絶剣の軌跡 (厄介な猫さん)
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閃I編
プライバシーゼロ


てな訳でどうぞ


―――七耀歴1204年4月5日

 

ゼムリア大陸の西部に存在する軍事国家、エレポニア帝国。その首都である帝都ヘイムダルに存在する歓楽街のとある喫茶店にて。

 

「あー、今日もコーヒーが旨いなー……」

 

白い髪を短く切り揃え、黒のスラックスに灰のワイシャツ、青のネクタイを若干崩して身に着けている二十代前半の碧眼の青年はコーヒーを飲みながら、一週間前に渡された戦術オーブメントを手で弄びながら眺めていた。近くには一・七アージュ程ある黒のトランクケースが置かれてある。

 

エプスタイン財団とラインフォルト社が共同開発した第五世代戦術オーブメント、通称《ARCUS(アークス)》。今までの戦術オーブメント同様、結晶回路(クォーツ)をセットすることで魔法(アーツ)が使えるようになるだけでなく、《マスタークォーツ》と呼ばれる、通常のクォーツより性能が高く、セットした状態で戦闘を繰り返すと機能が成長するという特別なクォーツが一つだけセットすることができる。他にも導力通信機能と、“戦術リンク”と呼ばれる、対象との高度な連携が容易に可能となる機能が搭載されている最新の戦術オーブメントである。

 

フリーの記者である青年がこの新型オーブメントを持っている理由は、二年程前にリベール王国で友好を持った()()()()()()()()()()()()がプレゼントしたものだからである。すぐ傍にいた護衛の軍人は頭痛を堪えるように仏頂面となっていたが。

 

ピリリ、ピリリリリ!ピリリ、ピリリリリ!

 

「……ん?誰からだ?」

 

そんな先日の出来事を思い出していると、ARCUSから着信音が鳴ったので青年は一体誰からの電話なのかと思いつつ、まだ少々ぎこちない操作でARCUSを操作し、電話相手に話しかける。

 

「はい、もしもし」

『―――どうもお久しぶりです。ルーク』

「おい待て。マジで待て。何でお前がこれの番号を知っているんだ?」

 

少ししてARCUSから聞こえてきた旧知の声に、青年―――ルーク・バーテルはまだ貰ってから一週間しか経ってないこれの番号を知っていることにわりと本気で問い質した。

 

『レクターさんが番号と日時だけ教えました。それで試しにかけてみたら貴方だっただけです』

「あんのかかしぃ……」

 

一度だけ会った赤い髪の青年のヘラヘラした表情を脳裏に思い浮かべ、ルークは怨嗟の籠った声を洩らす。まさか、今もマークされているんじゃないかと、思わず周囲をキョロキョロと見回す。しかし、すぐに無駄だと諦めたように溜め息を吐き、改めて電話ごしに学生時代の友人に話しかけた。

 

「まぁ、確かに久しぶりだが、大丈夫なのかよ?お前、仕事中じゃないのか?」

『問題ありません。今は休憩中ですし、これもプライベートチャンネルでの通話なので』

「本当に抜かりないな。というか、もう使いこなしているのかよ……まぁ、久々の友人との会話は嬉しいけどな」

 

向こうもARCUSを持っていることに関しての疑問は一切ない。()()の所属している部隊は最精鋭と名高い部隊だ。試験的に導入されていても何らおかしくはない。

 

『私にとっては腐れ縁ですけどね』

「腐れ縁って……」

『腐れ縁で十分ですよ。学生時代、何度貴方に辱しめを受けたことか……』

「全部事故と不可抗力だろ!?」

 

ルークは思わず彼女の言葉に反論の声を上げるも。

 

『だとしてもです』

 

有無を言わさぬ物言いでばっさりと切られた。正直、これに関してはルークは強く出られない。何故なら―――

 

『―――え?』

『……えーと…………』

 

ある時は生徒会の仕事を手伝っていた最中、階段で学友に背中を叩かれてバランスを崩し、近くにいた彼女を巻き込んでしまい、結果、彼女の下敷きとなってパフパフ。

 

『次は大物が釣れるといいなっと!』

『きゃ!?』

『あれ?何に引っか―――』

『『…………』』

 

ある時は自由行動日に釣りをしていた際、釣り針が彼女のスカートに引っ掛かってご開帳。

 

『……ん?何か妙に柔らか―――』

『…………』(フルフル)

『―――』

 

ある時は教室で昼寝していた結果、寝惚けて彼女の左側の果実をがっしりと鷲掴み。しかも思考が追いつかずに思わず揉むというおまけ付きで。

 

上げれば本当にキリがないくらい、ルークは彼女に対して本当にやらかしてしまっている。それも一度や二度ではない。覚えている限り、二十は軽く越えていた筈だ。その都度、頬に紅葉が咲いたり、非殺傷モードの導力銃で身体や頭を何度も撃たれたり、上位アーツをこれでもかと言うくらい叩き込まれたりと、やらかした度に制裁され、記憶を何度も()()()に抹消されていたが、普通なら嫌われても何らおかしくはない。それでもこうして普通に会話できる辺り、まさに向こうの言う通り“腐れ縁”が一番適切なんだろうが……

 

ちなみに、この光景によって周りから「スケベ大魔王」「エロ剣士」「ラッキースケベに愛された男」「一番の被害者」「氷の女王」「ペットと飼い主」「夫婦」等、様々な呼び名が飛び交っていたのは在籍していた学院での語り草となっている。

 

……現在、その語り草ゆえにとある男子生徒が“再来”ではないかと噂されてしまっている。もちろん、ラッキースケベを炸裂させた男子生徒の自業自得ではあるが。

 

「せめて友人扱いしてくれよ……」

『お断りします。レポートと勉強のヘルプを毎回求め、胸やお尻に顔を沈めたり、揉んだりする人物は腐れ縁で十分です』

「前半はともかく、後半は本当にすいませんでした!!」

 

ルークは思わず頭を下げ、電話ごしに彼女に謝る。こういった経緯もあって、基本的にはさん付けする彼女は彼に対しては呼び捨てにし、遠慮がないのだ。

 

当初は目の敵に近い状態ではあったが、紆余曲折を経て、今の関係に落ち着いたのである。

 

『では、そろそろ失礼しますね。ルーク』

「おう。……そうだ。お前が非番の時、一緒に飯とかどうだ?積る話もあるだろうしな」

『……どうせなら、あなたのお手製のサンドイッチとプディングのセットでお願いします』

「普通は店の指定だと思うんだが……」

 

手料理を要求されたルークは何とも微妙な表情で言葉を返すも、彼女は平然と告げる。

 

『別にいいではないですか。あなたの作る料理は不本意ながら美味しいんですから』

「……はぁ、わかったよ。―――じゃあな、()()()

 

ルークは仕方ないといった感じで肩を竦め、通話を終了した。

 

「……あ。アイツの非番の日を聞くのを忘れてた」

 

こちらからかけ直そうにも番号を知らないので、次会話する時は小言から入るなと、ルークは肩を落とすのであった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……はぁ、まったく」

 

通信を終えた灰色の軍服に身を包んだ水色の髪の女性将校―――クレア・リーヴェルト憲兵大尉は呆れたように深い溜め息を吐く。もちろん、食事に誘っておきながら具体的な段取りをせずに通話を終えたルークに対する呆れからである。

 

相変わらず、肝心なところでは鋭く抜け目がないわりに普段はどこか抜けているルークに呆れていると、ARCUSから着信音が響き渡り、クレアはすぐに応答した。

 

『よぉ』

「……レクターさんですか。何か問題が起きたのでしょうか?」

 

連絡してきた相手は情報局所属のレクター・アランドール特務大尉。自分と同じ、《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンの腹心のメンバー―――《鉄血の子供たち(アイアンブリード)》の一人である。

 

クレアとしては、妙な勘違いをしているであろうレクターに一言もの申したい気分ではあるのだが、私情は一旦放棄して連絡を入れた理由を問い質した。

 

『いや別に?すんげぇ面白いもんを聞かせてもらったから思わず連絡しちまっただけさ』

「―――え?」

 

だが、レクターの返答は全く予想だにしていなかったもので、当然、クレアは思わず疑問の声を上げる。その声が可笑しかったのか、レクターはクックッと笑いながら言葉を続けていく。

 

『いやー、お前があの《絶剣》からそんな目に合っていたとは驚きだったぜ。まさに甘酸っぱい青春だな!』

『うんうん!まさかクレアがそんな目に合っていたなんてねー。ボクも驚きだよ!』

 

向こうはスピーカーモードにしていたのか、まだ幼さが残る声色の少女の声も聞こえてくる。だが、今のクレアにはそれは些細なことであった。

 

「……レクターさん、ミリアムちゃん」

 

通信を傍受して会話を盗聴していた事実以上に、自身の学生時代の恥ずかしい出来事を知られたクレアはいやに迫力を感じる声色で要求を口にした。

 

「その会話はすぐに忘れてください。もし録音されているのでしたら即刻、消去してください」

『ははっ、そんなケチケチするなよ?』

『えー?こんな面白い話を忘れて消すだなんて、さすがにでき―――』

わ す れ て く だ さ い。録音もしっかりと、しょ う きょ してください。い い で す ね?

 

この時、クレアの表情は笑ってこそいたが、その笑顔は氷を連想させ、背筋が凍るほどの笑みであり、逆らう気力を失わせる迫力があった。

 

『お、おう……』

『わ、わかったよー……』

 

電話の向こう側にいるレクターと水色の髪の十代前半の少女―――ミリアム・オライオンはそんなクレアの姿を幻視し、若干冷や汗をかいて大人しく従った。

 

「もし、隠し持っていたら、記憶とともに()()()()抹消しますので、くれぐれもよ ろ し く お願いしますね?」

『……オーケー』

『はーい……』

 

クレアのらしくない、一部を強調した物騒な宣告に、レクターとミリアムは素直に頷いた。声だけでも、彼女は本気だと悟ったからだ。

 

氷の乙女(アイス・メイデン)》―――本来の由来とは別の意味で、レクターとミリアムは彼女の二つ名を思い出すのであった。

 

『あ、ちなみにデートの日は―――』

レ ク タ ァ さ ん?

『いえ、何でもないです。はい』

『あははー……』

 

 

 




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実力と不可抗力

てな訳でどうぞ


―――七耀歴1204年4月23日

 

サザーラント州にある《アグリア旧道》。そのとある高台にて。

 

「…………」

 

ルークは持ってきていた花束を頑丈に封鎖されたゲートの前に添え、静かに黙祷していた。

 

本当ならこの先にある慰霊碑に花束を捧げたいのだが、ここから先はサザーラント州の最高責任者二名―――ドレックノール要塞司令とサザーラント州統括者のハイアームズ侯―――の許可がなければ正式に入れない為、ルークはこの場所に花束を添えるのが今の限界であった。

 

もっとも、学生時代に無断で侵入して花を添え、二年前に自分の分も含めて二人の男女が花と形見を添えてくれたのだが。

 

「……絶対に“あの日”の全ての真実を掴んでみせる」

 

二年前に更なる事実を知ったが、まるで魚の骨が喉に引っ掛かったような違和感を未だに感じる為、今も調べ続けている。

 

公表の為ではなく自身の“けじめ”の為に。

 

ルークは決然と告げて立ち上がり、踵を返してその場を後にするのであった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

―――七耀歴1204年4月25日

 

「……まったく、どういう偶然なのやら」

 

ケルディックの宿の一室で、ルークは椅子に座ってどこか疲れたように溜め息を吐く。

 

ルナリア自然公園の取材の為にルークはこのケルディックに昨日から訪れていたのだが、そのルナリア自然公園は現在立ち入り禁止となっており、門の前にいた二人の管理人曰く“工事中”とのことであった。

 

どんな工事なのか、何れくらい工事の期間がかかるのか聞いてみたのだが、管理人二人は苛立ちを露にした横暴な態度で追い払いにかかってきたのだ。なので余計ないざこざを避ける為にルークはあっさりと折れ、その場を後にした。

 

その道中で出会った()()()()()()()《トールズ士官学院》の男女の生徒四人に頑張るように言葉を送ってからケルディックに戻り、ケルディックの大市の元締めであるオットーにルナリア自然公園の状況を聞くついでに現在のケルディックについても聞いてみた。何でも、売上げ税が大幅に上げられ、オットーがその増税を止めてもらうよう陳情しているのだが、門前払いされている上にそれ以降から《クロイツェン領邦軍》は大市のトラブルに干渉しなくなったそうだ。

 

色々と思うところはあるが、これは商人の問題だから気にしないで欲しいとオットーに言われたので、ルークはそれ以上の詮索は止め、改めて自然公園について聞いたのだがオットーは詳しくは知らないそうだ。

 

それで前の管理人を探して見つけたのだが、その前の管理人であるジョンソンは見事に酒に溺れており、彼曰くいきなりクロイツェン州の役人に解雇を言い渡されたのだそうだ。

 

そして、明らかに絡み酒で酒を勧めてくるジョンソンを適当にあしらったルークはそのまま宿で一泊したのだが、その翌日の早朝から大騒ぎが起きたのだ。聞けば、二人の商人の屋台が破壊され、商品まで盗まれたというのだ。さらに聞けば、この二人は昨日、店の場所取りでも揉めていたというのだ。その騒ぎは領邦軍が強引に治めていったが。

 

「昨日のトラブルと、冷めない内の新たなトラブル。不干渉を貫いていた領邦軍のいきなりの介入……こりゃ黒だな」

 

宿の一室で椅子に背中を預けているルークは天井を見上げて呟く。

 

今回の事件の黒幕はクロイツェン領邦軍。動機は“増税取り止めの陳情の取り下げ”。実行犯は現在のルナリア自然公園の管理人の可能性が高い。あそこであれば盗んだ商品を隠しておけるからだ。

 

「それを()()()が調べてはいるが……どう動くべきか」

 

一応、立ち上げた人物の思惑は知っているのであんまり手を出しすぎるのも過保護と言うものだろう。だが、このまま無視というのもすわりが悪い。

 

「……最低限のフォローだけはしてやるか」

 

ルークは頭を掻きながら立ち上がり、黒のトランクケースをおもむろに開ける。トランクケースの中に入っていたのは鞘に納まった一振りの剣―――片手半剣(バスタードソード)に分類される十字の柄の剣だ。

 

「こっちは念のために持っていくとして……“保険”もちゃんと用意しておくか」

 

ルークはそう言ってARCUSを操作し、とある場所に通報するのであった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

通報を終わらせたルークは己の得物を手に、昨日訪れたルナリア自然公園の門前に来ていた。

 

「鍵を破壊して中に入ったということは……ここが当たりの可能性が高いと判断したんだろうな」

 

ルークは門前に転がっている壊れた南京錠を見て呟き、片手半剣(バスタードソード)の鞘を持つ手に力を入れ、ゲートを潜って中へと入っていく。

 

道中、魔獣が襲いかかってくるも―――

 

「―――ふっ」

 

一閃。

 

ルークは苦もなく襲いかかってきた魔獣を片手半剣(バスタードソード)で瞬時に両断し、倒した魔獣を気に止めることなく奥を目指して進んでいく。

 

そうして―――

 

「ビンゴだな。ついでに問題なく終わっていたか」

 

奥に盗難品であろう幾つもの木箱が鎮座している広場の手前に辿り着いたルークは、昨日の学生四人と制圧された偽物の管理人四人の姿を見て、戦闘面でのフォローは無用だったかと判断した。

 

その直後であった。

 

ゴァアアアアアアアアアアア!!

 

そんな雄叫びと共に地面が鳴り、奥から巨大なヒヒの魔獣―――グルノージャが広場に現れたのは。

 

「このタイミングで大型の魔獣か……」

 

妙なタイミングで現れたグルノージャにルークは訝しみつつも、あまりよろしくない事態に顔を顰める。何故なら―――

 

「そ、そんな……!?」

「巨大なヒヒがもう一体……!?」

 

奥からグルノージャが更にもう一体現れ、二体揃って学生達と犯人達の前に対峙するという状況なのだ。軍人の卵である学生四人で犯人達を庇いながら二体のグルノージャと対峙するのは一見最悪と言える状況であった。

 

―――ルークがこの場にいなかったらだが。

 

「流石にこれ程の相手が二体同時とは……!」

「くっ、こうなったら―――」

「大丈夫だ」

 

青い髪をポニーテールで纏めた大剣を構える少女と、東方の武器“太刀”を構えている黒髪の少年の焦りにルークは彼等に聞こえるように告げ、片手半剣(バスタードソード)を手にグルノージャの一体に瞬く間に近づいていく。

 

「―――斬ッ!!」

 

ルークはグルノージャの目と鼻の先で飛び上がり、急降下と共に両手で柄を握った片手半剣(バスタードソード)を容赦なく振り下ろした。

 

ドォオオオオン!!!

 

そんな轟音が響くと共に地面にクレーターが出来上がり、同時にグルノージャを真っ二つに両断した。

 

「「「「「「「「…………え?」」」」」」」」

 

その場にいた全員から抜けた声が洩れる。グルノージャの一体を倒したこと自体はいい。問題は一撃で巨大なクレーターを作ると共に真っ二つにしたことである。

 

「えええ!?」

「あれほどの獣を一撃とは……!」

「で、でたらめ過ぎるんですけど!?」

「あの人は昨日の……!」

 

橙髪の少年は乾いた笑みを、青髪の少女は感嘆の呟きを、金髪の少女は頬を引き攣らせ、黒髪の少年は昨日出会った人物だと思い出していた。

 

「ボーッとするな学生達!まだ終わってないぞ!!」

「「「「!」」」」

 

ルークの叱責に学生達は思い出したようにグルノージャに向き直り、それぞれの得物を構えていく。

 

「一応、俺ならすぐに魔獣を始末できるがどうする?」

「……いえ、この魔獣は俺達でやらせて下さい」

「……リィン?」

 

黒髪の少年―――リィンの返答に、金髪の少女は疑問の表情を浮かべてリィンを見やる。リィンはまっすぐにグルノージャを見据えてその理由を告げた。

 

「俺の勝手ではありますが、これを今回の特別実習の総仕上げにしたいんです。すいませんがそこの彼らを見張っててくれませんか?」

「……成る程。確かに仕上げとしてはちょうどいいかもしれぬな」

「ラウラまで!?」

「ああもう!仕方ないわね!」

 

リィンの言葉に同意した青髪の少女―――ラウラに橙色の髪の少年が驚きを露にし、金髪の少女は諦めたように少々変わった形状の弓を構える。それを見て橙色の髪の少年も諦めたように妙な杖を手にグルノージャと対峙した。

 

「向上心旺盛な学生さん達だな。―――ヤバかったらアーツでフォローしてやるからおもいっきりやってこい!」

「ありがとうございます!―――トールズ士官学院《VII組》A班!これより目標を撃破する!」

 

そうして学生達はグルノージャへと勇ましく立ち向かっていく。ルークは犯人達を見張りながらいつでもアーツが放てるようにしておく。

 

(……にしても、ラウラと呼ばれた少女の流派は《アルゼイド流》。リィンと呼ばれた少年は《八葉一刀流》か)

 

リィンとラウラの得物と動きから彼等が修めている流派を見抜き、中々に濃そうなメンバーが演奏家様が発案したクラスに選ばれたと思いつつ、本当に不味い場面でのみアーツによるフォローをしていく。

 

そして―――

 

「―――斬ッ!!」

 

最後にリィンが焔を宿した太刀でグルノージャを切り裂き、見事に撃退してのけた。

 

そうして、リィン達が互いの健闘を称えあう中……

 

「あ、あわわ……」

「こ、こいつらもとんでもねぇが……」

「そ、それよりこんな化物が出てくるなんて……」

「あの野郎の話に乗るんじゃなかった……」

 

ルークに見張られている、犯人である四人組は見事に腰を抜かしており、縮こまってガタガタと震えていた。犯人達は自分達を制圧・無力化した学生達よりもグルノージャを一瞬で始末したルークの方がよっぽど怖いようである。

 

「遅くなりましたが、助けて頂きありがとうございました」

「ん?気にするなと言いたいところだが、礼は受け取っておくさ」

「しかし、どうして記者どのがこちらに―――」

 

ピィイイイイイイイイイイ!!!

 

「え……っ!?」

「こ、これって……」

「……面倒な者たちが駆けつけて来たようだな」

(……一応、“保険”はあるけど間に合うか?)

 

ラウラの疑問を遮るように響いた汽笛の音に、ルークは汽笛が聞こえてきた方角を流し見ながら“保険”の存在の到着について考える。

 

「いたぞ……!」

「連中も一緒だ!」

 

汽笛が聞こえてきた方向からクロイツェン領邦軍の兵士達が現れ、彼等はあっという間に学生達とルークを取り囲んでいったのだが……

 

「俺達が犯人です!!ですから早くこの場から連れ去って下さい!!」

「あんな化物から一秒でも早く離れたいんです!!だから俺達を逮捕して下さい!!」

「お願いですからすぐに俺達を拘束して連れていって下さい!!」

 

犯人自白。というか、恐怖で本当に早くこの場から逃げ出したいようである。

 

「……そこの者達が犯行を自白しているのだが?」

「ふん。見た限り、それなりに争った後があるようだな。であれば、君達が“犯人”で犯行を彼らに脅しで擦り付けた可能性もあるのではないのかね?」

 

ラウラの指摘に領邦軍の隊長の男は臆面もなくそう言い切る。それに対して、ルークは淡々と告げた。

 

「こちらのせいにするつもりなら、止めておいた方がいいぞ?確実に、領邦軍(あんたら)が不利になるだけだからな」

「……弁えろよ、唯の記者風情が。ここはアルバレア公爵家の治めるクロイツェン州だぞ?その意味も判らないほど、貴様は阿呆なのか?」

 

この場でまかり通るのは自分達だと隊長の男は苛立ちながら侮蔑と共に伝えるも、ルークの表情は全く変わらない。むしろ、呆れたような眼差しを向けている始末である。

 

「……なぁ、隊長さん。忘れてないか?ケルディック(ここ)()()()()()()()()だということを」

「っ!?」

 

ルークのその指摘に、隊長の男は今までの余裕そうな表情から一変して、目を見開いて驚きを露にする。

その直後。

 

「―――その通りです。この場は我々、鉄道憲兵隊が預かります」

 

涼しげな声と共に澄ました表情―――少し呆れたようにも見える―――をしたクレアが、数人の部下と共にこちらへと近づいて来ていた。

何とも狙ったようなタイミングで現れたクレアにルーク内心で苦笑していると、隊長の男が憎々しげにルークを睨んでいた。

 

「記者風情……貴様も鉄血の―――」

「あー、違うから」

 

隊長の男が見当違いな言葉を吐こうとしていたので、ルークは言い終わらせる前にあっさりと否定する。

 

「はい。彼はあくまで()()()の知り合いです。閣下とはそのような繋がりはありません」

「…………」

 

クレアがルークの言葉を肯定したことで、隊長の男は最後に睨み付けた後、部下を率いてその場を後にしていった。

 

「鉄血の狗が……」

 

……クレアにそんな捨て台詞を残して。

 

そして、犯人達も鉄道憲兵隊員によって連れていかれたので、これで解決……

 

「待ってください。貴方にも調書に付き合ってもらう必要があります。後、個人的な説教にも」

 

……したのでこっそりその場を後にしようとしたルークを、微笑を浮かべたクレアが肩を掴んで引き留めた。

 

「……調書はともかく、個人的な説教は勘弁して貰いたいんだが」

「勿論、状況は理解しています。ですが、地面にこれほど大きなクレーターを作ったのはやり過ぎです」

「一応、大型の魔獣が襲いか―――」

「だとしてもです」

「……へーい」

 

クレアの有無を言わさぬ圧力にルークは屈し、諦めたように肩を竦めた。

 

その、直後。

 

ガラッ

 

「―――へ?」

「―――え?」

 

その二人が佇んでいたクレーターの縁が嫌なタイミングで崩れ、二人は仲良く足を取られて転がってしまった。

 

「だ、大丈夫です……か……」

「どうしたのだリィン!二人に何……が……」

「…………え?」

「……えーと……」

 

リィン達は慌ててクレーターの内側に転がったルークとクレアの下に駆け寄ったのだが、ルークがクレアの下敷きとなり、その顔が彼女の胸に押し潰されていた光景を見て言葉を失った。

 

「「……………………」」

 

クレアとルークは揃って無言となり、クレアは無言のまま起き上がってルークから一歩離れる。ルークは何とも言えない表情で立ち上がり……

 

「……悪かった」

 

その瞬間、ルークの顔に乾いた音と共に紅葉が咲き、何発もの銃声が辺りに響き渡り、一目で強力とわかるアーツがルークに降り注いだ。

 

「「「「……………………」」」」

「では改めて、調書のためにご同行をお願いできますか?」

「「「「……はい」」」」

 

まるで何事もなかったかのように告げるクレアの姿に、リィン達A班は素直に頷くのだった。

 

そして、クレアの容赦のない制裁でのびたルークはクレアに首もとを掴まれて、ズルズルと引き摺られて連れて行かれるのであった。

 

 

 




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二人の関係

てな訳でどうぞ


―――夕方

 

