進撃の巨人 ~もしこの壁の中で、一人の『少女』と『狩人』が恋に落ちたとしたら~ (空山 零句)
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第0話 『 夢 』 《序章》
訳あって作品を一度全て消し、再スタートということで投稿をしていくこととしました。こちらはSSnoteという二次創作専門サイトで投稿させて頂いてた作品です。
現在、そちらにおいても執筆中の作品ですが、こちらのサイトで進撃の巨人を好きな方やそれ以外の方にもコメント等を頂きたいと思い、投稿を決意致しました。
noteの方で現在はメインで執筆をしていますので、現時点では更新していません。(場合によっては早まったり、遅まったりします。ご了承ください)11月以降から更新を開始します。
タグにもある通り、現在2019年6月まで放映されていたアニメ「進撃の巨人」放映終了している部分までの一部ネタバレシーンを元に描いたシーンあります。ご了承ください。
二次創作作品であり、カップリング要素もありますが基本的に9割近く原作に沿った展開になります。そういった作品でもお読みいただけるという方は、このままスクロール下さい。
よろしくお願い致します。では、どうぞ。
進撃の巨人 attack on titan
〜もしこの壁の中で一人の"少女"と"
第0章 「 夢 」
__________
※
淀む視界。
レンガ造りの民家に打ち付けられた背中。
きっと、肋骨は何本か粉々に砕けたんだと思う。激痛は身を引き裂く。でもそんな痛みすらも、何故か楽になる。
人は死ぬ前に走馬灯を見ると、聞いたことがあった。もしかして、これがそうなのかなとふと考える。
薄れていく景色と意識。
次第に小さくなっていく地響きと、誰かの悲鳴。
消えていく光景の中、一瞬見えたのは─────
一匹の、鳥だった。
青い空に、散り散りの綿が散らばっているその中で、あの鳥は『自由』に飛び回っていた。
そうして私は彼をその鳥と重ねる。
その束の間に、濁流の様な勢いで記憶が右から左へ、左から右へと過ぎ去って行く。
薄青く眩さを放つ、地平線の果て。
そんな星空の中で、まるで河の様に果ての空へと沈むように消えゆく薄緑の粒子。
最初に見たそれは、私ではない『誰か』の光景だ、と直感的に何故か思った。
でもその直後に見えたものは、『彼』の横顔。
微熱に浮かれていたあの時、ぼんやりと輝いていた月の下で共に星空を見ながら彼と話した、『夢』。
多彩な色に揺れる『花畑』の中で、彼を真っ直ぐに見つめたあの時の光景。
誰かが私の頭を撫で、何故か『泣いている』光景。
「壁の中で、人を愛せ」と聴こえる声。
「そうでなければ、何度も繰り返すだけだ」
「同じ歴史を」「同じ過ちを、何度でも」と、彼は言う。
なんの話をしているのかまるでわからない。
燃える様に赤い夕焼けの中で、手を血塗れにし、一枚の紙を持つ男の人。そしてその男を見つめているのは、襟足までの長さで切り揃えられた髪のもう一人の男の人。
その人は、何故か注射を持っている。
彼は言う。雑音のせいで聞き取れないけど、これだけは聞き取れた。
「そうとは限らない」
「もしかしたら誰かが見ているかもしれない」
「……さぁ? これは、誰の記憶だろう」
彼はどこか寂しそうにみえる口調でそう言った。
誰か。
誰かを、愛する。
もし私が、彼に想いを伝える事が出来ていたならば、愛する事が出来ていたならば。
何か、変わったのかな。
そんなことを思っていると、突然身体が浮き上がる様な感覚がする。見ると、それは錯覚でも何でもなく、確かに浮き上がっていた。
数週間腐り果て、それに吐瀉物をさらに織りまぜたようなこの世のものでは無い臭いが鼻腔を麻痺させていく。
大きな何かに身体を潰され、捻られ、関節が折れ曲がっているらしい。最早他人事だ。それは自分の事のはずなのに何かが狂ったよう。
だけど、それはそれできっと幸せなのかもしれない。
痛みがやはり感じない。そういえば身体が動かない。動いているのは脳だけだ。 朧気な視界の中で思うのは、目に浮かぶのはいくつもの顔だった。
でもいや、だ
彼に、
やだよ
お母さんやお父さんに、お姉ちゃんに、
まだ、しにたくない
2年前に別れてからもう会えていない友人に、
おねがい、やだ、
何も言えなかった。
