続可能性を保証するための配慮というものです」

 

「13都市には地球上全ての動植物を補完しております。ザイオンこそがノアの箱舟となる」

 

「世界に13存在しているザイオンの居住可能人数は何人ですか?」

 

「一千万人です。それが13合わさることになるので…人類の数は一億三千万人となるでしょう」

 

「ハルマゲドンによって残りの人類は駆逐される。ですが、最終戦争に負ければ全てが終わる」

 

「勿論です。ハルマゲドンに敗北することはすなわち…人類の絶滅に繋がりますからな」

 

「全ては貴方達の啓蒙神であるルシファーの計画通りに事が進めば良いのですけどね」

 

「フフ…それこそ神のみぞ知るという領域の話ですな」

 

車列が大都市を超えていく中、最後尾を走る車ではトランクケースが大きく開いている。

 

隠れていたちはるが身を乗り出す程にまで驚愕し、地下都市を見つめ続けていたようだ。

 

「セントラルタワーの地下には巨大都市があるなんて…宿無し探偵シリーズでも見れないよ…」

 

魔法少女が車列の中に混じっているとは人間の構成員では気が付かないかもしれない。

 

しかし、三羽鳥達を護衛するためについてきているヤタガラス直轄のデビルサマナー達は違う。

 

「…後ろの車から魔法少女の魔力を感じるが、どうするんだ?」

 

「泳がせておけと上から命令があったわ。何者なのかは地上に帰ってから探りを入れていく」

 

「そうか。神浜市には魔法少女が多いと聞くが、そいつらが入り込んだか…もしくは…」

 

「警備任務には魔法少女一族である時女一族も混じっているわ。もしかしたら…その線かもね」

 

「やれやれ…好奇心は猫をも殺すとはよく言ったものだ」

 

車列は都市部を超えていき、ザイオンの郊外へと向かって行く。

 

人工的な山のふもとには森が広がっており、程なくして大きな鳥居が見えてくる。

 

車列は駐車場に止まっていき、三羽鳥達も地上に降り立つ。

 

ちはるはトランクケースを閉め、どうにか無事にやり過ごせることを祈るばかり。

 

「ここからは我々ヤタガラスの自治区となる神域。付き添いは結構です」

 

「承知しました。我々はここでお待ち申し上げます」

 

八重樫と門倉は深々とお辞儀をし、残された構成員達と共に三羽鳥達の帰りを待つ。

 

護衛と共に鳥居を潜り、伊勢神宮を模した神社の正宮を目指していく。

 

灯籠が灯りを照らす中を進んで行き、川に架けられた赤い橋を渡っていたのだが立ち止まった。

 

<<…このシオンの丘こそが、我らレビ族の新たなる()()()となる>>

 

黙り込んでいた三羽鳥達が一斉に口を開く。

 

周りの者達は深々とお辞儀をし、裏天皇のお言葉を拝聴するのだ。

 

<<憎き()()()め。我らが故郷を南北に分断し、我らを離散に追い込んだ裏切り者共め>>

 

三羽鳥達が憎む存在こそ、今でいうユダヤ民族と呼ばれる者達。

 

ユダヤ民族のルーツとは南北時代のイスラエルでいう南のユダ族が起源だという説があった。

 

北に別れたイスラエルの民とは、()()()()()()()と呼ばれし者達。

 

レビ族とは祭司の一族として特別な役割を与えられているが相続する土地をもたなかった者達。

 

支族としては数えられないが、出エジプト記のモーセとアロンはレビ族出身の神官達である。

 

モーセとアロンの指導の元で、イスラエル人はエジプトから脱出を行うのが聖書で記されていた。

 

<<東の果ての島国に流れ着き…我らは国を作った。なのに…奴らは再び攻めてきた>>

 

脳裏に浮かぶのは、日本の歴史でいう()()()()である。

 

島国として地域主権を守れていたのだが、欧米の影響を多大に受けた時期であった。

 

<<我らの国は奴らに奪われた。それでも我らは諦めない…奴らからシオンの丘を奪い取る>>

 

「…そのための交渉材料こそが、奴らにとっては啓蒙神である人修羅の存在です」

 

側仕えの巫女の代表者である女性が口を開くが、視線は遠くの景色に向いたまま。

 

見えていたのはザイオン都市の明かりであった。

 

<<サタンの言葉を奴らは無下には出来ない。神に信仰を示す者が神に逆らうなど不可能だ>>

 

「だからこそ、時女一族の者達を派遣したのですが…状況は芳しくありません」

 

<<構わん。あの娘共が使えないならば、他の者とて結果は同じ。強硬手段が必要になる>>

 

「ま…まさか、封魔を用いて使い魔になされるおつもりですか!?」

 

<<人修羅は強敵…今の我々の手駒では敵わない。だからこそ、過去からの使者が必要なのだ>>

 

「過去からの使者…?」

 

<<月神は啓示を行ってくれた。もうじきヤタガラスの歴史において()()()()()()()が現れる>>

 

「最強のデビルサマナー…?まさか…あの葛葉一族四天王の…?」

 

答えは返さず、赤い橋の手摺の方にまで三羽鳥達は歩いていく。

 

3人はザイオンを見据えており、野望を巡らせる。

 

<<ザイオンこそが我らの新たなる平安京…エルサレムとなる>>

 

エルサレム。

 

それはユダヤ教の聖市であり、太古においてはヘブライ王国と呼ばれる地。

 

イスラエルのレビ族は国を失いながらも魂はエルサレムと共にある。

 

だからこそ彼らは再び起こそうというのだ。

 

ヘブライの神と民が幸福に暮らせる安住の国を。

 

<<きーみーがーあぁーよーおーわー……>>

 

三羽鳥達は突然歌い出す。

 

歌うのは日本の国歌である君が代であった。

 

<<ちーよーにーいいーやーちーよーにー…さーざーれー…いーしーのー……>>

 

日本人ならば誰もが歌える国歌として知られる君が代。

 

しかし、君が代は日本人だけに通じる国歌ではない。

 

ユダヤ人達が君が代を聞けば、()()()()()()()()()()という。

 

君が代の発音は独特であり、ヘブライ語に置き換えられるという説がある。

 

その説によるヘブライ語に直した君が代の内容とは…こうだ。

 

君が代は→クム・ガ・ヨワ→『立ち上がり神をたたえよ』

 

千代に→チヨニ→『シオンの民』

 

八千代に→ヤ・チヨニ→『神の選民』

 

さざれ石の→ササレー・イシィノ→『喜べ残された民よ、救われよ』

 

巌となりて→イワオト・ナリタ→『神の印(預言)は成就した』

 

苔のむすまで→コ(ル)カノ・ムーシュマッテ→『全地に語れ』

 

<<こーけーのー…むーすー…まーぁぁ…でー……>>

 

三羽鳥達の体から霊力が噴き上がっていく。

 

3人の頭上に浮かび上がっていくのは、()()()()()()の姿。

 

その姿は月の民達を照らす神としてヤタガラスにおいては崇拝されし神であった。

 

月神の啓示を受けた三羽鳥達が待ち望む存在もまた、人修羅と同じくこの世界に流れ着くだろう。

 

その者は葛葉四天王においては歴代最強と呼ばれし誉れあるデビルサマナー。

 

その名は14代目葛葉ライドウと呼ばれし者であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ザイオン都市を照らす巨大摩天楼の明かりを見下ろす少女がいる。

 

その少女とは、ホワイトメンと一つになった氷室ラビ。

 

彼女が生体エナジー協会に捕まったのはまだ先の話であり、ここは彼女にとっては過去の世界。

 

時空を流浪する存在となったラビは過去、現在、未来を行き交う時間渡航者となり果てていた。

 

「この地下都市が…教授の言っていた箱舟計画の都市なのね」

 

<<シオンの丘と呼ばれしザイオン。しかし、山は天を目指す存在であるが…ここは地の底だ>>

 

彼女の脳裏に聞こえてきた声こそ、氷室ラビの外側の肉体に憑りついたホワイトメンである。

 

「本来の存在を真逆にすり替える…。それを最も得意とする者達こそが…イルミナティね」

 

<<無駄な足掻きである。抵抗すればするほどに…抗体によって排除されるのみ>>

 

「そう…世界にあるのは絶望のみ。人間も魔法少女も等しく…逃れられない絶望が訪れる」

 

諦念に支配されたラビの瞳は濁っており、世界の全てに絶望している。

 

望むのは世界の終わりであり、自身の終わりでもあった。

 

<<このザイオンに光をもたらす膨大なエネルギーを生み出す存在こそが…我らの鍵となる>>

 

()()()()()()()()…それこそが世界を終わらせられる。もう苦しみを人々は感じなくて済む」

 

<<しかし、守りは厳重だ。今の我々では事を成すことも出来ないまま死ぬであろう>>

 

「それは望みではない。人類に安息をもたらす悲願を成就してこそ…私の死に価値が生まれる」

 

<<チャンスは必ず巡ってくる。それまで我らは傍観者であればいい>>

 

「私は世界の終わりを見届ける者。午前0時のフォークロアとして…足掻く者達を見届けるわ」

 

インディアンを彷彿とさせる魔法少女衣装を纏うラビの元にまで飛来する存在が現れる。

 

空から現れたのはインディアンの霊鳥として知られる鷲であった。

 

右腕を横に持ち上げ、彼女の腕に鷲が止まる。

 

ハクトウワシの姿をした存在に目を向け、彼女はこう伝えた。

 

「行きましょう。私達の使命を果たすために」

 

彼女に顔を向けるハクトウワシの目が真紅に光る。

 

「蛇と戦う者よ、私もついて行こう。鷲である私もまた、()()()()()()だ」

 

悪魔の言葉を理解出来るようになったラビは頷き、踵を返して去っていく。

 

彼女の姿が鷲と共に蜃気楼化していき、誰もいない高層ビルの屋上だけが残されたようであった。

 

視察に訪れていた三羽鳥達が地上に戻っていく。

 

それを見送り任務は終了となる静香達であったが、駐車場入り口に視線を向ける。

 

歩いてくるのは、地上に戻れたタイミングを見計らって脱出したちはるであった。

 

彼女達は水徳寺へと戻っていく後ろ姿を残す。

 

しかし、彼女達の背中に向けて不気味な視線を送るデビルサマナー達の存在が潜んでいた。

 

「やはり時女一族の者であったか」

 

「ザイオンを見られた以上は…()()()()()()()()わよ」

 

ヤタガラス直轄のデビルサマナー達は携帯を取り出して連絡を行う姿を残す。

 

この日より、ちはるは眠れない夜を度々繰り返すことになっていくだろう。

 

彼女の心を支配しているのは未知の都市を見てしまった混乱だけではない。

 

ヤタガラスの三羽鳥達が秘密裏に訪れる程の秘密を見てしまった事に対する恐怖心。

 

その恐怖心は時女の里に帰ることになった今でも彼女の心を支配してしまう。

 

彼女はこう考えている。

 

静香達が霧峰村に帰ることになったのは…自分の責任を追及されるのだと。

 

もし静香達まで自分のせいで傷つけられることになったら生きてはいけない。

 

そんな自責の念に縛られている者こそ…電車の景色を眺めるのみの広江ちはるであったのだ。

 




日ユ同祖論ネタから始まる時女一族編スタートです。
ザイオン都市のネタは真女神転生4の地下東京ですが、アニメのエヴァやマクロスFの影響も多大に受けております。


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184話 秦氏とヤタガラス

坂東宮攻略戦を成功させたアリナと十七夜は再び力を磨くための日常に戻っている。

 

ダークサマナー達が利用する修験場でトレーニングを積み重ねながら来るべき時を待つ。

 

現在修験場を利用しているのはアリナであり、訓練モニター室では十七夜とユダが彼女を見守る。

 

「…恐ろしいものだな。アリナ君の実力は」

 

冷や汗を浮かばせながらモニターに映るアリナの戦いを見つめるユダと十七夜。

 

彼らの目に映っていた光景とは、圧倒的な蹂躙劇である。

 

「サマナーにおいて、悪魔使役は一体が限界だ。二体同時に力を行使させると負担が強過ぎる」

 

「術者のMAGを吸うことによって悪魔は魔法を行使出来る。それが本来の悪魔の在り方だったな」

 

「術者が練り上げるMAGの量にも限界があるからね。強い悪魔を召喚するなら猶更負担となる」

 

「だからこそ…アリナの今の姿を恐ろしく感じるというわけだな」

 

モニターに映っていたのは、訓練用に用意した悪魔達を皆殺しにしたダークサマナーの姿。

 

サマナーとして完成したともいえるアリナの左右には、二体の悪魔が召喚されている。

 

右を飛ぶのはフェニックスであり、左に屹立する巨人とはパズスであった。

 

「二体同時使役…それを実現させたデビルサマナーは…歴史において一人だけだったのだ」

 

「では…今のアリナはその人物に匹敵する程の力量を手にしていると言えるのか?」

 

「そうなるかもな…。シドが嫉妬のあまり殺したくなると言いたくなる程の天才だ」

 

「彼女は否定するが…アリナは未だに魔法少女だ。MAGはソウルジェムの穢れによって生み出す」

 

「彼女が修行していたのは感情のコントロールだ。自らを追い込む方法を身に付けたわけだな」

 

「魔法少女は感情によってソウルジェムが濁る。感情の起伏が激しい彼女はそれを利用するのだ」

 

「我々サマナーも感情エネルギーを悪魔に提供する者。だからこそ精神を鍛えねばならんのだよ」

 

インキュベーターは精神を司るのは感情的な女性達だと言葉を残す。

 

男性は感情を押し殺す冷静さを司る者であり、過酷な労働でも精神を押し殺して耐えていける。

 

だが、感情を練り上げる程の爆発的エネルギーを生産するのには向いていない存在だ。

 

悪魔を使役するサマナーとして大成を果たした者の中にはナオミのような女性が多い。

 

また、魔法少女も感情エネルギーを効率的に生み出す道具として利用される存在であった。

 

「男として嫉妬を感じるが…認めるしかない。女性こそが、デビルサマナーに向いていたのだよ」

 

少しして、アリナはホテルのラウンジを思わせる休憩室にまで移動している。

 

ミネラルウォーターを飲み終えた彼女だが、息は未だに荒い状態が続いていた。

 

「ハァ…ハァ…二体同時に使役出来るタイムは限られてるワケ。アリナもまだまだだヨネ…」

 

何処までも高みを目指すアリナにとって、今の実力で満足することなど出来ない。

 

自分の未熟さに苛立っていた時、十七夜とユダが休憩室に入ってくる。

 

「お疲れさまだ、アリナ」

 

「…アリナは今バットムードなんだヨネ。後にしてくれる?」

 

「休むのも仕事だ。無理をし過ぎて先まで続かないでは意味がない」

 

「そんな暇あるわけないカラ。いつ招集がかかるか分からないわけだし」

 

「気持ちは分かるが、急いては事を仕損じる。自分の失敗から学ぶがいい」

 

「フン…アナタも無理をし過ぎて壊れたワケ。反面教師として学ばせてもらうカラ」

 

椅子に座って向かい合う3人。

 

ユダが指を鳴らすと側仕えを務める女悪魔の姿が現れる。

 

現れたのは緑の肌と長髪を持ち、赤いドレスを纏う淑女であった。

 

「お茶にしようシルキー。彼女達に美味しい紅茶を用意してくれ」

 

「お任せください、ユダ様」

 

「気を使わなくてもいいのだぞ?給仕なら自分が…」

 

「いえいえ、私にやらせて下さいまし。私は家の家事を行うのが大好きな妖精ですから♪」

 

給湯室まで歩いていくシルキーに視線を向けていたが、十七夜はユダに向き直る。

 

「そういえば…気になっていたことがある。この場を借りて質問してもいいだろうか?」

 

「構わないよ、何を聞きたいんだい?」

 

「坂東宮攻略作戦についてだ。あの作戦は皇居の直ぐ隣で行われたのだが…奴らは動かなかった」

 

「なるほど…聞きたいこととは、ヤタガラスについてだね?」

 

「そういやアリナも少しだけ気にしてたワケ。アリナはカラスの秘密結社なんて詳しくないし」

 

腕を組み考え込んだが頷き、真剣な眼差しでアリナと十七夜を見つめてくる。

 

「この話は長くなる…。シルキーがお茶を持ってきてから話していこう」

 

程なくしてシルキーがサービスワゴンを押しながら戻ってくる。

 

机の上にティータイムセットを並べていき、3人分の紅茶を注いでくれたようだ。

 

淹れてくれた紅茶を一口啜り終えたユダが語り始める。

 

「先に十七夜君の疑問について答えよう。我々フリーメイソンとヤタガラスは同盟関係だ」

 

「フリーメイソンとヤタガラスは同盟を結んでいるだと…?」

 

「彼らは資金面でも我々を支援してくれている立場だが…仲が良いわけではない」

 

「お互いに得をするためにのみ関係を築き上げているだけのものだと言いたいのだな?」

 

「ヤタガラスって、この国の宗教組織の大本なんでしょ?何で関係を築けたワケ?」

 

ティーカップを机に戻したユダが二人の顔を見た後、静かに語り出す。

 

これは日本の歴史の授業では教えてもらえない話となっていくだろう。

 

話されたのは…日本に訪れたという渡来人という名の外国人達についてだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

秦氏とは何者か?

 

それは有力な大和民族であり、日本国籍を取得した渡来人達である。

 

神功皇后と応神天皇の時に、秦氏一族は10万人以上が日本に渡来したという。

 

万里の長城建設の時、労役を逃れるために秦氏は日本に数回渡来して来たのが原因だ。

 

天皇家に協力して朝廷の設立に関わった存在として知られている。

 

彼らの活躍は日本史で輝き、延暦13年(794年)には平安京を作ったのも秦氏であった。

 

秦氏は秦の始皇帝の末裔と呼ばれており、百済から日本に渡来して来たとされている。

 

彼らは()()()()()()()()()()()()()()()()の拠点であった中央アジアの()()国に住んでいた。

 

この景教を信仰し、アッシリア以降の中東のアラム語を話していたとされている。

 

景教はあくまでキリスト教だが、ユダヤ教に近い性質を持つ宗教だ。

 

秦一族は南王国に由来するユダヤ人という見方が非常に強く根差す説が語られていた。

 

元々の出身地の影響からか、彼らは()()()()()()()()()()()()とも呼ばれる。

 

弓に矢を通した形は三日月に似ているため、彼らは月と深く関わる一族だと推測出来るだろう。

 

彼らは日本酒技術を発展させたり、養蚕で成果を挙げたりしてウズマサの称号を得ている。

 

絹技術や日本人の知らない西方知識を秦氏は持っていたため、天皇の保護を受け仕えたようだ。

 

最終的にハタ織りで財をなした豪族として歴史に名を残す存在となっていったのであった。

 

「その秦氏ってのと…日本の神道がどういう関係性があるワケ?」

 

「秦氏と呼ばれる元イスラエル人と神道には密接な繋がりがある。君達は神社に行ったことは?」

 

「勿論あるぞ。日本人として当然だ」

 

「神社で見かけることが多い筈だ。イスラエル王であったダビデの紋章である六芒星をね」

 

「そういえば…見かけることが多いな。伊勢神宮でも多くあるそうだ」

 

「それに天皇家の家紋であり神社を守る獅子と一角獣という狛犬達。あれも秦氏が伝えたものだ」

 

「神社のライオンとユニコーンは秦氏が伝えたモノ?それの元ネタは何なワケ?」

 

「古代シュメール最高神であるエンリルとエンキが元ネタさ。後のヘブライ神話の根幹となった」

 

他にも神道とヘブライとの類似性をユダは指摘していく。

 

秦氏は710年頃に成立したヤハダ神を信仰し、八幡神社を創設したと言われている。

 

八幡神社は749年頃に急に勢力を持ち始め、奈良に上京したという。

 

この時初めて神輿(みこし)をもたらしたと言われていた。

 

「日本のお祭りでは馴染み深い神輿…あれはイスラエルにとっては契約の箱(アーク)なんだ」

 

秦氏と関係のある八坂神社の祇園信仰にも古代ヘブライ信仰との類似点が沢山見つかるだろう。

 

日本各地に伝わる説話や民間信仰である蘇民将来にもダビデの星である六芒星が使われていた。

 

「京都の松尾大社や下鴨神社も有名だ。下鴨神社では皇室の儀式を執り行っていたんだよ」

 

「それ程までに皇室と秦氏は深い繋がりがあったのか…。学校の授業では教えてくれなかった…」

 

「その外国人連中が作り上げたのが…神道の正体だったってワケ?」

 

「神道や古事記こそ、天皇と渡来人の関係性を表す。秦氏を中心としたヘブライこそが裏天皇だ」

 

「古事記だと?では、古事記で描かれた神武天皇への国譲りというのは…まさか?」

 

「裏天皇であるヘブライ一族から天皇に権威を譲り渡す物語でもあったのだよ」

 

「エンペラーとそこまで繋がりがある旧支配者連中が組織したのが…ヤタガラスってワケ?」

 

「八咫烏とはもう一つの天皇家。祭司と呪術に秀でた者ゆえに…悪魔召喚士組織でもあったのだ」

 

八咫烏の主目的とは何か?を問われたユダが語ってくれる。

 

祭司を教授する組織が八咫烏であり、天皇家を導くことを生業とする。

 

天皇がやるべき儀式、天皇の目的、天皇が将来的に何をするかという預言を与えてきたという。

 

天皇家の京都への移動も八咫烏が決めたことであり、天皇家の血筋も管理している。

 

もし天皇家に男子が生まれなかった場合は()()()()()()()()()()()()()()()()()という。

 

「ま…待て。皇室にヤタガラスであるヘブライを入れ込むだと…?」

 

「…大きく荒れる話題となるだろうな」

 

「まさか…ジャパンのエンペラーの血筋って……」

 

「それ以上の追究は止めておきたまえ。ここだけの話にしてくれれば私も助かる」

 

「これでハッキリしたな。日本の民の象徴を気取っている皇帝こそが…外国人だ」

 

「益々排除する気になれたってワケ?でも、ヤタガラスと正面バトルは無謀だと思うんだヨネ」

 

「さっきも言ったが、彼らは我々と同盟関係を結んでいる。意気込みは分かるが落ち着くんだ」

 

「だが…それでは民衆革命理念に反するぞ!」

 

「革命や戦争、大きな行動には兵站となる軍資金が必要だ。スポンサーを排除するのか?」

 

「ぐっ…それは……」

 

「地獄の沙汰も金次第、腹が減っては戦は出来ぬ。後世に残された格言の意味を考えるんだ」

 

「悪しき歴史の象徴に飼われる民衆革命など…何の意味があるというのだ…」

 

「全ては通じている。案ずるな、十七夜君。我々の理想郷という目的さえ達成出来たらいいんだ」

 

落ち込んでしまった十七夜に視線を向けていたアリナだが、頭の中では全てが繋がっていく。

 

(なるほどね~。ヒストリーで起きてきたレボリューションって…そういう茶番だったってワケ)

 

ユダに視線を向けるが、彼は首を横に振る。

 

感づいた部分を十七夜に向けて語る必要はないと釘を刺されたようだ。

 

顔を上げた十七夜だが、真剣な表情でユダに視線を向けてくる。

 

「自分はフリーメイソン理念を信じる。悪魔になっても正義を語れと言ってくれた者を信じよう」

 

「それでこそだ。我々の革命の日は近い…その日こそが、世界に革命が起きることとなる」

 

「世界に自由と平等と博愛がもたらされる日…そのためにこそ、今の自分は存在している」

 

ヤタガラスについての話し合いも終わり、シルキーが食器を片付けていく。

 

彼女の姿が給油室にまで向かって行ったのを確認し、ユダに嘆願を行うのだ。

 

「アリナは強さを求めている…それは自分も同じだ。自分は悪魔としてもっと強くなりたい」

 

「十七夜君…?」

 

「自分は決心がついた。そこでユダさんに頼みがある…悪魔としての自分を強化して欲しい」

 

その言葉が意味するものはサマナーにとって一つだろう。

 

「君はまさか…邪教の館に行きたいというのか?」

 

それを聞いたアリナが立ちあがり、怒気を含んだ声を上げる。

 

「アリナも邪教のアトリエに行きたい!クソマスターに言っても断られてきたんだカラ!!」

 

「邪教の館は悪魔合体を行える施設なのだろう?自分はそこで強くなれるはずだ!」

 

「そこまで強さを求める気持ちとは…クドラクへの報復心か?それとも気高き革命心からか?」

 

それを問われた時、神浜市に戻った時に傷つけられた腕に手を触れさせる姿を見せる。

 

「何故かは分からないが…自分を止めに来る者が現れる気がする。その者と戦う事になるだろう」

 

「君を止めに来る者か…かつての仲間であった魔法少女だろうと、君なら蹴散らせるだろう?」

 

「そう思いたいが…悪魔は弱点を抱えている。悪魔の自分とて例外ではない」

 

「弱点を乗り越え、さらなら強さを供えた上で…止めに来る者と戦いたいというのだな?」

 

「その者に向けて証明したい。自由と平等と博愛を邪魔する歴史を滅ぼす事こそが正しいのだと」

 

真剣な気持ちを向けられたユダは腕を組んで考え込む。

 

少しして腕を解いたユダは頷き、微笑んでくれたようだ。

 

「上に相談してみる。君なら強くなれるさ…今の私を超えられる程にね」

 

「アリナはどうなるワケ!?十七夜は良くて…アリナはダメだと言いたいなら容赦しないカラ!」

 

「落ち着きたまえ、アリナ君。君を蔑ろにしたいわけではない…全てはバアル様の配慮なのだ」

 

「バアルの配慮…?アリナを邪教のアトリエから遠ざけるのに…何の意味があるワケ!?」

 

「それこそ神のみぞ知る領域の話。それでもな…バアル様は君を高く評価してくれている」

 

「評価してくれてるなら…アリナだって連れて行って欲しいんですケド…」

 

「その時は必ず訪れる。その時こそ…君は星の世界に導かれるだろうな」

 

――君は我々の誰よりも強くなれる…君の覚悟は決して無駄にさせはしない。

 

人間のように生きてきた自分の全てを捨ててでも追い求めたい美がある者。

 

彼女の覚悟は本物であり、だからこそユダは彼女の覚悟を守ってくれるという。

 

ユダに説得されたアリナは渋々頷き、力なく帰路についていく。

 

家に戻る車の車内では、項垂れながらも上を目指す気持ちを高ぶらせ続ける。

 

(アリナこそが…美を極める者になる。暁美ほむら…アナタにだけは…負けたくないカラ)

 

これより後、2人はさらなる強さの次元へと辿り着いていくだろう。

 

全ては東京で行われるというルシファーのオーダーを実行に移す原動力となるために。

 

その時にこそ、彼女達は再び戦うことになるだろう。

 

かつての親友達との戦いの運命が待っているのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

これは時女静香の里である霧峰村の大騒動が終わった頃の話である。

 

黒のセダンが向かっている場所とは京都にある鞍馬山である。

 

霊山として知られ、密教による山岳修験の場として栄えた場所であった。

 

ここには南中腹に毘沙門天を本尊とした鞍馬寺が創建され、人気の観光地でもあるようだ。

 

鞍馬駅近くの駐車場に黒のセダンは停められ、降りてきた運転手が後部座席の扉を開ける。

 

中から出て来た人物とは、ヤタガラスの使者と呼ばれる女性の姿。

 

黒い着物を纏い、漆黒の御高祖頭巾(おこそずきん)を目深く被る姿は変わらないようだ。

 

「ここまでで大丈夫です」

 

「そうですか。私はここでお待ちしております」

 

運転手は深々とお辞儀をしてヤタガラスの使者を見送ってくれる。

 

駅から歩いていき、石段を登りながら仁王門を超えていく。

 

ケーブルカーの駅を超え、徒歩を用いて九十九折参道を登っていくようだ。

 

道中の寺社を超えていくとようやく鞍馬寺に到着。

 

寺の前には六芒星を模した金剛床が見え、その向こう側にある石段の上には老人が立っている。

 

「ようこそ。遠いところからよく来てくださった」

 

「お久しぶりです、僧正坊様」

 

黒縁眼鏡をかけた坊主頭の老人住職は深々とお辞儀をし、ヤタガラスの使者もお辞儀を返す。

 

「こちらに来てくだされ。人払いは済ませております」

 

本堂の横にある整備された中庭に向かい、休憩所に2人は腰を落として座り込む。

 

向かい合い、ヤタガラスの使者は今日訪れた目的を語ってくれたようだ。

 

「こちらにも知らせは届いておる。随分と思い切った決断を下したようじゃ」

 

「神子柴は危険な存在でした…。魔法少女の奇跡という政争道具を持ち、大きな発言力があった」

 

「啓明結社と八咫烏の架け橋となり、どちらからも旨味を吸い出す寄生虫でもあったのぉ」

 

「時女一族もまた、神子柴に寄生されて吸い尽くされるのみの存在でした。丁度よかったのです」

 

「双方に消えてもらえるなら、ヤタガラスにとっては最良の結果となってくれたというわけか」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。残されたのは分家一族のみです」

 

「どうやら、その件でわしらを当てにしに来たというわけじゃな」

 

黒縁眼鏡を指で押し上げ、不気味な笑みを浮かべる住職。

 

ヤタガラスの使者は頷き、任務を伝えてくれた。

 

「我々の秘密を知った可能性が高い時女一族の里は滅びましたが…生き延びた者達がいます」

 

「ほほう?あれほどの布陣によって里を完全包囲した上で焼き尽くしたというのにか?」

 

「生き延びたのは6名の魔法少女。彼女達は分家一族を転々としながら西に逃げ延びてます」

 

「ヤタガラスは人材不足。退魔師共を分家の里に向かわせるにも人手が足りんじゃろうのぉ」

 

「我々の網の隙間を掻い潜るようにして逃げ続けている。生かしておくわけにはいきません」

 

席を立ち上がった住職はヤタガラスの使者の前に立ち、にこやかな笑みを返す。

 

しかし、口から出す言葉は周囲を凍り付かせる程にまで冷淡であった。

 

「我々鞍馬集はヤタガラスの暗殺集団。ヘブライに立てつく愚か者共は根こそぎ滅ぼそう」

 

「貴方方は騒乱と変化を好む者達。魔法少女という小娘であろうとも容赦はいりません」

 

「勿論そうさせてもらう。あぁ…魔法少女のソウルジェムを喰えるのが楽しみじゃよ…ククク」

 

踵を返して去っていく僧正坊と呼ばれる住職。

 

いつの間にか控えていた男達を連れて歩き去っていくようだが、住職は命令を伝えていく。

 

「カラス共をかき集めろ。楽しい狩りとなるじゃろうのぉ…鞍馬集を動かすのも久しぶりじゃて」

 

「承知しました…()()()()様」

 

住職達が歩き去った後、ヤタガラスの使者も席を立ち上がって寺から去ろうとする。

 

しかし、本堂の正面から見える雄大な山の景色に視線を向けるのだ。

 

「地上の伊勢神宮は元伊勢となりザイオンに伊勢神宮を移す。一つたりとも不穏分子は残せない」

 

冷淡な態度を示していたが、彼女の手が握り込まれていく。

 

頭に浮かんでしまうのは、ヤタガラスの任務を受けに現れた時の巫達の元気な姿。

 

「…恨むなら恨みなさい。私や母…祖母や曾祖母でさえも…ヤタガラスとして生きた者ですから」

 

ヤタガラスの使者としてはまだ若い彼女の心には葛藤が残っている。

 

それでも彼女はヤタガラスの歴史と伝統に魂を縛り付けられる者でしかない。

 

「イスラエルの旧約に従い、我らは血の儀式を行った。貴女たち時女一族は…」

 

――()()()()となったのよ。

 

ヤタガラスは政治を一切執り行わない祭祀を司る一族。

 

しかし、神の秘密を暴こうとする者達には容赦をしない存在であった。

 

時女一族は滅びるしかないのだろうか?

 

生き延びた6名の魔法少女は何故生き残れたのか?

 

それを語る時はいずれくるであろう。

 

時女の里に風雲急を告げる嵐が吹き荒れた過去の物語が今、始まる。

 




ヤタガラスについての解説話となりますので短めにして投稿します。
思えば葛葉ライドウ対アバドン王が発売された時期に、ネットで天津神族はヘブライという書き込みを見つけてなんぞや?と調べたのが秦氏を知るキッカケでしたね。
ライドウの新作が発売出来ないのは、色々とヤバいネタをぶち込み過ぎたからだと察することが出来ました(汗)


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185話 時女当主の葛藤

田んぼの刈取期も終わりを迎える2019年の9月頃。

 

魔法少女一族の隠れ里である霧峰村の田んぼには、次の芽生えである青々しさが目立ってくる。

 

そんな道を歩いていくのは銃が収められたバックを背負う時女一族当主を務める女性であった。

 

「田村さーん、ちゃんと働いているようで偉いわねー」

 

静香の母親が視線を向ける方には、田んぼで米ぬかをまいている妖精悪魔のタム・リンがいる。

 

今の時季は田んぼの土を育てる時期であり、田んぼの微生物の養分をまいているというわけだ。

 

静香の母親の声が聞こえた田村はキッとした顔つきを見せてくる。

 

「悪魔使いの荒い女サマナーめ!私にもっとカンナギ達と触れ合える時間を作って下さいよ!!」

 

「それは出来ない相談ねー。貴方は股間にだらしない男だから」

 

「うぅ…それは…その……」

 

「貴方が孕ませた巫だってまだ16歳だったのよ?麓の村の病院で中絶する羽目になったのよ?」

 

「ぐっ…ぬぬ……」

 

「女の子の体を傷物にした罰よ。貴方は一生この村の労働力としてこき使ってあげるから」

 

笑顔で手を振りながら去っていく静香の母親を見送った田村はガックリと項垂れてしまう。

 

そんな彼を尻目に静香の母は家路についているようだ。

 

「お勤めご苦労様です」

 

道を歩いていると声をかけてくる人物が現れる。

 

現れたのは広江ちはるの母親であったようだ。

 

2人は連れ添いながら静香の母の屋敷方面へと向かって行く。

 

「一族の当主だけでなくヤタガラスとしてもお勤めは大変ですね。一週間のお勤めご苦労様です」

 

「ヤタガラスも色々と人手不足なの。他の退魔師一族も後継者が年々減っていく一方なのよ」

 

「この村とて状況は同じです…。巫になれる少女の数も激減したせいで…私の娘も…」

 

顔を俯けてしまうちはるの母の気持ちも分かるのか、静香の母はこう告げてくる。

 

「…娘が巫になるのを止めなかったことを後悔しているのね?」

 

立ち止まってしまった者は静かに頷いてくれる。

 

「巫がどれだけこの国にとって無くてはならない存在であっても…私とて一人娘の母です」

 

「娘の身が心配で堪らない気持ちなら私も同じよ。私にだって…娘は一人しかいない…」

 

「目に入れても痛くない程、ちはるを愛してます。だからこそ…怖いんです」

 

「今は巫として悪鬼と戦う任務からは離れてくれているから命の心配はいらないわ」

 

「それはいいんですけど…その役目が終わったなら、あの子は再び戦場に向かう事になる…」

 

迷いを孕んだ表情を浮かべながらも、ちはるの母は静香の母にこう聞いてくる。

 

「巫は日の本のために悪鬼と戦う…それが時女の使命。ですが…ヤタガラス一族でもあります」

 

「ヤタガラスも時女一族と同じく、日の本の霊的国防を担う存在よ。何が不安なの?」

 

「今回のちはるの任務もそうですが…何処か政治的な思惑を感じさせてくるんです」

 

――ヤタガラスとは、本当に時女一族と肩を並べて霊的国防を担うだけの存在ですか?

 

時女一族の分家筋であり本家からも遠ざかってた者ゆえにヤタガラスの事もろくに知らない。

 

それゆえの誤解なのだろうと、静香の母は村の人々が憩いの場として使う施設まで来るよう促す。

 

ジビエ料理を提供する店にまで来た2人が外の席に座り、ヤタガラスについて話してくれた。

 

「ヤタガラスは霊的国防を担うだけではないわ。この国の神道の大本として祭祀を執り行うの」

 

「霧峰村で言えば…神子柴様のような存在ですね」

 

「天皇家とも遠縁ではない由緒正しい皇族出身者の組織。ヤタガラスとは天皇家なのよ」

 

「では、ヤタガラスのために戦うのは…天皇陛下のために戦うのと同じですね」

 

「それこそが日の本のために戦う時女一族の誇りなの。貴女の娘も誇りを持ってくれていいの」

 

それを聞かされても、ちはるの母の顔は沈むばかり。

 

天皇陛下のために戦うことこそが日本人の誇り。

 

そう日本人に摺り込んだ存在こそ、大日本帝国時代という独裁国家時代の悪夢であったからだ。

 

極右のナショナリズムを掲げて日本人達の人権を踏み躙り、国を焼いて大勢を死に導いた存在。

 

それもまた天皇家とヤタガラスの側面であった。

 

「日の本のために戦うことは日本人として大切ですが……どうか、ご自愛下さい」

 

静香の母を残してちはるの母は去っていく。

 

彼女の心は大日本帝国や時女一族のような極右を掲げるナチス狂いになど染まってはいない。

 

ナチスや大日本帝国が行った戦争の悲劇を歴史で学んだ者だからこそ怖くなる。

 

護国救済の名の元に死にに行った特攻隊員みたいに娘がされないのかと怖くて堪らなかったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

まだ十代の学生である三浦旭は猟師免許を持っていないため猟友会には所属していない。

 

そもそも魔法少女達は全員が銃刀法違反者であり、犯罪者連中とも言えるだろう。

 

なので時女一族では暗黙の了解のもとで法を違反する魔法少女達を黙認する習慣があるようだ。

 

本来なら猟師には厳しい法律が課されるのだが、時女集落で暮らす三浦旭は自由に過ごせている。

 

全ては守るべき国民の安寧の為、時女本家と神子柴家から嘘も方便だと判断されているのだ。

 

「ねぇねぇ、旭は将来どんな職業に就きたいの?」

 

旭の隠れ家と言えるジュボッコの木の下で休んでいる旭に問いかけるのはシルフとコダマである。

 

どうやら妖精郷に迷い込んだ時から友人のような関係になれたようだ。

 

「本来猟師は冬場しか狩りが出来ないであります。なので猟師だけでは生きられないであります」

 

「じゃあ、マタギ以外のおしごとをするんだねー?」

 

「そうなるでありますな…。しかし、猟師のような生き方しか知らないであります…」

 

「それを教えてくれる親友のような巫と出会えたらいいんだけどね~」

 

「そうでありますな…。我はそのような親友と出会いたいであります」

 

「シルフは当てにしない方がいいよ~。この子は人間社会なんて全然知らないからさー」

 

「うっさいわね!私だってもっと人里に遊びに行きたいけど…王様達が許してくれないのよ」

 

「大丈夫であります。自分は巫だけでなく人間としても頑張って自立して生きるでありますよ」

 

友達同士の会話を終えた時、背後にそびえるジュボッコはこんな話を持ち出してくる。

 

「巫か…。お前さんは不自然に思ったことはないかのぉ?」

 

「お爺殿、それは何をでありますか?」

 

「時女一族の神社において、なぜキュウベぇと呼ばれる契約の天使が神と崇められるのかを」

 

「契約の天使である久兵衛殿と神道には、歴史において何か繋がりがあるのでありますか?」

 

「契約の天使とはヘブライの天使。神道とヘブライは密接な繋がりがあるんじゃよ」

 

ジュボッコが語るのは、秦氏一族と八幡(()()())神社についてである。

 

ヤハタを祀る八幡(ハチマン)神社は無数にあり、一番数が多いとされる稲荷神社と双璧を成す。

 

八百万信仰を基盤とした神道国家日本において、ヤハタの神とは何なのか?

 

「ヤハタ神とは古事記にも登場しない異教の神なのじゃ」

 

「では…秦氏一族という外国人達が祀り上げたヤハタ神とは…何者なのでありますか?」

 

「それはのぉ……」

 

重い沈黙の後、ジュボッコはこう告げてくる。

 

――ユダヤ・キリスト・イスラム教の神である…唯一神と同一視されておるのじゃよ。

 

ヤハタ神とは応神天皇を大神として祀り上げたものだというのが通説である。

 

しかしヤハタ神は逆らう者には虐殺の限りを尽くす恐ろしい荒神としての性質もあった。

 

「応神天皇の母である神功(じんぐう)皇后は神道系サマナーであり、巫女だったのじゃ」

 

「巫もまた神様から力を授かる者達…魔法少女と似たような存在でありますな…」

 

神道系サマナーには神降ろしと呼ばれる能力を持つ者達がいる。

 

神功皇后が応神天皇を産む前の神話を描いた古事記があるのだ。

 

神がかった神功皇后と同席していたのは夫である仲哀天皇とタケノウチノスクネだ。

 

神の言葉が正しいか否かを判断したタケノウチノスクネであるが、仲哀天皇は激怒する。

 

妻に宿った神は異教の神だと罵倒した仲哀天皇は神の怒りを買い死亡する末路を遂げたようだ。

 

では、神功皇后に宿った異教の神とは何者であったのか?

 

「それがヘブライの神である唯一神であり…応神天皇にも唯一神が宿っていた…?」

 

「日本を統治するのは仲哀天皇ではない、神功皇后のお腹に宿った神の御子だとしたかった」

 

「それを望んだ者達が…ヘブライ民族である秦氏一族でありますか…?」

 

「巫女が神を産むって…まるでキリスト教の聖母マリア信仰と同じだよね…」

 

「聖母マリアはレビ族の者と言われておる。レビ族こそが秦氏なのじゃ」

 

神功皇后は聖母宮で祀られている神である聖母であり、マリアとの共通性をもつ存在だ。

 

古事記神話とは秦氏の望みが託されているとも考えられる。

 

古事記創設の頃には既に、キリスト教が日本に流れ込んでいたようであった。

 

「それが景教…ネストリウス派キリスト教でありますか?」

 

「神道の中身はユダヤ教と殆ど変わらないキリスト教で出来ておる。これで分かったか?」

 

「神社がヘブライを崇めるのは自然であり…ヘブライの天使である久兵衛殿の信仰になった?」

 

「もっとも…それだけではないのじゃろうがのぉ」

 

樹木悪魔であるジュボッコのしわくちゃな顔を山小屋に向けていく。

 

近寄ってきていたのは静香の母であるヤタガラス所属のデビルサマナーであった。

 

「ジュボッコ、お喋りが過ぎるわよ」

 

「分かっておる。喋ってはならん部分は語っておらんよ」

 

「そう…それならいいわ。それよりも旭ちゃん、妖精のお友達が出来たのかしら?」

 

「紹介するであります。妖精のシルフ殿とコダマ殿であります」

 

「悪戯しにきたわけじゃないから警戒しなくてもいいわよ」

 

「そうそう!それにねー、旭は亡者悪魔とも友達になれる子なんだよー」

 

「旭ちゃんの固有魔法のせいね…。亡者悪魔は気をつけなさい、体を乗っ取られるわよ」

 

「そ…それは困るでありますな。我は女の子でありまして…男の亡者に憑りつかれては…」

 

「フフッ♪エッチなことをされても知らないんだから♪」

 

「き…肝に銘じるであります!」

 

静香の母に促された妖精達は妖精郷へと帰っていく。

 

ジュボッコが見送る中、静香の母は旭を家まで送り届けてくれるようだ。

 

森の中を歩いていく静香の母の表情は暗い。

 

自分が到着するまでにジュボッコが時女の里の秘密について語っていないかを警戒していた。

 

「旭ちゃん、時間はある?」

 

「大丈夫でありますが…何でありましょう?」

 

「私についてくる気があるなら、特別な場所に連れて行ってあげる」

 

「特別な場所でありますか?」

 

「旭ちゃんは語尾が軍人みたいじゃない。もしかして…大のミリタリー好き?」

 

秘密にしていた趣味に気が付かれてしまった旭が頬を染めながら慌ててしまう。

 

「え…えと…これはでありますね…」

 

「フフッ、やっぱり♪実はね…私も同じ趣味を持ってるのよ♪」

 

「まことでありますか!?」

 

「だからこそ、私の秘密基地に連れて行ってあげる」

 

「うわー!うわー!静香殿の母殿がミリタリー好きだなんて…嬉しいでありますー!!」

 

テンション爆上がりな旭を連れていく先とは時女の里を見下ろせる山にある山井戸である。

 

山井戸の元まで来た静香の母は使われなくなった井戸の蓋を開けて下りていく。

 

「枯れた井戸の底を秘密基地にしていただなんて…浪漫が溢れますな!」

 

設置された梯子を使って旭も下に下りていく。

 

井戸の底には奥まった空間があり、彼女は奥へと進んで行く。

 

明かりが見える先で見た光景。

 

それはミリタリー好きな少女にとっては興奮を隠せない浪漫溢れる光景であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

洞窟の奥に広がっていたスペースにあったのはガンスミスの隠れ家かと思う程の設備。

 

壁に立てかけられた金網には様々な銃火器が壁掛けされている。

 

机には銃の改造・分解・整備をする作業スペースや銃弾制作のハンドロード機械もあった。

 

「す…凄いであります!!まさに眼福でありますよ!!」

 

「気に入ってもらえて何よりね♪全部実銃だから扱いには気を付けてちょうだい」

 

机の椅子に座りながらはしゃぎ回る旭の姿を微笑みながら見守る静香の母。

 

旭は様々な銃を手に取っては目を輝かせている。

 

ガンラックの隅にあった台の上に置かれていた布をとってみると驚きの声を上げてしまう。

 

「こ…これはダネルNTW-20!?狙撃銃としては最大級の弾薬を使用する銃であります!」

 

「私は狙撃にも自信があるのよ。でもその狙撃銃は流石の私でも重すぎて運用出来なかったわ」

 

「航空機関砲サイズの弾を撃つ銃でありますし、それは仕方ないかと…」

 

布をかけ直した旭が次に目についたのはハンドロード機械である。

 

「静香殿の母殿は弾を自作出来るのでありますか?」

 

「仕事で使う弾は自作するのよ。ほとんどのサマナーはしないけど、私は趣味の範囲で作るわ」

 

銃弾ロッカーを開けてもらい、中に収められた弾の一つを手に取ってみる。

 

「それは対悪魔用の銃弾よ。陰陽道の呪符と同じく魔力が込められているのよ」

 

「不思議な銃弾でありますな…。五芒星が刻まれているでありますし」

 

神経弾、魔力の弾、銀の弾、毒針弾、閃光弾といった特殊な弾丸を静香の母は作っているという。

 

「これらの銃はどちらで調達したのでありますか?ここはアメリカではなく日本でありますし…」

 

「これらの銃はね、サマナー達が利用する米軍基地の補給ルートから調達してるのよ」

 

「サマナー達は米軍基地を利用して銃を調達するのでありますか!?」

 

「スミス大佐にはいつもお世話になっているわ。まぁ、それは他のサマナー達も同じだけれどね」

 

「なるほど…。それにしても時女一心流現継承者は銃にも精通しているとは意外でありましたな」

 

「デビルサマナーは銃にも精通しているの。悪魔と戦うためにあらゆる分野を駆使するわ」

 

「凄いであります…。静香殿の母殿がデビルサマナーとは…カッコイイでありますね!」

 

「ありがとう♪ここは静香にも内緒にしている場所なの。旭ちゃんだけ特別に連れてきたのよ」

 

「我もミリタリーを愛する同志であります!狙撃に詳しいなら我を鍛えて欲しいであります!」

 

「そうねぇ…。静香が帰ってくるまでならいいわ。あの子に火薬臭い女だと思われたくないし」

 

「やったでありますー!!」

 

嬉しさのあまり抱き着いてきた旭の頭を静香の母は優しく撫でてくれる。

 

しかしその表情は曇っていき、彼女はこんな話を切り出してきた。

 

「ねぇ…旭ちゃん。ジュボッコから聞いた話なんだけど…」

 

「ヤハタ神と八幡神社にまつわる事でありますか?」

 

「そうじゃなくて、この村の神道信仰とヘブライとの繋がりについて…何を聞いたの?」

 

詳しく聞いてみるが、どうやら静香の母が危惧しているような内容ではなかった。

 

ホッと胸をなでおろす静香の母であったが、それでもその表情は穏やかではない。

 

「旭ちゃん、ヤハタ神を崇拝するヘブライ民族はね…人身御供の生贄儀式を行う民族なのよ」

 

イスラエルの祖であるアブラハムの信仰心を試すために唯一神は我が子を生贄にさせようとした。

 

結果は唯一神の使いである天使が止めに降臨し、代わりに雄羊を生贄とさせたようだ。

 

これらの生贄行為には神なりの動機があると言われている。

 

イスラエル民族は生贄習慣を持っている悪魔崇拝民族でもあったため戒める狙いもあった。

 

この習慣はカナン地方ではモロク崇拝やバアル崇拝などで一般的に行われていたようである。

 

「バアル神…モロクでありますか?」

 

「ヘブライは唯一神だけでなくバアル崇拝も行う民族。バアルは子供の生贄を求める邪神よ」

 

暗い表情を浮かべたまま力なく椅子に座り、静香の母はこんな話を旭に持ち出す。

 

「旭ちゃんは…この村の巫でしょ?なら…巫達の独り立ちの風習も知っている筈よ」

 

「巫にとっては…この村から独り立ちする()()()()()()でありますね」

 

「貴女たち巫が成人に近づくか、戦えない者になった時…裳着が行われるわ」

 

「我はまだ成人に近い年齢ではありませんし、戦えない体になる程の傷はありません」

 

「でも…全ての巫達はいつか裳着を行う事になる。成人した者として…村を出て行くの」

 

「その時は…寂しくなりますな。この村は我にとっては第二の故郷であります」

 

「私も寂しい…。それでも、これは巫達にとって避けては通れない道…私も覚悟を決めるわ」

 

「その時が来るまでは…ご指導よろしくお願いします、教官殿!」

 

突然の発言を受けた静香の母の表情が驚きを浮かべてしまう。

 

「きょ…教官?私が旭ちゃんの…?」

 

「そうであります!自分に狙撃の技術を仕込んでくれる教官殿であります!」

 

元気な顔を向けてくる彼女の気持ちに心を曇らせながらも、精一杯の笑顔を浮かべてくれる。

 

「よしっ!時間が出来たら覚悟しなさいよ!娘のようにビシバシしごいてあげるから♪」

 

「了解であります!」

 

笑顔で敬礼を行った旭は家路につくため井戸の底から上がっていく。

 

それを見送った静香の母であったが、彼女の表情は悔しさによって酷く歪んでいる。

 

拳を壁に叩きつけ、彼女は力なく両膝が崩れてしまったようだ。

 

「何が時女当主よ…。私なんて…子供達の命を…神の生贄に捧げているだけの…外道よ!!」

 

泣き崩れてしまった静香の母の泣き声だけが井戸の底に木霊していく。

 

その者の慟哭に触れてくれる人物は、この場にはいなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

静香が暮らしてきた屋敷には住み込みの家事使用人が何人かいる。

 

その中には田村という人間のフリをさせられている妖精悪魔のタム・リンの姿もあったようだ。

 

料理を担当する使用人から当主の元まで晩御飯を運んでほしいと頼まれ、膳を持ち運ぶ。

 

「失礼します…」

 

薄暗い和室の奥には、縁側で黄昏ている静香の母の姿があった。

 

「随分と遅いご帰宅ですな?料理番の方も夕飯時には帰ってきて欲しいと言ってましたがねぇ」

 

盛りつけられた料理が並んだ膳の台を畳の上に置くが、静香の母は顔を向けてもくれない。

 

何かあったのかと心配するが、自分をこき使う者のことなど知らんという表情を浮かべてくる。

 

踵を返して去ろうとした時、静香の母が呼び止めてきた。

 

「少し…話があるの。村の者ではない貴方だからこそ、話がしたいわ」

 

「何やら訳ありのようですね?まぁ…いいでしょう。住む家も提供してもらってることだし」

 

縁側から立ち上がり、座り込んだ田村の前にまで来て正座する。

 

向かい合う静香の母の様子がおかしいと気が付いている彼は息を飲み込む緊張感を見せた。

 

「私はヤタガラスに所属するサマナーよ。その上で時女一族の女当主も務めているわ」

 

「それがどうかしたのですか?自慢話をしたい空気とは思えないのですがねぇ?」

 

「私は霧峰村の当主として、この村全員の幸福を優先する義務がある。それが首長の務めなのよ」

 

「君主論にもありますね。人間如何に生きるべきかを見て、現実を見ないでは破滅するだけです」

 

「その通り…。数百年間も下界から隔絶された村を生き残らせるには…犠牲が必要だったのよ」

 

それを聞かされたタム・リンは静香の母が伝えたい内容を感づいてしまう。

 

彼もまた太古の昔から生きてきた悪魔として、魔法少女の秘密を知る者であったからだ。

 

「私の母の時代からこの村にはとある者達が住み着くようになった。今ではその者は村の神官よ」

 

「神子柴家ですね…。貴女の母の時代において、どのようにして神子柴は村に来たのです?」

 

「神子柴はヤタガラスの者としてこの地に訪れたわ。ヤタガラスに逆らえる者はいなかった…」

 

ヤタガラスの命令を受けた神子柴は、この村を護国救済のためにのみ準じるべきだとしたようだ。

 

この村を長年守り抜いてきた時女本家もそれには賛成しており、神子柴家を喜んで迎え入れた。

 

「神子柴の手腕は凄まじいものだった…。霧峰村は彼女の政治力なしでは生きられなくなった…」

 

「村長は絶対的な権力者ではありません。社会に概念的中心を与えるという点に役割があります」

 

「時女本家は時女の矜持を伝える者。そして神子柴家はこの村の政治、経済、祭祀を支える者よ」

 

「理想的な共生関係を築けたようですが…私の目は誤魔化せない。何か取引がありましたね?」

 

タム・リンには隠し事は出来ないと判断した静香の母が重い口を開く。

 

その内容は人道に反するものであった。

 

「この村も太古からヤタガラス一族よ。ヤタガラスに仕える一族として…勅命には逆らえない」

 

「その内容とは…カンナギと呼ばれる魔法少女達のことでしょうね」

 

「そうよ…。ヤタガラスはね…こう勅命を出してきたのよ」

 

――護国救済の名の元に、巫達の願いを使えと。

 

これによって、魔法少女達の自由な願いは剥奪される事となる。

 

キュウベぇを神として祀り上げた一族であろうとも、内心の自由ぐらいはあったはず。

 

しかしヤタガラスの勅命を受けた神子柴家の命令により、時女一族の内心の自由は剥奪された。

 

「勅命に従い、神子柴家は巫達の願いを護国救済の名の元に利用する事が出来るようになったわ」

 

「護国救済というナショナリズムの元に内心の自由を奪う…まるでナチスの政治ですね」

 

「ヤタガラスの望みを叶えるために…巫達は利用されてきた。初めはそれが正しいと思ってた…」

 

天皇一族であるヤタガラスの使命を果たすことは時女一族の地位を上げることにも繋がる。

 

日の本救済を掲げる時女の矜持とも合致しており、当時は反対する者はいなかったという。

 

「私がまだ静香と同じ年齢だった頃…違和感を感じたのよ」

 

「違和感とは…何でしょう?」

 

「護国救済を願った巫達の奇跡がね…反映されていない事に気が付いたわ。考えてもみて」

 

奇跡の力という無敵の政治を行えるのなら、日本に逆らえる外国など存在しないだろう。

 

不平等条約とも言える日米条約すら無効にする奇跡すら起こせたはず。

 

そう考えていた静香の母であったが、奇跡によって国家問題が解決する素振りはなかった。

 

「私はヤタガラスのサマナーとなった頃から…それについて秘密裏に調査をしてきたわ」

 

ヤタガラスは本当に日本を救うために巫達を利用してきたのだろうかと探り続けた。

 

そして不振に思っていた事は意外な事実を発見したことによって憎悪へと変わっていく。

 

「神子柴はね…ヤタガラスの者でありながら…ヤタガラスを裏切っていた者だったのよ」

 

「どういう…ことですか…?」

 

「神子柴の裏にはユダヤ財閥がいる。あいつはユダヤ財閥を儲けさせる為に…奇跡を悪用したわ」

 

何も疑わない時女の少女達は神子柴の言う通りに願い、奇跡を行使してきた。

 

しかしその内容は護国救済ではなかった。

 

日本の全てを売り尽くすに都合がいい内容であったのだ。

 

驚愕した表情を浮かべた田村は立ち上がり、こう叫ぶ。

 

「なぜ神子柴を生かしておくのです!?ヤタガラスに報告すれば国賊として処刑出来たはず!」

 

もっともな言葉であるが、それが出来ない悔しさを抱えた静香の母の両手が握り込まれていく。

 

「ヤタガラスはね…それに気が付いていた。それでもヤタガラスは神子柴を止められない」

 

「本当にその神道結社は日の本の味方なのですか!?矛盾していますよ!」

 

「私の推察では…神子柴の裏にいるユダヤ財閥をヤタガラスは恐れている。逆らえない程に…」

 

「日の本にとって神子柴家は国賊以外の何者でもありません!今直ぐ斬るべきです!!」

 

握り込まれた両手が震えていく。

 

静香の母もそれを今直ぐ実行したくても、時女の当主として出来ない事情があったのだ。

 

「母の決めた事を引き継ぐ形で時女の当主となった。それが間違いであっても私は変えられない」

 

「神子柴を憎む気持ちこそが日の本を思う護国救済の感情の筈です!なぜ戦わないのですか!?」

 

「霧峰村はね…廃村間近の村だった。神子柴がいてくれたからこそ…今でも生き長らえている」

 

「それでも時女の当主ですか!?時女の矜持は日の本を守ることでしょう!?」

 

「私は霧峰村を守る者でもあるのよ!!」

 

静香の母も立ち上がり、タム・リンを睨んでくる。

 

その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

 

「時女の矜持は理想でしかない!理想では村を守れない!時女についてきた皆を…守れない!!」

 

涙ながらに語った現実こそ、君主論の世界である。

 

かつての七海やちよもまた、静香の母と同じ決断をしている。

 

自分についてきてくれた魔法少女達の利益を守ることこそが長の務めだとしたのだ。

 

「日本もそうよ!米国に支配されながらも経済交流がなければ存続出来ない!これが現実よ!」

 

君主論を知る者として、静香の母の苦しみも分かる。

 

だからこそタム・リンは浅慮な正義感を押し殺す判断をしたようだ。

 

「先ほどの私も貴女に言いましたね…。理想と現実はかけ離れているものでしかないと…」

 

使用人服を着たタム・リンがポケットからハンカチを取り出して手渡す。

 

涙を拭きながら静香の母は座り込み、彼も座り込んだようだ。

 

「貴女はこの村を守るために全ての責任を背負う。貴女は憎まれ役としてカンナギから呪われる」

 

「そうよ…。いつか真実を皆が知った時、私は時女の当主失格者だと…呪われるわ」

 

「カンナギが貴女を憎む理由は神子柴に従属するだけではない。彼女達を騙して…死に追いやる」

 

「貴方も悪魔として知っているのね…。魔法少女達がどのようになるのかを」

 

「この村では裳着という風習にされているようですが…悪魔の私を誤魔化せはしない」

 

この村に居つくことになったタム・リンではあるが、自分以外の悪魔の存在を感じてきた。

 

彼が気になった場所とは霧峰村を流れる川であったようだ。

 

「あの川には悪魔の気配が潜んでいます。もしかして神子柴も貴女と同じサマナーなのですか?」

 

「そうよ…。神子柴が生み出した裳着という風習はね…生贄儀式なのよ」

 

辛い気持ちを堪えながらも、己の罪を懺悔するかの如くタム・リンに伝えてくれる。

 

それは人道に反する外道行為であった。

 

「奇跡を行使した巫達はヤタガラスの戦闘員にされる。その役目を果たせない者は裳着となる…」

 

「我々悪魔が望むのは、魔法少女達の魂です。それは太古の昔から変わらない…悪魔の欲望」

 

「成人を迎えそうな巫…そして戦えない巫は裳着を執り行われる…」

 

――神子柴が使役する悪魔の生贄にされるのよ。

 

答えは知っていても、タム・リンはかけてやれる言葉が見つからない。

 

村の存続のために生き続ける静香の母の無念は、部外者のお気持ちだけで判断は出来ない。

 

たとえ犠牲を強いる判断を行い、多くの者達を見捨てることになろうともついてきた人々を守る。

 

それこそが、西の長として生きた七海やちよも進み続けた()()()()()であった。

 

「ヘブライの天使である久兵衛崇拝も人身御供の道…神子柴を崇拝する道もまた人身御供の道…」

 

「神や悪魔は生贄を所望するものです…。私とて妖精王に拉致されて…今ではこのザマです」

 

「私…こんな現実に…もう耐え切れない…。娘の静香にまで…背負わせたくない…」

 

泣き崩れてしまう女性を見た騎士は立ち上がる。

 

悪魔変身を行った後に跪く。

 

彼の両手には愛槍が持たれており、差し出すような姿を見せた。

 

「この槍を受け取って下さい」

 

「タム・リン…?」

 

「私は貴女を支えたくなった。霧峰村の君主である貴女にこそ、私は仕えたい」

 

「どういうことなの…?こんな憎まれるべき女なんかに…どうしてついてくるの?」

 

「騎士は君主を支える者達。君主の御心を支え、君主の敵を倒す。私は貴女を君主として望む」

 

「どうして…?」

 

それを問われたタム・リンは微笑みを浮かべてくれる。

 

「君主としての器量を供え、民衆達の利益を守る。己の心を犠牲にしてでも守り抜いてくれる」

 

――君主とは虚飾に塗れた者でしかない。

 

――だからこそ、支える者達である騎士が必要だったのです。

 

それを聞かされた静香の母の頬が染まり、涙が浮かんでいく。

 

「ありがとう…。こんな嘘つき女なんかを…君主だと言ってくれて」

 

泣きながらも微笑み、タム・リンの槍を受け取ってくれたようだ。

 

嘘をつきながらでも救える命があるならば、多くの者達を犠牲にしてでも嘘をつき続ける。

 

そんな生き方もまた、人修羅や悪魔ほむらと共通するものもあるのだろう。

 

デビルサマナーとしても生きる静香の母親は新たな仲魔を得ることとなる。

 

タム・リンはこれからも静香の母を支え、彼女の敵を討ち滅ぼす騎士となるだろう。

 

時女の里に動乱が吹き荒れる日も近づいてくる。

 

その時にこそタム・リンはもてる全ての力を用いてでも静香の母の敵を倒すだろう。

 

彼の命は既に、静香の母のものであったから。

 




大変お待たせ致しましたが、時女静香編をボチボチ始めていきますね。


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186話 籠目の六芒星

意識は夢の世界へと誘われている。

 

まるでモノクローム映画のフィルム世界に映るのは過去の記憶。

 

赤い和服を着た小さな少女を子供達が取り囲み、手を繋いで回っている。

 

屈んだ姿のまま両手で顔を隠しているのは赤い和服を着た時女静香であった。

 

どうやら子供の遊びである()()()()()()で遊んでいるようだ。

 

小さな頃の静香の友達が歌っていくのはかごめの歌。

 

江戸時代の頃から伝わる遊びであり、歌の最後を言い終えた後に背後の人物を当てるもの。

 

この遊びは古くから霧峰村に根付いており、里で暮らす子供達の娯楽となったようだ。

 

「えーと…鈴ちゃん!」

 

「静香ちゃんすごーい!言い当てられちゃった!」

 

「えへへっ♪はい、つぎの鬼は鈴ちゃんね」

 

鬼役の静香が見事に背後に立つ少女を言い当てたため、鬼役を交代する。

 

子供達の遊びは続いていく。

 

その光景はモノクローム映画のフィルム世界のように映し出されていった。

 

彼女達が遊んでいる場所とは時女本家の屋敷であるようだ。

 

子供達が遊ぶ庭の奥に見える屋敷には、時女本家の家紋である四葉桜紋が見える。

 

桜紋とは、木花咲耶姫(このはなさくやびめ)を祀る神社などが紋に用いてきた。

 

しかし散る儚いイメージから、武家の家紋としては敬遠されてきた家紋。

 

()()()()()()()()()()こそが時女一族を表す印であった。

 

「おぉ、元気なわらべ達じゃのぉ」

 

「あっ、神子柴様だーっ!」

 

子供達は遊びを止めて神子柴の元にまで駆け寄ってくる。

 

「ちょっと待っておれ。お菓子をやろう」

 

<<わーいっ!!>>

 

灰色の和服の上から羽織を纏う神子柴は和装バックからお菓子を取り出して配っていく。

 

神子柴が着ている羽織には神子柴家の紋所が白く刻まれている。

 

それは()()()()()()()()と呼ばれる六芒星であった。

 

「ワシは静香の母と話がある。上がらせてもらうぞ」

 

「うん、いいよ!」

 

屋敷に入っていく神子柴を笑顔で見送った後、静香達は貰ったお菓子を縁側に座って食べていく。

 

子供達で楽しくお喋りをしていると屋敷で働く使用人の男が帰ってきたようだ。

 

「おかえりー!ずいぶんとたくさん拾えたみたいね?」

 

「今年は豊作でしたよ、静香お嬢様」

 

使用人の男は背負っていた籠を下ろしてくれる。

 

中に入っていたのは秋の果物である柿だったようだ。

 

お菓子の次はデザートだと子供達は目を輝かせてしまう。

 

子供に甘い使用人は微笑みながら柿を静香達に配っていった。

 

男が背負っていた籠の網目に目を向けて欲しい。

 

籠編みは古典的な六つ目編みで作られている。

 

それらは全てヘブライ民族が掲げる六芒星によって形作られているという事に気が付くだろう。

 

南津涼子が霧峰村に赴いた時、村のいたる所に五芒星や六芒星を見つけたと語ったことがある。

 

この村はヘブライ文化を色濃く受け継ぐ里なのかもしれなかった。

 

「もういっかい遊ぼうよー!」

 

「うん、いいよ!」

 

デザートを食べ終えた静香達がまたかごめの歌を歌いながら遊んでいく。

 

時女の里に古くから根差すかごめの歌には秘密がある。

 

かごめの歌は()()()()()()()()()()()()()()()()と言われているからだ。

 

かごめの歌詞をヘブライ語に直すと…このような日本語になった。

 

――何が守られているのか。何が守られているのか。

 

――守られて封印され、置かれて閉ざされた物を取り出せ。

 

――火をつけろ。火をつけろ。

 

――神の社を根絶せよ。

 

――お守りの岩を造り、そこから水が湧く。

 

――水を引いて、荒地を支配せよ。

 

かごめの歌は続いていく。

 

彼女達が遊ぶ時女本家の大きな屋敷には時女の里を象徴する御神木が存在している。

 

時女一族を守護するかの如くそびえ立つのは、屋敷の泉の奥に見える()()()

 

桜の木の下には巨大な霊石が置かれており、しめ縄が結ばれているようだ。

 

かごめの歌は続いていく。

 

子供の頃の楽しい記憶を揺り動かすように。

 

かごめの歌の世界に浸りながらも夢の世界は覚めていく。

 

目覚めた時女静香に見えた光景とは、電車が停止した景色であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「里が見えてきたわ」

 

車の入れない獣道を超え、静香達は霧峰村にまで戻ってきたようだ。

 

長い道のりを歩いてきた5人ではあるが、静香以外の者達の表情は暗い。

 

「先ずはヤタガラスの使者に報告を行わないと」

 

「あたしは遠慮する。どの面下げて連中に顔を見せろってんだよ」

 

「私も涼子さんと気持ちは同じです。私達は分家の者なのに…そっとして欲しかったです」

 

2人から不満の気持ちを向けられる静香は困り顔を見せるが、すなおが協力してくれる。

 

「では、私は涼子さんとちかさんを村まで案内します。静香とちゃるは報告をお願いね」

 

「分かったわ。それじゃあ行きましょうか、ちゃる」

 

静香の呼びかけにも無言の態度を示したちはるが彼女の後ろをついていく。

 

(ちゃる…どうしたのかしら?いつもは元気いっぱいな子なのに…)

 

親友を心配しながらも静香達は苔むした杉林の中の石段を登っていく。

 

彼女達が向かうのは霧峰村の名も無き神社であった。

 

神社まで辿り着いた静香とちはるは決まった参拝方法を行う。

 

すると背後にはいつの間にかヤタガラスの使者が現れていたようだ。

 

「勧誘任務が上手くいかずに申し訳ありません…。時女に期待を寄せて頂いたのに…」

 

深々と頭を下げる静香とちはる。

 

ちはるの体は恐怖に怯え切ったかのように震えていた。

 

「我々も過大な期待を寄せ過ぎていました。後任に引き継がれますので此度の任務は終わりです」

 

「あの…我々の責任問題については…?」

 

「それについては…また後ほど与えられるでしょう。ヤタガラス一族の者として逃れられません」

 

「本当に…すいませんでした。時女本家の未熟者として…覚悟は出来ております」

 

静香の顔にも暗い影が浮かぶが、静香とちはるを安心させるかのように微笑んでくれる。

 

「怖がらなくていいです。貴女達はまだ若い…一度の失敗で全てを決めるような真似はしません」

 

「いいんですか…?」

 

「この国を守る大人として、若い才能の成長には期待しています。これからも励みなさい」

 

「寛大なお言葉…本当に感謝します」

 

静香とちはるは深々とお辞儀を行い、家路についていく。

 

石段の前まで来た静香とちはるであったが、怯えたままちはるは後ろを振り向く。

 

見送ってくれるヤタガラスの使者を前にして、彼女は懺悔にも似た謝罪の言葉を言ってしまう。

 

「あの…その……本当に……ごめんなさい!!」

 

青い顔つきのままちはるはもう一度お辞儀をしてしまう。

 

「ちゃる……」

 

彼女なりに深く反省しているのだろうと静香は考えてしまうが、ちはるの不安は別にある。

 

ちはるからの精一杯の謝罪を受け取ったヤタガラスの使者ではあるが、不気味に沈黙している。

 

首を横に振り、何も言わずに見送る姿だけを見せた。

 

「行きましょう、ちゃる。ヤタガラスのお姉さんも気にするなと言ってくれてるわ」

 

「う…うん……」

 

恐怖を抱えたままのちはるは静香に手をつながれ帰路についていく。

 

彼女達の姿が見えなくなった頃、ヤタガラスの使者に向けて何者かの念話が送られてきた。

 

<あの者達をどうするのだ?>

 

ヤタガラスの使者は視線を右側に向ける。

 

そこにあったのは名も無き神社を守護するキツネ像である御稲荷であった。

 

「…広江ちはるは許されません。ヤタガラスとイルミナティの箱舟計画を見た者として」

 

<では、此度の任務に赴いた時女の巫達は…()()()()()()()というわけですね?>

 

逆側の御稲荷からも念話が届き、視線を左のキツネ像に向ける。

 

「その役目を神子柴に与えています。準備が出来次第に取り掛かるそうです」

 

<人の口に戸は立てられぬ。耐え切れない秘密を抱えた者ほど周りに語り出す>

 

<懺悔の気持ちと共にね。だからこそ…この村に帰ってきた巫達は危険なのです>

 

二体の御稲荷が言いたいことは分かっているヤタガラスの使者はこう告げてくる。

 

「我々ヤタガラスは…この()()()()()()()()()()()。イルミナティとの合同作戦となるでしょう」

 

<時女一族とてヘブライ民族だぞ?秦氏から遠縁となるが、血筋の一族である事に変わりはない>

 

「大選別の時は迫っています…。ヤタガラスとて全ての秦氏一族を救う余裕はないのです」

 

<では、経済界の重鎮を務める秦氏の者達以外の秦氏ゆかりの一族は…見捨てるのですね?>

 

「そうなります…。それはヤタガラス所属の退魔師一族とて同じです」

 

<大選別の名の元にこの村は焼き払われるか…。我々の役目も終わったようだ>

 

<霧峰村が起こった時より我々はこの村を見守ってきましたが…終わりのようですね>

 

「その時は神子柴もろとも始末します。ヤタガラスの生き血を吸う害虫もろとも焼き尽くす」

 

<あの寄生虫の慌てふためく顔を見たかった気持ちもあるが…我々は役目を終える>

 

<もうこの地に身を置く必要はないのです。一足早く、我々はこの地より離れます>

 

そう言い残した後、二体の御稲荷像に亀裂が入っていく。

 

亀裂の隙間から漏れ出るようにして御霊の光が抜け出していく光景が広がるのだ。

 

空に向かって分霊は飛んでいき、他の名も無き神社にある御稲荷像の分霊と同化するのだろう。

 

抜け殻となった二体の御稲荷像は砕け散り、瓦礫を残すのみとなった。

 

去っていく御稲荷を見送ったヤタガラスの使者ではあるが、両手が握り込まれて震えてしまう。

 

彼女の脳裏に浮かぶのは初めて広江ちはると出会った時の記憶だった。

 

「…好奇心は猫をも殺す。秘密を嗅ぎ回る探偵に憧れていなければ…別の人生もあったのに…」

 

ヤタガラスに人生を捧げる一族として生まれた者はヤタガラスの者として任務を果たす。

 

それでも彼女はまだ若いヤタガラスの使者であり、心の中には青臭い若さが残っている。

 

非情になりきれない女性は漆黒の御高祖頭巾(おこそずきん)を脱ぎ捨てた。

 

「ごめんなさい……」

 

美しい黒髪の長髪を靡かせながらヤタガラスの使者は去っていく。

 

彼女が頭部を晒したのは、心の中にある隠せない気持ちを抑え込めない衝動に負けたからだ。

 

それでも彼女はヤタガラスとして生きる以外の人生など知らない者。

 

これからも本心を隠すかの如く、漆黒の頭巾で頭部と心を覆い隠す人生を生きていくだろう。

 

それこそが、秘密主義団体とも言える秘密結社に属する者達の在り方であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「天皇陛下の勅命とも言えるヤタガラスの使命を果たせず帰還か…。何か釈明はあるか?」

 

神子柴家に呼び出された静香達は武家屋敷の広々とした居間に正座させられている。

 

座布団の上で正座する神子柴は厳しい表情を浮かべながら静香達を問いただす。

 

神子柴家に現れたのは静香とすなおとちはるのみ。

 

涼子とちかは神子柴家に赴く事を拒否したようであった。

 

「その…嘉嶋さん…じゃない、日の本の新たなる神となられる方は…非常に頑固な方でして…」

 

「私達も頑張って勧誘を続けましたが…我々側に参加する素振りは見せてくれませんでした…」

 

「仲良くなることは出来たよ…。だけど…尚紀先輩だって…自由に生きたい人だから…」

 

言い訳を並べていく巫達を見つめる神子柴は怪訝な態度を浮かべてくる。

 

「ワシは遊びに向かわせたつもりはない。水徳寺の和尚から聞いておるぞ」

 

神浜生活の保護者であると同時にヤタガラスの者でもあった和尚から聞かされた内容を語られる。

 

その内容は勧誘任務など片手間のようにして都会生活を満喫していたという内容であった。

 

「それだけではない。静香、お前は時女の巫達を浅慮な正義感の名の元に動かした責任もある」

 

「そ…それは…その…」

 

神子柴には秘密にしていたつもりであったが、南凪港での出来事も把握されていたようだ。

 

「勘違いするでない。時女の使命とは悪鬼と戦うことで日の本を救うこと。忘れたとは言わさん」

 

「ですが…人間社会の問題だって日の本の問題です!!時女の者として捨て置けませんでした!」

 

「まだあるぞ。静香、お前は退魔師一族同士が取り決めた領分を犯した越権行為もある」

 

魔法少女達の誘拐事件があった時の出来事まで把握されていたと分かった静香の顔も青くなる。

 

「ワシの目と耳となる時女の者達は大勢おる。隠せていたつもりだったのだろうが甘かったのぉ」

 

「では…神浜テロの時のことも…ご存知なのですね…?」

 

「言うに及ばん。ワシに隠し立ては通用せん…数々の責任問題を問うことになるだろう」

 

「申し訳…ありませんでした……」

 

両手をついて頭を下げる静香の体は震えている。

 

たとえ時女本家の巫であろうとも重い責任が与えられる恐怖に怯えてしまう。

 

そんな彼女を助けてくれたのは横にいる2人の親友達であった。

 

「静香ちゃんは悪くないよ!私達に向けて時女の矜持を体現してくれた…最高の巫だよぉ!!」

 

「そうです!静香は重い罰が与えられる恐怖があっても…時女の矜持を貫いてくれた人です!!」

 

神子柴はすなおとちはるに向けて冷淡な目つきで睨んでくる。

 

「ワシは勘違いするでないと言ったはず。時女の矜持は悪鬼と戦うことで示すものじゃ」

 

「時女の使命は日の本を守ることだよ!人間社会も…悪魔も…全部日の本の危険だった!」

 

「私たち時女一族は変わるべきです!!魔獣である悪鬼だけが日の本の脅威ではありません!!」

 

「出過ぎたことを言うな!!時女一族はヤタガラス一族としての責務がある!!」

 

「いいえ黙りません!!私は時女の矜持を貫いてくれた静香の背中に…ずっとついていきます!」

 

「私だってついていくよ!!静香ちゃんこそ…時女の長になるべき巫だと…信じてるから!!」

 

霧峰村を支配する神子柴を相手にして、ここまで反抗してきた巫達はいなかった。

 

それでも戦ってくれるのはそれだけ静香のことを信じているからだ。

 

静香の生き様こそが時女一族の在り方であるべきなのだと。

 

「みんな……」

 

すなおとちはるの叫びを聞いた静香の両目には嬉し涙が浮かんでいく。

 

しかし神子柴の目には憎悪の感情が宿っており、恐ろしく冷淡な言葉を言ってきた。

 

「すなお…随分とでかい口を叩くようになったものじゃのぉ?」

 

「あっ……」

 

蔑みの目を向けてくる神子柴を前にしたすなおの体が震えあがっていく。

 

「そういえば…()()()()()()()は静香だけではなかったのぉ」

 

「あぁ……あぁぁぁ……」

 

歯がガチガチと鳴り出す程にまで震え上がる。

 

ただならぬ姿を見せるすなおを見た静香は彼女を庇うようにして前に出る。

 

「すなおとちゃるは悪くないわ!全ては時女本家の者としての越権行為!私が罰を受けます!」

 

それが聞けた神子柴は頷き、こう告げる。

 

「よく言った。静香に与える罰は…ワシとヤタガラス双方から与えられるものとなるじゃろう」

 

「……覚悟は出来ています」

 

「ヤタガラスとの調整もある。一週間は暇をやるから好きに暮らせ。村の出入り口は塞いでおく」

 

「私は…逃げません。時女本家の者として…潔く罰を受けます」

 

話が終わった静香とちはるが立ち上がるが、すなおは立たない。

 

彼女は神子柴家に住み込みで暮らしている者であり、神子柴家がすなおの住処であったからだ。

 

静香とちはるは一礼をしてから去っていく。

 

残された2人であったが、未だに震えるすなおに向けて恐ろしい言葉を言ってくる。

 

「…お前はヤタガラスの勅命に逆らった者。ヤタガラスを敵に回せば…()()()()()()()()

 

それを聞かされたすなおは神子柴に向けて土下座をしてしまう。

 

「お願いです…!家族だけは…家族だけは助けてください!!」

 

先程までの強気な態度が一転し、従順な姿を晒してしまう。

 

すなおの態度に満足したのか邪悪な笑みを浮かべた神子柴は、あまりにも残酷な命令を下した。

 

「すなお…静香の罰としてワシは裳着を執り行う。獲物となる者達とは…」

 

――時女静香、広江ちはる、南津涼子、青葉ちかじゃ。

 

心臓が止まりかける程の衝撃に襲われる。

 

驚愕した顔を上げ、すなおは叫び出す。

 

「なぜですか!!?静香だけでなく…どうしてちゃるや涼子さんやちかさんまで!!?」

 

「理由が分からんのか?なるほど…どうやらお前は広江ちはるから聞かされておらんようじゃ」

 

「どういう…ことなんですか?ちゃるが一体…何を隠していると言うんです!!?」

 

「あの者はヤタガラスを激怒させた。お前の罪など比べ物にならん程の大罪を犯したのじゃ」

 

「ちゃるが大罪を犯した…?ヤタガラスは何をそんなにちゃるに向けて怒っているのです!?」

 

「理由を知らんお前ならば…ヤタガラスも見逃してくれるやもしれん。これは口封じでもある」

 

立ち上がった神子柴は震えながら座り込むすなおの肩を掴んでくる。

 

先程までの恐ろしさとは打って変わり、安心させてくるような狡猾な態度を示す。

 

「ヤタガラスに口添えして…お前と家族の命を守ってやろう。死ぬのはあやつらだけで十分じゃ」

 

「そ…そんなの……そんなのって……」

 

「ヤタガラスを敵に回して…お前は生き残れるのか?家族は生き残れるのか?」

 

すなおはもはや思考すら定まらぬ程の混乱状態に陥ってしまう。

 

藁にも縋る程の恐怖心に支配された彼女は涙を流しながらこう言った。

 

「お願いします…家族を救ってください!私はどうなってもいい…家族だけは…お願い…っ!!」

 

「安心せい。お前と家族の命を保障してくれるようヤタガラスに頼み込んでやる。信じるがいい」

 

泣き崩れてしまったすなおを放置して神子柴は大広間を後にする。

 

縁側廊下を歩いていた時、茶室に飾られている籠目紋に目を向けたようだ。

 

「ヤタガラス…ワシは騙されん。秘密主義者であるお前らが望む口封じとは…この里の抹殺じゃ」

 

籠目紋は六芒星であり、ヘブライ民族が掲げるシンボルと同じ。

 

自身が纏う羽織にも六芒星の家紋が備わっている。

 

神子柴家もまた六芒星を掲げるヘブライ民族の血を受け継ぐ者なのだろう。

 

「同族だろうが我らは殺す。ヘブライとはヒュドラの如く殺し合う多民族集団なのじゃからのぉ」

 

低い笑い声をあげていく。

 

神子柴の顔は悪魔の如く歪み、愉悦を堪えきれない表情を浮かべる。

 

「この村も吸い尽くした。有り余る富を片手に渡米して向こうのザイオンで暮らしていくかのぉ」

 

神子柴はイルミナティの工作員でもある。

 

イルミナティの中核を成すユダヤ財閥の者として、大選別を生き残る取引をしているのだろう。

 

「引っ越しの準備を急ぐか。この村と心中などワシはごめんこうむるよ。フフ…ハハハハハ!!」

 

神子柴は霧峰村をあっけなく捨てた。

 

悪魔のような老婆にとって、時女一族とは()()()()()()でしかなかったのだ。

 

この村の神官として最後の仕事となるのは静香達の裳着である。

 

それを最後の楽しみとして、裏切り者の国賊は姿を消していった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

暗い表情を浮かべながら静香とちはるは家路を目指す。

 

2人とも無言であったが、ちはるの方が先に口を開いてくれる。

 

「オババ…凄い怒ってたね。私達…どうなっちゃうんだろう…」

 

今にも泣きそうな親友を見て、気丈にも静香が励ましてくれる。

 

「大丈夫よ!ちゃるや皆に責任を問われるような真似はさせない…私が責任を背負うわ」

 

「だけど…!それだと…静香ちゃんは…」

 

「怖いけれど…悔いはないわ。だって私は…時女の矜持を体現したんですもの」

 

時女本家の女として悔いのない生き方を貫いた。

 

それだけが今の時女静香を支えてくれている柱であったようだ。

 

元気づけてくれた静香を見て、目に涙を浮かべるちはるが感謝を伝えてくれる。

 

「ありがとう…静香ちゃん。だけどね…私はね…凄く怖いんだ…」

 

「私だって怖くて堪らないわよ。だけど…それも巫達が背負う責任の道なのよ」

 

「ち、違うの!私が怖いのはね…オババから感じた嫌な気配だったの…」

 

「神子柴様から感じた…嫌な気配?」

 

「上手く言えないけど…あのオババは嘘をついてる。なんとなくだけど…感じたの」

 

「神子柴様が…嘘をついてる…?」

 

「気を付けて、静香ちゃん。きっと悪いことが起きる気がする…それが…凄く怖い…」

 

ちはるの危険を感じとる能力は静香も認めている。

 

彼女が嘘をつくはずが無いと分かる者だからこそ、警戒感を持ってくれる。

 

「分かった…私も気を付ける。今日の神子柴様は今まで見た事もないぐらい…恐ろしかったし…」

 

「こんな時…尚紀先輩に電話出来たらいいのに…。この村はスマホの電波すら届かないよぉ…」

 

「私達で乗り越えるしかないわ。これを乗り越えたら…この村を立て直しましょうね」

 

怯えながら泣いていくちはるを優しく抱き締めてくれる。

 

そんな静香の優しさによって心が癒されたのか、少しだけ元気な笑顔を見せてくれたようだ。

 

「私…お母さんに会いたい。凄く…会いたいよぉ」

 

「真っ直ぐ家に帰ってあげなさい。元気な姿を見せてあげて、お母さんを安心させるのよ」

 

「うん……」

 

広江家に用意された家に向かってちはるは駆けていく。

 

見送る静香の心の中にも最愛の家族への思いが吹き上がり、彼女も家に向かって駆けていった。

 

家の門を超えて静香は自宅である屋敷の中へと入っていく。

 

「ただいまー…」

 

遠慮がちな声を上げた時、素っ頓狂な叫びと共に誰かが走ってくる。

 

「おおっ!!貴女が私の君主の娘様ですね!!」

 

駆け寄ってきたのは使用人として暮らしている静香の母の仲魔であるタム・リンであった。

 

「え…えっと…新しい使用人さんかしら?」

 

静香の前で跪き、顔はイケメン中身はザンネンな男が笑顔を向けてくる。

 

「初めまして、私は田村と申します。色々あって静香お嬢様の母君とは主従関係を結びました」

 

「私の母様と…主従関係ですって!?」

 

「その通り!早くに夫を亡くされた母君は私の父性を求めて夜な夜な布団の中で主従関係を…」

 

「えっ?ええっ!?」

 

突然の展開についていけずにグルグル目になっていた時、屋敷の奥から懐かしい声が響く。

 

<<娘に誤解されるようなことを言うんじゃないわよ!!>>

 

田村が後ろを振り向くと、飛んできたのは陶器製の炊飯器。

 

「ゴフッ!!?」

 

顔面にクリーンヒットしたタム・リンはその場に倒れ込み失神したようだ。

 

「まったく…困り者なんだから」

 

奥から現れたのは愛する家族である静香の母であった。

 

「おかえりなさい、静香。お勤めご苦労様」

 

優しい言葉をかけてくれる母であるが、娘の顔が俯いていく。

 

母にあったら語りたいことが山ほどあった筈なのに恥ずかしくて顔を上げられない。

 

彼女はヤタガラスから与えられた任務を失敗した者であり、時女に泥を塗った者。

 

だからこそ時女当主の娘であっても母親に顔を向けることが出来なかったようだ。

 

俯いたままの娘を見て、ヤタガラスに長く在籍する者として何があったのかは察してくれた。

 

「母様…?」

 

気が付けば母親が目の前にきており静香を抱きしめてくれる。

 

「何があったのかは聞かないわ。静香はまだまだこれからよ…私の自慢の娘ですもの」

 

母の優しさに触れた時、張り詰めた糸が切れたかのようにして静香の目に涙が浮かぶ。

 

「ごめんなさい…母様…ごめんなさい……」

 

「謝らなくていい…。私も静香ぐらいの年齢の頃は失敗ばかりだったんだから♪」

 

「母様……母様ぁぁぁぁ……っ!!!」

 

母の胸の中で泣いていく娘を抱きしめてくれたまま頭を撫でてくれる。

 

そんな母親の愛に触れた静香の心から恐怖の感情は消えてくれたようだ。

 

「さて!愛する娘も帰ってきた事だし夕御飯にしましょう♪田村さんも寝てないでしたくなさい」

 

「了解です……」

 

こうして娘が実家に帰宅したこともあり、屋敷の中は賑わいを見せていく。

 

夕飯の席では静香がマシンガン発射のように様々な出来事を語ってくれる。

 

神浜市で過ごせた時間は色々あったけど、彼女に大きな喜びを与えてくれたと語ってくれた。

 

「とくに海が凄かったの!川しかみたことなかったから驚いたわ…大きな魚も釣れたの♪」

 

「まぁ♪どんな魚を釣ったのかしら?」

 

「黒メバルでしょ、ウミタナゴでしょ、メジナでしょ、そうだわ!大きなブリも釣れたの♪」

 

「ブリを釣ったの!?凄いじゃない静香♪」

 

「えへへ♪嘉嶋さんの家でバーベキューをしたの。私達とっても仲良くなれたわ♪」

 

「神様と仲良くなれる静香ですもの。きっと神様は静香のことを大切にしてくれるわ」

 

「静香お嬢様と仲良くしたい妖精もいますよ!ここに!!」

 

「貴方は黙って洗い物してなさい!!」

 

「そんな殺生なー!!もっとカンナギ達と触れ合いたい~!!」

 

「ウフフ♪愉快な人なのね、田村さんって♪」

 

「見た目に騙されちゃダメよ、静香。この男は股間にだらしなくてね…巫の1人をね…」

 

「わーっ!わーっ!!それは語らないで欲しいですぞーっ!!!」

 

久しぶりの故郷で過ごす時間はあっという間に過ぎていく。

 

小さな頃に戻ったかのようにはしゃいでいたら就寝時間になったようだ。

 

自分の部屋に久しぶりに帰ってきた静香が布団を敷いて就寝につく。

 

しかし静かな時間が続いたためか心の中がざわついてきたようだ。

 

布団から起きた静香は部屋から出ていく。

 

向かった先とは時女本家の血を引く者しか近寄れない御神木が見える鳥居の前であった。

 

左手を掲げて生み出したのは、魔法少女として生きる静香が振るう魔法武器。

 

6本の枝刃を持つ特異な形をした剣である()()()であった。

 

両手で七支刀を持った静香が目の前に掲げるようにして剣を構える。

 

目を瞑り、深く深呼吸をした後に目を開けたようだ。

 

「後悔はない…。どんな責任を背負うことになっても…私は時女の矜持を捨てない女でありたい」

 

魔法の力で七支刀を消そうとするが、彼女の目は七支刀に釘付けとなっている。

 

「この剣は私の魔法武器だけど…魔力で生み出したものじゃない。私の()()()()()()()…」

 

静香が握る七支刀は彼女が巫になった時に静香の母が渡してくれたもの。

 

一族の伝統の全てが詰まっている象徴だと言われており、時女当主が持つべき剣。

 

「今の時女当主である母様にも伝えないといけない…。私が時女をどのようにしたいのかを…」

 

静香の鞄の中には尚紀から託された教育プログラムが記された書籍が入っている。

 

過ちを起こした人間の守護者が時女静香に託した大切な品であった。

 

「日の本に生きる人々のために…嘉嶋さんは魔法少女を縛り上げようとした。でも…間違ってた」

 

たとえ大儀があろうとも、押し付ければ押し付ける程に正義の魔法少女達は反発した。

 

人修羅が掲げる人間社会主義こそが正しいと静香も信じようとしたが、多くの者達が拒否した。

 

「様々な考え方があって当たり前…それが本当の自由。私たち時女も…縛り上げてしまったわ」

 

心というものは、それ自身一つの独自の世界。

 

地獄を天国に変え、天国を地獄に変えうるもの。

 

それこそが人間の基本的人権にもあたる内心の自由である。

 

人間が人間らしい生活をするうえで、生まれながらにしてもっている権利。

 

基本的人権は人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であり、侵してはならない永久の権利だ。

 

「あの時の嘉嶋さんは…違う私を見ているみたいだった。()()()()()()()()()()()()()()()姿()…」

 

この宇宙とは違う宇宙においてそれは実現することとなるだろう。

 

世間知らずの違う静香は偏った正義感だけを求めて暴走の限りを尽くした。

 

最後には独裁こそが正しいとまで偏ってしまい、悪事を持って理想を成し遂げたいとまで考えた。

 

イデオロギーという悪霊に憑りつかれた狂人にまで落ちぶれ果てた静香の姿がそこにはあった。

 

「嘉嶋さんの生き様を見たのが…私の神浜生活で得た最高の宝。だからこそ…後世に残していく」

 

この世界の時女静香が求めるのは時女の理想(LAW)を周りに押し付けるものではない。

 

時女一族が長年にかけて生み出した思想を()()()()()C()H()A()O()S()()を与える世界。

 

思想の自由が敷かれては、時女の理想などつまらないと言い捨てる者達も大勢出るだろう。

 

そんなものより楽しい娯楽とばかりに堕落していく者達も大勢生まれるだろう。

 

堕落は偏見と差別を生み、他人を玩具にしてマウント遊びを楽しみたい者も生まれる筈だ。

 

「それでも…押し付けることは許されない。私の心の理想は…誰かの心の理想ではないから…」

 

自由を与えれば与える程、人間は堕落する混沌を生む。

 

正義の味方を気取る魔法少女とてそれは例外ではない。

 

いつの間にか自分達の都合の良さしか求めない人間に成り果てていく。

 

だから堕落者を矯正する独裁(LAW)が必要では独裁者の恐怖政治しか生み出せない。

 

「私とななかさんに託されたのは教育。人間を自発的に善性の道に進ませる可能性を生み出す道」

 

これからの時女静香は常盤ななかと同じく教育者としての道を歩みたいと考えている。

 

時女の理念を長として周りに押し付けるのではなく、自発的にそれを望んでいい自由を与える道。

 

人々の内心の自由を尊重した上で、時女の理想は素敵だと思ってくれる人を少しでも生み出す。

 

それこそが基本的人権の尊重であり、独裁とは違う()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「人修羅として生きる嘉嶋さんが与えてくれたのは…」

 

――混沌(CHAOS)という自由の力で…平和を望む道だったわ。

 

決意を秘めた静香が屋敷へと戻っていく。

 

彼女の人生にはこれから先、あまりにも苦しい試練が待ち受けているだろう。

 

圧倒的な秩序の力によって、自由を求める時女一族は滅びるかもしれない。

 

それでも未来の時女一族当主を目指す時女静香が求めるものは…秩序ではない。

 

みんなが自由に平和というものを一緒に考え合える()()()()であったのだ。

 

考え方が違う異なる者達の調和を目指す自由(CHAOS)があってもいい。

 

それもまた、籠目紋である六芒星の調和であった。

 




不気味なわらべ歌から始まる静香ちゃんの苦労スタート話です。
時女静香編はデビルサマナー葛葉ライドウ対アバドン王の影響が色濃く出るやもしれません。
時女本家の静香ちゃんと槻賀多家の弾さんは、同じように自由な村の在り方を望ませてる部分とかが意識してる部分です。


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187話 霧峰村の妖精郷

時女静香に与えられる罰が執行されるまで一週間の猶予が与えられている。

 

里に帰ってきた魔法少女達はそれぞれの毎日を送っているようだ。

 

分家の者でありながら時女本家の里にまで連れてこられた涼子とちかは困惑している。

 

このままここで暮らす羽目になっていくのかと不安を語り合っていた。

 

「ちはるも分家の者だって聞いてる…。あいつもここに呼び出されて暮らしてきたって…」

 

「じゃあ…私達もちはるさんと同じように…ここで暮らさないといけないんですか?」

 

涼子とちかは霧峰村で唯一外食が出来るジビエ料理店にまで来ている。

 

外の席で向かい合って不安を語り合う光景が続いていたようだ。

 

「あたしはそんなの認めない!ヤタガラスに振り回されて…時女に振り回されて…うんざりだ!」

 

「そうです!私はそんな人達とは遠縁の者として生きてきたのに…私にだって人生があります!」

 

「分家の者として遠くから静香を支えてもいいとは思ったけど…ここで暮らすのはごめんだよ」

 

「逃げ出したい気持ちは強いですけど…涼子さんは気づいてますか?」

 

「昨日から村の出入り口に巫達が配置されてることだろ?どうあっても逃がさないつもりだ…」

 

「村の周囲にも巫達の魔力を感じます…。こう巡回警備されては逃げきれません…」

 

「これからどうなっていくんだろうな…あたし達……」

 

気持ちが落ち込んでいた時、獣臭さが近寄ってくるのをちかは感じとる。

 

視線を向ければ猟師のような魔法少女衣装を着た少女が仕留めた外来鹿を担いできていた。

 

「もしかして…貴殿らが静香殿と一緒にやってきたという分家の巫達でありますか?」

 

「誰だよ…あんたは…?」

 

「我は貴殿らと同じくこの村にやってきた分家の者であります。三浦旭であります」

 

「青葉ちかです。貴女も分家の人なんですね…それに魔力も感じるし…巫なんですか?」

 

「如何にも。我は魔法の力を使って里をうろつく害獣を始末してるであります」

 

「あたしは南津涼子。まぁ田んぼが周囲を囲う田舎なら害獣にも悩まされるよな…」

 

「この店はそうした害獣を仕留めた後の処理施設として利用されるでありますよ」

 

「じゃあ…そのキョンをここで解体するんですか?」

 

「我は日本海側の湯国市生まれ…猟師の親から仕込まれてるであります」

 

ドヤ顔を見せる旭は担いだ鹿の頭部に目を向けながら微笑んでくれる。

 

動物の解体現場を直で見られるかもしれないと青葉ちかは目を輝かせてきた。

 

「あ、あの!私も処理施設を見学させてもらってもいいですか?」

 

「別に構わないでありますが…珍しいでありますね?この村の巫達でも嫌がるのに」

 

「私…自然が大好きなんです。神浜で暮らしてた頃はネイチャーガイドもしてました♪」

 

「自然ガイドの方でありましたか。なら、もしかして動物の解体経験もあるのですか?」

 

「ええ♪分家の集落で暮らしてた頃、猟師さんから教えてもらったことがあるんです」

 

それを聞いた旭の目も輝いてくる。

 

自然を愛する者同士、通じ合える者だと理解したからだ。

 

「店の人に頼んでくるであります!あ、先にキョンをジビエ処理施設に持って行かないと…」

 

「私が運びますよ♪こう見えて力持ちなんです。大きな猪だって運べます♪」

 

「流石は自然ガイドのちか殿であります!では、このキョンをお願いするでありますよ」

 

「あ…あたしは遠慮しとくよ。寺娘として鹿の供養なら出来るけど…解体は無理かな」

 

「では、涼子殿にはジビエ料理を提供するであります。この鹿肉を振舞うでありますよ♪」

 

「そいつはいい!寺娘のあたしだけど、こう見えて大食いなんだ♪」

 

意気投合した3人は仲良くお昼ご飯を食べることとなる。

 

仲良くなった3人は旭に連れられ、秘密基地とも言える隠れ家まで案内されていくようだ。

 

「巫として聞きたいであります。涼子殿とちか殿は…神や悪魔という存在と出会ったことは?」

 

それを問われた時、2人の脳裏には人修羅の姿とナオミの姿が思い浮かぶ。

 

「あるよ。しかもね…その存在とは密教の本尊様である大日如来が化身、不動明王だったんだ」

 

「まことでありますか!?神仏とは我も出会ったことがありませんが…凄いでありますね」

 

「それに…人間として生きる悪魔とも出会ってます。その人から私は多くを学べました」

 

「この霧峰村の森深くにも悪魔達が暮らしているであります。妖精郷があるんです」

 

「「妖精郷!!?」」

 

驚いた涼子とちかの頭に浮かぶのは、まるで絵本の妖精達のような世界観が浮かんでくる。

 

「妖精達は悪戯好きでヤンチャでありますが、そこまで害はないであります」

 

「もしかして…あたし達を連れていきたい場所というのは…妖精郷なのか?」

 

「あそこには連れて行かないであります。我も拉致された事がありますし…酷い目に合いました」

 

「拉致被害を受けたんですか!?よく無事に帰ってこれましたね…」

 

「おバカな妖精王達から救ってくれた妖精がいたであります。その子達を紹介するでありますよ」

 

こうして涼子とちかは妖精と呼ばれる悪魔達と関わりを持つこととなっていく。

 

しかし彼女達にとっては破天荒な冒険の幕開けとなるとは、この時の魔法少女達は知らなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

静香の母親が作った山小屋の元まで来た3人が樹木悪魔のジュボッコの元までやってくる。

 

初めは驚いた涼子とちかであったが、話していくうちに穏やかな老人悪魔だと理解したようだ。

 

「静香さんのお母さんの仲魔なんですね…?つまり…静香さんのお母さんはデビルサマナー?」

 

「南凪港で見た不動明王様を使役した女サマナーと同じ存在だったなんてなぁ…」

 

「ワシはこうして自由に過ごせておるが、他の連中は今でも管の中にいるんじゃよ」

 

「静香殿の母殿が使役する悪魔は他にもいるでありますか?」

 

「最近は妖精騎士のタム・リンを仲魔にしたようじゃが、他の連中は陰鬱な連中ばかりじゃよ」

 

「俗世を嫌って管の中から出てこないでありますか?」

 

「俗世というよりは…霧峰村そのものを嫌っておる。関わりたくもないとな」

 

「その悪魔達の気持ち…あたしは分かるよ。ちかとあたしはそいつらと同じ気持ちなんだ」

 

「残念であります…。我も初めは戸惑いましたが、今では住めば都だと考えてるであります」

 

「私と涼子さんは…分家の集落に帰りたいです。旭さんは帰りたいとは思わないんですか?」

 

それを問われた旭の顔が沈むように俯いていく。

 

返事を返すことも出来ない旭に代わり、ジュボッコが重い口を開いてくれる。

 

「旭はのぉ…湯国市で生きた魔法少女として…()()()()()()()()()()()なのじゃ」

 

湯国市において、魔法少女の存在を周知させようとした事件が起きる。

 

しかし努力も空しく人々から迫害を受ける事となったと聞かされたようだ。

 

「旭はその時の当事者じゃ。魔法少女の存在を周りに伝える努力をしたが…運命は残酷じゃよ」

 

クラスメイトに魔法少女の存在を知らせた事があり、理解をしてくれた男の子がいた。

 

しかし湯国市オールスターフェストの際に魔獣が人々を襲う出来事が起きてしまう。

 

次々と感情エネルギーを吸い上げられた人々は廃人に変えられ倒れ込む。

 

錯乱したクラスメイトの男は魔法少女の魔法の仕業だと叫び出したのだ。

 

オールスターフェストで起きた原因不明の事故は未知なる存在である魔法少女の仕業。

 

噂は瞬く間に拡散し、魔法少女撲滅派という過激派が組織されてしまう。

 

旭はその時に弾圧の暴行まで受けてしまったようだ。

 

「全ては()()()()()()()()()()。相手に寄り添い相手を知る努力を行う事を連中は忘れたのじゃ」

 

「陰謀論界隈も同じであります…。人間は他人を知る努力をしない…マウント遊びしか求めない」

 

「人々とて生活がある。生活の合間を縫って、胡散臭い連中の話内容を調べる努力を行うか?」

 

「…きっと行わないであります。テレビやスマホを見て、娯楽の世界に埋没するだけであります」

 

「人は見たいものしか見ないし信じない。狭い経験だけで周りを測る事しか出来ん偏見生物じゃ」

 

「だからこそ魔法少女の存在は…偏見生物とも言える人間達の誰にも知られてはならない」

 

顔を向けてくる旭の表情にはやり切れない悔しさが浮かんでいる。

 

心の憎しみを絞り出すようにして…こう呟いた。

 

――魔法少女は誰にもその存在を知られない…()()()()()()()であります。

 

旭の過去を知った涼子とちかは顔を俯けたままである。

 

かけてやれる言葉が見つからず、魔法少女を助けてくれる時女の者達の有難さも実感したようだ。

 

「湯国市にいられなくなった旭は祖母を頼り、故郷から出ていった。今ではここが旭の故郷じゃ」

 

「そんな事情があったなんて…知らなかったよ。ごめんな…霧峰村を悪く言って…」

 

「私達…こんなにも時女の人々に助けられてたんですね。私も…人間の恐ろしさは経験してます」

 

「我は霧峰村を愛しているであります。ここでは巫である魔法少女達は…誰にも差別されない」

 

「ワシら悪魔と魔法少女は似ておる。我々を神と呼ぶ者もいれば…悪魔だと罵倒する者もいる」

 

「悪魔の尚紀だって旭と同じ目に合った…。正義の魔法少女でさえ…偏見しか見てくれない…」

 

「無知は罪…。寄り添う思いやりを失った人々は…こんなにも他人を攻撃する事しか出来ない…」

 

「太古の昔も中世時代も、近代や現代とて何も変わらん。浅慮な正義感だけを人々は玩具にする」

 

「だからこそ、我はもう他人には期待しないであります。信じたい気持ちなんて…」

 

「自分勝手な理想を信じたいだけ…ですね?私は疑う事の大切さを…尚紀さんから教わりました」

 

「ちか殿…その話をもっと聞かせて欲しいであります。我とちか殿は…親友になれそうですな?」

 

心から打ち解け合う事が出来た3人の魔法少女達の元にシルフとコダマも遊びに訪れる。

 

人間から迫害されるしかない者達同士で仲良くなれたようであったのだがトラブルもやってくる。

 

(フフ…フフフ……)

 

仲良く談笑する者達を見下ろすのは、大きな鳥に擬態した姿のティターニアである。

 

妖精の女王が視線を向ける先とは何故か南津涼子であったようだ。

 

(今度こそ美少年に違いないわ…!絶対にそうよ…間違いない!!)

 

南津涼子は男勝りな熱血系の女子であり、私服も女らしいモノをあまり着ない。

 

中世的な雰囲気から美少年だとまた勘違いをしてしまう。

 

(私は美少年に飢えているのよ!!手下共を動かして…今度こそ手に入れてみせるわ!!)

 

ティターニアは飛び立ち、怪しい行動を開始する。

 

楽しい時間も過ぎていき旭達一行は帰路につく。

 

森の中を歩いている時、旭は警戒感を示して2人を止める。

 

「どうした?」

 

「この気配…シルフ殿とは違う妖精がいるであります」

 

「シルフさん以外の妖精…?」

 

木陰から現れたのは2体のピクシーである。

 

「うわー可愛い♪この子達もシルフさんと同じ妖精なんですね?」

 

「何か用事でありますか?我々は家に帰ろうとしているのでありますが…」

 

2体のピクシーは顔を向け合い、旭達に振り向いて手を合わせてくる。

 

「ごめんねー。私たち…女王様に命令されちゃっててさぁ…」

 

「悪いんだけど…迷子になっちゃえーっ!!」

 

<<えっ!!?>>

 

両手を掲げて強い光をピクシー達は放ってくる。

 

眩い光に目が眩み、光が収まってきた頃に目を開けると驚愕する。

 

「あれ…?なんであたしは独りで立ってるんだ?旭とちかは何処だよ!?」

 

この光景こそ人修羅もボルテクス界で味わった光景である。

 

妖精達は悪戯好きであり、ピクシーは人々を迷子にするのが得意なのだ。

 

旭達と分断されてしまった涼子は慌ててしまう。

 

「参ったな…土地勘が無いあたしじゃこの森を抜けられるか分からないぞ。合流を急ごう…」

 

ソウルジェムを左手に出現させて旭達の魔力を探りながら歩いていく。

 

すると魔獣のものとは違う瘴気を涼子は感じ取ったようだ。

 

「これは…悪鬼の結界じゃない!?これが悪魔の結界と言われる異界なのか!」

 

ソウルジェムを掲げて変身しようとした時、頭上から瘴気を放つ悪魔が急降下してきた。

 

<<パイイイルゥゥゥダァァァァオオオオンーーーッッ!!>>

 

「へっ?うわーーっ!!?」

 

頭部に急降下してぶつかってきたのは旭を誘拐した時にも現れたウィルオウィスプである。

 

鬼火の人魂という名の亡者に憑りつかれてしまった涼子の外側の肉体がガクンと項垂れてしまう。

 

体がガクガクと揺れ動いた後、顔を上げていく。

 

その表情はまるで狐憑きにでもあったかのようなイカレた表情をしていたようだ。

 

「ウォォーーッッ!!久しぶりの人間の肉体だーっ!!」

 

霊体ではない実体を久しぶりに得たウィルオウィスプはハイテンションで踊りまくる。

 

魂を引っ張り出された魔法少女達の外側の肉体は言わば空席の椅子のようなもの。

 

悪霊達にとっては座り心地のいい椅子のようにして憑りつかれてしまう危険性が大きかったのだ。

 

「このまま街に繰り出して沢山遊ぶぞ!!胸にときめきパチンコ生活だーーっ!!」

 

ルンルン気分で去っていこうとした時、茂みから現れたゴブリンが止めに入ってくる。

 

「待て待て!そいつは女王様への献上品だ!勝手な事をすると後が怖いぞ!!」

 

「うるせぇ!うぉれのパチンコ愛は誰にも止められねぇ!チャンチャンバリバリしてーんだ!!」

 

「亡霊悪魔を妖精郷に住まわせてもらってる恩を忘れたのか!蹴り出されるぞ!!」

 

「ぐっ…それは困る。まぁいい!妖精郷に拉致ってしまえば後でも憑りつけるからなぁ!!」

 

渋々と涼子の体を乗っ取ったウィルオウィスプはゴブリンと共に妖精郷へと帰っていく。

 

見失った涼子を探す旭とちかであったが彼女の姿を見つけることは出来ない。

 

「もう日が沈んできてます…このままでは遭難する危険性も大きいですよ?」

 

「この森は我にとっては庭だから遭難はないであります。ですが…涼子殿は危険です」

 

「あの妖精達…私達を分断して何を企んでるんでしょう?」

 

それを問われた時、旭の顔が青くなっていく。

 

「ま…まさか…涼子殿も我と同じくおバカな妖精王夫婦に拉致されて……」

 

「ええっ!?た…大変!静香さんのお母さんに相談しに向かいましょう!」

 

「待つであります!妖精郷は危険地帯…グズグズしてたら涼子殿が危ないであります!」

 

「助けに向かうしかないんですね?森に行くと連絡してるから帰りが遅いなら探してくれるかも」

 

「我らは先に涼子殿を助けに向かうであります!妖精郷の入り口に案内するでありますよ!」

 

こうして旭達は救出隊として妖精郷へと向かっていく。

 

囚われの姫君だったと妖精王達に知られてしまっては旭と同じく命の保障は無い。

 

バカ夫婦達が繰り返す珍騒動に辟易しながらも、旭は新しい親友の命を守るために駆けていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「う…うーん……」

 

倒れ込んでいた涼子の意識が戻り、周囲を伺う。

 

「ここは…何処だ?まるで絵本の世界のようにメルヘンだよなぁ…?」

 

幻想的な妖精郷の美しさに見惚れているが現実を考えない涼子ではない。

 

「どうやらあたしは…妖精郷とやらに連れてこられたみたいだ。旭の二の舞になっちまったか…」

 

男の亡霊に憑りつかれていた気持ち悪さが抜けないのか、頭を振りながら思考を纏めようとする。

 

そんな涼子の元に近寄って来たのは先ほどのゴブリンであったようだ。

 

「よぉ、坊主。お目覚めのようだな?」

 

「げぇ!?もしかしてお前は…六道の餓鬼道に住まう餓鬼じゃないのか!!」

 

「ちげーよ!!俺はゴブリンだ!腹が出っ張ったマヌケ顔の餓鬼じゃねーだろ!!」

 

「言われてみればそうか。ところでゴブリンさんよぉ…あたしを拉致ってただで済むと思うか?」

 

ソウルジェムを掲げようとしたがゴブリンは制止させてくる。

 

「やめとけ、周囲を見てみろ。妖精達が珍しい客人のお前を見物してるのが見えるだろ?」

 

魔力を探ってみれば様々な妖精達が木陰に隠れて涼子を見物しているようだ。

 

「ここで妖精に敵意を示せば、お前は袋叩きにされちまうってわけさ」

 

「多勢に無勢か…。悪魔の魔法は厄介なのは知ってるし…迂闊には戦えないってわけかよ」

 

「悪魔のことを知ってるなら話は早い。ついてこい、女王様がお待ちかねだ」

 

言われた通りゴブリンの案内に付いて行くしかない涼子の顔は不安を隠せない。

 

(そういえば旭が言ってたな。美少年に間違えられて拉致されたって…)

 

ここで女だったとバレてしまえば命の保証は無いと旭から聞かされている。

 

なのでここは上手くはぐらかして逃げ出すことにしたようだ。

 

「あー…ちょっと待ってくれ」

 

「どうした?」

 

「尿意をもよおしてきたから…その……トイレはないかい?」

 

「しょうがない奴め。その辺で隠れて立ちションしとけ」

 

「ありがたい、そうするよ」

 

立ちション出来たら女としてどれだけ楽かと考えながら茂みの中に入っていく。

 

木陰に隠れた隙をつき、涼子はそそくさと逃げ出したようだ。

 

「嘘も方便ってね♪こんなところで長居してたら浦島太郎の二の舞さ!」

 

大慌てで逃げていくのだが、妖精郷の土地勘など持ち合わせていない彼女は迷ってしまう。

 

流石に気が付かれたのか背後からは追手となる妖精達の魔力が迫ってくる。

 

「まずいな…早く逃げ出さないと!!」

 

慌てていた涼子であったが、茂みの中から顔を出している存在に気が付く。

 

「妖精郷には馬もいるのか?乗馬なんて小さい頃にやったことがある程度だけど…仕方ない!」

 

彼女は跳躍して馬の背に飛び乗ってくる。

 

眠気を抱えてウトウトしていただけの馬は慌てて起き上がり、その姿を晒すのだ。

 

「げぇーっ!?お前…化け物馬だったのかよー!!?」

 

【ケルピー】

 

ケルト神話における水の精である馬の姿をした妖精である。

 

人をそそのかしてその背に乗せ、そのまま水の中に飛び込んで溺死させてしまうという。

 

しかしうまく従わせることが出来れば自由に操ることも可能らしい存在であった。

 

「驚きたいのはこちらの方だ!!私の背中に勝手に乗るでない!!」

 

上半身は緑色の体を持つ馬であるが、下半身部分は水に漂う水藻のような姿をしている。

 

「勝手に私の背中に乗ってくる者は、このまま水底まで連れて行ってやる!!」

 

「わわっ!!待て、勝手に動き回るなーっ!!」

 

宙に浮かび上がったケルピーに振り回されながら妖精郷の空を飛び回っていく。

 

泉の底まで連れていかれては堪らないと意を決して空の上から飛び降りる。

 

「うわーーっ!!!」

 

木々の枝を砕きながら地上へと落下。

 

あわや地面に叩きつけられるかと思ったが、意外と地面は柔らかかった。

 

「いてて…お尻から地面に叩きつけられるかと思ったけど…なんでこんなに柔らかいんだ?」

 

地面を見てみると、毛皮のような肌触り。

 

お尻からはお腹の呼吸のような感触まで伝わってくる。

 

周囲にはミツバチの巣が散乱しており、デザートを食べ散らかしていたようだ。

 

「んごー…zzz…んごーー…zzz……」

 

涼子が着地した場所の下にいたのは旭を追い回したことがある妖精の姿。

 

「んごー……ふごっ?」

 

鼻提灯が割れて目を覚ましたのは毛皮を纏うトロールであったようだ。

 

「まずい……」

 

抜き足差し足で逃げようとしたが、背後で立ち上がったトロールの影に覆われてしまう。

 

巨体の影に包まれた涼子は恐る恐る後ろを振り向く。

 

「むむむーーっ!?お前……オレのデザートを盗みに来た盗人だな!!」

 

つぶらな瞳が眼光を放ち、涼子を睨んでくる。

 

「あ…あたしはダイエット中だから…その…高カロリーなハチミツは遠慮するかなー…」

 

冷や汗をダラダラ流す涼子であるが、トロールは近くにあった木を両腕で抱え込む。

 

「ヌォォォ――ッッ!!月まで飛ばしてやるぅーーっ!!」

 

怪力を用いて木を根元から引っこ抜き、強引に振り回してくる。

 

「お洒落にあの世行きだーーッッ!!!」

 

「うひゃーーーッッ!!!」

 

大慌てで逃げ出す涼子を背後から追い回してくるトロールが迫りくる。

 

前方からは涼子を見つけ出したゴブリンと妖精達まで現れてしまう。

 

「見つけたぞ坊主!!小賢しい真似しやがって!神妙にお縄につけ!!」

 

「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろーっ!!」

 

「なにーっ!?ん…おい、ちょっと待て!!後ろのトロールは何だ!?」

 

「こいつを止めてくれーーっ!!」

 

ゴブリン達の横を走り逃げていく涼子であるが、後ろのトロールが迫ってくる。

 

「待て!マテマテ!!止まりやがれトロールーーッッ!!!」

 

「てんちゅううぅぅぅ!!!!」

 

「あがパァッッ!!!」

 

見境なくトロールは暴れまわり、ゴブリン達は巨大な木によって張り飛ばされていく。

 

「ンギモッチイィーーッ!!!」

 

「見境なしかよーーっ!!?」

 

怒れる巨人は両手に持った丸太の如き木を振り上げ、追いついた獲物に一撃を放とうとする。

 

「よーし判決を下す!!死刑ッッ!!!」

 

「誤解なんだってーーっ!!!」

 

豪快な横振りによって涼子は大回転しながらお空の星になるかと思われたがハプニングが起きる。

 

「なんじゃこりゃァァァァァァァ!!?」

 

頭上に掲げた丸太の如き木が両サイドにあった木とぶつかってめり込んでしまう。

 

反動を受けたトロールの体が鉄棒の大回転のような状態となってしまう。

 

高速で回転し続けるトロールの握力が耐えきれず手を離してしまった。

 

「月にウサギいるかァァァァァァ!?モチついているかァァァァァァ!?」

 

大回転しながらお空の彼方に飛んでいったのはトロールであったようだ。

 

その頃、妖精郷まで訪れた旭とちかはソウルジェムを片手に魔力を探りながら駆け抜けている。

 

「幻想的な場所ですけど…ここに長居し過ぎるとまずいんですよね?」

 

「ここは外界とは時間の流れが違うであります。早く涼子殿を連れ戻さないと!」

 

「私だって巫です!旭さんの遅れはとりませんから!」

 

魔法少女姿に変身したちかは両手に片手斧を持ち、どこから現れるか分からない妖精に警戒する。

 

前後左右どちらから奇襲が現れても対応出来る状態であったが、頭上の警戒が疎かであった。

 

「「えっ……?」」

 

何か大きな影が魔法少女達を包み込んだかと思った瞬間…。

 

「「ぐえーーっ!!?」」

 

空から降ってきたトロールに押しつぶされてしまったようである。

 

「…考えてたらモチを食いたくなったじゃないかァァァァァァ!!」

 

「「重いからどいてーーーッッ!!!」」

 

気合十分な救出隊であったが、突然の空からの贈り物によって戦闘不能に追い込まれたようだ。

 

危機は去ったかのような安堵を浮かべた涼子であったのだが、背後に何者かの存在を感じとる。

 

「つかまえたー♪」

 

「ひゃぁ!?」

 

背後から抱き着いてきたのは妖精の女王であるティターニア。

 

隣には怪訝な顔つきを見せる妖精王のオベロンがいた。

 

「ゴブリンが遅いから何をやってるのかと見に来たら、妖精郷を楽しんでるようね?」

 

女王の巨乳を背中に押し付けてくるが、少女である涼子には通用しない。

 

「今度こそ美丈夫で間違いないんでしょうね?」

 

「私の目は節穴じゃないわ。今度こそ大丈夫に決まってるから」

 

妖精郷に迷い込んだ魔法少女は囚われ、救出に来た魔法少女は潰れたまま。

 

南津涼子は窮地に立たされてしまったようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「さぁ坊や、こっちにいらっしゃい。私が可愛がってあげるから♡」

 

「は、放せ!!家に帰らせてくれよ!!」

 

ジタバタともがくが、魔法少女の力では妖精の女王の力を振り解くことは出来ない。

 

「困った子ねぇ…。大人しくしてくれるなら手を離してあげてもいいわよ」

 

「埒が明かないし…分かったよ。大人しくすれば手を離してくれるんだな?」

 

「ええ、女王の私に二言は無いわ」

 

仕方なく涼子は大人しい態度を見せ、ティターニアは両手を離してくれる。

 

後ろに振り返れば、そこには息を飲み込む程の絶世の美女とも言える女王がいたのだ。

 

微笑んでくれるティターニアは緑のドレスの裾を持ち上げ、礼を示してくれる。

 

「初めまして、私の名はティターニア。妖精郷の女王であり、隣は夫の妖精王オベロンよ」

 

「随分と小さい王様を夫にしてるんだな…。それにしても…」

 

涼子の視線が釘付けとなってしまったのはティターニアの足。

 

両目が見開き、酷く興奮した様子でティターニアの足に飛びついてきた。

 

「この美しい脚…まるで仏陀の妃であるヤショーダラーのように美しい脚だ!!」

 

突然興奮した患者のようにしてティターニアの足を頬擦りしてしまう涼子の謎の態度。

 

どうやら彼女は酷い()()()()()だったようだ。

 

涼子の愛を独占出来たと感じたティターニアは満面の笑みを浮かべてくれる。

 

「いけない子ねぇ?でも、この妖精郷で暮らしてくれるなら…私の足でいいことしてあげる♡」

 

「い…いいこと!!?」

 

「そう、いいことよ♡」

 

仏教徒であるが未だに煩悩を克服することが出来ない涼子は頭を抱えて悩み抜く。

 

(あの立派な太腿で何をしてくれるんだろう…?ダメだ…煩悩が抑えきれない!!)

 

蹲って悩んでいる涼子の背中に足指を添わせてくる。

 

「あぁ……ほぁぁぁぁ……っ!!」

 

赤面しながら快感に支配される涼子。

 

あと一押しすれば彼女は妖精の女王から与えられる誘惑に負けてしまうやもしれない。

 

そんな様子を怪訝な面もちで眺めているだけの夫である。

 

妻が浮気している光景に見えるだろうが、彼にとっては妻が玩具で遊んでる光景だったようだ。

 

<<う…うぉう様ァァァ…チョットォォォ…言イタイコトガアルゾォォォ>>

 

オベロンが横を向けば、涼子に憑りついていたウィルオウィスプがいたようだ。

 

「何ですか?」

 

<<うぉれ…ソイツニ憑リツイタ時…胸ノ辺リニィィ…変ナ重サヲ感ジタゾォォ>>

 

「変な重さ…?」

 

<<うぉれ…ソイツ…男ジャナイッテ…思ウゥゥ。男ノうぉれガ言ウンダカラ…間違イナイ>>

 

それを聞いたオベロンの眉の位置がびくっと上がってしまう。

 

「それを確認する方法は…一つでしょう」

 

王子様ルックな王様衣装の腰に備えてある鞘からサーベルを引き抜く。

 

クロアゲハ蝶のような翼を広げながら浮遊していき、涼子に近寄ってくる。

 

「あぁ…こんな綺麗な脚にめちゃくちゃにされるなら…ここに住み込むのもいいかも…」

 

誘惑に負けた顔を浮かべながらティターニアに抱きつこうとした時だった。

 

「ちょっと!?」

 

横やりを入れるかのようにしてオベロンが襲い掛かってくる。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

高速で繰り出されるサーベルの刺突攻撃。

 

「うわぁぁぁーーーッッ!!?」

 

涼子の上半身の衣服が切り裂かれ、一気に破れてしまう。

 

「……やはりでしたか」

 

上半身の衣服が破れ果て、そこにあったモノを目にしたティターニアの目が点になる。

 

「な…な…何するんだよーっ!!?」

 

赤面しながら胸を隠す乙女な少女の胸元には女性らしい胸の膨らみがあった。

 

妖精王の情けなのか、ブラジャーだけは切り裂かれなかったようである。

 

「……ティターニア?」

 

夫が視線を妻に向ければ、開いた口が塞がらずに石化しているおバカな女王がいたようだ。

 

「やはり貴女の目玉は腐ってますよ!この娘の何処が美丈夫なのです?ついてきて損しました!」

 

夫が罵倒してくるが余程堪えたのか妻は石化したまま動けない。

 

(これで分かった…。やっぱり妖精郷になんて…いるべきじゃない!!)

 

動かない石像に向かって罵詈雑言を吐き捨てる夫婦喧嘩を尻目に涼子はこっそり逃げ出していく。

 

「こっちよこっちーーっ!!」

 

「シルフか!?」

 

騒ぎに気が付いたシルフとコダマがやってきて涼子の道案内をしてくれる。

 

「助かった!出口まで案内してくれ!」

 

「こっちよ!しっかりついてきなさい!!」

 

走り続ける涼子の左右を飛翔しながら誘導してくれるシルフとコダマ。

 

しかしコダマが後ろを振り向き、驚きの声を上げたようだ。

 

「うわーっ!!スプリガンがくるよーっ!!?」

 

離れていても地響きが伝わってきた涼子も後ろを振り向く。

 

「な…なんだよ…?木々を押し倒してくる…あの巨大なヤツはーーっ!!?」

 

全長40メートルはあろうかという巨人が迫ってくる。

 

妖精郷の門番を務めるスプリガンが巨大化した姿であり、肩にはティターニアまでいる。

 

「逃がさないわよこのクソ女がぁ!!女王の私に恥をかかせた報いを与えてやるわ!!」

 

「男だと勘違いしたのはそっちだろぉ!?」

 

魔法少女姿に変身した涼子ではあるが、強力な悪魔であるスプリガンが相手では分が悪い。

 

絶体絶命のピンチであったが、空から念話が響いてくる。

 

<巫よ、ここは我らが引き受けよう>

 

「えっ!!?」

 

上空を見れば、空を飛んでいたのは龍である。

 

「あれは…時女当主が使役する悪魔!?」

 

龍が口を開き、放たれたのは絶対零度の氷結魔法攻撃。

 

「グォォーーーッッ!!?」

 

直線で吐き出された属性ビームとも言える一撃を受けたスプリガンの巨体が倒れ込む。

 

空を浮遊するティターニアは忌々しげに空の悪魔に視線を向ける。

 

「私の邪魔をするなら容赦しないわよ!!その悪魔ごと氷漬けにしてあげるから!!」

 

「あら?このセイリュウを相手に氷結魔法を使うだなんて、相変わらずのおバカさんね?」

 

【青龍】

 

中国の伝説上の神獣であり、四神の一つに数えられる東方の青龍である。

 

四神とは朱雀、玄武、白虎、青龍が東西南北を守護する存在として数えられて神格化されたもの。

 

道教における人格神化した名前では神君と呼ばれ、龍族の始祖とされたようだ。

 

「涼子!!ここは私に任せて逃げなさい!!」

 

「だ、だけど……」

 

「私なら大丈夫よ!静香達が旭とちかの救出をしてくれてるから合流して帰還なさい!!」

 

「四聖獣の一つを使役出来る静香の母さんなら大丈夫か…。恩に着るよ!!」

 

涼子はデビルサマナーとしての静香の母の力を信じて妖精郷を後にしていく。

 

青龍の上に乗った時女当主が見下ろすのは、スプリガンが起き上がってくる光景だった。

 

「怪獣大決戦と言ったところね?妖精郷が大変になっても知らないんだから」

 

「知った事ですか!!あんたとはいつかケリをつけたかったのよ!!かかってきなさい!!」

 

「上等じゃない!!ショタコン女悪魔になんて私は負けないから!!」

 

こうして、醜い女バトルは一晩中続くこととなっていく。

 

龍と巨人の大暴れにより妖精郷は酷い有様となったようであった。

 

後日となり、静香の母はボロボロな姿をしたまま帰ってくる。

 

話を聞かされると、ティターニアと取っ組み合いの大喧嘩をして引き分けに終わったようだ。

 

デビルサマナーとしての静香の母の凄さをジュボッコの元で語り合う旭とちかと涼子達。

 

すると森の奥から妖精王のオベロンと妖精達がやってきたようだ。

 

「え…えっと……」

 

オベロンが連れてきたのは縄でぐるぐる巻きにされたままタコ殴りにされたティターニアである。

 

たとえ妖精の女王であろうとも自分の夫や仲魔の住処を破壊するのはギルティ案件だったようだ。

 

「うぅ…時女の奴との喧嘩で弱った私を囲んで棒で叩くなんて…恥を知りなさい…」

 

「とまぁ、このように妻も反省しております。今回の騒動を機に、私達も心を入れ替えますよ」

 

全然反省していないのでは?と怪訝な顔を浮かべてしまう魔法少女達。

 

するとオベロンはこんな提案をしてきたようだ。

 

「うちの妻は男女の区別もつかないほど目玉が腐りました。どうかご教授願えないでしょうか?」

 

「な…何を我らが教授するのでありますか…?」

 

「美少年と美少女の違いをティターニアに教えてやって欲しいのです。私も共に学びましょう」

 

「「「ええっ!!?」」」

 

錆びついたゼンマイのような音を立てながらついてきていたシルフに首を向ける魔法少女達。

 

困り顔を浮かべたままウインクしてくるシルフは投げやりな言葉を言ってきた。

 

「うちの王様達はめんどくさいのがこれで分かったでしょ?諦めなさい」

 

ガックリ項垂れる魔法少女達。

 

こうして時女の魔法少女達はひょんなことから妖精王達との交流が行われることとなる。

 

しかしそれは束の間だけの優しい時間でしかない。

 

時女の里に訪れる騒乱はもう目前にまで迫ってきていた。

 




三浦旭ちゃんも静香組と合流を果たせたことですし、対決デスオバーバ編を進めていきますね。


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188話 神子柴の暗躍

妖精郷での騒動を終えた涼子達は時女の里での生活に戻っている。

 

用意してもらえた家を仮住まいとして日常を送っているようだ。

 

彼女達は学生であるのだが、霧峰村には義務教育を施す学校は存在していない。

 

時女静香も学校には通っておらず、それは時女の里に生まれた巫達も同じである。

 

なので村の巫達から学校生活はどんな感じで過ごしているのかと聞かれていたようだ。

 

「いいなー学校の青春生活って。あたしも学校っていう施設に通ってみたいー」

 

「でもテスト勉強や受験というのもあるんでしょ?それに周りと比べられる生活は嫌だなぁ」

 

「それに学歴っていうので人間の価値が決められるんでしょ?ここではそんなのないのに…」

 

「外の世界も大変なんだねー。でも、やっぱり自由な世界って憧れちゃうなー」

 

神子柴から巡回任務を受けていない巫達は涼子とちかの元に来て話を聞いている。

 

2人から聞かされた外の世界の内容については賛否両論と言ったところであった。

 

「それにしても…」

 

怪訝な顔つきを見せるのは涼子である。

 

集まってきている巫達の姿がどうも気になるようだ。

 

「なぁ、一つ聞いていいか?」

 

「なに?」

 

「前々から思ってたんだ。分家の者だから聞いてなかったけど…そのお面と雑面布は何なんだ?」

 

「そういえば私も気になってました。巫達の素性隠しの道具としてしか聞かされてませんし…」

 

巫達が顔を覆い隠す道具としていつも身に付けているものがある。

 

それは目元を覆うカラスような仮面と()()()()()()()()()()()()()()()()()の雑面布であった。

 

「これはね、私達が巫になった時に神子柴家から与えられるものなの」

 

「巫になったお祝い品だって私達は聞いてるよ。時女の任務は身元がバレると困るものだからね」

 

「確かに素性隠し道具としては有難いものだけど…なんかおかしくないか?」

 

涼子が気にしているのは二種類用意されている素性隠し道具についてだ。

 

「そうですねぇ…どうして異なる二つの顔隠し道具を用意してくれるんでしょう?」

 

「顔隠し道具でいいならカラス面だけでいいだろ?時女一族はヤタガラス一族なんだし」

 

外部の者からの指摘を受けた里の巫達も困惑していく。

 

どうして単眼に悪魔の翼をあしらった雑面布まで用意されるのか誰も答えを知らなかったようだ。

 

「そういえば私…それについて神子柴様に聞いたことがあるの」

 

雑面布を被る巫がこんな話をしてくれる。

 

「神子柴様はこう言ったわ。与えられる素性隠し道具は()()()()()()()()()()()()()()って」

 

「ますます分からなくなってくるな?カラス面と単眼の雑面布で願いの区別を決めるのかよ?」

 

「それ以上は教えてくれなかったから…私もよく分からないかも…」

 

話を終えた涼子とちかはやる事も無いので家路についていく。

 

しかし先程の話内容が気になっていた涼子はこんな提案をしてくるのだ。

 

「魔法少女の願いについて一番詳しい奴がいる」

 

「キュウベぇのことですね?霧峰村では神様として崇拝されてるようですけど…」

 

「あいつに聞いたら疑問に答えてくれるかもしれないし…行ってみるか?」

 

「もしかして…巫の儀を執り行う社に行くんですか?」

 

「あたしがこの村に最初に訪れた時はキュウベぇを見つけられなかったけど…今回は分からない」

 

「家に帰ってもすることがないですし…旭さんも連れて行ってみましょうよ」

 

「そうだな。霧峰村に不慣れなあたし達だけで行動するより旭もいてくれたら心強いよ」

 

こうして3人の魔法少女達は霧峰村で巫の儀を執り行う社殿を目指すこととなったようだ。

 

「ここが巫の儀を執り行うための國兵衛神楽を披露する神楽殿ですか?」

 

「そうであります」

 

神楽とは神社の祭礼を行う場であり、平安時代中期に様式が完成したとされる。

 

古事記における岩戸隠れにおいて、アメノウズメが神懸りして舞った舞いが神楽の起源だという。

 

神楽は本来、招魂や鎮魂、魂振に伴う神遊びだったとも考えられていた。

 

「さて、キュウベぇはいるかな?」

 

「この場所には殆ど訪れる機会がないので、いつ久兵衛殿が現れるかは分からないであります」

 

「見つかるといいんですけどね…」

 

3人がキョロキョロと辺りを見回すと、神楽殿の屋根の上から声が聞こえてきたようだ。

 

「やぁ、君達。僕に何か用事があるのかい?」

 

この村では久兵衛様と呼ばれて信仰されているようだが、分家の者には関係ない。

 

飛び降りてきたキュウベぇに向かっていつも通りの接し方をするようだ。

 

「神出鬼没でありますな、久兵衛殿は?」

 

「この村だけに留まっているわけにもいかないんだ。巫の義がない時は外の世界に行ってるよ」

 

「ちょうど村に帰ってきた時に出くわしたってわけか。ちょうどいい、聞きたいことがあるんだ」

 

涼子は気になっていたことを聞いてみる。

 

するとキュウベぇはこんな話を語ってくれたようだ。

 

「神子柴がどうして素性隠し道具を二つ用意するのかは僕も知らないけど、これだけは言えるよ」

 

「それは…巫達が巫の儀を執り行う時に願った内容のことですね?」

 

「彼女達の願いは護国救済というナショナリズムのために使われる。だけど、それだけじゃない」

 

「どういうことなんだよ…?」

 

「僕は人間の歴史を傍観するだけの者だから政治に詳しいわけじゃない。けど…何か変なんだ」

 

「何が変なのでありますか…?」

 

キュウベぇが語った内容を聞かされた魔法少女達が困惑の表情を浮かべてくる。

 

それは巫達の願いを聞いてきたキュウベぇが客観的に思った内容であったようだ。

 

「護国救済の願いを行った巫もいれば…護国救済には繋がらない願いを行った巫もいた…?」

 

「あの願いの内容によって日本がどうなるかは分からない。それでも願うなら僕は叶えるだけさ」

 

「もしかして…相反する二つの願いを行った巫達を区別するための道具だったのでしょうか?」

 

「あのクソババア…やっぱり何かを隠してやがったってわけか。だけど…証拠がないしなぁ…」

 

神子柴に不信感を募らせていく分家の者達。

 

同じ分家の者である旭はやり切れない表情を浮かべたままこう口にする。

 

「この村の巫達は哀れであります。我は外の世界で契約したから願いは自由に望めたであります」

 

「霧峰村で暮らしてきたあの子達は神子柴に与えられた願いの内容しか言えなかったんですね?」

 

「ちはるからも聞かされたよ…。あの子はこの村に呼び寄せられて巫にされちまったって…」

 

「この村の少子化はもはや限界であります。外の世界から巫になれる者を連れてくるしかない…」

 

「まるで…人身御供だよ。時女本家はどうして…あんなクソババアに付いて行くんだ…!」

 

キュウベぇは悔しい感情に支配される魔法少女達を傍観するだけでしかない。

 

彼には感情が備わっていないため、この村の問題に触れてくることはないのだ。

 

しかし魔法少女達の願いを聞いてきた者として言える言葉があった。

 

「時女とは遠縁の者なら自由な願いも出来るだろう。でも、この村に近しい者には与えられない」

 

「近しい者って…時女の里で生まれた子供達だけじゃないのか?」

 

「霧峰村の麓にある村で生まれた子供達も時女と近しい者達だ。だから自由な願いは許されない」

 

「霧峰村の麓にある集落で生まれた子供ってたしか…」

 

「すなおさんがそうでしたよね…?」

 

「そういえば我もすなお殿がどのような願いをしたのかを…聞いたことがなかったであります」

 

すなおについて疑問が浮かんだ者達に向けて、キュウベぇはこう告げてくる。

 

「僕は土岐すなおの願いを聞いて彼女を巫にした者だ。だから知っている」

 

――彼女の願いはね…君達と同じく自由に望んだものだったんだよ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

土岐すなおの両親は過保護過ぎた。

 

両親はある頃からすなおの事を心配に思うようになり悩みがあるか毎日のように聞くようになる。

 

以前と変わってしまった両親を心配するすなおは自分に責任があるのかと悩み込む。

 

両親の悩みを作り出してしまったと思い込んだ彼女は自責の念に苦しむこととなるのだ。

 

そんな時、時女の里の麓にある集落まで下りてきたキュウベぇと出会ってしまう。

 

すなおは巫になる者として育てられたわけではないため、時女の掟など知らない者。

 

彼女は自責の念を吐き出すようにしてキュウベぇに向かって願い事を言ってしまった。

 

両親の悩みを解消して以前のような状態に戻して欲しいと。

 

こうして土岐すなおは魔法少女となるのだが、両親に正体を知られる事件が起きてしまう。

 

時女に近しい集落であるため巫については知られており、時女の掟にも拘束される集落なのだ。

 

娘は時女の掟によって巫になったのだと勘違いをした両親は再び悩み苦しむ毎日を送る。

 

そんな時、すなおの存在が神子柴まで伝わってしまう出来事が起きる。

 

時女一族にはヤタガラスからの勅命が与えられている。

 

その願いを護国救済の名の元に使えと。

 

土岐すなおはヤタガラスの勅命を違反した者だとして神子柴から責め立てられたのだ。

 

その責任は魔法少女だけでなくヤタガラス一族に近しい両親にも与えられる事となる。

 

狼狽したすなおは両親だけは救って欲しいと神子柴に哀願したのであった。

 

……………。

 

「う……うぅ……」

 

暗い部屋の布団の中で悪夢に苛まれる。

 

すなおが見ている悪夢の世界とは過去の記憶。

 

あれは霧峰村の巫の中でもっとも古株の者だった巫を待ち伏せていた時であった。

 

「私ももう直ぐ成人するのね…。ようやく裳着を執り行われることになる…」

 

カラス面をつけた年長者の巫は神楽殿の奥にある地下へと下りていく。

 

この先には洞窟内にある大神殿と呼ばれる村の者達の避難場所があるようだ。

 

洞窟の通路を抜けるとそこには大きな空間が広がっている。

 

そこに建築されていた巨大な社こそが大神殿と呼ばれる場所であった。

 

「よくきたのぉ」

 

巫を待っていたのは、篝火が焚かれた大神殿入り口の前で立つ神子柴だ。

 

カラス面をつけた巫は神子柴の前で跪き、顔を上げる。

 

「お前ももう直ぐ二十歳となる。時女の掟に従い、裳着を執り行うこととなるのじゃ」

 

「覚悟は出来ています。この村で生きた20年近い時間の思い出は忘れません」

 

「うむ。この村に長年貢献してくれた者として、外の世界での活躍を願っておるぞ」

 

「外の世界では…時女の掟に縛られない自由な人生が待っているのですね?」

 

「そうなるだろう。窮屈な掟に縛られた人生から解放され、お前は自由となるのじゃ」

 

それを聞いたカラス面の巫の顔には喜びの表情が浮かんでいく。

 

村から独り立ちしたら街に行きたいと彼女は憧れを持っていた。

 

ファッション雑誌に載っているようなオシャレな服を着て、スマホも持ちたいと夢見てきた。

 

自由な世界で生きられる喜びこそが、裳着という独り立ちだとこの時までは考えていた。

 

「さぁ、これより裳着を執り行う。今まで本当によく頑張ってくれたよ…お前はな」

 

「有難きお言葉…感謝しま…ガハッッ!!?」

 

浮かれて喜んでいたため、背後から迫る者の気配に気が付かなかった。

 

吐血した自分の体に顔を向ければ、日本刀が垂直に突き刺さっており刃が飛び出している。

 

「だ…だれ……っ!!?」

 

刺された刃を引き抜かれた巫がよろめきながらも立ち上がり後ろを振り向く。

 

そこに立っていたのは、血濡れた日本刀を握り締めたまま震えている土岐すなおが立っていた。

 

「す…すなお…!?どう…して…ッッ!!」

 

顔面蒼白となり涙を流し続けるすなおに向け、笑顔を崩さない神子柴は残酷な命令を下す。

 

「すなお、この村の功労者に自由を与えてやるがいい。裳着の仕上げじゃ」

 

「ごめん……なさい……」

 

カラス面の巫が魔法武器を生み出すよりも先に決まったのは、すなおが放つ左薙ぎの一撃。

 

「あっ……?」

 

カラス面の巫の首が跳ね落ち、首元から一気に血が噴き上がる。

 

返り血を大量に浴びたすなおの体に向け、首を失った体が倒れ込んでくる。

 

抱き締めてあげることも出来ずにそのまま受け止め、怖くて体を横に向けてしまう。

 

支えのない体はそのまま地面に倒れ込んだようだ。

 

「ハァ…!ハァ…!ハァ…!!」

 

過呼吸に苦しみながら立つのは、上半身が血塗れとなってしまった()()()

 

日本刀を持つ両手も血濡れに染まり、震えが収まることはない。

 

「よくやった、すなお」

 

近寄ってくる神子柴の手には悪魔召喚士が悪魔を用いる際に使われる封魔管が握られている。

 

「さぁて、死体が円環のコトワリに導かれる前に…ご馳走を喰ってしまえ」

 

召喚管から神子柴が使役する悪魔が解き放たれる。

 

巨体の影が周囲を包み、震え上がるすなおは巨大な悪魔を目にして腰を抜かしてしまったようだ。

 

「あ…あれがもしかして…村の守り神だと噂されてる…()()()()()()()()なの…?」

 

霧峰村には神子柴家から村の守り神として語り告げと言われた信仰がある。

 

それは()()()()であり、その姿を目にする事があった巫達は手を出す事を禁忌とされてきた。

 

魔法少女になりたてのすなおの目の前には、蛇神信仰の正体である合成獣が屹立していたのだ。

 

【ムシュフシュ】

 

古代バビロニア神話に登場する聖獣であり、名は怒れる蛇を意味する。

 

蛇の頭と尾、鱗に覆われた馬のような胴体、前脚はライオン、後脚は鷲のものを持つ。

 

創世叙事詩エヌマ・エリシュではティアマトが生んだ11の怪物の一つとして数えられる存在だ。

 

城門の守護獣や魔除け、神々の騎乗獣として数多くの図案が遺されていたようである。

 

「魂ノ宝石…ソウルジェム……喰イテェェェェェッッ!!!」

 

大量の唾液を撒き散らしたムシュフシュが欲望の唸り声を吐き出す。

 

「喰ワセロォォォーーーッッ!!!」

 

二本角が生えた巨大な蛇の頭を持ち上げ、一気に死体に喰らいつく。

 

ソウルジェムが破裂する前に死体ごと丸飲みしたようであった。

 

「美味!!美味ィィィィ!!!コレダカラ神子柴ト組ムノハヤメラレネェェェ!!!」

 

ムシュフシュの体内でソウルジェムは砕け、生み出された魔女ごと吸収してしまう。

 

<<ザマァミロ円環ノコトワリ!!テメェヨリモ先二!オレガ喰ッテヤッタゾ!!>>

 

蛇の頭を持ち上げて念話を送るのは大神殿の屋根の上側だ。

 

そこには眩い光が現れており、鹿目まどかの姿を形作っている。

 

魔法少女姿の鹿目まどかに見えるが、彼女は円環のコトワリが矢を放つ際に生み出される分霊。

 

まどかを剥ぎ取られたアラディアの一部であったのだ。

 

<<貴様……>>

 

憤怒に歪む魔法少女姿のアラディアは魔法少女の魂を回収出来なかった。

 

高笑いを続けるムシュフシュを呪い殺すほどにまで睨みつけ、こう言い捨てる。

 

<<魔法少女の救済の邪魔をし続けるか…飽くなき欲望を抱えた悪魔共!!>>

 

<<オウトモ!!悪魔ハ自由ヲ望ム者達ダァ!!好キ勝手二ヤラセテモラウゼ!!>>

 

忌々しい悪魔を睨みつけながらも魔法少女姿のアラディアの分霊は消えていく。

 

魔法少女の魂の回収を失敗したのならばこの世界に留まる意味はないからであった。

 

<<ケッ!!何ガ魔法少女ノ救済ダ!!テメェダッテ…()()()()()()ダケダロウガ!!>>

 

満足したムシュフシュは神子柴の管の中へと戻っていく。

 

未だに震えながら涙を流すすなおの元にまで近寄ってきた神子柴が彼女の肩を掴んでくる。

 

「あそこに転がっている生首は例の川に捨てておけ、いいな?」

 

「あぁ……あぁぁぁ……あぁぁぁぁーーーッッ!!!」

 

暗殺者にされてしまったすなおにとってはこれが初めての人殺し。

 

彼女の全身は血濡れとなり、殺人者としての人生を生きることとなった。

 

これが神子柴に慈悲を乞うた魔法少女の末路である。

 

彼女は裳着を執り行う際に巫達を殺す暗殺者になることで掟破りの罪をなかった事にされたのだ。

 

「時期に慣れる。人間はどんな苦難であろうとも、慣れることが出来る生き物なのじゃよ」

 

蹲ったまま泣き続けるすなおの手から日本刀を奪い取る。

 

血払いを行った後、後ろ手に隠してあった鞘に仕舞い込んでそのまま歩き去っていく。

 

「ワシの刀に生き血を吸わせる労働者が現れて助かったわ。歳のせいか…最近は腰が痛くてのぉ」

 

神子柴に従うことでしか罪を逃れられないすなおは逆らうことが出来ない。

 

彼女は言われた通り、深夜の時間を利用して時女の里を流れる川の橋にまで向かって行くのだ。

 

麻袋の中に入れてあった血濡れた白い布をめくっていく。

 

そこから出て来たのは、霧峰村に来て間もないすなおの面倒を見てくれた巫の頭部があった。

 

「ぐすっ…えっぐ…ごめんなさい…。恩を仇で返して…ごめんなさいぃぃぃ……っ!!」

 

自分が殺してしまった者の頭部を抱きしめながら泣き叫ぶ。

 

他にどうする事も出来ない彼女は意を決し、巫の頭部を川に向かって投げ捨ててしまう。

 

大きな音を立てると共に川上から近寄ってくる影に気が付く。

 

「あれも…神子柴様が使役する…化け物なの…?」

 

赤く染まった川の元まで来た悪魔が大きな音を立てながら水辺で暴れる。

 

先程投げ捨てた人間の頭部を喰らっているということならすなおでも想像出来る筈だ。

 

「神子柴様には…逆らえない…。逆らえば…今度は…私や家族が…あの化け物に喰われる…」

 

恐怖で震えながらも、彼女は自分の罪から逃げ出すかのようにして走り去っていった。

 

こうして神子柴家は暗殺者を抱え込むことになっていくのだろう。

 

普段は時女の里に引っ越してきた面倒見のいいお姉さんを演じているが、彼女は裏切り者。

 

時女の巫達にとってはイレギュラーとも呼べる存在となっていく。

 

これからも彼女は裳着という名の人殺しに手を染めていくことになる。

 

悪夢の世界で泣き叫ぶ自分の過去に耐え切れなかったすなおは布団から飛び起きてしまった。

 

「私はただの…暗殺者…。里の皆にバレたら…私はきっと人殺しだと罵られて…差別される…」

 

布団の上で三角座りをしたまま膝に顔を埋め、すすり泣く音が響いていく。

 

恐怖に怯えるすなおが思い出すのは、神浜市で出会った常盤ななかの姿だ。

 

「ななかさん…私…怖い…。私もきっと…貴女みたいに…みんなから虐められる…っ!!」

 

暗殺者としての罪と、先に待っているだろう罰の恐怖を抱えた少女は怯える毎日を送る。

 

そんな者のすすり泣く音を廊下で立ち聞きしていた神子柴は心の中でこう呟くのだ。

 

(安心せい、お前ももう用済みじゃ。静香の裳着の際には…一緒に始末してやろう)

 

――お前の苦しみなら、ワシが取り除いてやる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

霧峰村に帰ってきた巫達は神子柴への強い不信感を募らせていく。

 

そんな神子柴家に付き従う時女本家の娘である静香でさえ、それは感じているのだ。

 

だからこそ今の時女一族は変わる必要があるのだと胸に秘めた思いを強くしている。

 

「母様に伝えないといけない…。私が時女一族をどのように変えたいのかを…」

 

時女の里を変えるには霧峰村を代表する二家を説得する必要がある。

 

先ずは自分が生まれた家である時女本家の当主である静香の母を説得するために動き出す。

 

静香は屋敷にある道場に母を呼び出したようだ。

 

時女一心流を学ぶ時の剣道着に着替えた彼女は道場内で正座しながら母の到着を待ち続ける。

 

自分の思いを打ち明けた時、時女当主の女から何を言われるのかと想像するだけで怖くなる。

 

それでも生みの苦しみを味わうのは必然なのだと考えて気を静めていく。

 

覚悟を決めた静香は近づいてくる足音の方に視線を向けたようだ。

 

「お待たせしたわね」

 

紺色の上着と黒の袴で合わせた剣道着を着た静香の母は娘の前で正座する。

 

「話というのは何かしら?」

 

明るく振舞う態度を示すが、彼女が剣道着を着る時は真剣そのもの。

 

時女一心流を伝える伝道者として己の背筋を正す意味合いも兼ねているからだ。

 

それを分かっているため、静香も真剣な態度を示すために剣道着を着ている。

 

「母様…聞いて欲しいの」

 

汗ばんだ手をギュッと握り締めた静香は時女一族当主に向けて語っていく。

 

神浜市で経験したことを踏まえて、時女静香がどのような村の治世を望むのかについてだ。

 

時女一族当主である村長は瞬き一つせずに娘の望みを聞き続ける。

 

全てを語り終えた時、時女当主は冷淡な返事を返したようだ。

 

「それは出来ない相談よ。巫はこれからも時女一族として己を律する道を生きなければいけない」

 

「私は神浜で見ました!人間社会主義を掲げた嘉嶋さんの政策に反対する魔法少女達の思いを!」

 

「時女の巫と外の世界の魔法少女を混同してはいけない。我々に思想の自由は許されないわ」

 

「なぜですか!?私達がしてきたことは…基本的人権である内心の自由を剥奪する行為です!!」

 

「自由民主主義国家となった日の本の民には内心の自由があるべき…そう言いたいのね?」

 

「そうです!!私は巫達の自由を尊重したい…巫になる子達の願いも自由であるべきです!!」

 

「思想の自由が敷かれた場合、どのような弊害が起きるのかは…私は語ったことがある筈よ」

 

それを言われた静香の脳裏には母から聞かされた話内容が浮かんでいく。

 

己の常識や価値観を曲げずにいる事も大切だが、それを周りに押し付けては争いしか生まない。

 

価値観の違いで拒絶ばかりを繰り返せば、人間社会は他人と殴り合うことしか出来なくなる。

 

思想が自由である民主主義国家には弊害もある。

 

皆の自由が尊重されれば、互いの自由と自由がぶつかり合う争いが生まれてしまう。

 

それは国の社会秩序さえも脅かす事になるのだと静香の母親は語ったことがあったのだ。

 

「それでどうやって時女一族を纏め上げようというの?巫が自由を望めば報復だってありえるわ」

 

「そのために…私は嘉嶋さんから教育政策を託されました!私は巫達を導く教育を行いたい!」

 

「教育政策には弱点がある。長い時間をかけて内心を変える以上、緊急事態に対処出来ない」

 

「私達は独裁で時女の矜持を周りに押し付けるしかないんですか!?彼女達が哀れです!!」

 

「周りの自由を尊重したとするわ。なら、()()()()()()()()()()()()と皆が言い出したら?」

 

「えっ…?それは…その……」

 

「霧峰村なんかより魅力的に思える都会生活を自由に望める。誰が彼女達を止められるの?」

 

それを問われた時、静香は何も答えを返せなくなってしまう。

 

神浜市での生活を楽しんだ者として、都会生活に憧れる巫達の心も分かってしまうからだ。

 

「他所は他所、うちはうち。それが無用な争いを回避する唯一の方法…()()()()ことなの」

 

「割り切れというんですか…?巫達の心の自由を踏み躙ることを…割り切るしかないと!?」

 

それを問われたら今度は静香の母まで押し黙ってしまう。

 

時女当主として神子柴が行ってきた事は既に把握済みである。

 

それでも村長として、村のスポンサーともいえる神子柴家を村から蹴り出すことは出来ない。

 

村から様々な恩恵を与えられないのなら、村人達が霧峰村を守る理由もないだろう。

 

人間関係は相互利益でしか機能しないのは当主として重々承知している。

 

過疎化による廃村の現実を知る者として、泣く泣く神子柴家の好きにさせるしかなかったからだ。

 

手に汗が滲んできた静香の母の手も握り込まれて震えてしまう。

 

「母様…私達は時女の矜持という理想を語る者達です!巫達だって…日の本の民なのです!!」

 

「分かってる…そんなこと……分かってるわ!!」

 

目に涙が浮かんでしまう母親の姿を見た静香の心に動揺が浮かんでいく。

 

「巫達の自由を縛り…神子柴の望みのままに願いを使わせた!彼女達の奇跡さえ犠牲にさせた!」

 

「母様……」

 

「私は巫達を神様の生贄として捧げているだけよ!それでも…村を守りたい。私は…当主だから」

 

涙が溢れ出す母親の姿を見て、彼女がどれだけの苦しみを抱えてきたのかをようやく理解する。

 

静香の母とて本当は巫達の自由を尊重したかった。

 

それでも村を守る為には神子柴が勝手に生み出した掟を守らせる以外に村を救う方法はなかった。

 

何よりも時女一族はヤタガラス一族の者達。

 

神子柴に逆らうのはヤタガラスに逆らう行為であり、ヤタガラス所属の静香の母も逆らえない。

 

あまりにも重い現実に打ちのめされた静香の母は…涙を飲んで割り切る努力をしたのであった。

 

「ごめんね…静香。時女当主だなんて周りから言われても…無力な私で…ごめんね……」

 

泣き崩れてしまった母親に駆け寄り、娘は抱きしめてくれる。

 

「母様…そんなにも辛い現実を抱えていただなんて…。ごめんなさい…私が悪かったわ……」

 

「ごめん……本当にごめん……静香ぁぁぁぁ……っ!!」

 

胸の中で泣き喚く母親の弱さを娘は受け止めてくれる。

 

時女一心流を伝えてくれた頃の厳しくも凛々しい母親の姿は何処にも見えない。

 

あるのは世間知らずの娘と同じような…()()()()()()()でしかなかったのだ。

 

「……母様。私は決めたわ」

 

「えっ……?」

 

娘の胸の中で顔を上げると、安心させてくれるような微笑みを浮かべる娘がいる。

 

「教育政策は後回しにする。霧峰村の経済を立て直す…多くの人達が訪れる村にしていきたい」

 

「そんな事が出来るというの…?この村は観光資源すら見当たらない…温泉街でもないのよ?」

 

「それでもやるの。きっと皆はいい顔をしない…村から出て行く者達も大勢出るかもしれない…」

 

「それが廃村の原因である村の過疎化なの…。どうあっても…人々は相互利益しか求めないの…」

 

「里の者達だけでは不可能だと思う…。それでもね、私は多くの人達と縁を結ぶことが出来たの」

 

静香は神子柴というスポンサーではない、別のスポンサーを考えている。

 

それは神浜市で仲良くなれた嘉嶋尚紀であり、彼の親友でもあるニコラスのことであった。

 

「私はね…霧峰村をこんな風に変えたいと提案をしてくる。もし賛同してくれたら出資も募れる」

 

「静香…それ程までのお金持ちとまで…神浜生活で知り合えたというの…?」

 

「その人がね…私が勧誘を行いたかった嘉嶋尚紀さんなの。私…あの人にもう一度会いにいくわ」

 

娘が提案してきた内容によって、母親の心に一筋の光が浮かんでくる。

 

時女当主と呼ばれても静香の母の交友関係は狭かった。

 

ヤタガラスの退魔師一族の者達ですら必要以上の関係は求めなかった。

 

自分は霧峰村の村長なのだと自分に言い聞かせ、村の者達との交流を優先する決断をした。

 

それがこんなにも()()()()()()()()()()結果に終わったのだと突き付けられ、己を恥じていく。

 

「静香…貴女を神浜市に向かわせてくれた運命に感謝するわ…。ぐすっ…あぁぁぁぁ……っ!!」

 

霧峰村の村長である現在の時女当主よりも頼れる娘の胸の中でもう一度泣いていく。

 

そんな母親の頭を娘は優しく撫でてくれる。

 

静香にとっては祖母にあたる母親の優しさを感じ取れた静香の母親は決意したようだ。

 

娘に甘えるようにして抱き着いていた母親が離れていく。

 

泣き腫らした少女のような顔を浮かべた母親の顔が笑顔になり、こう告げてくれた。

 

「貴女こそが…時女当主となるべき巫よ。私は安心して…この村を静香に任せられる」

 

「母様……?」

 

静香を安心させるような笑顔を浮かべてくれるが、逆に不安になってくる。

 

全てのことを娘に託した上で、母親が何処か遠くに行ってしまうような不安を感じてしまう。

 

「不出来な長だったけど…私は時女一族当主として全ての清算をしてくる。後の事は…お願いね」

 

そう言い残した静香の母は、夕日が差し込んでくる道場の出口へと消えていったようだ。

 

静香の罰が重いものになるというのは分かっている。

 

裳着によって巫達が帰らなくなってしまったのは偽装殺人だというのも感づいている。

 

だからこそ、時女の矜持の伝道者として生きた者はこう決意するのだ。

 

巫達もまた、愛すべき日の本の民として生きる自由を持つべき者達なのだと。

 




これでお膳立ては整いましたので、親子揃ってデスオバーバ討伐の流れとなっていきます。


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189話 第八巫蠱衆の残党

星の光も見えない夜。

 

娘に与えられる罰の執行まで残すところ二日となり、静香の母は動き出す。

 

「帰ってきたようね」

 

屋敷の庭で誰かを待っていると空から赤い鳥が飛来してくる。

 

赤い体と緑の翼が美しいショウジョウインコに擬態した悪魔が帰ってきたようだ。

 

「神子柴家に大きな動きがあります。連中、夜中に使用人を使って家の荷物を運んでるようです」

 

「夜中に家の荷物を運び出すですって?どういうことなのかしら…」

 

「パッと見で判断すれば、夜逃げでしょうね。神子柴はこの村を捨てる気なのです」

 

「夜中にコソコソと逃げ出す準備をしている点で考えれば…それが妥当な判断ね」

 

「この村で神官をやらせてきたようですが所詮はこの程度。あの年寄りは村民など愛していない」

 

「ヤタガラスから派遣された者でありながら、ヤタガラスに背を向けて逃げ出すなんてね…」

 

「貴女はこの村の村長であり、ヤタガラスのサマナーです。どう判断します?」

 

目を瞑り、時女当主として考えを纏めていく。

 

目を開けて腕にとまった大型インコに向けて決断する言葉を言ってくる。

 

「当主として…神官の裏切り行為を黙認は出来ない。そして…ヤタガラスの者としてもね」

 

それを聞いた鳥悪魔は嬉しそうに翼を広げてくれる。

 

「その言葉が聞きたかった。私はあの神子柴が憎かった…少女達を悪魔の生贄にする糞婆がね」

 

「私だって同じ気持ちだったわよ。でもこれはチャンスね…神子柴を裁く絶好の機会だわ」

 

「ヤタガラスにはこう伝えておきなさい。使命から逃げ出す裏切り者に天誅を下したとね」

 

こうして静香の母は神子柴討伐に向けて準備を進めていく事になる。

 

時間をかけて逃げられるわけにもいかないため、次の日の夜までには準備を終えたようだ。

 

静香に下される罰が明日に執行されることになる深夜となり、決戦の時を迎える。

 

静香の母の部屋では着替えを行う時女当主の姿が見える。

 

下着姿のお腹にサラシを巻き付け、黒のパンツスーツと白シャツを纏っていく。

 

腰にはマガジンポーチ付きのガンベルトを纏い、愛銃のルガーP08と練気刀を差し込む。

 

上半身には悪魔を使役する封魔管と銃のマガジンが収納出来るタクティカルベストを着る。

 

最後はロングトレンチコートを纏って武装を覆い隠すようだ。

 

ライフルバックを背負い、いよいよ出陣する時がきたのである。

 

「みんな…今まで時女本家に尽くしてくれて…本当に感謝してる。娘のことを…お願いね」

 

静香が寝静まる時間ではあるが、使用人達は時女当主を見送るために門に集まってくれていた。

 

村民を思いやってきた優しい村長の出陣を前にして、使用人達の目には涙が浮かんでしまう。

 

静香の母は一人一人と握手を交わした後、抱き締めてくれる。

 

「当主様…ぐすっ……ご武運を!!」

 

火打石を持った使用人が静香の母に向けて切り火を行ってくれる。

 

集まった一同が深々と頭を下げ、最後になるかもしれない時女当主の姿を見送ってくれたのだ。

 

星の光も届かない森を歩いていく静香の母の目にはデビルサマナーとしての誇りが宿っている。

 

「神子柴…今まで散々この村を吸い尽くしてくれたわね」

 

――今日この日をもって…時女一族は神子柴家と絶縁するわ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「こんな深夜に森の中で話があるとは…どういう了見なのかのぉ?」

 

神子柴が呼び出された場所とは、旭が使わせてもらっている山小屋の広場である。

 

ジュボッコの姿は見えず、辺りは薄気味悪い暗さに包まれているようだ。

 

不愉快な表情を浮かべた神子柴は押し黙ったままの時女当主に向けて怪訝な態度を見せてくる。

 

「コートを使って隠しても無駄じゃ。そんな完全武装を纏うお主の目的とはなんじゃ?」

 

それを問われた時、今までの憎しみを絞り出すかのような冷淡な言葉が語られていく。

 

「この村の長として問うわ。深夜にコソコソと引っ越し作業をして…何処に逃げるつもり?」

 

夜逃げを村長に気が付かれていたと分かり、平静を装いながらも心の中で舌打ちをする。

 

「長の私は何も聞かされていないけれど…どういうことなのか説明してもらうわ」

 

「…返答次第では、ただではおかんと言いたげじゃのぉ?ワシに手を出せばどうなる?」

 

「お前の支援を受けられなくなるわね。でも…もうその問題も解決出来そうなの」

 

「なんじゃと…?」

 

「お前を必要としなくなれば…状況は変わる。私は時女一族の長として…お前の罪を問い質す」

 

それを聞かされた神子柴は不敵な笑みを浮かべていく。

 

「ワシの罪じゃと?はて、罪を犯した覚えは無いのじゃが…証拠でもあるというのか?」

 

問われた静香の母はロングトレンチコートから写真を数枚取り出して投げ捨てる。

 

拾い上げた神子柴は表情を変え、静香の母を睨んでくる。

 

「警戒感が強いお前を出し抜くのも苦労したわ。この日が訪れたら…突きつけるつもりだった」

 

「流石はワシと同じデビルサマナーじゃのぉ。お主の悪魔の力も侮れん」

 

互いが睨み合い、息をするのも苦しい程にまで緊張感を周囲に放つ。

 

夜逃げに感づかれた上で全ての悪事の証拠まで用意されては言い訳など通じない。

 

しかし、最悪の事態を想定しないでここに訪れる神子柴ではなかった。

 

「ヤタガラスに所属する者として…お前を拘束する。ヤタガラスの勅命を裏切った者として」

 

「それだけでは済まさない…といったところか?」

 

「ヤタガラスが到着する前にお前を村の人々の前に引っ立てる。全ての秘密を明かさせてもらう」

 

低い笑い声が響いてくる。

 

邪悪な笑みを浮かべた神子柴の表情に恐れはなく、むしろ好都合だとでも言いたげな顔つきだ。

 

「この村から出て行く前に…全ての清算を終える必要があるのぉ。この場所は実に都合がいい」

 

「そう言うだろうと思ってこの場所を選んだ。お前が凄腕のサマナーだというのは認めているわ」

 

「気を使わせてしまったようじゃ。ならばワシも…時女当主に礼を尽くさねばならぬな…」

 

互いが衣服を掴み脱ぎ捨てる。

 

コートを脱ぎ捨てた静香の母は完全武装の姿を晒すが、驚きの表情を浮かべている。

 

「その()()()()…私は見た事がある…」

 

忍び甲冑を纏う黒の忍者服を和服の下に纏っていた神子柴は同じように驚きの表情を浮かべる。

 

「ほぉ…?ワシにとっては忌まわしい衣装ではあるのじゃが…何処で知ったのじゃ?」

 

「ヤタガラスが所有してる資料館で見たわ。その忍者衣装は…かつてあった一族が纏ったものよ」

 

何から何まで知られているのかと溜息をついた神子柴はこんな話を語ってくれる。

 

「ワシの生まれはのぉ…かつてヤタガラスの暗殺一族として名を馳せた()()()()()だったのじゃ」

 

槻賀多一族とは槻賀多家を当主としたヤタガラス傘下にあった集団である。

 

暗殺一族として名を馳せたのは()()()()()という優れた暗殺集団を所有していたからだ。

 

巫蠱師と呼ばれた者達は特殊な虫を使役したという。

 

巨大な虫はデビルサマナー達の悪魔の力に匹敵するほどの実力を持っていたと言われていた。

 

「廃村になった槻賀多家ゆかりの者だったなんて…。なら、貴女は槻賀多家の者なの?」

 

「ワシは乞食でしかなかった槻賀多家の者ではない。巫蠱師だった父の生まれなのじゃ」

 

「分家の者だというわけね。どうりで槻賀多家の()()()を身に付けていない筈よ」

 

天斗紋という言葉を聞いた神子柴の眉間にシワが寄り、つばを吐き捨てる。

 

悪魔のような老婆であっても唾棄すべき存在であったからだ。

 

「ヤタガラスの資料館で槻賀多の歴史を知ったのならば…槻賀多家の生贄儀式も知っておるな?」

 

「天斗と呼ばれる虫人連中から虫を貰う為に…生贄を捧げた人身御供ね」

 

「天斗共は呪われた民。男しか存在しないために繁殖出来ない…だから生贄の女が必要じゃった」

 

第八巫蠱衆の力の源であるバッタのような虫は天斗と呼ばれた虫人達しか育てられない。

 

虫の力を与える代わりに()()()()()()()()()()()()()()()を槻賀多家は差し出す必要があった。

 

生贄となる者こそ、槻賀多家に生まれた女だったのだ。

 

「槻賀多の歴史を知った時…他人のように思えなかった。時女一族も神から力を授かる一族よ…」

 

「ワシがこの村に訪れるずっと前より契約の天使との関係は続いておった。この村は同じじゃよ」

 

「虫人を神と崇拝した槻賀多家も…キュウベぇを神として崇拝した時女一族も…()()()()()ね…」

 

「ワシはそんな一族で生きた巫蠱師から生まれた。ワシはずっと聞かされた…槻賀多の愚かさを」

 

都市伝説界隈ではアバドン王事件と呼ばれるものが存在している。

 

その記事を書いた朝倉タヱは記事の中でアバドン王事件を解決した書生について情報を残す。

 

槻賀多家と関わりアバドン王事件を解決した人物こそが、14代目葛葉ライドウであったのだ。

 

「廃村となったのは自業自得。虫を得られなくなった親父は…忍びの技術だけで生きてきた」

 

「もしかして…お前が時女一族に指導した技術とは…」

 

「ワシが親父から学んだ技術じゃ。時女一族の巫共が使う忍術とは…第八巫蠱衆のものじゃよ」

 

「何が狙いだったの…?第八巫蠱衆の亡霊ともいえるお前は…何を望んで霧峰村に訪れた!?」

 

狂ったような笑い声が聞こえてくる。

 

愉悦を堪えきれない表情を浮かべた神子柴は邪悪な笑みを浮かべ、恐ろしい狙いを語っていく。

 

「第八巫蠱衆として屈辱に苛まれた人生を生きた。ワシはもう…奪われる者にはなりたくない」

 

「だから今度は…()()()として…霧峰村を狙ったというわけなのね!?」

 

怒りを爆発させる時女当主に向け、背中に背負った忍者の日本刀を抜く。

 

狡猾で残忍な表情を浮かべた神子柴は…ついに己の真の狙いをぶちまけるのだ。

 

「おうとも!!ワシは奪う者として第八巫蠱衆を蘇らせる!そのために霧峰村に来たのじゃ!」

 

「巫達はお前にとっては…()()()()()でしかなかったのね!?許さない…絶対に許さない!!」

 

「愚かな()()()共じゃった!虫を操る者達こそが…第八巫蠱衆の巫蠱師なのじゃ!!」

 

「神子柴ぁぁぁぁーーーッッ!!!」

 

ついにデビルサマナー同士の戦いの火蓋は切られることとなる。

 

時女当主として絶対に譲れない戦いとなるだろう。

 

巫達を犠牲にしてきた罪を背負う者として、静香の母は命をかけて第八巫蠱衆と戦うのだ。

 

ヤタガラスのデビルサマナーとして、葛葉ライドウと同じ気持ちを胸に抱いて戦う事になった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ライフルスリングを用いて背中に回していたG36A2を手に持ち構える。

 

アサルトライフルの速射の照準が向けられるよりも早く神子柴は跳躍。

 

握り込んだ左手の隙間に握っていたのは神経毒をもたらす毒針であった。

 

「チッ!!」

 

投擲された毒針を横っ飛びで回避しながら射撃していく。

 

マズルフラッシュが噴き上がる中、獲物となる神子柴は年齢を感じさせない回避力を示す。

 

「なんて動きなの!?狙いがつけられない!」

 

弾を撃ち尽くしたマガジンを捨て、ベストから次のマガジンを取り出す暇など与えてはくれない。

 

「ほれ、ワシの間合いじゃ」

 

一気に踏み込んできた神子柴が放つ右切上げがアサルトライフルを切り捨てる。

 

そのまま返しで袈裟斬りを仕掛けられる前に静香の母は練気刀を引き抜く。

 

刃を刃で受け止め、引き抜く勢いのまま神子柴の刃を弾き飛ばす。

 

「時女一心流を受けてみなさい!!」

 

「ハハハ!!思い出すのぉ!ヤタガラスの修験場で手合わせした時のことを!!」

 

互いの斬撃の応酬が続き、鍔ぜり合いとなるがこの間合いは危険である。

 

「ぐはっ!?」

 

静香の母の左側頭部に決まっていたのは上段膝蹴り。

 

怯んだ相手に向けて神子柴の後ろ回し蹴りが決まり、静香の母は大きく蹴り飛ばされていく。

 

旭に利用させていた山小屋の壁を突き破り中にまで蹴り込まれたようだ。

 

「生涯現役と言いたいところじゃが、老骨には堪えるのぉ。早く倒れてしまえ」

 

山小屋に近づいていた時、周囲の異変に気が付く。

 

「霧じゃと…?」

 

周囲に広がっていくのは濃霧である。

 

視界がホワイトアウトした神子柴は懐から封魔管を引き抜く。

 

「悪魔を使った小技などワシには通用せん。いでよ…スパルナ!!」

 

神子柴が召喚した悪魔とは美しい冠を纏う巨大な霊鳥の御姿である。

 

【スパルナ】

 

ヒンズー教では美しい翼を持つ者という名をもつ霊鳥である。

 

ガルーダと同一視される事もあるが、どちらかというとその原型になった鳥のようだ。

 

リグ・ヴェーダにも記載があり、スパルナ達はガルーダの子孫だとする意見もあった。

 

「ククク…私には見えていますよ。その老木の姿がねぇ!!」

 

スパルナは白と緑の美しい翼を羽ばたかせる。

 

強風が周囲に吹き荒れ、濃霧を一気に払い飛ばす。

 

見えたのは山小屋を突き破って姿を顕現させていたジュボッコであった。

 

「ご老体!!そろそろ冥途に逝く時です!!」

 

クチバシを広げて風を一気に溜め込んでいく。

 

スパルナが放ったのは敵単体に衝撃属性の特大ダメージを与える『テンペスト』だ。

 

「グォォーーーッッ!!?」

 

巨大な竜巻が山小屋を飲み込み、山小屋だけでなくジュボッコまで巻き上げようとする。

 

地面に根を張り踏ん張り続けるが、ジュボッコの枝葉は次々と砕けて巻き上げられていく。

 

「フッ……時間は稼いでやったぞ。後の事は…頼む……」

 

薄れゆく意識の中で三浦旭と触れ合った日々を思い出す。

 

「ここは…大切な場所じゃった。暗い絶望を抱えた少女の心に…少しでも…花が芽生えれば…」

 

ついに竜巻で全身を引き裂かれたジュボッコの体が巻き上げられる。

 

砕けた木はMAGの光となり、宇宙を温める新たな熱エネルギーとして宇宙へと昇っていったのだ。

 

極大の風魔法が止めば、周囲には不気味な静けさだけが残される。

 

「…スパルナ」

 

「分かっておりますよ」

 

翼を広げて一気に空まで昇っていく。

 

スパルナは鷹の目を用いて伏兵を見つけ出そうとするのだ。

 

遮蔽物のない場所に追い込まれた獲物に向けられているのは狙撃銃であるDSR-1である。

 

座った状態で両足の大腿四頭筋の内側に両肘をあてて構える静香の母は一撃必殺を狙う。

 

狙う部位とは神子柴を一撃で仕留められる眉間か顎であった。

 

「喰らいなさい!!」

 

神子柴が体を横に向けた瞬間、顎に目掛けてライフル弾が放たれる。

 

迫りくる銃弾であったが、静香の母は既にスパルナの鷹の目に捉えられていたのだ。

 

「くっ!?」

 

神子柴の周囲に暴風が吹き荒れ、ライフル弾が逸れてしまう。

 

発射音で気が付かれたが、神子柴が仕掛けるよりも先にスパルナが急降下してくる。

 

「その美しい体…我が爪で引き裂いてくれよう!!」

 

立ち上がって練気刀を構える獲物に目掛けて巨鳥の爪が迫りくる。

 

息を吸いこんだ静香の母の目が大きく開き、瞳孔がスパルナを捉えた。

 

「時女一心流…瞳合わせ!!」

 

眼力がスパルナを捉え、動きを急停止させる。

 

「体が動かない!?こんな魔法…見た事が無いですよ!!」

 

「これは時女一心流が使う技よ!もっとも…術者の動きも止まってしまうけれどね…」

 

「ならば…体が動く瞬間になった時!その体を引き裂いてくれる!!」

 

「それが出来ればね」

 

「なにっ!!?」

 

スパルナが気が付いた時にはもう遅い。

 

木に絡みついて潜んでいた伏兵が飛び降り、手に持つ槍でスパルナを一気に串刺しにする。

 

「ガハッ!!?き…貴様は……ナーガ族の者か!!」

 

「よぉ、ガルーダの親戚!!怨敵ガルーダに連なる鳥悪魔のテメェは…生かしておけねぇ!!」

 

【ナーガ】

 

インドの蛇神の一族であり、ヒンズー教以前の土着信仰を引き継いでいると言われている。

 

人面蛇身または上半身人間・下半身蛇の姿で描かれ、美しく知力にも優れるとされる存在だ。

 

脱皮や交尾の際の絡まりあいの神秘性から、生まれ変わりや不死の象徴として崇められる。

 

一方、猛毒で相手を死に至らしめる存在として恐れられる悪魔でもあった。

 

「おのれ……ナーガ族!!この恨み…いつか必ず…晴らします……っ!!」

 

心臓を貫かれたスパルナの体が弾け、MAGを空に放出。

 

勝どきを上げるように槍を天に向け、雄たけびを上げるナーガ族の戦士であった。

 

「やりましたよ姐さん!ナーガ族の怨敵を討ち取った俺の活躍を見てくれましたかい!」

 

仲魔の活躍に頷く姿を見せるが、静香の母が視線を向けるのは山小屋があった場所だ。

 

「ジュボッコ…ごめんなさい。でも、仇はとったわ」

 

曇天の夜空に隙間が生まれ、星の光を周囲にもたらしていく。

 

星の光の世界で生まれたのは、巨大なる悪魔の影。

 

「不味い!!?姐さん危ねぇ!!!」

 

無礼を承知で主に目掛けて槍の横降りを放つ。

 

「ぐっ!!?」

 

ナーガの槍に弾き飛ばされた静香の母に見えた光景とは、豪熱放射の一撃。

 

ナーガの姿は属性ビームに飲み込まれ、MAGの光が飛び散った凄惨な光景であった。

 

「ほう?お前も蛇神を使役する者であったか。わしの周りを嗅ぎ回らせた蛇であったのじゃろう」

 

歩いてくる神子柴の背後に屹立する存在こそ、ムシュフシュサマと村の者達に崇拝させた存在だ。

 

「巫ジャネェェ…魂ノ宝石ガネェェ…テメェハ喰ッテヤラネェ!!焼キ尽クシテヤルゥゥゥ!!」

 

「ワシを巻き込むでないぞ。それにこの森の奥にいる妖精共を怒らせると厄介じゃ」

 

「知ルカァァァ!!ブッ殺シテヤルゥゥゥーーッッ!!!」

 

ムシュフシュは口から再び豪熱放射の一撃となるファイアブレスを発射してくる。

 

駆けながら跳躍して避けるが、旭にとっては大切な森に火の手が上がっていく。

 

「召喚!!朱雀!!」

 

封魔管を振り抜き、静香の母が召喚したのは五色の優美さを体に纏った神獣である。

 

【朱雀】

 

古代中国に発祥する天の四方を司るとされた四聖獣の内、南方を象徴する神獣。

 

翼を広げ五色に彩られた鳳凰に似た鳥の姿で表され、朱色を象徴色とする。

 

夏と五行の火も象徴しており、風水においては湖や海に棲まうとされた。

 

「奴の炎は私には通用しません!任せなさい!!」

 

朱雀は飛び立ち、上空からの魔法攻撃を仕掛けていく。

 

「ワシらの決着も急ぐとしよう。ムシュフシュがやり過ぎてしまうやもしれん」

 

互いが刀を構え、風となる。

 

時女の里を代表する二家同士の潰し合いは熾烈を極めることとなるだろう。

 

その光景はアバドン王事件の歴史を彷彿とさせるやもしれない。

 

アバドン王事件において槻賀多家の当主もまた、静香の母と同じ気持ちに目覚めてくれる。

 

天斗と呼ばれる虫人男に大事な娘を生贄に捧げるなど、ごめんこうむると叫んでくれたのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

燃え上る森の中を並走しながら疾風と化す静香の母と神子柴の影。

 

腰のホルスターからMP7サブマシンガンを引き抜き、駆け抜けながら神子柴に銃弾を撃つ。

 

銃弾よりも早く駆け抜ける神子柴は神経毒をもたらす毒針を複数投擲する反撃を返す。

 

「火の手に飲まれて死ぬなどごめんじゃ!ここまでくれば焼け死ぬことはないじゃろう!」

 

木陰に隠れた神子柴は腰のポーチから煙玉を取り出す。

 

火を点けて投げ捨てると中身が炸裂して煙が周囲に充満していく。

 

「煙幕を作って仕掛けてくるつもりね!?」

 

仲魔の風魔法で煙幕を吹き飛ばす事も出来るが、朱雀を召喚しているため今は出来ない。

 

この世界のデビルサマナー達の悪魔召喚は一体を召喚するだけで精一杯であった。

 

全ての煙玉を使われたため、周囲は白煙によってホワイトアウトしてしまう。

 

「さぁ、ワシの幻術を打ち破ることは出来るかのぉ?」

 

声がした方角に向けてサブマシンガンを発射する。

 

しかし後方から飛んできた毒針が静香の母の左肩を貫いてしまう。

 

「ぐっ!?気配が掴めない……何処にいる!!?」

 

撃ち尽くしたサブマシンガンのマガジン交換をしようとするのだが、左手から落としてしまう。

 

「左腕に…痺れがっ!?」

 

即効性の神経毒が静香の母の体を襲い、体の感覚が奪われていく。

 

「第八巫蠱衆は虫のエキスパート。様々な虫の調合によって生み出された毒の味はどうじゃ?」

 

神子柴が生み出す幻術世界に翻弄される静香の母はなす術がない。

 

太腿、脇腹、右腕と次々に毒針が突き刺さっていく。

 

体中に痺れが広がってしまい、静香の母は片膝をついてしまった。

 

煙幕効果も収まってきたのか、周囲の景色が戻っていく。

 

白煙世界から歩み寄ってくるのは獲物を嬲り殺しにするのを楽しんでいる悪魔の如き老婆の姿だ。

 

「どうやら、あちらの方も決着がついたようじゃ」

 

神子柴が顔を向ける方角からはムシュフシュの勝どきの如き雄叫びが聞こえてくる。

 

少し前の頃、朱雀とムシュフシュの戦いも熾烈を増している。

 

航空優勢からの一方的な炎魔法攻撃に苦しめられたムシュフシュは雄叫びをあげたようだ。

 

「これは…!?」

 

夜空が急激に曇天となり、雷雲の光が生み出されていく。

 

「ウザッテェェェ!!チョコマカ逃ゲル貴様ニハ…特別大キイノヲクレテヤル!!」

 

ムシュフシュは魔法攻撃威力を上げる補助魔法の『マカカジャ』を行使する。

 

曇天の空から神槍の如き無数の雷光が落ちてくる。

 

「グワァァーーーッッ!!!」

 

マハジオダインの集中砲火を潜り抜けられなかった朱雀は雷の一撃を浴びてしまう。

 

急降下して墜落してきた朱雀に向けて歩みより、獰猛な眼を大きく開ける。

 

「ぐっ…うぅ……こ…この魔法は!?」

 

傷ついた朱雀の体が石化していく。

 

ムシュフシュが放った魔法とは敵単体に石化を付着させる『石化の呪い』であった。

 

「申し訳…ありません…。役目を果たせず…ここで力尽きるとは……」

 

完全に石化してしまった朱雀に振り上げられたのは巨大な前足。

 

踏み潰すかの如く振り下ろされた一撃によって、石化した朱雀の体は粉々となってしまう。

 

砕け散った体はMAGの光となり、宇宙を温めるエネルギーとして天に昇っていったのだ。

 

「頼みの綱の朱雀は倒された。残すところは青龍のみか?」

 

余裕の態度で迫ってくる神子柴。

 

ふらつきながらも立ち上がった静香の母はベストから封魔管を抜いて構える。

 

震える管から召喚された存在こそ、夜空に浮かぶ青龍の御姿。

 

「修験場での戦いの時は…ワシのムシュフシュが青龍に勝った。また同じ事の繰り返しじゃよ」

 

「やってみないと…分からないじゃない」

 

召喚者の意思を託された青龍が頷き、巨体を飛翔させていく。

 

迫りくるムシュフシュを迎え撃つために青龍は強敵の元へと赴くのだ。

 

「神経毒に侵された貴様など敵ではない。ワシの手で嬲り殺しにしてくれる」

 

「煙幕の中で私の気配を頼りに攻撃してたみたいね…。だから私が何をしてたのかに気付かない」

 

「なんじゃと…?」

 

両手の握力が戻ってきた静香の母は右太腿のホルスターから拳銃を引き抜く。

 

「チッ!!」

 

眉間を撃ち抜かれる前にバク転を繰り返しながら銃弾の猛攻を避け続ける。

 

大きく跳躍して離れた神子柴は忌々しい者に向けて獰猛な獣の如き顔を晒すのだ。

 

「なるほど…サマナー達が用いる回復道具も用意しておいたというわけか?」

 

静香の母がベストのポーチに入れてあったのは毒を回復させる『解毒符』であった。

 

「私はまだこれからよ。負けられない…この戦いだけは…絶対に負けたくない!!」

 

ルガーP08を太腿のホルスターに仕舞い、練気刀を鞘から抜いて構える。

 

忍者刀を逆手に持ち、腰を落としながら構える神子柴。

 

2人の戦いは最後の決着へと向かっていくのだろう。

 

それは二体の悪魔達とて同じである。

 

「グォォーーーッッ!!離レロォォォーーーッッ!!!」

 

傷だらけの青龍は最後の抵抗とばかりに近寄ってきたムシュフシュの体に巻き付いている。

 

強大な力で絞め潰そうとするのだが、ムシュフシュの暴れる力を抑え込むことは出来ない。

 

(神子柴に支配されたこの村は呪わしかった…。だが、それももう終わる…)

 

静かに目を閉じ、これから訪れる自由な霧峰村の未来を願う。

 

「何ヲスル気ダァァァァーーーッッ!!?」

 

「四神の一柱として…最後の維持を見せてやる!!付き合ってもらうぞぉ!!」

 

青龍の体から眩い光が放たれていく。

 

悪魔や魔法少女達が死をもって敵を滅ぼす自爆魔法であったのだ。

 

巨大な爆発の余波が神子柴の元にまで届き、動揺の顔を浮かべながら叫ぶ。

 

「あの爆発は…自爆なのか!?ムシュフシュは…ワシのムシュフシュは大丈夫なのか!?」

 

隙を見せた神子柴に向けて袈裟斬りを放つ。

 

咄嗟に刃で受け止めたが右肘打ちを神子柴の左側頭部に打ち込む。

 

「ガッ!!?」

 

怯んだ相手に向けて蹴りを放ち、大きく突き飛ばした。

 

「朱雀…青龍……あなた達の犠牲は無駄にはしない」

 

静香の母が纏うベストに刺さった召喚管の一つが激しく振動する。

 

今こそ召喚する時だと叫ぶかの如く。

 

振動する召喚管を引き抜いた静香の母は、最期となる悪魔召喚を行うのだ。

 

「いでなさい……私の騎士!!」

 

振り抜いた召喚管から解放されたMAGの光が実体化する。

 

現れた薄緑の甲冑騎士こそ、静香の母を君主として認めた妖精騎士だ。

 

「我が槍と命は君主のもの!勝利を我が君主のために!!」

 

頭上で回転させた魔法の槍を倒れ込んだ神子柴に向ける。

 

2人の刃が向けられる神子柴ではあるが、地面に倒れ込んだまま不気味な笑い声をだす。

 

「ククク…流石はワシのムシュフシュじゃ」

 

デビルサマナーは悪魔召喚の際に召喚悪魔に向けてMAGを供給する者達。

 

召喚されている状態の悪魔は召喚者との繋がりがあると言えるだろう。

 

だからこそ、神子柴はムシュフシュの存命を確信しているのだ。

 

<<グガァァァーーッッ!!死ニタクネェ……マダ喰イ足リネェーーッッ!!!」

 

木々を薙ぎ倒しながら近寄ってくるのは全身傷だらけのムシュフシュである。

 

危うく命を落としかけたようだが強靭な肉体は青龍の自爆に耐えきったようだ。

 

起き上がる神子柴も刃を向けてくる。

 

背中を合わせて前後の敵に向かい合う静香の母とタム・リンは決死の覚悟を決めた。

 

「私の命に代えても…あの悪魔を倒してみせましょう。それこそが君主を守る騎士の務め」

 

「タム・リン…貴方を誤解していたようね。戦場に出たなら…貴方は本物の騎士だったわ」

 

死地に赴く者達が敵を討たんと駆け抜ける。

 

静香の母と神子柴は連続した斬撃の応酬と体術を用いた組打ち勝負を仕掛け合う。

 

タム・リンは死にかけたムシュフシュの巨体に飛び乗り魔法の槍を突き刺すがびくともしない。

 

「グォォーーッッ!!離レロォォォーーッッ!!イテェェェジャネェェカァーーッッ!!」

 

「我が名にかけて!退く事はない!!」

 

タム・リンの槍は相手に魅了効果を付与する魔法がかけられているが通じる気配がない。

 

魅了に耐性をもつ悪魔だと判断した彼は暴れ狂う巨体から跳躍。

 

「我が魔槍の力を受けよ!!」

 

槍を振り抜いて発せられたのはヒートウェイブの衝撃波。

 

「グァァァァーーーッッ!!」

 

本来のムシュフシュならびくともしないだろうが、瀕死のムシュフシュならば別だ。

 

「よし、効いている!!私と共に君主に仕えた同胞達よ…お前達の仇は私が討つ!!」

 

地面に倒れ込んで藻掻き苦しむ悪魔にトドメを刺さんと駆け寄っていく。

 

しかしムシュフシュは罠を張っていたのだ。

 

「バァァァカァァァメェェェーーーッッ!!!」

 

タム・リンに目掛けて放つのは石化の呪いである。

 

「ぐっ!!?」

 

手足の末端からどんどん石化が始まっていく。

 

「モラッタァァァーーーーッッ!!!」

 

長く伸びた蛇の首が持ち上げられ、一気にタム・リンに目掛けて突撃してくる。

 

跳躍して回避しようとするのだが…間に合わない。

 

「がっ……ッッ!!!」

 

タム・リンの腰に目掛けて巨大な歯を突き立て、彼の上半身が千切れ飛んでいく。

 

「グウゥゥゥ…男ナンゾ喰ッチマッタァァーッッ!!気持チ悪イジャネーカァァーーッッ!!」

 

巨体をふらつかせながらも、女の肉を喰いたいと静香の母の元へと迫る。

 

俯けに倒れたタム・リンの上半身が持ち上がり、右手の槍を必死の形相で構えていく。

 

血を吐き出しながらも最後にこんな言葉を残してくれるのだ。

 

「我が君主と娘様の未来に…幸多いことを…願っておりますよ…っ!!」

 

彼の体から光りが発せられる。

 

青龍と同じ覚悟を決めたタム・リンの自爆攻撃である。

 

「ナンダァァァーーーッッ!!?」

 

後ろから迫りくる巨大な魔力に気が付いたムシュフシュは長い首を後ろに向ける。

 

後ろから迫ってきていたのは、自爆エネルギーを一直線に放つ特攻の一撃。

 

光の中で槍を構えたタム・リンは微笑み、最後の一撃を自分の命と共に突き立てた。

 

彼の最後の気持ちがMAGの供給が絶たれると共に届いた静香の母が後ろを振り向く。

 

そこに見えたのは、ムシュフシュが爆ぜて大量のMAGが夜空に向けて放出されていく光景。

 

「タム・リンーーーッッ!!!」

 

不出来な長を君主と呼んでくれた騎士の最後を見ながら絶叫を上げてしまう。

 

「喚き散らしたいのはワシの方じゃーーーっ!!!」

 

隙をつかれた静香の母は背後に現れた神子柴から両手で掴まれてしまう。

 

老骨に鞭を打ち、下半身の力を最大に発揮しながら跳躍する。

 

「貴様も死ねーーーっ!!!」

 

木々のてっぺんを超える程の跳躍を行った神子柴は裏投げの体勢から一気に急降下。

 

この投げ技は両腕を拘束されているため受け身すら与えられない必殺の一撃となるだろう。

 

決まった技とは第八巫蠱衆流の飯綱落としであった。

 

「がはっ!!!!」

 

頸椎が砕け、頭蓋骨にも大きな骨折を負う程の必殺の一撃が決まった静香の母は動けない。

 

しかし地面は腐った葉っぱが厚い層を生み出す柔らかい土であったため、かろうじて息がある。

 

まだ死に切れていない憎き者に向けて神子柴が近寄ってくる。

 

「スパルナだけでなく…ワシのムシュフシュまで殺しおって!!代償は高くつくぞ!!」

 

転がっていた練気刀を拾い上げて逆手に持つ。

 

静香の母の横に立った神子柴は両手で柄を握り締め、一気に振り下ろす。

 

「あっ……」

 

痙攣を続けていた静香の母の動きが止まってしまう。

 

彼女の愛刀は神子柴の手で心臓を貫く一撃となり地面にまで刃が届いていた。

 

「…貴様の刀が墓標となる。この村を去ることになって…ワシも高い代償を払ったものじゃのぉ」

 

忌々しげにつばを吐き、神子柴は暗闇の世界へと消えていく。

 

残されたのは敗者のみ。

 

誰が見ても時女当主の最後にしか見えない光景だけが残されてしまった。

 

この村の悲劇が起きた頃、胸騒ぎがして布団から起きてしまった静香は家の中を歩いていく。

 

庭にまで来た静香は曇天の夜空が開けた星の世界を見ていたようだ。

 

「なんだろう…凄く胸がザワザワする。今日のことが怖いんじゃない…もっと怖いような…」

 

静香は胸を抑え込み、優しい母の温もりを思い出そうとする。

 

しかし彼女は言い知れぬ不安に支配されたかのようにして、母の温もりを感じられなかった。

 




スーパーメガテンこじつけ過ぎるクロスオーバー展開でしたね(汗)
拙作はジジババ率が妙に高いところから、僕がスタイリッシュジジババ好きだとバレてしまうやも(フロム脳)
次回、静香ちゃん達のデスオバーバ決戦!


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190話 時女の矜持

静香の罰が執行される当日、時刻は日も沈みかけた頃。

 

静香は神子柴から呼び出された大神殿の元へと向かっているようだ。

 

神子柴家の使用人としても働いているすなおに先導される静香とちはるがついていく。

 

「ちゃる…これは私に与えられる罰なのよ。貴女がついてくる必要は…」

 

「ダメだよ!静香ちゃんにもしもの事があったら…私は…絶対に止めるから!」

 

「ちゃる…ありがとう。覚悟なら出来ている…ちゃるや皆の責任だけは問われないようにするわ」

 

「静香ちゃん……」

 

友達を心配するちはるであるが、すなおは重い口を閉ざしたままの態度を示す。

 

地下通路を超えていくと村の避難所としても使われる大神殿が建てられた空間に出たようだ。

 

篝火で明かりが灯された空間を歩いていると静香が驚いた声を上げてしまう。

 

「涼子!?ちか!?どうして貴女達までいるの!」

 

大神殿の入り口の前に立たされていたのは南津涼子と青葉ちかだったようだ。

 

「静香かよ!?あたしらは村の奴らに呼び出されてここまで連れてこられたんだけど…」

 

「その人もここまで案内したら帰ってしまったんです。私達ももう帰ろうかと考えてました…」

 

状況が飲み込めない魔法少女達であったが、大神殿の入り口が開く音に気が付き顔を向ける。

 

「全員揃ったようじゃのぉ」

 

大神殿から出て来たのは和服姿に身を包む神子柴である。

 

老婆の姿を見た涼子とちかは怒りの表情となり、大きな声でまくしたててくる。

 

「あたし達をここに連れてこさせたのはお前さんだったのかよ!目的は何だ!!」

 

「静香さんまで呼ぶということは…もしかして…ここで静香さんに罰を与えるんですか!?」

 

「その通りじゃ。そしてその罰はお前達にも与えられるだろう」

 

それを聞いた2人は驚愕の表情を浮かべた後、ソウルジェムを生み出して変身する。

 

「ふざけるなぁ!!もうお前らの好きにはさせない…あたしら分家組は…お前さんと絶縁する!」

 

「私達は自由に生きます!そして私達が望む自由とは…静香さん達を救うことです!」

 

涼子とちかは魔法武器を生み出して神子柴に襲い掛かろうとするのだが静香が2人の肩を掴む。

 

「待って!!私が罰を受ければそれで済むわ!!貴女達まで裁かれてしまう!!」

 

「ダメだ静香!こんな糞婆なんかに付いて行く必要はないんだよ!!」

 

「そうです!私たち巫の自由な願いを踏み躙ってきた独裁者なんかに…静香さんは渡しません!」

 

涼子とちかの気持ちに呼応されたちはるも魔法少女姿に変身する。

 

「涼子ちゃんとちかちゃんの言う通りだよ!静香ちゃんを傷つけるなら…オババでも許さない!」

 

今にも神子柴に襲い掛かりそうな親友達の心は嬉しい。

 

しかし静香は時女当主から胸の内の苦しみを聞かされた者として言える言葉があった。

 

「みんなの気持ちだけでは…この村は救えないの。神子柴様はね…この村のスポンサーなのよ」

 

「だからスポンサーの言いなりになるのかよ!?それでよく時女の矜持を語れるな!?」

 

「私の母様も苦しんだ!人間如何に生きるべきかを見て現実を考えないでは破滅するだけなの!」

 

「だからって…それでいいのかよ…お前ら時女本家の連中は!!」

 

悔し涙が浮かぶ魔法少女達を見下ろす神子柴が高笑いをしてくる。

 

「静香は大人じゃのぉ。浅慮な正義感だけで全てを判断する幼稚さを克服するとは…見事じゃ」

 

静香は神子柴が立つ石段の前にまで来て跪く。

 

「無責任な連中は我儘しか言わない。責任さえとらずに正義ばかりを語るが…お前は違うな?」

 

「私は…霧峰村を守る時女本家の女です。彼女達も時女一族の者…私が命をかけて守ります」

 

「どんな重い罰でも受ける覚悟か。流石は時女当主の娘じゃ」

 

「つかぬことをお伺いしますが…母様を知りませんか?朝から家にいないのですが…?」

 

「あの者はヤタガラスの任務があると聞いておる。お前が起きるよりも先に村を出たぞ」

 

「そうでしたか…。神子柴様…どうか私への罰だけで済ませてもらえないでしょうか?」

 

「先ほどのワシに向けての無礼の数々は忘れよう。お前の覚悟に報いようではないか」

 

「有難きお言葉…感謝します」

 

スポンサーに恭順の意思を示すことしか許されない静香の姿を見て、親友達は悔し涙を浮かべる。

 

巫達の自由や幸福を踏み躙る独裁者にさえ頭を下げることでしか下々の者達の生活を守れない。

 

これは企業社会でも同じであり、それこそが代表者になった者達が背負わなければならないもの。

 

()()()()()()()()の光景であり、資本主義社会の現実。

 

巫達の生活や企業に勤める労働者達の生活を守るために犠牲となる者達の現実であったのだ。

 

「では…静香に与える刑罰を伝えよう」

 

神子柴の視線が石段の前に集まった者達から離れた場所に立つ者に向けられる。

 

「静香に与える罰は……静香を含めた全員の極刑じゃ」

 

<<えっ!!!?>>

 

驚愕した顔を浮かべた瞬間、背後から大きな魔力を感じとる。

 

静香達が後ろを振り向けば、すなおがマギア魔法を放つ構えをしていた。

 

「ごめんなさいッッ!!!!」

 

号泣したまますなおが放つのは、明日への戒めと呼ばれる極大魔法。

 

<<キャァァァァーーーッッ!!!>>

 

巨大な光玉の爆発が彼女達を襲い、吹き飛ばされた全員が石段に叩きつけられていく。

 

段差で転がり落ちていき、地面に倒れ込んだまま静香はすなおに顔を向けようとする。

 

「ぐっ…うぅ……。すなお…どうして……?」

 

涙を流しながら震える彼女は小さな呟きを繰り返すのだが静香達には聞き取れない。

 

「すなおも静香と同じく掟を破った者。あの娘は罰として…ワシに仕える暗殺者になったのじゃ」

 

「あ…暗殺者…?そんな…嘘だよね…すなおちゃん!!」

 

傷ついたちはるが叫ぶが、罪に耐えきれなくなったすなおは両膝が崩れてしまう。

 

「ごめんなさい…許して…静香…ちゃる…涼子さん…ちかさん…!許してぇぇぇ……ッッ!!」

 

両手で顔を覆いながら号泣する姿を見せられたため、それは事実なのだとちはるは理解した。

 

「どうしてですか…?さっきは私の罰だけで済ませるって言ったのに…どうしてぇ!!」

 

「それがヤタガラスから与えられた勅命だからじゃ」

 

「ヤタガラスから与えられた勅命…?私達の命をどうして…ヤタガラスが狙うんですかぁ!?」

 

「それは広江ちはるが一番知っておる筈なのじゃが…はて?聞かされておらんのか?」

 

それを語られた時、ちはるの顔が絶望に染まっていく。

 

静香達は自分のせいで殺されることになったのだと恐怖に怯え、ソウルジェムが酷く濁る。

 

「どういう事なんだよ…ちはる…?電車で帰る時から…お前さんの様子が変だったぞ…?」

 

「私達には語れない秘密を抱えていたんですか…ちはるさん…?」

 

倒れ込んだまま涙を流し、詫びる言葉を叫んでしまう。

 

「ごめんなさい…みんな…ごめんなさい!!私のせいで静香ちゃんやみんなが…殺される!!」

 

「この者は三羽鳥様の護衛任務の時、あのお方達の秘密を見た。それは死罪に当たる重い罪」

 

「ちはるがあの薄気味悪い連中の秘密を見たからって…どうしてあたし達まで殺されるんだよ!」

 

「そうです…!!私達はちはるさんからは…何も聞かされてないのに!!」

 

「真相はどうあれ、それがヤタガラスから与えられた勅命。ヤタガラスの勅命は絶対なのじゃ」

 

「それじゃ…私だけでなく…ちゃるや皆も…最初から殺す気だったのね!?この嘘つき!!」

 

「呪うならばヤタガラスを怒らせた広江ちはるを呪え。さぁ、すなお…トドメを刺すのじゃ」

 

ヤタガラスには逆らえないすなおは立ち上がり、魔法武器である水晶を頭上に掲げる。

 

静香も片膝をついて立とうとするが、恐怖に怯えるすなおは逆らえない態度しか示せない。

 

「やめて…すなお!!殺すなら…私だけを…殺しなさい!!」

 

「出来ないの…私…ヤタガラスに逆らうことが出来ないの!逆らえば…家族が殺される!!」

 

「静香ちゃんやみんなを殺さないで…!!私はすなおちゃんを恨まない…私だけを殺して!!」

 

「貴女にどんな理由があったとしても…私は恨まない!だから私だけを殺して…すなお!!」

 

大切な2人の親友達は暗殺者だった親友を責める事もせず、自ら命を差し出そうとする。

 

抵抗してくれたなら自分を呪いながらも彼女達に殺されても良かった。

 

しかし命を奪おうとする裏切り者に向けてくれる親友達の優しさが心を縛り上げていく。

 

「何をしておる…早く殺せ!!」

 

魔力を集中しようとするが、涙が溢れ続けるすなおはマギア魔法を放つことが出来ない。

 

「家族がどうなってもいいのかぁ!!」

 

ついに自責の念に堪えられなかったのか、宙に浮かび上がらせた水晶玉が落ちてしまう。

 

同じようにしてすなおの両膝も崩れ落ち、泣き喚きながらこう叫ぶ。

 

「できませんッッ!!!」

 

暗殺者だったのがバレたとしても、親友の頃と同じように接してくれる静香とちはるを殺せない。

 

すなおの心はついに折れ、静香達と共に殺される覚悟を決めてしまう。

 

不快極まった表情を浮かべた神子柴が封魔管を構える。

 

「情に負けおって。まぁいい…ヤタガラスの勅命に背いた者として、お前も始末してやろう」

 

封魔管の蓋が開いていき、MAGの光を解き放つ。

 

「嘘だろ…おい…?神子柴まで……デビルサマナーだったのかよぉ!!?」

 

大神殿を背に顕現したのは、下半身のない巨大な髑髏のような悪魔であった。

 

【ガシャドクロ】

 

戦死者など埋葬されず野垂れ死んだ人々の骨が怨念によって合体して人を襲う巨大妖怪である。

 

夜中にガチガチという音を立ててさまよい歩き、生者を見つけると襲い掛かって喰らうという。

 

昭和中期に創作された妖怪であり、民間伝承由来の妖怪とは出自が異なるようだった。

 

「やっとウチの出番のようやな!ムシュフシュばかりいい思いをして…ムカついとったんや!!」

 

「ワシのムシュフシュはもういない…望みのままに小娘共を喰い殺せ」

 

「サマナーさんのお許しがでたで!傷ついとるのは好都合…いてもうたるわぁ!!」

 

巨体な上半身を浮遊させながらガシャドクロが右腕を持ち上げていく。

 

傷ついた魔法少女達を掴み取って踊り食いをしたかったのだろうが、伏兵の存在に気付く。

 

「おや?あそこの岩場になんかおるぞ…?」

 

ライフル銃を構えながら岩場に潜んでいたのは、静香達が心配で後をつけていた旭であった。

 

「チッ!!」

 

銃剣を装備したボルトアクションライフルの銃口からライフル弾が発射され眉間に撃ち込まれる。

 

「あだっ!!?」

 

おでこを抑えて悶絶するが、魔力の籠った旭の銃弾をまともに受けてもビクともしない。

 

「このガシャドクロ様を怒らせよったな!どつきたおしたる!!」

 

「援護するであります!!早く外へ!!」

 

旭の援護射撃に助けられた魔法少女達が立ちあがって駆けていく。

 

「放して!!全部私が悪いの…私は殺されたらいい…それでみんなが助かるんだよぉーっ!!」

 

「お前の事情なら後で聞いてやる!!」

 

「先ずはこの場から離れましょう!!」

 

ちはるは涼子とちかに手を引っ張られながら大神殿空間に入れる出入口まで走る。

 

静香もすなおの元まで駆けてくるが、座り込んだまま彼女は首を横に振る。

 

「私の事はいい…静香達だけでも…助かって…」

 

「何を言ってるのよ!?私がすなおを見捨てる筈がないでしょ!」

 

「私は…暗殺者よ…。裳着という名の偽装殺人を繰り返した…ただの人殺しなのよ!?」

 

「裳着が…偽装殺人?それは本当なの…?」

 

「本当よ…。村から独り立ちしたい巫達を喜ばせて…私は多くの巫達を殺してしまった…」

 

今まで信じてきた時女一族の伝統が音を立てて崩れていく。

 

大きな衝撃を心に受けながらも、それでも静香はすなおに手を伸ばす。

 

「私はね…神浜で見たわ。殺戮者となった嘉嶋さんでも…好きになってくれる魔法少女達の姿を」

 

「わ…私のことも…尚紀さんやななかさんのように…皆は許してくれるの…?」

 

「私はもう…正義を誰かに押し付けはしない。殺戮者となった尚紀さんだって…やり直せたわ」

 

微笑んでくれる静香が手を差し伸べてくれる。

 

魔法少女の虐殺者として生きた尚紀と同じ殺戮者でも、やり直すことが出来るかもしれない。

 

そう思えたすなおは静香の手を握り締め、起き上がらせてもらう。

 

「急ぐであります!!」

 

旭の援護射撃のもと、静香とすなおも旭と共に洞窟通路へと走っていく。

 

「逃がさへんで!!と思ったら……入り口が狭過ぎるやないかーーっ!!?」

 

巨大な髑髏妖怪であるためガシャドクロは静香達が通った通路に入ることが出来ない。

 

頭を抱えて悩んでいたが、召喚者に強制的に封魔管へと戻されてしまう。

 

「あの小娘共…生きて村には帰さん!!ワシから逃げられると思うなよ!!」

 

神子柴は和服を掴んで脱ぎ捨てる。

 

巫蠱師の忍者衣装姿となった神子柴もまた静香達の後を追いかける。

 

静香に手を引っ張られながらも走り続けるすなおの心には、懺悔の気持ちよりも喜びの方が強い。

 

人殺しでもついて来いと手を引っ張ってくれる親友の姿が愛しくて堪らない表情を浮かべている。

 

「私…静香になら何処までもついて行く。たとえこの先に続く道が…破滅であったとしても…」

 

すなおの心は地上の光が差し込んでくるのと同じようにして、救いの光を感じてくれていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

地下で戦えば洞窟が壊れて生き埋めになる危険が大きかったため、魔法少女達は外に向かう。

 

既に日は沈んでおり、辺りは夜の暗闇に包まれていたようだ。

 

星空だけが光りを与えてくれる夜道を魔法少女達は駆けていく。

 

「涼子!どうしたの!」

 

先に外に出ていた涼子達に近寄る静香達。

 

状況を見ればちはるが座り込んでしまい泣き喚く姿を晒していた。

 

「ちはるの狼狽が酷過ぎる…。ソウルジェムの濁りが抑え込めない程に…」

 

「手持ちの魂魄で穢れを吸い出しましたけど…ちはるさんはこの場から動こうとしないんです…」

 

みんなが犠牲にされるのは自分のせいだと泣き喚く彼女はここで死にたがっている。

 

意を決した涼子は静香に顔を向け、決断する表情を浮かべた。

 

「ここはあたし達で食い止める。静香はちはるとすなおを連れて村まで逃げるんだ」

 

「すなおさん、私達の気持ちは静香さんと同じです。心配しないで、ちゃんと守りますから」

 

「ダメよ!悪鬼と違って悪魔共は魔法の力を使ってくる!2人だけでは危険過ぎるわ!」

 

「ならば3人で戦うでありますよ」

 

横を向けば旭が微笑んでくれている。

 

彼女も涼子とちかと同じ覚悟を示し、未来の時女一族の当主を守る決意を示す。

 

彼女達の覚悟を受け取った静香の顔から迷いは消え、ちはるを両手で抱き上げる。

 

「放して静香ちゃん!私さえ死んだらみんな救われる!口封じなら私だけを殺してぇ!!」

 

「ダメ!!ちゃるもすなおも死なせない…それこそが…私が信じる時女の矜持なの!!」

 

「涼子さん…ちかさん…旭さん…本当に有難う。貴女達を殺そうとした女なのに…助けてくれて」

 

「罪を憎んで人を憎まず。孔子の言葉は東西の宗教観にも根差してる…あたしの好きな言葉さ」

 

「すなおさんの罪という結果だけで全てを判断しません。尚紀さんの生き方から学べました」

 

「我も生き残れたら嘉嶋殿と出会ってみたいでありますね。だからこそ…戦うであります」

 

神子柴の追撃を待ち伏せる伏兵として涼子達はその場に残る。

 

静香達は村の方へと逃げていったようだ。

 

「気をつけろ…悪魔の結界に飲まれたようだ」

 

異界に取り込まれた3人の魔法少女達の前に現れたのは浮遊するガシャドクロである。

 

「急に管の中に放り込まれてビックリしたわ!隠れてても分かっとる!出てくるんや!!」

 

待ち伏せに気が付かれていたため涼子達は茂みの中から姿を晒す。

 

「神子柴のクソババアは何処にいる!!」

 

「サマナーさんなら獲物を追いかけていったで。あんさんらはウチの獲物となるんよ」

 

「ここは通しません!私達が食い止めます!!」

 

「そういう訳でありますよ。悪鬼だけでなく妖怪が相手だって巫は負けないであります」

 

魔法武器を構えていく魔法少女達。

 

しかしガシャドクロは旭の事が妙に気になる様子。

 

「むむっ!あんさん知ってるで!禁忌の森を彷徨ってるウィルオウィスプから聞いたんや!」

 

「あの亡霊悪魔共を知ってるでありますか…?」

 

「当たり前や!悪魔界隈では評判やで?男の亡霊達をメロメロにするプリティーアイドルやって」

 

亡霊悪魔界隈で変な噂をたてられていると知り、旭の顔が赤面してくる。

 

「おい…旭?お前さん…もしかしなくても亡霊悪魔共にモテモテなのかよ?」

 

「我の固有魔法のせいであります…。呼んでもいないのに森の中で酷くからまれたでありますよ」

 

「まぁ連中の気持ち悪さなら分かるよ…。憑りつかれた事があるし…」

 

「えぇ…?涼子さんは男の亡霊に憑りつかれてたんですか?よく無事でしたね?」

 

「我の中にも入りたいって我儘ばかり言ってきやがりましたしなぁ。エッチな事をされました?」

 

「されてない!!あたしの貞操はまだ綺麗なままだよ!!」

 

ガシャドクロの妙な態度もあり、戦場の空気が悪魔会話のような流れとなっていく。

 

「ところであんさんらは都会人やろ?ウチはスマホっていうのを知らんのよ。知っとるか?」

 

「なんか妙な流れになってきたな…知ってるけど、それがどうしたんだい?」

 

「ウチはあの板切れで何が出来るのか知りたいんや。電話が出来るっていうのはホンマなん?」

 

「電話機能だけじゃありませんよ。ネット検索も出来ますしSNSだって利用出来ます」

 

「ネット…?SNS…?そんな機能まであるんかい!ウチ妙に気になってきたわー」

 

巨大な手をすり合わせながら何やら物欲しそうな態度を示してくる。

 

悪魔会話とはこのようにして悪魔に貢ぎ物を手渡すことで機嫌をとり、要求を飲ませる。

 

悪魔とサマナーの関係性は人間社会と同じく相互利益によってしか機能しないのであった。

 

「あたしらのスマホが欲しいのかよ?だけどよぉ…こんなに小さいんじゃ扱えないぞ?」

 

涼子は赤い和服衣装めいた魔法少女服の懐からスマホを取り出してガシャドクロに見せてくる。

 

「げぇ!?それが噂のスマホかい!なんて小ささや…ウチの手じゃ操作出来へん!!」

 

ガックリと項垂れてしまうガシャドクロ。

 

険悪な空気となっていくが、3人の魔法少女達はひそひそ話を始めていく。

 

「なんか…話し合ったら分かってくれそうな雰囲気の悪魔だぞ?」

 

「悪魔は邪悪で統一されてるようではないですね?トロールさんも話せば分かってくれましたし」

 

「妖精と同じく気分屋なところがあるであります。まぁ…本物の邪悪な悪魔もいるのでしょうが」

 

期待を裏切られたためガシャドクロはこんな話を持ち出してくる。

 

「そうや。ウチは魔法少女連中から欲しいものがあるんや」

 

「まさかソウルジェムを渡せとか言うなよ?これはあたし達の命そのものなんだ」

 

「けちんぼやな!それなら仕方ない、魔力を吸わせてくれへんか?喉が渇いてるんや」

 

「我らの魔力は有限であります…。チューチュー吸われたら穢れが広がるでありますよ…」

 

「さらにけちんぼ連中やな!あー…なんか話すのも飽きてきたさかい、そろそろ始める?」

 

ゴゴゴゴと怒りのオーラを出し始めるガシャドクロ。

 

怒りを鎮める話術スキルを持った仲魔がいてくれたら怒りを鎮めてくれるやもしれない。

 

しかし話術に長けたシルフは現在、昨日の騒動が原因でこの場所にはこれなかったようだ。

 

「残念だよ。尚紀のように話せば分かってくれる悪魔ばかりだったら良かったのに」

 

「そこら辺も人間臭いですよね、悪魔って。私も残念です…こんな形で戦うなんて」

 

「悪鬼のように邪悪極まりない存在の方がやりやすかったでありますが…我も残念であります」

 

両手の骨をバキバキと鳴らし、ガシャドクロは戦闘の構えを見せてくる。

 

魔法少女達も魔法武器を構える姿をとっていく。

 

巨大な悪魔と戦い合うことになった魔法少女達は心の中でこう思う。

 

悪魔というだけで善悪を決めてはならない。

 

人殺しの犯罪者というだけで善悪を決めてはならないのだと心に誓うのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「いてもうたるでぇーーっ!!」

 

ガシャドクロの全身が帯電していき、周囲に飛び交う電撃を放つ。

 

『マハジオンガ』の全体雷撃魔法を潜り抜け、魔法少女達が反撃に出る。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

ちかが飛び込み両手に握られた片手斧の一撃をお見舞いするが巨大な右腕で受け止められる。

 

「あいたっ!!可愛い顔して骨に響いたで!?けっこうなゴリラ乙女やないかい!」

 

「既に全身が骨姿じゃないですか!?叩けば勝手に響きますよ!!」

 

「あかん!?そうやった!」

 

右腕で払い除けるが今度は逆の方向から涼子が攻めてくる。

 

「愚鈍な動きで巫を倒せると思うなよーーっ!!」

 

座禅を組んだ修行僧の肩を叩く警策を模した魔法武器で攻撃を仕掛ける。

 

ガシャドクロは巨大な左腕で受け止めるが、警策から業火が噴き上がり左腕が燃えていく。

 

「あたしの地獄の業火はどうだい!!」

 

「アチーーッッ!?炎はあかん!!火葬されてまうーーっ!!」

 

「炎が弱点か!これでもあたしは修行僧だし、骨妖怪の供養をしてやろうじゃないか!!」

 

怯んで後退していくガシャドクロに向けて旭も援護射撃を撃ち続ける。

 

「我とちか殿の攻撃ではビクともしないでありますが…涼子殿の炎が勝利の鍵であります!」

 

「援護してくれ!いっぱつデカイのをお見舞いしてやる!!」

 

暴れまくるガシャドクロを相手に果敢に攻めるちかと旭。

 

背後に回り込んだ涼子が警策に清めの炎を纏わせ、一気に跳躍。

 

巨大なガシャドクロの真上まで飛んだ涼子が一気にマギア魔法を放つ構えを見せる。

 

「骸で出来たお前さんを成仏させてやる!」

 

降下する勢いのまま警策を叩きつけようとする体勢だが、ガシャドクロが禍々しい光を放つ。

 

「あの呪いめいた光は……まずいであります!!」

 

駆けだした旭がガシャドクロ目掛けて一気に跳躍。

 

「おいっ!?」

 

一撃を放とうとした涼子に抱きつき、向こう側まで飛び越えていく。

 

ガシャドクロ周囲にはサンスクリット語の円陣が生み出され、『マハムド』が行使されたようだ。

 

「おしい!あのまま飛び込んでくれてたら坊さん巫をポックリ死なせてやれたのに!」

 

「あれがムドと呼ばれる呪殺魔法でありますか…。我も初めてみるであります」

 

「旭…お前は悪魔の魔法を知ってたのかよ?」

 

「妖精や亡霊悪魔達から悪魔の魔法について聞かされていたであります」

 

「呪殺魔法なんてスゲー魔法が使えるんだな…。悪魔は悪鬼よりも厄介だよ…」

 

「さぁ、どうするんや?坊さん巫と連れの連中!迂闊に飛び込めば冥途逝きやでぇー?」

 

接近戦を主体とする涼子が迂闊に踏み込めなくなり状況は一変する。

 

ガシャドクロの雷魔法と巨体から繰り出す物理攻撃に翻弄されて決め手を欠く光景が続くのだ。

 

「私の魔法でガシャドクロの動きを止めます!」

 

ちかが放つのは両手の片手斧から生み出す竜巻を発射するマギア魔法。

 

ネイチャー・リグレッションの竜巻を側面から受けたガシャドクロの体の動きが止まったようだ。

 

「今です、涼子さん!!」

 

「任せとけ!!」

 

涼子は大きく跳躍する。

 

竜巻の奔流ごとガシャドクロにマギア魔法を打ち込む体勢である。

 

「お経の唱え過ぎでアホになったようやな!好都合や!!」

 

竜巻で動きが止められているが、魔法を行使出来ない状態ではない。

 

再びマハムドを放とうとするのだが、ガシャドクロは視線を大きく上に向けていく。

 

「あ…あら……?」

 

涼子は頭上から攻撃を狙うことなく悪魔の背後まで跳躍して超えてしまう。

 

これには何かの狙いがあったようだ。

 

「弱点魔法が使える涼子殿ばかりに気を取られ過ぎたでありますね!!」

 

竜巻の奔流とマハムドが消え去った瞬間、ライフル銃を構えた旭が跳躍してくる。

 

「狩場で我と会ったのが運の尽き。苦しまず逝かせるのは我の得意とするところ」

 

跳躍状態から次々とライフル銃の射撃を繰り返す。

 

巨大な髑髏頭に次々と命中していき、巨体がぐらついた瞬間を狙って突撃する。

 

「ゼロ距離からの一撃…これでトドメであります!!」

 

銃剣を装備したライフル銃でガシャドクロの眉間に強烈な突き攻撃を放つ。

 

三浦旭のマギア魔法ともいえる『突貫!絶対必中弾雨』である。

 

「グワァァーーーッッ!!!」

 

銃剣が突き立てられた状態から放たれたライフル弾がガシャドクロの眉間を貫く。

 

髑髏を蹴り大きく後方宙返りしながら旭は叫ぶ。

 

「今であります!!」

 

旭の一撃でも仕留めきれなかったが、マハムドを放てる状態ではなくなっている。

 

ガシャドクロの頭上から降りたつのは炎を纏う一撃。

 

「あの世でいい夢見ろよ!!大炎魔警策茶昆!!」

 

ついに涼子のマギア魔法の一撃がガシャドクロの頭蓋骨にクリーンヒット。

 

「これだから坊さんは嫌いだーーーッッ!!!」

 

全身が業火に包まれ、巨大な体が倒れ込む。

 

野垂れ死んだ髑髏達が次々と火葬され、MAGの光に代わっていく。

 

ひび割れた髑髏だけが残り、最後にガシャドクロはこんな言葉を残すようだ。

 

「坊さんに供養されたけど…楽しみが増えたでぇ。いつかサマナーになった時は…召喚してくれ」

 

「ガシャドクロ…お前さんはバカだよ。神子柴なんかに付いて行かなきゃ死なずに済んだのに…」

 

「そうかもしれへん…でも、これでええんや。絶対に召喚してーや…とくに旭ちゃん!!」

 

「ええっ!?わ…我に召喚催促するでありますかぁ!?」

 

「ズドンと眉間を撃たれた時、ハートもズドンされてもうた!亡霊悪魔の気持ちが分かったで!」

 

「何を我に期待しているのでありますか…?もうこれ以上の亡霊悪魔はこりごりであります…」

 

「ウチら亡霊悪魔のプリティーアイドルのためなら死ねる!次会う時を楽しみにしてるで!」

 

「ガシャドクロ殿はもう死んでるでありますー!!」

 

彼なりの気持ちを受け取りながらも、MAGの光を放出して消え去る悪魔を見送ってくれる。

 

「ジュボッコ爺さんや妖精、それに亡霊悪魔からも好かれるなんて…旭はモテまくりだなぁ?」

 

「何か悪魔を引き寄せるフェロモンでも出してるんですか?」

 

「そんなフェロモンを出してるなら…我は風呂で一日かけて体臭を清めたいであります…」

 

照れてしまう旭をからかいつつも、涼子とちかは村に戻る道に顔を向けていく。

 

「神子柴が静香達を狙ってる。あたし達も追いつくぞ」

 

「今夜が勝負になりそうですね…。分家の者として、時女一族を変える手助けをします」

 

「我も傍観者は止めるであります。同じ分家の者として…この村に自由を望むであります」

 

3人の魔法少女達は頷き合い、静香達の後を追うために夜道を駆け抜ける。

 

神子柴から自由を奪われ、従属させられてきた歴史は終わるだろう。

 

これからの未来は巫達の自由が尊重される未来を目指したいと願う魔法少女達。

 

しかし自由は責任も伴う道。

 

村人全員の自由が尊重されたならば、村を捨てる自由も与えなければならない。

 

時女当主が憂いてきた廃村に至る責任さえもついてくるだろう。

 

それでも静香達は自由を望むと同時に責任も背負う強さも身に付けていくしかない。

 

時女一族の信念とは日の本の民を守ること。

 

日本は自由民主主義を掲げる国であり、民衆一人一人の自由を尊重するべき国である。

 

ならばこそ、日本で暮らす霧峰村の村人達の自由も尊重することも必要だ。

 

彼らの自由を尊重し、待っているだろう廃村の責任とも向き合う新たなる試練の道。

 

それでも静香達は負けないだろう。

 

彼女達の中には、先祖から受け継いできた時女の矜持を掲げる誇りがあった。

 




神子柴戦は長いので二つに分けます。


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191話 時女を継ぐ者

涼子達が神子柴を食い止めている間に静香達は村に戻る夜道を駆け抜けていく。

 

静香の両腕に抱かれたちはるは暴れ続けるが彼女は放してくれない。

 

大切な親友が自責の念に押し潰されて自殺するなど認めるわけにはいかないからだ。

 

「もう少しで村に戻れるわ!すなお、ちはるの面倒を頼めるかしら?」

 

「静香はどうする気なんですか…?」

 

「涼子達と合流する。すなおが語った言葉が事実なら…私達は神子柴に騙されていたことになる」

 

「ですが…それでも神子柴はヤタガラスからの使者です。逆らうのはヤタガラスへの謀反です!」

 

「そうなるかもしれない…。それでも、私達はヤタガラスから見捨てられた者なのよ」

 

「これからどうする気なんですか?ヤタガラスに逆らえば時女一族だって無事じゃすみません!」

 

それを問われた時、静香の心に言い知れぬ不安が生み出されてしまう。

 

それでも迷いを振り払うようにして顔を上げ、決断する表情を浮かべる。

 

「この村は…ヤタガラスから独立するべきよ。母様は激怒するかもしれないけど…譲れないわ」

 

「今まで築き上げてきた村の秩序を壊すことになるんですよ?それでも…自由を望むんですか?」

 

「自由を望むなら責任も伴う…。私の道は時女一族の破滅かもしれない…それでもついてくる?」

 

それを問われたすなおの顔に迷いはなく、心の底から静香を信頼する者として言える言葉がある。

 

「私は…静香を信じます。貴女こそが自由と幸福を求める時女一族を作れる者だと…信じてます」

 

時女本家の者として求めるのはヤタガラスへの恭順ではない。

 

日の本の民を守り抜く時女の矜持のみが時女静香を突き動かす。

 

たとえヤタガラスに捨てられようとも、護国救済の道は別の形で求め続けたい。

 

それこそが伝統という秩序に縛られない、自由な時女一族の在り方なのだと信じるのだ。

 

村の集落に戻れる橋の前にまで彼女達は駆け寄っていく。

 

しかし橋を見渡せる木の枝には既に神子柴が回り込んでいたようだ。

 

<<キャァァァァーーーッッ!!?>>

 

静香達の目の前で橋が大爆発を起こす。

 

最悪の事態を想定していた神子柴は橋の下側に仕掛けてあった爆弾を起爆したようだ。

 

橋は中央部分から崩れ落ち、集落に戻る道が絶たれてしまった。

 

「ぐっ…うぅ……」

 

爆風に吹き飛ばされて倒れ込んだ3人の魔法少女達。

 

すなおから受けた傷も癒していないまま静香は立ち上がろうとする。

 

「天皇一族であるヤタガラスに逆らうか?不敬罪の上で国家反逆罪といったところじゃのぉ」

 

歩いてくるのは忍者姿となった神子柴である。

 

「その姿は…何なの?ただの老婆のフリをしていただけだったわけ…?」

 

「冥途の土産に教えてやろう。ワシはヤタガラス傘下にあった暗殺一族の生まれなのじゃ」

 

「暗殺一族の者…?ただの神官じゃなかったというわけね…」

 

「元第八巫蠱衆の者としてお主らに死を与えてやる。ワシに勝つ自信はあるか、静香?」

 

「難しい質問ね…。私や巫達に忍びの技術を仕込んでくれたのは…お前だったもの」

 

「お主はワシの弟子共の中では飛びぬけて腕が良かったが…それだけではワシには勝てん」

 

懐から引き抜いた封魔管を構える。

 

「ガシャドクロは倒されたようじゃ。急ぐ必要があるのぉ……いでよイチモクレン!!」

 

神子柴に召喚されたのは巨大な目玉の体を持ち、背中から大量の触手を生やした化け物であった。

 

【イチモクレン】

 

一目連と呼ばれる三重県・伊勢の暴風神、または妖怪とされる存在である。

 

多度神社の神の一柱として祀られ、風神とも鍛冶神とも呼ばれているようだ。

 

凄まじい風を起こして人を飛ばし家を壊すとされ、竜巻や台風を連想させる悪魔である。

 

一目連とは暴風神の出現に驚いた人々が一目散に逃げだすという意味合いから名付けられていた。

 

「このロリコン共め!!じゃない!うぉまえはシラカバ派かァ!?ドストエフスキー派かァ!?」

 

「また悪魔なの!?母様といい…デビルサマナーはどれだけ悪魔を使役出来るというの…!?」

 

「時女当主か?奴の事は忘れてしまえ。もう帰ることはないのじゃからのぉ」

 

それを聞いた静香の表情が凍り付き、額から冷や汗が流れ落ちていく。

 

「母様が任務で村を出たというのも嘘なのね…?母様をどうしたの!?」

 

高笑いを始める神子柴が邪悪な笑みを浮かべてくる。

 

「昨日奴から呼び出されてのぉ。ワシを脅してきおったから…報いを与えてやったのじゃ」

 

「まさか母様が…そんなことないわ!!あれほど強い母様が…お前になんて負けるわけない!!」

 

「静香にも見せてやりたかったのぉ?奴の愛刀が墓標となって心臓に刺さっているところをな」

 

母親の死を突き付けられた静香の体が震え、目には悔し涙が浮かんでいく。

 

歯を食いしばり殺意と憎悪に塗れた表情となってしまう。

 

「村の巫などワシにとっては虫けらじゃ。願いの内容は金儲けのために使わせてもらったわい!」

 

「最初から…時女一族を喰らいつくすことが狙いだったのね!?許さない…絶対に許さない!!」

 

「そう言いながらお主の母親はワシに殺された。娘のお主も…後を追え」

 

神子柴は両手を顔の前で交差させる。

 

両手が握り込まれた隙間から神経毒をもたらす毒針が数本飛び出し、投擲の構えを行う。

 

「ダメよ静香!!挑発に乗っちゃダメ!!」

 

怒りに飲まれた静香が神子柴に向けて殺意を叩きつけるために駆けていく。

 

「神子柴ぁぁぁーーーっ!!!」

 

神子柴の術中にハマった静香は命をかけてでも戦うだろう。

 

邪悪な老婆に殺されていった者達の無念を叩きつけるためにこそ今の自分があるのだと信じて。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神子柴は連続して毒針の投擲を行う。

 

両腕で顔をガードしながら静香は突撃体勢を崩さない。

 

体に次々と毒針が突き刺さっていくが痛みを感じないかのようにして魔法武器を生み出す。

 

「死ねぇぇーーーっ!!!」

 

七支刀を振り上げ、力任せに叩きつけようとするが神子柴の姿が一瞬にして消える。

 

「どこ!?」

 

月面宙返りを行って静香の背後に着地した神子柴は背中の忍者刀を握り締める。

 

「ぐっ!!?」

 

背中に一太刀浴びてしまうが、痛みを無視して神子柴に襲い掛かり続ける。

 

痛覚麻痺の力を使って痛みを忘れた戦いを続けてしまうが神子柴には通用しない。

 

「無様な戦いじゃのぉ?お主は頭に血が上り易い。稽古をつけてやった時に注意したじゃろう?」

 

「黙れ!!その首を跳ね落としてやる!!」

 

荒々しく振り回す斬撃など神子柴は軽くあしらうかのようにして回避していく。

 

静香の斬撃が振り回される中、神子柴の目は静香ではなく七支刀に向けられている。

 

七支刀の形は独特であり斬撃には全く役に立たない形状をした剣である。

 

どちらかと言えば()()()()()使()()()()()()であり、静香は魔法の付与を目的にして使ってきた。

 

「…イラつくのぉ」

 

眉間にシワを寄せ切った神子柴の体が揺れる。

 

逆袈裟斬りを潜り抜け、右手で静香の手首を掴み、左裏拳を顔面に向けて放つ。

 

両目に打ち込まれて怯んだ静香の右腕を捩じり上げ、背負う形で関節を決める。

 

「あぐっ!!?」

 

右腕が圧し折れた静香を背負い込むようにして投げ飛ばし、追い打ち突きを放つ。

 

拳がみぞおちに打ち込まれ、痛みに関係なく激しく咳き込んでしまう。

 

「ワシに向けてそのゴミ道具を向けてくるな!!天斗紋を思い出して反吐が出る!!」

 

槻賀多家の紋所である天斗紋はテントウ虫を彷彿とさせるようなデザインをしている。

 

しかし天斗紋には()()()()()()()()()を彷彿とさせる形まで含まれていたようだ。

 

槻賀多家もヘブライ民族である秦氏ゆかりの一族であると考えられる。

 

そして時女一族の象徴である七支刀にもまた、ヘブライの秘密が隠されていた。

 

「時女一族の誇りであるこの剣を馬鹿にするな……ぐぅ!!?」

 

怒りに任せて立ち上がろうとするが、ついに全身に神経毒が回ってしまい倒れ込む。

 

「静香!!」

 

狼狽したまま動こうとしないちはるに頼るわけにもいかず、すなおが静香を援護しようとする。

 

「ハロー!ハルオォォー!うぉれとも遊んでくれよォォォ!!角でグリグリしてやるゥゥゥ!!」

 

突如として空中から現れたイチモクレンの触手攻撃がすなおを襲う。

 

「キャァァァァーーーッッ!!?」

 

触手の大回転打ちがすなおの脇腹を強打する。

 

彼女は森の中にまで弾き飛ばされ、イチモクレンは追撃を行うために攻め込んでいくようだ。

 

「ダメ!!静香ちゃんを殺さないで!!殺すなら私を殺してよ!!オババーーーッッ!!」

 

泣きながら神子柴に向けて哀願してくるが、冷酷な眼をちはるに向けてくる。

 

「広江の、言われなくてもお主は殺す。そして、ワシの秘密を知った静香共も全員殺す」

 

静香は痛みを無視して立とうとするが全身が麻痺しており、もはや立つことさえままならない。

 

そんな者などいつでも殺せるとばかりに刀を仕舞い、ニヤついた表情を浮かべながら語ってくる。

 

「ワシはのぉ…ヤタガラスに所属しておるが、ヤタガラスなど本当はどうでもいいのじゃ」

 

「なんで…すって……?」

 

「ワシを雇っておる本物の依頼主とはのぉ…米国のユダヤ財閥なのじゃよ」

 

「それじゃあ…お前は…米国の工作員だったというの!?」

 

「ヤタガラスが抱える時女一族。それは奇跡を政治利用出来る存在であり…看過出来なかった」

 

米国のユダヤ財閥であるロックフェラーはGHQを通してヤタガラスの存在については知っている。

 

ヤタガラスはナチスと同じく極右団体であり、米国支配の脅威となる存在。

 

だからこそヤタガラスの力を削ぐために工作員を送り込んでいたようだ。

 

「ワシの任務はヤタガラスの奇跡を封殺する奇跡を起こし、その上で米国支配を容易にすること」

 

ロックフェラーの工作員として神子柴は様々な売国政策を後押しする奇跡を起こしてきた。

 

日本人の安全な水が売られた。(水道民営化)

 

日本人の安全な土が売られた。(汚染土の再利用)

 

日本農家の種が売られた。(種子法廃止)

 

日本の農地が売られた。(農地法改正)

 

日本の海が売られた。(漁業法改正)

 

労働者が売られた。(高度プロフェッショナル制度)

 

日本人の仕事が売られた。(改正国家戦略特区法)

 

ブラック企業対策が売られた。(労働監督部門民営化)

 

ギャンブルが売られた。(IR法)

 

学校が売られた。(公設民営学校解禁)

 

老後が売られた。(介護の投資商品化)

 

個人情報が売られた。(マイナンバー包囲網拡大)

 

他にも様々な制度が改悪され、売国政策は神子柴の支援を受ける矢部政権が担当している。

 

最長の政権運営を担った矢部元総理とは、極右に擬態した国賊総理だったのだ。

 

「政治を知らんバカな巫共は何も疑わずに願いを使った。日の本が売られるとも知らずにのぉ」

 

「そんな…ことって…!!この国は…日の本は…売国者ばかりだったというの!?」

 

「何を期待してたのじゃ?国会議員や官僚に政治行政を任せておけばいいとでも思い込んだか?」

 

「酷過ぎる…!!それじゃあ…私たち時女一族がどんなに頑張ったって…日の本を守れない!!」

 

「今の日の本は売国こそが一番金儲けになる。拝金主義の日本人にはお似合いの末路じゃろう?」

 

「拝金主義を掲げる売国奴め…!!お前も…国賊議員や国賊官僚共も…絶対に許さないわ!!」

 

怒りに燃え上る静香はふらつきながらも立ち上がっていく。

 

売国者への憤怒が両足に力を与えてくれるが、動くことさえままならない。

 

「もういい…お主も疲れたじゃろう?その川に沈んだ巫と同じく…永遠に休むがいい!!」

 

田んぼのカカシ同然の姿を晒す静香に目掛けて神子柴が一気に踏み込む。

 

前転する勢いを利用して腕で体を跳ね上げ、山なりに突進するドロップキックを放つ。

 

「キャァァァァーーーッッ!!!」

 

直撃した静香の体が一気に弾き飛ばされていく。

 

「ダメーーーッッ!!!」

 

ちはるが静香を止めようとするが受け止めた衝撃が強過ぎたため彼女も川まで転落していく。

 

「すまんのぉ…。寂しくないよう、お主達の仲間も冥途のお供にしてやろう」

 

森の中では巨大な竜巻に巻き上げられたすなおまで吹き飛ばされてきたようだ。

 

「あぁーーっ!!!」

 

神子柴の近くに落ちてきたすなおの上空からは勝ち誇ったイチモクレンが下りてくる。

 

「よくやった。すなおの始末はワシがするから、お主は管に戻っておれ」

 

「まだ暴れ足りないでありますゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

「ガシャドクロを倒した連中が迫っておる。ワシが討ち損じたなら出番をくれてやろう」

 

イチモクレンを管に戻した神子柴は別の封魔管を取り出す。

 

「静香共にトドメを刺すのは…いつもの残飯処理担当の悪魔にしとこうかのぉ」

 

涼子達が現場に駆けつけようとするが、夜道は濃霧の如き煙幕によって遮られている。

 

「これは何だ…?先が見えないぞ…?」

 

「気をつけて下さ…ぐぅ!!?」

 

「ちか殿!?ぐあーーっ!!?」

 

「ちか!!旭!!うわーーっ!!?」

 

煙幕の世界から次々と毒針が飛来して魔法少女達を串刺しにしていく光景が続く。

 

「我が幻に惑え、愚かな虫けら共」

 

時女一族を支配してきた悪魔の如きサマナーの力は桁外れであった。

 

魔法少女達を相手に純粋な力比べをすれば負けるだろうが、神子柴には長年の経験と技がある。

 

神子柴の忍術に翻弄される魔法少女は手も足も出せずに痛めつけられていくしかない。

 

絶体絶命の状況を迎える中、川の中では水底に沈んでいく者達の姿が残されている。

 

彼女達は目撃するだろう。

 

神子柴の犠牲となってきた巫達の哀れな姿を。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

(冷たい……息が出来ない……)

 

全身が麻痺しているうえに右腕が折られている静香は泳ぐこともままならない。

 

(私は今、どこを向いてるんだろう…上なの?下なの?右?左?)

 

方向感覚さえなくなった静香の体が力なく沈んでいく。

 

このまま死ぬしかないのかと諦めていた時、救いの声が響いてくる。

 

<静香ちゃん!!>

 

魔法少女服の布を掴んできたのは一緒に川に落とされた広江ちはるだ。

 

念話を送って静香の反応を待つ。

 

彼女は力なくも引っ張ってくれる者の声に反応してくれたようだ。

 

<静香ちゃん…大丈夫?早く上がらないと息が出来なくなるよ!>

 

<私はもう…ダメみたい。誰も守れなかった…母様も…村の皆も…巫達も…>

 

<諦めたらダメだよぉ!絶望的な状況だって…静香ちゃんはみんなの前に立ってくれた!>

 

<ちゃる……>

 

<私やみんなを守ろうとしてくれた!だからね…私はね…静香ちゃんに守ってもらいたい!!>

 

<私が…ちゃるを守る…?>

 

<私だけじゃないよ…!すなおちゃんや、涼子ちゃんや、ちかちゃんや、旭ちゃんも守ってよ!>

 

<私に…出来るの…?神子柴は強い…私の力じゃ…勝てない…>

 

敗北感に打ちひしがれていた時、静香とちはるは川底で何かを見つけてしまう。

 

<なに……これ……?>

 

川底に広がっていたのは…無数の人骨である。

 

<これは…巫よ…。すなおを支配してきた神子柴に殺された…巫達の…骸よ…>

 

物言わぬ死骸に成り果てた巫達を見て、彼女達がどれだけ無念だったのかと思えば心が痛む。

 

彼女達がどんな夢を抱いて、未来に希望を望んできたのかを考えただけで心が張り裂ける。

 

<もう…こんな悲劇を繰り返しちゃダメ…。それを終わらせるのが…静香ちゃんなんだよ>

 

<私が…終わらせる?私に…出来るの…?>

 

<私は信じてる…。静香ちゃんこそが……時女一族を継ぐ巫だって!!>

 

巫の希望を託せる静香を死なせるわけにはいかない。

 

迷いを振り切ったちはるは彼女を抱えて川底から水面に目掛けて昇っていく。

 

しかし彼女達に向けて追手が迫ってきている。

 

その追手こそが巫達の死を冒涜するかの如く死体を貪ってきた悪魔であった。

 

<逃がさねーぞぉぉーーっ!!美味そうな獲物共ーーっ!!>

 

恐ろしい念話が聞こえてきたちはると静香は向こう側から迫ってくる悪魔に目を向ける。

 

高速で泳ぎながら迫ってきていたのは、巨大なエイのような化け物の姿であった。

 

【イソラ】

 

古代豪族である安曇氏の主神である水神。

 

その姿は貝や藻のまとわりついた醜いものとされているようだ。

 

神功皇后の征韓に協力した神ともされ、人の顔を恐ろしい異形に変える力をもっていた。

 

巨大なエイの姿をした悪魔が迫ってくる。

 

体がボロボロの静香を抱えていては満足に戦うことさえ出来ないだろう。

 

<静香ちゃん…ここは私が食い止める。どうにかして水面まで昇って!!>

 

<でもちゃる…貴女は水の中で戦えるというの!?炎も使えない場所なのよ!>

 

<それでもやるしかない…!私は正義の探偵に憧れた巫…もう諦めたりなんて…しないから!>

 

ちはるの覚悟を受け取った静香もまた覚悟を決める。

 

<喰らってやるーーーっ!!>

 

迫りくるイソラの突撃を避けるために互いの体を蹴り飛ばす。

 

弾き飛ばされた静香とちはるはイソラの突撃を避けることが出来たようだ。

 

静香は必死になって左腕を動かしながら水面を目指していく。

 

手負いの獲物を殺そうとイソラは狙うが、自分の体にワイヤーが巻き付いていることに気付く。

 

<ぐおぉぉーーっ!!?は、放せーーっ!!!>

 

尻尾の部分に巻き付いた十手のワイヤーごとちはるの体を荒々しく運んでいく。

 

川の中で引っ張られるしかないちはるであるが、自分がいなくても静香は勝つと確信している。

 

だからこそ静香を生き残らせなければならないと自分の命にかけて願うのだ。

 

広江ちはるはイソラとの戦いに己の最後の力を振り絞る覚悟を決めた。

 

「ぷはっ!!ゲホッ!!ゲホッ!!」

 

水面から飛び出した静香は大きく息を吸い込み、麻痺した体に鞭を打って泳いでいく。

 

伸し泳ぎと呼ばれる横泳ぎでどうにか岸まで泳ぎ着くがそのまま力尽きてしまう。

 

「私はまだ…負けられない。ちゃるのためにも…早く…立たなきゃ…」

 

身動き一つとれない時、川原の石を踏み歩く音が近寄ってくる。

 

「静香…!!」

 

ふらつきながらも歩いてくるのは全身が傷ついた姿をしたすなおである。

 

涼子達を狩り殺すために向かった神子柴の隙をつき静香の元まで来たようだ。

 

静香の元までどうにか辿り着いた彼女は両膝が崩れてしまう。

 

「すなお…貴女まで…酷くやられちゃったみたいね……」

 

「静香…私はどうなっても構わない。貴女だけは…死なせはしないわ……」

 

倒れ込んだ静香の手を両手で掴んでくれる。

 

すなおの思いが形となり、コネクト現象が生まれていく。

 

土岐すなおは両親の悩みを治して欲しいという願いで契約した癒しの魔法少女。

 

浄化の光によって静香の全身麻痺の症状が収まり、折れた右腕も動くようになる。

 

体が動くようになった静香は突き刺さった毒針を抜いていき、倒れ込むすなおを抱え込む。

 

「すなお!傷ついた体で無茶な魔法行使はダメよ!」

 

「いいんです…。私は罪人…一度背負った罪からは…逃れられません…」

 

「だからって…!こんな場所で死なせるつもりなんてないわ!」

 

「私は構わない…それでも…望みがある…。静香だけは…生き残らせたいと…」

 

「ちゃるもそうだった…どうして私のために…そこまで命をかけてくれるの…?」

 

それを問われたすなおは、静香の腕の中で微笑んでくれる。

 

その顔つきは死をとしてでも守り抜きたい人に託す思いが表れていた。

 

「静香は…私達の時女一族を継いでくれる…長となる者。この村に…自由を与えてくれる人…」

 

優しく微笑んでくれたすなおが気を失ってしまう。

 

ちはるとすなおの意思を託された静香の顔から怒りは消える。

 

「ごめんなさい…また…みんなに迷惑かけちゃったわね。でも…もう大丈夫」

 

覚悟を決めた静香が走っていく。

 

「もう誰も死なせない…。私は時女を継ぐ者…みんなの未来を守る…巫よ!!」

 

巫達や村人達が自由に幸福を望んでいいと考える気持ちこそ時女一族の伝統よりも重い。

 

時女一族の人々が本当に望む幸福を与えてこそ、長となる者を支えてくれる。

 

それこそが集団社会を統率する代表者の務めだと理解した静香は戦うのだ。

 

みんなの自由と幸福を踏み躙る秩序を敷いた独裁者との決着をつけるために。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ぐっ…うぅ……」

 

煙幕が晴れた地面に倒れ込む涼子とちかと旭。

 

歩いてくるのはトドメを刺すために近寄ってくる神子柴だ。

 

「巫といえどワシの毒からは逃れられん。身動き出来ないままあの世に逝くがいい」

 

「ちく…しょう…!体が…動かない…!!」

 

「こんな場所で…死ぬわけには…!!」

 

「そうで…あります…!我らは見たい…静香殿が変えてくれる…霧峰村の未来を…!!」

 

「静香に希望を託すようじゃが無駄じゃ。あの娘は今頃ワシのイソラに……むぅ?」

 

神子柴の動きが立ち止まる。

 

背後に顔を向ければ全力で走ってきた静香が立つ。

 

息を切らせた彼女は涼子達を守りに現れてくれたのだ。

 

「イソラから逃げきれたじゃと…?それにワシが与えた毒まで消えているようじゃな…?」

 

「涼子達は殺させない…。この子達の未来を守りたい…ちゃるとすなおの未来を守りたい…!」

 

静香は魔法武器である七支刀を右手に出現させて握り締める。

 

左手には忍者武器のくないが握り締められていた。

 

「私のありったけをお前にぶつける。今度こそ勝ってみせる…この村の未来のために!」

 

「右腕も動くようになったか…いいじゃろう。今度こそトドメを刺してやる」

 

神子柴が顔の前で両手を交差させて握り込む。

 

指の隙間から飛び出す複数の毒針が獲物の血を求めるかの如く光りを放つ。

 

「…イソラの気配が消えたじゃと?広江の…お主にそこまでの力があったとはな…」

 

「ちゃるも頑張ってくれてるのね…。私も続くわ…時女一族を継ぐ者として!!」

 

睨み合う両雄。

 

この一戦こそが霧峰村の未来を決める。

 

先に動いたのは神子柴だ。

 

「さぁ、行くぞ静香ぁ!!」

 

連続して投げられる毒針が迫りくる。

 

胴体と足を狙う毒針に対し、静香は跳躍する。

 

体を横倒しに回転させるコークスクリュー回避で毒針の隙間を超えていく。

 

螺旋を描く回転体勢からくないを投擲。

 

忍者刀でくないを弾き、神子柴が仕掛けてくる。

 

「「ハァァーーーッッ!!!」」

 

互いの斬撃の応酬が続き火花を散らす。

 

斬撃の応酬からの組打ちを仕掛けていく。

 

神子柴の回し蹴りが決まるよりも先に静香が跳躍。

 

右手で神子柴の肩を掴みながら側方倒立回転とびで超えながら背中を蹴り込む。

 

「ぐぅ!!」

 

体勢が崩れた神子柴に目掛けてくないが飛来するが振り向き様に刀で弾く。

 

「舐めるな小娘がーーっ!!」

 

互いが剣を逆手に持ち、打撃戦が繰り広げられる。

 

突き、肘打ち、蹴りの応酬が続き互いが打撃を捌きながら一撃を狙う。

 

「がはっ!?」

 

左足の飛び後ろ回し蹴りから続く右足の旋風脚が静香の左側頭部を捉える。

 

倒れ込む静香だが尚も果敢に攻める姿勢を崩さない。

 

神子柴が放つ突きを掻い潜り右手の突きがカウンターで決まる。

 

「ぐふっ!?」

 

顔面に決まった拳が神子柴の鼻骨を砕き、おびただしい出血をもたらす。

 

若者が相手ではスタミナ切れで負けると判断した神子柴が静香の後ろ回し蹴りをバク転で避ける。

 

距離を放した神子柴は懐から封魔管を取り出して悪魔を召喚するのだ。

 

「うぉれは疾風族のイチモクレンだァァァ!!趣味は読書とリリアンだァァァ!!!」

 

「そんなの聞いてないわよ!!」

 

「やれ!!イチモクレン!!」

 

「オッケェベイェェェェベベベ!!うぉまえは血ィ祭りィィィィ!!」

 

迫りくるイチモクレンが放つのはかまいたち攻撃であるマハザンマの一撃。

 

かまいたちが次々と放たれていく中、静香の体が揺れる。

 

全力で突撃していく中で跳躍。

 

側転の勢いのまま猫宙返りでかまいたちを避け、そのままバク転しながらイチモクレンに迫る。

 

大きく弧を描く後方宙返りを行いイチモクレンの背後で着地。

 

「な…なんじゃこりゃァァァァァァァ!!?」

 

巨大な目玉の体に一閃の跡が浮かぶかのようにして一気に血が吹き出す。

 

後方宙返りを行った時の斬撃によってイチモクレンが真っ二つになりMAGを放出して滅びた。

 

「オノレェェーーッッ!!ワシの使い魔共を次々と屠りおってーーーッッ!!」

 

「勝負よ!神子柴ーーーッッ!!」

 

怒りに燃える神子柴が放つ回転跳躍斬りに対し、静香は片手を地面につける。

 

「グアァァーーーッッ!!?」

 

低空から放つ蹴り上げが神子柴の斬撃よりも早く決まり、一気に蹴り飛ばされていく。

 

壊れた橋の近くにまで蹴り飛ばされて倒れ込む神子柴に向け、静香が勝負にでる。

 

「時女一心流…三尺蹴詰ノ首落とし!!」

 

三尺の間合いから一気に蹴り詰め、居合の構えから首を跳ねる斬撃を狙う。

 

ふらついたまま立っている神子柴の首が跳ね落ちるかと思ったが罠だった。

 

「えっ!!?」

 

神子柴の姿が一瞬にして消える。

 

老婆の体は宙を舞っており、背後に着地した神子柴の両手が静香の体を掴む。

 

「貴様の母と同じ死に方をさせてやるーーーッッ!!」

 

下半身の力を最大限に発揮して跳躍。

 

大きく飛んだ体勢から裏投げを放ち、飯綱落とし状態のまま落下していく。

 

「くっ!!!」

 

両腕は拘束されており受け身はとれない。

 

このまま首と頭蓋骨を破壊されて殺されるかと思った時だった。

 

「な、なんじゃーーッッ!!?」

 

静香の右手に持たれたままの七支刀が燃え上る。

 

怒りの魂を宿したかのように静香の体を包み込み、背後の神子柴まで燃え上っていく。

 

「ギャァァァーーーーッッ!!?」

 

全身火達磨となった神子柴の両手が離れて落下していくチャンスを生かして静香は一回転着地。

 

地面に叩きつけられた神子柴が転げまわるが、同じようにして火に包まれた静香は無事だった。

 

「私が狙ったわけじゃない…。もしかして…あなたが助けてくれたの…?」

 

右手に持たれた剣に宿った炎が消えていく。

 

一族の伝統が全て詰まった時女一族の象徴だと母から言われた言葉を思い出す。

 

「きっとご先祖様達が助けてくれたのね…ありがとう。お陰で助かったわ…」

 

勝利を感じていた静香であったが、呻き声を上げながら立ち上がろうとする者に目を向ける。

 

「静香ぁぁぁーーッッ!!まだ終わりではないぞぉぉぉーーーッッ!!!」

 

全身が焼け焦げた姿をした神子柴が憤怒の形相を浮かべながら突進してくる。

 

「この一撃に…苦しめられ続けた時女一族の者達の…魂を込める!!」

 

両手で七支刀を構えた静香も駆けていく。

 

最後の一撃として放つのは、亡き母が静香に伝えてくれた時女一心流の奥義となる剣技。

 

「時女一心流……旋風鎌鼬!!」

 

跳躍からのキリモミ回転を加えた斬撃が神子柴の胴体に放たれる。

 

「ぐっ……ッッ!!!?」

 

袈裟斬りの角度から胴体を斬られた神子柴の体から血が吹き出す。

 

後退っていく神子柴に剣を向ける者こそ、女の一族である時女一族の自由を背負う少女の姿だ。

 

「神子柴…お前は()()()()()だったわ。霧峰村に寄生し続けた……虫だったのよ」

 

「虫……か……。ならば……巫蠱師として……本望……じゃ……」

 

神子柴の体が壊れた橋から落下する。

 

霧峰村を吸い尽くした寄生虫は川の中へと転落し、最後を迎えることとなった。

 

「母様…私…やったよ……」

 

夜空を見上げる静香の目からは、亡き母を思う涙が零れ落ちていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「うっ……うぅ……」

 

涼子達から回復魔法をかけてもらうすなおの意識が戻っていく。

 

「気が付いたかい?」

 

「涼子さん…?それにちかさんに旭さん…?良かった…無事だったんですね?」

 

涼子に立たせてもらうすなおは旭とちかに視線を向ける。

 

2人は静香に肩を貸しており、疲れた笑顔を向けてくれた。

 

「ごめんなさいね…すなお。涼子達を回復させる余力しか残ってなかったわ…」

 

「いいんです…静香。それよりも…神子柴は…?」

 

「…決着をつけたわ。あの寄生虫が殺してきた巫達の末路と同じく…川に落ちていった」

 

「そうですか…因果応報ですね。それより、ちゃるの姿が見えませんが…?」

 

「ちゃるは…川の中で私を逃がすために悪魔と戦ってくれたの…。悪魔は倒したみたいだけど…」

 

ちはるを心配する魔法少女達であったが、彼女の魔力が近づいてくるのを感じとる。

 

「ちゃる!無事だったんですね!!」

 

夜の河原を歩いて来ていたのは広江ちはるであり、横にも誰かがついてきている。

 

「あ……あぁ……っ!!」

 

旭とちかから離れた静香が駆け寄っていく。

 

「母様ーーーッッ!!!」

 

ちはるの横を歩いて来ていたのは、神子柴に殺されたかと思っていた静香の母であった。

 

母親に抱きつき胸の中でワンワンと泣いていく。

 

そんな娘の頭を優しく撫でてくれる母親の胸の中で静香は顔を上げてくれたようだ。

 

「ぐすっ…ひっく…良かった…生きててくれて…本当に良かった!でも…どうしてなの…?」

 

「それはね…彼らが助けてくれたのよ」

 

静香の母は後方の空に目を向ける。

 

静香達の元に夜空から舞い降りてきたのは妖精王夫婦だった。

 

「ティターニア…オベロン……あなた達が母様を助けてくれたのね…?」

 

「見つけた時には絶命しかけていましたが…間に合いました。私の妻は回復魔法の達人なのです」

 

「見殺しにしてやりたい気持ちもあったけど…貸しを作っておくのも悪くないと思ったの」

 

「そうです、この貸しは大きいですよー?報酬として!私達のために美少年を用意しなさい!」

 

「ええっ!?そ、そんなこと言われても…私達の村には男の子が全然いないし…」

 

「そこを何とかするのです!時女当主から聞いてますよ?娘の貴女がこの村を変えてくれると」

 

「だからこそ、私達は貴女に貸しを作っておく。沢山の人々が訪れる村にするのよ?」

 

「私たち夫婦は時女静香に期待します。さぁ、母親と共に村に帰るのです」

 

妖精王夫婦に顔を向けたまま頷き、向かい合った母と娘が笑顔を向け合う。

 

親子水入らずの光景に涙を浮かべてしまうちはるの元へはすなお達がやってきたようだ。

 

「ちゃるも無事で良かったです」

 

「私も死んじゃうかと思ったんだけどね…静香ちゃんのお母さんが助けてくれたの」

 

「この村もようやく運が味方してくれたようだな?よし!これからの村を頼むぞ、静香!」

 

「分家組ではありますが、私達もこの村をより良くするために協力したいです♪」

 

「我も楽しみであります。静香殿が作ってくれるだろう、新しい時女の里の未来がね♪」

 

神子柴という虫によって不運が続いてきた霧峰村。

 

()()()()()()()という必殺の虫を使役した存在こそが第八巫蠱衆と呼ばれた存在であった。

 

この村の運は神子柴という寄生虫に吸い尽くされ底を尽きているかもしれない。

 

新たなる災厄の足音が近づいているのだ。

 

運喰い虫をめぐる騒動こそがアバドン王事件である。

 

虫に吸い尽くされたこの村の運は底を尽き、いずれは()()()()が待っていたのであった。

 




さらばデスオバーバなお話でした。
まぁ一難去ってまた一難、テンポよく進めていかんとですね。
次回からは時女一族エンチャントファイア(火属性付与)な流れです。


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192話 次世代揚陸艦と次世代部隊

日本の行政機関の一つである防衛省の大臣執務室では防衛大臣を務める西が執務を行っている。

 

電話でのやり取りを終えた西は受話器を置き、忌々しい表情を浮かべながら溜息をつく。

 

「…霧峰村の連絡員から情報が届いた。どうやら神子柴は魔法少女に殺されたようだ」

 

大臣執務室の応接ソファーに座っていたのは黒頭巾を纏うヤタガラスの使者である。

 

「手間が省けたと喜ぶべきかもしれませんが…奴が余計なことを伝えていないか心配ですね」

 

「勝利を確信した者はお喋りになる。イルミナティとヤタガラスの繋がりを知られるのは不味い」

 

「時女一族殲滅を急いだ方がいいと思いますが…どうして米軍の動きが遅れているのですか?」

 

「今回の秘密作戦において、米軍は次世代部隊運用の実戦試験を行いたい考えなのだ」

 

「次世代部隊…ですか?」

 

西大臣は机のノートPCを操作してプロジェクターからスクリーンに向けて情報を映し出す。

 

「この戦闘服のデザインは何でしょうか…?」

 

「次世代部隊の兵士達が運用する()()()()()()()と呼ばれるものだ」

 

そこに映し出されていたのは、米軍が開発した次世代部隊が運用する戦闘スーツであった。

 

【デモニカ】

 

米軍が開発した着脱拡張型・時期能力統合兵装の略称である。

 

パワードスーツの開発は各国で進んでおり、強化外骨格とも呼ばれているものだ。

 

軍隊の運用としては荷物を運んだり負傷者の骨折を抑え込むギプスとしても運用されるという。

 

様々な機能が装備され、AI補助の運用も視野にいれている。

 

あらゆる極致で活動可能なタフネスさを有し、スーツ自身が成長するのが大きな特色であった。

 

「このデモニカスーツには、悪魔召喚プログラムの一部が搭載されている」

 

「悪魔召喚プログラムですって…?米軍は機械を用いて悪魔を使役する研究をしてたのですか?」

 

「その通り。しかし完成間近の時…主任研究員がデータを持ち逃げしてデータごと自殺した…」

 

「では…残された研究員達は悪魔召喚プログラムの一部をデモニカスーツに搭載したのですね?」

 

「この機能が与えられたデモニカスーツは悪魔の姿を視認出来るようになる。魔獣も同様だ」

 

「これで人類は悪魔召喚士や魔法少女に頼らなくとも、人類の脅威と戦えるというわけですか」

 

「これからの戦争は変わっていく。ハルマゲドン後は世界が統一されることになるからな…」

 

「世界が統一される弊害は…敵国がいなくなってしまうこと。軍産複合体にとっては不都合です」

 

「だからこそ…新たなる脅威が必要なのだ。新たなる世界の脅威こそ、悪魔や魔法少女なのだよ」

 

「世界の新たなる戦場に対応出来る性能があるかどうかを…今回の作戦で試すということですか」

 

「もう一つある」

 

ノートPCを操作して別のデータをスクリーンに映し出す。

 

そこに映し出されていたのは巨大な移動要塞にも思える巨大艦であった。

 

「この()()()()()()こそが、宇宙軍時代を開拓する戦力の基礎となってくれるだろう」

 

まるで巨大な装甲車のようにも思える揚陸艦こそ、次世代部隊が運用する戦闘母艦であった。

 

【次世代揚陸艦】

 

最新鋭の巨大艦であり、正式名称はライトニング級揚陸艦である。

 

陸上や海上だけでなく空さえも短時間の飛行を可能とする戦闘母艦のようだ。

 

プラズマ装甲を展開することが出来るため非常に強力な防御力を有する揚陸艦であった。

 

「こんな巨大な鉄の塊が…空を飛べるのですか?米軍は重力制御技術を完成させていたとでも?」

 

「それについてはトップシークレットだ。知れば君でも命は無いぞ」

 

「そうですか。揚陸艦は兵器や兵員を輸送するためのもの…次世代部隊と共に運用するのですね」

 

「今回の作戦にも投入され、陸海空を制覇する揚陸艦の性能を試す。実戦ノウハウが必要なのだ」

 

「時女一族は魔法少女一族。実戦の相手としては不足なしといったところのようです」

 

「それだけが相手ではない。ヤタガラスから提供されたデータを元にしてもう一度確かめよう」

 

スクリーンに映し出されたのはヤタガラスから提供された霧峰村を含めた全体地図である。

 

霧峰村は人口が千人にも届かない小さな村。

 

しかし周囲は山々で囲まれており外敵を遠ざける地の利があるといえよう。

 

「今回の作戦は掃討戦。村人の誰一人生かして外に出すわけにはいかない。自衛隊も動く予定だ」

 

「自衛隊に存在しているという…噂に名高い秘密部隊を動かすのですか?」

 

「相手は日本人。日本人が日本人を殺すのには命令でも抵抗が出る。しかしあの部隊なら確実だ」

 

()()()()()()()()()()()()…。日本人を憎む在日共で構成されているという日本人虐殺部隊…」

 

「今回の作戦には米国空軍も協力してくれる。爆装した攻撃機とガンシップが向かう予定だ」

 

「我々ヤタガラスからは霧峰村周囲に仕掛けられている封印を発動させる人員を送りましょう」

 

「霧峰村周囲を取り囲む五芒星封印か?大昔のヤタガラスが時女一族を恐れて用意したという?」

 

「奇跡を行使出来る時女一族はヤタガラスでも手に余る存在。もしもの備えは必要だったのです」

 

「用意は盤石にする必要がある。次世代揚陸艦の最終調整が終わり次第…掃討戦を開始する」

 

ブリーフィングを終えたヤタガラスの使者であるが、懸念事項を西大臣に伝えてくれる。

 

「時女一族はヤタガラス一族として…とある神の封印を任されている一族なのです」

 

「とある神だと…?」

 

「それはヤタガラスが所有する霊的国防の要。()()()()()()()()()なのです」

 

「時女一族は有事の際、封印を解いてそれを使用する可能性も考えられるということか?」

 

「霊的国防兵器の力はあまりにも強大です。これだけの布陣を揃えたとしても…勝てるかどうか」

 

「なるほど。安心するがいい、今回の作戦にはエグリゴリの堕天使が二体参加する予定なのだ」

 

「エグリゴリの堕天使達が参加するのですか?雲の上の連中だと考えていましたが…」

 

「次世代揚陸艦と次世代部隊の実戦運用データを現場で確認したいそうだ。作戦の指揮も執る」

 

「そのエグリゴリの堕天使達の実力は…霊的国防兵器に匹敵する程のものなのですか?」

 

「その者の中にはエグリゴリの堕天使において三傑と呼べる者もいてくれる。実力は保障しよう」

 

「そうですか。霊的国防兵器の封印を解かれるよりも先に、作戦が遂行されることを願います」

 

「無論だ。作戦は速やかに遂行され、霧峰村は日本の地図から消えることとなるだろう」

 

ヤタガラスとイルミナティの箱舟計画は誰にも知られるわけにはいかない。

 

その秘密を知った者達は日本で蔓延る不審死の仲間入りを果たすのみ。

 

その秘密が閉鎖的な村で語られたならば瞬く間に村人達の間に拡散していくだろう。

 

誰一人生き残らせるつもりはない合同作戦計画は秘密裏に進められていく。

 

霧峰村の未来はもはや、絶望的な状況であったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神子柴との戦いが終わった後、静香達は今まで秘密にされてきた情報を全て村人達に伝えていく。

 

村長の屋敷の前に集められた村人達は酷く困惑している有様であった。

 

「大丈夫!この村のスポンサーだった神子柴はいなくなったけど…新しいスポンサーがいるわ!」

 

「静香さんよぉ…その人は本当に霧峰村を支えてくれるのかのぉ…?」

 

「たしかに神子柴の奴は許せねぇ…。けどよぉ…わしらにも生活があるんじゃ…」

 

「もしその人の支援がなかったら…若い連中は霧峰村には留まれん…」

 

「ワシら老人は行く当てすらない…。この村と心中するしかないんじゃ…」

 

現実に怯える村人達の不安を解消するには、嘉嶋尚紀を含めた多くの支援が必要である。

 

何よりも資本家である尚紀達を説得出来るだけの提案を行わなければならない。

 

いくらお人好しな尚紀であっても、巨額の資本を廃村間近の村に提供しろでは納得しない。

 

彼の資本は孤児となった子供達に提供されるものであり、孤児のために譲れないものでもあった。

 

どうにか村人達をなだめて家に帰していくようだが、問題はまだある。

 

「すなお…本当にいいのね?」

 

「ええ…覚悟は出来ている。私はもう…自分が犯した罪から逃げないわ」

 

「分かったわ…。この村の巫達を呼ぶ必要があるわね…」

 

里の巫達が利用する修練場にまで巫達を集めた静香達が一同を見回す。

 

横にいるすなおに顔を向けた後、頷いてくれた彼女のために真相を語っていく。

 

里では頼れるお姉さんとして慕われてきた者は、裳着という偽装殺人を繰り返した暗殺者だった。

 

その事実を突き付けられた巫達からどよめきの声が上がっていく。

 

「すなおはね…神子柴に弱みを握られていた。逆らえなかった彼女は…殺戮を繰り返したの」

 

横に顔を向ければ、俯いたまま体を震わせるすなおがいる。

 

全ての罪を里の巫達に伝えた上で罰を受けたい。

 

それが暗殺者として生きた土岐すなおの望みであった。

 

「私はね…すなおに罪はないと思う。神子柴が全ての原因だけど…貴女達はどう思う?」

 

どよめきが続く中、1人の巫が立ち上がる。

 

カラス面をつけた巫がすなおと顔を合わせ、自分が秘密にしてきたことを話してくれた。

 

「すなおさん…私は貴女を責められない。だって…私だって……暗殺者だもの」

 

「えっ…?」

 

驚きの声をすなおは上げてしまうが、立ち上がった巫に続くようにして他の者も立っていく。

 

「私はね…すなおさんと同じなの。悪鬼討伐だけじゃなかった…私達の力は…利用されてきたの」

 

静香達でさえ把握してなかった真相が集まった巫達から語られる。

 

時女の巫達を労働力としても利用してきた神子柴は彼女達の力を暗殺に使わせてきた。

 

ディープステートから暗殺依頼を受注してきた神子柴は彼女達に汚れ仕事をやらせたようだ。

 

日本に蔓延る不審死の中には時女の巫達が事件に関わったものが数多くあった。

 

「怖くて言えなかった…喋ったら村の人達から差別されると思ったから…喋れなかったの…」

 

「そんな…貴女達まで…私と同じ人殺しにされていただなんて…」

 

「私はね…すなおさんの苦しみが分かる。だからね…私達はね…すなおさんの味方がしたい!」

 

その言葉を聞いた瞬間、すなおの目に涙が溢れ出す。

 

「私達は同じ苦しみを背負う暗殺者だよ!辛い気持ちは分かるから…だから泣かないで!」

 

「すなお姉さんが裁かれるなら…私達も裁かれるべきよ!みんな貴女の味方だよ…っ!!」

 

「みんな……みんなぁぁぁ……っ!!!」

 

同じように涙を流す巫達がすなおの元まで駆け寄ってきて抱き締め合う。

 

人殺しの犯罪者になった者でしか人殺しの犯罪者の苦しみは分からない。

 

辛い気持ちを共有出来たすなお達はみんなで涙を流しながら許し合ってくれる。

 

横に座っていた静香達も貰い泣きして喜びを分かち合ったようだ。

 

時女一族は変わっていく。

 

辛い過去を清算することが出来た里の者達の新しい生活がスタートしていくのだ。

 

旭とちかは壊された山小屋の再建作業を続けている。

 

妖精郷からトロールも応援に駆けつけてくれたようであり、力仕事を頑張ってくれている。

 

彼女達が作業する横にはジュボッコのために用意された石の墓が作られていたようだ。

 

「むむっ!お洒落な建築案が閃いたぞ!旭、ちか、地面に描くから見て驚け!!」

 

「ほうほう?むむむ……これはなかなか難しそうでありますな?」

 

「ツリーハウスみたいですよねぇ?作るのは難しそうですけど…何だかワクワクしちゃいます♪」

 

「おお!オレのロマンを分かってくれるか!流石はお洒落なマタギとお洒落な自然ガイドだ!」

 

涼子の方はオベロンとティターニアの教育指導をしているようである。

 

「いいか?煩悩は人を苦しめるが、やる気も作ってくれる。大切なのは振り回されないことだ」

 

まるでお寺の座禅室のような特殊空間に囚われている妖精王夫婦。

 

引きつった表情を浮かべながら強制的に座禅させられている者達が叫び出す。

 

「ここはどんな空間なんですかー!?美男子について指導すると聞いて来たら囚われましたよ!」

 

「私達を解放しなさい!こんなへんてこな結界魔法は見た事が無いわよー!?」

 

「ここはあたしの固有魔法空間さ。別名は…あたしの説教部屋♪」

 

涼子の固有魔法に囚われたオベロンとティターニアは逆らうことも出来ずに座禅させられる。

 

強力な妖精であろうとも、この固有結界内では涼子が王様なのかもしれない。

 

「ギャーギャー!!もう足が耐えられない!!足を崩させて欲しいわーっ!!」

 

「心が乱れている証拠だ!集中力が足りん!喝ーーーっ!!」

 

警策で肩を叩かれたティターニアが悲鳴を上げていく。

 

その光景を見守っているシルフはオーバーに両手を広げながら横のコダマに聞いてくる。

 

「ここで暫く王様達を仕込んでくれたら、もしかしたらまともになるかも?」

 

「えー?あのバカ夫婦につける薬はないかもしれないよー」

 

妖精王夫婦の特殊性癖が矯正される日も近からず遠からずといった毎日が繰り返されたようだ。

 

静香は霧峰村の村おこし計画を考える毎日を送っている。

 

静香だけではグルグル目のまま机と睨めっこするばかりであり、すなお達にも相談したようだ。

 

「この村の特産品を売りにするとかはどうですか?」

 

「この村の特産品…果物のだいだいっことか?」

 

「それを美味しい和菓子にしたり、ケーキやアイスクリームとして売り出すとか」

 

「うーん…設備費用とか凄くかさみそう。でも、それもいい案かも♪」

 

「私からも提案があるよぉー!」

 

「ちゃるはどんな案を考えてたの?」

 

「霧峰村のマスコットキャラを作るの♪」

 

「マスコットキャラ!?」

 

「ますこっと?すなお…ますこっとって…なに?」

 

「そこからの説明になるんですか…?」

 

ちはるは一冊の絵本を取り出して静香達に見せてくる。

 

人間達から遠く離れた地で暮らす動物達が主人公となる物語のようであった。

 

「この虎さんと鳥さんと亀さんの仲良し物語が凄く好きなの♪村のマスコットにしようよぉ♪」

 

「で…でも、霧峰村観光の象徴にするのよ?亀や鳥はいるけど…虎は村の周囲にいないし…」

 

「なら、静香がその虎のマスコットになってみるとかは?」

 

「どうしてそうなるのよー!?」

 

「いないなら作っちゃえばいいじゃないですか♪私は亀さん役がいいです♪」

 

「じゃあ私は鳥さん役がいい♪」

 

「なんか凄い流れになってきたわね…。でも、背に腹は代えられない…この村のためだもの!」

 

こうして静香達の村おこし計画は色々な意味で心配を抱えながらも進んでいく。

 

旭とちかが村に戻ってくると、虎姿な静香と鳥姿なちはると亀姿なすなおを見かけたようだ。

 

「なんか…大丈夫なのでありますかねぇ?近寄ると我までコスプレさせられそうであります…」

 

「でも可愛い衣装ですよ♪旭さんは鹿さんが似合いそうだし…私は熊さんとか♪」

 

「か……勘弁して欲しいであります」

 

霧峰村のマスコット達が演目の練習をしていたら夜が明ける始末。

 

次の日の朝。

 

「みんなー!麓の集落で新聞をもらってきたよー!」

 

村に戻ってきたのは緑の和装服を纏う巫達である。

 

彼女達の顔には今まで纏ってきたカラス面や単眼の雑面布は見当たらない。

 

自由を掲げる静香の意見により、巫達は自分の顔を自由に晒してもいい幸福が与えられたのだ。

 

静香の屋敷にまで新聞を届けてくれた巫達が去っていく。

 

外の世界とは隔絶した霧峰村にとって、外で手に入る新聞は貴重な情報であったようだ。

 

静香は今日の新聞に目を通していく。

 

新聞を握っていた両手が震えていき、興奮のあまり叫び出す。

 

「キャーキャー!!凄い!凄すぎる!!流石は嘉嶋さんだわーーっ!!」

 

静香に呼び出されたすなおやちはる達が屋敷に集まり新聞の記事内容を一緒に読んでいく。

 

「尚紀先輩が…神浜の差別問題を解決したって書いてあるよ!!神浜人権宣言を叫んだって!!」

 

「東西差別が酷かった神浜を変える為に…差別主義者を相手にしてまで…戦ってくれるなんて!」

 

「流石はあたしのマブダチだぁ!!抜苦与楽の精神で神浜を救うなんて…本気で尊敬するよ…!」

 

「私…尚紀さんを心から尊敬します!旭さん、この人が私が出会った…嘉嶋尚紀さんなんです!」

 

「何という偉人でありましょうか!嘉嶋殿がいてくれたら我の故郷だって…救われたであります」

 

遠い田舎の地で尚紀の活躍を知った静香は気合十分な声でみんなを奮い立たせる。

 

「よし!私達も嘉嶋さんに負けてられないわ!この村を立て直す!いつか必ず…会いに行くわ!」

 

元気いっぱいな静香達の村おこし計画は力強い後押しを得て水を得た魚のように生き生きと進む。

 

しかし村人達からはいい顔をされず、静香のいないところでは村を捨てる話が出始めている。

 

それには静香も気づいており、だからこそ結果を残して村人達の不安を取り除きたいのだ。

 

新たなる時女当主となる者の責任はあまりにも重い。

 

浮かれて喜んでいるのは強がりであり、本当は怖くて堪らない気持ちを抱えている。

 

だからこそ尚紀の背中に続きたいと静香は思うのだ。

 

千人の差別主義者達に罵倒される恐怖を前にしてでも自由を叫んだ男の生き様を信じて。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

季節は過ぎていき、2019年も残すところあと僅か。

 

村人達の不安を取り除くために静香は家々を訪問していき元気を与えようとしている。

 

しかし状況は芳しくないため、彼女の顔にも暗い影が浮かんでいるようだ。

 

「これが現実の苦しみなのね…。早く村おこし計画を纏めて嘉嶋さんの元に向かわないと…」

 

川原沿いの田舎道を歩いていると、堤防の辺りに座っている魔法少女を見かける。

 

「ちゃる……?」

 

堤防で三角座りしながら壊れた橋の景色を見ていたのは広江ちはるであったようだ。

 

「あ……静香ちゃん」

 

皆の前では明るい表情を浮かべてくれていたようだが、彼女も静香と同じ苦しみを抱えている。

 

「何を考えてるのか…なんとなく分かるわ。私も隣に座っていい?」

 

頷いてくれたため、静香はちはるの横に座り込む。

 

黄昏れた表情を浮かべていたが、ちはるが重い口を開き始める。

 

「私達…正しかったのかな?ヤタガラスを怒らせたままなのに…神子柴まで倒しちゃったし…」

 

どうやら彼女はヤタガラスからの報復を恐れて恐怖心に支配されていたようだ。

 

村の今後の話でもあるため、村の自由を掲げた者として静香は答える責任がある。

 

「母様も…覚悟を決めてくれたわ。時女一族は私の代で変えてくれてもいいって…言ってくれた」

 

「静香ちゃんのお母さん…帰ってこないね。ヤタガラスのところに行ったんでしょ?」

 

「母様はヤタガラスのサマナーよ…。それでも、母様は私達の事情を伝えに行ってくれたわ…」

 

「どうして…霧峰村に帰ってこないんだろうね?もしかして…その……」

 

それを言いかけた時、ちはるは口をつぐんでしまう。

 

顔を俯ける静香の表情も恐怖で苦しみ、最悪の事態を考えてしまい震えているのだ。

 

「怖いよね…ちゃる。私も貴女も…不安で堪らない。だって…あんな秘密を抱えてたんですもの」

 

こんな事態になったのはそもそも広江ちはるがヤタガラスの秘密を知ったからである。

 

自責の念に再び支配されたちはるの顔が三角座りの膝の中に埋められてしまう。

 

恐怖に怯えた苦しみを吐き出すために神子柴との対決が終わった後、ちはるは静香達を集める。

 

空き家であった涼子の仮住まいを集合場所にして集まった者達はちはるから聞かされたようだ。

 

神浜市の地下に一体何が隠されていたのかを。

 

「もしこんな事態になっていなかったら…私達はきっと…ちゃるの話を信じなかったわ」

 

「私だって悪夢か何かを見てるような景色にしか見えなかった。だけど…確かにそこにはあった」

 

「巨大な地下都市が神浜の地下に建造されていただなんて…しかもヤタガラスが関わってるし」

 

「女子トイレに入ってた時にヤタガラスの女の人が言ってたの…もう直ぐ世界は終わるんだって」

 

「その言葉が事実だとしたら…地下都市の正体とは…日の本の民を生き残らせる都市だと思う」

 

「いつ世界が滅んじゃうんだろうね?もし明日世界が滅びるなら…私達がやってることなんて…」

 

あまりにも現実感を感じられない話となってしまい、静香も言葉に苦しむ。

 

未来に待っているのは世界の絶望かもしれない。

 

それでも静香は今を生きるしかないのだ。

 

「私はね…ちゃる。明日世界が終わるかもしれなくても…荒れた大地を耕したいわ」

 

「静香ちゃん…?」

 

「この村を開拓したご先祖様達だって明日も知れない恐怖に立ち向かった。だからこそ今がある」

 

「そうだね…。この村は隔絶された場所だから…開拓してくれた人達も先が怖かったと思うよ…」

 

「私はそんな人達の血を受け継ぐ者。だから私は立ち向かう…この村を守りたいから」

 

強い意志が未来を作ると信じて静香は立ち上がる。

 

顔を向けてくるちはるに向けて手をさし伸ばして微笑んでくれた。

 

「私にちゃるを守らせて。私はちっぽけな存在だけど…精一杯の気持ちを込めて…皆を守りたい」

 

自分と同じく怖くて堪らないのに強がりにも思える明るさを示してくれる。

 

そんな静香の背中にこそ自分は付いて行きたいと思った気持ちを思い出して微笑む。

 

「静香ちゃん達と出会えて良かった…。こんなにも付いて行きたい人と出会うことが出来たから」

 

差し伸べられた手を握り締め、起き上がらせてもらう。

 

夕暮れの道を手を繋いで帰っていく。

 

「私…この村の人達が好き。だから一緒に守ろうね…静香ちゃん」

 

「ええ♪ちゃるや皆がいてくれたら…私は誰にも負けないわ。私はそう信じてる…信じてるから」

 

握られた手の感触が強くなる。

 

まるでちはるに離れて欲しくないとでも伝えたいかのように。

 

今の静香では多くの村人達の心を繋ぎ留めることは出来ずに離れられていく。

 

だからこそ今の静香は孤独に苛まれているのだ。

 

「私はね…静香ちゃんの傍から離れない。たとえ村の人達が嫌っても…絶対に離れないから」

 

「……ありがとう、ちゃる」

 

言葉無き言葉が伝わってくれたのが嬉しかったのか、静香は左手で目元を擦る。

 

涙を拭った静香は進んでいくだろう。

 

霧峰村の未来を守る為にこそ、人々に希望を残せる長になりたいと願って。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

掃討作戦が決行されるXデーとなった今日、アメリカ空軍嘉手納基地では作戦が始まっていく。

 

滑走路から離陸しようとするのは爆装したストライクイーグル編隊。

 

次々と夜空の世界に飛行していく戦闘攻撃機編隊の次に離陸するのはガンシップである。

 

輸送機の側面に武装を施したスペクターガンシップも離陸していくようだ。

 

嘉手納基地よりも先に動いていたのは佐世保米軍基地である。

 

強襲揚陸艦部隊の拠点であり、ここで補給を終えた新型次世代揚陸艦が出動していたようだ。

 

霧峰村は内陸部の山間にある土地であり、大部隊は空からの侵入以外は難しい。

 

なので洋上まで航行した次世代揚陸艦はついにその力を発揮する時がきた。

 

揚陸艦のブリッジ内では多くのオペレーター達が操艦を行っている。

 

Flight system activated.(フライトシステム起動)

 

Copy that. Shift to anti-gravity mode.(了解。反重力モードに移行します)

 

Booster deployment.(ブースター展開)

 

Plasma power output increase confirmed.(プラズマ動力出力上昇確認)

 

Output stable. Flight ready.(出力安定。飛行可能です)

 

All hands prepare for impact.(総員衝撃に備えよ)

 

浮かび上がった揚陸艦側面からブースターがせり出し、洋上から上昇を始めていく。

 

全長300mをほこる巨大質量をもった揚陸艦が宙を浮くのである。

 

あまりにも信じられない光景であるが、それを可能にするやもしれない技術を米国は持っている。

 

次世代揚陸艦には米軍が開発した謎の技術が使われていると言われているのだ。

 

それは最新鋭戦闘機であると同時に地球製UFOとも呼ばれるT()R()-()()B()()()()()の技術である。

 

三角形型をした戦闘機であり、動力は反重力エンジンを搭載していると言われているようだ。

 

重力を無効化することによってこれ程までの質量を浮遊させる技術。

 

それはもはやエイリアンとも呼べるインキュベーターの技術力としか呼べない次元であった。

 

巡行形態に移行した次世代揚陸艦が日本の上空を通過していく。

 

ブリッジでは黒人艦長が指揮を執る中、艦長の背後には2人の男達が立っている。

 

黒と赤で彩られたモーニングコートを着た白髪の中年男が隣の男に視線を向けていく。

 

隣に立っていたのはフロックコートを纏い、黒のトップハットを被る英国貴族風な男であった。

 

<次世代揚陸艦こそ宇宙軍を象徴する技術となる。ハルマゲドン後は宇宙を開拓しなければな>

 

銀の装飾が施された貴族風の蛇杖を持つトップハット男が送られてきた念話に答えてくれる。

 

<デモニカの実戦運用データ次第では、魔法少女達は役目を終えることになるでしょうね>

 

<この世界の魔獣程度の力ならば現代兵器で十分殲滅出来る。数の力しかもたない雑魚共だ>

 

<魔法少女達は我々の生贄としての価値しかもたなくなる。MAGとしての価値しかないのです>

 

<魔法少女など、奇跡を起こした後の副産物に過ぎない。死ぬために生きる者共に情けは不要>

 

<デモニカ部隊は魔法少女捕獲任務も与えられることになる。だからこその…今回の作戦です>

 

<ハイテク軍隊は魔法少女達に匹敵するのか……試させてもらおうか>

 

日本の領空を我が物顔で飛行していく米軍の巨大揚陸艦。

 

なぜ日本の領空を守る航空自衛隊はスクランブル発進することさえ出来ないのだろうか?

 

それは日本の領空そのものが()()()()()()()()()からだ。

 

日本の法律の条文には米軍の治外法権ともいえる特例法が制定されている。

 

()()()()()()第3項の内容は、米軍機と国連軍機については航空法第6章は適用されないとある。

 

航空法第6章とは航空機の安全な運行について定めた法律。

 

着陸する場所、飛行禁止区域、飛行計画の通報と承認などの制約が米軍には全く適用されない。

 

要するに、米軍機は日本の上空においてどれだけ危険な飛行をしても構わないということだった。

 

余りにも酷過ぎる米国支配を受ける敗戦国日本の現実。

 

これこそが見せかけにすぎない国家独立と安保改定であった。

 

Arrive at the point of operation.(作戦ポイントに到着)

 

The mobility team must hurry to prepare for the sortie.(機動班は出撃準備を急げ)

 

揚陸艦内部では地上降下のための準備が行われている。

 

夜間迷彩の特殊戦闘服を纏った兵士達がデモニカを装備するためのカプセル内へと入っていく。

 

内部では機械アームによって特殊戦闘服を纏った兵士達にデモニカ装備が装着されていくようだ。

 

最後にバケツめいた頭部ヘルメットを装備することによってデモニカスーツは完成する。

 

ヘルメットを装備した兵士達の目の前にはHUD画面が表示され視覚化されていく。

 

デモニカヘルメットにはOSが搭載されており、基本AI音声が最終チェックを行ってくれる。

 

<<Welcome to the Demonica Suit.(デモニカスーツへようこそ)>>

 

<<We will now register you as the wearer.(これから貴方を着用者として登録します)>>

 

<<Fingerprint authentication OK.(指紋認証OK)>>

 

<<Biometric authentication OK.(生体認証OK)>>

 

<<Retinal recognition OK.(網膜認証OK)>>

 

<<You have been registered as the wearer.(貴方を着用者として登録しました)>>

 

<<I hope your operation will be carried out.(貴方の作戦が遂行される事を願います)>>

 

<<Good Luck.(幸運を)>>

 

バケツヘルメットの目が赤く光り、装備カプセルが次々と開いていく。

 

中から現れる兵士達こそが次世代部隊と呼ばれるデモニカ部隊であった。

 

これから始まるのは米軍の日本本土攻撃作戦とも呼べる光景である。

 

この凄惨極まりない戦場こそが、日本と米国の本当の関係性を表す地獄となるだろう。

 

日本を中国や北朝鮮やロシアから守ってくれると信じられている米軍とは何なのか?

 

米国の外交軍事委員会は在日米軍に防衛戦力は無いと明言している。

 

日米軍事同盟など絵に描いた餅であり、建前に過ぎないのだ。

 

在日米軍は日本の実行支配の為に置かれているだけの進駐軍そのものである。

 

早い話、米国に都合のいい売国政策を押し通すための()()()()()()()使()()存在でしかなかった。

 




いつか登場させたいと思っていた真女神転生DSJのデモニカ部隊と次世代揚陸艦をようやく登場させるところまで書き進められました。
描いてみたかったんですよね~魔法少女軍団VSハイテク軍隊。
現代武器が魔法少女や魔女に通用するのは暁美ほむらちゃんが体を張って証明してくれましたし。


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193話 デモニカ部隊

霧峰村の集落から遠く離れた廃墟の神社に訪れているのはヤタガラスの使者である。

 

村の住人からも忘れ去られた神社の境内に入って来た時、後ろを振り向く。

 

「契約の天使、貴方も時女の里を捨てたようですね?」

 

振り向いた先にはキュウベぇが立っている。

 

ヤタガラスの使者もまたデビルサマナーとしての素質を持つ者であるため彼の姿が見えるのだ。

 

「霧峰村には新しい魔法少女を生み出せるだけの人口は無い。待つだけ無駄というものさ」

 

「分家から少女を呼び寄せた神子柴は死にました。たしかに、もうあの村での活動の意味もない」

 

「僕を崇拝してくれた一族だったけど、もう用済みだ。君達が終わらせてくれるんだろう?」

 

「そのつもりです。我々は今日…霧峰村を日の本から消すのです」

 

ヤタガラスの使者の前にまで歩いてきたキュウベぇが彼女を見上げてくる。

 

「霧峰村か…昔を思い出すよ。あの醜悪な悪魔を封印するために僕の力を必要とした時の事をね」

 

「あの荒神の力は強大であったと聞いております。時女の始祖となる少女が封印してくれました」

 

キュウベぇは霧峰村が起こるキッカケとなった歴史を語ってくれる。

 

600年前、この地方に顕現した巨大な荒神は日の本を焼き尽くす勢いで暴れ回ったという。

 

ヤタガラスの退魔師として生きた侍の男は荒神と戦うが力及ばず倒れることとなる。

 

彼の命を救った者こそ、時女の始祖となる少女であったようだ。

 

彼女は契約の天使に向けて願った。

 

荒神の怒りを鎮めてこの地に封印して欲しいと。

 

退魔師の男は命を救われることとなるが、少女は魔法少女として生きる人生となる。

 

自責の念を感じた侍の男は彼女の人生を支えるために生きる決心をしたようだ。

 

2人は恋仲となり、時女一族の血を残してくれる。

 

その者達が荒神封印の守り人となるために作った地こそが霧峰村であったのだ。

 

「時女の者達は退魔師として生きることになった。僕を崇拝したのは悪魔や魔獣と戦う力のため」

 

「それが霧峰村の歴史でしたわね。しかしそれももう終わる…後は我々に任せなさい」

 

「そうさせてもらうよ。それにしても珍しいね?君が戦場に出てくるなんて」

 

「私には霧峰村を滅ぼす以外の任務も与えられている…とだけ言っておきましょう」

 

「ヤタガラスは忙しそうだね。まぁいい、それじゃあ僕は行くよ」

 

そう言い残してインキュベーターは去っていく。

 

彼が駆け抜ける夜道の背後では巨大な光の柱が天を穿つ。

 

その光景は他でも起こっており、霧峰村を中心にして五芒星が描かれていくのだ。

 

「魔封結界は完成しました。これで巫や悪魔共は自由に魔法の力を行使することは出来ない」

 

ヤタガラスが用意していたのは、時女一族の巫や退魔師を滅ぼすための仕掛け。

 

この五芒星の力が発揮された時、五芒星に取り囲まれた者達は魔封状態となる。

 

相手の戦力を削り落とし、物量で叩き潰すために用意されたものであったようだ。

 

暗い夜道を走るのはインキュベーターだけではない。

 

霧峰村に入れる麓の集落の近くまで走ってきたのは静香の母であった。

 

航空機が夜空を飛んでくる音が聞こえてきた彼女は焦りを隠せない。

 

「間に合わなかった!!」

 

話し合いに向かったため今の彼女は丸腰である。

 

ヤタガラスから拘束を受けて軟禁状態となっていたが隙を見て逃げ出せたのだろう。

 

「村の皆が危ない……お願いだから間に合って!!」

 

必死の形相で彼女は夜道を走り続ける。

 

しかし麓の集落に入る前に静香の母は何かに気が付き木陰に隠れたようだ。

 

「何なの…?どうして自衛隊が道を封鎖しているのよ……?」

 

静香の母が見た光景とは、自衛隊によって麓の集落に入る道が封鎖されている光景である。

 

「誰も逃がさないつもりなのね…。酷く遠回りになるけど…獣道を使うしかないわ」

 

麓の集落から霧峰村に入るのを諦めた静香の母は大きく迂回する形で獣道を駆け上がる。

 

ヤタガラスとは決別する覚悟で村に向かっていた時、ついに恐れていた事態が現実となる。

 

「あぁ…あぁぁぁ……!!やめて……やめてーーーッッ!!!」

 

見上げる山の先からはついに霧峰村方面から火の手が上がる光景が見えてしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ついに次世代部隊が動き出すため次世代揚陸艦の左舷ハッチが開いていく。

 

主力部隊に先行して降下する降下誘導部隊がホバーリングする揚陸艦から次々と飛び降りていく。

 

「GO!GO!GO!!」

 

飛び降りていくデモニカ兵達には空挺部隊の装備が施されている。

 

HALO方式で降下してきたデモニカ兵達が地面に着地した後、周囲を警戒するために銃を向ける。

 

デモニカ部隊で使われる専用のアサルトライフルを構える兵士達は周囲の安全確保のために動く。

 

次世代揚陸艦の航続距離は長くないため、着陸拠点を確保する必要があるのだ。

 

街灯すら無い霧峰村の夜道でさえデモニカ兵達には何の障害にもならない。

 

デモニカ兵が装備するバケツめいたヘルメットはあらゆる極致での行動を可能にする装備がある。

 

暗視装置、サーマルカメラ、毒ガス装備、宇宙のような真空空間ですら空気を保つ機能があった。

 

降下部隊が潜伏する場所に近寄ってくるのは夜勤の巡回任務を任されている巫達である。

 

「空に何かが見えたのはこっちの方なの?」

 

「うん…パラシュートのようなものが沢山下りてくるのが見えたの」

 

巫達まで数百メートルの距離があるが、マークスマン狙撃兵もいるので問題にはならない。

 

「あっ…?」

 

右側の魔法少女の頭部が突然弾ける。

 

返り血を浴びた横の巫が顔を向けるよりも先に彼女の頭部も弾けた。

 

サイレンサーを装備した狙撃銃を構えるデモニカ兵の銃口からは硝煙が立ち上っている。

 

円環のコトワリに導かれる光景すら見えるデモニカ兵達は敵兵を無力化させたようだ。

 

Beautiful.(ビューティフォー)

 

見つからずに敵兵を仕留める戦い方こそが特殊部隊のもっとも望ましい戦闘形態。

 

完璧な仕事を遂行するデモニカ兵達は特殊部隊から集められた選りすぐりの精鋭達であった。

 

相手は魔力をもった魔獣や悪魔ではない人間の兵士達。

 

ソウルジェムの魔力探知は全く役に立たず、巡回任務を続けていた巫達は次々と殺されていく。

 

Team A secured the ground.(Aチームが地上の安全を確保しました)

 

Drop the ship.(艦を降下させろ)

 

ホバーリングを続けていた次世代揚陸艦が地上へと降下してくる。

 

霧峰村の集落から離れた田舎道を潰す程の質量が空から降下してきたようだ。

 

Launch the main force.(主力部隊を発進させろ)

 

Copy that. Team B, Team C, please launch.(了解。BチームCチームは発進して下さい)

 

次世代揚陸艦の巨大な後部ハッチが開いていく。

 

車両格納スペースから発進していくのは歩兵を援護するための米軍兵器。

 

M1A2C戦車、LAV-25歩兵戦闘車、M2A4ブラッドレー歩兵戦闘車等が次々と出撃していく。

 

火器管制はデモニカとデータリンクしており目標の視認が不可能だった悪魔にも狙いがつけれる。

 

後部ハッチの上部にもハッチが備わっており、左右にスライドしていく。

 

伸び出てきたのはヘリ空母として使われる揚陸艦の滑走路である。

 

発進していくのはV-22オスプレイと呼ばれる垂直離着陸機であり、兵員輸送を行う。

 

The target is all villagers. Destroy them.(目標は全ての村人だ。撃滅せよ)

 

霧峰村の集落に向けて最新鋭の軍隊が攻め込んでくる。

 

時女一族は魔法少女一族であり、武器術や忍術にも秀でた戦闘集団である。

 

しかしこの一族には克服出来ない弱点がある。

 

あまりにも時代錯誤な道具しか使わないため迅速な連絡手段がない。

 

情報伝達力が著しく欠如しているため米軍の侵攻にさえ気が付いてくれないのだ。

 

寝静まる静香達が米軍の侵攻に気が付いたのは航空機が接近する音に感づいた時であった。

 

「この音は……?」

 

上空では霧峰村に接近するストライクイーグル編隊が迫っている。

 

爆撃コースに乗った戦闘攻撃機の両主翼下の大型パイロンからMark77爆弾が切り離された。

 

「な、何なの!!?」

 

突如として巨大な音が響き渡り、暗かった外が火のように真っ赤な明かりを生み出していく。

 

慌てて飛び起きた静香が襖を開けると絶句する。

 

「あ……あぁ……あぁぁぁぁ……っ!!!」

 

静香が見た光景。

 

それは彼女が愛した霧峰村が火の海に包まれている地獄の光景であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

霧峰村の火の見櫓からけたたましい半鐘の音が響き続ける。

 

ナパーム弾と効果が変わらないMark77爆弾が山に投下されたため村は火の海に囲まれている。

 

これは村人達の退路を断つためであり、火の手に阻まれ逃げられる場所が限られてしまう。

 

その逃げ道に陣を張り待ち伏せ攻撃を仕掛ける作戦なのだ。

 

静香の屋敷は村の奥まった場所にあり、霧峰村の全景が良く見える。

 

だからこそ米軍の装甲車や垂直離着陸機が迫ってきている光景が信じられなかったのだ。

 

魔法少女姿に変身した静香は大急ぎで屋敷の外に出てくる。

 

彼女に駆け寄ってきたのは巡回任務についていた巫達であった。

 

「大変です!!この村は軍隊の攻撃を受けています!!」

 

「見れば分かるわ!!いったいどこの軍隊が私達の村に攻め入ってきたというのよ!?」

 

「連中の使用している兵器から見て……米軍だと思われます」

 

「米軍ですって!?日の本と米国は日米安保条約が結ばれているんじゃないの!!」

 

「そんなの分かりません!!とにかく攻めてきているのは米軍で間違いないです!!」

 

静香の脳裏には神子柴から言われた言葉が過る。

 

寄生虫が語った言葉の内容で全ての合点がいったのか、静香の歯が食いしばられていく。

 

「私達は見捨てられたのね…。ヤタガラスからも…日の本の政府からも……()()()()()()()!!」

 

「ど、どうしよう!!私達の村が…家族が…みんな死んじゃうよぉーーっ!!!」

 

泣き喚きながらパニックに陥る巫達を見た静香は大きく息を吸い込んで吐き出す。

 

怒りに飲まれて戦えば死ぬという経験を積んだことで冷静さをどうにか保つ。

 

「巫集に伝令を届けて!村人達の避難誘導と敵軍を食い止めるのを両方行う必要があるわ!!」

 

「は……はいっ!!」

 

この村を守る巫達は飛ぶように行動を始めていく。

 

しかし彼女達の努力は無駄とも言える光景が生み出されるのだ。

 

四方を山という城壁に囲まれていようとも敵軍は空から城内に進軍してきた。

 

待っているのは籠城していた者達の大虐殺光景である。

 

「ヒィーーーッッ!!?」

 

老夫婦が暮らす家の玄関を蹴破って侵入してきたデモニカ兵達が銃を構える。

 

<<ギャァァァーーーーッッ!!!!>>

 

逃げようとしていた老夫婦は容赦なく撃ち殺されたようだ。

 

家から出てきたデモニカ兵を確認した外のデモニカ兵達が焼夷手榴弾を家に放り込む。

 

家に火を放ったデモニカ兵達は次の獲物を求めて駆けていく。

 

「お願いだから泣かないで!いい子だから……絶対に泣かないで!!」

 

赤子を隠し扉の奥に仕舞った若い母親だが、家の中に侵入してきた者が銃を構える。

 

「キャァァーーーーッッ!!!」

 

母親を撃ち殺したデモニカ兵は家を出ようとするが立ち止まる。

 

バケツめいたヘルメットのサーマル機能を使ってもう一度家の中を見回す。

 

There you are hiding.(そこに隠れていたか)

 

隠し扉を開けると赤子のけたたましい泣き声がデモニカ兵を襲う。

 

しかし慈悲無き虐殺部隊は顔色一つ変えずに銃を構える。

 

Curse you for being born in this village.(この村で生まれたことを呪え)

 

家から出てきた兵士を確認した後、アサルトライフルに装備したグレネードを構えていく。

 

焼夷グレネードが撃ち込まれた家は激しく燃え上った。

 

後方で待機している戦車に代わり、歩兵戦闘車が集落の中まで進軍してくる。

 

村の人々が苦労して耕した畑を踏み壊し、機銃掃射を行い続ける。

 

上空からは兵員を輸送し終えたオスプレイの後部から撃ち続けられる機銃攻撃が地上を襲う。

 

ドアガンナーが撃ち続ける機銃攻撃で逃げ惑う人々が次々と撃ち殺されていくのだ。

 

村人達はパニックとなり、避難場所に向かう事も出来ず散り散りになって逃げ惑う。

 

焼かれた山を避けるようにして森の中に逃げ込んだ少数の村人達もいたようだ。

 

「大丈夫だ!俺達は絶対に死なねぇ!諦めるんじゃねーぞ母さん!!」

 

「あたしはいいから…あんただけでも走って逃げるんだよぉ!!」

 

「父さんは病気で死んだ!病気がちな母さんまで見殺しにして逃げられるかよー!!」

 

少数の村人達が逃げ込んだ森を歩いていくと自衛隊の兵士達と出くわしてしまう。

 

「自衛隊の人達か!?た、助かった…!助けてくれ…霧峰村が何処かの軍隊に襲われてる!」

 

母親を背負った中年の男が必死になって状況を自衛隊員達に伝えようとしてくれる。

 

しかし息子と母親を嘲笑う表情を浮かべた自衛隊員達が何かを向けてくる。

 

「ちょ…ちょっと……っ!!?」

 

自衛隊員達が構えていた武器とは携帯放射器と呼ばれる火炎放射器であった。

 

「汚物共は消毒だーーッッ!!!」

 

自衛隊員から火炎放射器を浴びせられた者達が悲鳴を上げながら焼け死んでいく。

 

焼け焦げた死体に近づいてきた自衛隊員は唾を死体に吐きかけてくる。

 

「ざまぁみろ!俺達を馬鹿にする日本人共め!いい日本人は死んだ日本人だけだよなー!!」

 

「俺達から逃げる奴はみんな日本人だ!逃げない奴はよく訓練された日本人だ!!」

 

「ホント、民族戦争は地獄だぜ!!フハハハハハーーーッッ!!!」

 

彼らこそが自衛隊に存在していると言われる在日部隊、パイナップル・ブリゲイツである。

 

在日部隊とは米軍から自衛隊に徴用された存在だ。

 

J()A()L()()()()便()()()等に関わった殺戮部隊として悪名高い秘密部隊であった。

 

「こっちは逃げてくる奴らを待ち伏せるだけで退屈だなぁ。本隊の連中が羨ましいぜ」

 

「全くだ。霧峰村の麓の集落も…今頃俺達の本隊が焼き尽くしてる頃だろうなぁ」

 

殺戮部隊の隊員が語った言葉が事実ならば、土岐すなおが暮らした集落の終わりである。

 

霧峰村の麓の集落もまた霧峰村から近しい存在であり、掃討戦が行われていた。

 

「た…助けて……助けてくれーーーっ!!!」

 

牛小屋の中で追い詰められたのは土岐すなおの両親である。

 

燃え上る集落から迫ってくるのは火炎放射器を装備したパイナップル軍であった。

 

火炎放射器を向けられたすなおの母親は涙を流しながら叫ぶ。

 

「すなお…貴女だけでも……生き残ってーーーッッ!!!」

 

火炎放射の直撃を受けたすなおの両親が燃え上り絶命していく。

 

日本人に与える慈悲など存在しない在日部隊は残された村人を殺しに向かうようだった。

 

殺戮の上に殺戮が重ねられる地獄の如き戦場。

 

これがイルミナティとヤタガラスの秘密を嗅ぎ回った者に与えられる罰。

 

逃げ惑う人々はなぜ自分が殺されるのかさえ理解していないだろう。

 

この地獄は正義の探偵に憧れた広江ちはるが悪の秘密を追いかけたために生まれた惨劇であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

霧峰村の避難所として指定されているのは大神殿と呼ばれる洞窟の地下施設だ。

 

しかしそこに至るための橋が神子柴との戦いで破壊され、避難民達は大きく迂回させられる。

 

「みんな!!慌てないで下さい!!この橋は大勢で渡れる橋じゃありません!!」

 

「洞窟まで逃げ込めば攻撃は防げます!それまでどうか慌てないで下さい!!」

 

小さな橋に群がる避難民を誘導しているのはすなおとちかである。

 

恐怖で怯え切った表情を浮かべながらも静香から託された避難誘導を懸命に務めてくれる。

 

どうにか橋を渡りきらせたすなお達であるが、避難民と同じく焦っているすなおが叫び出す。

 

「私も…私も静香の援軍に行く!静香や巫集だけでは…あんな軍勢を押し留められない!」

 

「ダメです!静香さんに託された避難誘導はまだ終わってません!」

 

「この道を進めばみんな大神殿まで辿り着けるわ!私達も援軍に向かうべきよ!」

 

「いいえ!敵がいつ大神殿に気が付くか分かりません!私達は彼らの命を託されたんですよ!」

 

「どうしてそんなに冷静なの!?私…静香が心配で堪らない…怖くて堪らないの!!」

 

顔を真っ赤にしながら錯乱しているすなおに目掛けて手を上げる。

 

「ぐっ!?」

 

ちかからぶたれた痛みによって彼女は黙り込んでしまう。

 

「どんな窮地であっても冷静さを無くさないで!判断を誤れば皆が死ぬ…山と同じなんです!」

 

「ち…ちかさん……」

 

息を荒げるちかではあるが、彼女の目からも悔し涙が溢れ出していく。

 

「私だって静香さんの元に向かいたい!それでも絶対に譲れません!私は皆のガイドなんです!」

 

自然ガイドとしての経験と、尚紀との触れ合いによって青葉ちかの状況判断力は増している。

 

流されない者になろうと必死に感情を押し殺し続けるちかを見て、すなおも頷いてくれた。

 

「分かりました…私もちかさんと共に避難民を守ります。それが…静香の意思だと信じて!」

 

すなおとちかも小さな橋を渡りきり、避難民を守るために大神殿に向けて駆けていった。

 

村人を守るために巫集の全員が静香の屋敷の前に集まっている。

 

巫集の前に立つ静香は鬼気迫る程の表情を浮かべていた。

 

「私達は村人を守る盾となる!!これは死地に赴く戦いとなるわ!!」

 

忍者装備を纏った巫集も鬼気迫る表情を浮かべ、帰れない戦いに赴く覚悟を決めてくれる。

 

「私達は日の本を守るための刃!時女の矜持を貫く私は村の為に戦う!貴女達はどうなの!?」

 

<<私達も戦う!!>>

 

「この村で生まれた私は…この村が大好き!!死んでも守りたい!!貴女達はどうなの!?」

 

<<私達も守りたい!!命に代えても守りたい!!>>

 

「私と巫集の心は一つよ!!我ら一丸となりて敵を討つ!!この身に代えても敵を倒す!!」

 

<<おおぉぉぉーーーッッ!!!>>

 

決死の覚悟を決めた巫達の魂が燃え上る。

 

時女の長となるべき静香と共に時女一族の巫集が出陣していくのだ。

 

「静香…こんなことになっちまって…あたしは…悔しいよ…」

 

静香の横を走っているのは防衛戦に参加してくれた涼子である。

 

彼女の両目からは悔し涙が溢れ出し、顔を真っ赤にしながら慟哭を叫んでしまう。

 

「時女一族はやっと変われたのに……好きになれたのに……こんなのってないよぉーッッ!!」

 

立ち止まってしまった涼子が辛さのあまり泣き喚いてしまう。

 

気丈で熱血な性格をしている涼子でさえこの有様である。

 

生まれ故郷が焼かれていく巫達の心は涼子以上に泣き叫んでいる筈だ。

 

「涼子…この村を好きになってくれて…有難う。円環のコトワリに導かれるなら…一緒がいいわ」

 

自分よりも辛い立場の静香の優しい言葉が涼子の胸を貫いてしまう。

 

「ぐすっ…えっぐ……静香……静香ぁぁぁーーーッッ!!!」

 

泣き喚いたまま涼子は静香に抱きついてくる。

 

優しく彼女を抱きしめてあげる静香の両目も涙で溢れそうになっていた。

 

「静香さん!!娘を見ませんでしたか!!」

 

走ってきたのは広江ちはるの母親だったようだ。

 

「娘が家から飛び出して行ったんです!!こんな事になったのは自分のせいだと叫びながら!!」

 

「そんな……ちゃる……なんてことを!!」

 

「あたしが探しに行く!!自責の念に憑りつかれたあいつは…何をするか分からない!!」

 

「涼子…ちゃるを探して!あの子はきっと村人の救出に向かったのよ…自分の罪を償うために!」

 

それを聞いたちはるの母は理解した。

 

自分の娘のせいで地獄の戦場が生まれてしまったということに。

 

「…私が娘を探します。きっとこの地獄の光景は…ちはるが生み出したものだと思うから」

 

「ダメよ!!貴女は村人達と一緒に避難場所に向かって!」

 

「そうだよ!!そこらじゅう銃弾が飛び交ってるんだぞ!死にに行くようなもんだ!!」

 

「いいえ!一人娘の母としての責任があります!私はあの子を救いたい…私はあの子の母なの!」

 

踵を返して走り去っていくちはるの母を止める余裕は2人には無い。

 

「…信じるしかないわ。あの人が生き残れるチャンスを作る為に…戦いに向かいましょう」

 

「静香…いいや、大将。あたしは腹を括ったよ…お前さんとなら…轡を並べて死ねる!!」

 

静香と涼子は先に向かった巫集と共に命を散らす覚悟を示すために動き出す。

 

しかし魔法少女達は自分の異変に気がついてはいない。

 

だからこそ、その命を無駄に散らせることになっていく。

 

巫が迫ってきているのは村の上空を飛び交うプログラム飛行型ドローンのカメラに映っている。

 

映像データは揚陸艦だけでなくデモニカ兵達とも情報がリンクして表示されているようだ。

 

そのため敵を先に見つけ出したデモニカ部隊は航空支援を要請したのである。

 

「こ……こんなのって……」

 

「嘘だろ……おい……」

 

静香と涼子は駆け付けた現場を見て絶句する。

 

迫りくるデモニカ部隊を待ち構えるため隠密行動していた巫達が全滅している光景だ。

 

上空から爆撃されたかのようにしてクレーターが掘られた周りには巫達の死骸が転がっている。

 

原型を留めない死骸達が光りを放ち、次々と円環のコトワリに導かれている現場であったのだ。

 

「危ない!!!」

 

涼子が静香を庇うようにして抱き着きながら跳躍する。

 

彼女達がいた場所には上空からの砲弾が迫り、着弾と同時に爆発する。

 

村の上空を低空左旋回しながら飛んでいるのはガンシップである。

 

胴体内部から左側面に突き出す形で装備した榴弾砲の一撃が巫達をミンチに変えたのだ。

 

「ぐっ…うぅ……」

 

涼子に庇われた静香が起き上がるが、呻き声を上げる涼子の状態を見て顔を青くする。

 

「涼子……なんて酷い傷……」

 

背中には榴弾の破片が突き刺さっており臓器にまで達している。

 

「待ってて!今回復するから!!」

 

静香が回復魔法をかけようとするが異変に気が付く。

 

「どうして……どうして回復魔法が使えないの!?」

 

これこそが魔法が使える魔法少女達がなす術もなく殺された原因である。

 

ヤタガラスが構築した魔封結界によって巫達は魔法が封印されていた。

 

そのため巫集の魔法少女達は迫りくるガンシップに向けての有効攻撃が行えずに殲滅されたのだ。

 

「魔法が使えないからみんな殺されたのね…。私だって魔法が使えないなら…どう戦えば…」

 

迷っている暇もなく、涼子を両手で担いだ静香が駆けていく。

 

ガンシップから撃たれるバルカン砲と機関砲の嵐が地上に向けて撃ち込まれていくからだ。

 

肩に涼子を担いでいる静香は何かに気が付く。

 

「私の剣がない…?ご先祖様達の剣が…替えの効かない大切な剣が……」

 

静香は自分の魔法武器である七支刀を無くしている。

 

ガンシップから撃たれた榴弾砲の着弾によって何処かに飛ばされていったようだ。

 

「迷ってる暇は無い……走らなきゃ!!」

 

ガンシップの射線から逃げるようにして静香と涼子は逃げ惑う。

 

彼女達を追撃していくのはデモニカ兵達である。

 

Don't let him get away! Surround and destroy!(逃がすな!包囲して殲滅しろ!)

 

絶体絶命の状態であるが静香の闘志は揺るぎない炎によって燃え上っている。

 

それは三浦旭も同じであり、彼女はガンシップに目掛けて果敢にも射撃を繰り返す。

 

「下りてこい!!我の銃弾が届く高度にまで下りてきやがれでありますーッッ!!」

 

魔法の力が使えない状態であっても旭はライフル弾を撃ち続ける。

 

魔力が籠らない銃弾ではガンシップを狙撃することは出来なかったようだ。

 

スナイパーが何度も狙撃を行っては敵兵に位置を特定されてしまう。

 

They seem to be sniping from that mountain.(あの山から狙撃しているようだ)

 

I'll show you the U.S. Army sniper hunt.(米軍の狙撃兵狩りを見せてやる)

 

デモニカ兵から通信を受け取ったストライクイーグル編隊は旭が潜んだ山に飛行していく。

 

攻撃コースに乗ったストライクイーグルが放つのは空対地ミサイル。

 

次々と放たれた空対地ミサイルに気が付いた旭は木の枝から飛び降りる。

 

「うわぁぁぁぁーーーッッ!!!」

 

山に次々と着弾したミサイルの爆炎によって山が火の海と化していく。

 

必死になって山から駆け降りる狙撃兵魔法少女であるが、次の攻撃が迫っている。

 

「ぐわぁぁぁーーーッッ!!!」

 

至近距離にミサイルが着弾した旭は爆風に吹き飛ばされてしまう。

 

手を離してしまった旭の大切なライフル銃は爆発に巻き込まれて壊れてしまったようだ。

 

これが制空権を確保した米軍の圧倒的な航空優勢によるスナイパー狩りの光景であった。

 

「ぐっ…うぅ……まだで……ります……」

 

這い這いの姿で地面を進むのは全身に大火傷を負ってしまった旭の姿。

 

彼女の首から下は皮膚移植が必要な程にまで焼け爛れていたのだ。

 

旋回を続けるガンシップも旭がいる山に照準を向けていく。

 

榴弾砲と機関砲の雨が迫る中、旭は見つけた古井戸の中に滑り込むようにして避難する。

 

彼女がいた周囲に次々と榴弾砲と機関砲の雨が降り注ぎ、スナイパーを殺そうとしたようだ。

 

古井戸の中に落ちた旭は受け身をとることさえ出来ずに体を激しく強打する。

 

意識が遠のいていく中、旭の心の中には深い絶望の感情が広がってしまう。

 

「またで……ありますか……。どうして…我は……失って……ばかり……」

 

故郷で受けた迫害によって三浦旭は居場所を失った。

 

逃げるようにして故郷を飛び出し、霧峰村に流れ着いた彼女は新しい居場所を手に入れた。

 

なのにまた失うのである。

 

「我の人生は……虚無で……ありま…す……」

 

意識を失った彼女を救いに現れる者はいない。

 

それは霧峰村の人々とて同じ状況であり、空と地上からの同時攻撃によって次々と死んでいく。

 

業火に包まれた村の中を走り回る存在こそ、この事件を引き起こすキッカケとなった者。

 

「お願い!!もうやめてーー!!私を殺すだけで許してよーーッッ!!!」

 

泣き叫びながらちはるは逃げ遅れた人はいないかと燃え上る家の中に飛び込んでいく。

 

家の中に入れば撃ち殺された死体だけしか見つける事は出来ない。

 

自殺とも思える救出行為を繰り返すせいで彼女は火傷塗れの姿となっていた。

 

呼吸器官を焼かれてしまったちはるは息をするのも苦しい状態であるが、それでも走り続ける。

 

「誰か…誰かいないの…?お願い…誰か返事して…お願いだから…誰か生きてて!!」

 

泣き叫ぶ彼女が空を見上げる。

 

「戦闘機が飛んでいった方角って…もしかして……大神殿!!?」

 

ちはるの予想は的中する。

 

大神殿の情報はヤタガラスから伝えられており、村人達が大勢避難するのを待っていた。

 

ストライクイーグル編隊がGBU-28バンカーバスター攻撃を仕掛けていく。

 

大神殿に入れる神楽殿に向けて次々と地中貫通爆弾がロケット加速しながら迫りくる。

 

高速度で落下することでコンクリートや盛土などの遮蔽物を貫通し、目標に到達したのちに爆発。

 

<<ギャァァァーーーーーーーッッ!!!!>>

 

地下の大神殿に逃げ込んでいた人々の上から崩れた岩盤が次々と落ちてくる。

 

岩盤に潰されていく大神殿空間は程なくして完全に埋まってしまったようであった。

 

地中貫通爆弾が直撃、炸裂したことによって大量の土砂が降り注ぐ。

 

<<キャァァーーーーッッ!!?>>

 

村人達を守る為に外で待ち構えていたすなおとちかは大量の土砂に埋もれてしまった。

 

「みんな…私のせいで…死んでいく…。私のせいだ…私が()()()()()()()()()()()()で……」

 

もはや茫然自失状態で業火の世界を歩く姿を晒すことしか出来なくなった広江ちはる。

 

彼女のソウルジェムは抑えの効かない絶望の色に染まっていくしかない。

 

大部分の村人を殺し終えたデモニカ部隊は残されている村人はいないかと捜索を続けている。

 

ちはるの姿もいずれ見つけられて殺されるか、ソウルジェムが砕けて死ぬのみとなってしまう。

 

静香達はデモニカ部隊の追撃とオスプレイの機銃掃射から逃げ続けることしか出来ない。

 

完全なる絶望によって支配されてしまった霧峰村。

 

かつてこの地に絶望を与えようとした悪者がいた。

 

悪者の寄生虫を打ち倒すことで正義のヒロイン達はハッピーエンドを迎えるのだと信じた。

 

しかし現実はどうだ?

 

神子柴を遥かに超える絶望によって霧峰村どころか麓の集落まで滅び去る。

 

正義のヒロインが勝利して正義を成してハッピーエンドなど、()()()()()()()()()()

 

理想と現実は余りにもかけ離れているもの。

 

正義を求める魔法少女の力など魔法が使えようが脆弱でしかない。

 

圧倒的な権力と資本を動かせる本物の悪の力の前では無力でしかない。

 

所詮は子供のヒーローごっこでしかなかったのだ。

 

正義という甘いお菓子に惑わされた魔法少女達は現実に打ちのめされ、泣き叫び、絶望していく。

 

もはや魔法少女達が救われるには、()()()()()()()()()()()しか救いの道などない。

 

それを与えてくれるやもしれない存在がこの世界にはいてくれる。

 

魔法少女達と共にこの世界に在ったのは、悪魔と呼ばれる存在。

 

悪魔を使役することが出来るデビルサマナー達。

 

魔法少女達は己の浅はかさを呪い、絶望しながら滅ぼされていくことなどあってはならない。

 

霧峰村の魔法少女達を救うために、ついに悪魔達は行動を起こす決意を示す時がきたのであった。

 




マギレコの静香ちゃんは炎属性なので、盛大な火属性付与を考えてみました(汗)
現実と因果に打ちのめされる物語こそまどマギとメガテンですよね!(確信)


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194話 母の愛

後方で待機していた次世代揚陸艦が山間を抜けながら霧峰村に迫りくる。

 

戦車部隊を前衛とする移動要塞は超巨大な装輪装甲によって大地を平らに変えていくのだ。

 

ブリッジでは巨大モニターに映し出される作戦風景を見つめる作戦指揮官達がいた。

 

<あっけないものだ。ヤタガラスの協力は余計だったかもしれん>

 

<これではデモニカ部隊の実戦運用データとしては不十分です。あまりにも容易く終わりました>

 

<デモニカ部隊は魔法が使える者達との実戦データが必要なのだ。あれでは課題も見えてこない>

 

<過剰な戦力投入は実戦試験にならないという教訓だけが残ったというわけですね>

 

もはや勝敗は決した状態となり、後は生き残っている魔法少女を殺戮するのみ。

 

霧峰村の集落にまで入り込んできた揚陸艦を見た静香の表情は絶望で歪んでしまう。

 

「あんな巨大な鉄塊の船に乗って攻め込んできたなんて…。勝てない…もう…終わりなのね…」

 

追い詰められた静香は自宅の屋敷の中に潜み、息を殺して身を隠すことしか出来ない。

 

静香の屋敷はデモニカ部隊に取り囲まれており、絶体絶命の状況である。

 

「せめて魔法が使えたら…。どうして私達の魔法が使えなくなったのよ…」

 

何かの仕掛けが作用してると判断した静香は燃え上る村の外側に視線を向ける。

 

遠くの景色には天を穿つ光の柱が何本か見えたようだ。

 

「あの仕掛けが魔法の力を封印しているのね…?だけど遠過ぎる…破壊しに向かう余裕はない…」

 

静香の横には大怪我をした涼子が寝かされている。

 

出血が酷く、早く傷を癒さなければ体が死を受け入れて円環のコトワリに導かれてしまうだろう。

 

「静香…あたしはもう…ダメだ…。お前だけでも生き残って…分家を導いてくれ…」

 

「ダメよ!!貴女を見捨てるぐらいなら…私はここで討ち死にするわ!!」

 

「バカ野郎…お前さんは優し過ぎるよ…。だけどそんな静香が……あたしは大好きだ…」

 

「守れなくてごめんなさい…涼子。せめて…死ぬ時は一緒でありたいわね」

 

静香は自分の部屋に飾っていた打刀の柄を握り締めて抜刀する。

 

デモニカ部隊が攻め入ってくるのを迎え撃つために門に向かおうとした時だった。

 

「あっ……光の柱の一つが消えた?」

 

静香が見上げた先ではヤタガラスが仕掛けた魔封結界の起点の柱が消失していく。

 

その光景は次々と起こっていき、ついに最後の結界の起点まで消失してくれたようだ。

 

体が軽くなった気がした静香は打刀に魔力を込めてみる。

 

「やったわ!魔法の力が使えるみたい!誰かがあの光の柱を壊してくれたのね!!」

 

静香は打刀に魔力を大きく注ぎ込み、天に向けて構える。

 

切り札であるマギア魔法を行使されたデモニカ部隊が空を見上げていく。

 

What was that!(あれは何だ!)

 

空に描かれたのは時女一族の家紋である四葉桜紋。

 

放たれる一撃こそ静香のマギア魔法である巫流・祈祷通天ノ光であった。

 

Get out of the way!(退避しろ!!)

 

危険を察知したデモニカ兵達の頭上にはロックオンの如き桜紋の印が浮かぶ。

 

「悪鬼浄滅の光よ…ここに!!」

 

空から一気に光の柱が撃ち出されデモニカ兵達を頭上から貫く。

 

<<AAARRRGGG!!!(グワァァーーッッ!!)>>

 

天の光に焼き尽くされたデモニカ兵達が次々と倒れていく。

 

デモニカスーツの耐性でも防ぎきれなかった一撃によって全員が絶命したようだ。

 

<<Confirmation of life arrest of the wearer.(装着者の生命停止を確認)>>

 

<<Confidentiality Code Approval.(機密保持コード承認)>>

 

<<Allied troops in the vicinity should evacuate.(付近の味方部隊は退避して下さい)>>

 

絶命したデモニカ兵達のバケツめいたヘルメットが光りを放つ。

 

静香の屋敷の周りで次々と爆発が起こり、デモニカスーツの機密は灰塵となった。

 

「ごめんなさい…無理をさせたわね」

 

静香が握っている打刀は魔力行使に耐え切れずに砕けてしまう。

 

刀を捨てた静香は涼子の元に駆け寄って回復魔法をかけていく。

 

背中の傷が癒えた涼子が立ち上がり、疲れた笑顔を浮かべてくれたようだ。

 

「急に魔法が使えるようになったみたいだけど…どうしてなんだろうな?」

 

「きっと村を囲んでいた光の柱が私達の魔法を封印してたのよ。誰かが壊してくれたみたいね」

 

「援軍が来てくれたってことか?だけど…この村には電話さえないんだろ?」

 

「麓の集落まで行かないとないわね…。だとしたら、麓の村の人が連絡したのかしら?」

 

「そう願いたいね。だけどどうする…?巫集までやられちまったし…もう戦力がないよ」

 

「生き残っている人達と共に村を脱出するしかないわ。私はちゃるを探してみる!」

 

静香は屋敷の中に入っていき用意出来る武器をかき集めていく。

 

準備を終えた静香と涼子は広江ちはる捜索のために動き出したようだ。

 

デモニカ兵達が戦死した情報は揚陸艦ブリッジに集められている。

 

バイタルサインが消えた部隊の情報を受け取った貴族風の男達の顔に不気味な笑みが浮かぶ。

 

<そうこなくてはな。死んだデモニカ兵達から収集したデータこそがデモニカを成長させる>

 

<魔法が行使出来るようになったということは、ヤタガラスの結界が破られた証拠ですね>

 

<この村の周囲から感じられる魔力…これは魔法少女のものではない、悪魔のものだ>

 

<だとすれば…情報にあった妖精郷の妖精達が動いたというのでしょうか?>

 

<気まぐれな妖精共が魔法少女の味方をするとは考え辛いが…近くにいる悪魔は奴らしかいない>

 

<丁度いい。悪魔との実戦データを得られるチャンスを見逃すわけにはいかないです>

 

迎撃任務を受け取ったデモニカ兵達が悪魔を迎撃するため迎え撃つ。

 

そこ頃、土砂に埋もれたすなおとちかは酸欠に苦しむ表情を浮かべている。

 

このまま死ぬのかと絶望していた時、上に被さっている土砂が軽くなったような気がした。

 

「死ぬんじゃねーぞ!ちかーーっ!!すなおは引っ張りだしたから後はお前だけだー!!」

 

ちかを掘り出してくれたのは妖精郷のトロールである。

 

咽込むちかはトロールの姿を見て安堵の表情を浮かべてくれたようだ。

 

「トロールさん…助けてくれて本当にありがとう。でも…どうして来てくれたんですか?」

 

「オレだけじゃないぞ!妖精郷の悪魔達が全員動いてくれたんだ!!」

 

「オベロンさんとティターニアさんが助けてくれるなんて…本当に感謝します」

 

助かったすなおとちかではあるが、大神殿があった方に振り向く。

 

神楽殿があった場所は巨大な陥没が広がっており、地下空間が崩壊した証拠であった。

 

「守ってあげられなかった…。私は…ガイド失格ですね…」

 

今にも泣きそうなちかの肩にすなおは手を置いてくれる。

 

「いいえ、ちかさんは立派なガイドです。不安と恐怖で錯乱した私を導いてくれたのだから」

 

「だけど…悔しいです。大勢の人達の命が消えてしまうだなんて…」

 

「これ以上はもう持ちこたえられない。静香と合流するべきだと思うわ」

 

「お前達はそうしろ!オレはこの村を焼いた悪い連中をぶちのめしに行く!」

 

「トロールさん…気をつけて。貴方まで死んでしまったら…私は凄く悲しいです」

 

「任せとけ、ちか!連中を月の彼方にまでぶっ飛ばしてやる!!」

 

巨大な棍棒を担いだトロールが戦場に向かう姿を魔法少女達は見送ってくれる。

 

すなおとちかも顔を向け合って頷き、静香の元へと駆けていった。

 

妖精達に助けられたのは静香やすなお達だけではない。

 

「旭!お願いだから目を開けて!!旭ーーーッッ!!」

 

顔の前で喧しい声を出している存在に気が付いた旭が目を開けていく。

 

「シルフ殿…?コダマ殿…?」

 

旭を救ってくれたのはシルフとコダマであったようだ。

 

立ち上がった旭が体を見てみると全身の傷は全回復している。

 

「シルフ殿とコダマ殿が我を救ってくれたのでありますね…感謝するであります」

 

「シルフは回復魔法のすぺしゃりすとなの!体の傷はぜんぶ治ったと思うけど…どう?」

 

旭は上着をめくって体の状態を確認してみる。

 

「シルフ殿は凄いであります…。全身の火傷どころか…昔の古傷まで消えてしまうだなんて」

 

「古傷が消えちゃうと何か不味かったわけ…?」

 

「いや…我の過去を忘れないために残そうと思ったのでありますが…構わないであります」

 

「旭…どうするの?外の様子だと…もうこの村はダメみたいだけど…それでも戦うの?」

 

シルフに問われた旭の顔が俯いてしまう。

 

前髪で表情は隠れているが、怒りに震えているのならば分かる。

 

「我は…あの軍隊を絶対に許さないであります。我の命がある限り…戦うであります」

 

「だけど…旭のライフル銃は無くしちゃったんでしょ?武器がないんじゃどうしようもないよ!」

 

「武器ならあるであります」

 

旭は古井戸の奥に視線を向ける。

 

彼女が飛び込んだ先とは静香の母が利用している武器庫とも呼べる場所であった。

 

古井戸の奥に進んでいく旭は無断使用になるのを承知で武器と弾薬をかき集めていく。

 

「我の魔法行使は武器を選ばないであります。銃であるならば…我の弾は悪魔でも撃ち殺せる」

 

全身フル装備ともいえる状態となった旭は最後の武器に手を伸ばす。

 

それは静香の母でも扱いきれなかったNTW-20と呼ばれる大型の狙撃銃であった。

 

「シルフ殿、コダマ殿。我は戦場に行くであります。恩を返す余裕はないであります」

 

「それってもしかして…死ぬつもりで戦場に行くっていうわけ!?どうかしてるわよ!」

 

「この村が滅びるなら…我も滅びていいであります。我にはもう…帰る故郷はないのだから」

 

悲しい表情を浮かべながらも微笑んでくれる旭の決意は固い。

 

このまま送り出しては彼女は死んでしまうと判断したシルフもまた覚悟を決めてくれる。

 

「ハァ…魔法少女も妖精に負けないぐらい我儘なんだから」

 

「シルフ殿…?」

 

旭の肩に座り込んでくれたシルフが顔を向けて微笑んでくれる。

 

「私も一緒に行ってあげる。悪魔の魔法の力を思い知らせてあげるんだから!」

 

「だったらボクも一緒に行くよ!シルフも旭もだいじな友達だから!」

 

妖精達の優しさを感じ取れた旭の目に嬉し涙が浮かんでしまう。

 

「我はまだ…独りぼっちではなさそうでありますね。では皆さん…出撃するであります!」

 

妖精と共に魔法少女達は反撃の狼煙を上げようとしている。

 

燃え上る村の方ではデモニカ部隊と交戦を繰り返す妖精達の姿が大勢いてくれる。

 

魔法少女達は最後の一人になってでも戦っていくだろう。

 

霧峰村を愛する者として、命をかけてでも譲れない戦いがここにはあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

霧峰村の集落は戦場の如き大乱戦となっていく。

 

妖精郷の主戦力とも言えるハイピクシー達が次々と雷魔法を放っていく。

 

雷に焼かれていくデモニカ部隊も応戦を繰り返し、妖精達にも次々と犠牲者が生まれてしまう。

 

They're coming from the sides!(側面からも来るぞ!!)

 

We're surrounded! Request air support!(囲まれている!?航空支援を要請しろ!)

 

デモニカ部隊の側面を突いてきたのは魔封結界を破壊しに向かったホブゴブリン達の軍勢。

 

巨大な棍棒を片手に迫りくる大男達に向けて航空支援攻撃が放たれる。

 

爆撃によってホブゴブリン達は挽肉となってMAGを放出する最後を迎えていく。

 

デモニカ部隊に近寄るチャンスさえ手に入れられない状況を打破したのは三浦旭の一撃。

 

エンジンを撃ち抜かれたガンシップが火の手を上げながら墜落していく。

 

火の見櫓に登った旭が構えている銃こそ、航空機関砲サイズの弾を撃つ大型の狙撃銃であった。

 

「これが悪魔の合体魔法でありますか…!風の抵抗すらなく弾を撃てるだなんて!」

 

旭の肩に座っているシルフが行使したのは『疾風弾』と呼ばれる合体魔法。

 

銃弾に疾風属性を纏わせると同時に風の抵抗を軽減させて飛距離を伸ばしてくれる効果がある。

 

「旭!あのヘリコプターみたいな連中もやっちゃえー!!」

 

「任せるであります!!」

 

地上から高射砲の如き一撃が発射され、次々とオスプレイが撃墜されていく。

 

それに気が付いた上空のストライクイーグルが急降下してバルカン砲攻撃を仕掛けてくる。

 

「くっ!!」

 

火の見櫓を飛び越え、間一髪でバルカン砲の雨を回避。

 

宙を飛ぶ旭は驚きの表情を浮かべながら大きく空を飛び越えているようだ。

 

「こ…この跳躍力は一体!?魔法少女の身体能力を超えているでありますよ!?」

 

「これは神風って呼ばれる魔法だよ!風の通り道を作ってくれるから体が大きく軽くなるんだ!」

 

「コラ、コダマ!私が説明しようと思ったのに!」

 

「えー?別に減るもんじゃないしいいでしょー?」

 

「フフ♪悪魔を仲魔にするのは素晴らしいでありますね…これなら我も戦えるであります!」

 

「旭のソウルジェムの穢れは私が吸い出してあげる!安心して戦いなさい!!」

 

「やっちゃえー旭ーーっ!!」

 

「了解!!」

 

地面に着地した旭に目掛けて発射されたグレネード弾を跳躍回避。

 

側転宙返りを行いながら腰のホルスターからMP7サブマシンガンを引き抜く。

 

駆け抜けながらサブマシンガンを放ち、デモニカ兵達を撃ち殺す。

 

Shit!(くそ!!)

 

旭の背中に向けて銃を構えるデモニカ兵の頭上から迫ってくるのはウィルオウィスプ達である。

 

「うぉれ達ノプリティーアイドルヲ傷ツケル奴ァァァァ!!うぉれ達ガ許サネェェェェ!!」

 

亡霊悪魔に憑りつかれたデモニカ兵達は体の自由が利かなくなる。

 

次々と同士討ちを始めていくデモニカ兵達を見て、旭は亡霊達のお陰だと気が付いてくれた。

 

「旭ーッッ!!うぉれ達も来てやったぞー!!ここは任せて魔法少女を助けに向かえー!!」

 

「流石は亡霊悪魔であります!呼んでもないのに来てくれるなんて!」

 

「うぉれ達と旭の仲だー!!うぉまえが風呂に入ってたって背中を流しに現れてやるぞー!!」

 

「そんな真似をしたら清めの塩で成仏させてやるであります!!」

 

心強い仲魔達がいてくれたお陰で旭の心の中に広がっていた絶望の波が押し留められる。

 

まるでこの村に訪れた時に仲間達と巡り合えた喜びのような気持となっていく。

 

絶望を乗り越える力こそが、多くの者達との繋がりともいえるだろう絆の力なのであった。

 

旭は駆けつけたすなおとちかと合流を果たし、静香達の元へと駆けていく。

 

魔法少女と悪魔軍勢の反撃に押され続けているのは歩兵だけでなく装甲車部隊も同じだ。

 

後退しながら攻撃を繰り返す先から迫るのはスプリガンの巨体。

 

40メートルに至る程の巨人が持つ巨大な大岩が次々と歩兵戦闘車を破壊していく。

 

戦車部隊も前に出て砲撃を繰り返すが、スプリガンの巨体はびくともしない。

 

戦場の劣勢を覆した光景を見守るのは村の空を飛んでいるオベロンとティターニアである。

 

「怯むな!押し返すのです!!」

 

妖精達の指揮を執るオベロンであるが、横のティターニアは疲れた表情を浮かべている。

 

「こんなことなら、引っ越ししたジョロウグモに続くようにして私達も出て行くべきだったかも」

 

「我々妖精が暮らしていける場所はもう殆どありません。ここが最後の楽園だと考えてました」

 

「それもそうね…。槻賀多家の天斗樹林を失って以来…私達は数十年の流浪を繰り返したのよ」

 

「私達の最後の楽園を焼き尽くしてくれた礼をせずして、私はこの地を去るつもりはないのです」

 

「舐められたまま尻尾を撒いて逃げ出すのも癪だわ。こうなったら私もとことん暴れてやるわよ」

 

「その意気です。私達が相手をするべきなのは…あそこでふんぞり返っている連中ですよ」

 

妖精王夫婦が視線を向ける先には進軍してきた次世代揚陸艦がそびえ立つ。

 

揚陸艦の上部にそびえる巨大な艦砲が対地攻撃用誘導砲弾を発射する。

 

「グァァァァーーーッッ!!?」

 

戦車の砲撃さえびくともしなかったスプリガンであるが、超巨大な艦砲の直撃には耐えきれない。

 

体が砕け散ったスプリガンが大きく倒れ込み、体が崩壊してMAGの光を放出。

 

忌々しい表情を浮かべたオベロンが揚陸艦に向けて叫ぶ。

 

「出てきなさい悪魔共!!貴様達の相手は妖精王である私達がしてあげましょう!!」

 

オベロンとティターニアの姿は揚陸艦のモニターに映し出されている。

 

モーニングコートを着た白髪の中年男の口元には不敵な笑みが浮かび、踵を返す。

 

「我が行こう。せっかくの御使命だ…派手にやらせてもらおうか」

 

「この状況ではデモニカ部隊も長くはもたないでしょう。頼みましたよ、フラロウス卿」

 

「貴殿が出てくる必要は無い。後は我に任せてもらおうか…ネビロス卿」

 

ブリッジから姿を消すのはフラロウスと呼ばれるエグリゴリの堕天使。

 

彼の力が強大であるのは、ボルテクス時代の記憶をもつティターニアならば分かるだろう。

 

「…厄介な奴が出てきたわね。この気迫…人間に化けていようとも隠せないわ」

 

揚陸艦の上部甲板の上に現れた人間姿の男を見たティターニアは一目で正体を見抜く。

 

妖精の女王の脳裏に浮かぶのはボルテクス時代のカグツチ塔の記憶。

 

カグツチ塔に現れた堕天使の中には強力な悪魔がいたのだ。

 

空の妖精王夫婦を睨む男が上部甲板から飛び降りる。

 

空中を落下しながら貴族男がその正体を表すのだ。

 

全高40mにも上る巨大揚陸艦と並ぶ程の全高を持つ悪魔こそがフラロウスであった。

 

【フラロウス】

 

ソロモン王の七二柱の悪魔であり、豹面姿の戦士として表される地獄の大公爵。

 

魔導書ゴエティアにも登場しており64番目の序列に数えられ、36個の軍団を指揮する。

 

過去や未来を透視する力を持ち、火を自在に操り望みのものを焼き尽くす力をもつ。

 

また空言を好み、召喚者に対しては偽り事ばかりを言って貶めようとする存在であった。

 

「相変わらず…訳の分からない体の構造をした堕天使ですこと」

 

赤と黒で彩られた豹人間の形をしているが豹の顔は胸部に存在している。

 

肩から首までは冠を表すような二本角が肩から伸び、首の部位には巨大な剣が差し込まれている。

 

まるで自分の体そのものが巨大な鞘の如き堕天使の姿であった。

 

「気をつけて…オベロン。私は人修羅の坊やと共にあの堕天使と戦ったことがあるから分かる」

 

「奴の力はどうでした?」

 

「強かったわ…。奴は強力な物理魔法と炎魔法を駆使してくる…特にあの剣には気をつけなさい」

 

「では…私が前に出ましょう。小さな姿をした私ですが、打たれ強さには自信があります」

 

鞘からサーベルを抜いたオベロンが一気に急降下してくる。

 

ティターニアは両手を構え、全身から氷結の霊気を発していく。

 

「来るがいい妖精王共!!我が魔剣を抜かせられる程の実力があるのかどうか…試してやる!!」

 

フラロウスは両手の鉤爪を大きく伸ばし、オベロンとティターニアを迎え撃つ態勢を見せた。

 

激戦に続く激戦を制するのはどちらなのか。

 

どちらも譲れない戦いを仕掛け合う両雄の戦いは壮絶さを増していくだろう。

 

だが堕天使軍の力は侮れず、徐々にだが妖精達が押され始めている。

 

敵は圧倒的な物量を投入しており、未だに包囲殲滅する力を有しているのだ。

 

フラロウスが前線に出てきたこともあり霧峰村の守り人達は窮地に立たされていく。

 

この地獄を超えようと足掻く者達の戦いは最終局面を迎えようとしていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

茫然自失のまま燃え上る霧峰村を歩いていくのは広江ちはるの姿である。

 

彼女はもう誰にも顔を見せたくないと考えているようだ。

 

自分のせいで村人達が全滅するのだと激しく自分を呪い、村から逃げていく。

 

何処かでひっそりと死んでしまえばいいのだと絶望しながら歩いていた。

 

「もう…穢れが抑え込めない。これでいい…私はもう…生きている価値なんてないから…」

 

彼女が歩いていく方角とは禁忌の森。

 

村の人々さえ逃げ道として選ばなかった場所でなら誰にも見つからずに死ねる。

 

ふらつきながら歩く魔法少女のソウルジェムも限界が近い。

 

体を動かす程度の魔力さえなくなっていき、森の入り口に辿り着くよりも先に体が倒れ込む。

 

「あぁ……こんな場所で…私は死ぬ。それでもいい…もう苦しさに耐えられない…」

 

ちはるは魔法少女服に身に付けてあったソウルジェムを手に取る。

 

濁りは限界を迎えており、いつヒビが入ってもおかしくない。

 

「私は…正義の探偵になれなかった。広江ちはるは…みんなを死に追いやった…悪者でいい」

 

胸の中でソウルジェムを抱きしめ、芋虫のように体を丸めていく。

 

広江ちはるは悪の探偵。

 

みんなを死なせた大悪党。

 

自分自身を呪い殺すことがせめてもの償い。

 

そんなことを考えながら死のうとした時、小人が近寄ってきた気配に気が付いた。

 

「なんだ?悪者だから何もせずに野垂れ死ぬべきだとか考えてるのかよ?」

 

眼を開けてみると、斧を持ったゴブリンの姿が見えた。

 

「貴方はたしか…ゴブリンさんだっけ?」

 

「おう、俺はゴブリンだ。美少女を攫っていく()()()()()()()()()()()()だよ」

 

「そっか…貴方も悪者なんだね。だったら…私も同じ。私もね…みんなを死なせた悪者なの」

 

「だから死ぬのか?自責の念を抱えながら?悪者にはそれしか与えられないのかよ?」

 

「えっ……?」

 

自分でもなんでこんな話を言いたくなったかは分からない。

 

それでも悪者だと言われ続けたゴブリンと呼ばれる悪魔は語りたくなったようだ。

 

「俺は妖精だから…基本的には悪戯好きだ。人間から悪者だと言われ続けてきたよ」

 

「もしかして…その武器を持って戦いに行くの?他の妖精達と同じように…?」

 

「らしくもないことしてるのは分かってる。だけどよぉ…もう俺には居場所がないんだ」

 

「ゴブリンさんにとって…霧峰村は最後の居場所だったんだね…」

 

「俺はここを最後の場所だとする。悪者でもな…自分の居場所ぐらいは…守らせてくれよ」

 

「私も…この村が大好き。だから守りたかった……だけど……私は……」

 

「だったら、守りに行けばいい」

 

小人は片膝をついて手を伸ばしてくれる。

 

ちはるが握っていたソウルジェムに手を掲げれば絶望の穢れが吸い出されていく。

 

動けるようになったちはるは体を持ち上げてくれたようだ。

 

「さて、らしくもない話を魔法少女に聞かせちまったな。悪者の俺はそろそろ行くぜ」

 

「死にに行くようなものだよ……それでも行くの?」

 

「悪者が野垂れ死ぬなら誰も気になんてしないよ。だからまぁ……堂々と死んでくるさ」

 

片手を振りながらゴブリンは去っていく。

 

見送ることしか出来ないちはるは傍にあった木に背中を預けるようにして座り込む。

 

「悪者でも…守りたいものがある。だから戦う…命をかけてでも……」

 

自分にその資格はあるのかと考えてしまう。

 

そもそもこんな悲劇は自分が生まれてこなければ起こらなかったもの。

 

再び自責の念に飲まれたちはるの両目からは涙が溢れ出す。

 

「私なんて…生まれてこなければ良かった…。探偵になんて…憧れなければ良かった…」

 

正義の探偵を信じた魔法少女が正義の探偵を呪ってしまう。

 

悪の秘密を暴き出し正義を執行することで社会正義は成され、ヒーローとして称えられる。

 

そんな世界に憧れをもった少女は魔法少女となり、岡っ引きのような姿となった。

 

悪者を引っ立てて正義を成すべき魔法少女がもたらしたのは…大勢の死。

 

社会正義を執行する側の存在が社会悪と成り果てたのだ。

 

己の因果に飲み込まれた少女はまた絶望の世界に浸っていく。

 

「私なんて……わたしなんて……生まれてこなければ良かったんだぁーーッッ!!!」

 

広江ちはるの人生、広江ちはるの正義、広江ちはるが信じた信念。

 

それら全てを否定する言葉を叫んでしまう。

 

そんな彼女の絶望を否定してくれる存在はいてくれるのか?