調書も無事に終わったリィン達はクレアと意識を取り戻したルークと共に、オットーから今回の事件を解決したお礼の言葉を受けていた。

 

「いや、お前さん達には本当に世話になってしまったな。何とお礼を言ったらいいものやら」

「いえ……お力になれて良かったです」

「それに、私達だけじゃ無事に解決出来なかったと思います」

「うん。記者さんと鉄道憲兵隊の方々がいなかったら僕達も無事でいられなかったと思います」

 

リィン達は感謝の意を込めてルークとクレアの二人に視線を送る。

 

ちなみに―――

 

『リーヴェルト大尉。そこの彼―――』

『彼は()()()()()()()を喰らって気絶してしまっただけです。―――ですよね?皆さん』

 

鉄道憲兵隊員の質問にクレアはごく自然に嘘をつき、同意を求めた笑顔が背筋が凍る程怖かった為、リィン達は無言で頷いて同意した。

 

『……そうですか』

 

その隊員もルークの顔の紅葉で何となく察し、そういう事にした。

 

目を覚ましたルークも魔獣の不意討ちで気絶したという説明に文句を言わずに同意した辺り、自身が悪いのだと理解しているのだろう。

 

ついでに言えば、調書を取る時、ルークだけは正座の上にお小言をきっちりと貰っていた。

 

「いえ、私達はあくまで最後の手伝いをしただけです」

「犯人達が逃げていたら、鉄道憲兵隊は介入すら出来なかっただろうからそこは誇っていいぞ」

 

個人的な説教を受けていたことを知らないリィン達に、クレアとルークは事も無げに賛辞の言葉を送る。

 

「う、うーん……ちょっと面映ゆいですけど」

「……まあ、素直に受け取っておくとしよう」

 

橙色の少年―――エリオットの照れくさそうな呟きにラウラは賛辞の言葉を素直に受け取った後、改めてルークに向き直った。

 

「それで、そなたは何者なのだ?記者と名乗ったわりには相当剣の腕が立つようだが」

「そう言われても、フリーの記者以外に説明出来ないんだが……そもそも、剣も我流で見る人が見れば眉をしかめるものだし」

 

ラウラの質問にルークは困ったように言葉を濁す。二年前の取材調査の時にリベールに訪れた際、クーデターを企てていた連中の残党が極秘裏で開発していた戦車を行動不能にした事を皮切りに、事件に見事に巻き込まれた話はあまり言うものではないからだ。

 

クレアはルークのその態度に呆れたように溜め息を吐いたが、すぐに意識を切り替えてモットーに顔を向ける。

 

「今後しばらくの間、何かあれば即座に対応できるよう憲兵隊の人間を常駐させますがよろしいでしょうか?」

「助かるよ大尉殿。わしとしては、同じ帝国の軍人さんである領邦軍とはあまりいがみ合わぬようにお願いしたいものじゃが」

「……配慮します」

 

クレアはそうは言うが、実際は難しいだろうな、とルークは考える。

 

現在、四大名門と呼ばれるアルバレア家、カイエン家、ログナー家、ハイアームズ家を筆頭とした『貴族派』と《鉄血宰相》率いる『革新派』は露骨に対立しているのだ。鉄道憲兵隊は帝国政府直属の部隊であり、領邦軍も貴族の意向が基本的には第一なのでいがみ合いは不可避だろう。

 

そんな事を考えていると、クレアは改めてリィン達に向き直っていた。

 

「調書への協力、ありがとうございました。皆さんのお時間を取らせてしまって申し訳ありません」

「い、いえ……気にしないでください」

「わ、私達の方こそ危ない所を助けていただいてもらいましたし」

「そ、そうですよ!繰り返しになりますけど、記者さんと大尉さん達がいなければ本当に危なかったですから!」

「そちらも気にしないでください。こういった事も大人の仕事ですから」

「あ~ら?随分と謙虚な態度でいらっしゃるわねぇ?」

 

クレアが微笑みながら気遣った直後、どこか嫌味を含んだ女性の声が聞こえてきた。

 

「サ、サラ教官!?」

「やれやれ……」

 

ワインレッドの女性―――サラの登場にリィン達が何故か呆れる中、サラはクレアの下に歩み寄った。

 

「……どうもお久しぶりです。サラさん」

「ええ。半年ぶりくらいかしら。それにしても、まさかアンタがここに出張ってくるとはね。……ひょっとして全部お見通しだったのかしら?」

 

先程と同じどこか嫌味を含んだサラの言葉に、クレアは涼しげな態度で答えていく。

 

「それは買いかぶりですよ。とある筋からの連絡と、どこかの誰かさんの通報を受けただけです」

「ああ、おたくの兄弟筋ね。随分と抜かりなく立ち回ってらっしゃること。そっちの記者さんのことも含めてね」

 

サラはそう言ってジットリとした視線をルークに向ける。また勘違いされている事にルークは何とも言えない表情をしていると、クレアは先ほどと変わらない態度で再び口を開いた。

 

「あくまで状況に対応するために動いているだけですよ。後、誤解しているようですが彼はサラさんが想像しているような人物ではありません」

「どうかしら~?ARCUSまで持っているみたいだしぃ?」

「あー、これはそこの学生さん達のクラスの()()()から貰ったもんだよ。お付きの人はすんごい仏頂面になってたけどよ」

「……はぁ、そういうことね。あんたがあの……」

 

おそらく話くらいは聞いていたであろうサラは、ルークの言葉に一応納得の意を示した。

 

三人の大人の周りの空気が微妙になっていく中、リィンは思い切って気になっていたことをクレアに問い掛けた。

 

「あの、クレア大尉。この記者さんとは一体どういう関係なのでしょうか?」

「……彼―――ルークは私の同窓生で腐れ縁です」

「腐れ縁って……せめてあいつらと同じ友人だと言ってくれよ……」

「貴方に対しては腐れ縁で十分です。貴方には散々な目にも合わされたのですから」

 

クレアはそう言ってジト目をルークに送り、頬を若干赤めてルークからすぐに視線を外す。

 

「大半……というか、全部事故と不可抗力だろ。その埋め合わせもきっちりしただろ」

「確かにお詫びとして食事を奢ってもらったりしましたが、それとこれとは別問題です。もうわざとかと思えるくらいですよ」

「わざとであんな事を毎回起こすか。全面的に俺が悪いのは認めるが、本当にキツかったんだぞ」

 

散々な目、事故と不可抗力、全面的にルークが悪い。そして、自然公園での出来事。

 

それだけで、サラ以外はクレアの散々な目を察することが出来た。出来てしまった。そして、あれは初犯ではないことも。

 

「「…………」」

「あはは……」

「……本当に俺が悪かった」

 

ラウラの冷めた視線がルークに、アリサのジットリとした視線がリィンに突き刺さり、リィンは困ったような表情で改めて金髪の少女―――アリサに謝罪し、エリオットは曖昧に笑っていた。ちなみにオットーは暖かい眼差しで見守っている。

 

「……あの、クレア大尉」

「なんでしょうか?」

「失礼を承知で伺いますが、散々な目の対処法を教えて頂けないでしょうか?念のために」

 

アリサの真剣な表情と眼差しに、クレアは()()被害者だと察した。

 

「では、あちらで二人でお話しましょう」

「はい」

 

クレアに移動を促されたアリサは素直に着いていき、ルーク達から少し離れた場所でクレアは真剣な眼差しでアリサの質問に答え始めた。

 

「まずは周囲、特に足下に気をつけるべきですね。それに足を取られて……が多かったですから」

「なるほど」

「その相手が釣りをしている時も注意してください。特に釣竿を振りかぶっている時は」

「ふむふむ」

「荷物を持って階段を移動する時も気をつけてください。何故か様々な原因でバランスを崩して……もありましたから」

「はい」

「それでも散々な目にあった時は、物理的に記憶を抹消することをお薦めします。向こうが悪いのですから遠慮は必要ありません」

「了解しました」

「以上が私からのアドバイスです。参考になったでしょうか?」

「ものすごく参考になりました。ありがとうございました。クレア大尉」

「いえ。お役に立てて何よりです」

 

お辞儀をして礼を述べるアリサに、クレアは微笑みながら敬礼する。一方……

 

「…………」

「頑張れよ、少年」

 

何となく嫌な予感を察して肩を落としたリィンに、同じく察したルークは肩に手を置いてエールを送るのであった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

―――夕日が沈み、夜となったケルディック。その宿の一室にて。

 

「今日は色々とお疲れだったな」

 

調書の際、プライベートの番号を教えられていたルークは、早速クレアに通信を繋げて会話していた。

 

『通報を受けた時は思わず呆れましたよ。後、今日のあれは早々に記憶から抹消してください。い い で す ね?

「……はい」

 

クレアの念押しにルークは素直に頷く。ルークが掛けた“保険”は帝国軍への通報であり、通報を受ければ間違いなく鉄道憲兵隊が出動すると踏んでいた。クレアが出張ってきたのは予想外ではあったが。

 

「まー、それより先日の話の段取りをしようか。その為に番号を教えたんだろ?」

『本当に学生の時から中身が変わっていないですね。少しはしゃんとして欲しいものです』

 

クレアから見事に呆れられるも、ルークは少し反論気味に言葉を返す。

 

「それを言ったらソフィーヤのやつも変わってないだろ。二ヶ月前にルーレに寄った時、相変わらず好き勝手していたようだし」

『あのソフィさんがそう変わるわけないですよ。去年再会したヴァンさんは大分大人びていましたが』

「……俺が言うのもなんだが、相当濃い面子だったよな。考古学者志望のアルテリアからの留学生に、ルーレ工科大から入学拒否された自称天才、導力演算器並みの頭脳を持つ学年トップが集っていたからな」

『……当時の戦術教官を入学からたった三ヶ月で下せるようになったルークも十分に濃い人物です』

「ごもっともな意見、ありがとうございます。……せっかくだから二人も誘って四人でどうだ?」

『……ソフィさんはともかく、ヴァンさんは連絡手段がありませんから難しいと思いますよ?』

「ヴァンは二週間ほど前に一回会っている。行き先も聞いていたから、今はオルディスにいる筈だ」

『彼処の近くには遺跡がありますから、運が良ければルークが接触出来ますね』

 

意外にも四人で会うことに乗り気なクレアに、ルークは苦笑しながら段取りを決めていく。

 

「明日の取材が終わったら、速攻でオルディスに向かってヴァンを探してみるさ」

『ソフィさんはヴァンさんを掴まえてからですね。彼女のことですから二つ返事で了承するでしょうね……多分』

「まあ……機械が友達と豪語するソフィーヤだからな」

『ええ……あのソフィさんですからね』

 

あの中で一番性格が強烈だったソフィーヤにルークは遠い目となって窓の外を見つめる。クレアも声からして同じ心境だろう。

 

その後、クレアと二、三話してからルークは通信を終え、四人で集まれればいいなと思いつつ、眠りにつくのであった。

 

 

 




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語り草の人達

てな訳でどうぞ


―――七耀歴1204年5月12日

 

夕日が照らすトールズ士官学院。その敷地内にある技術棟の一室にて。

 

「ん?……おいジョルジュ。このレポートというか、設計図みたいなものはなんだ?」

「それは一人、よくて二人乗りサイズの導力四輪車のデータだよ。ルーレにいる危険人物から導力バイクの設計図とデータの交換で手に入れたものだよ」

 

太った青年―――ジョルジュは苦笑いしながらバンダナの青年―――クロウの疑問に答える。

 

「ある意味導力バイクの元となったマシンといったところかな?」

「その通りだよアン。……最初は導力バイクを分解して調べたいから代わりに寄越すよう言ってきたんだけどね」

 

黒いツナギを来た女性―――アンゼリカの指摘にジョルジュは少し遠い目をして答えた。

 

「お、俺達の結晶を分解の為に寄越せとか……」

「ふふ、相当クセが強い人のようだね?」

 

クロウは頬を若干引き攣らせ、アンゼリカは興味が湧いたように笑みを浮かべる。対してジョルジュは何とも微妙な表情で頬を掻いて話を続けていく。

 

「うん。その人は昔、ルーレ工科大学から入学拒否されて、それでトールズに入学した曰く付きの人物なんだよ」

「入学拒否だと……?一体何をやらかしたらそうなんだよ?」

「その人の技術力は目が飛び出るくらい凄かったそうだけど……アンの言う通り、それ以上に相当クセが強かったそうでね。作りたいものしか作らない。興味のある機械は徹底的に分解調査。しかも分解した機械は直さずに放置。廃棄予定の機械を無断で回収。挙げ句の果てには勝手に改造……ある意味あの人以上だよ。ルーレはその人の地元だから余計にその話が飛び交って……ね」

 

その好き勝手さ故に、ルーレ工科大学は危険を感じてその人物の入学を拒否したのだ。代わりにトールズの推薦状を送ったのは正解か失敗だったかは……女神のみぞ知るだろう。

 

「その……なんつうか……強烈なやつだな」

「うん。当時の技術部も一時期魔窟と化したようだし、一番衝撃だったのは戦術オーブメントを徹底的に分解したことかな。しかも、それで後に複数のアーツの並列同時駆動やストックといった改造を施したそうだからね。ちなみに最近の噂では人工知能を独自に作り上げたとか」

「マジで何者だそいつ」

「一言で言えば……天災だね。多分、半月でジャンクパーツから導力バイクを一台作り上げるくらいの」

「……冗談だろ?」

「でも、確かにそれだけの技術力を持っているとうのは頷けるね。この資料を見る限り、アクセルを入れるだけで速度を自由に変えられるようだからね」

「そうなんだよ。資料を見た限り、燃費が悪かったりブレーキをかけないと勝手に前進するというデメリットはあるけど、“扱い易さ”という点においては称賛に値する出来映えなんだよ」

「それでいてここの卒業生とか……何の冗談だっつーの」

 

クロウが呆れた直後、入口の扉が力強く開いた。

 

「ようやく見つけたよクロウ君!!」

「お?トワか。どうしたんだよ?そんなに怒って」

「どうしたんだよ?じゃないよ!生徒会の資料にこれを紛れ込ませたの、絶対にクロウ君でしょ!?」

 

小柄な少女―――彼らと同学年であり生徒会長であるトワは顔を真っ赤に一枚の用紙をつき出す。それは一見すれば生徒会の資料のようにも見えるが、実際は卑猥な小説の痴情場面の文章を書き写したものだ。

 

「これは……ドロテ君の小説だね?これが可愛い娘ちゃん達の刺激的なものだったら良かったのに……」

「ははっ、バレたか。結構苦心したんだけどな……別の意味で」

「クロウ君!!」

 

悪戯の為に、ある意味多大なダメージを負ったクロウは特に悪びれた様子もなく軽く流そうとするも、トワの“怒ってます!!”の剣幕に、早々に折れた。

 

「ハイハイ。悪かったよ」

「~~~ッ。……そういえば何か話していたようだけど、導力バイクについて意見を出しあっていたの?」

 

一先ずは怒りを収めたトワが問い質すと、ジョルジュが苦笑いしながら答えた。

 

「どちらかと言うと、ここの卒業生の話かな?わりと有名な方の」

「それって、あれかな?語り草となっている人達の」

「その通りだよトワ。その内の一人について話題が上がっていたんだよ」

「語り草?そんなのあったか?」

 

トワとジョルジュの会話にクロウは首を傾げて頭を捻っていると、アンゼリカがその『語り草』について一番有名な話を上げた。

 

「君も知っている話だよ。その内の一番有名な話で君は血涙を流していたじゃないか。かくいう私も何て羨ましい話だと思ったことか」

「……ああ、『スケベ大魔王』の話か。確かに男としては羨ましい話だったな。……今は『二代目』の話題で持ちきりだが」

「…………」

「そんな冷めた目で見つめないでくれよ、トワ」

「フフ……そんな目を向けるトワもまた魅力的だよ」

「アン。少しは自重しなさい」

 

トワの冷めた眼差しにクロウは困ったように溜め息を吐き、アンゼリカはニヒルな笑みを浮かべ、ジョルジュはアンゼリカに呆れたように告げる。

 

実に何時もの光景であった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

―――同時刻。ルーレ市にあるとある工房の一室にて。

 

「……う~ん。やっぱり処理能力にまだ問題があるわね。これじゃ処理速度が追いつかずにオーバーフロー確定ね」

『ゴ迷惑オ掛ケシマス。マイスター』

「気にしない気にしない。これくらい、天才かつ生みの親たる私からすれば想定の範囲内だから♪」

 

部屋の四分の一を占拠している真っ黒な筐に取り付けられている[(×△×)]が表示されているモニターに、腰まで伸ばした深紅の髪をうなじ辺りで纏めた、青の作業服に汚れが多い白衣を羽織った女性は茶目っ気たっぷりにウインクする。

 

その女性の近くの机には写真が入れられた写真立てが置かれており、その写真に写っている四人は緑色の制服を着ている。中央には満面の笑みを浮かべ、緑色の制服の上に少し汚れた白衣を羽織った深紅の髪の少女が、少し困ったように笑っている水色の髪の少女の顔に頬をくっ付けて抱きついており、その水色の髪の少女の隣には少し笑みを浮かべた白髪の少年が、深紅の髪の少女の隣には人の良さそうな笑みを浮かべたオールバックの茶髪の少年が並んで写っていた。

 

「最終的には持ち運び出来るサイズにまで落とし込みたいんだけど、まだまだ無駄が多いかなぁ?」

『ヤハリ、会話機能ヲオミットスルノガヨロシイノデショウカ?』

「しないよ!目標は自らの意思で行動する機械なんだから、意思疏通が図れないのは本末転倒だよ!!」

『ソウデショウカ……?』

 

機械的な音声が分かりやすく困惑していると、チリンチリンと店の呼鈴が鳴り響いた。

 

『マイスター、オ客様ノヨウデス』

「この時間に誰だろ?まだジジイが来る時間じゃないのに」

 

深紅の髪の女性は疑問を浮かべながら奥の作業室からカウンターの前に出ると、ライディングブーツにショートジャケット、タイトスカート姿の水色の髪の女性―――私服姿のクレアがカウンターの向かいで待っていた。

 

「クレアじゃない。どうしてこっちに?」

『マイスター。オ知リ合イナノデスカ?』

 

備え付けのモニターに[(・_・)?]が表示され、機械的な合成音声が響き渡る。

 

「あの、ソフィさん……それは一体何なのでしょうか?」

 

クレアがそれに分かりやすく困惑していると、深紅の髪の女性―――ソフィーヤ・ハントエルガーはよくぞ聞いてくれた!!と言わんばかりに瞳を輝かせた。

 

「私が開発した人工知能『アステル』だよ!カメラとスピーカーを使えばこうして意思疏通が出来る私の自慢の作品だよ!まだ完成してないけど凄いでしょ!?」

 

ソフィーヤはカウンターから身を乗り出し、ズイッとクレアに顔を近づける。

 

「落ち着いてくださいソフィさん。顔が近いですよ」

「あはは、ごめんごめん」

 

困った表情をするクレアの言い分に、ソフィーヤは素直に謝ってクレアから顔を離していく。

 

『ソウデシタカ。申シ遅レマシタガ、私ハアステルト言イマス。以後、宜シクオ願イシマス。クレア様』

 

アステルの合成音声が壁に取り付けられたスピーカーから響き、同じく壁に埋め込まれたモニターから[(^∀^)ゞ]という記号が表示される。

 

「はい。宜しくお願いしますね」

「それにしてもどうしたの?何か用事があったけ?」

 

ソフィーヤが本気で首を傾げた姿に、クレアは呆れたように溜め息を吐いて此処に訪れた理由を力なく告げた。

 

「……先月、依頼しましたよね?」

「……あー、あれね!すっかり忘れてたよ!すぐに持ってくるからちょっと待っててね!」

 

ようやく思い出したソフィーヤはすぐに奥へと引っ込み、数秒もしない内に大きな黒のトランクケースを抱えてカウンターに戻って来た。

 

「はい、これ!」

 

ソフィーヤは満面の笑みでその黒のトランクケースをドンッ!とカウンターの上に置く。

 

「ちゃんと作ってくれていたんですね」

「心外だなぁ。依頼されたものはちゃんと作るのが私の信条だよ?」

「……学生時代、私の拳銃を勝手に分解して元通りに直さなかったのは誰でしたでしょうか?」

「そうだっけ~?ちゃんと直した筈だけどなぁ~?」

「あれは改造です」

 

クレアは学生時代のソフィーヤの所業を思い出しながら黒のトランクケースを開ける。中には少々変わった形状の長銃が納まっていた。

 

「これがご注文のオーバルレーザーライフルだよ。サイズは要望通り!威力も申し分無しの出来だよ!」

『オーバルレーザーライフルノ最大威力ハ、帝国正規軍ノ主力戦車ニ匹敵シマスノデゴ安心ヲ』

「まったく安心できません……」

 

ソフィーヤが嬉々として語り、モニターに[(>∀<)/]と表示したアステルの例を上げた解説に、クレアは疲れたような表情となる。

 

「ちなみに形態も変えられて長距離射撃も出来るから狙撃も可能だよ?数値上は主力戦車の装甲を完全貫通も不可能じゃないよ!」

「……完全に対物向けですよね?頼んだのは対人向けの筈ですが……」

「そう?威力は調節できるから十分に対人としても使えるよ?」

 

これがソフィーヤの悪癖。良くも悪くも、というか、八割は悪い方向で頼んだ以上の仕事をするのだ。学生時代に銃の整備を頼んだ際、ネジ一本まで分解した挙げ句、あろうことか勝手に威力が十倍になる改造を施したのだ。おかげで新しく買わなければならなくなった。

 

……もっとも、その改造された銃を物理的な記憶抹消という名の制裁に使いまくっていたが。

 

「せっかくだからオーブメントの調整もしない?身内価格で安くするよ!」

「結構です」

「ブーブー」

『駄目デスヨ、マイスター』

 

クレアが仁辺もなく断った事にソフィーヤは口を尖らせて文句を垂れ流し、アステルもモニターに[(-_-)]と表示して宥めようとしている。

 

「ふん。相変わらずのようだな小娘」

 

そんな不機嫌そうな声と共に扉が開き、如何にも頑固そうな老人―――G・シュミット博士が店内に入っていく。ソフィーヤは分かりやすい程に不機嫌な顔となってシュミット博士を睨み付けた。

 

「来たわね、ジジイ」

「睨む暇があったら、貴様が開発したプログラムの構想データをさっさと寄越すがいい」

「はいはい。ZCFとエプスタイン財団が共同開発している『オーバルギア』の制御プログラムでしょ。お金が足りなくて本体は作れてないから試作の域だけど……そっちでもオーバルギアを作ろうとしてるの?」

「似たようなものだ。分かったらさっさと渡すがいい。その見返りに貴様の要望通り、ARCUSと魔導杖(オーバルスタッフ)の試作品を先に譲渡してやったのだからな」

「分かってるわよ。……はい」

 

ソフィーヤは文句を言いながらも茶色い封筒を叩きつけるようにシュミット博士に渡す。シュミット博士は鼻を鳴らした後、封筒に入っていた書類を取り出し、軽く流し見た。

 

「……ふん。相変わらずの完成度だな。わざわざ儂自らが声を掛けてやって二つ返事で断ったわりにはな」

「ジジイは自分の研究したさに雑用全部押し付けるでしょ。私のやりたいことが出来なくなるから弟子入りを蹴ったのよ。その報復で私のルーレ工科大学の入学を拒否したでしょ」

「入学を拒否したのは儂ではない。在籍している教授達が決めたことだ。もう終わったことに目くじらを立てるな」

「ふーんだ。別にいいもんね。トールズでやりたいことが沢山出来たし、友達もできたからね」

『マイスター。マルデ負ケ惜シミデスヨ』

 

アステルがモニターに[(/o\)]と表示してそう伝えると、シュミット博士は興味深げにそのモニターに視線を向けた。

 

「やはりその人工知能は興味深いな。これの延長線で開発したようだが……」

「アステルはやらないよ。悔しかったら自分で作るんだね、ジジイ」

「……ふん。まあよい。用事はこれを取りに来ただけだからな」

 

シュミット博士はそう言って書類を封筒に戻し、そのまま振り返ることなく店から出ていった。

 

「……本当に相変わらずなんですね、ソフィさん」

「あははー、ごめんね?あのジジイとは会う度にこうなんだよねー」

『マイスターガ先ニ噛ミ付イテイマスガネ』

 

アステルのツッコミにソフィーヤのライフが微妙に削れたその時、クレアの持つARCUSから着信音が鳴り響いた。

 

『今大丈夫かー?』

 

ARCUSを開いて早々、聞こえてきたルークの声にクレアは通話してきた理由も察して思わず苦笑してしまった。

 

「大丈夫ですよ。今はソフィさんのお店に居ますから」

『お。どうやら良いタイミングに連絡出来たな。今ヴァンも居るからスピーカーモードで話し合うか』

「ええ」

 

クレアの言葉から誰と通話しているのかを理解したソフィーヤは笑みを浮かべ、スピーカーモードとなったクレアのARCUSに向かって話しかけた。

 

「二ヶ月振りだねルーク!」

『ああ、二ヶ月振りだなソフィーヤ。ヴァンも近くにいるぞ』

「ヴァンも!?」

『うん、そうだよ。本当に久し振りだね、ソフィーヤ。クレア。声だけだけど元気そうだね』

 

