私の罪を数えて。 (N-SUGAR)
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判決:有罪判決。

ちびちびと書いていきます。感想とか書いてくれると嬉しいです。


感情を面倒臭いと断じたそのときに、私の青春は終わった。

 

私は恋をしていた。と、思う。わからない。好きだという気持ちはあったはずだ。あの感情を言葉にするなら、それはきっと恋だった。

 

日々を煩悶と過ごしていた。頭の中は常に()()で締められていた。私の二年間に及ぶ高校生活の思考活動は、学生の本文たる勉学よりももっぱらそれに費やされていた。

 

人間とは厄介な生き物だ。余分な知識や考えが頭の中にあればあるほど、それを実行に移すのが難しくなる。いっそのこと猿のごとく、何の思慮もなく思い立ったが即行動に移せていたらどんなに気が楽だったろうか。

 

私は恋をしていた。一人の男子が好き…だった。できることなら付き合いたいと思った。一緒に時を過ごしたいと思った。手を繋いで歩きたいと思った。学校以外でも同じ場所にいたいと思った。それ以上のことも、うん。理性が邪魔をして考えることを拒否したけれど、きっと、思いたかったし、多分、考えていた。

 

中学が地元の公立で、その公立に通っていれば、過半数の生徒はとなり駅にある高校に通うことになる。私とあいつは、そんな過半数の一人だった。初めて出会った瞬間は部活勧誘の時だと思うが、もしかしたらそれより前にすれ違っていたかもしれない。同じクラスではなかったから、注目はしていなかった。

 

私は文芸一筋に生きてきたから毎週同じ部活に通っていたが、あいつは陸上との掛け持ちだった。いわく、読書に煮詰まったときは走るとスッキリするし、走るのに飽きると読書に集中できるとか。

 

その主義主張に中学生の私は同意できる経験を何一つ持ち合わせていなかったし、主義の持ち主を含めて、特に関心を持つこともなかった。同じ文芸部だから、他の同級生よりも話す機会が多い。その程度の関係だった。

 

だけど、高校に入ってから、その認識は急転した。同じ教室であいつに声をかけられたときに、私の高校生活はその大半を決定付けられてしまったと言っていい。

 

一体そのときの私に何があったというのだろう。一体中学卒業からから高校入学の僅かな間にあいつにどう変化する余地があったというのだろう。声が低くなったのも、背が伸びたのも、顔形が整ったのも、それは中学のときから徐々に起こっていた気付くはずのない変化であったというのに。

 

進学という一つの節目が、私の見る目を変えた。それはもう、眼球を他人と入れ換えたのかと思うくらい、劇的に。

 

教室で声をかけられ、振り返り、あいつの姿を見たそのときに、私の胸は高鳴った。

 

いや、ちがう。胸が高鳴ったというのは嘘だ。ありきたりな修辞表現に逃げた。美しく自分を彩った。

 

胸が熱くなったというのは嘘じゃない。でも正確でもない。胸は確かに熱くなった。でも、それ以上に高鳴ったのは―――子宮だ。

 

…うん。自分で言ってて死にたくなる。低俗で、下劣な表現だ。でも、これ以上なく正確だ。

 

本当に、きゅう、と、ふにゃふにゃ、と、お腹の下の辺りが疼いたんだ。今まで感じたこともない感覚だったから、よく覚えてる。

 

不快の塊。生理の度に気持ち悪くなるだけだった場所に、よもやそんな感覚器が取り付けられてるなんて思いもしなかった。だからこそ鮮明に焼き付いている。

 

中学二年生の頃からだろうか、私に性欲らしきものがあるのは自覚していた。文学で触れられるそれに知識が追い付いて、気恥ずかしくって今まで好きだった本が急に嫌いになったり、逆に今まで手を出そうとも思わなかった本に手を伸ばしたりしていた。

 

その性欲が、ついに本の外にまで侵食してきたのかと恐怖したし、その日の夜は全く寝付くことができなかった。寝付けないまま本に逃げようとして、本の表現に悶絶した。

 