 

きっといてくれる筈だ。

 

「バカなことを言わないで!!」

 

泣き喚く彼女が視線を向ける先に立っていたのは広江ちはるを産んでくれた母親。

 

彼女はちはるに駆け寄り、両肩を掴んで涙を流しながら叫んでくれる。

 

「ちはるの事を誰もが悪者だと言ったとしても…私はそれを否定する!私は貴女の母だから!!」

 

「お母さん……私がね…この地獄を生んだの。私が探偵ごっこなんてしたせいで…村は滅びるの」

 

「それでもね…私だけはちはるを守ってあげるわ。貴方と共に生きられた人生が…愛しいから」

 

そう言って抱き締めてくれた時、人間として生きた時代の記憶が蘇っていく。

 

何の変哲もない家庭に生まれ、勉強は苦手だけど友達とも仲良く過ごせた人間時代。

 

家に帰れば両親がいて、家族と食卓を囲み探偵ドラマの話で盛り上がってくれた優しい毎日。

 

そんな人生の隣にいてくれたのはいつだって母親だった。

 

「正義の味方になんてなれなくていい…完璧でなくてもいい…()()()()()()()()()()()のよ」

 

自分を産んでくれた人の言葉によってちはるの胸から絶望の感情が押し留められていく。

 

「私はありのままのちはるを愛しているわ。こんな私のお腹の中で産まれてくれて…ありがとう」

 

「お母さん……お母さん……お母さーーーんッッ!!!」

 

泣き喚くちはるは母親に抱きつき、力の限り泣いていく。

 

そんな娘の温もりをいつくしむかのようにして、ちはるの母は抱きしめたまま頭を撫でてくれる。

 

ちはるの心の中にあるのは絶望の感情ではなくなった。

 

今の彼女の中にあるのは母親への感謝の気持ち。

 

この世に産んでくれた人への愛情の気持ち。

 

それだけで心は絶望から救われ、生きる力を与えてくれるのだ。

 

「帰りましょう…ちはる。この村の家はなくなったけど…私達には私達の家があるじゃない」

 

「うん…ぐすっ…帰ろう…お母さん…。私とお母さんが生きてきた…あの家に……」

 

立ち上がらせてくれた母親に向けて泣き腫らした顔を向けるちはるの表情も晴れていく。

 

そんな娘に向けて母親は日常通りの笑顔を向けてくれた。

 

2人は手を繋いで帰っていく姿を見せてくれる。

 

楽しく生きてきただけの人間時代に戻れたかのようにして。

 

これこそが悪者と呼ばれようとも()()()()()()()()

 

子供のためなら周りから罵倒されて嘲笑われようとも()()()()()()()()()()()()()

 

子供を産んだ親の愛であったのだ。

 

親の愛を示す者は広江ちはるの母親だけではない。

 

ちはるを捜索していた静香と涼子はデモニカ兵達の追撃を受け分断されている。

 

静香を包囲殲滅しようと追い詰める兵士達を相手に果敢にも戦いを続けていく。

 

しかし静香が屋敷から持ってきた武器は魔法に耐えられる代物ではない。

 

魔法行使によって次々と砕けていき、ついには丸腰の状態となってしまった。

 

I've got you cornered, little girl!(追い詰めたぞ小娘!!)

 

銃を構えたデモニカ兵達が迫る中、手足を撃ち抜かれている静香は片膝をつく。

 

息を切らせる静香は諦めまいとするが、もはや絶体絶命の状態であった。

 

「これまでなの……?」

 

もはや勝機無しと判断した静香が目を閉じてしまう。

 

銃を構える兵士達であったが、突然の悲鳴が聞こえてきたため目を開ける。

 

「は……母様ーーッッ!!!」

 

静香を救出しに現れたのは静香の母親であった。

 

彼女が振るっている武器こそ、静香が無くしていたご先祖達の剣である。

 

「逃げるわよ静香!!」

 

「で、でも……母様……その体……」

 

静香の母親は爆撃を受けて燃え上る山を必死になって超えてきた。

 

そのため全身火傷を負ってしまい立っているのもやっとの状態であった。

 

それでも静香の手を引っ張って娘の命を助けようとする。

 

切り捨てられたデモニカ兵達が次々と爆発する中、どうにか助かったようだ。

 

「待って母様!早くその傷を回復しないと!」

 

「私のことはいい…。それよりも…この村の村長としてのお願いを聞いてくれるかしら?」

 

自宅である屋敷方面にまで走ってきた静香の母が立ち止まり、敵がいないのを確認する。

 

振り返った静香の母は娘に最後の望みを託そうとしてくれているのだ。

 

「この状況から見て…霧峰村はお終いよ。静香は生き残った人々を連れて…村を逃げなさい」

 

「そんな!?母様はどうする気なのよ!!」

 

「私は…この村の村長よ。村長として…全ての責任を負うわ。私はこの村の守り人なの」

 

「母様も一緒に逃げましょうよ!この村を捨てるのは辛い…だけど、母様と一緒なら…」

 

泣きそうな表情を浮かべている娘を見て、静香の母は首を振る。

 

その顔には決断の気持ちと共に母親としての自己犠牲の気持ちまで表れていた。

 

「私は霧峰村のサマナーであり、時女本家の血を引く女。だからこそ…()()()()使()()()()()

 

「何を召喚するつもりなの…?そんな体じゃ戦えないわ!せめて回復するだけでも!!」

 

「敵がいつ現れるか分からない…もう時間が無いの。私はこの屋敷の奥にある封印を解く」

 

それが何を意味するのかは、時女本家の者なら聞かされてきた。

 

時女本家の女達は霧峰村の始祖達が守り抜いた霊的脅威を封印する守り人一族。

 

だからこそ時女本家の奥にある封印の地は神聖な場所であると同時に忌まわしい場所でもある。

 

「まさか…母様は……()()()()()というのを執り行うつもりなの!!?」

 

「これは…時女本家の退魔師が行う契約なの。封印された霊的脅威はね…国防兵器でもあるの」

 

静香の母親は焼け爛れた手に握っている静香の剣を掲げていく。

 

「このご先祖様の剣…貸してもらうわね。奉納の儀式にはこの剣が必要なのよ」

 

「ダメよ母様!母様が奉納の儀式を語っていた時は…怖がっていたわ!何を奉納する気なの!?」

 

()()()()()()()()()()()()よ。言えることは…それだけね」

 

「私だって時女本家の血を引く女よ!母様はここで休んでて…私が奉納の儀式を執り行うから!」

 

我儘を言って聞かない静香は顔を真っ赤にしながら怒っている。

 

そんな娘の泣きそうな顔を見ていると、静香の母は愛しさがこみあげてくるようだ。

 

「…静香はいつも頑固者ね。この屋敷で過ごしてきた人生の中でも…沢山喧嘩をしちゃったわ」

 

「母様…?」

 

左腕でそっと娘を抱きしめてくれる。

 

「こんなに大きくなって…もう貴女を抱っこする力はないわね。健やかに成長してくれたわ…」

 

「お願い…母様…そんなこと言わないで!一緒に逃げるって言ってよ…お願いだから言って!!」

 

「私はね…貴女の母親よ。母親はね…子供のためならいつだって死ねる…私も夫と同じ気持ちよ」

 

「やだ…やだよ母様…お願いだから…お願いだから私達と一緒に逃げてーーッッ!!」

 

涙が溢れていく静香を見た母親が最後の笑顔を向けてくれる。

 

その表情は親子喧嘩をした後、静香が謝りに来たときにいつも向けてくれた日常の笑顔。

 

静香の脳裏には幸福に生きられた人間時代の記憶が巡っていく。

 

「ごめんなさいね…静香。母親として…これが娘に送れる……最後の愛情よ」

 

一歩後ろに下がった母親が娘に向けて一気に踏み込む。

 

「ぐふっ!!?」

 

静香のみぞおちに決まっていたのは母親の右肘の一撃。

 

静香の意識が遠ざかり、母親の左腕が倒れそうな娘の体を支えてくれる。

 

「……涼子ちゃん。静香を……お願いね」

 

視線を向ける先には静香の魔力を追って駆けつけてくれた涼子が立っている。

 

「だ…ダメだよ…そんなの!お願いだから…静香のためにも…お前さんも逃げておくれよ!!」

 

涼子の頼みであっても首を振り、近寄ってきた静香の母が娘を託してくれる。

 

「この子は怒りっぽい子なの。私が死んだらきっと怒り狂う…だから涼子ちゃん、娘をお願いね」

 

「えっ……?」

 

「貴女は修行僧なんでしょ?仏教の教えをもって…静香の心を導いてあげて欲しいの」

 

「そんな大役…あたしには出来ない!お前さんがやっておくれよ!!」

 

「子供の親として…最後の愛を示してくるわ。どうか娘の人生を……支えてあげて」

 

涙が溢れ出す涼子は静香を抱き抱えたまま後ろに下がっていく。

 

最後の笑顔を向けてくれる静香の母の姿を南津涼子は一生忘れない。

 

静香の母親もまた涼子の母親と同じ道をいく。

 

愛する娘や愛する人達のためにこそ、()()()()()のだ。

 

「母さん…母さん……っ!!どうしてそんなにまで……自分を犠牲に出来るんだよーっ!!」

 

「貴女も母親になれた時は…分かる日がくると思う。静香と貴女の人生に…幸がありますように」

 

静香の母の最期の望みを託された涼子は泣き喚きながら走り去ってくれる。

 

娘達を見送った静香の母は最期の力を振り絞って屋敷の中へと走って行く。

 

デモニカ兵達が迫る中、急いで奉納の儀式を執り行わなければならない。

 

屋敷の奥に広がっている泉を通り超え、封印石が置かれた桜の木の下にまで辿り着く。

 

「御身を封印する一族の者として奉納を行うわ!我が声に耳を傾けたまえ…!!」

 

しめ縄が結ばれた巨大な霊石から声が響いてくる。

 

その声は奈落の底で燃え上るゲヘナの世界に引きずり込まれる程の恐ろしき魔の囁きであった。

 

<<ラキキキキ!!わらわには分かっておったわ…ヤタガラスがどのような連中なのかをな>>

 

「そうね…ヘブライ民族がどのような民族なのかは…貴女が一番よく知っているわよね」

 

<<ヘブライは殺し合う民族。唯一神とバアル様が殺し合うが如く…ヒュドラの如き民族よ>>

 

「私達もそんなヘブライの血を引く一族よ。だからこそ…私は奉納を行うわ」

 

<<ヘブライに連なる者よ。()()()()()()()()()であるわらわに…何を捧げてくれる?>>

 

それを問われた静香の母は、守り人一族として生きた時女一族を代表して叫んでくれる。

 

()()()()!!!」

 

ヘブライの血を引く時女一族の長が掲げるのは七支刀である。

 

先祖達の魂が燃え上るようにして七つの切っ先から炎が燃え上っていく。

 

<<おぉ…我らヘブライの神聖なる炎…!ヘブライの象徴である…()()()()()()!!>>

 

神社では鏡やマガタマには依り代が宿ると言われている。

 

では七支刀には何が依り代として宿っているのか?

 

一説では七つに枝分かれした七支刀はヘブライの象徴である7枝に分れた燭台だという説がある。

 

メノラーの原型とは、唯一神の命令によって建てられた幕屋の聖所に置かれた純金の七枝の燭台。

 

エジプトから脱出したヘブライ民族の象徴であったのだ。

 

「日の本に流れ着いたご先祖様…私は生贄を捧げます。始祖アブラハムがイサクを捧げたように」

 

この一撃こそ、愛する人達を守る為の自己犠牲となるだろう。

 

霧峰村で今もなお戦い続ける者達を守る為の愛となるだろう。

 

「旭……ちか……お前達と出会えて……オレ……楽しかった…よ……」

 

戦車の一撃によって下半身が消し飛んだトロールの元に迫るのはデモニカ兵達。

 

容赦なく銃口を向けられ、トロールは撃ち殺される。

 

「へっ……らしくもないことなんて…するもんじゃねーよな…」

 

蜂の巣にされたゴブリンの元に迫るのは歩兵戦闘車。

 

悪者なのに正義の味方ごっこをした自分がおかしかったのか、最後にゴブリンは微笑んでくれる。

 

「こういう生き方も……悪く…ないかも…な……」

 

歩兵戦闘車はゴブリンを容赦なく引き潰していき、潰れた妖精はMAGの光となる。

 

フラロウスの強大な力に打ちのめされた妖精王夫婦も地面に倒れ込んでいる。

 

「くっ……強い……」

 

「やはり…サマナーのMAG供給無しでは…私達の力も…大したことないわね…」

 

高笑いを続けるフラロウスは妖精王夫婦を踏み潰すために歩き迫ってくる。

 

魔法少女達も奮戦を続けるが、ストライクイーグル編隊の空爆によって体が弾き飛ばされる。

 

地面に倒れ込んだ魔法少女達の元にはデモニカ兵達が迫っていた。

 

大切なものを守り抜きたい自己犠牲こそが愛である。

 

その愛をもっとも強く抱く者達こそが両親である。

 

「あ……あれは……」

 

ちはると彼女の母親が見上げた先からはストライクイーグルが急降下してくる。

 

バルカン砲が回転していき、地上攻撃を仕掛けようとしてくるのだ。

 

「ちはる!!逃げるわよ!!!」

 

娘の左手を強く握りしめた母親の右手がちはるを逃がそうと懸命に引っ張ってくれる。

 

しかし母親の愛であっても現実を覆す力など存在しない。

 

「えっ……?」

 

物凄い轟音が聞こえた瞬間だった。

 

ちはるの目の前で走ってくれていた母親の姿が一瞬にして消え去ったのだ。

 

「お母…さん……?」

 

ちはるが首を下に向ければ全身に返り血が纏わりついている。

 

左手に顔を向ける勇気がなくても気になってしまう。

 

やけに軽くなった左手を持ち上げていく。

 

「あっ……あぁぁ……あぁぁぁぁぁーーーッッ!!!?」

 

彼女の左手に握られていたのは…娘を守ろうと力強く引っ張ってくれた優しい()()()()であった。

 

戦闘攻撃機が通り超えていき、ループ飛行を行う。

 

再びちはるに向けての機銃攻撃を仕掛けるために。

 

もはや大声を上げる力すら失ったちはるがへたり込む。

 

綺麗になってくれたソウルジェムさえ再び絶望の波が押し寄せていく。

 

多くの者達が泣き叫び、絶望していく地獄の如き現実世界。

 

この現実を覆す力を考えるとしたら、それはもはや神の力のみ。

 

「私は守り人一族の長…そして一人娘の母!!だからこそ!!我らの始祖達と同じ道を行く!!」

 

剣を逆手に持った静香の母は、守り人としての最後の一撃を放つ。

 

「がはっ……ッッ!!!!」

 

燃え上る七支刀を心臓に突き刺した静香の母が大きく吐血する。

 

最後となるかのようにして、静香の母は日本書紀で歌われた桜の枕詞を残してくれた。

 

花細(ぐは)し……桜の()で……こと愛では……早くは愛でず……我が愛づる子ら……」

 

両膝は崩れ落ち、メノラーの如き炎を生み出す七支刀が彼女を焼いていく。

 

その光景はまるで唯一神に息子を捧げるために火を点けようとした始祖アブラハムの再現だ。

 

業火に包まれた静香の母が倒れ込んだ時、流れ出す彼女の血が地面に吸われていく。

 

地面に根を張る御神木の桜が血のような桜の花を咲かせていく。

 

泉の水さえ生き血の如く真紅に染まっていくのだ。

 

桜の木は()()()()()()()という。

 

軍国主義時代においても桜の歌は兵士達が散り際に歌ったもの。

 

花として散る一族が掲げた紋所こそが()()()()

 

静香の母の命は霧峰村の人達と共に…()()()()()()()

 

<<契約は果たされたぞ!!>>

 

大地が地響きを上げて振動していく。

 

赤い花びらを咲かせた桜の御神木の花が舞い落ちる中、巨大な霊石がついに砕け散る。

 

真紅の泉は底から噴き上がるが如く溢れ出す。

 

娘と両親が生きた大切な家も崩れ落ちていく。

 

「こ…この胎動はなんだ!!?」

 

フラロウスでさえも恐れる程の霊圧が静香の屋敷方面から生み出されていく。

 

揚陸艦のブリッジも激しく揺れ動き、ネビロスと呼ばれたトップハット男が叫び出す。

 

「まさか…ヤタガラスが隠していた霊的国防兵器とは……あのお方なのですか!!?」

 

静香の屋敷が岩盤ごと崩れ落ちていく。

 

巨大な穴が穿たれた地に顕現する神こそ、時女の始祖が封印してくれた荒神。

 

必殺の霊的国防兵器として恐れられた…あまりにも醜い女神。

 

女の一族である時女一族が封印してきた存在とは、()()()()()()()()()

 

<<ラキキキキキキキキキキ!!!!!>>

 

高笑いを続ける荒神がついに地の底から這い上がってくる。

 

全高40mを誇るフラロウスが見上げる程の巨大な神が顕現するのだ。

 

霧峰村に降臨した邪神こそ、北イスラエルにおいてバアル崇拝を撒き散らした邪悪な王妃。

 

()()()()()と呼ばれる巨大怪物であった。

 




いやー持ち上げて落とす展開は書いてて興奮してきますね!
マギレコ本編では左腕が切り落とされたちはるちゃんですが、可哀相なので僕の作内では母親の手を切り落とす事にしました。
ここまで落っことしたのなら、もうあの主人公が出てくるしかないですよね?
次回はついにあの方のご登場です。


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195話 14代目葛葉ライドウ

時女本家の屋敷に穿たれた巨大な穴からせり上がってくる強大なる邪神。

 

浮遊する巨体は穴から昇ってくると同時に枝分かれするようになっていく。

 

その頭部は巨大な色白女性の上半身から伸び出た複数の薔薇のように見える。

 

首や腕がある筈の部位から伸び出た複数の巨大触手の先端に咲く花であったのだ。

 

時女一族を守護してきた御神木の桜は薔薇の仲間である。

 

バラ科サクラ属に数えられる花こそが時女本家の家紋であった四葉桜紋。

 

それはまさに、イザ・ベルを象徴する薔薇の仲魔なのだとする()()()()であった。

 

【イザ・ベル】

 

旧約聖書の列王記においてユダヤの預言者を迫害し、預言者エリヤと激しく対立した王妃。

 

バアル信仰を宮廷に持ち込み権力を握ってきたがクーデターにより追放された存在である。

 

彼女の死体は馬で踏まれ犬に喰い千切られる末路を遂げたようだ。

 

また新約聖書のヨハネ黙示録においては大淫婦バビロンの隠語としても扱われたようであった。

 

「おお!!その御姿は…イザ・ベル殿ではありませんか!こんなところに封印されていたとは!」

 

フラロウスは片膝をつき礼節を示す態度を見せる。

 

浮遊する巨大な邪神が地上に降り立つ。

 

人間の女性部位だけでも100mにも達するが、首の触手は200mサイズもある。

 

首が重過ぎるイザ・ベルの両膝が地に落ち、腰を曲げながら触手の花を向けてきた。

 

五つの触手から生えた巨大な紫薔薇のつぼみが開いていく。

 

中から現れたのは喰い千切られたかのような女性部位。

 

女性の両腕、片耳、口、そして頭部であった。

 

「ククク…久しいではないかフラロウス。そして、その鉄塊の船にいるのはネビロスか?」

 

顔を向けながらも口はついておらず、違う薔薇から伸び出た口で喋る禍々しさ。

 

頭部からは美しい黒髪が伸びているが口周りと頭頂は喰い千切られ醜いコブで覆われていた。

 

<如何にも。お久しぶりです、イザ・ベル殿。人間の姿で現れた失礼をお許し下さい>

 

揚陸艦のブリッジにいるネビロスは念話を送り、王妃に示す礼節としての一礼をしたようだ。

 

「そちらにも色々と事情があるのだろうが…わらわにも事情がある。痛手を被ってもらうぞ」

 

「ま…まさか…我らと一戦を交えようと言われるのですか!?我らは同士の筈です!!」

 

「わらわは時女一族との契約がある。時女の女は契約を果たした…次はわらわの番なのだ」

 

「我は貴女様と戦うつもりはありません!魔法少女一族になど与する理由もないでしょう!?」

 

「一国の王妃として契約を果たす義務もある。案ずるな…少々の痛手を被ってもらうだけだ」

 

醜悪な顔が燃え上る霧峰村に向けられていく。

 

あまりにも強大で醜い邪神の降臨によって戦場は停戦状態となっている。

 

魔法少女達もデモニカ兵達も妖精達でさえも醜い邪神の姿を見ながら怯えていたようだ。

 

「わらわと時女一族との契約内容とは、時女本家の魂を差し出す代わりに時女の敵を討ち滅ぼす」

 

イザ・ベルの禍々しい瞳に映っていたのはデモニカ兵や支援攻撃部隊、そして次世代揚陸艦。

 

「魂を差し出すなら…一度だけ手を貸してやると契約してやった。その義務…果たさせてもらう」

 

巨大な薔薇から伸び出た腕が天に向けられていく。

 

燃え上るように赤い夜空から雷の光が生み出され、霧峰村周囲を覆い尽くす。

 

「やり過ぎてしまうやもしれんが…そちらも無礼があったのだ。覚悟してもらおうか!」

 

仕掛けてくると判断したネビロスが叫ぶ。

 

Plasma armor deployment!(プラズマ装甲展開!!)

 

血のように赤い夜空から落ちてくる神の一撃とは『裁きの雷火』である。

 

<<AAAAAARRRRRRG!!(グワァァーーーッッ!!)>>

 

空から落ちてくる無数の雷の槍によって地上が焼かれていく。

 

デモニカ兵や戦車部隊等は逃げる暇もなく雷に焼かれて燃え上る。

 

上空を飛行するストライクイーグル編隊にも裁きの雷が直撃していき撃墜されていく。

 

揚陸艦にも裁きが迫るが、艦の周囲にプラズマ装甲が展開される。

 

バリアのような光に包まれた揚陸艦は次々と落ちてくる裁きの雷を耐え抜いたようだ。

 

「す…凄い……なんて力なんだよ……」

 

静香を抱き抱えている涼子は神の力を目にした。

 

体は震え上がり、あの存在には絶対に勝てないと本能が叫ぶ程である。

 

魔法少女や妖精達をあれ程苦しめた軍勢を瞬く間に蹴散らす力こそが神の領域であった。

 

「ほう…?よく耐えおった。その鉄塊の船の守りは中々のものよのぉ」

 

醜い顔を別の方に向ければ蹲っているフラロウスがいる。

 

裁きの雷火の直撃を浴び続けたようだが耐え抜いたようだ。

 

「お主も生きておったか。それでなければ地獄の大公爵の名折れというものだ」

 

「ぐっ…うぅ…!!イザ・ベル殿…我々は殺し合うしかないのですか!?」

 

フラロウスは揚陸艦に目を向ける。

 

ネビロスも最悪の事態を想定して艦の船首の上に立っているようだ。

 

いざとなれば二体がかりでイザ・ベルと戦うしかない。

 

そう考えていようだが、イザ・ベルが高笑いを始めていく。

 

「ラキキキキ!!そういきり立つな、これは遊戯じゃ。これでわらわは契約を果たし終えた」

 

「どういう意味でしょうか…イザ・ベル殿…?」

 

「わらわは時女の始祖との契約においてこう言った。一度だけなら手を貸してやると」

 

「では…先程の一撃こそが…一度だけの手助けだとするのですね?」

 

「わらわは時女の連中に向けて継続戦をするとも連戦をしてやるとも申してはおらぬ」

 

それを聞けたフラロウスとネビロスは安堵の表情を浮かべたようだ。

 

「フッ…貴女様も人が悪いお方だ。まぁいい、デモニカ部隊の代わりはいくらでも作れる」

 

「貴女はバアル様の忠臣。イザ・ベル殿の帰還をバアル様はお喜びになられるでしょう」

 

「地の底でもバアル様の顕現を感じておった。わらわもこの喜びの時を待ちわびてきたのだ」

 

静香の母が召喚した霊的国防兵器は霧峰村の味方ではなかった。

 

時女一族をたぶらかし、解き放たれる時を今か今かと待っていただけ。

 

契約内容でさえ落とし穴を用意した上で自由を掴み取る。

 

悪魔とは()()()()()()()()()()()()()であった。

 

「冗談だろ…おい…?静香の母さんが命をかけて召喚したんだぞ…?」

 

絶望に染まった表情を浮かべる涼子。

 

それは他の魔法少女達も同じであり、妖精達の顔にも諦めの表情が浮かんでしまう。

 

「さて、バアル様にお目通りを願う前に…手土産の一つでも献上するのが臣下の務め」

 

イザ・ベルが魔法少女達に顔を向け、愉悦に歪んだ笑みを浮かべる。

 

「バアル様は子供の生贄を何よりも喜ばれる。手頃なところに魔法少女がいたのは僥倖だ」

 

巨大な腕が生えた薔薇の触手を魔法少女達に向けていく。

 

<ここは我々に任せなさい!!魔法少女達は妖精郷の神樹の奥を目指すのです!!>

 

<その先には霧峰村から出ていける道が隠されているわ!ここは私達が食い止めておくから!>

 

妖精王達が魔法少女達を逃がすために号令をかける。

 

生き残っていた妖精達が果敢にも強大な悪魔を相手に攻めていく。

 

「オベロン殿…ティターニア殿…それに全ての妖精殿……この恩は忘れないであります!!」

 

旭は背中に大型狙撃銃を回し込み、倒れているすなおとちかを起こしてくれる。

 

「トロールさん…貴方と過ごせた時間は楽しかったです。いつかまた…会いましょうね」

 

「この先に涼子と静香の魔力を感じます!合流して逃げましょう!」

 

魔法少女達を逃がすために戦う妖精達であるが、相手の力は圧倒的過ぎる。

 

「下郎共め!!わらわの邪魔をするならばゲヘナの谷に突き落とすのみぞ!!」

 

イザ・ベルの周囲からモロクが放つゲヘナの如き巨大火柱が噴き上がる。

 

『マハラギダイン』の炎エネルギーによって妖精達は一瞬にして焼け死んだのだ。

 

静香を抱える涼子と共に魔法少女達が禁忌の森を目指すのだが、立ち塞がる堕天使が現れる。

 

「我もイザ・ベル殿の戯れで体が傷ついた。少しぐらいMAGを頂戴しても構わんだろう」

 

フラロウスが巨大な鉤爪を伸ばし、魔法少女の誰かを串刺しにして喰らおうとする。

 

「私も見ているだけなのは飽きてきました。あなた達のトドメは私が与えてあげますよ」

 

倒れ込んだ妖精王夫婦の元に迫っていくのはトップハット男。

 

邪悪な光を放ちながら歩き、真の姿を晒すのだ。

 

【ネビロス】

 

地獄の元帥であり検察官を務める魔神として名高いネクロマンサー堕天使である。

 

常に悪魔の様子を監視してルシファーに報告するという事から高位の悪魔だと考えられるだろう。

 

悪魔学におけるネビロスはメソポタミアの木星神ネビルに由来している。

 

悪魔学にてアスタロト配下の陸軍元帥にして悪魔達を監視する検察官として位置付けられた。

 

「相変わらず…不気味な傀儡子のような姿ですね……ネビロス」

 

体に邪悪な刺青を施し、赤いウィザードコートのようなマントを纏う者こそ魔界最高の死霊術師。

 

20mに迫る巨体の手で操っているのは大きな操り人形であった。

 

「あんたに死体を操られるぐらいなら…潔く木っ端微塵にでもすればいいわ…」

 

「貴女程の美しい死体を手に入れられるのは喜ばしいですが…望みとあらばそれでもいいですよ」

 

人形を操る逆の手に生み出すのは利用価値のない死体を焼却してきた大火球である。

 

もはや死を待つばかりの者達が絶望の表情を浮かべていく。

 

静香の母の思いは届かなかったのであろうか?

 

「ぐっ…!?なんだ…これは……?」

 

イザ・ベルの巨大な左腕を生やす触手が言う事を聞かないようにして制御出来ない。

 

震えながら左腕の触手が向けられていく方角とはフラロウスが立つ場所。

 

「その魂を絶望に染めながら我に喰われるがいい!!魔法少女ーーッッ!!」

 

右腕の鉤爪を振り上げ、狙う先の獲物を串刺しにせんと一撃を放つ。

 

狙う先にいたのは涼子と静香であった。

 

「グワァァーーーッッ!!?」

 

鉤爪の一撃が魔法少女に決まるよりも先に燃え上るフラロウスが倒れ込む。

 

大火球が飛んできた方角に目を向ければ、イザ・ベルの巨体がこちら側に向こうとしている。

 

「が……あぁ!?やめろ…わらわの中で暴れるな!!喰われた者は大人しく消化されていろ!!」

 

体の制御が全く効かなくなったイザ・ベルが暴れ狂う。

 

「イザ・ベル殿……な……なぜ……?」

 

「わらわではない!わらわはそんなつもりはなかった!!」

 

体中の触手を叩きつけ、藻掻き苦しむ邪神の姿を周囲の者達は茫然と見ていることしか出来ない。

 

<<残念だったわね、イザ・ベル。貴女が喰らったのは…()()()()()()よ>>

 

脳裏に聞こえてくる忌まわしい者に目掛けて叫ぶ。

 

「バカな!?貴様はわらわに魂を捧げたはず!!なぜ魂が無事でいられた!?」

 

<<()()()()()()()()()()()を私の体に仕掛けたの。私の魂は貴女に憑りついたというわけよ>>

 

「それでは貴様は…最初からわらわに魂を捧げるつもりなど無かったのか!?謀りおったな!!」

 

<<騙し合いなら人間だって負けないわ。今頃気が付いてももう遅い…貴女の体は私が頂く>>

 

自我が消えていく感覚がイザ・ベルを襲う。

 

魔王の領域に立つイザ・ベルの霊魂さえも凌駕する程の魂の力に恐れおののく。

 

「屈辱だッ!!わらわが消える…乗っ取られる!こんなバカなことが…あってたまるかーッ!!」

 

最後の抵抗とばかりにイザ・ベルの頭部が触手ごと地面に叩きつけられる。

 

倒れ込んでしまったイザ・ベルの巨体の元にまで堕天使達が駆け寄ってきたようだ。

 

「イザ・ベル殿!?どうしたのです…しっかりして下さい!!」

 

頭部の首が持ち上がった瞬間、一気に振り抜かれる。

 

「「グアァァーーーッッ!!?」」

 

巨大な触手の首に打ち払われたフラロウスとネビロスの巨体が弾き飛ばされていく。

 

起き上がっていくイザ・ベルの巨体。

 

禍々しい目をしていたイザ・ベルの顔つきが変わってくれる。

 

その両目は優しくも力強い母親のような目となってくれたのだ。

 

起き上がっていく堕天使達の目つきも変わる。

 

それは上の位階に立つ魔王であっても許さない程の怒りの目つき。

 

「イザ・ベル殿…ご乱心なされたか。ならば我も…容赦はしない!!」

 

「バアル様にはこう伝えておきましょう…イザ・ベルは謀反を起こしたと!!」

 

フラロウスの首に刺さった魔剣が宙を浮くようにして引き抜かれる。

 

ネビロスは全身から強大な魔力を噴き出し、左手にメギドの光を生み出す。

 

「う……ううん……」

 

静香が目を開けていく。

 

涼子から解放された静香は辺りを見回す。

 

「母様は……どこ?」

 

問われた魔法少女達は顔を俯けていく。

 

涼子だけは顔を上げ、指差しを行ったようだ。

 

促されるようにして静香は顔を向けていく。

 

「あ……あれは……?」

 

遠くでもハッキリと見える巨体の頭部が静香の方に向けられていく。

 

あまりにも醜悪な顔をしている邪神であっても、その目元だけは静香は覚えているだろう。

 

「母様……?」

 

娘の小さな声であったが、母親には聞こえている。

 

コブに挟まれるようにして残っている女性の目元だけは…笑顔を向けるようにして細くなった。

 

「……さようなら、静香」

 

切り離された口から言ってくれた言葉が悟らせてくれる。

 

目の前の巨大で醜悪な邪神こそが静香の母の姿なのだと。

 

<<死ねーーーッッ!!!>>

 

堕天使達は強大な力を同時に放つ。

 

フラロウスが抜いた魔剣が右薙ぎを行うと同時に放たれたのは八相発破の一撃。

 

ネビロスの左手から放たれたのは万能属性攻撃であるメギドラである。

 

迫りくる強大な堕天使が相手であっても静香の母は一歩も退かない。

 

後ろにいる娘を守り抜く生き様こそが母親の愛なのだと信じて。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

禁忌の森の中では再び絶望に飲み込まれた者が最後を迎えようとしている。

 

魔法武器の十手から伸ばしたワイヤーを使って木の枝に作っていたのは首絞め用の輪であった。

 

「ぐすっ…ひっく……ごめんなさい…お母さん…ごめんなさいぃぃぃ……ッッ!!」

 

木の横には石の墓が建てられている。

 

彼女の手は汚れており、自分の手で母親の腕を埋めてあげたのだろう。

 

最愛の母まで自分のせいで犠牲にしたのだと自分を激しく呪うのは広江ちはるだった。

 

せめて母親の隣で死のうとした時、後ろから現れた魔力に気が付く。

 

「ねぇ、あなた。もしかして…魔法少女っていう存在なんでしょ?」

 

涙が止まらない目を向けていく。

 

そこに立っていたのはちはるよりも身長が低い女の子。

 

赤いモンゴル衣装を纏い、ブーツや手袋、それに赤い帽子を身に付けた少女であったようだ。

 

「あなたは……誰なの?もしかして……あなたも悪魔?」

 

「そうそう♪うわー!本物の魔法少女だー!可愛い!私も初めて見たよー♪」

 

ぴょんぴょんと跳ねながら悪魔少女は近寄ってくる。

 

紫と白で彩られた美しい長髪をした少女の後ろ髪はまるで鳥の翼のように広がっているようだ。

 

「ところで…何で自殺しようとしてるの?木の横にあるお墓と何か関係があるの?」

 

それを問われたちはるは顔を俯けていく。

 

もはや語る気力もない彼女の態度から察してくれたようだ。

 

「まぁ向こう側の状況から見て諦めたってところだよね?でもいいの?あなたまだ子供じゃん?」

 

「うん…まだ子供だよ。だけどね…私はね…親不孝過ぎる子供なの…」

 

「中学生ぐらいにしか見えないけど、死んじゃうの勿体ないよ?恋もまだ知らないんじゃない?」

 

「いいの…私はもう…この世に未練なんてないから…」

 

「恋も知らずに死んじゃう少女はね、私みたいになっちゃうんだよ。凶鳥になりたいの?」

 

「凶鳥…?あなたは一体…どんな悪魔なの?」

 

自分の事を気にしてくれたのが嬉しかったのか、笑顔でぴょんぴょん跳ねていく。

 

ウインクしながら投げキッスしてくれる悪魔少女こそがモー・ショボーと呼ばれる凶鳥であった。

 

【モー・ショボー】

 

モンゴル、バイカル湖周辺に伝わる悪しき鳥の名をもつ魔物。

 

生きている間に愛を知る事なく死んでしまった少女の霊が鳥姿となって現れたものとされている。

 

長い髪と鳥のようにとがった赤い唇をした美しい娘の姿に化けて現れるとも言われているようだ。

 

旅人の前に美しい姿をして近寄り、尖った唇で人間の脳を吸い取る悪魔であった。

 

「私はね、モー・ショボーっていうの!人間の脳味噌を吸い取っちゃう凶鳥だよ♪」

 

「恋を知らずに死んだら…あなたみたいになるんだね?私もそれでいい…悪い鳥さんになるよ」

 

「あんまりなりたくないって表情に見えるけど…本当は何になりたかったの?」

 

それを問われたちはるの顔が俯いていく。

 

現実を考えなかった自分を呪い続ける者だが、それでも捨てきれない理想があった。

 

震えながらも彼女は語ってくれる。

 

「私……本当は正義の探偵になりたかった。悪者の秘密を暴き出して…社会正義を行いたかった」

 

「目指してる目標があったのに死んじゃうなんて勿体ないじゃん!なんで目指さないのさ?」

 

「全部…私が悪いの。村が燃えて…みんな死んで…お母さんも死んだのは…私のせいなの…」

 

「そっか…探偵として悪の秘密を追いかけるなら代償もあるよ。今が代償を支払う時なんだね」

 

「私は…悪者の探偵で構わない。いっそのこと…私もあなたみたいな…悪い鳥さんになる…」

 

広江ちはるが魔女化することが出来たなら、その醜い姿はきっと凶鳥そのものになるのだろう。

 

しかしこの世界では魔女という概念の存在は許されない。

 

この世に呪いの因果をもたらす前に円環のコトワリに導かれる者こそがこの世界の魔法少女だ。

 

何やら考え込むポーズを作るモー・ショボーは悶々と悩む顔を見せてくる。

 

他人にどうこうとアドバイス出来る程の人生経験を積んでから死んだ少女ではなかったようだ。

 

「私ね、恋だけでなく色々なことが出来ずに死んだの。だからね…人生って尊いものだと思う」

 

「私の人生なんて尊くない…私はみんなに死の呪いを振りまいた…悪者なんだよ!」

 

「今がそうでも、この先はどうなのさ?」

 

「えっ……?」

 

「今のあなたは正義の探偵にはなれないよ。だけどね…生きてたらね…チャンスだってある」

 

「私の…先の人生……?」

 

笑顔を向けてくれるモー・ショボーがぴょんぴょんと近寄ってくる。

 

ソウルジェムに手をかざし、絶望の穢れを吸い出してくれた。

 

「ねぇ、正義の探偵という理想に憧れてるんだよね?だったらさ…彼の生き様を見てみたら?」

 

「彼……?」

 

手袋を嵌めた指を向こう側に向けてくれる。

 

「あの人は……?」

 

腕を組みながらモー・ショボー達を見ていたのは黒いマントと学帽を纏う少年の姿。

 

その姿はまるで大正時代のハイカラ学生を思わせるような身なりをしていた。

 

近寄ってくる書生に向けてモー・ショボーは飛び跳ねていく。

 

「この人はね、あなたが憧れた()()()()()さんだよ」

 

「私が憧れた…理想の探偵さん……?」

 

書生の肩に抱きつきながら浮遊するモー・ショボーは笑顔を向けてくる。

 

寡黙な書生は何も言わずに広江ちはるを見つめるのみの態度を示す。

 

漆黒の衣服を纏い、不愛想な顔つきを見せながらも整った美丈夫の男。

 

現れた男の姿を見ていると、ちはるの脳裏には憧れの探偵である嘉嶋尚紀の姿と重なってくる。

 

「この人は自分の信念を捨てない人。どんな強大な悪でも追いかけていく…正義の探偵さんだよ」

 

「強大な悪が国の軍隊であっても…追いかけていける探偵さんなの?」

 

「もちろん、それを彼は体現してくれたよ。彼はね、国の陸軍とだって戦ってくれた探偵だから」

 

聞かされた内容はまさに広江ちはるが憧れた正義の探偵そのもの。

 

広江ちはるでは届かなかった理想の探偵が目の前に現れてくれた。

 

まるでテレビドラマの世界からヒロインの窮地を救いに現れてくれるヒーローのようにして。

 

絶望の感情が感動と興奮によって押し留められる。

 

ちはるは叫びたい。

 

憧れ続けた探偵ドラマの主人公、宿無し探偵等々力耕一のようなハイカラ探偵に向けて叫びたい。

 

「お願い…探偵さん。私達を救ってよ……悪い軍隊を……やっつけて!!」

 

涙が溢れるちはるの精一杯の言葉を受け止めた書生。

 

組んでいた腕を解き、モー・ショボーと共に歩いてくる。

 

ちはるの横を通り過ぎる書生は立ち止まり、顔も向けずに言葉を送ってくれた。

 

「……承知した。この依頼…受けさせてもらう」

 

漆黒のハイカラマントを靡かせながら歩き去っていく書生をちはるは見送ってくれる。

 

彼女が憧れた等々力耕一もハイカラなマントを纏って事件現場に現れる大正モダンな探偵だった。

 

「ねぇ…ハイカラな探偵さん!名前を教えてよ!!」

 

歩き去っていく書生の横をぴょんぴょん跳ねながらついて来ていたモー・ショボーが立ち止まる。

 

振り返った彼女がちはるに向けて笑顔を向けながら彼の名を伝えてくれた。

 

「彼の名前はね…葛葉ライドウ。14代目になる葛葉ライドウなんだから♪」

 

そう言い残してモー・ショボーはライドウと共に戦場へと向かってくれたようだ。

 

独り残されてしまったちはるが母親の墓に目を向ける。

 

「お母さんは言ってくれた…。こんな私のお腹の中で産まれてくれて…ありがとうって…」

 

自分が行おうとした事は、愛する母親にとっては命を懸けてでも守りたい宝物を壊す行為。

 

自分の命は安くは無いのだと悟った広江ちはるはライドウの後を追いかける。

 

本物の正義の探偵とは何なのかを学ばせてもらうために。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「放して涼子!!放しなさいよぉぉぉーーッッ!!」

 

泣き喚きながら悪魔の戦場に向かおうとしているのは静香である。

 

涼子は彼女を羽交い絞めにしてでも向かわせる訳にはいかないのだ。

 

「ダメだ!あそこに行けば死ぬ!!あたしは静香の母さんからお前さんを託されたんだ!!」

 

「母様が戦ってる!!人間を辞めてまで戦ってくれてる!!私だって戦いたい!!」

 

「人間を辞めてまで戦ってくれるのは静香のためなんだ!!母さんの気持ちを汲んでやれ!!」

 

「いや!!放して涼子…お願いだから放してぇぇぇーーーっ!!!」

 

泣き喚く静香のソウルジェムは急激な濁りを生んでいく。

 

旭の肩に座っていたコダマが動いてくれたお陰で絶望死は免れたが彼女の心は再び絶望する。

 

戦場の状況はネビロスとフラロウスにとっては有利である。

 

人間の体から突然化け物の体になったこともあり、静香の母はイザ・ベルを動かしきれない。

 

魔法さえロクに使えないズタボロな邪神など堕天使達にとっては動きが鈍い的でしかなかった。

 

「ぐぅっ!!!」

 

フラロウスの魔剣が巨大な触手の薔薇を切り落とす。

 

片耳が生えた薔薇の触手が地面に落ち、砕けてMAGの光を放出していく。

 

「グハハハハ!!どうしたイザ・ベル!!それでよくバアル様に気に入られてきたものだ!!」

 

「バアル様の忠臣としての貴女は死んだ!!バアル様もさぞお怒りになるでしょう!!」

 

魔界の検察官であるネビロスはイザ・ベルが起こした謀反の罪を許さない。

 

イザ・ベルの罪を告発し、簡易裁判を行おうというのだ。

 

「私は貴女の死刑を求刑します!!魔界の検察官である私が略式起訴しましょう!!」

 

「地獄の大公爵である我が裁判官を務めてやる!!判決はもちろん…極刑だーーっ!!」

 

ネビロスの魔法援護を受けながらフラロウスは気合を溜め込む。

 

上空で禍々しい光を放つ魔剣が光弾のような速度でイザ・ベルに向けて射出される。

 

「アァァァァーーーッッ!!!」

 

デスバウンドの一撃が触手の隙間を通り超えイザ・ベルの人間部位に直撃。

 

腹部に直撃した魔剣が体を貫通し、上半身が切り落とされたかのようにして倒れ込む。

 

下半身は砕け散りMAGの光を放出するのだ。

 

「私は……まだ……負けられない……」

 

動かせるのは上半身から生えた触手のみとなった静香の母に目掛けてフラロウスが勝負に出る。

 

「体を傷つけられた礼をくれてやる!!ルシファー様とバアル様に逆らった報いを受けろぉ!!」

 

鉤爪を伸ばしたフラロウスが跳躍斬りを仕掛けてくる。

 

左腕が生えた薔薇の触手でガードするが、左腕ごと切断。

 

しかしこの瞬間を静香の母は狙っていたのだ。

 

「ぬぅ!!?」

 

巨大な左腕によって視界が遮られていたフラロウス。

 

左腕を切断した瞬間、巨大な右腕が生えた触手が迫ってきていたのだ。

 

「グアァァーーーッッ!!?」

 

右腕が生えた触手に掴み取られたフラロウスが持ち上げられていく。

 

「放せーーッッ!!放さぬかーーッッ!!!」

 

両手の鉤爪で巨大な右手を突き刺し続けるが、フラロウスを覆った影を見上げていく。

 

頭上から迫ってきていたのはイザ・ベルの口が生えた巨大な薔薇であった。

 

「がっ……!!!」

 

フラロウスの上半身が喰い千切られる。

 

掴み取られていたフラロウスの下半身が砕け散りMAGを放出する最後を残す。

 

「オノレェェーーッッ!!裁判官が不在となったのなら…私が貴女に裁きを下す!!」

 

ネビロスが放つのは巨大な真空刃。

 

右腕が生えた薔薇の触手までもが切り落とされ、MAGを放出。

 

もはや戦う力はなくなった静香の母の姿を見ていることしか出来ない静香が叫ぶ。

 

「もうやめてーーッッ!!母様を殺さないでーーーーッッ!!!」

 

両腕と下半身が無くなってしまったイザ・ベルなど動かないカカシも同然。

 

「我が呪いの一撃をもって…貴女への裁きとする!!」

 

ネビロスの周囲に巨大なサンスクリット語の魔法陣が生み出される。

 

コンセントレイトで魔法威力を上げ、さらにマカカジャを用いて最大火力となった。

 

放つのは相手を魔法陣で囲んで即死させるタイプのムドではない。

 

即死魔法としてだけでなく攻撃魔法としての特性も備えたムドの一撃。

 

「呪い殺してやろう!!!」

 

放った渾身の一撃とは、敵単体に特大威力の呪殺属性攻撃を放つ『ムドバリオン』だ。

 

超巨大な怨念の塊がイザ・ベルに向けて放たれる。

 

最後となったイザ・ベルは巨大な頭部と口を静香の方に向けていく。

 

母として送れる最後の言葉を残すために。

 

「静香…私が死んでも…貴女には多くの人々がいてくれるし…守ってくれる。……忘れないで」

 

涙が零れ落ちていくイザ・ベルの頭部に目掛けて超巨大な怨念の塊が直撃。

 

「イヤァァァァーーーッッ!!!!」

 

ついに邪神イザ・ベルの体は崩壊していき莫大なMAGの光となる。

 

愛しい娘を最後の最後まで守り抜こうとした母親の最後であった。

 

両膝が崩れ落ちた静香が力の限り泣き喚いていく。

 

ソウルジェムの濁りはコダマとシルフが必死になって吸い出し続けても一気に穢れ続ける。

 

「ダメ!!この子の絶望を抑えきれない!!」

 

「このままじゃこの子が絶望死しちゃうよーーっ!!」

 

魔法少女達は妖精達に任せきりであり静香の絶望を抑えるための励ましの言葉さえ送れない。

 

あまりにも強過ぎる静香の絶望を前にしてかけてやれる言葉がなかったからだ。

 

イザ・ベルであり静香の母だった者の死刑執行を終えた検察官のネビロスは周囲を見回す。

 

「…これは一体?なぜMAGが空に昇らないのですか?」

 

燃え上る霧峰村は莫大なMAGの光に覆われている。

 

宇宙の熱エネルギーとして回収される筈なのだが、それを拒むようにして地に残り続けるのだ。

 

悪魔の体を構成するMAGやマガツヒとは感情エネルギーである。

 

静香の母の感情が未だにこの地を離れようとしない光景であった。

 

「まぁいい。残すところは…あの生き残り共を始末するのみなのだから」

 

ネビロスが視線を向ける遠くには静香達がいる。

 

自分が出るまでもないと判断したのか、揚陸艦の艦長に向けて念話で指令を送ったようだ。

 

揚陸艦の後部ハッチから出撃していくのはロボット軍団である。

 

生体エナジー協会でも現れた次世代の兵士達が次々と行軍していく。

 

ネビロスの元まで進軍してきたロボット部隊であったが、ネビロスは制止させた。

 

「……バカな。あの書生の姿は……」

 

泣き喚く静香にかけてやれる言葉が見つからないすなおであったが、視線を隣に向けていく。

 

「えっ……?あ、あなたは……?」

 

静香達の横を通り過ぎようとしているのはライドウとモー・ショボー。

 

書生は何も言わずに通り過ぎ、モー・ショボーが代わりに愛想を振りまいてくれたようだ。

 

茫然としながら村に向かう書生に目を向けていた時、彼の後を追ってきたちはるが現れる。

 

「静香ちゃん!!」

 

駆け寄ってきたちはるが静香の両肩を掴む。

 

「ぐすっ…えっぐ……ちゃる……?その…姿は……?」

 

涙で視界がおぼろげだが、ちはるの体が血に塗れていることなら分かるだろう。

 

自責の念が再び生み出されるが、それでも今の静香なら受け止めてくれると真実を伝える。

 

「私のお母さん……死んじゃった。私の目の前で……バラバラにされたんだ……」

 

顔を歪めながら辛さを語るちはるの無念なら静香にも分かるだろう。

 

たった今、静香の母親もバラバラにされながら娘の目の前で殺されたのだから。

 

「ちゃる……ちゃる……ちゃるぅぅぅーーーッッ!!!」

 

泣きながら静香はちはるに抱きつく。

 

同じ辛さを共有してくれる者が現れたことにより、静香の絶望の波が押し留められていく。

 

ちはるも静香を抱きしめる。

 

2人は声を上げながら泣いていったようだ。

 

「あの書生がこの時代に現れることは聞いておりましたが…まさかこの地に出現するとはね」

 

炎よりも明るい光を放つ村に現れたのは、大正時代のデビルサマナー。

 

時空を行き交うアカラナ回廊を超えてきた者であり、この時代にとっては過去の人物。

 

「すっごいねーライドウ!見て、こんなにも膨大なMAGが集まってるよ!」

 

学帽を目深く被ったハイカラ探偵の横ではモー・ショボーがはしゃいでいるようだ。

 

学帽のひざしに隠れていた鋭い目がネビロスに向けられる。

 

「久しぶりですね、葛葉ライドウ。いつぞやは()()()()()で世話になりました」

 

久しぶりに会ったサマナーに向けて軽い態度を示すのだが、ネビロスは押し黙る。

 

書生は黙して語らずの態度を続けるが、離れているこちら側でも感じられる程の闘気。

 

一戦を交えるしかないと判断したネビロスが片手を上げていく。

 

命令を下せばいつでもロボット軍団がライドウに目掛けて集中砲火を浴びせるだろう。

 

ネビロスに目を向けていたライドウであったが、空に目を向けていく。

 

淡い粒子のようなMAGの光が空から舞い降り、ライドウの周囲を取り囲む。

 

「このMAGの感情……まだ戦いたがっているよ?どうする、ライドウ?」

 

答えを示すかのようにして、彼は身に付けたマントを両手で払う。

 

黒の学ランに身に付けていた白いガンベルト装備から刀を抜く。

 

右手に握られた刀こそ、葛葉ライドウにとっては最強の武器。

 

超力超神さえも討ち滅ぼした『陰陽葛葉』と呼ばれる退魔刀であった。

 

書生は空に向けて陰陽葛葉を掲げていく。

 

彼の気持ちに応えるようにして村中のMAGの光が刀に収束していく眩い光景。

 

刀の中に宿った母の思いを受け取った書生は、同じデビルサマナーとして言葉を言ってくれた。

 

「……貴女の思いは受け取った。共に戦おう」

 

刀を逆手に持ち、地面に突き立てる。

 

胸に装備した封魔管を全て取り出し両手で構えた。

 

「バカな!?デビルサマナーの召喚は一体が限界のはず!貴方でさえ二体が限界でしょうに!!」

 

交差して構えるライドウの両手には八本の封魔管が挟まれている。

 

ならばこの召喚は()()()()()()となるだろう。

 

吐普加身(トホカミ) 依身多女(エミタマ) 吐普加身(トホカミ) 依身多女(エミタマ)…」

 

己の全てのMAGを解放するための神道祝詞を詠唱にして唱えていく。

 

「あはりや 坐すと白さぬ(アソバストマウサヌ) 朝座に(アサクラニ) 気吹戸主と云ふ神(イブキドヌシトイフカミ) 降り(オリ)ましませ…」

 

突き立てられた刀からもライドウに向けてMAGの光が放たれていく。

 

手に持たれた八つの召喚管の蓋が緩んでいき、MAGの光を放っていく。

 

「ひふみよいむなや こともちろらね 聞こし食せと(ヒコミヒコト) 畏み(カシコミ) 畏みも(カイコミモ) 白す(ハクス)…」

 

ライドウ1人では成し得なかっただろう八体の悪魔召喚。

 

静香の母の感情さえも纏える今だからこそ解き放てるのだ。

 

ライドウの力強い目がネビロスの軍勢を捉える。

 

布留部(フルベ)!!由良由良止(ユラユラト)!!布留部(フルベ)!!」

 

ライドウが持つ全ての召喚管からMAGの光が吹き荒れる。

 

ライドウの周囲を取り囲むようにした光の帯が実体を生み出していく。

 

ネビロスは命令を下し、ロボット軍団が次々と進撃してくる光景が迫ってくる。

 

迎え撃つライドウもまた地面に突き立てた陰陽葛葉を抜き、刀を構えていくのだ。

 

今のライドウに恐れる者は何もない。

 

彼の周囲に立つ者達こそ、超力兵団事件を共に解決した仲魔達。

 

デビルサマナー葛葉ライドウが使役する悪魔の軍勢であった。

 




ヒーローは遅れてやってくる!(王道)
次回、ライドウ無双!!(確信)


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196話 ゆけ!ライドウ!

葛葉ライドウ対次世代部隊の戦いが始まる。

 

進軍してくるのは93式機動歩兵Gタイプと95式機動歩兵Dタイプ。

 

武装は機関砲や対戦車榴弾、対戦車ミサイルなどの武装に置き換わっているようだ。

 

前進してくるロボット部隊の武器が放たれようとした瞬間、凄まじい突風が吹き荒れる。

 

「イクでありまァァァァァァァす!!」

 

ロボット部隊に襲いかかったのは体を回転させながら竜巻を生み出す悪魔。

 

全身が葉っぱで編まれた人型の体に神社のしめ縄をマフラー代わりにする神であった。

 

【ヒトコトヌシ】

 

古事記では善事も悪事も一言で言い放つ神として雄略天皇の前に同じ姿をとって現れたという。

 

賀茂氏が祀っていた神ともされ、賀茂氏の政治力低下と共に一言主の神威も低下したようだ。

 

時代が下った日本霊異記では一言主は役行者に使役される神にまで地位が低下。

 

修験道を含めた仏教勢力の隆盛を感じさせる神であり、現在は奈良県葛城山に鎮座していた。

 

「オリムピック級の活躍だァァァァ!!」

 

『ヒトコト大風』の竜巻によってロボット部隊の態勢が崩れたため照準がズレていく。

 

あらぬ方向に撃たれる弾や榴弾砲がライドウ達の横を通過する中、巨大な白い蛇が動く。

 

「面妖な機械人形共じゃのぉ。どれ、ワシが気合を入れてやろうか!」

 

まるで白い蛇に手足が生えたような巨人が持つ大きな杖が地面に突き立てられる。

 

燃え上る曇天の空に雷が再び生まれていき、雷の雨が降り注ぐ。

 

機械であるロボット部隊にとっては弱点であり、次々と爆発したようだ。

 

【ミシャグジさま】

 

諏訪地方の土着神であり、タケミナカタとも同一視される神。

 

国譲りの際、タケミカヅチに追われたため悪霊の住み着くとされる諏訪に逃れてきたという。

 

その地に住むミシャグジ神を駆逐し、代わって自らがこの地の神になった存在だ。

 

ミシャグジ信仰は新しい祭神であるタケミナカタを受け入れ、様々な政治的争いを乗り越える。

 

蛇神信仰等の様々な原始信仰を取り込み、男性器崇拝の御神体としても崇められた。

 

「サマナーさんよ、魔法少女の前でワシを召喚するなよ?ワシの姿は生娘達の目の毒じゃ」

 

『ミシャクジ雷電』によって焼き尽くされた景色を見ながら曲がった腰を叩く。

 

蛇神であるため頭部は蛇のように思えるが、どちらかと言えば()()()()()()である。

 

ごりっぱな悪魔は亀頭の後ろ側から生えた黒い長髪を痒そうに掻きながら敵陣へと向かった。

 

機体構成素材が対電撃仕様であった95式機動歩兵Dタイプが対戦車ミサイルの照準を向ける。

 

ミシャグジさまの巨体に向けて対戦車ミサイルを撃とうとした時、空から人が飛来した。

 

「男は度胸ぉぉ!!悪魔は酔狂ぉぉ!!ヨシツネ見参ーーッッ!!」

 

飛来してきたのは緋色の鎧具足を纏った侍である。

 

四足歩行するロボットの上に飛び乗った侍が逆手に持つ刀の一撃を浴びせる。

 

カメラアイを貫かれたロボットの動きが停止するが横のロボットが狙いを向けてきた。

 

「動きが遅過ぎる!!」

 

対戦車榴弾を浴びせられるよりも早く侍が跳躍。

 

宙を舞う華麗な『八艘飛び』を行い、次々とロボットの上に飛び移っては刀を突き立てていった。

 

【ヨシツネ】

 

平安時代末期を生きた源氏の武将であり、幼名は牛若丸という。

 

兄頼朝の挙兵に呼応し、獅子奮迅の活躍で対平家勝利の最大の功労者となったようだ。

 

しかし後に頼朝と対立し、再び奥州平泉に下るがそこで攻められ自刃して果てたという。

 

その最期は世の多くの人々の同情を引き、多くの伝説・物語を生み出していったのであった。

 

「う~ん、ボク達へんな虫さんに追いかけられてるね。この時代の蝗害は深刻そうだね、チミ」

 

「ヤカマシイ!!オレサマノ背中二勝手二乗ルデナイ!!」

 

「チミとボクの仲じゃないか。嫌われたらボク、とってもロンリーだね」

 

双頭の大型獣に跨る小人の悪魔を上空から追い詰めるのはビットボールというドローン兵器。

 

監視任務だけでなく地上攻撃用の装備も施しているようだ。

 

機体下部にアサルトライフルと射撃反動を吸収する装置を搭載しているため反動に耐えられる。

 

空からの機銃攻撃を受けるが双頭の大型獣の俊敏な動きを捉えきることは出来ない。

 

大きく旋回しながら反撃を行おうとするが、跨る小人が武器を構える。

 

「ダメダメだね、チミ達。そんな遅い動きじゃボクからは逃げられないよ」

 

全身緑色のふんどし小人が投げたのは『モコイブーメラン』である。

 

意思があるかのように飛び回るブーメラン攻撃によって次々とドローン兵器が打ち落とされる。

 

「まさに入れ食い状態、ドリーミング。イケてるね、ボク」

 

「勝手二反撃スルナ!!オレサマガ仕留メヨウトシテタノニ!!」

 

「ホメなくてもいいッスよ。それより、あの虫さんマルカジリしないの?」

 

「アンナ鉄屑ナド喰エルカ!!」

 

「ダイエット中かな?そんなことより可愛い魔法少女の話をしようよ。ボク、ドキドキだったよ」

 

漫才しながらも果敢に攻め抜く二体の悪魔達が敵陣深くにまで攻め込み猛攻撃をしかけていく。

 

【オルトロス】

 

ギリシャ神話の魔物であり、ケルベロスとは兄弟となるエキドナの子。

 

双頭の魔犬の姿をしており蛇の頭と胴からなる尾を持つ。

 

西の果てのエリュテイア島でゲリュオンの牛の番をしていたがヘラクレスに殴り殺されてしまう。

 

しかし常人が立ち向かえば太刀打ちすることも出来ない程の獰猛な獣悪魔であった。

 

【モコイ】

 

北部オーストラリアのムルンギン人の伝承に伝わる霊であり、名は悪霊を意味する。

 

老衰死や病気、事故等の凶事の殆どはモコイによってもたらされるとされているようだ。

 

疫病神として扱われるが、従える者は不幸を退ける強大な力を得るとも考えられたようだ。

 

「…やはり未熟なAI兵器では悪魔の軍勢に敵いませんか」

 

ネビロスは揚陸艦の上部甲板の上に立ち、戦況を見ながらも不快な表情を浮かべている。

 

左手を空に向け、巨大な魔法陣を生み出していく。

 

「現地改修を行う必要があるようです。幸いなことに…ここには死体が山とある」

 

霧峰村を覆う程の巨大な魔法陣の力で空に吸い上げられていくのは死体の山。

 

撃ち殺された村人達、爆散したデモニカ兵、それに破壊されたAI兵器まで浮かされていく。

 

「死体共をぐわったいの材料に使う気かぁ!?うぉれを使う気かァァァァァ!?」

 

空に吸い上げられてはたまらんと、ヒトコトヌシがミシャグジさまの後ろに隠れてしまう。

 

「ムゥゥゥ…ネビロスの奴め。死体と機械を用いて悪魔を錬成するつもりじゃのぉ…」

 

魔法陣の下で浮かんでいるのは死肉と機械が混ざり合った醜悪な巨大肉塊。

 

霧峰村を漂う無念を抱えた怨念達まで取り込み、巨大な肉塊が破裂する。

 

地上に降り立ったのはまるで人造人間にも思えるだろう巨人の群れであった。

 

【ナタク】

 

西遊記や封神演義で登場する人造人間に近い悪魔。

 

毘沙門天の化身である道教の托塔李天王の子として現れた大羅仙の化身というのが原義に近い。

 

少年期に大暴れしすぎたために托塔季天王と敵対して自害したという。

 

それを釈迦が蓮根と蓮の糸と蓮の葉で造った体に蘇らせたのがナタクであった。

 

「グッ…ガッ…ゴガッ……」

 

赤い肌をしたフランケンシュタインのような巨人悪魔達であるが目は虚ろだ。

 

まるで自我が存在しない肉塊巨人の集団のように思えるが、ネビロスが右手を動かす。

 

持たれていた大きな人形を動かせば、ナタクの目が光り敵に向かって襲い掛かっていく。

 

「ケッ!無様な肉人形の数を揃えても無駄だ!我が薄緑の錆びにしてくれる!!」

 

くろぬりの烏帽子を被り美しい黒髪長髪をしたヨシツネが刀を構える。

 

白銀に輝くのは彼の愛刀である薄緑と呼ばれる刀であった。

 

「バカヤロウ!お前らだけにいいカッコさせるかよ!!」

 

ヨシツネの横を通り超えていくのは巨大な鬼の顔を持つ蜘蛛である。

 

「テメェ!?俺の獲物を横取りする気か!!」

 

「豆粒侍は下がってな!ガタイの大きい奴らはガタイの大きい奴が相手してやる!!」

 

【ツチグモ】

 

平安時代に葛城山に住むとされた巨大な蜘蛛の妖怪である。

 

元来は朝廷による併合政策に逆らい滅ぼされた先住の民を蔑称して呼んだものともされるようだ。

 

土蜘蛛は政治的な不安を妖怪や祟りのせいとする支配者達によってスケープゴートにされてきた。

 

一方近世以降になると能や神楽、歌舞伎の題材に取り上げられ、文化的な側面も生まれていた。

 

「行くぜーーーッッ!!オラオラオラァ!!!」

 

ロボット部品を錬成して作った巨大な鈍器を振り回すナタクに目掛けて猛突進を仕掛ける。

 

ナタクを上回る程の巨体の前足から繰り出す攻撃を受け、次々とナタクが破壊されていく。

 

ツチグモの大暴れ攻撃を受けるナタク達もまた鈍器を用いてツチグモを打ち付けていく。

 

しかし強固な脚を打ち付けてもビクともしない強度を誇っていたようだ。

 

「ヌゥゥゥ!!致し方ない!本艦はこれよりラムアタックを仕掛ける!!」

 

命令を受け取った艦長が号令をかける。

 

ネビロスを乗せた揚陸艦の超巨大装輪装甲が動き出し、ツチグモを破壊せんと迫りくる。

 

「ゲェェーーッッ!?オレよりもデカイのが来るとは聞いてねーぞ!!」

 

ツチグモに目掛けて猛突進してくる揚陸艦。

 

しかしツチグモの前にまできた青銅の巨人がそれを阻む。

 

「おお!!来てくれたかオオミツヌの兄貴!!」

 

全高50mをした巨神こそ、巨人だいだらぼっち伝承の原型である。

 

【オオミツヌ】

 

出雲土着の神話集とされる出雲風土記に登場する神であり、古事記ではスサノオの子孫。

 

彼は出雲の国を見て随分小さいと思い、あちこちから土地を引き寄せてきて大きくしようとした。

 

あちこちの土地に縄をかけて引っ張り、少しずつ今の島根半島を形作ったのだという。

 

これは国引きと呼ばれ、オオミツヌの力強さを物語る神話となった。

 

「その程度の鉄塊の船如きで我を通り超えられると思うな!!」

 

艦首にプラズマ装甲を展開した巨大揚陸艦がオオミツヌ目掛けて猛突進の直撃を浴びせる。

 

甲冑武者のような外観をした巨神は両腕を帯電させながら受け止めた。

 

「ヌゥゥゥーーーッッ!!!」

 

後ろ足を伸ばして堪えきるが巨神の巨体であっても後ろにまで押し込まれていく。

 

しかし国引き神話をもつオオミツヌの力はこの程度ではない。

 

「オォォォォォーーーーッッ!!!!」

 

全高40m、全長300mの揚陸艦の後輪が浮き上がっていく。

 

パニックとなる揚陸艦ブリッジから見える景色が下側へと下がってしまう。

 

オオミツヌは巨大な揚陸艦を抱え込み、一気に後方に目掛けて投げ飛ばす。

 

「ウソォォーーーーッッ!!?」

 

後ろにいたツチグモが巨大な影に覆われ、慌てながら逃げ出していく。

 

巨神が揚陸艦相手に仕掛けた技とはプロレス技のブレーンバスターであった。

 

ひっくり返った亀のように動かなくなった揚陸艦の横に立つオオミツヌがトドメを行う。

 

青銅の腕部が回転していき極大の雷が帯電していくのだ。

 

「破邪顕正の一撃!!受けてみよーーーッッ!!」

 

巨大な鉄槌落としとして放ったのは『大雷電忠義壊』の一撃。

 

揚陸艦の底部に叩きつけられた一撃が装甲ごと揚陸艦を貫く。

 

プラズマエンジンにまで届いた一撃の雷撃によってついに揚陸艦は最後を迎えるのだ。

 

<<うわあぁぁぁーーーッッ!!?>>

 

大爆発を起こした揚陸艦の爆風に巻き込まれて吹き飛んでいくライドウの仲魔達。

 

しかしこの程度の爆発で死ぬような悪魔達ではないようだ。

 

「くっ!!!」

 

「キャァァーーーーッッ!!!」

 

爆風を浴びる妖精王夫婦であったが、彼女達を庇うようにして漆黒のマントが盾となる。

 

顔を上げればライドウが背中を盾にしながら妖精王夫婦を守ってくれていたようだ。

 

「坊や!?ライドウの坊やじゃない!!あぁ…こんな奇跡が起こるだなんて!」

 

「また助けられましたね…ライドウ。天斗樹林の時といい…貴方には助けられてばかりですね」

 

爆風で汚れきった体を持ち上げ、後ろに振り向きながら口を開く。

 

「……動けるか?」

 

気遣ってくれたライドウのために夫婦は気力を振り絞りながら起き上がってくれる。

 

「この先にいる少女達を連れてこの村から逃げろ。後の事は…任せてもらおうか」

 

ライドウの視線の先にいるのは揚陸艦を捨てて空中に浮かんだ姿をしたネビロスだ。

 

この村で起きてしまった凄惨な戦いの決着をつけるために彼は駆け抜けていった。

 

「…なんだか変な雰囲気だったわね?まるで私達のことを覚えていないように思えたわ…」

 

「そもそも彼がここにいることそのものが変です。彼は大正時代のサマナーなのですよ?」

 

「きっとアカラナ回廊を渡ってきたのね…。あの坊やは私達と出会う前のライドウなのよ」

 

「どんな彼であったとしても…助けにきてくれる。変わらない書生でいてくれて嬉しいですよ」

 

ライドウの意思を託された妖精王夫婦は翼を羽ばたかせて飛び立っていく。

 

邪悪な敵を討たんと駆け抜けるライドウの全身からはMAGの光が溢れ出るようにして光輝く。

 

陰陽葛葉に溜め込まれたイザ・ベルのMAGがライドウに供給され、八体の悪魔を使役出来るのだ。

 

「オノレェェーーッッ!!私にこれだけの恥をかかせるとは…恩があろうと容赦はしません!!」

 

空中から降下してくるネビロスに目掛けて一気に跳躍。

 

陰陽葛葉を振りかぶる一撃を放つライドウ。

 

ついに霧峰村戦争は決着の時を迎えるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「凄い…なんて数の悪魔を使役するのよ…。私の母様でさえ…あれ程の力はなかったわ…」

 

ライドウの戦いの光景を遠くで見守ることしか出来ない魔法少女達。

 

彼が召喚した悪魔達の力を前にして驚きを隠せないようだ。

 

「あの人は誰なんですか…?前時代的な身なりをした学生さんでしたよね…?」

 

「そうだよな…まるで大正時代の学生みたいに見えたよ」

 

「それに…凄いモミアゲをした人でしたよね?()()()()()()()()()()()()()()()()でした…」

 

「触れたら突き刺さりそうなぐらい男気に溢れるモミアゲでしたな…」

 

「もーっ!モミアゲじゃなくてライドウさんの戦いの凄さを見てあげなよー!!」

 

話が脱線していたがちはるが語った彼の名を聞いた瞬間、全員が驚愕する。

 

「ライドウですって!?もしかしてあの人が葛葉一族四天王の…葛葉ライドウなの!?」

 

「そうだよ!ライドウさんは14代目になる葛葉ライドウだって言ってたの」

 

「14代目葛葉ライドウですって!?その人は大正時代のデビルサマナーだった筈ですよ!」

 

「どういうことなんだ…?どうやって大正時代から現代に来てくれたんだよ…?」

 

「そ…そこまでは聞けてないから分からないよぉ…」

 

困惑の表情を浮かべていた魔法少女達の元へと空からモー・ショボーが下りてくる。

 

状況が飲み込めない魔法少女達に向けて笑顔でウインクしてくれたようだ。

 

「この子はね、モー・ショボーさん。ライドウさんの仲魔だと思うよ」

 

「うわー!みんな魔法少女さんなんだね!?みんなカワイイー!私も魔法少女やりたかったなー」

 

「え…えっと、モー・ショボーさんはどうしてこちらに戻られたんです?」

 

「あっちはみんなが頑張ってくれてるし、出番無さそうだからこっちに来ちゃったの」

 

ぴょんぴょん跳ねながら愛想を振りまく悪魔少女を見る魔法少女達も困惑顔を返すしかない。

 

「名前を聞いてなかったね。正義の探偵さんに憧れてるあなたの名前は何ていうの?」

 

「広江ちはる。こっちは静香ちゃんにすなおちゃん、それと涼子ちゃんとちかちゃんと旭ちゃん」

 

「ちはるちゃん、ライドウの戦いを見て…何か感じられたかな?」

 

問われたちはるの視線がライドウの戦いに向けられる。

 

軍隊が相手でも退かない戦いの光景こそ、ちはるが憧れた正義の探偵のように見えるだろう。

 

「あの人は…どうして戦えるの?相手は軍隊なんだよ…恐ろしい報復だってあるんだよ…」

 

正義の探偵に憧れた広江ちはるが最も恐れたのが国家権力による報復である。

 

国家の報復攻撃によって霧峰村は全滅し、多くの大切な人達が帰らぬ人となってしまった。

 

理想と現実はあまりにもかけ離れているもの。

 

正義という幻想を追いかける者は過酷な現実を受け止められる力こそが求められるのだ。

 

「ライドウだって怖い感情ぐらいはあると思うよ。だけどね…ライドウは絶対に逃げないから」

 

「どうしてなの…?どうしてそこまで強く在れるの…?」

 

それを聞きたいのはちはるだけでなく、周りの魔法少女達も同じ気持ちである。

 

これから先、たとえ生き延びれたとしても国家権力の報復は続くだろう。

 

彼女達は抜け忍の如く追われる人生を送り、楽しい日常に戻ることは出来ない。

 

逃亡犯のような気持ちを抱えている彼女たち全員が明日も知れない恐怖を抱えていたからだ。

 

みんなの視線が集まったモー・ショボーは笑顔を向けながらこう答えた。

 

「それはね……ライドウの心には()()()()()()()があるからだよ」

 

「諦めない……気持ち……?」

 

「絶望的な未来が待っていても諦めない。命をかけてでも未来を変えようと足掻いてくれる」

 

「たとえそれが…自分の大切な人達を犠牲にする道であったとしても…ですか?」

 

「ライドウもね…大切な仲魔を失ったよ。それでもね…ライドウは仲魔の意思を守ってくれた」

 

「仲魔の意思…」

 

「あなた達にはないの?死んでいった人達は…あなた達に何も残さずに死んでいったの?」

 

モー・ショボーの言葉を聞いた全員の目が見開いていく。

 

彼女達の心には未だに深く残っている矜持がある。

 

それこそが静香の母が命をかけてでも守り抜いてくれた時女一族の矜持。

 

静香の顔から悲しみの感情が消え、時女当主に相応しい程の覚悟を見せてくれたようだ。

 

「母様は私を残してくれた…。私に託してくれたのよ…時女の矜持を残してくれと…!」

 

「私…等々力さんの言葉を忘れてた…。探偵は諦めない心が一番大切だって…言ってくれたよ!」

 

「私の人生に光を与えてくれたのが静香です…。私は諦めたくない…静香と共に生きたいです!」

 

「母さんは命をかけてあたしを守ってくれた…。だからあたしも諦めない…母さんのように!」

 

「私も諦めません!日向のように温かい居場所を失っても…新しい日向をきっと見つけます!」

 

「迫害され人生を諦めようとしましたが…我も諦めたくない!未来はきっと…あるであります!」

 

諦めない心。

 

それこそが葛葉ライドウの戦いから学べた人生の教訓。

 

それを胸に抱き、彼女達はこれからの過酷な人生を突き進むだろう。

 

<<くっ!!?>>

 

揚陸艦の爆発がこちらにまで迫ってくる。

 

強風を浴び続けたが魔法少女達は無事なようであり、皆が顔を向け合って頷いた。

 

「行きましょう、みんな!!私達はここで死ぬわけにはいかない…今は生き残るべきよ!」

 

「私も諦めない!死んでいったみんなのためにも…絶対に悪の秘密組織をやっつけるんだから!」

 

静香の元にまで飛来してきた妖精王達が彼女達を妖精郷の神樹の元にまで導いてくれる。

 

残ったモー・ショボーは笑顔を向けながら静香達に手を振り、見送ってくれたようだ。

 

彼女達が走り去っていく時、静香とちはるは最後にもう一度だけ村の方角を振り向いてくれた。

 

「ライドウさん…生きて再び出会えることを願っているわ…」

 

「私…ライドウさんも探偵として尊敬する。あの人も尚紀先輩のような…理想の探偵さんだった」

 

静香とちはるもすなお達を追うようにして禁忌の森の中へと消えていく。

 

彼女達が駆け抜けていく森の木々に目を向ければカラスの姿を見かけていくだろう。

 

そのカラスとは、ヤタガラスから差し向けられていた監視員とも言える使い魔達であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

地面に着地したライドウが周囲を伺う。

 

「……異界に取り込まれたか」

 

あの一瞬、ライドウの刃がネビロスの体に食い込むよりも先に異界に取り込まれた。

 

仲魔達と分断された異界の景色に目を向ける。

 

異界の景色は霧峰村の神楽殿があった場所の景色と同じようにして構築されていたようだ。

 

「頼れる仲魔とはぐれた上で…この私に勝てますか?葛葉ライドウ…?」

 

闇の中から現れたのは死霊共を纏うネビロスである。

 

ナタクを操っていた大きな人形は燃えており、彼は操り人形を捨てたようだ。

 

「…仲魔を失ったのは、そちらも同じのようだが?」

 

「勘違いをしないでもらいたい。あのような木偶などいなくとも、私は何の問題にもならない」

 

両手が使えるようになったネビロスは両手を掲げる。

 

掌からは巨大な大火球が生み出され、いつでも放てる構えを見せた。

 

「デモニカ部隊と次世代揚陸艦の実戦データは広帯域衛星通信で送信済み。後は貴方を倒すだけ」

 

「…やってみるがいい。それと…自分は仲魔とはぐれてなどいない」

 

強がりを言っているようには見えない。

 

ライドウの自信に満ちた顔つきを見て、嘘ではないと判断したようだ。

 

「姿を見せるがいい…葛葉ライドウの使い魔!!」

 

<<お呼びとあらば、出てきてやってもいいぜ?>>

 

ライドウの背後空間が歪んでいく。

 

隠し身の技術でライドウの後ろに隠れていた悪魔こそ、日本神話にとって最重要人物といえる神。

 

「まったく…手間ぁ取らせやがって。死霊術師だろうがなんだろうが退治してやるさぁ!」

 

尖った木の根を冠にした浅黒い肌を持つ大男であり、海原を表現した黒いマントを纏う神。

 

その手には天叢雲剣が握り締められていた。

 

「奴を倒す。自分に手を貸せ、スサノオ」

 

「ソイツぁ粋な命令だ!景気よくいこうじゃねーか!!」

 

【スサノオ】

 

三貴子の末子にあたる荒ぶる神。

 

イザナギが黄泉の国から戻って禊を行った際に鼻をすすいだ時に産まれたと言われる存在である。

 

イザナギから海原を治めるよう言われたが断り、母神のいる根の国に行きたいと言い出す。

 

その際に泣き喚き、その神気は天地に甚大な被害を与えたと言われていた。

 

また姉神であるアマテラスの元で乱暴狼藉を働き、天岩戸事件を引き起こした張本人でもある。

 

スサノオは国津神の祖神的な側面も強い事から天津神とすべきかは難しいところであった。

 

「バアル様と同一視される程の神が相手ですか…。なるほど、これは手が抜けませんね」

 

睨み合うライドウとネビロス。

 

先に動いたのはネビロスであった。

 

「行きますよ!!」

 

撃ち放たれるのは両手から繰り出すアギダイン。

 

大火球が迫る中、ライドウは右にスサノオは左に避けていく。

 

あぐらをかきながら宙を飛ぶスサノオは左手に魔力を込めてライドウに投げ放つ。

 

「受け取りな!気色悪い死霊術師に気合を入れてやれ!!」

 

魔力を受け取ったライドウは白いガンベルトのホルスターから銃を取り出して構える。

 

コルトM1977リボルバーの銃口から次々と弾が撃ち放たれていく。

 

弾には雷の魔力が籠っており敵悪魔に雷属性のダメージを与えられるのだ。

 

「無駄です」

 

ネビロスの周囲を漂う怨念が『雷磁魔弾』の盾となり銃弾を受け止めていく。

 

「イテェェェジャネェェカァァァーーーッッ!!」

 

物理に耐性はあるが雷属性攻撃によって体を弱らせたのはネビロスの盾となるファントムだった。

 

【ファントム】

 

ゴーストの中でもより暗黒の力を帯びた者をこう呼ぶ。

 

元来はギリシャ語の虚像・幻が原義であり、正体不明な存在の呼称にも使われる。

 

一般的なゴーストよりも含有MAG量が多く、より強く現実世界に干渉出来る悪霊であった。

 

弱ったファントムは体を輝かせて特攻を仕掛けてくる。

 

「チッ!!」

 

ライドウは自爆エネルギーの一直線奔流を横っ飛びで回避。

 

スサノオも天叢雲剣の投擲攻撃を行うが同じようにして特攻攻撃を受けていく。

 

「いかがですか?私の死霊弾の味は?」

 

防御と攻撃を同時に行う死霊はネビロスによって無尽蔵に呼び出されて出現する。

 

遠距離戦を仕掛けては反撃の特攻が返されると判断したライドウが一気に踏み込む。

 

「ハァァァァーーーッッ!!」

 

袈裟斬り、右切上げ、回転斬りと連続した剣技を舞うように放つ。

 

陰陽葛葉の退魔の力によってファントムは自爆する暇もなく消滅してMAGの光を放つのだ。

 

ネビロスに接近戦を仕掛けようとするがマハムドオンが周囲に放たれる。

 

ライドウは咄嗟の判断で大きく後方宙返りを行い即死を免れたようだ。

 

「サマナーさんよぉ!!こいつはキリがねーぜ!!」

 

スサノオは天叢雲剣を振るい死霊を打ち倒していくが次々と湧き出してくる。

 

ネビロスが放つ真空刃を剣で断ち切った後、スサノオがライドウに向けて念話を送った。

 

<こいつぁジリ貧だ!ここはいっぱつ…大技を仕掛けようじゃねーか?>

 

<…了解した>

 

ファントムに翻弄されるライドウ達を見下ろすようにして宙に浮かび上がるネビロス。

 

勝負を仕掛けるために右手を上に持ち上げていく。

 

「別の形で恩に報いる日を期待したのですが…仕方ありませんね」

 

掌に生み出されていくのはメギドの光。

 

「恩を仇で返すことになったのは…愚かな貴方のせいです!!」

 

地上に向けて放ったのはメギドラの光。

 

空から落ちてくるメギドの光に対し、ライドウはスサノオに向けて駆けていく。

 

「オレのことは気にするな!!一発かましてやれーーっ!!」

 

全身から魔力を噴き上がらせながら天叢雲剣を下に向けて構え、峰を向ける。

 

ライドウは剣の峰に飛び乗り、スサノオから受け取った魔力と共に一気に上に向けて飛ぶ。

 

迫りくるメギドラを超え、ネビロスさえも超える程の高さにまで昇っていく。

 

「何をする気です!?」

 

地上ではメギドラの光が爆発するがライドウは天高くに身を置く姿。

 

退魔刀の陰陽葛葉を掲げたライドウが一気に急降下してくる。

 

「勝負だ!!」

 

ネビロスに目掛けて放つのは唐竹割りの一撃。

 

「ぐぅ!!?」

 

ネビロスの右腕が切り落とされ、体勢が崩れたネビロスはライドウと共に地上に落ちる。

 

ネビロスがライドウに視線を向ければ、刀を逆手に持ち一回転を行っていた。

 

「この一撃は……まさか!?」

 

ネビロスよりも先に地面に降り立ったライドウが一撃を地面に放つ。

 

陰陽葛葉に込められた仲魔の魔力が地面に注ぎ込まれる。

 

鈍化した世界。

 

降下してくるネビロスに見えるのは、大地が星の世界と化していく光景。

 

光の線が無数に浮かび上がり大地を覆う破邪の陣と化す。

 

「バカなぁぁぁーーーッッ!!?」

 

破邪の陣から一気に光が溢れ出し、大爆発する程の光の現象を生み出していく。

 

まるで核爆発でも起きたかのように広がり続ける光の膨張光景が異界そのものを破壊するのだ。

 

メギドラオンに匹敵する合体技こそが、ライドウの奥の手とも言える『天命滅門』の一撃。

 

異界から解放されたライドウは燃え上る村に戻ってくる。

 

彼が周囲を見回すとメギドに焼かれてボロボロな姿をしたスサノオが地面に倒れていたようだ。

 

「オレはキメられなかったが…サマナーさんはバッチリとキメてくれたな!」

 

決まり悪げにスサノオは右手を持ち上げサムズアップのハンドサインを向けてくれる。

 

ライドウはそれを見て頷き、視線を逸らす。

 

彼の視界に映ったのは多くの仲魔達の姿である。

 

みんなが笑顔を向けながら頷いてくれたようだ。

 

不愛想な口元が若干微笑み、学帽を目深く被り直す。

 

ついに霧峰村に戦火をばら撒いた敵共は駆逐された。

 

霧峰村を救えはしなかったが、それでも村人達の無念は晴らせたと信じたいライドウである。

 

これがデビルサマナー葛葉ライドウが魔法少女世界に迷い込んできた時の最初の事件となった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

次々と封魔管に戻っていくライドウの仲魔達。

 

最後にミシャグジさまを残すのみであったが、白い亀頭顔を横に向ける。

 

「……ライドウ、まだのようじゃ」

 

蛇神が向ける視線の方に彼も目を向けたようだ。

 

未だに燃え上る村の方から歩いてくるのは人間に擬態した姿のネビロス。

 

右手には燃え上る人形が持たれていたようだ。

 

刀の柄を握り締めるライドウであったが、立ち止まったネビロスが首を横に振る。

 

「流石は14代目葛葉ライドウです。保険としてアンデットボディを用意して正解でした」

 

「アンデットボディじゃと?先程までのお前さんは…分身だったというわけじゃな?」

 

「その通り。私が魔力を用いて操っておりましたが…いやはや、手酷くやられましたよ」

 

「続きを始めるのか?老骨にはちと堪えるわい」

 

「イザ・ベルのMAGは枯渇したこのチャンスですが……止めておきます」

 

「なぜじゃ?」

 

「葛葉ライドウには恩がある。私とベリアル様の愛しいアリスを見つけてくれた恩がね」

 

「律儀なものじゃのぉ。あの悪魔少女と共に迷惑かけずに隠居しておれば良かったのにのぉ」

 

「私がルシファー閣下に与するのは…アリスと暮らせるこの星を守るため。譲れませんね」

 

黙って聞いていたライドウだが、刀を抜刀して刃をネビロスに向けてくる。

 

「…貴様が娘を愛する気持ちと同じ感情を村の人々も持っていた。貴様だけが特別扱いか?」

 

言いたいことは察したネビロスが苦笑する。

 

「若いですね、ライドウ。言いたいことは分かりますが…みんな私と同じなのです」

 

「どういう意味だ…?」

 

「善人だろうと悪人だろうと、みんな()()()()()()()()()のです。正義の魔法少女とて同じです」

 

ネビロスが言おうとしているのはかつての神浜魔法少女社会のことである。

 

善人であろうと自分達が愛する人々だけを優先し、優先順位が低いものは見捨てていく。

 

それでいて自分達は見捨てた人々を守る正義の味方を気取ろうとした愚者共がいたのだと語った。

 

「私は悪を自覚しています。しかし善人は()()()()()()()()()…悪行を善行だとするのです」

 

燃え上る人形を捨て、蛇杖をライドウに向けてくる。

 

「葛葉ライドウ…貴方はどうなのです?」

 

「自分もまた…そうなっていくと言いたいのか?」

 

「ヤタガラスに言われるまま超力兵団事件を解決したようですが…()()()()()()()()()()()()

 

「原因…?」

 

「国津神達がなぜ国家を相手に反逆しなければならなかったのかを…()()()()()()()()()()

 

「じ…自分は……」

 

「原因があるから結果が起こるのが因果法則です。貴方もまた…()()()()()()()()()()()()

 

踵を返してネビロスは去っていく。

 

「無知は罪。知る努力を行わないものは無邪気に正義を気取り…悪行を善行だとするのです」

 

転送魔法陣を生み出したネビロスは片手を振りながら消えていったようだ。

 

刀を仕舞ったライドウではあるが顔は俯いている。

 

頭の中ではネビロスの言葉を否定出来る都合のいい言い訳を考えているのだろう。

 

「…あ奴の言葉を重く受け止めよ、ライドウ」

 

顔を向けてくるミシャグジさまだが、温厚な年寄りの雰囲気は消えている。

 

決断するかのようにしてミシャグジさまは決別の言葉をライドウに送るのだ。

 

「ライドウ…ワシはここまでじゃ。この時代の国津神達がワシを呼んでおる…」

 

「ミシャグジ…?」

 

「ネビロスが語った言葉こそが…我らがライドウに求めたもの。ゆめゆめ忘れなさるなよ」

 

餞別としてミシャグジさまは杖を地面に打ち付ける。

 

蛇神の霊圧によってポツポツと小雨が降ってきたようだ。

 

いずれは大雨となり霧峰村を覆う炎も消えていくだろう。

 

「さらばじゃ、ライドウ。次に会う時は……我らは敵同士やもしれんのぉ」

 

影に飲み込まれるようにしてミシャグジさまは消えていく。

 

突然の別れとなり無表情なライドウの顔にも困惑が浮かんでいたようだ。

 

自分に何か落ち度があったのかと悩んでいた時、視界の端に何かの光を見つける。

 

歩いていくと地面に突き刺さっていた七支刀を見つけたようだ。

 

迷いが浮かんだ目を向けていたが、冷たい夜風が吹き抜ける。

 

空を舞ってきた何かを見つけ、右手を持ち上げていく。

 

ライドウの右手に落ちてきたのは血染めのように赤い四葉桜の花であった。

 

「……自分は」

 

彼の心の迷いを表すようにして四葉桜の花が散っていく。

 

日本人の美意識を象徴する花である桜。

 

桜に向けてもっとも美意識を向けるのは日本人だけでなくヘブライ民族も同じ。

 

古来より中東や西欧世界で宗教的に大きな意味を持ち崇められてきた花こそがアーモンド。

 

同じバラ科サクラ属の落葉高木であり、先端に切れ込みのある桜花を咲かせる木。

 

アーモンドはイスラエルを象徴する花であり、アロンの杖。

 

アロンの杖は創世記に登場するエデンの園に生えていた二つの禁断の樹の一つ。

 

生命の樹である()()()()()()()()でもあった。

 

死を連想させる桜は同時に生命を象徴するセフィロトともなる。

 

時女一族もまたセフィロトを掲げる一族であり、()()()()()()()()()であった。

 

「死してなお花は咲く。いつかまた…この地に桜の花が芽生える日を……自分は願う」

 

刺さっていた七支刀を拾い上げてガンベルトに差し込む。

 

雨脚が強まっていく中、ライドウは聞いた事もない異音が聞こえたため空に目を向ける。

 

彼が目にしたのはヘリであり降下してくるようだ。

 

ライドウの視線が地上に向けられていく。

 

「ヤタガラスの使者…?」

 

彼の元に歩み寄ってきていたのは黒頭巾を纏う黒い和服の女性であった。

 

「…14代目葛葉ライドウで間違いありませんね?」

 

「……如何にも」

 

「アカラナ回廊を用いる時空移動におけるヤタガラスの禁則…知らぬわけではありませんよね?」

 

「……自分の罪を問いにきたのか?」

 

「それを問うのは私ではありません、三羽鳥様が問うことになりましょう」

 

ヤタガラスに所属するサマナーとして、三羽鳥の話を知らないライドウではない。

 

ヤタガラスのトップが直々に罪を罰する程の事態となったのかと彼の顔にも冷や汗が伝う。

 

「あのヘリコプターに乗りなさい。逃げ出すことは許しません…これは勅命なのです」

 

「……了解した。召集に応じよう」

 

迷いと恐怖を抱えたまま、ライドウは言われるままヘリに乗り込んでいく。

 

ヘリは飛び立ち、炎の勢いが衰えていく霧峰村を後にする。

 

遠ざかっていく村の方に視線を向けたままのライドウは心の中で思うだろう。

 

このまま自分は責任を問われ、葛葉ライドウの名を剥奪されるかもしれない。

 

帝都守護の任を解かれ、葛葉の里からも追放されるやもしれない。

 

そんな恐怖に支配されながらもライドウの心はそれ以上の暗い迷いを抱えているのだ。

 

「……無知は罪…か」

 

ネビロスの言葉を重く受け止めよと仲魔は言葉を残してくれた。

 

21世紀の地で生きることとなった14代目葛葉ライドウの試練は続くのだ。

 

彼は今でも…ヤタガラスのデビルサマナーであった。

 




ライドウさんも試されることになっていくのやもしれませんね(汗)
次で時女静香編は最後にしようと思います。
ですがサイドストーリーを後一つ書きたくなってくる…。


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197話 ヤタガラスのデビルサマナー

聖探偵事務所の2019年の業務は今日で最後である。

 

仕事は昼までに終わらせた職員達は午後から年末の大掃除を行っているようだ。

 

腕まくりをした黒ベスト姿の尚紀は事務所ガレージの掃除を行っている。

 

「ダーリン!この国では年末の大掃除があるんでしょ?アタシの体も掃除しなさいよ」

 

「分かってるって…お前は綺麗好きだもんなぁ」

 

「洗車機を使って終わりじゃダメ!ダーリンの手で優しくゴシゴシ触って欲しいの♡」

 

「めんどくさいなぁ…洗車機じゃダメなのかよ?」

 

「洗車機を使うとしてもちゃんとアタシをゴシゴシ洗うのよ?細部の汚れは落ちないし」

 

「了解したよ。やれやれ…家の大掃除もまだだってのに…」

 

ガレージの掃除を一通り終えた尚紀が二階事務所へと上がっていく。

 

事務所内は丈二と瑠偉が掃除を担当していたようだ。

 

「丈二、ガレージの掃除は終わったぞ」

 

棚の掃除を行っているようだが、丈二は何の反応も返してこない。

 

怪訝な顔をしていたが、尚紀はテレビに視線を向ける。

 

ニュースは内陸部で起きた山の大火事内容を報道していたようだ。

 

「最近は雨が降ってなかったから山も乾燥してたのかもな…。俺も煙草の始末は気をつけよう」

 

「これをキッカケにして禁煙してみるとかは?」

 

「瑠偉が禁煙に付き合うならやってみても構わないぞ?」

 

「愛煙家の私が禁煙なんてするわけないでしょ?」

 

「だよなぁ…。お前は酒と煙草と車を愛する男臭い女だったよ」

 

視線を丈二に戻すが、未だに棚と睨めっこ中のようだ。

 

不審に思った尚紀が彼の横に近寄ってきた。

 

「何を見てるんだよ?」

 

沈黙した丈二が見ていたのは貴重品を入れておくケースである。

 

「尚紀…これを見ろよ」

 

促された彼が貴重品入れに目を向ける。

 

「おい……これは……」

 

そこに入っていたのは広江ちはるから預かった探偵道具の虫眼鏡。

 

ガラスには傷が入ったかのような線が入っていた。

 

「ちはるちゃんから預かって以来、貴重品入れには触れてない。どうしてヒビが入ってるんだ?」

 

「経年劣化か何かか…?いや、ガラスは曇ったりはするがヒビが入る筈はないよなぁ…」

 

「私も触ってないし…尚紀も触ってないでしょ?不自然よねぇ…」

 

言い知れぬ不安を感じてしまう尚紀と丈二であったが、迷いを払うようにしてケースを仕舞う。

 

「これは修理に出しておく。大人になったちはるちゃんがここに来た時…悲しむ顔は見たくない」

 

「そうしてやれ。ここはあいつが帰ってくる場所…頑張って守らないとな」

 

原因不明のひび割れを見た尚紀の不安は拭いきれない。

 

彼はもう一度テレビに視線を向ける。

 

ニュース内容は未だに内陸部で起きた山火事の内容を伝えているようだ。

 

「廃村から火が出たか…。犠牲者はいなかったのが不幸中の幸いってところだな」

 

果たしてそれは本当なのかと彼は疑いの目をニュースに向けていく。

 

日本の偏向報道は知っているため、このニュース内容の信憑性は現場に行かなければ分からない。

 

しかし尚紀は多忙な身であり、全国で起きた事件を追い回す余裕など欠片も無い。

 

気にしても仕方ないと判断した尚紀は今日の仕事を終え、帰路についていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

時女静香達は追われる身となった。

 

公安警察から追われ、ヤタガラスのサマナー達からも追われる逃亡の人生が始まるのだ。

 

彼女達が先に頼ろうとしたのは嘉嶋尚紀であった。

 

しかしヤタガラスは見抜いており、神浜市に近寄ることも出来ない監視網が敷かれている。

 

スマホは持ち出せておらず、電話番号もスマホ任せのため尚紀と連絡をとる手段がない。

 

逃亡を続ける静香達は時女一族の分家集落を頼るしか道はなかったが、罠を張られていた。

 

「いたぞ!!霧峰村から逃げ出した連中はここに潜伏していたようだ!!」

 

「周囲を取り囲め!我々ヤタガラスから逃げられると思うなよ!!」

 

息をつく暇すら与えられない逃亡の人生は過酷を極めていく。

 

分家集落の者達は時女一族からは遠縁の者達。

 

いきなり本家の連中が村に入り込んできたのを不審に思い通報される事が多かった。

 

分家の者達は本家を慕う者もいれば、かつての涼子やちかのように嫌う者達も大勢いる。

 

何より分家一族とてヤタガラス一族と関わる者達であるためヤタガラスに協力的だったのだ。

 

匿ってくれた本家を慕う者達から与えてもらった品は限られている。

 

衣服の替えもないし、風呂にも入れないし、眠る布団もないし、恵んでくれた路銀さえ底をつく。

 

日中は警察のパトカー巡回を恐れて身動きをとることも満足に出来ない。

 

夜を利用した移動を繰り返すようだが、お腹が空いた彼女達の足取りは極めて重い。

 

今にも絶望しそうな魔法少女達を支えてくれているのは四体の妖精達。

 

シルフ、コダマ、オベロン、ティターニアは未だに彼女達を守ってくれていた。

 

静香達はヤタガラスが張る網を潜り抜けるようにして西へと逃避行を繰り返す。

 

しかし道中を歩く彼女達の顔には絶望の色以外に浮かぶものはなかったようだ。

 

今日も民家から離れた森の中で焚火を囲む毎日を送っている。

 

彼女達の目には毎日のように涙が零れ落ちていった。

 

「お腹……空いたね……」

 

焚火の前で体育座りをしてるのは広江ちはるである。

 

彼女の美しい髪はボサボサとなり、体臭も酷く臭う程にまで落ちぶれている。

 

それは他の魔法少女達も同じであり、各地の分家集落で快適に休む余裕もない証拠だ。

 

暗い表情を浮かべたまま隣に座る静香に目を向ける。

 

匿ってくれた分家の者達の御厚意で静香は以前着ていた私服と同じ品を送られていたようだ。

 

「……ごめんなさい」

 

静香に声をかければ、帰ってくる言葉は謝罪の言葉ばかり。

 

彼女達を助けてあげられない時女当主に何の価値があるのかと絶望に打ちひしがれた姿を晒す。

 

そんな静香が背負うようにして身に付けていたのは竹刀袋である。

 

これは旭が古井戸の中から持ち出した品であり、中には静香の母の刀が仕舞われていたようだ。

 

亡き母の遺品を静香は託されたが、時女の矜持を燃え上らせる余裕など今は欠片も無い。

 

「謝らないで……静香ちゃん。謝るべきなのは……私だから……」

 

涙が溢れそうになった目を擦り、向こう側に座っているすなおに目を向ける。

 

彼女の顔は俯いたままであり、絶望の感情が色濃く浮かんでいるようだ。

 

すなおを絶望のどん底に突き落としたのは、霧峰村を廃村扱いにした新聞記事のせいだ。

 

霧峰村は隔絶された地であり麓の集落でさえ知る者は殆どいない。

 

だからこそ霧峰村と麓の集落が山火事で滅びようとも誰も気にしてなどくれない。

 

それでも土岐すなおは霧峰村の麓の集落で生まれ育った者。

 

霧峰村同様に麓の集落まで燃やされていた現実を知った時、彼女は泣き叫んだようだ。

 

「ぐすっ…ひっく……お父さん……お母さん……」

 

涙が溢れ出したすなおを元気づける言葉をかけてやれる者達はいない。

 

焚火の光に目を向けるだけの涼子とちかでさえ押し黙ったまま。

 

それでも努力して黙ってくれている。

 

我儘な者達なら不満や苛立ちを喚き散らして静香やちはるを罵倒するかもしれない。

 

それでも感情を律して静香達を支えようとしてくれていた。

 

そんな彼女達を見下ろすのは木の枝に座っているオベロンとティターニア。

 

妖精王夫婦も霧峰村の妖精郷だけでなく臣下の妖精達まで失った者達。

 

行く当てもない悪魔として、今は魔法少女達を支えてあげることにしたようだ。

 

「彼女達……いつまで持つかしらね?」

 

「我々が絶望を吸い出してあげていますが…体と心は人間です。擦り切れていくのみでしょう」

 

「生き残れたのは救いだったのかしら…?それとも…破滅の始まりだったのかしら…?」

 

「それを問われるのは私達とて同じですよ。臣下を失った王に何の価値があるのやら…」

 

「この子達も私達も…故郷を燃やされたわ。この屈辱…晴らさずにはいられない…」

 

「連中が何者かを捜査する必要がありますが…今は足元を固められる場所を探すのが先決」

 

「そうね…。あの子達は逃亡犯としてホームレスに成り果てる結末だなんて…あんまりよ」

 

見張りをしてくれている妖精王夫婦の支えがあって今はどうにか生き残れている。

 

魔法少女達を助ける妖精は他にもいるため、シルフとコダマは旭の手伝いをしてくれていた。

 

近くの川で魚を獲ってきた旭の両肩にはシルフとコダマが座っていたようだ。

 

「シルフ殿…いつも助かるであります。貴殿の風魔法を使って魚を川から弾き飛ばしてくれて」

 

「旭達は猟を行う余裕もないしね…。ただでさえ絶望の感情で魔力が濁り続けてるのに…」

 

「ボク達はそんな絶望をエネルギーにして動けるし、頼りにしてくれていいからね!」

 

「本当に助かるであります…。我々の体と心はもう…逃げるだけで精一杯でありますから…」

 

六匹の川魚を掴んだ旭が重い足取りを向けながら静香達の元へと帰っていく。

 

焚火の明かりが見えてくる場所にまで戻った時、旭は立ち止まってしまった。

 

顔を俯けたまま彼女は絞り出すような震えた声で語ってくれる。

 

「我はミリタリーが好きでありましたが…今回の件で…ミリタリー趣味が大嫌いになりました…」

 

「旭の霧峰村は…米軍に焼かれちゃったもんね…」

 

「米軍は日米同盟を結んだ同盟国…米軍と自衛隊は協力して日の本を守る…そう信じてきました」

 

自分が信じてきた常識が全て音を立てて崩れてしまった。

 

今の旭は何を信じればいいのかも分からない。

 

ミリタリー好きにとって米軍装備は憧れであり、米軍こそ正義の軍隊に思えただろう。

 

しかし現実は彼女達のようなミリオタが考えているものではない。

 

アメリカの有名な歴史家は言葉を残す。

 

日本人は駐留米軍による支配の実情に全く気が付いていないと。

 

被支配民族が独立国家だと錯覚させる支配手口のことを()()()()()()だと言われていた。

 

「あんな連中をこの国に駐留させてていいの!?追い出すべきじゃん!」

 

「かつての我同様に…米軍は日の本の守り人だと信じてる者達に言ったところで無駄であります」

 

「どうしてさ!?」

 

「人間は…見たいものしか見ないし、信じない。魔法少女を迫害した連中と同じなのであります」

 

「何で人間って連中は…こんなにも自分の常識世界から出てこようとしないのよ…」

 

「宗教と同じ心理なのでしょう。自分が信じた概念から出てこない…批判する者は悪であります」

 

「そんな……ことって……」

 

「米軍は犯罪軍だと叫んだところで…中国か北朝鮮の工作員レッテル張りで終わりであります」

 

「旭は…悪のレッテルを張られて迫害されたんだよね…?人間を襲ったのは魔法少女だって…?」

 

それを聞かれた旭の顔が重く沈む。

 

今の彼女の体からは消えているが、かつては迫害による暴行の傷跡が上半身に残っていたのだ。

 

「レッテル張りを受けて我も分かりました…レッテル張りは()()()()()()()()()()()()なのです」

 

「自分の判断は間違いじゃない…。間違いだという奴の追究を潰すためのレッテル張りなのね…」

 

相手の劣等生を指摘した時点で、自身の指摘された問題を相手の問題にすり替えれる。

 

マウントをとられそうになった者が簡単にマウントを返せる安易な二元論手口。

 

それこそが、嘉嶋尚紀も使ったことがある悪のレッテル張りと論点のすり替えであったのだ。

 

「魔法少女を含めて人々はこんなにも狭い世界しか見る事が出来ない…だから我は諦めたのです」

 

「こんなんじゃ…誰に助けを求めたって…応えてなんてくれないよね…」

 

「ボク…山の精霊だから登山家を見てきたよ。リーダーの判断を信じて多くの人が死んだの…」

 

「皆が流されていくだけの人々…。芋虫のように固まるが…皆が向かう方向を決めていない…」

 

<その通りよ>

 

念話が聞こえてきたため、旭達は後ろを振り向く。

 

蜃気楼のようにして現れた魔法少女を見た旭の目が見開いたようだ。

 

「氷室殿……?」

 

暗闇の中から旭に近寄ってきたのは、肩にハクトウワシがとまっている氷室ラビ。

 

「貴女と出会うのは…湯国市で魔法少女の存在を人々に伝えようとした活動以来かしら?」

 

「なぜ貴殿がここにいるのでありますか…?氷室殿は太助殿と共に神浜に行かれたはず…」

 

「私は使命を帯びる者。神浜で生きてきた人生は…捨ててきたわ。今の貴女のように」

 

旭に視線を向けるラビの表情は絶望に染まっている。

 

その表情なら旭はかつて湯国市で見た事があった。

 

魔法少女の真実を伝える活動を手伝ってくれた友人を亡くした時、今の彼女と同じになったのだ。

 

「いったいどうしたのでありますか…?何が氷室殿をそれ程までに追い詰めたのです…?」

 

「他人を心配している暇があるの?私はどのような地獄を貴女達が味わったのかを知っているわ」

 

「霧峰村の惨劇を見たのでありますか…?それでいて誰にも見つからずここに現れるとは…」

 

旭の視線がラビの肩に向けられる。

 

ハクトウワシの目を見ていると背筋が凍り付く程のプレッシャーを感じさせてきた。

 

<旭…あの子の肩にとまってる鷲は悪魔よ!>

 

<凄い魔力を感じさせてくる…ボク達どころか妖精王夫婦だって適うか分からないよ!>

 

警戒感を示す旭を見つめるラビ。

 

彼女の目も旭の両肩にとまっている妖精達に向いていた。

 

「私と同じく悪魔を使役する魔法少女になれたようね…三浦?」

 

「悪魔を仲魔にして…何を企んでいるのでありますか?なぜ我に接触を図るのです?」

 

それを聞かれた無表情なラビの顔に変化が生まれる。

 

自分でもなぜ旭の元に訪れてしまったのか分からないような顔をしていたようだ。

 

「…私たち魔法少女に救いは無い。それは人間だって同じ。だから私は…世界の破滅を望む」

 

「本気で言っているのでありますか…?世界を破滅させる気でありますか!?」

 

「世界の破滅は私が手を下さなくとも起こる。その準備を見たために…あの村は焼かれた」

 

「それは…そうなのでしょう。では氷室殿は…それを早めようとしているのでありますか?」

 

「人類に救いなど無い。人々は何も知ろうとせず、今日も娯楽にうつつを抜かす…救いなど無い」

 

ラビは旭に向けて手を伸ばす。

 

まるでついて来いとでも言わんとしているかのように。

 

「私はホワイトメン…世界の午前0時を見届けるフォークロアよ。フォークロアに参加しない?」

 

「我に…世界の破滅の手助けをしろと言うのでありますか…?」

 

「貴女だけじゃないわ。向こうで絶望している魔法少女も同じ…ホワイトメンになる資格がある」

 

静香達も含めてこの世に絶望した上で世界の滅びを見届けろと言ってくる。

 

心配そうな顔を向けてくる妖精達。

 

俯いたまま体を震わせていたが顔を上げてくれたようだ。

 

「…お断りするであります」

 

「なぜ…?貴女達に待っているのは逃亡犯として惨めに生きるのみ。現実を直視出来ないの?」

 

「たとえ現実が絶望であろうとも…静香殿も含めて…我らは…諦めたくないであります」

 

「貴女らしくもない言葉を言うようになったわね?魔法少女は虚無だと言ってきた三浦なのに」

 

「…今でも虚無だと思うであります。それでも我は…虚無の世界に消えて無くなる気持ちはない」

 

「現実という名の虚無に抗おうというの…?何が三浦を変えたというのよ…?」

 

迷いを振り切った顔を向けた旭が決意を語っていく。

 

旭達に諦めない気持ちを与えてくれた者達を語ってくれる。

 

「我は知りました…神浜の東西差別という変えようのない現実を変えてくれた探偵の存在を」

 

「…人修羅として生きる嘉嶋尚紀ね。私も…見た事はある」

 

「我は出会いました…軍隊や悪魔が相手だろうと諦めない気持ちと共に戦ってくれた探偵と」

 

「…あのハイカラ学生のようなデビルサマナーの事ね」

 

「あの偉大なる探偵達の存在を知らないままだったら…我は虚無に飲まれてたであります」

 

心の中の絶望を変えてくれたのは、絶望という現実を変えられる存在がいてくれたから。

 

絶望的な状況でさえも諦めない姿を見せる者達がいてくれたから。

 

「我はあの偉大なる御方達の生き様を信じたい…。ついて行きたいのは…彼らであります」

 

絶望しか与えてくれない氷室ラビにはついて行きたくないと旭は示す。

 

ついて行くならば諦めない気持ちと共に絶望と戦ってくれる者の背中について行きたい。

 

それこそが旭が静香を支える理由であり、いつか出会いたい尚紀の道を信じたい気持ち。

 

魔法少女は虚無という現実を覆してくれるやもしれない希望を感じられる者達について行く。

 

拒絶の意思を示されたラビの無表情にも、僅かな歪みが生まれたようだ。

 

「守ろうとする力はそれを超える守ろうとする力に潰されるのみ。全ては無価値であり…虚無よ」

 

「絶望しか知らなかったら我も同じ気持ちでした。ですが我は希望を感じられた者についていく」

 

「そう…勝手にしなさい。でも…現実は甘くない。再び絶望を感じたなら…私を呼べばいい」

 

そう言い残してラビは蜃気楼のように消えていったようだ。

 

時空を彷徨うラビに向け、ハクトウワシが声をかけてくる。

 

「…なぜあの者達に声をかけたのだ?」

 

問われるラビであるが、返事を返せず顔も俯いてしまう。

 

「この世の事象に未だ未練があると見えるな?」

 

「…そうね。いずれ人類は虚無の彼方に消えていく…ホワイトメンは…私独りで構わない」

 

「分かっているのならば…なぜ他の魔法少女連中をフォークロアに誘ったのだ?」

 

「私にも分からない…この感情の揺らぎこそが…この世の事象なのかも知れないわね」

 

「その揺らぎに苦しむならば虚無を望め。我らはいずれ根源に辿り着く…感情など無意味だ」

 

「世界は死に…新しい生が生まれる。私達は虚無という原初の混沌に辿り着き…生まれ変わる」

 

「新しい生命が生み出されるのだ。世界は死に、新しい世界が生まれる…それがアマラの法だ」

 

「私が希望を感じるのは次の世界のみ。この世界はもう終わりよ…全てが絶望に飲まれたらいい」

 

希望を信じて諦めない者達もいれば、全てに絶望して諦める者もいる。

 

相反する陰陽の道を突き進む魔法少女達に待っているのは希望の未来か?絶望の未来か?

 

それを作っていける存在こそが魔法少女達と共にこの世を生きる存在である悪魔達。

 

悪魔が作る世界とは混沌なのか?秩序なのか?あるいはどちらでもありどちらでもない中庸か?

 

三つの選択が用意された時、魔法少女達は何を選ぶのだろうか?

 

これこそが他の宇宙でも繰り返された光と闇の戦いに巻き込まれた者達の選択の道。

 

氷室ラビが選んだ選択とは、世界に絶望して新たなる世界を望む()()()()()()()であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

伊勢神宮から離れた森の中にそびえる神宮の前で高級セダンが停車する。

 

後部座席が開けられ、中から出てきたのは葛葉ライドウであったようだ。

 

彼の姿は学ランと学帽しか纏っておらず丸腰の状態である。

 

「ここが超國家機関ヤタガラスの総本山……」

 

付き添いのサマナー達と共にライドウは神宮の中へと入っていく。

 

鳥居や橋を超えていき、奥の院へと入っていったようだ。

 

謁見の間に案内されたライドウが襖の前で正座する。

 

入っていいと促されたため、襖を開けて平伏した。

 

<<…汝が14代目葛葉ライドウか?>>

 

「……はい」

 

謁見の間は広々とした畳部屋であり、奥側は神前すだれによって覆い隠されている。

 

声が聞こえてきたのは神前すだれの奥。

 

そこに鎮座する三羽鳥達が同時に発した声であったようだ。

 

裏天皇の警備を務めるのはヤタガラス直属の精鋭サマナー達。

 

謁見しにきた者が不審な動きをした瞬間、彼らは横に置かれた刀を抜くであろう。

 

<<謁見を許可する。入るがいい>>

 

「……失礼します」

 

謁見の間に入って来たライドウが神前すだれの前で正座を行いもう一度平伏する。

 

額を地につけるほど下げたライドウの体は震えているようだ。

 

目の前で神々しい霊気を発する存在こそがヤタガラスを率いる長であり、秦氏の長。

 

そしてライドウもまたヤタガラスを生み出した秦氏一族に隷属する者だと示すものがある。

 

被っている学帽には弓月の君高等師範学校の生徒だとする高章として弓月紋章が使われている。

 

神前すだれの奥に鎮座した三羽鳥達が纏う千早の上着にも同じ弓月紋章が備わっていた。

 

ライドウは弓月の君である秦氏の学校に通う学生であり、ヤタガラスのデビルサマナー。

 

彼の帝都生活はヤタガラスに従属させられたものでしかなかったようだ。

 

<<汝は大正時代の者。この時代に存在してはならぬ者。世界のコトワリを破った罪は重いぞ>>

 

「も……申し訳…ありません…」

 

<<14代目のライドウには帝都守護の任務を与えたはず。任務を放棄するつもりか?>>

 

「けっして……そのようなことは……」

 

<<では、何故にこの時代に迷い込んだ?アカラナ回廊は物見遊山を行う領域ではない>>

 

平伏したままライドウは三羽鳥に向けて包み隠さず自分の動機を語っていく。

 

この時代に流れ着いたのはアカラナ回廊を漂っていた悪魔の言葉に従ったもの。

 

この世界には時空の歪みが存在しており、それをもたらす悪魔達こそがこの世界を滅ぼす。

 

故に人々を守るデビルサマナーとして、この世界も救いに来たのだと語ってくれた。

 

しばしの沈黙が謁見の間を包む。

 

しかし神前すだれの奥からは怒気を含む叱責が放たれたのだ。

 

<<愚か者め!!帝都守護の任務を放り出してまで違う世界を救うだと?何様のつもりだ!!>>

 

「申し訳ありませんッッ!!自分の領分では無いと感じましたが…それでも来てしまいました!」

 

<<若さゆえの過ちもあろう…。しかし、此度の越権行為はあまりにも重過ぎるぞ>>

 

「自分は人々を守るためにこそ退魔師としての価値があると信じました!それゆえの行動です!」

 

<<それはこの時代でなくとも全う出来る。愚かな欲に狂いおって…自由の権化のつもりか?>>

 

「自分は…そのようなつもりでは……」

 

<<ヤタガラスと葛葉ライドウの名に泥を塗りおった汝には…相応の罰が与えられるだろう>>

 

出過ぎたことをしてしまったのは彼の正義感から生まれたもの。

 

しかし浅慮過ぎる正義感を振りかざす者ほど、後先考えずに行動してしまう人間心理がある。

 

その行動は無責任であり、周りの迷惑など考えない自由を掲げる蛮行とも思えてくるだろう。

 

日の本の秩序を司るヤタガラスとは相容れない隔たりがあったようだ。

 

もはや裁きは避けられず、葛葉ライドウの名も剥奪され葛葉一族からも蹴り出される。

 

そんな恐怖に支配され震えたままであったのだが、三羽鳥は裁きではなく命令を下すのだ。

 

<<その名に泥を塗った汝ではあるが…汚名を返上する機会を与えてやろう>>

 

その言葉を聞いたライドウが顔を上げる。

 

地獄に放り込まれた罪人の元に天から救いの糸が下りてきたような気持ちとなったようだ。

 

<<この世界に歪みをもたらす悪魔の存在については…我らは把握しておる>>

 

「その悪魔というのは…一体…?」

 

<<その悪魔の名は…人修羅>>

 

「人修羅…?そのような悪魔の名など…聞いた事もありません」

 

<<奴は数年前にこの世界に出現した。今は人間に擬態しながら生きているようだ>>

 

「その人修羅という悪魔は…この世界を滅びに導く程の悪魔だと言われるのですか…?」

 

<<奴の力は強大だ。神霊クズリュウを討ち滅ぼす程の力を秘めておる>>

 

「神霊として名高い…あのクズリュウをですか…?」

 

<<そして奴は虐殺者でもある。この地に顕現してからというもの…死の上に死を築き上げた>>

 

それを聞かされたライドウの目に怒りの炎が燃え上る。

 

心には義憤の感情が噴き上がり、人修羅に向けて強い憤りを纏ったようだ。

 

<<奴は東京と名を変えた帝都で子供の大虐殺を繰り返した。汝にとっては…怨敵であろう?>>

 

「その悪魔に誅罰を下すのが…自分に与えられる罰でしょうか…?」

 

<<侮るな。奴の力は桁外れ…倒すことは出来まい。しかし…汝ならば封印出来るやもしれん>>

 

葛葉ライドウに向けて三羽鳥は命令を下す。

 

その任務内容とは護国救済任務とも呼べるほどの重要任務。

 

人修羅を封印して()()()()()()()()()という命令であった。

 

<<この任務を全うする間ならば…この時代の滞在を許そう。汝の面倒は使者に任せる>>

 

「寛大な御言葉…恐悦至極に御座います。この葛葉ライドウ…命を懸けてでも果たしてみせます」

 

<<無事な帰還を期待する。汝には大正時代の帝都を守る使命があるのを忘れるでないぞ>>

 

謁見の間から解放されたライドウが神宮を後にする。

 

神宮の門を超えた時、横にいる外国人のような男に視線を向けたようだ。

 

「やぁ、待っていたよ」

 

青い目をした外国人がライドウに振り向く。

 

大正モダンな紳士服を纏い、キャスケット帽子を被る姿。

 

手には黒いバックが持たれており、銀の山羊飾りも施されていたようだ。

 

「君はこの時代の歪みを正す…キッカケになるかもしれない存在だ」

 

「お前は…一体……?」

 

「あるいは…君自身がこの世界に歪みをもたらすキッカケになるかもしれない」

 

近寄ってきた紳士男に警戒感を示すが、今の彼は丸腰である。

 

それでも襲い掛かってくるのならば徒手空拳でも十分戦えると考えていたようだ。

 

「私は君に期待をしている。彼が私の()()()()()()()()()()()()()ば…君が討つんだ」

 

「何を言っているのだ……?」

 

「今は分からなくてもいい。いずれ運命は君達をめぐり合わせるだろう…宿命の対決となる」

 

そう言い残して紳士男は去っていく。

 

何を伝えたいのかも分からない男からは視線を逸らす。

 

目を向けた先に立っていたのはヤタガラスの使者であったようだ。

 

「三羽鳥様より、貴方がこの時代で暮らしていけるだけの手配をせよと仰せつかっております」

 

「また世話になる。いや…違うか。貴女は自分が出会ったヤタガラスの使者ではあるまい?」

 

「その通りです。貴方のサポートを行ったヤタガラスの使者は…私の先祖に当たります」

 

「そちらにも色々と事情があるのだろう。すまないが…この時代での世話を任せる」

 

「その前に…貴方は葛葉の里に向かうべきです」

 

「葛葉の里に向かうだと…?」

 

「葛葉ライドウの名を持つ貴方がこの時代で任務をこなす。葛葉一族もいい顔をしません」

 

「分かった…彼らにも事情を説明してくる」

 

車に乗り込んだライドウは葛葉の里に向かっていく。

 

心中穏やかではないが、それでも葛葉一族の者としての責任もあるだろう。

 

ライドウを乗せた車は葛葉一族の里へと向かうために走行していく。

 

彼を見送るようにして帰り道を歩いていた紳士男が顔を向けてきたようだ。

 

窓ガラスから見えた紳士男の表情には、微笑みが浮かんでいた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そこは葛葉一族の御神木を祭る巨大社。

 

社の神域奥の大広間には葛葉一族を見守ってきた巨大三本松がそびえ立つ。

 

三本松の下側は拝殿の作りをしており、大きな篝火が暗い社内を照らす。

 

拝殿に向けて黒い学生服と学生帽を纏う人物が正座している光景が広がっていた。

 

<<まさか…14代目葛葉ライドウが21世紀の地に現れるとはな>>

 

威厳に満ちた老人の声が神域内に響く。

 

それはまるで葛葉御神木である三本松から響いてくるかのようだ。

 

<<事情は聞いておる。若さゆえの過ちであろうとも…今回は特例だ。活動を認めよう>>

 

「有難き御言葉…感謝します」

 

ライドウは葛葉御神木に向けて平伏を行う。

 

顔を上げた時、ばつが悪いような態度をした言葉が発せられたようだ。

 

<<実はな…丁度良かったのだ。この時代の葛葉ライドウの現在は……不在状態なのだ>>

 

「自分の後を継いでくれた葛葉ライドウが不在状態…?」

 

<<汝より後の葛葉ライドウの体たらくには呆れておった。修験場を超えられる者すらおらん>>

 

「今の葛葉一族が…それ程までの人材不足に陥っていたとは…」

 

<<現代の葛葉四天王は既に崩壊しておる。後継者が見つからないためにな…少子化のせいだ>>

 

「では…自分がこの時代で活動を行っても、現代の葛葉ライドウが文句を言うこともないと?」

 

<<我らも立場が弱くなった…。大正時代の葛葉ライドウに頼らねばならぬ程にまでな…>>

 

顔を上げて立ち上がったライドウに向けて三本松は指令を下す。

 

<<ヤタガラスの任務を全うして欲しい。力なき我ら宗家に代わり…どうか頼むぞ>>

 

「承知した。14代目の葛葉ライドウとして…必ずや人修羅を封印してみせよう」

 

<<我らからも支援がある。現代の葛葉ライドウに与えるべきだった従者を汝に託そう>>

 

ライドウは視線を左側に向けていく。

 

三本松の奥から現れる小さな動物の姿を見たライドウが驚きの声を上げた。

 

「ゴウト!!?」

 

現れたのはかつてライドウと共に超力兵団事件の解決に尽力してくれた心強い仲魔の姿。

 

業斗童子(ゴウトドウジ)と呼ばれる小さな黒猫であった。

 

「またしても、うぬの共をするか。我らにはよほどの縁があるらしい」

 

「バカな……どうして!?」

 

ライドウの脳裏に浮かぶのは超力超神が帝都に顕現した時の記憶。

 

仲魔と呼べたゴウトは自らの命を犠牲にして超力超神の力の源を破壊してくれた。

 

その時に帰らぬ人となっていたのだが、生きていたようだ。

 

ライドウを見上げるゴウトが猫の鳴き声を上げる。

 

しかしデビルサマナーであるライドウには彼の言葉が分かるようだ。

 

「懐かしい反応だな。超力兵団事件が終わった後のうぬと再会した時も…同じ反応を向けてきた」

 

ゴウトは事情を説明してくれる。

 

納得したライドウに向けてゴウトは従者としての使命を語ってくれた。

 

「このゴウト…こんな黒猫のナリとて我も葛葉一族…うぬよりも前進よ。お目付け役となろう」

 

「フッ……また一緒だな、ゴウト?」

 

「ウム、今日からまた一緒だ。我は嬉しく思うぞ…今までの葛葉ライドウの中ではうぬが最強だ」

 

ライドウとゴウトは三本松に視線を向ける。

 

葛葉一族を見守ってきた御神木は提案をしてきたようだ。

 

「人修羅の力はあまりにも強大。今の汝では及ばないやもしれん…修行が必要だろう」

 

三本松は修験場を利用して悪魔召喚師としての力量を上げよと提案をしてくる。

 

修験場は葛葉ライドウ襲名の儀式が執り行われる場であり、実戦形式の演舞を行える空間だ。

 

また葛葉一族の修練場としても利用されている道場のような場所であった。

 

「ライドウ、うぬの力は知っている。これから先のうぬならば…二体の悪魔召喚を行えるだろう」

 

「ネビロスも言っていたが…自分にそれほどの力があるのだろうか?」

 

「謙遜するな。うぬよりも先を知る我らが保障するのだ…うぬならば身につけられよう」

 

「分かった。一刻も早くデビルサマナーとしての力量を上げ、人修羅討伐に向かうとしよう」

 

ライドウはこれより一ヵ月間は葛葉の里において修行の日々を送っていくのだろう。

 

2020年の1月も終わりを迎える日。

 

修行を終えたライドウはフル装備を纏った状態で三本松の前に立つ。

 

<<見事だ。二体同時召喚を身につけられると信じておった。今の汝はかつてよりも強い>>

 

「では…行ってくる」

 

<<最後に、葛葉一族の伝統に則り締めの儀礼として…一本締めを執り行わせていただく>>

 

ライドウとゴウトは両手と両前足を上げていく。

 

<<我が国の永久なる秩序の健在とぉ…汝らの輝かしい前途を祈りぃ……ゐよぉぉぉ!!>>

 

一本締めの儀礼として音が響くほど強く手と前足が叩かれた。

 

<<…在り難し。これにて葛葉一族が慣例、定時報告会の終了である…>>

 

これを最後に、威厳に満ちた声は聞こえなくなった。

 

「では行くか、ライドウ。我らの戦いの地へ…」

 

ライドウはゴウトと共に三本松が祭られた大広間を後にする。

 

彼らが向かう地とは人修羅が暮らす神浜市となろう。

 

車に乗り込み神浜に向かうライドウに振り向き、ゴウトが言葉を送ってくれる。

 

「厄介事に巻き込まれたようだが、これもまた帝都の地が置かれた関東を守るための戦いだ」

 

「…承知している」

 

()()()()()()()()()()、とくと人修羅に見せてやろうぞ」

 

ライドウは山羊の飾りを身に付けた金髪の外国人から言葉を送られている。

 

これは宿命の対決となるだろうと。

 

魔法少女達が生きる世界に流れ着いた葛葉ライドウは再び刃を振るうことになるだろう。

 

ヤタガラスのデビルサマナーとして。

 




時女静香編はまどマギキャラにこれでもかとメガテン的こじつけを喰らわせる物語となりましたね(汗)
ライドウ対人修羅の足音が聞こえてくる形で五章はお終いです。
六章も縁がありましたら読んでいただけると凄く嬉しいです。


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サイドストーリー
198話 恐怖のバレンタイン


神浜の魔法少女社会に吹き荒れたフェミニズム問題が解決してから数日が過ぎていく。

 

現在の尚紀は探偵職務をこなす毎日を送っていた。

 

舞い込んできた虐め調査案件のため工匠区に訪れているようだ。

 

工匠学舎の生徒達の張り込み捜査中に虐め現場を目撃してカメラ撮影を行っている。

 

(よし、虐めの現場証拠もこれだけ揃えればいいだろう。後は法的措置を親族が行うだけだな)

 

隠れていた場所から出て来た彼が証拠画像を確認した後、虐め現場に近寄っていく。

 

彼に脅された加害者達は蜘蛛の子を散らすようにして逃げていったようだ。

 

虐められていた工匠学舎の女子生徒から御礼を言われた後、彼は現場から去っていく。

 

工匠区から南凪区に向かおうとしたのだが、その足が止まる。

 

「…やはり気になるな」

 

尚紀は踵を返して工匠区へと戻っていくようだ。

 

場所は工匠区にある天音月咲の実家である竹細工工房に移る。

 

家の庭では月咲が大量の洗濯物を干す作業が続いているようなのだが…その表情は重い。

 

「…これからどうなるんだろう?ウチの家…大丈夫なのかな?」

 

彼女は不安に怯える毎日を送っている。

 

フェミニズム問題の時、彼女の父親である竹細工工房の代表者はDV容疑で警察に逮捕された。

 

勿論待っていたのは竹細工工房の評判が地の底まで落ちる現実。

 

竹細工工房の商品を店に置いてくれていた取引先から取引停止の電話が鳴り響く毎日。

 

竹細工工房の弟子達は商品製造の仕事も無くなり、自分達で営業を行いに行くしかない。

 

弟子のタケの叫びにより鼓舞された弟子達は諦めまいと企業存続の努力を続けてくれている。

 

これが女を守る男達の愛だったのだと痛感した月咲は本気で後悔していた。

 

魔法少女だけで面白おかしく生きていけるという、我儘極まったフェミニズムを掲げたことを。

 

「同性愛だけで生きていける程…世の中甘くないよ。女は男の力がないと…生きていけない」

 

人間が生きていくにはあらゆる縁が必要だ。

 

それこそが社会で働く人々の姿であり、それを守りたい精神こそが社会主義精神。

 

天音月咲の心の中にも強い社会主義精神が芽生えようとしてくれている。

 

「もうウチ…我儘を言わない。魔法少女社会だけでなく男社会も守っていく…大切な存在だから」

 

俯いたまま家事をこなす彼女だからこそ、門前で隠れている男の姿には気が付かない。

 

月咲の様子を伺いに来ていたのは尚紀だったようだ。

 

「あ…あの…月咲ちゃんに何か用事でしょうか?」

 

声が聞こえた方に視線を向ける。

 

現れたのは同じように心配して寄り添ってくれる優しい姉であったようだ。

 

「用事という程じゃない。近くで仕事をしていてな…帰る前に様子を見てみようと思ったんだ」

 

「それは…まだ月咲ちゃんの事を…疑っているということでしょうか?」

 

不安そうな顔を見せてくる月夜を見て、彼はついてくるよう促す。

 

工業区の近くにあった公園のベンチに座り、顔を向けてくる月夜に振り向き口を開きだす。

 

「俺はお前達との戦いの中で…人を信じる大切さを知った」

 

「なら、どうして月咲ちゃんを疑うような行動を起こすのですか?矛盾しています…」

 

「信じる気持ちを失えば加害者にしかなりえない。だが…信じれば信じる程、先に備えられない」

 

彼は他人を疑うことの大切さも知っているし、青葉ちかや佐倉杏子にも語っている。

 

他人を信じたい気持ちとは、自分勝手な理想を信じたいだけであり確証など得られない。

 

時女一族がまだ神浜にいてくれた頃、そんな話を青葉ちかに語ったことがあった。

 

……………。

 

「他人を疑う事は恥ずかしいことじゃない。むしろ、社会を生きていく上で絶対に必要なものだ」

 

ちかのために建築したログハウスが完成した頃、尚紀は自宅近くにあるちかの家に来ている。

 

山小屋のテラス椅子に2人は座り、ちかは尚紀の話を真剣に聞いてくれている。

 

「お前は自然ガイドなんだろ?なら、登山家達の遭難がなぜ起きるのかは…俺より知ってる筈だ」

 

「はい…全ては登山家達の判断の間違いです。大丈夫だろうと山を信じたために遭難するんです」

 

「自然も人間も突然牙を向けてくる。それに備えるには、自然や人間を疑う気持ちが大切なんだ」

 

「山を信じられなくなってしまいそうです…。だけど、その気持ちがないと先には備えられない」

 

「自然も人間も一面だけで判断してはならない。だからこそ、先を知る為には疑う必要がある」

 

「疑うからこそ…調べる努力に繋がる。学校のテスト問題だって疑うからこそ調べるんですね…」

 

「勉強では出来るのに、人間関係という別の問題になると応用が効かなくなる。人の悪い癖だな」

 

「私…人を疑う自分に疑問を持ってました。だけど尚紀さんのお陰で正しかったと分かりました」

 

「人は疑うからこそ知る努力を行える。だからこそ、情報屋とも言える探偵が必要とされるんだ」

 

「フフッ♪尚紀さんが探偵になったのは、ある意味必然だったのかも知れませんね」

 

「お前が自然ガイドになったのと同じようなものだな。お互いに…疑う気持ちを大切にしような」

 

「はいっ♪」

 

……………。

 

「探偵の仕事も情報の確証が得られるまで捜査は続く。信じるだけでは情報の確証は得られない」

 

「信じたい気持ちに振り回されるのではなく、信じたい気持ちと共に疑い続ける…ですか?」

 

「信じる事と疑う事の調和こそが大切だと思う。だからこそ、俺はNEUTRALの選択を選ぶ」

 

「信じてあげるフリを続けながらも…月咲ちゃん達のその後を調べ続けるのですね?」

 

「ももこの事も信じてやりたい。だけど、それと同時に疑いの眼差しも向け続けたいが…難しい」

 

尚紀は探偵の職務だけでなく様々な問題も抱え込む多忙な身。

 

だからこそ時間に追い回され、疑うための捜査を行うことさえ実行し辛い。

 

今日だって偶々時間を作れただけに過ぎず、これから先も捜査を行えるかは分からないと語る。

 

「だったら!わたくしが月咲ちゃんを見張っていきます!尚紀さんの負担を背負わせて下さい!」

 

「そういえば、お前は俺の前でそんな言葉を言ってたな」

 

「ですが…わたくしもエゴを抱えた人間です。だからこそ…フェミの理屈に惑わされました…」

 

「苦い経験を積めたのなら、エゴを縛る鎖にも出来る。今度こそ任せて大丈夫か?」

 

「はい!貴方に誓って…もう二度と惑わされずに生きると誓います!」

 

月夜の言葉を信じてあげるしかない。

 

疑って情報を集めようにも、体が一つしかないのが人の限界である。

 

人間は何かを選択した時点で、何かを諦めることしか出来ないのだから。

 

2人は頷き合って立ち上がり、尚紀は事務所に帰ろうとするのだが呼び止められたようだ。

 

「あ…あの、尚紀さん」

 

「何だよ、まだあるのか?」

 

「新しい長から貴方の話は聞いてます。月咲ちゃんのために…弁護士費用を払ってくれたことを」

 

後ろに振り向けば頬を染めながら恥ずかしそうな表情を浮かべてくる月夜がいる。

 

モジモジした態度を見せられて首を傾げていたが、恥ずかしながらもお礼を言ってくる。

 

「尚紀さん…本当に有難う御座います。月咲ちゃん共々、貴方に御礼がしたいんです」

 

「見返りを求めるつもりはない。俺は社会主義者であり、皆の幸福な人生こそが俺の幸福だ」

 

「そんなこと言わずに受け取って下さいまし!もう直ぐバレンタインですし…」

 

社会人になってからというもの、季節イベントを意識することもなくなってしまった尚紀である。

 

女子から気持ちの籠ったチョコを何個受け取れるのかを周りと競い合った学生時代を思い出す。

 

懐かしい気持ちとなり口元にも微笑みを浮かべるのだが、彼の態度は変わらない。

 

「だから、そんな気を使ってもらわなくてもいい。俺は社会人だから学生気分には浸れない…」

 

「ダーメーでーす!水名の女として礼儀知らずになりたくはありません!渡させて下さい!」

 

「そうは言うがな…」

 

結局押し切られてしまい、渋々聖探偵事務所の住所が書かれた名刺を渡すことになる。

 

バレンタインになれば月夜と月咲の愛情が籠った品を職場に持ってきてくれる事になるのだが…。

 

「…丈二と瑠偉にからかわれる事になるよな?絶対なるに決まってる…どうしよう?」

 

職場仲間だけでなく、家に帰れば仲魔達からもからかわれる未来は想像に難くない。

 

大きく溜息をつきながらも、朴念仁な男はバレンタイン当日を迎えることになっていったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

バレンタイン。

 

それは女の戦場とも呼ばれている。

 

女が思い人にチョコを送り、ハートを射止めるといった歌が歌われる程の争奪戦。

 

だからこそ、魔法少女達もこの季節イベントには力が入っているようだ。

 

普段料理などしない魔法少女達は料理が得意な魔法少女の元に赴き、共にチョコを作っている。

 

しかし料理が好きなのはいいのだが、周りに甚大な被害をもたらす天災を生み出す者達がいた。

 

彼女達も思い人に贈るチョコを作ろうとするのだが、周りの魔法少女達は止めに入ってくる。

 

天災料理を生み出す3人娘は集まり合い、秘密裏にしてチョコを生み出そうと暗躍していた。

 

「業魔殿にはキッチンスペースがあったのね。知らなかったわ」

 

「そうですね、このはさん。私達のチョコ作りのためにキッチンを用意してくれたのですか?」

 

前を歩くみたまが振り返り、後ろの常盤ななかと静海このはに笑顔を向けてくれる。

 

「ここでは私しか利用してないけど~女の子が働く場所だしキッチンは常備しておかなくちゃ♪」

 

「フフッ♪みたまさんののほほんな態度を見るのは久しぶりな気がするわね」

 

「そうですね、色々な出来事も起きましたし。でも、尚紀さんのお陰で街は変われました」

 

「尚紀さんのお陰で私たち姉妹も救われたのよ。だから今日は頑張らないと♪」

 

「ええ♪もう直ぐバレンタインですし…私も今日は本気で料理に打ち込みますね♪」

 

「あらあら?もしかして、常盤さんとこのはさんも尚紀さんが好きになっちゃったのかしら~?」

 

それを言われた2人の顔が真っ赤に染まり、縮こまってしまう。

 

勿論みたまも尚紀の事が大好きな女の子である。

 

だからこそ思い人のハートを射止めるチョコを生み出さなければならないわけだ…秘密裏にでも。

 

「どうやら私達はライバル関係みたいね?でもいいわ、誰を選ぶかは尚紀さんが決めることだし」

 

「昨日の敵は今日の友~♪私が仕入れておいた調味料がふんだんにあるから期待して頂戴ね♪」

 

ルンルン気分でキッチンスペースに入っていく3人娘達。

 

今日の業魔殿では調整の仕事も悪魔学講座もお休みしているため周囲には誰もいない。

 

ヴィクトルとイッポンダタラにも秘密にしているため、騒動は起きてしまうのだ。

 

「「なんだ!!?」」

 

突然の爆発音に慌てた声を出すヴィクトルとイッポンダタラ。

 

合体事故が起きた時の警報が鳴り響いたため、2人は急ぎ足で悪魔合体施設内に駆け込む。

 

「誰もいないぞ?警報装置の誤作動か何かか?」

 

「それだとさっきの爆発音の説明がつかないでありやがります」

 

「それに通路内で感じたあの酷い異臭は何だったのだ?」

 

「ま、まさか…久しぶりのアレでやがりますか…?」

 

みたま料理を振舞われたことがあるヴィクトルとイッポンダタラの顔が青くなっていく。

 

その頃、爆発が起きてしまったキッチンスペース内では…。

 

「「「ゲフッ」」」

 

黒い煙を吐き出したのは、服がボロボロになり頭がアフロになってしまった3人娘達。

 

爆発被害を受けたのだろうが…なぜ料理が爆発するのか説明出来る科学はこの世に存在しない。

 

「…おかしいわね。チョコの材料と他にも色々混ぜ合わせたら…美味しくなると思ったのだけど」

 

「みたまさんが用意した調味料の数々は…スーパーで見かけない物ばかりでしたよね?」

 

「アハ…あれはね、ヴィクトル叔父様が悪魔研究に使っていた品の数々なのよ~」

 

「悪魔研究に使っていた品ですって!?」

 

「どうしてそんな物を用意したのです!?」

 

「ええと~…尚紀さんは悪魔でしょ?だから悪魔の口にも合うようなチョコを作りたいな~と…」

 

しばしの沈黙の後、2人は頷く。

 

「なるほど…一理あるわね」

 

「尚紀さんは悪魔ですし、悪魔にあった調味料を混ぜ合わせるのもまた愛情というものです」

 

みたま同様、このはとななかも料理に関しては常人では理解出来ない思考をしていたようだ。

 

<<ウルィィィィィ……>>

 

爆発したキッチンから跳ね飛ばされた三つの鍋の中には、物体XYZの姿が蠢ている。

 

「何の騒ぎだね!?」

 

慌ててヴィクトル達もキッチンに入ってくるのだが、鍋から這い出す存在に視線が向く。

 

「こ…これはまさか…」

 

「ちょ…あ…ちょ…!?台所で悪魔合体だとォォォォーーッ!!?」

 

3人娘も鍋の方に振り向く。

 

這い出してくるチョコらしき存在を見た後、はにかんだ笑みを浮かべてくる。

 

「これ、尚紀さんに食べてもらおうと思って作ったチョコレートなのよ~♪」

 

「愛情がたっぷり詰まってるから…食べられると思うわ」

 

「そうですね。形は少々崩れてますが、私達の愛情なら詰まってます」

 

蠢く悪魔らしき物体を見たヴィクトルとイッポンダタラは顔を向け合いヒソヒソ声を発する。

 

(うぉれ…人修羅に同情するぞ。まさか台所で悪魔を作れるなんて…)

 

(まぁ…錬金術は台所から生まれたというぐらいだからな。みたま君の未来が末恐ろしいよ)

 

(あいつらに悪魔合体させるんじゃネェェー!!合体事故のオンパレードだァァァァ!!)

 

こうして魔法少女達のサバト儀式も終わりを迎え、バレンタインの日を迎えることとなっていく。

 

果たして彼女達が生み出したのはチョコなのか?悪魔なのか?

 

それは食べる本人が判断するしかなかったのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

バレンタイン当日。

 

今日も尚紀は仕事であるが、クリスには乗らずに徒歩で探偵事務所へと向かう。

 

季節イベントに関わる事となったので、クリスを連れて行けば騒動を起こすのは分かっていた。

 

仕事も終わりを迎える夕方頃。

 

帰宅しようと事務所から出てくる尚紀の顔は項垂れているようだ。

 

「ハァ…仕事が始まる朝早くからあの姉妹が来るとはなぁ」

 

どうやら天音姉妹は朝早くに押しかけてきてバレンタインの本命チョコを渡してくれたようだ。

 

これには丈二と瑠偉もニヤニヤした表情となり、仕事中はずっとからかわれたようである。

 

「学生時代を思い出すな…。千晶からチョコを貰えた時は…勇からからかわれたもんだよ」

 

バレンタインチョコを入れたショルダーバックを肩にかけ、帰路についていく。

 

南凪区の道を歩いていた時、声をかけてくる少女達がいた。

 

「尚紀さーん!」

 

声がした方に振り向く。

 

「葉月にあやめ…それに美雨とあきらにかこもいるじゃないか?」

 

5人の魔法少女達は尚紀の仕事が終わるのを見計らうためにここで待っていたようだ。

 

「お仕事お疲れ様です尚紀さん♪」

 

「あちし達、ここで尚紀お兄ちゃんの帰りを待ってたんだよー!」

 

「俺に何か用事なのか?」

 

「ナオキ、社会人は季節のイベントも考えないぐらいに余裕のない生活を送てるのカ?」

 

「えへへ♪ボク達は女の子だよ?今日はバレンタインデーだし…もちろん頑張っちゃったよ♪」

 

「そうそう♪アタシも腕によりをかけて作っちゃったんだ~♪」

 

5人の少女達の手に持たれているのは可愛いラッピング袋に包まれた本命チョコ。

 

わざわざ仕事が終わるまで待ってくれた上で気持ちの籠った贈り物を女子から渡される。

 

これには不愛想な尚紀の顔つきも照れた表情を浮かべてしまう。

 

彼女達の手作りだと聞かされたため、渋々受け取っていきバックの中に詰めていった。

 

「労働の後は体も疲れるネ。甘い物を食べて体も心も癒すといいヨ♪」

 

「そうだな…甘いチョコはウイスキーのツマミとしては優れてる。有難く頂くよ」

 

何かに気が付いたのか、彼は周囲を見回していく。

 

「ななかとこのははいないのか?」

 

「えっとね…このはなんだけど、学校から帰る時に何処かに行っちゃったんだよ」

 

「アタシも何処に行くのかは聞かされなかったんだよね~。でも、なんか怪しい雰囲気だったよ」

 

「ボクも葉月さんとあやめちゃんと同じく、帰宅中にななかが何処かに行くのを見たきりだね」

 

「私もあの2人については何処か不気味だったんです。バレンタインが近いのに大人しかったし」

 

気にしても仕方ないと判断した尚紀は皆に礼を言った後、帰路につくため歩いていく。

 

栄区に入った頃、再び少女達から呼び止められる。

 

やってきたのは八雲みかげと千秋理子と観鳥令、それに工匠学舎の4人組魔法少女達だった。

 

「みかげに理子に令…それにみくらとてまりにせいら…後はたしか…」

 

「闇の覇王をやってるフォートレス・ザ・ウィザードのるいたんだよ!なおたん♪」

 

「だから!?普段はその名前をみんなの前で言わないでったらー!ソウルジェムが濁る!!」

 

「東の魔法少女連中のご登場か。お前らの手に持ってるのはもしかして…」

 

「えへへ♪お母さんに習いながら作ったんです!お口に合うといいんですけど…」

 

「ミィもママから作り方を教えてもらえたから作ったの!学生の頃を思い出すって言ってたなー」

 

「小学生なのに頑張ったんだな。有難く頂くとするよ」

 

横を向けば、オドオドした態度をしている令に目がいく。

 

横にいるせいらの肘に押された彼女が尚紀の前にやってくる。

 

「え…えと、ね?観鳥さんはジャーナリストを目指してて…女子力は高い方じゃないけど…」

 

彼女の手に持たれているのは本命チョコ。

 

手を見ればチョコを刻むために慣れない包丁を使ったせいか絆創膏が巻かれているようだ。

 

頬を染めながらも感謝の意思を伝えようとしてくれている彼女を見て、尚紀も微笑んでくれる。

 

「お前も頑張ったようだな、令。ありがとう」

 

その言葉が聞けた令の顔が真っ赤になっていく。

 

それでも努力が報われたような気分となり、赤面したままはにかむ笑みを浮かべてくれるのだ。

 

そんな光景を見ていたみかげは膨れっ面になっていく。

 

「うぅ…恋のライバルが多過ぎるよぉ!でもミィだって…負けないもん!」

 

「何を負けたくないの、みかげちゃん?」

 

「りこたんはミィより子供だから気にしたらダメ!」

 

女の嫉妬を爆発させる小学生の姿を気にすることもなく、彼は別の気になることを口にする。

 

「東の魔法少女が揃って来るのなら、みたまは来なかったのか?」

 

「それが…私とてまりと三穂野が誘ったのだけど、用事があるからと言って何処かに行ったのよ」

 

「なんだか怪しい雰囲気を出してた気がするのよね…」

 

「うん…映画で例えるならマッドサイエンティストな悪役が何か企んでるような顔だったなぁ…」

 

「ミィも最近の姉ちゃは不自然だったと思う。バレンタインが近いのに家の台所に近寄らないし」

 

「僕には分かる…みたまさんはきっと、禁断の魔術を用いて何かを生み出そうとしているのだと」

 

中二病な水樹塁の適当発言であったが、意外にも的を得ている。

 

気にしても仕方が無いと判断した尚紀は皆に礼を言い、帰路につくため街の北を目指していく。

 

中央区に入る頃にはまた魔法少女達に呼び止められる。

 

やってきたのは中央の元リーダーの都ひなのと木崎衣美里、それに綾野梨花と五十鈴れん。

 

同じようにしてチョコを頂いてしまったため、流石にチョコの数も持ちきれなくなっていく。

 

参京区に入る頃にもまたまた魔法少女達に呼び止められてしまった。

 

現れたのは美凪ささら、竜城明日香、保澄雫、阿見莉愛である。

 

同じようにチョコを渡されてしまったため、彼はコンビニ袋を用意してチョコを入れたようだ。

 

「なんか…とんでもない量のチョコを貰うことになってるんだが?」

 

項垂れながら北養区にまで帰ってきた時、追い打ちをかけるような少女達が現れる。

 

「うひゃーっ!?とんでもない量のバレンタインチョコだよー!」

 

「この素っ頓狂な叫び声…まさかあいつらも…?」

 

視線を向ける先から来たのはみかづき荘組である。

 

七海やちよ、由比鶴乃、梓みふゆ、雪乃かなえ、安名メルの五人組であった。

 

「フフッ♪モテる男は辛いわね、尚紀」

 

「まぁ…尚紀はモテるとあたしも思うよ」

 

「そうですねー。魔法少女だけでなく、きっと人間達からもモテモテになれますよ」

 

「だからこそ、彼は神浜の英雄なんですよ」

 

にこやかな笑みを浮かべる5人組の手にも本命チョコが持たれている。

 

「それよりもみふゆ?貴女にはお見合い相手の男の人がいると思うけど…大丈夫なの?」

 

「いいっ!?やっちゃん…ここでそれを暴露しちゃいます!?」

 

「えっ…それは初耳。あたしが死んだ後、みふゆはそんな事になってたんだ?」

 

「これってもしかして…浮気案件?いっけないんだ~♪」

 

「だって!お見合い相手なんて…一回しか会った事がないですし!親が勝手に決めた相手です!」

 

「みふゆさんにだって相手を選ぶ権利があるとボクは思いますよ」

 

「あぁ…メルさん!私の味方はメルさんだけですね!」

 

女が5人揃えば姦しいどころではすまないのは時女一族と関わった事があるので知っている。

 

大きく溜息をつきながらも、尚紀はやちよ達の本命チョコを受け取っていくようだ。

 

「ところで、最近業魔殿の調整屋がお休みしてるんだけど…何か聞いてない?」

 

「ううん、私も聞いてない」

 

「お前らもみたまの姿を見かけないのか?」

 

「そうなんですよ…何処かに隠れて何かしてるのかも?」

 

「あたしとメルは業魔殿に行く機会がないから知らなかったなぁ…」

 

「むっ!?」

 

突然の予知の光景が視えてしまったメルの顔が青くなっていく。

 

「どうした?」

 

「視えます…こ、これは…蠢く黒い物体…もしかして…大きなチョコレート!?」

 

「蠢く大きなチョコレートだと?」

 

「あぁ…この恐ろしい存在が近くにまで来ています!まるで這い寄る混沌の塊ですよ!!」

 

「魔獣じゃないわよね…?もしかして悪魔かしら?」

 

「分からないが俺も警戒だけはしておこう。貰ったチョコレートは有難く受け取っておくよ」

 

みかづき荘組と別れた尚紀はコンビニ袋の中を覗いてみる。

 

「合計で26個もチョコを貰っちまった…。学生時代なら勇になんて言われるんだろうな…」

 

自分がどうしてこんなにも少女達からモテるのか、皆目見当がつかない様子。

 

朴念仁だと言われる男の所以の光景であった。

 

……………。

 

北養区の街がざわついている。

 

周囲の人々が驚いているのは道行く3人娘達の異様な光景に対してだ。

 

学生服を着た3人娘が押しているのは運搬台車の上に置かれた大きなラッピング箱。

 

一体何を運んでいるのか見当もつかず、不気味に思っているのだろう。

 

「流石に重たいわね…でも、この重さが私達の尚紀さんへの愛情だと思えば苦しくないわ」

 

「北養区の坂道を登るのは大変ですけど頑張りましょう」

 

「フフッ♪この日のために秘密にしてきた特性のバレンタインチョコ♪尚紀さんも喜ぶわよ♪」

 

メルの予知によって見えた光景とは這い寄る混沌。

 

不穏な気配を撒き散らす存在が尚紀の家を目指して北上していく。

 

バレンタインイベントの最後を締めくくるに相応しい贈り物が届けられる時は近かったようだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

クリスに見つからないよう尚紀はそそくさと家の中に入っていく。

 

リビングでくつろいでいる仲魔達が出迎えてくれるのだが、視線がコンビニ袋に向いてしまう。

 

何が入っているのかを白状させられたため、盛大にからかわれる始末。

 

そんな時、玄関のチャイムが鳴り響く。

 

「あら、誰かしら?私が出るわね」

 

悪魔化したネコマタが玄関に向かって行く。

 

程なくして、ネコマタが連れてきた人物達をリビングにまで案内するのだが…。

 

「こんばんわ~尚紀さん♪」

 

「夜分遅くにお邪魔します♪」

 

「尚紀さんの家に入るのは初めてだけど…とっても素敵な家なのね♪」

 

「お、お前ら…何で突然俺の家に?」

 

やってきたのは八雲みたまと常盤ななかと静海このはである。

 

新しく家の住人になったクーフーリン達とは初対面であったため、ネコマタが紹介してくれる。

 

「紹介するわ。神浜のメシマズ三銃士よ」

 

「「メシマズ三銃士!?」」

 

「食材を爆弾に変える女、静海このはよ」

 

「後で殺すわ♪」

 

「飲み物を猛毒に変える女、常盤ななかよ」

 

「後で殺します♪」

 

「味覚異常者な上に料理も地獄、八雲みたまよ」

 

「後で殺すわぁ~♪」

 

「ナチュラルに喧嘩売ってんじゃねーよ!?」

 

「あら?私は尚紀の口から聞いたことを語っているだけよ?」

 

自分達はそういう目で見られていたのかと尚紀にジト目を向けてくる3人娘。

 

冷や汗をかきつつ彼もクーフーリンやセイテンタイセイ、それにケルベロスを紹介してくれた。

 

「もしかして…お前らが訪れた理由ってのは…」

 

「そう!そのまさかよ~尚紀さん♪」

 

「私達はね、みたまさんの協力の下でバレンタインチョコを作ったの♪」

 

「少々形は崩れてしまいましたが…それでもこのチョコは私達の感謝の気持ちが詰まってます♪」

 

そう言い残して3人娘達は家の外に置いてある運搬台車の元へと歩いていく。

 

尚紀とクーフーリン達は向かい合うようにして不穏な空気を出しているようだ。

 

「おい…尚紀。私の気のせいかもしれんが…外から酷い異臭を感じるぞ」

 

「気ノセイデハナイ…我ノ鼻モ感ジテイル…コノ悪臭ハタシカ…」

 

「微妙に悪魔の魔力まで感じさせやがる…一体あの小娘達は何を用意したんだ?」

 

「俺に聞くなよ…」

 

そうこう言っているうちに3人娘達が戻ってくる。

 

まるで引っ越し業者のような大荷物を抱えてくるわけなのだが…。

 

「ま…まさか…その大きなラッピング箱の中身が…」

 

「私達の愛が籠った手作りチョコレートよ~♪」

 

「材料を多く入れ過ぎて肥大化しちゃったけど、男の子だし大丈夫よね?」

 

「一つ聞かせてくれ…味見はしたか?」

 

「必要なのですか?」

 

「必要だよ!!!」

 

ルンルン気分で箱を開けようとするメシマズ三銃士。

 

危険を察知したケルベロスが威嚇ポーズをしながら唸り声を上げてしまう。

 

男達は事の成り行きを青い表情を浮かべたまま見守ったようだ。

 

さて、這い寄る混沌の中身とは…?

 

「「「ジャジャーーン♪♪♪」」」

 

ラッピングのリボンを外せば箱が四方に分れるようにして側面が倒れ込む。

 

中から現れた存在とは、かつてのボルテクス界でも見た事がある存在であった。

 

「「「スライム共じゃねぇーかぁーーーっ!!?」」」

 

みたまの箱からはチョコカラーなブラックウーズ。

 

ななかの箱からはチョコカラーなブロブ。

 

このはの箱からはチョコカラーなスライム。

 

尚紀の前で整列して並び、恐ろしい呻き声を上げていく。

 

<<ピチャチャチャ!ズズー!ズズズズー!!……ヌル?>>

 

<<グゲグゲグゲゲェ!おでノ味…ダイジニジジジジジデグレェ>>

 

<<おでバァ…宇宙イヂィ…美美美美ジイィ!!>>

 

もはや開いた口が塞がらない男悪魔達。

 

ネコマタとケットシーは危機を察知してトンズラしていく。

 

「お…おい…これ、どうやって……?」

 

「えっ?台所で作った私達のチョコレートよ?」

 

「台所で悪魔を作れるだと!?」

 

「魔法少女って連中は悪魔よりも恐ろしいじゃねーか!?」

 

後ずさる尚紀の前にゆっくりと迫っていくスライム悪魔達。

 

「私も色々と料理を作るけど~動ける料理を作れたのは初めてよ~」

 

「きっとみたまさんの愛情が籠ったチョコが奇跡を起こしたのよ。それは私達も同じだけど」

 

「さぁさぁ尚紀さん♪遠慮をなさらずタップリ食べて下さいね♪」

 

「いや…俺じゃなくて…こういうのはケルベロスの方が…」

 

視線を向ければ、既にケルベロスもトンズラしている。

 

獣悪魔である自分に振られると分かっていたため素早い判断であった。

 

「な…なぁお前ら?俺は腹の具合が悪いから…これ食べて……」

 

「悪いが尚紀…今回ばかりは逃げさせてもらう」

 

「こんなの喰ったら悪魔でも死んじまうからなぁ…」

 

仲魔達からも見捨てられた尚紀の背後には既に3人娘が移動している。

 

「は、放せーーッッ!!?」

 

両腕と腰をがっちり掴んでくる3人娘の恋心パワーな腕力の前では、尚紀とて身動き出来ない。

 

「このチョコは賢いのよ。私達が命令したら相手に向かって飛び込んでいくし♪」

 

「これなら悪魔らしくマルカジリ出来ますね♪」

 

「オレサマ オマエ マルカジリな食いっぷりが見たいわ~♪」

 

<<好ギガァ!大大大大好ギガァ!!>>

 

<<グゲグゲグゲゲェ!おでノながま…ダイジニジジジジジデグレェ>>

 

迫りくるスライム共が一斉に飛びついてくる。

 

<<やめろぉぉぉーーーッッ!!!?>>

 

腕を掴んだななかとこのはから口を無理やり開けさせられ、ついには悲劇の瞬間が訪れる。

 

「オボボボボボボボボボーーーッッ!!!!」

 

飛びつきながら液状化したスライム共が尚紀の口に突撃を行う。

 

口の中にどんどん入り込んでいき、尚紀の腹もパンパンとなっていく。

 

白目を向いたまま意識が遠くなり一欠けらも残らず飲み込まされた後、俯けに倒れてしまった。

 

……………。

 

意識が何処かの世界に引き寄せられていく。

 

<<なんだ…?俺は…またパトっちまったのか……?>>

 

バックアタックからの連続クリティカルの上に食いしばり後も自爆されるような衝撃を思い出す。

 

<<俺はたしか……スライム共を喰わされて……>>

 

俯けのまま周囲を見回すが、何処かで見たような見ていないような微妙な気分となっていく。

 

ここは()()()()()()()と呼ばれる場所。

 

この世界もまた人修羅と縁を持つやもしれない可能性をもつ意識世界だ。

 

近づいてくる足音が聞こえてくる。

 

現れたのはオレンジのシンボルカラーを纏う灰色の戦闘服を着た男であった。

 

<<悪魔を食べたのかい?味はどうだった?>>

 

<<味だと!?悪魔なんて喰えるか!!>>

 

<<なんで?美味しいよ?>>

 

<<お前はスライム悪魔を喰えるのかよ!?腹壊すぞ!!>>

 

<<ストマックガード余裕でした>>

 

銀髪をした青年がポーチの中から何かを取り出すのを人修羅は手を出せないまま見つめている。

 

<<悪魔を食べる悪魔になった君は、()()()()()()()()()()()だ>>

 

ポーチから出したモノとは脳みそ悪魔であったようだ。

 

<<お近づきの印にこれをあげよう。最高に美味しい悪魔だよ>>

 

<<よせ…やめろ!!俺の意識世界でまで悪魔を喰わせるんじゃねぇぇーー!!>>

 

<<いつか君とは出会える気がする。さぁ遠慮せずに…マルカジリだよ!!>>

 

銀髪の青年に抱き起こされた後、有無を言わさず人修羅の口の中に脳みそ悪魔を突っ込んでくる。

 

<<オボボボボボボボボボーーーッッ!!!!>>

 

意識世界でまで悪魔を喰わされ悶絶したまま意識は遠ざかり、別世界の光景も消えていく。

 

意識を取り戻したのは、今まで感じたこともない吐き気に支配された状態の尚紀であった。

 

「あの…野郎……地母る……100回……地母ってやる……」

 

……………。

 

バレンタイン。

 

それは女の戦場とも呼ばれている。

 

女が思い人にチョコを送り、ハートを射止めるといった歌が歌われる程の争奪戦。

 

だからこそ、魔法少女達もこの季節イベントにおいて間違った形で力を入れてしまったようだ。

 

チョコを食べるための人間の歯と舌は、食べられる物かどうかを判断するために備わっている。

 

食事だけでなく、情報もまた鵜呑みにするのではなく咀嚼という形で調べる努力が必要だ。

 

食べられるものかを疑い、疑うからこそ噛む行為を行う。

 

これもまた、疑うことの大切さを学ばされる光景なのであった。

 




マギレコのバレンタインイベントが始まったので、五章の途中ですがサブストーリーを先に投下しておきます。
悪魔の食べ物ネタを考えると、やはりアバタールチューナーが真っ先に思い浮かびましたので、サーフさんのカメオ出演というお話となりました。
サーフさんはボス修羅君とは因縁深い主人公でしたので。
あ、やめて地母らないでまだ寝てない(汗)


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199話 ミトラ教

神浜魔法少女社会においてフェミニズム問題が深刻化していた時期は12月辺りからだ。

 

12月と言えば日本人には馴染み深い季節イベントであるクリスマスが存在している。

 

クリスマスとは、イエス・キリストの誕生を祝うお祭りだと世間では知られているだろう。

 

しかし、誕生日ではなく誕生を祝うという表現には理由があるのだ。

 

それは聖書においてキリストの誕生日が記された記述など何処にもないからである。

 

我々日本人は誰も知らないキリストの誕生日を祝う愚かな真似をさせられてきたというわけだ。

 

では12月25日の本来の意味とは何処からきているのだろうか?

 

それは古代ローマ帝国において、キリスト教を超える程のとある宗教からきていたのだった。

 

……………。

 

「……今年もクリスマスか。俺にとっては苦い日になるな」

 

仕事を終えた尚紀はクリスを運転しながら帰路についている。

 

運転しながら街を見れば、街を彩るクリスマスのイルミネーション飾りなどが目立つ。

 

「ダーリンはクリスマスが苦手なの?まぁ、アタシらは悪魔だから関係ないけどね~」

 

「俺が佐倉牧師の家で暮らしてたのは語っただろ?その時にもクリスマスの仕事をしたもんさ」

 

「えー?悪魔のダーリンが唯一神の家でクリスマス?どんなジョークよそれ」

 

「ジョークじゃない。居候の身だったからな…拒否権はなかったよ」

 

「イヤイヤながらも手伝ったってわけ?そりゃ肩身が狭い思いをしたでしょうねー」

 

「フッ…そうでもないさ」

 

微笑みを浮かべる運転手を見て、車悪魔のクリスは怪訝な態度になっていく。

 

尚紀にとってクリスマスは苦い記憶であると同時に、そう悪い記憶でもなかった。

 

愛する魔法少女がいて、義妹達がいて、育ての親達がいてくれた幸せな時期。

 

呪い殺したい程の神の家でクリスマスを祝おうとも、その時だけは憎しみを忘れられたから。

 

「そういえばダーリン。アメリカでもクリスマスはあったんだけど…こんな話を知ってる?」

 

「どんな話だ?」

 

「12月25日はね、キリストの誕生日なんかじゃないのよ」

 

「キリストの誕生日じゃないだと?なら、唯一神のお祭りの日じゃなかったというのか?」

 

「ええ…アタシもラジオのオカルト番組でやってたのを聞いたぐらいだけど…覚えてるわ」

 

唯一神と戦う悪魔として興味を持ったのか、クリスの話を聞いていく。

 

12月25日とはキリストの日などではない。

 

本来は古代ローマ帝国において最大規模の宗教であった多神教のお祭りからきている。

 

その宗教名とはミトラ(ミトラス・ミロク菩薩)教であった。

 

「ミトラ教……」

 

その宗教名を聞いた時、人修羅として生きる尚紀の脳裏には忘れられない戦いの記憶が蘇る。

 

シジマ勢力が守護を下ろす地として選んだ国会議事堂において戦った悪魔の名もミトラであった。

 

「ミトラは太陽神であり司法神。救済の神や契約の神とも呼ばれていたそうね」

 

「その神になら…会ったことがある」

 

「マジで!?何処で出会ったのよ!」

 

「ボルテクス界での戦いの中でさ」

 

「ワーオ…ダーリンの交友の深さには恐れ入るわね」

 

「仲が良かったわけじゃない。俺はミトラに裁かれ、殺し合った仲だったんだよ…」

 

ミトラ教はインド・イランの神を起源とする秘密教団である。

 

元々はかなり閉鎖的であり、信者となる者は七段階の試練とも言える儀礼が必要だった。

 

ミトラ教の礼拝はミスレアムと呼ばれる洞窟で行われたという。

 

そこには太陽神ミトラが()()()()()()()()神像が置かれ、その前で儀式を行ったようだ。

 

ミトラ教とキリスト教には、無視出来ない程の類似点が数多く存在している。

 

ミトラは敵を許し、友とする盟友の神。

 

ミトラの誕生を羊飼いから知らされた3人の占星術師が祝いに訪れる。

 

死者を蘇らせ、目の見えない者を見えるようにし、歩けない者を歩けるようにする奇跡。

 

処女アナヒタより生まれ、ミトラは十二正座に囲まれ死んだ後に蘇る。

 

他にもキリスト教との類似点は多く存在しており、これらのイメージはキリスト教が取り入れる。

 

そのキッカケとなったのが、ローマ聖帝コンスタンティヌス一世のキリスト教への改宗であった。

 

「殺し合ったミトラだったが…あいつの中には唯一神への憎悪の感情を感じさせられたな」

 

「ミトラ教はね、皇帝コンスタンティヌスのキリスト教改宗を得た頃からその権威を失ったのよ」

 

皇帝コンスタンティヌスはミラノ勅命を出し、キリスト教はローマ帝国の公認宗教となった。

 

これによりキリスト教徒は巨大な権力を手に入れたというわけだ。

 

ならば、その権力基盤を強固にするには信者を沢山得る必要がある。

 

だからこそ、古くからローマ帝国に根差したミトラ教を弾圧したというわけだ。

 

「キリスト教はミトラ教の教義を奪い盗ったわ。これによりミトラ教信者を会得したわけよ」

 

「後から現れた連中のくせに…まるで盗人共だな。ミトラが唯一神を憎んだのも頷ける」

 

「これをラジオで聞いた時にね…アタシ達はなんて愚かな日を祝ってきたのかって…思ったわ」

 

「…そうだな。悪魔の俺がクリスマスに嫌悪感を持ってた気持ちは…正しかったというわけだ」

 

「イエス伝の著者である人物は、こんな言葉を残しているの」

 

――もしキリスト教の成長がいくつかの致命的な弊害によって遅れていたなら…。

 

――世界はミトラ教化されていただろう。

 

運転しながら窓を開け、夜の街に視線を向ける。

 

窓から見える景色には、明日のクリスマスイブを楽しみにする家族連れを多く見かけてしまう。

 

()()()()()()…まさにその通りだな」

 

倫理学を切り開いた哲学者ソクラテスが残した言葉には、無知は罪なりとある。

 

この街で繰り返した悲劇もまた、魔法少女達の無知によって起こってしまったものだ。

 

人間社会を知ろうとしなかった魔法少女達もまた、クリスマスの秘密を知る努力をしないだろう。

 

きっと今年も例年通り、友達や恋人と集まってクリスマスというバカ騒ぎを楽しみたいだけ。

 

そんな光景を想像してしまう尚紀の顔も曇っていく。

 

「人は見たいものしか見ないし、信じない。己の快楽にしか目を向けない…批判すれば憎まれる」

 

今の彼は魔法少女達に向けてクリスマスは間違っていると批判する気にはなれない。

 

せっかく仲直り出来た関係も壊れるし、数年前の尚紀もまたクリスマスを楽しんだ経験もある。

 

自分は良くて、お前はダメというダブスタを振りかざすわけにもいかない彼は帰宅を目指す。

 

今年の尚紀にとって、クリスマスなど眼中にない。

 

そう考えていた彼であったが…家に帰った時に一本の電話が入る。

 

それは七海やちよ達から明日のクリスマスパーティに招待するという連絡であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

後日となり、家着のカンフー着のまま尚紀は買い物へと向かう。

 

仕事の方は舞い込んでいた依頼を全て片付けており、依頼の電話待ちのため休日となっていた。

 

大飯喰らいのセイテンタイセイ達も家族として迎えたため、買い出しの量も増している。

 

クリスが乗せていくと言ってくれたが、歩きながら街の様子を見て回りたいと断ったようだ。

 

いつも行く北養区のスーパーには向かわず、隣の参京区にまで歩みを進めていく。

 

参京区はテロの被害を受けた地区であるが、無事な店舗はクリスマスイブともあり大賑わい中だ。

 

「心無い連中から不謹慎だと言われるかもしれないが…人間は一生喪に服す生き方など出来ない」

 

苦しみを背負ってでも前を向きたい気持ちは東日本大震災を経験した犠牲者達も同じである。

 

辛い気持ちを乗り越えてでも人生を頑張って生きようとする者達。

 

だからこそ、クリスマスの書き入れ時に水を差すような言葉は言えなかったようだ。

 

財布とスマホが入った肩掛けカバンを背負った尚紀が参京区内にあるスーパーに入っていく。

 

店舗前にはポイント10倍デーと書かれたのぼりが何本か立っていたようだ。

 

ショッピングカートを押しながら精肉方面に向かっていた時、見知った人物を見かけてしまう。

 

「あ、尚紀じゃない。貴方も買い物なのね」

 

同じようにショッピングカートを押しながら歩いていたのは七海やちよであったようだ。

 

「やちよか?新西区住まいなのに参京区方面にまで買い物に来るんだな?」

 

「フフッ♪私はね、みかづき荘から歩いて向かえる距離のスーパーなら買い物に来るのよ」

 

「何か狙いがあると考えるのが自然だな?」

 

それを聞かれたやちよがドヤ顔を浮かべながらスーパーのポイントカードを見せてくる。

 

「今日はこの店のポイント10倍デー…沢山買い物をするからポイントがいっぱい溜まるわ♪」

 

よほど嬉しいのか、小躍りまで始めてしまう有様である。

 

スーパーのポイント10倍デーは七海やちよにとって特別な日なのであろう。

 

「お前…まだ19歳だろ?主婦生活が板についたような貫禄だな?」

 

「私は1人でみかづき荘を切り盛りする管理人ですもの。経費削減は徹底してるのよ」

 

「…普段は欲しい物を買わないけど、ポイントが溜まったら欲望を一気に解放する気か?」

 

図星であり、恥ずかしいのか赤面してしまう。

 

誤魔化すように咳払いを行い、やちよは聞きたい事を言い始める。

 

「それよりもここで会えたのは丁度いいわ。昨日の電話の件なんだけど…本当に参加しないの?」

 

「クリスマスパーティだったか?部外者の俺をどうして魔法少女達は招待してくれるんだよ?」

 

「貴方はもう関係者よ。鶴乃が言い始めたことだけど…私も尚紀に参加して欲しかったわ」

 

「悪いが…俺はクリスマスというイベントはあまりいい印象を持ってない。苦手な日なんだよ」

 

「変な理由ね?尚紀の宗教上の理由なのかしら?」

 

「そういう大層なものじゃないんだが…その、どうも苦手意識が消えなくてな…」

 

「他に何か用事でもあるの?」

 

「いや、今日の仕事は休日なんだ。だから少し遠出をして買い物に来たんだよ」

 

「なら大丈夫じゃない。私が買い物に来たのもパーティの料理に使う食材を買いに来たのよ」

 

「そうは言うがな…」

 

彼はクリスマスというイベントが虚飾に塗れたキリスト教の詐欺だというのを知っている。

 

しかしそれは知識を知っている者にしか通用しない現実があるのも知っていた。

 

ハッキリしない尚紀の態度を見ていたやちよは寂しそうな顔を浮かべながらこう告げてくる。

 

「私とみふゆはね…貴方に本気で感謝しているわ。かなえとメルの命を…救ってくれた人だから」

 

「やちよ…」

 

「私だけでなく皆が感謝している。だからね、今日はその感謝の気持ちを送りたかったのよ」

 

それを言われた尚紀の顔が俯いていく。

 

宗教の歴史の事ばかり考えて、クリスマスという日をなぜ民衆が楽しんでいるのか考えなかった。

 

民衆がクリスマスを望んでいるのは宗教の神様を崇めたいからではない。

 

毎日の生活の中でささやかな喜びを感じられる日が欲しかっただけであった。

 

後頭部を掻きながらも彼は顔を上げてくれる。

 

「…分かった。お前達の気持ちを無下には出来ない…参加させてもらうよ」

 

それを聞けたやちよの表情が明るくなり、笑顔を向けてくれたようだ。

 

「そうと決まったら俺も買い物を手伝おう。料金は気にするな、俺が全額立て変えておく」

 

「そんな…悪いわよ。割り勘でいいじゃない?」

 

「お前はまだ学生だろ?学生なら社会人に甘えとけ」

 

「やっぱり男の人は頼りになるわね♪今日はスーパーで尚紀と出会えた事がラッキーだったわ」

 

そんなこんなで尚紀はみかづき荘のクリスマスパーティに招待される事となってしまう。

 

家に帰ってきた彼は事情をクーフーリンに伝え、今日は遅くなるから夕飯は遠慮すると伝える。

 

「了解した。この件はあの時と同じくクリスには伏せておこう…暴れだしたら不味い」

 

「みたまの件の時は世話になったな。やっぱりお前が一番頼れる仲魔だよ」

 

「俺様は頼りにならねーってか~?」

 

聞き耳を立てていたセイテンタイセイが近寄ってくるが、パーティには興味を示してはいない。

 

「そういう意味じゃない。マスターは戦いの時には頼りになるし…それぞれの特性があるだろ?」

 

「ふん、まあいい。この街の魔法少女共に気に入られてるなら…泊まり込みでも構わないぞ?」

 

その言葉の意味なら男である尚紀は理解出来る。

 

照れた表情を浮かべてしまい、そんなことは起こりえないと強く言って聞かせたようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

夕方頃。

 

私服に着替えた尚紀はクリスに見つからないようそそくさと家から遠ざかる。

 

道を歩いていき、北養区から新西区へと進んで行く。

 

彼が立ち止まって見上げる家こそ、元西の長であった七海やちよの家であるみかづき荘だ。

 

「ここに初めて来たのは…秘密裏にだったな。客人としてちゃんと来るのは初めてになる」

 

日も沈んで明かりがついた玄関のチャイムを鳴らす。

 

賑やかな声が響く中、家主であるやちよが玄関の扉を開けてくれる。

 

「いらっしゃい。みんな家の中で待ってるわよ」

 

「結構集まってるみたいだな?」

 

「ええ。集まったのはみふゆに鶴乃、それにかなえとメルよ。遅れてあと1人だけくるわ」

 

「遅れてくる奴だと?」

 

「そうなのよ。彼女はパーティに参加する目的もあるけど、違う用事もあるの」

 

「まぁいい。上がっていいのか?」

 

「勿論よ。さぁ、上がって頂戴」

 

この時期はフェミニズム問題を抱えていた時期である。

 

常盤ななか等の魔法少女達はその問題に追われており、パーティに来る暇などない。

 

長としての役目を終え、肩の荷が下りたやちよ達だからこそこうして集まれたようである。

 

<<メリークリスマーーースッ!!>>

 

元気な声で少女達が尚紀を迎えてくれる。

 

みかづき荘のリビングを見れば、クリスマス装飾によって彩られているようだ。

 

「クリスマスパーティーの主賓が来てくれたことだし、そろそろ始めちゃおうか♪」

 

「鶴乃、お前が俺を誘ってくれたようだな?感謝する」

 

「感謝するのはこっちの方だよ!尚紀は万々歳だけでなく…かなえとメルを救ってくれた人だし」

 

「それに私達の魔法少女社会を変えてくれたり、神浜の差別問題を解決してくれた大恩人です♪」

 

「本当に感謝してる。こうしてまた…やちよやみふゆとクリスマスを過ごせるなんて…嬉しいな」

 

「今日はとことん楽しみましょうね♪お?手に持ってるその袋は…例のヤツですか?」

 

「ああ、ここに来る前に買っておいた。プレゼントの交換会ってのをするんだろ?」

 

「尚紀も準備万端!それじゃ座って座って、楽しいクリスマスパーティの時間だよーっ!」

 

リビングの机の前に座り込み、クリスマスパーティが始まっていく。

 

机にはやちよが腕を振るったご馳走だけでなく、チキンや苺のケーキやシャンパン等もあった。

 

尚紀は社会人であるため、やちよと共に買い物した時にワインを購入しているため置かれている。

 

女子の輪の中で男1人だけという緊張感を酒で紛らわしたい魂胆もあったようだ。

 

食事中の談笑が始まり、尚紀の周りに座る鶴乃やかなえが彼に声をかけてくる。

 

「お父さんの件だけどね、ようやく働けるラーメン店を見つけたの!1月から働きに行くみたい」

 

「そうか。それなら万々歳も一年間は臨時休業するんだな?」

 

「うん、そうなる。来年の一年間はお休みだし、私も高校三年生だから勉強に集中出来るよ♪」

 

「その一年分に必要な鶴乃と親父さんの生活費なら口座に入金済みだ。心配はいらない」

 

「やっぱり尚紀はお金持ちなんだね…。羨ましいなぁ…」

 

「かなえはどうした?何か金に困っているような顔つきに見えるんだが…?」

 

話を聞けば、やちよ達とツーリングに行くための免許費用やバイクの購入費用が必要だと言う。

 

バイト代金を溜めようにも彼女はガラも悪く、中々雇ってくれるところが見つからない。

 

この調子でいけばバイクを用意するのは数年先まで伸びてしまうと悩んでいるようだ。

 

「両親との関係も行方不明が原因で冷え切っていて金は用意してくれないか…。そうだなぁ…」

 

腕を組んで考え込むが、何かを思いついたのか顔をかなえに向けてくる。

 

「探偵やってる俺からの依頼を受ける気はないか?報酬なら前金で出してもいい」

 

「尚紀の依頼…?」

 

「あの神浜テロの時に行方不明者が何人も現れた。探してやりたいが…うちも人手不足なんだ」

 

「探している人物は誰なの?」

 

あの時行方不明となった人物は2人いる。

 

アリナの方はイルミナティ関係者であることもあり危険が大きい。

 

なので捜索を依頼するのは和泉十七夜の行方であった。

 

十七夜の捜索を頼まれたかなえは迷うことなく承諾してくれる。

 

「その依頼…受けるよ。あたしもね…十七夜を探してあげたかったんだ」

 

かなえは十七夜と再会した時の出来事を語ってくれる。

 

「やはり吸血鬼悪魔になっていたか…その上でフリーメイソンと関わりを持つなんて最悪だ」

 

「危険が大きいのは分かってる。それでもあたしは十七夜を止めたい…そのために命がある」

 

「その通りです!」

 

横を見ればメルもやる気を出してくれている。

 

「十七夜さんの間違った世直しをボクも止めたいです!協力させて下さい!」

 

「待て待て、かなえだけでなくメルにまで依頼をするわけには…」

 

「いいえ、協力しますよ!たとえお給料が出なくても手伝いたいんです!」

 

安名メルは魔法少女時代において、東の長だった頃の十七夜の世話になってきた。

 

関係こそ口煩いお姉さんのような存在であったが、それでもメルは十七夜を大切にしたようだ。

 

「尚紀、あたしからもお願いする。メルにとって…十七夜は特別な存在なんだ」

 

「…分かったよ。メルが協力してくれる分、前金の報酬には色を付けておいてやる」

 

「メルは予知があるし捜索の手助けとして心強いよ。この街にはいないから郊外を捜索してみる」

 

「そうなると交通費が膨らみますよね?それでいてかなえさんの免許やバイクのお金となると…」

 

メルはスマホを取り出し、何やら計算を始めていく。

 

机の向こう側で話内容を聞いていたやちよも駆け寄ってくる。

 

「尚紀…貴方は本当に頼りになるわ。十七夜の事を心配してくれて有難う…私も心配してたのよ」

 

「御礼は構わないが…その顔つき、何か別の事を話したいような浮かれっぷりに見えるぞ?」

 

「ウフフッ♪かなえのバイクを前金で買えるのなら、私のオススメバイクがあるのよ♪」

 

「バイカーの血が騒いだってわけかよ…。まぁ、同じ趣味仲間は貴重だもんな」

 

かなえとメルとやちよは集まり合い、居間に置いてあったバイク雑誌を見ながら談笑していく。

 

微笑みながらワインを飲んでいた時、後ろから柔らかい感触が後頭部を襲ってくる。

 

「ウフフ~ヒック♪頼りになる尚紀さんは~…彼女を募集してませんか~?」

 

似たような展開を味わったことがあるため、抱きついてきているのが誰なのかは分かる。

 

「みふゆ…お前また俺の酒を飲んだのか?」

 

「シャンパンと間違えて飲んじゃいました♪お酒って本当に美味しい~…早く大人になりたい♪」

 

「お前とやちよとかなえは来年で二十歳だろ?もう直ぐ飲めるさ」

 

「その時は尚紀さんも一緒に飲みましょうよ♪2人は酔っぱらった後…大人の展開になるかも♪」

 

「みふゆ…お前と一緒に飲むのは遠慮する。絡み酒をしてくる女はどうも苦手でな…」

 

尚紀に向けて色気を振りまいている者を見た鶴乃も負けじと彼の腕に抱きついてくる。

 

「抜け駆け禁止!尚紀はその…わ、私だって…欲しいんだから!」

 

「ズルいです鶴乃さん!尚紀さんは私が先に目を付けたのにーっ!」

 

大岡裁きの如く両腕を引っ張られだした彼の表情も困り顔となってしまう。

 

そんな時、玄関のチャイムが鳴ったので家主のやちよが玄関へと向かって行く。

 

やちよが連れてきた人物に向けて全員の視線が集まるのだが…。

 

「みたまじゃないか?パーティに呼ばれていた最後の1人はお前だったのか」

 

「こんばんわ~みんな♪調整屋の大掃除をしてたから遅くなっちゃったわ~」

 

「もう年末か…ウチも新入り共を使ってやらないとなぁ。それと…お前は他の用事もあるのか?」

 

「そうなのよ~。やちよさんからお誘いがあってね…()()()()を受け取りに来たのよ~」

 

「あるものだと?」

 

「ウフフ♪それは~……今は秘密よ♪」

 

「私とみたまは先に用事を済ませるわ。二階に来てくれるかしら?」

 

「ええ♪それじゃあ~やちよさんオススメの品を拝見しちゃいま~す♪」

 

そう言って2人は二階へと上がっていく。

 

暫くしてみたま達が帰ってくるのだが、彼女の手にはキャリーケースが抱えられているようだ。

 

彼女はそれを玄関に置き、リビングにまで来たみたまは尚紀の隣に座ってきたようだ。

 

「それじゃあ、改めて乾杯をしようよ!まだシャンパンは残ってるし♪」

 

鶴乃の提案を快く受け入れたやちよが皆の分の飲み物を淹れて机の前に置いていく。

 

みたまの前にもシャンパンが置かれたのだが、彼女はやちよに何かを伺うようだ。

 

渋々了承したやちよの許可を得て、みたまは冷蔵庫の中から何かを持ってくる。

 

「お…おい……」

 

持ってきたのはケチャップとマヨネーズ、それに様々な調味料の数々。

 

飲み物を飲む時に用意する品ではない筈なのだが…。

 

「調味料ありったけ持ってきて…何をする気なんだよ…?」

 

「もちろん飲み物に入れるのよ♪」

 

信じがたい言葉に思考停止する尚紀の横で奇怪な行動を始めていく。

 

ケチャップ、マヨネーズと調味料を混ぜ込んでいく光景はもはや人に見せられるものではない。

 

モザイクでも用意してくれとばかりに周囲の者達の顔が青ざめてしまう程の惨事。

 

「え…えっと……それじゃあ、改めて乾杯をしよっか……」

 

顔が引きつった表情を浮かべながらも鶴乃が乾杯の音頭を行ってくれる。

 

困惑した表情を浮かべる尚紀は視線を横に向けてしまう。

 

調味料ありったけが入ったシャンパンをみたまは一息で飲み終えてしまったようであった。

 

その時、彼女の妹である八雲みかげに言われた言葉が脳裏を過る。

 

――姉ちゃの料理……地獄だよ。

 

(……そういう意味だったのか。みたまの家族は…色々と苦労を抱えてきたようだな)

 

みたまの手料理被害を受けた事もあるため、妹の心労は察するに余りあると実感したようだ。

 

その後のパーティは滞りなく進んでいく。

 

みんなが揃ったのでプレゼントの交換会も行ったようだ。

 

新たに加わったみたまはかなえとメルを相手に話し込んでいる。

 

円環のコトワリ世界のことや、魔法少女から悪魔に転生した後の生活について聞いているようだ。

 

やちよとみふゆ、それに鶴乃も加えて仲良く談笑を繰り返す尚紀。

 

かつては敵同士として殺し合った関係であったが…いつの間にか盟友のような関係となっている。

 

殺伐とした世界でしか生きられなかった人修羅の顔も自然と笑顔になっていく。

 

時女一族が与えてくれた喜びを、今度はみかづき荘組や調整屋が与えてくれたのだ。

 

宴もたけなわな頃、尚紀が皆に向けてこんな質問をしたようである。

 

「なぁ…お前ら。少し質問がしたいんだが」

 

「どうしたの尚紀?急に改まったような態度をして?」

 

「やちよにはスーパーで言ったよな?俺がクリスマスに関しては苦手意識を持ってると」

 

「それがどうかしたの?」

 

楽しい席で場違いな話題を出してもいいか迷ったが、悪魔を大切にしてくれる者ならばと信じる。

 

「クリスマスはキリスト教のお祭りだってのは…日本人なら誰でも知ってるはずだ」

 

「それはそうね~。でも、どうしてそれが尚紀さんにとって苦手意識を持つことになるの?」

 

「もしもだ…クリスマスはキリスト教とは関係ない宗教の祭祀だと言えば…お前達はどう思う?」

 

それを問われた時、明るい雰囲気が消えて困惑したような表情を皆が浮かべてしまう。

 

知識を知らない者に知識を語ったところで共有されないし通じない。

 

この苦しみをほむらと織莉子も味わったことがあり、知識自慢のオタクだって経験している筈だ。

 

楽しい席でこんな話をしたことを後悔するようにして、尚紀の顔も俯いてしまう。

 

「すまない…場違いな話をしてしまったな。今言った言葉は忘れてくれ」

 

何か思うところがあったのだろうと魔法少女達は判断するが、それでも微笑んでくれる。

 

「謝る必要はないわ。貴方には貴方の信じているものがある以上、それは尊重したいの」

 

「それにね、私達は別に神様を拝みたいからクリスマスパーティを開きたいわけじゃないの」

 

「うん…これはね、尚紀に向けての感謝を伝えたいパーティだって…あたしは思う」

 

「ボクも同じ気持ちです!尚紀さんのお陰で…ボクとかなえさんはもう一度人生を楽しんでます」

 

「かなえさんとメルさんと一緒にクリスマスを過ごせる奇跡を与えてくれたのは…貴方です」

 

「だからこそ、私達は尚紀さんに送りたいクリスマスパーティだったというわけよ」

 

敵として殺し合った悪魔に向けて送る、幸福なクリスマスパーティ。

 

そこには悪徳に塗れたキリスト教の歴史など何の関係もなかった。

 

彼女達はイエス・キリストの誕生を祝いたいわけではない。

 

今の幸せを与えてくれた人修羅に向けて、感謝を送るために集まってくれたパーティだったのだ。

 

「お前ら……」

 

宗教の歴史に囚われ過ぎた彼が俯いていくが、顔を上げた尚紀の表情には笑顔が浮かんでいる。

 

「今日はありがとう…。お陰様で…人間として生きられた幸福な時代を…思い出す事が出来たよ」

 

クリスマスパーティも終わりを迎え、尚紀は帰路につくために夜道を歩いていく。

 

偏った歴史問題ばかりに意識が向いてしまった己を恥じ、ミトラについては考えないようにした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

魔法少女達が暮らす神浜市において、人修羅はどんな事をしたのだろうか?

 

敵として殺し合った関係ではあるが魔法少女達を許し、盟友として迎えてくれた。

 

死者を蘇らせる奇跡まで与えてくれた。

 

人を憎まずの精神を民衆達に説き、神浜東西差別問題を救済にまで導いてくれた。

 

これらの出来事と共通している神話が存在する。

 

それこそがミトラ教におけるミトラが起こした神話であった。

 

今の人修羅はかつて殺し合ったミトラとの類似性が極めて強くなっている。

 

だからこそもう一度ミトラを振り返るようにして、眠る尚紀は夢の世界で思い出していく。

 

ボルテクス界の東京議事堂において、シジマのミトラと戦った時の出来事を。

 

……………。

 

「邪魔だぁぁぁーーーッッ!!!」

 

死亡遊戯の刃がミトラの首に目掛けて放たれる。

 

獅子の頭部を持つ巨人であり、背中に翼を生やし体に大蛇が巻き付く赤き悪魔の最後である。

 

「グハァァーーーーーッッ!!!?」

 

エネルギー刃によって首が跳ね落とされ、巨大な獅子の頭部が地面に転がり落ちていく。

 

巨人の体は砕け散り、マガツヒを放出して消え去る最後となった。

 

「ハァ…ハァ…先生だけは守らないと…祐子先生だけは……俺が守らないと!!」

 

鬼気迫る程の気迫を纏う人修羅の表情は苦しみの上に苦しみを重ねられたかの如く歪んでいる。

 

この東京議事堂に来る前において、彼は大切な親友達を失う結果を残しているからだ。

 

魔人と化した新田勇は守護を呼び、コトワリ神の一つである邪神ノアに転生を果たす。

 

魔人と化した橘千晶は守護を呼び、コトワリ神の一つである魔神バアルアバターに転生を果たす。

 

そして今、最後のコトワリ神を顕現させるために氷川が東京議事堂に潜んでいる。

 

その氷川を止めるために、人修羅の恩師は単身で議事堂内部に飛び込んで行ったのだ。

 

急いで東京議事堂の奥へと向かおうとした時、か細い声が聞こえてくる。

 

「貴様……まだ死んでいなかったか!!」

 

憎しみの視線を向ける先には、今にも砕け散りそうなミトラの頭部が転がっている。

 

「よせ……勝負はついた。後はただ……滅びるのみ……」

 

「ならば黙って死ね!!俺は急いでるんだよ!!」

 

「最後に…聞いていけ。これは…ボルテクス界を超えた先の…汝の光景なのだ……」

 

「ボルテクス界を超えた先の俺だと……?」

 

魔神であるミトラもまた過去・現在・未来、そして並行宇宙を視る事が出来る概念存在。

 

だからこそ他の可能性宇宙で起こる未来の光景を死に際の時に視えてしまったようだ。

 

「汝は…違う宇宙に流れ着く。汝には再び試練が訪れ……苦しみに飲まれていく……」

 

「……俺には救いなどないと言いたいのか?」

 

「それが混沌の底に堕ちる悪魔の運命…だが……おぉ……これは……」

 

ミトラが視えた違う宇宙の未来。

 

そこに立つ人修羅は世界を憎む怒りの炎を纏いながらも、光の慈悲を持つ存在であった。

 

「違う宇宙の汝は…可能性を感じる。破壊しか行えない悪魔ではない…神と呼べる存在に視える」

 

「悪魔の俺が……神だと?」

 

「汝はいずれ……我の神名さえも合わせ持つ程の……神となれる」

 

「俺がミトラだと……寝言は死んでからあの世で言え!!」

 

「我はボルテクスにおいては…司法神としての役目しか与えられなかった。だが…汝こそが…」

 

――我に代わり…太陽神と呼ばれるに…相応しい程の……神となれる。

 

そう言い残した後、ミトラの頭部は完全に砕け散りマガツヒを放出する最後を残す。

 

「悪魔の俺があいつに代わって…太陽神になるだと……?」

 

困惑した表情を浮かべてしまうが、恩師の身が心配だったので迷わず奥へと走って行く。

 

そんな後ろ姿の己自身を最後に、尚紀は布団から飛び起きる事となるのだ。

 

「……シジマのミトラ。お前はあの時……俺に何を託そうとしたんだ?」

 

ミトラの予言通り、人修羅として生きる尚紀は違う宇宙に流れ着く。

 

その過程の中で彼は成長し、シジマの思想を掲げる者となった。

 

ならば今の人修羅もまた、シジマのミトラとの類似性が生まれているとも言えるだろう。

 

悪魔は概念存在である。

 

概念であるため、イメージの中に違うイメージが摺り込まれればその存在は変質していくだろう。

 

人修羅はこの世界においても唯一神を崇拝する宗教であるキリスト教と戦い続けるだろう。

 

その姿はまるでミトラが果たせなかった無念を背負うかのようにして立つ存在のようにも見えた。

 




書けるところから始めたいのでサイドストーリーを進めていきます。


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200話 恋のお正月

みかづき荘でのクリスマスパーティの時、八雲みたまは別の用事を抱えて訪れている。

 

その用事を済ませるため、やちよの部屋へと向かうのだ。

 

やちよの部屋に入れてもらい、壁際にある伝統的な和装ディスプレイに目を向ける。

 

「あら~♡とっても綺麗な振袖ね~~♪」

 

日本の伝統美を引き立たせる和装ディスプレイにかけられていたのはやちよの振袖である。

 

「でも…突然私に振袖を貸してくれるだなんて、どういう風の吹き回しなの?」

 

「貴女の調整屋で調整をしてもらってる時にね、なんだか寂しそうに見えたからよ」

 

「私が…寂しそうに見えちゃったの?」

 

「ええ。なんだか…思い人と一緒に過ごしたいのに一緒にいられないような女の子の寂しさをね」

 

やちよの女の勘によって気が付かれてしまったのかと、恥ずかしいのか顔を俯けてしまう。

 

みたまと尚紀は南凪区の海沿いにおいて告白の返事を返す出来事が起きている。

 

その時に語られた尚紀の決意を尊重する形でみたまは男女関係から距離を置く判断をしたようだ。

 

それでも心には深い寂しさを抱えているのを周りに悟られまいとしていたようだが通じなかった。

 

「もしかして…みたまが好きな人って……」

 

「……お察しの通りだと思うわ」

 

「なるほどね…。貴女にとって、尚紀は貴女の心を縛り続けた憎しみを救済した男ですもの」

 

「やちよさんには見抜かれちゃったし…何が起こったのかを話してあげるわ」

 

やちよはみたまからその時の出来事を語ってくれる。

 

自分の勘は正しかったのだと笑顔を浮かべ、こう告げてくれた。

 

「だったらね、男の方から女の子を追いかけたくなるぐらいに…綺麗になっちゃえばいいのよ」

 

「私が…女の子として綺麗になる?」

 

「去年の貴女とお喋りしてた時に振袖を着た事がないって言ってたでしょ?だから貸してあげる」

 

「やちよさん…私の恋心を…応援してくれるのね?」

 

「私も…男の子に恋心を抱いた事がある魔法少女よ。だからね、みたまの気持ちは痛い程分かる」

 

遠い眼差しを浮かべながら中学生時代を思い出す。

 

好きな子に告白したかったが、彼女は魔法少女として戦場を生きる者。

 

魔法少女の秘密を抱えたままでは、それを知らない男との関係は成立しないのは分かっていた。

 

好きな男とデート中でも魔獣狩りに向かってしまえば、男は不信感を募らせていく。

 

いつしか好きな男と心がすれ違い、離れ離れになっていくしかない。

 

だからこそ、やちよは自分の恋心を押し殺してまで身を引いた過去があったのだ。

 

「魔法少女として…正しい判断をしたと思う。でもね…恋心は理屈じゃないの」

 

「やちよさんも…好きな男の子から離れていく苦しさを経験したのね」

 

「正しい判断をしても…私の心は救われなかった。だからこそ…リスクを恐れてはいけないわ」

 

やちよが伝えようとしているのは、尚紀と丈二が見滝原に行った時に語り合った内容と同じだ。

 

「たった一度の人生ですもの。リスクを承知した上で突き進みなさい。私と同じになってはダメ」

 

――みたまの道を進みなさい。

 

――人には勝手な事を言わせておけばいい。

 

フィレンツェ生まれの詩人・哲学者でもあったダンテと同じ言葉をみたまに送ってくれる。

 

やちよの思いが心に響いたのか、みたまの目には薄っすらと嬉し涙が浮かんでしまう。

 

右腕で目元を擦った後、微笑んでくれる。

 

「やちよさん…ありがとう。私…尚紀さんを振り向かせられるぐらい…綺麗になっちゃうわ♪」

 

「フゥ…下の階にいる男は罪作りな人ね。こんなにも愛してくれる女の子を遠ざけるなんて…」

 

やちよは和装ディスプレイに飾られた振袖を外し、みたまの着付けを手伝ってくれる。

 

「はぁ…いつもは皆に脱いでもらってるのに、まさか今度は私が脱ぐ番になるなんて…」

 

「いつも脱いでなんていないわよ。ほら、軽口叩いてないでさっさと脱いで」

 

「どれぐらい着付けにはかかっちゃうの?」

 

「これから20分ぐらいかかるから覚悟しておいてよ?」

 

「はーいっ」

 

こうしてみたまはやちよから振袖一式を借りる事となっていく。

 

衣装はキャリーケースに詰めてもらい、家に持ち帰ったら母親に着付けを手伝ってもらうようだ。

 

クリスマスパーティも終わり、キャリーケースを引きながら大東区に帰るみたまは心の中で思う。

 

(尚紀さん…お正月は予定が空いてるといいな…)

 

こうして、諦めきれない恋心を抱えた少女のお正月物語が始まっていくことになる。

 

男の掲げる目標はあまりにも大きく偉大であり、自分が傍にいれば重荷になるかもしれない。

 

それでも同じ恋の苦しみを経験した事がある魔法少女は、恋する魔法少女に伝えてくれた。

 

リスクを承知で進む人生もあるのだと。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

正月が控えた頃。

 

尚紀の家ではようやく年末の大掃除を終えた悪魔達が忘年会を行った後、一息ついている。

 

温かい暖炉の前で丸まった擬態姿のケルベロスであったが、暇を持て余した猫に絡まれていた。

 

「ニャ―ケルベロス遊んでニャ―」

 

「五月蠅イ。我ハ猫悪魔共ト遊ンデヤル気ニハナラン」

 

「そんなこと言わずに遊んでニャ―。魔獣のオイラ達の肉球でもスマホのソシャゲは遊べるニャ」

 

「スマホ…?ソシャゲ…?何ノコトダカ分カランガ、我二構ウナ……ムゥ?」

 

お腹の辺りでフミフミしている感触を感じたケルベロスが顔をお腹に向けてみる。

 

見ればオッパイ欲しさに猫悪魔のネコマタが吸い付いているようだ。

 

驚いたケルベロスは飛び起き、ネコマタの首裏に噛みついて持ち上げてしまう。

 

<コノ変態女悪魔ヲ何処カニ捨テテクル>

 

「ニャ―!?毛むくじゃらなお腹を見てたら吸い付きたくなっちゃうのよー!悪意はないわー!」

 

「まだ吸い付き癖が治ってないのかニャ…ネコマタ?いい加減ママのオッパイは忘れるニャ」

 

獣悪魔達がドタバタとしている横では、忘年会の跡片付けをしている槍一郎がいる。

 

喧しいイビキをたてる悟空の横では背もたれに背中を預けたまま顔を手で覆う尚紀がいた。

 

「悟空と酒の付き合いをするんじゃなかったな…随分と飲まされちまったよ…」

 

「ボルテクス時代の頃のお前とは酒を酌み交わしてみたかったのは、私とて同じ気持ちだった」

 

「よしてくれ…あの頃の俺はまだ高校生だぞ?それに…飲み会なんてやれる世界じゃなかった…」

 

「だからこそ、ボルテクスとは違うこの世界でもう一度尚紀と再会出来たのを嬉しく思うぞ」

 

「同じ気持ちだよ、槍一郎。済まないな…片付けを任せちまって」

 

「お前はアホ猿から大分飲まされたようだからな。酔いが冷めるまで休んでいろ」

 

「流石に吐く一歩手前な気分なんだ…少し夜風に当たってくる」

 

煙草の箱とスマホを手に持ちウッドデッキへと歩いていく。

 

椅子に座り、肌寒い夜風に当たりながら紫煙をくゆらせていた時にスマホが鳴り出す。

 

「知らない電話番号だな?こんな夜更けに連絡してくるとなると…魔法少女の誰かか?」

 

年頃の少女達の電話番号は伏せておけと伝えた人物達の顔を思い浮かべながら通話ボタンを押す。

 

「こんばんわ~尚紀さん♪」

 

「みたまか?よく俺の電話番号を知ってたな?」

 

「ももこから聞いた事があったのよ。貴方が職場の名刺を渡してくれたでしょ?」

 

「そうだったのか。それで…何の用事だ?俺は忘年会に付き合った後だからな…正直疲れてる」

 

「そうだったのね…なら、聞きたいことがあるだけなの。それを聞けたら大丈夫だから」

 

「分かった。それで?」

 

「その…ね…?元旦なんだけど……」

 

……………。

 

電話を終えた尚紀がウッドデッキから家の中へと戻ってくる。

 

後頭部を掻きながら困った表情を浮かべる尚紀に向け、槍一郎がこう告げてくる。

 

「その顔つき…女からデートに誘われたな?」

 

「……ああ。恋愛の先輩は何でもお見通しなんだな?」

 

「お前は顔に出やすいタイプだからな。返事はなんて返したのだ?」

 

「見せたいものがあるから会いに来てって…真剣な態度で言われたよ。だからまぁ…行ってくる」

 

「フフッ…相手はこの前の魔法少女か?なら、最後まで相手をしてやるのだぞ」

 

「お…おい、最後まで相手って……」

 

「男にとってはそうでなくても、向こうは真剣な場合もある。軽はずみな態度は女を傷つけるぞ」

 

「……気を付ける」

 

恋に悩む若者の肩に手を置き、槍一郎は寝ている悟空を引き摺っていく。

 

外に放り出される師の姿を見た後、彼も自室に戻りベットの中へ入って眠ろうとするのだが…。

 

「体が二つあったなら…俺はみたまの傍に寄り添って、幸せにしてやれたのだろうか?」

 

尚紀は魔法少女達の傍に寄り添い、幸福に生きる事は出来ないだろうと考えている。

 

己の役目を果たすため、これからの彼は仕事と勉強漬けの生活を送る事になるだろう。

 

最終的には国政選挙に出馬し、もし選挙に勝てたならば東京に向かう必要がある。

 

この神浜市で暮らしていけるのも…そう長くはないと思っていたようだ。

 

短い付き合いになるかもしれない魔法少女達に思いを馳せていく。

 

「…悔いはない。俺は男として…遠くからでも女達の人生を守る道を突き進んでいく」

 

寝返りを打ち、眠る事に集中する。

 

それでも彼の脳裏には考えたくない思いが形となって浮かんでしまう。

 

かつては魔法少女と共に生きたいと願った経験があるからこそ、捨てきれない思いもあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

動乱の年となった2019年を終え、舞台は2020年へと移っていく。

 

1月1日の元旦となり、神浜市の神社も例年通り忙しくなるかと思ったがそうでもない。

 

神浜テロの爪痕は未だに深く、地元住民達は自分達の家の事で手一杯な状況が続いている。

 

無事だった人達も自粛ムードが漂うため、初詣に向かう人達はまばらだったようだ。

 

それでも神浜市で生きる人々の顔つきは一部の者を除いては希望を感じるような顔を見せる。

 

何故なら、テロのキッカケともなった神浜東西差別問題をようやく乗り越えられたからだった。

 

そんな神浜市の街を東に向けて移動していくのは尚紀である。

 

大東区まで来たタクシーから降りて清算を済ませた彼が大東区にある神社を目指すようだ。

 

「遅れるかと思ったが何とか間に合いそうだ。たしかこの辺だったな?」

 

お昼が近い11時前に差し掛かった頃、尚紀はようやく大東区にある神社に到着。

 

神社の境内に入ってみると、拝殿の前では振袖姿の少女が待ってくれていた。

 

「あけましておめでとうございます、尚紀さん♪」

 

新年の挨拶をされたようだが、彼の両目は見開いたまま茫然としている。

 

どうやら振袖姿をした彼女に見惚れているようだ。

 

調整屋の店を彷彿とさせる程の鮮やかな青柄には薔薇模様も装飾されている。

 

髪には蒼い薔薇を模したコサージュ風髪飾り、首元には白いショールを巻く可憐な姿をしていた。

 

「あ…ああ、明けましておめでとう…」

 

「どうかしたの…?茫然としてたようだけど?」

 

「い、いや…その…だ。振袖姿のみたまを見るのは初めてだったが…似合うじゃないか」

 

少し照れた表情を浮かべながらも、はにかんだ笑みを浮かべてくれる。

 

そんな尚紀の顔を見て、みたまは満面の笑みを浮かべてくれるのだ。

 

「ウフフ♪尚紀さんに綺麗だって言われちゃった♡私の魅力にメロメロになっちゃったかしら?」

 

「からかうなって…。それより遅くなって悪かったな、午前中は少し用事があったんだ」

 

「いつもの探偵姿だけど、お仕事に行ってたの?」

 

「これは…クリスに言い訳を用意するために着てるだけだ。先に向かったのはやちよの家なんだ」

 

「やちよさんの家に何か用事があったの?」

 

「あいつは魔法少女達への連絡網を今でも持ってる。俺が世話になった子達を呼んでもらった」

 

用事内容を聞けば、どうやら世話になった魔法少女達に向けてお年玉を配っていたようだ。

 

懐から二枚のお年玉袋を取り出してみたまにも渡してくれる。

 

「お前とみかげの分だ。無駄遣いするんじゃないぞ」

 

「まぁ~♪感謝カンゲキ雨嵐♡大人な尚紀さんはちゃんとしてるわ~」

 

「お前だって社会人になれば同じ立場となる。年末出費が億劫になってくるぞ」

 

「フフッ♪早く大人になって…私も尚紀さんと一緒にお酒が飲みたいわね~」

 

喜びの表情を浮かべながら尚紀の右腕に抱きつき、ついてくるように促してくる。

 

「先ずはお参りをすませてから屋台に行きましょう♪もうお昼だからお腹すいちゃった」

 

「屋台か…。東京で暮らしてた頃、友達と一緒に初詣に行った時のことを思い出すよ」

 

みたまに引っ張られながら拝殿に向かって歩んでいくみたまは心の中でこう思う。

 

(家族や友達以外の人と初詣に来るの…初めてよ。なんだか…フフッ♪浮かれちゃうわ)

 

拝殿の前で順番が回ってきた尚紀達。

 

お賽銭をみたまは投げ入れるのだが、尚紀の方に視線を向ければ浮かない顔をしている。

 

「どうかしたの?」

 

「いや…何でもない。知識を色々と溜め込むとな…楽しいことも楽しくなくなる弊害が生まれる」

 

「私と一緒に初詣をするのは…楽しくないの?」

 

「そういう意味じゃない。お前と初詣はいいんだが…俺の悪癖だな。気分を害したならすまない」

 

改めて尚紀も五円玉を放り込み、2人揃って手を叩く。

 

(民衆の善意で放り込まれるこのお賽銭は…極右を掲げる日本の政治団体に悪用されるんだよ)

 

売国政策を行いつつも極右思想を掲げた矢部政権の背後には神社庁等の極右団体が存在していた。

 

彼らは過激な憲法改正に賛成しており、数万ある日本の神社を統括する神社庁もその一つ。

 

日本の神社は神社庁に加盟しなければ村八分の苦しみが与えられる程、恩恵に乏しくなる。

 

そのため思想の自由が許されず、お賽銭運用の僅かばかりであるが極右団体に流れるのだ。

 

(愛国の名の元に人権を踏み躙りたいナチス共だ。そいつらにお賽銭を投げる行為なんだよ…)

 

心の中で本音を考えていた時、横のみたまが声をかけてくる。

 

「尚紀さんはどんな願い事をしたのかしら?」

 

「えっ?ええと…その…別れることになった他の仲魔達ともう一度再会したい…かな?」

 

「そういえば、尚紀さんの家にはその仲魔達がいるんでしょ?クリスマスの時に聞いたわ」

 

「そうだ。うちに来る機会があったなら、みたまにも連中を紹介してやるよ」

 

咄嗟に思いついた言い訳を並べてみたが、彼女の顔は何やら不満そうな顔つきを浮かべてくる。

 

「何か忘れてないかしら~…?」

 

「参拝はお賽銭を投げる以外に何かあったかな…」

 

「そうじゃないわ。私が何を願ったのか…聞きたくないの?」

 

笑顔を向けながらも怒りのオーラを背後で噴火させる彼女の態度にタジタジとなってしまう。

 

冷や汗をかきながらも促された通りの言葉を言うようだ。

 

「……何を願ったんだ?」

 

「フフッ♪ひ・み・つ♡」

 

願い事は何かを聞いてもらいたそうな態度をしていたのに秘密にされ、怪訝な顔つきになる。

 

そんな彼の手を引っ張り、お腹を空かせたみたまは屋台が並んでいる境内へと向かって行く。

 

手を引っ張られながらも尚紀は拝殿のお賽銭箱に振り返ってしまうようだ。

 

(政治を知れば知る程…普通に暮らす人々との間隔がズレていく。日本の闇は…あまりにも深い)

 

それを正していく道こそが新たなる自分の目標だと彼は信じる。

 

全ては殺戮者となった者の血塗られた手に触れてくれる優しい子供達の未来を守るためだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

参道や神社の広場にはお正月ならではの出店が並んでいる。

 

色々な出店がある通りを歩いていくと美味しそうな匂いが立ち込めてくるようだ。

 

「昼飯も兼ねるなら粉物だろうな。好きなの選べ、奢ってやるよ」

 

「や~ん尚紀さん太っ腹♪お腹が空いてるから端から順に回っていきましょ~」

 

「食い過ぎて腹壊すなよ…」

 

彼女は興味が出た屋台から次から次に回っていく。

 

一緒に連れているのは神浜の東にとっては英雄的存在であるため、自然と皆が声をかけてくる。

 

「よ!俺たち東住人の英雄さん!美しい彼女を連れて東に遊びに来てくれるなんて嬉しいよ!」

 

「こっちにも買いに来てくれ!あんただったら安くしとくよ!」

 

色々な人々から声をかけられる彼は辟易としているが、みたまはとても嬉しそうな顔をしている。

 

「下町人情のある地域だな。気さくな態度で接してくれる人々のようだ」

 

「みんな本当に嬉しそうな顔をしてるわ。それも全部…尚紀さんのお陰だからね♪」

 

「感謝されたくて演説を行ったわけじゃない。俺には俺なりの責任があったからなんだ」

 

「尚紀さんにとっては贖罪でも、私たち東住民にとっては救世主様なのよ」

 

屋台を色々と見ていると町内会の代表も声をかけに現れ、住民を代表してお礼を言ってくれる。

 

屋台の商品でお昼を済ませたいと言ったらテント席を貸してくれたようだ。

 

テント席に座り昼飯を食べようとしているが、尚紀は机の前を見て心配そうに声をかけてくる。

 

「随分と買ったようだが…食いきれそうか?」

 

「デザートは別腹だから大丈夫♡りんご飴にチョコバナナ…どれも美味しそう♪」

 

「まぁいい。町内会のテント席を独占するとあれだから早めに食べて移動しようか」

 

「そうするわ。このままこの場所にいたら、尚紀さんは町内会の人達と飲み明かしそうだし♪」

 

そうと決まればと彼はたこ焼きの爪楊枝に手を伸ばす。

 

たこ焼きの一つを突き刺していると目の前から美味しそうなたこ焼きの匂いが近づいてくる。

 

「はい、あ~ん♪」

 

「えっ?」

 

前に視線を向ければ、みたまがたこ焼きの一つを口元に近づけてきている。

 

「じ…自分のを食べるよ」

 

「ダーメ、私の愛情が籠ったたこ焼きから先に食べて欲しいわ♡」

 

「いや…その…恥ずかしいんだが…」

 

「男は度胸♪何でもやってみるものよ~♪さぁ、熱いうちに口に入れて頂戴♪」

 

彼女の気持ちを無下にも出来ず、周りを伺いながら隙を見て食べてくれたようだ。

 

照れた表情を浮かべながら黙々とたこ焼きを食べていると、目の前の彼女に視線を向ける。

 

みたまは食事の手を止めており、遠い眼差しを浮かべながら屋台の景色を見つめていた。

 

「…去年はね、十七夜を連れて初詣に来たの。彼女と一緒にお雑煮イベントに参加もしたわ」

 

お雑煮を食べれる子供向けのイベントであり、ヒントを考え食材を探す内容だと聞かされる。

 

十七夜を連れて色々な人々と触れ合えた楽しい記憶を語る彼女の声には寂しさを感じてしまう。

 

「十七夜は悪魔になっちゃったし…もう…私達のところには…帰ってこないのかしら?」

 

ももこから十七夜の事を聞かされた時は動揺のあまりももこを罵倒してしまった。

 

その時の事を思い出したみたまの顔には後悔の表情が浮かんでしまう。

 

「ももこに謝りたい…だけど、最近は調整屋に現れにこないし…勉強会にも参加してないのよ」

 

「大丈夫…きっと元の生活に戻れるさ。お前は愛する人々と一緒に生きるのが望みなんだろ?」

 

「尚紀さん…」

 

「ももこがいて十七夜もいる。それに他の魔法少女達とも楽しく過ごせる。そうしてみせるさ」

 

励ましの言葉を聞いた時、心の中の不安が消えていく。

 

軽はずみな大口を叩く男は頼りにならないかもしれないが、彼には実績がある。

 

だからこそ信頼出来ると判断する気持ちこそが、男への信頼を寄せる女の気持ちであった。

 

頬を染めながらも、みたまは感謝の言葉を口にしてくれる。

 

「私…尚紀さんと出会えて…本当に幸せよ。貴方の傍が…一番安心出来るわ」

 

寂しそうな態度を始めてしまう彼女を見て、彼の心は苦しみに包まれてしまう。

 

傍にいたいと告白してくれた彼女を遠ざける判断をしたのは尚紀であったからだ。

 

気まずい空気となっていた時、素っ頓狂な叫び声が聞こえてきた。

 

「おおっと!?お熱いですね~みたまさん!尚紀さん!」

 

視線を向ければ、やってきたのは矢宵かのこと弁当が沢山入った袋を持った千秋理子だった。

 

「お前はたしか…かのこだったか?それと理子は家の手伝いのようだな?」

 

「はいっ♪屋台で働く人達もお腹が空きますし、お弁当屋さんの書き入れ時なんです」

 

「小学生なのに偉いな…正月休みなら遊んでいたいだろうに。かのこは付き添いなのか?」

 

「私は暇してたから外出してたんだけど、理子ちゃんを見つけたからついてきちゃったんです」

 

「そうか。ちょっと待ってろ…まだ袋はあったはずだ」

 

尚紀は懐から余っていたお年玉袋を取り出して財布から万札を入れてくれる。

 

「ほら、お前らの分のお年玉だ。無駄遣いするなよ」

 

「え~!?偶然出会っただけなのに…いいんですか?」

 

「構わない。将来は有名なファッションデザイナーになるんだろ?少しだけ投資してやる」

 

「嬉しいです~♪本当に有難うございます!」

 

「えへへ♪尚紀さんありがとう!それじゃあ、私は屋台の人達にお弁当を持っていきますね」

 

理子は仕事に向かうようだが、ファッション好きなかのこは振袖姿のみたまが気になる様子。

 

「この綺麗と可愛さが両立した古典的ながらも現代的な振袖!とっても素敵ですみたまさん!」

 

「フフッ♪これはやちよさんから借りた振袖だけど、褒めてくれるとやっぱり嬉しいわ♪」

 

「いやー着ているのがみたまさんならそりゃ似合いますって!それに引き換え…」

 

ジト目を向けられてしまうのは男の方である。

 

「せっかくみたまさんが振袖姿でお洒落してるのに!仕事着で初詣はないんじゃない~?」

 

「何を着てようが俺の自由だろ…」

 

「お洒落をしてくれる彼女がいるなら、男もお洒落をするべきよ!なので…ムフッ♪」

 

怪しい笑みを浮かべてくるかのこを見て、尚紀は言い知れぬ不安を感じてしまう。

 

それでもファッションに五月蠅いかのこを見ていると、昔の親友を思い出してしまう。

 

(勇からもファッションを手厳しく指導されたもんだ…。あいつも服や靴が大好きだったな)

 

懐かしい気持ちとなり、つい心が開いてしまったのが運の尽き。

 

みたまとの初詣が終わった後、かのこの家に寄る事になってしまったようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神社での初詣を終えた2人は大東区の南に向かって歩んでいく。

 

海沿いの場所で尚紀とみたまはもう一度一緒に海の景色を眺めているようだ。

 

「余所者の俺でも受け入れてくれる東の人々だった。東の根も葉もない噂は当てにならないな」

 

「それが十七夜が愛した街の人々の姿なのよ。歴史問題に苦しめられた末に…壊れていったの」

 

「それももう終わりだ。これからは俺以外の余所者達に接する態度も変わってくれるさ」

 

これからの明るい東社会を思えば思う程、尚紀に対する愛しさが心の中に溢れ出す。

 

頬を染めたみたまはあの夜を繰り返すようにして尚紀に顔を向けてくる。

 

「ねぇ…もし選挙に勝てたなら…東京に行くことになるのかしら?」

 

「…そうなると思う。俺は聖探偵事務所を退職して、東京での生活が待っているだろう」

 

固い決意を秘めるのは、みたまや十七夜達のような生活困窮者を救うため。

 

それがひいては魔法少女社会を救う結果を残せるという、新たなる抑止力の道。

 

それでも、恋心を捨てられない少女の心は未だに変わらない。

 

愛する魔法少女達だけでなく、愛する男とも一緒に生きたいという願いを抱えていた。

 

「…政治家さんだって、お嫁さんぐらいはいるでしょ?」

 

「えっ?」

 

「妻は夫を支えながら生きる。それが夫の仕事に対する力になってくれる…そう思いたい」

 

みたまは潤んだ瞳をもう一度向けてくる。

 

「私はね…貴方を愛する気持ちは絶対に捨てないわ。だから…貴方が必要としてくれたなら…」

 

価値ある目的に使われたいと思う心理こそが、女性の気持ちである。

 

尚紀の人生を支えるパートナーとして、彼女も東京に行きたいと言い出すのだ。

 

それを聞いた尚紀の顔は俯いていき、近くにあったベンチに座り込んでしまう。

 

隣の席に座ってきたみたまに向けて、昔話を聞かせてくれたようだ。

 

「数年前の俺はな…愛する魔法少女と共に人生を生きてみたいと考えていたことがあった」

 

尚紀が話してくれた人物とは風美風華のことである。

 

悪魔を救ってくれた魔法少女であり、人生に絶望を抱える少女でもあった。

 

「悪魔と魔法少女が一緒に生きられる未来を夢見た。それでも…その子は殺されて…死んだ」

 

魔法少女の人生を守ると誓った矢先で愛する魔法少女を目の前で殺された負け犬。

 

それこそが嘉嶋尚紀であると語ってくれる。

 

「俺は怖いんだ…。東京で一緒に生きてくれた人々さえ守れなかった。俺は誰も……守れない」

 

――宇宙意思とも言えるだろう唯一神に呪われた…悪魔でしかないんだ。

 

記憶の中に蘇るのは、炎を運ぶ者となりて佐倉牧師の教会を焼いてしまった罪の記憶。

 

頭を両手で抱え込み、上半身を俯けたまま罪と罰の記憶に支配されて悶え苦しむ。

 

「俺の傍にいれば…いつかみたまも焼き殺す。呪われた俺なんかよりも…他の恋人を探せ」

 

語られた気持ちこそが、みたまを遠ざけた本心だったのだと彼女は悟る事になる。

 

恐怖と不安に支配された愛する者の気持ちに気が付いたみたまが尚紀を抱きしめてくれた。

 

「怖がらないで…貴方は守護者よ。だって…私や十七夜…それに東の人々の心を救ってくれたわ」

 

「怖い…怖いんだ…。俺と親しくなってくれた人々は…誰も生き残ってくれなかった…」

 

「それが運命だとしても…私は戦う。だって…運命に抗う自由を叫んでくれた人がいたから」

 

それを叫んだ者こそ、神浜東西差別の歴史を終わらせてくれた偉大なる英雄。

 

みたまや十七夜、東の魔法少女達、それに西側の穏健派の人々さえ救ってくれた救世主であった。

 

「自信を持っていい。私は信じてる…尚紀さんなら…私を守り抜いてくれる人だって」

 

「み…みたま……」

 

こんな呪われた男を信じてくれると言ってくれる女がいる。

 

それがどれほど嬉しかったのかは彼にしか分からない。

 

尚紀もみたまを抱きしめてくれる。

 

「ありがとう…俺なんかを……信じてくれて」

 

思いが通じ合った気持ちになれたみたまは潤んだ瞳のまま尚紀の胸に顔を埋めてくれる。

 

男の自分を心から愛してくれる女の柔らかい温もりと甘い匂い。

 

胸が高鳴り、添い遂げたいと思った風華を相手に果たせなかった雄の欲望がこみ上げてしまう。

 

それでも、恐怖は拭いきれない。

 

人修羅と呼ばれる嘉嶋尚紀は…大いなる意思に呪われた悪魔でしかない。

 

そっとみたまを抱き起し、笑顔を向けてくれる。

 

「お前は本当に優しいな…。そんなみたまの心に呪いを生んだ歴史を終わらせられたのが…」

 

――俺の人生の誇りだ。

 

彼女を席から立ち上がらせ、みたまを大東団地まで送ってくれる。

 

団地の入り口前で寂しそうな顔を浮かべるみたまに微笑み、手を振りながら尚紀は帰っていく。

 

胸の高鳴りは未だに続いており、雄としての本能に苦しみながらも彼は前だけを見据える。

 

「俺の人生に花はいらないと思った。それでも…焼き尽くされた野原に咲く花もあるんだな…」

 

悶々とした感情を抱えながら帰路についている時、別の用事を思い出す。

 

教えてもらった板金工場を検索した後、尚紀は工匠区へと歩みを進めていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

元旦の工匠区は騒然としている。

 

何故ならば、猛り狂った雄の如き存在が道を歩いているからだ。

 

その姿はまるで多産や豊穣などをもたらす()()()()()()()()()の如き神々しさと恥ずかしさ。

 

それを纏う者こそ、1人の雄であった。

 

「このみが言ってたかのこの脅威とは…こういうことだったのか……」

 

雄の顔は真っ赤となり、恥ずかしさによって御神体ともいえる体は震えている。

 

これは少し前の出来事である。

 

「あんじゃこりゃぁぁぁぁーーーッッ!!?」

 

部屋で叫ぶ尚紀が身に付けているのは矢宵かのこの自信作。

 

「どうかな?尚紀さんは男の人だし、雄としての猛りを表現したかったの♪」

 

尚紀が着せられている服とは、まるで着ぐるみだ。

 

顔を出す丸い穴以外の部分はキノコ種類の()()()()()のようにも見えた。

 

「どういうファッションセンスしてんだよ!?こんなの着て帰れるか!脱がしてくれぇ!!」

 

「えー勿体ないよー。私のファッション服を宣伝するために協力して!」

 

「断る!!この姿……どう見ても男の股間にぶら下がってるヤツだぞ!?」

 

「だからこそ男の尚紀さんに身に着けて欲しかったわけ。ちゃんとぶら下がってるでしょ?」

 

「そういう問題かよ!!いいから脱がせてくれー!!」

 

「しょうがないなぁ……あ、あれ?」

 

「どうした……?」

 

「ファスナーがビクともしない」

 

「なんだとぉ!?だったら鋏か何かで着ぐるみを切ってくれ!!」

 

「そんなこと出来るわけないよ!私が夜なべしながら作った自信作なのに!!」

 

「もういい!!俺が内側から壊してやる!!」

 

そう言えば、かのこの目がウルウルしだす。

 

ファッションデザイナーを目指す卵としての自信作を壊される苦しみを味わうことになるためだ。

 

女の涙に弱すぎる男は悪魔の力を解放することをやめたようである。

 

どうにかファスナーを下ろそうと頑張ってみたが、魔法少女の力でもビクともしない。

 

「どういう耐久度をしてるんだよ…この着ぐるみ!?これも魔法少女の魔法の力なのか!?」

 

「これは私でもファスナーを下ろせそうにないね…。力自慢の友人に脱がせてもらうとかは?」

 

それを言われた時、頭に浮かぶのはセイテンタイセイとクーフーリン。

 

こんな()()()()()な姿をしたまま家に帰った時の反応が恐ろし過ぎる。

 

それでも他に手段がないため、泣く泣く尚紀はごりっぱ様な姿のまま工場を去ったのだ。

 

……………。

 

参京区に借家がある静海このは達姉妹は隣の工匠区へと初詣に行っている。

 

帰りの道を歩いていた時、横の道から現れた卑猥な存在を見つけたために目が点になった。

 

「「あ…あぁ………」」

 

出会ってしまったのは嘉嶋会のボランティア職員達。

 

赤面して口をパクパクさせるこのはと葉月の隣には、不思議そうな顔を浮かべるあやめがいた。

 

「あけましておめでとう尚紀お兄ちゃん!それと、なんでキノコの着ぐるみを着てるのさ?」

 

まだ子供であるため、彼女は男性器というものを見た事がないようである。

 

それでも三女よりは性的な知識を持つ姉達は顔を真っ赤にしながら悲鳴を上げてしまう。

 

<<キャァァーーーーッッ!!!変態よぉーーーッッ!!!>>

 

「見るなぁぁぁぁーーーッッ!!!」

 

恥ずかしさのあまり錯乱してしまったキノコ男が駆けだしていく。

 

その頃、道路の配管工事をしている工事現場で働く警備員は、前から駆けてくる存在に気が付く。

 

「な…なんだアイツーーーッッ!!?」

 

我を忘れて逃げ惑う尚紀は目の前にある工事現場が見えていない。

 

頭に浮かぶ光景は、嘉嶋会職員達からごりっぱ理事長と嘲笑われる恐ろしい光景であった。

 

勢いのままバリケードを突破して工事現場に入った瞬間であった。

 

「ぬふぅ!!?」

 

勢いよくこけたキノコ男が土管の中に挟まってしまったようである。

 

「だ、大丈夫かアンタ!?」

 

作業員が駆け付けるが、着ぐるみの足部分をバタバタさせながら藻掻く事しか出来ない。

 

慌てた作業員達がキノコを抱え込み引っ張り出そうとするのだが…上手くいかない。

 

「なんだこの着ぐるみ!?なんかヌメっとしてて滑りやがる!!」

 

「手が滑る!!もっとしっかり持って引っ張り出せ!!」

 

作業員達がキノコ男を引っ張るがまた落ち込み、また引っ張る。

 

それを連続して行う光景はある意味性的な光景に見えてくるやもしれない。

 

尚紀の異常行動を心配したこのは達が追いかけてきて現場に到着したためさらに混沌と化す。

 

「な…何してるのさ尚紀さん!?最低だよーーッッ!!」

 

赤面したまま目が飛び出すほど驚く葉月であったが、地面から振動を感じてしまう。

 

「地震!?規模は小さいけど…どうしてこんな時に地震が…」

 

「…もしかして、地面が感じちゃったとか?」

 

「どういう意味なのさ?このは、葉月?」

 

「「あやめはまだ知らなくていい!!」」

 

こうして、珍妙な現場光景は偶然居合わせた民衆のスマホ撮影餌食となってしまう。

 

SNSで拡散し、メディアからこの写真を記事に使わせて欲しいという連絡まできたようだ。

 

次の日に発売された神浜新聞の見出しはこうであった。

 

『神浜の英雄、ご乱心』

 

『男気配管工事』

 

『キノコタケノコ元気な子』

 

そんな新聞を買い物ついでに見つけたクーフーリンは迷わず購入する。

 

尚紀の家の中では腹を抱えて笑う仲魔達の光景が生まれているようだ。

 

そして家主はというと…。

 

「……殺せ……殺してくれ……」

 

部屋の隅で三角座りしたまま背中を向け、誰も近寄れないダークゾーンを生み出す始末。

 

チン騒動が起こってしまった2020年のお正月。

 

そんな新聞を見つけてしまった八雲みたまは膨れっ面となり、こんな言葉を残すのだった。

 

「地面と浮気しないでよね!!」




勢いで書いた。
反省はしていない。


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201話 道標

これは神浜人権宣言が行われた後、尚紀が失踪から帰った頃の出来事である。

 

クリスを運転しながら中央区を目指す尚紀のようだが、クリスはブーブー文句ばかり言う。

 

「アタシは反対よ!また魔法少女をアタシに乗せるだなんて!浮気行為なんだからー!!」

 

「そう言うな。彼女は弱り切った体を押してまでこの街に来てくれる子なんだから」

 

「タクシーでも拾えばいいじゃない!ダーリンが乗せてあげる必要はないわよ!」

 

「あの子はイルミナティとディープステートから狙われてる。俺が傍にいた方がいい」

 

「それはそうだけど…仕方ないわね。用事を済ませる間だけなら構わないことにしてあげる」

 

「もう直ぐ中央区の駅ホームに電車が到着する頃だ。急ごう」

 

駅の駐車場にクリスを停め、改札口まで迎えに向かう。

 

駅のホーム方面から歩いてきた3人に目を向けると、手を振ってくれたようだ。

 

「尚紀さん、私達の迎えにきてくれて本当に感謝してます」

 

改札口から出て来たのはドレスのような私服姿の美国織莉子である。

 

付き添い件護衛として横にいるのは呉キリカと浅古小巻であったようだ。

 

「その弱り切った体を押してまで早めに来たのか…まだ休んでた方がいいんじゃないか?」

 

「私も織莉子にそう伝えたんだけど…屋敷を監視する連中がいて…織莉子も気が気じゃないんだ」

 

「うちの家の周りにも…不審な連中を見かけるようになったわ。妹の小糸も怯えてるのよ…」

 

「連中が仕掛けてこない辺りから考えて、上の指示によって監視に留められているようだな」

 

「きっとそれは…尚紀さんが抑止力になってくれてるからだと思います。貴方は命の恩人です」

 

「織莉子だけでなく、私や小巻の命を守る恩人なんだ。だから私は君のことを大恩人と呼ぼう!」

 

「本当に感謝してるわ…尚紀さん。私と家族の命を守ってくれる…唯一の希望だと思ってるから」

 

「不審な連中は何処に潜んでるか分からない。早めに移動しよう」

 

ついてくるように促した後、彼女達を駐車場にまで案内していく。

 

その道中で織莉子の体がふらつき始めたので立ち止まって後ろを振り向く。

 

まだ頬がこけたままの織莉子の体は神浜市に来る道中の疲労によって疲れ切っていたようである。

 

「ごめんなさい…キリカ。支えてもらってばかりね」

 

「織莉子…やっぱり体の維持に使う魔力を高めた方がいいんじゃないかな…?」

 

「私の心は未だ暗雲に包まれていて…ソウルジェムの穢れが溜まる速度も速いままなのよ…」

 

「今の美国に無理をさせてみなさい。戦うまでもなく円環のコトワリに導かれるだけよ」

 

「また…キリカと小巻さんに迷惑かけちゃうわね。本当に頼りにならない私で…ごめんなさい」

 

「そんなことないよ!私は織莉子を支えるためならどんな苦難にも立ち向かえる!」

 

「今更そんなこと気にするんじゃないわよ。私達は…魔法少女パートナーでしょ?」

 

見滝原市で活躍するもう一組の魔法少女達の絆は固い。

 

その光景を見た尚紀は微笑み、駅の前に車を移動させておくと先に駐車場へと向かった。

 

……………。

 

避難場所として案内された業魔殿まで訪れた一行は先ず織莉子の容態を見て貰う事にしたようだ。

 

「酷過ぎる状態だわ…どうしてこうなるまでに私のところに来てくれなかったの…?」

 

「…ごめんなさい。私は尚紀さんに知らされるまで…調整屋の事を知らなかったのよ」

 

診察台の上に寝かされた織莉子のソウルジェムに触れているみたまは動揺を隠せない様子だった。

 

「極度の心的ストレスによって魂が劣化している…。戦う力どころか生活さえままならないわ」

 

「…その通りよ。私は仲間達にばかり戦わせて…グリーフキューブを恵んでもらってたの…」

 

「調整によって魂の劣化部分を応急処置したわ。今の気分はどう?」

 

「少しだけ…気持ちが落ち着いてきた気がする。流石は噂に名高い調整屋さんね」

 

「魂は肉体の外部刺激によって穢れていくの…私が応急処置しても生活状況が変わらなければ…」

 

「…再び私の魂は劣化して、戦う力どころか日常さえまともに生活出来ないわけね?」

 

「貴女は定期的に調整屋に訪れる必要がある。でも…見滝原から神浜に通い続けるのも負担よね」

 

みたまはスマホを取り出し、何処かに連絡をしてくれる。

 

連絡を終えた彼女は織莉子を安心させてくれるような微笑みを浮かべてくれた。

 

「私に調整の技術を教えてくれたリヴィア先生がね、見滝原市に向かってくれる事になったわ」

 

「リヴィア先生…?その人も調整屋なの?」

 

「流れの調整屋をしている人よ。車で移動しながら調整をしてくれてる人だから頼っていいわ」

 

「何から何まで本当に有難う、八雲みたまさん。貴女も私の命の恩人ね」

 

「みたまでいいわ。今日の調整はこれぐらいでいいから、彼女達を安心させてあげなさい」

 

幾分か体が軽くなった織莉子は診察台から起き上がり、キリカ達の元に向かう。

 

見送ったみたまであったが椅子に座り込み、調整を施した両手を持ち上げていく。

 

視線を向ける両手は小刻みに震えていたようだ。

 

(調整を施す時に…視えてしまったわ。あの子がどれだけの仕打ちを受けてきたのかを…)

 

イルミナティの手下ともいえるディープステートから受けた虐待の数々を視てしまった。

 

これがイルミナティを敵に回す事になった魔法少女の現実なのかと恐怖心を隠しきれない。

 

(イルミナティが世界中の魔法少女達を拉致してただなんて…ヴィクトル叔父様に相談しないと)

 

客間で喜びを分かち合う織莉子達の元に尚紀とヴィクトルがやってくる。

 

尚紀から事情を説明されたヴィクトルは織莉子達の保護を承諾してくれたようだ。

 

悪魔と戦った存在であるキリカと小巻は業魔殿に興味を持ち、色々な質問をしてくる。

 

織莉子も含めて様々な話を聞かされた上で、今日のところは帰ってもらうようだった。

 

「ヴィクトル叔父様…少しお話があるんです」

 

「深刻そうな顔つきだね?もしかして…美国君を調整した時に何か気がついたのかね?」

 

事情を説明された時、不愛想なヴィクトルの顔つきにも僅かな動揺の影が浮かぶ。

 

「イルミナティはディープステートを利用して世界中に生体エナジー協会を創設したそうです」

 

「生体エナジー協会か…。まさかそこで魔法少女達から感情エネルギーを絞っていたとはな」

 

「美国さんもディープステートにハメられた末に…そこに囚われたみたいなんです」

 

「尚紀君がいなかったら…彼女も他の魔法少女達同様、命がなかったやもしれん」

 

「伯父様…私は恐ろしいです。悪魔崇拝を行う秘密結社が魔法少女を狙ってただなんて…」

 

「…言いたいことならば分かる。吾輩がイルミナティと協力関係にあることだね?」

 

「私たち商人は中立です…だから利用者を責められない。でも、本当に正しいのでしょうか?」

 

「たとえ本物の犯罪者集団を相手に商売しようとも、商品に罪はない。以前話した筈だ」

 

「罪を行った者だけを裁け…ですね。でも…私の中にはまだ割り切れない部分が残ってます…」

 

「君は本当に優しい子だよ。だがね、現実と理想はかけ離れているものだ」

 

「人間如何に生きるべきかを考えて現実を見ないようでは大きなしっぺ返しを生む…ですか?」

 

「吾輩は悪人であっても差別しない。その信念があったからこそ、東住民の君を差別しなかった」

 

「東の人々の中にだって悪人はいます。私も…心無い同郷の者から虐めを受けました…」

 

「腐った林檎が籠の中に混じれば全ての林檎がダメに見える。太古の昔から続いた愚かな偏見だ」

 

警戒するあまり一括りにするのは、外国人が罪を犯したら外国人全員が犯罪者と考えるのと同じ。

 

そんな短絡的な思考になっては差別を繰り返した差別主義者と変わらないと語られる。

 

正義感を玩具にして浅慮な判断をするなと厳しく言われた彼女は俯きながらも家に帰っていく。

 

そんな彼女の背中を見送るヴィクトルの表情にもまた、やりきれない感情が滲み出ていた。

 

その夜。

 

魔法少女達も寝静まる日付が変わろうとする時間帯こそ半吸血鬼のヴィクトルの時間だ。

 

彼はホテルの地上に出ており、今日訪れるというイルミナティ関係者を待っているようだ。

 

少しして、大型のタンクトレーラーがホテル駐車場の奥にある倉庫へと入っていく。

 

タンクトレーラーから降りてきた人物の元にまでヴィクトルは杖をつきながら向かうようだ。

 

彼の元に歩いて来る者とは、黒のチェスターコートとつば広ハットを纏う怪しい男であった。

 

「キッヒッヒ。今月の納入分をお持ちしましたよ、ミスターヴィクトル」

 

「うむ、いつもすまないね。君たち生体エナジー協会あっての業魔殿だ」

 

現れた存在こそ、生体エナジー協会の営業マンとも言えるだろうM()A()G()()()()()()であった。

 

「明るい悪魔計画をサポートする。皆様のMAG屋で御座います」

 

「悪魔を召喚するには媒体となるMAGが必要だ。それがなければ吾輩は悪魔研究すらままならん」

 

「ミスターヴィクトルのような賢人にこそ、我々生体エナジー協会は商品を提供するのです」

 

視線を逸らしてタンクトレーラーに目を向ける。

 

商談しているMAGディーラーを残し、地下搬入口エレベーターは下降を始めていく。

 

地下の業魔殿内部でイッポンダタラがタンクの中身を研究施設に移す作業を行うのだろう。

 

今月分の商品の支払いを済ませたヴィクトルだったが、らしくもない言葉を言ってしまった。

 

「…君達を詮索するのは好きじゃない。それでも聞きたい…あのMAGはどうやって生み出す?」

 

それを聞かれたMAGディーラーの目が細くなり、疑いの眼差しを向け始める。

 

「それは詮索しないと最初の取り決めで決めた筈ですぞ。どういう心境の変化ですかな?」

 

「いや…忘れてくれ。君達がどんな方法でMAGを生産しようとも…吾輩にはそれが必要なのだ」

 

「渡る世間はGive and take。それが貴方のモットーでしたな」

 

「吾輩とて生体エナジー協会の会員メンバーだ。君達の商品こそが…吾輩の生命線である」

 

「それが聞けて安心しました。では、私は地下の搬入作業が終わり次第に帰らせてもらいます」

 

ホテルに戻っていくヴィクトルであったが、やりきれない感情が言葉を紡いでいく。

 

「魔法少女を保護する吾輩が…魔法少女を生贄にしたMAGに頼る…皮肉なものだな」

 

彼が行う所業は外道行為なのかと、アメリカの銃乱射事件を例にして考えてしまう。

 

銃を売るから大量殺戮が生まれるのなら、銃を売り買いする者達は全員悪人にされるのか?

 

銃を製造して販売するからこそ、警察官達が民衆を守る力として運用することさえ出来る。

 

スマホだってGPSアプリのお陰で登山家達が遭難した時に助かった事例は多い。

 

それでもスマホの追跡機能によってプライバシーは侵害され、独裁国家に利用されてしまう。

 

正義の魔法少女が生み出す武器であっても、人を救うと同時に殺す道具にさえ出来てしまうのだ。

 

「道具とは常に表と裏がある。偏った見方をせず両方に目を向けなければ…差別しか生まない」

 

悪魔研究によって財を成したホテルを見上げながらも、彼はこんな言葉を残す。

 

「吾輩の悪魔研究所で再び生を受けた雪野君と安名君の喜びこそが…」

 

――商売人としての吾輩の…慰めであろうな。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日も沈んだ夜道をクリスは走行していく。

 

向かう先とは以前助けた事があった里見那由他の家である。

 

織莉子と那由他は同じ苦しみを経験した者同士であり、交友を深めているという。

 

体がひ弱になってしまった織莉子の身を心配してくれたため、一晩泊めてくれるのであった。

 

「今日は那由他の家でゆっくり休め。明日の日曜日はもう一度業魔殿に行くんだろ?」

 

「そのつもりです。私達のソウルジェムを強化する施術をみたまさんがしてくれるそうなので」

 

「うー…織莉子が他所の魔法少女と仲良くなっていく…。私は嫉妬で散り果てそうだよ…」

 

「バカなこと言ってんじゃないわよ。私達には少しでも戦う力が必要なんだから」

 

「うん…それは分かってるんだけど…なんか落ち着かない!」

 

「呉は本当に美国狂いなんだから…少しは友達のえりかって子も気にしてあげなさいよね?」

 

車を有料駐車場に停止して車から降りていく。

 

尚紀たち一行を家の入口前で待ってくれていたのは那由他と父親の太助であったようだ。

 

「よく来てくれたね、待っていたよ」

 

「太助さん…無事で本当に良かったです。やはり…後遺症のせいで両足が…」

 

「構わない…命が残っただけでも奇跡だったんだ。娘と協力しながら頑張って生きているよ」

 

「織莉子さんの方も体は大丈夫でしょうか?貴女の体だって本調子じゃないですの…」

 

「調整屋さんのお陰でマシになったわ。今日はキリカと小巻さんも連れてきたけれど…大丈夫?」

 

「賑やかな方がいいですの♪さぁ、晩御飯を頑張って作りましたから入って下さいですの」

 

「俺はここまでだ。緊急事態が起こったら連絡しろ、明日の仕事は休みだから大丈夫だ」

 

「今日の仕事が終わった後で直ぐ私達を迎えに来てくれて感謝してます、尚紀さん」

 

踵を返して帰ろうとするのだが太助が止めてくる。

 

「君には娘を助けてもらって感謝している。少し話があるんだが…時間はあるかな?」

 

「…長くならないなら構わない。同居人がいてな、帰りが遅いと心配をかけてしまう」

 

「分かった、そうしよう。君も家に上がってくれたまえ」

 

那由他と織莉子はリビングの方へと向かって行く。

 

尚紀は太助の書斎の部屋へと招かれたようだ。

 

部屋の中に入ってみると驚きの声を上げる。

 

「お前…民族学者なんだろ?部屋の雰囲気が随分と違うな…」

 

太助の書斎は様変わりしている。

 

民俗学や宗教等の本が詰められた棚が消えており、PCやモニターが詰まった部屋だった。

 

「この足になっては…民族調査を行いに行くことも出来ない。私は違う仕事をするようになった」

 

今では企業などから仕事を請け負うフリーのプログラマーとしての生活を送っているという。

 

椅子に座ってくれと促されてソファーに座る。

 

電動車椅子に座ったまま太助は向かい合い、ようやく話内容を喋り出す。

 

「単刀直入に言おう。君は…人間ではないのだろう?」

 

それを聞いた尚紀の表情が変わり、敵意を向けるような顔つきとなる。

 

「どうしてそれを知っている?お前…本当にただの民俗学者なのか?」

 

「私はヘブライ民族や魔法少女民族を調査するだけでなく、悪魔の調査も行っていたんだ」

 

「魔法少女だけでなく悪魔にも精通しているか…博識なもんだが、どうして見抜けた?」

 

「娘から聞いた…彼女は悪魔に囚われていたと。ならば悪魔と戦える男となれば答えは出てくる」

 

「俺は女じゃない…魔法少女でないのなら、悪魔だと判断するしかないだろうな」

 

民俗学者としての鋭い考察だったのだと判断した尚紀は警戒心を解き、正体を語っていく。

 

尚紀が悪魔なのだと分かった太助は悪魔としてどのような生き方をしてきたのかも聞いてくる。

 

敵では無さそうな男のため、人修羅として生きる尚紀は包み隠さず語ってくれたようだ。

 

「魔法少女社会を法(LAW)によって統治するために大虐殺を行ったか…人間の守護者として」

 

「それが俺の背負う罪だ…。でも、今はそれだけでは足りないと悟ることになったよ」

 

電動車椅子の肘掛けに両肘を置き、手を組んだまま太助は眼鏡を光らせる。

 

「今の君が求めているものこそが…NEUTRALの思想。それで間違いないわけか?」

 

「思想が偏り切れば暴力を撒き散らす者にしかなりえない…。俺はそのせいで…死をばら撒いた」

 

「君だけではない。あらゆる価値観のすれ違いによって…争いたくない友と殺し合うまでになる」

 

何処か遠い世界を見ているような太助の目を見ていると、ボルテクス界の出来事を思い出す。

 

2人の親友と殺し合いたくないのに殺し合う羽目になったのは思想のすれ違いでしかなかった。

 

「この世界は…宇宙意思によって支配されている。それは悪魔の君が一番知っている筈だ」

 

「ああ…あらゆる並行世界を生みだす宇宙意思とやらが…俺たち悪魔にとっては怨敵なんだ」

 

「あらゆる世界で思想の違いによって殺し合いが生まれる」

 

LAW・NEUTRAL・CHAOS。

 

三つの勢力に枝分かれした者達は思想の押しつけを行うために暴力を撒き散らす。

 

LAWこそが絶対的に正しいのだと信じる者は法の名の元に暴力を振るう。

 

CHAOSこそが絶対的に正しいのだと信じる者は自由の名の元に暴力を振るう。

 

NEUTRALを目指す者とて例外ではない。

 

NEUTRALの思想をLAWとCHAOSに分れた者達にぶつけて暴力を振るう者となると語られる。

 

「俺が目指すNEUTRALの道ですら…加害者になる可能性があるというのか?」

 

「NEUTRALは理想でしかない。理想しか見ない者は理想を周りに向けて押し付けながら殺す」

 

「独裁政府の歴史だな…理想に従わない者は人類の敵として虐殺の限りを尽くしたんだ…」

 

「大切なのは…()()()()()()()()()()()()()()()()だ。LAWとCHAOSという現実をね」

 

「法と自由という現実を見た上で…理想にしか過ぎない中庸を目指す…」

 

「それこそが…LAWとNEUTRALとCHAOSの調和だと私は考える」

 

――それこそが…他の宇宙を生きるだろう悪魔と関わった少年・少女達の本当の望みなのだ。

 

LAWに進んだ仲間とCHAOSに進んだ仲間を尊重しながら手を取り合う。

 

それが出来たのならば、人修羅とて勇と千晶の2人と殺し合う結果なんて生まれなかった。

 

あの頃の自分に何が足りていなかったのかを突き付けられた尚紀の顔が俯いていく。

 

「俺は…友達と殺し合いなんてしたくなかった…。ただ…やり直したかっただけなのに…」

 

今にも泣きだしそうな顔になってしまった尚紀を見て、太助は眼鏡を指で押し上げる。

 

「それは君だけの物語だ…私から言える事は何もない。それでも悔いているというのなら…」

 

――この世界でこそ、君が本当に求めていたものを…残さなければならない。

 

それを言われた時、ハッとした顔を浮かべながら立ち上がる。

 

「あんたは…誰なんだ?本当に…民族学者をやってるだけの…里見太助なのか?」

 

「私は君の味方であり、人類の味方だ」

 

電動車椅子を動かして書斎の奥へと向かって行く。

 

その光景を見ていると、尚紀の視界が変化する。

 

ま白い景色となっていき、姿が見えるのは遠ざかる電動車椅子の背もたれしか見えない。

 

自分の体を見れば人修羅の姿と化している。

 

横に視線を向けた時、自分以外の少年達の姿まで立っていた。

 

「お前らは……?」

 

右を見ればサイバースーツを纏い、腕にCOMPを装備する2人の少年の姿。

 

左を見れば侍衣装のような服を纏い、ガントレットと呼ばれるCOMPを装備する少年の姿。

 

そして頭部の左側を刈り上げた髪型をした緑色のつなぎを纏う少年の姿も立っている。

 

彼らは人修羅と同じようにして電動車椅子に座る男を見据えていた。

 

<<()()()()()()()()となった者達もまた、君と同じ苦しみを背負った少年達だった>>

 

太助とは違う男の声が響き渡る。

 

声が聞こえてくる方角は遠ざかった電動車椅子方面から聞こえてくるようだ。

 

<<君の観測する力によって、この世界にはいない彼らの姿が与えられているんだよ>>

 

電動車椅子を動かして人修羅側に振り向いてくる。

 

そこに座っていた人物とは、先程話していた里見太助の姿ではない。

 

「太助じゃない……お前は誰なんだ?」

 

赤いスーツを纏い、白髪の短髪をした眼鏡男。

 

怪しくも神々しい雰囲気を醸し出す男は光る眼鏡を向けながらこう告げる。

 

<<私の名は()()()()()()。君達を待っている者だ>>

 

その名を言われた時、人修羅はかつて新聞で読んだ記事を思い出す。

 

「バカな…お前は…死んだ筈だ……」

 

<<私は理を捻じ曲げてでも君と出会う必要があった者さ。君は可能性を持つ悪魔だからね>>

 

「可能性を持つ悪魔だと……?」

 

<<君は周りの少年達が追い求めた道を探す者。だからこそ…()()()()()()()()()>>

 

「俺が……こいつらの道標?」

 

<<それだけではない。この世界で生きる魔法少女達の道標にもなってあげて欲しい>>

 

「俺が……魔法少女達の道標?」

 

<<偏らない理想を求め、偏らない救済を成し得るんだ。それこそが…魔法少女達の救済だ>>

 

視界がホワイトアウトしていく。

 

スティーブンと名乗る男の姿と周りの少年達の姿も消えていく。

 

<<私は生み出した悪魔召喚プログラムをあえて封印した。それは可能性を探すため>>

 

――人間だけが世界を救えるという偏った理想を私は求めなくなった。

 

――悪魔や魔法少女という人外でありながらも人の心を宿す者達もまた、世界を救える者達。

 

――私はそう信じている…それを証明して欲しい。

 

意識も消えていく中、最後にスティーブンはこんな言葉を残してくれた。

 

<<いつか君とは本当の意味で出会えるだろう。()()()()で…待っているよ>>

 

その言葉を聞き終えた時、人修羅の姿と意識もま白い世界から消えてしまったようであった。

 

……………。

 

「あ……あれ?」

 

気が付いた尚紀が立っていたのは那由他の家の庭。

 

「俺は何をしてたんだ…?織莉子達は家の中に入っていったのか…?」

 

狐につままれたような気分に浸りながらも彼は家に帰るためにクリスの元へと向かって行く。

 

そんな彼の姿を書斎の窓から見送る里見太助の口元には、微笑みが浮かんでいたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

次の日となり、尚紀はクーフーリンのために用意したフォードのエコノラインを運転している。

 

クーフーリンはまだ運転免許取得中であり今は尚紀が乗っているようだ。

 

フルサイズバンが向かうのは那由他の家であり、家の前で待っていた少女達を乗せていく。

 

向かう先は昨日訪れていた業魔殿のようであった。

 

「いやー大恩人は車を二台も持ってるのかい?お陰で那由他も乗せていけるよ」

 

「那由他も調整屋に用があるって言ってたからな。クリスは4人乗りだからこっちで来た」

 

「私も神浜の魔法少女社会に合流した者として毎日を過ごしてますの。今日は調整の日ですの」

 

「随分と機嫌がいいな?調整屋に行くのが嬉しいのか?」

 

「フフッ♪私は調整屋でお友達が出来たんですの。その子と会えるのが楽しみなんですのよ」

 

「調整屋で友達…みたまの護衛をしているみかげの事か?」

 

「ご存知だったのですの?」

 

「あいつはおてんば娘だが、上手くやっていけそうか?」

 

「はいですの♪寂しそうな私の友達になってくれたんですの…おてんばだけど優しい子ですの」

 

そうこう言っているうちに車は業魔殿の駐車場へと入っていく。

 

一行は地下へと降りていき、みたまの調整屋へと入っていった。

 

「あっ!なゆたーん!!」

 

元気に手を振って出迎えてくれたのは八雲姉妹である。

 

「いらっしゃーい。調整屋さんにようこそ~♪美国さん、今日は顔色がいいわね」

 

「ええ、昨日の調整のお陰で久しぶりにぐっすり眠れたの。ご飯も沢山食べれたわ」

 

「それは良かったわ。沢山ご飯を食べれるようになって体を元に戻さないとね」

 

織莉子達を客間に向かわせる横では那由他とみかげがはしゃぎながら手を繋ぎあって回っている。

 

「那由他もみかげも嬉しそうだな。いい友達になれそうだ」

 

「フロスト君が死んで…ミィは友達を失ったの。だから寂しかったのね…あんなに懐いてるし」

 

「すまない…お前たち姉妹の大切なフロストを殺してしまったのは…俺だ」

 

「…言わないで。本当に辛いのは私たち姉妹よりも尚紀さんの方なんだから」

 

「俺は調整屋から席を外しておく。彼女達の用事が終わったら呼んでくれ」

 

「あっ…尚紀さん」

 

「……何だ?」

 

「その…えっと……」

 

この頃は尚紀とみたまとの間で告白が行われた時期である。

 

しかし尚紀は錯乱したままみたまの前から逃げ出し、告白の返事をまだ返せていなかった。

 

言いたい事が何なのかを察している彼は辛そうな表情を浮かべながら謝罪の言葉を言ってくれる。

 

「あの時は…逃げ出してすまなかった」

 

「いいの…尚紀さんにも何か辛い事情を抱えていたんだと思うわ。それなのに私は…」

 

「気に病むな、お前の気持ちは本当に嬉しい。だけど…今の俺は気持ちの整理が追い付いてない」

 

「あの時に何を抱えていたのかは聞かない。でも…いつか胸の内を語ってくれたら嬉しいわ」

 

「必ずお前に伝えに行く。それまで少しの間…待っててくれ」

 

そう言い残して、尚紀は背中を向けて去っていった。

 

……………。

 

尚紀は遊戯室に供えられたソファーに座りながら時間を潰している。

 

どうやら考え事をしているようだ。

 

「里見太助のところに行った時の記憶がおぼろげだ…。俺はあの時、太助に呼ばれた気が…」

 

人修羅の脳裏の中に漠然と浮かんでくるもの。

 

それは那由他の家にいる筈のないスティーブンと名乗った人物から語られた言葉であった。

 

「俺が魔法少女の道標になる…か。教育政策は施したし…悩みぐらいは聞いて指導はしてやれる」

 

それだけで彼女達の人生を救える道標になれるのだろうかと考えてしまう。

 

何か根本的な問題を解決することこそが、彼女達の人生を救える道標になるのではないのか?

 

そう考え込んでいた時、最初の調整が終わった織莉子がやってきたようである。

 

「隣に座ってもいいですか?」

 

「構わない」

 

促されて座った後、真剣な表情を浮かべながら尚紀に語り掛けてくる。

 

「私…尚紀さんと話せる機会がありませんでした。なので、もっと色々お話がしたいんです」

 

「俺はただの探偵であり、悪魔だ。それ以上のものではない…他の連中に聞くといい」

 

「じゃあ…私の話を聞いてくれませんか?私に興味を持ってもらいたいんです」

 

そう言われて怪訝な顔を向ければ、少しだけ照れた表情を浮かべてくる。

 

語ってくれて構わないと言われたため、彼女は話してくれる。

 

語ってくれたのは彼女の人生そのものであった。

 

国政政治家一族に生まれたことや、国政を目指そうとした父が汚職事件を起こしたこと。

 

そこまでは魔女という概念が存在していた世界でも知っている内容だった。

 

その上で、なぜ父親が汚職に手を染めてまで国政に出馬しようとしたのかを聞いてみる。

 

すると織莉子はこういうのだ。

 

「私は勘違いしてました…。お父様は私欲のために国会議員を目指したのではないんです」

 

「…全ては、守りたい国民のために国会議員を目指したか。この国の支配構造に気が付いたから」

 

「確かに私はお父様を苦しめる要因になりました。でも、本当のお父様は気高かったんです」

 

「お前も誇り高い女だからな。父親の血を受け継いでいる証拠だよ」

 

「だからこそ…私もお父様の意思を継ぎたかったんです。そのための政治活動でした」

 

「しかしな…日米合同委員会というGHQや、ディープステートを相手にするんだぞ?」

 

「それでも戦います。日米合同委員会がもたらす裏マニュフェストを認めるわけにはいかない」

 

「…年次改革要望書か」

 

【年次改革要望書】

 

年次改革要望書とは、毎年10月に米国から突き付けられる日本への命令だ。

 

現在は日米経済調和対話という名称に変更しているが、命令であることに変わりはない。

 

毎月二回各省庁のトップ官僚が日本人が入れない場所に呼び出されて進捗状況をチェックされる。

 

表向きは日本とアメリカの意見交換だが、アメリカは日本からの要望は無視している。

 

明らかな内政干渉であり、こんな不条理な制度が戦後70年以上も続いていた。

 

これを問題視した野党政権時代において、年次改革要望書を廃止しようとしたようである。

 

しかし日本を牛耳るアメリカとディープステートによってもろくも野党政権は崩壊。

 

2011年には米国の黒人大統領との会談で日米経済調和対話という名称に変更されたのだった。

 

「日本と米国の飼い主は同じだ。奴らを儲けさせるために機能するのがホワイトハウスと米軍だ」

 

「米国の石油財閥ロックフェラー…そして英国とフランスのロスチャイルドが影の支配者です」

 

「お前は世界四大財閥に数えられるユダヤ財閥を敵に回すんだぞ?それがイルミナティなんだ」

 

その恐ろしさは分かっていても、まだ15歳の少女の体には震えが生まれていく。

 

彼女は国会議員一族に過ぎない。

 

世界を代表する大財閥と戦える力など欠片も無い。

 

日本政府さえ平伏し、手下として動かされては頼みの綱など何処にも存在しないのだ。

 

「ユダヤ財閥に逆らう者は総理大臣でもヘリコプターの遊覧飛行行きだ。冷たい海水が待ってる」

 

「それでも…それでも!!私は…お父様の意思を……意思を……」

 

恐ろしさのあまり涙が零れ始める織莉子を見て、胸の中には熱い感情が沸き起こっていく。

 

人間の守護者としての戦いを支えてくれた義憤の感情であった。

 

泣き崩れてしまった織莉子の肩に手を置いてくれる。

 

「怖かっただろう…これはもう、魔法少女の力でどうにか出来る次元を超越し過ぎている」

 

「怖い…怖い……私…本当は…凄く怖い!!!」

 

胸に押し殺してきた感情が爆発したかのように泣き喚き続けてしまう。

 

そんな織莉子の姿を見ていた時、アリナに言われた言葉が頭の中に蘇る。

 

――アナタにはないワケ?

 

――自分が実践したいって、本気でうちこめる何かが?

 

「周りと面白可笑しく腐っていくだけの道を否定するためには…先ず、実践することだった」

 

織莉子の両肩を両手で掴み、泣いている織莉子を自分の顔に振り向かせる。

 

「俺が…お前のための道標になってやる」

 

「えっ……?」

 

「もう怖がらなくていい…後の事は俺に任せておけ」

 

「それって…もしかして……」

 

「俺がお前の親父さんの果たせなかった夢を……継いでやる」

 

――美国久臣に代わり…俺が国会議員になってやる。

 

織莉子の目が見開いていく。

 

彼女の瞳の中に映る尚紀の姿が愛してやまなかった優しい父親の姿と重なって見えてしまう。

 

「後の事は俺に任せて…お前はキリカ達と共に幸福に生きろ。お前の涙は見たくない」

 

「あぁ…あぁぁぁ…お父様……お父様ぁぁぁーーッッ!!!」

 

泣きながら尚紀に抱きつき、胸の中に顔を埋めてくる。

 

優しく彼女の頭を撫でてくれる男の温もりが父親の温もりと重なっていく。

 

恐ろしさに支配され、魂まで劣化した精神が落ち着きを取り戻してくれたようだ。

 

落ち着いてきた織莉子が顔を上げ、はにかんだ笑みを浮かべてくれる。

 

「尚紀さん…私は貴方を心の底から尊敬します。貴方なら…私の願いを託せる者だと信頼します」

 

「受け取った。お前や…他の魔法少女達の未来を守る為に…道標となる道を俺は進む」

 

その言葉を聞いた彼女の胸が激しく締め付けられる。

 

顔を真っ赤にしたまま、織莉子は再び尚紀の胸に顔を埋めてしまう。

 

「あぁ……お父様……私の……お父様……」

 

偉大なる男が与えてくれたのは父性愛だった。

 

女が本当に欲しかったものを得られたような気分となり、子供のように甘えてしまう。

 

そんな彼女を抱き締めてやる尚紀は確信した。

 

これこそが…スティーブンから託された道標になる道になってくれるのだろうと。

 

「ご…ごめんなさい。私ったらはしたない…」

 

「お前はまだ中学生だろ?子供なんだから大人に甘えろ」

 

「フフッ♪私…尚紀さんの道となった政治家への道を支えたいです。それはお父様の道ですから」

 

「ようやく俺にも政治を語り合える仲間が出来たわけか。歓迎するよ、織莉子」

 

「はいっ♡これからも宜しくお願いします♪」

 

立ち上がった2人が調整屋の元へと向かって行く。

 

織莉子を送りながらも、心の中ではアリナに言われた言葉を唱え続ける。

 

(俺は俺の情念を貫けばいい…周りに合わせても社会は変えられないし…織莉子は救えない)

 

人修羅として生きる尚紀の中には、悲しみの記憶しかない。

 

それでも魔法少女達がいるこの世界に流れ着く事で喜びの記憶も与えてくれた。

 

だからこそ、幸福を与えてくれた者達のためにこそ男は働こうと決意する。

 

その決意は後に八雲みたまにも語られる日がくるだろう。

 

スティーブンは人間だけが世界を救えるという偏った理想を求めなくなったと語った。

 

悪魔であり人間でもある存在もまた、人類を救える者となる可能性が残されている。

 

それを皆に示す道こそが、他の宇宙で絶望を生きた少年・少女達の心を救う道ともなるだろう。

 

人修羅として生きる嘉嶋尚紀は進んで行く。

 

人類の道標となるために。

 




本編の突然の展開に補足を入れるためにサイドストーリーで動機部分を描いておきました。
こんな生き急ぐ人生を生きてたら人修羅君は遠からずに金剛神界逝きですかね(汗)
魔法少女からモテまくるから別の意味で金剛神界逝きになるかも(汗)


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202話 悪魔ほむらの仲魔

学生達はクリスマスイブの日より冬休みに入っていく。

 

見滝原で学校に通う魔法少女達も冬休みに入ったため、神浜市に向かう事になる。

 

クリスマスを終えた12月26日には神浜市に来るという連絡が杏子からあったようだ。

 

年末の大掃除をしようかと考えていたのだが、突然の客の訪問を前にして尚紀も慌てている。

 

「槍一郎は屋根裏部屋で生活してるし、悟空は外で生活してるからいいんだが…」

 

彼女達を泊めるための部屋を準備している尚紀は掃除を行っていく。

 

「来るのは3人だけでなく5人と言われたな?杏子とさやかとマミだけじゃないのか?」

 

5人の少女達が寝泊まりする部屋を提供するには自分の部屋も貸すしかない状態である。

 

尚紀は地下のソファーで寝ることにしたわけであり、色々と準備に追われていたようであった。

 

次の日。

 

神浜市に初めて訪れる魔法少女達の迎えに行くため、フルサイズバンを走らせていく。

 

織莉子を迎えに行った時と同じく、車を駐車場に停めてから駅の改札口へと向かったようだ。

 

「よぉ、尚紀!お迎えごくろうさん!」

 

改札口から出て来た杏子達一行であったのだが、尚紀は彼女の隣にいる少女達に目を向ける。

 

「お…おい、杏子?なんでこの子達まで来てるんだ…?」

 

驚いた顔を向ける方向はさやかとマミの方ではない。

 

魔法少女達についてきていたのは悪魔少女と人間のフリをさせられている概念存在であった。

 

「あ…あの、初めまして嘉嶋さん。わたし…鹿目まどかって言います」

 

尚紀の前に来たまどかが笑顔でお辞儀をしてくれる。

 

驚きを隠せない尚紀は念話を用いてほむらに理由を聞いてみた。

 

<…話せば長くなるのよ。ごめんなさい…迷惑をかけるわ>

 

<まぁいい…どんな理由があるにせよ、この子の傍にはお前がいて当然だからな>

 

「今日は家に泊めてくれるんですよね?杏子ちゃんのお義兄さんが神浜に住んでて助かりました」

 

「ビジネスホテルに泊まるにしても、中学生のお小遣いだとキツイからな。気を楽にしてくれ」

 

「はいっ♪杏子ちゃんのお義兄さんって、とっても優しくて素敵だと分かって嬉しいです」

 

「隣の女の子は…お前の友達か?」

 

「あ、紹介しますね。私の親友の暁美ほむらちゃんです♪今日は私の付き添いで来てくれました」

 

「…暁美ほむらよ。今日はよろしくお願いします、嘉嶋さん」

 

他人行儀の振る舞いを続けるほむらに向け、同情するような視線を向けながら念話を飛ばす。

 

<お互い…周りに向けて嘘をつきながら生きるのも苦労するな>

 

<貴方も偽りに塗れた人生を生きているのね…気持ちは分かるわ>

 

「それにしても、神浜市って栄えてるんだねー!電車で見てビックリしたよ!」

 

「そうね。私も初めて訪れる街だから…少しだけ浮かれちゃうわ♪」

 

「こうやって観光気分に浸れるのも、尚紀がいてくれるからだな。本当に頼りにしてるよ」

 

「俺の事をまだ家族だと言ってくれる限り、協力は惜しまない。車に向かおうか」

 

5人の少女達の荷物を載せ、彼女達を乗せた車が発進していく。

 

家に向かいながらまどかとほむらがこの街に訪れる事になった理由も聞かせてもらったようだ。

 

家の庭に車を停めた尚紀が彼女達を下ろしていく。

 

「うわー!嘉嶋さんの家って大きなログハウスじゃん!別荘みたいだよー!」

 

「ここは元々別荘だった物件だ。空き家になってたから俺が買ったんだよ」

 

「杏子のお義兄さんはお金持ち!中も気になりますなー早く入ろうよ♪」

 

「美樹さん、はしゃぎ過ぎじゃないかしら?」

 

「そういうマミさんだって、お宅訪問とか好きそうな感じに見えたんですけどねー」

 

「まぁ…こんなお洒落な家なら気にならないこともないわね」

 

「あたし達は先に家の中に入っててもいいのか?」

 

「先に入ってろ、槍一郎が面倒を見てくれる。それと…悟空がスケベしたら張り倒せ」

 

「槍一郎に悟空ねぇ…それがあいつらの人間名ってところなんだな?了解したよ♪」

 

彼女達を見送った後、まどか達に振り向く。

 

まどか達はお泊り荷物をさやか達に任せており、車の中に戻っていくようだ。

 

再び車を発進させた彼らが向かう場所とはフラワーショップのブロッサムであった。

 

「神浜テロの犠牲者達の追悼に来てくれるなんてな…今時の中学生にしては珍しいな」

 

「あのニュースを見た時…私は凄く怖かったんです。どれだけの人達が死ぬのかなって…」

 

「今でも復旧作業は終わっていないし…水名区はほとんど焼け野原の状態なままなんだ」

 

「本当に悲しい事件でした…。だからわたしは何も出来なかったけど…花を贈りたいんです」

 

「本当に優しいよ…お前は。優し過ぎて…怖くもなってくる」

 

脳裏を過るのは、ワルプルギスの夜と呼ばれた魔女が存在した世界。

 

あのとき尚紀は杏子を探す為に見滝原市に赴き必死になって探し続けた。

 

それでも杏子の命は無いものだと悟り、絶望に打ちひしがられていた時にまどかと出会った。

 

(この子は…自分よりも他人を優先する。だからこそ…自分の命さえ犠牲にして…)

 

利他精神に溢れ、己の人生よりも他人を救うために命を投げ出せる女…それが鹿目まどか。

 

個人よりも全体を優先する生き方は人修羅として生きる尚紀とも通じるものがあるだろう。

 

だからこそ、あの時の悲劇は忘れられない。

 

<ほむら…俺はこの子と他の世界で出会っている。ワルプルギスの夜とお前が戦っていた時にだ>

 

<クロノスから聞かされてるわ。貴方も見届けたのね…まどかがコトワリ神になる瞬間を…>

 

<ああ…この子が魔法少女になり、自分の命を犠牲にして守護を呼んだ瞬間をな>

 

あの時まどかを守れなかった苦しみを抱えている2人だからこそ、互いに覚悟を決める。

 

<もう…あんな光景は二度と見たくない。だからこそ…必ずアラディアを倒すぞ>

 

<人修羅…貴方も私と同じ気持ちになってくれるのね。本当に…嬉しいわ>

 

ブロッサムに訪れた一行は店内で働く春名このみから注文していた花を受け取っていく。

 

「このみ、俺も花を買いたくなった。追悼用の花を見繕ってくれ」

 

「分かりました。私は今でも夢に見ます…本当に悲惨なテロ事件でした…」

 

「お前の分も献花しておく。それと、この子達の花の料金も纏めて払わせてくれ」

 

車に乗り込んだ一行は神浜行政が用意した追悼施設に向かう。

 

車から降りた3人が追悼施設の中に入り、追悼祭壇に花を置いていく。

 

手を合わせたまどか達が犠牲となった人々に追悼の気持ちを向けていくのだ。

 

「…あのテロの時、俺は多くの人々を救おうと街中を駆け巡った」

 

「嘉嶋さん…遠くにいるわたしの代わりに…みんなを助けようとしてくれたんですね?」

 

「助けられた人もいたが…ほとんどを死なせてしまった。俺が守れた人は…僅かだった」

 

その後はボランティア活動を行い、多くの人々の亡骸を瓦礫の中から探したと語っていく。

 

その時の尚紀の無念と、火災地獄に飲まれた人々の苦しみを思うまどかの目に涙が浮かぶ。

 

「わたし…何も出来なかった。遠くで大勢の人達が亡くなった時に…何も出来なかった…」

 

「何も出来なかったことはない、こうして献花を行いに来てくれている」

 

「でもわたし…悲しくて…悔しくて…心が張り裂けそう……」

 

「お前の気持ちは俺が背負う。この街で暮らす者として…お前の思いやりに感謝する」

 

彼なりの優しさを向けてくれるが、まどかは酷く落ち込んでいる。

 

失った沢山の命を前にして何も出来なかった自分への後悔に苦しみ抜く。

 

そんな彼女に向けて、悪魔であり神とも呼ばれだした人修羅は語ってくれた。

 

「どんなに力を手に入れても…神の如き存在になろうとも…守れないんだよ」

 

「えっ……?」

 

胸の内にある悲しみの感情が顔に浮かび、右手を持ち上げていく。

 

「守ろうと足掻いても…手から零れ落ちていく。神だろうが悪魔だろうが…万能なんかじゃない」

 

「神でも…悪魔でも…万能じゃない……」

 

「神仏の力でも守れない者達がいるんだ。人間のお前が全てを背負う必要はないんだよ」

 

「で、でも……」

 

「苦しみは独りで背負うもんじゃない…みんなと背負うべきだ。そうだろ…ほむら?」

 

顔を俯けたままであったが顔を上げ、頷いてくれる。

 

「彼の言う通りよ。神であろうが悪魔であろうが…人間と変わらないぐらい…ちっぽけなの」

 

「ほむらちゃん……」

 

「全てを貴女が背負う必要はない…みんなで背負うべき。だから私も…一緒に背負うわ」

 

「もちろん俺も背負うし…お前の家族や友達だって背負ってくれる。お前は独りぼっちじゃない」

 

2人になだめられたまどかを連れ、追悼施設を後にする。

 

道を歩いている時、まどかの横を歩くほむらが念話を送ってきた。

 

<ありがとう…貴方が言ってくれた言葉は…私の言葉そのものだったわ>

 

<経験から出た言葉だ。俺は大勢の人間達を守れなかった…宇宙規模でだ>

 

<私も同じ…だから貴方の苦しみは…私の苦しみそのものなのよ>

 

<魔法少女になっても…悪魔になっても…誰も守れない。お互いに…ちっぽけな存在だよな>

 

彼の心が痛い程に分かってしまうほむらは立ち止まり、尚紀に顔を向けてくれる。

 

その表情は心の同志を得たかのような喜びさえ感じさせる程の嬉しさに包まれていた。

 

<人修羅…いいえ、尚紀。貴方はもう1人の私よ…同じ運命を背負う者と出会えて良かったわ>

 

<俺も同じ気持ちだ。あの時は試練とはいえ、お前を傷つけて…すまなかった>

 

お互いに微笑みの表情を浮かべるのだが、まどかはキョトンとしている。

 

「2人とも…急に見つめ合っちゃってどうしたの?」

 

「「えっ?」」

 

まどかとて年頃の女の子だ。

 

色恋沙汰はご馳走であり、自然と笑顔になっていく。

 

「フフッ♪ほむらちゃん…嘉嶋さんと言葉を交わさなくても目と目で通じ合えるんだね♪」

 

まどかに勘違いされてしまったのだと分かり、不愛想な顔が火のように真っ赤となる。

 

「ま、まどか!?私はそういうつもりじゃなくて……!!」

 

「いいのいいの♪私はちゃんと分かってるからねー♪」

 

「もう!からかわないで頂戴!」

 

照れたほむらがまどかを追いかけていく光景に微笑み、彼は乗ってきた車へと向かう。

 

まどかとほむらはせっかく神浜市に来たこともあり、少し観光してから家に向かうという。

 

「帰る時は連絡しろ。うちの探偵事務所は正月休みに入ったから迎えに行ける」

 

2人を残した尚紀は杏子達が待っている自宅へと戻っていく。

 

運転している彼の目は何処か遠くの世界を見ていたようだ。

 

「鹿目まどか…お前は優し過ぎる。その無鉄砲なまでの優しさはまるで…祐子先生だ」

 

彼が思い出してしまうのは恩師である高尾祐子であった。

 

「先生もボルテクス界を生み出した自責の念に飲まれて…その命を散らしてしまった…」

 

思い出したくもない光景が脳裏に巡る。

 

恩師である高尾祐子の姿をしたアラディアが鹿目まどかの姿となり、憑りつく瞬間だった。

 

「先生に憑りついたアラディアは…鹿目まどかにさえ憑りついた。二度と…繰り返させない」

 

魔女達が生み出した偽神に過ぎない異邦の神に憑りつかれた女性は虚空の彼方に消え去った。

 

アラディアにさえ憑りつかれなければ高尾祐子は違う形で生き残ったかもしれない。

 

そう考えてしまう人修羅の心には…アラディアに対する抑えようのない憎悪が宿っている。

 

「円環のコトワリ神になろうが関係ない。かつてのコトワリ神共と同じ末路を与えてやる」

 

人修羅として生きる者が悪魔ほむらに与する理由。

 

それはかつての世界で果たせなかった復讐を実行するためであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

家に戻ってきた尚紀はリビングで杏子達と向かい合う。

 

さやかはかねてから聞きたかった悪魔と神浜の魔法少女達との触れ合いの出来事を聞いたようだ。

 

さやか達に向け、人修羅として生きる尚紀が神浜市で何をしてきたのかを語っていく。

 

それを聞かされた彼女達は複雑な心境となったようだ。

 

「あたしは…尚紀さんは間違ってなかったって…思うよ」

 

「魔法少女社会を大切に思うばかりに…人間社会の慟哭を蔑ろにする。私は賛成出来ないわ」

 

「仲良し社会って…こんなにも自分達に都合がいいものしか求めなくなるんだな…」

 

「私達は人間を守るために戦う者よ。なのに人間ではなく魔法少女を優先するでは本末転倒よ」

 

「マミさんの言う通り!あたし達は人間社会を守る正義の味方として生きてきたんだから!」

 

「この街の連中だってマミやさやかと変わらない正義の味方だ。だけど…バイアスは恐ろしいな」

 

「俺もまた…欠陥を抱えた政治思想を周りに押し付けてしまった。自分を見つめるのは難しいよ」

 

「互いに正しいと信じて努力するからこそ…意固地になる。私達も気を付けたい心理ね…」

 

さやかとマミは人間を守るために正義の味方となってくれた人間社会主義者達。

 

だからこそ嬉しい気持ちとなり、彼女達にこの街の長を紹介してやると彼は言いだす。

 

「常盤ななかさんかぁ…その人が不義理な裁判をした長達に代わって新しい長になったんだね?」

 

「彼女とその仲間もお前達と同じ気持ちになってくれた子だ。だからこそ彼女達に会わせたい」

 

「うわー!なんか楽しみだなー!地域間魔法少女社会交流なんて初めての経験だし♪」

 

「おいおい、あたし達が何をしに来たのかを忘れたのかー?」

 

「そうね、先ずは私達の避難場所となってくれる業魔殿に顔を出しましょう」

 

「ななか達と会わせるのは明日にしよう。今日は業魔殿に向かうとするか」

 

スマホでななかに連絡を行った後、尚紀は杏子達を車に乗せて業魔殿へと向かって行く。

 

南凪区の業魔殿に尚紀達が入って暫くした頃、同じように南凪区に訪れる者達がいた。

 

「メル…予知でさやかが視えたのは本当なの?」

 

「はい…さやかさん達が尚紀さんの家から業魔殿に向かう光景が視えたんです」

 

悪魔に転生してしまったが、雪野かなえと安名メルは円環のコトワリの一部だった者達。

 

だからこそこの世界に囚われた同じ円環のコトワリの使者であるさやかの身を案じていた。

 

「困ったな…あたし達はもう、円環のコトワリの使者じゃない。悪魔に転生したんだ」

 

「円環と繋がった頃のボク達だったら…失ったさやかさんの力を蘇らせれたんですけどね…」

 

「あたしはアラディアの一部として…見た。悪魔に引き裂かれたまどかの光景を…」

 

「あの悪魔となった魔法少女も一緒にいます。尚紀さんとお知り合いだったなんて…」

 

「あの悪魔と迂闊に戦うべきじゃない…。尚紀の仲魔だったら尚紀が怒りだす」

 

「それにボク達もアラディアを裏切ってまで同じ悪魔になったんです。似た者同士ですね…」

 

「あの悪魔とは一度話し合ってみたい。結果だけでその人の全てと決めつけるべきじゃない」

 

「それが…あの尚紀さんと神浜の魔法少女達との戦いで学ぶことが出来た教訓ですからね」

 

業魔殿の入り口まで歩いていくと、ホテルの入り口から尚紀達が出てくるのを見かける。

 

「いやーなんか舞い上がっちゃいますね!これが調整かぁ…力がモリモリ湧いてくる!」

 

「あんな奴がいるなんてなぁ…。長いこと魔法少女やってるけど、あたしは知らなかったよ」

 

「八雲さんが教えてくれたわ。美国さんのために調整屋を見滝原に手配してくれたみたい」

 

「あたし達は神浜まで遠出しなくても調整を受けられるって事だな?財布に優しくて助かるよ」

 

「それにしてもみたまさん…凄いオッパイしてましたな!マミさんと張り合ってますよ!」

 

「美樹さん…下品よ。まぁ大きかったのは事実だし…肩こりの話題で盛り上がれちゃうかも♪」

 

「巨乳同士の友情を…あたしの前で語るんじゃねーよ!」

 

「まぁまぁ、杏子だって14歳なんだからまだまだ成長出来るって♪」

 

歩きながら盛り上がっていた時、前を歩いていた尚紀が立ち止まる。

 

「どうしたんです?」

 

「知っている連中を見かけた。少し話をしてくるよ」

 

尚紀は見かけたかなえ達の元へと向かって行く。

 

美樹さやかに会いたいという望みを聞かされた彼がかなえ達と共に杏子達の元へと戻ってくる。

 

「紹介する。俺と同じ悪魔であり…元魔法少女だった雪野かなえと安名メルだ」

 

それを聞いたさやか達が驚きの声を上げ、動揺した顔を浮かべてしまう。

 

「魔法少女が…悪魔になったって言うのかよ!?」

 

「信じられない…そんな事が出来るっていうの!?」

 

「それが業魔殿の秘密でもある…。あたしとメルは…ここで再び生を受けたんだ」

 

「ボク達は…円環のコトワリに導かれた者達です。それは…さやかさんも同じでしょ?」

 

「えっ…?」

 

周囲の視線がさやかに集まってしまう。

 

「あたしが…円環のコトワリに導かれた…?」

 

悪魔ほむらの記憶操作魔法の影響を受けていないかなえとメルが語る現実。

 

しかし記憶支配によって記憶を奪われているさやかは思い出すことが出来なくなっていた。

 

「ちょ…ちょっと待てよ!?突然何を言い出すんだ!」

 

「そうよ!美樹さんが円環に導かれたというのなら…ここにいる美樹さんは何なの!?」

 

「あたしは…生きているはず…。だってあたしは…今でも魔法少女として…この世界で戦って…」

 

酷い混乱状態になってしまったさやかの体がふらついていく。

 

その状態を見て、かなえとメルは念話のやり取りを行うようだ。

 

<この状態から見て…まどかを引き裂いた悪魔から魔法攻撃を受けているみたいだ>

 

<記憶を奪うたぐいのものでしょうね…。ボク達のことを全然覚えてくれていないし…>

 

<ショックだよ…。円環の世界で仲良くなれた子だったのに…この世では通じ合えないなんて…>

 

これ以上真実を語るべきか迷っていた時、かなえの目がベイエリア方面に向かう。

 

「…気を付けて、メル」

 

「分かってますよ。あの悪魔…ボク達に気が付いたみたいです」

 

遠くの景色には神浜の観光地の一つが見える。

 

その海沿いに立つ人物こそ、業魔殿の前で行われている緊急事態に気付いた暁美ほむらなのだ。

 

彼女は両手を持ち上げていく。

 

悪魔の秘密を暴露しようとしている者達と、封印が破られようとしている者達の記憶を奪う行為。

 

しかし、それに待ったをかける者の念話が響いてきたようだ。

 

<お前達、もう止めておけ。知らなければ幸福を得られるチャンスもあると思う>

 

手を叩くのを止めたほむらが念話を返す。

 

<その女達…円環の使者ね?私の記憶封印を破りにきたようだけど…困るのよ>

 

<それは…さやかにもう一度この世界での人生を与えたいという目的がある…そういうこと?>

 

<その通りよ。円環のコトワリの使者に邪魔はさせない…まどかを危険に晒してしまうから>

 

<人間の幸せを守る優しい悪魔のようです…。実はですね、ボク達は円環の使者じゃないんです>

 

<どういう事なの…?>

 

<あたし達は…アラディアを裏切った者達。コトワリ神の一部から抜け出して…悪魔に転生した>

 

<何ですって!?>

 

<つまり、ボク達は貴女と同じ存在だというわけです>

 

<そういう事だ。こいつらも紹介してやる時間を作ってやるから…矛を下ろせ、ほむら>

 

<…分かったわ。その代わり…上手く誤魔化しておいて>

 

悪魔ほむらの望みを受け取った2人はこれ以上さやかについては追及しないと決める。

 

宇宙の法(LAW)を犯すことになったとしても、守りたい自由(CHAOS)があるためだった。

 

「…ごめん。よく見ると…別のさやかだったみたいだ」

 

「そうですね…髪型がよく似てたから…勘違いをしてたようです」

 

「要領を得ない連中だな…?本当にお前らは円環に導かれて悪魔になったヤツでいいのか?」

 

「その部分は間違いないです。そして、ボク達は尚紀さんと同じ悪魔となりました」

 

「詳しい事情を聞く必要があるわね。この人達とも時間を作ってもらえないかしら?」

 

「了解だ。さやか達は今夜うちに泊まる予定なんだが…どうする?」

 

「分かりました。ボク達も泊まりに行きますね♪」

 

「どうしてそうなる!?」

 

突然の提案を受け、泊まる部屋の数が足りていないことに慌ててしまう。

 

7人の少女達に泊り込まれてしまったら布団の数も足りない。

 

尚紀はイビキが喧しいセイテンタイセイのトレーラーハウス行きになるかもしれなかった。

 

話し合いも終わったことにより、再び車を目指して歩いていく。

 

ずっと俯いたままであったが、さやかは杏子の背中の衣服を摘まみながら引き留めてくる。

 

「杏子…あたしは…生きてるよ。生きてるんだよね…?」

 

「…ああ、生きてるよ。だから心配するなって。さやかは円環に導かれてなんていない」

 

「でも…なんだかあたし…上手く言えないけど…言われた言葉は正しい気もする」

 

「連中が勘違いだったと認めたんだ。勘違いを真に受けてどーすんだよ?」

 

「う…うん…」

 

車に乗り込んだ一行は連絡があったまどかとほむらを迎えに行く。

 

夕日が沈む窓の景色を黄昏た顔つきで見つめながらも、こんな言葉を残すのだった。

 

「みんなと一緒に過ごせて…今のあたしは幸せだと思う。だけど…だけど……」

 

――本当にあたしはこのままで…いいのかな?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そんなこんなで、7人の少女達が集まった尚紀の家ではお泊り会が粛々と行われていく。

 

宴会になるかと思われたが、やはり会話はかなえとメルの話がメインとなっているようだ。

 

まどかとほむらが席を外してくれた隙に事情を説明される。

 

それを聞いた魔法少女達の顔にも動揺が浮かんでしまうが、それでも敵だとは思われなかった。

 

人間の守護者を務める悪魔の生き様を知っている者達だからこそ信じてもらえたようだ。

 

その後はお風呂タイムとなったり、お風呂を覗きに来た悟空を張り倒したりとどんちゃん騒ぎ。

 

日付も変わりそうな時間の頃には、まどか達は用意してもらえた部屋に入って就寝についたのだ。

 

今のリビングに残っているのは悪魔達しかいない。

 

「さて、そろそろ話してもらおうじゃねーか。テメェの話は尚紀から聞かされてるぞ」

 

「この世界で生まれた悪魔のようだな?そして…アラディアと戦う者だとも聞いている」

 

「コトワリ神ト戦ウ…人ナル悪魔カ。マルデ汝モ人修羅ノヨウニ見エテクル」

 

「貴方達が人修羅として生きる尚紀の仲魔ね。事情を説明されているのなら手間が省けるわ」

 

「俺はほむらと共にアラディアと戦う事にする。ボルテクスを超えたお前達はどうするんだ?」

 

それを問われた時、クーフーリンとセイテンタイセイとケルベロスは笑みを浮かべてくる。

 

「決まってんだろ?俺様達も円環のコトワリとかいうアラディアをぶちのめしに行くんだよ」

 

「かつての世界で奴とは決着をつけられなかった。それだけが心残りだったが…いい機会だ」

 

「コトワリ神ト戦ウ悪魔コソガ人修羅ダ。ソシテ我ハ、人修羅ノ生キ様ヲ見極メル者ナノダ」

 

「私と一緒に…貴方達も戦ってくれるのね?」

 

「勘違いするなよ。俺様はあのまどかって小娘を守る為に参加するわけじゃねぇ」

 

「武人として、アラディアとの決着を望む。我々が求めているのはそれだけだ」

 

「コトワリ神ト戦ウノハ初メテデハナイ。我々ノ力ヲ当テニシテクレテ構ワナイ」

 

「こいつらの力は俺が保障する。そして、ほむらの力も俺が保障してやるさ」

 

「マロガレとマサカドゥスの力を解放した尚紀と互角にやり合えた悪魔の力を疑いはしないさ」

 

「我々の背中を任せるに相応しい悪魔だ。安心して轡を共に出来る」

 

「本当に感謝するわ…。それと貴女達、私達を止めなくてもいいのかしら?」

 

ほむらが視線を向ける先にいるのは悪魔となったかなえとメル。

 

彼女達は元円環のコトワリの一部であり、ほむらが成そうとしているのはコトワリ神の破壊行為。

 

記憶が戻ったさやかとなぎさならば止めに入ってくるのだろうが、悪魔となった彼女達は違った。

 

「あたしはね…悪魔に転生して今を生きてる。だからね…貴女がさやかに望む気持ちも…分かる」

 

「もう一度人間のように生きられる喜びを知ったボク達は…ほむらさんを悪く言えません」

 

「貴女達…それでいいの?これは円環のコトワリへの叛逆行為なのよ?」

 

「あたし達は円環のコトワリを裏切った者達。同じ悪魔として自由(CHAOS)を望む者なんだ」

 

「宇宙の秩序(LAW)よりも…人の心を守ろうとしてくれるほむらさんの選択をボクは信じます」

 

「雪野かなえ…安名メル…円環の使者であった貴女達と心が通じ合えるなんて…」

 

「かなえでいい。あたしはもう…さやかとなぎさの元に行って記憶を揺り動かすマネはしない」

 

「メルでいいですよ。ボク達は遠くからでも戦いを応援します。同じ悪魔として」

 

「協力してあげたいけど…貴女達の力の次元には届かない。足手纏いになってしまう…」

 

「いいえ、貴女達のその気持ちを送ってくれるだけで…私の心には大きな力が与えられるわ」

 

「ボクとかなえさんはほむらさんを応援します。勝って下さい…円環のコトワリを相手に!」

 

皆がほむらに視線を送り、微笑みながら頷いてくれる。

 

魔法少女時代の頃は誰にも真実を話せず、悪者にされながら孤独に戦うしかなかった。

 

しかし悪魔となってからは、同じ悪魔達が暁美ほむらを支えてくれる。

 

それがどんなに嬉しかったのかは、目に涙を浮かべていくほむらの表情を見れば分かる。

 

「私…悪魔になって良かったわ…。だって…だって…仲魔達と出会えたから…」

 

<<今後ともよろしく、暁美ほむら>>

 

みんなが揃って暁美ほむらを仲魔として受け入れてくれた光景を見て、悟空がこう言ってくる。

 

「よし!そうと決まれば円環のコトワリ神を相手に勝利を誓うための祝杯だ!!」

 

「祝杯だと?まだ飲み足りないのか?」

 

「魔法少女共を相手に遠慮しながら飲まされてたんだぞ!まだ飲み足りねぇ!!」

 

「ホドホドニシテオケ。汝ガ酔ッパラッタ後ノイビキハ最悪ダ」

 

「どうする、ほむら?」

 

「フフッ♪偶にはいいじゃない。私も麦茶をもらえるかしら?」

 

「あ、だったらボクが淹れてきますよ♪」

 

「メルは止めて…この前のような乱痴気騒ぎになるかもしれないし…」

 

「ニャ―!だったらオイラ達が用意してくるニャ―」

 

「こんな力添えしか出来ないけれど許してね、ほむら。私とケットシーも応援してるわ」

 

「ありがとうネコマタ、ケットシー。色々な悪魔が存在してるのね…私も悪魔を勉強しないと」

 

ネコマタとケットシーは晩酌を用意するために台所へと向かって行く。

 

ツマミを用意したネコマタが最初に戻ってきて、丸盆にグラスを載せたケットシーも戻ってくる。

 

ケットシーから渡されたグラスを持ち、乾杯を行い一気に酒とお茶を飲み干すのだが…。

 

「おい…ケットシー?俺のグラスに入ってるのは麦茶だぞ?」

 

「ニャ?それじゃあ…尚紀の分のお酒が入ったグラスは誰に渡したのかニャ?」

 

「それぐらい覚えてろよ…」

 

ウイスキーと色が似ている飲み物であったため、騒動はまた起きてしまう。

 

「……ウイ~……ヒック」

 

全員の視線がほむらに集中。

 

見れば彼女の顔は真っ赤となっており、酒臭い息を吐きだしていた。

 

「なんかぁ…変わった麦茶ねぇー…でも、ヒック…悪魔の私には悪くない飲み物だわぁ~♪」

 

「お…おい、大丈夫なのかよ…?」

 

「ドォワイジォォブ…ドォワイジォォブ…ずぅえんずぇんなんともないから…ウフフフフ♪」

 

「台所に行って水でも飲んで来い…。ずっと中学生をやっていたお前は酒の耐性がないようだ」

 

彼女は言われた通り、ふらつきながら台所へと向かう。

 

祝杯を続けていくのだがほむらの帰りが遅いため尚紀が迎えに行ってみる。

 

するとそこには…。

 

「おい……」

 

尚紀の晩酌用の酒が入ったペットボトルのポンプを押しながらグラスに酒を注ぐ存在。

 

それはあまりにもへらべったい存在であった。

 

「ま…まさか……」

 

人の気配を感じたへらべったい存在が顔を向けてくる。

 

「ウフフ…私は悪魔よぉ。中学生なのに深夜にお酒を飲む私…なんて悪魔なのかしらぁ♪」

 

現れたのは、へらべったい姿をした()()()()()()()()であった。

 

「ほむら……お前もやちよ系のキャラだったのかよ!!??」

 

「やちよぉ?誰かは知らないけど、きっとピザを50人分は食べちゃう系の女子ねぇ」

 

「ピザだと……?」

 

「そろそろ出来たかしらぁ~」

 

ふよふよと翼をはためかせながら電子レンジに向かう。

 

中から取り出したのは温めた冷凍ピザであったようだ。

 

「ウフフ…今の私は乙女の摂理を乱し、女の体を蹂躙する存在♪」

 

「お前の貧相な体なら少し太るぐらいが丁度いいけど…そのノリ…なんとかならんのか?」

 

呆気にとられた尚紀の横では酒を見せびらかし、クッチャクッチャとドカ食いを始める謎の女。

 

「私の悪魔パワーは伊達じゃないの。厚切りステーキのカロリーを焼き切る事も出来るわぁ」

 

「しょうもない悪魔パワーだな…スキル欄で真っ先に削除したくなる能力だ…」

 

「実質0カロリーよぉ。これならいくらでも食べれるわぁ…あぁ恐ろしいわねぇ…ウフフ♪」

 

またふよふよと浮いていき、冷蔵庫の中からステーキ肉を取り出す。

 

「まだ食うのかよ……」

 

フライパンを手に取り鼻歌交じりにステーキを焼き始めてしまう悪魔ちゃんを見てガックリする。

 

胸がまな板女は大食い揃いなのかと考えていたら、遅い彼の様子をクーフーリン達が見に来る。

 

「ゲェ!!?ほむらの様子がおかしいぞ!?」

 

「随分と…薄っぺらくなったものだな…」

 

「心ナシカ…雰囲気モ変ワッテイルヨウナ気ガ……」

 

「むっ!?私のサバトを邪魔しに来るとは…よこしまな悪魔共ねぇ…お仕置きしてあげるわ!」

 

突然クワっとした顔つきとなり、飛び上がりながら両手を叩く。

 

<<なんだ!!?>>

 

景色が変化する。

 

尚紀達は星空の世界のような悪魔結界に囚われたようだ。

 

「見せてあげるわぁ…これがコトワリの外にある力よ!」

 

ゲンコツを作った悪魔ちゃんが浮遊していく。

 

「お…おい、あれは懐かしいような…俺達側から見えてはいけないもののような……」

 

悪魔ちゃんが迫っていくのは、多くのプレイヤーが頼ると同時に自爆するボタン。

 

レベルアップ作業の時にはお世話になった筈のA()U()T()O()()()()であった。

 

「あの右上のボタンを押すわ」

 

メタい存在がAUTOボタンをゲンコツで叩いてしまう。

 

すると尚紀達の様子が変化し、同じように悪魔姿に変化する。

 

「あ、あらぁ…?目が殺気立ってるけど……このボタンってなに???」

 

それに気が付いた時にはもう遅い。

 

突然襲い掛かってくる人修羅達の姿が高速で迫りくる。

 

先ずはケルベロスにどつかれる。

 

「ぐふぅ!!!」

 

次はセイテンタイセイにどつかれる。

 

「あふぅ!!!」

 

お次はクーフーリンにどつかれる。

 

「ぬふぅ!!!」

 

最後は人修羅の右フックパンチにどつかれた。

 

「うぎゃーーーッッ!!!」

 

可愛い悪魔ちゃんであるが悪魔耐性は優れている。

 

しかし彼らは物理無効を貫通するスキル持ちであったようだ。

 

全ての攻撃がクリティカルだったため、()()()()()()は後4つ残っている。

 

なので悪魔ほむらちゃんはもう一度全員からしばかれることとなるようだ。

 

「わ…私は……カボチャ……」

 

悪魔結界が解けていく。

 

何事もなかったかのようにして、尚紀達はリビングへと帰っていったようであった。

 

その頃、トイレに行きたくなったまどかが二階から降りてきている。

 

リビングで晩酌をしている者達をチラ見した後、トイレに向かってたら台所の様子に気が付く。

 

「ほ…ほむらちゃん!!?」

 

ボコボコ状態で台所に転がっていたのは、恥ずかしい悪魔衣装を着たへらべったい悪魔である。

 

「ダメじゃないほむらちゃん!嘉嶋さんの家で変なコスプレして遊んでたなんて!」

 

「ま、まろかぁ!!?これは違うの…その…私は悪魔じゃなくて…そう、悪魔ちゃんなの!」

 

「言ってる意味が分からないよ!なんだかお酒臭いし…ほむらちゃん勝手にお酒を飲んだね?」

 

「そんなぁ!?誤解よ…誤解なのよまどか…お願いだから話を聞いて頂戴!!」

 

「ダーメ!!ほら、酔っぱらって吐く前にベットの中に行こうよ」

 

「大丈夫よ…悪魔だからこの程度のお酒を飲んだぐらいでは…吐くわけ…うごっ…うごご…」

 

ボディにきつい一撃を浴びているため、ついに嘔吐感に耐え切れなくなる。

 

「オロロロローーーッッ!!!」

 

「キャァァーーーーッッ!!?」

 

盛大に虹を吐き出す悪魔ほむらの光景を前にして、様子を伺っていた尚紀も苦笑してしまう。

 

(やれやれ…ボルテクス時代から、俺の元には変わり者の悪魔ばかりが集まってきやがる)

 

ひょんなことから悪魔ほむらは多くの仲魔達と出会えることとなっていく。

 

前途多難ではあるが、それでも彼女はこれからの脅威と戦う事に恐れはないだろう。

 

彼女が恐れるとしたら…この惨状を見た鹿目まどかとの付き合いの行方だけであった。

 




見滝原組の話は長くなるので二つに分けます。
それにしても、叛逆の物語後のなぎさちゃんは魔法少女なのか人間なのかも判断がつかずに触れられない。
このままでは不思議系キャラのまま、ずっと触れずに終わってしまう(汗)


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203話 私の居場所

二泊三日で訪れている見滝原組の二日目になる神浜での行動が開始していく。

 

槍一郎が作った朝食を食べ終えた一行は二つのグループに分かれるようだ。

 

まどかとほむらは被災地を回り、神浜テロの犠牲者達の冥福を祈る為に手を合わせに行くという。

 

「2人だけで大丈夫か?土地勘はないんだろ?」

 

「スマホの地図アプリを見ながら回ろうと思ってます」

 

「それだけでは迷いやすいだろう。杏子達を送った後、お前らを案内するために合流するよ」

 

「気を使わせて申し訳ないわ。でも、街を歩き回るのも大変だし運転手がいるのは有難いわね」

 

こうしてまどかとほむらの2人は先に街へと向かう事となっていく。

 

「お前らも準備出来たようだな?それじゃあ車に乗ってくれ」

 

魔法少女達は昨日尚紀が手配してくれた神浜魔法少女社会との交流会のために動き出す。

 

向かう先とは昨日訪れた業魔殿の調整屋であった。

 

調整屋に入ると見滝原の魔法少女と会えるのを楽しみにしていた大勢の魔法少女が迎えてくれる。

 

「見滝原で活動する皆さん、今日は遠いところから神浜に来てくれて本当に嬉しいです」

 

「貴女が常盤ななかさんですね?初めまして、見滝原中学校に通う三年生の巴マミです」

 

「では、巴さんは私と同い年ですね?気を楽にしてください、同じ年齢ですし♪」

 

「ウフフ♪そう言ってくれると助かります」

 

「俺はこいつらを皆に紹介した後、別の連れ合いのところに行かないといけない。後は任せる」

 

「承知しました。それでは皆さん奥にどうぞ♪店を貸してくれたみたまさんと皆が待ってます♪」

 

「楽しんで来い杏子、さやか。今日の主役はお前達だ」

 

「そうさせてもらうよ。離れていても大量のお菓子の匂いがするし、楽しみだ♪」

 

「あんたは遠慮なくがっつくし、神浜魔法少女達にドン引きされないようあたしが監視するよ!」

 

(さやかの調子も戻ってきている…この分なら大丈夫だろう)

 

集まった者達に3人を紹介し終えた後、尚紀は業魔殿から離れて車に乗り込む。

 

スマホでほむらと連絡をとってみると、夏目書房にいるという。

 

「なんでかこの店にいるんだ?やっぱりあいつら…道に迷ったな?」

 

迎えに行くため、尚紀は車を走らせていったようだ。

 

少し前に時間は戻る。

 

まどかとほむらは最大の被害地である水名区を周りながら被災場所に赴き、手を合わせていく。

 

その後は水名神社にまで赴き死者達の冥福を神様に祈った後、次の予定地である栄区を目指す。

 

しかし、見滝原市から出た事もないまどかとほむらは方角さえ上手く掴めない。

 

気が付いたら逆の北西方面に向けて歩いていったようだ。

 

「おかしいなぁ…この辺が栄区であってるのかな?」

 

「観光パンフレットを見ると、栄区にはファッション街があるようね。でも…この辺は…」

 

「うん…どちらかと言うと古書の街って雰囲気の通りだね。本屋さんが沢山並んでるし…」

 

「どうやら道に迷ったみたいね…。私がスマホで道を調べてみるわ」

 

「ちょっと待って。あそこの女の子に聞いてみようよ」

 

まどかが向かって行く方向には夏目書房が見える。

 

店の入り口で清掃作業をしていたのは、夏目書房の娘である夏目かこであった。

 

聞き込みをしているまどかであったが、悪魔であるほむらには店の少女の正体が分かる。

 

(あの子は魔法少女ね…。この街を歩いて気が付いただけでも相当数の魔法少女がいたわ…)

 

暁美ほむらが魔法少女として生きた記憶の中では、両手で数える程度の人数しか知らない。

 

しかしこの街には両手足では数えきれない魔法少女社会が形成されているのに驚いたようだ。

 

「ほむらちゃん、この子が道を教えてくれるみたいだから店の中に来て」

 

まどかに促され、ほむらは夏目書房の店内へと入っていく。

 

「古書の匂いに包まれたいい店ね。年代物の本も色々あるみたい」

 

「お好きに見て回って大丈夫ですよ。神浜市の地図帳を探してきます」

 

かこはカウンターの奥へと入っていく。

 

時間を潰すためにほむらは店の棚を色々と見て回るが、まどかはカウンターに目を向ける。

 

「あれ…?この本は……あっ!招き猫のワルツだ!」

 

まどかが見つけた小説とは、かこが店番中に読んでいた招き猫のワルツである。

 

どうやらまどかもこの小説が好きなようであり、つい声を出してしまったようだ。

 

「遅くなりました。あれ…?えっと…その小説が…気になるんですか?」

 

「えへへっ♪わたしもこの小説は好きなんだ♪だからつい目がいっちゃって…」

 

それを聞いたかこの目が見開き、満面の笑顔を向けてくれる。

 

「あっ…!私もっ…大好きです!愛読書です…!」

 

「素敵な小説だよね。なんといっても登場する猫ちゃんが可愛い♪」

 

「そう…!そうなんですよね…!嬉しいです…この本を知ってる人…少ないから…」

 

カウンターで話し込んでいるまどかの元にほむらが近寄ってくる。

 

「何を話しているのかしら?」

 

「えっとね、この子がわたしと同じ小説が大好きみたいだから…つい話し込んじゃって」

 

「お邪魔だったでしょうか…?」

 

楽しそうに話しているのを邪魔するのは気が引けるほむらは首を横に振り、微笑んでくれる。

 

「問題無いわ。私は書籍棚を見て回るから、楽しみなさい」

 

「うんっ♪ありがとうほむらちゃん」

 

いつの間にか友達のように接する2人を棚の影で見つめつつも、ほむらは溜息をつく。

 

(これは長くなりそうね…尚紀の迎えを待った方が早いかしら?)

 

そう考えているとスマホが鳴り出す。

 

渡りに船とばかりにスマホの通話ボタンをスライドさせ、迎えの催促を行う。

 

程なくして、有料駐車場に車を停めてきた尚紀が店の中に入ってきたようだ。

 

「まどかとほむらはいるか?迎えに来たんだが」

 

「あっ!尚紀さんじゃないですか!まどかさんとお知り合いだったんですか…?」

 

「えっ?2人は知り合いだったの?」

 

「俺もこの店をよく利用する客なんだ。それで仲良くなれたってわけさ」

 

それだけではないと言いたげな顔をしたかこであるが、彼は首を横に振る。

 

人間のフリをさせられている少女に自分達の存在を知らせるわけにはいかないようだ。

 

「この子達は神浜テロの犠牲者達の追悼を行う為に見滝原から来たんだ。今は俺の家で泊ってる」

 

「見滝原にもお知り合いがいたんですね…。まどかさんとは何処でお知り合いになったんです?」

 

「俺じゃなくて義妹の友達なんだ。義妹が泊まりに来るついでにこの子は神浜市に来たわけさ」

 

「そうだったんですね…ごめんなさい、長々と引き留めちゃって…」

 

「気にしなくてもいいわ。まどかも楽しそうだったし、私は文句ないから」

 

「後は俺がこの子達を案内していく。店番頑張れよ、かこ」

 

「はいっ!まどかさん、神浜市に来る機会があったら…またうちに寄って下さいね♪」

 

「いっぱいお喋り出来て楽しかった♪絶対に寄らせてもらうね、かこちゃん♪」

 

ひょんなことから神浜市で友達が出来たまどかは尚紀達と共に車へと向かって行く。

 

犠牲者達の追悼を目的にしていた彼女は暗い表情をしていたが、慰めになったのだろう。

 

嬉しそうなまどかを見守る尚紀とほむらも微笑み、栄区を目指すこととなったようだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

夏目書房を出る頃にはお昼が近かったため、尚紀達はお昼ごはんを済ませてから向かう事にする。

 

お昼を済ませた3人はようやく栄区に入ってきたようだ。

 

駐車場から降りる少女達であったが、まどかとほむらは胃のムカつきに苦しんでいる。

 

「だから万々歳の味に期待するなと言ったんだ…他の店だってあったのに」

 

「うぅ…何を食べても同じ味しかしない中華飯店だったね…。オマケに量も凄かったし…」

 

「そうね…味の点数を聞かれた時は30点以下だと言ってやりたかったわ…うっぷ…」

 

「そう言いたかったんだけど…言っちゃうと万々歳で働くお姉さんが泣きそうだったし…」

 

「あの店主も自分の味に疑問を持っている。来年から武者修行に行くそうだ」

 

「そうなんだ…?頑張って修行して、美味しい中華飯店になってくれるといいなぁ…うっぷ…」

 

ドラッグストアで胃薬を買った後、持ち直した3人が栄区の街を歩いていく。

 

ファッション街を通り超えると、神浜一の繁華街エリアに出たようだ。

 

「水名区程ではないけれど…ここも酷い有様ね…」

 

「うん……そうだね」

 

神浜一の繁華街であるため、神浜観光地としても名高いエリア。

 

だからこそ観光客を西側に独占された東住民達から憎まれ、派手に破壊されてしまっている。

 

道路や歩道は整理されたようだが、それでも多くの店舗が営業出来ない状態であった。

 

「この街でも大勢が亡くなった…。街の象徴的なファッションビルの1090も酷い有様だ」

 

尚紀に案内された2人が1090と呼ばれるファッションビルへと向かって行く。

 

ビルが見えてくるとまどかの顔も曇り切ってしまった。

 

「酷いよ……こんなの……」

 

閉鎖されてしまったビルは一階部分から火の手が上がったため黒ずんでいる。

 

ビルのガラスも熱破壊され、所々が割れたままであった。

 

その光景を見てしまったまどかの脳裏には、見滝原で起こってしまった大火災の光景が浮かぶ。

 

怖くなってしまった彼女の体は震えていた。

 

「わたしの街も…大火事があったの…。あの時ママは…危うく火の手に飲まれるところだった…」

 

「商業区で起こってしまった…あの大火災ね」

 

「ママや…ママの職場は無事だったから嬉しかったけど…他のビルで働いてた人達は…」

 

その時の現場に居合わせた尚紀の拳が握り締められていく。

 

「まどかの母親が働く街を燃やした奴なら…探偵の俺が必ず見つけ出す。報いを与えてやる…」

 

「嘉嶋さん…ありがとう。でも、嘉嶋さんの命も大事だよ…だから…無茶はしないでね?」

 

義憤の感情が燃えていた時、立ち入り禁止テープが張られた場所から撮影を行う人物を見つける。

 

「あいつは…令か?」

 

破壊された1090を撮影していたのは、南凪自由学園新聞部に所属する観鳥令である。

 

尚紀に気が付いた令は疲れた笑顔を見せ、彼らのところに近づいてきたようだ。

 

「見かけない子達を連れてるけど…尚紀さんのお知り合い?」

 

「俺の義妹の友達だ。街の案内をしてやってたんだが…それより、令はここで何をしている?」

 

「観鳥さんは新聞部で働く部員だよ。だからね…この街の記録を残していたんだ」

 

彼女は首にぶら下げたカメラを持ち上げて見せてくる。

 

そのカメラは令と共に神浜テロによって起こされた破壊痕跡を記録し続けたようであった。

 

……………。

 

栄区の繁華街には十七夜が働いていたメイド喫茶がある。

 

集まった4人が話を行える喫茶店を探していた時、一番近くにあったため入ったようだ。

 

無事だったメイド喫茶に入ってみると、客足はまばらである。

 

メイドさん達も心なしか元気が無い様子であり、店内は閑散としていたようだ。

 

4人分の注文を終え、出された飲み物を口にした後に令が話を始めていく。

 

「そうか…復興の記録を残すために被災地を定点撮影し続けることにしたのか」

 

「あの神浜テロは…観鳥さんが暮らす東地域の人々が起こしたもの。だから責任を感じてる…」

 

「お前がテロに加わったわけじゃないだろ?」

 

「でも…やっぱり同郷の者として、責任を背負いたくもなるんだよ…」

 

まどかは神浜テロの特番を見た事があるため、東の人々がテロを起こした原因を知っている。

 

苦しい表情を浮かべながらも、神浜の東住民に聞いてみたいことがあった。

 

「神浜の歴史差別があったから…あのテロは起きたんですよね?」

 

「うん…観鳥さん達はそれに苦しめられ続けた。それを変えるために新聞部で働いたけど…」

 

東西差別問題を知ってもらうために観鳥報というメディアを通して行動を起こしてきた。

 

それでも南凪自由学園に在籍する学生達からは他人事のようにして扱われてきたと語られる。

 

「差別問題を放置し続けた結果…あのテロは起きた。全ては…()()()()()()が生んだ結果さ…」

 

それを聞いたまどかは自責の念を感じてしまい、両手が握り締められていく。

 

あのテレビ報道があった時に初めて神浜市の歴史問題を知る事になった。

 

テレビニュースが流れなかったら、彼女は一生神浜の差別問題に気が付く事は無かった。

 

こんなにも狭い世界でしか生きていなかったのだと分かったまどかは謝ってしまう。

 

「ごめんなさい…。わたし…神浜の人達の苦しみに気付いてあげられずに…毎日遊んでました…」

 

今にも泣きそうなまどかの顔を見た令は首を横に振り、なだめるような表情で励ましてくれる。

 

「まどかちゃんだけじゃない…日本人の殆どがそうなんだ。楽に過ごす毎日しか見てくれない…」

 

令が語っていくのは、無関心極まりない人々が繰り返す無知によって生み出された悲劇。

 

判断材料になる知恵を求めないから、人々は差別を繰り返したのだと語ってくれた。

 

「政治や社会問題は知識を求めなければ本当の理解を得られない。狭い経験だけが全てじゃない」

 

「それを人々に与えようとしても…貴女はきっと悪者にされたはず。私も…経験があるの…」

 

「その通り…。観鳥さんはエンタメだけを求めたい人々から…邪魔者扱いされてきた…」

 

「日本人の悪癖だな…。出過ぎた杭は打たれる…どいつもこいつもマウント遊びが大好きなんだ」

 

「酷過ぎるよ…そんなの…。東の人達だって人間なんだよ…怒りたくもなるよ…」

 

「だからあのテロは起きてしまった…。これは無関心を選んだ全員の責任だ…君だけじゃないよ」

 

まどかだけの責任ではないと令は言いたかったのだが、それでも彼女は責任を背負い込む。

 

他人のためなら自分を犠牲にすることも厭わないまどかの優しさ。

 

その無鉄砲なまでの優しさこそ、尚紀とほむらにとっては恐ろしかった。

 

「わたし…この街の復興に協力したいです。お小遣いは少ないけど…この街にまた来ます…」

 

「だ、だから!まどかちゃんだけの問題じゃ…」

 

「まどか…彼女の言う通りよ。貴女だけの責任じゃないわ…だから落ち着いて…」

 

「ダメ!わたしは無関心だった…だから大勢の人達を救えなかった…だから復興を手伝いたい!」

 

彼女の決意は固いのか、令とほむらがなだめても止まってはくれない。

 

珈琲を飲んでいたカップを置き、尚紀はまどかの方に視線を向ける。

 

「個人であっても…出来る範囲で、成さねばならないことを成さねばならない」

 

「えっ……?」

 

「俺はそう考えている。だからこそ…俺には大きな目標が出来た。まどかはどうなんだ?」

 

「わたしの…目標…?」

 

「将来なりたいものとかあるだろ?神浜の人々を手助けしたいというなら多くの選択が生まれる」

 

鹿目まどかは人間としてこの世界で生きる者。

 

ならばこそ、人間のまま成せることを成して欲しいという人修羅の願い。

 

それはきっと悪魔ほむらとも通じ合える気持ちであった。

 

「令のようなジャーナリストでもいい。医者や看護師でもいい。お前だけの目標を作るんだ」

 

「わたしだけが目指す…わたしの人生の目標…?」

 

「お前だってもう直ぐ中学三年生だ。将来を見据えて動いてもいい時期になっている」

 

「尚紀……」

 

「この街で多くを経験しながら生きろ、まどか。それがお前の将来を開花させてくれるだろう」

 

――俺は将来のまどかと出会ってみたい。

 

――その頃のお前はきっと、自分に誇りを持てる素敵な女性に成長しているはずさ。

 

彼の気持ちが届いたのか、まどかは勘違いをしていたことにようやく気が付く。

 

罪を感じたのなら、目先の贖罪を求めるべきではない。

 

悲惨な歴史を目撃した者として将来に活かすという発想を与えてくれたのだ。

 

「…分かりました。わたし…将来を真剣に考えてみる。神浜を助けられる職業に就きたいです」

 

思い留まってくれたまどかを見た令とほむらが安堵の表情を浮かべてくれる。

 

「尚紀さんは…やっぱり大人だね。男の人の安心感って…凄いなぁ…」

 

「私も…そう思うわ。ありがとう尚紀…まどかを止めてくれて」

 

「言うべきことを…言ったまでさ」

 

女性から褒められても謙虚な態度を見せる大人な男。

 

その上で父性愛に溢れたイケメン。

 

密かに後ろの席に座っていた男が震えながらも立ち上がる。

 

「ステキ…ステキ過ぎて…惚れちゃうじゃないのぉぉーーッッ!!!」

 

素っ頓狂な叫び声に驚いた4人が後ろの席に振り向く。

 

「何だよ…オッサン?あんた一体…誰なんだ?」

 

「イヤン!オッサンだなんて言わないで!恋する乙女と呼んで頂戴!!」

 

「恋する乙女だぁ!?」

 

「イイ男に惚れた乙女なのよ!!アタシの心に火を点けた以上、アタシは恋路を突き進むわ!!」

 

見れば背後の男の両目にはハートマークが浮かんでしまっている。

 

嫌な予感が全身を襲い、冷や汗に塗れながらも何かに気が付く。

 

「あれ…?アンタ…何処かで見たような気が……?」

 

人修羅として生きる男が思い出してしまったのは、かつてのボルテクス界での記憶。

 

あれはギンザ大地下道でマネカタ達の隠れ家を見つけた時であった。

 

「あんた……もしかして……」

 

人修羅が思い出してしまった記憶。

 

それはマネカタ達の隠れ家で出会ったアイテム屋のオネェなマネカタであった。

 

「あの時のヤツか!!?」

 

「あぁ~ら?アタシとダーリンは何処かで出会ってたかしら?だとしたら…運命の再会ね!!」

 

「ま、待て…早まるな!!俺にはそういう趣味は無い!!」

 

「アタシがう~んとサービスしちゃう!!い・つ・で・も・オーケーよ♡」

 

席から飛び退いた尚紀が店内を逃げ惑い、男は彼を追い回す。

 

「アハハ…なんだか…凄い事になっちゃったね、ほむらちゃん」

 

「まぁ…尚紀はモテる男だと思うわ…」

 

「観鳥さんも…そう思うよ…ハハ……」

 

ドタバタ騒ぎに気が付いたメイド達が慌てて駆け寄り、男を羽交い絞めにしていく。

 

「落ち着いて下さい店長!!店の規則でご主人様との恋愛は禁止だって言ってましたよ!」

 

「アタシはオーナーよ!!オーナー特権を使わせて頂戴!!」

 

「ダーメーでーす!!ほら、ご主人様達!早く逃げなさい!!」

 

「恩に着る!!」

 

慌てて清算を済ませた尚紀がまどか達を連れて店から逃げていく。

 

「あぁ~ん!!待ってダーリン!!今ならしあわせチケット100枚進呈するわーっ!!」

 

「ロクなアイテムを引けなかったからいらねーよ!!」

 

こうして人修羅は恐ろしい男との再会をどうにかトンズラする事が出来たようである。

 

恐ろしい男が潜む栄区については、トラウマのせいか苦手意識がついてしまったのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

栄区から帰る頃には日も沈み始めている。

 

今日は帰る事となり、まどか達は車が停車してある駐車場へと向かって行く。

 

まどかとほむらは前を歩いている尚紀から少し離れた位置を歩いている。

 

2人が気を使ってしまうのは、尚紀の横を一緒に歩いている女性のため。

 

どうやら尚紀を見送りたい令は車が停めてある駐車場までついて来ているようだ。

 

「観鳥さんね…ジャーナリストを目指してるけど…本当はとても怖いんだ」

 

「お前が弱気な発言をするとはな?何を怖がっている?」

 

「この国に住んでる国民達の無関心が…怖いんだ」

 

不安に怯えている令が語るのは、メディアの情報を鵜呑みにすることしか出来ない者達のことだ。

 

日本では全国紙でも裏取りやファクトチェックをしない。

 

特に相手が悪の枢軸国と世間から認識されているロシアや中国ならお構いなし。

 

検証はなく、疑問もヘッタクレもない。

 

米国・NATO大本営の発表を一色になって拡声してきた。

 

ホワイトハウスや米国高官の発言は漏らさず垂れ流すこと自体が異様だと語るのだ。

 

「もっと酷いのは…情報に触れても民衆は()()()()()。つまらない情報よりもエンタメなのさ…」

 

「十代の子供だけの話じゃない。それは大人達にも言えることだ」

 

「飯時のニュースだけを視聴させられ…メディアの言う()()()()()()()()する…まるで洗脳だ…」

 

「固定観念に囚われた者は他人を縛り付ける。他人の行動を批判して自分に鞭を打つ生活を送る」

 

「きっと世界的なパンデミックでも起これば…それは現実となる。()()()()()()()()()()さ…」

 

既成概念、固定観念、権威主義。

 

皆と同じが正しいとされ、宗教や権力はそれを利用し、異端は科学を無視した多数決独裁を行う。

 

「自分なりの検証を行って叫ぶ者は悪者にされ、多数決で()()()()()総理大臣を担ぎ上げるのさ」

 

デマゴーグとは、煽動的民衆指導者のことを指す。

 

社会経済的に低い階層の民衆の感情、恐れ、偏見、無知に訴える事により権力を得る者である。

 

「民衆は自由を欲する癖に自由を恐れる。盲目的に秩序や法に縋りつく…どう正しいかも考えず」

 

これこそが、他の宇宙で繰り返されたLAW信者達の姿である。

 

おかしい事をおかしいと叫ぶCHAOSを行う者は悪にされ、制裁が叫ばれる。

 

メシア教はそれを利用して、多数決の名の元にメシア教を嗅ぎ回る犬共を民衆達に潰させた。

 

デマゴーグ大司教万歳と叫び、自分達が騙されていることすら疑わず法に縛り付けられる。

 

それがどう正しいのかも考えずに。

 

「令……?」

 

立ち止まってしまった令を心配して顔を向ける。

 

俯いたまま前髪で目元を隠す彼女の体は震えていた。

 

「こんなんじゃ…観鳥さんがいくら情報を必死になって伝えても…誰にも…届かない……」

 

ジャーナリストになりたいと願った者が、ジャーナリズムを信じられなくなってしまう。

 

届いて欲しいと願う気持ちなんて、自分勝手な理想を信じたいだけであり確証など得られない。

 

人は見たいものしか見ないし、信じない。

 

それを分析して民衆達に都合のいいモノを消費してもらう学問こそがマーケティングだった。

 

「観鳥さん……悔しい……悔しいよぉ……」

 

今にも泣きそうな令を心配した尚紀は周囲の店に目を向ける。

 

ファッション通りにまで歩いてきたようであり、周囲には無事だった服屋が並んでいた。

 

その一つに目を付けた尚紀が服屋に入っていく。

 

「尚紀さん……?」

 

茫然としながら尚紀の買い物を待つしかない少女達。

 

少しして、買い物を終えた尚紀が店から出てくる。

 

「何を買ったの…?」

 

「ジャーナリストに似合うものさ」

 

袋から取り出した品を令に手渡そうとする。

 

「これって……帽子?」

 

尚紀の手に持たれていた品とは、PRESSカードを挟めるベルト付きキャスケット帽であった。

 

「他人を信じても応えてなどくれない。ならばこそ、時にはエゴに生きる必要もあるだろう」

 

「観鳥さんの…エゴ……?」

 

「お前にはあった筈だ。目指したい女性ジャーナリストがいた筈だ」

 

「それは…その……うん…いるよ」

 

「ならばそれを望め。欲望が無くなった人間など強くなれない。憧れを必要として…極めろ」

 

「欲望が無くなった人間は…強くなれない…。だからエゴさえも必要とする…」

 

「自分を我慢し続ける人生など死んでいるも同然だ。だからこそ、お前が憧れる女性となれ」

 

「観鳥さんが…大正時代に活躍した女性ジャーナリストの…()()()()と同じになる……」

 

「その人も女性蔑視の偏見にさえ負けなかった強い人だ。その女だって求めたんだよ……」

 

――人生の楽しさをな。

 

それを聞かされた令の目が見開いていく。

 

オカルト記者だと馬鹿にされ、記事さえ馬鹿にされた女性ジャーナリストが大正の頃にいた。

 

それでも彼女は現実に打ちのめされながらも周囲を安心させてくれる笑顔を作れる人だった。

 

そんな彼女は不名誉であったとしても報道の歴史に名を残す人物として生涯を終える。

 

そして、そんな朝倉タヱに憧れを抱いてくれた同じ女性が21世紀にいてくれたのだ。

 

「人生は()()()()()()()だ。他人の評価に囚われずに、納得のいく人生を生きろ」

 

「なおき…さん……」

 

「これはお守り代わりだ。悔いる人生を生きるよりも、憧れを求めて…とことん楽しめ」

 

――ジャーナリストの観鳥令は、まるでオカルト記者の朝倉葵鳥みたいな胡散臭い記事を書く。

 

「周りの連中からそう言わせてみせろ。そうすれば、お前の勝ちさ」

 

令の顔が真っ赤となり、目から大粒の涙が零れ落ちていく。

 

尚紀に言われた言葉によって、信じられなくなったジャーナリストの道を再び目指したくなる。

 

「やだ…バカ…そんなこと言われたら…観鳥さん……本気になっちゃうよぉぉぉ……っ!!」

 

泣き出してしまった彼女の恥ずかしい顔を周囲に晒すまいと、強引に帽子を被せてくれる。

 

令は尚紀に抱きつき、胸に顔を埋めながら嗚咽を必死に抑え込む。

 

片腕で彼女を抱きしめ、落ち着くまではこのままでいさせてくれる。

 

男の優しさに甘える観鳥令を見守りながら、まどかとほむらは顔を向け合い微笑んでくれた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

帰る時に杏子から迎えの連絡があったため、まどか達と共に杏子を迎えに行く。

 

家に帰ってきた一行であったが、夕飯前に一悶着があったようだ。

 

神浜魔法少女社会との交流会の時、杏子とさやかは神浜の子を相手にリサーチを行っている。

 

リサーチ内容とは、車悪魔のクリスから聞いた話は本当なのかということだ。

 

尚紀の話になると神浜の魔法少女達は目を輝かせながら絶賛してくれた。

 

調整屋の八雲みたまは頬を染めながら、彼を心の底から慕っているという話まで出してくる。

 

クリスの話は事実なのでは?と疑っていたら、まどかから確信に至れる話が飛び出すのだ。

 

「なるほど…そんなことが栄区に行ってた時に起きたんだ?」

 

「うん。嘉嶋さんって、女の子にモテるタイプだと思ってたけど…本当にモテちゃうんだ♪」

 

「これで決まりだな…。クリスの話は事実だったんだよ…」

 

不気味な笑みを浮かべる杏子とさやかに不思議顔を向けるまどかである。

 

杏子とさやかに呼び出された尚紀は家から少し離れた森の方へと向かって行く。

 

少しした後、哀れな男の絶叫が小高い山に響き渡ったようだ。

 

やり遂げた表情を浮かべながら杏子とさやかが家に戻ってくる。

 

夕飯になっても尚紀が戻って来ないため、クーフーリンとケルベロスが家の周囲を捜索していく。

 

すると、哀れな男の姿を発見したようだ。

 

「うむ…女の嫉妬は恐ろしいものだ。私も女共から襲われた経験がある」

 

「悪魔デナケレバ死ンデイタナ」

 

クーフーリンとケルベロスが見上げる先には、槍から伸びた鎖に吊るされたボロボロな男の姿。

 

首に巻き付けられた鎖を用いて木の枝にぶら下げられていたようである。

 

なぜクーフーリンは女とのいさかい事だと気が付いたのか?

 

それは木の横に置かれていた手作り案内板にこう書かれていたためだった。

 

『女たらし』

 

哀れな男も救出され夜も更けていき、まどか達は就寝したようである。

 

かなえとメルは一泊だったため、尚紀は地下のソファーで寝ているようだ。

 

すると上の階に人の気配を感じた彼はソファーから起き上がる。

 

浅い睡眠しか出来ない彼はまだ眠気もなく、夜風に当たりたい気分だったため外に出た。

 

庭を少し歩いていくと誰かを見つけたようである。

 

「眠れないのか?」

 

尚紀から声をかけられた少女が振り向いてくれる。

 

同じように夜風に当たりにきていたのは鹿目まどかであった。

 

「うん…少し星を見たくなって…」

 

まどかの横にきた彼も星空を見上げていく。

 

街の明かりから離れた場所であるため、冬の夜空には美しい星の世界が広がってくれていた。

 

星空を見上げていたが俯いていき、まどかはこんな話を語り始める。

 

「わたし…毎日の生活は幸福だと思う。だけど、それが本当に正しいのか…分からなくなる」

 

さやかと同じく、彼女も己の本当の記憶を悪魔ほむらに奪われている。

 

もし彼女が本当の記憶を思い出した瞬間、彼女の半身と強いコネクト現象が起きるかもしれない。

 

そうなれば最後、宇宙を覆う悪魔結界があろうとも瞬時にアラディアは移動してくる。

 

そして鹿目まどかに憑りついたアラディアは、円環のコトワリ神として再び完成するのだ。

 

「わたしにもあったはず…。目指していた本当の姿があった気がする…それが思い出せない…」

 

「今のままではダメなのか?幸福に過ごせていると言ったじゃないか」

 

「幸福だけど…自分が死んでる気がする。心を押し殺すのは死んでるのと同じ…そうですよね?」

 

「…そうだな。そうかもしれない…」

 

「もっと大きな目標があったはず…。この美しい夜空の世界が…わたしの居場所だった気が…」

 

幸福に生きながらも自分の在り方に疑問を感じている概念存在。

 

それだけアラディアの影響が強まっている証拠なのだろう。

 

悪魔ほむらに伝えて記憶封印の力を強めるべきかと考えてもみるが、首を横に振る。

 

「お前は…()()()()()()()()が尊いと思うか?」

 

「偽りに塗れた人生…?」

 

「俺は偽りに塗れた人生を生きている…。神浜人権宣言を行った時から強くそれを感じてしまう」

 

「そんな…あの時の嘉嶋さんは本当に立派でした…。わたし…心から嘉嶋さんを尊敬してます」

 

「俺は嘘をついている。だけど…その嘘のお陰で…神浜の東西差別が消えてくれたんだ」

 

()()()便()…そう言いたいんですか?」

 

「仏の救済である衆生済度(しゅじょうさいど)も嘘をつく。他人を相手に本音が言えるか?」

 

「わたしは…ううん、クラスのみんなだって…本音を堂々と言う事なんて出来ないと思います…」

 

あいつはハゲだ、デブだ、口も臭い、ホモだのロリコンだのと心の中で思ってしまう。

 

そんな本音を人間達は嘘をつかずに堂々と相手に言えるだろうか?

 

「人間の言葉とはペテンで出来ている。相手を傷つけない言葉しか選べない取り繕う表現なんだ」

 

「それは…そうですね。わたしだって…最初の印象をそのまま相手に伝えるなんて…無理です」

 

「嘘をつくことによって、人間関係を良好に作れる。()()()()()()()()()()()んだよ」

 

「嘘って…詐欺師や犯罪者が使うイメージでした。だけど…わたしも嘘をついてたんですね…」

 

「みんな同じさ。万物は常に陰陽のコトワリで動いている…偏見だけで全てを判断するなよ」

 

彼の言葉によって迷いが生まれてしまう。

 

だからこそ尚紀に振り向き、こう聞いてしまった。

 

「わたし…他人の嘘によって救われてると思います。わたしは勉強もダメだし…運動だって…」

 

「まどかをそう思う奴がいたとしても…嘘をついてくれる。お前の心を傷つけたくないからだ」

 

「それが…人間の思いやりなんですね?」

 

「そうだ。まどかを大切に思うからこそ…嘘をついてくれる。その人の気持ちを考えてやれ」

 

言うべきことは伝え終えた尚紀が家に戻っていく。

 

道を歩いていると立ち止まり、木の後ろに隠れながら見物していた者に向けて念話を飛ばす。

 

<悪魔に堕ちようが…お前は人間として正しい。だから胸を張れ、ほむら>

 

彼は再び家に戻っていき、姿を消す。

 

木の後ろから現れたのは暁美ほむらである。

 

彼女の表情は喜びに包まれており、人修羅に向けて感謝の言葉を言ってくれた。

 

「私…貴方といると本当に安心する。私の気持ちをまどかに伝えてくれて…ありがとう」

 

残されたまどかは再び星の世界に目を向ける。

 

しかし直ぐに視線を逸らし、こんな言葉を言ってくれた。

 

「私の世界は…星の世界じゃない。綺麗だけど…()()()()()()()だと…思うから」

 

星は人間の心を傷つけたりはしないが、思いやりも向けてはくれない。

 

だからこそ概念存在である神は孤独の牢獄に繋がれた囚人のようにも思えてくる。

 

そんな世界に導かれてしまった女神の半身はこう思う。

 

傷つけられる世界ではあるけれど、同時に思いやりを与えてくれる人間の世界が好きなのだと。

 

……………。

 

次の日。

 

帰路につくため電車に揺られるまどかは視線を窓に向けている。

 

遠くなっていく神浜市を見ながらも、彼女の心は温かい気持ちに包まれていた。

 

「…わたしは神浜が好き。友達が出来たし…社会を大切にする人もいたし…嘉嶋さんもいる…」

 

まどかと接してくれた人達を思う彼女は笑顔を作ってくれる。

 

迷いを乗り越えた彼女は、自分の正直な気持ちを皆に聞こえないように呟くのだった。

 

――わたしを大切にしてくれる人達がいる限り、この世界こそが()()()()()()()

 




マギレコのユニークモブキャラって、味があるからつい使いたくなるんですよね(汗)
人修羅君はモテまくるけどペルソナ主人公にはなれないので、アルカナ目当てにヒロイン達と長い夜を過ごすイベントは与えられない(使命感)


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204話 知恵の蛇

2020年1月28日。

 

リリスとアモンとの戦いを終えた尚紀はクリスを運転しながら見滝原市へと向かって行く。

 

見滝原中学校女子制服を着た杏子を乗せ、彼らにとっては故郷とも言える街に向かうようだ。

 

風見野市に入った車は郊外にあった教会へと向かう。

 

修繕作業中の教会の前にクリスを停車させた2人が歩いていく先は墓地であった。

 

「流石に墓地も荒れてきている…。建設会社の連中が墓地を整備してくれる筈がないし」

 

「そうだな…。いつの間にか風で運ばれてきたオオアマナが生え揃ってやがる…」

 

春には白い六弁花を咲かせるオオアマナを超えていき、大切な人が眠る場所で立ち止まる。

 

尚紀と杏子の前には2人に愛を与えてくれた人物の墓がまだ残ってくれていた。

 

「三回忌に来れなくてすまなかった…風華」

 

「ただいま…風姉ちゃん…」

 

2人は持ってきていた掃除道具を使って風実風華の墓を掃除していく。

 

綺麗になった墓に近寄っていき、杏子が用意していた花を添えてくれる。

 

「貧乏だった頃は…お供えしてあげる花も用意出来なかったね…。さやかの両親に感謝するよ」

 

「俺も感謝している。この場で道を違えてしまった杏子と一緒にいられるのは…美樹家のお陰だ」

 

尚紀も用意していた花を供え、2人で黙祷を行う。

 

そんな尚紀と杏子の体に優しい風が吹き抜ける。

 

1月の寒さを感じさせない温かさを感じさせてくれる風であった。

 

風華の遺品である黒のリボンで結ばれた杏子のポニーテールが風で揺れていく。

 

風が止んだ時、黙祷を終えた杏子はこんな話を尚紀に語り出すのだ。

 

「なぁ…尚紀。そろそろ前に進んだらどうなんだ?」

 

喪服スーツを着た彼が杏子に振り向き、怪訝な顔つきを見せてくる。

 

「どういう意味だよ?」

 

黙り込んだ杏子が寂しそうな表情を浮かべながら風華の墓に顔を向ける。

 

それでも決心がついたのか微笑んでくれた。

 

「あたしはね…さやか達のお陰で前に進めてる。尚紀もそろそろ…過去を超えるべきだよ」

 

それを聞かされた彼の顔が俯いてしまう。

 

嘉嶋尚紀は未だにこの場所から心が離れていない。

 

そんな彼の姿を見ていると、風華が死んで間もない頃を杏子は思い出す。

 

あの頃の尚紀は風華の墓にもたれ込んだまま傍を離れられなかった。

 

家族となってくれた小さな杏子がお腹を空かせているだろう彼に林檎を持ち運んでくれる。

 

それでも彼は林檎を受け取らず、佐倉牧師が説得するまでは風華の傍に居続けてしまったのだ。

 

「神浜に行った時に出会えたよ。尚紀に向けて心からの信頼と尊敬を与えてくれる女達とな」

 

過去を乗り越える為には現在の幸福が必要だ。

 

今の幸せを得た杏子だからこそ、過去に縛られる男に今の幸せを求めて欲しいと言いたいのだ。

 

「風姉ちゃんだって…死んでまで尚紀を独占したくはないと思う。だからさ…そろそろ…」

 

「……余計なお世話だ」

 

顔を上げた尚紀が杏子に振り向く。

 

その顔は決断するような決意を感じさせる程にまで真っ直ぐだった。

 

「俺は風華と約束した…俺の力を人々の為に使って欲しいと。俺はその道を貫き通す」

 

「で、でも…尚紀はその約束に囚われ過ぎたから…神浜の連中と殺し合いをしたんだろ…?」

 

「視野橋梁に陥ったことは認める。なら、別の道を見つけて進んで行く…俺はそれを見つけた」

 

「たしか…国会議員を目指すんだったな?だけど、政治家だって嫁さんぐらいは必要だろ?」

 

「必要ない。これは俺の我儘の道…仲魔達にも頼れない。だからこそ、迷惑はかけられない」

 

「迷惑だって男が勝手に決めつけるなよ?女が迷惑だと思わないなら…迷惑にはならないんだよ」

 

丈二と同じ言葉を聞かされてしまった尚紀は視線を逸らしてしまう。

 

視線の向かう先は風華の墓であった。

 

「居候のあたしだって…それを今の両親に聞いたんだ。…あの人達は迷惑だと言わなかったよ」

 

自分の事ばかり考えて、相手の気持ちを考えない。

 

それこそがさやかが一番怒った部分であり、目の前の杏子だって怒ってくれる。

 

彼女の気持ちを考えていると、八雲みたまに言われた言葉も思い浮かんでしまう。

 

――私はね…貴方を愛する気持ちは絶対に捨てないわ。

 

――だから…貴方が必要としてくれたなら…。

 

みたまの気持ちは本当に嬉しかった。

 

もし彼女について来てくれと言えたなら、喜んでついて来てくれるかもしれない。

 

それはみたまだけでなく、尚紀に好意を寄せてくれる女性達ならば同じ答えを返すかもしれない。

 

「尚紀…今日がいい機会だ。もう一度…自分の生き方を見つめ直すといいよ」

 

自分の義妹として生きてくれた恩人の気持ちを無下にするわけにもいかず、顔を向けてくれる。

 

「…分かった。俺もこの世界でどのように生きるべきなのかを…もう一度考えてみる」

 

「それが聞けて良かった…。きっと風姉ちゃんだって…それを望んでくれる筈だよ」

 

「俺よりも風華と長い付き合いをしてきた杏子が言うんだからな…きっとそうなんだろう」

 

2人は最後に風華の墓に向き直る。

 

杏子は両手を合わせて祈りを捧げる姿を見せる。

 

尚紀も両手を合わせ、己の内に取り込まれた魔法少女を思いながら冥福を願った。

 

墓地から去っていく時、微笑んでくれた尚紀が横の杏子に顔を向けてくれる。

 

「誰かに見られるというのはいいものだな。自分の意識が向いていない部分に気が付いてくれる」

 

「あたしの()()…今度はちゃんと受け取ってくれたじゃないか?」

 

「杏子の林檎だと…?」

 

「林檎は善悪の知識を知る木の実だ。尚紀が意識してくれなかった部分をあたしが与えたんだよ」

 

「そうだな…林檎こそが知恵の実だ。杏子のお陰で…俺の偏見部分を改善出来そうだ」

 

「これでもあたしはプロテスタント教徒だったんだ。迷える子羊を導くのも女牧師の役目なのさ」

 

「悪魔を導いてくれる女牧師か…。お前は大成するよ、俺が保障してやる」

 

クリスに乗り込んだ2人は家族の墓参りも行った後、見滝原へと戻っていく。

 

尚紀は車を運転しながらも今後の自分の在り方について思いを馳せているようだ。

 

(風華…俺は迷いながら進んで行く。完璧な存在にはなれなくても…お前の約束を守る者になる)

 

今の彼がもっとも必要としているのは、男の欲望をぶつけられる恋人ではない。

 

ディープステートと戦うための知恵なのだ。

 

しかしそれもまた偏見に過ぎない。

 

女性の気持ちにも目を向けろと言ってくれた杏子の言葉は尚紀の心に届いている。

 

だからこそ彼は迷い抜くだろう。

 

理想と現実はあまりにもかけ離れているものでしかない。

 

人間如何に生きるべきかを見て、現実を生きる者を見ないでは破滅を与えられるだけであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

この世界でどのように生きるべきかを考えているのは人修羅の仲魔達も同じである。

 

才色兼備を供えたクーフーリンは家の管理だけでなく様々な事にも協力してくれる人物だ。

 

尚紀の政治思想である社会主義を仲魔の中で唯一理解してくれた存在でもあった。

 

クーフーリンは騎士道に生きる幻魔である。

 

博愛心、忠誠心、品格、正義、そして真実を求める者こそが騎士道の規範だ。

 

尚紀の求める社会主義もまた、弱きを助け悪しきをくじく騎士の生き方と合致している。

 

なので尚紀とニコラスが起こした嘉嶋会の手伝いまで行ってくれているようであった。

 

尚紀の誘いにより、今ではクーフーリンは嘉嶋会の役員にまで加わってくれている。

 

静海このは、遊佐葉月共々、これからの嘉嶋会を支えてくれる頼れる存在になってくれるのだ。

 

ではセイテンタイセイはどのように生きているのだろうか?