クレアのARCUSからルークの声ではない男性―――ヴァン・シューレの声が届いてくる。

 

「久し振りヴァン!でも、どうして急に?」

『実はルークとクレアで久し振りに四人で会わないかってなったそうなんだ』

『日時はクレアの非番に合わせてだけどな』

「そうなんだ。確かにクレアは軍人だからそれが妥当だよね。場所は決めているの?」

 

皆で会う事にノリノリなソフィーヤが具体的な場所を聞くと、ルークが苦笑気味に言葉を発した。

 

『それについてなんだが……』

『僕の都合なんだけど、レグラムで会うのは駄目かな?』

 

ルークの言葉を遮って、ヴァンが少し申し訳なさそうに具体的な場所を掲示する。

 

「レグラム……ひょっとしてあの城を調べるのですか?」

『うん。せっかくの集まりでこっちの都合を押し付けるようで申し訳ないんだけど……』

 

声だけでも分かる程、ヴァンが申し訳なさそうにしていると、ソフィーヤが特に気にした様子もなく告げた。

 

「それくらいいいよ!レグラムの光景は綺麗だし、霧がかかっていてもそれはそれでいい場所だからね!!もちろん、ルークの弁当付きだよね?」

『クレアだけじゃなくお前もかよ!?』

『そこは仕方ないんじゃないかな?ルークの料理は本当に美味しかったからね。今から料理人に転職したらどうだい?』

『ヴァンも乗るなよ!……取り敢えず、全員参加で決定だな』

 

その後、具体的な日時を決めたクレアはオーバルレーザーライフルの料金を支払い、ソフィーヤの店を後にするのであった。

 

 

 




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嫌な噂

てな訳でどうぞ


―――七耀歴1204年5月16日

 

トールズ士官学院の学院長室にて。

 

「……あの、学院長」

「ん?どうしたのかねリィン君?」

「前から気になっていたのですが……『スケベ大魔王』について心当たりがないでしょうか?」

 

神妙な面持ちのリィンは『スケベ大魔王の再来』や『二代目エロ剣士』等といった、自身に襲いかかった不名誉極まりないあだ名の源泉について、何か知っているであろうヴァンダイク学院長に思い切って問い質していた。

 

以前から囁かれて気になってはいたが、こうして意を決して問い質している理由は先日、トワ会長から『スケベ大魔王になったら絶対に駄目だからね!?』と本当に心にくる釘を刺されたことが決定的だったからだ。

 

……ついでに先日のさらに先日、魚と全く無関係な()()()()を釣り上げたリィンは金髪少女によるアーツの制裁を喰らったことでその不名誉なあだ名が更に加速したのは言うまでもない。

 

ちなみにその被害者は青い髪のポニーテールの少女である。もちろん、彼女からも木剣で制裁された。

 

ヴァンダイク学院長は顎に手を当てて少し考える素振りをした後、赴ろに話し始めた。

 

「昔、とある男女の生徒二人がおっての。その女子生徒はとても優秀で、男子生徒の方は座学は下位じゃったが実技の方は当時務めていた戦術教官でさえ本気で苦戦し、三ヶ月経つ頃には完膚なきまでに負けるほどじゃった」

「そんな方達が居られたんですね。しかし、それが一体どう……」

「じゃが、何故か二人がその場にいると五回に四回の確率で不埒な事態が起きていての。その度に彼は彼女に制裁されておったのじゃ」

「―――え?」

「それも狙ってではなく偶然での。荷物を抱えて階段を降りているところで背中を叩かれたり、釣りをしておった時に釣り針が引っかかったり、地面に転がっていたものに足を取られたり等、様々な要因で起きておったのじゃ」

 

ヴァンダイク学院長は昔を懐かしむように呟くが、リィンはそれのせいで自分は不名誉極まりないあだ名を襲名する羽目になったのかと思っていた。……しつこいようではあるが、ラッキースケベをやらかしたリィンの自業自得である。

 

そんなリィンの心境に構うことなく、ヴァンダイク学院長は話を続けていく。

 

「それがほぼ毎回起きていたものじゃから、彼は男子からは憎悪の視線を、女子からは侮蔑の視線を向けられておったのじゃ。それが交友関係にまで響くほどにの」

「…………」

「それで勉学やレポートの頼みごとを彼女に土下座して願い出る羽目での。彼女も呆れながらも渋々といった感じで見ておったのじゃ。他の二人と一緒にの」

「…………」

「その二人もそれなりに目立っておっての。一人は技術棟を魔窟と化して、もう一人はそんな三人の仲裁役に回っておったのじゃ。それで『スケベ大魔王』、『氷の女王』、『技術棟の悪魔』、『苦労人』でトールズで有名となったのじゃ」

「……凄く濃いメンバーだったんですね……ちなみに最初のお二人のお名前は?」

「ルーク・バーテル君とクレア・リーヴェルト君じゃ」

「…………」

 

まさかの人物にリィンは言葉を失った。先月の特別実習で出会ったあの二人がトールズの卒業生であったことにも驚きだが、あの二人があのあだ名の源泉だったのが一番の驚きであった。同時に、クレア大尉がルークに制裁するまでの一連の騒動も思い出し、納得していた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「―――へっくし!」

 

くしゃみが辺りに響き渡る。

 

レグラムのエベル湖が一望できる高台。そこには木製のベンチとテーブルが設置されており、その内の一つのテーブルにルーク、クレア、ソフィーヤ、ヴァンは囲って座っていた。

 

「風邪かい?ルーク」

「そんな筈はないんだけどな……誰かが噂でもしているのか?」

 

茶色のダスターコートを羽織った如何にも学者風の格好をしたヴァンが心配げにルークを見やり、鼻を抑えているルークは疑問を浮かべながら返した。

 

「大方、貴方の不埒な行いに関する噂でしょうね」

 

そんなルークに私服姿のクレアは特に心配する様子もなくアイスコーヒーを口にする。クレアの隣に座っているブラウスとスカート―――お出かけ用の服に身を包んだソフィーヤは笑ってジュースを飲んでいた。

 

「俺に対しては本当に辛辣だな!?」

「貴方にはこれで充分です」

「仕方ないんじゃない?ルークは本当にわざとかというくらい、クレアにやらかしちゃってるからね」

「そうだね。一番印象残っているのは―――」

「ヴァンさん?」

 

ヴァンの言葉を遮って、クレアはにこやかな笑顔を向ける。心なしか、彼女の周りの空気が冷え込んでおり、右手がガンホルスターに納まっている拳銃に添えられていた。

 

「……ごめんなさい。何でもないです」

 

そんなクレアの迫力に、ヴァンはあっさりと言葉を呑み込んだ。言えば、もれなく導力銃の制裁コースである。

 

トールズのみで広がったクレアの異名―――《氷の女王(アイス・クイーン)》は健在であった。

 

ソフィーヤはそんな微妙に重い(?)空気に構うことなく、木製のテーブルの上に置かれたバスケットの中にあるローストビーフとトマトのサンドイッチを掴み、美味しそうに頬張っていた。

 

「うーん。相変わらずルークの作る料理は美味しいね。これでお酒もあったら完璧だったんだけどね」

「流石にここでお酒は駄目だと思うよソフィーヤ」

「昨日ヴァンと一緒にレグラム入りして、無理言って宿の厨房を借りてまで用意したからな。第一、昼から酒盛りは流石に御免だ」

「それに、ソフィさんに付き合ったら全員酔い潰されそうですしね」

 

お酒を所望するソフィーヤにルーク、クレア、ヴァンは呆れたような冷めた視線を送る。一度、クレアがソフィーヤと一緒に飲んだそうだが、クレアは見事に酔い潰されたのだそうだ。対するソフィーヤは終始平然としていたそうで、クレアは二日酔いにも関わらず実に何時も通りだったそうだ。

 

「えー?ワイン三十本はほんの付き合い程度でしょ?」

「その量はほんの付き合い程度じゃないから」

「おかげで翌日、私は頭痛を堪えながら仕事をする羽目になったんですよ?」

「それでクレアの先輩―――ミハイルさんがお前の店に来て文句を言われただろ」

 

ミハイル・アーウィング。クレアと同じ鉄道憲兵隊に所属している人間でクレアの従兄である。

 

()()()()()からミハイルとクレアの関係は決して良好とは言えないのだが、険悪な関係とも言い切れない。何故なら、二日酔いの件もクレアに小言を言いつつも彼女を気遣って比較的軽い仕事だけになるように手配したり、後日ソフィーヤに文句を言いに行ったりと、何だかんだでクレアの事を気にかけているからだ。

 

ちなみに、ミハイルはルークに対してかなり厳しい目を向けている。理由は彼の実の妹であり、クレアとも同じく微妙な関係であるイサラの『姉さんを辱しめた女の敵は死ね』という伝言をルークに伝えた時点で推し測るべきだろう。

 

「あー。確かに仏頂面で三十分近く文句を言っていたね。全部聞き流していたけど」

「……本当に相変わらずだねソフィーヤ。昔、好き勝手に分解したり作ったりして、ルーレ工科大学から入学拒否されてトールズに入学した時のままだね」

「そっちも同じでしょ、ヴァン。それよりも、皆聞いてよ!今、トールズに面白い機械があるそうなんだ!!」

「ああ……」

「始まったな……」

「始まりましたね……」

 

両手でテーブルをバンッ!と叩いて立ち上がり、目を輝かせたソフィーヤに三人は疲れたように溜め息を吐いて呟く。そんな三人に構わず、ソフィーヤは嬉々として内容を語り始めていく。

 

「聞けば、何もない場所からいきなり現れたり、金属なのに自由自在に曲がったり、まるで意思があるように反応する機械だそうだよ!!ぜひパクって徹底的にバラして、自らの手でそれを作り上げてみたい!!」

「……元に戻せますか?」

「私が同じものを作れるようになれば大丈夫だよ!」

「そう言って昔、導力式の拳銃や戦術オーブメントを徹底的に分解した挙げ句、結局直さなかったよね?」

「……フッ。私は過去を振り返らない女なのよ」

「格好つけて誤魔化そうとするな」

(……絶対にミリアムちゃんを会わせるわけにはいきませんね)

 

厳密に言えば彼女の持つ戦術殻《アガートラム》ではあるのだが。

 

「珍しいな。お前さん達がここにいるなんてよ」

 

そんな和気藹々な場に白いコートを羽織った金髪の青年が声を掛けた。

 

「トヴァルか。そういえばレグラムには遊撃士協会(ブレイサーギルド)があるから当然か」

 

その青年―――トヴァル・ランドナーにルークは肩を竦める。そして、次にトヴァルの姿に反応したのは意外にもソフィーヤであった。

 

「あれ?トヴァル?あはは、久しぶり~」

「?知り合いなのかソフィーヤ?」

「うん。オーブメント改造のアドバイスを求めるウチのお客様だよ。勿論お金は取ってるけどね♪」

「……納得だよ。ソフィーヤは昔、アーツの並列同時駆動やストックを可能とした改造を施したからね。ルークは何処で知り合ったんだい?」

「ちょっと知り合いと一緒に()()()()を解決した時だな」

 

ソフィーヤの説明にヴァンは納得したように呟く。ルークも言葉を少々濁して説明した。

 

ENIGMA(エニグマ)の改造プランも提供したし、前世代の戦術オーブメントを新世代オーブメントの補助マシンに改造する案も発案したんだよ」

「リセット機構や同調(チューニング)機構……最初は頭痛を覚えたもんだ。……今は噂に聞くお前さんがここにいる事に驚きなんだけどな」

「…………」

 

トヴァルの言葉に、クレアは申し訳なさそうに視線を落とす。

 

現在、帝国の遊撃士は二年前の支部襲撃件以来、帝国政府の意向で大きく活動を制限されてしまっている。その舵を取った《鉄血宰相》と政府直属の組織である《情報局》の兄弟組織に所属しており、《鉄血宰相》直属の部下と囁かれているクレアに対してもあまり良い感情は抱けないのは理解は出来るのだが……

 

「……ルーク。ヴァン。今すぐこいつをエベル湖に沈めよう」

「へ?」

 

せっかくの楽しい空気がぶち壊された事に静かに頭にきていたソフィーヤの物騒な発言に、トヴァルは思わず目を丸くしてしまう。そんな彼に容赦なく追い討ちが掛かる。

 

「まぁ、せっかくの集まりに水を差されたからね。これくらいは仕方ないかな?」

「楽しく談笑の空気を見事にぶち壊されたからな。エベル湖に放り投げるくらいは大丈夫だろ」

「えっと……その……お前さん達はどういう関係なんだ?」

 

何か地雷を踏んだらしいと察したトヴァルはこめかみに汗を流しながら問い掛けると、ルーク、ソフィーヤ、ヴァンは揃って答えた。

 

『トールズの卒業生。同時に同期生で友達』

 

それだけでトヴァルは察し理解した。久しぶりの友人同士の集まりに水を差してしまったのだと。

 

「……お、俺が悪かった。別にそういうつもりで言ったわけじゃないんだ」

「謝る相手が違うでしょ」

「た、確かにそうだな……」

 

ソフィーヤの指摘にトヴァルは納得し、申し訳なさそうにクレアに向き直った。

 

「悪かったクレア大尉。せっかくの集まりに水を差しちまって」

「いえ。そう思われても仕方ないと思っています。サラさんも似たような雰囲気でしたし」

「罰としてトヴァルは今すぐ高価なワインを二本今すぐ用意してね。もちろん自腹で♪」

「勘弁してくれよ!?」

 

その後、トヴァルが泣く泣く持ってきた二本のワインをルーク、クレア、ヴァンは悩んだ挙げ句、結局楽しんだ後―――

 

バキッ!

 

お約束の如く、木製のテーブルの脚が片側だけ折れてルーク達は揃ってバランスを崩し―――

 

「何でこのタイミングで―――」

「あんっ!」

「――――――」

 

またしても()()()が炸裂し、数秒後、轟音と共にルークはエベル湖に向かって吹き飛ばされるのであった。

 

「いやー、懐かしいね。流石ふう―――」

「卒業後も変わらないなぁ……本当にお似―――」

ふ た り と も?

「「……すみません。何でもないです」」

 

 

 




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依頼

てな訳でどうぞ


―――七耀歴1204年7月24日

 

帝都ヘイムダルの帝都駅前にて。

 

リィン達は鉄道憲兵隊指令所のブリーフィングルームで、帝都知事でありトールズ士官学院の三人いる常任理事の一人でもあり、緑髪の眼鏡の少年―――マキアスの父親でもあるカール・レーグニッツから今回の特別実習の内容を説明し、夏至祭の準備で立ち去った後、同席していたクレアによって駅の出口まで案内されていた。

 

「それでは、私の方はこれで。三日間の特別実習、どうか頑張ってください」

「は、はい……」

「わざわざのお見送り、ありがとうございました。…………」

 

リィンのお礼の言葉を受けたクレアが踵を返して駅へと戻ろうとしたところで、リィンが思い出したようにクレアに話しかけた。

 

「そういえばクレア大尉。学院長から聞きましたが、クレア大尉もトールズの卒業生だったんですね」

「ええ!?」

「そ、そうだったんですか!?」

 

リィンの言葉にエリオットとアリサが驚愕してクレアを見やり、その反応にクレアは苦笑して振り返り、頬を掻きながら答えた。

 

「……はい。第216期生ですから、皆さんとは五年ほどの先輩ですね」

「そういえば、あの記者殿と同窓生と言っていましたね。もしや彼も……」

「はい。ルークも私と同じ、トールズの卒業生です」

 

ラウラの質問にもクレアは苦笑しながら答える。クレアと初対面であったマキアス、金髪の少年―――ユーシス、褐色の少年―――ガイウスと眼鏡を掛けた三つ編みの少女―――エマ、銀髪の少女―――フィーの反応はそこまで大きなものではなかったが、一度二人と会っていたアリサ、エリオット、ラウラは納得していた。

 

「そうだったんですか。それなら教えてくれても……」

 

「いや。流石にあの―――」

 

リ ィ ン さ ん?

 

リィンが()()()を話そうとした瞬間、クレアがにこやかな笑みを向けてリィンの名前を呼ぶ。その声と笑顔には謎の圧が存在しており、ついでにアリサとラウラの二人も冷めた視線をリィンに向けている。

 

「……すみません。何でもないです」

 

「そうですか」

 

リィンはその圧に屈して素直に引いた。クレアは軽く咳払いして、トールズの卒業生であることを明かさなかった理由を話し始めた。

 

「話さなかったのは特別実習で関わるにあたり、余計な情報を与えたくなかったからです。それに、卒業してそれぞれの進路に進んでしまったら断たれてしまう縁もありますから」

 

「あ……」

 

《トールズ士官学院》は他の士官学院とは違い、必ず軍に入るわけではない。仮に軍に入っても正規軍と領邦軍の二種類が存在するため、互いに敵対し対立する可能性もあるからだ。

 

「……ごめんなさい。少し不安になるような事を話してしまって」

 

微妙な空気となったことにクレアは申し訳なさそうに謝るも、リィンがすぐに取り繕った。

 

「いえ。ですが、全部が断たれてしまうわけではないですよね?」

 

「……そうですね。私にもそれぞれの道に進んでも繋がっている縁は確かにありますから」

 

「ルークさんのようにですね?」

 

「……彼とは腐れ縁です」

 

笑顔から一転、ちょっとだけつっけんどな態度で腐れ縁と言い切るクレアに、リィン達は内心で微笑んでしまう。

 

そこで、マキアスが思い出したように口を開いた。

 

「ひょっとして語り草の《氷の女王》―――」

 

その瞬間、クレアの例の笑顔がマキアスに突き刺さった。

 

「マキアスさん。口は災いの元という言葉をご存知でしょうか?」

 

そう語るクレアは笑顔のまま、声も先程と変わらないがそこには何人をも黙らせる圧が存在している。

 

《氷の女王》―――一切の慈悲を与えずに制裁を下し、目撃者を絶対零度を幻視させる笑顔で黙らせて従わせていた事から由来する異名だ。

 

……もっとも、その制裁対象は一人だけで、その目撃者も制裁に至った光景を忘れるよう念押ししただけだが。

 

「……え……あ、その………………はい」

 

当然、マキアスもその笑顔の圧に屈し、言葉を呑み込むのであった。

 

「では、今度こそ失礼しますね」

 

クレアはそう言って敬礼し、今度こそ駅へと戻っていくのであった。

 

クレアが立ち去って数秒後、一部を除く一同は盛大に息を吐き出していた。

 

「はぁぁぁ…………」

「ま、また凄い圧を感じたよ……」

「笑顔で威圧するとは……やはり帝国の軍人は凄いのだな」

「いえ……あれは軍人とは無関係と思います」

「どうやら、レーグニッツが口にしようとした話題は地雷だったようだな。《氷の女王》……噂程度で耳に届いていたがな」

「ん。……確か、『スケベ大魔王』とセットだったと聞いた気がする。リィンが“二代目”だと知ったらどう反応するのか気になるところ」

「頼む、フィー。そのことはクレア大尉に絶対に言わないでくれ……」

「しかし、そんなことが語り草として残るほど、クレア大尉の学生時代に何があったんだ……?」

 

そんなことを議論する一同に……

 

「皆、世の中には知らないことが良いこともあるのよ?」

「うむ。むやみに詮索するのもどうかと思うが?」

 

()()()であるアリサとラウラがにこやかな笑顔を向けて話を打ち切るのであった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

―――七耀歴1204年7月25日

 

同じく、帝都ヘイムダルにて。

 

「ようやく到着かー……指定場所からはまだ少し遠いが……」

 

ソフィーヤ製サイドカー付きの導力バイクで漸く帝都入りしたルークは、昨日連絡を入れてきたクレアが指定した場所へと向かっていた。サイドカーには片手半剣(バスタードソード)を閉まったトランクケースが置かれている。

 

ちなみに、この導力バイクはハンドルのアクセルを入れるだけで簡単にスピードが出せる代物であり、ソフィーヤがデータ収集目的で譲渡したものだ。……代わりに月一でデータを渡すため、ルーレへ赴く必要が出来てしまった。導力バイク以上の妙ちくりんな乗り物を作ったにも関わらずだ。

 

本人曰く、『完全な試作機の上にデータが圧倒的に不足しているから実用化は大分先』と言っているが、()()()()()()()()()()()()()()()()()はある意味実用化できるのではないかと思うのだが。

 

ちなみにソフィーヤは現在、人工知能《アステル》の開発を進めながら、噂が飛び交っている高度な人形兵器を無傷で鹵獲する為の装置を開発しようとしている最中である。

 

「指定場所が鉄道憲兵隊の指令所がある帝都駅とか……絶対に面倒ごとを押し付ける気満々だろ、アイツ」

 

まぁ、頼ってくれることは良いことではあるのだが。

 

ルークは内心でそう思いつつ、安全速度でバイクを走らせて駅前広場へと向かっていく。

 

道中、見慣れない乗り物で周囲の視線を集めていたルークは指定した時刻の二分前に帝都駅前の広場に到着した。

 

「……あ。導力バイクで来ること、説明してなかった」

 

ルークは思い出したように呟き、急いでプライベートチャンネルでクレアに連絡を取る。コールから数秒後、クレアはすぐに応じてくれた。

 

『……ルーク。今どこにいるのですか?』

 

クレアの声に若干の怒気が込もっている。完全に約束を忘れて遅れていると思われているようである。

 

「帝都駅前の広場。帝都にはソフィーヤが作った導力バイクという二輪の乗り物で来た」

『……そういうのは昨日の内に説明しておいて欲しいですね。エンゲルス中尉を向かわせますのでそこで待っていてください』

 

ルークの説明にクレアは呆れた声で返し、迎えを寄越すからそこで待っているように言われた。少しして、クレアと同じ軍服を着た男性が帝都駅の出入口から現れ、ルークへと近づいた。

 

「ルーク・バーテル殿ですね?鉄道憲兵隊所属、エンゲルス中尉です。案内しますのでどうぞ中へ」

「ああ。……ちなみにクレアは何と言っていたんだ?」

「『協力を要請した私の腐れ縁である白髪の残念記者の青年が、説明もなしに鉄道以外の移動手段で駅前広場に来ましたので、耳を引っ張る、もしくは襟首を掴んで引き摺ってでもいいのでこちらに連れて来てください』と。……正直、耳を疑いましたが」

「ホンっと、俺にだけは辛辣だなぁ……当然の事とはいえ」

 

相変わらず、自身にだけは気遣いを見せないクレアにルークは肩を落とす。……本人が自覚している通り、自業自得ではあるのだが。

 

そうして普通に案内されたブリーフィングルームには、クレアとサラ―――《紫電(エクレール)》の異名を持つ元A級遊撃士がいた。

 

「あはは。どうも、ご無沙汰してます。取り敢えず、呼ばれた訳を聞かせてくれねぇか?」

 

ルークは愛想笑いしながら挨拶し、同時に呼び出した理由を問い掛けると、サラが嫌味を含んだ視線でクレアを見つめ始めた。

 

「へー?まだ話していなかったんだぁ?」

「内容が内容だけに通信で話すべきではなかっだけです。後、彼にそんな気遣いは必要ありませんので」

「……さっきの遠慮のない態度といい、あんたは知り合いに容赦がないのかしら?」

「知り合い、というより俺に対してですね……自業自得ですが」

「……一体あんた達の間に何があったのよ?」

「……………………」

「……ノーコメントで」

 

サラの疑問にクレアは無言を貫き、ルークはクレアの睨みを受けて答えなかった。言えば、もれなく導力銃の制裁コースだからだ。

 

「……そう」

 

サラも流石に触れてはいけない内容だと察して、敢えて追求はしなかった。

 

「では、そろそろ本題に入りましょうか。時間も有限ですしね」

 

そうしてクレアの音頭で今回呼び出された理由が説明され始めていく。

 

その内容は、先月現れたテロリストの手によってノルドで起こり始めた共和国との戦争。それは《かかし男(スケアクロウ)》の異名を持つレクター特務大尉によって回避されたが、そのテロリストが帝都の夏至祭初日に仕掛ける可能性が濃厚だというものだった。

 

「しかも、四月のケルディックの一件にもそのテロリストが関わっていた……か」

「はい。組織名も規模も不明ですが、彼らが明日からの夏至祭に何かしらの行動を起こすのは間違いないかと。もちろん、鉄道憲兵隊(T.M.P)帝都憲兵隊(H.M.P)も警備しますが、それでも死角は存在しますので……」

「それで“保険”付きでウチの生徒(VII組)に“遊撃”を頼もうという話になってるのよ。勿論、受ける受けないは本人達の判断に委ねるけどね」

「それでその“保険”が俺という訳か……」

 

クレアは口に出してこそないが、そのテロリストが()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。幾ら正規軍と領邦軍の関係はよろしくないとはいえ、皇族の警備に関わる情報は多少は共有すべきことだからだ。

 

だが、クレアは領邦軍の近衛部隊を全くアテにしておらず、こうして外部に協力を要請しているのは彼女なりに最善を取ろうとしているからだろう。

 

もしくは()()()()も加わった結果かもしれないが。

 

「取り敢えず話はわかった。殿下とは縁もあるし、その“保険”の役割、引き受けさせてもらうぜ」

 