でも、本を読みながら私は悩んでいた。性欲というには、今のこの気持ちは違うんじゃないだろうか。だって、私はあいつとその…、あれをしたいなんてそのとき微塵も考えなかったし、したいかしたくないかで考えても、よくわからないし…、そういうのとは別に、そもそも特に何の目的もなく、ただ感覚的にそうなっただけで、でも子宮が疼いたってことは、文学的にも、生理的にも、つまりはそういうことで…。

 

何がなんだかわからなくて、心の整理が全くつかなくて…。自分にこんな感情があったなんて、今まで夢にも思わなかった。

 

それからというもの、私の頭は、正体不明のぐちゃぐちゃな感情の中身を探ることにのみ、その容量を費やしていた。あいつとの会話の内容も、内容は分かっても、それがどんな話だったのかはよく判っていないなんて、矛盾した状況が毎日続いた。

 

二年間もそんなことが続けば、私の頭がおかしくなるには十分すぎた。有り余る感情の整理をつけたくて、意味もなく土手を走り回ったこともある。あいつの言った通り少しだけスッキリしたのが悔しくて、結局またあいつのことを思い出してしまって、もう動けないくらい走った足を、また空回りさせた。

 

苦しくて堪らなくなって、親友に打ち明けてしまったこともある。意地悪な性格をしていると知っているはずの親友にだ。案の定、親友はニヤニヤと性悪な笑みを浮かべて茶化すばかりで、ちっとも生産的な相談は叶わなかった。

 

そんなぐちゃぐちゃな毎日が二年続いた。二年間も、続いてしまった。成長期だというのに、むしろ体重は二キロ減った。

 

でも、そんな生活も唐突に終わりを告げる。

 

もうすぐ三年生。学年末テストの結果も渡されて、やっと勉強漬けから解放されると気を抜いたり、大学受験を見据えて気なんか抜けないと覚悟を新たにしたりと様々な生徒の合間を縫って、年中落ち着かない気持ちを少しでもマシにしようと、人気のない中庭に出たときだった。

 

世間に疎い私は知る由もなかったが、実はカップルの隠れスポットになっているらしいその中庭に生えている栃の木の下で、まさに一組のカップルが今、初々しい青春を繰り広げていた。

 

カップルの女の子は、確かとなりのクラスの新山さん。男子の間でそこそこ人気な陸上部所属の活発系な女の子だ。

 

そして、その新山さんとぎこちなくも、それでも濃厚に唇を重ねている男子は、こちらは見間違えるはずもない。

 

私の二年間の、すべての結末が、そこにあった。

 

そのときの私の気持ちといったらどう表現すればいいのかわからない。呆然としたのは確かだが、頭が空っぽになったとは言い難い。何も考えらしい考えは浮かばなかったが、激情にも似た感情が、激流にも似た混濁が、確実に私の身体中を駆け巡っていた。

 

だけど、私は何もできない。目の前の光景に口を出す権利がどこにも見当たらない。

 

いやだ。

 

いやだいやだいやだいやだいやだ!

 

何も考えたくない!

 

何も考えたくないのに…私の二年間が…私の頭を支配する。

 

私は、中庭から立ち去った。走らない。ゆっくりと歩いて、踏みしめるように、教室の方へと向かう。

 

いろんな感情が渦巻いていた。悲嘆、怒り、嫉妬、後悔…羨望。

 

この二年間の、どんなときよりもぐちゃぐちゃだった。考えたくない。でも、考えてしまう。

 

あの隣にいるのが、自分だったら。どうして今彼と唇をあわせているのが自分じゃないのか。どうすれば良かったのか。さっさと直情的に、告白しておけば良かったのか。恋は悩むものではなく打ち明けるもので、でも気恥ずかしくて、自分なんかが、性欲は下劣で、でもこれはきっと恋だから、好きだから、高尚で、切実な、低俗な、男と女、付き合って、キスを、私が、――――私は…。

 

「―――めんどくさい。」

 

校舎に入り、階段を昇って、廊下でピタリと立ち止まり、私は呟いた。

 

「恋とか、なんとか、めんどくさい。疲れた。疲れる。こんなのは、もう―――」

 

たくさんだ。

 

感情を抱くのは、とても面倒臭いと、そう思ったその瞬間。

 

私の恋は、私の青春は、

 

唐突に、けれど順当に、終わりを告げた。

 

何でこんなことになったんだろう。何で、私はこんな目に遭うんだろう。私がいけなかったのだろうか。何がいけなかったのだろうか。私が何か悪いことでもしたのだろうか。何もしなかったのが悪いことだったのだろうか。たくさんの機会を私が見逃してきたのが悪かったのだろうか。もしそうだとするならば、

 

いくつの罪を重ねれば、私はこんなに惨めになれる?