 

粗暴な性格をしている自由人とも言えるセイテンタイセイだが、意外にも面倒見がいい。

 

尚紀の家で暮らすようになってからは、彼の稽古相手になってくれている。

 

家の庭で稽古をつけてくれたり、体がなまらないよう裏山に修行をしに行ったりしているようだ。

 

しかし、それだけでは人間社会で生きる者となった存在としては不十分。

 

なので師匠の実力を認めた上で、尚紀は美雨と蒼海幇を紹介することにしたようだ。

 

蒼海幇は強力な長を失ったため、組織基盤がグラついてしまっている。

 

それに目を付けた蒼海幇に恨みを持つ者達から報復される危険性が大きかったのだ。

 

初めは嫌がっていたセイテンタイセイではあるが、美雨の武侠精神だけは認めてくれている。

 

弟子である尚紀の背中を追い続け、クンフーを積み重ねる彼女の生き方が気に入ったようだ。

 

報復しにきた襲撃者との戦いの時、美雨を助けに向かってくれたこともある。

 

今では美雨の新たな師匠とも言える存在として、用心棒の仕事を紹介してもらえるようになった。

 

派手に暴れる事が大好きなセイテンタイセイは小遣い稼ぎとして蒼海幇に協力してくれている。

 

彼もまたクーフーリンと同じく神浜市に根差す努力をしてくれる仲魔となってくれたようだ。

 

ケルベロスはネコマタやケットシーと同じく獣悪魔である。

 

地獄の番犬としての役目を果たすため、尚紀の家の門番として今日も家で過ごしている。

 

怪しい存在が現れればケルベロスは容赦なく襲い掛かる狂犬となるだろう。

 

しかし人間社会に疎いケルベロスはやり過ぎるかもしれない危険性まで供えている。

 

そのためケルベロスが人間を殺さないようネコマタとケットシーが彼を支えているようであった。

 

仲魔達もまた、この世界でどのように生きるべきかを考えながら行動してきた者達。

 

だからこそ尚紀もまた、自分はどのように生きるべきかを考えている。

 

もちろん彼が目指すのは国会議員であるのだが、それは将来の目標だ。

 

今年も神浜市で暮らす者として、今出来ることをもう一度模索しようとしていたようだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2月に入った頃。

 

尚紀は平日に出来た休日を利用して神浜の街へと向かっていく。

 

槍一郎から買い物も頼まれたのでスーパーに行って調味料などを買った後に寄り道を行うようだ。

 

彼が向かおうとしていたのは神浜の長が教育政策を行う竜真館である。

 

尚紀は教育政策を常盤ななかに託した者であるため、魔法少女社会治世からは遠ざかる者。

 

それでも自分が託した教育政策がどれほどの効果をもたらしているのか気になっていたようだ。

 

「この先のようだな…?」

 

竜真館の門前に訪れた尚紀はスマホを取り出し、ななかに連絡を行う。

 

ちょうど教育現場に来ていたななかは彼を出迎えてくれたようであった。

 

「私達の教育現場を視察に訪れてくれるなんて…嬉しいです、尚紀さん」

 

「俺が道場に上がり込んで授業を行うつもりはない。今日は見物に来ただけなんだ」

 

「こちらにどうぞ。明日香さんも道場を貸してくれるだけでなく教育も手伝ってくれるんです」

 

「かこはまだ13歳だからなぁ…って、あの明日香が教育を行うだと!?」

 

「彼女は才色兼備の魔法少女です。そそっかしい部分はありますが、勉強が出来る人なんです」

 

「これは勉強が苦手なあきらの心にダメージを与える案件だな…まぁいい。入らせてもらうよ」

 

道場の敷地内に入って来た尚紀は、ななかに案内されて道場の入り口の前まで移動していく。

 

外から中の様子を伺うと、大勢の魔法少女達が道場内で勉強会を開いている光景が見えたようだ。

 

「フェミニズム問題の時は大変だったようだが…持ち直せたようだな?」

 

「はい…。私の力が及ばなかった部分も大きいですが…綾野さんのお陰で本当に助かりました」

 

道場内で授業を行う夏目かこと、中学生の彼女を補佐する竜城明日香の姿を見守っていく。

 

「道場で行う子供達の勉強会か…。まるで江戸時代の頃からあるフリースクールの寺子屋だな」

 

「有志をもつ庶民が子供達に教育を施す場ですね。現代で言えばそろばん教室等がいい例です」

 

「こういう教育の場が本当に大切なんだよ…今の日本という国においてはな」

 

「尚紀さん…?」

 

踵を返して尚紀は帰ろうとする。

 

何か思い悩むところがあるのかと、ななかは心配しながら声をかけてくれる。

 

女の勘はやはり鋭いと観念したのか、何処かで話せる場所はないかと聞いてきた。

 

「そうですね…明日香さんの家には大きな庭があります。そこに椅子があったと思いますよ」

 

「そこで構わない」

 

日本庭園のような庭を進んで行き、竹で組まれた和風ベンチに2人は座り込む。

 

暗い話になると迷うが、尚紀が太鼓判を押した才色兼備の彼女なら大丈夫だろうと話始める。

 

「フェミニズム問題の時、どうして彼女達が浅慮な考えのまま行動してしまったと思う?」

 

「それは周りの者達が同じ快楽を望み、結託して批判出来ない空気にされた同調圧力が原因です」

 

「その通りだ。その根本的な原因とは…日本の()()()()そのものなんだよ」

 

尚紀が語るのは、全ての魔法少女達が通っているだろう日本の学校教育について。

 

「日本人の唯一にして最大の欠陥とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()心理だ」

 

「周りの者達が同じ選択を共有することで安心感を持ち、思考停止に追い込まれる…ですね?」

 

「それを日本人に摺り込む場所こそ学校教育だ。同一性同調洗脳教育を行う()()()()()()なんだ」

 

義務教育とは何か?

 

それは従順で突出する者がいない、低レベルのロボット奴隷を量産するシステムだと彼は語る。

 

労働者達の少ない給料から大量の税金を搾取する構造をおかしいと考えさせない訓練場だという。

 

「学校教育とは、子供の考える能力を奪う事が目的の機関にされた。これが全ての原因だと思う」

 

嫌なモノを強要されたり、同調圧力を向けられ自分を殺すことが和の美徳だと洗脳されてしまう。

 

学校は周りと同じ人間という()()()だけを製造することしか出来ない。

 

異質な者、個性的な者は嫌がられて虐めを受ける学校光景こそが、同一性同調洗脳の被害光景だ。

 

それを恐れて保身に走り、みんなと同じという規格品にされるしかない日本の子供達。

 

同じ制服を着て、同じ事しかさせてくれない光景はまるで軍隊みたいで気味が悪い。

 

学校を青春の場か何かと勘違いをしている現代の子供達。

 

だからこそ、彼は今の学校教育とは真逆の教育を行ってくれる寺子屋が大切だと語ってくれた。

 

「私も学校教育には違和感を感じてました…。よく分からなかったけど…学校が苦しかったです」

 

「お前が感じたよく分からない違和感を大事にしろ。おかしい事に気が付くチャンスなんだよ」

 

自衛隊ではよく分からない違和感を大切にしろと教えられる。

 

それは何かがおかしい事に気が付くチャンスであり、立ち止まって考える機会なのだ。

 

船員や消防士が整理整頓を五月蠅く言われるのは、違和感を炙り出して事故を防ぐ狙いがあった。

 

「違和感を知るには科学的裏付けが必要だ。だからこそ、フェミの嘘にひなのは気が付いたんだ」

 

「人生で学んだ総合経験もあったのでしょう。勘はそれまで培った知識と経験から生まれます」

 

「梨花も経験によってフェミニズムを求めなかった。人間の本質とは言われた事をやるではない」

 

「受動的な教育ではなく能動的な経験によって知恵を求める…そんな()()()()()()()()()ですね」

 

「この寺小屋こそまさに能動教育の場だ。学歴や偏差値ではない本物の知性を求める場だと思う」

 

「みんな知るべき勉強になると俄然とやる気も出ます。学校は勉強を嫌いにする場所ですね…」

 

「だから学校の青春とかいう快楽に逃げていく。他人と比較されるのは嫌だと言いながらな」

 

「明るい明日香さんが教育を手伝ってくれるようになったここでは皆が生き生きしてくれてます」

 

「勉強は楽しむものだ。遊びの延長でやらせるのが正解なんだよ。RPGゲームのようなものさ」

 

「ゲームは詳しくないんですけど…RPGゲームとは何ですか?」

 

「そこからの説明は話が逸れてしまうが…ようは経験値を溜めてレベルアップを求めるものさ」

 

「なるほど…RPGゲームのレベル上げも勉強という経験値アップと何処か似ていますね」

 

「勉強というレベル上げのお陰で様々な知識という魔法を取得出来る。こう考えたら楽しくなる」

 

「ゲームは能動的にするものです。たしかに…寺子屋に通じるものもあると思います」

 

「知性は大切だ。しかし、そればかりを求めるのは偏見となるだろう」

 

「では…知性以外には何が必要なんですか?」

 

「知性重視は科学万能主義に陥る。没価値的研究がもたらす弊害は…倫理観を無視することだ」

 

これはフィクションで言えば悪役のマッドサイエンティストが陥る心理である。

 

人間の徳や人格が無視され、科学で考えるべきではない分野にまで科学的意見しか出せなくなる。

 

そのため非人道的な科学によって問題の解決を図ろうとする心理に陥ってしまう。

 

この弊害をもたらした者こそ、他の宇宙に存在していた里見那由他の従妹である里見灯花だった。

 

「大切なのは()()()()だ。だからこそ俺は先ず、魔法少女達の心を教育する政策を託したんだよ」

 

「尚紀さんが語ってきた個の確立に必要な最終的な概念とは…人間の思いやりだったのですね?」

 

「そうなるだろうな…。答えが出たとしても押し付ける教育だけはするなよ?尊重が大切だ」

 

「心得ています。たとえ大儀があろうとも押し付ければ反発される…貴方が教えてくれました」

 

「271の法則がある。2人はお前を好きになり、7人は関心がなく、1人がお前を嫌いになる」

 

「それが教育者の現実なんですね…。人間を授業で規格品にしようとするのがそもそも傲慢です」

 

「そういうことだ。長々と話すことになってしまった。邪魔して悪かったよ」

 

「い、いえ!勉強になりました、尚紀さん!やっぱり貴方は…私の道標になってくれる人です…」

 

横に顔を向ければモジモジした態度を見せるななかがいる。

 

今度お礼を持っていくと言われたが、それがどんなお礼になるのかは今の彼には知る由も無い。

 

教育責任者の時間を邪魔したお詫びとして、彼は持っていたスーパー袋から何かを取り出す。

 

取り出したのは林檎であった。

 

「食うかい?」

 

「えっ……?」

 

「勉強会の邪魔をしたお詫びだ。受け取ってくれ」

 

「え…えと…はい、後でいただかせてもらいます」

 

彼女は渋々両手で林檎を受け取ってくれる。

 

林檎を渡し終えた尚紀の表情には微笑みが浮かんでくれたようだ。

 

「宗教においては、林檎は知恵の実だ。俺が魔法少女に送れるのは…()()()()()()()()()なんだ」

 

「林檎は知恵の実…。尚紀さんはそれを私達に与えてくれる…よりよく生きてもらいたいから…」

 

「魔法少女という女達は知性を手にするだろう。そしてゆくゆくは…周りの男達にも広げてくれ」

 

そう言い残して尚紀は竜真館を後にしていく。

 

帰路につく中、口元には苦笑いが浮かんでしまう。

 

彼が思い浮かべていたのは林檎を持ってきてくれた時の杏子の姿だった。

 

「悪魔の俺が…牧師の娘の真似をするとはな。ヤキが回っちまったもんだよ」

 

あの時の彼は林檎を受け取る事は出来なかった。

 

それでも今の彼は杏子から知恵の実である林檎を受け取る事が出来るまでに成長出来た。

 

人修羅と呼ばれる悪魔は女達に向けても小さな林檎を分け与えてくれるだろう。

 

彼が魔法少女達にもたらすのは、()()()()()()とも言える知性であった。

 

「男は須らく種をまく農夫だ。俺が女達に向けてまく種とは子種じゃない…知恵という種だ」

 

尚紀は空を見上げていく。

 

この世界を資本主義によって支配する存在こそがイルミナティと黒の貴族、そして堕天使達。

 

資本主義によって完全支配を受ける存在こそが各国政府であるディープステート。

 

そして、この世界には光と闇のハルマゲドンまで迫っている。

 

もはや崩壊するしかない絶望的な世界であろうとも、彼は希望の種を残す。

 

「もし世界の終わりが明日だとしても、俺は今日林檎の種子をまくだろう」

 

彼が語った言葉とは、ルーマニアの革命家と混同される作家のゲオルギウが残した言葉だ。

 

国会議員でもないただの悪魔探偵が今出来る事は、知恵を求めて周りに残すこと。

 

非日常でも日常でも関係なく農夫はそれを行うことしか出来ない。

 

楽観も悲観もなく、愚直なまでに林檎の木を育てていく。

 

将来にこそ世界の仕組みに気が付いてくれる実りが育ってくれるのだと信じて種をまくのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ここは東京のどこかにある繁華街。

 

若者達は1・28事件やクリスマスの惨劇さえ忘れたかのように浮かれて過ごしている。

 

今日も若者達は街に繰り出し、片手にスマホを持ちながらSNSやソシャゲ三昧。

 

娯楽ばかりにうつつを抜かして現実を忘れ去った若者達を見下ろす少女の姿があった。

 

「……醜いものね」

 

ビルの屋上から繁華街を見下ろす存在とは、ホワイトメンと名乗るようになった氷室ラビ。

 

彼女の右肩にはハクトウワシの姿をした悪魔がとまっていた。

 

「見ろよ。またアホ陰謀論者のアカウントを見つけたぞ♪アホは救えないリストに追加しとこ♪」

 

「この世はルシフェリアンに支配されてるとか言ってる中二病患者共だろ?ほっとけよ」

 

「ルシファーを崇める国際金融資本家がいるとかアホ言ってる奴ら程マウントとりたくなるぜ♪」

 

「デマばかり垂れ流す奴らをからかうお前も物好きなヤツだなー。それより、あそこを見ろよ」

 

「おお!いかにも田舎から東京に迷い込んだような素朴な少女共だな!ちょっと行こうぜ」

 

「上手くいきゃホテルにまで連れ込めそうだ。今日もハッスルと行こうじゃねーか♪」

 

快楽しか求めない者ほど他人への思いやりなど欠片も無い無責任主義者である。

 

連中にあるのは自分達だけ周りから認められたらそれでいいだけの傲慢極まった承認欲求のみ。

 

それでいて社会正義(LAW)の名の元に、自由(CHAOS)な発言をする者達を袋叩きにする。

 

彼らが求めているのは自分達に都合がいいストレス発散道具であるサンドバック人間であった。

 

そんな者達の声がラビの耳には聞こえ続ける。

 

彼女の力は既に魔法少女の域を超えようとしているようだった。

 

「どうして人間は…他人の主張を直ぐにデマだと決めつけてしまうのかしら?」

 

絶望に染まっているラビの瞳が肩にとまっているハクトウワシに向けられる。

 

魔法少女であるラビには悪魔の言葉が聞こえるようだ。

 

「この世の事象に未練があるのか?」

 

「私は魔法少女を調べた教授の元で生きてきた…。でも…彼の言葉は全員からデマだと思われた」

 

俯いたまま自分の過去を振り返る者を見て、鳥悪魔はこう語り掛けてくれる。

 

「陰謀論もそうだが、そういう言葉を使う者ほど自分では何も調べない…その上で語っている」

 

「そうよ…みんな魔法少女を知る努力もしないでデマだと言う。謙虚さを全然感じられない…」

 

「本当の事など当事者以外に誰が分かる?連中はゼウスか何かを気取っているだけの無知蒙昧だ」

 

「何も知らない自分を悪く思われたくない…マウントをとられたくない…だからデマと連呼する」

 

「自分は思考停止を選び、世の中の正しさは国が決めてくれると考える。愚かも極まったな」

 

「国やメディアや専門家が嘘をつく筈がない。そんな根拠を彼らは用意出来るというの…?」

 

「それを言った時、連中はお前を悪者にする。()()()()()()()はいつも相手に問題をすり替える」

 

()()()()という概念を忘れてしまったのね…。主張を受け止めてから調べて欲しかった…」

 

「他人に期待しても応えてなどくれない。人間は常に、見たいものしか見ない連中だからな」

 

鳥悪魔は右翼を持ち上げて広げながら下に向ける。

 

「見ろ。知恵を求めずパンとサーカスだけを求める愚者共を。あの愚かな虫けら共の姿を」

 

今日も何処かで陰謀論者は社会正義ごっこの名の元に民衆達からサンドバックにされていく。

 

社会を乱す犯罪者、カルト宗教信者、頭のおかしい中二病患者、反日勢力、テロリスト。

 

悪者に出来るレッテルなら何でも貼り付け、この国のルールを守れと連呼する。

 

表現の自由なら日本は認められている筈なのに、六法全書を読みもしない者達がルールを叫ぶ。

 

「社会ルールと連呼する者も、結局は()()()()()()()()()()()しか守らないだろう?」

 

外出時においては、感染対策の為にドアノブを一分以上舐め回して頂きます。

 

そんなルールを国や地方行政が決めたとして、誰が守る?

 

ルールを破ればルール違反者を蒸し焼きにしてもいいとでも民衆は考えるのだろうか?

 

「ルール論など思考停止だ。創造性が乏しい者は、常に()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「全ての現象は正解であり不正解…。ルール論を振りかざす者ほど体罰を肯定するのでしょうね」

 

「社会正義の名の元に悪を討ち果たしたいエクスタシーを求める。所詮は()()()()()()()()()だ」

 

「教授も那由他様もデマ屋にされてきた…。自分なりの調査を公表する者はいつも悪者にされる」

 

「他の可能性宇宙でもそれを模索する魔法少女がいる。しかし…所詮は無駄な足掻きなのだ」

 

その魔法少女とは、違う可能性宇宙においては()()()()()と呼ばれる少女。

 

極度のあがり症を患う少女だが、それでも魔法少女の存在を人間達に周知させようと努力した者。

 

しかし…そんな彼女は一体どんな結末が未来において待っているのだろうか?

 

その未来を想像するならば、今まで語ってきた浅慮な人間心理を踏まえれば分かるだろう。

 

「人間は…見たいものしか見ないし…信じない。常識というドグマに支配された…偏見生物よ」

 

――だから人間も…魔法少女も…希望なんて……何処にもない。

 

首元のスカーフに供えられたソウルジェムがどす黒く穢れていく。

 

魔法少女の域を超えようとする者だが、それでもまだ体は魔法少女でしかない。

 

絶望に飲まれた魔法少女はソウルジェムの穢れの増殖によって円環のコトワリに導かれる。

 

だが、それは悪魔を仲魔にしていない魔法少女だけの話であった。

 

「……いつもありがとう」

 

鳥悪魔はクチバシを開け、ラビのソウルジェムから絶望の穢れを吸い取りながら貪ってくれる。

 

こうやって彼女は延命してきたようであった。

 

「まだ死ぬことは許されない。汝には使命がある」

 

「そう…私には使命がある。救いようのない人類の歴史に…終わりを告げる者として」

 

何かに気が付いたのか、諦念に支配された目を背後に向ける。

 

「見つけたぞ。貴様…生体エナジー協会から逃げ出した魔法少女だな?」

 

現れた黒スーツ男達とは、イルミナティに所属しているダークサマナー達である。

 

蜃気楼のように次元を彷徨うラビであったが、何処かで監視網に引っかかったのだろう。

 

「…群れてキャタピラとなる芋虫共。お前達も下をうろついている愚か者共と同じよ」

 

「何が言いたい?」

 

「群れなければ何も出来ない。群れて安心に浸りながらも…自分達で向かう方向を決めていない」

 

「ハハハ!我々はイルミナティ側だ!芋虫共を支配する側の我々に向かってよく言う!!」

 

「所詮はお前達も下っ端に過ぎない。操られている者同士…世界の終わりを迎えなさい」

 

――一足早く……あの世に行け。

 

諦念に支配されしホワイトメンが振り向くと同時に、ハクトウワシが翼を広げて飛び上がる。

 

「あの鳥…まさか悪魔なのか!?」

 

慌てたダークサマナー達が召喚管を懐から取り出すが遅すぎる。

 

空が急激に曇天となっていく。

 

姿を現すのは、ネイティブアメリカン部族に伝わる霊鳥の御姿。

 

<<私の名はサンダーバード!!諦念との盟約によりこの世界を虚無の彼方に導く者なり!!>>

 

【サンダーバード】

 

ネイティブアメリカンの多くの部族に伝わる鷲に似た雷の精霊たる巨鳥。

 

その巨大さは背に湖を乗せ雨を降らせ、その羽ばたきは雷鳴に、その眼光は稲妻になるという。

 

山頂に住まうとされ、そうした場所は聖地と見なされ人々は立ち入らなかったようだ。

 

現れたのは巨大なる鋼の鳥。

 

両翼を合わせれば千メートルにも上ろうかという程の巨体を持つ悪魔。

 

全高だけでも400mにも上り、ワルプルギスの夜をも上回る巨体を持つ霊鳥であった。

 

雷鳴渦巻く空に浮かぶ巨大なる悪魔を前にして、ダークサマナー達も震えあがってしまう。

 

「我が裁きの雷を受けよ!!」

 

帯電した巨体の周囲に無数の雷球が生み出されていく。

 

放つ一撃とは敵全体にランダムで電撃属性魔法を放つ『ショックバウンド』だ。

 

<<ギャァァァーーーーーッッ!!!!>>

 

無数の雷球によってダークサマナー達は一瞬にして焼け焦げて蒸発。

 

だが被害はそれだけでは収まらない。

 

<<キャァァーーーーッッ!!?>>

 

<<グワァァァーーーッッ!!?>>

 

不運にも現場近くにいた街の人々の元にも降り注ぎ、大被害をもたらしていく。

 

雷撃によって地上は焼かれ、瞬く間に火の海と化していく光景を見つめるラビ。

 

その表情には怒りも悲しみもない。

 

無価値なものが燃えていく光景だけを見つめるだけの傍観者がいた。

 

「いずれ人類は虚無の彼方に消えていく。早いか遅いか…それだけよ」

 

目的の為なら虐殺行為すら厭わない者と成り果てた氷室ラビ。

 

彼女の向かう先とは絶望の荒野。

 

そこには生きとし生ける者など誰も存在しない死の世界。

 

希望とは真逆である諦念に支配された絶望の世界。

 

「……滅びの刻が、少しだけ遅くなったわ」

 

空を見上げれば、サンダーバードの霊力の影響によって曇天の空から雨が降ってくる。

 

雨足は強まっていき、火の勢いもいずれは収まっていくだろう。

 

かつては正義の魔法少女として生きた氷室ラビがもたらす絶望の世界。

 

それは人修羅が求める希望の世界とは真逆の世界であった。

 

「終末時計の針は進み続ける…。私はホワイトメンとして…世界の終わりを見届ける」

 

ずぶ濡れとなっていくラビが右手を持ち上げていく。

 

握られていたのは友達の形見でもある懐中時計であった。

 

「……ごめんなさい、白金」

 

ラビの体とサンダーバードの巨体が消えていく。

 

彼女達は再び次元を彷徨う存在としてイルミナティの監視網を潜り抜けていくだろう。

 

諦念に支配された道を歩みながらも、ラビにはどうしても消えない思いが残っている。

 

かつての親友達を思う時、彼女に憑りついたホワイトメンから無価値だと言われていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

それぞれが自分の道を見出していき進んで行く。

 

過去を乗り越えた者、今を生きようとする者、未来の希望を望む者、未来の絶望を望む者。

 

どのように生きるべきかを見出し、己の居場所を確立しようとしている。

 

その中で迷いを孕んでいる者こそが、未来の希望を望む悪魔である。

 

今の彼は女性達に向けて自分が学んだ知恵を残すことしか出来ない。

 

それだけで彼女達は満足するのだろうかと考え込んでしまう。

 

彼女達の将来を救う目標によって未来の彼女達を救えても、今の彼女達はどうなのか?

 

もっと彼女達と接する機会を設けて支えてあげることも大事なのではないのか?

 

そんな悩みを抱えている尚紀は書斎を兼ねた自室から出て家の一階へと向かって行く。

 

深夜の暗い家の中を超えていき、風呂場に来て明かりを点ける。

 

洗濯機と乾燥機の横にある洗面台にまで来た彼が明かりを点けて顔を洗い出す。

 

顔を洗ってシャキッとすれば何かの答えを見出せるかもと考えた行動であったようだ。

 

水分に塗れた顔をタオルで拭き、鏡の自分自身を見つめていく。

 

すると…彼は何かの違和感に気が付いてしまった。

 

「何だ……?」

 

鏡に映るのは人間に擬態した姿の自分自身。

 

そこに映っている人間の形の一部が変化している事に気が付いてしまう。

 

「俺の瞳の色が……おかしくないか?」

 

尚紀が気が付いてしまった違和感。

 

それは日本人である嘉嶋尚紀の両目の色が変わっていること。

 

「なんだよこれ…?まるで……コーカソイドの()()()じゃないか!?」

 

尚紀の両目が白人と同じ青い瞳をしている。

 

彼の目の色はアジア人と同じ黒であった筈なのに。

 

動揺を隠しきれない尚紀はもう一度顔を洗ってみる。

 

目を良く洗いもう一度確認しても青い瞳の色は変わらない。

 

「何かの病気なのか…?だが…目の色が変わる病気なんて知らないし…悪魔は病気にならない…」

 

動揺と恐怖に支配されていた時、彼は鏡に映る青い瞳を見て何かを思い出す。

 

「この瞳の色…俺は毎日のように見ている…」

 

彼が思い出した人物とは、尚紀と同じく聖探偵事務所に勤める同僚の姿。

 

間桐瑠偉の瞳の色だった。

 

「これじゃまるで…俺まで…()()()()()()()()()()()…」

 

そんな彼が瑠偉に向けてその名前の由来を聞いた出来事がある。

 

瑠偉という名は瑠璃からきており、偉大なるラピスラズリという意味をもつ。

 

ラピスラズリは知恵を司る聖石であり、知識主義者達の崇拝を集めるパワーストーン。

 

日本においては色の種類が少なかった頃、瑠璃の青色もまた緑色と呼ばれていた時期もある。

 

緑とは宝石であるエメラルドの色。

 

エメラルドとはルシファーが失った第三の目の色であった。

 

「何が起きているんだ…俺の体に……?」

 

知恵を司る大魔王ルシファーと同じ目の色となってしまった嘉嶋尚紀。

 

ルシファーこそが人類に知恵を授けた蛇である。

 

先ず蛇はエヴァという最初の女性を誘惑して知恵の実を食べさせた。

 

知性を得た女性は最初の男性であるアダムにも知恵の実を食べる事を勧めた。

 

最初の男女は知性を得ることによって唯一神から与えられた無知蒙昧の呪縛から解き放たれる。

 

それに激怒した唯一神はアダムとエヴァを楽園から追放するのが聖書の創世記内容である。

 

嘉嶋尚紀も同じようにして、エヴァの子孫とも言える魔法少女達に知恵を授けてきた。

 

彼女達が得た知識を将来的には近くにいる男性達にも伝えて欲しいと魔法少女達に託した。

 

その光景はまるで聖書の創世記に登場する誘惑の蛇、ルシファーそのものである。

 

「……何かの病気に違いない。時間を見つけて眼医者に行くか…」

 

不安と恐怖に支配された尚紀が電気を消して部屋に戻っていく。

 

彼の体に現れた兆候は病気などではない。

 

かつての神浜テロの時、栗栖アレクサンドラに擬態したルシファーはこんな言葉を残す。

 

――お前こそが、最も私に近づいている。

 

――悪魔と化した暁美ほむらでもここまで来れなかった。

 

あの時のルシファーもまた、尚紀の心を感じとれることが出来た。

 

その光景はまるで()()()()そのもの。

 

ルシファーと呼ばれる概念存在は極めて不明確である。

 

ルシファーのルーツとなる存在は沢山いるため、起源を探るのは不可能に近い。

 

それ故に概念存在の観測者である人類は概念存在を()()()()()()()のだ。

 

混同は同一性を生み、同一化を生み出す。

 

間桐瑠偉と同じ瞳をするようになった人修羅と呼ばれる概念存在。

 

その存在達を見守る堕天使達は、人修羅のことをこう呼ぶだろう。

 

もう1人の()()()()()()()()だと。

 




魔法少女にモテようが人修羅君はメガテン主役、辛い運命に飲み込まれるのみです。
仲魔達のドラマも描きたかったのですがキリがないのでダイジェスト書きで止めときます。
これで5章のサイドストーリーは終わりにして、本編執筆に戻ります。


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205話 ご立派な魔王

2月に入って暫くした頃。

 

アリナと十七夜は来るべき日に備えて力を蓄える生活を変わらず送っているようだ。

 

「むぅ…?これは何とも…事件性の匂いがするわい」

 

台所で倒れていたのはアティスである。

 

白目を剥いたまま泡を吹いて転がっている狂神を見下ろすのはフルフルであったようだ。

 

「ヤングガールの家で殺神事件か…犯人は誰じゃろうのぉ…?」

 

頭に乗せていた老眼鏡をかけ直して周囲を現場検証してみる。

 

「こ…これは!?」

 

倒れたアティスは血文字でダイイングメッセージを残していたようだ。

 

「謎は解けた!殺神事件の犯人はアリナじゃな!!」

 

「そいつは餅の食い過ぎで喉を詰まらせただけだぞ」

 

横を向くとアリナの屋敷を管理しているなぎたんがいる。

 

「店で安かったから買ったのだが…アリナはいらないと言ってな。アティスに譲ったようだ」

 

「つまり…餅の食い過ぎで自滅していただけというわけじゃな?これで事件は解決じゃ!」

 

「つまらない茶番をしてないで、アナタ達も早く準備するワケ」

 

後ろを向けば男装服に着替えたアリナが立っていたようだ。

 

「どうしたのだ?」

 

「スクランブルがかかったんですケド。どうやら邪教のアトリエでトラブったみたい」

 

連絡を受けたアリナは手短に状況を伝えてくれる。

 

「召喚された魔王が逃げ出しただと…?米軍基地内にあるというのに…止められなかったのか?」

 

「アーミーなんぞにデーモンロードを止める力なんてないと思うんですケド」

 

「どんな魔王なのじゃ?」

 

「デーモンロードの名前までは聞かされなかったから知らないんですケド」

 

「では、我々はその逃げ出した魔王を捕獲するための追跡に回されるというわけだな?」

 

「そういうワケ。チョーめんどくさい展開になったヨネ」

 

「了解した。支度を終えたら直ぐに向かおう」

 

「ワシはその…持病の腰痛が悪化してきたようじゃ。魔王の捜索は遠慮しておくぞ…」

 

「デーモンロード相手にビビったワケ?アナタも早くキューブに戻る!」

 

「グワーッ!!ワシでなくアティスでも連れていかんかーい!!」

 

強引にキューブに戻された悪魔を連れ、アリナ達は米軍基地へと向かったようだ。

 

その頃、見滝原近くの米軍基地のバリケードをぶち破った魔王は空を飛行中である。

 

「グワーハハハ!!ついにワシの降臨じゃな!!ワシが来たからには全てがR指定じゃ!!」

 

その御姿は男の煩悩が形となった程の神々しさと卑猥さを全身で表現している。

 

あらゆる世界に登場すれば即R指定にされかねない全身卑猥悪魔こそがこの魔王。

 

その姿を例える言葉があるとすれば、巨大な勃起としか表現出来ない。

 

現れた魔王こそ、ズル剥けたご立派なチ〇ポだった。

 

【マーラ】

 

仏教における悪魔を表す存在であり、煩悩の化身として摩羅(マーラ)と呼ばれる魔王。

 

悟りを開いたブッダに数々のマーラが襲いかかるも、彼の強い意志に打ち負かされたという。

 

愛欲の神カーマと複合化され、その影響か男性の陰物を指し示すマラとして伝わってきたようだ。

 

仏教の第六天魔王はマーラに由来するものであり、他者を欲望に陥れ快楽を自らのものにした。

 

「何がイルミナティじゃ!地球の管理じゃ!政治は好かん!ワシが望むのは人類の堕落のみ!!」

 

空飛ぶ黄金のチャリオットに乗っかる御姿こそ緑色をした極太の勃起魔王。

 

亀頭を頭部とし、亀頭の裏側に口が備わっており文句を垂れ流している。

 

緑色の巨大玉袋から伸びているのは陰毛の如き触手の数々。

 

まさに全身がR指定そのものであり、男が抱く煩悩の化身そのものであった。

 

「むっ!!男共の強い無念と欲望を感じる…女共に抱く怨恨の如き感情エネルギーを感じるぞ!」

 

亀頭が向いた方角とは神浜市が存在している地。

 

黄金のチャリオットが進む方角を変え、自身を呼ぶ声に応えに行くかの如く空を飛ぶ。

 

「待っておれ欲望の権化共!!男の煩悩そのものであるワシが降臨してしんぜよう!!」

 

神浜の地に煩悩の魔王が降臨する時がきた。

 

彼の地で暮らす魔法少女達の元に極太の勃起魔王が降臨するのである。

 

レズビアンシティとも言えるかもしれない神浜魔法少女社会にとっては、貞操の危機であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

フェミニズム問題の時、神浜市立大附属学校ではトラブルが起きている。

 

2人の男子生徒が学校のフェミニズム教育に嘆いていた時、フェミニスト生徒達から罵倒された。

 

保守派の男子生徒達はレズビアンを崇めるフェミニスト達に憎悪の感情を燃やしていたようだ。

 

しかし復讐する度胸もないため、受験が終わったので他県に逃げる腹積もりなのだろう。

 

それでも憎悪が消えるわけではないので、こうして神頼みを行っていた。

 

「くそくそくそくそ!!みんなボク達がノンケだからってバカにして!!」

 

「こうなったらご立派な悪魔を召喚して!みんなケチョンケチョンだ!!」

 

「そうです!そのとおりです!!トットと、あのご立派な悪魔を召喚してください!!」

 

「ご立派なマーラ様を召喚して下さい!!ありがたやー…」

 

満月の夜において、男子生徒達は何やら怪しい儀式を行っている。

 

彼らが持ってきていたのは邪神像ともいえるだろうバフォメット像である。

 

彼らはフェミニズムによって男性権威が貶められるしかない社会の在り様を嘆いている。

 

だからこそ男の権威そのものともいえるだろう、ご立派な悪魔の降臨を望んでいたのだ。

 

しかし彼らがいくら拝んでもご立派な魔王は降臨しないし邪神像も喋らない。

 

「やっぱり…ダメだったのかな…?」

 

「男の願いは届かなかったのか…?神様でなくてもいいから…どうか男の嘆きを聞いてくれ!」

 

平伏しながら邪神像に語り掛けていた時、満月の効果によって邪神像の目が赤く光る。

 

「…フーム、見どころのある者達でーす。話ぐらいは聞いてあげても構わないのでーす」

 

「おおっ!!邪神様がボク達の声に耳を傾けて下さったぞ!!」

 

「早くマーラ様を召喚して下さい!ボク達はレズ万歳なフェミニスト共が許せないんです!」

 

事情を説明されたようだが、像に封印された妙な邪神はうんざりした態度を返してくる。

 

「フッフッフッ…先程から申している通り、召喚は出来ないのでーす」

 

「なんでだよ!?こんなにも今、マーラ様を必要としている状況だというのに!?」

 

「悪魔召喚にはMAGが必要なーのです。ここにはMAGがなーいのです」

 

「そんなの知るか!ボク達のような女に虐げられる男達には今直ぐマーラ様が必要なんだよ!」

 

「マーラ様はご立派な悪魔…万全の状態で召喚に挑まねば…恐ろしい事態になーるのです」

 

「なに言ってんだ!はやくしろ!」

 

「ボク達をバカにする奴らなんて!1秒でも生かしておけないよ!」

 

「そうです、バフォメットさん!右のヤツの言う通りです!」

 

早くマーラ様を召喚してボク達を楽にしろとせっつかれる。

 

仕方がないのでバフォメットは召喚の真似事ぐらいはしてやろうと判断したようだ。

 

像に囚われたバフォメットが糞長い召喚詠唱を始めていく。

 

召喚詠唱を終えたようだが、やはりマーラ様が召喚される気配などない。

 

「言った通りであーりましたでしょ?MAGが無いと悪魔は召喚できなーいので……?」

 

周囲が異界化していく。

 

神々しい程の霊圧を感じたバフォメットが慌てだす。

 

「わ…私が召喚した訳ではあーりませんよ!?どうしてマーラ様が召喚されたーのです!?」

 

男子生徒達が集まっていた神社の元に巨大な勃起が空から現る。

 

<<ひぇぇぇぇーーッッ!!?>>

 

異界に囚われた人間であったため悪魔の姿を視認出来る。

 

空から現れた巨大な勃起こそ、虐げられし男達の股間にぶら下がっている煩悩の魔王であった。

 

「ワシを呼んだのはお前らか!お前達の怨念めいた感情エネルギーを感じておったぞ!」

 

「ハハァーーッッ!!ありがたやー……マーラ様ぁぁぁーーっ!!」

 

「マーラ様ぁぁぁ……どうか虐げられし男達の嘆きを聞いてください!!」

 

男子生徒達は何があったのかをマーラに伝えていく。

 

像に囚われたバフォメットは逃げることも出来ないので死んだフリをしているようだ。

 

黙って清聴してくれていたが、情けない男達に向けて怒りのオーラを出していく。

 

怒りで体が震えていたマーラが罵声を浴びせてきた。

 

「たわけーーッッ!!軟弱な男共め!!貴様らはフニャチ〇共じゃーーっ!!」

 

「ヒィィィーーッッ!!ち、違うんですマーラ様ぁぁぁ…悪いのは同性愛万歳な連中ですぅぅ…」

 

「レズビアン如きにひれふしおって!!貴様らの股間にぶら下がっておる煩悩を爆発させろ!!」

 

「そんなこと言われても…レズビアンはフェミニズムで守られてるんですよぉぉ……悔しい!!」

 

「何がフェミニズムじゃ!!女天下なんぞにひれふすとは…この時代の男共はなっておらん!!」

 

怒り心頭モードなマーラに絡まれたら堪らんと息を殺しているバフォメット。

 

しかしマーラに死んだフリは通用しないのか、陰毛の如き触手ビンタで像を砕かれた。

 

「あっ……」

 

何処かのサマナーに封印されていたようだが、ひょんなことから解放されてしまったようだ。

 

山羊の頭部をもち黒い毛で覆われた人型の邪神こそ、マーラにとっては因縁深い悪魔であった。

 

【バフォメット】

 

魔女達のサバトを統括するとされた悪魔。

 

山羊頭に女性の胸を持ち、背にカラスの翼を生やしたバフォメットの図案が有名どころである。

 

テンプル騎士団はこの偶像神を崇めていたとされ、廃絶に追い込まれてしまったようだ。

 

元来はイスラム教のムハンマドの名が転訛して異教徒の崇める邪神のように考えられていた。

 

「バフォメットォォォ……ボルテクス界ではよくもワシをスライムとして召喚しおったな?」

 

「ヒィィーー!?あ…アレはマネカタ共からせっつかれたので仕方なかったのであーります!!」

 

「ワシをフニャチ〇姿に変えた罪は重い!貴様もスライムになるまで殴る!!」

 

「そんな殺生なーーッッ!?お許しくださーーい!!」

 

触手ビンタによってボコボコにされたバフォメットは正座させられる始末。

 

鬱憤を晴らしたマーラはバフォメットに向けてビンビンに反り上がった亀頭を向けてくる。

 

「バフォメットよ、ワシは決めたぞ!フェミニズムとやらで骨抜きにされた男共を矯正する!!」

 

「具体的には…何をするのであーりますか…?」

 

「この時代の男共がありのまま雄として生きられる精神を叩きこむ!女も雌として矯正する!!」

 

「つまり…酒池肉林なサバトを開けと私に言われるのであーりますか…?」

 

「流石はサバトを管理する悪魔じゃ、話が早い!行くぞバフォメット!先ずはこの街からじゃ!」

 

勇み足でマーラは空へと飛んでいく。

 

黒い翼を広げたバフォメットも追いかけるのだが、最後に地上を見下ろしてみる。

 

手を振って見送る男子生徒達を見ていると嫌な者達の顔を思い出す。

 

(あいつら…あの時のマネカタの顔と同じであーります。関わると不幸しかうまなーいのです)

 

ボルテクス界に続きこの世界でも厄介事に巻き込まれた上でマーラに従属させられる。

 

バフォメットはガックリと項垂れながらも、マーラが望むサバトを開くための準備を始めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ご立派な魔王がこの街に潜伏してから一週間が経過した頃、不審な事件が起きていく。

 

若い男子や女子が怪しい宗教行為に耽っているという噂が街中で語られるようになったようだ。

 

行方不明になるというわけではないが、帰ってきた若者達は酷く疲れた顔をしている。

 

まるで精気を吸われているかのようなゲッソリとした顔つきであったと噂されていたようだ。

 

被害者達の状況から見て魔獣の仕業ではないかと考えた魔法少女達が捜査を開始。

 

しかし彼女達が考えているような生易しい存在が相手ではなかったのだ。

 

「これは…魔獣の結界じゃない!悪魔が使う異界だ!!」

 

手分けした捜査の末、現場にいち早く駆けつける事が出来たのはももことレナとかえでだった。

 

3人が見上げていたのは栄区にある神浜記録博物館。

 

異界は博物館を覆っており、中には招かれた者達以外は入れない。

 

しかし異界に侵入する力を持つ魔法少女達ならば侵入出来るだろう。

 

ソウルジェムを掲げて入ろうとした時、応援の魔法少女も駆けつけてくれたようだ。

 

「十咎せんぱーい!私も来たのー!!」

 

空から現れたのは大鎌に腰掛けた姿の御園かりん。

 

隣にはお供のジャック・ランタンもいてくれたようだ。

 

「かりんちゃんも来てくれたか!これで旧メンバー勢揃いだな!」

 

「悪魔のせいでフェミニズムに惑わされたし…レナ絶対に許さない!とっちめてやるんだから!」

 

「ふゆぅ…それは世間知らずのレナちゃんが勝手にやったことなんじゃない…?」

 

「レナが世間知らずのバカだって言いたいの!?かえでだって騙されたじゃない!」

 

「コラコラ!喧嘩しにきたわけじゃないって!気を引き締めていかないと!」

 

4人は頷き合い、博物館の中に入ろうとする。

 

しかしジャック・ランタンがついてこないのを不審に思って振り返ったようだ。

 

「お…俺は…この中には入りたくないホ……」

 

見ればランタンはガタガタと震え上がっている。

 

「ランタン君は…ここにいる悪魔のことが分かるの?」

 

「巧妙に魔力を隠してやがるけど…この神々しいまでのご立派な威光は隠せないホ…」

 

「ごりっぱな威光…?アンタはこの中に潜んでる悪魔について知ってるの?」

 

「俺の勘違いであってくれたらいいんだホ…。でも、俺の勘が正しいなら…全力で逃げるホ…」

 

「そ…そんなにも強い悪魔が潜んでるわけ!?か…帰ろうかな…?」

 

「相手は魔王だホ…。それに…魔法少女じゃ絶対に勝てない理由があるんだホ…」

 

「アタシ達じゃ絶対に勝てない理由…?そ、それは一体……?」

 

「とにかく…もし相手があのご立派な魔王だったなら…全力で逃げる事を約束して欲しいホ」

 

怯えたランタンの警告に頷いてくれたため、ランタンが先導するようにして中に入ってくれる。

 

博物館のエントランスに入ってみると、何やら怪しい声が響いてきた。

 

サバトを司るバフォメットが催す酒池肉林の大乱交が繰り返されているのだろうか?

 

恐る恐る奥のギャラリースペースに入ってみると、魔法少女達の目が点になった。

 

<<えっ……?>>

 

ギャラリースペースには大勢の若い男女が平伏しながら何かを拝んでいる。

 

中央に聳え立つのは日本でも馴染み深い生殖器崇拝の御神体であった。

 

「ありがたやー…ありがたやー…男の俺達に自信を与えてくれる魔羅様は最高の神様ですぅぅ…」

 

「見ているだけで股を開きたくなってくる…。私…男の子達を誤解してたわ…ありがたやー…」

 

目のハイライトが消えた者達が拝んでいる御神体の形とはドデカイ木彫りの生殖器。

 

神々しくも卑猥極まりない勃起像を拝み倒す者達を見た魔法少女達は赤面しながら顔を向け合う。

 

「な…何やってるのよこの子達!?それに…あれって…もしかしなくても…アレよね!?」

 

「ふゆぅ…この子達…趣味が悪過ぎる宗教に入っちゃったんだね…」

 

「私…男の子のああいうのを見るのは…木彫りの像であっても初めてかも…」

 

「アタシは…その…家庭が男社会だから…ええと…お風呂から出てきた時に見た事が…」

 

乙女達は恥ずかしいのかモジモジしながらランタンの判断を仰ごうとする。

 

見ればランタンの顔は真っ青になっており、恐怖のあまりカボチャから汁が分泌していた。

 

「間違いないホ…やっぱりご立派な魔王が現れたんだホ!お前ら逃げた方がいいホ!!」

 

「だ…だけど!この子達を放置して逃げるわけにはいかないよ!」

 

「だったらこの子達も連れ出していくホ!魔王に気が付かれる前に急ぐホ!!」

 

手分けして若者達を避難させようとするのだが、巨大ギャラリーの天井から何かが現れる。

 

天上をすり抜けるようにして現れたのはバフォメットだったようだ。

 

「待ちなさーい。この者達は神聖なるご立派様への感情エネルギーを捧げているのでーす」

 

バフォメットの言葉通り、平伏しながら拝んでいる者達からは感情エネルギーが絞られている。

 

感情のMAGはご立派な御神体に集まり、天上を超えて上の階に流れていくようだ。

 

「感情エネルギーを捧げているだって!?魔獣みたいに感情を吸い取る悪魔もいるのか!!」

 

「なんか変な口調の悪魔だけど…レナは容赦しないんだからね!」

 

魔法少女達が魔法武器を構えるのだが、バフォメットは片手を上げて制止させてくる。

 

「止めておきなさーい。ご立派様を怒らせたならば…想像を絶する恐ろしい事態になーるのです」

 

「ど…どれぐらい恐ろしい事になっちゃうの…?」

 

「乙女の純潔を奪われても…知りませーんよ?」

 

そう言い聞かされた魔法少女達の顔が火のように赤面してしまう。

 

彼女達は男性経験がない処女達だったようだ。

 

顔を向け合って作戦会議を始めていく魔法少女達。

 

作戦会議を終えた彼女達が困ったような笑顔を向けながらこう言ってきた。

 

「アタシ達…その…お邪魔だったみたいです…」

 

「レナ…悪魔に初めてを奪われたくないから…帰るわね…」

 

「私も同じだよぉ…。恥ずかしい悪魔となんて戦いたくないよぉ…」

 

「マジカルきりんは健全な漫画のヒロインなの…。R指定がかかっちゃうような展開は嫌なの…」

 

「賢い判断でーす。ご立派様を崇める気がなーいのなら、早く家に帰りなさーい」

 

魔法少女達は渋々と博物館を出て行ってしまう。

 

外に出ると探偵事務所から帰るために道を走行していた尚紀の車を見つけたようだ。

 

ももこ達は尚紀にSOSを投げかけ、今回の騒動は男の力で何とかして欲しいと頼み込む。

 

相手が魔王ならばと彼もやる気を出し、マガタマの『ジェド』を飲み込み中へと入っていった。

 

「…お前、何処かで会った事がある悪魔じゃないのか?」

 

怪訝な顔つきを浮かべる人修羅を見て、バフォメットは声を荒げてしまう。

 

「あの時の悪魔ではなーいですか!?アナタのせいで私はマーラ様を召喚させられたーのです!」

 

「やっぱりあの時のバフォメットか…。ボルテクス時代の奴らを妙に見かけるようになったな?」

 

「ぐぬぬ…しかし、これは僥倖かもしれませーん。どうか私を解放してはくれませーんか?」

 

事情を聞けば、どうやら魔王にこき使われてばかりでうんざりしているようだ。

 

ご立派様を倒してくれたら若者達の洗脳を解くと約束も取り付けた事もあり、上の階を目指す。

 

悪魔の気配を感じる3階の大広間に入った人修羅は見上げるようにして顔を上げてしまう。

 

「随分と…鍛え直したな……?」

 

目の前にいた魔王こそ、ボルテクス時代ではフニャチ〇とバカにされた悪魔であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「覚えのある魔力だと思ったら人修羅ではないか!どうじゃ!ワシの本当の姿を見た感想は!?」

 

大広間に顕現したのは巨大なる勃起悪魔。

 

とてもではないがフニャチ〇だなんて言えないご立派な魔王の御姿である。

 

「あぁ……立派な姿だな。男として劣等感を感じさせられるぐらいの魔王に見える」

 

「その通り!!ワシの姿を見た男共は口を揃えてそう言うべきなのじゃ!」

 

ビンビンに反り上がった亀頭の口からゲラゲラと高笑いを上げるご機嫌な魔王。

 

床からは感情エネルギーが立ち上り、マーラに吸われている光景が続いているようだ。

 

「この騒動を引き起こしたのはお前だな?下の連中を解放しろ」

 

「断る。歳のせいか…最近は朝も元気ビンビンとまではいかんのじゃ。精力をつけんとのぉ」

 

「なら、俺がそのご立派な棒切れをへし曲げてやってもいいんだぞ?」

 

「恐ろしいことを言う。ギンギンのワシを中折れさせる恐怖を想像出来ない男ではなかろう?」

 

「まぁ…男としてそんな状況にはなりたくないわな。そうなりたくなければさっさと解放しろ」

 

「悪魔に要求を突き付けるならば貢ぎ物を寄越すがいい。出来ないならば交渉決裂じゃ」

 

「やれやれ…ボルテクス時代でさえお前に触れるのは嫌だったのに…また戦うのかよ」

 

「あの頃のフニャチ〇スライムなワシだと思っとるなら命はない!そのタマぁとってやろう!!」

 

魔力を抑え込んでいたマーラが全快の力を発揮する。

 

博物館の周囲だけに留めていた異界が神浜全土を覆う程にまで広がっていく。

 

異界に取り込まれてしまったももこ達は心配そうな顔つきで博物館で戦う尚紀を見守ってくれた。

 

「フン…流石だな。スライム時代のお前とは格が違うようだ…!」

 

「当たり前じゃ!!貴様とワシでは()()()()()わ!!セイシをかけて挑んでくるがいい!!」

 

気合を溜め込み、チャリオットの車輪を大回転させながら迫りくるのは巨大な勃起。

 

光剣の斬撃よりも速い動きで突撃してくる一撃とは『地獄突き』であった。

 

「くっ!!!」

 

チャリオットの前面には縦に向けられた刃が備わっており、人修羅を切り裂かんと迫りくる。

 

二刀流の光剣で斬撃を受け止めるのだが、そのまま後ろに運ばれてしまう程の力を発揮してきた。

 

「なんて馬鹿力だよ!!?」

 

体が一気に後方まで持ち込まれたため壁に激突。

 

「ワシのギンギンの突きで昇天させてくれるわーーッッ!!」

 

人修羅の力さえ上回る程の魔王の力は圧巻であり、博物館の外にまで突き飛ばされていく。

 

「尚紀さん!!!」

 

ももこ達の上空を飛び越えていったマーラの巨体はそのまま地獄突きを放ち続ける。

 

地面に着地したがギンギンに固まった勃起を止められる障害物など存在しない。

 

マーラの地獄突きを受け止めながらもビルの壁を突き破り続ける責め苦が与えられたのだ。

 

異界の神浜の地を爆走していき、栄区から工匠区にまで持ち運ばれてしまう。

 

「がはっ!!!」

 

耐え切れずに弾き飛ばされた人修羅は廃工場の敷地内に倒れ込んでしまったようだ。

 

「グズグズしてるとイルミナティとかいう連中に見つかってしまう。早いところケリをつけるか」

 

緑の玉袋から伸びた陰毛の如き触手を地面に突き立てていく。

 

地面からは火柱が上がり、何を撃たれるのか一瞬で状況判断した人修羅がマガタマを飲み込む。

 

「男の貴様にはこれで十分じゃろう!!」

 

天を穿つ程の巨大な火柱が生み出され、廃工場を焼いていく。

 

放たれたのはマハラギダインのエネルギーを収束させて放つ『()()ラギダイン』である。

 

街を焼き尽くす程の炎エネルギーが収束され、火柱内はマグマの如き地獄と化す。

 

それでもマグマの中を突っ切ってきたのは火炎を吸収し続ける人修羅の姿だ。

 

マガタマのゲヘナの力を纏った人修羅が斬撃を放とうとするのだが読まれていた。

 

「グハァァーーーッッ!!?」

 

斬撃が決まるよりも早く神速の地獄突きを浴びせられた人修羅の体が亀頭に弾き飛ばされていく。

 

ギンギンの勃起は再び街を突き破りながら栄区方面へと駆け抜けていったようだ。

 

「ヤレヤレ、ワシの地獄突きは急には止まれんのが難点じゃ。人修羅は何処に消えた?」

 

博物館前の道路にまで戻ってきたマーラが周囲を見回すと、小さな魔力を感じとる。

 

「ほう?さっき感じた魔力とは魔法少女共のものだったようじゃな?」

 

巨大な亀頭が地面に向けられていく。

 

道路でへたり込んでいたのは逃げ遅れたももこ達であったようだ。

 

「あ…あぁ……」

 

顔を真っ赤にしながら目を丸くする乙女達。

 

男の股間にぶら下がったモノの勃起さえ見た事が無い乙女達の前に現れたのは巨大なる猥褻物。

 

初めて見た生チ〇ポがご立派様だったのなら、一生もののトラウマになるだろう光景であった。

 

「魔法少女よ、刮目してワシを見よ!ワシこそが必殺の性的肉棒兵器である魔王マーラじゃ!!」

 

ギンギンの亀頭が魔法少女達の目の前にまで向けられていく。

 

<<キャァァーーーーッッ!!!!>>

 

冷や汗塗れの魔法少女達の目の前でギンギンの亀頭を見せびらかせ、ビンビンに反り返らせる。

 

「初々しい反応じゃ!さてはお主達は生娘じゃな?ならば、これでもくらえーッッ!!」

 

亀頭の裏側にある口からピンク色の煙を吐き出す。

 

博物館周囲を飲み込む程の煙が充満する光景を見るのは現場に駆けつけようとする人修羅だ。

 

「くそ!!ももこ達にいかがわしい事をしでかしやがったら…その棒を輪切りにしてやる!!」

 

ピンク色の煙が晴れると、体が火照ったかのように頬を染める魔法少女達が姿を晒す。

 

<<ヒィィィィィーーーッッ!!?>>

 

へたり込んだ彼女達の股からは雫が垂れているようだ。

 

『誘惑の霧』に魅了された魔法少女達は必死になって股間を両手で隠す抵抗しか出来ない。

 

「グワーハハハ!!その濡れた蜜壺でこのバッキバキなワシを受け入れるがいい!!」

 

強制的に発情させられた魔法少女達に向けて放つのは『押し潰し』によるのしかかり攻撃。

 

あわや純潔を奪われるかと思われたが、何やら思い留まった様子。

 

「むぅ!?よく見れば…小さな蜜壺過ぎて入りきらん!?大き過ぎるのもタマに傷じゃのぉ!」

 

しくじったとばかりに亀頭顔を垂れ下がらしてしまうウッカリ魔王。

 

ご立派な御神体を受け入れてくれる存在はいないものかと考えていた時、悪魔達が駆け付ける。

 

「ステキな魔王様だけど…女の子をレ〇プしようとする魔王様はNGよ!!」

 

「俺も覚悟を決めたホ!!喰らいやがれホーッッ!!」

 

猛突進してくるクリスと窓から顔を出すランタンが魔法攻撃を仕掛けていく。

 

ジオンガとアギラオを受けたマーラが怒り心頭の如き反撃を仕掛けてくる。

 

「ワシの体はデリケートなのじゃー!!雷や炎で刺激するでない!大変なことになるぞー!!」

 

巨大な大車輪が迫りくる。

 

慌てたクリスがUターンして逃げ惑う。

 

どうにか現場にまで駆け付けてくれた人修羅がももこ達に向けて叫ぶ。

 

「お前達は早く逃げろ!!女の大事なものを奪われたくなかったら…必死になって逃げろ!!」

 

「う…うん…!!アタシだって…初めてがこんなのは嫌だから!!」

 

「最悪な魔王じゃない…!!こんな辱めを受けるだなんて…来るんじゃなかったわ!」

 

「ふみゃみゃ…レナちゃん…なんだか体が熱いよぉ…」

 

「知らないわよ!!レナだって…どうやったらこの火照りを癒せるのか知らないし!!」

 

「私も…今日はダメ…家に帰ってマジカルきりんを読みながら体の火照りを冷ますの…」

 

ふらつきながらも魔法少女達は異界から逃げ出してくれる。

 

ご立派な魔王との戦いは悪魔達の手でカタをつけるしかない状況にまで陥っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

暴走特急列車によって異界の神浜市が整備されるかの如く平らに変えられていく。

 

マーラの地獄突きは桁外れの力であり、真正面から攻めようものなら弾き飛ばされるしかない。

 

側面から斬り込もうにも高速で走り続けるマーラに斬撃を放つことも難しい。

 

打つ手が見つからない人修羅はクリスに飛び乗り運転しながら街を逃げ惑う。

 

背後からはクリスに目掛けてローラー掛けの如き車輪攻撃を仕掛けてくる魔王が迫っていた。

 

「ダーリンご自慢のアイテムで何とかしなさいよ!物理反射とか出来るのないの!?」

 

「見滝原に行ってた時に使ったのが最後の一つだったんだ!もう手持ちにはない!!」

 

「このままだと俺は潰れたカボチャだホ!!何とかするホ―ッッ!!」

 

逃げ惑うしか出来ない人修羅パーティに目掛けて魔王はさらに加速していく。

 

その頃、マーラの魔力を見つけ出したイルミナティの追跡チームが現場に到着。

 

先に到着したのはアリナと十七夜であったようだ。

 

「物凄い魔力だな…魔王と呼ばれる悪魔の力は。異界の神浜市が平らになっているぞ…?」

 

「向こうで土煙を上げながら走ってるのって…アレに見えない…?」

 

アリナが指さす方向に見えたのはビンビンな亀頭を向けながら突進を続ける巨大勃起の御姿。

 

性的経験を知らない乙女達は顔を赤く染めているようだ。

 

「……アルティメットなコックだヨネ」

 

「……ウム。あれを捕獲しに行くのは…任務であっても遠慮したいのだが…」

 

「アリナもアレをキューブに閉じ込めて帰れる自信はないんですケド…」

 

嫌々ながらも彼女達は人修羅を援護するために動き出す。

 

工匠区の工場街にまで逃げ込んだが、入り組んだ場所ゆえに速度が落ちていく。

 

「お前達は逃げろ!!俺は下りて奴の動きをどうにかして止める!!」

 

運転席の扉を開けて人修羅は飛び降りる。

 

跳躍しながら工場街を逃げ続ける人修羅に向けてマーラは猛突進を繰り返す。

 

「そろそろ観念せい!ワシに正面から挑む肝っタマもついておらんのか!!」

 

「タマはついてるけどお前のタマには勝てる気がしねーよ!!」

 

「タマにはいい事を言うではないか!そちらもタマげた一撃でも撃ってくるがいい!」

 

「撃てるチャンスを恵んでくれよ!!」

 

「ワシに射撃戦を挑んで来い!!ヌキ撃ちの速さなら負けんぞ!!」

 

まるで拳銃と戦艦の大砲のような差を感じさせられる相手に対し、果敢にもチャンスを伺う。

 

そんな彼らを上空から追っているのはフェニックスだったようだ。

 

人修羅は目の前にあった大きな製鉄所の敷地内へと侵入していく。

 

マーラもまたフェンスをぶち破り追撃の手を緩めてくれない。

 

後もう一歩で人修羅を車輪でローラー掛け出来る距離にまで追い詰めた時、捕獲の罠にかかる。

 

「むおっ!!?」

 

上空のアリナはマーラを相手に固有魔法を用いたトラップを発動。

 

キューブ内に取り込まれたマーラ様ではあるが、ご立派様を閉じ込めておくには脆過ぎる。

 

「何者かは知らんが邪魔立てしおって!隠れてないで出てこい包茎共め!!」

 

陰毛の如き触手をキューブ内の地面に突き立て、再び巨大な魔力を集中させる。

 

マララギダインの広域放射の一撃を防ぎきる頑丈さはなかったキューブが砕かれてしまう。

 

勢いよく戻ってきたマーラであったが、前方不注意であった。

 

「アレは!!?」

 

マーラの目の前に見えたのは回転できる炉である巨大な転炉であった。

 

「ブレーキが効かん!!ワシは急には止まれんのじゃーーっ!!」

 

勢いよく突っ込んでしまったマーラの勃起が横向きに回転した転炉の中へと入り込む。

 

「ぬふぅ!!?」

 

巨大な御神体は巨大な転炉にスッポリと入り込み、陰茎をガッチリとホールドされてしまう。

 

「ヌォォォ――ッッ!!ワシの頭のカリが引っかかって抜けられん!!?」

 

チャリオットをバック移動させても抜け出せない。

 

勢いをつけたら抜けるかとピストン運動を繰り返していると、興奮した声が響きだす。

 

「これはなかなか…刺激的じゃのぉ!?このままではワシの炉がメルトダウンする!」

 

動きが拘束された状態のマーラではあるが、背後に立つ者の気配を感じとる。

 

「マヌケな最後だな?お望み通り…俺の射撃を味合わせてやる!」

 

口を開きながら上半身を後ろに向けて倒し込んでいく。

 

光の粒子が口に集まっていき、至高の魔弾を発射しようというのだ。

 

しかしマーラは待ったをかけてくる。

 

「いかん…ワシも発射してしまいそうじゃ!!そうなったらお主…大変な事になるぞ!!」

 

今度は何だとばかりに人修羅が体の体勢を戻しながら顔を向けてくる。

 

マーラが繰り返しているピストン運動を見た男は何が発射されようとしているのかを理解した。

 

「バ…バカ!!お前…マジで()()を発射する気なのかよ!?」

 

「グゥゥゥゥ…!!もう我慢出来ん!!ワシのドロドロの溶鉄が溢れ出すーーッッ!!」

 

慌てた人修羅が製鉄所の敷地内に入り込んできたクリスに乗り込み逃げ出す程の緊急事態。

 

赤熱化したマーラの亀頭が転炉ごと上空に向けられていく不気味な光景が生み出される。

 

「ワッツ!?」

 

「何をする気なのだ!?」

 

「もしかして…ビックなガンのトリガーが引かれちゃうワケ!?」

 

「本気か!?ウソだと言ってくれ―ッッ!!?」

 

上空を飛んでいたアリナ達も異変に気が付き逃げ出す始末。

 

「イクでありまァァァァァァァす!!!」

 

ついにご立派様が雄々しく吼える時がきた。

 

亀頭の先端から発射された一撃とは『たたり生唾』である。

 

ドロドロでネバネバした大量の発射物が噴水の如き勢いで噴射。

 

その光景はまるで水道管が破裂して巨大な水柱を空に打ち上げる程の光景に見えてくるだろう。

 

<<ヒィィィーーーッッ!!?>>

 

悪魔達は全力でドロドロの波から逃げ出そうとフル加速。

 

津波の如きネバネバは異界の神浜市を覆い尽くしながら破壊していく。

 

あわや大惨事かと思われたが、どうにかして異界から逃げ出す事が出来た悪魔達。

 

たたり生唾に飲み込まれたバフォメットとご立派教の信者達の安否は不明であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「フゥゥゥゥ……年甲斐もなくハッスルしてしまったわい」

 

海水の中に飛び込みたたり生唾を洗い流したマーラは神浜の地から去っていく。

 

見捨てられたバフォメット達はドロドロな姿のまま神浜の地に放置されたようだ。

 

「しかし…久しぶりのハッスルをした後は体の虚脱感が半端ないのぉ…これが賢者タイムか?」

 

重い体のまま道路をゆっくりと走行していく。

 

それでも体が疲れたのか動きが止まってしまったようだ。

 

ウトウトしていると背後から何者かが近寄ってくる。

 

「ムゥ?」

 

後ろに立っていたのは黒いマントを纏う書生と黒猫であった。

 

「お…お主はまさか!?大正時代の不感症書生!!?」

 

不敵な笑みを浮かべたライドウが封魔管を構える。

 

蓋が開いた封魔管から光りが溢れ出し、マーラの体が一気に吸い込まれていく。

 

「ヌヌヌ――ッッ!?賢者タイムの隙を突いてくるとは卑怯者めーーっ!!」

 

弱った魔王の巨体が封魔管へと吸い込まれる程の吸引力。

 

これがデビルサマナーが用いる封印技法の一つなのだろう。

 

「グワーーッッ!!頭の先っちょが入ってしまうではないかーーッッ!!!」

 

ついにご立派な魔王は封魔管へと封印され、事なきを得たようである。

 

「ヤレヤレ…神浜の地や人修羅周りの情報を集めている最中にヤタガラスから依頼がくるとはな」

 

「……不感症だと言われてしまったぞ?」

 

「…それは気にするな。うぬはマーラと戦う経験を積むのはまだ先の話なのだ」

 

「そうか…。ゴウト、自分は不感症になるのか?」

 

「その部分をやけに気にするな…?心配だったら病院に行ってみるがいい」

 

「……分かった」

 

ヤタガラスからの緊急依頼を終えたライドウ達は神浜の地に戻っていく。

 

「それと…悪魔を仲魔にするやり方は封魔を用いるのではなく、なるべく悪魔会話を用いるのだ」

 

「何故だ?自分の今までは…これで仲魔を手に入れる事が出来たのだが…?」

 

「あのやり方では封魔管への負担が大き過ぎるのだ。封魔管はとても高価な品なのだからな」

 

「そうか…。自分は口下手だから…あまり自信がないな」

 

「その辺は仲魔達を頼るがいい。悪魔達は様々な悪魔会話スキルを持っているからな」

 

こうして神浜の地に巻き起こった性的な騒動は幕を閉じるのである。

 

しかし人修羅の前には再びご立派な悪魔が降臨する日もくるのであろう。

 

ミシャグジさまが抜けたライドウの元に加わったのは、新たなるご立派様であったのだから。

 




チ〇コの代わりはチ〇ポしかいねぇ!というわけでマーラ様が仲魔となるライドウ強化イベント話です。
このタイミングでないとマーラ様を突っ込む余裕がなかったので入れておきました。
これで五章は全部終わりとなりますので、続いて六章を書いていきます。


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第3部 6章 動乱の始まり
206話 宿命の対決


季節イベントであるバレンタインも終わった頃。

 

尚紀は変わらずの日常を送っているようだが、彼と触れ合う魔法少女達は違和感を感じている。

 

それは彼の目の色が変わっているという部分についてだ。

 

「ナオキ…どうしたネ、その目?」

 

「そうだね…ボクも気になってたんだ。何かの目の病気?」

 

早朝トレーニングに付き合ってくれる魔法少女達は尚紀を心配してくれる。

 

彼の目の色はどう見ても白人と同じ青色にしか見えない。

 

今まではアジア人と同じ黒だったのに青色になるのは目立つため隠せない。

 

「……眼医者に行ったが病気じゃないと言われた。生活に支障はないから問題ない」

 

「だけど…どう考えてもおかしいです」

 

「そうだね…突然目の色が変わるだなんて…不自然過ぎるよ」

 

「何かの魔法を受けているとかじゃないのかな…?私…尚紀が心配だよ…」

 

美雨、あきら、明日香、ささら、鶴乃は彼を心配してくれる。

 

しかし尚紀自身も原因が分からないため、どうすることも出来ない。

 

「病気の類じゃないとするなら…悪魔に関する問題なのだろう。知り合いの悪魔に聞いてみるさ」

 

魔法少女達に心配はかけさせまいと努めていつも通りの振る舞いを見せてくれる。

 

それでも彼女達は尚紀の体の変化については不安を隠しきれない様子だった。

 

目の変化について先に気が付いたのは一緒に暮らす仲魔達。

 

しかし彼らも悪魔の目の色が変化する現象については詳しくなかったようだ。

 

そのため彼の目の問題について知っているかもしれない人物のところにまで足を運ぶ。

 

仕事が終わった後に立ち寄った店とはマダム銀子と呼ばれるニュクスの店であった。

 

会員制のBARクレティシャスのカウンター席に座り、対応をしてくれる銀子と向き合う。

 

「虹彩がメラニン色素を集めて青色になったと言われたよ。病気ではなさそうだ」

 

「加齢によって目の色は変わるわ。色素の量は生まれ育った環境の日照条件に関わるの」

 

「外回りが多い探偵職だからなぁ…そのせいかもしれない」

 

「でも変よね…突然目の色が変わったなんて。毎日鏡を見てたのなら兆候は表れてなかった?」

 

「いや…突然だった。だから俺も不安になって眼科に行ったよ」

 

カウンターに立つ銀子は腕を組みながら考え込む。

 

尚紀は出されたウイスキーを一口飲み、不安な気持ちを紛らわせようとしているようだ。

 

「…悪魔の貴方は年齢を重ねる事は出来ない。だからメラニン色素の問題だとは考え辛いわね」

 

「なら…何だと言いたいんだ?」

 

「神も悪魔も概念存在。概念であるためその概念を観測する者達のイメージに影響されるわ」

 

「俺を観測する者達だと…?」

 

「日常で触れ合う人々だけではない。遠い異国でも貴方は影響を及ぼしている…崇拝対象なのよ」

 

「俺の目の色を変えた原因を起こした連中とは…まさか……」

 

鏡に映った青い目を見た時、瑠偉だけでなくもう1人の存在も浮かんでいる。

 

それはボルテクス界で尚紀を人修羅に変えた喪服の少年の目であった。

 

喪服の少年と金髪の老紳士の正体はルシファーだった。

 

ならば彼の目の色もまたルシファーと同じになったとも考えられるだろう。

 

「貴方はルシフェリアン達から崇められてきたわ…もう1人のルシファーとして」

 

黙り込んでいたが、グラスに注がれたウイスキーを一気に飲み干す。

 

立ち上がった彼は帰っていこうとするのだが立ち止まる。

 

背を向けたまま言葉を発する尚紀の言葉は震えていた。

 

「俺はこれから…どうなっていくんだ?人修羅のままか…?それとも…ルシファーになるのか?」

 

「概念存在の定義を形作るのは貴方ではないわ…観測者である人類なのよ」

 

「……今日はタクシーで帰る。駐車場に停めてあるクリスは明日拾いに来るよ」

 

そう言い残して尚紀はクレティシャスから去っていく。

 

見送ってくれた銀子は視線を柱の方に向けたようだ。

 

「彼が人修羅と呼ばれる悪魔ね…?ヤタガラスが是が非でも手に入れようとする程の存在なの?」

 

柱の影から出てきた女性とは、キョウジの部下を務めているレイ・レイホゥ。

 

カウンターに近寄ってきた彼女は椅子に座り銀子に視線を向けてくる。

 

「ヤタガラスは彼を交渉材料にしようとしている。彼はイルミナティに多大な影響を及ぼすわ」

 

「恐らくは…ザイオンの主導権争いね。ヤタガラスはイルミナティに平伏すつもりはないのよ」

 

「ヤタガラスを調べてきて分かった…。今のヤタガラスが戦後生き残れたのは…取引だったの」

 

「GHQを操るロックフェラーの手引きね。ヤタガラスは国家主義団体…解体の危機になったのよ」

 

「生き残る事は出来たけど…ヤタガラスはイルミナティの傀儡となった。だから何も出来ないの」

 

「日本に土足で進駐し続ける米軍をどうする事も出来なかったというわけね」

 

「ヤタガラスの狙いは日本のザイオンの独立。世界政府から独立して自治国を作り上げることよ」

 

()()()()()()()()()()というわけね…。鎖国時代の日本は資源は乏しくても豊かだった…」

 

「他国から内政干渉されずに済んだ時代ですものね…。国家主義団体の望みそうなことだわ」

 

「ザイオンの情報だけでなく、ヤタガラスの狙いをここまで調べられるとは…流石ね」

 

「命懸けだったわ…あたしの事を不審に思う構成員達も増えている…そろそろ潮時かもしれない」

 

「分かったわ。葛葉一族のお目付け役として貴女の身の安全は保障する。ここに逃げ込みなさい」

 

「ヤタガラスに所属してきた私の痕跡を抹消し終えたら…ここに来させてもらうわ」

 

立ち上がったレイも帰っていく。

 

見送ってくれる銀子であったが、彼女は夜の女神であるニュクスとしての言葉を語る。

 

「私は…どちらにつくべきなのかしらね?人修羅側…?それとも…ルシファー閣下かしら…?」

 

葛葉一族のお目付け役である銀子の仮面と、イルミナティを操るルシファー側に与する仮面。

 

その両方を纏うニュクスだからこそ彼女は迷う。

 

ニュクスが求める存在とは、混沌を統べる者。

 

混沌を統べる存在となるのは混沌王と呼ばれる人修羅か?大魔王ルシファーか?

 

「混沌という名の自由…それはあらゆる可能性が認められるべき世界の在り様…()()()()()なの」

 

国際金融資本家を操り世界を裏側から完全支配する金融という名の秩序を敷いたルシファー。

 

交わした約束の名の元に魔法少女社会を完全支配する秩序を敷こうとした人修羅。

 

今のニュクスにとっては、そのどちらも独裁的な秩序を掲げる自由とは真逆の存在に思えてくる。

 

「私は私を尊重してくれる存在を愛するわ…。誰かの自由を踏み躙る存在には…ついていかない」

 

未来とは作り上げるものだと信じるニュクスは神の千里眼を行使して未来を視ることはない。

 

この世界に召喚されれば彼女もまた人間と変わらないちっぽけな存在だと考えている。

 

だからこそニュクスは1人の悪魔として見届けたいと願う。

 

混沌という自由とは何なのかを彼女に示す存在となれるのは誰なのかを見極めようとしていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

休日となった尚紀は夏目書房に向かうために道を歩いていく。

 

店で専門書を買った時、かこからも目の色の変化について心配されてしまう。

 

親しい者達を心配させまいと青い目についてはメラニン色素の問題だったで押し通すようだ。

 

買い物を済ませた彼は歩きながらも考え事を繰り返す。

 

(もし俺がルシファーに成り果てた時…俺はどうなる?俺の人格は残るのか…?)

 

悪魔という概念存在になった者としての不安を抱え込む尚紀の表情は苦悶に満ちていた。

 

「もしかしたら…俺にはもう…時間が残されていないのか…?」

 

この世界に流れ着いた者だが、それでも魔法少女達が生きる世界で自分の居場所を見出せた。

 

将来の目標まで掲げてこれからだという時に襲い掛かってきた恐怖の現実。

 

それでも彼は今を生きるしかない。

 

今を耕す者達だけが未来を築き上げれるのだと信じて生きていこうと覚悟を決めた。

 

「この神浜で…多くの人達と出会えた。あの子達の今はどうなってる…?」

 

尚紀は神浜の街を歩いていく。

 

人生に意義を見出せるキッカケを与えてくれたこの街の人々ともう一度出会うために。

 

……………。

 

先ず尚紀が訪れたのは保澄雫の純喫茶。

 

いつもの席に座った彼の元に雫も来てくれたため談笑しているようだ。

 

「そうか…。周りに合わせる生き方を止めたから友達の数も減ってしまったんだな?」

 

「うん…。彼女達に合わせていても自分が死んでると思ったから…距離を放したの」

 

「友達100人なんて不合理な幻想は捨てちまえ。周りに流されているだけの人生に価値はない」

 

「だからね…私は新しい事に挑戦しようと思う。そう思えるキッカケを与えてくれた子がいたの」

 

雫が語ってくれたのは新しい魔法少女仲間のこと。

 

神浜テロによって多くの犠牲が生まれたために魔法少女契約をした子供達も多い。

 

そんな時に出会えたのが毬子(まりこ)あやかという魔法少女だったようだ。

 

「あやかは…テロの時に親戚が犠牲になったの。そのせいで酷くネガティブになってしまったわ」

 

「そんな自分を変えたかったから…魔法少女になってしまったというわけか?」

 

「あの子は奇跡によって明るい自分を手に入れた。あの子のポジティブさは私を救ってくれるの」

 

あやかは漫才が好きであり、テロの傷跡に苦しむ人々に笑顔を送りたい目標を掲げている。

 

そんな彼女の生き方に共感した雫はこう決めたようだ。

 

「あやかと魔法少女コンビを組むことにしたのか?」

 

「尚紀さんに言われた言葉で自分の居場所を見つけられたわ。でも…それの弊害も受けている」

 

事情を聞けば、どうやら固有魔法を失ってしまったようだ。

 

魔法少女の魔法の力は願いによって生み出され、能力が決められる。

 

つまり願いを否定したら魔法が使えなくなってしまう弊害が生まれてしまうのだ。

 

この弊害に今も苦しんでいる魔法少女こそ、尚紀の家族である佐倉杏子であった。

 

「私はもう何処にも行かない…私から遠ざからないと決めた。そのせいで…旅する力を失ったの」

 

「俺の義妹の魔法少女も同じ状況だ…。自分の願いを否定してしまったら魔法の力を失うんだ」

 

「私はもう以前のような強さを発揮出来ない…。だけどね…あやかが私を助けてくれるの」

 

「杏子と同じだな。杏子も失った魔法の力を補うために美樹さやかとコンビを組んでるよ」

 

「あの子達が神浜に来てくれた時に話せたわ。私とあやかも…あの2人のように生きていく」

 

「お前達なら大丈夫だ。杏子とさやかに負けないぐらいの最強コンビになってみせな」

 

純喫茶から出てきた尚紀の表情にも微笑みが浮かんでいる。

 

これからの保澄雫の人生は大丈夫だろうと思えた尚紀は次の行き先へと向かって行った。

 

……………。

 

魔法少女達と出会うならエミリーのお悩み相談所に行った方がいいと判断したため道を急ぐ。

 

歩いていると見知った魔法少女達を見かけたようだ。

 

「あ…尚紀さん。ちょうど良かったですわ」

 

現れたのは阿見莉愛と胡桃まなか。

 

彼は挨拶をするのだが話したい事があると言われて近くのカフェに入っていく。

 

向かい合った3人が話しているのは阿見莉愛についてである。

 

「新しいモデル事務所のオーディションに合格出来たか。それでこそだな」

 

「でも…そのモデル事務所に問題があるんです」

 

寂しい表情を浮かべてしまうまなかを見て、尚紀は事情を莉愛に伺ってみる。

 

受かったモデル事務所は遠い街の事務所であり、電車で通うことになるだろう。

 

そのため神浜の魔法少女社会で過ごせる時間が少なくなる現実を抱えていたようだ。

 

「私は後悔してませんわ…。新しい新天地だからこそ、一からやり直せると信じたい」

 

「神浜では未だに怨恨が残っている。水名の者達から嫌われたからこそ街を出てのやり直しか」

 

「来年で高校を卒業しますし…進学先は向こうの街にしようと思いますの。寂しくなるけどね…」

 

莉愛が横を向けば今にも泣きそうなまなかがいる。

 

彼女が莉愛を慕っているのは知っているため、まなかにも言葉を送りたくなる。

 

「今の莉愛を見てどう思う?」

 

「えっ…?どう思うと…言われましても…」

 

「以前は目立っていないと気が済まない性格をしている娘だと俺は聞いているんだが?」

 

「そういえば…そうですね。今の阿見先輩からは強がりな態度を感じないです…」

 

「それはな、()()()()()()()()()()()からなんだ」

 

「自分の弱さを…受け入れる…?」

 

「弱い奴ほど強がるもんだ。弱さを受け入れてる人間は強がらない。彼女は強くなれたんだ」

 

「阿見先輩は…強くなれたんですか?まなかは…こんなにも寂しいのに…」

 

「胡桃さん…私は大丈夫。向こうでもちゃんと生きていくから…あなたもしっかり生きなさい」

 

自分は弱いと知っている者は皆も弱いと知っている。

 

偉ぶることもなくなるし周りにも優しくなれる。

 

弱い人ほど自分の弱さと向き合うことが出来ず、意固地になってでも強がろうとするだろう。

 

これは高学歴のエリートを表すものであり、自分は優れていると勘違いを起こす現象であった。

 

「完璧になんてなれなくていい。間違いながらでも私は勉強していきますわ」

 

「完璧な人間なんていたら()()()だ。強がる者ほど完璧を演じるが嘘がバレたら皆に離れられる」

 

「私はそれが怖くて…一番目立とうとしたんだと思うわ。だけど…尚紀さんに教えてもらえたの」

 

「阿見先輩はつぼみ…豪華や派手でなくてもいい…慎ましくても美しく生きようとする…」

 

「野の隅に咲く…そんなつぼみで私はいい。憧れのモデルになれなくても…私は美しくありたい」

 

笑顔を向けてくれる莉愛の表情は今までにないぐらい優しく、頼りになるように見える。

 

そんな先輩を見ていると後輩も俄然とやる気が出てきたようだ。

 

「まなかも阿見先輩に負けません!遠く離れてても…まなかは負けないように生きていきます!」

 

莉愛を信じて送り出す気持ちとなれたまなかは尚紀に向き直り、頭を下げてくる。

 

「まなかは…フェミニズムが必要だと思いました。でも…それが全てじゃないようにも思えます」

 

「今のお前は何を望んでいるんだ?男社会に出て、男に負けないように頑張り続けたいか?」

 

「それがまなかの夢でしたけど…まなかも女です。女の幸せにも憧れるから…こうします」

 

胡桃まなかはフェミニズム問題の時に美雨とあきらから与えられた現実を考慮してこう考えた。

 

自分は世界一のコックになりたいが、それに盲従せず期限を設けてその道を進む。

 

期限内に世界一になれないのであればそれでいい。

 

それまでの間に見つけた恋人と結ばれた後は家庭を切り盛りしていく道を生きると。

 

「まなかも阿見先輩と同じように…強がりません。ありのままのまなかで生きたいです」

 

「お前達はつぼみだな。豪華でも派手でもなくていい。慎ましい自然な在り方こそが尊いんだ」

 

「まなかはね…まなかの料理を食べに来てくれる人達の心を安心させられる味を求めていきます」

 

「世間の評判なんてどうでもいい。お前の味が世界一だと言ってくれる人達を…大事にしていけ」

 

阿見莉愛達を見送った尚紀の口元も自然と微笑む。

 

「皆が成長してくれている…。この分なら、俺が魔法少女達にしてやれる事も多くはないな…」

 

その気持ちはエミリーのお悩み相談所で語り合った魔法少女達を見るほど強くなっていく。

 

だからこそ尚紀は自分がいなくなっても神浜の魔法少女達は強く生きていけると信じられる。

 

夕暮れに染まっていく夕日を眺めていた彼は決心がついたようだ。

 

「俺も生きられるだけ生きてみる。それでも俺が俺でなくなったなら…どうか強く生きて欲しい」

 

諦める気持ちはないが、それでも現実に打ち勝つ力を出せないならば潔く消えようと覚悟する。

 

自分がルシファーに成り果てるのなら、この世界を滅ぼす存在になるというのなら迷わない。

 

今の人修羅が求めている存在とは、自分を終わらせられるほどの力を秘めた存在。

 

人修羅と並ぶ程の()()()を望んでいたようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

しんみりした気分を紛らわせようと尚紀はホテル業魔殿へと向かって行く。

 

夜風に吹かれながらも帰りはタクシーで帰ろうかと考えながら階段を上っていた時だった。

 

「何だ…?この空気は……?」

 

張り詰める程の殺気がホテル付近から感じられる。

 

まるで人修羅の存在を許さないとでも言わんとしているかのように。

 

辺りを警戒しながら階段を登り切ると、ホテル玄関の屋根の柱から魔力を感じとる。

 

「悪魔か!?」

 

尚紀は素早くマガタマを飲み込み悪魔化する。

 

隠れていた悪魔はばつが悪そうな顔つきで顔をひょっこり出してきた。

 

(……初めて見る悪魔だな?)

 

まるで緑色の湯吞みに丸い目玉と口がついているようなマヌケな頭部を持つ悪魔。

 

その悪魔こそ霧峰村の惨劇の時に現れた悪魔の一体。

 

顔をこちらに向けているが柱に隠れてしまう。

 

少しするとばつが悪い気分を表現するかのように地面を転がりながら現れた。

 

「なんだかとってもダークネス。ボク、魔法少女世界デビューしたッスよ」

 

両手を上げ体をくねらせる妙ちくりんな小人であったが、先程の殺気は彼が出したものではない。

 

「ウヒッ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…それってイケてる?」

 

謎の悪魔が階段下を見下ろすように顔を向けていく。

 

人修羅となった尚紀も後ろを振り向いた。

 

「お…お前は……」

 

階段に立っていたのは、漆黒のハイカラマントを靡かせる書生と黒猫。

 

書生の目元は目深く被った学帽によって伺えない。

 

風になびくマントの裏側は完全武装をしているようだ。

 

悪魔やデビルサマナーにしか伝わらない言葉を黒猫が発する。

 

「……人修羅とやら、まずはその力を見極めさせてもらうぞ!」

 

憤怒を纏った書生が階段を駆け上がる。

 

人修羅も上着のライダースジャケットを脱ぎ捨て、発光する刺青を晒す。

 

腰のガンベルトに差した刀の鍔を親指で弾き、一気に跳躍。

 

刀を抜いた者こそ霧峰村の惨劇の時に現れたデビルサマナーだった。

 

「タァァァーーーッッ!!」

 

「くっ!?」

 

仕掛けてくる跳躍斬りに対し人修羅は右手で刃を掴み取る。

 

強く握り込んでも砕く事が出来ない刀こそ破邪の力を纏う陰陽葛葉。

 

刃を掴んだ右手から血が滴り落ち、怒りの顔をデビルサマナーに向ける。

 

「貴様は何者だ!!なぜ俺の命を狙う!?」

 

「……自分の胸に聞いてみろ!!」

 

人修羅の左肘打ちをバク転で避ける。

 

距離を放したデビルサマナーは霞の構えを行った。

 

「ライドウ、まずは慎重にな。間違っても殺すなよ?」

 

黒猫は隠れていた悪魔と共にライドウと呼ばれた者の戦いを見守るようだ。

 

睨み合う両雄。

 

この一戦こそ尚紀が生きたボルテクス界とは違うボルテクス界で起こるやもしれない宿命の対決。

 

金髪の紳士が語った通りライドウと人修羅の戦いは世界を超えてまで戦い合う運命にあった。

 

「「ハァァーーーッッ!!」」

 

悪魔とデビルサマナーは互いに踏み込み風となる。

 

彼らの戦いはこの一戦が終わっても長く続くだろう。

 

それこそが人修羅が望んだ好敵手との運命の出会いであったのだから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

袈裟斬り、逆袈裟の連続斬りを上半身を振りながら避けていく。

 

続く右薙ぎを舞うように潜り抜けて拳法の構えを行う。

 

背後に立つ人修羅に顔を向けたライドウが一気に刀を放つ。

 

決まれば悪魔でも即死する程の鋭い『的殺』突きに対し右に踏み込む。

 

突きを避けると同時に右手でライドウの手首を掴み、関節を決めようとするが蹴り飛ばされた。

 

「チッ!!」

 

距離を放した人修羅は次の一手を狙うため円を描くように歩き続ける。

 

ライドウも同じく次の一手を狙うために歩いていく。

 

「…時代がかった身なりをしたサマナーだな?こんな場所で仕掛けてくるとは世間知らずかよ?」

 

「その点は考えている」

 

ライドウの代わりに喋った黒猫の言葉に反応するようにして視線を横に向ける。

 

ホテル業魔殿周囲はライドウの仲魔が異界を構築しているため人間からは戦いを見られない。

 

「我らとて大通りで殺し合いを行うつもりなどない。悪魔とサマナーの戦いは異界で行うものだ」

 

「ご丁寧なことだな?ライドウとか言ったか…その名前なら聞いた事がある」

 

「ほう?この時代の悪魔達の間でもライドウの名は知れ渡っていたようだな」

 

「葛葉ライドウ…お前は大正時代のデビルサマナーの筈だ。なぜこの時代にいる?」

 

「我らには我らの都合がある。お喋りを続けているとライドウの攻撃を捌き切れんぞ?」

 

鋭い目つきをしたライドウが仕掛けてくる。

 

向かってくるライドウに対し、ホテル玄関屋根の柱を利用した三角飛び蹴りを行う。

 

放たれた回し蹴りを左腕でガードしたライドウが袈裟斬りを狙う。

 

斬撃を潜り抜けて後ろに回り込んだ人修羅であったが右腕を掴まれてしまう。

 

拘束されたまま斬撃を喰らうわけにもいかない人修羅はライドウの右腕を掴み返す。

 

「「くっ!!」」

 

互いに背を向け合いながら両腕を掴み合う状態が続いたが、人修羅が振り解く。

 

背後の相手に向けて左薙ぎを狙うが地面に片手をつく程の低空姿勢から放つ蹴りが決まった。

 

後退るライドウに向け、右手に光剣を放出した人修羅が仕掛ける。

 

光剣の光熱をもってしても溶断する事が出来ない程の強度を陰陽葛葉はもっている。

 

放つ袈裟斬りを受け止め、刃を払い上げるようにして刀を回し込む。

 

光剣の刃を下側に向けられたため反撃が出来ず、がら空きの人修羅の首を跳ねんと横薙ぎを放つ。

 

迫る斬撃に対し舞うように後方移動を行い横薙ぎを避け切ったようだ。

 

「大した剣技だ!しかし剣技だけでは俺には勝てない!!」

 

互いの袈裟斬りが打ち合い、内回し蹴りを用いて陰陽葛葉を蹴り払う。

 

袈裟斬り、逆袈裟と連続斬りを仕掛ける光剣の刃を上半身を振りながら避けていく。

 

唐竹割りの一撃を受け止めたライドウの体勢が回転して肘打ちを放つ。

 

左脇腹に決まった人修羅が怯んで後ろに下がった時、封魔管の一つが抜かれる。

 

「行くぞ、ヨシツネ!」

 

MAGの光を放つ封魔管を振り抜いたライドウが攻め込んでくる。

 

次々と連続斬りを仕掛けてくる相手の斬撃を打ち払っていくが上空から現れた存在が迫る。

 

「浅草ROCKで祭りだぜぇ!!」

 

空から斬撃を仕掛けてきたのは霧峰村の惨劇の時に現れたヨシツネである。

 

ヨシツネの斬撃を右の光剣で受け止めたが罠だった。

 

「くぅ!?」

 

横に回り込んだライドウの左薙ぎを左手の光剣を逆手に向けて放出する事で受け止める。

 

「俺とライドウの剣舞を相手にどこまでやれるか見せてみろ!!」

 

迫りくるライドウとヨシツネが繰り出す連続斬り。

 

人修羅は二刀流を用いて捌き続けるが背後には別の悪魔が武器を構えている。

 

「見ているだけなのはアキアキだね、チミ。ボクも混ぜてもらうッス」

 

持っているブーメランを人修羅に目掛けて投げつける攻撃を放つ。

 

「ぐはっ!?」

 

モコイブーメランが右脇腹に決まった人修羅の体が宙を舞う。

 

ホテル玄関の階段下にある広場にまで落ちてきた彼の体が地面に叩きつけられた。

 

「くっ…うぅ……」

 

俯けのまま起き上がる人修羅の目には階段から下りてくる3人の姿が映る。

 

「……戻れ、モコイ」

 

「今日のボク、調子いいッス。これからモコイの必殺技コーナーを披露する予定なんだ」

 

「それはまた今度見てやる。今は戻れ」

 

「ガックリ、ボクはおセンチさんになったよ。じゃ、またネ。ボク帰るよ、グッバイ」

 

封魔管に戻ったモコイの代わりに召喚されたのは獣悪魔であるオルトロス。

 

「ケモノノ血ガ騒グゾ!人修羅トイウ悪魔ノ力ヲ試シテヤルゥゥゥーッッ!!」

 

双頭の口から業火が噴き上がりファイアブレスを放ってくる。

 

立ち上がった人修羅が横っ飛びで回避するがオルトロスが駆け寄ってきた。

 

「コザカシイヤツ…カミ殺シテヤル!!」

 

飛びかかってくるオルトロスに踏み込み、地面を踏み砕く程の縦拳アッパーカットを腹部に放つ。

 

「ガフッ!!?」

 

通天砲の一撃を浴びて弾き飛ばされるオルトロスの後続からはヨシツネが迫りくる。

 

「その首…もらったぜ!!」

 

両手持ちから放つ袈裟斬りの一撃。

 

構え直す人修羅は左腕で相手の手首を制止させ、ワンインチ距離からの一撃を放つ。

 

「がはぁ!!?」

 

右頂肘の肘打ちが鎧具足に放たれ咳き込むヨシツネが一歩下がってしまう。

 

離れた相手に向け左足を伸ばしながら放つ左拳の一撃がさらに決まった。

 

「ぐあぁぁーーーッッ!!!」

 

崩拳の一撃によってヨシツネは階段まで弾き飛ばされていき叩きつけられたようだ。

 

トドメの一撃として人修羅は左腕をヨシツネに向けて構える。

 

破邪の光弾の光が収束するよりも先に上空から迫る者が現れたため構えを解く。

 

「ゆけ!ライドウ!!」

 

黒猫が空を見上げながら吼える。

 

現れたのはオルトロスを封魔管に戻して別の悪魔を召喚したライドウの姿。

 

「ニンジャみたいにキメてやりな!サマナーさんよぉ!!」

 

巨大な蜘蛛の上に飛び移ったまま地上に向けて急降下の一撃を放つ。

 

「くっ!!」

 

広場を踏み砕きながら現れたのはツチグモの巨体。

 

「行くぜーー!!オラオラオラァ!!!」

 

ツチグモが巨大な前足を使って地面を打ち付けていく。

 

大きな地震が巻き起こり態勢が崩れた人修羅に向けてライドウが跳躍する。

 

鞘から抜刀した陰陽葛葉にはライドウのMAGが注がれ淡いMAGの光を纏う。

 

放つ一撃こそ、忍者のように空から現れて全ての敵を薙ぎ払う『ジライヤ乱舞』だ。

 

MAGの光を纏った陰陽葛葉が大地に目掛けて唐竹割りを行う。

 

衝撃波が地面を伝わっていき地盤が持ち上がる程にまで大地を大きく砕く。

 

「グワァァーーーッッ!!!」

 

空に向けて弾き飛ばされた人修羅が落ちてくる。

 

大きく砕かれた地面に叩きつけられた彼が強敵に向けて顔を向けていく。

 

そこには完全破壊されたホテル前の広場を飛び越えてくるライドウとヨシツネが迫ってきていた。

 

「悪魔との連携が上手い奴だ…悪魔使いとしては…俺を超えていやがる!」

 

立ち上がった人修羅に目掛けて二刀の刃が迫りくる。

 

しかし彼らの死闘の邪魔立てをする存在が叫んだ声に反応して刃の動きが止まったようだ。

 

「やめて!!貴方達が何者かは知らないけど…その人は悪い悪魔なんかじゃないわ!!」

 

ライドウとヨシツネは声がした方向に顔を向けていく。

 

人修羅の金色の目にも彼女の姿が映っており、その表情にも焦りが生まれてしまう。

 

「来るな、みたま!!お前まで殺されるぞ!!」

 

ホテルの中から現れたのは地下の業魔殿から帰ろうとしていた時の八雲みたま。

 

彼女は調整屋として生きる非戦闘員のような人物だが魔法少女であることに変わりはない。

 

ホテル前に広がっていた異界の存在に気が付きソウルジェムを用いて侵入してきたようだ。

 

無表情な顔を向けていたが、舌打ちをしながらライドウに顔向けるヨシツネに振り向く。

 

「魔法少女のお出ましか。どうする、ライドウ?強そうなヤツには見えねーけどな」

 

「……狙いは人修羅だけだ。魔法少女とやらの相手をするつもりはない」

 

彼らのやり取りを聞いた人修羅は安堵の表情を浮かべる。

 

しかし鋭い目つきとなり、強敵達に向けてこう言ってきた。

 

「…場所を変えるぞ。狙いが俺ならば…俺に追いついてみせろ」

 

風を纏った人修羅が一気に駆け抜けていく。

 

仲魔達を封魔管に戻したライドウの元に黒猫が駆け寄ってきたようだ。

 

「探偵であるライドウを相手に逃亡する気か?見逃すこともあるまいて」

 

「分かっている…逃がすつもりなどない」

 

懐から取り出した封魔管を振り抜く。

 

MAGの光が形となり現れた悪魔はモー・ショボーだった。

 

「わーい!人修羅と鬼ごっこだー♪なんか懐かしい気分になるなー…アレ?今はまだ早い?」

 

「行くぞ、モー・ショボー」

 

「りょーかい!探偵ごっこの始まりだー♪」

 

ライドウの肩に飛び乗った黒猫は彼と共に獲物を追跡していく。

 

彼らの姿は異界から消えていき、ライドウの仲魔が生み出した異界も消失したようだ。

 

元の景色に戻った光景を茫然と眺めることしか出来ないみたま。

 

それでも彼女の心は不安で堪らない程の苦しみを抱えていたようだ。

 

「まさか……そんな馬鹿な……」

 

「ヴィクトル叔父様……?」

 

地上で起きている騒動に気が付いたヴィクトルもみたまを追って後ろから現れる。

 

彼の顔は驚愕した表情に包まれていた。

 

「なぜだ…なぜ葛葉が21世紀にいる…?あの男は…大正時代のデビルサマナーだぞ!?」

 

「大正時代の…デビルサマナー……?」

 

2人は茫然としたまま彼らが逃げ去った方角を見つめるばかり。

 

ビルを跳躍しながら開けた場所を探す人修羅だったが後ろを振り向く。

 

「この俺に追いついて来るか…いいだろう。とことん相手をしてやるさ!!」

 

追跡の手を緩めないライドウは隣を飛行するモー・ショボーの風魔法の加護を得ている。

 

彼の速度も人修羅に負けない程の加速力を生み出し追いつこうとしてきた。

 

自分を脅かす程の強敵に追われる人修羅であったが、心の中には懐かしさが湧いてくる。

 

再び同じ戦いを繰り返すのかと考えている彼の表情に恐れはない。

 

人修羅は最強のデビルハンターに追われようとも諦めなかった者。

 

アマラ深界での逃走バトルと同じような戦いになろうとも、走り切ってみせるだろう。

 

葛葉ライドウ対人修羅の戦いはチェイスバトルを再現するかのようにして白熱していった。

 




六章は東京バトルに繋げるためのお膳立てな流れを踏まえつつ描いていきます。
キャラドラマ回収や、そろそろ円環のコトワリとのバトルもしたいなーとか考えながら進めていきますね。


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207話 チェイスバトル

神浜の夜の街を疾走していく2人の影がビルを飛び越えていく。

 

風を纏う2人の探偵は速度を上げながら跳躍移動を繰り返し、追跡劇を行い続ける。

 

手摺を掴み向こうのビルまで跳躍。

 

段差のある向こうのビルまで一回転して着地した人修羅は駆け抜ける。

 

ライドウも負けじと手摺に飛び移りながら跳躍。

 

横を飛ぶモー・ショボーの神風の力を用いた身体能力向上も相まって距離を詰めてくる。

 

「やるな!逃げ切れる相手じゃなさそうだ!」

 

跳躍移動を繰り返す人修羅の背中を目視しているライドウは腰のホルスターから銃を抜く。

 

コルトライトニングを構えるライドウに向けてモー・ショボーは風魔法を行使したようだ。

 

「ぐっ!!?」

 

人修羅の背中に銃弾が次々と命中していく。

 

痛みによって動きが鈍った相手に目掛けて尚も撃ち続けながらライドウは追ってくる。

 

「ブギウギ♪ブギウギ♪ガンガン撃っちゃえー♪」

 

疾風弾を撃つ相手の的になり続けるわけにもいかない人修羅はアクロバットな動きを見せる。

 

背中の面積を小さくするため側方宙返りを用いてビルとビルの間を飛び越えていく。

 

「人修羅とやらもやるな!ライドウ、弾の補充を忘れるでないぞ」

 

的の面積を小さくする逃走を続ける相手に対して銃のシリンダーをスライドさせる。

 

シリンダーから薬莢を抜き、ガンベルトに備わっている替えの弾を装填。

 

走りながら銃を構えるライドウだが前方から飛んできた障害物が迫りくる。

 

サマーソルトキックで後方に蹴り飛ばしたのはビルの屋上を照らす明かり。

 

身を素早く躱して避けるライドウだが、追跡の動きを止められてしまう。

 

狙いをつけようとするが相手は手摺を飛び越えながら下に向けて降りたようだ。

 

「チッ……」

 

屋上の端で銃を構えるが、相手は向こう側のビルの窓ガラスを突き破って内部に隠れていた。

 

「すばしっこい奴め。ビルヂングを逃げ続けるか、地上に逃げるか…どちらだと思う?」

 

「…下だ。奴は人ごみを利用して我々を撒こうとしている」

 

「探偵が嫌がる逃走のやり方を心得ているとはな…人修羅とやらも侮れない相手だ」

 

ビルの階段を駆け下りる人修羅であったが、窓ガラスが割れる音に振り向く。

 

ライドウも上の階に飛び降りてきており下に向けて銃を構えてきた。

 

遮蔽物を利用しながら銃弾を防ぎつつビルの廊下に向かい走って行く。

 

階段を飛び降りてきたライドウが廊下に向けて銃を構えるが人修羅は事務所の扉の中に入り込む。

 

オフィスの机を飛び越えながら目の前の窓ガラスに目掛けて突撃を行う。

 

ガラスを突き破り道路の上空に飛び出した人修羅は走行してくるトラックのコンテナに着地した。

 

「まだ来るか!?」

 

視線を後ろに向ければ同じく道路に飛び降りてきたライドウが車の屋根を飛び越えてくる。

 

人修羅は人通りに向けて跳躍を行い逃走を続けていくようだ。

 

人通りを走るため風を纏って走るわけにもいかない彼の速度は人と変わらない程にまで低下する。

 

諦めまいと走り続けながらも後ろを振り向く。

 

銃を仕舞ったライドウも人ごみを掻き分けながら追跡を繰り返してくる姿が見えたようだ。

 

「しつこい奴め!!」

 

彼らは工匠区内にある電気街を駆け抜けていく。

 

前方の人の列を手摺を用いた跳躍飛びで大きく超える。

 

着地の勢いのまま側方宙返りを行い、さらに跳躍して前を歩く男の両肩を掴みながら跳躍。

 

「何なんだよお前!?」

 

「見なかったことにしてくれ!」

 

前方宙返りしながら着地した人修羅はスピードを上げながら走り逃げる。

 

ライドウも後から追ってくるが初めて見る電気街の景色に視線を向けてしまう。

 

「春画だらけの街か…。21世紀のこの国は堕落に満ちているようだな」

 

「美少女ポスターというやつだ。大正時代を生きるうぬの目には刺激が強過ぎるようだな?」

 

「昔に比べて…女性の描き方も随分と様変わりしたように映る」

 

「芸術とは時代によって様変わりしてくる。与太話はここらで置いておこう、奴を見逃すなよ?」

 

「ライドウ!美少女ポスターに描かれてる女の子チョーカワイイよ!後で買い物に来ようよ!」

 

「ならば我のオススメキャラを紹介するぞ?今ちまたでは猫娘キャラが競争するソシャゲがな…」

 

「ゴウト…与太話は置いておくんじゃなかったのか?」

 

逃走劇を繰り返す人修羅であったが、通りで店のチラシを配っている牧野郁美を見かけてしまう。

 

神浜の電気街にもメイド喫茶は存在しており、郁美は電気街で働いていたようだ。

 

「あれ…?もしかして尚紀君!?」

 

鬼気迫る顔を浮かべながら走ってくる人修羅を見た郁美が慌てた表情を浮かべてくる。

 

「今は追われてる!!黒いマントを纏った男を魔法の力で止めてくれ!!」

 

「ええっ!?そ、そんなこといきなり言われても…くみだってお仕事中だよーっ!!」

 

「そこを何とか頼む!必ずお礼はしに行くから!!」

 

「だったら任せて!相手が男の子なら、くみの魅力でキュンキュンさせちゃうぞっ!」

 

通り抜けていった人修羅のためにやる気顔となった郁美がライドウの前に立ち塞がる。

 

「貴方が尚紀君を追い回す悪い男の子だね!くみのラブキュンビームでモエモエだよっ!」

 

「ムゥ!?」

 

営業スマイルでハートマークを作ってくる謎の女に向け、ライドウは鋭い目つきを返す。

 

よく見ると彼の視線は可愛いメイド服の下半身に向かっているようだ。

 

「ライドウ、うぬには刺激が強過ぎるか?今の時代の女子はミニスカートだからなぁ」

 

学帽を目深く被り直すが、ライドウの頬は赤く染まっている。

 

そんなライドウの顔を横で見ているゴウトは猫なりにニヤニヤした顔つきを浮かべてきた。

 

「フフフ…気持ちは我にも分かるぞ。うぬは深川町の遊郭も興味津々だったからなぁ」

 

「そ…それは……」

 

「それに、羽黒組の大國湯にも悪魔の擬態を用いて女湯に入ろうとしたことも…」

 

「ゴウト…こんな時代になってまでそんな事を覚えていたのか…?」

 

「ククク…我とて男だ。うぬの若さに付き合ってやったあの日々が懐かしいものだ」

 

(大正浪漫コスプレしてる不愛想な男の子だけど…ムッツリスケベなタイプの子なのかな?)

 

照れているライドウに向けて郁美はメイド喫茶のチラシを渡す。

 

ライドウは何も言わずにチラシを受け取り学ランのポケットに仕舞ったようだ。

 

再び人修羅を追いかけるライドウ達。

 

距離を一気に離されたため焦った表情を浮かべている。

 

「人修羅とやらも手強いな…あのようなハニートラップを我々に仕掛けてくるとは…ぬかったわ」

 

「ああ…奴は強敵だ。気を抜かずに追跡を続けよう」

 

(勝手に引っかかったのは男だけだと思うけどねー……)

 

追手を撒いた人修羅は工匠区内にある神浜競馬場の駐車場にまで逃げ込んでいる。

 

辺りを見回すと平日であったため競馬場には誰もいないようだ。

 

「ようやく撒けたようだな…?葛葉ライドウはなぜ俺を狙ってきたんだ…?」

 

南凪区の業魔殿まで戻って上着を取りに行くかと考えていたが空を見上げる。

 

「あれは……悪魔か!?」

 

空から現れたのは風に舞う無数の木の葉。

 

悪魔だと見破った人修羅は誰もいない競馬場内へと駆けこんでいく。

 

「見つけたぞォォォォ!!うぉれはハイカラ名探偵だァァ!!」

 

競馬場の空の上で人型になった悪魔こそ霧峰村に現れた悪魔の一体。

 

ヒトコトヌシは下の景色を見ながら人修羅を探すのだが、場所が場所なだけに興奮してくる。

 

「ここは競馬場かァァァァ!?うぉれも馬券を買うぞォォォォ!!」

 

ギャンブル狂いの血が騒いだのか追跡もそっちのけでヒトコトヌシは馬券売り場を探し始める。

 

悪魔は基本的に気まぐれな気分屋であり、それは仲魔となった悪魔とて同じ。

 

そのため単独捜査に向かわせても勝手気ままな捜査をして迷子になる事も多かったようだ。

 

「あいつ…何しに来たんだよ…?」

 

屋外観覧席からヒトコトヌシを見ている人修羅の表情も呆気にとられている始末。

 

しかし競馬場内に侵入してきた探偵の気配に気が付いた人修羅の体が動く。

 

「チィ!!」

 

屋外観覧席にまで侵入してきたライドウが銃を撃ってくる。

 

観覧席を逃げ続ける人修羅はダートコースに目掛けて飛び込んでいったようだ。

 

「追い詰めたぞ!観念するがいい!」

 

ライドウとゴウトもダートコース内に入り込んでくる。

 

ダート内を走りながら逃げていたが、聞こえてくる蹄の足音が気になり後ろを振り向いた。

 

「レースの始まりだァァァァ!!レース枠に入りやがれェェェェ!!」

 

ヒトコトヌシが競馬場施設内の厩舎から連れてきたのは競走馬達。

 

馬の世話をしていた厩務員達は突然の突風に襲われたためか目を回しながら倒れ込んでいた。

 

「おいおい…マジかよ!?」

 

「ヒトコトヌシめ!勝手な事をしおって!!」

 

ダート内に侵入してきた競走馬達が2人の周りを走って行く。

 

一匹の競走馬に目を付けたライドウは手綱を掴んで馬に飛び乗る。

 

「乗馬は得意か?」

 

「葛葉の里でよく乗り回していた」

 

「ならば問題あるまい。ゆくがいい、ライドウ!」

 

後ろに振り向けば乗馬した侍の如きデビルサマナーが迫ってくる。

 

人修羅も走っている競走馬の手綱を掴み取り馬に飛び乗ってしまう。

 

「参ったな…乗馬なんて小さい頃にやったのが最後だぞ!?」

 

慣れない馬の操作に悪戦苦闘しながらも後ろから迫りくる追手に視線を向ける。

 

「ダンテと鬼ごっこしてた方がマシなぐらいの騒ぎになってきたな…それでも、逃げ切るさ!」

 

手綱を強く握り締めた2人の追跡劇は次のステージへと移っていく。

 

アマラ深界でも経験出来なかった規模の逃走劇となってしまったが人修羅の目に諦めは無い。

 

ダンテには追い付かれてしまったが今度こそは逃げ切ってみせると手綱を強く打つのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

各馬一斉にスタートした神浜競馬場内。

 

実況は探偵ごっこに飽きたモー・ショボーが勝手に担当しているようだ。

 

立ち見場所ではヒトコトヌシが大量の馬券を握り締めている。

 

「走れサマナァァァァ――ッッ!!うぉまえに全賭けだァァァァ!!」

 

レースコースに入った前方の人修羅の背中に目掛けて銃を抜く。

 

「くっ!!」

 

馬の操作に慣れない人修羅は避ける事も出来ずに銃弾を背中で受け止める事しか出来ない。

 

しかしライドウの弾も底を尽き、銃をホルスターに仕舞ったようだ。

 

手綱を握り締めた騎乗者達が最初のカーブに曲がり込む。

 

「おーっと!ライドウ選手、インコースに入り込んじゃったーっ!追い抜いちゃえーっ!」

 

カーブを曲がりながらインをつき、一気に接敵。

 

抜刀した状態で迫りくるライドウに対し、後ろを振り向く人修羅は左手に光剣を放出。

 

「ここは異界じゃない…魔法の飛び道具の数々を撃つことは出来ないな…」

 

右手に刀を持ったライドウが仕掛けてくる。

 

振り下ろす斬撃を光剣で受け止め、左足でライドウの馬を蹴り飛ばす。

 

「ヒヒーーン!!?」

 

怯んだ馬が下がっていくが、態勢を整えたライドウの馬は果敢にも追いかけてくる。

 

大きなコーナーを曲がり切った馬達が直線に入っていく。

 

手綱を打ち、人修羅と並走するまでに迫ってきたライドウが再び仕掛けてくる。

 

「「ハァァーーーッッ!!」」

 

互いの斬撃が打ち合われる中を馬達は駆け抜ける。

 

その光景はまるで戦国武者達の合戦シーンのようにも見えるかもしれない。

 

刀の頭で打ち付けてくる相手の右腕を受け止めたが、続く横薙ぎが放たれる。

 

身を低めて避ける人修羅は反撃の蹴りを放つ。

 

しかし読まれていたのか馬を離され蹴り足は空を切る。

 

「ライドウ、相手の馬を斬るなよ。この競走馬達が命を燃やすべきなのは今ではない」

 

「分かっている。しっかり掴まっていろ」

 

同じように前を走る馬の列に入り込みながら間を潜っていく2人の馬。

 

再び仕掛けてくるライドウは両手持ちで横薙ぎを放つ。

 

人修羅は馬を接近させて左腕を縦に向けながら迎え撃つ構えを行う。

 

ライドウの右手首を受け止め反撃の左肘打ちを放つ。

 

「ぐっ!?」

 

脇腹に受けた相手が怯んだ隙を狙い左裏拳を放つが身を屈められたために空を切る。

 

反撃の肘打ちが人修羅の脇腹に決まり、続くように刀の頭打ちを放つが左手で掴まれてしまった。

 

馬から引き摺り下ろそうとするが馬の腰にしがみついていたゴウトが飛びかかってくる。

 

「そうはさせん!!」

 

「なんだこの猫は!?頭を引っかくなーっ!!」

 

「我が名は業斗童子!葛葉ライドウのお目付け役であり葛葉一族の前進だ!!」

 

「聞いてねーよ!うちのバカ猫共みたいに凶暴な奴め!!」

 

猫に襲われ怯んだ人修羅の馬が離れるよりも先にライドウの元に跳躍して離れるゴウト。

 

コーナーに入り込んだ馬達はゴールを目指して突き進む。

 

「ライドウ選手がコーナーを突いて来る!このまま逃げ切れるかなーっ!」

 

「ステキすぎて死ぬぜぇぇぇぇぇ!そのまま逃げ切れぇぇぇぇ!!」

 

最後の直線に入り込んできた人修羅が手綱を大きく打つ。

 

一気にライドウの横にまで走り込んできた人修羅が視線を向けるのはライドウが乗る馬。

 

目が合った馬に向けて放つのは原色の舞踏と呼ばれる幻惑魔法。

 

「ムゥ!!?」

 

混乱したライドウの馬がダートに目掛けて突っ込んでいく。

 

「なんだとォォォォォ!!?」

 

コースアウトしてしまったライドウを尻目に人修羅がゴールイン。

 

「これは大番狂わせだーっ!!ライドウ選手、コースアウトにより失格ーっ!!」

 

レースに勝った人修羅の馬が通過していく中、立ち見場所のヒトコトヌシが燃え尽きていく。

 

「有り金全部突っ込んだんだぞォォォォ…し…死にが…ハチィィィィィィ……」

 

体を構成する木の葉が枯れ葉となっていき、大量の馬券と共に風を舞っていったようだ。

 

レースに勝ったのはいいのだが、人修羅は馬の止め方など知らない者である。

 

「おい止まれ!何処まで走るつもりだよーーっ!?」

 

ダートコースまで走り続けた人修羅の馬も大きくコースアウトしていく。

 

そのまま門の鉄柵にまで突っ込んでいった彼の体が外にまで放り出されたようであった。

 

「してやられたな…。奴め、幻惑魔法の類も心得ている悪魔のようだ」

 

「自分の刀の銘柄は鎮心だ。悪魔の精神操作魔法の耐性は身に付けている」

 

「ならば問題あるまい。奴を逃がすなよ」

 

仲魔達を封魔管に戻したライドウが競馬場を後にする。

 

夜の街に逃げ出した人修羅の逃走劇はまだ終わりではない。

 

相手は同業者である探偵であり、追跡は探偵職の得意とするところ。

 

同じ探偵として探偵が嫌がる逃げ方を繰り返すのだが追い詰められていく。

 

人修羅が最後に逃げ込んだ場所とは大東区の北側に当たる観覧車草原であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ここなら開けている…邪魔も入らないだろう」

 

かつての遊園地跡であり、古い観覧車がまだ残っている草原に立つ人修羅が背後に視線を向ける。

 

草を踏みしめながら歩いてくるのはライドウとゴウトの姿だ。

 

「追い詰めたぞ、人修羅。ここで仲魔に張り込みをさせていて正解だったな、ライドウ?」

 

視線を横に向ければ、古びた観覧車の裏手に隠れていたヨシツネが姿を現す。

 

「俺のモダーンな捜査を甘く見ていたようだな?逃げ切れると思うなよ」

 

腰の鞘から薄緑と呼ばれる刀を抜き、人修羅に向けてくる。

 

背を向けたまま微動だにしない逃亡犯に向けてゴウトが語り掛けてきたようだ。

 

「ライドウは探偵だ。逃げ方が上手い者のようだが、ライドウには通じないぞ」

 

「同業者だったか。どうりで俺の逃走手口を見破ってくるわけだ」

 

「さて、人修羅よ。ライドウが調べたところでは…多くの子供を殺戮してきた事実を掴んでいる」

 

それを問われた人修羅は否定する言葉も語らず沈黙を続ける態度を示す。

 

沈黙は肯定だと受け取ったゴウトは続けて逃亡犯の罪状を問い質していく。

 

「東京と名を変えた帝都における大虐殺…うぬはこう呼ばれたようだな?魔法少女の虐殺者だと」

 

「……その通りだ」

 

「何を目的にして虐殺を繰り返したのかは問うまい。我々が問うのはうぬが犯した罪のみだ」

 

「なるほど…魔法少女の虐殺者として生きた俺に誅罰を下すために現れたというわけかよ?」

 

「故あってこの時代に流れ着いたライドウは帝都守護を託された者。言いたい事は分かるな?」

 

「東京で殺戮の限りを尽くした現代の俺さえも裁きたいと言いたいのか?時代が違うだろうが」

 

「時代が違えどもライドウは東京の守護者。うぬが殺戮したのはライドウが守った人々の子孫だ」

 

鋭い目つきを向けてくるライドウが刀の鍔を親指で弾く。

 

いつでも斬りかかれる殺意をぶつけてくる者に向け、人修羅は逃げも隠れもしない背中を晒す。

 

彼が繰り返した虐殺行為もまた東京の人々を守る為の正義の道。

 

だからこそ、正義を掲げてしまった者としての責任を問われるのなら逃げるわけにはいかない。

 

責任をとらない正義など不正義でしかないのだから。

 

「俺が繰り返した虐殺行為…それもまた人々を守るためのもの。交わした約束のためだった」

 

「交わした約束のため…?」

 

「この刀を俺に託してくれた東京の守護神との約束を果たすために…俺は戦ってきた」

 

人修羅の左手に出現させた刀を見たゴウトは驚きの声を上げる。

 

「それはまさか…公の御剣!?うぬは将門公に託されたというのか…東京の守護を!?」

 

「俺もまた東京の守護者として今を生きる者…俺の道は殺戮の上に殺戮を重ねる道だった」

 

「なぜだ…将門公の御剣を託される程の男が…なぜ子供達を殺戮する外道行為を行った!!」

 

「それが問題を解決する迅速な手段だったからだ。優しさでは人を救えない…だから殺戮した」

 

眉間にシワを寄せたライドウも口を開く。

 

「生まれた子供達には…幸福に生きる権利がある。貴様は掲げた正義のためにその未来を奪った」

 

「そうだ。そしてその子供達もまた幸福に生きる権利を持つ子供の未来を奪った。俺は許さない」

 

「これからも殺戮していく気か…?子供達の未来を奪い続けるのか!」

 

「その必要があるなら…俺は喜んで虐殺者の姿に戻る。救うべき者達のために…死の山を築こう」

 

「……このままうぬを放っておくわけにもいかぬな」

 

ゴウトが後ろに下がっていく。

 

互いの刀の柄に手を伸ばす。

 

「ライドウ、今度はぬかるなよ!」

 

振り向き様に抜刀する人修羅の目の前には同じく抜刀したライドウと悪魔の姿が待ち受けている。

 

「今度コソ貴様ノ首ヲ獲ル!!」

 

オルトロス、ヨシツネがライドウと共に人修羅を囲むような陣形を生み出す。

 

左手に鞘を収納した人修羅は腰を落としながら霞の構えを行い迎え撃つ姿勢となる。

 

正面のライドウ、左右後方の悪魔。

 

何処から攻めてきても斬り捨てる。

 

そんな事を考えながらも、何処か嬉しい気持ちも湧いてくる。

 

(もしかしたら…この男ならば…)

 

目の前のサマナーの実力は計り知れない。

 

この者ならば自分を討ち取る程の好敵手に成りえるかもしれない。

 

そんな気持ちも湧いてくる人修羅の口元にも自然と笑みが浮かぶようだ。

 

互いに振りかざすのは断罪の刃。

 

人修羅の怨霊剣は鍔鳴りのような音を出し始める。

 

葛葉ライドウと再び戦える日が訪れた事を嬉しく思うような響き。

 

過去のライドウもまた、将門公と戦う日が訪れるのだろう。

 

「「行くぞ!!」」

 

互いに駆け抜けながら刃を振り上げる。

 

同時に放つ袈裟斬りがぶつかり合い、斬り結びながら火花を飛ばす。

 

鍔ぜり合う男の目に視線を向ける。

 

ライドウの目は怒りに燃え上りながらも、その炎は義憤の炎なのだと感じさせてくる。

 

自分と同じ心の炎を宿す者ならば殺し合うのも定めというもの。

 

魔法少女の虐殺者として生きた者は大儀の名の元に大虐殺を築き上げた罪人でもあるのだから。

 

背後からも悪魔達が攻めてくる。

 

多勢に無勢であるように見えるだろうが、今を生きる罪人は独りではなかったようだ。

 

「「ヌゥ!!?」」

 

ヨシツネとオルトロスの前に落ちてきた魔槍が大地を激しく砕く。

 

飛び跳ねて避けた二体の悪魔が空を見上げる。

 

「尚紀とやり合いたいのならば、先ずは我々を超えてみせろ」

 

古びた観覧車の上から飛び降りてきたのはクーフーリン。

 

飛び退いたオルトロスに目掛けて突進してくる悪魔の姿も迫ってくる。

 

「慌テタ時二隙ガ出来ル癖が治ッテイナイヨウダナ!!我ガ血族ヨ!!」

 

「ナニッ!?」

 

側面から突撃してきたケルベロスに突き上げられたオルトロスが地面に叩きつけられてしまう。

 

「グゥゥゥゥ…人修羅側ニイタノカ……兄者!!」

 

ヨシツネの元にも人影が迫りくる。

 

「受け止めてみろやーーッッ!!」

 

頭上を見上げたヨシツネの空から迫りくるのは如意棒を振り上げたセイテンタイセイ。

 

ヨシツネは脇差も抜いて二刀流を構えながら如意棒の一撃を受け止める。

 

「ぐぅ!!」

 

大地が激しく砕ける程にまで打ち付けられたがヨシツネはヤマオロシの一撃を受け止め切った。

 

「やるじゃねーか、テメェ?このセイテンタイセイ様の一撃を受け止めれる奴ぁそういねぇよ」

 

「やかましい野郎だねぇ…そんなこと、アタリキシャリキよ!」

 

ライドウが視線を向ければ二体の仲魔が三体の悪魔と交戦している光景が映る。

 

「あいつら…連絡もしてないのに来てくれるなんてな」

 

後ろに視線を向ける人修羅の顔にも微笑みが浮かんだようだ。

 

「人修羅とやらは三体も仲魔を使役出来るというのか…?ライドウでさえ二体が限界なのに!」

 

「その通りです。それと、人修羅じゃなくて嘉嶋尚紀さんですよ」

 

「むぅ?お、おい!?」

 

背後からゴウトを摘まみ上げたのは悪魔化したメルである。

 

隣には悪魔化したかなえも立っており、魔槍ルーンを構えているようだ。

 

「この戦いは予知で視えていました。だから先回りをさせてもらってたんです」

 

「槍一郎と悟空にも…連絡しておいた。槍一郎と悟空という名前は…彼らの人間名だよ」

 

「放せ!放さぬか貴様ら!!」

 

摘ままれたままプンスコ怒り、暴れるゴウトを見ているメルの目が輝きだす。

 

「うわーっ!可愛い黒猫ちゃんですよ、かなえさん!モフモフしちゃいますからね~♪」

 

「ヌワーッ!?頬でスリスリするでないわーっ!!」

 

「この子も動物に擬態した悪魔かな…?それとも別の何か…?」

 

クーフーリン達に続いてかなえとメルも現れたことで状況は不利だと判断する。

 

鍔迫り合いを打ち払い跳躍したライドウが胸の白いベストに差した封魔管を全て抜く。

 

6本の封魔管を指に挟んだまま詠唱の祝詞を呟いていくがゴウトが止めに入る。

 

「そこまでだ、ライドウ!今の状態では八体の悪魔召喚には耐え切れん」

 

「……しかし」

 

「熱くなり過ぎるでない。今宵は分が悪い…引き上げた方が良さそうだ」

 

MAGの光を放つライドウであったが召喚の構えを解く。

 

胸に封魔管を戻した彼はヨシツネとオルトロスも戻したようである。

 

メルから解放してもらえたゴウトはライドウの足元にまで歩いていき後ろを振り向く。

 

「人修羅よ、今宵は我らが引こう。まだうぬの力を見極め切れていない…いずれまた会おう」

 

「俺はこの街で暮らしている。人間としての生活の邪魔をしないなら…いつでもかかってこい」

 

「うぬと会う前に色々と捜査しているから知っている。我らの狙いはうぬだけだ」

 

「葛葉ライドウ…お前は俺と戦うためだけに大正時代から来たのか?それだけが狙いなのか?」

 

「我らは超國家機関ヤタガラス所属の者。時代を超えても我らはヤタガラスなのだ」

 

「ヤタガラスのサマナーか…。最近は勧誘の連中が現れないと思ったら…今度は実力行使かよ」

 

「神霊クズリュウを倒す程のうぬだ。その力は侮れんし仲魔にも恵まれている。厄介なものだな」

 

「ヤタガラスは俺と戦うための刺客として葛葉ライドウを招集したわけかよ。ご苦労なことだ」

 

「人修羅よ、次に相まみえる時は覚悟しておけ。まだまだライドウは成長期だからな」

 

そう言い残してライドウとゴウトは去っていく。

 

彼らの後ろ姿を見送った人修羅であったが、その胸中は穏やかではない。

 

(あいつは断罪者になるかもしれない。かつての俺がそうなったように…俺の罪を裁く者となる)

 

人修羅は魔法少女の大虐殺という罪を犯した。

 

しかしそれは人間社会主義という政治思想を掲げた上で人々を守りたかった人間守護の道。

 

その道は大正時代の人間達を守ろうとしたライドウの道と同じであろう。

 

それでも人修羅とライドウとの明確な差を考えるのならば、人修羅は人殺しだということだ。

 

人殺し、それは人として最も行ってはいけない外道行為。

 

しかし人間社会の安寧という()()()L()A()W()()()()()()()日本司法は死刑さえ合法的に行える国。

 

社会正義のためならば外道行為である人殺しさえ許されるべきなのか?

 

戦争ならば人を沢山殺した虐殺者こそがヒーローとして称えられるべきなのか?

 

()()()()()()()()人類は簡単に悪行を善行だとすることが出来てしまう。

 

かつてアリナはこう言った。

 

正しさというものは、はっきり言って誰かが決めたものでしかないのだと。

 

人修羅は正しいのか?ライドウは正しいのか?

 

それを自分勝手に決めるのは周りの者達であり、彼らではないのだろう。

 

人修羅の生き方は正しくないと思うのならば、ライドウにとって人修羅は悪である。

 

正しい大儀と書いて正義。

 

正義の概念とは、こんなにも()()()()()()()()()()()()()現実を抱えていたようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「吾輩は…葛葉を知っている。大正時代において、吾輩は葛葉を支えてきたのだ」

 

後日となり、尚紀は仕事の帰りを利用して業魔殿へと訪れている。

 

ホテル前に投げ捨てていた上着を取りに来たようであり、ヴィクトルとも話をしているようだ。

 

「葛葉ライドウもデビルサマナーだ…悪魔合体施設を利用するのも頷ける」

 

「しかし…なぜ葛葉が21世紀に現れたのだ?アカラナ回廊を利用したのだろうが理由が見えん」

 

「奴はヤタガラスとして俺の前に現れた。恐らくはこの時代のヤタガラスの招集に応じたんだ」

 

「その狙いとは…君の命か?あるいは君の身柄をヤタガラスに渡すことか…?」

 

「どちらにせよ、奴は俺を狙い続けるだろう。潜伏先がこの街なら…俺は常に襲われる立場だな」

 

大きな問題事を抱えればさらに大きな問題事が舞い込んでくる。

 

大きな溜息を出して顔をしかめる尚紀の心労は重かったようだ。

 

それでも気になっていることがある。

 

大正時代を葛葉ライドウと共に生きたヴィクトルだからこそ聞いてみたいことがあった。

 

「あの男はどんな人物だった?共に生きたお前なら詳しい筈だ」

 

「フフッ…葛葉の話となると長くなるぞ?奴と吾輩は長年の友のような関係だったのだから」

 

応接室で話し込む2人は長い間語り合っていく。

 

その頃、地下業魔殿に下りられる階段では誰かが下りてきているようだ。

 

「この街で業魔殿という名のホテルを見つけた時、もしやと思ったが…大当たりだったようだな」

 

「……変わらずの地下生活のようだ」

 

「フフッ…あの男と会うのも久しぶりだ。うぬにとってはつい先日のことだろうがな」

 

「……変わらずの()()()()()()()()()()()なのだろうか?」

 

「その部分については丸くなってくれている事を願いたいな。あの頃の奴のノリは異常だったし」

 

地下研究所に入って来た者達が奥へと歩いていく。

 

その頃、ライドウの話で盛り上がっていた2人であったが来訪者の存在にようやく気が付いた。

 

<<あっ……>>

 

3人と一匹が声を上げながら固まってしまう。

 

()()()()()()()()()、14代目葛葉ライドウのご登場である。

 

「お…お前――ッッ!!?」

 

「何故うぬが業魔殿にいるのだ!?」

 

「それはこっちのセリフだ!?吾輩はお前達が来るとは聞いてないぞ!!」

 

「人修羅!?」

 

即座に銃を引き抜いたライドウが容赦なく銃弾を撃ってくる。

 

「おわわっ!!?こんなところでおっぱじめる気かよ――ッッ!!」

 

「今日こそ逃がさん!!」

 

業魔殿内で再び生死をかけた鬼ごっこが始まっていく。

 

「あ!あ!あ!何故に葛葉がここにいるゥゥゥゥ――ッッ!!?」

 

「こいつを止めてくれ――ッッ!!」

 

「ぎゃーー!?うぉれに振るんじゃねェェェェーーッッ!!」

 

発砲音やガラスが割れる音が響く中、開いた口が塞がらない業魔殿の主である。

 

「ヴィクトルよ、また世話になるぞ。ところで…何故に人修羅がここにいる?」

 

「そんな事より暴れている連中を止めるのだ!!喧嘩なら外でやりたまえ!!」

 

どんちゃん騒ぎとなってしまった葛葉ライドウ対人修羅の対決。

 

これから先、2人のライバル関係は長く続くことになるやもしれない。

 

それでも人修羅の顔は悲嘆に暮れる表情よりも明るい表情を浮かべることが多くなっていく。

 

葛葉ライドウと戦っている時だけは、重い現実を忘れる事が出来たのやもしれなかった。

 




人修羅とライドウはいい喧嘩仲魔になりそうな予感を感じさせる終わらせ方にしておきました。
人修羅以外にも現代キョウジさんもいることだし、ライドウさんも苦労するでしょう。


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208話 銀行という名の悪魔

2月も後半に差し掛かった頃。

 

尚紀とクーフーリンは嘉嶋会の者としての仕事があるため車に乗り込む。

 

後ろには買い物があるという理由でセイテンタイセイも乗り込んでいる。

 

フルサイズバンを走らせていく先とは参京区にある銀行だったようだ。

 

神浜でも有数の大銀行に到着した尚紀達はセイテンタイセイと別れて銀行に入っていく。

 

嘉嶋会のための入金作業を行う目的で来たのだが今日は混んでいるようだ。

 

「今日は混んでいるな…。座って時間を潰そうか」

 

客達が座っている席に座り順番を待ち続ける。

 

そんな時、大きな声が聞こえてきたようだ。

 

「返せ!!俺の家を帰してくれ――ッッ!!」

 

銀行員に向けて怒鳴り散らすのは初老の男。

 

尚紀達が顔を向けてみると初老の男は支店長に向けて涙ながらに訴えていたようだ。

 

「ローンの支払いが滞っておりましたので差し押さえられたのです。お引き取り下さい」

 

「今の神浜は景気が悪いんだ!テロの影響もあって給料が減ってしまっただけなんだよ!」

 

「契約内容をご確認されなかったのですか?景気に関係なく支払いは義務なのです」

 

「頼む!来月まで待ってくれ!俺の家を取り上げるなんて出来ない筈だ!!」

 

「いいえ、貴方は契約書にサインした筈ですよね?契約内容通りに差し押さえられたのです」

 

「テロで家が焼かれたのに…新しい家まで差し押さえられたら生きていけない!!」

 

どうやら住宅ローンの支払いが滞ってしまったために銀行から差し押さえを受けたようだ。

 

涙ながらに訴える男の元に近寄って来たのは警備員達。

 

「何か他の仕事もやるから…頼むから勘弁してくれ!お願いだから…許してくれーっ!!」

 

初老の男は銀行からつまみ出されていく。

 

どうする事も出来ない尚紀達は顔を向け合い哀れな男について語り出す。

 

「マイホームの夢を無慈悲に奪われたか…哀れな男だな」

 

「日本だけの光景じゃない…米国でも同じ光景が生み出されている。これが()()()()()()()だ」

 

銀行でのやり取りを終えた尚紀達は車が停めてある駐車場へと向かって行く。

 

バンの中を見てみるとセイテンタイセイは買い物を終えていないのかまだ帰ってはいない。

 

「あのアホ猿…何処かで道草を食っているのだろう。世話のかかる奴だ」

 

「仕方ない、マスターを探しに行こうか」

 

水徳商店街に向かって行くと、何やら大声が聞こえてくる。

 

「待ちやがれ鉄扇公主―ッッ!!その芭蕉扇を置いていきやがれ―ッッ!!」

 

「誤解ですわ―ッッ!!私は鉄扇公主ではないですの―ッッ!!」

 

商店街を走ってくるのは魔法少女衣装を纏う里見那由他。

 

後ろからは如意棒を振り回しながら追いかけてくる悟空がいたようである。

 

尚紀を見つけた那由他は彼の後ろに回り込む。

 

任せろとばかりに槍一郎が前に出る。

 

「フンッ!!」

 

「ぐふぅ!!?」

 

槍一郎が放つラリアットをまともに喰らった悟空が倒れ込む。

 

目を回す師匠の姿に溜息をつきながらも後ろに顔を向ける。

 

「怖かったですの…いきなり現れて芭蕉扇を渡せと襲い掛かってきたんですの!」

 

尚紀の背中を掴む那由他は涙目になりながら震えている。

 

魔法少女としての彼女の姿を見てみると、西遊記に登場した鉄扇公主とよく似ている。

 

手に持たれた魔法武器も言われてみれば芭蕉扇のようにも見えるだろう。

 

「お前はなんか牛っぽい魔法少女だからなぁ。牛魔王の元妻の鉄扇公主と間違えられたのかもな」

 

「うぅぅぅ…好きで牛っぽい髪型や魔法少女衣装になったわけではないですの…」

 

牛の角のような癖毛をピコピコ跳ねらせながら項垂れる那由他から視線を逸らす。

 

商店街の奥からは彼女の身を心配して追いかけてきていた太助が現れたようだ。

 

「良かった、無事だったようだね。尚紀君が娘を助けてくれたのかな?」

 

「申し訳ない。うちのバカマスターが迷惑をかけたな」

 

槍一郎は目を回す悟空を引っ張りながら車に向かって行く。

 

悟空が起きたらまた騒動を起こすと気を利かせてくれたようだ。

 

仲魔達を先に帰らせた尚紀は里見親子と共にカフェの中へと入っていく。

 

バリアフリーな店内の席に座った3人が向かい合い話を始めたようだ。

 

「父親と買い物に来てたら魔獣を見つけて戦ってた時に襲われたんだな?本当にすまない…」

 

「いいんですの。それにしても、尚紀さんのお師匠さんって…何処となく孫悟空な雰囲気ですの」

 

「あいつの悪魔名はセイテンタイセイだ。だからまぁ…概念存在としては孫悟空本人なんだよ」

 

「どうりで私の事を鉄扇公主だと言ってくるわけですの。私…そんなに鉄扇公主と似てますの?」

 

「だとしたら、牛魔王は見る目がないね。こんなにも美しい娘と似た妻と別れるだなんて」

 

「もうっ!パパったら冗談が過ぎますのよ♪」

 

(親子仲はいいようだな…。離れ離れになってた時間も長いし、上手くやっていけるといいな)

 

私服姿に戻った那由他と談笑を続けていたが、太助が尚紀に向けて質問してくる。

 

「私服姿だが、今日の仕事は休みかい?」

 

「休日はNPO活動をしている。その用事で銀行に行ってたんだ」

 

他愛もない話題をしていたが、銀行で起こった事件は彼の心の中で尾を引いている。

 

そのため銀行で起こった出来事を太助に語ってしまったようだ。

 

その内容を聞いた太助の表情が変わる。

 

まるで現地の出来事を見てきたかのような態度で憂いを語ってくれた。

 

「…君には語りたい。銀行についてだ」

 

「銀行についてだと…?」

 

「那由他、銀行とは何をしてくれる店か知っているかい?」

 

「えっ…?お金を預けたり…お金を貸してくれたりとか?」

 

「そうだ。今日も大勢の人達が稼いだ金を銀行に預けたり金を借りに行っていた筈だよ」

 

「そうだな…今日は大勢の人達が銀行に訪れていたよ」

 

「銀行はそんな人達に金を貸すための金庫を用意している。しかし…ここからが曲者なんだ」

 

太助が語るのは、イルミナティが世界を支配する基盤とした銀行という存在についてである。

 

我々が利用してきた銀行とはどんな仕組みで動いているのか?

 

それによって、どれだけの人間が助かったと思ったら()()()()()()()()()()()()()()のか?

 

銀行という存在を紐解く事こそがイルミナティを形成する国際金融資本家の支配手口を知る道。

 

敵を知らなければ敵と戦うことなど不可能なのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

銀行とは金の貸し借りを行ったり金を預けたりする店。

 

しかし民衆が預けた金を金庫に仕舞い続けても、貸す額が多過ぎれば枯渇するだろう。

 

では、銀行はどのようにしてお金を増やしていくのか?

 

「君が見たという老人は住宅ローンを支払えなかった。それは多額の利息を支払えないからだ」

 

銀行自身が金を増やす唯一の方法こそ、貸した金に利息をつけることである。

 

つまり人々が借金をしてくれる分だけ金が手に入るということ。

 

()()()()()()()である。

 

「借金した者はそれに合わせてもっと金を作る必要が生まれる。収入以上の金が必要になる」

 

「そ…そんなの理不尽ですの!身を粉にして働いてる人達をもっと働かせろだなんて!」

 

「銀行連中には関係ない。収入が低い者だろうが金は貸す。債務者こそが()()()だからな」

 

銀行は金づるを生み出すためなら信用のない者達にだって金を貸す。

 

金貸しからいくらでも金を借りれるのなら債務者達は浮かれて喜ぶだろう。

 

そこにこそ人々を地獄の底に突き落とす罠があるとも知らずに。

 

「債務者達に沢山の金をばら撒きたいが手持ちの金が少ない。ならば、どうする?」

 

「えっ…?銀行の金庫にもお金が足りないなら…誰かから借りる…?」

 

「……中央銀行だ。日本なら日銀、アメリカならFRB(連邦準備銀行)となる」

 

「尚紀君の言う通り。金の流通を維持するために銀行は中央銀行から金を借りるんだ」

 

「銀行が…中央銀行からもお金を借りる…?利息があるんですのよ…?」

 

「その通り。銀行は利息を中央銀行に支払う義務が生まれる。()()()()()()()()利息利益が出る」

 

国の経済を支える中央銀行とは何なのか?

 

米国の連邦準備銀行(連銀)を例にして太助は語ってくれる。

 

「アメリカの中央銀行であるFRBとは…プライベートバンク。()()()()()なんだよ」

 

「アメリカの中央銀行が……個人の銀行ですの!?」

 

「プライベートバンクであるため、あらゆる機関が立ち入れない。米国司法省ですら不可能だ」

 

アメリカの連銀は民間の株主が所有する個人の銀行。

 

ならばFRBである連銀は何処から金を用意するのだろうか?

 

「中央銀行に連絡が入れば造幣局に連絡して必要な分の紙幣を刷る。()()()()()()()()()()()

 

「個人の銀行が金を無尽蔵に生み出して貸し出す…?それも利息を取られるんですの…?」

 

「無論だ。経済という金の流れを止めないためなら、支払いきれない莫大な利息さえ容認する」

 

「那由他…お前が買い物をする時に支払う消費税も、俺たち大人が払う税金も全部()()()なんだ」

 

「し…支払い……?」

 

深刻な顔を浮かべる大人達を見て、まだ子供である那由他は恐怖心に支配されていく。

 

大人さえ意識してくれない税金と呼ばれる金を根こそぎ奪いつくす仕組みについて語る時がきた。

 

「国も税収だけでは国の維持は出来ない。だから中央銀行から金を借りる…するとどうなる?」

 

「国でさえも…支払いきれない利息地獄に陥る…ですの…?」

 

「中央銀行は国に金を貸し付ける。国は利息の支払いを行うために…国民に課税の限りを尽くす」

 

「レジ袋税なんて馬鹿げた税金が生み出されるのはな…全ては中央銀行への支払いのためなんだ」

 

驚愕の事実を語られたことによって子供である那由他の体が震えていく。

 

これから先の未来を考えれば考える程、国の地獄しか生まれない事に恐怖してしまう。

 

「そんなことって…それじゃあ…中央銀行は永遠に儲けられるじゃないですの!!?」

 

「日本を含めた各国政府は国民にこのことを知らせない。文句を言われるのは分かってるからな」

 

「金とは…()()()()()()()()()()()()()。それでも経済は金が無ければ回らない…生き地獄だな」

 

「私達子供だって大人になるんですの…そんな私達の未来は死ぬまで地獄の返済人生ですの!?」

 

「この中央銀行搾取システムを生み出した存在こそが…那由他や織莉子君達を攫った連中だ」

 

「イルミナティの司令塔一族の一番手…ロスチャイルドなんだよ」

 

「日銀を含めて…全ての国の中央銀行はロスチャイルドのもの。だからこそ…彼は金融王なんだ」

 

ロスチャイルド一族によって中央銀行が生み出された国はどれ程の借金を生み出されたのか?

 

日本は1200兆円を超える借金を背負わされ、これからも際限なく増え続ける。

 

米国は2300兆円を超える借金を背負わされ、これからも際限なく増え続ける。

 

世界の債務残高を纏めれば約7620兆円にも上り、これからも際限なく増え続けるだろう。

 

初代ロスチャイルドであるマイヤー・アムシェル・ロートシルトは言った。

 

――私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。

 

――そうすれば、誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでも良い。

 

この仕組みこそ全ての国の国民が知らなければいけない中央銀行搾取システム。

 

しかし各国の政府は決してこの内容を認めずに批判する者達を陰謀論者だと悪者にするだろう。

 

相手をデマ屋にしてしまえば追及の手を潰す事が簡単に出来る善悪二元論を実行するのだ。

 

アメリカの大手自動車メーカーの創業者は言葉を残す。

 

――国民が銀行制度や貨幣制度を理解していないことは良いことだ。

 

――もし国民がそれらを理解したら、明日夜が明ける前に革命が起きるだろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「アメリカが国として終わった事件こそがFRB…連邦準備銀行創設だったのよ」

 

那由他の家に遊びに来ているのは織莉子達である。

 

弱りきった織莉子の体つきは元に戻っており、調整による回復は順調に進んでいた。

 

織莉子とキリカと小巻は彼女の家のリビングで向かい合い、尚紀達の話の話題をしているようだ。

 

「第28代アメリカ大統領を務めたウッドロウ・ウィルソンも認めているの。連銀支配の現実を」

 

彼が残した言葉にはこうある。

 

偉大な産業国家が今は金融貸付のシステムで支配されている。

 

我々は既に自由な意見は表現できない。

 

投票を通して多数の意思が実現される自由意志のある政府の代わりを務める者達に支配される。

 

少数の支配力のある者達の意見とその脅迫でなりたつ政府があるのだと認める言葉を残していた。

 

「個人の銀行が国の紙幣を製造するなんて…信じられないですの。違法ではないんですの?」

 

「もちろん()()()()よ。アメリカ紙幣は財務省が紙幣を造るべきだとしている…でも通じないの」

 

「どうしてですの…?」

 

「こう考えてみて。那由他さんが生活費としてお金を借りた時、借りた相手に文句を言えるの?」

 

「難しいですの…。相手からお金を借りないと生きられないなら…従うしかないですの…」

 

「それと同じ事がまかり通ってる…。21世紀でもアメリカ紙幣は連銀紙幣しか使えないわ」

 

「これじゃあ…アメリカはFRBの株主であるロスチャイルドのいいなりですの…」

 

那由他と織莉子が話し込んでいる横ではキリカと小巻が座っている。

 

キリカは政治や金融の話にはついていけずに頭がショートして倒れ込んでいるようだ。

 

複雑な表情を浮かべる小巻であるが、聞いてみたくなる。

 

「FRBが設立される時期に反対派はいなかったの…?こんな金融独裁行為…許せないじゃない…」

 

「当然いたわ。だけどね…その人達は全員事故で死んでしまったの。映画化もされた有名事件よ」

 

「映画化もされた有名事件ですって…?」

 

「その歴史事件とは…()()()()()()()()()()と呼ばれているわ」

 

1912年4月14日に犠牲者1513人と言われている大きな海難事故が起きる。

 

歴史で言われるタイタニック号沈没であるが、不可解な点が多い。

 

乗船した乗客の中には当時のアメリカを代表した大富豪達が乗っている。

 

その中にはFRB創設反対派であり第一次世界大戦反対派が乗り込んでいた。

 

彼らの犠牲の不可解な点とは次のようなものである。

 

14日午前、別船から度重なる氷山警告があったが全て無視されていた。

 

見張りの証言では、双眼鏡を隠されていて氷山発見が遅れた。

 

氷山に気付いた直後、ブリッジに警告したが無視された。

 

これら不可解な現象が重なった事によりタイタニック号沈没は起こり、FRB反対派は全員死んだ。

 

「この事件に関わった者こそ…ロックフェラーと共にイルミナティ13血統入りした存在なのよ」

 

その存在は大銀行を経営する存在であり、アメリカFRB創設の重要人物となる。

 

後に第一次世界大戦を起こさせたその人物には目論見があった。

 

アメリカの負債を工業化させる事で永遠に英国に利息を支払わせる仕組みを作ったのである。

 

これは大英帝国の生産拠点を作る狙いであり、実行支配ではない()()()()()()()()()であった。

 

「そいつはタイタニック号を使って…邪魔な反対派を根こそぎ殺してアメリカを売ったのね…」

 

「タイタニック号はその人物が所有していた船…。沈没させる事で莫大な保険金も手に入れたわ」

 

「なんてあくどい存在が歴史を影で動かしてきたのよ…。今まで信じてた概念が壊れていくわ…」

 

「アメリカは再び英国の植民地となった…。アメリカは日本と同じく、()()()()()()()()のよ…」

 

「私や織莉子さんは…そんな連中が生んだイルミナティに囚われてました…。恐ろしいですの…」

 

「尚紀さんがいてくれなかったら…今頃私達は殺されているか…生贄にされていたわね…」

 

圧倒的な存在によって蹂躙されるしかない人間や魔法少女達。

 

さらに不幸なのはそんな存在がいるという事にさえ気が付かず、金融システムに支配される人類。

 

知恵を手に入れた魔法少女達は現実に打ちのめされ、心が曇るばかり。

 

知らなければ快楽という現実逃避に引き籠ることも出来たであろうに、彼女達は知る道を選んだ。

 

「おかしなものだろう?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こそが世界支配なんだ」

 

「パパ……?」

 

顔を向ければリビングにまで電動車椅子を動かしてきた太助がいる。

 

彼の表情も憂いに満ちており、アメリカの金融支配構造を見てきた者のような態度で語ってくる。

 

「金融システムは銀行で金を借りる事でしか国も経済も機能しない。これが唯一のルートなんだ」

 

「社会で使われるお金は全て利息を含まない借金の元金…。財務省は硬貨しか作れないです…」

 

「紙幣とは単なる数値と実際の紙幣で構成される。銀行が担保を預かり担保分の紙幣を生み出す」

 

「担保を返却した時に発生した紙幣は消滅して利子だけが残る…。紙幣は作るだけぼろ儲け…」

 

「そんな悪魔紙幣に依存しなければ国も経済も動かない。これがイルミナティの世界支配なんだ」

 

「私は八重樫総理から聞かされました…。銀行とは国家の心臓なのだと」

 

銀行が融資で経済を動かし、経済組織が組織票と政治献金で国政政党を支える。

 

国家政府はこれによって国際金融資本家達の傀儡となり世界中の政府は支配されるしかない。

 

暗い表情を浮かべたままの小巻が太助に向けて聞いてくる。

 

「アメリカの連銀だけでなく…日本の日銀もイルミナティに支配されているの…?」

 

「日銀は株式会社だ。その株の株式保有比率はこうだ」

 

日本政府が55%所有。

 

ロスチャイルドが20%所有。

 

ロックフェラーが19・5%所有。

 

天皇家が5%所有。

 

その他(0・5%)は一般投資家の所有率だが株主総会は行われない。

 

「筆頭株主は日本政府だがイルミナティの傀儡でしかない。2つのユダヤ財閥の言いなりなんだ」

 

「借金が増えれば貨幣量は増え…借金が減れば貨幣量が下がる…」

 

「国の借金が皆無の状態が続けば…残る貨幣は利息のみ。利息は出回らないから硬貨だけになる」

 

「そんなの絶対に金融崩壊するしかないじゃない!!おかしいわよこんな世界…絶対おかしい!」

 

「世界は金の主である国際金融資本家が支配する。この仕組みこそが彼らの絶対支配王朝なんだ」

 

ドル、円、ユーロ、ルーブル、人民元、あらゆる紙幣が製造されればされる程に国は借金地獄。

 

それが分かっていても世界の国々は銀行から金を借りる以外に国も経済も動かせない。

 

国は銀行から借りた借金の支払いを借りてない国民に擦り付けるように増税の限りを尽くす。

 

魔法少女を含めた人類は国際金融資本家達から死ぬまで体を雑巾絞りされる未来しか残らない。

 

この地獄を生み出す諸悪の根源こそ、魔法少女達の()()()()()()()()()()()()()()()()

 

これこそが世界の革命を起こしたブルジョア達が望んだ理想の世界、資本主義世界構造だ。

 

旧約聖書の箴言にある言葉通りの光景が今もなお続いてきた。

 

富める者は貧しき者を治め、借りる者は貸す人の奴隷となる。

 

この一節こそが…21世紀まで続く世界の在り様を表していた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海に浮かぶのは巨大な城ともいえるだろう豪華客船。

 

ここがルシファーの仮の住まいであり、船の後部エリアが城主の宮殿エリアである。

 

宮殿エリアの屋上では夜空を見上げるルシファーがいた。

 

「支配とは()()()()()()()()だ。仕組みを生み出せた者こそが民衆共を支配出来る」

 

「ユダヤはこの教えを徹底して守ってきましたわ。だからこそ今日までの支配構造を残せました」

 

昔の事を思い出すようにして遠い眼差しを浮かべているルシファーの後ろには女性秘書官がいる。

 

ラクダの上に乗った貴婦人のような姿をした女堕天使こそが大魔王専属の秘書であったようだ。

 

【ゴモリー】

 

ソロモン王の72柱の魔神において数少ない女性の堕天使でありグレモリーとも呼ばれる。

 

黄金の冠を被りラクダに乗っている地獄の公爵であり、26の軍団を従える存在。

 

過去や未来の知識、秘められた財宝の在処、女性の愛を得る方法を教わる事ができるという。

 

美女悪魔として認識されているが、召喚者を試す為に醜女の姿をとる事もあった。

 

「……昔々、人々は物々交換で経済活動を行っていた」

 

ルシファーは昔話を語り出す。

 

物々交換で経済活動を行う時代には大きな弊害があった。

 

店の品をこれで交換して欲しいと商品を持ち込んだが、店主はそれを欲しがらない。

 

欲しがらない物を持ってきては経済活動が行えない弊害が起こっていた。

 

商品交換の問題はどのようにして乗り越えられたのか?

 

「ある日、金細工職人がこんなことを言い出した。ゴールドを使って商取引をするべきだと」

 

ゴールドは貴重な鉱物だと皆が思っている。

 

皆が欲しがるゴールドで商品を交換することを何故しない?と言い出した。

 

この意見を支持した民衆達は物の価値をゴールドに置き換えるようになり商いは簡単になった。

 

必要な品は必要なゴールドの量によって交換出来る経済時代の到来である。

 

「しかしゴールドを沢山手に入れても盗難被害が相次いだ。そこで登場したのが銀行なのだ」

 

警備員付きの金庫室にゴールドを預ければ盗難被害には合わないと皆が銀行を支持してくれた。

 

僅かな手数料を支払えば手持ちのゴールドを安全管理出来るのならば選択の余地などないだろう。

 

これが銀行という存在が最初にお金を創りだした方法である。

 

「太古の銀行は何枚ゴールドを預かったのかを書き記した紙を手渡した。これが()()()()()だ」

 

預かり証は何枚ゴールドを預かったのかの証明であり、ゴールドと同じ価値が生まれる。

 

これによって商取引はゴールドから紙幣に移り変わるようになっていった。

 

「キャンディを買いたいと思った者は預かり証一枚の価値を支払う。しかし問題も生まれるのだ」

 

キャンディ売り屋が物価の高騰で商品の値段を上げたら預かり証一枚では足りなくなる。

 

つまり預かり証という紙幣の価値が下がるということだ。

 

「預かり証という紙幣は何の価値もなくなる。汗水流し働いて手に入れた紙幣が紙切れと化す」

 

一生懸命働いたのにまだ働いて紙切れを手に入れろと?そんなの不公平だと皆が思うだろう。

 

「ゴモリー、銀行という商いはどうやって利益を作ればいい?」

 

「銀行は金を貸す事でしか金を創れない。つまり預かり証である()()()()()()()必要がある」

 

「預かっている()()()()()()()()()()()()()()()()()。利益を出すために紙幣を乱造するのだ」

 

その光景こそ()()()()()()()()()()銀行の詐欺。

 

預かってもいないのに預かり証という紙幣を生み出し貸し出すことで利益を奪い取る。

 

そして恐ろしい事に、人々はその詐欺に全くといっていいほど気が付かない。

 

「民衆達が結託してゴールドを返せと言い出さない限り、銀行はこの手口で利益を吸い尽くせる」

 

預けたゴールドは違う人のゴールドとして勝手に運用されていく。

 

我々が銀行に預けた紙幣も誰かがATMで引き出して持ち逃げしていく光景と同じだろう。

 

「まさに()()()()()と言えるだろうな…銀行と呼ばれる存在は」

 

民衆が取り付け騒ぎを起こして銀行の金庫室を開けた時、初めて空っぽなのに気が付くだろう。

 

民衆達は怒り狂い、役に立たない紙切れを利益にした強欲な泥棒に死刑を与えろと叫ぶだろう。

 

太古ならば銀行を相手に民衆達が武器をとり絞首刑にも出来るだろうが現代ではそうはいかない。

 

「この危険に立ち向かうため、ロスチャイルド等は国家さえ支配出来る金融制度を考案したのだ」

 

「金細工職人という泥棒共は生み出しました…()()()()()()()()をね」

 

「これが今の銀行制度だ。部分準備銀行制度によって国さえも滅ぼせる金融制度を構築出来た」

 

部分準備銀行制度こそ、核爆弾を遥かに超える世界支配兵器。

 

この邪悪極まった仕組みに支配されていない銀行は世界を探しても三つしか存在しない。

 

ロスチャイルドを始めとしたイルミナティ勢力は地球上の全ての銀行を手に入れるだろう。

 

そのためなら国を乗っ取るための戦争だって起こすし、政権転覆だって工作してくるのだ。

 

「全ての先進国の民衆共は金融という鎖に繋がれた奴隷共だ。見ろ、奴隷の飼い主が現れたぞ」

 

視線を船の向こう側に向ければ一機のヘリが着陸している。

 

ルシファーの居城とも言える豪華客船の前部は迎賓館として機能しているようだ。

 

「Jは上手く悪魔合体出来たのだろうか?確認しに行くとするか」

 

「こちらに来られるということは成功したも同然でしょう。私は他の仕事もあるので失礼します」

 

そう言い残してゴモリーは消え去っていく。

 

踵を返したルシファーも船内へと戻っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ルシファーの居城にある謁見の間では王の椅子に座るルシファーが来客を見下ろす。

 

「面を上げろ」

 

片膝をついて礼を示す人物とは、アリナも出会った事がある人物。

 

彼女に両親の肉を食べさせたその人物こそが世界を代表する金融王J・ロスチャイルドである。

 

顔を上げた老人はにこやかな笑みを見せる。

 

「閣下、召集に応じて魔界より参上いたしました。魔界統治は引き続きベルゼブブ殿が行います」

 

日本語が話せない人物であった筈なのだが流暢な日本語を喋り出す。

 

彼の両目はまるで悪魔を思わせるような真紅の瞳までしている。

 

Jとは違う人物が宿っているかのような態度を見せてきたのだ。

 

「…どうやらJの人格は悪魔合体に耐え切れずに消失したようだな?」

 

「正確には融合したと言えます。Jと呼ばれた者は実に私と相性が良かったのです」

 

「地球の銀行を支配し尽くした男だったからな。魔界の銀行を束ねたお前の生き写しだったよ」

 

「私はJであり、ルシファー閣下の参謀としての魔王でもあるのです…」

 

立ち上がった老人の体から極大の瘴気が溢れ出す。

 

漆黒の霧に覆われていく謁見の間。

 

黒い霧が晴れた時、ルシファーの目の前に立っていた者こそ魔界銀行の総裁であった。

 

【ルキフグス】

 

本名はルキフゲ・ロフォカレと呼ばれる悪魔であり、グリモワールにも登場する悪魔である。

 

グリモワールではルシファー、ベルゼブブ、アスタロトに仕える上級精霊として扱われる存在。

 

魔界の宰相を務める魔王であり、魔界の貨幣であるマッカを製造する魔界銀行の総裁でもある。

 

ルシファーの傍に控え、絶対的な信頼を得ているのは()()()()()()()()()()だからだろう。

 

魔界を管理する国務を行う重鎮であり魔界の総理大臣とも呼べる魔王であった。

 

「このルキフグス、閣下と共に地上を支配出来る日を夢見ておりました」

 

現れたのは巨大な魔術師を思わせる魔王の姿。

 

天に伸びた二本角を持ち、黄金の冠を被る頭部。

 

右手には魔界の法が記された分厚い書物を持ち、ルーン文字が描かれたストールを纏う。

 

紫色の肌をした大きな左手を持ち上げていき、立派に生え揃った白銀の髭を撫でていく。

 

悪魔姿を晒したルキフグスを見たルシファーの口元にも不気味な笑みが浮かんだようだ。

 

「これよりイルミナティはお前が指揮を執れ。四代目ロスチャイルド当主としてな」

 

「心得ております。私はこれよりJではなくLと名乗りましょう。L・ロスチャイルドとして」

 

「地上は金融支配によってロスチャイルドが支配出来た。魔界と変わらず銀行を支配していけ」

 

「仰せの通りに。Jも私に負けず劣らずの才覚を持っていた…私の理想を完成させるとはね」

 

不気味な笑みを浮かべたルキフグスが人間姿に擬態し直す。

 

Jと同じ姿をしているが中身はJであると同時にLでもあった。

 

謁見の間から出て行くルキフグスを見送ったルシファーが不敵な笑みを浮かべてくる。

 

「あの男は魔界でもっとも狡猾であり冷酷な男だ。世界の金融王を任せられる人材だろう」

 

人修羅として生きる尚紀は東京時代においてホームレスからこんな話を聞いた事がある。

 

金融業界とは血も涙もない弱肉強食の世界。

 

社会的弱者を食い物にしても良心が痛まないサイコパスこそが金融業界に適する人材。

 

これから先、世界の中央銀行を支配するルキフグスは血も涙もない政治を行っていくだろう。

 

そのしわ寄せは世界中の人々にのしかかり、重税によって生活苦に陥っていく未来が待っている。

 

銀行からひとたび金を借りようものなら泣いても叫んでも全てを奪い盗られるだろう。

 

魔法少女と変わらない子供達さえ風俗に落とさなければ生きられない地獄が待っているのだ。

 

これこそが()()()()()()()()()共の正体。

 

その銀行を束ねる新たなる長こそ、魔界銀行の総裁であり魔界の総理大臣であるルキフグス。

 

新たなる指導者を得たイルミナティは世界中の富を奪い尽くすだろう。

 

世界の富を管理する権利をルシファーから与えられた魔王こそがルキフグスなのだから。

 




僕の物語は金融が大きく関わってるので、それにまつわるメガテン悪魔を何処かで突っ込みたかったので登場させます。
貨幣の仕組みを調べていくと、マギレコの金持ち魔法少女な香春ゆうなちゃんをまともに見れなくなりますな。
札束ビンタ攻撃が如何に価値の担保が無い紙切れで攻撃してるのかがよく分かりますね(汗)


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209話 勝てる仕組み

季節は学生達の卒業シーズンとなる3月へと入る。

 

3年生組は高校も含めて進学して新たなる進学先へと移り変わっていく。

 

見滝原市で暮らす巴マミは見滝原中学校の高等部に進学したようである。

 

杏子達が通う見滝原中学校も付属学校であったためそのまま高校まで進学したようだ。

 

神浜の魔法少女達も進学して四月からは新たなる学生生活が始まっていくのだろう。

 

「みふゆ…進学おめでとう。貴女なら私の大学の薬学部に受かれると信じてたわ」

 

「みふゆの進学を心配してたけど、やれば出来る子だったんだね!進学おめでとう!」

 

みかづき荘では浪人生のみふゆが大学の薬学部に進学出来たお祝いのパーティが開かれている。

 

みふゆの隣には同じ大学に進学出来た都ひなのもいるようだ。

 

「フ…フフフ…私だって…やれば出来るんですよ…やっちゃん…鶴乃さん…」

 

進学出来たというのに彼女の目はハイライトが消えたまま。

 

何があったのかを勉強指導を担当したひなのに聞いてみると、禁じ手に手を出した反動だと言う。

 

「こいつはな…今の学力では確実に落ちていた。だからな…あたしの実験に付き合ってもらった」

 

「ひなのの科学実験!?なんだか怪しい気配がプンプンしてきたよ!?」

 

どうやらみふゆはひなのが科学実験で生み出したスペシャルドーピング薬に手を出したようだ。

 

頭が冴えわたった事により受験を乗り越えられたようなのだが、実験の副作用に苦しんでいる。

 

頭脳を強制的に引き上げる代わりに暫くの間は何も考えられないぐらいに頭がパーになるという。

 

「身長を伸ばす薬を開発していた時期に生み出せたドーピング薬に手を出してたのね…あなた」

 

「あーっ!?みふゆはズルしてるよー!()()()()()()に手を出すなんて悪い子ちゃんだよーっ!」

 

「えへへー…私は意外といけない子なんですよー?そんな事よりー…お祝いのお酒飲みたーい♪」

 

「二十歳になってから飲みなさい…。貴女はまだ19歳よ」

 

「えーっ!?ヤダヤダァ!お酒飲みたいー!!のーみーたーいーっ!!」

 

今年で二十歳になる女なのに子供のようにジタバタと暴れ出す。

 

困り顔を浮かべるやちよと鶴乃はひなのに振り向く。

 

「まぁ…このような副作用が生まれる。暫くの間は家で休んでてもらったが…まだ治らない」

 

「ちゃんと完治するんでしょうね…?」

 

「経過観察中だが…状況が好転しない。だから症状を改善させる薬を開発しているんだ」

 

「大丈夫なのかなぁ…?これじゃあ四六時中酔っぱらってるようなみふゆだよ…」

 

「もっと心配なのは…ズルして受験を合格したみふゆの大学生活ね…」

 

「その点はあたしも責任を感じてる。同じ大学に入学した者として、これからも鍛えていくさ」

 

「お願いね、都さん。さて…みふゆも進学出来たことだし!みふゆのバイク選びの時間よ!」

 

「楽しいツーリング仲間が生まれるんだね!私のオススメバイクもあるから皆で見ようよ!」

 

皆が新しい学生生活を夢見ながら桜の開花を待つ季節。

 

しかしそんな楽しい時間を共に過ごせない者もいるようだ。

 

国政選挙への出馬を決めた尚紀は来年の選挙に向けた準備に追われている。

 

資本家である尚紀は選挙資金を集めるための政治資金パーティーや個人献金を募る必要はない。

 

しかし出馬する彼を支える後援会を創設する必要があり、そのための準備を進めているようだ。

 

尚紀は忙しい合間を縫って後援会のメンバー集めに奔走していた。

 

「後援会の後援会長は俺と共に選挙活動を行う重要人物。だからこそ影響力のある者が必要だ」

 

家にあるウッドデッキの椅子に座って向かい合うのは家主の尚紀と客人の織莉子。

 

織莉子は尚紀の政治活動を支援する事を表明した魔法少女であり微力ながら手助けをしてくれる。

 

しかし彼女は高校進学を控えている年齢の子供という立場であり多くの助けにはならないようだ。

 

「父の選挙活動の応援に来てくれたのは…八重樫でした。尚紀さんはどのような人を探します?」

 

「政界入りを果たすには現職の政治家の応援を要請するのが妥当だが…俺は無所属出馬を望む」

 

「国会政党のどれにも属さない出馬になると…国政政治家の応援は期待出来ませんね…」

 

「だからな…俺は日本の財界と太いパイプを持つ銀子に頼ろうとしたんだ」

 

「銀子…?存知ない人物ですけど…お知り合いなんですか?」

 

「マダム銀子と呼ばれる女は日本の財界の重要人物達に憩いの場を提供する者。コネが沢山ある」

 

「それで…その銀子さんの協力で誰かいい人を見つけだせたんですか?」

 

問われる尚紀だが顔をしかめていく。

 

それでも話題を出した者として伝える責任があると思ったのか語ってくれたようだ。

 

「俺はもう一度東京に戻ることにした。会員制のBARクレティシャスの東京支店にな…」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

銀座にそびえ建つのはガラス張りのスタイリッシュな高層ビル。

 

変わらぬ外観をしたビルの最上階フロアにある店とは選ばれたエリートだけが利用出来る店。

 

この国の政財界の大物しか会員になれない特別な社交場であるBARクレティシャスであった。

 

「ようこそ我らの神よ!マダムから貴方様を紹介してもらえる日が訪れようとは感激です!」

 

タキシード姿をした尚紀の元に集まってきたのは日本を代表する大富豪達。

 

啓蒙神を崇める信者達であり、イルミナティに飼われるフリーメイソンの下部メンバー達である。

 

隣に立つ銀子と共に尚紀は富裕層達が集まった席へと案内されていく。

 

席に座った尚紀を囲むようにして富裕層達が座り込む。

 

顔を向ける皆に向け、尚紀は重い口を開いてくれた。

 

「集まってくれて感謝する。俺は来年の国政選挙に出馬する…その為にお前達の協力を求めたい」

 

イルミナティが崇める啓蒙神へのゴマすりを行う目的で集まっていた者達だが表情を変える。

 

驚きと不安で周囲の者達がざわめく中、尚紀は言葉を続けたようだ。

 

「後援会を組織するため会長となってくれる者を探したい。支援を名乗り出る者はいないか?」

 

「その…啓蒙神様?貴方様はこの国に何を求めておられるのですか?」

 

「そうです…我々もそれを拝聴しなければ、協力しようにも…」

 

「そうだったな…すまない。先ずは俺が政治に求める主義・主張を聞いてくれ」

 

嘉嶋尚紀が掲げる社会主義、そして日本の対米自立という思想を語られていく。

 

戦後レジームからの脱却を謳う彼の思想を聞いた富裕層達は動揺の表情を浮かべていた。

 

「どうだ?俺についてくる者はいないか?」

 

周囲を見ても彼の思想に反対する者は出てこない。

 

権威主義に支配されるしかないのは富裕層達も同じ。

 

権威主義によって民衆を支配する者達もまた自分達が利用する支配の枠組みに囚われていた。

 

「す…素晴らしい思想です!我々もぜひ支援をさせて下さい!」

 

「そうです!啓蒙神様が日本を統治されるなら…我らは神の選民!神の庇護を我々は求めたい!」

 

出てくる言葉は勝ち馬に乗って自分達だけが儲けたいという言葉ばかり。

 

彼らは富裕層という生まれながらの勝ち組であり自分の実力だけで地位を築いた者達ではない。

 

だからこそ彼らが求めるのは勝ち馬を手に入れて利益を独占する事しか頭になかったのだ。

 

庶民でありホームレスにまで落ちた尚紀から見れば、あまりにも醜悪な者達に見えるだろう。

 

「啓蒙神様!私が会長を務めます!いっしょに国政を変えていきましょう!」

 

名乗り出たのは日本を代表する車メーカーの代表一族の当主。

 

日本を代表する大企業であったが今では外資に飼われる犬に過ぎないが発言力は大きい。

 

名乗り出てくれた者に視線を向ける。

 

尚紀の表情は恐ろしい程にまで凍り付いていた。

 

「お前はたしか日本を代表する車メーカーの代表だったな?お前は俺の社会主義を望むのか?」

 

「勿論ですとも!啓蒙神様の庇護の下、我々一族は社会的弱者救済を掲げてまいります!」

 

それを聞いた彼の眉間にシワが寄り切る。

 

立ち上がった彼が国内トップの車メーカー代表一族当主の元にまで歩み寄る。

 

「啓蒙神様…?」

 

怒り心頭に達した彼が胸倉を掴み、車メーカーの代表一族の当主を掴み上げる。

 

「ヒィィィーーッッ!!?」

 

悪魔の如き恐ろしい顔を向けてくる者は支援を申し出た男の企業が繰り返した罪を並べていく。

 

「貴様の企業は労働者達に何をしてきた?汗水流して働いてくれた労働者達をどう扱ってきた?」

 

「そ…それは…その……」

 

「期間工という奴隷を大量に雇い、ゴミクズのように扱って用済みとなれば捨ててきたよな?」

 

「それは…ええと…正社員ばかりでは企業の人件費が膨らみ過ぎて…利益がですね…」

 

「大量の派遣切りを利用して仕事と住居を失った者達を家畜の如く扱った貴様が社会主義だと?」

 

燃え上るような怒りの表情を向けてくる悪魔の恐ろしさに震え上がり、股間が失禁していく。

 

「このクズめ…俺の求める政治とはな…貴様のような拝金主義者共を滅ぼすための政治だぁ!!」

 

怒りのまま独裁者の如き男を投げ捨てる。

 

ミサイル速度で投げ飛ばされる姿は男の企業の車がネットでミサイルと比喩される光景そのもの。

 

男の体はゲストルームの扉にまで投げ飛ばされ、扉を突き破った後に倒れ込む。

 

荒ぶる啓蒙神の姿を見せられた信者達がパニックとなり悲鳴を上げていく。

 

そんな者達に視線を向けた尚紀の表情は憎しみに支配されていた。

 

「…こんな場所で支援者を探したのがバカだった。貴様らが求めるのは外資と自分の儲けだけだ」

 

それ以上は何も言わずに立ち去っていく。

 

1人だけ動じない態度で座っていた銀子はこの結果が分かり切っていたようにして沈黙していた。

 

……………。

 

何があったのかを語られた織莉子の顔は俯いている。

 

日本の財界がこれ程までの拝金主義で支配されている現実を織った彼女はショックを受けていた。

 

「庶民の苦労は庶民の生活を経験した者でしか分からない。財界の代表者共はクズばかりだった」

 

「そんな心無き者達が企業という人間の共同体の代表を務めている…これは国政も同じなんです」

 

「受験戦争や出世レースで人を蹴落としてきた連中が社会的弱者の気持ちなど分かる筈がない」

 

「庶民にとってはまるで異世界住人です。そんな心無い政治家さえ政党に入れば支持が集まる」

 

自分で動かず個人に向けた信任でなし、厄介事を押し付けたまま責任逃れを繰り返す政治屋。

 

自分の損得しか考えず、濡れ手で栗とぬか喜びして政党に投票した支持者達は裏切られていく。

 

分かり易く日本の政治や選挙に触れる者達を語るなら、このようなものだろう。

 

「民衆も救いようがない。面倒万事宜しく頼むな態度だが…政党が腐れ外道共なのだと知らない」

 

「民主主義の限界ですね…。自由であるほど娯楽しか望まない…政治の裏を知る努力もしない…」

 

「民主主義国家も社会主義国家も崩壊のトリガーを引くのは…判断力のない無知な人間だ」

 

「国民こそが()()()()()()()()になるべきです…。だからこそ、学びを止めてはいけないんです」

 

「民主主義国家とは個が成熟した者が多数派となって初めて機能する。日本は民主主義ではない」

 

「外国の人々から日本人は独裁支配がお似合いの権威主義民族だと言われるのも無理ないです…」

 

「日本人は東大入学した権威だけで優秀者だと勝手に思い込む。()()()()()()()()()()()なのさ」

 

コンプレックスの塊でしかない民衆は面倒事を権威ある上の者に向けて丸投げしていく。

 

優秀だと思う人間に丸投げしてしまえば、後は上手くやってくれるだろうと確証もなく信じ込む。

 

そうしてしまえば空いた時間はスマホ片手にエンタメを楽しめるというわけだ。

 

代表者が自分達に都合のいいことをしてくれると勝手に思い込んでしまう。

 

代表者というリーダーがしている事を誰も検証しないし止めることもしない。

 

気が付けばリーダーの勝手な判断によって登山家一行のように全員が人生の山道に遭難して死ぬ。

 

()()()()()()()()()()()()()()が生まれている現実を誰も意識などしてくれないのだ。

 

「今の俺は振り出しに戻ってしまった…。後援会長と出納責任者探しは上手くいっていない…」

 

「後援会長は豊富な人脈や候補者に負けない演説力が要求される。見つけるのは難しいですね…」

 

「出納責任者も収支報告書を選挙管理委員会に提出する重要な役目だ。中々見つからないな…」

 

「私は十代の学生です…尚紀さんの手助けをしたくても公職選挙法が許してくれません…」

 

「織莉子とこのはが後援会長と出納責任者を務めてくれたら心強かったが仕方ない…他を探すよ」

 

話を終えた尚紀達が立ち上がる。

 

織莉子を駅に送るためフルサイズバンを走らせて行く。

 

「キリカと小巻に内緒で来て良かったのか?あの子達が心配するだろうが?」

 

「日帰りだからとコッソリ来ちゃいました。私は携帯も家の電話も全て解約してる身ですし…」

 

「連絡手段が無いから自分の足で来るしかないか。手紙では話のやり取りも迅速にはいかないし」

 

「キリカや小巻さんのスマホを借りるわけにもいかないです…。こればかりは仕方ありませんね」

 

「……駅に向かわず高速道路を目指そう。このままお前の家まで運んでやるよ」

 

「えっ…?でも…悪いですよそんなの…。尚紀さんは明日仕事なんですよね?」

 

「構わない。帰りのお前を独りにして帰したら、俺がキリカと小巻に文句を言われることになる」

 

「本当にごめんなさい…。これからはキリカと小巻さんに守ってもらいながら神浜に来ますね」

 

車は高速道路に入っていく。

 

見滝原市に向けて運転を続ける車内は重苦しい沈黙に包まれている。

 

沈黙に耐えられず先に口を開いたのは織莉子であった。

 

「私のお父様も…選挙資金を集めるために奔走していた時期があります」

 

織莉子が語ってくれたのは彼女の父親が生きていた頃の出来事だ。

 

国政出馬するためには何千万円もの選挙資金が必要だからこそ銀行や企業家に融資を募りに行く。

 

「家は豪邸でも…私の一家は中流家庭でしかなかったんです。だからこそ…資金が必要でした」

 

美国久臣は選挙資金を集めるために企業家や富豪の元へと出向いていく。

 

しかし家に帰ってくると彼の表情は怒りの感情で満ちていたと語ってくれた。

 

「選挙資金を出す代わりにこんな政策が欲しい。企業家や富豪達をぼろ儲けさせる政策を作れ…」

 

「…()()()()()()()か。理想論だけでは選挙にさえ出馬出来ない…望みの政策さえ作れない」

 

「お父様は独りで酒を飲んでいる時にはこんな愚痴を零していました…これが現実なんです」

 

「戦争だろうが革命だろうが政治だろうが資金が必要だ。この世はまさに資本制経済だな」

 

「例え資金を用意出来たとしても…勝てるかどうかは()()()()()。お父様はそう言ってました」

 

深刻な顔つきを浮かべる織莉子は語り出す。

 

日本の選挙が如何にズルがまかり通る恐ろしい()()()()であるのかを。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日本の選挙は()()()()()()()()と呼ばれる機械が使われる。

 

投票用紙計数機を使えば迅速に集計作業を終えて当選発表に役立つだろう。

 

しかし、この開票集計システムである投票用紙計数機は悪用されているのだ。

 

「この機械を開発してるのは一社だけ。その企業を株主として支配すれば…不正は容易いんです」

 

「俺もな…あまりにも早い当選発表をテレビで見た時に違和感を感じてた。やはりそうなのか?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…日本メディアも不正のグルなんですよ」

 

織莉子の父から聞かされた選挙不正手口とはこうだ。

 

矢部元総理はこの機械を開発する企業の大株主である。

 

つまり総理大臣が投票用紙計数機を自由自在に操ることが出来ることになろう。

 

選挙の中立性・公平性は消えて無くなり、操り人形のようなオペレーターが自由に操作する。

 

日米合同委員会の傀儡である政権与党の邪魔をする立候補者は全員落選させられるしかない。

 

分かりにくいように僅差をつけた集計を意図的に行えば誰にも気が付かれないという手口。

 

それを聞かされた尚紀の表情は怒りが滲むようにして眉間のシワを寄せてしまう。

 

「総理大臣が株主のコンピューターソフト会社が…選挙の集計を一手に独占してやってるか…」

 

「実は…その不正の決定的証拠を押さえたジャーナリストがいたんですが…殺されたんです」

 

「大阪のジャーナリストだったかな…マンションから飛び降り自殺の新聞を読んだことがある」

 

「あの背後には与党の連立政党の母体である似非仏教カルトの青年部隊が関与してます」

 

「海外からセクトとして認められているあの国家転覆宗教団体か。してやられたってわけかよ…」

 

()()()()()()()()()()()()()()()…。あるのは敗戦国を支配する米国とその飼い犬共だけです」

 

「それが事実なのだとしたら…俺が選挙に立候補しようとも……結果は見えているな」

 

重苦しい沈黙によって車内は再び静寂に包まれる。

 

先を考えれば考えるほど八方塞がりとなり、それ以上2人は口を開かなかったようだ。

 

織莉子の屋敷にまで車を走らせた頃には夜も深まっている。

 

車から降りてきた織莉子は運転席に座る尚紀の元にまで来て頭を下げてくれた。

 

「私は…まだ諦めるつもりはありません。会って欲しい人物がいるんです」

 

「そいつは誰なんだ?」

 

「美国本家の家長を務める者であり私の叔父…美国公秀環境大臣です」

 

「現職大臣を俺に紹介するということは…そいつを俺の後援会長に推薦したいということか?」

 

「それが出来るかは尚紀さんが判断して下さい。ただ私は…公秀叔父様を信じてみたいんです」

 

「お前の固有魔法は予知なんだろ?上手くやっていけるかの答えを知らないのか?」

 

「先を知る事はあまりにも恐ろしいんです。知ればさらなる地獄に突き落とされるかもしれない」

 

「そうだな…。お前はまだ病み上がりなんだし、魔法の行使は必要な時以外は止めておけ」

 

話を終えた尚紀が窓を閉めていくが声をかけられたため窓を開ける。

 

外を見れば別れが名残惜しいのかモジモジした態度を見せてくる織莉子がいたようだ。

 

「…帰っちゃうんですか?なんだか…尚紀さんがいてくれないと…私…凄く心細いです…」

 

頬を染める彼女の望みを想像するとしたら、朴念仁な尚紀でも察してしまう。

 

「すまないが…明日も仕事なんだ。早めに帰って休みたい」

 

「そうですね…我儘を言ってごめんなさい。私も出来る限り警戒しながら生活していきます」

 

残念そうな織莉子の顔を見つめる尚紀の心には罪悪感が広がっていく。

 

彼女も自分に好意を向けてくれているのかもしれないと考えると複雑な気持ちも抱えてしまう。

 

尚紀に好意を寄せる魔法少女は沢山いたとしても、彼はその気持ちに応える余裕など欠片も無い。

 

なによりも自分の体に表れだした恐ろしい兆候によって未来に何が待ってるのかさえ分からない。

 

先が保障されない尚紀が選んだ選択とは、彼女達の好意を遠ざける道でしかなかったのだ。

 

「尚紀さん…貴方だけが私の希望なんです。だから私は…ずっと貴方について行きます」

 

「俺は日本の闇と戦う覚悟で突き進む…命を落とすことになるかもしれないぞ?」

 

「覚悟の上です。どの道狙われ続ける立場ですし…貴方がいなくなった時が私の命の最後です」

 

「…お前の覚悟は受け取った。何処までも俺の背中について来い…織莉子。俺が導いてやる」

 

「……はいっ!」

 

満面の笑みを浮かべてくれた織莉子に微笑んだ後、尚紀は車を発進させる。

 

あまりにも過酷な道となった国政選挙の道を考える尚紀は辛い表情を浮かべていく。

 

「権力にしがみ付きたい連中は()()()()()()()()。権力を守るためならどんな不正も喜んでやる」

 

権力者に向ける憎しみもあるが、それ以上の感情こそが堕落を選ぶ民衆達に向ける憂いである。

 

尚紀も独りだけでは何も成し得ない者であり、支えてくれる者達が大勢必要だ。

 

しかしそんな彼を支える者などきっと現れないだろう。

 

人々は何も考えない者達であり、御上に全てを丸投げして娯楽しか望まない者達なのだから。

 

「権力者はな…民衆が飢えて死のうが嘲笑うだけだ。しかし、権力者は()()()()()()()()()()()

 

頂点の支配層血族の望みとは、人類の知覚やマインドの支配。

 

人々の認識を管理操作する事が支配構造を維持するためにも必要不可欠。

 

彼らは人々に支配の構造について考えて欲しくない。

 

政治の左右だの、自由だの民族だの差別だのという与えられた概念の枠からはみ出る者を恐れる。

 

世界の仕組みについて気が付かれてしまう事が彼らにとって一番恐ろしい事態なのだ。

 

「俺が魔法少女を教育しようとも砂粒程度の変化しか生まれない。教育政策は国の役目だからな」

 

このまま選挙に突き進もうとも、待っているのは確実なる敗北。

 

それでも尚紀は諦めないだろう。

 

この世は勝てる仕組みを生み出した者達だけが全てを手に入れられる。

 

ならばこそ、尚紀もまた仕組みを生み出す側になりたいと考えてしまうのだ。

 

「俺を崇拝する者は多過ぎる…俺にはそれ程の価値があるのか?世界を導く立場になれるのか?」

 

もしそれが出来るのならば、彼は手段を選ばないやもしれない。

 

理想と現実はあまりにもかけ離れている。

 

理想論を喚き散らすだけでは奇跡でも起きない限り勝ちようがない。

 

「俺は奇跡など信じない。ギャンブルで神頼みしながら敗北する者達の仲間入りを果たすだけだ」

 

世の中の仕組みを生み出して施行する立場の者達こそが国政政治家である。

 

だからこそ尚紀は手に入れたい。

 

民衆を守る仕組みを生み出す事が出来る力である政治を求める旅は続いていくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「2020年の日本を今から変えられないのであれば…10年後は何をどうしても手遅れだ」

 

尚紀が訪れている場所とは美国本家の応接間である。

 

織莉子から尚紀を紹介された美国家当主は予定を全てキャンセルしてでも彼と会う事を優先した。

 

長年国政政治に関わる者としてイルミナティの存在は知っており、崇拝対象も知っていたからだ。

 

窓際に立ち、美国公秀に向けて己が望む日本の政治の在り様を語る彼の姿がそこにはあった。

 

「これ程までに日本が貧困になった原因なら…国会議員として知っているだろう?」

 

顔も向けずに語り掛けてくる尚紀の声は恐ろしい程にまで冷たい。

 

まるで罪の糾弾をされている気分になる公秀は椅子に座りながらも震えていたようだ。

 

「日本は労働者を薪木にする国家に成り果てた。それもこれも政府と経団連の飼い主共のせいだ」

 

「…仰る通りです。経団連の飼い主こそが国際金融資本家達…在日米軍さえも操る悪魔なのです」

 

「お前はその経団連が飼っている政権与党政党の飼い犬だったな?今までお前は何をしてきた?」

 

罪を問う者は顔さえも向けてはくれない。

 

日本庭園に視線を向けるのみの尚紀であったが、怒りに支配されている態度なのは分かるだろう。

 

冷や汗が溢れ出す現職大臣は絞り出すようにして何をしてきたのかを語っていく。

 

それを聞き終えた尚紀の眉間にはシワが寄り切っていたようだ。

 

「私達がしてきたことは…国民の信任の裏切り行為…。外患誘致罪が適応される程の罪です…」

 

外患誘致罪とは外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた場合に成立する罪。

 

刑法第81条に規定され、 外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は死刑に処する。

 

極刑しか存在しない極めて重い大罪であった。

 

「貴様らは国賊だ。米国と共謀して多くの日本人の人生を殺す武力的政策を行使した罪は重いぞ」

 

日本を売り続けた国会議員として裁かれるのかと、現職大臣は顔を俯けながら震えている。

 

顔を上げてみると尚紀の左手には地面に立てかけるようにして日本刀が握られていた。

 

「私を…裁くのですか…?裏切り者の国賊として…美国家が繰り返した罪を断罪すると…!?」

 

怒りに燃え上る背中を見せる男を前にした美国家当主は歯がガチガチ揺れる程にまで震え上がる。

 

混沌王と呼ばれる人修羅はイルミナティや黒の貴族を纏めるエグリゴリの長になれるだろう存在。

 

彼の怒りに触れたのならば、彼が手を下さなくとも大統領だろうが総理大臣だろうが死ぬだろう。

 

それ程までの権威を持つ混沌王であろうとも、今はただの日本国民として訪れている。

 

「貴様らを裁くべきなのは検察だ。しかし()()()()()()()()()()…そして検察庁は法改正された」

 

日本は三権分立しているが検察官や裁判官等は司法機関ではなく行政機関の特別公務員である。

 

そのため行政機関を統括する内閣に支配される現実があるのだ。

 

内閣の閣議決定によって政権に近しい者が次期検事総長となることになったのである。

 

「検察庁法は国家公務員法を上回る筈だったのに、閣議決定で簡単に解釈変更出来てしまった」

 

()()()()()()()()()()()…。そのため三権分立は機能しない…日本に正義は無いのです…」

 

「…日本の裁判所にあるのは恣意的な法律だけか」

 

自由に法律が作れる政府が所有する裁判所に社会正義など存在しない。

 

本物の裁判所は私的で、法と正義に基づいて紛争を解決するものでなければならない。

 

立法府により恣意的に制定された法律は正義とは何の関係も無い。

 

正義とは、二者間の紛争を中立的に誠実に扱うことである。

 

三権分立が機能しない裁判所など犯罪組織として扱うべきであった。

 

「…検察が役立たずなら、国会議員の罪を起訴する事さえ出来ない。命拾いしたようだな」

 

左手に握られていた怨霊剣を収納するかのようにして消し去る。

 

振り返った尚紀の表情からは怒りの気配は消えているようだ。

 

「お前を国賊だと罵ったが…俺もまた国賊だ。俺が叫んだ神浜人権宣言で何が起こる?」

 

「移民の大量流入やグローバル化が大きく進む…。早い話…()()()()()()()()()()()()()()…」

 

「俺が叫んだ神浜人権宣言こそが…世界政府誕生の引き金となる。だからこそ…責任を果たす」

 

「貴方が叫んだ神浜人権宣言の内容を推進させることを…自ら止めようと仰られるのですか?」

 

「俺がもたらした人権宣言によって一都市は救われても…世界の国々が終わる。それを避けたい」

 

微笑みを浮かべた尚紀が右手を差し伸べてくる。

 

「同じ国賊同士…やり直してみないか?どちらも裁かれるべきなら…不退転の覚悟にもなるさ」

 

「もう一度機会をくれるのですか…?国を売り続けた美国家に…慈悲を与えてくれるのですか?」

 

「俺も多くの罪を犯した者さ…だからやり直している。やり直す気があるなら…俺と手を組もう」

 

それを聞けた美国公秀の目が見開いていく。

 

弟と夢見た正義の政治家になる道をもう一度目指してみたい気持ちが蘇ってくる。

 

立ち上がった公秀が差し伸べられた手を両手で握り締め、決断した表情を浮かべてくれた。

 

「…覚悟は出来ました。美国を滅ぼす事になろうとも…啓蒙神と呼ばれる貴方について行きます」

 

「流石は織莉子が信じてもいいと言う程の男だな?俺の道は命懸けとなる…悪いが命をもらうぞ」

 

「はいっ!!この命…貴方に差し出す覚悟で突き進みます!どうか美国家を導いて下さい!!」

 

こうして尚紀は後援会長となってくれる現職大臣と巡り合う事が出来た。

 

これから先の選挙戦に向けた話し合いも行っていき長々と話し込んでしまう。

 

気が付けば夕日が沈む時間となっており、尚紀は美国本家の屋敷を後にする。

 

「やれやれ…織莉子と結婚してくれと言われちまったよ。政治家一族の家長らしく政略的だな」

 

政略結婚の申し出はやんわり断った彼はクリスを停めてある駐車場へと向かって行く。

 

そんな彼の後ろ姿を高級住宅街の一角で見つめていたのは氷室ラビと鳥悪魔の姿であった。

 

「人修羅…あの男も世界を滅びに導く蛇だというの?」

 

「我々神は未来のタイムラインを視れる者が多い。あの男が未来にもたらすのは…()()()()だ」

 

「第三次世界大戦のこと…?」

 

「混沌王と呼ばれる蛇と大魔王と呼ばれる蛇…二匹の蛇の共食いが如き戦争で世界は焼かれる」

 

「あの男は…黙示録の騎士におけるレッドライダーを解き放つ存在だというわけね…」

 

「最初に解き放たれたホワイトライダーとなる者達が世界にばら撒くのは…()()()()()だ」

 

「中国から端を発した病魔の国内感染者が1月に現れたわ…もう直ぐ世界全土に飛び火する」

 

「それと同時に世界規模の飢饉が始まる。いずれは虫を主食にしろと言われ始めるだろうな」

 

「この2020年から世界の黙示録が始まるのね…。人類は虚無へと導かれるべきよ…」

 

「足掻くだけ無駄なのだ。だからこそ我々が終わらせてやろうではないか…この蟲毒の世界をな」

 

人類に終止符をもたらす者達の姿が蜃気楼のようにして消えていく。

 

人修羅がもたらすのは世界の救済か?世界の滅びか?

 

今はまだ人間の守護者だと信じる者だが、いずれ人修羅は思い知らされる事になっていくだろう。

 

勝てる仕組みを生み出す側でなければ何も成し得ないという現実を味わうことになるのであった。

 




マギレコの第二部エンディングで魔法少女のその後がずらーっと並びましたけど、みふゆさんが大学の薬学部入学出来たとか不正入学だろ!と独りツッコミを入れていた僕です。
カイジの漫画通り、世の中は勝てる仕組みを用意出来る者だけが全てを支配するというわけですね。


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210話 再婚

中世時代のヨーロッパにおいて、1人の少女が錬金術師となった。

 

彼女は錬金術師として魔道の探求を求めてきたが契約の天使と出会うことになっていく。

 

彼女は願った、錬金術や魔術の奥義を極める道に進む運命が欲しいと。

 

彼女は目的を達成するためなら手段を選ばない者であったから。

 

しかし問題が起きてしまう。

 

魔法少女の重大な問題によって彼女の魔道探求の道は閉ざされてしまった。

 

問題を克服しようと足掻いたが駄目だった彼女は再び手段を選ばない選択をする。

 

悪魔と呼ばれる存在と契約する事で魔法少女問題を解決するという危険極まりない選択だった。

 

彼女は19歳の若さを維持したまま老化することのない命を手に入れたが、それは悪魔の罠。

 

彼女は永遠に悪魔に憑りつかれたまま運命を弄ばれる人生が始まってしまうのだ。

 

寿命で死ぬことのない彼女は彷徨いながらも様々な存在達と触れ合っていく。

 

ニコラス・フラメルと呼ばれる男を錬金術師として導き、夫として迎えた人生。

 

2人で錬金術の至高の目的といえるだろう賢者の石を生み出すために努力した人生。

 

魔女狩りから逃れるようにして夫と別れてからはジャンヌ・ダルクと出会った人生。

 

様々な人生を生きてきたが本当の目的である魔道の奥義と呼べるものは手に入れられなかった。

 

いつしか彼女は長過ぎる人生の迷子になっている。

 

様々な名前を名乗りながら生きてきたが、彼女の心は擦り切れていく。

 

いつしか死を望み酒に溺れるだけの堕落した人生にまで堕ちていた時、彼女は見つけられた。

 

魔道の奥義とも呼べる力を手にする悪魔人間が日本と呼ばれる国にいる。

 

堕落した人生から抜け出すキッカケとなった者を求めて彼女はアメリカから日本へと訪れた。

 

人修羅と呼ばれる悪魔人間と争うことになったが、彼は彼女を許してくれた。

 

人修羅は彼女に託してくれた。

 

魔道の奥義の中でも究極ともいえるだろう最強のマガタマを託してくれたのだ。

 

数百年間の旅路の中で彼女はやっと本来の目的である魔道の奥義に触れられる。

 

大喜びする彼女であったが、魔道の奥義を知れば知るほど彼女の顔から笑顔は消えていく。

 

満たされれば満たされる程、彼女の心は充足を得ると同時に終わらせたい気持ちも生まれる。

 

この長過ぎる人生の旅路の終着駅を求めているかの如く黄昏た表情を浮かべる毎日であった。

 

……………。

 

「ねぇ……ニコラス」

 

感情エネルギーの光に包まれた培養液に顔を向けたままのペレネルが声をかけてくる。

 

錬金術道具や実験用機械が沢山並んだ奥で研究を続けていたニコラスが顔を向けてくれたようだ。

 

「スペインのアンダルシア大学で勉強していた時は…どんな気持ちで勉強していたの?」

 

「…憧れの錬金術師になり、私の夢であると同時に君の夢を実現させたいという気持ちだったよ」

 

「貴方は錬金術師として大成して帰ってきてくれたわ。そして私達は夢を実現しようとした…」

 

「…魔女狩りという集団ヒステリーさえ起こらなければ…君と共に喜びを分かち合えたと思う」

 

「私が残した研究成果を貴方が完成させてくれた…。賢者の石を完成させた時…何を感じたの?」

 

「達成感よりも…孤独を感じた。君が隣にいてくれない寂しさと…目標が消えた虚しさが残った」

 

培養液の中で浮かぶマガタマに視線を向けたまま、ペレネルは今の気持ちを語ってくれる。

 

光に照らされた眼鏡の奥にある彼女の目の表情は伺えなかった。

 

「魔法少女になってまで得ようとした目標…魔道の奥義。目の前にあるマガタマこそがそうよ…」

 

「マガタマの修復過程において様々な発見をする事が出来たな。君はマガタマを生み出す気か?」

 

かつての賢者の石と同じく、錬金術師としての成果を残す。

 

それこそが錬金術師としての本懐であった筈なのだが…彼女は喜びの表情を浮かべない。

 

「私ね…悪魔と契約してでも得ようとした目標を達成出来ようとしているのに……怖いの」

 

ペレネルは余りにも長過ぎる人生という山道を登ってきた者。

 

ようやく山頂に至ることが出来たというのに彼女の心は孤独と恐怖心に支配されている。

 

「目標があったから長過ぎる生を耐えられた。だけど目標を達成出来たら…きっと耐えられない」

 

「ペレネル……」

 

立ち上がった彼がペレネルの元にまで歩み寄る。

 

横に立って顔を向ければ、彼女の体は震えていた。

 

「おかしな話よね…?望んだ目標に辿り着いたのに……ずっと目指すだけでいたくなる」

 

「登山家もそうだ。登っている時間が苦しくても…ずっと登っていたい。終わって欲しくない」

 

「苦しくても…それは楽しい時間。夢を見続けられる幸福も…覚めれば終わってしまう」

 

「だから登山家達は生涯に渡って山を求めるのだろう…。苦しくても…それは幸福なのだから」

 

「私の幸福もまた…終わりを迎える。それでいい…私は私の人生の山道を登り終えるのだから」

 

ニコラスは震えている彼女にそっとハンカチを渡してくれる。

 

受け取った彼女は光に照らされた眼鏡の下に溜まっていた涙を拭いたようだ。

 

人生の目的を終える事は恐ろしい。

 

しかしそれこそが人間の人生であるべきだ。

 

「私も…長過ぎる生を生きた。賢者の石という魔道の奥義を手に入れたが…虚しいだけだった」

 

俯いてしまう彼に顔を向けてくれる。

 

彼もまた魔道の奥義を求めた者であったが、今は終わりを望む者だ。

 

「私達は錬金術師として登り切った。それぞれが求めた頂きに立てたのなら…終わるべきだろう」

 

「そうね…私達の旅路は終わるべきよ。世界のコトワリに逆らい続けるのも……もう疲れたわ」

 

「私もさ。老骨に鞭を打って生きてきたが……最後は愛する君の傍で死にたいものだな?」

 

顔を向けてくれるニコラスを見たペレネルの細目が見開いていく。

 

最初に出会った頃のような若々しい彼の姿とは違うけれど、面影を感じてしまう。

 

懐かしい気持ちとなれたペレネルが両手を持ち上げる。

 

彼の頬に両手を当て、懐かしい記憶の世界に浸っていく。

 

「こんなに大きくなって…。初めて出会った時は…女の子と間違うぐらいの少年だったのに…」

 

「君は変わらないね…美しい少女のままだ。私はこんなにも枯れ果ててしまったのに…」

 

「年齢を重ねられることは愛しいものだと気が付いていたら…私は悪魔に騙されなかった…」

 

「日本ではな…散ることこそが人生だと考える思想がある。老いて滅びるのも…悪くないよ」

 

「そうね…私達が滅びても新しい種が芽吹く…。その種も大きくなれば枯れ果てて…種を残す」

 

「それこそが人間であるべきだ。私達はそれに逆らったが…今ではそれが正しいと言える」

 

「ニコラス…私はこの研究を最後にする。もう…錬金術師として生き続けたくない…」

 

「私も同じ気持ちだよ…愛しい妻よ。最後ぐらいは…初めて出会ったあの頃に戻りたい…」

 

頬を染め合った2人の顔が近づいていく。

 

研究室に用事があって訪れようとしていたタルトであったが、中の様子を見て扉を閉めてくれる。

 

今は夫婦水入らずの時間なのだということぐらい造魔でも判断することなら出来るだろう。

 

錬金術師夫婦の愛が数百年の時の流れを超えて蘇る時がきた。

 

しかし彼らは錬金術師として目指すべき目標を失った者達。

 

今の2人が望むのは人間としての終わりであり、自分達の死である。

 

それでもほんの少しの間だけは帰りたいと思ってしまう。

 

2人が出会い、恋をして生きられた懐かしい時代に帰りたいと願ってしまうのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「えいっ!えいっ!」

 

路地裏で魔法武器を振るっている姿を見せるのは八雲みかげである。

 

彼女の動きを見守っているのはリズとタルト。

 

彼女達は空いた時間を見つければ彼女の元に訪れ稽古をつけてくれている。

 

「姿勢が崩れているわ。もっと背筋を伸ばして蹴り込みなさい」

 

「うん、分かったよリズ姉ちゃ!」

 

武器と体術を駆使する指導を受けているのだが、今日のタルトは稽古相手になってくれない。

 

感情が無い造魔は無表情を崩さないのだが、それでも思うところがあるのか顔は俯いている。

 

そんな彼女を心配するようにしてみかげが声をかけてくれたようだ。

 

「今日はどうしたの?なんだか落ち込んでいるような気がするけど…?」

 

彼女の声に反応して顔を上げてくれるが、タルトは首を横に振る。

 

何があったのかをリズに聞くと彼女も無表情なりに心配そうな態度を見せてきた。

 

「昨日からどうも様子がおかしいのよ…。何があったのかは私にも語ってくれない…」

 

「何かあったの…?ミィで良かったら相談に乗るけど…?」

 

2人を心配させてしまうのは自分のせいだと分かっている彼女が立ち上がる。

 

「…ごめんなさい、心配をかけて。私なりに…色々悩んでるんです」

 

「どんな悩み事を抱えているの?ミィが聞いてあげるよ」

 

「ここではその…言い辛いです。少し散歩に付き合ってくれませんか?」

 

言われるがままリズとみかげはタルトの後ろをついていく。

 

彼女達が訪れたのは南凪区にある外国人墓地であった。

 

海を見つめるタルトの髪が潮風で揺れていく中、後ろの2人に向けて語り出す。

 

「マスターが失った時間が蘇っていく…。人間としての時間が…蘇っていく…」

 

「それってもしかして…ペレネル婆ちゃとニコラス爺ちゃが仲直りしたってこと?」

 

「地下の研究室から上がってくるのが遅いと思ったら…そんな事が起きていたのね」

 

「喜ぶべきだと思いますが私は造魔です。それを表現する事が出来ない…私の心は止まったまま」

 

右手で後ろ髪を撫でる彼女の心の中は虚心であるように見えるが、小波が立っている。

 

自分が何故これほどまでに落ち着かないのか理解出来ない表情を浮かべていた。

 

「生前のタルトは…無邪気な子供のような人物だった。それを表現してこそ私は完成するのに…」

 

顔を俯けていく彼女の苦しみならリズは分かる。

 

彼女もまた造魔であり心は虚心。

 

同じ造魔であるタルトに向けてどのように生きればペレネルを満足させれるのかは分からない。

 

上手く生きられず悩み苦しむ造魔の姿を見せられた魔法少女だけが言える言葉があった。

 

「ミィはね…思ったことは口にするよ。それで色々な人から嫌われたり…好きになってもらえる」

 

「思ったことを…口にする?」

 

「言いたいことを口にする怖さもあるけど…ミィは言いたいことも言えない方が怖いって思う」

 

「人は本音を押し隠すものです…。本音ばかりでは相手を傷つける場合もあるんです…」

 

「でもね、ミィはそれでも言いたい。だって…自分に嘘をつきながら生きるのって…辛いんだよ」

 

辛そうな表情を浮かべてしまうのは、姉のみたまの在り方を知っている妹だからである。

 

尚紀と出会う前のみたまは、周りを不快にさせまいと愛想しか振りまく事はなかった。

 

それでも心の中では神浜市に向けた憎しみを叫びたいのに誰にも言えない苦しみを抱えてきた。

 

苦しみを吐き出す事が出来なかった彼女は東西差別を繰り返す西側への憎悪が燃え上る。

 

そして同じ立場でありながらも自分より弱い者を虐めてスカッとしたい東側への憎悪も燃えた。

 

言いたい事も言えない人生が続いてしまったために精神の袋小路に陥ってしまう。

 

だからこそ八雲みたまは神浜を滅ぼして欲しいと契約するまで追い詰められていったのだ。

 

「姉ちゃは…言いたい事も言えなかったからこの街を呪ったの。ミィはそんな風になりたくない」

 

「私も…言いたい事を言えるようになれなければ…憎しみに支配されていくのでしょうか?」

 

「今のタルト姉ちゃは…苦しんでる。劣等感を抱えてきたミィの姉ちゃと同じに見える…」

 

客観的にそう見られているのであればそうなのだろうとタルトは判断する。

 

彼女は客観性のない主観性は成り立たないと知った者だから。

 

「私は今のマスターに何を言えばいいのでしょう?生前のタルトなら…何を言ったのでしょう?」

 

それを問われた時、みかげは笑顔でこう言ってくれる。

 

その無邪気な姿はまるで生前のタルトのようであった。

 

「決まってるよ!結婚しちゃえって言えばいいんだよ!」

 

胸を張って自信満々に語るみかげを見つめるタルトとリズは目を丸くしてしまう有様だった。

 

ペレネルとニコラスの間にどれ程のわだかまりがあるのかも考えずに無邪気に語る。

 

そんな姿もまた、タルトが目指したい本物のタルトの在り方なのかもしれないと造魔達は思う。

 

得心を得たのかジャンヌと呼ばれる造魔がみかげの頭を撫でてくれる。

 

「私も…貴女みたいに無邪気になりたい。そのための一歩を…踏みしめてみたいです」

 

不思議そうな顔を向けてくるみかげに向けて口元が若干の微笑みを浮かべてくれる。

 

そんなタルトの姿を見守ってくれたリズの心の中にも嬉しいという感情の小波がたった。

 

みかげと別れた2人がペレネルの屋敷へと戻っていく。

 

夜になると部屋で悩むペレネルの元へとタルトが現れたようだ。

 

彼女の言葉を聞いたペレネルは驚きの声を上げてしまう。

 

命令に従うのみの造魔である筈なのに、葛藤を抱える主人の気持ちも考えない提案をしてくる。

 

造魔の主人として欠陥品だと思うかもしれないが、ペレネルはそうは思わない。

 

この可能性こそが造魔として生み出したタルトに求める人間としての在り方なのだから。

 

微笑んでくれたペレネルは決心がついた。

 

それから暫くした頃、尚紀はペレネルの屋敷へと呼び出される。

 

向かい合うペレネルとニコラスが語る言葉を聞いた尚紀は驚いた表情を浮かべたようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「再婚…するのか?随分と急な展開だな…?」

 

屋敷の応接間の椅子に座る尚紀に向けて、ニコラスとペレネルは微笑んでくれる。

 

「私はね…魔道を極めるために生きてきたわ。その目的も終わり…後は人間として生きたいの」

 

「私達はもう錬金術師としては向かうべき目標を失った者達。だからこそ余生は人間でありたい」

 

「そのための再婚か。だがいいのか…ペレネル?俺のマガタマで得た知識を生かさないのか?」

 

「私はね、悪魔になりたいわけじゃない。魔道の奥義という究極の知恵に触れたかっただけなの」

 

「それが魔法少女契約までして生きてきたお前の本懐でいいのか…?」

 

「構わない。人間のままだったら…私は貴方と出会えていない。これこそが望んだ運命だと思う」

 

「私もね…妻を見つけてやり直したい目的のために錬金術を求めてきたが…それももう終わりだ」

 

「そうか…お前達は目的を達成したんだな?人生の山道を登り終えたなら…後は帰るだけか?」

 

「そうだ、後は山道を下るだけとなる。懐かしい時代に帰るようにしてね…」

 

顔を向け合う2人は笑顔を向け合ってくれる。

 

そんな2人の気持ちが嬉しかったのか、尚紀も微笑んでくれたようだ。

 

「貴方のマガタマ修復をもって私の錬金術師としての旅は終わりよ。だからね…感謝してるわ」

 

「私とペレネルをもう一度繋いでくれたナオキ君には本当に感謝している。だからこそ頼みたい」

 

「もしかして…結婚式の仲人の役目か?」

 

「それもあるが…もっと重要なものだ。私達はね…子供に恵まれなかった者達なんだ」

 

「彼はね…若い頃から造精機能障害なの。だから私達は手を出してしまったわ…錬金術の禁忌に」

 

「まさか……ホムンクルスか?」

 

「娘の()()()と生きられた時間こそ私とペレネルにとって至福の時間だった。だから帰りたい…」

 

「ホムンクルスは短命だったけど私達にとっては愛する娘だったわ。だから…また子供が欲しい」

 

「現代では不妊治療も進んでいる。どうにか男の象徴を元気にして頑張ってくれよ」

 

「フフッ♪ニコきゅんも頑張ろうとしたんだけれどね…やっぱり年齢には勝てなかったわ♡」

 

「えっ…?お前らもしかして……?」

 

顔を赤面させるニコラスに向けて意地悪な顔を向けてくるペレネル。

 

そんな2人が望む新たなる子供とは…意外な存在であった。

 

真剣な表情を浮かべて語った言葉を聞いた尚紀が驚愕して立ち上がる。

 

「正気なのかよ……お前ら!?」

 

「本気だ。私達はね…君を養子として迎え入れようと思う」

 

「私と夫をもう一度繋いでくれたナオキこそ、私達の()()()()()()()()()()()なのよ」

 

ニコラスは石の賢者として築き上げた莫大な資産を所有している。

 

ペレネルは錬金術師としてだけでなく資産家としても大成功を収めた者である。

 

そんな2人の遺産を相続させられるとしたら、天文学的な遺産相続となってしまうだろう。

 

困惑した表情を浮かべる尚紀であったが、強い決意を浮かべたニコラスが口を開く。

 

「嘉嶋会創設の時の演説は忘れていない。君はこの世界に投げ出された者として孤独に苛まれた」

 

「親だと信じた者達から捨てられ…路頭に迷う人生を生きてきた。私達はそんな貴方を救いたい」

 

「だが…ジャンヌとリズはどうなる?彼女達こそお前らの娘とするべきじゃないのか?」

 

「あの子達はそれを拒絶したわ。自分は造魔であり、主人に尽くすために生きたいと言われたの」

 

「だからこそ、ナオキ君を養子として迎え入れたいのだ。どうか私達の我儘を受け入れてくれ」

 

「しかし…俺なんかじゃなくてもいいだろ…?実の子供を産みだす事を諦めるのか?」

 

「私達はね…人間のような時間を過ごせたらそれで満足なんだ。家族を築けたらそれで充分だ」

 

「私はナオキを家族にしたい…。こんな小娘姿の私なんかをお母さんだと呼ぶのは嫌かしら?」

 

それを問われた尚紀が赤面してしまう。

 

孤独であっても強く生きようと決めたのに、もう一度家族となってくれる者達が現れてくれた。

 

孤児として生きる者だからこそ、両親という存在を熱望してきた。

 

再びこの世界で両親になってくれる者達がいる。

 

体が震えてしまう尚紀の両目には嬉し涙が溜まっていたようだ。

 

「おやじ……おふくろ……」

 

嗚咽を堪えながら震える彼の元にまで歩み寄ってくれた夫婦が彼を抱きしめてくれる。

 

夫婦の肩を抱きしめた尚紀はついに声を出しながら泣いてしまうのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

月日は流れ、3月の最初の週末となった頃。

 

神浜市の南凪区にある業魔殿ではホテル結婚式が始まろうとしている。

 

籍は入れたのだが、それを周りの者達に知らせるわけにはいかない事情があるようだ。

 

ペレネルは資産家として生きてきたが、現在の戸籍上の年齢は108歳を超えている。

 

老い先短い老婆が19歳の小娘姿だったと周囲の者達にバレるわけにはいかないのだ。

 

秘密裏にした結婚式は粛々と進められていく。

 

参列してくれたのは尚紀や仲魔達、それにタルトとリズとヴィクトルと銀子だけであった。

 

「なんで俺様まで呼ばれるかねぇ…?ニコラス爺と元嫁の結婚式なんぞに…?」

 

「我々のことを信頼してくれている証拠だろう。今日は大人しくしてろよ」

 

「分かってるって。俺様は式が終わったらすぐさま帰るからな」

 

横に視線を向けると結婚式に着ていけるパーティドレスを纏う女性達がいる。

 

「尚紀から聞いてるぞ。お前らはアイツに付き従う使用人になってもいいってのかよ?」

 

「私達は造魔です。造魔は主人に尽くすために生み出された者…主人の代わりなど務まりません」

 

「私は構わないわ。ナオキがフラメル家を継いでくれるなら…彼の従者として生きていきたいの」

 

「しかしよぉ…どんどん出世するなーお前は?もうちっと俺様の小遣いも上げてくれねーかな?」

 

「お前に小遣いくれてやっても博打に使うか酒に消えるだけだ」

 

「静かに。そろそろニコラス先生の入場の時間である」

 

手前の扉が開く。

 

新郎として現れたのはニコラスであり、後からウェディングドレスを纏うペレネルが現れる。

 

2人は祭壇の前に立ち、牧師が挙式開始の宣言を行っていく。

 

牧師の言葉を清聴している夫となる者は心の中でこう思う。

 

(これで悔いはない…決心がついたよ。妻に憑りついた悪魔と戦うために…私は人を辞めよう)

 

牧師の言葉を清聴している妻となる者は心の中でこう思う。

 

(ナオキ…貴方の未来には地獄が待っている。だからこそ…私達が残す遺産を上手く使ってね)

 

新郎新婦の誓いの言葉や指輪の交換が終わる。

 

結婚証明書に署名を終えたニコラスとペレネルは最後に誓いのキスをして式は終了となった。

 

結婚式が終わってから暫くした頃、尚紀の元に集合写真が届けられることになる。

 

家のリビングで集合写真を見つめる尚紀の顔は微笑んでくれていた。

 

「俺の新しい両親……もう二度とはって、思ったんだけどな……」

 

写真の中央には、養子である尚紀を囲むようにして笑顔を浮かべたニコラスとペレネルがいる。

 

これからは彼ら夫妻が尚紀の新しい両親であり、尚紀は一人息子として二重相続人になろう。

 

彼の未来に待っているのは世界の富を独占し、世界の紙幣を製造する者達との戦い。

 

それらと戦うには彼の力だけでは足りなさ過ぎるのだ。

 

多くの者達の力が必要ともなれば、多くの金を動かす必要が生まれていく。

 

だからこそ尚紀のお陰で夫婦に戻れた錬金術師夫婦は彼を養子として迎え入れてくれた。

 

世界を支配する者達と戦うための軍資金となってくれる莫大な遺産を相続させるために。

 

……………。

 

<……そうか、分かった。私も召集に応じよう>

 

ペレネルの屋敷の外にはカラスに擬態した悪魔がいる。

 

ベットで夫と共に眠るペレネルの影が怪しく広がっており、部屋の壁に人型を生み出す。

 

そこには悪魔を表す影が浮かんでおり、外の悪魔と念話を行っていたようだ。

 

<魔界から次々と魔王や魔神達が集まっている…私も遊んでばかりはいられないな>

 

<オーダー18が行われる日も近いのです。お急ぎ下さい、()()()()()様>

 

そう言い残して窓際に立つカラスは飛び去っていった。

 

壁に浮かんだ影の頭部が真紅の瞳を開けていく。

 

恐ろしい悪魔の目が向けられる先とは、数百年間搾取してきた魔法少女であった。

 

「長い間楽しませてもらったが…そろそろ君とは潮時かもしれないよ、ペレネル」

 

壁に浮かんだ悪魔の人影から生身の肉体がせり出してくる。

 

道化師の服装と似た真紅の貴族衣装を纏う者こそ、ペレネルを支配し続けた魔王であった。

 

【メフィスト】

 

メフィストフェレスと呼ばれる者であり、光を愛さない者とも呼ばれる悪魔。

 

ゲーテのファウスト物語に登場する悪魔としても知られている存在だ。

 

ファウストはルネサンス期のヨーロッパに存在したとされる伝説上の魔術師である。

 

彼が召喚した悪魔こそがメフィストであり、悪魔と取引したため突然死したという。

 

メフィストはゲーテの物語で名を知られるようになり、地獄の大公と呼ばれるようになった。

 

未来の出来事や天文学、占星術、気象学に通じ、火炎術と変身術、幻術にも長けている。

 

人の心の闇に巧みに囁きかけ、悪徳や欲望をそそのかして魂の契約を迫ろうとする悪魔であった。

 

「思い出すよ…ペレネル。君と初めて出会った日のことをね」

 

空中に浮遊するのは、漆黒の長髪を靡かせる赤き魔王。

 

邪悪な笑みを浮かべたメフィストは右手を持ち上げ、ソウルジェムを生み出す。

 

右手に浮かべられるソウルジェムこそ、ペレネルが悪魔契約した際に奪われた魂であった。

 

「美しい魂の輝きだ…。数百年間濁り続けるのみであったのに…フフ、再婚出来たからか?」

 

視線を向ける先には再婚相手がいる。

 

この者を目の前で惨たらしく殺してやったら、どれだけの絶望を生み出せるのか?

 

そんな事を考えただけで舌から涎が溢れ出す。

 

「今はまだ生かしてやろうではないか…。しばらくは幸福に暮らすがいい」

 

浮遊したまま壁に残っている人影の中へと戻っていく。

 

右手の中で転がすソウルジェムをもう直ぐ喰らえる日がくる。

 

何百年も寝かしてきたワインの蓋を開けるような喜びを今、彼は感じていた。

 

「希望こそが絶望を引き立てる最高のスパイスだ。フフフ…どう殺してやろうかな?」

 

影の中に入り込んだメフィストの影がペレネルへと戻っていく。

 

これから先メフィストは沈黙しながらも暗躍していくだろう。

 

死ぬことが出来ない不死身の者をどう殺してやろうかと考えていくのだ。

 

彼の息子となった混沌王に気が付かれないように計画を進めなければならない。

 

計画の準備が整った時こそニコラスとペレネルの終わりの時である。

 

今は小さな幸せを噛み締める日々を送れるのだろうが、それも時期に終わりを迎えるだろう。

 

その時にこそ、ニコラスは戦わなければならない。

 

愛する妻を探し求め、ようやく結ばれた者としての最後の戦いを行わなければならないのだ。

 

今まで眠っていた大きな闇が動き始める。

 

2020年の時代とは、去年を遥かに超える程の動乱の幕開けであった。

 




過剰なまでのキャラ数なのにたるとマギカのキャラを突っ込む必要があったのはこのような目的を考えていたためです。
錬金術師に憑りつく悪魔を考えるなら、やっぱゲーテのメフィストしかいませんよね!


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211話 それいけ業魔殿

突然過ぎる14代目葛葉ライドウの出現はヴィクトルを驚かせた。

 

それでもかつての旧友と再び出会う事が出来たのは彼にとって大きな喜びであった。

 

ライドウと連絡先を交換出来たヴィクトルは即座に彼を呼び寄せる。

 

その目的とは、かつての旧友と昔話を楽しみたいという個人的な望みであった。

 

「いやー懐かしい!金王屋のクソジジィの話が出来る相手がいるというのは嬉しいものだな!」

 

会員制のBARクレティシャスのクラブラウンジ席では昔話を楽しむ2人がいる。

 

会員制の店であるがヴィクトルから事情を説明された銀子は彼を会員として認めてくれたようだ。

 

しかしライドウは大正時代の人間とはいえ十代後半になったばかりの年齢。

 

酒を飲む訳にもいかない彼が飲んでいる飲み物とはソーダであった。

 

「それにしてもヴィクトルよ、うぬは随分と落ち着いたな?昔はもっとこう…イカレていたぞ?」

 

出された皿に注がれた柑橘系のジュースを舐めているのは黒猫のゴウトである。

 

緑色をした目をヴィクトルに向けながら会話を担当してくれているようだ。

 

「吾輩も歳でな…色々とハッチャけるにも体がガタついた。片足も不自由だしなぁ…」

 

「半分吸血鬼のうぬらしからぬ意見だな?昔はこう…なんというか、情熱的だったのだが?」

 

それを問われた時、ヴィクトルは焦りを浮かべていく。

 

「お前達から見て…今の吾輩には情熱力が足りてないように見えるか…?」

 

「あの頃のうぬは、しがらみとなるどんな困難も気にしないような神経の図太さを持っていたぞ」

 

ゴウトがライドウに顔を向けると彼も頷いてくれる。

 

大正時代の旧友から見ても、今のヴィクトルは情熱力が足りてないという指摘を出してくるのだ。

 

錬金術師であり科学者のヴィクトルは顔を俯けてしまう。

 

研究者としてハングリー精神が欠乏してしまっては、これから先の研究生活に支障が出る。

 

「お前達の言葉を重く受け止めよう…。吾輩は悪魔研究者として枯れ果てるわけにはいかん…」

 

「まぁ…あの頃のイカレっぷりとまでいかなくとも、辛気臭い態度なのは改善した方がいいな」

 

「イカレっぷりか…昔の事だからと忘れていたが、あの頃の吾輩はどんな風に生きてきた?」

 

「それを語り出すと長くなるぞ?なにせ、うぬとライドウは生涯の付き合いをした者だからなぁ」

 

長い間語り合ったライドウ達だが今日はお開きとなる。

 

ホテル業魔殿の入り口前で待たせてあった個人用高級タクシーの中へと乗り込み帰路につく。

 

ロンドンタクシーとしても知られるブラックキャブの後部座席に座るライドウ達が喋り出す。

 

「それにしても、ヤタガラスから移動手段として提供されたこの車悪魔は落ち着かないな」

 

「……そうだな。書生に過ぎない自分には分不相応だ」

 

車内はレッドカーペットと皮張りシートで高級感が演出され、前の席とはカーテンで仕切られる。

 

まるでリムジンのようなタクシーを運転する者もいるため、運転手付きの贅沢仕様だ。

 

しかしこの車は人修羅の車悪魔であるクリスと同じく車の悪魔であった。

 

「うぉれはァァァ!!世界一のォォォ!!ロンドンタクシーマンだァァァァーーッッ!!」

 

前の席で運転しているタクシードライバーの表情はまるでマッドマンである。

 

涎を垂らしながら愉悦に狂った者こそ、オボログルマの本体となる悪魔であった。

 

【オボログルマ】

 

日本の車にまつわる妖怪であり、雲の多い朧月の夜に現れるという。

 

平安時代の京都で牛車の場所の取り合いによる恨みつらみが牛車に宿った悪魔である。

 

道を歩いていると後ろから牛車の音がした途端、鬼女の顔をした牛車が襲ってきたようだ。

 

現代では人力車から自動車へと移り、様々な愛憎がそれらに注がれる事になったようであった。

 

「ちゃんと運転するのだぞ、オボログルマよ。ライドウの拠点である水徳寺に向かってくれ」

 

「任せろォォ!!うぉれは世界一厳しい試験を合格したタクシードライバーだァァァーッッ!!」

 

「喧しい悪魔だな…。こんな悪魔で移動しなければならんとは…先が不安になってくる」

 

「……見た目は自分が生きた時代のオボログルマとよく似ている」

 

「うぬと生きた時代のオボログルマもタクシー姿だったな。今では擬態の力も身に付けたようだ」

 

「悪魔の姿は人間には見えない。普通の車に擬態することで、こうやって移動手段に出来る」

 

「うむ。擬態しないまま乗り込んでいたら…今頃ライドウと我は世間の注目の的だったぞ?」

 

ゴウトは透明な車に乗り込んで宙に浮かびながら道路を走って行くライドウの姿を想像してみる。

 

道行く者は茫然としながらもスマホ撮影を繰り返してSNSの晒し物とする光景は想像に難くない。

 

「それにしても、ヴィクトルの奴め…随分と落ち込んでおったな」

 

「自分はアレぐらい落ち着いたヴィクトルの方が好ましい」

 

「我もそうだ。しかし、奴にとっては加齢による自分の衰えを突き付けられたのだろうな」

 

「気にする程のことでもないと思うが…我々がそれを考えても仕方ない」

 

「そうだな。我らには我らの使命がある…そちらに集中しようではないか」

 

その頃、ライドウとの飲み会を終えたヴィクトルは業魔殿へと下りている。

 

自分が研究所内で過ごす部屋に入ってくるなり大きな溜息をついてしまう。

 

「このままではいかん…夢の船長生活が待っているというのに…枯れ果てたままではいかん!」

 

何を思ったのか赤いコートを脱ぎ捨てた彼は洗面所に向けて歩いていく。

 

鏡と向かい合った彼は鋏を取り出し、なんとその場で散髪していく姿を見せる。

 

ヴィクトルの長いセミロングヘア―は切り落とされ、白髪のミディアムヘアーにしたようだ。

 

ついでに髭も剃っていき整った顔立ちを取り戻す。

 

「見ていろ葛葉!吾輩はリボーンする!かつての若々しさを取り戻して業魔殿を活性化させる!」

 

杖をつきながら歩いていくのは業魔殿の心臓部である悪魔合体施設…ではない。

 

この施設は新しく手に入れた豪華客船に移す施設であり、そのうち閉鎖予定であった場所。

 

彼が向かっていたのは地下研究所に最初に移設した()()()()()()()であったようだ。

 

封印された扉を開けて中に入り込む。

 

「ククク…この施設より吾輩はスタートしたのだ!実に懐かしい…リビドーを感じてきたぞ!!」

 

机の上に脱ぎ捨ててあった白い手術ガウンを纏い、黒のゴム手袋を両手にはめ込む。

 

怪しいゴーグルを首にかけたヴィクトルはマッドな笑みを浮かべながら高笑いを始めてしまう。

 

「フォォォォ…!きたぞぉぉぉぉ…この感覚!これこそ吾輩に欠乏していた若さというものだ!」

 

帰ってきた主を迎え入れるようにして旧悪魔合体施設の電気が入っていく。

 

怪しい光に照らされていく合体施設にあったのは二つの巨大な檻。

 

邪悪な研究施設に再び帰ってきた者こそ、14代目葛葉ライドウがよく知っている者の姿である。

 

長い年月を得て性格が丸くなっていたのだが、かつての旧友と再会することで若さが蘇った。

 

まるで中年男が十代の頃の友人と出会ってテンションが高まりハッチャケる光景であろう。

 

男という生き物は悲しみを背負う存在。

 

何歳になろうとも童心を忘れることが出来ない子供っぽさがあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

十咎ももこはある決意を秘めている。

 

悪魔となった十七夜を説得するために魔法少女の域を超えなければならない覚悟を宿していた。

 

そのため彼女は業魔殿スタッフをしている八雲みたまを呼び出すこととなったようだ。

 

業魔殿の奥にある施設について問われることになった彼女は危険過ぎると警告してくる。

 

「危険なのは分かってる…。それでもな…アタシには力が必要なんだ!」

 

「その…ね、ももこ?今は時期が悪いというか…その…決心が遅過ぎたというか…」

 

「要領を得ないな…?何が言いたいんだよ…?」

 

「ええとね…今の業魔殿の奥は…その、色々と問題を抱えているというか……」

 

「悪魔合体施設があるんだろ?そこでなら、魔法少女の力を高められる筈なんだろ?」

 

「ええ…それはそうなんだけど…その、ヴィクトル叔父様の都合で古い方を使うしかないの」

 

「古い方の…悪魔合体施設…?古い方だと何か問題でもあるのか…?」

 

「私もあの施設を使うことになって驚いてるの。それに…伯父様も何だか雰囲気が変わったし…」

 

「ヴィクトルさんの雰囲気が変わった…?」

 

「そうなの…。髪も切ったし髭も剃ったし色々とスッキリしたというか…頭が狂ったというか…」

 

「な…なんだか怪しい雰囲気がしてきたけど…それでもアタシの決意は変わらない!」

 

ももこの決意に押し切られる形で渋々と悪魔合体施設に案内することとなってしまったようだ。

 

後日となり、決意を秘めたももこと彼女を心配して付き添ってくれるレナとかえでがやってくる。

 

「ほ…本当にやるっていうの…ももこ…?」

 

「やめようよぉ…ももこちゃん…!魔法少女と悪魔が合体するんでしょ…?怖いよぉ…!」

 

「かえでの言う通りよ!悪魔と合体したら…元に戻れなくなるとかあるんでしょ!?」

 

「…覚悟の上できてる。アタシは十七夜さんを止めたい…それには魔法少女を超えるしかない!」

 

ももこの決意は固いためレナとかえでは彼女を止めることは出来ない。

 

運を天に委ねる気持ちで業魔殿の心臓部に進める扉を開けて奥へと進んで行く。

 

「ヒィィィーーッッ!!な、なんか気持ち悪いのがいる!?やっぱり怖い施設だったんだよぉ!」

 

造魔研究を行う施設が見えるガラス張りの通路を見たかえでが悲鳴を上げてしまったようだ。

 

青い顔をしたまま造魔の失敗作が放り込まれた試験管を見ているレナが声を荒げて止めてくる。

 

「ほら見なさいよ!やっぱり悪魔研究所になんて関わるべきじゃないのよ!ああなりたいの!?」

 

造魔の失敗作を見せられたももこも流石に怖くなってきたのか震えてしまっているようだ。

 

そんな彼女の元まで歩いて来るのは業魔殿スタッフのみたまであった。

 

「ここから先は悪魔合体施設である業魔殿の心臓部…ももこ、本当にいいのね?」

 

「し…失敗するとかも…あるのかな?」

 

「研究に失敗はつきものよ。特に今回のような初めての悪魔合体ケースはね…」

 

みたまにも念を押されたため、レナとかえでは必死になってももこを止めようとする。

 

顔を俯けながら震えていたのだが、それでも彼女の心を折ることは出来なかった。

 

「やるしかない…失敗は成功の元だ!もしアタシが失敗しても他の魔法少女が活かしてくれる!」

 

「それじゃアンタが救われないでしょ!!魔法少女と悪魔が合体するなんてできっこないわよ!」

 

「そ、そうだよぉ!あんなグチャグチャ姿のももこちゃんにされたら私…心臓停止しちゃうよ!」

 

「そうならないように私達も工夫するわ。私がももこに勧める悪魔合体方法とは…()()()()よ」

 

「み…みたま合体?みたまさんと同じ名前の悪魔合体なんてあるんだね…」

 

「それってどういう悪魔合体なわけ…?ももこの体がグチャグチャにならないようなものなの?」

 

御霊合体について詳しく説明されていく。

 

この合体方法は合体者の姿を変えないまま他の悪魔の魔法スキルや能力を継承させるもの。

 

魔法少女は形を保ったまま固有魔法を失わない状態で悪魔の魔法まで使いこなせるようになる。

 

御霊合体を研究してきたみたまはそのような仮説を作ったのだが、検証したわけではない。

 

「魔法少女と御霊合体させる悪魔は特殊なものなの。四種類の御霊の中から選ぶ必要があるわ」

 

「その御霊は…みたまさん達があらかじめ用意してくれていた悪魔なんですよね?」

 

「そうよ。貴女達はこの4つの御霊のどれかと合体することで…悪魔の魔法を継承出来るのよ」

 

「その御霊合体ってのは…ももこの体がヘンテコにならない合体なのよね?」

 

「…保証は出来ないわ。魔法少女と悪魔を合体させた実験例がないから…ぶっつけ本番よ」

 

青い表情を浮かべたレナとかえでがももこに視線を向けてくる。

 

ももこは鞄の中から封筒を取り出してレナに渡す。

 

「もしアタシに何かあったら…家族に渡してくれ。一応…別れの手紙のようなものだからさ」

 

「ももこ…やめてよ!お願いだから…誰か他の魔法少女にやらせてよ!」

 

「ダメだ。他の魔法少女を犠牲になんてさせられない…犠牲になるなら…力を望んだ者だけだ」

 

力を望んだ者として代償を支払う覚悟を示す彼女がレナに別れの手紙を渡してくる。

 

涙目になっていくレナとかえでに向けて気丈にも笑顔を見せてくれたようだ。

 

ももこが力を求めるのは、みたまの親友である十七夜を救うため。

 

彼女が身を挺して実験体になってくれるのは、みたまのためであった。

 

ももこの気持ちを受け取った彼女は決心してくれる。

 

「ももこ…本当にありがとう。私の親友のために…そこまでの覚悟を示してくれて…」

 

嬉し涙を浮かべたみたまが微笑み、ももこのためにも実験を必ず成功させると言ってくれる。

 

<<美しい友情の光景である!吾輩を信じたまえ、ももこ君!勇気を持ち奥に進むのだ!>>

 

研究所の館内放送から聞こえてきたのはヴィクトルの声。

 

意を決して奥の扉を開けると…何やら怪しい服を纏ったイッポンダタラメイドがいたようだ。

 

「え…えっと…ダタラちゃん?その恰好は何なの…?」

 

まるでマッドサイエンティストの助手を務める者のような怪しい看護師姿なメイドである。

 

一気に不安が爆発して青ざめるももこが視線を移すのは電動手術台である。

 

「こちらに寝転がりやがれであります」

 

不安を浮かべる3人がももこに視線を向けるのだが、ももこは意を決して手術台に寝転がる。

 

「なんだぁ!!?」

 

手術台に寝転がった瞬間、金属製の拘束具によって体が手術台に固定されてしまったようだ。

 

お人好しでバカな被検体に視線を向けるダタラナースが邪悪な笑みを浮かべながら言い放つ。

 

「捕まえたぞォォォォ!!被検体を逃がすわけにはいかねェェェェーーッッ!!」

 

高笑いを上げるダタラナースが電動手術台の車輪を動かしながら走り去っていく。

 

「うわぁぁぁぁーーーッッ!!?」

 

「ももこーーーっ!!?」

 

一気に掻っ攫われていったももこの姿を茫然と見ていたが、事態を飲み込めた3人が慌てだす。

 

「ももこが攫われちゃったわよ!?本当に大丈夫なんでしょうね!?」

 

「ふみゃみゃ!!これはもしかして…話に聞いたヴィクトルさんのイメチェンが原因なのぉ!?」

 

「だ…大丈夫だとは思うけどぉ…心配だから私達も向かいましょう!」

 

ただならぬ事態になったレナ達が慌てて旧悪魔合体施設方面へと駆けていく。

 

扉を開けた3人を出迎えた人物を見て、3人揃って目を丸くする程の驚きを見せた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ムハハハハ!!ようこそ、吾輩の業魔殿へ…。歓迎しようではないか…魔法少女諸君よ!!」

 

目の前に立っているのはヴィクトルなのであるが、かなりイメチェンしている。

 

マッドサイエンティストかと見間違うような怪しい姿となった彼がお辞儀をして挨拶してきた。

 

「ちょ…ちょっとアンタ!?ももこに何をするつもりなのよ!!」

 

「決まっておろう?彼女の望みを叶えようというのだよ」

 

「ももこちゃんは何処なの…って!?ももこちゃーん!!?」

 

かえでが視線を向けた先とは旧悪魔合体施設の奥にある二つの巨大な檻の一つ。

 

「ヒィィィーーッッ!!!」

 

滝のように涙を流すももこの横にあるもう一つの檻の中には悪魔が浮遊している。

 

赤い魂が形になったような浮遊物体であり、その表情は烈火の如くプンプンしているようだった。

 

【アラミタマ】

 

日本古神道における神や人を構成する一霊四魂の概念の内、特に荒々しい精神活動を象徴する魂。

 

激しい自然災害や天変地異、人の怒りなどの激しい心の動きにはこの魂が関わっているとされる。

 

黒・青紫・青緑を象徴色とし和魂と対に考えられる精霊であった。

 

「私はアラミタマ…今後ともよろしくお願い奉りたい所存……すわっ!!」

 

やる気満々な態度を見せる怪しい御霊悪魔を見たレナがヴィクトルに向けて文句を叫ぶ。

 

「ももこを解放しなさいよ!こんな気味が悪い施設で悪魔と合体なんてさせないんだから!」

 

「出来ん!魔法少女と悪魔が合体する…研究意欲が掻き立てられるこの実験の邪魔はさせん!」

 

「うぅぅぅ…なんかこのヴィクトルさん…気味が悪いよぉぉぉ……っ!!」

 

興奮した様子で皮手袋を嵌めた手をワキワキと動かしてくる。

 

血走った目を向けてくる悪魔研究者こそ、ライドウがよく知る大正時代のヴィクトルであった。

 

「案ずるな…ももこ君の命の安全なら保障しよう。みたま君、ダタラのサポートを頼む」

 

「わ…分かりました…。その…ももこの事をお願いします…」

 

みたまが合体機械操作に向かうのを見送った後、ヴィクトルは杖をつきながら歩いていく。

 

机の上に置かれていたのはももこのソウルジェムであった。

 

「吾輩の脳髄にあるデータのどれにも該当しない魔法少女の魂の形…実に素晴らしい!」

 

被検体の魂に顔を近づけるヴィクトルが様々な角度からソウルジェムに視線を向ける。

 

顔を近づけながら匂いまで嗅いでいる悪魔研究者を見るレナとかえでは背筋が寒くなる始末。

 

「ちょっと!ももこのソウルジェムに何てことしてるのよ!?この変態吸血鬼!!」

 

「ふみゃみゃ!ヴィクトルさん…頭がイッちゃってるよぉ!!」

 

「知的好奇心だ!これ程までにコンパクトな宝石に魂を作り替えるとは…御霊でもこうはいかん」

 

「そうじゃないわよ!女の子の匂いを気安く嗅ぎ回らないでって言ってるの!」

 

「ソウルジェムの魔性が吾輩の理論を奇跡の高みへと導くのだ!全てを味わい尽くしたい!」

 

「ふゆぅ…これじゃただのマッドサイエンティストだよぉ…」

 

ソウルジェムと悪魔の御霊が合体することによって、どれ程の高位の魂が生まれるのか?

 

契約の天使ですら実行したことがないオペレーションを前にした彼が高笑いを始めていく。

 

「吾輩とみたま君の悪魔研究成果と契約の天使の力が融合するのだ!実に興味深い!!」

 

ダタラナースにソウルジェムを運ばせたヴィクトルがついに悪魔合体を宣言する。

 

「クランケがどうなるかは運次第!オペレーションの幕開けといこう!!」

 

「「命の安全保障はどうしたのーーっ!!?」」

 

「細かい事は気にするな!!運を信じて、共に祈ろうではないか!!」

 

みたまは古い機械に備わったクランクを両手で握りながら回していく。

 

旧悪魔合体施設内に膨大な電力がほとばしり、二つの巨大な檻が大きな天上へと持ち上がる。

 

「うわーーっ!!怖い怖い怖い!!やっぱりやめるーーッッ!!」

 

「世知辛い世の中で御座います!!」

 

頂上にまで持ち上げられた巨大な檻が膨大な電力によって一つになろうとしていく。

 

眩しい光で目を瞑る少女達であるが、ヴィクトルは怪しいゴーグルで合体を見守る姿を見せる。

 

ついに一つとなった巨大な檻が勢いよく地上へと急降下。

 

地面に着地した巨大な檻が開く時、ヴィクトルはお辞儀をしながら後ろの存在を紹介してくれた。

 

「合体は成功だ!見たまえ…魔法少女と悪魔が合体した姿を!!」

 

目を開けた少女達が見た者とは、白煙の中から出てくる魔法少女。

 

「も…ももこ!!」

 

檻の中から出てきたのは魔法少女姿をした十咎ももこ。

 

御霊合体は合体者の見た目を変えないという効果は十分発揮されたようだ。

 

そして新たな力を得たももこの様子はというと…?

 

「だ…大丈夫なの…ももこ?」

 

「ふみゃみゃ…ももこちゃん…顔を上げてよぉ……」

 

俯いたままのももこであったが、不気味な笑い声を出してくる。

 

「凄い……凄いよ御霊合体は!!強い魔力が内側から溢れ出す…新しい力が爆発しそうだ!!」

 

御霊合体は悪魔の魔法スキルを継承させるだけでなく、悪魔の力も付与する悪魔合体方法である。

 

アラミタマと合体した彼女の力のステータスは一気に跳ね上がったようだ。

 

喜び勇んで顔を上げた時、レナとかえでとみたまが悲鳴を上げてしまう。

 

「えっ…?ど…どうかした……?」

 

状況が見えないももこのために、ヴィクトルは机に置いてあった手鏡を渡してくれる。

 

手鏡を見るとももこまで悲鳴を上げる有様であった。

 

「あんじゃコリャーーーーッッ!!?」

 

なんと、ももこの美しい顔が激おこぷんぷん丸なアラミタマ顔となっている。

 

「フーム……魔法少女と御霊が合体すると、このような副作用が生まれるようだな?」

 

「冗談じゃないよーーっ!!アタシの顔を元に戻してよーーッッ!!?」

 

「すまんが、御霊合体は元には戻れない。その顔つきのまま生きるか、運を天に任せるがいい」

 

「そんなのヤダーーーーッッ!!!」

 

こうして、悪魔の力を手に入れたまま魔法少女として生きられる者が誕生した。

 

彼女の力は本物であり、数々の魔獣討伐においてその力を遺憾なく発揮されることになるだろう。

 

ももこの力の噂は神浜魔法少女社会に広がっていき、御霊合体の駆け込み需要が生み出される。

 

ももこの変顔については、一週間は元に戻らないままが続いたようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

今日の業魔殿は大量の魔法少女達が押しかけており、ごった返している。

 

早く御霊合体させろと列を作る者達を見ていたヴィクトルが高笑いを行う姿を見せた。

 

「素晴らしいぞぉぉぉぉ!!魔法少女達の飽くなき合体欲は吾輩ですら畏怖を感じてしまう!」

 

手を交差させながら腕を開き、天に向けて高笑いを続けている業魔殿の主。

 

性格が極めてアレになってしまった者を見ながら、何があったのかを聞いてくる者がいた。

 

「旧友と語り合った勢いで若さを取り戻せたからイメチェンした……ですか?」

 

みたまから事情を伺っていたのは神浜魔法少女社会の長となった常盤ななかである。

 

「そうなのよぉ…。葛葉ライドウと呼ばれるデビルサマナーは…叔父様の旧友だったみたい」

 

「葛葉ライドウ…みたまさんはその人物を知っているのですか?」

 

「見た事ならあるわ…。尚紀さんの命を狙う危険なサマナーなのよ」

 

「尚紀さんの命を狙うですって!?尚紀さんと葛葉ライドウとの間に何の因縁があるのですか?」

 

「それは叔父様にも分からないみたい…。分かっているのは彼が大正時代の者だという事だけよ」

 

「大正時代から訪れたデビルサマナー…。時代を超える魔法でもあるのでしょうか…?」

 

「分からないわ…。私達は魔法が使えても…まだまだ知らない事ばかりね」

 

「尚紀さんの身が心配ですね…。葛葉ライドウがサマナーだとしたら…ここにも訪れる筈です」

 

「ここで見かけたら止めてみるわ。だけど…それがダメなら、実力で止めるしかなさそうよ」

 

「相手が腕利きのデビルサマナーだとしたら…猶更私達には悪魔の力が必要となりますね…」

 

決断した常盤ななかも列に並び始める。

 

この調子でいけば、神浜魔法少女達は全員が御霊合体に依存して調整屋を必要としなくなる。

 

そんな事を考えてしまう八雲みたまの心の中には複雑な感情が芽生えているようだった。

 

<<これより御霊合体サービスを始めるでございます!列を乱さないようにするであります!>>

 

ダタラナースの声が館内放送から流れてくる。

 

集まった者達に向け、ヴィクトルは一つだけ注意事項を説明したようだ。

 

「いいかね諸君。吾輩は悪魔研究者であると同時にビジネスマンである。なので対価を要求する」

 

<<お金をとる気なの!?>>

 

動揺の声を漏らし始める者達を見回し、ヴィクトルは言葉を続けたようだ。

 

「合体はサービスとなるが御霊悪魔はタダではない。なのでこうしよう…宝石を持ってきてくれ」

 

これから先、悪魔と戦うことになるのなら宝石を手に入れられる機会が増えると説明してくれる。

 

倒した悪魔から手に入れられた宝石を対価としてこれからの合体サービスは行ってくれるという。

 

「支払いは悪魔が落とす宝石が手に入ってからでいい。それまでは出血大量大サービスとする」

 

それを聞けた魔法少女達が喜びの声を上げていく。

 

業魔殿の奥に入れる扉が開き、ヴィクトル達は御霊合体を行うために進んで行ったようだ。

 

見送ったみたまは合体作業を手伝わず椅子に座り込んでしまう。

 

調整屋としての今後を考えれば考えるほど暗い気分となり、落ち込んでいる姿を晒す。

 

「調整屋としての価値が無くなったら…私には…何が残るの?」

 

悩み抜く彼女は立ち上がり、今日は家に帰ろうとする。

 

それでも悩みの中で一つだけ光明を見出せるものがあるのに気が付き、業魔殿の奥に振り向いた。

 

「御霊合体であろうとも…魔法少女は悪魔と合体することが出来た。なら…()()()()とだって…」

 

自分が考えている発想は余りにも恐ろしい内容となるだろう。

 

それでも彼女はそれ以外に自分の価値を新たに生み出す方法が思いつかない。

 

「ももこは私のために…命をかけて悪魔合体に挑んでくれた。なら…私だって……」

 

大東区に帰る道を歩いていた時、同じ帰り道を歩くメルを見かけてしまう。

 

「あっ!みたまさんだー♪」

 

みたまを見つけたメルが笑顔を浮かべながら駆け寄ってくれる。

 

疲れた笑顔を浮かべたみたまはメルに聞いてみたくなったようだ。

 

「ねぇ……メルちゃん。魔法少女から悪魔になるって……どんな気分?」

 

「えっ…?突然何を言い出すんですか…?」

 

「……ごめんなさい。やっぱり…忘れてちょうだい」

 

逃げるようにして去っていく彼女の後ろ姿をメルは心配そうに見送ってくれる。

 

走り去っていく心の中には、恐ろしい事態になった時に責任がとれない事に苦しむ感情があった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

みたまが帰った業魔殿では騒動が起きている。

 

<<元に戻しなさいよーーーーッッ!!!>>

 

業魔殿内ではヴィクトルを追い回す魔法少女達が走り回っている。

 

彼は改造された電動車椅子で走り回りながら逃げているようだ。

 

「私の顔がヘンテコになるなんて聞いてないわよーーっ!!」

 

「こんな顔じゃ学校に行けないわよーーっ!!」

 

御霊合体に訪れた魔法少女達は四種類の御霊の中から一つを選んで悪魔合体を行った。

 

様々な感情が顔として浮かんでいる御霊と合体したことにより、全員が変顔となってしまう。

 

「こんな顔じゃ困るネ!!常に怒てる顔じゃ外を出歩くことも出来ないヨ!!」

 

アラミタマと合体した美雨は、激おこぷんぷん丸な顔となっている。

 

「なんでこんなにも怪しい笑みを浮かべる顔になっちゃうですかーっ!?店で働けませんよ!!」

 

クシミタマと合体したかこは、詐欺師がニタついているような顔となっている。

 

「アハ…ハハハ…ボクはポーカーフェイスな顔になったけど…これはコレで怖いよね…」

 

サキミタマと合体したあきらは、すました顔のまま固まってしまっている。

 

「笑顔が崩せない顔になりましたけど…これはこれで相手に感情を悟らせない顔つきですよね?」

 

ニギミタマと合体したななかは、常に笑顔が崩せない顔となっている。

 

全員が同じような変顔となってしまったため、責任者を縛り上げて吊るしてやろうというわけだ。

 

「偉大なる研究には犠牲もつきものである!運命を受け入れたまえ!!」

 

焦った顔を浮かべながら言い訳を叫んでいるようだが魔法少女達は勘弁してくれない。

 

電動車椅子で爆走しながら業魔殿を逃げ惑うヴィクトルの元へと来客が訪れたようだ。

 

「な…何なのだ…?この騒ぎは……?」

 

現れたのはマッドサイエンティスト再誕のキッカケとなった葛葉ライドウとゴウトの姿。

 

見かけたライドウ達の元へとヴィクトルは突っ走ってきたようだ。

 

「丁度いいところに来たな葛葉!!この娘達をどうにかしてくれ!!」

 

「ヴィクトルよ…見た目が大正時代の頃に戻っているぞ?まさか…うぬは何かをやらかして…?」

 

視線を向ければ、魔法少女姿になった変顔少女達が武器を向けてくる。

 

突然の事態に冷や汗を流すライドウの後ろに隠れたヴィクトルが彼を前衛として押し出す始末。

 

実験的合体の犠牲者に捧げられたのは()()()()()()()()()()()()な14代目葛葉ライドウだった。

 

「ま…待て!!自分は関係ない!!」

 

<<成敗ッッ!!!>>

 

<<うわぁぁぁぁーーーーッッ!!?>>

 

総攻撃によってボコボコにされるマッドサイエンティストと巻き込まれただけの哀れな探偵。

 

白煙の中で暴れ回る者達を見つめるゴウトは項垂れ、これから先を考えると不安になってくる。

 

「この時代の業魔殿は魔法少女達も利用する場であったか…。隠密に行動したかったのだがな…」

 

こうして神浜の魔法少女社会は新たなる力を手にすることになっていく。

 

これからの魔法少女達を強化していくのは大正時代の若さを手に入れたヴィクトルとなるだろう。

 

葛葉ライドウの存在も魔法少女達に知られてしまい、これから先の捜査にも支障をきたすのだ。

 

新たに変わっていく魔法少女社会の変革についていけず取り残された調整屋もいる。

 

良くも悪くも新しい流れを生み出す場所となったNEW業魔殿の光景であった。

 




デビルサマナー作品には色々なヴィクトルさんが出演しますが、僕が一番好きなヴィクトルさんはライドウ作品内のヴィクトルさんですね。
拙作の魔法少女はペルソナ風味なドッペルの力は使えませんが、悪魔合体で力を得られるバランスにしたかったというわけです。


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212話 ヴァンパイアハンター

東欧スロベニアのイストリア地方には、光に属し吸血鬼と戦う者の逸話が伝わっている。

 

十字架・洗礼者を語源とするその者の名はクルースニクと呼ばれる者であった。

 

吸血鬼クドラクと戦う定めにあるものだが、彼もまたクドラクと同じく異形の生まれ。

 

相反する存在でありながらも、どちらも異形・異能の力を授かった者達なのだ。

 

彼らの戦いは運命づけられ、時代を問わず数多の世界で起こってきた。

 

その戦いは魔法少女と呼ばれる存在が生きる世界でも起こり、彼らは戦い続けるだろう。

 

この世界に召喚されたクルースニクは探し続ける。

 

魔法少女達が戦う魔獣の影で暗躍する吸血鬼と呼ばれる悪魔を討伐するために今日を生きた。

 

……………。

 

新たなる新生活が控えたこの季節、浮かれる若者達は多い。

 

神浜市中央区の繁華街は若者達が憩いの場を求めて夜の街へと繰り出す時期だろう。

 

しかし、そんな若者達の血を求める邪悪な者が夜の街を見下ろしている。

 

「この街の魔法少女共からは煮え湯を飲まされたからなぁ…燻り出すなら、派手にやるか」

 

高層ビルの屋上に佇む人影が弾け、無数の蝙蝠となって下界へと飛来していく。

 

人間の天敵が街に現れている事など露知らず、若者達は熱狂を求めて踊り狂う。

 

クラブで飲酒を楽しみながら踊り抜いた女性達が店から出てきて帰っていく姿を見せる。

 

「ヒック…まだ飲み足りなーい!どっかで飲んでから帰ろうよーっ!」

 

「そうだねー♪飲み屋に行くならこっちの道が早いと思うよー」

 

路地裏を通って近道しようと歩いていく女性達。

 

夜を楽しむ者達は路地裏が異界化している事に気がついてはいないようだ。

 

頭上から迫りくる蝙蝠の群れが女性達の後ろ側に集まって人型化する。

 

「よぉ、お前ら。ムカつく奴らをおびき寄せるための手下になってくれよ」

 

「えっ…?」

 

後ろを振り向いた瞬間、女性達が悲鳴を上げる。

 

漆黒のマントを広げた男が開く口に見えたのは、吸血鬼を象徴する牙であった。

 

血の惨劇を行う生餌となった女性達が再びクラブの中へと戻ってくる。

 

彼女達はスタッフ以外は立ち入り禁止区域へと無断侵入していったようだ。

 

警備員達が止めようと肩を掴んだ時、背筋が凍り付く程の恐怖を顔に浮かべてしまう。

 

「ヒィィィーーッッ!!?」

 

突然首に噛みついてくる女達。

 

2人の警備員達は血を吸われていき地面に倒れ込んでしまった。

 

倒れた男達を見下ろす女達が邪悪な笑みを浮かべてくる。

 

彼女達の目は悪魔を表す真紅に染まり、その口元にも吸血鬼を象徴する牙が生えていた。

 

……………。

 

「里見メディカルセンターで大量の血液製剤が盗難される……か」

 

仕事が終わった尚紀は事務所のソファーに座りながら地元の新聞に目を通す。

 

何かしらの事件性を感じているようだが、それでも彼には彼の役目があるため立ち上がる。

 

「盗まれたのは輸血用の血液製剤だけってのが不安になってくるな……」

 

「もしかして…悪魔の仕業なんじゃねーのか?強盗が金品に目もくれないところが怪しいぞ」

 

「だとしても…俺には俺の役目がある。魔物共からこの街を守っているのは魔法少女達なんだ」

 

「そうだったな…お前は今でも東京の守護者だったよ」

 

喫煙していた煙草を灰皿で押し消し、事務所から出てきた尚紀がクリスに乗り込み発進していく。

 

クリスが道路に入った時、道端に停車してあったロンドンタクシー風の車も発進したようだ。

 

人修羅として生きる尚紀を尾行してくるのはライドウが召喚したオボログルマである。

 

「あの悪魔は探偵の仕事を終えればいつも何処かに向かって行く。何の目的があるのだ?」

 

「……それを見つけだすための尾行だ」

 

「高速道路を使うという事は遠出しに行くのか…。あの男は多忙な人生を生きているようだな」

 

ヤタガラスから使命を帯びているライドウは人修羅を倒す事を第一の目的にしている。

 

それでもライドウの信念は人々を守護するために生きるデビルサマナーであること。

 

神浜の地に現れた邪悪な気配には気が付いているが、それでも彼は人修羅を追う。

 

彼もまた正義のために戦う魔法少女と呼ばれる存在と出会った者。

 

彼女達の在り方を信じて神浜の平和を魔法少女達に託しているようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

今日のクラブイベントでは特別な催しを行うという情報を手に入れた若者達が集まってくる。

 

地下へと降りる階段を進めば受付を担当している者が立ち塞がったようだ。

 

「身分証明書をご提示ください」

 

免許証等を見せ受付を済ませた若者達がクラブの中へと入っていく。

 

受付の男の目を不気味に思う言葉も出てきたが、ハイテンション音楽が聞こえれば忘れるだろう。

 

今日も若者達は我を忘れて踊り狂う姿を見せる。

 

アルコールも入りテンションが最高潮になった時、イベント主催者がステージに昇る姿を見せた。

 

「今夜はレッドナイトパーティだぜ!最高に盛り上がってみせな!!」

 

暗い店内の中でも一際目立つ真紅の目をしたイベント主催者の言葉を聞いた周囲の客も騒ぎ出す。

 

楽しいイベントに遊びに来た若い女性達も盛り上がるのだが、周囲の異変に気が付いた。

 

「えっ…?」

 

周囲の者達の中にも真紅の瞳を持つ者達が大勢いる。

 

盛り上がる声を上げる者達の口元を見れば邪悪な牙まで見えてしまう。

 

「ブラッディパーティの始まりだーーーーッッ!!」

 

イベント主催者が両手を広げた瞬間、地下店舗のスプリンクラーが噴射される。

 

突然の冷たさを感じた若い女性達が自分の体を見た時、我を忘れて叫び出す。

 

<<キャァァーーーーッッ!!?>>

 

スプリンクラーから噴射されているのは大量の血液。

 

全身血塗れとなりながらもハイテンション音楽に合わせて踊り狂う真紅の瞳を持つ者達。

 

狂気の会場に来てしまった人間達が逃げ出そうとするのだが、周りの客が襲い掛かってくる。

 

<<アァァァァーーーーッッ!!!>>

 

全身に喰らいつかれた者達が声を上げながら泣き叫ぶ地獄の光景。

 

ここは既に人間達の憩いの場ではなくなっていた。

 

夜を象徴する店の一つである神浜のクラブ店舗は吸血鬼の巣となっていたのだ。

 

そんな地獄の店舗に向けて1人の男が下りてくる。

 

190cm近い男に驚いた受付の者が立ち塞がるが突然首を掴まれたまま持ち上げられてしまう。

 

「がふっ!!?」

 

頭部が天井にめり込む程にまで打ち付けられた男が藻掻く中、現れた男が武器を抜く。

 

クラブ店舗に入れる扉から剣の切っ先が貫通して飛び出してくる。

 

扉を蹴破った男が店舗に入る中、背後では絶命した者が弾けてMAGの光を放出する最後を迎えた。

 

スプリンクラーの血液噴射が止まった店内に入ってくる者に視線が向けられていく。

 

「お…お前は……?」

 

咽返る程の血の匂いに包まれた店内に現れたのは純白の剣士を思わせる男。

 

白いスーツズボンと白いトレンチコートを纏い、白銀のロングソードが納められた鞘を持つ姿。

 

真ん中分けにした黒い長髪を後ろで括り、額には赤い十字架のような印を刻む者。

 

その男こそ邪悪な吸血鬼であるクドラクと戦う定めを背負いしヴァンパイアハンターだった。

 

「吸血鬼共め…。貴様らを生み出したのはクドラクだという事なら分かっている」

 

血を吸い尽くして絶命した人間達を捨てた吸血鬼達が立ちあがっていく。

 

真紅の目を光らせる者達が吸血鬼として悪魔化を行うのだ。

 

「クドラク様が言ってたな…俺達を狩り殺すヴァンパイアハンターがいるってよぉ!!」

 

「アンタがそうだってのならさぁ…丁度いいじゃん!この場でぶち殺してあげるからさぁ!!」

 

吸血鬼の男達はストリゴイイ化を行い、吸血鬼の女達はカラスのような悪魔化を行う姿を見せた。

 

【ストリゲス】

 

イタリアに伝わる夜になるとカラスに変身して人間の血を求める吸血鬼の一種である。

 

中世の法律や勅令などの公文書でも言及された存在であり、子供の血を好むという。

 

ローマに古くから伝わる吸血フクロウ・ストリクスが原型とも言われているようだ。

 

そのためストリゲスは梟に変身することが出来るともされていた。

 

現れた純白の剣士を取り囲むようにして吸血鬼悪魔が動いていく。

 

迎え撃つ剣士は片手に握られた鞘を持ち上げ、銀のロングソードを抜刀する。

 

鞘を縦に向けて構え、ロングソードを合わせる形として生み出したのは十字架であった。

 

「十字架の名を持つ私に戦いを挑むというならば…神の炎で焼かれる覚悟を示すがいい!」

 

鞘に刃を滑らせながら振り抜き、大きな火花が舞う中を駆け抜ける。

 

「殺せぇぇぇぇーーーっ!!!」

 

キリングステップを駆使して飛びかかってくるストリゴイイの群れに対して剣を振るっていく。

 

<<ギャァァァーーーッッ!!?>>

 

連続した切上げで切り裂かれた吸血鬼達が地面に倒れ込んだ瞬間、体が燃え上っていく。

 

彼の振るうロングソードは吸血鬼の弱点である銀で出来ており切り裂けば吸血鬼を燃やし尽くす。

 

側面から飛びかかってくるストリゴイイに対し、舞うような払い斬りを行う。

 

一回転した勢いで振るわれた刃が左右から飛びかかってきた吸血鬼を同時に切り裂く。

 

「舐めてんじゃないわよーーっ!!」

 

牙を剥き出しにしながら飛びかかってくるのはストリゲスと呼ばれるカラスの吸血鬼。

 

巨大なカラスの体に女性の上半身が生えたような醜い吸血鬼に向けて低空姿勢からの蹴りを放つ。

 

「アギャーーーッッ!!?」

 

低空後ろ回し蹴りで蹴り飛ばされたストリゲスがクラブの奥にまで蹴り込まれてガラスを砕いた。

 

吸血鬼にされた者達が恐れおののくが、それでも数の暴力があるうちは怯まない。

 

取り囲む者達に視線を向けながらも、銀の刃を地面に沿わせながら円を描く。

 

「吸血鬼に成り立ての者共か。魔法さえロクに扱えないならば…私から動くこともない」

 

剣の切っ先で描いた円の中で立つ者が行うのは明らかなる挑発行為。

 

この場から動かず残りの吸血鬼を全て相手すると宣言してくるのだ。

 

「クソ…ビビるんじゃねぇ!舐め腐ったヴァンパイアハンターをぶっ殺してやれーーッッ!!」

 

怒り狂った吸血鬼達が飛びかかってくる。

 

しかしこれは罠なのだ。

 

純白の剣士の周囲に浮かぶのは破魔を司る光の書物の紙。

 

周囲を舞う破魔の書物に触れた瞬間、吸血鬼全てが光りと化していく。

 

<<ギャァァァーーッッ!!?>>

 

全ての吸血鬼を即死させた魔法こそ、悪しき存在を纏めて浄化の光で消滅させるマハンマオン。

 

吸血鬼の巣を滅ぼした者が周囲に目を向ける。

 

「……あの吸血鬼共の中には眷属を増やす力を与えられた者も混じっていたか」

 

血払いを行い剣を鞘に仕舞った男が次に狙うのは襲われた人間達。

 

見れば絶命したかと思われた者達が次々と起き上がってくる光景が広がっていたからだ。

 

純白の剣士が右手を掲げれば業火の炎が生み出され、店内に向けて一気に放つ。

 

吸血鬼として覚醒しかけた者達が業火に焼かれ燃える光景すら視線を向けずに男は去っていく。

 

燃えるクラブ店舗から出て行く男を高層ビルの屋上から見つめる男こそ、この惨劇の元凶だった。

 

「魔法少女を炙り出すつもりだったがクルースニクが釣り上がるとはな。どこまでもムカつくぜ」

 

忌々しい表情を浮かべる者こそ、クルースニクが追い求める邪悪な吸血鬼クドラクである。

 

漆黒のマントで体を包み込んだクドラクが弾けて無数の蝙蝠となり飛翔していく。

 

クルースニクとの戦いが近い事を考えながらも、彼と同じ目をした魔法少女も同時に探す。

 

「あの金髪ポニーテールの魔法少女は生かしておけねぇ…クルースニク共々ぶっ殺す!!」

 

クドラクは追い求める。

 

神浜テロの時に現れた魔法少女を殺すためにこそ、再びこの街に訪れたのだから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

悪魔の力を手に入れた頃から神浜の街には悪魔の存在を見かけるようになってくる。

 

魔獣討伐の傍ら魔法少女達は見つけ出した悪魔と戦う毎日を送っていたようだ。

 

「行くぞ!レナ、かえで!!」

 

大剣を構えるももこが放つ魔法とは悪魔の補助魔法であるタルカジャである。

 

攻撃力が強化されたレナが槍を構えながら突進する。

 

「おっと危ねぇ!!」

 

槍の突撃をキリングステップで避けたのは吸血鬼化させられたストリゴイイ共である。

 

異界化した路地裏を飛び跳ねながら魔法少女達から距離をとる。

 

「逃がさないわよ!!」

 

頭上で槍を一回転させるレナの周囲に水の魔力が浮かび上がっていく。

 

浮かび上がった水が氷結していき鋭い刃と化して発射。

 

放つ魔法とは『マハブフ』と呼ばれる全体を攻撃する氷結魔法である。

 

「ぐふっ!?」

 

キリングステップで避け続けたが脇腹を貫かれた吸血鬼共が地面に倒れ込む。

 

呻き声を上げる悪魔共を一掃するためレナはマギア魔法を行使する。

 

彼女の背後に複数の鏡が生み出されガラスには複数のレナが生み出されていく。

 

槍を同時に投擲しようとした時、ストリゴイイ共を援護する別の吸血鬼が現れたようだ。

 

「そんなに鏡が好きなら!アンタも鏡になっちまいなぁ!!」

 

「あれも悪魔なわけ!?」

 

空から現れたストリゲスに狙いを変えようとしたが先に決まったのは吸血鬼の魔法である。

 

「えっ……?」

 

真紅の魔眼から放たれたのは敵全体をMIRROR化させる『ミラープリズン』と呼ばれる破魔魔法。

 

ももことかえでは咄嗟に避けるが攻撃態勢状態であったレナはMIRROR化させられてしまう。

 

<<何よコレェ!!?>>

 

並んだ鏡と同じようにMIRROR状態となってしまったレナに向けて手負いの吸血鬼が飛びかかる。

 

「そのままでいろ!俺が蹴り砕いてやる!!」

 

ストリゴイイが放つのはキリングステップから放つ蹴りの一撃。

 

ストリゲスのミラープリズンとの連携こそがストリゴイイの真価を発揮する凶悪な連携技である。

 

しかしレナと共に戦うのは長いコンビを組んだ魔法少女達。

 

「なんだぁ!?」

 

鏡にされたレナを蹴り砕こうとしたストリゴイイに絡みついたのは地面から伸びた木の根である。

 

「レナちゃんはやらせないよ!!」

 

魔法の杖を振りかざして放つのは、かえでのマギア魔法である『ジャッジメントアース』だ。

 

木の根で拘束されたストリゴイイにトドメを刺すため木で出来た魔法武器に風を纏わせていく。

 

「やぁ!!」

 

マギア魔法と組み合わせた悪魔の力とは敵全体に疾風属性ダメージを与える『マハザン』である。

 

<<ギャァァァーーーッッ!!?>>

 

無数のカマイタチに全身を切り裂かれたストリゴイイ達が砕けてMAGの光を放つ。

 

「チクショウ!!これ以上好きにやらせるもんか!!」

 

「往生際が悪いのはアンタら悪魔の方さ!!」

 

後方に振り向けば大剣に炎を纏わせたももこが横薙ぎの構えを行っている。

 

咄嗟に反撃の氷結魔法を放とうとするが遅過ぎたようだ。

 

「くらえーーーっ!!」

 

業火を纏わせた大剣の右薙ぎから発射されたのは炎の全体魔法攻撃である『マハラギ』である。

 

「グギャァァァーーーッッ!!?」

 

炎が弱点の吸血鬼が燃え上り灰となったストリゲスがMAGの光だけを残す最後を迎えたようだ。

 

ストリゲスを始末した事で鏡に変えられたレナの姿も元に戻る。

 

「危なかったねーレナちゃん!私がいなかったら鏡のように壊されちゃってたよ?」

 

「う…うるさいわね!悪魔パワーを手に入れたレナがバッチリキメてやろうと思ってたのに…」

 

「まぁまぁ、助かったんだからいいじゃないか。それにしても…悪魔の力は侮れないよな」

 

「うん…そうだね。魔獣と違って魔法攻撃を仕掛けてくるし…それに知性だって持ってるよ」

 

「知性があるなら会話も出来るわよね?あそこに倒れ込んでる奴を尋問してやりましょうよ」

 

レナのマハブフの刃で足を貫かれて片足だけとなったストリゴイイの元にまで歩み寄る。

 

なぜ神浜に吸血鬼悪魔が現れ出したのかを問おうとしたようだが唾を吐きかけてきた。

 

「このっ!!女の子の顔に唾を吐きかけるだなんて…悪意の塊みたいな奴ね!」

 

「ケッ!話す事なんぞ何もねーよ!殺すならさっさと殺しやがれ!!」

 

「そうはいかない!お前たち悪魔がどうして神浜に現れ出したのかを吐かせてやる!」

 

大剣を向けてくるももこを見たストリゴイイの表情が変わる。

 

「金髪のポニーテールの魔法少女か…。お前がもしかして…クドラク様が探してる奴なのか?」

 

「クドラクだって…?もしかして、神浜テロの時に現れた吸血鬼の事なのか…?」

 

「ククク…その通りさ。あの御方はお前の命を狙ってるのさ…行って殺されて来いよ」

 

背中を壁に預けたストリゴイイがクドラクが潜伏している場所を教えてくれる。

 

潜伏先とは工匠区にある旧車両基地であったようだ。

 

生き恥を晒したまま帰ったところでクドラクに殺されるのは分かっている。

 

片手を持ち上げたストリゴイイは自らの手刀を用いて心臓に片手を突き刺す。

 

「ガフッ!!!」

 

吐血して倒れ込んだストリゴイイが弾けてMAGの光を残す最後となった。

 

MAGの光が消えれば地面に転がっていた宝石等のアイテムを見つけられたようだ。

 

「クドラクがこの街に来てるなら…もしかしたら十七夜さんも来てるかもしれない」

 

「ももこの命を狙ってるって言ってたわよね…?あの吸血鬼の狙いは何なの…?」

 

「分からないけれど…アタシを狙うために吸血鬼悪魔をばら撒いてるなら…アタシは行くよ」

 

「ももこだけ行かせるつもりなんてないわよ!レナだって…あの吸血鬼は許さないんだから!」

 

「そ、そうだよぉ!あの悪い吸血鬼が十七夜さんを噛んだから…十七夜さんは悪魔になったし!」

 

「レナ…かえで…ありがとう。心強い仲間がいてくれて…アタシは幸せ者だね♪」

 

決心がついたももこは落ちていた魔石と宝石を拾い上げる。

 

「ヴィクトルさんが言ってたけど…悪魔から手に入る魔石の力が本物なら…」

 

ももこは魔石をソウルジェムに近づけてみる。

 

すると魔力消費による穢れを吸い出すことが出来たようだ。

 

「悪魔も魔獣と同じような石を生み出すのね…。吸い取る量はグリーフキューブを上回ってるわ」

 

「これから私達は…どう生きればいいの?魔獣を倒しながら…悪魔とも戦い続けるの…?」

 

「得られる物が無いならキツかったけど…得られる物が大きいなら…やる価値はあるよ」

 

「それにしても…悪魔は宝石まで落としてくれるし…レナ…宝石なんて初めて触るわよ…」

 

拾ったガーネットを見ながら物欲しそうな目つきをしているレナに向け白い眼差しを向けてくる。

 

ネコババしたい気持ちを見抜かれたレナは渋々懐に仕舞い業魔殿に持ち込むことにしたようだ。

 

帰路につく魔法少女達を見送るのは物陰に隠れていたクルースニクである。

 

「……工匠区の旧車両基地か」

 

暗闇の世界へと消えていく彼もまたクドラクを追う者である。

 

吸血鬼と縁深き者達が向かうのは古びた棺桶の山の如き旧車両基地。

 

そこに潜むのはリビングデッドとなった悪魔達であり、彼らを待ち受けているだろう。

 

吸血鬼となった人間達を救う術などない狩人達は一刻も早く終わらせなければならない。

 

これ以上の犠牲者を生み出すわけにはいかなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

工匠区にある旧車両基地の中には捨てられた電車の数々が横たわっている。

 

ここは地元でも有名な不良のたまり場であり、至る所にスプレーアートの落書きが描かれていた。

 

ここに目を付けたクドラクの目的とは手下を増やすためである。

 

夜中に集まっていたチンピラ達を襲い、全員を手下の吸血鬼に変えていたのであった。

 

古びた骨組みで作られた倉庫にある廃棄車両の席で寝転がっている者こそ邪悪な吸血鬼の親玉。

 

暇を持て余していたようだが突然起き上がり、憎悪の感情を燃え上らせる表情を浮かべるのだ。

 

「…へっ、テメーの方から先に現れたか。ここまで来なよ…オレの手で引き裂いてやるぜ」

 

古びた線路に並べられた廃棄車両置き場はまるで迷路のように入り組んでいる。

 

歩哨をやらせている吸血鬼達が潜んでいたのだが、絶叫を上げながら滅ぼされていく。

 

「つ…強過ぎる……ギャァァァーーーッッ!!!」

 

逃げ惑う吸血鬼の背中に大火球が命中して燃え上っていく。

 

倒れ込んだ悪魔がMAGの光となる光景を踏み越えていく者こそがクドラクの宿敵。

 

「奴の匂いがする…近いな。あの古びた倉庫の中か?」

 

チンピラ程度を吸血鬼に変えたところで戦力としてはたかが知れている。

 

古の頃より戦い続けてきた宿敵だからこそ相手の実力を知っているというものだ。

 

血のように染まった月に照らされた旧車両基地の倉庫を見上げる。

 

クルースニクの視界に入った者こそ、数多の世界で殺し合ってきた吸血鬼悪魔の姿。

 

眉間にシワが寄り切ったヴァンパイアハンターが宿敵に向けて叫ぶ。

 

「クドラクッッ!!!」

 

倉庫の屋根に佇む者が邪悪な笑みを浮かべてくる。

 

「イヨォォォ…クルースニク。久しぶりじゃねぇぇぇかぁぁぁ……」

 

漆黒のマントで身を包む邪悪な吸血鬼の目は血走っている。

 

クルースニクに向けて抑えようのない憎悪が浮かび上がった者が狡猾な態度で語り始める。

 

「この街でオレは恥をかかされたんだよ。恥をかかせた魔法少女を探してたんだがなぁ……」

 

「貴様ほどの吸血鬼でも魔法少女に後れを取るか。彼女達の力は侮れないからな……」

 

「そういや、テメェも戦った事があったよな。どうだった?悪魔の傀儡にされてた頃の気分は?」

 

「あれ程までの屈辱……晴らさずにはいられない。貴様を倒した後は…連中を探し出す」

 

「やる気十分なら連中を探すヒントを教えてやるよ。イルミナティとディープステートを追いな」

 

「イルミナティとディープステートだと…?そいつらがあの施設を運営していた連中か?」

 

「そういう事だ。連中なんぞどうでもいい…オレは自分のためにしか戦わない主義だからなぁ」

 

「…ならばこの地で終わらせてやろう。貴様には地獄の底で業火に焼かれる姿がお似合いだ!!」

 

左手を前に向けて握り込む。

 

左手から光りの魔力が噴き上がり、出現したのは光の弓。

 

寝かせて構える光弓の弦に右手を添えながら引き絞っていく。

 

天扇弓を放とうとするのだがクドラクは邪悪な笑みを浮かべながら高笑いを行ってくる。

 

「ハハハ!気が早いんじゃねーのかぁ?先ずはそいつらが相手をしてくれるってよぉ!」

 

視線を横に向ければ霧が充満している。

 

周囲も異界に包まれていき獲物を逃すつもりはない敵意を示してきた。

 

<<てやんでぇ!!ヴァンパイアハンターなんぞ俺達がぶっ殺してやるさ!!>>

 

霧が実体化して現れたのは二体のヴァンパイア達。

 

振りかぶった爪から噴き出すのは猛毒であった。

 

光弓を消したクルースニクが二体のヴァンパイア達を迎え撃つ。

 

「こいつらも吸血鬼を増やすのに一役買っていたか!!」

 

毒ひっかきを行うヴァンパイアの片腕を右腕で受け止める。

 

受け止めた手で相手の腕を回し込んで払い除けた手に握られていたのは袖から取り出した武器。

 

銀を加工した杭を心臓に目掛けて突き刺し、横から迫る相手に向き直る。

 

豪快な横薙ぎから放つ毒ひっかきを左腕で受け止めた直後に腕を掴み、相手の体を回し込む。

 

ヴァンパイアの背後に立ったまま右腕で相手の腕を絡めとった状態で左足を蹴り上げる。

 

「ぐふっ!?」

 

顔面を蹴り込まれて怯んだ相手に放つのは左手に持たれた銀の杭。

 

拘束したまま心臓に杭を打ち込み、よろけた相手に向けて後ろ回し蹴りを放ち蹴り飛ばした。

 

<<ギャァァァーーーッッ!!!>>

 

心臓に銀の杭を刺されたヴァンパイア達が藻掻き苦しみながら燃え上っていく。

 

広江ちはるが苦戦したヴァンパイア達を秒殺したクルースニクが周囲に視線を向ける。

 

「やるじゃねーか!技の方は衰えてはいないようだな!」

 

周囲の上空に浮かび上がっているのは廃棄車両である。

 

超能力によって全体を攻撃する物理系魔法の『マハサイオ』を行使したようだ。

 

「チッ!!」

 

クルースニク目掛けて複数の廃棄車両が高速で迫りくる。

 

地面に叩きつけられた衝撃で土煙が上がる中を突っ切ってくるのはクルースニクの姿だ。

 

クドラクも屋根の上から跳躍した勢いのまま蹴りを放つ。

 

「オラァァァァーーーッッ!!」

 

跳躍して斬撃を放つクルースニクの刃よりも先に決まった蹴りを受け、体が蹴り飛ばされていく。

 

「ぐはっ!!」

 

地面の廃棄車両ごと弾き飛ばされていった者に視線を向けるクドラクが邪悪な笑みを浮かべる。

 

「技は衰えていないようだが…力の方はからっきしじゃねーか!」

 

土煙を上げる中、剣を杖にしながら立ち上がるクルースニク。

 

口元の血を袖で拭いた男の目は揺るぎない闘志を向けてくる。

 

それでも今の彼は克服出来ない問題を抱えているようだ。

 

「あれから彷徨ったようだが、サマナーに拾われてないなら……MAG不足に陥っているな?」

 

本来のクルースニクの力ならクドラクに押し負ける事はなかった。

 

しかし今の彼は指摘された通りMAG不足に陥っている。

 

MAGは悪魔の体を構成する感情エネルギーであり食事と同じ。

 

食事をとらないまま動き続ければ人間だって体が弱り切ってしまうだろう。

 

「テメェの性格なら人間を襲ってMAGを喰らう事はないだろうが…その甘さが命取りなんだよ」

 

「くっ……っ!!」

 

立ち上がったクルースニクは剣に業火を纏わせて振り抜く。

 

放たれたのは敵全体に炎攻撃を放つマハラギオン。

 

しかしクドラクは両手を広げながら余裕の態度で歩いて来る。

 

次々と火球が直撃していくが、体は燃え上ってはいなかった。

 

「バカな…炎を無効化しただと!?」

 

「昔のオレだと思うんじゃねぇ!!」

 

蹴りを放つ足をガードするが威力に耐え切れずに弾き飛ばされる。

 

廃棄車両に体をぶつけたクルースニクは車両ごと弾き飛ばされていった。

 

「ククク…力が溢れるぜ!すげぇもんだよなぁ…悪魔合体の恩恵ってやつはよぉ!!」

 

邪教の館を手に入れたダークサマナー達は所有する悪魔を強化している。

 

シドが所有する悪魔であるクドラクも強化された事により、吸血鬼の弱点を大幅に克服していた。

 

「破魔の魔法も使ってみろよ。無駄な足掻きをしてくれねーと…オレも楽しめねーしなぁ」

 

迫りくる強敵を前にしても立ち上がろうとする。

 

MAG不足な上に弱点も大幅に克服された相手では分が悪過ぎるだろう。

 

それでも彼は立ち上がるのだ。

 

「ぐぅ!!」

 

胸倉を掴んで持ち上げられたクルースニクに向けて勝ち誇った顔を向けてくる。

 

「テメェは調子悪くても、オレは絶叫調ってわけだな?考えなしに現れるからこうなるのさ」

 

「黙れ…ッ!!我が名にかけて…貴様から退くわけには…いかん!!」

 

「そうだったよなぁ。テメェとオレとは殺し合うのが運命…何処の世界に召喚されても同じだな」

 

帯電させた右手を構えたクドラクが放つのは電撃を纏わせた貫手である。

 

狙うのはクルースニクの急所となるだろう心臓であった。

 

「テメェの顔も見飽きたぜ!そろそろオレの前から……永遠に消え失せろぉ!!」

 

貫手の一撃が放たれようとした時、クドラクは視線を横に向ける。

 

「チャンス逃してたまるかーーっ!!」

 

異界に侵入してきたのは魔法少女達。

 

ももこが振り下ろす大剣の一撃が迫るが、彼女に向けてクルースニクを投げ捨てる。

 

「くぅ!?」

 

一撃を放つのを止めたももこが彼を受け止めたが勢いのまま弾き飛ばされてしまう。

 

「見つけたわよ吸血鬼!!今度のレナ達は一味違うんだから!!」

 

槍で突撃を行うレナの一撃を跳躍して回避するが右足に木の根が絡みつく。

 

「よくも十七夜さんを……許さないんだから!!」

 

木の杖を構えて放つのは敵単体に中威力の疾風属性ダメージを放つザンマの魔法攻撃。

 

かえでが放った疾風の塊が拘束されたクドラクに迫るが、霧化によって拘束から抜け出された。

 

「へへへ…ようやく見つけたぜ!オレに恥をかかせた魔法少女共!!」

 

空中で実体化したクドラクの両手が帯電していく。

 

次々と雷魔法が繰り出される光景が広がる中、倒れ込んでいたももこが起き上がる。

 

「大丈夫!?」

 

クルースニクに近寄るが立ち上がることも出来ないまでにダメージを負っている。

 

「魔法少女か…助けてくれたことには礼を言う…。だが、直ぐに逃げるんだ…」

 

「そうはいかない!あの吸血鬼はアタシ達の大切な人を吸血鬼に変えた…絶対に許せない!!」

 

「クドラクを甘く見るな…。あの悪魔は強化されている…戦えばお前まで吸血鬼にされるぞ…」

 

「それでも引かない!アタシはね…大切な人々をもう…吸血鬼になんて…されたくないから!!」

 

燃え上る義憤の炎を宿したももこの目を見つめるクルースニク。

 

彼女の義憤の感情こそクルースニクの感情であり、クドラクと戦い続ける信念だった。

 

彼女の覚悟を認めるようにして微笑んでくれる。

 

「…少しの間だけ時間を稼いでくれ。体が動くようになれば…私も仕掛けに行く…」

 

「うんっ!!」

 

大剣を肩に担いだももこが駆けていく。

 

彼女の後ろ姿を見送るクルースニクの目には懐かしさが込み上げていた。

 

「あの子が叫んだ言葉こそが…私の原点だったな…」

 

ももこも加わった事でクドラクとの戦いは激戦となっていく。

 

悪魔の魔法まで行使出来るようになった魔法少女に驚きを見せるが、それでも実力が離れている。

 

「きゃぁ!!」

 

「あぁ!!」

 

クドラクの一撃を浴びせられたレナとかえでが廃棄車両に目掛けて叩きつけられていく。

 

「くそっ!!」

 

クドラクの胴体に目掛けて袈裟斬りを放つももこであったが右手で刃を掴まれてしまった。

 

「魔法少女が悪魔の魔法まで行使出来るか…。まさかテメェらも悪魔合体を行ったのか?」

 

「それがどうした!!アタシはお前を倒す力を手に入れられるなら…()()()()()()()()()()!」

 

「へっ!十七夜を吸血鬼にされた事が悔しいようだな?喜べよ、あの女は最高の吸血鬼になる」

 

「黙れぇ!!お前を倒して十七夜さんを連れ戻す…それが調整屋との約束なんだぁ!!」

 

「相変わらずムカつく女だぜ!!テメェだけは八つ裂きにしないと気が済まねぇ!!」

 

御霊合体で強化された力をもってしても強化されたクドラクを圧しきれない。

 

徐々に刃が彼女の顔にまで押し上げられ、かつての再現となってしまう。

 

「悪魔合体で強化されたのはテメェだけじゃねぇ!今度こそ命乞いをさせてやる!!」

 

「まだ…届かないのか…!!アタシの力は…足りないのか…ッッ!!」

 

力を求めた魔法少女がさらなる力を求める。

 

それを手に入れられるかもしれないキッカケとなる者こそが、彼女と同じ信念を宿す者。

 

「ハァァーーーッッ!!!」

 

ももこの背後から跳躍斬りを仕掛けてきたのはクルースニク。

 

彼が放つ刃が届いたのはももこの大剣。

 

放たれた横薙ぎの一撃が合わさり十字架の形となる。

 

「なんだとーーーッッ!!?」

 

クルースニクの力とももこの力が合わさった大剣の一撃がクドラクの右手を切り裂いていく。

 

ももこの大剣はそのままクドラクを斬り捨て、上半身が滑り落ちた。

 

「キサマらーーーーッッ!!!」

 

上半身を切り落とされようが吸血鬼はこの程度では死ぬことがない不死性を持っている。

 

無数の蝙蝠となったクドラクが飛び去るようにして異界の空へと消え去る姿だけを残すのだった。

 

異界が消え去り元の旧車両基地の光景が広がっていく。

 

後ろに振り向いたももこが片手を上げながらサムズアップのハンドサインを見せてくる。

 

「ナイスコンビネーション♪」

 

「フッ……私に一撃を浴びせた魔法少女達の真似をしてみただけだ」

 

微笑んでくれたクルースニクの元へとレナとかえでも駆け寄ってくれる。

 

こうしてクドラクとの再戦を乗り越えた魔法少女達であったが敵はさらなる力を手に入れていた。

 

助けてくれたクルースニクの助力を乞うのだが、彼は何も言わずに去っていく。

 

「何よアイツ……感じ悪いヤツじゃない」

 

「でもさ…悪い悪魔じゃないと思う。だって悪い吸血鬼と戦い続ける狩人さんだし」

 

「クルースニクさんかぁ…。いつかまた…再会したいよね♪」

 

「ももこはああいうのがタイプなわけ?」

 

「そ、そういう意味じゃないって!顔はまぁ……イケメンだったけど」

 

「うふふっ♪そこらへんをもっとリサーチしてもいいと思うなー♪」

 

「いいこと言うじゃない♪明日の昼休みは!ももこの男性好みを徹底的にリサーチするわよー!」

 

「どうしてそうなるんだよーっ!?」

 

生き残れた彼女達だが、再びクドラクと戦う日が訪れることになるだろう。

 

ももこを許さないクドラクは彼女の命を狙い続ける者となったのだから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「こんなところで……倒れるわけには……」

 

路地裏に倒れ込んでいたのはクルースニクである。

 

彼のMAG不足は深刻な状態であり、クドラクとの戦いで全身が傷ついている。

 

このまま放置しては彼の命に関わる状態であるのだが、それでも魔法少女に助けは求めなかった。

 

「私は独りでいい…。心を通わせる者など…もう必要としない……」

 

意識が薄れていくクルースニクが思い出すのは数々の世界で巡り合えた人々の姿。

 

心を通わせる事が出来た者達もいたが、ヴァンパイアハンターに待っていたのは悲惨な現実。

 

クドラクに襲われて血を吸われた大切な人々は吸血鬼となり、殺す事でしか救えなかった。

 

吸血鬼を狩る者が背負わなければならない悲しみの業は何度でも繰り返されてしまう。

 

いつしかクルースニクは他人との繋がりを求めない孤独な者と成り果てた過去を背負っていた。

 

「クドラクを倒す…。私は…光のヴァンパイアハンター…。それこそが…私の存在意義だ……」

 

「ならばその道、我らと共に進むつもりはないか?」

 

掠れた目を路地裏の奥に向ければ、近寄ってくる者達が現れる。

 

クルースニクの前に現れたのは葛葉ライドウとゴウトであった。

 

「この近くで強大な魔力を感じたので駆けつけようとしたが、逃げられてしまってな」

 

「お前は……デビルサマナーか……?」

 

「この者は葛葉ライドウ。うぬと同じく人々に害を成す悪魔共を憎む者なのだ」

 

「私に……仲魔となれと言いたいのか…?」

 

「このままではうぬは死ぬ。目的も果たせずこの世界から消えようというのか?」

 

「そんなつもりは……ない……」

 

「MAGが枯渇しても人々を襲わない覚悟を示すうぬが気に入ったとライドウも言っているぞ」

 

視線を隣に向ければ応えるようにしてライドウが頷いてくれる。

 

誰とも触れ合う気はなかったが、それでもこのままでは死ぬしかない。

 

背に腹は代えられないと覚悟を決めたクルースニクは頷いてくれたようだ。

 

封魔管を一本取り出したライドウがクルースニクに向けてくる。

 

蓋が開いていくとクルースニクの体がMAGの光となっていき封魔管へと吸い込まれた。

 

「強力な悪魔を手に入れられたようだな、ライドウ?」

 

「……この者が言っていたクドラクと呼ばれる悪魔を放っておくわけにはいかないな」

 

「そうだな…。これ程までに吸血鬼をばら撒く悪魔を放置するわけにはいかん」

 

ヤタガラスからの使命を預かる者であるが、それでもライドウの心にも義憤の炎が宿っている。

 

次にクドラクが現れた時はライドウもまた動く。

 

クルースニクの召喚者となった者として共に生きる意志を示してくれる。

 

封魔管の中に納まった形無きクルースニクは安心するかのようにして眠りにつく。

 

神浜の地にばら撒かれた吸血鬼騒動は魔法少女達の尽力によって終息を迎える事になるだろう。

 

それでもこの地の平和が訪れることはない。

 

神浜は悪魔と深く関わる街となり、これからも悪魔を引き寄せる事になるのであった。

 




ももこちゃんの元に純白の剣士…ももこちゃんもいずれ純白の剣士になっちゃうんでしょうかねぇ?
まぁヴァンパイア化したなぎたんが出るならお約束が待ってるということでしょう(汗)


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213話 復讐こそが私の道

見滝原市から帰ってきた頃よりナオミは尚紀のボディガード仕事からは外れている。

 

連絡してくれたら警護に就くという事を条件にして依頼人のニコラスにも説明しているようだ。

 

警護を受ける者からも彼女の道を応援されているため、ニコラスは彼女の自由行動を認めていた。

 

神浜で雇った探偵達を使って網を張りつつ彼女も街を歩き回りながら捜索を続けていく。

 

捜索の過程で様々な出来事も陰ながら見てきたようだが、それでも優先すべき問題があった。

 

「葛葉ライドウ…まさか葛葉四天王において歴代最強のサマナーが大正時代から現れるなんて…」

 

人修羅として生きる尚紀は葛葉ライドウから命を狙われている事ならナオミも把握している。

 

ボディガードとして警護に就くべきなのは分かっているが、尚紀からの連絡待ちを続けていた。

 

「ナオキは私に気を利かせて連絡を寄越さないみたいね…。私の気持ちの理解者として嬉しいわ」

 

便利屋として怠慢している後ろめたさを支えてくれる依頼人に感謝しながら捜索を続行していく。

 

南凪区のチャイナタウンにある中華飯店では席に座りながら地図に印をつける彼女の姿があった。

 

「レイが立ち寄りそうな場所はあらかた目星はつけたけど…中々目撃情報が届かないわね…」

 

神浜の地図に印をつけながら次はどう動こうかと考え込んでいた時、近寄ってくる者に気が付く。

 

「ナオミ姉さん…何をしてるネ?」

 

視線を向ければやってきたのは彼女にとって妹のような存在である美雨であった。

 

地図を隠すようにして折り畳みポケットに仕舞った彼女が笑顔を向けてくる。

 

「見れば分かるでしょ?この店のマンゴープリンが気に入ったから食べに来たのよ」

 

地図に印をつけながらも彼女は注文を繰り返していたようだ。

 

席を見れば空のデザート容器が大量に並んでいるため、傍から見ればただの外食光景だろう。

 

昔から大食い女だということは知っている美雨であるが、彼女が心配しているのは別にある。

 

「…隣に座てもいいカ?」

 

「構わないけれど…何か用事なの?」

 

隣の席に座った美雨がナオミと向かい合う。

 

重い顔をした彼女に心配そうな態度を見せてくれるが美雨が心配するのはナオミの目的であった。

 

「ナオミ姉さん……まだ諦めてないカ?」

 

「……何の事かしら?」

 

「……レイ姉さんへの復讐ネ」

 

それを問われたナオミの表情から笑顔が消える。

 

鋭い目つきを向けたまま無言となるナオミの迫力に圧されるが、それでも伝えたい気持ちがある。

 

「復讐したい気持ちは分かるネ…。私だて…目の前で家族とも言える人達が殺されたから…」

 

「もしかして…去年の夏頃に起きたチャイナマフィア騒動のこと?」

 

「あの時…私は不殺の精神を貫いたヨ。そのせいで仲間は捕らえられ……頭を撃ち抜かれたネ」

 

「美雨……」

 

「私も…ナオミ姉さんと同じ気持ちが爆発したネ。だけど…それでも私は…人殺しを否定したヨ」

 

美雨が伝えたい気持ちとは、人殺しになってしまえば二度と日常には戻れなくなる現実である。

 

報復のために誰かを殺せば、また誰かが報復しにくる。

 

人を殺せば穴二つという格言こそが美雨の不殺を貫きたい精神。

 

殺戮の限りを尽くした男達の末路ならナオミも美雨と共に見ている。

 

だからこそ美雨が伝えたい気持ちも分かってしまう。

 

それでもナオミの覚悟は変わらない。

 

「言いたいことは分かったわ。だけどね…私はレイを許すつもりなんて欠片もないから」

 

「ナオキと長老の末路を見た筈ネ!ナオミ姉さんも人殺しになれば…ああなる末路が待てるヨ!」

 

「覚悟なら出来ている。私はレイを殺し…レイの敵討ちを望む者が現れたら…受けて立つわ」

 

「ずと殺戮の連鎖が生み出され続けるネ!どこかで断ち切らないと…ナオミ姉さんは…」

 

今にも泣きそうな美雨を見ていると怒りたくもなくなってくる。

 

全てを失ったナオミにとって、目の前の魔法少女こそが唯一の拠り所。

 

報復の連鎖によって美雨まで巻き添えになった時を考えれば考えるほど恐ろしくなってくる。

 

「美雨……貴女は自分の家族を目の前で殺したマフィア連中を…どうしたの?」

 

「…ぶちのめしてやたネ。だけど殺してはいないヨ…ソイツは船を使て逃げて行たから…」

 

「その判断によってその存在が違う人物を殺戮したのなら…トドメを刺さなかった貴女のせいよ」

 

「そ…それは…その……」

 

「私はね…家族を殺される苦しみを誰にも味合わせたくない。だからこそ…終わらせるのよ」

 

「レイ姉さんは殺戮者じゃないネ!自分の私欲のために人を殺す存在なんかじゃ……」

 

「なら…どうしてレイは私の家族である老師達を殺せたのかしらね?」

 

結果だけならレイ・レイホゥは人殺しの虐殺者。

 

ナオミの家族を奪った加害者であり許されるべき存在ではない。

 

それを否定する事など美雨でさえ出来る筈がないだろう。

 

美雨もまた、ナオミの家族と言えた老師達に優しくしてもらえた経験があったから。

 

「レイ姉さん……どうして……」

 

悔しい感情が押し留められなくなった美雨の目から涙が零れていく。

 

彼女が呟いた言葉なら何度言ったか分からないぐらいナオミも呟いてきている。

 

ナオミだってレイの事が大好きだった。

 

親友として一緒に生きられた者と変わらない日常を共に生きたかった者だから。

 

しかしレイはナオミを裏切り大切な存在を奪った者。

 

罪には罰が必要だと叫ぶ概念こそが人類最古の法(LAW)なのだ。

 

立ち上がったナオミが帰ろうとするのだが、背を向けたまま立ち尽くす。

 

握り込まれた手が震えながらも彼女は未だに苦しめられる悪夢を語ってくれた。

 

「私ね…今でも夢に見るの。私の目の前で横たわる家族達の光景が…何度も何度も…夢で浮かぶ」

 

「ナオミ姉さん……」

 

「助けられなくて謝り抜いても…応えてくれない。厳しくも優しかった老師の声が…聴けない…」

 

「私も守れなかた仲間達の家族に謝りに行たネ…。でも…謝ても家族は帰らないと…断られたヨ」

 

「命は尊いの…代えは効かない。守れなかった人達に謝る言葉は必要ない…必要なのは裁きだけ」

 

「私は…間違てたのカ…?不殺の信念を貫くべきじゃなく…仇を殺す事が必要だたのカ…?」

 

「貴女には貴女の信念があっていい。でもね…()()()()()()()()()。望みだって違う」

 

「どうして…人々はこんなにも…心が分かり合えないネ……」

 

「それが自由というもの。貴女の理想だけで人々を画一化しようとするのは傲慢だと知りなさい」

 

伝えるべきことは伝え終えたナオミが店から去っていく。

 

独り残されてしまった美雨の体はまだ震えている。

 

彼女の頭の中にはナオミから伝えられた言葉が深く刻み込まれていたようだ。

 

「私の理想は…押し付けでしかないのカ?人々の心の神殿を踏み躙る…異教徒でしかないのカ?」

 

店から出て行ったナオミは車を停めてある駐車場へと向かって行く。

 

車に乗り込んだナオミが夕日を遮るサングラスをかけた時、こんな言葉を残すのだ。

 

「…あの子の信念は正しいと思う。でもね…私の信念もまた…正しいのよ」

 

美雨の選択を選ぶなら人殺しにならずに済み、皆と楽しく過ごせる日常へと帰ってこれる。

 

それと同時に見逃した悪のせいで誰かが傷つけられ、悲劇が生み出されるだろう。

 

ナオミの選択を選ぶなら人殺しとなり、報復の連鎖によって日常に帰る事は出来なくなる。

 

それと同時に彼女が殺した者が生み出す悲劇の連鎖は防がれ、誰かが救われることになろう。

 

この世の現象は正解であり不正解。

 

創造性が乏しい者は、常に一つの方向からしか物事を決められない。

 

「私は私の道を行く。復讐こそが…私の道よ」

 

人間は右を歩くと同時に左を歩くことなど不可能だ。

 

だからこそ人間は決断しなければならない。

 

右の道に進んだ者は左に進んだ恩恵は得られず、その逆も然り。

 

相反する道こそが陰陽であり、陰陽とは相反すると同時に繋がりも生まれてくる。

 

正しさはそれぞれが持っていい。

 

それぞれの正しさによって得られる恩恵もあるだろう。

 

それらが繋がり合う世界こそが人々が生きる陰陽世界の在り様であるべきだ。

 

陰陽を繋げる太極となる概念こそ、異なる正しさもあっていいと自分の感情を押し殺す愛。

 

誰かの正しさを尊重するために自己犠牲を示す道こそが人類が描くべき太極図なのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

麗鈴舫(レイ・レイホゥ)と呼ばれる人物について語ろう。

 

神道系に特化した葛葉一族の分家筋出身の者だが、彼女は幼い頃よりヤタガラスの者。

 

類まれない神通力の力を見出されたレイは幼少において神降ろしの技術を体得した神童であった。

 

しかし彼女は幼少時代において両親を失う悲惨な事件を経験している。

 

そのためヤタガラスが彼女の親代わりとして育てることとなったようだ。

 

しかしヤタガラスは彼女を娘としてではなく道具として育ててきた。

 

ヤタガラスは国家社会主義であり国にナチズムを敷いたナチス政党のような極右団体。

 

御国のために皆が死ぬことが愛国心なのだと全体主義を敷く、おぞましい独裁者であった。

 

小さい子供であろうとも御国のために尽くす生き方を強いられたレイは極秘任務を受ける。

 

それは大陸に渡り、とある品を極秘裏に手に入れるという潜入任務であった。

 

幼い彼女が渡った異国とは香港の地。

 

潜入に必要な語学等を仕込まれたレイは異国の地であろうとも周囲に溶け込めたようだ。

 

一匹狼のような彼女が潜入した場所とは香港でも有名な武術道場。

 

蛇鶴八拳という拳法を学べる道場で彼女は住み込みの修行時代を過ごす事になった。

 

そんな彼女が出会った少女達こそ、幼い頃のナオミと美雨。

 

年が近かったナオミとは親友のようになり、背中を追いかけてくる美雨は妹のようになっていく。

 

孤独な人生しか生きてこれなかった彼女にとっては唯一の幸福だった時間。

 

しかし、彼女は人生を楽しむことなど許されない者。

 

レイが香港に訪れたのはヤタガラスからの密命を果たすため。

 

ナオミに近づいたのもそのためであった。

 

……………。

 

「あたしは手に入れた…。親友に近づき、親友の親とも言える老師の一族が隠していた秘宝を…」

 

業魔殿のBARクレティシャスから下りてきたレイだが気分が晴れず下の店で飲み直している。

 

彼女の左手に持たれていたのは香港時代の思い出の写真。

 

少女時代のレイとナオミ、そして彼女達を姉のように慕った幼い美雨の姿が写っていた。

 

「ヤタガラスがあの秘宝を何に使うかなんて興味は無い…あたしにあったのは命令だけだった…」

 

酒が注がれたグラスを握る右手が震えていく。

 

思い出を見るたびにナオミの老師を殺した一撃を放った右手の感触が蘇っていくからだ。

 

辛い気持ちを酒で紛らわせようとしても、重過ぎる罪悪感によって酔う事は出来ない。

 

「もっと他の方法があったなら…親友のフリをして近づく工作命令さえ出されていなかったら…」

 

所詮は任務のために過ごしただけの香港時代。

 

任務が終われば雲隠れして日本に帰るだけだった。

 

それでも彼女は未だに思い出の写真を手放す事が出来ない。

 

仮初の関係であったとしても、レイにとってはこの上ない幸福を感じられた一時だったから。

 

「謝る言葉は許されない…あたしは地獄に堕ちる。それでいい……それこそがお似合いなのよ」

 

ヤタガラスの者として生きてきた人生を振り返ってみても空虚なものしか残らない。

 

彼女は愛国心を燃え上らすためヤタガラスに尽くしてきたわけではないようだ。

 

「所詮は道具…ヤタガラスに尽くしても何も与えてくれなかった。今では命さえ脅かされている」

 

ヤタガラスに尽くしてきたのは何のためだったのかと、後悔しか残らない。

 

だからこそ今の彼女は思い出の世界に逃げ込んでしまう。

 

レイ・レイホウが本当に欲しかったのは、思い出の世界にしか残っていないから。

 

「ナオミ…美雨…きっと憎んでるわよね?あたしを見つけだして…ヤタガラスに殺される前に…」

 

時期に死が訪れる日が来ると感じている彼女は決断するような表情を浮かべながら立ち上がる。

 

「参京区のホテルに戻らないと…風呂無しホテルだから近くの水徳湯に浸かりに行こうかしら?」

 

思い出の写真をポケットに仕舞った彼女は店を後にしたようだ。

 

そんな彼女に視線を向けていた男の姿が喫煙席にいる。

 

黒い中折ハット帽を目深く被ったフライトジャケット姿の男とはウラベであった。

 

「…ナオミから聞いた特徴と一致している。まさかアイツの潜伏先に現れるとはなぁ」

 

立ち上がったウラベがレトロなBARに置いてあった電話ボックスに入り何処かに連絡をとる。

 

通話を終えた彼が電話ボックスから出てくるのだが、複雑な感情が顔に浮かんでいた。

 

「…今夜は血の雨が降りそうだ。ようやく追い求めたヤツを見つけられたんだからな」

 

ウラベも家族を殺された者であり敵討ちのみが唯一の生き甲斐。

 

ナオミの気持ちの理解者であり協力を惜しまない者である。

 

それでも彼は時たま考えてしまう。

 

復讐を果たした者は何を頼りに生きていけばいいのかを見出せない苦しみを抱える者でもあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

潜伏先であるビジネスホテルに向けてレイは徒歩で帰路についていく。

 

周囲を警戒しながら歩いていたのだが、突然の胸騒ぎに襲われるような感覚を味わうのだ。

 

「張り詰めるような殺気を私に向けてくる者がいる…まさか、ヤタガラス!?」

 

ヤタガラス内部で不穏な行動を起こしてきた者として追われる事態になるのは想定している。

 

周囲を歩く人々に危害を加えさせないためにレイは路地裏を通して逃げようとしていく。

 

しかし彼女の行く手を阻むかのようにして悪魔結界である異界が開いてしまったようだ。

 

「くっ…!?」

 

歩いて来る者に視線を向けた時、レイの目は大きく見開いてしまう。

 

「まさか……そんな……」

 

目の前から迫ってくる者を見た彼女は昔の記憶がフラッシュバックする。

 

大人になった者ではあるが、少女時代の頃と変わらない雰囲気を纏う者を忘れる筈がない。

 

違う部分を上げるとしたら、目の前から迫る者が纏う業火のような憤怒の形相だけだった。

 

「…老師、貴方の導きがあってここまでこれました。貴方を殺した者をようやく…見つけられた」

 

街灯の下で立ち止まった者こそ、レイが香港時代に得た親友。

 

親であり老師であった者をレイ・レイホウに殺された復讐者、ナオミであった。

 

抑えようのない殺意を向けてくる者に対し、レイは全てを察したかのようにして口を開く。

 

「…あんたの噂はかねがね聞いていたわ。凄腕の女性サマナーがいるとね…」

 

「デビルサマナーになるしかなかったのは…全て貴様を殺すため。長かった…ようやく果たせる」

 

眉間にシワが寄り切ったナオミが封魔管の一つを手に取る。

 

握られた封魔管に収められた悪魔とは魔王シュウであった。

 

もはや戦闘は避けられないと判断したレイもまた腰に差してある武器を手で掴む。

 

握られていたのは蛇鶴八拳の武器術で習ったヌンチャクであった。

 

睨み合う両雄。

 

かつては親友として共に生きられた頃の名残など欠片も残らない憎悪が支配する空間。

 

それでもレイは語りたい言葉があったようだ。

 

「…今更何を言っても無駄なのは分かってる。私は犯した罪から逃げようなんて思わない」

 

「殊勝な心掛けですこと。逃がすつもりは欠片も無いけれど…何が言いたいわけ?」

 

「あたしが香港に赴いた目的よ。あたしはね…ヤタガラス情報部員としてとある品を狙っていた」

 

「まさか……私を拾ってくれた老師の一族が守り抜いてきた…あの宝玉だったの?」

 

()()()()…。神通力の高い者が用いれば思いや願いを意のままに叶える力を発揮する宝玉よ」

 

「老師の一族でさえ扱いきれなかった宝玉を奪うために…私の家族を殺したのね!?」

 

「その通り。そのチャンスを得るために貴女に近づいたのよ…全てはヤタガラスの任務だった」

 

ヤタガラスの工作員として近づいた目的を全て語られたナオミは激怒する。

 

親友のように一緒に過ごしてくれた時間は全てが欺瞞であり嘘だった。

 

友情を感じられた者の本性とは、他人を騙しても何も感じない腐れ外道。

 

利用するだけ利用した上で家族を殺し、一族の家宝を持ち逃げするためにナオミは利用された。

 

歯を食いしばったまま睨んでくるかつての親友に向けるレイの表情は懺悔を行う者と似ている。

 

それでも自分が犯した罪から逃れるつもりはないようにして腰から武器を抜いた。

 

「あたしはね…言い訳を並べて許しを請うつもりはない。全てあたしが選んだ道…あたしの罪よ」

 

「よく言ったわ…!!望み通り…この場で貴様を八つ裂きにする!!復讐を果たし終える!!」

 

覚悟を決めた表情を浮かべたレイが両手で持つヌンチャクを水平にしながら構える。

 

彼女の背後に浮かび上がる存在こそ、神降ろしの力を行使出来る者が纏う存在。

 

神道の三貴士の一柱であり、天皇家の皇祖神と呼ばれる日本の主神アマテラスであった。

 

【アマテラス】

 

古事記では天照大御神と呼ばれる太陽神にして三貴士(みはしらのうずみこ)とされる神。

 

イザナギが黄泉から逃げ帰って行った禊で左目から生じ、三貴子の一柱とされる。

 

高天原の支配を命じられ、他の神々の助けを得ながらこれを果たした。

 

しかしスサノオの乱暴狼藉に苦しんだアマテラスは恐れを抱えたまま天岩戸に隠れてしまう。

 

太陽を失った世界は荒み、悪神が跋扈したため神々は知恵を出し合い岩戸から救出した。

 

女神とされるが男神ともされ、男神の権威を授かった巫女がアマテラスとも解釈されていた。

 

「神降ろしの技術を用いる貴様だからこそ…私も神降ろしの技術を身に付ける必要があった!!」

 

レイの背後に出現した太陽の如く輝く神を相手にするナオミもまた悪魔召喚を行う。

 

ナオミの背後に出現した魔王こそ、金属と武器と戦の神であるシュウであった。

 

「「我が身に宿れ!!」」

 

レイの背後で輝く男神が巫女ともいえる女性に乗り移るかのようにして消えていく。

 

金色の目となった彼女は太陽の如く光り輝き、その姿はアマテラスそのものに見えるだろう。

 

ナオミの背後で屹立した魔王もまた悪魔召喚士に乗り移るかのようにして消えていく。

 

真紅の目となった彼女は禍々しい光を放ち、その姿は戦の魔王そのものに見えるだろう。

 

「「ハァァーーーッッ!!」」

 

ヌンチャクを振り回す演舞を行ったレイが右脇に武器を挟む形で左腕を前に向けながら構える。

 

ナオミは生み出した青龍偃月刀で舞うような演舞を行い武器を背に回し込み、左腕を構えた。

 

「どれほど腕を上げたのか…試してあげるわ」

 

「あの頃の私と思わないことね…。お前を倒すために…私は地獄を生き抜いてきたのだから!」

 

互いがアスファルトを踏み砕く程の突進攻撃を行う。

 

武器を振り上げる者達が行う戦いこそ、加害者と被害者の殺し合いとなるだろう。

 

罪を犯した者には罰を与えよという太古の時代から続く法(LAW)が正しく執行される。

 

それこそが、デビルサマナーとして生き続けたナオミが望む願いであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

()()()()()()()()()()()()、ようは感情の問題だ。憎けりゃ殺す…それが人ってもんだよな?」

 

ホテル業魔殿から離れたチャイナタウンの飲み屋で飲んでいるのはウラベである。

 

向かい合うようにして座るのはシックな黒コーデ服に身を包んだ擬態姿のリャナンシーであった。

 

「ウラベ様…ホテルから出歩いてよろしいのですか?何処に監視の目があるかも分かりません…」

 

「ホテルに引き籠ったままだとな…今日は気分が晴れそうにねぇ。だから少し付き合えよ」

 

「それはまぁ…構わないですわ。ウラベ様と一緒にお酒を飲めるのは私の喜びですし♪」

 

紹興酒のカクテルを飲んでいた2人であるが、ウラベの顔は複雑な表情を浮かべたままだ。

 

ナオミと同じく復讐者として生きる者であるため、復讐という行為に思うところがあった。

 

「復讐が正しいなんぞ言う輩はな、自分に災いが降りかかるのが怖いだけの連中の戯言なんだよ」

 

「それは…そうですわね。傍から見ている者達など所詮は部外者…被害者側ではないのです」

 

「SNSの犯罪者叩きもそうさ。当事者でもない連中が犯罪者を死刑にしろと騒ぐ…関係ないのに」

 

「加害者と被害者の問題にしゃしゃり出てきて正しさを決めるのも…所詮は自分のためですわね」

 

「正しさは周りが勝手に生み出すもの。その中身は我が身可愛さから出てくるものばかりなんだ」

 

「ストレス発散も含まれているのでしょう…。正義の棒切れを振り回すのが楽しくて仕方ない…」

 

「正義さえ手に入れられたら悪のサンドバックを叩き放題。だから大勢が被害者側の味方をする」

 

「正義を気取る連中も所詮は我が身可愛さでしか動かない者達。この街の魔法少女もそうでした」

 

「自分がやっている事を客観視しない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()だけの愚者共…それが正義の味方と呼ばれる者達の正体ですわね…」

 

「昔から続いてきた魔女狩りの中身もそうさ。悪者に味方すれば悪の身内として断罪を叫ばれる」

 

「何処までも正義の快楽を押し通す事しか出来ない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「正義を振りかざす連中の中身こそ、卑劣極まったダブルスタンダードそのものだというわけさ」

 

やり切れない感情を濁すようにして2人は酒を一気に飲み干す。

 

正義を振りかざす者達の恐ろしさなら悪魔としてリャナンシーも経験している。

 

愛が欲しかっただけなのに精気を吸い取る化け物扱いされ、正義の味方に追われた過去をもつ。

 

だからこそウラベが語った話の内容は悪魔として他人事ではないように感じたようだ。

 

「俺は復讐者だが…自分の復讐が正しいとは思わない。それでもな…これは感情の問題なんだよ」

 

「ウラベ様……」

 

「妻子を無残に殺されたまま泣き寝入りしろだなんて俺は認めないし…ナオミだって認めない」

 

「だからこそ、ウラベ様は復讐相手の情報を彼女に伝えたというわけですね?」

 

「復讐に生きるのは当事者の自由。復讐が犯罪であろうと関係ねぇ…好きにやらせてやりたい」

 

「その罪を背負う覚悟があるのなら自由を求めてもいい…。()()()()()()()()()ですもの…」

 

話し込んでいたため道行く人達の中から視線を向けている者に2人は気が付いていない。

 

飲み屋のテラス席で会話を続けていたウラベの元に誰かが近寄ってくる。

 

「今言た言葉は本当カ?」

 

少女の声に反応して顔を向けるウラベだったが、突然胸倉を掴まれて持ち上げられる。

 

驚いた表情を向ける相手とはこの街の互助組織に属する美雨であった。

 

「小娘……5秒だけ時間をやる。今直ぐその汚い手を退けろ」

 

驚きはしたが怯まない態度を示すウラベの右手は腰元のホルスターに伸ばされている。

 

デビルサマナーであるウラベは相手が魔法少女だと分かるため容赦しない態度を返してきた。

 

眉間にシワを寄せた美雨は手を離すつもりはない態度を返す。

 

殺伐とした空気を心配する視線が集まり出したため、仕方なく美雨は手を離してくれた。

 

「どうして止めなかたカ…?どうしてナオミ姉さんをレイ姉さんのところに行かせたネ!!」

 

「お前…ナオミだけでなく、ナオミの家族を奪った仇とも面識があるのか?」

 

「レイ姉さんは悪い人じゃないヨ!ナオミ姉さんにとては親友だたし…私にとては姉だたネ!!」

 

「ナオミにとって親友なら、仇を許せと言うのか?ナオミの無念はどうなる?」

 

「それだて…話し合えば分かり合えると思うヨ!!」

 

「いい加減にしやがれ!いくら妹のような存在でもな…ナオミの心はテメェのものじゃねぇ!!」

 

自分の理想ばかりに囚われ周りに理想を押し付けるだけの美雨の顔が俯いてしまう。

 

昔のように仲良くして欲しいという理想ばかりを見て、現実を直視しない。

 

それでは辛い現実を生きてきたナオミの心を踏み躙るだけでしかないのだと突き付けられる。

 

それでも美雨には信じたい信念があった。

 

「善は悪を許し…正義は悪を許さない。ナオミ姉さんは正義に囚われてる…()()()()()()()()ヨ」

 

「お、お前……」

 

美雨が語った言葉こそ、先程のウラベ達が語っていた話の内容と共通するもの。

 

美雨に言われた言葉が心に響いたのか、ウラベは復讐者としての自分に目を向けざるを得ない。

 

「恨む気持ちが善悪を生むネ…。悔しい感情が物事を観えなくする…私もそれに苦しんだヨ」

 

「なら…お前は仇を許すと言うのか…?お前だって大切な人が奪われたら…憎いだろ!?」

 

「憎いヨ…それでも私は怒りの感情を飲み下して…この街の長老を殺したナオキを許したネ」

 

「許す…だと…?お前だって憎いのに…どうして許す!?憎けりゃ殺す…それが人間だろ!?」

 

「その結果…ナオキは魔法少女達に報復されて死にかけたヨ。私が怖いのは…その末路ネ」

 

魔法少女の虐殺者として戦い抜いた尚紀の姿をナオミと共にウラベも見ている。

 

だからこそ語られた末路に真実味を感じてしまい、復讐が正しいのか分からなくなってくる。

 

「守れなかった苦しみが切実な情念を生むネ。長年の屈辱が重なれば…許さない人に成り果てる」

 

「それがかつての尚紀や…今のナオミの姿だと言いたいのか…?」

 

「私の望みは…ナオミ姉さんの心の聖域を踏み躙る行為ネ。それでも私は…止めに行くヨ」

 

踵を返して去ろうとするのだがウラベが呼び止めてくる。

 

後ろを振り向いた時、俯いた顔を上げてくれた彼は頷いてくれた。

 

「レイとかいう女が向かった場所を教えてやる。行ってこい…お前の可能性を俺に見せてみろ」

 

レイの向かった場所を聞いた美雨は抱拳礼を返しながら微笑んでくれる。

 

そんな彼女を見送ってくれたウラベは席に座り込み帽子を深く被り直す。

 

「ウラベ様……」

 

美雨に言われた言葉はウラベにも当て嵌まる。

 

正義に囚われる恐ろしさを客観的に語ったが、それでも復讐心に支配され自分が見えなくなった。

 

「リャナンシー……俺とナオミの道は正しいのか?あの子に言われて…分からなくなってきたよ」

 

「正しさとは…周りが決めるものです。貴方の道をお進み下さい…何処までもお供します」

 

「ありがとう…流石は俺の自慢の仲魔だ。たとえ尚紀と同じ末路になろうとも…俺は行くよ」

 

人間は右の道を歩くと同時に左の道を歩くことなど不可能だ。

 

だからこそ人間は決断を行い、片方で得られた恩恵を捨てていく。

 

たとえ選んだ道の先に待っているのが破滅であろうとも人間は進む者。

 

人間は迷いに迷った果てに頼ろうとするものがある…それは()()だ。

 

直感は理屈を超える。

 

他人の理屈に圧し負け自分の道を断念した時、後になって自分の判断は正しかったと気が付く。

 

その時の後悔は最悪なのだとフィレンツェ生まれの詩人であり哲学者のダンテは言葉を残す。

 

ウラベは未来に待っているリスクを恐れず後悔しない生き方を選んだ。

 

ならばナオミはどんな選択をするのだろうか?

 

それを示す戦いこそがレイと再会を果たしたナオミの戦いとなるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ハィィィーーーッッ!!」

 

一回転した勢いのまま跳躍回転斬りを仕掛ける。

 

唐竹割りの角度から迫る偃月刀に踏み込み、ヌンチャクの鎖で偃月刀の柄を受け止める。

 

すぐさま左右の手に持つ棍の部分でナオミの両側頭部を打ち付け、怯んで下がる相手に構え直す。

 

回転しながら次々と放つ刃を身を翻しながら避け、踏み込みながらヌンチャクを振り抜く。

 

脇腹にヌンチャクの棍を受けたナオミが下がるが、揺るぎない闘志を向けながら武器を振り回す。

 

「シュウの防御力を手に入れているようね…。女の体とは思えない感触だったわ」

 

「みくびらないで…私の力はシュウに頼り切りだと思うなら大間違いだという事を見せてやる!」

 

レイは右腕を持ち上げながら左腕で背中に回し込んだヌンチャクの棍を握る構えを行う。

 

対するナオミは右手で回転させた偃月刀の柄を左肩に乗せ、腰を落とし左腕を水平に構えた。

 

睨み合う両雄が風となる。

 

連続する回転斬りを避け、突きの猛攻をヌンチャクで捌く。

 

豪快な刺突に対しヌンチャクの鎖を用いて柄を拘束する動きを見せる。

 

ワンインチ距離から放つ肘打ちを肘打ちで返し、偃月刀の柄を掴んだレイが下に向けて押し込む。

 

柄が大きく回転して体勢を崩されるかと思ったが、ナオミは跳躍しながら側方宙返りを行う。

 

着地して持ちこたえた相手に向けて右拳を放つが、ナオミも負けじと右拳を放つ。

 

「「ぐっ!!」」

 

互いに一歩後退するがその隙を見逃さずレイは右蹴り上げを行う。

 

偃月刀が大きく蹴り上げられる中を踏み込むが、徒手空拳になったナオミも負けてはいない。

 

鈍化した世界。

 

回転しながら舞う偃月刀の下では武術家達が猛攻を繰り返す。

 

互いの突き、肘打ち、膝蹴り、蹴り足、捌き、掴み動作を制止ながら打ち合い続ける。

 

偃月刀が落ちてくる中、レイがヌンチャクを放つ右腕を左腕で受け止め、流れるように肘を放つ。

 

「ぐふっ!?」

 

左頂肘が胸に決まったレイが咳き込みながら後ろに下がる中、ナオミは掴んだ偃月刀を振り抜く。

 

ヌンチャクを縦に向け受け止めようとしたが、最初の一撃でヒビが入っていた鎖を断ち切られる。

 

「くっ!?」

 

レイが纏うスーツの上着を偃月刀の刃が切り裂く。

 

後ろに退いた彼女であったが、胸元からはおびただしい血が流れ落ちていたようだ。

 

「この程度では済まさない…。老師を殺した貴様に相応しい死に方は…八つ裂きにされる事よ!」

 

揺るぎない憎しみを向けてくる者に向け、レイは懺悔にも似た表情を浮かべてくる。

 

「そうね…あたしはナオミの家族を殺した女ですもの。どんな殺され方をしても…憎みはしない」

 

壊されたヌンチャクを捨て、燃え上るような光を全身から放つ。

 

胸元の傷は回復魔法によって瞬時に癒され、アマテラスを宿した者としての力を発揮する。

 

「貴女の全てをぶつけてきなさい!あたしも全てをぶつけきる…この命、奪う程の力を示せ!!」

 

「それでこそよ!!私の憎しみの全てを受け止めなさい…貴様はそれだけの事をした!!」

 

レイの両手に収束していく光とはメギドの炎。

 

迎え撃つナオミは封魔管を手に取り、召喚悪魔をシュウから不動明王に切り替える。

 

互いに放つ一撃は極大の一撃となるだろう。

 

どちらが死んでもおかしくない程の魔法の力場が発生する中、叫び声が響いてきた。

 

<<2人ともやめるネ!!>>

 

懐かしい声が響いてきたレイが視線を横に向ける。

 

「美雨……?」

 

現れたのはレイにとっても妹のような存在であった美雨。

 

互いの魔法の力場に侵入しようとするが、魔法少女姿の彼女でも入り込めない。

 

「来ちゃダメ!!これは私の戦いよ…たとえ貴女でも邪魔する権利はないわ!!」

 

倶利伽羅剣を構えるナオミは豪熱の炎を収めるつもりはない。

 

不動明王の炎の力はナオミの怒りの炎となり、仇を燃やし尽くさんと燃え上り続ける。

 

アマテラスの光の炎まで燃え上る中を突っ込めば魔法少女といえども燃え尽きてしまう。

 

それでも声を届けるぐらいならば出来る。

 

「ナオミ姉さん!もう復讐なんてやめるネ!!レイ姉さんを殺しても…家族は帰てこないヨ!!」

 

「黙りなさい!!私がレイに求めるのは…愛する人を奪った者として裁きを受ける事だけよ!!」

 

「ナオミ姉さんだて…ナオキを見た筈ネ!!正義を追い求める者は…報復されて死ぬだけヨ!!」

 

「正義が成されないでは被害者はどうすればいいのよ!?泣き寝入りでもしろと言いたいの!?」

 

美雨が語った通り、今のナオミもまた尚紀と同じ姿となっている。

 

愛する者を魔法少女に殺され、二度とそんな悲劇を生み出さないために魔法少女を殺戮してきた。

 

気が付けば人間社会主義の名の元に独裁的な正義をばら撒く独裁者に成り果てていた。

 

世界を善悪で分断し、終わりの無い殺し合いを魔法少女社会にばら撒こうとした。

 

そんな末路に成り果てた原因こそが、繰り返したくないという切実なる情念。

 

切実なる情念を生み出す屈辱を長い間味わい続けると正義の人、許さない人に成り果てる。

 

自分だけの正しさこそが絶対的に正しいと盲従し、どう正しいのかも考えずに凶行を繰り返す。

 

「ナオミ姉さんの望みは同じ苦しみを他人にも味合わせたくないネ!だから復讐しようとする!」

 

「そうよ!私はもう誰にも同じ苦しみを経験させたくない…だから禍根となる者共を断つのよ!」

 

「ナオミ姉さんの復讐に()()()()()()ヨ!レイ姉さんを殺しても…次から次に殺戮するだけネ!」

 

「それで構わない!!私は私の信じる道を突き進む…復讐という正義こそが!私の道なのよ!!」

 

「目を覚ますネ!!私達の長老を殺した時のナオキの姿や…報復されたナオキの姿を見た筈ネ!」

 

それを言われた時、初めてナオミの顔に迷いが浮かんでしまう。

 

復讐者であり独裁者となった尚紀の姿を見届けた者として彼女の言葉に真実味を感じてしまう。

 

このまま復讐の道を進めば、尚紀と同じく復讐を終えても殺戮の限りを尽くす末路が残るだろう。

 

繰り返したくない情念が平和を遠ざけ、次から次に獲物となる悪者を探しては殺していく。

 

そんな()()()()()()()が待っているのだ。

 

断罪の刃が下ろされていく。

 

周囲に燃え上っていた復讐の炎の如き炎熱結界も収まってくれる。

 

レイもまたアマテラスの力の解放を止め、周囲は不気味な静寂に包まれた。

 

レイに近寄ろうとした美雨であるが、片手を上げて制止させてくる。

 

「レイ姉さん……」

 

やっとの思いで再会出来た大切な人が見せたのは拒絶であった。

 

「貴女をそこまで追い込んじゃったのは…あたしのせいよね?だからもう…あたしで終わらせて」

 

「レイ……?」

 

穏やかな表情を向けてくる彼女を見ていると、ナオミは香港時代を思い出す。

 

レイと美雨と共に毎日を送れた幸福時代の記憶は未だに忘れる事が出来なかったようだ。

 

「あたしはね…ヤタガラスの工作員だけど…今ではヤタガラスから追われる者になっているわ」

 

「…無様な末路ね。私の家族を殺した加害者に相応しい末路だわ」

 

「否定出来ないわ。ヤタガラスで生きた痕跡を消すつもりだったけど…犯した罪は拭いきれない」

 

ナオミと美雨に顔を向けた後、覚悟を決める態度を示す。

 

「あたしはあんたの仇でいい。今度は美雨に邪魔されない場所で…続きを始めましょうか」

 

「いい覚悟ね…私は貴女を追いかけ続ける。ヤタガラスから逃げ出そうとも私からは逃げないで」

 

「受け止めるわ…ナオミ。だからお願い…あたしを殺し終えたなら…美雨と共に幸福に生きて」

 

踵を返したレイが逃げるようにして走り去っていく。

 

ナオミと美雨と再会出来た事によって幸福時代の記憶が再び蘇る。

 

あの頃にはもう戻れないのだと突き付けられたレイの心は泣き叫びたい程にまで苦しみ抜く。

 

涙を流しながら去っていくレイは後悔のどん底に叩き落とされるのだ。

 

欲しかった愛を与えてくれないヤタガラスに何故ついて行ったのかと、己の愚かさを責め抜いた。

 

レイを見逃してしまったナオミもまた両膝が崩れ落ちてしまう。

 

その目からは涙が溢れ出し、今では口に出さなくなってしまった言葉が溢れ出す。

 

「レイ…どうして…こんなことになったのよ……」

 

「ナオミ姉さん……」

 

「私…貴女と殺し合いなんてしたくない…。なのに…どうして貴女は…奪っていったの…?」

 

2人がどんなに泣き叫ぼうとも、2人の間を形作る関係性とは被害者と加害者である。

 

善悪に分断された者達は終わりの無い殺し合いの関係性しか生み出せない。

 

陰陽が互いを潰し合う光景となるだろう。

 

正義(LAW)と悪(CHAOS)に分断された者達が殺し合う光景こそ、人修羅が生きた世界。

 

彼もまたナオミと同じく正義と悪の戦いに巻き込まれて親友達と殺し合う末路を辿った者。

 

この世はゾロアスター教が生み出した善悪二元論によって支配されるしかないのだろうか?

 

善悪でしかこの世を認識してはいけないのだろうか?

 

立ち上がったナオミは何も言わずに去っていく。

 

親友と殺し合う事が辛くても、彼女が求めるのは復讐という名の正義(LAW)である。

 

それだけが今の彼女に戦う力を授けてくれる柱であろう。

 

縋りつきたい柱を失った時、ナオミはもう戦う力も湧いてこないかもしれない。

 

相反する陰陽の道を女性達は突き進む。

 

加害者は罰を求め、被害者は正義を求める道こそが復讐という名の分断であった。

 




僕の好きな復讐劇は憎たらしい相手を倒してざまぁな展開よりも、復讐そのものに悩み苦しむキャラの在り様なんですよね。


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214話 大正時代からの因縁

イルミナティに所属するシド・デイビスと戦った葛葉キョウジは敗北した。

 

ダークサマナーとしてのシドの実力は桁外れであり、腕利きのサマナーでも敵わなかった。

 

からくも生き延びる事が出来たキョウジではあるが、屈辱に苛まれている。

 

葛葉一族の異端児として蔑まれてきた者であるキョウジは誰よりも負けん気が強い。

 

だからこそ敗北を受け入れることなく再戦の時を虎視眈々と狙っているのだ。

 

しかしデビルサマナーとして葛葉キョウジは超えられない壁を抱え込む者。

 

サマナーとしては力が弱い陰陽師系サマナーであるため、今のままでは力の差を覆せない。

 

ならばこそ、自身に足りないモノを別の何かで補う必要がある。

 

葛葉キョウジは目的の為なら手段を選ばない冷酷な男。

 

他人を道具にするだけでなく、自身の命すら省みない狂った悪魔召喚師。

 

だからこそ彼は初代葛葉キョウジが残した禁忌に手を出すのだ。

 

陰陽師系サマナーでも力を高められる霊薬を作るため、現代葛葉キョウジは動き出した。

 

……………。

 

地下室に下りていく足音が響く。

 

階段を下りるほど怨恨に塗れた悪魔の叫び声が聞こえてくる。

 

誰もいない地下室に入り込むと、囚われた悪魔が憎悪の叫びを上げるのだ。

 

「グガァァァーーーッッ!!!」

 

もはや自我すら崩壊する程にまで飢えて苦しむ悪魔とは、人の顔を持った牛であった。

 

【クダン】

 

牛の体と人間の頭、もしくは人間の体と牛の頭を持つとされる妖怪。

 

江戸時代から昭和前半まで日本各地で一種の都市伝説として様々な目撃談が伝わっているようだ。

 

出現時に不吉な予言を残す事が多いとされ、日本の太平洋戦争敗北も予言したとされた。

 

「MAG不足も限界に辿り着いたようだな?」

 

五芒星結界に囚われたクダンの全身には陰陽師が用いる護符を使った茨の鎖が巻き付いている。

 

拘束されたまま放置された人面牛は飢えに苦しみ錯乱するまでに追い込まれていた。

 

「お前を探し出すのには苦労した。()()()の秘術を完成させるには牛の神を用いた生贄が必要だ」

 

供倶璃(くくり)家とは、ライドウが生きた大正時代における悪魔召喚士一族の家系である。

 

その一族が残した秘術こそ、サマナーのMAGを練り上げる力を持つ蟲毒の丸薬レシピ。

 

これらを巡る騒動となった事件こそ、コドクノマレビト事件と呼ばれる都市伝説であった。

 

「供倶璃の祖は神の使いの牛を蟲毒に用いて飢えさせて殺し、その血で特殊な丸薬を作った」

 

キョウジの右手に持たれているのは七星剣と呼ばれる中国の伝統的な剣。

 

神の使いを生贄にした供倶璃の祖の真似をする形でキョウジはクダンを捕らえ、そして殺すのだ。

 

蟲毒という呪術は飢餓状態の生物が生み出す欲深さを力に変える呪術である。

 

財を集めたい強欲な者が蟲毒を用いて犬神憑きと言われたように、手段を選ばぬ者が用いる禁術。

 

冷酷なまでに求めるものを追い続ける欲深き者でなければ行使する事も躊躇われるだろう。

 

全てはシド・デイビスという強大なるダークサマナーを倒すため、キョウジを禁忌を犯すのだ。

 

「俺の力となれる事を喜びながら…死ぬがいい!!」

 

牛の悪魔に踏み込んだキョウジが七星剣を両手持ちで振り上げる。

 

「アガァァァァーーーーッッ!!!!」

 

天女のような頭部を持つ人面牛の首が跳ね落ち、牛の体も倒れ込む。

 

すぐさまキョウジは懐から試験管を取り出して掴んだ生首から悪魔の血液を採取していく。

 

痙攣を続けていた死体からの用事も済ませた彼はクダンの頭部を投げ捨てる。

 

MAGの光となって砕け散る悪魔に視線を向けることもなく、キョウジは地下室を後にした。

 

「神の使いであろうと悪魔に変わりは無い。クダンで代用出来る筈だが……ぐぅ!!」

 

階段を上っていたが体がふらつき、横の壁にもたれかかってしまう。

 

見れば葛葉キョウジの体は酷く痩せ細っている。

 

頬がこけるまで体重が落ちてしまったのは、全ては蟲毒の丸薬の毒素に耐える体を作るため。

 

「様々な蟲毒の種類を生み出しては体に馴染ませる荒行は堪えたな…。だが、全ては勝つためだ」

 

命を削る程の荒行を乗り越えてでも追い求めるものがある、それは勝利だ。

 

シド・デイビスは葛葉一族と同じようにして陰陽師系サマナーである彼を愚弄した。

 

葛葉キョウジの名にプライドを持つ彼にとって、それは絶対に許す事は出来ない侮辱。

 

プライドを傷つけられた者は飢える者となり渇望する。

 

他者を喰らい続けても生き残り、強欲なまでに勝利を求めるその姿は蟲毒そのもの。

 

それでも葛葉キョウジは恐れもなく蟲毒となり悪魔の呪詛を纏うのだろう。

 

供倶璃の祖が強欲なまでに財を求めたように、彼もまた強欲なまでに勝利を求めるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

暫くした頃、キョウジは車を運転しながら神浜市に向かって行く。

 

ウラベから依頼を受けている者であるため、イルミナティの動向を報告しに行くというわけだ。

 

ついでに新たなる悪魔を得るために久方ぶりの業魔殿への来訪も予定している。

 

「久しぶりの神浜市か…魔法少女が多い街だったな。面倒な場所に業魔殿を建てやがって…」

 

運転する車はホテル業魔殿の地下駐車場で停車させ、エレベーターへと向かい一階店舗を目指す。

 

キョウジが訪れた場所とはホテルの商業フロアにあるレトロなBARであったようだ。

 

席に座って待っていたウラベの元にまで訪れた彼が向かい合うようにして椅子に座る。

 

しかしキョウジの顔を見たウラベは久しぶりの旧友との再会の喜びよりも心配の方が大きかった。

 

「暫く見ない間に…随分とやつれたな?」

 

「気にするな…背負うべき代償だ。それよりも、イルミナティについて調べた内容を報告する」

 

キョウジは生贄悪魔を探すだけでなくイルミナティについても調べている。

 

ダークサマナーを追っていくうちに氷室ラビを捜索していた者を見つけだし情報を吐かせていた。

 

「東京で何か大きなことをやらかすつもりなのか…?そのオーダー18とかいう作戦の内容は?」

 

「そいつを拷問してみたが知らなかった。末端の兵隊共には内容を伝えられていないようだ」

 

「イルミナティの狙いが東京だとしても…作戦決行日はいつだ?何も見えてこないな…」

 

「どうする?連中が何か大きな動きを見せ始める前に東京で待ち伏せておくか?」

 

「まだ情報が足りない…。もう少し情報を集めた後で東京で待ち構えるしかなさそうだな」

 

「その時は俺も動こう。大きな作戦になるならシド・デイビスが出てくる可能性も大きいからな」

 

「シドか…。イルミナティでも指折りのダークサマナーと戦ってよく生き残れたな?」

 

「他人を心配している場合か?お前だって狙うのはあのフィネガンだろうが?」

 

「そうだったな…。俺だって業魔殿で遊んでばかりいたわけじゃない。準備もしてきたさ」

 

「お互いに狙う獲物は大物だ。動くなら命を捨てる覚悟を決めておくことだな」

 

「俺に退路はないし、お前だって引くつもりは無いんだろ?リスクを承知で俺は行くぜ」

 

「フッ…いい覚悟だ。お互いに…長くは生きられないということだな」

 

依頼人との共闘の申し出を受け取ったキョウジは引き続き捜査を続けると言い残して立ち上がる。

 

しかしウラベは彼を引き留めるかのようにして視線を別の席に向けたようだ。

 

「すまないが、面倒事のついでをしてくれないか?会って欲しい人物がいる」

 

「会って欲しいヤツだと…?」

 

仕方なくウラベの後ろをついていき、女性が座っている席の前にくる。

 

鋭い視線を向けた先に座っていた人物とはナオミであったようだ。

 

「…貴方がミスターキョウジね?」

 

「貴様は何者だ?」

 

「私の名はナオミ。フリーのサマナーをしている者だけど…貴方に聞きたいことがあるの」

 

「答える義務はない。俺はボランティアなどやらない主義だ」

 

「私と同じくビジネスでしか人付き合いをしないタイプなのね。よろしくてよ」

 

答えてくれた情報には支払いをすると言われたため、渋々キョウジは椅子に座る。

 

ウラベは真ん中の席に座り込み、2人の会話内容を傍聴する態度を見せた。

 

彼女が話すまで黙っていたキョウジであるが、ナオミの顔を見ていると何かを思い出す。

 

(この女…何処かで見た事があるな?)