その話をルークは快く引き受ける。殿下―――オリヴァルト・ライゼ・アルノール。またの名を《愛の演奏家》(自称)オリビエ・レンハイムとはリベールの一件以来親交があり、ARCUSをプレゼントしてくれた人物でもある。そのお礼を返す意味もあるが、後輩達の力になるというのも理由の一つである。

 

「協力ありがとうございます。ルーク」

「まあ、保険としては確かに頼もしいわね。リベール組から聞いた話だと、今は亡き《剣帝》と互角にやり合ったそうだしね。《絶剣》さん?」

「過剰評価だ。剣の腕はアイツの方が上だったし、最後は剣を粉砕されて負けたんだからな。後、勝手に付いた不相応な異名で呼ぶなよ」

 

サラの言葉にルークは溜め息と共にそう反論する。リベールのラヴェンヌ村の一件で本気で剣を交えたが、向こうは“本気”ではあったが“全開”ではなく、最後の打ち合いでは自身の剣を真っ二つに粉砕されて敗北を喫したのだ。

 

その事に《剣帝(レーヴェ)》は『……初めてこの剣に救われたな。もし剣が同じだったなら、結果は引き分けだっただろう』とぬかしていたが、その剣が普通でないことを見抜けなかった時点で負けたも同然だとルークは考えている。

 

浮遊都市(リベル=アーク)での戦いは()()の勝負なのでノーカンである。

 

ルークの異名―――《絶剣》もリベールの一件以後、いつの間にか勝手についていたものである。

 

その後、夜になるまで彼らが引き受けてくれた場合と引き受けなかった場合の作戦(プラン)を議論していくのであった。

 

 

 




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一世と二世

てな訳でどうぞ


―――日が沈んだ帝都の夜。

 

その聖アストライア女学院の門前で、オリヴァルト殿下の腹違いの妹であるアルフィン皇女から食事の招待を受けたVII組一同はリィンの義理の妹であるエリゼに見送りを受けていたのだが……

 

「見送り、ありがとうな。しかしまさか、エリゼが皇女殿下の友達とは思わなかったよ」

「…………」

(……視線が痛い)

 

リィンはエリゼから冷めきった無言の視線を一身に受けていた。

 

その理由はリィンがアルフィン皇女からマーテル公園のクリスタルガーデンで行う、帝都庁主催の園遊会のダンスのパートナーに誘われたからだ。厳密に言えばその時のやり取りだが。

 

アルフィン皇女がリィンにダンスを頼んだ際―――

 

『駄目ですよアルフィン殿下。リィンと踊ったら大変なことになる可能性があるんですから』

『その通りです殿下。リィンとのダンスは辱しめを受ける可能性が高いので再考すべきかと』

 

被害者のアリサとラウラが真っ先に考え直すように進言してきたのだ。それも極めて冷静かつ冷たい声色で。

 

『……ふむ。確かにその可能性は濃厚だな』

『……すまないリィン。弁護できないし、するつもりもない』

『……スケベ大魔王二世の餌食になるかも』

 

ユーシスもアリサとラウラの意見に深く頷いて同意し、マキアスは眼鏡を上げて弁護できないことを一応リィンに謝る。フィーも不名誉なあだ名で同意している。

 

『!?……兄様?一体どういうことなのですか?』

『待ってくれエリゼ。これは誤解なんだ』

 

エリゼの侮蔑の視線がリィンに突き刺さり、リィンは誤解だと弁明するもエリゼの表情は変わらない。

 

『話を聞いた限りでは、全部事故だと聞いている。決して故意ではないと断言できるのだが?』

 

ガイウスが唯一フォローを入れるが、全くフォローになっていない。

 

『つまり、それは実際に起きていたということだね?』

『……はい』

『フフ、凄く興味深いですわね♪』

『姫様!?』

 

オリヴァルト殿下の言葉にエリオットが肯定し、アルフィン皇女が楽しげに興味を示し、エリゼはその事に驚愕した。

 

そんな見事にカオスとなった為、ダンスの誘い自体はなくなったのだが、代わりにリィンの評価が大きく傾くこととなった。

 

ちなみに最新のやらかしは学院での模擬戦で銀髪少女のスカートの中に顔が嵌まってしまったことだ。その結果、一時的に本気で手を取り合った青髪少女と銀髪少女にリィンはコンビを組んでいたマキアス共々叩きのめされる羽目となった。

 

「兄様。くれぐれも節度を保った生活を送ってください―――それでは皆さん、お気をつけてお帰りくださいませ」

 

エリゼはそう言って制服のスカートの裾を掴んで優雅に一礼し、校舎へと戻っていった。

 

「あはは……」

「彼女の言う通り、節度を保った生活を送ってもらいたいものだな」

「そうね。これ以上、()()()()()が起きないためにもね」

「ん。激しく同意」

 

被害者であるラウラとアリサ、フィーの冷たい視線が突き刺さる中、リィンは誤魔化すように口を開く。

 

「と、とにかく改めて気が引き締まったな。それ以外にも気になる情報を教えてくれたし」

 

「きゃっ!?」

「ごへっ!?」

「……へ?」

 

苦し紛れの誤魔化しではあったが、事実でもあるリィンの言葉に一同は頷いた。

 

「そうね……私たちの親兄弟、関係者たちの思惑……」

「フン、それについてはキナ臭いとしか思えんがな」

「……確かに」

 

スパパパパパパパパパパンッ!!

 

常任理事であるアリサの母親―――イリーナ・ラインフォルトとユーシスの兄―――ルーファス・アルバレア、カール・レーグニッツ帝都知事が特別実習を決めていたことに身内の三人は何かしらの思惑を疑っていく。

 

「それに、サラ教官の経歴もちょっと驚きだったよね」

 

同席していたオリヴァルト殿下から語られたサラの経歴―――最年少でA級遊撃士となった人物《紫電のバレスタイン》であったことにも一同は少なからず驚いていた。

 

スパパパパパパパパパパンッ!!

 

「……サラさん。先に行っててください」

 

ゴッ!ゴッ!ゴッ!

 

「……わ、分かったわ」

 

ゴッ!ゴッ!ゴッ!

 

「うむ。A級遊撃士といえば実質上の最高ランクの筈だ。当然、フィーは知っていたのだな?」

「ん……猟兵団(わたしたち)の商売敵としても有名だったし、何度かやり合ったこともある」

「そ、そうなのか……」

 

コキャ。カクン。

 

「―――ふふっ。そんなこともあったわね~」

 

リィン達が話し込んでいると、噂の人物―――サラの声が聞こえ、いつの間のか後ろに佇んでいた。

 

「サ、サラ教官!?」

「い、いつの間に……」

「私の過去がバレちゃったわねぇ~。おかげでミステリアスなお姉さんの魅力が少し減っちゃったわぁ~」

 

サラは軽い感じでそう口にするも……

 

「いえ。そういう魅力は最初からありませんでした」

「むしろ、だらしない印象が教官だと言えるくらいだ」

「ん。それにサラ、図々しすぎ」

「なんですってぇ~?」

 

マキアス、ユーシス、フィーの辛辣な言葉に、サラは眉を顰めるも教え子達の追撃は止まらない。

 

「それに関してはサラ教官の自業自得ではないかと……」

「文句がおありでしたら、普段の生活態度を改善すべきかと」

「少なくとも昼間からの酒盛りは直すべきだと思います」

「ほんっと、好き勝手言ってくれるわねぇ~!?」

 

本当に辛辣な評価がサラに下される中、新たな人物が上り坂から姿を現す。

 

「……クスクス。皆さん、こんばんは」

 

上り坂から姿を現した人物―――クレアはにこやかな笑顔でサラの隣に並び立ち、リィン達に挨拶をする。―――頬に大量の紅葉を咲かせてのびているルークを引き摺った状態で。

 

「……えっと、クレア大尉?その人は―――」

「彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。―――そうですよね?サラさん」

「え、ええ……」

 

エマの戸惑った質問に、クレアがあの笑顔で告げた確認に、サラは気まずそうに目を逸らして同意する。

 

(こ、これって多分……)

(ああ……また、何だろうな……)

 

エリオットとリィンが察した通り、ルークがのびているのは()()()がまたしても炸裂したからである。具体的にはサラがホンのイタズラ心でルークの背中を叩き、それでルークがバランスを崩してクレアの軍服のある部位に手が引っ掛かってしまうという。

 

幸い開帳することはなかったが、ルークはクレアから往復ビンタの後、銃床で後頭部を殴られまくり、最後に絞め落とされるという制裁を貰うこととなった。

 

「そ、それにしても珍しい組み合わせですよね?どうして二人がこちらに?」

 

エマが場の空気を誤魔化すのと同時に、一同が気になっていたことを代表して問いかける。その問いはどこか不満そうに見えるサラが答えた。

 

「あたしの本意じゃないけどね。―――代わりに、このお姉さんたちのわ……要請に協力することになりそうだし」

 

本当は悪巧みと言いたいサラではあったが、先程の負い目があって要請と言い直して教え子達に伝える。

 

「要請……?」

「はい。《VII組》の皆さんに協力して頂きたい事がありまして」

 

クレアがそう口にした直後、坂を降りた先の向こう側からTMP所有の車両が三台到着する。

 

「さあ、どうぞお乗りください。ヘイムダル中央駅の指令所にて事情を説明させて頂きます」

 

そうしてリィン達はTMPの車に乗ってヘイムダル中央駅へと向かうことになるのであった。

 

ちなみにルークは荷物扱いで車に乗せられた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

―――同日22時30分

 

ヘイムダル中央駅のTMPの指令所のブリーフィングルームにて。

 

クレアからの要請―――TMPとHMPの警備の“遊軍”として参加して欲しいという要請を快く引き受けたリィン達はクレアから巡回ルートの説明を受けていた。

 

「―――以上となります。ここまでで質問はおありでしょうか?」

「いえ、大丈夫です」

「はい。私も大丈夫です」

「……なあ、クレア。昼頃に議論していた内容よりも俺の巡回範囲が広がった気が―――」

「何か文句でも?」

「……いえ、何でもないです」

 

ルークの見事なまでにクレアに敷かれている姿に、VII組一同とサラは思わず微妙な顔となってしまう。

 

(あはは……)

(話を聞いた限り、彼はクレア大尉の知り合いらしいが……)

(大尉は知り合いに遠慮がないのでしょうか……?)

(いえ。この人だけに遠慮がないだけでしょ)

(うむ。私も同意見だ)

(正直、頼りになるのか?オリヴァルト殿下の話もあったとはいえ)

(二年前の《リベール事変》の解決に貢献し、それを期に《絶剣》の異名が広がった噂の人物……)

(……本当に当人なのか疑わしいところ)

(でも、間違いなく相応の実力はあると思うよ)

(……そうだな。四月の特別実習、我等四人がかりで何とか撃退できた巨大な魔獣を一撃で沈めたのだからな)

(一撃か……)

(実物を見てないけどそれが本当なら、サラ以上かも。そして―――)

「皆さん。こそこそ話しているようですが、何か気になることがおありでしょうか?」

 

声を潜めて話し合っていたリィン達にクレアが話しかける。クレアの疑問にフィーが答えた。

 

「……ひょっとしてその人が『スケベ大魔王一世』?」

 

……とてつもない爆弾発言で。

 

その瞬間、空気が凍り、ブリーフィングルームが冷え込んだ。ニッコリと笑みを浮かべるクレアを中心に。

 

「……ええ。彼が『スケベ大魔王』です。ですが『一世』とはどういう事でしょうか?ひょっとして『二世』がおられるのでしょうか?」

「『二世』はそこ」

 

フィーはそう言って、無慈悲にリィンを指差した。

 

「……リィンさん?」

「待ってくださいクレア大尉。これには深い訳が―――」

「現在、判明している被害者は三名です」

「被告人は全て事故、不可抗力と申し、謝罪はしていますが有効な措置は?」

「悲しいことに本人に解決能力は有りません。なので、直接身体に教え込むのが一番です」

「ん。慈悲は与えない」

「…………」

「諦めろリィン。それで関係が瓦解しないなら甘んじて受け入れるべきだ」

「……はい」

 

無慈悲な判決に項垂れるリィンに、ルークは達観した表情で慰めるのであった。

 

「それに、なんだかんだで後ろを引かないしな」

「ルークがそれを言いますか?」

「……すいませんでした」

 

 

 




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帝国解放戦線

てな訳でどうぞ


―――七耀歴1204年7月26日

 

手頃な値段のホテルに泊まっていたルークは現在、片手半剣(バスタードソード)をしまったトランクケースを片手に帝都を巡回していた。ルークが乗ってきた導力バイクは現在、鉄道憲兵隊(T.M.P)に預かってもらっている。

 

皇族が住むバルフレイム宮を中心に東西南北の各エリアを回っているが、今のところは問題は起きていない。……前触れもなく消えていった人達がいる事が耳に届いていたが。

 

「……そろそろ定時の報告だな」

 

近くの出店でホットドッグを購入したルークはARCUSを操作して個人の連絡先からクレアに連絡を取って、現時点で判明していることを報告していく。

 

「―――以上だ。連中が彷徨いている訳じゃないが、確実に準備を整えている可能性が高い」

『そうですか。引き続き巡回をお願いします。…………』

 

クレアが通信を切らずに沈黙していることにルークは少し疑問に感じていると、クレアが再び話しかけてきた。

 

『……ルークがテロリストならどこを狙いますか?』

 

クレアのその質問に、ルークは少し考えてから答えた。

 

「……皇族がいる場所を本命にして狙うな。テロリストが()()()()と繋がっているなら、()()()()の失墜を狙うだろうからな。お前の読みは?」

『……40%です。確率が高い読みが他にもありますから、現在の体制を変える事は出来ませんが』

「だろうな。だから協力を要請したんだろ?」

『……はい』

 

クレアは申し訳なさそうに答える。自分たちの都合で学生達を危険な目に合わせようとしていることに負い目があるのだろう。相変わらずの抱え込み症のクレアにルークは呆れ気味に言葉をかけていく。

 

「どっちにしろ連中が動いたら、彼らは自分たちの意思で首を突っ込んでいくだろうさ。だからあんまり抱え込むなよ?抱え込み過ぎると、ソフィーヤが気分転換と称して酒場に連れていかれるぞ?」

『……大丈夫ですよ。制裁で幾ばくか吐き出していますから』

「おい!?」

 

そんなこんなで通話を終えたルークは担当されたエリアの巡回を再開していく。その後の巡回はこれといった騒動も起きることもなく、平和に過ぎていった。

 

「このまま何事もなく終わればいいんだけどな……」

 

叶わないであろう願いを呟きながら巡回していると、近くのスプリンクラーの水の放出が次第に多くなっている事に気づいた。

 

「……………………」

 

今も尚スプリンクラーの圧力が高まり、スプリンクラーから水柱が上がったことにルークは目を細めていく。知らない人からすれば夏至祭の余興と捉えたようだが、それはマンホールの蓋からも水柱が噴き出たことで否定された。

 

「……チッ!来やがったか!!」

 

舌打ちしたルークはすぐさまトランクケースを開けて中にしまってあった片手半剣(バスタードソード)を取り出す。そして、今いる場所から近く、テロリストの標的として格好な場所である、アルフィン皇女がいるマーテル公園へと急いで目指していく。

 

突然の異常事態に混乱して逃げ惑う人々を掻き分けて到着したマーテル公園には、鰐型の大型の魔獣―――グレートワッシャーがあちこちで暴れていた。近衛兵と帝都憲兵隊(H.M.P)が応戦しているが、グレートワッシャーの数が多く後手に回ってしまっているようだ。

 

その内の一体が地面に転んだ子供に襲いかかろうとしていた。それを見たルークはすぐさま片手半剣(バスタードソード)を鞘から抜き、猛然と走り寄り途中で片手半剣(バスタードソード)を振りかぶって飛び上がる。

 

「―――爆砕斬!!」

 

ルークは以前グルノージャを両断した一撃を放ち、クレーターを作ると同時にグレートワッシャーを問答無用で両断した。

 

「大丈夫か?」

「う、うん……」

 

子供に怪我がないことにルークが安堵していると、帝都憲兵隊の人間が近寄って来る。

 

「あなたは一体何者なのだ?あの魔獣を一撃で仕留める等……」

「ルーク・バーテル。フリーの記者だ」

 

ルークが名乗ったことで帝都憲兵隊の人間は何かに気づいたような顔となり、改めて口を開く。

 

「あなたはもしや、先ほどの士官学院生と同じく鉄道憲兵隊に協力している者なのか?」

「ああ。悪いがこの子を頼めるか?それと、その士官学院生達は今どこに?」

「彼らはクリスタルガーデンに向かった。あなたも向かわれるならどうか女神の加護を……!」

 

帝都憲兵隊の人間はそう言って、子供を抱えてその場から離れて行った。

 

ルークはすぐさまクリスタルガーデンに向かおうとするも、さっきの轟音でこちらの存在に気づいたらしいグレートワッシャー達がルークを囲ってジリジリと距離を詰めていた。

 

「…………」

 

その状況でもルークは顔色一つ変えず、片手半剣(バスタードソード)を構え、剣に闘気の焔を宿していく。

 

「煌めく焔の一撃―――」

 

そして、ルークは片手半剣(バスタードソード)を居合のように構え直し―――

 

「―――輝焔斬(きえんざん)!!」

 

周囲を凪ぎ払うように、その場で一回転して振り抜いた。

 

かつての《剣帝(レーヴェ)》の技を自分なりに再現した剣技―――“輝焔斬”。

 

その放たれた焔の斬撃は容赦なくルークを囲っていたグレートワッシャー達を両断し、物言わぬ骸へと変えた。

 

「な……」

 

誰かの息を呑む気配が伝わってくるが、ルークは構うことなくクリスタルガーデンへと向かっていく。

 

辿り着いたクリスタルガーデンには、白い制服を着たトールズの貴族生徒と肩の傷を手当てされている帝都知事のカール・レーグニッツがいた。

 

ルークはすぐにレーグニッツ帝都知事に歩み寄った。

 

「無事ですか?知事閣下」

「君は一体……?」

「ルーク・バーテル。フリーの記者です」

「……そういえば、クレア大尉はVII組以外にも協力を要請していると聞いたが……それが君なんだな?」

 

得心がいったレーグニッツ帝都知事の問いにルークは頷いて肯定する。

 

「それで、状況は今どうなっていますか?」

「……テロリストはアルフィン殿下と殿下の付き人を拘束してそこの大穴を降りて連れ去っていった。今はVII組の諸君が追いかけている状況だ」

「状況は分かりました。俺も彼等を追いますので申し訳ありませんが知事閣下には後から来る鉄道憲兵隊の人達への説明をお願いして宜しいでしょうか?」

「ああ、了解した。彼らを頼む……!」

 

レーグニッツ帝都知事との会話を終えたルークは爆破で出来上がった地下への大穴に迷わずに飛び込んだ。

 

そして、彼等の足跡を辿り、ルークは地下の奥を目指して進んでいく。道中の魔獣を軽くあしらいつつ、奥へと進んでいくと戦闘音が耳に届いてきた。

 

「近いか……!」

 

ルークは気持ち速度を上げて戦闘音が聞こえる方へと目指していく。辿り着いた大広間ではリィン達がテロリスト達を囲っている所であった。近くには何かしらの魔獣の骨が散乱している。

 

テロリストである眼鏡の男―――昨日のブリーフィングで話題に上がったギデオンがマチェットをアルフィン皇女に突きつけようとした瞬間―――

 

「―――がはっ!?」

 

そうはさせまいとルークが突きと共に剛速で駆け抜ける剣技―――“瞬迅(しゅんじん)”で一気に距離を詰め、ギデオンをすぐ後ろの壁へと叩きつけた。

 

「ゲホッ、ゴホッ!き、貴様は……!」

「どうやら、その様子からして俺のことを知っているようだな?」

 

マチェットを取り落とし、咳き込んで睨み付けてくるギデオンに、鞘に納まったままの片手半剣(バスタードソード)をギデオンの胸板に突きつけて壁に押さえつけているルークは肩を竦めて返す。

 

よくよく考えればケルディックの一件にも関わっていた以上、妨害した存在を把握していても何ら不思議ではない。

 

「ルークさん!?」

「タイミング良すぎやしませんか!?」

「まー、それに関しては同意見だな。完全にドンピシャだったし。だが、いいタイミングだっただろ?」

「ええ。おかげで殿下と妹のエリゼを取り返せました」

「ん。ナイスタイミングだった」

 

アルフィン皇女とリィンの妹であるらしいアルフィン皇女の付き人―――エリゼもルークの突然の登場で動揺した、下っぱであろうテロリスト二人がリィンとラウラにのされたことで無事に取り戻している。

 

「くっ……鉄血の狗に協力する愚か者共が……!」

「友人の頼みを聞いて何が悪いんだ?もっとも、お前らのやり方が気にくわないから、頼みがなくても同じことをしただろうが」

 

ギデオンの怨み言をルークは柳と受け流し、逆に冷めた視線を送る。

 

「つうわけで、あんたを自決する前にボコって意識を苅り飛ばしてから正規軍につきだしてやる」

「ぐぅぅ……ッ!!」

 

ギデオンは憤怒の表情で睨んでくるが、切り札と人質、その両方を失ったギデオンには最早勝ち目はなく勝敗は決した―――筈だった。

 

「フフ。この辺りが潮時でしょうね」

 

女性の声が聞こえると同時にルークの背後に眼帯をした隻眼の女性が降り立ち、その手にある剣―――法剣(テンプルソード)を垂直に振るう。

 

直後、刀身が幾つかの節に分離し、鞭のようにルークに迫っていく。

 

ルークはその鞭のように迫る剣閃を、ギデオンに鞘を突きつけたまま引き抜いた片手半剣(バスタードソード)で難なく捌いた。

 

さらにその直後、フルフェイスの黒い仮面を被った黒ずくめの性別不明の人間が左手に持つ暗黒時代の遺物―――双刃剣(ダブルセイバー)をルークに振るってきていた。同時に法剣も再び迫って来ている。

 

「……ちっ」

 

流石にギデオンを拘束したまま新たに現れた二人の攻撃を捌くのは困難な為、ルークは軽く舌打ちしてその場から飛び下がってその二条の斬撃をかわす。

 

さらにその直後、上空から弾丸が降り注ぎ、ルーク及び、近くにいたリィン、ラウラ、フィーの三人もその場から飛び下がり、更に距離を取らざるを得なくなった。

 

弾丸の掃射が止むと、片手でガトリングガンを持った迷彩柄の服を着た筋骨隆々の男がその場に降り立った。

 

「同志《S》……同志《V》……それに同志《C》……今回は任せてもらうと言っていた筈だが……正直、助かったぞ」

 

解放されたギデオンは蹲って胸を押さえながら新たに現れた三人に視線を送り、礼を述べる。そして、ギデオンは仮面の人物に顔を向けた。

 

「同志《C》。私が今回立てた作戦、それほど頼りなく見えたか?」

『いや、ほぼ完璧に見えた。しかし、作戦には常にあちらの諸君のような不確定な要素が入り込むものだからな』

 

完全にテロリストの仲間である仮面の男―――《C》はそう言ってルーク達に向き直る。

 

『本作戦の主目的は既に達した以上、これ以上は無益というもの。皇族を手にかけんとした愚行は詫びよう。ここで互いに手を引く事に依存は無いかな?』

 

《C》は得物を構えたままそんな提案をしてくる。その提案に対しリィン達は……

 

「……あるに決まってるだろう」

「恐れ多くも殿下たちを攫い、薬などで眠らせたこと……」

「とても帝国人として許せるものじゃないな……」

「6対4……ギリギリかな」

「……み、みんな……」

 

静かに怒りを湛えてテロリスト達を睨んで却下していた。ルークも勿論、このままテロリスト達を逃がすつもりはなかった。

 

「下っぱは戦闘不能。眼鏡の男の実力は平凡……ガトリングガンを使う巨漢と法剣使いの女、双刃剣(ダブルセイバー)を扱う達人クラスのお前が相手でもクレア達が来るまで足止めは十分可能だろう」

『ふふ、我が実力を見抜くか。流石は噂に名高い《絶剣》と言うべきか』

「いつの間にか勝手に付いた異名で呼ばれても嬉しくも何ともねぇよ。―――それとも全員で挑むか?」

 

ルークはそう言って銀色の闘気を漲らせ、片手半剣(バスタードソード)の切っ先をテロリスト達に向ける。まさに一触即発の状態だ。

 

「くくっ、中々いい闘気じゃねぇか」

「学生さん達はともかく、そこの《絶剣》さんが一緒だと少しこちらの分が悪いかしら?」

『正直、手合わせを願いたいところではあるが……早々に立ち去らせてもらうとしよう』

 

《C》はそう言って双刃剣(ダブルセイバー)をしまい、懐から何かの端末を取り出す。それを何の躊躇いもなく押し込んだ。

 

ドオォオンッ!!