 

誰か――お願い。

 

私の罪を、数えて。

 



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罪状一: 『親友罪』

「あっは!それで!祈莉(いのり)は告白することもなく無様に失恋しちゃったわけだ!あはははは!」

 

月島千鶴(つきしまちづる)は私の親友だ。何でも気兼ねなく話せるという意味では、間違いなく私、風早祈莉(かざはやいのり)の親友と評することができる。

 

「…人の失恋を笑いモノにするのは、人間のやることじゃないよ千鶴(ちづる)。」

 

だが、千鶴はとにかく性格が悪い。意地悪かつ性悪だ。クラスで誰がいじめっ子になって誰がいじめられっ子になるのかが一人づつ選挙で決められるなら、まず間違いなく千鶴がいじめっ子になって私がいじめられっ子になるだろう。親友でさえなかったら、まずいの一番に関わり合いになりたくない手合いである。

 

じゃあ、何でそんな見るからに相性最悪の天敵が私の親友などと名乗っているのかと言えば、これはハッキリと、幼稚園からの腐れ縁という理由がある。

 

そう。この性悪は、いわゆる私の幼馴染みというやつなのだ。

 

「笑うなって言われてもねぇ。もうそれは、笑うしかないでしょうよ。二年も狂おしく続いておきながら、終わるのは呆気ないもんだわ。まったく。」

 

「親友ならもうちょっと優しい言葉を掛けて慰めてよ…。あんたに話した全てのことを後悔するよ?」

 

「今更後悔されてもって感じだけどね。祈莉、私の性格に関してなら私の親より熟知してるじゃない。後悔するくらいなら最初から話さなければいいのに。」

 

「時を遡れるなら幼稚園の頃からそうしてるよ。」

 

「それだけはあり得ない。何故なら、どんなに祈莉が私を避けようとも私が祈莉を捕まえるから。あらゆるパラダイムシフトにおいて、私と祈莉の出会いだけは覆すことのできない絶対なのだから!」

 

「そんな運命は認めたくないなぁ…」

 

放課後。学校を離れ、家に帰るために乗る電車の駅の、その構内にあるミスタードーナツでのことだ。私と千鶴は、店のイートイン席でドリンクとドーナツをつまみながら私の失恋話に彼岸花を咲かせていた。

 

千鶴は咲かせるというよりは、弄んで生け花にしていると言った方がいいかもしれないが。それも、剣山に適当に突き刺して、ズタズタにしていると言った方が…。

 

「ま、私と祈莉との出会いは祈莉と(れん)くんの間以上の強固な糸によって紡がれているのは確かだとして、それで、あなたはこれからどうしたいわけ?」

 

「どうしたいって?」

 

「つまり、祈莉は蓮くんのことを諦めるのか、諦めないのか」

 

千鶴の放った問いの意味が、私には解らない。

 

「…諦めないも何も、諦めるしかないでしょ?だって――」

 

「蓮くんには彼女がいるから?あんたねえ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

私は絶句した。また千鶴が私をからかっているのかと思ったが、千鶴は至極真面目な顔で私の目を見ている。そんな。じゃあ、

 

「り、略奪しろって言ってんの?新山さんから、蓮くんを?」

 

「そ。恋する相手が別の女と付き合ってんだから、それが当然の帰結でしょ?」

 

頭が混乱する。千鶴は本気でそんなことを言っているのだろうか。略奪愛?私が?小説やドラマじゃよく見るけど、そんな―――。

 

「別に珍しいことじゃないよ?私の前の彼氏だって、私と付き合う前に彼女がいたところを私が奪ったんだし。」

 