わたし、ほんとうは
そしてそのまま、何かが砕ける音と共に、
だれか、たすけ
無慈悲に意識は、途絶えた。
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第一話 「 少年 」 -Eren Yearger- ①
◇#01
霜が重なる冬の夜。
少女の白い息は、目の前のガラスを結露させている。
彼女は展示された二つの華やかなマネキンを憧憬の眼差しで眺めていた。そこに飾られているものは、白く輝く二種類のウェディングドレスだ。ただずっと、見ているだけでも良かったのだろう。その時までは、ただそれだけで良かったのだ。
────だが。
唐突に、展示スタンド前の扉が開かれた。そこから出てきたのは二人の仲睦まじげな男女の姿だった。
「いいなぁ、わたし早くアレ着たいよっ」
「まぁだ今日のは下見だろ、そう焦るなって! まだ結婚式までは時間あるんだしよ」
彼らはそんな事を話しながら、少女の前を通り過ぎていく。
女は男の腕に甘えるように絡み、そして男はそんな女の頭を優しく撫でながら路地を歩いていった。
少女はただ、無言のままその後ろ姿を見つめている。
その時に感じた感情を理解する事は、まだ彼女には難しかった。それを悟るには、まだ少女は幼すぎたのだ。
それは、かつて見た遠い日の光景。ある冬の日の景色。
同時にそれは、少女にとって唯一無二と言っていい「理想」だった。
いつの日か、あのウェディングドレスを着てみたい。そしてそれを、大好きな人に見て欲しい。結婚式、とあの男性が言っていたそれに出てみたい。
そんな夢が、幼い少女が抱いたもの。
それはこの世界の中でひどく美しく、どうしようもなく無邪気で、希望に溢れたものだった。
いつの日か、それは叶う。ただひたすらに、何も疑うことも無いままに、少女は心の底からそう信じていたのだった。
※
___847___
※
目を覚ます。
開けた世界の景色は、急速にその姿を構成してゆく。
使い慣れたベッドの上に横たわっている身体は木造りの天井を眺めている。
「……………………ぁ」
やがて少女は気が付く。カーテンから漏れ出ている光によって、自分が目を覚ましたのだという事実に。
「………………」
身体をゆっくり起こし、静かに緑色のカーテンを開き、窓を開く。すると、
同時に、昇り始めて間もないのであろう陽の光も、少女へと差し込む。
ついつい眩しっ、と呟く。
だがそれも一瞬。やがて、滲んだ景色は、緩やかに現実味を帯びて形を成していく。
少女─────ミーナ・カロライナは、壁の向こうへと飛んでいくスズメの群れを眺める。上手く頭が働かない。どうやらまだ思考回路が機能していないようだ。仕方なく、彼女はぼんやりとその景色に夢中になる。
そうして数秒ほど経ってから、窓の外から視線を移し、視界を伏せる。
何となく、とミーナはふと思う。
夢を、見ていたような気がする。あれは、いつの夢だったっけ。
ぼやけている脳にようやく血が通い始めているのを感じる。そうして、ようやく彼女は胸の中で確かに感じていたものに気が付く。
それを形にしたくて、形を創りたくて、思い出そうとする。
もう一度目を瞑りそして、片手を握る────だけど、出来ない。夢はいつだってそうだ。
夢は、覚醒していく意識とは裏腹に、たちまちその存在を不確かであやふやなものへ変えていく。
ミーナはそれを知っていた。
そうして、胸中のそれは明確な喪失感へ変わってしまう。何だか、泣きそうになる。ジワジワと、侵食されていく「感覚」─────失いたくなくて、消したくなくて、思わず独り言の様にそれを吐き出す。
「なんで、だろ」
「物凄く、幸せな夢を見ていたような気がするのに」
「思い………出せないや」
________
第一話 「
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第一話 「 少年 」 -Eren Yearger- ②
※
窓の外の鳥が囀る声は、何やら楽しそうにミーナには聞こえる。
朝靄が階段を下る前の窓からでも薄らと窺える。降りる度にギシッと鳴る階段を、一段ずつ降りていく。
欠伸を噛み殺すことが出来ない彼女は「ふぁぁあ」と思わず口からそれを漏らしていく。
その声は下の台所にいる主に聞こえたのか「ミーナ、起きたの?」と尋ねてくる。