 

その直後、頭上から轟音が響き渡った。

 

「ば、爆弾!?」

「既に仕込んでいたのか!」

 

新たに現れたテロリスト達が妙に余裕だった事には些か疑問に感じていたのだが、とっくに逃げる手段を用意していたことにルークは舌打ちしてしまう。

 

「流石に洒落になってないぞ!?」

「急いでここから離脱するぞ!!」

 

大急ぎで大広間から脱出しようとする中、《C》が悠然と言い放った。

 

『では、最後に名乗らせてもらおう―――我らは《帝国解放戦線》。静かなる怒りの焔をたたえ、度し難き独裁者に裁きの鉄槌を下さんとする集団だ。それでは諸君、また会おう』

 

《C》はそう言って、他のテロリスト達と一緒に奥へと消えていく。ルーク達は急いで入口に向かうも、その入口が天井から降り注いだ瓦礫によって塞がれてしまった。

 

「な……ッ!?」

「入り口が瓦礫に……!」

 

エリゼを抱えたラウラとアルフィン皇女を抱えたリィンはその光景に焦燥感を露にする。このままでは全員、瓦礫の下敷きとなってしまう。

 

「まずいぞ!このままだと―――」

「そこから離れてろ」

 

そんな中、ルークはリィン達に入口から離れるように言い、片手半剣(バスタードソード)を大きく振りかぶる。その片手半剣(バスタードソード)の刀身には膨大なエネルギーが既に宿り始めている。それを見たリィン達は急いで瓦礫で塞がった入口から離れていく。

 

「こぉおおお……」

 

ARCSUに溜まっていた技を強化する導力エネルギーも刀身に乗せたルークは、入口を塞いだ瓦礫を見据え―――

 

「―――叢愾剣(そうかいけん)!!」

 

片手半剣(バスタードソード)を全力で振り下ろした。振り下ろされた刀身に宿っていた膨大なエネルギーは圧倒的な剣圧となって瓦礫によって塞がれた入口へと迫っていく。

 

その剣圧は瓦礫に直撃し―――

 

ズガァアアアアアアアアアアアンッ!!!

 

轟音。爆発。

 

瓦礫は粉々に砕けて飛び散り、入口が見事に顔を現した。

 

「な……」

「す、凄い……」

「……完全にサラ以上」

「ボケッとするな!早くここから離脱するぞ!!」

 

ルークの叱責で我に返ったリィン達は急いで入口に向かって走っていく。崩れゆく大広間から離脱してすぐ、出入口は再び瓦礫によって塞がれてしまった。

 

「はぁあああ~……」

「さ、流石に死ぬかと思いましたよ……」

 

崩れ落ちる音も止み、エリオットとマキアスが無事を実感したことで安堵していると―――

 

「無事ですか!?」

「あんた達、無事!?」

 

クレアとサラ、数名の鉄道憲兵隊の隊員がこちらに駆け寄ってきていた。

 

「ええ、おかげさまで―――」

 

ドォオオオンッ!!

 

不発弾があったのか、リィンの言葉を遮るように向こうから再び爆発音が響き渡る。リィンが咄嗟に身を低くしてアルフィン皇女を庇うように抱きしめ、ラウラも同様にエリゼを庇うように抱きしめる。

 

しばらく様子を見るも、それ以上の変化は起きない。今度こそ大丈夫のようだ。

 

「……良かった。何事もなくて……」

「……ん……」

 

リィンが安堵していると、アルフィン皇女が小さな声を洩らし、ゆっくりと瞳を開けた。

 

「大丈夫ですか皇女殿下?どこか異常はないでしょうか?」

「リィンさん……?……!リ、リィンさん!あ、あの……」

 

アルフィン皇女は何故か恥ずかしそうに顔を紅く染めていた。その理由もアルフィン皇女が告げた言葉ですぐに分かった。

 

「……リィンさん、の手が……わたくしの……お尻に……」

 

その瞬間、空気が凍った。

 

確かにアルフィン皇女の言う通り、リィンの左手が皇女殿下のお尻に見事に当たっている。それはもうがっしりと。

 

「「「…………」」」

「す、すいません殿下!!決してわざとでは!!」

 

リィンが慌ててアルフィン皇女から離れるも時既に遅し。同じく目覚めていたエリゼが顔を俯かせてリィンに歩み寄り―――

 

「兄様の……兄様の、バカァ―――ッ!!!」

 

スパァアンッ!!

 

妹のビンタが炸裂!リィンは心身共に深いダメージを負う!!

 

更にその直後、二つのアーツがリィンに襲いかかった!!

 

「うわぁ……」

「やはり、昨日のダンスの誘いは無かったことになって正解だったな」

「いやぁ~、若いわねぇ」

「……下半身……うっ!頭が……」

「……捜索はある程度で切り上げ、市内の治安回復に専念してください。後、あれは無視してかまいません」

「イエス、マム」

「状況終了、各方面に通達せよ」

 

その状況で、誰一人としてリィンを心配していないのであった。

 

 

 




今回の導力エネルギーはクラフトポイントの独自解釈です。
戦術オーブメントで身体強化もされるといった説明等からクラフトポイントは技を強化する為に使われるのではないかと思いました。

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兄妹

てな訳でどうぞ


―――七耀歴1204年8月15日

 

夏至祭も初日以外は無事に終わり、またいつもの日々に戻って幾ばくか過ぎた日の夜。

 

「ミハイルさん、どうもお久しぶりです。こんなところで会うなんて奇遇ですね」

 

たまたま立ち寄ったバーに居た知り合いに、ルークは少し丁寧な感じで挨拶をかける。

 

「……そうだな。確かに久しぶりだな、バーテル」

 

今日は非番であっただろう。こちらに気づいた私服姿のミハイルも厳しめな表情で挨拶を返す。これがデフォルトの表情なのでルークは特に気にせずにそのままカウンターの隣の席に座り、少しきつめのお酒を注文する。

 

「それを選ぶか。君と酒席をするのは初めてだが、それなりに強いようだな」

「まぁ、そこそこは。あの蟒蛇には全く敵いませんが」

 

ルークが遠い目となって告げた言葉に、ミハイルはどこか同情するいうな表情となった。

 

「……蟒蛇(ハントエルガー)か。確かにあれの酒への強さは怪物の域なのだろうな……相手にトラウマを与えるレベルで」

「……まさか付き合ったんですか?」

「いや。件の二日酔いの件で小言を言った際、クレアが突然『笑顔でグラスにお酒を注がないでください!!』と叫んだのだ。詳しく聞けば、酔い潰れてから目を覚ました途端、全く顔を赤めていないハントエルガーはクレアのグラスにワインを注いだそうだ。それもアルコールの度数が高いやつを」

 

ミハイルが頭を振りながら明かした事実にルークは思わず絶句した。ルークが聞いていた話では『酔い潰された()()』としか聞いていなかったので、予想を越える鬼の所業を敢行していたとは夢にも思っていなかったからだ。

 

「……俺の友人がすいません。そりゃ長々と説教しますよ。後、アイツは全く懲りてません」

「……そうか」

「俺もソフィーヤの底無しぶりには戦慄したし、去年クレアを除く三人で飲んだ酒代もヴァンと二人で出しあって何とか払えたくらいでしたから」

「……いくら支払う羽目になったのだ?」

「一人二十五万相当。二人で五十万だ。おかげでしばらくはお金のやりくりに苦労する羽目になりました」

「……私も蟒蛇に遭遇しないよう気をつけないとな」

 

若干危機感を滲ませてミハイルはそう呟くも、将来『……甘くみていた。そして、クレアもきっとこんな気持ちだったのだろうな』と口にすることになるとは、その時のミハイルは思いもしなかった。

 

「いざという時は七耀教会に依頼してください。服用すれば一切酔わなくなる薬の調合をしてもらえますから。材料は自前となりますが」

 

ルークはそう言ってカウンターに置かれた自身の酒を一口あおる。その薬の存在はクレアにも教えていることだ。この件に関してはクレアから割と本気で感謝された。

 

ルーク自身としては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にその薬を作ってもらいたいところではあったが。

 

「……覚えておこう……それと他の隊員達から聞いたぞ。()()クレアに対して不埒な行為をしたそうだな?」

「……はい」

 

ミハイルの質問にルークは素直に答える。下手な誤魔化しは逆効果だと既に理解しているからだ。

 

「……何故会う度にそんな事が起きるのだ」

「俺が聞きたいくらいです」

 

こればかりはルークも本気で疑問に思っている。一体何の因果で毎回あんな事が起きるのかと。

 

ちなみに過去最大の制裁はグーで顔を殴り飛ばされた後、改造された導力銃をこれでもかと言うくらいに叩き込まれ、止めに手近にあった鈍器で頭を何度も叩かれて物理的に記憶を抹消されたことだ。室内でなければアーツも追加されていたことは想像に難くなく、あの時は本気で死を覚悟した程であった。その介(?)あって制裁前の出来事はルークの記憶の中からは抹消された。

 

制裁理由は闇の中であるが、ここでは顔と下半身、制裁直前の気が動転したルークの「……いい臭いだった」とガレリア要塞にある列車砲のごとき失言があったとだけ明記しておこう。

 

ついでに『二世』は後日、転入してきた水色の髪の少女に背後からの突然の飛び付かれて前のめりに倒れ、世話話をしていた眼鏡の少女の胸に顔を埋めるという珍事をやってしまっている。その後の制裁で集団リンチに近い目にも。

 

「妹さんは息災ですか?」

 

露骨な話題の逸らしではあったが、ミハイルは溜め息を吐きながらも答えてくれた。

 

「……ああ。手紙でのやり取りだが元気に過ごしているそうだ。……手紙にはエミルの墓に花が既に添えられていたと書いてあった」

「そうですか……」

 

その花が誰が添えたのか考えるまでもない。エミルは―――クレアの実の弟なのだから。

 

「……相変わらず微妙な関係なんですね」

 

ルークはどこか複雑そうに呟く。

 

八、九年前、クレアは当時珍しかった導力車同士の衝突事故で両親と弟を亡くしている。クレアもその事故に巻き込まれたが、重傷を負いながらも奇跡的に生き延びた。事故を起こした犯人が逃亡して事故が未解決となる中、クレアはミハイルの父―――叔父一家に引き取られた。

 

そして、クレアの実家は今も有名な楽器メーカー《リーヴェルト社》であり、会社も社長であったクレアの父が死に、副社長だった叔父が継いだのだ。

 

だが、一人生き残ったクレアが父親の遺品を整理している際、ぼんやりと眺めていた帳簿の所々で不自然な売上を見つけたのだ。その意味を理解しつつ他の帳簿も確認した結果、それは叔父が父に隠して、外国で作った大量生産品を同じ国内産と偽って販売し、一方で作らせた名匠(マイストロ)の贋作を本物として富裕層に売りつけるいった詐欺そのものと言える方法で得た利益であった事に気づいてしまったのだ。同時にその叔父の不正をクレアの父が気づいて正そうとした矢先に“事故”が起きたことも。

 

その事をクレアが叔父に問い質したら、驚きつつもあっさり認めたのだ。同時に自分には貴族の後ろ楯があり、証拠もないから騒いでも無駄だと言うことを。

 

実の家族を失い、“家族”よりも富を優先した叔父のその姿に、クレアは失意と哀しみに陥った。そんなクレアの元にオズボーン宰相が訪ねて来たのだ。士官学院時代の友人であった父の娘であるクレアに会いに。

 

オズボーン宰相は何故か“事故”の真相を全て知っていた。オズボーン宰相は真相に気づいていたクレアに驚きつつも、自らの手で裁くつもりだった“事故”を、『統合的共感覚』と名付けた全体と部分を瞬時に把握する能力に目覚めたクレアにそれを活かす形で家族の仇を取るつもりはないかとクレアに提案したのだ。

 

そして、クレアは畏れ、迷い、悩んだ末にその提案を呑んだ。その後はオズボーン宰相のアドバイスに従いつつ、叔父の罪を立証するあらゆる決定的な証拠を沢山集め、後ろ楯も失った叔父に法の裁きを下したのだ。―――極刑という一切の慈悲を与えない法の裁きを。

 

その後、仇を討った代償として“家族”と“故郷”を失ったクレアは会社の経営権を古株の社員―――モーガンに譲渡して、自身はオズボーン宰相の勧めで《トールズ士官学院》に入学したのだ。

 

これは全部、学生時代、クレア自身の口から聞いたことだ―――ルーク自身の過去が明らかとなった後に。

 

「……ああ。私としては、これ以上過去に囚われてほしくはないのだが……」

「……まだ難しいでしょうね。あいつは本当に優しいやつだから」

「ああ……当時は私もクレアに罵声を浴びせたし、父を極刑に追いやったことにまったく憎悪がないと言えば嘘になるが……時折考えてしまうのだ。何故気付いてやれなかったのだと」

「……珍しいですね。そんな事を口に出すなんて」

「確かにな。少し酒にあてられたかもな……その意味では君達のような友人が出来たことは嬉しく思っている」

「嬉しい言葉ですね。もっとも、俺に関しては腐れ縁と切り捨てられていますが」

「だが、気を使わないという意味では君も立派な友人だろう。―――それと君の不埒な行為は別問題だが」

「ですよねー」

 

再び険しい目付きを向けたミハイルにルークは力なく返す。しばしの沈黙の後、ミハイルが再び口を開く。

 

「……バーテル。君も過去―――」

「ミハイルさん」

 

ミハイルの告げようとした言葉をルークが有無を言わさずに遮る。―――いつになく真剣な雰囲気で。

 

「これは俺自身がつけるべき“ケジメ”なんです。あの日、恐怖から一切省みずに真っ先に逃げ出し、黙りを決め込んだ事に対する……ね」

「…………」

 

ルークの言葉にミハイルは何も言えずに黙る。ミハイルは軍人である故、ルークの過去をある程度把握しているからだ。―――隠蔽の為に生き残った者達には“全員死亡した”という()を伝えられていたことも。

 

「確かに俺も過去に囚われている……いや、むしろ身勝手な理屈で自己完結しようとしているロクでもない男でしょうね」

「…………」

「ですが、自分なりの“真実”を掴まなければ俺は本当の意味で前に進めないんです。あの日が起きた最後のピースが分からない限りは」

「最後のピース……」

「ええ。近代の国家体制、利益(メリット)危険(リスク)の天秤……後がない程に追い詰められ、実行役を紹介され、場所を掲示されたとして……貴方は実行しますか?」

 

ルークの質問にミハイルは目を瞑って思考し、結論に至ったように口を開いた。

 

「……あまりにも危険過ぎる。少なくとも内輪揉めが起きる筈だ」

「ええ。普通なら理性が待ったをかける筈です。ですが、実際には実行されている……()()()()()()()

 

そう、ルークの過去に起因するあの“事件”はいくら追い詰められていたとはいえ、手段を提供され、場所を囁かれたとはいえ、決行するにはあと一押しが足りないのだ。その最後の“一押し”をルークは未だに掴めていない。

 

囁やいた人物も掲示した以上のことはしなかったようだ。お得意の暗示と記憶操作も施していたらそこで全部解決していたのだが。

 

「……言われてみれば確かに奇妙ではなるな。普通なら“魔が差した”と考えるのが普通だが……」

「「…………」」

「……ここまでにしときましょう。今日は純粋に酒を飲みに来たんですから」

「……そうだな」

 

なんとも微妙な雰囲気となりながらもルークとミハイルは気分を切り替え、純粋に酒の香りと味を楽しむのであった。

 

一方―――

 

『……明日の夜、久々に一緒に飲まない?』

「お断りします。今は忙しい時期ですので」

『……じゃあ、落ち着いたら二人で飲もう!ガールズトークに花を咲かせながら!!』

「ですからお断り―――」

『それじゃ、楽しみにしてるね!!』

 

プツ ツー、ツー、ツー……

 

「…………教会に薬の調合を依頼しておかないと……」

 

ソフィーヤが実験で作った超遠隔導力波による通話を一方的に終わらされたクレアは、命の危険を感じて以前ルークから聞いた薬の調達の手段に全力で頭を回すのであった。

 

 

 




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導力ヘリ

てな訳でどうぞ


―――七耀歴1204年9月25日

 

ルーレ市ラインフォルト社ビルのエレベーター内にて。

 

『件名:導力マシンのテスト

依頼者:ソフィーヤ・ハントエルガー

私が作った導力マシンのデータ収集の為のテストプレイヤーを依頼します。

 

ルーレ下層エリアにある《ハントエルガー工房》で待ってます!

―――ソフィーヤ』

 

今月の特別実習でルーレ市に訪れていたリィン達は、常任理事でありRF(ラインフォルト)社の会長でもあるイリーナから手渡された特別実習の依頼書に目を通していたのだが、その内の一枚に目を通したアリサが露骨に嫌そうな顔をした。

 

「これは絶対に無視しましょう」

「?どうしてなんだ?」

「絶対に関わりたくないからよ」

 

リィンの質問にアリサは強い口調できっぱりと言い切る。さっきまでは全部終わらせてやろうと意気込んでいたにも関わらずだ。

 

「?どうしてそんなに関わりたくないんだ?」

 

マキアスからも上がった当然の疑問に、アリサはどこか疲れたように息を吐いて呟いた。

 

「……ルーレの危険人物だからよ」

「「「「「危険人物?」」」」」

 

アリサの言葉に、リィン、マキアス、エリオット、フィー、先月から不足単位の取得の為にVII組に参加したクロウが揃って首を傾げる。アリサは力なく頷きながら言葉を続けていく。

 

「そうよ。真面目に技術者やっているのが哀しくなるくらいの危険人物。廃棄された機械を勝手に回収したり、基本は好きなことしかしないのよ。加えてその人の技術力はあのシュミット博士に迫るとまで言われてるから余計に質が悪いのよ」

「ええ!?」

「あのエプスタイン博士の弟子である生きた伝説に迫るほどだと……!?」

「そこだけ聞くと凄そう」

「一体どんな人なんだ……?」

 

アリサが告げた言葉にリィン達がその人物に対して疑問に感じていると、クロウがどこか引き攣ったような表情で口を開いた。

 

「……まさか、『技術棟の悪魔』か?」

「正解」

「そういやあ、ジョルジュのやつがソイツはルーレが地元だって言ってやがったな……」

 

クロウは何かを察したように分かりやすく肩を落とす。そこで漸くリィンも気付いた。

 

「……まさか、学院の語り草の人なのか?」

 

リィンの言葉にアリサとクロウは無言で頷く。それで残りのメンバーも漸く気付いたように微妙な顔となった。

 

「あの語り草の人なんだ……」

「聞けば、戦闘向けの導力車を一人で作り上げたり、学院の備品である機械を無断で分解したりと、色々と好き勝手していた人物だとか……」

「ん。学院の倉庫にはその人の作ったものが今も散乱しているみたい。無駄に高性能だとか」

 

散々な言われようである。当人がいても笑って受け流されるが。

 

「……受ける受けないは別にして話だけは聞いてもいいんじゃないか?一応、依頼として出てるんだし」

「ええー……」

「でも、リィンの言う通りだよね」

「そうだな。依頼を選り好みするのは良くないだろうからな」

「……確かに」

「真面目だねぇ。だが、一回会ってみたい気もするし、聞くだけならタダだからな」

「……どうなっても知らないわよ」

 

そんな訳で他の依頼を済ませてからリィン達(約一名は渋々ながら)は件の工房前に到着したのだが……

 

「……普通だな」

「……普通ですね」

「ん。普通」

「案外普通だね」

「どんなキテレツな外装なのかと期待したが……本当に普通だな」

 

周りより少しスペースが広いのと隣接されているガレージらしき建物を除けば、何処にでもある店の外装にリィン達はどこか拍子抜けしたような気分になる。

 

「……そうね。()()()()()()()()()()()

「……?」

 

半目で店を見つめるアリサの言葉に何か妙な引っ掛かりにリィンは首を傾げる。その理由はすぐにわかった。

 

「お?あっちにも扉があるのか。耳を澄ませたら作業音らしき音も聞こえてるし、あっちから行こうぜ?」

 

クロウは軽い感じでそう言って、店の入り口ではなく店のすぐ横の奥にあるガレージらしき建物の扉に向かって足を進めていく。そのまま店の横を通り過ぎようとした―――その瞬間。

 

シャコンッ!ガチャンッ!

 

店の壁の一部がスライドし、そこからゴツい見た目のスライド式の砲身が姿を現した。その凶悪な砲口をクロウに向けて。

 

「へ?」

 

突然の物騒極まりない、まるで列車砲を彷彿とさせる存在の登場にクロウは理解が追いつかずに目が点になっていると―――

 

スドゴォオオオオオンッ!!!

 

「―――どわぁああああああああああああ!?」

 

轟音と共に爆炎と白煙が上がり、クロウは情けなく吹き飛ばされる。そして、そのまま顔面から地面に打ち付けられた。

 

「「「「…………」」」」

 

シャコンッ

 

リィン達がその光景に言葉を失っていると、役目を終えたのか、物騒な砲身は壁の中に消えていった。

 

「アリサ、今のは……」

 

リィンが困惑しながらアリサに問い掛けると、アリサは疲れたように答えた。

 

「あの店の侵入者対策よ。センサー内に踏み込んだら問答無用で迎撃するタイプ。今の導力砲の他にもガトリングガンや機関銃、火炎放射器に高圧のウォーターカッター、レーザーライフルや刃物の投擲まであるわ」

「うわあ……」

「……見た目に反して要塞クラスの警備だった」

「過激過ぎるだろ……」

 

物騒極まりない侵入者対策にリィン達は何とも言えない表情となりつつも、倒れているクロウを復活させてから店の扉から中に入った。

 

「内装も普通だな」

「確かに普通……今のところは」

「カウンターに置かれている奇妙な端末以外はね」

「誰もいないのか?」

「取り敢えず大声で呼ぶか」

 

クロウが頭を掻きながらそう提案した瞬間、変化が現れた。

 

『イラッシャイマセ。ゴ用件ハ何デショウカ?』

 

カウンターに置かれていた分厚いトランクケースのような情報操作端末装置から機械的な音声が響き、同時にモニター部分から[(>∀<)]という記号が表示される。

 

「うわっ!?」

「しゃ、喋った!?」

『ドウカ落チツイテ下サイ。ソレデハオ話ガデキマセンヨ?』

 

機械に宥められるというある意味貴重な経験にリィン達は何とも言えない気分となりつつも、リィンが代表して来訪目的を告げた。

 

「俺達は士官学院の者です。依頼の詳しい内容を聞きにきたのですが……」

『ソウデシタカ。スグニマイスターヲオ呼ビシマス』

 

端末装置からの音声がそう告げて数秒後、カウンターの奥にある扉が開く。そこから少し汚れた白衣を羽織ったツナギ姿の深紅の髪の女性が現れた。

 

「いらっしゃ~い、トールズのVII組の皆。ここに来てくれたという事は依頼を受けてくれるのかな?」

「……正直、私は来たくなかったんですけどね。ソフィーヤさん」

 

深紅の髪の女性―――ソフィーヤの挨拶にアリサは嫌々感たっぷりで言葉を返した。どうやら知り合いのようである。

 

「それとあの導力砲。以前より威力が上がってませんか?」

「?勿論上げてるけど?もしかしてさっき防衛装置が起動したのは君達が原因かな?」

「「「「「………………」」」」」

 

さも当たり前のように告げたソフィーヤにリィン達は言葉を失う。そんな全く悪びれた様子のないソフィーヤにアリサが唯一反論する。

 

「あれは過剰防衛です。以前、間違って足を踏み入れた人まで痛い目に合ったんですから」

「そう?店の入口からじゃなく工房の入口から入ろうとする人は普通はいないよね?そんな人達は大抵何か黒い考えがあるのが相場だよ」

「だからって弾丸並みにナイフを弾幕の如く発射したり、幾条ものレーザーカッターを飛ばしたりするのはやり過ぎですよ!!それで領邦軍が怒ってどれだけ面倒になったことか……!」

 

アリサの話からして、領邦軍はこの店で痛い目に合ったようだ。

 

「あれだけで済んだのは幸いだったかもな……」

 

被害を受けたクロウは導力砲一発で済んだことに微妙な気分で安堵していた。そんな中で、リィンが話題を変える意味合いも兼ねてさっきの端末装置について聞くことにした。

 

「あの、ソフィーヤさん……さっきのは……」

「私が開発した人工知能『アステル』。最初は部屋半分を占拠する大きさだったけど、性能を落とさず、逆に向上させてこのトランクケースサイズにまで落としこんだ私の自慢の発明だよ」

「―――へ?」

 

さらりと言ってのけたソフィーヤに、一同は一瞬ポカンとなりつつもすぐに驚愕に包まれた。

 

「えええ!?」

「人工知能!?」

「つまり、機械が自分で考えるんですか!?」

「そうだよ」

「マジで作ってやがったのかよ……」

「会話以外に何が出来るの?」

「データ処理やシュミレーション、後は店番かな。最終的には何かしらの機械にインストールするつもりだし。……と、話が脱線しちゃったね。取り敢えず一緒に奥に来て」

 

そうしてリィン達はソフィーヤの後ろを付いて奥の工房に入ると、工房部屋の中央には見たことがない乗り物が鎮座していた。

 

「えっと、これがテストしてほしいマシンですか……?」

「うん。この一人乗りの空飛ぶ乗り物のデータを取るために協力してほしいんだ」

 

ソフィーヤ、再び爆弾投下。

 

来てから色々な意味で疲れていたリィン達は、乾いた笑みを浮かべながら件のマシンについて詳細を聞くことにした。

 

「……これで飛行できるんですか?」

「そ。前後左右にある四つのプロペラを駆使して空を翔る乗り物。今は一時間半は飛行できるんだけど速度が微妙なんだよね。最速が導力車の通常速度くらいだし」

「一時間半飛行できる一人乗りの乗り物……」

「サイズ的にも街中で動かせますね……」

「導力バイクが玩具のように感じるぜ……」

「導力バイク?ああ、ジジイの弟子が作っていたヤツね。先月、私が作ったサイドカーのデータを渡して、あの面白そうな機械を一つ掻っぱ……貰ったんだよね」

 

ソフィーヤがまたしても爆弾投下。まだ依頼を受けていないにも関わらず、リィン達の気力は大分削られていた。確かにアリサの言う通り、積極的に関わりたくない人物だ。

 

「……もうツッコミませんよ」

「……先月、ジョルジュのヤツがどこか元気がなかったのはそういう事だったのか……」

「……同じくトワ会長が涙目だったのはその後始末に奔走したからなんですね……」

「まぁ、これは私が何回か試乗してたんだけど、そろそろ第三者の意見が欲しかったんだよね。だから、ちょうどよかったから依頼を出させてもらったよ」

 

いい笑顔で告げるソフィーヤにリィン達は死んだ魚のような目になるも、リィンは部屋の机に飾られている写真に気がついて、思わず注視してしまった。

 

(あ……)

 

その写真には今目の前にいるソフィーヤだけでなく、クレアにルーク、茶髪の少年が笑って写っている。全員、士官学院の制服を来ていた。

 

「ん?この写真が気になるの?」

 

リィンのその視線に気づいたソフィーヤがその写真を手ににこやかに問い掛ける。それでアリサ達もその写真に気づき、同時に写っている人達にも気がついた。

 

「この写真に写っているのって……」

「クレア大尉とルークさん……?」

「そうだよ。実は君達のことは先週、私が作った導力バイクのデータ引き渡しの時にルークから少しだけ聞いていたんだよ。五月にレグラムに全員集まって楽しく談笑してたんだよ。()()()もあったけどね」

 

そのルークは現在、クレアから再び依頼を受けて調べものをしている最中ではあるが。

 

それはともかく、ソフィーヤの()()()の言葉の意味を察したアリサとフィーがジト目でリィンを睨む。八月の水泳の不可抗力と、今月やらかした金髪少女の胸の鷲掴みの罪は深いようである。ちなみに訓練中に教官の下着を見てしまった罪も。

 

「そっちも色々と大変みたいだね?取り敢えず、時間も有限だから早く始めようか」

 

その視線の意味をソフィーヤは察しつつも深く言及せず、防衛装置を切ってから件の乗り物―――導力ヘリを外へと出し―――

 

「正面のレバーで移動方向が決められるよ。左のアクセルレバーでプロペラの出力を上げて上昇したり、移動速度を上げられるよ。後、今回は安全も考慮して市外の街道を三十分飛行してきてね」

 

「……了解しました」

 

導力ヘリの操作方法を説明し、結局依頼を受けることにしたリィンがルーレ市外の街道を飛行するのであった。……断じて皆から一度離れたかったからではない。

 

ちなみに導力ヘリの感想は、リィンの次に試運転したマキアス共々「かなり新鮮で楽しかった」とのことだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

―――同日の夜。

 

「ルーレ駅、鉄道憲兵隊の―――」

 

バァンッ!!