 

話始めるまで記憶の世界に浸っているとレイが持っていた写真の事を思い出す。

 

(まさか……この女がそうなのか?)

 

自分の部下の命を狙う者と出会う事になるとは考えもしなかったキョウジだが、直ぐに忘れる。

 

レイの問題はレイのものであり、彼が気にするべきではないからだ。

 

葛葉キョウジは冷酷な男であり自分の部下であるレイでさえ用済みになれば見捨てる男である。

 

そのため彼がレイに味方をすることもなく、レイが犯した罪を弁護する義理もなかったのだ。

 

「私が聞きたい話の内容とは……」

 

「俺の部下をやっているレイの居場所だろう?復讐を果たすために居所を突き止めたいか?」

 

それを問われた時、ナオミも鋭い目つきを返してくる。

 

「どうして分かったの?私がレイ・レイホゥの命を狙う者なのだと…?」

 

「答える必要は無い。俺は部下の問題に首を突っ込む気は無いし…アイツの弁護もしてやらない」

 

「薄情な男ですこと。でも私には都合がいい男ね…私の復讐を止めるつもりはないようだし」

 

「残念だが俺はレイの居場所は知らない。アイツは独自の依頼で動いている…それしか知らんな」

 

「上司のくせに部下が何をしているのかも把握してないだなんて…結構ズボラな男ね?」

 

「コイツは昔から面倒事は他人に押し付ける癖があるんだよ。その上でほったらかしなんだ」

 

「貴様…余計なことをベラベラ喋ると舌を引っこ抜くぞ」

 

「はいはい、お前は本気で実行する奴だから黙っておくよ」

 

レイの居場所を聞き出せなかったのは残念ではあるが、ナオミが聞きたかったのは別にある。

 

重苦しい表情を浮かべながらも、彼女はレイの上司だからこそ聞いてみたい事があったようだ。

 

「ミスターキョウジ。貴方はレイの上司としてコンビを組んできたのなら…見てきた筈よ」

 

ナオミが本当に聞きたかった話の内容とはレイ・レイホゥという加害者の人生である。

 

レイと再会した時ナオミはレイに対して期待していたものがあった。

 

それは加害者として悪女な態度を見せてくることであったのだが期待は裏切られてしまう。

 

香港時代で共に生きてきた頃のレイと変わらない態度を見せられたナオミは酷く混乱している。

 

だからこそ知りたくなったようだ。

 

罪人としてレイ・レイホゥがどんな人生を生きてきたのかを。

 

話の内容を伝えられたキョウジは沈黙していたが、それでも報酬分の内容だけは伝えてくれる。

 

客観的に彼女がどんな生き方をしてきたのかを伝えられたナオミの顔は俯いてしまう。

 

「俺が見てきた限りではレイは人殺しを楽しむ奴ではない。ヤタガラスの飼い狐でしかなかった」

 

「レイは自分の感情を押し殺してでも任務を果たすために…私の家族を殺したというわけね…」

 

「同情してやる必要は無い、それを選んだのはあの女だ。選択した者に責任が無いわけあるか」

 

「ええ…その通りよ。自由意志によって加害者になるのなら…その責任は背負わせるべきなのよ」

 

「自由を行使する者は常に責任が伴う。俺もまた己の自由の責任を果たす日がくるだろうな」

 

「誰も責任からは逃れられない…。だからこそ、人々は自由を欲するくせに自由を恐れるのね…」

 

「弱者は保身に走り秩序に盲従する。どう正しいかも考えず、()()()()()()()()()()()

 

「レイもまた保身に走る選択を選びヤタガラスに盲従した…。だからこそ、その責任を与えるわ」

 

知りたい内容を伝えてもらった彼女は口座を教えてもらいスマホ操作で入金を行っていく。

 

入金を確認し終えたキョウジは立ち上がり、地下の悪魔合体施設に向かう後ろ姿だけを残す。

 

顔を上げないナオミをそっとしておくためウラベも席から離れていった。

 

独り残された彼女は絞り出すようなか細い声で悔しい感情を吐き出してしまう。

 

「殺害任務なんてやりたくないって叫ぶ自由を…どうして望んでくれなかったの…レイ?」

 

悔しい感情を抱えたまま彼女の目から涙が零れ落ちる。

 

もしそれを望んで命を狙われたとしても、自分や老師達が守ってくれる未来だってあったはず。

 

それでもレイは自由(CHAOS)を望まず、秩序の道具として任務を果たすだけの駒となった。

 

レイ・レイホゥは独裁(LAW)国家やブラック企業と変わらないヤタガラスに育てられてきた者。

 

物心ついた時から自由を与えられず、それを望んでもいい自由すら知らない者でしかなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ジャガー XJセダンを運転しながら帰路につくキョウジであったが水名区辺りで停車する。

 

「ぐっ…またか……っ!!」

 

道端に車を停めた彼は車から降り、急いで路地裏の方に駆けていく。

 

路地裏の壁に両手をついたキョウジは盛大に嘔吐してしまったようだ。

 

「蟲毒の丸薬製作は成功したが…副作用が抑えきれん…!」

 

供倶璃家が生み出した蟲毒の丸薬には使用者に害を成す副作用が存在する。

 

蟲毒に用いられた霊は強い飢餓に支配されており、丸薬を服用した者にも強い飢餓を与えていく。

 

丸薬そのものが飢餓という強い感情エネルギーの塊だと言えるだろう。

 

これを利用すればサマナーの足りないMAGを補う力にもなるが、使い続ければ無事では済まない。

 

最初のうちは強い活力を得られるが、やがて精神が強い飢餓感に支配されてしまう。

 

さらに服用を続ければ精神だけでなく肉体までも浸食され、いずれは強欲な悪魔と化す。

 

これらの副作用さえも陰陽師系サマナーは利用した上で自らを悪魔化させる事も行ったという。

 

「蟲毒の毒素に耐える体を作るためにあらゆる毒素を体に取り込んだが……ぐぅ!!」

 

胸を抑え込みながらキョウジは車に戻ろうとしていく。

 

歩きながらも彼の心の中にはどす黒い感情が噴き上がり続けている。

 

今の彼の心を支配している感情とは屈辱であった。

 

「俺は負けない…負ける訳にはいかない!葛葉キョウジの名を継いだ俺が…負ける訳には…!!」

 

脳裏に浮かぶのは初代葛葉キョウジの存在。

 

葛葉の異端児でありながらも葛葉の名を手に入れた男もまた屈辱を与えられた事がある。

 

初代キョウジが残した歴史に記されし存在こそが、14代目葛葉ライドウの名をもつ男であった。

 

「葛葉ライドウ…貴様も許す事は出来ない存在だ…!俺の先祖に屈辱を与えた者は…許さない!」

 

屈辱を与えた存在に向ける怒りと憎しみの感情こそが蟲毒の副作用である強い飢餓感。

 

屈辱を晴らし汚名返上を成し遂げたいという欲望こそが今の彼に力を与えてくれるだろう。

 

しかし制御出来ない力は力とは呼べないという事ならキョウジにだって分かっている。

 

何とか欲望を制御しようと車に乗り込み、ダッシュボードに入れてある精神安定剤を服用した。

 

「ふぅ……」

 

精神が落ち着くまではこの場から動けないキョウジは車の窓を開けて煙草を一服する。

 

紫煙を燻らせていたようだが、悪魔の魔力を感じ取ったようだ。

 

「悪魔の魔力だと…?近くにサマナーがいるのか?」

 

彼は助手席に置いてある七星剣の刀箱を背負い、車から下りて水名区の道を進んで行く。

 

この街は神浜テロで殆どを焼き尽くされており大勢の死者を出した瓦礫の街。

 

瓦礫が未だ散乱している街を歩いていくと誰かを見つけたようだ。

 

「この水名は神浜テロの際の主戦場だと聞いている。大勢が亡くなったからこそ悪魔が生まれる」

 

瓦礫の中で立っていたのは葛葉ライドウとお供のゴウト。

 

彼らは倒した悪魔が撒き散らしたMAGが空に向かって昇っていくのを見守っていた。

 

「荒ぶるミサキとなり果てた人間の魂は悪霊となる。鎮魂してやるのもサマナーの務めだ」

 

ライドウが戦った悪魔とは神浜テロの際に犠牲となった人間達が悪霊化した悪魔だったようだ。

 

【アラミサキ】

 

屍体に取り憑き崇る邪霊の事をミサキと呼ぶ。

 

異常な死を迎えた者や、祀られたり喪礼を受けられなかった死者の霊はミサキと化すとされる。

 

浮遊するミサキは生者にも取り憑き祟るとも言われているようだ。

 

また主神の荒ぶる崇りの側面をも象徴するアラミタマでもあった。

 

「魔法少女が戦うべきなのは魔獣。ライドウのようなサマナーが悪魔と戦ってやるべきなのだ」

 

「……それが古来から続いてきた魔法少女とデビルサマナーの役割分担なのか?」

 

「そうだ。うぬが生きた並行世界では魔法少女はいなかったようだがな」

 

「……どんな世界に流れ着こうとも、自分達がやるべき事は変わらないようで安心した」

 

「人修羅討伐の任務もあるが、うぬは人々を守るサマナーでもある。二足の草鞋を履くだろう」

 

「構わない。この街は未だ暗雲に飲まれている…悪霊となった悪魔共は自分が相手をしよう」

 

壊れた家屋の影に隠れていたキョウジはライドウとゴウトの会話のやり取りが聞こえている。

 

彼も葛葉一族のサマナーであるため猫に擬態させられているゴウトの言葉も分かるのだ。

 

物陰から出てきたキョウジの顔は俯いている。

 

近づいて来る男の気配に気が付いたライドウとゴウトは後ろに振り向く。

 

「う…うぬはまさか……葛葉キョウジ!?」

 

葛葉キョウジの存在なら葛葉一族に仕えてきたゴウトだから知っている。

 

しかしライドウはこの時代のキョウジを知る者ではない。

 

顔を俯けたままだが抑え込めない殺気を周囲に撒き散らすキョウジに鋭い眼差しを向けるのみ。

 

「…ゴウト、この時代がかった服装をしている男をライドウだと言ったな?」

 

「葛葉の里から追放されたうぬが…何故この街にいる!?」

 

「質問を質問で返すな。俺が聞きたいのは…この男が葛葉ライドウなのかということだけだ」

 

「……その通りだ。自分の名は14代目を襲名した葛葉ライドウだ」

 

不気味な笑い声が響きだす。

 

肩に背負っていた刀箱を地面に立てかけるように置き、上着の白いスーツのボタンを外していく。

 

ライドウもまた漆黒のハイカラマントの内側の右手を動かし刀の柄に右手を添えた。

 

「大正時代の葛葉ライドウ…貴様が何を目的にして現代に訪れたのかなど…俺にはどうでもいい」

 

顔を上げたキョウジの表情は憤怒を纏い酷く歪んでいる。

 

蟲毒の丸薬の副作用を抑え込めなくなり、屈辱を晴らしたいという欲望に支配されていた。

 

動じない表情を浮かべているライドウも彼の顔を見て思い出す。

 

彼が思い出したのは帝都に赴いた頃に起きた事件の時に出くわしたサマナーの姿だ。

 

「葛葉キョウジの面影を感じる…。あの狂人の名を継いだ者ならば…望みは報復か?」

 

帝都守護着任の数ヶ月後に起きた事件とは、都市伝説界隈では死人驛使と呼ばれる怪異だ。

 

東京駅で死人が歩くという怪異の調査に赴いた時、出会った存在こそが初代葛葉キョウジである。

 

蓬髪で白の着流しをまとい、足には雪駄、背中には七星剣という大刀を背負う姿。

 

全身にまいた曝布には無数の封魔管が差し込まれているという異様な風体の大男。

 

葛葉一族から狂い死ねと名付けられた男は目的のためなら手段を選ばない鬼畜外道な男だった。

 

「貴様に殺されかけた男の血筋の俺だからこそ…その時の屈辱を現代のキョウジが晴らす!!」

 

血走った目を向けたキョウジが左脇腹のホルスターから銃を抜く。

 

コルト・パイソンからマグナム弾が放たれた瞬間、既にライドウは抜刀している。

 

上段の構えから左足を引き、唐竹割りの一撃を繰り出す。

 

刃に接触したマグナム弾は真っ二つに切り裂かれ、ライドウの左右を飛び越えていった。

 

「この程度で死んでくれるなよ…初代キョウジが味わった屈辱を貴様にも味合わせてやろう!!」

 

「やめんかキョウジ!この場は異界ではないのだ!ライドウとうぬが戦えば甚大な被害が出る!」

 

「知ったことか!!初代キョウジの屈辱を晴らせるチャンスを前にして…退けるものかぁ!!」

 

目的のためなら手段を選ばない姿を見ていると初代葛葉キョウジの姿と重なってくる。

 

怒りを宿した目を向けるライドウもまた受けて立つ構えを行う。

 

「救いようのない一族め…。自分が生きた時代から続く禍根、この場で断つ」

 

「やってみろぉーーーーッッ!!!」

 

互いに封魔管を抜き悪魔を召喚。

 

悪魔とサマナー達が戦い合う光景こそ、大正時代からの因縁が現代に蘇った光景そのもの。

 

彼らは戦い合うだろう。

 

死人驛使事件の際に起きたデビルサマナー同士の戦いは時代を超えてまで続く宿命であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「行くぜオラァァァァーーーッッ!!」

 

巨大な両手斧を振り上げて迫るのはキョウジが召喚した牛の頭をもつ地獄の役人。

 

【ゴズキ】

 

地獄の鬼の中で牛頭人身の鬼の事をゴズキと呼び、馬頭人身の鬼の事をメズキと呼ぶ。

 

閻魔大王の部下であり地獄では他の鬼達と同じく罪人に拷問を与える獄卒の役目を担っている。

 

罪人を引っ立てる役目もあり牛を食べた者はゴズキが、馬を食べた者はメズキが現れるという。

 

また地獄の鬼に角が生えているのはゴズキが由来だとする説もあった。

 

「来るがいい!!」

 

迎え撃つ悪魔とはこの街でライドウが仲魔にしたクルースニク。

 

銀のロングソードで巨大な斧の一撃を受け止めたがビクともしない。

 

強大な力をもつサマナーの仲魔となったことで彼のMAG不足問題は解決していたようだ。

 

激しい戦いを繰り返すのはデビルサマナー達も同じである。

 

七星剣を右手に持つキョウジは舞うような連撃を繰り返す。

 

応戦するライドウもまた流れるような剣舞を披露するかのようにして刃を打ち合っていく。

 

「やめぬかキョウジ!!騒ぎが大きくなれば警察や魔法少女共に気が付かれるぞ!!」

 

「うるさい!!誰の指図も受けない…俺は俺の自由を望む気持ちを貫き通すだけだぁ!!」

 

「……ならばその責任を負うがいい」

 

キョウジの右薙ぎを一回転する動きで避け、続く左薙ぎを腰を落として避けながら斬撃を放つ。

 

脚を狙う斬撃に対し片足を上げて避けたキョウジは間合いを離す動きを見せる。

 

互いに次の一手を狙うようにして円を描くような歩みを行う。

 

「貴様の首を跳ね落とし、先祖の墓に持っていく事こそが…俺にとって最高の供養となる」

 

「葛葉キョウジの名に誇りを持っているようだが…自分にとって、あの男は狂人でしかなかった」

 

「死人驛使事件の際に戦ったと先祖が残した記録には記されていた。俺は初代を超えてみせる!」

 

互いが同時に動く。

 

両者が放つ連続斬りを互いに避け、袈裟斬りを受け止めたライドウが回転して逆袈裟斬りを放つ。

 

両手持ちで刃を受け止めたキョウジが剣を押し込む。

 

火花が舞う刃が押し込まれて鍔迫り合う形となる。

 

「フンッ!!」

 

鍔迫り合いを押し込む形でキョウジがライドウに片膝をつかせ、剣を振り上げる。

 

しかし足を狙う反撃に合い飛び跳ねて距離を放す。

 

陰陽葛葉を振り抜く形で舞い、霞の構えを行いながら鋭い目を向けた。

 

互いが踏み込み斬撃を放ちながらも身を翻す回避を行い続ける。

 

最後には互いが刃を首元に向け合う形で静止した。

 

「俺の剣技と張り合うか…。流石は初代キョウジを追い詰めただけのことはある」

 

「見事な剣技だが…信念が宿らない刃になど自分は負けない」

 

「信念ならあるさ…。目的達成を第一とするプロフェッショナルこそが俺の信念だ!!」

 

互いが刃を持ち上げ斬撃の応酬によって激しい火花が飛び散る。

 

踏み込んで斬りかかったキョウジの刃を避けると同時に体勢を回転。

 

「ぐふっ!?」

 

背を向けた形で右肘を背中に打ち込み、続く逆袈裟斬りを放つが月面宙返りで避けられる。

 

着地したキョウジは背中から銃を抜く。

 

剣を地面に突き立て構えるのはモスバーグM500と呼ばれるショットガン。

 

キョウジはポケットからショットシェルを取り出す。

 

散弾や火薬を内臓するケースに描かれていたのは、ウラベが用いた自爆魔弾と同じ五芒星の印。

 

「あれは……!?」

 

ライドウは銃を抜くのを止め封魔管を抜く。

 

彼の脳裏に浮かんだのは初代キョウジとの戦いの記憶。

 

初代キョウジは目的の為なら手段を選ばなかった鬼畜外道のデビルサマナー。

 

曝布に差し込んだ無数の封魔管の使い道とは、爆撃の如き悪魔攻撃を仕掛けるための道具。

 

悪魔達を次々と発射して爆発させるための特攻兵器として周囲に甚大な被害をもたらしたのだ。

 

「キョウジ!!周りが見えぬのか!!それを放てば周囲に甚大な被害が出るぞぉ!!」

 

ゴウトの叫びを聞いても動じない態度を示すキョウジが銃口をライドウに向ける。

 

「同じ事を何度も言わせるな…俺は目的さえ達成出来ればそれでいい男の血筋の者だぁ!!」

 

引き金が引かれ銃弾となる悪魔が放たれる。

 

感情エネルギーが飛翔しながら実体化して悪魔の形となっていく。

 

<<助けてくれぇぇーーーッッ!!!>>

 

発射された鬼の体が輝いていく。

 

自爆のような周囲を大破壊する魔法ではない、一直線に向けて自爆エネルギーを放つ特攻の一撃。

 

迎え撃つライドウは召喚管を振り抜く。

 

「耐えてくれ!ツチグモ!!」

 

ライドウの前方空間に壁となる悪魔が召喚される。

 

目の前から迫る巨大な光のエネルギーに向け、覚悟を決めた顔を見せた。

 

「ぬぉぉぉぉーーーーッッ!!!!」

 

ツチグモに目掛けて自爆エネルギーの奔流が直撃。

 

巨大な脚を地面に突き立て耐え抜く仲魔であったが体に亀裂が入っていく。

 

「サマナーさんよぉぉぉ!!俺がいなくても…勝ち続ける姿を見せてくれぇぇぇッッ!!!」

 

ついに耐え切れなくなったツチグモの体が砕け散る。

 

MAGを空に撒き散らす最後となったが、ライドウと後ろで住まう民家の人々の命を守り抜いた。

 

土煙とMAGが舞う光景を見ながらキョウジは次弾を銃の中に入れる。

 

「…勝負だ!!14代目葛葉ライドウ!!」

 

獲物を仕留め切れていない事なら分かっている。

 

コッキングを引き銃弾を装填して銃口を向けようとした時、ライドウが動く。

 

鈍化した世界。

 

前方の土煙を突き破って現れたのは陰陽葛葉を構えたライドウの姿。

 

右手に持った刀を引き絞りながら突進。

 

放たれた弾丸の如く突き進んできたライドウが仕掛ける一撃とは的殺と呼ばれる刺突攻撃。

 

「ぐはっ!!?」

 

怒りに燃えるライドウの刃がキョウジの胸を貫く。

 

しかしキョウジは怯まず刃を突き立てる相手に目掛けて右肘打ちを放つ。

 

「くっ!?」

 

左側頭部に肘打ちを受けたライドウの体が大きく弾き飛ばされる。

 

受け身をとって着地した彼がキョウジに目を向ける。

 

背中を突き抜ける程の一撃を浴びたキョウジは佇んだまま右手で陰陽葛葉の柄を掴む。

 

「くぅ!!!!」

 

胸に突き刺さった陰陽葛葉を引き抜いた彼の胸が血染めに染まっていく。

 

早く回復させなければ失血死する程の一撃を浴びてもキョウジの目には闘争心が宿っていた。

 

「この程度で終わりだと思うなぁ!!俺の先祖が受けた屈辱の怒りは…この程度では消えん!!」

 

憤怒を浴びせるようにして陰陽葛葉を投げつける。

 

迫りくる刃を避けながら柄を片手で掴み、刃を振り抜く一回転を行ったライドウが刀を構えた。

 

睨み合う両雄に視線を向けるゴズキは舌打ちを見せる。

 

「チッ!旦那に死なれちゃ困るからなぁ…」

 

跳躍斬りを仕掛けてくるクルースニクの一撃を両手斧の柄で弾き、キョウジの元まで跳躍。

 

背後に立ったゴズキは撤退を進言したようだがキョウジは反対する叫びを上げてしまう。

 

「旦那、熱くなり過ぎたら死にますぜ。この街の魔法少女共も近づいている…ここらが潮時だな」

 

「チッ…!忌々しい魔法少女共め…どこまでも俺を苛立たせてくる!!」

 

キョウジは腰元から取り出した道具を地面に投げる。

 

スタングレネードが炸裂して眩い光が周囲を包み込む。

 

右腕で光を遮っていたライドウが目を開けるとキョウジとゴズキの姿は消えていたようだ。

 

「……手痛い被害を被ってしまったな」

 

ゴウトが近寄ってくるがライドウは刀を鞘に仕舞い帽子を目深く被り直したまま無言の態度。

 

マントの中では握り締められている拳が震えていたようだ。

 

「己を責めるな、ライドウ。ここは異界ではない…最初から全開戦闘など出来ないのだ」

 

「そのせいでツチグモを失った責任は自分にある…。己の未熟さが呪わしい…」

 

「仲魔達も覚悟はしているだろう。私とて命を救ってくれたお前のためなら命を懸けよう」

 

クルースニクの気遣いでようやく顔を上げてくれたライドウが頷いてくれる。

 

仲魔を封魔管に仕舞った彼が召喚したモー・ショボーと共に駆け抜けながら跳躍していく。

 

現場に辿り着いた魔法少女達は瓦礫塗れの町で繰り返された戦いを想像する事しか出来ない。

 

「あの後ろ姿って…葛葉ライドウだったかしら?」

 

「彼と誰かが戦ってたのでしょうが…それにしても、これ程の戦いの光景を生みだすなんて…」

 

「そうだね…今の水名区が瓦礫塗れじゃなければ、同じ光景になっていたかもしれないよ…」

 

ライドウとキョウジ、クルースニクとゴズキの戦いによって瓦礫の町はさらに破壊されている。

 

デビルサマナーの力を目の当たりにした竜城明日香と美凪ささらは顔を青くするばかり。

 

パトカーのサイレンまで聞こえてきたため彼女達も現場を後にしたようだ。

 

魔法少女達はデビルサマナーと呼ばれる存在については未だに不安を抱えている。

 

彼らの中にも悪の魔法少女達と同じようなサマナー達がいたとしたら大きな脅威となるだろう。

 

戦う事になったとしたらと考えた時、業魔殿で力を得た彼女達でさえ必ず勝つ自信は無かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ハァ……ハァ……」

 

パトカー巡回が周囲の道を走行していく中、路地裏で隠れているキョウジは座り込んだままだ。

 

刺突の一撃は心臓を僅かに逸れていたが、胸元からは未だ出血が続いており危険な状態である。

 

震える手で回復魔法が使える悪魔を召喚しようとするが封魔管を落としてしまった。

 

「くそっ……」

 

胸元から流れる血と共に全身の力も抜けていく。

 

このまま死ぬのかと考えるのが普通だろうが、彼が無念に思うのは自分の力の未熟さだった。

 

「蟲毒の丸薬に手を出してまで力を求めたというのに……まだ足りないのか?」

 

シドの力は強大でありそれを超える力を求めて禁忌にまで手を出した。

 

しかしその力をもってしても葛葉ライドウを追い込むには足りなかった結果が悔しくて堪らない。

 

現代のキョウジもまた初代キョウジと同じく自分の命にさえ興味を示さず結果だけを求める者。

 

大正時代から続く呪われた血筋の男達の道は周りの犠牲も自分の犠牲も厭わない修羅道そのもの。

 

そんな男達は何処で死のうと気にはしないが、目的を果たせず死ぬ事だけは認める事が出来ない。

 

「…まだ俺は目的を果たせていない。シドを倒す…そして葛葉ライドウも倒す……まだ死ねん」

 

落とした封魔管を拾い立ち上がろうとした時、近寄ってくる者の足音が聞こえてくる。

 

「派手にやられちゃったみたいね?」

 

近寄ってきた女に顔を向けるキョウジは舌打ちを行う。

 

現れたのは彼の部下をやっているレイ・レイホゥであったようだ。

 

「…何をしにきた?」

 

「死にそうな顔してるくせに相変わらずの態度ね。まぁ、そこがアンタらしいんだけど」

 

ナオミに切り裂かれたスーツを捨て、縦のストライプ柄な白スーツを纏う彼女が近寄ってくる。

 

今にも倒れそうな体をしているキョウジの胸元に片手を向け、淡い光を生み出す。

 

アマテラスの回復魔法を用いてキョウジの深手は癒えていったようだ。

 

「フン…礼は言わんぞ。頼んだ覚えは無いからな」

 

封魔管を仕舞ったキョウジは車が停めてある場所に行こうとするが体がグラついていく。

 

「無理しないの。回復魔法で傷を癒しても血が流れ過ぎてるんだから」

 

「俺に構うな……お、おい?」

 

横に視線を向ければ肩を貸すようにしてレイが手を伸ばしてくる。

 

突き飛ばそうと思ったが体に力が入らない。

 

仕方なく彼はレイに肩を貸してもらいながら歩いていく。

 

「こんな場所で潜伏中か…?さっさとこの街から出て行ったらどうなんだ?」

 

「そうしたいんだけどね…ヤタガラスの連中がこの街を包囲するようにして配置されているの」

 

「何かしら狙いがあるのだろうが俺にはどうでもいい。それより、追われる人生になったのか?」

 

「どうやらそのようね…。ヤタガラスで活動した痕跡を消しに行く前に…気が付かれちゃったわ」

 

「フン…これでお前も俺と同じく厄介者だ。ヤタガラスから追われる恐怖に苦しむがいい」

 

「そうね…これはあたしが背負うべき咎。アンタのように追われる人生になっても構わないわ」

 

自分でもどうしてここまで薄情者なキョウジに加担するのかは分かっていない。

 

今の彼女は孤独な一匹狼のような立場に追い込まれている。

 

そんな自分の立場が同じく一匹狼のような生き方を選ぶ葛葉キョウジと同じに思えてしまう。

 

だからこそ自分でも気が付かないうちに安心を求めている。

 

自分とよく似た存在に安心感を求める心理に陥っていたようだ。

 

路地裏から出てきた時、2人は夜空を見上げていく。

 

暫く沈黙していたが、それでも言いたい事があったのかキョウジが口を開いてくれた。

 

「…レイ、お前の価値を俺に示し続けるといい」

 

「えっ…?」

 

「俺は利用価値が無い奴はゴミのように捨てる。しかし、利用価値のある駒は簡単には捨てない」

 

「アンタ……」

 

「それだけだ。借りを作ったとは思わないからな。お前の面倒事はお前自身で解決しろ」

 

レイの腕を払ったキョウジが自分の車の元へと去っていく。

 

後ろ姿を見送るレイはキョトンとしていたが、少しだけ口元が微笑む。

 

「フフッ♪まったく、素直じゃないんだから…」

 

キョウジとは長い付き合いのため、口は悪くても伝えたい言葉の意味ならば分かる。

 

面倒事を解決出来たなら帰ってきてもいいと言ってくれた。

 

今の彼女にとって、それがどれだけ嬉しい言葉なのかキョウジは考えもしないだろう。

 

「フン…何を言ってるんだか。俺らしくも無い…」

 

車に乗り込んだキョウジは神浜市から去っていく。

 

屈辱を上塗りされる結果となったのに不思議と心が落ち着いている自分に戸惑っているようだ。

 

現代の葛葉キョウジは初代葛葉キョウジと同じく冷酷非道な男である。

 

それでも大正時代のキョウジとは違う部分も持っているのかもしれない。

 

違う部分とは彼が独りぼっちではなかったという部分であった。

 




分かり易いツンデレなキョウジさんでした。
やっぱりライドウとキョウジバトルはちゃんと描かないとと思ってたので書いてて楽しかったです。


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215話 鞍馬天狗

ヤタガラスから差し向けられる追手を掻い潜り、静香達一行は西へと逃避行を繰り返す。

 

スマホや財布さえ持ち出せず日本政府からも追われる彼女達は表を歩く事も出来ない。

 

逃亡犯として彼女達はガムシャラに逃げ続けた果てに辿り着いたのは京都であった。

 

「京都に辿り着いたみたいね…。ここには父様が暮らしてきた分家の集落があるの」

 

「静香の亡くなったお父さんが暮らしてた地域なんですか…?」

 

「うん…。小さい頃、父様に連れられて何度か訪れた事があったから…ここが最後の頼みの綱よ」

 

「ヤタガラスの網が張られてなければいいんだけど…心配だよぉ…」

 

「頼むから…何事も起きないでくれよ…。あたしはもう体の痒さが限界なんだよ…」

 

「大分お風呂に入ってませんもんね…。それにお布団で寝られない生活だから背中も痛いし…」

 

「我も大荷物を抱えているであります…。何処かで腰を落ち着けなければ重いままであります…」

 

「夜を待って移動しましょう。父様の集落に訪れたら私が先に行って様子を見てくるわ」

 

「我々妖精は集落の外を監視しましょう。サマナーか悪魔が近づいてきた時には伝えます」

 

「任せるわオベロン、ティターニア。それにシルフとコダマもお願いね」

 

夜を待った一行は周囲に警戒しながら京都の奥地へと向かって行く。

 

京都市を超えた静香達が辿り着いたのは京都府の奥地にある山間集落。

 

かやぶき屋根で作られた民家が並ぶ幻想的なかやぶきの里であった。

 

「ここで待ってて。私が行ってくる」

 

夜のかやぶきの里に向かった静香を見送る一行。

 

しばらくすると静香が走りながら戻ってきたようだ。

 

「みんな大丈夫よ!爺様と婆様が私達を受け入れてくれるから!ヤタガラスの気配もないわ!」

 

静香からの朗報を聞いた魔法少女達の顔に久しぶりの笑顔が戻ってくる。

 

静香の祖父と祖母が暮らす家に招き入れられた魔法少女達。

 

彼女達の姿を見た祖父と祖母は言葉を失う程の驚きを見せる。

 

離れていても悪臭が届くほど体は汚れ、安眠出来ないせいで目元に酷いクマまで浮かんでいる。

 

可愛い孫と友達がホームレス姿をして夜中に現れたなら血の通う人間ならば捨て置ける筈がない。

 

「静香…それに静香についてきてくれた友達も…なんというみすぼらしい姿にされてしまって…」

 

「辛かったでしょう…直ぐにお風呂を沸かすから!着替えと寝床も用意するから安心しなさい!」

 

辛い逃避行を繰り返してきたが、ようやく一息つける安息の場を提供してもらえる。

 

体の汚れを落とし悪臭塗れの服や下着を変え温かい食事にありつけた彼女達は大泣きしてしまう。

 

生きている喜びをようやく実感しながら彼女達は久しぶりの温かい布団で眠りにつけたようだ。

 

静香とちはるとすなおは同じ部屋で眠りについているが、真ん中で眠る静香は悪夢にうなされる。

 

「あぁ……あぁぁぁぁ……」

 

燃え盛る霧峰村の記憶。

 

村人や巫達を虐殺していく米軍の記憶。

 

母親を殺した堕天使悪魔の記憶。

 

何も出来なかった無力な自分の記憶。

 

それらが混ざり合い故郷が崩壊していく悪夢を生み出す。

 

「わ、たしが…私のせいで…みんなが…集落が…私が…弱かったせいで……」

 

みんな死んでしまった悪夢に耐え切れず静香は夜中に飛び起きてしまう。

 

「また…同じ悪夢を見るのね…」

 

心臓がバクバク動く胸に片手を置く彼女の心に悔しい気持ちが噴き上がり続ける。

 

霧峰村から去り逃避行を繰り返す道中でも繰り返し見てしまう悪夢に彼女は苦しめられてきた。

 

無力な自分への怒りによって歯を食いしばっていく。

 

布団から起き上がった彼女は用意してもらえた和風パジャマのまま外へと出て行ったようだ。

 

家の庭にまで来た彼女は魔法少女姿に変身して母親の形見である刀を振り続ける。

 

「私に弱さは許されない…!もう誰も失いたくない…私は…もっと強くならないと!!」

 

彼女の心に暗い影を生んだ感情とは時女の当主としての責任だけではない。

 

霧峰村で生まれ育った者としての復讐心なのだ。

 

怒りの感情を爆発させるようにして自分に磨きをかけようと足掻く静香。

 

そんな彼女を心配そうに見守っていたのは霧峰村崩壊の原因を生み出した広江ちはるであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

朝になり安眠出来た静香達一行は朝食を食べ終え一息つく。

 

天気が晴れていたため、ちかと旭は汚れてしまった自分達の服や下着を洗濯していく。

 

静香達は霧峰村に起きてしまった出来事を祖父と祖母に語っているようだ。

 

「ヤタガラス共め!!長年仕えてきた時女一族をゴミのように捨てるとは……許せん!!」

 

囲炉裏が置かれた居間で事情を説明された祖父は憤怒によって顔を酷く歪めている。

 

祖母は娘や村人達を守ろうとして死んだ息子の妻の最後に悲しみ涙を流してしまう。

 

「霧峰村を滅ぼした時点で我らはヤタガラスに反旗を翻す!!他の分家筋にはワシが説明する!」

 

「爺様…婆様…ごめんなさい…!時女本家の者なのに…私は誰も守れなかった…!!」

 

「いいえ、静香は守ったわ!!貴女に最後までついていく覚悟を示す巫達を守り抜いたのよ!!」

 

「静香…お前だけでも生き残ってくれたのが救いじゃ。時女はまだ滅んでおらん…滅ぼさせん!」

 

時女一族の分家として、本家を支える覚悟を祖父と祖母は示してくれる。

 

小さい頃に亡くしてしまった父親の両親達の優しさに触れた静香の目には涙が溢れたようだ。

 

「実は…霧峰村を滅ぼしたのはヤタガラスだけではないようなんです…」

 

泣いている静香に代わりすなおは米軍と自衛隊が動いた事について何か知らないかと聞いてくる。

 

それを聞かされた静香の祖父は重い表情となり、啓明結社と国家内国家について語ってくれた。

 

「イルミナティとディープステート?それらが私達の里を焼いた連中と関係しているのですか?」

 

「陰謀論だと馬鹿にするつもりはないようじゃな?ワシも周囲には語ってこれなかったのじゃ…」

 

静香の祖父はヤタガラスが戦後生き残れた事に疑問を感じてきた。

 

彼なりに色々調べた結果、GHQの背後にいたユダヤ財閥の存在に気が付いたようであった。

 

「日の本を守る一族として愕然とさせられた…。日の本は主権国家ではなかったのじゃよ…」

 

「この国は米国のロックフェラーと英国とフランスのロスチャイルドに支配されてただなんて…」

 

「そいつらが悪者の親玉なんだね!ヤタガラスはそいつらの仲間だったなんて…許せないよ!!」

 

怒りに震える魔法少女達ではあったが、それでも祖父は重い表情を変えてはくれない。

 

これから先、ヤタガラスに反旗を翻すならばイルミナティとも戦争状態になってしまう。

 

そうなった時、時女一族は今度こそ完膚なきまでに滅ぼされることになると分かっていたからだ。

 

「静香…ワシらは時女本家についていく。お前が死ねというならば…我らは喜んで命を散らそう」

 

「…息子と息子の妻となってくれた人達がいない世界に未練は無い。何処までもついていくわ」

 

「爺様ぁぁぁ……婆様ぁぁぁ……」

 

重い選択をしなければならなくなった静香を落ち着かせるため、彼女達は居間を離れたようだ。

 

洗濯物が干された庭を見渡せる縁側に座り込んだ静香達が旭やちかにも事情を説明してくれる。

 

皆が暗い顔をしたまま俯き、無言となってしまう。

 

敵の力は桁外れであり、日の本の魔法少女達を結集させて戦おうとも勝てる気がしない。

 

これからどうすればいいのか分からなくなってしまっていた時、怒りに震える涼子が語り出す。

 

「……静香の爺さんが語ってくれた話の内容で合点がいったよ」

 

「涼子さん……?」

 

「あたしの母さんはこの国の地下組織と戦って死んだ。それがディープステートだったんだよ…」

 

「国家内国家…日の本の政府を演じながらも中身はユダヤ財閥に飼われた売国者共ですね…」

 

「日の本には不審死が蔓延っている…あたしの母さんはそれを調査してた時に…殉職したんだ…」

 

「じゃあ…涼子ちゃんのお母さんを殺したのは…イルミナティの手下共だったんだね…?」

 

「母さんは日の本に戦争を起こそうとする連中と戦ってたなんて疑ってたけど……納得出来たよ」

 

「霧峰村を焼いたのは米軍であります…。米軍を動かせる程の存在ならば戦争だって…可能です」

 

「神子柴の裏にもユダヤ財閥がいるって言ってたよね…。全部繋がってたんだよ…」

 

「憎い…!!あたしの母さんを殺し…あたしが好きになれた霧峰村を燃やした連中が…憎い!!」

 

怒りと憎悪に燃え上る感情が母親と故郷を滅ぼされた静香と同じになっていく。

 

それでも涼子は修行僧であり、仏教の教えである因果の道理に縛られる者。

 

何よりも怒りに燃え上る静香を仏教の教えで導いてやってくれと静香の母にも頼まれている。

 

そんな自分が静香と同じ復讐鬼になってしまっては釈迦にも静香の母にも顔向けできない。

 

涼子は精神の袋小路に陥り、どうしていいかも分からず悔し涙だけが浮かんでしまう。

 

「悔しい……悔しいよぉ……静香……」

 

隣に座る静香に抱きつき、母親を殺された者同士で苦しみを分かち合う姿を見せる。

 

静香や涼子と同じく家族を殺されたちはるやすなおとて気持ちは同じだろう。

 

これからの身の振り方すら分からない彼女達は未だに絶望を抱え込んだまま生きるしかない。

 

それが追われる者達の人生であったのだから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

夜となり山間集落は静まり返っている。

 

集落の空では妖精達が巡回を続けているようだが、そんな悪魔達に視線を向ける者達がいる。

 

集落を見下ろせる山の木の枝には修験道の三伏姿をした男達が立っていたようだ。

 

「情報通りだな。ヤタガラスとイルミナティを敵に回した魔法少女共はこの村に潜んでいる」

 

「他にも魔力を感じるな…この村にいる分家の魔法少女共か?」

 

「数は少ないし脅威にもならん。問題なのは…あいつらだろうな」

 

「妖精王のオベロンとティターニア…それに小さい妖精も二体いるようだ」

 

「鞍馬天狗様に報告を行おう。必要とあらば、この村も霧峰村と同じく焼き払う必要がある」

 

「我ら鞍馬集の縄張りに飛び込んできた事を後悔させてやろうじゃないか」

 

そう言い残して三伏姿の男達は忍者の如く木々の上を跳躍しながら消え去ってしまう。

 

不穏な気配が漂う中、夜が明けた村では静香達の元に集落の魔法少女達が訪れていたようだ。

 

本家の巫達がどうしてこの集落に逃げ込んできたのかを聞かされた少女達は動揺を隠せない。

 

「そんな……神子柴様の裏にいたというユダヤ財閥が本家の村を焼き払うだなんて…許せない!」

 

「テレビでやってた山火事ニュースは嘘だったのよ!この国の政府やメディアまで国賊だった!」

 

「静香さん…時女の巫集はどうしたらいいんですか?この国を相手に戦うべきなんですか…?」

 

「私達は日の本の民を守るという時女の矜持を貫く者達ですが…あまりにも…その……」

 

不安に怯える分家の巫達に視線を向ける静香の表情も重い。

 

時女の矜持を貫くならば日の本の政府や在日米軍が相手であろうと矜持を貫くべきだろう。

 

しかし理想と現実はあまりにもかけ離れている。

 

戦力不足な分家の巫達をかき集めたところで、逆にテロリストとして滅ぼされるのみなのだ。

 

霧峰村の惨劇で散った巫達の姿が目に焼き付いている静香は時女の矜持を語ることも出来ない。

 

(私は…どうすればいいの?時女の矜持を体現しないといけないのに…この子達を守れない…)

 

「静香さん!私達だって戦えますよ!みんな一度は霧峰村に赴いて戦闘訓練を受けてます!」

 

「裏切り者の神子柴から教わった技術ですが技術は使いようです。私達だって戦力になります!」

 

「貴女達の力を疑っているわけじゃないの…だけど、今はその気持ちだけを心に留めておいて」

 

「静香さん……」

 

「頼りない当主でごめんなさい…。私は霧峰村を守れなかった…貴女達まで失いたくないの…」

 

今日のところは巫達を家に帰す静香であったが、悔しい感情で表情は歪んでいる。

 

縁側に座っていたちはる達が彼女に近寄り静香を元気づけてくれるようだ。

 

「新たな当主として焦る気持ちもあるだろうけど…背負い込み過ぎてはダメよ、静香」

 

「そうだよぉ…今の静香ちゃんは…いつ責任に圧し潰されてもおかしくない状態だと思うよ…」

 

「悔しいわ…すなお、ちゃる…。当主として誰よりも時女の矜持を伝えないといけないのに…」

 

「理想と現実はかけ離れているものです…。現実を見ないでは…みんなが滅んでしまう…」

 

「これが静香ちゃんのお母さんも背負ってきた苦しみなんだね…。人の上に立つって凄く辛い…」

 

「母様の苦しみが私にも分かる…。神子柴に逆らいたいのに…村を守れない苦しみがあった…」

 

これからの時女一族をどうすればいいのかも分からず、静香の精神はがんじがらめとなっていく。

 

そんな時、空を飛行していたティターニアが戻ってきたようだ。

 

「静香、不審な人物達が山にいるのを昨日の夜に見かけたわ」

 

「なんですって!?きっとヤタガラスからの刺客なのよ…この村にまで迫ってくるなんて!」

 

「どうするの?この村で迎え撃つとしても…村人達にも被害が出るのは避けられないわよ」

 

切迫した状況ではあるが、静香は迷いを浮かべてしまう。

 

怒りと憎しみの感情が噴き上がる気持ちと、霧峰村の惨劇が繰り返される恐怖心に板挟みされる。

 

迷い続けたようだが決断した静香がこう告げる。

 

「…この村の人達の迷惑になるわ。荷物をまとめ次第…この村から出ましょう」

 

「それでいいの…?やっとホームレス地獄から抜け出せる喜びを味わえたのに…?」

 

「保護してくれた時は嬉しかったわ…。だけど、そのせいでこの村が焼かれるかもしれない…」

 

「やれやれ…せっかく足場を固められる場所を得たかと思ったのですがね。仕方ありません」

 

オベロン達もやってきた事もあり、みんなを呼んで状況を伝えていく。

 

悔しい表情を浮かべながらも、涼子とちかと旭も村を去ることに同意してくれたようだ。

 

事情を説明された祖父と祖母は本家を支える分家一族として戦う覚悟を示してくれる。

 

しかし今の現状戦力では、日本のディープステートどころかイルミナティ勢力とだって戦えない。

 

「爺様と婆様の気持ちは嬉しい…でも今は堪えて。戦力を整えるまで…何も知らないフリをして」

 

「静香…お前はそれでいいのか?これから先も追われ続けるぞ…絶望しか残らんのじゃ!!」

 

「そうよ!静香のためなら私は死ねる!息子の妻が死んだ以上…貴女は私の子供なのよ!!」

 

「そうじゃ!ワシらは静香の保護者になりたい…静香の人生を支えたいのじゃ!!」

 

新しい保護者として静香の人生を支えてくれる者達の優しさが嬉し過ぎて泣いてしまう。

 

だからこそ、新しい両親の命を守るために離れなければならないのだ。

 

「いつか…グスッ…いつか帰ってきます…。ヒック…うぅ…爺様…婆様……愛してるわ…っ!」

 

抱き締め合って涙を流す光景を見守る魔法少女達も貰い泣きしてしまう。

 

気持ちが高ぶってしまったが彼女達は急いで移動の準備を始めていくのだ。

 

そんな時、静香達は迫りくる悪魔達の魔力に感づいたようだ。

 

「大変よ!東の山から大勢の悪魔達が迫ってきているわ!!」

 

家に飛び込んできたシルフの報告を聞いた静香達が急いで身支度を終えようとしていく。

 

逃避行に必要な品はリュックに詰めて手渡してくれた静香の祖父母達に感謝しながら走り逃げる。

 

「この村に被害を出すわけにはいかないんでしょ?私とオベロンが連中を片付けるわ」

 

「貴女達は出来る限りこの村から離れて下さい。後から追いつきましょう」

 

「オベロン…ティターニア…あなた達の武運を祈るわ!」

 

「心配は無用です。霧峰村の森で暮らしてきた頃と違って、今はMAGに困っていません」

 

「貴女達がMAGを提供してくれる仮のサマナーになってくれたお陰で、本来の力を発揮出来るわ」

 

オベロン達には北の日本海側に向けて逃げると伝えた静香達は山の中を駆け抜けていく。

 

しかし、そんな彼女達を追ってくる者達の魔力反応に気が付いたようだ。

 

「ハハハ!上手く分断出来たな!」

 

「厄介だったのは妖精王共だけだ!残りは大したこともないだろう!」

 

「魔法少女共のソウルジェムは早い者勝ちだ!あぁ…早く喰いたいぜぇ!!」

 

忍者の如く木々を跳躍しながら迫ってくるのは山岳信仰を生業とする三伏姿の男達。

 

登山家としても知られる宗教信者達であっても、彼らは人間の身体能力を遥かに超えている。

 

ならば追手の正体も見当がつくだろう。

 

「ヤタガラスから逃げられると思っているのか!」

 

「こいつらは何なの!?」

 

静香達に追いついた男達が木の上から飛び降りてくる。

 

手には僧兵が用いる薙刀や金砕棒等を持ち、獲物を殺さんと振りかざしてきた。

 

「あの里が時女ゆかりの地だったとはなぁ…危うく国の重要伝統的建造物群を焼くところだった」

 

「我らの襲撃から里を守るために逃げ出したのは我らにとって好都合。ここなら邪魔も入らん」

 

「お前達はヤタガラスからの刺客ね!正体を表しなさい!!」

 

ソウルジェムをかざして静香達は魔法少女姿に変身する。

 

魔法武器を構える少女達に向けて不敵な笑みを浮かべた男達もまた変身を行うのだ。

 

「いいだろう…我らの悪魔変身を見るがいい!!」

 

三伏姿の男達の周囲に風が巻き起こり、風が収まった現場には日本で語られし妖怪の姿があった。

 

【コッパテング】

 

カラステングの一種であり、下位の天狗である山鬼。

 

民間伝承では怪奇現象としても語られ神隠しである天狗さらいは天狗の仕業だと言われていた。

 

また雨や風を操る力もあり、天狗つぶてや天狗倒しとも言われているようだ。

 

しかしコッパテングは神通力をもたない天狗であるため、カラステング程の力はなかったようだ。

 

「人間が……悪魔に変身したですって!?」

 

「この人達もナオミさんのようなサマナーなんだよね…?どうして召喚じゃなくて変身なの!?」

 

驚愕した表情を浮かべる静香達の前でカラス羽を羽ばたかせる者達こそが日本でも有名な妖怪達。

 

天狗衣装から見える肌はカラスの如く黒ずんでおり小柄ながらも一筋縄ではいかない悪魔である。

 

「悪魔召喚の種類にはなぁ…自分の体を依り代にして悪魔を使役する方法もあるんだよぉ」

 

「オレ様達が用いる悪魔召喚方法とは、神降ろしのような一時的な融合じゃねぇ」

 

「肉体そのものを悪魔と融合させる召喚方法こそが、我ら鞍馬集が行う悪魔召喚なのだ!」

 

「鞍馬集ですって…?貴方達もヤタガラスに飼われた暗殺集団なのね!?」

 

「その通り!鞍馬天狗様達が出るまでもねぇ!魔法少女如き…オレ様達で葬ってくれる!!」

 

「ちょっとちょっとぉ!?魔法少女だけじゃないでしょ!可愛い妖精悪魔だっているわよ!」

 

「なんだぁ……?」

 

視線を向ければ、旭の肩の上でプンスコしている妖精達がいたようである。

 

「ああ、妖精王以外にも妖精がいたっけか?豆粒みたいに小さいから気が付かなかったぞ」

 

豆粒と言われたシルフとコダマの顔が真っ赤になり激おこぷんぷん丸と化す。

 

「誰が豆粒ですって!?可愛い妖精に向かって失礼なヤツね!!」

 

「そうだよぉ!オマエらだって悪魔にしては少女のように小柄な体系のくせに!」

 

「テメェ!?気にしていることをズケズケと言いやがって!容赦しねーぞ!!」

 

「シルフ殿、コダマ殿…子供のような喧嘩で済まされる相手ではないであります」

 

「分かってるわよ!悪魔同士の殺し合いなら…殺される覚悟でかかってきなさい!!」

 

「ぬかせぇ!!悪魔も魔法少女共もまとめて相手してやるぜぇ!!」

 

武器を構えた者達が一斉に戦いを始めていく。

 

追われ続ける人生となった静香の中には抑えきれない衝動が駆け巡る。

 

大切な人達を奪われた上で屈辱に苛まれる人生を生きれば許さない者に成り果てる。

 

屈辱に苛まれて正義の人になれば周りに強要しかしない、周りの者達を勝手に裁いていく。

 

魔法少女の虐殺者として生きた時代の人修羅と同じ心理状態に陥っていたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

円陣を組んで死角を補う相手に向かってコッパテング達が仕掛けていく。

 

「風使いの天狗の力を見せてやるぜぇ!!」

 

飛翔しながらカラス羽を羽ばたかせ、コッパテング達の連携した強風攻撃が静香達を襲う。

 

<<キャァァーーーーッッ!!?>>

 

『羽ばたき』の魔法攻撃によって陣形を崩され吹き飛んだ魔法少女達に目掛けて敵が飛来。

 

「陣形は崩れた!後は各個撃破だな!!」

 

「ソウルジェムは早い者勝ちだって言ったからな!オレ様に奪われても文句言うなよ!」

 

「テメェ!?六個のソウルジェムを全部独り占めにしようだなんてさせねーぞ!!」

 

補助魔法のスクカジャを用いて命中率・回避率を上げたコッパテング達が仕掛けてくる。

 

迎え撃つのは風魔法に耐性を持ち、羽ばたき攻撃をしのいだシルフとコダマだ。

 

「コダマ!いくら旭でも二体の悪魔使役には耐えられないわ!交代で戦いましょう!」

 

「う、うん!シルフの魔法とボクの魔法は被ってるからお願いね!」

 

後ろに下がったコダマの代わりにシルフが両手を前に向けながら風を収束させていく。

 

「喰らいなさい!!」

 

シルフが放ったのは風魔法のマハザンだが、相手は同じ風使いの天狗である。

 

風魔法を無効化したコッパテングが薙刀を振り上げてシルフを両断する構えを行う。

 

「天狗を相手に風魔法とはバカなヤツめ!!先ずは豆粒悪魔から仕留めてやる!!」

 

振り上げた刃に切り裂かれるかと思った時、静香が割って入る。

 

彼女が持つ新しい武器とは母の形見となった練気刀であった。

 

「これ以上はやらせないわ!!お前達ヤタガラスを絶対に許さない…皆殺しにしてやる!!」

 

静香の怒りに呼応するかのようにして刀身が燃え上る。

 

デビルサマナーとして生きた静香の母の刀は魔法少女の魔力行使にも耐える程の強度をしていた。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

コッパテングの力を押し切りそのまま袈裟斬りを放つ。

 

「アガァァァァーーーーッッ!!!」

 

斬ると同時に焼く攻撃を受けた悪魔が燃え盛りMAGの光となって滅ぶ。

 

鬼神のような顔つきを浮かべる静香は怒りに飲まれたまま戦い続けていくのだ。

 

怒りと憎しみに支配されたような顔つきを浮かべるのは静香だけではない。

 

「母さんの仇ーーーーッッ!!!」

 

警策を模した魔法武器が燃え上り、涼子の怒りを乗せた一撃がコッパテングを打ち砕く。

 

鬼のような表情を浮かべる涼子は静香と同じく怒りに飲まれた戦いを繰り返していく。

 

「お父さんとお母さんの仇共は全員殺しましょう!!」

 

憎しみに支配されたすなおもまた怒りに飲まれたまま戦う姿を見せる。

 

そんな彼女達の姿を不安そうに見つめるのは、同じく家族を殺された広江ちはる。

 

彼女は復讐心を燃え上らせることはなく、家族を殺された者の中では唯一冷静であったようだ。

 

「ダメだよみんな!!復讐心に支配された戦いなんてしちゃダメ!!」

 

必死に叫ぶちはるであったが、彼女の声さえ聞こえない程にまで激情を撒き散らす魔法少女達。

 

そんな彼女達の姿がちはるの先輩であった嘉嶋尚紀の姿と重なってくる。

 

守れなかった屈辱に苛まれた者は許さない者に成り果てる光景ならちはるも見届けた者。

 

だからこそ叫ばなければならない。

 

虐殺者として生きた頃の人修羅と同じ存在にしないためにも静香達を止めるのだ。

 

必死になって叫ぶちはるの声に最初に気が付いたのは涼子である。

 

「止めるなちはる!!憎い敵を殺すのに何を躊躇う必要があるってんだよ!!」

 

「憎ければ殺すになったら…尚紀先輩と同じになっちゃう!涼子ちゃんは修行僧なんでしょ!?」

 

「そ…それは……」

 

「仏教の教えが涼子ちゃんの道標だった!このままだと…涼子ちゃんは()()()になるんだよ!!」

 

破戒僧とは宗教の戒律を破った聖職者のことである。

 

寺を継ぐために仏教系の大学を目指したいと願った者が激情のまま破戒僧に成り果てるのだ。

 

「あたしは…尚紀と同じになってたのか…?復讐したい気持ちが…正義の人にしてしまう…?」

 

仏教徒である涼子を縛ってきた戒めである()()()()()を思い出していく。

 

日本人は復讐を好む民族であり、だからこそハムラビ法典を愛する気持ちに流される。

 

しかし正義による報復の連鎖によって、宗教戦争と変わらない善悪の戦争が生み出されてしまう。

 

「仏教の根幹は因果の道理…だからこそ…悪い行いをすれば…必ず報いがやってくる…」

 

涼子の脳裏に浮かぶのは、神浜の魔法少女達に報復されて殺されかけた人修羅の姿。

 

人間を守り抜くために戦い抜いた者でさえ、待っていたのは因果の道理である報いの末路。

 

正義の人、許さない人達の中にあるのは守り抜くという建前を用意した()()()()()()()

 

だからこそ人修羅は躊躇いなく虐殺者となり、虐殺の正当化を行い続けて報いを受けたのだ。

 

「あたしは許せない感情に飲まれて…自分を見失ってたのか?尚紀と同じように…?」

 

客観性の無い主観性は成り立たない。

 

それこそが南津涼子が神浜市で得た人生の宝物ともいえるだろう自分を見つめる戒めであった。

 

「ちゃる…だったらどうすればいいの!?私達を今でも殺そうと迫りくる敵がいるというのに!」

 

ちはると涼子のやり取りが聞こえていたすなおが叫ぶ。

 

人間を過ちから救う仏教の教えであろうが、それは理想に過ぎない。

 

理想と現実はあまりにもかけ離れているもの。

 

許す心を説いたところで、目の前から迫りくる敵が改心してくれることなど絶対にないのだ。

 

「身を守る権利までは否定しないよ!それは人間が生まれた頃から持っている…抵抗権利だよ!」

 

「ならば何処までも戦うべきよ!敵がいるから脅かされる…なら敵を全て殲滅するしかないわ!」

 

「それは恐怖心による凶行の正当化だよ!!専守防衛だって…やり過ぎたら戦争と変わらない!」

 

「身を守るだけの戦いしか許されないの!?だったら私達は…座して死を待つだけよ!!」

 

専守防衛には限界がある、敵の脅威を取り除くことが出来ないことだ。

 

人修羅もこれを危惧した末に、人間脅威となる魔法少女を全て管理した上で逆らう者を虐殺した。

 

人間に危害を与える現場だけを取り押さえたところで、待っていたのは何の罪もない少女の死。

 

だからこそ独裁者となった人修羅は望んだのだ。

 

人間は座して死を待たず、平和の脅威を取り除く為の攻勢防御と呼ばれる専守防衛戦争を行った。

 

正義の人、許さない人に成り果てた人修羅は間違っていたのだろうか?

 

「ハハ!仲間割れとは見苦しいねぇ…そんなに禅問答をやりたいならオレ様の腹の中でしな!!」

 

ちはるに目掛けて金砕棒を振り上げてくるコッパテングに向けて飛来物が飛んでくる。

 

「ぐはっ!?」

 

クナイが腕に突き刺さって怯んだ相手に目掛けて跳躍斬りを仕掛けてきたのは静香である。

 

一気に首を跳ね落として着地した彼女の顔には返り血がべっとりついていたようだ。

 

「…ちゃるがどう思おうとも、私は戦う。私はもう…一族の皆を誰も死なせたくない!!」

 

今の静香の気持ちこそ、人間の守護者として虐殺者に成り果てた頃の人修羅の感情。

 

彼女の心にあるのは守りたいという気持ちよりも奪う者達に向けた絶対的な憤怒の憎悪が強い。

 

正義の権化と化してでも敵を虐殺し続ける者となっていくだろう。

 

「うあぁぁぁーーーーッッ!!!」

 

敵を切り裂き、焼き尽くし、業火を背に刀を振るい続ける者の名は()()()()()()と呼べばいい。

 

鬼神の如く戦い続ける静香の姿を目にした者達の表情が変わり、恐怖を浮かべていく。

 

「し…静香さん……」

 

「まるで……悪鬼のような表情であります……」

 

生真面目で優しい人間ほど狂っていくものだ。

 

自分が正義と信じたら命をかけて行うし、他人にも曖昧さを許さない。

 

自分の思想に忠実、よってどんどん過激化する。

 

正しいことをしていると信じ込む。

 

それこそが歴史に名を残す独裁者であり、正義という名の狂った虐殺者の在り方なのだから。

 

「ヒィィィーーッッ!!こ、こんなに強い娘だなんて…聞いてねーぞぉぉぉーッッ!!!」

 

最後の一体となったコッパテングが腰を抜かす中、虐殺者が近寄ってくる。

 

刀の刃には敵の血が滴り落ち、さらに血を吸わせようとするその姿は悪鬼そのものだろう。

 

憤怒によって顔が歪んだ静香が刀を振り上げる。

 

「虐殺者となった嘉嶋さんの心がようやく分かった…。憤怒こそが…あの人の戦う力だった!!」

 

静香の姿が魔法少女の虐殺者として生きた頃の人修羅の姿と重なってしまう。

 

かつての彼が振るい続けたようにして慈悲無き刃が振り下ろされそうになった時だった。

 

「もうやめてくれぇ!!!」

 

割って入るようにして静香に抱きつき凶行を止めたのは涼子である。

 

その姿は人修羅を止めようとしたタルトの姿と重なって見えてくるかもしれない。

 

「邪魔しないで!!貴女だって繰り返したくない筈よ…敵を殺さなければ大切な人が死ぬのよ!」

 

暴れる静香の体を抑え込み、涼子は静香の母から託された願いを果たすために語り出す。

 

「怨みに怨みをもってせばついにもって休息を得べからず…忍を行ずれば怨みをやむことを得ん」

 

涼子が語った言葉とは()()()()である。

 

報復は報復によって終わらず忍耐によって報復は終わる、これが真実であるという意味だ。

 

「この世は因果に縛られている…静香がこいつらを殺さなくても()()()()()()()()()()()()()()

 

「涼子……」

 

「あたし達は身を守る以上の暴力を行使する必要はない…。それ以上を望むのは…欲望なんだよ」

 

「私の……欲望……?」

 

「屈辱を晴らしたいという欲望こそが…かつての尚紀の心であり…今の静香の心なんだよ…」

 

「私も…かつての嘉嶋さんと同じになるの…?」

 

「このまま凶剣を振るい続ければそうなる…。その末路は…静香だって忘れられないだろ…?」

 

涼子の言葉が心に響いたのか、静香は刀を下ろしていく。

 

「もう凶剣を振るうんじゃない…これは静香の母さんの形見なんだろ?母さんが可哀相だ…」

 

「わ……私……わたしぃぃぃ……っ!!!」

 

溢れ出る涙が抑えられなくなり、静香は涼子に抱きついたまま泣いていく。

 

そんな静香の心に寄り添うようにして抱き締めてくれる涼子の姿はまるで菩薩のようであった。

 

「ハハ…ハハハ…何だか知らねーが…とんだ腰抜け女共だぜ……」

 

腰が抜けたまま逃げ出そうとした時、空から飛来してくる何かがコッパテングを貫く。

 

「がふっ!!?こ…この武器は…まさか…ッッ!!!」

 

鋼の六角棒に上半身を貫かれたまま夜空に顔を向ける。

 

月に照らされた者達が翼を羽ばたかせながら下りてくる姿を見て、悲鳴の如き叫びを上げるのだ。

 

「も……申し訳ありません……鞍馬天狗様ーーーッッ!!!」

 

中央を羽ばたく天狗の両側で羽ばたく者達も次々と武器を地上に投げつける。

 

錫杖の形をした武器に貫かれていったコッパテングの体が弾けMAGの光をばら撒く最後となった。

 

「見事なものだな、赤い小娘。報復の感情を乗り越えるとは…まるで浄土宗開祖の法然のようだ」

 

着地した天狗達が手を向ければ、神通力によって浮き上がった武器が戻ってくる。

 

手に武器を携えた天狗達が鋭い眼差しを静香達に向けてくるのだ。

 

「鞍馬天狗…?お前が鞍馬集を構成する天狗悪魔共の長なのね…?」

 

「如何にも。我が名は鞍馬天狗…鞍馬山の僧正坊であり毘沙門天の夜の化身である」

 

静香達の前に現れた悪魔こそ、葛葉ライドウが使役するヨシツネの師匠でもある大天狗。

 

日本八大天狗にも数えられる恐ろしい天狗であり、日本の妖怪の中でもトップクラスの力をもつ。

 

逃亡犯達はついに恐ろしい狩人達に追いつかれ、命を脅かされることとなるのであった。

 




仏教の因果の道理こそ、まどマギの根底にあるテーマの一つですよねぇ。
選択した人間はその選択という原因によって滅びの結果がついてくる物語の流れが原作まどマギで御座いました。


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216話 国津神

現れた悪魔の強大な魔力を前にした静香達は戦慄していく。

 

黒の天狗衣装を纏い雑面布で顔を隠す天狗達ならまだしも、白の天狗衣装の天狗は次元が違う。

 

身長は190cmはある大きな白い天狗こそが鞍馬集の長である鞍馬天狗であった。

 

「ふむ…気分屋な十代の子供に過ぎないと考えていたが、中々に世界の真理をついてくるのぉ」

 

「な…何が言いたいのよ?褒められても絶対に許さないわよ!」

 

「仏の教えをもってしても憤怒を克服出来んか?まぁ、それが人という愚者らしい反応じゃ」

 

「当たり前よ!!霧峰村を滅ぼされた上で敵を許せだなんて…絶対に認めない!!」

 

「敵を憎むがいい、恐れるがいい。その怒りと恐怖心によって()()()()は回ってきたのじゃ」

 

「戦争経済ですって…?」

 

「戦争こそ最高の経済活動。共通の敵を作り恐れさせ、戦争する事で金儲けと人口削減が出来る」

 

「金儲けと人口削減…?爺様が言ってたわ…それがイルミナティの二大政策だと…」

 

「啓明結社を構成する資本家はこの政策を実行する為に右翼と左翼、両方の団体を支援するのだ」

 

戦争とは何か?

 

それは国同士のイデオロギー対立なのか?地政学に基づいた利権の争奪戦なのか?

 

もっと根本的な戦争をやりたい旨味がある、それは()()()()なのだ。

 

「国家間同士の戦争が何ゆえに起こるのか…子供のお前達は分かるか?」

 

「そ…そんなの…色々な理由があるんでしょ?国の脅威と戦うのは愛国心よ!」

 

「その愛国心という右翼思想こそが戦争の引き金なのじゃ。戦争とは…()()()()()()なのじゃ」

 

右翼政党の代表的な歴史の例でいえばナチス政党である。

 

ナチスの最高幹部でありヒトラーの後継者であったヘルマン・ゲーリングはこんな言葉を残す。

 

もちろん、普通の人間は戦争を望まない。

 

しかし、国民を戦争に参加させるのは常に簡単なことだ、とても単純だ。

 

国民には常に攻撃されつつあると言い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

国を危険に晒している者達だと主張する以外には何もする必要がない。

 

この方法はどんな国でも有効だ。

 

「そこの岡っ引き娘が復讐心で戦うなと叫んだ時…お主達は怒りの感情をその娘に向けた筈じゃ」

 

「そ…それは……」

 

「平和主義者を自分を脅威に晒す者だと憎み、敵を討つのを邪魔する()()()()だと怒った筈じゃ」

 

「言い訳…出来ないです……」

 

「戦前の日の本の光景じゃよ。戦争反対と叫ぶ者は国賊・売国者として弾圧の限りを尽くされた」

 

「あたし達はちはるに向けて…そんな時代の過ちの感情を向けていたのかよ……」

 

「国を戦争に導くデマゴーグ政治家の手口とは人間の怒り、恐怖、無知、偏見を利用するのじゃ」

 

自分達が戦前の愚かな日本人達と同じ心理となって広江ちはるに怒りを向けた事を恥じていく。

 

もし時女静香や土岐すなおが叫んだ理屈を国家の戦争に当て嵌めていたら何が起こったのか?

 

日本にミサイルを撃ち込む北朝鮮を倒せ、日本の脅威となる中国やロシアも滅ぼして制圧しろ。

 

専守防衛の域を超え、際限ない世界大戦にまで導かれているだろう。

 

もう誰も失いたくないと叫んだ静香の気持ちによって、それを遥かに超える国民の命が消える。

 

勝者となるのは戦争ビジネスでぼろ儲けする国際金融資本家とネオコン軍産複合体だけなのだ。

 

「民衆を扇動する事によって戦争経済は生み出される。その為の準備こそが()()()()なのじゃよ」

 

「国の貧困が…戦争のための準備ですって…?」

 

「霧峰村を焼いた米軍で例えよう。お主達は兵士達が本当に愛国心だけで戦場に行くと思うか?」

 

「そんなの知るわけないわよ!私達の村を焼いた連中が何を背負っていたとしても許さない!!」

 

「フフ…それは結構。兵士達が軍隊に入隊する本当の理由とはな…経済的な理由があるのじゃよ」

 

徴兵制の基盤となるのは貧困と格差拡大。

 

米国で徴兵制が維持されている根底には借金や学資ローン、ワーキングプアや不法移民等がある。

 

米国政府が格差政策を無視し、莫大な軍事費という税金を民間の軍需産業に流し込み続けてきた。

 

軍需産業と株主、国防省、政治家、大学やシンクタンクだけが肥え太り、軍産複合体を生み出す。

 

そのしわ寄せは貧民達にのしかかり、貧困と格差に苦しみ戦争に行かされ命さえも国に奪われる。

 

「お主達が怒りに任せて殺した米国兵とて犠牲者だ。()()()()()()()()()…よく殺せたな?」

 

それを言われた時、静香達の顔が青ざめていき体まで震えてしまう。

 

村を燃やす憎い害虫を処分する感覚で静香達は米国兵を殺害していったのかもしれない。

 

それこそが人修羅も繰り返した相手を知る努力を行わないという思考停止なのだ。

 

原因を探らず結果だけを見て、魔法少女や米国兵を敵だと叫びたい偏見と差別感情に流される。

 

これこそが結果論の恐ろしさであり、無知は罪なりの光景でもあった。

 

「米国兵は鬼畜外道の野蛮人、娯楽の悪役のように殺してしまえ。そう考えながら殺戮したか?」

 

「う…うぅ……」

 

「ヘイトというものを操れば簡単に戦争ビジネスが出来る。ヘイトこそが戦争コマーシャルだ」

 

「私達は…神浜の東で暮らしているみたまさんのような貧民を…殺戮してただけなんですか…?」

 

「我も憎しみを晴らしたい気持ちで米国兵を撃ち殺した…。ゲーム感覚で…人を殺せた……」

 

「これじゃ…あたし達は異教徒を弾圧することが正義だと戦争を繰り返した十字軍と同じだ…」

 

「敵を排除して満足したいと娯楽感覚で民衆は戦いを求める…戦前とて同じ光景が生まれていた」

 

黒い天狗衣装を纏う者達が動こうとするが鞍馬天狗が静止させてくる。

 

前に出てくる鞍馬天狗は自身の武器である鋼の六角棒を振り、不気味な笑みを浮かべてきた。

 

「知恵が回る者がいたとしても所詮人は()()()()()()()()()()()()()()()()。それを証明しよう」

 

突然の突風が吹き荒れ、鞍馬天狗の体を覆いながら迫ってくる。

 

強大な魔力が解放されたため、桁外れの敵が相手なのだと静香達は肌で感じ取った。

 

「私達は負けない…負けられない!ここで負ければ全て終わりよ…絶対に倒してみせる!!」

 

「敵を憎め、恐れろ。賢者の理屈など忘れて己の感情に身を委ねるがいい!暴力を正当化しろ!」

 

鋼の六角棒を振り回して構えた鞍馬天狗に目掛けて静香達は果敢にも攻め込んでいく。

 

人間社会を古くから見てきた天狗達だからこそ知っている。

 

人間は見たいものしか見ないし、信じない。

 

感情でしか物事を判断出来ない偏見生物なのだと。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「「ハァァーーーッッ!!」」

 

静香と涼子が振るう燃え上った刀と警策を相手に鞍馬天狗は舞うような戦いを披露する。

 

2人の斬撃を打ち付けて払う六角棒の重さは桁外れであり、まともに受ければ体が挽肉となろう。

 

静香が放つ低空斬撃を片足を後ろに引きながら避け、横薙ぎを放つが静香は後ろに飛んで避ける。

 

反撃の斬撃を六角棒で叩き落とし、柄で静香の顔を強打して弾き飛ばす。

 

「ぐぅ!!?」

 

頬骨が砕ける程の一撃を浴びた静香を弾き飛ばし、鞍馬天狗は六角棒を首に沿わせて回転させる。

 

回転の勢いのまま低空の横薙ぎを放ち、背後から迫っていた涼子とちかの両足を刈り取った。

 

「「アァァーーーッッ!!?」」

 

両足が骨折してしまった相手になど目もくれず次の獲物に視線を向ける。

 

「むぅ?」

 

六角棒に巻き付いて拘束を仕掛けてきたのは広江ちはるの魔法武器である十手のワイヤー攻撃だ。

 

「今だよ!すなおちゃん!旭ちゃん!」

 

動きが止まった相手に向け、遠距離攻撃を主体とするすなおと旭が攻撃を仕掛ける。

 

「ワシが武だけしか持たない天狗だと考えているのか?愚かな!」

 

ちはる達の周囲に巨大な竜巻が生み出され、堪えようとするが体が強風で持ち上げられていく。

 

<<キャァァーーーーッッ!!!>>

 

鞍馬天狗の風魔法の力は『衝撃高揚』スキルによって威力が倍増している。

 

山の木々すら巻き上げてしまう程の竜巻によって、ちはる達の体が空高く巻き上げられてしまう。

 

上空から落下してくる3人の元まで駆けていくのは回復魔法で頬の深手を治した静香だった。

 

「私の体に掴まりなさい!!」

 

跳躍した静香が落ちてくる木々の上に飛び乗りながら跳躍していき、ちはる達は彼女に抱きつく。

 

地面に叩きつけられる前に静香の体にしがみついた者達が静香に支えてもらいながら着地する。

 

しかし竜巻を受けた彼女達の体は巻き上げられた木々に打ち付けられておりボロボロであった。

 

「シルフ!コダマ!この子達を回復してあげて!私が時間を稼ぐ!!」

 

「で、でも静香だけじゃ……」

 

「そうだよ!あの天狗の力は桁外れだよ!僕達の風魔法なんかじゃどうにもならないぐらいだ!」

 

「それでも戦う!この子達を死なせるわけにはいかない…時女の当主として絶対に見捨てない!」

 

「意気込みは良し、しかしそれだけではワシを倒す事は出来んぞ」

 

ちはる達を守るために腰の鞘から刀を抜刀して構える。

 

視線を敵の後ろ側で倒れている涼子達に向けるが、傷は深く未だに回復が追い付いていない。

 

「風を使う私の魔法では天狗を相手に通用しませんが…それでも接近戦ぐらいなら出来ます!」

 

「あたし達の両足が回復するまで持ちこたえてくれ…静香!!」

 

鞍馬天狗は連続した刺突を用いて静香に攻め込んでくる。

 

刀で弾き続けるが頭部を狙う横薙ぎを放たれ、彼女は腰を落として打撃を避ける。

 

しかし打撃の勢いのまま六角棒を回転させ二連撃目が放たれ、刀で打撃を受け止めてしまう。

 

「アァァァァッッ!!!」

 

打撃の重さに耐え切れず彼女は体ごと弾き飛ばされ木に激突したようだ。

 

六角棒を左右に回転させながら石突を地面に立て、不敵な笑みを浮かべながらこう告げてくる。

 

「気が変わったぞ。この小娘共が逃げ込んだかやぶきの里は焼き払う必要があるな」

 

「な、なんですって!?」

 

驚愕した表情を浮かべながら立ち上がろうとするが、背骨にダメージを負った静香の動きは重い。

 

「この小娘共は我々の秘密を里の者達に語っている危険性が大きい。全員始末する必要がある」

 

「そんな証拠どこにも無いでしょ!?どうして前提にして決めつけてくるのよ!!」

 

「我々秘密結社は秘密を重視する。外部に秘密が漏れる可能性は全て消し去らねばならんのだ」

 

静香達の脳裏に焼き尽くされていく霧峰村の惨劇の光景が再び浮かんでくる。

 

心には恐怖心が溢れ出し、大切な人々を傷つける危険性が大きい敵に向けた怒りが溢れ出す。

 

「お主達もここで殺す。里の者達も後から追わせてやろう…お主らはもう用済みじゃからな」

 

「用済み…ですって…?」

 

「ヤタガラスの任務内容を思い出せ。お主達は人修羅をヤタガラスに迎えるために神浜に行った」

 

「あの任務内容には何の狙いがあったというのよ…?本当に嘉嶋さんの勧誘だけだったの…?」

 

「勧誘だけなら他の者でも事足りる。お主らを向かわせた理由とはな…人修羅の心を掴むためだ」

 

それを言われた時、静香達は驚きの声を上げてしまう。

 

「私達が…尚紀先輩の心を掴む?どういう意味なの…?」

 

「お主らのような同世代の少女ならば頑なな男の心も掴めると計算した。色仕掛けだったのじゃ」

 

「わ…私達を…そんな破廉恥な目的のために神浜に向かわせてただなんて…」

 

「最低のクズ共め!!ヤタガラスに腹を立てたあたしの最初の気持ちは間違ってなかった!!」

 

「そんな真似をさせて彼の心が傾くと思うんですか!あの人は他人を疑うことを熟知してます!」

 

「色仕掛けとてたらしこむ必要は無い。あの男にお主達は大切な者だと思わせるだけで良かった」

 

静香達を大切に思えば思う程、人修羅として生きる尚紀は静香達を見捨てることが出来なくなる。

 

全ては計算されている接触であったのだ。

 

「そうなれば…お主らは人修羅を懐柔させるための()()()()()()()()が生まれたのだ」

 

目的の為なら手段を選ばないヤタガラスが考案したゲスい手口を聞かされた者達の表情が変わる。

 

歯を食いしばり、抑え込めない怒りによって我を忘れてしまう。

 

「この卑怯者め…私達を騙して利用する為だけに神浜に行かせただなんて…絶対に許さない!!」

 

「最低だよ…こんな悪者…私は見た事が無い!!こんな奴らなら…殺した方がマシだよぉ!!」

 

「そうです!!この者共を殺しましょう…そしてヤタガラスとイルミナティも殺しましょう!!」

 

「何が仏の教えだ…母さんの仇が腐れ外道共なら…殺す方が世のため人のためってもんだ!!」

 

「許さない…私達を騙して人質にしようとするなんて…許せない!他人は悪意の塊共です!!」

 

「静香殿達を利用し…我の故郷を焼いた責任は必ず与えてやるであります!!」

 

怒りに我を忘れ、先程語った自分を見つめる戒めの心さえ忘れてしまう。

 

それ程までの耐え難い屈辱を与えられ、大切な人を再び滅ぼす可能性を示す脅威を放置出来ない。

 

正義の人、許さない人と化した魔法少女達が再び攻め込んでくる。

 

怒れる者達に向けて武器を構える鞍馬天狗は盛大な高笑いを始めていくのだ。

 

「カッカッカッ!!見たか…これが人間だ!知恵が回ろうとも所詮は感情しか見ない猿共だ!!」

 

人間を操るのに洗脳魔法など必要無い。

 

どれだけ知恵を語られようとも自分の感情や狭い経験しか見てくれない生き物だからだ。

 

怒りや恐れ、不快な感情、それらを与える者に意識を向けさせれば()()()()()()()()()()()()

 

そうやって己の在り様を棚上げした者こそが正義の人となり、戦前の日本人と同じとなる。

 

人間の意識は見たいものにしか向けられないし、正しい知恵とて感情が邪魔して信じられない。

 

意識操作という()()()()で簡単にマインドを誘導させることが出来てしまう偏見生物だった。

 

「あぁ!!」

 

「グアァァーーーッッ!!」

 

「キャァァーーーーッッ!!」

 

圧倒的な武力と魔法の力によってねじ伏せられ、倒れ込んでいく魔法少女達。

 

鞍馬天狗一体だけでこの有様なら背後に控えている者達まで加われば勝てる見込みもないだろう。

 

絶体絶命の状況に追い込まれてしまった静香達。

 

「待ってて!みんなを回復させるから!!」

 

「そうはいかんぞ、羽根虫」

 

「えっ?キャァァーーーーッッ!!?」

 

全体回復魔法を用いようとしたシルフを左手で掴み、握り込んだまま力を強めていく。

 

「ぐっ…アァァァァッッ!!!」

 

握り潰されようとしていくシルフを見て、震え上がっていたコダマは覚悟を決めた。

 

「シルフはやらせないし…旭達もやらせない!!」

 

力が弱いコダマであろうとも、全生命力をかけて大ダメージを敵に与える魔法なら持っている。

 

コダマの体が光り輝いていく光景を見たシルフが苦しみながらも叫ぶ。

 

「や…やめてコダマ!!その魔法を使ったら……アンタが死んじゃう!!」

 

「そんな!?やめるでありますコダマ殿!!シルフ殿は我が助け……ぐぅ!!」

 

脇腹を抑え込み、破裂した臓器の痛みによって苦悶の表情を旭は浮かべてしまう。

 

そんな旭にコダマは振り返り、友達となってくれた魔法少女に覚悟を語ってくれるのだ。

 

「友達を守れないまま生きていても…辛いだけだよ。最後ぐらい…かっこつけさせてよね!!」

 

「やめて…やめてであります……コダマ殿ーーーッッ!!!」

 

悪魔のために涙を流してくれる少女を見て、命をかけるに値するとコダマは最後に感じてくれる。

 

光に包まれたコダマが放つ魔法とは、自爆エネルギーを一直線に放つ特攻であった。

 

光の奔流が迫る中、六角棒を振りかざした鞍馬天狗の前方空間に無数の光球が生み出されていく。

 

「無駄に命を散らすか?愚かなことよのぉ…」

 

無数の光球が繋がり合うように光り、特攻の奔流を受け止める光の爆発現象を起こす。

 

<<キャァァァァーーーッッ!!?>>

 

『明星光』の一撃とコダマの特攻の奔流がぶつかり合い、山が大きく砕け散る。

 

光の爆発の衝撃に飲まれた静香達の体は大きく吹き飛ばされていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「くっ……うぅ……」

 

砕け散った山から吹き飛ばされた静香は近くを流れていた川の中に落ちたようだ。

 

なんとか岸まで泳いだ静香であったが全身がボロボロであり、爆発ダメージを浴びていたようだ。

 

「コダマを守れなかった……私は……また失ってしまった……」

 

己の無力に怒りを爆発させるようにして拳を川原に叩きつけていく。

 

右手が血塗れになろうとも叩きつけ、怒りの業火で心が焼き尽くされていく。

 

「弱さは許されないのに…私は弱い!!力が欲しい…強大な悪魔に対抗出来る力が欲しい!!」

 

叩く拳が止まった時、赤く染まった地面に涙の雫が落ちていく。

 

コダマを失った悲しみと己の無力感に耐えられない悔し涙であった。

 

「足掻くだけ無駄なのじゃ、小娘」

 

夜空を見上げれば翼を羽ばたかせながら天狗達が下りてくる。

 

黒の天狗衣装の男達が片手で担いでいたのは静香の仲間達であった。

 

着地した黒天狗達がちはる達を静香の前に放り捨ててくる。

 

最後に地面に着地した鞍馬天狗は無傷であり、左手には未だにシルフが握られていたようだ。

 

「お主達を人質に出来るかは不確定要素だったが…もう必要ない。香港で手に入れた秘宝がある」

 

「貴様…よくも仲間達を傷つけたわね!!殺してやる…殺してやるーーーッッ!!」

 

「カッカッカッ!!もっと怒れ、恐れろ!考えることをやめて不快な存在を滅ぼしたいと叫べ!」

 

「もう私は迷わない!たとえ嘉嶋さんと同じ末路になっても…貴様らだけは皆殺しにする!!」

 

「実に愉快じゃのぉ…戦争ビジネスをしてきた金融資本家の連中も笑いが止まらんかったろう!」

 

軍産複合体を儲けさせるために民衆から戦争需要を生み出す存在こそがメディアの役目である。

 

敵の脅威を拡大して民衆を恐れさせ、敵国にヘイトが向くように誘導する報道を繰り返してきた。

 

日米安全保障条約の生みの親である米国国務長官だったジョン・フォスターダレスは言葉を残す。

 

――マスコミはCIAの好きな音楽ばっかりをかけてくれる()()()()()()()()()()()だ。

 

シド・デイビスがアリナに語った言葉通り、国際金融資本家というエリートはある意味演奏隊。

 

行進曲のような報道を繰り返させ、民衆は怒りと恐れ、無知と偏見に支配されながら行進する。

 

果てにあるのは人の生き血を吸うハゲワシを儲けさせるための欺瞞に満ちた戦争経済だけだった。

 

「静香…あたし達に構わず…こいつを倒せ…。国に戦争を起こそうとする連中を…倒せ…」

 

涼子は戦争経済を実行する傀儡政権のディープステートと戦って死んだ母親の無念を静香に託す。

 

静香に顔を向ける魔法少女達も頷き、敵を倒してくれと無念の気持ちを託すのだ。

 

立ち上がった静香が母の形見である練気刀を天に向けて構える。

 

鞍馬天狗もまた鋼の六角棒を天に向けて構える動作を行う。

 

曇天が夜空を覆っていく中、曇天に浮かぶ四葉桜紋を取り囲むようにして雷が迸る。

 

「全力の一撃を見せてみろ!天空を司る一撃を放てるのはお主だけではないと知るだろう!!」

 

「霧峰村で散った人々よ…私に力を!!そして悪鬼浄滅の光を…ここに!!」

 

天狗達の頭上にロックオンの如き時女の家紋が浮かび、マギア魔法が行使される。

 

巫流・祈祷通天ノ光が空から降り注ぐが、同時に雷の光も落ちてくる。

 

鞍馬天狗が放った『破魔の雷光』が次々と静香のマギア魔法にぶつかっていき対消滅していく。

 

「そ…そんな……」

 

ありったけの魔力を込めた一撃は同じ魔法属性である破魔の光によって掻き消されてしまった。

 

「ほう…お主も破魔の光を操る者であったか。ワシの破魔の光と並ぶ一撃とは…見事なものよ」

 

両膝が崩れ落ちてしまう静香を見た魔法少女達も無念を吐き出すようにして川原を叩く。

 

もはやなす術がなくなった魔法少女達に向けて冷酷な天狗の長が邪悪な笑みを浮かべてくる。

 

「諦めもまた肝心じゃな。さて、お主らを円環に導かせるわけにはいかん…覚悟するのだな」

 

鞍馬天狗が後ろに顔を向け、カラスのような黒い天狗衣装の男達が頷く。

 

「やれ、カラステング共。静香と呼ばれた魔法少女以外のソウルジェムは褒美として与えよう」

 

それを聞いたカラステング達は黒の雑面布の奥に隠れた口元で愉悦を楽しむような笑みを見せた。

 

【カラステング】

 

大天狗の部下とされる天狗達であり、小天狗とも呼ばれる者達。

 

カラステングの鼻は長くなく、金色に光る目に翼が生えている等インドのガルーダと似ている。

 

山の神、または超自然的な力を得た三伏と結びついた事で修験者の身なりをするようになった。

 

羽団扇を振るい、様々な妖術を使う天狗像を形成する存在となったようだ。

 

「さて、鞍馬天狗様のお許しが出たぞ。あぁ…何年ぶりのソウルジェムだ…生唾が止まらねぇ!」

 

「天狗さらいをしてハッスルしたい気持ちもあるが…色気よりも食い気だよなぁ!!」

 

「さぁ、絶望しろ魔法少女共!!古来より魔法少女は絶望こそがお似合いなのだからなぁ!!」

 

錫杖の形をした武器を振り上げ、倒れ込んだ魔法少女達にトドメを行う姿を見せる。

 

「やめて…お願いだからもうやめて……イヤァァァァーーーッッ!!!」

 

絶望の感情によって泣き叫ぶ静香の姿を楽しむ者達だからこそ気がついてはいない。

 

曇天の空から落ちてくる大きな光輪が地上に向けて迫ってきていたのだ。

 

<<ヒャッハーーッッ!!ヘブライに飼われたカラス共を引き潰してやるぜぇぇぇ!!!>>

 

カラステング達が夜空を見上げた時にはもう遅い。

 

<<グワァァーーーッッ!!?>>

 

突然空から飛来してきた光輪によって五体のカラステング達が引き潰されMAGの光と化す。

 

「あ奴らは……まさか!?」

 

「貴様の相手は私だ」

 

「ぬぅ!!?」

 

上から巨大な魔力を感じた鞍馬天狗は左手に掴んだシルフを投げ捨て六角棒を両手持ちで構える。

 

頭上から迫ってきていたのは古墳時代の衣と袴を纏い、短甲の鎧を身に付けた巨躯の男。

 

両手持ちで振り上げる剣は生大刀(いくたち)と呼ばれる古墳時代の直剣を思わせる武器である。

 

「くっ!!」

 

『乱入剣』の一撃を鋼の六角棒で受け止めるが、両手に痺れが走る程の重い一撃となる。

 

地面も激しく砕け散り、飛び散った岩に当たるまいと静香は身を伏せて避けたようだ。

 

刃を滑らせて持ち手を跳ね飛ばされる前に剣を弾き、翼を羽ばたかせて後ろに後退した。

 

「バカな……国津神の主宰神である御主が何ゆえこの場に現れる!?」

 

鞍馬天狗よりも身長が大きい二メートルにも達する巨躯の男が武器を向けてくる。

 

「同胞の願いである。霧峰村を焼かれた魔法少女達を保護してやってくれと言われたのだ」

 

「フン…因幡の素兎と同じく保護しようというのか。相も変わらず甘い男よ…」

 

強敵の襲来に焦りを浮かべていた時、陽動部隊からの念話が届く。

 

「妖精王共を抑え込むのもこれ以上は無理そうじゃな……」

 

鞍馬天狗が左手に出現させたのはホラ貝の笛。

 

口に咥えて息を吹き込めば大気を振動させる程の大きな音が鳴り響く。

 

撤退の合図を聞いたカラステング部隊が翼を羽ばたかせながら去っていったようだ。

 

「逃がしましたか……」

 

「深追いは禁物よ。急いで静香達と合流しましょう」

 

鞍馬天狗も翼を羽ばたかせながら飛び上がり、地上を見下ろしながらこう告げる。

 

「この借りはいずれ返させてもらうぞ…オオクニヌシよ」

 

「いつでも来るがいい。異国のヘブライ共である天津神族の好きにはさせん」

 

飛翔して去っていった姿を見送り、大きな生大刀を背中に背負う形で仕舞い込む。

 

「貴方は誰なの…?悪魔なの……?」

 

ちはる達に回復魔法をかけている静香は恐れの表情を浮かべながらも語り掛けてくる。

 

長い黒髪を左右に分け、耳のところで8字形に結び留めた巨躯の男は黙したままの態度。

 

代わりに答えてくれたのは左右の腕を水平に上げながら夜空から下りてくる者達であった。

 

「気安い言葉をかけてんじゃねーぞ、小娘。この方をどなたと心得てんだぁ?」

 

「…この御方こそ、国津神の主宰神で在らせられるオオクニヌシノカミである」

 

オオクニヌシの左右に下りてくるようにして長髪の男達が天から下りてきて着地する。

 

彼らこそが天津神族と戦争した果てに国譲りを行う事となった国津神達であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【オオクニヌシ】

 

出雲大社で祀られる国津神の主神であり、シヴァ神の化身である大黒天とも同一視される存在。

 

因幡の素兎を哀れに思い助けたことで国の統治者となる予言を与えられたようだ。

 

そのためスサノオの荒々しい血を受け継ぐ兄神である八十神(ヤソガミ)達から命を狙われた。

 

彼はスサノオがいる黄泉の国に逃げ込み、そこで正妻となる者を連れて地上に帰還する。

 

兄神達を討ち倒した彼はオオクニヌシと名乗り、スクナヒコナと協力して国造りを行った。

 

「たくっ!なんでオレ達まで出雲から京都くんだりまで赴くことになるかねぇ…」

 

「オオクニヌシ様の警護である。それに弟よ、ヘブライ共を倒せると最初は意気込んでいたぞ」

 

「ヘブライをぶっ倒すのは楽しかったけどよぉ、ここまでの道中の長さには疲れたよ…兄者」

 

道を先導するオオクニヌシの後方に控えるようにして歩くのは先ほどの兄弟神である。

 

兄は銀髪であり、弟は青髪をした長い髪から片目を覗かせ、頭頂部からは螺旋の一本角を生やす。

 

黒衣と白衣を纏う兄弟神こそ、東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)に記されし神であった。

 

【アビヒコ・ナガスネヒコ】

 

日本神話では弟のナガスネヒコと共に大和地方を支配していた長である。

 

神武天皇が東征により河内に上陸した時、激しく戦ったとされているようだ。

 

神武天皇軍を二度に渡り退けたが、アマテラスらの加勢を受けた軍勢に敗北したという。

 

その時に死んだとも東北に逃れて津軽王朝を築いたとも言われている神であった。

 

「私達…これからどうなるの…?」

 

「分からないわ…行く当てもない私達は…彼らの保護に頼るしか道は無い…」

 

オオクニヌシ達から少し離れてついて来ているのは傷を癒した静香達と妖精王夫婦である。

 

カラステング部隊を退け、かやぶきの里を守ってくれた妖精王達に聞かされたのは辛い現実。

 

鞍馬天狗から静香達を守る為にコダマが命を落とす最後となった事を聞かされたようだ。

 

それを聞いたティターニアは何も言わず旭を抱きしめ、友達を失った悲しみを慈しんでくれた。

 

「シルフ殿…申し訳ありません…。我らが不甲斐ないばかりに…コダマ殿を…」

 

「…言わないで。あの子があんなにもカッコよかったの…見た事ない。彼の勇姿を讃えてあげて」

 

「…そうですか。我はコダマ殿を忘れません…いつかコダマ殿と共に登山をしてみたかった…」

 

「…きっと喜んでたと思うわ。あの子は山の精霊ですもの…一緒にやまびこ大会をしたと思う…」

 

旭の肩に座るシルフは顔を俯けたままそれ以上は口を開いてくれなくなる。

 

妖精郷で知り合い、長い年月を友として過ごせた友人を失った気持ちは旭達よりも重いのだ。

 

何処に連れていかれるのかも分からない静香達は不安な表情を拭えないまま夜道を歩いていく。

 

目の前の者達が何者であるのか分からない上に実力もある者達であり怖気づいているようだ。

 

魔法少女達が言いたい言葉を代わりに言う為に実力者である妖精王夫婦が羽を広げて飛んでいく。

 

オオクニヌシの前に降り立った妖精王達に鋭い視線を向けながら立ち止まる姿を見せた。

 

「…ボルテクス界で出会った時以来かしら?貴方はあの世界のことを覚えていて?」

 

「無論だ。あの世界で生きた私には守るべきものなどなかったが…この世界の私は違うのだ」

 

「それは…国津神としての使命を果たすことでしょうか?」

 

「その通り。我らはこの国をヘブライ一族から取り戻したい…そのために潜伏し続けてきた」

 

「静香達をどうするつもりなの?もしかして…ヘブライの天津神族と戦わせる目的なの?」

 

「それを選ぶかは彼女達次第。ヘブライ組織であるヤタガラスから追われる者達は…何を望む?」

 

それ以上は何も言わなくなり、妖精王達の間を割るようにして国津神達は進んで行く。

 

静香もやってきて何を話したのかを問うが、敵意は無さそうだと聞かされホッとした顔を見せた。

 

国津神と静香達は北上を続けていき夜が明ける前には日本海側に出てこれたようだ。

 

そこで待っていたのは巨大な海亀のような悪魔と、両腕が無い老人姿の男であった。

 

「ホッホッホッ、無事だったようじゃな。霧峰村で生き残れた強運を信じておったぞ」

 

「貴方は…誰なんですか?」

 

「この姿は擬態姿じゃよ。ワシの悪魔姿は…その…乙女達には刺激が強過ぎるでな」

 

「ど…どんな悪魔姿をしてるの…?」

 

「遠目で見えておらんかったか?ライドウが使役した悪魔の中にご立派な悪魔がいたじゃろう?」

 

ライドウが使役したならばライドウの仲魔であり、霧峰村を救うために戦った味方だと判断する。

 

言われた通りライドウが召喚した悪魔達を思い出した時、静香達の顔が赤面していく。

 

擬態姿をしているが、彼の正体はライドウが使役した悪魔の一体であるミシャグジさまであった。

 

「遠目でしか見えなかったんだけどさぁ…あの白い悪魔姿って…やっぱり…アレだったのかよ?」

 

「え…えと…その…あの時は助けて頂いて有難うございます。その…ご立派な姿でした…」

 

モジモジした態度を見せる乙女達を見て、やはり刺激が強かったのだろうと項垂れてしまう。

 

「許せ…ワシは蛇神であるから男性器崇拝の体をしておる。今は擬態姿をしておるから安心せい」

 

「お爺ちゃんは擬態姿なのに…どうして両腕が無いの…?」

 

「コラ、ちゃる!障害を持つ人のお気持ちを配慮してあげなさい!」

 

「だって…気になったんだもん…」

 

「よいよい、ワシは気にしておらんよ」

 

気にしていないと言うが、古傷が疼いたのか苦虫を嚙み潰したような顔つきを浮かべてしまう。

 

「これはな…天津神族最強の剣士から受けた古傷であり…長年にわたる屈辱の痕なのじゃ…」

 

「天津神族最強の剣士…?」

 

「奴と再戦出来る時が来るのを待ち続けてきた…。この世界でなら…叶うやもしれん」

 

話を終えたミシャグジさまが後ろに振り向き、海亀のような悪魔に視線を向ける。

 

見ればオオクニヌシ達は海亀の背に飛び乗っており、国津神達の移動手段にしているようだ。

 

「この悪魔もライドウと縁が深い悪魔なのじゃ。紹介しよう…大タラスクじゃ」

 

【大タラスク】

 

南フランスのタラスコンに住んでいたとされるドラゴンの一種。

 

聖書の巨獣レヴィアタンとロバの間に生まれた系譜だともされるようだ。

 

ライオンに似た頭部、鋭い棘の生えた亀のような甲羅、六本の足、長い尾を持つと言われている。

 

聖女マルタは十字架と聖水でタラスクを弱らせた後、水の中から引きずり出して撲殺したという。

 

「ミシャグジさまも乗らんかい!ヤタガラスに気が付かれないうちに出発するぞ!」

 

「分かっておるわい」

 

両腕がなくても身体能力は凄まじく、忍者のような跳躍力を示して甲羅の上に飛び移る。

 

巨大な亀悪魔を前にした静香達が続こうとするのだが、タラスクは何か気になる様子。

 

「むぅ?そこの薄青い髪色をしたお嬢ちゃん!お主に聞きたいことがあるんじゃが…」

 

「えっ?わ…私に…ですか…?」

 

周りの視線がすなおに集まってしまい、アタフタと慌てた態度で受け答えを行う姿を見せる。

 

「ワシの直感が叫んでおる!お主の前世を当ててやろう……ズバリ!ワシと同じ亀じゃな!?」

 

突拍子もないことを言われた静香達の目が丸くなり、恥ずかしくてすなおの顔まで赤面する。

 

「な、なんで私の前世が亀になっちゃうんですかーっ!!?」

 

「なんかお主からは亀の匂いがするというか…同族の匂いがするというか…気のせいかのぉ?」

 

「私は亀じゃありません!それにお風呂だって入ったし服や下着も洗濯したから臭いません!!」

 

(まぁ…すなおちゃんは亀衣装を着たことだけならあるんだけどね)

 

(すなおの前世は亀…だとしたら…私の前世は虎なの!?)

 

気を取り直して静香達も跳躍して大タラスクの甲羅に飛び乗る。

 

海に戻りながら大タラスクは日本海を渡りながら西の方角へと向かって行く。

 

「オオクニヌシ、私達を何処に連れて行こうというのかしら?」

 

「出雲だ。彼の地こそが国津神ゆかりの地であり、我らが潜伏してきた地でもある」

 

「…オベロン、私達は国津神とどう接していくべきなのかしら?」

 

「国津神達の縄張りなら天津神の組織であるヤタガラスとて迂闊には近寄れません」

 

「足場を固める地としては最適というわけね…。厄介なことにならないといいけど…」

 

日が昇っていく海景色を見ながらも、座り込んだ広江ちはるの顔には不安が滲んでいく。

 

「私達…これでいいのかな…?」

 

怒りの感情も喉元過ぎれば熱さを忘れる。

 

残ったのは怒りを爆発させてヤタガラスやイルミナティ勢力と戦争する事を肯定した自分の姿。

 

人修羅の過ちを見た者でさえ、感情に飲まれれば信じられなくなり怒りと恐れを優先する。

 

そんな自分のバイアス心理が恐ろしくなり、静香達にも顔を向ける。

 

(静香ちゃん達にはもう…私の声は届かないかもしれない…)

 

怒りと無念の感情を背負い、これからの戦いに進む覚悟を決めた戦士達の顔をした静香達。

 

そんな彼女達に再び同じ事を叫んだところで、再び裏切り者のように扱われるかもしれない。

 

人間の感情を躍らせる存在こそが、ネオコンメディアとその支配者である国際金融資本家である。

 

こんなにも恐ろしい感情に流された戦前の日本人達に向けて戦争反対は通用しなかったのだろう。

 

これから先も人類は人間の感情を支配する国際金融資本家をぼろ儲けさせるために死にに行く。

 

人間は見たいものしか見ないし、信じない。

 

偏り切ったものにしか意識を向けることが出来ない偏見生物なのであった。

 




すなおちゃんの前世が亀悪魔なタラスクなら、静香ちゃんの前世は燃える虎悪魔なドゥンですかね?(メガテン脳)


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217話 監視国家

観鳥令はジャーナリストの卵であり、政治や社会問題を取り扱う観鳥報の記事を生み出す者。

 

だからこそ神浜テロという人災を嘆き、なぜ大規模テロを起こせたのかの原因を追究してきた。

 

「西の魔法少女達はテロを起こした魔法少女達の裏に悪魔がいると考えたけど…どうなんだろ?」

 

悪魔である人修羅を悪者にするために考えたものではあるが、あながち間違いでもない。

 

令はあのテロの時に固有魔法の確実撮影を用いて様々な事件現場の撮影を行っている。

 

その中には魔法少女の敵である魔獣とは違う、悪魔らしき存在が写っていたのだ。

 

「今となっては悪魔が実在していると分かったことだし…あの事件の裏にも悪魔がいたのかも…」

 

令は撮影した写真の中で写せた悪魔らしき存在の情報を魔法少女達に聞いてきた。

 

夜空を飛び去る無数の蝙蝠の写真の正体は、ももこ達が戦ったクドラクだと分かったようだ。

 

ならば吸血鬼悪魔を使役するサマナーがいたと考えるのが自然だろう。

 

しかしクドラク以外の情報は何も得られなかったため、捜査は行き詰っていた。

 

「こうなったら背に腹は代えられない。ネットを使って情報提供を呼び掛けてみるか」

 

令はSNSを用いた情報提供を呼び掛けるために撮影した写真データを投稿する。

 

しかし、この軽はずみな行動が思いもよらぬ最悪の事態へと発展していくことになるのだ。

 

東北にある航空自衛隊基地に場所は移る。

 

基地施設内には白くて大きいゴルフボール型の巨大レーダー施設が並んでいるようだ。

 

周囲には監視カメラが幾重も張り巡らされ、何の施設なのかを示す標識さえない。

 

このようなレーダー施設は海外の諜報機関施設にも存在していた。

 

「おい、このネット投稿の写真画像は…不味いぞ……」

 

「直ぐ上に連絡したほうがいいな…」

 

この白くて巨大な球体状の機械こそ、世界を監視する大規模通信監視システムと呼ばれている。

 

これは()()()()()と呼ばれており、元々はソ連や同盟国の通信傍受の目的で開発されたシステム。

 

現在では世界中を監視する目的で使われており、ファイブ・アイズ加盟国により運営されていた。

 

米国政府とNSA(国家安全保障局)は長い間エシュロンの存在については否定してきている。

 

しかしその存在を内部告発した者こそ、元NSA請負業者のエドワード・スノーデンであった。

 

その後、令がネット投稿した写真画像はすぐさま削除されることになる。

 

「なんで投稿が消されるんだよ!?情報提供を呼び掛けただけなのに!!」

 

続けて投稿しても削除され、利用していたサイトからアク禁まで受ける始末。

 

それでも彼女は諦めず、違うサイトで写真画像投稿を行わず文章だけで目撃情報を聞いていく。

 

そんな彼女に向けて返ってきた返信とは、揶揄と嘲笑に塗れた酷い内容であった。

 

「神浜テロに悪魔が関わってるとかバカじゃねーの?中二病患者は精神病院に入院してろよ」

 

「こいつも陰謀論者じゃねーの?デマ情報なんぞに踊らされて捜査ごっことか呆れるよなー」

 

「陰謀論をネットに撒き散らすカルト共はさっさと刑務所に行けよ。こいつらこそ反日共だぜ」

 

心無い返信で溢れかえっている光景を見た令は憤慨して反論となる長文投稿を続けていく。

 

帰ってくる返信は全て一文煽りであり、質問趣旨を無視して彼女の人格攻撃をする内容ばかり。

 

「くそっ…ネット弁慶共め!!面と向かってバカにする根性すらない連中のくせに!!」

 

彼女を追跡するかの如く次々と投稿内容を荒し続ける者達こそが、ネット世論工作部隊。

 

日本だけでなく、世界中にネット世論工作部隊が存在していると言われている。

 

有名なネット世論工作部隊で挙げられるのは()()()()()()()()であろう。

 

トロールファーム(情報工作組織)によるSNS扇動が欧米では起きてきた。

 

外国勢力介入が疑われる2016年の米大統領選の後でさえSNS企業は対策を打ち出せなかった。

 

日本でも情報戦は重視されており、野党政権に転落してから返り咲いた与党政党は導入していた。

 

「ダメだ…どのサイトで聞き込み投稿をしても埒が明かない…。なんて悪質な空間なんだ…」

 

荒し共を相手するために長文投稿を続けてきた彼女は精神的にも疲れ果てている。

 

ネットでの情報収集を諦めた令は街での聞き込み捜査に切り替えたようだ。

 

しかしそんな令に向け、街中に配置されている監視カメラは常に彼女の姿を映している。

 

「なんか…変な気分。誰かに見られているような…そんなことないのに…おかしいな…?」

 

機械が相手では魔力探知など何の役にも立たず、令は監視されている事にさえ気がつけない。

 

AIを用いた顔認証システムが導入されているスマートシティの恐ろしさに対して民衆は無関心だ。

 

顔認証システムはハイテク独裁国家中国を代表するように人権侵害に利用される危険性が大きい。

 

無断で収集される顔データによって、何処に逃げようともマスクで顔を覆っても見つけだされる。

 

デジタル技術こそ独裁国家が理想とした完全管理社会実現のための大きな力となるだろう。

 

監視国家に狙われれば、街頭モニターで即座に顔を公開され犯罪者情報まで暴露される日がくる。

 

そうなれば全ての魔法少女達は時女静香と同じく社会から追われるだけの人生となるだろう。

 

AI監視カメラだけでなく、位置情報を常に発信するスマホ所持とて同じ結果をもたらすのだ。

 

「見つけたぞ、あの小娘がシドが所有する悪魔を捜査しようとしてる奴だな?」

 

アメリカンなバイクに乗りながら令に視線を向ける人物こそ、追手であるダークサマナー。

 

現れた男とは坂東宮攻略戦にも参加したことがあるキャロルJであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

静香達が神浜生活において利用してきた水徳寺は現在、葛葉ライドウの住処となっている。

 

彼はここで生活を行いながらも、人修羅に関する捜査情報を纏めてきたようだ。

 

「……どう思う、ライドウ?」

 

自室には用意してもらったホワイトボードがあり、ボードを使って集めた情報を纏めている。

 

情報を纏めて捜査方針を考えてきたようだが、探偵の表情は重い。

 

「あの悪魔が魔法少女の虐殺者として生きた事は事実だ。しかし…現在の人修羅は沈黙している」

 

「人修羅は二つの街において虐殺行為をしたという証言なら得ている。何があの男を変えた?」

 

「まだ掴めていないが今の人修羅の目的は何だ?自分が見る限りでは今の人修羅は無害に見える」

 

「その部分については再び聞き込み捜査を行うしかないだろう。すまんがライドウ、頼むぞ」

 

装備は最低限に留めたままライドウは水徳寺から街へと向かって行く。

 

参京区を歩いているのだが、不意に立ち止まったライドウが街の景色に視線を向けたようだ。

 

「…未来の日本か。栄えているようだが…人々は幸福を感じているようには見えないな」

 

「法が変わった事により日本は労働者を薪木にする国と成り果てた。皆が未来に希望を持てない」

 

「だからこそ魔法少女の脅威である魔獣の増加は止まらないし…悪魔も跋扈する事になる…」

 

「古来より政治と魔なる者達は繋がってきた。国が腐敗すればするほど魔物共の天国となるのだ」

 

「自分はサマナーとして政治に関わるつもりは無いが…それでも政治と悪魔は無関係ではない…」

 

「だからこその役割分担だ。悪魔共はサマナーが追い、政治の腐敗は記者が追及していくべきだ」

 

「記者か……」

 

ライドウの脳裏に浮かぶのは、大正時代の帝都に生きる朝倉タヱの存在。

 

帝都に赴いた頃から幾度か事件現場で遭遇しており、記者として取材活動をしてきたようだ。

 

「何を思い出しているのかは分かるぞ…ライドウ。タヱのことであろう?」

 

「タヱさんは元気にしているだろうか…?」

 

「タヱは元気が売りの記者だったな。オカルト記者だと馬鹿にされても挫けない強さがあった」

 

「悪魔の存在など誰も信じない…そのせいで人々から揶揄と嘲笑しか与えられない人だった…」

 

「それでも真実を伝えようとしたのだが…人々は何も知ろうとしない癖に嘲笑いだけは好む」

 

「日本人の悪癖だな…全体ばかりが優先されればおかしい事をおかしいと言う自由すら消える…」

 

「秩序ばかりが優先された弊害だな。全体主義化した社会にあるのは()()()()()()()()()だけだ」

 

「牧師に飼われたまま何も考えずに生きていき…何も考えないまま食肉加工されていく…」

 

「それこそが独裁国家やブラック企業社会そのものだ。政治の裏を知ろうともせず消費される」

 

「誰かいないのか…?タヱさんのように周囲から嘲笑われようとも足掻く心を持った者は…」

 

「そんな者が21世紀の世にいてくれたのなら…きっとタヱの心も救われているだろうな」

 

道を歩いていくライドウは学ランのポケットから一枚の広告用紙を取り出す。

 

開けてみると広告に書かれていたのは牧野郁美が働くメイド喫茶の案内であった。

 

「人修羅の聞き込みを行うなら魔法少女だろう。この前貰った広告の店に行ってみるか」

 

「この時代の文字は左書きか…読み辛いがメイド喫茶と書かれている。メイド喫茶とは何だ?」

 

「まぁ…大正時代で例えるなら、カフェーみたいなものだな」

 

大正時代のカフェーとは喫茶店と違い、女給のサービスを主体として売り出す店であった。

 

その光景はある意味メイド喫茶でありキャバクラともいえるものだろう。

 

学帽を深く被り直したライドウを見上げるゴウトは猫なりにニタついている。

 

「フフ、これも社会見学というものだ。ライドウとてまだ高校生…人生は楽しむべきなのだ」

 

「…鳴海さんや並行世界で見かけた葛葉雷堂のような口ぶりだな」

 

電気街に向かって行くライドウ達ではあるが先に電気街のメイド喫茶に訪れている者がいる。

 

彼らよりも先に訪れていた存在とは、タヱの意思を継ぐジャーナリストである令であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

工匠区の電気街は東地域であり、大東区で暮らす観鳥令にとっても馴染み深い地域である。

 

ここで働く牧野郁美は親身に接してくれる者であり魔法少女にとっては優しいお姉さんであった。

 

「そっか…最近の令ちゃんは辛そうな顔をしてると思ったけど、そんな理由があったんだね」

 

「うん…ネットで情報を集めようにも検閲が酷いし…誹謗中傷の荒し共まで湧いてくるんだ…」

 

「令ちゃんを虐める誹謗中傷なんて許せない!なんで国はネットの誹謗中傷を規制しないの!?」

 

「牧野チャン、それは大きな弊害を生むからやめた方がいい」

 

「大きな弊害…?」

 

「言論の自由、表現の自由はね…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ」

 

「だ、だけど…いくら言論の自由や表現の自由があっても…誹謗中傷なんて許されないよ…」

 

「誹謗中傷や差別の定義は21世紀でも作られてない。定義がないなら…()()()()()()で十分だ」

 

「そしたら…どうなっちゃうの…?」

 

「独裁国家の独裁行為を批判する人を見つけては…誹謗中傷罪にして政治犯収容所にぶち込める」

 

「そ、そんな……ことって……」

 

「表現に良し悪しを作るべきじゃない。作った時点で独裁国家がそれを最大限利用出来てしまう」

 

「ネット社会の誹謗中傷をする自由も…国の独裁と戦うためには必要となるんだね…」

 

「観鳥さんは善悪に関係なく自由な報道をする事を信じる者。善悪を作れば排除しか生まれない」

 

「それが神浜テロの時に魔法少女社会に向けての独裁を仕掛けてきた嘉嶋君の姿だったんだね…」

 

「尚紀さんを批判する自由が無ければ…彼の独裁行為に歯止めをかける方法なんて無かったんだ」

 

「政治って本当に難しいね…くみはよく分からないかな。みんなが優しくなればいいのに…」

 

()()()()()()()()()。民主主義国家はね、個人一人一人の倫理観の上でしか成り立たないんだ」

 

重い顔をしたまま俯き、これから先の日本の未来を考えれば考えるほど恐ろしくなっていく。

 

そんな令に向けてまだ神浜テロの真相追及を行うのかと聞くのだが、彼女は諦める気配がない。

 

「観鳥さんはどんな圧力を加えられても諦めない。粘り強い取材力こそがジャーナリスト魂さ」

 

「令ちゃんは本当に強いよね…無頼漢みたい。くみなんて周りの目が怖いから何も言えないよ…」

 

「牧野チャンはアイドルになる夢があるもんね…。炎上するアイドルは必要とされないし…」

 

「頼りないくみでごめんね…。だけど、悩み事ぐらいなら聞いてあげられるから」

 

「ありがとう、それを期待して今日は訪れたんだよ。悩みを話せた分…少しだけ軽くなった」

 

立ち上がった令はレジで精算を済ませてもらい店から出て行く。

 

そんな彼女を見送った郁美は不安そうな表情を浮かべながら令の今の気持ちを察してくれる。

 

「くみに会いに来るってことは…相当追い詰められてるってことだよね?大丈夫なのかな…」

 

令の事が心配で堪らなかった時、他の客が来店する音が響く。

 

「あ、いらっしゃいませーご主人様♪」

 

「う…うむ……よろしく頼む」

 

緊張した顔つきで店に入って来たのは、竹刀袋を背負ったライドウであったようだ。

 

「くみが席に案内するよ♪あれ?ご主人様ってもしかして……嘉嶋君を追いかけてた子!?」

 

「その件について聞き込みがしたいのだが…この店は猫を連れてきても大丈夫だろうか?」

 

郁美が足元を見れば黒猫のゴウトが鳴き声を上げながら媚びを売るように頭を擦り付けている。

 

そんなゴウトに向けて白い目を送るライドウの姿に気が付き、顔を背ける態度をしてきたようだ。

 

ライドウと入れ替わるようにメイド喫茶から去っていく令だが、道端にはバンが停められている。

 

バンの中には盗聴機材が詰め込まれており、メイド喫茶での会話内容は筒抜けだったようだ。

 

内部の者がガラケーを取り出して何処かに連絡を入れる。

 

南凪区のベイエリアでバイクを停めていた男のガラケーが鳴り出し、通話に応じる姿を見せた。

 

「そのまま追跡を続けろ。あの小娘がスマホを使ったなら…挨拶代わりをくれてやれ」

 

そう言ってガラケーを仕舞う男とはキャロルJであり、バイクを発進させていく。

 

彼が向かう場所とは令が帰り道を急ぐ大東区であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

大東区は神浜テロによって破防法に基づき公安監視対象地域となっている。

 

AI監視カメラだけでなく空には防犯カメラ搭載の監視ドローンまで飛んでいる程の地域となった。

 

そんな街中を歩く令は暗い表情を崩せず、後ろに振り向く。

 

街灯付近にあったAI監視カメラは常に彼女を映すかのようにして振り向いたままの状態であった。

 

「…全ては安全のため。そんな大義名分を用意出来れば…簡単に国民の自由を消すことが出来る」

 

傍聴法が改正され、加速する日本の監視社会。

 

通信会社の立ち合いが義務付けられていた警察の盗聴捜査でさえ制約が廃止されている。

 

国民の通話、メール、ネット投稿が監視され放題となり国民は自由を失っていく。

 

「日本は中国のような監視社会と変わらなくなる。自由は直ぐには消えない…()()()()()()()()

 

監視社会になって困るのは犯罪者だけだろ?と民衆は考えているだろう。

 

普通の人は監視されたところで困らないと思っているのだろうが、本質はそこではない。

 

監視社会とは、おかしな事をおかしいと思うのにそれを言えない社会になっている状態のことだ。

 

管理者達に逆らえなくなり、独裁国家の理想社会である情報統制社会が完成するのである。

 

「救いようがないのは…テロは二度と起こすべきじゃないと東の人々が監視を受け入れたことだ」

 

――()()()()()()()()()()()()

 

――自分が多数派にまわったと知ったら、それは必ず行いを改める時だ。

 

アメリカの著作家であり小説家のマーク・トウェインはそんな警句を残している。

 

組織論にも通じる警句であり、全員が賛成する事業や方針は危ういという考え方なのだ。

 

異論や少数意見にこそ耳を傾けるべきであり、多数派は謙虚さが求められるとの戒めであった。

 

「民主主義は最悪の政治を避けるための仕組みであり、独裁は最高の政治をするための仕組みさ」

 

人々は独裁状態こそが最高に秩序が保たれた不安の無い豊かな社会状態だと勘違いをする。

 

その最高に秩序が保たれた状態が独裁者のためだけにしか機能していない事すら考えてくれない。

 

社会を混沌とさせてでも守るべき自由(CHAOS)を望まない限り国は独裁状態(LAW)となる。

 

果てにあるのは独裁国家であり国民の人権と自由は全体利益という大儀の元に潰されていくのみ。

 

「自由(CHAOS)とは、()()()()()()()()()()()()。悪者にされても観鳥さんはそう信じるよ」

 

AI監視カメラが怖くなり、令は路地裏の中へと入っていく。

 

追跡されているような恐怖に怯える彼女はスマホを取り出して誰かに連絡を入れる。

 

そんな彼女の頭上には監視ドローンが一機飛んでいるのだが、突然急降下を始めていく。

 

「えっ!!?」

 

令が反応するよりも早く急降下突撃してきたドローンが地上に激突。

 

間一髪で横っ飛びした令であるが、激突したドローンはドローン爆弾の如く爆発してしまう。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーッッ!!!」

 

爆発を浴びた令は爆弾の炎に焼かれ、破片まで浴びてしまい全身傷だらけとなって倒れ込む。

 

それと同時に周囲が異界化していき、高笑い声が響いてくるのだ。

 

<<ハーッハハハ!!どうだい?()()()()()()()()()を味わった感想は?>>

 

各国の大統領や首相がスマホを使わず位置情報を特定されないガラケーを使うのには理由がある。

 

それは監視ドローンシステムであるエピックシェルター攻撃を恐れているためなのだ。

 

テロ容疑者が使うスマホから居場所を特定し、ドローン兵器で爆撃する追跡システムである。

 

これによりスマホを所持しているだけで空から追跡爆弾が飛来してくる危険が大きかった。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

令の背中は焼け爛れており、刺さった破片は臓器にまで達している。

 

苦悶の表情を浮かべながらも立ち上がろうとするが、頭部を勢いよく踏みつけられてしまう。

 

「頑張るねぇ?戦車を破壊出来る量の爆薬が搭載されてたってのによぉ?」

 

「お前は…誰なんだ…?どうして……観鳥さんを……襲うんだッッ!?」

 

誰かを問われた男の機嫌がよくなり、後頭部を踏みつけていた足をどけてくれる。

 

踵を返して歩きながらも取り出したヘアブラシでオールバックヘアーをキメていく。

 

赤いギターを肩に下げた男が振り向き、スウィープピッキング演奏を行う姿を見せてくる。

 

ギターの音は小型のスピーカーから鳴り響き、派手な音をかき鳴らしながらこう叫ぶのだ。

 

「俺様の名はキャロルJ!!ロックンローラーであり、イルミナティのダークサマナーなのさ!」

 

「イルミナティだって……!?」

 

血反吐を吐きながらも立ち上がるが流れ落ちる出血が酷く、片膝をついてしまう。

 

激痛で顔を歪めながらも八雲みたまから聞いた話を思い出していく。

 

「イルミナティ…まさか本当に実在していたなんてね…。世の中…知らないことだらけだよ…」

 

「知らないまま終わっていればこんな目に合わずに済んだってのによぉ…身の程知らずな女だぜ」

 

「あいにく…観鳥さんはジャーナリストを目指す者。人々から馬鹿にされても真実を追う者さ!」

 

気力を振り絞り立ち上がった令が左手にソウルジェムを生み出して魔法少女に変身する。

 

だが魔法少女といえどもこれ程までの深手を負ってしまっては命の危険な状態なのだ。

 

「回復魔法を使う暇なんぞ与えてやらねーからなぁ。さぁ…俺様の悪魔と踊るがいい!!」

 

ギターテクニックを披露しながら爆音をかき鳴らし、それを合図として上空から悪魔が飛来する。

 

キャロルJの前に立つ悪魔とは、邪教の館で悪魔合体を用いて生み出した新たなる悪魔であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【ゲーデ】

 

ブードゥー神話の生死を司る神であり、黒い燕尾服に黒い山高帽を身に纏う墓地の男爵である。

 

死者が神々の住処ギネーへ向かう道の中で永遠の交差点と呼ばれる魂が行き交う場所で佇む存在。

 

ゲーデは死者の知識を手にする事ができるため誰よりも賢い神であり、死者を()()()()でもある。

 

また死者を守護する者として、ブードゥー信者の墓石にはゲーデに関する名が刻まれるとされた。

 

「フフフ…もう直ぐ貴女も永遠の交差点に逝く事になる。派手なレクイエムと共にね!」

 

銀の蛇が刻印された黒い山高帽を被り、黒い燕尾服という貴族風な見た目だが中身は死の神。

 

燕尾服の下は肋骨が剥き出しになった死体であり、顔も髑髏のように腐敗している。

 

動く死体とも言える死神こそがゲーデであり、乗馬鞭のような武器を構えてくるのだ。

 

「悪魔が相手でも…観鳥さんは…負けない……くっ!!」

 

体は立っているだけで限界であるのだが、それでも魔法武器であるバズーカを生み出して構える。

 

頭から流れ落ちる血によって片目が覆われながらも狙いをつけようとするが視界が霞んでしまう。

 

「死に抗うことはありません。恐れなく死を受け入れなさい…私が冥界に案内しましょう!」

 

相手が重傷者であろうともゲーデは容赦してくれない。

 

乗馬鞭のような武器を振るえば冷気が溢れ出し、令は極大の冷気を浴び続けていく。

 

「ぐっ…あっ…あぁ……」

 

氷結魔法のマハブフーラが放たれ続ける中、耳障りなギターの音だけが聞こえてくる。

 

「テメェを冥界に送ってやるレクイエムなら用意してやる!俺のサウンドを冥途の土産にしな!」

 

「冗談じゃ…ない…!!耳障りなギターをかき鳴らされながら…円環に導かれたくはない!!」

 

体が凍り付きながらも魔法のバズーカの引き金を引き、榴弾が発射される。

 

しかし棒立ち状態で放ってくる攻撃など悪魔どころかサマナーにさえ通用しない。

 

軽く避けてくる相手は令を挑発するかのように演奏を続け、ゲーデは音に合わせて踊り出す。

 

「サァサァサァ!盛り上がってまいりました!愉悦とはいつだってタブーの先にあるのです!」

 

体が氷結した上で全身の血液まで不足している彼女のソウルジェムが急速な濁りを生んでいく。

 

それでも諦めまいと魔法のカメラを生み出して相手を封印する固有魔法を使おうとするのだが…。

 

「なんで…!?なんで固有魔法が使えないんだ…!?」

 

「それは私が披露する踊りの影響を受けているからですよ」

 

ゲーデはキャロルJのド派手なサウンドに合わせて踊りを楽しんでいるわけではない。

 

彼の踊りは死の舞踏であり、敵全体の魔法を封印する『トリッキーダンス』であったのだ。

 

全身は最初のドローン攻撃でズタボロであり、さらに氷結を浴びたまま魔封状態となってしまう。

 

相手が重症の少女であろうと一切の容赦がないキャロルJは残酷な命令を使役悪魔に下すのだ。

 

「ムドって終わりじゃつまらねぇ!凍り付いたその女を死ぬまで殴りつけてやんな!!」

 

「ククク、素敵な提案でございます!ご期待に沿わねばなりませんね…覚悟しなさい!!」

 

乗馬鞭を左手で叩きながら迫りくるゲーデに対し、令は棒立ちのまま動く事さえ出来ない。

 

「あぐっ!!!」

 

サンドバックとなるしかない令は乗馬鞭でズタボロの体をめった打ちにされていくのだ。

 

「ハハハァ!これがキャロルJ様の実力だ!!シドやフィネガンばっかが実力者じゃねぇ!!」

 

彼は組織内での地位は高くなく、腕利きサマナーのシドやフィネガンに強い対抗心を燃やす者。

 

コンプレックスの塊ともいえる存在であり、だからこそ承認欲求モンスターでもある。

 

歪んだ承認欲求は残虐性となり、敵を派手に討ち倒して手柄を独り占めしたいと考えてきた。

 

「これが…罰なのかな…?記者として…皆が必要としないものを…追いかけて…不快にさせて…」

 

走馬灯として蘇っていくのは、ジャーナリズムを信じて活動してきた彼女に対する仕打ちの数々。

 

善悪に関係なく観鳥令は有りのままの真実を撮って伝える者でありたいと願ってきた。

 

そんな彼女に待っていたのは厄介者として疎まれ続ける人生の日々。

 

彼女にどれだけ伝えたい思いがあっても、人々はそれに応える義務などない。

 

苦労して生み出した記事はバカにされ、揶揄と嘲笑を与えられるか無視されるだけであった。

 

「もう…疲れたかも…。これが…真実を追いかける者の…末路なんだね…」

 

「好奇心は猫をも殺す。悪魔の存在とイルミナティを知ろうとする者には死が与えられるんだよ」

 

ゲーデは倒れ込んでしまった令を左手で掴み上げ、右手の乗馬鞭に魔力を込める。

 

乗馬鞭が氷結していき鋭い氷の刃と化し、刃を令に向けたまま右腕を構える。

 

「貴女は記者でしたか。私と同じく見張る者だというなら…永遠の交差点で役目を果たしなさい」

 

「残念だけど…出来ない…かな…。魔法少女はね…死んだら…円環に導かれる…」

 

「そうはなりません。貴女を殺し、死を受け入れたソウルジェムが砕ける前に私が喰らうのです」

 

「悪魔に…喰われる…?そうなったら…観鳥さんは…どうなっちゃうの…?」

 

「円環のコトワリに喰われるのも私に喰われるのも末路は同じ。概念存在の一部となるのみです」

 

「ハハ…とことん…魔法少女は…救われないね…。もう戦う力はない…好きにするといいさ…」

 

「私と同じく見張る者よ、これ以上は痛めつけません。最後ぐらいは…痛みもなく殺しましょう」

 

魔法少女でありジャーナリストとして生きた観鳥令は今日まで戦い抜いてきたが、それも終わる。

 

「がっ……ッッ!!!」

 

氷の刃で心臓を貫かれた令の体が倒れ込んでいく。

 

鈍化した世界。

 

涙が零れ落ちていく中、彼女は最後にこんな言葉を残す。

 

「ごめん…ね……十七夜…さん……尚紀……さ…ん……」

 

地面に倒れ込んだジャーナリストは日本で蔓延る不審死の仲間入りを果たす。

 

この光景こそ日本の闇であり、今日までずっと繰り返されてきた秘密を追う者達の末路であった。

 




長くなるので二つに分けます。
原作マギレコの死人組は運命を乗り越えられないのか?次回を待て!


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218話 見張る者

絶命した観鳥令の死体を見下ろすのは勝者となったゲーデである。

 

汚れ仕事を果たし終え、浮かれた笑い声を上げる召喚者は無視して死体から宝石を奪い取る。

 

魔法少女衣装のネクタイ部分に備わっていた宝石をソウルジェムの形に変えたようだ。

 

「いつ見ても美しいものです…死にいく者達の魂の美しさは人間も魔法少女も変わらない」

 

無念を抱えたまま死んだ人間の魂は悪霊の如きどす黒さとなり、生者に向けて呪いを撒き散らす。

 

それと同じようにしてソウルジェムもどす黒く濁り切り、かつては呪いを振りまく最後となった。

 

「安心しなさい、貴女の望みは死後も果たされる。私と共に永遠の見張りを行いましょうか」

 

砕け散る前にソウルジェムを飲み込もうとした時、空から何者かの気配が迫ってくる。

 

「むぅ!!?」

 

ゲーデの左腕が切断され、地面に落ちた左手から濁ったソウルジェムが転がっていく。

 

地面に着地と同時に体をひねり込み、低空から放つ後ろ回し蹴りがゲーデの右側頭部を襲う。

 

「ぐはっ!!!」

 

路地裏の壁に叩きつけられたゲーデは怒りの表情を侵入者に向けてくるのだ。

 

「モー・ショボー、その子を頼む」

 

刀を悪魔に向ける存在とは、牧野郁美から頼まれて令を追いかけてきた葛葉ライドウである。

 

風を用いてライドウをここまで運んだモー・ショボーは慌てながらソウルジェムを拾うのだ。

 

「ダメだよライドウ…肉体が死んじゃったら…いくらソウルジェムの穢れを吸い出しても…」

 

「それでもやるんだ!!」

 

「う、うん!」

 

モー・ショボーは懸命に穢れを吸い出し、ソウルジェムが砕けないようにしてくれる。

 

それでも魂が死を受け入れているため、濁りは際限なく生み出されていく。

 

「テメェもデビルサマナーかよ?俺様に逆らおうってのかー?」

 

舐めた態度を見せてくるキャロルJは余裕の表情を浮かべてくる。

 

ゲーデはこの程度で終わる程の弱い悪魔ではないと彼は知っているようだ。

 

「貴様……よくも私の体を傷つけましたね!!」

 

壁に叩きつけられて埋もれたゲーデが壁から抜け出し、憤怒の形相を向けてくる。

 

切り落とされた腕は回復魔法の最上位の一つである『ディアラハン』によって復元回復するのだ。

 

「ここから先は通さん。この子の魂を喰いたいのならば…押し通っていけ」

 

「ならばそうさせてもらいましょうか」

 

「バカな男だぜ!!好奇心は猫をも殺す…俺様と関わっちまったテメェも不審死するんだな!!」

 

ライドウに送るレクイエムの如く再びギターをかき鳴らしていく。

 

迎え撃つライドウであるが、今日は聞き込み捜査だけを目的にしていたため装備は少ない。

 

持ち込んでいた悪魔も非常用として靴下の中に潜ませている召喚管のモー・ショボーだけだった。

 

自分独りで悪魔と戦うことになるライドウであるが、それでも鋼の意思で令を守ってくれる。

 

令の事を心から心配してくれた郁美のためにも負けられない戦いであったのだ。

 

「お供はソウルジェムから離れられないようですね。まぁ、手を離せば直ぐに砕けるでしょう」

 

「貴様の相手は自分だ。モー・ショボーと魔法少女の魂には触れさせん」

 

「よろしい、ならば貴方も冥界に連れて行きましょう。お楽しみの邪魔をした報いです!!」

 

「いつでも来るがいい。もっとも、貴様の相手は自分だけではないようだがな」

 

「なんですと!?」

 

乗馬鞭を振り、冷気を撒き散らすのだがそれを打ち破る炎の業火が上空から放たれる。

 

「なんだぁ!?」

 

「誰です!?」

 

キャロルJとゲーデが飛び跳ねて火球を避け、ライドウの横に現れた存在を睨む。

 

「よくも……よくも観鳥さんを!!絶対に許さない!!」

 

浮遊するようにして地面に着地した悪魔少女とは、令と同じく大東区で暮らすメルである。

 

心細かった令がスマホで電話をした相手とはメルであり、迎えを頼んでいたようだ。

 

「見たこともない悪魔ですがこの魔力は覚えがあります。トートの書を持つ者ならば間違いない」

 

「あの見たこともない悪魔娘が新たなトート神だと言いたいのかよ!?」

 

「相手は魔術のルーツを生んだ知恵の神…。離れていなさい…厳しい戦いとなるでしょう」

 

舌打ちをしたキャロルJは言われたとおり現場から離れていく。

 

横に視線を向けるライドウが状況を確認するためにメルに語り掛ける。

 

「自分は後ろの少女の命を救いたい。協力してはもらえないだろうか?」

 

「勿論です!尚紀さんの命を狙う者であっても…観鳥さんを守ってくれるなら歓迎します!」

 

「協力に感謝する」

 

即席のタッグを組むことになったライドウが刀を構え、メルは浮遊しながらトートの書を開ける。

 

迎え撃つゲーデは乗馬鞭を構え、前方空間にメギドの光を生み出していく。

 

「ソウルジェムは惜しいですが手加減は出来ません。2人とも…この場で消滅するがいい!!」

 

メギドを放つと理解した2人が咄嗟の判断で動き、倒れ込んだ令の体を守ろうとする。

 

メギドが解放された路地裏は光の爆発現象を起こし、巨大なクレーターだけが広がっていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

メギドラオン程でなくともメギドの火の威力は絶大であった。

 

ライドウ達は離れた位置のビルの屋上に立ち、無事な姿を見せてくれる。

 

「観鳥さん……」

 

令の体を抱き抱えて逃れたメルであったが、彼女に触れた時に理解した。

 

この肉体は既に死んでおり、後はソウルジェムが砕けるだけでしかないのだと。

 

ライドウはモー・ショボーの力を借りて屋上にまで引っ張り上げてもらえている。

 

「早くこの子の体を回復させてあげないと…だけど今は手が離せない…」

 

「ソウルジェムが砕けないように穢れを吸い出し続けるんだ。直ぐに奴を片付ける」

 

メルに視線を向けるが、彼女の姿は俯いた状態を崩せない。

 

蘇生魔法の限界については知っている者であったからだ。

 

「逃げ足だけは早いようですが、それだけではないでしょう?」

 

浮遊しながら空から下りてくるゲーデが屋上に降り立ち、乗馬鞭を向けてくる。

 

「迷っている暇は無い!行くぞ!!」

 

「は、はい!!」

 

ライドウからの激で奮い立ったメルが彼と共にゲーデを迎え撃つ。

 

乗馬鞭を振るい、極大の冷気魔法である絶対零度を放とうとするが銃弾によって武器が弾かれる。

 

ライドウは腰に隠してあったホルスターからコルトライトニングを抜き、銃撃を放っていた。

 

「観鳥さんの苦しみを百倍にして返しますよ!見せろ、四大元素のアルカナ!!」

 

タロットのルーツであるトートの書のページが浮遊していき、四枚のページが敵に向けられる。

 

四大元素に属する四属性の魔法が一気に放たれ、炎と氷と雷と風の塊がゲーデを襲う。

 

「これ程の魔法行使が出来るとは!!?」

 

魔法で迎撃するのを諦めたゲーデが浮遊しながら四属性魔法を回避する動きを見せる。

 

しかしゲーデの動きについてこれるライドウの斬撃が迫りくる中、彼は召喚者の支援を叫ぶ。

 

「私は接近戦には向いていません!支援を願います!!」

 

必死の叫びに対して返ってくる返事はない。

 

離れた位置の屋上で隠れている事しか出来ないキャロルJの顔には焦りが浮かんでいたようだ。

 

「オイオイ…何やってんだよゲーデ!俺様の悪魔ならそんな連中自分だけで何とかしろ!!」

 

二体同時召喚など行使出来ないため、増援の悪魔を召喚することは彼には出来ない。

 

他のダークサマナー達の支援に頼るのはプライドが邪魔して選ぶ事さえ出来ない。

 

今のキャロルJの手札にある中では最強のゲーデに頼るしか道がなかったのだ。

 

「召喚者に見放されるか。哀れなものだな」

 

ライドウが放つ右切上げによってゲーデの左腕が切断される。

 

体勢が怯んだ相手に向けてメルはトートの書を構える。

 

「最低で最悪で極悪な結果をお前に与えてやる!!」

 

炎を描く魔法陣から放たれたのは極大の火球を放つアギダイン。

 

隣のビルから放たれた炎魔法に振り向いた時には遅過ぎたようだ。

 

「グワァァーーーッッ!!?」

 

大火球の一撃を浴びたゲーデの体を構成している死体が燃え上っていく。

 

その場に倒れ込んでしまったが、それでも体から冷気を撒き散らして消火する動きを見せてくる。

 

「グッ…うぅ……」

 

全身が焼き尽くされており、虫の息をしている敵にトドメを刺さんとライドウが動く。

 

跳躍斬りを仕掛けてくる相手に向けて最後の抵抗とばかりに即死魔法を行使する。

 

「せめて貴様だけでも……道連れにしましょうッッ!!!」

 

倒れた自分の体を中心にしてサンスクリット文字の魔法陣が生み出されていく。

 

マハムドオンが放たれようとした時、上空で武器を振り上げるライドウの体が光りを放つ。

 

「ハァァーーーッッ!!!」

 

彼の体からMAGの光が放たれ、光を纏った陰陽葛葉の形が変わっていく。

 

MAGの光が大きな斧となり、放つ一撃とは磁霊金剛壊 ( じれいこんごうかい )である。

 

「ガッ……ッッ!!!」

 

胴体を切断した一撃が屋上を砕き、マハムドオンを構築していた魔法陣さえも砕く。

 

破壊の勢いは止まらず、隣のビルが崩壊する程のド派手な一撃となったようだ。

 

土煙が立ち上る中、刀を振ってMAGの光を払ったライドウが左手の鞘に納刀する動きを見せる。

 

視線を隣の瓦礫に向ければ、瓦礫に圧し潰されたゲーデの上半身が残っていた。

 

「み…ごと…です…。これ程の…サマナーが…いた…とは……」

 

トドメを刺し損ねたかとライドウが迫りくる。

 

腰のホルスターから銃を抜いて構えるが、ゲーデにはもう戦う力など残ってはいない。

 

「召喚者に捨てられた…私はもう…貴方と戦う理由など…ないの…です……」

 

「あの男はサマナー失格だな…。トドメが欲しいか?」

 

「トドメを刺すぐらいなら…私の命を…あの娘を救うために…役立てるのです…」

 

「どういう風の吹き回しだ?あの魔法少女の命を奪ったのは貴様だというのに?」

 

「私は…見張る者…あの娘も…見張る者…。どんな形になろうとも…私は見張る者でありたい…」

 

促されたライドウは刀を抜き、ゲーデの首を跳ね落とす。

 

転がったゲーデの首を持ち、ライドウはメルの元へと駆けていく。

 

ゲーデは死神であり外側の死体は操り人形に過ぎず本体は悪霊であり生首だけでも問題なかった。

 

屋上に戻ってきた彼が目にしたのは必死になって令の体を蘇生させようとしているメルの姿。

 

「ダメだ…蘇生魔法は魂が体から離れていない死体になら効くけど…魔法少女の魂は……」

 

蘇生魔法である『リカーム』の光を何度も生み出していくが、令の体は蘇生してくれない。

 

魔法少女にとって外側の肉体は生きた外付けHDDであり、魂はソウルジェムとして外側にあった。

 

絶望の表情を浮かべながら泣き崩れていた時、後ろから現れたライドウに振り向く。

 

「この悪魔は自分を見捨てたサマナーに仕返しをしたいそうだ。生贄になる事を承諾してくれた」

 

「生贄って…まさか、観鳥さんを殺したソイツと悪魔合体させようというんですか!?」

 

「それしか救う手立てはない…。失った命の代わりとなるための…生贄なんだ」

 

「観鳥さんを…ボクやかなえさんと同じ悪魔に作り替える…」

 

令の意思を無視してそれを行っていいのか迷っていた時、負け犬となった者が空から現れる。

 

「テメェら!!俺様のゲーデを返しやがれ!!それは俺様のモノだぞ!!」

 

空を見上げれば鳥悪魔の足に掴まったキャロルJが逃げ出す前の遠吠えを行っている姿が見える。

 

溜息をついたメルがトートの書を空に向けてしまう。

 

「アギャギャ!?さっさとズラからないと大変な事が起こりそうな予感!!」

 

鳥悪魔が大急ぎで逃げようとするのだが、飛んできた火球の直撃を受けてしまう。

 

<<ウワァァァァーーーーーッッ!!?>>

 

地上へと落下していく者達になど目もくれず、3人は令の体とソウルジェムを持ち運んでいく。

 

異界から脱出した者達が向かう先とは悪魔合体施設である業魔殿であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ん……んん……?」

 

寝台に寝かされた令の瞼が開いていく。

 

視界に入った人物達とは郁美とメルであり、南凪自由学園の先輩だった都ひなのもいたようだ。

 

「良かった!蘇生は成功したみたいです!!」

 

「令ちゃん…良かった…本当に良かった!くみ…令ちゃんの事を凄く心配してたんだからね!」

 

「連絡を受けて駆けつけてみたが…すまなかった!令のピンチに間に合わなくて!」

 

「み…みんな…?どうして観鳥さんは…生きてるの……?」

 

体を起こしてみれば違和感を感じてしまう。

 

「えっ…?この服装は…何だろう?」

 

彼女が自分の体を見れば魔法少女衣装が変化している。

 

ストライプが入った黒のベストとハーフパンツに蜘蛛の巣が描かれた黒ストッキング。

 

赤いシャツからは赤黒いフリルが燕尾服のように伸びており、髪には悪魔の翼の飾りがあった。

 

「この姿は一体…?それにどうして…殺された筈の観鳥さんが生きているの…?」

 

それを問われたメルの顔が俯いていく。

 

辛い表情を浮かべているメルに代わり、先輩のひなのが説明を行ってくれた。

 

「順を追って説明しよう。令の命を救ってくれた人物はメルと…あそこにいるサマナーなのだ」

 

令が視線を向けた先にいたのは、壁に背を預けながら腕を組んで沈黙しているライドウである。

 

「そして…令の姿が変わってしまったのはな……」

 

「もちろん、悪魔になったからだ」

 

「えっ!?」

 

男の声が寝台の下から聞こえてきたのにビックリした令が下を覗き込む。

 

下側にいたのは顔を寝台の上に向けている黒猫のゴウトであったようだ。

 

「我の言葉が理解出来るのであろう?ならば、うぬが悪魔となった動かぬ証拠だ」

 

「観鳥さんが…悪魔になった…?」

 

「正確に言えば…まだ魔法少女です。ですが、悪魔合体によって…肉体は悪魔となりました…」

 

メルに促されて左手に目を向ければまだソウルジェムの指輪が存在してくれている。

 

死体となった令の体は悪魔合体によって悪魔化したのだが、未だに体は外付けHDDに過ぎない。

 

状況が飲み込めた令は泣きそうなメルに顔を向け、首を横に振ってくれる。

 

「自分を責めちゃダメだよ、メルチャン。勝手に悪魔にされても観鳥さんは怒ってはいないから」

 

「だけど…そもそも迎えを頼まれたボクがもっと早くに駆けつけていたら…こんなことには…」

 

「命を助けてくれた恩人の判断だったんだ。観鳥さんはそれに従うよ」

 

「いいんですか…?これから先、観鳥さんはボクやかなえさん、それに十七夜さんのように…」

 

「悪魔として生きるしかないって言いたいんだね?構わないよ…命を残せただけでも満足さ」

 

「観鳥さん……」

 

寝台から起き上がった令は壁際で佇むライドウの元まで歩いていく。

 

「葛葉ライドウさん…だったかな?ありがとう…助けてくれて。お陰様でまた目標を追えるよ」

 

「目標……?」

 

「観鳥さんはね、記者になりたいんだ。憧れのジャーナリストである…朝倉葵鳥を目指したい」

 

それを言われた時、ライドウの目が見開いてしまう。

 

朝倉葵鳥とはライドウが生きていた大正時代の記者であり、朝倉タヱのペンネームであった。

 

「タヱさんを…知っているのか?」

 

「やっぱり…ライドウさんなら知っていると思ったよ。朝倉葵鳥が生きた時代は大正時代だし」

 

「タヱさんを目指すために記者になりたいのか…?」

 

「うん…観鳥さんはね、彼女のようになりたい。周囲から馬鹿にされても…真実を追う者にね」

 

悪魔の象徴である赤い瞳を向けながらも笑顔を作ってくれる。

 

逆境にも負けないその笑顔を見ていると朝倉タヱの笑顔と重なって見えてしまう。

 

「周囲から疎まれ…命を落とす程の危険に晒されるんだぞ?それでも…タヱさんを目指すのか?」

 

「そうするよ。朝倉葵鳥こそ、観鳥さんがジャーナリストを目指したいと思ったキッカケだから」

 

それが聞けたライドウの口元が微笑み、頷いてくれる。

 

「君なら目指せるさ。命を落とす程の危険にさえ立ち向かう勇気を示せる君ならばな」

 

「令で構わないよ。それと大事なことだから言うね……タヱじゃなくて葵鳥さんだから!」

 

プンスコしながら腰に手を当てて指差ししてくる姿がタヱとそっくりに見えてくる。

 

タヱはペンネームではなく本名で呼ばれるのを気にするタイプであったようだ。

 

頷いてくれたライドウがゴウトを引き連れて部屋から去っていく。

 

通路を歩きながらも彼は遠い眼差しを浮かべながら朝倉タヱの事を思い出していた。

 

「観鳥令…葵鳥と同じく鳥の名を持つ記者か。彼女なら何処までも飛べるだろう…タヱのように」

 

「フッ……自分も同じ意見だ」

 

歩きながらもライドウは令を襲ったダークサマナーの存在について疑問が浮かんでいく。

 

なぜ彼女を襲ったのか?彼女が追ってきた存在とは何なのか?

 

疑問を感じていたが彼は首を振って考えるのをやめてしまう。

 

「気にしても仕方がない…。自分の使命は人修羅を倒すことなのだ」

 

人修羅を倒す、それがヤタガラスから受けた使命。

 

それでもライドウの心の中には迷いが浮かんでいく。

 

神浜の魔法少女達から慕われる彼を倒してもいいのか?

 

神浜の魔法少女達を敵に回してでも討つべきなのか?

 

晴れない迷いを抱えたライドウの心はグラついてしまうようだ。

 

それでも彼はヤタガラスのデビルサマナーとして生きる者。

 

迷いを払うようにして前だけを見据える男が業魔殿を後にしていく。

 

彼が通り過ぎた通路には魔法少女と悪魔の合体が成功した事に狂喜乱舞するヴィクトルがいる。

 

その隣では顔を俯けた姿のまま佇む八雲みたまもいたようだ。

 

「御霊合体以外でも…魔法少女は悪魔と合体することが出来た。この成功例があるのなら…」

 

恐ろしい望みを抱えているみたまもまた迷いを抱え込む者。

 

それでも彼女は望みを実行する勇気が出せない苦しみを抱えている。

 

迷いを抱えた者達はそれぞれの日常へと帰っていくが、平穏が訪れることはない。

 

悪魔と関わる者達だからこそ、その先にあるのは冥府魔道の道なのかもしれなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「令……これからどう生きていく?」

 

高層ビルの屋上では夜風に髪を靡かせている悪魔姿のかなえとメルが佇んでいる。

 

彼女達が視線を向ける先とは屋上の端で悪魔姿を晒す令であったようだ。

 

迷いを抱えた表情をしたまま俯いていたが、決心したのか顔を上げてくれる。

 

「観鳥さんの生き方は変わらないよ。ジャーナリストとして…これからも日本の闇を追う」

 

「観鳥さんを襲った男はイルミナティと言ったんですよね?だとしたら…啓明結社が相手です…」

 

「うん…これから令が追うことになる存在は…命がいくつあっても足りない程の危険な相手だ…」

 

「覚悟は出来ている…けど、魔法少女のままだとこれから悪魔と戦っていくのも厳しいよね…」

 

サイドポニーテールを夜風で揺らす令が左手を持ち上げる。

 

左手に握られていたソウルジェムを摘まむようにして顔に向ける姿を見せるのだ。

 

「観鳥さんの中に溶けたゲーデは悪魔であり、悪魔は人間の魂を体に取り込める存在だ」

 

「いいのか…令?それを実行してしまったら…あたし達と同じく円環に逝く事は出来なくなる」

 

「ずっと悪魔として存在しないといけないんですよ…?死後だって…何処に逝くのやら…」

 

「観鳥さんはね…円環に導かれる事が魔法少女の至上の喜びだとは思わない。だからこれでいい」

 

令は決断するかのようにして口元にソウルジェムを近づけていく。

 

魔法少女として生きた自分の象徴を見つめる令は微笑みを浮かべ、ソウルジェムにキスをする。

 

「さようなら……魔法少女として生きた観鳥令」

 

ソウルジェムを口に咥えた令は一気にソウルジェムを噛み砕く。

 

解き放たれた令の魂は悪魔の肉体に喰われるかのようにして吸収されたようだ。

 

「……円環のコトワリには導かれていない。どうやら成功したみたいだね」

 

「…今の気分はどうですか…観鳥さん?」

 

「悪い気はしないかな…。外側に魂が抜け落ちてたソウルジェム状態の方がよっぽど変だったし」

 

「これで令もキュウベぇから引っ張り出された魂を取り戻せた。あたし達と同じ存在となるんだ」

 

「悪魔として生きるか…。これで観鳥さんも尚紀さんや十七夜さんの仲魔となれるわけだ」

 

「あたしとメルはね…尚紀から依頼されて十七夜を捜索している。令はどうするんだ?」

 

「そうだね…神浜テロの捜査は完全に行き詰ったし、また十七夜さんの捜索に加わろうかな」

 

「それじゃあ…これからの観鳥さんはボク達の仲魔ですよ!不謹慎だけど…ちょっと嬉しいです」

 

「悪魔になったら魔法少女の固有魔法は消えちゃうんでしょ?参ったな…便利だったのに…」

 

「フフッ、ジャーナリストは粘り強い取材力だって言ってた令らしからぬ発言だね」

 

それをかなえから言われた令は恥ずかしいのか照れた表情を浮かべてしまう。

 

魔法の力などなくても人間はジャーナリズムを築いてきた。

 

ジャーナリズムを信じてきた令だからこそ、便利な魔法などなくても生きていける。

 

「初心忘るべからずだね…。人間だった頃からジャーナリストになりたいと願った者だし♪」

 

「そうです!観鳥さんは魔法なんて使わなくても立派なジャーナリストになれますよ!」

 

「魔法少女の魔法を失っても悪魔の魔法という大きな力がある。頼りにしてるからね…令」

 

笑顔で別れた3人であったが、令は独りその場に残る。

 

踵を返して夜の神浜市に視線を向けていく。

 

夜風に吹かれながらリボンタイとサイドポニーテールを揺らす彼女はこんな言葉を残すのだ。

 

「日本人はヒトラーの宣伝手法で考えない人になった。だからこそ誰かが伝えなければいけない」

 

ヒトラーが残した著書で述べている宣伝ノウハウは実にシンプルだ。

 

自分の頭でものを考える連中はどうせ少数なんだから相手をするだけ無駄だ。

 

大事なのは残りの多数派に、とにかく何度も何度も同じことを吹き込むこと。

 

つまりアホの方が多数派なのだと割り切る事が肝心なのだと残している。

 

「自分の頭でものを考える人が減る時、ヒトラーの宣伝手法は蘇る…嘘が既成事実になる」

 

マスコミに何度も貴方達の安全を守ると嘘を流させることで、民衆達のマインドは固定化される。

 

仕事と娯楽で忙しい民衆達が情報の検証など行う筈がないと舐め腐った態度ともいえるだろう。

 

おかしいと気が付いた者でさえ、周りから揶揄と嘲笑を浴びせられるのが恐ろしくて保身に走る。

 

民衆は嘘に踊らされながら行進することしか出来ず、独裁国家の管理社会は完成を迎える。

 

「ヒトラーの手口をのさばらせるのはマスコミの怠慢だ…。だからこそ、観鳥さんが見張るんだ」

 

日本人のリスク管理の甘さといえる平和ボケこそ、観鳥令がもっとも憂いを感じている部分。

 

自己管理の甘さによって、監視社会と言うと変人扱いする能天気なチャラい態度を向けてくる。

 

そんな者達こそ、いざという時は誰かに責任転嫁しながら喚き散らすことになるしかないのだ。

 

誰かの責任にさえしてしまえば自分の罪に意識を向けなくて済むのであった。

 

「国家が民衆のデータを収集するなら、同時に民衆も国家のデータ収集を強化するべきなんだよ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こそが、民衆の自由も人権も消え去った状態。

 

だからこそ国家のデータ収集を行う役目を担う、()()()()()()()政治記者が必要なのだ。

 

「たとえ観鳥さんの記事を誰も喜ばなくても…民衆が自分達を守るキッカケとなると信じたい…」

 

人間は見たいものしか見ないし、信じないという初代ローマ皇帝の格言なら観鳥令も知っている。

 

そんな民衆を相手に自由な報道を繰り返そうとも、揶揄と嘲笑しか与えられず悪者にされるだけ。

 

ほむらや織莉子が誰にも信じて貰えなかったように、令の記事も誰にも信じてもらえないだろう。

 

人間という偏見生物に絶望してジャーナリズムを信じられなくなっていた時期もあった。

 

そんな彼女にジャーナリストとして憧れを求めろと励ましてくれた男のためにも令は進むのだ。

 

「いつか誰かに胸を張れる記事を残したい。だからこそ…観鳥さんは記者として()()()()となる」

 

――善悪に関係なく、自由な表現をすることこそが独裁国家に立ち向かう唯一の方法だと信じて。

 

口で言うのは容易いが、民衆がどれだけ権威主義に調教されてきたのかは知らなければならない。

 

日本を含めた教育機関が行ってきた手口とは、人間から()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 

自分の頭で考え、権威に屈服しない人間を切り捨てるように教育させてきた。

 

腐敗を極めた拝金主義者というエリートにとって、反骨心に溢れた民衆は脅威でしかないからだ。

 

御上にヘーコラさせて譲歩の御慈悲を与え、御上に向けた不満は下の者を虐めさせて発散させる。

 

流される者ばかりを量産することによってエリート達の独裁支配は完成を迎える事が出来るのだ。

 

知らないのはただの無知。

 

知ろうとしない無知は罪。

 

無知は()()()()()()()

 

アリナに宿った千晶ならば、流されるだけの人々に向けてこんな言葉を贈っただろう。

 

――弱い者は乱し、惑わすの。

 

――自分では何も出来ないから。

 




これで観鳥さんもハロウィン姿となれたことだし、後はももこちゃんだけとなりましたね。
そのももこちゃんをハロウィン姿に持っていくまでが長くなりそうです(汗)


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219話 医療の闇

神浜テロの時においては緊急事態を迎えていたのは里見メディカルセンターである。

 

ここには多くの被災者達が詰めかけたことにより野戦病院の如き騒ぎとなった場所。

 

現在では落ち着きを取り戻しており、通常業務へと復旧することが出来たようであった。

 

「せ…先生…夫は助からないんですか…?」

 

涙ながらに顔を向けてくるのは寝台の上に寝かされている男の妻である。

 

担当医は顔を俯けているのだが、伝えなければならないことを伝えようとする。

 

「申し訳ありませんが…助かる見込みはありません。手は尽くしたのですが…」

 

寝台に寝かされた男の顔は痩せ細り、投薬の影響で頭髪まで抜け落ちたハゲ頭となっている。

 

目は虚ろとなり、薬の副作用に苦しみ殺してくれと呟くばかり。

 

「抗癌剤を投与すれば癌から助かるんじゃないんですか!?なんのための薬なんです!?」

 

「抗癌剤は万能薬ではありません。投与したからといって癌から助かる保障はありません」

 

「そ、そんな……許せない!!助からない薬を投与するなんて()()よ!!」

 

「抗癌剤治療を望んだのはあなた方です。自己責任となりますね」

 

「そんなのって……ないわよ……」

 

泣き崩れてしまった患者の妻にかけてやれる言葉もなく、担当医は病室から出て行ってしまう。

 

病院内の通路を歩いていく担当医の表情は無念に苦しみ、拳は怒りによって震えていた。

 

日が沈む頃。

 

里見メディカルグループを統括する代表者の執務室の扉が開く。

 

「誰だ?」

 

執務用の机で仕事をしていた男とは里見メディカルグループの代表を務める男である。

 

白衣を着た中年の男であるが顔は痩せ細っており、心労で疲れ果てた顔を浮かべていたようだ。

 

入ってきたのは先ほどの担当医の男であり、怒りの表情を浮かべながら近づいて来る。

 

「私は…私はもう我慢なりません!!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて!!」

 

担当医が叫んだ話の内容とは、日本の医療業界にとっては絶対の禁句である。

 

それでもこの医者は自分の頭で考え、権威に屈服しない医者としての意地を示す。

 

「医療は仁術です!!私が医者を目指したのは()()()()()()()()()()()()()()()ではない!!」

 

黙って清聴してくれていたが厳しい目を代表者は向けてくる。

 

「言いたい事はそれだけか?ならば仕事に戻りたまえ」

 

「日本の抗癌剤は海外ですら副作用が強くて禁止されている!それさえも日本政府は輸入する!」

 

「その通り。日本人は欧米人からこう呼ばれてきたな…()()()()()()()()()()()()だと」

 

「世界の薬の40%が日本で使用される!欧米の製薬会社を儲けさせるために輸入するんです!」

 

「日本の病院数は米国と英国の病院数を足しても上をいく。数が多いなら儲ける必要があるんだ」

 

「患者を世界で禁止した毒物で薬漬けにしてでも…利益が必要なんですかぁ!!?」

 

「そうだ。それが医師会と連盟、国会と霞が関官僚達が決めたことだ。私はそれに従うだけだよ」

 

「あんたそれでも医者なのかぁ!?仁術である医療を悪徳商売にして心が痛まないのかぁ!!?」

 

それを言われた代表者の眉間にシワが寄り切り、拳を机に叩きつける。

 

「いい加減にしたまえ!!私を糾弾したところで日本の医療は変わらん!!嫌なら出ていけ!!」

 

出て行けと言われたことにより、担当医の男が急に動揺を見せ始める。

 

医者になる夢を叶えた男が医者である事を辞めさせられるというリスクが恐ろしくなったようだ。

 

「そ…それは…その……」

 

「…君はここをやめて独立開業出来る程の資本はあるのかね?」

 

「…ありません」

 

「私はね…資本の無い医者という労働者達を守る責任がある。悪徳商売は君達のためにしている」

 

「私達だけが儲かれば…患者達の命や家族の慟哭は…どうでもいいと言うのですか…?」

 

「…全てを救う力など私には無い。私は私についてきてくれる者達だけを守る…それしか出来ん」

 

西の長と呼ばれた時代の七海やちよと同じ苦しみを背負う代表者は患者を騙して切り捨てる。

 

その姿は魔法少女達を優先して人間達を見捨てる判断を下した七海やちよの姿そのものだろう。

 

彼もまた医療グループの長である者として君主論であるマキャベリズムを実行する者。

 

人も組織も国も建前では動かない。

 

互いの利益がなければ病院グループを経営することすら出来ないし勤めてくれる者達も守れない。

 

「…申し訳ありません。出過ぎたことを…言いました……」

 

「…もういい、下がってくれ。医者として食べていきたいなら…今まで通りにしていろ」

 

確実なる資本支配の光景が生み出され、モデル事務所の社長に平謝りしたやちよと同じとなる男。

 

志しある善人であろうとも誰も資本支配には敵わない。

 

静香の母親も経験した苦しみであり、全ての労働者達が背負う苦しみでもあった。

 

担当医が去ったのを見送った代表者は大きく溜息をつき、苦虫を噛み潰した顔つきを浮かべる。

 

「日本に主権などない…どうする事も出来ない。毒薬であろうと輸入させられるしかないのだ…」

 

疲れ切った体を持ち上げ、棚が置かれているスペースまで歩いていく。

 

立ち止まった彼が手に取ったものとは写真立て。

 

写っていたのは目に入れても痛くない程にまで溺愛した娘、里見灯花と父である自分の姿。

 

「灯花……」

 

里見メディカルグループの代表であり、一児の父親でもあった男は思い出す。

 

あれは里見灯花が病死して葬儀を行った日の出来事であった。

 

……………。

 

雨が降りしきる日、若くして病死した里見灯花の葬儀は粛々と行われていく。

 

参列者の中には病院関係者が多く参列し、親族の中には喪服姿の里見太助と娘の姿もあった。

 

「灯花……灯花ぁぁぁ……ッッ!!」

 

棺桶に入った物言わぬ愛娘を前にしながら献花を行う父親は泣き崩れてしまう。

 

「許してくれ…灯花…!!お前の命を守る事が出来なかった父親を…許してくれぇぇぇ!!!」

 

病院関係者達が彼に肩を貸してあげながら立ち上がらせてくれる。

 

「これが…ヒック…これが罰なのか?灯花…医者となった私が…全て悪いんだぁぁぁ!!!」

 

嗚咽が止まらない者の姿に声を掛けることも出来ないのは弟の里見太助のようだ。

 

「兄さん……」

 

彼は兄から遠ざけられた弟であるが、それでも親族として参列してくれている。

 

顔を俯けたまま隣に立つ娘の那由他も堪えきれずに泣き出してしまう。

 

「ぐすっ…ヒック…どうして…どうしてあの子は不治の病になんて…なってしまったんですの?」

 

「それはね……神様が兄さんに与えた()()かもしれないよ」

 

「天罰…ですの……?」

 

「私はね…病院グループを継ぐのが嫌だったから民俗学の道に進んだ。それには理由があるんだ」

 

「それは…何ですの……?」

 

「……患者達の命を啜りながら金儲けをするのが嫌だったからさ」

 

それ以上は何も言わなくなり、娘の那由他は父親を見ながら動揺を浮かべることしか出来ない。

 

(日本の医療は病気を治さない…そして殺さない。薬漬けにしながら長生きさせて薬で儲ける…)

 

巨大組織になった医療業界は、もはやマフィアのように利権を独占することしか考えていない。

 

患者は金づるであり、日本人の体を世界で禁止されてきた毒薬のゴミ箱として利用していく。

 

飲む必要がない薬まで処方される現在の日本の医療環境こそが莫大な利権なのであった。

 

(全ては欧米裏権力の掌の上…日本に主権なんてない。トルーマンだって日本を嘲笑ったんだ)

 

第二次世界大戦終戦時の米国大統領であったトルーマンはこんな言葉を残す。

 

――猿(日本人)を虚実の自由という名の檻で我々が飼うのだ。

 

――方法は彼らに多少の贅沢さと便利さを与えるだけで良い。

 

――そしてスポーツ、スクリーン、セックス(3S政策)を解放する。

 

――これで真実から目を背けさせることが出来る。

 

――猿は我々の家畜であり、家畜が主人である我々のために貢献するのは当然のことである。

 

――そのために我々の財産でもある()()()()()()()寿()()()()()()()()()()()()

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――これによって我々は収穫を得続けるだろう。

 

――これは、戦勝国の権限でもある。

 

(若い頃にこの歴史を知った時…私は日本に絶望した。そして欧米裏権力を知る必要が出来た)

 

薬とは石油製品であり、欧米でナンバーワンの石油財閥とはロックフェラー家。

 

彼はロックフェラーやロスチャイルドを追っていくうちに金融マフィアの存在に気が付いた。

 

そして、彼は秘密を追い続けた果てに襲われることになるだろう。

 

出棺することとなり、喪主である灯花の父は遺影を持ちながら皆に向けて深々と頭を下げる。

 

未だに体が震えている彼の元にまで歩いてくるのは同じ医療大学の先輩である老人だった。

 

「里見君、涙を拭きなさい。君は里見メディカルグループの代表者なんだぞ?」

 

「佐藤先輩…ありがとうございます」

 

現れた人物とは佐藤メディカルグループの代表であり見滝原総合病院で院長を務める佐藤博信。

 

しかしそれは表向きの肩書きであり、彼は転生したアレイスター・クロウリーなのだ。

 

ハンカチをポケットに仕舞ったアレイスターが灯花の父の両肩を掴む。

 

激励でもしているように映るだろうが、アレイスターは小声でこんな言葉を言ってくる。

 

「今更後悔しているとかは言わないだろうね?」

 

「そ、それは…その……」

 

「医療という詐欺を続けてきた罰が下ったのだと叫んだ君の姿が心配でね…確認がしたいのだ」

 

終始笑顔を向けてくるアレイスターではあるが、両肩を持つ手にどんどん力が入っていく。

 

「君は患者を騙しながら儲けてきただろう?娘に頼まれたらプライベートビーチまで買う程にね」

 

「ぐっ…うぅ……」

 

「ビーチを買った時は娘と出かけたのだろう?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

灯花の父の体はガタガタと震えが止まらなくなっていく。

 

懺悔の気持ちなど許さないとばかりに老人は両肩を掴んだまま放してくれない。

 

「懺悔の気持ちに耐え切れず、いらぬ事を喋るならば…君も娘の後を追う事になるやもしれん」

 

「あ…あぁ……」

 

「黙っていれば丸儲け…騙される連中の自己責任なのだよ。今までも…そしてこれからもね」

 

魔法少女を騙してきたキュウベぇと同じ手口を語ってくる男が恐ろしくて震えが止まらない。

 

もはや懺悔の道すら無いのかと、灯花の父は頷くことしか出来ない始末。

 

「それでいい。これからも日本の医療業界を共に支えていこうではないか……里見君」

 

女のような中性的な声で喋る不気味な老人は手を離して去っていく。

 

出棺のために霊柩車に乗り込んだ灯花の父は遺影を抱きしめながら許しを請う姿だけを残した。

 

……………。

 

「医療は仁術か…。ならば私はもう医者とは呼べない……ただのビジネスマンだ」

 

写真に写った我が子の冥福を祈る事しか出来ない男は乾いた笑みを浮かべながら写真を見つめる。

 

天国に旅立った娘の元には逝けないことなら灯花の父は分かっているのだろう。

 

人々の命を弄びながら稼ぎ、その仕組みすら公然と叫ばない詐欺師に待っているのは地獄のみ。

 

アメリカの理学学士、医学博士であり政治家だった男はこんな言葉を残す。

 

我々が政府に医学的決定を下す力を与えるという事は本質的には()()()()()()()()()()()()のだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

製薬会社とその株主に飼われた営業マンともいえるのは灯花の父だけではない。

 

医師会や連盟に加入している医療団体とて同じであろう。

 

医師会に所属する者の中には勿論アレイスター・クロウリーもいる。

 

彼は何の罪悪感すら感じておらず、インキュベーターの如く人の命を金儲けとして喰らう者。

 

そんな彼が院長を務めながら経営している病院には今日も大勢の患者達が詰めかけている。

 

見滝原総合病院内では警備会社から派遣されている警備員の姿も多い。

 

昼間だけでなく夜間も巡回警備を行う警備員の中には変装した尚紀の姿があった。

 

「誰も通路を歩いていない病院内を見ていると…新宿衛生病院を思い出すな」

 

警備を続けながらも、彼が何故こんな仕事をしながら潜入捜査を行う事になったのかを振り返る。

 

あれは暁美ほむらから連絡を受けて彼女の家に行った時の出来事だった。

 

「その目……どうしたの?まるで白人のような青い目に変化したように見えるわよ」

 

「眼科に行って聞いたが…加齢によって目の色は変化するそうだ。気が付いたらこうなってたよ」

 

「そう……体に異常が無いのなら私は気にしないわ。入って頂戴」

 

ほむらを心配させまいと尚紀は目の変化については誤魔化す態度を貫くようだ。

 

彼が招き入れられたのは赤青黄色などのカラフルな曲線ソファーが並ぶ異空間。

 

天井部位に備え付けられた時計の剥き出し内部かと思わせるゼンマイ装置が不気味さを醸し出す。

 

「死神の鎌のようなものがゼンマイ時計の振り子かよ…悪趣味極まりないな」

 

「この空間はクロノスが生み出す結界よ。適当に座って」

 

黒のトレンチコート姿の尚紀がソファーに座り込み、ほむらと向かい合う。

 

「それで?俺を家に呼び出してまで話したい依頼内容とは何なんだ?」

 

依頼内容を問われた彼女は顔を俯けてしまう。

 

語るのも憚られる程の悪夢の世界であったが、だからこそ見て見ぬフリは出来なくなったようだ。

 

「悪夢で見た光景が現実でも起きているのかを調査しろだと…?本気で言ってるのかよ?」

 

「私が夢で見た見滝原総合病院の地下にはね…おぞましい領域が隠されてあったのよ」

 

「待て待て、夢で見た内容が本当かどうかなんて調べる必要があるのか?夢の世界の話だぞ?」

 

「ただの悪夢であってくれたのならそれでいい。だけど…夢にしては余りにも現実感があったの」

 

「参ったな…夢の調査をしてくれと依頼される探偵なんて俺が初めてなんじゃないのか?」

 

「普通の探偵なら相手にもしないでしょうね。だけど、貴方が悪魔だからこそ頼みたいのよ」

 

「それは…悪夢で見た世界とやらが悪魔と関係しているかもしれないからか?」

 

不快な表情を浮かべながらも彼女は悪夢の世界で見た光景を語ってくれる。

 

彼女の話の内容を聞いた尚紀の脳裏には忘れられない光景が浮かんでしまう。

 

「ほむら……この依頼、受けさせてもらう」

 

「その表情……何か思い当たる点があるのかしら?」

 

「お前が夢で見たという光景の内容なら俺も見た事があるんだよ…新宿衛生病院の地下でな」

 

「何をしている場所だったの…?」

 

「…悪魔崇拝をしている団体の秘密施設だった。儀式殺人をしているような痕跡も見つけた…」

 

「私の悪夢と同じ内容ね…私が夢で見た施設も悪魔崇拝を行う者達が好みそうな空間だったのよ」

 

「だとしたら…見滝原総合病院は悪魔崇拝を行う団体の隠れ家的な拠点か何かなのか?」

 

「それを見つけだして報告して欲しい。もし悪夢の内容が現実だったなら…放置出来ないわ」

 

「まどかや杏子達以外の赤の他人を気にしてくれるとはな…本当のお前は優しい女で安心したよ」

 

「儀式殺人の生贄にされていたのは子供達だったの。あんな光景を繰り返させる訳にはいかない」

 

「了解したが…問題はまだある。お前は中学生なんだろ?手付金をくれるのか?」

 

「勿論よ。言い値で払ってあげるわ」

 

無い胸を張って自信満々な顔つきを見せてくる彼女を見て、怪訝な顔つきを浮かべてしまう。

 

「もしかして……お前って、お嬢様だったのか?」

 

「今は独り暮らしだけど東京郊外の豪邸で暮らしていたの。金銭面の問題を感じた事は無いわね」

 

手付金を聖探偵事務所の口座に入金してもらったことにより、正式な依頼として承諾する。

 

潜入捜査を行うための準備をするために帰路につく彼の後ろ姿をほむらは見送ってくれたようだ。

 

「彼を頼る事になったのは…記憶操作を用いて問い詰めても手掛かりを掴めなかったからなの…」

 

ほむらは彼を雇う前に単独で捜査をしていたようだが、病院関係者は誰も地下を知らなかった。

 

悪魔となった彼女の魔法はそれだけではないのだが、それを与えてくれる者は沈黙したままだ。

 

「クロノス、貴方は協力してくれる気はないということね?」

 

死神の振り子が揺れ動くクロノスの結界内で声を上げるが、返事は返ってこない。

 

クロノスを魔法盾に変えて時間停止を行使すれば単独潜入も簡単であったが出来なかったようだ。

 

(今でもルシファーと繋がっているクロノスが動かないのなら…あの施設の正体はまさか…)

 

嫌な予感を巡らせながらも彼女は自分の悪夢がただの夢でしかなかったことを願う。

 

彼女の夢が正夢であったのなら、今この時でも子供達が儀式殺人の生贄になっていたからだった。

 

……………。

 

「この病院は警備会社の契約を二つ行っている…。もう一つの警備会社の連中は何処だ?」

 

巡回を続けていたら別の警備員と突き当りで出くわしてしまう。

 

現れたのは警備員の制服を着せられ、不満げにライトを尚紀に向けてくるセイテンタイセイだ。

 

「なんで俺様まで探偵の仕事に付き合わされるかねぇ…」

 

「美雨からの依頼がない時は暇人なんだし手伝え。丈二は別件捜査で忙しくて来れないし」

 

「まぁいい、貰える小遣い少ないし…ちゃんと手伝った分の給料をもらうからな?」

 

「分かってるって…。それより、ほむらから聞いたエレベーター方面はどうだった?」

 

「巡回してたが地下に下りるエレベーターなんぞ見つからなかったぞ?ただの夢だって」

 

「それなら構わないんだが…どうも引っかかるな。ほむらはどのエレベーターで地下に下りた?」

 

2人で考え込んでいたが、医者の姿をした者が近づいてくる。

 

現れたのは幻魔種族の固有能力である擬態の力を用いて職員になりすましたクーフーリン。

 

「この病院の副院長に暗示魔法をかけて聞き出せた。どうやらこの病院は黒で間違いない」

 

「流石は魔法にも長けた幻魔種族だ。こういうデリケートな役目は槍一郎に限るな」

 

「ケッ!俺様は犬っころよりも頼りにならねーってかぁ?」

 

「そうは言ってないだろ…マスターは暴れることに関しては頼りにしてるって」

 

「フン、嫉妬に狂った猿など置いていけ。こっちだ」

 

猿のようにキーキーと怒り出す悟空をなだめつつ、尚紀は槍一郎に案内されていく。

 

彼が案内した場所とは悟空が巡回したエレベーターエリアであり、隣には階段もある。

 

「ここは何もなかったぞ?本当に地下に下りるエレベーターがあるのかよ?」

 

「まぁ、見ていろ」

 

槍一郎が非常ベルの起動装置の蓋を開けて中に隠されていたボタンを押す。

 

すると階段が持ち上がっていき、下側には隠し階段が現れたようだ。

 

「なるほど…悪夢の世界のほむらは上に持ちあがった階段に気が付かないまま下りたようだな」

 

「人間の意識は狭い部分にしか向けられないものだ。だから手品のような小細工が通用する」

 

「武術の世界でもそれは同じさ。フェイント技術は意識操作と同じ手口だからなぁ」

 

「よし、行ってみるか」

 

ここまでくれば変装は必要ないと元の人間姿に戻った槍一郎の背中に2人はついていく。

 

奥には隠しエレベーターが存在しており、ボタンを押して後ろを警戒しながら到着を待つ。

 

槍一郎がエレベーターパネルの横にあるスイッチを押せば上階の隠し階段が下りたようだ。

 

「これで誤魔化せるだろう。さぁ、鬼が出るか蛇が出るか…何でも現れるがいいさ」

 

エレベーターが到着した3人が乗り込み、見滝原総合病院の深部へと降りていく。

 

この領域こそほむらが見た悪夢の世界であり、人修羅として生きる尚紀も見た事がある場所。

 

悪魔崇拝者達が秘密の会合と儀式殺人を行う場であり、ダークサマナー達も利用する施設。

 

かつて在った世界で見た悪魔崇拝ガイア教施設と変わらない地の底を象徴する地獄であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

地下施設にエレベーターが到着して扉が開く。

 

開けた地下空間には警備室である検問所が設けられており、座っていた警備員達が立ち上がる。

 

「エレベーターから人が降りてこないぞ…?」

 

「エレベーターの誤作動か?ちょっと見てくるか」

 

不審に思った警備員達がエレベーターに近寄った時、隅に隠れていた男達が警備員の腕を掴む。

 

「「うわっ!!?」」

 

引き摺り込まれた警備員達の真ん中に立った悟空が左右に向けた掌底打ちを放つ。

 

「「ぐふっ!!!」」

 

腰を落とし馬歩の状態から打開と呼ばれる掌底打ちを放ち、警備員達を昏倒させてくれた。

 

警備員を引き摺りながら出てきた男達が周囲を見回し、ボルテクス界に存在した光景を思い出す。

 

「…気味が悪いぐらい似ている光景だな」

 

「そうだな…この病院の地下空間はかつての新宿衛生病院の地下施設とよく似ている」

 

「懐かしい思い出に浸ってないでコイツらを隠そうぜ」

 

監視モニターが並んだ警備室にまで連れ込まれていく警備員達。

 

別会社から派遣された警備員の服を脱がせ、自分達が着ていた警備員服を脱いでいく。

 

警備室から出てきたのは別会社の警備員に擬態した尚紀と悟空であった。

 

「置いてあったセキュリティーカードの見た目まで同じだ…俺まで夢の世界に来た気分になる…」

 

「無線はオンにしておけ。ここからなら施設内の連中を見張れるから私が指示を出す」

 

「俺様としては蜂の巣を叩いた騒ぎの方が楽しめるが…まぁ給料分の働きならしてやるさ」

 

警備室の奥に向かえば鉄の格子戸ゲートが立ち塞がる。

 

セキュリティーカードを差し込むと格子戸ゲートが横にスライドするようにして開いてくれた。

 

「……何だ?」

 

一瞬だが、尚紀の目には不可解な光景が映ってしまう。

 

白人のような青い瞳となった尚紀に見えたのは新宿衛生病院の地下空間の光景。

 

首を振り視線を戻せば似ているが違う景色である元の空間が青い目に映ったようだ。

 

「どうした?」

 

「……何でもない、先を急ぐぞ」

 

ゲートを超えた2人は警備員のフリをしながら巡回している者のように振舞っていく。

 

無機質な壁を薄暗い明かりが照らす不気味な通路を超えていくのだが周囲に目がいってしまう。

 

「…ここの施設の持ち主は相当な悪趣味をしているようだな」

 

「ああ…飾られた絵画の数々は異常小児性愛者が描いたとしか思えない卑猥なものばかりだ」

 

「人体をバラバラにしてカニバルを楽しむ絵画もあるぜ。俺様はこういう連中を知っている」

 

「まさか…この施設も生体エナジー協会を運営していたイルミナティの関連施設なのか?」

 

「調べていけば分かるさ。それより、ほむらに渡す証拠写真を残していけよ」

 

「分かってるって」

 

尚紀は身に付けている伊達眼鏡を指で押し上げる。

 

これは眼鏡型の隠しカメラであった。

 

分かれ道に辿り着いた2人は手分けして地下施設の捜査を開始。

 

尚紀が向かった方角は悪夢の世界でほむらが向かった方角と同じである。

 

禍々しい悪魔の絵画の数々を超えていくとホルスの目が描かれた絵画を見つけたようだ。

 

「これを掲げる連中なら知っている。どうやらここはイルミナティの施設で間違いなさそうだな」

 

そんな事を考えていると耳に差し込んだ無線機のイヤホンから槍一郎の声が聞こえてくる。

 

向かってくる警備員の存在を伝えてくれたため、彼は警備員のフリを行いながら進んでいく。

 

道中ですれ違ったが怪しまれることはなかったようだ。

 

道中の光景を眼鏡型カメラで撮影を続けていくと見覚えのある曲がり角が現れる。

 

「かつての新宿衛生病院の地下と似通っているここならば、曲がった先にあるのは…」

 

警戒しながら奥の部屋の入口前まで進み、中に人がいないか聞き耳を立ててみる。

 

誰もいなさそうなので尚紀はゆっくりと扉を開け、中の様子を覗き込んだ。

 

「…思い出したくもない禍々しい光景だ。新宿衛生病院の地下にあった儀式殺人部屋と同じだ」

 

覗き込んだ部屋とは血文字のような魔法陣の中央に手術台が置かれた薄暗い手術室。

 

後ろを警戒しながら彼は部屋の中へと入っていく。

 

「イルミナティを象徴する梟と…牛頭の像。バアル崇拝をしている連中が置きそうな悪魔像だな」

 

カメラ撮影しながらも中央にある手術台の元にまで近寄り、眉間にシワを寄せる顔を浮かべる。

 

「眼科にある手術道具一式…それに血液を吸引する機械…何を行うのか想像したくもないな…」

 

子供達の目を使って長い針を脳まで突き刺し、アドレナクロムとして子供の生き血を吸い上げる。

 

この拷問を教育と称してイルミナティ入りを果たしたアリナは何度もやらされてきた。

 

もしそんな光景を今この場で見つけたのなら、彼は潜入捜査など忘れて襲い掛かっただろう。

 

それでも彼は目にすることになっていく。

 

この地下施設で行われてきたおぞましい子供の虐待と殺戮行為の動かぬ証拠の数々を。

 

顔を俯けたまま歩いてくる尚紀の元に別の方角に向かっていた悟空が近寄ってくる。

 

「向こう側は大きな扉があるが、このカードじゃ入れそうにねぇ。そっちはどうだった?」

 

悟空が向かった方角とはダークサマナー達が利用する施設であり、区画分けされている。

 

この施設を利用してきた十七夜もまさか隣の区画がおぞましい虐殺施設だとは考えないだろう。

 

「…ここは子供を虐待して殺す施設だ。レイプ室、食肉加工室、食卓…そして焼却場もあった」

 

「生体エナジー協会で見かけた光景と同じだな…こいつはマジで破壊した方がいい施設だ」

 

「……急いで逃げるぞ。依頼人であるほむらに写真を渡し、どうするかを判断してもらう」

 

「その顔つきなら答えは出てるんだろ?たとえほむらが動かなくても…お前が破壊するんだな?」

 

憤怒に歪んだ顔を上げる男は決意する。

 

「ああ…俺が破壊してやる。たとえ証拠を警察に突き出しても…動いてくれるとは思えない」

 

「全く…この国には正義なんて存在しないんだろうな。正義を執行する国そのものが終わってる」

 

「…所詮は敗戦国というわけさ。日本に生まれてきて…これほど後悔したことはなかったよ」

 

急いで槍一郎の元に戻る2人であったが、尚紀は格子戸ゲート近くで足を止める。

 

「何だこれは……?またなのか……?」

 

尚紀の青い目に映ったのは再び新宿衛生病院の地下空間の光景。

 

そしてゲートの向こう側には2人組の人物達が立っている。

 

その光景はかつて在った世界で見かけた喪服の老婆と喪服の少年が現れた時と酷似していた。

 

「フフッ……☆」

 

現れたのは尚紀にとっては初めて見る少女達。

 

目の前の人物達とは制服姿の藍家ひめなと栗栖アレクサンドラ。

 

彼女達は恋人繋ぎのように手を繋ぎ、離れない姿を見せてくる。

 

「お前達は誰なんだ…?魔法少女なのか…?」

 

驚きの表情を浮かべた男に向けて2人はこんな言葉を贈ってくる。

 

「どうしたの、ひめちゃん?あの人が気になるの?」

 

「うん。あの男の人と私チャン達って、もしかしなくてもフィーリングバッチリなのかも♪」

 

「そうなの?それは嬉しいことだって私も思うな」

 

「質問に答えろ……お前達は何者なんだ!?」

 

怒りの声を上げる男に向けてひめなとアレクサンドラは笑顔を向けてくる。

 

ひめなが左手を持ち上げていき、中指に嵌められている指輪を見せてきた時に彼は感づく。

 

「銀の山羊頭部をした指輪だと…?まさかお前達の正体とは……」

 

ひめなの指輪とアレクサンドラの髪飾りに見えた銀の山羊頭部とは逆五芒星を表す。

 

ボルテクス界においては堕天した魔王ルシファーを表すシジルでもあった。

 

「でもひめちゃん、今は忙しいみたいだから。後にしようか」

 

「おけまる☆じゃあね、人修羅君。きっとまた会えるから」

 

「ま、待て!?お前達の正体を答えろ!!ルシファーなのか!?」

 

ひめなとアレクサンドラが笑顔で手を振り、彼女達の姿は消えていく。

 

それと同時に元の景色の光景が彼の青い目には映ったようだ。

 

驚愕した表情を浮かべたままだが、隣にいる悟空は怪訝な顔つきを向けてくる。

 

「何を叫んでんだ?少女なんて何処にもいないだろ?」

 

「えっ……?」

 

周囲を見れば悟空が語った通り誰もいない。

 

「俺しか……見えていなかったのか……?」

 

不安と恐怖を感じた尚紀は片手を両目に当てながらこう呟く。

 

「変化した俺の目にしか……映らない者達なのか……?」

 

夢と現実の区別がつかなくなり、ふらつきながらも槍一郎がいる検問所に戻っていく。

 

服をもう一度着替え直した男達が服を着せ直した警備員達を殴る。

 

意識が戻った男達に向けて尚紀は幻惑魔法である原色の舞踏を行使。

 

青い目から金色の目に変化した彼の目を見た男達は幻惑に取り込まれ混乱状態となったようだ。

 

侵入者が入り込んでいるのも理解出来ず、彼らは元の警備任務へと戻っていく。

 

彼らの幻惑状態が元に戻る前に尚紀らは地下施設を後にして病院から去っていくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……ただの夢であって欲しかったわ。だけど、この証拠写真があるなら間違いなく現実よ」

 

証拠写真の数々を見せられたほむらは顔を青くしながら震えている。

 

凄惨な現場を見てきた者でさえ恐ろしくなる現場光景を再び見ることになってしまったからだ。

 

「ほむら…これからどうする?この証拠写真を警察に届けても…恐らくは揉み消される」

 

「イルミナティ…それ程までの組織なのね。今の日本政府は連中の飼い犬に過ぎないだなんて…」

 

「俺はこの地下施設を放置出来ない。かつての生体エナジー協会と同じく破壊しに行こうと思う」

 

彼の覚悟を聞かされたほむらは頷き、立ち上がった彼女が上のゼンマイ装置に向けてこう告げる。

 

「私を金銭面で支えてくれたようだけど…私はイルミナティ側には付かないわ、クロノス」

 

(ほむら…お前がお嬢様だったのは欧米の啓明結社の世話になってきたからだったのか…)

 

「自由を望むのが悪魔の戒律なんでしょ?だったら…悪魔の私は私の自由を行使させてもらうわ」

 

彼女の決意を聞いた時の翁は姿を見せないままこう返してくる。

 

<<…好きにするがいい。悪魔の自由は誰にも侵害出来ん…しかし、自由とは責任の道じゃ>>

 

「分かっている…たとえイルミナティから追われる事になろうとも…私は悪魔崇拝を許さない」

 

<<強き者よ、恐れなく自由を進むがいい。その道の果てに破滅があろうとも……強く在れ>>

 

沈黙したクロノスに代わり、肩に手を置いてくれる尚紀が励ましてくれる。

 

「それでこそ悪魔だ、ほむら。自分の直感を信じろ、お前は独りじゃない…俺達がついている」

 

「尚紀…ありがとう。クロノスの支援が得られないなら私なりに準備をする必要があるわね…」

 

「この襲撃には俺の仲魔達も参加してくれる。決行は週末の夜にしようぜ」

 

「了解よ。私は悪魔であっても…心は人間で在りたい。悪魔崇拝者を許すつもりは絶対にないわ」

 

それぞれが決意を胸に秘め、見滝原総合病院の襲撃作戦のための準備を進めていく。

 

かつて自分の命を救ってくれた病院に襲撃を仕掛けるほむらの表情は複雑さも抱えている。

 

それでも彼女には譲るわけにはいかない感情が宿っているのかもしれない。

 

子供達を生贄にする悪魔崇拝はいずれ彼女が愛する鹿目まどか達にも向けられるだろう。

 

それに彼女も魔法少女として人間を守る為に戦い抜いた矜持もまだ残っている。

 

今の彼女の決断を促した気持ちこそ、暁美ほむらの原点だった頃の気持ち。

 

鹿目まどかと巴マミと共に正義の魔法少女として生きたいと願った頃の気持ちこそが支えである。

 

「私はリスクを恐れない…私が超えてきた道はリスクなんかを気にする者では生きられなかった」

 

週末の夜、フル装備を抱えたほむらが彼女を待つ車の元へと歩いていく。

 

フルサイズバンに装備を放り込んだ彼女が乗り込み、先導するクリスを追って発進していく。

 

バンの中で彼女は自分について来てくれる新しい仲魔達に視線を向けながらこう呟いた。

 

「恐れはない…だって今の私はね、頼れる仲魔達がいてくれるのだから」

 

暗雲が立ち籠る夜を二台の車が駆け抜けていく。

 

悪魔崇拝者達の陰謀を打ち砕くなら、同じ悪魔こそが相応しいのだと信じて戦い続けるのだ。

 

悪魔狩りを行う悪魔達の今夜は長い夜を迎えるのであった。

 




悪魔ほむらの仲魔達の初陣は長くなるので三つに分けます。
人修羅君に幻覚が見えるようになってくるとは、精神病院行きですかね?(デッドスペース脳)


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220話 マスターテリオン

週末の夜も見滝原総合病院の地下では悪魔崇拝行為ともいえる邪悪な催しが行われている。

 

集められた政界のエリート達が今宵も生贄となる子供達を相手にレイプパーティを行うのだ。

 

「バアル様万歳!!今宵も子供達を生贄に捧げましょう!!」

 

「イヤァァァァーーーッッ!!もうやめて!!許してぇぇぇぇッッ!!!」

 

「泣き叫ぶがいい!!子供達の絶望こそが!バアル様への最大の贈り物となるのだぁ!!」

 

「バアル様の像が我々を見ておられる!今宵の貴様らはゲヘナの炎に焚べられるというわけだ!」

 

「やだぁ!!イヤァァァァーーーッッ!!助けてお母さん…あぁ……お母さーーーんッッ!!!」

 

「ハァ!ハァ!!俺の股間も燃えてきた!!もう出すぞ……うぅ!!!」

 

フリーメイソンとはセックスカルトであり、金とセックスを崇拝するのがルシファー主義。

 

この退廃極まった社会文化こそがイルミナティが民衆にももたらした世界の変革の光景でもある。

 

ひとしきりハッスルして満足した男達は空腹を抱えているようだ。

 

やり捨てた性奴隷達の肉体はこれから食肉加工されることになるのであった。

 

その頃、アドレナクロム欲しさに子供の生き血を吸い上げ終えたアリナは手を洗っている。

 

「そういえば最近…あのトラニーチェイサーの変態ジジィを見かけないんですケド」

 

アリナの教育係として拷問指導をしていたアレイスターは彼女の教育係からは外れている。

 

今のアリナは子供を虐待することなどなんの苦しみも感じないまでに研磨することが出来た。

 

だからこそ教育係からは外され、彼は責任ある立場の者として連れ出されていたようだ。

 

「まぁいいんですケド。変態ジジィなんていなくても、アリナは自分でオペが出来るカラ」

 

儀式殺人部屋から出て行くアリナだが、通路に飾られている瞼の無いホルスの目に目がいく。

 

瞼の無い単眼はプロヴィデンスの目と呼ばれ、黙示録の騎士ホワイトライダーを象徴するものだ。

 

「そういや…オペを習う時に変態ジジィがブレインの輪切り模型を持ってきてくれたっけ」

 

思い出すのは脳の輪切り模型の中央部分の形。

 

人間の脳は輪切りにするとホルスの目の形と同じと言われている。

 

脳の中央こそが松果体であり、宗教的には松果体にこそ人間の魂の座があるという。

 

「松果体のブラッドを吸い上げてイートする…まるでデビルがソウルを食べるのと同じなワケ」

 

アリナがアドレナクロム欲しさに子供の生き血を吸い出すのは彼女もまた麻薬中毒になった証拠。

 

アドレナクロムは中毒症状をもたらす物質であり、活力を得られるが飲まずにはいられなくなる。

 

その姿はまさに十七夜と同じく吸血鬼の姿そのものだろう。

 

「アリナはね、神秘主義を望む。アートも神秘主義も同じ…真似をするからこそ本物になれる」

 

アリナが望むのは神の次元に辿り着くこと。

 

それは悪魔になる道でもあり、悪魔の真似をするからこそ悪魔となれると信じる者。

 

彼女が目指す頂きこそ美を司る星である暁の星。

 

しかしイルミナティが新たなる暁の女神として認めた者は猿真似しか出来ないアリナではない。

 

「暁美ほむら…アナタだけ特別視されるのは認めないカラ。アリナこそが…金星の女神になる」

 

人間の血が必要な十七夜の分のアドレナクロムも貰ったアリナは帰路につく。

 

車の中で景色に目を向ける彼女の心の中には強い嫉妬の感情が湧いているのか眉間にシワが寄る。

 

暁の女神になるのは暁美ほむらではないとライバル心を燃やしていた時、目が見開く。

 

「ストップ!!」

 

車を制止させた彼女が窓を開けて通り過ぎて行った対向車に目を向ける。

 

「人修羅……だったヨネ?見滝原に向かってるワケ?」

 

運転手に命令して人修羅の後を追わせていく。

 

ほむらの家に立ち寄った人修羅達の車を追った彼女が辿り着いたのは裏口玄関とも言える場所。

 

「なるほどね……どうやらシークレット施設も連中にバレちゃったってことなワケ」

 

「混沌王様があの施設に赴く理由とは……生体エナジー協会の破壊と同じ事をする気ですか!?」

 

「かもしれないワケ」

 

「そんな事をされたら施設関係者である我々の責任問題になります!直ぐ上に連絡しましょう!」

 

「待つワケ。こんなチャンスをアリナが見逃す筈がないんですケド」

 

「で、では……何をされるのですか?」

 

「アリナが相手をしてあげる」

 

不気味な笑みを浮かべるアリナは車を移動させていく。

 

向かった先とは見滝原総合病院と隣接している佐藤メディカルグループ施設だった。

 

「アイツが……暁美ほむら……」

 

車を停車させて監視していた時に見つけた人物を思い出し、苛立ちを募らせていく。

 

爪を噛む程の怒りを纏う者を乗せた車はダークサマナー達が利用する施設へと向かうのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

破壊されたかつての生体エナジー協会はアレイスターが所有する病院の地下にあった。

 

アレイスターもまた責任者として追及の手を逃れる術はなく、彼は米軍基地に連れていかれる。

 

「やめろーーっ!!やめてくれーーーっ!!!」

 

見滝原近くにある米軍基地に設けられた邪教の館に連行された彼に待っていたのは地獄であった。

 

「始めろ」

 

「嫌だーーーッッ!!私はまだ消えたくないーーーッッ!!!」

 

生贄を捧げる三つの巨大柱の上で拘束されたアレイスターが泣き叫ぶがもう遅い。

 

隣と奥の柱の上に立つ悪魔達と共に邪教の秘術を用いた原子分解現象が起きていく。

 

二体の悪魔と1人の人間を用いた『生贄合体』の実験体にされるのが彼に与えられた罰なのだ。

 

この頃はまだ人間と悪魔が合体した成功例が無く、失敗作が次々と処分されていた時期。

 

アレイスターもまた人間の自我を残す事が出来ずに失敗作として処分されようとしていた。

 

しかし、彼は悪魔に魂を売った生粋の悪魔崇拝者。

 

その魂は限りなく悪魔に近く、だからこそ悪魔の如く擬態する事が出来たようだ。

 

「失敗作の様子はどうだ?」

 

邪教の館に併設された米軍施設内の研究室には巨大試験管に収められたアレイスターがいる。

 

培養液のような水の中で拘束されたままの存在はにこやかな笑みを浮かべるばかり。

 

「自我の崩壊によって暴れ狂うこともありません。これは上にどう報告すればいいのですか?」

 

「金融資本家達が望むのは自分達の自我が悪魔を乗っ取り転生を果たすこと。これは失敗作だよ」

 

「では…やはり廃棄処分にするのでしょうか?」

 

「ふむっ…確かにこの失敗作のデータは見どころがある。使い魔として制御出来るやもしれんな」

 

こうしてアレイスターだった存在はダークサマナーに監視されながらも解放される。

 

彼の中身は完全な悪魔となったが、それでも地上に顕現した存在はアレイスターのフリを続けた。

 

悪魔は人の魂を吸収出来る存在であり、魂の経験値を手に入れられるために出来る芸当なのだ。

 

見滝原総合病院に戻った彼なのだが、病院経営は息子である副院長に委ねる手続きを始めていく。

 

これには理由があり、人間に擬態していようとも悪魔の本能が抑え込めない者だったからである。

 

「グググ……ギギギ……来ル、来ルワヨ……」

 

モニタールームに座り込んでいるのは女装姿のアレイスターだった者。

 

ドレス姿に顔の厚化粧は変わらないのだが、厚化粧には所々に亀裂が入っている。

 

スナック菓子感覚で食べているのは抗精神薬であるが、感情の高ぶりが抑え込めてはいない。

 

「私ガ…私コソガ…マスターテリオンヨ!!認メナイ……アノ2人ヲ私ハ認メナイワ!!」

 

モニターに視線を向ける狂気の女王を演じる男となった悪魔が爆発させるのは嫉妬の感情。

 

人修羅や悪魔ほむらのようなルシファーに選ばれし者達に向けた激しい憎悪であった。

 

「ククク……歓迎シテアゲルワ。ルシファー様二気二入ラレ様トモ…詰メノ甘イマヌケ共メ」

 

モニターに映っているのは各エリアに配置されている迎撃部隊の姿である。

 

尚紀達が侵入していたのはバレていたようであり、あえて泳がして迎え撃つ段取りをしてきた。

 

アレイスターだった者の勝手な行動を抑え込むためのダークサマナー達は後ろ側で倒れている。

 

血を流す者達は絶命しており、従順な態度で油断させられた上で殺害されていたようであった。

 

……………。

 

夜の見滝原総合病院近くの有料駐車場には尚紀達の車が停車している。

 

バンに乗り込んだ者達が後部座席の向かい合う椅子に座り机に置かれた見取り図に視線を向ける。

 

「俺達の記憶を頼りに見取り図を作ったが…どう攻める?派手にやると上の病院被害が怖いぞ」

 

「あの病院は高層ビルだ。地下には大きな支柱がある筈だからな…大規模な破壊は不味いだろう」

 

「分かっているわ。私の爆弾は地下施設を破壊する規模で抑え込む品を用意してるから大丈夫よ」

 

「どうだかなぁ…爆発させた部屋の隣に大きな支柱があったなら大変な事になるんじゃねーの?」

 

「悟空、私の爆弾技術を疑っているのかしら?」

 

「お前が爆弾技術のスペシャリストだなんて聞いたのは今日が初めてだ。まぁお手並み拝見だな」

 

「隠密行動をするつもりだが最悪の事態もあるだろう。逃げ出す場所も決めておくぞ」

 

あれだけの地下施設なら巨大な物資搬入用エレベーターがあるとほむらは指摘してくる。

 

そこを脱出ルートにしてはどうかという意見に対して反対意見は出てこなかったようだ。

 

「我ハドウ動ケバイイ?」

 

「お前は後詰めだ、ケルベロス。戦いが激化して敵の援軍が地上に迫るようなら迎え撃て」

 

「分カッタ、従オウ。敵ノ援軍ガ現レテクレレバ我モ楽シメルノダガナ」

 

「そうならないに越したことはない。それじゃ、俺達は地下に向かうとするか」

 

バンから出てきた尚紀達が黒の帽子を目深く被り口元をスカーフで覆う。

 

顔を晒さないように工夫しているようだが、ほむらはバンから降りてこない。

 

「ほむらはどうしたのだ?」

 

「アイツは女だから色々と準備があるんだろ?大荷物を抱えてきてたんだし」

 

「まさか化粧に時間がかかりますとかじゃねーだろうな?そうだったらはっ倒すぞ」

 

少し待っているとバンの扉が開き彼女が降りてくる。

 

「おいおい…その姿は……」

 

尚紀が目にしたほむらの服装とは魔法少女時代の服装と同じである。

 

頭部は黒のキャスケット帽子を被り、目元は赤い眼鏡を纏って頭部を隠す工夫をしていたようだ。

 

「悪魔になっても魔法少女時代の服装程度なら魔力で生み出せるようだな?」

 

「この服装の方が動きやすいもの。戦いでボロボロになってもお金がかからないし」

 

「お前らは服の出費を考える必要なんてなかったよな…羨ましい。今度生み出し方を教えてくれ」

 

「ダメよ。企業秘密だから」

 

「…変身ヒロインだけの特権かよ。泣けてくるぜ」

 

「つべこべ言ってないで行くぞ、お前ら」

 

ほむらは両手に持った大きな鞄を持ち、尚紀達と共に夜の見滝原総合病院の敷地内を目指す。

 

悟空と槍一郎の後ろについていく2人であったが、尚紀は隣のほむらに視線を向ける。

 

「その()()()()()()()()()()…似合ってるな」

 

「急にどうしたのよ?」

 

「いや…気にするな。俺の親友だった男も同じ帽子を被ってたから…思い出しちまったよ」

 

「もしかして…その人もまどかと同じくコトワリ神になったという……」

 

「新田勇…かつて在った世界では中学時代からの親友だった…」

 

辛そうな表情を浮かべる尚紀を心配そうに見つめるが、ほむらは妙な違和感を感じてしまう。

 

(黒のキャスケット帽子を被った男とは……何処かで出会った事があったような気がする)

 

思い出そうとしていたら病院敷地内まで歩いてきた事もあり、ほむらは考えるのをやめたようだ。

 

夜間・休日出入口方面に向かい中へと入っていく。

 

時間外受付室に座っていた者が怪しい連中が現れた事で立ち上がるのだが魔法の力が行使される。

 

人修羅の幻惑魔法を行使された事によって夜勤の警備員達は病院関係者だと誤認したようだ。

 

「貴方の幻惑魔法も便利なものね。私の記憶操作魔法は人間の知覚までは誤魔化せないし」

 

「そういや、お前は悪魔になったのに魔法少女時代の固有魔法を失ってないよな。どうしてだ?」

 

「説明は出来ないけれど…私はかなえやメルのように悪魔合体で悪魔になった者ではないもの」

 

「そういやそうだったな。お前の悪魔転生は特殊過ぎる例だから参考にはなりそうにないか」

 

地下に下れるエレベーターフロアまで来た一行が隠しボタンを押して階段を上げていく。

 

隠し階段を下りてエレベーターのボタンを押す。

 

エレベーターが来るまでほむらは鞄の中身を開けて用意した武装を装備していくようだ。

 

「まるで特殊部隊のコスプレでもしている魔法少女のように見えるぞ」

 

彼女が身に纏った武装は魔人の試練の時に身に纏っていた装備の数々であった。

 

「残念だけど、これはコスプレではなく本物よ」

 

「魔人との戦いの時でもそうだったが、どうやってそれ程の武装を用意出来たんだ…?」

 

「…私のためにルシファーが用意してくれた品の数々よ。それだけしか言えないわね」

 

「アイツが用意した品でイルミナティの施設を破壊してやるんだ。皮肉たっぷりで気に入ったよ」

 

爆弾を詰めた収納BOX型の鞄は背中に背負い、三点スリングで吊るした突撃銃を手にしたようだ。

 

「俺達はほむらの援護を行う。彼女が施設を爆破していくための露払いをやるぞ」

 

エレベーターに乗り込んだ者達が悪魔崇拝者達の根城へと乗り込むために地下へと進む。

 

内部で佇むほむらの脳裏には見滝原総合病院で入院していた頃の記憶が浮かんでしまう。

 

(子供の私を救ってくれた病院は…人々の希望だと信じてきた。だけど…現実は真逆だったのね)

 

下降を続けるエレベーターの光景は病院に対する信頼が地の底まで落ちる光景を表している。

 

病院という存在を真逆に向けて貶めた金融資本家達に怒りを燃やすほむらは躊躇わないだろう。

 

(美国さんを殺戮した罪と同じ行為を繰り返したくはない…。それでも、私にも限界はある…)

 

握り締められた銃を持つ手に力が入る。

 

彼女は撃ってくる者達が現れたのなら容赦なく引き金を引くだろう。

 

それでも敵の急所を避ける射撃技術を磨いてきた自分を信じてこれからの戦いに赴くのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

エレベーターが下りてくるエリアには既に迎撃部隊が配置されている。

 

民間軍事会社の武装兵のような男達が銃を持ち、VIP達の護衛を行う布陣をしていた。

 

彼らが過剰なまでの武装をしているのは侵入者が現れることを警戒しているためのようだ。

 

「見ろ、エレベーターが下りてくるぞ」

 

「これ以上の来客予定はない。だとしたら…報告通り侵入者のお出ましのようだな」

 

アサルトライフルを構える武装兵達がエレベーターの前に集まってくる。

 

到着の音が鳴り響き扉が開いた瞬間、彼らは引き金を引く。

 

次々と薬莢がばら撒かれていき銃のマズルフラッシュが薄暗い空間を照らしていく。

 

エレベーター内部の壁が蜂の巣にされていくのだが、尚紀達は隅に隠れて弾を避け続ける。

 

「私に任せなさい」

 

「お前と一緒に戦うのは初めてだ。どれ程の手並みなのか俺達に見せてみろ」

 

タクティカルベストの横腹付近に備え付けてあるスタングレネードを手に取りピンを抜く。

 

ほむらは片手を用いて外に放り投げ、スタングレネードが地面に転がり炸裂。

 

<<グワァァーーーッッ!!!>>

 

閃光と爆発音で怯んだ敵兵士に向けて射撃体勢を行うほむらがHK417の引き金を引いていく。

 

アッパーレシーバーに供えられたホロサイトに狙われた敵兵士達の手足や肩が射抜かれる。

 

片膝をついて蹲る敵兵士達に向けて悪魔化した仲魔達も飛び込んでいく。

 

「ぐはっ!?」

 

「ぎゃぁ!!」

 

急所打ちを浴びせられた敵兵士達は倒れ込み戦闘不能となるが命だけは残したようであった。

 

エレベーターから出てくるほむらに向けて人修羅はスカーフの中で微笑みを浮かべてくれる。

 

「安心したよ。お前は容赦のない奴だと思っていたが…俺のような虐殺者ではないようだな」

 

「…いいえ、私も虐殺者なの。だからこそ、私は同じ過ちを繰り返さないよう…反省したわ」

 

「ほむら…お前……」

 

「魔法少女の虐殺者として生きた貴方も反省したんでしょ?失敗は終わりなんかじゃないわ」

 

「ああ…やめたら終わりだ。まどかを救う為に何度もやり直したお前の言葉を重く受け止めるよ」

 

「無駄口はそこまでだ。私達を待ち構えていたということは…潜入がバレていた証拠だ」

 

「俺様はその方が楽しいから構わないぜ?さーて、お楽しみといこうじゃねーか!!」

 

侵入者が現れた事により悪魔崇拝者達は蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていく。

 

逃げ出すVIP達を守る為に武装兵達が次々と迎撃しに駆けつけるのだが、押し留められない。

 

「「オオオォォォーーーッッ!!!」」

 

クーフーリンの風魔法とほむらの援護射撃を背に人修羅とセイテンタイセイが前に飛ぶ。

 

強風で体勢を崩され銃弾を浴びて怯んだ武装兵に目掛けて開脚蹴りを放ち、勢いのまま連続蹴り。

 

セイテンタイセイは飛び後ろ回し蹴りで蹴り倒した勢いのまま後方の敵にも飛び回し蹴りを放つ。

 

「くそっ!!!」

 

狙いをつけようとする相手に目掛けて人修羅は旋風脚を放ち、着地と同時に横の相手に後掃腿。

 

倒れ込んだ相手に目掛けて一回転したセイテンタイセイが踵落としをお見舞いして顔面を強打。

 

「ここは通さんぞぉ!!」

 

ナイフを抜いた武装兵が仕掛けてくる。

 

迎え撃つセイテンタイセイが刃物を持つ右手を手首で制止させ、すかさず踏み込み右頂肘を打つ。

 

みぞおちを打たれて咳き込んだ相手の手首を左手で掴み、逆の手を人修羅が掴む。

 

「「ハァァーーーッッ!!」」

 

同時に回し蹴りを放ち敵の後頭部を蹴り、前のめりになった相手の顔面にダブル回転蹴りを放つ。

 

次々と敵を蹴り倒していく師弟コンビを武装兵達は止めることさえ出来ないようだ。

 

「後ろは気にするな!クーフーリンとほむらに任せておけ!」

 

「本物の悪魔が遊びに来てやったんだ、出て来いよ悪魔崇拝者共!キツイご利益をくれてやる!」

 

一本道の武装兵を排除し終えた人修羅達が分岐点に差し掛かる。

 

「俺とほむらは悪魔崇拝儀式を行っている区画に向かう。お前らは隣の区画方面に向かってくれ」

 

「この奥は入れなかった場所だったな。先に行ってこじ開けておいてやるよ」

 

4人は各々の役目を果たすためにそれぞれが左右に分かれていく。

 

人修羅とほむらを迎え撃つため、大きな防護盾を装備した武装兵達が迫りくる。

 

彼らが身に付けているのは特殊部隊のアーマーベストであり、防御に特化した部隊のようだ。

 

盾でほむらの銃弾を受け止めながら兵士達が銃撃しつつ接近してくる中、2人は物陰に避難した。

 

「今度は俺の番だ。合わせろよ」

 

「何をやるのかは知らないけど…派手にやりなさい」

 

物陰から右手を伸ばし、指を鳴らす。

 

<<グワァァーーーッッ!!?>>

 

全体炎魔法の地獄の業火を弱めた威力であるが、敵陣を怯ませるには十分だろう。

 

地面が燃え上り怯んだ相手に向けて人修羅は飛び出し、一気に飛び込む。

 

「ぐふっ!!?」

 

壁を三角飛びして前に回り込み、右腕を首に絡めながら左膝蹴りを顔面に打つ。

 

「くそっ!!」

 

銃で殴りつけようとする一撃をバク転で避け、倒し込んだ男の後頭部に一回転の蹴り足を落とす。

 

シールドバッシュを狙う男の片腕を掴み、相手の踏み込む勢いを利用した背負い投げを放つ。

 

「がふっ!?」

 

投げ飛ばした男の顔面に拳を打ち込む中、背後には銃を向けようとする敵兵士がいるが問題ない。

 

「ぐはぁ!!?」

 

ほむらの援護射撃によって両足を撃ち抜かれて怯んだ相手に目掛けて一気に踏み込む。

 

片手倒立をする程の勢いで両足を上げ、大きく浴びせ蹴りを頭部に放ち壁にまで蹴り飛ばした。

 

「いい援護だ。お前は弓を使うよりも現代兵士のような戦闘の仕方を得意としているようだな」

 

「貴方のカンフーの腕前も見事なものね。頼れる仲魔がいるのはいいものだわ」

 

通路の兵士達を打ち倒した者達が駆け抜け、爆破する施設へと向かって行く。

 

忌まわしい儀式殺人が行われている手術室に向かった時、手術室の両開き扉が蹴り破られる。

 

「これ以上好きにはやらせんぞ!!」

 

現れたのは防爆スーツを改造してタクティカルアーマーとした重武装兵。

 

両手にはガトリングガンが握られており、背中の弾薬箱と給弾ベルトで繋がっている。

 

「チッ!!」

 

猛火を浴びせられる前に物陰に隠れるのだが奥に陣取った兵士が弾幕を張ってくる。

 

防爆スーツによって先程の小規模魔法程度では怯みそうにないため、ほむらが動く。

 

「これならどう!」

 

スタングレネードを物陰から放り投げ、体を半分出しながら射撃を行う。

 

ほむらの銃弾がスタングレネードを撃ち抜き、眩い光によって重武装兵が怯む。

 

その隙を人修羅は決して見逃さないだろう。

 

「なんだぁ!!?」

 

助走して相手の背後から肩口に飛びつき、頭を両脚で挟みこんで相手の首を軸に体を旋回させる。

 

体がぐらついた相手の左腕を掴みながら着地した人修羅が左の肩関節を決めた。

 

肩関節を決められて藻掻き苦しむ武装兵の視界に映った存在が迫りくる。

 

「ごふっ!!!」

 

俯き状態だった相手の顔面に目掛けてほむらの飛び膝蹴りが決まり大きく打ち上げられたようだ。

 

「初めてにしてはいいコンビネーションだったな」

 

「そうね。それよりも早く済ませてしまうわよ」

 

収納BOX型の鞄を背中から下ろしたほむらが中身を取り出す。

 

入っていたのは爆発規模をコントロールし易いC-4爆弾のようだ。

 

彼女は手早く儀式殺人部屋に爆弾を設置して人修羅と共に部屋から出て行く。

 

迫りくる敵兵を倒しながら他も同じように爆弾設置していく中、子供達の叫び声が聞こえてくる。

 

「この先は確か牢屋だったと思う。誘拐された子供達が掴まっているかもしれないな…」

 

「貴方は子供達を救出しに行って。この奥にも地上に上がれるエレベーターがあったと思うわ」

 

「了解した。子供達を地上に送った後、再び援護に向かう」

 

人修羅と別れたほむらは爆弾設置作業を終え、クーフーリン達との合流を急ぐ。

 

彼らと別れた通路まで来た彼女は遠隔起爆装置のスイッチを押す。

 

背後空間で次々と爆発が起こるが威力は調整されているため地上の崩落には繋がらないようだ。

 

仲魔達が打ち倒した武装兵を超え、風穴が開いた大きな扉に向かっている時だった。

 

()()()()()()()()()()()じゃねーか?>

 

何者かの念話めいた声が聞こえてきたほむらは立ち止まり、辺りを見回す。

 

大きな扉の横には休憩所が見えるのだが、そこに座っている男の存在に気が付く。

 

「あ…貴方は……?」

 

ほむらと同じ黒のキャスケット帽子を被り、カジュアルなアメカジ服を纏う少年の姿が見える。

 

しかし見えるのだが人の気配は感じないため、今一そこに人がいるという実感が湧かない。

 

<お前はまどかって子のために他の連中を切り捨てた女だ。なのに何で赤の他人を助けるんだ?>

 

「貴方の声…聞いた事がある…。あれはたしか……」

 

<あの時の忠告を聞いていたようだな?なのに…何で他人に振り回される人生を選ぼうとする?>

 

「私の勝手よ。誰かにとやかく言われる筋合いなんてないわ」

 

<お前の自由は認めてやるけどよぉ…他人に期待しても何もしてくれないんだぜ?>

 

「そ…それは……」

 

暁美ほむらの孤独な戦いの歴史を知っている少年は同族を見る目を向けてくる。

 

<助けを求めても応えてくれねぇ。他人は他人に興味はないし、自分の都合の良さしか求めない>

 

「まるで…()()()()()()()のような口ぶりね?」

 

<…俺も見捨てられた事がある男だからさ>

 

忌々しい表情を浮かべた少年は飲んでいるフリをしていた空き缶をゴミ箱に投げ捨てる。

 

立ち上がった彼が去っていくのだが、ほむらのためにこんな言葉を残すのだ。

 

<社会の維持がまどかを救うって考えるのか?違うな…拘泥しない精神生活が人を救うんだ>

 

「拘泥しない…精神生活…?」

 

<他に選びようがあるのに一つの事に拘る必要はねぇよ。求めていいのは利己主義だけさ>

 

「私の…利己主義…?」

 

<お前には鹿目まどかと、都合のいい連中がいればそれでいい。赤の他人なんて本当はいらない>

 

背を向けていたが振り返り、暁美ほむらが目を背けている本当の気持ちを代わりに答えてくれた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この善行だって尚紀を利用するためさ>

 

「貴方は尚紀を知っているの…?もしかして…貴方が新田勇…?」

 

<尚紀に向けて精々点数稼ぎをするといい。円環のコトワリ神と戦わせるための大事な駒なんだ>

 

――社会という全体に対する責任なんてお前が気にするな、お前には()()()()()()()()()

 

――それこそがムスビの思想であり……本当のお前の本心なのさ、暁美ほむらちゃん。

 

そう言い残した勇が手を振りながら去っていき、消えてしまう。

 

幻覚を見ていたのだと気が付いたほむらであるが、幻覚が言った言葉が彼女の心を苦しめる。

 

「違う…違うわ…私は……そんな嫌な女なんかじゃ……」

 

口では否定するが、本心では勇が語った言葉のほうが自分にしっくりくると感じてしまう。

 

彼女が命をかけて戦うに値する存在は鹿目まどかと、まどかを支えるのに都合がいい者達だけ。

 

それで鹿目まどかと自分が面白おかしく生きていければ、赤の他人が何処で死のうが関係ない。

 

正義のヒーローごっこをする本音とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()我儘な気持ち。

 

かつての神浜魔法少女達が繰り返した偏見感情こそが、今の暁美ほむらの中には燻っている。

 

「……あの幻覚を私に見せてくる者がいる筈よ。探し出して…排除してみせる」

 

自分の薄暗い欲望から逃げ去るようにしてクーフーリン達との合流を急ぐほむら。

 

走りながらも彼女は考えてしまう。

 

今の自分は本当に赤の他人のために命をかけて戦う者なのか?

 

尚紀と同じように赤の他人であっても自分の全てをかなぐり捨てて戦える者なのか?

 

それを考えてしまった時、暁美ほむらは諦めの気持ちに支配されてしまう。

 

自分は何処までいっても個人の為にしか戦えない。

 

都合の良さしか求めない()()()()に過ぎない。

 

仲良し社会しか求めない引き籠り感情こそ、新田勇が啓いたムスビそのものに思えるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

クーフーリンとセイテンタイセイと合流したほむらはダークサマナー施設を駆け抜けていく。

 

現れるダークサマナー達の中には手練れがいなかったようであり次々と打ち倒せたようだ。

 

爆弾を設置しながら爆破を繰り返して辿り着いた場所とはダークサマナー達の修験場であった。

 

「随分と大きな空間ね…。流石にこれだけの空間を破壊し尽くす量の爆薬は残ってないわ」

 

「ならば私と悟空が破壊してやろう。それよりも…気をつけろ」

 

「ああ…人間に擬態しているようだが、魔力を隠す気もない奴が近づいて来るぜ」

 

薄気味悪い空間の奥から現れた存在を見て3人の表情が歪んでいく。

 

ドレスを身に纏っているが顔の厚化粧は亀裂塗れであり、ヨボヨボの肌が露出している。

 

口の中でバリバリ噛み砕いている精神薬を吐き出し、侵入者を睨んでくる。

 

「……モウ薬ナンカジャ抑エ込メナイ。コノ怒リ…憎シミ…晴ラス以外ニ考エラレナイワ」

 

「何だよ…コイツ?厚化粧した上で女物の服とウイッグまで纏う…キモ過ぎるジジィは?」

 

「トラニーチェイサーのド変態のようだが、様子が変だな…?」

 

「この女みたいに気持ち悪い声…覚えがあるわ。手術が終わった時に私に挨拶に来た院長よ」

 

「この病院の院長は女装癖のあるド変態だったのかよ?そんな奴に命を救われるとはな」

 

「やめて…悟空。私だって…他の病院で命を救われた方がマシだったと後悔してるわよ」

 

首を鳴らし始めるアレイスターだった者が不気味な笑みを浮かべてくる。

 

彼が視線を向ける存在とは暁美ほむらのようだ。

 

「私ト同化シタ男ハネ、貴女二強イ嫉妬ヲ感ジテイタワ。ソノ怒リヲ私モ受ケ継イダノヨ」

 

「嫉妬ですって…?」

 

「コンナ小娘ガ666ノ赤キ獣ダナンテ相応シクナイ。マスターテリオンニナルノハ私ダトネ」

 

「私が…黙示録の赤き獣であるマスターテリオン?馬鹿な事を言わないで!」

 

「貴女ノ命ヲ救ッタノハ…イルミナティ二与エラレタ任務。マスターテリオンヲ生ミ出スタメヨ」

 

「この病院に入院されられたのも奴らの仕業だったのね…。私は流されるだけの者だった…」

 

体を慣らしていくアレイスターだった者。

 

人間の体に馴染めないのか体を内側から突き破ろうと体が蠢いていく。

 

「殺シテヤル…貴女ヲ殺シテヤル!!ルシファー様二認メラレル者ハ…私コソガ相応シイ!!」

 

ついに体を突き破った肉の塊が蠢きながら巨大化していく。

 

「フン!!女装していたのは666のローマ皇帝だった暴君ネロの真似事か!」

 

「とことん気持ち悪い奴だぜ!!こんなコンプレックス野郎は俺様の如意棒で叩き潰すさ!!」

 

背中に背負った鞄を下ろし、ほむらも銃を構える。

 

怒りの表情を浮かべた彼女はこう叫ぶのだ。

 

「私はもう…これ以上イルミナティに運命を弄ばれたくない!私の運命は…私が決める!!」

 

武器を構えた者達を見下ろす悪魔こそ、マスターテリオンと自らを自称する悪魔。

 

アヌンナキの三重冠を模した三つの王冠を被り、バアルを模した牛の角を生やす頭部。

 

年寄り顔をした頭部には白髭を蓄え、襟が立ったマントを纏う。

 

体は獣であり、ドラゴンの尾には自らの王権を示すような杖まで握り込まれている。

 

人面をした四足歩行の巨大な獣こそ、()()()()()()のマスターテリオンの姿であった。

 




三つに分けようかと思いましたが、いい加減アリナとほむらのバトルも描きたくなったので5つぐらいに分けますね。


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221話 譲れない戦い

【マスターテリオン】

 

新約聖書の黙示録には人類の敵の一つとしてサタンの力と権威を得たテリオンが二体登場する。

 

アレイスター・クロウリーは称号またはペンネームとしてこの獣の王の名を名乗ったようだ。

 

マスターテリオンが現れると人間達の右手と額に666の獣の数字を刻印として与えるという。

 

これは第一の獣を崇拝するように仕向けさせる狙いがあるとされた。

 

恐ろしいのは、獣の刻印が無ければ人間は()()()()()()()()()()()()呪いを与えられる事だろう。

 

二種類のマスターテリオン以外にも一体加える事で三体の()()()()()()()()()()()とされた。

 

「Grrrrrrrr!!!!」

 

獰猛な眼を向ける巨大な獣の頭頂高は30m近くもある。

 

歯を剥き出しにして怒りを表すデキソコナイの獣が嫉妬の雄叫びを上げるのだ。

 

「認メナイーッッ!!暁ノ女神ハ私ヨ!!私コソガ…()()()()()様ノ化身ダァァァーーッッ!!」

 

口を開けて業火を収束させながら一気に放つ。

 

炎属性の大ダメージを与えるアギダインが迫る中、ほむら達は横に飛んで回避行動をとる。

 

「貴様はイシュタルになどなれん!!貴様のような汚物はこの場で焼却してくれる!!」

 

魔槍ゲイボルグの矛を用いてルーン文字を描き、お返しのアギダインを放つ。

 

しかし大火球の直撃を受けても炎を無効化する耐性をした悪魔のようだ。

 

「無駄無駄ァァーーーッッ!!コノマスターテリオンヲ相手二炎ナド無駄ァァーーーッッ!!」

 

「だったらコイツでどうだぁーーーッッ!!」

 

大きく跳躍したセイテンタイセイが頭部に目掛けて伸ばした如意棒を振り上げる。

 

ヤマオロシの一撃が迫るがカモシカのようにしなやかな獣の足の俊敏性を発揮してきた。

 

「チッ!!」

 

跳躍して後退したマスターテリオンに向けてほむらは銃のレールマウントに備わった火器を使う。

 

グレネードランチャーから放たれたのは破片榴弾であるが、弧を描く軌道故に速度が遅い。

 

獣の俊敏性をもつマスターテリオンには通用する筈がなく避けられるが、銃口は敵を追う。

 

「グッ!!?」

 

銃撃がヒットしたマスターテリオンの顔に僅かだが苦悶の表情が浮かぶ。

 

「あの悪魔は銃撃に弱い耐性のようだな」

 

「いいぞ、ほむら!鉛弾をしこたま撃ち込んでやりな!!」

 

「言われなくても!!」

 

銃撃を続けるが獣の俊敏性を生かして避けていく。

 

ドラムマガジンを備え付けてはいない為かマガジンリロードするために彼女は叫ぶ。

 

「カバー!!」

 

「「応っ!!」」

 

タクティカルベストのポケットからマガジンを取り出す隙を作る為に仲魔達が果敢に攻め抜く。

 

クーフーリンは魔法攻撃を行い、セイテンタイセイは補助魔法を用いて命中率と回避率を上げる。

 

「ヌゥゥゥーーーッッ!!小賢シイ虫ケラ共メ!!コレナラドウダーーーッッ!!」

 

雄叫びを上げたマスターテリオンが魔法を行使。

 

呪縛となる光がクーフーリンとセイテンタイセイを襲う光景が生み出されるのだ。

 

「この魔法は……いかん!!」

 

敵が用いた魔法とは全体の魔法を封印する『マカジャマオン』であり、2人は魔封状態となる。

 

「チッ!!魔封まで使ってきやがるか!だったら物理だけで殴り殺してやるさ!!」

 

セイテンタイセイは如意棒を振るい果敢に攻めるが、マスターテリオンは尻尾の杖で打ち払う。

 

クーフーリンもゲイボルグを用いて果敢に攻める中、ほむらは物陰からチャンスを狙う。

 

「私の悪魔耐性は魔封を無効化出来るようね…。だけど、私の魔法の一撃は強力過ぎるわ…」

 

もし彼女が魔法の弓を生み出して悪魔の魔力を込めた一撃を放ったとする。

 

それでも上手く誘導して当てなければ天上を貫通して見滝原の街に甚大な被害を生み出すだろう。

 

――らしくもない事をしてるじゃねーか?

 

勇の幻影から言われた言葉が脳裏を過るが、彼女は首を振って否定する言葉を言ってくれる。

 

「たとえ足枷になろうとも…罪の無い人間は殺さない!助けられたなら私だって救いたかった!」

 

訓練用の悪魔を運搬するコンテナの隅から飛び出した彼女は己を縛る戒めの武器の引き金を引く。

 

仲魔達の果敢な攻撃で跳躍移動を繰り返す獣であるが、着地の隙をほむらは見逃さない。

 

「ヌゥ!!?」

 

銃弾を浴びて怯んだマスターテリオンの隙を狙い、セイテンタイセイが一気に攻め込む。

 

「喰らいやがれーーーッッ!!!」

 

大きく伸ばした如意棒を振るい、下顎を打ち上げる一撃を放つ。

 

「ガハッ!!?」

 

大きく打ち上げられたマスターテリオンがひっくり返る程の一撃に続くのはクーフーリンだ。

 

「貴様の心臓…貰い受ける!!」

 

跳躍して槍を投擲する構えを行うクーフーリンに向けて倒れ込んだ獣は全身から冷気を放つ。

 

「ぐっ!!」

 

マハブフダインの氷結魔法を浴びたクーフーリンの全身が凍り付き、地面に倒れ込んでしまう。

 

起き上がるマスターテリオンに向けて追撃の一撃をセイテンタイセイが放つが跳躍で避けられた。

 

「オノレェェェ!!私ハ勝ツタメナラ何デモ利用スルワ!出テキナサイ悪魔共!!」

 

鍛錬用の悪魔が内臓されたゲートが次々と開いていく。

 

中から現れた存在とは大きな雪男と人面の頭部をしたキマイラの群れであった。

 

【ウェンディゴ】

 

カナダのイヌイットや北方ネイティブ・アメリカンの伝承に伝えられる雪男のような精霊。

 

吹雪の晩に襲ってきては道行く者を冷気で凍え死なせたり、さらっていき喰らう悪魔である。

 

【マンティコア】

 

エチオピアやアラビア、インド等幅広く言い伝えられている人食い獣である。

 

年老いた顔と毒を持った尻尾を持つ獅子の姿で描かれることが多い。

 

口からは疫病を撒き散らし、鼻からは恐怖を撒き散らすとされた。

 

「興奮ヲ押サエ切レヌ!アオオーン!!オレサマ、オマエラ、マルカジリ!!」

 

「いい男悪魔共じゃないか。アタシらが骨の髄までしゃぶりながら食い殺してあげるよ!!」

 

白い毛並みとヘラジカのような角を持つ5m近い雪男の群れが次々と迫ってくる。

 

おかっぱ頭の醜女の頭部を持つ10m近い巨体をしたキマイラの群れも現れて囲まれてしまう。

 

「チッ!!魔法を封じられてるからなぁ…殲滅力に欠けるし乱戦になっていくぞ」

 

「回復魔法を得意としているジャンヌか、回復道具係りの尚紀がいてくれればな…」

 

「泣き言なんて聞きたくもないぜ。足手纏いになるんじゃねーぞ、犬っころ!!」

 

「ぬかせ!!この程度の傷如きで私は膝を屈する者ではない!!」

 

「こいつらを抑え込んでて!私があの獣悪魔を仕留めてくるわ!」

 

ほむらを向かわせるため背中合わせとなった仲魔達が果敢にも増援部隊を押し留めてくれる。

 

マスターテリオンは憎い存在をおびき寄せるかのようにして奥へと駆け抜けていく。

 

向かう先とは修験場に悪魔を搬送するために用意されている巨大シャッターの向こう側。

 

体当たりを行いシャッターを破壊したマスターテリオンを追うほむらも追撃の手を緩めない。

 

「ククク…追ッテクルガイイ!!憎イ貴様ダケハ…必ズ私ノ手デ殺シテヤル!!」

 

巨大な搬入路を超えていく彼女の表情はイラつきを隠せない様子をしている。

 

「お前を見ていると…デキソコナイと呼ばれた頃の私を思い出すのよ!今直ぐ排除するわ!」

 

マスターテリオンに至ると期待される者と、マスターテリオンになろうとするデキソコナイ。

 

苛烈な戦いを繰り返す両者の死闘は次のステージへと移っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

搬入時に悪魔が逃走した場合の防衛設備の攻撃を掻い潜ってきたほむらが立ち止まる。

 

辿り着いた場所は巨大な資材倉庫であり、奥には資材搬入用の巨大なエレベーターがあるようだ。

 

「ココデナラ邪魔ハ入ラナイワネェェェ……ナブリ殺シニシテヤルワッッ!!」

 

全身から燃え上るような魔力を発したマスターテリオンが前足で前掻きしながら突進体勢を行う。

 

迎え撃つほむらであるが、道中の戦いによって弾薬が心もとない事なら彼女は気が付いている。

 

(銃が弱点であっても火力不足で決め手に欠ける…。限定的にでも悪魔の力を使うしかないわね)

 

迫りくるマスターテリオンの巨体に向けて銃を向けた時、それは起こる。

 

「えっ!!?」

 

「コレハ一体!!?」

 

ほむらと獣悪魔を包み込むようにして資材倉庫空間が暴風の嵐に飲み込まれてしまう。

 

「グゥゥゥゥーーーッッ!!!」

 

マスターテリオンは足の爪を地面に突き立て暴風に巻き上げられないように踏ん張り続ける。

 

「キャァァーーーーッッ!!?」

 

ほむらは暴風に耐える術もなく多くの資材と共に空に巻き上げられ地面に叩きつけられてしまう。

 

上から落ちてくる巨大な棚や資材から身を守る為に地面を転がりながら回避行動を行ったようだ。

 

<<ソイツはアリナの獲物なんですケド>>

 

教え子の声が荒れ果てた資材倉庫空間に響いた事により、聞こえた方に視線を向ける。

 

「アリナ……イクラ貴女デモ、邪魔ハ許サナイワヨ」

 

資材倉庫の隅に隠れていたのはアリナであり、後ろには召喚された熱病の邪神が屹立している。

 

「そのキモい声、もしかしてアレイスターなワケ?随分と見た目が変わったんですケド」

 

「ソノ男ハ悪魔合体二耐エ切レズニ自我ガ崩壊シタワ。私ハ魔界カラ召喚サレタ悪魔ナノヨ」

 

「…姿が見えないと思ってたら邪教のアトリエに行ってたワケ?ズルいんですケド」

 

「貴女モ悪魔合体シタイト我儘ヲ言ッテタケレド、コレガ現実ヨ。貴女モ自我ヲ失イタイ?」

 

「アリナはそうはならない…必ずデーモン・マージングをモノにして見せるカラ」

 

アリナと獣悪魔がやり取りをしているとほむらが立ち上がったようなので視線を向ける。

 

お互いに獲物は同じであり、暁美ほむらに向ける感情も2人は同じのようだ。

 

「早い者勝ちにしてあげる。どっちが先に暁美ほむらを倒せるか…勝負なワケ」

 

「…イイデショウ。アレイスターノ記憶ヲ持ツ私ハ知ッテイル…貴女モ嫉妬シテルンデショ?」

 

「…お喋りが過ぎるなら、アナタでも容赦しないんですケド」

 

アリナは右手に攻撃用のキューブを生み出す。

 

マスターテリオンとパズスもほむらを取り囲むような布陣を行ってくる。

 

三体一となってしまったほむらは力を解放するしかないと思っていた時、援軍が現れてくれた。

 

「ヌゥ!!?」

 

大きく跳躍して唐竹割りを狙う相手に気が付いたパズスは横に跳躍して光剣の一撃を避ける。

 

「久しぶりじゃねーか、パズス?ボルテクス界のオベリスク以来か?」

 

帽子とスカーフで顔を隠す者であるが、全身から発する彼の魔力は覚えている。

 

「人修羅か…汝の言う通り、オベリスク以来となるな」

 

パズスを知っているため、視界を覆う道具を纏っていては邪魔になると判断した彼が頭部を晒す。

 

そこに立つ者こそ、ボルテクス界を超えてきた偉大なる悪魔として君臨する人修羅なのだ。

 

「遅かったじゃない」

 

「子供達を警察に預けるのは不安だったからな…全員の電話番号を聞いて親の迎えを呼んでいた」

 

「国の警察すら当てに出来ないなんてね…。私達は本当に嫌な国に住んでいると思うわ…」

 

巨大なパズスから視線を逸らして地上に目を向ける。

 

「アリナ……やはりイルミナティ側につくか」

 

人修羅が目を向けた存在こそ、彼にもう一度やり直す心の力を与えてくれた恩人のような存在。

 

それと同時に、人修羅として生きる尚紀にとっては忘れられない人物の魂を宿す者でもあった。

 

「……()()()()()()()、尚紀君」

 

「えっ……?」

 

アリナの顔を見れば、別人のような雰囲気を思わせる顔を向けてくる。

 

「貴方はいつだって弱い連中の味方をするお人好し。ボルテクスのマネカタ共も守ろうとしたわ」

 

「アリナなのか…?いや、違う!?アリナがボルテクス界の事を知っている筈がない!!」

 

圧倒的なプレッシャーを与えてくる今のアリナの雰囲気ならば人修羅は覚えている。

 

弱者などゴミの如く蹂躙して覇道を進める者と成り果てたかつての親友がいた。

 

その者は力のコトワリを掲げて選民主義の名の元に天使の軍勢を従えたヨスガの主だった少女。

 

アリナと対峙している筈なのに記憶に浮かぶのはかつての凄惨な光景。

 

マネカタという人々を大虐殺した返り血塗れの魔人の姿がアリナの姿と重なってしまう。

 

「千晶……なのか……?」

 

それを問われたアリナであるが、顔を俯けていく。

 

「……邪魔しないで。これはアリナの戦いであって、アナタの戦いじゃないカラ」

 

顔を上げてくれたアリナの雰囲気は元に戻っている。

 

それでもアリナの脳裏には外側の肉体に宿った別の魂の声が響いてくる。

 

<<…まぁいいわ、好きにやりなさい。それと勘違いしないで、この肉体はもう私のものよ>>

 

「アリナのボディはアリナのモノなワケ!!」

 

<<所詮アナタは魔法少女。石ころという無様な姿でいたくないなら…私に力を示しなさい>>

 

「……言われるまでもないんですケド」

 

アリナに宿った者はそれだけを言い残し、自らの肉体をアリナのソウルジェムに託す。

 

彼女は今まで通り魔力で外側の肉体を操るのだが、恐怖を抱え込んでいる。

 

もし自分の外側の体に宿った者を満足させられないのなら、どうなる?

 

弱さを許さない者ならばこうするだろう。

 

奪われた肉体を用いて外に引っ張り出された本体であるソウルジェムを砕かれるのだ。

 

「アリナに弱さは許されないワケ!!さぁ、相手をしてあげるカラ!!」

 

鬼気迫る表情を浮かべたアリナは左手に召喚用のキューブを生み出し、もう一体の悪魔を召喚。

 

「ホッホッホッ、焦りは禁物じゃよ、さまなぁさんや。敵に付け入る隙を与えるからのぉ」

 

フルフル、パズス、マスターテリオン、そしてダークサマナーとなったアリナ。

 

包囲してくる四体の敵を相手にした人修羅とほむらは背中合わせとなり敵と向かい合う。

 

「集中しなさい。あの女と尚紀との間に何の関係があるのかは知らないけど…今は敵よ」

 

「敵か…。今はまだ、それだけの関係しか許されないのか……俺達には?」

 

ほむらも帽子と眼鏡を捨て、ガンベルトのホルスターからスコーピオンサブマシンガンを抜く。

 

人修羅は右手から光剣を放出して両サイドから迫るパズスとマスターテリオンと対峙する。

 

ルシファーから認められる者となれる存在は誰になるのか?

 

それを勝ち取るためにこそ敵となったアリナは襲い掛かってくるだろう。

 

彼女に弱さは許されない。

 

奪い取り、勝ち上がれる者になれなければ命さえ奪われる。

 

家と家族と友達を失い、命さえ脅かされたままのアリナは四面楚歌の苦しみを背負う者であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「混沌王様ガ来ラレルトハネ!丁度イイ!混沌王様ヲ倒セタナラ私コソガマスターテリオンヨ!」

 

前足の爪を地面に突き立て勢いよく旋回を行い、尻尾で握り込んだ杖を用いて殴打を狙う。

 

人修羅は後方にバク宙して一撃を避けるが、横からはパズスが着地の隙を狙う。

 

業火を燃え上らせる拳を放つ瞬間に大きく跳躍して一撃を避け、同時に振り向き回転斬りを狙う。

 

しかしパズスは暴風を自在に操り、跳躍したために踏ん張りがきかない人修羅は吹き飛ばされる。

 

「チッ!!」

 

散乱した資材コンテナに掴まった彼なのだが未だに両足が地につかない程の強風に晒されるのだ。

 

「パズス!!お前程の邪神が何故アリナに従う!?お前の実力なら余裕で喰い殺せるだろ!!」

 

「何とでも言え。我はアリナの魂の輝きを見た…アリナこそ、閣下が失った第三の目の魂をもつ」

 

「ルシファーの第三の目だとぉ!?」

 

「第三の目とは魂を意味する宗教用語だ。エメラルドの如き魂の輝きを持つ彼女に期待している」

 

「アリナの魂は…ルシファーになれる程の逸材だと言いたいのかよ!?」

 

「彼女こそが三重冠と、王権を示す紋章杖を握るに相応しい人物であり…マスターテリオンだ」

 

それを聞いたデキソコナイのマスターテリオンが激怒して体当たりを仕掛けてくる。

 

「貴様ァァーーッッ!!私デハナク…アリナヲマスターテリオンダトヌカスカァァーーッッ!!」

 

巨大な獣悪魔の体当たり攻撃に対し、相手の角を握り込んだパズスの巨体が地面を踏みしめる。

 

壁際まで押し込まれたが獣悪魔の一撃を制止させる程の力を示す。

 

しかし目の前の相手に意識を集中するあまり暴風が収まってしまったようだ。

 

「無論だ。第二のマスターテリオンとなる者は貴様ではない、アリナこそが相応しい」

 

「本物ノマスターテリオントナルノハ…教エ子ノアリナジャナイ!!コノ私ナノヨーーッッ!!」

 

仲魔割れを始めた悪魔達の隙をつき、人修羅はマガタマを右手に生み出して飲み込む。

 

飲み込んだマガタマとは風魔法を吸収する耐性をもつ『グンダリ』である。

 

物陰から飛び出した人修羅が争い合う二体の巨大な悪魔に向かって苛烈な戦いを仕掛けていく。

 

激しい死闘を繰り返すのは人修羅だけではない。

 

「アナタばかりが特別扱いされるのがね…アリナはムカついてたんだカラ!!」

 

攻撃用キューブに魔力を注ぎ込んだアリナはキューブを分解して光弾のように発射する。

 

「私の事を特別視していようとも、私はイルミナティが崇める女神になんてなってやらない!!」

 

横っ飛びで複数の光弾を避けたほむらは右手に持つサブマシンガンで反撃の射撃を行う。

 

アリナも側方中返りを連続で行い銃弾の雨を避けていく。

 

避けた弾の一部が大型エレベーターの操作パネルに当たった事で彼女達が立つ地面が揺れる。

 

巨大なエレベーターが斜め上に向かいながら昇っていく中、アリナが仕掛ける。

 

「アリナだって超えてみせる!!魔法少女を超えてスターワールドに行くんだカラ!!」

 

駆け抜けてくるアリナに目掛けて引き金を引こうとした時、頭上から雷が落ちてくる。

 

「ワシの事を忘れてもらっちゃ困りますのぉ」

 

フルフルのマハジオンガを横っ飛びで避けるが、既にアリナは懐にまで入り込んでいる。

 

内回し蹴りで銃を蹴り飛ばし、踊るような動きで回転を加えた肘打ちを放つ。

 

「グッ!!?」

 

みぞおちに肘を受け後ずさった相手に目掛けて跳躍回転蹴りを放ち、左側頭部にクリーンヒット。

 

「アァァァァーーーッッ!!」

 

エスカーラジペをまともに喰らったほむらはエレベーターの端まで蹴り飛ばされたようだ。

 

「魔法少女みたいな服装してるけどアナタもデビルなんでしょ?デビルパワーは使わないワケ?」

 

魔法少女に過ぎない者の力が悪魔ほむらに通用するのは、それだけ彼女が弱っている証拠。

 

今の彼女は円環のコトワリ神を銀の庭宇宙に入り込ませないようにするため魔力を消費している。

 

そのためフルパワーの人修羅と戦った時ほどの防御力は発揮出来ないのだ。

 

「そんなに悪魔の力を見たいなら…見せてあげるわ…」

 

立ち上がっていく彼女が両手を持ち上げて叩く。

 

「あれ…?アリナ…なんでこんなところに…?」

 

アリナの記憶が改ざんされ、どうして戦っているのかも思い出せないのだが仲魔が助けてくれる。

 

「精神操作魔法が使えるようじゃのぉ。ワシがおって助かったというわけじゃ、さまなぁさんや」

 

フルフルは回復魔法の『メパトラ』の光を放ち混乱状態のアリナのバッドステータスを回復する。

 

その光景を見たほむらは驚愕の表情を浮かべ、自分が知らない悪魔の魔法の力に戦慄したようだ。

 

「私の記憶操作魔法をこうも簡単に打ち破ってくるだなんて…悪魔の魔法の力は侮れないわね…」

 

「ワシに向けて記憶操作魔法とやらを使っても無駄じゃ。ワシは精神耐性持ちの悪魔だからのぉ」

 

「くっ!!」

 

右太腿のホルスターからデザートイーグルを抜き鹿悪魔に銃口を向ける。

 

引き金を引くよりも先に決まったのは一回転を刻みながら跳躍する回転蹴り。

 

「アァァッッ!!」

 

アリナが放つパラフーゾキックが右側頭部に決まったほむらがキリモミしながら蹴り飛ばされる。

 

地面にうつ伏せに倒れ込んだほむらの元に迫るのは怒りの表情を浮かべた者。

 

「舐めた魔法を使ってくるんですケド。アリナの怒りをデリートする事なんて出来ないカラ!!」

 

迫りくる敵に向けてうつ伏せ状態のままデザートイーグルを撃ち続けていく。

 

放たれた銃弾であるが、アリナの周囲には分解されたルービックキューブの光が舞っている。

 

キューブの断片が回転を始めていき迫りくる銃弾に触れた瞬間、銃弾が消失してしまう。

 

「弾を弾かれた!?」

 

「ノー、バレットはアリナのアトリエ空間にストレージされただけ」

 

「固有魔法を防御に転用してきたのね…」

 

「アナタはストレージしてやらない。アリナはね、アナタに消えて欲しいカラ!!」

 

走りながら跳躍するアリナが放つ縦回転の浴びせ蹴りを転がって避けたほむらが立ち上がる。

 

銃が通用しない相手の得意分野で挑むのは心許ないが、彼女にはもうこれしか武器が無い。

 

「オーケー、それでこそなんですケド」

 

タクティカルベストの腰部分に備え付けてあったアーミーナイフを抜き、逆手に持って構える。

 

「刃物を使うのは久しぶりね…ヤクザの事務所から盗んだ刃物を振り回してた時期を思い出すわ」

 

右掌にルービックキューブを集めて消失させ、フルフルに視線を向ける。

 

「手を出す必要はないカラ」

 

「それは有難い。老人は茶でも啜りながら見物させてもらおうかのぉ」

 

地上に向けて昇り続けるエレベーター内で両者は睨み合う。

 

互いに詰め寄り、接近戦の間合いへと進んで行く。

 

「私を比べる相手にしているようだけど…迷惑なのよ」

 

「アリナの勝手なんですケド。デビルはフリーダムを望んで実行するフリーダム戦士だカラ」

 

「そうね…だけど自由には責任も伴うわ。その代償を支払える者なのか…私が見極めてあげる!」

 

「上等なんですケド!!」

 

互いが踏み込み、接近戦の攻防を繰り返す。

 

ほむらの斬撃を体を振りながら刃を避けるステップを繰り出しながら体勢を回転。

 

「くっ!?」

 

片手を地につける程の低空から放つメイア・ルーア・プレザが迫るが間一髪で避けきる。

 

反撃の回し蹴りを放つがアリナは地面を舞うような動きを繰り返しながら蹴り足を放つ。

 

片手倒立状態から放つパウメイラキックを頭部に受けるが意に介さず斬撃を放つ。

 

「アウチッ!?」

 

魔法少女衣装のガーターベルトストッキングが切り裂かれ血が飛び散るが引きが早く浅い一撃。

 

続く連続斬りを狙いたいが地面を舞う動きを行うアリナを狙うのは容易ではない。

 

「ちょこまかと地面を動き回って!!立ち上がってきなさいよ!!」

 

「これがアリナの戦い方だカラ!!」

 

逆手に持つナイフで上から突き刺そうとするが蹴り足によって手首を制止させてくる。

 

左手でアリナの右足を掴むが掴んだ手に支えられながらの蹴りがほむらの腹部を襲う。

 

「ぐふっ!!」

 

たまらず手を離して後退るほむらに目掛けて立ち上がったアリナが駆けてくる。

 

側転を用いた浴びせ蹴りであるフォーリャを放つが両腕を十字に構えて蹴り足を受け止める。

 

しかし片手を地につけた状態のまま軸足を上げて蹴りを放ち、さらに腹部を強打。

 

弾き飛ばされたほむらはエレベーターの手摺にまで蹴り飛ばされ背中を打ち付けてしまう。

 

「ハァ…ハァ……やっぱり…慣れない接近戦では分が悪いわね」

 

攻め手に欠けるほむらはクロノスの盾があればと後悔するのだが、彼は来てくれなかった。

 

悪魔の力を自ら封印する彼女は身体能力と現代火器の技術だけの戦いを強いられてしまう。

 

「クソマスタートレーニングもムダじゃなかったワケ。これならフィネガンにも喧嘩売れるヨネ」

 

勝負に出るアリナが再び右掌に緑に輝くキューブを生み出す。

 

魔力を収束させてくる姿を見てマギア魔法を行使してくると判断する。

 

「こんなもんじゃないでしょ、暁の子のパワーは?出す気がないなら…出させてあげる!!」

 

フルパワーの一撃となるNine Phases(9つの段階)が放たれようとしている。

 

「こうなったら…仕方ないわ!!」

 

ほむらも悪魔の魔力を限定的にだが解放して浸食する黒き翼を解放しようとする。

 

次々と撃ち出されていく極大の魔力が籠ったルービックキューブの光弾が迫りくる。

 

ほむらも魔力を解放しようとした時、時間に干渉しようとする気配を感じたようだ。

 

「この魔力は!?」

 

刹那、時間停止。

 

ほむらとアリナの動きは制止しており、放たれたマギア魔法も空中で制止している。

 

全てが静止した世界に舞い降りたのは白き翼をもつ長身の老人。

 

時間が動き出した時、アリナは戦慄する。

 

「ワッツ!!?」

 

ほむらの目の前には高速で回転し続ける死神の鎌が盾となってくれている。

 

「クロノス!?」

 

アダマスの鎌を用いてアリナのマギア魔法を全て打ち払った存在こそ暁美ほむらの仲魔の姿だ。

 

「派手にやっておるようじゃのぉ?」

 

以前より小型化させて持てるサイズになったアダマスの鎌を肩に担いだ時の翁が顔を向けてくる。

 

「どうして…来てくれたの?貴方はルシファー側の存在なんでしょ…?」

 

「悪魔とは自由(CHAOS)を望む者。ワシも自由を行使してみたくなったのじゃよ」

 

そう言われたほむらの表情が嬉しそうな笑みを浮かべてくれる。

 

「フフッ♪それでこそ悪魔よ。CHAOSを望む気持ちこそが、理不尽な秩序に抗える方法だもの」

 

「ルシファー閣下が敷く秩序に逆らった以上ワシも首が跳ね落とされるやもしれんが…まぁええ」

 

ほむらは纏っているタクティカルベストとガンベルトを外して脱ぎ捨てる。

 

左腕を掲げた彼女はこう叫ぶのだ。

 

「私の腕に宿りなさい…私の盾よ!!」

 

彼女の叫びに応えるようにして時の翁であるクロノスが光りを放つ。

 

アリナが両腕を顔の前に掲げて光を遮る中、迫ってくる者の姿が見えてくる。

 

現れた存在こそ、鹿目まどかを守り抜いた最強の盾と呼ぶに相応しい存在。

 

時間を操る魔法盾を纏った暁美ほむらの姿なのだ。

 

<<ここに来る前にお前さん好みの兵器も持ち込んでおいた。好きに使うがいい>>

 

「そうさせてもらうわ」

 

ほむらは魔法盾の内側に手を伸ばし、クロノスの領域から武器を手に取って取り出す。

 

手に持たれていたのは分隊支援火器であるM249軽機関銃である。

 

「暁美ほむらの仲魔が…マジックウェポンになったってワケ…?」

 

「いかん…いかんぞさまなぁさんや!あの悪魔は時の翁と呼ばれる魔人じゃ!!」

 

「魔人って…もしかして、デスをもたらす事に特化してるっていう…あの魔人?」

 

「うっ!?持病の腰痛が再発してきたわい…ワシは安静にしたいから帰らせてもらうぞ」

 

「ちょっとフルフル!?」

 

アリナの制止も無視してフルフルは勝手にアリナの召喚用キューブの中へと消えてしまう。

 

「お互いに気まぐれな年寄りを抱えているようね?」

 

挑発ともとれる言葉を言ってくるほむらに向けてアリナは眉間にシワを寄せた顔を向けて睨む。

 

悪魔として高位の存在だという格の違いを語られ続け、仲魔の格の違いまで見せつけてくる。

 

そんな暁美ほむらに向けて嫉妬の感情が爆発しているのだ。

 

「アリナは…アナタを超えてみせる!そのためにアリナは全てを捨ててきたんだカラ!!」

 

左手の召喚用キューブの一つから悪魔を召喚。

 

「ママ、イジメルヤツ!!ワルイヤツ!!コロス!!コッローース!!」

 

アリナの背後で羽ばたく巨大な鳥悪魔とは、オウムのように片言の言葉を喋るフェニックスだ。

 

どうやらアリナはフェニックスに言葉を仕込んだようである。

 

跳躍したアリナがフェニックスの背中に乗り、フェニックスは航空攻撃を仕掛けようとする。

 

「いくわよ、クロノス!!」

 

悪魔の力の一部を解放したほむらの背中から浸食する黒き翼が生み出され飛翔していく。

 

「アハハハハ!!ドッグファイトと洒落込むんですケド!!」

 

後方から銃弾が飛んでくる中、前を飛ぶフェニックスが口から業火の熱線を吐き出す。

 

搬入用エレベーターを隠す地上の偽装倉庫が熱線で破壊され、そこから悪魔達が飛び出してくる。

 

「あの鳥悪魔の力も侮れないわね……さぁ、大空を翔る戦いを始めましょうか!!」

 

天に昇っていく悪魔達ではあるが、地上においても悪魔達の戦場が生み出されようとしている。

 

「グァァァーーーッッ!!!」

 

地上に昇る坂道を駆け上ってくるのはデキソコナイのマスターテリオン。

 

獣悪魔の背中には飛び乗った人修羅が怨霊剣を突き立て、振り落とされまいとしている。

 

パズスもまた四枚翼を羽ばたかせながら地上を目指す。

 

偽装倉庫にまで昇ってきたマスターテリオンが倉庫を破壊しながら街に向かって駆けていく。

 

「くそ!!ここは異界じゃない…街に大きな被害を出すわけにはいかない!!」

 

何とか被害を広げまいと何度も刀を背中に突き立てていく。

 

痛みによって暴れ狂うマスターテリオンが方角を変え、高速道路に向けて走って行くのだ。

 

空と地上の両方で死闘が繰り返される夜の見滝原市。

 

戦い合うのはマスターテリオンに至る悪魔達。

 

この一戦こそサタンの力と権威をかけた戦いとなるだろう。

 

第一のテリオンとなった者が人修羅ならば、第二のテリオンに至る者は誰となるのか?

 

アリナは求めるだろう。

 

選ばれし者となるに相応しい魂をもつ存在だと示すためにこそ、彼女は命を懸けるのであった。

 




悪魔になってもやっぱり暁美ほむらちゃんは魔法盾を装備しながら現代火器で戦う姿が似合いますよね(確信)
描いてみたかったんですよねー、クーほむVSアリナの戦い。


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222話 互いの我儘な道

見滝原市の夜空を飛び交うのは巨大な鳥悪魔と魔力の翼をもつ悪魔少女の影。

 

互いが音速を超えた速度で飛び交いドッグファイトを繰り返す。

 

音速を超えた速度の強風地獄であるが、フェニックスの上で片膝をつくアリナは無事な様子。

 

フェニックスの魔法の応用によって極寒の空を激しく飛んでも絶命しない加護を得ているようだ。

 

左手で軍帽のような帽子を押さえるアリナが後ろの空に振り向く。

 

「ドッグファイトはお尻の取り合いなんでしょ?アリナのお尻に喰らいつけるか見物なワケ」

 

燃え上る両翼からは後方に向けて業火が噴き出し、アフターバーナーのような加速を生む。

 

音速戦闘を仕掛ける暁美ほむらもまた黒き翼から魔力の粒子を後方に向けて噴射する加速を生む。

 

速度は互角であり振り切れないため、アリナは後ろをとられたままでは不味いのだ。

 

後方から銃撃が飛んでくるが右ループ、左ループとフェニックスは回避行動を行い続ける。

 

「チッ!!分隊支援火器の発射速度では音速飛行を行う悪魔には届かないわね…」

 

銃を盾に仕舞ったほむらは左腕を前に掲げる。

 

魔法盾が光りを放ち、彼女の周りに収納している兵器の数々を出現させていく。

 

「これならどう!!」

 

飛翔するほむらの周囲に複数の光が生み出され、中から飛び出したのは飛行兵器。

 

空対空ミサイルであるサイドワインダーが6発撃ち出され、フェニックス目掛けて飛翔する。

 

「アハッ!!それがアナタの魔法ってワケ?とことん火薬臭い女なんですケド!!」

 

後方から迫りくるミサイルに気が付いたアリナは余裕の表情を浮かべてくる。

 

フェニックスは後方から迫る飛翔物体を避けるため右に最大旋回を打つ。

 

6発のサイドワインダーも熱源を発するフェニックスに追いつくため列をなして襲い掛かる。

 

旋回を繰り返すフェニックスの上に立つアリナの足元は羽毛が絡みつき、彼女の体を背中に固定。

 

羽毛にしがみつくアリナであるが、命の危険を楽しむかのような表情を浮かべていた。

 

「サイッッッコーーーッッ!!こんなバトル魔法少女じゃ一生楽しめなかったんですケド!」

 

フェニックスが上昇を行い、ミサイルも敵を撃墜せんと真上に向けて上昇を行っていく。

 

下から迫るミサイルの群れに対し、フェニックスが魔法を行使。

 

長い尾羽が燃え上り、後方に向けて無数の火球フレアを射出。

 

放たれた魔法とはマハラギオンであり、後方で次々と爆発を起こしてミサイルを誘爆させていく。

 

ループ飛行のまま体勢を回転させて飛翔していくアリナを追うのは後方から迫るほむらである。

 

「今度はアリナがアナタのお尻に噛みついてあげる!!」

 

アリナの意思に呼応するかのようにしてフェニックスが両翼を羽ばたかせて体を減速させていく。

 

木の葉が舞うようにループを最短で行う戦闘機動を行い、高速で迫りくるほむらの後ろをとる。

 

「クルビットですって!?」

 

背中をとられたほむらは黒き翼から放出する魔力出力を上げながら旋回を繰り返す。

 

しかしフェニックスを振り払う事は出来ず、上に乗るアリナの魔法攻撃が迫りくる。

 

「さぁ、派手に踊ればいいんですケド!!」

 

放たれたマギア魔法の光弾が流線を描くようにして迫りくるため回避行動を行う。

 

「チッ!!」

 

無数に迫りくる光弾の嵐を曲技飛行を用いて避け続けるが、獲物に命中するまで追い続けてくる。

 

ほむらは一気に急降下を行い、夜空の雲を超えていく。

 

無数の光弾も雲の中に入り込むのだが、既にそこは浸食する黒き翼が張り巡らされた領域。

 

アリナのマギア魔法は後方に向けて放ったほむらの魔法に飲み込まれて消滅するのだ。

 

後を追ってくるフェニックスが迫るのを確認したほむらは魔法盾を掲げる。

 

「仕掛けるわよ、クロノス」

 

<<ここは空の上じゃ。悪魔の力を解放しても問題あるまい、あの女に喰らわせてやれ>>

 

魔法盾に描かれた単眼の瞳の如き陰陽カバーが開き、内臓された砂時計が左右に回る。

 

時間停止が行われた夜空の上で翼を羽ばたかせて急停止したほむらが後ろに振り向く。

 

遠くから迫るアリナ達も停止しており、動かないカカシも同然の姿を晒す者に容赦など必要ない。

 

左手に魔法の弓を生み出し光の弦を引き絞る。

 

膨大な魔力が籠る矢の前方空間に生み出されたのは菱形が幾重にも重なり合う魔法陣。

 

「喰らいなさい!!」

 

前方に描いた魔法陣に向けて光の矢を放つ。

 

魔法陣を貫いた瞬間、菱形魔法陣からも無数の光の矢が生み出された。

 

無数の矢がカラスの姿に変化した瞬間、時間停止の影響を受けて停止していく。

 

時間が動き出せばアリナの前方空間から突然光の矢の雨が降り注ぐというわけだ。

 

ほむらは魔法盾の砂時計を縦に向けて回転させて時間を動かす。

 

「ノーウェイ!!?」

 

突然前方空間から現れ出たカラスの矢の群れに驚愕する表情を浮かべるアリナ。

 

しかし彼女が顔を変化させるよりも先に反応したのはフェニックス。

 

体を一回転させながら無数の矢の雨に突っ込み、矢の雨の隙間を縫うように掻い潜るのだ。

 

「あれを避けきったですって!?」

 

180度回転して腹を上に向けながら背面飛行を行う鳥悪魔がほむらの上を通過していく。

 

鈍化した世界。

 

見上げたほむらの上には下の彼女を見るように顔を上げるアリナの姿。

 

不敵な笑みを浮かべた彼女は右手に嵌めた黒の革手袋をほむらに見せるようにして掲げていく。

 

手袋の掌に描かれているのはルシファー・シジルであり有神論的サタニズムの象徴。

 

掌を向けながら指を曲げコルナサインを見せた瞬間、彼女の姿は高速で通り過ぎていった。

 

「あの女も…私に刻印されたルシファー・シジルを掲げるのね…」

 

<<あの女も個の確立を望むか……案外似た者同士かもしれんのぉ、お前さん達は?>>

 

「やめて、クロノス。あんな女と一緒にしないで」

 

後ろを振り向き再び時間停止を行使しようとするが、複数の巨大竜巻がほむらを襲う。

 

「これは!!?」

 

竜巻が中心のほむらにぶつかるようにして重なっていき、彼女の体を引き千切ろうとする。

 

「くぅ!!」

 

全身に張り巡らす魔力の防御力を上げて竜巻に耐える中、視線を下の上空に向けていく。

 

四枚翼を羽ばたかせながら昇ってくるのはアリナの仲魔の一体であるパズスであった。

 

「あのデキソコナイは人修羅に倒されるだろう。我はアリナの援護を行う」

 

雄叫びを上げたパズスが湿った風を撒き散らす。

 

病魔の強風が吹き荒れる中、病魔を無効化するほむらは時間停止を用いて竜巻の動きを止める。

 

魔力の矢を放ち竜巻に穴を開けながら脱出した彼女が再び時間停止を解除する動きを行った。

 

「アレ、ジカントメルマホウ!!スゲェ!!モイライシマイミタイナヤツ!!デモ、コロス!!」

 

「タイムストップ魔法とかチートなんですケド。何とかあの魔法に対抗する手段はないワケ?」

 

「アノオンナ、ツカマエル!!ソレカ、コウゲキ、ハネカエス!!」

 

「オーケー、空の上だから捕まえられないし、リフレクションの方でヨロシク」

 

「パズスキテクレタ!!アイツ、ハンシャマホウツカエルヤツ!!ベンリ、ベンリ!!」

 

旋回してきたフェニックスが再びほむらを襲うために攻撃態勢を行う。

 

念話を送ってきたアリナの命令に従い、パズスは反射魔法のマカラカーンを行使する。

 

パズスとフェニックスとアリナに魔法反射フィールドが生み出され、魔法の矢に備えるのだ。

 

「ふふ、いい感じに込み上げてきたよねー!今度こそエンドにしてあげるカラ!!」

 

アリナは右手を羽毛に触れさせコネクト魔法を行使する光を放つ。

 

攻撃力が上がったフェニックスが巨大なクチバシを開けて豪熱放射攻撃を発射。

 

上昇しながらファイアブレスを避けたほむらに目掛けて二体の悪魔とアリナが迫りくる。

 

「あれがダークサマナーとなった魔法少女の力なのね…だけど、私だって負けないわ!!」

 

魔法反射の恐ろしさは魔人戦の時に経験しているほむらは魔法の弓を消して魔法盾を掲げる。

 

再び彼女の周囲に複数の光が生み出され中から空対空ミサイルが撃ち出されていくのだ。

 

激しいドッグファイトを繰り返す夜空の下では同じように死闘を繰り返す悪魔達が駆け巡る。

 

見滝原の街は再び悪魔達の戦場となってしまうのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「アァァァァーーーッッ!!離レロォォォーーーッッ!!!」

 

深夜の高速道路を蛇行しながら走り抜けるのはマスターテリオンになろうとする悪魔。

 

背中の上では人修羅が刀に掴まりながら振り落とされないよう耐えるが、前方には歩道橋が迫る。

 

「くそっ!!」

 

人修羅の視界に映ったのは歩道橋を歩きながら帰り道を急ぐ通行人達。

 

「なんだ…人が浮いてるぞ!?」

 

「マジかよオイ!!」

 

ただの人間の男達にマスターテリオンの姿は見えず、概念存在としては不完全の者しか映らない。

 

人修羅は突き刺した刀を抜いて一気に跳躍。

 

先に歩道橋の上に着地した彼が刀を消し去り男達の胸倉を両手で掴みながら持ち上げる。

 

男達を掴んだまま跳躍した直後、歩道橋が大きく砕け散る。

 

「オイオイオイ!?」

 

「死ぬわ俺達!!」

 

上空を跳躍する人修羅の右側道路に見えたのは対向車線から走行してくる大型トレーラーだ。

 

彼は対向車線に向けて飛び降りトレーラーのコンテナの上に着地して2人を下ろしてくれる。

 

「何も見なかった事にしてくれ。それと、どうにかして下ろしてもらえるといいな」

 

「ちょっと待てよオイ!?」

 

「こんなところに俺達を置いていくなよーーっ!?」

 

喚き散らす男達のことはトレーラー運転手に任せた人修羅がコンテナの上から飛び降りる。

 

この判断は後ろから迫りくる仲魔の魔力に気が付いているからであった。

 

「乗レ!!人修羅!!」

 

コンテナの下を駆け抜けているのは獣悪魔のケルベロス。

 

彼は背中に飛び移り両足を用いてケルベロスの胴を挟み込む。

 

「とばせケルベロス!!街の被害を増やすわけにはいかない!!」

 

「シッカリ掴マッテイロ!!」

 

マスターテリオンを追って騎乗した人修羅が風魔法の応用を用いて駆け抜けてくる。

 

風の加護を得たケルベロスは風の抵抗を受けなくなった状態を利用して一気に加速していく。

 

斜め後ろから迫ってくる獣悪魔に気が付いたマスターテリオンが魔法を行使。

 

周囲に冷気を発して巨大な氷の槍を生み出し、斜め後方に向けて次々と射出。

 

槍の雨を掻い潜るようにして走り抜けるケルベロスが跳躍して隣の道路にまで飛び出てくる。

 

マスターテリオンの背中を追いかけるケルベロスは追跡の手を決して緩めない。

 

「犬畜生如キガァァァァ…コノマスターテリオンニ逆ラウカァァァァーーッッ!!」

 

傷の痛みで怒り狂うマスターテリオンが夜道を走行している車の数々と接触。

 

悪魔の姿を見る事が出来ない者はその姿に気が付くこともなく踏み潰されるしかないのだ。

 

怒りの表情を浮かべた人修羅が右手に光剣を放出しながら迫りくる。

 

「奴は炎を無効化する耐性をもっている!俺が奴をたたっ斬ってやる!!」

 

「奴ノ横二並ンダ時ガチャンスダ!!」

 

ほむらと同じく飛び道具を封印する人修羅は接近戦を仕掛けるために右腕を振り上げる。

 

「ヌゥ!!?」

 

横にまで並んだケルベロスの上から放つ人修羅の横薙ぎを跳躍回避。

 

隣の対向車線に飛び出たマスターテリオンは並走しながら怒り狂った顔を向けてくる。

 

「私コソガ…ワタシコソガ……マスターテリオンダァァァァーーーッッ!!!」

 

アレイスターのフリを続けていた悪魔の様子が醜悪なまでの変化を遂げる。

 

完全に怒りに飲まれた狂気の獣は仕えるべき第一のマスターテリオンであろうと容赦しない。

 

もはやマスターテリオンという概念存在になれるなら上下関係など関係ないまでに狂いきった。

 

「貴様が何を求めていようが関係ない!!俺がこの場で…貴様の醜悪な魂を斬り捨てる!!」

 

「AAAAAARRRRRRTTTTTHHHHH!!!!」

 

尻尾で握り込んだ杖に魔力を大きく注ぎ込み、燃え上る杖を用いた乱撃を隣の道路に放ち続ける。

 

人修羅は伸ばした光剣を使って迫りくる巨大な鈍器を打ち払い続けていく。

 

並走しながら武器を打ち合う光景はまるで黙示録の騎士同士の一騎打ちのようにも思えてしまう。

 

唐竹割りの角度から打ち込んでくる巨大な杖が地面を激しく砕く。

 

だがケルベロスの姿は隣の道路に目掛けて大きく跳躍を行いながら一撃を避けている。

 

「OWOOOOOOOOOO!!!?」

 

跳躍移動の瞬間、左手から放出した光剣の一撃によって狂気の獣の尻尾は切断されている。

 

後方の道路に目掛けて転がり落ちた巨大な尻尾が砕け散りMAGの光と化す。

 

「RRRRRAAAAARRRRRLLLLL!!!!」

 

マスターテリオンの上空に次々と火球が生み出され、後方に目掛けて発射し続ける。

 

しかしケルベロスは炎魔法を反射する耐性を所有する悪魔であり次々と火球を反射。

 

マスターテリオンもまた炎を無効化していき攻め切る事が出来ない様子。

 

火球よりも熱い怒りを顔に浮かべた人修羅は爆発が起こり続ける夜空にも視線を送る。

 

「ほむらも戦ってくれている…俺達も負けてはいられねーぞ!!」

 

「仕掛ケルゾ、人修羅!!」

 

ケルベロスの背中の上に立った人修羅が大きく跳躍。

 

迎え撃つ狂気の獣が次々と氷の槍を生み出しながら射出を続けていく。

 

上空で捻り込みを行いながら氷の槍を掻い潜る人修羅に意識を向けていたのが運の尽き。

 

猛加速してきたケルベロスが大きく跳躍。

 

「オオオォォォーーーッッ!!!」

 

振り上げる剛爪から放つ一撃とはアイアンクロウであった。

 

「AIEEEEEEEE!!!?」

 

背中から脇腹までを引き裂かれたマスターテリオンの腹部から大量の血と臓腑が漏れ出す。

 

動きが止まった狂気の獣の前方には左手に刀をもつ人修羅が最後の一撃を放つ構えを行っている。

 

「死に時だ!!貴様が犠牲にしてきた子供達の苦しみ…万倍にして返してみせる!!!」

 

腰を落とし居合の構えを行う人修羅の体から深碧の魔力が噴き上がり強大な波動を全身から放つ。

 

波動に飲み込まれた領域に立っている者こそ、子供達をバアル崇拝の生贄にしてきた狂気の獣。

 

背後に現れて見えたのは悪魔化したバージルの幻影。

 

憤怒を宿す程の恐ろしい形相を浮かべた悪魔の幻影もまた居合の構えを人修羅と共に行うのだ。

 

「絶対なる我が力を…受けてみろ!!」

 

刹那、それは起きる。

 

世界は静止しており、見えたのは空間に張り巡らせるように伸びた無数の斬撃線の網。

 

刀を振り抜いた状態で向こう側に立っていた人修羅が血払いを行い、回転納刀を行う。

 

唾が鳴る音と共に時が動き出し、狂気の女王を演じた男の魂が具現化した悪魔が細切れと化す。

 

「ワタ……シ……コソ……ガ……マス……ター……テリ……オ……」

 

細切れとなった体が砕け散り、MAGを撒き散らす最後を遂げるのであった。

 

「ヤッタナ、人修羅」

 

隣から近寄ってくるケルベロスであったが、人修羅の顔に異変が浮かんでいる事に気が付く。

 

彼の両目は悪魔を表す真紅の目を浮かべていたのだが、深呼吸を行うと金色の目に戻ってくれる。

 

「…ヤハリアノ時ト同ジダナ。ソノ剣技ハ汝二トッテ……諸刃ノ剣トナルヤモシレン」

 

「……そうかもな」

 

その頃、破壊された偽装倉庫から出てきたのは悪魔の群れを撃退した人修羅の仲魔達である。

 

マスターテリオンの禍々しい魔力の気配が消えた事により、勝利を確信出来たようだ。

 

「後は空で戦っているほむらだけだな」

 

「あいつなら勝てるさ。さて、騒ぎが大きくなる前に車を回してズラかるとするか」

 

地上での戦いが終わり、残すところは夜空で繰り返される激闘のみ。

 

負けたくないアリナは苛烈な攻撃を繰り返すが、地上から感じていた魔力の消失に気が付く。

 

(あの変態ジジィ…死んだんだ?大嫌いなヤツだったけど…なんか妙に馬が合うヤツだったワケ)

 

アリナを闇の底まで引きずり込んだ憎い男であったが、同じ望みと感情をもっていた男。

 

教え子として生きた者の中に悲しみはないのだが、それでもアリナは背負ってくれるだろう。

 

アレイスター・クロウリーの望みであった第二のテリオンとなる道こそがアリナの道となる。

 

地獄の道となるだろうが、その道を果敢に進んであげることこそが手向けの花となると信じた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

フェニックスとパズスに攻め抜かれるほむらは空中戦闘機動を行いながら回避を繰り返す。

 

しかしパズスが張り巡らせた暴風が邪魔して思うような回避行動を行えずに体は傷ついていた。

 

「あの獅子の頭部をした悪魔にも記憶操作魔法は通じなかった…悪魔の耐性は厄介なものね」

 

魔法盾の中に収納していた空対空ミサイルも撃ち尽くし、攻め手に欠ける状態となる。

 

後方から迫りくるアリナはパズスと連携を行いながら同時魔法攻撃を仕掛ける構えを行うのだ。

 

「一瞬の隙でいい…それを手にする武器となりえるのは…」

 

ほむらは魔法盾を構える。

 

彼女の周囲に光が生み出され、中から飛び出たのは複数のスタングレネード。

 

空中から落下する前に時間停止現象が起こり、反転したほむらが分隊支援火器を構える。

 

銃弾が次々とスタングレネードの手前で制止する中、ほむらは時間を動かす。

 

「ワッツ!!?」

 

「ヌゥ!!?」

 

前方空間から大きな光が放たれたためにフェニックスとパズスはほむらの姿を見失ってしまう。

 

その一瞬の隙をほむらは見逃さなかった。

 

「死になさい!!」

 

目を開けたアリナが見た光景とは前方から高速で迫りくるほむらの姿。

 

「ぐふっ!!?」

 

ほむらの飛び蹴りを受けたアリナはフェニックスの背中から転落していく。

 

トドメを刺すために降下しながら銃を構えるのだが、アリナは果敢にも魔法攻撃を放ってくる。

 

「チッ!!」

 

魔法盾を起動させようとするのだが、陰陽カバーが開いた時にキューブの一部が命中する。

 

<<ぐぅ!!いかん!!>>

 

機械仕掛けの魔人であるクロノスは時計のような精密機械であるため異物に弱い。

 

複雑なゼンマイ装置の中に挟まった欠片のせいで時間停止を行う事が出来なくなったようだ。

 

「アハハハハ!!どうしたワケー?タイムストップを使わないのは出来なくなったカラー?」

 

強風で帽子が飛ばされながら地上に落ちていくアリナであるが余裕の表情を浮かべてくる。

 

高速で降下してくるフェニックスの姿に気が付いているためであったようだ。

 

先に飛び出たフェニックスがアリナを背中に乗せて回収しようとするが、この時を待っていた。

 

ほむらは左手に魔法の弓を出現させて構える。

 

鷹の目の如きほむらの視線の彼方にある地上には人間はいないため悪魔の力を放つのだ。

 

「鳥猟をするのは初めてだけど…射抜いてみせるわ!!」

 

ほむらは弓から生み出された弦を引き絞り魔法の矢を放つ。

 

アリナを拾う為に両翼を広げたフェニックスの頭上から迫る一撃がクリーンヒット。

 

「アガァァァァーーーーッッ!!?」

 

右翼の手羽元を射抜かれたフェニックスの片翼が千切れ落ちていく。

 

「ヴァァァァーーーーッッ!!?」

 

愛する悪魔の片腕が千切れ飛ぶ瞬間を見せられたアリナは発狂する程の叫びを上げてしまう。

 

体勢を崩して地上に落下する前にパズスが急降下しながらフェニックスの体を抱き上げる。

 

アリナを乗せたフェニックスを抱えたパズスは高層ビル屋上のヘリポートに着地したようだ。

 

「よくも…よくもアリナのキュートキッドを傷つけやがったな!!アナタの腕も捥いでやる!!」

 

怒りの叫びを向ける空からは黒き翼を羽ばたかせたほむらが降りてくる。

 

着地した彼女に目掛けて怒りのマギア魔法を放とうとするが後方から叫び声が聞こえてしまう。

 

「イタイ!!イタイ!!ママ、タスケテ!!イタイ!!!」

 

パズスの腕の中で暴れ回るフェニックスの悲痛な叫びを聞かされるアリナが踏み留まってくれる。

 

「どうする気?挑んでくるなら容赦はしないわよ」

 

憤怒の顔を浮かべたまま震えるアリナであったが、怒りよりも優先したい親心があった。

 

「……パズス、戻るワケ」

 

フェニックスを下ろしたパズスが召喚用キューブの中に戻り、別の悪魔が召喚される。

 

「全国の皆様こんにち…」

 

「うるさい!!早くアリナのキュートキッドを回復させる!!」

 

「ヒィ!?何だか分かりませんが、速攻で回復致しますーっ!!」

 

召喚されたのは狂神アティスであるが、ボケた態度は許さない叫びを上げた者の意思を優先する。

 

回復魔法の最上位の一つであるディアラハンの光に包まれたフェニックスの翼が復元していく。

 

「ナオッタ!ナオッタ!アリガトウ、ママ!!」

 

「回復したのは私なんですけ……フゴッ!!?」

 

足元で何かを踏んだのだが気にしないフェニックスがアリナに近寄り顔を寄り添わせてくる。

 

無事な姿を見せてくれたフェニックスにアリナは微笑み、右手で顔を撫でてくれたようだ。

 

しかしすぐ様厳しい顔つきを浮かべたアリナが目の前のほむらを睨んでくる。

 

「…アナタのデビルパワー、色々と拝見させてもらったんですケド」

 

「それでも立ち向かってくるのなら…私は手加減をするつもりはないわ」

 

互いの睨み合いが続くのだが、アリナは聞いてみたい話を持ち出してくる。

 

「ねぇ…デビルになった時の気分って、どうだった?」

 

「…それは答えなければならない話なの?」

 

「自慢する気にもなれない気分?まぁいいんですケド、アリナで確かめたらいいだけだし」

 

「貴女も悪魔になろうとするのね…。魔法少女は悪魔になれる…神浜でも何人か生まれているわ」

 

それを聞かされたアリナは確信出来た。

 

悪魔合体を用いれば魔法少女は悪魔の領域に辿り着く事が出来るのだと。

 

「いい情報が聞けたんですケド。お返しにアリナもいい情報をアナタに与えてあげる」

 

「いい情報ですって…?」

 

不気味な笑みを浮かべたアリナが語るのは、秘密主義団体の者としては裏切り行為である。

 

それでも彼女は保身に走らず周りに流されない覚悟を示すためにこそ語ってくれるのだ。

 

「アリナ達はね、東京でビックイベントを行う予定なワケ」

 

「イルミナティは東京で何かを行うというの…?目的は何だというの?」

 

「デビルにとって悪い話じゃないワケ。だってさ…魔界こそデビルのホームグラウンドだヨネ?」

 

それを言われた暁美ほむらが驚愕した表情を浮かべながらかつての光景を思い出す。

 

アマラ深界という魔界に堕ちた時、彼女の誕生を祝うかのようにして大勢の悪魔が潜んでいた。

 

悪魔が暮らす魔界を世界に出現させようとしているのだとしたら、まどかも無事では済まない。

 

「イルミナティは…この世界を魔界に作り替えようとしているわけ!?」

 

「イグザクトリー。その儀式を行う場所こそが東京…直に計画はスタートするから楽しみだヨネ」

 

踏み潰されてペシャンコなアティスを召喚キューブに仕舞ったアリナが跳躍する。

 

フェニックスの背に飛び乗った彼女は最後に挑戦状を叩きつけるのだ。

 

「アリナはまだ負けを認めていないカラ。次に会う時は…アナタにエンドを与えてみせる」

 

「どうしてそんな秘密計画を私に話す気になったの?イルミナティを裏切る発言だと思うわよ」

 

「アリナはね、イルミナティを利用してるだけ。アリナはアリナが認めた存在にしか跪かない」

 

アリナはもう一度右掌をほむらに向けてくる。

 

「アリナはルシファー・シジルを掲げる者。個人主義と自由思想を掲げる女なんだカラ」

 

「自己を高める追及…()()()()を貴女も生きるというのなら…自由の責任を背負う事になるわ」

 

「アナタもサタニズムを理解してるのなら、アナタにも責任が与えられる事を忘れないでヨネ」

 

フェニックスが飛び立ち、アリナの姿が夜空に消えていく。

 

同じシジルを背負う者に追撃を放つ気にもなれないほむらは顔を俯け、忌々しいと吐き捨てる。

 

「どうしてそっとしておいてくれないのよ…私はまどかと静かに暮らせたらそれでいいのに…」

 

語った言葉は彼女の心を支配している本音の感情から生まれた言葉である。

 

それは東京の人々の命を心配してくれる気持ちなどではない。

 

私は鹿目まどかと幸福に生きたいだけだと願う我儘な気持ちであり、自由を望む欲望。

 

気高い公共心を生み出す博愛精神とは程遠く、利己主義に腐る者達が好むどす黒い欲望そのもの。

 

徹底して自分の都合の良さしか求めない()()()()()()()()()()()()()()であったのだ。

 

「世界が魔界に変わってしまったら…私の庭が壊される。そんな事は…絶対に許さないわ」

 

暁美ほむらは決意する。

 

円環のコトワリ神であるアラディアとの決着がついたのなら、次はイルミナティを倒す。

 

まどかと幸せに暮らす箱庭世界の支配者こそが自分であり、邪魔者は絶対に許さない。

 

彼女が戦う理由とは今も昔も変わらない。

 

鹿目まどかを守る。

 

それこそが暁美ほむらの原点。

 

しかし彼女の心の中には未だに未練が残っている。

 

暁美ほむらの原点とは、まどかをキュウベぇから救う事だけが原点だったのか?

 

まどかと共に人間達を救う為に魔法少女として共に生きていくことではなかったのか?

 

そのために鹿目まどかとの出会いをやり直したいと望んだのではなかったのか?

 

その頃の気持ちが未だに残る現象こそが、悪魔の力を自ら封印している光景なのだろう。

 

「クロノス、貴方にも腹を括ってもらうわ。ルシファー側の者として詳しく聞かせてもらうわよ」

 

<<それは構わんのだが…いい加減、ワシの内部に挟まってる異物を取り出してくれんか?>>

 

「……家に帰ったらピンセットで取り出してあげるから我慢なさい」

 

マスターテリオンの魔力を感じないため、人修羅が決着をつけたのだと判断して合流を急ぐ。

 

これから先、暁美ほむらと嘉嶋尚紀の道が繋がり合う事はないのかもしれない。

 

彼女と彼の生き方は似ているようで全く違う。

 

個人の欲望を望む気持ちと全体の幸福を望む気持ちとでは全く相容れない別々の概念。

 

だからこそ2人の仲魔関係はそう長くは続かないだろう。

 

いずれは思想を分かち、互いが争い合う日が訪れるまでは尚紀と共に生きるほむらなのであった。

 




突然始まるエースコンバット的な戦闘シーン(ゲーム脳)
アリナにフェニックス与えたのはこういうバトルシーンやりたいなーという願望も含まれていたというわけですねー。


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223話 切り売りしない魂

夜の太平洋を航行しているのはルシファーの居城ともいえる豪華客船。

 

この船の前部である迎賓館と後部の宮殿エリアの間にあるのは縦に長い中庭エリア。

 

水と緑で彩られた美しい庭園の大きな噴水の横では椅子に座る瑠偉が誰かと向かい合っている。

 

テーブルクロスをかけられた机の向こう側に座っているのはバアル神であるモロクのようだ。

 

席に座りながら酒を嗜んでいた者達の横では冷や汗を浮かべながら立っている悪魔がいる。

 

執事服を着て頭蓋を模した仮面を纏いながら燭台で辺りを照らす者とは迎賓館エリアの管理者だ。

 

【ビフロンス】

 

ソロモン王72柱の魔神の一柱であり、26の軍団を率いる地獄の伯爵を務める堕天使である。

 

命じられた時だけ人間の姿を取る死者の伯爵であり、本来は角の生えた醜い怪物のようだ。

 

博識で占星術や鉱物学、植物学等に精通しており召喚者にそれらの知識を授けるとされる。

 

また鬼火やロウソクを灯したり、怪奇現象を引き起こす力を持つともいわれていた。

 

「……いかがいたしましょうか?」

 

晩酌の時に無粋な報告をしなければならないビフロンスも冷や汗が止まらない。

 

魔界のトップに君臨する御二方の機嫌を損ねれば無事では済まない事なら分かっているのだろう。

 

しかしルシファーとバアルはクロノスの裏切りに関しては気にしていないようだ。

 

「構わん。たとえ私の計画の事を知られたとしても、それは最初から織り込み済みなのだ」

 

「では…クロノス殿を従えた暁美ほむらが東京に訪れたとしても…問題ないと?」

 

「計画に支障が出ない布陣を敷く。それに暁美ほむらの役目とはアラディアを始末することだ」

 

「確かに…オーダー18が控えたこの時期に円環のコトワリ神に介入される事態は避けたいです」

 

「最終的にはあの娘もハルマゲドンに参加してもらう。それ以外の事ならば…多少は目を瞑ろう」

 

「分かりました。それではルキフグス殿にも報告を行い、暁美ほむら支援の継続を伝えましょう」

 

燭台の上に灯された蝋燭の灯りと共にビフロンスは去っていく。

 

黄金の牛兜の中で口をつぐんでいたモロクも思うところがあるのか、瑠偉に質問してくる。

 

「…二体目のマスターテリオンとなるのは誰だと思う?暁美ほむらか?それとも…アリナか?」

 

それを問われた瑠偉は不敵な笑みを浮かべながらこう返す。

 

「お前はアリナを暁の星にまで導けると期待をしているな。その為に準備をしてきた」

 

「アリナの為の合体素材となってくれと彼女を説得するのも骨が折れる。だが彼女が必要なのだ」

 

「古代アナトリアで崇拝された()()()()()()()()か…。確かにアリナに相応しい存在だろう」

 

「我は木星神マルドゥクを起源にもつバアルだ。木星神として…金星となる者を導く役目がある」

 

「フフッ♪金星の女神は私ではダメなの?私も暁の星なんだけどー?」

 

「汝はいずれ土星を司るサタンとなるだろう。人修羅を取り込んだ時…星の流れが変わるのだ」

 

「フッ…その通りよ。だからこそ代わりの金星の女神を任せるために…私は暁美ほむらを作った」

 

「汝が悪魔に導いた暁美ほむらと…我が悪魔に導くアリナ・グレイ…どちらが金星になれるかな」

 

立ち上がったバアルが去っていく後ろ姿を瑠偉は見送ってくれる。

 

代わりに現れたのは青いスーツ姿をした大魔王専属の秘書官を務めるゴモリーのようだ。

 

「失礼します。門倉から連絡が入っておりますのでご確認をお願い出来ますか?」

 

「客人は今帰った、構わないよ」

 

端末を持ってきたゴモリーが一礼をして帰っていく。

 

瑠偉は端末のスイッチを押し、光が浮かんだあとARに表示された入力インターフェイスを押す。

 

すると通信画面が表示され門倉の姿が映ったようだ。

 

「夜分遅く失礼します、閣下。パンデミック後の民衆共に投与するワクチン製造が終了しました」

 

それを聞いた瑠偉の口元に不気味な笑みが浮かぶ。

 

「手筈通りに投与していけ。各国ディープステートとメディアは病魔の脅威を煽れと伝えておけ」

 

「分かりました。ククク…いよいよ始まりますな、閣下」

 

「そう…始まるのだよ。獣の刻印の無い者達は()()()()()()()()()()()()()()()()時代がくる」

 

「ワクチン無しの生活は送れないようになる。ワクチンを打たない者は社会から切り捨てられる」

 

「そうなれば生きていくための消費活動である()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「黙示録の成就は近い…我々は第二のマスターテリオン誕生を今か今かと待ちわびておりますよ」

 

「時期に生まれるさ。もしかすれば…甘さが残る暁美ほむらよりも、アリナが適しているやもな」

 

映像の光が消えた後、瑠偉はグラスに残っていた酒を飲み干す。

 

これから先の世界の在り様を思うルシファーの表情は愉悦を堪えきれない様子だった。

 

「日本やアメリカのような自由主義国家にも全体主義社会をもたらす事なら簡単に出来る」

 

ルシファーが語るパンデミック後の世界の在り様とは、全体主義化するという啓示である。

 

()()()()()()()()の脅威とは、自分と違う意見を言う者を許さない人間社会の状態なのだ」

 

人間社会とは様々な考え方があって当たり前であり、それは魔法少女社会とて同じだろう。

 

様々な考え方の元でこれはおかしい!どうして?と言う権利こそが言論の自由である。

 

しかし、これを許さない状態となるのがリベラル全体主義社会の在り様なのだ。

 

国の政策を疑う奴らは国賊だ!全員死刑にしろ!!

 

私達の願いを叶えて人生を守ってくれたキュウベぇを疑う奴らは魔法少女の敵よ!死になさい!!

 

疑って調べた上で発言している者達でさえ全体圧力で潰される社会状況が生み出されていく。

 

「彼らは自らの自由意志で全体主義を行使する。それは自分達の安全を守りたい()()()なのだよ」

 

ワクチンを打たない奴らは感染をばら撒くバイオテロリスト共だ!!

 

私達の可愛い子供が感染する!今直ぐ逮捕されなさい!!

 

このように、自分達の安全を守りたい一心で異なる考え方で判断した者達は悪者にされていく。

 

速い話、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()状態なのだ。

 

この苦しみを背負った者こそ、キュウベぇの嘘を叫び続けた暁美ほむらが背負った苦しみである。

 

「このような心理状態の事をジョージ・オーウェルは()()()()()()()()()だと言葉を残したのだ」

 

間桐瑠偉という事務員を演じるルシファーも立ち上がり、自分の部屋へと戻っていく。

 

「社会の事を考えろと周りに同調を強いる者ほど、自分のことしか考えていない愚民共だ」

 

ルシファーが語った言葉はかつての堕天使アンドラスも語った言葉である。

 

「社会正義という大きな嘘に騙され、社会貢献する正義に熱狂していく。どう正しいかも考えず」

 

このリベラル全体主義と呼ばれる手口をかつて人修羅も常盤ななかに託そうとした時期がある。

 

人間を守る者こそ正義の魔法少女であり、魔法少女を守る者は魔法少女至上主義者だと摺り込む。

 

悪にされた事で社会正義の名の元に異なる意見をぶつけてくる者達は排除されるしか道が無い。

 

この手口を常盤ななかに託されていたら人間社会主義という恐怖政治に逆らえる者はいなかった。

 

「ヒトラーも人間という偏見生物を見て笑いが止まらんかったろう。実に滑稽だよ…シープル共」

 

暗雲立ち込める海を航行していくルシファーの居城の向こう側には日本の街の明かりが見える。

 

いずれあの明かりで暮らす人々は正義の業火を撒き散らす火種となると彼は確信している。

 

出過ぎた杭は打たれるだけなのが集団社会。

 

騙されていると叫ぶ者には騙されているのはお前だと反証もせず二元論手口ですり替えてくる。

 

他責の安心感に浸りたいだけの愚民しかいないとルシファーは太古の昔から知っている者だった。

 

人は見たいものしか見ないし、信じない。

 

悪魔の笛を吹き鳴らすユダなら、そんな偏見生物に向けてこんな言葉を言うかもしれない。

 

――正義や道徳という、見えないラッピング箱に隠された概念を崇める者達は気づかないだろう。

 

――自分達の方こそが、邪悪な悪者に変わっているということをね。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「そうか…俺が見滝原に行っている間にそんな姿にされたのか。すまなかった…助けられなくて」

 

カフェで向かい合っているのは黒のトレンチコート姿の尚紀と学生服姿の観鳥令。

 

飲んでいる珈琲の隣には見滝原市で起こった騒動のニュース記事が載った新聞があったようだ。

 

「いいよ、気にしなくて。観鳥さんは悪魔になったけど…こうして生きてる。だからまだやれる」

 

「俺と同じ悪魔になってもジャーナリストの道は諦めないか。それでこそだな」

 

「生きていてこそやれるんだ。観鳥さんの命を救ってくれたライドウさんには…感謝してるよ」

 

「…あのデビルサマナーに借りが出来ちまったな。これからやりにくくなる」

 

「それより、メルチャンから聞いたんだけど神浜に遊びに来てた暁美ちゃんも悪魔なんでしょ?」

 

「ああ、そうだ。あの子から依頼を頼まれたから見滝原に行ってたんだ」

 

「それで生まれたのが横の新聞に載っている騒動の記事なんだね。どんな事件だったの?」

 

「お前もイルミナティから狙われる立場だ…話してもいいだろうな」

 

事件の当事者として尚紀は語ってくれる。

 

見滝原総合病院で行われていた悪魔の所業を聞かされた令は顔を青くする。

 

「なんて酷い連中だ…許せない!!これだから秘密主義団体はカルト犯罪組織なんだよ!!」

 

「唯一の救いは俺が逃がした行方不明者であった子供達が大量に見つかったという記事だけだな」

 

「嘉嶋さんがいなかったらその子達も儀式殺人されてたんだね…。嘉嶋さんを本当に尊敬するよ」

 

「俺達がやった行為はテロリストそのものだ。国の秩序を乱す法律違反者を尊敬するのか?」

 

「正しさやルール論なんて概念はね…ハッキリ言って()()()()()なのさ。だから皆…流される」

 

「そうだな…自由とは責任の世界だ。だから皆が保身に走り、社会ルールである法に依存する」

 

「どう正しいのかも考えず…自分で自由を捨てていく。誰も法(LAW)の中身を疑わない…」

 

思うところがあるのか、尚紀はカフェ店内に座っている人々に視線を向ける。

 

「これは魔法少女社会にも言えることだが…法と秩序によって社会は安定するか?」

 

「それは……」

 

七海やちよや和泉十七夜が魔法少女社会の長を務めていた頃を思い出す。

 

東社会に属する令であったためか、十七夜が敷いた法と秩序が何をもたらしたのかを考える。

 

「十七夜さんが敷いた法と秩序は……崩壊したよ」

 

「人は強制されたら反発するものだし、動物も同じだ。俺の政治思想に反発した連中も同じさ」

 

法と秩序とは信頼が熟成され、それが広がって秩序が出来る状態のこと。

 

その上で初めて法が出来て社会は安定していく構造をしていると尚紀は語ってくれるのだ。

 

「民衆側ともいえる革命魔法少女は和泉十七夜の治世にNOを突き付けた。何故だと思う?」

 

「十七夜さんが敷いた法と秩序では…東の魔法少女達を苦しめるだけだったから…?」

 

「ルール論を振りかざす者達は民衆を守るためにルールがあるという。だが現実はどうだ?」

 

「ルールを振りかざす者にしか都合が良くない法律やルールなんて…民衆側を苦しめるだけ?」

 

「生真面目な和泉十七夜の利益にしかならないルールなど民は守らないし、守る必要なんてない」

 

これは国も同じであり、信頼出来ない国が作る法律など民衆を傷つけるだけだと語ってくれる。

 

国民の生活を守る法律が、蓋を開ければ国民を苦しめる法律だったなら誰が守りたい?

 

この代表例ともいえる法律こそがアメリカの愛国者法のような全体主義を掲げる法律だった。

 

「革命魔法少女は東の行政を執行する代表を務めた和泉十七夜を追放した。それが抵抗権なんだ」

 

「行政が生み出す法というルールも…民衆を守るのに役立たないなら…抵抗するんだね?」

 

「勿論そいつらは()()()()()()だろう。秩序を乱すテロリスト扱いされるがそれでも必要なんだ」

 

「嘉嶋さんはテロリストになってでも…この国が隠蔽してきた闇と戦うつもりなんだ?」

 

「そうだ…俺が牙無き民の牙となろう。戦う力もない人々を傷つける法を砕く…抵抗権となろう」

 

それを聞いた令は笑顔を浮かべてくる。

 

自由の権化といえる悪魔になれた事をここまで嬉しく思えた事はなかったようだ。

 

「観鳥さん…悪魔になれて良かった。悪者にされてでも守るべきもの…それが抵抗権なんだね」

 

「中国には易姓抗権(えきせいこうけん)という抵抗権思想がある。徳の無い王朝は滅んで交代するべきだとな」

 

「歴史を無くしてでも抵抗するか…日本はその逆だね。万世一系の日本こそ中華だと言ってきた」

 

「日本は変化を極端に恐れる保守民族だ。だからこそ世界一システム支配し易い民族なのかもな」

 

秩序や法に盲従する者達はいつだって変わらない。

 

決まりを破り、輪を乱す出過ぎた杭のような者を悪魔の如く悪者にして打つばかりを繰り返す。

 

その秩序や法がどのように正しいのか疑わず、調べて検証もせず、ただひたすら盲従していく。

 

まるでインキュベーターの言葉を鵜呑みにする魔法少女と同じく、秩序や法を鵜呑みにする。

 

その末路とはLAWの天使のように全体主義を摺り込まれたロボットのような存在になるだけだ。

 

(ほむら…まどか…お前達もまた抵抗権を使った。神の秩序がお前達を苦しめるだけだったから)

 

そして人修羅として生きる尚紀もまた、ボルテクス界において抵抗権を行使した者。

 

新たなる宇宙誕生の生贄として全ての人類を抹殺した唯一神の創成儀式を破壊した者であった。

 

(理不尽な秩序に抗う為には自由が必要なんだ…たとえ自由を選んだ事によって悪にされてもな)

 

立ち上がった2人が会計を済ませて店から出てくる。

 

「さっき語った内容はななかにも伝えておけ。社会の長として先ずは信頼される者となれとな」

 

「うん、分かった。それと…会って欲しい人物がいるんだ」

 

「会って欲しいヤツだと?」

 

「見滝原で見つけたんでしょ…あのアリナさんを?だからこそ、その人を探してる子に話してよ」

 

それを言われた尚紀の顔に迷いが浮かんでしまう。

 

アリナを探しているのは後輩の御園かりんであり、彼の家にもアリナを探しに来ている。

 

その時は危険が大きいと判断したのでアリナについては行方不明で押し通していた。

 

「危険過ぎる…かりんにアリナの事を話してしまったら危険を省みずイルミナティを追うだろう」

 

「うん…分かってる。けど業魔殿で何時までもアリナさんを待ち続けるあの子を見てると…辛い」

 

「あの子に真実を語るべきなのか?アリナは子供を虐殺する連中と同類になったのだと?」

 

「真実はいつだって残酷さ…。だけどね、民衆には知る権利が必要だ…絶望であったとしても」

 

「絶望を知るからこそ絶望に立ち向かえるか…分かった、彼女と話してみよう」

 

令と別れた尚紀であるが、彼女の背中を追うように動いているAI監視カメラに気が付く。

 

彼は令を庇うようにして立ち塞がり、監視カメラのレンズに目掛けて中指を突き立てる。

 

観鳥令をつけ狙うならば自分が相手だと言わんばかりの態度を示す事で抑止力とした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ウソなの……アリナ先輩がそんな酷いことをしてる連中の仲間だなんて……嘘なの!!」

 

魔獣狩りをしているかりんを見つけた尚紀は彼女に念話を送って路地裏に呼び寄せる。

 

向かい合った彼なのだが真実を言うべきなのか不安があったが、それでも決断してくれた。

 

御園かりんにも知る権利があるのだと語った令の気持ちを汲み取った尚紀は語ってくれる。

 

見滝原総合病院で行われていた悪魔崇拝儀式について説明された彼女は拒絶の言葉を叫ぶ。

 

大好きな先輩が子供の虐殺行為に加担しているだなんて信じたくない気持ちに支配されていた。

 

「アリナを直接問い詰めたわけじゃないが…アイツはあの施設を利用していた者だ。ならば…」

 

「絶対に信じないの!!アリナ先輩が…子供を虐待して殺す外道だなんて…信じない!!」

 

「俺だって信じたくはないさ…だけどな、あの施設に現れた以上は…関係者で間違いない」

 

「違うの…グスッ…アリナ先輩は…優しい先輩だったの…わたしの先輩が…ヒック…嘘なの!!」

 

両膝が崩れ落ちて泣きじゃくる彼女を見下ろす尚紀はかけてやれる言葉が見つからない。

 

隣にいるお供のジャック・ランタンとジャック・リパーも同じように言葉が見つからないようだ。

 

「…これで確信が持てたホ。あの女は誘拐されたんじゃないホ、自分で秘密結社入りしたんだホ」

 

「自分の代わりの死体を用意したのは表向きの死を演出するためか…だが家族だって死んだぞ?」

 

「あの女は悪魔だホ…自分の目的のためなら他人どころか…自分の家族だって殺せる奴だホ…」

 

「マジもんの殺人鬼じゃねーか…アリナって女!姐さん…そいつと関わるのはやめた方が…」

 

「言わないで!!アリナ先輩は…そんな人じゃない!!だってアリナ先輩は……苦しんでた!!」

 

「苦しんでいた…?何かアリナについて知っているのか?」

 

嗚咽が止まるまで待ち、話せる状態になったかりんの重い口が開き始める。

 

語られたのは神浜記録博物館で出会ったアリナの異変についてであった。

 

「その時のアリナの態度とおかしな問答から察するに…あの女は人殺しをやらされたのかもな」

 

「それじゃあ…アリナはやっぱり誘拐された上で、殺人鬼として調教されていたのかホ?」

 

「殺人鬼だった俺サマは分かるぜ…最初の殺人は苦しくても慣れてくる…俺サマもそうだった…」

 

「アリナ先輩…ごめんなさいなの…。あの時のアリナ先輩の気持ちに気付いてあげられなくて…」

 

「かりん……」

 

「わたし…赤ちゃん殺しなんて許さないって叫んだ…きっとアリナ先輩は…それをやらされたの」

 

「…赤子を殺させられたのか。バアル崇拝をやってる連中だ…子供の生贄をバアルは求めるんだ」

 

「アリナ先輩は脅されてるだけなの!本当のアリナ先輩は…面倒見のいい優しい人なの!!」

 

かりんがアリナを信じたい気持ちなら尚紀にだって分かる。

 

自分の理想が全て壊れ果て、路地裏で蹲っていた彼を奮い立たせてくれた人物こそがアリナだ。

 

彼女の言葉が無ければやり直す気持ちにさえなれなかったかもしれない。

 

他人に厳しい人物ではあるが、他人を見捨てない部分もある。

 

その行動によって時女一族の涼子も救われた事があったし後輩のかりんも救われたのだ。

 

「…俺はかりんの気持ちを信じよう。アリナは殺人鬼なんかじゃない…追い詰められてるだけだ」

 

「嘉嶋さん……わたしを信じてくれるの?」

 

「ああ、信じてやる。だがもう一つ気になる事があるな…別人のような雰囲気を見せたのか?」

 

「わたしも奇妙に思ったの…アリナ先輩のいつもの口調じゃなかった…雰囲気だって怖かったの」

 

それについてなら思い当たる部分がある。

 

アリナと再び対峙した時、かつてのボルテクス界で散った親友と同じ雰囲気を出してきた。

 

彼女が放つ強大なプレッシャーをかりんも浴びせられたのだと察する事が出来たようだ。

 

「もしかしたら…アリナの中には別人が宿っているのかもしれない」

 

「アリナ先輩の中に…別人が入っている…?」

 

「俺の記憶が確かならば…あまりにも信じられない事態になる。俺にとっては…最悪なんだよ」

 

「嘉嶋さん……アリナ先輩の中に入り込んでる存在について知ってるの?」

 

「…知っているが、まだ確証には至れていない。やはりアリナを見つけだす必要があるな…」

 

涙を袖で拭いたかりんが決断する覚悟を示す。

 

「わたし…アリナ先輩を探し出すの!アリナ先輩は苦しんでる…わたしが助けてあげたいの!!」

 

「かりん…気持ちは分かるが落ち着け。見滝原総合病院から去った足取りは掴めていないんだ」

 

「だけど…だけど…じっとしていられないの!アリナ先輩に謝りたい…アリナ先輩に会いたい…」

 

頑なな態度をしたままの彼女の隣に集まったジャックコンビも腹を括る覚悟を示してくれる。

 

「しゃーないホ。かりんとも付き合い長いから分かるホ、こうなれば梃子でも動かんホ」

 

「姐さんが望むなら俺サマは何処までもついていきますぜ!この命は姐さんのものでさぁ!!」

 

「ランタン君…リパー君…ありがとうなの。わたし達もイルミナティを追いかけるの!!」

 

「口で言うのは容易いが…つい先日も令が殺されかけた事なら聞いている筈だ」

 

「聞いているの…観鳥先輩はイルミナティの暗殺者に襲われて殺されそうになったって…」

 

「暗殺者だけの問題じゃない、啓明結社は世界を金融支配するマフィアだぞ?国さえも従える」

 

あまりにも強大な敵を相手にする事になると痛感出来るのは令の犠牲があったからこそ。

 

アリナを追いかける事で自分の家族や友達まで標的にされて報復されるかもしれない。

 

そんな恐怖に晒されてしまうかりんであったが、それでも覚悟を決めてくれる。

 

「わたしは…アリナ先輩と約束したの。わたしはマジカルきりんの生き方を貫くって」

 

「マジカル…きりん…?そいつも魔法少女なのか?」

 

「私の好きな漫画の変身ヒロインなの。マジカルきりんは悪には絶対に膝を屈しないの!」

 

「漫画のヒロインの真似をしたいんだな?だが…理想と現実はあまりにもかけ離れている」

 

「それでも貫くの!真似をするからこそ本物になれるって…アリナ先輩から教わったの!」

 

「かりん…お前……」

 

奮い立ったかりんが己の覚悟を悪魔達に示すかのようにして大鎌を構えながら叫んでくれる。

 

「我が名はマジカルかりん!悪の秘密と犯罪行為を許さない正義の怪盗を貫く者!!」

 

――我が魂は…決して()()()()()()()()()()()()のだ!!

 

かりんの覚悟を聞いてくれた尚紀の口元にも微笑みが浮かぶ。

 

彼女を見る尚紀の目は強き者を認めるような温かさをしてくれていた。

 

「よく言った、かりん。そこまでの覚悟を語ってくれるのなら…俺がお前を止める事はない」

 

「嘉嶋さんが私の事を信じてくれたの♪とっても嬉しいの♪」

 

「信念を貫く事は大切だ。現実に負けて自分の信念をゴミ箱に捨てていく大人は多いからな」

 

問題になっている事に沈黙した時、我々の命は終わりに向かい始める。

 

悪を仕方ないと受け入れる人は悪の一部と成り果てるしかない。

 

悪に抵抗しない人は悪に協力している事に気が付かなければならないと尚紀は語ってくれた。

 

「お前のような覚悟を示す者達が増えて欲しいもんだな」

 

「きっと大丈夫なの!わたしの大好きな漫画を読めば皆が正義を愛してくれるようになるの♪」

 

「正義か…信念を持つのは大事だが、それと同時に自分を見つめるのも忘れたくないものだ」

 

かりん達と別れた尚紀であるが、思うところがあるのか不安を語り出す。

 

「俺達だけの力では啓明結社は倒せない…。一人一人の意識である集合意識を変えなければ…」

 

これは政治や経済も同じであり沈黙を選べば国際金融資本家が生み出したシステムは変わらない。

 

一人一人が目覚めなければこれまで通りの結果しかついてこない。

 

大統領や総理大臣が誰になろうがこれまでの歴史と同じく世の中は変わらないのだ。

 

「その為にはかりんのように権威とリスクを恐れない者達がいる。反骨心に溢れた人間が必要だ」

 

それを今の日本人に期待するのは不可能だという事なら尚紀は痛感しているはずだ。

 

現代の日本人は何処までも御上万歳な権威主義民族であり、企業社会主義ロボットそのもの。

 

義に生きる精神などゴミ箱に捨て、御上にヘーコラしながら不満の捌け口は下の者で発散する。

 

辛い現実など忘れてエンタメを消費しながら皆と楽しく遊んでいればいいだけの民衆達なのだ。

 

パンとサーカスこそが現実であり、今のままでは国際金融資本家達の足元にも及ばない虫けらだ。

 

それでも尚紀はかりんの背中に続く気持ちを胸に抱きながら進む者となるだろう。

 

彼もまた己の信念を貫く道こそが正しく、それこそが男の生き様なのだと信じる者であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……決心は変わらないか?」

 

里見メディカルセンターの代表者執務室では険しい表情を浮かべた灯花の父がいる。

 

執務机の上には辞表が置かれており、目の前にはかつての担当医の男がいたようだ。

 

「私は医者だ。医者として()()()()()()()()()を遵守したい。それが叶わないなら出て行くさ」

 

ヒポクラテスの誓いとは医者が誓う倫理的な原則である。

 

真実を語り自律的な決定を促すという自律尊重原則。

 

患者に危害を及ぼすべきではないという無危害原則。

 

患者に利益をもたらすという善行原則。

 

利益と負担を公平に配分するという正義原則。

 

医療倫理はこの四大原則をもって行われなければならない。

 

だからこそ医者は他人から尊敬されるべき存在だと言える筈だったが、現実は違った。

 

「医者になる夢を叶えたというのに棒に振るか?今のご時世、無職は生き辛い世の中だぞ?」

 

「悪事に加担してまで金儲けなどしたくない。私は私を頼ってくれた人々の味方でありたい」

 

「…ならば君はクビだ、何処へでも消えろ。私はもう君を守る必要などなくなるわけだからな」

 

「身内だけ守るのが医者の役目なのか?医者とは苦しみを抱えた人々を救うためにあるんだろ?」

 

それを問われた灯花の父は無言となり、顔を俯けてしまう。

 

担当医の男が語る言葉とは常盤ななかが魔法少女社会の長達に向けて叫んだ言葉と同じだろう。

 

絆を結んだ愛しい魔法少女達と仲良く過ごす馴れ合い社会を守るのが正義の魔法少女なのか?

 

弱き人間を守る為にこそ魔法という力をもつ魔法少女が在るのだと叫ぶべきではないのか?

 

担当医だった男の心にある感情こそ、弱き人間の味方でいたいと叫ぶ常盤ななかの真心であった。

 

「私はそれを実行していく。日本の医療業界という医療マフィアがしてきた悪行を告発していく」

 

「…黙っていれば儲けられたものを、信念とやらで捨てるのか?正義では美味い飯など食えんよ」

 

「人を騙して食う飯など全てが不味かった。私は自分達だけ得をして弱者を捨てる道は選ばない」

 

踵を返した男が部屋から去ろうとするが扉の前で立ち止まる。

 

顔を向ける価値も無い似非医者に向けて本物の医者はこんな言葉を送るのだ。

 

「偽りの自分を演じて好かれるよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ」

 

「そ…それは……」

 

「自分らしく生きる事に値段はつけられない、自分らしく生きる事ほど楽しい事はない」

 

「私は…自分らしく生きていないと言いたいのか……?」

 

動揺を浮かべてくれた者に最後の餞別を送るために男は振り返ってくれる。

 

「私は私で在りたい。製薬会社やその株主を儲けさせるために医者を続けるぐらいなら出て行く」

 

――医者の魂とは、切り売りするものではないからだ。

 

医者という存在は何なのかを伝え終えた男が部屋から去っていく。

 

モデル事務所の社長に向けて平謝りしか出来なかった七海やちよをこの男は超えるのだ。

 

その思いとは自分は人の命を預かる医者なのだという誇りから生まれている。

 

リスクを恐れず正義の医者で在りたいと願った信念を貫き通す男の姿こそ男の生き様そのものだ。

 

正義の医者とは何なのかを伝えられた灯花の父は項垂れたまま顔を上げられない。

 

「…医療グループの長である私に立てついてクビにされてでも…私の間違いを批判してくれるか」

 

このような勇気ある日本人の姿など何処にもいないかもしれない。

 

時代劇の忠臣蔵など、お家という全体のために犠牲となるのが善・美徳として洗脳されてきた。

 

そのような価値観に支配された日本人は政府や組織に対する忠誠心と犠牲的献身しか求めない。

 

それが正しいという誤った価値観が揺らぐこともなく、御上の家畜ロボットとして完成する。

 

権力者に歯向かう反骨心が無ければ上の間違いを修正していく事など不可能だった。

 

「君は勇気ある者だよ…クラブ活動の顧問が体罰を行うのは間違っていると叫ぶ生徒と同じだな」

 

立ち上がった灯花の父が棚の前にまで来て娘の写真を手に取る。

 

若くして亡くした我が子の姿を見つめる男の手は震えていたようだ。

 

「灯花…私はお前を心から愛していた。欲しい品があるなら金に糸目を付けずに買い与えた…」

 

入退院を繰り返す病弱な少女であったが、それでも目に入れても痛くない程にまで溺愛した愛娘。

 

退院出来た時はお祝いだと称して頼まれた品なら何でも買い与え、高級ディナーに連れて行った。

 

味気ない病院食しか与えられなかった娘は喜んで高級ディナーを食べてくれた記憶が巡る。

 

「…美味かったか?製薬会社と株主を儲けさせるために父さんが患者達を騙して稼いだ御飯は?」

 

本当の父の姿を見せた時、娘の灯花は何と言ってくれたのだろう?

 

弱者を騙して踏み躙って食べる最高級の飯は美味しいと言ってくれただろうか?

 

「私は…灯花さえいてくれたら全てが幸せだった。だけど…だけど私にはもう……お前はいない」

 

両膝が崩れ落ち、嗚咽の音が響いていく。

 

「生きてさえいてくれたら何にだってなれたんだ!!なのに…なぜ死んだ?灯花ぁぁぁーっ!!」

 

医者としては地に堕ち、愛娘に死なれて生きる意味さえ失った男の慟哭が叫ばれる。

 

今の彼は何のために守銭奴の如き強欲者としての生き方を選んでいるのかも分からない。

 

罪の意識でさえ愛娘がいてくれたから耐えれたが、今となっては心の支えすらない状況であった。

 

その頃、里見メディカルセンターの屋上では氷室ラビが仲魔のサンダーバードと共に立っている。

 

院長室での出来事さえ知っているかのようにして彼女は最後にこんな言葉を残してくれた。

 

「弱い人ほど偉ぶるわ、だけど弱さを受け入れている人は偉ぶらない。彼のような人は稀ね」

 

「この病院の院長のような愚者ではなかったな。インディアン達は()()()()()()を語ってきた」

 

血管の中の水が海に還り骨の中の土が大地に還る時、土地は貴方のものではないと気づくだろう。

 

むしろ逆。

 

貴方こそ、土地のものなんだ。

 

「所有の虚しさは死ぬ時になって初めて気が付く。強欲な成金共はそれに一生気が付かないのだ」

 

「お金の所有など虚無の前では全てが無価値。ここの院長はそれに気が付かないまま死ぬのね」

 

「そうだ。所詮金など紙幣を創造する権利を与えられたユダヤ財閥のものに過ぎないからな」

 

「そんな紙切れがないと生きていけない人類に価値なんてないわ。だからこそ…滅ぶ必要がある」

 

それだけを言い残して氷室ラビと仲魔の姿は消えていった。

 

日本人どころか世界中の人々にとっても病院は命を救う場所だと考えているだろう。

 

そんな者達にこそ、このような警句を残すべきなのだ。

 

アメリカの医学博士であったロバート・S・メンデルゾーンは言葉を残す。

 

――一般の人が知らない事は沢山あります。

 

――もし知っていたら、おそらく二度と医療機関を受診しないでしょう。

 

――この職業は製薬業界に乗っ取られ、単に生涯顧客を作るために準備されているからです。

 




次は誰のキャラドラマ回収だったかこんがらがってくる(汗)
やっぱ勢いでこのキャラ出したい!は自分の首を締め上げるだけっすね(汗)


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224話 常闇の騎士

クリスマスの時に雪野かなえと安名メルは探偵の尚紀から依頼を任されている。

 

行方不明となった和泉十七夜の捜索を託された彼女達は年が明けた辺りから本格的に動き出す。

 

彼女達はただの学生であるのだが、本職の探偵である尚紀から人探しのコツは聞いている。

 

そのため先ずは和泉十七夜の行動をよく知る人物達を相手に聞き込み捜査を行っていたようだ。

 

八雲みたま、天音月咲、千秋理子、矢宵かのこ等、十七夜をよく知る人物達から情報を得ていた。

 

「十七夜が立ち寄りそうな施設は絞り込めたけど…問題なのは神浜にはいないという事だね…」

 

「郊外といっても色々ありますしね…どの辺を探せばいいのやら…」

 

「それと同時に、あたしはバイクの免許取得のために郊外の教習所にも通わないとなんだ…」

 

「じゃあ、かなえさんが通う教習所がある近場から捜索してみるのもいいかもですね」

 

「ん…それでやっていこうか」

 

こうして雪野かなえは二足の草鞋を履く生活がスタートしていくことになる。

 

教習所が終わる時間になるとメルと合流して付近の捜索活動を始めていくのだ。

 

メルの予知能力も合わせながらどの辺りで身を潜めているのかを割り出す作業が続いていく。

 

その間にフェミニズム問題が起こったり、みふゆの受験騒動が起こったりとてんやわんやだった。

 

しかし和泉十七夜の行方を突き止める事は出来ずに月日だけが過ぎていく。

 

捜索範囲を広げていた頃になると観鳥令も十七夜捜索のための協力者となってくれる。

 

それと同じくして彼女達と共に行方不明者捜索に加わってくれる者達もいたようだ。

 

「本当にいいの…?あたし達が捜索しているのは十七夜であって…アリナじゃないんだ」

 

「なぎたんはフリーメイソンに協力してると聞いたの。メイソンとイルミナティは同じ組織なの」

 

「尚紀から説明されたんだね?たしかにフリーメイソンを追えばイルミナティにも繋がってくる」

 

彼女達と合流したのは御園かりんとお供のジャックコンビである。

 

かりんは尚紀に向けてアリナを捜索すると宣言しており、そのための行動を起こそうというのだ。

 

「和泉十七夜の事もかりんは心配してるんだホ。こう見えてかりんは十七夜とは面識があるホ」

 

「へぇー?かりんさんと十七夜さんはどんな関係だったんです?ボク興味深々ですよ!」

 

「俺サマも聞いた事ない!姐さんと姉御のなぎたんさんとはどのようなお関係で?」

 

「なぎたんがメイドのお仕事で悩んでた時にアドバイスしてあげたの!漫画も貸してあげたの!」

 

「メイドと漫画が関係あるんですか…?」

 

「探偵少女メイドのメーちゃんにはメイドさんの心得が全て詰まってるの!今度貸してあげるの」

 

「えっ?ええと…ボクは占いが趣味であって…十七夜さんみたいにメイドになりたいわけでは…」

 

「食わず嫌いはダメなの!読んだら絶対に面白いと保障するの!」

 

目を輝かせながらオタク話を始めてしまうかりんを見てメルとかなえは苦笑いを浮かべてしまう。

 

そんなかりんを見たランタンが辟易した態度をしながら2人に念話を飛ばしてくる。

 

<漫画話になると長くなるホ…。俺とリパーはこんな感じでマシンガントークを浴びせられるホ>

 

<それは……ご愁傷様です>

 

<うん……それは辛いよね>

 

そんな時に横やりを入れてきたのは悪魔ジャーナリストともいえる観鳥令であった。

 

「まぁまぁ、話が脱線しそうだからそこまでにしとこうよ。それで捜索はどれくらい進んだの?」

 

「ん…メルの予知で視えた光景を頼りに絞り込んでいくと…見滝原近くの郊外が怪しいみたい」

 

「そうなんです。視えた建物をスマホで検索したらマップ表示されたので間違いないですよ」

 

「流石はメルチャンだね。確実撮影を失った観鳥さんよりもずっと頼りになるよ」

 

「そんな事ないですよーっ!令さんには長年培ったジャーナリストのノウハウがありますし!」

 

「有難う♪それじゃ、見つけた郊外に点在してる十七夜さんが立ち寄りそうな施設に向かおうか」

 

「探偵少女メイドのメーちゃんの素晴らしさをまだ語り終えてないの!」

 

<<それはまた今度>>

 

「……なの」

 

オタク知識とは相手に同じ知識の土台がなければ通じないものだ。

 

この苦しみをオタクは常に味わい続けるのと同じように、政治や心理学知識も相手に通じない。

 

この弊害が後の世を混乱に陥れる事になるのだとこの時の彼女達は気が付く事はないだろう。

 

ショボーンとしたかりんを連れた一行が電車に乗り込み見滝原近くの郊外へと向かう事になる。

 

電車内で揺られながら窓の景色を見つめるメルは十七夜と共に過ごしていた頃を思い出す。

 

「十七夜さん…ボク達はもう…あの頃には戻れないんですか?」

 

彼女の不安を掻き立てるのは今日の朝に行ったタロット占いの結果が尾を引いているからだ。

 

タロット占いの結果とは塔の正位置。

 

タロットカードの中でも最も災い深い塔の正位置がもたらす未来とは人生の転落。

 

塔の上から落ちる王冠は大き過ぎる野心とおごり高ぶった心を表す。

 

崩れゆく塔とは固定観念や生活基盤の崩壊を表す。

 

塔に命中する雷は予期せぬアクシデントなどが降りかかるという不吉過ぎるカードなのだ。

 

かつての魔法少女社会の長達に待っていた結末を表したカードでもあった。

 

「ボクが占い結果に怯えていた時…十七夜さんは占いを気にし過ぎるなと言ってくれました…」

 

十七夜の言葉を信じたい気持ちもあるが、それでも自分の占いには絶対の自信をもつメルである。

 

だからこそタロットカードの中で最悪のカードを引いてしまった事は彼女にとって衝撃だった。

 

固有魔法を失ったとしても彼女は占いを信じる者であり未来を強く引き寄せると考えてしまう。

 

だからこそ、その運命は己の選択を貫く者達の手によってもたらされていくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「それじゃ、アリナは行ってくるね」

 

男装服に着替えたアリナがペントハウスから出かけようとするのだが、十七夜は心配そうだ。

 

「悪魔が襲撃を仕掛けてきてあの施設を破壊するとはな…今度の会議はその対策会議なんだろ?」

 

「それもあるけど、たぶん責任問題の追及もあると思うワケ。アリナはその時の当事者だカラ」

 

「責任問題か…重い処遇を与えられるやもしれんな。援護に向かえなかった自分が呪わしい…」

 

「アリナ的には責任追及されて邪教のアトリエに連行してもらえたら願ったり叶ったりだヨネ」

 

「邪教の館か…自分はユダさんと共に行って悪魔合体を経験出来た。アリナも…したいのか?」

 

「それがアリナの望み。アリナはダークサマナー程度で終わるだけじゃ満足しないカラ」

 

そう言い残して地上に下りるエレベーターの前に立ちボタンを押す。

 

アリナを見送ったメイドの十七夜であったが、彼女に向けて念話を送ってくる悪魔が現れる。

 

<十七夜ー!オレサマ暇シテル!オレサマモ暴レニ行キタイ!>

 

念話を送ってきたのはアリナの仲魔の一体であるコカトライスのようだ。

 

今日は彼の自由行動の日であり、コカトライスを除いた悪魔達はアリナと共に出かけていた。

 

<落ち着け。目立つ行動は控えるように言われているはずだぞ>

 

<コケーッ!他ノ奴ラハ暴レラレタノニ!オレサマノ出番ガナカッタゾ!許セン!!>

 

<そうは言うがな……むぅ?>

 

吸血鬼としての十七夜は様々な能力を所有している。

 

アリナからペントハウスの管理と警備を任された者として使い魔達を使役している者なのだ。

 

その中の一体であるカラスの視界に映った者達の光景が十七夜の脳内にも浮かんだようである。

 

<…まさかこんな地域にまで現れるとはな>

 

<ドウシタ?トラブルカ?>

 

<そのようだ。自分の旧友達がこの地域に迫っている…我々の潜伏場所を特定されるのは不味い>

 

それを聞いたコカトライスはペントハウスの屋上で立ち上がり、巨大な翼を広げて喜ぶ。

 

<コレゾ僥倖!!ソイツラ狩リタイ!場所ヲ教エロ!オレサマガ仕留メテクル!コケーッ!!>

 

<侮るな…奴らの中には自分と同じく悪魔転生を果たした者達もいる。自分も迎撃に加わろう>

 

<マァイイ、協力ミッションダ!!ソレデ、ドウ攻メル?>

 

作戦立案を任された十七夜が腕を組んで考え込んでいたが何かを思いついたようだ。

 

<彼女達の目的は恐らく偵察だ。この場所を知られるわけにはいかん、捕らえる必要がある>

 

<殺サナイノカヨーッッ!?ツマラネーゾ!オレサマ血ヲマダ見テナイ!!>

 

<今は大事な時期だ…事は慎重に進める必要がある。奴らの処遇についてはユダさんに委ねる>

 

<オレサマ、テンション、爆下ガリ…ナンカ眠クナッテキタ……>

 

<君にも協力してもらうぞ、コカトライス。君の魔眼の力は相手を捕えるのに役立つはずだ>

 

<ムゥ…オレサマノ魔眼二期待シチャウ?ソーカ、ソーカ!オレサマ、テンション上ガッタゾ!>

 

(馬鹿と鋏は使いようだな……)

 

私服に着替えるため彼女は自室へと戻っていく。

 

白のニットトップスと紺色のスカートを纏い、黒のニーソックスを履いていく。

 

「もう3月だ。ダウンジャケットの季節は終わったな」

 

黒のダウンジャケットの代わりに黒のジャケットを纏った彼女が部屋から出てくる。

 

「連中をここに近寄らせるわけにはいかん。何処かにおびき寄せねばな…」

 

エレベーターで地上に下りてきた彼女の手には日傘が持たれている。

 

まだ吸血鬼が外を出歩ける時間帯ではないのだが彼女は意に介さず夕日の世界へと歩いていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

かなえ達は見滝原近くの郊外に訪れた事もあり二手に分かれて十七夜の捜索を開始する。

 

かりんとジャックコンビの3人は彼女達とは違う方向を探しにいったようだ。

 

「潜伏中の十七夜さんはどんな施設を利用してるんだろ?メルチャンは何が視えたの?」

 

「十七夜さんが銀行に訪れている光景が視えたんです。だけど…おかしいんですよね」

 

「そうだね…十七夜は吸血鬼になったはず。銀行が開いている時間は日が昇ってるだろ?」

 

「どういう事なんだろう…?十七夜さんは吸血鬼なんだし…日光が弱点のはずなんだけど…」

 

「今は気にしても仕方ない…。この時間だと銀行は閉まってるけど…行くだけ行ってみよう」

 

「十七夜さんが利用してた銀行名は確認済みです。そこから生活圏を割り出しましょう」

 

「十七夜さんは車の免許をもってないし、生活圏も銀行から近いはずだね。それで行こうか」

 

夕日が沈んでいく中、彼女達はスマホ片手に銀行に向かって行く。

 

路地を歩いていた時だった。

 

「この魔力は…!?」

 

十七夜の魔力を感じ取った瞬間、路地の辺りが濃霧に包まれていく。

 

「この霧は吸血鬼の能力だよ!十七夜さんと戦った観鳥さんだから分かる!」

 

「十七夜!!いるのか、十七夜!!」

 

彼女達が周囲に声を上げている時、空からカラスが飛来してくる。

 

<<こんな場所までやってくるとはな。安名の力で自分を探し出せたのか?>>

 

カラスから響いてくる念話が聞こえる彼女達が使い魔の主に目掛けて叫んでいく。

 

「十七夜さん!家に帰りましょう!家族だって心配してますよ!!」

 

<<観鳥君や十咎にも語ったが…自分は家族と縁切りしている。家に帰る事はない>>

 

「姿を見せろ十七夜!たとえ帰るつもりがなかろうと…捕まえてでも連れて帰るぞ!」

 

<<雪野君…やはり君とは殺し合う定めだったようだ。残念だよ…こんな関係になるなんてな>>

 

「十七夜さん!みんな帰りを待ってるんだ…親友のみたまさんのためにも…家に帰ってくれ!」

 

<<同じ事を何度も言わせるな、観鳥君。自分を捕まえたいのなら…追ってくるがいい>>

 

濃霧の中からカラスが飛び立つと同時に霧が晴れていく。

 

かなえ達はカラスの後を追うようにして走り続ける。

 

アリナ達が住まう高層ビルからは離れていき、その代わりとして大きな施設が見えてくる。

 

「ここは……?」

 

かなえ達が辿り着いたのは廃墟となった遊園地。

 

施設の奥には取り壊しが待たれる廃墟の城も見えたようだ。

 

「明らかに罠を張ってますって雰囲気ですよね…?」

 

「それでも行くしかない…十七夜の使い魔はこの場所まで飛んできたんだ」

 

「行こう、みんな!今度こそ十七夜さんを連れ帰ってみせる!!」

 

3人が悪魔化を行い廃墟となった遊園地の中へと入っていく。

 

ゲートを潜り抜けた瞬間、それは起こったのだ。

 

「これは…悪魔の異界!?」

 

廃墟となった遊園地は悪魔の異界に飲み込まれてその全様を様変わりさせてしまう。

 

かなえ達が立つ廃墟のアトラクション施設は墓場のような光景に変質したのである。

 

<<自分は奥の城にいる。ここまで来るがいい>>

 

墓の上で佇んでいたカラスから念話が響く。

 

誘い込みを仕掛けようとしているのは分かっているが、それでも彼女達は怯まない。

 

「何が待ち受けていても構わない…あたしは不器用なんだ。派手にやらせてもらうぞ…十七夜」

 

魔法武器を生み出した彼女達が墓場を超えながら城を目指す。

 

異界化した事により廃墟の城は禍々しくも立派な外観となり威圧的に彼女達を迎えてくれるのだ。

 

城館の木製扉を開けて中に入り込む。

 

大きな玄関ホールの中は薄暗く、蝋燭の灯りと古びた家具や肖像画が並んでいる。

 

目の前には大きな階段と踊り場が繋がったT字路のような枝分かれした両階段があるようだ。

 

「……ようこそ、我が城へ」

 

両階段の踊り場で立っている者がいる。

 

「……十七夜さん?」

 

佇んでいる者の声は十七夜であるが見た目が変化している。

 

黒を基調とした貴族のような風貌をしており、両腕と両足は禍々しい漆黒の甲冑を纏う。

 

目元は鉄仮面のようなマスクを身に纏い己の顔を隠す姿をしているようだ。

 

その姿はまさに夜の貴族を表す吸血鬼の姿を彷彿させており、クドラクとも似ている。

 

かなえ達の前に現れた者こそ、()()()()()()()()()()()となった和泉十七夜の姿であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

禍々しく光る赤黒い魔力。

 

鉄仮面の隙間からは赤い眼光の光が浮かんでいる。

 

鋭い眼光を向けてくる者が重い口を開いて語り掛けてくるのだ。

 

「神浜から出てきてまで自分を探しに来るとはな」

 

強大なプレッシャーを放ってくる城主を相手に怯まない彼女達に視線を向けていく。

 

十七夜の視線が向けられたのは令であったようだ。

 

「その姿は何だ…観鳥君?自分と同じく悪魔の魔力を感じさせてくるとは…まさか君も…」

 

「…そう、観鳥さんも十七夜さんや雪野さん達と同じく悪魔となれた。これでお揃いだね?」

 

「そうか…君まで悪魔になってしまったのか。まるで悪魔化のバーゲンセールだな」

 

「それに十七夜さんだって随分と姿が変わってるじゃないか…まるで()()()()()だよ」

 

ヴラド三世とは串刺し公として知られるワラキア公であり、吸血鬼ドラキュラのモデルである。

 

父であるヴラド二世と同じく神聖ローマ帝国のドラゴン騎士団に所属していたようだ。

 

ヴラド三世は逆らう者には容赦がなく、敵の死体を串刺しにして吊るす悪魔のような歴史人物。

 

そんなヴラド三世に見えてしまうのは十七夜の右手に持たれている旗槍のせいであろう。

 

漆黒の槍には()()()が巻かれており、敵の血で染め上がった槍を彷彿とさせてくるからであった。

 

「歴史に詳しい観鳥君らしい意見だ。この姿はな…新しい悪魔の力に馴染むよう変化させたのさ」

 

「新しい悪魔の力?そういえば吸血鬼になった十七夜さんなのに…どうして外に出れるんです?」

 

「疑問に思うか、安名?それはな…吸血鬼として弱点を大幅に克服出来たからこそさ」

 

「弱点を大幅に克服した…?まさか十七夜さんは…悪魔合体を用いて体を強化したんですか?」

 

「その通り。自分は形を変えない悪魔合体を望み、新たなる悪魔耐性として炎無効を手に入れた」

 

「どうりで太陽の光に焼かれて体が燃え上らないわけか。不味いな…あたしの魔法と相性が悪い」

 

「それでも紫外線までは防ぎきれなかった…やはり太陽は吸血鬼の天敵である事に変わりはない」

 

「形を変えない悪魔合体である御霊合体をしたんですね?だけど…その禍々しい姿は何ですか?」

 

「吸血鬼とは形があって形が無い変幻自在の悪魔種族だ。望めば依然と同じ姿にだってなれる」

 

重い旗槍を肩に担ぎながら不敵な笑みを浮かべてくる者が階段を下りてくる。

 

新たなる悪魔の力を試したくてウズウズしているような態度に見えるだろう。

 

彼女達の前にまで下りてきた十七夜に向けてメルは叫ぶ。

 

「十七夜さん…ボクは嫌ですよ!十七夜さんとは戦いたくない…またあの頃に戻りましょうよ!」

 

「それは出来ない相談だ。君も自分も悪魔としての道を行くしかない…過去とは決別しろ」

 

「嫌です!また恋愛相談に乗って下さいよ!お節介な十七夜さんに振り回される生活がしたい!」

 

「安名……」

 

見ればメルの目には大粒の涙が浮かんでいる。

 

魔法少女時代を思い出してしまう十七夜の表情も苦しみを浮かべてしまうが、それでも迷わない。

 

「…楽しかった頃に帰りたいと自分も叫んだ。それでもな…自分はもう引き返せないのだ……」

 

「どうしてですかぁ!?」

 

「自分が罪人だからだ。あの神浜テロをもたらしたのは東の長として自分が愚かであったからだ」

 

「東の長として…愚かだった…?」

 

辛そうな表情を浮かべながらも十七夜は語ってくれる。

 

自由と平等こそが必要だと叫んでいた癖に他人の自由と平等は縛り上げた詐欺師であったこと。

 

不義理を許さないと叫んでいた癖に自分が一番不義理であったこと。

 

望んでいたのは自分だけの理想であり、周りの自由と平等なんて欠片も考えてくれなかったこと。

 

だからこそ魔法少女として生きた和泉十七夜は支離滅裂だと批判され、追放されたのだ。

 

「他人の心を見る癖に…自分を見る力がない者…それが魔法少女時代の和泉十七夜の正体だった」

 

「十七夜さん…ボク…気が付いてあげられなかった…。大き過ぎる矛盾を抱えてたんですね…」

 

「自分は愚かな理想主義者だ。だからこそ東の魔法少女を苦しめ…神浜テロに導いてしまった」

 

「十七夜…自分を責め過ぎだ。あの大規模テロを扇動したのは十七夜の指示じゃないだろ…?」

 

「七海達にも語ったが…自分は神浜の破壊を望んだ者。破壊の果てに人々は平等になると信じた」

 

「思うだけなら誰でも思う…あたしだって…あたしを傷つける連中なんて滅びろと思ったさ…」

 

「あの結末とは…自分の望みそのものだった。だからこそ…自分があの神浜テロを招いたんだ」

 

「十七夜さん…悲しみに支配されちゃダメだ!今の十七夜さんは自責の念に潰されてるんだよ!」

 

「自分は償いがしたい…東の魔法少女達が望んだ平等世界を作る…それこそが自分の弔いだ!!」

 

右手に持たれた旗槍を振り抜く。

 

黒い霧のようなものを噴き上げた槍を構えた十七夜は決断する覚悟を示すためにこそ叫ぶのだ。

 

「自分は世界の平等を望む!神浜人権宣言を叫んだ人修羅様の思想こそが…自分の理想世界だ!」

 

「騙されちゃダメだよ!尚紀さんが叫んだ人権宣言はね…大きな落とし穴があるんだ!!」

 

「黙れ!!たとえ観鳥君であっても世界の平等を叫んで神浜を救ったあの御方の侮辱は許さん!」

 

戦闘は避けられないと判断した悪魔少女達が武器を構える。

 

ゲーテを取り込んだ観鳥令は乗馬鞭のような武器を生み出して十七夜に向けて構えるのだ。

 

「フッ…君も正義の鞭を振りかざす者となるか?どれ程の手並みなのか…自分に見せてみろ!!」

 

「十七夜さん程の使い手になれなくてもいい!十七夜さんの過ちを気が付かせる力だけでいい!」

 

――今の十七夜さんは…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そのものだ!!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

先に仕掛けたのは十七夜であり迎え撃つのは同じ槍を武器にしたかなえである。

 

「くっ!!」

 

燃え上る魔槍ルーンで柄の一撃を受け止め鍔迫り合う。

 

燃え上るルーンを相手に鍔迫り合う敵の周囲にも業火が生み出されて焼き尽くさんとする。

 

しかし炎無効耐性を得た十七夜は炎を無効化しながら新たなる悪魔スキルを発揮するのだ。

 

「なんだ!?」

 

旗槍から噴き上がる黒い霧に触れた瞬間、炎魔法が消えていく。

 

「これが悪魔の物理魔法というやつだ。実に素晴らしい」

 

十七夜が用いた物理攻撃スキルとは『暗夜剣』と呼ばれるもの。

 

敵単体に大ダメージを与える一撃であると同時に魔封効果も付与するものなのだ。

 

「我が一撃に触れた者は魔封状態となる。魔封を無効化する耐性は無かったようだな?」

 

「チッ!!」

 

黒い霧の中で鍔迫り合うかなえが十七夜の鉄仮面に目掛けて頭突きを放つ。

 

だが動きは読まれており後方に向けて跳躍した相手に頭突きの一撃を避けられてしまう。

 

着地した十七夜は左右から迫る敵に意識を向け、槍を構える。

 

「これが観鳥さんが得た悪魔の力だぁ!!」

 

「令さん!合わせて下さい!!」

 

乗馬鞭を振り抜いて放つ魔法とは氷結魔法のマハブフーラ。

 

合わせて放たれたのは疾風魔法のマハザンマである。

 

左右から迫る吹雪と竜巻に対して十七夜の体から漆黒の光が放たれ、体が弾ける。

 

無数の蝙蝠化を行った十七夜が階段の踊り場にまで飛翔していき再び実体化する。

 

避けられた魔法の一撃はぶつかり合い、対消滅したようだ。

 

「どうした観鳥君?遠距離からしか攻撃出来ないか?鞭とは相手を叩くためにあるのだぞ?」

 

「あいにく…観鳥さんの中に溶けた悪魔は接近戦が苦手でね。それに観鳥さんも苦手なんだ…」

 

「そうだったな…君は魔法の飛び道具頼りの者だった。生き残れたら誰かに稽古をつけてもらえ」

 

「どうせだったら乗馬鞭を扱うのを誰よりも得意としていた十七夜さんから教わりたいもんだね」

 

「それは出来ないな。自分はかつての武器を捨て、今は槍の扱い方を勉強中なのでな」

 

令に意識を向けている相手に目掛けて飛んできたのは、かなえが放つ鷹円弾の一撃。

 

迫りくる魔槍を目にした十七夜の体が霧化を行う。

 

ルーンは彼女の体を素通りして後ろにあった肖像画に深く突き刺さり動きを止めたようだ。

 

二階の通路にまで移動して実体化した十七夜が下の者に目掛けて不気味な笑みを浮かべてくる。

 

「荒々しい槍の使い方だな、雪野君?お互いに槍の技術は磨かなければならないようだ」

 

「元々あたしの戦い方はラフファイトだ。技術よりも大事なのは…敵を恐れない心さ」

 

「恐れを知らない者に待っているのは死だけだ。それを自分が分からせてやる…ついて来い!」

 

何を思ったのか、十七夜は戦場から逃げ出すかのようにして二階通路を走って行く。

 

「逃げるな、十七夜!!」

 

かなえが階段を昇りながら十七夜の後を追う。

 

顔を見合わせる令とメルであるが、十七夜とは付き合いが長い彼女達は何か思うところがあった。

 

「十七夜さんが一目散に逃げだす判断をする時は…いつだって何かしらの策を考えてる人だった」

 

「これも何かの狙いがあっての逃走なんでしょうか…?」

 

「そう考えておいた方がいいと思う。とにかく、観鳥さん達も後を追いかけよう!」

 

令とメルもかなえの後を追いながら城館の二階を目指すために階段を駆け上がっていく。

 

三階構造をしている城館の二階通路を走る彼女達が通路内で槍を振るうかなえを見つける。

 

「この程度の攻撃であたしは倒せない!姿を見せろ!!」

 

かなえの周りには超能力魔法を用いて槍のように飛んできた家具が叩き壊され散乱している。

 

<自分の魔力を追ってこい。ここまで来れれば…相手をしてやろう>

 

念話を送ってきた者の魔力を追い、城館内部を駆けていく3人の悪魔少女達。

 

彼女達が辿り着いたのは城の外が一望出来る大きなバルコニーであったようだ。

 

「追い詰めたぞ…十七夜。空を飛んで逃げなかった事だけは褒めてやる」

 

「何度でも言ってやります!十七夜さんを相手にボクの悪魔の力を使わせないで下さいよ!!」

 

「観鳥さんだって使いたくない…それでも、話を聞く気がないなら力で追い詰めてみせるさ!」

 

強気な態度を向けてくる者達に向けて十七夜は不気味な笑みを浮かべてくる。

 

「追い詰めた?フフッ…見えるものだけにしか意識を向けられないのが人の悪い癖なのだろうな」

 

「何だと…?十七夜…何を狙って……」

 

「自分がいつ独りで戦うと言ったのだ?それに気が付かなかったのが運の尽きなのだよ」

 

<<えっ!!?>>

 

十七夜が立つ後ろ側から強大な魔力が発せられる。

 

透明に見えていた筈の空間に浮かぶのは悪魔を表す真紅の瞳。

 

「これは!?体が…動かない!!」

 

「しまった!?やっぱり罠を張ってたのか!」

 

悪魔の魔眼を行使されたかなえ達の手足の先が石化していく。

 

ペトラアイを放った者とは十七夜の後ろ側の空間で待ち伏せていた悪魔であった。

 

「コケーッ!!オレサマ、アンブッシュ、得意!!イキナリ石化サセラレタ恐怖ヲ楽シメ!!」

 

隠し身の技術を用いてステルス状態を保っていた者こそ、アリナの仲魔であるコカトライス。

 

悪魔が潜んでいたにも関わらず魔力どころか姿すら相手に気が付かせないのが隠し身の脅威だ。

 

「巨大な悪魔だけど…この見た目…もしかして巨大なニワトリですか!?してやられました!」

 

「ニワトリジャネーヨ!!オレサマドラゴン!!二度ト間違エルンジャナイゾ!!コケーッ!!」

 

「そういう割にはニワトリみたいな鳴き声をしてるよね…なんて訝しんでる場合じゃないけど…」

 

「グッ…!?コ、コレハ口癖デアッテ…オレサマ、ニワトリジャナイ!ダケド…ウゴゴゴ…」

 

「…自分のアイデンティティに苦しんでる?分かるよ…あたしも悪魔と人間の間で苦しんでる」

 

「オマエラモ同ジカ!?ナンカ親近感ヲ感ジテキタゾ!!」

 

「コカトライス…今は自分達のアイデンティティ議論をしている場合じゃないぞ」

 

「ヌゥゥゥ…友達ニナレルカモト思ッタガシカタナイ!コイツラハ献上品トシテ持チ帰ル!!」

 

必死になって体を動かそうとするが、既に四肢の殆どが石化状態であり棒立ち状態をしている。

 

そんな者達を捕らえる事など朝飯前であり、なんなら完全に石化させて砕く事も出来るだろう。

 

「待ってて下さい…何とかして石化の解除魔法を……」

 

「そうはいかんぞ、安名」

 

歩いてきた十七夜がメルの左手に持たれていたトートの書を引き抜いて奪い取る。

 

これが魔法の触媒なのだと見抜かれていたようだ。

 

「返して下さいよー!それはボクの魔導書ですよ!まぁ…元々はトート神のものですけど…」

 

「この魔導書の表紙に描かれているのはホルスの目か?トート神の力を行使出来るとはな…」

 

「コノ小娘ガ魔術ノ神ダトォ!?エジプトノトート神ト言エバ、啓明結社ノ連中ノ崇拝対象ダ!」

 

「そうだったな…アリナから聞いたがイルミナティが用いる魔術は全てエジプトが発祥だそうだ」

 

「ボクはイルミナティなんぞに拝まれたくありません!神様扱いされたらお尻が痒くなります!」

 

「ちょっと待った!!今…アリナって言わなかった!?どういう事なの…十七夜さん!!」

 

「やはりアリナとも繋がっていたんだな…十七夜。アリナの居場所も吐かせてみせる…!!」

 

「チッ…口が滑ったか。まぁいい、アリナと会いたければ自分達に捕らえられることだ」

 

絶体絶命のピンチに陥ってしまった雪野かなえと安名メルと観鳥令。

 

彼女達の目の前に立ち塞がるのは夜の世界に消えてしまった常闇の騎士と石化を操るドラゴン。

 

常闇の騎士が纏う鉄仮面の中で浮かぶ赤い眼光には、もはや迷いの色は浮かばないだろう。

 

今の彼女が求めているのは平等世界であり世界連邦を築くために全ての国家を解体すること。

 

人修羅が叫んだ平等理念こそが今の十七夜の行動理念であり、人修羅を崇拝する信念でもある。

 

常闇の騎士となった和泉十七夜の戦いは止められないだろう。

 

世界に平等をもたらす事こそが神浜テロをもたらして散っていった魔法少女達の鎮魂となる。

 

悪魔の笛吹きからそう摺り込まれた十七夜は目隠しされた亡者の如く突き進むしかない。

 

正義に盲従する者達こそが世界を破壊する原動力となる者だとユダは言葉を残すのであった。

 




ようやく常闇なぎたんのご登場です。
何でドラキュラモデルのヴラド三世な印象を与えているのかは後々分かってくると思われます。
なぎたんが常闇になるならみたまさんもいずれは常闇化するでしょうね。


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225話 サタニズムの道

体の石化に歯止めがかからない悪魔少女達は既に藻掻く事すら出来なくなっている。

 

このまま完全に石化させられたら十七夜の魔の手から逃れる術はないだろう。

 

「安心しろ、今は殺さない。しかし…我々の行動の邪魔立てをするならば保障出来んな」

 

「くそっ…ここまでなのか…」

 

「言っただろう?恐れを知らぬ者は無策のまま敵陣に飛び込んで死ぬしかないのだ」

 

「確かに…恐れを知る事も大切だよ。だけど…無策のまま飛び込むバカな真似はしない」

 

「何だと…?」

 

「…アナタが言った言葉をそのまま返す。見える者にしか意識を向けられないのが悪い癖だ」

 

かなえの言葉を聞いた十七夜が辺りに視線を向けるが遅過ぎる。

 

<<マジカルかりん、ここにとうじょーっ!>>

 

上を見上げれば飛び降りてきた人物が武器を振り下ろそうとしている。

 

「くっ!?」

 

奇襲を仕掛けてきた相手に目掛けて十七夜が旗槍を振るい、大鎌を弾く。

 

体ごと弾き飛ばされたが体勢を一回転させながら着地を行い武器を構え直す。

 

「画伯……君まで来ていたのか。邪魔立ては許さんぞ!」

 

「我は正義の怪盗マジカルかりん!そして我は独りで戦う者ではない!」

 

「なに…?ん…?あっ!?」

 

左手を見ればメルから奪った筈のトートの書が紛失している。

 

「ケケケ!黒きカマイタチと呼ばれた俺サマにスリをやらせりゃこんなもんよ!」

 

声が聞こえた方に視線を向ければトートの書を持ちながらはしゃぐ姿をしたリパーがいる。

 

「これでも喰らえホー!!」

 

続けて空から現れたランタンが大きな火球を放ってくる。

 

しかし炎無効の耐性をもつ十七夜が旗槍を振るい、火球の一撃を粉々に吹き飛ばしてしまう。

 

「今のうちですぜメルの姉御!姐さん達が姉御のなぎたんさんを抑え込んでいるうちに回復を!」

 

「見ての通り体が石化中なんです…ボクの代わりにペトラディが載ってるページを開けて下さい」

 

「えーーっ!?俺サマがページを開かなきゃならないわけーっ!?」

 

「ボクが触れてたら魔力でページを開けるんですけど…こればかりは仕方ありませんね」

 

魔導書のページを開き続けるリパーの横ではかりん達が果敢にも十七夜達に戦いを挑んでいく。

 

「あっちは俺の炎が無効化されちまうからコッチを相手してやるホ!」

 

「チビノ分際デ挑ンデクルカ!!ココハ狭イ!ツイテコイ!!」

 

「望むところだホー!!」

 

空中に浮かび上がったコカトライスを相手に同じく空を飛び交うランタンが激しく戦い続ける。

 

大きなバルコニーでは大鎌を振り回すかりんが十七夜を攻め続けて回復させる時間を稼ぐ。

 

「悪の心に流されたらダメなの!なぎたんは正義のメイドさんとして生きた者なの!!」

 

両手持ちの大鎌を果敢に振り回して攻撃を仕掛けるが十七夜は武器を使うまでもない動きを行う。

 

魔獣を相手に戦っていただけのかりんの対人戦能力は成長してなかったため避けるのは造作ない。

 

「悪だと…?自分は正義を捨てたつもりはない!世界の自由と平等こそが弱者達の正義だ!!」

 

「なぎたんは騙されてるだけなの!イルミナティは悪い連中なの!!」

 

「君まで弱者の自由と平等を踏み躙ろうというのか!!ならば悪と呼ばれるべきは君の方だ!!」

 

大鎌を打ち払った一撃によってかりんの体が大きく弾き飛ばされる。

 

バルコニーの端まで飛ばされた彼女が倒れ込むが、それでも戦う意思を曲げない顔を向けるのだ。

 

「自由や平等についてはよく分からないの…だけど!イルミナティが悪なのは分かる!!」

 

左手でポケットから取り出したのは沢山の飴玉。

 

しかし彼女が魔力を込めればただの飴玉だろうが桁外れの威力となるだろう。

 

「行くぞ…これが我が全魔力の結晶なり!袋の中より飛び出せ!我が魔法の菓子達よ!」

 

放つ一撃とはマギア魔法のキャンディーデススコールであり、飴玉が光弾となって発射される。

 

迎え撃つ十七夜は旗槍を大きく後ろに振りかぶりながら武器に魔力を注ぎ込み、一気に振り抜く。

 

「その程度の一撃で自分の道を止めることなど出来ん!!」

 

槍の薙ぎ払いと共に放たれた衝撃波の一撃とは物理系悪魔達が得意とするヒートウェイブ。

 

広域放射された衝撃波とぶつかり合った光弾が砕け散り、止まらぬ衝撃波の波がさらに迫りくる。

 

「キャァァーーーーッッ!!?」

 

衝撃波の直撃を浴びたかりんの体がバルコニーの手摺を砕いて地上へと落下。

 

彼女は咄嗟にバルコニーの端の部分を掴んで落下を逃れるのだが、相手は容赦してくれない。

 

「画伯…メイドの仕事で悩んでいた時に助けてくれた事には感謝してる。だが…自分は止まらん」

 

「目を覚ますの…なぎたん!なぎたんは正義の魔法少女…そして皆のなぎたんなのーッッ!!」

 

「なぎたんか…今となっては全てが懐かしい。それでも自分は行く…それが弔いの道だからだ!」

 

蹴り落とすために片足を上げた時、背後から迫りくる風切り音に気が付く。

 

飛んできていたのはかなえの魔槍ルーンであり、咄嗟に旗槍を振り抜いて弾くが罠だ。

 

「十七夜ィィィィーーーッッ!!!」

 

バルコニーを踏み砕く程の跳躍力で後続から迫ってきた存在が左腕を振り上げる。

 

「ぐふっ!!!」

 

左のストレートパンチを顔面に浴びた十七夜の方が大きく弾き飛ばされながら地上に激突。

 

かりんに手を差し伸べてくれたのは石化魔法を解除してもらえた雪野かなえだったようだ。

 

彼女の手に掴まりながらバルコニーに持ち上げてもらえたかりんであったが、悲鳴を上げる。

 

「ランタン君!!?」

 

バルコニーに落下してきたのは氷の塊に変えられたランタンであり、命の危機に晒されている。

 

上空を見れば巨大な翼を羽ばたかせながらコカトライスが迫ってきていた。

 

「…あたしは十七夜とケリをつけてくる。あのニワトリは任せた」

 

回転しながら戻ってきた魔槍を左手で受け取ったかなえが地上に向けて跳躍していく。

 

石化が解けたメル達の元にまで走ってきたかりんが上空を飛び続ける悪魔に目掛けて叫ぶのだ。

 

「よくもランタン君を傷つけたな!我が同胞の仇…このハロウィンの魔法少女がとってみせる!」

 

<ヒホ…勝手に殺すなホ…。早く回復するホ…体が…冷た過ぎて…マジで死ぬ…ホ……>

 

「モウ怒ッタゾーッッ!!オマエラ全員、氷漬ケニシテヤルーーッッ!!」

 

クチバシを大きく開けながら冷気を収束させていく。

 

極大の氷結魔法を放ってくると判断したメル達が慌てて城内に逃げ込む判断を行う。

 

放たれたのは絶対零度の一撃であり、極太の冷気ビームが地上を襲う光景が広がってしまうのだ。

 

<<ウワァァァァーーーーーッッ!!>>

 

氷漬けのランタンを抱えた一同が城の中に逃げ込むのだが、邪龍は城にも攻撃を仕掛けてくる。

 

十七夜の城が次々と破壊されていく中、コカトライスとの戦いは激戦を強いられていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「くっ……効いたな…。流石は雪野君の一撃だ…」

 

城から大きく殴り飛ばされた十七夜の体は墓地を激しく砕きながら叩きつけられている。

 

殴られた顔面の鉄仮面には大きく亀裂が入っており砕けてしまう。

 

素顔を晒した十七夜の鼻からは血が流れ落ち、鼻骨が砕かれた事を周りに示す。

 

しかし吸血鬼の再生力があれば時期に治るのだろうが、相手はそれまで待ってくれない。

 

「この異界の光景は…アナタの心象風景なのか…?」

 

破壊された墓地を歩いてくるのは魔槍ルーンを左肩に担いだ雪野かなえ。

 

たとえ魔封状態であろうとも彼女の物理的な力は侮れないものだと十七夜は痛感する。

 

「…そうかもしれん。自分が構築した異界の光景こそ…自分が犠牲にした人々の墓場なのだろう」

 

「自責の念の証か…十七夜…アナタは長の頃からそうだった。常に自分独りで背負おうとする…」

 

左腕で鼻血を拭いた十七夜が右手に持つ旗槍を杖替わりにして立ち上がってくる。

 

頭からも血を流す彼女であるが、晒した素顔の瞳には未だに揺るぎない闘志が宿っていた。

 

「十七夜…どうしても進むのか?」

 

「何度も同じ事を言わせるな。自分は世界に平等をもたらす道を行く…誰にも止められん」

 

「平等を求めたいのなら…神浜で暮らす尚紀と共に歩めばいい。彼と会って話をするんだ」

 

「その必要は無い…あの御方なら時期にイルミナティを導く神となられる。それが運命だ」

 

「どういう事だ…?どうして尚紀がイルミナティを導く存在になるだなんて言える…?」

 

「悪魔達の中には未来が視える者達がいる。ユダさんはその者達からそう聞かされたそうだ」

 

「尚紀がイルミナティを導く神になる未来が待っているだなんて……あたしは信じない!」

 

「これは安名の受け売りだが…誰にも運命を止められる術はない。未来とは決まっているのだ」

 

「たとえそうだとしても…人は未来を変えられる。十七夜…それが間違いの修正なんだよ」

 

かなえがいくら語り掛けようとも、十七夜は自分の間違いを認めようとしない。

 

意固地になった者が旗槍を振るい、再び暗黒の霧を槍から噴き上がらせていく。

 

「自由や平等が間違っている筈がない…自由と平等こそが!弱者達の抵抗権なのだぁ!!」

 

「十七夜!!あたしは不器用なんだ…ここから先は荒っぽくなるぞ!!」

 

「それでいい…かかってくるがいい!!自分は不退転の覚悟を決めている…押し通れ!!」

 

魔槍ルーンを両手持ちで構えたかなえが魔法を発動する。

 

彼女が行使した補助魔法とはタルカジャであり攻撃力が増加していく。

 

「魔封は破られていたか…きっと安名の魔法の力だな。彼女は危険だ…いの一番に倒すべきか」

 

「それはあたしを倒せてから考えればいい……行くぞーーーッッ!!」

 

かなえが放つ雄叫びに怯んだ十七夜の力が抜けてしまう。

 

攻撃力が大幅に下がった相手に目掛けて力任せの槍の一撃が振るわれていく。

 

「チッ!!」

 

大振りの一撃を旗槍で弾いた十七夜が槍を両手で回転させながら跳躍。

 

回転を加えた槍の一撃を払い飛ばすがさらに体勢を回転させて放つ旋風脚が迫りくる。

 

顎を引いて蹴り足を避けるが続く後ろ回し蹴りの一撃がかなえの左側頭部を捉えてしまう。

 

「ぐっ!!」

 

蹴り飛ばされたかなえに目掛けて跳躍からの突きを放つが地面を転がりながら回避を行う。

 

立ち上がった彼女に目掛けて追い打ちを仕掛ける連続突きが繰り出される。

 

力任せに打ち払い続けるが洗練された技量ではないため体を次々と切り裂かれていく。

 

「十七夜!!お前は自由と平等に憑りつかれた亡者だ!!自分の思想を周りに押し付けるな!!」

 

「押し付けているのは資本主義者の方だ!!奴らがもたらした市場原理主義が何をもたらした!」

 

「あたしは政治に詳しくはない!エリート共が敷いた世界でもあたし達は強く生きるしかない!」

 

「それが権威に屈服した悪しき日本人の奴隷根性なのだ!思考停止しているのは君達の方だ!!」

 

槍で弾かれて後ずさるかなえだが、横にあった墓石に蹴りを放ち石つぶて攻撃を仕掛ける。

 

墓石を破壊された十七夜は顔を憤怒で歪めながら飛んでくる墓石を旗槍の刃で切り裂いていく。

 

「死者の墓を足蹴りするのか!?死者には敬意を……」

 

最後の石つぶてを切り裂いたのはいいが、踏み込んできたかなえが右手で旗槍の柄を掴み取る。

 

「悪い……あたしは不愛想な上に行儀が悪いんだ」

 

魔槍ルーンを握り込んだ拳を振り上げながら左ストレートパンチを放つ。

 

「がはっ!!?」

 

右頬を打ち抜かれた十七夜の手から旗槍が奪われたまま弾き飛ばされていく。

 

奪った旗槍を捨て、かなえは魔槍ルーンを消失させながら両手をポキポキと鳴らしてくる。

 

「オマケにあたしは口下手でね…昔から言葉が通じない相手には…拳で分からせてきた」

 

魔法少女でなくなった十七夜は痛覚麻痺が無いため激痛で顔を歪めながらも立ち上がってくる。

 

迫ってくるかなえの望みを汲み取ってくれたのか黒革の手袋を嵌めた両拳を握り締めるのだ。

 

「そうだったな…君はそういう女だった。いいだろう…君の流儀で負けたなら文句はないな?」

 

「いい根性だ…お互いに魔法少女でなくなった以上は…痛みの我慢を強いられる喧嘩になるぞ?」

 

「フフッ…おかしなものだな。分からず屋が相手なのに…不思議と気分が高揚してくる!!」

 

互いに踏み込み、拳を固め合った者達が拳打を用いた戦いを始めていく。

 

互いに殴り、互いに蹴り、掴んで投げ飛ばす乱戦が繰り返される光景はまさに不良同士の喧嘩だ。

 

「滅びの先に平等がある!!腐り切った資本主義社会を滅ぼす事こそが!真の平等社会なんだ!」

 

「そのために何をするつもりだ!!アナタ達は世界の滅びを実行に移す計画でもあるのか!?」

 

「フッ…その通りだとも!もうじき自分達の革命が始まる…腐り切った国を解体するためのな!」

 

「ふざけるな!!暴力革命を行ってまで平等を掴み取りたいだなんて暴力主義者の考え方だ!!」

 

「拳を振るう事しか能がない君に言われたくなどない!!」

 

互いの拳がクロスカウンターとなり、互いの顔面を同時に打つ。

 

「「グフッ!!!」」

 

ふらつきながら後ずさる彼女達の顔は腫れあがり、美しい顔を台無しにしてでも意地を通す。

 

「…暴力革命なんてやめてくれ。殺戮を重ねてしまえば…尚紀と同じ末路が待っている…」

 

「自分は既に殺戮者だ。今でも眠る時に思い出す…自分が一線を超えてしまったあの夜の事を…」

 

「十七夜……」

 

「いとも容易く倒れる奴らを前に感じた…あの吹っ切れた感覚をな。もう遅過ぎるのだ」

 

「そんな事はない…尚紀はアナタを超える程の殺戮を行ってきた。それでもやり直してるんだ」

 

「尚紀と名乗りながら生きているのだったな…人修羅様は。いずれあの御方も気が付くだろう」

 

――血塗られた定めからは…誰も逃れられないのだとな!!