「あ、お母さん」
ミーナと同じ黒髪の女性である彼女───年齢は今年で四十を迎える───母親は、背中まである絹のように整えられた髪を後ろ括りにしている。
「もうすぐパン焼けるし、スープもすぐ作るから早く食べなさい」と彼女へ微笑み、台所で鍋の蓋を開きながらそう言った。
ふと見ると、テーブルには既に今年で四十五を迎える父親と、自分より四つ歳上の姉がそれぞれ新聞を読んだり、先に焼けていたトーストをかじっていた。
「あ、おはよミーナ」と姉は口の中でパンを咀嚼させ、手を添えつつ挨拶をしてくる。
「ミーナ、起きたのか」と一方の父親は新聞をめくり、厳かな顔つきながらも、穏やかな表情を彼女へと向けてくる。
「うん、二人共おはよ」
鼻腔が密かにくすぐられる。
今日の朝御飯は母親手製のジャガイモスープといったところか。
ミーナは何処か満たされたような気持ちになりながら二人へ挨拶を返し、席に着いた。
「今日で、お前とこうやって食事をするのも当分無くなるな」
父親は母親の入れた紅茶を啜り、表情は崩すことの無いまま静かにそう言った。
ミーナはいただきます、と言うとトーストを姉と同じように勢い良くかじりつく。そうして三口目を口に付けようとした所で、ふと父親からその様に会話を振られた。
「……」ミーナは食事の手を止め、父親を何となく垣間見る。
「───うん、そう……だね」
「ミーナ、あなた駐屯地に向かう馬車はいつ来るの?」
「え」
俯きながらトーストをもう一度食べようとしたところで、母親は父親の食べた器を片付けようとする。そこでふと思いついた様に、彼女はミーナへそんな事を問いかけてきた。
先日届いた「訓練兵団」からの入団手続きの書類に書かれていた内容を思い出しながら「えっと、八時過ぎかな」とミーナは返す。
「そう。ならもうすぐね。……早く食べちゃいなさい。お代わりはあるからね」
「う、うん」
母親はミーナへそう言うと、食べ終わった姉の皿も重ね、流し場へと運び始める。それは、ミーナにとっては余りにもいつもと変わらない柔らかな母親の独特の口調だった。
一見すると、それは不自然なくらいに自然だった。
─────今日は、訓練兵団への入団式が行われる日であり、ミーナにとって大切な日だった。
娘の門出を祝う様に、昨日の夕飯は父親と母親が揃って腕を振るってくれた。
それはつい昨夜の出来事。この朝の食卓の雰囲気からは、その時の特別な感覚は得られそうもない。いつもと同じ、自然な朝の光景だ。
晴れの日も、雨の日も、霧の日も、彼女は毎日こうして机を家族で囲んだ。
基本質素な食事で、決して普段から贅沢はしない。
それがミーナ・カロライナが十二年間育った環境であり、きっと物珍しさなんて何も無いのだろうと彼女は考える。このトロスト区の中では、ごくごく一般的な庶民の家庭。
実際の所、彼女はそれを何もおかしいとは思わなかった。むしろ毎日ご飯を何不自由なく毎日食べさせてくれた親には不満を感じた事は一度たりとも無い。
そうして食事を食べ終わったミーナはごちそうさま、とこれもまたいつもと同じ様に残った食器を母親に渡す。彼女は「はい、お粗末様。ありがとう」と朗らかな笑顔で常套句を返す。
その表情を、産まれて物心がついた時から彼女はずっと見てきた。
そういえば、この自分似の彼女が悲しそうな表情を浮かべている所を見たことがなかった気がした。
そうして何となく母親の顔を見つめていると「何? ほらほら、準備しといで? 寝癖ついてるわよ?」と苦笑してくる。
「──────お母さん」
そうして気が付くと。
ミーナは抱きついていた。自分より15センチほど高いのであろう母親の背中に、顔を擦り付けていた。
衝動的に、だった。
何故かは分からなくて、
どうしてなのかも理解出来なくて、
ただ、どうしようもなく胸が熱くなった。──────泣きそうに、なっていた。
「ちょ、ちょっと。どうしたの? もう、水が飛ぶわよ〜? しょうがない子ねホントに」
「…………………………」
そう言いながらも、母親はずっと同じ笑顔を見せている。家族の為に洗い物をしてくれるのを邪魔してると言うのに、困った様に眉を寄せながらも、微笑んでいる。
そうだ、この人はいつでも、どこまでも優しかった。
ミーナは、ただただ、何となく。
こんな人になりたい、と。
そんな風に感じていた。