 

「!?」

「やっぱりいたねー、クレア!!」

「ソ、ソフィさん!?今日は工房に篭りきりの筈では……!?」

「フッフーン!私の第六感がクレアがここに来ていると伝えたんだよ!!さぁ、今日は久々におもいっきり飲むよー!!マスター!!いつものワイン十本、果実酒五本、ウォッカ二本、バーボン三つ持ってきて!!」

「……かしこまりました」

「リ、リィンさん!フィーさん!急いで逃げて下さい!!ここにいたら無理矢理飲ませられてしまいます!!」

「心外だなー。未成年にお酒は飲ませないよー」

「限界を越えて飲ませようとした貴女が言っても説得力がありません!!」

「ク、クレア大尉があんなに慌てるなんて……」

「……本気で焦ってる」

 

ダイニングバー《F》に情報交換で来ていた女性は、蟒蛇によって覚束ない足取りで帰る羽目となり、帰ってから例の薬を服用する事になるのであった。

 

 

 




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内戦

てな訳でどうぞ


―――七耀歴1204年10月28日

 

夜に包まれた帝都ヘイムダル。そのとあるバーにて。

 

「…………」

 

カウンター席に座り、グラスに注がれている酒を堪能しながらルークはとある人物を待っていた。

 

現在、帝国全土はクロスベル自治州の独立とガレリア要塞が謎の攻撃によって巨大な球状にくり貫かれて“消滅”したことでかつてない緊張に晒されている。その為、店内にはルークしか客がいなかった。

 

「……お待たせしました」

 

後ろから声をかけられたことでルークは後ろへと振り返る。そこにはクレアが佇んでおり、それを確認したルークはグラスを片手に席を立ってテーブル席へと移動し、同じくテーブル席に付いたクレアもカクテルを頼み、少しばかり酒を楽しんでいく。

 

「それで、頼んだ調べものはどうなりましたか?」

「……一応、候補者の素性は全員調べ上げた。それ以上は流石に無理だったが」

 

クレアの切り出しにルークはそう告げると共に茶色の封筒に閉じた調査資料を手渡す。クレアは封を切ってその調査資料に目を通していく。そして、その内の一枚に目が止まった。

 

「…………」

「その資料に書いてある通り、()()()の書類上の出身地は偽装だった。巧妙に出来上がっていたから結構手間取っちまったが。……そいつの本当の出身地もな」

「……家族構成も含めて、()には明確な動機がありますね」

 

ルークの調査結果にクレアは感嘆の息を洩らす。こちらは偽装で撹乱されたとはいえ、ルークは個人でここまで調べ上げたのだ。情報局顔負けの調査力である。

 

もっとも、ルークはあの事件の首謀者達を()()()()()()()()調べ上げたのだから当然と言えば当然と言えるのだが。

 

「ああ。個人の見解としては、そいつが例の奴なら最大の目的は“仇討ち”だろうな」

「…………」

 

ルークの推測にクレアは哀しげな表情で俯く。方法は褒められたものではないとはいえ、その背景を考えれば、お門違いだと分かっていても同情を感じずにはいられないのだろう。

 

「ガレリア要塞もザクセン鉄鉱山も自動操縦と録音を使えば幾らでも誤魔化せるし、本当の狙いがマークから外れることなら十分に成功しているな。……これからどうするつもりだ?」

「……外部からの情報ですから裏付けを取る必要があります。本当ならすぐに動きたいところですが」

 

ルークの質問にどこかもどかしそうにクレアは呟く。軍からではなく完全に個人のツテで得た情報である故に、対外的に情報が正しいかを精査する必要があるからだ。

 

そもそもこの頼みごと自体、クレアの独断によるものなのだ。現にミハイルはこの事をクレアから聞いて本気で怒ったのだから。

 

「そこは仕方がないと割り切るんだな。最低でも注視と警戒が出来るんだからな」

「……そうですね。悲観している場合ではありませんね」

「俺は数日は帝都に居座るつもりだ。何かあれば勝手に動くからそのつもりで」

「分かりました。その時は可能であれば連絡を入れてください」

 

その後、何事もなく二人はわかれていった。

 

((良かった。何事もなくて……))

 

内心で同じことを思いながら……

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

―――七燿歴1204年10月30日

 

ドライケルス広場が一瞥できるとある建物の屋上にて。

 

(……ここまで長かったぜ)

 

仮面の人物―――先月のザクセン鉄鉱山で飛行艇の突然の爆発により死亡したと判断されていた《帝国解放戦線》のリーダー《C》が超長距離狙撃用の対物導力ライフルをドライケルス広場に向けて構えていた。

 

あの爆発は《C》によるアリバイ工作の為の偽装。八月のガレリア要塞の襲撃の時と同じ、連中の目を欺く為の仕込みだったのだ。

 

(……しかし、あそこまでやったのに鉄道憲兵隊の連中がさりげなく()の動向に目を光らせていた……念のための反則技がなかったら少しやばかったな)

 

《C》は()()()()()()を使って鉄道憲兵隊の目を掻い潜り、偽装工作で飛行艇を狙撃したものよりも更に高性能な()()()()()の対物導力ライフルを使うことで、連中が把握しているであろう狙撃範囲から外れた場所の屋上で狙撃を行おうとしている。

 

全ては―――ドライケルス広場で高々と声明を発表しているギリアス・オズボーンの首をここで獲るために。

 

『―――このギリアス・オズボーン、帝国政府を代表し、陛下の許しを得て、今ここに宣言させていただこう!!正規軍、領邦軍を問わず、帝国全ての“力”を結集し、クロスベルの“悪”を正し、東からの脅威に備えんことを―――』

「―――言わせるかよ」

 

足下に置かれたラジオから聞こえる仇敵に対して《C》はボイスチェンジャーで加工されていない素の声で呟き、スコープの先にいるオズボーン宰相を見据え、対物導力ライフルの引き金に力を入れる。

 

同時に屋上の扉が開き、そこから現れたクレアが拳銃を構え、《C》に銃口を向けて引き金を引く。

 

―――その瞬間、二つの銃声が屋上に響いた。

 

「…………」

 

クレアの銃撃を受けた《C》の仮面にヒビが入り、二つに砕けてその下の素顔を露になる。仮面の下に隠れていたその顔はグレーの髪に白のバンダナを額に巻いた男性の顔だった。

 

「手を上げなさい!帝国解放戦線リーダー《C》―――いいえ、旧《ジュライ市国》出身、その市長の孫、クロウ・アームブラスト!」

 

クレアが怒りを露に告げたその言葉に、《C》―――クロウはどこか呆れたような表情で立ち上がって両手を上げた。

 

「やれやれ、その辺りは完璧に偽装できたつもりだったんだがな。アランドール……いや、お前個人のツテである《絶剣》の野郎に調べ上げられちまったか?」

「……裏付けが取れたのは先ほどです。偽装で攪乱されていなければもっと早くに……」

 

クレアは悔しさを滲ませて呟く。クレアはルークに依頼した《C》の上位候補者の調査結果により、その内の一人であり情報局の有力()()()プロファイリングにも該当していたクロウの出身地が偽装であったこと。更にその本当の出身地が八年前に帝国に併合された《ジュライ経済特区》。そして、クロウは経済特区となる前の《ジュライ市国》、最後の市長の孫であったことがルークの調査で明らかとなったのだ。

 

その為、裏付けが情報局で取れるまでは対象の動向に目を光らせ、鉱山で押収した対物導力ライフルの射程範囲から有効な狙撃ポイントも割り出し、裏付けが取れ次第、すぐに確保できるようにクレアは配下の隊員達を配備していた。

 

だが、クロウを見失い、割り出した狙撃ポイントにも居ないという隊員達の報告にクレアが頭を働かせていると、自分達が把握していたポイントより更に距離がある場所で、対物導力ライフルを構えたクロウの姿を発見したという報告が届いたのだ。同時に情報局の裏付けが取れたことも。

 

故にクレアは急いでその建物に向かい、屋上に入ってすぐに攻撃したのだが、クロウの足下にあるラジオからはオズボーン宰相の声は聞こえてこず、遠くにあるドライケルス広場では大騒ぎになっているのが一目で分かることから理解してしまったのだ―――自分は間に合わなかったのだと。

 

「っ……よくも、よくも閣下を!」

「ま、そこは八年前にジュライが帝国に併合された時と同じ、アンタの親玉が好き()()()、気を抜いた方が負けの“ゲーム”だ。……しっかし、《絶剣》は実力も含めて本当に厄介な野郎だな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「!!」

 

クロウが揶揄するように告げた最後の言葉にクレアは驚きを露に目を見開く。そんなクレアにクロウは言葉を続けていく。

 

「少し調べたらあっさり出てきたし、知っている奴もいたからな。……黙りを決め込んだ割には中々に面倒な記者さんだ」

「……だとしたら知っているでしょう?()()を誰が引き起こしたのかも」

「ああ。だが、それがどうした?仇討ちを諦めている負け犬に変わりはないだろ?」

「―――黙りなさい!上辺しか知らない貴方が彼を語らないで下さい!!」

 

クロウのルークを侮辱する発言に、クレアは声を荒げて反論する。ルークの過去は自分よりも遥かに重く、一番許せなかったのはルーク自身だと知っている故に。

 

「とにかく腹ばいになりなさい!これだけの仕込み、必ず背景を喋ってもらいます!」

「ああ、それは無理だな。今から最後の仕上げが始まるんだからな」

「え―――!?」

 

クレアが何かに気づいて上空を見上げると、帝都の上空に二百アージュ以上はある、白亜の巨大な飛行戦艦が現れ、その戦艦の船底から何かが降ろされていく。その何かは、鋼鉄で造られた、巨大な人型の人形だった。

 

地上に降り立った鋼鉄の人形は高い機動性で地上を駆け抜け、その手に持つ槍や鈍器のような武器で正規軍の装甲車はおろか、主力戦車(アハツェン)をも次々と破壊し、帝都を制圧し始めていく。

 

「あ、あの兵器は……」

 

見たこともない兵器にクレアが困惑していると、クロウが何てことのないように蹂躙を続けている兵器について語り始める。

 

「《機甲兵(パンツァーゾルダ)》。貴族連合に取り込まれた『ラインフォルト第五開発部』が古の機体を元に大量の鋼鉄から組み上げ、完成させた人型有人兵器だ。―――制御システムは外部から手に入れたプログラムデータをベースにしているがな」

「外部から…………まさか!」

「ああ、そのまさかだ。お前さんの知り合いが作ったオーバルギアの制御プログラムを参考にして、制御システムを完成させたそうだ」

 

つまり、あの兵器は五月頃、否、それ以前から開発されていたのだ。そして、その兵器の開発にシュミット博士が関わっていたことにも気づいた。同時にクレアは場違いと自覚しつつもこう思ってしまった。

 

(……ソフィさんが直接関わってなくて良かったです。関わっていたら、あれはもっと凶悪なものになってました……)

 

具体的には機体そのものに導力式のレーザーが内蔵されるくらいには。

 

「クク、結構堪えたか?お前さんの知り合いがあれの完成に知らずに手を貸したことを」

 

クレアがそんな場違いなことを思っているとは知らず、クロウは的外れな挑発をして―――屋上から飛び降りた。

 

「しまった……!」

 

クレアが急いで下を覗き込むと―――そこから機甲兵とは見た目も雰囲気も全く違う、背後に翼を連想させるものを有した蒼い人型の人形がゆっくりと上昇していた。

 

「あ―――」

『じゃあな。《氷の乙女(アイスメイデン)》殿』

 

クロウはそう言葉を残し、トリスタ方面に向かって飛び去っていった。

 

その直後、クレアのARCUSから着信音が鳴り響いた。

 

「!?―――もしもし―――」

 

クレアは突然の着信音に驚きつつも、すぐに通信に応じて出ると―――

 

『オリヴァルト殿下の依頼で俺はアルフィン殿下とその友人を連れ、トヴァルと一緒に帝都から離脱する!!以上!』

 

挨拶もへったくれもないルークの説明に、クレアは一瞬ポカンとなりかけるもすぐに我に返る。

 

「分かりました。どうか皇女殿下とエリゼさんをお願いします!―――どうか女神の加護を」

『ああ!お互いにな!!』

 

それを最後に通信が終わる。

 

―――これが後に《十月戦役》と呼ばれる帝国の内戦の始まりであった。

 

 

 




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閃II編
ユミルでの再会


てな訳でどうぞ


―――七耀歴1204年11月29日

 

帝国は現在、内乱の真っ只中にあった。貴族連合が極秘で完成させた人型有人兵器《機甲兵》の存在により正規軍は苦戦を強いられ、帝都を含む帝国の主要の都市も貴族連合の手によって占領された。

 

同じくトリスタと《トールズ士官学院》も貴族連合によって完全に占拠された。調べた限りでは結構な数の学院関係者が行方不明となり、《紅い翼》―――カレイジャス号もトリスタに現れたそうだ。そして、その防衛戦で二体の巨大な騎士人形が争ったそうだが、真偽は定かではない。……ルーク個人の見解では“事実”と睨んでいるが。

 

もう一つ、帝都のバルフレイム宮にいた皇帝陛下やセドリック皇太子は貴族連合に“保護”され、オリヴァルトは行方不明となっている。

 

そして、アルフィン皇女殿下は―――

 

「目的の場所はまだですか?」

「もう少しだな。皇女殿下にエリゼさん」

「……本当にそこに兄様がいるのでしょうか?」

「それを確かめる為にここに来ているんだろ?まぁ、気持ちは分かるけど」

 

ノルティア州の北方、アイゼンガルド連峰・峡谷地帯の山道をエリゼ、トヴァル、ルークと一緒に歩いていた。

 

貴族連合が帝都を占領したあの日、ルークとトヴァルはオリヴァルトからの緊急の連絡で聖アストライア女学院にいるアルフィン皇女とエリゼを安全な場所まで護衛して欲しいと頼まれたからだ。

 

そうして、アルフィン皇女とエリゼを連れてルークとトヴァルは貴族連合の捜索をかわして帝都から脱出し、十日ほどかけてエリゼの故郷であるユミルへと辿り着いたのだ。ソフィーヤ製の導力バイクは人数の都合とあまりにも目立つことから帝都に置いていった。

 

そしてルーク達が今ここにいる理由は、昨日トヴァルのARCUSに謎の通信が届いたからだ。その相手は名乗りもせずにリィンの居場所を事細かに教えた後、一方的に通信を切ったのだ。

 

罠の可能性も考慮し、最初はトヴァル一人でその場所へと向かうつもりだったのだが、リィンの行方が分からずにずっと心配していたエリゼとアルフィン皇女が一緒に行くと駄々を捏ねたので、仕方なくルークを交えた四人でその場所へと向かうことにしたのだ。

 

ちなみに、ユミルに向かう道中でトヴァルがオリヴァルトから預かっていた予備のARCUSを二人に渡して指南したことで、戦力としても申し分なくなっているのも同行を許した理由の一つである。

 

その道中で地響きが一同の耳に届いた。

 

「この音は……?」

「……向こうからだな」

「急いだ方がいいかもしれないな。ペースを上げますが宜しいですか?」

「ええ。もし、リィンさんが本当に居るのでしたら、急いで保護しませんといけませんしね」

 

地響きを聞いたことでルーク達はペースを上げて山道を登っていき、やがて見渡せる場所へと躍り出る。

 

そこで視界に入った少し拓けた場所には、《機甲兵》や人形兵器とは違う、古代の遺物だと想像に難くない巨大な人型のゴーレムと―――エリゼの義兄であるリィンが居た。

 

本当に居たことに驚くよりも、そのリィンが太刀を片手に膝をついて満身創痍の状態であり、彼が対峙していたであろう巨大なゴーレムがその手に持つ剣を振り上げてリィンに振り下ろそうとしていることに焦りを覚える。

 

「させるか!」

 

ルークは片手半剣(バスタードソード)を素早く抜いて振りかぶり、膨大なエネルギーを刀身に宿していく。

その一撃は夏至祭の時、地下の大広間から脱出する際に放った必殺の一撃だ。

 

「―――叢愾剣!!」

 

袈裟で振り抜いた剣から圧倒的な剣圧が放たれる。その剣圧はゴーレムの右肩に直撃し、装甲を粉砕すると共に後ろへとよろめかせた。

 

「くらいな―――エクス・クルセイド!!」

 

更にトヴァルがだめ押しと言わんばかりに空属性の高位アーツを放ち、マトモに喰らって膝をついたゴーレムは足場が崩れ落ちると共に崖の下へと落ちていった。

 

「兄様!」

「リィンさん!」

 

エリゼとアルフィン皇女が安心したようにリィンの名前を呼ぶ。そこでリィンはこちらの存在に気付いたように顔を向けた。

 

「ふうっ……何とか間に合ったみたいだな」

「あれは何なのか気になるところだが……無事で良かったよ。地響きを聞いて急いだ甲斐があったというもんだ」

「ええ、本当に……!」

 

ルークの言葉にアルフィン皇女が頷いて同意していると、エリゼはいてもたってもいなれなかったのか、駆け足で山道を下り、リィンの下に駆け寄った。

 

「大丈夫ですか、兄様!?憔悴しきった様子ですが、どこかお怪我はありませんか!?」

 

心配そうにリィンを見つけるエリゼに、リィンは逆に安堵したような表情となる。

 

「……エリゼ……まさか、こんなところで会えるなんて……よかった……本当に……」

 

そして、リィンは緊張の糸が切れたのか、そのまま力尽きたかのように地面に倒れ込んだ。

 

「兄様!?しっかりしてください、兄様!!」

 

そのタイミングで降り立ったルーク達も駆け寄り、トヴァルがリィンの容態を確認していく。

 

「……大丈夫だ。どうやら疲労で気絶しただけのようだ。怪我も多少負っちゃいるが深刻なもんじゃない」

「そうですか……良かった」

 

トヴァルの診察にエリゼが安堵していると、リィンのすぐ傍で蹲っていた深い紫の毛並みの猫から常識外れなことが起きた。

 

「まぁ、目覚めて歩けるようになったのはついさっきだからね。その後で魔煌兵と戦ったのだから当然よ」

 

明らかに猫が人の言葉を喋っていることに、ルーク以外は驚きを露にする。

 

「ええ!?」

「まあ……!」

「猫が喋っただと……!?」

 

三者三様の反応をする中、ルークだけは胡散臭そうな目を猫に向ける。常識は二年前のリベールの一件で破壊されているので猫が喋ることに驚くのも馬鹿らしいからである。

 

もっと言えば、リベールで人の言葉を喋る古竜に出会っているので、今更猫が喋っても“普通じゃない”と感じる程度だ。

 

「……どうやら色々と知っているようだな。悪いが移動がてらで知っていることは全部話して貰うぞ」

「そのくらいは構わないわよ」

 

そうしてルークがリィンを背中に担ぎ、猫はエリゼが抱えてユミルへと戻りながら話を聞いていく。

 

猫―――セリーヌは《魔女》―――《魔女の眷属(ヘクセンブリード)》をサポートし、使命の手助けをする“使い魔”であり、新米《魔女》であるエマのお目付け役として一緒にトリスタに来たこと。

 

トリスタ―――《トールズ士官学院》に入学したのもその“使命”の為であったこと。

 

リィンは旧校舎に眠っていた帝国の古より伝わる“巨いなる力”の一端、《灰の騎神》ヴァリマールの起動者(ライザー)に選ばれたこと。

 

先のゴーレムは《魔煌兵(まこうへい)》と呼ばれる中世の魔導士達が作り上げた対騎神用の兵器であること。

 

トリスタでの《蒼の騎神》との戦闘で追い詰められたリィンを、ヴァリマールに離脱を指示してその場から逃げ延びたこと。

 

そして―――初めての騎神との“同期”と戦闘でリィンが命に関わる程に消耗し、“(ケルン)”に傷を負ったヴァリマールがリィンの回復を優先して一月で歩けるまでに回復させたことを話した。

 

「ま、私も彼の回復の手助けをしたけどね」

「そうでしたか……ありがとうございますセリーヌさん。兄様を守っていただいて……」

「べ、別に礼なんかいらないわよ。それにあんたには借りもあるしね」

「借り……?」

 

セリーヌの“借り”の言葉にエリゼは意味が分からずに首を傾げる。そこでセリーヌは少し口を滑らせたと気づき、焦って口を開いた。

 

「な、何でもないわよ!私も少し疲れたからね―――」

「……そういえば、ユミルに向かう道すがらでエリゼ嬢達から聞いた話だと、“猫”を追いかけてトールズの旧校舎に迷いこんだそうだな。まさか……」

「……そういえば、セリーヌさんはあの時の猫に似ているような……」

「「「「…………」」」」

 

四人の無言の圧力の視線がセリーヌに突き刺さる。針の躯の状態となったセリーヌは大慌てで弁明の声を上げていく。

 

「ち、違うわよ!危害を加えようとして連れ込んだわけじゃなくて!彼が“試しの扉”に中途半端に反応してたからじれったくて……」

「……だからダシにしたと?」

 

目を細めたルークの言葉に、セリーヌは若干気圧されながらも反論を続けていく。

 

「そ、それにあのガーディアンは本来、関係ない人間は襲わないわよ!彼が来てすぐに剣を振り下ろそうとしたのは予想外だったけど……」

「「「「…………」」」」

 

全員のセリーヌを見る目が完全に責めるものになる。悪意があってやったわけでないことは理解できるが、完全にやってはいけないことをこのセリーヌはやらかしたのだから。

 

「……悪かったわよ。エマにも散々怒られたし……」

「ここはごめんなさい、だ」

「……ごめんなさい」

 

周りの反応にセリーヌはバツが悪そうに謝るも、ルークに指摘されたことで言い直して改めて謝った。

 

「もう済んだことですし、兄様を助けて頂いたので水に流して差し上げます。後、兄様が目覚めたらちゃんと謝ってくださいね」

 