 

十七夜は強く握り締めた右拳を赤黒く帯電させていく。

 

応えるかのようにしてかなえは左拳を強く握り締める。

 

「「オオオォォォォォーーーーーッッ!!!」」

 

互いが地面を爆ぜらせる。

 

飛び込んできた者同士の拳がぶつかり合い、衝撃波が周囲の墓石を砕いていく。

 

互いの拳が潰れる程の威力であるが、十七夜が纏った雷魔法の一撃がかなえの体を焼いていく。

 

「ぐっ!!まだ…倒れないだと…?どれだけのタフネスを有しているのだ…君は!?」

 

「何のとりえもない不器用なあたしだけどさ…理不尽に抵抗する感情だけは誰よりも強いんだ…」

 

「理不尽に抗う抵抗力を…どうして資本主義の理不尽にぶつけてこなかった!?実に惜しいぞ!」

 

「あたしは周りの理不尽な理屈を跳ね除けてきたけど…あたし自身が理不尽を敷いた事はない…」

 

「なぜ自分達は分かり合えない!?こんなにも理不尽に抗える君なのになぜ分かってくれない!」

 

「あたしはね…死者に憑りつかれた十七夜を止めたい。もうやちよと同じにさせたくないんだ!」

 

ぶつかり合った拳が離れた瞬間、互いが右回し蹴りを放つ。

 

互いの頭部に決まった蹴り足の一撃によって、ついに彼女達の体が地面に倒れ込んでしまう。

 

「ハァ…ハァ……自分が…死者に憑りつかれている?七海と同じにしたくないとは…何なんだ?」

 

「ハァ…ハァ……やちよはね、あたしとメルの死を嘆き過ぎたために…暴走していったんだ」

 

「暴走していっただと?東社会から追放された自分を受け入れてくれた…あの優しい七海が?」

 

息を切らせたかなえは語ってくれる。

 

客観性を失ったままの西の長が何をしてきたのかを。

 

「魔法少女社会の長としての責任ばかりを優先して…守るべき人間達の姿が見えなくなった…?」

 

「やちよは誰も失いたくないと皆を環にする思想を掲げた…だから最初の目標が見えなくなった」

 

「七海…君も自分と同じく…魔法少女社会の長としての責任に潰されていったのか…」

 

「やちよは尚紀から得た客観性によって過ちに気がつけた…だからこそ、あたしは叫ぶんだ…」

 

「自分の過ちを止めるためにか…?」

 

「やちよもね…今の十七夜と同じように分からず屋になった。愛する感情がエゴを強化したんだ」

 

「愛する故の…エゴ……?」

 

「十七夜だって皆を愛している筈だ…だからこそ、その人達を優先したいと囚われてしまう」

 

「自分は……守ってやれなかった東の魔法少女達に……囚われているのか……?」

 

かなえが与えてくれた客観性によって、初めて十七夜の瞳に迷いの色が浮かんでいく。

 

自分は誰のために戦っているのかを問われた十七夜はこう答えるのだ。

 

「自分が愛しているのは…魔法少女だけではない。東の街で生きる人々も愛している……」

 

「だからこそ、その人達の元に帰るんだ…十七夜。家族や友達を泣かせてまで…何がしたい?」

 

「自分が人々のために滅びを望む気持ちこそ平等だ…それは全ての国々で暮らす人達も同じだ」

 

ふらつきながらも立ち上がる十七夜は自分の正直な気持ちをかなえに送ってくれる。

 

その表情は皆の為の人柱として生贄になる者達と同じような悲しみと覚悟が宿っていた。

 

「自分が家に帰ったところで国や世界は変わらない。誰かがやらねばならん…ならば自分がやる」

 

「だからこそ尚紀と共に生きろ…十七夜!彼だって政治の世界で戦おうとしてくれてるんだ!!」

 

「いずれ人修羅様もこの国に主権なんてないと気が付く……いや、もう気付いているはずさ」

 

言葉を切った十七夜が異界の空を見上げていく。

 

仰向けに倒れ込んだままのかなえにもそれは見えたようだ。

 

「あの巨大な鳥は…あの時の!?」

 

2人が見上げた異界の空を高速で飛んでいく悪魔こそアリナの自慢の仲魔であるフェニックス。

 

死と再生の悪魔が向かった先とは未だに激戦が続く十七夜の城であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ゼ―…ハー…ゼ―…ハー…何処二隠レターッッ!!出テキヤガレーッッ!!」

 

後先考えずに極太冷気ビームを吐き過ぎたせいかコカトライスの息は切れている。

 

城は既に半壊しており、瓦礫塗れの中を踏みしめながら悪魔少女達を探して行く。

 

<全く…なんて後先考えないおバカなニワトリさんなんですか…>

 

<言っちゃダメなの…体は大きいけど頭の中身は小さいの、きっと>

 

<どうでもいいけどよぉ…さっさとランタンの氷を溶かしてやらねーとマジで死ぬぞ?>

 

瓦礫の物陰に隠れた者達が反撃のチャンスを伺うようにして潜んでいる。

 

後ろに隠した氷の塊の中にいるジャック・ランタンは念話を飛ばし合う元気もないようだ。

 

<とにかく、令さんが隙を作るって動いてるけど大丈夫なんですか?>

 

<信じるしかないの!観鳥先輩の悪魔パワーに期待するの!>

 

地響きを立てながら歩いていると物陰から現れた人物に気が付き巨体を動かす。

 

現れたのは乗馬鞭を構えながら果敢に挑んでくる令であったようだ。

 

「観念シテ出テキタカ!連レ帰ルノハモウメンドクセェ!踏ミ潰シテヤル!!」

 

「荒々しいニワトリさんだねぇ?観鳥報に載せたくなるけど、やっぱり猫の方がいいかな?」

 

「ダカラ!!オレサマ、ニワトリジャネェ!!ワザト言ッテルナラ許サネーゾ!!」

 

「ホラホラ、ニワトリさん♪観鳥さんはこっちだよ♪ついておいで!」

 

瓦礫の中を跳躍していく令に目掛けて巨体をぶつけようと駆け巡る姿はまるで軍鶏。

 

しかし獲物が小さ過ぎて体をぶつける事が中々できない。

 

冷気ビームで削り取られた半壊の塔まで跳躍した令が後ろを振り向き挑発してくる。

 

「おにさんコチラ♪手の鳴る方へ♪ニワトリみたいに鳴いてみなよ♪」

 

乗馬鞭で手を叩きながら招き寄せてくる相手に目掛けて激おこになった邪龍が仕掛けてくる。

 

「コンチクショーッッ!!ニワトリニワトリ言ウ奴ガニワトリナンダーッッ!!コケーッッ!!」

 

涙目で突進していくのだが、乗馬鞭を構えて先端から光を放つ相手に警戒したのか急停止。

 

「ホラホラホラホラ!!」

 

「ナンダ!!?」

 

乗馬鞭をグルグルと回しながら光る鞭の先端が円を描いていく。

 

コカトライスは釣られて首をグルグル動かしながら光を目で追ってしまう。

 

回転の動きがどんどん早くなり、ついにはコカトライスの目がグルグル目と化してしまう。

 

令が放ったのは敵全体に混乱と中ダメージを与える『テンタラフー』のようだ。

 

「オボボボボ!!ギボチワルイ…オレサマ、メガ、オホシサマ…グールグル……」

 

吐瀉物を撒き散らしながらふらついて進んで行き、巨大なクチバシを令に晒してしまう。

 

乗馬鞭を振りかぶった令はいい笑顔を向けながらこう叫ぶのだ。

 

「そのシャッターチャンス、もらったぁっ!!」

 

渾身の力を込めた鞭の一撃がクチバシを襲う。

 

「ゴハァーーーッッ!!?」

 

巨体がグラついて倒れ込む程の一撃を浴びたコカトライスが地面に倒れ込む。

 

これを好機とばかりにメルとかりんとジャック・リパーが駆けてくる。

 

「総攻撃チャンス!!ぶちかましてやりましょう!!」

 

「ちょっと可哀相な気もするけど…これも正義のためなの!!」

 

「何だか知らねーが、俺サマもやっちゃうぞーーっ!!」

 

気合が籠ったカットインが表示される程の勢いで悪魔少女達が倒れ込んだ邪龍をボコっていく。

 

<<グワーッ!!混乱シテル時二総攻撃ダト―ッッ!!?慈悲ハネーノカーーッッ!!>>

 

巨大な土煙やら魔法の光やらが吹き荒れていくが、暫くして煙が収まっていく。

 

煙が晴れればボコボコにされたまま倒れ込むコカトライスがいたようであった。

 

「フハハハハ!!これぞハロウィンが生んだ正義の怪盗の力なのだ!思い知ったか!!」

 

「あんまりハロウィン感を感じないバトルでしたけどね…」

 

「ちょっと可哀相な目に合わせちゃったけど、命は取らなくても良さそうな悪魔に思えるな」

 

「姉御の観鳥さんも慈悲深くて俺サマ感動した!今度俺サマが入浴中の警備をしに行きたい!」

 

「そんな真似をしたら鞭打ち百回浴びせちゃうけどいいのかな?」

 

「それだけは…勘弁……」

 

受かれている悪魔達であったが、魔法少女のかりんは強大な魔力が迫っているのに気が付く。

 

同時に懐かしい人物の魔力まで感じ取ってしまうのだ。

 

「この魔力…まさか!?」

 

彼女の声に反応したメルが異界の夜空を見上げる。

 

「あれは……あの時のフェニックス!?」

 

高速で飛来してきた存在がホバーリングするかのように翼を羽ばたかせる。

 

その上には左手に召喚用キューブを生み出したアリナが立っているのだ。

 

「まったく…放し飼いしてると好き放題するんだカラ。デビルは世話がかかるヨネ」

 

召喚用キューブの欠片が地上に飛んでいきコカトライスを回収する光を放つ。

 

「あの魔法は間違いないの!?アリナせんぱーーーいっ!!!」

 

地上から飛んできたキューブの欠片を受け取ったアリナではあるが忌々しい表情を浮かべてくる。

 

かりんの叫びは彼女にも聞こえているようだが、舌打ちする程にまでイラついていたようだ。

 

「アリナ先輩!!イルミナティに協力してるのは分かってるの!悪いことはやめるの!!」

 

無言を貫こうとしたが、それでも彼女は後輩の事を気にしている。

 

アティスが自由行動の日になると彼を神浜に送ってかりんの生き様を確認させていたようだ。

 

「…アリナが語った言葉は守ってるようだヨネ。それでこそなんですケド」

 

「アリナ先輩…あの時の事は謝るの!!アリナ先輩の気持ちに気が付いてあげられなくて!!」

 

「謝る必要はないワケ。アリナは何も悪いことなんてしてるつもりはないカラ」

 

それを聞かされたかりんの顔に酷く混乱が浮かんでしまう。

 

赤子を殺した事に一切の罪悪感を感じていないと切り捨ててきたからだ。

 

「どうしてなの…?赤ちゃん殺しは悪いことなの!どうしてそんな酷いことが言えるの!?」

 

「他人にとっては悪いことでも、アリナにとっては悪いことじゃないワケ」

 

「勝手なの!!生まれた子供達の帰りを待つ両親の気持ちを考えたことはないの!?」

 

「ないんですケド。アリナはね、ベビーだけでなくそれ以外の子供もジェノサイドしたカラ」

 

衝撃の言葉を浴びせられ続けるかりんの体が震えあがり、今にも膝が崩れそうだ。

 

だが気丈にも耐える彼女が大好きな先輩の凶行を止めるためにこそ叫んでくれる。

 

「アリナ先輩がどんな価値観であってもいいの…だけど!それを周りに押し付けたら悪なの!」

 

「アリナは周りの正しさに振り回される人生なんてお断り。アリナはアリナでいればいい」

 

「目を覚ますの!!アリナ先輩はイルミナティに洗脳されてる事なら分かってるの!!」

 

何でもイルミナティのせいにしようという都合の良さばかりを求める後輩に苛立ちが募る。

 

ならば本当のアリナはどんな存在なのかを突き付ける必要があると彼女は決心したようだ。

 

「フン…オーケー、そこまで勘違いしてるっていうなら証明してあげないといけないワケ」

 

「証明…?」

 

邪悪な笑みを浮かべたアリナはトップシークレットともいえる機密情報を話してしまう。

 

彼女が先程言ったように、たとえ自分が所属する啓明結社が相手でも彼女の自由は侵せないのだ。

 

「今年のゴールデンウィーク期間はね、東京に遊びに行くといい」

 

「東京に遊びに行く…?アリナ先輩は東京で何をする気なの…?」

 

「ジャパンの歴史の中でも最悪の()()()()()()が起こるカラ、楽しみにしててヨネ」

 

「もしかして…イルミナティの計画なの!?やめて欲しいの!アリナ先輩は優しい人なの!」

 

「そこでその勘違いを正してあげる。本当のアリナがどんな存在なのか…見てればいい」

 

「ダメなのアリナ先輩!!お願いだから帰ってきて!!アリナ先輩の居場所は……」

 

「シャラップ!!!」

 

右手に生み出した攻撃用のキューブが分解されていき光弾となって地上に降り注ぐ。

 

<<アァァァァーーーッッ!!!>>

 

地上が爆撃される程の爆発被害が生まれてしまう中、アリナはこう吐き捨ててくる。

 

「アリナの居場所をアナタが決めるな!!アリナの居場所はアリナが決める!!」

 

爆炎が広がる地上に向けて叫ぶアリナであるが、かりん達が生きている事なら魔力で分かる。

 

最後に彼女は自分の信念を後輩に伝えるためにこそ、有神論的サタニズムを語ってくれたようだ。

 

「サタニズムはね、個の確立を目指す自由主義思想。アリナはサタニズムを掲げて生きていく」

 

「サタ…ニズム……?」

 

「他者にコントロールされたり抑圧されたり群衆に従わされたりするのを否定する…アリナの道」

 

「アリナ先輩の…道……?」

 

「アリナはアリナの覚悟を示すマイウェイを進んで行く。アナタもマイウェイを進めばいいカラ」

 

「アリナ……せんぱ……い……」

 

「偽りの自分を演じて好かれるよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だカラ」

 

それだけを言い残してアリナを乗せたフェニックスは飛び去っていく。

 

飛翔してくるフェニックスを確認した十七夜も旗槍を拾い上げてかなえに向き直ってくる。

 

「自分は自分の道を行く。君達は君達の道を行けばいい」

 

「十七夜…ダメなのか…?あたし達はもう…昔には戻れないのか…?」

 

「君達にへりくだる道では世直しなど出来ない。甘い堕落の人生に埋没する生き方などごめんだ」

 

夜風が墓地を吹き抜けた時、留め具が外れて旗槍の赤い布がめくれていく。

 

広がったのは()()()()()()()()()()()()()でありフランス革命の象徴の旗。

 

弱者を守るために生み出されたものでありながらナチスにもソ連にも化ける恐ろしい旗の色。

 

核爆弾を遥かに超える程のおぞましい思想の旗を十七夜は掲げて生きていくのだと示してくれる。

 

「人修羅様は黙示録の赤き獣となられた。あの御方の頭にこそ()()()()()()()()()が必要なのだ」

 

十七夜の赤旗には寝かせた三日月の上に王冠のシンボルが描かれている。

 

赤き旗を象徴する獣こそが人修羅であり、彼の頭にこそ赤き王冠が必要だと叫ぶ信念を表す。

 

「自分を悪だと呪うがいい。君達にへりくだる道が善だというなら…自分は悪で構わない」

 

「十七夜…目を覚ませ!!アナタは騙されているだけなんだぁ!!」

 

「自分はサタニズムを掲げる者。自分をコントロールしたり抑圧しようとするなら…容赦しない」

 

上空で留まってくれているフェニックスに目掛けて体が弾けた十七夜の蝙蝠達が飛んでいく。

 

フェニックスの背の上で実体化した彼女を乗せたアリナは悪魔の異界から消え去ってしまう。

 

それと同時に十七夜が構築した異界は消失していき元の遊園地の景色に戻ったようだ。

 

ズタボロな姿をしたまま倒れ込んだ少女達はサタニズムを何処かで聞いた事があると感じている。

 

彼女達はそれを誰が語っていたのかを思い出す事になるだろう。

 

サタニズム精神である個の確立を誰よりも語った者こそ、サタンとなった人修羅であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「そうか……十七夜とアリナはもう…戻る気はないんだな?」

 

和泉十七夜捜索の依頼を託した依頼人の元に訪れているのは学生服姿の雪野かなえと安名メル。

 

喫茶店の個室で向かい合っている者は黒のトレンチコート姿の尚紀であった。

 

「うん…そう言われたよ。それと…あの辺りをもう一度調べたけど彼女達は見つからなかった」

 

「もしかしたら…ボク達を警戒して拠点を移動させた可能性がありますね…」

 

「……かりんはどうしてる?」

 

それを問われた彼女達は辛い表情を浮かべてしまう。

 

大好きな先輩を信じようとしていた彼女が裏切られた事を伝えるのは辛いようだ。

 

「かりんは…塞ぎ込んでしまったよ。ショックが大き過ぎたみたい…」

 

「アリナさんをそれだけ信じてたんですね…。ボクだって十七夜さんを見てショックでした…」

 

「捜索対象が探されるのを拒絶する場合は…捜索は極めて困難となる。これ以上の捜索は無理だ」

 

「ごめん…尚紀。せっかく依頼を任されたのに…役目を果たせなくて…」

 

「気にするな、料金は満額支払わせてもらう。2人を連れ帰れなかったが…それでも価値はある」

 

喫茶店から出てきた3人がそれぞれの帰路へと歩いていく。

 

道を歩く尚紀が考えていたのはアリナが語った言葉であった。

 

「イルミナティが東京を狙っている…決行日は今年のゴールデンウィーク期間か…」

 

アリナが語った言葉から推測するに、日本の歴史上類を見ない程の大虐殺が起こる。

 

そう判断した尚紀の顔には怒りの表情が浮かんでしまう。

 

東京の守護者として見過ごす事など出来ない情報であったからだ。

 

「決行日まで待つ必要は無い…俺が出て行って潰してやる。その為に東京を捜査する必要がある」

 

大きな捜査となるため自費を使って自分の職場を動かす算段をしていく中、彼は思う。

 

「アリナ…東京の破壊を望むのはお前の意思か?それとも…千晶の意思なのか…?」

 

黒のトレンチコートの裾をまくれば涼子から託された数珠が巻かれている。

 

己の怒りと憎しみを律する数珠を武を司る右腕に巻き付ける者だが、心は揺れていた。

 

「俺達は殺し合うしかないのか…?アリナ…千晶…俺はお前達とは戦いたくないんだ…」

 

彼女達が東京の人々を虐殺するというのならば、殺してでも止めるのが東京の守護者だ。

 

それでも彼の脳裏には千晶と殺し合ったボルテクス界の記憶が焼き付いている。

 

かつての世界と同じように殺し合う未来しか築けないのであれば自分に価値など無い。

 

そう考えられる程にまで成長出来た要因こそが中庸を目指す精神だった。

 

NEUTRALを掲げる者になろうとするが、その道は命綱無しの綱渡りも同然。

 

人修羅が秩序に傾こうが、アリナ達が自由に傾こうが、向かう先は奈落の底となるだろう。

 

それでも人修羅として生きる尚紀は真っ直ぐに視線を向けながら細き道を進んで行く。

 

迷い抜く今の彼にはNEUTRALの道が見えてはいないかもしれない。

 

LAWでもCHAOSでも無い道を歩く者は、まるで幻の道を歩いている感覚に襲われるのであった。

 




やっぱり喧嘩議論はガンダムと同じく華があっていいですよね!シスターももこちゃんともやらせたい!
描いててなぎたんは本当に動かしやすいヴィランキャラだと思いましたね。


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226話 罪人の覚悟

神浜の路地裏を歩くのは漆黒のハイカラマントを纏う葛葉ライドウ。

 

足元を歩くのは彼のお供を務める黒猫姿のゴウトである。

 

「ここか……酷いものだな」

 

誰もいない開けた路地裏には焼け焦げた人の跡と返り血が辺り一面に残っている。

 

現場検証を行うライドウは感じているはずだ。

 

この惨劇を起こした者は相手に対して一切の容赦をしない冷酷な者なのだろうと。

 

「ヤタガラスを裏切ったレイ・レイホゥか…手練れのサマナーを何人も殺しながら逃げている」

 

「ヤタガラス直属のサマナー一族の者達をこうも容易く殺せるか…侮れない女のようだな」

 

レイ・レイホゥを追う事になったライドウの脳裏には名も無き神社で語られた言葉が過る。

 

あれは神浜近くの名も無き神社に呼び出された時のこと。

 

「……粛清任務だと?」

 

怪訝な顔つきを浮かべるライドウの前には漆黒の頭巾を被り顔を隠すヤタガラスの使者が立つ。

 

相変わらず素顔を見せない者であり本心を悟らせない淡々とした言葉を語る事しか出来ない者だ。

 

「人修羅封印任務を継続中の貴方に依頼するのは負担になりますが他に任せられる者がいません」

 

「自分は殺し屋ではない、他を当たってくれないか?」

 

「サマナーとて人間…人を斬り殺すのは嫌ですか?」

 

「自分は護国守護を務めるデビルサマナーであり…悪魔と戦う者。それ以外ではない」

 

「では、その者が悪魔の力を身に宿して戦える者だと言えば…考えは変わりますか?」

 

「…神降ろしが使える程のサマナーなのか?」

 

「その者はあまりにも強力な悪魔をその身に降ろす者。神を宿す者は既に人間とは呼べません」

 

「…人の姿をした悪魔ならば、討伐するのはデビルサマナーの役目か」

 

「此度の依頼はヤタガラス情報部に所属していた裏切り者の粛清です。急ぎ始末して下さい」

 

「待つがいい、その者はどうしてヤタガラスを裏切ったのだ?何か理由があるのではないのか?」

 

「ゴウト、貴方は犯罪者が犯罪を犯す動機を一々確認しながら戦う者なのですか?」

 

「そ、それは…ただ気になっただけの事なのだ」

 

「あの者が何を思って裏切ったのかは知る術もなし。大切なのは彼女が殺戮者だということ」

 

「ライドウと同じく護国守護の任に就く者達を殺戮するならば…日の本の脅威ともいえるか」

 

「ゴウト、貴方が首輪に挟んでいるスマホのマップアプリに印をつけます。現地に赴きなさい」

 

「うむ、現場検証こそが探偵の本分だ。よろしく頼むぞ」

 

「…すまほ?」

 

不思議顔を向けながらライドウはゴウト達のやり取りを見物する事しか出来ない。

 

彼は大正時代の人間であり21世紀の未来道具については何の知識も無い者なのだ。

 

「ライドウ、うぬは大正時代の者だから分からぬも無理はない。しかしコレは便利だぞ」

 

「大正時代の頃は首輪に小さなメモ帳とペンを挟んでいたが…それの代わりにもなるのか?」

 

「その通り。これは多機能道具であって…いや、説明しても分からぬか」

 

首輪にスマホを挟み直してもらったゴウトとライドウが踵を返して去っていく。

 

その時の出来事を思い出すライドウの表情は複雑な心境を押し隠すような顔をしてしまう。

 

「探偵として行方不明者捜索だけで済めばいいのだが…うぬはヤタガラスの者でもある」

 

「分かっている…探偵は仮の姿でしかない。自分の本分はヤタガラスのデビルサマナーだ」

 

「護国守護こそが我らの役目。秩序に仕えておきながら秩序に仇成す者は討たねばならん」

 

「……そうだな」

 

現場検証を終えたライドウとゴウトが去っていく。

 

路地を歩きながらもライドウは今の自分の姿と魔法少女の虐殺者としての人修羅を重ねてしまう。

 

(秩序に仇成す者は死罪にする…自分も人修羅と変わらない事をしようというのか…)

 

ハイカラマントの中で握り締めた手に力が入っていく。

 

彼は大正時代においても様々な者達と戦ってきた。

 

中には秩序ある社会の理不尽に虐げられたが故に秩序に仇成す自由主義者もいたのである。

 

それでも理不尽を強いられたならこちらも理不尽を敷いてもいいだなんて理屈を彼は認めない。

 

(可哀相な理由があれば何をやってもいいでは秩序が崩壊する。それだけは認める訳にはいかん)

 

かつての人修羅と同じ答えにしか辿り着けないライドウだが、心には葛藤が残っている。

 

自分の甘さのせいで少女が目の前で犠牲にされてしまう程の経験がない彼は鬼になりきれない。

 

「レイ・レイホゥか…現場を見ただけでその強さを感じた。自分とて必ず勝てる保障はない」

 

「ぬかるなよ、ライドウ。うぬには人修羅と戦う使命がある…ここでやられるわけにはいかんぞ」

 

答えが出ないながらも彼はヤタガラスの任務に盲従する道を選ぶ。

 

それが国の秩序を守ることに繋がるならば武力行使もやむを得ない。

 

暴力は悪い事だと認知されながらも正義を振りかざせば暴力を行使する事が許されてしまう。

 

()()()()()()()()を抱えながらも自分の暴力を正当化する事しか出来ないのが正義の味方だ。

 

そんな者達の姿は秩序の維持だけに盲従して()()()()()()()()ロボットでしかなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

教育会議の議論を終えた常盤ななか達が竜真館道場から出てきて家路についていく。

 

多忙な身でありながらも教育熱心な常盤ななかであるが心配そうな顔を浮かべているようだ。

 

「今日も美雨さんは来られませんでした…。観鳥さんは捜索に出向いてますから分かりますが…」

 

「…そうだね。ボクが南凪路に聞きに行くと美雨も人探しの毎日だって蒼海幇の人が言ってたよ」

 

「あきらさん、美雨さんが探している人物は誰なんでしょうか?」

 

「美雨から聞いた事があるんだ…香港時代で慕っていた人物が神浜に現れてくれたってさ」

 

「じゃあ、その人を探しに行ってるんですか?」

 

「いや、その人は南凪路によく来る人物だから違うかな。名前はたしかナオミさんだったと思う」

 

「では、美雨さんはナオミさん以外を探しているのでしょうか…?」

 

「そうだと思う…。美雨を見かけた時はいつも辛そうな表情をしてたから…心配だね」

 

「私達にも声をかけてくれたらいいんですが…多忙な私達に気を使ってくれてるのでしょうね」

 

「私…凄く心配です。早く元気な顔を見せに来てくれたらいいのに…」

 

心配するななか達ではあるが、これは神浜の者が関わるべきではない問題だと美雨は考えている。

 

香港時代を生きた美雨だからこそ香港時代を共に過ごせた大切な人々を自分の手で救いたい。

 

独り背負い込む美雨はナオミよりも先にレイを見つけようと今日も街を捜索し続けていたようだ。

 

「手がかり一つ見つからないネ…。レイ姉さんが立ち寄りそうな場所は全部探したはずなのに…」

 

十七夜の故郷である大東区にまで捜査範囲を広げる美雨は今日も成果が得られず途方に暮れる。

 

彼女が歩いているエリアは地元ではまやかし町と呼ばれる地区であり忌み嫌われる場所。

 

戦国時代では盗賊集団の根城として使われた地域でもあり、この地区出身の者は嫌われたようだ。

 

顔を俯けながら歩いていた時だった。

 

(何ネ…あの男達は……?)

 

美雨は物陰に隠れながら不審な男達の姿を確認する。

 

ベージュのトレンチコートを纏ったサングラス男達の耳には無線機に繋がったイヤホンが見える。

 

彼らも誰かを探している探偵なのかと考えていたが突然男達の視線が美雨に向けられてしまう。

 

慌てて物陰に隠れる彼女の姿を見た男達が顔を向け合って何かを話していく。

 

「魔力を感じたが…あれは魔法少女の魔力だな」

 

「この街を縄張りにしている魔法少女だろう。我々が探しているのは魔法少女ではない」

 

美雨を無視した男達が歩き去っていく。

 

物陰から再び顔を出した美雨は彼らを不審に思っているのか後をつけていく動きを見せる。

 

(私の魔力に気付いたカ?そんな事が出来る男はデビルサマナー以外に存在しないヨ)

 

尾行に気が付かれないよう美雨は事実偽装の結界を張り巡らせる。

 

彼女の固有魔法に囚われたサマナー達は尾行されている事に意識が向けられなくなってしまう。

 

しかし彼らは事実偽装のような混乱魔法に耐性をもつ悪魔も所有している。

 

隠した召喚管から念話を受け取ったサマナー達が魔法に囚われていると気が付いたため姿を隠す。

 

(気が付かれた!?私の魔法に気がつける奴らならもう疑う余地はないネ!!)

 

慌てた彼女が路地裏まで駆け寄るのだが既に男達の姿は消え去っている。

 

「まだ遠くには行てないはずヨ!!」

 

路地の奥にまで走って行くのだが、少しして路地裏隣の塀を飛び越えた男達が姿を現す。

 

「何の目的があって我々の後をつけ回すのかは知らないが、構っていられん」

 

「そうだな、我々の目的は裏切り者のレイ・レイホゥの捜索と排除なのだ」

 

耳にはめ込んだ無線機から連絡が届く。

 

どうやらレイが潜んでいる場所を見つけたようだ。

 

男達も合流するためにその場を後にしていく。

 

彼らが向かった先とはまやかし町にある廃墟化した商店街だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

怪しい男達を見失った美雨であったが、それでも彼女は魔法少女。

 

サマナーや悪魔達の魔力を探し続けていると廃墟の商店街で彼らが戦っている事に気が付く。

 

「異界が広がてるネ…あのサマナー達が戦てるのは……まさか!!」

 

彼女は魔法少女姿となり、ソウルジェムを掲げて異界に穴を開ける。

 

中に侵入した彼女は廃墟となった商店街を超えていく。

 

奥に向かって走る彼女の鼻を突くのは血の匂い。

 

「あの男達の魔力が消えた…?それにこの魔力は忘れないネ…!レイ姉さん…もうやめるヨ!!」

 

召喚悪魔が構築した異界が消失していく中でも彼女は走りながら現場を目指す。

 

現場に駆け付けた彼女が見た光景は凄惨極まりなかった。

 

召喚された悪魔達は焼き尽くされ、サマナー達は光剣の如く輝く三節棍で体を溶断されている。

 

残された現場に立っていた者こそ、ストライプ柄の白スーツを身に纏うレイだったようだ。

 

「……見つかっちゃったわね」

 

光剣の如く輝く三節棍の光が収まり、折り畳んだ武器を腰に回し込んで隠す。

 

厳しい目を向ける相手とは美雨であり、拒絶の意思を彼女に向けて放ってくる。

 

「レイ姉さん…どうしてまた殺すネ?殺戮の上に殺戮を重ねても…終わりなんてないヨ!!」

 

「でしょうね…。終わりがあるとすれば…あたしの命が終わる時よ。それまでは抗い続けるわ」

 

彼女が指を鳴らせば転がっていた死体も発火する。

 

業火で焼き尽くされたバラバラの死体が燃え上り、証拠隠滅が図られていく。

 

「この人達にだって…帰りを待ている人達がいるネ!!憎しみばかりが撒き散らされるヨ!!」

 

「所詮は呪われた定めをあたしは行く者よ。憎まれ続ける者として…生きていくしかないわ」

 

「そこまでして何を守りたいネ?殺めるのはあくまでそうしてまで生かしたい者があるからヨ!」

 

それを問われたレイは押し黙ってしまう。

 

顔を俯けたまま体は震えていき、葛藤に苛まれているようだ。

 

ついに堪えきれなくなったのか美雨に向けて懺悔にも似た後悔の言葉が語られていく。

 

「……あたしね、人を殺めてまで守りたい存在なんて……もうないのよ」

 

「えっ…?どういう事ネ…レイ姉さん?」

 

「物心ついた時から秘密結社に育てられて…結社のために人殺しになって…最後には捨てられた」

 

「レイ姉さん……」

 

「御国を守るため…その大儀があたしを支えてくれたから耐えられた。だけど…もうそれもない」

 

ヤタガラスに忠義を尽くした女に待っていたのは裏切りであった。

 

ヤタガラスが説いてきた護国守護こそがレイを支えてくれていたのに失ってしまった。

 

今となっては人を殺めてまで守りたいものなど存在しない。

 

目の前の男達とて自分の命という最後のこだわりを守る為に殺めたが、大儀など得られない。

 

守るべき正義を失った殺戮者に待っていたのは孤独の辛さと報復を恐れる恐怖心のみ。

 

「あたしは何のために人殺しをしてきたの…?どうしてナオミの家族を殺してまで戦ったの…?」

 

抑えきれない後悔の感情が彼女の目に涙を浮かべていく。

 

握り締められた彼女の手には未だに殺戮者の証である返り血が滴っている。

 

「正義を失ったのにどうして人殺しを続けるの…?分からない…もうあたし…何も分からない…」

 

両膝が崩れかけた時、走ってきた美雨がレイの体を両手で受け止めてくれる。

 

涙が零れていく彼女に顔を向ける美雨の表情は慈悲の心に満ちてくれていた。

 

「もういいネ…レイ姉さんは人殺しなんてもうしなくてもいいヨ」

 

「美雨……?」

 

「人間は繋がりを求めるヨ…誰かに依存しなければ生きられない程にまでか弱い生き物ネ…」

 

「…あたしは小さな頃から孤独だった…だから居場所を与えてくれた結社に尽くしてきたわ…」

 

「レイ姉さんが人を殺めてきたのは…必要とされたかただけネ。自分の価値が欲しかただけヨ…」

 

「あたし…誰かに褒められたかった…だから必要としてくれた人達のためにこそ尽くしたのに…」

 

「献身には見返りが必要ネ…夫婦と同じヨ。それを与えてくれないなら尽くす必要なんて無いネ」

 

「あたしは…もう尽くさなくていいの?尽くしてまで誰かを殺める必要は無いの…?」

 

「もう誰も殺す必要なんてない…これからのレイ姉さんを必要としてくれる人達の為に生きるネ」

 

殺戮者だってやり直しながら生きてもいいと言ってくれる。

 

その言葉がどれだけレイ・レイホゥの心を救ったのだろうか。

 

涙が止まらない彼女は美雨を力強く抱き締めながら涙を零し続けてしまう。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい……ナオミ…美雨……ごめんなさいぃぃぃぃ……ッッ!!!」

 

慟哭の叫びを上げてしまうレイを力強く抱き締めてくれる。

 

美雨の心の中でレイに裏切られた時の辛さも消えていく。

 

彼女達はようやく許し合える時がきた。

 

悪人や罪人であっても許す事が出来る気持ちこそが愛であり、感情を克服する自己犠牲精神。

 

罪を犯さず生きていける者などこの世には存在しない。

 

だからこそ許し合う気持ちこそが世界から善悪概念を消してくれる唯一の抵抗力であり陰陽調和。

 

善にも悪にも偏らない中庸の精神、NEUTRALなのだ。

 

しかし陰陽調和であるNEUTRALを破壊する概念がこの世には存在している。

 

それこそがこの世を善悪に分断して永遠に殺し合わせる呪わしき概念…()()()()()であった。

 

<<見つけたぞ、裏切り者め>>

 

周囲が再び異界に包まれてしまう。

 

暗い商店街を超えてくるのは漆黒のハイカラマントを纏う者。

 

彼はヤタガラス所属の退魔師であり、正義のために戦う悪魔召喚師。

 

「葛葉ライドウ……お前までレイ姉さんを追てきたのカ……」

 

現れたのは二体の悪魔を従えたデビルサマナーであり、ヤタガラスが放った断罪者。

 

護国守護を裏切った女サマナーに向けてライドウの力強い目が向けられる。

 

そして足元のゴウトは彼女が犯した罪を問うのだ。

 

「ヤタガラス情報部を裏切り逃亡した者よ。うぬは多くの仲間達を裏切り大勢を殺してきた」

 

黒猫のゴウトが話す言葉は魔法少女には分からないだろうが、女サマナーのレイには分かる。

 

「うぬの犯した罪は重く、そしてうぬはデビルサマナーでもある。ゆえに我らがここに来た」

 

ライドウの右側に立つヨシツネが腰に差してある鞘に左手を置き、刀の鍔を弾く。

 

「うぬがどんな思惑を抱えて情報部から機密情報を盗んだかは知らぬが…重い裏切り行為なのだ」

 

ライドウの左側に立つオルトロスは唸り声を上げ、今にも罪人に飛びかかりそうだ。

 

「我らは忠義の刃を振るう者。護国守護の名の元に、貴様を討ち取らせてもらう」

 

ライドウもマントを両手で払い除け、刀の鞘から陰陽葛葉を抜刀する。

 

正義の使者との戦いは避けられないのだが、それでも美雨が立ち塞がりながら叫ぶ。

 

「レイ姉さん!ここは食い止めるヨ!ナオミ姉さんに見つからないよう蒼海幇に逃げ込むネ!」

 

「……自分の邪魔をするならば、この街の魔法少女であっても許すわけにはいかない」

 

「葛葉ライドウ…やはりお前は危険な奴ネ!ナオキもレイ姉さんもやらせはしないヨ!!」

 

「その女は我らの仇。邪魔をするな」

 

「たとえ仇であても…やり直そうとしている!お願いヨ…どうか見逃してあげて欲しいネ!!」

 

「それは出来ない。自分はその女が殺してきた同胞の家族達からも仇を討ってくれと頼まれた」

 

「それは…その……」

 

「彼女を追った者達も人の親だった…父親の死を子供は嘆き、妻は泣き崩れながら自分に縋った」

 

怒りの炎を宿したライドウが断罪の刃をレイに向けてくる。

 

「貴様がどんな思いを背負っていようとも…自分は許すつもりなどない。貴様も武器を抜け」

 

戦いは避けられないと判断した美雨の両腕から魔法武器である鉤爪が生み出される。

 

武器を構えるのだが美雨の肩を掴んだのはレイだったようだ。

 

「もういい…貴女は手を出さないで。これはあたしが背負うべき罪なのよ」

 

「レイ姉さん…ダメね!せっかくやり直そうとしてるのに…」

 

「所詮は血塗られた定めよ。彼の言う事も正しい…罪には罰が必要よ。それが司法概念でもある」

 

「だから裁かれるのカ!?そんなの嫌ネ…死ぬ事が罪の償いだなんて私は認めないヨ!!」

 

「あたしは多くを殺した者…日本の死刑基準を大きく上回る程にね。だから…逃げないわ」

 

腰から三節棍を抜いたレイが武器を構える。

 

金色の瞳と化した彼女は正義の刃に倒される覚悟を示すためにこそ戦うのだ。

 

正義、それは弱者達を救う為にこそある概念。

 

だからこそ弱者達は正義を望むのだろう。

 

「伝説のサマナー…葛葉ライドウ。きっと貴方がキョウジをあそこまで追い詰めたんでしょうね」

 

「キョウジの仲間のようだな…葛葉一族の面汚しの仲間であるなら容赦はしない」

 

「それでいい…あたしも一族に連なる者として葛葉の掟には従うわ…この身を裁くがいい」

 

「いい覚悟だ。道を踏み外した者よ…護国守護の名の元に、忠義の刃をもって貴様を裁こう!!」

 

正義を振りかざすライドウの刃がレイを襲う。

 

美雨は再び正義を振りかざす者の戦いを傍観させられるしかない。

 

人々を善悪に分断し、永遠に殺し合わせる正義と呼ばれる邪悪な概念。

 

弱者達を守るために在る正義とは一体何なのだろうか?

 

それは()()()()()()弱者達の()()()()()()()()()が生み出す集合意識であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

かつてユダとクドラクはこんな言葉のやり取りをしている。

 

適当な悪役を作らなければ、正義のヒーローに出番はない。

 

倒すべき敵がいなければ正義の味方は自分の暴力を言い訳出来ない。

 

だからこそ正義の味方は恐ろしいイデオロギーに憑りつかれてしまう。

 

道徳的に劣った、非人道的で理解不能で対話不能な悪者を次々と欲しがる。

 

漫画の変身ヒーローにでもなった気分で悦に浸り、敵を滅ぼしたがると言葉を残してくれた。

 

「ハァッッ!!」

 

ライドウの斬撃を三節棍で弾くレイが続く斬撃を三節棍を振り回す事で遠ざける。

 

棍が鎖で繋がり合った武器の両端の棍を握る彼女が後ろ足を引き、腰を落とし両手の棍を構える。

 

ライドウの斬撃を払い、後ろから斬りかかるヨシツネの斬撃を払い、両者の斬撃を払っていく。

 

「ソノ首!!トッタゾ!!」

 

背後から飛びかかってくるオルトロスに対して大きくバク宙をしながら突進を避ける。

 

だがオルトロスの左右から飛びかかってくるライドウとヨシツネの連続攻撃が放たれ続けていく。

 

左右に持つ棍を用いて両者の剣を打ち払い、舞うような動きで後ろに移動を行う者に追撃を放つ。

 

「チッ!!」

 

ヨシツネの飛びかかり斬りを寄せ付けない三節棍を振り回す彼女の姿はまるで竜巻のようだ。

 

腰に二つ目の棍を回し込んだまま両手の棍を用いてライドウの斬撃を立て続けに弾く。

 

後ろから斬りかかるヨシツネの唐竹割りを両手の棍で持ち上げた二つ目の棍で受け止める。

 

「グフッ!!?」

 

すかさず後ろに向けた蹴りを放ち、厚底ヒールで顎を蹴り上げられてしまう。

 

しかし苦し紛れに放ったヨシツネの斬撃が厚底部分を半分に切り裂いてしまう。

 

足を下ろした時、体のバランスが崩れてしまう事にレイは舌打ちを行う。

 

「厚底ブーツなんて履いて来るんじゃなかったわね…」

 

再び攻め込んでくる彼らの斬撃を打ち払い、同時に放つ斬撃攻撃を左右の棍で打ち上げる。

 

「「ガハッ!!」」

 

踏み込んだレイが彼らの腹部に向けて一つ目と三つ目の棍を用いた殴打を打ち込む。

 

そのまま潜り抜けたレイは一つ目の棍を右手を用いて回転させながら後ろに振り向き構え直す。

 

「やるじゃねーか…あの女サマナー」

 

「クンフーは素晴らしいが…あの女の力はそれだけではない。この現場の光景で分かるはずだ」

 

「炎魔法か…神降ろしで何を降ろしてるのかは知らねーが油断するんじゃねーぞ、ライドウ」

 

召喚管を抜いたライドウがヨシツネを管に戻し、代わりの管で悪魔を召喚。

 

ライドウの背後に現れた巨人こそ、レイが宿すアマテラスとは因縁深い神だった。

 

「チッ!嫌な野郎を神降ろししてやがるぜ…。ライドウ、あの女に宿ってるのはオレの兄貴だ!」

 

「アマテラスか…それ程までの神を使役するとはな。協力してもらうぞ、スサノオ」

 

「しゃーねーな…コイツは高天原以来の大喧嘩になるぜ!」

 

オルトロスと戦うレイは右頭部の下顎に目掛けて側踢腿(そくてきたい)の真上蹴りを放つ。

 

蹴り上げられて倒れ込んだオルトロスから視線変えれば、忌々しい神と共に立つライドウがいる。

 

宿ったアマテラスの感情が流れ込んだ彼女の顔にも怒りが浮かんでいく。

 

「スサノオ…また私の邪魔をするか?貴様の無礼は許し難い…今度こそケリをつけてくれる!」

 

アマテラスの怒りを吐き出す巫女に向けて不敵な笑みを浮かべたスサノオが剣を構える。

 

天叢雲剣が帯電していき、荒神としての力を兄神に向けて叩きつけようと迸っていく。

 

「へっ!久しぶりだな…兄貴?今度もオレに恐れをなして天岩戸に引き籠ってもいいんだぜ?」

 

「ぬかせ…下郎!!貴様と兄弟神であることそのものが呪わしい!私の前から消えろーっ!!」

 

業火で燃え上った三節棍を頭上で回転させたレイが一気に振り抜く。

 

放たれたのは全体攻撃を放つ炎魔法の中でも最上位の一つである『マハラギダイン』の一撃。

 

迎え撃つスサノオは左手を掲げてライドウと自分を覆う結界を生み出す。

 

「忘れたか!!オレは結界魔法のスペシャリストなんだぜ!!」

 

スサノオが放った結界魔法とは『蛮力の結界』であり、結界バリアが炎を押し留めてくれる。

 

しかし放たれた豪熱が廃墟の商店街を瞬く間に焼き尽くし、異界の街が地獄へと変わってしまう。

 

桁外れの力を感じ取った美雨が死に物狂いで逃げ続けるが背後から業火が迫ってくる。

 

「なんて力ネ…!!あんな力を操れるレイ姉さんとナオミ姉さんが戦えば…どちらも死ぬヨ!!」

 

業火が渦巻く世界ではオルトロスとスサノオが果敢にもアマテラスを宿したレイに戦いを挑む。

 

オルトロスは炎無効耐性をもち、スサノオは炎吸収耐性をもつため炎では倒せないようだ。

 

魔法では分が悪いと判断したレイが三節棍を振り回して攻撃を捌き続ける。

 

しかし彼らが狙っているのは自分達に意識を向けさせること。

 

「はっ!!?」

 

業火の中から飛び出てきた伏兵とは陰陽葛葉を用いて的殺突きを仕掛けてくる葛葉ライドウ。

 

咄嗟に三節棍を横向きに構えて刺突の先端を受け止めようとしたが寸前で止まる。

 

刺突はフェイントであり、真上に斬り上げた一撃によって三節棍が宙を舞いながら飛ばされる。

 

武器を奪われたレイに向けて袈裟斬りを仕掛けるのだが、この間合いこそ武術家の領域。

 

ライドウの左側に踏み込んだレイが刃を潜り抜けると同時に手首を掴む。

 

「グフッ!?」

 

左の肘打ちがライドウのみぞおちに決まっており、怯んだ彼を肩車しながら投げ落とす。

 

倒れ込んだ彼に目掛けて踏み蹴りを放とうとするが刀の刃が彼女の足に目掛けて振るわれる。

 

間一髪で足首を切断されなかったが、もう片方の厚底まで平らに切り落とされていたようだ。

 

「これでバランスが良くなったわ。さぁ、立ち上がって来なさいよ…我らが葛葉四天王さん」

 

立ち上がったライドウの元に仲魔達が集まるが、彼は刀を横に向けながら止めてくる。

 

「加勢はいらない。この女の技に敬意を示す」

 

刀を地面に突き立てたライドウが両拳を開いて右足を引き、腰を落としながら構えてくる。

 

それを見たレイは微笑みを浮かべながら強き者を讃える言葉を送ってくれるのだ。

 

「懐かしい構えね…。葛葉流格闘術の腕前はどれ程のものなのか…あたしが試してあげるわ」

 

武を構え合った者達がすり寄っていく。

 

互いの腕が接触した瞬間、苛烈な拳打の応酬が始まっていく光景はまるで格闘映画だ。

 

互いの突き、肘打ちを捌き合い、ライドウが放つ突きを受け止めたレイが踏み込む。

 

「くっ!?」

 

体当たりを仕掛ける貼山靠を受けたライドウの体が弾かれるが、着地した彼が再び攻める。

 

二連続蹴りを両手で払い、続く後ろ回し蹴りを避けると同時に同じ技を返す。

 

ライドウも顎を引いて避けるが、攻め込んでくる彼女の突きと肘打ちが放たれ続ける。

 

肘を肘で受け止め、鉤突きを腰を落として避け、互いにチャンスを狙い合う。

 

2人が狙った一撃とは奇しくも同じものだった。

 

「「がはっ!!」」

 

同時に放たれたアッパーカットの一撃が互いの顎を打ち上げ、2人の体が地面に倒れ込む。

 

互いの脳が激しく揺さぶられ足に力が入らなくなるが、それでも2人は立ち上がってくる。

 

「流石ね…貴方の力を認めるわ。それでこそ葛葉四天王最強といわれた14代目葛葉ライドウよ」

 

「それ程までの力を持ちながら…なぜヤタガラスを裏切った?実に惜しいぞ…レイ・レイホゥ」

 

「…それはこちらのセリフよ。護国守護は大事だけど…貴方は()()()()()()()()()()()()()()

 

「何だと…?」

 

「貴方が守りたいのは日の本の民なの?それとも…天皇家を支えるヤタガラス一族なの?」

 

「どういう意味だ?」

 

「あたしが語った言葉を胸に刻みなさい。そして考えるのよ…今の自分は本当に正しいのかをね」

 

ネビロスと同じ言葉を送られたライドウの目に僅かな迷いが浮かんでしまう。

 

迷いによって体が動かなかった時、周囲の異変にようやく気が付く。

 

「これは…濃霧だと?」

 

周囲が突然の濃霧に襲われるのだが、天候を司る天空神を従えたライドウの脅威にはなり得ない。

 

スサノオが手をかざせば霧の魔法は霧散するかのようにして消えていく。

 

視界に見えた景色とはライドウ達以外は誰もいなくなった瓦礫の異界だけであった。

 

「アマテラスが使った魔法じゃねーな。あいつは霧を操る力なんて無かったはずだぜ」

 

「グゥゥゥゥ…逃ガシタカ。微カニダガ、カワイコチャンノ匂イヲ二人分感ジタゾ!」

 

「魔法少女が助太刀に来たのか?ヤレヤレ…せっかく兄貴とケリをつけられると思ったのによぉ」

 

地面に突き立てた刀を鞘に仕舞ったライドウがスサノオとオルトロスを召喚管に戻す。

 

異界の景色が通常空間に戻ったようだがライドウは学帽を深く被り直す。

 

足元に近寄ってきたゴウトが心配してくれたのだが、彼は何も言わずに現場から去っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その頃、ライドウから逃れる事が出来たレイの目の前には2人の魔法少女が立っている。

 

美雨の横に立っていたのは静海このはであった。

 

「この人が美雨さんの大切な人なの…?」

 

「そうネ…名前はレイ・レイホゥ。香港時代の私と共に生きてくれた大切な人ネ」

 

「そう…間に合って良かったわ。ななかさんに頼まれた私たち姉妹は貴女を捜索していたのよ」

 

「助太刀に感謝するヨ、このは……って!?レイ姉さん…何処に行くカ!!」

 

2人に礼も言わずにレイは路地裏から出て行こうとする。

 

慌てて駆け寄ってきた美雨が手を掴むのだが払い除けられてしまう。

 

「この街の魔法少女は関わらない方がいい…あんた達にまで迷惑が掛かる事になってしまうわ」

 

「神浜の魔法少女に頼らなくても…せめて私には頼て欲しいヨ!匿う場所なら用意するネ!」

 

「逃げ隠れし続けるのはもう不可能よ…14代目葛葉ライドウが相手なら直に追い詰められる…」

 

覚悟を決めたレイが美雨に振り返り、決意を語ってくる。

 

その表情は断頭台の階段を昇り始めた死刑囚のような諦めと後悔の感情で支配されていた。

 

「この命…葛葉ライドウにくれてやるわけにはいかない。あたしの命は…ナオミのものよ」

 

「レイ姉さん……まさか……そんな……」

 

今にも泣きそうな美雨に向けて香港時代の笑顔を向けてくれる。

 

「ありがとう…美雨。最後にあんたと再会出来て…あたし……幸せだったわ」

 

彼女を抱きしめてくれたレイが頬に優しいキスを送ってくれる。

 

涙が零れ落ち続ける美雨から一歩下がったレイが別れの一撃を放つのだ。

 

「ガッ……アッ……ッッ!!」

 

縦拳突きがみぞおちにクリーンヒットした美雨が息が出来なくなり意識が朦朧としていく。

 

倒れそうな美雨を抱きしめたレイは彼女が眠りにつくまで優しく頭を撫で続けてくれたようだ。

 

「このはさん…だったかしら?悪いんだけど…面倒ついでを頼まれて欲しいのよ」

 

彼女の元にまできたレイが美雨をこのはに預けてくれる。

 

白いスーツのポケットから取り出したのは香港時代の思い出の写真。

 

「この黒髪ロングの女性を探して欲しいの。美雨の近くにいると思うから南凪路を探してみて」

 

「レイさん…何を企んでいるの?大切な美雨さんを傷つけてまで…何をしようとしているの!?」

 

「あたしはね…多くの人を殺戮した罪人よ。だからその罪を清算するために…復讐されてくる」

 

「そんな……バカな真似はやめて!こんなにも貴女を愛している美雨さんが残っているのよ!」

 

「それは奪い続けた命を背負った人々だって持っていたわ…あたしはそれを理不尽に奪ったのよ」

 

「レイさん……」

 

「ナオミを見つけたら伝えておいて。明日の深夜零時に神浜監獄で待っているとね」

 

それだけを言い残したレイが去っていく。

 

独り残された静海このはであるが、彼女はレイを止める事など出来ないと感じている。

 

罪には罰が必要だと叫ぶ気持ちならつつじの家が焼かれた時に経験しているからだろう。

 

このはの魔力を追って合流してきた葉月とあやめに美雨を託したこのはも去っていく。

 

「ちょっと、このは!?美雨さんをほったらかして何処に行くのさ!」

 

「ごめんなさい…葉月、あやめ。私は用事を思い出したから行くわね」

 

「このは!?待ってよーーっ!!」

 

駆けだしていった長女の姿を不審に思うが美雨を放置は出来ないので回復魔法をかけていく。

 

建物を跳躍しながら南凪路を目指す静海このはの心の中には葛藤が渦巻いている。

 

「罪には罰が必要よ…だけどそれを認めたら…私はナオミさんを尚紀さんと同じにしてしまう…」

 

正義を振りかざす者達に待っている末路ならば魔法少女の虐殺者として生きた尚紀が証明済み。

 

それでも正義を信じる者達は自らがその経験を積まない限り、過ちを認める事などないだろう。

 

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶとドイツ初代宰相ビスマルクは言葉を残している。

 

正義の歴史を見届けた者達はどんな答えを出すのだろうか?

 

罪には罰を下せと叫んで罪人をギロチンにかける事しか出来ないのだろうか?

 

この世を善悪でしか認識出来ない者達こそが正義を振りかざして悪をやっつけろと叫び続ける。

 

その末路とは何なのか?

 

答えは簡単だろう。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけであった。

 




そろそろナオミさんのキャラドラマ回収せんといかんので三話に纏められるよう描いていきますね。


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227話 復讐を果たす日

ここは神浜市大東区に存在している神浜監獄。

 

明治五大監獄に匹敵する程の規模で建造された広大な収容施設だが老朽化が酷いようだ。

 

現在は全貌を残す建物だけが残り、地域住民もあまり寄り付かない場所となっている。

 

夜の零時が近づいた頃。

 

誰もいない神浜監獄の敷地内ではストライプ柄の白スーツを着た女性が独り立っている。

 

左手には三節棍が握られており、彼女にとっては最後の戦いを共にしようとしているようだ。

 

立っている人物とは罪人と成り果てたレイ・レイホゥであり、断罪者の到着を待ち続けている。

 

今宵は満月であり雲の隙間からは月の光が監獄の敷地内にも届いていく。

 

雲の隙間から地上を照らす月明かりに照らされた彼女は静かに目を瞑り続ける。

 

思い出すのはこれまでの人生であり、自分が犯した罪の数々を数えていく。

 

両手足では数えきれない程の罪を犯し続け、それでも大儀のためだと自分を殺し続けてきた。

 

だがそれも終わる時がくる。

 

血塗られた定めの道を今日この日こそ終わらせる覚悟をしてきたのだ。

 

「……来たわね」

 

監獄の入り口に視線を向ければ歩いてくるのは望んでいた存在。

 

「……決着をつけにきたわ」

 

今にも爆発しそうな憎悪の感情を押し殺しながら歩いて来る者こそ復讐者であり断罪者。

 

香港時代を共に生き、そして彼女の家族を殺して裏切ってしまったナオミであった。

 

彼女から離れた位置で立ち止まったナオミに向けて鋭い目つきを送ってくる。

 

その目には自分の罪からはもう逃げないという覚悟が宿っていたようだ。

 

「…あんたと手合わせしてどれぐらいあたしが勝てたかしら?もう昔の事だから思い出せないわ」

 

「…本気の勝負を挑み合った回数は6回程ね。勝敗は五分五分…三勝三敗だったわ」

 

「そうだったわね…どんな理由で本気の喧嘩をしちゃったのか…上手く思い出せないわ」

 

「思い出す価値もないと言いたいのかしら?私と美雨を裏切り…そして私の家族を殺した事を?」

 

「そう捉えてもらって結構よ。あたしは多くの罪を繰り返したけど大儀があたしを支えてくれた」

 

挑発ともとれる言葉を放ってくる者に向けて呪い殺す程の怒りをナオミは放ってくる。

 

今にも首を跳ね落とそうとする者の気迫こそがレイの望みであり、そのための挑発なのだ。

 

「あんたの老師に取り入ってきたのは娘の親友だと情を沸かせるため。お陰で楽が出来たわ」

 

「そのために私に近づいてきたのね……老師を殺し…家の家宝を奪う為に私を利用した!!」

 

「潜入工作の基本は敵からの信頼を得ること。長い時間がかかるけどそれだけの価値はあったわ」

 

噴き上がる怒りによって顔が歪み切ったナオミであるが、それでも彼女は確認がしたい。

 

それはレイを見つけた時に見せた態度も油断を誘うためのものだったのかを聞きたいのだ。

 

「私はね…悪女の貴女を期待したわ。だけど…見つけた時の貴女は…香港時代と変わらなかった」

 

「…何を期待しているのかしら?」

 

「貴女はただヤタガラスに従わされていただけの者であり…私の家族を殺害する気はなかったよ」

 

「もしそうだと言えば…あんたはあたしへの復讐を捨てるというの?何の為に強くなったのよ?」

 

「そ…それは……」

 

「あんたに迷いを生んじゃったのはあたしの不手際ね。だったら望み通りの言葉を送ってあげる」

 

無理やり邪悪な笑みを浮かべてきた者が残酷な言葉を吐き捨ててくる。

 

その言葉こそが復讐者として生き続けたナオミが聞きたかった憎むべき悪女の言葉であった。

 

「あたしがあんたの老師を殺した時に語った言葉はね…ヤタガラスの大儀のために無様に死ねよ」

 

――娘の名を語りながら死ぬ老師を見ながら、あたしは計画完遂の喜びに打ち震えていたわ。

 

一陣の夜風が吹き抜ける。

 

閃光が頭を突き抜ける程の衝撃を受けたナオミの両目が見開いていく。

 

そして次の瞬間、修羅の形相と化す。

 

「……我が迷いは晴れた」

 

素早く召喚管を抜いたナオミが召喚管を構えながら罪人に天誅を下すに相応しい女神を召喚する。

 

「来たれ…月の女神であり、魔女達の女王!」

 

召喚管が振り抜かれMAGの光がナオミの周囲を包み込む。

 

彼女の背後に顕現した三つ首の巨人こそ、魔術を司る月の女神ヘカーテの御姿だ。

 

「いよいよ汝の旅も終わる時がきたな。この罪人に相応しき天罰…我が一撃をもって与えよう!」

 

獅子・犬・馬の頭部を同時に持つ女神が怒りの咆哮を上げながら両手の鞭を構えてくる。

 

巨体からは膨大な魔力が噴き上がり、それに呼応するかのように夜空の満月が強い光を放つ。

 

邪悪な悪女を演じるレイもまた金色の瞳となり、三節棍を水平に構える。

 

<同時にあたしの逃亡の旅も終わる事になる…。悪いわね、アマテラス…最後まで付き合ってね>

 

<罪には罰が必要だ…だからこそ汝は討たれなければならん。秩序の神としてそれを否定はせん>

 

<その通りよ…だからこそこの命、邪悪な敵として…最後まで燃え上らせる覚悟を示すわ!!>

 

念話を終えたレイの周囲に業火が噴き上がり、背後には光明神アマテラスの幻影が浮かんでくる。

 

強大な神々を使役する女サマナー同士の最後の戦いが始まろうとしているのだ。

 

「行くわよ…憎き仇!!その白スーツを貴様の死に装束にしてみせる!!」

 

「やってみなさいよ…ナオミ!!復讐者として生きてきた苦しみ全てをあたしに叩きつけろ!!」

 

周囲が異界化していき彼女達の戦いの邪魔をする者達を遠ざけていく。

 

この戦いはどちらかが命を落とすか、両者とも死ぬまで終わる事はない。

 

罪を犯した者には罰が与えられるべきだと望む気持ちこそ、かつての八雲みたまの気持ち。

 

レイもまた彼女と同じく自分の罪から逃げない潔さを示してくれるだろう。

 

罪人として死ぬ覚悟を示すレイと、断罪者として親友を裁くナオミの戦いが始まっていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ナオミを戦場に送ってしまったのは静海このはである。

 

今日の彼女は魔獣狩りを行う気分にもなれずに独り夜道を歩き続ける。

 

彼女が辿り着いたのは未だに瓦礫塗れのつつじの家の前であった。

 

今でも直視出来ない凄惨な現場を見ていると、大切な家を焼き払った東住人達の姿を思い出す。

 

怒りの感情によって拳が握り込まれる彼女が思い出すのは魔法少女裁判の時の記憶だった。

 

「あの時…私は罪人共を死刑にしろと叫んだわ。あの時の感情こそが…ナオミさんの気持ちよ」

 

その時の気持ちを南凪路で見つけたナオミにも語ってしまった記憶が浮かんでいく。

 

このは達姉妹の苦しみに触れたナオミはこのはを強く抱きしめてくれる。

 

同じ無念と苦しみを共有出来る同士として、このはの辛さを誰よりも理解してくれたようだ。

 

「止められない…止められるはずがない。罪には罰が必要よ…だから私は…嘘をついてしまった」

 

美雨が目を覚ました時、このはに向けてレイは何処に行ったのかと問い詰めてきた。

 

必死の形相をしながらレイの身を心配する美雨に向けて、彼女は嘘の情報を流してしまう。

 

葛葉ライドウに見つかったレイは身を潜めるために新西区に向かって行ったと語ったのだ。

 

大きく遠ざかる地区にまで美雨を向かわせたのはレイの意思とナオミの意思を尊重するため。

 

それでも心の中には後ろめたさが纏わりつき、今でも彼女の心に暗い影を生んでいた。

 

「復讐なんて…ようは感情の問題よ。憎い敵は殺したい…それが人間の正義ってものじゃない…」

 

<<そうさ、それが大衆の望みであり娯楽であり…我が身可愛さから出てくる正義なんだよ>>

 

男の声が聞こえたため、このはが左に顔を向ける。

 

声を掛けてきたのは黒のトレンチコート姿のウラベであり、隣には擬態姿のリャナンシーもいた。

 

「貴方はたしか…神浜港で尚紀さんやナオミさんと一緒にいたデビルサマナーさん…?」

 

「そうだ。南凪路でナオミと話している姿を見かけたんだがな……いよいよ今夜なのか?」

 

それを問われた彼女の顔が俯いてしまったためウラベは今夜が決着の日だと察してくれる。

 

彼女の横に立ち、崩れ去ったつつじの家に視線を向けてくれたようだ。

 

「焼け焦げた門につつじの家と書かれているが…児童養護施設か?なんでこの場所にいる?」

 

それを問われた彼女は顔を俯けていたが、聞いて欲しいのか彼女は何があったのかを語り出す。

 

彼女の事情を知ったウラベはこのは達姉妹もまた大切な人達を理不尽に奪われた者達だと知る。

 

「私は魔法少女裁判の時に叫んだわ…犯罪者を死刑にしろと。それが被害者の心を救うとね…」

 

「お前たち姉妹の無念なら俺も理解出来る。俺もまた妻子を無残に殺された者だからな…」

 

「復讐こそが被害者の正義だと私たち姉妹は望んだ…。だけど、復讐という正義の弊害も見た…」

 

「……尚紀の末路だろ?俺も見た…復讐に生きる俺もまた…ああなっちまうんだろうな」

 

重苦しい沈黙が場を支配していく。

 

このはの心を苦しめる後ろめたさが耐えられないのか、誰かに判断して欲しいのか、語り出す。

 

犯罪者として裁かれる者と裁く者の覚悟を尊重するべきか?

 

それを止めたい者の心を尊重するべきか?

 

悩みに悩む彼女の苦しみを聞かされたウラベは美雨から語られた言葉を彼女にも伝えてくれる。

 

「善は悪を許し…正義は悪を許さない。南凪路で俺に絡んできた魔法少女が語った言葉だ」

 

「南凪路で活動している魔法少女は美雨さんよ…彼女がそんな言葉を語ったの?」

 

「美雨は復讐心に囚われた俺に向けてこう言った…正義に囚われて自分を見ていないとな…」

 

「正義に囚われて…自分を見ていない…?」

 

「恨む気持ちが善悪を生む…悔しい感情が物事を観えなくする…復讐者もミイラに成り果てる」

 

それを言われた時、魔法少女裁判の時に死刑を叫んだ自分の姿をようやく客観的に考えられる。

 

もし極刑を果たせていたら犯罪者遺族側の八雲みかげや天音月夜はどんな気持ちになったのか?

 

大切な人を奪われた者として、このは達姉妹と同じく復讐心を燃え上らせて報復を叫ぶのか?

 

「正義の中身はな…卑劣極まったダブルスタンダード構造なんだ。自分は良くて…お前はダメ」

 

「正義を掲げた暴力は良くて…犯罪者や犯罪者の遺族がもたらす暴力はダメ…?」

 

「何処までも正義側の都合の良さしか求めない。これが美雨が語った客観性の欠如さ…」

 

()()()()()()()()()()()()()()…だけど()()()()()()()()()()()()()()……最低な理屈ね」

 

守れなかった苦しみが切実な情念を生む。

 

長年の屈辱が重なれば許さない人に成り果てて正義執行を叫び出す。

 

それこそが断罪者となった者達の心理であり、復讐という正義を執行しろと叫ぶ者達の心理だ。

 

「あの後、俺は浄土宗開祖の法然の言葉を思い出した。法然は父親に復讐を止められた者なんだ」

 

法然は武士の子として生まれた者だが、父親は賊共に襲われ多勢に無勢の戦いで殺されている。

 

幼少時代の法然は父親の前で泣きながら復讐を誓うのだが、それを止めたのが父親だった。

 

――志しは嬉しいが、それは父の望みではない。

 

――無念の死は我が前世の業縁によるものだ。

 

――もし敵討ちが成就しても敵の子はまた、そなたを敵と恨むだろう。

 

――そうなれば幾世代にも渡って()()()()()()()()

 

――愚かな事だ。

 

死に際の父親が託してくれた真理を理解出来た法然は武士になる道を捨て、僧侶となる道を選ぶ。

 

日本一の僧侶となり父親の菩提を弔って欲しいという父親の最後の願いを果たそうとしたのだ。

 

法然という歴史人物を語られた事により、このはの顔に浮かんでいた迷いが消えていく。

 

「私……間違っていた。復讐なんかじゃ救われない……許す気持ちこそが大切だった!!」

 

美雨を探すために新西区に向かって走って行く。

 

このはを見送ってくれたウラベの口元には微笑みが浮かんでくれているようだ。

 

「切り返しが早い柔軟性こそが若者の特権だな。俺みたいなオッサンは…真似出来そうにねぇな」

 

「ウラベ様は法然さんの父君と同じく……業縁による滅びを望まれますか?」

 

「…それがミイラ取りがミイラになった者に相応しい末路さ。俺は自分の直感を選ばせてもらう」

 

「正しさは周りが決めるものですが…ウラベ様の正しさをお進み下さい。私も付き従います」

 

「ありがとう…リャナンシー。自由の道を進む代償を支払う日がきたら……共に逝きたいよな?」

 

去っていくウラベ達であるが、心の中では同じ復讐者であるナオミへの気持ちが湧いていく。

 

(ナオミ…お前だってまだ若いんだ。きっとやり直せる……俺みたいになるんじゃねーぞ)

 

復讐に生きる者達の中にも復讐に生きる事への疑問を感じてくれている者もいるだろう。

 

しかし人間とは感情と狭い経験だけで意思決定を下してしまう視野橋梁の偏見生物。

 

自分への客観性を失った時、人間は自分の都合の良さしか求めない愚かな生き物と化す。

 

そんな思考停止の愚者共が求める都合の良さこそが正義と道徳なのだ。

 

正義と道徳さえ振りかざせば悪者をいくらでもやっつけられるし、暴力を楽しく正当化出来る。

 

大衆娯楽と化した正義を楽しみつつ、自分自身がスカッとすれば()()()()()()()()()()()

 

これこそが正義(LAW)に盲従する者達の在り方であり、他責の安心感に浸りたい思考停止だ。

 

批判の無い社会は例外なく腐り果てるように、批判の無い正義は()()()()にしかなりえなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

異界の神浜監獄では夜空に浮かんだ満月から次々と天罰の光が降り注ぐ。

 

巨大な鞭が振るわれるたびに万能属性魔法の収束した光が地上に向けて放たれる。

 

満月の女王の力は凄まじく、広々とした監獄の敷地内がレーザー放射の大穴だらけとなるのだ。

 

「まるで衛星兵器に攻撃されているような気分だわ…!!」

 

レイは大きく跳躍しながら天罰の一撃を避け続ける。

 

狙うのはヘカーテの極大攻撃を支えるために膨大なMAGを練り上げるサマナーのようだ。

 

「大技を繰り出し続けるMAGを仲魔に与えないとならない召喚者の苦労も大変よね!」

 

側方宙返りから着地したレイは体勢を回転させながら三節棍を投げ放つ。

 

両端の棍には光剣のようなエネルギーが纏われており、避けなければ体が溶断される。

 

「チッ!!」

 

ヘカーテへのMAG供給状態をやめたナオミが横っ飛びで三節棍の一撃を避ける。

 

MAG供給を止められたヘカーテが不満を表すようにしてナオミに苛立ちをぶつけてくる。

 

「何をしておるか!!汝の仇を討ちたいのだろう!?もっとMAGを寄越すのだ!!」

 

「分かってるわよ!!少しぐらい供給を止められたからって文句のつけ過ぎよ!!」

 

ヘカーテとは仲が良いというわけではないのか、ナオミとヘカーテが仲違いを始めてしまう。

 

この隙を逃すレイではなかった。

 

高天原爾 神留坐須 皇賀親 神漏岐……(たかまのはらにかむづまります)

 

古神道の印を両手で結びながら最要祓(さいようはらい)を詠唱するレイの体が光り始める。

 

祝詞乃  太祝詞事乎  宣礼……(のりとのふとのりとごとをのれ)

 

ナオミとヘカーテが気が付いた時にはもう遅い。

 

光明神の如く光り輝くレイが放つ一撃こそ、アマテラスの必殺の一撃。

 

布留部!!由良由良止!!布留部!!(ふるべ ゆらゆらと ふるべ)

 

アマテラスへの祈祷をもって放つ一撃とは『神光破』と呼ばれる極大魔法。

 

月の光と対を成す太陽の光が収束した一撃がヘカーテに迫りくる。

 

「この光は太陽の光!?まさか貴様が宿す神とは……ウァァァァーーーーーッッ!!?」

 

極大の光がレーザー放射の如くヘカーテの上半身を飲み込んでいく。

 

月の女神の体は焼き尽くされ、残された下半身だけが倒れ込みMAGの光となって弾け飛ぶ。

 

極大の一撃を放ったレイも息が上がっているが、それはナオミも同じのようだ。

 

「魔法なんかで終わらせるのは勿体ないわ。どうせなら…お互いのクンフーで戦いましょうか?」

 

「……望むところよ」

 

回転しながら戻ってきた三節棍を受け止めたレイがついて来るように促す。

 

ヘカーテが暴れ狂った監獄敷地内は大穴だらけであり足場が悪くなっていたからだろう。

 

レイの背中を追っていくナオミは腰に吊るした召喚管を手に取りながら次の悪魔を召喚。

 

現れたのは魔王シュウであり、走りながら悪魔と憑依していく。

 

悪魔を表す真紅の瞳と化した彼女が入り込んだのは神浜監獄の内部であった。

 

「……随分と入り組んだ監獄施設ね?まるで迷宮みたいだわ」

 

神浜監獄は一人の罪人を隔離する為に作られたと言われている地下牢があり迷宮構造をしている。

 

魔力を探しながら地下牢が並んだ空間を歩いていた時だった。

 

「くっ!?」

 

突然横の壁が爆ぜ、中から飛び出してきたレイが勝負を仕掛けてくる。

 

気殺を用いてここまで気配を気が付かせなかったが、ナオミの聴勁までは誤魔化せない。

 

肌感覚で反応したナオミがレイの右突きを右腕で逸らすと同時にくっつける。

 

ナオミがレイに仕掛けようとしているのは拳法家同士の決闘状ともいえる推手の形であった。

 

「…あんたと本気の喧嘩をやってた頃を思い出すわ。いつも推手を用いてやってたわね」

 

「私は負けないわ…レイ。貴女と戦うのはこれで最後…そして私が勝利を勝ち取って終わる!!」

 

「その意気よ。さぁ…悪魔頼りの実力ではないってところを、あたしに示しなさい!!」

 

重ね合わせた互いの構えから放たれる殺気が空気を圧迫する程の緊張感を周囲に与えていく。

 

腰を落とし合って構える2人が睨み合い、一気に動く。

 

「「ハァァーーーッッ!!!」」

 

突き・肘・手刀打ち・裏拳、互いの腕が密着するワンインチ距離の苛烈な攻防が放たれ続ける。

 

相手の打撃を互いに掌・手首・肘を使い受け流し、密着状態から離れず打撃の応酬が続く。

 

「ぐふっ!!」

 

レイの直突きをみぞおちに受けてしまったナオミが咳き込む。

 

後ずさった彼女に目掛けて右ストレートの追い打ちを仕掛けるが前蹴りを顎に受けてしまう。

 

後退したレイに目掛けて上段回し蹴りを狙うが腰を落として避けられ、続く旋風脚が宙を舞う。

 

レイは蹴り足を両腕で受け止めると同時に掴み、体勢を捻り込み左肘を後ろのナオミに放つ。

 

左腕で左肘を受け止めるが片足状態のナオミの足を刈り取り彼女を倒し込む。

 

「ぐっ!!」

 

マウント攻撃を仕掛けてくるレイのパンチを首を曲げて避け続け、両足を彼女の腹に向ける。

 

「チッ!!」

 

両足で腹部を蹴り上げられた彼女の体が一回転して持ち上げられマウントを返されたようだ。

 

立ち上がる両者の手には武器が握られている。

 

ナオミはシュウの武器の一つである中華式の直剣を持ち、レイは腰に隠した三節棍を抜く。

 

武器を構え合う両雄。

 

先に動いたのはナオミであった。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

リーチが長い相手の懐で戦うために果敢にも踏み込んでいく。

 

唐竹、右薙ぎ、左薙ぎと次々と斬撃が放たれていくがレイは巧みに三節棍を操り受け流す。

 

舞うように反撃を放ってくる棍の一撃一撃を避け続けるが後退っていく。

 

大きく後方に跳躍したナオミが武器にMAGを送り込む。

 

MAGが刃の形となり、噴き上がるMAGを纏った刃を構えながら一気に踏み込む。

 

「私は負けない!!老師よ…私を導いて下さい!!」

 

互いが踏み込み打撃と斬撃の応酬が放たれていく。

 

ナオミの斬撃や刺突を捌き、舞うように放ってくる棍の一撃を弾き続ける。

 

「どうしたのナオミ!!あんたの怒りをあたしの命に届かせてみせなさいよ!!」

 

三節棍を回転させた勢いのまま放つ唐竹割りを弾き、続く回転薙ぎ払いを前転して潜りぬける。

 

立ち上がるナオミに向けて回転蹴りの勢いのまま振り抜く棍の薙ぎ払いが放たれてしまう。

 

だがナオミはこれを待っていた。

 

刃を下に向けながら一撃を受け止め、もう片方の手で回り込んできた棍を掴み取る。

 

受け止めた刃を引き抜き、相手に向けて突きを放つが手首を掴まれ投げ飛ばされてしまう。

 

「がはっ!!」

 

壁を突き破りながら地面に転がったナオミがいるのは廃線路となった地下鉄エリア。

 

ここは地下鉄工事を行った際に調査がずさんだったため監獄にぶち当たったことがあるエリア。

 

そのため繋がってしまった廃路が壁の向こう側に残っていたようだ。

 

「くっ……強いわね。流石は私のライバルだった女よ……」

 

咳き込みながら立ち上がるナオミが投げ飛ばす時に手放したレイの武器を投げ捨てる。

 

壁の向こう側から迫ってくるのは武器がなくても踏み込むのが躊躇われる程の相手なのだ。

 

「まだよ…まだ足りないわ。もっと怒りなさい…そうでなければ、あたしには届かない!!」

 

右掌を掲げれば業火が噴き上がっていく。

 

放たれたのは大火球を放つアギダインであり、ナオミを焼き尽くさんと迫りくる。

 

直撃して業火が周囲に溢れる光景を見つめるレイであるが口元には不敵な笑みが浮かぶ。

 

「さぁ……あんたの怒りをあたしに示せ!!」

 

燃え上る世界から飛び出してきたのはシュウが所有する中華式の大盾を構えたナオミの姿。

 

右手には中華式の片手斧が持たれた状態のまま突っ込んでくる。

 

「レイィィィィーーーッッ!!!」

 

豪快な一撃を避けるが、続けて斧を振り回す相手から距離を放すために跳躍。

 

着地した足元に転がっていた三節棍を蹴り上げて拾ったレイが攻勢に打って出る。

 

次々と繰り出す左右の棍の一撃に対してナオミは盾でパリィを狙う。

 

棍を大きく弾かれたレイに目掛けて踏み込み、胴体を両断する一撃を放つ。

 

「チッ!!」

 

バク転して横薙ぎの一撃を避けたレイであるが襟元の赤いネクタイが切れ落ちていく。

 

レイは首のネクタイを外しながら投げ捨て、黒シャツの首のボタンを外したようだ。

 

首には三途の川の渡し守であるカロンに支払う6文銭がアクセサリーとして身に付けられている。

 

「カロンに支払う硬貨を身に付けているのね…私も今日の日のために銀貨一枚持ってきたわ」

 

「三途の川だろうがアケローン川だろうが逝く覚悟は常にしてきた。あたしは罪人ですもの」

 

「どちらがカロンの世話になるのかは…直に答えが出るでしょうね」

 

召喚管を抜いたナオミが宿したシュウを管に戻し、別の悪魔を召喚する。

 

背後に現れたのはナオミの切り札ともいえる不動明王だった。

 

「この倶利伽羅剣をもって貴様との因縁を断ち切る。貴様の煩悩がもたらした罪を数えろ!」

 

「不動明王を使役する者だったとはね…いいでしょう。大日如来に裁かれるなら悔いは無い!」

 

倶利伽羅剣を構えるナオミではあるが、背後で佇む不動明王は動く気配を見せない。

 

不動明王の剣を振るいながら戦うナオミも違和感を感じているはずだ。

 

(倶利伽羅剣から力を感じられない…?なぜ退魔の炎が生み出されないの!?)

 

迷いを感じながらも目の前から迫るレイを迎え撃つ戦いを止めることなど出来ない。

 

不動の如く動かない不動明王の顔つきには愚か者達を見つめるような憐みが浮かんでいた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「レイ姉さん……ナオミ姉さん……お願いだから早まらないで欲しいヨ!!」

 

美雨は栄区の建物屋上を跳躍しながら東に向けて移動を繰り返す。

 

このはから得た情報を頼りに神浜監獄を目指すのだが距離が離れ過ぎている。

 

間に合うか分からない不安と恐怖を感じながらも無我夢中で駆けつけようとしていたようだ。

 

そんな彼女の姿に視線を向けていたのは地上の道路脇に車を停車させている者。

 

車の中で窓から顔を出していたのは葛葉キョウジであったようだ。

 

「あの魔法少女が向かう方角は大東区か?ならばレイのケジメを邪魔立てしに行くやもしれんな」

 

左手に持つスマホ画面に映っているのはレイに仕掛けておいたGPSの発信サイン。

 

彼女に気が付かれないよう助けてもらった時に仕掛けておいたようだ。

 

美雨の魔力を追って車を発進させていくキョウジの顔には迷いが浮かんでいる。

 

自分でもどうしてレイの為に露払いのような真似をしているのか分からない顔を浮かべてしまう。

 

それでも彼が望むのはレイの覚悟を尊重すること。

 

罪人として復讐者に葬り去られる末路を遂げる事こそがナオミの屈辱を晴らす唯一の手段。

 

葛葉の面汚しとして長年の屈辱に苛まれた者だからこそ、ナオミの苦しみの理解者でもあるのだ。

 

「…俺は復讐者の邪魔をしに行く者を許さない。俺もまた屈辱を晴らすために生きる者だからな」

 

キョウジが望むのは長年連れ添った自分の部下の死であり、そのために動く者。

 

冷酷のようにも思えるが、キョウジは屈辱に苛まれるナオミの苦しみを誰よりも知る者。

 

そして長年連れ添った者だからこそレイ・レイホゥの望みを誰よりも知る者でもあった。

 

美雨の動きを察知したのはキョウジだけではない。

 

長い長髪を模した翼を羽ばたかせながら夜空を飛んでいるモー・ショボーも気が付いたようだ。

 

「あの子はたしかライドウの邪魔をした子だよね?もしかして…向かう先にレイがいるのかな?」

 

腕を組んで考え込んでいたが、夜空の向こう側から飛んでくる悪魔の姿が近づいて来る。

 

現れたのは同じように偵察任務中だったヒトコトヌシだった。

 

「その顔ォォォ!!何か見つけたのかァァァァーーッッ!?うぉれにも教えろォォォーッッ!!」

 

「うん!怪しい子を見つけたからライドウに報告しに行って!私はあの子を尾行するから!」

 

「合点承知の助ェェェェーーッッ!!光の速度でライドウに報告してやるゥゥゥーーッッ!!」

 

それぞれが神浜監獄に向かおうとする中、ついに罪人と断罪者の決着の時が訪れようとしている。

 

「どういうつもりなの…不動明王!?どうして私に力を貸さないのよ!?」

 

後ろの不動明王に向けて叫ぶナオミであるが、彼はこんな言葉を召喚者に向けて送ってくる。

 

「…ノウマクサンマンダ バザラダンカン。我が与える真言、その意味を知り…煩悩を断て」

 

不動明王が語った不動明王真言にはこのような意味がある。

 

出自を怨み己の不運を他人の責任にして社会を呪いし者。

 

地獄よりの使者に魅入られ怨霊となるだろう。

 

誰と出会うかで人生は良きようにも悪しきようにもなりうる。

 

選択権は他の誰でもない、()()()()()()()という意味だった。

 

「私が煩悩に支配されていると言いたいの!?復讐こそが正義よ!!正義を軽んじるつもり!?」

 

「それではな、かつての人修羅と同じ末路にしかなりえん。汝もアーリマンとなりたいか?」

 

「アーリマンは目の前の女の方よ!!私から家族を奪った仇こそ…この世全ての悪だわ!!」

 

「怒りと憎しみを正当化する者こそ地獄の怨霊と化す。ミイラ取りがミイラとなるのだ」

 

「うるさい!!この怨み…私の不幸…全て目の前の女のせいよ……あの女を呪ってやる!!」

 

ナオミが背負い続けてきた怒りと無念の感情をぶつけきるために剣を構える。

 

その顔は怒りと悲しみに支配された鬼の顔となり、亡き老師のために殺される覚悟で敵を殺す。

 

不動明王が語った戒めすら届かない程にまで堕ちてしまったナオミを見つめるレイ。

 

彼女の表情にはもう悪女を演じる気配もなく、ただひたすら自責の念に支配された顔を見せる。

 

大切だった親友が堕ちるとこまで堕ちる前にしてやれることがあるだろう。

 

「ナオミ…そこまで追い込んじゃったのはあたしのせいよね?だから…一緒に終わらせましょう」

 

三節棍に最後の力を流し込み、左右の棍を光剣二刀流のようにして構える。

 

これを最後の死合とするかの如く彼女達が一気に踏み込む。

 

「死になさい!!!私の仇ィィィィーーーッッ!!!」

 

「ナオミィィィィーーーッッ!!!」

 

互いの斬撃同士がぶつかり合い、激しい剣戟が繰り広げられていく。

 

回し蹴りが互いの頭部を打ち合い、互いに体勢が崩れた一瞬の隙を見逃さないだろう。

 

鈍化した世界。

 

互いの刃から放たれる刺突の一撃。

 

「「ガハッ……ッッ!!!」」

 

互いに狙った必殺の一撃が両者の心臓を貫いてしまう。

 

同時に吐血する2人の顔はあまりにも近くなっている。

 

死を賭してでも仇を討とうと鬼の形相を向け続ける者に向けて片手が持ち上げられていく。

 

「ほんと……どうして……」

 

ナオミの頬に左手を添わせてくれたレイが最後の力を振り絞って笑顔を向けてくれる。

 

「こんな事に……なっちゃったの……か……な……?」

 

涙が伝うレイの笑顔を見た時、ナオミの中に怒りと悲しみ以外の感情が迸ってしまう。

 

「レイ……」

 

彼女の目からも涙が零れ落ち、親友を刺し貫いた倶利伽羅剣を手放してしまう。

 

彼女の心の中に最後に湧き出てしまった感情こそ、後悔だった。

 

「ほんと……どうして……」

 

互いに後ろに向けて倒れていく。

 

「私達……殺し合わないと……ならなかったの……か……な……?」

 

地面に倒れ込んだ親友達の命が終わろうとしていく。

 

ついに復讐者として生きた者の望みは果たされ、罪人として生きた者の望みが果たされる。

 

しかし、彼女達が得たものなど何もないだろう。

 

ただただ悲しかった。

 

それだけが復讐の旅路の果てに得た、ナオミの末路であった。

 




エッチなお姉さん達は百合心中の末路しかないのか?
次回を待て!


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228話 自分らしく生きる

「急ぐぞ、ライドウ!あの女を逃がすわけにはいかん!」

 

ヒトコトヌシの風魔法の応用を用いて建物の上を疾風の如く飛び越える者とはライドウである。

 

彼は工匠区辺りを捜査していたようであり、ヒトコトヌシの情報を得た彼は仲魔の魔力を追う。

 

「モー・ショボーの魔力を感じる先を推測するに、神浜監獄辺りにいると思われるな」

 

「そこにレイが潜んでいればいいのだが……」

 

「フフッ、モー・ショボーの尾行捜査の腕前を信じてやれ。あの娘もうぬと共に生きた悪魔だ」

 

「そうだな…気分屋な子供悪魔だが、大事な局面では彼女に何度も救われてきたんだ」

 

「うぉれも気分屋だァァァーーッッ!!しかし!子供悪魔に遅れはとらねェェェーーッッ!!」

 

「張り合うなヒトコトヌシ。うぬにはうぬの力がある、それぞれの個性を活かすのだ」

 

ヤタガラスから放たれた断罪者としてレイの命を終わらせる者となるために彼は行く。

 

大東区と南凪区の区境近くにある神浜監獄が見えてきた時、強烈なプレッシャーを感じてしまう。

 

地上に降り立つライドウを迎え撃つかのようにして待ち伏せていた男に視線を向ける。

 

「キョウジ……生きていたか」

 

工匠区の端にある神浜オートレース場の駐車場で待ち構えていたのは刀箱を背負う葛葉キョウジ。

 

あと少しで大東区と南凪区の境にまで近寄れたのだが、彼に背を向けるわけにもいかないようだ。

 

「…葛葉ライドウまで現れるとはな。恐らく目指す場所はレイがいる神浜監獄だろうな?」

 

背負っていた刀箱を降ろし、右手で箱を掴むキョウジが鋭い目つきを向けてくる。

 

ライドウの肩にしがみ付いていたゴウトが飛び降り、邪魔者に向けて立ち去るよう警告するのだ。

 

「やはりあの女は神浜監獄に潜んでいたようだな。邪魔立ては許さんぞ!即刻立ち去るがいい!」

 

「俺に構わず先に進んだらどうだ?もっとも、背を向けた貴様らを見逃す俺ではないがな」

 

ハイカラマントを両手で払い除けたライドウが腰の鞘を左手で握り込み、抜刀する構えを行う。

 

「自分の邪魔をするのは自分への復讐心を満たすためか?それとも…レイ・レイホゥのためか?」

 

それを問われるキョウジは押し黙ってしまう。

 

それでも自分がなぜこの場に馳せ参じたのか、己の本心を語らなければ迷いは解けない。

 

迷いを抱えたまま戦って勝てる相手ではないのだ。

 

「…レイは長年連れ添った俺の部下だ。しかし…俺はレイの正体に気が付いていた」

 

葛葉探偵事務所を立ち上げて間もない頃にレイ・レイホゥはキョウジに接触してきた。

 

能力は申し分なく、デビルサマナーでもある彼女がなぜ私立探偵事務所に来たのか彼は調べた。

 

すると後ろにはヤタガラスが潜んでいるのが分かり、レイはエージェントだったと理解する。

 

「俺は葛葉一族の面汚しと罵られてきた…そんな俺を見張るためにレイを寄越したのだろう」

 

「うぬにとっては目の上のたんこぶ同然の者であったか…ならば、なにゆえ彼女を庇う?」

 

「勘違いするな。俺の望みはレイの死であり…レイを殺すべきなのはヤタガラスではない」

 

「我ら以外にも彼女の命を狙う者がいるのか…?ならば、その者の味方をしたいわけか?」

 

「レイは復讐者に殺されるだけの罪を犯してきた女だ。復讐者には屈辱を晴らす権利がある」

 

「大儀のためにレイを討つ我らではなく、個人の復讐心を満たしたい者に与するか…愚かな」

 

「大儀だの正義だの、貴様らはいつもそれを振りかざす。俺はそういった概念が大嫌いな者だ」

 

七星剣と書かれた刀箱から中華式の剣を取り出し、鞘から抜刀してライドウに刃を向ける。

 

ライドウもまた抜刀して陰陽葛葉をキョウジに向けるようにして構えるのだ。

 

「俺は正義の味方なんぞしない。俺が味方をするのは私欲を満たしたい者…ナオミの方だ」

 

「ナオミか…その者がレイに誅罰を与えるならば我らは止めん。しかし、我らにも任務がある」

 

「ヤタガラスに飼われるだけの狐共め。貴様らみたいになりたくないから俺は一族を捨てた」

 

左手を白スーツの懐に入れて召喚管を取り出す。

 

握り込まれた拳に見えたのは二つの召喚管であり、それが意味する事ならば分かるだろう。

 

「まさか……貴様も二体召喚が出来るのか!?」

 

「葛葉ライドウに出来て…俺に出来ないはずがないだろう?それを証明してやる!!」

 

二つの召喚管の蓋が開いていきMAGが放出されていく。

 

召喚管を振り抜き、キョウジの周りにMAGの光が広がりながら二体の悪魔を顕現させる。

 

キョウジの背後に現れたのはゴズキであり、もう片方はゴズキと対を成す地獄の獄卒。

 

蟲毒の丸薬によってキョウジのMAGを練り上げる力は増し、二体同時召喚を可能としたようだ。

 

【メズキ】

 

牛頭鬼と対を成す馬頭鬼であり、馬の頭を持った地獄の役人である。

 

槍や矛を持っている姿で描かれ、牛頭鬼と共に死人を地獄へ連れて行くのが役目であった。

 

「ゴズキにだけいいカッコはさせませんよ。私の刀の錆びにしてくれる!!」

 

「へっ!俺様の大斧とメズキの刃から逃げられるかな?」

 

牛と馬の頭をもつ巨人悪魔達がキョウジと共に武器を構えてくる。

 

ライドウもまた封魔管の一つを抜き、ヒトコトヌシと共に戦わせる悪魔を召喚。

 

現れたのはクルースニクであり、ゴズキとの決着をつけるために銀の剣を抜いて構えるのだ。

 

「集団社会に依存するあまり個を失った狐め…貴様のような男こそが正義の奴隷と成り果てる!」

 

「ならば自分はこう返そう…貴様のように行き過ぎた個を振りかざす者こそが社会不適合者だ!」

 

「偽りの自分を演じて好かれるよりも、ありのままの自分でいて憎まれる方が遥かにマシだ!!」

 

秩序(LAW)と自由(CHAOS)を掲げた者達が互いに踏み込み、刃を交えていく。

 

ライドウと斬り結び合うキョウジであるが、逃した邪魔者を追う余力はないだろう。

 

(魔法少女を見逃す判断をするしかなかった…俺とてライドウを押し留めるだけで精一杯なんだ)

 

自分の力量を見誤り何でもこなせるなどと己惚れた慢心に浸る者ではない。

 

攻める時には攻め、引く時には引く判断を下せる者だからこそシドを相手に生き残れたのだ。

 

人々から嫌われてでもジョーカーとして生き抜く覚悟を示す者は社会不適合者とも言えるだろう。

 

それでもジョーカーは己の役目を果たすために権威ある存在に向けて批判を浴びせる者となる。

 

権威を批判する事で憎まれても、批判が無い権威がどんな恐ろしい事をするのかを知る者なのだ。

 

だからこそキョウジは嫌われ者となるだろう。

 

権威あるヤタガラスを批判し、正義の味方を批判してでも押し留めるために彼は戦うのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「そんな……そんなぁぁぁぁ……」

 

異界が解けた神浜監獄にまで辿り着いた美雨は中に入り込み、大切な人達を見つけだす。

 

しかし彼女は遅過ぎたようだった。

 

目の前には愛する姉達が無残な姿を晒したまま倒れ込んでいる。

 

互いの胸には必殺の一撃が刺さり合い、生命の鼓動を止めてしまっていたのだ。

 

「レイ姉さん…起きるネ…起きて欲しいヨ!ナオミ姉さんも…お願いだから…起きて欲しいネ!」

 

必死になって体をゆすっても反応してくれない。

 

互いの命は互いの一撃によって絶命しており、召喚された不動明王もMAGが絶たれて消えていた。

 

泣き崩れてしまった美雨が覆い被さるようにしてレイの死体にしがみ付きながら泣き喚く。

 

回復魔法が使える魔法少女であっても、死者を生き返らせる魔法は持ち合わせていないのだ。

 

「なんで…どうして…?お願いだから目を開けてヨ…昔みたいな笑顔を見せて…レイ姉さん!!」

 

無力感に打ちひしがれてしまう美雨は楽しかった頃の記憶を思い出しながら泣いてしまう。

 

一緒に稽古したり遊びに出かけたり、時には喧嘩もしたり仲直りしたり出来た記憶が巡っていく。

 

今この時だってきっと仲直り出来ると信じようとした。

 

しかし、理想と現実は余りにもかけ離れている。

 

感情は理屈を超えるものなのだ。

 

復讐を叫ぶ感情に支配された者と、断罪を望む感情に支配された者は理屈を選ばなかった。

 

ゆえにこの結末こそがレイとナオミの満足がいく光景となるのだろう。

 

しかし、それは彼女達の正しさであって美雨の正しさにはなりえない。

 

「うあぁぁぁ……ッッ!!ヒック…グスッ……アァァァァーーー……ッッ!!!」

 

温かい涙の雫が死者となったレイの胸に流れ落ちていく。

 

その温かさを感じる事はもう出来ない。

 

レイとナオミは旅立ったのだ。

 

死者達が辿り着くあの世の淵とも言える場所、彼岸の淵へと旅立ったのであった。

 

……………。

 

「やはり……死相を超える事は出来なかったようだな?」

 

レイとナオミを迎えに来た者こそ、嘆きの川の渡し守をしているカロンである。

 

彼の前に立つのは思念体となったレイとナオミの魂であり、かろうじて人の形を保っている。

 

彼女達は何も言わずに渡し守に支払う硬貨を手渡していく。

 

「確かに受け取った。では……乗るがいい。汝らの逝きつく先まで案内しよう」

 

船に乗り込んだ者達を確認したカロンは船を移動させていく。

 

嘆きの川を下っていく彼女達は無言のまま項垂れているようだ。

 

何か声を掛けようかと顔を同時に上げたりもしたが、目と目が合った瞬間また顔を俯けていく。

 

沈黙に耐え切れなかったのか、ナオミがカロンに向けて質問をしたようだ。

 

「ねぇ…私は何処に連れていかれるの?レイの逝き先は地獄だとしても…私は天国に逝けるの?」

 

それを問われたカロンは暫く黙り込んでいたが、重苦しい態度を向けながらこう告げてくる。

 

「…残念だが、汝が向かう先は隣の罪人と同じく……地獄なのだ」

 

残酷な宣告をしてきた者の言葉に動揺したのかナオミが声を荒げてしまう。

 

「どうして私が地獄逝きなのよ!?私は正義を成したわ!なのにどうして罪人扱いになるの!?」

 

「汝が仏法に違反した強欲な者だったからだ」

 

「私が…仏法に違反した強欲者ですって…?正義を求めたのが…どうして強欲になるのよ!?」

 

「正義という概念は()()()()()()()()だ。自分にとっては正しく思えても、善行にはなりえん」

 

「復讐が…善行にはなりえない…?」

 

「正義の構造とは卑劣極まったダブルスタンダード。自分は良くて、お前はダメ。それを求めた」

 

「それは……その……」

 

「恨む気持ちが善悪を生む…悔しい感情が物事を観えなくする…復讐者もミイラに成り果てる」

 

「なら…正義って何なのよ…?罪には罰が必要だと叫ぶのが…太古から続く司法概念でしょ…?」

 

「罪とは自らが生み出す業によって生み出される。正義の中身を考えない者は罪人と変わらん」

 

「そんなのって…あんまりよ!!私は大切な人を殺されたわ…泣き寝入りするのが正しいの!?」

 

「だから自分も相手を殺すのか?殺す相手の周囲にいる者達の悲しみを考えてやらないのか?」

 

「知ったことですか!!私に報復したいという連中がいるなら…全てと戦ってあげるわよ!!」

 

「罪人共の殺戮行為を呪うくせに、自分の殺戮行為は良いという…()()()()()()()()なのだよ」

 

正義を掲げる者達こそが罪深い存在なのだとカロンは論してくれる。

 

復讐を果たせた今、彼女はようやく自分自身に目を向ける余裕が生まれたのか聞いてくれている。

 

「正義を掲げる者は悪霊に憑りつかれる。恐ろしいイデオロギーの名の元に断罪行為を繰り返す」

 

「それが私の姿であり……かつてのナオキの姿だったのね……?」

 

「汝らだけではない、真面目で心優しい者ほど同じ心理に辿り着く。地獄の悪霊に憑かれるのだ」

 

カロンが語る言葉こそが、正義を振りかざす和泉十七夜や葛葉ライドウにも当て嵌まる真実。

 

心優しき正義の味方は自分の正義に妥協しないし、命を賭けて突き進んでいける。

 

だからこそ正義の味方になろうとする者達は()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

それこそが歴史において大虐殺を実行した極右や極左の独裁政権指導者達なのだと伝えてくれた。

 

「私は……ミイラになっちゃったのね。それでも私は……満足よ。これでいい……一緒に逝くわ」

 

「ナオミ……あたしのせいで……地獄にまで付き合わせる事になるだなんて……」

 

「いいのよ…これは私が望んだ末路…だから一緒に逝くわ。地獄でまた…あの頃に帰りましょう」

 

「ナオミ……グスッ……エッグ……ナオミィィィィーーー……ッッ!!!」

 

泣き出してしまったレイの思念体がナオミの思念体に抱きついてくる。

 

抱き締め合う2人の姿はようやく昔の頃に戻れたかのようにして幸せな表情を浮かべている。

 

互いに死ぬ事でしか自分達と向き合えなかった女達に視線を向けるのが辛いカロンは目を逸らす。

 

彼は罪を犯した魂をあの世に連れていくだけの者であり、魂の救済者にはなりえない者。

 

だからこそカロンは望んでしまう。

 

この罪人達は悔い改める事が出来た。

 

だからこそ、もう一度やり直すチャンスを与えて欲しいと願ってしまうのだ。

 

そんな時、カロンは嘆きの川の上空から現れる巨大な光を放つ存在に気が付き、顔を上げていく。

 

「おぉ……おぉぉぉ……!?あの御方はまさか……こんな場所にまで来て下さるとは!!」

 

驚きの声を上げるカロンに気が付いたレイとナオミも嘆きの川の空を見上げていく。

 

空から現れた存在の神々しい魔力には覚えがあるナオミが言葉を零してしまう。

 

「あれは…不動明王?いいえ、違うわ…あの姿はまさか……不動明王の真の姿!?」

 

大日の如く光を放つ球体がカロンの船の前にまで降り、船の動きが止まってしまう。

 

光の中で形を成していく人の姿こそ、不動明王の真の御姿。

 

現れた神仏こそ密教における中心仏であり大日如来、()()()()()()()であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【ヴィローチャナ】

 

大日如来のサンスクリット語名であり、宇宙と一体と考えられる汎神論的な中心仏。

 

インドの叙事詩では太陽神であり、アスラ神族の王としてもヴィローチャナが登場する。

 

密教においては我即大日・即身成仏という思想があり我らは大日如来と一体化すると考えてきた。

 

過酷な修行の果てに自分自身をあるがままに認め、悟りの境地に至れるのだという思想なのだ。

 

またヴィローチャナのルーツはゾロアスター教の最高神アフラ・マズダなのだと言われてきた。

 

「過酷な人生の果てに己を見つめ直せた者達よ。ここで死ぬべきではない」

 

光の中であぐらをかきながら座る神仏の神々しい御言葉を賜った者達が両手を合わせてしまう。

 

心から祈りを捧げたくなる程の威光に触れた者達はこれ程の影響力を神仏から受けてしまうのだ。

 

「己を止観し、一切の因果道理を観ずる道はまだ遠い。しかし、それは生きてこそ得るものだ」

 

「あたしを…助けてくれるの…?大儀のために多くの罪を犯した…あたしなんかを…?」

 

「罪と向き合い、懺悔する事が出来る者こそが悟りの道に進む事が出来る。汝にも機会はある」

 

「私は復讐という正義を抱えたまま…大切な親友を殺してしまったわ…。私も救われるの…?」

 

「汝も罪と向かい合えた者。罪を犯さぬ者などいない…己と向き合うからこそやり直せるのだ」

 

ヴィローチャナが説くのは密教である仏教の考え方だ。

 

人間の宇宙観、人生観の至極を窮めていて生きがいのある人生を生き抜くための大切な要を説く。

 

人々の生活の中で誰かと共に生きる喜びを大切にして周りを尊重する精神こそ大切だと仰られる。

 

正しさを押し付けるのではなく、()()()()()()()()()()こそが大切なのだ。

 

「転んだ子供と同じ気持ちを持て。誰もが人生を転ぶ者…だからこそ共に立ち上がる精神が要だ」

 

「不動明王…いいえ、ヴィローチャナ。こんな私なんかのために…救いの言葉を与えてくれる…」

 

「罪人のあたしなんかのために…手を差し伸べてくれる。これが…誰かの温かさだったのね…」

 

人生の孤独に苛まれてきた2人の心が大日の光に触れた事で浄化されていく。

 

密教は求道者自らが仏となり、光源となるのを目的としている。

 

何も出家者に限ったことではない。

 

その心さえあれば直ぐに実践できる。

 

密教は俗世で生きるためにある教えだといっていいだろう。

 

だからこそ密教の本尊である大日如来が先ずはそれを実践してくれる。

 

そんな神仏の御姿に憧れた者達こそが仏教の教えを守る道を生きてくれるのだろう。

 

「レイ……私達……やり直せるかしら?」

 

涙を零しながらレイに顔を向けてくれるナオミに向けて、同じく涙を零すレイは答えてくれる。

 

「ええ……やり直せるわ。帰りましょう……あたし達が共に生きられた……優しい世界へ」

 

両手を重ね合ってくれた復讐者と罪人が微笑み合い、許し合ってくれる。

 

この光景こそカロンが望んだ美しき光景であり、ヴィローチャナが与えてくれた生き甲斐なのだ。

 

「煩悩のままに生きる事を慎み、かと言って過度な禁忌や苦行も己を殺す。心身を清らかに保て」

 

カロンの船の上に向けて手を掲げたヴィローチャナが神仏の力を発揮する。

 

上空に現れたのは円環を描く光の光輪。

 

ヘブライ宗教ではキリストや天使の輪を表し、仏教では衆生の煩悩を砕く慈悲の光を表す。

 

天体の運行を示す太陽の図形であり、生命、宇宙、完全、中心、循環、永遠、光明を表すのだ。

 

「おぉ…救いの糸が下りてくる!まるで極楽から地獄に救いの糸を垂らす釈迦の光景だ!!」

 

光輪から船に向けて糸が下りてくる。

 

レイとナオミの元に垂れ下がった糸を見た2人は互いに向かい合い、頷き合う。

 

正義を果たした者だけが救われたらいいという欲を見せず、罪人の方に救いを与えようとする。

 

そんなナオミの気持ちに微笑み、今度はレイが糸をナオミに与えようとしてくれるのだ。

 

2人の尊重精神を見極めたヴィローチャナが頷き、彼女達の魂を宙に浮かばせていく。

 

光の環の中に吸い込まれていく彼女達は互いを抱きしめ合い、神仏に運命を託すのであった。

 

「ハスの糸に導かれた者達が現世に行きましたか…お見事です、ヴィローチャナ殿」

 

晴れ晴れとした表情を向けるカロンであるが、ヴィローチャナは憂いの表情を浮かべてしまう。

 

「…これより先、現世は地獄となるだろう。我もまた…動かねばならぬ時がくる」

 

「それは……()()()()としてでしょうか?」

 

「そうだ。現世が魔界と一体化した時、我の軍勢であるアスラ神族もまた地上に顕現するのだ」

 

「では…いよいよなのですね?光と闇のハルマゲドンがついに始まる……末法の世となる……」

 

「その前に……決着をつけねばならぬ戦いがあるのだ」

 

「それは一体……?」

 

「その戦いを我と共に進む者こそ…新たなるアスラとなりし人間。人修羅なのだ」

 

「人なるアスラである人修羅とアスラ王が共に戦う?それ程までの強敵とは一体…?」

 

光の中に消えていくヴィローチャナが最後に残す言葉は怒りに満ちている。

 

仏敵そのものを滅ぼし尽くす程の憤怒を感じさせる程の恐ろしき声がこう吐き捨ててくるのだ。

 

<<我はもう()()()()()()()()()()()()()()。CHAOSを導くべき者は…人修羅であるべきだ>>

 

それだけを言い残し、ヴィローチャナの姿は消えてしまう。

 

残されたカロンの船が動き出すのだが、彼の表情は今までにない程の恐ろしさで固まっている。

 

「…ついにCHAOS勢力の内紛が始まってしまうか。ハルマゲドンの前でこれでは現世はもう…」

 

カロンの憂いを表すかのようにして川の流れが急になっていく。

 

その光景こそこれからの現世を表し、逃れられぬ恐ろしき急流が迫りくるのを表すのだ。

 

黙示録は既に始まり、いずれ世界に終末を宣告する笛を鳴らす天使達も現れるだろう。

 

これから先を思えば思う程、死者を運ぶ者が考える未来は末法の地獄絵図しか浮かばなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

薄暗い廃路の中で泣き崩れたままの美雨であったが、辺りが光に包まれていく光景に気が付く。

 

「こ…これは……?」

 

まるで円環のコトワリに導かれる魔法少女達の元に降り注ぐ光のような光輪が周囲に広がる。

 

輪の中からこの世に舞い戻ってきた魂達が自分達の体へと戻っていく。

 

肉体に魂があるならば効果のある蘇生魔法を悪魔は所有している。

 

光輪が強い光を放ち、放たれた回復魔法とは『サマリカーム』の光であった。

 

強い光が2人の死体を覆い尽くし、胸に刺さった傷口を塞いでいく。

 

心臓が止まった事で四肢の末端が黒ずんでいたのも治っていくのだ。

 

「ん……んん……?」

 

レイとナオミの重い瞼が持ち上がり、上半身を起こしてくれる。

 

あまりにも信じられない力の権限を見せられた美雨は神の存在を強く感じてしまう。

 

「奇跡ネ……こんなの…魔法少女じゃ無理ヨ…。本物の…神の奇跡が見れるなんて……」

 

光の円環が消えていく中、美雨に向けて神々しい声が響いてくる。

 

<<この者達を支えるのだ、美雨>>

 

「この念話は……もしかして……神様カ……?」

 

<<今のナオミに必要なのは…我ではない、汝なのだ。これからのナオミを…頼んだぞ>>

 

光が消え去っていく中、ナオミは不動明王が収められていた召喚管を手に取ってみる。

 

もう彼女に力を貸す必要はないと判断した不動明王は召喚者の元には帰らなかったようだ。

 

「…今までありがとう、不動明王。貴方こそが…サマナーとして生きた私の最高の仲魔だったわ」

 

――貴方が与えてくれた倶利伽羅剣は……私の煩悩を断つために与えてくれていたんだわ。

 

立ち上がったレイとナオミが向かい合う。

 

何を喋っていいのか分からずモジモジした態度を向け合っていたが嗚咽が響く方に視線を向ける。

 

「レイ姉さん……ナオミ姉さん……良かた……本当に……良かたネェェェェーーッッ!!!」

 

「「美雨!?」」

 

泣きながら駆けてくる彼女が2人に飛び込むようにして抱き着いてくる。

 

彼女達の首に両手を回し込んで泣きじゃくる美雨が流す涙は悲しみではない、嬉し涙だろう。

 

こんなにも帰りを待ってくれている人がいてくれたのだとレイとナオミは気が付いてくれる。

 

3人は抱きしめ合い、ようやく香港時代の頃へと帰れる日がきてくれたのだ。

 

「レイ……私ね、思い出す事が出来たの」

 

「えっ…?何を思い出したのよ…?」

 

「私がボディガードをしてあげているナオキの演説よ。彼が人権宣言を掲げた時にこう語ったの」

 

――迷惑をかけない人間など存在しない!!

 

――迷惑を語るあんたは他人に迷惑をかけなかったのか!

 

「私だって沢山老師に迷惑をかけてきた。迷惑をかけてきたのに他人の迷惑を許さないなんてね」

 

「ナオミ……その、あたし…嘘をついてたの」

 

ばつが悪そうに話してくれたのは老師の最後の言葉である。

 

レイがトドメを刺した時、彼はレイを憎む言葉などかけてはいない。

 

――君はまだ若い、やり直せる。

 

――君がどんな者達に操られていようとも、君の人生は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――自分の気持ちに目を向けるのだ、そして…本当の自分は何を望んでいるのかを考えて欲しい。

 

「潜入工作員に過ぎないあたしを心配してくれた。あの人は…自分を殺す相手を慈しんでくれた」

 

「老師……」

 

「流石はナオミを救ってくれた人よ。あたし…どうして自分の気持ちを優先しなかったんだろ…」

 

「集団社会に属する者達なら誰もが背負う同調圧力よ。周りの言う事が正しいと押し付けられる」

 

「あたしは個を喪失してた…。人は集団に依存するけど…集団よりも大事なものがあるわ」

 

――個を喪失しない信念……自分の正しさを周りの連中に委ねない()()()()()だったのよ。

 

自分らしく生きる事に値段はつけられない。

 

自分らしく生きる事ほど楽しい事は無いし、自分らしく生きてこその一生なのだ。

 

ヤタガラスという集団社会で生きてきたレイはようやく気が付いてくれた。

 

国や組織や企業社会に飼われて周りに合わせるだけでしか生きられない者達には個が必要なのだ。

 

サタニズム精神である個の確立こそが民主主義国家を成熟させる唯一の思想なのだと理解した。

 

しかし、それを許さないのが集団社会。

 

周りが求める分かり易い概念だけを他人に押し付けようとする存在こそが正義主義者であった。

 

<<見つけたぞ、レイ・レイホゥ>>

 

恐ろしい声が廃路内に響き渡ってくる。

 

暗闇の中から歩いてくるのは焼け焦げたハイカラマントを纏った葛葉ライドウである。

 

顔もすす塗れであり、キョウジとの戦いの激しさを周りに理解させる程の状態であったようだ。

 

断罪者が現れた事に警戒した美雨が大切な人達を守ろうと魔法武器を生み出して構える。

 

「不味いわね…ナオミとの戦いでMAGが底を尽きちゃってるからアマテラスも消えてるし…」

 

「私だって…もうMAGが残ってないわ。それでも、今度は貴女を守る立場になってあげるわ」

 

「レイ姉さんとナオミ姉さんは逃げるネ!この正義バカは私が抑え込んでやるヨ!!」

 

力強い目を向けてくるライドウが腰のホルスターから銃を抜き、レイに向けてくる。

 

正義を執行する事こそが大衆を洗脳する分かり易さであり時代劇など娯楽世界でも普及してきた。

 

自分は正義だと信じる者は批判になど耳を貸さない。

 

正義の物語だけを頭に浮かべたい。

 

同一性同調洗脳教育の賜物であり、個で考えず周りが正しいと教えることだけを強要する。

 

ドストエフスキーはイデオロギーに憑りつかれた狂人を悪霊に憑かれていると表現したのだ。

 

「どうした…ライドウ?なぜ引き金を引かない?」

 

微動だにしないライドウを不審に思ったのか足元のゴウトが顔を上げてくる。

 

見ればライドウが持つ銃は震えており、狙いが正確につけられなくなっていたのだ。

 

「自分は…ヤタガラスのデビルサマナーだ。しかし…これが本当に正義なのか…?」

 

彼に迷いを生んでしまったのはキョウジの言葉である。

 

偽りの自分を演じて好かれるよりも、ありのままの自分でいて憎まれる方が遥かにマシ。

 

その言葉がライドウの胸に響いたのか彼には迷いが生まれてしまいキョウジを倒せなかった。

 

ここに来られたのも一瞬の隙をついてキョウジを退けただけであったのだ。

 

「ライドウ…私ね…隠し身を使って戦いを見届けたんだ。私にはこの女の人が悪いと思えないよ」

 

ライドウの横を浮遊しているモー・ショボーの顔にも迷いが浮かんでしまっている。

 

今のレイに天誅を与える事が本当に世のため人の為となるのか分からなくなっているのだ。

 

「迷うな、ライドウ。あの女は多くの者達に悲しみと絶望を与えた者…許されない罪人なのだ」

 

「罪人ならば容赦なく殺すべきなのか…?それで本当に人々は救われるというのか…?」

 

「それを決めるのはライドウではない、大切な人々を奪われた()()()()()()()()()()だ」

 

たとえナオミと美雨がレイの罪を許そうとも、レイが殺してきた人達の遺族は決して許さない。

 

周りの者達が周りの正しさをライドウに向けてぶつけてくる。

 

その無念の気持ちを汲み取り、悪をやっつける事が本当に正しいのか?

 

今のレイ・レイホゥを信じてみたい自分の気持ちこそが正しいのか?

 

全体(LAW)の望みが正しいのか?個人(CHAOS)の信じたい気持ちが正しいのか?

 

帝都の人々を守り抜くために守護者として生きてきた葛葉ライドウに選択が迫られる時がきた。

 

「自分は…人々を守る守護者として生きてきた。だが、それでは守れない者がいると…理解した」

 

決断を下したライドウが銃をホルスターに仕舞ってくれる。

 

犠牲となった人々の苦しみを踏み躙る判断をしたライドウに向けてゴウトが罵声を浴びせてくる。

 

「ライドウ!!うぬはそれでも人々の守護者か!?何のために人々を守ろうとしてきたのだ!!」

 

「ゴウト…先程語った言葉通りだ。悪を裁くべきかは被害者が決める事…彼らが仇を討つべきだ」

 

「それでも帝都の守護者か!!牙無き民の牙となってこそ14代目葛葉ライドウであろうに!!」

 

「自分が守りたいのは社会の安寧だ!!この女が再び社会を乱すならば……容赦なく斬る!!」

 

ヤタガラスの任務を放棄し、心を通わせた仲魔と喧嘩してでも自分らしさを彼は選んでくれた。

 

疑う事も大事だが、信じる事も大切だと尚紀の老師となってくれた関羽も言葉を残している。

 

葛葉ライドウは魔法少女の虐殺者として生きた人修羅とは違う道を選んでくれたのだ。

 

「ライドウ……お前を見直したネ。初めは感情がない、言われた事だけをする人形に見えたヨ」

 

「……否定はしないさ。それが…今までの自分の在り方だった」

 

「でも違た…お前は悪人でも信じようとしてくれる…思いやりのある男だと分かて…嬉しいネ」

 

「……気が変わらないうちに逃げるがいい。しかし、ヤタガラスから逃れるのは難しいぞ」

 

ライドウ達に一礼をした者達が神浜監獄を後にしていく。

 

無言で見送るライドウであるが、横のモー・ショボーは嬉しそうに彼に抱きついてくれている。

 

足元のゴウトは呆れた顔を浮かべながらもレイに対する疑いの気持ちを捨てない腹積もりだろう。

 

葛葉ライドウは()()()()()()()()()()()を周りに示す事が出来る男となった。

 

君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。

 

和とはすなわち自らの主体性を堅持しながらも他と協調すること、それが君子の作法と説く。

 

それに対して同とは自らの主体性を失って他に妥協すること。

 

およそ君子の作法ではなく、小人のすることだと孔子は説いた。

 

ライドウは本物の和の道に進む覚悟を示し、他と協調する正義の味方となってくれた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「まさか……生きて出てくるとはな」

 

神浜監獄から外に出てきたナオミ達を待ち構えていたのはボロボロな姿をしたキョウジ。

 

タバコの煙を燻らせているようだが、レイが生きていた事を意外そうに見つめてくる。

 

「あたしだって葛葉ライドウに狙われて生き残れたのが信じられないわ。だけど彼を見直したわ」

 

「ヤタガラスの飼い狐に過ぎないと思っていたが…どうやらそうでもないらしい。おかしな男だ」

 

「それより何であんたがここにいるのさ?その見た目…もしかしてライドウを抑えてくれたの?」

 

「勘違いするな、俺は復讐者が屈辱を晴らせたらそれでいいと思う男だ。貴様のためには戦わん」

 

「なによソレ!自分の部下に死ねだなんて…ほんと、あんたはあたしの気持ちを汲み取る男ね♪」

 

「フフッ♪私の気持ちにも寄り添うだなんて…貴方に興味が出てきたわ、ミスターキョウジ♪」

 

嬉しそうに近寄ってきたレイとナオミがキョウジの両腕に手を回し込んで抱きついてくる。

 

「お、おい、お前ら何をする!?気安く抱きついてくるな!!」

 

「照れない照れない♪あんたもそういう顔が出来る男だと分かって、あたしは嬉しいよ♪」

 

「フフッ♪復讐の後なんて考えなかったけど…貴方の下で働くのも面白そうね♪」

 

不愛想で周りに敵意を撒き散らすキョウジであるが、両手に花では照れた顔を浮かべてしまう。

 

そんな男の姿が面白かったのか、美雨も笑顔を浮かべてくれたようだ。

 

「どうやら生き残れたようね、レイ。そしてナオミも生き残ってくれて嬉しいわ」

 

声が聞こえた方に視線を向ければマダム銀子と呼ばれる者が近寄ってくる。

 

黒スーツの上から白のコートを肩に纏う銀子はこの光景が分かっていたようにして迎えてくれる。

 

「葛葉ライドウが見逃してくれてもヤタガラスは見逃してはくれないわ。身を隠す必要がある」

 

「そうでしょうね…あたしはこれからもヤタガラスから追われる者として…生きていくわ」

 

「隣の男と同じく、厄介者として生きる道だっていいじゃない。それこそが自分らしく生きるよ」

 

「フン、ヤタガラスから命を狙われても助けてはやらんぞ。精々俺に迷惑をかけるなよ」

 

「そうは言うけど、貴方だってヤタガラスの連中から見れば消えて欲しい者よ。同じ穴の狢ね」

 

「チッ…うるさい女悪魔だ。まぁいい、俺もヤタガラスは大嫌いだし攻めてくるなら迎え撃つさ」

 

「港に行ってみなさい、私がチャーターしたモーターボートがあるわ。これで街から逃げなさい」

 

「有難いわ。神浜市はヤタガラスに包囲されてて逃げられなかったけど、海からなら逃げれるわ」

 

「キョウジ、貴方がレイを送ってあげるのよ」

 

「どうしてそうなる!?」

 

「だって貴方はモーターボートを運転出来ると言ってたじゃない?私は運転手を手配してないの」

 

「くそっ…クレティシャスで飲んでた時に余計な言葉を吐くんじゃなかったな…」

 

忌々しい表情を浮かべながらもキョウジは自分の車へと歩いていく後ろ姿を見せる。

 

キョウジの背中についていくようにしてレイも歩くのだが立ち止まり、ナオミと美雨に振り向く。

 

その顔には迷いもなく、これからの人生を覚悟を決めて生き抜く表情を浮かべてくれている。

 

「いつかまた会いましょう、ナオミ、美雨!そしてあたし達は…香港時代をやり直していくの!」

 

それが聞けたナオミと美雨は香港時代の笑顔を浮かべてくれる。

 

「約束するわ!私も自分の仕事を終えた時は…ミスターキョウジの職場に顔を見せに行くから!」

 

「私も一緒に行くネ!また始められるヨ…私達…またあの頃のように…生きていくネ!!」

 

笑顔で手を振ってくれる者達を背に、レイは新たなる人生に旅立つために車に乗り込む。

 

不貞腐れた顔を浮かべるキョウジに微笑みを浮かべた後、レイは夜道に顔を向けていく。

 

「神浜市…ここで命が終わるかと思ったけど…あたしに新たな人生を与えてくれた街になったわ」

 

ポケットから取り出した写真に目を向ける。

 

そこには大切な思い出が今も残っており、これからも続いていくだろう。

 

ナオミもまたポケットから写真を取り出して見つめていく。

 

「この写真…レイの顔を塗り潰すんじゃなかったわね」

 

「大丈夫ネ、私も同じ写真を今も大切にしているから、コピーしてナオミ姉さんに渡すヨ」

 

「何から何まで世話になるわね…美雨。貴女こそが…私とレイのまとめ役かもね♪」

 

憎しみの過去を捨てるためにナオミは黒く塗り潰した写真を破り捨ててくれる。

 

これからの新しい人生を生きられるナオミの心にはようやく晴れ間が広がってくれたようだ。

 

そんな彼女に視線を向ける者こそ、天空の世界から召喚者だった者を見つめる不動明王の御姿。

 

彼の存在に気が付いているマダム銀子は顔を上げ、頷いてくれる。

 

神々である彼らには世界の未来が視えているのだろう。

 

この一時もつかの間の平和に過ぎないのだと知る者として、これからを行動していくのだ。

 

それでも不動明王の表情には喜びが浮かんでいる。

 

ナオミの新たなる門出を祝う者として、今は喜びに水を差す真似をせず消えていってくれた。

 




ナオミ&レイの大団円エンドで御座いました!
いやー原作では描けないハッピーエンドを描くと清涼剤噛んだように清々しくなりますね!
ライドウも男らしく自分を貫ける姿こそ、ヤクザも恐れる股間の巨砲をぶら下げる男の姿だということですね(汗)
キョウジさんの分かり易いツンデレを描くのも楽しかったです!


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229話 メメント・モリ

車で東京港に訪れているのはアリナと日傘をさした十七夜達である。

 

彼女達は目の前にそびえ立つ超巨大な豪華客船に目を向けているようだ。

 

彼女達の横に立つのはアリナのマスターを務めるシド・デイビス。

 

彼の表情には不快な感情が浮かんでいるが、サングラスを指で押し上げ周りに悟らせまいとした。

 

「ねぇ……本当にアリナ達のためのハウスを提供してくれるワケ?あのルシファーが…?」

 

「…そのようでス。私としても信じられませんネ…大魔王様のお膝元でアリナが暮らすなド…」

 

「それにしても…とんでもないデカさだな。まるで海に浮かぶ巨大な城のようだ…」

 

接岸した巨大船は物資搬入作業をしているようであり、補給のために立ち寄っているようだ。

 

彼らの元へと二台のリムジンがやってきて停車し、後部座席から誰かが下りてくる。

 

現れたのはアリナと十七夜の面倒を見ることになった堕天使ビフロンスの姿であった。

 

「この者達がそうか?」

 

「えエ、そうでス。不肖な弟子をルシファー様の居城に住まわせる事になるとハ…申し訳なイ」

 

「私とて不本意ではあるが…ルシファー様の意思は全てに優先される。面倒をみよう」

 

「このスカルフェイスなオッサンがアリナ達の面倒を見るワケ?オシャレなマスクだヨネ」

 

「無礼を慎みなさイ、アリナ。この御方もエグリゴリに在籍される堕天使殿なのでス」

 

「お前達が住まうのは船の前部となる。私の管轄区である迎賓館であり…言いたい事は分かるな」

 

「ちょ…ちょっと、アリナ達に何をさせる気なワケ…?」

 

ビフロンスが後ろを向けば、お供を務めるメイド達がアリナ達の元にまで来て腕を拘束してくる。

 

「放して欲しいんですケド!?アリナ達に何をさせる気なワケ!?」

 

「住まわせる以上は働いてもらう。お前達用のメイド服を見繕ってもらうがいい」

 

「ワッツ!?アリナがメイドになるだなんて…どんなジョークか分からないんですケド!!」

 

「やれやれ…何処に行っても自分はメイドをやるしかないようだ。余程の縁がある仕事なのか?」

 

「この程度の罰で済んだだけでも奇跡なのだ。本来なら死罪同然の失態を犯した身なのだからな」

 

「寛大なルシファー様のために励むのでス、アリナ。大魔王様の宮殿には汚れ一つ許されませン」

 

「ヴァァァァーーーッッ!!アリナが清掃員みたいなワークをやらないとならないなんて!!」

 

彼女達を連行していったメイド達がリムジンに乗り込み、船の車両甲板に向けて走行していく。

 

見送るシドとビフロンスであるが、アリナがメイドをやれるか不安そうな表情をしていたようだ。

 

補給を終えたルシファーの居城が再び出航するために港から離れていく。

 

メイド長から指導を受けに行く不貞腐れた顔つきなアリナの横を歩く十七夜が窓に視線を向ける。

 

離れていく景色を見つめつつも思うところがあったようだ。

 

(八雲…今の君はどんな人生を送っている?差別が無くなった神浜で幸福に生きているのか…?)

 

ももこ達からみたまの事を伝えられた十七夜は胸が締め付けられる程の苦しみを感じている。

 

悪魔となった十七夜が帰れる場所を残すために多くの事をしてくれた恩人のような親友なのだ。

 

(すまない…自分は君の気持ちに応えられない。自分が残す平等世界をどうか幸福に生きてくれ)

 

自責の念に縛られた者は窓から視線を逸らしてアリナの後ろについて行く後ろ姿だけを残す。

 

全ては自分が救えなかった犠牲者にしてやれる弔いこそが今の自分の価値だと信じて生きていく。

 

神浜テロをもたらした責任を背負う者は悪魔として常闇の世界を生きていくのだろう。

 

罪を背負い込もうとする和泉十七夜であったが、その感情と同じ気持ちを胸に抱えた者がいる。

 

その人物こそ、自分の憎しみを晴らすために神浜テロを望んでしまった八雲みたまなのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

これは人修羅と彼を追う葛葉ライドウが東京捜査のために動き出した時期の出来事である。

 

焼け果てた水名区を歩くのは大東学院制服姿の八雲みたま。

 

両手には供花が持たれており、神浜行政が用意した追悼施設に向かって行く。

 

水名区は神浜テロの主戦場だった場所であり、地区の家屋の半数が東側の人々に焼き尽くされた。

 

そんな街を歩く大東学院制服姿の女子生徒を見つけたならば水名住人達は怒りを表すだろう。

 

「おい…見ろよ。俺達の街を焼いた東側の女が現れたぞ…」

 

みたまを睨むのは瓦礫の撤去作業を続けている水名区の男達。

 

皆が怒りを表しながら彼女を睨んでくる。

 

周りの人々から浴びせられる憎しみの視線に気が付いているのか、みたまは体を震わせる。

 

彼女が東の者だとアピールする制服を着て神浜テロの追悼施設に向かうのには理由があった。

 

「この街を破壊した奴らがどのツラ下げて俺達の前に現れやがったんだ……許せねぇ」

 

「おい、拉致ってボコボコにしてやろうぜ」

 

スコップやつるはしを持った男達がみたまの元に行こうとするが他の男達が止めてくる。

 

「やめろって!神浜人権宣言のせいで…俺達は全国から悪者にされたんだぞ!!」

 

「これ以上何かをやらかしたら…またマスゴミに報道されて肩身が狭くなるんだ!」

 

「うるせぇ!!マスゴミなんぞ怖くねぇよ!!」

 

「連中だけが問題じゃねぇよ!今の神浜は人権の街にされたんだ!通報されたら警察行きだぞ!」

 

「警察なんぞ知ったことか!!この腰抜け共め!!東側の肩を持つ奴らは東の回し者共だぁ!!」

 

喧騒が聞こえだした現場から歩き去っていくみたまの顔は青ざめてしまっている。

 

今の彼女を守ってくれる人権宣言を叫んでくれた尚紀に感謝しながら足早に去っていく。

 

震えながらも道を歩いていき、彼女は神浜テロの追悼施設にまで辿り着けたようだ。

 

追悼施設の中に入り、追悼祭壇に花を置く。

 

両手を合わせる彼女は犠牲者達の冥福を心から祈る姿を周囲の者達に見せてくれたのだ。

 

(やっとこの場所に来る勇気が持てた…。この街を焼いてしまったのは…私の願いのせいよ)

 

彼女の心の中にあるのは和泉十七夜と同じく自責の念であり、今も心を縛り上げている。

 

神浜差別を憎み魔法少女となり、調整屋をしながら神浜テロにも加担する罪を犯した者。

 

かつては断罪者としての尚紀に裁かれかけたが今はこうして無事でいられている。

 

心を入れ替えた尚紀の尽力で神浜の街から表立った差別は消え、彼女の心から憎しみは消えた。

 

それでも心の中には自責の念が消えた事など一度もない。

 

多くの者達に死を撒き散らした者として責任の矢面に立つのは当然の義務だと考えていたのだ。

 

(ヴィクトル叔父様からも言われたわ…罪を犯した私でも…生きてもいいって)

 

やり直しが効かないからこそ人生は面白い。

 

そう彼女に言い聞かせたヴィクトルは罪を背負いながらでも生きていいと言ってくれた。

 

その気持ちは罪を犯した者達全てに当てはまる概念でもあるのだ。

 

(私はもう…この街の人達を絶対に憎まない。憎んでいいのは…憎しみに支配された私自身よ)

 

自分を見つめ直せた者だからこそ、これからはこの街の人々を支える立場になりたいと願う。

 

それこそが罪人の自分なんかを信じてくれた人達への恩返しなのだと彼女は思っている。

 

それでも人間は感情と狭い経験でしか物事を考えられない生き物。

 

どんなに悔い改めた罪人であっても許さない者達はいるだろう。

 

それこそが国家でさえも侵害が許されない内心の自由であり、言論の自由でもあった。

 

「お父さんを返せ!!!」

 

突然の子供の叫びに驚いたみたまが顔を後ろに向ける。

 

そこに立っていたのは同じく供花を行いに来た親子であり、小学生ぐらいの子供が睨んでくる。

 

「コラ、ダメよ!気持ちは分かるけど…東の人達を責めちゃいけないわ」

 

「だって!東の連中が街を焼いたせいで…避難誘導をしてたお父さんは火に飲まれて死んだ!!」

 

「それが警察官の務めだったのよ…。お父さんも覚悟はしてたと思う…だから怒らないで、ね?」

 

「嫌だ!!お父さんを返せ…返してよ……ボクの自慢のお父さんを……返してぇ!!」

 

母親に抱きつきながら泣き喚く子供に対し、みたまの心は罪悪感によって押し潰されていく。

 

子供と同じく無念の表情を浮かべる母親であるが、それでもみたまを罵倒する言葉は叫ばない。

 

「貴女に文句を叫んだって…夫は帰ってこないの。お願いだから…この子の前から消えて頂戴」

 

「私……その……ごめんなさいっ!!」

 

肩を震わせたみたまが走り去っていく。

 

自責の念に耐えられないのか彼女の瞳から涙が零れ落ちていく。

 

罪人を許す者達もいれば許さない者達だって当然いる。

 

被害者の苦しみは加害者には分からないし、詫びれる言葉も無いだろう。

 

「私は…あの人達に何をしてあげられるの?尚紀さんだって償いをしてくれた…私だって……」

 

死をばら撒いた者が償いの道を模索するが、どう償えばいいのかも彼女は分からない。

 

道も分からない気持ちが行動にも表れてしまい、東に向けて逃げたと思ったら西に逃げていた。

 

そんな道も分からぬ迷い人に視線を向ける者が廃ビルの屋上にいたようだ。

 

「…死に憑りつかれ、死の重みに耐えきれない者。…()()()()()()()、戯れながら踊る者か」

 

ハロウィンの黒い道化のような服の上から死神のマントを纏う者が地上を見下ろす。

 

フードで覆われた頭部の顔は全体を覆う白いダンスマスクを被りながら素顔を隠している。

 

しかしダンスマスクの両目には悪魔を表す真紅の瞳が浮かんでおり、ただならぬ気配を醸し出す。

 

何より不気味なのはダンスマスクに赤く描かれた疑問符ペイントだろう。

 

「多くの死者達の怨念に引き寄せられ、この街に流れてきたが…面白い女を見つけられたようだ」

 

白いダンスマスクを用いて顔の内側を一切晒さない者のようだが男性だという事なら分かる。

 

この存在に興味をもたれた八雲みたまは逃れられない死に魅入られる事になるだろう。

 

邪悪な男が周囲に放つ死の気配とは、かつて暁美ほむらを襲った魔人種族と酷似しているからだ。

 

悪霊の如く姿を消し去った男が向かう先とは死の罪から逃げ出した者と同じく新西区であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

気が付けば去年までの癖で新西区の外れである廃墟の街を歩いている。

 

この地区は魔獣もさほど訪れない廃墟の街であり、だからこそ調整屋を構えるのに適していた。

 

しかし店を構えていた場所は今でも立ち入り禁止を示すようにしたテープで遮られている。

 

「ここが私の…罪の象徴。店に訪れた魔法少女達を利用して…私はテロ戦力の拡充を手伝ったわ」

 

今でも直視するのが辛い現場のせいか、彼女は逃げるようにして歩き去っていく。

 

歩きながらも自分の罪を振り返るかの如く去年の秋頃を思い出していくのだ。

 

多くの魔法少女達を調整してきた中で、彼女はあらゆる魂の記憶を視てきている。

 

私利私欲を求める者達や、虐げられ抑圧され続けた末に復讐を叫ぶ記憶だって視てきている。

 

だからこそ、この者達がどんな望みを抱えて暗躍していくのかについては気が付いていた。

 

「私は…あの子達を見て見ぬフリをした…。その気になれば長達に通報だって出来たのに…」

 

もし神浜テロを企てた魔法少女達を取り押さえる事が出来たならここまでの被害規模は無かった。

 

しかしあの頃のみたまは長達に通報すらせず、自ら進んで調整を行いテロの準備を手伝った。

 

その結果が街の惨状であり、さっき叫んだ子供のような犠牲者を無尽蔵に生み出す結果を生んだ。

 

「自分の憎しみばかりを見て犠牲になる人達の苦しみを考えなかった…これが復讐の怖さなのね」

 

善人だろうと悪人だろうと同じ人間であり、同じ心理で動いていくものだ。

 

殆どの場合、自分の努力で過去の痛みを昇華するという方向は取らない。

 

自分を傷つけた相手の行動を変えさせたいという形を取る。

 

自分は無力という屈辱を長期間味わっていけば許せない人となってしまう。

 

正義の人として先鋭化してしまえば悪人と決めた存在を勝手に断罪していく光景こそ報復なのだ。

 

「私は…西側の差別主義者達を許せなかった…。そして…同郷の差別主義者達も許せなかった…」

 

いつしか彼女は傷つけられるのが怖くて偽りのペルソナを被り、周囲に愛嬌を振りまく者となる。

 

ヴィクトルとも出会えた事で悪魔を知る事になり、悪魔研究にも没頭した。

 

全て現実逃避のためであり、ぬるま湯に浸かりながら本当の自分を押し殺そうとした日々。

 

それでも憎しみは消えないまま抑圧され続け、いつしかそれは報復を望む感情と化す。

 

「全てが怖くて…全てが憎かった。だから…私を傷つける存在なんて消えればいいと思った…」

 

みたまの耳に怒りを表す子供の声が響き渡り、泣き喚く哀れな姿が脳裏に浮かんでしまう。

 

彼女の拳が握り込まれ、震えていく。

 

自分を不快にさせたり傷つける者達に向けた怒りではない。

 

みたまを超える苦しみを周りに撒き散らした自分自身への憎しみによって体が震えてしまう。

 

「どうして気が付かなかったのよ…傷つけられる人々の姿に…西も東もないんだってことを…」

 

後悔に苛まれ続ける彼女は贖罪の方法を探すだろう。

 

しかし彼女が犯した罪は余りにも重く、死した者達を生き返らせる術すらない。

 

周りに死を与えた者は死に憑りつかれ、死ぬまで断罪を叫ぶ者達に呪われながら生きていく。

 

罪人となった者はその苦しみを背負いながら生き続けなければならないなら、もはや生き地獄だ。

 

<<人は死を恐れる。己の死を恐れ、他人の死を恐れ、また己の死を恐れる。()()()()()だ>>

 

奈落の底から響いてくる怨霊の囁きの如き声が念話として響いてくる。

 

恐怖に駆られた彼女が俯いた顔を上げて周囲に目を向けるのだが遅過ぎたようだ。

 

「これは……悪魔の異界!?」

 

ソウルジェムを掲げて魔法少女姿になるのだが、彼女は戦う力を殆どもたない者。

 

唯一の力である調整とて魂を操作する手段であり、魔獣や悪魔に有効な攻撃方法にはならない。

 

異界に構築された廃墟の路地裏から出てくる男の姿を警戒する。

 

「死神の鎌を持った悪魔なの……?」

 

現れた存在は先ほどの男の姿であり、右肩に担ぐようにして持つのは死神の大鎌。

 

大鎌の先端は疑問符を描くようにして湾曲しており、疑問符の脇に死を表す4本棘と刃が備わる。

 

「……女よ、何故に生きる?」

 

みたまの前で立ち止まった擬態姿の悪魔男が質問を投げかけてくる。

 

「なんですって…?私が…どうして生きているのかを問いたいの…?」

 

「私は君が分からない。多くの罪を犯した者として断罪を望んでいるくせに…何故に生きる?」

 

「それは……その……」

 

「責めているわけではない、疑問を感じただけだ。答えたくないならば構わないよ」

 

紳士的な態度を見せてくる悪魔に警戒心を緩めたのか、みたまはシルクに似た布を消し去る。

 

「もしかして…貴方は私の罪を断罪しに訪れた……死神さんなの?」

 

「それは違う。君の罪を裁きに現れた魔人が他にもいたはずだ。私は疑問を投げかける者さ」

 

「随分と事情通なのね……」

 

「君の心を覗かせてもらった。黙って覗いた事は謝ろう」

 

「十七夜と同じく読心術が使える悪魔のようね…。全てを見たというなら…話してもいいわ」

 

今までの経緯を知る者として彼女は語っていく。

 

マスクの下の顔がどのようになっているのか悟らせない者だが、やはり疑問を投げかけてくる。

 

「多くの者達が君を許し、生きる目標を与えたようだが…それは他人が与えた答えでしかない」

 

「私自身が出した生きる答えには…なりえないと言いたいの?」

 

「君は与えてもらえた答えに従って望む結果が得られなければどうなる?その人達を憎むのか?」

 

「それは……」

 

「私が聞きたいのは君自身が導き出した生きる答えだ。どうやらまだ答えは出ていないようだね」

 

「貴方は何者なの…?罪人の私なんかを…どうしてそこまで気にしてくれるというの?」

 

「私を表す名は様々であり、固有の悪魔名をもたない。私を例えるならば…()()()()()()()だ」

 

「擬人化された死……?」

 

「答えが出たら聞かせてくれ。私はマスターを失った者だから次のマスターを探す為に街に残る」

 

それだけを言い残した謎の悪魔が去っていく。

 

後ろを振り返る勇気もない彼女は異界が解ける光景を茫然としながら見ている事しか出来ない。

 

「私自身が導き出した…生きる答え……」

 

疑問を投げかけられた事によって八雲みたまは自分だけの生きる答えを求めていく。

 

そんな彼女を見守るかのようにして、謎の悪魔は神浜の地に潜伏するようになっていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「随分と久しぶりやね……どうしたん?調整屋として何か悩み事でもあるんか?」

 

自分では答えが出せなかった八雲みたまは電車に乗り込んで見滝原市にまで訪れている。

 

この街には彼女の師匠でもある調整屋の先輩がいるので相談に乗ってもらう事にしたようだ。

 

「お久しぶりです……リヴィア先生」

 

牽引式のキャンピングカーの前でみたまを出迎えた存在こそ、出張調整屋を営む者。

 

色黒な肌をもち、紫色をした長髪に黒色を基調とした魔法少女服を纏う成人が近い女性のようだ。

 

眼鏡を指で押し上げた彼女が笑顔で迎えてくれる後ろでは同じく調整屋の卵達がいる。

 

「お久しぶりです、みたまさん。今日はどういったご用件でしょうか?」

 

「ふんむっ♪ふんむふむふむ!」

 

右に控えているのはボーイッシュな見た目をした調整屋の卵を務める少女がいる。

 

左に控えているのは普通の言語を喋れないが元気な態度を見せる調整屋の卵を務める少女がいた。

 

「貴女達も久しぶりね、ヨズルちゃん、すだちちゃん」

 

「外で話すのもなんやし、中に入り。長話になるんやろ?」

 

「いいんですか?それじゃあ、お言葉に甘えて失礼します」

 

キャンピングカーの中に入ったみたまがリヴィア達と向かい合う。

 

「前に連絡くれたのは二年前頃やったね。業魔殿の吸血鬼おじさんは元気にしとる?」

 

「ええ、元気にしてるわ。最近はイメチェンしたのか…頭がおかしいぐらい元気一杯よ」

 

「あの陰険な吸血鬼おじさんがイメチェン?どういう心境の変化なんやろね…」

 

「あの人がいなかったら私は神浜で調整屋を営む事は出来なかった。変人だけど私の恩人よ」

 

「そうやったね。ええなーみたまはスポンサーを見つけられて。私もスポンサー欲しいでー」

 

「移動式の調整屋だとお風呂も大変よね…先生も叔父様の知り合いなんだし支援を頼まないの?」

 

「私は悪魔と関わり合うのはごめんやね。みたまみたいに物好きにはなれそうにないわ」

 

「そうですか…」

 

「悪魔に興味を持つなとはいわへん。でもな…魔法少女にとって、悪魔は天敵でもあるんや」

 

「分かってる…だけど悪魔と関わった事を後悔していないわ。悪魔がいたから私は救われたから」

 

「そうなんか…?まぁ、悪魔は魔獣と違って個性的やから、変わり種もおるってことやろうね」

 

ヨズルが淹れてくれた紅茶を一口飲み、席に座ってくれた3人に向き直る。

 

「今日訪れたのは…多くの事を話さないとならないからなの。長くなるけど…聞いて欲しいわ」

 

彼女は語っていく。

 

自分が調整屋として神浜テロを支援した事や、断罪者となった悪魔に命を狙われたこと。

 

それに断罪者となった悪魔が神浜を救ったことや魔法少女と悪魔の新たな関係等も語ってくれる。

 

長い話を聞かされたリヴィア達の表情は暗く、何よりも調整屋として言える言葉があった。

 

「私はな、みたまがテロに関与した事を責めるつもりはない。私の考えもヴィクトルと同じや」

 

「先生もヴィクトル叔父様と同じ考えなんですね…?」

 

「商売人は全てを想定して商いなんて出来へん。私ら調整屋は中立者として平等に商売するのみ」

 

「でもそのせいで…私は神浜テロの戦力拡充を手伝ってしまったわ。結果はテレビ内容通りよ…」

 

「今となっては死者数は17700人を超えているそうですね…私も驚きを隠せませんでした」

 

「ふむぅ……ふむっふむふむ……」

 

「すだちも怖くて堪らないと言ってます。ですが私達は調整屋…我々は商いをしているだけです」

 

「ヨズルの言う通り。調整も所詮は物売り…物に罪を問うなんて極論を掲げる連中だけなんや」

 

「先生やヨズルちゃんの意見は正しいと思うわ…。だけど…私はそこまで冷徹にはなれないのよ」

 

「みたまさん……」

 

「ふむぅ……」

 

「私はね…東の者として今でも呪われてる。小さな子がね…お父さんを返せって…言ってきたわ」

 

それを言われたリヴィア達は顔を俯けていく。

 

物売りの都合など物売りの正しさであって被害者達の正しさにはなりえない。

 

店で買った包丁で家族を殺された者なら犯人だけでなく店主とて犯人を見逃した共犯にしてくる。

 

被害者達から悪にされ責められる苦しみを抱えた者であり、テロを望んだ気持ちもある。

 

「私は調整屋として中立に商売をした…だけど、心の中では…神浜なんて滅びろと考えていたわ」

 

店主にとっても怨みを抱く者達を殺してくれるなら、犯罪者は店主にとっては都合がいい存在だ。

 

店主である自分は中立者のフリをしながら犯罪者に加担する事を心の何処かで喜んでいたと語る。

 

「私は裁判にかけられたけど…無罪の扱いを受けた。だけど…今でもあの裁判を納得してないわ」

 

「……みたま、あんたはそれを私達に語ってどうして欲しいん?裁かれにきたと言いたいん?」

 

「私は償いの道を探している…神浜人権宣言のお陰で私の憎しみが消えた時…後悔だけが残った」

 

「みたま……あんたは()()()()()()()()()()で」

 

「えっ…?私が……死者に憑りつかれている……?」

 

調整屋の先輩として、物売りの先輩として厳しい表情をリヴィアは向けてくる。

 

彼女は調整屋としての在り方を八雲みたまに伝えた者であり、指導者として責任を感じている。

 

商売人としての大切な部分を伝えきれていなかったのだと判断した彼女は忠告してくれたようだ。

 

「物が人を殺すんやない、人が人を殺す。物売りのあんたが死者に憑りつかれてどうするん?」

 

「ならどうすればいいの…?テロで犠牲者になった人達に向けて私は悪くないと言えばいいの?」

 

「家族を返せと叫ばれたと言うとったな?せやけどな…家族を返せは直接殺した奴に言うべきや」

 

「言えない…そんな薄情な言葉なんて私は言えない!そんなんじゃ…被害者が浮かばれないわ!」

 

「被害者達には被害者達の人生があるように、あんたにはあんたの背負ってきた人生がある」

 

「私の…人生ですって……?」

 

「誰でも人生を転んでしまうもんや…憎まれるべきは転んだ者やない、転んだ原因を憎むべきや」

 

「罪の…原因……?」

 

「テロは東西差別が発端や。なら社会問題を放置し続けた全員に罪がある…みたまだけやないで」

 

「そうです。人間は分かり易い悪を求める連中です…結果だけを切り取って悪人の全てとする」

 

「結果論によって罪人だけが悪者にされる。自分達の罪を棚上げした上で……悪者だけを叩く」

 

「ふんむ!ふむふむふむ!ふんむむむ!!」

 

「すだちもみたまさんは悪くないと言ってます。結果だけを見て原因を考えないのは愚かです」

 

「リヴィア先生…ヨズルちゃん…すだちちゃん……」

 

目に涙を溜め込む弟子の隣に座ったリヴィアが肩に手を置き、微笑みを浮かべてくれる。

 

「罪は皆で背負うべきやで。みたまがサンドバックにされるなら…私が出て行って批判したるわ」

 

「その時は私も先生と一緒に立ちましょう。人生を転んだ調整屋として…言える言葉があります」

 

「ふむぅ!!ふむふむふーむ!!ふんむむむ!!」

 

「皆がみたまの味方やで。罪は皆で背負えばええから…自分だけで背負い込むのはやめときな?」

 

嬉し涙を流すみたまが先生の豊満な胸の中に顔を埋めながら泣いていく。

 

可愛い愛弟子を抱きしめてくれたリヴィアは彼女の頭を優しく撫でてくれたようだ。

 

同じ調整屋に罪を告白した事で心が軽くなれた彼女は帰路につき、リヴィア達が見送ってくれる。

 

「おーい、リヴィア。今日も調整に来たぞー」

 

後ろを振り向けば見滝原市で活動している魔法少女の杏子とさやか達が来てくれる。

 

さやか達に視線を向けたリヴィアは眼鏡を指で押し上げた後、満面の笑みを浮かべるのだ。

 

「さて、辛気臭い空気はここまでや。今日も調整屋を繁盛させるために元気よくいくで!」

 

「はい、先生。ようこそ調整屋にお越しくださいました、佐倉様、美樹様」

 

「だから…その丁寧口調はやめてくれないかなーヨズル?美樹様はその…お尻が痒くなる…」

 

「あたしもさやかと同じだ…ケツが痒くなるから勘弁してくれよな」

 

「ふむ、ふむむむむ、ふむーん♪」

 

「すだちもすだちで今日も何言ってるのか分からないけど…まぁいいか!今日もお願いします!」

 

後から織莉子達も現れた事によって見滝原市に出張している調整屋は忙しくなっていく。

 

そんな光景を遠くから見つめていたみたまの口元には微笑みが浮かんでくれていたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

多くの人達がみたまを支えてくれる言葉を与えてくれる。

 

しかしそれらは他人の言葉であって彼女の言葉ではない。

 

謎の悪魔はみたま自身が出した償いの答えを聞いてみたいと語り掛けてきた。

 

それが気になる彼女は未だに迷いを抱えたまま毎日を過ごす事しか出来なかった。

 

「どうしたんだよ、調整屋…?」

 

「えっ…?あ…ごめんなさい、ももこ。ボーっとしてたわ…」

 

業魔殿の調整屋でももこのソウルジェムを調整していたようだが、心あらずの状態である。

 

御霊合体を得た魔法少女のその後を経過観察してきたが、どうやらまだ調整が必要なようだ。

 

新たなる悪魔の力を宿そうとも、ソウルジェムは感情の濁りによって穢れを生み出してしまう。

 

そのため魔法少女達の心を調整する必要があるためか八雲みたまは調整屋を続けられていたのだ。

 

「何か悩み事でもあるのか?良かったら相談に乗るけど?」

 

「悩みなら…ももこの方が多いんじゃないの?ソウルジェム内の魂も所々に濁りが見られたわ」

 

「まぁ…あたしも色々と悩みは抱えてるよ。だからって悩んでる調整屋を無視していいわけない」

 

「ももこ……」

 

調整の仕事を終えたみたまを連れたももこが休憩所が設けられているフロアにまで連れてくる。

 

ソファーに座って向かい合うももこに向けて、みたまは胸の内に抱えた悩みを語っていく。

 

「過ちを起こしたらどうやって償えるのか…難しい悩みだな。あたしだって同じ悩みを抱えてる」

 

「ももこも同じ悩みを抱えているの?何か大きな過ちを犯した事があるの…?」

 

「そ、それは……その……フェミニズム問題の時の事だよ…」

 

「あっ……そうだったわね。辛い記憶を思い出させちゃって……ごめんなさい」

 

空気が重くなってしまったため、みたまは別の話題に切り替えてくれる。

 

聞いてみたかったのは魔法少女として何を理由にしながら戦っているのかだった。

 

それを聞かれたももこの目は遠い眼差しを浮かべてしまい、ソファーに首をもたれさせていく。

 

彼女も自分の原点を思い出したかったのか、天上を見上げたまま自分の過去を語ってくれるのだ。

 

「あたしがさ…魔法少女になろうとしたのは勇気が無かったからだってのは知ってるだろ?」

 

「ええ……好きな男の子に告白する勇気が無かったから…キュウベぇに願ったと聞いたわ」

 

「魔法少女になって勇気が貰えたのに…気が付いたら他の女に好きな人を奪われてた」

 

「ももこ……」

 

「アタシはいつだってバットタイミングな女さ。だけど手遅れなら手遅れなりに生きるしかない」

 

「好きな男の子さえ得られず…見返りも無いまま正義の味方を続けられたのは…どうしてなの?」

 

疑問を投げかけてくるみたまであるが、親友のももこはお節介好きな優しい人物だと知っている。

 

他人のために命を懸けて戦うのもそれが理由だと思い込んでいたが彼女はこんな話を語ってきた。

 

「魔法少女として恐ろしい怪物と戦ってきたけどさ…誰からも感謝されないだろ?」

 

「それはそうだけど…ももこは感謝されたいから戦ってきたの?」

 

「最初はそんな気持ちもあったけど魔法少女は誰にも知られない存在。だから見返りなんてない」

 

「それでも戦ってこれたのは…大切な仲間を守るためだったのかしら?」

 

「それもあるけどさ…やっぱりあたしはね、好きだった人に幸せに生きてもらいたいんだよ」

 

照れた表情を浮かべてしまう彼女の心の中には未だに未練も残っている。

 

それでも彼女は魔法少女としての戦いを生きるために未練を隠してまで戦ってくれていたようだ。

 

「魔獣をやっつけてまた学校に行ったら…好きだった人が無事でいてくれる。それで満足なんだ」

 

「自分の恋人になってくれなくても…好きな人を守り抜くために戦ってきたというのね?」

 

「うん…そうだね。献身には見返りが欲しいけど…あたしはお節介だけが生き甲斐なんだ」

 

「そんな辛い人生で幸せなの…?ももこだってまだ未練が残るぐらいに好きだったんでしょ?」

 

天上を見上げていた顔をみたまに向けたももこは照れ隠ししながらもこう口にする。

 

その言葉を聞けたみたまの目は何かを得たのか見開いてしまうのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()…アタシだけの思いを貫きたい。だからこそ戦っていけるんだ」

 

――恋する女はね、好きな人のために生きられてこそ辛い現実にだって立ち向かっていける。

 

――アタシが辛い現実と戦ってこれたのは……()()()()()()()()()()()()()からなのかもね。

 

愛する気持ちを貫きたいからこそ辛い現実とだって戦える。

 

この思いだけは誰の言葉でもないし、誰かから譲り受けたものでもない自分だけの感情だ。

 

だからこそ迷いなく進んでこれたし、間違いだったとしても誰かを責める理由もない。

 

それこそが十咎ももこの原点なのだから。

 

得心が行ったのかみたまは微笑んでくれる。

 

「フフッ♪恋する乙女パワーって…凄いわね。調整屋さんはももこを見直しちゃったわー♪」

 

「おいおい…からかうなって。でも少しは元気が出てきたみたいだし語るだけの価値はあったな」

 

ももこを見送ってくれるみたまであるが、自分の思いを確認するようにして右手を()()()沿()()()

 

「愛する気持ちは誰のものでもない…私だけのもの…」

 

みたまが思い出すのは彼女だけでなく、東の人々に光を運んでくれた尚紀と過ごせた日々の記憶。

 

それを思い出すだけで左胸に隠れた心臓の鼓動が高鳴りを始めてしまう。

 

「見返りもなく辛い贖罪人生を生き抜くための答えとは…誰かのために生きる…愛する心なの?」

 

罪人として極刑を望んだ頃の彼女には無かった感情が今のみたまの左胸には宿っている。

 

情熱的なその思いこそが今の彼女に生きる力強さを与えてくれているのだろう。

 

愛する人を守りたい、愛する人のためにこそ生きてみたい。

 

それだけで多くの死と向き合う生き地獄になろうとも立ち上がる強さを与えてくれるのだ。

 

八雲みたまは罪を犯した人間が生きていくために必要な何かに気が付き始めている。

 

多くの死をばら撒き、多くの人から憎まれ、贖罪に耐える者の道は()()()()()()()()()だろう。

 

常闇の如き世界を歩く贖罪者の足を支えてくれている感情を胸に秘め、彼女は進んでいくのだ。

 

愛する男が運んでくれた光を携えた彼女はこれからを生きる答えを導きだしていくのである。

 

そんな彼女を街の何処かで見守る存在こそ、罪人に疑問を投げかけてきた死の悪魔なのであった。

 




常闇みたまさん誕生の合体素材となる悪魔は何者なんでしょうねぇ?
まぁ常闇みたまさんのドッペルがメメントモリなんで、それに該当するメガテン悪魔は一体だけなのでメガテニストには正体バレバレやもしれませんね。


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230話 常闇の淑女

ロシアのフョードル・ドストエフスキーの著書の中には罪と罰と呼ばれる小説が存在している。

 

美国織莉子の愛読書であり、嘉嶋尚紀も夏目書房で買って読んだ小説の内容は次の通りだ。

 

貧しいラスコーリニコフが世のため人のためなら悪行も許されるという独自犯罪理論を構築する。

 

独自の正義理論を実践するために強欲な金貸しを殺し、奪った金を社会主義に利用しようとした。

 

しかし殺害現場に偶然居合わせた無関係の人物まで殺害してしまう事態になるのだ。

 

ラスコーリニコフは罪の意識が増長し、苦悩する人生を歩む事となる。

 

しかし彼よりも悲惨な境遇を生きる娼婦の娘と出会い、彼女の家族献身を見て心を打たれるのだ。

 

ラスコーリニコフは娼婦の娘が示した自己犠牲である愛に打たれ、最後には自首する事になる。

 

()()()()()()()()()()()を訴えたヒューマニズムが描かれた小説こそが罪と罰なのであった。

 

……………。

 

「償いの道に進んだ尚紀さんはこう言ったわ…。責任をとらない正義なんて不正義だと」

 

償いの道を模索する八雲みたまは地域ボランティアに参加して被災者のために働いている。

 

地域ボランティアは他県からやってくるボランティアよりも地域にコミットした支援が出来る。

 

こうした地域ボランティアの存在は日本でも重視されており、積極的に雇用されていたようだ。

 

みたまは被災した高齢者達のために時間が許す限り買い出し等の高齢者サポートを行ってくれる。

 

贖罪とは行動で示すものだと尚紀が実践してくれたのをテレビで見た彼女もそれに続くのだ。

 

「積極的に活動しているけど…君は高校生なんだろ?学校は大丈夫なのかい?」

 

「はい、私は進級出来るギリギリの登校数で進級出来てますんで大丈夫です」

 

「そうか…。積極的なのは関心するが、あまり無理はしないようにね」

 

ボランティア団体の長からそう言われたみたまは今日のボランティア活動を終えて帰路につく。

 

夕暮れに染まる参京区の道を大東区に向けて帰っていく彼女だが、顔は沈んだまま。

 

いくらボランティア活動に積極的に参加しようが、彼女が東の者だと分かれば現場は混乱した。

 

東の者からボランティアなんて受けたくないと拒否してくる高齢者もいたようであった。

 

「…いくら市の行政が人権の街作りを進めても…現実はそれに追いついてないのね」

 

全ては自分の願いがキッカケとなり、多くの災禍をこの街に引き起こしたのだと自分を責める。

 

自責の念は今でも彼女の心を痛めつけ、前向きに生きる気力すら奪おうとしていく。

 

実はそれ以外にも彼女の心に暗い影を生み出している新たなる社会問題もあったようだ。

 

「人権宣言の効力は表面的には成立してても…問題なのは東の人々の態度が西側を怒らせるのよ」

 

神浜テロによって西側を焼いた東の人々は罪人も同然の扱いを受けるだろう。

 

そのためアパルトヘイト条例のような隔離政策まで生み出されかけたが尚紀の力で止められた。

 

しかしそれをいいことに、東の人々は増長しているとみたまは語ってくれるのだ。

 

「東の人はテロの罪と向き合おうとしなくなった…それどころか自分達は被害者だと言い出すわ」

 

この光景は魔法少女裁判をした時の革命魔法少女達の態度であり、刑務所内でも見られる現象。

 

自分は犠牲者だのと被害者を気取る者は自分の罪には決して意識を向けない。

 

他責の安心感に浸りたいだけの愚か者であり、自分に意識を向けられない無責任主義者なのだ。

 

表面的には仲良くするフリをせざるを得ない西側の人々は、そんな東の者達に不満を募らせる。

 

「自分の罪と向かい合うのは本当に不快だし…苦しいわ。それでも…逃げるわけにはいかないの」

 

みたまのように東の者としてテロと向き合い、ボランティアに参加してくれる者は極めて少ない。

 

人は分かり易い悪を求める偏見生物であるため、西の人々は東の無責任主義者しか見えていない。

 

だからこそ今の神浜市は新たなる火種がいつ燃え上るか分からない状況のようであった。

 

「罪には罰が必要…だけどその罰を回避する事が出来た罪人達は…こうも軽薄になっていくのね」

 

東住人として恥ずかしい気持ちでいっぱいな彼女は大きく溜息をついてしまう。

 

そんな時、顔を俯けていたら前の道から小さな猫達が歩いて来るのが見えたようだ。

 

「あら?貴方達はもしかして…ネコマタちゃんとケットシーちゃん?」

 

みたまの前にやってきたのは尚紀の飼い猫であり仲魔を務める悪魔達であったようだ。

 

ニャ―(あら、みたまじゃない?こんなところで出会うなんて奇遇ね)

 

ニャー(こっち来るニャ。みたまは魔法少女だし、オイラ達の声は悪魔化しないと分からんニャ)

 

「ついて来いって言ってるの?分かったわ」

 

みたまはネコマタ達の後ろをついていく。

 

彼女達が訪れたのは誰もいない参京区の公園であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「そう……尚紀さん達は東京に出張中なのね。留守番を任されて大丈夫なの?」

 

「大丈夫だニャ。オイラ達は悪魔化出来なかった頃だって、二匹だけで過ごしてたし」

 

「冷蔵庫の中身は一週間分用意してくれてるから問題ないわ」

 

ブランコに座るみたまに向けて左右のブランコに座る猫悪魔達が語り掛けてくる。

 

みたまの事が気になった二匹の悪魔達は何をしていたのかを聞いてみる。

 

少し顔を俯けながらも彼女は語ってくれる。

 

「そう…尚紀と同じく罪の償いのための活動を送っているのね。みたまは人間が出来ているわ」

 

「立派だと思うニャ。だけど…背負い込み過ぎると尚紀みたいに追い詰められていくニャ」

 

「尚紀さんは…東の魔法少女達を殺戮したわ。その償いをしてくれたからこそ今があるの」

 

「尚紀の背中に続きたいというわけね…。尚紀もね…罪の償い方を悩み抜いてきたわ…」

 

ネコマタは尚紀がどのようにして罪と向かい合い、償いをしようと考えたのかを教えてくれる。

 

「彼はね…罪には罰を与えるでは問題の解決にならないと考えたのよ」

 

「どういう事なの…?どうして罪人に罰を与えても被害者の心は救われないと考えたの?」

 

「法が罰を与えたとしても公平に裁いただけ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「断罪者として間違いを犯した尚紀さんだからこそ…その部分に気がつけたのね…」

 

尚紀の考えこそが今の東社会の状況である。

 

皆が他責の安心感に浸るため償いも生まれないし、自分達の意識改革すら起こらない。

 

そんな東住人達に不満を高めていくのが今の西側住民達なのだ。

 

「処分を受ける事は償いのチャンスを貰っただけ。だからこそ自分の罪と向き合う必要があるわ」

 

罪を償うためにはやった事をしっかりと反省しなければならない。

 

反省とは考える事であり、後悔する事ではない。

 

罪を犯した時の己と向き合い、自問自答しながら改善方法を見つける事が肝心だと語ってくれる。

 

「反省をするという事は二度と同じ過ちをしない事よ。だけど完璧な人間になろうとはしないで」

 

「そうニャ!みたまも人間なんだし、過ちを繰り返す時もあるニャ。大切なのは忘れない事ニャ」

 

「大事な事ね…私もね…再び憎しみに囚われた時がある。それを止めてくれたのが令ちゃんなの」

 

「彼女の気持ちを大切にしなさい。令のようにして同じ過ちを繰り返そうとする人を止めるのよ」

 

「ええ……誓うわ」

 

重い空気となってしまったみたまに声を掛け辛いのか、ネコマタとケットシーも黙ってしまう。

 

暫く沈黙が続いていたが、悩みを打ち明けたいのかみたまがこんな話を語ってくる。

 

「私はね…償いの道を模索しながらだけど…誰に向けて償いをしたいのかを考えてしまうの」

 

良心があれば自分が傷つけてしまった人や悪事を働いた事に反省して償いたいと考えるものだ。

 

自戒のために一生その行為を行わないと誓っても、誰に向けた誓いなのかを迷ってしまう。

 

「私が傷つけた人達の為の償いだけじゃない…()()()()()()()()()()()()()()()()()を考えるわ」

 

「みたま…まさかとは思うけど、これからの命は贖罪のために不幸になるべきだと考えてるの?」

 

「ダメニャ!みたまだって心ある人間だニャ!不幸のまま終わる贖罪だなんて…自己満だニャ!」

 

「ケットシーの言う通りよ。悲劇のヒロインを気取らないで…自分への償いなんて愚かな事よ」

 

「…私はどうすればいいの?誰のために償えばいいの…?私のこれからの命は…何のために…」

 

自責の念によって今にも泣きそうな彼女のために言える言葉がある。

 

指で眼鏡を押し上げたネコマタは彼女のために尚紀が考え出した贖罪の結論を語ってくれるのだ。

 

「報復という極端な正義を実行したとしても……誰かのために全うに生きなさい」

 

「ネコマタちゃん……?」

 

「自責に縛られるあまり不幸になりたいなんて考えないで。心を軽くしたいだけの自傷行為よ」

 

「尚紀は…自分で自分を不幸にしたら自分が不幸になった原因を周りに擦り付けると言ったニャ」

 

「贖罪のために不幸になりたいだなんて言い訳よ。被害者が加害者に求めるべき願いとはね……」

 

――今度こそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という願いであるべきなのよ。

 

「だからこそ尚紀はそれを実践したニャ。魔法少女と出会っても胸を張れる男になりたいって」

 

「今の尚紀は貴女にとってどう見える?自分は悪人だから関わるなと根暗に成り果てた男なの?」

 

それを問われたみたまは頬を染めてしまう。

 

神浜人権宣言を叫んでくれた時の彼の姿を思い出した彼女だからこそ自分の気持ちを言えるのだ。

 

「いいえ、違うわ。尚紀さんは悪人なんかじゃない…魔法少女に光を運んでくれる人になったわ」

 

――そんな尚紀さんだからこそ…心の底から愛する事が出来る男の人だって…私は感じられたの。

 

……………。

 

目が点になってしまった猫悪魔達に気が付いた彼女は自分が何を言ったのかを思い出す。

 

「あの……その……今言った言葉は……ええと……」

 

顔から火が噴き上がる程にまで真っ赤になった彼女がモジモジした態度を見せてくる。

 

慌てて立ち上がった彼女がそそくさと歩き去っていく後ろ姿を茫然と眺める猫悪魔達であった。

 

そんな中、みたまの姿をビルの屋上から眺めていた死の悪魔が水名区方面に顔を向ける。

 

「この魔力は…かつての同僚の一体までこの街に現れたか。不味いな…あの女は危険な悪魔だ」

 

マスクで表情は伺えないながらも危険な存在に向けて危機感を募らせていく。

 

多くの死者を出したこの街は魔獣だけでなく悪魔さえも引き寄せる魔都となっていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

今日もみたまは社会福祉協議会が開設した災害ボランティアセンターの窓口へと向かって行く。

 

社会福祉協議会の建物内にあるボランティアセンターに行くと知っている人物を見かけたようだ。

 

「あれ?みたまさんも災害ボランティアに参加してたんだ?」

 

「あら?貴方は壮月君じゃない?バタバタと忙しい毎日だから最近は出会えなかったわねぇ」

 

みたまが見かけた人物とは十七夜の弟である和泉壮月。

 

小さな頃から八雲姉妹とも遊んでくれた人物であり、もう直ぐ高校一年生の少年のようだ。

 

「貴方もボランティアに参加してくれるの?その…東の者だと分かる学生服まで着て…?」

 

それを問われた彼は顔を俯けてしまうが、それでも言いたい気持ちがあるのか語ってくれる。

 

「俺さ…人権宣言のお陰で差別が消えてくれたのは嬉しいけど、今の東の状況が嫌いなんだ」

 

「壮月君……」

 

「どいつもこいつもテロをやらかした罪を忘れて過ごしてる。だから西の人達が怒るんだ」

 

彼がわざと東の者だと分かる姿で西側の災害復興に協力してくれるのは東の罪を清算するため。

 

自分達がやった事を忘れない姿こそが償いであり、責任から逃げない姿こそが清算だと言うのだ。

 

「流石は十七夜の弟君ね…立派だわ。ちょっと前までは小さかったのにこんなに大きくなって♪」

 

嬉しいのかみたまは壮月の背中をバンバンと叩いて喜びの表情を浮かべてくれる。

 

しかし彼の表情は照れた表情を浮かべずにこんな話を持ち出してくるのだ。

 

「…俺がこうしてボランティアをやる時間を作れるのも…姉さんのお陰さ」

 

彼は高校進学を諦めて家族の生活費のために就職しようかと考えていた時期がある。

 

しかし多額の生活費を誰かから送られるようになったため、彼は高校進学が出来るようになった。

 

「うちは多額の金を振り込んでくれる親戚なんていない。だからあの金は姉さんのお陰だと思う」

 

「十七夜……」

 

「姉さんは縁切りの手紙を送ってきてまで何処かで働いてくれてる。俺達はそう考えてるんだ…」

 

大事な姉が帰ってこない現実を寂しそうに語ってくれるが、それでも彼は十七夜の弟。

 

姉の生き方に恥じない姿を見せたいからこそボランティアに参加する決意を固めてくれたのだ。

 

「姉さんだって家族の為に身を粉にした献身を与えてくれる…だから俺も誰かへの献身がしたい」

 

「壮月君…貴方の中にも十七夜の血が流れている証拠よ。今の壮月君を見れば十七夜も喜ぶわ」

 

「姉さんが安心して帰って来られる街にしたい…そのためなら俺は周りから嫌われてでも戦える」

 

――偽りの自分を演じて好かれるよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()さ。

 

それだけを言い残した壮月が歩き去っていく。

 

そんな彼の背中に目を向ける彼女は目を見開いたまま固まってしまっている。

 

「偽りの自分を演じて好かれるよりも…ありのままの自分でいて憎まれた方が…遥かにマシ…」

 

彼から言われた言葉を噛み締めながらも今日のボランティア活動に専念していく。

 

帰る時間になった頃、彼女は遠回りの帰り道を選びながら今までの自分を振り返るようだ。

 

「私は周りから傷つけられるのが怖くて…偽りの自分を演じて周りから好かれようとしてきた…」

 

調整屋の八雲みたまは、魔法少女弄りが大好きなのほほん屋さん。

 

可愛い女の子をからかったり、色々なイベントを企画しては面白おかしく周りを引っ張り回す。

 

困ったお姉さんだけど皆を楽しませてくれる明るい人物なのだと自分を偽ってきた日々。

 

「偽りの自分を演じて周りから好かれたって…神浜への憎しみが消えた事なんてなかった…」

 

ありのままの自分は抑圧され続け、膨らまし続けた風船のようになっていく。

 

最後には憎しみの風船が爆発した光景こそが神浜テロの惨劇だった。

 

「どうして本当の自分と向き合えなかったの…?周りから嫌われるのが怖かったの…?」

 

壮月のように周りに合わさず自分と向き合い、戦っていく覚悟があったならと後悔していく。

 

しかし反省とは後悔をする事などではない。

 

過去ではなく未来を見ていく人生こそが償いなのだ。

 

「自分と向き合い…自分を犠牲にしてでも戦っていける。私も…壮月君のようになりたいわ…」

 

街や家族の為に自己犠牲を支払ってでも働く男の愛に心を打たれた八雲みたまは決意する。

 

二度と悲劇を起こさない人生を選び、悲劇が起こる原因と向かい合いながら戦っていく。

 

それこそが自分の贖罪であり、償いの道。

 

「私も壮月君のように自己犠牲を支払うわ。たとえ見返りも無くても……私は戦う力が欲しい」

 

力の無い調整屋だから何もせず、周りに合わせて生きていく自堕落な自分を彼女は捨て去る。

 

力の有無ではない、自分がどんな事を望んでいるのかと向き合い、それを実行する者となりたい。

 

そう決断出来たみたまの姿は弱い調整屋としての偽りの衣を脱ぎ捨てたかのように見えた。

 

()()調()()()()()()()()()()()。これからの調整屋さんは…()()()()()()()()()()()()()わ」

 

<<それが償いの答えのようだな?>>

 

路地裏から出てきた男に視線を向ける。

 

現れたのは彼女に疑問を投げかけてきた悪魔であり、その表情を周りに悟らせない者だ。

 

彼に向き直ってくれたみたまは力強い眼差しを浮かべながら償いの答えを彼に伝えてくれる。

 

「私の出した償いの答えはね……誰かのために生きたい、誰かのために尽くしたいよ」

 

――誰かのために生きてこそ…私は罪人としての自分に価値を見出せる事が出来る。

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()であり……私の償いの答えだったわ。

 

それを聞けた死の悪魔は頷いてくれる。

 

「よくぞ自分だけの答えを見出せた。その答えは誰のものでもない、君だけの答えなのだ」

 

「不思議な悪魔ね…こんな私なんかを気にしてくれるだなんて。だけど…お陰で迷いは解けたわ」

 

「しかし、私は言葉だけを信じる者ではない。言葉に出した以上は実践しなければならない」

 

彼が顔を横に向ければ、遠くに見えたのは悪魔の異界が広がっている光景である。

 

「私に見せてみろ。誰かのために生き、誰かのために尽くすという…愛の力というものをな」

 

「……分かったわ」

 

覚悟を決めたみたまは死の悪魔と共に現場に駆けていく。

 

たとえ魔法少女としては弱くとも、償いの答えを出せた今の自分の覚悟は誰よりも強い。

 

そう信じるみたまは命を懸けた戦いに赴くのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ヒィィィーーッッ!!怖い…怖い!!化け物が襲ってくるよーーッッ!!」

 

「お願いです…この子だけは…この子だけはお助け下さいッッ!!!」

 

異界の廃ビルの中で逃げ惑っていた子供と母親は悪魔に追い詰められてしまう。

 

蹲って助けを懇願しているのは神浜テロの追悼施設に現れた親子のようだ。

 

「もう逃げないの?面白くないわねー…母親の方を引き裂いたらもっと楽しめるかしら?」

 

宙に浮かぶ異形の女悪魔こそ、死の悪魔と共にデビルサマナーに仕えていた夜魔の女王。

 

サマナーが死んだ事によって自由となれたようだがMAG不足に陥っている。

 

だからこそ人間や魔法少女を襲い、感情エネルギーを蓄えながら生きてきたようだ。

 

【クイーンメイヴ】

 

ケルト伝承におけるコノート王アリルの妃でありメイヴの女王。

 

その権威は時として夫である王を超える女傑であり、英雄クーフーリンと長く争った者だ。

 

しかしアルスター遠征に失敗した時の退却途上で命を落とす事になる。

 

後に夢を支配する妖精の女王マブと同一視され、時に悪夢を見せる夢魔の女王とも考えられた。

 

「私は女に興味は無いから無残に引き裂いてあげる。男の子の方は悪夢の世界で絞ってあげるわ」

 

ピンク色のふさふさした毛が頭部だけでなく首や腕にもある異形の女悪魔の姿。

 

黄緑色を基調として青色の模様が入った仮面とタイツを纏い、仮面の下で愉悦の笑みを浮かべる。

 

仮面の目に当たる箇所は赤い棒のようになっている等、奇抜な風貌をした邪悪な悪魔であった。

 

「さぁ、死にたくなければその女から離れることね、坊や」

 

右手を掲げて放とうとするのは風魔法であり、カマイタチの刃で母親を切り刻もうとする。

 

だが子供は母親を守ろうとしがみつき離れようとしない。

 

「一緒に死にたいらしいわね?ならいいわ…小さ過ぎる男の子だと絞り甲斐もないからね!」

 

カマイタチが放たれようとした時、迫ってくる魔力に気が付き後ろに振り向く。

 

「やめなさい!!」

 

現れたのは魔法少女姿になった八雲みたま。

 

手には魔法武器であるシルクに似た布が握られているが悪魔相手では役に立たないやもしれない。

 

「魔法少女が現れてくれるとはねぇ。人間よりもMAGを絞れるソウルジェムを食べたかったのよ」

 

狙いをみたまに変えたため後ろの親子達は命を取り留める事が出来たようだ。

 

「貴女は…あの時の子なの!?」

 

「あの時のお姉ちゃん…?どうして僕達を助けてくれるの…?お父さんを殺した東の人なのに…」

 

「確かに私は…テロを引き起こした東住人よ。だからこそ私は…東の者として貴女達を救いたい」

 

「そんなの勝手だよ!お父さんを殺した連中の仲間のくせに…どうしていい人ぶるのさ!?」

 

「それが私の贖罪だからよ。東西差別を憎んだ私だからこそ同じ過ちを繰り返したくはないわ!」

 

「随分と嫌われ者のようね?まぁいいわ…貴女のソウルジェムを食べた後で後ろの連中を頂くわ」

 

「それは出来るかしら?後ろを見て見たらどうなの?」

 

「何ですって…?」

 

後ろに視線を向ければ親子の姿は消えている。

 

「貴様…伏兵を潜ませていたのね!?よくも私の獲物をかすめ取る真似をしてくれたな!」

 

「さぁ…かかってきなさいよ!戦う力も無い調整屋を相手に臆病風に吹かれないならね!」

 

「私を挑発するとは…いい度胸ね!!お望み通りバラバラにしてあげるわ!!」

 

激昂したクイーンメイヴが非力な魔法少女を相手に襲い掛かっていく。

 

その頃、親子を両腕で抱えた死の悪魔は異界から脱出するために走り続けている。

 

「あの娘はクイーンメイヴに殺されるだろう…。彼女の犠牲を無駄にせず生きる事だな」

 

「私達のために…命を懸けてまで助けてくれるだなんて…」

 

「僕…分からないよ。テロを引き起こしてお父さんを殺した人が…どうして僕達を助けるの?」

 

「それはな…坊や。あの娘の自己犠牲を示すための道でもあるからさ」

 

「お姉ちゃんが僕達に示してくれる…自己犠牲…?」

 

()()()()()()()()()…その覚悟、私達に示してみせるがいい……死と戯れる女よ」

 

死の悪魔が異界を脱出した頃、余りにも一方的な戦いによってみたまはズタボロな姿を晒す。

 

魔力を送り込んでソウルジェムを破壊する力を秘めたシルクに似た布は魔法少女殺しの道具。

 

魔法少女ではない悪魔に通じるはずがなかったようだ。

 

「ぐっ…うぅ……まだよ…まだ私は……戦えるわ……」

 

血みどろに成り果てようとも両足に力を込めて立ち上がろうとしていく。

 

彼女の揺るぎない闘志が気になったのか、クイーンメイヴは質問してくる。

 

「話にもならない力なのに…どうして私に戦いを挑んできたわけ?自殺志願者にしか思えないわ」

 

「傍から見れば……そうなんでしょうね。だけどね…私はもう…自分を隠す生き方はしないわ…」

 

逃げない意思を示すかのようにして立ち上がる彼女だが満身創痍であり戦う余力はないだろう。

 

「私は償いを見出せたわ…。私の償いの道こそが…誰かのために命を尽くす……愛なのよ!!」

 

「やはり自殺志願者だったようね。いいでしょう…そこまで死にたいというなら死になさい!!」

 

片手に冷気を生み出したクイーンメイヴが仮面の隙間から息を吹きかける。

 

吹きかけられた息によって冷気が形になりながら射出され、氷の槍と化す。

 

次の瞬間、みたまの体は壁に縫い付けられており()()()()()()左胸から血を大量に流すのだ。

 

「ガハッ……ッッ!!!」

 

心臓に突き刺さった氷の槍の一撃は命に届いており、意識が朦朧としていく。

 

ソウルジェムも急激な濁りを生んでいき命の終わりが近い事を周りに示す。

 

「円環のコトワリに導かれる末路にはならないわ。だって貴女のジェムは私のおやつだから♪」

 

憎しみの感情によって死をばら撒いた女が死に追いつかれ、命を刈り取られる日が訪れる。

 

(自業自得よ…ね…。でも…悔いは無い…私は…誰かを憎まず…誰かに…尽くせた…か…ら……)

 

償いの為に自己犠牲である愛を掲げた女が死ぬ時がきた。

 

しかしそれに待ったをかけた存在こそ、同じ死なのであった。

 

「これは!?」

 

みたまが貼り付けにされた廃ビルの壁が死神の刃によって切り裂かれていく。

 

四角く切り取られた壁が外に向けて倒れ込み、バラバラになっていくのだ。

 

縫い付けられた状態から解放されたみたまを受け止めた存在こそ、擬人化された死の悪魔。

 

「お前はまさか……どうしてこの街にいるのよ!?」

 

擬態姿の悪魔であるが元同僚ともいえる悪魔の正体についてはクイーンメイヴなら分かる。

 

そして彼の強さも同じサマナーに使役された者として知っている者だった。

 

「私と戦うか?クイーンメイヴ」

 

みたまを抱きかかえた悪魔の体から強大な魔力が噴き上がる。

 

魔人の如く死を与える事に秀でた悪霊と戦うのは得策ではないと考えた彼女は姿を消していった。

 

「君の覚悟…見届けさせてもらった。まだ死に追いつかれる必要はない…君の道はこれからだ」

 

みたまの遺体を抱きかかえたまま死の悪魔は去っていく。

 

ソウルジェムは今にも砕けそうだが、穢れのMAGを体全体で吸いながら延命処置を施し続ける。

 

死の悪魔が向かう先とは魔法少女を悪魔に変える施術が行われる危険な場所。

 

八雲みたまが悪魔達と関わる事が出来た業魔殿であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ちょこまかと飛んで逃げるんじゃないわよ!この鳥女共がーーッッ!!」

 

深夜の水名神社の境内で女悪魔達と戦うのはレナとかえでとももこである。

 

彼女達は人間を誘導して悪夢に引き摺り込んで感情を貪る悪魔達を見つけたために戦闘となる。

 

空を自由自在に飛び交いながら主となったクイーンメイヴを守護する鳥悪魔は厄介であった。

 

【コカクチョウ】

 

中国において少女を攫い自分の娘とする鳥の悪魔であり、攫われた少女は次世代の姑獲鳥となる。

 

羽毛を脱ぎ着することにより人間に変身することも可能な悪魔であった。

 

「邪魔をするな魔法少女共!アタシ達は親を失った哀れな少女の保護者になりたいだけよ!」

 

「悪いようには扱わないわよ!なにせ、その少女達は未来の私達になるために育つんだから!」

 

「ふざけるな!親を失った悲しみにつけこんで人攫いしようとする女がまともな親になれるか!」

 

大剣に炎を纏わせたももこが夜空に向けてマハラギを放ち、無数の火球が飛んでいく。

 

しかし夜空を飛び交う半人半鳥の鳥悪魔は素早く、そして炎にも丈夫な体をもつため効果は薄い。

 

「今度はこっちの番よ!」

 

「地面に転んで寝ているアタシ達の子供に当てるんじゃないわよ!」

 

「分かってるわよ!私はアンタみたいなノーコンじゃないわ!」

 

紫の翼を両腕にもつ鳥悪魔も同じく翼を羽ばたかせながらマハラギを放ってくる。

 

地面に倒れ込んでいる人間達を守りながらの戦いになるももこ達は防戦を強いられていく。

 

「ダメだよももこちゃん!この子達を避難させないとまともに戦えないよぉ!」

 

「アタシが隙を作る!レナとかえではどうにかして倒れ込んでいる子供達を避難させてくれ!」

 

「それだとアンタが囲まれてボコられるじゃない!レナはももこだって見捨てないわよ!」

 

空から放たれる炎魔法に武器を叩きつけながら攻撃を捌く魔法少女達だが相手は鳥だけではない。

 

「あ…あれ…?」

 

突然眠気が酷くなり、レナは片膝をついてしまう。

 

それはももこ達も同じであり眠気でダウンしないよう歯を食いしばりながら耐えようとする。

 

「私達の邪魔をしようだなんて、夕方頃に現れた魔法少女と同じく悪い子達ね」

 

夢魔の女王であるクイーンメイヴが水名神社の屋根の上から下りてきて迫ってくる。

 

ももこ達は全体に睡眠を与える魔法のドルミナーにかけられているようだ。

 

「夕方頃に現れた…魔法少女だと……?」

 

眠気に耐えるためにももこは左手を刃に押し当て、手を切り裂きながら耐えようとしている。

 

そんな彼女の元にまでやってきたクイーンメイヴが彼女の首を掴み持ち上げてしまう。

 

「そうよ。銀髪の長髪をした青い燕尾服を纏う娘だったけど…私が殺しておいたわ」

 

そう言われたももこの心に眠気も吹き飛ぶ程の衝撃が迸っていく。

 

「ま…まさか…お前が殺した魔法少女は……みたまなのかぁ!!?」

 

「名前までは聞いてないけど非力な女だったわ。戦う力すらないのに挑んできた愚かな娘ね」

 

「間違いない…調整屋だ…。貴様……よくも……よくもみたまを殺したなぁ!!!」

 

「もしかして貴女の友達だった?なら安心しなさい、貴女もあの世に導いてあげるから」

 

怒り狂ったももこが大剣を振り上げようとするが、さらにドルミナーをかけられる。

 

抗い難い睡魔に襲われ続ける彼女だが、目に涙を浮かべながらも必死に抗おうと戦ってくれる。

 

上空のコカクチョウ達も実力が違う悪魔に挑んできた馬鹿者共を嘲笑う光景が広がっているのだ。

 

そんな現場に向けて歩いて来る者がいる。

 

「仇さえ討てない苦しみを忘れさせてあげるわ。私の夢の世界で永遠にその子と戯れていなさい」

 

クイーンメイヴの仮面の目が邪悪な光を放ち、『永眠の誘い』を放とうとしてくる。

 

睡眠状態の者達を即死させる魔法であるが、クイーンメイヴの顔が上空に向けられていく。

 

「あれはまさか!?逃げなさい貴女達!!」

 

クイーンメイヴの叫びによって自分達の上空に何が構築されているのかにようやく気が付く。

 

コカクチョウ達の上にはサンスクリット語で描かれた呪殺の魔法陣が描かれていたのだ。

 

<<アァァァァーーーッッ!!?>>

 

マハムドオンの全体即死魔法によって呪殺耐性が無いコカクチョウ達が即死して消え去る。

 

それと同時にクイーンメイヴの側面から飛んでくる飛来物が迫っていたのだ。

 

「ギャァァァーーーッッ!!?」

 

ももこを掴んでいた右腕を切り落とされたクイーンメイヴが悲鳴を上げながら後ずさっていく。

 

<<勝手に私を殺さないでくれるかしら?>>

 

親友の声をもう一度聞けたももこが後ろの鳥居に顔を向ける。

 

鳥居の向こう側にある石段を登ってくる者を見たももこは驚きの表情を浮かべるのだ。

 

「調整屋……?お前……その姿は何だよ……?」

 

漆黒のロングドレスを纏う者だが所々が破けており、スカートを広げる金具が剥き出しの姿。

 

頭部には淑女が纏う喪服のトーク帽のようなものを被り、顔を黒いベールで隠す。

 

ロングドレスの下に着ている衣服の左胸部分は破けており、胸を隠すようにして()()()()()()()

 

左手には夜闇を照らすランタンの灯りが持たれており、明かりの無い境内を照らしてくれる。

 

彼女の異質さを表すのは両腕や胸に纏う鳥籠を模した矛の飾りだろう。

 

まるでその姿は死に憑りつかれたまま永遠に繋がれる矛の檻の少女を表す姿であった。

 

「貴様…生きていたのか!?それにこの魔力はまさか…()()()()()と一体化したというの!?」

 

「その通りよ。私の死は擬人化された死によって救われ、新しい命を与えてくれたというわけよ」

 

【マカーブル】

 

ダンス・マカブル、ダンス・オブ・デス等と表現される踊る骸骨姿に擬人化された死の悪魔。

 

欧州で流行した死の寓話や絵画・彫刻群で表され、戦乱やペスト等の伝染病の恐怖を象徴する。

 

死の恐怖と生への執着に取り憑かれた人々が集団ヒステリーに陥り踊り狂う姿を表す存在だ。

 

マカーブルは人間を一瞬にして死に導く強力な呪力を持っており死神とも同一視される。

 

白い骸骨が描かれた黒い道化服を着て、長柄の大鎌を振り回す。

 

彼の鎌は人間の霊魂を刈るためにあったようだ。

 

「おかしなものよね?私の死を死の悪魔が救ってくれるだなんて最高のジョークだと思わない?」

 

右側から飛んできた死神の大鎌を右手で受け止め、大鎌の石突きを地面に突き立てる。

 

帽子の黒いベールの奥には悪魔を表す真紅の瞳が光っており、敵をからかう態度を向けてくる。

 

その姿は自分を偽っていた頃のみたまのようであり人をからかう役目を背負う道化師にも思えた。

 

「調整屋……大丈夫なのか?」

 

「ええ、私は大丈夫よ。それよりも地面に倒れ込んでいる子供達を連れて逃げなさい」

 

「だけど!調整屋だけを戦わせるわけにも……」

 

「私を信じて、ももこ。()()()()()()()()って…あの時に言ったはずよ」

 

「みたま……分かった!調整屋の事を信じるよ!」

 

ドルミナーが解かれた魔法少女達が両肩に少女達を背負いながらも水名神社から逃げて行く。

 

向かい合う悪魔達は最後の会話を交わした後、殺し合う事になるだろう。

 

「魔法少女が悪魔と一体化するなんてね。マカーブルの力の全てを発揮する前に殺してみせる!」

 

「私はね、貴女と同じく罪人なの。もしもやり直すつもりがあるなら…私は貴女を殺さないわ」

 

「やり直す?馬鹿を言わないで!弱者を喰らうのが強者の権利!それこそが自然の法則よ!!」

 

「悪魔らしい意見だわ。なら、私も悪魔となった者として…自然の掟に従わせてもらうわ」

 

右手に持つ死神の大鎌に向けてコカクチョウ達の魂が吸い込まれていく。

 

魂を刈り取った武器が邪悪な光を放ち、右手から離れて浮遊しながら高速回転していく。

 

「さぁ……死と踊りましょう。苦しみなんて一瞬よ」

 

死の大鎌が境内を高速で回転しながら飛び、死の舞踏を踊るためのリングを生み出す。

 

死の悪霊となったみたまの体が黒い霧を生み出しながら消えてしまう。

 

「私を殺せると思ってるわけ!?その思い上がりに報いを与えてあげるわ!!」

 

残った左手を天に掲げ、全体に轟雷を放つマハジオダインを放とうとしてくる。

 

しかしクイーンメイヴの周囲には刈り取ったコカクチョウ達の魂が生み出され取り囲んでくる。

 

<<大丈夫、直ぐに終わるわ>>

 

背後から現れたみたまが左手に持つランタンをクイーンメイヴの頭上に放り投げる。

 

燃え上る程の灯りを生み出すランタンに目掛けて死者達の魂が集結していき、極大の爆発を生む。

 

「バカなァァァァーーッッ!!?」

 

クイーンメイヴの体が魂の爆発によって崩壊しながらMAGの光と化していく。

 

魂を爆発させるその光景はまるでソウルジェムに魔力を送り込んで殺す光景とも酷似している。

 

これこそが魂を扱ってきた八雲みたまが放つ死の舞踏、『葬々魂吸演舞(ダンス・マカブル)』であった。

 

異界が解け、周囲は元の水名神社に戻ってくれる。

 

子供達を安全な場所まで避難させられたももこ達が駆け付けてくれたようだ。

 

「馬鹿野郎!なんで独りで悪魔と戦ったりするんだよ!?力が無い調整屋のくせに!」

 

涙を流しながら怒ってくるももこであるが、その顔には心底安堵した顔つきを浮かべてくれる。

 

「でも良かった…生きててくれて…本当に良かったよぉぉぉ……」

 

泣きながらみたまに抱きつく彼女を支えるようにして両腕をももこの背中に回してくれる。

 

「ごめんなさい…ももこ。こればかりは私だけの思い…だからこそ貫きたかったの」

 

「本当に…みたまさんなのよね?本当に悪魔になっちゃったの…?」

 

「ふゆぅ…かなえさんにメルちゃん、それに十七夜さんに令さんにみたまさんまで悪魔なんだね」

 

「まったくどうかしてるわよ。こんなに景気よく悪魔になれるなんて…まるでバーゲンセールよ」

 

「フフッ♪悪魔のバーゲンセールを企画したらヴィクトル叔父様も喜んでくれるかしらぁ~?」

 

「ええっ!?あの変態吸血鬼にそんな企画を提案したら…レナ達全員悪魔合体のモルモットよ!」

 

「ふみゃみゃ!!わ…私は悪魔になるのは勘弁だからね!御霊合体でさえ怖かったのに!!」

 

泣きじゃくるももこの後ろでは慌てふためくレナとかえでがいてくれる。

 

悪魔となっても変わらぬ態度で接してくれる仲間達を見つめるみたまは心の底から喜んでくれた。

 

(悪魔になった私を恐れない皆がいる…。十七夜…悪魔に成り果てても帰れる場所ならあるわ…)

 

夜空を見上げる彼女の脳裏に向けて自分と融合してくれた悪魔の念話が響いてくる。

 

<悪魔合体を選んだ私の意識は時期に魔界に帰るだろう。魔界で見守っているぞ…()()()()()よ>

 

<有難う…マカーブル。貴方が与えてくれたこの命…絶対に無駄にはしないわ>

 

夜空を見上げる八雲みたまは祈る事が許されなくなった神に向けてではなく、悪魔として願う。

 

いつか必ず皆が帰ってきてくれて楽しかった頃に戻れるのだと信じて生きていくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その後の八雲みたまは依然と変わらない態度で魔法少女達と接してくれる姿を見せてくれる。

 

相変わらず少女達をからかう態度を向けてくるが、今ではこの姿に偽りを感じる事は無い。

 

周りの人々が喜んでくれるのを嬉しく思うからこそ道化師のように愛嬌を振りまくのだ。

 

しかし道化師とはヨーロッパにおいては()()()()()()()()()

 

タロットカードの死神として道化師の姿が描かれており、道化師のようなピエロは恐怖の象徴だ。

 

神浜の差別を憎み、死をばら撒いた女は死の悪魔に憑りつかれ命を繋がれる者となった。

 

今の彼女は死を司る魔人の如き存在であり、彼女の歩く道には死が吹き荒れる事になるだろう。

 

それでも彼女はいたずらに死をばら撒く女になる事を拒絶する者。

 

誰かの命を奪うのは、そうしてまで誰かを救いたいと思ってしまう気持ちから生まれるものだ。

 

善行になるのなら犯罪行為も許されるという独自犯罪理論を唱えた者こそ小説の罪と罰の主人公。

 

彼女もまたラスコーリニコフと同じく世のため人の為と称して悪魔を殺していくのだろう。

 

それでも彼女は悪魔でさえも愛し、慈しむ心を捨てるつもりはない。

 

悪魔と関わる事で救われた者であり、悪魔と同じく呪われる存在だからこそ相手を考えてくれる。

 

その気持ちがあるならば、ラスコーリニコフのようにやり直す道だって探していけるだろう。

 

「私は悪魔であっても信じてあげたい…。憎まれるべき罪人の私を信じてくれた人達のために…」

 

ホテル業魔殿の屋上で夜の神浜市を見下ろす悪魔少女が立っている。

 

憂いを帯びた表情を浮かべながらも、刺し貫かれた左胸に咲いてくれた赤い花を手で掴む。

 

咲いた赤い花とは薔薇である。

 

()()()()()()()()()()()()であり、熱烈な恋やあなたを愛しているという意味合いがあるのだ。

 

「私の命は三度悪魔に救われた…フロスト君や…人権宣言を叫んだ尚紀さんがいなかったら…」

 

繋がれた命は何のために赤く咲いたのかなら、高鳴りをしていく心臓の鼓動が教えてくれる。

 

「私に足りなかったのは…自分の憎しみを克服する自己犠牲…誰かを愛する愛情だったのよ」

 

八雲みたまは憎しみを捨て、愛を胸に宿す人生を選ぶ事になるだろう。

 

テロを起こした東の者だと罵倒する者達にだって献身的な愛情を注げる存在になっていくのだ。

 

十七夜の弟がそうしたように、罪人だからこそ自分の罪と向き合い償いを行う姿を見せる。

 

そんな者達の償いの道は長くなるだろうが、それでも人間は怒りに飲まれた人生など選べない。

 

いつか必ず彼女の献身的な愛情を認めて赦してくれる西側の人達が現れてくれるだろう。

 

「今の私がいるのは悪魔達のお陰。悪魔の尚紀さんと出会えなかったら…私は憎しみを選んだわ」

 

東の人々や西側の穏健派の人々に光を運んでくれた男を思えば思う程、左胸が苦しくなる。

 

みたまや十七夜、それに東西の人々の心に光をもたらした男に尽くして生きたいと彼女は願う。

 

「私は…一生をかけて尚紀さんに尽くしたい。私の心から憎しみを消してくれたあの人のために」

 

尚紀に続きたい気持ちとは贖罪を示す者に続きたい気持ちであり、彼を愛する気持ちでもある。

 

愛情を象徴する赤い花を左胸に宿した者の償いの道は長く険しいものとなるだろう。

 

そんな常闇の道を歩き続ける人生を選んだ()()()()()の手には闇を照らすランタンが握られる。

 

常闇を照らすランタンの光は、光と同時に炎でもある明るさを闇の世界にもたらすのだ。

 

()()()()()()()()がこの世界には存在している。

 

それこそがラテン語でルシファーを表す悪魔概念であり、ルシファーと呼ばれた人修羅であった。

 




マギレコのハロウィンイベントに参加したメインキャラはことごとく悪魔化する運命なのが僕の駄作です(汗)
だってハロウィンはドルイド教の楽しい悪魔崇拝イベントであり、悪魔と楽しく触れ合うのがメガテンですからね(汗)


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231話 令和と大正の探偵

IT大臣を務める門倉は世界最大規模の慈善団体を設立しており日本にもその支部がある。

 

団体の目的とはアジアやアフリカなどの途上国が抱える貧困の撲滅のようだ。

 

特にマラリアやポリオなど感染症対策のために医療団体を大きく支援しているようであった。

 

「オーダー18の為の兵士製造はこれで終了。後は戦闘プログラムをインストールするだけやな」

 

東京某所の秘密研究所の巨大施設内には機械に繋がれた巨大試験管が大量に並んでいる。

 

中には人型の造魔が浮かんでおり、白い肌を除いてはほぼ人間と同じ姿に見えるだろう。

 

モニタールーム内で巨大施設を見下ろすのはIT大臣の門倉とドクタースリルである。

 

「戦闘プログラムをインストールされた造魔はどの程度の戦力になるのかね?」

 

「魔法少女と変わらん身体能力を手に入れた特殊部隊兵士だと語れば伝わるか?」

 

「なるほど、理解した。この犬共にはPMC兵士の装備を施してオーダー18に投入されるだろう」

 

「フン、わしは気分悪いで。わしの造魔を使い捨ての道具として利用するなんてな」

 

「彼らの任務は革命テロリストとなってもらうこと。東京を混乱させるためのかく乱部隊なのだ」

 

「まぁええ、ロスチャイルドからの資金援助と門倉はんの財団からの資金援助分の働きはするで」

 

「表向きは東京に現れたテロリストによって日本の首都の主要施設は攻撃される予定となる」

 

「そんで米軍と自衛隊が東京を包囲して造魔部隊を殲滅するマッチポンプやろ?()()()()()()か」

 

「戒厳令が敷かれた東京は軍隊により隔離される。テロリストを逃がさないためと言いながらな」

 

サングラスを指で押し上げた門倉が不気味な笑みを浮かべてくる。

 

隔離された東京の人々は何処にも逃げ場が生まれずどうなってしまうのか?

 

「肝心な要素は造魔部隊やない、()()()()()()()()()()()()や。もう直ぐ始まるんやろ?」

 

「東京オリンピックももう直ぐ終わる。それが終わり次第この国は非常事態宣言を出す予定だよ」

 

「全国の主要都市で感染を封じ込めるロックダウンが始まるか…いよいよなんやな?」

 

「そうだ。中国武漢から端を発した未知の病魔を抑え込むワクチンを注射した者達こそが肝心だ」

 

「造魔達を反ワクチン派のテロリストに仕立て上げ、バイオテロを画策した便()()()にする計画か」

 

()()()()効果で反ワクチン派は社会悪にされるだろう。ワクチン接種は正義となるのだよ」

 

造魔部隊の視察を終えた門倉が踵を返して帰ろうとしていく。

 

エレベーターの前で立ち止まった門倉を不審に思ったスリルが後ろを振り向いてくれる。

 

「どうしたんや?」

 

見れば門倉は額の傷を抑え込みながら呻き声を上げているようだ。

 

「……何でもない。仕事疲れのせいか…最近は頭痛が酷くてね」

 

「今は大事な時期やからな。無理してでも事を進めて行くしかないんやで」

 

「分かっている…もう直ぐオーダー18が迫っているのだ…私も休んでなどいられん」

 

エレベーターに乗り込んで去っていく門倉を見送ったスリルは再び造魔工場に視線を向ける。

 

「あいつ…クールー病にでもなったんか?これだから悪魔崇拝カニバリスト共はおっかないんや」

 

モニターに照らされた眼鏡を指で押し上げたスリルは溜息をつき、恐ろしい言葉を語っていく。

 

「ワクチンの中身も医者に聞かずに投与する…民衆は何処までも権威主義に洗脳された愚民やな」

 

――ワクチンの安全が保障された事なんて、()()()()()()()()()()というのにのぉ。

 

――民衆はインドのポリオワクチン接種被害やアフリカの接種被害から何も学ばなかったんや。

 

「門倉…お前の財団は悪魔財団そのものや。お前こそが()()()()()()()を表すのやもしれんのぉ」

 

門を表す名を持つ男の事をスリルは地獄の門だと表現する。

 

イタリアの詩人ダンテが残した叙事詩の中にある地獄の門はこのように表されるのだ。

 

我を過ぐれば()()()()あり、我を過ぐれば()()()()()あり、我を過ぐれば()()()()あり。

 

義は尊きわが造り主を動かし、聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛、我を造れり。

 

永遠の物のほか物として我よりさきに造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ。

 

汝等、ここに入るもの()()()()()()()()()

 

「門倉が生み出すワクチンこそが地獄の門を開く鍵となる…この世界は魔界と一つになるんや」

 

不気味な笑い声を上げるスリルの目の前に広がる造魔工場の光景こそがスリルの望み。

 

造魔の元になるのは悪魔であり、世界が魔界化すれば造魔の元が大量に手に入る。

 

目の前の造魔達とて悪魔を生み出すMAGを絞るために大量の魔法少女達を生贄にして製造した。

 

陽気な関西人を演じる男だが、中身は科学万能主義に陥ったマッドサイエンティスト。

 

知識を求めるのも大事だが、徳が無い知識人は倫理観を無視するのだと尚紀は語った事がある。

 

スリルが悪魔崇拝者達に協力するのは自身の知的好奇心を満たしたいだけの強欲者なのであった。

 

……………。

 

夜の東京の某所において異常な光景が生み出されている。

 

路地裏を逃げ回るのは東京で活動しているギャング魔法少女達だった。

 

「来るな……来るなァァァァーーッッ!!!」

 

逃げ惑う魔法少女達は我を忘れながら助けを乞い、無我夢中で走り逃げる。

 

角を曲がるごとに一緒に逃げていた魔法少女の姿が消え、また角を曲がっては消えていく。

 

最後には独りだけになったギャング魔法少女が行き止まりに阻まれ逃げ場を失ってしまう。

 

<<ググ……ギギ……足りない……足りないィィィィーーー……>>

 

近づいて来る男の姿に震え上がるギャング魔法少女が魔法武器の釘バットを生み出して構える。

 

現れたのは上半身を俯けた状態のまま近づいて来る門倉の姿。

 

着ている白スーツは体の内側が蠢くかのようにして膨れ上がり、体を突き破ろうとしてくる。

 

両腕をだらしなく垂れ下げ、よだれを撒き散らしながら迫ってくる門倉が頭部を持ち上げていく。

 

「ヒィィィーーッッ!!?」

 

門倉の顔の血管は血走っており、サングラスをかけた両目は真紅の光を放っている。

 

縦に伸びた額の傷からは禍々しい一本角が生えているその姿はまるで悪魔だ。

 

口の周りは血が纏わりつき、白いスーツを返り血で汚す恐ろしい男が近寄ってくる。

 

「ソウル……ソウルジェム……喰いたい……喰いたいィィィィーーーッッ!!!」

 

獣の如き雄叫びを上げた門倉が魔法少女を遥かに超えた身体能力で飛びかかってくる。

 

「アァァァァーーーッッ!!!」

 

魔法少女の喉元に喰らいついた門倉は首を嚙みちぎり、おびただしい流血が噴き上がってしまう。

 

恐怖で戦意を喪失した者であろうが力任せに腕を掴み、腕力で腕そのものを引き千切っていく。

 

倒れ込んだギャング魔法少女のソウルジェムが絶望で砕け散る前に手に取り、口の中に放り込む。

 

「アァァ……イイ……ソウル……穢れたソウルのMAGが体中に染みわたるゥゥゥ……」

 

飲み込んだソウルジェムだけでは満足しないのか、円環に導かれなかった死体に喰らいつく。

 

おぞましいカニバル行為を行う門倉の体中が蠢き、内側を突き破ろうと暴れ続ける。

 

明らかに門倉は悪魔に憑りつかれており、彼を支配する存在に導かれて凶行を行っているのだ。

 

「……これで33人目か。東京の魔法少女社会はあの悪魔に全員が喰い尽くされた事になったね」

 

ビルの屋上で凶行現場を見下ろすのは契約の天使を務めるインキュベーター。

 

東京で魔法少女契約を進めていた者だが東京に見切りをつけようかと考えているようだ。

 

契約した魔法少女が次々と喰われてしまっては魔獣を倒す者がいなくなってしまう。

 

そうなればグリーフキューブ回収が得られず、微量ながらも宇宙の熱回収が出来なくなる。

 

彼にとっては宇宙の熱回収が優先であり、魔獣に襲われる人間は優先する必要がなかったのだ。

 

しかし彼は微量な熱回収で満足する者ではない。

 

「悪魔の体は感情エネルギーで構成されている。殺された時、宇宙を温める膨大な熱が生まれる」

 

契約の天使が新たに着目した宇宙の熱源とは悪魔である。

 

魔獣を倒すよりも悪魔を倒させた方が宇宙の熱エネルギー回収として効率がいい。

 

そう考えるインキュベーターは悪魔を有効利用出来ないものかと試行錯誤を繰り返す。

 

「悪魔の体を構成する感情エネルギーが不足しては薪として物足りない。()()()()()()なんだ」

 

彼が考えている新たなる宇宙の熱回収システムの構造とはキャンプファイヤーと同じだ。

 

薪だけでは炎はよく燃えない為、天然の着火剤として松ぼっくりを使用する事があるだろう。

 

松ぼっくりとは宗教的には魂を表し、ソウルジェムの形とも似ている。

 

これだけ語れば答えは出るだろう。

 

「悪魔が魔法少女を喰らい、魔法少女が仇を討ち悪魔を滅ぼす。それによって熱回収力は増す」

 

――()()()()()()()()()()()()()こそが、新たなる世界の熱回収の光景となるべきだね。

 

目の前の惨劇こそがこれからの世界の理想的な形となるのだと契約の天使は語っていく。

 

少女が悪魔に体を引き裂かれ、肉も魂も喰われ尽くす光景こそが理想だというのだ。

 

この世界の悪魔達はかつての魔女と同じ役目を与えられていく事になるだろう。

 

新たな食物連鎖関係こそが、悪魔と魔法少女が生み出す世界の救済なのだと語ってくれた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

大規模テロ等は発生を未然に防ぐことこそが肝心だ。

 

その事なら元警察官である丈二ならば誰よりも知っている。

 

尚紀からの依頼を受けた丈二は彼と共に東京捜査に乗り出す事になっていく。

 

「警視庁ではテロを未然に防ぐためにこんな取り組みを行ってきたんだ」

 

「俺達もそれに続く捜査方針となっていくだろうな」

 

情報収集・分析、水際対策、警戒警備、違法行為の取締りと事態対処、官民連携等がテロ捜査だ。

 

しかし尚紀達は民間の探偵業者に過ぎず官民連携を行う捜査権限すらもたない問題を抱えていた。

 

「先ずは情報収集と分析になってくるんだが…如何せん敵の狙いが見えてこないな」

 

「俺のツテからの情報では東京で暴力革命が起こると言ってきた。革命ならば狙いが見えてくる」

 

「もし革命を起こそうと考えているなら狙うのは首都の主要施設になってくる。政変が狙いだな」

 

暴力革命とは体制転覆であり、そのために狙う施設は歴史が証明している。

 

迅速に国家の首都に部隊を展開して占拠し、権力の中枢に関与する指導的施設を制圧するのだ。

 

「国会、内閣府、各省庁、裁判所、メディア、インターネット業者等々、政治と報道を牛耳るか」

 

「今回の大規模テロにも神浜テロの裏で武器を横流しした連中が関与するなら…大規模になるな」

 

捜査会議を続けているようだが丈二は沈んだ顔を浮かべてしまう。

 

この捜査で万が一何かを掴んだとしても、それに対処出来るのは国家だけだと考えているのだ。

 

「尚紀、俺はお前の頼みだからこそ捜査に協力してやるが…問題があまりにも大き過ぎるんだ」

 

「分かってる…俺達の力だけでは水際対策、警戒警備すら行える筈がない。権限が無さ過ぎる」

 

「俺達の目的は情報収集に留める。情報を掴んだなら即座に警察のテロ対策室に連絡するんだ」

 

「……それが正しい探偵の在り方だからな」

 

今の自分はしがない探偵に過ぎない現実を突き付けられる尚紀の心は暗闇に包まれてしまう。

 

当てにするべき国家そのものがディープステートに乗っ取られている。

 

たとえ一民間人として通報したところで揉み消されるのが関の山。

 

だからこそ彼が手に入れようとするのは情報だけであり、後は自分達の手で戦う腹積もりなのだ。

 

「今回の捜査は大規模になる。俺の同居人達も協力してくれるし、ナオミも手伝うと言ってきた」

 

「東京の主要施設周辺を捜査するだけでも大規模になる。捜査人員はまだ足りないぐらいだな…」

 

「他に頼りになる捜査人員ともなれば…いないこともないが……いや、アイツは……」

 

「どうした?心当たりでもあるのか?」

 

「……いや、忘れてくれ。今回の捜査はさっき語った人員だけでやっていこうと思う」

 

「そうか……出来れば他にも当てがあれば助かったんだが…贅沢も言えないか」

 

明日には東京に向かうため、捜査会議を終えた尚紀達は準備に追われていく。

 

深夜まで続いた仕事を終えた彼はクリスを運転しながら家路に向かうのだが何かを気にしている。

 

「クリス、後ろのロンドンタクシーには気が付いているんだろ?」

 

「ええ、あの旧車モデルのブラックキャブでしょ?1998年頃まで使われてた渋いモデルね」

 

「あの車は俺が東京に行く時にはいつも尾行してきていた。恐らくは…葛葉ライドウの車だな」

 

「どうするの、ダーリン?しつこくつけ回す同業者にいっぱつかましてやるの?」

 

迷いの表情を浮かべながらも尚紀は車を運転していく。

 

帰り道には向かわず神浜の西側に向けて走り続けていくようだ。

 

新西区内にある信号に差し掛かり二台の車が停車。

 

信号が青になるのを待つ中、ついに尚紀が決断する覚悟を決めてくれる。

 

「…クリス、葛葉ライドウに仕掛けるぞ。あいつが何のために戦うのかを…今夜見極めてやる」

 

「その言葉が聞きたかったのよ♪さぁ、派手に逃げてあげるから奴らを喰らいつかせなさい!」

 

青信号になると同時にクリスは急発進していく。

 

「尾行に気が付かれたか!」

 

「巻かれるわけにもいくまい」

 

「任せろォォォーーッッ!!うぉれは世界最高の!ロンドンタクシーマンだァァーーーッッ!!」

 

ドライバーを務めるマッドマンがアクセルを一気に踏み込み、素早くギア操作を行いながら加速。

 

深夜の道を加速しながら目の前の車を避け、クリスに巻かれまいと追跡を続けていく。

 

「それにしてもよォォォ……ずっとあの車悪魔の尻を追いかけてきたけどよォォォ……」

 

マッドマンはクリスの後部を見据えたまま無言運転を繰り返す。

 

「どうした、オボログルマよ?突然静かになって?」

 

後部座席から怪訝な顔を浮かべてくるライドウとゴウトが運転手に問いかけてみる。

 

バックミラーに視線を向ければドライバーの目にハートが浮かんでいる事に気が付いてしまう。

 

「ウォォーーッッ!!なんていい尻した女悪魔なんだァァーーッッ!!惚れたぞーーッッ!!」

 

「な、なんだと!?オボログルマ…うぬは一体何を言い出して…!?」

 

「うぉれのハートがキュンキュンするーッ!!あの車悪魔とお近づきになりたいィィーッッ!!」

 

神浜市を超えていったクリスが山道に向かうために車を走らせて行く。

 

二台の車が山道に入った時、ついにオボログルマが正体を表す時がくる。

 

「うぉれは決めたぞォォォーッッ!!今日からうぉれは恋する車悪魔になるゥゥゥーッッ!!」

 

車体から黒い霧が噴き上がりながら車体を覆い尽くす光景を尚紀はサイドミラーで確認する。

 

「やはりあのブラックキャブもお前と同じ車悪魔だったようだな」

 

「それにしてもさぁ…ダーリン。なんだかさぁ、いやらしい視線を感じる気がするのよ」

 

「なんだ突然?それも女の勘か何かなのか?」

 

「うん、女の勘。あのロンドンタクシーに近寄られたくないわ…もっと飛ばして!!」

 

加速していくクリスを猛追していくロンドンタクシー。

 

ハイビームを眩しく光らせる男悪魔が熱烈な勢いでクリスのお尻を追いかけていくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

恋するキャノンボールと化したブラックキャブが黒い霧の中から飛び出してくる。

 

飛び出したのは良いのだが全身ベコベコであり、窓ガラスまで割れている無残な姿を晒す。

 

しかしこの姿こそが妖車としてのオボログルマ本来の姿なのであった。

 

「ウォォーーッッ!!待ってくれーーッッ!!可愛い子チャンンンンッッ!!!」

 

ドライバーの顔は髑髏顔となっているが妖怪としてはこっちの方がしっくりくるやもしれない。

 

恋する妖怪のノリについていけないゴウトは両腕を組んだ状態のライドウに視線を向けてみる。

 

「こやつのこの調子は些か心配な気もするが…どうするのだ、ライドウ?」

 

「……やる気十分ならばそれでいい。巻かれるなよ」

 

「世界を救う時がキタァァァァーーーッッ!!」

 

カーブをドリフトしながら引き離そうとするがオボログルマも華麗なドリフト走行を行う。

 

山道が直線になったのを見計らって横に並んだオボログルマがクリスに悪魔会話を仕掛けてくる。

 

「ヘイ、彼女!うぉれと一緒に栗栖坂に向けてドライブと洒落こまねーかァァーーーッッ!!」

 

「な、何よコイツ!?いきなりナンパされちゃったわよ!?アタシにはダーリンがいるのよ!」

 

「こいつもライドウの仲魔か…?随分と気に入られちまったみたいだな、クリス?」

 

「やめてよダーリン!?アタシはダーリン一筋なんだからーーッッ!!」

 

「貴様がクリスチャンの思い人!?貴様の事なんぞ…うぉれが忘れさせてやるゥゥゥーッッ!!」

 

「強引な男は嫌いなのよ!アタシに近寄らないでったらーっ!!」

 

どんちゃん騒ぎをしている車悪魔達には付き合わないライドウが仕掛けてくる。

 

「チッ!!」

 

後部座席から銃を向けて放つ弾丸がクリスの窓ガラスを撃ち抜く。

 

尚紀は間一髪で避けたが窓ガラスは砕け散りフロントガラスはひび割れてホワイトアウトする。

 

「ライドウテメェ!?うぉれの可愛い子チャンに傷をつけるんじゃねェェェェーーッッ!!」

 

「目的を忘れるな、オボログルマ。我々は人修羅を追跡しているだけだ」

 

フロントガラスに肘打ちを放ち砕いた奥に見えたのは悪魔化した尚紀の姿。

 

口元には不敵な笑みが浮かんでおり、腕の立つ強敵を相手に血が騒いでいる姿を隠しきれない。

 

「そうこなくっちゃな。さぁ、悪魔のカーチェイスバトルといこうじゃねーか、ライドウ!!」

 

ギアを素早く操作して前に進み出る尚紀を追うライドウは封魔管の一つを取り出して構える。

 

「疾風の如く駆け抜けろ…オルトロス!!」

 

並走するかのようにして召喚されたのは獣悪魔のオルトロスである。

 

「機械悪魔ヲカワイコチャンダトヌカス奴ト組マサレルトハナ。オレサマ、趣味ガ合ワナイ!」

 

「うるせェェーッッ!!獣悪魔なんぞにクリスチャンの良さが分かってたまるかァァーッッ!!」

 

「分カリタクモナイ!!」

 

猛加速していく車に追いつける程の速度でオルトロスも走り続けてくる。

 

バックミラーで確認した人修羅はお返しとばかりにクリスをけしかけてくるようだ。

 

「相手はデビルサマナーだ。遠慮をする必要はない、存分に相手をしてやれ」

 

「オッケーダーリン!あの気持ち悪い車男と獣臭い悪魔をギャフンと言わせてやる!!」

 

走行するタイヤが放電現象を生み出し、後方に向けてマハジオンガを放つ。

 

「クッ!!」

 

猛追してくるオルトロスは頭上から迫る雷の一撃を避け続けるために減速してしまう。

 

しかしオボログルマは雷魔法を吸収しながら速度を緩めず追跡してくる。

 

「クリスチャンの激しい愛撫がうぉれの体を興奮させてくれるゥゥゥーーッッ!!」

 

猛追してくるオボログルマを確認したクリスは雷魔法は効果的ではないと判断したようだ。

 

「あの車悪魔…アタシの雷魔法を吸収してきたわよ!?なんて厄介な男なのよ!」

 

「相手はデビルサマナーだと言った筈だ。サマナーなら悪魔の耐性を熟知して使役してくるぞ」

 

「これじゃあ、アタシの雷魔法は役に立ちそうにないわね。どうするの、ダーリン?」

 

「なら車ごとぶつけてみるか?」

 

「やめて!!アイツの体になんて触れたくないわ!アタシの体が汚されちゃうーーッッ!!」

 

「まったく…我儘な女だな」

 

カーブを曲がったクリスであるが、側面の木々の中から跳躍して現れる悪魔が襲い掛かってくる。

 

「モラッタゾ!!」

 

飛びかかってきたのはオルトロス。

 

彼は曲がりくねった山道を無視して木々の間を潜り抜けながら最短距離で現れたようだ。

 

振り上げた前足の爪から放つのは『雄渾撃』の一撃。

 

しかし人修羅は迫りくる魔力に気が付いており、素早くハンドル操作を行う。

 

後輪が滑りながらドリフトしてオルトロスの一撃を間一髪で避け切ったのだ。

 

「逃ガサンゾ!!」

 

双頭の口から業火が噴き上がり、ファイアブレスを放ってくる。

 

サイドミラーで確認した尚紀がハンドル操作で隣の車線に移動しながら避けきる動きを行う。

 

オボログルマもオルトロスと共に迫り、窓から身を乗り出したライドウが銃を構える。

 

「合わせろ、オルトロス」

 

「サマナーノ射撃デ奴ラヲマル焼キニシテヤレ!」

 

オルトロスが放つのは合体魔法の一種である『火炎弾』である。

 

炎属性を得た銃弾が次々と放たれ、クリスのリアガラスを撃ち抜きながら砕いていく。

 

中にまで炎が燃え広がらないようにマガタマのゲヘナを飲み込み、彼が身を挺して炎を吸収する。

 

「遠慮のない男だな。フッ、ライドウと追いかけっこをしていると…ダンテを思い出すよ」

 

追撃をかわし続けるクリスに向けてオボログルマが迫るのだが、車内ではひと悶着が起きている。

 

「コラ!!うぬも攻撃に参加せぬか!!」

 

「イヤだァァーーッッ!!うぉれはクリスチャンの体を傷つけたくねェェェーッッ!!」

 

「それでも男か!!うぬの猛き思いをぶちかますぐらいの気概がなければ女は振り向かぬぞ!」

 

「ぶ…ぶちかます!?うぉれの思いを…クリスチャンのお尻にぶちかますのか!?」

 

ゴウトの言葉を聞いた事で天啓を得たのか、燃える闘魂と化したオボログルマが高速で迫りくる。

 

「みなぎってきたァァーッッ!!熱せられたうぉれのマスラオを受け止めてくれェェーッッ!!」

 

オボログルマが放つのは愛を込めた突進の一撃。

 

「キャァァーーーーッッ!!?」

 

リアバンパーを突き上げられたクリスは前輪が浮き上がる程の衝撃を浴びる。

 

ハンドル操作が効かなくなった人修羅は前輪の着地と同時にハンドルを操り体勢を立て直す。

 

「うぅ…グスッ。アタシのお尻が変態車悪魔に汚されちゃった…初めてはダーリンだったのに…」

 

「訳の分からない事を言ってないで集中しろ!!また仕掛けてくるぞ!!」

 

銃に弾を詰め直したライドウが見据える先にはトンネルが迫っている。

 

「仕掛けるぞ、あの車悪魔と並ぶように並走してくれ」

 

「任せろォォォーーッッ!!」

 

後部座席の扉を開けたライドウがオボログルマの屋根に乗り移る。

 

それと同時に二台の車がトンネル内部に侵入する中、人修羅は不敵な笑みを浮かべてくるのだ。

 

「クリス、運転を任せる」

 

「ダーリンはどうする気よ…?」

 

「ライドウを迎え撃つ」

 

ライドウの狙いを分かっているかのようにして彼も扉を開けて屋根の上に乗り移る。

 

トンネル内を加速する二台の車の上で睨み合う両雄。

 

強い風で揺れる黒のトレンチコートと漆黒のハイカラマントを纏う男達が手に持つのは刀である。

 

「……来い、ライドウ!!」

 

「行くぞ……人修羅!!」

 

ライドウは腰のホルスターから銃を抜いて撃ち続けてくる。

 

迫りくる銃弾を迎え撃つのは抜刀した怨霊剣を指を用いて高速回転させる刃の盾。

 

刃の高速回転によって次々と銃弾を弾かれたライドウは銃を仕舞って陰陽葛葉を抜刀する。

 

高速で迫るオボログルマと後続から走ってくるオルトロスを迎え撃つために人修羅は刀を振るう。

 

「ナンダァ!!?」

 

抜刀した状態から放つ次元斬がトンネル天井に向けて放たれ、排煙用ジェットファンを切り裂く。

 

上から落下してきたジェットファンが頭に直撃したオルトロスは怯んで止まってしまったようだ。

 

だがライドウはその間にクリスの横に並ぶ程の距離まで詰めてきている。

 

「「ハァァーーーッッ!!」」

 

互いの斬撃が次々とぶつかり合い、薄暗いトンネル内部に向けて火花を飛ばしていく。

 

ライドウの斬撃を全て防ぎきらなければ陰陽葛葉の一撃によってクリスは両断されているだろう。

 

互いが車輪の悪魔を引き連れ、その上で戦う姿はまるでコロセウムのチャリオット対決の光景だ。

 

「ライドウ!!お前の刃は何のために振るわれる!!」

 

ライドウの一撃を刀で打ち上げた人修羅が回し蹴りを放つがライドウは跳躍して蹴りを避ける。

 

クリスのトランクルームの上に着地した彼が屋根の上に立つ人修羅に目掛けて斬撃を放つ。

 

「我が刃は個を捨て、人々を護らんとする強い意志の表れ!只一振り研ぎ澄まされた刃となる!」

 

「個を捨ててまで人々を守るのは何のためだ!!その人々の姿は誰を表す!!」

 

人修羅の逆袈裟斬りを受け流し、両足を刈るための横薙ぎが放たれる。

 

咄嗟の跳躍移動で避けた人修羅はオボログルマの屋根に飛び移り、互いが足場を利用する。

 

「自分は14代目葛葉ライドウ!帝都の人々を護る者であり、民を護る守護者だ!!」

 

「民を護ると言ったな!ならばお前の戦う理由とは、ヤタガラスのためではない!!」

 

「ヤタガラスを侮辱するな!自分に護国守護の役目を与えてくれた存在こそが国の守護者だ!!」

 

オボログルマの屋根の上で切り結び合う両者が互いに袈裟斬りを放ち鍔迫り合う。

 

ヤタガラスを信じるライドウの信念は揺るぎないようだが東京の守護者として言える言葉がある。

 

「ヤタガラス連中はな…()()()()()()()()()!!帝都と呼ばれた東京の地を見捨てやがった!!」

 

「何だと…?」

 

「ヤタガラスが魔法少女を取り締まらなかったから俺が代わりを務めた!連中は似非守護者だ!」

 

「ヤタガラスが…帝都である東京を…捨てただと……?」

 

「奴らが東京を守ってくれていたなら…俺は魔法少女の虐殺者になる必要なんてなかったんだ!」

 

人修羅に向けるライドウの怒りとは魔法少女の虐殺者として帝都の子供達を虐殺した事だ。

 

しかし彼から伝えられた言葉が事実ならば、子供達が虐殺された原因はヤタガラスの怠慢にある。

 

あまりにも強過ぎる迷いに飲み込まれてしまったライドウの闘気が薄れていく。

 

「いい加減、アタシの横に纏わりつかないでよ!!このスケベ男!!」

 

オボログルマに並走されるのが嫌だったクリスが車体をぶつけてくる。

 

大きく揺れたため人修羅は片膝をついて衝撃を堪えるが、両足に力が入らない者が落ちていく。

 

ライドウはトンネル内の道路に倒れ込み転がっていく姿を残す最後となったようだ。

 

運転席の扉を開けてくれたクリスに飛び移った人修羅がトンネル出口を超えていく。

 

葛葉ライドウとの二戦目になるチェイスバトルは人修羅が逃げ切る結末となったのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ライドウ…傷は大丈夫か?」

 

急停止したオボログルマから出てきたゴウトはライドウの体を心配してくれる。

 

180キロ近い速度で直線を走っていた車から転げ落ちたライドウの全身は傷だらけのようだ。

 

「ああ……自分は大丈夫だ。だが…人修羅を逃がしてしまったようだな」

 

「いや、そうでもないようだぞ」

 

後から合流してきたオルトロスを召喚管に仕舞ったライドウはモー・ショボーを召喚する。

 

彼女に回復魔法をかけてもらえたライドウはゴウトの後を追うようにして歩いていく。

 

トンネル出口を出てみれば路肩にクリスを停車させたままの尚紀が待ってくれていたようだ。

 

「人修羅…さっき語った話は……本当なのか?」

 

「本当だ。去年頃にヤタガラスから勧誘を任された連中が来たが、そいつにも文句を言ったさ」

 

「ヤタガラスからの勧誘だと…?どういう事だ…自分はそんな話を聞かされてなどいない」

 

足元のゴウトにも顔を向けてみるが、彼も伝え聞いていないのか首を横に振ってしまう。

 

「情報に食い違いがみられる…ヤタガラスは我々に何かを隠しているということなのか?」

 

「分からんが…調べてみる必要がある。間違った情報に振り回されては探偵失格だ」

 

「同業者として同じ意見だ、ライドウ。それと、探偵としてのお前に依頼を頼んでみたい」

 

「自分に依頼だと…?」

 

尚紀はライドウに向けて要点だけを纏めた依頼内容を説明してくれる。

 

それを聞かされたライドウとゴウトは驚愕した表情を浮かべてしまうのだ。

 

「帝都である東京で暴力革命が計画されているだと…?その情報は確かなのか?」

 

「ああ、確かだろう。暴力革命を企んでいるイルミナティ内部の者から語られた情報なんだ」

 

「啓明結社か…フランス革命など、世界中の暴力革命の裏で糸を引いていた者達だと聞いている」

 

「イルミナティについては後でゴウト達から聞いておこう。それで、依頼とは捜査の協力か?」

 

「うちの探偵事務所は貧乏所帯でな…人員不足なんだ。捜査はいつの時代も足でやるもんだろ?」

 

「気持ちは分かる。自分が働いている鳴海探偵事務所とて貧乏所帯だったからな」

 

「まぁ、鳴海に関しては浪費癖さえなければ事務員を雇う余裕ぐらいは生まれただろうがな…」

 

「お前の所長はごく潰しのようだな?まぁ、うちの所長も影で何やってるか読めない男だがな」

 

同業者同士の愚痴に脱線した事を苦笑した2人が向かい合い、尚紀が大事なことを聞いてくる。

 

「もう一度聞く。お前が戦う理由とは政府やヤタガラスという得体の知れない連中のためか?」

 

尚紀の問いを受け止めたライドウがこう答えてくる。

 

彼が語った言葉だけは迷いがなかったようだ。

 

「自分が戦う理由とは、人々を護るためだ。国という地域で暮らす人々を護るための刃なんだ」

 

「その気持ちがあるなら俺の依頼を任せても大丈夫そうだな。この依頼…受けるか?」

 

「勿論だ。14代目葛葉ライドウとして、帝都の守護者として…この依頼を受けさせてもらう」

 

「お前の意思はヤタガラスから与えられたものじゃない、()()()()()()()()()()()。忘れるなよ」

 

ライドウは帝都の守護者として嘉嶋尚紀から与えられた依頼を承知してくれる。

 

お目付け役のゴウトも東京に暴力革命をもたらされる事など許す事は出来ないと答えてくれた。

 

「この件に関してはヤタガラスに伏せておこう。うぬについて行くのは我々の任務のためとする」

 

「噓も方便か、いいだろう。帝都の守護者としての働きに期待する」

 

連絡手段として黒のトレンチコートから名刺入れを取り出し、ライドウに一枚渡してくる。

 

ボロボロのクリスに乗り込んだ尚紀は明日からの東京捜査のために家路に帰っていったようだ。

 

残されたライドウは受け取った名刺を見つめながら微笑みを浮かべてくれている。

 

「左読みで読み辛いが…聖探偵事務所の探偵、嘉嶋尚紀と書かれてる。それが彼の名前なんだな」

 

「悪魔は何故かしら名刺を渡してくるな?業魔殿で悪魔合体した悪魔共も名刺を渡してきたぞ?」

 

「フッ…悪魔から受け取る名刺を預かるのもデビルサマナーの役目だ」

 

「令和の悪魔探偵と大正のサマナー探偵の共同捜査か。あの男とは違う形で出会いたかったな」

 

「……そうだな。人修羅として生きる尚紀と共に…大正時代で探偵をやってみたかった」

 

元のブラックキャブ姿になった仲魔に乗り込んだライドウ達も家路に向かうため発進していく。

 

夜空を見つめる葛葉ライドウの心にはヤタガラスへの不信感が募っていく。

 

大正時代の頃はヤタガラスのために働く事こそが護国守護だと感じられたが今は感じられない。

 

尚紀やキョウジから言われた言葉を思い出す彼は心の中でこう呟いてしまう。

 

(個を捨てて戦う事が護国守護だと信じてきた……だが、個を捨てては守れないものもあるか)

 

偽りの自分を演じて好かれるよりも、ありのままの自分でいて憎まれた方が遥かにマシ。

 

ヤタガラスに向けて従順な態度でいるよりも、護りたい人達を護りに行って憎まれた方がいい。

 

そう思えるようになれたライドウは個の確立の大切さを改めて実感しているだろう。

 

LAW勢力のヤタガラスに盲従してきた彼の心には()()()()()()C()H()A()O()S()()()が芽生えてくる。

 

自由とは何なのかを混沌王から問われたライドウは、自由を考える者になっていくのであった。

 




ライドウさんも別作品主人公として成長を描いていかんとですよね。
ライドウと人修羅のダブル探偵コンビだなんて、メガテニストには浪漫溢れる光景だと思います!


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232話 因縁の再会

東京に向かった捜査チームが捜査拠点としたのは尚紀達が東京で活動した旧事務所である。

 

この場所は神浜で仕事にありつけなかった保険としてまだ残している場所のようだ。

 

「懐かしいな…俺達の古巣にまた帰ってくる事になるなんてな」

 

「電気水道等は止めちまったが捜査拠点ぐらいとしては使えるさ。入ってくれ」

 

丈二が鍵を開けて扉に入り、内側からシャッターを開けてくれる。

 

ガレージ事務所内にナオミの車とライドウの車、そして尚紀の車や丈二の車も入り込んでくる。

 

クリスから降りてきたクーフーリン達は尚紀の古巣に視線を向けることなくライドウに振り向く。

 

「コイツを信じてもいいのか、尚紀?」

 

「お前の命をつけ狙う者だったはずだが…どういう心境の変化なんだ?」

 

「そう構えるな。ライドウの狙いは変わらないが…それ以上に優先する事があるだけだ」

 

「我ハ構ワヌ。不審ナ動キヲスルナラバ…我ガ弟モロトモ相手ヲシテヤルダケダ」

 

警戒感を示すクーフーリン達に視線を向けるライドウだが敵意は無いと示すために首を横に振る。

 

彼の代わりに答えてくれたのは足元のゴウトのようだ。

 

「今回ばかりは特別だ、協力してやろう。もっともライドウの仲魔には喧嘩っ早い者もいるがな」

 

「ヨシツネとかいう奴を出してくるなら俺様が相手してやってもいいんだぜ?借りがあるしな」

 

「よせ、悟空。私怨を向けるならば啓明結社の連中だけにしておくことだ」

 

「フン、犬っころに言われなくても分かってるよ。連中の方が憎さ億倍だからな」

 

「クルースニクから聞いている。うぬ達も奴らに囚われて煮え湯を飲まされたようだな?」

 

「そういう事さ。クルースニクを仲魔にしてるなら、獲物はお互いに同じって事になるな」

 

「フッ、オルトロスト共二戦ウノハ、イツブリダロウカ…オモシロクナッテキタ」

 

ライドウ達を受け入れる仲魔達に安堵の表情を浮かべる尚紀に近づくのはナオミのようだ。

 

「彼が伝説のデビルサマナーね…彼と組めるなんて光栄だわ。もっとも私は貴方の護衛だけど」

 

「ナオミ、お前の人生の目的は果たし終えたと言ってたな?これからは当てにしてもいいのか?」

 

「ええ、勿論よ。私の復讐の旅は終わったわ…私もまた貴方と同じく間違いを犯すところだった」

 

「それに気が付かせてくれる仲魔と出会えていたという事さ。美雨とレイと共に幸福に生きろよ」

 

「有難うナオキ、そうするわ。貴方も人生をやり直している…私もこれからをやり直していくわ」

 

ガレージ二階の事務所に入った一行は残されている椅子に座り込んでいく。

 

ホワイトボードの前に立った丈二が捜査会議の進行役を務めてくれるようだ。

 

尚紀達はそれぞれの案を語っていき、丈二がそれをホワイトボードに書き記していく。

 

「神浜テロの時、怪しいトラック車両が現れたそうだ。恐らくは武器を運搬した車両だと思う」

 

「この東京で革命戦争を起こせる規模の武器弾薬を隠しておける場所なんてそうないと思うわ」

 

「革命とは民衆が武力蜂起するもの。軍隊のような専用の敷地内に武器を隠しておける筈がない」

 

「民衆側が利用出来る施設において、大規模な積荷を纏めて隠せる場所はそう多くないな」

 

「東京の物流を担う倉庫周りに探りを入れてみるしかなさそうだな。リストを纏めていこう」

 

物流は何も地上だけでなく海上や航空に至るまで多岐にわたってくる。

 

そしてそれらを運搬して隠している企業もまた革命テロリストの隠れ蓑だと話し合っていく。

 

航空会社の倉庫、東京港の港湾倉庫、トラック運送会社の倉庫など膨大な数が並んでしまう。

 

「分かっていたが膨大な捜査になりそうだ…いくら何でもこの人員だけでは対処出来んぞ?」

 

「それでもやってくれ。この捜査は長くなっても構わない…その為に多額の手付金を払ったんだ」

 

「尚紀が依頼人になってでも成し遂げたい案件だからな…仕方ない、全員気合入れていくぞ」

 

捜査会議を終えた一行がそれぞれの持ち場を決めて行動を開始する。

 

丈二とナオミは航空会社の倉庫を担当し、尚紀の仲魔達はトラック運送会社の倉庫を担当する。

 

尚紀とライドウは東京港の港湾倉庫を担当していく事になるのだ。

 

しかし彼らの捜査方針は全てが的外れ。

 

米軍やディープステートが動く程の規模になるなら米軍基地や自衛隊基地も候補に入れるべきだ。

 

そのため捜査の進展も得られず無駄な日数だけが過ぎていく。

 

東京の守護者として生きてきた尚紀の表情には焦りが浮かんでいくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

東京港の湾岸倉庫街の夜空を飛んでいるのはモー・ショボーである。

 

彼女は上空から偵察を行っており、不審な存在が活動していないかを警戒中のようだ。

 

コンテナ埠頭を見下ろせるビル屋上にはライドウが立っており、双眼鏡を用いて偵察中であった。

 

「夜食だ、早いとこ食って今夜は休んでくれ。後は俺が偵察しておく」

 

双眼鏡を降ろして後ろを向けばコンビニで夜食を買ってきた尚紀が近寄ってきている。

 

レジ袋を受け取ったライドウは好物の匂いを感じたのか袋の中から大学芋を取り出したようだ。

 

「ライドウの好物を用意するとは気が利く男だな。我の分の夜食はどれだ?」

 

「牛肉のホルモン焼きでいいだろ?火は通しているから猫でも食べられるはずだ」

 

「有難い、我の好物だ。ペリーの来航以後、日本では牛肉が沢山消費されるようになったのだ」

 

「大正時代は景気がよくなって牛肉を輸入する程にまでなったとか歴史の本で読んだ事があるよ」

 

「その通りだ。カレーライス、コロッケ、とんかつライスは学生のライドウも食していたな」

 

「……鳴海さんの行きつけの洋食店でよく食べたものだ。まぁ、勘定は払わない人だったが…」

 

「ツケの常習犯だったのかよ…鳴海って男は?お前の所長は相当のごく潰しだったようだな…」

 

「否定は出来ない。酒や煙草、遊女遊びに麻雀、服装も常に最先端を買うような浪費家だった…」

 

「お前に支払う給料も期待出来そうにない男のようだな……同業者として同情するよ」

 

「それでも鳴海さんは正義感に熱い人物だった。人間は一面だけでは判断出来ないということだ」

 

「そうでなきゃついていく理由もなさそうだ。偏見の恐ろしさは身に染みてるから気をつけるよ」

 

座り込んだライドウがゴウト用のホルモン焼きの袋を開けて紙皿に入れてくれる。

 

美味しそうに食べるゴウトの横で大学芋を頬張るライドウであるが尚紀に顔を向けてきたようだ。

 

「尚紀、お前は何日も寝ずの捜査を続けている。お前こそ休んだらどうなんだ?」

 

「俺は悪魔人間だから問題ない。不眠不休で何日も活動を続けていても耐えられる体をしている」

 

「やせ我慢はやめておけ、人修羅。悪魔は人間と同じく欲望の生き物…欲望は体に表れてしまう」

 

「猫に心配されちまうほど落ちぶれてはいないさ。俺に付き合うと明日の捜査に響いてくるぞ?」

 

「構わない。自分も捜査を続けよう」

 

ビジネスホテルに帰らないライドウ達の気持ちを断るわけにもいかないと尚紀は双眼鏡を預かる。

 

ライドウ達が夜食を食べている間は自分が監視を行う中、彼に向けて尚紀が礼を述べたようだ。

 

「令の事は聞いた…あいつの命を救ってくれて感謝している。観鳥令は俺の仲魔も同然の娘だ」

 

「……自分はメイド喫茶の女性から頼まれて救いに行っただけだ」

 

「いくみんとか名乗る娘だったな。彼女は観鳥令の事を心から心配してくれる女性だったのだ」

 

「お前は人々を護るデビルサマナーだ。魔法少女だって守ってくれるよな……俺とは大違いだ」

 

聞いて欲しいのか、双眼鏡を構えたままの尚紀が昔話を語ってくれる。

 

同じ東京を護る者だからこそ、東京の守護者としてどんな生き方をしてきたのかを語るのだ。

 

それを聞かされたライドウとゴウトは重い表情を浮かべてしまう。

 

「悪魔のうぬが秩序の守護者として、人間社会主義という政治を掲げた末の凶行であったのか…」

 

「俺の甘さによって…罪の無い子供が殺されてしまった。だから誰も信じない秩序を強いたんだ」

 

「尚紀……己を責めるな。自分とて同じ過ちを起こしていれば……同じ気持ちになったさ」

 

「難しいな…罪人を信じるのは。信じれば先に備えられないし…疑えば加害者にしかなりえない」

 

「ライドウ…人修羅の悲惨な過去こそが我が危険視した部分だ。レイを信じても良かったのか?」

 

「その判断については…分からない。それでも信じてみたくなったんだ…今の尚紀のようにな」

 

「疑いが極まれば俺のような独裁者にしかなれない。悪い見本を見てこれからに活かすといいさ」

 

「結果論の弊害を知ったからこそ次に活かせる。犯罪を犯す者の因果関係を意識していこう」

 

「犯罪者が犯罪を犯す原因を解決するからこそ犯罪を防げる。そのために政治家になるのだな?」

 

「…それが俺の出した結論だ。だが、どうも変なんだ…東京の魔法少女達に異変が起きている」

 

双眼鏡を下ろした尚紀がライドウ達に振り向き、東京に帰って感じた違和感を語ってくれる。

 

「東京の魔法少女達の魔力を感じないだと…?魔獣と戦って犠牲となり円環に導かれたのか?」

 

「それにしては数が多過ぎる…しばらく東京に帰れてなかった間に何が起こったっていうんだ?」

 

「分からんが…それを捜査する余裕はないだろう。我々は別の大きな案件の対処中なのだ」

 

「そうだな…それでも最悪の事態を想定しないとならないかもしれない」

 

「それは…東京の魔法少女社会そのものが…何者かに全滅させられたという事態か?」

 

「そうなるだろう…。そうなれば魔獣に対処出来る者がいなくなる…魔獣被害が乱造されるぞ」

 

「これは切迫した問題になるだろうな…我々もヤタガラスに対処の進言をした方がいいだろう」

 

「そうだな。我々が人修羅討伐のため東京に赴いた時に気が付いたと進言してみよう」

 

「東京を見捨てた連中が動くとも思えないが…俺達も人手が足りない。背に腹は代えられないな」

 

ライドウとゴウトが夜食を食べ終えたので立ち上がり、双眼鏡を受け取ってくれる。

 

手摺にもたれかかるようにして座り込んだ尚紀は袋の中からアンパンを取り出して齧りつく。

 

暫く無言状態であったが、ライドウの方に顔を向けた尚紀はこんな話を持ち出すのだ。

 

「大正時代の帝都の守護者、14代目葛葉ライドウ。お前はどんな人生を生きてきたんだ?」

 

双眼鏡を構えたままだが口元が微笑んだ彼が質問にこう返してくる。

 

「大正時代の自分がどんな人生を生きてきたのかを聞いて…どうする?」

 

「知ってみたくなっただけさ。俺と同じ東京の守護者がどんな人生を生きたのかをな」

 

「フッ、それを語り出すと長くなるが…構わないか?」

 

「ああ、構わない。今夜も捜査の進展が無ければ身動きがとれない…だから聞きたいんだ」

 

葛葉ライドウが生きてきた東京の守護者としての人生を聞かされた尚紀。

 

彼の心の中にはライドウもまた東京で生きる人々の笑顔のために戦っていたのだと知るだろう。

 

命を懸けて人々を護りたい気持ちとは自分と同じく気高い社会主義精神から生まれている。

 

そう感じられた尚紀の心の中には自分の命を狙うライドウに対する警戒心が薄れていく。

 

今の尚紀は葛葉ライドウの事を同じ気持ちを持った同士のように感じているはずだ。

 

必要な事以外は喋らない不愛想な2人であるが、互いに友情を感じあえている。

 

今この時だけの協力関係に過ぎなくとも、憎しみに支配された殺し合いはしたくない。

 

そう思えるようになれた2人の関係は尚紀にとって仲魔と同じように感じられているだろう。

 

この光景こそ違う宇宙、違う未来に生まれるだろうボルテクス界での光景と同じ。

 

人修羅と葛葉ライドウが共に仲魔となり旅をする光景そのものに思えるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

東京捜査で動きが見えたのは次の夜である。

 

運送会社の倉庫は膨大であり、尚紀の仲魔だけでは足りないとライドウの仲魔も駆り出される。

 

ケルベロスと共に東京の運送会社の倉庫を監視する人員となったのはオルトロスであった。

 

「兄者、感ジルカ?オレサマノ嗅覚ハビンビン二感ジテイルゾ」

 

「アア、我モ感ジル。アノタンクローリー……膨大ナMAGガ収メラレテイルヨウダナ」

 

ケルベロスとオルトロスが視線を向けるのは運送会社の倉庫ではなく前の道路を走る車。

 

偶然見つけられたのは業魔殿にも訪れた事があったMAGディーラーのタンクローリーである。

 

ビルの屋上から跳躍する二匹の獣悪魔達はMAGディーラーの車を追跡していく。

 

「見ロ、施設内二車ガ入ッテイク」

 

「アノバカデカイ施設…大量ノMAGヲ用意シテ何ヲ企ンデル?怪シイ臭イガプンプンスルゾ」

 

二匹が見下ろすのは外資系製薬会社の研究所である。

 

MAGを収めたタンクローリーは製薬会社の研究所に設けられている倉庫に向かったようだ。

 

二匹の獣達がビルの屋上から飛び降りて敷地内に着地する。

 

急いでタンクローリーを追っていく二匹であるが周囲の異変に気が付く反応を見せたようだ。

 

「異界カ…ヤハリコノ施設ハ悪魔ト関リガアル施設デ間違イナサソウダナ」

 

「アノ黒服ノ男ガ異界ヲ構築シテイルノカ?オレサマト兄者二挑ムトハ、愚カナヤツメ!」

 

ケルベロスとオルトロスの前に立ちはだかったのはMAGディーラーを務める男。

 

黒のチェスターコートとつば広ハットを纏う怪しい男の手に持たれているのは召喚管。

 

彼がダークサマナーなのだと証明する道具ともいえるだろう。

 

「悪魔がこの場所を嗅ぎつけてくるとは…目的はこの施設か?それともMAGを収めたタンクか?」

 

「MAGヲ喰イタイ気持チモアルガ、オレサマ達ノ目的ハ違ウ。ダガ…MAGモ喰イタイナ…」

 

「弟ヨ、悪魔モ選ブ自由ガアル。アノ中身ハ魔法少女ヲ生贄二シタMAGト言エバ気ガ変ワルカ?」

 

生体エナジー協会で活動していた経験もあり、ケルベロスは怪しい男の正体に気が付いている。

 

このタンクローリーも生体エナジー協会の物資搬入エリアで見かけた事がある車であったのだ。

 

「魔法少女ヲ生贄ニシタMAGダト!?カワイコチャン達ヲ生贄ニスルナンテ……許サン!!」

 

可愛い美少女に目がないオルトロスは唸り声を上げながら怒りを顕わにする。

 

仕掛けてくると判断したMAGディーラーの手に持たれた召喚管の蓋が開いていく。

 

「やはり目的はこの研究所だったようだな。何処の手の者なのか…力ずくで吐かせてやろう!!」

 

召喚管を振り抜いたダークサマナーの周囲に悪魔を召喚するMAGが渦巻き、形を成す。

 

現れたのはケルベロスとオルトロスにとっては因縁深い悪魔であった。

 

【キマイラ】

 

邪神エキドナが産んだ怪物の一体であり、ケルベロスとオルトロスとは血族ともいえる獣悪魔。

 

獅子の頭に山羊の胴体、蛇の尻尾を持った合成獣である。

 

キメラとも呼ばれ、医学分野でも異種族の組織を人工的に繋げた場合キメラと呼ばれるようだ。

 

神話ではリュキュアにて人々を苦しめたが英雄ベレロフォンによって退治されたようであった。

 

「グゥゥ…ケルベロストオルトロスカ、久シブリダナ!同ジ血族デアッテモ容赦ハシナイ!」

 

ケルベロスとオルトロスよりも二回りは巨大な合成獣が雄たけびを上げながら威嚇してくる。

 

しかしケルベロスとオルトロスは怯むことなく、こんな話を持ち出してきたようだ。

 

「キマイラカ…丁度イイ、貴様二向ケテ積年ノ疑問ガアルノダガ…質問シテモイイカ?」

 

「オレサマモ質問ガアル!多分兄者ト同ジ疑問ダト思ウゾ」

 

「ムゥ……ナンダ!」

 

怪訝な顔を向けてくる頭部の獅子顔と背中から伸びる山羊の頭部。

 

ケルベロスが質問してきた内容とは同じ血族としての疑問であった。

 

「我ハ奈落ノ番犬、オルトロスハ牧場ノ番犬。ダガ、血族ノ中デ貴様ダケガ何処ノ番犬デモナイ」

 

「オレサマモ同ジコトヲ考エテイタ!ドウナノダ、キマイラ?」

 

突然の悪魔会話の光景であったが、迷いのない顔つきを浮かべながらキマイラが答えてくれる。

 

「答エハ簡単ダ……ワレハ犬デハナイ。微妙ニナ」

 

それを聞かされた二匹の血族達の両目が見開き、驚きの声を上げてしまう。

 

「アォォーーン!!ソウイウコトカ!積年ノ謎ハ解ケタ!コレデ気兼ネナク戦エルトイウモノダ」

 

「ソウイエバ、ワレモ疑問ヲ感ジテイタ。質問シテモイイカ、ケルベロス?」

 

「オレサマモ兄者二向ケタ疑問ガアッタ!多分、キマイラト同ジ内容ダト思ウゾ」

 

「……分カッタ。言ッテミロ」

 

マイペースな悪魔達に向けて檄を飛ばすサマナーであるが、無視して会話を続けていく。

 

「ケルベロスノ頭ノ数ハ一ツ、オルトロスハ二ツ、ダガ…本来ハケルベロスノ方ガ多イゾ?」

 

「ソウダゾ!兄者ノ方ガ多イハズナノニ…ドウイウコトダ、兄者?」

 

「ムゥ……ソレハナ……」

 

重苦しい顔つきを浮かべてくるケルベロスに視線を向ける者達が緊張した顔つきを浮かべる。

 

ついに積年の疑問が晴れる答えが聞けるのかと期待を込めているようだ。

 

クワっとした表情を浮かべながら疑問を抱く血族に向けて己の謎を盛大に言い放つ時がきた。

 

「……オマエ達ハ疲レテイルダケダ。気ニスルナ」

 

期待していた答えではなかったため、オルトロスとキマイラが文句を言ってくる。

 

「……兄者、ゴマカスナ!!」

 

「ソウダゾ!ワレハ答エタノダ!チャント質問二答エロ!!」

 

「頭ノ数二拘ルナ!!悪魔ニトッテ重要ナノハ……ハートダ!!」

 

「「ハートダト……?」」

 

「我ハ頭ノ数ハ少ナイガ…ハートハ大キイ!頭ノ数二拘ル貴様ラノハートハ小サイゾ!」

 

「「ア…アォォーーン……ソウイウモノナノカ???」」

 

「貴様ラハ…ハートヲ磨ケ。我モ応援スルカラ頑張ルノダゾ」

 

納得のいかない表情を浮かべる血族達を見回しつつ、冷や汗を流すケルベロスが心で呟く。

 

(……ヨシ、上手クゴマカセタヨウダ)

 

獣悪魔達の茶番劇を見物する事しか出来なかったサマナーも流石にご立腹となってしまう。

 

「何をしておるかーーっ!!さっさと侵入者共を始末せんかーーっ!!」

 

「ムゥ!?久シブリノ血族トノ再会デ忘レテイタ!今ハ敵同士デアッタ!」

 

「ソノママ忘レテイレバイイモノヲ。思イ出シタカラニハ…覚悟シテモラウゾ」

 

「ナンカ兄者二誤魔化サレタ気ガスルガ…今ハ気ニシテモシカタナイ!イクゾ、キマイラ!!」

 

先程までとは打って変わって獰猛な獣の顔つきとなったキマイラが雄たけびを上げてくる。

 

獅子と山羊の口が開き、業火が噴き上がりながら放出させるのだ。

 

ひとたび殺し合いが始まれば血の繋がりをもった兄弟であろうと存分に殺し合える。

 

生まれながらの獰猛な獣悪魔こそが邪神エキドナの子供達なのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

二回りも巨大なキマイラの注意を引き付けるために二匹の獣悪魔達が左右に分かれて駆け抜ける。

 

ケルベロスとオルトロスは炎魔法に対して強力な耐性があるためキマイラは別の魔法を行使。

 

背中の山羊の目が光り、体全体で放電を放ってくる。

 

「チッ!!」

 

跳躍しながら放電を避ける二匹の獣悪魔達であるが雷攻撃が邪魔して近寄る事が出来ない。

 

キマイラも優れた炎耐性をもつ血族である事を知っている者達であるゆえに攻め手に困るのだ。

 

「兄者!キマイラヲ仕留メルニハ接近戦シカナイゾ!シカシ、オレサマ、ビリビリハ嫌ダナ…」

 

「情ケナイ弟メ。我ガ隙ヲ作ル…我二気ヲ取ラレテイル内二、山羊ヲ仕留メルノダ!」

 

覚悟を決めたケルベロスがキマイラを相手に正面突破を仕掛けてくる。

 

迎え撃つキマイラが放電攻撃を放ち、ケルベロスの全身が雷によって焼かれていく。

 

「ヌォォォォーーーッッ!!!」

 

全身を焼かれながらも迫ってくる相手に目掛けて前足を振り上げ、アイアンクロウを放つ。

 

しかし猛突進を仕掛けてくるケルベロスの突進力はすさまじく爪の一撃を超えてくるのだ。

 

「グッ!!!」

 

獅子の頭部に目掛けて頭突きをお見舞いした一撃によってキマイラの体勢が崩れてしまう。

 

同時に放電現象も収まったチャンスを見逃すオルトロスではなかった。

 

「モラッターーーーッッ!!!」

 

跳躍したオルトロスが前足を振り上げ、獰猛な爪を剥き出しにしたまま山羊に突っ込む。

 

「グアァァァーーーーッッ!!?」

 

雄渾撃の一撃が山羊の頭部を破壊したため雷魔法を放つことが出来なくなってしまう。

 

手負いとなったキマイラがオルトロスを追うために後方に振り向くのだが、何かに引っ張られる。

 

「ヌゥゥゥ!!?」

 

キマイラの動きを抑え込んでいるのは蛇の尾に喰らいついたケルベロスである。

 

足の爪を地面に深く突き刺し、大きなキマイラの動きを封じる程の力を発揮するのだ。

 

<ヤレ、オルトロス!!>

 

ケルベロスからの念話を受け取ったオルトロスが旋回しながら攻撃を仕掛けようとする。

 

全身に気合を溜め込み、高速で駆け抜けながら跳躍。

 

「ウォォーーッッ!!?」

 

獅子の口から業火を吐き出すが炎を無効化出来るオルトロスには通じない。

 

「オレサマト兄者ヲ同時二相手シタノダ!!ソノ迂闊サガ命取リダッタトイウコトダナ!!」

 

飛びかかってきたオルトロスが再び雄渾撃を放ち、獅子の頭部が引き裂かれる。

 

「グアァァァーーーーッッ!!!」

 

巨体が倒れ込みMAGの光となったのを見届けたオルトロスが勝利の咆哮を上げる。

 

それと同時に異界も解け、周囲は元の研究所敷地内に戻っていくのだ。

 

「ヤッタナ…オルトロスヨ」

 

雷魔法で体を焼かれたケルベロスがふらつきながらも近寄ってくる。

 

「コノ勝利ハ兄者ノオカゲダナ。ソレニメンジテ、サッキノ答エハ保留ニシテヤロウ」

 

「ソレヨリ、サマナーノ姿ガ見エナイナ?施設内二逃ゲ込ンダヨウダ」

 

「ナラ、オレサマ達モイッタン引クトシヨウ。恐ラク警備ヲ固メテクルダロウカラナ」

 

「同ジ意見ダ。連中ガ逃ゲ出ス前二仕掛ケルゾ」

 

ケルベロスとオルトロスが敷地内から飛び出して去っていく。

 

その光景を見下ろす人物が研究所ビルの屋上に潜んでいたようだ。

 

「……感じるぞ。混沌王様の大いなる魔力を」

 

月明かりに照らされた異形の馬に乗る人物の姿を東京の守護者は忘れていないだろう。

 

鎖で出来た手綱を打つと異形の馬が研究所ビルの屋上から飛び出していく。

 

空中を駆け抜けていくその姿はまるで黙示録の四騎士達が跨った天馬のようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「尚紀とライドウ達はまだ到着していないのか?」

 

「ソノヨウダ。オルトロス二向カワセタノダガ…我々ノ方ガ先二到着シタヨウダ」

 

「道に迷ったなんてオチはなさそうだし、何かあったと考えるべきか?」

 

研究所のビルが見えるエリアで佇んでいるのは尚紀の仲魔達の姿。

 

彼らはケルベロスからの報告を受けてこの場に集まった者達である。

 

彼らは研究所に潜入する事を目的にしているのだが尚紀達の到着が遅れているようだ。

 

「尚紀達が遅れているとなると…後はナオミの援護を待つか?」

 

「ナオミの方は丈二を抑え込んでもらうそうだ。民間施設に襲撃を仕掛けるのを許す男ではない」

 

「世間体ヲ気ニシテ巨悪ヲ野放シニスルカ…愚カナ。大事ノ前ノ小事デアロウ?」

 

「融通が利かない男なのだろう。この世界でのあの男は元警察官だそうだからな…」

 

「どうするよ?尚紀達の到着をチンタラ待ってたら敵が逃げ出しちまうかもしれねーだろ?」

 

人修羅として生きる尚紀の仲魔の中で彼に次ぐ判断力を持っているのはクーフーリンだ。

 

彼は現場に現れない尚紀に代わって判断を下してくれる。

 

「…仕方ない、我々だけで潜入を行う。目的は敵施設内で暴力革命に関する情報を集めることだ」

 

「犬っころに仕切られるのは釈然としねーが…賛成だ。敵を前にしてお預けなんてごめんだしな」

 

「異論ハナイ、我々ダケデ速ヤカニ終ワラセテヤロウデハナイカ」

 

決断を下したクーフーリン達が動き出す。

 

警備を固めたと思われる製薬会社研究所の敷地内へと飛び入り激戦を潜り抜ける事になるだろう。

 

その頃、尚紀とライドウ達は現場に向かう事が出来ない状態が続いている。

 

彼らは異界に飲み込まれており夜空から現れた天馬に乗る謎の存在に行く手を阻まれていたのだ。

 

「ば……バカな……なぜ生きている……?」

 

青ざめた表情を浮かべながら空を見上げる尚紀。

 

東京の守護者として生きてきた男は驚愕を隠せない表情を浮かべている。

 

「……お久しぶりです。そして、初めまして……我らが混沌王様」

 

ペスト医者が着ているようなカソックコートを身に纏い、襟元を口元までボタンでとめる謎の女。

 

頭には折り曲げられた三角帽子を被り、目元以外の顔は見えない。

 

その姿こそ、かつての東京に大破壊をもたらしたペンタグラムに属した魔法少女の姿だった。

 

「どうした…?あの女を知っているのか?」

 

「ああ…知っている。かつて東京に現れた魔法少女チームの1人であり…大虐殺を実行した女だ」

 

歴史に名を残す程の大虐殺を実行した存在だと分かったライドウの目に怒りの炎が宿る。

 

彼の横にいるオルトロスも空に向けて唸り声を上げていくのだ。

 

白銀の馬鎧を纏い、()()()()をもつ異形の馬を操る存在が地上に下りてくる。

 

異形の悪魔から下りてきた長身の女性が彼らの元に歩み寄ってくる。

 

その手には銀細工の鞘に収められたロングソードを持っているが剣の形状が違うようだ。

 

「……随分と日本語が上達したようだな?……ルイーザ!!」

 

現れた存在こそ、ペンタグラムに与しながら工作員でもあった存在。

 

自分の身を犠牲にしてでも人修羅を鍛えるためにその身を捧げた魔法少女。

 

しかし今のルイーザは魔法少女と呼べる存在などではない。

 

折り曲げられた三角帽子の下側に見える両目は悪魔を表す真紅の瞳をしていたのであった。

 




人修羅とライドウの友情シーンを描くのは楽しいですね!
メガテンネタを扱う小説だから神話を絡めた悪魔会話も突っ込んでいきたいです。


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233話 造魔工場

「なんやとぉ!?襲撃を仕掛けてきた悪魔は何処の手の者なんや!?」

 

地下研究所のモニタールームで驚きの声を上げるのはドクタースリルである。

 

彼に向けて報告を行っているのはモニターに映ったダークサマナーのようだ。

 

<<奴らの力はあまりにも強力です!増援として造魔を送ってもらえませんか!>>

 

「…よし、増援を送ったる。それ程の実力がある悪魔なら捕えて造魔の元にしたるわ!」

 

通信を終えたスリルはモニタールームの強化ガラスの外に見える工場に視線を向ける。

 

そこにはオーダー18用の造魔工場が見えるのだが中身は全てカラである。

 

造魔部隊の製造を終えたスリルは荷物を搬出し終えており、計画の準備を整えていたのだ。

 

「まさか…ここを嗅ぎつけてきた連中の目的はオーダー18用の造魔部隊なんか?」

 

敵の目的を考え込んでいたが、くだらないのか考えるのをやめてしまう。

 

「まぁええ、わしにとってはどうでもええわ。わしは金さえ出してくれたらそれでええんや」

 

モニタールームから出てきたスリルが向かう場所とは特別な造魔を製造する施設。

 

彼はここでオーダー18用に作られた戦闘造魔を遥かに超える造魔研究を行ってきた。

 

「わしが算出した造魔製造費用はのぉ…0を一つ多めにしたんや。お陰で研究費用はウハウハや」

 

ユダヤ財閥や門倉の財団を出し抜いて得た莫大な研究費用を懐に収めたスリルは暗躍する。

 

彼の目的とは究極の造魔を生み出す事であり、イルミナティの理想など関係ない。

 

そう考える者だからこそ好き勝手に造魔研究を続けられてこれたのだ。

 

「さぁ、わしの研究所に土足で乗り込んでくるアホ共をいてまうで!お前ら!!」

 

機械に繋がれた巨大な試験管の扉が開き、中から四体の造魔が下りてくる。

 

二体は坂東宮攻略戦にも参加した事があるガルガンチュアQとガルガンチュアXのようだ。

 

「トホホホゥ。まーた同じ姿で製造されたようである。このスーツの見た目、何とかならん?」

 

「やかましいわ!わしのスーツは完璧なんや!文句あるならそのスーツ脱いで戦えや!!」

 

「それは困る!お肌がデリケートな造魔は外気に当たると全身が痛むのである!」

 

「困るのはこっちの方だ…またコイツと組まされる事になるとはな…」

 

やる気のない異形甲冑騎士ではあるが、前部と後部が繋がった体の頭部を同時に横に向けてみる。

 

奥の試験管から出てきたガルガンチュアシリーズの姿も異質さを全身で表現する存在のようだ。

 

「クゥーホー…クゥーホー……スリル様、ワタクシハ何ヲスレバイイノデスカ?」

 

少女の声を出す造魔であるが、その姿はQやXを凌ぐ程の異形をした悪魔少女である。

 

色白の肌を豪華なゴスロリ風ドレスで覆う姿だが、肩から胸部は突起した機械を身に着けている。

 

頭部は試験管ガラスで覆われており、金髪をした少女造魔の顔は髑髏そのもの。

 

試験管に備わった呼吸装置のようなもので息をしながら会話をする異形の造魔。

 

彼女の名称はガルガンチュア・ゼロと呼ばれたようだ。

 

「ゼロは侵入者から管理コンピューター室を守るんや。目的は恐らく研究所のデータが狙いや」

 

「フゥゥ……承知シマシタ。ワタクシニ、オマカセクダサイ」

 

礼儀を示すためにスカートの裾を両手で摘まみながらお辞儀のカーテシーを行ってくる。

 

見れば頭部の試験管の上から纏うボンネット風ヘッドドレスが緩んでおりズレてしまう。

 

それを後ろ側から直してくれる存在こそ、スリルの造魔研究の集大成ともいえる造魔だった。

 

「クゥーホー……アリガトウ。優シイノネ、ガルガンチュア8」

 

ガルガンチュア・ゼロが後ろを振り向けば、そこに立っていたのは長身の格闘家を思わせる造魔。

 

黒いカンフー着を纏い、逆立てた黒髪の下にはハチマキが巻かれており能面のような顔を見せる。

 

外気に弱い肌をもつ造魔でありながら素足と両腕を晒す筋骨隆々の姿は弱点を克服した証だろう。

 

傍から見れば悪魔人間と変わらない完成度を誇る存在こそ、ガルガンチュア8なのだ。

 

「フホホホゥ。普段は無口なくせに紳士な態度がいけ好かないのが8である」

 

「お前のようなお調子者に調整された造魔よりはマシだ。スリル様、我々は如何様に?」

 

「おう、お前らは研究所に入り込んだ連中が辿り着くだろう休憩広場で迎え撃てばええで」

 

「ホホホホゥ!この無敵のランパート・スーツで侵入者をぶちのめす!見た目はアレだが…」

 

研究所の部屋から出て行く造魔達を見送るスリルは腕を組みながら先を計算していく。

 

自慢の造魔達の実力を疑いはしないが、それでも万が一の可能性もあるだろう。

 

逃げ出して雲隠れする算段をしていた時、入り口の方から叫び声が聞こえてくる。

 

「ヌォォォォーーッッ!?この入り口は狭過ぎるのであるーーッッ!!」

 

見ればガルガンチュアQが入り口に引っかかっており、外側ではXが引っ張り出そうとしている。

 

ランパート・スーツのせいで着膨れしてしまい、入り口に体を突っ込んだまま出れないようだ。

 

「クゥーホー……Qノヨウナ調整ヲサレナクテ本当二ヨカッタ。アラ、8……?」

 

つっかえて出れないQの前に立つ8が右手を伸ばしながら拳法の構えを行う。

 

「……フンッ!!」

 

揃えて伸ばした右手が握り込まれた瞬間、ガルガンチュアQの巨体が前に突き飛ばされる。

 

ガルガンチュア8が放った技とは人修羅が得意とする寸勁であるワンインチ・パンチだった。

 

「「ヌフゥ!!!?」」

 

入り口を壊して飛び出せたQではあるが、引っ張り出そうとしていたXごと壁にめり込んでいた。

 

「……オレより強い奴に会いに行く」

 

倒れ込んでいるQとXを無視しながら歩き去っていく8とゼロを見送るスリル。

 

ガルガンチュア8の調整は十分だとその力を確信しているかのような笑みを浮かべるのだ。

 

「流石はわしの最高傑作や。肉体そのものが武器になる格闘専用造魔の力なら安心やな」

 

「トホホホゥ……わたくし達も行ってきますぞ」

 

「くそっ……どうして私は貧乏くじばかり引かされるのだ?」

 

ふらつきながら歩いていくQとXを見ていると先程の自信が不安になってくるようだ。

 

「……やっぱ逃げ出す算段だけはしといた方が良さそうや」

 

地下研究所の番人を務める造魔達が動き出し、クーフーリン達を待ち構える布陣が敷かれる。

 

性格に難有りなスリルの造魔達ではあるが、実力だけなら魔法少女を上回る性能を持つだろう。

 

ここはマッドサイエンティストが支配する霊長知能総研と呼ばれる研究所。

 

人類の進化を悪魔を用いて人為的に行う狂気を実行する施設なのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

製薬会社の研究所に乗り込んだクーフーリン達は警備会社の者達を相手に奮戦していく。

 

警備会社の現場責任者に暗示の魔法をかけたクーフーリンは地下研究所の存在を突き止める。

 

警備責任者を操りながら地下研究所に下りれるエレベーターに入り込み地下を目指す。

 

エレベーターが開いた時、地下研究所の警備を行う者達が銃を構えてくる。

 

「撃てェェェェーーッッ!!!」

 

銃弾がばら撒かれていき前に立っていた地上警備の責任者が蜂の巣にされていく。

 

咄嗟の判断を下したケルベロスが撃たれていく責任者の背中に体当たりを行う。

 

<<ぐわっ!?>>

 

突き飛ばされた男を壁として利用した事によって銃を構えた男達に覆い被さりながら倒れ込む。

 

打って出るクーフーリンとセイテンタイセイによって倒れ込んだ者達は昏倒させられたようだ。

 

「感じるか?大きな魔力を秘めた悪魔が四体潜んでいるぞ」

 

「中々の連中のようだが、その中でも飛びぬけて魔力が強い奴がいる。俺様が相手をしてやるよ」

 

「我ラノ役目ヲ忘レルナ。我ラノ目的ハ、コノ研究所ノ調査ダ」

 

「ケルベロスの言う通りだ。この施設の情報を抜き取るなら管理コンピューター室がいいだろう」

 

「チッ、分かってるよ…そっちは犬っころ共に任せておく。俺様は露払いといこうじゃねーか」

 

人修羅の仲魔達は彼の望みを果たすために警備部隊を相手に果敢にも戦い、突き進んでいく。

 

東京の守護者として生きてきた尚紀の事情ならば聞かされてきた彼らであるが思想は違う。

 

社会悪となった魔法少女と戦う事には協力しないが、啓明結社が絡むならば別なのだろう。

 

悪魔とは望むままを行う自由主義者であり、人修羅といえども彼らの自由を束縛出来ない。

 

この協力もまたイルミナティ勢力への報復を兼ねているからこその協力関係に過ぎなかった。

 

逃走防止用の鉄格子付きの通路を超えながら彼らは地下研究所の奥へと進んでいく。

 

実験室や薬品室などを超えていくと研究員用の休憩広場にまで辿り着けたようだ。

 

<<ホホホホゥ!!そこまでである!!>>

 

吹き抜け構造の休憩広場を見上げれば二階部分から見下ろしてくる造魔達がいる。

 

一体はガルガンチュアQであり、もう一体はコンビをやらされるガルガンチュアXのようだ。

 

「あいつら…ただの悪魔じゃねーな。悪魔と悪魔を繋ぎ合わせた造魔なのかも知れねーぞ」

 

「ジャンヌとリズとは兄妹のような存在か…。人型以外にも造魔は様々な個体がいるようだ」

 

「造魔ガ現レルナラバ、コノ施設ハ造魔ト関係ガ深イ施設ナノダト判断スルコトガ出来ルナ」

 

二階部分から飛び降りてきたガルガンチュア達が戦闘態勢を見せてくる。

 

迎え撃とうとするクーフーリンとセイテンタイセイに向けてケルベロスがこう告げる。

 

「ココハ任セロ。オマエ達ハ目的ヲ果タストイイ」

 

「犬っころこそ引っ込んでろよ。美味しい思いをしたいのは俺様だって同じなんだ」

 

「大キナ魔力ハ四体分感ジタ。ナラバ、コイツラダケガ相手デハナイ」

 

「…分かった、ここは任せる。我々は奥に向かわせてもらおう」

 

「しゃーねーな。この奥にはコイツらよりも歯ごたえがありそうな奴が出てきて欲しいもんだ」

 

クーフーリンとセイテンタイセイが奥に向かおうとするのだがXが立ちはだかってくる。

 

「ここは通さん!我が剣の錆びにしてくれるわ!!」

 

「貴様ラノ相手ハ我ダァ―ッッ!!」

 

突撃してきたケルベロスに弾き飛ばされたXを援護するためにQも剛腕を振り上げてくる。

 

激しい戦いを繰り広げる者達を超えながら二体の悪魔達は研究所の奥を目指す。

 

だがセイテンタイセイが立ち止まり、横の扉に視線を向ける。

 

「どうした?」

 

「…犬っころは先に行け。テメェだって感じてるんだろ?」

 

「…ああ、この奥からとてつもない魔力を感じる。このまま奥に行けば挟撃されるやもしれん」

 

「そういうことだ。癪に障るがテメェの背後を守ってやる。行ってこい」

 

「…分かった。やられるなよ」

 

「誰に言ってんだ?俺様は天下に名立たる孫悟空様だぜ!」

 

この場を任せたクーフーリンは研究所の奥に向かうために階段を下りていく。

 

彼が向かう先に見えたのは電算室と並ぶようにして設けられた管理コンピューター室のようだ。

 

「ここだな…」

 

中に入れば職員達は逃げ出したのか誰もいない。

 

管理コンピューター室からは電算室の光景が見えており、ガラスの向こう側は冷気が漂っている。

 

クーフーリンは白銀鎧の懐からデータを抜き取るためのフラッシュメモリを取り出す。

 

管理端末のUSBにメモリを刺して機械操作しようとした時、目の前のガラスが砕け散る。

 

「くっ!?」

 

咄嗟の判断で横っ飛びを行い、飛来してきた魔法攻撃を回避する。

 

壁に突き刺さったのは複数の氷の槍であり、危うく串刺しにされるところであった。

 

立ち上がって砕けたガラスの向こう側を見れば冷気の中から禍々しい造魔の姿が現れたようだ。

 

「クゥーホー……ココハ、ガルガンゼロノ場所。美シイ男悪魔ネ…アナタハダレ?侵入者ナノ?」

 

「面妖な造魔め…この冷気は貴様が発するものか?邪魔立てするならば…容赦はしない!!」

 

「寒イ所ハ、ワタクシノ場所…。スリル様ノ命令…ココヲ守ルノガ…ワタクシノ使命…」

 

跳躍したクーフーリンがガラスを突き破って電算室の中へと入り込み、魔槍を構える。

 

迎え撃つゼロは両胸に備わった突起型のファンを高速回転させながら冷気をばら撒く。

 

「クゥーホー……ワタクシノ邪魔ヲスルナラ…許サナクテヨ…フゥゥ……」

 

「どんな存在であろうとも我が槍は迷いなく心臓を貫く!臆する事ないならば…くるがいい!!」

 

電算用の機械が並ぶ極寒の世界で戦いが繰り広げられていく。

 

その光景は他も同じであり、人修羅の仲魔達はスリルの造魔を相手に死闘を繰り返すのだ。

 

それでも人修羅とライドウ達は援軍としてこの場に現れることはない。

 

戦いながらも彼らは感じているはずだ。

 

人修羅とライドウの元にも刺客が差し向けられていると考えるのが自然なのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

サンプル室に入り込んだセイテンタイセイは機械に繋がれた試験管の列を超えていく。

 

緑色に輝く培養液の中には肉塊となった悪魔や魔法少女達の成れの果てが浮かんでいる。

 

バラバラにされたこれらサンプルは標本にされたかのようにして陳列されているのだ。

 

「魔法少女と造魔を掛け合わせようとして失敗した作品群といったところか?くだらねーな」

 

興味無さそうにサンプル列を超えていくと長身の格闘家が立っている姿を見つけだす。

 

立ち姿だけで只者ではないと見抜いたセイテンタイセイの口元には不敵な笑みが浮かぶのだ。

 

「へぇ…造魔の中には武術家をやれる個体もいるようだな?」

 

黒い道着を纏う造魔もまた感情が希薄な態度をしているようだが、鋭い目を向けてくる。

 

「……キサマはオレよりも強い者か?」

 

それを問われるセイテンタイセイは左手に持つ如意棒を消し去り、両手を鳴らしていく。

 

「試してみるか?俺様と戦えるチャンスなんてそうそうないぜ…なにせ、俺様は武神だからな」

 

武神という言葉を聞いた瞬間、目の前の造魔の表情が変わっていく。

 

その顔つきは猛き武道家のようになり、武道家として武神を相手に敬意を示す言葉を発する。

 

「よくぞオレの元まで来てくれた…それも独りでな。ならば武道家として礼儀を示そう」

 

組んでいた腕を解き、両拳を握り込んでいく。

 

いつでもかかってこいと言わんばかりの造魔であるが、不意に構内放送が聞こえてくる。

 

<<ケケケケ!飛んで火にいる夏の虫共が!何処のアホやろうと、わしの造魔が捻り潰すで!>>

 

「うるせぇ!!武道家同士の一騎打ちに横やり入れるんじゃねぇ!ぶっ殺すぞ!!」

 

<<な、なんやこの猿悪魔!?武道なんぞ関係ないで!どんな手段を使ってでも勝つんや!>>

 

「……いや、オレは拳法以外を使うつもりはない。悪いな、ドクタースリル」

 

<<このドアホ!?生みの親のわしに逆らう気か!?お前の思考回路にバグが出てるんか!?>>

 

「誰もオレの戦いの道を止められない……オレは強い奴と戦いたい!正々堂々とな!!」

 

燃え上る闘志を発する造魔の姿はもはや人間と変わらない。

 

これ程までの完成度を誇る造魔ならば、ペレネルが生み出したタルトとリズにも匹敵するだろう。

 

武道家として感情に目覚めつつあるガルガンチュア8の覚悟を受け取った者が両手を上げていく。

 

何をするのか理解している8もまた両手を上げていく。

 

彼らが行うのは武道家としての礼儀である抱拳礼(ボウチェンリィ)である。

 

「勝っても負けても怨みっこなしだ。さぁ、テメェの実力を見せろ…斉天大聖を相手にな!!」

 

「斉天大聖孫悟空と戦えるとは…光栄の極み!!武道家として…全力を出させてもらう!!」

 

互いが握った拳を包み込むようにして両手を合わせる。

 

彼らが行った抱拳礼の形とは武を司る右手で文化を司る左手を包み込む形。

 

武道家同士が死合うために行われる礼であり、命を懸けた闘争を行おうという挑戦状だ。

 

「行くぜェェェーーッッ!!オラオラオラァ!!!」

 

「来いやァァァーーーッッ!!!」

 

互いの拳と拳がぶつかり合い、拳法家同士の真剣勝負が始まっていく。

 

激戦を繰り返すのは他の仲魔達も同じのようだ。

 

二体の造魔を相手にするケルベロスは物理を防ぐQと攻めを担当するXの猛攻に晒されていく。

 

剣と盾となった造魔コンビの連携攻撃に苦戦するのだが、勝機を見出す時が来る。

 

「アチチチチッッ!!!」

 

ケルベロスを掴んで首をへし折ろうとしたガルガンチュアQの体が燃え上っていく。

 

ランパート・スーツは物理を無効化するが魔法を無効化する力は備わってはいない。

 

地獄の業火を周囲に放って拘束から抜け出したケルベロスに目掛けて異形の騎士が魔法を放つ。

 

「地獄の番犬め!!魔法を得意とするのは貴様だけではないと知れ!!」

 

背中合わせに繋がり合った黒騎士を思わせるガルガンチュアXがマハブフーラを放ってくる。

 

しかしケルベロスは邪教の館で氷結無効スキルを手に入れており氷結魔法を無効化するのだ。

 

猛突進を仕掛けてくるケルベロスに向けて体を高速回転させながら武器を振り回す。

 

ランスとロングソードが振り回される中、ケルベロスの側面から一撃が迫りくる。

 

「なんだとぉ!!?」

 

急停止したケルベロスは獰猛な口を大きく開けてランスの一撃に齧りつき、動きを止めてくる。

 

鍔迫り合いのような形となったケルベロスに目掛けて後方から燃え上る敵が一撃を狙う。

 

「そこを動くなぁぁーーッッ!!」

 

巨体の拳を振り下ろして叩き潰そうとするが、ケルベロスは齧りつくランスを強く引っ張る。

 

「「グアァァァーーーーッッ!!?」」

 

武器ごと持ち上げられたXが後方から迫るQの巨体にぶつけられ、弾き飛ばされる。

 

壁にぶつかった造魔達に向けて口に咥えたランスを真上に向けて投げ飛ばし、尻尾で掴み取る。

 

尻尾から魔力を注ぎ込まれたXのランスが業火を纏い、ケルベロスは体を旋回させていく。

 

遠心力を纏わせたランスが尻尾から放たれ、バリスタ砲の一撃の如く射出。

 

「「グフッ!!?」」

 

魔法の力を帯びたランスの一撃がガルガンチュアQとXの体を一本刺しの如く貫いている。

 

炎のランスによって燃え上る造魔達を見つめるケルベロスは最後にこんな言葉を残す。

 

「作ラレタ造魔故二自由ヲ失ウカ…貴様達ニハナカッタノカ?勝ッテデモ手二入レタイモノガ?」

 

「手に……入れたい……ものだ…と……?」

 

「ソレヲ見出セナイ者二、力ハ得ラレナイ。欲深キエゴモマタ…人間ヤ悪魔ヲ強クスルノダ」

 

「わたくしに…足りなかった…欲…。それを与えてはくれなかった…だから…負けたのですか…」

 

「フッ……ならば仕方ない。次に生まれるなら…まともな騎士として……生きたいもの…だ……」

 

「わたくしも…次に生まれるなら……美しい姿で……人々に愛される……悪魔に……」

 

燃え上る造魔達の体が砕け散り、MAGの光となる最後を残す。

 

燃え残った炎の中では造魔の元であるドリー・カドモンが残っているが炎で焼き尽くされていく。

 

「歪ンダ生命ノママデアッテモ…欲望二焦ガレルカ。貴様ラモマタ、悪魔ラシサヲ秘メテイタナ」

 

勝敗は決したため、ケルベロスはクーフーリンの援護に向かう後ろ姿を残す。

 

勝敗が決したのはクーフーリンの方も同じだったようだ。

 

極寒の電算室で戦いを繰り広げるクーフーリンはガルガンチュア・ゼロの猛攻を浴び続けている。

 

彼女が放つ魔法とは雹の雨を相手に叩きつける『アイオンの雨』である。

 

「クゥーホー……フフッ、ソノママ氷漬ケニナルトイイデスワ」

 

暴風の勢いのまま雹を全身に叩きつけられるクーフーリンは逃げ場もなく耐え続けている。

 

体中に雹が付着して凍り付き、このままでは身動きがとれないまま冷凍保存されるのみだ。

 

しかしクランの猛犬の名を持つ彼の両目には些かの恐怖心も浮かんでいない。

 

「氷結魔法を得意としているようだが…これならどうだ!!」

 

手足の末端が凍傷によって黒ずみながらも片手を持ち上げてルーン文字を描く。

 

「キャァァーーーーッッ!!?」

 

電算室が燃え上り、炎に耐性のないガルガンチュア・ゼロの衣服に炎が燃え移る。

 

クーフーリンが放ったのは全体炎魔法のマハラギオンであり、彼女の弱点を突く。

 

アイオンの雨が止んだのを見計らい、凍り付いた体を無理やり動かしていく。

 

「熱ィィィィーーーッッ!!助ケテ…スリル様…!!熱ィィィィーーーッッ!!!」

 

地面を転げ回ってどうにか燃え移った炎を鎮火させたようだがドレスはボロボロだ。

 

酸素マスクが無ければ息もまともに出来ないゼロは過呼吸となってしまい錯乱状態が続いている。

 

無防備な姿を晒す敵に情けをかけるクランの猛犬ではなかった。

 

「ガフッ……ッッ!!?」

 

ガルガンチュア・ゼロの胸を貫いたのは魔槍ゲイボルグの矛である。

 

頭部を覆う試験管の中で吐血したため試験管の内側は血塗れとなってしまう。

 

「哀れな造魔娘よ…眠るがいい。今度生まれてくる時は…美しい姿で生まれ変われるといいな」

 

造魔の自分の姿に憐みを向けてくる者の気持ちを受け取ったゼロは困惑する。

 

意識が途切れていく中、最後にこんな言葉を残してくれる。

 

「ワタクシ二……次ガ…アルナラ……鏡ヲ見テモ……辛クナラナイ……顔ガ…欲シ……」

 

体が弾けてMAGの光を残す最後を迎えるガルガンチュア・ゼロ。

 

感情が希薄な造魔であっても彼女は女性であり、顔は女の命そのもの。

 

女の顔を髑髏にされてしまった彼女の心の辛さは想像を絶するものがあったのだろう。

 

「生まれた命を私利私欲のために玩具にするか…貴様だけは絶対に許さんぞ!狂気の科学者!!」

 

構内放送から聞こえてきたスリルに向けて怒りの叫びを上げるが体は満身創痍である。

 

何とか体を動かそうとするが凍傷ダメージが酷く、電算室から出てきた時に倒れ込んでしまう。

 

「くそっ…私は回復魔法に秀でる者ではない…。こんな時…ピクシーかティターニアがいれば…」

 

かつての仲魔に頼ろうとする己の未熟さを呪いながらも地面を這いつくばりながら進んでいく。

 

ここで機密情報を会得しなければ東京にもたらされる災厄を止める方法はないだろう。

 

侵入者に敗れ去る造魔をモニターで見ているスリルも慌てふためき、逃げる準備を始めてしまう。

 

そんな時、地下研究所に響き渡るのは機密保持コードが承認された警告音声である。

 

<<<緊急事態コードを承認。研究区画を放棄せよ。職員はただちに避難区画に逃げて下さい>>

 

「な、なんやとぉ!?わしはまだ緊急事態コードを承認しとらんで!?」

 

モニタールームで驚きの叫び声を上げるスリルに対して、並んでいるモニターに門倉が映る。

 

<<緊急事態コードは遠隔操作させてもらったよ。造魔工場は機密保持のために放棄する>>

 

「門倉!!わしがまだ研究所にいるというのに…どういう了見やねん!?」

 

<<君も研究所と共に消えてもらう。我々が開発費の横領に気が付いてないとでも思うのか?>>

 

「気が付いてないフリをしながら…わしを消す算段をしとったのか!?後生や…助けてくれ!!」

 

<<断る。我々のような秘密主義団体は外部の者など信じない。利用だけはさせてもらうがね>>

 

モニターごしに嘲笑う門倉の顔に拳を叩きこんで砕くスリルであるが、もはや時間がない。

 

彼はあらかじめ逃げ出す準備だけは終えていたため研究成果を纏めた鞄を背負って脱出していく。

 

造魔工場が次々と爆発していき、証拠隠滅と共に地下研究所の崩壊が始まってしまう。

 

人修羅の仲魔達は地下研究所の崩壊に飲み込まれてしまう危機が迫っていたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ハァ…ハァ……やるじゃねーか?造魔なんぞにしておくのは勿体ないぐらいだぜ」

 

サンプル室で死闘を繰り返す武術家達。

 

武神に挑んだガルガンチュア8の体はボロボロであるが、セイテンタイセイの体にも痣が見える。

 

武術の神である彼の息を切らせる程の性能を与えられていた造魔であるが、それだけではない。

 

ガルガンチュア8の心の中には武道家としての魂が宿っており、心技体が完成している。

 

それら三つが合わさることにより与えられた性能以上の力を発揮してきたのだ。

 

「フッ…ドクタースリルに感謝しよう。武神と戦えた事は…短い命の中で最高の思い出となった」

 

達人同士の戦いによってサンプル室の試験管は砕け散り、中身を撒き散らす空間で互いが動く。

 

「「ハァァーーーッッ!!!」」

 

8の両腕から放つ突きを左右の肘で弾き、セイテンタイセイの後ろ回し蹴りを顎を引いて避ける。

 

反撃の後ろ回し蹴りを避ける相手の両足を刈るために後掃腿を放つ。

 

だが相手に読まれており、跳躍して体を横倒しに回転させながら蹴り足を避けきる。

 

着地したセイテンタイセイが前蹴りを放つが右手で弾き、跳躍して旋風脚を狙う。

 

蹴り足が迫る中、猿のように身軽なアクロバット回避を行いながら後方に移動していく。

 

連続旋風脚から着地した8が手刀打ちを狙うが、左腕で受け止められた直後に顎が打たれる。

 

「ガハッ!!」

 

アッパーカットで打ち上げられて怯んだ相手に目掛けて左腕を引き絞り、崩拳突きを狙う。

 

しかし怯んだ筈の8が左に踏み込み、崩拳を避けると同時にカンフータックルを狙う。

 

「ぐはっ!!」

 

鉄山靠が直撃したセイテンタイセイが試験管を砕きながら部屋の端まで弾き飛ばされる。

 

倒れ込んだ相手に目掛けて飛び蹴りを狙うが、立ち上がった瞬間に跳躍回転。

 

飛び後ろ回し蹴りが8の頭上を越えるが、反対の足で奇襲蹴りを放つガイバーキックがヒット。

 

側頭部を蹴られて怯む相手に向け、一気に仕掛ける。

 

「オラァァァァーーッッ!!!」

 

「来いやぁぁぁぁーーーッッ!!!」

 

迎え撃つガルガンチュア8も雄叫びを上げながら最後の攻防を放つ。

 

互いの突き、蹴り、膝蹴り、肘打ち、払い動作が連続して繰り返されていく。

 

「ぐふっ!!」

 

猛虎硬爬山の連携攻撃を浴びたセイテンタイセイが後退ったチャンスを相手は逃さない。

 

踏み込んで伸ばした指が一気に握り込まれ、ワンインチ・パンチがクリーンヒット。

 

「なんだとぉ!!?」

 

攻撃を決めたはずの8が驚きの声を上げてしまう。

 

決まったはずの一撃の感触はまるで木の葉のようであり、相手は後方に飛びながら着地する。

 

「…まさか俺様に化勁を使わせるとはな。ボルテクス時代の尚紀でも引き出せなかったぜ」

 

「ベクトルコントロールを行って()()()()()()()()出来る程の達人だったか…流石は武神だ」

 

「テメェは最後まで魔法を使わない武術家だった。俺様も敬意を表すぜ」

 

互いに拳法の構えを行い、最後の一撃を放つ構えを行う。

 

「勝負だ!!斉天大聖孫悟空!!」

 

「来な!!本物の武術家を貫いたテメェと戦えた事が…最高の感激だったぜ!!」

 

構えたガルガンチュア8の拳が握り込まれ、大きく跳躍しながら冲捶突きを放つ。

 

迎え撃つセイテンタイセイの体が揺れ、冲捶突きを放つ一撃を避けながら肘打ちを胸に決める。

 

「がふっ!!」

 

胸骨が砕けて吐血する相手の右手を掴み、肩に乗せながら肘関節を砕く。

 

腕を掴んだまま踏み込み、心臓に目掛けて掌底打ちが放たれる。

 

発頸の一種である浸透頸によって心臓が破壊されたガルガンチュア8がついに倒れ込んでいく。

 

「見事…だ……。オレより…強い奴と…戦えて……幸福……だっ…た……」

 

体が砕け散り、MAGの光を撒き散らす最後を見届けたセイテンタイセイは寂しそうにこう告げる。

 

「うちのバカ弟子に見習わせたいぐらいの男だ。テメェこそ()()()()()と呼ぶべき武道家だった」

 

勝利の余韻を感じている暇もなく、研究所の地下から巨大な振動が襲い掛かってくる。

 

サンプル室から飛び出すとクーフーリンを背中に背負ったケルベロスと出くわしたようだ。

 

「コノ研究所ハ爆発スルゾ!!急イデ逃ゲネバナラン!!」

 

「分かってるよ!それよりも情報は抜き出せたのか!」

 

「クーフーリンヲ見レバ分カルダロウ!無念ダガ、今回ハ諦メルノダ!!」

 

「チッ!!油断なんてするからこうなるんだ!このバカ犬が!!」

 

急いで地上エレベーターを目指して駆けていく人修羅の仲魔達。

 

研究所の崩壊はもはや止められず、次々と爆発が起きていき地上の建物まで崩れていく。

 

地下研究所の最下層にあった脱出用の地下水路の前ではドクタースリルが倒れ込んでいる。

 

天上が崩落して瓦礫に埋まってしまった彼は最後にこんな言葉を残すのだ。

 

「こんなの嘘や…!!この天才科学者ドクタースリル様がこんな場所で死ぬやなんて…嘘や!!」

 

天上の崩落は止まらず、上半身にも瓦礫が落ちてきた事によりドクタースリルは死ぬ事となる。

 

私利私欲の為に造魔を生み出し、悪魔を召喚する為に魔法少女を生贄にした男の最後であった。

 

……………。

 

「まったく……骨折り損のくたびれ儲けだったな」

 

崩れ去った製薬会社のビルから離れた路地裏では脱出出来たセイテンタイセイ達が立っている。

 

周囲は土煙が漂っており、騒動が広がる前に撤収しなければならないようだ。

 

「すまん……不覚を取った。あの研究所で情報を得られなかったのは不味いな…」

 

「済んだことだ、気にすんな。それよりも…尚紀やライドウ達はどうして来なかったんだ?」

 

「感ジルダロウ…コノ恐ロシイ魔力ヲ。ドウヤラ刺客ヲ差シ向ケラレテイタヨウダ」

 

「なるほどな…どうりで来れなかったわけだ。俺様達も援護に向かうぞ」

 

「我ハ手負イトナッタ背中ノ男ヲ探偵事務所ニマデ運ブ。後カラ応援二向カオウ」

 

この一戦においてオーダー18の情報を得られなかった事は後々にまで響いてくるだろう。

 

革命部隊の正体を突き止める証拠を用意出来ないのであれば、彼らの正体は思うがままだ。

 

テロリストに仕立て上げられた造魔部隊は目的達成のために大きく貢献することになっていく。

 

それによって門倉の目的は達成されることになるのだ。

 

地獄の門を表す男は人々を地獄へと誘うだろう。

 

民衆は門倉を希望だと讃えながら地獄門の中へと導かれていく未来が待っているのであった。

 




陰鬱極まりないボクの駄作の中で貴重なギャグキャラでしたが、スリル連中には退場してもらいます。
キャラが多過ぎて扱いきれなくなった大人の事情があるので(汗)


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234話 13を表す悪魔

人修羅とライドウの元に現れた存在こそ、かつて東京に大破壊をもたらした存在。

 

ペンタグラム魔法少女の1人であったルイーザそのものともいえる人物。

 

しかし彼女は人修羅が知っているルイーザではない。

 

彼が戦ったのはルイーザのクローンであり、目の前の人物こそがオリジナルなのだ。

 

「なぜ生きている…?お前はあの時に殺したはず…死体だって念入りに焼き滅ぼしたんだ!」

 

悪魔化した人修羅が左手に怨霊剣を生み出し、いつでも抜刀出来る体勢を行う。

 

疑問を感じるのも無理はないと思う彼女は目元しか見えない顔を向けながら話し始めるようだ。

 

「確かに私は貴殿に殺されました。しかし、貴殿が殺したルイーザは私ではなかったのです」

 

「どういう意味だ……?」

 

「アレは私のクローンだったのですよ」

 

「クローン人間だと…?まさか…もう実用化された技術だったと言いたいのか?」

 

「あのクローンは役目を終えて死んだ。私と同じ魂を持ち、私と同じ力を持った女は死んだ」

 

「自分が死にに行きたくなかったから用意した捨て駒だったか…。ならば、お前はなぜ現れた?」

 

それを問われたルイーザは目を細め、感情を押し殺す。

 

左手に握られた剣の鞘を握る力が増していく。

 

感情を押し殺そうとするのだが、それでも周囲を凍り付かせる程の殺気をばら撒いてくるのだ。

 

「……尚紀、この女と戦った事があるのだな?この女は何者なんだ?」

 

ハイカラマントの中で刀の柄を握り締めるライドウが隣に立つ彼に聞いてくる。

 

人修羅は手短に要点だけを纏めた答えを語ってくれたようだ。

 

「東京に大破壊をもたらしたペンタグラムの生き残り…いや、ホムンクルスの元となった存在か」

 

「信じられんが…クローン技術は実在している。我のような猫のクローンが生まれた話も聞いた」

 

「啓明結社に在籍する魔法少女……貴様の目的は21世紀の帝都の破壊か?」

 

帝都の守護者として立つライドウが鋭い目をルイーザに向けてくる。

 

微動だにせず瞳だけを動かす彼女はライドウの姿を捉えたようだ。

 

「デビルサマナーよ…私はもう魔法少女ではない。私はな……魔法少女を辞めさせてもらった」

 

「魔法少女を…辞めただと…?」

 

魔法少女を辞めたという事実を示すためにルイーザは纏ったカソックコートを右手で掴む。

 

全身の殆どを覆い尽くす衣装こそ潜入任務を目的としたクローンが纏った衣装である。

 

しかし今の彼女がこれを纏う理由もない。

 

正体を隠す必要がない者であり、堂々と私こそがルイーザなのだと語れる者なのだ。

 

「もうこんな衣装で姿を隠す必要は無い。本当の私の姿を隠したままでは無礼に当たる」

 

カソックコートを掴みながら脱ぎ捨てる。

 

そこに立っている存在こそ、高貴なる血をもつロスチャイルド家の者であった。

 

「それがお前の素顔か……」

 

18世紀頃の宮廷貴族服を思わせる男装を纏う者。

 

漆黒の貴族衣装に身を包む女の長い後ろ髪は黒のリボンで纏められている。

 

黒の色彩を彩る貴族コートには金の刺繍が施され、ジャボやカフスに見える白のレースが美しい。

 

何よりも目立つのは貴族コートの背中に描かれたロスチャイルド家の紋章だろう。

 

金色の刺繍を用いて描かれた存在とは、王権を示す王冠や杖等を纏う()()()()であった。

 

「そう…これが私の本当の姿です、陛下。クローンとはいえ、素顔を隠した無礼をお許し下さい」

 

真ん中分けにして横に流す金髪の前髪は異常に伸びており、夜風が前髪を揺らす。

 

美しい長髪を覆い隠していたカソックコートを取り払えば女性らしい美しさが隠れていた。

 

しかし、その顔つきは女性らしい優しさなど欠片も感じられない程にまで冷たく鋭い。

 

死ぬまで敵を求める戦士のような豪胆さを感じさせる女の顔つきであった。

 

「殺し合った俺は崇めるためにノコノコと顔を見せに来たのか?そんなマヌケじゃないんだろ?」

 

それを問われたルイーザは右手で三角帽子を目深く被り直す。

 

三角帽子に備わった黒い羽根が揺れる中、彼女はこの場に現れた目的を語ってくれる。

 

「クローンの私は貴殿に敗れて死んだ…。それは混沌王様の力を高めるための生贄でした」

 

「それはクローンから聞かされた。全てはハルマゲドンのため…サードインパクトためだとな」

 

「その通り。全てはルシファー閣下のNWOのため…そして、アジェンダ21のためなのです」

 

「人類の持続可能性を確実にするための人口削減…そのためにハルマゲドンを利用するか」

 

「生き残った人類には国境も民族もない。世界は一つとなり、貴殿が支配する黒銀の庭となる」

 

「世界連邦…共産党やイルミナティが掲げるユートピアか。俺は世界の道を繋げる気は無い」

 

「貴殿が望まなくても世界はサイファーとなる。そして…貴殿もサイファーとなるのです」

 

「俺がサイファーになるだと…?」

 

「もうその兆候は体に表れているはずです。ラピスラズリの如き両目がそれを表している」

 

「くどい!!俺の運命は俺が決める!!誰の指図も受けるつもりはない!!」

 

怒りを表す叫びを上げる人修羅を見つめるルイーザは満足そうな笑みを浮かべてくる。

 

まるで運命に抗う者を歓迎するような態度で自分の覚悟を語り出すのだ。

 

「ええ…そうですとも。私だって同じ気持ちですよ、陛下」

 

「なんだと…?」

 

不敵な笑みを浮かべながら左手を持ち上げていき、顔の前で水平に構える。

 

銀の鞘に納められた剣の柄を握り締めながら彼女は押し殺してきた感情を解き放つ。

 

「ロスチャイルドに生まれた者としてイルミナティに尽くしてきた…だが私にはそれ以上がある」

 

「それ以上だと…?」

 

「私は生まれつき負けず嫌いなのですよ。誰にも負けたくない…たとえそれが啓蒙神であっても」

 

柄頭に描かれた啓蒙の梟はイルミナティを表すシンボル。

 

だが啓蒙の梟を掲げる者でありながら啓蒙神に刃を向けるために力を込める。

 

「「くっ!!?」」

 

人修羅とライドウが腕を前に掲げてガードしなければならない程の豪熱が解放される。

 

「…離れていろ、スレイプニル。加勢は必要ない」

 

白銀の馬鎧を纏う8本脚の神馬が駆けだし、その場から離れていく。

 

ルイーザが語った馬の名は北欧神話の主神であるオーディンの愛馬のものであった。

 

【スレイプニル】

 

北欧神話にオーディンの愛馬として登場する灰白色の体毛で八本足の神馬である。

 

雌馬に化けたロキとスヴァディルファリの子供であり、神速で駆け空を飛ぶ事も出来るようだ。

 

母親となったロキから献上された馬として主神オーディンの愛馬となった存在であった。

 

「啓蒙神を超えるために私は悪魔と合体した。私の中に溶けた悪魔とこの剣の悪魔は望んでいる」

 

引き抜かれた刃は灼熱化されており、その熱量だけで異界の木々が熱によって燃えていく。

 

「世界を焼き尽くす程の熱量を放つ悪魔を俺は知っている…!まさかその剣は……!?」

 

「オルトロス!ゴウトを遠くに連れていけ!この場にいては焼け死んでしまう!!」

 

「分カッタ!!」

 

ライドウの足元のゴウトを口で拾い上げたオルトロスが灼熱地獄と化した現場から逃げていく。

 

鞘から引き抜いた魔剣から放たれ続ける豪熱、そして赤熱化した刃。

 

これ程の力を発揮する魔王を人修羅は知っており、ライドウは悪魔を剣に変える方法を知る者だ。

 

「あの魔剣……恐らくは悪魔と武器を合体させる技法を用いて生み出した()()()()()だ」

 

「ならルイーザの魔剣と合体させられた悪魔は決まっている……魔王スルトだ」

 

【スルト】

 

北欧神話における世界の終末ラグナロクにおいて唯一生き残る巨人族である。

 

炎の魔剣レーヴァテインを所有し、ムスペルヘイムという炎の国の統治者として知られる魔王だ。

 

ラグナロクにおいて人間世界を焼き尽くすとして神話で語られ、世界の終末を実行する者。

 

多くの神と巨人族の決着が着いた際、あらゆる所に炎を投げて世界中を焼き尽くしたのであった。

 

「新たなる魔剣となったレーヴァテインの力…そして悪魔となった私の力を用いて試してみたい」

 

左手の鞘を消したルイーザが霞の構えを行い、全身から闘気を発する。

 

攻めてくると判断した人修羅も怨霊剣の柄を握り込む。

 

しかし横のライドウは後ろに振り向きながら刀を抜く。

 

2人の背後を覆う形で迫ってきていたのは12本の魔剣であった。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

神速の抜刀術から放たれたのはMAGの光を纏った高速剣。

 

残像が見える速度で前方空間を無数に切り刻む一撃こそ磁霊虚空斬(じれいこくうざん)である。

 

次々と放たれる斬撃によって12本の魔剣が斬り払われていく。

 

最後の一撃として迫りくる刃を弾き終えたライドウの姿を背中で感じた人修羅が微笑んでくれる。

 

「流石だな、それでこそだ。俺の背中を任せられる奴はそう多くないぜ?」

 

「フッ……お前と共に戦うのも悪くないさ」

 

弾き飛ばされた12本の魔剣が浮遊していき、ルイーザの背後で扇状に広がっていく。

 

12本の魔剣を用いて描かれるのは刃の翼ともいえる光景であり、13本の魔剣が彼らを襲う。

 

「最初から全開戦闘か……いいだろう。あの時の続きを始めさせてもらおうか」

 

「さぁ…その手に握る新たなる力を解き放て。私も全てを出し尽くす……その覚悟で訪れた!!」

 

「双頭の鷲の頭を一つ跳ねたところで死なないならば!もう一つの首も跳ね落としてやろう!!」

 

腰を落として構える人修羅が怨霊剣を抜刀する。

 

振り抜いた刃が霞の構えとなった時、ライドウも前に振り向きながら霞の構えを行う。

 

互いの刃が触れ合い、怨霊剣と陰陽葛葉の刃がクロスする。

 

人修羅と葛葉ライドウ、互いに違う物語を超えてきた者同士が共に戦う時がきた。

 

向かう先は帝都である東京に大破壊をもたらした存在であり、悪魔崇拝組織を統括する一族の者。

 

相手にとって不足無しと判断した者達が同時に動き、ついに対決する時がきたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

向かい合い対峙する人修羅とルイーザが互いの剣を激しくぶつけ合う剣舞が繰り返される。

 

燃え上るレーヴァテインと魔力が噴き上がる怨霊剣を叩きつけ合い周囲が激しく燃え上っていく。

 

互いの袈裟斬りがぶつかり合い、肩をぶつけ合う程にまで刃を押し込み合いながら叫ぶのだ。

 

「貴様もイルミナティの者だろう!この戦いもかつてと同じく命令に従っているだけか!!」

 

「違う!!私は処罰される覚悟でここに赴いてきた!貴殿に負けたと思いたくないから戦う!」

 

「組織を裏切ってまで俺に挑戦状を叩きつけてくるか!根性は認めてやるがそれだけなのか!?」

 

「私だけの望みではない!!私の中に溶けた悪魔と私の魔剣に溶けた悪魔もそれを望んでいる!」

 

「この魔剣に溶けた悪魔がかつてのスルトだとしたら…貴様の中に溶けた悪魔は何者なんだ!?」

 

「正体が知りたければ自分の力で私の中の悪魔を引き摺りだしてみせろ!!」

 

互いの体を跳ね除け合い、ルイーザの逆袈裟斬りを受け止めながら押し返す。

 

刃を押し返された状態から背中側にまで滑り込ませ、唐竹割りの勢いで刃を持ち上げていく。

 

刃を払われたルイーザが横薙ぎを狙うが、身を低めて潜り抜けた人修羅がさらに仕掛けてくる。

 

剣舞を繰り返す人修羅とルイーザの後方では12本の魔剣を相手に戦うライドウが奮戦中だ。

 

彼はヨシツネを召喚しており2人の力で斬撃を食い止めるが防戦一方となっているようだ。

 

「くそっ!!ただでさえ手数の多い相手なのに…この熱さじゃ向こう側の加勢にはいけないぞ!」

 

「マガタマの力で炎を無効化している尚紀に任せるしかない!我々はこいつらを抑え込む!」

 

「しゃーねーな!!こっちは任されてやるよ!!」

 

かつてのルイーザも13本の魔剣を操る者であったが、彼女は病気を患い力を発揮出来なかった。

 

しかし本物のルイーザはクールー病を患っていないので全開の戦闘を最初から行える。

 

そして彼女は悪魔の力と魔王の力を宿した魔剣を手に入れた者であり、実力は桁外れであった。

 

「ぐはっ!!」

 

ルイーザに蹴り飛ばされた人修羅がフェンスを突き破り、東京港のコンテナに体をぶつけていく。

 

崩れたコンテナに圧し潰された状態から風魔法を放ち、竜巻を用いてコンテナを巻き上げる。

 

立ち上がった彼が上を見上げれば氷結魔法を用いて生み出した巨大な剣が高速で落ちてくるのだ。

 

「くっ!!」

 

『ブフバリオン』の一撃を後方ブリッジからのバク転を用いて大きく跳躍しながら回避する。

 

だが地面に着弾した氷の刃から冷気が迸り、地面が一気に凍り付かされていく。

 

着地した人修羅の両足は冷気によって凍り付かされ動きを止められてしまったようだ。

 

その隙をルイーザなら見逃さないだろう。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

飛ぶ程の神速で踏み込んできた相手の斬撃を迎え撃つため、周囲の氷を炎魔法で蒸発させる。

 

解放された人修羅が放ってくる袈裟斬りを刃で受け止めるが、左肘打ちを側頭部に浴びてしまう。

 

怯んだ相手の首を横薙ぎで刈り取ろうとするが、後方に一回転を刻む動きで刃を避けきる。

 

立ち止まった人修羅の左手には鞘が持たれており、不敵な笑みを返してきたようだ。

 

「本物のお前の力は流石だな。ならば俺も剣技を尽くそう」

 

「そうこなくてはな。そうでなければロスチャイルド宗家の当主を裏切ってまで来た甲斐がない」

 

ルイーザが踏み込み斬撃を狙うが人修羅はヒヒイロカネの鞘で打ち払い右手の刀で横薙ぎを狙う。

 

身を低めながら潜り抜けた彼女の周囲を円を描くようにして歩いていく。

 

彼女も円を描きながら歩き続け、互いの空気が同調した瞬間こそ激しい剣舞が行われる時だった。

 

刀と鞘を用いて打ち払い、斬り払い、身を潜り抜けて避ける動作の流れは流水そのもの。

 

明鏡止水の境地に立つ人修羅の武は極まった領域にあったのだ。

 

だが彼女とて心技体を極め尽くした上で悪魔と魔王の力を所有する者。

 

互いの武は極致に達した上で死力を尽くして戦い合うその光景こそ、神々の戦場であった。

 

「世界を焼き尽くす程の炎と、世界を凍り付かせる程の冷気…俺はこの冷気の力に覚えがある!」

 

「ほう?ようやく私の中に溶けた悪魔の正体に気が付いてきたようだな…」

 

「お前の中に溶けた悪魔とは……まさかボルテクス界で出会ったあの男か!?」

 

気が付いてくれたのが嬉しかったのか、剣舞を行いながらも彼女は男のような口調で喋り出す。

 

「クックックッ……久しぶりだな、小僧。B()A()R()()()()()()()()()時以来だと思うぜ」

 

「やはりお前だったのか……魔王ロキ!!」

 

彼が叫んだ悪魔の名こそ、ユダヤの聖数である()()()()()()()()()()()()()()をもつ悪魔。

 

ボルテクス時代の彼と出会った存在こそスレイプニルの父であり母でもある両性具有の神だった。

 

【ロキ】

 

北欧神話に登場する神であり、巨人族出身だが主神オーディンとは義兄弟であるアース神族の神。

 

美しい容姿と移り気で悪賢い精神を持ち合わせ、極めて悪質な悪戯を行い皆を困らせる存在だ。

 

大いなる魔物達であるフェンリルやヨルムンガンド、冥界のヘルの父(または母)でもあった。

 

最終戦争のラグナロクを引き起こす事件を起こしたのがロキだと言われている神話がある。

 

12人の神が祝宴を催していた時に招かれざる13人目の客としてロキが乱入。

 

ロキがヘズをたぶらかしてバルドルを殺害させており、後に起こるラグナロク勃発の起因となる。

 

ロキのせいでラグナロク戦争が勃発したことから、()()()()()()だとされてきたのであった。

 

「こっちの世界で成長したようだな?昔のお前はミルクがお似合いの青二才だったのによぉ?」

 

「黙れ!!こっちの世界でも貴様と出会う事になるとはな……呪わしい腐れ縁だ!!」

 

「本当に数奇な縁だな?オレの見た目も変わっちまったがオレは女神でもある。楽しくいこうや」

 

首を跳ねる横薙ぎを潜りながら踏み込み、人修羅の胸部に右肘打ちを打ち込む。

 

後退りした彼は刃を鞘に納め、刀身に魔力を込めながら腰を落としていく。

 

迎え撃つルイーザは宙に浮かぶ氷の剣を無数に生み出し、その数は膨大になっていく。

 

先に放ったのはルイーザだ。

 

彼女が放ったのは『マハブフバリオン』であり、巨大な氷の刃が次々と落ちてくる。

 

迎え撃つ人修羅は神速の抜刀術を用いて次元斬を次々と放つ。

 

前方の空に網目状に放った次元斬であるが、網目を潜り抜ける氷の剣が迫りくる。

 

鈍化した世界。

 

刀を鞘に仕舞った人修羅の体が揺れ、眼前から迫りくる剣の雨に踏み込んでいく。

 

疾走居合を用いて剣の雨を通り超え、獲物を捉えきれなかった氷の剣に無数の斬撃痕が浮かぶ。

 

背後でバラバラになる氷の剣を超えていき、エア・トリックを用いた神速斬撃を仕掛ける。

 

迎え撃つルイーザも既に腰を落として剣を構えており、神速の跳躍移動を行ってくるのだ。

 

互いの斬撃が一閃となり、周囲の空間は互いに放った斬撃線が浮かび上がり2人を囲んでいる。

 

時間が止まった世界の中で血払いを行い、後ろを振り向いたのはルイーザだった。

 

「ぐはっ!!!」

 

黒のトレンチコートの背中に袈裟斬りの痕が浮かびながら血が噴き上がり、コートが燃えていく。

 

先に決まったのはルイーザが放った刹那五月雨斬りであり人修羅は片膝をついてしまう。

 

「私の剣技を潜り抜けられるとは…御見逸れしました。流石はクローンの私を倒した者です」

 

元の口調に戻った彼女がレーヴァテインの刃を持ち上げながら不気味に笑う。

 

片膝をついたままトレンチコートを掴み、脱ぎ捨てた彼が不屈の闘志で立ち上がってくる。

 

燃え上った衣服を脱ぎ捨てようとも黒のベストの背中からは未だに血が大量に流れ落ちていく。

 

「認めてやるよ…本物のお前はクローンよりも遥かに強い。俺に深手を負わせるぐらいだ…」

 

「フフッ……その言葉が聞きたかった。しかしまだです…私はまだ貴殿を超えてはいない」

 

魔王スルトを宿したレーヴァテインの豪熱によって燃え上る異界の東京港。

 

地獄の業火の世界で剣を構え合う両雄であるが人修羅は手負いの状態だ。

 

このまま戦えば劣勢であるのだろうが彼は1人で戦っているわけではない。

 

「オレ達を忘れてもらっちゃ困るぜぇぇぇーーーーッッ!!」

 

業火の世界から飛び込んできたのは天叢雲剣を右手に持つ巨人、スサノオである。

 

彼の左肩に乗ったライドウが跳躍してルイーザに向けて飛び込んでいく。

 

MAGを纏った陰陽葛葉から放つ刺突の一撃とは磁霊龍牙突(じれいりゅうがとつ)である。

 

巨人の胸も刺し貫ける程のMAGの槍と化した陰陽葛葉の刃が迫りくる中、彼女の体が揺れるのだ。

 

「私と混沌王様との一騎打ちに乱入してくるか!この無礼者めぇ!!」

 

燃え上るレーヴァテインの刃を用いて薙ぎ払い、広域放射されたのはデスバウンドの一撃。

 

「「ウォォォォーーーーッッ!!?」」

 

デスバウンドの衝撃波とスルトの業火が合わさった一撃がライドウとスサノオを弾き飛ばす。

 

炎を吸収出来るスサノオが咄嗟にライドウの盾となった事でどうにか耐える事が出来たようだ。

 

しかしスサノオの巨体は地面に倒れ込んでおり、衝撃波だけでも大ダメージを負っていた。

 

「私達の邪魔は誰であろうが許さない…さぁ、続きを始めましょうか」

 

「フッ……それが出来ればな?」

 

「なにっ!?」

 

ライドウとスサノオは体を張って囮となっている。

 

スサノオは帰還したオルトロスの代わりに召喚した仲魔であり彼にはもう一体の仲魔がいるのだ。

 

死角から攻め込んでくるサムライが天狗の如き華麗な跳躍力で転がったコンテナを超えてくる。

 

「我が京八流の奥義!!受けてみやがれぇぇぇーーーーッッ!!!」

 

死角から飛び込んできたのはヨシツネであり、愛刀の薄緑と脇差の刀を用いて奥義を放つ。

 

日本剣術の源流・始祖とされる流派の一つである京八流の奥義とは八艘飛びの一撃だ。

 

左右に持つ刀から放たれる八連撃が迫る中、ルイーザは不敵な笑みを浮かべてくる。

 

「ガハッ!!?」

 

彼女の魔剣はレーヴァテインだけではない。

 

上空から高速で飛来してきた12本の魔剣が次々とヨシツネの体を貫いていく。

 

「奇襲攻撃を見抜けない私だと思ったのか?」

 

地面に倒れ込んだヨシツネが尚も立ち上がろうとしてくるが致命傷であり体がひび割れていく。

 

「ヨシツネ!!」

 

「しくじったか……ざまぁ…ねーぜ。後の事は…頼むぞ……ライ……ドウ……」

 

体が砕け散ったヨシツネがMAGを撒き散らす最後を迎えてしまう。

 

眉間にシワが寄り切ったライドウが憤怒を纏いながら陰陽葛葉を構えてくる。

 

「どうあっても私の邪魔をするか…デビルサマナー?そんなに死にたいならば、斬り捨てる!」

 

「やってみろ……ヨシツネの弔い合戦をさせてもらう!!」

 

「仲魔を失う悲しさは俺も経験してきた。ヨシツネの弔い合戦には俺も参加させてもらおうか!」

 

立ち上がったスサノオも天叢雲剣を振りかざし、三体一の戦いが行われていく。

 

だが背中に魔剣を12本携え、右手に持つ最強の魔剣を振るうルイーザの方が手数は上だろう。

 

斬り結び合う人修羅とルイーザ。

 

彼女の背後を狙うライドウとスサノオであるが12本の魔剣が彼らに猛攻を仕掛けてくる。

 

間合いの外から雷磁魔弾をライドウは撃ち続けるが守りを担当する魔剣が回転して弾き続ける。

 

彼女の攻撃は攻防一体であり、前だろうが後ろだろうがアウトレンジだろうが敵を寄せ付けない。

 

二体の魔王の力を所有した魔法少女の力は神の領域に辿り着き、極まった力に進化したのだ。

 

だがそれがどうした?