さらっと、千鶴が恐ろしいことを宣う。

 

「は――はあ!?ま、前の―――」

 

「そ。まあ私の場合は、そいつの彼女だった西宮ってやつがムカついたから、腹いせに奪ってやっただけだけど。お陰で長続きしなかったし。――でも、結局西宮とそいつがよりを戻すこともなかったから復讐としては十分でしょ?」

 

「十分どころか最悪すぎるんだけど!?」

 

「まあ待ちなさいよ。今西宮の話はどうでもいいの。あれはあいつが私にトイレの水をぶっかけてきたことに端を発するからあいつの自業自得だし、これ以上余計なことしたらお前の人生から全ての男を奪うぞって脅したらあいつが私に無駄なちょっかいを出してくることは無くなった。つまりその件は円満に解決しているの。問題は、祈莉。あなたのことでしょ?」

 

苛烈すぎる…!私の知らないところでそんなことが起こっていたなんて…。ていうか!それこそ何で私に言ってくれなかったのか!

 

「祈莉。言いたいことは解るけど、あんたはそのとき蓮くんのことで頭が一杯だったじゃない。あんなつまらないことにかかずらってる余裕なんて無かったし、そもそも教えたとして何ができたわけでもないでしょう?」

 

「そ…それはそう…だけど」

 

「いい?少なくとも蓮くんがどうのこうのと言ってる内は、私があなたに心配される筋合いなんてないの。私は自分の問題は自分で片付けられる。自分の問題すらどうにもできない祈莉には私のことをとやかく言う義務も権利もないの。分かった?」

 

「う…うん。分かった…。でも」

 

「デモも署名運動も抗議活動も無いわよ。あんたが答えることは一つ。諦めるか諦めないか。これだけ。」

 

「諦めるよ!諦めるに決まってるじゃん!!」

 

私は叫んで、はっとして手で口を塞ぐ。人のいる場所で、私はなんてことを…。顔がみるみる熱くなる。

 

だけど、千鶴は気にしない。私の突然の大声にも一切怯んだ様子もなく、尚も私の心に切り込んでくる。

 

「諦めるの?ふうん?それは何故?」

 

「だ…だって、蓮くんは新山さんと付き合ってるし、私、新山さんには」

 

「何の恨みもないって?冗談。男が奪われてんのよ?」

 

「私と蓮くんは付き合ってたわけじゃない!だから新山さんと蓮くんは――」

 

「付き合っても何の問題もない?まあそうよね。あなたは告白すらできなかった。ただの友達止まりだった。対して――どちらから告白したのかは知らないけど、蓮くんと新山さんは、もうすでに男女の関係にある。」

 

「そ…そう。だから私が今更引っ掻き回すなんて」

 

「道理に合わない?ねえ。祈莉。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

千鶴は言った。言い切った。

 

「好きだから、自分のものにしたい。何がなんでも手に入れたい。恋焦がれるってのはそういう感情よ。略奪愛って言葉が全てを物語ってるわ。愛なんてものは、所詮奪う対象でしかない。」

 

では、愛を奪うための原動力とは何?

 

千鶴は自問し、そして自答する。

 

()()()()()。理由は多々あれど、愛を焦がれるんだったらそれは恋なのよ。――そして、愛は勝てなくてもいいけど、恋は必ず勝たなくちゃいけない。何故ならそこにしか、自分の勝利は存在しないから。」

 

ずいっ。と、千鶴が私に顔を近づける。「ひっ」と、私は顔を背けようとするが、目線は千鶴から離れようとしてくれない。

 

「二人が付き合ったから。二人が結婚したから。二人が子供を産んだから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

どうしても手に入れたいのなら、それが他人のものでも、奪ってでも手に入れるのが恋ってもんよ。違う?」

 

「わ…わかんない。そんなの、わかんないよ…」

 

やばい。何でか知らないけど、千鶴がいつになく苛烈でちょっと泣きそう。そりゃあ、千鶴は常日頃から私の涙が大好物だと言って憚らない最低の親友だけども、でも、こんなに苛烈に私を問い詰めることなんて今までなかったのに…。