セリーヌの謝罪を受けたエリゼは快く許した。リィンにもちゃんと謝るように伝えると、セリーヌも素直に頷いた。

 

「……この場合はありがとう、かしら?エマにも言われたけど、人間の気持ちとか機微なんてのは今一つ分からないから」

「それでしたら、私が一から教えて差し上げましょうか?」

「い、いいわよ別に!というか、そこの白髪男のあんたは一体何者なの!?魔煌兵に一部とはいえ明確なダメージを与えるわ、私への反応が薄かったというか!」

 

アルフィン皇女の申し出をどこか慌てたように辞退したセリーヌは誤魔化すようにルークに疑問をぶつける。対するルークは微妙な表情だ。

 

「何者かって聞かれても……常識を破壊する修羅場を潜り抜けた記者としか言えないんだが」

 

具体的にはクーデターの残党が開発した新型戦車を戦闘不能にしたり、空飛ぶ喋る古の竜に出会したり、死んだと思っていた()()()()()()に再会したり、導力器が全く使えなくなったり、空に浮く巨大な建造物に乗り込んだり、古代の人形兵器を再現した兵器と戦ったり、《至宝》を取り込んだ腐れ外道を立役者と一緒にぶちのめしたり、古代遺産の指輪で悶着があったり、閉じ込められた現実と夢の狭間の世界でコピーされた竜と戦ったりと、端から見れば中々に濃い経験をしている。

 

そのことをルークはオブラートに包んで伝えるも……

 

「…………」

「フフ、流石お兄様と一緒にリベールの事件を解決した方ですわね」

「……何度聞いても凄まじいな」

「……本当にあんたは何者なのよ」

 

エリゼは絶句、アルフィン皇女は笑みを浮かべ、トヴァルとセリーヌは疲れたように溜め息を吐くのだった。

 

 

 




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一時の平穏

てな訳でどうぞ


―――七耀歴1204年11月30日

 

温泉郷ユミル。シュバルツァー男爵邸にて。

 

ルーク、アルフィン皇女、トヴァルの三人はリィンの様子を見に彼が寝ている部屋へ訪れると、リィンは目を覚ましてエリゼに抱きつかれていた。

 

最初は水を差すものではないと見守っていたが、このままだといつまで経ってもこちらに気付きそうになかったので……

 

「クスクス……朝からお熱いですわね♪」

 

アルフィン皇女がからかいながら代表して二人の世界に踏み込んでいった。それで漸くリィンとエリゼはこちらに気付いた。

 

「ひ、姫様……」

「おはようございます。リィンさん、エリゼも」

 

顔を赤めて恥ずかしそうにしているエリゼに、アルフィン皇女は少し羨ましげに見つめながら挨拶する。続いてルークとトヴァルもリィン達に挨拶をする。

 

「よっ、お邪魔させてもらってるぜ」

「あれからずっと眠ったままだったから心配したが、どうやら大丈夫のようだな」

「アルフィン殿下、トヴァルさん、それにルークさんも……やっぱり、夢なんかじゃないんですね」

 

ルークとアルフィン皇女、トヴァルは、昨日のことを夢だと半ば疑っていたリィンの下に歩み寄っていく。

 

「ふふっ、もちろん現実ですわ。抱き締めたエリゼの感覚が何よりの証拠じゃありませんか?」

「も、もう……姫様!」

 

ちょっとおどけたように告げるアルフィン皇女に、エリゼは恥ずかしげに声を上げる。ユミルに向かう途中でも思ったが、やはり二人は仲良しのようだ。

 

「はは……」

「ま、目を覚まして何よりだ」

「一応、体の調子はどうだ?さっきも言ったが、あれから一晩眠っていたんだからな」

 

ルークの確認にリィンは改めて体の調子を確認してから告げる。

 

「ええ……とりあえず大事はないみたいです。お二人とも、助けていただいてありがとうございました」

「私からも改めてお礼を言わせてもらうわ」

「どういたしまして」

「ははっ。何にせよ、お嬢さんがたを泣かせずに済んでなによりさ」

 

ルークとトヴァルがリィンと机の上で寝そべっていたセリーヌのお礼を受け取っていると、リィンの義理の両親が部屋の扉の前に姿を現した。

 

「目を覚ましたか」

「!……父さん、母さんも……!」

「ふふ、お帰りなさい、リィン」

「色々と聞きたい事もあるだろうが、まずは軽く食事をとるといいだろう。“これから”の話はその後だ」

 

リィンの義父―――テオ男爵の音頭で一同は食堂で朝食を摂り、食事が終わってから改めて現在の帝国の状況が伝えられた。

 

「《貴族連合》によって、帝都はもちろん各地の主要都市も一月前から占領された状況にある。各地に配備されていた帝国正規軍も一部を除いて悉く退けられたそうだ。《機甲兵》と呼ばれる新しい兵器を駆使してな」

 

そして、ルークとトヴァルもオリヴァルト殿下の依頼でアルフィン皇女とエリゼを帝都から連れ出し、十日ほどかけてユミルへと到着したことをリィンに伝える。同時にテオ男爵から他の皇族の状況も伝えられる。

 

「そうですか……」

「だけど、油断は出来ない状況だ。《貴族連合》は確実に皇女殿下の行方を探しているだろうし、エリゼ嬢も一緒に行方を眩ませたんだ。潜伏場所の候補地として上がっているだろうな」

「だろうな。足取りは残さないように慎重に進んでいたが、確実とは言えないからな」

「もしそうならまずはコンタクトを取る筈だ。その時は上手く誤魔化し、かわしてみせるさ」

 

ルークとトヴァルの考察に、テオ男爵は同意しながら絶対にアルフィン皇女を匿ってみせると意気込みを露にする。そして、リィンが一番気にしていること―――トリスタ及びトールズ士官学院も《貴族連合》の手に陥ちた状況も伝えられた。

 

「……やっぱり……そうだったんですね……学院のみんなは……」

 

貴族連合に占領された事実に、ある程度予想していたリィンは悲痛な表情で顔を俯かせる。そんなリィンにルークが更なる情報を明かす。

 

「そんなお前に未確認も合わせて耳寄りな情報がある。どうやら結構な数の学院関係者が行方不明になっているんだ。その足取りを貴族連合は今も追っているそうだ。―――特に“赤い制服を着た学生”を」

「え……?」

 

ルークが明かした情報にリィンは緩慢な動作で顔を上げていく。そんなリィンを確認し、ルークは言葉を続けていく。

 

「これは未確認だが、トリスタに《紅い翼》―――巡洋艦カレイジャス号が現れたそうだ。例の《灰の騎神》が離脱して少しした後に。その上、トリスタから去っていく時、巨大な蒼の騎士人形に追いかけられたそうだ」

「それって……」

「それじゃあ……VII組や、トールズのみんなは……」

「流石に確定は出来ないがな。だが、可能性は大いにあるだろう?」

「だな。それが事実なら、オリヴァルト殿下が行方不明なのは無事の裏返しとも取れるからな。《貴族連合》の手に落ちていたら“保護”したと伝えるだろうしな」

 

ルークがもたらした情報とトヴァルの考察により、リィンはもちろん、エリゼとアルフィン皇女の顔が綻んでいく。さらに加えて、セリーヌが使い魔としての繋がりからエマの無事を伝えたことでリィンの顔がさらに綻んでいく。

 

「まあ、最悪の結果ばかり考えても仕方がないということさ」

「今は彼らの無事を信じてみたらどうだ?お前がこうして無事だったようにな」

「……そうですね」

 

ルークとトヴァルの励ましにリィンは少し笑みを浮かべて頷く。そんなリィンにテオ男爵が声をかける。

 

「……いずれにせよ、本調子ではないだろう。しばらくの間は養生に専念するといい」

「折角ですから、郷のみんなに顔を見せてきたらどうですか?みんな、貴方のことをずっと心配していましたから」

 

リィンの養母―――ルシア夫人の言葉も受け、リィンは義両親の言葉に甘えることを決め、その場で解散となる。

 

男爵邸を後にしたルークはトヴァルと一緒に宿酒場《木霊亭》に赴き、今後について改めて相談していた。

 

「……今後の状況の為にもやはり動き回るしかないだろうな」

「だな。俺がここに残ってお前が動くのが現状における最善だろうな」

「確かに。万が一の場合を考えてそうするのが妥当かもな」

 

あれこれと話し合っていると、宿酒場に訪れたリィンに後ろから声を掛けられた。

 

「ここにいたんですね、お二人とも」

「ああ。今後の方針について少しな」

「そうですか。……改めて助けて頂いてありがとうございました。俺が彼処にいたと分かるなんて、さすがですね」

「……ああ、それなんだが」

「?」

 

トヴァルの言葉にリィンは少し疑問に感じていると、ルークが助けに来れた理由を語り始めていく。

 

「実は一昨日、トヴァルのARCUS宛にいきなり通信があったんだ。一方的にお前の場所をこと細かく教えてそのまま切れたんだよ」

「それで念のために調べにいったら案の定、本当にお前さんがいたわけだ」

「それは……かなり気になりますね」

 

ルークとトヴァルが明かした事実にリィンは神妙な面持ちで頷く。

 

「何処かで聞き覚えのある声だった気がするが……あんまし自信はねぇな」

「消去法で考えれば《結社》か《貴族連合》のどちらかなんだが……それ以外の可能性もなきにしもあらずだからな」

 

ルーク個人としては、消去法でおおよその当たりを付けているが憶測の域を出ないこともあり、()()()使()()()()()()可能性は出さなかった。

 

「ま、こっちに関してはこれ以上考えても仕方ないし、今はまさに起こってる内戦のほうが問題だろう」

トヴァルは謎の通信の議論を切り上げ、今起きている問題―――内戦についての話題へと変えようとする。

「確かに内戦もそうだが、俺個人としてはあいつの心労の方が心配だな。また一人で抱え込んでなきゃいいが……」

「あ……」

 

ルークのその言葉に、リィンはあの時の不可思議な現象を思い出す。厳密に言えば、その不可思議な現象で顕れた“映像”でクロウとクレア大尉が対峙していた光景を。

 

「そういえばルークはクレア大尉の依頼で調べもんをしてたんだったな」

 

リィンと同様に、思い出したようにトヴァルもルークに問いかける。ルークもトヴァルの言葉に頷き、その依頼について話し始める。

 

「ああ。《帝国解放戦線》のリーダーの正体の有力な候補者達の素性をな」

「それって……じゃあ、クレア大尉とルークさんは……」

「流石に確定はできなかったがな。だけど、《C》―――今は《蒼の騎士》と呼ばれているそいつの書類上の出身地は偽装だった。同時に本当の出身地は帝国に併合された地域と家族構成は調べられたが、それ以上は人数の多さから断念したけどな」

 

ルークが頭を掻きながら明かした事実に、リィンとトヴァルは思わず苦笑してしまう。

 

「いやはや、道理で鉄道憲兵隊の警備が妙に厳重だったわけだ。つまり、狙撃される可能性が既に浮上していたわけか」

「ああ。……もっとも、向こうはそれすら上回っていたようだがな」

「……ええ」

 

クレアとそれなりに親しかったリィンも複雑な表情で頷く。

 

「クレアにとって鉄血宰相は“恩人”だからな……潰れてなきゃいいが……」

「恩人……?」

「あー、これ以上はノーコメントで。あいつの過去に関わることだしな」

 

思わず呟いしてしまった言葉に、ルークは下手を打ったような表情でリィンの疑問に答えないと告げる。リィンも安易に触れてはいけないものだとすぐに理解して素直に引き下がった。

 

「……話を戻すか」

 

トヴァルもその流れに便乗し、改めて本来の話題に話を戻していく。

 

「俺たち遊撃士協会も、俺たちなりに色々と動いてはいたが、帝国ギルドも本格的に分断されている状況なんだ」

「……やっぱり、かなり深刻なんですね」

「ああ……一般市民も巻き込まれているようだしな」

「戦況としては、《貴族連合》が完全に主導権を握っているが、正規軍も一部では今も激しく抵抗しているそうだ。鉄道憲兵隊と協力している師団もあるそうだ」

「そうですか……」

「それと、幾つかの猟兵団や《身喰らう蛇(ウロボロス)》の連中が各地で動き始めているらしい」

「猟兵団に《身喰らう蛇》―――例の秘密結社ですか」

 

八月のガレリア要塞の時、その存在をサラから聞かれ、実際に《怪盗紳士》に会っているリィンの言葉にルークとトヴァルは頷いて肯定する。

 

「ああ、猟兵団については元々貴族派が運用していたがより大規模に雇い入れたらしい」

「《結社》はリベールの時のように色々と引っかき回すつもりだろうな。クロスベル方面にも一枚噛んでいるみたいだしな」

 

《結社》―――厳密には《白面》―――の悪辣さを知っているルークは微妙に呆れたような表情になる。リベールの《福音計画》の時は空の至宝《輝く環(オーリオール)》を利用しようとしていたが、今回も至宝絡みで動くだろうが、その辺りは今は話さなくていいだろう。話せばリィンがパンクしそうな気がするからだ。

 

「ふう、心配事が多すぎて胃に穴が開きそうになるぜ」

「……………………」

 

トヴァルが疲れたように呟くと、リィンは暗い顔で無言になる。そんなリィンにルークが励ますように言葉を送っていく。

 

「心配なのは分かるが、あまり焦るなよ。焦ってお前の身に何かあったら、それこそ彼等も苦しむからな。それに、生きていれば予想外のことも起きるしな」

「……そうですね……まるでルークさんはお兄さんですね」

「お兄さん、か……」

 

無理して笑顔を作るリィンの言葉に、ルークは少し苦笑してしまう。そのことにリィンが疑問に感じていることを察し、ルークは苦笑した理由を明かしていく。

 

「実は、血の繋がった兄弟はいないが弟分はいるからそう感じられてもおかしくはないと思ってついな」

「そうだったんですか。その弟分さんは?」

「リベールで遊撃士をやっている。素敵な彼女さんと一緒にな」

 

まるで太陽のような弟分の彼女の顔を思い出しながら、弟分の状況を伝える。彼女はヴァレリア湖畔に浮かんだ、二人きりの小舟の上でルークが明かした憶測も混じった“真実の一端”を聞いても、迷うどころか逆に振り切ったのだ。本当に弟分にはもったいない彼女である。……その弟分は形見の品を渡して彼女の前から消えるという馬鹿な行動を起こしていたが。

 

それはさておき、ルークは元気づける意味も込めて、弟分の事実を少しだけ明かした。

 

「……二年前まではその弟分は死んだと聞かされていたんだ。だから生きていたと知った時は驚いたし、何より嬉しかった。生きていてくれて良かったと」

 

顔を会わせて再会した時、弟分は最初は信じられないといった表情で呆然としたが、徐々にルークを認識すると涙ぐみながら抱きついてきたのも良い思い出だ。周りの生暖かい目があって少々恥ずかしくはあったが。

 

……抱擁が終わった後は、彼女を泣かせた罰で脳天に結構きつめの手刀を落としてやったが。

 

「あ……」

「だから、希望を簡単に捨てるなよ」

「……はい。本当に色々とありがとうございます、ルークさん」

 

ルークの励ましにリィンは心からお礼の言葉を伝える。

 

「せっかくだから温泉にでも行ってきたらどうだ?ゆっくり浸かれば、身体も心も芯からほぐれそうだしな」

「トヴァルさん……はは、そうですね」

 

微妙に蚊帳の外になっていたトヴァルの提案にリィンは素直に頷き、《木霊亭》を後にしていった。

 

その後、ルークとトヴァルは気分転換がてらにとりとめのない話題を続けていると―――

 

――ォォォォォォォォォォォォ……

 

遠くから何かの咆哮が郷全体に届くように響いてくるのであった。

 

《温泉郷》ユミルに危機が迫る。

 

ちなみに、咆哮が響く十数分前、露天の温泉に乾いた音と水飛沫の音が響いたのだが、それは当事者しか知りようがなかった。

 

 

 




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灰の騎神

久しぶりの投稿。
黎の主人公とオリキャラの名前が被ったけど、変更せずに突き進みます。(原作より風当たりが強くなる事には無視しつつ)
てな訳でどうぞ。


例の咆哮を聞いたルークとトヴァルはリィンにエリゼ、アルフィン殿下、シュバルツァー男爵夫妻と共に男爵邸の門前に集まっていた。

 

「チッ、崖から落とした程度じゃ駄目だったか……」

「こうなるなら、彼処で確実に仕留めるべきだったな」

「いえ……あの場合は仕方ないかと」

 

魔煌兵が機能を停止せず、ユミルへと向かって来ていることを聞いて苦い顔をするトヴァルとルークに対し、リィンはそう告げる。

 

魔煌兵の気配を感知したセリーヌが言うには、裏手にある峡谷道の方向から確実に近づいてきているそうだ。当然、何故魔煌兵がユミルへと近づいて来ているかという疑問が浮かぶのだが、その答えもセリーヌがもたらした。

 

「きっと“灰の起動者(ライザー)”であるリィンを狙っているんでしょうね。魔煌兵は元々、そういう存在みたいだから」

「……だったら、やっぱり俺が何とかするしかなさそうだ」

 

セリーヌの言葉を聞き、リィンは決然とした態度でそう告げる。魔煌兵の目的がリィンである以上、彼の性格からしても放置は出来ないからだ。

 

……左頬に咲いた紅葉で少々情けない姿だったが。

 

「兄様……」

「大丈夫だ、エリゼ。この郷は必ず護ってみせる。そのくらい出来なくちゃ、みんなと再会するなんて夢のまた夢だからな」

 

心配そうに呟くエリゼにリィンは微笑みながらそう口にする。どうやら、ルーク達と別れた後で肚が括れたようである。

 

シュバルツァー夫妻もそんなリィンを見て背中を押し、自分達はいざという時の避難を呼びかけておくと伝える。

 

「そういうことなら俺も助太刀させてもらうぜ。後方支援(バックアップ)くらいなら務まるからよ」

「もちろん俺も力を貸すぜ。デカブツとの戦いには多少慣れているからな」

「トヴァルさん、ルークさん……ありがとうございます」

 

当然、この状況を黙って見るつもりのないトヴァルとルークも同行を申し出て、二人が力を貸してくれることに感謝してリィンはお礼を告げる。

 

「それじゃあ俺とセリーヌ、トヴァルさんとルークさんで峡谷に―――」

「……待ってください、兄様。どうか私も同行させてください」

 

魔煌兵を迎え撃つメンバーが決まったと思ったところで、エリゼが自ら同行を志願してきた。

 

「な……!?」

「エリゼ……!?」

 

その申し出にリィンとアルフィン殿下が驚く中、セリーヌは確認するように話しかける。

 

「……分かってると思うけど、これは遊びじゃないわよ?」

 

セリーヌのその言葉にエリゼはもちろん分かっていると答え、武の心得もありリィンが道を定めた以上は背中を護るのが妹の務めだと告げる。

 

そんなエリゼの決意をシュバルツァー夫妻は快く受け止め、リィンのストッパーの意味合いも兼ねて連れて行くようにと苦言を呈そうとしたリィンに告げた。

 

「と、父さんっ!?幾ら何でも―――」

「心配するなリィン。エリゼお嬢さんなら大丈夫だ。剣も中々だしARCUSも使いこなせているからな」

「それにリィンさんと一緒なら、エリゼも普段以上の力を発揮できるでしょうし♪」

 

リィンは反対しようとするも、トヴァルとアルフィン殿下の援護をくらい、言葉を詰まらせてしまう。

 

「そもそもエリゼがなぜARCUSを……?」

「実はオリビ―――オリヴァルト殿下からあの日、予備のARCUSを預かってな。それでトヴァルが指南していたんだよ」

「俺のせいだけにするなよ。お前さんだってエリゼお嬢さんの剣の手解きをしていただろ」

「ちょっと指摘しただけだ。人に教えられる程のもんじゃないし」

「……………………」

 

明かされた事実にリィン絶句。完全に言葉を失ってしまっている。

ちなみにルークはオリヴァルト殿下のことを『オリビエ殿下』と呼ぶ癖が根付いてしまっている。理由は……お察しということで。

 

「どうでもいいけど、あんまり時間はないわよ?反対するだけ無駄なんだし、とっとと諦めなさいよね」

「~~~~っ~~……」

 

セリーヌの最後のだめ押しにリィンは唸った後、諦めたのかどこかやけくそのように口を開く。

 

「―――分かった!!エリゼ、力を貸してもらう!ただし絶対に無茶はしないこと!!約束できるか!?」

「はい……っ!」

 

ある意味鏡を見ろと言いたくなるような同行条件だが、エリゼはツッコムことなく頷く。

 

「話は決まったな」

「薬やら、一通りの準備を整えたら裏手の峡谷道に向かうぞ」

 

こうして四人で向かうこととなり、手早く準備を終えた四人は裏手にある峡谷道へと足を踏み入れる。

 

「それじゃあ、探索を始めよう。《魔煌兵》がいるのはこの先でいいんだな?」

「ええ、間違いないわ。今もゆっくりだけど少しずつ近づいてきてるから」

 

リィンの確認に《魔煌兵》の存在を感知できるセリーヌはそう答える。

 

「つまり、このまま奥へ進めば鉢合わせするんだな?」

「ええ。どこで鉢合わせするかは分からないけどね」

「なら、できるだけ郷から離れた場所で鉢合わせしないとな。リィンとお嬢さんは何度も登ったことがあるんだよな?」

 

腕を組んでリィンとエリゼに顔を向けたトヴァルの確認に、リィンが頷きながら答える。

 

「ええ、二ヶ月ほど前にもVII組の仲間と登ったばかりです。あの時は《怪盗B》―――結社の手先が関わっていましたが」

「《怪盗紳士》ブルブランか」

「あの変態に目を付けられるとか、本当に運がないな。さすがに今回の件には関係なさそうだが」

 

悪趣味な“美”の嗜好を持っている男に興味を持たれたリィンに、ルークは本当に心底同情する。

 

それはさておき。

 

ルーク達四人は道中の魔獣を倒しながら奥を目指して進んでいく。

 

ルークとリィンが前衛を務め、トヴァルはお得意のアーツによる援護。エリゼは状況に応じて剣とアーツを使い分けてだ。

 

そんな前衛寄りではありつつも比較的バランスが取れていたこともあって、道中の魔物に然程苦戦することはなかった。

 

「それにしてもルークさん、本当にお強いですね。以前我流と言っていましたが、所々に《百式軍刀術》の動きが見られます」

 

太刀を鞘に納めたリィンの指摘に、ルークは苦笑いを浮かべる。

 

「確かに《百式軍刀術》は士官学院時代に修めたが……我流の剣に混ぜ込んだものだから、完全に別物さ」

 

ルークの剣術は正式に誰かに師事したわけではない。最初は毎日剣の練習をしていた兄貴分との“遊び”のような感覚で、あの“事件”の後は哀しみと虚無感、罪悪感からがむしゃらに剣を振るった結果だ。

 

トールズへの入学もその延長であった。だが、友人達の尾行に気付かずに“墓参り”したため、誤魔化せなかったこともあり始めて自身の過去を……ずっと抱え、明かせなかった大切な人達を喪った哀しみとその大切な人達を省みることなく真っ先に逃げ出したことへの後悔、そして一人()()生き延びたことへの罪悪感を口にしたのだ。

 

……その際に当時目の敵にされていた彼女に優しく慰められ、それに甘えてしまい、今まで溜めていた分を吐き出すように大泣きしてしまったが。

 

それがきっかけで過去にある程度の折り合いが付けられるようになり、自身のケジメの為に“真実”を追求するようになった。

 

「《百式軍刀術》……確か、帝国の二大流派《ヴァンダール流》と《アルゼイド流》、それぞれの型を百くらい取り入れられた剣術だったか」

「ええ。合理的で実戦的な剣術であり、応用の余地はあまりありませんが軍の人の多くが修めています」

 

そんな過去に馳せるルークに気付くことなく、トヴァルの思い出すように呟いたその言葉に武の世界に精通しているリィンは頷きながら答える。

 

「……兄様と同じ学院の出とはいえ、本当に記者なのか疑わしくなりますね」

 

エリゼの懐疑的な言葉が微妙に突き刺さる。そこで現実に戻ってきたルークは苦笑い気味に口を開いた。

 

「アハハ……色々と俺にも事情があるんだよ。……力がなけりゃ守りたいもんも守れないからな」

「「?」」

「…………」

 

ルークのその呟きにリィンとエリゼは首を傾げ、事情を把握しているトヴァルは無言を貫く。

 

“真実”を追求するようになっても剣の腕を磨き続けたのは、恐怖から一切省みずに逃げ出したことへの後悔と罪悪感も確かにある。だが、今の一番の理由は逝ってしまった兄貴分との約束からだ。

 

―――『守るために死ぬのではなく、守るために生きろ』という約束を貫くために。

 

「ま、人は何かを成したり貫き通すために“力”を求めるということだよ。俺の場合はそれが武力だったという話だ」

 

どれだけ立派な志があっても、それを貫けるだけの“力”がなければ意味がない。理不尽と暴力に対抗するにはどうしても“力”が必要となってくる。

 