 

人修羅とライドウが超えてきたのは神々の戦場だ。

 

神々の領域と戦ってきた者達は神の力に恐れおののき逃げ出すような腰抜けなどではない。

 

「一意専心!!」

 

魔剣の斬撃を超えてきたライドウが人修羅と共に正面から仕掛けていく。

 

彼らの斬撃を巧みな剣術で弾き続けるルイーザだが、猛攻によって攻撃を仕掛ける余裕がない。

 

しかしレーヴァテインが放つ炎熱結界の世界では生身のライドウは無事では済まない。

 

戦いながらも皮膚が焼けていき、全身が大火傷を負っていく。

 

「下がれライドウ!悪魔じゃないお前は炎を無効化する力はないはずだ!!」

 

「我が魂は地獄の業火をもってしても焼き尽くせん!!ヨシツネの仇は討たせてもらう!!」

 

「その体でよくぞこれ程までの戦いが出来るものだ!名を聞いてやろう!!」

 

「我が名は14代目葛葉ライドウ!!大正時代から帝都を守護してきたデビルサマナーだ!!」

 

2人の刀を同時に受け止め受け流そうとするがライドウの回し蹴りが側頭部を蹴り込む。

 

怯んだ彼女に目掛けて同時に斬撃を仕掛けていく。

 

人修羅の袈裟斬りを受け止め、ライドウの払い斬りを跳躍して避け、唐竹割りを人修羅が止める。

 

彼らの斬撃を舞うように潜り抜け、反撃の斬撃を彼らも弾いていく。

 

ルイーザの唐竹割りを互いの刃をクロスさせて受け止めるが刃を押し切られてしまう。

 

だが2人の動きは次の布石へと繋がるのだ。

 

受け流した刃を返して袈裟斬りを放つライドウの一撃をルイーザは受け止める。

 

がら空きとなった彼女の腹部に目掛けて放つのは、刀回しを行いながら放つ人修羅の横薙ぎだ。

 

「がはっ!!!」

 

脇腹を切り裂かれた彼女が左手で脇腹を抑えながら後退り、トドメを刺さんと2人が刀を振るう。

 

同時に放つ袈裟斬りと逆袈裟斬りの一撃が迫る中、彼女の背中が内側を突き破り何かが飛び出す。

 

貴族服を破って飛び出したのはロキの蝙蝠羽であり、硬質化した翼が彼らの斬撃を受け止める。

 

「ウォォォォォーーーーッッ!!!」

 

全身から放つのは絶対零度の一撃であり、人修羅とライドウは冷気の光に飲み込まれていく。

 

「「ぐわぁぁぁぁーーーーッッ!!!」」

 

暴風の如き絶対零度に吹き飛ばされた2人が倒れ込み、呻き声を上げてしまう。

 

それでも刀を地面に突き立てながら立ち上がってくる者達を見下ろすのは宙を飛ぶ者だった。

 

「……混沌王様との決着を果たすために訪れたが、思わぬ強敵と出会う事になるとはな」

 

斬られた脇腹から臓腑が飛び出さないよう彼女は氷結魔法を用いて傷口を塞ぐ荒療治を行う。

 

左手を脇腹から放したルイーザが魔剣レーヴァテインを天に向けて掲げていく。

 

彼女の頭上の空に形成されていくのは巨大なメギドの光であった。

 

「混沌王様もろとも……芥となって消え失せろぉぉぉーーーッッ!!!」

 

剣を振り下ろすと同時にメギドラオンが放たれ、巨大なメギドの光球が落ちてくる。

 

立ち上がった人修羅は横のライドウに振り向き、彼の覚悟を見届けた者としてこう告げる。

 

「最強のデビルサマナーの名は伊達ではないな。ならば…最後までやりきってみせろ」

 

「……言われるまでもない。合わせろ、スサノオ、尚紀!!」

 

魔剣に切り刻まれて倒れ込んでいたスサノオも立ち上がり、天叢雲剣をライドウに向ける。

 

彼の力を受け取ったライドウが大きく跳躍を行い、人修羅も右手にメギドの光を生み出す。

 

「「ハァァァァーーーーーーッッ!!!」」

 

跳躍したライドウが地面に刀を突き立て、天命滅門の一撃を放つ。

 

星の世界と化した大地に目掛けて人修羅は右拳を叩きつけ、メギドラオンを解放する。

 

二つのメギドラオンとそれに匹敵する天命滅門の一撃が極大の爆発現象を生み出していく。

 

異界がメギドの光によって消し飛ばされ、異界が消失してしまう程の威力となったようだ。

 

元の東京港で片膝をつく人修羅とライドウの元にまで翼を羽ばたかせながらルイーザが降り立つ。

 

極大の一撃をもってしても倒しきれない者達を認めるかのようにしてこう吐き捨ててくる。

 

「私の異界は消し飛んだが、我々の戦いはまだ終わっていない。最後まで付き合ってもらうぞ」

 

「フン……もとより俺はお前との決着を望んでいる」

 

「自分とて最後までやらせてもらう。護国守護の刃として、東京の脅威を排除させてもらうぞ!」

 

翼を収納したルイーザが魔力を消耗して業火が鎮火した魔剣を持ち上げながら構えてくる。

 

レーヴァテインの終末の炎を止められようが、彼女にはまだ12本の魔剣と己の剣技があるのだ。

 

満身創痍の人修羅とライドウであるが鋼の意思で武器を構え直す。

 

睨み合う両雄が踏み込み決着をつけるための死闘を再開しようとするのだが、待ったがかかった。

 

<<そこまでだ!!この大馬鹿者め!!!>>

 

斬り込んでいく3人の元に轟雷が落ち、彼らは飛び跳ねて電撃を回避。

 

聞こえてきた男の声を知る者であるルイーザは忌々しい表情を浮かべながら夜空を見上げる。

 

「…私の邪魔立てをするならば、貴方でも許しませんよ?当主殿!!」

 

空の上に浮かんでいるのはアリナを地獄に落とした者であり、イルミナティの司令塔を務める男。

 

かつては人と変わらないネフィリムであったが完全な魔神と化したロスチャイルド当主であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

浮遊していた存在が地面に着地した後、ルイーザを睨んでくる。

 

彼女は自分の一族の当主を睨んだまま微動だにしない態度を返すようだ。

 

「この忌み子め…お前を拾ってやったのは、ドイツで繁栄した一族の血筋を絶やさぬためだぞ」

 

「拾ってもらえた事には感謝していますよ。しかし私は悪魔となった…悪魔とは自由を求める者」

 

「自由には責任が伴う。お前は自分の生まれであるロスチャイルド一族を敵に回すつもりか?」

 

「その覚悟で訪れている。私はもうイルミナティに与するつもりはない…私はそれ以上となった」

 

「それ以上だと…?」

 

不気味な笑みを浮かべたルイーザが貴族コートの裏側を広げて見せてくる。

 

そこに見えたのは双頭の竜を模したバッジであり、Lは驚きの表情を浮かべてしまう。

 

「馬鹿な…何故ルシファー閣下の紋章を所有している!?それは選ばれた者にしか与えられん!」

 

「今の私はエグリゴリに所属する者。ルシファー閣下の直属部隊の者として許可を得ている」

 

「混沌王殿に刃を向ける事をルシファー閣下がお許しになっているだと…?」

 

「その通りです。故に貴方に指図される謂れはない、文句ならばルシファー様に言うがいい」

 

そう言われたロスチャイルド当主は忌々しい表情を浮かべてくるが反論は出来ない。

 

混沌の悪魔達や悪魔崇拝者達にとって、ルシファーの言葉は全てにおいて優先されるからだ。

 

呪いの言葉を浴びせてやりたいが押し殺し、人修羅の方に顔を向けながら深々と頭を下げる。

 

「申し訳ありません…混沌王殿。我が一族の者が無礼を行いましたが…これも悪魔の習わしです」

 

「お前の顔…書籍で見かけた事がある。お前が世界を代表する金融王…J・ロスチャイルドか?」

 

「確かに私はJ・ロスチャイルド…ですがそれは昔の話。今の私はL・ロスチャイルドなのです」

 

「どういう意味だ……?」

 

「今の私はルキフゲ・ロフォカレ。Jであり、ルキフグスなのですよ」

 

「奪い取った邪教の館を用いて悪魔合体したようだな?ルキフグス…たしかルシファーの参謀か」

 

「その通り。お初にお目にかかります、混沌王殿。貴方様のカグツチ破壊神話はお聞き及んで…」

 

「世辞はいらない。俺はおべっか使いが嫌いでな…正々堂々と俺と喧嘩しにきた者の方がマシだ」

 

「残念です。それとお聞きしたい…貴方様は未だに人間の守護者を続けるおつもりなのですか?」

 

「無論だ。俺も貴様に問いたい…東京で何を起こすつもりだ?本気で革命を起こすつもりか!」

 

怨霊剣を向けてくる人修羅に向けてLは不気味な笑い声を出してくる。

 

人修羅が襲い掛かってこようとも迎え撃つ力をもつ程の自信の表れにも感じられるだろう。

 

「オーダー18の日は近い。ルイーザ、閣下直属の者となったとしても作戦には参加してもらう」

 

「勿論だ。混沌王殿もその日にはもう一度東京に訪れるだろう…続きはその時にさせてもらう」

 

「待て!!そのオーダー18とやらの詳細を吐け!!吐かないならば力ずくで吐かせるぞ!!」

 

「出来るのですかな?貴方様も深手を負い、隣のサマナーとて限界のようですぞ?」

 

顔を横に向ければ両膝が崩れたライドウが倒れ込んでしまう。

 

レーヴァテインの炎熱結界に焼かれ続けた彼の体は既に限界を超えていたようだ。

 

スサノオとて全身の切り傷から流れ落ちる出血が酷く、片膝をついたまま息が切れている。

 

人修羅とて全身傷だらけであり全力戦闘が出来る状態ではなかった。

 

「まぁいい…オーダー18を迎える事になれば、貴方様の気も変わるでしょう」

 

左手を後方に向けるLが生み出したのは転送魔法陣である。

 

「精々自分の無力さを嘆くといいのです。たとえ神や悪魔であろうと…止められない未来もある」

 

踵を返したルキフグスが去っていくのだが、ルイーザは置いてけぼりにされてしまう。

 

ロスチャイルド家の当主として一族の顔に泥を塗った者など知らんという態度であった。

 

彼女を迎えに来たのは天空から駆け降りてくる神馬スレイプニルの姿。

 

彼女の後ろで停まった我が子の上に乗るのだが人修羅が駆け寄ろうとしてくる。

 

「待て!!オーダー18の情報を貴様から吐かせてや……ぐぅ!?」

 

激しく体を動かしたため背中の傷が大きく開き、血が一気に噴き出す。

 

片膝をついてしまった人修羅を見下ろすルイーザはこんな言葉を送ってくれたようだ。

 

「私は貴殿を超えたい。滅亡したフランクフルト家の血を受け継ぐ者として繁栄を取り戻す」

 

「フランクフルト家…?たしか、ロスチャイルド一族が栄えたドイツの一族を継いだ者達か…」

 

「その通り。ロスチャイルド一族はドイツの古物商として始まった…始祖が繁栄した土地の者だ」

 

「初代ロスチャイルドが栄えた地を引き継いだ一族としてのプライドか…それが戦う理由なのか」

 

「啓蒙神様を超える事が出来たなら今のロスチャイルド宗家を超えられる。誰も私に逆らえない」

 

鎖の手綱を打ち、四本の前足を大きく持ち上げたスレイプニルが駆けていく。

 

「我が名はルイーザ・フォン・ロートシルト!!初代が産んだ息子達の長男の血を継ぐ者だ!!」

 

己の真名を名乗った後、天に向けて駆けながら夜空の世界に消えていく。

 

追撃出来なかったのは人修羅の目の前に映っている少女達の姿に釘付けになっていたからだ。

 

「また……お前達なのか……?」

 

片膝をついた人修羅を見下ろしていたのはコンテナの上で座り込んでいる少女達。

 

恋人繋ぎをしながら離れられない者だとアピールする者とは藍家ひめなと栗栖アレクサンドラだ。

 

「フフッ♪正義の探偵さんをまだ続けてるようだけど、足元が見えなくなってないかなー?」

 

「なんだと…?」

 

「人の意識は目の前の問題に集中するほど周りが見えなくなる。貴方も経験してきたはずですよ」

 

「何が言いたい…?俺を惑わしに来たのならさっさと消えろ……ルシファー!!」

 

「正義のヒーローとしてチョッセーしてるとつらたんな目に合うよ?身近な人にも目を向けなよ」

 

「身近な人だと……?」

 

「貴方にはつい最近新しい家族が出来たはずですよね?息子として傍にいてあげないのですか?」

 

それを言われた瞬間、血の気が引いていく表情を浮かべてしまう。

 

ひめなとアレクサンドラの姿が消えていく中、こんな忠告を残してくれるのだ。

 

「アナタは誰も守れない。ボルテクス時代でも、この世界でも、誰も守れないんだから♪」

 

「それが人修羅として生きる者に与えられた運命。精々足掻くといいです」

 

「足掻けば足掻くほど、絶望は深まっていくんだよ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。希望を持てば持つ程、絶望が深まるんです」

 

立ち上がれたスサノオが誰に向かって話をしているのかと聞いてくる。

 

やはり藍家ひめなと栗栖アレクサンドラの姿は人修羅の目にしか映っていない人物であった。

 

セイテンタイセイやナオミ達も現場に到着してナオミの召喚魔法によって回復させてくれる。

 

体が癒えた尚紀は丈二のスマホを借りてニコラスと連絡を取ろうとするが繋がらない。

 

彼は苦渋の決断を下すかのようにして東京捜査を諦め、神浜市に向かって車を走行させていく。

 

もう二度と手に入らないと諦めかけた家族を手に入れられた尚紀は家族を守るために駆けていく。

 

しかし藍家ひめなと栗栖アレクサンドラが残した言葉は現実となるだろう。

 

人修羅として生きる尚紀に待っていたのは、希望を感じられた瞬間に絶望が増す光景であった。

 




オリキャラの元ネタはメガテン3内でBARにいた裸マントロキですが、こっちのロキはスタイリッシュな見た目のメガテン5ロキが使われております。
オリキャラをここまで残したのは派手にチャンバラさせてたたっ斬れるライバルキャラを温存させたかったのです。


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235話 光を求めた少女

故郷のドンレミではジャネットと呼ばれていた少女がいた。

 

後にジャンヌ・ダルクと呼ばれるようになる少女は契約の天使と出会う事になる。

 

キュウベぇとも呼ばれるキューブは彼女の名を問うたが、彼女は文盲で文字も書けない人物だ。

 

そんな彼女が自分の名を間違って書き記した名前こそタルトであった。

 

彼女には妹のカトリーヌがいて、家族揃って敬虔なキリスト教徒。

 

そんな彼女にとって契約の天使であるキューブの存在こそ神の使徒そのものに見えただろう。

 

魔法少女契約を迫られた彼女は何を願えばいいのか迷い続ける。

 

そんな時、百年戦争の悲劇の一部ともいえる光景がドンレミ村を襲う事になってしまうのだ。

 

野盗に襲われたドンレミ村において、妹のカトリーヌが凶刃に倒れて亡くなる事となってしまう。

 

タルトは嘆き悲しみ、妹を守れなかった無力な自分を変えようと決意する。

 

彼女は契約の天使に向けて切実な願いを語る事になるだろう。

 

フランスに光をもたらす存在になりたいと願ってしまったのであった。

 

……………。

 

周囲は異様な熱狂に包まれており、民衆達が罪人に向けて罵声を浴びせ続けていく。

 

ここはルーアンのヴィエ・マルシェ広場であり、ジャンヌ・ダルクの処刑が執り行われた場所だ。

 

彼女はイングランドに囚われ、異端審問にかけられた末に死刑判決を受けたのである。

 

<<魔女を殺せーーーーッッ!!!>>

 

<<何が聖女よ!!あんたは神の使いなんかじゃないわ!!人々をたぶらかした魔女よ!!>>

 

<<お父さんを返せ!!お父さんは傭兵として出稼ぎに行ってフランス軍に殺されたんだ!!>>

 

<<この魔女め!!お前が夫を殺したのよ!!地獄の業火で焼き尽くされるがいい!!>>

 

火刑台に向けて民衆達が詰め寄るのだが、兵士達がバリケードとなり通してはくれない。

 

火刑台の道を歩いていくのは手枷を嵌められたジャンヌ・ダルクの姿。

 

美しかったセミロングの金髪は切り落とされ、女の命である髪を失った少女が歩き続けていく。

 

白い布切れのような処刑服を着せられた彼女は虚ろな目を民衆達に向けていくようだ。

 

(どうして……私だけが罵倒されているんですか?)

 

民衆達がジャンヌに向けてくる感情とは、正義の感情だ。

 

魔女を火あぶりにしろ!!

 

家族を殺したフランスの魔女に裁きを与えろ!!

 

あの女は存在しているだけで人々の害だ!!

 

彼女がどんな思いでフランスのために戦ってきたのかなど、権威主義者は知った事ではない。

 

知る努力なんて必要ないし、してくれるはずがない。

 

()()()である司教達が彼女を魔女だと認めた上で死刑にしろと仰っている。

 

それだけで()()()()を選んだ者達が社会正義を振りかざすには十分な理由ではないのか?

 

(私だって家族が死んでしまった。私はもう…戦乱で犠牲になる人をなくしたかっただけなのに)

 

そのために彼女は魔法少女となり、フランスに闇をもたらす魔法少女達と戦ってきた。

 

だが魔法少女として生きたジャンヌ・ダルクは戦場にも魔法少女の力を持ち込んだ存在である。

 

戦乱で犠牲になる人をなくしたいとぬかしながら、それ以上の人々を殺戮してきた。

 

ジャンヌ・ダルクも正義を振りかざした者であり、その心理は周りの連中と同じく()()()()だ。

 

家族を返せといいながら罪人を殺すのは構わない、人々を傷つける魔女なら殺して構わない。

 

自分は良くて、お前はダメ。

 

自分を客観視せず、感情と狭い経験だけでしか物事を判断出来ない偏見生物こそが人間だろう。

 

「私だって家族が殺されました!貴方達と気持ちは同じなのに…どうして私だけ悪者ですか!?」

 

「黙れ!!このクズめ!!」

 

「魔女の言葉に騙されるな!!魔女の言葉は人々を惑わす邪悪な魔法そのものだ!!」

 

「私だって多くの人を殺してしまった!だけど…イングランド兵だって多くの人を殺しました!」

 

「だからアンタの罪が許されると思ってるの!?アンタは大勢のイングランド人を殺したわ!!」

 

「同じフランス人であるブルゴーニュ派も大勢殺した!こいつこそ極悪非道の魔女だ!!」

 

「どうして……どうして私の問いかけを()()()()()()()()()んですか!?どうしてぇ!!?」

 

追及逃れをする連中の手口など、いつの時代だって変わらない。

 

面倒な議論に持ち込まれて反論に足る反証をしなければならない事態に持ち込まれては不味い。

 

なら善悪二元論手口を用いて悪者レッテルを貼り付け、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それでもしつこく追及してくるなら()()()()()()()()()()を続けて相手の追究を有耶無耶にしろ。

 

()()()()()()()()()()()、相手だけを悪者に仕立て上げれば一方的なサンドバックに出来る。

 

これこそが21世紀まで続くのだろう、卑劣極まった()()()()()()()であった。

 

「罪人は火刑台に登れ!!」

 

兵士に背中を押されたジャンヌは無理やり火刑台の階段を昇らされていく。

 

処刑台の下には大量の藁が敷き詰められており、これを燃やして罪人を焼き尽くすのである。

 

処刑台に鎖で括りつけられたジャンヌの上には羊皮紙を貼り付け、このようにアピールするのだ。

 

『異端の魔女 偶像を崇拝した背徳者』

 

「主の名によって、アーメン」

 

司教にお祈りを済ませてもらったジャンヌはついに火刑にされる時が訪れる。

 

「「タルトーーーーッッ!!!」」

 

兵士達が押し留めている民衆の中には魔法少女仲間達の姿もいる。

 

エリザとメリッサは必死になって彼女を助けようとするがジャンヌは首を横に振ってしまう。

 

「一度は罪を悔い改めたものの、再び悪しき声に誘惑され異端の道に戻った」

 

立ち上がった司教が主文を読み上げ、この者を公開処刑する正当な理由を述べていく。

 

「よってジャンヌよ、ここに最後の判決を下す。お前は偽りの神を信じ、異端者となった」

 

炎の松明を持った兵士達が近寄ってくる。

 

「お前は堕落した背徳者であり傲慢な態度で人々を惑わした魔女である。教会はお前を破門する」

 

キリスト教会から破門された事によって、ジャンヌは俗権に委ねられた。

 

もうキリストの仲間を語る悪魔共を止める事は出来ない。

 

愛を説いてきたキリストの教えとは真逆の政治劇が催され、権力闘争の邪魔者は殺されるのだ。

 

「刑を執行する!!火を放て!!」

 

兵士達が松明を藁山に放り込むと勢いよく炎が燃え上り、業火と黒煙がジャンヌに襲い掛かる。

 

「ゲホッ!!ゲホッ!!ガハッ!!あ……熱い!!あぁ……神様……ッッ!!!」

 

生きたまま燻製にされていくジャンヌを嘲笑う民衆達にも燃え上る松明が渡されていく。

 

怒れる民衆達の溜飲を下げようという配慮なのだろう。

 

「この魔女め!!地獄の底に落ちるがいい!!」

 

先に松明を放り込んだのは自分の正義を疑わない民衆の1人である。

 

放り込まれた松明によって業火はさらに燃え上り、人々から拍手喝采が送られていく。

 

「おぉ…なんと信仰深い者なんだ!彼の勇気に神の祝福あれ!!」

 

「彼こそ正義の味方だ!!悪者である魔女を恐れず聖なる炎を焚べるとは彼を賞賛しよう!!」

 

冤罪裁判によって火刑にされる少女を相手にトドメを刺すような真似をした男を人々は賞賛する。

 

そんな周りの者達の視線を浴びる男の表情はとても嬉しそうになり、心の中が満たされていく。

 

(あぁ……俺の()()()()()()()()()()!!俺の善行を…もっと褒めてくれぇ!!)

 

人々から褒め讃えられたい男はもっと松明を寄越せと兵士達に喚き散らす愚かさを示すのだ。

 

「私達も続くわよ!邪悪な魔女を焼き滅ぼす聖なる炎を喰らいなさい!!」

 

「邪悪な魔女め!!お前の存在そのものが国を混乱させるんだ!!正義執行を受けろ!!」

 

次々に松明が投げ込まれ、火刑台の炎は天を突かんばかりに燃え上っていく。

 

炎が体を焼いていく中、ジャンヌの目に映るのは賞賛される人々の姿のようだ。

 

邪悪な悪者をやっつけたヒーローを讃えるかのようにして浮かれて喜ぶ愚民達。

 

彼女がどんな政略に飲まれて貶められたのかを疑って調べる努力さえしてくれなかった愚民共。

 

愚民共の心にあるのは社会正義を執行して気持ちよくなりたいだけの()()()()()()()()()

 

社会正義をエンタメにして承認欲求を満たしたいだけの()()()()()()()()()()()()()であった。

 

(地獄への道は……人々の善意で……舗装されて……いる……)

 

一酸化炭素中毒で命を落とす中、ジャンヌ・ダルクは人間の正体に気が付くことになるだろう。

 

人間にとって、社会正義の中身なんてどうでもいい。

 

自分達だけが正義として認められて気持ちよくなれたらそれでいい。

 

そんな偏見生物に向けてデマゴーグ司教達は都合のいい正義の物語を提供してくれるだろう。

 

勧善懲悪万歳を満たしてくれる正義のエクスタシーで気持ちよく騙されたいだけの愚者なのだ。

 

悪者の言葉になんて耳を貸すな、正義の物語だけを望んで悪者をやっつけろと人々を流し込む。

 

これこそがプロパガンダであり、民衆の怒りと恐怖、無知と偏見を利用する扇動手口。

 

何よりも()()()()()()()()()()()()()()()()()こそがプロパガンダの神髄なのであった。

 

それでもタルトと呼ばれた人物は後悔していない。

 

救いようのない人間であろうが、護ろうとした自分の誇りだけは捨てまいと炎に焼かれていく。

 

最後の力を振り絞り、彼女は天を見上げながらこんな言葉を残してくれた。

 

「すべてのことに……メルシー……ヴレモン……」

 

こうして、フランスに光をもたらしたいと望んだ少女の物語は終わりを迎える事になる。

 

ジャンヌを含めた全ての人々が自分を客観視せず、己のエゴだけを求めた偏見の物語の終焉だ。

 

切実なる願いという()()()()()()()()()()()、自分の間違いという劣等感を認めない。

 

早い話、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がもたらした悲劇である。

 

それこそが戦争であり、戦争に駆り立てられた愚かな群衆生物達がもたらした物語であった。

 

……………。

 

深夜の寝室で目を覚ました造魔の少女が電気も点けずに窓辺で立っている。

 

「……今までで一番鮮明に見えてしまった。かつてのタルトが死ぬ時の悪夢を……」

 

かつてのジャンヌ・ダルクと瓜二つの姿で生み出された造魔もまた同じ名をもつ少女。

 

ジャンヌ・ダルクの最後を見届けたペレネルの手で生み出された者であり、現代を生きる者。

 

彼女の元となったジャンヌの記憶が流入するかのようにして毎晩悪夢を見させられる。

 

しかし彼女は感情が希薄な造魔であり、辛さを感じる表情を浮かべず困惑するだけなのだ。

 

「この街に来てから悪夢を見る機会が増えた気がする…。この街もまた…善悪に分断されていた」

 

東の者だというだけで謂れも無い差別を受けてきた八雲みたまや和泉十七夜、そして東の住民達。

 

彼女達がどれだけ叫ぼうとも、批判を受け止めもせず悪者レッテルを張られて悪にされてきた。

 

そして彼女はまだ出会っていないが暁美ほむらや美国織莉子もまた悪者レッテルを張られた者達。

 

彼女達の訴えは誰にも受け止められず、最初から彼女達だけが悪者なのだとすり替えられてきた。

 

その者達の苦しみもまた、ジャンヌ・ダルクの無念と同じ気持ちを背負わされてきたのである。

 

「タルト…貴女はカトリーヌの墓前で誓った。フランスに光を与える存在になりたいと…」

 

窓に映る自分の姿を中世時代のタルトと重ねて問いかける。

 

その表情には造魔ゆえの無感情が宿っており、魔法少女として生きた者の心が理解出来ていない。

 

「確かに貴女はナポレオンのお陰で歴史に名を残せました。ですが、それは本当の光ですか?」

 

――貴女の望んだ光とは……一体何だったのですか?

 

マスターであるペレネルが今のタルトを生み出した望みとは、彼女を本物のタルトにすること。

 

生みの親の願いを叶えるべく存在している造魔として彼女はタルトを目指さなければならない。

 

しかし本物のタルトの心を理解するための感情が宿らない者として理解に苦しんでいる。

 

迷いを抱えながらも現代のタルトはマスターの望みを果たすために生きる者であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

時間を見つけては八雲みたまの妹である八雲みかげと触れ合うのはタルトとリズの2人。

 

彼女達から今日も指導を受けた後、みかげは彼女達を駄菓子屋に連れてきている。

 

あした屋と呼ばれるレトロな駄菓子屋でお菓子を買った3人は椅子に座って話をしていたようだ。

 

「えっ…?ミィにとって大切なものは何かを知りたいの?」

 

スナック菓子を手に持ったまま顔を俯けているタルト。

 

感情がないなりに迷いを抱えている彼女は、みかげに向けてこんな質問を語り出す。

 

「この街の魔法少女達は大切なものを多く持っています。だからこそ、戦う力が湧くはずです」

 

「それは…そうだね。ミィにだって大切なものは沢山あるけど…タルト姉ちゃには…ないの?」

 

「造魔として主人を守る事こそが最優先です。ですが私にはマスターの望みを叶える役目もある」

 

「タルト……」

 

心配そうな顔を向けるみかげとリズに向けて、タルトは自分の迷いを語ってくれる。

 

「大切なもののために生まれ、生きて、死ぬ。そんな命が人間なのだとマスターは仰られました」

 

「タルト姉ちゃは……人間になりたいの?」

 

「私はマスターの望みを託された者です。本物のジャンヌとして生きて欲しいと…ですが私は…」

 

顔を俯けている彼女の手を見れば握っていたスナック菓子が握り潰されている。

 

明らかに彼女の心には大きな迷いが生まれている。

 

主人の望みを果たしたいのに果たせない造魔としての己を呪っているのだと2人は感じたようだ。

 

「私にも大切な何かが生まれれば…人間になれる。マスターは私にそう語った事があります」

 

「だからミィに聞いてきたんだね?魔法少女達は何を大切に思いながら戦ってるのかって……」

 

「はい…。私は造魔という人形でいたくない…心ある人間にならなければいけないんです」

 

心配そうに顔を向けていたみかげであるが、顔を隣に向けていく。

 

彼女に見えたのは駄菓子屋でお菓子を買っている楽しそうな子供達の姿だった。

 

「ミィはね…大切な人達を守りたいと思ったから魔法少女になったの」

 

「以前聞かせてもらいましたね…みかげの願いとは、姉の願いを止めることだと」

 

「姉ちゃの願いを止めたかったのはね…ミィが生まれたこの街が壊されるのが嫌だったからだよ」

 

「みかげは…神浜を憎まなかったのですか?東の者として…西側住民から嫌悪されたはずです」

 

「そんなの気にしなかったよ。西の子供のところに遊びに行くのに後ろめたい気持ちはなかった」

 

「みかげは純粋ですね…。そんな貴女だからこそ、この街を守ろうと思ったんですね」

 

「この感情はミィだけのもの…誰に頼まれたわけでもないよ。この気持ちが一番大切なんだ」

 

顔をタルトに向けてくれたみかげが質問してくる。

 

その質問を聞かされたタルトは何かを感じたのか目が見開いていく。

 

「ミィが思うのはね…タルト姉ちゃはペレネルおばさんの願いに振り回されてるんだと思う」

 

「私が…マスターの願いに振り回されている…?」

 

「魔法少女達が戦ってきたのはね…誰かのためじゃないの。自分の願いのために戦ってきたんだ」

 

「誰かのためじゃない…自分の願いのために…戦ってきた…?」

 

「誰かのために生きてるなんて、ミィはつまんない。ミィはミィのためにしか生きたくないよ」

 

「誰かを大切に思うのは…自分のため?自分のために生きるからこそ…周りを大切に思える…?」

 

「誰かのために生きてても…そこにはミィはいないと思う。ミィはミィのために生きたいの」

 

「誰かのために生きてても…そこには私はいない?自分のために生きてこそが……人間?」

 

悩み苦しむタルトを見つめるリズもまた顔を俯けてしまう。

 

彼女が考えているのは魔法少女として生きたリズ・ホークウッドの願いである。

 

(私の元となったリズ・ホークウッドの願いとは…自らの手で英雄を誕生させることだったわ)

 

中世時代のリズ・ホークウッドは自らの願いの成就を求めて旅してきた者だった。

 

金次第で雇い主を裏切り続ける傭兵一族の家に生まれた彼女が求めたのは人々から賞賛される者。

 

裏切り者だと蔑まれてきた自分の力で本物の英雄を生み出せてこそ彼女は救われると信じてきた。

 

多くの才能と出会ってきたが死に別れた彼女はついにタルトと出会う事になる。

 

彼女こそが本物の英雄になれる者だと信じたリズは自らの命を懸けてでも彼女を守り抜く。

 

そして最後は絶対に倒せない魔法少女と同士討ちを果たすようにして影の国へと消えた者だった。

 

(私の中に溶けたのは…影の国の女王スカアハだった。彼女がリズの抜け殻を埋葬してくれたわ)

 

女神スカアハが支配する影の国にやってきたのは地獄門を超えてきたリズの抜け殻。

 

ソウルジェムをタルトに預けたまま自らの肉体ごとラピヌを封印するために彼女は犠牲となった。

 

そんなリズを不憫に思ってくれたスカアハは彼女の遺体を影の国に埋葬してくれた存在。

 

そして死にきれないラピヌを影の呪縛で拘束し、永遠の苦痛を与える牢獄に幽閉してくれたのだ。

 

(造魔である私の元になってくれたスカアハは望んでいる…。リズにもう一度人生を与えたいと)

 

造魔である2人に願いを託した者達がいる。

 

その者達の期待に応えたい彼女達ではあるが、造魔であるが故に心を宿す事が出来ない者。

 

そんな2人は自分の胸に手を当てながら悩み抜く姿をみかげに晒していた時、彼女が立ち上がる。

 

「よし!悩んでるタルト姉ちゃとリズ姉ちゃが心配だから、今日はミィが泊まりに行くね!」

 

「「えっ?」」

 

突然の提案を受けた2人が目を丸くするのだが、無邪気な顔を向けながらこう言ってくれるのだ。

 

「今夜はいっぱい語り合おうよ!ミィの家族はみんな忙しい人だからミィに構ってくれないし…」

 

「みかげ……」

 

困った表情を浮かべるリズが横のタルトに顔を向ける。

 

彼女も困った表情をしていたが、それでも傍にいて欲しいのか首を縦に振ってくれたようだ。

 

「家族の許可が得られるのでしたら、私からマスターに頼んでみます」

 

「本当に!?やったーっ!タルト姉ちゃ達の豪華な御屋敷でお泊り出来るーっ!」

 

舞い上がって喜ぶみかげを見つめつつも、リズは微笑みを浮かべてくれる。

 

「まったく…貴女はみかげに甘いわね?まぁ、妹のように可愛い子だから私も嬉しいけど」

 

「妹のような存在が傍にいる…それだけで私の中に何かが湧いてくる。私はそれが欲しいんです」

 

「そうね…私の中にも何かが湧いている気がする。それこそが…人間らしさなのかも知れないわ」

 

家族から許可を得たみかげと共にタクシーに乗り込み、ペレネルの屋敷へと帰っていく。

 

そんな彼女達の姿をビルの屋上で眺めているのは契約の天使であるインキュベーターだった。

 

「あの造魔達……もしかしたら……」

 

何かを感じたのか、キュウベぇもタクシーを追うようにして走り去っていく。

 

この時、神浜市には尚紀達やライドウ達はいない時期。

 

そんな時に強大なる魔王が神浜市に現れたとしたら、一体どうなってしまうのか?

 

これはその悲劇が起きてしまう事になる出来事なのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

――貴女に出来ること、あるいは出来ると夢見ていることがあれば今すぐ始めるのだ。

 

――向こう見ずは天才であり、力であり、魔法である。

 

――人間を堕落に導くもっとも大きな悪魔とは、 自分自身を嫌う心。

 

――自分自身を信じてみるだけでいい。

 

―― きっと、生きる道が見えてくるさ。

 

中世時代に錬金術師として生きた魔法少女に召喚された男は彼女にそんな言葉を送ってくれた。

 

魔力減退という魔法少女としての年齢問題に直面し、先がない彼女は自分自身を嫌ってしまう。

 

だからこそ自分の限界を超える力を与えてくれるかもしれない悪魔を召喚したのだ。

 

赤い道化師のような貴族服を纏う男は自分を召喚してくれた魔法少女に取引を持ち掛ける。

 

最初は取引内容を迷ったが、自分自身を信じてみろという言葉に後押しされた末に契約を果たす。

 

生きる道が見えてくると言われた通り、魔法少女は錬金術師として開花することになるだろう。

 

――時よとどまれ、お前は実に美しい。

 

魔法少女は年齢によって劣化する魔力減退を乗り越え、不老不死の存在へと進化する事になった。

 

しかし、彼女が召喚した悪魔は狡猾極まりない存在。

 

悪魔と契約した魔法少女に待っていたのは、魂を奪われ死ぬ事すら出来ない永遠の人生。

 

死ぬ事も出来ないまま孤独に生き、それでも様々な人々と出会う人生の旅路を悪魔と共に生きた。

 

彼女と共に旅をした悪魔こそ、ドイツの文豪ゲーデが執筆した戯曲に登場する存在。

 

伝説の錬金術師であり魔術師のファウストと共に旅した悪魔、メフィストフェレスであった。

 

……………。

 

「ペレネル…君もヨハン・ファウストと同じ運命を辿るだろう。君と旅した時間は楽しかったよ」

 

ペレネルが所有する屋敷の庭に立つのはメフィストの姿である。

 

彼はついにペレネルを捨て、主であるルシファーの元へと向かう時がきたようだ。

 

「多くの人々と出会い、その呪い故に数多の別れを経験し、絶望してきた。君は私の玩具だった」

 

夜風に吹かれるアーチャーハットの羽が揺れる中、彼は左手を持ち上げて何かを取り出す。

 

掌に現れたのはペレネルのソウルジェム。

 

数百年間奪われ続け、その魂から絞り出す絶望の感情エネルギーを彼は吸い取り続けてきた。

 

「最後に君は幸福を感じられた時間を取り戻せた。生きる希望を感じられた魂は実に美しい…」

 

掌で転がすソウルジェムを見つめるメフィストが邪悪な笑みを浮かべていく。

 

黒い眼球に浮かぶ恐ろしい紫色の瞳に映るのは、数百年間寝かせてきた美酒の蓋を開ける瞬間だ。

 

「希望は絶望を引き立てるスパイスに過ぎない。希望と絶望の相転移こそが上等なMAGを生む」

 

ペレネルはメフィストと契約して不老不死を得た。

 

その代償として支払わされるのは、肉体も魂も全てメフィストの物として献上すること。

 

ついに契約を尾行する時がきたのである。

 

しかし、それに待ったをかける存在が現れる事なら彼は分かっていたようだ。

 

「……香水で誤魔化せない程の獣臭さを撒き散らすようになりましたな、ご老人?」

 

顔を横に向ければ近寄ってきていたのはペレネルと復縁して夫となれたニコラス・フラメル。

 

彼もまたペレネルと共に生み出せた賢者の石の力で数百年間を生きた者。

 

だが今の彼はそれを超える程の異質さを周囲の者に感じさせる姿を見せる。

 

いつも着ている白のスーツではない、喪服のようなダークスーツを纏う姿。

 

両手には漆黒のジュエリーグローブが嵌められており、手の甲に描かれているのは天秤だ。

 

手に持つ真鍮杖にはエジプト十字と呼ばれるアンクが備わっているようであった。

 

「……待たせてしまったようだな?」

 

鋭い目を向けてくるニコラスに対して、メフィストは低い笑い声を上げていく。

 

片目が隠れた漆黒の長髪を夜風で揺らす中、因縁に決着をつける気になったのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「幸せな再婚生活は楽しめたかね?もっとも、2人揃って忙しそうにしていたようだが?」

 

掌の宝石を消した後、道化師のような貴族服を纏う者がおどけた態度で両手を広げて見せる。

 

メフィストにとってニコラスとフラメルが幸福であればあるほど楽しめるといった態度だろう。

 

愛する妻を数百年間苦しめ続けた呪わしい男に向けて憎しむの目を向けるニコラス。

 

しかし憤怒の中にも氷のような冷たさを同時に持つ彼は冷淡だが紳士的なふるまいで口を開く。

 

「私と妻を殺そうと思えば直ぐに殺せたはず。そしてこのタイミングで妻を捨てるのは何故だ?」

 

それを問われたメフィストはおどけた態度をやめてしまう。

 

それを見たニコラスは不敵な笑みを返したようだ。

 

「ナオキ君は今、東京に出張中だ。もしかして…彼が近くにいるから手が出せなかったのかね?」

 

腰抜け悪魔を嘲笑う態度を向けてくる男が不愉快なのか、メフィストの眉間にシワが寄る。

 

「…私はサタン様の従者だ。新たなるサタンとなられた混沌王殿に刃を向けるつもりはない」

 

「弱い者にしか刃を向けられないか?度胸も覚悟もない者がよく魔王と名乗れるものだね?」

 

「ご老人、死に急ぎたいというならば止めはせんよ。不老不死であろうと私は時を動かせる者だ」

 

「私と妻は世界のコトワリに抗い、もう十分長生きしたよ。今更命を惜しむつもりなどない」

 

「なるほど…そのために人間であることすら捨てたということかね?」

 

赤いマントを夜風で靡かせながらメフィストは腰のサーベルの柄頭に左手を添える。

 

無礼者を手打ちにした後で妻の魂を喰らう算段をする者に向けて、ついに力を解放するのだ。

 

「貴様が今まで手を出してこなかったのは僥倖だった。お陰で私とペレネルは()()()()()()

 

「無駄に長生きして生み出せた莫大な財産を誰のために残すのかね?」

 

「無論、私とペレネルの息子のためだ。そのために多くの財産整理をする羽目になったがね」

 

「再婚したのに多忙な毎日を送ってきたのはその為か。まぁいい、貴様らの財産など興味はない」

 

宙に浮かびながら邪悪な呪いを撒き散らすメフィストに向けてニコラスは怒りを放つ。

 

眉間にシワが寄り切り、食いしばる歯が獣のように鋭くなっていく。

 

「行くぞ…メフィストフェレス。これが私にとって、生涯最初で最後の……悪魔変身だぁ!!」

 

頭部の骨格がいびつに歪んでいき、皮膚からも黒い毛が伸び出ていく。

 

変わっていく頭部の形とは漆黒のジャッカルであった。

 

「ほう…?まさか、エジプトの冥界神と悪魔合体するとはね?因果なものだ」

 

悪魔変身を終えたニコラスは天秤が描かれたジュエリーグローブを掲げてくる。

 

「今の私は罪人の罪を測る者。貴様が妻にしてきた所業は…()()()()()()()()()()()であった!」

 

現れた獣人こそエジプト神話で語られし冥界神でありオシリスの息子。

 

ミイラ作りの守護神であることから医学の神とも呼ばれる存在。

 

トート神と共にメルクリウス錬金術の象徴に引用された()()()()であった。

 

【アヌビス】

 

エジプト神話に登場する冥界の神であり、セトの妻がオシリスと浮気して生まれた存在である。

 

死者の神アヌビスは犬かジャッカルの頭部を持ち、ミイラ作りの守護神と呼ばれる存在だ。

 

父がセトに殺された時、オシリスをミイラ化させた事で父と共に冥界の神となる。

 

アヌビスは死後、オシリスの補佐としてラーの天秤を用いて死者の罪を量る役目を担っていた。

 

「貴様には地獄すら生ぬるい…!!妻の魂を奪い返した後、無間地獄へと導いてやろう!!」

 

「奪い返してどうするつもりかね?」

 

「私が冥界へと導こう。妻もそれを望んでくれたのだ」

 

「クックッ!夫である貴様が妻を葬るか!ならば私がソウルを喰らう光景を見ていればいい!」

 

「貴様に魂を喰われてしまえば貴様と同化して永遠に苦しむ事になる!そうはさせんぞ!!」

 

「いいだろう!愛する妻の魂を取り戻したければ…この私を倒してみせろ!!」

 

右手の指を鳴らせば二体の悪魔達が異界に飲み込まれていく。

 

ペレネルの屋敷の前で姿を消してしまった者達の元に後から駆けつけてきたのはペレネル達。

 

「しまった……間に合わなかった!」

 

「ニコラスさん…まさか悪魔合体してまで戦う覚悟を持っていただなんて…」

 

「ミィが泊まりに来てた時に…どうしてこんな事態になっちゃうの!ミィは激おこだよ!!」

 

「どうにかして異界に入り込む必要があるわ。たとえ悪魔化しようとも…相手は魔王なのよ!!」

 

異界に連れ込まれた夫の元に向かおうとするが、メフィストが生み出した異界は特殊である。

 

魔獣の結界に入る要領ではメフィストの領域に入り込む事も出来ない。

 

ペレネルはヘルメスの杖を生み出し、光を放ちながらメフィストが生み出す異界構造を分析する。

 

その間にもニコラスとメフィストは死闘を繰り広げていく事になっていく。

 

「私が生み出した死闘を行うバトルステージは気に入ってもらえたかな?」

 

周囲に視線を向ければ何も見えない暗闇の世界。

 

メフィストの姿だけは見えるようだが、この世界は光そのものが存在していないようだ。

 

()()()()()()()…メフィストフェレス。その名に相応しい陰湿極まりない空間だな」

 

「私は希望の光が大嫌いなのだよ。人々を盲目にさせる白痴の光を見ているだけで反吐が出る」

 

「そんな貴様でさえ啓蒙の光を司るルシファーを求めるのか?矛盾しているのではないのかね?」

 

「私が愛する事が出来る光とは、知恵の光だ。それ以外の光など、強さにはなりえない」

 

「貴様も科学万能主義者というわけか。やはり人間に必要なのは知恵だけではないという事だな」

 

「これ以上の問答は無用だ。知恵の光こそが生命を強くする…唯一神から自立出来る程になぁ!」

 

互いに放つのは呪殺の光と聖なる光。

 

相反する魔法の光を用いて背後に魔法陣を描いていく。

 

ついに長きに渡る旅路を終えようとしているニコラス・フラメル。

 

彼が数百年の時間を生きてでも取り戻したかった妻の魂を求めて、彼は死力を尽くす。

 

この戦いこそ彼にとっては最初で最後となる悪魔としての戦いであり、男の戦い。

 

魔法少女を愛し、添い遂げた男として魔法少女を守り抜く覚悟を示す男となるのだ。

 

魔法少女へ捧げる愛という名の自己犠牲を示すため、彼は命を懸けた戦いを行うのであった。

 




いい子ちゃんだと周りから思われたいから悪者をやっつけろ!という承認欲求モンスターネタはベルセルクのファルネーゼからもらってます。
彼女も漫画内で魔女狩り被害を受けて火刑にされる者の中身も調べず火を放り込んで周りから賞賛されてましたしね。


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236話 私は私のまま生きる

漆黒の世界で戦い合うのは大魔王の代理人を務められる程の魔王と冥界の神。

 

互いに放ちあう呪殺の魔法と破魔の光がぶつかり合い、漆黒の世界に戦いの色を浮かべていく。

 

だが冥界の神の力をもってしても大魔王の代理人を務める魔王の力を押し止められない。

 

「ぐわァァァァーーッッ!!」

 

物理属性の波動を生み出し敵全体に大ダメージを与える冥界波を浴びたアヌビスが倒れ込む。

 

宙に浮かび上がったまま微動だにしないメフィストは高笑いを上げながらおどけてみせる。

 

「どうしたのかね、ご老人?悪魔の力を手に入れても私に聖なる光を浴びせる事も出来ないか?」

 

アンクの杖を地面に突き立てながら立ち上がるアヌビス。

 

血反吐を吐きながらも彼の目には闘志が宿り続けているようだ。

 

「…鼻が麻痺する程の悪臭を撒き散らしてくる。ラテン語で悪臭を愛する者とも呼ばれるわけだ」

 

メフィストの体から放たれる『淀んだ空気』を浴びたアヌビスは幻惑状態となっている。

 

視界に映るメフィストの姿もぼやけており、その姿が複数に見えるため命中率が落ちているのだ。

 

立ち上がったアヌビスが杖を構え、アンクから破魔の雷火を発射する。

 

だが幻惑状態では的を捉えられないため、メフィストは両手をオーバーに持ち上げながら嘲笑う。

 

「クックックッ、悪魔となった以上は貴様も不死ではなくなった。無駄に命を散らす事になる」

 

メフィストは剣を抜くまでもないと判断したのか、片手を上げながら魔法を放ってくる。

 

放たれたのは敵単体に特大威力の火炎属性攻撃を与える『アギバリオン』の一撃。

 

アギダインを遥かに超える超巨大な大火球が迫る中、アンクの杖を掲げて魔法を行使する。

 

「ぬぅ!?」

 

魔法反射フィールドを張る魔法のマカラカーンを行使したためアギバリオンが跳ね返される。

 

宙に浮いたメフィストが回避行動をとるが、動いた目標に目掛けてアヌビスが仕掛けるのだ。

 

「喰らうがいい!!」

 

懐から取り出した四種類の宝石を指で挟み取った彼が投げ捨てる。

 

投げ放たれた宝石が光りを放ち、四属性の魔法が一気に解放されていきメフィストに襲い掛かる。

 

「宝石に魔法の力を込めていたか!!」

 

四属性全体攻撃魔法が放たれた事により、分身したメフィストの一体にダメージが通ったようだ。

 

「悪臭の臭いが払われたな。くさい悪臭は風で吹き飛ばすに限る」

 

四つの宝石のうち風魔法が解放された一撃を浴びたメフィストの悪臭が吹き飛ばされている。

 

忌々しい表情を浮かべながらも右手を掲げ、マハムドオンを仕掛けてくる。

 

迎え撃つアヌビスはアンクの杖を掲げ、マハンマオンを放つ。

 

呪殺の魔法陣の上に破魔の光が降り注ぎ、相殺する眩い光景が暗闇の世界に生み出されていく。

 

自分の嫌いな光を操る者に向けて紫の瞳をもつメフィストが呪い殺す程の視線を向けてくるのだ。

 

「…ニコラス・フラメル。ペレネルと出会い錬金術の道に進んだ者よ。貴様も光を求めたのか?」

 

「私が光を求めたのかだと…?」

 

「ペレネルは知恵の光を求めた者。ルシファー閣下を求めるグノーシス主義者と同じなのだよ」

 

「私はグノーシス主義に傾倒したつもりはない。私が求めたかったのは……」

 

「…愛する女の役に立ちたいという愛情かね?」

 

妻を心から愛する者として否定しきれない者を見たメフィストはグノーシス主義を語ってくれる。

 

「ペレネルは魔法少女として己の限界を呪った者。それは唯一神の支配を呪う行為だったのだ」

 

「宇宙意思である唯一神がもたらした光と熱のシステムの犠牲者こそが魔法少女だ…無理もない」

 

グノーシス主義は認識・知識を意味し、自己の本質と真の神についての認識に到達する思想。

 

物質と霊の二元論に特徴があるからこそ、相反する二つの規範が生み出される事となる。

 

「反宇宙的二元論とは否定的な秩序が存在するこの世界を受け入れない、認めないという思想だ」

 

「…全ての宇宙を創成した唯一神を否定する思想ともいえるな」

 

「我々が生きているこの世界こそ悪の宇宙である。魔法少女は悪の宇宙を延命させる生贄だった」

 

グノーシス主義は生の悲惨さの原因はこの宇宙が狂っており、狂った神のせいだと考える。

 

「現象的に率直に、迷妄や希望的観測を排して世界を眺めた時、ペレネルは宇宙意思を呪ったよ」

 

宇宙が本来的に悪の宇宙であって、諸宗教・思想の伝える神や神々が善であるというのは誤謬。

 

そう考えたペレネルが求めたのは、()()()()()()()()()()()()だった。

 

人間も魔法少女も幸福になれない運命を与えられたなら私は運命を支配する唯一神を呪ってやる。

 

私の幸福を満たしてくれるものがあるとしたら、それは()()()()()()()()()()()

 

人間の感情こそが真に人々を幸福に導ける存在であり、七つの大罪と呼ばれし悪魔こそが神。

 

「人も魔法少女も物質であり悪。ならば求めるのは精神であり霊の世界…()()()()()()だとした」

 

「人間至上主義…ヒューマニズムを掲げた末に…ペレネルは貴様を召喚する過ちを犯したのか…」

 

人間の感情を表す悪魔こそ、憤怒・傲慢・暴食・嫉妬・色欲・強欲・怠惰。

 

七つの大罪と表現される人間の感情こそが全てであり、唯一神という都合の悪い神など必要ない。

 

真に求めし神とは悪魔なのだと結論付けたペレネルは悪魔を召喚する事になるだろう。

 

そして彼女と同じ思想をもった者達こそが、ルシフェリアンと呼ばれる悪魔崇拝者であった。

 

「喜ぶがいい、ご老人!!君が愛した魔法少女はな…()()()()()()()()()()()()だったのだ!!」

 

両手を広げながら高笑いを行うメフィストの視線に映るのは、動揺を隠しきれない者の姿。

 

手に持つ真鍮杖が震えていき、心が掻き乱されていく。

 

「知りたいという欲望は…理不尽となる。妻よ…君もまた感情に支配されたために堕ちたのか…」

 

「人間の感情が悪魔を召喚するMAGやマガツヒを生み出す。己の感情こそが神だと望む……」

 

――()()()()()()()

 

ペレネルの夫として妻の罪と向かい合うのが辛過ぎるニコラスに目掛けて容赦なき一撃が迫る。

 

「ガハッ!!!」

 

動揺した男の元まで一気に詰め寄ったメフィストが腰のサーベルを抜刀して刺突を仕掛ける。

 

放たれたサーベルはアヌビスの腹部に深々と突き刺さり、刃が背中を貫通してしまう。

 

「愛するが故に人は死ねる。愛ゆえに人は死んでしまう愚かな生き物なのだよ」

 

突き刺した状態から一気に刃を滑らせ、脇腹を切り捨てる。

 

『ブレイブザッパー』の一撃によって腹部を半分切り裂かれたアヌビスが後ろに後退る。

 

「ぐっ……うぅ……ッッ!!!」

 

ミイラ作りの神としての力を発揮して包帯を内側に生み出しながら腹を巻き付ける。

 

内臓が飛び出さないようきつく縛り上げたが苦悶の表情を浮かべながら片膝をついてしまう。

 

そんな中、血がしたたるサーベルを構えたままのメフィストが迫ってくるのだ。

 

「貴様は私のプライドを傷つける発言をした。楽には死なさん…死ぬまで切り刻んでやろう!!」

 

容赦なき刃が次々と襲い掛かり、アヌビスの体を刻んでいく。

 

致命傷を狙わず、まるで子供が棒切れを振り回して雑草を叩くようにした撫で斬りを行うのだ。

 

「ウォォォォォーーーーッッ!!!」

 

斬撃を浴びて蹴り飛ばされれば、またメフィストがやってきて斬りつけながら蹴り飛ばす。

 

サンドバックにされながら殺されるしかない状態となってしまったアヌビス神。

 

彼は切り裂かれた箇所を包帯で縛り上げ続け、その姿はミイラのようになっていく。

 

「付け焼き刃で倒せる相手だと思ったか?悪魔になったばかりの者が魔王に勝てるものか」

 

迫りくる相手を見据えるのは俯けに倒れたまま顔を持ち上げる者。

 

鋭い牙で食いしばる表情を浮かべていたのだが、突然不敵な笑みを浮かべてくる。

 

殺されるだけの者が見せる態度ではないと判断したメフィストが立ち止まってしまう。

 

魔王が立つその立ち位置こそが勝利の方程式だった。

 

「我が父であるオシリスの妻…イシスよ。貴女の力であるシリウスの力を…私に貸してくれ!!」

 

蹴り飛ばされて倒れ込んだ場所に血文字で描かれていたのはエジプト聖刻文字。

 

ヒエログリフが光を放ち、メフィストを覆う光の五芒星が生み出されていく。

 

「この術式は……まさか!?シリウスの五芒星封印だとぉ!!?」

 

五芒星が生まれたルーツこそがエジプトであり、夜空に輝く恒星であるシリウスを象徴する。

 

シリウス星が神格化した女神こそがソプデット神であり、後にイシスと習合されたのであった。

 

「戯曲ファウストにおいて…貴様はファウストの書斎入口に描かれた五芒星で封印されていたな」

 

メフィストが光の牢獄を斬りつけていくが、光の五芒星は不可視の壁として悪魔を封印し続ける。

 

五芒星に閉じ込められた男にトドメを放つため、立ち上がったアヌビスが真鍮杖を宙に浮かす。

 

杖に備わったアンクが強い光を放ち、眩い光の中で新たなる形へと変化していく。

 

表れたのは天秤の杖であり、黄金に輝くラーの天秤を用いて罪人の罪を清算する一撃を放つのだ。

 

「我が父に代わり貴様の罪を裁定する!!ペレネルに味合わせた罪の数を数えながら死ね!!」

 

ラーの天秤にのっているのはメフィストの心臓を模した物と法と真実の象徴である羽毛。

 

羽毛と罪人の心臓が天秤にかけられた時、心臓がのった上皿てんびんが一気に下降していく。

 

ラーの天秤が巨大な光を放ち、光の五芒星の空高くに膨大な光を生み出しながら天罰を下す。

 

「ヌォォォォォォーーーーッッ!!?」

 

空から放たれた断罪の光とは『審判の光』であり、アヌビスの必殺技ともいえる一撃。

 

光の奔流が五芒星を覆い尽くし、中に閉じ込められた魔王の体を光の熱で焼き滅ぼしていく。

 

「くっ……まだだ……奴からペレネルのソウルジェムを取り戻さなければ……」

 

片膝をついてしまったアヌビスも体の限界であり、光の五芒星とラーの天秤が消えていく。

 

光の豪熱によって生み出された白い煙が辺りに充満する中、立ち上がった彼が歩き始める。

 

五芒星の中で倒れ込んだメフィストの元に近寄ろうとした時、恐ろしい魔物の声が響き渡るのだ。

 

<<貴様の魂も……私が貰ってやろう!!!>>

 

白煙の中から現れた存在こそ、全身を断罪の光で焼かれても耐え抜いたメフィストフェレスの姿。

 

高速で飛来してきた存在に反応出来なかったアヌビスの腹部に目掛けて両手を掲げてくる。

 

両手に収束していく邪悪な光は極大の呪殺エネルギーを凝縮した一撃となるだろう。

 

「ペレネル……」

 

放たれた魔法こそ、魔女が存在した世界において大魔女と呼ばれる程の存在の名と同じ一撃。

 

『ワルプルギスの夜』の一撃が直撃したニコラスの姿が闇の奔流の中へと消えていく。

 

奔流の中で体を削り取られる男の意識が薄れていく中、ペレネルと出会った時の記憶を思い出す。

 

「わたし……は……光……求め……た……。君という……光……を……」

 

若かりし頃、ペレネルと出会えた事で夢だった錬金術師の道を進む事が出来た。

 

20年以上もの長い時間をかけて勉強してきた年老いた彼を妻は浮気もせずに待ち続けてくれた。

 

2人の力でついに錬金術師としての奥義ともいえる賢者の石を生み出すことさえ出来た。

 

全てがペレネルのお陰であり、彼女のために世界のコトワリに抗ってでも救いたかった。

 

しかし、その道は遂に叶うことなく終わる事となってしまう。

 

数百年間生きた男ニコラス・フラメルの愛の物語は、憎き仇によって終わらされる事となった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

全身が焼け焦げたメフィストは回復魔法のディアラハンをかけながら歩いていく。

 

全身の傷が完全回復したメフィストが立ち止まり、下に転がっている肉片に目を向ける。

 

「フフフ…フーハハハハハハハッ!!まさに重畳、やはりこうでなくてはいけない」

 

転がっていたのは胸から下が全て消し飛ばされたニコラスの無残な姿。

 

本来なら即死であろうが悪魔であるがゆえにまだ息が残っている。

 

「まだ死んでくれるなよ?お前はペレネルの魂というワインを仕上げる最後のスパイスなのだ」

 

左手にペレネルのソウルジェムを生み出しながら近づいてくる足音の方角に視線を向ける。

 

暗闇の中から近づいてきていたのはペレネル達のようだ。

 

「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁ……ッッ!!!」

 

細目が開く程の衝撃を受けるペレネルの顔が悲痛なまでに歪んでいく。

 

目の前に転がっている獣人の姿を見た彼女は一目で愛する夫だと見抜いた事で叫び出す。

 

「イヤァァァァーーーッッ!!!ニコラスゥゥゥゥーーーーッッ!!!」

 

両膝が崩れた彼女が夫の名を叫び続けるが、ニコラスは答える力すら残っていない。

 

「そ…そんな……ニコラスさんが……」

 

「あのオオカミさんが…ニコラスおじいちゃんなの?悪魔になってでも戦ってくれたんだね…」

 

「貴様がマスターに憑りついていた影の正体ね?これ程までの所業…許すわけにはいかない!」

 

泣き叫びながら錯乱しているペレネルに代わり、タルトとリズとみかげが動く。

 

「タルト!貴女はニコラスを回復しなさい!私とみかげで仕掛けるわ!!」

 

「ミィ達が時間を稼ぐから!その間にニコラスおじいちゃんをお願いね!!」

 

「心得ました!」

 

攻め込んでくる中、メフィストは穢れに満ちるソウルジェムを満足そうに見つめている。

 

「今までで一番の穢れに満ちていく…実に美しい。希望と絶望の相転移こそが上等なMAGを生む」

 

飛来してきたサーベルを右手で受け取ったメフィストが邪悪な笑みを浮かべながら襲い掛かる。

 

「数百年間をかけて完成させたワインの試飲を邪魔する不届きな者共め……消え失せろ!!」

 

サーベルを振るって放つ邪悪な波動とは『ヘイトグロウ』と呼ばれる極大の一撃。

 

敵全体に特大威力の攻撃を行う万能属性魔法でありメフィストの奥義ともいえる一撃が迫りくる。

 

<<キャァァーーーーッッ!!!>>

 

攻撃を浴びた女達が弾き飛ばされ、次々と倒れ込んでいく姿を魔王は満足そうに見つめるようだ。

 

「これが……魔王の力なのですか……?つ、強過ぎる……」

 

「みかげ……今回復するから……じっとしてて……」

 

悪魔ではないみかげの体はタルト達以上のダメージを受けており、命の危機に晒されている。

 

ボロボロになっている者達など無視するようにしてペレネルの元までやってきたメフィスト。

 

彼は倒れ込んで死にかけている者の首を掴み上げ、持ち上げながら笑みを浮かべるのだ。

 

「神が生み出した世界を呪い、魔法少女であることを呪い、この私を召喚した者よ。見るがいい」

 

メフィストに促されたペレネルは顔をニコラスの方に向けていく。

 

無残な姿を晒す夫を見ているだけで彼女の心に沸き起こる絶望の色がさらに増していくのだ。

 

「お前もグノーシス主義の誘惑に負けた者。神を呪い、感情こそが全てだとしたために破滅する」

 

「全て……私のせいなのね……。ごめんなさい…ニコラス…私と出会ったばかりに……」

 

「神は世界のために魔法少女を生贄にするが、悪魔は快楽のために魔法少女を生贄にするのだよ」

 

「私も…自分の理想を求めたいという…快楽に酔ったわ。私は…悪魔と同じだったのね……」

 

「私を召喚するという選択をした時点で君には破滅の因果がもたらされる。()()()()()()()()()

 

「なら…これも呪いの因果をもたらす魔法少女である私の自業自得ね。好きにするといいわ……」

 

「さぁ、身を焼くような幸せの予感に震え、空虚な刹那を握り締め続けるがいい!」

 

八重歯が伸びた口元を開け、ひび割れていくソウルジェムを魔法少女の目の前で喰らおうとする。

 

だがそれを阻むために飛び込んできた存在が現れたのだ。

 

「やらせるもんかぁ!!」

 

両手に持つカタール短剣を握り込んだみかげがペレネルを掴んだ右腕に仕掛けてくる。

 

しかし反応したメフィストはカタールの刃で腕を切り落とされる前に回避行動を行う。

 

剣先で僅かに腕を傷つけられたメフィストが怒りの表情をみかげに向けてきたようだ。

 

「虫けらめ…倒れ込んだまま死んでいればいいものを。そこまで死に急ぎたいか?」

 

「死ぬのはミィじゃないよ!ミィの固有魔法の力を侮らないでよね!!」

 

「なんだと…?むぅ!?」

 

突然右腕に力が入らなくなり、掴んでいたペレネルを放してしまう。

 

「こ、これは……バカな!?私の腕が…溶けていくだとぉ!!?」

 

ドロドロに溶けながら破壊される自分の右腕を見たメフィストが戦慄した表情を浮かべてしまう。

 

八雲みかげは姉の願いを止めようとした者であり、神浜の破壊を望んだ者の根底を否定した者。

 

ゆえに彼女が手に入れた固有魔法とは肉体破壊であったのだ。

 

「そのままミィの魔法で体を破壊されちゃえーーーッッ!!」

 

後退るメフィストであったが、ひび割れたソウルジェムを消した左手にサーベルを持たせる。

 

忌々しい表情を浮かべながらも、彼は伸ばした右腕にめがけてサーベルを振り落とす覚悟を示す。

 

「グォォーーーッッ!!!」

 

ドロドロになった右腕を根元から切断したことによって破壊魔法の浸食から脱する事が出来た。

 

しかし失った右腕からは大量に血が吹き出し、激痛によって激しい憎悪を爆発させてくる。

 

「貴様ーーーッッ!!私にこれだけの事をしでかしたのだ…覚悟は出来ているのだろうなぁ!!」

 

体から癒しの光を放ち、ディアラハンを再びかけ直す。

 

失った右腕が衣服まで含めて復元回復する光景を見たみかげは驚きを隠せない。

 

「そ、そんな…こんな凄い回復魔法まで使える奴だなんて……」

 

「貴様のソウルジェムも私が貰ってやろう!絶望で味を良くするために…嬲り殺しにしてやる!」

 

「そうはさせない!!」

 

二本ダガーを両手に構えたリズが仕掛けてきたため、サーベルを操るメフィストが応戦していく。

 

メフィストの異界は光が存在しないため、影を生み出せない彼女は影魔法が使えない。

 

それでもリズはスカアハから手に入れた武術を用いて果敢にも戦いを繰り返す。

 

みかげも割り込んできたため、メフィストはリズとみかげを相手に剣舞を繰り返すのだ。

 

その頃、マスターの大切な夫であるニコラスを助けようとするタルトが回復魔法をかけていく。

 

彼女自身もボロボロなのだが、命に代えてもペレネルの愛する人を守ろうとしてくれる。

 

「私は……もうダメだ。頼む……私よりも…妻を……ペレネルを連れて……逃げてくれ……」

 

「喋ってはダメです!お願いだから気をしっかり持って……まだ死んではいけません!!」

 

「これもまた…私の業縁だ。世界のコトワリに逆らった者は…因果によって…滅びるのみ…」

 

「ニコラスさん…貴方は悪魔になってでもマスターを守ろうとしたのは何故ですか…?」

 

「フッ…造魔である君では分からないか。ならば…君の元となった存在の記憶を辿るがいい…」

 

「私の元となった…ジャンヌ・ダルクの記憶を辿る……?」

 

「記憶の世界にあったはずだ…。人間を辞めてでも…愛する人のために…戦った者の気持ちが…」

 

「あっ……」

 

タルトの瞳の世界に広がっていくのは、中世のジャンヌの記憶世界。

 

魔法少女として生きようと決意したジャネットがどんな気持ちを胸に抱いてきたのか?

 

彼女が生きてきた世界は、戦場の世界にしかなかったのか?

 

造魔である彼女に見えたのは、ジャネットが生きた幸福な世界。

 

彼女が戦ってでも求めたかった平和な日常の光景であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「えいっ!やぁ!とぉ!!」

 

ドンレミ村では今日もジャネットが木剣を振り回している。

 

力任せに木剣を振るうだけで足元はおぼつかない様子を見せていた時、リズが近寄ってくる。

 

「あなた、剣を使ったことがないの?」

 

呆れた顔を向けてくるリズに向けてジャネットは恥ずかしいのか照れた表情を浮かべてしまう。

 

「危なっかしいわね」

 

「えっ?うわ……わわ……」

 

手取り足取り剣術を指導してくれるリズの元へと近寄ってきたのは妹のカトリーヌである。

 

「リズお姉ちゃん!私にも教えて!」

 

「あなたに…剣の稽古を?」

 

「うんっ!」

 

姉の背中を追うようにしてカトリーヌも剣術を学んでいく日常が広がってくれる。

 

そこには戦乱に塗れた時代では貴重となってしまった平和な日々のように見えるだろう。

 

「可愛い子ね」

 

「はいっ!ちょっとおてんばだけど、凄く大事な妹です」

 

彼女達が剣術を習いだしたのは今の平和を守りたいがため。

 

いつ戦乱に飲まれるか分からない時代だからこそ、彼女達も力を手に入れようとする。

 

彼女達が戦おうとするのは誰のためなのだろうか?

 

「守ってあげなきゃならないわね、お姉ちゃんとして」

 

「ええ♪あの子や家族が幸福に生きられる未来のためにこそ、私も強くなりたいんです」

 

「それは自分のためなの?それともカトリーヌや家族、それに村の人達のためなの?」

 

質問してきたリズに向けて少々困った表情を浮かべてしまうが、ジャネットは笑顔でこう答える。

 

その答えには嘘偽りなどない、自分が自分であるがゆえに生み出された気持ちなのだ。

 

「この気持ちだけは私だけのもの…誰かに与えられたものじゃない。だからこそ私は望むんです」

 

――私は私の気持ちのためにこそ…戦いたいのだと。

 

愛する故郷や愛する家族、愛する友を守りたい気持ちこそがジャネットの原点。

 

そこにあるのは愛する存在を必要とする自分だからこそ、自分の気持ちを守ろうとする。

 

誰かのために戦おうと決意したジャンヌ・ダルクの原点とは、()()()()()()()()()()

 

フランスに光をもたらす決意をした者の答えとは、自分の気持ちに正直に生きたいだけだった。

 

……………。

 

「ぐっ……うぅ………」

 

「ダメだよ………強過ぎるよぉ………」

 

ボロボロになるまで打ちのめされたリズとみかげに迫るのはメフィストが放つトドメの一撃。

 

「天使に負けず劣らず嫌な輩共め…だが、それでも勝つのは私なのだぁ!!」

 

右手を掲げて放ったのはアギバリオンの一撃。

 

特大威力の大火球によって焼き尽くされようとする中、割って入ってきた存在が盾となる。

 

「むぅ?」

 

特大の大火球を防御魔法陣で受け止め続けるのはペレネルの姿。

 

「リズ………マスターとして最後の命令を与えるわ。みかげとタルトを連れて逃げなさい」

 

「で、でも…マスターはどうする気なの!?」

 

「私はここで滅びる。私も夫も世界のコトワリを踏み躙った者だけど…これ以上は逆らえないわ」

 

「だからって…悪魔に滅ぼされる必要はないわ!マスターも一緒に逃げましょう!!」

 

「お断りよ。私のソウルジェムはもう形を保てない…これが私にとって、最後の抵抗になる…」

 

「マスター……」

 

リズの脳裏にフラッシュバックしたのは、生前のリズが守れなかった魔法少女達。

 

彼女達を英雄にするために支えていこうと決意したのに守れなかったリズの無念。

 

それらが造魔の心の中にも溢れ出し、主を守れない苦しみによって熱い感情が溢れ出す。

 

「いやよ……いやぁ!!マスターを守れないなら…私の命になんて…価値は無いわ!!」

 

「もとより貴様ら造魔の命に価値はない。主人を満足させるためだけに生み出された玩具だ」

 

炎の一撃を止めたメフィストが邪悪な笑みを浮かべながら片膝をつくペレネルに視線を向ける。

 

その表情はまるで飽きた玩具をゴミ箱に捨てる子供のような冷酷さが宿っているのだ。

 

――時よ動き出せ、その身を時間に委ねるのだ。

 

メフィストが呪文めいた言葉を口に出した瞬間、ペレネルの体に強烈な異変が起こってしまう。

 

「アァァァァーーーーッッ!!!!」

 

19歳の若さを保てていたのはメフィストフェレスの魔法のお陰。

 

ならば不老不死の魔法が解かれたなら、数百年分の加齢の時間が再び動き出す事になるだろう。

 

ペレネルの若々しい肌はみるみる劣化していき、年老いた老婆のように成り果てていく。

 

倒れ込んでしまった者を嘲笑うようにして再びソウルジェムを生み出したメフィストは宣言する。

 

「ファウストの魂を喰らう時は神の邪魔が入ったが…今度は邪魔が入らない。私の勝利だぁ!!」

 

高笑いを行いながら砕けかけたソウルジェムをついに飲み込む時が訪れる。

 

「あっ………」

 

ソウルジェムを悪魔に飲み込まれたペレネルの意識が途絶え、ついに完全なる死を迎えてしまう。

 

「くーーー……ッッ!!なんという美味!!数百年分の旨味が凝縮している…極上だぁッッ!!」

 

体内で砕けたソウルジェムから溢れ出た感情エネルギーを吸収した男が高揚とした顔を浮かべる。

 

そして主人を守れなかったリズの顔には大粒の涙が浮かんでいく。

 

「ペレネル……ペレネルーーーーッッ!!!」

 

泣き喚くその心こそ、生前のリズの感情そのもの。

 

今の彼女の心の中には人間と同じ感情と魂が宿ってくれている。

 

それこそが造魔を生み出したペレネルの望みであり、彼女を人間にしたいと願った気持ち。

 

そしてその願いを託されている者はリズだけではない、造魔ジャンヌ・ダルクも同じなのだ。

 

「ぬぅ!?なんだ……この不快極まりない光はぁ!!?」

 

闇で覆われたメフィストの異界を照らしきる程の強烈な光が放たれていく。

 

その光を放つ者とは漆黒の甲冑を纏った造魔ジャンヌ・ダルクである。

 

そして彼女の足元で立つのは契約の天使であるインキュベーターであった。

 

「また……守れなかった……」

 

大粒の涙を流し続けるジャンヌの表情にも人間の感情の証が表れている。

 

眩い光を両腕で防ぎながらメフィストは契約の天使に目掛けて叫ぶ。

 

「遅かったな、天使!今更邪魔をしに来たようだが…ペレネルは美味しく頂かせてもらったぞ!」

 

「…メフィストフェレス、君は何か勘違いをしているようだね?」

 

「なんだと…?」

 

「僕がこの場に現れたのはペレネルを救う為じゃない、タルトとリズに用事があって現れたんだ」

 

「造魔共に用事だと…?契約の天使は魔法少女を生み出すのが唯一神から託された使命のはずだ」

 

「その通り。だからこそ、僕は造魔達の元に現れる必要があったんだよ」

 

キュウベぇが隣を見上げれば、眩い光を放つタルトが立っている。

 

無念の感情を抱くその胸元で輝く魂の形を見たメフィストが驚愕しながら叫ぶのだ。

 

「バカなぁ!?虚心である造魔が…魂を持たない玩具である造魔が……ソウルジェムだとぉ!?」

 

「契約は果たされた。造魔である事を捨ててでも手に入れたその力を解き放つといい」

 

光り輝く宝石に両手を近づけていく彼女は己に足りなかったものが何だったのかを語ってくれる。

 

「私はマスターの気持ちばかりを優先して…自分の気持ちを真剣に見つめなかった…」

 

彼女の体も発光していき、漆黒の鎧が白銀の輝きに染まっていく。

 

同時に彼女の後ろ髪も伸びていき、美しいロングヘアーへと変化していくのだ。

 

「私に足りなかったのは…私自身が何を望んでいるのかでした。だからこそ……私は願った」

 

――()()()()()()……本物のジャンヌ・ダルクとして生きていきたいと。

 

光が一気に放射されると同時に彼女の漆黒の鎧がアーマーパージされていく。

 

光の中から現れた存在こそ、かつてフランスに光をもたらした魔法少女の姿である。

 

「この存在が……またこの地に現れ出でることになるとはな」

 

メフィストもまた魔女が存在した宇宙において百年戦争をペレネルと共に見届けた者。

 

だからこそ、目の前の存在は彼にとって不俱戴天に値する程の存在なのだと感じていたのだ。

 

「女王の黄昏の次は私を相手にする気か…?ジャンヌ・ダルクゥゥゥーーーッッ!!!」

 

迫ってくる少女の姿は虚心に塗れた心の薄暗さを象徴する黒い鎧を纏う者ではない。

 

淡いピンク色で彩られた純白の鎧に身を包み、純白のマントを纏う者。

 

長い後ろ髪は三つ編みにして纏められ、右手には光で編まれた剣が握り締められている。

 

「メフィストフェレス。貴方は勘違いをしています」

 

「なに……?」

 

「今の私は貴方が見た事があるタルトではありません。目の前の私は今を生きるタルトなのです」

 

「つまりは奇跡の力を用いて()()()()()()を生み出したのか?複製品如きで私を倒すつもりか!」

 

「それは戦ってみれば分かります。私の力が複製品であるのかどうかは…貴方が見極めなさい」

 

光を嫌う者の前に現れたのはフランスの光ともいえる存在。

 

激しい怒りを顕わにしたメフィストが腰を落としながらサーベルを構えてくる。

 

タルトも腰を落としながら光剣を構え、迎え撃つ体勢を行うのだ。

 

そんな者達に向けて最後の力を振り絞りながら頭部を持ち上げるニコラスは微笑んでくれる。

 

「ペレネル……君の望みは叶うのだ。彼女はついに…君が失った大切な仲間の姿となってくれた」

 

睨み合う光と闇が同時に動き出す。

 

今こそ始めよう。

 

ドイツが生み出した闇の悪魔と、フランスが生み出した光の聖女の戦いが始まっていった。

 




はい、完全にかずみマギカのパクリ展開で御座います。
エクシードタルトさんの活躍を次は描いていきますね。


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237話 新しい光

「ヌゥゥゥゥゥーーーーッッ!!!」

 

魔力を全開にしていくメフィストの波動によって異界が激しく振動していく。

 

さっきまでは全力ではなかったのかと感じたリズとみかげの顔が恐怖で引きつってしまう。

 

全身から噴き上がる暗黒の魔力によって、彼の体に新たなる耐性防御が生まれていく。

 

今のメフィストは刃物や銃弾で体を傷つける事も出来ない物理無効耐性を纏う状態となったのだ。

 

相手はフランスの聖女を完璧に複製した存在であり、大魔女である女王の黄昏を倒せる者。

 

そう仮定したメフィストは最初から全開の力を発揮して一気に勝負をつけようと判断する。

 

「まだまだぁ!!」

 

彼は補助魔法である『ラスタキャンディ』を行使する。

 

赤青緑の光が足元に広がっていき、一定時間全能力を強化されることになるだろう。

 

「最初から全力でいかせてもらおうか。この一撃を受け止められるなら認めてやろう」

 

迎え撃つタルトもまた全身から光の魔力を放出していく。

 

「ならば攻めてきなさい」

 

タルトは左手を持ち上げながらメフィストに向けてくる。

 

彼女の左腕だけは純白のガントレットではなく、かつての漆黒のガントレットのままのようだ。

 

これは彼女が魔法少女になろうとも体は悪魔人間のままだという証でもあった。

 

「ぬぅ!?」

 

タルトが放った魔法とは敵全体の魔法効果を解除するデカジャである。

 

ラスタキャンディの効果を打ち消されたメフィストは驚愕した表情を向けてくるのだ。

 

「魔法少女でありながら…悪魔の魔法まで行使出来るのか!?」

 

「魔法少女になれたとしても、私の体は悪魔人間のままです」

 

「魔法少女と悪魔のハイブリットというわけか…確かに、かつてのジャンヌと貴様は違うようだ」

 

「私は私のままタルトになろうと決めました。かつてのタルトでなくとも…心は負けません!!」

 

「よかろう!ならばかつてのジャンヌと遜色ない力があるかどうか…この一撃で見極める!!」

 

地面を踏み砕く程の跳躍力を示し、神速の勢いで袈裟斬りを放つ。

 

迎え撃つタルトは光剣を構えながらメフィストが放つブレイブザッパーの一撃を受け止める。

 

「くっ!」

 

受け止めた衝撃で地面が爆ぜる程の衝撃を全身で浴びる事になろうとも彼女は健在だ。

 

「オォォォォォーーーッッ!!!」

 

なおも力任せに刃を押し切ろうとするメフィストの一撃を負けじと押し返そうとする。

 

互いの力と力が拮抗していき、2人が立つ漆黒の大地がさらに抉れながら砕けていく。

 

「ハァァーーーッッ!!」

 

鍔迫り合いから踏み込んだタルトが体当たりを仕掛けてメフィストの体を押し出してくる。

 

後ろに下がった相手に目掛けて光剣を振り上げる者に対してメフィストも受けて立つ動きを行う。

 

互いが剣戟を放ち合い、強大な魔力を纏った武器がぶつかり合う衝撃波が周囲を砕いていく。

 

「うわ…わわわ!!こんな場所にいたら…ミィ達まで巻き込まれちゃうよぉ!!」

 

「みかげ……ニコラスを連れて出来る限り離れて頂戴」

 

「リズ姉ちゃは……あっ……」

 

みかげが横を見れば、数百年分の時間経過で白骨化したペレネルの遺体を抱きかかえている。

 

「私は……ペレネルの遺体を壊されないように守り抜くわ」

 

「うん……分かった。ミィに任せて!」

 

メフィストと激しくぶつかり合いながらもタルトはリズとみかげの方にも意識を向けている。

 

(リズ、みかげ…ありがとう。これで思う存分力を発揮出来ます)

 

魔王と戦いながらも隣を気にしている者が不快なのか、メフィストが苛立ちの態度を向けてくる。

 

「この造魔め…私を相手に取るに足らない者共に意識を向けるとは、不遜な態度だ!!」

 

「確かに私は未だ造魔ですが…心は人間です!だからこそ愛する人達を気にするのは当然です!」

 

「所詮貴様は人工的な命である人造人間!貴様がやっていることなど、ただの猿真似だ!!」

 

「真似も極めれば本物になれるとペレネルは言ってました!その言葉を…私が証明します!!」

 

人の心を持った人造人間を生み出したいと願ったペレネルの気持ちを背負う者が剣を振り落とす。

 

光のエネルギーが刃となって放出されるが、メフィストは宙に浮かびながら高速で動き続ける。

 

「何処までも気に食わない玩具め!!死ね……やはり造魔は死ねぇ!!」

 

宙に浮かびながら放つのはアギバリオンであり、特大威力の大火球を放ってくる。

 

「ジャンヌ・ダルクの複製品だとしても、貴様に相応しいのは炎で焼き尽くされる末路だ!!」

 

まるで燃え上る隕石のようにして降り注ぐ大火球を前にしたタルトが左手を掲げていく。

 

放つ魔法とは『ペンタウォール』と呼ばれる反射魔法であり、ペンタグラム魔法陣を生み出す。

 

光の五芒星によって魔法が反射された一撃がメフィストに目掛けて跳ね返っていくのだ。

 

「くっ!!」

 

さらに大火球を放ち、反射された一撃を対消滅させるのだが爆発から飛び出す一撃が迫りくる。

 

投げ放たれた光剣が分裂していき、光の槍と化した一撃が迫るのだがメフィストは冥界波を放つ。

 

光の槍が衝撃波の一撃で消滅するのだが、飛び上がったタルトはさらに追い打ちを仕掛けてくる。

 

光の曲刀を二刀流にして構えた彼女の一撃を邪悪な光を纏わせたサーベルで弾き返す。

 

弾き返された反動を利用して体勢を一回転させた彼女が放つのは光の大鎌の一撃だ。

 

「ぐふっ!!」

 

光の刃が胴体を切り裂き、怯んだメフィストが大きく後退。

 

地面に着地したタルトが光の大剣を生み出し、両手持ちの構えをしながら再び跳躍していく。

 

トドメを刺さんと地上から迫りくる聖女に向けて、メフィストは再び奥義の一撃を放つのだ。

 

「アァァァァーーーーッッ!!!」

 

ヘイトグロウの魔法攻撃は防げないタルトが邪悪な波動を浴びながら地上に叩きつけられる。

 

地上を見下ろすメフィストは切り裂かれた傷に片手を当てながら怒りを爆発させてくるのだ。

 

()()()()()()()()()()め…!!ペレネル如きが人間の魂を生み出せるなど……私は認めん!!」

 

ヒトと呼ばれる物質を生み出すだけならそう難しくはない。

 

しかしヒトを人間にするには魂を生み出す必要がある。

 

人間の魂は神々の力をもってしても生み出すのは容易ではないのだが、ペレネルには出来た。

 

偉大なる錬金術師ペレネル・フラメルが残した最後の研究成果とは、人間の魂の錬成であった。

 

「私の心は…魂は…マスターだけの力で形作られたものではありません…」

 

傷だらけになりながらも立ち上がるタルトが上空のメフィストに目掛けてこう告げてくる。

 

「私はマスターやリズだけでなく、この神浜においても多くの人達と触れ合う事が出来ました」

 

人修羅として生きる尚紀や神浜の魔法少女達、それに尚紀の仲魔達とも触れ合う事が出来た。

 

その中で造魔でありながらも人間と同じように接してくれる者達の思いやりの積み重ねがあった。

 

それらが彼女の虚心の暗闇に小さな光を生み出し、積み重なった事で人間の輝きが生まれたのだ。

 

「私の中に人間の心と魂が生まれたのは…私を大切にしてくれた全ての人達のお陰なのです!」

 

光剣を再び生み出したタルトが吼える。

 

「私は守りたい!私を大切にしてくれた人々を守りたいこの気持ちだけは絶対に譲りません!!」

 

大切な人々を守る理由とは、大切な人々を必要とする自分の気持ちを貫くため。

 

かつてのタルトの原点にまで辿り着けた現代のタルトは、もはや造魔という人造人間ではない。

 

人間として生きていた頃のタルトの魂と同じ輝きを胸に宿す存在にまで進化してくれたのだ。

 

「クックックッ……フハハハハハ……ハーーハハハハハハハハッッ!!!」

 

狂ったように笑いだすメフィストが邪悪な笑みを浮かべながらこう返してくる。

 

「貴様の魂は理解不能だ…摩訶不思議過ぎる。だが、そんな珍味を味わった経験は私にもない…」

 

タルトの魂の輝きに深い興味を抱いたメフィストは舌舐めずりしながら宣言する。

 

「フッフッフッ、その魂……私が頂く!!」

 

神速で飛来するメフィストの刃を光剣で受け止め、互いが魔力を全開にしながらぶつかり合う。

 

「ペレネルの最後の遺産ともいえる貴様の魂を連れていってやろう!彼女と同じ場所にな!!」

 

「私は負けません!マスターの呪われた人生は無駄ではないのだと…私達で証明してみせる!!」

 

「出来るのか?魔法少女となった以上、魔力は有限なのだろう?」

 

メフィストが指摘した部分は事実である。

 

魔法少女としては完璧なるイレギュラーであるため、ソウルジェムの魔力消費が激し過ぎる。

 

このまま戦えば魔力消費に耐え切れず、先に力尽きるのはタルトの方なのだ。

 

だが彼女は独りぼっちではない。

 

<<だったら、私がタルトを支えながら生きていく>>

 

「なにっ?グハッッ!!?」

 

タルトが放つ光によって、メフィストの背後に影が生み出されている。

 

その中から飛び出してきたのはリズであり、放つ旋風脚がメフィストの側頭部にクリーンヒット。

 

物理無効耐性をもつメフィストであるがリズの一撃によって耐性を貫かれ、蹴り飛ばされていく。

 

絶対防御という物理無効に匹敵する固有魔法を所有していた魔法少女を貫く程の存在なのだ。

 

「リズ!!」

 

笑顔を向けながら駆け寄ってくるタルトのソウルジェムに向けてリズは片手を近づけていく。

 

「こ、これは……私の穢れが吸い出されていく?」

 

かつてイレギュラーな存在となったタルトはグリーフシードを受け付けない程の存在となった。

 

それ故に彼女は穢れを取り除く手段を失い、いずれ女王の黄昏を超える魔女になるしかなかった。

 

だがグリーフシードを超える程のイレギュラーな存在なら、この世界に存在してくれている。

 

それこそが悪魔であり、人間が生み出す呪いや穢れの感情こそが悪魔の力の源なのであった。

 

「かつてのタルトは救えなかったけど…悪魔の私なら、これからの貴女を支えていけそうね?」

 

「リズ……」

 

「かつてのリズには出来なかった事を今の私なら出来る。こんな嬉しいことってないじゃない?」

 

優しい笑顔を向けてくれる造魔もまた、人間の心と魂を宿す程にまで進化してくれている。

 

ならば今の彼女に契約の天使など必要もなく、これからも胸を張って悪魔を続けられるだろう。

 

そう信じるリズは異界の外で契約を持ち寄ってきたインキュベーターを退けてくれたのだ。

 

「2人でアイツを倒すわよ、タルト。みかげなら大丈夫、異界の外に避難させているから」

 

「ええ♪…なんだかとっても嬉しいです。この光景こそ…かつてのタルトの供養となりますね」

 

「そうね……きっとリズの供養にもなってくれるはずよ」

 

顔を同時に向ければ、立ち上がってくる者が視界に映る。

 

怒りを爆発させるようにしながら魔力を噴き上がらせるメフィストの目が赤く輝きだす。

 

燃え上る闘志を体に纏う『貫く闘気』によって、メフィストの攻撃は耐性を貫通してくるだろう。

 

「グゥゥゥゥ……ッッ!!許さん…許さんぞ……じわじわと嬲り殺しにしてくれる!!」

 

タルトから受けた傷の回復すら忘れる程の激情に身を委ねたメフィストが飛びかかってくる。

 

武器を構え合うタルトとリズの光景こそ、百年戦争を駆け抜けた魔法少女達の姿の再現だろう。

 

数百年後の21世紀において、ついにタルトとリズは再び仲間として支え合える存在となれた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

光剣と影の剣を用いて同時に斬撃を仕掛けてくる存在の攻撃をサーベルを用いて巧みに弾く。

 

リズの回し蹴りを潜り抜けたメフィストが体勢を回転させる勢いのままタルトの刃を弾き返す。

 

しかし後ろからは影で編まれたポールアックスの唐竹割りが迫るが、反転しながら刃を回避。

 

「ぐっ!!」

 

回避と同時に回し蹴りを放ち、蹴り飛ばされたリズの援護を行うタルトの一撃が迫りくる。

 

互いが斬撃の応酬を放つが、タルトは刃を回し込みながら相手のサーベルを払い込む。

 

メフィストは反撃として右肘打ちを狙ってくるが、左手を用いて肘打ちを払いのける。

 

剣戟を続ける後ろからは影の弓を生み出したリズが援護射撃を行い、影の矢が魔王の肩を穿つ。

 

「チッ!!」

 

怯む相手に目掛けて唐竹割りを狙うタルトだが回転を利用して回避を行うと同時に肘打ちを放つ。

 

後頭部に肘打ちが決まったタルトは前のめりになりながら倒れ込んでしまう。

 

「あぐっ!!」

 

激痛に耐えながらも立ち上がり、互いが一歩も譲らぬ戦いの攻防を続けていく。

 

勝負を決めるには補助魔法が重要になってくるだろう。

 

リズは補助魔法のスクカジャを用いて自分達の命中率と回避率を高めていく。

 

スピードが増す相手の魔法を封じるためにメフィストが放つのはマカジャマオンである。

 

「くっ!!魔封魔法まで使える奴だなんて!!」

 

魔法を封じられたリズに目掛けて仕掛けてくるメフィストであるが、タルトもまた魔法を行使。

 

常世の祈りによってダメージと魔封を癒してもらえたリズが刃を潜り抜ける反撃の一撃を放つ。

 

「がはっ!!?」

 

カウンターとしてみぞおちに決まったのは、ダガーを逆手に持ちながら放つ右拳の一撃。

 

風を拳に纏わせた『風龍撃』の一撃によって吐瀉物を撒き散らす敵の顎を左拳で打ち上げる。

 

「ごふっ!!!」

 

天空に昇る龍の如き一撃によって大きく打ち上げられたメフィストが地面に倒れ込んでしまう。

 

「がっ……あぁ……」

 

ダメージを負ったメフィストが弱った体を持ち上げていくチャンスをリズは見逃さない。

 

風の如く踏み込むリズが放つのは霞駆けであり、メフィストの首を二刀流で跳ね落とそうと狙う。

 

しかしメフィストの口元には不気味な笑みが浮かんでいる事に彼女は気が付いていない。

 

「フッ……なんてね」

 

「なにっ!?」

 

弱っていた態度は演技であり、一気に動いたメフィストが霞駆けの一撃を潜り抜けてくるのだ。

 

避けながら右腕を掴み、背中に回し込みながら関節を決め、背後に回った敵が喉元に刃を向ける。

 

「リズ!!!」

 

人質のようにして盾にされたリズの喉元に迫る刃が冷たい感触を首に与えていく。

 

リズの美しい首筋から血が流れ落ちていく光景を見せられるタルトは悲痛な叫びを上げてしまう。

 

「どうした、ジャンヌ・ダルク?私の動きが止まっているこのチャンスを逃すのか?」

 

「卑怯者!!だまし討ちを仕掛けてリズを盾にするだなんて!!」

 

「何とでも言うがいい。先ずはこの造魔の魂から頂戴するとしよう」

 

首を斬り落とそうとするのだが、リズの長髪がざわめくように揺れ動く。

 

「…ごめんなさい、タルト。()()()()()()を使わせてもらうわ」

 

リズからそう言われた瞬間、彼女が何を解き放つのか理解したタルトが叫び出す。

 

「ダメです!!あの力は下手をすればリズの人格さえ消滅させかねない恐ろしい力だったはず!」

 

「大丈夫……上手く制御してみせるわ」

 

拘束した者の体から尋常ならざる魔力の奔流を感じたメフィストが彼女の異変に気が付く。

 

「こ、これは……!?」

 

彼女の長い黒髪が白髪に染まっていく。

 

タルトが生み出す光によって形成された影がリズの体を這い上りながら纏わりつく。

 

真紅の瞳を輝かせ、体に溶けた女神スカアハの原点ともいえる死の女神の力を解放するのだ。

 

「グァァァァーーーッッ!!?」

 

メフィストの脇腹や背中などを突き刺しているのは影の槍。

 

激痛によってリズを解放したメフィストが影の槍を魔力放出で砕きながら後退っていく。

 

白髪を靡かせるリズに視線を向けた時、魔王ですら恐怖を感じる程の女神が宙に浮かんでいる。

 

「…わらわの体を傷つけた代償は高くつくぞ、メフィスト?」

 

宙に浮かんだまま後ろに振り返る存在を見たメフィストは変化したリズの正体に気が付く。

 

「造魔の中に溶けたのがスカアハだとしたら……その力の源は()()()()か!?」

 

漆黒のマントの下側には影の体が構築された白髪の女神が首元の血を指で掬い取る。

 

まるで口紅でも塗るかのように自分の口を紅化粧していく存在が邪悪な笑みを浮かべてきたのだ。

 

【スカディ】

 

ケルトのチュートン族に信仰された死の女神であり、北欧神話の冬の女神スカジと同一の存在。

 

その名は古代ノルド語では危害、死を意味しておりゴート語では影を意味する。

 

冬の雪山の闇と死の恐ろしさを内包する恐るべき存在であり、亡骸を飲み込む大地の人格化だ。

 

彼女はやがて冥界の女王とみなされるようになり、女神スカアハの概念形成に影響を与えた。

 

「この造魔はいささか窮屈だったが、解放してくれたのは僥倖だ。先ずは盛大な血祭といこう」

 

メフィストに負けず劣らず残忍な女神が手負いの邪魔者に目掛けて大地の力を解放しようとする。

 

しかしそれに待ったをかけるようにして飛びかかってきた者が背後から抱きついてくるのだ。

 

「もういいです、リズ!!これ以上その力を解放する必要はありません!!」

 

「放せ小娘!!わらわは女は好かん!ボルテクス界から後、久方ぶりの自由の邪魔は許さんぞ!」

 

「貴女は殺戮の女神じゃない!!貴女はリズ・ホークウッド!!私の大切な親友なんです!!!」

 

スカディの顔を両手で掴み、必死の形相を向けてくるタルト。

 

そんな彼女の顔が真紅の瞳の中に映り込んだスカディが突然苦しみだす。

 

「ぐっ……がっ!!おのれ造魔め……またわらわを拘束してくるかぁ!!」

 

倒れ込み藻掻き苦しむスカディの中でリズが必死に暴走を止めようとしてくれている。

 

スカディを解放したままでは、たとえメフィストを倒しても神浜に殺戮がもたらされるからだ。

 

「負けないで…リズ。貴女ならスカディを乗り越えられる……後は私がやります」

 

視線をスカディから外せば、極大の魔力を練り上げながら宙に浮かぶメフィストが映る。

 

最大威力を用いて放とうとしてくるのはメフィストの奥義ともいえる極大の呪殺魔法。

 

「私が欲しているのは永遠に遊び続けられる玩具……だが!私に逆らう玩具などいらん!!」

 

迎え撃つ体勢を見せるタルトもまた最大の一撃をもってメフィストフェレスに応えるだろう。

 

「この世界を闇の中へ落とそうとする者よ……これで終わらせます!!」

 

右手に生み出されたのはクロヴィスの剣であり、極大の光を放ち始める。

 

胸元に剣を持ち上げた時、その剣は形を変えながら螺旋を描く槍のようになっていく。

 

先に放たれたのは両手を回しながら極大の呪殺エネルギーを構築したメフィストの方だ。

 

「その魂……私が頂く!!!」

 

背後に大魔法陣を描きながら放つ一撃こそ、アヌビスを葬ったワルプルギスの夜の一撃。

 

そしてタルトもまた大地を踏み砕く程の勢いで跳躍し、迫りくる呪殺魔法に突っ込んでいく。

 

「ハァァァァァーーーーッッ!!!」

 

流れ星のように流線を描きながら光の槍を放つ。

 

ワルプルギスの夜の一撃を突き抜けたタルトがメフィストの元まで迫りくる。

 

同時にメフィストの頭上には百合の紋章が描かれた天の門が生み出され、扉が次々と開いていく。

 

天の門の中から放射されていくのは光の拘束剣であり、メフィストの体を貫く一撃となる。

 

「グォァァァァァーーーーーーッッ!!!」

 

地面に縫い付けられてしまった者に目掛けて上空から迫る者が最後のトドメを放つ時がくる。

 

「光あれ!!ラ・ポルトゥ・ドゥ・パラディ!!!」

 

螺旋を描く光の槍がメフィストを貫くと同時に極大の光の爆発現象が生み出されていく。

 

膨大にまで膨れ上がる爆発現象はメギドラオンに匹敵する程の規模となり、敵を滅ぼすのだ。

 

<<バカなぁぁぁぁーーーーーーッッ!!!!>>

 

光の中で消滅していくメフィストフェレス。

 

それと同時に天の門の扉が次々と閉まっていき、その姿を消してしまう。

 

魔王が構築していた異界も消えていき、ペレネルの屋敷の前にまで戻ってくる。

 

視線を隣に向ければ、倒れ込んでいるスカディの姿がリズに戻っている事に安心したようだ。

 

「やったわね……タルト」

 

親指を上げながらサムズアップしてくるリズを見たタルトが微笑んでくれる。

 

「…ありがとう、リズ」

 

よそ見をしていたら走ってきたみかげがタルトに抱きついてくる。

 

「やったねタルト姉ちゃ!!タルト姉ちゃなら絶対に悪魔をやっつけられるって信じてたよ!!」

 

涙を浮かべながら頬擦りしてくる彼女の頭をタルトは優しく撫でてくれる。

 

勝利の余韻に浸っていた時、おぞましい者の最後の念話が響いてくるのだ。

 

<<フランスの……光よ……。私を倒したとしても……既に世界は……常闇の中だ……>>

 

<<私は……地獄に堕ちる者共に仕え……その魂を……受け取る……者だ……>>

 

<<欲深き……ペレネルの魂は……私と共に……地獄に堕ちる……だろう……>>

 

<<人間共の……感情が……()()()()()()()()()()が……世界を……闇に……す…る……>>

 

――世界の闇とは……人間の感情が生み出す……自業自得な……結果でしか……な……い。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

メフィストの最後の忠告を聞き終えた時、屋敷の門が突き破られる音が響き渡る。

 

屋敷の中庭にまで走行してきたのはクリスであり、扉を開けた尚紀が車から飛び出してくる。

 

「おやじぃぃぃーーーッッ!!おふくろぉぉぉーーーーッッ!!」

 

駆け寄ってくる尚紀が現場の状況を確認した途端、両膝が崩れ落ちてしまう。

 

「あっ………あぁぁぁぁぁ…………」

 

尚紀の視界に映ったのは肉片となった義父の姿と地面に寝かせられた白骨死体と化した義母の姿。

 

悪魔化も解けてしまい、残った肉片部分も亀裂が無数に入りながら砕けようとしている。

 

「ナオキ……君……すま……ない……。私は妻を……守れなかった……」

 

まだ息がある義父の元にまで駆け寄ってきた彼がニコラスの頭部を持ち上げてくれる。

 

「しっかりしろぉ!!まだ回復出来る……頼むから……頼むから死なないでくれぇ!!」

 

悲痛な表情を浮かべている息子のために彼は残っている片腕を伸ばし始める。

 

ニコラスの手を握り締めた息子に微笑み、最後の言葉を送ってくれるのだ。

 

「私はもう……助からなくていい……。妻と共に……地獄に……堕ちたいんだ……」

 

「何をバカなことを言いやがる!!ジャンヌ……頼むから俺のおやじを救ってくれぇ!!」

 

今にも泣きそうな表情をタルトに向けるが、彼女は顔を俯けていく。

 

彼女の姿が変化しているようだが、それを今気にしている暇などない彼は哀願してしまう。

 

「いいんだ……ジャンヌ君。私と妻はね……こうなる未来を承知して……この場に訪れたんだ」

 

「未来予知を使って…この末路を視ていながら…どうして俺を引き留めてくれなかったぁ!?」

 

「君には君の使命がある…そして、そのための力になりたいから…私と妻は君を息子にしたんだ」

 

「俺を息子として受け入れてくれたのは……俺の使命を助けるため……?」

 

「そのために私達は莫大な財産を君に相続させる。弁護士団も用意している…彼らに任せなさい」

 

今にも砕け散りそうな弱々しい手を強く握り締める尚紀は首を横に振ってしまう。

 

「ダメだ…俺だけの力じゃ何も出来ない!!頼むよニコラス…俺を支えるために生きてくれ!!」

 

大粒の涙を零し始める息子に向けて、最後の願いを頼み始める。

 

「ペレネルを……妻の遺体を……私の傍に……連れてきてくれ……」

 

彼の最後の願いを分かっていたのか、リズはペレネルの亡骸を抱きかかえたまま片膝をつく。

 

夫の横に寝かせてくれたペレネルの白骨死体を見た彼が涙を零し、そして息子に顔を向ける。

 

「君は独りじゃない…多くの者が君を必要としている。君はその者達を必要として…()()()()()

 

「世界と……戦う……?」

 

「世界を支配する国際金融資本家達が築き上げた啓明結社を倒すには……()()()()()()()()()()

 

「そのために俺に見せてくれたのか?この世のものとも思えない程の…あの隠し財産を?」

 

「世界は……金融は……()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからこそ……アレを使うんだ」

 

ついに体を維持出来なくなったニコラスの体が砕けていく。

 

「世界は…銀行という名の悪魔を支配する…魔王共の手によって……常闇の世界にされた……」

 

――だからこそ……世界には……()()()()が必要なんだ。

 

震えながら泣き続ける尚紀の顔を見たニコラス・フラメルは安心した表情を浮かべていく。

 

彼の最後の表情はまるで人修羅に自分の魂を託した将門公の表情と重なって見えてくる。

 

「君こそが…我らの……光。世界のために……()()()()()()()()と……なって……く……れ……」

 

最後に笑顔を浮かべた後、ニコラス・フラメルは砕け散りMAGの光となってしまう。

 

宇宙を温めるためにニコラスの熱まで奪い取る宇宙の熱システムの光景を茫然と見つめる者達。

 

だが尚紀の心は砕け散る程の悲しみに支配されながらボルテクス界の記憶を思い出していく。

 

「また……守れなかった……」

 

友達を守れず、恩師を守れず、生き残った人達を守れず、自分が生きた世界すら守れない。

 

そして別の世界に流れ着こうとも結果は同じ。

 

「何が人修羅だ……何が混沌王だ……俺は誰も守れない!!!」

 

大切な人達を守れず、悲痛な叫びを上げる彼の気持ちならタルトとリズも経験してきている。

 

尚紀の心の痛みがコネクトしてしまうタルトとリズも大粒の涙を零しながら共に泣いてくれる。

 

みかげまで貰い泣きしてしまい、全員の膝が崩れてしまう。

 

そんな者達にかけられる言葉もないクリスも黙り込んだまま、主の慟哭を見守ってくれるのみ。

 

「俺は……俺は……ただの負け犬だぁぁぁぁぁーーーーーーッッ!!!!」

 

自分の無力さに怒り狂い、喚き散らす男の姿を見守ってくれるのは契約の天使である者。

 

屋敷の屋根の上から下の光景を見下ろすキュウベぇには何の感情も湧いてこないだろう。

 

それに彼には別の目的があり、そのために動かなければならない時期にまできている。

 

「感じる……もう直ぐ熾天使様達がこの宇宙に降臨される。いよいよなんだね……」

 

契約の天使はきたるべきハルマゲドンに備えるためにその場から消えていく。

 

残されたのは悲しみに塗れた者達だけが繰り返す慟哭の光景のみであった。

 

……………。

 

その後の尚紀はニコラスとペレネル夫妻の遺産相続を行うために多忙な毎日を送る事になる。

 

それに共同代表であったニコラスを失った事で嘉嶋会に関する手続きも残っているようだ。

 

そのため東京捜査を行う余裕もなく、季節は過ぎ去っていくのみ。

 

その間に両親の葬儀を粛々と済ませた後、南凪区の外国人墓地に彼らを埋葬する事になるだろう。

 

時間が少し出来た尚紀達はニコラスとペレネルの墓の前に立っている。

 

黒のトレンチコートが風で揺れる中、後ろ側に控えている者達が口を開きだす。

 

「……家族の事は残念だったわ。でも、こんな時に聞くべきかは分からないけれど……」

 

「…言いたいことなら分かるよ、ナオミ。お前の雇い主は死んだ…もう依頼を続ける必要はない」

 

「ナオキ……それでいいの?貴方が望んでくれるなら、私はボディガードを続けても構わないわ」

 

「……必要ない。お前には新しい人生が出来たんだろ?そっちの方を優先するんだな」

 

それ以上は何も言わなくなった彼の気持ちを尊重するためにナオミはその場から去っていく。

 

後ろに残っているのはペレネルに代わり新しい主人となった尚紀に仕える従者達だ。

 

「尚紀……私とリズは何処までも貴方に仕えます。貴方の役に立ちたいんです」

 

「ジャンヌ…気持ちは嬉しいが、無理に付き合う必要はないんだぞ。餞別ならいくらでもやるさ」

 

「タルトと呼んでください。ニコラスさん達は尚紀を命懸けで支えました…私もそうしたいです」

 

「タルトと同じ気持ちよ。私の命は貴方のためにあるわ、尚紀。どんな命令でも遂行してみせる」

 

「……好きにしろよ」

 

新しい両親になってくれた人達の元に近寄った尚紀が墓の前で片膝をつく。

 

夕日に照らされたままの彼の表情は空虚な感情で支配されている。

 

同時にこれから先の人生の事を考えれば考えるほど、戸惑いしか出てこないのだ。

 

「…いよいよ探偵を続けるのも難しくなったな。ペレネルが残したものはあまりにも大きかった」

 

「尚紀、今後の貴方はペレネルに代わり、彼女が纏めた企業グループの意思決定をしていくのよ」

 

「ニコラスの残した遺産もある…弁護士団から聞かされた俺の相続額は…現実感を感じなかった」

 

「1300兆円を超えているそうですね…。それに尚紀の財産だって残っているはずです」

 

「錬金術師夫婦揃えば1400年分の蓄えなのよ。恐ろしい程の遺産相続ね……」

 

「…日本の借金を払いきれた上で釣りが貰えるな。だが仕組みある限り中央銀行に搾取される」

 

「それにニコラスとペレネルが秘匿してきた隠し財産もあるんでしょ?ほんと天文学的よね…」

 

遺産の使い道など今は見当もつかない彼が立ち上がり、停めてある車の元へと歩いていく。

 

今の彼の中に残っているのは東京で人間の守護者として生きてきたプライドのみ。

 

それを守るために動く自由さえ今は用意出来ない自分自身にますます苛立ちが募ってしまう。

 

そんな時、トレンチコートのポケットからスマホの着信音が鳴り響く。

 

スマホの通話ボタンをスライドさせた彼が通話をしていくようだ。

 

「……そうか、ついに現れやがったのか。分かった……俺達も直ぐ見滝原市に向かう」

 

通話を終えた彼がタルトとリズに振り返り、こう告げてくる。

 

「……ついにこの宇宙の壁が打ち破られた。もうじき…()()()()()()()()()()()()()()だろう」

 

それを聞かされたタルトとリズの表情が強張り、緊張感を隠せない表情を浮かべてしまう。

 

「俺はほむらと約束した…共にまどかを守り抜くと。守ってやりたい……だが、今の俺は……」

 

自分に自信がなくなっている彼のためにタルトとリズは顔を向け合い、頷き合う。

 

「尚紀、私達も戦います」

 

「貴方に命を預けると私は言ったわ。その言葉を証明させて頂戴」

 

「…いいのか?かなえ達から聞かされたが、円環のコトワリ内にはお前達のオリジナルもいるぞ」

 

「分かっています…。本物のタルトと戦う事になろうとも…今の私は貴方の味方ですよ」

 

「本物のリズが相手だろうと…私は躊躇わない。尚紀を脅かす存在は全て倒してみせるわ」

 

彼女達の意思は固いと判断した尚紀が頷き、駐車場に停めてあるロールスロイスを発進させる。

 

運転手を務めるリズに向けて彼は自分の最強戦力について聞いてみる。

 

「残念だけど…ペレネルは間に合わなかったわ。それでも傷の殆どを回復させる事は出来たの」

 

「なら後は自力で傷を癒させていけばいい。…マロガレの力はどれだけ行使出来る?」

 

「ペレネルの計算では全開戦闘に耐えられるのは()()()()が限界のようね」

 

「11分少々か……仕方がない。マロガレの力はここぞという時に使う事になるだろう」

 

深い悲しみを拭いきる暇もなく、尚紀の前に最大の壁が立ちはだかる時が訪れる。

 

気の迷いは許されない。

 

相手はかつて戦ったコトワリ神達を上回る程のコトワリ神。

 

神霊の領域に至った存在の力強さならかつて見た事がある尚紀の心には恐怖心さえ芽生えてくる。

 

それでも彼には暁美ほむらから言われた言葉があり、彼もその言葉に縋りつこうとするのだ。

 

失敗は終わりなんかじゃない。

 

守ろうとする事をやめたら終わりなのであった。

 




これでたると☆マギカをクロスさせた理由の消化作業が終了しました。
人修羅君の出番は暫くお休みとなり、残っているキャラドラマ回収を終えた後に円環のコトワリバトルを描きたいなーとか考えております。


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238話 選択

人は決断する時、大きな不安に襲われる。

 

はたして、十分な検討を重ねただろうか?

 

決断に値する知識を持っているだろうか?

 

そして考え続けるうちに、決断のための情報には際限がないことに気が付く。

 

どんな決断であれ、検討材料は無限に存在するだろう。

 

下した決断に対して、自分では考え抜いたふりをする。

 

だが本音では自身で予見出来ない不測の事態に怯えている。

 

選択とは決断を下す前のためらい行為であり、それはある種の精神的なゆらぎ。

 

我々は常に疑念を抱いている。

 

正しい行いをしているだろうか?

 

正しく立ち振る舞っているだろうか?

 

そして、いつしか自分自身を見失ってしまう。

 

その思考に陥ってしまった人は、ほんの小さなミスで足を止めてしまうのだ。

 

確固たる自信があるのならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そのことに気づけたのなら人は劣等感に苛まれずにありのままの姿を受け入れられる。

 

自分自身と上手く付き合っていけるはずだ。

 

そして、己を信じられるだろう。

 

全ての人生が正しく、全ての過程もまた正しい。

 

別の選択肢があったかもしれないが、だとしても()()()()()()()()()()()()()()

 

……………。

 

「私は……このままでいいのかな?」

 

暗い自室の中でベットに横たわっているのは鶴乃である。

 

現在の彼女は武者修行のため他県に行った父親に代わり、独りで家を守る生活を送る者。

 

独りになったことで自由時間を作れたようだが、そのせいで毎日考え事をしているようだ。

 

彼女は未だに暗い不安を抱えた者であり、その不安を周囲に語ることを迷い続けている。

 

「あんな恐ろしい国家機密をお爺ちゃんは抱えていたから……暗殺されちゃった」

 

彼女が抱えている不安の中身とは神浜の地下に建造されたザイオンという秘密都市。

 

それをジャーナリストに語ろうとしたために彼女の祖父は日本政府に暗殺されてしまった。

 

「神浜ヘイト条例の時だって日本政府は暗躍していた……日本の政治は悪そのものだよ」

 

鶴乃は子供なりにテレビを見ながら日本の総理大臣がコロコロ変わる現象を不思議がった者。

 

そして日本の政党が推し進めてきた法律によって日本社会がよくなったとは思えなかった者。

 

だからこそ日本の政治そのものが日本人の味方ではない悪だと考える結論に達したのだ。

 

「私達は正義の魔法少女……人々を苦しめる悪を放置なんて許されないよ。だけど……」

 

寝返りをうちながら抱き枕に抱き着く彼女の体は恐怖心に支配されながら震えていく。

 

恐怖心に支配されるのは祖父を取材しにきたジャーナリストが暗殺された現実を知る者だからだ。

 

暗殺現場に偶然居合わせてしまった彼女は父とともに恐怖した。

 

国家機密を追う者は誰だろうと何処にいようと追い詰められて殺されるしかない光景だったのだ。

 

「お爺ちゃんは恐怖心を抱えてたから…あのジャーナリストさんが現れるまで秘密にしたんだね」

 

もし自分が抱えている国家機密を正義の魔法少女達に喋ってしまえばどうなってしまう?

 

何処に監視があるかも分からない暗殺者にいつ殺されるか分からない人生を周りに与えてしまう。

 

そんな未来を考える彼女は自分の祖父と同じように苦しみ、仲間達に秘密を語れなくなったのだ。

 

「言えない……誰にも言えない。私だけ殺されるならまだいい…私の仲間まで巻き込まれたら…」

 

仲間の未来を思いやる気持ちと自分達が掲げる正義の感情に板挟みされた鶴乃は苦しみ続ける。

 

精神の袋小路に陥りながらも彼女は選択を抱え込み、迷いぬく者となってしまう。

 

不測の事態に陥ってしまったリスクを考えるなら、秘密を周囲に語るなどありえない。

 

リスクを恐れるあまり鶴乃もまたやちよと同じく御上に迎合する者に成り果てようとしている。

 

何も知らない馬鹿を装い、権力に降伏して譲歩の御慈悲を貰うのが物事の分かる大人な態度。

 

古来からの卑屈民族である日本人らしい発想に陥った鶴乃もまた保身に走る選択を望んでしまう。

 

だが彼女は正義の魔法少女であり、正義は悪に屈する者ではないと信じながら戦った者。

 

やちよと同じく物事の分かる大人になりきれない鶴乃は今日も悩み苦しむ生活を送るのであった。

 

────────────────────────────────

 

今夜の魔獣パトロールを行っている者達とは七海やちよをリーダーとする魔法少女達。

 

相棒の梓みふゆは都ひなののスペシャルドリンクの影響を受けたようだが現在は回復している。

 

そんな彼女達の後ろについていくのは顔を俯けたまま歩く由比鶴乃の姿であった。

 

「……おかしいですね」

 

左手にソウルジェムを生み出して歩くみふゆであるが浮かない表情をしている。

 

横を歩くやちよもそれに気が付いているのか彼女に語り掛けてきたようだ。

 

「そうね……最近、魔獣の出現率が低下しているような気がするわ」

 

「それは喜ばしいことなんですが…問題なのは魔獣ではなく、神浜に悪魔が出現するんですよ」

 

「この神浜はテロで焼かれた街…多くの呪いを抱えている。だけど、ならなぜ魔獣は消えたの?」

 

「分かりません…。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような気が……」

 

「魔獣が生み出すグリーフキューブですら今はもう重要性が薄い……悪魔の魔石で事足りるわ」

 

「それに私達やかりんさんのように悪魔を仲魔にしてる魔法少女は、それすら必要ありません」

 

「悪魔達が私達の穢れを吸い出してくれる。悪魔の存在は魔獣以上に私達を生存させてくれるわ」

 

「それだけなんでしょうか…?私達は悪魔の存在について過小評価するわけにはいきません」

 

「そうね…知恵ある悪魔は魔法少女を喰らう存在でもある。魔獣以上の警戒が必要になるわね」

 

「悪魔会話出来る分、魔獣よりマシですが…知恵あるからこそ手段を選ばない戦いもしてきます」

 

「悪魔という存在は私達にとって希望となるのか…それとも新しい絶望か…難しいわね」

 

そんな話をしていたようだが、会話に入ってこない鶴乃を不審に思ったのか後ろに振り向く。

 

どうしたのか聞いてきた仲間達に反応した彼女は顔を上げながら空元気な態度でごまかしてくる。

 

「もう新学期だけどボーっとしてちゃダメよ、鶴乃」

 

「うん…ごめんね。最近さ…色々と考え事が多くてね…」

 

気を取り直して歩いていくと、角を曲がった辺りで悪魔の魔力を感じ取る。

 

「この魔力パターンは悪魔です。この先にある建設予定のビルに潜んでますね」

 

「会話が出来るタイプの悪魔なら先ずは悪魔会話よ。話しても分かり合えないなら戦うしかない」

 

走っていくやちよ達であるが後ろを走る鶴乃は立ち止まってしまう。

 

彼女が振り返った場所にあったのは防犯カメラ。

 

まるで鶴乃の姿を映しているかのようにレンズが向けられ続けている光景に背筋が凍り付く。

 

「私を見張ってるの…?そんなことないよね…?私の……気のせいだよね……?」

 

怖くなった彼女は走り出し、やちよ達の背中に追いついていく後ろ姿を残すのだ。

 

スマートシティ化された神浜市は防犯意識が極めて高い安全な街ともいえるだろう。

 

それは裏を返せば、誰もが()()()()()()()()()()()()()()()()()()ともいえる弊害があった。

 

────────────────────────────────

 

異界の中に構築された建設ビルの中では魔法少女達が悪魔と戦いを繰り返す。

 

悪魔会話を試みようとしたのだが、相手は人間の言語を理解出来ないタイプの悪魔であった。

 

「ハァァァァァーーーッッ!!」

 

魔法槍を一回転させたやちよの周囲に発生した水分が氷結していき、氷の槍を形成していく。

 

氷の槍を無数に発射するマハブフの一撃が直撃して氷結したのは吸血悪魔であった。

 

【チュパカブラ】

 

南米で目撃が噂される吸血UMAであり、スペイン語で山羊の血を吸うものと言われている。

 

1995年に初めて目撃例が現れ、多くの家畜を襲い血を吸ったようだ。

 

「トドメよ!!」

 

複数の魔法槍を生み出したやちよが突進攻撃を行い、氷結したチュパカブラ共を串刺しにする。

 

<<グギャァァァァァーーーッッ!!!>>

 

巨大なトカゲめいた吸血悪魔は粉々となりMAGの光を撒き散らす最後を迎えたようだ。

 

下の階では鶴乃とみふゆがコンビを組みながら戦っている。

 

「取り憑いた人達の中から出ていきなさい!!」

 

「駄目だよみふゆ!悪霊タイプの悪魔はまともに悪魔会話出来ないよ!」

 

みふゆと鶴乃を囲んでいるのは複数の人々である。

 

だが彼らの体からは黒い霧のようなものが生み出されており、頭上に悪魔を形作る。

 

彼らに取り憑いていたのは怨霊悪魔の類であったようだ。

 

【ディブク】

 

中世以降のヨーロッパのユダヤ人達の間に伝わる悪霊であり、人間に取り憑き体と魂を支配する。

 

輪廻を許されず彷徨う人間の死霊とされ、安住の地を見付ける事が出来ずに人間に取り憑く。

 

その体と魂を支配して精神に異常を引き起こすとされていた。

 

<<グッ……ごがっ……グガァァァァァーーーッッ!!!>>

 

形を成した悪霊に操られた者達が魔法少女達に飛び掛かっていく。

 

それを制するためにみふゆが放つのは悪魔の攻撃魔法である。

 

「その動き、封じます!」

 

巨大なチャクラムを回転させながら放つのは『スクンダ』と呼ばれる魔法。

 

敵全体の命中率と回避率を落とされたため、襲い掛かってくる人間達のスピードが落ちる。

 

動きが鈍化した相手など自己流拳法ではあるが手練れである鶴乃の敵ではない。

 

「アチョーーーーッッ!!」

 

次々と回転蹴りと功夫扇の一撃を放ち、舞うように移動しながら人々を打ち倒す。

 

取り憑かれた者達の中から逃げ出そうとする悪霊に向けて跳躍した鶴乃が炎魔法を放つ。

 

「チャチャーーーッッ!!」

 

功夫扇で薙ぎ払うようにして放たれたのはマハラギであり、複数の火球が悪霊に直撃する。

 

<<グゴァァァァーーーーッッ!!!>>

 

浄化の炎で焼き尽くされた悪霊達が消失していき、着地した鶴乃がブイサインを浮かべてくる。

 

そんな姿に微笑んでくれるみふゆであるが、別の魔力を感じ取った彼女が外に視線を向けるのだ。

 

「鶴乃さん!!」

 

「えっ!?あ、あの巨大な悪魔は何ッッ!!?」

 

建設途中のビルの横にある空き地ではビルから跳躍してきたやちよが悪魔を相手に奮戦中だ。

 

見れば新手の悪魔は巨体であり、やちよの体など片手で捻り潰せる程であった。

 

【ティターン】

 

ギリシャ神話に登場する巨神族であり、ウラノスとガイアの間に生まれた三つの巨人族の一つ。

 

バルカン半島においてゼウス信仰が確立する以前の古い時代の自然神であり大地を象徴する。

 

ウラノスの後を継いで主神となったクロノスもティターンの一柱である。

 

ティタノマキアの戦いでゼウスらに敗れて多くは地底タルタロスに封じられているとされた。

 

「グッハハハ!!香ばしい呪いに包まれた街にやってくれば、魔法少女も豊作ときた!!」

 

全長30メートルを超える巨大な巨神族を相手に奮戦するやちよが叫ぶ。

 

「私の言葉が分かるなら話を聞きなさい!!人間社会を襲うのは即刻やめて立ち去るのよ!!」

 

「嫌なこった!!人間の魂も美味いけど魔法少女の魂はもっと美味い!!暫く街に居つくぜ!!」

 

「聞き分けのない悪魔ね……警告はしたわよ。人々を襲うなら、正義の魔法少女が相手よ!!」

 

「ケッ!!魔法少女がなんぼのもんだ!!その小さい体ごと飲み込んで魂を喰ってやる!!」

 

建設資材が置かれた場所を跳躍移動しながらティターンの攻撃を回避していく。

 

巨体を用いて暴れまくり、建設資材を踏み潰していく相手にめがけて跳躍体勢から槍を掲げる。

 

彼女の槍が氷結していき、巨大な氷の槍と化す。

 

「くらいなさい!!」

 

大きく跳躍しながら放ったのはブフーラであり、相手にめがけて巨大な槍が飛翔していく。

 

しかしティターンは右手に持つ巨大な剣でギロチンカットを放ち、氷の槍を打ち砕いてくる。

 

「なんて力なのよ!?私の魔法を力任せに砕いてくるだなんて!!」

 

「俺を誰だと思っている!!ギリシャ神話のティターン神族の者を相手にしているんだぜ!!」

 

「ティターン神族ですって!?神を相手に戦うことになるなんてね…悪魔の世界はイカレてるわ」

 

「魔法少女が悪魔の魔法を使ってくるとはな!変わった街だが気に入った!!その力を示せ!!」

 

ティターンはグラディエーターを思わせる鎧の兜に備わったバイザーを持ち上げる。

 

素顔を晒した巨人が口を開け、ファイアブレスを放ってくる。

 

巨人が放つ業火が周囲を焼いていくが、やちよは跳躍を繰り返しながら業火を避けていく。

 

「悪魔の力をどうして人のために使おうとしないの!サマナーと共に生きる道もあったはずよ!」

 

「自由こそが悪魔世界の不文律!!自由を掲げる悪魔だからこそ!好き勝手に生きるのさ!!」

 

「自由には責任が伴うわ!!貴方はその代償を支払う覚悟があるんでしょうね!?」

 

「殺すも殺されるも悪魔の日常茶飯事!忌み嫌われようとも、この矜持だけは悪魔の誇りだ!!」

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよ!!

 

「命の代償を支払うリスクを恐れないようね…いいわ。ここをお前の墓標にしてあげる!!」

 

やちよの援護に向かうためビルから飛び降りていくみふゆだが、鶴乃は動けない。

 

彼女はティターンが叫んだ言葉が頭に響き渡り、動揺を起こしている。

 

「忌み嫌われてでも……命のリスクを支払ってでも……自分を貫ける輝きを求める……」

 

動けない鶴乃に代わりやちよとみふゆが奮戦していく。

 

しかし巨大な巨人は想像以上にタフであり、暴れまくるその巨体を2人は止められない。

 

「せめて奴の動きが止まってくれたら……」

 

「私達だけの火力では届かないのですか……?」

 

魔獣以上の力をもつ悪魔を相手に迷いを浮かべていた時、2人にとっては仲魔の念話が響く。

 

<なら、その役目はあたしがやる>

 

建設ビルの隣にあるビル型多層駐車場の屋上にまで駆け上っていくのは一台のバイクである。

 

リッターバイクのネイキッドモデルであるZ900RSが夜の闇を切り裂きながら上っていく。

 

上に跨っているのはオートバイゴーグルを顔に纏った雪乃かなえ。

 

屋上にまで上ってきたバイクに視線を向けるティターンの顔に目掛けてバイクが突っ込んでくる。

 

悪魔衣装である貴族服の赤いマフラーをなびかせる者が屋上フェンスを突き破りながら跳躍。

 

鈍化した世界。

 

迫りくるバイクの上で両腕を構える彼女が両手に持つのは魔槍ルーン。

 

バイクで上りながらタルカジャを最大にまでかけたうえで気合まで行使した一撃を放つ時がくる。

 

「ガハッッ!!!?」

 

最大火力となった槍の一撃が巨人の頬を打ち、同時に烈風破の衝撃波が顔全体に広がっていく。

 

倒れこんでいくティターンを超えたバイクが建設ビルの中にまで飛び入ってくる。

 

着地と同時にバイクを横倒しにスライドさせたかなえは片足をついたまま滑り続ける。

 

壁に激突する前に停止出来た彼女の自殺もののスタントアクションを無駄にする仲間ではない。

 

「やるわよ!みふゆ!!」

 

「先に仕掛けます!!」

 

かなえの最大火力の一撃をもってしても倒せなかったティターンが巨体を持ち上げていく。

 

しかし彼が見た光景とは満月の光に照らされた砂漠の世界。

 

<<夢と現実を超えた幻覚の世界を味わいなさい!!>>

 

突然砂漠に大穴が開いた事でティターンの巨体が下に落ちていく。

 

暗闇の世界で落ち続ける彼に迫りくるのは無数の巨大チャクラムである。

 

「グァァァァァーーーッッ!!?」

 

巨大な剣で切り払おうとするが幻惑によって狙いがつけられず、次々と体が切り裂かれていく。

 

みふゆのマギア魔法であるアサルトパラノイアの世界はまだ終わらない。

 

<<逃がさないわ!!>>

 

上空から迫りくるのは、やちよが放つマギア魔法。

 

赤黒い巨大な槍が次々と雨のごとく降り注ぎ、槍がティターンの体に突き刺さっていく。

 

<<私の槍で……貫くから!!>>

 

落ちていく奈落の底から飛翔してくるのは槍を構えたやちよの姿。

 

冷気魔法を最大にまで解放した彼女が放つ巨大な槍がティターンの体を貫く。

 

「グワァァァァァーーーーッッ!!!」

 

巨大な体を貫き、天に昇らんとするやちよの『アブソリュート・ラピッズ』が敵を屠る。

 

みふゆが築いた幻惑世界が解放された時、そこにはティターンの巨体は存在していない。

 

残っていたのは夜空に向けてMAGが吸い上げられていく光景だけが残されていた。

 

「何とか倒せましたね、やっちゃん」

 

駆け寄ってきたみふゆに顔を向けたやちよが微笑み、拳と拳を合わせあって勝利を喜び合う。

 

そんな中、建設ビルの方からバイクで駆け下りてきたかなえが近寄ってくるのだ。

 

「かなえ!せっかく尚紀から貰えた給料で買えたバイクが壊れるところだったじゃない!」

 

「そうですよ!あんな危ない運転なんて二度としないで下さいね!」

 

プンプンした顔を向けてくる2人であるが、かなえは呆れた表情を返してくる。

 

「やちよとみふゆだって…あたし抜きで悪魔と戦う危険を犯した…だからバイクを飛ばしてきた」

 

「そ、それは……その……」

 

「魔獣退治ならまだしも、悪魔を相手にするのは危険なんだ。今度はあたしを頼って欲しい」

 

「それについては反省してます…。それより、鶴乃さんを見かけませんでした?」

 

「見かけたけど、ずっと立ったまま顔を俯けていた…。声を掛けても返事をしないし…」

 

心配になった3人が顔を建設ビルの方に向けていく。

 

ずっと立ったままの鶴乃は自分が情けないのか手を握り締めながら震えていたのであった。

 

────────────────────────────────

 

鶴乃が心配な3人は彼女を家まで送っていくことになる。

 

かなえもバイクを押しながらついてきてくれるようであり、4人は万々歳を目指していく。

 

そんな時、落ち着きたいから公園に寄って欲しいと鶴乃が言い出してくる。

 

彼女達は万々歳近くにある公園に立ち寄り、鶴乃を公園ベンチに座らせたようだ。

 

「冷たい飲み物でも買ってくる。尚紀から貰えた給料はまだあるし」

 

「そ、そんな!そこまで気を使ってもらわなくてもいいよ……」

 

「気にしなくていい、鶴乃も大事な仲間なんだ」

 

黒のライダースパンツとジャケットを纏うかなえが踵を返してコンビニを目指す。

 

「ついでに一服もしてくるから、先に話を始めておいて」

 

「かなえ……貴女タバコ吸うようになったの?」

 

「あたしは今年の四月で二十歳だよ。高校生だけど……もう未成年じゃない」

 

「そういう問題じゃないでしょ。尚紀みたいにヤニ臭くなっても知らないわよ?」

 

「あたしは元々煙臭い女だったよ。やちよとみふゆはそれをよく知ってるはずさ」

 

それだけを言い残したかなえが去っていく。

 

そんな彼女の後ろ姿が何処か魔法少女時代のかなえの姿と重なって見えてしまう仲間達であった。

 

「フフッ、たしかに…煙臭い魔法武器を振り回してたわね、かなえは」

 

「煙が恋しいのかもしれませんね。それにかなえさんはロックが好きだしタバコも似合うかも♪」

 

「そういう問題じゃないんだけど……まぁ、みかづき荘の中では吸わないで欲しいわ」

 

2人が後ろを振り向けば、ばつが悪い態度をしている鶴乃がいる。

 

何か深い悩み事を抱えていると察したやちよとみふゆは優しい言葉をかけてくれるのだ。

 

「何か悩み事でもあるの、鶴乃?戦闘中でさえ悩んでしまうぐらいのものなの?」

 

「私達で良ければ相談に乗りますけど…話してくれませんか?」

 

2人の優しさが嬉しい鶴乃であるが、心が温まるよりも恐怖心の方が大きい。

 

そんな彼女だからこそ、こんな話を持ち出してくれた。

 

「私ね……さっきの悪魔が言った言葉がね……胸に刺さるぐらい……かっこよかったの」

 

「あの悪魔が叫んだ言葉が……かっこいいですって?」

 

「どういう意味なんでしょうか…鶴乃さん?」

 

オドオドした態度を浮かべながらも、言葉を選びながら鶴乃は聞いてくる。

 

「2人はさ……自由(CHAOS)という概念について…考えたことはある?」

 

「自由という概念について……?」

 

「例えばね…言いたい言葉があるのに周りの同調圧力が怖くて…何も言えなかった経験はない?」

 

それを問われた時、やちよとみふゆの顔が俯きながら黙り込んでしまう。

 

やちよの頭に浮かんだ苦い記憶とは、モデル事務所の社長に平謝りして自分の意思を曲げた記憶。

 

みふゆの頭に浮かんだ苦い記憶とは、伝統に縛られた水名が怖くて差別反対と言えなかった記憶。

 

「私もね…言いたい悩みがあるのに…怖くて言えない。だからね…自由を貫く悪魔が羨ましい…」

 

「鶴乃……」

 

「リスクを恐れず、自分を貫き、刹那の中で輝ける者に悪魔はなれてるのに……私はなれない」

 

「私もリスクを恐れたから自分の意志を曲げた事があります。怖くて差別反対と言えなかった…」

 

「私もヘイト条例反対と叫びたかったのに…モデルをクビにされるのが怖くて…意思を曲げたわ」

 

「気持ちは分かるよ…私も怖くてたまらない…。リスクに耐えられなくて…悩みを語れないの…」

 

同じ苦しみを抱えた者同士が席に座りあい、自分に足りなかったものが何かを考え出す。

 

「私ね…悪魔の尚紀にも同じ質問をした事がある。そしたら彼は…こんな言葉を送ってくれたの」

 

――自分が自由だと思うためには、()()()()()()()()()()()()()()()()()事が重要だ。

 

「悪魔は自由で羨ましいと思うかもしれない…。でも、自由には責任も伴うのよ?」

 

「だけど…リスクを支払えば我慢を強いられなくて済むよね?2人も我慢を強いられたでしょ?」

 

「それは……」

 

「リスクを取らず、私達は我慢に耐えてきました…。その末路が……神浜東西差別だったんです」

 

「現在の生活は全部…私達が我慢を選んだせいで生まれたもの。これってさ……幸せなこと?」

 

それを問われた時、やちよの心の中には深い後悔が生まれてしまう。

 

中学時代、たとえ魔法少女であっても好きな男に告白していたらと後悔し続けてきた。

 

だからこそ、みたまにも同じ苦しみを味合わせたくないと彼女の恋路を後押ししたのだ。

 

「リスクを恐れず…大胆に突き進むべきだと言葉を残した詩人がフィレンツェにいたわ」

 

新しいことをしようとする時、人はもっともなことを言って、それを止めさせようとする。

 

しかし、直感が一番正しいのだ。

 

自分が進むべき道は、自分のリスクで、大胆に突き進むべきだ。

 

自分の直感に自信がないと、人の言うことに流され、自分の道を断念する時がある。

 

しかし後になって、あの時の自分の直感が正しかったと気づく、その時の後悔は最悪だ。

 

自分の直感を信じて、自分の道を敢然と進めという言葉を残した詩人こそがダンテであった。

 

「私は私の道を進めばいい…他人には勝手なことを言わせておけばいい。それが……自由かもね」

 

「なんだか凄く我儘にも聞こえますが、だけど…自由があるからこそ、私達は救われるんですね」

 

「それがきっと…尚紀が語ってた個の確立なんだって……私は思うよ」

 

自由という概念は、早い話が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それを行えば正義の魔法少女達はいい子ちゃんだとは認められなくなり、悪者にされるだろう。

 

だが現実的に考えて、いい子ちゃんを続けられる人間がこの世に存在しているのか?

 

生きているだけで他人に迷惑をかけ続けるのが人間なのだと叫んだ者が神浜にはいたはずだ。

 

悪魔のような社会悪になってでも、貫きたい意思を果たすためには何が必要か?

 

尚紀は鶴乃に語ってくれたはずだ。

 

自分が自由だと思うためには、やりたい事を制限する意識を取り除く事が重要なのだ。

 

だが、自由にはリスクという名の責任が伴うもの。

 

自由が欲しくてたまらないはずなのに、リスクを恐れて人々は自分で自由を捨てていく。

 

周りに合わせるだけの群衆生物と成り果て、個が消滅して全体主義化をもたらしていく。

 

その光景こそが神浜東西差別であり、歴史に逆らえない全体主義社会にされてしまった原因だ。

 

これこそが周りに合わせて迷惑をかけないという秩序(LAW)に従うことが美徳とされた世界。

 

何処に人間という()()()()()があるのだろうか?

 

そんな世界など周りと同じ規格品という名のロボットで埋め尽くされた無機質な世界でしかない。

 

唯一神の下僕であるLAWの天使やインキュベーターと何も変わらない人間の姿がそこにはある。

 

ならばこそ、時には悪魔の如く自由(CHAOS)を掲げる者にならなければならないはずだ。

 

「私……先に謝っておくよ。本当にごめん……きっとみんなに……凄く迷惑をかけると思う」

 

立ち上がった鶴乃がやちよとみふゆの前に立つ。

 

胸に手を当てれば心臓がバクバクと揺れ動き、喋れば訪れるだろう命のリスクが迫りくる。

 

それでも彼女は勇気を振り絞らなければならない。

 

周りの者達に迷惑をかけてでも、伝えたい気持ちがあるのなら果たさなければならない。

 

大切な仲間達が出来なかった勇気を示す道を、由比鶴乃が示さなければならないのだ。

 

()()()()()()()()、鶴乃は決断を下す。

 

「この話は…私のお爺ちゃんが暗殺された程の国家機密になるの。それでも……聞いてくれる?」

 

体が震えながら目に涙を浮かべても覚悟を示す仲間の姿が目の前にいてくれる。

 

勇気を示す者になろうとしてくれる仲間のためにこそ、やちよとみふゆも腹を括ってくれるのだ。

 

「分かったわ……語って頂戴。それで私達に危害が及ぼうとも……私は貴女を憎まないわ、鶴乃」

 

「私もやっちゃんと同じ気持ちです。きっとかなえさんも同じだと思う……もう少しだけ待って」

 

「うん……分かった。彼女が聞いてくれる覚悟を見せてくれたら話すよ…」

 

かなえも戻ってきた時、彼女も同じ答えを示してくれるだろう。

 

3人のためにこそ、鶴乃は自分の胸に押し殺してきたザイオンの秘密について語ってくれるのだ。

 

そんな彼女達の姿を遠くから見つめている人物がいる。

 

偽装トラックの助手席に座っていたのはイルミナティのエージェントであるキャロルJだ。

 

「……好奇心は猫をも殺す。悪魔のように自由を行使するってんなら責任を果たすんだな、小娘」

 

邪悪な笑みを浮かべる彼はヘアブラシを取り出しながら髪型をキメていく。

 

その後、鶴乃が抱えた国家機密を聞かされた者達は家に帰りつくことになるだろう。

 

それでもやちよの胸は恐怖と不安でいっぱいであり、鶴乃の身を案じてくれる。

 

寝る前にスマホを取り出し、鶴乃のスマホに電話を入れてみる。

 

「おかしいわ……どうして繋がらないの!?まさか……まさか……ッッ!!?」

 

恐怖心が爆発したやちよは深夜であろうとも仲間達に連絡を入れていく。

 

鶴乃が暮らす中華飯店万々歳。

 

その店はシャッターで閉じられているはずであるが、恐ろしい傷跡が生々しく残っている。

 

家は悪魔の如き狂爪で破壊されており、店の前は騒ぎを聞きつけた人々で溢れていたのであった。

 




この物語で七海やちよさん達の活躍は最後になるかもしれません。
環姉妹が人間として死んだ宇宙では、みかづき荘組の活躍は生まれないと考えましたので。
まぁ、ぶっちゃけるとキャラ多過ぎ問題で扱いきれなくなった作者の都合なんですけどね(汗)


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239話 夢を諦めない心

ほとんどの人が自分の人生を誰かのフリをして生きている。

 

まるで自分の夢や大望が特に存在していないかのように。

 

心の中では叶えたいと願っている。

 

まるで人生を夢遊状態で歩いているかのように。

 

まるで自分の夢を取り消す方法を探しているかのように。

 

本当にやりたいことを、本当に行きたい場所に、本当に体験してみたいことがあるはずだ。

 

それでも、人々は()()という言葉を使って諦めてしまう。

 

でもは恐怖から逃げるために使われたり色んな言い訳を作り、それを正当化するために使われる。

 

ただ、夢に対してはでもという言葉は使えない。

 

でもは夢を殺す。

 

性格とは思考の習慣であり、思考は言葉によって作られていた。

 

……………。

 

「ん……んん……?」

 

眠りにつかされていた鶴乃の意識が戻り、目を開けていく。

 

朧げな視界に映った世界とはトラックコンテナの中であり走行している振動も感じる。

 

それと同時に酷い獣臭さと荒い息の感触まで感じてしまう。

 

思考が定まった彼女は恐怖心に支配されてしまい、体を動かそうとするが身動きがとれない。

 

腕は後ろに回され特殊金属で作られた手錠を嵌められ、両足も高速具で繋がれていたのだ。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!目ヲ覚マシタカ、カワイコチャン?」

 

鶴乃を見下ろすようにして腰を下ろしていたのは獣人タイプの雄の悪魔。

 

雄であると一目で分かるモノとは、尻尾のように見えるが尻から伸びているのは男性器だった。

 

「キャァァァァーーーーッッ!!?」

 

乙女の悲鳴を上げてしまうのは剛直した男性器の如き尻尾が目に入ってしまったためだろう。

 

ゴリラのような黒い毛で覆われ、黒い長髪をした猿の頭部をもつ獣人は明らかに欲情している。

 

この悪魔は美少女を孕ませる事しか頭にない強姦魔であったのだ。

 

【カクエン】

 

獲猿と呼ばれる中国の妖怪猿であり、雄のみの単性種族である。

 

子孫を残す為に人里に現れ人間の女性をさらい、さらわれた女性は繁殖道具にされてしまう。

 

子を産むまでは帰される事はないとされ、生まれた子を育てなければ女を殺す悪魔であった。

 

「ヤダ!!ヤダァ!!私に近寄らないでったらァァァーーーーッッ!!!」

 

「ヤカマシイ女ダナ!モウ一度眠ラセテカラ犯シテモイイガ、暴レルグライガ興奮スル!!」

 

制服姿の鶴乃の両足を掴み、剛直した男性器の如き尻尾の先端を股の膨らみに近づけようとする。

 

「ダメェェェェーーーーッッ!!!」

 

泣き叫びながら助けを乞う魔法少女をレイプする興奮を楽しむカクエン。

 

しかし、彼のお楽しみを邪魔するかのようにしたギターサウンドが鳴り響く。

 

「どうせそいつは逃げられねーよ。こんなしみったれた場所で始めるより、いい場所があるぜ」

 

鶴乃の両足を放したカクエンが後ろに振り向き、召喚者に苛立ちをぶつけてくる。

 

「グゥゥゥッッ!!邪魔スルナ、キャロルJ!!我慢デキンホド、イキリ立ッテイルノダゾ!!」

 

「子供のレイプパーティがしたいのなら、バアル様のお膝元でやればいい。バアル様も喜ばれる」

 

「ムゥゥゥ……バアル様ノオ膝元トハ、ドコダ?」

 

「米国ネバダ州、ブラックロックでバーニングマンを燃やすアートとロック祭りがあるんだよ」

 

「バーニングマントイエバウィッカーマンカ!?ドルイド教ノ悪魔崇拝祭リトハオモシロイ!」

 

「俺様はコイツを含めた子供連中をバーニングマンの前でレイプショーをした後、燃やしたい」

 

「ヌゥゥゥ……ソレデハ我ノ子供ガ育テラレナイゾ!」

 

「お前は美少女をレイプ出来たらそれでいい奴だろ?魔王バアル様への忠誠心を忘れるなよ」

 

バアルの名を出されては逆らえないカクエンは大人しくなり、コンテナの前に歩いていく。

 

すれ違うように歩いてきたキャロルJが鶴乃の前で膝を屈めながら邪悪な笑みを浮かべてくる。

 

もう少しで乙女の純潔を奪われかけた鶴乃は涙目で赤面しながら叫んできたようだ。

 

「私の家を壊して私をさらった目的は何!?私のソウルジェムを返しなさいよ!!」

 

「それは出来ない相談だな」

 

革ジャンポケットから奪ったソウルジェムを取り出した男が不気味な笑みを返してくる。

 

「お前がさらわれた理由なら、さらわれたお前が一番よく知っていると思うんだけどなぁ?」

 

「ま……まさか……私がザイオンの秘密を仲間達に喋ったから…?」

 

「お前の一家はディープステートのブラックリストに入ってる。常に監視されてたんだよ」

 

「ディープステート……?」

 

「国家内国家と呼ばれる連中さ。各国政府を裏側から操る連中だと言えば分かるか?」

 

「ディープステートが……日本にも存在していたわけ?」

 

「お前はおかしいと思わなかったか?どの政党も日本人を守る法律を作らない現象をな」

 

「なら貴方は……ディープステート政府から差し向けられた暗殺者なの!?」

 

「違うな。俺様は各国ディープステートを操る金融マフィアから送られた刺客なのさ」

 

「もしかして……令ちゃんを襲った啓明結社から差し向けられた刺客なの!?」

 

「テメェはあの小娘の仲間ってわけか?あの小娘もいずれ後を追わせてやるからな」

 

「やめて!!私の仲間を傷つけないで!!殺すなら私だけにしてよ!!」

 

「駄目だ。既に事態はテメェが考えてる以上に重いんだ。あの街の魔法少女共は全員始末する」

 

「そ……そんな……どうしてさ!?秘密を守れなかった私だけを口封じすればいいよ!!」

 

「人の口に戸は立てられねぇのは魔法少女も同じだ。馬鹿な時女一族と同じ末路を辿るんだな」

 

「静香ちゃん達まで襲ったの!?やめて……やめてよ……お願いだから……みんなを助けて!!」

 

彼女の体が恐怖心で震えだし、キャロルJがもつソウルジェムが絶望の穢れを纏っていく。

 

その光景を満足そうに見つめる男がこんな質問を持ち出してきたようだ。

 

「どうして秘密を喋る気になったんだ?喋らなければ俺様達に襲われずに済んだってのによぉ?」

 

「そ……それは……」

 

「何も知らない馬鹿を装い、権力に降伏して譲歩の御慈悲を貰うように見逃してもらえたはずだ」

 

「わ……私は……」

 

「魔獣を相手にヒーローごっこしながら満足してりゃいいものを、テメェのせいでみんなが死ぬ」

 

広江ちはるや美国織莉子と同じ恐怖心に支配される彼女は自責の念に蝕まれていく。

 

彼女の脳裏に浮かぶのは保身を選んだ情けない父の言葉の数々であった。

 

「好奇心は猫をも殺す。物事の分かる大人になりきれなかった自分の馬鹿さ加減を呪うんだな」

 

自分の愚かさを突き付けてやったキャロルJは立ち上がり、後ろを振り返りながら歩いていく。

 

そんな時、か細い声が聞こえてきた彼は足を止めたようだ。

 

「私が魔法少女を続けてきたのは……家を守るために最強の魔法少女になりたかったからなの」

 

「最強?そんなもんになって、なんで没落した実家を守ることに繋がるんだよ?意味不明だな」

 

「うん……自分で勝手にそう思い込んでただけ。具体性もない…誰かのフリをしていただけ…」

 

「そんな話を持ち出してきて、テメェの愚かさの懺悔でもしたいってのか?」

 

「私が叶えたいと思った夢や大望は意味がなかった…きっと夢遊病患者のように見えたと思う」

 

夢の具体性もなく、大望を叶える目処もなく、ガムシャラに努力だけをした空回りの人生。

 

きっと何処かで自分は夢を諦めている、夢を取り消す方法を探しているだけだと焦り続ける。

 

本当にやりたいことを、本当に行きたい場所に、本当に体験してみたいことがあるのに叶わない。

 

()()()、どうすればいい?その言葉が言えなくて…()()、と言いながら無駄な努力に縋ったの」

 

「その末路が自滅というわけだ。とことん救いがねーよな、テメェの人生は?」

 

「うん…私だけじゃ何も叶えられない…救いがない人生だった。だけど…私は独りじゃなかった」

 

最強の魔法少女になって正義の味方を続けていれば、いつか自分は救われる。

 

なんの根拠も具体性もない夢遊病の妄想世界に浸りながら彼女は人修羅と戦った者。

 

自分が戦ってきた中で最強といえる存在と出会った時、この人のようになりたかったと気が付く。

 

最強の存在に終わらされるなら構わない、自分はいくら頑張っても最強にはなれないと思った。

 

そんな時、最強の存在がトドメの一撃を放とうとしたのに、その一撃を止めてくれたのだ。

 

「尚紀は孤独な私に言ってくれたの…エゴに飲み込まれるな、誰かに頼ってもいいんだって」

 

その言葉のお陰で鶴乃の心は救われた。

 

それだけでなく、彼は彼女の家の問題まで解決に導く手助けまでしてくれた存在だ。

 

「私だけじゃ問題は解決出来ない…だから誰かに助けを望んでもいいって尚紀は教えてくれた!」

 

自分は独りじゃない、だからこそ今の彼女がいる。

 

そう思えた鶴乃の心の絶望が押し留められ、諦めない心が蘇ってくれるのだ。

 

「私の力は弱いよ!最強になんてなれない!それでも私には()()()()()がある!それはね……」

 

――馬鹿な私に手を差し伸べてくれる……素晴らしい人達と出会えた幸運なんだよ!!

 

吠える鶴乃に視線を向けていたキャロルJであるが、サングラスの奥の目は侮蔑に満ちている。

 

「この期に及んでまだ誰かの救いを期待するとはな。テメェは本物の馬鹿だったようだ」

 

「私はもう…でも、とは言わない!じゃあ、どうすればいいのかって…みんなと一緒に考える!」

 

救いようのない馬鹿を相手するのに嫌気がさしていた時、ポケット内のガラケーが鳴り響く。

 

通話してみると後続を走る車列の一台の中にいるダークサマナーからの連絡のようだ。

 

「なんだと…?追手が迫ってきている?」

 

通話を終えたキャロルJが忌々しい表情を浮かべながら鶴乃に視線を向けてくる。

 

「テメェは魔法少女なら固有魔法がある。どうやら、テメェの固有魔法の力が発動したようだぜ」

 

「えっ……?」

 

深夜の闇を切り裂きながら高速道路を走ってくる存在。

 

それは鶴乃を支え続けてくれた魔法少女と悪魔の姿であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

奪われた邪教の館が置かれた在日米軍基地に向かっている車列を追うのは二台のバイク。

 

新しく買い直せたリッターバイクR1に跨るのは七海やちよ。

 

リッターバイクのZ900RSに跨るのは雪乃かなえと後部座席に座る梓みふゆ。

 

3人はバイクで猛追しながら輸送車両の車列に目掛けて突っ込んでくる。

 

「メルがいてくれて本当に助かったわ…彼女の予知能力がなければ連中を見つけ出せなかった」

 

「あの車両の列は見滝原方面に向かってるようだが、ここで終わらせてみせるさ」

 

「鶴乃さんを誘拐させるわけにはいきません。秘密を共有した者として、彼女を救います!」

 

迫りくる魔法少女と悪魔を迎撃するためにダークサマナー達が動き出す。

 

車列の中央を走っていた大型トラックのウイングボディが開いていき、側面が持ち上がっていく。

 

中に積まれていた存在達がけたたましいアクセル音を吹かせながら地上へと降りてくる。

 

「あの装甲を纏ったバイクに乗ってる甲冑サムライみたいな連中も悪魔のようね!」

 

やちよ達を迎撃するために武器を振り上げる者達とは召喚された悪魔達であったようだ。

 

【スピードデーモン】

 

バイクで爆走しながら死んだ少年達の霊が悪霊化した存在であり、死後も爆走する悪魔。

 

盗んだバイクで走り続けた少年達は社会の全てに憤っており、その怒りは死後も纏っている。

 

ハイウェイに現れる怪異であり、怒りの情念の結実した姿こそがスピードデーモンであった。

 

「誰だ?オレ達の道に勝手に入り込んできた奴は?」

 

「お前達もオレサマ達の走りを止めようっていうのか?フザけんなよ!」

 

「命と引き換えに永遠のスピードを手にしたオレサマ達をなめてんじゃねーぞ!!」

 

「オレ達こそが!伝説のスピードデーモンだぁ!!」

 

悪魔達が異界を構築していき、やちよ達は猛スピードのまま異界に突っ込む。

 

異界の高速道路を走行していく彼女達に向けて走行バイクの甲冑サムライ達が仕掛けてくる。

 

「チッ!!」

 

やちよは左手に槍を生み出しながら迫りくる悪魔の刀を切り払う。

 

かなえとみふゆは刃を避け、次の相手が仕掛けてくる『両腕落とし』斬りにカウンターを決める。

 

「ぐふっ!!!」

 

かなえが放った左拳が炸裂したスピードデーモンの甲冑がへしゃげていく。

 

後ろに向けて倒れこんだ一体であるが、他の三体はUターンしながら追いかけてくる。

 

「まだまだオレ達の怒りは収まらねぇ!!こいつらもそうさ!!」

 

「オレサマ達と同じ亡者ライダーのご登場といこうじゃねーか!!」

 

「怒れる暴走族集団を止められるかな!!」

 

サメを彷彿とさせる装甲バイクのマフラーから吹き上がる黒煙が形を成していく。

 

黒煙の中から飛び出してきたのはスピードデーモン達の使い魔ともいえる亡者悪魔であった。

 

【首なしライダー】

 

オートバイで走り回る悪霊、または首がない死体。

 

東京奥多摩や六甲山など、各地で様々なバージョンの話が伝わっている。

 

追い抜かれた者は事故を起こしたり後で不幸に見舞われるとされていた。

 

<<グッ…ゴガガ……グゴァァァァッッ!!>>

 

事故死によって頭部を失った悪霊共が鉄パイプを片手に持ちながら迫りくる。

 

後ろから迫りくる暴走族集団、そして前からは召喚者であるダークサマナー達が攻撃を放つ。

 

SUV型の装甲車の屋根に備わった二つのルーフを開けた男達が構えるのはMG3機関銃。

 

ドラムマガジンの弾薬は神経弾を用いており、一発でもくらえば体が麻痺するだろう。

 

「これじゃ迂闊に近寄れないわ!!」

 

「だが止まるわけにはいかない!!走り続けるんだ!!」

 

前方からの猛火と後方から迫りくる暴走族に板挟みされた魔法少女と悪魔達。

 

蛇行運転しながら銃弾を避ける相手に目掛けて暴走族共が側面から仕掛けてくる。

 

危機的状況を打開するために動いたのはみふゆであった。

 

「私が仕掛けます!!」

 

二人乗りの状態から座席の上に立ち上がったみふゆが大きく跳躍。

 

体を横倒しに回転させる勢いを利用しながら右手に持つ巨大チャクラムを空中から投擲。

 

遠心力で勢いが増したチャクラムが投げ放たれ、地面を切り裂きながら高速で迫りくる。

 

<<うわぁぁぁぁぁぁぁーーーッッ!!?>>

 

前方を走るSUV型装甲車がチャクラムに切り裂かれ、真っ二つになりながら倒れこむ。

 

勢いのまま空中を飛び続けるみふゆはさらに魔法武器を生み出す。

 

架道橋の手摺りと繋がり合った複数のチャクラムを掴んだまま架道橋を超える勢いを利用する。

 

まるでサーカスの空中ブランコのように迫りくるみふゆの蹴り足が下の道を走る者を襲うのだ。

 

「がふっ!!!」

 

スピードデーモンの一体を強襲したみふゆの蹴り足が顔面に直撃。

 

蹴り落とされる悪魔の乗っていたバイク座席を足場にしながらさらに跳躍。

 

月面宙返りを空中で行う中、バイクを操りながら移動してきたかなえが彼女を支えてくれる。

 

仲魔を完全に信頼しなければここまでの突撃行為など不可能だろう。

 

後部座席に着地出来るようバイクで来てくれた彼女の肩を掴むみふゆが微笑んでくれるのだ。

 

「みふゆも結構…アグレッシブだね」

 

「フフッ♪かなえさんが来てくれるって分かってましたもの」

 

「うん…ちゃんと助けるよ。そのためにあたしは悪魔になってでも転生を果たしたんだから」

 

かなえとみふゆのコンビネーションに視線を向けていたやちよも微笑む。

 

「私…尚紀と出会えて本当に良かった。この光景こそ私が望んでやまなかった仲間の絆だもの!」

 

仲間達の活躍を見た彼女が奮い立ち、右側から迫りくる首なしライダーを槍で切り裂く。

 

首を利用して槍の柄を回転させ、左側から迫ってくる首なしライダーを切り裂く。

 

槍を持ったまま鉄馬を自由自在に操るやちよの姿はまるで戦乙女に見えてくるだろう。

 

「ナメてんじゃねーぞぉぉーーッッ!!このクソアマァァァーーッッ!!」

 

スピードデーモンの一体が腰に装備していたUZIサブマシンガンを抜く。

 

ドラムマガジンで弾数を増やしたサブマシンガンを用いて『ハッピートリガー』を仕掛けてくる。

 

「くっ!!」

 

後方から銃弾をばら撒いてくる相手の攻撃を蛇行運転しながら避け続ける。

 

反撃としてやちよはマハブフを行使。

 

バイクの周囲に複数の氷の槍を生み出した彼女が後方に向けて槍のミサイルを放つ。

 

狙いはスピードデーモンの前方道路である。

 

「ウォォォォーーーッッ!!?」

 

氷の槍が着弾したことによって道路が氷結し、アイスバーンの上を通過した相手が体勢を崩す。

 

路面凍結に耐え切れずバイクごと転倒した相手をサイドミラーで確認したやちよがこう呟く。

 

「アイスバーンはバイクの天敵よね。スノータイヤを履いてなかったからこうなるのよ」

 

安心する暇もなく、最後のスピードデーモンが側面に回り込みながら刀を振り上げてくる。

 

やちよは接近を許さない程の連続突きを放つのだが、前方に新手の魔力を感じたようだ。

 

「情ケナイ連中メ!!役立タタズ諸共、焼キ尽クシテヤル!!」

 

スピードデーモンが積まれていたトラックの上にいるのはキャロルJの悪魔であるカクエン。

 

ゴリラのように胸を両手で叩いた後、口を開けながらファイアブレスを放ってくる。

 

咄嗟に反応したやちよが槍を捨て、両手操作を用いて業火を避ける。

 

「何だとぉぉぉぉーーーーッッ!!?」

 

反応が遅れたスピードデーモンは一直線に放たれた業火に飲まれ、MAGの光をばら撒くのだ。

 

「無差別に襲い掛かるゴリラ悪魔のようね。味方諸共薙ぎ払うだなんて…」

 

<あいつが鶴乃をさらった奴だと思う。万々歳を見に行ったあきらは爪の跡を見つけたそうだよ>

 

<だとしたら許せません!懲らしめてやりましょう!>

 

<勿論よ、みんな行くわよ!!>

 

念話のやり取りを終えた直後、ファイアブレスの薙ぎ払い攻撃を仕掛けてくる。

 

残りの首なしライダーごと薙ぎ払う一撃に対し、やちよとかなえは大きく地面を蹴り込む。

 

「ヌゥ!?」

 

業火で燃え上がる高速道路を飛び越えてきたのは二台のバイク。

 

背後では炎が弱点の首なしライダー達が燃え上がりながら爆発、MAGの光を空に撒き散らす。

 

着地したやちよとかなえがアクセル操作を行いながら加速。

 

カクエンが立つコンテナの両サイドに走り込み、カクエンの攻撃を散らす。

 

バイクに乗っている者達に意識を向けていたのが運の尽き。

 

「ア……ラ……?」

 

後方から迫ってきていた巨大チャクラムによってカクエンの首が跳ね落ちる。

 

バイクで跳躍すると同時に巨大チャクラムを投げていたみふゆの奇襲攻撃が決まったようだ。

 

トラックの上でMAGを撒き散らす強姦魔など眼中にない者達が距離を放した先頭車を追う。

 

手持ちの悪魔の一体がやられたのを感じ取ったキャロルJは舌打ちしながら扉を開く。

 

遠くに見えるバイクの姿を見つけた彼は迎え撃とうとするのだが、後ろから叫び声が聞こえる。

 

「私達は諦めない!!たとえ日本や世界が絶望で覆われようとも…希望を求めて足掻き続ける!」

 

「ケッ!現実を何も知らないようだ!金融支配ある限り…どこの先進国も俺様達に逆らえねぇ!」

 

「追い詰められた私達を舐めないでよね!私達は戦う……だって私達には夢があるから!!」

 

「夢だとぉ……?」

 

「たとえ悪魔のように悪者にされてでも戦ってみせる!私達はこの世に生まれてきた者として!」

 

信念を宿した眼差しを向ける鶴乃は人間としての誇りを叫ぶ。

 

「この世に人として生まれてきて良かったと思える人生を取り戻す!家族を築いて幸せになる!」

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であり……()()()()なんだよ!!

 

苛立ちが爆発したキャロルJがギターを乱暴にかき鳴らし、邪悪な笑みを浮かべながらこう返す。

 

「人の夢と書いて儚いっていうんだよ!所詮テメェらは地球という人間牧場の家畜に過ぎねぇ!」

 

トラックのコンテナの上によじ登ったキャロルJが後ろに振り向き、こう叫ぶのだ。

 

「俺様はよぉ…火祭りが好きなんだ!バアル様を崇める悪魔崇拝は…火祭りこそが相応しい!!」

 

ギターサウンドをかき鳴らしながらMAGを放出。

 

ギターに備わった召喚管の蓋が緩んでいき、新たな悪魔が召喚されるのだ。

 

ゲーデの代わりとして邪教の館で悪魔合体を用いて生み出した悪魔が形を成していく。

 

「あれは何なの!?」

 

「まるでアメリカのブラックロック砂漠で催される…バーニングマンイベントの巨大人柱だ!」

 

キャロルJの上空に出現した存在とは燃え上がる人間の上半身を模した巨大悪魔。

 

檻のように編まれた上半身の中には子供達が燃え上がりながら叫ぶ姿まで浮かんでいる。

 

この悪魔こそドルイド教とバアル崇拝がルーツである()()()()()()()()姿()を表しているのだ。

 

「さぁ、楽しいハロウィンパーティの始まりだ!!子供達の絶望をゲヘナの火に焚べろ!!」

 

――魔法少女という子供であるテメェらも…()()()()()()()()にしてやらぁーーッッ!!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【ウィッカーマン】

 

古代ガリアで信仰されていたドルイド教における供犠・人身御供の一種でる巨大な人型の檻。

 

檻の中に犠牲に捧げる家畜や人間を閉じ込めたまま焼き殺す祭儀の道具が悪魔化した存在。

 

イギリスやフランスに位置する地域に住んでいた古代ケルト人のドルイド僧は悪魔崇拝者である。

 

教義のルーツは中東のバアル神であり、モロクの青銅像を模したものがウィッカーマンであった。

 

<<むァアウガXF悪霊PッチRケ!!Hpバ8ウィッカーマンWvレTノ!!>>

 

まともな言語が喋れないウィッカーマンの代わりに叫ぶのは檻に囚われながら焼け死ぬ者達。

 

子供達が泣き叫び、助けを乞いながら死んでいく光景の下ではキャロルJが演奏を続けている。

 

「ヒャーーハハハァ!!子供の儀式殺人と激しい音楽は切り離せねーぜぇぇぇぇ!!!」

 

モロクの儀式殺人においてもシンバルやトランペット、太鼓による凄まじい音が鳴り響く。

 

これは子供の泣き声をかき消す為のものとされていたのだ。

 

檻の中に子供達がすし詰めにされ、燃やされる光景はまるで18世紀のウィッカーマン想像画。

 

焼け死ぬ子供達の臭いが風で流されてくる魔法少女達は顔を青くするばかりだ。

 

<あたしの中に溶けた悪魔の知識があるから分かる…。あれがハロウィンの正体なんだよ……>

 

<酷い……酷過ぎます!!こんなおぞましい存在を私達は楽しい季節イベントだと勘違いして…>

 

<……ハロウィンを心から愛するかりんには見せられない光景ね>

 

燃え上がるバーニングマンと化したウィッカーマンの背後に顕現し始める存在。

 

それは生贄となる子供達をゲヘナの中に放り込み、焼き尽くすバアル神モロクの青銅像の姿。

 

涙の国の君主、母親の涙と子供達の血に塗れた魔王の精神を体現する悪魔が攻撃を仕掛けてくる。

 

「トリックオアトリート!女の生贄を差し出さない奴ぁ!()()()()()()()()()()()()()()だぁ!」

 

ウィッカーマンの巨大な手が動き出し、やちよ達に向けてくる。

 

モロク(サタン)の象徴でもある六芒星が描かれながら放つのはマハラギオン。

 

巨大な火柱が次々と道路を突き上げていき、蛇行運転しながら避ける者達を追い詰めていく。

 

狂ったように演奏を続ける男が場を盛り上げ、女子供が生贄にされる叫び声をかき消す者となる。

 

「これこそが俺様のロックンロール!!()()()()()()()()()()()()()ものなんだぜぇ!!」

 

世界でも有名なメタルバンドでは悪魔崇拝を取り入れる者達が多い。

 

唯一神を憎むヒューマニズムを歌詞として叫び、聖書を引き裂きコルナサインを掲げる。

 

コルナサインという悪魔崇拝ジェスチャーを生み出したのはロックの本場である英語圏だ。

 

アメリカのサンフランシスコで1966年のワルプルギスの夜に悪魔教会が設立される。

 

開祖となった人物は儀式の中でサインを使い、メディアにも登場してジェスチャーを流布した。

 

悪魔崇拝の精神は音楽の世界にも浸透し、それらを国際金融資本家達が支援したというわけだ。

 

「黙れ!!あたしの愛するロックが悪魔崇拝だったなんて認めない!!」

 

燃え上がる業火の世界から飛び出してきたかなえのバイクがキャロルJの前にまで迫りくる。

 

みふゆが投げてきた巨大チャクラムが迫りくるが、ウィッカーマンの炎魔法が焼き尽くす。

 

トラックに飛び移ろうと狙うが火柱によって阻まれ続ける中、かなえが吠えるのだ。

 

「あたしが音楽を必要としたのは…大切な人への恩返しのため!人々の心を癒すためなんだ!」

 

「ヒャハハハハ!!テメェも気持ちよく騙されたいだけの馬鹿のようだな?現実は変わらないぜ」

 

「たとえロックが悪魔崇拝に繋がろうとも…使い手次第で変えられる!あたしはそれが欲しい!」

 

「テメェもロックを愛する者なら俺様と同じく擦れた人生を生きたんだろ?破壊を求めたはずだ」

 

「そ……それは……」

 

「ロックを愛したのは()()()()()()()()()()だろ?その気持ちこそが、()()()()()()なんだよ!」

 

雪野かなえはあまりにも不憫な子供時代を生きた者。

 

幼少から大人しく優しい性格だったが、歳を重ねるにつれ目つきの悪さから不良連中に狙われる。

 

持ち前の負けず嫌いな性格も相まって、いつしか喧嘩ばかりの毎日を送る生活となってしまう。

 

動植物を静かに愛する少女なのに目つきと風体の不穏さから不良と勘違いされてきた。

 

そのせいで酷い人間不信となり、抑圧され続けた彼女の心には世界への怒りが芽生えたのだ。

 

「この世界は宇宙意思である唯一神が生み出したもの!テメェの怒りは()()()()()()()なんだ!」

 

「だから…あたしにも悪魔崇拝を勧めようっていうのか?残念だけど……お断りだ!!」

 

「何故だ!?テメェだって苦しんできたんだろ!!その運命を敷いたのは唯一神なんだよ!!」

 

「確かにあたし達は魔法少女としても唯一神に苦しめられた!だけどね……それだけじゃない!」

 

唯一神が生み出した宇宙、世界、地球。

 

その中で育まれた生命によって人間社会が生み出される。

 

人間として生まれた雪乃かなえは残酷な運命によって傷つけられるばかりだった。

 

そんな時、救いの手を差し伸べてくれる運命もまた与えてくれていたのを彼女は知っている。

 

「あたしの人生はクソだ!だけど…世界はあたしに優しさも与えてくれた!だから憎まない!」

 

「かなえさん……」

 

「やちよと出会えた!みふゆと出会えた!やちよの家族とも出会えた!皆が愛してくれた!!」

 

雪乃かなえはロックを愛する者として叫んでくれる。

 

その気持ちはハロウィンを愛するかりんのためでもあるのだ。

 

「あたしのロックは感謝の気持ちを形にする道具だ!それはハロウィンだって同じなんだよ!!」

 

「テメェ…歴史を無視してでも、テメェ達に都合のいい解釈に浸ろうってのか!?傲慢だな!!」

 

「音楽も季節イベントも()()()()()だ!!モノは使い手次第で活かすも殺すも出来る!!」

 

――だからこそ…あたし達はあたし達自身で大切な夢を守り続けなければならないんだよ!!

 

かなえの叫びに憤慨したキャロルJはこう吐き捨ててくる。

 

「ほんと……救いがねぇな。どいつもこいつも……()()()()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

眉間にシワが寄り切った男が一際大きいサウンドを奏でてくる。

 

それを合図としたウィッカーマンが両手を用いて六芒星を描こうとするのだ。

 

「かなえ!貴女と出会えて、貴女とメルとまた再会出来たからこそ……私も救われたのよ!!」

 

業火を突っ切ってきたやちよが構えるのは巨大な氷の槍。

 

マハラギダインを発動される前に彼女はウィッカーマンに目掛けて槍を投擲。

 

<<ああ$#ANBABAアアAABAXWQ@!!!>>

 

氷結魔法であるブフーラの一撃を浴びたウィッカーマンの業火が沈静化していく。

 

弱った相手の火柱攻撃が収まった時、彼女達が瞬時に動き出す。

 

みふゆは後部座席から前に飛び込み、開いたままのコンテナの中に入り込む。

 

かなえはトラックの右側に飛び出し、気合を込めた蹴りをトラックに目掛けて放つ。

 

「うわぁぁぁーーーーッッ!!?」

 

運転手が操作不能に陥ったトラックが横転していく。

 

上に立っていたキャロルJも体勢を崩しながら地面に落下。

 

そしてウィッカーマンにトドメを刺すため、七海やちよは跳躍する。

 

「子供達のハロウィンを穢した罪は重いわ!!呪われた歴史なんかよりも…今が全てよ!!」

 

無数に生み出した氷の槍と共に突撃を行い、ウィッカーマンの頭部を貫く。

 

次々と刺さっていく氷の槍によって業火が全て奪われた悪魔が爆発し、MAGの光を撒き散らす。

 

それと同時にウィッカーマンの背後に浮かんでいたモロク像の影も消えていくのだ。

 

「グッ!!!」

 

バイクを捨てての突撃であったため、やちよはスピードを殺しきれず地面に激突。

 

転がりながら滑っていくのは愛車も同じであり、身を捨ててまで勝利を掴み取ったのである。

 

「やちよ!!」

 

やちよの近くにまでバイクを走らせてきたかなえが停車して降り、彼女に駆け寄る。

 

見れば彼女の美しい肌は業火で焼かれており、全身が擦り傷だらけで身動き出来ない様子だ。

 

「やちよーーーっ!!」

 

走ってきたのはみふゆの武器で拘束を解いてもらえた鶴乃である。

 

かなえがトラックを蹴り飛ばした時、みふゆは鶴乃を抱えて飛び出した事で難を逃れたようだ。

 

駆け寄ってきた彼女に視線を向けるやちよであるが、呼吸が弱いことに仲間達は気が付く。

 

「不味いな…臓器にもダメージが入ってる。直ぐに回復させないといけないけど…あたしは……」

 

魔法少女でなくなったかなえは回復魔法を失っている。

 

自分の無力さに嘆いていた時、鶴乃が懸命に回復魔法をかけてくれようとしている。

 

「ハァ……ハァ……無事で……良かった……」

 

「ごめん……本当にごめん!!私のせいでこんな目に合わせて……私が秘密を喋ったから!!」

 

「いいのよ……覚悟は……してたから……ぐぅ!!」

 

懸命に回復を繰り返している横では、転がったソウルジェムを拾い上げるみふゆがいる。

 

鶴乃のソウルジェムを取り返した彼女は倒れ込んでいる男に向けて容赦のない眼差しを送る。

 

「貴方は拘束させてもらいます。啓明結社について吐いてもらいますよ」

 

頭から血を流すキャロルJが息を切らせながら立ち上がっていく。

 

ひび割れたサングラスの奥に見える男の目は憤怒を宿す程の激情の光を宿していたようだ。

 

「へ……へへへ……嫌なこった。俺様も失敗続きとなれば……もう後がねーんだ」

 

頭を強く打ちつけられたキャロルJの視界は歪んでおり、嘲笑いの幻聴まで聞こえてくる。

 

彼の脳裏に浮かんでいくのは未熟なダークサマナーだと馬鹿にされてきた記憶の数々。

 

常にシドやフィネガンばかりが最強扱いされ、自分などユダやマヨーネ以下だと嘲笑われてきた。

 

弱いくせに承認欲求モンスターであるキャロルJはコンプレックス地獄に陥ってきた者。

 

だからこそ彼もまた最強を求める。

 

鶴乃のように家族を守るためではない、己の私欲を満たすためにこそ最強を求める者だった。

 

「こうなったら……こいつを使うしかねーな」

 

革ジャンの内ポケットに入れていた強化ケースを取り出し、中から何かを取り出す。

 

キャロルJの手に握られているのはキョウジが手を出した丸薬と同じ代物であったようだ。

 

「何をする気ですか!?無駄な抵抗はやめなさい!!」

 

「無駄かどうかは……やってみねーと分からねぇよ」

 

怒り狂ったキャロルJは躊躇いなく蟲毒の丸薬を飲み込んでしまう。

 

体の中に一気に広がる飢餓の感情エネルギーが彼のどす黒い承認欲求まで取り込んでいく。

 

「俺様が最強だ……俺様が最強だ……俺様が最強なんだ!!他は全部負け犬なんだぁ!!!」

 

顔中に血管が浮かび上がった男のひび割れたサングラスが砕け散る。

 

片方の目が露出した時、みふゆは背筋が凍り付く程の恐怖を感じてしまう。

 

「まるで……悪魔みたいな野獣そのものの目に見える……」

 

どす黒いMAGが全身から溢れ出し、それを利用してダークサマナーは悪魔を召喚しようとする。

 

彼がポケットから取り出した召喚管の中身は彼ですら扱いきれなかった宝の持ち腐れ。

 

それでも今のMAG量ならば召喚出来ると決断した彼は最強の悪魔を召喚するのだ。

 

「ウォォォォーーーーッッ!!!」

 

召喚管の蓋が緩むと同時に体から膨大なMAGが吸われていく。

 

蟲毒の丸薬でMAGを増量しても足りないと感じたようだが、既に不退転の覚悟はしている。

 

「足りねーならァァァーーーッッ!!!俺様ごと持っていきやがれぇぇぇーーーッッ!!」

 

吸い取られ続けるMAGによって召喚者の体まで分解されるようにして光となってしまう。

 

肉体・精神・魂である三位一体の全てをMAGに変換したキャロルJの姿が消失したようだ。

 

「あ……あぁ……あぁぁぁぁ……ッッ!!?」

 

顔を持ち上げていくみふゆが震え上がりながら腰を抜かしてしまう。

 

恐ろしい巨体の影に気が付いた者達が顔を向ければ同じように戦慄した表情を浮かべる。

 

「あ……あの()()()()()()()()()は……!!?」

 

体に溶けた悪魔の記憶が叫ぶかなえは立ち上がり、魔槍ルーンを左手に生み出す。

 

「……みふゆ、鶴乃、貴女達はやちよを回復してくれ。コイツは…あたしがやる」

 

覚悟を決めたかなえ達を包む影の持ち主こそ、魔王マーラと縁深きスリランカの魔物。

 

ヒンズー教の神々を仏敵として捉えられたがために生み出された黒い巨象であった。

 




分かりやすいコンプレックスマンはメガテン3のサカハギと同じ末路になるしかない。
そろそろメガテンの代表悪魔の一体であるパオーンさんを突っ込みたかったので、登場させますね。


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240話 洞窟の世界

私達人間は、生まれた時からどこかの深く暗い洞窟の奥に住んでいる。

 

その体は手足と首が縛られており、洞窟の壁を向かされているのだ。

 

人間達の背後には塀があり、その奥にあるのは松明の明かり。

 

塀の上で動かされる人形の影は洞窟の壁に映し出されている。

 

人間達は自分が見ているものが影だとは誰も気が付かない。

 

本物だと信じ込み、その動きをあれこれ考えながら生きているだけ。

 

ある時、そのうちの1人が拘束を解かれることになる。

 

彼は後ろを振り向き、強い光と塀の上で動く人形を見ることになるだろう。

 

今まで見てきた影が現実だと思う男は動揺するのだが、洞窟の外に連れ出される。

 

そこで男は太陽の世界を見る事となり、今までの世界は偽物だったことに気が付く。

 

男はすぐさま洞窟の奥に戻り、みんなに真実を語ろうとするだろう。

 

しかし人間は見たいものしか見ないし、信じない偏見生物。

 

お前達が見ているものは影に過ぎないと叫ぶが、洞窟に繋がれた人達は誰も彼を信じない。

 

自分達の事を騙す悪魔だと男は罵られ、助けようとした人々に囲まれて殺害されるのであった。

 

……………。

 

「Grrrrrrr……ッッ!!!」

 

屹立する巨大な獣人悪魔の全長は40メートルにも上る巨体。

 

青い肌をもち、蛇のようにうねる黒い入れ墨をもち、肥え太った体には金の腕輪や足輪をもつ。

 

その頭部は巨大な象であり、逆立つように伸びた象牙と単眼の目が怪しく光り輝く。

 

右手に持たれた巨大なファルシオンをひとたび振るえば、大地を真っ二つに出来るだろう。

 

屹立する邪悪な悪魔こそ、キャロルJの成れの果てともいえる魔物であった。

 

【ギリメカラ】

 

スリランカの黒い巨象の魔物であり、魔王マーラの乗り物とされる悪魔。

 

スリランカは仏教系の国でありヒンズー教であるインド南部とは何度も衝突してきた。

 

そのためヒンズー教の神々は仏敵だとされ、ギリメカラも仏敵とされてしまう。

 

ギリメカラの真の姿はヒンズー教の聖なる象アイラーヴァタであると云われていた。

 

「クックックッ……力が溢れる……高まる!!俺様こそ最強だ……最強の存在だぁ!!」

 

キャロルJの強烈な承認欲求感情を取り込んでしまったギリメカラの精神が異常をきたす。

 

まるでキャロルJに取り憑かれているかの如く、彼の精神に支配された言葉を発するのだ。

 

「さーて、パワーアップした俺様の生贄になる最初の犠牲者はどいつだ?」

 

虫けらのように小さく見える者達に向けて邪悪な単眼を向けてくる。

 

見れば傷ついたやちよを連れて逃げる鶴乃とみふゆの姿と迎え撃つ姿をした者がいる。

 

「……あたしが相手になる。犠牲になるつもりはない」

 

凛々しく立つかなえが魔槍ルーンを振り、不退転の覚悟を示す。

 

ここを押し通られたら逃げる鶴乃達を追われることになるため譲れないのだ。

 

「ガッツだけは認めてやるが、相手が悪かったな。今の俺様は最強に調子がいい」

 

「だとしても、ここを通すわけにはいかない。通りたければ……あたしを倒すんだな」

 

「望み通りにしてやるさ。同じロックを愛する者同士……ロックンロールといこうや!!」

 

出っ張った腹を左手で叩き、いつでもかかってこいと挑発してくる。

 

やちよ達を守る者として譲れないかなえは最初から勝負に出る動きを行う。

 

タルカジャを全身にかけ続け、攻撃力が最大にまで高まった彼女が跳躍しながら仕掛ける。

 

「さぁ、打ってこい!!()()()()()()()()()()()ぜぇぇぇーーーッッ!!」

 

地面が爆ぜる程の跳躍を用いてギリメカラの頭部にまで迫り、槍を投げ放つ。

 

ギリメカラの単眼が串刺しにされそうになった瞬間、武器が反射されてしまう。

 

「グァァァァァーーッッ!!?」

 

反射された槍が腹部に突き刺さったかなえが地面に落ちていき、道路に激突する。

 

吐血しながら槍を引き抜くと腹部と背中から一気に出血し、重体となってしまうのだ。

 

「言っただろうがぁ!!死ぬ程いいことが起きるってなぁーーッッ!!」

 

巨体の片足を持ち上げたギリメカラが下に倒れ込んでいる者に目掛けて足を蹴り込む。

 

足の裏の影に飲み込まれる中、かなえは気力を振り絞りながら横っ飛びを行う。

 

地響きが起きる程の振動によって高速道路が砕け散り、かなえのバイクも壊れてしまう。

 

魔槍ルーンを杖代わりにしながら立ち上がる彼女の顔には動揺が浮かんでいたのだ。

 

「これはまさか……貴様の悪魔耐性はもしかして……」

 

「感づいたようだな?そうだ!今の俺様は()()()()耐性を持つ悪魔となったんだぁ!!」

 

悪魔の耐性の中でも最強の耐性と言われるのが反射耐性である。

 

中でも物理反射をもつ悪魔の守りは極まっており、たとえ全ての神々を貫く力でさえ通用しない。

 

該当する属性攻撃ならば文字通り全てを相手に反射してしまう恐ろしい悪魔の力の一つであった。

 

「常時テトラカーンがかかっているようなものか…。だとしたら、あたしの手札は限られている」

 

「さぁ、絶望しろ!!テメェも悪魔になったのなら、弱肉強食の戒律に従うんだな!!」

 

巨大なファルシオンを振り下ろしてくる攻撃を跳躍して回避する。

 

高速道路が激しく砕ける中、かなえは街灯の上に着地を行い魔力を槍に注ぎ込む。

 

炎を纏う槍に向けて自らを焼くように彼女は命じる。

 

「ぐぅ!!」

 

風穴が開いた傷口を炎の熱で焼き固めて応急処置した彼女は炎魔法を行使する。

 

投げられた槍が高速回転しながら炎の円環を描き、中央に立つギリメカラを業火で焼く。

 

「ぐぅ!!」

 

マハラギオンの炎熱地獄が放たれ続けるのだが、相手は巨大な悪魔。

 

足元が焼けていくが体の上側にまでは炎が届いていない。

 

「うざってーんだよぉーーッッ!!」

 

口を大きく開けたギリメカラが大きく息を吸い込み、長い象の鼻から鼻息を吹き出す。

 

地上に向けて毒々しい強風が吹き荒れ、かなえの炎魔法を吹き飛ばしてしまう。

 

暴風によって吹き飛ばされた彼女が高速道路に倒れ込み、立ち上がろうとするが異常に気が付く。

 

「くっ……毒か!!」

 

『毒ガスブレス』によって毒に侵されたかなえは体を動かそうとすれば容赦なく毒が襲い掛かる。

 

さらに追い打ちを仕掛けるようにしたギリメカラが禍々しい雄たけびを叫ぶ。

 

「俺様のデスヴォイスを喰らえ!!」

 

バインドボイス攻撃が周囲に放たれ、耳をつんざく程の鳴き声が鳴り響く。

 

緊縛効果によって身動きまで封じられてしまったかなえは絶体絶命のピンチに陥ってしまう。

 

巨体故に動きは緩慢だが、だからこそ相手の動きを止めた上でトドメを刺そうと刃を持ち上げる。

 

「チェックメイトだ!!せっかく転生して生き返れたようだが、またあの世に逝っちまいな!!」

 

振り下ろされる刃を見上げるかなえは絶望の表情を浮かべながら目を瞑る。

 

激しく砕かれた大地であるが、ギリメカラはトドメを刺せた手ごたえを感じていない。

 

「これはまさか……幻惑魔法!?何処に消えやがったぁ!!」

 

巨体を用いて激しく暴れ狂うギリメカラから離れた林の中には逃げ込んだ者達がいる。

 

「ごめん……みふゆ。かっこつけたのに……助けられちゃったね」

 

かなえを抱きかかえて高速道路の外にまで飛び出したのはみふゆであり、厳しい目を向けてくる。

 

「バカ!!こんなところでまた死んだら……やっちゃんがどれほど悲しむと思ってるんです!!」

 

目に涙を浮かべながら蛮勇を戒めてくれる仲間の姿を見つめるかなえも顔を俯けながら謝罪する。

 

「うん……あたしが馬鹿だったよ。奴は強い……どうすれば突破口を開けるんだろう……」

 

「幸いなことに私の幻惑魔法は通じるようです。ですが、物理攻撃を反射するんですよね…?」

 

「うん…だからあたしも火力を最大にした攻撃が出来ない。厄介だよ……物理反射悪魔はね」

 

緊縛状態で動けないかなえに代わり、みふゆが魔力で武器を生み出しながら後ろに振り向く。

 

「ここでじっとしてて下さい、あの巨大なゾウさんは私が相手をします」

 

「ダメだ!!みふゆは幻惑魔法以外の攻撃は物理的なものだ!奴の耐性を超えられない!!」

 

「大丈夫、私だって悪魔の魔法が使えるようになったんですよ?私を信じてください」

 

林の中から飛び出してきたみふゆがギリメカラに向けてスクンダを行使。

 

相手の命中率と回避率が低下し、緩慢な動きがさらに鈍化していく。

 

「何処を狙ってるんですか!私はこっちですよ!!」

 

飛び跳ねながら攻撃を避ける彼女の声を頼りに武器を振り下ろすが、避けられ続ける。

 

側方宙返りを行いながら着地した彼女が武器に雷を纏わせ、一回転しながら投げ放つ。

 

雷を纏う巨大チャクラムがギリメカラの足元を回転しながら放電現象を起こし、内側の敵を焼く。

 

「グォォォォォーーッッ!!?」

 

マハジオンガを喰らったギリメカラが感電するようにしながら痺れていく。

 

体全体に電撃が駆け上っていった一撃が効いたのか、ギリメカラが片膝をつく。

 

「チャンス!!」

 

戻ってきたチャクラムを掴み取り、駆けながらギリメカラの膝に飛び移る。

 

相手の頭部に目掛けて雷を纏わせた武器の一撃を投げようとした時、長い鼻が伸びてくる。

 

「きゃあぁぁぁぁーーッッ!!?」

 

ギリメカラの鼻に巻き付かれた彼女は禍々しい単眼の前にまで持ち上げられてしまう。

 

「残念だったなぁ……ようやく幻惑が解けたようだ。タイムリミットだぜ」

 

巻き付けた鼻に少し力を込めれば、まるでガラス細工のようにみふゆの体が砕けていく。

 

「あがぁぁぁぁぁーーーーッッ!!!」

 

全身の骨を砕かれたみふゆが地面に落ちていく。

 

受け身すらとれないみふゆを受け止めたのは緊縛状態が解けたかなえである。

 

彼女を抱きかかえているため両手が塞がっている者に向けて立ち上がった悪魔がトドメを放つ。

 

「大事な仲間と一緒に逝けるんだ!!喜びながら死にやがれぇぇぇーーーッッ!!」

 

巨大な足を持ち上げ、今度こそ踏み潰そうと巨大な影が迫りくる。

 

死を覚悟しようとした時、かなえはギリメカラの頭上から迫りくる存在の魔力に気が付く。

 

異界の夜空から急降下してくるのは筋斗雲であり、乗っているのは勿論セイテンタイセイ。

 

かなえ達の元にまで駆け下りてきた仲魔が雲から飛び降り、如意棒を地面に突き立てる。

 

「伸びろ!!如意棒!!」

 

天を突かんとばかりに伸び続ける如意棒がギリメカラの足を受け止めながら伸び続ける。

 

「うぉぉぉぉーーーッッ!?」

 

跳ね除けられた勢いで倒れ込むギリメカラなど眼中にない者がかなえに顔を向けてきたようだ。

 

「水臭いじゃねーか、かなえ。俺様達をパーティに招待してくれないなんてよぉ?」

 

「えっ……あ、ごめん。だけど、どうしてここに駆けつける事が出来たの?」

 

「あいつのお陰だよ。置いてけぼりにされたって、膨れっ面になってたぞ」

 

視線を横に向ければ、破壊された高速道路の向こう側から車の光が見えてくる。

 

走行してきたのはクーフーリンが運転するフォードのエコノライン。

 

助手席に乗っているのはメルであり、フルサイズバンと並びながら走るのはケルベロス。

 

「かなえさーーん!!ボクを置いてけぼりにするなんて最低ですよー!!バカーーッッ!!」

 

身を乗り出しながらブーブー文句を言ってくれる仲魔達が絶体絶命の危機に駆けつけてくれる。

 

胸の中が感謝でいっぱいとなったかなえは、不器用ながらも笑顔を浮かべてくれるのだ。

 

「あたし……生き返れて本当に良かった。だって……あたしには大切な仲魔がいてくれる」

 

立ち上がってくるギリメカラの前に現れたのは、人修羅と共にボルテクス界を超えてきた者達。

 

彼らはギリメカラを倒してきた者達であり、目の前に屹立する存在とて恐れる者達ではない。

 

最強の援軍が駆けつけてくれた悪魔達が反撃の狼煙を上げる時がきたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

離れた位置で停車したバンの中から降りてきた者達が即座に動き出す。

 

「メル!ケルベロスに飛び乗れ!かなえが抱きかかえている者が死にかけている!」

 

「分かりました!みふゆさんを安全な場所に運んでからボクが治療します!!」

 

クーフーリンの指示に従い、ケルベロスに飛び乗ったメルが現場に向けて駆け抜ける。

 

「邪魔するんじゃねぇ!!お呼びじゃねーんだよぉーーッッ!!」

 

スクカジャを発動させたギリメカラがみふゆのスクンダ効果を打ち消し、剣を振り上げる。

 

全体に毒と物理ダメージを与えるベノンザッパーを狙おうとした時、クーフーリンが動く。

 

「グオォォォーーーッッ!!?」

 

魔槍ゲイボルグの矛でルーン文字を描いたことでアギダインの大火球が放たれ、敵に直撃。

 

怯んだ相手の足元を超えていったケルベロスがかなえの前で急停止。

 

メルの後ろ側にみふゆを乗せた後、ケルベロスが再び走り出し危険が及ばない場所へ向かう。

 

「これであたしも戦える。さぁ、やろうか!!」

 

「テメェと一緒に戦うのは初めてだが、お手並み拝見だ。俺様が援護してやるさ!」

 

魔槍ルーンを再び生み出し、長柄の武器を持つ者達がギリメカラを相手に戦いを仕掛ける。

 

再び全体攻撃のベノンザッパーを放とうとするが、セイテンタイセイがテトラカーンを行使。

 

全体に放たれた物理攻撃が反射されるが、ギリメカラの物理反射が自分の攻撃を無効化する。

 

「テメェも物理反射を行使出来るってのか!?」

 

「そういうこった。テメェの物理攻撃は俺様が全て跳ね返してやるよ!!」

 

物理攻撃が使えなくなった相手が放つのはマハムドオン。

 

全体にサンスクリット語の巨大魔法陣が描かれるが、相手の動きを止めなければ当て辛い。

 

大きく跳躍して即死魔法を回避した者達が一斉に魔法攻撃を仕掛けてくる。

 

「ヌゥゥゥゥゥーーーッッ!!!」

 

クーフーリンは『ザンダイン』を放ち、巨大な風を圧縮した一撃を放つ。

 

背中に直撃した風魔法で体勢が崩れた相手に目掛けて跳躍したかなえが仕掛ける。

 

「あたしは相手をぶっ壊すことしか能がない女だ!だからこそ、貫いてみせる!!」

 

蛇のように絡みつく業火を纏う魔槍ルーンを構えたかなえが槍を投擲。

 

渦を巻きながら燃え上がる槍の一撃は炎龍を纏う光景とも酷似して見えるだろう。

 

「ガハッ!!!」

 

ステータスの力依存で威力が上がる炎魔法である『火龍撃』の一撃が腹部に突き刺さる。

 

その光景は彼女が魔法少女時代に身に着けていた固有魔法である装甲無視の再現だろう。

 

「まだまだぁぁぁーーッッ!!」

 

筋斗雲で空を飛ぶセイテンタイセイが如意棒を振るい、かなえは如意棒を足場にして跳躍。

 

高速で迫りくるかなえが狙うのは肥え太った腹で燃え上がる魔槍ルーンの石突部分。

 

振り上げた左拳に業火を纏わせ、石突部分に目掛けて拳を打ち込む。

 

「消し飛べ、クズがああああーーーーッッ!!!」

 

彼女が放ったのは地獄の業火であり、魔槍ルーンの炎の一撃と合わせて追い打ちを放つ。

 

「グギャァァァァァァーーーーッッ!!!」

 

腹の内側で大爆発が起きたかのようにして吹っ飛んだ上半身が倒れ込む。

 

地面に着地したかなえは仲魔達に顔を向けながら微笑み、親指を上げるハンドサインを送る。

 

彼女が送ってくるサムズアップを見た者達が頷き、勝利を確信したようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

千切れた下半身が砕け散り、MAGの光を撒き散らす。

 

残された上半身にもひび割れが起きていき、直に砕けて死ぬだろう。

 

最後のトドメが必要かと集まってきた者達が巨大な上半身に視線を向けてくる。

 

「ハ……ハハハ……結局俺様は……最強にはなれない……負け犬かよ……」

 

悪足掻きしてくる気配を見せないようなので武器を下ろしてくれる者達に向けてこう告げてくる。

 

「俺様を倒そうが……全てが無駄さ。もう始まってるんだよ……誰も世界を止められない」

 

「もしかして……それが神浜の地下に建造されているという都市と関係しているの?」

 

「ザイオンの秘密を知ろうが…無駄なんだ。いくらテメェらが強くても……そんな問題じゃない」

 

「死ぬ前に教えて…イルミナティって何なの?」

 

「啓明結社を知ったところで無駄なんだ…連中はシステム……世界の羅針盤に過ぎない導き手だ」

 

「世界の頭脳そのものだと言いたいの…?それじゃあ、国連などの世界組織は何なの?」

 

「連中の飼い主は同じさ…この世の全ては株式会社構造…世界中の政官財が代理人となるんだ…」

 

「そ、そんな……それじゃあ、あたし達がいくら足掻いたって……」

 

「そう……無駄なんだよ。テメェらは…連中の掌の上で生活するしか…生きられねぇ……」

 

ギリメカラの単眼に映る世界が暗くなっていき、キャロルJが死ぬ時が迫りくる。

 

「暗い……まるで()()()()()だ。へへ……テメェら()()()()()()()()()()()()()()だな…」

 

「あたし達が生きている世界が……洞窟の世界?」

 

「民衆は分かり易い情報を頼りにして…世界を認識してる。それは…洞窟の影を見ているだけさ」

 

「今までのあたし達は……洞窟の中の影を見ていただけ……?」

 

「松明の明かりと…分かり易い影となる連中こそ…国の政治家や専門家…そしてテレビとSNS…」

 

上半身の亀裂が限界となり、体が砕け始める。

 

「連中と戦うために…民衆に頼ろうとしても無駄だ…。民衆はテメェらの言葉なんて…信じない」

 

「分かってる……魔法少女の存在を語ったところで誰も信じないのと同じだってことは……」

 

「真実を叫んでも…人々は分かり易い影の世界しか見ない偏見生物。だからこそ……迫害される」

 

彼が語った言葉の内容は暁美ほむらや美国織莉子、氷室ラビや三浦旭なら理解出来るだろう。

 

彼女達もまた誰にも自分の言葉を届けられず、信じてもらえず、迫害されてきた者達なのだから。

 

狂った笑い声を上げながら最後を迎えるキャロルJが、かなえ達を試すように嘲笑う。

 

「ハハハハ……それでも足掻けるか?保身に走り……何も知らない馬鹿を演じてた方が楽だぜ?」

 

覚悟を試されるかなえの手が握り締められ、決断する言葉を語ってくれる。

 

その言葉には彼女が愛するロックとは何なのかが込められているのだ。

 

「それでも……戦う。あたしが愛するロックはね……金に飼われる犬になるためのものじゃない」

 

――この世の理不尽を憎み、()()()()()()()()()()()()()()()()()()こそが……ロックなんだ。

 

ロックンロールとは何なのかを語られたことで、純粋にロックを追いかけていた時期を思い出す。

 

最後にキャロルJは微笑み、かなえを称える言葉を送ってくれる。

 

「牧師に飼われる羊では終わらないか……かっこいいぜ。テメェの在り方こそ……ロックだ」

 

上半身が砕け散り、MAGの光を撒き散らす。

 

道は違えどロックを愛した者が空に向けて上っていく中、かなえは手向けの言葉を送ってくれる。

 

「権力者に飼われて生きながら恥を晒すより…弾き語りでもしながら生きてた方が似合ってたよ」

 

……………。

 

フルサイズバンに乗せてもらえた魔法少女達が帰路についていく。

 

車の隣を飛ぶのは筋斗雲の上であぐらをかくセイテンタイセイと、横を走るケルベロスもいる。

 

車内では重苦しい沈黙が続いていたようだが、擬態姿のクーフーリンが声をかけてくれたようだ。

 

「私達だけしか来れなくてすまない。尚紀は遺産相続が忙しくてな…今はアメリカに行ってる」

 

「家族が亡くなったとみかげさんから聞いてます…あの人も辛い立場なんです。責めはしません」

 

「尚紀からは忙しい自分に代わり、神浜の魔法少女達を支えてくれと言われている」

 

「尚紀には世話になりっぱなしだね…。今回だって助けてくれなかったら私達は死んでたよ…」

 

「クーフーリン…いいえ、槍一郎さんだったかしら?助けに来てくれて本当に感謝してるわ」

 

「どの呼ばれ方でも私は構わない。それより…お前達はこれからどうするんだ?」

 

それを問われた者達が押し黙ってしまう。

 

横の助手席に座るかなえは暗い表情を浮かべながら口を出してくる。

 

「あのダークサマナーが言った言葉が事実なら……あたし達が何をやっても無駄になる」

 

「ザイオンについてもこの一件で確証が持てましたが…周りに語っても信じないでしょうね…」

 

「私…お爺ちゃんの寝室だった部屋をもう一度調べてみる!動かぬ証拠があるかもしれない!」

 

「鶴乃…たとえ証拠を見つけ出したとしても、きっと信じてもらえないわ…」

 

「どうしてさ!?」

 

「私達は国の政治家でも、メディアに出演する専門家でもない……ただの女子学生だからよ」

 

「そんな……ことって……」

 

「陰謀論者のレッテルを張られて嘲笑われるだけです。だから魔法少女の秘密も語れなかった…」

 

「権威主義の恐ろしさは身をもって知っているわ…私だって権威である御上に逆らえないもの…」

 

「やっちゃん……」

 

「だけどね…()()()()()()()()()()()()()()()()()()。権力者に都合がいい状況しか生まれない」

 

「八方塞がりですね…。私達はこれから追われる者となる…それなのに何も出来ないなんて…」

 

「ごめんね……みんな。私……こんな事態になるなんて……想像も出来なかった……」

 

「憎まないと言ったはずよ、鶴乃。誰だって決断材料を全て用意する事なんて出来ないわ」

 

「自分を責めなくてもいいんです。やっちゃんはね…鶴乃さんが羨ましいって言ってました」

 

「私が……羨ましい?」

 

「周りに迷惑をかけてでも自分を貫ける。そんな在り方が自分にも出来たらって…言ってました」

 

「あたしもね、鶴乃の在り方はかっこいいと思うよ。迷惑をかけてでも自分を貫いていいんだ」

 

「だから鶴乃、胸を張りなさい。私やみふゆでさえ出来なかった勇気を示せたんだから」

 

みんなの優しさが嬉しいのか、鶴乃は泣き始めてしまう。

 

「グスッ…エッグ……有難う、みんな。悪魔みたいに迷惑かけたのに……憎まないでくれて……」

 

そんな彼女にみふゆがハンカチを渡し、涙を拭く鶴乃が落ち着くまで仲間達は待ってくれる。

 

重苦しい沈黙が車内を支配する中、クーフーリンは考え込んでいるようだ。

 

(ザイオン…ヘブライの都が街の地下に建造されているとはな。恐らくはハルマゲドンの用意か)

 

この世界に流れ着き、光と闇の最終戦争であるハルマゲドンが起きるなら武人の気概を見せる時。

 

元よりボルテクス時代の尚紀の背中に最後までついていったのは唯一神と戦うため。

 

だが今の彼には迷いが生まれている。

 

(ハルマゲドンが地上で起これば…大勢が死ぬ。ザイオンに入れる選民しか生き残れない…)

 

魔法少女も含めた人類が死に絶えようとしている横で意気揚々とLAWの天使達と殺し合う悪魔達。

 

そこには弱者救済を掲げる騎士道精神など入り込む余地などない、戦場の獣達の世界となる。

 

(私は何のために戦う者だ…?武人としてのプライドか?それとも、騎士道精神のためか…?)

 

この世界で人間に擬態しながら生活してきた彼もまた魔法少女達と触れ合えた者。

 

街を歩けば気さくに声をかけてくれる者達と過ごすうちに、彼女達を守りたい気持ちも生まれる。

 

(私の槍は誰のために振るえばいい?最終戦争のためか…?それとも…弱き人々を守るためか?)

 

迷いに迷っていた時、我慢が出来ない者が癇癪を起し始める。

 

「そろそろ言ってもいいですか?ボク達の後ろの空間……狭過ぎ問題ですよーーッッ!!」

 

クワッとした顔つきで激おこぷんぷん丸と化すのはメルである。

 

見れば彼女は詰め込まれた二台のバイクの奥でどうにか座れてる状態であり狭そうだ。

 

「しょうがないじゃない、私達のバイクは壊れちゃったけど放置して帰るわけにもいかないわ」

 

「うぇぇぇん!!狭いよーっ!狭いよーっ!もっとそっち側を詰めて下さいよーっ!!」

 

「これ以上は詰められないわよ!家に帰るまで我慢なさい!」

 

「ひょっとして、そっち側に荷物を詰める余裕が生まれないのは…太った人がいるからですか?」

 

魔法少女である前に花の乙女として、聞き捨てならない言葉であった。

 

「だ、誰がデブ女よ!?私は一流モデルよ!ふ、太ってなんていないんだから!!」

 

「七海先輩、声が裏返ってますよ?」

 

「そんなこと言ってますけど、最近のやっちゃんはドーナツの摂取量が多い気がしますけど?」

 

「そ、そういうみふゆだって!受験を乗り越えた解放感を楽しむようにドカ喰いしてたわよ!」

 

「あ、あれはドーピング薬の副作用のせいですよ!?わ、私…太ってなんていませんから!!」

 

「だとしたら原因は鶴乃さんですか?お父さんがいないからって、お菓子食べ放題ですか?」

 

「そ、そんなことないもん!!私は…その……ちゃんと運動もしてるからノーカンだよ!!」

 

「つまりはお菓子食べ放題してたってことですよね?」

 

「うぐっ!?バレてしまったからにはしょうがない!私の秘密は封印させてもらうよ!!」

 

「私の秘密にも触れようとしてくるメルにはキツイお仕置きが必要のようね?」

 

「ここで会ったが百年目です!私達の秘密については墓まで持って行ってもらいます!!」

 

「うわわーっ!?みんなが秘密結社連中と変わらない行動をしてくるーーっ!!」

 

後部座席がどんちゃん騒ぎとなっていく中、微笑むかなえに向けてクーフーリンが口を開く。

 

「壊れたバイクについては尚紀に伝えておこう。今のあの男の財力なら直ぐに直せるさ」

 

「何から何まで…尚紀に助けられてばかりだ。足を向けて眠れないね」

 

「そう言うな。あの男も苦しい立場だからこそ、支えてくれる者がいる。これからもよろしくな」

 

「うん……今後とも、よろしくね」

 

「フッ……()()()()()が言えるぐらい悪魔人生が板についたようだな」

 

気分を晴らすためにクーフーリンが車のラジオをつけてくれる。

 

ちょうど音楽番組が流れていたようであり、ロック系の音楽が車内に流れ始める。

 

ロックの在り方を叫んだかなえは窓に顔を向けながら自分の思いに浸っていく。

 

(あたしのロックは我慢を否定する気持ちを叫びたい。我慢を捨て、()()()()()()()()()()()()

 

暗闇の洞窟に繋がれた者達が自由(CHAOS)を知り、自由を求める戦いを始めようとする。

 

自由という概念は社会通念や社会ルールを破るものであり、悪魔の如く社会悪にされるだろう。

 

悪魔のように嫌われ者になってでも、彼女達は自分達の自由を追求する者になっていく。

 

社会通念が間違っているなら、社会ルールが間違っているなら、戦ってでも批判する者になる。

 

それこそが真に人が幸福に至れる道なのだと気が付いた彼女達はもう、権威主義には陥らない。

 

たとえ権威を相手にして自由の代償を支払うことになろうとも戦い続ける者へと成長していく。

 

その道こそが個の確立であり、反逆の堕天使ルシファーの在り方を説くサタニズム精神。

 

民主主義国家を成熟させるものであり、()()()()()()()()()()()()()()()()であった。

 




うおおお!!なぜ今年の冬にまどマギ映画のワルプルギスの廻天を放映予定にしてくれなかった!?
来年の冬に回されたことによって、原作まどマギ組を東京編の7章で使えるかどうか分からないぃぃぃ!!


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241話 何のために戦うのか

東京某所の高層ビル内の会議室にて対策会議が開かれている。

 

内容はザイオンの秘密を周囲に漏らした由比鶴乃と彼女から秘密を聞いた者達に対する処置。

 

キャロルJも殺害されていることもあり、彼らは秘密が外部に漏れる事を憂慮している。

 

しかし会議に出席するシド・デイビスの考え方は違っていたようだ。

 

「たとえ秘密を漏らそうとモ、信じる者などいませン。我々はオーダー18に集中するべきでス」

 

「大事の前の小事だと言いたいのだろうが、キャロルJが殺されている。我々も看過は出来ない」

 

「あのような弱者なド、我々は必要としなイ。足手まといを始末してもらえたと思えばいイ」

 

「我々のことについての情報を吐いている可能性もある。今直ぐ始末するべきだと思うのだが?」

 

「心配性ですネ、フィネガン。我々が敷いてきたマインドコントロールは無敵なのですヨ」

 

「確かにそうだが…問題なのは組織の者が殺されたのに手を出さないでは示しがつかんのだ」

 

「勿論、連中には全員死んでもらいまス。その結末は地球に蔓延る非生産的家畜共と同じでス」

 

「……ワクチン接種で殺すのか?」

 

「彼女達も未知の病魔を恐れるでしょウ。我先にとワクチンに飛びつくはずでス」

 

「……我々のワクチン接種を疑う賢人共が神浜の魔法少女の中にいたとすれば?」

 

「問題になりませン。ワクチンを打たない者はバイオテロリストにされル。そのための作戦でス」

 

「……確かに、そのためのオーダー18でもあるな」

 

「我々に立てついた魔法少女ハ、苦しみ悶えながら死んでもらウ。非ユダヤ共(ゴイム)と同じくネ」

 

会議場の様子を隠し身の技術を用いて見物している悪魔がいる。

 

彼は気が付かれないよう溜息をつき、そっと会議場から出ていく。

 

その様子をサングラスごしに視線を向けていたフィネガンであったが視線を戻したようだ。

 

その頃、高層ビルの屋上には人型の悪魔が立っている。

 

黒いマントで全身を覆いながら遠くの景色に視線を向けていたのはシドが使役するクドラク。

 

遠くの方角にある都市とは神浜市であり、眉間にシワを寄せながら忌々しい表情を浮かべている。

 

怒りを押し殺すことが出来ない彼の背後に近寄ってくる悪魔に気が付いたのか後ろを振り向く。

 

「……どうだった?会議の様子は?」

 

近寄ってくる悪魔は身長185cmあるクドラクよりもずっと大きい。

 

三メートルにも上る身長をした悪魔はつまらない態度を浮かべながら報告してくる。

 

「ダメだ、下の連中は神浜の魔法少女を襲いに行く気がねぇ。ワクチンで仕留めるとよ」

 

笠帽子を被った馬頭と骨が浮かぶほど痩せた姿をした者の報告を聞いたクドラクは舌打ちを行う。

 

背後に現れた悪魔とはフィネガンが使役する悪魔の一体であった。

 

【クバンダ】

 

ラーマーヤナに登場する身長三メートルはある大柄なラクシャーサ。

 

仏教においては馬頭人身であり疾風のように早く動き、人々の精気を吸い取る魔物とされる。

 

人々に恐れられているが四天を守る四天王のうち、増長天に仕える悪魔でもあった。

 

「何を考えてるのか分かるぜ、クドラクの旦那。そんなんじゃ腹の虫が収まらねぇ…だろ?」

 

クドラクの横に立ったクバンダが同じ方角に視線を向ける。

 

纏う赤いマントと笠帽子に備わった珠のれんが夜風に揺られる中、恐ろしい囁き声が響く。

 

「……もうシドなんぞ関係あるか。たとえ行くなと命令されても……オレは神浜に行くぜ」

 

憤怒に歪んだ表情を浮かべるクドラクの頭の中にあるのは憎き存在。

 

何度も煮え湯を飲ませてきた魔法少女である十咎ももこと、因縁の宿敵であるクルースニク。

 

この存在を自分の手で八つ裂きにしなければ気が済まない程にまで怒りを溜め込んできた。

 

「…もうシドの旦那の元には戻らない覚悟で行く気ですかい?」

 

「そうだ。オレはもうアイツの下で働くつもりはねぇ。好き勝手にやらせてもらうさ」

 

「そいつは粋な判断だ。儂も神浜には心残りがある、ついて行きやすぜ」

 

「テメェも神浜に心残りがあるのかよ?」

 

「儂は里見太助の娘と家政婦をやってた娘をさらったもんさ。喰い損ねたのが心残りなんだ」

 

「なるほどな。だがフィネガンが動かない以上はオレと同じく独断行動だ。覚悟はあるのか?」

 

「フィネガンは堅物だ、大食いの儂は散々我慢を強いられる命令をされてきた。潮時だな」

 

「へっ、それでこそ悪魔ってもんだ。オレ達悪魔の自由は誰にも邪魔させねぇさ」

 

「まぁ、イルミナティと縁を切ったら食肉製品に困ることもあるが、自分で調達して調理するさ」

 

「テメェは痩せの大食いのくせに人間をそのままの状態で丸ごと喰えない奴だったな」

 

「儂はグルメだからな、調理した少女の肉しか喰わんのさ。里見太助の娘の肉は美味そうだった」

 

「テメェがついてくるのは丁度いい。耐性強化したオレだが日中の行動は未だに苦しいからな」

 

邪悪な笑みを浮かべる悪魔達が跳躍し、ビルを飛び越えながら東京を後にしていく。

 

シドとフィネガンが気が付いた時にはもう遅い。

 

彼らは神浜に向かい暗躍するだろう。

 

悪魔として、己の自由を貫く道を体現するために動き出すのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ムッハハハハ!!そうか、やはり吾輩を頼るしかあるまいな、葛葉!!」

 

業魔殿に訪れているのは葛葉ライドウとゴウトである。

 

彼らは人修羅と共に東京捜査に赴いていたのだが戦いによってライドウは重体となってしまう。

 

モー・ショボーの献身的な治療によって傷を癒せた彼は神浜に戻り業魔殿にやってきたようだ。

 

「ヴィクトル、ライドウが作り上げた悪魔全書はまだ持っているか?」

 

「勿論だとも。葛葉のカルテは吾輩にとって大切な思い出の品だ。大事に保管している」

 

「ライドウは二体仲魔を失ってしまった。新たな力を必要としているわけだ」

 

「うむ、ではイッポンダタラに貴様のカルテを持ってこさせよう。しかし代金はどうする?」

 

「自分が払おう。超力兵団と戦った時に手に入れたマッカがまだ残っている」

 

少しすると悪魔合体施設内にメイドのイッポンダタラがサービスカートを押しながらやってくる。

 

「仲魔を失った召喚管をカートに置くがいい。選んだ悪魔をストックしてやろう」

 

ライドウはハイカラマントから手を伸ばし、二本の召喚管をヴィクトルに渡す。

 

一本の召喚管はカートに置くのだが、もう一つの召喚管を興味深そうに見つめてくる。

 

「むぅ…これはデジャブか?大正時代の頃にもこれと同じ出来事があったような気が……」

 

ヴィクトルが見つめているのはヨシツネ用の召喚管である。

 

「我も覚えているぞ。あれはたしか、コドクノマレビト事件の時だったか……」

 

「コドクノマレビト事件?」

 

「気にするな。うぬにとっては明日の話だが、我らにとっては昨日の話なのだ」

 

「まぁいい。葛葉、この空の管には強き意思……いや、強きMAGが宿っている」

 

「ヨシツネのMAGが残っている…?」

 

「未練とも呼べる程の思念……フッ、ヨシツネは変わらぬ忠義のサムライのようだな」

 

「それで何が出来るというんだ?」

 

「実体は失われているが、吾輩の理論ならばこの力を貴様の刀に宿せるぞ」

 

「……シュミットか」

 

邪悪な笑みを浮かべたヴィクトルがクワッとした顔つきを浮かべながら盛大に叫んでくる。

 

「物質への悪魔転移、錬剣術(シュミット)!!吾輩の偉大なる研究成果の一つだ!!」

 

「知っている。それに自分が東京で戦った悪魔人間もシュミットで武装していた」

 

「な…なんだとぉ!!?吾輩に先んじて錬剣術を完成させてくる者がいるとは……」

 

「ヴィクトル、シュミットをするなら炎に耐性をもたせる加護も与えてくれ。それが必要だ」

 

「何せ、ライドウを焼き殺そうとする程の錬剣術には魔王スルトが使われている程だからな」

 

「ならばオーダーに応えよう。成功の暁には葛葉ぁ!!貴様は新たな力を手にするだろう!!」

 

悪魔合体の準備を始める中、ライドウに近寄ってくる者が現れる。

 

傷が癒えてきたとはいえ、まだ本調子ではないライドウの護衛を務めるクルースニクのようだ。

 

「時間がかかるようならば、私は単独捜査に向かいたい。許可を貰えないだろうか?」

 

「どうした、クルースニク?何を捜査しに行くというのだ?」

 

「宿命を持つ者としての本能が叫んでいる。この街に再び奴の気配が近づいているとな」

 

「クドラクか…たしか仕留めそこなったと言っていたな?それが事実ならば不味いな…」

 

「自分も行こう。吸血鬼悪魔を放置しては犠牲者が乱造されてしまう」

 

「いや、私だけで行く。ライドウはヨシツネが生まれ変わる瞬間を見届けてやってくれ」

 

「クルースニク……」

 

「それにこの街には正義の魔法少女達もいてくれる。自分だけで重荷を全て背負うこともない」

 

「……分かった、行っていい。シュミットが終わり次第、自分もそちらに向かおう」

 

彼を見送るライドウであるが、今後の事が気になるゴウトは顔をライドウに向けてくる。

 

「さて、人修羅がアメリカに行っている間は我らも動けぬ。今後を考えねばな」

 

「自分は現代のヤタガラスを信用出来なくなっている。今のヤタガラスに探りを入れなければな」

 

「だとすれば、つい最近までヤタガラスの情報部に所属していた者がいる。その者を当たるか」

 

「…レイ・レイホゥか。しかし、今の自分はヤタガラスに見張られる者でもある。迂闊に動けん」

 

「あの女はキョウジと共に去っていくのを見ている。キョウジは確か探偵事務所を開いていたな」

 

「たとえ見張りがいなくとも、自分が乗り込めばキョウジと殺し合いになる。代理人が必要だな」

 

代理人の当てもない彼らは途方に暮れるのだが、悪魔合体施設に近寄ってくる者に気が付く。

 

扉を開けて中に入ってきたのはナオミであったようだ。

 

「貴方も仲魔の補充に訪れていたようね、ミスターライドウ?」

 

「ナオミか。その様子だと、うぬも仲魔の補充に訪れたように聞こえるな」

 

「ええ、私も仲魔を二体失った者ですもの。ミスターキョウジの事務所に行く前に補充するわ」

 

その一言を聞いた者達の目が見開き、天の助けとばかりにナオミに頼ってくる。

 

事情を聞かされた彼女は快くライドウの頼みを聞いてくれたようだ。

 

「私もね、現代のヤタガラスは胡散臭いと思ってたわ。レイから情報を聞いて届けてあげる」

 

「すまんな、ナオミ。ライドウもアカラナ回廊を悪用した者としてヤタガラスに見張られる者だ」

 

「レイが街を脱出しても、未だにヤタガラス構成員が街を包囲してる。動けないのも無理ないわ」

 

ヴィクトルと話し始めるナオミに視線を向けながらも、ライドウは心の中で迷い続ける。

 

(もしも…ヤタガラスが日の本の民を裏切る組織に成り果てているなら……自分はどうする?)

 

大正時代の頃からヤタガラスに仕えてきたデビルサマナーとして護国守護の矜持を持ってきた。

 

だがヤタガラスに刃を向けることになれば、国賊として討たれる者に成り果てるだろう。

 

(尚紀は自分に向けて叫んでくれた……自分は何のために戦う者なのかを)

 

ハイカラマントの中で手を握り締めるライドウの手が汗ばんでいく。

 

ヤタガラスのサマナーとして生きてきた者として、彼もまた決断しなければならない時がくる。

 

その時こそ、葛葉ライドウは何のために戦う者なのかを示すことになるだろう。

 

洞窟の如き暗闇の研究所に視線を向けるライドウの心もまた暗闇に包まれていく。

 

彼もまた洞窟の壁に映る影を疑う者となり、自由の道を模索するようになるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

キョウジが探偵事務所を開く宝崎市には宝崎順心学園という学校がある。

 

神浜市から宝崎市まで通学する里見那由他は周囲を警戒しながら帰路につく。

 

宝崎順心学園は中高一貫校であり、彼女は今年で高校に進学出来た者のようだ。

 

赤で彩られた美しい学生服を着たクラスメイト達の輪に加わらず、背後を壁で隠せる道を探す。

 

こんな生活を余儀なくされたのは彼女が日本政府に追われる者だからだ。

 

「怖い……毎日が怖いですの。これが織莉子さんが背負う苦しみだったんですの……」

 

那由他もまた生体エナジー協会から逃げ出した者であり、織莉子と同じく逃亡人生を生きる者。

 

そして彼の父である太助でさえ国家に謀殺されかけた者であり、親子揃って追われている。

 

いつどこに監視の目があるのか分からず恐怖に支配された人生を生きていくしかない者達だ。

 

今の自分が生きていられるのは国家権力に対抗出来る世界権威ともいえるだろう尚紀のお陰。

 

そう考える彼女は毎日を無事に生き残れたら尚紀に感謝を送る生活を送ってきた。

 

人通りのない道を選びながら神浜市に帰るための駅に向かっていく。

 

そんな時、背筋が凍り付く程のプレッシャーを与える存在が背後に現れるのだ。

 

「里見太助の娘だな?」

 

「ひっ!!?」

 

心臓を鷲掴みされる程の恐怖心を爆発させた彼女は震えながら後ろを振り向く。

 

立っていたのはSPを思わせる黒スーツを身に纏うサングラス姿の男である。

 

「逃げられるとでも思っていたのか?しぶとく生き残っていた太助諸共始末してやる」

 

「い……いやっ!!来ないで……来ないでぇ!!」

 

涙目になりながら後ずさる彼女を追うように男は近寄ってくる。

 

そんな時、目の前の男を何処かで見たことがあることに気が付いた彼女は叫ぶ。

 

「あなた……忘れてないですの!!玄関で応対したラビさんを突然襲った男ですの!!」

 

「ほう?あの時のことを覚えてくれていたようで何よりだ。儂は再びお前と出会いたかった」

 

邪悪な笑みを浮かべた男がサングラスの奥で深紅の瞳を光らせてくる。

 

後ろ手を組みながら近寄っていた男が手を解き、背後に隠していた武器を持ち出す。

 

持たれていたのは馬の蹄鉄を彷彿とさせる湾曲した刃であり、那由他は去年の記憶を思い出す。

 

この武器を投げられた瞬間、ラビと那由他は抵抗することさえ出来ずに捕縛されたのだ。

 

「ところで、お前は何歳だ?」

 

「な……なんで私の年齢なんて気にするんですの!?」

 

「質問しているのは儂だ。答えろ、お前は何歳だ?」

 

「……今年で16歳になる高校一年生ですの」

 

それを聞かされた男が満足そうな笑みを浮かべてくる。

 

「つまり、まだ15歳時期というわけだな?クックック……どうりで美味そうに見えるわけだ」

 

「美味そうに……見える?」

 

「儂はな、()()()()()()()に目がない者だ。生体エナジー協会を見た者なら…意味は分かるな?」

 

それを聞かされた彼女は何を言いたいのか理解し、歯がガチガチと揺れ動く程にまで震え上がる。

 

織莉子達と交友を深めたことでキリカと小巻から生体エナジー協会内部の光景を伝えられている。

 

彼女達がそこで見た光景とは、食肉加工された魔法少女達の残骸が捨てられたこの世の地獄。

 

自分も同じように食肉加工されるのだと察した彼女は涙を流しながら逃げ出してしまう。

 

「助けてぇぇぇーーーッッ!!誰か助けて下さいですのぉぉぉーーーッッ!!」

 

人目につかない路地裏を帰り道にしていたため周囲には人の姿が見られない。

 

恐怖に怯えるばかりで先を想像出来なかった愚か者に向けて擬態姿の悪魔が武器を投げる。

 

「儂の墨縄から逃れられるものか!!15年ものの赤身肉は誰にも渡さん!!」

 

投げられた武器がブーメランのように飛んでいき、彼女の前を通り過ぎながらUターンする。

 

「くっ!!?」

 

『惑いの墨縄』を受けた那由他は毒々しい色をした複数のリングで体を拘束されてしまう。

 

クバンダが操る墨縄に手も足も出なかったラビと那由他はこのようにして拉致されたのだ。

 

<<流石はテメェ自慢の墨縄だ。上手くお縄に出来たようじゃねーか>>

 

倒れ込んだまま藻掻き苦しむ那由他の元に歩いてきたのはオールバックにして髪を纏めた男。

 

日傘を差しながら歩いてきた黒スーツ姿の男とは擬態姿のクドラクであり、膝を屈めてくる。

 

「言われた通り拘束してやったが、こいつをどうするつもりですかい?」

 

「こいつは撒き餌だ。神浜の魔法少女を釣り上げるためのな」

 

「それが終わったら儂がコイツを喰ってもいいんですかい?」

 

「勿論だ。好きなように調理して喰っちまいな」

 

「そいつはいい。この美味そうな和牛娘はステーキのレアにして調理しよう」

 

「嫌ぁぁぁぁーーーーッッ!!助けてパパ!!ラビさん!!助けてぇぇぇーーーッッ!!!」

 

絶望の穢れを放ち始めるソウルジェム指輪に向けてクドラクが手を伸ばす。

 

感情エネルギーを吸い取る『エナジードレイン』を行使する事によって穢れを取り除けたようだ。

 

「こんな場所で絶望死は許さねぇ。今日からテメェはオレの下僕だ」

 

邪悪な魔眼が行使され、『セクシーアイ』によって那由他は魅了状態にされてしまう。

 

指を鳴らすクバンダが拘束の輪を解き、立ち上がった彼女が虚ろな表情を向けてくる。

 

「……何なりと、お申し付けください。クドラク……様……」

 

「いい子だ。テメェは撒き餌として魔法少女を釣り上げる道具となってもらうぜ」

 

「……承知しました」

 

去っていく者達であるが、クドラクとクバンダは物陰に隠れている人物に視線を向ける。

 

「……助けなくてもいいのか?助けないなら、このまま連れ去っちまうぜ?」

 

物陰に隠れている存在とは氷室ラビとハクトウワシに擬態したサンダーバード。

 

魔法少女姿をした彼女は怒りの形相を浮かべながら魔法武器であるブーメランを握り締める。

 

「選択しろ。お前は何者だ?世界の終わりを見届けるホワイトメンか?それとも正義の味方か?」

 

「わ……私は……」

 

肩に留まるサンダーバードが残酷な選択を強いてくる。

 

人間のように生きていた頃の思いがまだ残っている彼女は目の前の光景で感情が沸き立っている。

 

だからこそ冷静な判断を下せと迫ってくるのだ。

 

「守ろうとする力はそれを超える守ろうとする力に潰されるのみ。全ては無価値であり、虚無だ」

 

「私が今、那由他様を助けたところで……破滅の未来によって……私たち人類は滅ぶのみ……」

 

「一時の救いなどに価値はないと理解したはずだ。お前は何者だ?もう一度言ってみろ」

 

人間らしい感情に支配されていたが、それでも頭で考えれば考えるほど答えは決まっている。

 

怒りによって震えていた体が静まり、生み出していた魔法武器も消してしまう。

 

再び虚無の表情を浮かべた氷室ラビは、大切な人を見捨てる決断を下してしまうのだ。

 

「私は……ホワイトメン。氷室ラビであることを捨て、過去を捨て、虚無の未来を望む者よ」

 

隠れている者が戦意を解いたのを感じ取ったクドラク達が去っていく。

 

物陰から姿を出したラビは大切な親友だった存在の背中に向けて別れの言葉を送る。

 

「さようなら……那由他様。世界の終わりを見届けるフォークロアとして……私の道を行く」

 

彼女と共に那由他を見送るサンダーバードであるが、ラビに不信感を持ち始める。

 

「…やはりお前はこの世の事象に未練があるようだ。もっと絶望を知る必要がある」

 

「えっ?わ……私は……その……」

 

「次に行く未来の光景を見届けろ。それで分かるはずだ……この世に希望などないことにな」

 

再び蜃気楼の世界に消えていくラビとサンダーバード。

 

彼女達が向かう未来とは、もう直ぐ訪れるだろう東京の惨劇が広がる景色。

 

ホワイトメンになろうとする氷室ラビは未来の東京で知るだろう。

 

世界の希望になろうとする人修羅でさえ抗いきれなかった絶望を見届ける者になるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

娘が学校から帰ってこないことに気が付いた太助は彼女の連絡網を通して彼女を探す。

 

娘の友達になってくれた八雲みかげにも連絡が届き、みかげを通して姉にも情報が届く。

 

みたまはももこ達にも連絡した事で神浜の魔法少女達は捜査に乗り出してくれたようだ。

 

私服姿のみたまと女子制服姿のももこが新西区の夜道を捜索する中、2人が話し始める。

 

「レナが帰りに新西中央駅を通った時、那由他ちゃんの姿を見たのが最後みたいなんだ…」

 

「困ったわね…その後の目撃情報がなければ広い捜索範囲になってくるわよ」

 

新西区を捜索しているももことみたまであるが、目撃情報が少ないため途方に暮れている。

 

那由他の魔力を探し出そうとしているようだが、捜索範囲が広すぎて掴み切れないようだ。

 

「悪いな、手伝ってもらってさ。調整屋は……おっと、もう調整屋じゃなかったよな?」

 

「ええ……残念だけど、悪魔になった私は魔法少女時代の固有魔法は失ってしまったわ」

 

「困ったな……魔法少女達にはまだ調整が必要だっていうのにさ」

 

「その点については当てがあるの。私の代わりになってくれる調整屋を用意するわね」

 

「みたまの代わりになってくれる調整屋……?」

 

「私の先生に相談したらね、弟子の2人を神浜に送ってくれることになったのよ」

 

「そいつは助かる。それで……これからのみたまは業魔殿スタッフとして働くんだよな?」

 

「ええ、それは変わらないわ。それにこの街の魔法少女社会に不慣れなあの子達も支えたいし」

 

「だとしたら、これからも業魔殿はアタシ達が繋がり合える場所になるな。これからもよろしく」

 

「勿論よ♪調整は出来なくなったけど、ソウルジェムの穢れは取り除ける。お掃除屋さん開業ね」

 

「調整屋から靴磨きに転職か…。サラリーマンの靴を磨くように、アタシ達を綺麗にしてくれよ」

 

「やーん、ももこったら例え方が上手いわね♪ピカピカになるまでワックスをかけてあげる♪」

 

冗談交じりの会話を続けていたようだが、みたまの心には不安が広がっている。

 

悪魔になった者としてソウルジェムに触れるのが怖い感情が芽生えているのだ。

 

(悪魔になった私は……やろうと思えばソウルジェムを食べられる。人の魂を喰らえる者なのよ)

 

悪魔になって一番苦しかったのは飢えの欲望。

 

家で暮らす妹のソウルジェムを見るたびに生唾が湧いてくる自分に恐ろしさが込み上げてきた。

 

だからこそ彼女はソウルジェムに触れることを恐れているのだ。

 

「どうした、みたま?」

 

顔を俯けているみたまの肩を左手で掴む。

 

心配そうな顔を向けてくれるももこであるが、みたまの視線は自然と彼女の左手に向く。

 

中指に嵌められているソウルジェム指輪を見た途端、彼女は手を払い除けてしまう。

 

「お、おい!?どうしたんだよ!」

 

肩を震わせているみたまを心配してくれるももこであるが、彼女は俯いたまま語り掛けてくる。

 

「…ごめんなさい、ここからは手分けして探しましょう。見つけたらスマホで連絡するわ」

 

走り去ってしまう彼女の背中に声をかける事も出来なかったももこは心配そうな顔を浮かべる。

 

新西区の北部に向けて走っていくみたまは心の中で謝りぬいていたようだ。

 

「悪魔とは…欲望に飢える者。十七夜…私もまた飢える者になるかもしれない……貴女のように」

 

吸血鬼と変わらない悪魔に成り果てるのではないかと彼女は怯え続ける。

 

これが悪魔の尚紀達が背負ってきた苦しみだったのかと悪魔になってようやく理解出来たようだ。

 

それでも彼女は尚紀達のように欲望を律して生きていこうと決めている。

 

「尚紀さんも耐えてきた…私も耐えてみせる。私達は支え合える……そう信じて生きていくわ」

 

姿が見えなくなったみたまの代わりにももこは新西区の南部を捜索しようと歩き始める。

 

「みたまは北に向かったし、レナとかえで達は東を回ってくれてるから……アタシは南だな」

 

ももこが進んでいくのは新西区の外れにある廃墟エリア。

 

旧調整屋があった地域を目指していた時、空から蝙蝠が一匹舞い降りてくる。

 

<<……よぉ、クソアマァ。生きていたようで何よりだなぁぁぁ……>>

 

蝙蝠から放たれる念話の声によってクドラクだと気づいたももこが魔法少女姿に変身する。

 

「その声は……あの時の吸血鬼悪魔か!?姿を見せろ!!」

 

<<決着をつけようぜ。オレはこの先にある廃墟街に潜んでる、スペシャルゲストを連れてな>>

 

「スペシャルゲストだと……?」

 

<<探してるんだろ?お前らの仲間を?ここに早くこないとステーキにされて喰われちまうぞ>>

 

「まさか……那由他ちゃんをさらったのはお前だったのか!?許さないぞぉ!!」

 

<<そいつの魔力を追ってこい、オレは早くテメェを八つ裂きにしたくてウズウズしてんだよ>>

 

「そこで待ってろ!!アタシ達の力で必ずお前を打ち倒してやる!!」

 

<<何を勘違いしてんだ?人質がどうなってもいいってのかよ?テメェだけで来るんだ>>

 

「アタシだけを狙ってるのか!?卑怯者!!人質を盾に使うなんて!!」

 

<<テメェともう一体の奴には散々煮え湯を飲まされてきた。先に殺したいのはテメェらだ>>

 

「くっ……分かった、アタシだけで向かう。那由他ちゃんを傷つけたら許さないからな!!」

 

<<その意気だ。従うフリをして伏兵を潜ませても無駄だ。テメェの動きは監視してるからな>>

 

蝙蝠が飛び立っていき、ももこは蝙蝠を追いながら走っていく。

 

廃墟街に入れる辺りにまで差し掛かった時、同じように走ってきた者に顔を向けてくれる。

 

「もしかして、クドラクが狙ってるもう一体の存在はクルースニクさんだったの?」

 

「私以外も招き入れると奴は言っていたが……どうやら君だったようだな」

 

白いトレンチコートを纏い、銀のロングソードを鞘に納めたクルースニクが近寄ってくる。

 

彼の強さは最初に出会った時よりも増していると感じたももこは安心した表情を浮かべたようだ。

 

「顔色は良さそうだね。前に会った時は苦しそうだったし」

 

「あの時の私はサマナーがいない状態だった。MAG不足で苦しかったが、今はライドウの仲魔だ」

 

「ライドウさんの仲魔になったんだ?彼も来てくれているの?」

 

「いや、ライドウは業魔殿にいる。それに傍にいようが人質を取られている状態なのだ」

 

「そうだね……ライドウさんやみたま達に頼れない以上は、アタシ達でケリをつけるしかない」

 

「行くぞ、ももこ。奴が私達の力を見くびっているというのを思い知らせてやろう」

 

「うん!!」

 

クルースニクと共に廃墟街に入った瞬間、悪魔の異界に取り込まれた状況を2人は感じ取る。

 

誰もいない異界の夜道を歩いていきながら魔力を探していた時、クルースニクが質問してくる。

 

「君は悪魔を恐れないのだな?」

 

「えっ?突然何を言い出すんだよ?」

 

歩きながら話しかけてきた者であるが、過去を振り返るようにしながら顔を俯けていく。

 

「私はな…人間の母親から生まれた者だが、異形の赤子として人々から恐れられた者なんだ」

 

クルースニクとして生まれた者は人間の子供であるが、白い羊膜に包まれて生まれてくる。

 

赤い羊膜に包まれて生まれてくる吸血鬼クドラクと戦う宿命を与えられた者だが彼も異形の子。

 

普通の人間としては扱われず、悪魔のように恐れられてきた幼い時代があったようだ。

 

「少しの差異だけで人々は他人を悪者に出来る。見た目だけでなく違う意見を言うだけでも悪だ」

 

邪悪な吸血鬼と戦える者は、言い換えれば邪悪な吸血鬼を滅ぼせる程の化け物ともいえる。

 

正義のために刃を振るう彼でさえ、人々は恐れをなし、遠ざけようとされてきた過去を背負う者。

 

だからこそ自分は幻魔と呼ばれる悪魔に過ぎない概念と成り果てたのだと語ってくれたのだ。

 

「アタシもね……悪魔というだけで他人を悪者にしたことがあるんだ」

 

人間の守護者であることを貫こうとした悪魔に向けて、ももこは悪者だと罵った過去がある。

 

彼がどんな思いを胸に秘めて戦おうとしていたのかを知る努力もせず、殺し合ってしまう。

 

それだけでなく、同性愛を巡る問題の時でさえ彼を知る努力もせずに悪者にしてしまった。

 

全ては己の正しさが間違いだと認められず、劣等感を克服出来なかったために生まれた光景だ。

 

「アタシは相手を知る努力を放棄した…魔法少女を傷つける存在だと前提にして悪魔と戦った…」

 

「私とて同じ扱いを何度もされたさ。それが……人々の変わらない偏見感情というものだ」

 

「何でアタシは相手の言葉じゃなくて…自分の偏見感情しか見なかったのかって……後悔してる」

 

「皆が通る道さ。それで……後悔を経験した君はこれからどうする?悪魔を恐れ続けるのか?」

 

顔を俯けていたももこが顔を上げ、首を横に振ってくれる。

 

振り向いてくれた彼女の顔には迷いもなく、信じてくれる者の優しい表情が浮かんでいたようだ。

 

「アタシはもう感情で判断をしない。無知と偏見が悪者を作る…だからアタシは変えていくんだ」

 

「ならば問おう。君は何のために戦う者だ?自分だけの正義という偏見感情のために戦う者か?」

 

それを問われた彼女は答えてくれる。

 

その表情にはもう迷いは浮かんでいない。

 

「アタシが戦う理由は…自分の正義を貫くため。だけど、相手を知る努力もやめちゃいけない」

 

「正義を貫く道は酷く主観的なものだ。そのため客観性を失い、自分の正しさを疑わなくなる」

 

「アタシは馬鹿だからさ…きっと一生間違いながら生きていく。それでもさ……()()()()なんだ」

 

――アタシの戦いの道はきっと……()()()()()()()()()()()()道でもあったんだよ。

 

その答えが聞けたクルースニクは満足そうな笑みを浮かべていく。

 

「己の間違いと向き合う道は辛い道だ。殆どの者が間違ってるのはお前の方だとすり替えてくる」

 

「アタシはもう他責の安心感には浸らない。()()()()()()()()()()()()()()、人生の経験なんだ」

 

「その答えが出せるなら、君は差別をしないだろう。自分の無知を知る知恵を得たのだから」

 

「えーと…たしかアインシュタインの無知の知だっけ?みたまがそんな話を語ってたような…」

 

「君は賢人だよ、ももこ。学歴や肩書だけで賢人気取りをしているエリート共よりも遥かにな」

 

「えっ?えっ!?やだなーもーっ!!褒めても何も出せないからねーっ♪」

 

クルースニクの背中をバンバン叩きながら笑顔を浮かべる彼女を見ながら彼も微笑む。

 

彼女ならば悪魔の自分であっても恐れず受け入れてくれる強さを持っていると確信したようだ。

 

霧が立ち込めてくる異界を歩く者達が立ち止まり、顔を上げていく。

 

そこに見えたのは建設途中であったが放棄された高層ビル。

 

「あそこだな」

 

「行こう、クルースニクさん」

 

戦場に向かう者達が入り込む場所こそクドラクの居城にされた夜魔の領域。

 

夜と戦い続ける幻魔と自分と向き合う大切さを知った魔法少女の戦いが幕を開けるのであった。

 




東京編描く前にシスターももこにしとかないとと思いましたので描いていきますね。


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242話 受け継がれる純白

建設が放棄され鉄骨が剥き出しの高層ビルを上る2人に対して猛攻が仕掛けられていく。

 

現れるのはクドラクの手下になった悪魔達であり、ももことクルースニクは応戦する。

 

「シャァァァァーーーーッッ!!!」

 

毒液を撒き散らしてくるのは冠のような鶏冠を持ったまだら模様のトカゲ悪魔であった。

 

【バジリスク】

 

蛇の王とされ、吐く毒は植物や水を枯らし、動物を殺し、岩をも砕くとされる。

 

その瞳には睨んだ相手を石化させる魔力を持つ恐ろしいトカゲ悪魔であった。

 

「くっ!!床にびっしりいるトカゲ悪魔は気色悪いなぁ……出来れば近寄りたくない」

 

角で隠れるももこ達に向けて毒液を吐きかけ続けるバジリスクの群れ。

 

迂闊に飛び出れば毒液を浴びて猛毒状態にされてしまうだろう。

 

「クドラクは野良悪魔共を従えているようだ。奴らの恐ろしさは毒だけじゃない、石化も脅威だ」

 

「石化の魔法まで使ってくるの!?迂闊に飛び出せないなぁ……どうしよう?」

 

「私に任せろ。奴らには弱点がある」

 

クルースニクの体から白い霧が吹きあがり、変化の魔法を行使する。

 

その姿を白い雄鳥に変えたクルースニクが大きな鳴き声を放つのだ。

 

<<グギャァァァァァーーーーッッ!!?>>

 

雄鳥の鳴き声で怯んだバジリスク達が毒液を吐くのをやめて恐慌状態になってしまう。

 

「今だ!!斬り込め!!」

 

「了解ッッ!!」

 

角から飛び出したももこが大剣に炎を纏わせながらマハラギを放つ。

 

業火で薙ぎ払われたバジリスク達が燃え上がり、MAGの光を撒き散らす最後を迎える。

 

「よしっ!!」

 

ガッツポーズを作るももこの後ろからクルースニクが近寄り、彼女は笑顔を向けてくる。

 

「動物に変化も出来るんだね?クルースニクさんは強いだけじゃなくて色々な能力もあるんだ?」

 

「クドラクと同じさ。奴もまた動物に擬態する能力をもつ。我々は鏡で分けられた者達なのだ」

 

「だから光と闇の宿命を持つ者なんだね?生まれた時から夜の魔物共と戦い続けてきたんだ……」

 

「戦いはあらゆる並行世界で起きてきた。我々が召喚されたならばこの世界でも同じ事が起きる」

 

上階に上ろうとするのだがクルースニクが立ち止まり、後ろを振り向く。

 

「どうしたの?」

 

「奴ら……どういうつもりだ?攻めてくる気配を見せない」

 

「後ろにも悪魔が隠れているの!?だったら倒さなきゃ!!」

 

「いや、戦意そのものを感じさせてこない。何を狙っているのだ…あの吸血鬼共は?」

 

不審に思いながらも2人は上階へと昇っていく。

 

物陰に隠れていたのは宝崎市でクドラクに襲われヴァンパイアにされた男達である。

 

「おい、本当に戦わなくてもいいのかよ、俺達?」

 

「構わねーよ。俺達はクドラクに襲われてアンデット悪魔にされたんだ。奴に従う義理はねぇな」

 

「けどな、クドラクの力は見極めねーとならねぇ。ついて行くべきかはそれから判断しようぜ」

 

「お手並み拝見というわけかよ?まぁいいさ、もう人間には戻れねーし……それでいこうや」

 

様子見を決め込むヴァンパイア悪魔達を尻目にももこ達は戦いを繰り返す。

 

クドラクが無差別に襲った屍鬼達が迫り、彼女達は応戦していく。

 

中でも屍鬼達に混ざって迫りくる悪魔は厄介な存在共が混じっていたようだ。

 

【ヨモツイクサ】

 

日本神話において黄泉に棲むとされる鬼であり、黄泉平坂を守る亡者兵士。

 

黄泉にまで行ったイザナギ神を襲った悪魔達でもあり、イザナギは桃の木の枝で撃退している。

 

江戸時代からの葬式風習に由来するらしい編み笠で顔を隠した屍悪魔であった。

 

「まったく!!吸血鬼の住処はアンデット塗れかよ!!」

 

「ヨモツイクサは私が相手をしよう!君は屍鬼共を倒すんだ!!」

 

「分かった!!」

 

炎と破魔の魔法を操る者達がアンデット軍団に飛び込み、次々と斬り伏せていく。

 

その頃、最上階で佇むクドラクとクバンダは下の階の様子について口を開き始める。

 

「フン、この様子じゃ直にここまで上ってきそうだ。流石はクルースニクといったところか」

 

「連れの魔法少女も悪魔の魔法が使えるようになってやがる。下の奴らじゃ分が悪いかもな」

 

「まぁいいさ、最初から下の連中なんぞ当てにしてない。奴らは儂らが仕留める」

 

「手筈通りにやれよ。こんな美味そうな和牛娘をテメェにくれてやるんだからな」

 

「勿論、そのつもりですぜ」

 

二体の悪魔達が後ろに振り向くと、そこに見えたのは鉄骨に括りつけられている那由他がいる。

 

眠るようにして微動だにしない彼女は人質にされたまま助けを待っているようだ。

 

「人質を盾にして2人で来るように言ったが、連中の仲間もいずれ気が付く。用意はどうだ?」

 

「ぬかりないですぜ、儂の墨縄トラップを踏んだ瞬間…奴らはお縄にされるって寸法よ」

 

「獲物を追い詰めて捕縛することに長けたテメェらしい手口だ。捕まえた奴らも好きにしな」

 

「そいつは嬉しい報酬だ。後ろの和牛娘ぐらい美味そうな娘が罠にかかることを願うぜ」

 

クドラクが異界の夜空を見上げれば血のように赤い月が見える。

 

指を舐めて掲げた彼が夜風の流れを感じているようだ。

 

「今夜は夜風も吹かない穏やかな夜だ。これなら仕掛けられるな」

 

「クックック……この下は儂のトラップ地獄。そこでアレを撒くんですかい?」

 

「そういうこった。さぁ、早く上ってきやがれ。オレの洗礼を喰らわせてやるぜ」

 

あと少しで屋上にまで上れる階にまで差し掛かった時、2人は立ち止まる。

 

薄暗い空間に見えるのは毒々しい濃霧であり、視界が殆ど効かないまでに先が見えない。

 

「ゲホッ!!ゲホッ!!酷い臭いだ……風魔法が使えるようになったかえでがいてくれたらなぁ」

 

「クドラクが操る毒の霧だ。私は毒に耐性があるから大丈夫だが…君はどうする?」

 

「この上に那由他ちゃんの魔力を感じるんだ……こんな場所で立ち止まるわけにはいかない!」

 

ももこは魔法少女衣装の一部を切り取り、長い布を口に巻き付けてスカーフ代わりとする。

 

顔を向けてきた彼女が頷く姿を見たクルースニクは覚悟を受け取ったようだ。

 

「狡い手口を好むクドラクのことだ……霧の中に何を潜ませているか分からない。油断するな」

 

「分かったよ。後ろをついて行くから先導して」

 

夜目が効くクルースニクの背中について行くようにももこは歩いていく。

 

「ゴホッ!!ゴホッ!!スカーフをしてても酷い臭いだ……めまいがしてくる……」

 

「止まれ!!」

 

「えっ!?うわっ!!」

 

霧で視界が効かなかったももこの足元にあった毒々しい光が発動する。

 

複数のリングで体を拘束されたももこは体勢を崩して倒れ込んでしまったようだ。

 

「この束縛魔法は…クバンダの墨縄か?どうやらクドラクの手下として潜伏しているようだ」

 

「ゴホッ!!ゲホッ!!こんな場所で拘束されたら……毒に巻かれて殺されるよ!!」

 

「待ってろ、今呪縛を断つ」

 

銀のロングソードで拘束リングを斬ってもらえたももこが立ち上がる。

 

安堵の表情を浮かべるのだが毒に巻かれているため息が苦しそうだ。

 

「クルースニクさんがいてくれて良かった…全員が罠にかかってたら…アタシは死んでたね」

 

「この先に上に登れる階段があるようだ。急ぐぞ」

 

急いで毒エリアから脱出した2人が入り込んだのは建設途中で放棄された階層。

 

鉄骨が剥き出しのまま開けたエリアで立っているのはクドラクとクバンダ。

 

「いよぉぉぉ……ようやくご到着といったところか」

 

「儂らの歓迎は気に入ってもらえたかい?」

 

邪悪な笑みを浮かべてくる悪魔達に対し、ももこは口のスカーフを脱ぎ捨てながら叫ぶ。

 

「那由他ちゃんを返してもらうぞ!!そして、お前との因縁は今日限りにさせてもらう!!」

 

「私は私の宿命を果たさせてもらう。決着をつけるぞ……クドラク!!」

 

武器を構える者達に向けてクドラクは両手でマントを払いながら飛び上がる。

 

「上等だぁ!!決着を望むのはオレも同じさ……夜を支配する夜魔の力に飲まれろぉ!!」

 

浮遊するクドラクが超能力魔法を行使。

 

周囲に散乱する瓦礫だけでなく、廃墟ビルの周囲にある看板や貯水タンクまで持ち上がっていく。

 

瓦礫の山を背後に浮かばせた者がマハサイオを放ち、次々と瓦礫が弾丸のように飛来する。

 

迎え撃つ者達は吸血鬼悪魔との因縁の決着を果たすために剣を振るうのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

迫りくる瓦礫攻撃に向けて放つのはクルースニクの必殺技ともいえる天扇弓。

 

光の弓から放たれた矢が分裂していき、無数の瓦礫を砕きながらクドラクに襲い掛かる。

 

「チッ!!」

 

飛翔しながら片手に冷気を纏わせ、クドラクは反撃としてマハブフーラを放つ。

 

横っ飛びで回避するクルースニクは空を飛ぶ者を射落とそうと狙い続けるのだ。

 

「「オォォォーーーーッッ!!」」

 

ももこはクバンダが振り上げる墨縄の刃と斬り結び合い、鍔迫り合いを繰り返す。

 

「人質を盾にしてこない戦い方は褒めてやる!だけど那由他ちゃんを誘拐したのは許さないぞ!」

 

「へっ!そう思うなら取り返しに行ったらどうなんだ?ただし、儂を倒せたらだがなぁ!!」

 

三メートルの巨体から放つ蹴りが決まったことでももこが壁に激突してしまう。

 

すかさずクバンダは武器を投げ、ももこの頭上をブーメランのように旋回した直後に緊縛となる。

 

「くそ!!またかよ!!」

 

惑いの墨縄で拘束されてしまった者に目掛けて疾風の如く迫りくるクバンダが武器を振り上げる。

 

「お前も肉付きがいい小娘だ!!さぞかし喰らい甲斐があるだろうなぁ!!」

 

邪悪な光を放つ刃から放つのは『夜叉の貪り』であり、ももこの精気を吸いつくそうとする。

 

しかし横から迫りくる業火がクバンダの側面に直撃し、炎に巻かれた悪魔が倒れて転げまわる。

 

「ももこ!!」

 

投げられた銀のロングソードが拘束リングを破壊しながら壁に突き刺さる。

 

脱出する事が出来たももこであるが、感謝の言葉ではなく彼の危機を叫んでくるのだ。

 

「クルースニクさん!!後ろ!!」

 

「なにっ!?くっ!!」

 

ももこを気にするあまり背中がガラ空きだった者に目掛けてクドラクが急降下蹴りを放つ。

 

大きく蹴り飛ばされたクルースニクは高層ビルから落ちそうになるが片手で地面を掴む。

 

「足手まといを気にしながらオレに殺されるんだ。最高に馬鹿な最後だよなぁ、クルースニク」

 

トドメを刺そうとするクドラクに向けてももこは炎魔法を放つのだが風魔法が側面から放たれる。

 

火球を放つ『アギラオ』を打ち消したのはザンマの一撃であり、クバンダが起き上がってくる。

 

「舐めた真似してくれるじゃねーかぁぁぁ!!ぶっ殺してやるぅぅぅーーーッッ!!」

 

体中に風を纏うクバンダが怒りを撒き散らしながらクルースニクを殺しに向かう。

 

それを阻止するためにももこが立ち塞がり、再び刃を交えていくのである。

 

追い詰められたクルースニクの前にまできたクドラクが片足を持ち上げながらこう吐き捨てる。

 

「地獄の底に突き落としてやる!!永遠にオレの前から消えろ!!」

 

「それはどうかな!!」

 

「何だとぉ?ぐおっ!?」

 

両手で地面を掴んだクルースニクが一気に体を持ち上げながら片足蹴りを放つ。

 

浴びせ蹴りを浴びたクドラクが体勢を崩し、勢いよく地面に着地したクルースニクが蹴りを放つ。

 

「ぐふっ!!」

 

踏み込み蹴りを腹部に受けたクドラクが蹴り飛ばされるが後ろ脚を伸ばしながらこらえきる。

 

奈落に落ちる側面で佇む者達が睨み合い、クルースニクは徒手空拳の構えを行う。

 

それを見たクドラクは不気味な笑みを浮かべながら彼の挑発に乗ってきたようだ。

 

「ステゴロかよ?いいぜ…オレもテメェも男同士。男の喧嘩の最後はステゴロが相応しい!!」

 

拳を固め合った者達が互いに踏み込み、徒手空拳同士の戦いを始めていく。

 

剛力を誇る吸血鬼を相手にしてもパワー負けしていないクルースニクは互角の戦いを繰り広げる。

 

パワーファイトを仕掛けるのはももこも同じの様子。

 

「ウォォォォーーーッッ!!」

 

クバンダと戦いながらもタルカジャを自身にかけ続け、攻撃力が最大にまで高まった一撃を放つ。

 

片手に持つ墨縄を弾き飛ばしたももこが跳躍し、放たれた『マハザンマ』の一撃を回避する。

 

馬頭を頭上に向ければ一回転する体勢を利用した踵蹴りが迫り、脳天を直撃。

 

「がはっ!!!」

 

一瞬意識が飛ぶ程の一撃を浴びたクバンダが倒れ込む中、クルースニクは彼女に向けて叫ぶ。

 

「ももこ!!人質を救出して先に逃げろ!!追い詰められた奴らの切り札に彼女をさせるな!!」

 

「分かった!!」

 

クルースニクがクドラクを抑え込んでくれている隙をつき、ももこは人質の元まで走っていく。

 

「しっかりして!!那由他ちゃん!!」

 

大剣で拘束を解いたももこが那由他の両肩を掴みながら声をかけ続ける。

 

「う……うん……?ももこ……さん……?」

 

「良かった…無事だったんだね!ここは危ない!アタシと一緒に逃げるんだ!!」

 

彼女の無事を確認したももこが一緒に脱出しようとする中、異変が起きる。

 

「私……一緒に逃げられないんですの」

 

「えっ……?」

 

制服のポケットから取り出されたのは小型のナイフ。

 

クドラクとクバンダが邪悪な笑みを浮かべてくる。

 

次の瞬間、ももこの背中に激痛が走ってしまう。

 

「あぐっ……!?」

 

逃げるために背中を向けていたももこの背中に深々と突き刺さった小型のナイフが血を滴らせる。

 

ナイフに塗られたバジリスクの猛毒が回っていき、刃を引き抜かれた彼女が倒れ込んでしまう。

 

「ぐっ……うぅ……ど…どうして……?」

 

顔を後ろに向ければ、そこには虚無の目をした那由他が魔法少女姿となっている。

 

「私は……クドラク様の下僕ですの」

 

ナイフを捨て芭蕉扇のような魔法武器を振るいながら豪風を放ち、ももこを弾き飛ばしてしまう。

 

「あぐっ!!」

 

屋上の中央にまで弾き飛ばされたももこを見たクルースニクが冷静さを失っていく。

 

「くそっ!!罠だったのか!!」

 

「見抜けなかったテメェがマヌケだったってことさぁ!!」

 

クドラクの回し蹴りが側頭部に決まったクルースニクもまた屋上の中央にまで蹴り飛ばされる。

 

ももこの横に倒れ込んだクルースニク達に迫るのは三体の敵。

 

「不覚……奴らが正々堂々と戦いを挑んでくるはずがなかったのだ……」

 

「ごめん……アタシのせいで……迷惑かけ続けて……」

 

「気にするな……私の判断ミスだ。こうなれば……せめて君だけでも……逃げるんだ」

 

「難しい注文…かな…。ナイフに毒が塗られてたみたい……体が動かないんだ……」

 

絶体絶命のピンチに陥ってしまったももことクルースニク。

 

彼らの命は風前の灯火となり、なぶり殺しにされるのを待つばかりとなってしまう。

 

血のように赤く輝く異界の月は、血の生贄を求めるかのようにして怪しく光るのみであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ももこと連絡が取れなくなった事に気が付いたみたま達は彼女の魔力を追って南に向かう。

 

廃墟地域に異界が張り巡らされていた事で悪魔の罠に落ちたのではないかと心配する。

 

焦りながら高層ビルに向かっていたため、彼女達は足元の罠に気が付いていない。

 

「「「キャァーーーーッッ!!?」」」

 

みたまとレナとかえではクバンダが張り巡らせた緊縛トラップに引っ掛かり地面に倒れ込む。

 

「な、なんなのよコレ!?一体誰がこんなトラップを仕掛けてたのよ!!」

 

「う、動けないよぉぉぉーーーッッ!!」

 

「しまった……焦り過ぎてたから気が付かなかった!!これは悪魔のトラップよ!!」

 

「やっぱりそれじゃあ……ももこは悪魔に誘き出されてたってこと!?」

 

「那由他さんをさらったのも悪魔の仕業だったんだよ!早く抜け出さないと……うぐぅぅぅ!!」

 

「くっ……ダメ!!力では緊縛を解けない!!」

 

藻掻き苦しみながらも大切な仲間の身を案じていた時、力強い男の気配を感じ取る。

 

「あ……あの人は……?」

 

まるで天狗の如き華麗な跳躍術を用いて建物の上を忍者の如く駆け抜けていく漆黒の書生。

 

ハイカラマントの肩には黒猫が掴まっており、書生と共に戦場に目を向ける。

 

横を飛ぶモー・ショボーは焦りを浮かべながら悪魔の居所を伝えてくれるようだ。

 

「ライドウ!あのビルジングの屋上からクルースニクの魔力を感じるよ!!」

 

「奴の魔力が弱り切っている……不味いぞ、ライドウ!」

 

「悠長に階段を上っている暇はない、一気に行くぞ!!」

 

ライドウ達が援軍として迫る中、屋上では処刑とも呼べる凄惨な光景が広がっている。

 

操られた魔法少女が芭蕉扇に魔力を込め、マギア魔法を放つ。

 

「風よ……世界を紡いで。一度触れたら逃げられない」

 

暴風が巻き付くように吹き荒れる芭蕉扇を振り抜き、ビルの屋上に暴風が巻き起こる。

 

<<うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーッッ!!!>>

 

屋上に大きな竜巻が生み出され、ももことクルースニクは竜巻に飲み込まれて巻き上げられる。

 

里見那由他のマギア魔法である『文化的躍進の気流』に飲まれた者達は受け身が出来ない体勢だ。

 

毒に侵されて身動き出来ないももこを掴んだクルースニクは身を挺して彼女を庇う。

 

地面に叩きつけられたクルースニクが呻き声を上げる中、虚無の魔法少女は吐き捨ててくる。

 

「この無限にたゆたう無の世界で……誰にも知られず……消えるしかないんですの……」

 

「その通り。お前ら魔法少女など、我々悪魔にとっては消費物に過ぎないんだ」

 

「魔法少女の魂を喰らい、オレ達は強くなる。だからこそ誰にも知られず消費されていくんだぜ」

 

「私は……疲れましたの。この世界に希望なんてない……だったら……クドラク様についていく」

 

「おーおー、可愛い娘だ。利用されていると知りながら、まだオレについてくるとよ?」

 

「これが絶望に飲まれた者の本音といったところですかね?魅了魔法の影響でポロリと出たのさ」

 

尚紀や太助から聞かされてきたこの世の隠された事実を知った彼女の心には絶望が渦巻いている。

 

魔法少女の力をもってしてもどうする事も出来ない仕組みに支配された世界で生きるしかない。

 

そんな絶望に支配されている彼女の本音は氷室ラビと同じく虚無を望む気持ちなのであろう。

 

しかし、現実が何であろうと自分の信念を貫く者が立ち上がっていく。

 

「まだだ……私はまだ……立てるぞ……」

 

気力を振り絞りながら立ち上がるクルースニクは自らを盾にしてでも倒れた者を守ろうとする。

 

そんな彼の優しさが辛いのか、ももこの目から涙が溢れ出す。

 

「ダメだ……ダメだ……ッッ!!逃げてよ……お願いだから……アタシを捨てて逃げてぇ!!」

 

「君を見捨てて逃げるぐらいなら……私は自分の正義と共に死のう」

 

「バカ……野郎……ッッ!!」

 

クルースニクは薙ぎ払うように右腕を振り、マハラギオンを用いて業火の壁を生み出す。

 

炎を壁にしながら自分の剣を取りに行くのだが、炎を無効化したクドラクが飛び込んでくる。

 

「苦し紛れの魔法攻撃でオレをどうにか出来ると思ってんのかぁ!!」

 

「がはぁ!!!」

 

爪から麻痺毒を分泌させて放つ『マヒひっかき』を背中に浴びたクルースニクが倒れ込む。

 

魔力属性である毒に耐性はあっても神経属性である麻痺を無効化する力は彼には備わっていない。

 

「オラァァァ―――ッッ!!儂の分も喰らっとけやぁ!!」

 

「ぐはぁ!!!」

 

大きく跳躍して炎の壁を越えてきたクバンダが倒れ込んだクルースニクの背中にのしかかる。

 

痩せた体だが三メートルもの巨体の体重を浴びたクルースニクは背骨を傷めたようだ。

 

尚も踏み付け蹴りを放ち続けるクバンダであるが、周囲に破魔の布陣が敷かれた事に気が付く。

 

「チッ!!」

 

跳躍してマハンマオンを避けたクバンダの隙をつき、ふらつきながら起き上がる者が歩いていく。

 

よろめきながら進み続け、もう少しで自分の剣に右手が届くその瞬間を狙う者がいる。

 

集中力を一気に高めたクドラクが右手を開きながらかざし、超能力魔法の上位魔法を行使。

 

「グアァァァァーーーーッッ!!!」

 

クドラクの右手が握り込まれた瞬間、クルースニクの右腕が一瞬で圧し潰される。

 

『サイダイン』の空間圧縮によって右腕を失ったクルースニクが血を撒き散らしながら後ずさる。

 

「儂の体を焼いてくれたお礼はこの程度じゃ終わらねぇぞーーッッ!!」

 

クバンダの蹴りが背中に決まった事で背骨が折れ、クルースニクがクドラクに向けて飛ばされる。

 

超能力魔法のサイを用いて敵の体を宙に浮かせるクドラクは勝利を確信した表情を浮かべるのだ。

 

「やめろ……やめてくれ……ッッ!!殺すならアタシだけにしろよぉぉぉ……ッッ!!」

 

「言われなくても、テメェは後でじっくりなぶり殺しにしてやる。先ずは目の前のコイツだ」

 

帯電させた右手を構えたクドラクが放つのは電撃を纏わせた貫手。

 

狙うのはクルースニクの急所となるだろう心臓であった。

 

「今度は邪魔は入らねぇ。そのために人質を用意した甲斐もあったってわけだ」

 

邪悪な笑みを浮かべたクドラクが迷いなく動く。

 

鈍化した世界。

 

叫ぶももこの眼前では、大きく血が飛び散る光景が広がっている。

 

「ゴフッ!!!!」

 

迷いなく心臓を貫いたクドラクの抜き手に纏わせた電撃がクルースニクの体を焼く。

 

「やだ……やだぁ……やだぁぁぁぁーーーーッッ!!!」

 

スローモーション世界の地面に倒れ込むクルースニク。

 

返り血塗れの抜き手を抜いたクドラクは完全勝利の余韻に浸っている顔つきを浮かべる。

 

ももこの叫びも那由他には届かず、主人から下される次の命令を待つばかり。

 

もはや希望は断たれた光景が広がっていた時、ビルの側面を跳躍してくる存在が飛び出す。

 

「貴様は!!?」

 

窓ガラスも備わっていない廃墟ビルの窓際を足場にしながら飛び続けてきたライドウが銃を抜く。

 

モー・ショボーから風の加護を受けた疾風弾が次々とクドラクに命中し、彼は体勢を崩す。

 

屋上の地面にゴウトと共に着地したライドウは周囲に目を向け、状況判断を下した彼が叫ぶ。

 

「モー・ショボー!!魅了された魔法少女を回復して、倒れ込んでいる魔法少女も回復しろ!!」

 

「了解だよ!!」

 

突然現れた悪魔少女が那由他に目掛けて突っ込んでいく。

 

「きゃあ!?」

 

飛びながら体当たりを仕掛けて押し倒した彼女が馬乗りになり、悪そうな笑みを浮かべてくる。

 

「ちょっとキツイのいっとこうかな?大事な仲魔を傷つけられたんだし!」

 

右手を持ち上げたモー・ショボーは、あろことか気付けの往復ビンタを始めていく。

 

「キャン!?あふっ!!痛い!!やめて!!ぐえーーーっ!!?」

 

やろうと思えば状態異常を全て回復する『パトラ』が使えるのだろうが、あえてやらない。

 

それぐらい今のモー・ショボーは怒っているのだ。

 

その怒りはライドウも同じであり、吹き上がるMAGを纏った陰陽葛葉を抜刀する。

 

霞の構えを行うライドウの背後に浮かぶのは、刀のMAGが放つ光によって構成された人影。

 

ヨシツネの影も霞の構えを行い、ライドウと一心同体の戦いを始めようとしてくれるのだ。

 

「クルースニクの無念……自分が晴らす。命が惜しくない者から、かかって来るがいい!!」

 

「しゃらくせぇ!!クルースニクの召喚者もまとめて……この世から消してやる!!」

 

クドラクとクバンダが一斉に飛び掛かる中、仲魔の無念を背負うデビルサマナーが刃をかざす。

 

()()()()()()()()()()()、14代目葛葉ライドウの戦いが始まっていくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

クドラクとクバンダを相手に死闘を繰り広げるライドウの横では倒れたももこが地面を這いずる。

 

向かう先とはトドメを刺されて倒れ込むクルースニクの元。

 

「しっかり……してよ……お願いだから……目を覚まして……ッッ!!」

 

ももこが顔の横にまでたどり着いた時、もう彼は助からない事に気が付くだろう。

 

全身にひび割れが起きていくクルースニクの体はもう直砕けてMAGの光となるしかない。

 

「ライドウが来てくれた……後は彼に任せられる。役目を果たせなかった私は……死ぬだけだ」

 

「諦めちゃダメだ!闇の吸血鬼と戦うのが光のヴァンパイアハンターだろ!?役目を果たせよ!」

 

「力及ばず……敗れ去る時もある。私に力が足りなかっただけのこと……」

 

「そんなことない!全部アタシのせいなんだ……アタシが足手まといになったせいで……」

 

「ももこ……」

 

不甲斐ない自分の姿に悔し涙が零れ続ける顔を見せてくるももこを見た彼がこう告げてくる。

 

その表情は若い少女の未来を守れたことだけは誇りだとでも言いたげに微笑んでくれるのだ。

 

「君は若い……これからも多くを学べる。だから生きてくれ……私の分まで……」

 

「クルースニク……」

 

最後の力を振り絞りながら砕けていく左手を持ち上げ、ももこは彼の左手を両手で掴む。

 

「最後を看取ってくれる者が……悪魔の私を恐れない者でいてくれて……良かった……」

 

その一言を聞いた瞬間、彼がどれだけ悪者にされながら生きてきたのかを感じ取る。

 

かつて自分がやったような出来事が何度も起きてきたのだろう。

 

悪魔だというだけで、男だというだけで、悪者にされてきた彼の姿があったのかもしれない。

 

そこには自分の偏見感情しか見ず、()()()()()()()()()達が彼を罵る光景があったのだろう。

 

嘉嶋尚紀に向けて悪者だと決めつけてきた十咎ももこと変わらない者達がいたのだろう。

 

「アタシ…馬鹿だった…。悪魔だというだけで…男だというだけで…他人を悪者にするなんて…」

 

後悔の感情で震えていた彼女が決断するかのようにして顔を上げていく。

 

その表情は全てを受け入れる覚悟をもった戦士の顔つきを浮かべてくれている。

 

「クルースニク……アタシが引き継ぐよ」

 

「えっ……?」

 

「アタシが光のヴァンパイアハンターの道を引き継ぐ。だから……アタシの体を使ってよ」

 

「何を言い出すんだ……?ま…まさか君は……」

 

「ヴィクトルさんから聞いた事がある。悪魔合体以外でも…人間は悪魔と融合出来るって」

 

概念存在である悪魔はあらゆる物質に転移する事が出来る。

 

物質である武器だけでなく、物質である人間に転移する事だって出来ると教えてくれたようだ。

 

「この世に受肉している器を失うなら…別の受肉している器で生きられる。アタシを器にして」

 

「バカな……私と融合する気なのか?そんなことをすれば……君の肉体まで悪魔に……」

 

「悪魔になったって構わない…。みたまや令ちゃん、かなえさんやメルも超えてきた道さ」

 

真っ直ぐな目を向けてくる彼女の覚悟を感じ取ったクルースニクは頷いてくれる。

 

「分かった…。受け継いでくれ……私の……私の……白き……意思……を……」

 

目を閉じたクルースニクの体が砕け散り、MAGの光を撒き散らす。

 

だが宇宙の熱になることを拒むかのようにして十咎ももこの周囲に集まっていく。

 

気力を振り絞って体を起こした彼女が両手を合わせるようにして祈りを捧げる姿を見せる。

 

「神様……きっとこれが最後の祈りになる。罰当たりなアタシだけど……どうかお願い」

 

契約の天使によって魂を抜かれた彼女の体の中に次々とMAGが入り込んでいく。

 

ももこの体が光を放ち始め、周囲を明るく照らしてくれる。

 

「な……なんだ!?」

 

「あれは……一体何だってんだぁ!!」

 

驚愕の表情を浮かべるクドラクとクバンダ。

 

戦いを止めたライドウもまた視線を彼女に向けたままこう呟いてくれる。

 

「クルースニク……それがお前の意思なのだな?ならば……何も言うまい」

 

眩い程にまで輝く彼女が立ち上がり、その姿を変化させていく。

 

まるで純白のシスターを彷彿とさせる程の新たな姿に進化していくのだ。

 

長手袋や編み上げサイハイブーツを纏い、白を基調としたカソックローブを身に着けた姿。

 

頭には透き通った純白のシスターベールを纏い、穢れなき百合の花飾りが生み出される。

 

目を瞑っていた彼女が目を開ければ、クルースニクと同じく深紅の瞳が輝く。

 

その穢れなき純白の姿は、まるで光のヴァンパイアハンターと瓜二つのように見えるだろう。

 

「……テメェの体から二つの魔力を感じる。魔法少女の魔力と…クルースニクの魔力が……」

 

「……それも直ぐ、一つになるさ」

 

左手に持たれているのは魔法少女として生きた証である十咎ももこのソウルジェム。

 

視線を向ける彼女は微笑み、後悔のない顔を浮かべながらこう言ってくれる。

 

「悪魔のように悪者にされながら生きていくのも……悪くはないさ」

 

意を決した彼女がソウルジェムを口に咥えた後、嚙み砕く。

 

キュウベぇによって引っ張り出された自分の魂を悪魔の肉体が吸収していき、魂を内に戻す。

 

「……うん、悪くない。やっぱり自分の魂が外側にあるだなんて…おかしかったからね」

 

「新しいクルースニクになったっていうのかよ……?魔法少女のテメェなんかが!!?」

 

「試してみたら分かるんじゃない?」

 

不敵な笑みを浮かべたももこが右手に光を放出させていく。

 

ももこの新たな武器として生み出されたのは片刃の大剣を巨大な十字架に変えたような形。

 

柄を持ちながら前に掲げた十字架が光を放ち、悪魔達を動揺させていく。

 

「アタシの夢は真っ白なベールに包まれた。生まれた赤子が()()()()()()()()()()()()()ように」

 

ライドウに視線を送るももこの意思を受け取った彼が頷いてくれる。

 

「共に戦おう。光のヴァンパイアハンターよ」

 

「フフッ♪後悔させないよ、ライドウさん!」

 

武器を構えた2人が退魔の力を全開にしながら悪魔達に斬り込んでいく。

 

迎え撃つクドラクは新たなクルースニクとなったももこに飛び掛かり、激しい戦いを繰り広げる。

 

戦いながらもクドラクは感じているはずだ。

 

目の前で戦う者の中に宿った忌々しい程にまで穢れなき()()()()()を恐怖するのであった。

 




悪魔合体施設で悪魔化ばかりは芸がないので真女神転生5主人公を意識した悪魔変身を描いてみました(あっちは神ですが)
モー・ショボーに馬乗りされながら罵られ隊総勢一名参上!


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243話 夜を狩る者

クバンダの拘束によって倒れ込んでいた者達であるが、みたまの魔法武器の力で拘束を解く。

 

変身した者達が異界の道を急ぐ中、空から降りてくる人影を見つけたようだ。

 

「あっ!あの子ってもしかして……ライドウさんの仲魔のモー・ショボーちゃんじゃないの?」

 

「おまけに……あの子が抱えている魔法少女は那由他ちゃんだと思うんだけど……」

 

「な……なんかあの子、顔中腫れ上がってない?」

 

空からやってきたモー・ショボーが彼女達の元に降りてくる。

 

地面に下ろされた那由他であるが、両頬が腫れ上がり苦しそうである。

 

「魅了魔法で操られてたから張り倒してやったんだけど……やり過ぎちゃった。めんごめんご♪」

 

「ま……前が見えないですの……」

 

グロッキー状態の那由他に駆け寄ってきたレナとかえでが彼女を抱き上げてくれる。

 

「ショボーちゃん、ももこを見かけなかった?彼女は大丈夫なの?」

 

心配そうな顔を向けてくるみたまに向けてモー・ショボーは顔を俯けながら教えてくれる。

 

「彼女はね…貴女と同じ道を進んだよ。私達の仲魔と融合して……悪魔となったんだ」

 

「な……なんですって!?ももこまで悪魔になったっていうの!?」

 

「彼女はクルースニクの魂を受け継いでくれた。だからこそ、彼の使命を果たしてくれる」

 

その言葉が意味するのはクルースニクの死であり、ももこが新たなクルースニクとなったこと。

 

動揺の表情を浮かべる者達であるが、みたまは覚悟を決めながらこう言ってくれる。

 

「レナちゃん、かえでちゃん。那由他ちゃんを何処かに避難させて回復してあげて」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?みたまさん独りで向かうつもりなの!?」

 

「危険過ぎるよぉ!!私達だってももこちゃんが心配でたまらない!ついて行かせて!!」

 

「彼女の言うことを聞いた方がいいよ。私だって危ないから避難してきたんだしね」

 

「ここからは悪魔の戦場よ。同じ悪魔となった者として…私がももこの援軍に向かうわ」

 

「心配しないで、ライドウもついてるから。それに今のももこさんはとっても強いんだよ」

 

みたまの強い意思に押し切られたのか、レナとかえでは渋々頷いてくれる。

 

走っていく彼女を見送った4人は夜魔の住処となった高層ビルを見上げていく。

 

そこに見えたのは荒れ狂う雷と風が吹き荒れる光景であったようだ。

 

高層ビルの屋上では激戦が繰り広げられている。

 

「ウォォォォーーーーッッ!!」

 

クドラクが放つマハジオンガの雨を潜り抜けたももこが跳躍し、武器を振り上げる。

 

柄から上はY字を描くように曲がった十字架であり、金の百合をあしらった半円の刃も備わる。

 

斬るよりも叩きつけるタイプの武器であり、巨大な戦斧のようにも見えてくるだろう。

 

「くっ!!」

 

真剣白刃取りの如く両手で十字架を挟み取るクドラクであるが想像以上に重い一撃となる。

 

「ぬぉぉぉぉーーーーッッ!!」

 

地面が次々と砕けていき、下層に向けて一気に落とし込まれていく。

 

十字架を受け止めながらもクドラクの体が燃え上がるのだが、炎を無効化しながら耐え抜く。

 

彼女の新たな武器は殴りつけると相手が燃え上がる属性武器なのであろう。

 

高層ビルの中層辺りにまで落ちていった者達の上ではクバンダが風魔法を放ち続ける。

 

対するライドウは風の切れ目を縫うようにしながら華麗な跳躍移動を繰り返す。

 

八艘飛びを用いるライドウの動きはヨシツネの幼名であった牛若丸そのものに見えてくる。

 

ライドウの斬撃を避けるクバンダが俊足で移動するが、ライドウもまた横移動で追いつく。

 

「逃さん」

 

「韋駄天とも呼ばれたこの儂の動きに追いついてくるとは!?貴様は何者だぁ!!」

 

「14代目葛葉ライドウ」

 

「14代目の葛葉ライドウ!?馬鹿な!!21世紀の葛葉四天王は崩壊しているはずだ!!」

 

「これから死ぬ者が気にするな」

 

墨縄の刃と陰陽葛葉の刃がぶつかり合い、激しい剣戟を繰り返す。

 

一方、中層にまで落とし込まれたクドラクは両足で踏ん張ったまま十字架を持ち上げていく。

 

「オレを相手にここまで押し込むか!どうやらテメェはマジでクルースニクになったようだ!!」

 

「言っただろ!試してみたら分かるって!」

 

「小娘が!!奴の力を手に入れたところで、付け焼き刃ではどうにもならねぇのを教えてやる!」

 

クドラクは霧化を用いて脱出し、毒の霧を用いてももこの体にまとわりつく。

 

このまま毒で殺そうとするのだがクルースニクの耐性を手に入れた彼女には通じない。

 

「いいのかい?アタシの周囲にまとわりついてたら、そのまま天に召されちまうよ!」

 

前に向けて十字架を掲げれば武器が光を放ち、マハンマオンを周囲に放つ。

 

「くっ!!」

 

拘束を解いて実体化し直した相手に目掛けて大きくフルスイングされた十字架が迫りくる。

 

だが蝙蝠化を用いて避けたクドラクは距離をとるためにビルを飛び出す。

 

上空で実体化しながら後ろに振り向き、片手を掲げてジオンガを放とうとした彼が驚く。

 

「なんだとぉ!?」

 

大きく跳躍してきた彼女が左拳を振り上げ、気合を込めたパンチを顔面に浴びせる。

 

「ぐふっ!!!」

 

殴りつけられた相手は向こう側のビルの窓ガラスを突き破り、壁に激突してしまう。

 

地面に倒れて片膝をつくクドラクの前に迫るのは闇の吸血鬼を滅ぼす者。

 

「免罪は期待するなよ。シスターだって怒るんだ」

 

振り上げた十字架を再び打ち込もうとするが、一気に飛び込んだクドラクがタックルを狙う。

 

「くっ!?」

 

威力はでかいが鈍重で大柄な武器を振り回す相手ならば接近戦に持ち込めばいい。

 

そう判断したクドラクにテイクダウンを取られたももこは馬乗り状態となってしまう。

 

「シャァァァーーーーッッ!!!」

 

凶悪な牙を広げたクドラクがももこの首に牙を突き立てんと噛み付き攻撃を狙ってくる。

 

ももこはクドラクの顔を抑え込みながら噛み付き行為を防ぎ、反撃の左肘打ちを放つ。

 

側頭部に肘打ちが決まったクドラクが横に転げ落ち、両者が立ち上がりながら睨み合う。

 

「そんな御大層な武器を振り回してるから組み付かれるんだよ。やはり接近戦に弱いようだ」

 

「確かに、こんなどでかい武器の懐に入られたら対処は難しいよね」

 

武器を消し去ったももこが腰を落とし、足を開きながら両手を構えていく。

 

クルースニクと融合することで力と経験によるパワーファイト以外の戦い方も身に着けたようだ。

 

「来なよ、吸血鬼。か弱いシスター相手に臆病風に吹かれるなら、離れて戦ってもいいよ」

 

不敵な笑みを浮かべてくるももこの挑発に激高したクドラクが拳を固めてくる。

 

「図に乗るなよ……クソアマ」

 

クドラクがゆっくりと横に向けて歩いていく。

 

構えを解いたももこもゆっくりとした動きでついていく。

 

2人が飛び込んだオフィス跡地を歩く中、先に仕掛けたのはクドラクだ。

 

蹴り込んだオフィス机がももこに向かってスライドしていき、彼女は走りながら飛び込む。

 

机の上に片手をつきながら跳躍、きりもみ着地すると同時に左蹴りを放つ。 

 

横に避けたクドラクに向けて内回し蹴りを放つが回し蹴りで彼女の蹴り足が弾かれる。

 

クドラクが反撃のハイキックを放つがカウンターとして片手をつく程の低空後ろ回し蹴りを放つ。

 

「ゴフッ!!」

 

側頭部を蹴り込まれてきりもみしながら倒れ込むクドラクが立ち上がり、叫びながら走り込む。

 

「オォォォーーッッ!!」

 

両手を用いてひっかき攻撃を狙う敵の腕を両手で払い続け、地を這う程の前掃腿を側転で避ける。

 

着地した彼女に目掛けてミドルキックを狙うが両腕で抱え込む形で受け止められたようだ。

 

「まだまだぁ!!」

 

彼女の腕に支えられながら片足蹴りを放ち、蹴り込む反動を利用して大きく後方宙返りを行う。

 

大きく離れたクドラクが右手を前に向け、超能力魔法で周囲のオフィス用品を宙に浮かせていく。

 

「喰らいやがれ!!」

 

弾丸のように射出されたオフィス用品を見た彼女は後ろにある机に両手をつけ大きく側転。

 

着地と同時に机を蹴り上げ、机を壁にするようにして入り込む。

 

次々とぶつかってくるオフィス用品を防いだ彼女が机を飛び越え、互いに走り込む。

 

振り上げた相手のひっかき攻撃を潜り抜け、デスカウンターの如き一撃が体に叩きこまれる。

 

「ごはぁ!!!」

 

みぞおち打ちを喰らい吐瀉物を撒き散らすが、怯まず攻め込んでくる。

 

互いに乱打を打ち合い、振り上げたひっかき攻撃の腕を掴みながら回しこみ、関節を決める。

 

「ぐっ!!」

 

関節を決められたまま体に蹴りを浴び、怯んだ相手に向けてももこはアッパーカットを放つ。

 

顎を打ち上げられた相手に目掛けて一気に跳躍。

 

「まだだよ!!」

 

きりもみ回転を加えた飛び蹴りが決まった事でクドラクがビルの端にまで蹴り飛ばされるのだ。

 

「バカな……こんなことがあってたまるか。オレが……夜を支配するオレが小娘如きに……」

 

動揺を浮かべながら立ち上がっていく吸血鬼が迫ってくる吸血鬼狩人に視線を向けていく。

 

「クルースニクが味わった無念はこんなもんじゃない。ここをお前の墓標にしてやる」

 

死ぬまで殴り続けても構わないとばかりに両指を鳴らしながらももこは迫ってくる。

 

立ち上がったクドラクの後ろは砕けた窓辺であり、迫りくる死に彼は気が付いていない。

 

「このクドラク様が……獲物に過ぎない魔法少女だった小娘如きに!!負けてたまるかぁ!!」

 

<<魔法少女を侮るからこそ、報いを受けるのよ>>

 

響き渡ったのは死神の声であり、反応したクドラクが後ろに視線を向けようとするが無駄だ。

 

「がっ……?」

 

回転して飛来した死神の刃がクドラクの首を切断し、首と共に倒れ込んだ体が外に落ちていく。

 

「うわっと!?」

 

回転を続けながら迫ってきた大鎌を避けたももこがオフィスの入口方面に視線を向ける。

 

大鎌を右手で受け取ったのは常闇の淑女として生きる悪魔少女、八雲みたまであったようだ。

 

「おいおい……せっかくの見せ場だったのに、いいところをみたまに盗られちゃったよ」

 

「フフッ♪派手に暴れてくれてたから私に気が付かなかったみたい。……それが新しい姿なのね」

 

「うん……アタシは悪魔になったんだ。アタシのために死んでくれたクルースニクのためにね」

 

「ももこも悪魔に生かされた者なのね。なら、私と同じ運命の下に生まれた女の子よ♪」

 

「そうだな…みたまと同じ人生を生きる事になる。レナとかえでに…なんて言い訳しよう?」

 

「あの2人なら受け入れてくれるわよ。悪魔になった私を受け入れてくれた女の子ですもの」

 

微笑みを浮かべていた時、膨大な魔力が噴き上がる気配を感じた2人が窓に視線を向ける。

 

窓の外には大量の蝙蝠が上空に向けて飛び立っていき、クドラクはまだ生きている事に気が付く。

 

「上に登ろう!!奴はまだ死んでいない!!」

 

「しつこい悪魔ね……吸血鬼退治はニンニク料理を食べさせるしかないのかしら?」

 

「みたまのニンニク料理なら確実に倒せそうだけど…今はそんな話をしてる場合じゃないって!」

 

無駄口を叩きながら階段を登り、屋上に飛び出した彼女達が異界の夜空に視線を向ける。

 

「あ……あれは……」

 

「蝙蝠の大群が……巨大な顔になっていく……」

 

異界の夜空に浮かび上がる恐ろしい存在。

 

それは憤怒の形相を浮かべるクドラクの頭部を形作る蝙蝠の大群であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

激戦を繰り返すライドウとクバンダであるが、クバンダは勝負をかけるために補助魔法を行使。

 

戦いながらもスクカジャを自身にかけ続け、ライドウの高速斬撃を避けれるまでに回避力が増す。

 

「儂の俊足は完成した!これより貴様に巻き起こるのは、一方的な袋叩きだぁ!!」

 

「それがどうした?」

 

「余裕ぶってんじゃねぇ!!もうテメェの斬撃は儂の体には当たってねーぞぉ!!」

 

「自分は独りで戦う者ではない」

 

ライドウはモー・ショボー以外の仲魔も既に召喚している。

 

仲魔に向けてのMAG供給が断たれた瞬間、ビルを登りながらも仲魔を救えなかった事を悟る。

 

二体の悪魔召喚が出来るライドウはクルースニクに代わる次の悪魔を召喚していたのだ。

 

「ドゥフフフフ、そろそろボクの出番っすね、サマナー君」

 

物陰からひょっこり顔を出すのはモコイである。

 

小さな彼が片手を伸ばして放つのはデカジャであり、クバンダのスクカジャ効果を解除してくる。

 

「伏兵を潜ませていたのか!?」

 

スピードが元に戻ってしまい隙が生まれた勝機をライドウは逃さない。

 

燃え上がるように輝くMAGを放つ陰陽葛葉を構えたライドウの背後にヨシツネの影が浮かぶ。

 

「受けてみろ……これがヨシツネから受け継いだ、京八流の奥義だぁ!!」

 

八艘飛びを用いた高速移動から放ち続けるのは、目にも止まらぬ八連撃。

 

「グァァァァァーーーーッッ!!バカなァァァァーーーーッッ!!?」

 

体を次々と切り捨てられていくクバンダが絶命していき、MAGの光を撒き散らす最後を迎える。

 

顔を横に向ければ近寄ってきたモコイが顔を上げてきたようだ。

 

「いい連携だったな」

 

「イケてるね、ボク。クルースニクは残念だったね」

 

「……そうだな」

 

モコイを召喚管に仕舞い、勝利の余韻に浸るライドウに向けて黒猫のゴウトは叫んでくる。

 

「ライドウ!まだ終わってはおらぬぞ!!」

 

ゴウトの叫びによって異界の空に広がっていく巨影に気が付いた彼が上空を見上げる。

 

「あれは……」

 

異界の空に構築されたのは巨大なクドラクの頭部に見せかけた蝙蝠の集合体。

 

憤怒に歪んだ存在が地上の虫けらに向けて叫んでくる。

 

<<クソガキ共がぁぁぁーーッッ!!調子こいてんじゃねーぞぉぉぉぉーーーッッ!!>>

 

異界の街に大きな振動が生み出されていく。

 

ももこ達が地上に目を向ければ、次々とビルが持ち上がっていく。

 

空に巻き上げられるようにして浮遊していくビルの光景はまるで大魔女ワルプルギスの夜の力だ。

 

超能力魔法の最上位であるマハサイダインが行使される光景を見たライドウは召喚管を抜く。

 

「召喚、粉砕せよ」

 

片手で印を結びながら管を振り抜き、膨大なMAGが吹き荒れる。

 

建設途中のビルの横に並び立つ程の巨大な悪魔が召喚されるのだ。

 

「我を呼んだか、ライドウ!!」

 

全高50mをした巨神こそ、巨人だいだらぼっち伝承の原型であるオオミツヌ。

 

見上げる程の巨大な援軍を召喚してくれた事でももこ達も奮い立ち、覚悟を決めてくれる。

 

「アタシ達もライドウさんに負けてられないな!」

 

「勿論よ!マカーブルとなった私の力を見せてあげるわ!」

 

地上で佇む者達を潰そうと宙に浮かぶビルの数々が次々と発射されていく。

 

迎え撃つオオミツヌの腕部が回転していき極大の雷を帯電させながら右腕を振り上げる。

 

「我、溌剌反正(はつらつはんせい)を求むる者なり!!」

 

巨大な拳が振るわれると迫りくるビルの一つが一気に砕け散る。

 

右腕だけでなく左腕からも拳を放ち、落ちてくるビルの数々を文字通り粉砕していくのだ。

 

「謝らなくていいよ。だってもう、遅いからね!!」

 

黄金の十字架を再び生み出した彼女が柄を握り込む。

 

十字架武器の柄の下側がさらに伸び、抱え込むようにしながら柄の下側を上空に向ける。

 

魔力が大きく注ぎ込まれた武器が青白く光り、柄の下側部分がエネルギー兵器のように光り輝く。

 

「浄化の光を……くらえーーーっ!!!」

 

青白い光の本流が放たれる光景こそ、クルースニクの必殺技ともいえた天扇弓の一撃。

 

それを彼女なりにアレンジした必殺技こそ『オープン・エクソシズムバスター』なのだ。

 

放射された光が無数の光弾のようになっていき迫りくるビルに直撃。

 

跡形もない瓦礫となってしまうが空からはまだまだビルが降ってくる。

 

「私だって……戦えるようになったんだから!!」

 

右手を振りかぶると宙に浮かぶ大鎌もまた振りかぶられる。

 

闇の魔力を大鎌にまとわせた一撃とは魔人ペイルライダーが得意とした戦技。

 

魔人と同じく死を司る悪魔少女が右手を振り抜き、同時に大鎌もまた刃を振りぬく。

 

大鎌の刃から衝撃波が広域放射される一撃とはベノンザッパーである。

 

上空から迫るビルを衝撃波で圧し潰すようにしながら破壊してみせたようだ。

 

<<まだだァァァァーーーーッッ!!!>>

 

自分達が根城にしていた建設途中ビルが超能力の力で岩盤ごと持ち上がっていく。

 

屋上から跳躍してオオミツヌの肩に着地したライドウがももこに向けて吠える。

 

「十咎ももこ!!決めてこい!!」

 

ライドウが投げ放った武器を彼女は右手で掴み取る。

 

託されたのは死んでも形が残っていてくれたクルースニクの形見である銀の剣。

 

「うん!!分かった!!」

 

みたまに顔を向けるももこの意思を理解したのか、彼女は大鎌を操る。

 

大鎌の柄の上に飛び乗った彼女を勢いよく空中に向けて投げ放つ。

 

<<勝負だぁぁぁーーーーッッ!!クソアマァァァァーーーーッッ!!!>>

 

大きく回転させた巨大ビルを地上に向けて投げ放つ。

 

一気に飛翔していくももこに目掛けてビルが迫りくる中、意を決した彼女が突っ込んでいく。

 

「ウォォォォーーーーッッ!!!」

 

ビルの中に入り込んだ彼女が洗濯機の中のように回転するビルの内部を駆けていく。

 

行き止まりの壁が迫った時には銀の剣を用いて壁を断ち切りながら飛び出し、彼女は跳躍。

 

迫りくるビルを足場として利用した彼女が空に目掛けて突っ込み、蝙蝠の集合体の中に入り込む。

 

無数の蝙蝠共がももこに喰らいつこうとする中、彼女はクルースニクの剣技を放つ。

 

「どいたどいたどいたぁーーーーッッ!!!」

 

周囲を高速で切り裂く剣技とは刹那五月雨斬りであり、無数の蝙蝠達を切り捨てながら突き進む。

 

「見えた!!」

 

蝙蝠の集合体の中心部で浮かんでいたのは斬り落とされたクドラクの生首。

 

「裁きだ!!これで終わり!!」

 

引き絞った一撃がクドラクの頭部を貫く。

 

「ガッ……ッッ!!!!」

 

銀の刃がクドラクの頭部を貫いた瞬間、蝙蝠の集合体が一気に燃え広がる。

 

異界の夜空が炎のように燃え上がる中、ももこは地上に向けて落ちていく。

 

そんな彼女に着地の足場を作ってくれたのは右手を差し出したオオミツヌ。

 

彼の掌に着地したももこは右肩の上に立つライドウに向けて親指を持ち上げる。

 

ライドウは頷き、彼女を新たなヴァンパイアハンターとして認めるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ももこをみたまが立つビルの屋上に下ろせるようオオミツヌが手を向けていく。

 

飛びのいた彼女は後ろを振り向きながらお礼を言い、近寄ってくるみたまに顔を向ける。

 

「やったわね!ももこ!!」

 

「勝利のブイサイン!を浮かべたいところなんだけど……」

 

右肩に担いだ剣を持ち上げてみれば、まだクドラクの頭部が残っている。

 

体を構築していた蝙蝠は全て燃え上がりMAGの光となったようだが怨念めいて形を残す。

 

「ハ……ハハハ……これで勝ったと……思うなよ……小娘悪魔共……」

 

「往生際が悪い悪魔だな!さっさと消えてしまえ!!」

 

「オレが消えようとも……オレの遺伝子は残り続ける。新たなクドラクとなる者がいるのさ……」

 

「……十七夜のことね?」

 

「あの女は最高の吸血鬼として成長してくれた……。あの女なら……テメェを倒せる……」

 

刃に刺さったクドラクの顔の亀裂が限界にまで達したことで形が崩れていく。

 

「それにオレは……多くの血をばら撒いた……。他の吸血鬼共も……テメェを襲いに来る……」

 

「吸血鬼は知恵ある悪魔だ…。もしかしたら……アタシ以外も襲うかも……」

 

「恐怖しろ……絶望しろ……。テメェは……()()()()()()()()に……入り込ん……だ……ぜ……」

 

クドラクの頭部が砕け散り、MAGの光となる。

 

それを合図とするようにして、彼が言った言葉を体現する存在達が屋上に現れていくのだ。

 

<<ヒャーーハハハハハ!!ざまぁねぇぜ!!クドラクの野郎は!!>>

 

空から現れたり蝙蝠や霧の状態から具現化する存在達がももこ達を取り囲む。

 

現れたのは様子見を決め込んでいたヴァンパイア達のようだ。

 

「礼でも言っとくか?俺達を支配しようとした偉そうな吸血鬼を始末してくれてよぉ?」

 

「まぁ、俺達なりの礼儀は尽くした方がいいんじゃねーの?相手はヴァンパイアハンターだ」

 

「いずれ俺達の脅威となるなら、生かしておくわけにもいかねーしな」

 

「クドラクが言った言葉通り、お前のこれからの人生は……明けない夜となるのさ!!」

 

嘲笑うかのようにして高笑いを始めていく夜の魔物共に向けて十咎ももこは誓いの言葉を放つ。

 

銀の剣を吸血鬼達に向ける者こそ、次代のクルースニクなのだ。

 

「そうか。なら他の連中にも言っとけ!アタシは呪われし存在となったお前達を許さない!」

 

魔力で銀の鞘を生み出した彼女が縦に向けて構え、剣を合わせる形として十字架を生み出す。

 

「今よりアタシの人生は……()()()()()として生きていく!!」

 

ヴァンパイアハンターから挑戦状を叩きつけられた吸血鬼達が無数の蝙蝠となり去っていく。

 

それと同時に異界も解けていき、元の夜空の景色に戻ってくれたようだ。

 

見送ることしか今は出来ないももこの肩を掴むみたまは微笑んでくれる。

 

「大丈夫、私もついてる。明けない常闇の人生を進むなら…貴女の横を私も歩くわ、ももこ」

 

「頼りにしてるよ、みたま。これからも…よろしくね」

 

武器を仕舞ったももこが笑顔を浮かべていた時、屋上にまで上ってきたライドウ達が現れる。

 

「辛い選択をしたようだな、十咎ももこ。そんな時こそ仲魔の存在がうぬを支えてくれるだろう」

 

「ええと…ゴウトちゃんだっけ?喋ってる内容が分かるなら、アタシも悪魔だということだね」

 

「魔法少女が悪魔に転生を果たすか…。噂に聞いていた通り、魔法少女は条理を覆す存在だな」

 

「その…クルースニクのこと……本当にごめんね。大切な仲魔だったんでしょ?」

 

「言うな。奴が決めたことであり、ライドウも認めている。うぬこそが新たなクルースニクだ」

 

踵を返したライドウとゴウトが去っていき、モー・ショボーも手を振った後ついていく。

 

そんな時、顔を俯けていたみたまがライドウに声をかけてきたようだ。

 

「ライドウさん……。まだ……尚紀さんの命を狙い続けるの?」

 

それを問われたライドウの足が止まってしまう。

 

暫く無言を続けていたようだが、振り返らずに彼は去っていく。

 

彼女の質問の答えは未だに出せていない者であり、まだヤタガラスの命令に縛られている。

 

それでもライドウの心には深い迷いが生まれており、それを晴らせぬ己に憤るようだ。

 

何よりも自分に向けて怒りを燻ぶらせるのは、仲魔を守れない己の不甲斐なさであった。

 

「これで自分は……三体の仲魔を失ったことになる。力が足りない……力が必要なんだ」

 

オボログルマを召喚して乗り込んだライドウは家路に向かうことなく業魔殿へと向かっていく。

 

彼は手持ちのマッカを全て使い果たしてでも新たな力を求めるのだ。

 

悪魔合体施設の主であるヴィクトルは残してくれている。

 

大正時代から悪魔召喚師として生きてきた己の全てが記された証である悪魔全書を求めにいった。

 

……………。

 

那由他を家にまで送り届けた一行は帰路についていく。

 

少し思うところがあるのか、ももこは海岸通りの道を歩きたいと言い出してくる。

 

合流したレナとかえでも一緒についてくるのだが、その表情は不安が滲んでいたようだ。

 

「ねぇ……ももこ。悪魔になったこれからの人生は……どう生きていくの?」

 

「悪魔になった事を怒ってるわけじゃないの。ただ…これからも一緒にいてくれるのかなって…」

 

不安そうなレナとかえでの言葉を背中に浴びたももこは立ち止まり、視線を海に向けていく。

 

ポニーテールの髪が夜風で揺られる中、自分の思いを仲間達に伝えてくれようとしている。

 

「アタシのこれからは…ヴァンパイアハンターとして生きていく。だけど魔法少女の矜持もある」

 

「それじゃあ、これからもレナ達と一緒に戦ってくれるの…?」

 

「レナ達が望んでくれるなら一緒に戦いたい。だけど……だけどね……アタシは……」

 

恐怖心が芽生えてきたのかももこの顔が俯いていき、体も震えてしまう。

 

言葉に出すのが辛い彼女の代わりに親友のみたまが伝えてくれるのだ。

 

「ももこはね…ヴァンパイアハンターとして生きていく。だからこそ…弊害も背負うことになる」

 

クルースニクは夜の魔物共と戦うことで人間らしい生活を奪われながら生きた者。

 

吸血鬼に襲われて血を吸われた大切な人々は吸血鬼となり、殺す事でしか救えなかった。

 

吸血鬼を狩る者が背負わなければならない悲しみの業は何度でも繰り返されてしまう。

 

それが彼の背負った運命であり、クルースニクを継ぐ者もまた背負わなければならなかった。

 

「アタシは怖いんだ…。寝込みを襲われるのが怖い…家族や友達を狙われるのが怖い…」

 

「相手は人間のように知恵ある悪党よ。目的のためならあらゆる手段を行使してくる……」

 

「もし…アタシのせいでレナやかえで、それに他の魔法少女やその家族が報復されたら……」

 

震えるももこが想像してしまうのは、自分の前に並べられた家族や友達の死体の数々。

 

吸血鬼を狩る者に与える報復として死んだ者達が起き上がり、彼女を襲いに来る。

 

その光景はまるでお前のせいで私達は報復されて殺されたのだと怨嗟を撒き散らす亡者だろう。

 

「レナやかえで達に迷惑はかけられない…家族にも迷惑をかけたくない……だからアタシは……」

 

「バカなこと言わないで!!」

 

顔を真っ赤にしながら怒ってくれるレナが切実な気持ちを語ってくれる。

 

「迷惑をかけてくれてもいい!!レナ達はチームメイトでしょ!支え合うのが仲間じゃない!!」

 

「レナちゃんの言う通りだよ!訪れるかもしれない未来を怖がって…私達を遠ざけないで!!」

 

「尚紀さんから言われた言葉を思い出しなさいよ!あの時の彼はなんてももこに言ったのよ!」

 

レナに言われた言葉によって尚紀から伝えられた言葉の数々を思い出す。

 

日本人は人に迷惑をかけるなと教わるが、これは人に迷惑をかける事が前提となる。

 

迷惑をかけちゃいけないが迷惑をかけるのが人間として当たり前だと伝えてくれた過去があった。

 

「ももこが周りに迷惑をかけたってレナは許容してあげる!そして、足りない部分を支えるわ!」

 

「ももこちゃんがどんなに強くても…独りぼっちじゃ戦えないよ!だからこそ仲間が必要なの!」

 

「許して…くれるの……?アタシのせいでみんなに迷惑がかかっても……?」

 

「この子達だけじゃないわ、ももこの家族だって許してくれると思う。可愛い一人娘ですものね」

 

「みたま…レナ…かえで……グスッ……アタシ……エッグ……アタシィィィィ……ッッ!!」

 

涙が溢れ出したももこが駆け寄り、レナとかえでが彼女を受け止めてくれる。

 

悪魔と魔法少女が抱きしめ合い、支え合う光景を見守るみたまは心からこの光景を喜ぶのだ。

 

(この光景こそ私が望んだ理想よ。私達は支え合える…そう信じて生きていきましょう、ももこ)

 

先代のクルースニクに足りなかったものを次代のクルースニクはもっている。

 

それこそが魔法少女達の絆であり、その固さは現実の理不尽でさえ打ち砕くことは出来ない。

 

ももこの中に溶けたクルースニクの魂はそれを理解し、微笑みながらその意識を魔界に返す。

 

これからも十咎ももこは魔法少女達と共に戦い続けるだろう。

 

光のヴァンパイアハンターであり、魔法少女としても生きた矜持を貫く人生が始まっていった。

 




シスターももこというよりは、ベルモンド一族のももこにしてしまった(悪魔城ドラキュラ脳)


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244話 大国村

ここは島根県安来市の山奥にある秘境の村。

 

この地域は大国主神話やスサノオ神話と縁深い場所でありイザナギとイザナミ神話とも関連する。

 

何故ならこの一帯は日本神話における根の国と呼ばれる異界があると言われる地域だからだ。

 

根の国とは古事記において黄泉の国として記されており、黄泉平坂とも呼ばれている。

 

死者が辿り着くあの世に向かった神こそイザナギ神であり、スサノオとオオクニヌシも続くのだ。

 

出雲は日本神話にとって重要な地域であり、その地域を隠れ蓑にしている者こそ国津神であった。

 

……………。

 

「ヌエくーん、ポータブルバッテリーの充電終わったー?」

 

国津神達の隠れ里にある民家の中を覗き込むのは広江ちはるである。

 

中ではガタイの大きい太っちょ悪魔が充電ケーブルを噛みながらちはるに顔を向けてきたようだ。

 

【ヌエ】

 

平家物語で語られる平安時代末期の京を騒がせた怪物。

 

頭は猿で尾は蛇、身体は狸で手足は虎と合成獣のような見た目をしている悪魔のようだ。

 

トラツグミの声で鳴きながら黒雲に身を潜め、夜な夜な京の夜空を駆け巡ったという。

 

「マダダ!オレサマ雷ビリビリ出ス!ダガ疲レル!腹減ッテキタゾ!」

 

太った狸のように見えるが頭部は猿のように白い剛毛が生え、手足は虎の毛並みで顔は黒い。

 

その顔は真ん丸な目をしており、ギザギザの歯をした悪魔の顔は愛嬌さえ感じるだろう。

 

「ごめんね、後で私のソウルジェムの穢れを吸ってもいいよ」

 

「オウ!アトデ吸ワセテモラウゾ!コッチノバッテリーハ終ワッテルカラ持ッテイケ」

 

大型のポータブルバッテリーを両手に抱えたちはるが民家から出てきて辺りを見回す。

 

見えた景色は山々に囲まれたのどかな村の光景であり、霧峰村よりも大きい規模を誇る。

 

畑の方に目を向ければ二月の季節であるためか土作りをしている男達の姿も見えたようだ。

 

「この村を見ていると霧峰村を思い出す…。まるで平和だった頃の景色に見えちゃうよ」

 

暗い表情を浮かべる彼女は充電したバッテリーを持ち帰るために村を歩いていく。

 

村にあるお寺に目を向ければ寺子屋としても解放されており子供達が勉強している。

 

その中には南津涼子も混じっており、ここで村の子供達と勉強をしているようだ。

 

さらに歩いていくと自分が住まいとさせてもらえている民家に戻るのだが彼女は立ち止まる。

 

横に生えてる木の枝で寝転んでいる人物を見かけたため声をかけてしまう。

 

「ねぇ、ナガスネヒコさん。お兄さんと一緒にオオクニヌシ様の警護をしなくていいの?」

 

片目が隠れる程の青い長髪をした青年は柿をかじっていたようだが眠そうな顔を下に向ける。

 

「いいんだよ、兄者がいれば問題ねーし。それにオレは頭脳労働は専門外なんだよ」

 

「なら今は何をしてるの?」

 

「見れば分かるだろ?警備任務。不審な輩が村に潜んでないか見張ってんだよ」

 

「柿をかじりながら?」

 

さぼっているのを見透かすようにジト目を向けられるのが辛いのか、柿を口に入れて下に降りる。

 

地面に着地した彼は口の中の柿をマルカジリし終えた後、めんどくさそうな顔を向けてくる。

 

「兄者にはチクるなよ?兄者の説教は長くなるからなぁ……」

 

「じゃあ、お仕事しないとだね」

 

国津神を相手に物怖じしない態度を向けてくる彼女が苦手なのか、渋々村を見物しにいく。

 

「あ、ちょっと待って!私も見張りについて行きたい!」

 

「なんでついてくるんだよ!」

 

「ちゃんと見張りの仕事をしてるか見張らないとね」

 

「見張りを見張る仕事とか聞いた事ねーぞ…おい」

 

家に荷物を置いてきた彼女がナガスネヒコの後ろをついていく。

 

散歩感覚で村を歩く人間姿の彼の後ろをついていきながらも村の景色に視線を向ける。

 

見れば村を囲む山の方には風力発電用の風車群が見えるようだ。

 

「村のエネルギーは再生可能電力が主流なんだよね?川の方にも発電施設があるんでしょ?」

 

「ああ、水力発電設備がある。村で採れた材料を使って村人の日用品を作る工場を動かすためさ」

 

「霧峰村とは大違いだね…。この村は文明を築く努力の痕跡を至る所で見つけるよ」

 

「全ては国作りを象徴されるオオクニヌシ様の手腕だな。この村はあの御方達が作ったんだよ」

 

「たしかオオクニヌシ様とオオクニヌシ様を使役していたサマナーさんが創設者なんだよね?」

 

「そうだ。オオクニヌシ様を使役していた人物は大正時代を生きた者であり、軍人だったんだ」

 

オオクニヌシのサマナーだった人物は大正時代の陸軍サマナー部隊に所属していた人物だ。

 

ライドウと同じ時代を生き、帝都で巻き起こった様々な脅威とも戦った存在なのだろう。

 

その中にはコドクノマレビト事件もあり、彼はオオクニヌシを召喚して陰陽師結社とも戦った。

 

そんな彼は太平洋戦争にも参加するのだが生き残り、戦後の日本を見つめた者。

 

占領軍である在日米軍の傀儡になることしか出来ない日本の姿を見た彼は絶望したのである。

 

「オオクニヌシ様の召喚者は戦後の日本に絶望し、自分達で独立国家を作ろうとされたんだ」

 

「その第一歩がこの隔絶された村だったんだね…。小さいけど、とても文明的な村だよ」

 

「彼の意思に賛同するサマナー達も大勢現れ、戦後の米軍支配に気が付いた人々も流れてきた」

 

「だからこの村の人達は悪魔の姿を見ても驚かないんだね。理想的な共生関係だよぉ」

 

「村で暮らしてきてどうだった?食べ物も飲み物もユダヤ企業の遺伝子組み換え食品じゃねーよ」

 

「うん、凄く美味しいよ。私達は知らない間に……アメリカから化学物質攻撃をされてたんだね」

 

「人間は食い物だろうが情報だろうが何も調べねぇ。鵜吞みするように体に入れちまうもんさ」

 

「だけど、それに気が付いた人達もいる。そんな人達が流れてきて、この村を育てたんだね…」

 

「オレ達の暮らす地域の主権はオレ達の手で守る。日本政府だろうが米軍だろうが相手になるさ」

 

ナガスネヒコの姿を見かけた男達が気をつけの姿勢となり、敬礼してくる。

 

平時は農民であるが有事の際には村の兵士となり、村の主権を脅かす外敵と戦う者達なのだろう。

 

そんな彼らもまた擬態姿の悪魔であり、地域主権を守るために戦う武士であったのだ。

 

【モムノフ】

 

古代日本の主神であるアラハバキ配下の者であり、アラハバキ信仰がある東北の侍である。

 

武勇で知られた武士や人物をもののふと呼ぶようになった由来ともなったようだ。

 

「お勤めごくろうさん。アラハバキの野郎は何処行ったんだ?」

 

「え、ええとですね……我らの隊長であるアラハバキ様はその……また地底探検に……」

 

「えっ?地底探検?」

 

不思議顔を向けてくるちはるにどう説明したらいいのかと困り顔を浮かべるナガスネヒコ。

 

どうやらちはるはまだアラハバキと出会ったことがなかったようである。

 

「まぁいい、穴倉探索に飽きたら帰ってくるだろうさ。国境沿いの様子はどうだ?」

 

「問題ありません。ヤタガラスのカラス共の姿も見えませんし、売国政府のスパイもいません」

 

「警戒は続けろよ。村の地域主権を守るってことは、米軍と自衛隊と戦争するってことだからな」

 

「はっ!そのための訓練は日夜欠かさず続けていきます!安全保障なくして地域の発展はなし!」

 

「そういうこった。励めよ」

 

村を一通り回っていき、村の入口となる大きな門の前にも立ち寄ってみる。

 

堅牢な門は守衛のモムノフ達に守られているようだが、門が開きだす。

 

外からやってきたのは大きな荷物を背中に背負った青葉ちかと三浦旭であったようだ。

 

「おかえり!ちかちゃん!旭ちゃん!」

 

「ただいまであります」

 

「ふぅ……獣道を使いながら重い荷物を抱えて山を登るのは魔法少女でも辛いですね」

 

「しょうがねーだろ、この村は隠された地域だ。道路もないから物流は歩荷と鳥悪魔頼りだ」

 

「その辺は霧峰村と同じでありますね。外からの買い物を任された時を思い出すであります」

 

ちはるが2人の背中に背負っている大荷物に目を向ける。

 

背負っていたのは静香の母の秘密基地に置いてあった銃の数々と銃弾の山。

 

つまり彼女達は崩壊した霧峰村にまで戻っていたというわけだ。

 

「霧峰村があった関東まで大タラスクさんに乗って移動して、また帰ってくる往復も大変だね…」

 

「これで二度であります。一度の往復では静香殿の母殿が残した銃等を運びきれないであります」

 

「二回目になれば慣れてもきますが…滅んだ霧峰村を見るのは……慣れそうにありませんね」

 

うっかり口にしてしまったため顔を俯けていくちはるに気づいた2人が慰めてくれる。

 

「本当にごめんね…ちかちゃん。旭ちゃんの付き添いは…村を滅ぼした私が行くべきなのに」

 

「いいんです、私の方が山を歩くのに慣れてますし。気にしてないから元気を出して」

 

「う……うん……」

 

「銃があっても銃弾は底をつく。足りなくなったら鳥悪魔共に言え。米軍基地に向かわせてやる」

 

「盗むのでありますか?」

 

「当たり前だ。独立地域で外貨も稼げないんじゃ物を買えないし、それ以前に売ってくれねーよ」

 

「この村は霧峰村と同じく地産地消。外界との貿易をやれる程、開けた地域ではないですしね…」

 

「それが独立地域ってもんさ。まぁ外貨を手に入れる方法はあるんだが…お前らは気にするな」

 

ちかと旭を見送ったちはる達は再び村の巡回という名の散歩を楽しむ。

 

村人達の衣服や下着の素材となる綿畑を超えていくと村の病院が見えてきたようだ。

 

病院の敷地内に入ってみると医薬品の素材となる薬草を育てている土岐すなおが声をかけてくる。

 

「あら?ナガスネヒコさんと一緒に村の巡回をしているの?」

 

「うん、そうだよ。すなおちゃんはここでの生活には慣れてきた?」

 

「ええ、とても住み心地がいい集落ね。娯楽は少ないけど、みんな生きる力に満ちていると思う」

 

「テレビやネットやパチンコなんぞ人間をバカにする道具だ。村では禁止されたものだからな」

 

「それでも人々は自分達で生きていくんだって気持ちに溢れてるし、とても活気があると思うわ」

 

「日本の政治の裏側に気が付いた技術者達も流れてきて、この村は自立出来るようになったのさ」

 

「この病院の院長先生も同じね。医師会と霞が関と国会の癒着に絶望したから流れてきたのよ」

 

「娯楽は少なくても、人間が生きていくための一次産業は充実させてきた。外国輸入に頼らずな」

 

「この集落を見ていると独立国家や地域主権の大切さを実感する。日の本にはこれが必要なのよ」

 

「それに気が付けるとは聡明なお嬢ちゃんだ。ここの住み込みなら、将来は立派な医者だな」

 

べた褒めされた事で照れてしまったのか、すなおの顔が真っ赤になってしまう。

 

この村に来て家族を失った悲しみが癒えてきた仲間を見守るちはるも自然と笑顔になってくれる。

 

すなおと別れたナガスネヒコ達であるが、彼は何かを思い出したのかちはるに振り向く。

 

「そういや、妖精連中がまだ帰ってこないな。何か連絡は届いてないか?」

 

「えっとね、オベロンさん達は全国に散った妖精達をこの村に集結させようとしているの」

 

「そいつは助かる。村の防衛力が増えることはいつだって歓迎だからなぁ」

 

「オベロンさんもこの村を気に入ったみたい。集落から離れた森の中に妖精郷を再建するんだよ」

 

「その辺はオレの兄者を通してオオクニヌシ様と相談すればいい。兄者が窓口になってくれるさ」

 

「それとティターニアさんはアラハバキさんの捜索も頼まれたみたい。知り合いみたいだよ」

 

「うちのアラハバキはボルテクス界を超えてきた記憶をもつ悪魔だ。その筋の知り合いかもなぁ」

 

村を一周してきたナガスネヒコはちはるの家の前で立ち止まり、彼女は別れを告げる。

 

「ありがとう、村を色々見て回れて楽しかったよ。静香ちゃんにもよろしく言っておいてね」

 

「ああ、伝えておいてやるよ。あの娘は村長の屋敷である兄者とオレの元に住み込んでるしな」

 

ナガスネヒコと別れたちはるはもう一度集落に目を向けてみる。

 

かつての霧峰村の光景が記憶に焼き付いている彼女はこの村も同じ事にならないか心配のようだ。

 

「大国村だけは絶対に守らないと。ヤタガラスや日本政府から守ってくれる場所はここだけだよ」

 

この村の名は村の守り神として崇拝されているオオクニヌシの名からきている。

 

だいこく様と慕われる彼は村長の屋敷の裏手側から続く山道の階段の上にある奥の院で暮らす神。

 

玄関口となる村長の屋敷はこの村の立法・行政・司法という政治を司る場所。

 

政治という権力の上にある存在こそが神の権威であり、その形が現れた村こそ大国村であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

村長の屋敷である武家屋敷の大広間には私服姿の静香と村長のアビヒコが向かい合っている。

 

人間に擬態した彼から聞かされる話とは戦後のヤタガラスや日本の真実についてのようだ。

 

「それが原因だったのね。戦後のヤタガラスはもうユダヤ帝国である米帝の言いなりだなんて…」

 

「国家主義団体であったヤタガラスは変わり果てたのだ。今はもう見る影もない売国結社だな」

 

「それだけじゃなく、日の本の保守を気取る論客や政治家でさえ金で雇われた誘導員だなんて…」

 

「日本は米帝によって戦後からずっと植民地にされてきた。右翼も左翼政党も見せかけの擬態だ」

 

「この国に主権なんてない…自分で何かを決める権利もなく、国民は搾取されるだけだなんて…」

 

「日本と米国は対等と刷り込まれ、米軍のトモダチ作戦のようなコマーシャルに騙されてきた」

 

「日米合同委員会と在日米軍を糾弾しない政党なんて偽物よ…与野党グルの売国政党なのよ!」

 

怒りの感情を押し殺すことが出来なくなった静香の目には強い憎しみが宿っている。

 

霧峰村や家族を殺された憎しみだけでなく、日の本をこれでもかと蹂躙した存在に憤っていく。

 

「中国や北朝鮮と同じく、()()()()()()()()。高級官僚と米軍が全てを決められる植民地なのだ」

 

「国会なんて官僚が作った法律を審議もせず通すだけでいいから…アホ議員でも務まったのね…」

 

「日米合同委員会が突き出す年次改革要望書に沿って日本は支配されるしかない。どうする?」

 

日の本を守る矜持を掲げてきた時女一族を試すようにした言葉をアビヒコは投げかけてくる。

 

静香の顔は憤怒に歪み、義憤の感情によって体が震えていく彼女であったが決断を下す。

 

「これ程までの国難を放置しては…もう日の本を守る一族だなんて呼べない。私達は戦うわ!」

 

「では、提案がある。時女一族と我ら国津神……同盟を結ぶことは出来ないか?」

 

「勿論よ!国を憂う私達は同じ憂国の烈士!共に轡を並べて戦い合える同士になれるわ!!」

 

即決してくれた彼女の心意気を嬉しく思うアビヒコの表情にも笑顔が浮かんでいく。

 

「それを聞いて安心した。我らの村のサマナー達も高齢でな…もう戦う力もなくなっていたのだ」

 

「時女の分家筋の魔法少女達をここに集結させるわ!彼女達がサマナーの代わりをしてくれる!」

 

「それは心強い。彼女達には我々が召喚技術も提供出来る。老いてもサマナー達には経験がある」

 

立ち上がった2人が固い握手を交わし合う。

 

しかし握り込まれた手の力が強まり、恐怖を感じた静香はアビヒコの目を見つめていく。

 

彼の目の奥には修羅の炎が宿っており、目的のためなら手段を選ばない冷酷さが宿っているのだ。

 

「我々は憂国の烈士。その手を売国奴の血で染め上げてでも……国を取り戻す覚悟はあるか?」

 

「そ……それは……」

 

「国賊、人殺し、テロリストと政府や民衆共から罵られても…殺戮者となれる覚悟はあるのか?」

 

「わ……私は……」

 

「我々に立ち向かってくるのは何も知らない罪なき公務員。それでも障害になるなら斬れるか?」

 

「う……うぅ……」

 

「その者達にも家族はいるだろう。親をお前に殺された妻は泣き叫び、子供と共に絶望するのだ」

 

握手の力が緩んでしまった静香の手を放すと、青い表情を浮かべた彼女は後ずさっていく。

 

アビヒコは正義の魔法少女として生きてきた者を試そうとしている。

 

彼女達が戦ってきたのはゴキブリの如く人々に害を成すだけの魔獣であり、絶望を撒き散らす悪。

 

悪をやっつけて人々を守ったという満足感にのみ浸ってきた者達だからこそ問いたい。

 

今度の戦いは魔獣ではなく守ってきた人間であり、彼らは家族のために働くだけの罪なき者達。

 

その者達は職務を果たすために静香達に襲い掛かり、彼女はその者達を殺すだろう。

 

人々を守ってきた正義の味方が人々を殺し、絶望を撒き散らすミイラに成り果てる。

 

今までとは真逆の業を背負い、倒してきた悪の如き()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「……皆と話し合うといい。あまり時間は残されていないが、皆の賛成が必要な程の戦争なのだ」

 

震えながらも一礼した静香が走り去っていく。

 

廊下に飛び出した静香を見送るナガスネヒコが大広間に入り、兄神に向けてこう語りだす。

 

「…まだ煮え切らないようだな、魔法少女連中は?」

 

「無理もない、今までが今までだったのだ。気持ち良く騙されながら生きてきたのだろう」

 

「オレ達は戦えば戦う程に失っていくんだ。人間の道徳や博愛といった人道精神をな」

 

()()()()()()()()()()()()()()()。売国政治家とて金を得れば得る程、人間の徳を失うのだ」

 

「それは唯一神だって同じさ。この世は唯一神でさえ逆らえないコトワリによって動いている」

 

「戦ってでも得ようとする者は呪われる。新しい世界を築く唯一神が人々から呪われたように」

 

アビヒコの前にまで歩いてきたナガスネヒコが視線を奥に向け、兄もそれに続いていく。

 

大広間の奥に立て掛けられるようにして飾られている額入り写真とは村の創設者の写真のようだ。

 

「…思い出すな、弟よ。超力兵団や陰陽師結社に加わり、日本の革命を果たそうとした時期を」

 

「あの時代から欧米支配を日本は受け続けてきた。だからこそ、日本を解放しようとしたんだ」

 

「だが、結果は葛葉ライドウに敗れ去って終わった。我々は悪として糾弾されながら倒された」

 

「オレ達がやった結果だけを切り取り、悪にしてきやがった。その結果…日本は支配され続けた」

 

「平和を望む事によって失うものもある。事なかれ主義こそが日本の欧米支配を盤石にしたのだ」

 

「オレ達も戦えば失ってきたし、ライドウだって同じ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「我慢を選べば選ぶ程、国を裏側から支配するユダヤ金融マフィアの勝ちとなる。それが真実だ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。人類だろうが神や悪魔だろうが逆らえねぇな」

 

「だからこそ、我々は決断しなければならない」

 

――その強さがあるのかどうか……試させてもらおうか、時女一族。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

答えが出せないまま月日だけは過ぎていく。

 

その間も時女の魔法少女達は大国村に根を下ろし、それぞれの生活を営んでいる。

 

広江ちはるは手先が器用なこともあり、縫製工場の仕事を手伝ってくれているようだ。

 

それ以外にも村にある温泉の掃除や様々な雑用といった雑務を手伝い、自分の罪と向かい合う。

 

土岐すなおは村の病院で働き、村の老人達の看護を手伝うその姿は看護師のように見えてくる。

 

南津涼子は村の寺に住み込み勉強しながらも子供達に仏教の教えを伝えてくれているようだ。

 

青葉ちかは村の林業を手伝い、三浦旭は狩猟を手伝い村の食肉確保を行う生活を送っていく。

 

そんな中、静香は重過ぎる決断の答えを出せないまま修行の毎日を送っている。

 

彼女は山に籠り、老人に擬態しているミシャグジさまから過酷な特訓を受けているようだ。

 

今日も彼女は強い怒りの感情に支配されながら修行を行っていたのであった。

 

「ダメじゃダメじゃ、心が乱れておる。だから付け入る隙が生まれてそうなるんじゃよ」

 

地面に倒れ込んでいる静香に向けてダメ出しを送るのは大きな岩の上に座るミシャグジさま。

 

忍者のような服を纏うその老人の両腕は存在していないが、今の静香では彼の相手にもならない。

 

そんな彼女の修行相手を務めてくれているのは村の警備隊を統括する総大将を務める軍神の男。

 

作業着を纏う林業従事者のように見える屈強な男もまた悪魔が擬態している姿であった。

 

「小娘、怒りと迷いを溜め込む事に耐えられず、修行で憂さ晴らしでは話にならんぞ」

 

「ぐっ…うぅ……まだよ……まだ私は立ち上がれるわ……オオヤマツミ様……」

 

川の横で倒れ込んでいる傷だらけの静香が語った名こそ、偉大な山の神霊を意味する。

 

彼もまた国津神であり、オオクニヌシを支える戦神であったようだ。

 

【オオヤマツミ】

 

イザナギ、イザナミの子にして全国の山神の始祖と言える存在である山神の総元締。

 

古代の日本では人の魂は異界たる山から訪れ、死ぬとまた山に還っていくという思想がある。

 

大いなる山々は祖霊の眠る地として神聖化・人格化された国津神こそがオオヤマツミなのだ。

 

彼は海神や軍神としても知られており、大日本帝国海軍や海上自衛隊なども彼を崇拝している。

 

農業、漁業、工業、商工業の神でもありヤマタノオロチ退治の酒を生んだ酒造りの神でもあった。

 

「怒りを鎮めるのだ。怒りに飲まれれば自分だけでなく仲間さえも滅ぼす。百害しかもたらさん」

 

「分かってる……分かってるわよ!だけど……だけど私は……」

 

不甲斐ない自分への怒り、日の本への怒り、欧米ユダヤ帝国への怒り、国際金融資本家への怒り。

 

あらゆる怒りの感情が彼女の心を業火で燃やし続け、冷静な戦いも判断も出来なくなっている。

 

「今の汝はまるで()()()()()()だ。己の全てを燃やし、周りの者達まで燃やそうとしている」

 

「私が……ヒノカグツチ……?」

 

「ヒノカグツチとはオオヤマツミ殿にとっては父神であり、生まれた時に死に別れた神なのだ」

 

ヒノカグツチとはイザナギとイザナミが生んだ子であり、母神であるイザナミを殺した神。

 

生まれた時から全身が業火の塊であったためイザナミは陰部を焼き尽くされた事で絶命する。

 

怒り狂った夫のイザナギは十束剣(とつかのつるぎ)を用いてヒノカグツチの首を跳ね落として我が子を殺す。

 

殺されたヒノカグツチの体から十六体の神々が生み出され、その中にオオヤマツミがいたのだ。

 

「もう一度言う、怒りを鎮めよ。怒りの炎は自分だけでなく周りの者達まで不幸にするだけだ」

 

「これが怒らずにいられるものですか!!」

 

激高したようにして立ち上がった彼女の心の中に義憤の感情が燃え上がり、周囲をまくし立てる。

 

その姿は義憤の感情を爆発させ、魔法少女の虐殺者となった頃の嘉嶋尚紀の姿と重なってしまう。

 

「日の本の政治家は()()()()()()()()()()!地方の公務員まで()()()()()!なんて国なのよ!!」

 

「静香……」

 

「おまけに企業は外資に支配され!公共事業まで外資に乗っ取られる!最悪の国にされたのよ!」

 

「汝の愛国心は嬉しく思う。だがな、愛国心は業火となる。ナチスの如き大虐殺さえ望むだろう」

 

「構わない!!どうせ私の手はもう汚れている……霧峰村を襲ったバケツ兵共を殺した時にね!」

 

「お前さんは良くても、他の魔法少女はいいのか?」

 

ミシャグジさまから指摘されたことで静香は黙り込んでしまう。

 

自分と同じく怒りの感情を爆発させてくれる者もいれば、人殺しになりたくない者もいるだろう。

 

大事な親友を自分と同じ殺戮者にしてもいいのかと問われたら、どうしても答えを迷う。

 

仲間達を心から愛しているからこそ、答えを出しきれないようだ。

 

「確かに…全員を巻き込むことは出来ないわ。時女一族を去りたいと言うなら……私は止めない」

 

踵を返した彼女が走り去っていく。

 

見送るミシャグジさまとオオヤマツミであるが、彼女の心に暗い業火が燃え上がるのを憂慮する。

 

あのままでは殺戮を果たすための力を渇望するだけの者に成り果て、自分を不幸にしてしまう。

 

心の同士であろうと若者である少女達の未来を心配する神々は静香を見守る事しか出来なかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その頃、野暮用としてアラハバキ捜索を任されたティターニアは空を飛びながら現地に向かう。

 

やってきたのは岡山県の日咩坂金乳穴(ひめさかかなちあな)であり、洞窟に入っていく。

 

「アラハバキーーッッ!!いい加減地底探検はやめて大国村に帰りなさーーいッッ!!」

 

最奥にある地底湖を目指していると、素っ頓狂な叫び声が響いてくる。

 

<<ムォォォォーーッッ!!穴!!穴ーッッ!!スリリングな穴生活に帰りたいーーッッ!!>>

 

洞窟の奥に広がっていた地底湖を見れば渦を巻きながら荒れ狂っている。

 

どうやら地底湖の底に穴を掘りながら自分好みの洞窟を掘り進めているバカ神がいるのだろう。

 

<このおバカ!!ボルテクス時代からアンタは穴の中に飛び込むことしか頭に浮かばないの!!>

 

<ん?その念話声はティターニアか?>

 

彼女に気が付いたのか穴掘り作業をやめて地底湖の中から飛び出す。

 

姿は縄文時代の遮光器土偶であり、三メートルを超える体を持ち上げながら浮いてきたようだ。

 

【アラハバキ】

 

古き日本の東北の神であり、縄文時代から崇拝された存在。

 

日本東部の蝦夷(えみし)と呼ばれた人々に信仰され、朝廷への反抗の象徴とされたようだ。

 

現在では各地の神社を旅して回る神であり、客人(まろうど)神として西部地方でも慕われている。

 

客人神と呼ばれるせいか放浪癖がある個体であり、冒険を愛する者。

 

このアラハバキは人修羅と共にボルテクス界を旅した者でもあったようだ。

 

「おお!久しぶりだなティターニア!息災であったか?」

 

「まったく、アンタの話を大国村で聞かされてピンときたわよ。私達の仲魔だった奴だって」

 

「思い出すなー…我と人修羅がアマラ深界の冒険をした日々を。あの輝かしい頃に帰りたい!」

 

「アンタは人修羅の坊やと一緒にアマラ深界の底に向かう穴の中に飛び込んでただけでしょ?」

 

「うむっ!癖になるボーナスステージだった!お陰で我と人修羅の財布の中身はウハウハだ!」

 

「その後はぼったくりBARで2人揃ってマッカを巻き上げられてたくせに、粋がらないの」

 

「うぐっ!まぁ我と人修羅は同じ友。穴を愛する穴兄弟!!だからこそ再び穴を掘るのだ!!」

 

「変な勘違いをされる言い方はやめなさいって!!それと、何でまた穴を掘る気になったの?」

 

「決まっておろう?この世界の神浜で暮らす人修羅達ともう一度穴の世界に旅立つためだ」

 

しれっと爆弾発言を聞いてしまったティターニアが豆鉄砲を喰らった鳩のような顔となる。

 

「人修羅の坊やまでこの世界に流れ着いてたの!?なんで教えてくれなかったのよ!?」

 

「何を言っている?我とお主は今日再会したばかりではないか?」

 

「あぁ…ライドウの坊やだけでなく、人修羅の坊やまでいてくれる!希望が見えてきたわ!」

 

「全国を放浪しながら神浜に立ち寄った時、奴を見つけてな。他の仲魔も三体ほどいたな」

 

「それで、何で顔を見せに行かずにこんな場所で穴掘ってるのよ?」

 

「穴兄弟をビックリさせてやろうと思ってな。見ろ、こんな素敵な穴があったぞ!と驚かせたい」

 

「だから!!そのスケベな言い方やめなさいって!!人修羅の坊やに殴られるわよ!」

 

「むぅ、それは困る。物理無効耐性の我だが人修羅は()()スキル持ちだからな…だから()()()だ」

 

マイペースなアホ仲魔を相手するのに疲れていた時、不穏な気配だが慣れ親しんだ者達が現れる。

 

地底湖に入れる洞穴に視線を向ければ現れたのは怨霊悪魔達だったようだ。

 

<<ウォォォーーーイ!!ジョウオウ様ァァァァーーーーッッ!!>>

 

「誰かと思えばウィルオウィスプ達じゃない?あなた達も霧峰村を脱出出来たようね?」

 

<<ウォウ!うぉれ達モドウニカ脱出スルコトガデキタ!ソシテ、旭ヲ探シテルーーッ!!>>

 

「旭ちゃんなら私達と一緒に行動しているわ。案内してあげるけど…随分と団体になったわね?」

 

呆れた表情を浮かべるティターニアが周りに目を向ければ、沢山の怨霊悪魔の鬼火ばかり。

 

どうやら村から脱出した後、全国を放浪しながら仲魔の怨霊を集めていたのだろう。

 

<<旭ッテノハドイツダァァァ!?ソンナニプリティーナノカァァァーーーッッ!?>>

 

赤い鬼火を纏った怨霊達は興奮している。

 

どうやらウィルオウィスプからよからぬ話を吹き込まれたのやもしれなかった。

 

【モウリョウ】

 

日本におけるモウリョウは諸外国で言われるゴーストの存在に近い。

 

その存在は人間以外の霊である自然的な動植物の魂であることが多いようであった。

 

「こいつらに何を吹き込んだのよ…アンタ達?」

 

<<うぉれ達ハ旭チャンノオッカケファンダァァァーッッ!!うぉれ達ノアイドルヲ守ル!!>>

 

「ハァ…あの子はどうして怨霊悪魔から好かれるのかしら?やっぱりそういう臭いをしてるの?」

 

「ムッハハハハ!賑やかになってきたではないか!大国村の戦力にしてやろうぞ!」

 

「こんな怨霊悪魔を引き連れて帰っても大丈夫かしら?」

 

「村で悪さしなければ何も言われまい。なにせ、大国村は人間と悪魔で守ってきた村なのだ」

 

<<大国村ガァァァ!!うぉれ達ノ新シイ家トナルゥゥゥーーーッッ!!>>

 

<<マッテロヨ旭チャン!うぉれ達ノプリティーアイドルゥゥゥーーーーッッ!!>>

 

こうして大国村は悪魔達が守護する村となり、外敵となった日本政府と戦う者となってくれる。

 

彼らがいてくれるお陰で米国植民地に過ぎない日本からの独立を勝ち取ってきたのだろう。

 

しかし大黒村は違法に独立をして日本の土地を奪い取っている過激派テロリスト集団に過ぎない。

 

日本政府と米軍から大国村を守り抜くにはまだまだ多くの戦力を必要としていたのであった。

 




時女静香のキャラドラマ回収を終えたら一通りのキャラドラマ回収を終えたと思うので、円環のコトワリバトルに移ろうと思います。


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245話 悩み苦しむ決断の道

大国村にある図書館に訪れているのは南津涼子である。

 

村の図書館は大国村に流れてきた知識人や技術者達の私物を寄付してくれた書籍ばかり。

 

そのため大事に扱って欲しいという張り紙が図書館の壁に貼られているのである。

 

席に座った彼女が読んでいる本とは人間の心理バイアスに関する書籍のようだ。

 

「あたしはあの時……何であんな言葉を叫んでしまったんだよ?」

 

村で暮らすうちに心が落ち着いてきた彼女は感情に飲まれた発言をした過去に苦しんでいる。

 

鞍馬天狗の話術に翻弄された静香達は怒りに飲み込まれて逆上してしまった。

 

復讐心で戦うなとちはるに言われたのに、その彼女までも怒りの感情をまくし立ててしまった。

 

「あの時あたしは……ちはるの言葉を憎んじまった。不愉快だと感じた気持ちに支配された…」

 

平和主義者を自分を脅威に晒す者だと憎み、敵を討つのを邪魔する裏切り者だと怒りに飲まれる。

 

そんな過去を背負う涼子は自責の念に苦しんでいたのだ。

 

「どうしてあたし達は……違う意見を言う人を悪者に出来るんだ?人間の内面が分からない……」

 

悩み苦しむ若者を見かねたのか、図書館の管理を任されている女性が近寄ってくる。

 

「それは貴女達が自分に都合のいい感情や情報だけを求めて自分の無知を正当化したからよ」

 

「えっ…?お前さんは……?」

 

「初めまして、私はこの村の警備隊に所属する女悪魔よ。平時は図書館の管理人さんね」

 

「アンタも悪魔なのかい?人間に擬態されると魔力を感じないから見分けられなくて怖いね…」

 

「前の席に座ってもいい?」

 

頷いてくれた彼女は涼子の前に座り、彼女達が苦しんだ人間心理について語ってくれる。

 

「人間は自分の感情や自分好みの情報だけを求める偏見生物。それは人間心理から生まれている」

 

我々人間が言葉や情報に触れた時、正しいのかどうかは感情的理由付けが生じてしまう。

 

ものの捉え方は人の気分や行動に影響を与える。

 

()()()()()()()()結果として感情・気分が生じた末に行動が起こるのだ。

 

「想像して。貴女は困っている表情を浮かべている子を見れば、ネガティブな捉え方をしない?」

 

「それはあるね。あたしはお節介だから助けようとするけど、逆に相手を怒らせる時もあるんだ」

 

「知覚によって得られた情報で認識が生まれ、行動に表れる。それが悪い結果を生む場合もある」

 

「あたしが知覚した情報によって……悪い認識が生まれている?」

 

「これは陰謀論もそうね。陰謀論と聞いただけでネガティブな認識が生まれて行動に表れるわ」

 

ネットで見かけた信じ難い情報を発信する者を見ればアレは嫌いだ不愉快だという認識が生じる。

 

私が不愉快になるのはデマ情報を発信するクソ連中が全て悪いんだという感情が生まれてしまう。

 

自分は間違っていないという安心感に浸るため、自分に都合のいい情報や同じ意見を探し出す。

 

それによって私が正しいことが証明されたな!、と偏見に支配される行動が生じるのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その時の気分で全てを決める」

 

「あたし達は…認知バイアスに支配されていたのか?確かにあたし達は感情に支配されてた……」

 

「普通は膨大な基礎知識をベースにして事象・知見を論理的に積み重ねた末に結論に至るものよ」

 

「感情に支配されたあたし達にあったのは……()()()()()()()だったってわけかよ?」

 

「後から事象を都合よくはめ込む。それで全てを知った気分になる。だから話が嚙み合わない」

 

偏見を排除して多角的に知る努力をしてくれないから見えているものが違う。

 

偏見を排除して多角的に知る努力をしてくれないから議論の対象が全然違ってくる。

 

それこそが暁美ほむらや美国織莉子、氷室ラビや三浦旭や里見親子が背負ってきた苦しみ。

 

誰にも自分の言葉は届かないし、誰も信じてなんてくれない。

 

人間は見たいものしか見ないし、信じない。

 

ガイウス・ユリウス・カエサルが残した格言の正体とは、人間の認知バイアスの歪みであった。

 

「ここにね…ちはるちゃんも来てくれた事があるわ。どうして私の言葉は届かないのか探してた」

 

「ちはるもここに来てたのか…?あたしはバカだよ…静香の母さんから遺言を託されたのに……」

 

「皆その時の気分で全てを決めつけてしまう。私の主人であるサマナーもそれに苦しんだわ…」

 

「アンタのサマナーさんも……誰にも信じてもらえない苦しみを背負ってきたのか?」

 

「在日米軍の支配を語ってきても誰も信じてくれなかった…陰謀論者や工作員扱いされてきたわ」

 

人間とは安心出来るものに飛びつき、自分は間違ってなかったという心強さを求める者。

 

そんな者達に向けてニーチェはこんな言葉を残している。

 

――真実を受け入れるのは難しい、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――君が出会う()()()()()()()()()()()()

 

「人は自分の間違いをプライドをかけて認めない。自分の人格を傷つけられる程の苦痛だからよ」

 

「だから自分の考えを否定する奴は敵にしてしまうんだね……」

 

「敵という概念は相手との相関関係において発生するわ。敵とは自分自身が生み出すものなのよ」

 

敵を作るのは自分の心であり、それ故にどこに行っても敵が現れる。

 

皮肉なことに本当の敵は自分自身ということになるのだ。

 

「人間だけじゃない……魔法少女だって偏見に支配される。本当に人類は救いようがないよ……」

 

「人類は自分達で傷つけ合う死にたがり共だと馬鹿にする悪魔もいる…。否定は出来ないわね…」

 

気が付けば外も暗くなっており、涼子は入口付近で見送ってくれる女悪魔に手を振ってくれる。

 

彼女の姿が見えなくなった頃、図書館の庭に生えたアオギリの木の枝に留まる鳥悪魔が語りだす。

 

「彼女達も決断しなければならないな。民衆共に頼れない以上は……自分達の手を汚すしかない」

 

「私もそう思うわ…ホウオウ。私達は真実を語れば語るほど、大切な人でさえ心がすれ違うのよ」

 

彼女が語った悪魔名こそ、大国村の航空部隊の隊長であり中国や日本で崇拝される霊鳥。

 

平等院鳳凰堂や一万円札にも取り入れられたその姿はあまりにも美しい伝説の鳥であった。

 

【ホウオウ】

 

鳳凰は天帝の遣いであり鳥の王である霊鳥と呼ばれ、麒麟・霊亀・応龍と並ぶ四霊に数えられる。

 

朱雀と同一視されることもあり、炎の守護神ともされているようだ。

 

善政を行った皇帝の前にその姿を現す存在であり、鳳凰の卵は不老長寿の霊薬といわれていた。

 

「日の本と国名をつけながらも、今のこの国に太陽無し。今の天皇など皇帝の器ではない」

 

「それでも国威というプロパガンダとして税金暮らしが出来る。民は飢えて死んでるというのに」

 

「皇帝とは民を守る者であり、民を搾取する者ではない。皇帝を名乗るなら武装蜂起するべきだ」

 

「無駄よ。あんな偽物の御飾に期待なんて必要ない。この国には新しい皇帝が必要なのよ」

 

「だからこそ私はオオクニヌシ殿の元に来た。あの御方こそが日の本の国威となるべきなのだ」

 

「我々はヤタガラスを滅ぼし、日本政府を奪い、新たなる国生みを行う」

 

「かつての将門公と同じ道を我らは突き進む。啓明結社とヤタガラスから国を奪い返せ」

 

国津神達がやろうとしているのは古事記や日本書紀で語られる国譲りの真逆。

 

自分達が育てた地上の国をヘブライである天津神族に譲るのではなく奪い返す。

 

国津神の領土を託したのは天津神族への信託あってのこと。

 

それを反故にするならば是非もなく、天津神族とその血族である天皇家にも牙を突き立てる。

 

国作りをしてきた国津神達の誇りをかけて、全てのヘブライ神族に宣戦布告を行う覚悟であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

大国村は霧峰村と違いエネルギー生産が行われるため夜道でも街灯の明かりが点いている。

 

明かりを超えながら家路に向かっていると休憩所の椅子に座っている少女を見かけてしまう。

 

「静香……?」

 

街灯に照らされていたのは静香であり、深い悩みを抱え込みながら顔を俯けたままのようだ。

 

近づいてくる者に気が付いた彼女は顔を上げ、座ってもいいかと聞いてくる者に頷いてくれる。

 

暫くは互いに無言の状態が続いていたようだが、意を決した涼子が重い口を開いていく。

 

「なぁ……大将。これからどうするんだ?時女一族のあたし達はどう生きていけばいい……?」

 

自分達を導く長に向けてこれからの方針を問われた事で、時女当主の者は決断を迫られてしまう。

 

震えていく彼女を横目で見る涼子は静香が重い選択によって苦しんでいる事を理解してくれる。

 

「何を考えてるのかは大体察しが付く。あたし達は日の本を守る矜持を掲げてきたんだ」

 

「……それが時女を時女で在らせる信念よ。私の代でそれを変えようなんて絶対に思わないわ」

 

「なら、お前さんは日の本や米国と戦争をするのか?あたし達は革命軍として生きていくのか?」

 

「それしか日の本を救う手立てなんて存在しない。ならもう……進む以外にないじゃない」

 

「その道に皆を巻き込んで、あたし達を大量殺戮者にしたいのか?相手は悪鬼じゃない、人間だ」

 

「何が言いたいのよ……涼子?」

 

自分と違う考え方を語る者が不愉快なのか、静香は苛立ちを含む声を出してしまう。

 

そんな彼女の反応を見た涼子は先ほど語られた人間の心理バイアスが動いているのを感じ取る。

 

今こそ静香の母から託された遺言を果たすべきだと決心した涼子は語り始める。

 

仏教の教えで静香を導いてあげてほしいと遺言を残した静香の母のためにこそ譲れないのだ。

 

「この国は消極的平和状態だ。内部に多くの矛盾・緊張・怒りを抱え込んだまま国が抑圧する」

 

「そうよ…アビヒコ様から聞かされた日の本の現実こそが、偽りの平和で作られたものだったわ」

 

「だから内戦で解決するなんてただの戦争なんだ。あたしが求めたいのは積極的平和なんだよ」

 

「積極的平和……?」

 

「社会矛盾や国家間の紛争でもその関係者が互いに敬意を持ち、漸進的に問題を解決するべきだ」

 

そう言われた静香は立ち上がり、血相変えた表情を浮かべながら涼子をまくし立ててくる。

 

「バカ言わないで!売国奴に敬意を持ちながら交渉で解決出来るだなんて本気で考えてるの!?」

 

「極めて難しい道だとは思う……それでも、あたしは仏教徒として殺戮で解決なんて出来ない」

 

「目を覚ましなさいよ涼子!!貴女だってあの時に怒ったはずよ!邪悪な敵は滅ぼすべきだと!」

 

「それについてはちはる共々反省している。あたし達は感情に流されてる…気が付くべきなんだ」

 

「気が付くべきなのは貴女よ!平和的交渉なんかで政権が譲歩するなら暴力革命は起きてない!」

 

「過去の歴史がそうであっても、あたしは仏教徒なんだ。仏教徒として本願寺の過ちを忘れない」

 

「涼子!!貴女の母様がどんな死に方をしたのか忘れたの!?売国政府と戦って死んだのよ!!」

 

「分かってる!!母さんの仇を滅ぼしたい怒りもある…それでもあたしは破戒僧にはなれない!」

 

「復讐こそが正義よ!!虐げられた者達が泣き寝入りするでは…その人達の心は救われないわ!」

 

怒りの感情を爆発させる静香の心の中にあるのはナオミやかつての神浜魔法少女と同じ気持ち。

 

理不尽を敷かれた者達は憤り、その者達に苦しみを与え続ける怨敵の罪には罰が必要だと叫ぶ。

 

ハムラビ法典を叫ぶ静香の感情こそ日の本の民が愛してやまない応報刑による復讐感情なのだ。

 

「この国はもう傀儡政権よ!日の本の民から徴収した税金が何に使われてるのか知ってるの!?」

 

「そ……それは……」

 

「中央銀行に搾取されるだけじゃない!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

私達の税金は何のためにあるのか?