 

「わからないのなら教えてあげる。」

 

千鶴はアイスコーヒーの入ったコップを持ち、ストローを咥え、水分を口に含む。カラン。と、氷が音を鳴らす。

 

「二年間想い続けたのにも関わらず、その対象に彼女がいる程度のことで諦められる。それはあなたが蓮くんに抱いていた感情が、恋じゃなかったという証明よ」

 

「じゃ…じゃあ、私の抱いていたあの感情は…」

 

私の辛うじて絞り出した質問に、千鶴は即答する。

 

()()よ。恋に恋していた、ですらない。祈莉は恋を諦められるんだから。つまりあなたは二年間丸々、()()()()()()()()()。」

 

良かったわね祈莉。二年間あなたを悩ませ続けていた感情の正体が、やっと判って。千鶴は言う。

 

ちょっと待って。まだ私は判ってない。理解がなかなか追い付かない。千鶴の言葉を、私は頭で咀嚼する。

 

憧れ。恋ではなく。憧れ。

 

蓮くんが好きで、蓮くんと付き合いたくて、蓮くんと手を繋ぎたくて、蓮くんと一緒にいたくて、蓮くんと、もっともっと親密になりたかった。この感情は、恋ではなく、憧れ。

 

「恋と憧れは確かに似ているよ。どちらも何かを求める感情だもの。だけど、恋と違って憧れもやっぱり、達成できなくてもいいのよ。諦められるから。というか、()()()()()()()()()()()()

 

恋は激情で身近なもの。だけど憧れは、冷静で端から見るものなの。だからあなたは、興味のある男子を端から見て、ただ萌えていただけ。決して燃え上がりはしなかった。」

 

千鶴は私の胸に指を向ける。

 

「今のあなたの感情を当てて見せましょうか?ずばりそれは、「もう面倒くさい」よ。誰かを想い続けるってのは疲れるの。恋はエネルギッシュに燃え上がるから多少の障害ははね除けるけど、憧れは静かな感情だから、少しでも障害があると簡単に冷めてしまう。そして、同じ気持ちを抱き続けることがしんどくなる。」

 

ドキリ。と、心臓が跳ねる。あまりにも図星だった。私の感情は、あのとき抱いた「もう面倒くさい」の一言で、とっくに冷めてしまっている。

 

「スッキリしたわね。良かったじゃない。自分の感情を整理できて。あなたはこの二年間。恋なんかしていなかった。ぐちゃぐちゃした感情の正体は、恋に偽装した単なる憧れだった。そしてその憧れも、今日、冷めて鎮火してしまった。」

 

「…うん。そう。それは、そうかも…。」

 

私は小さく頷く。疲れた頭に少しでも糖分を入れようと、私は自分の買ったイチゴミルクをちびちびと飲む。

 

「ま、なにはともあれ。これで無事、祈莉の憧れが終わってくれて良かったわ。正直この二年間のあんたは、ぐじぐじうじうじ蓮くん蓮くんうるさくて仕方なかったし、それが終わってもまだメソメソいつまでも悩まれたら堪ったもんじゃないからね。」

 

「そ…そんなにうるさかった?」

 

「うるさいっていうか、鬱陶しかったわね。すぐ一人になろうとするし。まったく恋に憧れる乙女ほど面倒くさいものはないわ。お陰でこの私ともあろうものが男に構ってもらわざるを得なかったのよ?」

 

え、なにそれ。どういう意味?

 

「あなたが真剣に恋してるって言うなら、それを邪魔するつもりは無かったし、まだ諦めてないって断言するなら応援もしてあげようと思ったけど、そうじゃないなら遠慮はいらない。正直大事な祈莉を蓮くん如きに差し上げるのも気にくわなかったし、せいせいしたわ。」

 

「あのー。それはどういう…」

 

「あなたが諦めた今だから言うけど、本当に祈莉が思い立ったが吉日速攻で勝負を決めてたら、あなたの憧れは簡単に成就してたのよ?祈莉はとっても可愛いんだから」

 

「そんな。私は可愛くなんて…」

 