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第一話 「 少年 」 -Eren Yearger- ③
※
洗面所の小さなポンプのハンドルを動かす。
すると、いつも冷たい水が勢い良く蛇口からは流れてくる。指先で冷たさを確認する。指先の神経はそれがやはり冷たいと、文句を言う。
そうして、手に取って顔をゆすぐ。
水滴の一つ一つが当たる度に弾けていくそれは、視界をハッキリと明瞭にさせていく。
下ろしたての柔らかなタオルで顔を拭う。
「……………」
拭きそびれている黒い髪から、水が滴る。
黒い眼、黒い髪。鏡に映った自らを一瞬だけ垣間見てはぁ、と小さく息をつく。そうしてそこから目を逸らした。
引き出しから紫、黒、茶色の三種類のヘアゴムを取り出す。この三つは特にお気に入りのもの。これを、持っていこう。
今日で当分はこの使い慣れた洗面所とはお別れだ。
明日からは、きっと訓練兵団の宿舎で毎朝これを繰り返す。そう考えると、ミーナは少し憂鬱にならざるを得なかった。
すると、洗面所の木製の扉が音を立てて開かれる。
「ミーナー」と扉を開いた本人は彼女の名前を呼ぶ。姉だった。
「どーしたの、お姉ちゃん」
「んやー私もそろそろ準備してお母さんと同じ職場行かなきゃだからさあ」
「あ、そういうことか」
「そゆこと」
「ていうか早いよね、あんたも訓練兵団に入団か。お姉ちゃんびっくりだよホント」
「そうかな?」
「うん、昨日の豪華な晩御飯のおかげでちょっとは実感もてるのかなって思ったんだけどさ。……いっつもこうやって二人で朝の支度してるから全然実感湧かないのよね」
「…………」
「……ねえ、ミーナ」
「? なぁに?」
彼女もまた、顔をゆすぐ。そうして姉妹で会話をしてると、顔を洗い終わった姉がふと鏡越しにミーナを見つめる。「どうしたの、お姉ちゃん」
その表情は何か悩ましげにミーナからは見える。意図が全く読めない。すると、姉は何やら苦笑する。そうして「……アンタにいいものあげよっか?」と小悪魔そうな微笑みを浮かべた。
「え、なに」
大抵こういう悪そうな表情を浮かべる時の姉はろくな事を考えていない覚えがある。
姉とは中途半端に歳が離れているからか、喧嘩することもやはり多かった。その経験上、思わず少し警戒せずにはいられない。
「いやいや! 別にそんな悪いことじゃないよ」と姉はそんな妹を見て笑う。笑う度に、自分よりも少し明るい黒色の髪が揺らぐ。
生糸のような一つ一つのそれは窓から漏れている日差しによって、密かに輝く。それを見て、少しだけ胸に悔しさが滲む。
「──────これ、あげる。
「え?」
そう言うと、姉は手から何かをそっと自分の手に渡す。その左手を開く。そこに在ったのは────緑色の鮮やかな色彩と光を放つヘアゴムだった。「……………え?」
「お姉ちゃん、これ」
「あげる。大切なものだからアンタのそのミサンガと一緒に大切にしなさいよ?」
「え、え、いいよ! これお姉ちゃんが彼氏さんに貰ったものなんでしょ!」
「だからよ」
え、とまたミーナは小さく驚く。
すると。
先程、自分が思わず母親を抱き締めたように───姉は、妹を抱きしめた。それはとても急な事で、ミーナは「ぅえ!? ちょちょ、お姉ちゃん……!?」と思わず動揺せずにはいられない。
「…………いい? ミーナ」
「え?」
「これ、もしかしたら母さんも同じこと言うかもだけどさ」
「辛くなったら、いつでも帰ってきていいから」
「───────ぇ」
「ここがアンタの家なんだから。いつでも、帰っておいで」
「約束よ、ミーナ。それ、大切なものなんだから……帰ってきて、かならず返してよね」
そう言って自分を抱き締めている姉は、小さく、震えていた。こんな姉の姿を、妹である彼女は見た事が無かった。
だからなのだろう。胸が、じんわりと締め付けられる。胸が湿ったような感覚になる。実感を嫌でも持ってしまう。
そう。当分はもうここには帰って来れない。
この約束のヘアゴムを返せる日は、遠い日の事なのだと。
それだけは分かって、少女はそんな姉に何も返すことができない。
せめて、思わず強く抱き締め返すことしか───ミーナには出来そうもなかった。
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