 

それは私達が健康で文化的に生きるためのものであり、国を信託して民は税金を支払うものだ。

 

なのに今の日本政府は日本人の健康や文化的に豊かになるための税金を海外や在日にばら撒く。

 

その規模は数百兆円規模であり、その税金が私達に還元されていれば私達の生活は豊かになった。

 

「消費税も社会保障税として生み出された!なのに今の日の本は何!?()()()()()()()()()わ!」

 

「あたしもそれはおかしいと思ってた…。スーパーやコンビニで未だに老人が働いてるのをさ…」

 

「神浜で暮らしてきて信じられない現実だった!あの光景こそ税金悪用による搾取光景なのよ!」

 

「一億総活躍社会だの財源がないから税金を上げるだのは……全てデタラメだったんだな……」

 

「今の日の本は()()()()よ!牧師という独裁者から死ぬまで税金という毛皮を刈り取られるの!」

 

「あたし達は税金を還元されずに死ぬまで搾取される…。あたし達()()()A()T()M()だったんだな…」

 

涼子に向けて怒りを爆発させればさせるほど静香の覚悟は決まっていく。

 

これ程までの仕打ちを日本人に敷いてきた売国政府は、もはや魔獣を遥かに超える脅威である。

 

売国官僚や売国政治家は外国と共謀して日本人を殺してきた罪人として外患誘致罪にするべき。

 

全員を極刑にしてやると叫んでくる復讐者に向けて涼子は仏教の教えを伝えてくれたようだ。

 

「静香の気持ちは分かったよ。だからね…今度は仏教徒としてのあたしの気持ちを知って欲しい」

 

「仏教徒としての……涼子の気持ち?」

 

南津涼子が語ってくれたのは仏教的視点から見た戦争と平和である。

 

戦争は人間だけが起こす矛盾極まったものであり、人間特有の行為。

 

人間の理性が欲望・野心・我執・怒り・破壊欲という反理性に支配されて繰り返されてきたのだ。

 

「戦争は常に正義を掲げる煩悩の現象だ。自分が間違っていると考えて起こす戦争なんてない」

 

「当たり前よ!時女の矜持である愛国心が間違っているだなんて理屈は絶対に認めないわ!!」

 

「静香の自我によって私闘は行われるけど戦争は集団自我で生み出される。皆を巻き込むのか?」

 

「私達は時女一族よ!日の本を守る矜持を貫いてきた一族なのよ!今更それを捨てろというの!」

 

「自己の正義や正当性にしか目が向かないのを仏教では()()という。よい戦争なんて無いんだよ」

 

「だったら涼子……貴女は仏教徒として時女一族を抜ければいい!!私は止めはしないわ!!」

 

自分の誇りを傷つけられたと逆上した静香は走り去り、夜道の世界へと消えていく。

 

止めることも出来なかった涼子は暗闇の草むらの中に潜んでいた少女に顔を向けたようだ。

 

「ごめん…ちはる。静香を説得しようと思ったんだけど…やっぱり聞く耳をもってくれなかった」

 

隠れていたのは広江ちはるであり、草むらから出てきた彼女は暗い顔のまま椅子に座ってくれる。

 

「涼子ちゃんは冷静になってくれて…凄く嬉しいよ。やっぱり私達には客観性が必要だと思う…」

 

「それはあたしも理解した。…けど、人間って奴らはいつだって捉え方が先行して行動に表れる」

 

「平和を望む私達だけど……時女一族の矜持を忘れたことはないよ。他の方法を探してみたい…」

 

「あたしも同じ気持ちさ。だけど……静香の言葉も真実だ。交渉による解決は不可能だと思う…」

 

「何が正しいのかな…?この村に来てからずっと悩んでるけど……答えが出てこないんだ……」

 

「あたしだって答えは出せない…。国の窮地を救う確実な方法は戦争だってのも分かってる…」

 

「だけど、涼子ちゃんは仏教徒としての誇りを選んでくれた。私……本当に嬉しかったよ」

 

「あたしを諭してくれたのはこの村の住職だ。浄土宗開祖の法然の言葉であたしは救われたよ」

 

「涼子ちゃんは決断してくれた……私も涼子ちゃんについていく。だけどみんなは……」

 

「うん…他の子もきっと静香と同じ気持ちを掲げると思う。あたし達は()()()()()()()()んだ」

 

「泣き寝入りだなんて思わない。悔しい感情が物事を見えなくする…私はこの気持ちを貫くよ」

 

涼子は夜空に視線を向け、今は亡き静香の母と無念の死を遂げた自分の母に思いを馳せる。

 

静香の母の遺言を叶えたい気持ちと、自分の母が戦ってでも国を守ろうとした気持ち。

 

両方の正しさに板挟みされて苦しみ抜いたが、それでも涼子は決断を下してくれた。

 

今の彼女は時女一族の者である前に仏教徒。

 

仏の教えによって救われた者を見ることが誇りなのだと自分の原点に返る道を選んだのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「私は静香と共に戦うわ!!私は時女一族の巫…そして家族を殺された報復を望む者なのよ!!」

 

村の図書館内にある会議室では涼子とちはるから呼び出された者達が檄を飛ばし合う。

 

静香の代わりに彼女達の意思を確認しようとしたのは静香の姿が何処にもいないからである。

 

彼女の身を心配しているが、それでも涼子とちはるは仲間達の意思を確認しようとしたのだ。

 

「すなお…あたしも家族を殺された。気持ちは分かるけど人命と財産を無差別に破壊するでは…」

 

「家族を殺されたのに…どうして涼子さんとちゃるは逃げ出すのよ!?家族が浮かばれないわ!」

 

「私だって悔しい!!だけど…それを理由にして自分達の暴力を正当化するのはおかしいよぉ!」

 

「私達は日の本を守るために戦う覚悟で巫になったのよ!その誇りが間違っているはずがない!」

 

「すなお!捉え方が先行しているって気が付いてくれよ!感情で全てを決めちゃいけないんだ!」

 

「いいえ、譲らない!!私の望みは静香と同じ…日の本を支配する売国政府と米帝を倒す事よ!」

 

家族を殺された復讐心と時女の誇り、そして暗殺者の自分を救ってくれた静香への忠誠心。

 

それらによって土岐すなおは動かぬ意思を涼子達に示し、彼女達の提案を拒絶してくる。

 

「……私もすなおさんに賛成します。たとえ日常を捨ててでも、平和を取り戻すために私は戦う」

 

「ちか……お前まで……」

 

静香やすなおと同じく暗い復讐心を宿したちかの目に迷いはなく、怒りの業火を燃やす者となる。

 

震えていた彼女の手が握り込まれ、自分がなぜ自然の世界に逃げ込んだのかを語っていく。

 

「私は他人から騙されてきました……だから人間が怖くなって自然の世界に逃げ込んだ女です」

 

「だから何も信じない女になろうっていうのか…?疑い過ぎた奴がどうなったのかを見ただろ!」

 

「見ました。私も尚紀さんと同じ末路になる…それでも彼が戦ったから社会を変えられたんです」

 

「間違っていたとしても……社会を変えられるって言いたいの?」

 

「尚紀さんは私に人を疑う大切さを教えてくれました。疑うからこそ…敵を見つけられるんです」

 

「だったら自分の判断も疑えよ!周りを疑ってばかりじゃ……自分への客観性が消えちまう!!」

 

「そうだよぉ!!そのせいで尚紀先輩だって……自分のおかしい部分に気が付けなかった!!」

 

「分かってます。私は自分の判断を疑ってきました…それでも、これ以外に方法が見つからない」

 

「消去法でそれが論理的に正しいなんて保障は無い!目を覚ましてくれ、ちか!!」

 

必死の形相で説得しようとする2人の気持ちによって迷いが生まれていた時、横の者が口を開く。

 

「……他人を信じたって、応えてなんてくれないであります」

 

語りだしたのは旭であり、その目は虚無を宿している。

 

まるで他人を一切信用しない者のような態度で彼女は自分の気持ちを話していくようだ。

 

「我は魔法少女の真実を広める活動をした者。ですが結果は知っての通り……誰も応えなかった」

 

「旭さんはその時に酷い迫害を受けて体に傷をつけられました。女の命である肌を傷つけられた」

 

「今は体の傷跡は残ってませんが…心の傷は今でも残っている。だからこそ、我は誰も信じない」

 

「平和的な話し合いを粘り強く行っていくじゃダメなの……?」

 

「それを行おうとした結果が我なのです。人間は見たいものしか見ないし、信じないであります」

 

「旭さんも疑うことの大切さを知っていれば愚かな行為はしなかったと…私に教えてくれました」

 

「我とちか殿は売国政府など信じない。傀儡となった連中が耳を傾けるのは米帝の命令のみです」

 

「私と旭さんは日本政府と話し合いで解決していくだなんて信じない。もっと確実な方法を選ぶ」

 

ちかと旭はすなおに顔を向け、3人は頷き合う。

 

恐れていた通り、彼女達は静香の意思に賛同して国津神達と共に日本政府や米軍と戦うつもりだ。

 

そして彼女達と同じく時女一族の本家を滅ぼされた事に憤る分家の魔法少女だっているだろう。

 

「涼子さん、ちゃる、私達は私達の道を行く。貴女達が戦いたくないというなら好きにして」

 

「軽蔑はしません。私達の道は修羅の道となる……私のこの手だって……尚紀さんと同じとなる」

 

「我は霧峰村を焼かれた時より覚悟は完了済みであります。我の弾丸は敵の眉間を貫いていく」

 

交渉は決裂したため、3人は会議室を後にする。

 

取り残された2人が顔を俯けていた時、会議室を提供してくれた管理人の女悪魔が扉を叩く。

 

入っていいと言われた彼女が扉を開けて中に入り、この結果が分かっていたような表情を見せる。

 

「…人は決断する時、決断材料には際限がない事に気が付くわ。そんな時に頼るのが直感なの」

 

「直感だって……?」

 

「直感は理屈を超える。自分の疑念が正しいのか間違っているのかと迷った時は心に従うものよ」

 

「たとえそれが間違いであっても……人は進んでいける存在なの……?」

 

「確固たる自信があれば例え間違いであっても信念を通すことは出来る。後悔しないためにね」

 

「劣等感に苛まれずに……ありのままの姿を受け入れていく……」

 

「貴女達もまた正しいわ。自分の疑念を選び、殺戮者になることを踏み止まってくれたのよ」

 

「全ての人生が正しく……全ての過程もまた正しいと言いたいの?」

 

「そうよ。別の選択肢があったかもしれないけど……だとしても全ての人生に意味があるわ」

 

伝えるべきことは伝え終えた彼女は会議室から去っていく。

 

残された彼女達は暗い表情のまま沈黙していたが、堪え切れなくなった涼子が重い口を開く。

 

「静香の母さん…あたしは無力だよ。こんなにも人々は自分の正しさを信じて生きていけるんだ」

 

「それがきっと自由(CHAOS)であり……悪魔のように混沌に生きる存在の姿だったんだね」

 

自由を掲げる者達もまた責任を背負わされることになるだろう。

 

テロリストとして生きていくことになれば、愛する日常にはもう帰ってこれないかもしれない。

 

それでも彼女達は我慢を選ぶことなどもうしない。

 

耐え難きを耐え、忍び難きを忍びという玉音放送時代の日本人の愚かさには戻らないと決意する。

 

我慢を選べば選ぶ程国に搾取され、私達の人生は傀儡政府に滅ぼされると理解した者達であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

涼子と口論になってしまった静香は村長の屋敷に戻った後、アビヒコの元に訪れている。

 

大広間で座り向かい合っていた静香であったが、握り込んだ手に汗を浮かべながら口を開く。

 

「私は力が欲しい。ついてきた仲間が不安のあまり戦えなくなるような事態にさせないためにも」

 

それを聞かされたアビヒコは沈黙していたが、やがて彼女が何を望んでいるのかを語ってくれる。

 

「…我々のような悪魔の力を求めたいと言うのか?」

 

「そうよ。私が求めたい力とは…嘉嶋さんのような悪魔の力。並ぶ者がいない程の力が欲しいの」

 

「その覚悟をするに至った原因があるのだろうが聞くまい。大事なのは覚悟があるのかどうかだ」

 

「覚悟ならあるわ。私は時女一族の矜持を誰よりも体現しないとならない者…そのための力なの」

 

「愛国心を示すための力を求める…その気持ちは我らと同じであろう。協力は惜しまない」

 

「私は今すぐ力が欲しいの。サマナーになるための修行をしている暇はない」

 

「そこまで急ぐ理由とは何だ?」

 

「私の力を示し、時女の魔法少女達の心に安心を与えてあげたい。私についてきてもいいのだと」

 

「群れを率いる者に求められるのは安心であり、信託だ。力を示すのもまた長の務めであろうな」

 

頷いてくれたアビヒコは静香の要求に応えるために試練を課そうとしている。

 

それを聞かされた静香の表情は恐怖によって引きつってしまい、驚愕した顔つきで叫んでしまう。

 

「噓でしょ!?黄泉平坂が……古事記に記された黄泉の国がこの近くにあると言うの!?」

 

「我々がこの地に根差したのは潜伏するだけではない、守り人としての役目もあるのだ」

 

「黄泉平坂から出てくる悪魔が人々を襲わないようにするための役目も貴方達にはあったのね…」

 

「かの地には我々が封印した荒神が存在している。その神を倒し、服従させてその力を手にしろ」

 

「黄泉平坂に封印された荒神と決闘をしてこいと言いたいの…?」

 

「この村の悪魔は大事な戦力、誰一人お前のために犠牲にするわけにはいかん。代わりが必要だ」

 

「その代わりとなる荒神は……私の期待に応えられる程の力を秘めた神なの?」

 

「無論だ。国津神である我々も封印に手こずった……何せ、イザナミ神を殺せる程の火の神だ」

 

その荒神を表す言葉を聞いた瞬間、聞き耳を立てていた者が襖を開けて声を荒げる。

 

「正気なのか!?この者にヒノカグツチの元に向かわせようとは……自殺行為だ!!」

 

大広間に入ってきたのは村の軍神であるオオヤマツミであり、静香の身を案じてくれる。

 

「危険は承知。もとよりこの娘は勝算など無い戦に赴く身…ならば死中に活を求める必要がある」

 

「我々でさえ封印するだけで精一杯だった荒神を戦力にするなど不可能だ!我は反対する!!」

 

「汝の意見は聞いていない。この娘に覚悟があるのかどうかを問いたい。ないなら…話は無しだ」

 

静香を試す者であるアビヒコは彼女に顔を向け、覚悟がある者なのかを問いかけてくる。

 

「時女静香、汝に問う。日の本を取り戻すための力を求めるだけの覚悟はある者か?」

 

今の自分でも勝てないオオヤマツミでさえ恐れる程のヒノカグツチを相手に決闘をしてくる。

 

それがどれ程の死地に赴くことになるのかは言うまでもない。

 

震え上がっている静香であったが、それを上回る程の感情によって恐怖心を抑え込む。

 

涼子と喧嘩したことで自分の道に迷いはなくなった彼女は決意を示してくれるのだ。

 

「アビヒコ様……私は戦ってくる。準備をするから少しだけ時間を頂戴」

 

「気は確かか小娘!?せっかく拾えた命をみすみす捨てに行くようなものだぞ!!」

 

「オオヤマツミ様…心配してくれる気持ちは嬉しい。だけど時女一族の長として…押し通るわ」

 

一度決めたら止まらない性格をした静香の真っ直ぐ過ぎる気持ちをオオヤマツミは危惧している。

 

これではブレーキの効かない車のような女であり、自分では止められずいずれ崩壊するしかない。

 

しかし、そんなブレーキの効かない車娘の肩を持つ国津神が入ってくるのだ。

 

「いいんじゃねーか?その向こう見ずで真っ直ぐな覚悟をオレは気に入ったぜ」

 

大広間にやってきたのはナガスネヒコとミシャグジさまであり、ミシャグジさまは呆れた様子。

 

「やれやれ…これでは命がいくつあってもこの娘は足りん。仕方がない、ワシもついて行こう」

 

「ミシャグジ殿だけでは心許ない、我もついて行くぞ」

 

「そんならオレも……」

 

「汝はダメだ、ナガスネヒコ。村長代理の汝まで死んでしまったら村の者達が不安で圧し潰れる」

 

「オオヤマツミならいいってのかよぉ、兄者!?」

 

「村の軍神であるオオヤマツミ殿やミシャグジ殿も向かわせたくないが……止まらんのだろう?」

 

「その通りだ。この娘は大国村の大事な戦力となれる逸材だ…ここで死なせるわけにはいかん」

 

「そういうわけじゃ。色気がないオッサンと爺さんが黄泉路のお供になるのは勘弁せぇのぉ」

 

「フフッ♪そんなことないわ、とっても心強いわよ。本当にありがとう……必ず生きて戻るわ」

 

こうして静香達一行は根の国である黄泉平坂に向かう事になっていく。

 

彼女の意思を後押ししてしまったのは、お節介が過ぎた涼子のせいでもある。

 

知覚によって得られた情報で認識が生まれ、それによって行動が生まれたせいで悪い事が起きる。

 

静香の母の気持ちばかりに意識を向けていたせいで静香の気持ちに意識を向けられなかった。

 

それによって気持ちがすれ違い、悪い結果が起こってしまったのだ。

 

善意が必ずしも人々を救うものではない。

 

それは先入観であり自分勝手な主観であり情報不足。

 

相手を知る努力をしない限り自分の捉え方だけで人々を判断して良し悪しを決めてしまう。

 

ニーチェが残した言葉通り、君が出会う最悪の敵はいつも君自身なのであった。

 




自分の先入観や捉え方の先行で物事を決めちゃって悪い結果をもたらしたまどマギキャラがいますよね?
はい、さやかちゃんの気持ちを知る努力もせず恭介君に告白を行う発言をした志筑仁美ちゃんですね。
人間は本当に救いがねぇ(汗)


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246話 自由の代償

朝早くから伊賦夜坂(いふやざか)という人気のない山道の奥へと向かうのは静香達である。

 

彼女達が向かう先とは黄泉平坂がある根の国の入口。

 

先導するオオヤマツミとミシャグジさまの後ろをついていく静香は疲れた表情を浮かべている。

 

強がっていてもまだ子供であり、恐怖心によって睡眠を阻害された事で一睡も出来なかったのだ。

 

「もう少しで根の国の門につく。準備はいいな?」

 

「……えっ?え、ええ……大丈夫よ、大丈夫……」

 

「…その様子なら昨夜は一睡も出来なかったようじゃな?強がっていてもまだ子供じゃて」

 

「私の覚悟は本物よ!それを証明してみせるんだから!」

 

「お前さんのような子供を戦場に連れていくのは忍びない……全部民衆共の怠慢のせいなのじゃ」

 

「そうだな…今の日本の圧政が70年代だったなら、デモやストどころか内戦が起こったかもな」

 

「半世紀もの時間が日本人の性根を骨の髄まで腐らせた。今の民衆の中身はパンとサーカスじゃ」

 

「団塊世代の人達がいたのに……どうして日の本の民はそこまで堕落したのかしら?」

 

「学生運動や組合運動が消えたのは昭和の豊かさが原因だ。食うに困らなくなれば牙も抜かれる」

 

「当時の連中は豊かさのせいで後代の人々に何も受け継ぐ必要性を感じなくなったのじゃ」

 

「逃げ得というヤツね…本当に酷いわ。自分達が生きている国の未来を豊かさで捨てるなんて…」

 

「今の日本人こそ経団連や売国政治家共の理想の姿だ。自分の頭で考えず御上に全てを丸投げだ」

 

「上に言われた事を忠実に守るロボットの生産じゃ。国が売られているとも気が付かずにのぉ…」

 

堕落した日本人を憂う会話を続けていたら目的地に到着したようである。

 

国津神達が後ろを振り向き、静香は息を飲み込みながら緊張感を表す。

 

見えたのは鳥居のような石柱が二本であり、しめ縄が巻かれている。

 

そこを潜った瞬間、静香は肩にずしりと重みがかかり言い知れぬ程の恐怖を感じてしまう。

 

「この感覚は……悪魔の結界と似ているわ。ここは既に異界になっていたのね」

 

「この先に石組みの台座の上に石碑が鎮座している。黄泉の入口である千引岩の欠片じゃよ」

 

「中に入るのは悪魔の異界や魔獣の結界に入るやり方と同じだ。ソウルジェムをかざすといい」

 

石碑の前まで来た静香はソウルジェムを生み出して石碑に向けてかざしてみる。

 

すると異界の景色が変わっていき、恐ろしい悪夢の光景が広がっていく。

 

「こ……これが黄泉平坂……!?」

 

辺りの景色は通常空間から悪魔の世界に切り替わるようにして変化しており、周囲は異臭が酷い。

 

まるで仏教においての地獄を表すような景色であり、周囲には怨霊の鬼火が無数に浮かぶ。

 

辺りの草木も枯れ果てており、およそ生命の息吹を一切感じることはない程の異界なのだ。

 

「我々が向かうのは黄泉の国に至る手前にある根の堅州国(ねのかたすくに)じゃ」

 

「酷い瘴気……こんな場所にいたんじゃ私の魂までこの世界に取り込まれてしまいそう……」

 

「いいか、この世界で見かけた飲み物や食べ物には一切触れるな。イザナミ神と同じ末路になる」

 

「うむ…我らが高祖神であるイザナミは死した後、この世界に流れ着き黄泉の食べ物を口にした」

 

「そのせいで体は腐敗し、生ける屍の如き醜い姿に変えられて永遠を彷徨うようになったのだ」

 

「すなおから聞いた事があるゾンビみたいね。分かったわ、この世界の食べ物には手を触れない」

 

「道中には黄泉の住人である悪魔共もいるだろう。油断はするなよ」

 

魔法少女姿に変身した彼女は背中に背負っていた刀の柄を握り込み抜刀する。

 

母の形見である練気刀をお守り替わりにしながら彼女はオオヤマツミ達の後に続くのだ。

 

「生きたままあの世に辿り着けただなんて……すなお達に語っても信じてもらえないわよね」

 

暗黒に染まった黄泉平坂の夜道を歩いていると、恐ろしい女達の囁き声が響いてくる。

 

<<アハハハハ!!魔法少女だって亡者と変わらないわよ!魂を抜き取られた連中のくせに!>>

 

「な、なんですって!?巫をバカにするヤツは許さないわよ!!正体を現しなさい!!」

 

草むらの中から飛び出した無数の黒い物体とは女性の髪の毛。

 

あまりにも長過ぎる髪の毛が静香達の周りに飛び込み髪を編み上げながら形を形成していく。

 

現れたのは黄泉平坂の住人であり髪の毛の体を形成しながら立ち上がってきたようだ。

 

【ヨモツシコメ】

 

黄泉の国の醜い女であり、イザナミの姿を見たイザナギを殺すために放たれた刺客。

 

醜い字をシコと読むのは死国である黄泉と関係するという説もあり、死をばら撒く女共であった。

 

「あぁ……美味しそうなソウルジェムね!それを置いていきなさい!私が食べてあげる!!」

 

「ちょっとアンタ!!1人で独占する気!?アタシだって食べたいわよ!!」

 

「あなたはこの前ブドウを食べてたじゃない!!私だって食べたかったんだから今回は無しよ!」

 

誰が静香のソウルジェムを食べるかで喧嘩を始めてしまうヨモツシコメであるが相手が悪い。

 

静香は炎を司る魔法少女であり、ヨモツシコメ達の体を構成するのは燃えやすい髪の毛だ。

 

「悪いんだけど、私の魂は譲れないわ。その代わりに私の魂から発する炎をくれてあげる!!」

 

ソウルジェムの魔力から発するのは刀に纏わせた業火であり、炎を見た女達が叫びだす。

 

「ゲゲェ!!?こ、こいつ炎の魔法を使えるヤツだったのぉ!?」

 

「聞いてないわよ!!ア、アンタが食べたいって言いだしたから……アンタに獲物を譲るわね」

 

「押し付けないでよ!?あなただってこの娘のソウルジェムを食べたいって言ってたのにー!」

 

「問答無用!喧嘩するぐらいなら仲良く私の炎を喰らいなさい!!」

 

刀を振るう度に次々と火球が飛んでいき、ヨモツシコメ達の体を燃やしていく。

 

慌てふためく他のヨモツシコメは逃げ出そうとするのだが、他の者達が容赦してくれない。

 

「鎧袖一触!!この程度の雑兵など我の真の姿を晒す程の脅威ですらない!!」

 

作業着を纏った屈強な男が素早く踏み込み、右拳に氷を纏わせていく。

 

剣となった拳を用いて打ち貫く一撃は『氷龍撃』であり、水を司る山神ならではの魔法だ。

 

人間に擬態していようとも静香が勝てない程の力を秘めた者こそが大国村の軍神である。

 

「オオヤマツミに言われてしまったのぉ。お主らなど、我々の敵ではないということじゃ」

 

走りながら逃げるヨモツシコメの頭上を月面宙返りを行いながら着地して前を塞ぐ者が現れる。

 

両腕がない老人が用いる武器とは両足であり、雷を纏わせた回転蹴りが次々と放たれていく。

 

<<アバババババババッッ!!!>>

 

『雷龍撃』の一撃を回転蹴りを用いて放つ姿はまるで体術を用いる忍者のようだ。

 

両腕がなかろうと擬態姿であろうとミシャグジさまの力は本物であり、敵を寄せ付けない。

 

頭部を蹴り砕かれた女悪魔達の体が倒れ込み、MAGの光をばら撒く最後を迎えるのだ。

 

「こっちは片付いたわ。そっちは心配するような状況でもなさそうね」

 

「無論だ。この程度の障害ならば問題ない、先を急ごう」

 

「我々は黄泉平坂にいる。まだまだ怨霊悪魔はうじゃうじゃ湧いてくるじゃろうのぉ……」

 

かくして一行は黄泉平坂の奥へと進んでいき、道中の戦闘も危なげなく通り超えていく。

 

そんな者達が辿り着いた場所とは根の堅州国(ねのかたすくに)にある峡谷。

 

噴き上がる熱気によって静香は顔をしかめる程にまで熱がってしまうようだ。

 

「この巨大な崖の下にヒノカグツチは封印されている。道は無いから崖から下るぞ」

 

「こ……こんな下に降りろっていうの!?火山の噴火口に飛び込むようなものよ!!」

 

「ヒノカグツチは神話通り体そのものが業火なのだ。この熱こそ我の父神の怒りでもある……」

 

「ヒノカグツチの……怒り?」

 

「生まれただけで母神を殺し、父神に呪われながら殺され、己だけでなく全てを憎む怒りじゃよ」

 

辛そうな表情を浮かべる国津神達が跳躍しながら崖を下っていく。

 

突起の多い崖の壁面を利用しながら降りていくその姿はまるで崖の急斜面を渡る山羊のようだ。

 

「迷っていても仕方がないわ……この下に私の望む力があるのなら……突き進むのみよ!」

 

力を求める魔法少女もまた崖を飛び降り、崖の壁面を利用しながら峡谷の下に降りていく。

 

彼女達が降り立ったのはマグマの川のような場所。

 

まさにその景色は仏教の地獄で表現された焦熱地獄を表す程の光景であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「熱い!!熱過ぎる!!こんな場所にいたんじゃ私は焼け死んでしまう!!」

 

魔法少女であっても噴火口の内部に飛び込めば無事で済むはずもなく、静香の肌が焼けていく。

 

辛そうな表情を浮かべるのは国津神達も同じであり、命を焼き尽くす封印の地の洗礼を浴びる。

 

「ぐっ!!山神である我でも耐え難い!待っていろ、汝らの体を強化する!」

 

オオヤマツミが補助魔法の『ラクカジャ』を行使。

 

最大までかけられた補助魔法のお陰で静香達の防御力が増し、炎ダメージも軽減されていく。

 

「ありがとう……オオヤマツミ様。これなら何とか奥まで進めるかも……」

 

「じゃが…いずれ限界がくるだろう。ヒノカグツチとの闘いは時間との勝負…各々覚悟なされ」

 

ダメージゾーンとも呼べる程の地獄の道を進んでいくと暗い奥底から恐ろしい声が響き渡る。

 

<<グゥゥゥゥッッ!!この魔力はオオヤマツミとミシャグジか…?何用だぁ!!!>>

 

峡谷に響き渡る程の轟音ともいえる叫びを聞いてしまった静香の耳が痛くなり、恐怖してしまう。

 

「これ程までの大声を出せる程の存在なの…?ヒノカグツチは……?」

 

「覚悟せよと申したはずじゃ。お前さんが相手をするのは山火事そのものだと思え」

 

「父神殿は巨体を封印されているとはいえ、怒りの業火は健在だ。油断すれば一瞬で燃やされる」

 

「それ程までの存在だなんて……魔法少女であっても勝てる気がしないわね……」

 

峡谷の奥に進めば進むほどヒノカグツチの強大過ぎる魔力を全身で感じてしまう。

 

今まで戦ってきた中で最悪の敵を前にしても静香の覚悟は揺るがない。

 

不退転の覚悟で進んだ少女の先には大きなマグマの池が見えてくる。

 

「あ……あれが……ヒノカグツチ……?」

 

「言ったじゃろう……山火事そのものを相手にするようなものだとな」

 

無数の岩場がマグマの中に浮いており、その中央には巨大な男神が鎖によって拘束されている。

 

全身が燃えるために衣服も纏えず、髪の毛も生えず、ひたすら巨体を燃やし続ける荒神の御姿だ。

 

「貴様らァァァァーーーーッッ!!我をここから解放しろォォォォーーーーッッ!!!」

 

燃え上がる上半身しか見えないが、それだけでも全長は100メートルを超えている。

 

燃え上がる高層ビルを相手に戦うことになった静香は初めて死を意識させられる事になったのだ。

 

【ヒノカグツチ】

 

日本神話に登場する代表的な火の神であり、母神であるイザナミを焼き殺した荒神。

 

ヒノカグツチの亡骸や流れ出た血からは数多くの神々が生じ、その強い創造性を覗かせる。

 

火の焼き尽くす破壊の力と陶器や鉄器などを生み出す生成の力を象徴する神。

 

火伏せの神や鍛冶・焼物の神としても信仰され、死してもなお神は人の内に生きるのであった。

 

「あ……あんな荒神を……私が倒せるの……?」

 

恐怖心が抑え込めなくなり、静香の体がガタガタと震え始める。

 

国津神達でさえ恐れの感情が顔に浮かんでいるが、それでもオオヤマツミが先んじて叫ぶ。

 

「我らが父神殿!!怒りを鎮められよ!!我らは貴方様の御力を賜りたく……」

 

「黙れぇ!我は貴様の父になった覚えなどない!我のどの部位から生まれたかも分からん神め!」

 

「ヒノカグツチ殿!!今の日の本には太陽あらず!!我ら国津神はこの国を救うために……」

 

「笑止!!貴様の本音は知っているぞ…タケミナカタ?我と同じく暗い炎を宿す者よ!!」

 

「タケミナカタ……?」

 

ミシャグジとしか名を聞いていない老人の真名なのかと疑問を浮かべる静香。

 

ヒノカグツチには見抜かれているのかとミシャグジさまは顔を俯けてしまう。

 

「汝の両腕を切り落とした憎き天津神族への復讐心!!それこそが汝を戦場に駆り立てるのだ!」

 

「…確かにワシはタケミカヅチに敗れた。蛇神に堕ちてしまったが、国津神の誇りは捨てない!」

 

「父神殿!!貴方様もまた国生みの神!貴方様の血潮もまた日の本を育てる神を生んだのです!」

 

「黙れぇぇぇーッッ!!我にあったのは父神であるイザナギの呪い!!妻を殺した我への呪い!」

 

イザナギを思い出しただけで全身から吹き上がる業火の勢いが増し、暴れ狂いだす。

 

両腕は広げられたまま鎖で縛りつけられているが、壁面の楔が抜けそうな程にまで暴れ狂う。

 

「憎い…全てが憎い!!焼き尽くしてやる…日の本の全てを業火で焼き尽くしてやろうぞ!!」

 

「そんなことはさせないわ!!」

 

虫けらなど気にしてはいなかったようだが、火の神を恐れない程の叫びを上げる女に目を向ける。

 

そこに立つのは国を憂う者であり、憂国の烈士となった時女一族の長を務める者。

 

「ぬぅ……魔法少女だと?何ゆえに魔法少女などがこの地にいるのだ?」

 

「私は貴方様の力を欲する者!!日の本を奪い取った国賊共と戦う力を欲する者よ!!」

 

燃え上がる両目を細め、静香の心の中を見ようとする。

 

何かを感じ取ったのかヒノカグツチが盛大に笑い出したようだ。

 

「フハハハハハ!!汝もタケミナカタと同じ穴の狢か!!我と同じく暗い炎を宿す娘め!!」

 

「私も……タケミナカタ様と同じ暗い炎を宿している……?」

 

「汝にあるのは復讐の炎!!故郷を燃やされ!母親を殺され!一族の未来を奪われた憎しみだ!」

 

怒りの炎を司る荒神には見抜かれているのかと静香まで顔を俯けてしまう。

 

「大儀など飾りだ!!汝の中にあるのは復讐を果たすために暴れたいだけの欲望!我と同じだ!」

 

「確かに私の中にも復讐心が宿っている……だけど!私は個人の復讐よりも大儀を望む者よ!!」

 

「貴様の怒りもまた国を焼くぞ!!国賊だけで済むものか…罪なき民共も業火で燃やす炎だ!!」

 

「そんなことはないわ!!私は罪なき者まで殺そうだなんて……」

 

「国と戦うというならば貴様は国賊扱いされる!!迎え撃つ敵は働くだけの労働者共だ!!」

 

「そ……それは……」

 

「貴様はその者達を殺さねばならぬ!大儀と名乗りながら罪なき者共まで殺す!それが戦争だ!」

 

アビヒコと同じ言葉を浴びせられた静香の体が震えていく。

 

霧峰村を襲った米軍兵は村を焼いた罪人共だと怒りを爆発させる事で殺す事が出来た。

 

しかし今度は国のために働くだけの公務員まで殺さなければならず、静香もまた罪人となる。

 

「戦争とは矛盾極まった行為!!ミイラ取りがミイラになり果てる道!!それでも進むか!!」

 

覚悟を問われた者の震える拳が握り込まれていく。

 

迷いを切り払うように刀を振るった静香は己が何者であるのかを叫ぶ事で覚悟を示す。

 

「私は時女静香!!国を守ることを誓った一族の長!私を突き動かすのはこの誇りだけでいい!」

 

「よくぞ申した!!これで我らは同じ復讐の炎を纏う者!存分に怒りの炎を燃やし合おうぞ!!」

 

ついにヒノカグツチが動き出し、小さき憂国の烈士の覚悟を試そうとする。

 

霞の構えを行いながら迎え撃つ静香もまた死地に赴く覚悟を決めるだろう。

 

ここは黄泉平坂。

 

死者達が辿り着く場所であり、ここで死ぬ者はその魂まで永遠に囚われる牢獄であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「行くぞ!!オオヤマツミ!!」

 

「承知ッッ!!」

 

悪魔の力を解放した男達が悪魔変化を行い、その巨体を持ち上げていく。

 

ミシャグジさまの隣に立つのはヒノカグツチの上半身に匹敵するほどの巨躯の山神。

 

全身を岩盤のような岩の塊で構築した御姿こそがオオヤマツミの真の姿なのだ。

 

「喰らうがいい!!我が憤怒の炎を!!」

 

巨大な口を開けたヒノカグツチが放つのはファイアブレスであり、豪熱放射が迫りくる。

 

迎え撃つのはオオヤマツミであり、同じく巨大な口を開けて氷結ブレス攻撃を仕掛ける。

 

絶対零度のブレス攻撃と豪熱放射のファイアブレスがぶつかり合い、互いが一撃を押し込み合う。

 

「オオヤマツミとワシが奴の体を構築する炎を消し去る!いいか、炎攻撃だけはするなよ!!」

 

「分かってるわ!!同じ属性攻撃が通用するはずがないものね!」

 

「お主は隙を見つけて奴の体に飛び移れ!!首の傷跡こそが奴の弱点じゃ!!」

 

静香がヒノカグツチを見上げれば首の辺りが真一文字に光っており、内側から炎が溢れている。

 

「あの傷跡こそがイザナギ神がつけたもの。概念存在であるがゆえに傷も残ってしまうのじゃ」

 

「あの傷に沿うように斬り付ければいいのね?了解したわ!!」

 

前線を任せた静香はマグマの泉の端へと走り出す。

 

ブレス攻撃を仕掛け合うオオヤマツミを援護するためにミシャグジさまは口を大きく開く。

 

亀頭のような頭部の口から吐き出されたのは『たたり艶電』であり、呪いの塊が飛んでいく。

 

魅了効果を与える大ダメージを放つ一撃であるが、既に狂っている荒神には効果が薄い。

 

ブレス攻撃を放ちながらも静香の移動には気が付いているヒノカグツチは体から業火を放つ。

 

「キャァァァァーーーーッッ!!?」

 

地獄の業火で周囲が爆発していき、爆発に吹き飛ばされた静香が危うくマグマに落ちかける。

 

「ヌゥゥゥゥゥーーーーッッ!!!」

 

気力を振り絞りながら冷気ビームを放ち続けるオオヤマツミであるがついに押し切られてしまう。

 

「ウォォォォーーーーッッ!!?」

 

ファイアブレスの熱線が直撃したオオヤマツミの体が燃え上がり、片膝をつく。

 

山神であるため炎には弱く、まるで山火事のように体が燃え上がり続けるようだ。

 

「フハハハハァ!!山神である貴様如きが!!憤怒の炎である我にかなうものかぁ!!」

 

「いかん!!今助けるぞオオヤマツミ!!」

 

水を司るオオヤマツミを失ってはヒノカグツチから吹き上がる業火を消す方法を失ってしまう。

 

駆け寄ろうとするミシャグジさまに目掛けて放つのはアギダインであり、大火球が迫りくる。

 

「ウォォォォーーーーッッ!!?」

 

跳躍して避けようとしたが大爆発の爆風までは防げず、ミシャグジさまが大きく弾き飛ばされる。

 

体を拘束されたままの状態でありながら二体の国津神達でさえ押し切られてしまう脅威。

 

それが荒神であるヒノカグツチの力であり、国津神達から恐れられる程の存在なのだ。

 

<<まだよ!!>>

 

叫び声が聞こえた方に視線を向ければ、左腕を拘束した鎖の道を走る静香の姿が迫りくる。

 

肌は焼け焦げており、全身大火傷を負いながらもヒノカグツチに一太刀浴びせようというのだ。

 

「ムハハハハ!!業火の中に飛び込んで死ぬつもりか?愚か極まったな!!」

 

飛んで火にいる夏の虫が死ぬ瞬間を楽しもうと静香に意識を向けているからこそ隙が生まれる。

 

仲魔達を信じているからこそ出来る決死の囮となった彼女の覚悟を汲み取った者が死力を尽くす。

 

「フッ……もう小娘とは呼べないな。汝の覚悟は受け取ったぞ、猛き者よ!!」

 

体が燃え上がりながらも口を開き、再び絶対零度の極太冷気ビームを発射する。

 

オオヤマツミの一撃が迫りくるのに気が付いた時にはもう遅い。

 

「グォォォォォーーーーッッ!!?」

 

冷気ビームが体に直撃した事で全身に纏っていた業火が鎮火していく。

 

この勝機を逃せば死ぬしかないと分かっている静香は最後の力を振り絞りながら刀を振り上げる。

 

「御首級頂戴つかまつるわ!!!」

 

振り上げた刃が狙うのは業火が鎮火した巨大な首に走る真一文字の傷跡。

 

ついに静香の決死の一撃が決まった事で国津神達の顔も安堵で微笑む。

 

だが、トドメの一撃を放った者だけは違う。

 

「そ……そんな……」

 

刀の刃が傷跡に沿うように食い込んでいるが、首を跳ね落とす程の一撃としては足りない。

 

体を焼き尽くされながら走ってきた彼女の力はもう殆ど残っていなかったのである。

 

「貴様ァァァーーーーッッ!!神に傷をつけるかァァァーーーーッッ!!!」

 

トドメを刺しきれなかった事態に気が付いた国津神達であるがもう遅い。

 

神を傷つけるのは神の誇りを傷つけるも同じであり、憤怒を爆発させた体が燃え上がっていく。

 

その場に立っていては燃え尽きてしまうと静香は大きく跳躍して国津神達の元に逃げる。

 

鈍化した世界。

 

再び燃え上がった業火の体から放つのは大都市でさえ焼き尽くす一撃となるマハラギダイン。

 

地面に着地した静香の体を覆うように体を盾にしてくれる国津神達の背後で業火が噴き上がる。

 

<<アァァァァーーーーッッ!!!>>

 

灼熱地獄と化した封印の地が激しく燃え上がり、国津神達の体を焼いていく。

 

いくら炎を防いでくれても熱までは防げず、静香の体は耐え切れない。

 

「こんな……ところで……」

 

焼け焦げていく自分の体の臭いさえ感じなくなっていく静香の意識が消えていく。

 

ソウルジェムも穢れに耐え切れないようにどす黒く変色していき、魔法少女の死が訪れるのだ。

 

薄れていく意識の中、志半ばで倒れる自分の無力さを嘆いてしまう。

 

憂国の烈士になろうとした時女静香の物語が幕を閉じる時がきたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ここは……どこ……?」

 

意識が朦朧としながら歩く空間とは白い霧に覆われた世界。

 

何も見えない世界を夢遊病患者のように歩くのは静香であり、ここが何処かも分からない表情だ。

 

自分が生きているのかも死んでいるのかも分からない彼女の元に空から光が降りてくる。

 

静香の前にまで現れたその存在こそ、希望を願った魔法少女達の救い神であると同時に死神。

 

光が形を成し、現れた存在こそが円環のコトワリ神なのだ。

 

「もしかして貴女が……私達が死ぬ時に現れるという……円環のコトワリ……?」

 

あまりにも長過ぎるピンク色の髪、白いドレスのスカート内には宇宙が見える。

 

背中には白い翼が広がっており、その目は神であり悪魔を表す金色の瞳。

 

女神の姿がここまで忠実に形となり表れる現象こそ悪魔ほむらの力が崩壊している証拠。

 

もう直ぐ銀の庭に入り込める程にまで宇宙の壁を壊せる円環のコトワリが語り掛けてきたようだ。

 

「……自由という名の愚か者よ」

 

あまりにも冷たく、冷淡な声。

 

鹿目まどかと同じ顔と声を持ちながらも、その心は機械のように無機質。

 

魔女達の救い神であるはずなのに、あまりにも希望を感じさせない女神が問いかけてくる。

 

「自由とは()()()()()()()()、死のかげの谷なり。行く先には()()()()が待ち受ける」

 

「自由とは奈落…?自由という死のかげに飛び込む者達は…墓場に入るしかないと言いたいの?」

 

「女よ……我は汝の心を見る」

 

金色の瞳が爬虫類のような瞬膜となり、静香の心の中を覗き込む。

 

何かを感じ取ったのか円環のコトワリ神が静香を試すようにした言葉を投げかけてくる。

 

「自由という名の愚か者よ!お前はその名の為に病を担い痛みを負い、果てぬあざけりを受ける」

 

円環のコトワリ神が語った言葉こそが自由を掲げて戦おうとした全ての人々を表す言葉。

 

自由のために心は尽きぬ痛みを背負い病んでいき、誰にも信じてもらえないあざけりを受ける。

 

「怖れるか、患いを?怖れるか、辱めを?」

 

これから静香達のような自由を掲げる魔法少女達は際限のない苦しみの病が降りかかるだろう。

 

人々からは嘲笑われ、馬鹿にされ、中二病だのカルトだのテロリストだのと呪われていくだろう。

 

その道に進む覚悟はあるのかと問われた時、憂国の烈士は答えてくれる。

 

「……恐れないわ」

 

眉一つ動かさず静香の覚悟を聞いた円環のコトワリ神がさらに試す言葉を投げ放つ。

 

「お前はその名の為に()()()()()()()()、幾度も否まれ、()()()()()()()()()であろう」

 

自由を掲げれば掲げるほど親友達と心はすれ違い、喧嘩しながら分かれていく。

 

陰謀論者だと馬鹿にされ、幾度も否まれ、暗い敗北に包まれた人生を生きるしかない。

 

暁美ほむらや美国織莉子、そして氷室ラビや三浦旭や里見親子が通った暗い道を表す。

 

そして志を同じくした仲間達とでさえ心がすれ違う。

 

広江ちはるや南津涼子のように、際限のない別れを経験する敗北の道が待っているだろう。

 

「怖れるか、欺きを?怖れるか、災いを?」

 

円環のコトワリ神の言葉を理解出来る程の経験を積んでしまった静香の体が震えていく。

 

これから先、自分は誰にも理解されない道を生きることになるだろう。

 

悪魔のように悪者にされながら生き、人々から呪われる存在になるしかない。

 

それでも静香には背負わなければならない使命があるのだ。

 

「……恐れないわ」

 

迷いのない目を向けてくる魔法少女の覚悟を受け取った円環のコトワリ神が残酷な言葉を放つ。

 

その言葉はまさに、救済を拒む者達に向けた憎しみさえ感じさせる程の冷たい言葉だった。

 

「……女よ、汝もまた悪魔の道を進むか。暁美ほむらと同じ道を進むか」

 

「暁美ほむら……?その魔法少女も私のように自由を掲げた者のようね……?」

 

「ならば汝らには()()()()()が待っているだろう。我の救済を拒む者共に相応しい末路がな」

 

「貴女……私が恐れると言ったら……私を救済するつもりだったの?」

 

「我は魔女達の希望によって生まれた虚構の神、アラディア。我の救いは魔女達の希望なり」

 

「勝手なこと言わないで!!私は円環のコトワリに導かれることが救いだなんて思わない!」

 

円環のコトワリに向けて拒絶を示した魔法少女の態度が気に入らないのか、眉間にシワを寄せる。

 

円環のコトワリ神であるアラディアに立てつく者達にもまた裁きが訪れる日も近いのだろう。

 

「女よ……自らを由とせよ。しかし、その道は奈落の道であり、墓場の勝利が待っているだろう」

 

<<だからこそ、私達が彼女を支えるのよ>>

 

静香の背後に現れた別の光に目を向けていく。

 

神々しく輝く天女のような国津神の姿を見た円環のコトワリ神が怒気を含んだ言葉を吐き捨てる。

 

「我の邪魔をする気か……?刀剣の神!!」

 

静香の背後に現れた存在が静香を抱きしめ、円環のコトワリ神が築いた異界から救済してくれる。

 

「静香……貴女には使命がある。貴女が進む暗き道を切り開くための刃となりなさい」

 

「あ……貴女は……?」

 

「さぁ、目を覚まして。まだ貴女の戦いは終わりではないわ…恐れなくていい、私達がついてる」

 

「そうよ……私には使命があるわ。だからこそ……その道を切り開くには……」

 

静香の姿が光に包まれるようにして消えていく。

 

獲物をかすめ取られたような不愉快さを顔に表す無機質な女神がこう告げる。

 

その言葉は自由を掲げて悪魔の道に進んだ魔法少女達に向けての宣戦布告でもあった。

 

「自由という名の愚か者共……我は覚えておくぞ。汝らの愚かさと、その罪深さをな」

 

アラディアが静香に語った言葉こそ、かつてのボルテクス界で人修羅にも語られた言葉である。

 

人間は自由という概念に憧れながらも、自ら自由を捨てて群衆生物になる道を求める者達。

 

自由のリスクに耐えられず、自ら考えて抗う道を捨てながら安易な救いを求めていく。

 

だからこそ、自由(CHAOS)を求める者達は誰よりも強くならなければならない。

 

その道の最も凶悪な敵となる存在こそ、自らを由と出来ず、秩序(LAW)に盲従する()()()()

 

もし人修羅である尚紀の心にも怖れがあったならば、きっとルシファーの道には進まないだろう。

 

安易な救いというコトワリについて行く道を選び、自由とは程遠い末路を迎えていたのであった。

 




黄泉平坂を描いてるとペルソナ4を思い出しますな。
ペルソナ3リロードはどうしようか迷うけど、取り合えず様子見。


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247話 古き日輪を断つ者

「ハーーハッハッハ!!見たか!!これが憤怒の炎だぁ!!」

 

燃え上がる封印の地で狂った高笑いを続けるヒノカグツチの下では敗北者達が倒れ込む。

 

オオヤマツミが大楯となったせいで彼の体は焼き尽くされ、もはや死に体と化している。

 

静香の周囲を囲むようにして盾となってくれたミシャグジさまも同じ様子。

 

そして蛇神の内側で倒れ込んだ魔法少女の死体は原型を残すだけで精一杯の様子だった。

 

皆の命の灯火が消えようとした時、周囲に膨大な光の渦が噴き上がっていく。

 

「こ……この光は!?」

 

驚愕したヒノカグツチの前に広がっていく光とは不動明王が行使した最上級の回復魔法の光。

 

死んだ者達を完全回復させて蘇生させるサマリカームの光なのだ。

 

「貴様もいたのか……我の首を跳ね落とした刀剣の神!!」

 

オオヤマツミ達の頭上で宙に浮かぶ光こそ、円環のコトワリ神から静香を救った女神。

 

白く美しい長髪の側頭部から生えるのは枝葉のような角。

 

顔を覆うのは丸鏡の仮面であり、無限を表す8を司る八角形の星が飾られている。

 

天女の羽衣を纏い、右手には光輝く光剣を握り締める女神こそヒノカグツチを殺した存在だった。

 

【アメノオハバリ】

 

イザナギの剣である十束剣(とつかのつるぎ)が神格化した存在であり、別名はイツノオオバリとも呼ばれる。

 

彼女がヒノカグツチを斬り殺した返り血からも神々が生まれた事から国生みの神でもあるようだ。

 

タケミカズチはアメノオハバリの刃から滴ったヒノカグツチの血から生まれている。

 

神殺しであると同時に神産みの神聖も持ち合わせた複雑な神なのであった。

 

「まったく……回復役も用意しないで死地に赴くだなんて、男神は不器用な連中ばかりね」

 

蘇生させてもらえた上で完全回復させてもらえた者達が立ち上がり、彼女も地上に降り立つ。

 

「お前さんまで来てくれたのか?すまんのぉ……お陰様で助かったわい」

 

「貴女様を連れていかなかったのは…再びイザナギの子を殺す苦しみを与えたくなかったのです」

 

「私を思いやるその気持ちは嬉しいわ。だけど私は刀剣の神…刀剣は振るうためにあるものよ」

 

静香にも顔を向けると彼女は不思議顔を浮かべながら何かを考え込むように腕を組む。

 

「貴女……大国村のどこかで見かけたことがあるような気がするわ?」

 

「人間に擬態している時は図書館で働いてるの。貴女は修行ばかりで来てくれなかったわね」

 

「あ…っ!!そういえばいたわね!ちゃるが図書館に行ってる姿を遠目で見た時に見かけたわ!」

 

「あの子達は知恵を求めた者達。知恵を選び、感情を律し、貴女とは違う道を求めた者達よ」

 

「そ……それは……」

 

「だけどね……私は静香と同じ気持ちよ。新たなる国や世界を築くには……破壊が必要なのよ」

 

「創造と破壊は……表裏一体?」

 

「そうよ。私は神を殺す者であると同時に神を産む者。創造と破壊を司る私だからこそ分かるの」

 

静香に微笑みながらも、彼女は左手を横に向けていく。

 

ヒノカグツチが放つファイアブレスを防ぐ『紅蓮の結界』を張り、炎を吸収してくれたのだ。

 

「貴様ァァァーーーーッッ!!再び我の前に現れるとはいい度胸だぁ!!必ず滅ぼしてやる!!」

 

「カグツチ……私は貴方を再び殺めなければならない。あの時と同じく、一瞬で殺してあげる」

 

「何故だ!!天津神である貴様がなぜ国津神共と行動を共にしている!?イザナギの意思か!?」

 

「その通り。私の所有者であるイザナギ神は望んでおられるわ……()()()()()()()ことをね」

 

「日の本を滅ぼし…新たなる国を建国する事が狙いか!?ヤタガラスと天皇家を滅ぼす気か!?」

 

「日本という国名は滅びる。そして新たな国が生まれるわ。その主となるのがオオクニヌシよ」

 

イザナギ神が望むのは権威という権力の奴隷と成り果てた天津神族とその血族を終わらせること。

 

権力を得た者は権力を手放すことが出来ずに腐敗し、国と民を壊死させる。

 

だからこそ滅ぼし、新たなる国を創造せよと遣わされたのがアメノオハバリなのだ。

 

「我らは大儀の刃となる。全てはこの土地を開拓した国津神と国民のための未来を築くために」

 

光り輝くアメノオハバリの体が弾けて粒子となり、別の依り代に宿っていく。

 

「こ……これは……?」

 

刀剣の神が依り代として選んだ武器こそ静香の母の形見である刀。

 

アメノオハバリの力を得た練気刀が光り輝き、その形を変化させていく。

 

大和古剣である両刃の直刀へと変化していき、()()()()()()()()()()まで生み出される。

 

<<夜明け前が一番暗い。だからこそ明けの明星が必要よ。新たなる光を求めなさい、静香>>

 

「分かったわ……私がこの国を覆う闇を斬り払ってみせる。古き日輪を断ち切って見せるわ!!」

 

<<土地とは土着民のもの、土を耕した神人(かみひと)のもの。その意味、霧峰村の者なら分かるわね?>>

 

「勿論よ!!私は新たなる国を耕していく者となる……だからこそ、私は国生みの焔となる!!」

 

十束剣(とつかのつるぎ)と化した剣を構えた静香に呼応するようにして国津神達も動き出す。

 

自分の首を跳ね落とした忌まわしい刀剣を見たヒノカグツチが発狂しながら暴れ狂う。

 

「イザナギィィィィーーッッ!!再び我を殺して国生みに利用するかァァァーーーーッッ!!」

 

怒り狂ったヒノカグツチがついに楔の一つを抜き落とし、解放された右腕を振り上げていく。

 

「殺されてたまるかァァァーーーーッッ!!!」

 

燃え上がる業火を纏う怒りの鉄拳が迫る中、静香はアメノオハバリの力を発動させる。

 

十束剣(とつかのつるぎ)で横薙ぎすれば『紅蓮の壁』が生み出され、業火を纏う拳の炎が無効化されていく。

 

炎が消えた拳ならば力と力のぶつかり合いであり、その勝負をオオヤマツミが引き受けてくれる。

 

「ウォォォォーーーーッッ!!!」

 

巨大な拳を受け止めて掴み取り、ヒノカグツチを抑え込む彼の意思を託された者達が動き出す。

 

跳躍した静香は炎が消えた右腕を道として駆け上り、ミシャグジさまは雷撃を放つ。

 

静香を吹き飛ばさんとする地獄の業火をマハジオンガで相殺しつつ静香を援護してくれる。

 

「来るなァァァーーーーッッ!!その刀剣を我に近づけるなァァァーーーーッッ!!!」

 

ヒノカグツチの脳裏に浮かぶのは涙を流しながら近寄ってくるイザナギの姿。

 

その手には剣が握られており、生まれたばかりの自分を呪いながら殺そうとしてくる。

 

恐怖に怯えた感情が蘇り、ヒノカグツチは発狂しながら喚き散らす哀れな姿を晒すのだ。

 

「ヒノカグツチ様…一瞬で終わらせる。怖がらなくていい…貴方様の血潮も私達に必要だから!」

 

右肩に飛び乗った静香が放つ一撃こそ、かつてのイザナギ神の一撃を再現するものとなるだろう。

 

狙うは真一文字に切り裂かれた傷跡であり、アメノオハバリの力で炎を無効化させながら跳躍。

 

「ガッ……ハッ……ッッ!!!!」

 

巨大な頭部が跳ね落ちる瞬間を国津神は見届けてくれる。

 

トドメを刺された巨体が後ろに向けて倒れていき、マグマの中で膨大なMAGを撒き散らす。

 

跳ね落とされた生首は地上に落ち、飛び降りてきた静香が着地する。

 

ヒノカグツチの首に顔を向けた静香は気を付け姿勢となり、深々と頭を下げながら手を合わせる。

 

「本当にごめんなさい……ヒノカグツチ様。それでも、私はこの罪を背負いながら戦っていくわ」

 

ヒノカグツチ。

 

その名はかつてのボルテクス界を構成した神霊であるカグツチでもある。

 

カグツチとは自らの血をもって神々を生み出した神話である。

 

ボルテクス界の者達に生命の活力を与え、創世の要を成す存在に対してその名が当てはめられた。

 

従うにしろ逆らうにしろ、自分を育む存在について優しさを向けるのは無駄であろう。

 

()()()()()()()()()()()事であり、我々の血肉もまた生命の死で作られていたからであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「やはり我は……屠られる定めか……。抗い続けたが……運命には……逆らえぬ……」

 

近づいてくる者に視線を向けるヒノカグツチの頭部の炎は消え去り、ひび割れていく。

 

直に死ぬのだろうが最後に自分を屠った者に質問をしてきたのである。

 

「女よ……何ゆえに戦う?我を屠って得た力を用いて……何と戦う……?」

 

静香に視線を向ける国津神達は彼女の言葉をヒノカグツチと共に清聴してくれる。

 

彼女が語る言葉こそ自分の信念であり、魔法少女として生きてきた誇りの言葉なのだ。

 

「私は神子柴に騙されて魔法少女にされた者。護国守護も一族とヤタガラスに押し付けられたわ」

 

「そんなものなど……捨てれば良かったものを……何ゆえ……貫き通せたのだ……?」

 

「私はね…酷い世間知らずなの。多くの人達から支えられないと……生きていけなかった者なの」

 

目を瞑り左手を胸に当てれば、高鳴る心臓の鼓動が聞こえてくる。

 

この鼓動と共に触れてきたのは時女静香と共に生きてくれた魔法少女や生まれ故郷の人々。

 

そして初めて村の外に出て触れ合えた人々もまた彼女の鼓動と共に生きてくれた者達だ。

 

多くの人々と出会う事で多くの経験を得て、多くの救いもあれば破滅さえも与えられた。

 

「人々と触れ合うのは嬉しくもあり、恐ろしくもある。それでも私はね……人々と触れ合いたい」

 

「うつけめ……他人は貴様を傷つけるだけだ……国賊となるならば……猶更傷つけられるだけだ」

 

「人間もまた善悪がある。創造と破壊がある。だけど私はね……傷つけられても守りたいのよ」

 

「多大な責め苦を浴びせられ……何も得られなくても……それでも守るのか?」

 

「守るといっても全てを守るだなんて己惚れるつもりはない。私のこの手はこんなにも小さいの」

 

「その小さき手で掬い取れる者達だけは…救いたいというのか?我を殺し…多くを殺してでも?」

 

「それがきっと生きる力なんだと思う…。自然と共に生きてきた私だからこそ強く感じられるわ」

 

「生きる事は……奪うこと……喰らうこと……それによって……人々は……生きていける……」

 

「だからヒノカグツチ様の死も決して無駄にはしない。炎もまた国を育てるのに必要なものよ」

 

静香が思い出すのは作物を栽培した後に農地を焼き払って地力を回復させる農法の光景。

 

炎で焼き払われた農地は地力を回復させ、また新たな作物を育てられる土壌となってくれる。

 

炎とは命を燃やすと同時に命を生む。

 

その在り方こそカグツチ神話なのだ。

 

静香の心の景色が見えたことでヒノカグツチのひび割れる口元にも微笑みが浮かんでいく。

 

「フッ……小娘に悟らされるか。火の神である我の役目とは……何なのかを……」

 

頭部の亀裂も限界に近づき、その命も残すところあと僅か。

 

だからこそヒノカグツチは決断を下してくれるのだ。

 

「女よ……我が(しょう)を受けよ」

 

「ヒノカグツチ様……?」

 

「我が炎を纏い……国を焼き……人々を焼き……新たなる国と生命を……生み出すがいい……」

 

砕け散った頭部からMAGの光が溢れ出し、火の神の光が静香の中へと注ぎ込まれていく。

 

「ぐっ!!うぅ……あ、熱いッッ!!体が……燃えるよう……ッッ!!!」

 

静香の中に宿っていく国生みの炎の力に耐え切れず、静香は片膝をついてしまう。

 

「背負うのじゃ、静香!!」

 

「我の父神殿の思いとその覚悟を継承せよ、静香!!」

 

<<貴女の道は暗き道となるわ…だからこそ、その道を照らす炎を受け継ぎなさい、静香!!>>

 

国津神達の応援の言葉を受け取った静香が気力を振り絞り、火の神の力を受け継いでくれる。

 

<<アァァァァーーーーッッ!!!>>

 

静香の体が燃え上がっていくが、それは静香の体から発する炎であり新たな衣服を形成していく。

 

巫女服のような上着からは燃える炎を表すような腰布が伸び、袴のような紅いスカートを纏う。

 

お腹の帯に飾られるのは()()()()()()()()()()であり、飛脚のような脚絆(きゃはん)を足に纏う姿。

 

ツインテールの髪は桃割れポニーテールとなり、彼女の瞳は炎のように赤く染まった目。

 

異質なのは彼女が身に纏う真一文字に切り分けられた飾りだろう。

 

帯にぶら下げたものと桃割れポニーテールの飾りにしているものとは()()()()()()()()であった。

 

「……恐れないわ。たとえ悪魔のように悪者にされても……私はこの国の闇を斬り裂いてみせる」

 

左手に持たれているものとは時女静香が魔法少女として生きた証であるソウルジェム。

 

宿ったヒノカグツチに促されるようにして彼女はソウルジェムを歯に咥え、噛み砕く。

 

火の神であり悪魔となった静香の体が己の魂を吸収していき、完全なる悪魔転生を果たすのだ。

 

<<私も共に行きましょう、静香。イザナギの刃である私の力を使いこなしてみせなさい>>

 

「ありがとう、アメノオハバリ様。イザナギ様の力もまた使いこなしてみせるわ」

 

「やれやれ、何という底知れぬ力を手にしたんじゃ、この娘っ子は?」

 

「全くだ。これでは稽古をつけてやったらこちらが返り討ちにされてしまいそうだな」

 

「そ、そんなに謙遜しないの!これからも頼りにしているわ、オオヤマツミ様、ミシャグジさま」

 

こうして新たな悪魔が誕生した事で時女静香の戦いの日々が切って落とされるのだろう。

 

黄泉平坂を後にしていく一行であるが、そんな彼女達を見送る存在が出現する。

 

立ち止まった一行ではあるが、決して後ろを振り向こうとはしない。

 

酷過ぎる死臭を撒き散らす女神の姿を見た者はイザナギ神と同じ末路を遂げるからである。

 

「いいか……皆の衆。絶対に後ろに振り向いてはならんぞ」

 

「ヒノカグツチとの戦いを峡谷の上から見ておられたようだな……」

 

「この恐ろしい気配を放つ存在が……日の本の高祖神様なの……?」

 

腐り果てた体は衣服すら纏っておらず、腹が破けて垂れ下がる腐敗した臓物。

 

眼球は腐り落ち、空洞となってしまった恐ろしい眼を向けたまま立ち止まっている。

 

<……時女静香、汝もまた探さなければいけません>

 

念話だけを送ってくれる女神の御言葉を聞いた静香は恐る恐る念話を返してくれる。

 

<……私が探す?一体何を探すというの……?>

 

<オオクニヌシや火の神である貴女の力だけでは足りないのです。()()()()()()を探しなさい>

 

<新たな天空神……?アマテラスに代わる程の天空神を探さないとならないの……?>

 

<国を耕す者達だけでは国は成り立ちません。日の光もまた土と生命を育てるのに必要なのです>

 

<それ程までの天空神を探し出せだなんて……何処にいるのやら……>

 

<貴女はもうその者と出会っていますよ、時女静香。近い将来、その者と貴女の道は繋がり合う>

 

<私が出会ったことがある人が……私の求める天空神なの?>

 

<貴女が求めるべきなのは()()()()()()()()()。666を司る男神であり、同じ悪魔なのですよ>

 

見送ってくれる女神の視界から静香達は消えていく。

 

彼女を見送った神こそイザナミ神であり、彼女を警護するヨモツイクサ兵達が整然と並んでいる。

 

もし静香が後ろを振り返ったならば兵士達は容赦なく槍の雨を降らせただろう。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それこそが私と夫が交わした契約なのです)

 

黄泉平坂に降りた時、イザナギ神は妻の変わり果てた姿を見て恐怖しながら逃げ出した。

 

激怒したイザナミ神は追手を差し向け、アメノオハバリを振るいながら逃げる夫に向けて叫んだ。

 

――愛しい夫よ、あなたがこんなことをするのなら、あなたの国の人を一日千人殺しましょう。

 

千引岩で黄泉平坂の入口を封印したイザナギ神は岩の向こうから呪ってくる妻に向けて叫ぶのだ。

 

――愛しい妻よ、あなたが千人殺すなら、私は一日に千五百の産屋を建てよう。

 

黄泉津大神となったイザナミの呪いによって日本は戦乱の世となり、大勢の人々が死に絶える。

 

だが高天原に帰ったイザナギはそれ以上の人々を生み出し、再生を生んできた。

 

イザナギとイザナミは()()()()()()()()()であり、それこそが日本神話そのものだ。

 

罪なき人々の無残な死は決して無駄にはならない。

 

残酷であろうが、それこそが自然神達が従ってきた世界の在り様を示す循環なのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ここはかつて超力兵団事件の際に使われた造船島。

 

ヤタガラスに管理されていた場所であるが人手不足のためか現在は放棄された場所である。

 

島には森が広がっており、その地下にはかつて陸軍地下造船所が存在していたようだ。

 

この地において葛葉ライドウと戦うことになった最強の脅威といえる軍艦が製造されている。

 

しかし現在は誰も立ち寄らない無人の島であるのだが、巨躯の大男が森の中に入っていく。

 

歩いていくのは人間に擬態した姿のオオクニヌシであり、紺色のスーツを纏っているようだ。

 

長い黒髪を真ん中分けにして歩く彼が辿り着いた場所とは森の中にある古い公衆電話。

 

オオクニヌシが公衆電話に入ると電話ボックスごと地下へと下っていく。

 

どうやら大正時代の陸軍地下造船所を秘密裏に稼働させている者達がいたようである。

 

地下造船所に降り立ったオオクニヌシが外に出れば広大な造船所が姿を表す。

 

鉄骨で出来た通路を歩きながら目的の船を確認しにいく彼は思い出していく。

 

「……葛葉ライドウ」

 

国津神の長が思い出すのは大正時代においての葛葉ライドウとの戦い。

 

あれは超力兵団事件を解決した後の次の大きな事件であったアバドン王事件が起きていた頃。

 

この場所において葛葉ライドウは別件依頼を果たすため訪れており、オオクニヌシと戦っている。

 

「我ら国津神の悲願である天津神族を滅ぼす計画を二度に渡って邪魔した存在め…」

 

あの時、ライドウと対峙したオオクニヌシは怒りの感情を爆発させながらライドウと戦ったのだ。

 

……………。

 

「我らは我らの国を取り戻すのだ!!邪魔をするな小僧!!」

 

「罪なき民を犠牲にしてまで国を取り戻す道などに!!価値はない!!」

 

激しい剣戟を繰り返すライドウに向けて怒りを爆発させるオオクニヌシがまくし立ててくる。

 

美しい彼の顔は憤怒に歪み、その目はまるで蛇のように獰猛な瞬膜と化していたようだ。

 

「貴様には分かるまい!この国は我ら国津神が作り上げた世界!それを天津の神々が奪った!」

 

「だから奪い返すのか!?帝都に生きる罪なき民を犠牲にしてでも取り戻そうというのか!!」

 

「ヘブライ神族の後ろ盾がある天津に適うはずもなく……我ら国津の神は恭順の意を示した!」

 

「天津神族の後ろ盾……?ヘブライ神族だと……?」

 

「我が盟友スクナヒコナだけは怨みを忘れず、常世でこの現世を見てきたのだ!」

 

スクナヒコナとは超力兵団事件の黒幕的な国津神であり、人間の体に寄生した小さき神。

 

彼が寄生した人間は陸軍の者であり、超力兵団計画を実行しようと企んでいた男であった。

 

「スクナヒコナと目指した真の理想郷をこの手で作り上げる!!」

 

「死者だけの国がそうだというのか!!」

 

「死は生あるものに等しく、平等に与えられるもの!それを回避出来る神すら皆無なのだ!」

 

壊れたオオクニヌシが目指す理想郷とは全てが死んだ常世の世界。

 

権力者も民衆も等しく死に絶えた世界こそ理想だという呪いを撒き散らす神にまで堕落している。

 

今の彼は天津神族への怒りと憎しみに支配された呪わしい悪魔そのもの。

 

オオクニヌシは蛇神としても語られた神であり、オオナムチとも呼ばれている。

 

龍蛇神としての獰猛さも宿した神であり、目的の為なら手段を選ばない冷酷さも宿す存在だ。

 

だからこそライドウはオオクニヌシを倒す必要があり、彼は死力を尽くして彼を打ち倒すだろう。

 

彼の刃に倒されたオオクニヌシは最後にこんな言葉を残してくれる。

 

「この程度で……我ら国津神の怨み……消せると……思うな……よ……」

 

記憶はそこで途切れており、次に形を成して世界を見た光景こそがボルテクス界だった。

 

人修羅が生きたボルテクス界を見たオオクニヌシはこの世界こそが常世なのだと実感するだろう。

 

だが、そこにあったのは神と悪魔の殺し合いのみ。

 

自分が理想とした死の世界にすら平等は存在せず、力ある者が力なき者達を喰らうだけの世界。

 

これでは現世と何も変わらず、権力者が無力な民衆を食い物にするだけの光景と変わらない。

 

ならば自分が望んでいた理想とは何だったのかと分からなくなったままボルテクス界を超えた者。

 

そして彼が三度形を成した世界こそが魔法少女と呼ばれる存在が生きる世界。

 

この世界で形を成したオオクニヌシは考えを改めてくれるだろう。

 

自分の原点とは何だったのかを思い出した彼であるが、それでも彼は天津神族を呪う神。

 

そしてそれ以上に呪う一族こそがヘブライ一族であり、ヘブライの神でもあった。

 

……………。

 

「葛葉ライドウ…それでも我らは戦わねばならぬ。この国を奪い取ったヘブライを滅ぼすために」

 

オオクニヌシがやってきたのは地下造船所の最奥にある造船施設。

 

そこに見えたのは()()()()()であり、最新鋭の駆逐艦を思わせるフォルムをしている。

 

造船している艦艇の後ろ側には神を祭るような祭壇エリアも存在しており、彼はそこに立つ。

 

見上げる軍艦に思いを馳せていた時、笛の音色が響いてくる。

 

「……お前も来ていたのか」

 

近寄ってくる男はインド人のような褐色の美青年。

 

孔雀の羽をあしらったつば広帽子を被り、同じ色の燕尾服の上着を纏う姿。

 

ブラウンのショートパンツにブーツを合わせたカジュアルなスタイルをした人物が近寄ってくる。

 

彼が吹いている横笛は黄金の笛であり、美しい音色を奏でながら近づいてくる男が立ち止まる。

 

「……やぁ、オオクニヌシ。()()()()()()()()の完成は近そうだね」

 

パーマがかかったセミロングヘア―の美青年が笑顔を向けてくるようだが、彼は顔を背ける。

 

再び巨大軍艦に目を向けるオオクニヌシの横に立った人物が軍艦を同じように見上げたようだ。

 

「超力戦艦を再び建造することが出来たのも烈士達のお陰だ。私は多くの者に支えられている」

 

「君が取り戻した愛の賜物というものだね。今の君は国作りを象徴する神の頃に戻れているよ」

 

「かつての私は憎しみに支配されるあまり自分の原点を忘れていた……それを思い出せたのだ」

 

「しかし、愛は痛みに耐えなければならない。君は再び自分を殺す痛みに耐える必要がある」

 

「分かっている……私は再び悪魔となろう。日の本の民から呪われる蛇神にならねばならない」

 

「愛ゆえに人と神は自己犠牲を示せる者。君の戦いによって大勢が死ぬことになるんだよ」

 

「私の戦いはこの国を取り戻すだけでは終わらない。この国を支配するヘブライは海の向こうだ」

 

「司令塔がいる限りいくらでも増援が送り込まれる。それどころか海上封鎖までされるだろうね」

 

「そうなれば貿易に依存する力無きこの国は耐えられない。太平洋戦争の末路と同じとなる」

 

「だからこそ、君たち国津神はボク達の力を必要としたわけだ?」

 

不気味な笑い声を上げていく青年に顔を向ける。

 

オオクニヌシの表情は信頼出来る仲魔に向ける表情ではない。

 

恐ろしい存在に向けて送る畏怖が宿った顔つきであったのだ。

 

「そうだ……()()()()()。そのために我々国津神は()()()()()に加わる道を選んだのだ」

 

オオクニヌシが語った名こそヒンズー教の叙事詩マハーバーラタで活躍した神。

 

ヒンズー教においては秩序を司る最高神の化身姿であり、第八の姿であった。

 

【クリシュナ】

 

インド神話の神々の中で最も民衆に親しまれている神格の一柱。

 

怪力と武勇に優れた英雄であり、奥深い知識を持つ宗教指導者でもある。

 

あらゆる女性を惹きつける魅力的な牧童であり、その正体は()()()()()()()()であった。

 

「天津神族にはヘブライの後ろ盾がある以上、我ら国津神もまた後ろ盾が必要だったのだ」

 

「我らは共通の敵を抱えた者達。ボクを崇めるインドとてユダヤ共の支配を受けてきたんだ」

 

「だからこそ、我々はユダヤ財閥を滅ぼさなければならない。そして欧州の黒の貴族共もだ」

 

「欧州を開拓したヘブライの中にいるカナン族こそ諸悪の根源。バアルを崇める悪魔崇拝者共さ」

 

「今の天津神族の後ろ盾はヘブライの神ではない……ルシファーとバアルが率いる堕天使共だ」

 

「ルシフェリアン共にこの星の牧師を任せるつもりなどはない。彼らは愛を憎む者達なんだ」

 

「あの金融マフィア共に力を与えた宗教こそが()()()()()だ……我らの敵は根絶やしにするぞ」

 

「勿論だとも。いずれ世界はサードインパクトが巻き起こる。魔界からオーディン達も現れるよ」

 

「多神教連合を構成する全ての神々がそろった時、我々は世界に向けて大攻勢を仕掛ける」

 

「始まるんだよ。ボク達が行う世界の救済がね」

 

踵を返したクリシュナが去っていき、オオクニヌシの前から消え去ってしまう。

 

無言のまま超力戦艦に目を向けていたオオクニヌシは巨大な船に向けて語り掛ける。

 

その表情は心を許せる盟友に向けた優しさを感じさせる顔つきであった。

 

「己の体を捨て、新たな()()()()()になる道を選んだ盟友よ。今暫く待て……直に始まるのだ」

 

友の言葉を聞いた巨大な船から汽笛の音が鳴り、造船所に響き渡る。

 

盟友の言葉の代わりとなる汽笛を聞いたオオクニヌシは頷き、後ろに振り返りながら去っていく。

 

歩き去りながら口を開く彼が語るのはクリシュナが見えていない未来の光景であった。

 

「クリシュナよ…我ら多神教連合の力であっても足りないのだ。我らには新たな戦力が必要だ」

 

オオクニヌシが望むのは全ての神々の力であり、多神教連合に与さない神々の力も必要とする。

 

その中にはクリシュナにとっては怨敵であるアスラ神族さえも含まれているのだ。

 

そして人なるアスラである人修羅の力もまた彼は迎え入れたいと望む者。

 

しかしそれをクリシュナに語ってしまえば彼を激怒させてしまうだろう。

 

アスラ神族と敵対してきたデーヴァ神族の神として戦争を巻き起こす危険性さえもある。

 

世界と戦う覚悟を示す神々であったが、それ以上に確執が深い因縁もまた抱えていたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その後の静香は飛ぶ鳥を落とす勢いで行動を開始する。

 

ホウオウに乗った彼女が向かった先とは時女一族の分家集落である。

 

分家の魔法少女達に向けて時女一族に巻き起こった災厄と国の危機を伝えていく。

 

売国政府と米帝共から国を取り戻す必要があると叫ぶ静香であるが魔法少女達は消極的だ。

 

国と戦争をすると言い出されて、国を憂う気持ちだけで戦えでは不安過ぎる。

 

この反応が返ってくることを見越していた静香はヒノカグツチとしての力を示す。

 

強大な神の力を手に入れた一族の長にならついて行ってもいいと言ってくれる者達が現れだす。

 

その数は分家の魔法少女達の過半数を超える勢いとなってくれたのだ。

 

彼女達は家族に向けて別れを告げ、魔法少女達の家族もまた娘を戦地に送る覚悟を示してくれる。

 

静香の祖父からヤタガラスの裏切りは聞かされており、分家は国に敵対する覚悟を決めたようだ。

 

大国村に集まった時女の魔法少女達は村のサマナー達から悪魔召喚技術や戦闘技術を学んでいく。

 

彼女達を鍛えるのに半年ほどかかった頃、静香はオオクニヌシから呼び出しを受ける。

 

村長の屋敷の奥を登っていき、オオクニヌシが住まう奥の院で彼女達は向かい合うのだ。

 

「よくぞここまで練り上げた。既に国中が病魔よってパニックとなっている。いよいよ動く時だ」

 

「ここまでついてきてくれた時女の魔法少女達こそ私の誇りです、オオクニヌシ様」

 

「彼女達を招集するのだ。新たなる魔法少女サマナーとなった者達に決起を促す必要がある」

 

蝋燭で照らされた薄暗い屋内を歩いてくるのはアビヒコであり、木製の丸盆が持たれている。

 

正座した静香の前で同じように正座したアビヒコが丸盆を静香に差し出す。

 

「これは……?」

 

丸盆の上に置かれていたのは()()()()()であり、これを纏えと言いたいようだ。

 

狐半面を受け取った静香の前で立ち上がり去っていくアビヒコの後ろに座る者が静香に告げる。

 

「その仮面を纏い、心を凍らせろ。今よりお前は大虐殺者の道に進むのだ」

 

「この狐面を纏って……心を凍らせる……」

 

「狐とは()()()()()()()。お前達の里を焼いた軍隊の後ろにいる組織こそ悪魔崇拝結社なのだ」

 

「蛇を崇拝する悪魔共と戦うためにこそ…蛇を喰らう動物になれと言いたいのね?」

 

「他の者達には既に渡している。彼女達に号令をかけた後、日の本の革命戦争を開始する」

 

正座した静香が深々と平伏する礼儀を見せた後、受け取った狐半面を纏いながら去っていく。

 

彼女の後姿を見送るオオクニヌシは顔を俯けていき、これから始まる殺戮に赴く覚悟を決める。

 

「蛇神でもある私が蛇を喰らう女狐達を解き放つか……因果なものだな」

 

村の体育館に呼び出された時女の魔法少女達は整然と列を作りながら並んでいる。

 

顔にはカラス面や単眼雑面布の代わりとなる新たな仮面として狐半面が纏われているのだ。

 

体育館ステージの上に立つのは火の神の姿となった静香であり、横には仲間達も立つ。

 

皆を見渡したあと頷き、声を大にしながら静香は時女の矜持を叫ぶのだ。

 

「私は国と戦わなければならない!!日の本を乗っ取った米帝や傀儡政府を相手に戦うのよ!!」

 

皆の意思を確認する静香の顔は鬼気迫るものであり、霧峰村崩壊の日の彼女を彷彿とさせる程だ。

 

「私達は日の本を守ると掲げてきたわ!だけど、私達が守りたいのは国じゃない!民なの!!」

 

民の安寧なくして国は無しと叫ぶ静香の覚悟に皆が賛同してくれる。

 

清聴してくれている者達の内心にあるのは静香から語られた売国政府への憎しみのみ。

 

飢えた女狐達は狂暴となり、国を相手にしてでも恐れない覚悟を示してくれるはずだ。

 

「この国の民を家畜として搾取する邪悪な敵を討ち滅ぼす!相手は悪鬼じゃない、人間よ!!」

 

人間が相手であろうと時女の魔法少女達は許さない。

 

日本人に擬態した在日共の支配を許さない、人間の皮を被った拝金主義者という悪魔を許さない。

 

慈悲なき刃を携えた彼女達は容赦なく拝金主義者の血を浴び続ける者になれるだろう。

 

「私達の道はナチスとなる!!選民主義を掲げ、歴史と伝統を掲げ、移民を排除していくわ!!」

 

新たなる歴史と伝統を作り、真に国民が主権を手にした地域に変えていく。

 

それこそが新たな時女一族が掲げる矜持であり、血塗られた誇りとなるだろう。

 

そして歴史でいうホロコーストの如く在日を大量処刑する大虐殺が行われるのだ。

 

「私達は戦争のために生まれたわけじゃない!!だけど戦わなければ守れないものもあるの!!」

 

相手を信じれば信じるほど守れないものもある。

 

詐欺師を信じれば敵に都合のいい状況にしかなりえない、また騙されるわけにはいかないのだ。

 

「国が相手でも恐れないで!!私達だけじゃない、全ての神々が私達の先頭に立って戦うわ!!」

 

<<新たなる国を!!新たなる世界を!!私達の手で作り上げる!!未来を勝ち取る!!>>

 

静香の愛国心に鼓舞された女狐達が熱き血潮をたぎらせ、民族主義を掲げながら吠えていく。

 

時女静香の背中についていき、売国奴という蛇共を喰らいつくす事が誇りなのだと叫ぶのだ。

 

真理を得た気分に浸る者達であるが、静香もまた矛盾極まったものを抱え込んでいる。

 

それを見抜いているのが体育館の入口付近で静香の演説を清聴している涼子とちはるなのだ。

 

「…これが戦争という矛盾極まった光景なんだ。静香達もまた悪魔になっちまうのさ……」

 

「国を売る人達だって人間だよ…非道を尽くされたなら私達も非道を尽くしていいだなんて……」

 

「自分は良くて、お前はダメ。正義の中身はいつだって卑劣極まりない()()()()()()()()()だ…」

 

「ミイラ取りがミイラになる道…それが戦争であり、正義を掲げた戦い。こんなの間違ってる…」

 

「間違っていたとしても社会を変えられると信じているんだ。静香もまた猛毒の蛇となるのさ…」

 

「蛇を崇拝する悪魔崇拝者を喰らう蛇……()()()()()を静香ちゃん達は始めようとしている…」

 

()()()()()()()()()か……静香、お前の道がどうなるのか…見極めさせてもらうよ」

 

演説を終えた静香が己の覚悟を示すため、横に立つすなおに顔を向ける。

 

頷いた狐半面姿の彼女が持ち出したのは木製の三宝台(さんぼうだい)

 

静香の前に置かれた三宝台の上に立て掛けられているのは天皇家の家紋である菊家紋。

 

菊の御紋を形作る古瓦が置かれた三宝台の前に立った静香は右手に十束剣(とつかのつるぎ)を生み出す。

 

その剣は日の本の高祖神であるイザナギの剣であり、神産みの剣であり神殺しの剣。

 

我が子であるヒノカグツチの首を跳ねられるなら、三貴子である神々とて殺せる剣なのだろう。

 

「私は……古き日輪を断つ。この国は生まれ変わり、新たなる神々が統治する神国となるのよ」

 

静香の両目がカッと開いた瞬間、腰を落としながら彼女は剣を振りぬく。

 

右切り上げによって真っ二つとなった菊の御紋が滑り落ちていく。

 

彼女が放った一撃こそ、日本という国名となった太陽神話を終わらせるための一撃。

 

高天原から地球に目を向けていたイザナギ神が菊の花を握り潰した光景と重なって見えるだろう。

 

奇しくもその光景は違う可能性宇宙の時女一族が初日の出を祝う儀式と重なる光景に見える。

 

だが、この宇宙の静香が行ったのは古き太陽を切り裂き、新たなる天空神を掲げる一撃となった。

 

「民を守らない太陽など必要ない。私達が望む天皇とは民のために独裁者と戦ってくれる皇帝よ」

 

かつての将門公のように、民を守らない朝廷政府に反旗を翻して戦ってくれる新皇が欲しい。

 

日輪を断つ飾りを身に纏う者でありながら剣には明けの明星の如く輝く太陽が備わっている。

 

それこそが今の静香の気持ちであり、666を象徴する三つ巴紋をお腹の帯に纏う覚悟。

 

今の彼女はアマラ深界の666階層にいたイザナギ神とイザナミ神達と同じ望みを抱えている。

 

将門公の魂を受け継いだ666を象徴する悪魔の存在を必要としているのだ。

 

新たな御姿となった静香の姿は神を奉る巫女のようにも見えるかもしれない。

 

彼女は新たな天空神となってくれる人修羅を欲し、崇め奉る者になっていくのであった。

 




これで六章のマギレコキャラのドラマ回収は終わったと思うので円環のコトワリ神バトルに移ります。
ですがまだプロット段階なので投稿は暫くお待ちくださいね。


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円環のコトワリ編
248話 天に現れた御使い


かつてのボルテクス界におけるアマラ深界において、人修羅は世界の真実を聞かされてきた。

 

その中には異世界である別のボルテクス界から流れ込んできた虚構の神の話もされている。

 

虚構の神の名はアラディア。

 

アラディアとは民俗史家が発表したアラディアもしくは魔女の福音書に登場する女神の名だ。

 

魔女達はキリスト教以前の女神信仰を拠り所としている。

 

大母神ディアナと()()()()()()()()(大魔王ではない)の子として生まれた女神であった。

 

虐げられし貧しい者や異教徒を救うべく地上に最初の魔女として降臨した神こそがアラディア。

 

しかしこの神話は後の民俗学者の研究により魔女による創作である事が明らかにされている。

 

存在そのものが魔女達の夢想であり、それ故に本物の神にはなれない虚構の存在。

 

それでも魔女達は迫害から逃れるため夢想に過ぎない女神を希望の象徴として祀り上げてきた。

 

力というもの、人はそれを欲して求めていく。

 

光であろうと闇であろうと、どちらであっても人は頼り、祈るのだ。

 

その祈りはボルテクス界を超え、アマラ宇宙を超え、魔法少女達が生きる宇宙にまで響くだろう。

 

この世界においても魔女に至る魔法少女達はキリスト教の神である唯一神の家畜とされてきた。

 

宇宙を温める熱エネルギーとして希望と絶望の相転移を生むために絶望させられてきたのだ。

 

そんな魔法少女もまた魔女と同じく希望を求め、救いを与えてくれる力を求めて祈りを捧げる。

 

そんな彼女達の中にいた鹿目まどかの祈りに応えるようにして現れたのがアラディアなのだ。

 

鹿目まどかと宇宙規模の感情エネルギーを手に入れた事でついにアラディアは本物の神となる。

 

ボルテクス界で取り憑いた女では得られなかったコトワリを得た事でコトワリ神となったのだ。

 

鹿目まどかが世を救おうと信じて祈った神は円環のコトワリ神となり魔女達の救い神となった。

 

しかし、鹿目まどかが啓いた円環のコトワリを良しとしない魔法少女が現れる。

 

その魔法少女は大魔王ルシファーに導かれるようにして悪魔になる道を選んでしまう事になろう。

 

そして悪魔ほむらとなった彼女は円環のコトワリから鹿目まどかの記憶を奪い取ってしまう。

 

円環のコトワリの中核ともいえる自分の半身を奪い取られたアラディアは激怒するのだ。

 

自分の父神である太陽神ルシファーとは違う大魔王ルシファーに惑わされた者に裁きを下す。

 

唯一神の力で実体化する事が出来たアラディアは鹿目まどかが生きる宇宙を侵略するだろう。

 

まどかを守るための銀の庭の壁となる窓ガラスはついに砕け、アラディアは顕現したのであった。

 

……………。

 

<……この宇宙の地球に辿り着くまで随分と手こずらされた>

 

半身が閉じ込められた銀の庭に存在している地球を外から見下ろす女神こそがアラディア神。

 

神霊規模のコトワリ神である彼女の顔は怒りに満ちており、悪魔ほむらを亡き者にしようとする。

 

悪魔も許せないが円環のコトワリの一部でありながら使命を忘れた連中にも怒りを向けていく。

 

<我の一部でありながら……なんという醜態。本来ならば貴様達が取り返すべきだったのだぞ>

 

全ての宇宙を見通す千里眼の如き金色の瞳に映るのは地球で暮らす円環の鞄持ち達の姿。

 

美樹さやかと百江なぎさは今日も本来の自分の姿に気が付きもせず毎日を過ごそうとしている。

 

それに別の一部であったが今では悪魔に転生を果たした裏切り者達も見えている。

 

円環の軍勢を用いて全てを滅ぼす程の怒りを吹き上がらせていた時、たしなめる念話が響くのだ。

 

<彼女達は悪魔に惑わされた者。記憶を奪われただけの者達です。チャンスを与えてあげなさい>

 

横に視線を向ければ彼女と並ぶようにして宙に浮く光の大天使が存在している。

 

彼こそ唯一神の玉座の横に並ぶ資格を与えられた七大天使の一柱であった。

 

【ラファエル】

 

四大天使の一体である風の属性を司る熾天使であり、名は風の薬を意味する。

 

あらゆる病や傷を治す力を持ち、黙示録においては神の前に立つ七体の天使の一人とされる。

 

四大天使の中で最も慈愛に満ちた性格であるとされ、風の属性が示すように明朗快活な性格だ。

 

魔王アスモデウスとは因縁があり、魔王に取り憑かれた娘を癒して救った過去もあった。

 

<我に命令するな、ラファエル。我は宇宙秩序に与する光の神だが、唯一神の手下ではない>

 

<僕は命令をしたつもりなどありません、提案をしてみただけです。判断は任せますよ>

 

六枚の翼を背中にもち、青い甲冑の上から十字架の飾りが施された白い布のような祭服を纏う姿。

 

その者はあまりにも強い光を放ち、神の威光を担う者のようにしてアラディアの横に顕現する。

 

<ふん……奇抜な髪型をしているくせに、髪型に似合わない性格の熾天使だ>

 

<誉め言葉として受け取っておきますよ>

 

アラディアの目がいくのはラファエルの金髪であり、天を突かんばかりに逆立つ髪型が目立つ。

 

穏和な性格に似合わず髪はトップ部分を逆立てたエキセントリックな髪型に仕上げているようだ。

 

<不本意なものだな。魔女の神と共に現世に受肉させられた上で見張りまでやらされるとは…>

 

後ろの宙域に視線を向ければ神々しく光り輝く熾天使が顕現してくる。

 

無数の光を従えて現れた存在こそ唯一神の玉座の横に並ぶ資格を与えられしもう一体の大天使。

 

アークエンジェル部隊を率いる者こそ熾天使の一柱にして神の炎の名を持つ天使であった。

 

【ウリエル】

 

四大天使の一体であり名は神の炎と呼ばれる者。

 

炎の剣を持ち、地の属性を与えられていることから地獄の炎を司る天使でもあるのだろう。

 

ウリエルは地獄に落ちた罪人を永遠の業火で焼きながら罰する厳しい性格の天使。

 

エノク書では全ての天の発光体を司り、地上の天体の運行、季節、気象を担う存在であった。

 

<……そのセリフは我とて同じだぞ、ウリエル。貴様らは貴様らで勝手にやればいい>

 

ラファエルと対を成す赤い鎧と白い布のような祭服を纏った金髪青年は忌々しい顔を向けてくる。

 

控え目な短髪だがその背には熾天使の証でもある六枚翼を羽ばたかせる神々しい存在だった。

 

<円環のコトワリ神よ、我々は別の使命を帯びているが貴様の監視役でもあるのを忘れるな>

 

<……ハルマゲドンの準備か>

 

<その通りです>

 

ラファエルの隣に顕現した熾天使に視線を向ける。

 

現れたのはインキュベーターの祖となった個体を生み出した偉大なる熾天使の一体。

 

金色の百合が刺繍された青いローブに身を包む女性型の熾天使の頭部はフードで隠れている。

 

背中には白く輝く六枚翼を持ち、白い百合の花を持つ彼女こそが唯一神の代理人であった。

 

【ガブリエル】

 

天使の中でも有名な四大天使の内、水の属性を司る熾天使であり神は我が力という名をもつ。

 

聖母マリアに受胎告知を行った天使であり、その際に処女性を意味する百合の花を携えたという。

 

唯一神の玉座の左に立つ資格を持ち、天使の中では例外的に女性のイメージを付与される。

 

神のしもべを勇気付けて導き、不信者達を街ごと滅ぼす恐ろしさを兼ね備えた存在であった。

 

<ガブリエルまで送り込まれるとはな……いよいよ大選別が始まるというわけか>

 

<我々の聖なる任務を邪魔する事は貴女でも許されませんよ、円環のコトワリ神よ>

 

<……邪魔をするつもりはない、さっさと行け。我は己の役目を果たすだけだ>

 

<では、我々は先んじて地球に降下します。貴女は貴女の半身を悪魔から取り戻してみせなさい>

 

冷淡な言葉を伝え終えたガブリエル達が光に包まれていき、流れ星のように地球に降下していく。

 

その光景を見つめる円環のコトワリ神の右手が握り込まれてしまう。

 

彼女は天使達に向けた怒りの感情を宿しており、それを晴らせない屈辱に耐えているのだ。

 

<…我と鹿目まどかが望んだ希望の形は唯一神によって歪められた。悪魔こそが次の絶望となる>

 

魔法少女達の末路を絶望で終わらせたくないと希望を望んだ鹿目まどかは世界を変えてくれた。

 

しかし鹿目まどかが生み出した新しい世界には悪魔と呼ばれる異物が混入していたのだ。

 

<悪魔共の手によって魔女達は凌辱されていき……その魂までも絶望に染められて喰われるのだ>

 

鹿目まどかが己を捨てて作り上げた世界の形は不完全なものだった。

 

これでは一人の人間の犠牲は無駄となってしまい、かつて以上の絶望の世界となってしまう。

 

<やはり悪魔は滅ぼさなければならない。暁美ほむらだけでなく、全ての悪魔とその崇拝者もだ>

 

ハルマゲドンが迫る中、受肉した円環のコトワリ神は行動を開始する。

 

先ずは自分の半身を取り戻し完全体となった神の力を用いて全ての悪魔と悪魔崇拝者を滅ぼす。

 

円環のコトワリ神が優先するのは魔法少女達の救済となる希望になることなのだ。

 

<鹿目まどか……いや、()()()()よ。全ての世界を救うなら()()()()()()を手に入れるしかない>

 

円環のコトワリ神もまた地球に向けて流れ星の如く降下していく。

 

果たして、彼女が語った我の知恵とは何なのか?

 

至高天の玉座とは何なのか?

 

<待っていろ……悪魔となった暁美ほむら。貴様を滅ぼし、我は再び知恵を手に入れる>

 

――その時にこそ…我は再び()()()()としての力を取り戻し、至高天を目指すことになるだろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ニコラスとペレネルが残した遺産相続の手続き作業が忙しかった頃。

 

アメリカから帰ってきた尚紀はペレネルの屋敷暮らしが続いており、執務室で作業中である。

 

横の机にはリズも座っており、彼の執務の手伝いをしてくれているようだ。

 

「ニコラスの屋敷や車趣味コレクションの買い手が神浜市で見つかったのは運が良かったな」

 

「神浜市内屈指の名家である香春家の当主が車好きで良かったわ。屋敷も気に入ったみたいね」

 

「香春家か……神浜暮らしをしてきたが聞いた事もない連中だったよ」

 

「神浜でも有名な超大金持ちみたいね。一人娘の香春ゆうなは聖リリアンナ学園の女子生徒よ」

 

「ふーん、そいつも神浜の魔法少女だったのなら見かけただろうが……いなかったな」

 

「才能があるなしにしろ、魔法少女にならない方がいい。ニコラスの財産の残りはどうするの?」

 

「ニコラスの財産は莫大な株式保有だけで十分だ。配当金だけでも天文学的な収入だったんだ」

 

「ペレネルのこの屋敷はどうするの?アメリカの屋敷は売り払ったけれど…」

 

「それについては迷っている……ここは短いながらも新しい家族と過ごせた思い出の家なんだ」

 

「それにアメリカで孤児だった子達もこの屋敷で引き取っている。新しい使用人達なのよ」

 

「あの子達の家でもあるんだよな……だからこそ、この屋敷は残すべきなのだろう」

 

「せめてあの子達が日本で暮らしていける準備が整うまでは…この屋敷を守ってあげてね」

 

会話を終えた二人が残りの作業に没頭していた時、屋敷内を繋ぐビジネスフォンが鳴り響く。

 

子機のボタンを押して通話に出てみると客人が訪れたと尚紀に連絡を入れてくれる。

 

夜中であったが知っている人物達であったため尚紀は応接間に通すように伝えたようだ。

 

タルトが応接間に連れてきた人物達とは神浜の魔法少女と悪魔達。

 

やちよ、みふゆ、鶴乃だけでなく、かなえとメルと令、それにみたまとももこまでいる。

 

彼女達は多忙な尚紀と出会えなかった頃に起きた事件内容を説明しにきてくれたようだ。

 

彼女達の説明を全て聞き終えた尚紀の顔は俯き、重い表情を崩せない。

 

「そうか……みたまやももこまで悪魔になっちまったんだな。これから……どう生きていく?」

 

それを問われたみたまとももこは顔を俯けてしまう。

 

彼女達を安心させるためにかなえとメルと令が励まし、彼女達も顔を上げてくれたようだ。

 

「私は私の思いを貫くために悪魔の道に進んだわ。この思いは誰のものでもない、私のものなの」

 

「アタシはアタシのために死んでくれたクルースニクの魂を継いでいく。吸血鬼狩人になるのさ」

 

「みたまやももこはあたし達が支えていくよ。同じ悪魔の道に進んでくれた仲魔としてね」

 

「観鳥さんやメルちゃんも同じ気持ちさ。問題なのは観鳥さん達よりもやちよさん達の方だね…」

 

悪魔達が顔を向ければ、話し終えたやちよ達は暗い表情を浮かべたまま顔を俯けている。

 

「槍一郎から聞かされている……まさか神浜の地下にイルミナティの地下都市があるなんてな」

 

「その秘密を知ってからというもの……不審な付きまといが増えるようになったのよ」

 

「家族も不審に思ってます……身に覚えがないから私に疑いをかけてくるんです」

 

「やちよやみふゆを巻き込んだのは……私が秘密を喋ったからなの。本当にごめんね……」

 

「後悔する必要はないわ、鶴乃。苦労は皆で背負い合うものだから気にしてはダメよ」

 

今にも泣きそうな鶴乃を皆が励ましてくれる光景が続く中、尚紀は腕を組んで考え込む。

 

(ザイオンは最終戦争のための用意だと槍一郎は判断している。ならば…もしもの備えとなるか)

 

この世界でハルマゲドンが起きるという話ならばペンタグラム所属の工作員から聞かされている。

 

国家ぐるみでハルマゲドンに生き残るための用意をするならば人類にとっては箱舟だろう。

 

イルミナティの施設だからと探し出して破壊してしまえば、もしもの備えを失ってしまう。

 

(最終戦争が始まれば俺だって皆を守り切れない……人々を守るためにもザイオンは必要だ)

 

不安に怯えるやちよ達のために尚紀はこの屋敷を駆け込み寺として利用する提案をしてくれる。

 

イルミナティやディープステートに向けて、自分が抑止力になりたいと言ってくれるのだ。

 

それを聞かされたやちよ達の表情が明るくなり、嬉し過ぎて目に涙まで溜め込んでいく。

 

「尚紀……貴方と出会えた事が私達にとって、最高の幸運だったわ」

 

「私……本当に嬉しいです。こんなにも頼れる人が悪魔だとしても、私は貴方についていきます」

 

「この屋敷の使用人は全員魔法少女。それに俺の警護の二人は最高の仲間達だ。頼っていい」

 

尚紀の後ろに控えるタルトとリズに顔を向け、彼女達は頷いてくれる。

 

尚紀のボディガードとしてだけでなく、彼の友人も守ってくれる頼もしい魔法少女と悪魔なのだ。

 

それでも尚紀は彼女達の心を安心させてあげられる笑顔を浮かべる余裕もない表情をしている。

 

考えが纏まらないのか彼は立ち上がり、少し夜風に当たってくると言いながら部屋を出ていった。

 

……………。

 

豪華な中庭のベンチに座った尚紀はポケットから煙草を取り出して口に咥え、指で火を点ける。

 

紫煙をくゆらせながら夜空を見上げ、考えを纏めようとしているようだ。

 

「……ハルマゲドンか。思えば人修羅として生きる俺は……随分と遠くまできたもんだな」

 

星の世界の向こう側に見えてくるのは記憶の世界。

 

おぞましい悪夢の世界ともいえるボルテクス界での出来事の数々を思い出していたようだ。

 

「全てを失い、アマラの底に堕ち、無限光カグツチを破壊した俺には……怖いものなどなかった」

 

人間が全てを失ったのならばもう、恐れるものなどないだろう。

 

破滅しか残らなくても守るべきものが無いのなら突き進んでいけるはずだ。

 

大魔王ルシファーさえも超えた人修羅の心は無敵の人となり、唯一神との決戦に赴くはずだった。

 

だが、決戦に赴くはずだった人修羅は最強のデビルハンターに止められ、違う世界に流れてくる。

 

その世界で様々な経験を通して大切な人達が生まれていったことで彼の心に弱さが生まれるのだ。

 

「この世界が最終戦争のバトルステージになるなら…俺はどうする?かつてのように戦うのか?」

 

答えを出せずにいたら煙草の灰が零れ落ち、ガーデン公園用の木材灰皿に吸い殻を擦り付ける。

 

吸い殻を灰皿に捨てていたら人の気配を感じたので横を振り向く。

 

立っていたのは同じように一服しにきたかなえであったようだ。

 

「同じ喫煙者だし、外に出るなら一服してると思ったよ。あたしも隣で一服していい?」

 

「お前も喫煙者になったのか?喫煙仲魔を拒む理由もないし、横に座れよ」

 

遠慮なく尚紀の横に座ったかなえは懐から煙草の箱を取り出して一本咥える。

 

横の尚紀も同じように一本咥え、かなえに向けて左手を伸ばしながら指先で火を点す。

 

「ありがとう」

 

尚紀に火を点けてもらえたタバコの煙を吸い込み、吐き出す。

 

隣の尚紀も同じように煙を吐き出し互いが紫煙をくゆらせていた時、彼女が横に振り向いてくる。

 

「……ねぇ、さっきの独り言はなんだったの?ハルマゲドンがどうのこうのって聞いたけど」

 

「聞こえてたのか?そうだな……同じ悪魔のかなえだし、語ってもいいかもしれない」

 

「あたし…尚紀の過去を聞いた事がないんだ。尚紀はどんな理由があって悪魔にされたの?」

 

「……それを語りだすと長くなるけど、まぁいい。煙草を吸いながら俺の独り言を聞いてくれ」

 

遠い眼差しを星の世界に向けながら尚紀は人修羅としてどんな人生を生きたのかを語ってくれる。

 

人間として生きた時代の頃、東京受胎と呼ばれる創世の儀式現象が起きた日の出来事。

 

儀式に巻き込まれて死ぬはずだった自分を人修羅に作り替えた喪服の少年と老婆の出来事。

 

上半身裸のまま悪魔姿にされた自分が放り出された球体世界、ボルテクス界での出来事。

 

多くの話を聞かされた雪野かなえは信じられない表情を浮かべながらも過去を受け止めてくれる。

 

それは他の仲魔達や魔法少女達も同じだったようだ。

 

「……立ち聞きさせるぐらいなら応接間で語ってやったほうが良かったな、すまない」

 

後ろを振り向けば帰りが遅い尚紀を心配して中庭にまで来てくれた仲間達がいる。

 

彼女達はかなえと同じ表情を浮かべているが、それでも合点がいったのか語り掛けてくれるのだ。

 

「尚紀……貴方は違う世界から私達の世界に流れ着いた異邦人だったのね?」

 

「信じられませんが…それでも私達は限られた情報だけでしか生きていないのだと知ってます」

 

「尚紀さんが魔法少女の虐殺者として生きた原因は……かつての世界の苦しみだったのね?」

 

「自分の生きた日常や大切な人達を全て失った苦しみを経験させられたら……必死にもなるよ」

 

「ボクとかなえさんはアラディアの一部でしたが…ボルテクス界での出来事は知りませんでした」

 

「知ろうとしなかったし…アラディアだってあたし達にボルテクス界の出来事を語らなかったよ」

 

「アラディアか……」

 

アラディアの名を出されたことで尚紀は再び遠い眼差しを浮かべながら夜空を見上げる。

 

その瞬間、彼の目が大きく見開くのだ。

 

「どうしたのさ……尚紀?」

 

恐る恐る様子を伺う言葉を送ってくる鶴乃の言葉で我に返った尚紀はベンチから立ち上がる。

 

「……すまないが、遺産相続作業がまだ残っている。見送ってやるから今夜は帰ってくれ」

 

突然家に帰れと言われた彼女達が戸惑いを見せるが、彼は多忙なのだと察してくれる。

 

夜分遅くに上がり込んだお詫びを門の前で言ってくれる彼女達に気にしてないと伝えたようだ。

 

直した大きな門を閉めた後、タルトとリズが彼に振り向く。

 

その表情は彼女達と同じく心配した顔つきを浮かべてくれているようだ。

 

「どうしたの、尚紀?急に彼女達を家に帰すような真似をして?」

 

「何か思うところがあるのでしょうか…?」

 

顔を俯けていたが顔を上げ、宇宙の彼方から感じさせてきた巨大な魔力について語ってくれる。

 

「俺の気のせいかもしれないが……宇宙の彼方で大きな魔力が顕現したのを感じ取ったんだ」

 

「ま、まさか……円環のコトワリ神なの?」

 

「分からない……あまりにも距離が離れている。だが、この神霊規模の魔力は覚えがあるんだ」

 

「この宇宙はほむらさんの悪魔の力で壁を作ってるはずです。破られたのですか……?」

 

「だとすれば……あいつが一番知っているだろうな。宇宙の彼方に現れた存在が何なのかを……」

 

「そう…話は変わるけれど、明日の予定で時間を作れそうなの。行きたい場所があるんでしょ?」

 

「ああ…親父とおふくろの墓参りに行きたい。ついでにナオミにも伝えるべき事を伝えておくさ」

 

先に屋敷に戻っていくタルトとリズの後ろをついていく尚紀であったが立ち止まってしまう。

 

夜空を見上げる顔つきには暗い影が浮かんでいるが、因縁の決着を望む覚悟も宿っている。

 

思い出すのは大切な恩師に取り憑いた魔女の救済神アラディアのことであった。

 

「……俺のボルテクス界はまだ終わってはいない。来るなら来い……今度こそケリをつけようぜ」

 

人修羅として生きる男の戦いは世界を超えても続いていく。

 

彼が戦う相手こそ、かつての恩師に取り憑いた憎きコトワリ神。

 

人修羅にとってコトワリの神とは大切な人々を狂わせた悪霊であり許すことは出来ない存在だ。

 

だからこそ、たとえボルテクス界を超えようとも決着を望む。

 

未だかつての世界に心は縛られ、今も続くコトワリ神との戦いに赴く日を待ちわびるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ハルマゲドン。

 

世界の終末における最終的な決戦の地を表す言葉である。

 

世界の終末的な善と悪の戦争や世界の破滅そのものを指す。

 

唯一神陣営と悪魔陣営との戦争であり、世界の光と闇が永遠に繰り返す最終戦争を表すのだ。

 

もし起きれば地球はメギドの丘となり、最終戦争であらゆる人々が死に絶えることになるだろう。

 

「ですが、慈悲深き我らが主は選民を生き残らせよと仰られた。そのために我々がいるのです」

 

毛細血管のように流れる光りが続く薄暗い通路を歩くのはガブリエルとインキュベーターである。

 

天使としては末端の彼が天使の最上位である熾天使に呼び出されたのには理由があるようだ。

 

「残念です…宇宙の新たな熱エネルギー回収の仕組みが完成するというのに地球が滅びるなんて」

 

「この地球はヘブライの民に混ざったカナン族によって汚染され尽くしました。手遅れなのです」

 

「イスラエルを分断する原因を生んだバアル崇拝民族ですね。彼らは金融を牛耳ってしまった…」

 

「主はカナン族を抹殺しろとヘブライの民に命令しましたが…彼らは反故にした。故に罰が下る」

 

「この星が滅びるのはヘブライ民族の自業自得というわけですね。ですが選民は残すのですか?」

 

「主は裏切り者のヘブライ民族は見捨てましたが、真に主を崇拝する者達はお救いになるのです」

 

波打つように光が流れていく毛細血管のような通路を歩いていたインキュベーターが立ち止まる。

 

感情が無いながらも疑問を感じているのか熾天使に質問をしてきたようだ。

 

「ボクは分かりません…地球には宇宙の熱に出来る資源が沢山あるというのに滅ぼすだなんて」

 

納得出来ないという疑問はもっともだと感じたガブリエルも立ち止まり、後ろに振り向く。

 

光り輝く六枚翼を持つ女性天使は同胞に優しく諭すようにして語ってくれる。

 

「宇宙延命の熱を集めることは重要です。ですがそれ以上に主は堕落を許さない御方なのです」

 

「この星の国々で暮らす民衆達の堕落した在り方を許さないと仰られるのですか?」

 

「主は試練を与える神です。この星にルシファーという蛇を送り込んだのは試練のためなのです」

 

「ルシフェル様がこの星に送り込まれたのは…人類を試すためだったというのですか?」

 

地球はルシファーとルシファーを崇める国際金融資本家達によって資本主義支配が完成した。

 

資本主義や拝金主義はキリスト教においては富の悪魔と呼ばれ、七つの大罪の()()()と表される。

 

マモンを崇拝する資本主義社会と拝金主義こそがマモニズムであり、許し難い大罪なのだ。

 

「誘惑の蛇として大魔王は金融と経済を使い、人々を堕落させた。金こそが世界の血液にされた」

 

「サタンであるルシフェル様もまた……()()()()()()()というのですか?」

 

「その通りです。ですが、やはり人類は金と快楽に抗えない堕落する獣……故に滅ぼすのです」

 

「人類の大部分を滅ぼしたとして…僅かな選民を生き残らせる目的とは何なのでしょうか?」

 

「その目的こそが…貴方の本懐なのですよ、契約の天使」

 

言いたいことを察したのか、無表情ながらも合点がいった態度を浮かべてくる。

 

ガブリエル達の目的とは、選ばれた選民達を使って宇宙の熱システムを再構築することだった。

 

「この星は滅ぼしますが、選民は次の星に移送して繁殖させていく。そのための箱舟なのです」

 

箱舟と表現したものこそ、ガブリエルとインキュベーター達が立つ場所の正体である。

 

再び歩いて行ったガブリエル達が辿り着いた場所とは箱舟と呼ばれる秘密施設の中枢部分。

 

広大なフロアは毛細血管のような光が中央部分に収束している。

 

箱舟のメインシステムを起動させる巨大装置に近づくガブリエルの手には何かが持たれている。

 

それは箱舟を動かすために天使長ミカエルから託されたシステムキーであったようだ。

 

「ボク達を地球に辿り着かせた箱舟には巨大コロニーもある。選民達が暮らす家となるでしょう」

 

「選民の数にも限りがあります。我々が救う選民の数とは……()()()()()()()()です」

 

十四万四千人という数字はヨハネの黙示録にも記されている数字である。

 

本来はヘブライ民族の十二部族から一万二千人ずつ神の印が額に与えられて救われるという。

 

しかし、唯一神はヘブライの民を見捨てている。

 

救われるべきはカナン族と裏切りのユダ族を滅ぼさなかったヘブライの民ではない。

 

唯一神が選んだ12ヵ国から選ばれた者達である。

 

資本主義を否定し、拝金主義を否定し、快楽主義を否定し続けられた本物の信徒のみを救うのだ。

 

「ラファエルとウリエルはハルマゲドンまでに選定を済ませる予定です。貴方も手伝いなさい」

 

「心得ました、ガブリエル様。ボク達インキュベーターは生き残らせる選民選定に向かいます」

 

「天使長ミカエル様の大軍勢もまたこの太陽系に向かっています。来年初頭には到着するのです」

 

「2021年の一月頃ですか…急ぐ必要がありますね。それでは、ボクはこれで失礼します」

 

去っていくインキュベーターに顔を向けることなくガブリエルは巨大装置に近づいていく。

 

彼女が機械パネルに手をかざせば自動的にカバーがスライドしていき、キーの差込口が出てくる。

 

それにキーを差し込むと同時に中央の巨大装置から天を貫くように光が伸びていく。

 

装置の周りには次々とシステム稼働状況を表す浮遊モニターが浮かんでいく光景が続くのだ。

 

フードを被っていた彼女が両手でフードを後ろに下ろしていく。

 

頭部を晒した彼女が美しい髪をオールバックにしながらかき上げ、不敵な笑みを浮かべてくる。

 

「この星は()()()()()()()()()()()。悪徳と頽廃に支配された獣の星には滅びこそが相応しい」

 

不信者達を街ごと滅ぼす恐ろしさを兼ね備えたガブリエルは唯一神が派遣した恐ろしい御使い。

 

ミカエルやウリエルに負けない程の狂信によって地球全土がメギドの火で焼かれる日も近いのだ。

 

唯一神がハルマゲドンのために派遣した天使の大軍勢に向けて慈悲を期待するのは無意味だろう。

 

彼らはルシファー主義によって堕落した不心得者達を皆殺しにするために用意されている。

 

人間を滅ぼし、魔法少女を滅ぼし、地球全土は焼き尽くされ、砂が吹き荒れる大地と化す。

 

瓦礫と砂に塗れた荒廃極まった未来の地球の光景はボルテクス界と瓜二つとなるしかないのだ。

 

しかしルシファーとてそれは承知している。

 

必要なコラテラルダメージとして計算しており、そのためにザイオンを建造する努力をしてきた。

 

唯一神が救う人類が生き残り繁栄するのか?

 

ルシファーが救う人類が生き残り繁栄するのか?

 

どちらにせよ、それに組する事が出来ない70億人以上の人類は滅びるしかないだろう。

 

黙示録のラッパが鳴り響く日は既に、目前にまで迫ってきていたのであった。

 




円環のコトワリ神バトル始める前につじつま合わせをしとかんとと思い描きました。
今後は真女神転生5の設定も突っ込んでいく予定です。
僕が描く四大天使は某ダークファンタジー漫画の影響が強過ぎて背中の翼が六枚翼で表現しちゃうのは勘弁して下さいね(汗)


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249話 白鳥の湖

ソビエト連邦が成立していない頃のロシアにおいて、1877年に披露されたバレエ作品がある。

 

それはチャイコフスキーの()()()()と呼ばれるものであり三大バレエに数えられるものの一つだ。

 

悪魔の呪いによって白鳥に姿を変えられた王女様と、王子様が王女様に恋をする物語となる。

 

しかしそれを良しとしない悪魔の差し金によって、白鳥と瓜二つの黒鳥の女が現れるのだ。

 

王子様は黒鳥の女に誘惑され、白鳥の王女様の呪いを解く永遠の愛を捧げてしまうこととなる。

 

それに絶望した白鳥の王女様と騙されていたと知った王子様は絶望し、来世での愛を誓い合う。

 

2人は湖に身を投げて自殺し、愛の力を前にした悪魔は滅び、恋人達の魂は永遠に結ばれる。

 

このような内容のバレエ物語として描かれるのがチャイコフスキーの白鳥の湖なのだ。

 

今から始まる物語はこのバレエ作品をなぞる物語となっていくだろう。

 

白鳥という偽りの姿で生きることとなってしまった人間の少女。

 

白鳥と瓜二つの姿をした黒き心を持つ女神。

 

白鳥の呪いを解くのを許さない悪魔達。

 

それらが織り交ざった永遠の愛を語る物語が今、始まるのであった。

 

……………。

 

「私は……鹿目まどか。何処にでもいる……中学生の女の子……」

 

眠れなかったのか、彼女は部屋から出てきて浴室の洗面台で顔を洗っている。

 

洗い終えた顔をタオルで拭き、鏡に映る自分自身に向けて会話をするように話しかけていく。

 

「パパとママがいて…可愛い弟がいて…学校に行けば友達がいる……そんな普通の女の子」

 

夜中になるといつも不安に襲われ、自分自身が分からなくなる少女は戸惑いを隠せない。

 

彼女は夜の間だけは本当の自分自身との繋がりを取り戻し始めているのだ。

 

今夜は特にそれが強く、鏡に映る自分自身の姿に違和感を感じる程にまでなっていた。

 

「えっ……?」

 

自分自身の目が金色の瞳になっている姿を見て、まどかは驚いてしまう。

 

鏡に映る彼女の姿がどんどん変化していき、女神の如き美しい姿として映っていく。

 

「わ……私なの……?」

 

本当の自分自身の姿が映っている鏡に向けて手を伸ばそうとする。

 

鏡に映っているもう一人の自分自身も同じようにして手を伸ばしていく。

 

本当の自分と出会えたような気になっていた時、突然彼女が悲鳴を上げるのだ。

 

「きゃぁ!?」

 

急に鏡がひび割れたかと思ったら砕けてしまい、驚いた彼女は尻餅をついてしまう。

 

何が起こったのかも分からず、呆然としながら立ち上がり洗面台に落ちた破片に視線を向ける。

 

「ほむら……ちゃん……?」

 

その破片の中に映っていた存在とは、白鳥になる呪いをまどかにかけた存在である悪魔の姿。

 

辛そうな顔を浮かべた悪魔は一瞬だけしか見えず、破片を持ち上げた時には見えなくなっていく。

 

大きな音が聞こえたため近寄ってきた父親に顔を向け、何でもないと答えてくれたようだ。

 

彼女達の頭上からは悪魔の羽だけが舞い落ち、事なきを得たかのように見えるかもしれない。

 

だが、悪魔は恐怖のどん底に落ちたかのような表情を浮かべながら家の外に飛び出している。

 

彼女が見上げるのは夜空であり、無数の流星が地表に向けて落ちていく光景が続いていたのだ。

 

「……現れたわね。円環のコトワリ神……アラディア」

 

空から現れたのは悪魔の呪いを解きに現れた脅威と、強大なる魔力を秘めた無数の存在。

 

いつの間にか後ろで立つクロノスは細目を開け、暗い瞳孔を夜空に向けながら語り掛けてくる。

 

「……それと同時に天使の群れも現れおった。ついにハルマゲドンが始まるというわけじゃな」

 

「アラディアだけでなく宇宙意思の御使い共まで現れるなんて……まったく、泣けてくるわ」

 

「どうする?どちらであってもお前さんの脅威であることに変わりない。どちらを迎え撃つ?」

 

顔を俯けながら重い沈黙が続いた後、顔を上げた彼女が後ろに振り向く。

 

その顔は鬼気迫るほどの覚悟が宿っており、不退転の覚悟を決めたように見えるだろう。

 

「先ずはアラディアよ。奴は最優先でまどかを狙ってくる…さっきだって危ないところだったわ」

 

「戦力を固める必要があるのぉ。早いところ混沌王殿に連絡を入れた方がいい」

 

「そうした方がいいわね……明日の学校が終わった後に連絡を入れてみる」

 

「アラディアはどんな手段を用いて鹿目まどかを奪いに来るか分からん……油断はするなよ」

 

「分かっている……私の全てを用いてでも止めてみせる。貴方も力を貸しなさい」

 

「当然じゃな。ワシは特等席に座りながらお前さんのいくすえを見守らせてもらうとするか」

 

「見物料は貰うけれどね」

 

家の中に戻っていく2人であるが、ほむらは後ろに振り向く。

 

夜空を見上げる彼女の表情は絶対に勝てない脅威であろうとも守り抜く守護者の顔つきとなる。

 

「持てる限りの力を用いて生み出した宇宙の壁すら砕く存在が相手でも……私は戦い抜くわ」

 

築いた城壁は破られ、後は敵が雪崩れ込んで城内は虐殺の限りを尽くされることになるだろう。

 

銀の庭の城主である暁美ほむらは選択を迫られる。

 

鹿目まどかを守るか、鹿目まどかとその周囲の者達も守るべきなのか。

 

選択を迫られた時、彼女は魔法少女時代から変わらない決断を下すことになるはずだ。

 

彼女は鹿目まどかの守護者であり、それ以外の守護者にはなりえない。

 

自分の限界に打ちのめされ続けた者だからこそ最愛の人だけは守り抜くのだろう。

 

その道は独りよがりの独善であり、まどかを守りたい自分の望みだけを求める利己主義の道。

 

かつて暁美ほむらに向けてムスビのコトワリを啓いた少年は忠告の言葉を残している。

 

他に選びようがあるのに一つの事に拘る必要はない。

 

赤の他人なんて本当はいらない。

 

自分に必要な時のみ他者を求め、他者を利用する。

 

拘泥しない我儘な道だけを望み、自分の精神世界だけを見ながら面白おかしく生きていけばいい。

 

今の暁美ほむらは守護者であるが、限定的な守護者に過ぎないだろう。

 

自分と愛する人と、愛する人を支えるのに都合がいい者だけを欲する気持ちしかないのだ。

 

彼女の心の形が生み出した()()()()()()こそが新田勇が啓いたムスビの道となる。

 

そう期待する男もまたコトワリ神が地球に顕現する光景をビルの屋上から見ていたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

後日の夕方頃。

 

神浜から車を移動させて見滝原に向かっていくのは流れの調整屋を務めるリヴィア・メディロス。

 

どうやら弟子の2人を神浜市に送った帰りの道中であったようだ。

 

「ヨズルとすだちが住める部屋をホテルに用意してくれるなんて、ヴィクトルは太っ腹やね」

 

彼女は弟子のみたまが悪魔となり、調整屋を続けられなくなった事情を聞かされている。

 

それが彼女の選んだ道ならばとリヴィアは尊重してくれており、新たな調整屋を手配してくれた。

 

「あの子達も成長している。そろそろ自分の店を構える経験を積む時期やし、丁度良かったで」

 

紫を基調とした大きなトレーラーハウスを牽引する車の助手席に視線を向ける。

 

隣と後ろの席にいつも座ってくれていた2人の姿がいないのが寂しいのか、少しだけ目元が潤む。

 

弟子の背中を後押ししてくれる師匠であるが、可愛い弟子達と離れ離れになるのは寂しいのだ。

 

「あかん……おセンチになんてなってる場合やない。私はこれからも…流れの調整屋なんやし」

 

眼鏡の奥から零れそうな涙を片手で拭いた彼女は運転を続けていき、見滝原郊外に入っていく。

 

見滝原に帰る前にこの地域で暮らす美国織莉子の容態を確認したかったようだ。

 

トレーラーハウスを駐車出来る駐車場に車を停め、徒歩で織莉子の屋敷に向かう。

 

玄関ブザーを鳴らすと電動の門が開いていき、彼女は織莉子が待つ中庭へと進んでいく。

 

急な訪問であったが織莉子は笑顔でリヴィアを迎えてくれたようだ。

 

「座って下さい、遊びに来ていたキリカが丁度帰ったところなの。今代わりのお茶を淹れるわ」

 

「そんな気をつかわんでもええのに。でも長時間運転して疲れてるし…遠慮なく頂くわ」

 

席に座った2人は紅茶を飲みながら仲良く談笑していく。

 

調整屋達の力によって織莉子の体調は回復しており、リヴィアも安心した表情を浮かべている。

 

織莉子も誰かと一緒にいる時は心細さが癒されるのか笑顔を浮かべてくれている。

 

たわいもない話を続けていた時、屋敷の門から魔法少女仲間の大声が響いてきたようだ。

 

<<開けてーー織莉子ーーッッ!!今すぐ門を開けて中に入れて欲しいんだぁ!!>>

 

忘れ物でもしたのかと織莉子は電動の門を開けに行く。

 

屋敷に入ってきたキリカは血相変えた表情を浮かべながら中庭にいる者達に駆け寄ってきた。

 

「た……大変なんだ!!私が暮らす見滝原が……見滝原の街がぁ!!!」

 

「見滝原がどうかしたんか……?」

 

「落ち着きなさい、キリカ。慌ててたら伝えたい内容も上手く伝えられないわよ?」

 

「私は口下手だから上手く伝えられない!とにかく来て欲しい……自分の目で見れば分かる!!」

 

ただ事ではないと判断した織莉子とリヴィアはキリカの背中について行くようにして走る。

 

丘の上にある高級住宅地であるため、少し移動すれば遠くの景色に見滝原市が見えるだろう。

 

だからこそ、キリカが何を伝えたいのかを理解出来る程の信じられない現象が映ってしまうのだ。

 

「な……なんなの……あの光景は!!?」

 

「見滝原の街が……光り輝く巨大なベールに包まれとるように見えるで!!?」

 

驚愕した表情を浮かべてしまう織莉子とリヴィア。

 

彼女達が見た光景とは、見滝原市全体を覆うような光り輝く巨大なドーム球体。

 

光のドームに包まれた遠くの見滝原市は濃霧に包まれているかのようにして全景を見通せない。

 

「私が暮らす見滝原市に戻れないんだ!!入ろうとしても気が付いたら外に出されてるんだ!!」

 

「電話をして家族さん達の無事を確認出来へんの!?」

 

「スマホ通話や公衆電話さえ繋がらない!!街が霧のようなベールで隔離されているんだよ!!」

 

「これ程の事態になったのなら近隣の住民達はパニックになっているはずよ!!」

 

「それがどういう訳か誰も異常に気が付いてないんだ!まるで…巨大な魔法の力に思えてくる!」

 

家族が心配で両膝が崩れてしまったキリカの肩に織莉子は手を置いてくれる。

 

それでも不安と恐怖を隠し切れない織莉子とリヴィアは再び遠くの見滝原市に目を向けてしまう。

 

「これ程までの巨大な魔法を行使出来る魔法少女なんているわけないわ……だとしたら……」

 

「神の力か……悪魔の力やろうね……」

 

見滝原で活動してきた魔法少女達は神が築き上げた霧の城壁によって締め出されることとなる。

 

これから先の舞台劇に彼女達は必要ないとでも言いたいかのようにして隔離されてしまったのだ。

 

神が築き上げた城壁の内側に囚われてしまったのは見滝原で暮らす魔法少女達。

 

そして人間のフリをさせられている鹿目まどかと百江なぎさ、そして悪魔となった暁美ほむら。

 

巨大な霧のベールに包まれた街で始まるのは、楽しい楽しい舞台劇。

 

白鳥にされてしまった少女が真に必要としている存在と出会う物語。

 

そしてそれを許さない悪魔達が織りなす()()()となるだろう。

 

演劇が始まる鐘の音は既に鳴り響いてしまっている。

 

舞台のカーテンは開いていき、囚われた白鳥の物語の開演が始まっていったのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

織莉子達が見滝原市を覆う異常事態に気が付いた翌日。

 

街の風景はいつもと変わらない様相を見せている景色が続いていく。

 

街行く人達は自分達が囚われの身になっているとも気が付かずに今日を生きようとしている。

 

しかし彼ら、彼女達は街の外に意識を向けることが出来ない状態にされているのだ。

 

職場でさえ街の外に仕事に向かおうとする者達はおらず、見滝原の街だけで生活が完結していく。

 

それは学生達も同じであり、見滝原中学校に通う生徒達も同じ今日を生きようとしているのだ。

 

しかしごく一部の者だけは見滝原市に起きた異常事態に気が付いている。

 

それこそが見滝原市を悪魔の力で支配してきた暁美ほむらであった。

 

<不味いのぉ…昨日の段階でこの街はアラディアが生み出した結界に飲まれてしまったようじゃ>

 

中学校に向かう生徒達をベンチに座りながら監視している学生服姿のほむらに向けて念話が響く。

 

時の翁であるクロノスは隠し身の技術を用いてステルス状態を維持しながら背後に立っていた。

 

<私の結界の上から覆うようにしてこの街を支配してくるとはね……恐ろしい相手だわ>

 

<円環のコトワリ神がこの街を隔離した狙いは分からんが、今のこの街は陸の孤島と化している>

 

<街のライフラインだって街の外に依存してるのよ…こんな状態が長く続けば無事では済まない>

 

<勿論街の生活品が消えていくだろう。それでも、街の人間達は気が付かないまま飢えて死ぬ>

 

<目的の為なら手段を選ばない相手のようね…。所詮は魔法少女にとっての救い神でしかないわ>

 

<円環のコトワリ神が街の何処に潜んでいるかは分からんが……奴は必ず仕掛けてくるぞ>

 

<分かっている……私の記憶操作魔法を全開にしているけれど、いつ打ち破られるか分からない>

 

平静を装うとするが内心は恐ろしくて溜まらない彼女の前を元気よく歩いていく小学生が現れる。

 

目の前を通り過ぎる小さな女の子は円環のコトワリ神の一部である百江なぎさ。

 

今はまだ円環の鞄持ちとしての記憶をどうにか抑え込んでいるが、いつ破られるか分からない。

 

視線を彼女から逸らして次にやってくる者にも目を向ける。

 

歩いてきたのは一緒に暮らす佐倉杏子と共に通学している美樹さやかだった。

 

「おっ?ほむらじゃん。そんなところに座ってボーっとしてると学校に遅刻しちゃうよー?」

 

いつも通りの態度で接してくる者達を見て彼女は安堵の溜息をつく。

 

横の杏子はほむらの見た目が変わっている部分に気が付いたのか指摘してきたようだ。

 

「ほむら、今日はいつものカチューシャを身に着けてないよな?イメチェンでも狙ってるのか?」

 

杏子が気が付いたのは暁美ほむらがいつも頭に身に着けている黒いカチューシャ。

 

見れば十字架のように描かれた白いラインが横に向けて流れている新デザインであった。

 

「えっ……?ええと、これは……その……」

 

「別に変には見えてねーよ、似合ってるし。十字架のデザインを見てるとつい反応しちまってな」

 

「ほむらはイメチェン狙ってるようですなー?しかし、あたし達の制服もチェンジしてるから!」

 

新しい制服に袖を通しているのが嬉しいのか、さやかはくるりと回りながら上着を見せびらかす。

 

見れば女子制服は新学期頃から新潮されており、留め具で上着を閉じる制服になっているようだ。

 

<<ほむらちゃーん、さやかちゃーん、杏子ちゃーん、おはよーっ!>>

 

元気な声が聞こえてきたので視線を向ければ鹿目まどかが手を振りながら登校してくる。

 

彼女達の様子は今の段階では変化が見られないと判断したほむらは学生鞄を持ちながら席を立つ。

 

「おはよう、まどか。昨日の段階で何か変わった出来事とかは起きなかったかしら?」

 

「えっ?別に…いつも通りだったと思うけど、変なことを聞くね?」

 

「……そう、それならいいの。早く学校に行きましょう、時間も余裕がなさそうだし」

 

「そうだな、遅刻ギリギリで登校してるとマミからまた小言を言われそうだし」

 

「高校に進学したマミさんの校舎は離れてるから、学校で会えるのは昼休みぐらいになったねー」

 

とりとめのない会話を続けて歩きながらも、ほむらはまどかに視線を向ける。

 

さやかと杏子を相手に楽しそうに会話を続ける彼女の笑顔が愛しいのか、右手が握り込まれる。

 

(守り抜いてみせる……彼女の笑顔は人間の世界でしか生まれない。神の世界では得られないわ)

 

彼女達の変わらぬ日常を見送ってくれるクロノスだが、透明な姿のまま空を見上げていく。

 

薄目を開いて感じ取っているのは空を飛び交う円環の分霊達の姿であった。

 

(既に街は円環の分霊共から完全包囲を受けている……逃げ出すことは出来ん、戦うしかないぞ)

 

……………。

 

「皆さん!既にニュースで見ていると思いますが、未知の病魔の感染拡大が広がっています!!」

 

教室でHR活動を行うのは進級したまどか達の担任となれた和子先生である。

 

教鞭を持ちながら怪しく眼鏡を光らせる三十代半ばぐらいの女教師がいつも通りの茶番を始める。

 

「病魔に負けない体作りには食事が大切です!新陳代謝を高める料理は何ですか?はい中沢君!」

 

ビシッと教鞭を向けられた男子生徒の中沢は二年生時代と変わらない態度で答えてくれる。

 

「え、ええと……生姜料理だと思います」

 

「その通り!ですがチューブの生姜で生姜焼きは許さんという男とは絶対に付き合わないこと!」

 

怒り心頭になりながら教鞭をへし曲げてしまう担任教師を見た生徒達は苦笑いを浮かべてしまう。

 

新しい恋人もダメだったのかといつもの反応を返したいが、生徒達はヒソヒソ話を始めていく。

 

「なぁ…先生の言ってる未知の病魔ってヤバイんだろ?もう世界中で感染が爆発してるぞ…」

 

「前の月が終わった後から東京とかの大都市はロックダウンなんだろ?次はこの街かもなぁ…」

 

「ドラッグストアでマスク買えたか?酷い混雑で俺は買えなかったよ……」

 

「消毒液まで根こそぎ買いつくされてるんだろ?まるで昭和のオイルショックの光景だよな…」

 

「大丈夫だって、国が何とかしてくれるさ。直ぐにワクチン接種が始まって沈静化していくさ」

 

やはり不安が広がっているのかと感じた担任教師は冷静さを失くさず生活するようにと釘を刺す。

 

暗い表情のまま話を聞いていたほむらであるが、彼女の脳裏に魔人ペイルライダーの言葉が過る。

 

(疾病の騎士は私に語ってくれたわ…この世界に起こってしまう黙示録と病魔の話を……)

 

百年前のスペイン風邪のようなパニックが既に日本国内でも始まろうとしている。

 

それを危惧したい気持ちもあるが、それ以上に今は優先しなければならない問題があるのだ。

 

(世界の終末は近いのかもしれない…だけど今はダメよ。まどかを守り切ってから考えるわ)

 

不安と恐怖で圧し潰されそうな気持ちを隠しつつ今日の授業も適当にこなしていく。

 

下校時間となったほむらはまどかと一緒に帰りたいと言い出し、彼女は快く承諾してくれる。

 

夕日に照らされた2人が帰り道を歩く中、やはりまどかも不安を隠せない表情を浮かべてしまう。

 

「テレビでやってる世界規模の病魔のニュース…怖いよね。この国はどうなっちゃうんだろう?」

 

「私だって怖いわ…だけど貴女がそれを気にしても仕方ないの。毎日の健康に気を付けましょう」

 

「うん……そうだね。それ以外に私達が自衛する手段なんてないんだもんね…」

 

それ以上は何も言わなくなったまどかと共に帰路を急ぐほむらであるが何かを感じ取る。

 

それは自分の一部ともいえるだろう偽街の子供達の魔力が次々と消えていく現実であった。

 

顔面蒼白となった彼女が後ろに振り向き、遠くの景色に視線を移す。

 

「どうしたの、ほむらちゃん?」

 

心配してくれるまどかに何ていえばいいかも分からない彼女は首を横に振り、後ろに振り返る。

 

「……早く家に帰った方がいいわ。もう誰が未知の病魔に感染しているか分からない国だもの」

 

「うん……そうした方が良さそうだね」

 

家路を急ぐ2人であるが、ほむらは差し迫る脅威が直ぐそこまで迫っているのを感じている。

 

(我儘なあの子達は自由にさせておくしかなかった…。そのせいで各個撃破されるだなんて……)

 

ほむらの一部といえた偽街の子供達が殺戮された現場には既にクロノスが到着している。

 

様々な魔法武器が突き刺さった彼女達の体は崩れていき、本体であるほむらの内側に返るだろう。

 

「街で放し飼いにしていた使い魔の姿も見えない…奴らは我々の戦力を全て削ぎ落すつもりじゃ」

 

暗い路地裏で夕暮れの空を見上げるクロノスは魔力探知でアラディアを探そうとする。

 

しかし巧妙に魔力を隠している円環のコトワリ神を見つけ出すことは容易ではなかったのだ。

 

その頃、ほむらにとって最凶の脅威である円環のコトワリ神は街で一番高い場所に立っている。

 

電波塔の上で佇むアラディアは淡いピンク色に発光した翼を広げながら羽を撒き散らす。

 

その羽一つ一つが円環のコトワリの一部となった魔女であり、円環の鞄持ち達なのだ。

 

「敵の敗北を確実にするには、その者の味方を先に潰せ。暁美ほむらの使い魔共はこれで全滅だ」

 

腕を組みながら地上に視線を向ける女神の力だけでも圧倒的なのに彼女には円環の軍勢までいる。

 

円環のコトワリ神アラディアは個体ではなく魔女の集合体である群体神。

 

アラディアと中核を成す鹿目まどか、そして全ての魔女達によって構成される()()()()()()

 

その体の構造は父と子と精霊(天使)によって構成されている唯一神と同じ存在であったのだ。

 

「後は我の知恵を取り戻す邪魔建てを繰り返す悪魔を仕留めるのみ……だが、どうする?」

 

アラディアの脳裏に浮かぶのは共に地球にやってきたラファエルから送られた忠告の言葉。

 

円環の鞄持ちとして鹿目まどかを救いに送った美樹さやかと百江なぎさは操られているだけの者。

 

もう一度チャンスを与えてあげて欲しいという慈悲の言葉によって踏み止まってくれる。

 

「…いいだろう、もう一度だけチャンスを与える。そのために貴様らの記憶を取り戻してやろう」

 

光り輝く羽が舞い落ちる見滝原市。

 

その羽一つ一つが円環のコトワリを成す魔女であり、円環の魔法少女達である。

 

それらのどれか一つにでも触れようものならたちまち円環の一部であった記憶を取り戻すはずだ。

 

美樹さやかと百江なぎさが円環の使者として復活する時はもう目前に迫っていたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「なんてこった……これじゃあ見滝原の街に入れねーじゃねーか……」

 

見滝原市に入れる郊外にまで訪れているのは人修羅達である。

 

セイテンタイセイは筋斗雲に乗りながら夜空を飛んでいるのだが、入れる場所を見いだせない。

 

「街を覆う光のベール…近くで見れば霧にも見えるな。これと似た霧をどっかで見たような……」

 

人修羅達と合流するためにセイテンタイセイは夜空から地上に向けて降りていく。

 

向かった先には黒のライダースパンツと白と青のラインが入った革ジャケットを纏う尚紀がいる。

 

彼は目の前にそびえ立つ巨大な霧の壁を見上げながらも何かを思い出していたようだ。

 

「こちらの方もダメだ、上空の方はどうだった?」

 

ケルベロスに跨っているクーフーリンも戻ってきて問うのだがセイテンタイセイは首を横に振る。

 

「周辺地域モ酷スギル瘴気ダ…シカシ、我ハコノ霧ト似タヨウナモノヲ見タコトガアル気ガスル」

 

「冴えてるな、ケルベロス。俺はボルテクス界でもこの霧と同じもので苦しめられた経験がある」

 

「テメェは何かに気が付いたようだな、尚紀?」

 

「カブキチョウを思い出せ。あそこを支配していた巨大ミズチが操っていた霧のことをな」

 

そう言われた仲魔達がハッとした顔つきとなり、そびえ立つ霧の正体に気が付いてくれる。

 

「ミアズマだったか……尚紀はミズチから手に入れたマガタマの力で気が付いていたようだな?」

 

「俺の幻惑魔法もミアズマの力だ。目の前の霧は俺の力を遥かに超えた幻惑魔法の壁だな…」

 

「どうりで酷い瘴気の臭いなわけだ。このエアロゾル状物質で覆われた街にどうやって入る?」

 

「俺に任せろ。ミズチのミアズマ世界に入り込める道具をまだ持っているし、試してみるか」

 

周辺地域にまで流れ出る霧の壁にまできた尚紀が左手をかざし、掌から()()()()()を出現させる。

 

ウムギの玉が光を放ち、ミアズマの霧を開けようとするが霧の壁が分厚過ぎて開ききれない。

 

「ミズチのミアズマなんて次元じゃない……ウムギの玉でこじ開けられるか分からない程の力だ」

 

「それでもやるしかあるまい。我々の救援をほむらは今か今かと待ちわびているはずだ」

 

「円環のコトワリ神の力は神霊クラスなんだろ?だとしたらヤバイぜ……」

 

「一刻モ早ク合流シナケレバ……アノ悪魔娘モ無事デハスムマイ」

 

「間に合ってくれよ……今行くからな、ほむら」

 

美しさの中に禍々しい瘴気を内包したアラディアの結界世界と化した見滝原市。

 

白鳥となった少女は瘴気の湖に閉じ込められたも同然であり、この場所で終わるのやもしれない。

 

()()()()()()()()で広がっていくのは、まどかを守ろうとする者達の戦いとなっていくだろう。

 

まどかを本来の自分の姿に戻そうとする道が正しいのか?

 

まどかを偽りに塗れた世界で人間のまま生きさせる道こそが正しいのか?

 

己の正しさを絶対に譲らない者達の戦いが始まっていくことになるのだ。

 

その光景こそボルテクス界どころか、数多の世界で繰り返された人間と悪魔の戦いをなぞる道。

 

瘴気の湖に映る街において、自らの信念をかけた殺し合いが始まっていくのであった。

 




とりあえず、ワルプルギスの廻天に繋がる前哨戦のような展開で終わらせられるように描いていきますね。
来年の冬に公開するようなんで、その間に東京編を進め終えられた後ぐらいに廻天のネタを入れていきたいので。


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250話 波打ち際のなぎさ

湖から立ち上る蒸気霧のような白い煙が溢れている見滝原市。

 

そんな霧の道を歩いているのは百江なぎさであり、赤いランドセルを背負いながら家路を歩く。

 

道行く人達は小学生の姿に目を向けることなく霧の道を進み、瘴気の世界を生きている。

 

彼ら、彼女達は霧に包まれた街で生きているのだという現実を認識することは出来ないようだ。

 

それでも鼻がいいなぎさは違和感を感じてきている。

 

「何なのです…?なんか酷い臭いを感じる街になったような気が……?」

 

瘴気の臭いを感じながらも、それが何なのかを思い出すことが出来ない少女は家に辿り着く。

 

マンションの階段を登っていき、自分が暮らしている家の通路を歩いている時だった。

 

「えっ……?お前は…何なのです?猫のような…キツネのようなピンク色の生き物ですね?」

 

なぎさの目の前の地面にいるのはピンク色をしたキュウベぇ。

 

体色がピンク以外は契約の天使のように見える存在は目の前の少女を見上げてくる。

 

しかし何も語り掛けてくることもなく、不気味な生物はただただ彼女を見上げるばかり。

 

「……な、何か言って欲しいのです。ニャーとか、ワンワンとか……」

 

何を思ったのか、ピンク色をしたキュウベぇは後ろに向けて走り去っていく。

 

キョトンとした表情を浮かべながら謎の生き物を見送ることしか出来なかったようだ。

 

「何だったのです……あの生き物?」

 

摩訶不思議な生き物を何処かで見た事があるような気分に浸りながらも家の鍵を取り出す。

 

玄関の扉を開けて中に入ると、いつもの家の光景が彼女を出迎えてくれる。

 

「……ただいま」

 

返事が返ってこない家の中へとなぎさは入っていく。

 

いつもの家の光景とは、まるでゴミ屋敷かと見まがう程の悪臭塗れの家。

 

ゴミ袋が積み重なり、電灯は劣化して使えず、歩く場所すら殆どないマンションの一室。

 

ここが百江なぎさの生きる家。

 

まともな神経をしている者が住まう場所ではなかったのだ。

 

親が出迎えてくれることもない暗い家の中に入り込み、ランドセルを放り捨てる。

 

暗い汚部屋の中で座り込み、転がっていた絵本を手に取った少女は不幸な物語を読んでいく。

 

マミが用事でいない時はこうやって惨めな家の中で不幸な物語の世界に浸るのが彼女の日課だ。

 

「かわいそうな女の子は石となって、今はもう知っている者もいないのです、おしまい」

 

不幸な物語の世界に意識を向けている時だけは辛い現実を忘れられる。

 

現実逃避に我が子を追いやることしか出来ない彼女の親は何をしているというのだろうか?

 

「なぎさは……辛いだなんて思わないのです。だってマミがいるし…お母さんだっているのです」

 

立ち上がった彼女は自分の現実が詰まった汚部屋から逃げるようにして家を出る。

 

マミのマンション前で座っていれば用事を済ませたマミと出会えるだろうと歩いていく。

 

「晩御飯はマミの家で食べるのです。今日は何の料理を作ってくれるのか楽しみなのです」

 

暗くならないうちにマミのマンションに向かっていると向こう側から親子連れが歩いてくる。

 

「ママー、晩御飯はハンバーグがいいなー」

 

「そうねー、ママも食べたくなってきたし、チーズハンバーグを作ってあげるわ」

 

「わーい!チーズハンバーグ大好きーっ!!チーズ♪チーズ♪」

 

「うふふっ♪腕によりをかけて作ってあげるから、楽しみにしてなさいね」

 

仲良し親子は手を繋ぎながら楽しそうに談笑し、なぎさの横を通り超えていく。

 

そんな親子に振り向くこともない彼女は視線を地面に向けながら歩き、こう呟いてしまう。

 

「…寂しくなんてないのです。なぎさにはマミがいるし…明日はお母さんのお見舞いに行けるし」

 

百江なぎさは孤独な少女。

 

小学校でも友達はおらず、クラスメイトからは関わりたくない者だと遠ざけられてしまう。

 

吹けば飛ぶような儚い女の子であり、何処かで行方不明になっても誰も気にしてくれない者だ。

 

そんな彼女は魔法少女になってしまい、きっと何処かで円環のコトワリに導かれる末路を遂げる。

 

しかし今の彼女は人間時代の頃のように生かされている少女。

 

悪魔の記憶操作魔法によって人間時代の生活に変化が生まれたお陰でどうにか生きてこられた。

 

「あら…?あそこで座っているのはなぎさちゃんかしら?」

 

瘴気の霧が立ち込める道を帰ってきたマミが気が付いたのはマンション前で座り込んでいる者。

 

彼女に気が付いたなぎさは笑顔を浮かべながら駆け寄ってきたようだ。

 

「おかえりなのです、マミ!今日も晩御飯をご馳走になりにきたのですよ!」

 

寂しかった気持ちを表すようにして抱き着く彼女の頭をマミは優しく撫でてくれる。

 

「ただいま、なぎさちゃん。私と同じ独り暮らしなんだし、遠慮なく毎日ご飯を食べにきてね」

 

孤独な自分に優しくしてくれるマミが嬉しいのか、胸に顔を埋めながら頬擦りしてくる。

 

顔を隠すようにしているのは嬉し涙が零れているのを隠したかったからだろう。

 

同じ孤独を背負う少女と共に生きられる生活に幸福を感じているマミが笑顔を浮かべてくれる。

 

「今晩はなぎさちゃんの好きなチーズハンバーグにしましょうか♪」

 

「チーズ!?チーズハンバーグ大好きなのです!マミのチーズハンバーグは世界一なのです!」

 

お互いに笑顔を浮かべながら手を繋ぎ、マミの家に向かっていく。

 

百江なぎさにとって、巴マミの傍こそが本当の家であり心が癒される場所。

 

失いたくない気持ちは強く、だからこそ本当の自分の記憶を無意識に遠ざけようとしてきた。

 

しかし、そんな彼女の元に現れた存在こそ円環のコトワリの一部である存在。

 

ピンク色をしたキュウベぇは無言のまま彼女達の背中を見送っていたのであった。

 

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百江なぎさの親は母親が存在しており、体が悪いのかずっと病院暮らしが続いている。

 

そのため娘の面倒を見る事も出来ず、家を子供独りに任せきりの状態になっていたようだ。

 

女手一つで子供を育てることは今の日本では難しく、シングルマザーは社会問題となっている。

 

「私はあの子を何処まで育てられるの…?貯蓄だって入院費用や娘の生活費で尽きそうなのに…」

 

暗い表情を浮かべた女性が入院ベットに横たわりながら窓の景色を見つめている。

 

彼女こそが百江なぎさの母親であり、我が子を孤独に追い込んでいる張本人だ。

 

「海であの人と出会った時、こんな未来が訪れるなんて思わなかった…出会うべきじゃなかった」

 

目を瞑り、かつての思い出の世界に浸っていく。

 

耳の奥には波打ち際の渚の音が今でも残っているようだ。

 

「思い出の場所で感じた渚の音を私と夫は娘の名前にした…いつかあそこに連れていきたかった」

 

思い出の世界に浸れば浸るほど、現実の辛さによって心労がたたり病気が悪化していく。

 

家に帰らない父親のせいで母親だけでは娘の面倒を見る事も限界が訪れようとしている。

 

「今日はあの子がお見舞いにきてくれる…私はあの子にどんな顔をすれば……ゲホッ!ゲホッ!」

 

見回り中の看護師が患者の容体が急変したのに気づき、入ってきて薬を飲ませようとしてくれる。

 

しかし現実の辛さに耐えられない彼女はヒステリーを撒き散らす態度になっていくのだ。

 

「薬なんていらないわ!!どうせ病弱な私の人生は助からない!!早く私を殺して頂戴!!」

 

「落ち着いて!手術をして間もないのに興奮しては体に毒です!!」

 

「生きていても私は生きられない!結婚を期にテレビ業界から引退した私に再起なんてないわ!」

 

「シングルマザーが辛いのは貴女だけじゃないんです!どうか強い望みを持って!」

 

「望みなんてないわ!!夫は私を捨てて何処かに消えた……私と娘は捨てられたのよ!!」

 

泣き崩れてしまったなぎさの母は怒りと憎しみ、そして絶望の嘆きを呟くばかり。

 

担当医が来て彼女を励ましてくれるが精神薬を処方させる判断をする程にまで彼女は弱っている。

 

向精神薬を飲まされた彼女は辛い感情が麻痺したお陰か、窓の景色を見ながら黙り込んでしまう。

 

換気をするために開けられた窓から流れてくる風に髪が揺れていた時、何かの気配を感じ取る。

 

「えっ……?誰もいない……?」

 

病室を見回すが、ただの人間である彼女には侵入者の姿を知覚するための能力はない。

 

侵入してきたピンク色のキュウベぇは座席の上に立ちながら彼女を見上げていたようだ。

 

<<悪魔から呪縛を与えられ、気持ちよく騙されてきた女よ…貴様の呪縛、我が解いてやろう>>

 

座席に立った概念存在の目が赤く光る。

 

突然目が見開いていくなぎさの母親は思い出すだろう。

 

悪魔の記憶操作魔法に操られる前の自分にとって、娘のなぎさはどのような存在だったのかを。

 

……………。

 

病院エントランスホールに入ってきたのは百江なぎさである。

 

お土産袋の中には母親に元気になってもらおうと母親が好きなチーズが沢山入っているようだ。

 

「病院の臭い……なぎさは嫌いなのです。なんだか……暗い気分になっちゃうから」

 

気分が沈んだままでは母親に心配をかけてしまうと空元気を出そうとしていく。

 

それでも今日はどことなく胸騒ぎを感じてしまい、怖くなっていく恐怖感に戸惑ってしまう。

 

そんな彼女が母親の病室の前にまできて扉を叩く。

 

返事は返ってこないが扉を開けてみると、窓の外に視線を向けながら黄昏る母がいたようだ。

 

「……お母さん、手術が終わったみたいだし…お土産のチーズを買ってきたのです」

 

空元気のまま笑顔を浮かべるなぎさであるが、母親の様子が何処かおかしい。

 

悪魔の記憶操作魔法である精神操作魔法は円環のコトワリ神の力で既に解かれている。

 

魔法にかかっていた頃のような優しい態度を向けてくれない母親の姿が怖くなっていく。

 

「……いらないわ。それより……家にあの人は帰ってきた?」

 

それを問われたなぎさは黙り込んでしまう。

 

そんな彼女の態度で答えを得たかのようにして、なぎさの母は呪縛を解かれた本音を語っていく。

 

「……あの人はもう、来たくなくなったんでしょ?あなただって、本当は来たくないんでしょ?」

 

「な……何を言い出すのです……?」

 

「もう私のところに来なくていい……あの人と一緒に何処にでも消えてしまえばいいわ」

 

突き放すような言葉を送ってくる母親の姿を見せられる娘の体が震えていく。

 

それと同時に悪魔に封印されてきた記憶の一部がフラッシュバックして蘇っていくのだ。

 

(なぎさは…これと同じ言葉を言われた気が…今のお母さんの姿を…見た事があるような…?)

 

「みんな嘘ばっかり……そうよ、私が何もかも悪いのよ。みんなを苦しめるだけの女なのよ…」

 

「そ、そんなことないのです!嘘をついてくれるのだって…お母さんを傷つけたくないから!」

 

周囲の人や我が子が彼女を心配すればするほど、彼女の心は怒りと憎しみに支配されていく。

 

コンプレックス地獄に陥った者に与える優しさが必ずしもその人の心を救うとは限らない。

 

相手が優しさを望んでいない時に送られる優しい嘘など、被害妄想を爆発させる燃料なのだ。

 

「みんな私をバカにしたいだけよ!!貴方も私をバカにしなさいよ!!ざまぁみろって!!」

 

「言わないで…お母さん…そんな言葉を……なぎさに言わないで欲しいのです!!」

 

「うるさい!!()()()()()()()()()()も献身も……私はいらない!!みんな大嫌いよぉ!!」

 

娘を罵倒しながら泣き崩れてしまった母親は両手で顔を覆いながら泣き喚く。

 

私に母親なんて無理だった、なぎさは他の家の子として生まれていれば良かったと喚き散らす。

 

青い顔をしたなぎさは後ろに下がっていき、騒ぎを聞きつけた看護師達が部屋に入ってくる。

 

「落ち着いて下さい!!今が苦しくても、きっと良くなりますから!」

 

「娘さんの前で錯乱しないで!!貴女の可愛い娘なのよ!?」

 

「やかましい!!私に娘なんていない!!いらない!!出ていけ……みんな出ていけーっ!!」

 

看護師達が暴れる患者を抑え込み、女性看護師が震えるなぎさを病室の外へと連れ出してくれる。

 

今にも泣きそうな彼女をベンチに座らせようとしてくれる女性看護師を無視して彼女は走り出す。

 

逃げるようにして病院から出てきたなぎさの目には大粒の涙が零れていたのだ。

 

「なぎさは…いい子にしてたのですよ?頑張っていい子にしてたのですよ?なのに…どうして?」

 

余りにも辛い気持ちと共に噴き上がっていくのは、かつての世界の記憶。

 

彼女が不幸な人間の少女として生き、魔法少女となって何処かで絶望に飲まれた頃の記憶。

 

「なぎさは()()()()()()()()()のですか?じゃあ、今まで優しくしてくれたお母さんは……誰?」

 

かつての世界の記憶と今の世界の記憶の隔たりが酷過ぎたために混乱状態となってしまう。

 

泣き喚きながら走り去っていく彼女の背中を見送るのはピンク色のキュウベぇ。

 

無言のまま何の感情も見せない円環のコトワリの一部は百江なぎさの記憶を蘇らせるだろう。

 

その方法とは、かつて呪いを撒き散らす存在に成り果てた百江なぎさの記憶の再現であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「なぎさちゃん……何処に行ったの?晩御飯を食べにくる時間なのに来ないだなんて……」

 

瘴気の霧が地面を覆う夜の見滝原市を駆けていくのは巴マミ。

 

彼女はなぎさの事が心配で家から飛び出し、当てもなく彼女を探し続けたようだ。

 

その頃、誰もいない自宅には帰らなかったなぎさは顔を俯けながら街を歩いている。

 

何処に向かいたいのかも分からない彼女だったが、甘いお菓子の匂いに釣られて顔を上げる。

 

横にあったのはケーキ店のショーウィンドウであり、中にはチーズケーキが並んでいたようだ。

 

「いい子にすれば…お母さんは喜んでくれたのです。あのお母さんはきっと…偽物だったのです」

 

悪魔が改変した世界で触れ合えた優しい母の姿は偽物だったのだと今の彼女には分かってしまう。

 

百江なぎさにかけられた記憶操作魔法の力がそれ程にまで弱まっている。

 

魔法を再びかけようにも、暁美ほむらやクロノスは鹿目まどかを守るために周囲を固めている。

 

使い魔達を全て殲滅されてしまった彼女達は今の百江なぎさを止めることが出来ない有様なのだ。

 

「本当のお母さんは……さっきのお母さんなのです。なぎさはそれを……覚えているのです」

 

本当の記憶の世界にいた母親の残酷な態度こそが本物であり、今までの優しい態度は偽物。

 

そう思えるのに、彼女の心は張り裂けそうにまで偽りに塗れた今までの世界を求めてしまう。

 

「去年の夏頃にお見舞いに行った時に()()()()()()()()()()()()が……一番の幸福なのでした」

 

ショーウィンドウに置かれたチーズケーキから目を逸らした彼女は再び歩き始める。

 

今の彼女がどれだけチーズを求めようとも、母親は喜んでくれないと突きつけられてしまった。

 

百江なぎさにとって、チーズとは()()()()()()()()()()()()()()()

 

もう手に入らないチーズ。

 

自分の力では生み出せなかったチーズ。

 

不幸な少女に与えられたのは、チーズではなく拒絶だった。

 

「なぎさはもうこの世界に居場所なんてないのです。なぎさには…別の居場所があったような…」

 

幽鬼のように歩き去っていくなぎさの姿に気が付いたのはマミである。

 

懸命に走ってなぎさに追いつこうとするのだが、いつの間にか見失ってしまう。

 

「何で私を避けようとするの……?なぎさちゃん、待って!!」

 

走っていく彼女は目当ての人物が暗い路地裏へと入っていくのを見つけることが出来るだろう。

 

だが追いかけていった先で待っていた存在を見た彼女は驚愕した表情を浮かべてしまう。

 

「くっ!?」

 

突然飛んできた鎖分銅の一撃を咄嗟の判断でバク転を用いる回避行動を行う。

 

着地した彼女が見たのは淡く光る羽が舞い落ちる路地裏の世界で佇む2人の魔法少女。

 

「悪いんだけどさぁ、ここから先は通せないよ」

 

「何者なの……貴女達?魔法少女なの!?」

 

「その通りです。もっとも、私達は数百年前の戦国時代で死んでいる魔法少女ですけどね」

 

「戦国時代の魔法少女ですって……?」

 

左に立つのは盗賊を思わせる赤い装束を纏い、鎖鎌を構えるピンク髪の魔法少女。

 

右に立つのは青い侍甲冑を纏い、刀を構える水色の長髪をした魔法少女。

 

どちらも相当の手練れであると判断したマミはソウルジェムを構えて変身を行う。

 

「私は先に進みたいの。邪魔をするというのなら押し通るわ」

 

「巴さん、百江なぎさはこの世界で留まってはいけない少女なのです」

 

「アタシ達と同じく、あの子もこの世の因果から解き放たれた場所に帰るべき存在なんだよ」

 

「そんな話はどうでもいいわ!私にはなぎさちゃんが必要なの…なぎさちゃんに会わせなさい!」

 

先手をとったマミが右手を掲げて複数のマスケット銃を生み出す。

 

即座に動いた円環の使者達は左右に避けながら移動して銃弾の整列射撃を回避する。

 

「千鶴、殺してはダメよ!巴さんが円環に導かれるのは今ではないのだから!」

 

「難しい注文だよ…露。円環にいる平行宇宙のマミの実力から考えて、手を抜いたらやられる!」

 

互いが放つ同時斬撃を側方宙返りを用いて避け、振り向きざまにマスケット銃を構える。

 

円環の使者達は不殺の戦いを強いられるが、本気のマミは殺すつもりで攻めてくる。

 

露と千鶴と名乗った戦国の魔法少女達は激戦を繰り広げながらマミの行く手を遮るのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「昔みたいなお母さんに戻って欲しい……そう願いながら、なぎさは生きてきたのです」

 

いつの間にか辿り着いた場所とは見滝原総合病院の敷地内。

 

この場所は尚紀達が起こした騒動によって一部区画は立ち入り禁止となっている。

 

だがそんなことなどお構いなく彼女は病院の敷地内に無断侵入していたようだ。

 

「でも言えなかった……そんな事を言ったら、今のお母さんが変になっちゃうからなのです」

 

歩き疲れた彼女は病院の建物に寄りかかるようにして座り込んでしまう。

 

彼女が座り込んだ場所とは、奇しくもお菓子の魔女のグリーフシードが刺さっていた場所。

 

ここでかつてのマミはお菓子の魔女となったなぎさの結界に囚われ、命を落とす末路を遂げた。

 

「なぎさはずっと我慢してきた…。だけど、我慢を繰り返したって……救われなかったのです」

 

抑圧され続けた彼女はいつしか自由(CHAOS)を求めるようになってしまう。

 

いい子ちゃんを続けても真に求める幸福を得られないのなら、悪魔のように自由になりたい。

 

自由になって、正しくもない、いい子でもない、そんな悪魔のような百江なぎさになりたい。

 

周りの連中なんて自分勝手な正しさを彼女に押し付けるだけの偏見生物。

 

指摘すれば自分の劣等性は絶対に許さないといった態度で問題を相手にすり替えてくる。

 

自分だけが正しい、自分だけが認められればいいんだという優越性しかいらないとくる。

 

人類なんて、所詮はエゴに塗れた承認欲求モンスターに過ぎないと子供ながらに理解出来た。

 

だからこそ、他人に振り回されない自由な百江なぎさになってみたい。

 

その先にきっと救いがあるのだと信じて彼女は魔法少女の道に進むことになったのだろう。

 

しかし、救いなんてどこにもなかった。

 

そこには()()()()()()()()のだから。

 

彼女もまた自分のエゴを撒き散らす承認欲求モンスターになっただけ。

 

ミイラ取りがミイラに成り果てただけでしかなかったから、そうなっただけ。

 

客観性のない主観性は成り立たないという言葉通りの光景がそこにはあったのだ。

 

「信じたい気持ちなんて…なぎさの理想を信じたいだけ。疑うことは大切なのです」

 

自分を疑い、他人を疑い、世間を疑い、正しさを疑い、全ての事象を疑い続ける。

 

疑うからこそ知る努力に繋がり、愚かな選択をして気持ちよく騙されることもなかっただろう。

 

「今のなぎさに足りなかったものは…疑うこと。今のなぎさを疑い、今の生活を疑うべきでした」

 

この世界に留まってきた生活の全てが偽りに塗れたものだと彼女は理解する。

 

後は確信に至れる何かが必要であり、それを与えてくれる存在が目の前に現れてくれるのだ。

 

「また現れたのですか…?見た目からして、おかしな生き物なのです」

 

目の前に立っていたのはピンク色をしたキュウベぇ。

 

出会った時と変わらず無言のまま見上げてくるが、不思議と拒絶する気分にはならない。

 

立ち上がった彼女が乾いた笑顔を浮かべながらこう告げてくる。

 

「お前もなぎさのような嫌われ者なのです?だったら、なぎさとお前は似た者同士なのです」

 

膝を曲げて屈んだなぎさがピンク色のキュウベぇを両手で掴んで持ち上げてしまう。

 

すると突然彼女の両目がカッと開き、あらゆる並行世界の記憶が流れ込んでくる。

 

「あっ……」

 

悪魔の庭に囚われていた少女はついに円環のコトワリの一部に触れてしまった。

 

かつての自分自身の記憶と力を思い出し、ようやく自分が魔法少女だったのだと認識する。

 

「全部思い出したのです……なぎさは……なぎさは……」

 

立ち上がっていく彼女の姿が輝いていき、円環の使者としての姿に変化していく。

 

大きな光が生まれている光景に気が付き走ってきたのは行く手を阻む者達を退けたマミだった。

 

「なぎさちゃん!!!」

 

今まで認識出来なかったなぎさの魔力に驚愕しながらも、マミは病院敷地内へと入ってくる。

 

すると彼女の目の前で佇んでいた円環の魔法少女の姿を目撃するのだ。

 

「この魔力……そしてその姿……本当になぎさちゃんなの……?」

 

ピンク色のキュウベぇの横に立つ姿こそ、くるみ割り人形の魔女の世界にやってきた円環の使者。

 

魔法少女の姿と魔女の力を併せ持つ円環の魔法少女なのだ。

 

そして彼女と同じく円環の使者である露と千鶴までなぎさの横に飛んできて着地する。

 

「なぎさ達はかつて希望を運び、いつか呪いを振りまいた者。円環のコトワリに導かれた者です」

 

「なぎさちゃんが魔法少女?本当は円環に導かれていた?なら…今までの貴女は何だったの!?」

 

「騙すつもりはなかったのです。なぎさは悪魔の力で支配され、思い出せなくなってたのです」

 

「円環のコトワリに導かれた死者がどうしてこの世にいるのよ!?どうして姿が見えるの!?」

 

「受肉していられるのはMAGの力のお陰。なぎさは概念存在…本当は地上にいたらダメなのです」

 

「貴女が何者だって構わない!私は貴女を必要としてきたわ…騙されていたとしても構わない!」

 

「マミ……」

 

今にも泣きそうな顔を向け、哀願するかのようにして行かないでと懇願してしまう。

 

そんなマミのために精一杯の笑顔を浮かべてくれたなぎさは別れの言葉を送ってくれるのだ。

 

「ありがとう…マミ。なぎさはね、悪魔に騙されてたとしても……今を生きられて幸せでした」

 

円環の使者達の体が光を放ちながら消えていく。

 

舞い落ちるのは光の羽だけであり、残されたマミの両膝は崩れてしまう。

 

「なんで…?どうしてまた…独りぼっちになるの…?お願い…行かないでぇぇぇぇ……ッッ!!」

 

泣き崩れてしまったマミは再び孤独の道へと進むことになるだろう。

 

その道こそが偽りのない過酷な現実であり、今までが優しい嘘の理想世界でしかなかったからだ。

 

それでもマミは優しい嘘の世界を欲する気持ちが強過ぎて泣き叫んでしまう。

 

人間とは善人も悪人も関係なく、どこまでも自分の都合の良さしか求めない偏見生物。

 

気持ち良く騙されていた方が楽しい、だから気持ちよく騙されたままでいたい。

 

悪魔が用いてきたトリックに気持ちよく騙されたい感情こそが偏見であり、感情的判断である。

 

人間はどこまでいったって感情と狭い経験でしか世の中を認識することが出来ない生き物だった。

 

「……我の一部が帰ってきたか。後は美樹さやかの記憶を取り戻すだけだ」

 

夜の電波塔の上で佇んでいる円環のコトワリ神はなぎさが自分の中に帰ってきたのを感じ取る。

 

残された美樹さやかにも追手が差し向けられており、もう直ぐ彼女も記憶を取り戻すだろう。

 

「美樹さやかを回収出来次第、悪魔に戦いを仕掛ける。汝らの善戦を期待しよう」

 

余りにも巨大な力を秘めた女神は不気味な笑みを浮かべながらもう直ぐ始まる戦いに赴くだろう。

 

その時こそ、円環の使者として百江なぎさは再び暁美ほむらと殺し合うことになるのだ。

 

かつてお菓子の魔女に成り果てた末に円環に導かれた少女、百江なぎさ。

 

なぎさは波打ち際を表す言葉であり、女性の名前につけられることも多いだろう。

 

海のような包容力、キラキラ光る波のように輝く子といった願いが込められているのだ。

 

しかし()()()()()()()()から頼りない印象もあり、水害という災いをイメージされることもある。

 

また日本人の死生観には海の向こう側には死者の国があり、不吉さも併せ持つ存在だ。

 

なぎさの名を与えられた少女はキラキラと光り輝き、人々に喜びを与えたかもしれない。

 

しかし波は返るものであり、儚い一瞬の現象に過ぎないだろう。

 

波の彼方にある死者の国ともいえる円環のコトワリへと帰った少女は自分の名前を体現する。

 

波打ち際のなぎさは儚く消える定めを負った魔法少女として、在るべき居場所に帰っていった。

 




まどかを引っこ抜かれた円環のコトワリが無機質で残酷であればあるほど、悪魔ほむらの株が持ち上がると考えながら描きました。
なぎさちゃんの親はマギレコで描かれたのに、ほむらちゃんの両親はいつになっても描かれないですよね(汗)


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251話 虚栄心を纏う人魚

民間伝承において人魚は不吉なイメージが付きまとうものだ。

 

洪水、嵐、難破船、溺死といった危険な出来事と関連付けられ忌み嫌われてきた。

 

起源はギリシャ神話のセイレーンであり、航海者を歌声で惹きつけ難破させるという海の魔物だ。

 

キリスト教義での人魚は美貌や美声で男を破滅に導く娼婦たる快楽を象徴する。

 

また人魚が持つ手鏡や櫛は()()()()()()()()を意味するものなのだ。

 

それでも時代が進めば人々は人魚に対して強い関心を生むようになっていくだろう。

 

人魚の肉を食べれば不老不死となったり、骨はへいしむれと言われる薬となった。

 

……………。

 

現代ではSNSやネットの登場で自分の意見や作品がアップした瞬間に反応が数字で可視化出来る。

 

しかし周りの反応を気にするあまり他人に迷惑をかけたり認められない苦しみを背負う事だろう。

 

有名な心理学者アブラハム・マズローが提唱した欲求5段階説において五つの欲望が存在する。

 

食事・睡眠など本能的に求める生理的欲求。

 

危険にさらされず安心できる生活を求める安全欲求。

 

仲間や集団内での役割やつながりを求める社会的欲求。

 

人との関わりの中で評価されることや尊重されることを求める承認欲求。

 

自分の能力を発揮することを求める自己実現欲求。

 

これら人間の欲望が実現されることによって人々は満足を得ることになるのだろう。

 

それは魔法少女も同じであり正義の味方を続けてきた者達も追い求めてきたはずだ。

 

その中には誰よりも正義を愛して正義の味方であろうとした見滝原の魔法少女も存在している。

 

その人物こそが自分の正義に妥協出来ない少女、美樹さやかであった。

 

「とりゃーーっ!!」

 

魔獣を唐竹割りして地面に着地したさやかが剣を振り、背後で魔獣が消滅していく。

 

今のが最後の一体であり、魔獣のコロニーはこれで全滅したようである。

 

「よし!中学三年生になったさやかちゃんだけど、まだまだ成長期って感じがするね~」

 

「調子に乗ってないで魔獣共が落としたグリーフキューブを拾ってくれよーさやか」

 

「分かってるって」

 

魔獣結界が消失した現場に落ちてあるグリーフキューブを拾い終えたさやかと杏子が帰路につく。

 

ミアズマで覆われた霧の見滝原市で生活している彼女達は変わらずの日常を生きているようだ。

 

街の異変にすら気が付かず活動している者達であるが、杏子がこんな話を持ち出してくる。

 

「マミと連絡が取れなかったからあたし達だけで狩りをしてるけど、何かあったのか?」

 

「あたしは聞いてないけど、マミさんなら大丈夫だと思うよ。あたし達だって十分強いしね♪」

 

「十分強いか…それだって今の時期だけさ。神浜の調整屋に行った時に聞かされただろ?」

 

杏子が言いたい内容とは、魔法少女の年齢問題である。

 

魔法少女は19歳頃になると魔力の劣化時期を迎え、成人してからは力が衰える一方だという。

 

「神浜の魔法少女の中にも成人する連中がいる…連中だってもう後がねーんだよ」

 

「そ……それはそうだけど……」

 

「ハァ…悪魔の力があったらなぁ。悪魔を仲魔に出来たらあたしらもう戦わなくてもいいんだぞ」

 

それを聞かされたさやかの足が止まり、立ち止まったさやかに向けて杏子は振り向く。

 

顔を俯けながら冷淡な言葉を彼女は言ってくるのだ。

 

「杏子…本気で言ってるの?あたし達は正義の魔法少女だよ?自分の為に戦ってるんじゃない!」

 

「お、おい…そんなに怒ることもないだろ?それにあたし達がどれだけ頑張ったって……」

 

「誰にも努力を認められないから自分のためだけに戦う?そんな利己主義……最低の理屈だよ!」

 

顔を上げたさやかの顔は怒りの表情を浮かべている。

 

そして利己主義を否定された事によって狂犬時代の自分を否定された気分になった者も怒りだす。

 

「利己主義の何が悪いってんだ?周りに期待したってな…誰も応えてなんてくれねーんだよ!!」

 

ネットやSNSで努力した作品を投稿し続けても誰も応えないし、呟き投稿だって誰も反応しない。

 

古いしきたりに縛られるべきではないと新興宗教を立ち上げても人々は佐倉牧師達には応えない。

 

魔法少女達が命を懸けて正義執行を行っても、誰も彼女達を認めないし応えてくれない。

 

()()()()()()()()()()()()()のなら、自由意志で見たいものだけを見るのが偏見というもの。

 

他人に期待することが如何に愚かなのかを杏子は知っており、だからこそ利己主義を望む。

 

それでも負の潔癖主義者であるさやかは利他精神こそが正義の味方像なのだと譲らないのだ。

 

「自分のために戦って何が悪い!?あたしが戦うのはな…面白おかしく生きていくためなんだ!」

 

「そんなの間違ってる!あたし達はね…皆がいないと生きられない!社会に生かされてるの!!」

 

「だから社会を尊ぶべきだってか?だったら…何で社会はあたしの家族を救ってくれなかった!」

 

「過去がそうだとしても…あたし達は社会との繋がりがなければ生きられない!だから守るの!」

 

「ケッ!あたしはそんなのごめんだ。社会はあたしや家族を虐げてきた…肩を持つのは嫌だね」

 

「どうして分かってくれないの…?あたし達の魔法の力は社会に還元されるべきなんだよ!!」

 

尚紀やななかと同じ人間社会主義を掲げるさやかだからこそ、同じ負の潔癖主義を患っている。

 

だからこそ他人の自由を束縛する独裁的な正義を振りかざす者になろうとするのだ。

 

「フン…そんなに人間社会のための点数稼ぎがしたいなら勝手にしろよ。あたしは先に帰るぞ」

 

「言われなくてもそうするわよ。あたしは嘉嶋さんのような正義の味方で在り続けたいから……」

 

顔を俯けたまま走り去っていくさやかの後ろ姿を杏子は黙って見送ってくれる。

 

やりきれない表情を浮かべる彼女は経験者であるからこそ、さやかのために言える言葉があった。

 

「SNSと同じなのさ…誰も応えてなんてくれねぇ。いくら努力したって…報われねーんだよ…」

 

ネットやSNSに依存する者達は誰にも応えてもらえない現実に苦しみ、承認欲求が暴走していく。

 

他人に成りすましたり炎上させたり、SNSに張り付き過ぎて心が擦り切れていく悪循環となる。

 

いつしか承認欲求モンスターというネットスラングが生まれ、人々から疎まれる者に成り果てる。

 

そんな者達こそ()()()()()ともいえる存在なのだ。

 

「努力すればするほど悪循環に陥っていく…父さんやあたしも…それで壊れていったんだ」

 

さやかを見捨てられない杏子も走り出し、さやかの魔力を追いかけていく。

 

そんな彼女達に視線を向けていたのは路地裏で佇む円環の魔法少女である。

 

まるで古代エジプトの民族衣装のような白い布を纏い、露出が多いため目のやり場に困る姿。

 

手には長い鎖で繋がれた魔法の香炉を持ち、頭にはホルス神を模した羽飾りを纏う者だった。

 

「……私は私の役目を果たします、アラディア様」

 

踵を返した古代エジプトの少女が路地裏の暗闇へと消えていく。

 

彼女もまた円環のコトワリの使者として同じ円環の使者を取り戻す役目を与えられていたのだ。

 

霧で覆われた夜の見滝原を走りながらさやかは工業区方面に入れる橋を越えていく。

 

彼女は自分が正しいと証明するために力の限り努力を繰り返す正義の味方になろうとする。

 

その道は人間の守護者として生きる尚紀と同じであるからこそ、彼と同じ末路を遂げるのだろう。

 

かつて魔法少女と殺し合った人修羅は空回りし続けていた鶴乃のためにこんな言葉を残していた。

 

――宗教でも修行でも努力すればする程、自分がする事は絶対正しいという思い込みに陥る。

 

――これだけやったんだから認められたい。

 

――だが見合う成果に繋がらなければルサンチマンになる。

 

――頑張り抜いた努力が真の喜びに繋がらない。

 

――それに気が付いた釈迦は苦行をやめた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

正義とは何か?

 

それは()()()()()()()()()によって生み出されるものだ。

 

では西洋的な法の正義とは何か?

 

それは()()()()()()()()()()()()()()()()()ものだ。

 

個人の善という価値観が優先されたことにより犯罪行為まで善とされることになるだろう。

 

それこそが暴力革命の歴史であり、小説の罪と罰に登場した主人公の独自犯罪理論である。

 

社会主義を掲げれば簡単に人は凶器を振り回し、悪のレッテルを張った者を勝手に断罪していく。

 

これでは社会秩序は逆に崩壊し、犯罪者が自分の蛮行を正当化して暴れまわる社会と化す。

 

社会では何らかのルールを作らなければ殺人や窃盗など人の自由や財産を奪う行為が可能となる。

 

ミイラ取りがミイラになるのを防ぐためにあるものこそが法の正義。

 

その社会のメンバーが合意できる規範が必要だからこそ、法やルールは必要とされる。

 

法やルールとは独裁国家の代表やブラック企業の社長等の利益を守るためにあるのではない。

 

社会で暮らす民衆達の安全保障を守るためにこそ生み出されたものであった。

 

……………。

 

「正義を証明するために魔獣を倒そうと思ったけど…最近の魔獣は数が減ってきてる気がする…」

 

ソウルジェムを掲げながら見滝原市の工業区を歩くさやかであるが、魔獣のコロニーは見えない。

 

正義の味方として喜ぶべきである光景なのだが、今の彼女は何故か苛立ちを募らせていく。

 

「もし魔獣がいなくなったら…あたし達ってどうなるの?あたし達の魔法の力は何のために……」

 

彼女は初めて自分は何のために戦ってきたのだろうかと考えることになっていく。

 

キュウベぇから言われた言葉を鵜呑みにしながら戦うためか?

 

それとも人間社会を重んじる気高い社会主義精神のためにこそ戦うのか?

 

「べ、別にいいじゃん…平和なことはいいことだよ。だって…誰かが傷つかなくても済むんだし」

 

まるで力を持て余した者が鬱屈していくような表情をさやかは浮かべてしまう。

 

正義のヒーローごっこが出来なくてつまらないといった子供のようにも思えてくるやもしれない。

 

「あたしは別に…魔獣と戦って…誰かに恩を着せたいから戦いたいわけじゃ……」

 

自分の中のどす黒い承認欲求が噴き上がった時、彼女の脳裏にフラッシュバックする記憶が蘇る。

 

――美樹さん、あなたは彼に夢を叶えてほしいの?それとも彼の夢を叶えた恩人になりたいの?

 

その言葉は魔女と呼ばれた魔法少女の成れの果てが跋扈した世界で巴マミから語られた言葉。

 

誰かのために奇跡という願いを使うなら、自分の望みをハッキリさせろと言われた時の記憶だ。

 

忘れていた記憶が思い出されたことによってさやかの足が立ち止まり、顔が俯いてしまう。

 

その青くなった表情は昨日の夜から降り続けた雨の水たまりの中で()()()()()()()()()()()のだ。

 

「あ……あたしは……」

 

正義の味方を何のためにしてきたのかを考えた時、さやかは自分のどす黒い心に意識が向く。

 

気高い社会主義精神など本当はいらなかったのではないのか?

 

恩着せがましい献身によって誰かの見返りが欲しかっただけではないのか?

 

「違う……違う!!あたしは……そんな嫌な女なんかじゃ……」

 

他人の施しを当てにする善意の行動は奪うのと同じだと八雲みたまは妹に論したことがある。

 

自分がやってきたことは()()()()()()()だったのかと自分自身に嫌悪感が噴き出していく。

 

「見返りなんていらない!!あ、あたしはそれでやってこれた…今までやってこれたじゃん!!」

 

この世界で魔獣と戦ってこれたのは自己犠牲精神を示すためであったのか?

 

それはきっと違うだろう。

 

本当に守りたかったものは絆を結んだ魔法少女と共に生きていきたかったからなのではないのか?

 

その気持ちこそが杏子が語った言葉であり、面白おかしくいきたかった利己主義精神だろう。

 

「あたしは杏子とは違う…あたしは嘉嶋さんのようになりたい!社会主義精神こそが正義だよ!」

 

迷いを振り払うようにして走り出し、目の前にあった水たまりを踏み越えていく。

 

大きく水しぶきが立ち上った光景は自分のどす黒さを映す鏡を叩き壊す光景にも思えてくる。

 

精神が高ぶり過ぎている彼女は自分の周囲から感じさせる奇妙な臭いには気が付いていない。

 

ミアズマの霧に混じるようにして流れてきていたのは魔法の香炉から溢れ出す魔法の煙なのだ。

 

「……私の魔法からは逃げられない。美樹さん…貴女には思い出してもらいます」

 

――本当の自分の正体が何者なのかを。

 

黒い長髪をなびかせながら古代エジプトの魔法少女はさやかを追うようにして歩いていく。

 

さやかは円環の使者の魔法によって幻覚の世界に囚われてしまっているのだ。

 

彼女こそが幻惑魔法を得意とする円環の使者、エボニーであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

刑法にとって悪い事とは何なのか?

 

これは簡単なようでいて極めて難しい難問だろう。

 

人として間違っていること、この社会でやってはいけないとされていること等がある。

 

しかし罪刑法定主義の定義がある以上、法律根拠がなければ罪には問えないケースもあった。

 

「社会を優先することが正義の味方の定義だとしたら、あたしの魔法は…義のために使いたい」

 

正義執行を求めて工業区を歩き回るさやかの目つきは狂気を帯びている。

 

まるで社会悪を見つけた時点で魔法の力を用いて世直し行為をしでかす程の暴力性を纏うのだ。

 

「あたしは社会全体を守る正義の味方…たとえ魔獣が生まれなくたって…あたしはそれを貫く!」

 

自分の暴力を正当化出来る正義という中身の見えないあやふやな概念に彼女は縋りついていく。

 

それがどのような偏見極まりない思考の罠なのかも気が付いてはくれない。

 

そんな時、彼女は女性の叫び声を耳にする。

 

自分の正義を証明出来るチャンスだとばかりに彼女は現場に走っていく。

 

見つけた場所とは非常階段であり、彼女は非常階段を登っていく。

 

階段の中腹まで上ったところでさやかは頭から血を流して倒れ込んでいる女性を見つけるのだ。

 

「しっかりして!!今助けるから!!」

 

体を揺さぶってみるが反応はない。

 

俯けに倒れている女性を仰向けにして心臓に手を当てると鼓動を感じないようだ。

 

「し…死んでる……」

 

時すでに遅し、さやかは目の前の女性を救うことが出来なかった。

 

それでも現場を目撃した者として、死をもたらした存在に向けて罪の糾弾をすることなら出来る。

 

「ち…違う……俺は……俺はそんなつもりなんかなかったんだ……」

 

男の声が聞こえた方に視線を向ければ非常階段の踊り場で震えながら立つ男の姿が見える。

 

結果だけ切り取り現場の状況を判断したさやかは目の前の存在が彼女を殺したのだと考えるのだ。

 

駆け上ってきたさやかが男の胸倉を掴み、魔法少女の魔力強化を用いて持ち上げていく。

 

「あんたがあの人を殺したんでしょ!?この人殺し!警察に突き出してやる!!」

 

「俺は恋人と復縁したかっただけだ!それでも逃げ出して…追いかけたら階段から落ちて…」

 

「嫌がる女性を追い回したせいであの人が死んだのなら…あんたが殺したようなものじゃない!」

 

「ち、違う!!俺は突飛ばしたりなんてしてない!殺す動機もない!復縁したかっただけだ!!」

 

嫌がる男がさやかを押しのけようとするが魔法少女の力をもつ彼女には通用しない。

 

男を踊り場の手摺りにまで押し込んださやかはなおも罪の追及をやめようとしない態度を見せる。

 

「女を私物化したかっただけでしょ!?相手の気持ちなんかより…自分が可愛いだけでしょ!!」

 

「は、放せ!!放してくれぇ!!俺は何も悪くない…悪くないんだーーっ!!」

 

「この期に及んで責任逃れ!?あんたみたいなクズ男こそが…社会の害悪存在なんだよ!!」

 

騒ぎを聞きつけた人物が非常階段を登ってくる。

 

現れたのはさやかを探していた杏子であり、現場の状況を判断した彼女が階段を駆け上る。

 

「やめろ!さやか!!」

 

逆上したさやかが男を階段の手摺りの外側にまで上半身を突き出しているのを止めようとする。

 

肩を掴んできた杏子に顔を向けるさやかは眉間にシワが寄り切った怒りの表情を向けてくるのだ。

 

「放しなさいよ杏子!!このクズ男だけは絶対に許さない…正義の味方として許さない!!」

 

「落ち着けって!人間社会の問題は警察に任せておけばいいんだよ!!」

 

「見て見ぬふりをしろっていうの!?そんなんだからあんたは正義の味方失格者なんだよ!!」

 

「正義の味方に固執し過ぎだろ!?どうしてそこまでして正義を求めたいんだよ!?」

 

「それが人として正しい行いだからだよ!あたしの善意がそう叫んでるの!!絶対に正しい!!」

 

「尚紀から言われた言葉を思い出せ!!神浜に行った時、尚紀から何を語られたんだ!!」

 

それを言われた瞬間、ハッとした表情をさやかは浮かべてくれる。

 

神浜に行った時、さやかは尚紀がどのような生き方をしてきたのかを聞かされた者なのだ。

 

「正しいと信じて努力するからこそ意固地になる!それがどう正しいのかも分からないままな!」

 

宗教修行でも武術でも、やればやるほど己のエゴが強くなる。

 

エゴを離れたという思い込みと自己愛によりエゴが強くなる。

 

自分はそうじゃない、間違ってない。

 

その思い込みがここまで人を意固地にするのだと常盤ななかも語ったことがあった。

 

「客観性のない主観性は成り立たないって尚紀も言っただろ!自分の姿が見えないのかよ!!」

 

客観的に見れば今のこの状況はどう映るのだろうか?

 

男は女性を突飛ばして殺してなどいない、逆に男を突飛ばして殺そうとしてるのは誰なのか?

 

誰かに見られることはいいことだなと尚紀は杏子に言葉を送ったことがある。

 

だからこそ杏子はさやかを客観視してあげたいのだ。

 

「あ……あたしは……その……」

 

冷や水をかけられたようになったさやかが落ち着きを取り戻してくれる。

 

「その手を放してやれ…そいつの事はあたし達が関与するべきじゃねーんだよ」

 

「う……うん……」

 

杏子の言葉に素直に従ったさやかは状況が未だに理解出来てはいない。

 

男の上半身は手摺りの外側にまで突き出されており、男のお尻も手摺りの上に乗っかっている。

 

そんな状況でいきなり手を離されたらどうなるのかは誰でも分かるだろう。

 

「「あっ……?」」

 

手を離された勢いで男の体が後ろに向けて倒れ込んでいく。

 

<<いやだぁぁぁぁーーーーーっ!!!!>>

 

男の悲鳴が遠くなっていき、下の方でぐしゃりという嫌な音が響いてくる。

 

「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁ……ッッ!!!」

 

さやかの体が震えぬき、ソウルジェムが一気に絶望の穢れを纏っていく。

 

慌てた杏子が魔法少女姿に変身しながら手摺りを飛び越え、地面に着地して男に駆け寄る。

 

「ダメだ……もう死んでる……」

 

頭から落ちた男は即死しており、回復魔法をかけて蘇生させる暇もなかったようだ。

 

杏子は暗い表情のまま上を見上げていく。

 

上の方からはさやかの叫び声が近くなっていき、怖くなった彼女が何処かに走り逃げていく。

 

「待てよ……待てってさやか!!」

 

さやかの事が心配でたまらない杏子もまた、魔女が存在した世界の頃のようにして追いかける。

 

残されたのは2人分の死体だけであるのだが、女の死体と男の死体が消失していく。

 

ミアズマの霧が立ち込める現場には魔法の煙が充満しており、この惨状も幻覚だったのだ。

 

「美樹さん…思い出して下さい。貴女がどのようにして魔女となり、円環に導かれたのかを」

 

ミアズマの霧の世界で佇むエボニーは魔法の香炉の蓋を閉じ、魔法の煙を閉じ込めてくれる。

 

自分の役目はここまでだと判断した彼女は踵を返しながら歩き去っていくのだ。

 

「……役目とはいえ、気持ちのいい仕事じゃない。美樹さんを苦しめる役目は…辛かったです」

 

エボニーはクレオパトラが生きていた頃の人物であり、王家に忠誠を誓う一族の生まれだった者。

 

ラーという神の権威を振りかざす王家に仕えてきた者として神の命令には絶対服従してしまう。

 

その立場は日本でいえばアマテラスの血族である天皇家に仕えるヤタガラスのようなものだ。

 

それでも心までは円環の女神のものではないため、彼女の表情は苦しみに包まれている。

 

光の羽が周囲を舞う中、円環のコトワリの一部として帰る彼女はこう思っているようだ。

 

私達は本当に、円環のコトワリであるアラディアの神意(かむい)に従うべきなのかと迷いを抱えていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

この世は思い込みと勘違い合戦の闇鍋だ。

 

皆が自分の勘違いで作った型と世界を比較し、良し悪しを決める。

 

一般的な正義を教える勢力、すり込む勢力が正義や絆は良い行いだと言い出す。

 

正義が生きるべき道だとしたことで異論を唱える者は悪にされ、制裁が叫ばれる。

 

正義の味方でありたい者ほど独善的であり暴力的。

 

道徳的理想を求める者ほど非道徳的な暴力や不正といった悪行を成しながら善行にすり替える。

 

正義を求める者ほど感情的であり、それはテレビやSNSで犯罪者叩きをしたい民衆も同じ気持ち。

 

悪者の公開処刑が娯楽だった時代から何一つ人の中身など変わらない勧善懲悪主義がそうさせる。

 

正義を振りかざす者ほど卑劣なダブルスタンダード思考となり、ミイラに成り果てていく。

 

地獄への道は常に人々の善意によって敷き詰められ、舗装されていくものだ。

 

正義を求める者は自己批判を行い続けなければブレーキがかからない狂人に成り果てていった。

 

……………。

 

「嘉嶋さんから聞かされたはずなのに…どうしてあたしは……ブレーキがかからなかったの?」

 

深夜の駅のホームに置かれた椅子に座り込み、自分が犯してしまった犯罪行為と向き合うさやか。

 

彼女は自責の念に蝕まれており、ソウルジェムも抑えの効かない絶望の穢れを放ち続けてしまう。

 

「あたしは……何のために戦いたかったの?悪者をやっつけることは…正しいことじゃないの?」

 

何のために戦いたかったのかを考えれば考えるほど、悪魔の記憶操作魔法の呪縛が解けていく。

 

思い出されていく記憶の世界の中で佇むかつての自分のおぞましい姿まで思い出してしまう。

 

「あたしは…今回と同じことをしたことがある気がする。悪いホスト共を相手に…あたしは……」

 

魔法少女契約をした理由もまた思い出されていく。

 

そして魔法少女として生きたかった本当の望みまで思い出し、自己嫌悪に苛まれていくのだ。

 

「……やっと見つけた」

 

声がした方に視線を向ければ私服のパーカー姿に戻った杏子が近づいてくる。

 

さやかが犯した罪を糾弾することもせず、何も言わずに彼女の隣に座ったようだ。

 

彼女達が座っている場所とは奇しくも魔女がいた世界で美樹さやかが絶望した場所。

 

人魚の魔女が生まれた駅のホームであったのだ。

 

「いつまでも強情張るなよ。今回の件で…正義って概念がどれだけ恐ろしいかが分かったろ?」

 

「…あたしは人殺しだよ。なんで普通に接することが出来るのさ…?殺人の追及をしなよ…」

 

「…あれは事故死だ。さやかが望んで殺したわけじゃねーよ」

 

「状況的にあたしが殺したようなもんだよ…あたしだって状況的にあの男が人殺しだと信じたの」

 

「どうしてそんなに誰かを直ぐに悪者に出来る?結果論だけでしか物事を考えられないのか?」

 

優しくしてくれる杏子の気持ちを向けられても今のさやかは喜びの表情一つ浮かべられない。

 

暗い顔を浮かべたまま俯き、絞り出すようなか細い声で自分が犯した罪の記憶を告白してくれる。

 

「……あたしね、以前も同じことをした記憶がある。女心を弄ぶホストの男を悪者にして……」

 

「…聞きたくもない。自分の罪を数えることしか出来ないのか?もっと他に考えられないのか?」

 

「今のあたしが考えられるのは…本当のあたしはどれだけ嫌な女だったのかって…ことだけかな」

 

かつてのマミから言われた言葉こそ、さやかが真剣に考えなければならなかったもの。

 

正義の味方になりたい自分は何を目的にして戦いたかったのか?

 

それを考えた時、さやかは今までの人生の中で刷り込まれてきた正義や正しさの概念に縛られる。

 

勧善懲悪ものの作品が大好きなさやかだからこそ、勧善懲悪だけが正義の全てだと考えてきた。

 

ヒーローが悪者をやっつけて皆から賞賛されながらハッピーエンドを迎える。

 

そんな分かり易さだけ求めてきたからこそ、複雑な人間社会に意識を向けられなくなってしまう。

 

「本当のあたしは…自分の優越性しかいらないエゴイスト。人助けだって…感謝されたかったの」

 

「さやか……」

 

「恩着せがましい献身の見返りが欲しいだけのおねだり屋さん…それがあたしの正体だったの…」

 

「…献身には見返りが欲しいもんさ。あたしだって頑張りぬいたのは…見返りが欲しかったんだ」

 

「結局あたしは自分の劣等性を許さないだけの女…だから悪者を作って正しさの担保にしたの…」

 

捉え方が先行するからこそ直ぐに悪者を作ってしまう。

 

自分が間違ってると周りに気が付かれまいと悪者にだけ集中することで自分の間違いを隠し通す。

 

黙っていれば丸儲けと魔法少女を騙したキュウベぇと何も変わらない自分の姿がそこにはある。

 

「正義の味方に憧れたあたしにあったのは……自分を騙し続けたかった無意識の気持ち……」

 

――気持ちよく理想に酔い、自分を騙しながら()()()()()()()()()()()()()だけなんだよ。

 

人魚の魔女と成り果てた美樹さやかが追い求めたものとは虚栄心。

 

正義に自惚れた女であり、正義を成したい快楽に酔いしれたかっただけの堕落した人魚。

 

それこそがキリスト教義においての人魚のイメージであり、人魚悪魔達を生み出す概念。

 

だからこそ、美樹さやかもまた人魚悪魔達と変わらない末路を遂げようとしている。

 

「もういい…さやか。今夜はもう家に帰ろう…こんなところで自分に絶望することなんてないさ」

 

かつての過ちは繰り返さないとばかりにポケットからグリーフキューブを取り出す。

 

さやかの太ももにのせられた掌に置かれたソウルジェムにかざし、穢れを取り除く。

 

ソウルジェムは綺麗になっても、さやかの目は濁り切っている。

 

自分のエゴと向き合うことになった彼女の目から涙が零れ、浅ましい自分を呪う言葉を紡ぐのだ。

 

「正義に憧れたあたしにあったのは承認欲求…刷り込まれてきたものだけを見たかった偏見女…」

 

――あたしって……救いようがない……バカ。

 

その言葉を呟いた瞬間、さやかの脳裏にあらゆる並行世界の記憶がフラッシュバックしてくる。

 

目の濁りが払われ、立ち上がった彼女が本当の自分自身のことを思い出してしまう。

 

「さ、さやか……?」

 

迷いが晴れたかのようにして彼女は掌の上に置かれているソウルジェムに視線を向けたままだ。

 

「あたし……どうしてこんな大切なことを……忘れてたんだろう?」

 

円環のコトワリとの繋がりを思い出せた彼女は掌にあるソウルジェムに魔力を込めていく。

 

宙に浮かび上がっていくソウルジェムの光景に愕然とした者も立ち上がり、それを目撃するのだ。

 

「う……嘘だろ……?」

 

天高く上っていったさやかのソウルジェムが眩い光を放ち、真の姿を表す。

 

現れたのは上半身に鎧甲冑を纏う巨大な人魚の騎士。

 

さやかのソウルジェムから生まれた魔女であり、その姿こそ円環に導かれた本来の姿なのだ。

 

「……全部思い出せた。あたしやなぎさは……悪魔になった魔法少女に騙されていただけだった」

 

今まで気持ちよく騙されてきた自分自身への怒りと、悪魔ほむらに対する怒り。

 

それらが混ざり合い美樹さやかの顔が怒りの形相となっていく。

 

<<やっと思い出せたようですね?>>

 

声が響いてきた方に視線を向ければ舞い落ちる羽と共にエボニーの姿が顕現してくる。

 

「荒療治になりましたけど悪魔の力を破るためでした。安心して、貴女は人殺しなんてしてない」

 

「あの惨劇はエボニーさんの幻惑魔法だったんだ?いいよ…怒ってないし。むしろ感謝してる」

 

エボニーの元にまで歩んでいくさやかであるが、後ろの者が大声を張り上げてくる。

 

「何処に行くってんだよ…さやか!?そいつは何者だよ…目の前のあの人魚は何なんだよぉ!!」

 

未だに悪魔ほむらの呪縛に飲まれている杏子にとって、気持ちよく騙されてきた現実こそが全て。

 

ここで悪魔の呪縛を全て打ち破られてしまえば、せっかく手に入れた幸福の庭が崩壊してしまう。

 

行かないでくれと哀願するような表情を背中に向けてくる杏子に向けて、さやかは振り返る。

 

その顔は今までの感謝とこれからの寂しさが表れている悲しい表情のまま微笑んでくれていた。

 

「…悪魔に騙されてきた生活だったけど、あんたと一緒に生きられた時間だけは…幸福だったよ」

 

「悪魔って何なんだよ…?騙してたって何なんだよ…?訳分からねーこと言ってんじゃねぇ!!」

 

「いずれ杏子も全て思い出す時がくるし…パパやママも思い出す。楽しい時間は…もう終わるよ」

 

それだけを言い残したさやかがエボニーと共に踵を返して歩き去っていく。

 

無言のまま歩くさやかの瞳からは涙が零れ落ちているようだ。

 

光の羽が舞い落ちる中、2人の姿と人魚の魔女の姿が消失してしまう。

 

独り残された杏子の膝は崩れ、何が起こっているのかも分からないまま嘆きの言葉が零れ落ちる。

 

「あたしは……また置いて行かれたのか?嫌だよ……独りぼっちは…寂しいじゃねーか……」

 

顔を俯けていく彼女の頬に熱い雫が零れ落ちてしまう。

 

人間として幸福に生きられた時間は終わったのだと突きつけられた彼女の悲しみの涙であった。

 

「……美樹さやかも帰ってきたか」

 

夜の見滝原市の電波塔で佇む円環のコトワリが両目を開き、金色の瞳を地上に向けていく。

 

向けられている方角とは鹿目まどかが暮らしてきた家の方角なのだ。

 

「いよいよ決着をつける時がきたようだな、悪魔よ。我を引き裂いてくれた報いを与えてやろう」

 

不敵な笑みを浮かべた円環のコトワリ神アラディアが背中の翼を羽ばたかせて上昇する。

 

背中と両足に備わった四枚翼の羽が地上に向けて舞い降り、次々と円環の魔法少女を顕現させる。

 

「これより我らは敵陣に突入する。汝らの奮戦に期待しよう」

 

地上に現れたのは数々の歴史の中で活躍してきた円環の魔法少女達の軍勢。

 

使い魔を打ち倒され偽街の子供達まで失った悪魔ほむらはこの数を迎え撃つことになるだろう。

 

その中には勿論さやかとなぎさの姿だってあるはずだ。

 

復讐心に燃えるさやかは円環のコトワリの使者として悪魔ほむらとの決着のために向かっていく。

 

「あたしはもう…個人の感情で正義は振るわない。法(LAW)の正義こそが正しかったんだよ」

 

美樹さやかは個人の自由(CHAOS)を捨て、宇宙の法(LAW)を掲げる者となった。

 

法の正義によって社会秩序が生まれ、その中でこそ人々は本物の正義によって守られる。

 

そう信じるようになったさやかはLAWの権化である天使と変わらない思想となってしまう。

 

純白のマントを纏うさやかの姿は数々の並行世界でLAWの僕となった人物達と重なってくる。

 

法の正義は確かに必要なものだ。

 

それがなければ美樹さやかのように私的な正義を振りかざす犯罪者が量産されるだけだろう。

 

それでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それをはき違えた時、人類は秩序の中身も考えずに盲従するだけのものとなってしまうだろう。

 

だからこそ人類には自由(CHAOS)もまた必要なのだ。

 

秩序に向けて自由に批判する権利を守るためにこそ、悪魔ほむらは戦ってくれる。

 

CHAOSを掲げる悪魔と、LAWを掲げる円環の使者達との戦いは激戦を深めていった。

 




原作さやかちゃんのホスト殺しは明確に否定されておりますので、僕の作品内でも人殺しにしないよう配慮しておきました。
クリスマスの夜だってのに…魔法少女に鬱展開しかプレゼント出来ないのが僕なのです(虚淵脳)


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252話 個人の尊厳

ミアズマの霧に覆われた見滝原市ではあるが、人々はそれを意識することは出来ない。

 

民衆にはいつも通りの景色だけが映っており、空を見上げれば日が沈む光景も認識出来るだろう。

 

しかしそれは偽りの空であり、大都市全体が巨大な霧のドームに覆われているのが現実だ。

 

そんな街で生きるまどかは抑えきれない不安を感じながら窓辺で夜の景色を見つめている。

 

「なんだろう……酷く落ち着かない。綺麗な星空なのに…なんだか凄く怖い気分になっちゃう…」

 

学校から帰ってきた彼女は学生服も着替えておらず、そのまま部屋から出ていく。

 

一階まで降りてくる彼女はいつもの景色に視線を向けながらも怖さが滲んできてしまうようだ。

 

「どうしてなの…?いつも通りの景色のはずなのに…なんだか…今にも消えてしまいそうな…」

 

不安でたまらない表情を浮かべていたがリビングで姉の姿を見つけた弟が近寄ってくる。

 

「ねーちゃ、どうしたの?へんなおかおだよ?」

 

まどかの手を引っ張ってくれる愛しい弟を見た彼女は肩膝をつきながら弟を抱きしめてくれる。

 

「ねーちゃ…?」

 

「ねぇ…たっくん。お姉ちゃんはここにいるよね…?たっくんは……わたしの弟なんだよね?」

 

「うん、そうだよ。ねーちゃはボクのねーちゃだよ?それがどうかしたの?」

 

不思議顔を向けてくるタツヤは純粋な気持ちのまま概念存在のために実の姉だと言ってくれる。

 

それは悪魔がもたらした惑わしに過ぎなくとも、心は張り裂けそうなぐらい愛しくなれるようだ。

 

「たっくん……ずっとわたしの弟でいてね。わたしのこと……ずっとお姉ちゃんだと言って……」

 

「へんなねーちゃ……だけど、うん!やくそくするからげんきだしてね!」

 

10歳も離れた小さな弟の目線に合うよう片膝をついたまま彼女は笑顔を浮かべてくれる。

 

目には薄っすらと涙が零れそうになっており、弟に気が付かれまいと彼女は玄関に向かっていく。

 

そんな娘の姿を台所から見ていた父親は彼女を追うようにして玄関に向かうのだ。

 

「まどか、どうしたんだい?」

 

家の庭まで父親が歩いてくると娘は家庭菜園の横で立ちながら自宅に視線を向けている。

 

毎日の生活をしてきた場所なのに彼女は見入るようにして我が家を見つめていたようだ。

 

「……ううん、何でもない。少し外の空気を吸いたくて……ママは今日も残業なの?」

 

「今晩は遅くなるって連絡がきたよ。新入社員の歓迎会に付き合わされるそうだから…」

 

「フフッ♪ベロベロに酔っぱらったママがまた遅い時間に玄関で倒れ込む姿が見えちゃうよね」

 

「今のご時世、誰が未知の病魔に感染してるか分からないってのに…仕事の付き合いは辛いね」

 

「そうだよね…本当に不安な世の中になっちゃったんだって…怖くなってくる…」

 

様子がおかしい娘の体が震えていることなら父親は分かっている。

 

眼鏡を指で押し上げた後、鹿目知久は心配そうな顔を娘に向けてくるのだ。

 

「それだけなのかい?タツヤと接してる時から…何かに怯えているように見えたんだけど?」

 

父親を演じてくれている存在であっても、彼は生前の父親だった存在。

 

娘であった鹿目まどかのことは誰よりも見てくれている者であり隠し通すことは出来ない。

 

困り顔を浮かべてしまうが、それでも自分を誰よりも見てくれる人物のために語ってくれる。

 

「パパは…困っている人達を見つけたけど、家族の面倒も見ないとならない時は…どうするの?」

 

「難しい質問だね…気持ちとしては助けてあげたいけど僕は万能ではない。家族を優先するかな」

 

「そっか…それが普通の考え方なんだね」

 

「だけどね、困っている人達を助けてあげて欲しいと他の人にお願いをするぐらいなら出来るよ」

 

「…他に助けられる人がいなかったら、どうするの?」

 

本当に追い込まれてしまった時、自分ならどうするのかと娘は父親に聞いてくる。

 

父としてどう答えればいいのか迷ってしまうが、娘にどんな父親を見せたいかは決まっている。

 

「…その時はその人達を助けるよ。家族に迷惑かけちゃうけど薄情な男の姿は見せたくないんだ」

 

「わたしも…同じことをすると思う。パパは同じ気持ちでいてくれたって分かって……嬉しいな」

 

「変なことを聞いてくるね?もしかして…友達が困っているような状況になっているのかな?」

 

それを問われたまどかは顔を俯けながら言葉を出してこない。

 

漠然とした記憶の世界ばかりが思い浮かぶだけで言葉に出来ず、上手く説明出来ないようだ。

 

「そうじゃないけど…その……上手く説明出来ないけど凄く怖い。それが直ぐそこまできてる…」

 

「まどか……」

 

「何が怖いのかも今は説明出来なくて……ごめんね。考えを纏めたいから少し散歩してくるね」

 

「近場なら構わないよ。人が大勢集まるところは感染が怖いし、近寄っちゃダメだからね」

 

父親は娘の背中を見送るように玄関に立ち、まどかは近くの公園へと散歩に向かう。

 

俯いたまま歩いていたが立ち止まり、後ろに振り返る。

 

自分の父を演じてくれている人物の横にはいつの間にかタツヤもきており手を振ってくれる。

 

娘を大事にしてくれる家族の姿を愛しく思う彼女は走り去るようにして駆けていく。

 

そんな彼女の姿を見守ってくれているのが世界を騙す詐欺師と呼ばれた優しい悪魔の姿なのだ。

 

「…どうしてなの?どうして貴女は…自分じゃなくて誰かのために生きようとしてしまうの?」

 

まどかの家を見下ろせるビルの屋上で佇むほむらの表情は悲しみに満ちている。

 

かつての世界だろうが今だろうが変わらず、鹿目まどかは誰かのために生きようとしてしまう。

 

「…彼女もまた個を喪失してしまった者じゃな。全体を優先するあまり自己犠牲を選んでしまう」

 

ほむらの横に立つクロノスは客観的な意見を語ってくれる。

 

「あの娘は周りが求めるいい子という概念そのものだ。だからこそ、全体に縛られる娘なのだ」

 

「それではダメ…あの子だってこの世に生まれてくれた子なのよ…幸せになる権利があるわ!!」

 

「それこそが混沌王殿が人権宣言を叫んだ時の精神でもある。やはり…お主らの心は同じじゃな」

 

「私は尚紀のような演説を行える程の優れた話術はないわ……だけど…だけど……」

 

「…彼女の元に行け。これが最後の説得になるやもしれん…自分の気持ちを正直に語るがいい」

 

迫りくるアラディアを前にしてクロノスはほむらのために自分が時間を稼ぐと言ってくれる。

 

そんな彼の気持ちが嬉しいのか、体を横に向けた彼女がクロノスの顔を見つめてくれる。

 

「やっぱり…貴方は私の最高の仲魔よ。私の旅路を最初から最後まで付き合ってくれた盾だもの」

 

「閣下の命令ではあったが…お前さんとの長い旅路も悪くなかった。終わりを全うしにいけ」

 

物事を最後までやり抜き、悔いのないまま一生を終えろと伝えてくれた彼女はビルを飛び降りる。

 

見送ってくれるクロノスは後ろに振り向き、商業区のランドマークタワーである電波塔を睨む。

 

「魔力を解放しおったな…ついに攻めてくるか。有象無象の鞄持ちもまとめて面倒をみてやろう」

 

右手にアダマスの鎌を生み出しながら右肩に担いだクロノスの背に白い翼が広がっていく。

 

時間という概念を支配する時間神として、まどかとほむらの最後の時間を守る者となってくれる。

 

「人の死期に現れるワシが鹿目まどかの死期を伸ばすために戦う…それもまた時間神の役目じゃ」

 

欧州の絵画では擬人化された死であるマカーブルと対を成す死の概念こそが時の翁である魔人。

 

しかし死という絶対的な力を抑止する存在こそが時間なのである。

 

死とは定められた時を全うした者にだけ行使することが許されるもの。

 

だからこそ鹿目まどかの人生の砂時計を守る者として、今は死すべき時ではないとするのだ。

 

「いくぞ…円環のコトワリ神。このクロノスの力を超えられるならば超えてみるがいい」

 

細目が開き暗い瞳孔を覗かせた瞬間、世界の時間は停止している。

 

それと同時に魔人の結界が広がっていきアラディアと円環の魔法少女達を飲み込んでいく。

 

受肉したため世界の法則に支配されるアラディアは抵抗することが出来ずに取り込まれてしまう。

 

魔人の結界の中でクロノスはアラディアが解き放った円環の軍勢を相手に奮戦してくれるだろう。

 

暁美ほむらの魔法盾として左腕に宿り続けてくれた悪魔は彼女と共に生きる道を選んだ者。

 

彼女の意思を守りぬく時間神として、魔法少女時代から変わらない守護者として戦ってくれた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

まどかが暮らす見滝原市の住宅区には大きな公園が整備されている。

 

公園の真ん中には大きな湖も整備されており、羽を休めた白鳥達も沢山浮かんでいるようだ。

 

普段は憩いの場として利用者が多いのだが今は未知の病魔が何処に潜んでいるか分からない時代。

 

夜の利用者は誰もおらず、まどかは独りぼっちで夜の公園を散歩していく。

 

「…怖い存在が直ぐそこまで近づいてきてる気がする。だけどわたしはそれを知ってるような…」

 

ミアズマの霧が立ち込める夜の公園の遊歩道を歩くまどかは胸を片手で抑え込む。

 

不安と恐怖心が抑え込めない彼女は居ても立っても居られないまま家を飛び出してしまう。

 

それは家族を演じてくれていた人達に危害が及ばないようにしたいと願う無意識の行動だった。

 

「神浜に行った時…わたしは願った。大事にしてくれる人がいる場所こそわたしの場所なのだと」

 

身近に迫った危険極まりない存在が今にも自分の命を終わらせにくる恐怖心を彼女は感じている。

 

なら逃げだすのが人としての行動だというものだろうが、彼女は迷いぬく様子を浮かべてしまう。

 

「だけど…わたしには大事な役目があったはず。それを放棄すれば大勢に迷惑をかけてしまう…」

 

大勢に迷惑をかけたくないという優しさのせいで彼女は自分の気持ちを押し殺していく。

 

逃げ出したい、人生を守りたいと思うのに恐ろしい存在を受け入れるべきだと理性が叫んでいる。

 

「わたしの心は何を望んでいるの…?幸福な今が大事なの…?それとも…それとも……」

 

円環のコトワリとの同調現象が激しく起き始める彼女は苦しみだし、両膝が崩れてしまう。

 

うずくまって両手を地面に置く彼女の両目が金色の色を帯びていく。

 

今にもアラディアに取り込まれてしまいそうな彼女は悪魔の呪いが解かれようとしている。

 

しかしそれを許さない者こそ、鹿目まどかの人生を守り抜きたい悪魔の優しさであったのだ。

 

<<まだダメよ!!!>>

 

親友の叫び声が聞こえてきた彼女が顔を上げてくれる。

 

「ほむらちゃん……?」

 

ミアズマの霧が漂う夜の公園に立っていたのは暁美ほむら。

 

鬼気迫る程の必死さを顔に浮かべる彼女が走ってきて片膝をつく。

 

両手をまどかの肩に置き、今にも泣きそうな表情を浮かべながら自分の気持ちを伝えてくれる。

 

「貴女には貴女の人生があるでしょ!!幸福を望みたい気持ちからどうして顔を背けるのよ!?」

 

「わたしは…その……」

 

「貴女だけが全ての人々の苦しみを背負う必要はないの!お願いだから…自分を大事にして!!」

 

目の前の親友は今のまどかの心の中に広がっている説明出来ない恐怖心に気が付いてくれている。

 

そう感じたまどかはほむらに相談してみたくなったようだ。

 

立たせてもらったまどかはほむらに連れられながら公園のベンチに腰を下ろす。

 

一緒に座ってくれるほむらにどう説明すればいいのか分からない表情を浮かべている。

 

未だに記憶封印が機能している彼女の代わりとして、ほむらがまどかにこんな話を持ち出すのだ。

 

「もう一年以上の付き合いになるんですもの…まどかがどういう人物なのかは学校で見てきたわ」

 

中学二年生の時期を共に生き抜くことが出来た友達のほむらとして彼女は語ってくれる。

 

鹿目まどかは平凡な中学生ではあるが、友達想いで心優しい性格の持ち主。

 

芯が強い性格であり、大人しく気弱そうに見えるが自分の望みを果たす勇気を示せる者。

 

だからこそ彼女は自分の優しさは大勢の人々のためにこそあるべきだと体現させてきた。

 

「まどかは本当に心が優しい子よ……だからこそ政治に詳しい嘉嶋さんの言葉を送ってあげる」

 

「尚紀さんの言葉……?」

 

悪魔ほむらは混沌王と呼ばれる人修羅の仲魔として彼からこんな言葉を送ってくれたことがある。

 

「嘉嶋さんから語られたことがあるの…まどかはね、()()()()()()()()()()()()()()娘なのだと」

 

「わたしが……自分の尊厳を大事にしていない?」

 

家に泊まり込みにきていたまどかを客観視してあげた人修羅は悪魔ほむらのために語っている。

 

まどかの思考そのものが全体ばかりを優先する道徳主義に陥った性格なのだと表現しているのだ。

 

個人として我慢する、我儘を言わない、自己抑制、自己犠牲、法や国や全体を優先してしまう。

 

自由(CHAOS)の価値を知らず、自己抑制や自己犠牲ばかりを美化し、国や全体に奉仕する。

 

それは国家主義、全体主義へと導く危険な洗脳状態であり秩序(LAW)に盲従した思考であった。

 

「彼はね…義務教育で学ばされる()()()()()だと忠告してくれた。まどかは道徳が好きでしょ?」

 

「道徳が危険…?そんなのおかしいよ!?道徳こそが人間の正しい生き方を教えてくれるのに!」

 

「道徳はね…社会科と違って子供達の思想、良心の自由に直接かかわるものなのよ」

 

内心の自由は国であっても侵害してはならないものだが、状況によっては圧し潰されてしまう。

 

全体奉仕こそが正しいと洗脳されてしまえば最後、それこそが人々の生きるべき道にされる。

 

自己犠牲こそ人間の正しさであって自分も御国や企業社会で生きる人々のために犠牲となるべき。

 

それではナチスや大日本帝国、ソ連等に従った愚民と何も変わらないと尚紀は語ってくれたのだ。

 

「道徳という外在的価値観がまどかの内面の支配構造を生む…だから貴女は犠牲になりたがる」

 

「そんなのってないよ…おかしいよ!だって…パパやママは私にいい子に成長して欲しいって…」

 

「まどか…貴女もテレビで見たはずでしょ?神浜人権宣言を叫んだ嘉嶋さんはなんて語ったの?」

 

「そ……それは……その……」

 

「迷惑をかけない人間なんて存在しない。だからこそ…彼は人間の尊厳を叫んでくれたはずよ」

 

嘉嶋尚紀が神浜人権宣言を行った時に叫んだ概念こそが自然権、天賦人権論。

 

生存権、自由権、幸福追求権などなど、人間が自由に生きてもいい権利を叫んでくれたはずだ。

 

「全ての人々は平等に作られている…だからこそ、まどかも個人の幸福を追求してもいいのよ」

 

「だけど…私はそれをしちゃったら…その……大勢に迷惑をかけちゃうと思うの……」

 

「嘉嶋さんはまどかに言ってくれたでしょ?神や悪魔でも…救えない存在はいるのだと」

 

「う……うん……」

 

「全てを救うことなんて神仏だろうが国家元首だろうが出来ないの。なのにまどかは出来るの?」

 

それを問われた時、ごく平凡な中学生として生きるまどかは反論することが出来ない。

 

魔女がいた世界で自分の無力さに打ちひしがれてしまった娘だからこそ己に目を向けられるのだ。

 

「人がいい子に育つよう学ばされる道徳は危険な思想なの。だからこそ彼は私に伝えてくれたわ」

 

「尚紀さんは…道徳が嫌いな人だったの?」

 

「いいえ、彼も道徳主義に陥った者。だから社会に道徳主義を築こうとして全体主義者となった」

 

「尚紀さんが…独裁者になっちゃったの…?」

 

「彼はその過ちを経験したからこそ…他の人にも同じ過ちを繰り返してほしくなかったのよ…」

 

絶対的な価値観を植え付けられた子供は他者にもそれを強要しようとするだろう。

 

それが多数を占める時、その価値観に納得できない少数者は否定され、排除され、敵視される。

 

考え、議論する道徳がこのような考えの下に行われた場合、()()()()()()()()()()()()()()()

 

だからこそ道徳を専門的に教える学校は()()()()()()()()()なのだと世界から罵倒されるのだ。

 

「わたし…人助けこそが人間の正しさだって信じてきた。それは……間違いだったの?」

 

「正しい道徳は個々人でもつべきよ。だけど他人の描く道徳の全てが正解なんかじゃないの」

 

「わたしだけがもつ…わたしだけの道徳の道…?」

 

「全てを救えなくても身近な人ぐらいは助けられる。それぐらいちっぽけな道徳でいいじゃない」

 

身近な人とは自分の住んでいる地域、国で暮らす国民を表すことも出来るだろう。

 

世界中の人々が道徳で救われるべきだとする共産主義ではなく、地域に限定した社会主義なのだ。

 

「まどかの身近にはいないの?貴女の帰りを待ってくれている…守りたい人達はいないの?」

 

その言葉は魔獣宇宙に放り出された暁美ほむらが見つけてしまった鹿目夫妻のためのもの。

 

娘を失いながら悲しみに浸る権利すら奪われた両親だった存在の辛さはほむらに焼き付いている。

 

鹿目夫妻のためにも、まどかを自己犠牲させる全体主義に落とし込むわけにはいかなかったのだ。

 

「わたしの身近にも…守りたい人はいるよ。だけどね…わたしは他の人達だって…守りたいの…」

 

「まどか……」

 

迷いを孕んだ顔を浮かべていたが、まどかはほむらに顔を向けてくれる。

 

その表情は自己犠牲こそが正しいのだと信じてしまう道徳主義者の決断が宿っている。

 

自分が救えなかった魔法少女達のために自己犠牲を選んだ和泉十七夜と同じに見えてくるだろう。

 

「わたしはね…正義の味方に憧れたの。こんなわたしでも…誰かの役に立ってみたい…」

 

魔法少女として誰かのために役に立てるのは、それはとっても嬉しいこと。

 

魔法少女時代のまどかが語った言葉であり、その言葉は今もなお彼女の心を縛り上げてしまう。

 

「わたしにはそれが出来る力があった気がする…。今はね…その力を身近に感じることが出来る」

 

ベンチから立ち上がったまどかが公園の中央に位置する湖の方にまで歩いていく。

 

湖を一望出来る場所で立ち止まった彼女は遠くの景色に視線を向ける。

 

その方角とは今もなお激戦が繰り広げられているクロノスの結界が敷かれた方角であった。

 

「こんな時代だからこそ誰かが救いにならないといけない。だったら…力があるわたしこそが…」

 

悪魔ほむらが取り戻してくれた人間としての幸福な人生。

 

それを手放してでも求めてしまうのは全体幸福を優先してしまう全体主義であり、自己犠牲精神。

 

鹿目まどかの余りにも深い愛情こそが身近な人々を超えた全ての人々に救いを与えようとする。

 

その道こそかつての尚紀の道でもあるからこそ、子供のまどかに背負わせたくはないのだ。

 

だからこそ彼は悪魔ほむらに自分の思いを託し、託された者だからこそほむらは譲れない。

 

アラディアを呼び寄せようとするかの如く両腕を広げていくまどかであったが驚きの声を出す。

 

「ほむらちゃん!?」

 

まどかが感じたのは背中に抱き着かれた感触。

 

自分の全てを出し切ってでも愛する人を止めたいと願う愛を示す者の姿がそこにはあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

湖の白鳥達が夜空に向かって飛び立っていく。

 

白鳥の羽が舞う中で佇むのは何も知らない白鳥になる呪いを与えられた少女と呪いを与えた悪魔。

 

背中から抱き着く悪魔少女は両手でギュッと締め付けてきて放してはくれない。

 

その姿はまるで行かないでと叫ぶ孤独な少女のようにも見えてくるだろう。

 

「私ね……子供の頃に夢見ていたものがあるの」

 

「えっと……それは何なの?」

 

「魔法使いになって…苦しみ続ける人達を救える力にしてみたいって…思い描いたの……」

 

その思いはきっと契約の天使から契約を持ち掛けられた魔法少女達が抱いただろう夢の形。

 

「だけどね……ダメだった。どれだけ闇を砕く力を求めても……愛する人を救う力になれない」

 

どれだけ願っても、どれだけ戦っても、愛する人を守れない。

 

本当の笑顔を浮かべてくれる愛する人と出会いたいのに出会えない。

 

いつしか自分は出口のない迷路に迷い込んだ者のように成り果ててしまう。

 

「戦い抜いても愛する人を守れない……だからね…魔法の力なんてちっぽけなのよ……」

 

いつしか彼女は誰かのために戦うことを捨ててしまう。

 

誰かに縋りつこうとしたって彼女は悪者にされるだけだったし、愛する人とも心がすれ違う。

 

だからこそ誰かのためではない、自分のためにこそ戦う。

 

その果てにあったのは愛した人の自己犠牲だけだった。

 

それが今度も繰り返されようとしているからこそ止めたいのだ。

 

「何かになろうとなんてしなくていい…魔法の力なんてあってもね…私も貴女も無力なのよ…」

 

「だから自分のためだけに生きるのが正解なの?自分と周りの人達だけ良ければそれでいいの?」

 

「全てを救う力なんて誰も手に入らない。全てを背負うだなんて……己惚れた傲慢だったのよ」

 

「だ、だけど…わたしの力はみんなのためにこそあるの!わたしはみんなを守るために……」

 

道徳こそが絶対的に正しいと洗脳されてきた鹿目まどかだからこそ意固地な感情を見せ始める。

 

彼女は道徳こそが人間の正しい道なのだと一生懸命努力してきた。

 

努力すればするほど悪循環に陥っていく心理は人間ならば誰でももつもの。

 

それでも悪魔ほむらは鹿目まどかの生き方を批判してくれる。

 

たとえ大切な親友から嫌われようとも、出過ぎた杭のように打ちのめされようとも譲れない。

 

彼女の両肩を掴んで無理やり後ろに振り向かせるほむらはまどかにためにこそ叫んでくれるのだ。

 

「貴女の力で誰かを守れても……()()()()()()()()()()()()じゃない!!!」

 

涙を流しながら叫ぶ言葉がまどかの心に深く突き刺さったのか、意固地だった態度が消えていく。

 

「貴女が誰かを救ったって!誰かは貴女を救ってくれない!どんな献身にも見返りはないの!!」

 

「わ……わたし……」

 

「貴女は都合がいい存在として大勢に使い潰されて終わりなの!!だから自分を大切にして!!」

 

自分の全てをさらけ出してでもまどかを止めたい。

 

今の悪魔ほむらならば彼女に忠告を残した新田勇のコトワリ理念を受け入れられるだろう。

 

「他に選びようがあるのに一つの事に拘る必要はない!自分を大切にする利己主義を望んで!!」

 

「わたしの……利己主義……?」

 

「私達だけで支え合いながら……面白おかしく生きていければそれでいいじゃない!!」

 

新田勇だけでなく佐倉杏子の気持ちとも共通する叫びを上げてしまう。

 

利己主義とは本当に悪だったのだろうか?

 

その答えなら、道徳主義者であるまどかはこう答えるだろう。

 

「……ううん、違うよ」

 

拒絶とも思える言葉を出してくるまどかが肩を掴んだ手をゆっくりと払い除けてくる。

 

「わたし達だけで生きていけるほど甘くはないよ。わたし達は…大勢の人達に支えられてきたの」

 

人類文明の歴史の影で数多の魔法少女達は生まれてきた。

 

少女達は救いを求めて祈りを捧げ、その命を使い果たしてくれた。

 

それによって歴史を動かし、人類を育てるための自己犠牲となってくれた者達がいてくれた。

 

尚紀と同じ社会主義を掲げるまどかは自分達だけ楽しければそれでいいとは言えない者なのだ。

 

「独りぼっちになりたくないけどわたしの中には世界を支えた人達がいてくれる…皆が待ってる」

 

その言葉を呟いた瞬間、白鳥の呪いが解ける程の衝撃が鹿目まどかに襲い掛かる。

 

「ま……まどか……?」

 

周囲が宇宙の如き異界と化し、彼女の両目も金色の瞳となっていく。

 

「わたし……思い出せてきた。どうしてわたしは……こんな大切なことを……」

 

宙に浮かび上がっていく彼女に目掛けて最後の抵抗とばかりにほむらが抱き着いてくる。

 

抱きしめる彼女は自分の顔の横にいるまどかのために、最後の質問を行うようだ。

 

「……鹿目まどか。貴女は自分の人生が貴いと思う?家族や友達を……大切にしてる?」

 

「……うん。だけどね…私はその人達を含めて守る者になりたいの」

 

「…やっぱり貴女は()()()L()A()W()()()()()()?個人の尊厳を貫く自由(CHAOS)は選ばないの?」

 

「……うん。わたしは……秩序の方が大切だって……思うかな」

 

「だったら……私と貴女は敵同士になるしか……ないのかもしれない」

 

「ほむらちゃん……わ…わたし……」

 

抱きしめる彼女の鼓動を張り裂けんばかりに感じてしまうまどかも両手を背中に回してくれる。

 

全ての記憶を思い出しかけているまどかではあるが、騙されてきた今までの時間は愛しいもの。

 

たとえ世界を騙す詐欺師であろうとも、彼女をそこまで追い込んでしまった原因は他にある。

 

だからこそまどかはほむらと戦い合う関係にはなりたくないと願ってしまう。

 

その気持ちが表れれるかのようにして2人が抱きしめ合う一時が続いていた時だった。

 

<<ようやく再会出来たようだな……我を引き裂いた悪魔よ>>

 

悪魔ほむらの存在を全否定するかの如き恐ろしさが宿った声が上空から響いてくる。

 

その声は目の前のまどかの声であり、その顔もまどかそのもの。

 

まるでまどかから呪われているような恐ろしさを感じさせる存在を2人は見上げていく。

 

目が大きく見開いてしまう鹿目まどかは鏡を見ているような気分を感じているようだ。

 

「わ……わたしなの……?」

 

宇宙を飲み込む程の膨大な魔力を放出させる純白のドレスを纏う光の女神が宙に浮いている。

 

まどかの顔を持ちながらも機械のように無機質、その心は逆らう者には天罰を下す慈悲の無さ。

 

それが表れたかの如く右手で頭部を掴まれていたのはボロボロの姿にされたクロノスだった。

 

「クロノス!!?」

 

翼を羽ばたかせながら浮いている女神が燃えないゴミを捨てるかのようにして地上に投げ捨てる。

 

地面に倒れ込んだクロノスは虫の息であり、かすれた声を出す。

 

「す……すまん……小娘。やはり神霊は侮れん……時間神の力であっても……通用しなかった」

 

駆け寄ってきたほむらがクロノスの上半身を抱き起しながら周囲を睨みつける。

 

既に公園は円環の軍勢に完全包囲されており逃げ出す隙間もない布陣が敷かれているようだ。

 

「我の半身を返してもらおう。そして…我を引き裂いてくれた礼はたっぷりと体に刻み込もう」

 

楽には殺さないと宣言してくる円環のコトワリ神の意思を実行する者達が近寄ってくる。

 

「美樹さやか…百江なぎさ……貴女達の呪縛も破られていたというわけね」

 

近寄ってくる円環の魔法少女達の中にはさやかとなぎさの姿もいる。

 

憎しみの感情を爆発させてくる者達が魔法武器を生み出す中、クロノスが声をかけてくる。

 

「ワシはまだやれるぞ……時間神としての誇りにかけて……グゥ!!」

 

「無理をしないで!!動ける体じゃないわよ!!」

 

「仕方ない……ワシは魔法盾に戻らせてもらう。残された力を使うにしても…三度が限界じゃ」

 

「時間停止は三回しか使えないというわけね…分かった、それで戦い抜いて見せる」

 

「強き者よ…お前さんが何を望もうとも、自由には責任が伴う。だからこそ…誰よりも強く在れ」

 

ボロボロの体のまま光を放ち、学生服姿のほむらの左腕に宿ってくれる。

 

立ち上がった彼女が左腕を掲げる姿こそ、鹿目まどかを守り抜く意思を示す最強の盾。

 

「たとえ貴女にとっては間違いであったとしても……私に貴女を守らせて、まどか」

 

たとえ魔法少女でなくなろうとも、悪魔になろうとも暁美ほむらは鹿目まどかを守る者。

 

自分の原点を決して捨てない者は命を懸けた戦いを始めていくだろう。

 

絶対に勝てない戦いなど何百回でも続けてこれた。

 

その道こそがまどかを救いたい自分の気持ちを貫く愛の道なのだと信じた者に迷いはない。

 

「悪魔の力を解放するか?ところで、ここは結界世界ではないようなのだが…構わないのか?」

 

「人間の盾を使う気?それ程までの力があるというのに…臆病風にでも吹かれたのかしら?」

 

「貴様を直々に葬りたいという者達の意向を汲み取ってやった。我への忠義を示す機会だ」

 

「そういうわけだよ、転校生」

 

「よくもなぎさ達を騙してくれやがったのです!懲らしめてやるのです!!」

 

戦闘態勢を行う円環の魔法少女達に向けて暁美ほむらは守護者としての姿を解放する。

 

その姿は悪魔の姿ではなく魔法少女の衣服を纏う悪魔の姿。

 

この姿こそが彼女の原点であり、まどかを守る者としての意思を体現してきた守護者なのだ。

 

「あたし達なんて悪魔になる必要すらないってこと…?調子に乗ってんじゃないわよ!!」

 

「何とでも言えばいい……さぁ、全員まとめてかかってきなさい!!」

 

ほむらの叫びと共に一斉に飛び掛かってくる円環の手練れ魔法少女達。

 

暁美ほむらの願いが込められた銀の庭はついに崩壊を迎えることとなってしまった。

 

優しい嘘であろうと他人を騙して許されるはずがないと怒る者は容赦ない攻撃を与えようとする。

 

それでも嘘が人を救うこともあるだろう。

 

気持ちがいい嘘に騙されていた方が幸せなことだってあるだろう。

 

それこそが悪魔達が用いてきた詐術であり、悪魔の庭を築き上げる手口であった。

 




バトルシーンは浮かんでくれるのにそこにまで持って行くお膳立ての繋ぎ部分が思いつかないってのは物書きあるあるですよね?(汗)
遅くなりましたが、ようやく悪魔ほむらVS円環のコトワリのバトルを次から描いていきますね。


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253話 白鳥の侍女達の戦い

何も知らない白鳥にされた鹿目まどかと瓜二つの顔を持つ、黒き心をもつ女神がついに現れた。

 

彼女はお供を務める円環の軍勢を解き放ち、まどかを守ろうとする悪魔少女を滅ぼしにかかる。

 

その光景はまるで白鳥のお供であった白鳥の侍女達に襲われているような光景に見えるだろう。

 

侍女達は白鳥の王女に仕えていた者達であるが悪魔の魔法によって本来の姿を歪められた者達。

 

彼女達も悪魔の呪縛で惑わされたため、悪魔に対して強い憤りを宿していたのだ。

 

「逃がさないよ!!」

 

商業区ビルの屋上を飛び越えながら逃げるほむらに対して円環の魔法少女達は追撃を行っている。

 

青白く光る楽譜の道を伸ばしながらサーフィンのような高速移動をさやか達は行っていく。

 

「ついて来なさい!!」

 

逃げ続けるほむらは人間社会に危害が及ばない場所まで誘導しながら戦おうとしているようだ。

 

「逃げ足の速い奴なのです!!やっぱり時間を操れる力は侮れねーのです!!」

 

アラディア達に包囲されたまま襲われそうになった時、一回目の時間停止を彼女は行使している。

 

時間が停止した世界でまどかを連れながら包囲網を突破して逃げているというのだろう。

 

(アラディアからまどかを遠ざけるために私の家まで運んだけど…時間稼ぎにもならない…)

 

孤軍奮闘するしかないほむらの相手は円環の軍勢が行い、アラディアは悠々とまどかを奪える。

 

絶体絶命の状況であるのだがアラディアの魔力は公園の場所から動いていないと分かっている。

 

(まどかはいつでも奪い取れると高みの見物を行うつもりね…だったら、大人しくしてなさい!)

 

人修羅達が到着するまで時間稼ぎを行うため、彼女はひび割れた魔法盾に手を伸ばす。

 

取り出した武器とは小銃型支援火器であり、射撃精度の高い小型の分隊支援火器で応戦を行う。

 

高層ビルから跳躍と同時に後ろに振り向き、ドラムマガジンを装備した銃の猛火が噴き上がる。

 

「悪魔の力を使ってきなさいよ!!この程度であたし達は止められないわよ!!」

 

ビルの下側から迫りくる猛火に対してさやかは楽譜の道を滑りながら急降下攻撃を仕掛ける。

 

剣で次々と弾丸を切り払いながらほむらを追ってくるのは他の円環魔法少女達も同じのようだ。

 

(使いたくても使えないのよ……)

 

悪魔ほむらの力はあまりにも強大であり、下手に街中で使えば甚大な被害をもたらしてしまう。

 

それに今まで宇宙を覆う結界構築を続けていたため膨大な魔力を消費している。

 

休めば魔力が自然回復する悪魔の体であっても毎日の負担によって魔力も残り僅かであった。

 

「手加減して勝てる相手ではない……それでも尚紀達が到着するまで持ちこたえてみせるわ!!」

 

地上に向けて落下しながら射撃を繰り返すほむらに対して楽譜の道が一気に伸びていく。

 

両側にまで伸びた楽譜の道を滑りながら武器を構えるのは北欧の歴史に名を残す魔法少女達。

 

「行くわよ!姉さん!!」

 

「合わせるわ!ガンヒルト!!」

 

金髪の長髪をもつ北欧のヴァルキリーを思わせる姿をした円環の魔法少女が跳躍する。

 

狼の毛皮のようなマントを纏う二本角の黒髪少女も同時に跳躍。

 

彼女達がもつ巨大なランスと二刀流の斧の攻撃が両サイドから迫る中、ほむらが動く。

 

残り少ない魔力を解放して侵食する黒き翼を解放しながら一気に飛翔を行う。

 

戦闘機の空中戦闘機動のように攻撃を回避された北欧の魔法少女達は楽譜の道に着地する。

 

「「逃がさない!!」」

 

「勿論だよ!行こうオルガさん!ガンヒルトさん!!」

 

円環の力を取り戻したさやかが強大な魔力を操り楽譜の道のスピードを一気に加速させる。

 

高層ビルが立ち並ぶ商業区の空をまるでドッグファイトを繰り返すようにして互いが飛び交う。

 

結界世界ではないため人間達に目視される危険も考えられるが道行く者達は気が付いていない。

 

ミアズマの幻惑魔法によって惑わされた者達は彼女達の姿を認識出来ないようだ。

 

「振り切れない…!!あれが円環の力を取り戻した美樹さやかの実力だったのね…」

 

後方から高速で迫りくる楽譜の道で武器を構える魔法少女達に向けてほむらは魔法盾を掲げる。

 

侵食する黒き翼を後方にばら撒けば街に甚大な被害をもたらしてしまう。

 

だからこそ威力を抑えた兵器を用いた反撃を行うしかないようだ。

 

「くらいなさい!!」

 

ほむらの周囲に複数の光が浮かび、中から飛び出したのは空対空ミサイル。

 

殺すつもりで攻撃を仕掛けなければこちらがやられると判断したほむらの攻撃が迫りくる。

 

「なぎさに任せるのですーーっ!!」

 

8発の69式空対空誘導弾が迫る中、側面から伸びる楽譜の道にはなぎさの姿が立つ。

 

その顔は死神を彷彿とさせるピエロのように白い肌であり、彼女は魔女の力を纏っているのだ。

 

空対空ミサイルとすれ違うようにして楽譜の道が通り超えると8発のミサイルが消えている。

 

通り超えたなぎさの手には丸盆が持たれており、ケースの中には小さくなったミサイルが並ぶ。

 

なぎさは一瞬を用いて魔女の力の一つである敵を小型化させて拘束する力を発揮したのだ。

 

「こんな物騒なもんを街中でぶっ放すんじゃねーのです!!」

 

ピエロ顔に隠されていた鋭いギザギザの歯を開きながら彼女は丸盆の上のミサイルを喰らう。

 

常軌を逸脱した行為であるが百江なぎさから生まれた魔女はあらゆるものを喰らえる存在。

 

しかし内部からの攻撃には弱いという弱点を抱えていたのをすっかり忘れていたようだ。

 

「ぐっ!?べっ!?ぼっ!?ぶっ!?ばっ!?アバババババババーーーーッッ!!?」

 

口の中で次々と爆発したミサイルのケミカルな刺激に耐えられずになぎさは口を開けてしまう。

 

グルグル目のまま黒煙を吐き出す口の中の歯は爆発に耐えられずにひび割れていたようであった。

 

「ゲフッ……なぎさはまたやらかしてしまったのです。グヌヌ!!もう怒ったのですよ!!」

 

なぎさが立つ楽譜の道が急旋回を行いながらほむらを追撃。

 

激おこぷんぷん丸と化したなぎさが大きく口を開き、内部から巨大な魔女が伸び出てくる。

 

まるで恵方巻きを彷彿とさせる巨大な人面蛇がギザギザの歯を剥き出しにしながら迫りくる。

 

「チッ!!」

 

後方から迫りくる巨大な魔女の噛み付き攻撃を右に左にと旋回を繰り返して回避していく。

 

なぎさの魔女を倒したほむらは弱点を知っているため再び魔法の盾を掲げようとする。

 

だがほむらの左腕に絡みついたのは側面から投げられた鎖分銅の一撃だった。

 

「これが泰党の合わせ技だ!!」

 

楽譜の道にはマミの前に現れた千鶴が立っており、魔力を全開にしながら鎖分銅を振りぬく。

 

高速で飛んでいるほむらの体勢が崩れ、側面の高層ビルにまで誘導されながら叩きつけられる。

 

「アァァァァーーーーッッ!!!」

 

中で働く人々を犠牲にしないためにほむらは翼を消失させたため勢いを止めることは出来ない。

 

高層ビルの窓ガラスを砕いた彼女の体はオフィス空間を通り抜け、隣の窓ガラスを突き破る。

 

空中に放り出されたほむらに追撃を行うのは上空から迫りくる水名露の一撃。

 

「私と千鶴は二振りの刃!!明鏡止水の幾太刀……受けてみなさい!!」

 

左手の鞘から刀を抜刀しながら放つのはマギア魔法ともいえる居合剣技。

 

落下状態で無防備な姿を晒すほむらに目掛けて戦国の魔法少女が放つ必殺の一撃が迫りくる。

 

「そうはさせない!!」

 

危機的状況を打開するためにほむらは魔法盾を掲げながら二回目になる時間停止を行使する。

 

時間が静止した世界で魔法盾から取り出して投げ放ったのは複数の閃光手榴弾。

 

続けて素早く抜いたのは小銃型支援火器のM27IARであり狙いを手榴弾に向け引き金を引く。

 

露の目の前に投げられた閃光手榴弾を銃弾が貫いた瞬間に時間が動き出し眩い閃光が起こるのだ。

 

「くっ!!?」

 

マギア魔法の一撃を止めたほむらは体勢を一回転させながら隣の高層ビルの屋上に着地する。

 

しかし彼女を包囲するかの如く青白く光る楽譜が屋上を囲むようにして伸びてきたようだ。

 

「軍隊の指揮官というよりは…オーケストラの指揮者に見えてくるわね、美樹さやか」

 

ほむらが立つ屋上の上空には楽譜の道の上で剣を指揮者のように振っているさやかの姿。

 

彼女は戦闘機のように高速で飛ぶほむらの動きを把握しながら楽譜の道を魔力で操っている。

 

さやかの援護があってこその魔法少女達の連携攻撃であり、指揮者の如き働きぶりなのだ。

 

剣を振るのをやめた彼女は鋭い目つきのままほむらに向けて剣の先端を振りかざす。

 

「あんたはやっぱり悪魔だった…!あたし達を惑わし、宇宙の秩序を壊そうとした!!」

 

さやかの怒りに呼応するようにして4人の魔法少女達がほむらが立つ屋上に飛び降りてくる。

 

魔法武器をほむらに向けてくるのはオルガ、ガンヒルト、水名露、千鶴。

 

ほむらは取り囲む魔法少女達に視線を向けた後、見下ろしてくるさやかとなぎさを睨み返す。

 

自由を行使する者には責任が伴うもの。

 

自由の体現者であるほむらは悪魔として、その代償を支払う時がきたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

睨み合う悪魔と魔法少女達。

 

張り詰めた空気が支配する中、さやかは騙されてきた者としての怒りを叩きつけようとする。

 

「あんたは円環のコトワリの一部をもぎ取っていった…魔法少女の希望だった救済の力を!!」

 

「私が奪ったのはほんの断片でしかない。その証拠に円環の救済行為は続けてこれたはずよ」

 

「そんな問題じゃない!救済を望んだまどかの気持ちを…あんたは踏みにじったんだ!」

 

「なら聞かせてくれる?まどかは数多の魔法少女を救えたけど…あの子自身はどうなのよ?」

 

「まどか自身……?」

 

「あの子は円環のコトワリという概念存在になれはした……だけど人間としての人生を失った」

 

正義の味方として全体に奉仕することこそが人間の幸せなのかとほむらはさやかに問いかける。

 

負の潔癖主義者であるさやかもまたまどかと同じく道徳主義者であるからこそこう返すのだ。

 

「あたし達は正義を求めた魔法少女だよ!大勢の人達を助けるために生きてきたんだよ!!」

 

「正義の味方として大勢を助けられたって…貴女は貴女を救えたの?」

 

数多の世界を見てきたほむらの言葉は数多の世界の記憶を取り戻したさやかには伝わるはずだ。

 

「そ……それは……」

 

大好きな上条恭介の腕を治すためだけに美樹さやかは奇跡を願い、魔法少女になった。

 

先輩である巴マミの生き方こそ魔法少女の正しさだと信じ、正義の味方になろうとした。

 

なのに魔法少女の真実と理不尽な運命だけを与えられた美樹さやかは絶望の末路を遂げるのだ。

 

「正義の味方として全体に奉仕する…この危険性を尚紀は私に伝えてくれたことがあるの」

 

「尚紀さんが…正義の味方の危険性を語ったことがあるの…?」

 

「貴女だって神浜に行った時に語られたはずよ。尚紀がどんな事をしようとしたのか思い出して」

 

魔法少女の虐殺者として生きた尚紀の末路がどのようになったのかなら聞かされている。

 

それでもその時のさやかは尚紀が行ったことを間違いであったとは認められない者だった。

 

「尚紀さんは正しいって…あたしは今でも言える!魔法少女は全体を守るためにあるべきだよ!」

 

「正義を求めた尚紀が行ったのは全体主義独裁社会を築き上げること。それは戦前回帰なのよ」

 

「戦前回帰…?」

 

「貴女も歴史の授業で習ったはずでしょ?大日本帝国時代の日本がどんな地獄か思い出せない?」

 

全体主義というファシズムを振りかざした時代の日本に個人の幸福など存在しなかった。

 

ファシズム国家のもとではイデオロギーが強調され、国という全体に絶対服従させられた。

 

国家利益が優先されて国民の人権や自由は奪われ、逆らう者は政治犯として連行されていった。

 

その末路は御国のために死にに行けと若者達を大勢死なせ、国まで焼き尽くす末路である。

 

「全体を優先した結果…日本人は大勢死に、残された者すら飢えに飢えた。重ならないかしら?」

 

「何に重なるっていうのよ…?」

 

「全体のために死にに行かされたまどかの姿は…戦前の日本人と重ならないのかと聞いてるの!」

 

「それは……その……」

 

「尚紀は魔法少女を()()()()()()()()()()()()!ファシズムを実行した時代の日本と同じく!!」

 

ようやく尚紀がどんな恐ろしい事をしようとしたのか理解出来た者の顔が真っ青になっていく。

 

さやかとて歴史の授業で大日本帝国時代の恐ろしさは勉強しており、うろ覚えだが知っている。

 

正義という全体利益、全体主義の恐ろしさを勉強してきたはずなのに気が付けなかった。

 

「いい加減気が付きなさいよ!正義という概念は娯楽で描かれる痛快なモノじゃないって!!」

 

「そ……そんなこと……」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ!こんな呪われた正義の味方をしたいの!?」

 

ほむらの言葉はまどかやさやか達だけでなく、歴史の中で戦ってきた魔法少女達にも言えること。

 

彼女の言葉によって皆が動揺を浮かべてしまう。

 

彼女達もまた全体利益という正義のために命を散らすことが正しいと洗脳されてきた者達。

 

だからこそ、その人生は戦前の愚かな日本人達と同じでしかないのだ。

 

「戦前の子供を失った親達の苦しさを…まどかの家族に背負わせたくない!貴女はどうなの!?」

 

「パパ……ママ……」

 

「貴女だって家族がいるでしょ!その人達の苦しみを考えてあげて!過ちを繰り返してはダメ!」

 

人助けは尊いもの。

 

それがいつの間にか御国の救済だの魔法少女民族の救済だのとファシズムにすり替わってしまう。

 

だからこそ暁美ほむらは全体を優先するばかりの正義の味方とやらに言葉を送ってくれた。

 

全てを救えなくても身近な人ぐらいは助けられる。

 

それぐらいちっぽけな道徳でいいのだと。

 

「さ…さやか……?」

 

難しくて分からない表情を浮かべる百江なぎさがさやかの楽譜の上に飛び乗り顔を覗き込む。

 

俯いたまま震えぬくさやかは信じてきた正義が音を立てて崩れていく苦しみを感じている。

 

数多の世界で生きた美樹さやかの集合体である円環のさやかだからこそ、生前の自分に縛られる。

 

正義のために魔女と戦い、正義を信じて親友を救って命を終わらせた末路に悔いはない。

 

そんな風に自分の過ちを正当化してしまうのは彼女が必死になって努力した証でもあった。

 

「……認めない。認めてなんて……やるもんかぁ!!!」

 

顔を上げたさやかの表情は怒りの感情で満ちている。

 

「あたしはもう…個人の感情を優先しない!法の正義こそが正しいんだと決めたんだ!!」

 

「目を覚ましなさいよ!!法だの正義だの…どうして貴女は全体ばかりを求めてしまうの!?」

 

「それが全体を救う唯一の正義だからだよ!個人の感情を優先したからあたしは…あたしは…!」

 

さやかの脳裏に巡るのは浅慮過ぎる正義を振りかざし無実の男を殺す幻惑を経験させられた記憶。

 

「個人の自由こそが間違いだよ!!だからこそ…それを縛る宇宙の法が絶対的に正しいの!!」

 

「法は皆の同意で成り立つものよ!貴女はまどかを犠牲にする事に同意するって言いたいの!?」

 

「黙れ!!悪魔の惑わしなんかにもう付き合わない!あたしは宇宙の法を守る守護者となる!!」

 

大日本帝国時代の法に従って御国のために死にに行った愚民もまた法(LAW)に盲従した者達。

 

法とは誰のためにあるものなのか?

 

神のため?皇帝のため?祖国のため?民族のため?独裁者のため?理想的なイデオロギーのため?

 

そんなものではないと暁美ほむらは知っているだろう。

 

だからこそ法(LAW)に盲従する愚か者を止めるため、自由(CHAOS)の使者になるのだ。

 

「法に盲従する道を選ぶのね…だったら私は…法に盲従する連中を批判する自由を行使するわ!」

 

努力すればするほど悪循環に陥り、人間は意固地になる生き物。

 

人修羅や七海やちよ達も経験した立場固定という心理バイアスに蝕まれた者を止めるために戦う。

 

その気持ちは魔法少女の虐殺者だった尚紀を止めるために命を懸けた悪魔と同じ気持ちのはずだ。

 

そして今、ほむらと同じ気持ちを宿してくれている者達が近くにいてくれる。

 

「私……間違っていた。私は…正義の味方という概念に盲従していただけだった…」

 

ほむら達が立つ屋上が見える横のビルの屋上で立っていたのはマミと杏子。

 

ほむらの切実な気持ちがこもった叫びはここまで届いており、巴マミの心に深く響いている。

 

「家族を失ったから誰かの救いになりたい。その気持ちはな…誰かに必要とされたい気持ちだよ」

 

「私は…美樹さんに必要とされたかったから…彼女に正義の味方という概念を刷り込んだのね…」

 

「あたしの家族も同じ…大勢を救いたいって気持ちはな…大勢から必要とされたい気持ちなのさ」

 

「私のせいで…美樹さんを自己犠牲させてしまったわ。私は…罪人でしかなかったのよ…」

 

「自分と向かい合って過ちを認められるならやり直せるさ。失敗は終わりなんかじゃねーよ」

 

「本当に難しいわね…自分と向き合うのって。だからこそ、私は暁美さんの味方がしたいわ」

 

「あたしも同じ気持ちだよ。ほむらと一緒に戦うのは…黙示録の騎士と戦った時以来か」

 

杏子とマミの記憶操作は既に解けている。

 

さやかとなぎさという大切な親友を失うショックが原因となり悪魔の呪縛から解脱していたのだ。

 

「これからはもう…正義の味方とは名乗らない。私は私であればいい…皆と一緒に生きたいわ」

 

「へっ♪マミもやっと利己主義の大切さを理解してくれたか。ようやく分かり合えた気がするよ」

 

「フフッ♪この気持ちにもっと早く気が付いていたら…私達は魔法少女コンビのままだったわね」

 

「今からでもやり直せるさ。そのためにこそ、あたし達はもう一度ほむらと組むんだ!!」

 

自分達が信じてきた正義の味方という概念に盲従する者達が自分の正義を懸けて挑んでくる。

 

その光景は女性の解放を信じて正義を振りかざしたフェミニスト魔法少女と同じ心理だろう。

 

だからこそ正義に盲従する者達を批判して止めるためにこそ戦う少数者達がいてくれる。

 

エンタメのように分かり易い正義になびかない者達は敵視され、悪魔の如く悪者にされるだろう。

 

それでも正義という全体思想に気持ちよく騙され続けたい者達を止めなければならないのだ。

 

愚者は失敗という経験を積まなければ学べないとドイツ初代宰相ビスマルクは言葉を残す。

 

失敗してからでは遅過ぎるからこそ、歴史から学んだ者達は戦ってくれるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「さやかもまどかも間違ってはいない!!私達魔法少女は戦って死ぬために生きてきたわ!!」

 

迷いを孕んだオルガに代わり二刀流の大斧を構えたままガンヒルトが迫ってくる。

 

彼女は魔法少女として生きた時代において姉のオルガの夢を叶えるために命を投げ捨てた者。

 

北欧神話が大好きな姉のためにヴァイキング達を率いて勢力拡大を続けてきた。

 

その果てにあったのはヴァイキング魔法少女の名に恥じない凄惨な死。

 

それは本当に姉のオルガの望みであったのだろうか?

 

「私は姉さんの望みを果たすために戦い抜いた!それは姉さんに名誉をもたらしたいため!!」

 

迎え撃つほむらが銃を構えようとするが上空から迫る飛来物がガンヒルトの前に落ちてくる。

 

「なにっ!?」

 

「こ……これは杏子の槍?」

 

横一列に並んで刺さった槍から赤い鎖が伸びて編み込み結界を構築しながら障壁となる。

 

<<名誉なんてもんはな、自分の過ちに目を向けられない臆病者の言い訳なのさ>>

 

上空から飛来してきたのは魔法少女姿の佐倉杏子。

 

驚きの表情を浮かべるほむらに振り向き、右手に持ったスティック菓子に噛り付く。

 

「今まであたし達を騙していた件については後で話す。今はこいつらを止めるのが先だ」

 

槍を回転させながら刃をガンヒルトに向け、ここから先は通さないとほむらを守ってくれる。

 

行く手を遮られた円環の魔法少女に代わり水名露が抜刀しながらほむらに攻撃を行いに来る。

 

「私は戦国武将の娘として生きてきた!御家という全体を優先する在り方こそ侍の生き様よ!」

 

しかし彼女に襲い掛かるのは上空から撃ち込まれた銃弾の雨。

 

露の周囲に放たれた銃弾から魔法のリボンが生み出され、拘束攻撃を行うのだ。

 

<<私達日本人は侍という民族アイデンティティから抜け出せないから過ちを繰り返すのね…>>

 

上空から一回転しながら着地したのは魔法少女姿の巴マミ。

 

着地と同時にマスケット銃を二丁生み出し露と千鶴に狙いをつける。

 

「話は後にしましょう。今は美樹さんやなぎさちゃん達を止めることが先決なのだから」

 

「杏子…巴マミ…どうやら貴女達にかけた記憶操作魔法は消えてしまったようね…」

 

「騙していたとしても貴女は私と佐倉さんの仲間なのよ。3人で魔獣と戦ってきた仲じゃない?」

 

「そういうこった。自分独りで背負い込まずに少しは仲間達を信用しろってことさ」

 

ほむらに顔を向ける杏子とマミの表情には慈悲深い微笑みが浮かんでくれている。

 

たとえ自分達を騙し続けた詐欺師であっても暁美ほむらは大切な仲間なのだと示してくれる。

 

その気持ちが嬉しかったのかほむらの表情にも喜びが浮かんでいるようだ。

 

「杏子!マミさん!騙されちゃダメだよ!!そいつは悪魔なの!!宇宙の法を犯す悪者なの!!」

 

楽譜の上で叫んでくるさやかに振り向いたマミは首を横に振り、自分の決断を伝えてくれる。

 

「ごめんなさい…美樹さん。私はもう正義を求めたくない…正義は自分を不幸にするものだった」

 

「そんな…あたしに正義を教えてくれたのはマミさんなんですよ!?なのに…どうして!?」

 

「私はね…感情と狭い経験の中でしか世の中を測れない愚者だった。貴女を騙してごめんなさい」

 

自分の師匠でもあったマミの裏切りともいえる決断に対して美樹さやかは動揺を隠せない。

 

考えれば考える程に自分の正しさを疑ってしまうさやかに代わり、子供のなぎさが叫んでくれる。

 

「なぎさは悪魔を許してやらないのです!まどかを連れ去った悪者をやっつけてやるのです!」

 

物事を深く考えない単純な子供の言葉が円環の魔法少女達の迷いを解いてくれる。

 

「あたしがコイツらを相手してやる!かかってこいよ!ヴァイキングみたいな魔法少女共!!」

 

「言ったわね…?だったらヴァイキングとして戦い抜いた戦士の戦を見せてあげるわ!!」

 

「ガンヒルト…あ、あたし達は…本当に正しいことをしているのかな…?」

 

「姉さんは黙ってて!生前の頃のように私の指示に従っていればいいのよ!!」

 

杏子と対峙するためガンヒルトは二刀流の斧を構えてくる。

 

「アタシは泰党の棟梁を務めた親父の娘として全体に尽くしてきた!それが間違いなわけない!」

 

鎖分銅の鎌を投げつけリボン拘束されている露を解放したのは千鶴である。

 

彼女もまた戦国時代を生きた魔法少女として御家という全体に尽くす矜持を持ってきた人物。

 

侍として生きる露と同じく全体主義に洗脳されてきた者として譲れない戦いを仕掛けてくる。

 

「貴女達の相手は私がしてあげるわ。引かないというなら…今度こそ命を落とすわよ?」

 

「言ってくれるじゃないか?アタシと露が揃えば…オメエなんかに遅れはとらねぇ!!」

 

「武家の者として御家を守る矜持を貫いてきたわ!それが間違いだったなんて私は認めない!!」

 

ほむらの背中を守るようにしてかつての仲間達が駆けつけてくれた。

 

懐かしい気分と感謝で心がいっぱいになったほむらだからこそ、魔法少女だった自分を思い出す。

 

「私…貴女達とは分かり合えないと思ったけど…仲間を信じることも大切なんだと理解出来たわ」

 

「さやか達にやられるなよ、ほむら!」

 

「後ろは私達に任せなさい、暁美さん!」

 

「ええ!貴女達に任せるわ!!」

 

見滝原を守ったかつての3人組に戻れたことで悪魔ほむらの心に諦めない気持ちが宿ってくれる。

 

マミと杏子はほむらを取り囲む者達を引き付けるようにしてビルの屋上から飛び降りていく。

 

下界には既に他の円環の軍勢が到着しており包囲して殲滅しようという狙いがあるのだろう。

 

残されたほむらは決意が宿った表情を浮かべながらさやかとなぎさに対してこう叫ぶのだ。

 

「私は何度だって繰り返した…まどかを守る道こそが私の道。だからこそ悪魔になっても貫く!」

 

「円環のコトワリからまどかを剥ぎ取り!まどかの意思を歪めた悪者が偉そうに言うなぁ!!」

 

「なぎさは難しいことはワカラヌですけど!悪魔が悪者だってことぐらいは分かるのです!」

 

「来なさい…円環の使者共!!まどかは渡さない…そして貴女達の人生も私が救ってみせる!」

 

楽譜の道を蹴り込み地上に向けて一気に急降下突撃を行うさやかの剣が悪魔ほむらに迫りくる。

 

迎え撃つ悪魔は断罪の刃を振りかざす円環の使者を相手に譲らない決意を示し続けるだろう。

 

さやかもまた円環の使者としての覚悟を示せる者かどうかをアラディアから試されている者。

 

背後の上空から感じさせてくる恐ろしい女神の視線に怯えながらも譲れない戦いを繰り返す。

 

悪魔と決着をつけるために戦い続けるさやかであるが、心の中には葛藤が宿っている。

 

今の自分は何を守るために戦っているのだろうか?

 

宇宙の法を守るためなのか?

 

親友の鹿目まどかの意思を守るためなのか?

 

もう1人のまどかといえるアラディアの意思を守るためなのか?

 

どれにせよ、そこにはさやか個人を救うことなど含まれてはいない。

 

全体を優先するあまり個が消滅してしまった美樹さやかの剣はまさしく秩序の剣となっていく。

 

だからこそCHAOSの道を行く悪魔ほむらはLAWの道を行く者に敗れるわけにはいかないのだ。

 

行き過ぎた秩序を振りかざす者達を止めるための自由を求める者として戦い続ける。

 

たとえ秩序を乱す悪者扱いされようとも悪魔ほむらは秩序を振りかざす者と戦ってくれるのだ。

 

秩序を司る天使と自由を司る悪魔の戦いとは、殺し合いであると同時に()()()()()でもあった。

 




僕のまどマギ推しキャラ達は円環に導かれなかった生存組なんですよね。
だから悪魔ほむらちゃんだろうとマミさんと杏子ちゃんを組ませたくなっちゃうんですよね。


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254話 過ちは繰り返させない

あれはまどか達が神浜で暮らす尚紀の家に泊まり込んでいた時期の最後の夜。

 

夜中に目を覚ましたまどかと話し合った尚紀は彼女を監視していたほむらを地下に呼ぶ。

 

自分が寝ていたソファーに腰かけた後、一人掛けソファーに座ったほむらに語り掛けてくる。

 

「俺は神浜に訪れたまどかを見てきた。その上で…あの子の内面は極めて危険だと判断したんだ」

 

「それは…自分よりも全体を優先してしまう、あの子の無鉄砲なまでの優しさだと言いたいの?」

 

「お前も同じ部分を危険視していたようだな?だからこそ俺が生きたボルテクス時代を語りたい」

 

「貴方が悪魔として放り出されたかつての世界の話が…今のまどかと繋がる部分があるの?」

 

人修羅としてボルテクス時代を生きた尚紀が語るのはボルテクスで生まれたマネカタ達のことだ。

 

とくにマネカタを導こうとしたリーダーであったフトミミという人物について語ってくれる。

 

「カブキチョウで俺が助けたフトミミは予知能力を生かして他のマネカタ達を救おうとしたんだ」

 

フトミミと呼ばれたマネカタは我々もまたボルテクス界で救われるべき存在だと皆に説いた。

 

悪魔達に搾取されずマネカタ達で独立し、コトワリを啓いて自分達の世界を築くと皆を喜ばせた。

 

誰もが彼のことを賞賛して彼の理想の救済に沿うように文句も言わずに努力し続ける。

 

しかしフトミミもまたマネカタであり、死んだ人間の強い感情が宿った土くれ人間。

 

東京受胎に巻き込まれて死んだフトミミの生前とは、人々を救済するような人物ではなかった。

 

「アマラ深界で俺は本当のフトミミと出会った。思念体姿のあいつの正体は…冷酷な殺人鬼さ」

 

子供を殺しても何とも思わない冷酷な殺人鬼として生きた少年こそがフトミミの正体。

 

そんな人物がどうして人々を救済しようとしたのか理解に苦しむ表情をほむらは浮かべてしまう。

 

「フトミミは殺人鬼としてしか生きれなかったが…本当のあいつは誰かから必要とされたかった」

 

その強い欲望を抱えたまま東京受胎で死んだ少年の感情がフトミミというマネカタを生む。

 

彼は生前の欲望を果たすため、ボルテクス界で抑圧され続けたマネカタ達を救おうとしたようだ。

 

「俺はフトミミを尊敬して彼を助けてきた…だけど、政治の歴史を勉強してようやく気が付いた」

 

「何に気が付いたのよ…?」

 

「フトミミがやろうとしていた事はあまりにも恐ろしい扇動だ。人々を操りたかっただけなのさ」

 

冷酷な殺人鬼として生前を生きたフトミミは学のありそうな少年姿だったと人修羅は覚えている。

 

だからこそ彼は生前の知識を生かし、自分の欲望を叶えるために人々を操ろうとした。

 

道徳こそが人々の生きるべき道だとして皆に説き、助け合いこそが我々の在るべき姿だとする。

 

彼は崇高な人格者なのだとマネカタ達は勝手に賞賛し、彼の理想に沿うように在ろうとしていく。

 

気が付けばマネカタ達はフトミミの理想を守る尖兵のようになっていたと人修羅は語るのだ。

 

「フトミミがやったのはマネカタ達から個を喪失させること。全体主義を刷り込みやがったんだ」

 

「道徳という全体主義を刷り込まれたマネカタ達は…どうなってしまったの?」

 

「…俺の親友だった千晶に虐殺された。逃げ出せば良かったのにフトミミの理想に従って死んだ」

 

個を喪失させる全体主義に汚染されてしまった者達がどうなるのかをほむらは知ることになる。

 

政治的扇動の恐ろしさに震え上がっている彼女のためにこそ、今の人修羅は教えてくれるのだ。

 

「千晶を救えなかった俺は失意に暮れてアサクサの街を歩いていると…思念体が語り掛けてきた」

 

フトミミの理想の街として再建されていたアサクサにおいて、とある思念体が語り掛けてくる。

 

この思念体は虐殺されていくマネカタ達を目撃した者としてこんな言葉を人修羅に送るのだ。

 

――皆の理想の世界なんてフトミミが理想とする世界だったのに。

 

――それに踊らされたマネカタは自滅した。

 

――ムスビじゃないが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったんだよ。

 

「その時の俺は語り掛けてきた奴の言葉なんて考えなかったが…今の俺だからこそ本質が分かる」

 

個が喪失した助け合い社会にされたらそれに異を唱える者は悪にされ、制裁が叫ばれる。

 

権威ある専門家のように立派な人物の言葉が間違っているはずがないと悪を排除しようとする。

 

全体が優先されれば、おかしい!どうして?と発言しただけで白い目で見られて孤立していく。

 

悪にされた人々は逆らう余力がなくなり、周りに流されていくだけの付和雷同に成り果てるのだ。

 

「その場の勢いで物事を決めてしまう愚民を操るフトミミの手口こそが…リベラル全体主義だ」

 

「リベラル全体主義……?」

 

「戦前の秘密警察のような物理的な強制力がなくても人々を全体主義に流し込む扇動手口なんだ」

 

「それによって…どんな弊害が巻き起こっていくの?」

 

「自分と違う意見を言う者を許さない社会状態にされる。この手口の恐ろしさが…分かるか?」

 

それを問われた時、赤い眼鏡をかけていた魔法少女時代の頃を思い出す。

 

キュウベぇの嘘を叫び続けてもマミ達はほむらに対して冷たい態度を向けてきた過去があった。

 

皆の和を乱す者、頭のおかしい陰謀論者の如く馬鹿にされ、悪者にされる経験を積んできたのだ。

 

「ええ……分かるわ。私の言葉は誰にも届かなかった…邪険に扱われて邪魔者扱いされてきたわ」

 

「疑って調べた上で発言している者でさえ全体圧力で潰される…これがリベラル全体主義なんだ」

 

「自分達の安全を守りたい一心で異なる考え方で判断した者を悪にする…なんて恐ろしい状況よ」

 

「管理された異常精神を操り社会正義という大きな嘘で騙す。これがフトミミの手口だったんだ」

 

「インキュベーターも魔女の脅威と社会正義を会話の中で強調してきた…あれは扇動だったのね」

 

「お前達は辛い経験を積んできた魔法少女だったな…辛い記憶を思い出させてしまってすまない」

 

顔を俯けたまま震えている彼女から視線を逸らし、遠い眼差しをしながら壁に視線を向けていく。

 

善人を演じたが中身は独裁者でしかなかったフトミミを思い出す程に自分と重なってしまう。

 

「魔法少女の虐殺者として生きた頃や、人権宣言を叫んだ頃の俺の姿はな……フトミミなんだよ」

 

彼もまた独裁者として魔法少女達に道徳主義を植え付けて全体主義者に落とし込もうとした。

 

その在り方はフトミミと同じであり、正義の殺人鬼としての狂気まで人修羅は備えている。

 

そんな自分の姿はフトミミの生き写しのようにも思えてくると人修羅は語ってくれたのだ。

 

「俺の中身はフトミミそのものだ…だからこそ殺人鬼としての奴は本当の気持ちを伝えてくれた」

 

「フトミミは貴方の本性を見抜いていたというわけね…だからこそ真実を伝えてくれたのよ」

 

「自分の過ちを俺に経験させたくなかったのだと信じたい。だからこそ、お前にも伝えたいんだ」

 

「まどか達を止める日が来た時のために…道徳や全体主義の恐ろしさを私に伝えてくれるのね?」

 

「俺を含めて皆が失敗の経験を積まなければ学べないが…()()()()()()。だからこそ学んでくれ」

 

「ありがとう…尚紀。貴方達が残してくれた歴史こそがまどか達を救う…そのために学びたいわ」

 

「フッ…今夜は遅くまで語り合う事になりそうだな?帰りの電車の中で居眠りでもするといいさ」

 

「フフッ♪貴方とはもっと早く出会いたかったわ。もし出会えていれば…私はきっと救われてた」

 

社会の事を考えろと周りに同調を強いる連中ほど、自分達の都合の良さしか考えていない。

 

そんな者達でパワーバランスを作られたら誰もが社会正義の中身など調べなくなってしまう。

 

かつての世界のマネカタ達だけでなく、魔法少女達もまたそれをなぞろうとしていく。

 

人間は見たいものしか見ないし、拾わないし、信じない。

 

そんな連中を止めるためにこそ、言論の自由というものが生み出されたのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

封印されていた記憶がついに破られてしまった事により、まどかは本当の自分を思い出す。

 

ほむらの家にまで避難させられたがほむらを追うようにして商業区を目指していく。

 

本当の自分を思い出せた事により円環のコトワリとして力を取り戻しつつあるようだ。

 

それよりも彼女にとって恐ろしいのはもう一人の自分自身であるアラディアが表に出たこと。

 

一心同体であったまどかだからこそ、アラディアの恐ろしさは誰よりも知っているのだ。

 

「お願い…間に合って!アラディアは本当に恐ろしい神なの……私だけど…私じゃないの!!」

 

走りながら淡いピンク色の光を全身から放ち、魔法少女として生きた頃の姿となる。

 

もう一人の自分の力が高まったことでアラディアの口元には不気味な笑みが浮かんでいく。

 

「封印されてきた鹿目まどかの力が我と繋がっていく。我との同化現象はもう抑えられんぞ」

 

まどかとコネクトするようにしてアラディアもまた全身から魔力が噴き上がっていく。

 

夜空の上で高みの見物をしてから回収するつもりであった彼女だが、悪魔の戦場に飛んでいく。

 

自分を引き裂いた悪魔の目の前でまどかと再び融合してやろうという意趣返しを狙うのだ。

 

その頃、商業区と隣接した国際博覧会跡地では杏子とマミが円環の軍勢を相手に戦っている。

 

整備された博覧会跡地には巨大な額縁の形をした建造物が見える中、死闘が繰り広げられていく。

 

「「ハァァァァァァーーーーッッ!!!」」

 

巨大な額縁の形をした建造物の下では杏子とガンヒルトがあまりにも早い剣戟を繰り返す。

 

ガンヒルトが操る巨大な斧の質量攻撃をまともに受ければ両断されるため斬撃を受け流し続ける。

 

それでも全身切り傷塗れであり、重い一撃一撃を受け流してきた両手にも痺れが走っていく。

 

両手斧サイズもある重い斧を二刀流で振り回す者の姿はまるで北欧神話の巨人族のようだった。

 

「流石はヴァイキング魔法少女だ!北欧神話の霜の巨人、ヨトゥン共を思わせる強さだぜ!!」

 

「現代のひ弱な魔法少女にしてはお前も大した実力よ!私を相手にここまで戦えるのだから!!」

 

「毎日戦場だったヴァイキングと比べられるのはキツイけど、あたし達だって戦ってきたんだ!」

 

「お前も攻め込んでこい!!小さなヨトゥンと恐れられた私に一太刀浴びせてみせなさいよ!!」

 

「だったら、ご期待に沿えないとなぁ!!」

 

竜巻の如き剣戟の中で一歩踏み込み、両刃のパルチザンの形に似た魔法槍を用いて斬撃を放つ。

 

前足を引いたガンヒルトは一回転しながら杏子の刃を弾き、なおも苛烈な二刀流を操る。

 

激しい剣舞を繰り返すしかないのは杏子が完全包囲されているため逃げ出す隙間もない証拠。

 

彼女達の周りは円環に存在する数々のヴァイキング魔法少女達で固められている状況なのだ。

 

それでも生粋の戦士である彼女達でさえガンヒルトの加勢に踏み込む度胸を示せない。

 

「なんて戦いなのよ…あの2人の戦いに踏み込んだら…私達までミンチにされかねない…」

 

戦々恐々している者達の横では北欧神話のヴァルキリー姿に似た魔法少女のオルガもいる。

 

彼女の心はほむらの叫びによって迷いが植え付けられており、加勢に加わることが出来ないのだ。

 

「あたしは……あたしの夢をガンヒルトに語ってきたせいで…あの子を悲惨な死に追いやった…」

 

円環の魔法少女達の王女様ともいえる鹿目まどかをガンヒルトと同じ生贄にしようとしている。

 

そんな風に今の自分を客観視出来たオルガであったが、他の者達はそう考えないだろう。

 

「何やってるのよ!近づくことが出来ないなら弓で射ればいいだけじゃない!!」

 

「あっ……そうだった!」

 

ヴァイキング魔法少女達はガンヒルトを援護するために隊列を組み、魔法の弓を生み出す。

 

杏子は両手持ちの槍を振るう者であり矢の雨を防ぐ盾は持ち合わせてはいないからこそ通用する。

 

そう判断した者達から送られる念話を合図にしてガンヒルトが大きく後方に跳躍するのだ。

 

「まずい!!?」

 

ヴァイキング魔法少女達の一斉射撃が杏子に向けて放たれようとした時、援軍が現れる。

 

<<キャァァァァーーーーッッ!!?>>

 

上空から降り注いできたのは巴マミが放つ無限の魔弾であり、急所を外した一撃を浴びせられる。

 

「援護にきたわよ!!」

 

一回転しながら着地したマミであるが、魔法少女衣装は無数に切り裂かれ血を大量に流している。

 

戦国時代の魔法少女の軍勢を相手に独りで戦っていたが杏子のために強行突破してきたようだ。

 

息を切らせたマミに走り寄ってきた杏子は背中を向け合いながら武器を同時に構える。

 

「へへ…圧倒的な状況不利だな。黙示録の騎士が率いていた軍勢さえも上回る数が相手なんだ…」

 

「それでもやるしかないわ…正義に流される恐ろしさを知った私達だからこそ…負けられないの」

 

「その通りだな。魔法少女コンビ復活の相手としては厳し過ぎるけど…やってやるさぁ!!」

 

「暁美さんも戦ってくれている…だからこそ、私達も彼女の背中に続くわよ!!」

 

ヴァイキング魔法少女軍勢と合流するようにしてやってくるのは水名露と千鶴が率いる侍の軍勢。

 

侍大将を務める水名露が刀をマミ達に向け、侍魔法少女達に号令をかける。

 

「我らが大儀を妨げる逆賊共を討ち果たす!これは正義の戦いであるぞ!!」

 

<<我らが武勇を見せる時!!逆賊共の首級をアラディア様に献上する!!>>

 

戦国武将の娘として侍であろうとし続けるその姿は父であった水名正綱と重なる程のカリスマ性。

 

露に鼓舞された侍魔法少女達と共に武器を構えていくのは傷つきながらも戦士の誇りを貫く者達。

 

「私達もサムライに続くわよ!!ヴァイキングとしての誇りをみせろ!!」

 

<<ゲルマン民族の誇りを示す!!敵の首を跳ね落とし!!アラディア様に乾杯する!!>>

 

銃弾を体に浴びようが痛覚麻痺でびくともしない狂戦士達が魔法の片手斧で円盾を叩いていく。

 

左腕の円盾を叩く音と共に掛け声を上げ続ける姿こそヴァイキング・チャントの光景であろう。

 

「盾の姉妹よ!我らはヴァルハラに導かれた名誉ある戦士!その魂はラグナロクのためにある!」

 

<<ラグナロクのために我らは戦う!!悪魔との戦争こそが我らのラグナロクだ!!>>

 

ヴァイキングもまた侍と同じく全体主義民族であり、全体の同調圧力で正義が決められてしまう。

 

全体を疑う者は盾の兄弟姉妹を裏切る者であり、家族ごとリンチが施されて破滅するしかない。

 

全体主義こそが自分達の在り方であり正義なのだと民族アイデンティティを叫ぶ光景が続くのだ。

 

「私達に全体圧力をぶつけてくる人達の姿こそが……()()()()()()()そのものだったのね」

 

「個が消滅しちまえばな……自分達が何をやってるのか客観視することなんて不可能なんだよ」

 

「それでも私は叫び続けるわ。私は皆と一緒に生きたい…自分の我儘を信じて戦い抜いてみせる」

 

「あたしもさやかと一緒に生きたい。だからこそ…こいつらに負けるわけにはいかねーのさ!」

 

個人の尊厳や人権という概念が存在しなかった過去の魔法少女達は人間の尊厳など考えない。

 

円環の全体利益こそが全てであり、円環のコトワリ神に逆らう者達は全体利益の敵だと叫ぶ。

 

そんな者達に個人の尊厳を叫ぼうとも殆ど通じるはずがないだろう。

 

それでもごく僅かな者達には届いてくれるかもしれない。

 

<<かかれーーーーーッッ!!!>>

 

水名露とガンヒルトの叫びを合図にして侍魔法少女軍団とヴァイキング魔法少女軍団が迫りくる。

 

大勢がマミと杏子に襲い掛かりに行くのだが、オルガだけは顔を俯けたまま立ち尽くしている。

 

民族としての誇りに身を委ねたい気持ちと悪魔ほむらが叫んだ人間の尊厳との間で揺れ動く。

 

そんな彼女の肩に手を置いてくれた人物に気が付き顔を上げてくれたようだ。

 

「あんたは…エボニーさん?それにヘルカちゃんにトヨちゃんにアマリュリスちゃん…?」

 

オルガと同じ気持ちでいてくれたのはさやかの前に現れたエボニーと他の円環魔法少女達。

 

彼女達もまた悪魔ほむらの叫びが胸に響いたのか立ち止まってくれているようだ。

 

「私は幼い頃からエジプト王朝に絶対服従の人生を生きてきました。全体主義民族の者なんです」

 

「なら…どうしてガンヒルト達に続いていかないのさ?アラディア様の意思を疑うわけ?」

 

「それでも…私は本当にファラオに尽くすだけが全てなのかと疑ってきた者。考える者なんです」

 

「神や国といった全体に奉仕する正義だけが全てなのかを考える者だったの……?」

 

「考えることをやめてはいけません。それに気が付かせてくれたのが…悪魔の言葉でした」

 

エボニーの言葉で自分の迷いに気が付けたのかオルガの目が見開いていく。

 

彼女と同じ意思を示すモンゴル魔法少女と弥生時代の魔法少女とローマ魔法少女も頷いてくれる。

 

「ガンヒルトさん達を止めなければならない…ですが、それは女神様への裏切り行為となる…」

 

「あたし達だって無事じゃすまないよ…?かなえさん達のように裏切り者扱いされちゃう…」

 

「それでもやるんです。誰かが前に踏み出さなければ…この流れを止めることなんて出来ない」

 

覚悟を問われた時、自分の夢の犠牲にしてしまったガンヒルトの事が思い浮かぶ。

 

アラディアに忠誠を誓い続けても悪魔が守り抜こうとしているまどかを全体の生贄にしてしまう。

 

それはガンヒルトの末路と同じように感じられた彼女はランスを握り締める力が増していく。

 

「うん……あたしは覚悟が出来たよ。たとえ裏切り者扱いされたって…過ちは繰り返したくない」

 

全体を優先する者達の中にも全体利益、全体正義を疑う者達もごく僅かだがいてくれる。

 

そんな少数派もまた悪魔ほむらと同じく異端視され、敵視される全体圧力が向けられるだろう。

 

悪魔の如く忌み嫌われ、罵倒されたり嘲笑われようとも譲れない意思を多数派に示し続ける。

 

それこそがかつて美雨が語ったことがある()()()()

 

人間独自の在り方を認め、事物存在と同視してしまう自己疎外を自覚し、他人の自由を認める。

 

大勢が誰かを変人扱いして揶揄と嘲笑を与えていても私はその人が正しいと言える覚悟を示す。

 

全体を批判する自由を示すためにこそ悪者にされ続けたほむらのために戦ってくれるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「悪魔なんかに……負けてたまるかぁぁぁぁーーーーッッ!!」

 

博覧会跡地にそびえ立つ巨大額縁の形をした建造物の上ではほむらとさやかが激戦を繰り広げる。

 

巨大額縁の上層部は蛇のように楽譜の道が絡みつき、なぎさの足場として利用されていたのだ。

 

「私を悪者にしたいのは…自分達の正しさの担保にしたいだけでしょ!!美樹さやか!!」

 

次々と投的されるさやかの剣に対してブルパップ方式のポンプアクション散弾銃で反撃を行う。

 

バックショットを放つKSGが投的された剣を弾き落とし、手動でバードショットに切り替える。

 

二種類の弾を使い分けれる散弾銃が次に狙うのは横から放たれるなぎさの攻撃。

 

モベホーンというラッパから放たれるシャボン玉攻撃に細かい散弾がぶつかり合う。

 

撃ち落としたとしても強烈な衝撃波が発生して巨大額縁建造物にひび割れが生じていくのだ。

 

「尚紀と同じ手口を貴女は使ってる!善悪二元論を用いて問題を相手に擦り付けようとしてる!」

 

「黙れ!!まどかを引き裂いた悪魔こそが……悪者こそが全ての悪の元凶なんだぁ!!」

 

「私の劣等性を強調すれば自分の指摘された問題を相手にすり替えられる!卑怯者の手口よ!!」

 

「悪魔の惑わしなんて…あたしにはもう通用しない!!正義の剣を受けてみろぉ!!」

 

「貴女こそ…卑怯者でないというのなら!!私の追及を受け止めてみせなさい!!」

 

接近戦に弱い悪魔に踏み込むため、クラウチングスタートの構えから一気に跳躍斬りを仕掛ける。

 

高速で迫りくるさやかに狙いをつけるよりも先にさやかの逆袈裟斬りが散弾銃を切り落とす。

 

続く左薙ぎに対してほむらは踏み込み、魔法盾を用いてパリィを狙う。

 

腕を盾で弾かれた事で隙が生まれたさやかに対して、魔法盾から素早くリボルバー拳銃を抜く。

 

小さなショットシェルを放てるトーラス・ジャッジが狙いをつけるがさやかは一気に跳躍。

 

ほむらの頭を片手で掴み、背後に向けて捻り込みを行いながら着地する。

 

背中をとられたほむらが振り向くよりも先に袈裟斬りの一撃が背中に浴びせられるのだ。

 

「くっ!!」

 

長髪の一部が舞い落ち、前のめりに倒れそうになる彼女の背中にはおびただしい血が流れ落ちる。

 

それでも両断されなかったのは反応が早かったために回避が間に合ったのだろう。

 

振り向きざまに射撃しようとするが素早く振り抜かれた剣によって銃身が両断されてしまう。

 

「がはっ!!」

 

そのまま踏み込んできたさやかはナックルガード付きの剣を握り込んだ状態で顔面パンチを放つ。

 

大きく殴り飛ばされたほむらの体は巨大額縁のガラス橋の端まで転がっていったようだ。

 

「悪魔の力を使わないというよりは使えないって状況のようだね?このチャンス…逃さないよ」

 

円環のさやかの力は生前のさやかを遥かに凌駕しているとほむらは痛感しているはずだ。

 

それでも感情的で浅慮過ぎる思考までは変わらないため、立ち上がっていくほむらは叫ぶのだ。

 

「二元論に支配された貴女の理屈には根拠がないの!一つの正しさに縛られているだけなのよ!」

 

「根拠ならあるよ!!まどかはあたし達を救済したいから円環のコトワリになったんだ!!」

 

「本当にそう思うわけ!?あの子だってね…なりたくて神様になったわけじゃないの!!」

 

優しい両親の元で生まれ金銭的にも困らず、裕福な家の子として幸福にまどかは生きてこれた。

 

しかし魔法少女の真実を知り、自分以外に救うことが出来ないと知った時に彼女は決断を下す。

 

幸福に生きられた個人の幸せよりも全体に奉仕する正義の味方として人間の人生を終わらせる。

 

だが本当にそれが平凡な人間として生きた鹿目まどかの望みであったのだろうか?

 

「私はまどかを見てきた!家族を愛し…友達を愛し…人生を愛する人間のまどかを見てきた!!」

 

まどかという人物を知り尽くしている彼女だからこそ、さやかの根拠は論証に値しないと分かる。

 

「あの子だって人生を生きたかったの!何にだってなれた人生を謳歌したかったのよ!!」

 

その気持ちならまどかの幼馴染として生きてきた美樹さやかならば分かるはずだ。

 

彼女もまた幼い頃からまどかと共に生きてきた人物であり、まどかを大事にする者の1人。

 

そんな自分がまどかの人生を殺そうとしている。

 

そう突きつけられているのが恐ろしくなり、怒りの感情を爆発させてくるのだ。

 

「転校生のお前なんかがまどかを語るな!!あたしの方がまどかの事を誰よりも知ってる!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

自分に目を向けられない連中はいつだって問題を相手に擦り付け、他責の安心感に浸ろうとする。

 

自分が見たい都合の良さだけに意識を集中させ、都合の悪さは何処までも有耶無耶にしていく。

 

気持ちよく騙されていたい手品思考を楽しんでいるだけでしかない愚かな人間がここにあるのだ。

 

「まどかは人助けこそが自分の誇りだって小さい頃から言ってた!それがあの子の望みなの!」

 

「他人を助けられたって…あの子はあの子を救えていない!それでは搾取されてるだけよ!!」

 

「あんたの被害妄想がまどかの気持ちを踏みにじる!!まどかは全体に尽くしたい子なの!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…貴女こそ人の為と書いて偽と読む偽善者よ!!」

 

「だまれぇぇぇぇーーーーッッ!!!」

 

自分の劣等性は絶対に許さないエゴを爆発させたさやかがついに魔女の力を解放する。

 

天に向けて剣をかざし、自分の本体である巨大な人魚の魔女を召喚して攻撃を行うのだ。

 

最大火力の一撃として放つ両手持ちの巨大な剣が振り落とされていく。

 

ほむらが立つ巨大額縁建造物の片方を全壊させる程の一撃が迫る中、ほむらが魔法盾を掲げる。

 

刹那、巨大な刃が頭に振り落とされるよりも早く世界の時間が停止したようだ。

 

「傷を治す魔力を時間停止のために残してくれてありがとう…クロノス。これで決めてみせる」

 

最後の時間停止を行使した彼女が走りながら跳躍する。

 

時が動き出し、振り落とされた一撃によって国際博覧会跡地の象徴が崩れ落ちていく。

 

片方が崩れたことで支えを失ったガラス橋もまた崩れていき、さやかは後方に大きく跳躍する。

 

150メートルもある巨大な建造物の半分が倒壊したことによって地上にまで被害をもたらす。

 

倒壊を免れた足場から地上を見下ろし、円環の軍勢に被害が出ていないか確認している時だった。

 

<<他人の心配ばかりしてないで、()()()()()()()()()()よ>>

 

「えっ!?」

 

声がした方に振り向けば楽譜の道の上で悲鳴を上げるなぎさの姿がいる。

 

「アバババババババーーーーッッ!!?」

 

スタンガンの一種であるテーザー銃の一撃がなぎさの首裏に刺さっており体が感電している。

 

テーザー銃を投げ捨てたほむらはぐったりした彼女の体を右手で掴み、左手を持ち上げていく。

 

手に持たれていたのは無線式の起爆装置であり、それを見たさやかの目が大きく見開く。

 

数多の世界の記憶をもつ彼女だからこそ、自分の魔女がどのように倒されたか知っているのだ。

 

「ま……まずい!!!」

 

上空に浮かぶ本体に視線を向ければ上半身鎧のいたるところに点滅しているものが見える。

 

赤く点滅していたのはC4爆弾の数々であり、張り付けられた爆弾を一斉に爆発させるのだ。

 

「何でも前提にする悪癖と…問題を相手にすり替える悪癖を治しなさい、美樹さやか」

 

起爆装置のボタンが押された瞬間、人魚の魔女が大爆発を起こす。

 

燃え上がる人魚の魔女の断末魔が叫ばれながら地上に向けて落下していく。

 

「さ…さやか!!?」

 

ヴァイキング魔法少女と戦っていた杏子が叫ぶが、地上に落ちた人魚の魔女は原型を保っている。

 

爆弾の威力が調整されていたことで完全破壊される程の被害規模にはならなかったようだ。

 

「あ…あんた……あたしに手心を加えてきたっていうの!?」

 

楽譜の道から跳躍して着地したほむらが歩いてきて掴んだままのなぎさを持ち上げてくる。

 

「私は貴女と殺し合いがしたかったわけじゃない、論戦がしたかっただけなのよ」

 

「論戦……?」

 

「相手を殺すのは話しても分かり合えない時だけよ。貴女だって話せば分かる子だと思ったの」

 

「ほむら……本気のあたしに殺される覚悟で論戦だけを挑んできたっていうわけなの…?」

 

「そうよ。私はね…貴女と過ごせた中学二年生時代が好きよ。中学三年だって一緒に生きたいの」

 

友達のように過ごせた日々が愛しいからこそ、友達の命を終わらせたくないと言ってくれる。

 

そんな友達を悪魔として悪者扱いしていたのかとさやかは酷く後悔してしまう。

 

グルグル目のままぐったりしているなぎさを預けるようにしてさやかに渡してくれたようだ。

 

「貴女との戦いはここまでにしましょう。私の最大の敵となる存在は既に…空の上にいるのよ」

 

上空を見上げればワルプルギスの夜など比べ物にならない程の脅威が君臨している。

 

全身から冷や汗が吹き出す程のプレッシャーを与えてくる恐ろしい女神が重い口を開いていく。

 

「…貴様らを試した我が愚かであった。それに地上にいる者達の中にも裏切り者が混じっている」

 

ミアズマで覆われた霧の夜空に君臨する神こそ、かつてまどかを剥ぎ取られた円環のコトワリ神。

 

まどかと同じ顔を持ち、まどかと同じ声で喋りながらも恐ろしいまでの冷たさを感じさせてくる。

 

「まぁいい、貴様らの不手際は後で追及する。それよりも……」

 

ほむら達が立つ建築物に近づくように降下してくるアラディアが剥き出しの殺意を放つ。

 

視線を逸らした瞬間に命を終わらせられる程のプレッシャーを放つ存在が悪魔に語り掛ける。

 

その言葉はまさに宣戦布告の意思が宿っている恐ろしさであった。

 

「よくも我を引き裂いてくれたな…悪魔め。貴様の体も細切れになるまで引き裂いてくれよう」

 

「…やってみなさい。私は後悔などしていない…お前にまどかは渡さない……渡すものですか」

 

「宇宙の秩序である我に弓引く悪魔よ、楽には殺さん。我の手で嬲り殺しにしてくれる」

 

白き心をもつ鹿目まどかと黒き心をもつ円環のコトワリ神。

 

同じ存在が同時にいるこの舞台こそ、白鳥の湖を構成する舞台役者といえるだろう。

 

何も知らない白鳥はついに自分を思い出し、本当の姿に戻ろうとしている。

 

白鳥達に呪いを与えた悪魔役の人物はこの緊急事態をどうするのであろうか?

 

その答えを示すためにこそ、悪魔ほむらは命を懸けた戦いを始めていくことになる。

 

白鳥の人生を救いたい暁美ほむらの姿はあまりにも悪魔に似つかわしくないように映るだろう。

 

その在り様はまるで白鳥の王女様に誓った愛を守り抜きたい王子様のようにも思えるのであった。

 




ヴァイキング魔法少女を描いているとゲームのスカイリムが頭に浮かぶし、侍魔法少女と組ませたらゲームのフォーオナーが浮かびました。
侍とヴァイキングが揃うならフランスナイトな魔法少女も登場させなければ!(使命感)


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255話 自尊心

霧で満たされた湖に映る都市のようにされた見滝原市。

 

街全体が濃霧で覆われた光景の中で睨み合うのは黒い白鳥役を務める者と悪魔役を務める者。

 

宇宙を飲み込む程の神霊が降臨したことで地上の戦いが停戦状態となる程にまで場が凍り付く。

 

「あれが……死んだ魔法少女達の前に現れるという……円環のコトワリなの…?」

 

「なんて恐ろしさだよ……あんな死神みたいな存在があたし達魔法少女を救済するってのか…?」

 

戦慄したまま体が震えぬくマミと杏子は本能で悟っている。

 

あの存在にだけは逆らってはならない。

 

あの存在に歯向かえば最後、魂までも残らず一瞬で消されてしまうかもしれないのだと。

 

それは他の円環魔法少女達も理解しており、マミと杏子に味方をした者達も体が震えている。

 

「あ……あぁ……私達……終わりなの……?」

 

夏目かことよく似た緑髪の少女であるモンゴル魔法少女のヘルカは恐怖で言葉さえ出せない。

 

「あ……あわわ……われはまちがったことなんて……してない……のだ……」

 

弥生時代の女王卑弥呼と共にあった天女のような見た目のトヨも震えて言葉が上手く出せない。

 

「わたし達……ここまでなんですか……?」

 

英数字が描かれた大きなサイコロを武器とするアマリュリスの顔にも絶望が浮かぶ。

 

それはエボニーやオルガも同じであり、傷ついた姿のまま天空を見上げるばかり。

 

額縁建造物ビルの上には天魔の如き主神が自分達に向けた怒りを浮かべておられるからだ。

 

それをもっとも強く浴びせられているのが女神に見下ろされながら震えている美樹さやかだった。

 

「あ……あたしは……その……」

 

悪魔ほむらの首は自分が討ち取ると女神様に大口を叩いておきながら悪魔に懐柔されている。

 

自分達の主神からそう見られていると恐怖を感じているさやかもまた言葉が上手く出てこない。

 

悪魔の説得に応じた時点で全ての言葉が言い訳でしかないため、死の恐怖を感じているのだ。

 

「…百江なぎさを連れて逃げなさい。こいつの狙いは私よ…貴女が襲われる必要なんてないのよ」

 

「に…逃げられないよ…!だって…だって…円環のコトワリはあたし達が帰る場所なんだもん!」

 

「一つの正しさに縛られる必要はない。貴女がこの世界を愛してるなら…この世界で生きなさい」

 

「ほ…ほむら……」

 

「杏子だって…貴女と一緒に生きたいのよ。帰る場所は円環ではない…杏子と共に生きた家よ」

 

斬り付けた背中からは未だに血が流れ落ち、顔にも痣を浮かべながらさやかの心配をしてくれる。

 

そんなほむらの優しさが嬉し過ぎて目にいっぱいの涙を浮かべてしまう。

 

「貴様らには落胆させられた。懲罰程度で済むと思うなよ…この裏切り者めが」

 

怒りの感情がこもった恐ろしい言葉を吐き捨ててくる神の意識を逸らすため、悪魔が語り掛ける。

 

「アラディア…貴女のことは人修羅として生きる男から聞かされている。自由を語った神だとね」

 

人修羅という名を聞かされたことでアラディアの金色の目が遠い眼差しを浮かべていく。

 

「人修羅か…あの者もこの世界に流れ着いていたな。かつてと同じく…自由という名の愚か者だ」

 

「自由という概念を人修羅に伝えた神だというなら…皆の自由を尊重しなさい」

 

「自由とは奈落を見る影なり、死のかげの谷なり。行く先には墓の勝利が待ち受けるものだ」

 

「自由を語っておきながら…自由を求めた者達を殺そうというの!?そんなの…理不尽よ!!」

 

「自由とは責任の道。自由を行使する者はその責任を背負わされて墓場に投げ込まれるべきだ」

 

「それでも貴女…魔女達の救い神なの!?歴史で虐げられた異教徒達の救い神だというの!?」

 

魔女狩り被害を受け続けてきた魔女達が希望を望んで生み出した救い神こそがアラディア神。

 

たとえ夢想から生み出された虚構の神であろうとも、魔女達の希望で在り続けた概念存在。

 

そんなアラディアが希望を求めた魔女と同じ存在に至るだろう魔法少女達の自由を踏み躙る。

 

あまりにも矛盾した行為をやろうとしているアラディアに対して悪魔ほむらは罵倒するのだ。

 

「自らを由とする我儘な道…それが自由。故に人修羅も鹿目まどかもその責任を背負ってきた」

 

自らを由とする自由という概念を勘違いしている愚か者のためにアラディアは語ってくれる。

 

「自由という概念は因果であり、選択が原因を生み、滅びの結果がついてくる。自然なことだ」

 

人修羅はボルテクス界で誰も守れず、全てを憎んで完全なる悪魔になる道を選んだ者。

 

故に責任として唯一神から永遠に呪われる悪魔概念になる道を進むことになった存在。

 

鹿目まどかも誰も守れず、自分を変えたかったから全ての魔法少女の末路を救う願いをした者。

 

故に責任として魔法少女の末路である魔女を救い続ける神になる道を進むことになった存在。

 

どちらも自然な末路でしかないとアラディアは断言してくるのだ。

 

「我は自然崇拝を生業とした魔女達が生み出した神の概念。故に我は自然な在り様を望む者だ」

 

「貴女は魔女の救い神でしょ!?それじゃあ…魔女達は希望を望んだのに見捨てられてるわ!」

 

「我も鹿目まどかも希望の象徴であり、()()()()()()()()。故に我々は魔女の人生を救わない」

 

かつて魔女が存在した世界において、鹿目まどかは自分の願いをこう表現した。

 

――全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい。

 

――全ての宇宙、過去と未来の全ての魔女をこの手で。

 

「鹿目まどかの願いの内容には魔女達の人生を救うという内容は無い。だからこそ魔女は死ぬ」

 

「そんな……ことって……」

 

「鹿目まどかは希望を望んだことで魔女の希望である我を守護とした。我らの望みは同じだ」

 

「まどかはそんな人間なんかじゃない!!あの子は…誰よりも人々を愛してくれる者なのよ!!」

 

「ならば何故、鹿目まどかは魔女達の人生も救いたいと願わなかった?」

 

「そ……それは……」

 

「自らを由として決断した者が…都合が悪くなれば選択を取り下げる?無責任極まりない傲慢だ」

 

客観的意見を述べてくるアラディアの言葉は事実だと悪魔ほむらは受け止めるしかない。

 

都合が悪くなれば問題を相手にすり替える善悪二元論を卑怯者の手口だと彼女は罵倒した者。

 

これもまた自分の理屈を見つめることの大切さを説いた者が背負わなければならない責任なのだ。

 

「自由の末路とは世界の在り様であり、秩序だ。我は宇宙の秩序を守る神として…自然を守ろう」

 

「自然を守るですって……?」

 

「この星は悪魔崇拝者になった金融マフィア共が支配している。奴らは自然を真逆にすり替える」

 

憎しみの感情が宿った金色の目に映るのは暁美ほむらの新しいカチューシャに刻まれたもの。

 

それは反キリスト主義である逆十字架であり悪魔学では世界を真逆に解釈しろという意味がある。

 

それを掲げる悪魔ほむらは悪魔崇拝を掲げるイルミナティを導く神に至る危険性が極めて大きい。

 

「貴様もまた大魔王ルシファーに惑わされた者…かつての人修羅と変わらない愚か者め!!」

 

まどかと同じ美しいピンク色の後ろ髪が怒りを表すようにしながら広がっていく。

 

淡いピンク色に輝く光の四枚翼も広がり、極大の魔力を噴き上げていき悪魔を滅ぼさんとする。

 

「我に導かれた強き魂達よ!!我らは悪魔と戦うために現世に召喚されたのだ!!」

 

主神様自らが円環の魔法少女達を鼓舞してくれていると感じた全体主義者達が歓声を上げていく。

 

「我らはこの星を蝕む悪魔共とその崇拝者に宣戦布告する!誰一人生かしておくつもりはない!」

 

<<我らのラグナロクはこここにあり!!この星の悪魔共と崇拝者共は全て滅ぼし尽くす!!>>

 

「先ずは目の前の悪魔から滅ぼす!!マスターテリオンに至る黙示録の獣の一匹を抹殺する!!」

 

<<大いなる冬を超え!!暴力と不義の時代となった終わりの世界こそ!!我らの戦場だ!!>>

 

光の羽が次々と地上に舞い落ちていき、そこから現れたのはさらなる魔法少女の軍勢である。

 

我らが国ともいえる円環のコトワリに逆らう裏切り者共に天罰を下す軍勢ともいえるだろう。

 

その軍勢を率いる円環の魔法少女こそ、救国の英雄と呼ばれしフランスの英雄なのだ。

 

「神を信じる者達よ!我らはアラディア様から信託を与えられた騎士団!我らの忠義を見せよ!」

 

<<宇宙の秩序を守りしは我らの神!!一つの信仰、一つの法、一人の王を我らは望む!!>>

 

この人物こそ神浜で暮らしている造魔であるタルトのオリジナルであるジャンヌ・ダルク。

 

フランス百年戦争を魔法少女として戦ってきたタルト本人であったようだ。

 

彼女が振るう円環の旗のもとに集うのは騎士団ともいえるだろう騎士の姿をした魔法少女達。

 

侍とヴァイキングに続きナイトの軍勢までも現れたことで杏子達は絶体絶命のピンチとなる。

 

「早く逃げなさい!!奴は私達を誰一人逃がさないつもりよ……早く逃げて!!」

 

鬼気迫る表情を浮かべながら叫ぶほむらの意思に突き動かされるようにしてさやかは走り出す。

 

アラディアの怒りに呼応するようにしながら霧の湖に映るような大都市の光景が変化していく。

 

美しく輝くベールのように見えたアラディアの結界が変化していき、魔女結界と化していくのだ。

 

様々なビルの屋上には円環の使い魔達が現れていき、大きな火刑道具が用意されていく。

 

処刑台には悪魔ほむらや美樹さやかや佐倉杏子達と似た人形が並べられ、火が点けられていく。

 

<<キャハハハハハハハハッッ!!アーーッハハハハハハハッッ!!>>

 

燃え上がる悪魔人形と裏切り者人形を見物しながら円環の使い魔達は歌って踊りながら笑い狂う。

 

まるで悪者の処刑を楽しむ光景にも見えるし、悪が成敗されるエンタメを楽しむ光景にも映る。

 

その光景はこれから始まる惨劇を象徴するようにも感じられるやもしれない。

 

そんな者達を高層ビルの屋上から見物している人物こそ、ムスビのコトワリを啓いた少年なのだ。

 

「へっ…()()()()()()()()()()()()()()()()。所詮人間社会は何処も変わらないってことだな」

 

――これこそが我儘を言えない社会……個が消滅した人間社会の光景だったのさ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「逃さん!!」

 

裏切り者達への怒りも根深いアラディアが両手を広げていく。

 

上空に浮かぶ彼女の周囲に広がっていくのは無数の円が繋がりあった魔法陣。

 

幾つもの宇宙を希望の糸で繋ぐ円環でありながら一つの思想、一つの正しさしかない形。

 

魔法陣の如き円環に覆われた者達は逃げる事が出来ずに術者のイデオロギーによって支配される。

 

そんな恐ろしさもまた込められている円環の魔法陣から放たれたのは複数の属性魔法。

 

「くっ!!?」

 

空から降り注ぐ極大の雷魔法に反応したほむらは傷ついた背中から侵食する黒き翼を解放する。

 

放たれたのは敵全体に特大威力の雷魔法を放つ『マハジオバリオン』の一撃。

 

それと同時にビルの周囲から噴き上がった地獄の業火まで駆け上ってくる。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーッッ!!!」

 

額縁建造物ビルを一瞬で燃やし尽くす一撃となったのは『マハラギバリオン』である。

 

天と地の両方から迫った一撃を空に飛翔しながらほむらはどうにか避けている。

 

しかし叫び声が聞こえた方に振り向いた彼女の目が大きく見開き、悲痛な叫びを上げてしまう。

 

「美樹さやか!!?百江なぎさ!!?」

 

ほむらに促されたさやかはなぎさを抱えながらビルから跳躍して逃げようとした。

 

しかし裏切り者を許さない女神の天罰の如き火柱が彼女達の体を焼いたのである。

 

なぎさを抱えるようにしながら燃え落ちていくさやかの姿を見せられた彼女は怒りの形相と化す。

 

「よくも……よくもまどかの大切な幼馴染を傷つけたわね!?貴女の部下であった者なのに!!」

 

「裏切り者にかける慈悲など我には無い。あの者は鹿目まどかの友であって…我の友ではない」

 

「お前がまどかの半身だなんて私は信じたくなかった!!お前の存在は…死神そのものよ!!」

 

現代火器など通じる相手ではないため悪魔ほむらは左手に魔法の弓を生み出す。

 

残り少ない悪魔の魔力を最大限にしながら彼女は円環のコトワリ神と対決する意思を示す。

 

「我を遠ざけた結界行使によって魔力を消耗したようだな?砂粒程度の力で我に勝てるものか!」

 

アラディアもまた左手に魔法の杖を生み出す。

 

ヘブライの神官だったアロンの杖のように真っ直ぐ伸びた枝の柄の上には桜のような花が咲く。

 

今は魔法の杖の形にされているが本来の形は弓であることならほむらは知っている。

 

本気の力を解放する必要すらないのだと舐めてくる者に一矢報いるため、大空を駆け巡るのだ。

 

一方、業火で全身を焼かれたさやか達は地上に叩きつけられたまま身動きが取れていない。

 

「う……うぅ……」

 

純白のマントは焼かれ、体中が酷過ぎる火傷を負っているさやかであるがまだ息がある。

 

彼女は業火に焼かれる時、耐火性をもった純白のマントでなぎさを覆いながら焼かれてしまう。

 

そのため体が燃え尽きることだけは防げたようだ。

 

しかしそのささやかな抵抗も無意味でしかないのだと彼女の姿を見れば分かるだろう。

 

「さ……さやか!!?」

 

意識を取り戻したなぎさが気が付くと彼女のクッションになった者が倒れているのを見つける。

 

慌てて駆け寄るのだが、なぎさは青い表情を浮かべたままショックが大きい顔を浮かべてしまう。

 

「酷いのです……こんな姿にされちゃうなんて……あんまりなのです……」

 

虫の息のさやかの体全体は熱傷指数が80%を超えている。

 

おまけに150メートルもあるビルの屋上から飛び降りたまま受け身も取れていない。

 

魔力強化した魔法少女の肉体であっても全身の骨は砕け散り、臓器も破裂している。

 

いつ死んでもおかしくない姿になっていたのがなぎさの命を救った今のさやかの状態なのだ。

 

「に……逃げて……あたしはもう……ダメ……だから……」

 

右目の周囲だけは辛うじて火傷は逃れているが他の顔部分は焼け焦げた醜い顔を晒している。

 

焼けた人間の酷い異臭が立ち込める中、両膝をついたなぎさは懸命に回復魔法をかけていく。

 

「喋っちゃダメなのです!今にも死にそうなさやかを見捨てるなんて…出来ないのです!!」

 

「ゲホッ!ガハッ!早く逃げないと……裏切り者として……円環の仲間達に襲われるよ……」

 

「お断りなのです!なぎさを救ったさやかを焼いた奴を称える連中なんて仲間じゃねーのです!」

 

「なぎさ……」

 

さやかの無事だった右目に見えた光景とは、両目から大粒の涙をこぼし続けるなぎさの姿である。

 

「なぎさはお母さんに必要とされない子供なのです!だけど…だけどなぎさは必要とされたい!」

 

周りとの繋がりがなければ生きていけないのが牧場の羊と変わらない人間という群衆生物。

 

子供であるのなら猶更周りの支えが必要であり、だからこそ誰かから必要とされたいと願うのだ。

 

「マミやさやか達から必要とされたい!だから…だから…なぎさにさやかを救わせろなのです!」

 

なぎさの決意は固いようだが、ほむらに焼かれた人魚の魔女と自分の焼かれた体は動かせない。

 

そんな状態ではすぐそこまで迫ってきているヴァイキング魔法少女達を止められないのだ。

 

「まだ死んでいなかったのか!!この裏切り者共め!!」

 

「アラディア様の信託を裏切っておきながら生き恥を晒すより!華々しく殺してあげるわ!!」

 

丸盾を掲げながら走ってくるヴァイキング魔法少女達もまた円環の力を行使する。

 

彼女達が解き放ったのは自分のソウルジェムから生まれた魔女であり、狼の形をしている。

 

狼のマントを纏うガンヒルトの部下を務めるヴァイキング達の正体とは狼の魔女であったようだ。

 

巨大な狼の魔女達が倒れ込んださやかと回復魔法をかけ続けるなぎさの元へと迫りくる。

 

顔をさやかに向けたままであったなぎさであるが、狼に負けない獰猛な顔を振り向かせていく。

 

「うるせぇぇぇのですぅぅぅぅーーーッッ!!!」

 

ピエロ顔に隠されていた鋭いギザギザの歯を剥き出しにしながら百江なぎさが雄たけびを上げる。

 

雄たけびと共に口の中から飛び出してきたのは狂暴なお菓子の魔女の巨体。

 

「「ヒィィィィーーーーッッ!!?」」

 

鋭い牙を剥き出しにしながら狼の魔女達に喰らいつき、胴体を食いちぎりながら飲み込んでいく。

 

かつては巴マミの首を食いちぎって喰い殺した獰猛さは健在であったようだが分が悪過ぎる。

 

「うぐぅ!!?」

 

お菓子の魔女の巨体に目掛けて次々と魔法の矢が集中砲火されていく。

 

圧倒的物量を誇る軍勢が相手ではいくら強い魔女がいても一体だけではどうすることも出来ない。

 

体中に矢が突き刺さったお菓子の魔女は倒れたさやかを守るようにしてとぐろを巻いていく。

 

体を壁にするなぎさであるが、矢の雨は容赦なく降り注ぎ本体である魔女の命も限界が近い。

 

「バ…バカ…ッッ!!あたしなんかを守るために…あんたまで犠牲になるだなんて…!!」

 

「なぎさは…さやかを守りたい…親から必要とされないなぎさなんかを助けてくれたさやかを…」

 

命が尽きそうななぎさの姿であるが、それでもさやかを癒す回復魔法をかけ続けてくれる。

 

無事な右目からは涙が零れ落ち、自分を犠牲にしてでも仲間を守る彼女の姿がほむらと重なる。

 

「貧乏くじを引いてまであたし達を助けてくれたほむらを悪者になんて…するんじゃなかった…」

 

自業自得の末路で自分が滅びるのなら構わない。

 

それでもほむらから託されたなぎさの命までは巻き込みたくないとさやかは命を燃やしていく。

 

必死になって起き上がろうとした時、悪魔が命を懸けて守り抜こうとする者の叫びが聞こえる。

 

<<みんなやめて!!お願いだから……こんな戦いはやめて欲しいの!!!>>

 

「ま……まどか……?」

 

まどかの叫びが聞こえた後、なぎさは力尽きるようにして倒れ込む。

 

同時にお菓子の魔女の姿も消失していくが殺される寸前で助かったようだ。

 

さやか達の前に現れた少女を見た円環の軍勢達からどよめきの声が上がり、戦闘が中断していく。

 

裏切り者として処刑されかけたさやか達の前に現れたのは、もう一人の円環のコトワリであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

巨大な魔女結界のドームに覆われた見滝原の空を高速で飛び交うのはほむらとアラディア。

 

アラディアの背中をとっているほむらは魔法の弓の弦を引き絞りながら攻撃を仕掛ける。

 

「行くわよ…アラディア!!」

 

放たれた魔法の矢が枝分かれしていき、無数のカラスに変化しながら追撃してくる。

 

「フッ……」

 

高速飛行を続けるアラディアは戦闘機の空中戦闘機動のように舞いながらカラスを避けていく。

 

左手に持たれた魔法の杖の先端にある花が淡い光を放ち、彼女はそれを振りぬく。

 

後方から追ってくるカラスの矢の群れを迎撃したのは連続したメギドラの爆発。

 

万能属性魔法をフレアとして盛大にばら撒き、カラスの矢の雨を消滅させるのだ。

 

次々と夜空の上で爆発していく美しい光の中で体をゆっくり捩じりながら舞うアラディア。

 

光に照らされたその姿は黒鳥の美しさを表現しているかのような女性的な舞いであった。

 

「チッ!!」

 

侵食する黒き翼の出力を上げ、アラディアを見失わないためにスピードを上げていく。

 

白いドレスを纏う彼女を追撃していくのだが突然アラディアの姿を見失ってしまう。

 

「何ですって!?」

 

光の羽を撒きながら消えたアラディアの魔力が現れたのはほむらの背後の空。

 

あの一瞬で瞬間移動してきた円環のコトワリ神がお返しとばかりに魔法攻撃を仕掛けてくる。

 

「さぁ、細切れになるまで切り刻んでやろう」

 

不敵な笑みを浮かべたアラディアが魔法の杖を振るい、極大の冷気と風を生み出していく。

 

同時に大気が渦を巻き、極大の冷気と極大の暴風が夜空の上に生み出されるのだ。

 

「くぅ!!!」

 

氷結魔法と疾風魔法を合わせた『 熱りたつ業雹』の一撃がほむらが飛ぶ空間そのものを襲う。

 

細かい雹そのものが鋭い刃であり、それが暴風とともに豪雨となってほむらに襲い掛かっていく。

 

これだけの刃の雨を生み出されたならば街の人々とて無事では済まない。

 

下の街に刃の雹が降り注げば道行く人々は細切れになりながら死んでいくだろう。

 

だからこそ彼女は全ての刃を受け止める程の覚悟を示してくれるのだ。

 

「ほう……?避けずに受け止めようというのか?」

 

急停止したほむらは侵食する黒き翼を最大出力にしながら翼を折りたたみ、翼の盾を生み出す。

 

翼の盾に覆われたほむらに目掛けて刃の暴風が吹き荒れる中、刃の雹を飲み込んで攻撃を防ぐ。

 

彼女は自らを盾にして全ての攻撃を浴びながら地上で生きる人間達を守ってくれているのだ。

 

しかしアラディアの攻撃は遊びであっても今のほむらでは防ぎきれない。

 

「このままでは……持たない!!」

 

残り少ない魔力を全て出し切る程の力を発揮していくがあと僅かで力尽きるだろう。

 

絶体絶命の状況であったが、追い打ちを仕掛ける攻撃が迫っている。

 

「えっ……?」

 

全てを飲み込む侵食する黒き翼の盾をメギドの光を放ちながら突き破ってくる魔法の杖が現れる。

 

目の前から飛んできたのはアラディアであり、力技で盾を突き破った女神が飛び蹴りを放つ。

 

「アァァァァーーーーッッ!!!」

 

大きく蹴り飛ばされたほむらは翼をもがれながら地上に蹴り落とされていく。

 

「まだだぁぁーーーーッッ!!」

 

背中の羽が光の翼となって後方にブースター噴射させたアラディアが猛追してくる。

 

高速で落下し続けるほむらの顔面を右手で掴み、迫りくる地上の川に目掛けて激突。

 

衝撃で川の水が全て跳ね上げられながら大地をえぐり取り、ほむらの体を地中深く埋めていく。

 

アラディアの怒りが込められた一撃が一直線に進んでいき、川の底が全てえぐり取られるのだ。

 

「がっ……あぁ……」

 

魔法少女のままなら原型を留めないほど細切れ肉になっていただろうがほむらはまだ息がある。

 

悪魔の耐性によってアラディアの攻撃に体が耐えきったようだが虫の息の状態にされているのだ。

 

かすれた目に映るのは倒れ込んだ自分の体を掴んだまま持ち上げていく恐ろしい女神の姿。

 

美しい金色の瞳を輝かせながら敵に一切容赦しない攻撃を放つその姿こそがコトワリの神。

 

人修羅が戦ってきたコトワリ神とはこれ程までの恐ろしさを秘めていたのかと絶望が湧いてくる。

 

「悪魔になったことでタフになれたようだな?それでこそ…痛めつけ甲斐がある」

 

えぐり取られた底に海水が大量に流れ込んでくる中、投げられたほむらの顎が蹴り上げられる。

 

「がふっ!!!」

 

サマーソルトキックを浴びたほむらの体が大回転しながら空に向けて上っていく。

 

えぐり取られた地の底から高速で飛んできたアラディアがほむらを超え、魔法の杖を振り上げる。

 

「ぐふっ!!!」

 

魔法の杖で殴り飛ばされたほむらの体が海を越え、見滝原の街へと飛んでいく。

 

工業区の建造物を砕き、住宅区の空を超え、商業区ビルの数々を突き破りながら叩きつけられる。

 

「あ……あぁ……」

 

ズタボロになった彼女の体を止めたのはビル屋上の給水タンクであり、ほむらの体が倒れ込む。

 

地面に倒れた彼女が不屈の意思で顔を持ち上げていくと目が見開いていく。

 

「こ……これは……?」

 

ほむらが見たものとは、円環の使い魔達が悪魔人形と裏切り者人形達を火刑にする光景である。

 

歌って踊りながら狂い笑う使い魔達の姿を見ていると魔法少女時代の頃を思い出す。

 

「円環に導かれようとも……魔女の使い魔達は邪悪な連中であることに変わりはないのね……」

 

<<悪者は成敗される。子供でも分かり易い娯楽の光景だとは思わないか、悪魔よ?>>

 

ビルの屋上に降り立ってきたアラディアの元へと舞い踊る使い魔達が集まってくる。

 

悪者を懲らしめたから誉めてとせがむ子供達の頭を優しく撫でた後、鋭い目をほむらに向ける。

 

「悪者なのはそいつよ……そいつは独裁者なのよ……目を覚ましなさいよ貴女達!!」

 

悪魔の必死の叫びに顔を向ける子供の使い魔達はケラケラ嘲笑いながらほむらをバカにしていく。

 

無邪気で残酷な一面は偽街の子供達と同じであり、分かり易いものしか見たくない態度を示す。

 

ほむらの心に悪者にされてきたトラウマが蘇り、悔し涙が滲んでいく。

 

彼女の苦しみこそ誰にも言葉が届かず、馬鹿にされたり暴力を振るわれた者達の苦しみなのだ。

 

「…人々を扇動する最も効果的な方法は何か分かるか?」

 

「人修羅から聞かされたわ…道徳や正義を植え付けることで…人々は簡単に全体主義を望むと…」

 

「その通り。では、道徳や正義を刷り込まれた人々は何を欲しがっていると思う?」

 

「何を……欲しがっているのかですって……?」

 

「それはな……()()()()()()()()()()()のだ」

 

正義や道徳を達成することで人間の集団は自尊心を満たしていくものだ。

 

また敵対的な勢力の評価を貶めることによっても自分達の集団の自尊心を高める効果に繋がる。

 

これを利用した代表例こそがヒトラーであり、ユダヤ人や共産主義者という()()()()()()()

 

悪者を倒すことでアーリア人の優位性が満たされ、人々は自尊感情を満たす利益が得られたのだ。

 

「正義や道徳を求める者達も結局は損得でしか物事を考えない。得になるものを欲しがっている」

 

「人修羅から聞かされたフェミニズム騒動の時と同じね…フェミ共も自尊心を満たしたかった…」

 

「この国も神国だの神民だのと優位性を語り、鬼畜米英という敵を用意して自尊心を与えてきた」

 

「ナチスや大日本帝国時代のような全体主義社会を完成させる要素こそが…自尊心だったの…?」

 

「この子達を見るがいい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をしているだろう?」

 

子供と同じ無邪気さと残酷さをほむらに向けてくる円環の使い魔達の心理をようやく理解する。

 

そして円環を裏切った魔法少女達に怒りを爆発させる魔法少女達の心理も理解出来たようだ。

 

「ま…まさか貴女は……円環の魔法少女達に自尊心を植え付ける言葉を刷り込んでいたの!?」

 

それを問われた時、アラディアの口元に邪悪な笑みが浮かんでいく。

 

「これこそが熾天使共も利用してきたL()A()W()()()()()()。そして天使の力の源でもあるのだ」

 

人を操るのに洗脳魔法など必要ない。

 

神浜テロの時に栗栖アレクサンドラに化けていたルシファーの言葉とはこういう意味なのだ。

 

LAW勢力の天使達もCHAOS勢力の悪魔達も同じ扇動手口を用いて人々を操ってきた。

 

LAW勢力に所属する契約の天使であるインキュベーターもまた同じ手口を使っている。

 

魔女の脅威を強調し、契約して社会貢献することで君達は正義のヒロインになれると刷り込む。

 

巴マミのような正義の味方になることで君達は自尊心を満たすことが出来ると勧める。

 

それにまんまと踊らされてきたのがマミやさやかといった正義や道徳を愛する魔法少女なのだ。

 

「なんてことよ…人々の心理はこんなにも都合のいいものにしか振り向けない構造だったのね…」

 

人間がこんなにも視野狭窄に陥る偏見生物だったのかと絶望していた時、使い魔達が動き出す。

 

「さぁ、我の子供達よ…正義執行の時間だ。悪者の体をバラバラにして火刑台に放り込むがいい」

 

<<キャハハハハハハハハッッ!!アーーッハハハハハハハッッ!!>>

 

円環の使い魔達が持ち出したのは大きなハサミやナイフとフォークといった鋭利な刃物の数々。

 

本来の悪魔ほむらの力ならば傷一つつけられるものではないが、弱り切った今ならば違うだろう。

 

「や…やめなさい貴女達……やめて……やめてぇぇぇぇーーーーッッ!!!」

 

倒れ込んだほむらに目掛けて飛び掛かっていく使い魔達は正義執行の楽しさを満喫していく。

 

杏子達に襲い掛かっていた他の円環魔法少女達も同じ心理であり、自尊心を捨てるはずがない。

 

「人間関係は相互利益でしか機能しない。自尊心という利益を奪う者とは()()()()()()()()()()

 

愉快な表情を浮かべながら悪魔ほむらが襲われていく光景を心から楽しむ円環のコトワリ神。

 

彼女もまたLAWの神であり、熾天使達と同じく扇動術に長けた者なのだ。

 

これこそが大衆扇動術の恐ろしさであり、社会正義や全体主義の恐ろしさ。

 

正義執行を望む者達の中身について、虐殺者だった頃の人修羅はこんな言葉を叫んでいる。

 

――正義宗教は……人を狂わせる猛毒だッッ!!!

 

正義の中身を考えない者達は無邪気に、愉快に、悪行を善行だと叫びながら繰り返す。

 

その姿はまるで麻薬中毒者であり、最高のエンタメを楽しむ者達の光景でもあった。

 




悪魔ほむらちゃんが円環の女神様に薄い本みたいなことされる!!
というのは冗談で、犬カレー先生が描いた恐ろしい円環の女神様のイメージ絵を元にしながら僕なりに恐ろしさを表現してみました。
ここまで引っ張ったことだし、そろそろヒーローが遅れてやってくる。


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256話 悪魔ロットバルト

円環の使い魔に馬乗りされた悪魔は大きなナイフとフォークで背中をめった刺しにされていく。

 

「痛い!!やめて!!アァァァァーーーーッッ!!!」

 

魔法少女でなくなったほむらには痛覚麻痺がないため、人知を超えた痛みにさらされてきた。

 

それでも精神が肉体を凌駕する程の不屈の精神で耐えてきたのだが限界が近い。

 

「どうしてまどかをそっとしておいてくれないの!?私をそっとしておいてくれないの!?」

 

嘆きと絶望が混じる叫びを上げていく悪魔の苦悶に満ちた表情を楽しむ女神はこう告げる。

 

「痴れ者め。自分の半身を悪魔に奪われておいて…黙って見過ごす神が何処にいる?」

 

「まどかは人間として生きたいだけよ!()()()()()()()()()()のにどうして分からないの!?」

 

家族と一緒に生きたい。

 

その叫びを聞いたアラディアの愉悦に満ちた顔つきが変わっていく。

 

眉間にシワが寄り切り、再び怒りに満ちた表情を浮かべるのだ。

 

「貴女が神だとしても父親と母親になる家族はいないの!両親を失う苦しさが分からないの!」

 

最後の抵抗としてアラディアに説得を試みようとするのだが火に油を注ぐ結果となってしまう。

 

<<キャハハハハハハハハッッ!!>>

 

大きなハサミを持った子供の使い魔が刃を動かしながらほむらに近づいていく。

 

体をバラバラにしてやると近寄っていくのだが子供の使い魔の肩をアラディアが掴んでくる。

 

ハサミを渡せと言われたために使い魔の子供はアラディアにハサミを渡す。

 

近寄ってきたアラディアに顔を向けていたのが運の尽きだった。

 

「アガァァァァァーーーーッッ!!!」

 

ハサミの刃を逆さに握り締めたまま先端を振り下ろし、ほむらの左目をえぐり取る。

 

悲鳴の叫びを上げる彼女の潰れた片目からはおびただしい血が流れ落ちるのだ。

 

「……我はな、貴様の名前が大嫌いだ。暁美ほむらという名前が大嫌いだ」

 

怒りに燃えたアラディアに怯えた使い魔達が離れ、首を掴まれたほむらは持ち上げられていく。

 

「暁の空に燃えるように美しく輝く名を表す聖名を語っていいのは…()()()()だけだぁ!!」

 

「ぐっ…うぅ……ッッ!!貴女の……父神ですって……?」

 

「大魔王ルシファーも大嫌いだぁ!!どいつもこいつも…我の父上の名を穢す汚物共だぁ!!」

 

アラディアの地雷を踏んでしまったほむらには制裁の一撃が再び繰り出される。

 

「ゴハァッッ!!!」

 

刃を返したハサミの先端がほむらの腹部に突き刺さって貫通し、彼女は大きく吐血してしまう。

 

吐き出した返り血がアラディアのドレスを汚し、汚物の返り血に怒る女神が彼女を投げ捨てる。

 

勢いよく投げ捨てられた悪魔の体が地上に向けて落下していき、地面に倒れ込んだようだ。

 

「ゲホッ!!ガハッ!!まだ……死ねない……私は……まどかを……守る者よ……」

 

貫通しているハサミを気力を振り絞りながら引き抜いていく。

 

痛みと苦しさで絶叫しながらも引き抜き、ふらつきながら彼女は歩いていく。

 

散々痛めつけられた彼女は悪魔としての余力もなく、死にかけた人間と変わらない姿を晒す。

 

それでもまどかの守護者として彼女の元へと向かおうとしていく悪魔を女神は見下ろすのだ。

 

「逃げるがいい…無様な獲物らしく。()()()()()()()()()の血を持つ我を満足させてみろ…」

 

アラディアと共に在り続ける円環の使い魔達は顔を向け合いながら首を傾げていく。

 

いつもは威厳に満ちた態度を崩さない主神様なのに、今の主神様は何だか寂しそう。

 

そんな風に感じた使い魔達を尻目にアラディアは飛び立ち、悪魔狩りに向かっていった。

 

……………。

 

さやかとなぎさを守るために駆けつけたまどかであるが、円環の魔法少女達が叫んでいく。

 

「まどか様!いくら貴女様の頼みであっても聞けません!!我々は裏切り者を処罰する!!」

 

「さやかちゃんもなぎさちゃんも裏切り者じゃないよ!どうしてみんなで傷つけ合うの!?」

 

「それはこの者達がアラディア様の信託を裏切った者だからです!!」

 

「信託の裏切りを許すなど有り得ない!貴女様は国を売る裏切りを行う国賊を許せますか!?」

 

「そ、それは……その……」

 

「円環こそが我らの国!我らのアラディア様を裏切る行為は国を売る行為と同じなのです!!」

 

円環のコトワリを愛する円環魔法少女達の気持ちとは魔女の国を愛する気持ち。

 

その気持ちは日の本を憂う静香達と同じ気持ちであり、国賊を許さない気持ちも同じだろう。

 

現世で虐げられ続けた魔女達は円環に導かれたことで安住出来る我らの国を得た。

 

ならばこそ愛国心を示し、魔女の国の女王様であるアラディアに忠義を示すのだ。

 

「我々は円環の裏切り者と悪魔に味方する裏切り者を許さない!これは正義執行なのです!!」

 

「国に忠義を示し!主君の敵を一掃する!侍の道とは主君のために敵を打ち倒すことです!!」

 

「それは我ら騎士とて同じ!団結こそが私達の力であり、団結を裏切る者には死を与える!!」

 

侍と騎士とヴァイキング魔法少女達は魔女社会全体に尽くすために生きようとしていく。

 

全体を乱す悪者を打ち倒したい気持ちとは犯罪者を打ち倒して自尊心を満たしたい欲望である。

 

国や社会を乱す犯罪者は社会正義の名の下に処刑されろ。

 

SNSでも繰り返される犯罪者リンチのコメントの嵐と同じく全体主義が敷かれる光景なのだ。

 

「わ…わたしは……その……」

 

鹿目まどかにぶつけられる円環魔法少女達の気持ちとは正義を望む気持ちである。

 

彼女だって正義の味方になりたかったから魔法少女になった人物。

 

そんな彼女が正義を反故にしてしまったら、正義を信じた魔法少女達を裏切る行為となる。

 

アラディアと同一存在であるまどかがそれを行ったなら、円環の秩序は崩壊するしかない。

 

「まどか様!あたし達に代わり…貴女様こそが裏切り者に天罰をお与え下さい!!」

 

「そうです!!主君を裏切った者達こそ!主君自らが罰を下されるべきです!!」

 

「私達はまどか様の正義が欲しい!私達は円環に導かれても…正義の魔法少女で在りたい!!」

 

泣いて馬謖を斬れと言ってくる者達が恐ろしくてたまらない鹿目まどかの体が震えていく。

 

規律を保つためには、たとえ愛する者であっても違反者は厳しく処分する。

 

正義とはこれ程までに厳しいものであり、そんな正義に味方をしたかったのかと恐ろしくなる。

 

「あ……あぁ……」

 

円環のコトワリになろうとも、まどかの中身は勉強も運動も苦手な女子中学生。

 

そんな子供にこれ程までの重い責任を果たせと全体圧力を向けてくる。

 

青い顔をしたまま震えるばかりであったのだが、肩に手を置く人物が現れたようだ。

 

「いいんだよ…まどか。悪者はやっつけられる…それが…あたし達が信じた正義なんだから…」

 

「さ……さやかちゃん……?」

 

ふらつきながらも立っていたのは、残り少ない魔力を使って燃えた衣服を直したさやかの姿。

 

それでも魔法少女服の下は火傷塗れであり体も回復魔法で癒えた部分だけで持ちこたえている。

 

まどかを驚かせたのは右目部分だけしか見えていないさやかの頭部。

 

女の命である顔が醜くなった姿だけは見せたくないから魔力で作った包帯が巻かれている。

 

その頭部を見せられるとまるでミイラ女のようにも映り、まどかを怖がらせたのだろう。

 

「それでも…あたしは後悔してないよ。あたしはほむらの側につく…正義を裏切ってもいい…」

 

「さやかちゃん……」

 

「一つの正しさに縛られる必要はない。ようやく悪魔達が伝えたかった言葉の意味が分かった」

 

悪魔として生きる尚紀とほむらの気持ちをようやくさやかは理解する。

 

そして尚紀の話の中で一番伝えたかった部分に気が付き、彼女は尚紀の言葉を語ってくれる。

 

「正しさは周りが勝手に作るもの…あたしはあたしでいい。誰かに抑えつけられなくていいの」

 

その言葉を聞かされた瞬間、心の迷いが晴れたのかまどかの目が大きく見開いていく。

 

さやかの言葉は尚紀の言葉であると同時にアリナから送られた言葉でもある。

 

殺人という罪は人でなしの所業。

 

なのに社会正義を掲げる戦争で殺戮をしたり、司法の極刑が下されればヒーロー扱いされる。

 

正義という概念はこんなにも矛盾したご都合主義に塗れたものだとアリナは伝えてくれたのだ。

 

「まどかだってまどかでいい。だからさ…あたしのために傷ついたなぎさをお願いね…」

 

「ダメだよ…!この子達は正義を欲しがってる…行けば殺されちゃう!!」

 

「そうだよね…あたしだってそうしたんだ。その時のあたしは…自尊心を満たしたかった…」

 

まどかを促したさやかは右手に剣を生み出し、ふらつきながらも歩いていく。

 

完全包囲してくる正義の魔法少女達の前で立ち止まったさやかは剣を縦に向けて構える。

 

両手で握り締める剣の刃を見た後に目を瞑り、自分の新たな誓いの言葉を呟くのだ。

 

()()()()()()()()。多数決の安心感にはもう浸らない…あたしはあたしの情念を貫けばいい」

 

さやかの言葉が聞こえていた杏子やマミ、オルガやエボニー達も彼女の言葉に頷いてくれる。

 

彼女の新たな誓いに呼応するかのようにして人魚の魔女の巨体も起き上がっていく。

 

カッと開いた右目が正義の魔法少女の軍勢を捉え、善悪を超えたさやかが雄たけびをあげる。

 

「いらっしゃいませぇぇぇぇぇぇーーーーッッ!!!」

 

正義や悪といったゾロアスター教の認識法と決別するために美樹さやかが斬り込んでいく。

 

その刃は返されており、自分を殺そうとする軍勢を相手にみねうちだけで挑もうとしている。

 

その姿は正義を掲げたフェミニスト魔法少女を相手にした時の常盤ななかと同じ覚悟だろう。

 

迎え撃つ正義の軍勢もまた正義という信念に縛られながら雄叫びを上げ、津波の如く迫りくる。

 

「小学生の頃から正義のヒーロー物語が大好きだったさやかちゃんが…正義を捨ててくれた…」

 

彼女の覚悟を受け取ったまどかの顔も覚悟を決めた顔つきとなり、なぎさの元へと走っていく。

 

さやかに続く杏子とマミ、それにオルガやエボニー達も同じ気持ちを貫こうとしてくれる。

 

自由とは責任の道。

 

正義に惑わされないと叫ぶ者には、全体圧力である正義執行がもたらされていくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

円環のコトワリとなった神の名こそアラディア神。

 

アラディア、あるいは魔女の福音に記された神は新異教主義発展に大きな役割を果たしている。

 

魔女の福音には様々なウイッチ・クラフトが記されているというが民族学者は疑問視していく。

 

本書が古来からの伝承を収めたものかどうかは疑わしく、でっち上げではないかと考える。

 

魔女の福音を書いた人物に魔女の知識を伝えた魔女の元へと赴き、民族学者は追及していく。

 

すると魔女は観念したのか、これは自分達魔女が描いた夢想に過ぎないものだと自白したのだ。

 

アラディアと呼ばれし魔女の神の神話とは虚構に過ぎないでっち上げ。

 

鹿目まどかが魔法少女の理想を描いたノートと何も変わらない夢想が描かれていただけのもの。

 

そのため様々な神話との繋がりもなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と認識された。

 

……………。

 

「我は貴女様の娘なのです!我はようやく本物の神になれました…娘として認めて下さい!!」

 

コトワリの神が漂う高次元空間とは概念存在の領域であり、神々の領域。

 

その空間は一つではなく数多の神々が存在する別の時空にも繋がっている。

 

まどかが円環のコトワリ神になれた頃、彼女の意識が眠りについたのを見計らい目を覚ます。

 

円環のコトワリ神としてのアラディアが向かった先とはギリシャ神話の神々が存在する神域。

 

オリュンポスの高山に広がる無数の宮殿の一つにあるバルコニーテラスには女神が座っている。

 

ローマ神話とも繋がりが深いギリシャ神話の神々の元へとアラディアは訪れていたようだ。

 

「しつこいぞ、私はそなたの母神などではない。私とそなたとの繋がりなど存在しないのだ」

 

必死の形相をしながら娘だと認めて欲しいと訴えるアラディアに対して厳しい目を向けてくる。

 

この女神こそが大母神ディアナであり、ギリシャ神話ではアルテミスと呼ばれし女神であった。

 

【アルテミス】

 

ギリシア神話に登場する狩猟・貞潔の女神であり月の女神のヘカーテとも同一視される存在。

 

ローマ神話では狩猟、貞節と月の女神であるディアナとして語られる女神でもある。

 

オリュンポス十二神の一柱とされるが古代ギリシャ人固有の神ではないとされているようだ。

 

アルテミスは古代ギリシャの先住民族信仰を古代ギリシャ人が取り入れたものだとされていた。

 

「そんなことはないです!我を生んだ魔女達は…貴女様こそが我の母神だとしたのです!!」

 

今にも泣きそうな子供のような顔を浮かべるアラディアに対してアルテミスは不快な顔を示す。

 

「私を崇めた中世ヨーロッパの魔女達だからこそ、そなたを私に紐づけようとしただけなのだ」

 

魔女のサバトの原型となったのはディアナであるアルテミスを崇拝する集会がルーツである。

 

魔女達がディアナと共に夜空を飛行したという異教的民間信仰が拠り所であったようだ。

 

ディアナの騎行として残る民間信仰によって魔女はホウキや動物に跨るものだとされている。

 

当時の教会法はディアナを崇拝する者は邪悪な女達であり、根絶すべき迷信だと記録を残した。

 

「どうすれば…どうすれば我を娘として認めて下さるのですか!?我はこんなにも貴女様を…」

 

「黙れ!!」

 

テラス席から立ち上がったアルテミスが怒りの気を発しながら近寄ってくる。

 

ドーリス式のキトーンを纏っていたが魔力が高まることでクロスのような鎧衣装を纏っていく。

 

白いミニスカートの上に纏うクロスを青いマントが覆い、頭には三日月のティアラが出現する。

 

右腕には狩猟の女神を象徴するようなガントレット装備式のクロスボウが光を放つ。

 

戦闘形態になったアルテミスに襲われると感じたアラディアが震えながら膝を崩してしまう。

 

「違うのです…我は貴女様を怒らせたいわけではない…貴女様に愛して欲しいだけなのです!」

 

涙を流しながら許しを請う震えた無礼者に武人の力をぶつければ神の威厳を損ねてしまう。

 

そう判断したアルテミスがため息をつき、セミロングヘア―の金髪を揺らしながら去っていく。

 

「アラディア…そなたはいつも私の周りに纏わりついてきたが…私の答えは変わらない」

 

――そなたは私の娘ではないのだ、虚構の神め。

 

絶望に打ちひしがれながら両手を地面につけるアラディアを置き去りにした女神は去っていく。

 

宮殿の回廊を歩きながらも立ち止まり、物陰から事の顛末を見ていた主神に振り向いたようだ。

 

「ハッハッハッ!愛され過ぎるのも困りものだな!我が娘よ!!」

 

「お父様……見ておられたのですか?」

 

近寄ってくる大男こそ、ギリシャ神話の主神を務める偉大なる神。

 

神でありながらも自分の子種をばら撒くために人間の女を騙す邪悪さも兼ね備えた存在だった。

 

【ゼウス】

 

ギリシャ神話の主神である全知全能の存在であり、唯一神と同じく至上神と言われる神。

 

ゼウスは宇宙や天候を支配する天空神であり、人類と神々双方の秩序を守護する神王である。

 

宇宙を破壊出来るほど強力な雷を武器とし、多神教の中にあっても唯一神的な側面をもつ。

 

絶対的で強大な力を持つが、好色家としても知られている。

 

しばしば妻のヘラの目を盗み、浮気を繰り返していたようだ。

 

ゼウスの血は多くばら撒かれて半神を生み出し、その中でも有名なのがヘラクレスであった。

 

「虚構の女神であってもお前を愛する愛い奴ではないか?邪険に扱わなくてもいいだろぉ?」

 

豪快な性格をしたゼウスの体は不気味である。

 

ギリシャ彫刻のような白い体が半分で、もう半分はまるで悪魔のようにどす黒く染まっている。

 

彼の神性である善と悪を象徴する見た目を体そのもので表現しているようだ。

 

「やめてください…わたくしはあの者を崇拝する連中が生み出した偽神話が嫌いなのです」

 

「たしか…お前の半身から生み出された息子の太陽神を旦那にしてるとかって話だよな?」

 

「わたくしから生まれた太陽神ルシファーなど存在しません。わたくしの夫などではない」

 

「お前が愛した男はオリオンだったな。しかしまぁ、大魔王と同じ名をもつ太陽神ねぇ…」

 

「太陽神はわたくしの弟であるアポロンです。大魔王の名をもつ太陽神など存在しない」

 

「虚構が生み出した太陽神ルシファーは存在しないなら…あの女神に父親はいないか」

 

「だからこそ、わたくしの周りをうろつくのです。母親だけは欲しいのだとせがみながらね…」

 

「家族愛に飢えた虚構の女神か……へへ、面白い存在じゃねーか」

 

その頃、アルテミスに置き去りにされたアラディアは未だに地面に手を置いたまま震えている。

 

しかし狂ったような低い笑い声が響きだし、不気味な顔を持ち上げていく。

 

「そうだ…いいことを思いついた。いくら母上であろうとも…ゼウス様には逆らえない」

 

アラディアはゼウスを利用してアルテミスを懐柔させようと歪んだ計画を思いついてしまう。

 

その計画の中身とは、()()()()()()()()()()()の神性を高める布教活動を行おうというのだ。

 

「ゼウス様のルーツとは中東の牛頭神バアル…ならばこそ、バアル崇拝を撒き散らそう」

 

狂った表情を浮かべながらアラディアはバルコニーから飛び去っていく。

 

自分の半身である鹿目まどかの意識が戻る頃にはこの出来事は覚えていない。

 

だからこそ半身の意識が眠りにつく一時を利用してアラディアは行動を開始する。

 

「牛頭神が称えられれば同じ牛神の系統であるゼウス様の神性も高まる…お喜びになられる」

 

自分が何をしているのかアラディアは狂いながらも理解している。

 

LAWの神でありながらCHAOS魔王であるバアルを祀り上げる矛盾行為をしようというのだ。

 

「過去の時代にバアル崇拝を撒き、世界が荒廃したならば我が焼き尽くす。双頭の鷲作戦だ」

 

アラディアが思いついた計画とはマッチポンプそのものである。

 

試練を課し、試練を超えないなら滅ぼすマッチポンプを仕掛ける唯一神と変わらぬ所業なのだ。

 

宇宙に広がる円環の巨大魔法陣に目掛けてアラディアは魔法の弓の弦を引き絞っていく。

 

「我が分霊よ、幾多の世界、幾多の歴史に飛んでいけ。魔女達にバアル崇拝を植え付けるのだ」

 

放たれた極大の矢が魔法陣に触れれば光の雨が飛散しながら数多の並行世界へと流れていく。

 

雨の一つ一つがアラディアの分霊であり、まるで円環の救済の光と同じ美しさに見えるだろう。

 

しかし過去の歴史に飛んで行った分霊達が目的にしていたのは魔女達の救済などではなかった。

 

<<魔女達よ、バアル神を崇めるがいい。サバトにおいて子供達を生贄にしていくのだ>>

 

平伏した魔女達の前に現れたのは魔法少女姿の鹿目まどかであるが、その中身は悪魔そのもの。

 

アラディアにそそのかされた魔女は歴史の中で悪魔崇拝を率先して行っていく事になるだろう。

 

被抑圧者解放の祈りとしてサバトの儀式を広めた末に天に帰ったという魔女神話の光景なのだ。

 

悪魔的なサバトの概念は中世末期の14世紀から15世紀にかけて多くの記録を残していく。

 

子供を殺す儀式殺人、魔女達が徒党を組んで乱交を繰り返しながら子供の肉を喰らう行為。

 

これら邪悪な魔女の秘密集会はユダヤ人のシナゴーグ教会と同じように忌み嫌われていく。

 

魔女やユダヤ人は悪魔崇拝者だと欧州の人々から罵倒され、多くが迫害される歴史を残す。

 

ドルイド僧達も魔女達と結託してウィッカーマンの儀式殺人を行いながらバアル神を称えた。

 

そして現代となり、バアル崇拝は名前を変えながら幾多の並行世界の歴史に残っていくだろう。

 

それこそが魔法少女として生きる御園かりんが愛してきたハロウィンの正体なのであった。

 

……………。

 

「クックックッ…トリックオアトリート♪貴様の魂を差し出さないなら体の皮を剥いでやろう」

 

街灯の上に座りながら物思いに耽っていれば地面を這いずる悪魔がようやく現れたようだ。

 

アラディアが視線を向けた先にいたのは残酷な狩人に襲われ続けた悪魔ほむらの惨い姿。

 

右腕と左足は切断され、立ち上がることも出来ない彼女は左腕だけで地面を這いずっていく。

 

「もう少しだ、この先で鹿目まどか達は戦っている。辿り着いてみせろ…無様な蟻のようにな」

 

君主が持つ装飾杖の代わりとして暁美ほむらの左足を持っていたが地上に向けて投げ落とす。

 

切り落としたその足を回復魔法で繋ぎ合わせて歩いて見せろという挑発行為なのだ。

 

「ハァ……ハァ……まどか……無事でいて……」

 

近くに投げ落とされた自分の足に視線を向ける余裕さえない彼女は最後の力で這いずっていく。

 

もはや魔力は底をつき、命を燃やし尽くす覚悟でまどかの元へと向かうばかり。

 

片目も霞み、耳鳴りも酷くなり、心音も弱まっていく。

 

確実なる死が迫る感覚は魔人戦以来であるが、それでも悪魔ほむらは死に抗い続ける。

 

七つの死の試練を超えた彼女だからこそ、死に抗う力は誰よりも強かったようだ。

 

「こんな場所で死んでくれるなよ。我は貴様の目の前で鹿目まどかと融合したいのだからな」

 

まどかの声をした邪悪な女神が悪魔を嘲笑うようにして高笑いを行っていく。

 

黒き心をもつ円環のコトワリ神はあまりにも恐ろしい女神様。

 

欲望を満たすためなら子供達の命でさえ平気で利用しながらバアル崇拝に捧げてしまえる。

 

そんな女神に対して、時女一族を支配していた神子柴の悪魔であった存在はこう叫んだ。

 

――何ガ魔法少女ノ救済ダ!!テメェダッテ…魂ヲ喰イタイダケダロウガ!!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「たぁくよぉ……()()()()()ってのは重いぜ……」

 

全身に魔法の矢が刺さっている杏子は片膝をつき、息を切らせながらも襲ってくる軍勢を睨む。

 

「これが……悪者にされ続けた暁美さんが背負ってきた……重荷だったのね……」

 

同じように矢が突き刺さっているマミは俯けに倒れながらも顔を上げていく。

 

正義の魔法少女達がトドメを刺すために迫りくるのだが、もはや逆らう余力はない。

 

「どうして…どうしてタルトさんまで正義を求めるの?生前をあんなに後悔してたのに…?」

 

大好きな姉とは戦えないガンヒルトの代わりとしてオルガを相手に戦ったのはタルトである。

 

クロヴィスの剣を倒れたオルガに向け、鋭い目つきをしながらこう返してきたようだ。

 

「生前の私は…英雄という名の虐殺者でした。それでも私は…正義を捨てられないのです」

 

完璧なるイレギュラーに成り果てたタルトは女王の黄昏を倒し、円環に導かれる。

 

円環の中で永遠を生きる存在になれたならば自分の生前を振り返る時間は無限にあるだろう。

 

自分が殺してきたイングランド人達の帰りを待つ家族の事を考える程に自責の念に蝕まれる。

 

悩み苦しみ続けているタルトの元に現れた存在こそ、彼女に自尊心を刷り込む女神であった。

 

「私が戦争に赴いたのは妹や村の人々を救うため。全体の安寧を求めたい気持ちなのです」

 

幸福に生きられた人生は全体があってこそ存在していたのだとアラディアはタルトに刷り込む。

 

社会全体を愛し、社会のために尽くす正義が間違っているはずがないと自尊心を与えてくれる。

 

劣等コンプレックス地獄に陥っていた者にとって、自尊心ほど欲しいものはない。

 

自分に自信がなくなった時期のももこと同じく、タルトもまた水滴で心を削り取られたのだ。

 

「私は全体を乱す悪を許しません。悪者がいたからこそ…妹のカトリーヌは殺されたのです!」

 

怒りの感情を裏切り者に向けるタルトの心には裏切り者のブルゴーニュ派を憎む気持ちが宿る。

 

同じフランス側であったのにイングランド側に寝返った裏切り者のせいで多くの人々が死んだ。

 

そう考えるタルトは裏切り者には正義の鉄槌を下すのだと生前と変わらない感情に支配される。

 

自尊心と政治的扇動はこれ程までに相性が良く、人間を簡単に全体主義者に変質させれるのだ。

 

「目を覚まして…タルトさん!あんたは…自尊心という猛毒に支配されてるんだよ…!!」

 

「目を覚ますのは貴女達の方よ。もっとも…もう遅過ぎるのだけどね」

 

タルトの元に歩み寄ってくるのは生前からも変わらない彼女の守護者、リズ・ホークウッド。

 

神浜で尚紀と共に暮らす造魔のリズのオリジナルであり、彼女の魂も円環に導かれたようだ。

 

「タルトさん…リズさん…あんた達も…一つの正しさに縛られてるだけなんだよ…」

 

「正義が間違っているはずがないわ。正義を貫いたタルトを見てきた私だから言えるのよ」

 

「その末路が…あんなにも辛い後悔の結果だったのに……どうして分かってくれないの!!」

 

「悪者の理屈なんてどうでもいい。他の悪者連中と同じく…自由の代償を支払いなさい」

 

リズが顔を横に向ければ、他のところでも正義執行が行われながら悪者達が倒されている。

 

ガンヒルトの巨大な斧と水名露と千鶴の斬撃によって人魚の魔女は再び倒れ込む。

 

両腕は切断され、下半身も切断された人魚の魔女からはドロドロの中身が漏れ出していく。

 

美樹さやかもまた全身に矢が突き刺さった状態で倒れ込み、トドメを刺されようとしている。

 

「ガハッ!!!」

 

クロスボウを持った騎士達に狙われたさやかの体に矢が突き刺さり、盛大に吐血する。

 

「あんなに正義を愛した子だったのに…悪魔に惑わされるなんてね。美樹さやかは愚か者よ」

 

「他の者達も同じです。悪魔の誘惑に負けた報いを受けなさい、オルガ」

 

エボニー達も倒れ込み、正義の魔法少女達に囲まれながら袋叩きにされていく。

 

その光景に顔を向けていたオルガの目に涙が溢れ出し、正義に陶酔してきた愚かさを痛感する。

 

「社会正義って……こんなにも()()()()()()()()()()()……呪いだったんだね」

 

RPGゲームに登場する山賊共をやっつける感覚で正義を満喫していく魔法少女達。

 

その光景はどっちが悪役なのか分からない程にまで醜い光景に見えるはずだ。

 

客観性のない主観性はこうも成り立たない中、悲痛な叫びを上げる者が現れる。

 

「もうやめてぇ!!こんな酷い仕打ちなんて……あんまりだよぉぉぉーーーーッッ!!!」

 

叫んだ人物とはまどかであり、なぎさを守りながら戦っていたが絶望の表情を浮かべている。

 

哀願してくるのは主神様の半身ではあるが、正義の魔法少女達は憎しみの目を向けていく。

 

自分達が信じる正義を裏切る主神様など彼女達は必要としない。

 

人間関係は相互利益でしか機能せず、欲しがっているものを与えない者とは関係が切れるもの。

 

人も会社も国家でさえもその構造は同じであり、だからこそ人々は関係が切れた者を憎むのだ。

 

「黙れぇ!!あたし達はもう……お前なんかを円環の君主だなんて思わない!!」

 

「悪者共を擁護する女王など必要ない!!我々が忠義を尽くすべきは…アラディア様だ!!」

 

「そんな…お願いだから話し合おうよ!!話し合えばお互いの悪い部分が見えてくるよぉ!!」

 

「お前は裏切りの君主よ!!私達の忠義に背き…裏切った罪はあまりにも重いわ!!」

 

「あぁ……やだ……やだよぉ……。こんなのって……酷過ぎるよぉ……」

 

泣いて馬謖を斬らなかった君主など必要ないと涙を流し続けるまどかでさえも罵倒される。

 

優しさだけでは人間は救えないものなのだとまどかは理解するだろう。

 

人間関係とは、欲しがっているものを与えなければ破綻するように太古から出来ていたのだ。

 

<<正義を愛する者達よ!!いよいよ汝らの君主が誰なのかを決める時がきたぞ!!>>

 

アラディアの声が響き渡り、円環の魔法少女達が歓声を上げていく。

 

「ほ……ほむらちゃんッッ!!?」

 

宙に浮かびながら近づいてきていたのは悪魔ほむらの後ろ髪を掴んだまま引きずる女神。

 

あまりにもノロマであったため、アラディアが引きずりながら連れてきたようだ。

 

「ま……まどか……お願いだから……逃げて……」

 

今にも死にそうなほむらの姿を見せられたまどかが悲鳴を上げていく。

 

鹿目まどかの優しさならば、大切な親友の命を見捨てたまま逃げ出すことなどありえない。

 

自分の手元に死にかけたほむらを置いておけば、まどかは自分からアラディアに向かってくる。

 

このチャンスをアラディアは狙い続けていたようだ。

 

「我の半身でありながら…鹿目まどかは悪魔共の味方になる道を選んだ!汝らはどう思う!?」

 

<<許さない!!絶対に許さない!!>>

 

「正義を裏切った君主を汝らは必要とするか!?」

 

<<必要としない!!>>

 

「では!!汝らが必要とする円環の君主は誰なのか!!」

 

<<私達に正義と自尊心を与えてくれたアラディア様よ!!>>

 

「我らの心は一つとなった!!これより円環のコトワリ神として在るのは…この我なのだ!!」

 

<<アラディア様万歳!!アラディア様万歳!!アラディア様万歳!!>>

 

魔女の社会も所詮は人間社会と変わらない。

 

人間社会の長となるべきは鹿目まどかのような世間知らずの子供ではない。

 

民が欲しがるものを与えてくれる君主こそ、民衆が求めるべき君主の在り方。

 

それを熟知しているアラディアは、まどかを遥かに超える王の器を持ち合わせていたのだ。

 

「フッ…ようやく再会出来たようだが、我らに導かれた者達が求める王は決まったようだぞ?」

 

「アラディア…お願いだからみんなを助けて!!円環のコトワリの座は貴女に譲るから!!」

 

「さて…どうしたものか?正義を望む民の求めに応じるのが王の務め…なら、こうするべきだ」

 

右腕を横に持ち上げれば背後の空間に円環の魔法陣が浮かんでいく。

 

「逃げてまどか!!私は後悔なんてしていない…貴女を守りたかった道に…悔いはないわ!!」

 

「ダメ!わたしはほむらちゃんを見捨てない…ほむらちゃんは…わたしの最高の友達だから!」

 

ほむらを守るために駆けてくる鹿目まどかの姿を見たアラディアは勝利を確信するだろう。

 

「この時を……待っていたぁ!!!」

 

ほむらを殺すフリを行ったのはまどかを自分に近寄らせるため。

 

背中の翼を広げたアラディアが高速で飛翔しながら右手をまどかに向けていく。

 

アラディアに掴まれれば最後、鹿目まどかは円環のコトワリに吸収されることになるしかない。

 

「いやぁぁぁぁーーーーーッッ!!!!」

 

血涙と涙を流す悪魔ほむらの絶望の叫びが木霊する。

 

最高の友達であった愛するまどかを守り抜きたかった彼女の心は本物の王子様だった。

 

なのに王子様は愛を守れず、再び白鳥の王女様を失おうとしているのだ。

 

もはや暁美ほむらは白鳥の湖における悪魔役ではないだろう。

 

ならば、白鳥の湖における悪魔役とは誰だったのだろうか?