「可愛いの!世界一かわいい私が言うんだから間違いないわ!あなたは私の次に可愛い!」

 

「いや、千鶴が世界一かわいいってのがまず…」

 

おかしい。今の千鶴の言動もそうだけど、なんだか空気がおかしい。なんだこの空気。実は私、今かなり危険な場所に座ってるんじゃないだろうか。

 

帰ろうかな…。

 

「確かに祈莉は陰キャだし、スレンダー過ぎるから男受けはあまりしないでしょう。しかしそれでも!私は知っている。幼稚園の頃から知っている!祈莉は出会ったときから可愛かった!これは唾をつけておかねばならない。親友になっておかねばならないと幼ごころに理解していた!」

 

「あの、私、そろそろ門限だから」

 

「あんたの家に門限はない!私を誰だと思ってるの!あんたの幼馴染みよ!?」

 

「…そうでした」

 

でも私はこんなハイテンションな幼馴染みは知らない。

 

「そして話があるとか言って私をここまで誘い出したのもあんたよ。私は今日は今カレと初めてのラブホデートの約束があったけど余裕でぶっちぎってこっちに来たわ。今頃私の彼氏はとなり駅でいつまでも来ない私を待ちぼうけていることでしょう。」

 

「じゃあそっちに行ってあげて!?私の話はもう終わったから!」

 

「だが断る!そしてもう今カレには延期のメールを入れさせてもらいました。これで私も今夜はフリー。そしてとなり駅のラブホの一室も、予約を入れてたから今ならフリーよ」

 

千鶴はスマホを取り出して、今彼へのメールとホテルの予約確認メールをこれ見よがしに眼前に突きつける。

 

「行かないからね!?なんで私があんたとラブホに行かなくちゃならないのよ!何もやることないでしょ別に!」

 

「もちろん。久しぶりにまっさらな姿を取り戻した祈莉と旧交を暖め合うのよ。…ついでに身体も暖め合うけど。」

 

「誰が暖め合うか!その前にまずあんたとの友達関係を洗い直すわ!」

 

「そうね。いつまでも親友面していられるとこっちも困るわ。もう私たちはそんな関係、とっくに越えてしまっているというのに…」

 

「下方にな!え?何?千鶴っててっきり男好きなのかと思ってたけど、実は女好きだったの?」

 

「なに言ってんの。私は基本的に女が嫌いよ。うざいからね。そして男はチョロくて可愛いから好きよ。そもそも私、祈莉以外に女子の友達いないし」

 

「じゃあなんで…」

 

「私が祈莉にこんな態度を取るのかって?そんなの、祈莉が一番チョロくて可愛いからに決まってるじゃない。」

 

「今まで友達でいてくれてありがとう!さようなら!もう二度と会うこともないでしょう!」

 

私がテーブルから立ちあがり、早足で店から出ようとする襟首を、千鶴ががっしと捕まえる。

 

「逃がさん。一度自分のものにすると決めたなら、どんな手を使ってでも手に入れる。私、そう言ったわよね?」

 

「恋!こわいなあ!!」

 

私は再び千鶴の顔を見る。千鶴は、満面の笑顔で私を振り回す。でも、その目尻にうっすらと涙を浮かべているのを見つけて、私は思い至る。

 

そう言えば、私と千鶴がこうやって馬鹿みたいな掛け合いをするのは何時ぶりだろう?

 

もう長く、こんなふざけた会話はしていなかった気がする。多分、それは二年以上…。

 

私はこんなにも長い間、無二の親友を蔑ろにしてきたのか。

 

私の親友は、最後の最後に、私の犯した彼女に対する最も重い罪を暴いて見せた。

 

二年間も親友を放っておいた罪。もし、そのせいで私の親友がこんなおかしな拗らせ方をしてしまったというのなら。

 

成る程。私はその罪を今年の一年で、償わなければならないだろう。

 

仕方ない。ラブホに行くかどうかはともかくとして、ここ二年の空白の旧交を暖めるくらいなら。付き合おう。いっぱい遊んで、いっぱいふざけて。高校生らしいことをしよう。

 

私と親友の高校生活が、始まろうとしていた。

 

 



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