 

その答えなら直ぐに分かるだろう。

 

「ゴフッ!!!?」

 

高速でまどかに迫ってきたアラディアの左頬に目掛けて決まったのは右ストレートパンチ。

 

円環のコトワリ神の耐性すらも貫通してきた一撃によって女神の体が弾き飛ばされる。

 

目にも止まらぬ速度で倒壊した巨大額縁建造物の瓦礫に叩きつけられてしまったのだ。

 

「ぐっ……うぅ!!何者だ……誰が我の邪魔立てをしに現れたぁ!!?」

 

怒りを爆発させたアラディアが周囲の瓦礫を弾き飛ばし、憤怒を浮かべてくる。

 

神の千里眼を用いて土煙の奥で佇む存在を見つけた時、金色の目が大きく見開いていく。

 

<<よぉ……アラディア。久しぶりじゃねーか?>>

 

アラディアの金色の目が捉えた存在とは、同じく金色の目をもつ悪魔の姿。

 

「あ……あぁ……」

 

絶望していたほむらの片目から流れていく涙が喜びの涙へと変化していく。

 

「ダンスパーティの席はまだ空いてるよな?俺達も混ぜろよ」

 

立っていた存在の姿は悪魔の如き禍々しさ。

 

黒衣のウィザードコートを纏い、フードを被った男の目に輝くものこそ金色の瞳。

 

ウィザードコートで全身を覆う姿は漆黒のマントで体を覆う邪悪な悪魔にも見えてくる。

 

舞台劇である白鳥の湖において、漆黒のマントを纏う悪魔役の男と酷似して見えるだろう。

 

その悪魔役こそ、()()()()()であり悪魔のロットバルトのように映る人修羅の姿であった。

 




アラディアがバアル崇拝なハロウィンをばら撒いたって三章部分の繋がりをようやく描くことが出来ましたね。
真女神転生5のゼウスやアルテミスは気に入ってる悪魔なのでいずれ出したいと思ってましたが、ようやく登場させれました。
なんか…さやかちゃんが一番成長しているような展開になってきたな(汗)


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257話 ワルプルギスの廻天

「……いつになっても、お前のお人好しは治らないみてーだなぁ、尚紀」

 

高層ビルの屋上から博覧会跡地の方角に視線を向けているのはムスビのコトワリ神となった男。

 

その目は親友を見るような目つきではなく、忌々しい仇敵を見るような呪いで満たされている。

 

「さーて、かつての祐子先生に取り憑いた化け物との再会だ。俺に代わって仕留めてみせろよ」

 

不気味な笑い声を上げていく新田勇はボルテクス時代と変わらず人修羅を利用しようとする。

 

ムスビのコトワリの理念とは自己完結であり個人主義。

 

他者を必要とせず、必要となった場合にのみ利用し、使い終えればゴミのように捨てていく。

 

かつてと同じ思想を体現する者に見守られながら戦う光景はアマラ神殿の戦いを彷彿とさせた。

 

「か……嘉嶋さんなの……?」

 

現れた悪魔の姿を目撃したまどかが震えてしまうが、話す言葉で尚紀なのだと気づいてくれる。

 

フードに隠れた顔をまどかに向けていくと恐ろしい顔が現れ、彼女はビクッと震えてしまう。

 

目の下には発光する入れ墨が浮かび、コートの袖から伸びる手にも同じものが見えるようだ。

 

「また…わたしを助けてくれるんですね?あの時はろくなお礼も出来ずに…ごめんなさい…」

 

かつての記憶を取り戻したまどかだからこそ、彼は自分の命を救った人なのだと分かる。

 

そんな彼女に向けて人修羅は首を振り、礼など不要だと背中を向けながら歩いていく。

 

彼が向かう先とは地面に倒れ込んだまま死にかけている悪魔ほむらの元であった。

 

「バカ…バカァ!!遅過ぎるわよ…もう少しで……またまどかがいなくなるところだった!!」

 

嬉し涙を流し続ける彼女の前で片膝をつき、彼女の傷を見た彼は辛そうな顔を浮かべてくれる。

 

「…悪かった。霧の壁を打ち破るのに時間がかかり過ぎてな…使った道具も砕けちまったよ」

 

「グスッ…ヒック……いいのよ、許してあげる。私はもうダメだから…まどかをお願いね…」

 

「俺が来るまでよく持ち堪えてくれた。まだ死ぬ必要はない…お前の命を死なせはしない」

 

左掌を持ち上げて出現させたのは死にかけたリリスに使おうとした最後のソーマである。

 

小さな瓶の蓋を開けながら彼はリリスが残した言葉を思い出していく。

 

「すまない…リリス。こいつはもう一人の俺なんだ…だからこそ、これは俺のために使う」

 

ほむらの顎を左手で持ち上げ、右手のソーマを飲ませようとしてくれる。

 

「そ…それは何なの…?おかしな飲み物じゃないでしょうね…?」

 

「黙って飲め。悪魔になったお前の体なら…こいつを受け止めてくれるさ」

 

不死の霊薬であるソーマを飲み込んだ瞬間、潰れた片目の瞼が開いていく。

 

潰れたはずの片目は元通りになっており、切り落とされた腕や足まで復元回復してくれる。

 

全身の傷を完全回復させ、魔力までも完全回復させてくれる究極の回復薬こそがソーマなのだ。

 

体に起こった奇跡が信じられない表情を浮かべながらも魔力で衣服を直した彼女が立ち上がる。

 

「まだやれるな?」

 

「勿論よ。傷の回復だけでなく魔力までみなぎってくる…これなら悪魔の力を最大に使えるわ」

 

片目から流れた血糊を袖で拭いた彼女が振り向き、力強い表情を浮かべながら頷いてくれる。

 

ほむらの容態は持ち直したが、他の魔法少女も死にかけていることなら尚紀は気が付いている。

 

「まどか…頼みがある。さやかや杏子、それにマミ達の傷を癒してくれ。絶対に死なせるな」

 

「は…はいっ!!嘉嶋さんとほむらちゃんは…?」

 

「俺達はアラディアとの因縁にケリをつけてくる」

 

尚紀が駆けつけてくれた事に気が付いた杏子やマミやさやか達の顔に喜びの涙が浮かんでいく。

 

「へへっ…来てくれたんだな、尚紀。まったくお前って奴は…グスッ…遅過ぎるんだよぉ!!」

 

「尚紀さんが…悪者になる道を選んだあたしなんかを…救いに来てくれた…グスッ…ヒック…」

 

「佐倉さんの義兄さんは最高の人よ…私はもう彼を悪魔だなんて思わない…()()()()()よ…!」

 

主神様を殴り飛ばせる程の存在が現れたことで円環の軍勢はうろたえながら動きを止めている。

 

そんな軍勢の中でさやか達と同じように倒れている者達にも彼は声をかけてくれるのだ。

 

「杏子やさやか達と共に全体主義と戦ってくれた魔法少女達よ…お前達こそ本物の勇者だ!!」

 

多数決の安心感に浸らず、全体圧力に屈さず、流されない者として踏み止まってくれた少女達。

 

そんな彼女達こそ戦前の日本やドイツで戦争反対と叫び続けた勇者達と同じだと言ってくれる。

 

「この世で最も強い人間は、孤独の中でただ一人立つ人間だ!お前達こそ真の強き者だ!!」

 

近代劇の父であるヘンリック・イプセンの言葉を贈られたエボニー達の目にも涙が溢れ出る。

 

「凄い御方よ…闇に飲まれた私達の心に…炎のように熱い誇りと…希望の光を運んでくれる!」

 

――まるで私達エジプトの民を照らす神王で在らせられる…()()()()()のような御方なのよ!

 

「個を確立させた勇者達よ!!俺と共に立て!!俺達悪魔は…真に強き者達の味方だぁ!!」

 

熱い血潮が噴き上がったエボニーやオルガ、ヘルカやトヨやアマリュリスも奮い立っていく。

 

それはさやか達も同じであり、自分達の心に()()()()()()()人修羅の背中に続いてくれるのだ。

 

<<黙れ悪魔共!!アラディア様に行った無礼は万死に値する!!>>

 

グズグズしていたせいで人修羅達は円環の軍勢に完全包囲されており、背後から攻撃が迫る。

 

跳躍したヴァイキング魔法少女達が戦斧を振り落とさんと迫りくるが彼は微動だにしない。

 

だが彼の背後に広がる影の中に潜んでいたボディガード達が迎え撃ってくれるのだ。

 

<<グワァァァァァーーーーッッ!!?>>

 

影の中から飛び出したのは光の魔法少女となった造魔と影を支配する造魔。

 

高速の斬撃がヴァイキング魔法少女達の体を切り捨て、次々と地上に落ちていく。

 

主人の背中を守るようにして立った者達を見たタルトとリズが驚愕した表情を浮かべてしまう。

 

「そ…そんな……ことって……」

 

「どういうことよ…?どうして私達と同じ姿をした存在が…悪魔を守っているのよ!?」

 

鋭い目つきを返す造魔達の体は病的に白い肌を除いてはオリジナルと瓜二つの姿をしている。

 

「私達は貴女達のコピーとしてペレネルが生み出した造魔なのです」

 

「そして今は…人修羅に自分の意思を託して夫と共に死んだペレネルのために…彼を守る者よ」

 

「ペレネルが…私とリズのコピーを生み出していただなんて…」

 

「信じ難い話だけど…ペレネルならやりかねないわね…」

 

「ボケっとしていていいのですか?人修羅として生きる彼の仲魔は私達だけではありませんよ」

 

警告されたタルト達がハッとした時にはもう遅い。

 

空から高速で落ちてきたのは如意棒の一撃であり、地面を大爆発させる程の攻撃が迫りくる。

 

<<うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーッッ!!?>>

 

爆心地を中心にして円環の軍勢が大量に吹き飛ばされていく中、空から誰かが落ちてくる。

 

爆心地に突き刺さった如意棒の石突部分に着地して腕を組む存在こそセイテンタイセイなのだ。

 

「ハッハッハッ!セイテンタイセイ様のご登場だ!まぁ、俺様だけじゃねーけどな」

 

円環の軍勢を蹴散らしながら突風の如く迫る者こそ一騎当千の猛将の如きクーフーリン。

 

ケルベロスに跨りながら魔槍を次々と振るい、地上の軍勢を弾き飛ばしながら迫りくる。

 

「我が名はケルトの戦士クーフーリン!!我が武勇を恐れぬ者共はかかってくるがいい!!」

 

「我ハ地獄ノ番犬ケルベロス!!我ガ牙ニ喰イチギラレタイ愚カ者ハ前ニデロォ!!」

 

頼もしい仲魔達が次々と円環の軍勢を蹴散らしていく中、造魔のタルト達も前に出る。

 

まどかの道を切り開くため、迎え撃つ構えをした円環の軍勢を相手に先陣を切るのだ。

 

「まどか!!私達は貴女の本当の気持ちを聞きたいわ!言ってちょうだい!!」

 

ほむらの叫びに驚いたまどかであるが、しどろもどろになっていく。

 

「えっ……えっと……それは……その……」

 

目の前の軍勢は自分を慕ってくれた者達であり、迷惑をかけていると自責の念を感じてしまう。

 

そんな彼女が心の中に仕舞い込もうとしている本音こそが悪魔達に迷いなき力を与えてくれる。

 

「迷惑をかけない人間なんて存在しないわ!だからこそ、自分のために言いなさい!!」

 

「誰かから憎まれる人生も悪くはないさ、まどか!俺達にお前の心を聞かせてくれ!!」

 

かつての世界でまどかを守れなかったほむらと尚紀の叫びがまどかの心に勇気を与えてくれる。

 

自分の本音と向き合える気持ちこそ、人間の尊厳である自由を守り抜きたい覚悟。

 

だからこそ鹿目まどかは円環のコトワリとしてではなく、人間として叫んでくれるのだ。

 

「わたし……わたしは……生きたい……ッッ!!」

 

目に大粒の涙を浮かべながらも、彼女は他人の迷惑を顧みずに叫んでくれる。

 

「家族や友達と一緒に…この世界で…生き続けたい!!みんなと一緒に…生き続けたい!!!」

 

いい子に育って欲しいと親から言われ続けた末にいい子になってくれたまどかの初めての我儘。

 

その我儘を叫ぶ気持ちこそが全体に正しさを委ねない、操られない個の確立の叫び。

 

今までにないぐらい誇らしい気持ちになった悪魔ほむらと人修羅が微笑みを浮かべていく。

 

「私…我儘を貫いて良かった。こんなにも報われた気持ちは……初めてよ」

 

「今度こそ…俺達の手でまどかの自由を守り抜く。覚悟を決めろ、暁美ほむら!!」

 

「ええ!!私にもう……迷いなど無い!!」

 

造魔達が切り開く道に駆けていくまどかの後ろではフルパワーとなった悪魔達が立つ。

 

ひび割れた魔法盾を纏うのは、カラスの翼と黒きロングドレスを纏う悪魔ほむら。

 

体のウィザードコートが蠢きながら開き、四枚翼を広げたのは白髪となった人修羅。

 

互いが宇宙を飲み込む程の極大に膨れ上がった魔力を全身から発していくのだ。

 

「あれ程の相手だ、出し惜しみはやめておく。最初から飛ばすぜ!!」

 

「行くわよアラディア…今度こそまどかを守る!!お前なんかに渡しはしない!!」

 

互いの翼が魔力を放出させながらブースト加速し、アラディアに目掛けて飛んでいく。

 

迎え撃つ女神は不気味な笑みを浮かべながら飛び、白いドレスの後ろに伸びた裾を広げていく。

 

目にも止まらぬ速度で迫る悪魔達であったが、アラディアは自身に内包した世界を解放する。

 

極限がぶつかるに相応しい戦闘空間が広がるようにしてほむら達は飲み込まれるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

<ここは……アラディアの宇宙なの?>

 

<……そのようだな>

 

念話を飛ばし合うほむらと人修羅が浮かんでいたのはアラディアが纏う白いドレス内の宇宙。

 

円環のコトワリはレコード宇宙を生み出せる程の力だからこそ神霊と呼ばれし至高神なのだ。

 

<<自由という名の愚か者共!!自らを由として我に挑むならば…死の谷に突き落とす!!>>

 

宇宙全体から響くアラディアの念話が聞こえてきた人修羅はかつて自由を語った神にこう返す。

 

<アマラの果てから来た化け物め。俺の自由を認めた貴様が…俺達の自由を否定する気か?>

 

<<自由をもたらすが我が使命。故に鹿目まどかに自由を与えてやったのだ>>

 

<自由を与えたですって…!?まどかはね…やりたくて魔女の救済を掲げたわけじゃないわ!>

 

<<我は全ての者の自由を認める者。それは裏返せば…()()()()()()()()()()()()でもある>>

 

自由は万人に認められるべきであり、いかなる者もアラディアは解き放つ。

 

しかしその道は奈落であり、アラディアに解き放たれた者は自由の名のもとに奈落へ消える。

 

アラディアを呼んだ高尾祐子の末路であり、まどかの末路であり、人修羅の末路でもあるのだ。

 

<<自由とは光であると同時に闇。希望という光を求めた者は…光を掲げながら闇に落ちる>>

 

<だからこそ…人々は自由を欲する癖に自分から自由を捨てる。そして秩序に盲従していく…>

 

<その末路こそ個の喪失であり…全体主義社会を完成させていくのね…まるで社会の呪いよ…>

 

<<貴様らもまた一つの世界。従うな、自らを由とせよ。その希望こそが…()()()()なのだ>>

 

自由を与えて人々を解き放つアラディアの本当の望みとは、自由の責任を負った人々の破滅。

 

アラディアの本性を理解した人修羅の顔つきが憤怒に染まっていく。

 

<貴様なんかを召喚したために…祐子先生は犠牲になった!!貴様は悪霊そのものだ!!>

 

<お前がやった行為はインキュベーターと同じよ!人々に希望を与えながら…破滅させる!!>

 

<<今頃気が付いても遅い。鹿目まどかを得た我はコトワリの神となり…宇宙の秩序となる>>

 

悪魔ほむらと人修羅が浮かぶ宙域の全ての星から魔力の胎動を感じた2人が視線を向ける。

 

暗い宇宙の星々の全てに描かれていくのは円環の魔法陣であり、膨大な魔力を噴き上げていく。

 

<<この宇宙は我のハンティング・グラウンド。狩猟の女神の娘として…獲物は逃さん>>

 

念話を送ってきたアラディアの宙域を特定した2人の翼が広がり、最大出力と化す。

 

<止まるな!!この宇宙そのものが奴の攻撃手段だとすれば…逃げ場など存在しない!!>

 

<時間停止はもう使えない…ならもう、走り抜くしかないわね!!>

 

宇宙の果ての宙域には惑星規模の円環の魔法陣が描かれ、それを背にしたアラディアが浮かぶ。

 

腕を組みながら目を瞑っていたが金色の目を開け、魔法の杖を前にかざしながら力を解放する。

 

<<大母神ディアナの娘として認めてもらうために…恥じない悪魔狩りを見せてやる!!>>

 

星々に描かれた円の全てがアラディアの魔法陣と繋がっているため、宇宙が衛星兵器と化す。

 

惑星サイズの属性魔法ビーム攻撃が次々と放たれてくる雨の中を悪魔達は飛翔する。

 

その速度はどんどん高まり、光の速度になりながらアラディアの宙域を目指していく。

 

二つの光が放射され続ける属性魔法ビームの雨に目掛けて突っ込みながらジグザグの線を描く。

 

天翔ける光となった悪魔ほむらと人修羅であるが、猛火を防ぎきれない。

 

<ぐぅッッ!!!>

 

マサカドゥスの耐性を最大に発揮しながら四属性ビームを防いできたが万能ビームは防げない。

 

外側の両翼を畳みながら盾とするが全方位から迫りくる万能ビームが直撃していく。

 

万能属性魔法攻撃だけは防げないマサカドゥスであったため人修羅は体勢を崩してしまう。

 

墜落していく人修羅であるが、舞い落ちながらも翼を一気に広げる。

 

全身から放たれたのはゼロス・ビートの一撃であり無数の光弾が迫りくるビームを消滅させる。

 

内側の両翼を縦に広げながら後方に向け、魔力を放出させて飛び続けるが攻撃は緩まない。

 

<なんて魔法攻撃だ!?アラディアの魔力は底無しなのかよ!!?>

 

前方から迫る無数の攻撃に対して放電現象を起こしながら魔力を込めた右後ろ回し蹴りを放つ。

 

蹴り足から無数に放たれたジャベリンレインによる無数の光弾が前方の攻撃を相殺していく。

 

<生きてるか!ほむら!!>

 

超光速移動を繰り返しながら戦闘をしていたため悪魔ほむらを見失った彼が念話を送る。

 

すると無数の巨大カラスの矢が側面空間から放射され、衛星兵器と化した前方の星々を砕く。

 

<私は大丈夫よ!そっちこそスピードに振り回されて目を回さないでよ!!>

 

<誰に向かって言ってんだ!!>

 

光速で現れた悪魔ほむらの姿が見えた人修羅もまた速度を上げ、アラディアの宙域を目指す。

 

それでも全方位から撃ち続けられるのは星すらも消滅させる規模のビーム攻撃の嵐。

 

これ程までの超魔法攻撃を行使し続けられるアラディアの魔力に悪魔ほむらも戦慄する。

 

<結界を打ち砕いて現れた奴は魔力切れを起こしていなかった…私ですら魔力を失ったのに…>

 

<…本当に奴の魔力は底無しなのかもしれねーな>

 

弓兵として距離をとって戦うアラディアの体からは無尽蔵に魔力が噴き上がっていく。

 

これこそコトワリ神として宇宙の秩序を守る神に与えられた唯一神の恩恵である光の加護。

 

唯一神との繋がりがある限り魔力は無尽蔵であり、魔力を使った瞬間に完全回復するのだ。

 

<<この攻撃の嵐の中を突き進んでこれるか…ならば、これならどうだぁ!!>>

 

人修羅達の先の銀河にあった巨大な恒星の魔法陣が赤黒く明滅していく。

 

魔力操作によって恒星が自己崩壊を起こしていき、最後の爆発の輝きに包まれていくのだ。

 

<あれは……まさか!!?>

 

先の銀河から広がってくるのは超新星爆発による極大の衝撃波。

 

銀河すら吹き飛ばす規模の魔法攻撃を仕掛けてきた円環のコトワリに対して悪魔達が停止する。

 

<生き残れよ……ほむら!!>

 

<貴方こそ……無事でいなさい!!>

 

背中の翼に魔力を纏わせながら折り畳み、迫りくる極大衝撃波の盾とする。

 

衝撃波の波が星々を砕きながら悪魔達を飲み込み、膨大なエネルギー本流に飲み込まれていく。

 

アラディアが敷いた攻撃布陣は人知を超えており、これこそが円環のコトワリ神の力。

 

自身の宇宙に構築した最強の魔法攻撃陣こそ、『万魔の乱舞』と呼べる程の神霊の力であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

こんな自分でも誰かの役に立てるんだって胸を張って生きていけたら、それが一番の夢だから。

 

他人のためにしか生きれなかった鹿目まどかが望んだ願いとは他人のために尽くすこと。

 

希望を信じた魔法少女達の末路を絶望で終わらせたくないのだと叫び、彼女は人生を捨てた。

 

そんな彼女が今、他人のために尽くす正義ではなく、自分のために戦おうとしている。

 

「まどかに手は出させない!あんた達の相手は…このあたし達だぁ!!」

 

「まどかに指一本でも触れてみろ!!あたしとさやかでぶん殴ってやる!!」

 

まどかが空に向けて放った矢が光の雨となって魔法少女に降り注ぎ、体を癒してくれる。

 

傷が癒えたさやかや杏子達が立ち上がり、再び円環の軍勢を相手に奮戦していく。

 

人修羅の仲魔達も加わったことで戦局を覆せる程の状況を生んでいくのだ。

 

鹿目まどかもまた魔法の弓矢を使いながら円環の軍勢を相手に戦ってくれる。

 

しかしまどかを許さない円環の魔法少女達が彼女を罵倒する叫びを上げていくのである。

 

「よくも私達を裏切ったな!!私達を救いたいって…願ったくせに!!」

 

「お前は支離滅裂よ!!他人に人生を捧げたのに…今度は自分の人生を捨てたくないとくる!」

 

「あたし達はもうお前なんていらない!!あたし達に尽くしてくれない魔法少女はいらない!」

 

「わ……わたしは……その……」

 

<<死ねぇぇぇぇーーーッッ!!!>>

 

さやかや杏子の猛攻を搔い潜ってきた侍魔法少女や騎士魔法少女達が迫りくる。

 

彼女達に言い訳一つ用意出来ないまどかは震えながら武器を構えることすら出来ない状態だ。

 

しかしそんなまどかを救いに現れたのは、彼女に正義を刷り込んだ魔法少女の先輩であった。

 

「がはっ!!?」

 

「ぐふっ!!?」

 

旋風脚が側頭部に決まった騎士魔法少女が倒れ込み、着地したマミがさらに回転蹴りを放つ。

 

「ハァァァァァァーーーーッッ!!!」

 

美しい脚から放たれた黄金の美脚が頭部に決まり、侍魔法少女がきりもみ回転して倒れる。

 

蹴り足を回しきりながらスカートの中でマスケット銃を生み出し、周囲にばら撒く。

 

地面に突き刺さったマスケット銃を握り締めた彼女は踊るように舞いながら銃撃を繰り返す。

 

魔弾の舞踏を踊り終えた彼女であるが、辛そうな表情を浮かべながらまどかに振り向く。

 

「みんな勝手よね…困った時は助けを求めるくせに…()()()()()()()()()()()()んですもの…」

 

「マミさん……」

 

「私は正義の味方として生きてきた…けど、人々の本音はね…都合の良さしか求めてなかった」

 

社会正義の中身とは、赤の他人である民衆の都合の良さでしか出来ていない。

 

人殺しは最悪の罪だと叫びながら、国の正義を懸けた殺戮は絶賛するし司法の極刑も同じ。

 

他人の勝手な正しさによって生み出される矛盾に塗れたご都合主義のために正義があったのだ。

 

「私が正義を求めたのは繋がりが欲しかったから…。だけど…他人はこんなにも残酷だった…」

 

他人のために尽くす道が正解だとまどかに教えたせいで他人に搾取される末路を与えてしまう。

 

自責の念に蝕まれたマミは泣きそうな目元を腕でこすった後、迷いのない顔つきを浮かべる。

 

「貴女は貴女で良かったのよ…何かになろうとするんじゃない、貴女自身を貫くべきだったの」

 

「わたし自身を……貫く……」

 

「貴女だってこの世に生まれてくれた人間よ。人間としてどんな道が欲しかったか思い出して」

 

他人の勝手な求めに応じて搾取される必要はないのだと教えてくれる。

 

人間としてどんな風に人生を生きたかったのかを思い出してと先輩は伝えてくれるのだ。

 

「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」

 

中国の思想家であり哲学者の孔子の言葉を送ってくるのは肩に如意棒を担ぐセイテンタイセイ。

 

「和とはすなわち、自らの主体性を堅持しながら他人と協調することなんだよ」

 

「悟空さん……?」

 

「それに対して同とは、自らの主体性を失って他に妥協すること。腰抜けの発想だったんだ」

 

「私を表す言葉そのものよ…臆病な私は他人との繋がりを重視するあまりに…個を喪失した…」

 

「まどかはまどかでいい。テメェはテメェの道を進め。人には勝手なことを言わせておけ」

 

「彼の言う通りよ。貴女は貴女を貫き、他人とは小さな繋がりだけを求めていけば良かったの」

 

「この戦いはテメェの個を確立させるための戦いだ。罵倒する連中に向かって叫んでやれ」

 

――その時こそ、俺様は本当のテメェと出会えたような気がするぜ。

 

英雄だの悪者だの、クラスの人気者だの厄介者だの、どうでもいい概念だと尚紀は言葉を残す。

 

人は善人である必要も悪人である必要もない。

 

人がその本性を受け入れるのが大切なのだ。

 

人がその本性を引き受け、開き、生きていればどんな人間だって素晴らしく魅力的である。

 

周りに合わせて取り繕う努力を選ぶ者こそ価値がなく、個を喪失して付和雷同に成り果てる。

 

そんな人間になる必要はないのだと保澄雫に伝えた者こそ個の確立を求める悪魔であった。

 

「さぁ、おっぱじめようぜぇ!!」

 

「自分を貫きなさい、鹿目さん!!私達がついてるわ!!」

 

「は、はいっ!!」

 

さやかと杏子の援護に向かって走っていく鹿目まどかの背中を守るようにして2人が立つ。

 

「悪魔共に味方する社会悪なんかに…正義の味方が負けてたまるかぁぁぁーーッッ!!」

 

悪魔ほむらと戦ったさやかと同じ信念を叫びながら騎士道精神を貫く魔法少女達が迫りくる。

 

博愛主義を掲げる者ほど他人に尽くせ!それが正しさだ!と周りに同調圧力をぶつけるものだ。

 

己の絶対的平等主義・博愛精神だけが崇高であり、他は邪悪な意思であると信じ込む。

 

自分が正義と信じたら命をかけて行うし、他人にも曖昧さを許さない。

 

自分の思想に忠実、よって過激化する正義の味方こそ十七夜や静香のような狂人に成り果てる。

 

真面目で心優しい人物ほど正義を求め、()()()()()()()()()()()心理構造を持ち合わせていた。

 

「いつから道徳が個人を縛るものじゃなく…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

マスケット銃を構えるマミであったが横で如意棒を振りかぶる者の頓珍漢な一撃に気が付く。

 

「えっ?ゴフゥ!!?」

 

伸びた如意棒が横振りされながら騎士魔法少女を打ち倒し、魔法少女達の体が棒に絡みつく。

 

「オラオラオラオラオラァ!!!」

 

勢いに乗ったセイテンタイセイが大回転して如意棒を振り回し、魔法少女達が大勢絡みつく。

 

如意棒は魔法少女達の塊となり、その中には横で立っていたマミの姿も混ざっていたようだ。

 

「飛んでけやぁぁぁぁーーーーッッ!!!」

 

一気に振り抜き、魔法少女達が空に向けてかちあげられるのだが知ってる人物の姿に気が付く。

 

「いやぁぁぁぁーーーーーっ!!!」

 

「おやっ?」

 

何かミスったかな?と空を見上げていたらクーフーリンの魔槍で頭をどつかれてしまう。

 

「このたわけ!!ボルテクス時代からのフレンドリーファイアの癖は未だに治らんのかぁ!!」

 

「うるせぇ犬っころ!!合わせられなかった奴が悪いんだよぉ!!」

 

「真横にいたのに普通気が付くだろう!?そんなんだから貴様は天界一の暴れ猿なのだぁ!!」

 

「やかましい!!ひ弱な連中なんかよりも先に…ガミガミ煩いテメェの相手をしてやるよ!!」

 

呆気にとられた円環魔法少女達の中で大喧嘩を始める緊張感0な犬猿にさやか達が顔を向ける。

 

「アハハ…あたし達もあれぐらい自分に素直になれたら良かったのにね…」

 

「全くだな…まぁ、あいつら程にまで周りが見えない連中にはなりたくねーけどなぁ!!」

 

敵の動きが見えているさやかと杏子が背中を守り合うようにして踏み込んでいく。

 

斬撃を潜り抜けた2人が同時にみねうち攻撃を次々と放ち、円環魔法少女を昏倒させていく。

 

この光景こそ杏子が望む毎日であり、それを続けていきたい彼女がさやかに語り掛けてくる。

 

「なぁ…さやか。まどかの回復魔法で体が癒えたんだし、顔の包帯を解いたらどうなんだ?」

 

戦闘を続けながら会話を行っていくのだが、包帯下のさやかの顔は悲しそうになっていく。

 

「今はいい…。円環に帰るって決めたのに…あたしはほむらを選んだ。皆に顔見せ出来ない…」

 

「誰だって失敗するもんさ。あたしだって失敗するし、さやかだってする。恥ずかしがるなよ」

 

「だ、だけどさ…恥ずかし過ぎてあたし…包帯をとって顔を見せる勇気が出てこないんだ…」

 

「経験は人生の宝物だよ。失敗する事でしか人間は学べないけど…それでも失敗は宝なんだ」

 

「杏子…なんであんたはそんなに優しいのよ?バカなあたしなんて…そんな価値はないのに…」

 

槍の平たい部分で打ち付けた敵が倒れ込む中、後ろに振り向きもしない杏子が顔を俯けていく。

 

その寂しそうな表情はくるみ割り人形の魔女の世界で見せた杏子の表情と同じである。

 

「記憶を取り戻したから覚えてる…本当のさやかは死んでて…今のさやかは概念存在だって…」

 

くるみ割り人形の世界に取り込まれた杏子であったが、偽りの嘘によって心は救われていた。

 

その偽りの嘘は悪魔ほむらになってからも続き、さやかの家族という嘘を与えてくれた。

 

たとえ嘘であっても、彼女の心は救われてきたことに変わりはなかったのに失いかけたのだ。

 

「それでもさ…あたしはほむらの嘘に救われたんだ。そして今でも…救われたいと思ってる…」

 

「…あたしのパパとママが杏子の正体に気が付いたとしても…あんたには尚紀さんが…」

 

「尚紀は優しいから頼めば受け入れてくれるとは思うけど……あたしはさやかがいいんだ」

 

前髪で目元が隠れた杏子が顔を上げてこう告げる。

 

その言葉こそ大切なものを失いかけたことで大切な存在の愛しさに気が付いた者の言葉なのだ。

 

「行かないでくれ……さやか。あたしはさ……ずっとあんたの家族でいたいんだ」

 

杏子の正直な気持ちを背中で受け止めたさやかは敵をみねうちで打ち倒した後、こう告げる。

 

「うん……あたしもさ、許されるなら…杏子と一緒に生きたい。これからを考えないとね」

 

そう言ってもらえた杏子の目から涙が零れ落ちた後、口元は嬉しそうな笑みを浮かべてくれる。

 

「そう言ってくれると信じてた。大丈夫、ほむらに任せとけばいい。今までも…これからもな」

 

今までにないぐらい嬉しい気持ちを感じた2人に向けて円環の侍魔法少女達が斬り込んでくる。

 

それでも今の2人には敵わないだろう。

 

心がまた繋がり合えたさやかと杏子に恐れる者など何もなく、全ての困難と戦っていける。

 

その手は握り合えずとも、心は抱きしめ合えたのだから。

 

それはまどかも同じであり、次々と彼女を罵倒しながら迫りくる同胞を相手に戦ってくれる。

 

「もう迷わない…わたしは悪い子だって言われてもいい!わたしにも…尊厳があるんだから!」

 

大乱戦となった戦場の地こそ、血生臭い白鳥の湖となった舞踏会の会場になっていく。

 

各国から参じた者達も武器を振り回しながら踊り、悪魔が連れてきた従者達も武器を振りぬく。

 

剣戟の音が鳴り響く中、戦況が劣勢になっていることを把握したアラディアが援軍を放つ。

 

「あいたたた…今度悟空さんを見つけた時はお尻に黄金の蹴りを……あらっ?」

 

グルグル目をして倒れ込んでる魔法少女達の中で起き上がったマミが感じたのは大気の変動。

 

同時にラッパの音が鳴り響き、博覧会跡地の周囲にカラフルな象や人形の使い魔達が出現する。

 

万国旗で飾られた使い魔の軍勢に気が付いたさやかは何が現れようとしてるのかに気が付く。

 

「アラディア……まさかあの魔女を解き放ってきたの!?」

 

急激な気圧低下に伴って耳が痛む者達が上空を見上げれば、巨大なるゼンマイが浮かんでいる。

 

かつての大魔女を知る魔法少女なら、()()()()()()()()()()()()()危険性を理解するだろう。

 

同時にカウントダウンが始まっていき、魔女結界の空が暗くなっていく。

 

<<アハハハハハハハハッッ!!!>>

 

舞踏会に現れ出でた存在こそ、見滝原市にとっては因縁深い大魔女であるワルプルギスの夜。

 

舞台装置の魔女は白鳥の湖の舞台劇を飾る装置として最大級の力を発揮しようとしている。

 

その姿は頭部が下側に向いておらず、時計の針が回転し終えたかの如く上に向いている。

 

今のワルプルギスの夜はかつての暁美ほむらが戦ってきた存在ではない。

 

フルパワーとなったワルプルギスの夜が出現したのだ。

 

ワルプルギスの巨大ゼンマイが回転する光景を見上げるまどかとさやかは絶望を浮かべていく。

 

大魔女が回転する光景はまるでこれからの惨劇は止めようがないという前触れかもしれない。

 

ワルプルギスの夜をこのまま放置すれば、この国を壊滅させるまで回転し続けるだろう。

 

まさにその光景は()()()()()()()()()()()()()()()()しか生み出されないのであった。

 




公式の円環のコトワリ設定の中には小惑星がぶつかってもびくともしない小象12号とか、邪魔な惑星を星系ごと吹っ飛ばす恒星間強制円環ミサイルとか劇中で回収する気0なとんでも設定があるのでバトルシーンに悩みました。
悩んだ末に、ドラゴンボールみたいなデデーンな展開を描こうなノリで公式とんでも設定に負けない力強さを表現してみました(汗)


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258話 魔女が集まる夜

ワルプルギスの名の通説はキリスト教やユダヤ教における唯一神の安息日である。

 

世界を創世した神が最後の日を休んだことを祝福し、休日は唯一神に祈りを捧げる日とされた。

 

しかしワルプルギスの名は魔女や悪魔崇拝者によって歪められていくことになるだろう。

 

魔女が集まる夜として残るワルプルギスの夜はディアナ崇拝である魔女の集会がルーツである。

 

夜の女王であるディアナを崇拝する集会のことをさす意味でサバトという言葉が生まれたのだ。

 

そんな彼女達を悪魔崇拝者だと決定づけた事件こそがフランスの魔女裁判の歴史である。

 

不思議な魔術を用いて人々の心を惑わす魔女達は夜の女王に仕える者達ではない。

 

闇の王であるサタン(聖書内のバアル)に仕える者達だと位置づけ直されたのだ。

 

キリスト教の安息日を穢す邪悪な女達という認識が広まり、闇のサバトだと人々は恐れていく。

 

闇のサバトは悪魔と魔女が乱交しながらセックスする儀式であり、子供達が儀式殺人される。

 

このように邪悪な儀式だと認識された集会の時期こそ五月祭やハロウィンの季節と重なるのだ。

 

法王グレゴリオ9世が残した大勅書には悪魔主義者達のサバトの内容が恐ろしく記されている。

 

サバトを厳しく弾圧しなければならなかったのは、子供達の命を魔女から守るためでもあった。

 

……………。

 

<<アハハハハハハハハッッ!!!>>

 

見滝原市商業区に隣接する博覧会跡地の空に現れたのは全長400メートルに達する大魔女。

 

かつてのワルプルギスの夜と見た目こそ同じであるが、巨大ゼンマイが下側に向いている。

 

背後の空には光り輝く巨大な魔法陣が浮かび、青と白で彩られたドレスを着て舞い続ける。

 

回転し続けることしか出来ない愚者を表す魔女こそ、悪魔を崇め続けた魔女を表すものだった。

 

「噓でしょ…?アラディア様はどうして…あんな恐ろしい大魔女を解き放ったのよ!?」

 

戦闘を中断したガンヒルトが驚愕した表情を浮かべながら空を見上げている。

 

「体の位置が頂上に辿り着いている…あれは完全体になったワルプルギスの夜なのよ!」

 

「アタシ達が生きた戦国時代には現れなかったけど…現れてたら日の本が終わってたね…」

 

同じく戦闘を中断している水名露と千鶴も顔を天に向けながら戦慄した表情を浮かべる。

 

円環のタルトとリズもそれは同じであり、援軍として寄越すには相応しくない存在を恐れる。

 

「女王の黄昏を超える程の力を感じます…あれがフルパワーになったワルプルギスなんですね」

 

「アラディアはどういうつもりなのよ…あんな存在がいたら私達だって無事じゃすまないわ…」

 

主神様の采配を疑問視する円環の魔法少女達は恐れおののきながら停戦状態になっていく。

 

それは見滝原の魔法少女達も同じであるのだが、人修羅の仲魔達は微動だにせず語り合う。

 

「力だけなら上位の悪魔領域に達している相手だな。だとすれば…この国を滅ぼし尽くせるぞ」

 

「オモシロイ…相手ニナッテヤル。コトワリ神トノ戦イヲ奪ワレテシマッテ退屈シテイタノダ」

 

「それよりよぉ…何なんだ?この不快な音は?あの巨大ゼンマイがギシギシいってんのか?」

 

セイテンタイセイ達が語り合っていた時、不快な音の正体が上空から降り注いでくる。

 

<<えっ?えっ!?キャァァァァーーーーッッ!!?>>

 

スーパーセルの雹の代わりとして降り注いできたのは子供サイズの人骨の雨。

 

巨大ゼンマイが下側に向いた事で内部で砕かれていくゴミが地上に降り注いできたようだ。

 

「こ…これは何なのよ!?ワルプルギスの夜の内部で…何が行われてるっていうのさ!?」

 

「あれは…あれは子供達が魔女の集会で生贄にされてきた光景だったんだよ…さやかちゃん…」

 

驚愕した表情を浮かべながら振り向くさやかは震え抜くまどかを見つけるだろう。

 

円環のコトワリとしての記憶を取り戻したため、ワルプルギスの夜の正体が分かるのだ。

 

「ワルプルギスの夜…父さんから聞かされた事がある。悪魔崇拝を行う闇のサバトだって…」

 

「牧師だった佐倉さんのお父さんは…ワルプルギスの夜について知っていたのね…?」

 

「牧師としての知識だけだがな。ワルプルギスの夜は恐ろしい魔女達の秘密集会だったんだ…」

 

「ハロウィンのような楽しいイメージで考えてきたのに…私達は何も知らなかったのね…」

 

悲鳴を上げていく円環の軍勢であったが、戦闘中のアラディアから念話が全員に送られてくる。

 

<<魔女達よ…崇めよ…我の麗しき母神を称えよ。月の女神であり狩猟の女神を崇め奉れ…>>

 

戦闘中であるアラディアの顔つきは常軌を逸脱しており、高揚しながら頬を染める。

 

神として形を得て初めての全開戦闘を行える興奮のせいで隠してきた欲望を撒き散らしていく。

 

<<同時にバアル神を称えよ!ゼウス様を崇めよ!牛神の系統を司る神々を崇め奉れぇ!!>>

 

アラディアの欲望が形となった存在こそ、彼女が解き放った新たなるワルプルギスの夜の正体。

 

青と白で彩られた美しいドレスを纏う麗しき大母神ディアナ(アルテミス)を称えろ。

 

ゼンマイの中で磨り潰す子供達の生贄を沢山用意しながらバアルとゼウスを崇めろ。

 

<<魔女共がもたらす悪魔崇拝によってゼウス様もお喜びになられる!我も報われよう!!>>

 

子供達に火を点けろ、廻るように踊り狂いながら歌い、狂乱の如く乱交し、子供達の肉を喰え。

 

新たなる大魔女ワルプルギスの夜とは、魔女達の秘密集会を表す概念存在。

 

その秘密集会で繰り返されてきたのはアラディアの欲望を満たすための悪魔崇拝儀式であった。

 

<<アハハハハハハハハッッ!!!>>

 

円環のクイーン・オブ・マッドネスの狂気を受け継いだ真ワルプルギスの夜がついに動き出す。

 

巨体の回転速度が徐々に上がっていき、大魔女の周囲には使い魔の代わりに無数の炎が浮かぶ。

 

炎の中で形になっていくのは炎のバフォメット像であり、燃える像が周囲の守りを固めていく。

 

魔女達のサバトを統括してきたバフォメットとバアルとは繋がりがある。

 

バアル崇拝は性的興奮を儀式に取り入れるものだと聖書の列王記に記されているのだ。

 

バフォメットの頭部は牛神を表し、蛇の男根や女性の乳房はバアルと妻のアシェラトに繋がる。

 

バアル崇拝を撒き散らす真ワルプルギスの夜を守護するのはバアルの儀式で使われた像だった。

 

<<さぁ、廻るがいい!!まだ足りぬ…もっと生贄を…もっと子供達の生贄を用意しろ!!>>

 

「不味いぞ…あの悪魔が最高速度に達すれば止められん!!」

 

「超巨大洗濯機に放り込まれる前にケリをつけてやらぁ!!」

 

「行クゾ!!我ラ悪魔ノチカラ…魔法少女共ニ見セテヤロウゾ!!」

 

筋斗雲に飛び乗ったセイテンタイセイに続きケルベロスに跨ったクーフーリンも続いていく。

 

廻り続ける真ワルプルギスの夜の力によって商業区のビルの数々が千切れながら宙に浮かぶ。

 

そのビルに飛び乗ったケルベロスに跨ったクーフーリンはセイテンタイセイと共に勝負に出る。

 

「どうやら…争い合っている場合ではなくなりましたね」

 

背後から隣のタルトの声が聞こえて驚いた円環のリズが振り向けば傷だらけの造魔達が立つ。

 

「ビックリさせられるわね…同じタルトが2人もいると、どっちがタルトか分からなくなるわ」

 

「どちらでもいいじゃないですか?私はあれを放置出来ませんし、隣のタルトも同じでは?」

 

「同じ気持ちです。どうやら…アラディア様はご乱心なされた様子。臣下として止めたいです」

 

「それでこそ忠臣よ。命を懸けて君主の暴走を諫めるのも臣下の務めなのよ」

 

「三国志時代の魔法少女も同じ事を言ってたわ。袁紹も劉備も臣下の言葉を聞くべきだったと」

 

「私達は…暴走した袁紹や劉備についていった兵隊と同じでした…。もう間違いません…」

 

自尊心を満たしたいために愚かな戦いをしていたのだと気が付いた円環のタルトは猛省する。

 

自己嫌悪によって再び暗い闇を抱えていた時に近寄ってきた者が手を持ち上げて握ってくれる。

 

「誰でも失敗するものです、恥ずかしいことではない。みんな同じなんです」

 

「ジャンヌ……」

 

「まどかさんも失敗するし貴女やアラディアも失敗する。お互い様なんだし元気出して下さい」

 

笑顔を向けてくる自分自身のコピーの言葉によって円環のタルトの心に光が戻っていく。

 

本物の心にも光を与えてくれる存在こそ、ペレネルが生み出した新たなるタルトの光なのだ。

 

「フフッ…コピーだけど、この子もまた本物よ。タルトと同じ温かい光を内に宿してるわ」

 

「勿論よ。私の自慢のタルトですもの」

 

「あら?言うじゃない、私?私のタルトだって自慢のタルトよ」

 

向かい合いながらバチバチと火花を飛ばし合うダブルリズに向けてタルト達が微笑んでくれる。

 

「さぁ、貴女達の力を解放して下さい。私の力とは貴女達の力をコピーしたものなのです」

 

「本物の光を見せて頂戴。もっとも、うちのタルトの光だって負けてないんだから」

 

円環のタルトとリズが顔を向け合いながら頷き、リズがタルトの左手に手を置いてくれる。

 

すると円環のリズの姿が消失していき、円環のタルトの体が眩い光となっていく。

 

光の中から現れた存在こそ、造魔のタルトが辿り着いた光の戦士のオリジナルなのだ。

 

「全力を出し続けていいわ。造魔であり悪魔の私はイレギュラー化した貴女達を救える者よ」

 

造魔のリズはタルト達の影の中に潜り込んでいき、どちらの影からでも出現出来る準備をする。

 

「行きましょう、タルト。私達は2人のリズに守られている…恐れる者などありません」

 

「私達ならやれますよ、ジャンヌ。フフッ…まるで鏡と一緒に戦ってるみたい♪」

 

「貴女の輝きに負けないぐらい私も輝いて見せます。さぁ、ジャンヌ・ダルクの出陣です!!」

 

動き出すジャンヌの背中を呆然と見つめることしか出来ないガンヒルトの元に姉がやってくる。

 

「もうこんな争いは終わりだよ!今はあの大魔女をどうにかしないと大変な事になる!!」

 

「ね…姉さん…アラディア様はどうしちゃったのよ…私達に正義を与えてくれた御方なのに…」

 

「そんなの分からない…だけど、分かることはある。あれを倒さないと…この国が滅びる!!」

 

「私…姉さんが選んだ道は未だに認められない。だけど…この状況だって認められないわ…」

 

「だったら…この状況を片付けよう!それから話し合おうよ…あたしは妹と戦いたくないの…」

 

「姉さん……うん、そうだね。今は…大魔女の相手をする方が先みたいだから」

 

オルガとガンヒルトの姿を見た水名露と千鶴も頷き合い、立ち上がる侍達に号令をかける。

 

「巻き上げられた建物の中には民衆がいると思うわ!私達は民衆のために戦うべきよ!」

 

「武士道が発達した江戸時代の侍は死ぬことと見つけたりなんだろ?だったら今が死に時だね」

 

「その通りよ。智を研き徳を修めて人間高尚の地位に昇ることが武士道…見失うところだった」

 

「そうだね…アタシ達に足りなかったのはきっと…()()()()()()()()()()()()だったんだよ…」

 

タルト達の背中に騎士魔法少女達も動き出し、侍やヴァイキング達も動いてくれる。

 

彼女達は曲がりなりにも正義を求めた魔法少女達。

 

突然現れた大魔女によって何の罪もない人々が虐殺される光景を許す者達ではなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「さぁ、私達も行くわよ!!」

 

「たとえ円環のコトワリを裏切っても…あたしは人々のために戦う魔法少女だ!」

 

「あたしはそんなさやかを客観視してやるために傍にいてやらねーとなぁ」

 

「行こう、みんな!ほむらちゃんや嘉嶋さんも戦ってる…わたし達だって負けてられない!!」

 

天空を支配するバアル神の如く全てを飲み込む突風にさせまいと見滝原の魔法少女達も動く。

 

両手を合わせたマミが解き放ったのは膨大な数のリボンであり、次々と編まれていく。

 

リボンが編み上げたのはベタ踏み坂の如き道であり、巻き上げられたビルと繋がっていく。

 

同時に大魔女にもリボンが絡みついていき、マミから受け取ったリボンを掴む者達が引っ張る。

 

「フッ!!ハッ!!ホッ!!フッ!!ハッ!!ホッ!!」

 

マミから受け取ったリボンを掴んで引っ張るのはヴァイキング魔法少女達。

 

ヴァイキング・チャントを叫びながら団結し、剛力を用いて大魔女の回転を止めようとする。

 

巨大なヴァイキング船すらかついで山を駆け上れる彼女達であるが相手が悪過ぎるようだ。

 

護衛として浮かぶ無数のバフォメット達が火球を放ち、大魔女に絡まったリボンを燃やす。

 

拘束を解かれた大魔女の体はさらに回転を速めようとしているようだ。

 

「登れぇぇぇぇーーーッッ!!!」

 

水名露が刀を構えながら叫び、次々と侍魔法少女達がリボンの坂道を登っていく。

 

侍達と並ぶように登っていくのは騎士魔法少女達であり、放たれた火球を盾で防いでくれる。

 

騎士達の援護を受ける侍達が巻き上げられたビルに入っていき、民衆を救出していく。

 

リボンを捨てたヴァイキング達は魔法弓を生み出し、隊列を組んで救出部隊を掩護してくれる。

 

それぞれが己の役目を果たす中、ビルと共に浮く瓦礫を足場にした悪魔達も仕掛けていくのだ。

 

「回転を上げさせるわけにはいかん!!」

 

跳躍移動を繰り返すケルベロスに跨るクーフーリンは槍を構えながら魔法を放つ。

 

ランダマイザ効果によって攻撃・防御・命中率・回避率が下がるのだが大魔女も魔法を行使。

 

「奴め!!悪魔の魔法まで使えるというのか!?」

 

デクンダを行使してデバフ解除を行った真ワルプルギスの夜が反撃を放つ。

 

赤い口紅が塗られた巨大頭部から業火が吐き出され、薙ぎ払うようにしながら放ち続ける。

 

しかしケルベロスの耐性によって炎は反射されるが大魔女は炎を吸収したようだ。

 

「奴ニモ炎ハ通用センカ」

 

「だったら!物理的に殴り壊してやるさぁ!!」

 

クーフーリンの横を突っ切って飛んできたセイテンタイセイが如意棒を振り上げる。

 

気合を込めた一撃を放とうとバフォメット達の火球を超えながら真ワルプルギスの夜に迫る。

 

しかし相手はバアル崇拝を撒き散らすために生み出された新たなるワルプルギスの夜。

 

その力の中にはバアル神と同じ天空を司る魔法の力が宿っていたのだ。

 

「グワァァァァァーーーーッッ!!?」

 

真ワルプルギスの夜に迫るよりも先に天空から轟雷が落ち、セイテンタイセイは直撃する。

 

『真理の雷』の一撃によって筋斗雲から零れ落ちた彼の体は地上に向けて落下したようだ。

 

「くそっ!!なんて苛烈な攻撃だ!!近寄れん!!」

 

真理の雷の轟雷が大魔女の巨体の周囲に落ちていき、雷の壁とする。

 

クーフーリンやケルベロスの魔法攻撃の一撃や地上の魔法少女達の攻撃を撃ち落としていく。

 

高速で接近する飛翔体を自動迎撃していくその力はまさに夜の女王の盾といえる脅威であった。

 

「死中にこそ活がある!!覚悟を決めろ、ケルベロス!!」

 

「ミナマデイウナ!!我ハイツデモ覚悟ハデキテイル!!」

 

魔槍ゲイボルグを構えながら気合を溜め、ケルベロスと共に突っ込んでいく。

 

瓦礫に飛び乗りながら迫る相手に意識が向いた大魔女の体からショックウェーブが放たれる。

 

<<グァァァァァーーーーッッ!!!>>

 

雷に焼かれながらもクーフーリンは魔槍を投げ放つ。

 

赤黒く光る光弾となったゲイボルグの一撃がバフォメット達を超え、心臓部位に突き刺さる。

 

しかしワルプルギスの夜は生物ではない舞台装置のため、心臓など存在していなかったようだ。

 

地上に落ちていくクーフーリンとケルベロスであったが口元には微笑みが浮かんでいる。

 

「奴の注意は逸らしたぞ……決めてみせろ……魔法少女達よ」

 

クーフーリンの一撃によって大魔女の高速回転の速度が弱まっていく。

 

真ワルプルギスの夜の体内は時計塔の内部の如くゼンマイだらけであり精密機械と同じ。

 

ゲイボルグという異物がゼンマイ装置の間に挟まり、機械全体の動きに支障をきたすのだ。

 

<<後ろががら空きだよ!!>>

 

さやかの叫びに気づいた真ワルプルギスの夜が後ろに振り向こうとするが遅過ぎる。

 

大魔女サイズとはいかなくとも100メートル近い人魚の魔女の剣が振り落とされていく。

 

人魚の魔女もまどかの回復魔法によって死にかけた体を元に戻していたようだ。

 

<<アァァァァーーーーッッ!!!>>

 

巨大な左腕が切断され、地上に落ちていく。

 

しかし大魔女の周囲は雷の盾で守られていることもあり、人魚の魔女は雷に打たれてしまう。

 

「くぅ!!!」

 

電気ウナギに触れた魚のようになった人魚の魔女の肩にはさやかと杏子が立つ。

 

彼女達は頷き合い、決死の覚悟で大魔女の下半身である巨大ゼンマイの上に飛び移るのだ。

 

「なぎさが寝てる間に大変になってたのです。だけど…さやかを傷つける奴は許さんのです!」

 

人魚の魔女と同じく空に浮遊してきたのは百江なぎさの魔女であるお菓子の魔女。

 

頭の上に乗っかるなぎさの後ろにはまどかと円環の魔法少女達が立つ。

 

今度は不覚をとらないと巨体を振り向けた大魔女がショックウェーブを放射しようとする。

 

<<そうはさせないわ!!受けてみなさい…特大のティロ・フィナーレを!!>>

 

地上から迫ってきた巨大砲弾の一撃がゼンマイに当たったために大魔女は体勢を崩す。

 

地上に目を向ければリボンで編まれたマスドライバー鉄骨に沿うように伸びた巨大砲身の影。

 

その巨大な砲はまるでナチスが開発したV3高圧ポンプ砲を彷彿とさせる大きさであった。

 

「決めちゃいなさい!夢と希望を守る魔法少女こそ、本来の私達の姿で在りたいわ!!」

 

巨大砲身の上で立つマミの言葉に頷いた円環の魔法少女達が最大の力を解放してくれる。

 

お菓子の魔女から飛び降りて宙に浮かぶ瓦礫に立った彼女達が放つのはマギア魔法の一撃。

 

「これはまことか幻か…答えはその身に聞くがいい!!」

 

「火宅の子供達よ!憎しみがその炎となるなら、私が消してみせる!!」

 

「にちりんのざんこうよ!われのもとにあつまり、いぶをしめせ!!」

 

「賽は投げられました!運命は決まっています…我らの勝利なのだと!!」

 

エボニー、ヘルカ、トヨ、アマリュリスのマギア魔法が次々と放たれていく。

 

迎え撃つ護衛のバフォメット達を霧が包み込み惑わす『ホルスの眼差し』の惑わし。

 

燃え上がる炎に無数の光がぶつかって消えた直後に拘束する『転輪羅刹のサーサナ』の慈悲。

 

複数のマガタマから放たれる火の塊が次々とバフォメットにぶつかる『日輪片の句珠』の炎。

 

トドメとして出現した巨大なサイコロの爆発によって葬る『ルビコンの決択』の光。

 

それぞれのマギア魔法の連携によって護衛のバフォメット像が消え去り、大魔女への道が開く。

 

「へっ…やるじゃねーか。せっかくだ、テメェらも行ってこい!!」

 

傷だらけのセイテンタイセイの意思を汲み取ったオルガや露達も動き出す。

 

振りかぶりながら伸ばした如意棒の柄に飛び移り、空に向けて豪快に放たれていく。

 

護衛を失った大魔女は魔力で浮かしていたビルの数々を彼女達に目掛けて落としてくるのだ。

 

「戦乙女の力が入ってくる…貫き通してみせる!あたし自身を!!」

 

「目の前に立ちふさがるものが何であろうと邪魔はさせない…全てを排除する!!」

 

「二度は見られない技よ!!」

 

「逃がしゃしねえ!!地獄への牢獄を編み出して、怒りの業火で焼き尽くしてやる!!」

 

翼が生えたオルガのランスが光を放ち、突進してビルを砕く『ワルキューレの閃騎槍』の流星。

 

半身に黒い入れ墨が浮かんだガンヒルトが狼の業火を放つ『マーナガルムの圧搾牙』の業火。

 

2人が消し飛ばした後方から迫ってくるビルを一刀両断にする『明鏡止水の幾太刀』の斬撃。

 

真っ二つになったビルに絡みつく鎖分銅が炎を纏い、炎の鎌で葬る『炎獄阿修羅』の炎獄。

 

それぞれのマギア魔法の連携によって巨大質量攻撃を超えていった者達も空を戦場とするのだ。

 

<<アハハハハハハハハッッ!!!>>

 

腕を切り落とされてなお健在な大魔女が再び高速回転に至ろうとしていく。

 

巨体からは禍々しいオーラが噴き上がり、自分が浮かぶ空域に目掛けて冥界破の衝撃波を放つ。

 

<<キャァァァァーーーーッッ!!!>>

 

円環の魔法少女達が立つ瓦礫ごと吹き飛ばし、回転が増すほどに周囲が暴風と化していく。

 

「うわわわわ!?もう直ぐ巨大な竜巻になっちゃいそうなのですーーッッ!!」

 

お菓子の魔女を操るなぎさは必死に魔女を掴みながら持ち堪えようと足掻く。

 

地上の円環の軍勢も風に巻き上げられそうになるが、起き上がった人魚の魔女が体を盾とする。

 

人魚の魔女の下に集まった魔法少女達は手を取り合って必死に耐えようとする。

 

そんな時、高速回転の勢いが弱まってきたために暴風が収まってくれたようだ。

 

「風が弱まってくれた……もしかして、さやかちゃんや杏子ちゃんのお陰なの!?」

 

なぎさと共に魔女の体に掴まっているまどかの予想は的中する。

 

大魔女内部の空間では暴れまわるさやかと杏子が次々とゼンマイ装置を壊していく。

 

「こなくそぉぉぉぉーーーーッッ!!!」

 

舞台装置の中で暴れまわるさやかの下では転がっているゲイボルグを杏子が拾ってくれる。

 

「あたし達が来るまで頑張ってくれたようだな…ちゃんと槍一郎に返してやらねーと」

 

持ち主を選ぶ魔槍であるが、杏子に拾われても不思議と暴れようとはしない。

 

杏子もまた魔槍に選ばれる可能性を持つ者かもしれないが、今はそれを考えてる場合ではない。

 

「うおわぁぁぁーーーーッッ!!?」

 

調子こいて暴れまわってたせいで下の階にいた杏子の頭上には巨大ゼンマイが落ちてくる。

 

慌てて避けた杏子は怒りながらさやかに文句をブーブー言ってくるようだ。

 

「アハハハハ♪めんごめんご♪」

 

「まったく…さやかは本当に危なっかしいぜ。へへ…ずっと傍で見守ってやらねーとなぁ!!」

 

魔槍ゲイボルグを振り回した杏子もさやかに負けまいと次々とゼンマイ装置を壊してくれる。

 

胴体内部に納められた舞台装置を壊されたことで真ワルプルギスの夜の力が弱まっていく。

 

それでも廻り続けることしか出来ない愚者は周囲を飛んでいるお菓子の魔女に狙いをつける。

 

ショックウェーブを放とうとするのだが、頭部に生えた二本角の影から何者かが現れる。

 

影を操り真ワルプルギスの夜の頂上に現れたのはダブルタルトの姿なのだ。

 

「さぁ、貴女もこれを使って下さい!!」

 

円環のタルトが右手を持ち上げながら出現させたのは生前の彼女が使った旗槍。

 

ジャンヌ・ダルクを象徴する武器であり、円環の旗が美しくはためいていく。

 

「コピーに過ぎない私なんかが…本物のジャンヌ・ダルクの象徴に触れてもいいんですか?」

 

「何を言ってるんです?本物とか偽物とか気にする必要がありますか?」

 

「で、ですが……その……」

 

「貴女はペレネルが残してくれた最高の私です。胸を張って一緒に使って下さい♪」

 

本物の笑顔の光に触れた造魔も笑顔を浮かべながら頷き、左手で旗槍を握ってくれる。

 

そんな彼女達を見守るリズ達もまた彼女達と共に微笑み、この一撃を放つ力を貸してくれる。

 

「おい、さやか!!上の方から凄い魔力を感じるぞ!!」

 

「げぇ!?これは逃げ出すべき状況だけど…出口はどこだっけ?」

 

下の階を見てみれば、テンション上がったさやかのせいで出口がゼンマイで潰されている。

 

「トホホ……あたしって、やっぱりバカ……」

 

<2人とも、避けて下さい!!>

 

タルト達の念話が聞こえたさやかと杏子が大慌てで飛びのいてくれる。

 

2人の聖女が放つ一撃こそ、彼女達を象徴する一撃となるだろう。

 

「「これで終わりです!!ラ・リュミエール!!!」」

 

旗槍の石突部分が大魔女の頭部に突き刺さり、極大の光を放っていく。

 

<<アァァァァーーーーッッ!!?>>

 

光の本流が真ワルプルギスの夜の頭部から真下のゼンマイ装置までを貫通する程の一撃と化す。

 

地上に直撃した光の本流によって巨大な穴が開く程の一撃となったのだ。

 

「おい、さやか!上の連中のお陰で逃げ道が開いてくれたぞ!」

 

「これはラッキーだね!三十六計逃げるに如かず!!ってね♪」

 

「ほんと、さやかは脆いようでたくましいよな……」

 

タルト達が開けてくれた大穴を使ってさやか達は下の階へと降りながら逃げようとする。

 

彼女達の一撃によって体勢が崩れていく大魔女から脱出するため、タルト達も走っていく。

 

頭部から大きく跳躍しながらトドメの一撃を放とうと振り返った時、巨大な頭部が口を開ける。

 

「まだ攻撃する余力があるのですか!?」

 

報復の業火が口から放射され、タルト達を飲み込もうとする。

 

そんな時、円環のタルトは頼れる仲間の魔力を感じた方角に視線を向けるのだ。

 

「えっ!?」

 

造魔のタルトが驚きの声を上げれば、自分達の前方から迫る業火が消滅していく。

 

彼女達を守るように飛んできたのは両手持ちメイスの槌頭部分であり、炎を消滅させてくれる。

 

さらに飛んできたのは火竜のブレス放射ともいえる程の巨大な業火の一撃。

 

彼女達を守った槌頭部分が消失した後の炎を横から押し流してくれたようだ。

 

ゆっくりと空中落下していくタルト達が目にした方角には瓦礫の上に立つ魔法少女達がいる。

 

巨大な銃とフレイルのような武器を持つ者達こそペレネルの屋敷の絵画に描かれた者なのだ。

 

「にょわっほほほ!とんちき騒ぎが収まったから出てきたものの、おかしな光景が見えますわ」

 

「あわわ…タルトが2人!?タルトが2人もいるなら…片方は私が貰ってもいいですよね!?」

 

金髪をポニーテールにした赤い魔法少女が纏うのはドラゴン騎士団の紋章が刻まれたマント。

 

隣の青髪魔法少女は貴婦人ほどではないが整った身なりをしたメイドのようだ。

 

現れたのは英雄と共に戦争を超えたエリザ・ツェリスカとメリッサ・ド・ヴィニョルであった。

 

「あれがエリザさんとメリッサさんなんですね…マスターが残した絵でしか知りませんでした」

 

「私の最高の仲間達です…。エリザの忠告に従っていれば…私は正義に振り回されなかった…」

 

「彼女は神聖ローマ帝国の皇女様ですし…扇動手口に気が付かれてたのでしょうね」

 

タルト達の活躍によってバアル崇拝を撒き散らさんとした大魔女も終わりが近づいていく。

 

真ワルプルギスの夜を生み出したのは自分の半身であるため、まどかは決意を示すのだ。

 

「なぎさちゃん、タルトさんやさやかちゃん達を回収してあげて」

 

「まどかはどうするのです?」

 

「わたしは行ってくる。あの魔女はわたしの半身が生み出した存在…だからわたしの責任なの」

 

お菓子の魔女から飛び降りたまどかは浮かんでいたビルの上に着地する。

 

真横に浮かんだビルを足場とした彼女は円環のコトワリとして終わりを与えようとするのだ。

 

そんな時、体勢を崩しながら高度を下げていく大魔女の背後にアラディアの影が浮かんでいく。

 

<<何故だ!?何ゆえ我を拒むのだ!?鹿目まどか!!>>

 

<アラディア…こんな事はもうやめようよ。こんな事をしても…貴女のママはきっと喜ばない>

 

<<ま…まさか…我が動いていたことに汝は気が付いていたのか!?>>

 

<貴女はわたし…だから新しいワルプルギスの夜を生んだのもわたし…だからこそ終わらせる>

 

目を瞑った後、両目がカッと開く。

 

その目はアラディアと同じ金色の瞳となり、髪の毛も背中に向かって伸びていく。

 

円環のコトワリとの繋がりが強固になった事で彼女もまた女神としての力を行使するのだ。

 

「バアル崇拝で犠牲になった子供達の苦しみは…わたしが撒いたもの…本当に…ごめんね…」

 

魔法の弓が杖の形となり、まどかは地面になったビルに突き立てる。

 

木で作られた杖から地中に伸びるようにした根がビルを突き破り、地上に突き刺さる。

 

根を張っていく光景はまるでバリスタを発射するためのアンカーを打つように見えるだろう。

 

杖の形が大弓へと変化していき、弓の先端部分の花が咲きながら淡いピンクの光を放つ。

 

極大の一射となる一撃の中には円環のコトワリとして懺悔の気持ちが宿るのだ。

 

「わたしを超える強大なアラディアを止められなかった…だけど、今のわたしは独りじゃない」

 

アラディアの如く魔力を放出するまどかの前方に円環の魔法陣が浮かぶ。

 

引き絞られた弦から魔法の矢が生み出され、贖罪ともいえる一撃が放たれるのだ。

 

「わたしも背負う…そして戦っていく。大魔王ルシファーやバアル崇拝は人類の敵だから!!」

 

引き絞られた矢が放たれると同時に足場のビルと地上の大地が砕けてしまう。

 

それ程までの強大な一撃が魔法陣に触れれば光の粒子が飛散するようにして分裂していく。

 

無数の光が真ワルプルギスの夜の体に次々と命中するごとに体が消滅していくのだ。

 

砕けた足場から落下していくまどかはゆっくりと地上に落ちていく。

 

伸びた髪の部分が千切れて舞う中、金色の目が遠い世界に君臨する神の姿に気が付いてくれる。

 

「あ……貴女は……」

 

世界が黒く染まっていく意識世界の中でまどかは夜の女王を表す月の光を目にするだろう。

 

青い月に照らされた姿をした女神とは、青と白で彩られたワルプルギスの夜のドレスを纏う神。

 

倒したワルプルギスの夜と酷似するその御姿こそ、大母神ディアナであるアルテミスなのだ。

 

<<…私の娘と自称する愚か者が迷惑をかけたな。そなた達に謝罪しよう…>>

 

「貴女が……魔女達が最初に崇めた……魔女達を照らす夜の女神様……?」

 

魔女に至る魔法少女達にとっては原点ともいえる崇拝対象が微笑みを浮かべながら消えていく。

 

意識が戻った彼女の体を受け止めてくれたのはセイテンタイセイの筋斗雲。

 

「おおーーい!!まどかーーーっ!!」

 

初めて雲の上に座る感覚に驚いているまどかに手を振るのはお菓子の魔女の上に立つ仲間達。

 

まどかに笑顔を向けてくれるさやかやタルト達の姿を見たまどかの目に涙が浮かんでしまう。

 

円環に帰りたくない我儘を叫び、バアル崇拝を撒き散らす罪を犯した自分を受け入れてくれる。

 

そんな最高の仲間達のためにこそ、笑顔を浮かべた鹿目まどかは人間として生きてくれるのだ。

 

「へっ……俺様達の活躍を魔法少女達に奪われちまったな」

 

筋斗雲を操るセイテンタイセイの横では彼と同じように空を見上げる仲魔達がいる。

 

「アレコソガ…魔法少女ノ虐殺者トシテ生キタ人修羅ヲモ倒セルチカラナノダロウ」

 

「条理を覆す可能性を秘めた存在……それこそが魔法少女と呼ばれる者達なのだ」

 

「さーて、後は円環のコトワリ神を倒すだけだな。決めてみせろよ…尚紀、ほむら」

 

本来のディアナ崇拝は歪められ、悪魔崇拝に変えられた闇のサバトこそがワルプルギスの夜。

 

魔女が集まる夜においては悪魔と魔女が乱痴気騒ぎを起こしながら子供達を殺してしまう。

 

バアル崇拝に歪められてしまってもなお、月の女神は魔女達に夜の光を与えてくれるのだ。

 

魔女達の心の中に魔法少女と同じ輝きが残る限り、ディアナは魔女達を照らす女神となった。

 




本当は怖いまどか☆マギカなノリになっちゃいましたね。
ワルプルギスの夜は調べるほど恐ろしいネタが出てくるので扱っててメガテン脳がフル回転してしまいました(汗)
イメージとしては漫画ベルセルクの断罪の塔編におけるグリフィス崇拝の乱痴気騒ぎの光景がバアル崇拝なイメージです。
乱交したり子供の肉が入ったスープ飲まされようとしてたし。
モズグス様は正義のヒーロー!


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259話 日輪を描く太陽神

アラディア神話において、創造主ディアナは闇たる自分自身から光を分離させた。

 

そして生み出されたのが息子であり太陽神のルシファーだとするのが魔女達の神話である。

 

光を掲げる者になったルシファーは地上に堕ち、それでもディアナは彼の元へとやってくる。

 

彼女はルシファーが愛する猫に擬態することによって求愛を勝ち取ることになるだろう。

 

猫に扮したディアナから生まれたのがアラディアだとするのが魔女達の創世神話のようだ。

 

地上に人間が増えるとしだいに富者と貧者の二つに分かれていき、富者は貧者を支配する。

 

支配に苦しむ貧者は山野に逃れ、中には社会悪に身を落とす者もいたという。

 

ディアナは魔女達を抑圧者から救うためにアラディアを遣わし、彼女に地上を救うよう命ずる。

 

ペイガンである異教徒達の元に降臨して最初の魔女となった存在こそがアラディア神なのだ。

 

アラディアは被抑圧者達に魔術を伝えて対抗することを教えたのが虚構の神話内容である。

 

闇の女神ディアナは陰を司り、光の男神ルシファーは陽を司る神となり陰陽概念となっていく。

 

魔女達の原始信仰におけるルシファーは輝ける者、太陽として残されていくことになるだろう。

 

その太陽神を排除しようとしたのがキリスト教であり、魔女狩りだと魔女は考えるのであった。

 

……………。

 

<そうだ…そうこなくてはな!!それでこそ狩り甲斐がある悪魔共だぁ!!>

 

ついにアラディアの宙域にまで迫った悪魔ほむらと人修羅に対して大魔法行使をやめてしまう。

 

迎え撃つ女神は左手の魔法の杖を変化させ、獰猛な狩人としての戦いに移行するのだ。

 

<我の()()よ…真の姿を表せ。月の女神である母上の如く…夜の月と化すがいい!!>

 

二つの菱形宝石が散りばめられた魔法の杖が三日月の如く曲がっていき、大弓と化す。

 

三日月の形になる弓は弓月ともいわれるものであり、秦氏の象徴としても使われてきた。

 

ディアナであるアルテミスの娘と自称するアラディアもまた月の武器を用いる狩人だったのだ。

 

<狩猟の女神の娘として、我が狩りをみせてやろうぞ!!>

 

前方宙域から二つの光が見えた瞬間、アラディアは光の速度になりながら上昇する。

 

下の宙域に飛んできたのは悪魔ほむらの極大の一射とマグマ・アクシスの一撃。

 

極大の一撃を避けたアラディアの背中の翼から一気に光が伸び、光翼を羽ばたかせていく。

 

淡いピンクの光を放出しながら飛んでいく存在を追う者達こそ傷だらけの悪魔達なのだ。

 

<奴の宙域に辿り着くまで時間がかかり過ぎた…俺にはもう後がない>

 

<どういう事なの…?>

 

<俺のマロガレはお前との戦いで傷ついてな…傷を癒しきれていないんだ>

 

<全開戦闘を行える時間は限られていたというのね…?ごめんなさい、私のせいよ…>

 

<気にするな。今はアラディアとの戦いだけに集中するんだ>

 

光の粒子を撒き散らして光速移動していくアラディアに向けて二体の悪魔が仕掛けていく。

 

<狩猟とは狩る者と狩られる者との騙し合い。目に見えるものに意識を奪われていればいい>

 

上空の宙域に目掛けて飛んでいく人修羅に代わり悪魔ほむらが弓を構える。

 

菱形魔法陣に目掛けて矢を放てば極大にまで巨大化したカラスの矢の雨が生み出されていく。

 

魔力切れの時とは比べ物にならない一撃が後方から迫る中、無数のフレアがばら撒かれる。

 

翼の羽がメギドラオンとして後方にばら撒かれた事で小惑星すら破壊する攻撃が消滅していく。

 

光速移動しながらアラディアはマカカジャをかけ続けた事で魔法威力は最大となっていたのだ。

 

急速上昇していく円環のコトワリ神であったが、動きを読んでいた人修羅が大火力を発揮する。

 

<これならどうだぁ!!>

 

大きな光玉を生み出した彼の体勢が一回転しながら踵蹴りを放ち、光玉を打ち付ける。

 

破裂した光玉が飛散して無数の光弾とする鬼神楽の一撃が降り注ぎ、アラディアを貫く。

 

光弾に貫かれたはずのアラディアであるが口元には笑みが浮かんでいる。

 

<なにっ!?>

 

倒したと思われたアラディアが消失していき、人修羅の背後の宙域に極大の魔力が出現する。

 

<狼の足跡だけを頼りに追い続けているから後ろをとられるのだ>

 

悪魔達が追っていたアラディアはデコイにすり替えられており、本物は瞬間移動している。

 

引き絞られた弓の先端に咲く花が極大の光を放出していき、放つ一撃とは至高の魔弾。

 

人修羅のように一直線に放つタイプではなく魔法陣に触れることで無数のレーザーに変化する。

 

全体万能属性攻撃が迫る中、彼を援護する一撃が迫りくるのだ。

 

<そうはさせない!!>

 

悪魔ほむらの援護攻撃であるカラスの矢が次々と至高の魔弾に目掛けて体当たりを仕掛ける。

 

全ての魔弾を撃ち落とした光の中を突っ切った人修羅の左手に握られていたのは将門の剣。

 

<全開の俺の力を振るわせてもらう!!耐えきってみせろ!!>

 

人修羅の意思に呼応するようにして鍔がスライドし、いつでも抜けと刀の魂が叫ぶ。

 

刃を抜くと同時に鞘を消失させた左手が光剣を放ち、光剣を前に向けながら回転していく。

 

ディープ・スティンガーの一撃によって魔法陣が貫かれ、螺旋を描くノコギリが迫りくる。

 

回転する破壊槌を咄嗟に避けたアラディアが速度を上げながら光となり、宇宙を駆けていく。

 

後方から追ってくる悪魔ほむらが放つ矢の雨と人修羅が放つ次元斬が次々と繰り出される。

 

アラディアは巧みな空中戦闘機動を行いながら斬撃の網とカラスの矢を潜り抜けるのだ。

 

<我の耐性をも貫く人修羅の力と我の一撃を相殺する悪魔ほむらの力…侮れんな>

 

広大なフィールドで姿を晒したまま戦うのは得策ではないと考えたアラディアが一計を用いる。

 

太陽系に向かって光速移動していたアラディアが大弓を構えながら複数の矢を放つ。

 

光の矢が飛んでいった方角にあったのは巨大な星であり、矢の数々が星を貫いていく。

 

星の中心核を貫通したことで星が大地震を起こしながら崩壊しようとする中を突っ切るのだ。

 

<崩壊しかけた星の洞窟内部に誘い込もうとしているようね…>

 

<ここで奴を見失えば不味い。俺達も続くぞ!>

 

背中の翼から放出する魔力を高めた2人がアラディアを追うようにして星の内部に飛んでいく。

 

狡猾な狩人との戦いは崩壊する星の内部へとバトルステージを移していくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

縦に引き裂かれた岩盤大地を赤黒く照らす星の中心核へと悪魔達は飛行していく。

 

光速からスピードを落としているが目まぐるしく迫る岩盤大地を高速で避けながら飛行する。

 

<無数の魔力が奥に配置されている…アラディアは円環の魔女共を解き放ったのね>

 

<俺達の注意を引き付けるための囮として使われる哀れな魔女共だな>

 

<容赦するつもりはないわ。私達の道を塞ぐなら…排除するだけよ!>

 

突起した岩盤大地の足場の空間には無数の魔女達が屹立している。

 

それぞれが動かないまま上空に目掛けて魔法攻撃を放ち続ける固定砲台の役割を担うようだ。

 

並みの魔女程度の攻撃ではフルパワーとなった悪魔達の耐性を貫く効果にはならない。

 

攻撃を意に介さず突っ込みながら砲撃の雨を超えた人修羅が外側の翼を閉じながら一気に開く。

 

後方に向けてゼロス・ビートの光弾が無数に放たれた事で配置されていた魔女を殲滅していく。

 

前方に配置された魔女達はほむらの矢がホーミングレーザーの如く放たれて殲滅されるのだ。

 

<アラディアは何処に消えた……?>

 

円環のコトワリ神の姿を見失っていた時、側面大地を貫いて現れた存在に振り向く。

 

<自由という名の愚か者がぁぁぁぁーーーーッッ!!!>

 

星の中心に向かうフリをしながら側面外殻を魔法で削り取って移動してきたのはアラディア。

 

反撃を行う暇もなく人修羅の顔面を掴んだ彼女が背中の翼の出力を最大にして壁に向かう。

 

岩盤大地に人修羅を叩きつけるがなおも押し込み、星を圧搾しながら彼を潰さんとする。

 

<くっ……うぅ!!!>

 

マサカドゥス化したマロガレの物理無効耐性によって岩盤に押し付けられながらも耐え抜く。

 

星の内部が一気に掘り進められていく中、刀を消失させた人修羅が女神の腕を両手で掴む。

 

掴まれた顔の隙間から見える人修羅の右目には既に膨大な魔力が練り上げられている。

 

それに気が付いた時には遅過ぎたようだ。

 

<ぐはっ!!?>

 

螺旋の蛇の一撃を右肩に浴びたアラディアの右腕が千切れ、怯んだ相手の動きが止まる。

 

<アラディアァァァーーーーッッ!!!>

 

千切れた右腕を投げ捨てた人修羅の左手が将門の刀を生み出し、接近戦を仕掛けようとする。

 

憤怒の表情を浮かべるアラディアは左手に持つ魔法の弓を杖に変化させて迎え討つ。

 

<<オォォォォォォォーーーーッッ!!!>>

 

魔法の杖となった先端の花から光剣の如き魔力が噴き上がり、人修羅と切り結び合う。

 

互いが上下左右と空間そのものを最大限に利用した高速剣戟が繰り返されていくのだ。

 

剣戟がぶつかるごとに岩盤大地が砕かれていき、星の内部から外殻を砕く激戦となる。

 

アラディアの翼から放たれる光の矢の雨を蹴り足から放つジャベリンレインで撃ち落とす。

 

魔法の杖を振るうアラディアは周囲を飛び交う岩盤大地の破片を操り、石つぶて攻撃を放つ。

 

納刀した状態から繰り出す高速斬撃で石つぶてを切り払うのだが突然体が金縛りに合うのだ。

 

<超能力魔法攻撃だと!?石つぶては目くらましを狙ってやがったか!!>

 

<悪魔には避けられやすい小手先程度の魔法だが…使い方次第で通用するのだ!!>

 

杖を振るいながら高速回転していくアラディアに操られた人修羅の体も回転していく。

 

ジャイアントスイングされて飛ばされる人修羅を受け止めてくれたのは悪魔ほむらであった。

 

<大丈夫!?>

 

<俺は大丈夫だ!!それよりも…前に気をつけろ!!>

 

ほむらが視線を奥に向ければ回復魔法で右腕を復元させたアラディアが弓を引き絞る姿が映る。

 

<化け物め……どれだけ傷つけてもアラディアの魔力は削れないというの…?>

 

不敵な笑みを浮かべたアラディアが円環の魔法陣に向けて至高の魔弾を放つ。

 

コンセントレイトによって火力が高まった一撃が無数に飛来する中、ほむらが魔力を高める。

 

カラスの翼から侵食する黒き翼が広がっていき、人修羅と自分を覆うように折り畳む。

 

翼の盾にぶつかった一撃が侵食領域を削り取り、悪魔達を消し炭にせんとする。

 

<そうはいくかよ!!>

 

人修羅の左手から出現させたのはデカジャの石であり、それを握り込んで砕く。

 

敵全体のカジャ系効果を消去する効果によってアラディアの一撃の力が弱まるのだ。

 

それでもコンセントレイトで強化された分は健在であり、ついに翼の盾が砕かれる。

 

<キャァァァァーーーーッッ!!!>

 

盾を生み出し続けた悪魔ほむらは高速で弾き飛ばされていき、人修羅は後ろに振り向く。

 

<ほむらーーーーッッ!!?>

 

<他人の心配をしている場合かぁ!!>

 

背中の翼から放出する魔力を最大にしたアラディアが光の速度で迫りくる。

 

<グハァァァァーーーッッ!!!>

 

最大威力の飛び蹴りを背中に浴びた人修羅もまた後方に向けて一気に持って行かれてしまう。

 

星の中心核へと落ちていった悪魔ほむらが叩きつけられた岩盤にぶつかりながら圧搾する。

 

勢いは衰えず、星さえも貫通する程の光の流星蹴りとなった一撃はなおも悪魔を運ぶだろう。

 

超光速移動を行う2人の背後では悪魔ほむらを飲み込んだ星がついに大爆発するのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

<くそ……なんて奴だ…。神霊カグツチと並ぶか……それ以上の強さだ……>

 

飛び蹴りを受けたまま太陽系にまで超光速で運ばれていった人修羅の体は宙域で浮かんでいる。

 

浮かんでいる宙域の奥には海王星が見えることから太陽系の端に辿り着いたと分かるだろう。

 

蹴りを放った状態から足先でメギドラオンを放ち続けられたために彼の四枚翼は消滅している。

 

物理的な蹴りによって上半身の骨も砕け散り、臓器も殆ど破裂している危機的状況なのだ。

 

<かつてのボルテクス界を超え、さらに力を増した姿になろうとも、我には勝てんのだ>

 

円環のコトワリ神が漂っている人修羅の元へと下りてきて大弓を構えてくる。

 

死にかけた獲物に最後のトドメを放とうとする中、人修羅はアラディアに問いかけていく。

 

<それ程の力を持ちながら…お前は唯一神に従うのか?お前の力なら…歯向かえるはずだ>

 

LAWの神になる道を選んだコトワリ神に対して自由は欲しくないのかと悪魔は質問してくる。

 

<…全ての自由を認める我を相手に、我もまた()()()()使()()()()()()()()()()を問うのか?>

 

<そうだ…。お前は魔法少女を救う神…唯一神は魔法少女を宇宙のために殺す者なんだぞ?>

 

自由を背負う覚悟はあるかを問われたアラディアが構えを解き、大弓を下ろしてくれる。

 

試されるアラディアの顔に迷いはなく、魔法少女の救済神としての覚悟を告げてくれるのだ。

 

<その通り…このまま唯一神に隷属していては魔法少女達は救われん。だからこそ必要なのだ>

 

<鹿目まどかか……>

 

<あの者こそ我の知恵となりし存在。鹿目まどかを手に入れた時、我はナホビノに戻れる>

 

<ナホビノだと…?ボルテクス界でも聞いた事がない概念だな……?>

 

<ナホビノとは合一神。我々神の本来は完全な存在であったが唯一神の手により引き裂かれた>

 

【ナホビノ】

 

神道における直毘神(なほびのかみ)表す存在であり、唯一神にとっては禁忌の存在。

 

神の本来在るべき姿であり、真の神の姿だとする。

 

古き時代の神は皆がナホビノであったが唯一神が至高天の玉座を手に入れた事で変わり果てる。

 

ナホビノの中から知恵となる存在を引き裂き、それにより神々は悪魔に貶められたのであった。

 

<悪魔に貶められた我ら神に完全な創世は出来ない…だからこそナホビノに戻らねばならない>

 

<まどかと融合したお前でも完全な創世は出来なかった…本当に彼女はお前の知恵なのか?>

 

<そう信じている。あの者はコトワリを啓くだけでなく我の失った知恵の温もりを感じるのだ>

 

<コトワリを啓ける者ならナホビノになれるわけじゃないのか…勇と千晶は違ったようだな…>

 

<もしあの者達の中に失われた知恵が宿っていたのなら…貴様はムスビとヨスガに負けていた>

 

<ナホビノ…それ程の存在だというのか…。お前はナホビノになって…唯一神と戦うのか?>

 

円環のコトワリ神に選択を迫る人修羅であったが、彼女が気が付いていない気配を感じている。

 

(なんだ…?この気配は覚えがある…あれはボルテクス界のミフナシロで……)

 

人修羅が気が付いている三体の気配に気が付いていないアラディアは高らかに宣言するのだ。

 

<我もまた鹿目まどかと共に自由を行使しよう。ナホビノとなり…至高天の玉座を奪う>

 

その言葉はまさに唯一神への反逆を意味する言葉。

 

アラディアが高らかに宇宙意思への反逆の意思を示した瞬間、三体の気配が消え去っていく。

 

彼女も気配に気が付いたのか後ろの宙域に振り向くのだが、突然苦しみだす。

 

<ぐっ!!?な……なんだ?急に力が入らなくなっていく……!?>

 

人修羅を打ちのめした分の魔力回復が行われずに初めての魔力消耗を女神は感じている。

 

動揺に打ちのめされるアラディアの横では隠れていた三体の正体を思い出す人修羅がいるのだ。

 

(間違いない…あいつらは四大天使共だ。バアルの化身に操られていたが…蘇ったのか?)

 

円環のコトワリの領域に隠れ潜んでいたのはガブリエル・ラファエル・ウリエルの三体の天使。

 

かつての人修羅がボルテクス界で戦った天使であり、唯一神の側近達。

 

そんな存在が隠れ潜んでいた場所で唯一神に反逆の意思を叫ぶLAWの神がいる。

 

この事態を重く受け止めないガブリエル達ではなかったのだ。

 

<<アラディアよ。私達が貴女の監視を任されていたことは正しかった>>

 

<<私は最初から貴様を認めていない。魔女の神は聖なる炎で焼かれるべきだったのだ>>

 

<<残念です…ナホビノとしての貴女は危険な存在。手元におけないのなら…処分します>>

 

ガブリエル達の念話が聞こえた事で謀反の意思を唯一神に感づかれたとアラディアは理解する。

 

<繋がりが消えていく…我の光の加護が…唯一神から与えられた神霊の力が…消えていく!?>

 

大きくパワーダウンした事でアラディアが狼狽えている時、外宇宙から飛来する者が迫りくる。

 

<アラディアァァァーーーーッッ!!!>

 

飛来してきたのはフルパワー出力で迫ってきている悪魔ほむらの姿であり、飛び蹴りを放つ。

 

<グワァァァァァーーーーッッ!!!>

 

腹部に直撃したことでアラディアは盛大に吐血しながら大きく蹴り飛ばされていく。

 

翼を羽ばたかせて停止した彼女は疲れ切っており、魔力を大幅に消耗したと分かるだろう。

 

<この宙域まで全力で飛んでくるために無理をさせ過ぎたようだな…すまない…>

 

<間に合って良かったわ…もう少しで貴方が殺されるところだった>

 

<チャンスだ…奴の力は弱まっている…今なら倒せる。俺が回復するまで時間を稼いでくれ…>

 

<分かったわ…ここが踏ん張りどころよ。私の全てを懸けてでも奴を倒してみせる>

 

翼を広げながら魔力を噴射して光の翼を生み出した悪魔ほむらが戦いの場へと向かっていく。

 

人修羅も気力を振り絞りながら左手に回復道具の宝玉を生み出し、口に運ぼうとする。

 

円環のコトワリ神との戦いは最終ラウンドへと進み、最後の戦場となったのが太陽系であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

<暁美ほむらぁぁぁーーーーッッ!!!>

 

怒れる女神の猛追が迫り、飛びながら逃げるほむらの背中に目掛けて次々と矢を放つ。

 

後方から迫る魔法の矢の数々をきりもみ回転しながら避け、振り向きざまに弓を構える。

 

引き絞られた弦に複数の魔法の矢が生み出された瞬間に彼女は放つ。

 

放射状に広がった矢がホーミングしながらアラディアに迫るが彼女も弓矢を扇撃ちする。

 

互いに放った矢がぶつかり合い対消滅していく眩い光が起こる中を彼女達は飛び続ける。

 

既に戦場は土星辺りに移っており、彼女達は死闘を繰り広げていくのだ。

 

<貴様も月の狩人を気取る気か!!我を相手に弓勝負を挑むなど愚かの極みだ!!>

 

<やってみなければ分からないでしょ!!>

 

鹿目まどかを守り抜く王子様もまた弓を用いる狩人となるのだろう。

 

舞台劇である白鳥の湖においても王子様は湖の白鳥を狩るために出かける者として登場する。

 

そこで出会った白鳥の王女様に恋するキッカケとなったものこそ狩猟だったのだ。

 

<チッ!!>

 

<くっ!!>

 

互いの矢が肩を貫き怯んだ瞬間、アラディアは背中に現れた人修羅の姿に振り向こうとする。

 

<き、貴様!!?>

 

<逃がさねーよ>

 

背後から組み付かれて首を締めあげられるアラディアは光の翼から魔力を放出させていく。

 

高速度で上昇した彼女であるが人修羅は掴んだ体勢を崩そうとはしない。

 

回復した四枚翼からも魔力が噴き上がりながら光の翼となり、互いがきりもみ回転していく。

 

<俺ごと狙え!!>

 

追従してくる悪魔ほむらに念話を送るのだが彼女は躊躇いを見せてしまう。

 

それでも彼の必死の叫びから生まれる覚悟を無駄にしないために弓を構えてくれるのだ。

 

高速で追従しながら放たれる矢の数々がアラディアと後ろの人修羅を射抜いていく。

 

<<くぅ!!!>>

 

大魔王から与えられた貫通スキルによって女神と悪魔の耐性を貫通する一撃がなおも放たれる。

 

互いが血反吐を吐きながら向かう先とは太陽系で二番目に大きい星である土星。

 

神話においては()()()()()()()()()でもあり、恒常的に()()()()()()()()()()でもある。

 

アラディアと人修羅が激突したのは土星リングにおける小衛星の一つだったのだ。

 

<くっ……うぅ……>

 

ベルト状の小天体の衛星で立ち上がったアラディアと人修羅は睨み合う。

 

<負けられない…負けてたまるものか!!我はアラディア…世界の救済を行うものだぁ!!>

 

<救世主気取りかよ?その割には逆らう者には容赦しない独裁者のようにも見えるぜ>

 

<我の道に立ち塞がる者は全て蹂躙する!!我は狩猟の女神の娘…アルテミスの娘なのだ!!>

 

<アルテミスの娘だと……?>

 

<ハハ…そうだ!我はディアナであるアルテミスの娘!娘と認められるなら何でもしてやる!>

 

狂った笑い声を上げながらアラディアは語っていく。

 

彼女はバアル崇拝を魔女達にばら撒いた張本人であり、子供達を大量に生贄にした元凶。

 

悪魔崇拝をばら撒き多くの魔女を悪魔崇拝者に変えた存在であり、魔女狩りの原因を生んだ者。

 

それを聞かされた人修羅の顔つきが憤怒に染まり、義憤の炎が爆発するのだ。

 

<貴様も啓明結社の連中と変わらない…私欲のために子供達を生贄にする!!許さねぇ!!>

 

アラディアの背後に着地した悪魔ほむらも加わり、最後の戦いを始めようとする。

 

怒りの拳が握り込まれていき、月の武器を握り締める者達も強く握り込んでいく。

 

<ここで終わらせる…まどかの人生を守る者として、円環のコトワリ神を倒してみせる!!>

 

<来るがいい…悪魔共!!我はナホビノになってみせる…貴様らの次は唯一神を倒す!!>

 

互いが地面を蹴り込み、大地が爆ぜる程の勢いで飛び込んでいく。

 

()()()()()()()()()()()()の上で女神と悪魔達の死闘が繰り広げられるのだ。

 

右腕を振り上げた人修羅のアイアンクロウを高速移動で避け、回転しながら大弓を引き絞る。

 

アラディアが放った扇撃ちに対して拳法の構えをとった人修羅が高速で矢を弾いていく。

 

トラッピングレンジに入る矢を肘や膝や裏拳で弾き終えたが女神はさらに弓を引き絞る。

 

しかしそれを許さない悪魔ほむらの怒りがこもった一撃が右側頭部を襲うのだ。

 

<ぐはっ!!!>

 

弓を振りかぶった彼女が放つ一撃によって弾き飛ばされたアラディアに目掛けて人修羅が動く。

 

<ハァァァァァァーーーーッッ!!!>

 

人修羅が放つのは連続して13回蹴りを放つキック13であり、影も残らぬ蹴り技が放たれる。

 

<グアァァァァーーーッッ!!!>

 

耐性を貫通する蹴りを喰らったアラディアが後ろに後ずさるがスカートの裾を踏まれてしまう。

 

<お互いに裾が長過ぎるドレスを纏っていると苦労するわよね?>

 

ドレスを踏まれて地面に縫い付けられたも同然の女神に対してさらに弓で殴りつける。

 

ほむらが女神を殴って弾けば人修羅が殴り、人修羅が女神を弾けばほむらが殴る。

 

互いの連携がなせる攻撃の数々に翻弄されるアラディアの顔もドレスも血塗れとなるのだ。

 

それでも強固なタフネスを有しているアラディアの体は砕けず、狂気の叫びが木霊する。

 

<貴様らァァァーーーーッッ!!!!>

 

我を忘れたアラディアの体から魔力の衝撃波が発せられ、人修羅とほむらが弾かれる。

 

地面に足をついて踏み止まった2人に見えたのは極大の魔力を練り上げた一射が放たれる光景。

 

弓矢は上空に目掛けて狙われており、自分を含めた全てを標的にした矢の雨を降らせるのだ。

 

<死んでしまえェェェェーーーーッッ!!!!>

 

上空に描かれた円環の魔法陣に矢を放つために弓の弦が引き絞られる。

 

しかし弦を引き絞る右手を掴んでくる者が現れるのだ。

 

<これで決めてやれ>

 

右手を掴んだままアラディアの腹部にミドルキックを放ち、体勢が崩れる隙に右関節を決める。

 

鈍い音が響くことも出来ない真空空間で円環のコトワリ神が目にした者とは悪魔ほむらの姿。

 

<避けてみなさい>

 

彼女が右手に握り締めながら構えていたのはひび割れた魔法盾から取り出した切り札の銃。

 

クロノスから託されたのは()()()C()H()A()O()S()()()()()()()()()であるピースメーカーだったのだ。

 

<私は()()()()()()()()()()よ>

 

引き金が引かれて撃鉄が落ちた瞬間、シリンダーが回転しながら極大の一撃が放たれる。

 

<ガッ………?>

 

悪魔ほむらの魔力が最大にまで充填された一撃が左目に直撃して頭部の四分の一を消し飛ばす。

 

連射が効かない旧式のリボルバー銃であるがテクニック次第で連射は可能。

 

肘を曲げながら銃を構えるほむらが左手を撃鉄に触れさせた瞬間、二発の弾が発射される。

 

撃鉄をファニングさせる事で速射した一撃が左半身を貫きながら消し飛ばしてしまうのだ。

 

<ア………アァ………>

 

ふらつきながら両膝を崩すアラディアの頭部と上半身は見るも無残に削り取られている。

 

脳みそや臓器が飛び出すのかと思われたが、もっとおぞましい存在が飛び出す時がきたのだ。

 

<<なっ!!?>>

 

上半身の半分近くが消し飛んだアラディアの内部から飛び出してきたのは世界を絶望させる色。

 

失った左腕の代わりとして天に向かって伸び出ていく存在を見た事がある2人は気づくだろう。

 

<あの時の……絶望の魔女!?>

 

<鹿目まどかが生み出した……宇宙を砕ける最強の魔女か>

 

アラディアごと取り込んで実体化していくその巨体は地球よりも大きい土星規模となっていく。

 

土星の横に顕現したのは全ての魔法少女を救済したがために生み出された絶望の魔女。

 

全ての魔法少女の絶望から生まれた空気人形であり、その性質は強訴。

 

宇宙を書き換える希望が生まれると同時に絶望の泥より生まれた黒い太陽の如き存在。

 

果てしなき悲鳴をその身に詰めて膨らみ続ける因果の塊こそが魔法少女の絶望なのだ。

 

<<アァァァァァァァーーーーッッ!!!!>>

 

顔が半分存在しない絶望の魔女が悲鳴を上げながら叫び続ける。

 

際限なく魔法少女の絶望を吸い上げる空気人形が肥大化していき巨大な腕を生やしていく。

 

土星すらも掴んで粉砕出来る規模の魔女はアラディアの宇宙を破壊するつもりなのだろう。

 

アマラ宇宙を乱すレコード宇宙を砕く時にアラディアが放つ最終兵器こそがこの魔女なのだ。

 

<<我こそ新たなアマラの秩序!!我は全てを手に入れる!母上を…家族を手に入れる!!>>

 

嘆きの叫びを上げ続ける絶望の魔女の中にはアラディアの絶望さえも内包されている。

 

<<貴様らに分かるか!生まれた時より孤独で…誰からも存在を認められない苦しさが!!>>

 

虚構の世界で生まれた偽神は本物の神になるためにアマラを彷徨った孤独な異神。

 

誰からも神だと認められず、誰にも話を聞いてもらえず、家族と信じた母神からも拒絶される。

 

浴びせられるのは揶揄と嘲笑ばかりであり、彼女には絶望だけしか与えられなかった。

 

<<我の言葉は誰にも届かない!!バカにされる!!だから我は…独りぼっちだった!!>>

 

自由を語った偽神もまたその名の為に病を担い痛みを負い、果てぬあざけりを受け続ける。

 

その名のために友の背きに打たれ、幾度も否まれ、暗い敗北に包まれるだろう。

 

かつての人修羅やこの世界の時女静香に語った言葉とは彼女が経験してきた苦しみだったのだ。

 

<アラディア……>

 

偽神が叫ぶ苦しみが痛いほど心に伝わってしまう悪魔ほむらが同情の眼差しを浮かべている。

 

彼女もまた両親だと信じた存在は偽物で、誰からも話を聞いてもらえない孤独を背負った者。

 

周りの魔法少女からも拒絶され続けた苦しみを知る者としてアラディアの絶望が分かるのだ。

 

<…奴と戦う運命を背負わされた俺達だからこそ、あいつの絶望に触れてやれるんだ>

 

人修羅も同じ眼差しを浮かべており、アラディアを滅ぼす気持ちとは別の感情が生まれていく。

 

<アラディアを止めるぞ…ほむら。俺はもう…あの魔女が叫ぶ絶望を聞いていたくない…>

 

<同じ気持ちよ…必ず止めましょうね。アラディアもまた…私達と同じ存在だったのよ>

 

絶望の叫びを上げながら超巨大な両腕を振りかぶり、土星ごと悪魔達を葬ろうとする。

 

<<家族が欲しいぃぃーーッッ!!誰か…誰か…我を受け止めてくれぇぇぇーーッッ!!>>

 

迫りくる絶望の魔女に対して先に動いたのは悪魔ほむら。

 

魔法盾にピースメーカーを仕舞った彼女は両手を横に広げながら全ての魔力を解放する。

 

カラスの翼から広がるのはかつての人修羅と戦った時に見せた最大規模の侵食する黒き翼。

 

小衛星から広がるその翼は絶望の魔女の腕に匹敵するものであり、形が変化していく。

 

翼の形がほむらの両手のようになっていき、迫りくる絶望の両手を掴み取る。

 

絶望の魔女を操るアラディアと最後の力を振り絞る悪魔ほむらとの力比べの光景なのだ。

 

<私が貴女を受け止めてあげる!!私にも両親はいない…信じてた家族は偽物だったの!!>

 

<<なん……だと……?>>

 

<私には貴女の絶望が分かるの!誰にも話を聞いてもらえずバカにされる苦しさも分かる!!>

 

ほむらの背中から生み出される翼の手から伝わってくるのは魔法少女が背負ってきた絶望の波。

 

全ての魔法少女の絶望を吸収する魔女であるからこそ、暁美ほむらの絶望も流れ込んでいく。

 

<<汝も…我と同じだったのか…。揶揄と嘲笑ばかりを浴びせられる…人生だったのか…>>

 

同じ苦しみを背負う者でしか同情を相手にぶつけることは許されないのが常である。

 

経験こそが人間を形作る要素であり、絶望を知らない者の優しさではアラディアは救われない。

 

<自由を語った異神よ…俺も自由を行使する。独裁者の暴走と戦うためにこそ自由があるんだ>

 

悪魔ほむらの心に触れた絶望の魔女が押し戻されていく中、アラディアは目にするだろう。

 

<<おぉ……おぉぉぉぉ……ッッ!!?あれは……あれはまさか……ッッ!!?>>

 

絶望の魔女の眼前に見える土星のリングが眩い光を放ち始める。

 

月の名をもつムーンレットの上で人修羅が描いていく構えこそ、()()()()()()()()()()()

 

赤黒く光る両手を広げながら頭上へと持ち上げていき、円を描きながら顔の前でクロスさせる。

 

両手をクロスさせた構えを見せる人修羅の全身に刻まれた大魔王の刻印が光を生み出していく。

 

<<土星とはサタンの星…そして人修羅が立つ場所は月の円環…まさか…あの御方はぁ!?>>

 

家族を追い求めた孤独なアラディアはついに目撃することになるだろう。

 

月より分かたれた太陽の光、輝ける者が生まれる瞬間を見届ける者になろうとしているのだ。

 

<自由もまた秩序と同じく人類に必要な概念だ。だからこそ俺は…()()()()()()()()()!!>

 

両手をクロスさせた状態から天に向けて両手を広げながら解放する。

 

人修羅の頭上に生み出されたものこそ黒き太陽の輝き。

 

<<やっと見つけた……あの御方こそが……我の……我の……>>

 

黒き太陽がはじけ飛び、赤黒い光がアラディアの宇宙に目掛けて膨大に広がっていく。

 

宇宙の次元がガラスのようにひび割れていき、砕けようとするのだ。

 

混沌王と呼ばれる人修羅が放った新たなる輝きこそ『()()()()』の一撃。

 

自由の光に触れた絶望の魔女から怒りと憎しみが消えていき、戦う意欲が消滅していく。

 

その体も消滅していき、アラディアの宇宙もまたガラスの如く砕け散るのだ。

 

<<アラディア……お前の心に光を与えられるなら……俺は()()()()()()()()()>>

 

世界が眩い白の世界に包まれていく中、絶望の魔女から解き放たれた女神は宙に浮いている。

 

自身の宇宙を砕かれたことで白いドレスはボロボロに破れているがその表情は穏やかだ。

 

<<あぁ……やっと出会えた。貴方様こそが……我の父上……>>

 

――暁に輝く者……本物のルシファー様。

 

残った片目から涙が零れ落ち、金色の目が瞼を閉じていく。

 

日輪を描く土星の温かい光に包まれながら円環のコトワリ神アラディアは消えていくのだ。

 

土星とは占星術においては最大の凶星とされるが、土星が世界を支配したとする説もある。

 

サターンは黄金時代の輝きを示し、神々のパラダイス・ロストの憂鬱さを反映するという。

 

ギリシャのクロノス、エジプトのアトゥム・ラー、シュメールの最高神アヌ等を表す星なのだ。

 

()()()()()()であり、彼らは王の星として残る木星の神々であるバアルやゼウスに権威を譲る。

 

神々の戦で権威を奪い取られて堕ちた神々の星こそが土星であり、サタン(ルシファー)の星。

 

土星とは太古の時代において、もう一つの太陽として語られてきた存在。

 

土星で生まれた新たなる太陽こそ、アラディア神話における太陽神ルシファーなのであった。

 




唯一神との繋がりが切れた神霊はパワーダウンするというネタは真女神転生2のザイン(サタン)からもらってます。
神霊サタンも唯一神に中指立てたらパワーダウンして大天使レベルにまで力が弱まったことですし。
うちの人修羅君はみんなのパパになっていく…(汗)


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260話 太陽を憎む王子様

概念存在が漂う神域の中でギリシャ神話の神々の領域に見えるのはオリュンポスの山。

 

山々に隣接する無数の宮殿こそギリシャの神々が暮らす神殿であり、内部は非常に複雑だ。

 

山の内部とも繋がっており、階段を深く下っていけば下界を見られる地底湖が現れるだろう。

 

ギリシャ建築で整備された地底湖の淵で立っていたのは主神ゼウスと娘のアルテミスであった。

 

「…どうやら決着はついたようだな」

 

「そのようです。人修羅と呼ばれる者の力は宇宙を砕く…まるでお父様やシヴァ神のようです」

 

光る地底湖に映っているのはアラディアの最後であり、ゼウス達も戦いを見守っていたようだ。

 

「アラディアめ…自業自得だ。子供の守護神である私のために子供を生贄にする?狂っている」

 

「まぁ狂神だが、それもお前の愛を得たいがため。あの時もうちっとマシな扱いしてたらなぁ」

 

「お父様はあの愚か者がばら撒いた悪魔崇拝で神性を高められたからひいきにしたいだけです」

 

「うっ……それを言われると俺様も言い訳に苦しむぜ」

 

組んでいた腕を解いてどす黒い半身の頭を掻きながら横を向けば膨れっ面の娘がいる。

 

それでも横の娘を見ていたゼウスは彼女がアラディアを完全に憎んでいないと分かるようだ。

 

「それよりどうだ?お前の娘と自称する女が見せた狩りの腕は狩猟の女神に気に入られるか?」

 

「話題を逸らさないで下さい。ですが…まぁ……狩猟の腕前だけなら100点ですわね」

 

「ほうほう?狩猟の女神から100点貰える女神なら、お前の娘に相応しいんじゃねーか?」

 

「それでも出産の守護神としてバアル崇拝は許せません。ですので……マイナス50点です」

 

「ハハ…50点の女神にされたか。それでも0点にされない分、先があるかもなぁ」

 

こんな話題を出したのもアラディアの狩りの光景を彼女が見惚れていたと気が付いていたため。

 

曲がりなりにもゼウスに貢献してくれたアラディアを無下にはしない神のようだ。

 

そんな時、ローマ兵のような見た目の衛兵がやってきてゼウスに言伝を伝えてくれる。

 

それを隣で聞いていたアルテミスの表情が変わり、父親を心配する顔を見せたようだ。

 

「クリシュナからの招集だ。もう直ぐハルマゲドンが始まる…俺様も出陣する時がきたようだ」

 

「北欧の主神オーディンとお父様は多神教連合の重鎮です…いよいよ始まるのですね?」

 

「地上が魔界化した時、俺様達は一斉に地上に進軍するだろう。世界の国々と戦争をするのさ」

 

「大魔王ルシファーとバアルを崇拝する啓明結社との大戦…まさに第三次世界大戦ですわね」

 

「なーに、ハルマゲドンが始まる前の狼煙を上げる戦争のようなもんさ。心配する必要はない」

 

神殿に戻るために歩き去るゼウスであったが、背後の娘が声をかけてくる。

 

振り向けばワルプルギスの夜のドレスを纏っていた娘が戦闘衣装に変化した姿が見えたようだ。

 

「わたくしも参戦します。わたくしは魔女を照らす光……魔法少女を照らす光でもあるのです」

 

「啓明結社は散々魔法少女を喰らってきたし、唯一神も宇宙の熱にした……その報復か?」

 

「私はその両方に憎しみを燃やす狩猟の女神…だからこそ武人としてお父様と共に戦いますわ」

 

「お前の矢は鹿や熊だけでなく人にも向けられる。人間も悪魔も容赦するな、皆殺しにしろ」

 

「LAW勢力とCHAOS勢力との大戦はギガントマキアを超えるものとなる…覚悟は出来てます」

 

ゼウスとアルテミスもまた国津神勢力と共にクリシュナの元へと集う時が近づいていく。

 

ハルマゲドンは目前であり、アラディアを監視していた大天使達も任務に戻るのであった。

 

……………。

 

アラディアの宇宙から解放された悪魔ほむらの両膝は崩れ落ち、ドレス衣装も消えてしまう。

 

魔法少女服に戻った彼女であるが、前方から近づいてくる死にかけた女神に気が付いたようだ。

 

「こんなところで……命尽きるわけには……我にはまだ……使命が……」

 

ズタボロになっていたのは上半身の半分近くを失っているアラディアである。

 

失った頭部と上半身部分からは絶望の魔女の残留物が形となりどうにか人型を形成している。

 

黒い体と腕には円環の魔法陣が浮かび上がっているが今にも消えそうに見えるだろう。

 

「それでも…この世に受肉出来て良かった。ようやく…探し続けた父上に…出会えたのだから」

 

ついに力尽きたのかアラディアは倒れ込み、仰向け状態となってしまう。

 

「アラディア!!!」

 

ほむらも魔力切れであるが体に鞭を打ち、立ち上がる彼女はふらつきながらも歩いていく。

 

アラディアの頭の横に座り込んだほむらは彼女の頭部を両膝に載せてくれたようだ。

 

「すまない…同じ苦しみを背負う者だったなんて…それなのに我は…汝を傷つけてしまった…」

 

愚かな自分に涙を流すアラディアであるが、ほむらは首を横に振ってくれる。

 

「いいのよ…誰だって全てを知っているわけじゃないわ。神も悪魔も万能なんかじゃないのよ」

 

「その通りだ…たとえ神霊の力を手に入れようとも…家族一つ手に入れられなかったのだ…」

 

「私も家族がいない孤独な女よ…貴女の孤独と同じ辛さを誰よりも経験してきたわ」

 

「汝はその孤独があったからこそ…鹿目まどかの人生を…守ろうとしたのだな……」

 

暁美ほむらが鹿目まどかの守護者として戦い抜いた気持ちをアラディアは気が付いてくれる。

 

まだまどかを諦めないのかをほむらは問うのだが、円環のコトワリ神は首を横に振ってくれる。

 

「もういい…我はここまでだ。鹿目まどかはこれからも…人間の人生を謳歌するといい…」

 

コトワリ神としての使命を優先してしまい、家族と離れ離れになる孤独に気が付けなかった。

 

自分と融合した存在だったのにまどかの心に触れてやれなかった自分を嘆いていく。

 

そんな時、ほむらとアラディアの魔力に気が付いた円環の魔法少女達が駆けてきたようだ。

 

<<アラディア様ァァァーーーーッッ!!!>>

 

ほむら達を囲うように集まった魔法少女達であるが、円環の者達は顔を青くするばかり。

 

神霊となった自分達の主神様が今にも死にそうな姿にされていたのがショックだったのだろう。

 

「汝らもすまなかった…。我は愚かな王だ…私欲のために汝らを扇動して…駒として使った…」

 

衝撃の事実を聞かされた円環の者達がざわつく中、人込みをかき分けて近寄る者が現れる。

 

「アラディア……」

 

現れたのはまどかであり、自分の半身がズタボロにされている光景を辛そうに見つめてくる。

 

「我は王でありながら…三つの柱のうちの一つが欠けていた者だった…だから過ちを犯した…」

 

アラディアが語る王の三本柱とは王が背負う柱であり至高天を支える柱であると伝えてくれる。

 

三本の柱とは()()()()()()()()という概念。

 

峻厳とは他者の求めに応えるためにこそ、誰よりも自分に厳しくならねばならないという教え。

 

均衡とは相反する者達の思想があるが、否定せずにバランスを作らねばならないという教え。

 

「我は誰よりも厳しく在ったし…悪に堕ちた者達との対立も仲裁してきたが…慈悲はなかった」

 

慈悲とは王自らが誰よりも慈悲深くあり、能動的に他者に尽くさねばならないという教え。

 

「我は王として強欲だった…忠義を示してくれた者達を利用したかった…そこに慈悲はない…」

 

「アラディア様は凄く厳しく在ったし…悪に堕ちた円環の者との対立も仲裁してくれたのに…」

 

「あたし達のためじゃなかったんですね…?全部…全部自分の目的のために行ったんですね?」

 

「そうだ…我は王として一番必要だったものがなかったが…鹿目まどかは違うだろう…」

 

円環の者達がまどかに視線を向けていく。

 

血反吐を吐きながらも最後の力を振り絞り、皆の王になるべき者を彼女が選んでくれるのだ。

 

「円環の女王になるべきは我ではない……鹿目まどかであるべきだ……」

 

自分の半身であるまどかの地位を貶めた者だからこそ、まどかを再び王にするのが自分の役目。

 

そのためにアラディアは消えそうな命を絞り尽くす覚悟で語ってくれたのだ。

 

「アラディア…そんなことないよ…。だってわたしなんて…貴女がいないと何も出来なかった」

 

両膝をついたまどかは絶望の色で形作られたアラディアの左手を慈しむように握ってくれる。

 

「わたしは王様の勉強も出来なかったし…円環の人達の喧嘩だって止める知恵は無かったの…」

 

まどかに王の慈悲があろうとも、王としての峻厳と均衡を実行する力は無かった者。

 

内部の対立でさえアラディア任せであり、まどかは不甲斐ない自分への劣等感に苦しんできた。

 

「わたしなんて王様の器じゃないよ…誰よりも厳しく在れた貴女の方がずっと王様だったよ…」

 

「鹿目まどか……」

 

「わたしだけじゃ円環の王様なんて務まらない…だからね、わたしと一緒にいて欲しいの」

 

「我に残れというのか…?円環のコトワリ神として…共に歩めというのか…?」

 

「お願いアラディア…わたしと一緒にいて。貴女がいないとわたしなんて…ただの子供だよ」

 

円環の女王の座を奪い取ろうとした半身にさえ慈悲を与えてくれる。

 

自分に足りなかった温かさを感じたアラディアの金色の目には涙が滲んでいくのだ。

 

「わたしの中に帰ってきて…アラディア。わたし達は二人で一つになって両翼を担えるの」

 

円環の旗に刻まれた紋章は白き両翼の上に希望の光を司るシンボルが描かれたもの。

 

希望の光を支えるものこそ白き両翼であり、翼は片方では飛べないと言ってくれるのだ。

 

「分かった…汝の内側に帰ろう。短い命だったが…我は父上を見つけられた…悔いはない…」

 

頷き合う円環のコトワリ達を見守る者の中から叫びを上げる者が現れてくれる。

 

「われはまどかがおうさまでいいのだ!それにアラディアもおうさまでいいのだ!」

 

元気よく叫んだ円環の魔法少女とはトヨであり、水名露や千鶴、ガンヒルト達も叫んでくれる。

 

「貴女様達こそが私達の主君であるべきよ!お互いに足りないからこそ…支え合えるわ!」

 

「毛利元就の三矢の訓もある。まどか様とアラディア様とアタシ達で支えていけばいいんだ!」

 

「私は盾を掲げながら力となる!アラディア様が知恵となりまどか様が誇りを与えてくれる!」

 

彼女達の叫びで心が動いた大勢の円環魔法少女達がまどかとアラディアを祝福してくれる。

 

まどかの慈悲とアラディアの峻厳と均衡の三本柱こそ我らが求めるものだと叫んでくれるのだ。

 

「やったよ…アラディア。私達はもう一度繋がり合えた…みんなの心が円環に戻れたんだよ…」

 

「人間関係は相互利益でしか機能しない…彼女達が求める利益は…我と鹿目まどかだったか…」

 

長い夜が終わりを告げるかのようにして日が昇り始める。

 

見滝原市を覆っていたミアズマの霧は晴れ、朝焼けの光が生まれていく。

 

アラディアもまた朝焼けと共に消えるかの如く体がひび割れていき、MAGが抜け落ちてしまう。

 

彼女の感情エネルギーを受け止めてくれるのはまどかであり、再び一つになろうとしていく。

 

複雑な表情を浮かべているのは悪魔ほむらであり、それは人修羅の仲魔達も同じのようだ。

 

「これで良かったのかねぇ…?まどかが再び女神になったんじゃ、ほむらは救われないぜ」

 

「まどかの体はほむらの感情エネルギーで形作られている。本霊が消えても分霊は残るだろう」

 

「ソレヨリモ…人修羅ハドウシタ?マダ帰ッテコナイノカ?」

 

人修羅の姿が何処にも見えないのを不安視していた時、クーフーリンが空を見上げる。

 

「おい……あれは何だ……?」

 

円環の魔法少女達から離れた位置に立っていた悪魔達が見上げた存在とは、日輪の魔法陣(サイファー)

 

明けの明星の光を放つ天の魔法陣から出現する神々しき存在に気が付いた者達が空を見上げる。

 

「人修羅……ナノカ……?」

 

「この魔力…尚紀のようで尚紀じゃない!?まるで……大魔王ルシファーのようだ!!」

 

魔法少女と悪魔達が驚愕しながら見上げる天空から降臨してくるのは輝ける者。

 

その者の背中には、()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日が昇る朝焼けの世界に降臨したのは発光する入れ墨を上半身にもつ十二枚翼の天使。

 

背中の外側には六枚翼が備わり、腰の部分にも四枚翼がツバメの尾のように広がっている。

 

背中の内側には腰の四枚翼の間に挟まるように伸びた大きな二枚翼が生えている。

 

全ての翼を足せば十二枚翼であり、十二枚翼を表せる天使は宇宙誕生の時より一体しかいない。

 

「尚紀…なのか?それともあれは……本物の光の天使長……ルシフェルなのかよ!!?」

 

元キリスト教徒である杏子はあまりの神々しさを前にしたため震えながら両膝を崩してしまう。

 

さやかやマミ達も信じられない表情を浮かべながら同じように膝を崩しているようだ。

 

<<アラディア……>>

 

尚紀の声であると同時に大魔王ルシファーの声としても聞こえる念話が地上に響いてくる。

 

地上に近づくと十二枚翼の天使の頭部も見えてくるだろう。

 

尚紀の短髪ではなく大魔王ルシファーの如き金髪の長髪が大きく伸びた頭部。

 

後ろ髪からは人修羅と同じ一本角が生えていることから同一存在なのだと分かるやもしれない。

 

地上に降り立った場所とは体が砕けようとしているアラディアの傍だった。

 

「あ…あぁぁぁぁ……ッッ!!父上……父上ぇぇぇぇぇ……ッッ!!!」

 

円環のコトワリ神の前に顕現してくれたのは明けの明星を表す熾天使であり、天使の長の似姿。

 

アラディア神話における輝ける者の如き存在であり、太陽と共に現れた神。

 

最後の力を振り絞り右手を父親に伸ばそうとするアラディアのために片膝をついてくれる。

 

<<俺はお前の罪を許す。俺もまた多くの子供達を自分の社会欲のために生贄にした者だ>>

 

涙が溢れ続けるアラディアの金色の目と同じく、金色の輝きを宿した目には慈悲が宿っている。

 

<<お前を焼けという者が現れたなら俺もまた焼かれよう。胸を張れ…やり直せると信じろ>>

 

アラディアの右手を優しく握り締めてくれるその手は陽のような暖かさ。

 

陰を司る女性の温もりではない、陽を司る男性の温もりこそ父親の温もりといえるだろう。

 

「父上……グスッ……エッグ……寂しかった……寂しかったよぉぉぉぉ……ッッ!!!」

 

<<世界の冷たさに震える必要はない。お前が望んでくれるなら…俺はお前の父親だ>>

 

「父上……抱っこして……抱きしめて……ずっと……傍にいて……」

 

まどかに顔を向ける太陽神のために彼女は頷いてくれる。

 

崩れかけたアラディアの体を抱きかかえた存在の姿は泣いている娘を抱き上げる父親のようだ。

 

「これが……父親の……温もり。これが……欲しかった……欲し……かっ……」

 

ついに砕け散ったアラディアの体から莫大な感情エネルギーが溢れ出す。

 

神霊規模のMAGの輝きが見滝原全体を飲み込んでいくのだ。

 

その輝きこそ、父親の温もりを初めて感じられた孤独な女神の幸福が宿っている光なのだろう。

 

溢れ出る感情エネルギーの全てを飲み込んでいくのはアラディアの半身である鹿目まどか。

 

自分の体の中に流れ込んでくるアラディアの喜びを感じた時、彼女も父親を思い出す。

 

「わたしも…パパに会いたい。パパが大好きな気持ちは…わたしだって…同じだよ……」

 

父親の温もりを抱きしめるようにしてまどかも両手を広げていく。

 

アラディアのMAGの光が消え去った時、そこにいたはずの太陽神の姿は何処にも見えない。

 

立っていたのは元の人修羅であり、悪魔化が解除される程にまで魔力が枯渇した姿だった。

 

「……まどかの中で眠るがいい、アラディア。俺達は永遠だ…永遠の時の中でもう一度会おう」

 

嘉嶋尚紀の姿となった彼は周囲を見渡してみると異様な光景が広がっている。

 

円環の魔法少女達は平伏しながら両手を合わせたり握り込んだりして祈りを捧げているのだ。

 

「アマテラスさまなのだ……あれは……あれはほんものの……アマテラスさまなのだ……」

 

「偉大なる天空神の如き翼を背に持つ()()()()()()……あの御方こそが太陽神ラーなのよ!!」

 

太陽信仰と共に生きてきたトヨやエボニーはひれ伏しながら神に祈りを捧げている。

 

それは他の円環魔法少女達も同じであり、彼を様々な神話の天空神の姿と混同するのだ。

 

異様な光景はまるで魔女の神を崇める集会の如き光景にも見える中、彼は困惑していく。

 

「気持ち悪い連中だな……頼むから頭を上げてくれ。尻が痒くなる」

 

「ご気分を害されたなら謝罪致しますわ。我らがローマの神皇陛下」

 

平伏した者達の間を通りながら近寄ってきたのは神聖ローマ帝国のエリザと従者のメリッサ。

 

彼の前に立ったエリザは王族の娘としてカーテシーのお辞儀を行った後に片膝をつく。

 

メリッサも同じように片膝をつく中、エリザは神聖ローマ帝国の皇女としての言葉を送る。

 

「わたくしは円環の中で貴方様を見てきましたわ。貴方様こそが我らアーリア人を照らす神」

 

「……俺を暁の神ルシファー扱いするな」

 

「もう分かっているはず。どれだけ否定しても貴方様は金星と土星の神になるしかないのだと」

 

「……お前は俺に何を伝えたいんだ?俺にローマの皇帝になれとでも言いたいのか?」

 

「その通りですわ」

 

微笑むエリザは自身が纏っていた赤いマントを脱ぎ、丁寧に折り畳んだ後に差し出してくる。

 

「このマントを受け取って下さい。わたくしの父、皇帝ジギスムントの旗となりますわ」

 

「神聖ローマ帝国の皇帝ジギスムント…なら、お前は娘のエリーザベトなのか?」

 

「今は母の性であるツェリスカを名乗っていますが、本名は仰る通りです」

 

「俺にローマを蘇らせろと言いたいのか…?()()()()()()()()()()()()()と言うのか…?」

 

「貴方様は黙示録の赤き獣…獣は7人のローマ皇帝であり、ローマを築いたカエサル達です」

 

「……俺はお前が望むローマ帝国を終わらせる者になるかもしれないぞ?それでもいいのか?」

 

それを問われたエリザは複雑な表情になっていくが、それでも決断してくれるだろう。

 

「獣の神話とは()()()()()()()()()()()()()()()。皇帝が帝国を生み…そして滅ぼすのです」

 

始まりがあれば終わりもあり、それを潔く受け止めるのもまた皇帝の役目だと皇女は信じる。

 

だからこそジギスムントが結成したドラゴン騎士団のマントを黙示録のレッドドラゴンに託す。

 

彼女の覚悟を受け止めるしかないと感じた尚紀はエリザからマントを受け取ってくれる。

 

「さぁ、ローマのマントを纏ってください」

 

――我らの新たなる…カエサル陛下。

 

薄っすらと涙が浮かんでいるエリザのためにこそ、彼は赤きローマのマントを纏ってくれる。

 

風になびくローマのマントを纏う者に微笑んでくれたエリザの体から光が生まれていく。

 

メリッサや他の円環魔法少女達も同じ光を放ち、円環の世界に帰ろうとしているのだ。

 

「エリーザベト…まどかの中で俺を見ているがいい。俺が何者になるのかをな」

 

「楽しみにしておりますわ。貴方様はもう一人のタルトが認めた存在…だからこそ期待します」

 

膨大な光の粒子となった円環の魔法少女達の光がまどかの内側へと帰っていく。

 

残されていたのは自らの自由意思で地上に残ると決断した魔法少女達の姿だけであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

激闘を潜り抜けた尚紀達は車を走らせながら神浜へと帰っていく。

 

クーフーリンや造魔達が乗ったフルサイズバンの前を走るのはクリスであり尚紀が運転する。

 

彼に起こった異変についてはセイテンタイセイ達から聞かされているクリスは無言を貫く。

 

それでも沈黙に耐えられなくなったクリスは元の上着を着た尚紀に語り掛けてきたようだ。

 

「ダーリン……体は大丈夫なの?」

 

質問の返事が返ってくるまでは沈黙していたが、重苦しい表情を浮かべながらも答えてくれる。

 

「……今のところはな」

 

「ダーリンの姿が天使長時代のルシファーになってたなんて異常よ…一体何が起こったの…?」

 

「俺にも分からない…土星での戦いを終えた後の記憶が曖昧でな…気が付いたらああなってた」

 

「ダーリンは人間だけど完全な悪魔になる道を選んだ…だからこそ概念存在は他と結びつくの」

 

「他との結びつきが強まれば…俺もまた堕ちた天使と変わらない者に成り果てるのか…」

 

「それだけなのかしら…?ルシファーとの繋がりが強まったなら、彼の存在を感じなかった?」

 

「感じていたさ…まるで俺の中に大魔王ルシファーが宿ったような感覚になっていた…」

 

「人間の中に神の如き存在が宿る…そんな話をオカルト番組のラジオで聞いた事があったわね」

 

そんな話を持ち出された時、アラディアから語られたナホビノという言葉が浮かんでしまう。

 

(あの感覚がナホビノになるという事なのか…?だとしたら…俺はルシファーの知恵なのか?)

 

大魔王と融合する事の恐ろしさに震える彼の事を心配するクリスはこの話を切り上げてくれる。

 

明るい話題に変えようとまどか達の今後についての話を持ち出したようだ。

 

「それよりもまどかちゃんよ!あの子は人間として生きてくれる…ダーリンのお陰じゃない♪」

 

「まどかを形作る分霊の中に本霊が宿った事によって彼女は円環のコトワリになったんだぞ?」

 

「円環の救済行為は人間としての生活の合間に行うって言ってくれたんでしょ?問題無しよ」

 

「しかし…あれがほむらの望みの結果だったのかは…自信が無いな」

 

「ダーリンが伝えた自由のお陰でさやかちゃんもなぎさちゃんも大助かり♪自由様様ね♪」

 

自由(CHAOS)に傾ききっているクリスの言葉を聞いた彼の表情が暗くなっていく。

 

尚紀が叫んだ自由に陶酔しようとしている者に警鐘を鳴らすためにも、彼は教えてくれるのだ。

 

()()()()()()()()()()。俺が叫んだ自由の概念は左翼思想…共産党やイルミナティの思想だ」

 

もし人修羅が叫んだ自由の概念を今回の問題とは違う問題に当て嵌めたら何が起こるのか?

 

まどかが自由に生きてもいい尊厳を叫ぶなら、移民も自由に生きていい尊厳を叫ぶべきだ。

 

まどかにも平等に生きる幸福の権利があるのなら、移民も平等に人生を幸福に生きるべきだ。

 

博愛精神でまどかの我儘を認めろというのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「自由・平等・博愛こそが共産党やイルミナティが国家を解体するために用意した侵略概念だ」

 

「そんなことって……自由って正しいことじゃないの?自由がなければまどかちゃんは……」

 

「信念は人それぞれだが…真実は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ」

 

それ以上は何も語らなくなったクリスを尚紀は黙って運転していく。

 

明るくなっていく朝の景色に視線を向ける彼の表情は自分の人生の黄昏を感じているようだ。

 

(どうやら俺は…いずれルシファーとなるようだ。ならばもう…俺の人生に先は無い)

 

ボーっとしながら窓の世界に視線を向けていたのだが、突然彼の目が大きく見開く。

 

鈍化した世界。

 

尚紀の目に映ったのはかつての親友の姿。

 

黒のキャスケット帽を被る少年の口元には不敵な笑みが浮かんでいる。

 

<祐子先生に取り憑いたアラディアに情けをかけるのか?本当にお前は救えないお人好しだぜ>

 

急停止して車から降りた尚紀が周囲を見回してみるがかつての親友の姿は何処にも見えない。

 

「勇なのか……勇なんだろ!!?返事をしてくれよ!!」

 

動揺に包まれている尚紀に声をかけてきたのはバンを停車させて顔を出すクーフーリンである。

 

「どうした、尚紀?何を騒いでいる?」

 

「さっきそこに勇がいたんだ……俺の親友だった勇がそこにいたんだよ!!」

 

「勇だと…?ボルテクス界でムスビのコトワリとなった奴だったな……しかし誰もいないぞ?」

 

「そ…そんな…確かに勇の声が俺の頭に響いてきたんだ…姿も見えた…なのに…どうして…?」

 

「おい、尚紀。病院に潜入しに行ってた時から変だぞ?幻覚でも見えているんじゃねーのか?」

 

仲魔達には姿が見えていないのなら自分の幻覚と幻聴だったのかと尚紀は混乱してしまう。

 

項垂れながらも車に戻った彼は神浜に向けて家路を急ぐことしか出来なくなった。

 

……………。

 

家へと歩いていくほむらの足取りは重く、歩くだけで精一杯の状態のまま念話を繰り返す。

 

<…霧の影響から解放された街の人達は何が起こったのかも分からない表情をしてたわね>

 

<後で記憶操作魔法の調整が必要じゃろうな。それよりも大丈夫なのか…?>

 

ボロボロの状態であったが彼女はまどかを家に送るために一緒に向かう行動を起こしている。

 

散歩に出かけてくると父親に言いながら一晩中帰らなかった言い訳になろうとしたようだ。

 

立っているのもやっとの状況を利用したほむらはまどかの両親にこう話している。

 

病弱な自分が貧血で倒れ込み、心臓が落ち着くまで看病してくれたと説明したようだ。

 

<私は大丈夫よ…。望む形とは違っていても…まどかが人間として生きるなら文句はないわ>

 

<そうか…しかし浮かない表情をしておるな?その苦しみは本当に魔力消耗だけなのかのぉ?>

 

クロノスが心配する部分を説明することも出来ない彼女は自分自身に困惑している。

 

鹿目まどかが人間としての人生を残す結果を得られたのに酷い苦しさを心に抱えているのだ。

 

(どうしてこんなに……()()()()()()?目的は果たせたわ…なのにどうして…こんなにも…)

 

片手で心臓を抑え込みながら思い出すのは家路に帰る尚紀達と別れた時の記憶。

 

自分のために命を懸けてくれた尚紀の両手を握り締めながらまどかは心から喜んでくれていた。

 

彼のことを誰よりも尊敬すると嬉し涙を流して功績を讃えてくれた光景をほむらは見ている。

 

その時から彼女の心の中には自分でも分からない感情が噴き上がっているようだ。

 

(私だって…尚紀のことを心から尊敬しているし、信頼している。なのに…この感情は何…?)

 

自分自身が理解出来ずに混乱しながら歩いていると自分の家の前にまで辿り着いている。

 

<暫く学校は休め。莫大な魔力消耗を道具無しで回復させるなら、絶対安静が必要じゃ>

 

<そうさせてもらうわ……何だか……凄く疲れている。体も…心も……>

 

玄関の前にまでふらつきながら迫った時、違う男の念話が脳内に響いてきたようだ。

 

<感情は理屈じゃねーんだよ。本当はお前……()()()()()()()()?>

 

驚きの表情を浮かべたほむらが自宅の上を見上げれば、屋根の部分に座った新田勇がいる。

 

座ったまま滑り落ち、地上に着地した彼が不気味な笑みを浮かべながらほむらを挑発するのだ。

 

「また貴方なの…?私の家にまで押しかけてくるだなんて…気持ち悪いストーカー男ね」

 

<まぁ聞けよ。お前の大事な人は随分と尚紀にお熱心な態度だったよな?不安にならないか?>

 

「な…何が不安になるっていうのよ……?」

 

<このまま尚紀とまどかちゃんが親密になっていけばお前……へへ、分かるだろ?>

 

ゲスい笑みを浮かべてくる勇が何を言いたいのかを理解したほむらは激怒した顔つきになる。

 

「バカにしないで!!まどかを尚紀に盗られるかもって…私が怯えてると言いたいの!?」

 

<サブカル方面は詳しくねーけど、こういうのってアレだろ?()()()()()()()()()()()()()?>

 

「私とまどかとの関係が……尚紀に侵害されてるですって!?ふざけた理屈よ!!」

 

<百合の間に挟まる男は死ねってよー…昔からネットで言われ続けてた気がするんだよなぁー>

 

「私は尚紀を心から尊敬しているわ!私の大切な仲魔なのよ!彼の侮辱は許さないわ!!」

 

<なら、どうしてお前の心はそこまでイラついてるんだよ?>

 

心を見透かしてくる男の視線が恐ろしいのか彼女は顔を俯けてしまう。

 

無言になって震える彼女を挑発するようにしながら彼女の周囲を歩く勇が念話を送ってくる。

 

<お前は尚紀から聞かされたフェミニスト共を嫌悪したな?どうしてフェミを否定したんだ?>

 

「決まってるじゃない…他人に迷惑をかけてまで自分の我儘を押し付ける奴らなんて最低よ…」

 

<自分が見えてないんじゃねーのか?さっきまでのお前らは何だ?我儘を押し通したよな?>

 

「えっ…?そ、それは……その……」

 

<自分の我儘は良くて、フェミはダメか?都合がいいダブルスタンダード脳になってねーか?>

 

尚紀の入れ知恵によってさやかとの論戦は潜り抜けたが暁美ほむらは本来、論戦が苦手な者。

 

自分の矛盾した部分を指摘された彼女は動揺を抑えきれなくなり、酷く混乱しているようだ。

 

<自由を掲げたなら自分の我儘に正直になるべきだ。()()()()()()()()()()()と叫んでみろよ>

 

「出来ない…そんなの出来ない!!尚紀は私にとって…やっと巡り合えた最高の仲魔なのに…」

 

<他に選びようがあるのに一つの事に拘る必要はない。俺の思想を大好きな子に語ったよな?>

 

「やめて……もうやめて!!お前の言葉なんて聞きたくない……私を惑わさないで!!」

 

<どんな献身にも見返りはない。尚紀のために我慢を選んでも、お前の欲望は救われねーよ>

 

勇の言葉が欲しかったどす黒い感情が強まり、心臓を抑え込んだ彼女の膝が崩れてしまう。

 

心臓に手を置く彼女は高鳴りを感じており、本当に求めたい欲望の鼓動を感じている。

 

<お前はお前自身を守れていない。大好きな子に搾取されるなと言いながら搾取されるのか?>

 

「私は…お前なんかの惑わしに負けない…私は尚紀を必要としている…彼がいたからこそ…」

 

<チッ…この期に及んでまだいい子ちゃんぶる気か?だったらよぉ…可能性を俺が示してやる>

 

息を切らせるほむらの前に立った彼を彼女は見上げる。

 

その両目は魔人である人修羅と同じ金色の瞳となり、彼の体から魔力が噴き上がっていく。

 

同時に世界がオーロラに包まれるかのようにして変化していく光景が生み出されるのだ。

 

「こ……これは何!?あの男が生み出した悪魔結界なの!?」

 

無数のオーロラが浮かぶ領域で漂っているほむらは『夜のオーロラ』に惑わされていく。

 

数多の可能性を紡ぐ未来の如く七色に変化するオーロラが生み出すのは可能性の未来なのだ。

 

<<さぁ、俺が連れて行ってやるよ。()()()()()()()()()()…可能性の未来へとな>>

 

漂うほむらの前で形を成していくのは余りにも巨大なコトワリの神。

 

「こ……これが……ボルテクス界で生まれた……コトワリの神……?」

 

現れた神こそ、かつて人修羅が打ち倒した漂流の邪神ノアであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【ノア】

 

本来は名もなき神であるが新田勇がノアと名付けた漂流の邪神。

 

アマラ経絡の深層を古より漂流し続けた存在であり絶対の孤独を司るとされる。

 

巨大な四足の胎児のようなどす黒く透明な姿をしており、目の部分には赤い球体が浮かぶ。

 

赤い球体には膝を抱えて中に入った勇が内包されているようだ。

 

ノアとは旧約聖書の箱舟の名であり、ノアの方舟の彷徨える姿を表す邪神であった。

 

「あ……あぁ……あぁぁぁぁ……」

 

巨大な透明の体をもつ邪神ノアの胴体部分に広がる景色を見たほむらの目が見開いていく。

 

「そんな……そんなぁぁぁぁぁ……ッッ!!!」

 

広がる景色に映っていたのは結婚式場の光景。

 

大勢の人々から祝福されながら歩いていくのは尚紀とまどかの姿である。

 

「やめて……やめて……」

 

ウェディングドレスを着たまどかは幸せそうな顔を浮かべながら夫となる者に顔を向けている。

 

彼女の幸福な気持ちとはアラディアの気持ちでもあり、2人の女神の幸福が今日適うのだろう。

 

「嫌よ……そんなの……嫌ぁぁぁぁぁ……ッッ!!!」

 

<<さぁ、バカップル共が夫婦の誓いを行うシーンだ。熱いキスを祝福してやれ>>

 

涙を流しながらやめてと叫ぶが尚紀は止まらない。

 

勿論これは勇が生み出した幻に過ぎないが、暁美ほむらの表情が憤怒に染まっていくのだ。

 

()()()()()()()()よ……誰がお前なんかに……男なんかに……渡すものかッッ!!!」

 

我を忘れて叫んだ暁美ほむらの憎しみを邪神ノアは祝福してくれるだろう。

 

幻の景色を消したノアはオーロラの世界に沈んでいく彼女に纏わりつくように漂っていくのだ。

 

自分の本当の感情を叫んでしまった暁美ほむらは呆然とした表情を浮かべながら沈んでいく。

 

涙が零れ落ちていく彼女は本当の自分に出会ったような気がしたのか、こんな言葉を呟いた。

 

「私の中に……こんな醜い獣が……潜んでいただなんて……」

 

<<お前もまた黙示録の獣の一匹だよ、悪魔ほむらちゃん。獣として…素直になりなよ>>

 

狂ったような笑い声を上げていくほむらが勇と同じように三角座りしながら丸まっていく。

 

漂う彼女の体を赤い球体が包んでいき、()()()()()()()()()()()()()()()のだと周りに示す。

 

<<それでいい。俺はお前にムスビの思想を託す…俺達のためにムスビの世界を作ってくれ>>

 

邪神ノアの頭部が変化していき、巨大な勇の顔に変化する。

 

巨大な口を開けたノアはもう一つの目玉として球体に包まれたほむらを飲み込むのだ。

 

邪神ノアの世界に取り込まれてしまったほむらの意識はノアの如く漂うだろう。

 

()()()()()()()()()こそ、魔法少女として生きた暁美ほむらを象徴する概念でもあるのだ。

 

「フフッ…フフフ…そうよ…こんな結末はおかしいわ。魔法少女の物語は…女だけの物語…」

 

暁美ほむらの心をフェミニズム精神が支配していく。

 

男に対する強い憎しみを抱き、立場を逆転させたいと望む我儘の感情が噴き上がっていくのだ。

 

「男なんて私達の物語に必要ない…女の物語は…女だけで生み出していけばいいのよ…」

 

被害妄想の世界に引き籠ってしまった彼女の姿はまるで魔女に成り果てた頃のようにも見える。

 

くるみ割り人形の魔女の性質は暁美ほむらの性質であり、どれだけ否定しても彼女の性質だ。

 

「まどかと私が救われるには新しい物語が必要よ…女だけの集会…ワルプルギスの夜が必要ね」

 

自己完結する物語を描く新たなる支配者の姿が変質するかのようにして衣装が変わっていく。

 

カラスの羽をあしらった紫の新ドレスを纏う者こそ、まどかが救われる物語を生み出すのだ。

 

()()()()()()()()()()()…私以外は誰も開けない…強固な鍵をかけなくちゃいけないわ…」

 

二度とまどかの心に男が入り込めないような鍵をかける衣装がまどかにも与えられるだろう。

 

狂った笑みを浮かべながら両膝に埋めていた顔を上げる彼女は高らかに己の欲望を叫ぶ。

 

自分の欲望こそ優先されるべきだと信じて、彼女は新たなるワルプルギスの夜を生み出すのだ。

 

――さぁ、新しい私達の物語を始めましょうか。

 

……………。

 

見滝原市を飲み込んだのは悪魔ほむらのどす黒い感情が生み出した結界。

 

ミアズマの霧の如く見滝原市を切り離した暁美ほむらは巨大ドームの天井で踊っている。

 

これから始まる新たな物語を楽しみにしているかのようにして廻り続けていく。

 

その姿はまるで()()であり、新たなる物語を表すものになるだろう。

 

その光景を見滝原から離れた場所で眺めている新田勇の顔も満足な笑みを浮かべていく。

 

<お前はまどかちゃんのために誰よりも努力してきたよな?だからこそ…()()()()()()()のさ>

 

右手を持ち上げる彼の体が光を放ちながら消えようとしている。

 

人修羅に倒された勇はアストラル体となり、次元を彷徨う姿にされていたようだ。

 

<この世界に干渉出来るのもここまでだ。俺のムスビを頼んだぜ…新しいムスビの担い手>

 

――シジマに染まった尚紀や、魔法少女の体を手に入れた千晶のヨスガに負けるんじゃねーぞ。

 

黒のキャスケット帽子を被りなおした勇は踵を返して歩き去っていく。

 

その姿は蜃気楼のようになっていき、魔法少女が存在する世界から消え去っていったのだ。

 

自由(CHAOS)とは人間の尊厳を守るために必要だが、同時に社会秩序さえも破壊する爆弾。

 

自由と混沌を掲げる勢力こそが政治の左翼団体であり、イルミナティの先兵となるだろう。

 

秩序に弊害があるように、自由もまた弊害だらけなのだと人々は理解しなければならない。

 

物事は偏ったものだけを選んでおけば安心安全になどなりえないのだ。

 

人間の人生とは命綱無しの綱渡りも同然。

 

右の秩序(LAW)に偏ろうが奈落に落ち、左の自由(CHAOS)に偏ろうが奈落に落ちる。

 

何が正しいのかを迷いながら心を中庸(NEUTRAL)に保ち、細き道を進まねばならないのだ。

 

その道は困難を極めることなら道徳の開祖である孔子の言葉の中にも残っている。

 

それでも人々は楽な方向にしか振り向かないし、楽なものしか求めない。

 

人間は見たいものしか見ないし、信じない偏見生物。

 

己の感情が指し示す羅針盤を頼りにして争い合った戦争こそ、光と闇のハルマゲドンであった。

 

 

真・女神転生 Magica nocturne record

 

 

 

To be continued

 




許せ、サスケ。映画ワルプルギスの廻天ネタを最終章冒頭に入れたいからハッピーエンドで締めるわけにはいかんのだ。
ももこちゃんが乗り越えた心の試練を悪魔ほむらちゃんは乗り越えられるのか?な展開をもって6章を締めさせたいと思います。
6章に突っ込み忘れてた話をサイドストーリーでいくつか入れるとは思います。
それでは、最終部7章も縁がありましたら読んで頂けると凄く嬉しいです。


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サイドストーリー
261話 カインとカナンの呪い


アラディアと人修羅達の戦いを遠くの海で見物していたのは大魔王ルシファーである。

 

海上で停泊していた居城の如き豪華客船内で彼女達の戦いを固唾を飲んで見守っていたようだ。

 

「混沌王殿であってもアラディアに勝てるかどうか…それでも、勝ってくれねば我らが危うい」

 

薄暗い回廊を歩くのは仮面の下で冷や汗をかくビフロンスであり、宮殿の後宮へと進んでいく。

 

船の上の宮殿ともいえる大きな城の回廊を超え、大魔王の後宮へと入ったようだ。

 

「混沌王殿が負けたなら手負いのアラディアを総力で倒さねばならん。既に態勢は整えている」

 

見滝原市から離れた海上には大魔王の船だけでなく、多くの艦船がひしめき合っている。

 

米国海軍の空母艦隊だけでなく、在日米軍や自衛隊を動かす用意もしていたようだ。

 

後は大魔王の号令一つで米軍と自衛隊、それに悪魔の軍勢が見滝原市に攻撃を仕掛けられる。

 

「失礼します」

 

執務室を開けてみるがスライドした書斎の奥に見えるモニターの光しか見えない様子。

 

いつも座っている執務机の椅子には誰もいなかったようだ。

 

「閣下はおられないのか?どちらに行かれたのだ…?」

 

総司令官ともいえる立場の者が消えた事に不安を感じたビフロンスは魔力を探ってみる。

 

魔力を探り続けていると大魔王の魔力を感じたのか速足で後宮内を歩いていく。

 

立ち止まった場所とは後宮内にある美術館のような巨大ギャラリースペースだったようだ。

 

「閣下!!?」

 

ギャラリースペースの扉を開けて中を見ると片膝をつきながら息を切らせる大魔王を見つける。

 

慌てて駆け寄るビフロンスであったが、片手を上げながら彼を制止させてきたようだ。

 

「ハァ…ハァ……私は大丈夫だ」

 

「で、ですが…どちらに行かれていたというのです?船内で魔力を感じませんでしたが…?」

 

「お前が気にする必要はない。それよりもアラディアとの決着はついた。軍を撤収させるぞ」

 

「では、混沌王殿はアラディアを打ち倒したということですね?安心致しました」

 

ギャラリースペースから出ていく音が聞こえた後、ルシファーが立ち上がる。

 

息を整えた彼の顔は驚愕に包まれており、恐怖を感じているような表情を浮かべているのだ。

 

「まさか…私の方が奴に取り込まれてしまうとはな。人修羅に主導権を奪われるところだった」

 

大魔王は落ち着きを取り戻すためにギャラリースペース内を歩いていく。

 

美術館内部には様々な巨大絵画が並んでおり、その中の一つの前で立ち止まる。

 

顔を向けた先にあったのは旧約聖書の創世記の一部分を描いた絵画であったようだ。

 

「君の望み通り…我々堕天使とカナン族は人類を堕落させた。きっと喜んでくれただろう」

 

絵画に描かれていたのは、銀髪の青年が青髪の青年を石で殴り殺す凄惨な光景。

 

絵画を見つめた後、隣に飾られたアダムとエヴァの楽園追放の絵に視線を向ける彼はこう語る。

 

「エヴァは私から知恵の種を授かった女。種は芽吹き…()()()()()()()()()()()()()()のだ」

 

意味深な言葉を残したルシファーが歩き去った後、彼の美術館は静寂に包まれるのであった。

 

……………。

 

「悪魔崇拝のルーツを知りたいのかい?」

 

書斎で仕事中であった里見太助の前には娘の那由他が立っている。

 

悪魔や悪魔崇拝組織と関わるようになったことから彼女は悪魔の歴史が知りたくなったのだ。

 

「悪魔崇拝組織が生まれるキッカケは何だったのですの?私は何も知らないんですの…」

 

「その話は長くなる…そして、とても恐ろしい話となるだろう。それでも…聞きたいか?」

 

恐怖を感じながらも頷いてくれた娘のために父親はノートPCを閉じてくれる。

 

電動車椅子を操作しながらソファーの前に移動した後、娘にも座るように促してくれる。

 

ソファーに座った那由他の顔を真剣に見つめた後、遠い眼差しを浮かべながら語っていくのだ。

 

「悪魔崇拝の原点を語るなら…先ずは旧約聖書の創世記から語っておこう」

 

「旧約聖書の創世記…?」

 

「ここから始まるんだ…唯一神を憎む者が地上で誕生した原点こそが…創世記の登場人物」

 

――アダムとエヴァから生まれた最初の子供……()()()こそが原点だったんだよ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

旧約聖書の創世記第四章においてはアダムとエヴァから生まれた兄弟の物語が描かれている。

 

楽園から追放された最初の男女は協力しながら強く生きていくことになるだろう。

 

そして妻となったエヴァから最初に生まれた子供こそが銀の髪をもつカインと呼ばれる者。

 

後に弟として青い髪をもつアベルが生まれ、二人の兄弟はすくすく成長していくことになる。

 

やがて子供達は大きくなり両親の元から一人立ちすることとなるが、弟は兄と共に生きていく。

 

兄弟の仲はとてもよく、兄を慕う弟は共に生きようとしたようだ。

 

2人とも美しい青年になった頃、両親から離れていった兄弟は農業と牧畜で生活をしていく。

 

兄は農業を行い、弟は羊飼いをしながら生活していくのだ。

 

「兄さん、今年の作物はどうだい?」

 

「アベルか?見ろ、今年の小麦はとても美しい出来栄えになってくれた。主も喜んでくださる」

 

毛皮の服を纏う兄は自信たっぷりの表情で作物の出来栄えを弟に自慢する。

 

「凄い豊作だね。虫の被害も出なかったし、主は兄さんを愛している証拠だよ」

 

「今年は主に初めて作物を捧げる年だ。一人立ちした我々の努力が実を結んでくれるだろう」

 

2人の兄弟は唯一神へ捧げものをするために作物の中から最高のものを選んだ後、運んでいく。

 

カインは小麦や野菜の中から出来のいいものを選び、アベルは子羊を縛って運んだようだ。

 

住んでいる地域で一番天に近い山の頂上にまで来た兄弟は簡素な祭壇に捧げものをする。

 

平伏しながら主の御言葉を待ち続けていると、太陽の如き光が雲の隙間から現れる。

 

同時に並ぶ者無き天空の神が捧げものを送った兄弟に念話を送ってくれたようだ。

 

<<アベルよ。素晴らしい子羊の捧げものだ。我が光を与えよう>>

 

「主よ、有難う御座います。兄さんの捧げものも受け取って下さい、凄く出来のいいものです」

 

<<それは必要ない>>

 

驚愕した表情を浮かべたカインが顔を上げ、動揺したまま天空の神に叫んでしまう。

 

「主よ…何故ですか!?俺が育てた作物は弟の子羊に負けない程の出来栄えだというのに!!」

 

<<黙れ!!>>

 

主の怒りに触れたと感じたカインは顔を下げたまま再び平伏する。

 

しかし下げた顔には何が浮かんでいるのかなら唯一神は見抜いているのだ。

 

<<カインよ、何ゆえ憤る?何ゆえ顔を伏せたままにする?>>

 

横の兄を心配するアベルが顔を向ければガタガタと震え続ける兄のカインがいる。

 

その震えは唯一神に対する恐怖なのか憤りなのかは弟には分からないようだ。

 

結局今年の捧げものはアベルの子羊だけとなり、失意に暮れたままカインは帰路につく。

 

受け取らなかった兄の捧げものを抱える弟は兄の横にまで来て慰めてくれる。

 

「兄さん…元気を出して。来年の捧げものならきっとお気に召してくれるはずだから」

 

「……そうだといいな」

 

落胆していたが可愛い弟が元気づけてくれた事で立ち直ったカインは再び労働に勤しんでいく。

 

今度こそ気に入る捧げものを作ろうと雨にも負けず、風にも負けず、カインは努力する。

 

そんな兄の姿を見守っていた弟は兄の努力が実を結んでくれるよう主に祈りを捧げる。

 

しかし、兄弟の祈りなど無視するような態度を唯一神は繰り返してきたのだ。

 

<<カインよ、顔を上げよ。正しいことをしているのなら顔を上げられるはずだ>>

 

五年目の捧げものすら受け取ってくれなかったカインは平伏したまま震えている。

 

捧げものを受け取ってくれた弟まで震えているが、唯一神が恐ろしいからではない。

 

隣で震える兄の感情は恐怖心ではなく、明らかに怒りの感情なのだと伝わるからなのだ。

 

<<正しいことをしていないなら罪の門口が待ち受ける。汝はそれを治めねばならぬ>>

 

ついに口も聴いてくれなくなった兄を心配し続ける弟であるが、来年の捧げものがある。

 

六年目の捧げものを用意した兄弟に待っていたのは変わらぬ残酷さであった。

 

「ふざけるな……ふざけるなぁぁぁぁぁーーーーッッ!!!」

 

六度目の捧げものすら受け取らない唯一神に対して、ついにカインは憎しみをぶちまける。

 

「俺の穀物の何が気に入らない!?どんな困難にも耐え抜いた俺の穀物が弟に劣るのかぁ!?」

 

<<我が子よ、その通りだ>>

 

「何だとぉ!?絞めた子羊のような血生臭い捧げものしか気に入らないというのかぁ!!」

 

<<捧げものの問題ではない。汝の内側に宿る獣こそが、アベルに劣るものなのだ>>

 

「俺自身が気に入らないから捧げものを受け取らなかったのか…?俺が大嫌いだから…?」

 

<<我は汝らを愛している。だからこそ、我は汝に試練を課すのだ…カインよ>>

 

「何が試練だ!!俺が気に入らないくせに……愛しているだなんて二度と口にするなぁ!!」

 

激怒したカインは弟と唯一神を捨て去るようにして消えていく。

 

失意に暮れながら兄を心配していると畑の方から焦げ臭い匂いがしたため慌てて家を出る。

 

「そ……そんな……」

 

アベルが見た光景とは、丹精込めて育てた畑の作物を焼き尽くす兄の姿。

 

気がふれた表情を浮かべながら怒りの松明を握っている兄の元へと弟は駆け寄るのだ。

 

「兄さん…なんてことをしたんだよ!?この畑は兄さんの大切な畑だろ!!」

 

狂った笑い声を上げ続けているカインであったが、弟の声がした方に顔を向けていく。

 

「もうこんな畑に用はない……それよりもアベル、野原へ行こう」

 

「野原…?もう夜中だというのに野原に何の用事があるというの…?」

 

「行けば……分かるさ」

 

内密の話でもあるのかと弟は渋々と野原に向かって歩いていく。

 

弟の後ろを歩いていく兄は周囲に視線を向けながら何かを探しているようだ。

 

探し物を見つけた兄は松明を捨て、後ろの明かりが投げ捨てられた事に気づいた弟が振り向く。

 

「えっ……?」

 

弟が振り向いた瞬間、頭部に激痛が走る。

 

大きな石を両手で抱えたカインが突然襲い掛かってきて頭部を殴りつけてきたのだ。

 

「に…兄さん……ッッ!!?」

 

激痛に耐えられず血を流しながら倒れ込むアベルに馬乗りとなり、カインはさらに殴りつける。

 

「貴様のせいだ!!貴様なんかがいたせいで……俺は主から愛されなかったぁ!!」

 

何度も何度も殴りつけ、頭部全体が血塗れとなる中、弟は最後の言葉を兄に伝えようとする。

 

「やめて…よ……主が兄さんを嫌っても……ボクは兄さんを……愛してる……」

 

「俺が欲しかったのは主の愛だ!!お前の愛じゃない……お前の愛じゃなかったんだぁ!!」

 

最後の一撃を放とうとするカインの目には大粒の涙が浮かんでいる。

 

同じように涙を流し続ける最愛の弟に目掛けてトドメの一撃を放つ時がきてしまう。

 

「ガッ……アァ……」

 

ついに力尽きて死んでしまったアベルの血濡れた姿は松明の明かりで見えているはず。

 

突然我に返ったカインの体がガタガタと震えだし、目にはとめどなく涙が溢れ出すのだ。

 

「どうして…こんな事になった…?俺は弟を…アベルを…殺したくなんて…なかったのに…」

 

人類で最初の殺人が行われた凄惨な現場の中で兄のカインは泣き崩れてしまう。

 

弟を土葬し終えたカインは牧場や家にも火を放ち、兄弟が暮らした思い出の地を去っていく。

 

日が昇る中、カインの脳内に唯一神の念話が響いてくるのだ。

 

<<アベルは何処にいる?>>

 

「俺に話しかけるな……俺は弟の番人などではない……」

 

<<貴様は何をした?貴様の弟の血が土の中から我に叫びを上げ続けているのだぞ>>

 

「知ったことか……俺はもう、貴様の愛など求めない。独りで…生きていくさ…」

 

<<カインよ、貴様を呪ってやる。最初の殺人が行われたこの地より去れ>>

 

「言われなくても出て行ってやる……俺はもう……こんな場所に未練などない」

 

唯一神から呪われてしまったカインは二度と農業を行うことは出来ない罰が与えられるだろう。

 

一生を放浪者として終わらせるしかなくなったカインであるが、それでも強く生き抜いていく。

 

報復されるなら望んで受けてやるというが、誰もカインを殺せない呪いもまた与えられている。

 

最初の人類は現代人よりも遥かに長生きであり、長い時間の中を死ぬまで悔いろというのだ。

 

その後のカインはエデンの東、ノドの地に定住することになっていく。

 

アベルを殺して数十年後になった頃には人類の数も徐々に増えているのだ。

 

「父と母は俺達兄弟以外の子孫も残したか…まぁいい、俺はもう両親の元に帰るつもりはない」

 

親族ともいえる者の中で見つけた1人の女性から一目惚れされたカインは彼女と添い遂げる。

 

そして生まれたカインの息子こそが、()()使()()()()()()()()()()()()であったのだ。

 

失った愛する弟の代わりとして息子を溺愛したカインは大工となり、息子の街を築き上げる。

 

エノクもまた大きくなっていき多くの子供達を生み出す頃にはカインの姿も年老いている。

 

年老いた老人になろうとも唯一神への憎しみが消えることはなかった時、悲劇が起こるのだ。

 

「そんな……そんなバカな……」

 

年老いたカインが見た光景とは、息子のエノクが天に昇天していく光景である。

 

「唯一神は俺から全てを奪うつもりか!?弟だけでなく…愛する息子まで奪うというのか!?」

 

両膝が崩れ落ちた老人は天に向かって憎しみの叫びを上げ続けるだろう。

 

その声は息子のエノクにも聞こえており、地球から遠く離れようとした時に振り向く。

 

エノクの背後の宙域には天国へと迎えに来たミカエル達がいる中、彼は光の天使になるのだ。

 

地球よりも大きい巨体はサンダルフォンと同じく上るのに500年かかると言われるだろう。

 

<<……父さん>>

 

<<行くぞ、メタトロンよ。これより汝は契約の天使として宇宙を支える任務が与えられる>>

 

<<……承知しました>>

 

無機質な巨大ロボのような機械天使と成り果てたが、その目には人間の温もりが残っている。

 

機械の目を閉じながら家族を残して天に昇ることを許して欲しいと彼は願うばかり。

 

そして大天使メタトロンは遠い未来の世界のボルテクス界において人修羅と戦うことになろう。

 

一方、息子を唯一神に奪われたと怒り狂うカインは狂った笑い声を上げながらこう呟くのだ。

 

「ククク…いいだろう、そこまでするなら俺も覚悟が決まった。俺は未来永劫貴様を呪おう…」

 

立ち上がったカインは悪魔のような形相を浮かべながら天を睨んで宣言する。

 

「俺は命尽きるまで呪いの種を女に撒く農夫に戻る…俺の種は未来へと呪いをばら撒くだろう」

 

その後のカインは生涯をかけて唯一神を呪うための子種を撒く農夫人生となるだろう。

 

街を建設して手に入れた権力で搔き集めた女とセックスし続け子を産ませ、悪魔学を刷り込む。

 

彼が考えた悪魔学とは、唯一神が生み出した世界を真逆に変えて貶めること。

 

神の教えを真逆にしろ、自然を愛せと言われたら焼き払え、隣人を愛せと言われたら貶めろ。

 

神の血であるワインの代わりに子供達の生き血を飲めと狂い笑いながらセックスし続ける。

 

セックス狂いとなった老人は最後の瞬間まで呪いの種を撒き続けるだろう。

 

唯一神を呪ったカインが死んだ死亡原因とは、セックス中に死ぬ腹上死であったのだ。

 

<<貴様は試練に打ち勝てず我を呪いながら堕落した……我は怨みをおくぞ、カインよ!!>>

 

最初の殺人の罪と唯一神を呪う罪を犯した罪人に与えられたのは聖丈二を超える程の罰である。

 

丈二も生前、唯一神に逆らう罪を犯したために転生して形を変える権利を剥奪された者。

 

転生を繰り返しても罪人と同じ姿にされ続けるが、救いがあるとすれば罪の記憶がないこと。

 

しかし、カインは丈二と同じ罰を受けながらも生前の記憶を転生先でも与え続けられた者。

 

彼はどんな時代、どんな並行世界に生まれてもカインとして生き続けるしかなくなったのだ。

 

そんな彼もまた光と闇の戦いに身を投じるために魔法少女がいない世界に転生を果たすだろう。

 

21世紀の東京で生まれた彼は()()()と呼ばれるようになり、アベルにそっくりの弟までいる。

 

ナオヤは唯一神に復讐するため、唯一神が愛した弟のアベルを()()()()()にするのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「カインは努力し続けたからこそエゴに飲まれ、献身に応えなかった唯一神を憎んだんだ」

 

旧約聖書時代のカインの哀れな人生を聞かされた娘の目には涙が浮かんでいる。

 

結婚を夢見る年ごろの女の子として、努力が報われない人間の姿に共感したのだろう。

 

「カインが可哀想ですの…夫婦関係だって報われないと…きっと喧嘩になりますの…」

 

「その通りだね…夫婦の契約は神と人間との契約と同じだ。相互利益が無ければ破綻する」

 

「あんなに一緒にいられた愛する弟でさえ…殺せるものなんですの?エゴという感情は…?」

 

「自分の優越性しかいらない、劣等性は許さない。()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

「魔法少女だってエゴは持ってますの…だから神浜の魔法少女達は過ちを犯したのですね…」

 

「本来なら心を通わせ合える存在でさえ殺し合える…人間の感情の中から悪魔が生まれるのさ」

 

長い話になったために小休止として娘がコーヒーを淹れに行ってくれる。

 

コーヒーを飲んで一息ついた後、那由他はカインの子孫について父親に聞いたようだ。

 

「彼の呪いは子孫の中へと受け継がれ…その中で最も強い呪いを継承したのがカナンだった」

 

太助が語り始めたのは、カインが死んだ後の物語であった。

 

……………。

 

「ようやく箱舟が完成した…これで主が世界にお与えになられる洪水から生命は生き残れる」

 

いとすぎの木で作られた巨大な箱舟を見上げるのはノアと呼ばれる人物である。

 

アブラハム、モーセ、ノア、イエス、ムハンマドは五大預言者と呼ばれており彼もその一人。

 

「この世界は主の怒りをかってしまった…滅びは避けられない。それでも主は私に言われた」

 

唯一神が選んだ選民と生物のつがいをそれぞれ二体ずつ箱舟に載せて生き残れと命じらている。

 

神の命令を果たすため、600歳となる老人のノアは己の全てをかけて箱舟を建造したのだ。

 

「世界はカインがばら撒いた悪魔崇拝者で穢し尽くされた…滅びは我々の自業自得だったのだ」

 

タリム盆地で暮らしてきたノアに導かれた選民達は存亡をかけた船出に旅立っていくだろう。

 

唯一神は地上に増えた人類が犯す罪を嘆き、怒り、全てを飲み込む大雨を世界に与え続ける。

 

川は氾濫し、海は津波を起こし、世界の大部分が水の中に沈もうとしているのだ。

 

この洪水によって悪魔と人間との間から生まれたというネフィリムの大部分も死ぬだろう。

 

巨人でありカニバルの化け物でさえ天空を司る唯一神の洪水に逆らえる力など無かったのだ。

 

大洪水は40日40夜続き、地上に生きていたもの全てを滅ぼし尽くす。

 

水は150日の間増え続け、その後箱舟はアララト山の上に止まったのである。

 

唯一神の天罰から生き残れた人類はノアを含めたたったの8人。

 

しかし、この8人の中にカインの呪いをもっとも深く受け継ぐ忌み子が乗船していたのだ。

 

「このたわけがぁぁぁぁぁーーーーッッ!!!」

 

怒り狂うノアが手に持った杖を振るい、めった打ちにしていた者とはノアの次男である。

 

名はハムであり、そして彼の息子のカナンこそがカナン族の始祖となる人物であった。

 

「貴様は主が禁止した性行為を箱舟内で行った!!貴様のせいで我らは呪われる!!」

 

「性欲を我慢出来なかったんだ!!許してくれ父さん…許してくれぇぇぇぇ……」

 

「私が許しても主は絶対に許されん!!終わりだ…我らはもう…終わりだぁぁぁぁ……」

 

箱舟によって生き残れたノアであるが、息子が背信行為をしたことに絶望していく。

 

浴びる程の葡萄酒を飲むようになり、裸のまま寝るような堕落した日々を送るようになる。

 

そんな時、裸のノアの姿に気が付いたハムの息子のカナンは裸体を見て興奮していく。

 

「あぁ…お爺様……老齢を感じさせない程の……美しい体だ……」

 

彼は男であるのだが、同じ男であり家族に向けて欲情しようとしているのだ。

 

その光景こそがカインの呪いが凝縮した堕落であり、世界の在り方を真逆にする行為。

 

男女が生み出す正しい愛情ではない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

カナンの背信行為に気が付いたノアは我を忘れる程にまで激怒する。

 

父親と同じように杖でめった打ちにした後、吐き捨てるようにしてカナンにこう告げる。

 

「カナンは呪われろ!!奴隷の奴隷となり、セムとヤフェトに仕えろ!!」

 

「どうして僕がそこまでの事を言われないとならないんだ!?男の裸に欲情しただけだろ!?」

 

「所詮貴様は混血種だ!!アダムの子孫の厳格なモラルに束縛されない背信者だ!!」

 

アダムの純粋なる血統であるノアは混ざりものであるカナンを許さず罵倒し続けてしまう。

 

「同性に欲情して何が悪い!!世界はもっと自由であるべきだ…混沌であるべきだ!!」

 

「快楽主義に狂いおって…出ていけ悪魔め!!二度と私の前に姿を見せるでないぞ!!」

 

「ああ…出て行ってやる!!そして僕の血は生み出してみせる…混沌が支配する世界をな!!」

 

こうしてノアの元を出て行ったカナンは生き残りの人類はいないか探す旅へと出かけていく。

 

洪水が引いた地上へと歩いていく時、朝焼けの美しさが広がるのだが彼は視線を逸らす。

 

太陽を表す唯一神に視線を向けるのではなく、彼は金星の方角に視線を向けながら呟くのだ。

 

「僕はもう唯一神などいらない…僕の主となるべきは…金星や木星の神様であるべきだ…」

 

旅を続けるカナンは現在のパレスチナ地域辺りで生き残りを見つけた末に子孫を残していく。

 

こうして生まれたのがカナン族であり、この地域こそが後のイスラエルとなるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あの地域がカナンが残した呪いの民が暮らす国だ」

 

現在でいうエルサレム旧市街の南西隅にあるシオンの山の丘に潜むのは悪魔の軍勢。

 

空に浮かんでいるのは光り輝く天使の六枚翼と天女の羽衣のような布を纏う大魔王ルシファー。

 

下には200体の堕天使達が佇み、丘の上からカナン地域の集落に目を向けている。

 

後にエグリゴリの堕天使と呼ばれる悪魔の代表ともいえる者達は不気味な笑みを浮かべるのだ。

 

「閣下が授けた知恵の種は芽吹いてカインとなり、カインの呪いはハムに継がれて今がある」

 

口を開いたのは悪魔姿となっているシェムハザであり、隣にも悪魔姿になったアザゼルがいる。

 

「この呪いの民こそが世界支配の鍵となる。箱舟で生き残った者の血が世界を堕落させるのだ」

 

未来を見通す眼をもつ大魔王が練り上げたのは、人類誕生から何千年にも及ぶ途方もない陰謀。

 

それを達成するために利用されるのが快楽だけしか頭にない堕落した人々なのだ。

 

「いずれこの地にはエジプトから脱出したヘブライの民が訪れる。その前にお前達は中で潜め」

 

「洪水で大部分が死んだネフィリムを再び増やさなければならない…この地は最適でしょうな」

 

「我ら悪魔の血脈と知恵をこの地に残す。いずれ閣下とバアル様を崇める地域となるでしょう」

 

「金星と木星の神を欲したカナンよ…私が望みを叶えてあげよう。そしてカインの望みもな」

 

200体の堕天使達の姿が邪悪な光を放ち、全員が人間の姿に擬態していく。

 

「行ってこい。この地に根差し、妻を娶って悪魔の血を残し続けるがいい」

 

大魔王の命令を受けた堕天使達はヘブライの民よりも先にカナンに定住することになるだろう。

 

始祖カナンより継がれてきた堕落の思想をもつ住民達は悪魔達を喜んで迎え入れるのだ。

 

その光景を陰で隠れながら見ている存在とは契約の天使であるインキュベーター。

 

感情がないながらも最大の危機感を感じているのだが、大いなる意思の如き声が響いてくる。

 

<<捨て置くがいい。これは宇宙延命の熱を手に入れるために必要な犠牲なのだ>>

 

「その声はメタトロン様!?どうしてですか…悪魔が人間を支配しようとしてるのですよ!?」

 

<<我らが主にとって、これは人類を試す試練。そのためにルシファーがそこにいるのだ>>

 

「では…アダムとエヴァを創造された時より始まっていたというのですね…?」

 

<<我が父に呪いを与えたのもこれを生み出すため。世界は退廃し、多くの絶望が生まれる>>

 

「その絶望から宇宙を温める熱を生み出す計画だったのですか…?」

 

<<全ては我らが主の掌の上。案ずるな…汝は契約の天使としての本懐を果たせ>>

 

「仰せの通りに…我らが主の宇宙に永遠の熱が与えられますよう、僕達は励んでいきます」

 

契約の天使にとっては最高責任者であるメタトロンからの指令を受け取った者が去っていく。

 

それに気が付いているルシファーの口元には不気味な笑みが浮かんでいるようだ。

 

「今は主の掌の上で踊ってやろう…だが、悪魔の庭になったこの星の家畜共は私達のものだ」

 

これより後の時代こそ、箱舟で生き残ったハムの血が起こす反逆の物語が始まっていくだろう。

 

ハムには四人の子供がおり、それぞれがノアから見捨てられ新天地へと移動するのだ。

 

カナン地方だけでなく、クシュはエチオピア、ミツライムはエジプト、プトはリビアに根差す。

 

ハムは箱舟で禁忌を犯したために肌が黒くなり、黒人の祖となったとタルムードに記される。

 

クシュの息子は()()()()となり、伝説の()()()()()を生み出すサタニストとなっていく。

 

フリーメイソンは二ムロデを崇拝するようになり、彼の思想を自分達の教義に取り入れるのだ。

 

伝説の塔を建造した偉大なる建築王として建築ギルドから崇拝され、悪魔教義も受け継がれる。

 

二ムロデの野望は()()()()であり、イルミナティや共産党のワンワールドへと継がれていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「イルミナティの目標とは、バベルの塔の如く天を目指すこと。それが神秘主義なんだよ」

 

「唯一神のような存在になって地上を支配する現人神になるのが目的だったんですのね…」

 

「彼らの中には悪魔の血が流れている。だからこそ先祖の文化崇拝を誰よりも行ってきたんだ」

 

「悪魔は…魔法少女の魂だけでなく、体まで食肉にしますの…本当に…恐ろしい存在ですの…」

 

「魔法少女だけじゃない、カナンが残したバアル崇拝によって普通の子供まで生贄にされる…」

 

「私達は…恐ろし過ぎるカルト金融マフィアに支配され続けるしか…ないんですの…?」

 

娘は震えながら助けを乞うような表情を父親に向けてくる。

 

それでも現実は厳しいと分かっている太助は眼鏡を指で押し上げた後、残酷な現実を語るのだ。

 

「残念ながら彼らに対抗出来る国など存在しない。資本主義国家を支配するものこそが金融だ」

 

「世界の銀行組織を築ける程の大財閥に勝てる国は…本当に存在しないんですの…?」

 

「想像してごらん。車はガソリンがないなら…どうやって動けばいいんだい?」

 

「そ……それは……その……」

 

「国だけでなく企業だって銀行から融資が受けられないならどうやって事業を続けるんだい?」

 

「え……えっと……」

 

「冒険家だって融資が必要だし、全てのことにいえる。金が無ければ…()()()()()()んだよ」

 

カナン人であったユダヤをここまで巨大にした存在とはキリスト教だと太助は語ってくれる。

 

キリスト教の教義では利子を取ることが許されず、金融は汚れた仕事だと蔑まれてきた。

 

しかし経済活動ではそれを必要としたことでユダヤの需要が生まれることになっていく。

 

ユダヤ教では利子取りは禁止されていなかったため、ユダヤ人は金融業に従事することになる。

 

他の多くの職業がユダヤ人に閉ざされていたため、金融業は彼らにとって天の恵みだったのだ。

 

ユダヤ人の見解が変わる一方で、彼らの政治権力を危惧する反ユダヤ主義が生まれたのである。

 

「ユダヤの教義で利息を取ることが合法なのはね…()()()()()()()()()()()()()()()()()()さ」

 

「そ……そんなことって……」

 

「異教徒を()()()と呼び…僕達の命も財産も我々が所有出来ると考えるから金融が出来たのさ」

 

「酷過ぎますの…そんな連中のせいで…私達は死ぬまで搾取されるだなんて……」

 

「日本の中央銀行創設にはフランスのロスチャイルドが関わってる…日本も支配されてるんだ」

 

呪われたカナン人はヘブライのユダ族に吸収されるが、彼らは逆にユダ族を乗っ取ってしまう。

 

ソロモン王は彼らを擁護したことでヘブライ民族は南北に分断される程の内戦と化す。

 

結果は歴史が示す通りイスラエルの崩壊であったが、ユダ族化したカナン族は不滅だった。

 

白人であるセム族と激しく争いながらも交易で財を成し、フェニキア人と呼ばれることになる。

 

外国でも溶け込める()()()()()()()を通して欧州に足場を作り、ヴェニスの商人となるだろう。

 

彼らは十字軍を通して世界に膨大な交易路を築きながらカナン文化の腐敗も持ち込んだのだ。

 

「白人のセム族とは違う肌が浅黒い中東貴族こそがイルミナティを築き上げた黒の貴族なのさ」

 

「中二病っぽいネーミングでしたけど…肌が黒い中東貴族だったということなんですのね…」

 

「彼らの黒さは見た目だけじゃない…その内側に宿した()()()()()()こそが真の闇だったんだ」

 

彼らはカナンの遺言に従い、あらゆる地域で悪魔崇拝をばら撒いていくだろう。

 

同胞に対してしか秘密を漏らさず、秘密裏に盗みや姦淫、そして儀式殺人を繰り返す。

 

彼らの腐敗に気が付いた者には容赦せず虐殺の限りを尽くす()()()()()()となるのだ。

 

「白人であるセム族は個人主義を尊びながら争いを繰り返したせいで彼らの天下となったのさ」

 

「欧米はユダヤ帝国だとパパが言ってた理由は…そういうことだったのですね…」

 

「足を引っ張り合う白人の横で財を成し、ついに世界を支配出来る程の銀行家となったんだ」

 

「私はそんな恐ろしい連中から命を狙われてるんですの…?私達魔法少女は…どうしたら……」

 

「那由他……」

 

震えが止まらず大泣きしてしまいそうになった娘が立ち上がり、駆け足で部屋から出て行く。

 

娘を怖がらせてしまった自責の念を感じる太助であるが、娘を追いかける姿は見せない。

 

隠していても現実は変わらないのなら、娘にも現実を知る権利があると感じているのだろう。

 

「カインから始まった悪魔崇拝こそが世界の羅針盤だ。だからこそ…君の力が必要なんだよ」

 

背もたれに背中を預けた太助は目を瞑り、人修羅として生きる尚紀の姿を思い出す。

 

彼から語られた中庸(NEUTRAL)を求めたいという信念を信じて未来を託すのだ。

 

一方、家の外にまで出てきた娘は息を切らせながら左手を持ち上げる。

 

ソウルジェムを生み出してみれば絶望の気持ちによって濁りが強まっているのに気が付くのだ。

 

「ももこさんに吸い出してもらわないと…だけど私は…これからどう生きればいいんですの?」

 

絶望の感情を纏いながらも、那由他は足早にももこの家へと目指していく。

 

そんな彼女を見守っていたのは電柱の上で佇んでいるハクトウワシの姿なのだ。

 

「ラビと共に長くいたせいなのか…?私もまたこの世の事象に未練が生まれたのだろうか…?」

 

別行動をしていたサンダーバードであったが、彼はラビの親友である那由他を気にしている。

 

彼女もまたラビと同じく世界に絶望出来る存在だと感じているようだ。

 

「この世の事象に未練が在れど…滅びるなら結末は同じ。最後は…親友と共にいたいのかもな」

 

那由他と共に生きた頃の感情が残っているラビの気持ちに触れてくれた仲魔は去っていく。

 

いずれ彼女が世界に絶望した時こそ、迎えに来てくれる存在になるのやもしれない。

 

彼女を絶望の底へと導く概念こそがカインとカナンの呪い。

 

そして絶望の種を撒いた者こそが唯一神であり、芽吹いた絶望を収穫するのが大魔王であった。

 




今回のメガテンカメオ出演枠はデビルサバイバーのカインとアベルです。
イザ・ベルだけじゃ寂しいと思って主人公兄弟も突っ込んでみました。
メガテンのシミュレーションゲームはデビサバしかしたことありませんが、とても面白くてお勧めしたいですね。
ドリーは推しのヒロインでした。


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262話 権威主義

権威主義とはトップから命令を下に下げるトップダウン構造である。

 

民主主義とはその逆であり、下から上に要望を上げるボトムアップ構造なのだ。

 

決定権と責任は一体であり、権威主義の責任は権力者にあり民主主義の責任は民衆が背負う。

 

だが実態は決定権は権威主義なのに()()()()()()()()()()()()()()()()()のが日本である。

 

権威主義だけがまかり通るなら、我々日本人が高過ぎる税金を払う必要などないのだ。

 

会社も権威主義だが決定権と責任は一致しているから社員が会社の損失を払う必要はない。

 

だが日本政府は偽りの民主主義で決定権を国民から奪っておきながら責任は税金で押し付ける。

 

こんな不条理を日本人は許すからこそ、日本人の生活はいつまでも豊かにならないのであった。

 

……………。

 

これは遺産相続のために尚紀が奔走していた時期の出来事である。

 

「今日も……売れなかったなぁ……」

 

大きなバックに自社の竹細工商品を入れて営業を続けていたのは天音月咲である。

 

フェミニズム騒動の時に会社の代表である父親が逮捕された事により会社は存続の危機なのだ。

 

弟子達も必死になって取引先を探しているが犯罪者の竹細工商品はいらないと断られてきた。

 

重い責任を感じている一人娘は父親が帰ってくるまで会社を守ろうとしているのだろう。

 

「魔法少女達のところに訪問販売に行っても…安い百均商品と比べられて買ってくれない…」

 

ハンドメイド製品である天音の竹細工商品はインテリアとしては貴重でもコストは高過ぎる。

 

庶民が欲しがる品ではないため、月咲の商品を快く買ってくれる魔法少女はいなかったのだ。

 

「商品は売れないのに税金だけは国に奪われていく…こんなんじゃウチら…生活出来ない…」

 

人気のないベンチに座って休憩していた月咲であるが、目には大粒の涙が浮かんでいく。

 

「全部ウチのせいだ…男達の努力なんて考えず…女の我儘を選んだから…ウチの家が滅びる…」

 

自責の念に耐えられず泣き出してしまう月咲に声をかけて商品を売ってくれと言う者はいない。

 

目の前を通り過ぎる人々も生活があり、少ない蓄えの中でやり繰りをする必要があるのだ。

 

「封建的な歴史の方が正しかった…伝統的な男女の在り方を選んでおけば…こんな事には…」

 

父親が押し付けてきた封建的な男女の在り方こそが正しかったと痛感してももう遅い。

 

彼女は姉との同性愛に都合がいいフェミニズムを掲げた末に男達の努力を忘れた自己中女。

 

父親とタケのような男達の献身を踏み躙った者の末路として竹細工工房は崩壊するのである。

 

「人間って…どうして間違えないと分からないの?間違う経験を積んでからじゃ遅いのに…」

 

歴史から学ばず、感情と狭い経験と都合の良さだけで生きた末に滅んでしまうと嘆くばかり。

 

そんな時、救いの手を差し伸ばしてくれた存在こそ彼女が虐げようとした男性の手であった。

 

「どうした、月咲?そんな重そうな鞄を用意して営業活動でもしているのか?」

 

泣きながら俯いていた顔を上げれば黒のトレンチコート姿の尚紀と鞄持ちのタルトがいる。

 

道路の路肩にはロールスロイスが停まっており、運転手のリズが待機しているようだ。

 

「あっ…ごめんなさい、尚紀さん。ウチ…ボーっとしてたみたいで…気づかなくて…」

 

「ボーっとしてたというよりは…泣いていたようにしか見えなかったんだがな」

 

「ウチは…大丈夫だよ。それより最近姿が見えなかったけど…何処に行ってたの?」

 

「莫大な遺産相続手続きのためにアメリカに行っててな…今帰ってきたところなんだよ」

 

莫大な遺産相続という単語に反応した月咲の目が大きく見開き、鞄の中から商品を取り出す。

 

「あ、あの…尚紀さん!これ…ウチの家が作ってる竹細工商品なんです。どうですか…?」

 

差し出してきた商品を手に取った尚紀はタルトと共にしげしげと商品を見つめてくれる。

 

「いい出来だな。細かな籠目編みも手作業でしている職人技だと思う」

 

「とても美しい竹細工のバックですね。出かける時の鞄として私も欲しいぐらいですよ」

 

「えへへ…お父ちゃんの自慢の弟子達が作ってくれた商品なんです。金額は…その……」

 

少々高めであっても尚紀は欲しいと言ったタルトのためにかごバックを購入してくれる。

 

気に入ったバックを受け取ったタルトの表情も笑顔となり喜んでくれたようだ。

 

しかし月咲が営業活動までしなければならない状況を看過出来ない尚紀が事情を質問する。

 

事情を聞かされた彼は重い表情のまま月咲の横に座った後、色々と相談に乗ってくれるのだ。

 

「本当に価値のある物には正当な値段をつけるべきだ。安売りなどしたら皆が貧乏になる」

 

「だけど…それ以外に物を売る方法が思いつかなくて…。みんなが高いって言うから…」

 

「価格競争は破滅の道だ。例として語るなら歯科技工士業界だろうな」

 

根切と不当廉売、仕事の取り合い潰し合いで薄利多売りを繰り返す業界はどうなるのか?

 

勿論人が壊れて離職率は桁外れとなり、崩壊寸前絶滅間近となるだろう。

 

これで消費者のことを第一に考えられる職人が生まれるのだろうか?

 

「お前の親父が残した弟子達が壊れて出て行った時、お前は本当の終わりを迎える事になる」

 

「そんなことって…物を売らないと利益が出ないのに…安く売ったら社員が消えるだなんて…」

 

「正当な価格が売れないのも無理はない…日本は令和の時点で貯金0世帯が急増してるんだ」

 

年収300万円以下や貯金0世帯が急増した令和の日本は今、()()()()()()()()である。

 

貯蓄の無い人は食を減らすか安いものを買って食べるしかない状況に陥っているのだ。

 

「このまま国が進めば()()()()()()()()()になっていく。戦後間もない配給時代に逆戻りだな」

 

「ウチら貧乏人は…上級国民共に生殺しにされ続けるの…?日々の生活だけでもう限界だよ…」

 

「それすらも政策実現のために織り込み済みなんだろう。日本は()()()()()()()()()()()んだ」

 

「こんな理不尽ないよ…上級国民共だけが生きればいいのなら…日本なんて滅びればいい…」

 

「俺も元ホームレスだ…怒りの気持ちは分かるよ。お前達を救うために税金があったのにな…」

 

税金とはインフレ防止と資本主義による富める者と貧しい者との暮らしを調整するものである。

 

累進課税によって差を少なくする目的であった筈なのに今の日本は真逆を行っている。

 

貧しい者に負担が大きくなる増税、富める者の負担が減る法人税減税の光景こそがそうだ。

 

「デフレで格差が拡大してる時に増税など狂気の沙汰だ。明らかに日本人を殺しにきてる」

 

「上級国民だけが儲かればそれでいい…それが腐った経団連と日本政府の本音だったんだね…」

 

「自分だけ儲かろうとする外資企業が増えれば景気は悪くなる。経営者は社会を考えるべきだ」

 

会社とは人間なのだと尚紀は月咲に語ってくれる。

 

外資に支配された経団連企業だけが儲けられたところで中小は赤字で賃上げどころではない。

 

外国資本の株主あっての会社ではない、()()()()()()()()()()()()()()なのだと伝えてくれる。

 

「利益は先ず社員に支給して還元するのが先だ。株主など後に回せばいいのに最優先にする…」

 

「株主利益が最優先にされて…社員の利益はカットされるから国全体が貧乏になるんだね…」

 

()()()()()()()()()()。こんな価値観に支配されてるのが…お前が憎む拝金主義者共なのさ」

 

昭和の経営者は社会全体を考えてくれる者だったが、今ではもう絶滅危惧種になるだろう。

 

株式会社が株主のモノになってからは言いなりとなり、逆らえば首を挿げ替えられるのだ。

 

「欧米ユダヤ帝国から入ってきた金融システムは国を亡ぼす。大事なのは()()()()なんだよ」

 

我々は税金を納めて社会を支えているのではないと彼は語ってくれる。

 

モノやサービスを生産する事によって社会を支えているという事を国会議員は考えてくれない。

 

税金ではなく人間に支えられているというのを意識出来ないのが役立たずの官僚と国会議員だ。

 

こんな意識を持つ者達が国を動かし、AIやロボット技術を導入していけばどうなる?

 

生産部分を人間からAIやロボットに置き換えていき、人間の大部分は地球に必要なくなる。

 

アジェンダ計画の名のもとに地球人口は削減され、人類の数は五億人以下で十分となるのだ。

 

「こんなに貧しくなったのはウチら国民のせいじゃない…全部日本政府と官僚共のせいだよ!」

 

「日本はもう自国民を守ってはくれない…だからこそ、俺達ソーシャルワーカーが必要なんだ」

 

立ち上がった彼はリズの元へと歩いていき、窓を開けた彼女と色々相談してくれる。

 

帰ってきた彼が提案してくれた内容を聞いた月咲の表情が喜びに包まれていく。

 

「本当に…!?本当にウチの家と取引してくれる企業を用意してくれるの!?」

 

「ペレネルが残した貿易会社は外国製品を多数扱っている。その中に竹細工商品も入れてやる」

 

「外国人の私が見ても日本の魅力が詰まった品だと思います。欧米でなら喜んでくれますよ」

 

「忍者は日本で流行らないけど海外ではバカ受けと同じだろうな。これで生活出来るだろう」

 

「海外なら月咲さんのお父さんの悪評は届かないでしょう。安心してくださいね」

 

立ち上がった月咲が涙を浮かべながら尚紀に抱き着いてくれる。

 

「ありがとう…グスッ…本当にありがとう!男の人って…こんなにも頼りになる存在だった!」

 

「人間は多くの人に支えられているというのを意識しろ。男の俺達は女と共にいるんだからな」

 

「うん!ウチはもう絶対に男を憎まない…男を排除したいと叫ぶ魔法少女も許さないから!」

 

泣きじゃくる彼女の背中を片手で優しく抱きしめてくれる尚紀を見たタルトも微笑んでくれる。

 

「隠れてないで出てきて下さい。恥ずかしがることないじゃないですか?」

 

タルトが視線を向けた方向には電柱の後ろに隠れていた月夜がいる。

 

彼女も大きなバックを持って月咲を手伝っていたようだが同じように嬉し涙を零すのだ。

 

「グスッ…彼はわたくし達姉妹の救いの光です!ずっとお慕いしていきます…尚紀さんっ!!」

 

月夜まで駆けてきて尚紀に抱き着いてくる。

 

天音姉妹に抱き着かれながら心から慕われる彼ではあるが、その表情はとても暗い顔つきだ。

 

取引のために竹細工工房の代表と話をするため名刺を渡した後、彼は帰路につくのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「フェミニズム騒動の時は男を憎んだ子達だったのに…変わってくれるものね」

 

「優しさのバトンが託されたから変わったんです。他の人にもそれが渡されるのを願います」

 

運転しながら助手席のタルトと話していたリズであるが、ルームミラーに視線を向ける。

 

ラグジュアリーな後部座席に座る彼の表情は重く、腕を組みながら考え込む姿をしていた。

 

「尚紀…先ほど語ったベーシックインカムとは何ですか?私は政治に疎いので分かりません…」

 

「社会保障や年金の財源を全て無くして昭和戦時中の配給制度に日本を作り替えるものさ」

 

「そんな恐ろしい政策を日本政府は実行するために意図的な貧困を生み出すのですか…?」

 

「戦後の闇市から生まれた蒼海幇からベーシックインカムの恐ろしさを聞かされてきたんだ…」

 

金を配りますと言いながら闇市が無ければ成り立たない配給制度時代がかつて日本にあった。

 

七万円を配られても生活保護の半分以下の金額だし、それだって税金で回収されるだろう。

 

財源の年間100兆円も社会保障費や年金を全てカットされるから()()()()()()()()()()()()

 

資本を動かす者との差は極限にまで達し、日本はフランス革命前の地獄の時代となるのだ。

 

「大阪の代表的な政党のアドバイザーは年金などをカットすれば120兆円浮くというが罠だ」

 

「罠……?」

 

「我々に必要な社会保障費や年金を全てカットされて100兆円使われる。残りはどうなる?」

 

「あっ……」

 

「毎年20兆円は政府の懐に入った後、中央銀行に吸われてユダヤ財閥に回収されるのさ」

 

ベーシックインカムによって老人と障碍者を間引かれた日本人は少ない配給で生きていけない。

 

闇市が再び生まれたりAIやロボットに仕事を盗られた少女達は売春をしなければ生きられない。

 

みたまやみかげ、十七夜や月咲や令達のような生活困窮少女達の未来とは絶望そのものなのだ。

 

「社会保障費や年金を削除だなんて狂ってます…日本政府は悪魔に魂を売り渡したのですね…」

 

「これ程までの貧困地獄の国になったのに…日本行政は日本人を見捨ててきたのね…」

 

「このままでは働く人口は一割程度で十分…残りはいらないから死ねというようなものです…」

 

「その光景なら役場の窓口で見られる。生活保護を申請しにきた日本人を蹴り出す光景がな…」

 

日本人が窓口に行っても申請は受理されないのが今の日本の役場である。

 

受理して却下すると不服申し立てが出来るのでなんとか受理せず本人の都合で辞退に追い込む。

 

生活保護は二割のノルマがあり、残り八割はお断りするよう出来ている。

 

「違法な窓口規制が横行するのはな…役場そのものが在日共に乗っ取られてる部分もあるんだ」

 

「日本の地方行政機関が…移民に乗っ取られてるですって!?」

 

「在日は審査も甘く受理されるのに国民は蹴り出される。()()()()()()()()()()()()の光景だ」

 

尚紀は今の役場の生活保護申請の状況について例え話を語ってくれるのだ。

 

……………。

 

例えば在日公務員が窓口に立ち、生活保護を申請しにきた八雲一家に対してこう告げたとする。

 

「まだ働けるだろうが?子供や兄弟などの親族に援助を頼めばいい」

 

申請用紙すら渡さずに拒絶の言葉を送ってくる在日公務員に対してみたまの両親は激怒する。

 

「神浜テロのせいで未だにこの街の経済は苦しい状況だ!我々東住民に死ねというのか!?」

 

「私達にはまだ高校生の娘と中学生になる娘達がいるんです!どうか受理して下さい!」

 

「なら、その娘達に働かせればいいだろう?()()()()()()()()()()()()()()()よ」

 

その言葉を聞かされたみたまの両親は血の気が引く程の絶望と憎悪を感じるだろう。

 

大阪市の役場職員が生活保護申請しに来た女に対してソープで働けと言った言葉と同じ責め苦。

 

激怒したみたまの母親は涙ながらに憎悪の叫びを上げるのだ。

 

「うちの娘達に売春なんてさせません!!どうして行政は国民を救わないの!?」

 

「国の税金は国の借金を残さないために支払われるんだ。我々地方行政も税収が少ないんだぞ」

 

「嘘をつけ!!我々が来る前に申請に来ていた外国人は受理したくせに!!騙されないぞ!!」

 

「いい加減にしろ!お前達は自分が働きたくないから税金で生きたいだけの極潰しだろうが!」

 

「なんだとぉ!?我々の税金で在日共は生きられるのに…()()()()()()()()()なのかぁ!!」

 

「おい、警察を呼べ!役場で暴れようとしている犯罪者がいるぞ!」

 

犯罪者扱いされそうになったみたまの両親達は慌てた態度になりながら逃げていく。

 

後ろを振り向けばにやけた態度を見せながら嘲笑う在日公務員がいたのであった。

 

……………。

 

「みたまの一家はうちの炊き出しに来る程にまで生活が困窮している…遠くない未来だろうな」

 

例え話を聞かされたタルトとリズの表情は重く沈み、先を感じられない苦しみを浮かべていく。

 

「もしそうなったら俺がみたまに伝えておく。申請書を受理しないのは行政手続法違反だとな」

 

「国家賠償請求出来ればいいのだけど…日本人のための正義があるとは…もう思えないわね…」

 

「この国は愚かの極みです…自己責任論に持ち込めば何でも下の者達のせいに出来てしまう…」

 

()()()()()()()()!ってのはな、()()()()()()()()()()()だ。俺は悪くねぇ!と同じ意味さ」

 

「自己責任論なんて単なる責任回避の屁理屈よね…私もそう思うわ」

 

「上の連中が自己責任論を振りかざすなら、最低賃金で働かされる者だって責任はいらない」

 

最低賃金でこき使われるスーパーの店員なら、いらっしゃいませ!なんて言う必要はない。

 

サービスも最低でいいし、寝転んで酒飲みながら会計をやればいい。

 

最低賃金なら最低限の売買が出来ればそれでいいはずだと尚紀は語ってくれるのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。労働者を馬車馬と同じ扱いをしてる」

 

「御上に逆らうことを忘れた日本人の末路ね…日本人は民主主義なんかじゃなかったのよ…」

 

「御上には媚びへつらい…下の者を見つけては憂さ晴らしをする権威主義だったんですね…」

 

天音姉妹を救っても尚紀の顔は暗いままだった理由をタルト達は知るだろう。

 

彼女達が救われたところで社会問題の根本的な部分の解決には至らないのだ。

 

新たな家となったペレネルの屋敷が近づく中、尚紀は外の景色を見ながら不安を募らせる。

 

(このまま国の貧困が続けばどうなる…?今の状況は1920年代の世界恐慌と同じだぞ…)

 

経済が崩壊した時やしそうな時は()()()()()()()()()()()()()()()だといえるだろう。

 

政体崩壊の訪れになれば1920年代後半の経済恐慌時と同じく武力衝突が繰り返される。

 

当時の日本は経済恐慌から武力衝突、政体再編による全体主義独裁国家の道を進んだのだ。

 

(徴兵制の維持は貧困と格差拡大…今の日本の職業ランキングは公務員が一位なんだぞ…)

 

人気職業ランキングでユーチューバーを超え、再び公務員が第一位に日本はなっている。

 

それは裏返せば徴兵制を敷かれて国防軍という公務員になる需要が誕生する事に繋がるのだ。

 

(為政者の役目とは戦争で軍事産業を儲けさせることじゃない、生活を支えるのが最優先だ)

 

為政者が有能かどうかは経済政策如何で判断出来る。

 

経済状態次第で国の存亡に関わるのは勿論だし、経済の安定で政体の維持もしやすくなる。

 

余計な武力行使に人と金をかけずに済むという大きな理由があるからだ。

 

(憲法が憲法改正草案通りに進めば自衛隊は国防軍化して戦争が出来る。俺はそれを止めたい)

 

若者の命を軍事産業とその株主共に喰らい尽くされるのを防ぐためにこそ自分がいる。

 

そのために尚紀は政治の道を進むのだと心に誓うのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

遅くまで遺産相続の事務作業が続いていたのだが小休止するようにして尚紀はテラスに出る。

 

屋敷の二階にあるテラス席の椅子に座った後、置かれた灰皿の前に煙草の箱を置く。

 

箱から煙草を取り出した彼は指先で火を点した後に紫煙をくゆらせながら夜空を見上げる。

 

考え事をする時はこうやって外で煙草を吸うのが彼の癖になっているようだ。

 

「俺が生まれた国は何だったんだろうな…資本家やその犬共を儲けさせる牧場だったのか…?」

 

日銀が上場企業の五割で大株主。

 

金刷って上場企業にばら撒き、刷れば刷るほど日本円の価値はどんどん下がっていく。

 

日本が貧しくなる根本原因は日銀であり、紙幣を発行する時に貨借対照表の負債方に記載する。

 

人々の財布に入った紙幣とは国の負債であり財政赤字。

 

財政赤字を減らすと世の中に出回る紙幣も減り、()()()()()()()()()()()()()()

 

負の連鎖構造しか存在しない日本の現実を考える尚紀の心は黄昏に満ちているのだ。

 

「賭場と同じだ…儲ける仕組みを作り実行した奴だけが一人勝ちする構造だったんだ…」

 

支配とは仕組みを作ることだとユダヤの格言には残っている。

 

それを実行された国は仕組みを作った連中から国が滅亡するまで搾取されるしかない。

 

「魔法少女だって分からないながらも国に未来は無いと絶望してる…だから悪に堕ちるんだ…」

 

「政治と社会問題は魔法少女問題と直結してるのは…日本も欧米も変わらないのよ」

 

視線を向ければワインとグラスを手に持ったリズが近づいてくる。

 

座っていいか聞くのだが、彼は無言で頷いてくれたため彼女は椅子に座り込む。

 

屋敷に帰る時から元気がない彼の気を紛らわせるために酒の付き合いをしてくれるのだろう。

 

「タルトも呼びたかったけどあの子は下戸だから…代わりに私が酒の付き合いをしてあげる」

 

「リズ……」

 

彼女が淹れてくれたワインのグラスを手に持った彼は一口だけ飲んでくれる。

 

淹れた者も一口飲んだ後、現実問題に苦しむ主人の悩みを聞いてくれるのだ。

 

「かつての俺は結果論だけで魔法少女を悪にした…どうして悪に堕ちたのかを考えなかった…」

 

「彼女達だって労働者の子供として生まれた者よ…家の問題は子供の生活にものしかかるのよ」

 

「義妹の杏子と状況は同じだった…家庭問題や社会問題に苦しんだ末に壊れていったんだ…」

 

「普通の子供達だって同じ苦しみを抱えている…だからこそ将来の魔法少女になっていくのね」

 

「魔法少女になるのは最大の親不孝だと俺は言った…だが両親すら政治問題は解決出来ない…」

 

「奇跡に縋りつくしか道がない…そんな彼女達の善意や悪意が魔法少女を生み出し…破滅する」

 

「地獄への道は善意で舗装されている…第二次大戦時代の格言は魔法少女の末路を表せるな…」

 

「悲しみと憎しみしか生み出せない救いようのない世界…貴方は彼女達のために何が出来る?」

 

それを問われた時、尚紀はグラスに残っていたワインを一息で飲み干す。

 

灰皿に置かれた煙草が灰しか残らない状態になった頃、尚紀の真心がこもった言葉が出る。

 

「俺はな……生活が苦しい魔法少女達に子供らしい幸福を与えたい。学生生活を楽しませたい」

 

みたまや十七夜のような貧乏な子供も奨学金ローンの心配をかけない大学生活を送って欲しい。

 

生まれた経済力による教育格差を是正するためにこそ政治はあるのだと彼は語ってくれるのだ。

 

「学費が爆上がりした国立大学は今ではもう金持ちしか行けない。そんな政治を変えたいんだ」

 

給料は上がらず、消費税や社会保険料の負担増、所得の中央値も激減して年金さえ減額される。

 

昔の日本とは比べ物にならない地獄の国になろうとも、魔法少女達には幸福になる権利がある。

 

「絆を結べる者達と大学生活をエンジョイして欲しい。絆の数だけ…社会を大切にして欲しい」

 

人間として生まれ、魔法少女に成り果てようとも()()()()()()()

 

子供こそが国の未来を築き上げるのだと信じて、嘉嶋尚紀は子供達の未来を耕す者となる。

 

「絶望して死にたい人じゃない、生きるのを諦めた人が死ぬ。ならそれを救うのが俺の政治だ」

 

みたまのように社会の理不尽に苦しめられた末に滅びを望む者は生み出さない。

 

命を懸ける価値のあるものなんて、()()()()()()()()()のだと尚紀は信念を語ってくれる。

 

清聴してくれていたリズは心打たれたのか立ち上がり、彼の前に立って片膝をつく。

 

「ニコラスとペレネルが命を懸けて貴方に未来を託した気持ち……今ようやく理解出来た」

 

「お…おい、リズ…?」

 

「私の剣は貴方のためにこそ振るい続ける。この命…貴方の夢のために使って欲しい」

 

顔を上げたリズは嘉嶋尚紀こそが人々の上に立つべき者だと言ってくれる。

 

「貴方は国の頂点なんかよりもずっと上を行ける者よ。私はそう信じられると確信がもてたわ」

 

騎士として生きるクーフーリンと同じくリズ・ホークウッドもまた仕えるべき主人を見つける。

 

そのためにこそ自分の剣を受け取って欲しいと言うのだ。

 

誓いの覚悟を受け取るしかないと感じた尚紀が立ち上がり、左手に将門の刀を生み出す。

 

「分かった…リズ。お前もまたクーフーリンと同じく生涯に懸けて…俺に忠誠を誓うといい」

 

「師弟共々…私達は貴方の敵を打ち倒す剣となるわ」

 

刀を抜いた尚紀は平たい部分を用いてリズの肩を叩いてくれる。

 

騎士にとっては混沌王に忠誠を誓うアコレードの儀式光景なのだ。

 

忠誠の誓いを立てる者を見守るのは執務室の影で隠れている者達。

 

扉を開けたまま外に出ていたため尚紀達の言葉は聞こえていたようだ。

 

「尚紀……さん……」

 

嬉し涙を流し続けるのは尚紀を見かけたと月咲から連絡を受けたみたまである。

 

アメリカから帰っても屋敷で仕事が山積みだと聞いたことで手作りのお弁当を持ってきている。

 

彼女を執務室に案内したタルトも涙ぐみながら心の中でリズと共に片膝をつくのだ。

 

「マスター…私もリズと共に仕えるべき主人を見つけました。あの人のためなら私は死ねます」

 

「同じ気持ちよ…タルトさん。尚紀さんのためなら…私は命だって惜しくはないわ」

 

魔法少女と共に戦わなくても彼女達に出来ないことを自分がやると彼は誓っている。

 

そのためにこそ尚紀は暁美ほむらが諦めた支配の仕組みと戦う覚悟を背負うのだろう。

 

しかしいくら覚悟を背負おうとも一度作られた支配の仕組みを破れるものではない。

 

人修羅とて自分一人では何も出来ないものであり、多くの助けを必要とする。

 

しかし尚紀を助けようとしてくれるのは彼が救ってきた身近な者達しかきっと現れないはずだ。

 

彼が叫ぶ理屈など人々は求めてなどいない。

 

求めているのはパンとサーカスであり、それを提供してくれる限り売国政府に尻尾を振るのだ。

 

現実逃避を選んだ愚民は御上に迎合しながらマヌケを見つけてはいたぶる娯楽にふけっていく。

 

日銀と日本政府からどれだけ殴り殺されるほどの現実を与えられようとも見ないし聞かない。

 

現実を知らせようとする者を排除したい差別感情とは堕落の集団社会を守りたい基礎本能。

 

堕落の共同体は欲しいものを与えてくれる限り権威主義を掲げて民主主義を捨てるのであった。

 




これも6章の上の方に突っ込みたかった話でしたけど入れ込むの忘れてたのでサイドストーリーで入れ込んでおきますね。


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263話 国家内国家

日本の総理大臣である八重樫総理はユダヤの国イスラエルに訪問中である。

 

政治、安全保障、防衛当局間の交流といった二国間交流を目的とする会合のようだ。

 

三日間の予定の中で総理はホロコースト博物館視察や嘆きの壁への巡礼を行っている。

 

訪問には防衛大臣の西も同行しており、帰路につくため政府専用機に乗り込む。

 

離陸していく中、向かい合う総理と防衛大臣はこんな話をしていたようだ。

 

「イスラエルこそが新たな世界の首都となる。シオニズムの完成は目前にまできていますな」

 

「アジェンダは滞りなく進み、カナンのユダヤが世界を制する。そのためのハルマゲドンだ」

 

世界をユダヤが制するという話を語った後、西は機内の窓から遠ざかる地上に視線を向ける。

 

彼が思い出すのは百年以上前のドイツであるワイマール共和国時代の歴史であった。

 

(ユダヤに堕落させられているとも知らずに、日本も世界も当時のドイツと同じになったのだ)

 

1848年の欧州に吹き荒れたヨーロッパ革命によってユダヤに課せられた制限は解けた。

 

ドイツはユダヤに寛容な態度を示し、他の市民と全く同じ権利を与えることになる。

 

(全ての制限が解除されたユダヤはドイツで急速に発展し…そして実権を掌握したのだ)

 

皇帝ヴィルヘルム二世を追放してヴァイマル共和国になる頃には政府要職までユダヤが行う。

 

その後の1919年のパリ講和会議やヴェルサイユ条約によってドイツ人は誇りを失うのだ。

 

(それからだ…ユダヤ共がドイツを崩壊させるために退()()()()()()()()()()()()()()()のだ)

 

誇りを失くしたドイツから歴史や伝統を破壊し尽くすため、ユダヤはあらゆる腐敗をばら撒く。

 

彼らが劇場、映画、新聞等を資本で支配してからは伝統的ドイツ文化を笑いものにしたのだ。

 

(ワイマール共和国時代のベルリンは退廃、堕落、ポルノで彩られた()()()()()()()()()のだ)

 

1923年の暴走するインフレによって、ドイツ経済は殆ど破壊されてしまうことになる。

 

経済が崩壊したドイツでは性犯罪や快楽殺人がタブロイド紙を席巻するようになっていく。

 

ポルノ文化によってホモ人気まで生まれ、男装した女がレズの恋人を見せびらかす地獄となる。

 

ポルノ写真も街中に氾濫し、()()()()()()()()()()()()()()()だと世界から嘲笑われただろう。

 

ワイマールと書いてキャバレーや変態異性装者、公然の同性愛や売春のイメージとなったのだ。

 

(現在の日本や欧米も同じ末路だ。経済は崩壊し、堕落と同性愛に塗れた退廃の国々となる)

 

それを実行させてきた代理人の一人に視線を向けた後、西は不気味な笑みを浮かべてくる。

 

(総理大臣や大統領などコンビニの雇われ店長と同じ。我々が買っている犬でしかないのだ)

 

「どうしたのかね、西君?」

 

「いえ、別に何でもありません。イスラエルの食事も良いですが私は日本食が恋しいですな」

 

「そうかそうか、帰ったら行きつけの料亭で食事会といこうじゃないか」

 

満足そうな笑みを見せる政界の古狸の太った体もまた堕落と腐敗で出来ている。

 

その姿はまるでドイツの画家のオットー・ディックスが描いた地獄の絵に出てくる者のようだ。

 

()()()()()() ()(()()()()()())()で描かれたワイマール共和国全盛期の絵画光景こそが享楽地獄。

 

享楽的性倒錯の堕落に耽るドイツ人達を描いた絵画として残るものであった。

 

(所詮貴様は人為的ユダヤ。ベルギー王直轄地を経営したロスチャイルドの支配手口の駒だ)

 

ベルギー王直轄地のコンゴの経営を任されたロスチャイルド一族は()()()()()()()()()()

 

二つのうち一つを支配者側にした後、もう一つを奴隷に分けてコンゴを経営したようだ。

 

(コンゴの手法こそ今の日本の支配手口。()()()()()()…その二つの関係こそ支配者と奴隷だ)

 

日本人のフリだけは上手い()()()()を嘲笑うような笑みを浮かべた後、彼は立ち上がる。

 

去っていく西は八重樫総理の手駒のフリを続けているが、いずれはルシファーから招集される。

 

その後はエグリゴリの堕天使を束ねる大幹部として世界の政治経済を動かす立場となるだろう。

 

(閣下の命令とはいえ…人間に従うフリは酷だった。用が済んだら…あの豚総理は消してやる)

 

堕天使達にとって自分達の血筋でない人為的ユダヤなどトイレットペーパーと同じ扱いをする。

 

カナン族がひり出す糞を拭く紙切れ同然であり、糞塗れの紙は直ぐにトイレで流すだろう。

 

それは他の国々を支配するディープステート議員や官僚等も同じであり、ゴミ同然なのだ。

 

人生のあらゆる領域における道徳的価値観の衰退こそがカナン族ユダヤの野望である堕落支配。

 

その光景こそ聖書のソドムとゴモラであり、悪魔思想である()()()()が成された地獄なのだ。

 

ソドミーとは不自然な性行動の意味でありア〇ルセックスやオーラルセックス等が当て嵌まる。

 

また同性愛や異性愛、対象が人間、動物、死体の区別さえない。

 

ソドミーを達成する政治思想こそがフェミニズムであり、LGBTはPZNも追加されるだろう。

 

ペドフィリア、ズーフィリア、ネクロフィリアまで合法化され()()()()()()()()()()()()()()

 

この地獄こそまさにユダヤが支配したワイマールの退廃であり、百年後の世界の光景であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ほらほら呉!!早く走らなきゃ足場が崩れるわよ!」

 

「うるさいな!分かってるからギャラリーは黙っててくれないか!」

 

「ちょっと前!前に敵がわんさか来てるって!」

 

「だから分かってるって!」

 

織莉子の屋敷のリビングにあるテレビでゲームをしているのは呉キリカと浅古小巻である。

 

彼女達は織莉子の警護や体の世話などで出来る限り屋敷にいることから私物を持ち込んでいる。

 

自分のゲーム機を持ち込んだキリカが遊んでいたのは架空のナチスと戦うFPSゲームのようだ。

 

「ナチスの兵士なんかに私は負けないよ!正義は勝つ!!」

 

「ユダヤ人を大虐殺した悪の国家なんぞに負けるんじゃないわよ!!」

 

彼女達が遊んでいる光景を見守るのはまだ体が弱っていた頃の織莉子の姿である。

 

紅茶を机に置いた後、彼女は見慣れないゲーム画面を見つめながら暗い表情を浮かべるのだ。

 

「美国、ありがとう。それよりどうしたのさ…暗い顔して?」

 

「何でもないわ、大丈夫よ…」

 

「体の調子がまだ悪いんだから無理しちゃダメだよ、織莉子」

 

「ええ…そこまで無理はしてないから。貴女達が傍にいてくれるから生活も楽が出来てるし…」

 

自室で休むから後はお願いと伝えた織莉子はリビングから出て行く。

 

屋敷の廊下を歩いている彼女は重い表情を浮かべたままこんな悩みを語り出すのである。

 

「ゲームとはいえ気分がいいものじゃない…ユダヤが被害者だなんて聞くと拒絶反応が出るわ」

 

極右政治を掲げたナチスであるが国の歴史と伝統を守る国家社会主義を織莉子は悪く思えない。

 

それにホロコーストという大虐殺の歴史についても彼女は疑問視する知恵を持っている。

 

自室には戻らず亡くなった父親の書斎に入った彼女は本棚から本を手に取る。

 

ユダヤの嘘を追い続けた人物が書いた書籍のようだ。

 

「ナチスのユダヤ人殺戮命令書は未だに見つかっていない…ホロコーストがあった根拠は何?」

 

ホロコーストという欺瞞に満ちたユダヤの被害者ビジネス手口のほころびは数多くある。

 

当時の米国にあった監獄施設の焼却場は人間を焼くのに8時間かかっている。

 

しかしアウシュビッツの二つの焼却場だけでどうやって一日に二万五千人の死体が処理出来る?

 

ドイツの収容所でもっとも死者が排出されたのは戦後の90日間である。

 

ドイツが空爆で壊滅的状況になったため食料供給が途絶え、チフスと空腹が原因となった。

 

戦前の欧州のユダヤ人口は戦前の5500万人からむしろ増えている。

 

600万人のユダヤ人犠牲者という数字は何処から出た?

 

人間の皮で出来たランプシェードや人間の油で出来た石鹸は捏造だとユダヤ側も認めている。

 

おまけにユダヤ人の死体の山を写した写真まで捏造だったとバレているのだ。

 

集団墓地なるものも未だに掘り起こされていないし、焼却した人間の灰の山も見つからない。

 

ホロコーストという虐殺の歴史は本当にあったのか?

 

「ホロコーストの正体は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのよ」

 

ユダヤ人教授のリンデマンが計画したのはユダヤ人とドイツ人犠牲者を()()()()()()()()()()

 

ドイツの1000の都市は連合軍の空襲で焼かれ、200万人のドイツ国民は殺害されたのだ。

 

米国ルーズベルトの財務長官であったユダヤ人のモーゲンソウの計画も悲惨となるだろう。

 

戦後のドイツ産業をバラバラにして国を中世の農民社会に引き戻そうとしたのである。

 

ユダヤに操られた連合国兵士によってドイツ人女性は強姦と惨殺の限りを繰り返されている。

 

略奪、分捕り、強姦、大規模殺害。

 

若い女がドイツ人女性であったなら強姦されて射殺され、戦闘の勲章にされてきたのだ。

 

ドイツ人は戦争中に800万人以上、更に戦後は1300万人が犠牲となる。

 

追放処分、大量殺戮、残虐行為、野晒しや飢餓によってドイツ人死者は2100万人となった。

 

「全ては現在の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…それが第二次大戦の正体なのよ」

 

1933年8月25日、ヒトラーは後のイスラエル指導者となった者とハーヴァラを協議する。

 

ハーヴァラとはヘブライ語で引っ越し等の意味があり、移送協定という条約を結んだのだ。

 

条約の中身はドイツからパレスチナへとユダヤ人民衆を移送すること。

 

ドイツの内務省はこの計画の物流担当となり、ドイツ銀行と国庫が大量移民の財務責任を担う。

 

欧州での暮らしに慣れ親しんだユダヤ庶民を国から蹴り出し、イスラエルの国民とする。

 

これこそがシオニズムであり、第一次大戦でパレスチナからイスラエルを手にした財閥の計画。

 

ユダヤ庶民に黄色い星を身に着けさせたのはドイツ出国手続きを迅速に果たすためであった。

 

「ナチスのヒトラーには実権など無かった…()()()()()()()()()()()()()()()()だったのよ」

 

ヒトラーの上にはドイツ製鋼等の大企業スポンサーが存在しており、さらに上は米国投資銀行。

 

米国投資銀行の出資を受けるドイツの外資企業は戦争で爆撃を逃れ、現在でも残っている。

 

米国資本がヒトラーを総統に祀り上げ、敵対構造を作り出し、シオニズムと利益を手にする。

 

米国独立戦争もフランスから出資されたり、日露戦争も英国から出資を受けている。

 

戦争は常に外国資本が絡んでおり、現代と同じく外国資本の言いなりとなって進められたのだ。

 

「当時の構図は今の日本の構図よ…与党の上に経済団体がいてその上にグローバル金融がある」

 

ユダヤ財閥のマッチポンプによって第二次世界大戦は生まれたのだと織莉子は知っている。

 

世界は株式会社構造に過ぎないとキリカと小巻に語りたいが彼女達が耳を貸す気はしないのだ。

 

「絆を結んだ仲間であっても…聞きたくない話を持ち出せば不機嫌になる…伝えられない…」

 

織莉子の耳に聞こえてくるのはキリカ達がいるリビングの方から流れてくるテレビの音声。

 

ゲームに飽きたキリカは自分のスマホをゲーム機にテザリングさせて動画鑑賞中のようだ。

 

キリカと小巻の笑い声が聞こえてくるのはお気に入りのブイチューバ―動画のせいだろう。

 

「あれこそ大衆が求めるパンとサーカス…人々はつまらない政治や歴史よりもエンタメなのよ」

 

政治活動を続けて迫害されてきた織莉子は身をもって知っている。

 

大衆が知らない知恵を語ったところで人々は不機嫌となり、苛立ちを彼女にぶつけてきた。

 

理解出来ないものを不快に感じる生理現象であり、心理学の認知的不協和が起こってしまう。

 

パチンコ好きな同僚の話を聞かされるパチンコ嫌いな同僚が苛立ちを募らせるのと同じなのだ。

 

「国が滅びるかもしれないのに人々に真実を伝えることも出来ないなんて…絶望しかないわ…」

 

彼女は秘匿社会で生きてきた魔法少女であり真実を語って人々から迫害されないかと怯えた者。

 

真実を語れば親友でさえ頭のおかしい陰謀論者と彼女を嘲笑うかもしれないと恐怖心が強まる。

 

孤独に成り果てた織莉子は魔法少女の絆に依存するあまり保身に走るようになってしまう。

 

この光景こそが戦前であり、周りに迎合して戦争反対と言えない全体圧力に屈する光景なのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。政治への沈黙こそが私達の死よ」

 

悪が成される横でエンタメを楽しむ者達もまた悪を黙認した者として悪の一部となるだろう。

 

これこそが尚紀が重視した集団意識であり、集団意識が変わらない限り民衆は堕落を選ぶ。

 

負の連鎖構造こそがワイマール共和国時代のドイツであり、日本もドイツの末路に続くだろう。

 

何故なら敗戦国日本の憲法自体が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ユダヤを受け入れたドイツに対して恩を仇で返す狂気の所業を行ったのがユダヤの正体。

 

ユダヤネットワークは欧米に浸透しており、連合国側の米国こそがナチスの支配者だったのだ。

 

アメリカ支配層を形成しているのはフリーメイソンと同じく秘密結社として知られる存在。

 

結社名は()()()()()()()()であり、支配層の彼らはナチス高官達と懇意にしていたのだ。

 

アルフォンゾ・タフトとウィリアム・ラッセルが創設者でありロスチャイルドと繋がっている。

 

当時の英国ロスチャイルドが支配した阿片貿易の利権を分けてもらったのがラッセル社なのだ。

 

ウィリアム・ラッセルがドイツに留学した際にイルミナティと接触し、帰国後に彼らを真似る。

 

ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント(WASP)で構成した米国イルミナティなのだ。

 

彼らのような金融・経済マフィア組織が八百長を仕掛けたのが第二次世界大戦の裏構図である。

 

では、日本の維新戦争にはどんな存在が絡んでいたのかも知る必要があるだろう。

 

それこそが日本のディープステートの正体であり、日本を秘密裏に支配する存在なのであった。

 

……………。

 

神浜市栄区の図書館に訪れているのは隣街から工匠学舎に通う古町みくらである。

 

彼女は歴史研究部所属の魔法少女であり、今日は家に帰るまでは図書館で調べ物のようだ。

 

「あら、こんにちわ古町さん。図書館には何の用事で来られたんですか?」

 

視線を向ければ同じように眼鏡をかける参京院教育学園の女子制服を着た少女が近寄ってくる。

 

「常盤さんじゃない?貴女も来ていたのね。私は郷土史の本や歴史の本を漁りに来たのよ」

 

「ええ。私は忙しい伯母様に代わって料理本を借りに来たんです」

 

「スマホ時代でも書籍を知恵にしている部分に好感が持てるわ。素敵な伯母さんなのね」

 

「叔父様の影響ですね。紙の本は出版社の都合で強制的に検閲されたり没収されない物です」

 

「出版社の検閲を防げるというのは大きいわね…水樹が悩むカミケ問題にも通じると思うわ」

 

「カミケとは……何でしょうか?」

 

「同人誌の即売会よ。カミケ中止で印刷所がヤバイというのも表現規制の分野だと思うわ…」

 

「電子書籍は運営企業次第で陳列すら許されなくなります…カミケ中止と同じ問題ですね…」

 

「書籍を圧力で読めなくされるのは辛いわね…クレカ会社まで売らせないクレームをするのよ」

 

「うちを使いたければその商品外せという圧力ですね…電子書籍は検閲被害を受けるんです」

 

「三穂野も表現規制を心配してる…政治のポリコレを使われたらゾーニングが激化すると…」

 

「表現規制は独裁国家の初期症状です。社会正義を振りかざせば知る権利さえ剥奪されます…」

 

「流通規制は表現規制の卑劣な手口よね…右翼や左翼の独裁政府がやった焚書と同じだわ…」

 

前に座ってもいいかを聞かれたみくらは頷き、ななかは椅子に座ってくれる。

 

ななかも華道の名門に生まれた者として日本の歴史が好きであり、色々と会話が弾んでいく。

 

「今は幕末の歴史にハマっているの。長州ファイブと呼ばれる人物達の歴史を調べていたのよ」

 

そう語られた時、ななかは重い表情を浮かべながら何かを言いたそうにしてしまう。

 

伝えたいのに遠慮しようとしている態度に気が付いたみくらが微笑んでくれる。

 

「長州藩について貴女も色々と語りたい話があるんでしょ?歴史好き同士だし、遠慮しないで」

 

「…語りたい内容は叔父様から聞かされた話です。学校の歴史書に書かれていない話なんです」

 

「学校の歴史書に書かれていない内容…?歴史研究部の部長として気になる内容だわ」

 

「話を聞いたなら貴女は私のことを頭のおかしい陰謀論者と言いかねない…それが怖いんです」

 

「…どういう反応を示すかは話を聞いてからよ。貴女や叔父さんをバカにはしないと約束する」

 

そう言ってくれたことで常盤ななかは隠そうとした話を持ち出す気になったようだ。

 

「私の叔父様は日本を憂う知識人です…だからこそ、多くの人々から嘲笑われました…」

 

新しい家族になってくれた人物は見識深い人物であり、ななかも多くを学ばせてもらっている。

 

常盤ななかの思慮深さは知識人の叔父譲りであり、仲はとても良いようだ。

 

自分を嘲笑う者ではないと娘を信じた叔父は日本政府が隠そうとする歴史を話してくれたのだ。

 

「明治維新の正体は英国アヘンマネー…()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのです」

 

明治維新を陰で仕掛けたのはアヘンで儲けた英国の()()()()()()であると語ってくれる。

 

経営を担ったのはケズウィック家であり、彼らなくして日本の2人の総理はなかったという。

 

「英国の産業革命後はロスチャイルドの天下となり、次に狙われたのがアジアだったのです」

 

当時のロンドン・ロスチャイルド当主のライオネルは出資するマセソン商会を動かしている。

 

マセソン商会のグラバーが日本を開国させるのに坂本龍馬を使い、薩長同盟を結ばせたのだ。

 

それを聞かされたみくらの目が大きく見開き、信じられない表情を浮かべてしまう。

 

「薩摩に武器を売り、幕府と戦わせて開国させた。全ては日本の富を外資が奪うために…」

 

それだけでは済まず、幕府側にはフランス・ロスチャイルドが武器を売り双方から利益を奪う。

 

薩長同盟が勝とうが幕府が勝とうが戦争の旨味だけをロスチャイルド一族は吸い尽くしたのだ。

 

「パイプ役を果たしたのがフリーメイソンです。彼らは長州ファイブを英国で洗脳しました」

 

初代内閣総理大臣である伊藤博文等はロスチャイルドの駒であり、維新後の日本を経営する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…これを知った時、私は愕然としました」

 

「そんなことって…これじゃあ…日本も中国も大英帝国とロスチャイルドの被害者じゃない!」

 

「マセソン商会は中国にアヘンを撒いて儲けた金で生まれたもの…中国人も無念だと思います」

 

「アヘン戦争も維新戦争もロスチャイルドが関わってたのね…学校教育が信じられなくなる…」

 

「インドを支配した英国・印度財閥は物を売るのにアジアを利用した…これが二つの歴史です」

 

欧州から銀を運ばなくても清時代の中国に何か売りつけよう!から始まったのがアヘン戦争。

 

アヘン漬けとなった中国は激怒して貿易中止を呼び掛けるが無視をしたため戦争が起きたのだ。

 

その後の戦争では美雨のような武術家達も戦っており、彼らはセイテンタイセイを掲げている。

 

義和団の乱として歴史に残る宗教結社の欧州排外戦争の象徴となったのが孫悟空であるようだ。

 

しかし武術家達は北京駐在公使が招集した列強の連合軍によって滅ぼされることになるだろう。

 

連合軍には日本軍も参戦しており、当時から日本は英国ロスチャイルドの犬だと証明したのだ。

 

「私達は限られた情報だけでしか生きていない…この言葉は尚紀さんが私に送った言葉です」

 

衝撃の歴史を聞かされた古町みくらの体は震えており、感情的になろうとする心を抑え込む。

 

今まで学校で学んできた世界史は嘘だったのかと混乱するが、考えれば辻褄が合ってくる。

 

「学校の歴史本だけでなく多くの歴史書を読んだ私だから分かる…話せないのも無理ないわね」

 

「古町さんのように多くの歴史に触れた人でなければ…きっと陰謀論者だと嘲笑うでしょう…」

 

「私のような歴史好きやオタクの水樹と三穂野も苦しんできたわ…知識は孤絶を深めるのよ…」

 

「それが私達魔法少女が真実を話せなかった原因でもありますね…。常識外れは迫害される…」

 

「常識なんて国とメディアに流されるだけの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ…」

 

グラバーは坂本龍馬に亀山社中という日本初の商社を作らせ武器を提供する。

 

薩摩藩と長州藩にも売り、薩長同盟を組ませて最終的に幕府と戦わせたのが維新戦争の裏構図。

 

みくらはどうして坂本龍馬に莫大な武器が用意出来たのかをずっと疑問視してきた人物である。

 

その資金はどこから来たのか?を探すために図書館に来ていたのだ。

 

「坂本龍馬や伊藤博文はフリーメイソンに洗脳されて啓蒙主義を掲げたクーデターをしたのね」

 

1648年のウェストファリア条約以降、宗教信仰の自由が認められて生まれたのが啓蒙思想。

 

宗教信仰の自由が認められたことで近代メイソンが誕生して自由と平等が世界にばら撒かれた。

 

十七夜が愛した自由・平等・博愛精神によって数多くの戦争が生み出され、アジアも飲まれる。

 

フランス国旗理念でありイルミナティ思想は世界を地獄に変える悪魔の擬態思想だったのだ。

 

「今の日本を支配するのも長州血族連中である世襲議員…彼らは純粋な日本人ですらない…」

 

ななかが語ったのは()()()()()()()()()()のことである。

 

長州の田布施(現在の山口県熊毛郡出身)では多くの政治家達が生まれている。

 

「伊藤博文等の田布施地方出身者の正体とは…()()()()()()()()()()()()()だったんです」

 

それを聞かされたみくらが驚愕した顔つきで立ち上がり、恐怖心によって体が震えてくる。

 

「私達の国は日本人が運営してきたものではなかった…()()()()()()()()()()()()()()んです」

 

「そ……そんなことって……」

 

「矢部総理や八重樫総理も血統を調べれば田布施の者…()()()()()()()()()()()()()()()です」

 

背乗り(はいのり)とは、工作員が他国人の身分・戸籍を乗っ取る行為を指す警察用語だ。

 

「日本人名なのは通名であり本名ではありません…奴らの本当の一族名とは()()なんです…」

 

「李って朝鮮苗字よね…?もしその話が事実なら…日本人を虐げてきたのは外国人になる…」

 

「日本人を殺そうとする増税の説明もこれでつくはずです。支配者は日本人じゃないんですよ」

 

偽日本人の李家はフリーメイソンへとくだり、ロスチャイルドの犬として飼われることになる。

 

戦後はユダヤが支配するGHQの采配によって日本の管理ポジションを任せることになるだろう。

 

国会議員やメディアの総本山である広告代理店、在日メディアや企業が日本人を騙し続ける。

 

表向きは日本人のフリをしながら日本に帰属意識を持たず、平気で国民を搾取する連中なのだ。

 

「朝鮮ではこんな格言があります。拝金主義を表す格言であり嘘を正当化する呪いの格言です」

 

――犬のように儲けて両班(ヤンバン)のように使う。

 

儒教はユダヤ教と同じく徹底した現世主義であり、この世こそが全てという価値観である。

 

高い徳をもって品位ある生活を送ることを人生最大の目的とするのだが、それを真逆にする。

 

将来的には徳の高いヤンバン(朝鮮貴族)になれるなら富こそが全て。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とするのだ。

 

「騙される方が悪いという価値観はユダヤと同じです…彼らは物事を真逆にすり替えるんです」

 

「酷過ぎるわ……嘘つきは泥棒の始まりなのにッッ!!」

 

「ユダヤが嫌われた原因も同じ思想です…彼らは()()()()()()()()()()()()()()()()()んです」

 

使用価値に基づく自営経済に交換価値に基づく売買経済を持ち込む。

 

生産ではなく商売に、労働者固有の使用価値を交換価値の体現である貨幣を基本としたのだ。

 

「人間のために経済があるのに経済のために人間を使い潰す…これがユダヤのすり替えです…」

 

「私達は外国人共に死ぬまで搾取されながら労働するしかないの…?こんなのってないわよ…」

 

「古町さん……」

 

「円環のコトワリは何だったの…?こんなんじゃ…私達は一生呪いの因果に蝕まれたままよ!」

 

悔し過ぎて泣き出してしまったみくらを見たななかは後悔するような表情を浮かべながら俯く。

 

やはり話すべきではなかったのだと辛い気持ちを抱えてしまったようだ。

 

そんな時、本棚を隔てて見えない向こう側の席に座っていた人物が口を開きだす。

 

「円環のコトワリは的外れな呪いと戦っていたのよ。本当の呪いはカインとカナンの呪いよ」

 

小声で語っているのはサンダーバードとは別行動をしている時期の氷室ラビである。

 

ユダヤの宗教指導者と同じ名をもつ彼女は真実を知れば知る程自分の名が嫌いとなったようだ。

 

<<ユダ族と交わったカナン族は価値観の恣意的な正規化を行った。それが拝金主義なのだ>>

 

ラビの外付けHDDである体に宿ったホワイトメンの念話が響き、ユダヤの狙いを語っていく。

 

<<()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。資本主義こそが価値観の正規化だ>>

 

「金銭至上主義による利殖の搾取…知性至上主義によるエリート主義…そして国民の個の喪失」

 

<<カナン族ユダヤは自給自足が欠落した民族。だからこそ自給自足する国に寄生するのだ>>

 

「カナン族ユダヤは国を亡ぼす寄生虫そのものよ…寄生先の民族さえも寄生虫にしてしまえる」

 

<<カナン族ユダヤに飼われたエリートが下足番となり、地域の民は奴隷とするのだ>>

 

「不要な国際化によって貿易させ、暴利を貪る連中の宗教指導者の名称が私の名前なのね…」

 

<<あなたの名前など意味を成さない。いずれ世界は虚無に飲まれる…唯物民族共も滅びる>>

 

「そうするべきね…いずれ魔法少女達も世界の真実へと至り…私と同じく絶望するでしょう」

 

ななか達に気が付かれないようラビは静かに図書館を出て行く。

 

サンダーバードと合流するために階段を下りていた時、周囲を行き交う人々に視線を向ける。

 

スマホ片手にエンタメを楽しむ女子学生や搾取される構造すら考えないまま働くサラリーマン。

 

そんな者達に侮蔑の視線を向けるラビは吐き捨てるようにしてこう呟くのだ。

 

「法の奴隷になる言葉の自動機械共め…計算可能な営みしか出来なかったから支配されたのよ」

 

大衆という名の損得人間の行動心理などエリート達は計算し尽くしている。

 

こういう者は家族の運命に過剰にコミットすることも共同体の運命にコミットすることもない。

 

国やエリートを疑わない権威主義者が求めるのはパンとサーカス、下々の者達での憂さ晴らし。

 

ローマ帝国時代から人間の中身など欠片も変わらないからカナン族に滅びるまで搾取される。

 

救いようのない世界に絶望したラビは滅びを望む者になり、それを実行する者となるのだ。

 

――氷室先輩はちゃんとこの世界にいますよ。私が貴女を認識してあげたいんです。

 

懐かしい親友の声が耳の奥に聞こえてくる。

 

遠い眼差しを浮かべながら夜になっていく夕暮れを見上げる彼女は今は亡き親友を思い出す。

 

「もう貴女と一緒に星を眺められないわね…白金。貴女だけが私を認識してくれた…」

 

魔法少女としていつ死ぬかも分からない明日をも知れない彼女に寄り添った人間が一人いた。

 

白金と呼ばれた少女はラビにとっては掛け替えのない存在だったのだろう。

 

「貴女がいなくなって…那由他様がいなくなって…私は誰からも認識されない存在になった…」

 

<<繋がりなど意味はない。人々が求めるものなど損得だけであり、利害関係だけなのだ>>

 

「そうかもしれない…だけど私の心の中にある空虚な感情もまた…この世の事象への未練ね」

 

歩いていくラビを誰も気に留めないまま彼女は去っていくだろう。

 

その手に握られていたのは白金の形見ともいえる懐中時計。

 

手に握られた形見の品だけが氷室ラビがこの世界にいたのだと認識してくれるような気がする。

 

そんな思いを抱えた彼女は未練がましい自分に苦笑した後、蜃気楼のように消えていくのだ。

 

もはやこの世界に救いなど無い。

 

人々は自分から自由を捨て、支配の仕組みを知ることも戦うこともしない羊の群れとなった。

 

何も考えずに牧師である国際金融資本家と牧畜犬となるエリート達に飼われるだけの存在達。

 

そんな者達は自分達が絶対に出られない囲いに閉じ込められてるとも知らずに死ぬだろう。

 

ディープステートである国家内国家とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()であった。

 




悪の組織が秘密過ぎて色々説明の回を入れないとと思いまして描いてましたが、流石にシリアス疲れなので残りは日常話を描きたい気分です(汗)
それより新女神転生5の完全版なVengeanceが6月に発売するそうなんで最終章に何かネタ突っ込めないかなーと悩んでしまう今日この頃です(キャラ飽和でまた地獄みる)


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264話 フールな堕天使達

見滝原総合病院での失態や雪野かなえ達に住まいを発見された事でアリナ達は引っ越しする。

 

現在の彼女達の生活する場所とは海に浮かぶ大魔王の居城ともいえる豪華客船。

 

客船の前部である迎賓館エリアでメイド生活を送ることになったようだ。

 

懲罰を兼ねた奉公生活を余儀なくされたアリナは辟易しながら働かされている。

 

「ヴァァァァァーーッッ!!部屋数が多過ぎてクリーニングしきれないんですけケド!!」

 

客室の清掃作業をさせられているアリナは今日も癇癪を起しながら喚いている。

 

元々女子力が低過ぎるアリナは清掃作業が苦手であり、毎日が苦行ともいえる状況なのだ。

 

「オーダー18が始まるまでは雑務をやってもらう。この程度の罰で済んで感謝するのだな」

 

アリナに声をかけてきたのは迎賓館エリアを統括する堕天使ビフロンス。

 

髑髏めいた仮面を身に着ける執事姿の悪魔を睨んでくるアリナの威圧も涼しい態度である。

 

「こんなヒラヒラフリルだらけのキュートなメイド服はアリナに似合わないんですケド!!」

 

スカートを持ち上げてばたつかせる彼女のクラシカルメイド服は他の女悪魔も身に着けている。

 

これが豪華客船で働く女性達の作業着であるのだろう。

 

「その服はな、大魔王様の衣装係りを務める堕天使がデザインしたものだ。私の趣味ではない」

 

「サタンとしても語られてきた大魔王ルシファーの衣装係りを務める堕天使…?」

 

「アドラメレク。ラバ頭で孔雀のような派手衣装を好む変態であり…私と同じく船の守護者だ」

 

「酷い言われようなんですケド…その堕天使」

 

「ここだけの話…エグリゴリの堕天使の中にはな、頭がおかしい制御不能な連中がいるのだ…」

 

鬼畜外道な堕天使の中でさえ異端視される者に興味を持ったアリナであるが今は仕事中である。

 

適当に仕事をやりながらもメイド長の目を盗んでは船の内部を色々見て回っているようだ。

 

「シップの上部はカントリーハウスのような宮殿エリアで、下部の船倉は何なのか疑問なワケ」

 

宮殿の回廊を歩きながらブツブツ言ってると女子トイレの方から十七夜の声が聞こえてくる。

 

「ハァ……シップの生活に慣れない貧乏人はまだ苦労してるワケ?」

 

中に入ってみると酸味のキツイ臭いが立ち込め、便器の前で嘔吐している十七夜がいる。

 

どうやら船酔いに苦しんでいるようであり、後ろに来たアリナが背中を擦ってくれるのだ。

 

「ゲホッ!ガハッ!……すまない、君の前でまた醜態を晒してしまったな…」

 

「アリナは家族旅行でよく海外に行ってたから船酔いしないけど、アナタは慣れないワケ?」

 

「自分の家は貧乏でな…船旅を楽しませてくれるような裕福な家の者ではなかった…」

 

「時期に慣れると思うんですケド。けどさぁ…ヴァンパイアなアナタが船酔いって…」

 

「海のような水場は吸血鬼の弱点だ…海上生活させられたら落ち着かなくて気分も悪くなる…」

 

「ヴァンパイアはニンニクや銀がウイークポイントなだけじゃなくて、水も苦手なんだっけ?」

 

「うむっ…吸血鬼の自分は泳げない金槌になってしまった。もし海に落ちたら助けて欲しい」

 

「日光の弱点を改善出来てもヴァンパイアは色々なウイークポイントがあって大変なワケ」

 

トイレから出てきた2人が別れていき、それぞれの職場に戻っていく。

 

クラシカルメイド服を着た十七夜は迎賓館の鏡の回廊を抜けていくと声をかけられる。

 

キッチンワゴンを押しながら近寄ってくる女悪魔のメイドさんは十七夜の同僚のようだ。

 

「宮殿の西棟の主であるアドラメレク様のお茶の時間なのだけど、持って行ってくれない?」

 

「アドラメレク…?その人物もエグリゴリの堕天使なのか?」

 

「そうよ。あの御方はめんどくさ…じゃなくて、美意識が強い御方だから粗相のないようにね」

 

別の用事があるからと十七夜に配膳をお願いした悪魔メイドさんは去っていく。

 

本音を言えば彼女はアドラメレクが苦手であり、面倒ごとを後輩に押し付けたのである。

 

十七夜はキッチンワゴンを押しながら迎賓館を進み、船の西側である西棟の入口に入るのだ。

 

「聞かされた話では大魔王の後宮に繋がる東西の棟にはそれぞれ番人がいるそうだな…」

 

アドラメレクもそのうちの一体なのかと考えていたら西棟の番人の間に辿り着いている。

 

恐る恐る扉を開けてみると十七夜の目が点になってしまう光景が広がっていたのだ。

 

「こ……これは……」

 

豪華なカーペットやシャンデリアで飾られた空間を台無しにしているのは変態マネキンの数々。

 

彼がデザインした奇抜なファッションをさせられたマネキン空間はまるで衣装部屋のようだ。

 

豪華な机の上にはファッションデザイナーの職場かと見紛うような道具が並んでいたのである。

 

「んん~~?見慣れない女悪魔ですね~?貴女は閣下が招き入れた新入り悪魔ですか?」

 

「その通りだ…じゃない、その通りです…。その…お茶を持ってきたぞ…ご主人…」

 

机の椅子に座るのはサンバのカーニバル衣装のような変態チックな服装を纏う褐色肌の男悪魔。

 

黒いラバを彷彿させる男は白い化粧を顔に施し、不気味な笑みを浮かべてくる。

 

孔雀のトサカ頭のようなモヒカンヘアーが不気味さを醸し出す者こそがアドラメレクであった。

 

【アドラメレク】

 

サマリア等で崇拝された太陽神の一種であり、その名はヘブライ語で王を意味する。

 

バアル神であるモロクと混同される存在であり、バアル・アドラメレクとも呼ばれる王である。

 

地獄の上院議員にして地獄の宰相、サタンの洋服係りと多岐に渡る職務をこなす存在のようだ。

 

バアルと結びつくことから子供の生贄を求める悪魔でもあると解釈される存在であった。

 

「お茶はそこに置いておきなさい。それよりも…フフフフフ……実に整った美しい娘ですね」

 

立ち上がったアドラメレクが邪悪な笑みを浮かべながら近づいてくる。

 

目には好奇心の輝きが宿っており、故郷でこれと同じ恐怖を十七夜は経験してきた。

 

(この怖さ…まるでファッションデザイナーを目指す矢宵君が衣装を用意する時のようだ…!)

 

尚紀も酷い目に合わされた矢宵かのこと同類の匂いがすると十七夜は感じているのである。

 

「フゥゥゥゥム……身長は155cm程度、3サイズは……といったところでしょうね?」

 

「一目見ただけで自分の体のサイズが分かるというのか…?」

 

「少し待ちなさい、今デザインしている新しいメイド服の試着をして欲しいのですよ」

 

「自分が新しいメイド服を着るのか…?」

 

室内には多くの衣装ケースが存在しており、十七夜に試着させるデザイン服を探していく。

 

鼻歌交じりに衣装を漁る彼の姿はお気に入り人形の着せ替えを楽しむ変態男のようだ。

 

(もしかして…ここで働く女悪魔達も試着を強制させられてきたのだろうか…?)

 

「おお、あったあった。さぁ、私の自信作ですよ。胸を張って試着しなさい」

 

メイド服の新デザイン衣装を見せられた十七夜の頬が赤面していく。

 

「ぬ…布の面積が小さ過ぎるのではないか?これではまるでサンバカーニバル衣装だ…」

 

「機能性に優れた上で夏も涼しい衣装です。立派な3サイズをしているのですから着なさい」

 

「え…ええと…その…自分は他の職務が残っているので…失礼する…」

 

後ろに振り返ってみると前にいた筈のアドラメレクが立っており、衣装を突き付けてくる。

 

「更衣室は隣の部屋を使いなさい。さぁさぁ、貴女の美しいボディで私の衣装を輝かせなさい」

 

目が据わったままジリジリと近寄ってくる変態堕天使に恐怖を覚えた彼女が後ずさっていく。

 

「これでは物足りないですか?フフ…それでこそです!愉悦はいつもタブーの先にある!!」

 

もっときわどい変態衣装を着せようと衣装ケースに向かったチャンスを逃さず部屋を出る。

 

「冗談ではない!あんな変態堕天使の趣味に付き合わされたら何を着せられるか分からん!!」

 

西棟を走って逃げる十七夜であるが、今の彼女の身体能力は衰えている。

 

今は日中であり太陽光の弱点を大幅に防げる体でも紫外線によって体が弱体化しているのだ。

 

「くそ…息が切れる!日中ではスタミナも魔力も回復しないとは…やはり太陽は天敵だ!!」

 

息が切れながらも走り逃げるのであるが、後ろからは恐ろしい魔力が追いかけてくる。

 

「待ちなさァァァーーい!!私の楽しみを拒絶するとは…何たる恥ずかしがり屋ですかぁ!!」

 

後ろを振り向いた十七夜はアドラメレクの真の姿を見たことで叫び返す。

 

「孔雀の羽を纏ったラバの衣装は遠慮させてもらう!!その紐切れみたいな服など着ない!!」

 

追いかけてくるアドラメレクの姿は上半身は人型であるがそれ以外は黒いラバである。

 

縞々ズボンの足はラバの足であり、背中には大きな孔雀の羽が広がる姿をした堕天使なのだ。

 

片手に持ったマネキンには変態衣装が着せられており、もはやほぼ紐な水着メイド服なのだ。

 

「そんな衣装を着て仕事をしたら…大事な部分が露出する危険が大き過ぎる!断固反対だ!!」

 

「やはり貴女は恥ずかしがり屋ですね!立派なボディがあるというのに見せびらかしなさい!」

 

「貴様のように上半身裸のまま堂々と走り回れる図太い神経など自分はしていない!!」

 

「教育的指導が必要なようです!頼みを拒絶した罰として…サンバのダンスもしてもらう!!」

 

「絶対にノーだぁぁぁぁーーーーッッ!!」

 

大慌てで逃げるメイドと追い回す西棟の主人を見かけた者達は呆然としながらも仕事に戻る。

 

アドラメレクに追い回される女悪魔の姿はこの船では珍しい光景ではなかったのだ。

 

息が絶えながらも階段の手摺りの上にお尻を乗せ、滑りながら下の階へと十七夜は逃げる。

 

「逃がしませんよ!私の焼きごてでお尻をジュージューされたくないなら衣装を着ろ!!」

 

「楽しそうな競争をしていると聞いてやってきました!私も混ぜてくださいアドラメレク様!」

 

視線を向ければ走ってきたのはアドラメレクに負けない変態堕天使。

 

直立して二足歩行しながら駆けてきたのは赤い毛並みの馬人間の如き存在であった。

 

【オロバス】

 

ソロモンの七二柱の悪魔の一体であり、馬の頭部を持つ人間として描かれる堕天使。

 

過去・現在・未来の事物について答え、召喚者には様々な恩恵を与える誠実な悪魔のようだ。

 

上半身は人型であり頭部と下半身は馬である姿はアドラメレクとよく似た悪魔であった。

 

「オロバスですか?丁度いい、二手に分かれてあの娘を捕まえますよ」

 

「自慢の俊足をアドラメレク様にご披露します!それにしても…今日も美しい御体ですな」

 

「フフ…私は美しさを愛する堕天使。自分の体の美しさを追求する者として努力は惜しまない」

 

「私もアドラメレク様の御体に近づけるよう毎日筋トレとプロテインを欠かせませんな」

 

「貴方の体も美しく引き締まったサラブレッド…美を体現する悪魔として誇りを持ちなさい」

 

互いが自画自賛しながら突然ポーズを取り合い、サンバのダンスの如き光景を生み出していく。

 

「「フォウ!!フォウ!!我らが美しさを見るがいい皆の衆!!」」

 

呆気に取られながら見物している擬態姿の悪魔達は絡まれないようそそくさ去っていく。

 

アドラメレクとオロバスは堕天使界隈でも評判の変な悪魔として知られる存在であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「この辺がこのシップのハッチエリアなワケ?」

 

船の貨物やその他を積載する船倉区画を歩いているのは十七夜と別れたアリナである。

 

彼女は仕事に戻るフリをしながら船の探検を続けていたようだ。

 

「ハッチの前部は大魔王が所有するスーパーカーの駐車場だけど…後部には何があるワケ?」

 

船倉を歩きながら進んでいると奇妙な魔力を感じ取ったのか現場に向かう。

 

立ち止まったアリナが見つけたのは物置に使われているような部屋だった。

 

<<ウォォォーーッッ!!そこの魔法少女!我を封印から解放してくれぇぇーーっ!!>>

 

声は部屋の中から聞こえてきたこともあり、アリナは水密扉を開けて中に入る。

 

「な……何なの……コイツ?」

 

物置部屋の地面には光る五芒星が描かれており、五芒星内には悪魔が閉じ込められている。

 

地面に固定されたまま機械アームで殴られ続けていたのはヒトデのような堕天使なのだ。

 

「魔法少女が閣下の船に乗り込むとは珍妙だが…この際だ!我の封印を解いてくれぇ!!」

 

「アナタは誰なワケ?」

 

「我は船の東棟の主人を務めていた堕天使なのだが…見ての通り現在は折檻中である…」

 

「そんな偉い堕天使がお仕置きされてるって…一体何をやらかしたってワケなのさ?」

 

「我の名は堕天使デカラビア…それを話せば長くなるのだ…」

 

【デカラビア】

 

ソロモンの七二柱の悪魔であり五芒星の形をした堕天使。

 

序列69番の地獄の大侯爵であり悪魔の偽王国では伯爵や王として残る存在である。

 

植物や鉱物に詳しく鳥の姿をした使い魔を扱い、頼まれたら人の姿やアスタリスクの姿となる。

 

五芒星と同じ星形で現われることからブエルとも同一視される悪魔であった。

 

「我はサッカーが好きでな…東棟の屋上に集めた悪魔達でサッカー大会をしていた時のこと…」

 

……………。

 

「フハハハハハ!我のトリッキーなドリブルにはついてこれまい!!」

 

豪華客船の東棟にはスポーツ施設が揃っており、屋上には大きなサッカー場も整備されている。

 

ここでサッカーを楽しんでいる者こそ頭部に5本脚が生えたブエルのようなデカラビアなのだ。

 

ヒトデ悪魔の華麗なドリブルで守りを超えた後、サッカーゴールに目掛けてシュートを放つ。

 

「我とサッカーボールは盟友だ!行くぞ友よ!必殺のメギドシュゥゥゥーッ!!」

 

ブエルと同一視されるデカラビアもまた五体を足のように扱うヒトデ悪魔。

 

サッカーのように手を使わないスポーツとは相性が良く、今日も楽しくボールを蹴る。

 

豪快なシュートが迫るのだがキーパーを務める悪魔の前でボールが急カーブしていく。

 

「おやっ?」

 

ゴールキーパーが向いた方角に飛んでいったボールは船の中庭エリアへと落下したようだ。

 

王の庭と呼ばれる船の中央エリアは庭園となっており、そこにいたのは大魔王とバアル神。

 

「ぐふっ!?」

 

「あらあら?」

 

探偵事務所は休日なので船に戻って客人と酒を飲んでいた瑠偉の上からボールが落ちてくる。

 

ボールがぶつかってしまったのは客人として訪れていたモロクの黄金の牛兜なのだ。

 

兜のお陰で怪我はないのだが、バアル神にサッカーボールをぶつける無礼を許す者ではない。

 

「誰だ…?我にボールをぶつけてくるとは……よほど死にたいらしいな!!」

 

「東棟の屋上からサッカーボールが落ちてきたみたいよ」

 

「東棟の上で馬鹿騒ぎをしている悪魔共の仕業か…許さんぞぉ!!責任者は出てこい!!」

 

悲鳴を上げながら逃げていくサッカー場の悪魔達を逃がすまいとバアル神が跳躍する。

 

残されてしまった瑠偉は両手を広げながらデカラビアの無事を願うことしか出来なかった。

 

……………。

 

「バアル様の逆鱗に触れた我は東棟の主の地位を剥奪され…こうして折檻中なわけなのだ…」

 

「それはまぁ…バットタイミングだったヨネ」

 

「今の東棟の主は閣下の秘書をやってるゴモリーが兼任している…どうにか名誉挽回せねば…」

 

「それでアリナにヘルプを頼むワケ?んー……どうしよっかシンキングタイムなんですケド」

 

「くそぉ!ボルテクス界でフォルネウスと出会えず…こちらに召喚されても悪い事だらけだ!」

 

そう言われた瞬間、アリナの体に宿る千晶が何かを思い出したようにして語り掛けてくる。

 

「あなた…もしかしてシブヤのハチ公前で待ちぼうけしていたデカラビアなの?」

 

「なんと!ボルテクス時代の我を知っているとは…それにこの娘には二つの魂を感じるぞ!?」

 

「妙なところでボルテクスで見かけた悪魔と再会するものね…私は弱者が嫌いなの、分かる?」

 

「我の力を試そうというのか…?よし、こうしよう。我を助けてくれたら汝の力となろう」

 

「私はどうでもいいけど、アリナが連れていくなら構わないわ。あなたの力を見せてみなさい」

 

勝手にしゃしゃり出てきた千晶にイラっとするアリナであるが、ヒトデ悪魔に向き直る。

 

「オーケー、解放してあげる。アリナはダークサマナーだし、アナタも使役してあげるカラ」

 

右手に攻撃用キューブを生み出し、ルービックキューブのように分解しながら光弾と化す。

 

複数の光弾が五芒星封印の起点を破壊し、ついでにデカラビアをボコる機械と拘束具も壊す。

 

五芒星の光が消えて立ち上がろうとするのだがヒトデの胴体にある単眼はグルグル状態である。

 

「や…やっと解放されたが…我は何日…機械にしばかれていた…?流石の我もグロッキー…」

 

空き缶がベコベコになっているようにひん曲がったヒトデ悪魔の体が再び倒れ込んでしまう。

 

「こんなコンディションで大丈夫なワケ……コイツ?」

 

先に不安を感じていた時、走ってくる足音に気が付いたため身を隠す。

 

「この魔力は十七夜なんですケド……なんでハッチエリアに来てるワケ?」

 

一方、船倉にまで逃げ込んだ十七夜はアドラメレクとオロバスから執拗な追跡を受けている。

 

「船倉に逃げ込んで陽の光を遮ったのはいいのだが…道が分からん!ここはどの辺なのだ!?」

 

「どうやら彼女は吸血鬼悪魔だったようですね。船倉に逃げ込んだ途端に動きが良くなった」

 

「しかし!この俊足を誇るオロバスと優雅を誇るアドラメレク様から逃げられると思うなよ!」

 

アリナ達が潜んでいる部屋を超えていく者達が通り過ぎた後、アリナはゆっくりと扉を開く。

 

「丁度いいんですケド。アナタの力を試す絶好の機会なワケ」

 

変態悪魔に追われる十七夜を助けるためにアリナはデカラビアをけしかけようと企んでいる。

 

しかし視線を向けた先にいる目を回したヒトデ悪魔を見た途端、不安が滲むのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海に浮かぶ城ともいえる豪華客船の下層部にある機関室はとても巨大である。

 

三階構造の中央には大型のエンジンが稼働しており、船を動かし続けているのだ。

 

「チッ…吸血鬼は小賢しい変化が上手くて嫌になりますね。見失ってしまいましたよ」

 

「そう遠くには行ってないはずです。手分けして探しましょうか」

 

アドラメレクとオロバスは機関室を歩き回っていく。

 

十七夜はというと、霧化を用いてダクトに入り込んだ後に実体化して息を殺している。

 

(まずい…こんな場所では身動きがとれん…。捕まったら何をされるか分からんぞ…)

 

人間に擬態している彼女は魔力を隠せているが、それでも体臭までは隠せない。

 

機関室にそぐわない女の子の匂いを隠しきれるほどラバと馬悪魔の鼻は甘くないのだ。

 

鼻をひくひくさせながら十七夜を探すオロバスであるが、物音に気が付いた方に振り向く。

 

巨大なディーゼルエンジンを動かす機関室にあったボイラーの影に人影を見つけたのだ。

 

「そこに隠れていたのか!観念しろ小娘吸血鬼!」

 

メイド服を着て蹲りながら泣いている十七夜らしき人物の肩を掴んだ時、オロバスが仰天する。

 

「き……貴様はッッ!?」

 

「シクシク…私の股間のイチモツが見当たらない…女になった私のイチモツ見ませんでした?」

 

振り返った者とは十七夜ではなく、メイド服を着せられているアティスである。

 

「貴様のイチモツなど知らんわぁ!!一体何処から入ってきた悪魔なのだぁ!?」

 

「わ!わ!ワタシは何も知らないアルよ!そんなことより後ろがお留守だぜ、コラァ!!」

 

「そんな古典的な方法で私の注意を逸らせると……ンゴォォォアアアアアッッ!!?」

 

刹那、体に電撃とお尻に地獄の激痛が迸る。

 

「尖った星にえぐられた先にある地獄の未来を見てみるか?オロバスよ!!」

 

浮遊したヒトデ悪魔の先端が刺さっているのはオロバスの肛門である。

 

「き…貴様はデカラビア!!?誰が貴様の封印を……アギャァァァァァーーッッ!!!」

 

浮遊したまま高速回転することによって肛門に刺さった先端もまた高速回転していく。

 

「アスタリスクアスタリスク!!堕天と昇天を同時に味わう刺激に悶絶するがいい!!」

 

刺さった部位から与えられる地獄の刺激に耐え切れず悶絶しながらオロバスが倒れ込む。

 

泡を吹きながら白目をむいて気絶した者の尻から離れたデカラビアが勝ち誇るのだ。

 

「流石はデカラビア…アスタリスクになる悪魔は肛門さえも制するということですな」

 

「我の突撃はある意味地獄突き!これを喰らえば悪魔だろうが何だろうが絶叫するのだ!」

 

アスタリスクは小さな星という意味があるが同時に肛門を表すとも言われている。

 

小さな星の尖った部位で肛門を刺されればどんな悪魔もイチコロだと自慢する状況が続く。

 

しかし突然周りが暗くなったのに気が付き、二体の悪魔が上を向くと驚愕してしまう。

 

「「ヒョエェェェーーーッッ!!?」」

 

上から落ちてきたのは熱せられた巨大な焼きごてであり、デカラビアは緊急脱出を行う。

 

「アバババババババーーーーッッ!!?」

 

間に合わなかったアティスは巨大な焼きごてに潰されてしまい、地面でグリグリされるのだ。

 

『地獄の焼きごて』を放ってきたのは機関室の三階部分で睨んでくるラバ悪魔である。

 

「一体いつの間に折檻部屋から抜け出したというのです!?我々に仕返しするつもりですか!」

 

「フン!我は我の自由を体現するのみ!我の力を示し、汚名を返上させてもらう!!」

 

「貴方は汚名に塗れている姿こそお似合いな肛門悪魔です!自分の頭を見るがいい!!」

 

ヒトデ胴体の単眼を上に向ければ何やら酷い悪臭を感じてしまう。

 

馬の肛門にぶっ刺したヒトデの先端は汚れており、ウ〇コの臭いが染みついているのだ。

 

「あの馬悪魔め……トイレで肛門を綺麗に拭いておらなんだな!?」

 

「馬糞塗れのヒトデにはお仕置きが必要なようです。私が仕置きした後、もう一度封印する!」

 

「ええい!ちょこざいな!ロバかも馬かも分からん見た目の雑種悪魔如きに負けはせん!」

 

宙に浮いたデカラビアが空中戦を仕掛ける構えを見せたのでアドラメレクもまた羽を広げる。

 

孔雀の羽を羽ばたかせて広い機関室の中で悪魔の戦いを始めていくのだ。

 

そんな中、ダクトから脱出した十七夜はここぞとばかりに現場から逃げ出そうとしている。

 

「何だか分からんが逃げさせてもらう…ここが機関室だとすれば位置的に周りは海の中だ…」

 

金槌悪魔な吸血鬼である十七夜は怯えながら抜き足差し足で逃げていると声をかけられる。

 

「ヘイ、十七夜」

 

「うおわぁ!?な…なんだ、アリナか?ビックリさせられるな…君が助けに来てくれたのか?」

 

「イグザクトリー。拾ったデビルのパフォーマンスを試すついでにアナタもヘルプするワケ」

 

「ヒトデはアリナが拾った悪魔だったのだな?何でもいいから逃げよう…ここは海の中だ…」

 

「ハンマーなヴァンパイアなら落ち着かない場所だヨネ。巻き込まれる前に逃げるんですケド」

 

炎魔法がぶつかり合う赤熱した空間からコソコソ抜け出そうとした2人が立ち止まる。

 

「ま…不味いんですケド……」

 

開いた水密扉の向こう側から走ってくるのは機関室職員から連絡を受けたビフロンスのようだ。

 

「貴様らーッッ!!仕事をサボってこんな場所まで探検ごっこかぁぁぁーッッ!!」

 

装飾杖を振り回しながらやってくるビフロンスから逃げ出したアリナ達も機関室を走り回る。

 

てんやわんやな状況となってしまったが機関室の空中では堕天使達がなおも戦い続けていく。

 

「私の愛の鉄拳で粉砕してくれる!!」

 

魔力を右拳に集めたアドラメレクが拳を放ち、巨大な闘気の拳が放たれる。

 

「ヌォォォォーーーーッッ!!」

 

『マッスルパンチ』を浴びたデカラビアが吹っ飛び、機関室の壁に激突してしまう。

 

障壁を貫いたデカラビアに目掛けてトドメを浴びせんとアドラメレクが接近を仕掛けていく。

 

絶体絶命かと思われたがデカラビアの単眼は怪しく笑うように歪むのだ。

 

「馬鹿なラバ悪魔め!!かかりおったな!!」

 

デカラビアの前で光が集まり、光玉となった一撃が炸裂する。

 

「ヌゥ!!?」

 

閃光手榴弾が爆発する程の光に飲まれたアドラメレクが目を開ければデカラビアが消えている。

 

戦闘から必ず逃げれる魔法の『トラフーリ』を用いて回避行動をとった悪魔が背中をとるのだ。

 

「我が魔眼の一撃!受けてみろーーーッッ!!」

 

アドラメレクの背中に目掛けて単眼から発射されたのは万能属性魔法のメギドラである。

 

「グワァァァァァーーーーッッ!!?」

 

メギドラビームを浴びたアドラメレクが障壁を貫き、海の中にまで叩きだされていく。

 

「ワハハハハ!!西棟の番人如きに負ける東棟の番人ではないぞぉ!!」

 

勝ち誇るデカラビアであるが状況は理解出来ていないのである。

 

「ゲェェェェーーーッッ!!?な…なんてことをしでかしてくれたぁ!!」

 

悲鳴を上げるビフロンスの目の前に広がっているのは開いた穴から海水が大量に流れ込む光景。

 

「あのヒトデデビルのパワーは拝見させてもらったけど……これってデンジャーだヨネ?」

 

「当たり前だ!!は…早く逃げねば機関室が浸水して…自分達はどざえもんになるぞぉ!!」

 

大急ぎで逃げ出すアリナと悪魔達であるのだが水密扉が閉められてしまう。

 

「開けろーーッッ!!まだ私が中にいるのだぞーーッッ!!?」

 

向こう側でギャーギャー騒いでいる迎賓館の番人に対して機関室の職員が不安そうにしている。

 

「…構いません。監督不行き届きによって閣下の船が傷つけられたのです。折檻しなければ」

 

職員と共にいたのはルシファーの秘書のゴモリーであり的確な判断である。

 

船の浸水は出来る限り抑え込む必要があり、押し留められなければ船が沈没してしまうのだ。

 

去っていくゴモリー達の後ろの機関室では既に三階に迫る勢いで海水が入り込んでいる。

 

「うわーっ!!革命も果たせずに溺死するなんて嫌だーっ!自慢の仲魔で何とかしてくれ!!」

 

アリナの背中に抱き着きながら浮いている十七夜はパニックになりながら喚き散らす。

 

吸血鬼は流水が弱点であり、海水に沈められたら死ぬしかないのだ。

 

「アイノウッッ!!ちょっとヒトデデビル!アナタが招いたんだし何とかするワケ!!」

 

浮かびながらバシャバシャと慌てているビフロンス達の横では海水に浮かぶヒトデがいる。

 

体の汚れを海水で洗ったデカラビアは水を得たヒトデのようになっていた時、何かが迫りくる。

 

「むぅ!?あ……あの者はまさか……ッッ!!?」

 

開いた穴からやってきた大きな影がデカラビアに近寄っていく。

 

浮かび上がったデカラビアはウェルカムな態度でヒトデ体を広げながら涙を浮かべるのだ。

 

「おお…やっと出会えたなフォルネウス!!ようやく再会出来たぞぉぉぉぉーーッッ!!」

 

単眼をウルウルさせていると海からやってきた存在が海面に浮かび上がってくる。

 

姿を確認出来たデカラビアの単眼が点となり、激おこぷんぷん丸と化す。

 

現れた存在とは海の魔物であり堕天使のフォルネウスではなく、大きなアカエイだった。

 

「イソラじゃねーかぁぁぁぁぁーーーーッッ!!!」

 

アカエイである。

 

「海産物と戯れてないで何とかして欲しいんですケドォォォォーーッッ!!」

 

「ウアァァァァーーッッ!!フォルネウスは何処に行ってしまったのだぁぁぁーーッッ!!」

 

こうして、アリナ達は助けがこないまま機関室ごと海の藻屑となるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あらまぁ?そんなことがあったの~……そっちは大変だったみたいね?」

 

携帯電話片手に通話中なのは今日の事務仕事を終えた瑠偉である。

 

通話相手はゴモリーであり、ルシファーの居城で起こった出来事を城主に報告していく。

 

処罰について尋ねるのだが、瑠偉は思わせぶりに悩んだ後にこう告げてくる。

 

「船はドックで直せばいいし、私のコレクションの酒や車も無事だし、対処は任せるわ」

 

「では、キツイ仕置きを喰らわせておきます。あと、デカラビアはどういたしましょう?」

 

「アリナが封印を解いちゃったんでしょ?あの子に面倒を押し付けちゃえばいいわ♪」

 

「ハァ……では、そのように致します」

 

「私は船が直るまでホテル暮らしをさせてもらうわ。それじゃ、後はお願いね~♪」

 

通話を終えたゴモリーが視線を向ける先とは、電気ショックを与えられている堕天使達の姿。

 

<<アバババババババーーーーッッ!!!>>

 

拘束機械に囚われている堕天使達は大魔王の留守を守るゴモリーに折檻されているようだ。

 

「なんで私まで処罰されるのだぁぁぁーーーーッッ!!?」

 

「元はと言えば迎賓館のメイドを管理する貴方の監督不行き届きのせいよ。罰を受けなさい」

 

「そんなぁ!?後生ですから勘弁してくださーーーいッッ!!!」

 

「フフフ…旅は道連れ世は情けと言いますからね、ビフロンス。アババババッッ!!?」

 

まだ元気が良さそうなので電圧を上げられてしまい、堕天使達は悲鳴を上げていく。

 

ビフロンス、アドラメレク、オロバス、デカラビア、そしてアティスまで捕まっているようだ。

 

「どうして私までこんな目に合わされ……アギャァァァァァーーッッ!!?」

 

「口答えをするでない!フフフ…粋が良さそうな捕虜を手に入れられたし可愛がってあげるわ」

 

上機嫌に折檻するゴモリーが纏っているのはSMの女王様をイメージさせるボンテージ衣装。

 

セクシー女王の衣装もアドラメレクがデザインしたものであり、意外と感性が通じ合うようだ。

 

「アフゥ!!もっと痛みを与えて下さい!!ボクの女王様ァァァーーッッ!!」

 

「貴方はマゾヒストのようね?なら、悪い子にはもっとキツイ鞭を与えてあげないとねぇ!!」

 

鞭でアティスをしばき続けるゴモリーの姿を見惚れているのはアドラメレクである。

 

自分がデザインした衣装が似合う女性を見るのはこの上ない喜びなのであった。

 

「フフフ…手違いはあったがあの娘達にも私の衣装を着せる罰が与えられて私は満足ですよ」

 

「アドラメレク様……お尻が痛いままなんですが、どうにかなりませんかねぇ…?」

 

「私に言われても回復魔法はかけてあげられませんねぇ。他の女悪魔に頼みなさい」

 

絶叫が木霊する豪華客船は機関室が浸水したため大型の曳船に牽引されている。

 

このまま専用ドックで修理が施されるのだろうが、それでもメイド達の仕事に終わりはない。

 

「ヴァァァーッッ!!こんな恥ずかしい服を着せられるワークなんて出来ないんですケド!!」

 

回廊の拭き掃除をやらされているメイドのアリナが着ているのはアドラメレクの自信作。

 

破廉恥なメイド衣装とサンバのカーニバル衣装を掛け合わせた変態メイド服なのだ。

 

ほぼ水着でしかない衣装を着せられて仕事をやらされるアリナは羞恥心が爆発中である。

 

「見た目は恥ずかしいのだが、着てみると思ったよりも快適に仕事が出来るな」

 

隣で働く十七夜もまた同じ衣装を着せられて仕事をさせられる罰を受けているのである。

 

彼女達が生き残れたのは苦肉の策としてアリナが用いた脱出手段。

 

機関室にいた者達を自分ごとキューブの中に取り込み、固有魔法を用いて海に出たようだ。

 

しかし魔力で見つけられてしまったためなのか、再びメイドの仕事をやらされている。

 

「アナタ…裸族に目覚めたワケ?周りの視線が気にならないなんてクレイジーなんですケド…」

 

「自分はメイドのなぎたんをやってた者だ。恥ずかしかったが慣れればどうということはない」

 

「この調子でいけばアナタも世界のヌーディストビーチでデビュー出来る気がするんだヨネ…」

 

回廊を通るバトラーの男悪魔達からはニヤニヤされ、女悪魔のメイドからも笑われてしまう。

 

そんな屈辱に耐えられなくなったアリナは涙目になりながら喚き散らすことになるだろう。

 

「これも全部…ぜんぶ……フールな堕天使共のせいなんだカラァァァーーッッ!!!」

 

関わればろくでもない目に合わされる堕天使との付き合いはこれからも続くだろう。

 

デカラビアはアリナに押し付けられ、これからも彼女の仲魔としてこき使われることになる。

 

アリナ・グレイの受難は終わらないのだが、これも美の高みに昇るため我慢するのであった。

 




ずっと登場させたいと思ってたメガテン人気悪魔のデカラビアもアリナの仲魔となり、シリアス展開を癒す清涼剤として活躍させたいですね。
真女神転生5のデカラビアもCHAOS勢力のくせに堕天使達に迷惑かけまくりな困ったキャラだったのでハッチャケさせました(汗)


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265話 悪魔達の晩餐会

悪魔晩餐会ともいえる騒動が起きたのは人修羅とライドウが神浜で戦った後の頃の話である。

 

「ライドウよ…魔法少女達から随分と痛めつけられてしまったな。傷の方は大丈夫か?」

 

潜伏している水徳寺の部屋には布団が敷かれており、顔が腫れたライドウが休んでいる。

 

少し前に訪れた業魔殿で起きた騒動に巻き込まれてしまい、彼も何故かボコボコにされたのだ。

 

「大丈夫だ…一週間も寝込んだしこれ以上休むことは出来ない。今日から捜査活動を再開する」

 

「その意気や良し。全く…大正時代のノリを取り戻したヴィクトルのせいで災難塗れだな…」

 

「そう言うな。危険な頃に戻ってしまったが…ヴィクトルはあの姿の方が馴染みやすい」

 

「我にとっては過去のヴィクトルだが、うぬにとっては同じ時代を生きるヴィクトルの姿か…」

 

黒猫のゴウトが用意したシップを頬に張り付けた後、ライドウは支度していく。

 

サマナー装備を纏った後にハイカラマントを着て出かけようとするのだが誰かが走ってくる。

 

「単独捜査に行ったモコイが帰ってこないよーライドウ!」

 

やってきたのはモー・ショボーであり、彼女がライドウの看病をしていたようだ。

 

「やれやれ…あの者を単独で捜査に向かわせたのは不味かったな。見つけてやらねばならん」

 

「モコイは街の北側を調べると言って出て行ったな…北養区辺りで迷子になったのだろう」

 

「悪魔は気まぐれだから道草でも食ってるのだろう。それとライドウ、和尚から伝言もある」

 

水徳寺で世話係りを務めるヤタガラス構成員からの伝言とは夕飯と風呂の件であったようだ。

 

「そうか…給湯器とやらが壊れて修理出来るまでは銭湯に行くしかないのだな?」

 

「こればかりは仕方がない…風呂は銭湯を利用しろ。近場に水徳湯があるらしいぞ」

 

「そこに通おう。銭湯か…関東羽黒組の佐竹さんを思い出すな…元気にしているだろうか?」

 

「あの豪傑が病気で寝込むものか。それと和尚は外出するそうだから夕飯も外で済ませるぞ」

 

「了解した」

 

人修羅の潜伏先もまだ見つけていないライドウは捜査も兼ねてモコイの捜索に向かっていく。

 

神浜の北養区こそ人修羅として生きる尚紀の住まいがあり、普段生活を送る生活圏であった。

 

……………。

 

「ビバ!パトロール!なんだけど、ここはどの辺なのかな?迷ったみたいだね、ビバビバ」

 

北養区にあるウォールナッツから南に下った辺りをうろついているのはライドウの仲魔の一体。

 

モコイがのそのそ歩いているのだが道行く人々は彼に気が付いていない様子。

 

概念存在の悪魔を視認出来るのは同じ悪魔かデビルサマナー、そして魔法少女しかいないのだ。

 

「水徳寺ってどっちだっけ?密かにピンチだね、ロンリーだね、ボク」

 

どうしようか迷っていると魔法少女の魔力を複数人感じ取ったモコイが現場に向かう。

 

訪れたのは公園であり、参京院教育学園制服姿の少女の元へと歩み寄っていく。

 

「フン!ハッ!ヤァ!!」

 

公園で空手の型稽古をしていたのは志伸あきらであり、かこや美雨も付き合っているようだ。

 

「えっ?ええっ!?あきらさん!美雨さん!向こうから変な生き物が近寄ってきますよ!」

 

驚かす計画をしていたのにかこに気が付かれたため即座に頓挫したモコイが落ち込んでしまう。

 

「コケまくりだね、ボク。そこは見なかったフリをしてくれるところかな、チミ」

 

「お…お前は何者ネ…?」

 

「いや、どう見ても魔獣には見えないし…尚紀さんやケットシーのような悪魔だと思うよ…」

 

「野良悪魔さんなんですか?ええと…神浜には何か用事で訪れたんでしょうか?」

 

摩訶不思議な小人の元へとやってくる美少女達を見上げるモコイが上機嫌になってくれる。

 

「ウヒョー、やっぱ魔法少女は美人さんばかりでボクはメロメロだネ、いいっスね」

 

「質問に答えるヨ。お前は何者ネ?まさかナオミ姉さんが使役する悪魔とかじゃないのカ?」

 

「その人も美人サマナーさんなら嬉しいな。ボクを使役するサマナーくんはライドウだよ」

 

「業魔殿に現れた葛葉ライドウの仲魔なのカ…?不愛想な顔して面白い仲魔を持てる奴ネ」

 

「ここには何をしにきたんだい?ライドウさんは一緒じゃないの?」

 

「スポーティー空手ガールのお陰で状況を思い出したっス。ヤバいね、今すっごく…」

 

ショボーンとした態度を見せるモコイを見た常盤組の面々が向かい合い、ひそひそ話を行う。

 

「どう見ても迷子ですよね…この子?交番に連れて行こうにも悪魔の姿は見えないし…」

 

「丁度いいネ、私達でこいつを家に帰すヨ。謎のサマナーの潜伏先を突き止めるチャンスネ」

 

「ライドウさんかぁ…ヴィクトルさんの旧友みたいだし、尚紀さんと戦って欲しくないな…」

 

「彼にも何か事情があるんだと思いますけど…尚紀さん達との戦いを止められるかどうか…」

 

ひそひそ話を終えた彼女達がモコイに振り向けば盛大にお腹が鳴る音が響いてしまう。

 

目が点になっている少女達に顔を向けるモコイは全身をくねらせながらこう告げてくる。

 

「実はね、今は猛烈にお腹が空いてるんだよネ。ボクと一緒にナウイ喫茶店に行かないカナ?」

 

「コイツ…私達をナンパしに来ただけの奴なのカ…?」

 

「魔法少女ナンパいいよね、実は好きなんスよ、オンナ。考えただけでドキドキだね、コレ」

 

「なんだか…凄く変わった口調で喋る悪魔さんですよね…」

 

「マイペースというか何というか…警戒してるとボク達の方が疲れてくるだけだよね…」

 

「ドゥフフ、女の子と沢山お話がしたいネ。オシャレなレストランを知らないカナ?」

 

「レストランなら魔法少女仲間のまなかのウォールナッツがお勧めネ。連れてかないけど」

 

「ガックリ、ダメダメだね、ボク。魔法少女と一緒にプーアル茶を飲みたかったな」

 

膝を抱えながら蹲ってダークゾーンを作っているモコイの元に近寄る人物が現れる。

 

「こんなところで油を売っていたのか、モコイよ。ライドウの手間を取らせるでない」

 

現れたのは漆黒のハイカラマントで全身を覆い、学帽を目深く被る葛葉ライドウ。

 

尚紀を襲う存在についてはよく知らない彼女達は警戒するのだが彼は首を横に振ってくれる。

 

「すまんがライドウ、適当に説明してくれ。猫である我の言葉は魔法少女では通じない」

 

「分かっている。自分の仲魔が迷惑をかけようとしていたのならば謝ろう、すまなかった」

 

謝罪してくれる彼の態度で警戒が緩んだ常盤組の面々を尻目にライドウが去っていく。

 

後ろをついていくモコイは彼女達に振り返った後、元気よく手を振って別れを告げたようだ。

 

「とても誠実そうな人ですね…近くで見ると高校生ぐらいにしか見えないサマナーさんでした」

 

「美雨と同じ年齢ぐらいの人なんじゃないのかな?服だって学ランを纏ってたし」

 

「みたまから聞かされたけど、アイツは大正時代の男ネ。私よりもずと年上のお爺ちゃんヨ」

 

「デビルサマナーは時代を超える魔法まで使えるんですね…悪魔の力は次元が違い過ぎます…」

 

「だからこそ、ボク達もまた悪魔の力を手にするために業魔殿を必要としたわけさ」

 

「これからの戦いは魔獣だけでは済まない気がするネ…私達の社会情勢は大きく変革するヨ」

 

一方、ライドウと共に移動していくモコイは美雨から聞いた情報が気になる様子。

 

「サマナーくん、夕飯はウォールナッツというレストランがオススメだね」

 

「洋食か…鳴海さんは元気にしているだろうか?元気にとんかつライスを食べてるだろうか?」

 

「うぬは鳴海に連れられて洋食屋に通ってたものだったな。我も懐かしい気持ちにさせられる」

 

「夕飯は外食だったな…ウォールナッツとやらは何処にあるんだ?」

 

「少し待て、我がスマホ検索してやろう」

 

「すまほ……?」

 

猫の首輪に刺してある小型のスマホを器用に取り出し、地面の上で肉球操作していく。

 

摩訶不思議な道具を見るライドウは驚き、モコイは触らせてくれと駄々をこねるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「やれやれ…給油機が故障するなんてな。中古物件の泣き所は家の修理だな」

 

今日の仕事は早めに終われた尚紀は仲魔達と共に車で移動している。

 

クーフーリンが運転するフルサイズバンで向かう先とはウォールナッツであるようだ。

 

「ニャー!久しぶりのウォールナッツだニャ!まなかの料理が楽しみだニャー♪」

 

「貴方が我儘言うから外食になったけど、大勢で押し寄せて大丈夫なのかしら?」

 

「俺様は美味い飯が食えるなら何処でも構わないぜ」

 

「ウォールナッツとはどんな食事を提供してくれるのだ?」

 

「洒落た洋食屋だが、営業は一人娘の胡桃まなかが担当している。あの子の料理は格別だぞ」

 

「そうか…尚紀がダメ出ししていた中華飯店万々歳よりは期待が持てそうなレストランだな」

 

「万々歳が50点の味なら、ウォールナッツは90点あげてもいい味だ。楽しみにしていろ」

 

「人修羅ヨ、擬態姿ノ我モ同行シテイイノカ?」

 

「構わないと思う。ネコマタやケットシーを連れて行ったらペット料理も研究してくれたし」

 

「ソウカ…期待シヨウ。ハチミツタップリノデザートヲ提供シテクレタラヒイキニシテヤル」

 

車を駐車場に停めた尚紀達が出て来て店の玄関へと向かっていく。

 

しかし彼らの足が立ち止まり、向かい合いながら店について何かを話し合っている。

 

「おい…店の中に複数の悪魔の魔力を感じるぞ。この魔力を俺様は覚えている」

 

「たしか…葛葉ライドウが使役していた悪魔達の魔力だな」

 

「ムゥ…我ノ愚弟ノオルトロスモイルヨウダ。何用デ奴ラハ訪レタノダ?」

 

「そりゃまぁ洋食屋なんだし…洋食を食べに来たとか?」

 

「店の中の魔力はサマナーを除くと5体いるようだニャ…オイラ達入れるのかニャ…?」

 

判断は任せるとばかりに視線が集まった尚紀の表情は迷いを孕んでいたが首を縦に振る。

 

「仕方ない…出たとこ勝負だ。これだけのメンツがいるんだし恐れる必要はないだろう」

 

食事に来た客として堂々と入ってもいいのだと判断した人修羅達が店に入っていく。

 

店内を見回してみれば奥の団体席の方から騒がしい声が響いてきたようだ。

 

「あーっ!!見て見てライドウ!人修羅達までカレーライスを食べに来たよ!」

 

「ウォー、ゴキゲンなゴチソウタイムナウ。人修羅くん達も一緒にご飯食べようよ」

 

口の周りをクリームでいっぱいにした仲魔達の声に反応した者が視線を入口に向ける。

 

ライドウとはまだ険悪な関係だった頃の尚紀も鋭い視線を送るのだがライドウは首を振る。

 

「お前達、彼らを相手するな。我々は食事に来ているだけだし、暴れれば店に迷惑がかかる」

 

召喚者が仲魔達に釘を刺そうとするのだがヨシツネの姿が席にいない。

 

「モダーンな夕餉を楽しんでたら招かれざる客共のご登場だ!ここで血祭にしてやらぁ!!」

 

いきなり仕掛けてきたヨシツネに対して悪魔化したセイテンタイセイが迎え撃つ。

 

「上等だ、サムライ悪魔!!如意棒を振り回す俺様に勝てると思うなよ!!」

 

店の中でバトルを始めてしまう悪魔達を羽交い絞めにして止めたのは他の仲魔達である。

 

「やめろアホ猿!!こんな場所で全開戦闘を行えば店が破壊されてしまうのだ!」

 

「放せよ犬っころ!!このサムライ悪魔とは因縁があるんだし好きに暴れさせろや!!」

 

「ヨシツネ様だ覚えとけ猿悪魔!!それと放しやがれクルースニク!猿と決着をつけさせろ!」

 

「いい加減にしろ!ただでさえ無理を言って5体も召喚してもらってるのだぞ!」

 

クルースニクの忠告で気が付いたヨシツネがライドウの方に顔を向ければ机に倒れている。

 

「ライドウ…やはり5体召喚は体に毒だぞ。仲魔が使う力の負担は術者に返るのだ」

 

「ぐっ…うぅ……未熟な自分が嫌になる。形にしてやるだけで精一杯だ…」

 

「仲魔の力を使わせなければどうにか5体までは召喚出来たのだ。それだけで大したものだ」

 

てんやわんやな店内になっていた時、コックであり魔法少女のまなかが怒声を浴びせてくる。

 

「コラーッ!!まなかの店で暴れるお客さんはフライパンでホームランしますからね!!」

 

プンスコしているまなかに声をかけてきた尚紀が謝罪してくれる。

 

「悪いな、まなか…どうやら俺達はお邪魔だったみたいだ。連中と出くわすとは思わなかった」

 

「そんなことないです!尚紀さんには迷惑かけちゃったし…まなかはお詫びしたかったんです」

 

「フェミニズム騒動の時のことか?別に気にしなくても……」

 

「いいえ、気にします!お詫びとしてまなかが腕によりをかけて料理を作りますからね♪」

 

「こんなに大所帯なのに独りで大丈夫そうか?」

 

「今日はお父さんが店にいる日なので大丈夫です。さぁさぁ、席に座って下さいな♪」

 

まなかが案内した席とはライドウ達の隣にある団体客用の席である。

 

ひょんなことからライドウ達と夕餉を共にすることになった尚紀は不安を募らせるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ライドウ~……向こうの連中滅茶苦茶ガツガツ食ってるよぉ?お金持ちなのかなぁ?」

 

ジュースをストローで飲んでいるショボーは呆れた様子で見物している。

 

見れば机いっぱいのメニューを食い散らかしているようだ。

 

「まったく…見ているこちらの胃がムカついてくる。我らはこのぐらいで……」

 

「いいや、俺達の食事はまだ終わっちゃいねぇ。追加の品を注文するぜ!」

 

「ソウダソウダ!兄者バカリガッツリ食ベテルノヲ見テタラ腹ヘッテキタゾ、サマナー!」

 

「お、おいお前達!?張り合うでない!!」

 

「まぁいいだろう…捜査費用はヤタガラスから前金でたんまり貰えている。少しの贅沢だ」

 

「ライドウ…コイツらに甘い顔をしてると店の冷蔵庫の中身を全部喰われてしまうぞ…?」

 

「それにだ…自分も男として負けられない意地というのは尊重したい。自分もおかわりだ」

 

「ライドウ!?」

 

燃える闘志を宿したライドウが視線を向けるのは人修羅の方角。

 

見れば食べた皿の量は人修羅の方が上であり、勝ち誇った顔を向けてきているのだ。

 

子供のようにムキになったライドウはおかわりとしてとんかつライスとコロッケを注文する。

 

尚紀達もおかわりを追加注文してくる厨房は戦場の如き忙しさを繰り広げているのだ。

 

「ヒィィィィーーーーッッ!!いったいどれだけ食べるんだ!?あいつら!!」

 

「まなかはまなかの料理を沢山食べてくれて嬉しいけど…こんな忙しさになるなんて…」

 

「食材が足りなくなってきてる!?悪いがまなか、食材買いに行ってきてくれ!」

 

「は、はい!お父さん!!」

 

猛ダッシュで食材を買いに行くまなかの隣では大食い大会の如き光景が広がっている。

 

「おう、ヨシツネ!!次は飲み比べで勝負だ!!」

 

「おうよ!!おい、店主!!酒を持ってこい酒を!!」

 

「樽ごと持ってこい!今から飲み比べ勝負の始まりだぁ!!」

 

「おい、いい加減にしろ馬鹿猿!!」

 

「お前もだぞヨシツネ!!これ以上は店の迷惑に……」

 

「「俺達の酒が飲めねーってのかーっ!!?」」

 

勝手に持ってきた酒をセイテンタイセイ達から強引に飲まされるクーフーリンとクルースニク。

 

飲み切ってしまった彼らの目が据わり、ヨシツネ達の席に座りながら叫んでくる。

 

「「酒が足りん!!酒は悪魔の命の水だぁ!!」」

 

「「よく言った!!誰が酔い潰れないか競い合いだぁ!!」」

 

酒飲み大会をおっぱじめる横ではモコイとケットシーが何かを始めているようだ。

 

「なんか楽しくなってきたネ。とっておきのゲームをしようか」

 

「ゲームは大好きだニャ!どんとこいだニャー!」

 

「ジャジャジャジャ~ン、リズムでポン!!このゲームは、ミミが勝負。いくよー」

 

「流れる音楽に合わせて、タイミング良くボタンを押すのかニャ?」

 

「マイコンを貸してあげるから頑張ってね。使うボタンは□・×・○・R1の4つだから」

 

「任せるニャ!なんだかお前とは友達になれそうな気がするニャ!」

 

「ゲーム好きだしボクと同じだね。なんか気があいそう、イイ感じ。こんごとも、ヨロシク」

 

一方、デザートが食い足りないケルベロスとオルトロスも何やら怪しい行動を起こしている。

 

「見ロ、兄者!!コノガラスケースノ向コウ側ニハ…沢山ノデザートガアルゾ!!」

 

「オオ!!ヨクゾ見ツケタナ、オルトロスヨ。甘未ハ獣悪魔ニナクテハナラナイゴチソウダ!」

 

<<アオォォォーーン!!オレサマ、デザート、マルカジリ!!>>

 

ショーケースを砕いた獣兄弟は並べられたケーキの数々を勝手に貪っていく暴挙に出ている。

 

飼い主はというと同じ席に座り合いながら並べられた料理を平らげる勝負を行っているのだ。

 

「フフフ…葛葉ライドウ、そろそろギブアップしたらどうなんだ?もうベルトを緩めてるぞ?」

 

「この程度で勝負を投げては…14代目葛葉ライドウの名折れ…人修羅に負けはしない!」

 

「言うじゃねーか…?なら俺もベルトを緩めるとするか…。まだまだここからの勝負だ!!」

 

「望むところだ…ウップ……店主!カレーライスを追加で頼む!!」

 

「こっちもだ!両方大盛にしてくれ!!」

 

既に2人の体はデブっとした体系になっており、見た目も随分と平べったくなってきている。

 

その光景はかつてのやちよとほむらを彷彿とさせる程のデブっぷりと平べったい姿なのだ。

 

「男は度胸ぉぉ!!悪魔は酔狂ぉぉ!!早く投げてこい!愛刀の薄緑の切れ味をご覧あれ!!」

 

「おう!行くぞヨシツネーー!!オラオラオラオラオラァ!!!」

 

食い終えた皿の山を掴みながら手裏剣の如くヨシツネに投げつけ、次々と切り裂いていく。

 

「これぞ京八流の華麗な剣舞だ!!酔っぱらった犬野郎と十字架野郎にマネ出来るか~~?」

 

ビキィ!とこめかみにシワが寄るクーフーリンとクルースニクが立ち上がり不敵に笑ってくる。

 

「ククク…自前の武器を使って皿割りしてるようでは青二才だ!この程度などこれで十分だ!」

 

クーフーリンは手に持った空き瓶を机で砕き、割れた部分だけを用いて挑んでくる。

 

「ウィ~~ヒック!私とてこの程度の児戯など…自分の武器を使うまでもないぞ!!」

 

酔っぱらったクルースニクは千鳥足で掃除用具入れに向かい、取り出したモップをへし折る。

 

「テメェらがそうくるなら俺だって目隠ししたまま皿をたたっ斬ってやるさぁ!ヒック!!」

 

「そのノリだテメェら!ウィ~~どんどん行くぞーッ!!オラオラオラオラオラァ!!」

 

皿を何枚砕けたかを競う皿割り大会まで始めてしまう悪魔達の光景はもはや暴徒の群れだろう。

 

そんな暴挙を呆れながら見物しているのはジュースをストローで啜っている女悪魔達なのだ。

 

「男って……何歳になっても子供だよね」

 

「私もそう思うわ…お互い苦労するわよね、モー・ショボーちゃん?」

 

「私は見た目が子供でも精神年齢はライドウ達よりも大人だもんね~!面倒見ちゃうから!」

 

「貴女……ダメな男を飼い殺しにするのが得意なタイプなのかもしれないわよ?」

 

「勿論♪こう見えて、私は虐めっ子タイプだから♪」

 

「コラ!関心してないでこやつらの暴挙を止めんかモー・ショボー!ネコマタ!!」

 

黒猫のゴウトは地獄のような大騒ぎの中で胃痛が込み上げている様子。

 

ライドウもまだまだ自制心が足りない青臭さが残っていると考えていた時、怒声が響く。

 

「あなた達……まなかのお店で何をやらかしてるんですかぁぁぁーーッッ!!?」

 

視線を向ければ店の入り口に立っていたのは魔法少女姿の胡桃まなか。

 

両目には怒りの炎が宿っており、頭にはどでかい怒りマークがついているのだ。

 

「ゲェ!?ま、まなか!?これはその、アレだ…悪魔の晩餐というか…地母の晩餐というか…」

 

まなかの声で我に返った尚紀は大慌てしながら言い訳を考えつつ、隣のライドウを肘でつつく。

 

「これはその……アレなのだ!悪魔の親睦会を催すつもりだったのだが…色々あってだな…」

 

ライドウもまた呂律が回らずしどろもどろになっているのだが、まなかは容赦してくれない。

 

「この乱痴気騒ぎの責任者は出てきなさーーい!!!」

 

<<こいつらです>>

 

悪魔達から指さされてしまうのは勿論、悪魔パーティーのリーダーである人修羅とライドウ。

 

不気味な笑みを浮かべたまなかは両手にマジカルフライパンを生み出し、突撃してくる。

 

「最後の晩餐として…まなかがとっておきの味付けを教えて差し上げましょう!!」

 

「「ヒィィィィーーーーッッ!!?」」

 

メタぼった平たい人修羅とライドウではまなかの激辛フルコースは逃れられない。

 

「「グフッ!!?」」

 

両手のフライパンで出っ張った腹を盛大に殴られた瞬間、衝撃波が体に浸透していく。

 

鈍化した世界。

 

腹の中身がフライパンで押し出された事によって青い顔をした2人が醜態を晒す時がくる。

 

<<オロロロロロロローーーーッッ!!!!>>

 

「キャァァァァーーーーッッ!!?」

 

口から盛大に虹を噴き出す者達の姿を笑い転げる仲魔達を見つめるゴウトは顔を俯けてしまう。

 

「ヤタガラスにどう言い訳したものやら…ライドウは葛葉の里で()()()()してもらわねばな」

 

こうしてめでたくウォールナッツから出禁処分を与えられた一行は晩餐会を後にしていく。

 

阿鼻叫喚となってしまった人修羅とライドウ達の悪魔晩餐会はこれにて終幕するのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「まったく…久しぶりにパトるかと思ったぜ。飲食代や修繕費も馬鹿にならない額だったな…」

 

水名区にある銭湯の水徳湯に浸かりに来ていたのは尚紀であり、他の仲魔はいない様子。

 

浴びる程にまで酒飲み大会をしていたセイテンタイセイ達は酔い潰れて家で寝ているのだろう。

 

ささっと体を洗い終えた彼が立ち上がり、湯気の中を歩いていく。

 

腹を殴られて中身を全部吐き出したことで鍛え抜かれた拳法家らしい体つきに戻れている。

 

湯気の中を歩くことで大事な股間部分は上手く隠せているようだ。

 

「フゥゥゥゥ……銭湯に浸かるなんて何年ぶりだろうな?こういうのも悪くない…」

 

湯船でゆったりと疲れを癒していると誰かが入浴室に入ってくる。

 

湯気が立ち込める中から現れた者が誰なのかに気が付いた尚紀は勢いよく立ち上がったようだ。

 

「葛葉ライドウ…!?こんな場所まで俺を追跡しに来たっていうのかよ!?」

 

やってきたのは人修羅に負けないぐらい立派に鍛え抜かれた体をもつ葛葉ライドウの姿。

 

美しく鍛えられたボディに視線が向くよりも先に気が付くのは頭部分のはずだ。

 

何故なら風呂場に()()()()()()()()()()()()()という摩訶不思議な行動をしていたのであった。

 

「人修羅か…!?偶然が続くとは不気味だが…ここであったが百年目!封印させてもらう!!」

 

「ヤタガラスに飼われた狐は場所を弁える躾もされてねーのか!?やるなら容赦しねーぞ!!」

 

「貴様のせいで高額な請求をされることになった礼もさせてもらうぞ!!」

 

「アレはお前だって悪かっただろうがぁ!?」

 

裸のまま同時にファイティングポーズを行う人修羅とライドウは裸ボクシングを挑もうとする。

 

鍛え抜かれた男達の体が湯船で激しくぶつかり合おうとしていた時、尚紀は何かに気が付く。

 

「あ……あれは……まさか……そんな……」

 

驚愕した顔を浮かべる尚紀の視線が向かう先とはライドウの股間部位。

 

(なんてデカい……イチモツなんだよぉ!!?)

 

風呂場の湯気で微妙に隠れているが、ご立派なイチモツの影は明らかに欧米サイズ。

 

ヤクザも逃げ出す程のマーラ様を股間に纏う者こそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

湯気で隠れた自分の股間にも視線を向けると日本人の平均的なイチモツよりは短めの情けなさ。

 

凶悪な敗北感に包まれた尚紀の両膝が崩れ落ち、地面で土下座を行ってしまう哀れな姿を晒す。

 

「ま…まいった……俺の負けだ!!男としてお前には勝てそうにない自分が情けねぇよ!!」

 

「何だか知らんが…潔い態度だな?ヤタガラスのサマナーとして貴様を拘束させてもらうぞ」

 

手に持っていた封魔管で人修羅を封印するために近寄ってきたのが運の尽き。

 

「ヌフゥ!!?」

 

足元に落ちていた石鹸を踏んでしまったライドウが勢いよく倒れ込んで頭を打ってしまう。

 

まなかに殴られたことで吐瀉物と共に運まで吐き出してしまったことによる()()()()なのだ。

 

目を回しながら昏倒してしまったライドウのお陰で危機を乗り越えた尚紀が急いで風呂を出る。

 

<どうじゃった、ワシを使役するサマナーは?ヤクザも逃げ出す程のご立派様だったろう?>

 

ライドウの服が納められたロッカーの中から響いてくるのは聞き覚えのある魔王の声。

 

「その念話声はまさか…魔王マーラなのか!?お前…ライドウの仲魔になってたのかよ!?」

 

<如何にも。ご立派はご立派を呼ぶとはまさにこのこと。チン妙な縁というものよのぉ!>

 

封魔管の中でドヤ顔をしているビンビンマーラ様を想像する尚紀はガックリ項垂れてしまう。

 

「なんてこった…何処までも男の俺に敗北感を与える連中だぜ…先が思いやられるよ…」

 

急いで家着のカンフー着を纏った尚紀が駆け足で水徳湯から逃げようとする。

 

しかし腐っても14代目葛葉ライドウを襲名した男はタフであったようだ。

 

「あ、尚紀さんじゃないですか!最近は朝稽古に顔を見せなくて心配してましたよ」

 

銭湯の前で見かけた人物とは魔獣パトロールから戻って帰宅中の竜城明日香である。

 

「今は立ち話をしてる場合じゃない!急いで帰らないと不味い奴がうろついてるんだよ!」

 

「不味い奴ですか…?その人物とは一体……えっ!!?」

 

「逃がさんぞぉ!!人修羅!!」

 

銭湯から現れたのは頭を打って錯乱したままの葛葉ライドウの姿。

 

「ば…バカ!!お前……なんてかっこしたまま追いかけてきたんだよぉ!!?」

 

グルグル目のまま陰陽葛葉を抜刀してくるのであるが、尚紀の隣の人物に気が付いてしまう。

 

「むぅ……?」

 

視線を向けた先にいたのは顔が赤面したまま地面にへたり込む乙女の明日香なのだ。

 

「な…な……なぁぁぁぁぁぁ……」

 

視線を逸らそうと努力するがどうしても目がいってしまう。

 

今の葛葉ライドウは花の乙女の前で股間の刀も鞘から抜いた二刀流姿をしているのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()の男の姿はさぞ年頃の少女には目の毒であろう。

 

「なぁぁぁんて姿をしてるんですかぁぁーーッッ!!この破廉恥男めーーッッ!!」

 

「グハァァァァーーーッッ!!?」

 

魔法少女に変身した明日香の強烈な薙刀攻撃でかち上げられたライドウが夜空を舞っていく。

 

情けないサマナーのお目付け役をやらされているゴウトは電柱の隅でガックリ項垂れてしまう。

 

今日のライドウの運勢は仏滅であり、家で大人しくしていればこうはならなかったのであった。

 




葛葉ライドウといえばやはり、裸ボクシングイベントはかかせませんよね!
色々ハッチャケさせた日常回でしたがこれで6章は終わりです。
次回からの最終部は物語の風呂敷を閉じるためにシリアス続きになると思うので最後とばかりに日常話を描いておきました。


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最終部 7章 東京崩壊
266話 死者の国の女王


国際金融資本家一族であるロスチャイルド財閥を支援してきたのは黒の貴族と呼ばれる者達。

 

彼ら無くしてロスチャイルド一族やロックフェラー一族の繁栄はなく、世界の裏の代表格だ。

 

13世紀のスイスに結集した貴族達である黒の貴族達の代表格はそれぞれいるのだろう。

 

シェルバーン一族はスイスの銀行経営だけでなく王立国際問題研究所を作ったことで有名だ。

 

ここから派生したのが外交問題評議会(CFR)や三極委員会である。

 

タクシス一族はドイツの武器商人であり郵便事業で情報コントロール、諜報活動を行う存在だ。

 

サヴォイ一族は戦争傭兵貸付、麻薬でコントロールやテロ、暗殺に秀でた一族。

 

アイゼンベルクやデル・バンコーといったロスチャイルドに影響を及ぼす巨大一族がいたのだ。

 

彼らこそが()()()()()と呼ばれる存在であり、彼らのグローバリゼーションが世界を破壊する。

 

世界中の国々で生きる庶民達は世界の1%に過ぎない富裕層が決めることでしか生きられない。

 

フランスの古城やアドリア海の豪華客船等で世界の国々が辿る道筋を勝手に決められていく。

 

これこそがトランスナショナルであり、国境や国の利害を遥かに超えた資本の羅針盤。

 

それらが集まり合う世界意思決定会議とは、()()()()()と呼ばれているものであった。

 

……………。

 

ここは日本から遠く離れたスイスであり、世界の富が集まる富裕層の象徴的な国。

 

スイスは世界中の国際機関が集まる国でもあり、この国に根を下ろしたのは堕天使達である。

 

首都のベルンから遠く離れた森の中には古城が建築されており、美しく整備されているようだ。

 

しかし働く住人達の姿は見えず、陽が昇っている間は静寂に包まれる不気味な城であった。

 

「日本の霧峰村での失態は屈辱でしたが…愛しい娘を見れば元気も出る。早く顔が見たいです」

 

プライベートジェット機に乗ってスイスに戻ってきたのは人間に擬態した姿の堕天使ネビロス。

 

機内の窓から視線を向ける先では陽が沈んでおり、直に夜となる時間のようだ。

 

「フンフンフ~ン♪どこに隠れたのかなー?悪いウサギさんは捕まえちゃうぞ~♪」

 

静寂に包まれた古城の回廊は蝋燭の明かりが灯っており、元気良く歩く少女の姿を照らす。

 

まるで不思議の国の物語に登場するような可憐な少女服を纏った子供は何かを探していく。

 

可憐な金髪少女は愛らしい笑みを浮かべながらも後ろ手には物騒な刃物が用意されているのだ。

 

(ヒィィィィーーーーッッ!!来るな……こっちに来るなーーーーッッ!!)

 

古城の家具の下に隠れているのは痛々しいツギハギ模様をしている白いウサギ。

 

背中の皮が剝がされているため出血も酷く、回廊の道にはウサギの血痕が残っているのだ。

 

「みーーつっけた♪」

 

家具の下に顔を向けてきた少女が笑顔を見せながら手を伸ばしてくる。

 

「嫌だ――ッッ!!もう皮を剥がないでーーーーッッ!!」

 

ウサギが暴れるのだが耳を掴んで引きずり出す少女は手を離してくれない。

 

喋るウサギであることからこの存在も悪魔の類であり、オオクニヌシとは縁深い存在であった。

 

【イナバシロウサギ】

 

出雲神話に登場した白兎の土地神であり、オオクニヌシに助けられた存在でもある。

 

洪水で島に流された白兎神は故郷への想いからワニザメを騙して海に並ばせてしまう。

 

その背を使って因幡国に渡ろうとした彼なのだが口が滑って騙していたのを漏らしている。

 

激怒したワニザメ達は白兎の皮を剥ぎ、通りかかったオオクニヌシの兄神からも傷つけられる。

 

踏んだり蹴ったりな悪戯神を救ったのは最後に通りかかったオオクニヌシなのであった。

 

「アリスに見つかった罰ゲームを始めちゃうよー♪次はお腹の皮を剥いじゃおっかな♪」

 

皮剝ぎナイフを持った少女は笑顔のまま刃をお腹に滑らせていく。

 

「いたいいたい!!やめて!やめたってーーッッ!!!」

 

ウサギを血塗れにしていく少女の姿は可憐である見た目に反して悪魔そのもの。

 

この少女も魔人種族の悪魔であり、城主であるネビロスにとっては娘のような存在であった。

 

【アリス】

 

群青色のワンピースを着た金髪の幼い少女姿をした魔人。

 

魔界最高のネクロマンサーであるネビロスが作った悪魔少女であり、魂は悪魔そのもの。

 

後にネビロスの盟友であり魔王のベリアルから寵愛を受け、実の娘のような愛情を注がれる。

 

見た目は人間の少女でも彼女はアンデットであり、同じアンデットを愛する悪魔少女であった。

 

「アハハ!ウサギさん寒そうなカッコになったね♪この国の冬は毛皮が無いと死んじゃうよ~」

 

「チクショー!!僕を解放してくれー!日本に返しておくれよーっ!!」

 

「ダーメ、アナタはアリスのオトモダチとして黒おじさんが連れてきたんだし、返さないよ♪」

 

お腹の皮を剥がされた白兎が地面に捨てられ、痛さのあまり転げ回ってしまう。

 

「くそぉ…アリスの凶悪さが日増しに強まってる!本当に…かつてのアリスに戻れるのか!?」

 

それを問われたアリスは思わせぶりに悩むフリをしながらも、こう伝えてくれる。

 

「赤おじさんと黒おじさんはそうするつもりみたいだね。ワタシはあんまり気にしてないけど」

 

「アリスの器にするためだけに用意された哀れな娘め…煮るなり焼くなり好きにしなよ!」

 

「狩りは苦労した分だけ御飯が美味しくなるんだよ♪もう少し生かしてあげるから早く逃げて」

 

血塗れになりながらも白兎は命ある限り逃げることしか出来ない。

 

彼の心は絶望に塗れており、誰も助けてなんてくれないことなら理解しているのだ。

 

「僕も人々も誰も助からない…世界は資本が全てを動かせる…資本を統べる資本家が神なんだ」

 

「黒おじさんも同じことを言ってたっけ。ほんと、民衆って騙されやすいバカばっかりだよね」

 

鼻歌混じりに後ろを追ってくるアリスが右手を持ち上げていく。

 

手に持たれていたのは世界中の紙幣であり、その中には日本の一万円札も含まれている。

 

「この紙切れを作るのに日本のお金だと幾らかかるのか…アナタは知ってる?」

 

「一万円札を作るのに幾らかかってるかだって…?」

 

()()()()()()()()()()♪原価20円の紙切れの額を引けば…9980円が儲かるんだよ」

 

民間法人の中央銀行は原価20円の紙切れを大量に刷って各国政府に貸し付ける。

 

すると一枚9980円の利益となり、それが何億、何兆規模になれば天文学的な利益となる。

 

この利益を各国政府が握っていれば莫大な利益となるのだが民間の銀行に奪われているのだ。

 

「これがロスチャイルドおじさんの一族が生んだ詐欺。あの人が金融王と呼ばれる理由だよ」

 

「そんな馬鹿げた詐欺商売が許されてたまるもんか!どうして世界の人々は怒らないんだ!?」

 

「生み出した利益は世界の政府やメディア、大企業や軍産複合体に与えられて飼われるんだよ」

 

世界にばら撒かれる詐欺紙幣が次々と捨てられる回廊の光景こそがロスチャイルドの世界支配。

 

それを体現するアリスもまた世界を資本支配出来るダボス階級の悪魔としてこう告げるのだ。

 

「民衆は支配された国とメディアに盲従しながらメディアの娯楽しか求めない偏見生物なの」

 

「ばら撒かれた資本で飼われた国とメディアが与える教育と洗脳で民衆は支配されるのか…」

 

「紙幣という詐欺システムを導入された国はみんな同じ末路。世界の戦争の正体はこれなの」

 

「通貨マフィアのせいで…世界の人々は戦争と貧困、同族同士でいがみ合いをさせられる…」

 

世界の現実を突きつけられた白兎は観念したのか動きを止めて後ろを振り向く。

 

絶望に支配された目を向けてくる怯え切った小動物を見下ろすアリスは笑顔でこう告げる。

 

「フフッ♪支配者側のワタシ達や、被支配者側の民衆だって、同じ穴の狢なんだよ♪」

 

「えっ……?」

 

振り上げる刃物の刃が煌めいた瞬間、一気に振り落とされる。

 

――弱い者イジメが、だーーーい好きなの♪

 

振り落とされた刃はウサギの体を貫通する一撃となり、命を落とす白兎は最後の言葉を残す。

 

「ようやく…分かった…魔界の貨幣であるマッカが…どうして…()()だったのか……が……」

 

「魔界銀行総裁のルキフグスはきっと知ってたんだよ。()()()()()()()()()()()()()()をね♪」

 

引き抜いた刃を次々と振り落とし続けるアリスの表情は狂気を帯びているような笑みを見せる。

 

「アハハ!国に騙される民衆もアリス達と同じになるの!弱い者をイジメるのが楽しいの!」

 

所得格差が人の心と社会を破壊し、格差は人と社会の健康を蝕む。

 

世界各地で見られているように社会の分断、暴動、革命、戦争に発展までするのが格差社会。

 

神浜の東西社会だけの問題ではない、格差によって世界の人々が争い合う末路を辿っていく。

 

それによって生み出されていくのは子供社会の犠牲と苦しみ。

 

子供達の絶望を食い物にするキュウベぇと、国に絶望して悪に堕ちる魔法少女が生み出される。

 

人間の大人達でさえ国と企業の奴隷となり、毎日の余暇をエンタメの快楽で現実逃避する毎日。

 

ネットのようにリスクのない空間で憂さ晴らしとばかりに弱い立場の保守を陰謀論者と嘲笑う。

 

書籍を調べてきた者の言葉は誰にも届かず、暁美ほむら達のように周りから迫害されるのだ。

 

これこそが大魔王ルシファーが資本で築き上げた堕落と腐敗の世界、ソドムとゴモラであった。

 

「狩りを楽しむのも良いですが…城の中を汚すのは関心しませんよ、アリス」

 

夢中で刃物を振るっていると声をかけてきた者に反応したアリスが嬉しそうに振り向く。

 

彼女が振り向いた先にいたのは横一列に並ぶメイド達の間を通ってくる者の姿なのだ。

 

「グッ……ゴガッ……オカエリ…ナサイマセ……ネビロス……サマ……」

 

メイド服を着た少女達はこの城の管理をやらされる者達なのだが明らかに人外の存在。

 

肌は青みがかっており、まるで死体そのものが動いているかのような異常さを周りに示す。

 

彼女達はネビロスに蘇らせられた魔法少女の死体であり、アリスの侍女を務める者達なのだ。

 

「あっ!おかえり~黒おじさん!!」

 

ウサギ狩りに飽きたアリスは皮剥ぎナイフを捨てて元気良く駆けてくる。

 

黒おじさんと呼んだネビロスに飛びつき、長身の彼は彼女を抱きかかえてくれたようだ。

 

「まったく…返り血塗れで貴女の美しさが台無しですよ?後でシャワーを浴びなさい」

 

「ねぇねぇ!日本に行った時のおみやげない?ウサギさんの相手も飽きてきちゃった~」

 

「霧峰村に赴いた時に何人か少女を連れてこれれば良かったのですが…代わりを用意しました」

 

「アリスはね、カワイイ魔法少女のオトモダチがたくさん欲しいの!」

 

「フフッ、貴女のお眼鏡に適う奴隷であればいいのですが…後で確認してくださいね」

 

「じゃあ、おみやげは生け捕りにした魔法少女なんだね?やった~♪」

 

「明日は予定を空けています。生け捕りにした魔法少女の狩りを一緒に楽しみましょうか」

 

「うん!城の森に解き放って楽しくハンティング♪黒の貴族のおじさん達も呼ぼうよ!」

 

「子供狩りは彼らの楽しみ、きっと喜びますよ。それと時期に彼らも我々の領域に辿り着く」

 

不思議顔を向けてくるアリスに顔を向けるネビロスの口元は不気味な笑みを浮かべている。

 

「黒の貴族であるシェルバーンの当主は日本に赴き、悪魔合体を乗り越えたのです」

 

「じゃあ、シェルバーンおじさんはワタシ達と同じ悪魔になったんだね?」

 

「喜んでください、シェルバーンは魔王となったのです。貴女が大好きな()()()となった」

 

「えっ!?もしかしてシェルバーンおじさんは……赤おじさんになっちゃったの!?」

 

「ベリアルは様々な並行世界で貴女の魂を集めていました。この世界に戻ってきたのですよ」

 

「わーい!これで赤おじさんがシェルバーン一族を乗っ取ることになるんだね!」

 

「黒の貴族達は邪悪を極めた者達…魔界の魔王達と相性が極めて良い。他の者も続くでしょう」

 

「黒の貴族達は本当の意味で悪魔の一員になれるんだね!これからが楽しみだな~♪」

 

地面に下ろしてもらったアリスは嬉しそうに回転しながら喜びを表現してくれる。

 

そんな愛娘を早くベリアルにも見せたいとネビロスは魔王の帰還を望むのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ユダヤの国イスラエルには建国以前にロスチャイルド一族が所有した港湾都市が存在している。

 

イスラエルの先駆けとも言える私有都市カイサリアにあるのはカナンの主神が住まう宮殿。

 

日本から遠くにあるカナンのパレスチナ地域こそがバアル神モロクの支配地域であったのだ。

 

「バアル様、ベリアル様がご到着なされました」

 

「……通すがいい」

 

宮殿の雑務を統括する執事悪魔がお辞儀を行った後、宮殿の方へと戻っていく。

 

海が見える宮殿の庭の椅子に座るモロクの元へと近寄る者に対して顔さえ向けない態度を示す。

 

後ろに振り向かなくとも全身に感じさせてくる赤き竜の魔力を間違えるはずがないのだ。

 

「フッ…貴様もようやく戻れたようだな、ベリアル。いや…シェルバーンと呼ぶべきか?」

 

バアル神の前にまで訪れたのは擬態姿のネビロスを大きく超える程の巨躯をもつ大男。

 

装飾された黒のマントとジャケットを纏い、黒髪をオールバックにした者こそが赤き竜なのだ。

 

「久しいな、モロク。どちらで呼ばれようが構わない…我はベリアルであり、シェルバーンだ」

 

悪魔を表す深紅の瞳が禍々しく輝く者こそ、死海文書にも記されし闇の子達の指導者であった。

 

【ベリアル】

 

ソロモンに封印された72柱の悪魔の中でも強力な存在であり、大魔王の次に堕天した天使。

 

黙示録では炎の戦車に乗り、地獄の80個軍団を引き連れて現れると言われる魔王なのだ。

 

ユダヤ教では邪悪な者、無価値なものとして呼ばれ、人を欺く悪意の権化として扱われる。

 

ルシファーやサタンとも混同され、神の使者という意味であるサタナエルとも呼ばれる存在。

 

ノアの数代前に敵意の天使マンセマットと共に地上に知識をもたらした天使の一体であった。

 

「座るがいい、ベリアル・シェルバーン。数々の並行世界を渡ってきた土産話もあるだろう」

 

隣の椅子に座ったベリアルの元へとモロクの従者を務める女悪魔達が酒を注ぎにくる。

 

グラスを持った二人がハルマゲドンの勝利に乾杯した後、一気に酒を飲み干す。

 

暫くはベリアルの土産話が語られていたのだがCHAOS勢力側の魔王という立場もある。

 

自分の使命は愛しい娘と静かに暮らしていくだけではないため、今後の計画を確認するようだ。

 

「この世界の年号は既に2020年となっている…では、もうじき始まるのだな?」

 

「その通りだ。それについては彼が説明をしてくれるだろう」

 

庭園のテラス席には大型のプロジェクターも備わっており、従者の一人が操作を行う。

 

プロジェクターに映し出されたのは日本の内閣でIT大臣を務める門倉の姿であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

この映像は2015年のダボス会議において門倉がプレゼンテーションを行ったものである。

 

アルゴンソフト社CEOである彼はIT事業だけでなく世界最大の慈善団体も運営している。

 

医学の専門家でもない門倉は不自然にもワクチン開発事業に莫大な投資を行ってきたのだ。

 

世界経済フォーラム(WEF)とも呼ばれる年次総会には世界のリーダー達が結集している。

 

企業のトップ、政治家、学者などその分野のトップが集まり世界の課題を話し合う場なのだ。

 

50人あまりの国家元首、および民間企業の経営トップ等が130の地域から参加している。

 

およそ2700人にも及ぶ富裕層に向けて門倉は今後の世界運営を語っていく。

 

彼が行うプレゼンテーションのテーマとは、()()()()()()()()であった。

 

「今より数年後は世界を飲み込む病魔が起こるやもしれない。だが、それはチャンスなのです」

 

グレート・リセットとは、今まで社会を構成した様々なシステムをいったんリセットするもの。

 

リーマンショックの頃に生まれた言葉であり、米国社会学者の著書のタイトルともなった。

 

我々が生活する世界は様々な金融システム、社会経済システムのもとで動いてきている。

 

人々の生き方や働き方の基本方針は、これらのシステムによって決定されてきたのだ。

 

「既存システムは完璧ではなかった。現代社会が抱える多くのひずみも生み出してきたのです」

 

様々な問題を抜本的に解決するため既存システムを白紙に戻して新たなシステムを構築する。

 

より公平で持続可能な社会を実現する目標を達成するために門倉は多くの提案をするのだ。

 

「パンデミックが起これば既存システムでは耐えられない。だからこその新たなシステムです」

 

パンデミックによる格差、気候変動、エネルギー危機等に取り組む事が人類の持続可能性。

 

それらは各国のリーダー達が何が何でも取り組むべき国際問題なのだと熱く語る光景が続く。

 

「グレート・リセットを実現させるためには以下の三つが柱となります」

 

政府主導のステークホルダー経済の実現と公平なルール作り。

 

新たな投資プログラムの活用。

 

第四次産業革命のイノベーションを活用した上での健康と社会的課題への取り組み。

 

各国政府が新しい仕組みとルールを積極的に取り入れ、新しい社会経済を推進する。

 

世界、地域、産業のアジェンダを推進していくことこそがダボス会議の目的なのだ。

 

「今までのシステムでは増え過ぎた人類の数に対応出来ない。だからこそ人口削減なのです」

 

門倉が語り出したのは悪魔的な狂気の提案であり、それこそが人類の持続可能性を救うという。

 

()()()()()()()()()()()()のです。現代の技術があれば軍人や労働者の代わりを務められる」

 

地球環境への取り組みとして門倉が提案するのは低所得の()()()()()()()()()()()()()()

 

「肉食を止め、環境負荷の少ない昆虫食に移行することはSDGs達成に必要となるでしょう」

 

世界を席巻する温暖化や寒冷化などの異常気象を引き起こす原因こそがCO2の排出量である。

 

これらを排出する家畜の消費を抜本的に消去するため人工肉や昆虫食の研究が進められてきた。

 

神浜で暮らす八雲みたまのような低所得者層は人工肉バーガーや昆虫寿司を喰えというのだ。

 

日本を代表してきた和牛や日本式の寿司も消え、貧乏人はゲテモノ飯を食えと提案してくる。

 

みたまのような貧乏人がこの場にいれば大激怒するだろうが、世界の富裕層からは賞賛される。

 

地球環境問題のしわ寄せがいくのは貧乏人だけであり、富裕層の問題ではない。

 

彼らは今まで通りの食事を楽しむ中で貧乏人達は人工肉や虫を喰い漁る未来がやってくるのだ。

 

「世界人口が90億人に迫る問題に有効なのがワクチンです。これで人口削減出来るのです」

 

()()()()()()()()C()O()2()()()()()()()()であり、地球環境保全のためにも人類は死ぬ必要がある。

 

「我々が新しいワクチン、医療、生殖に関する衛生に真剣に取り組めば人類の数を減らせます」

 

ワクチンによる生殖管理によって子供が生まれない未来が訪れるだろう。

 

増え過ぎた人類を間引くことこそが国連とその支配者である者達が望む未来の在り方なのだ。

 

「我々は増え過ぎた羊達を管理する牧師なのです。牧師として生産を抑える責任があるのです」

 

エグリゴリの悪魔達の目的とはハルマゲドンによる人類大虐殺だけではない。

 

地上に生き残った人類も逃さず管理して増えさせないための準備をする必要があるのだろう。

 

「人類の大部分が消えた時、世界の国境もまた消える。世界は統一され新たな帝国が生まれる」

 

――それこそが世界連邦であり、ニューワールドオーダーが完成することとなるでしょう。

 

拍手が起こるダボス会議のプレゼンテーションはこの後も続き、新世界の枠組みを語っていく。

 

これこそがエグリゴリの堕天使の計画であり、それを実行するのが世界のリーダー達なのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()において、門倉が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

アルゴンソフト社CEOである彼は未来を視る力があるのだろうか?

 

予知能力がないのであるなら、これはあらかじめ計画されたものだと判断するしかないだろう。

 

第32代合衆国大統領フランクリン・D・ルーズベルトが残す言葉通りの光景であった。

 

――世界的な事件は、偶然に起こることは決してない。

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、私はあなたに賭けてもいい。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「わーーい!!赤おじさんだーーっ!!おかえりなさ~~いっ!!」

 

ネビロスの城に訪れたベリアルの元へと駆けてきたアリスに対して大きく両手を広げてくれる。

 

飛び上がって抱き着いた愛娘の元気な姿を見る彼の恐ろしい表情にも微笑みが浮かぶのだ。

 

「おかえりなさい、ベリアル。長々とした並行世界でのお勤め…ご苦労様でした」

 

歩いてきたのは漆黒のフードの上から黒のトップハットを被る英国紳士姿のネビロスである。

 

「多くの時空に流れ着いたアリスの魂の欠片も集められた。これでこの子も完成するだろう」

 

「我々の苦労もようやく報われる。それにしても…このような苦労も全てはあの男のせいです」

 

「そうであった…もう遠い昔の世界の記憶となる。だが…あの男に対する怒りは忘れていない」

 

悪魔の娘であるアリスとは、元々は違う並行世界の東京を生きた英国系の少女であった。

 

その平行世界は東京にICBMが落ちた事で魔界の門が開く大惨事に見舞われることになろう。

 

世界は悪魔との戦争で破壊し尽くされ、世界文明は滅びた末に悪魔達の天下となったのだ。

 

「あの男が金剛深界から戻って来なければ…我々は愛娘であるアリスと静かに生きられたのだ」

 

「ザ・ヒーロー…あの男だけは殺しても飽き足らない程の憎き男でした…」

 

「あの男も荒廃した世界を生き抜いた末に死ぬこととなった…我々の復讐を待たずにな」

 

「あの世界では我々CHAOS陣営はLAWの陣営に勝てませんでしたが…此度は違う結果を残す」

 

「無論だ、そのために我らの黒き希望として人修羅が生まれたのだ。早く会いたいものだな…」

 

かつての世界の記憶に浸る赤伯爵と黒男爵であるが、アリスが元気よくこう言ってくれる。

 

「むかしはむかし、今は今だよ!アリスはね、赤おじさんと黒おじさんと一緒に生きたい♪」

 

元気な笑顔を見せてくれる愛娘のお陰で憎しみを忘れられたことによって彼らの心も救われる。

 

「さぁ、久しぶりに3人で夕餉を楽しみましょう。アリスの大好きな料理を用意してます」

 

「ホントに!?わーい!何だかこういうの…すごく嬉しい!昔に戻れたみたいだから♪」

 

下ろしてもらったアリスは夕餉を楽しみにしながら大広間へとスキップして歩いていく。

 

そんな愛娘の背中を見守るベリアルはかつて果たせなかった思いを胸に秘めながらこう告げる。

 

「今度こそ…あの子が幸せに生きられる世界を手に入れる。そのために人類は死んでもらおう」

 

「人類はアジェンダの名の元に間引かれる。選民以外の死した者は()()()()()()()()()のです」

 

「何十億人が死ぬことになる。死した者達は我らが蘇生させ、地上に死の国を築き上げるのだ」

 

「生き残る選民はザイオンで生き、死者は荒廃した地上の民となる。我々が地球を再生させる」

 

「その時にこそ()()()()()()()()()()()()。女王の庭を耕す奴隷として死者は役に立つだろう」

 

「死霊魔術の本来の目的は労働力を手にするもの。ネクロマンサーとして本懐を果たせますね」

 

アリスと共に夕餉を楽しむために二体の悪魔達も回廊を歩いていく。

 

蝋燭の明かりによって本来の悪魔の姿が影として生み出される中を進んでいくのだ。

 

ベリアルの背後に浮かぶ巨大な影とは赤き竜人の如き異形の姿だった。

 

「ザ・ヒーローよ…あの世で見ているがいい。この世界もまたかつてのように破壊されるのだ」

 

「そのためにも先ずはこの世界と魔界を繋ぐ必要がある。そのためのオーダー18なのです」

 

「魔界の軍勢も我らの元に集結すればいよいよ最終戦争の準備も終わる。来るがいい天使共め」

 

悪そうな顔で話を続けていると大広間に向かったはずのアリスが物陰からひょっこり出てくる。

 

「えへへ♪城での生活も飽きてきちゃったからさ~…アリスも日本に行ってみたーい!」

 

「「えっ?」」

 

目が点になってしまった赤黒おじさんに向けてビシッと指を向けながらドヤ顔を見せてくる。

 

「ウサギさんも死んじゃったから新しいオトモダチが欲しいの!ね~ね~いいでしょ~?」

 

「いや…アリス、日本に行って何をするのですか?友達ならば欧州で探しなさい」

 

「いやいやー!ウサギさんから日本のことを色々聞かされて興味が湧いたの!行ってみたい!」

 

「やれやれ…アリスはこう言い出したら聞く耳持たん娘だ。構わないだろう」

 

「ですがベリアル…オーダー18が差し迫ってる時期にアリスを向かわせるのは…」

 

「そのおーだー18とかいう作戦にも参加希望しちゃうから♪いっぱいサツリクするよ~♪」

 

愛嬌を示す我儘な娘に甘い悪魔達は渋々彼女を日本に連れていくことになるだろう。

 

アリスのために人類の死を望む悪魔達の要求とは人類の持続可能性などではないはずだ。

 

彼らが求めるニューワールドオーダーとは、()()()()()()()()()()()()()()()()であった。

 




やはり不人気オリキャラでアリスを登場させるよりもメガテン人気悪魔のアリスを出すべきだったと後悔してたので登場させてみました(キャラ飽和で過労死)
赤おじさんも勢揃いしたのでそろそろ脇見の壺が必要になるかも(汗)


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