「何かを成し、貫き通すために“力”を求める……ですか」

「ああ。幾ら意思や志が立派でも、貫けなければ意味がないからな。……っと、今は流暢に話している場合じゃなかったな。今は近づいて来ているデカブツを何とかしないとな」

「……ええ」

 

状況が状況なのでそこで会話を切り上げ、四人と一匹は峡谷の奥へと向かって進んでいく。

 

しばらくして、四人と一匹は峡谷の終点へと辿り着いた。

 

「あれが二ヶ月前の騒動の原因だったっていう石碑か?」

「……わずかに精霊の力を感じるわね。今は収まっているみたいだけど」

「ああ、そうみたいだ。八年前の事件の原因でもある場所……俺にとっては、どうしても因縁を感じる場所だな」

「兄様……」

 

リィンの呟きにエリゼは心配げに顔を向ける。

 

そんなリィン達の感傷など関係無いと言わんばかりに、ユミルで聞こえた咆哮が彼らの耳に届く。

 

「お出ましか……!」

 

ルークを始め、その場にいた全員が咆哮がした方へと顔を向けると、谷に落とした魔煌兵が地面を鳴らしながら此方へと近づいてきていた。

 

「チッ……ルークが傷つけた右肩が元通りになってやがる!こりゃ、谷に落ちたダメージも期待できなさそうだな!」

「自己修復能力……伝承にあった通りだわ!」

「どっちにしろやることは変わらないだろ」

「ええ。エリゼ、くれぐれも無理しないでくれ!」

「はい……!」

 

そうして四人はそれぞれの得物を構え、魔煌兵と向き合う。

 

対する魔煌兵は対象を見つけたと言わんばかりに再び咆哮を上げ、右手に持つ片刃の剣を振りかぶる。

 

それが戦闘開始の合図であった。

 

「全員、散開!!」

 

リィンの指示で全員がその場から飛び退き、その直後に魔煌兵の巨大な剣が地面を叩く。

 

「二ノ型、疾風!!」

「瞬迅!!」

 

その隙を付くように、リィンとルークは素早い動きで交差するように魔煌兵の脚へと攻撃を叩き込んだ。

 

「そこです!!」

 

ARCUSの戦術リンクでリィンと繋がっていたエリゼも追い討ちをかけるように翼状の斬撃を放ち、二人が攻撃した魔煌兵の脚へとぶつける。

 

そんな脚に集中的に攻撃を受けた魔煌兵は、さすがに耐えきれなかったのかバランスを崩し、その場で片膝を着いてしまう。

 

「喰らいな!!」

 

その間にARCUSを駆動していたトヴァルは空属性攻撃アーツ“ゴルゴスフィア”を放ち、数個の光の球を魔煌兵へと叩き込む。

 

アーツをまともに喰らいながらも魔煌兵はすぐに立ち上がり、持っていた剣を逆手に構えて地面に突き刺す。

 

途端、地面から衝撃波が飛び、全員がその場から吹き飛ばされた。

 

「……よっ、と!」

「リィン!エリゼお嬢さん!無事か!?」

「はい、こちらは大丈夫です!!エリゼは!?」

「私も大丈夫です!!」

 

ルークとトヴァルは咄嗟に後ろに飛んだことで攻撃を受け流せており、リィンとエリゼも上手く凌げたようだ。

 

「ちょっと!?アタシの心配もしなさいよ!?」

 

セリーヌは心配されなかったことに文句を言っているが、自分だけ障壁を張って防いでいたので心配する必要が一切ない。

 

「念のため、すぐ回復させる!」

 

トヴァルはそう言って水属性回復アーツ“ティア”を()()()()に発動させ、二人の受けたダメージを緩和、治癒していく。

 

「例の並列駆動か!」

「ああ。ホント、改造してくれたあの嬢ちゃんには感謝だな!」

 

ルークの言葉にトヴァルは頷きつつ、下級アーツを駆動時間を無視せんばかりに次から次へと飛ばしていく。

 

これは改造によって組み込まれた《ストック機能》。下級アーツ限定ではあるが事前に構築したアーツを溜め込み、好きなタイミングで発動できる機能だ。当然色々と制限はあるが、元々戦術オーブメントの改造に精通していたトヴァルだからこそ活かせる機能である。

 

そんな下級アーツを何度も喰らった魔煌兵は鬱陶しかったのか、その張本人であるトヴァルに向かって剣を振りかぶる。

 

「余所見してていいのかよ?」

 

いつの間にか魔煌兵の足下の近くに立っていたルークはそう告げると、片手半剣(バスタードソード)の刀身に輝く焔を纏わせていく。

 

「輝焔斬!!」

 

一回転と共に放たれる焔の斬撃。その斬撃は魔煌兵の脚を真っ二つに斬り裂き、その場で崩れ落ちさせた。

 

「よし!一気に畳み掛けるぞ!!」

 

トヴァルはそう言ってARCUSを再び駆動。今から放たれるのは通常のアーツではなく、改造によって生まれた独自アーツだ。

 

「はぁぁぁぁ……」

 

トヴァルは集中力を高め、包囲を敷くかのように五つの風の球を作り出す。それらをそのまま魔煌兵に放とうとはせず、真上で一つの球体へと纏め上げていく。

 

「喰らいな―――」

 

トヴァルはその大球となった風の塊に向かって跳躍。両手で組んだ拳を頭上へと振りかぶり―――

 

「リベリオン、ストームッ!!」

 

その拳を風の塊に叩きつけるように振り下ろした。

 

風の塊はそのまま魔煌兵に向かって落下。着弾するとその巨体を包み込む程の竜巻となってダメージを与えていく。

 

「―――叢愾剣ッ!!」

 

トヴァルの大技で下がっていたルークも、更に超高圧な斬撃を叩き込んで魔煌兵に容赦なく追い討ちを掛ける。

 

そして竜巻が止むと―――一目で判るほどボロボロとなった魔煌兵が蹲っていた。

 

「す、すごい……」

「へへ……さすがにこれだけやりゃ……」

 

魔煌兵のその姿にエリゼは感嘆の声を洩らし、トヴァルはもう動けないと判断しかける。

 

「―――いや、まだです!」

「どうやらそのようだな」

 

リィンの警告に、地面に沈んでいない魔煌兵の姿に警戒心を解いていなかったルークが同意した、その瞬間。

 

魔煌兵は不気味なオーラを全身から放つと腕を四本に変え、再び立ち上がった。

 

四本の腕すべてに両刃の剣が握られており、両断された左脚も元通りになっている。しかし、四本の腕と左脚以外は依然ボロボロであったが。

 

「う、腕が……!?それに脚まで……!?」

「おいおい……!!そんなのアリかよ……!?」

 

エリゼとトヴァルはパワーアップして立ち上がった魔煌兵に驚くが、ルークはそれを前にしても冷静だった。

 

(あれはもう風前の灯だな。俺が()()でいけば倒せるだろうが……)

「……どう、行けそう?」

 

そんなルークの思考を遮るように、セリーヌはリィンに問いかけていた。

 

「……ああ、少しの間だけなら動いてもらえそうだ」

 

リィンのその言葉にエリゼとトヴァルは疑問を露にリィンに顔を向け、ルークも最初は意味が分からずにリィンに顔を向けたが、すぐにその意味を理解した。

 

「まさか……」

「ええ、呼ぶなら今しかない……!!」

「え……?」

「……そういうことか!」

 

エリゼは未だ分からなかったが、トヴァルはリィンとルークのやり取りで何をするのか気付いたようだ。

そして、リィンは手を掲げて叫ぶ。

 

「来い―――《灰の騎神》ヴァリマール!!」

 

リィンがそう叫んだ瞬間、薄く輝く、円形状に構成された術式のようなものに包まれる。

 

少しして、何かの噴出音が聞こえ始めてくる。

 

「この音は……」

 

エリゼがそう呟く間にも音はどんどん大きくなり、白に近い灰色の巨大な騎士人形がその場に降り立った。

 

降り立った灰色の騎士人形が魔煌兵に向き合うと、リィンとセリーヌは直ぐ様駆け寄っていく。そして、リィンとセリーヌは光に包まれ、その騎士人形へと吸い込まれた。

 

「これが《灰の騎神》……」

「トリスタの防衛戦で活躍したっていう代物か!」

「ほ、本当に兄様が動かしているんですか……?」

 

エリゼは未だ信じられないのか半信半疑で呟くが、騎士人形改め《灰の騎神》はリィンが動かしているのを裏付けるように三人の前へと躍り出る。

 

『三人とも、ここは俺が引き受けます!いったん下がっていてください!!』

「ま、それが妥当かな」

「はは、わかった……!」

「……分かりました。兄様、どうかお気をつけて……!」

 

リィンの言葉にルーク達は素直に頷き、魔煌兵と《灰の騎神》から距離を取っていく。それを確認したリィンは徒手空拳のような構えを取る。

 

『八葉一刀流、《無手の型》―――』

 

その瞬間、魔煌兵が攻撃を仕掛けてきた。

 

リィンが操る《灰の騎神》はリィンと同じ動きで攻撃を避けるも、魔煌兵はまるで《灰の騎神》を近づかせないように、攻撃の隙を与えないように四本の剣をがむしゃらに振るっていく。

 

『くっ、これじゃ容易に近づけないし攻撃できない!!』

『まずいわね。このまま長引くと“彼”の霊力(マナ)が尽きるわ。何とか隙を見つけないと―――』

 

魔煌兵の予想を越える抵抗にリィンとセリーヌは苦々しく言葉を洩らしている。騎神のダメージが乗り手のリィンにフィードバックされる以上、安易に攻撃を受けるわけにはいかない。

 

その様子を見たルーク達は顔を見合せて無言で頷く。どうやら考えていたことは同じのようだ。

 

「兄様!アーツで援護します!!注意が私たちに向いた隙に決めて下さい!!」

『!?分かった―――!』

「「「ARCUS駆動―――」」」

 

リィンが了承したことで三人は揃ってARCUSを駆動し下級アーツを発動。発動したアーツをがむしゃらに剣を振るっている魔煌兵へとぶつける。

 

アーツによる攻撃を受けた魔煌兵は狙い通りに剣を止め、ルークたちへと顔を向ける。

 

『ここだ!』

 

剣を振るう動きが止まった魔煌兵に《灰の騎神》は腰を落とし、右腕を引き絞る構えを取る。

 

『八葉一刀流《無手の型》―――破甲拳!!』

 

ルーク達に意識が向いたことで無防備となった胸部への掌底。それをマトモに喰らった魔煌兵は後ろへとよろめき、そのまま地面へと倒れる。

 

その一撃に耐えられなかったのか、魔煌兵は全身から光を放ち、そのまま消え去っていった。

 

「おお、やったな……!」

「何とかなったな……」

「兄様……!」

 

リィンの勝利にその場にいた全員が安堵し、《灰の騎神》もその場でしゃがんでいく。

 

少しして《灰の騎神》から光が飛び出て、そこからリィンとセリーヌが姿を現した。

 

「兄様!お身体は大丈夫ですか!?」

「エリゼ……ああ、攻撃は受けなかったから大丈夫だ。それよりもエリゼの方こそ怪我はないか?」

「そうやって兄様はいつも他人(ひと)のことばかりを……!」

 

互いを心配する兄妹のやり取りに、ルークとトヴァルは微笑ましく見守りながらも二人へと近づいていく。

 

「トヴァルさん、ルークさん……アーツによる援護、ありがとうございました」

「ははっ、気にすんな」

「俺達へのお礼よりも、まずは妹さんへの礼の方が先だろ?」

「ええ。エリゼも援護してくれてありがとな」

「いえ、兄の背中を守るのが妹として当然の役目です」

 

こうして魔煌兵も無事に撃破し、一件落着―――

 

『クスクス―――気を抜くにはまだ早いんじゃないかしら?』

 

そんな雰囲気を壊すように、女性の声が響くのであった。

 

 

 




オリ主の過去、最早隠す気ゼロですがまだはっきりとは告げませんよ。内容が内容だからね。


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身柄交渉

てな訳でどうぞ。


「この声は……」

 

水を差すように割って入った声の主に心当たりがあるらしいリィンが呟く中、一羽の蒼い鳥が近くの雪に覆われた岩場へと降り立つ。その蒼い鳥を見たセリーヌは、警戒心を引き上げたかのように身を屈めた。

 

「グリアノス……!あんたがいるってことは―――」

『ええ、その通りよ』

 

グリアノスと呼ばれた蒼い鳥から先程の声が正解だと言わんばかりに発せられる。その直後、グリアノスの真上に蒼いドレスを着た半透明姿の女性が現れた。

 

「ええ……!?」

「二年前にリベールで聞いた、《怪盗》の時と同じ……いや」

「ああ。完全にこっちを認識してやがるぜ……!」

 

《怪盗紳士》が《輝く環(オーリオール)》の端末の模造品を使って起こした幽霊騒動とは違い、姿だけでなく言葉まで届けているのだ。それもこの場にいる者達をはっきりと認識した上で。

 

似て非なる現象に半分は驚愕、半分は警戒する中、件の女性は笑みを浮かべながら答えた。

 

『フフ、こんにちはリィン君。一ヶ月半前の帝都のブティック以来かしら?グリアノス越しで失礼するわ。それとセリーヌも久しぶり』

「何が久しぶりよ、ヴィータ!よくも抜け抜けと……いえ、今はこう呼ぶべきかしら?結社《身喰らう蛇》の第二使徒、《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダ!」

「使徒……!」

「《結社》の最高幹部か……!」

 

セリーヌによって彼女―――クロチルダが《執行者》ではなく《蛇の使徒》であると分かり、ルークとトヴァルは警戒心を最大まで引き上げる。特に使徒と対峙した経験があるルークは剣の柄に手を握って臨戦態勢となる程だ。

 

『フフ、妹さんと遊撃士さん、《絶剣》さんとはお初にお目にかかるわね。《絶剣》さんにはかなり警戒されちゃってるみたいだけど』

「警戒して当然だろ。あの外道だった《白面》と同じ地位の人間なら尚更な」

『……アレと同じ扱いなのは心外なのだけど』

 

ルークの返しにクロチルダは心底嫌そうに呟く。どうやら《白面》は組織の身内からも良い印象を抱かれていなかったようだが、それとこれとは無関係である。

 

「ミスティ―――いえ、クロチルダさん。どうしてここが分かったんですか……?」

 

その中で、リィンが誰もが気になったであろう疑問を投げ掛ける。それに対し、クロチルダは何てことのないような表情で答えを返した。

 

彼女曰く、自分もリィンと《灰の騎神》の行方を探していたらしく、この地の《魔煌兵》の稼働を感知したことで漸く居場所を突き止められたそうだ。

 

クロチルダの種明かしを聞き、セリーヌは早くバレたことに悪態を付いていたが、クロチルダは騎神同士の戦いにも触れ、大人(クロウ)子供(リィン)の戦いだったと厳しい評価を下す。

 

「……クロウが《蒼の騎士》と呼ばれていることは聞きました。士官学院の生徒も大勢が行方不明になっていることも。あなたとクロウは、これから何をしようとしているんですか!?」

『そんなに気になるの?そうね、教えてほしかったら―――』

 

リィンの問いかけに、クロチルダは嫌らしい笑みを浮かべながら何かしらの対価を要求しようとしたが、それは前触れもなく響き渡った銃声によって遮られた。

 

「え……」

「銃声だと……!?しかもこの方向は―――」

(さと)の方からか!?」

 

ルークのその言葉でリィンとエリゼの表情が険しくなる中、クロチルダは意外そうに声を上げた。

 

『あら、早かったわね。アルバレア公の雇った猟兵部隊……皇女殿下の身柄の確保も時間の問題かしら?』

 

クロチルダがもたらしたその情報により、一同は更に一層険しい表情となる。

 

何せユミルにはマトモに戦えそうな人物はテオ男爵一人しかおらず、アルフィン皇女はARCUS持ちとはいえ出来ることは支援くらいなのだ。複数人で来たであろう、戦闘慣れしている猟兵たちが相手では些か分が悪いのは明らかだ。

 

クロチルダは今回のユミル襲撃と自身は無関係、今から急げば間に合うかもしれないとだけ言い残して姿を消し、グリアノスもその場から立ち去っていった。

 

「くっ……言うだけ言って……!」

「文句は後だ!急いで郷に戻るぞ!!」

「ああ!グズグズしている暇はなさそうだからな!!」

 

ルークのトヴァルの強めの語気による促しに、リィンとエリゼは同意するように頷く。そして、一同は足下が滑らないように注意しながらも駆け足で山を下り始めていく。

 

道中にいた魔獣は剣の腕が立つルークとアーツのストックができるトヴァルが率先して片付けたことで、ほとんど足を止めることなく進んでいく。

 

「はあっ、はあっ……」

 

しかし、ほとんど強硬な上《魔煌兵》との戦闘の疲労もあり、この中では一番経験が乏しかったエリゼが息を上げてしまった。

 

「大丈夫か、エリゼ……!」

「少し息を整えた方がいいな。あまり無理をするといざという時に響くし」

「そうだな。一度情報を整理しときたいしな……猟兵をいきなり送る辺り、貴族連合も手段を選ばなくなってきたな」

 

小休止を兼ねたトヴァルの呟きに、ルークとリィンは同意するように頷く。最初は探りを入れるだろうと考えていたテオ男爵の予想を裏切り、実力行使の強硬手段でアルフィン皇女の身柄を押さえようとしているのだから当然である。

 

「向こうは無関係と言っていたが……実際はどうなんだ?やり取りを聞く限り、お前と彼女は知り合いみたいだったが……」

「ええ。(さら)うとしたら、もっと優雅でイヤらしいやり方をする筈よ。少なくともあの女の流儀じゃないことは確かね」

 

その意味では貴族連合も一枚岩ではない。そう締め括ったセリーヌに対し、リィンはどういう関係なのかと一歩踏み込んだ発言を投げ掛ける。それに対し、セリーヌはこう返した。

 

「一言で言えば……《魔女》の身内ね」

 

セリーヌ曰く、クロチルダも《魔女の眷属》の一人であり、七年前に“禁”を犯して行方不明になっていた、リィンのクラスメイトのエマにとっては姉同然の存在だったとのこと。

 

エマも《魔女》としての“使命”の傍らで行方を追っていたそうだが、自身も含めて魔女の秘術による“呪い”で自身の情報を彼女らに届かないようにされていたことも話した。

 

「呪い……」

「要は一種の暗示みたいなものか。情報と認識が直接結びつかないといった感じの」

「その認識で構わないわ」

 

そうして情報の整理をしている間にエリゼも息を整えられた為、再びユミルに向かって駆け足で下っていく。

ユミルとは目と鼻の先―――あと少しで到着するというタイミングで銃声が再び響き渡った。

 

「機銃の音……!?」

 

しばらく鳴り止んでいた銃声が再度響いたことで一同は嫌な予感を覚えながらも、郷の入口へと辿り着く。その先で広がっていたのは、幾つかの建物が壊れ、あちこちで小さいながらも火の手が上がっている光景だった。

 

「……ッ!」

 

その光景にルークは怒りを堪えるように歯を食いしばり、拳を握り絞める。十二年前のあの日を連想させられ、激情に駆られそうになるが、息を深く吸い込んで吐くことで何とか抑え込んだ。

 

そして、被害の確認とアルフィン皇女たちの無事を確かめる為にシュバルツァー邸に向かうと―――その広場では数名の猟兵とアルフィン皇女、そして地面に倒れたルシア夫人と血の海に沈んだテオ男爵がいた。

 

「と、父様!?―――いやああああああっ!!」

 

父親が血を流して倒れている光景を前に、エリゼの悲痛な叫びが響き渡る。ルークは爆発寸前で剣に手を掛けようとするが―――

 

「―――オオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

それよりも早く、赤黒いオーラを纏い、髪も黒から銀色になったリィンが雄叫びを上げた。

 

「なっ、なんだ……!?」

「闘気!?いや……」

 

明らかに普通ではないリィンの姿にトヴァルはもちろん、冷水を浴びせられたかの如く頭が冷えたルークは困惑の声を上げる。

 

ある程度の高みにいる武人であれば、闘気を纏って自身の身体能力を引き上げることが出来る。しかし、リィンのそれは闘気とは別の、()()をトリガーとしたかのような異質な“力”だった。

 

「シャアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

そんな明らかに普通ではないリィンは太刀を引き抜くと禍々しいオーラを刀身に纏わせ、獰猛な獣のような動きで猟兵の一人と距離を詰める。そして、激情に駆られるような一太刀で強化ブレードを両断し、防護用のプロテクターさえ無意味と言わんばかりの剣圧によってその猟兵を戦闘不能にしてしまう。

 

それを二度、三度と繰り返したことで、広場にいた猟兵たちをたった一人で戦闘不能へと追い込んでしまった。

 

「ホロビヨ……!」

「駄目です!兄様っ!!」

 

猟兵たちを追い込んでも尚、止まらずに太刀を振るおうとしたリィンであったが、父親のショックから立ち直ったエリゼが涙ながらに止めに入ったことでその動きを止める。

 

リィンに抱きついて止めに入ったエリゼは、憎悪に任せて剣を振るってはいけない、それでは八年前の時と同じだと告げて必死にリィンを落ち着かせようとする。

 

「男爵閣下は生きてるぞ!すぐに手当てをすればまだ……!」

「夫人の方も無事だ!気を失っちゃいるが、傷一つ負ってない!」

「なら、こっちを手伝ってくれ!早く処置をしないとマズイからな!」

 

そこにトヴァルとルークがシュバルツァー夫妻の安否を伝えたことで、リィンは我に返ったのか、力を抑え込むように雄叫びをあげると、元の姿へと戻った。

 

「すまない、エリゼ……また俺は……」

「いいえ、いいえ……!」

 

リィンがエリゼに申し訳なさそうに謝り、エリゼも気にしなくていいと告げる中、トヴァル主導による応急措置が終わる。

 

「何とか止血したが……」

「ああ。銃弾が貫通して体内に残っていないのは幸いだったが、それでも重傷だ。すぐに治療できる場所へ運ぶべきだ」

『―――やれやれ。先走ってくれたものだわ』

 

すぐにでもテオ男爵を運ぶ為に担架を用意しようと考えた矢先、クロチルダの声が一同の耳に届く。ルークたちは声がした方へと顔を向けると、グリアノスが石柱の上に留まっている姿が写った。

 

「ヴィータ、あんた……!」

「まだ絡んでくるつもりか?」

 

セリーヌとトヴァルが厳しい声色で問いかけると、クロチルダは再び自身の姿を投影すると心配で様子を見に来たと言葉を返す。

 

『お詫びと言ってはなんだけど、後片付けをしてあげる』

 

ヴィータは敵意を向けるルークたちにそう告げると、子守唄を聴かせるような感じで言葉を続け、猟兵たちに何かしらの催眠をかけてその場から立ち去らせた。

 

『これでしばらく、この郷は目を付けられないでしょう。この程度の埋め合わせじゃ許してくれないでしょうけど……』

 

そう申し訳なさそうにするクロチルダに誰もが警戒を解いて身体と顔を向ける中、ルークは視線だけを向けていた。加えてその表情は厳しいものであり、全く気を抜いていないのが一目瞭然だった。

 

「油断しちゃダメよ!この女はそんなに甘くないわ!!」

「―――目標を捕捉しました」

 

ルーク同様に警戒を解いていなかったセリーヌの警告と同時に、第三者の声が届く。その声がした方向は―――アルフィン殿下とエリゼの後ろからであった。

 

「―――そこか!!」

 

声が聞こえてすぐ、ルークは弾けるようにアルフィン殿下とエリゼの後ろへと移動すると、虚空から現れた宙に浮く黒い人形兵器のような存在に剣を振るい、強引に距離を開かせる。状況とタイミングからして、クロチルダの方も二人の身柄を確保しようとしていたのは確実だった。

 

『あらら、失敗しちゃったわね』

「……隠密による目標の確保に失敗。次いで戦闘による―――」

 

クロチルダが悪戯がバレたような感じで残念そうに呟く中、奇妙な黒い人形の腕に座っていた黒服の少女は地面へと降り立つ。黒服の少女はアルフィン殿下とエリゼの確保を諦めていなかったようだが、それは静かに怒気と威圧感を放ったルークによって折られることとなった。

 

「悪いが、今の俺はかなり頭にきているんだ。例え幼い少女が相手だとしても、()()()()()()()()()()()()()。八つ当たりの自覚はあるけどな」

「……ッ」

『X:K*……』

 

少々自虐気味にルークは言葉を発しているが、銀色の闘気が決壊寸前のように漂わせているその姿は爆発寸前のそれだ。その圧に気圧されたのか、黒服の少女は表情こそ変えなかったが怯えたようにその場から後退る。黒い人形にもそれが伝わったのか、言語らしき音を発して少女に追従している。

 

そこで漸く我に返ったのか、リィンとトヴァルがアルフィン殿下とエリゼを守るように傍に立って臨戦態勢を取った。

 

「クソッ、油断も隙もないな……!」

「助かりました、ルークさん。ルークさんが気付いてくれなかったら……」

「いや、こればかりは経験の差だから気にするな。使徒の悪辣さについてはよく知っているからな」

 

リィンの感謝に対し、ルークは黒服の少女に注意しつつ仕方ないと返す。

 

何せ《使徒》の一人であった《白面》は弟分を暗示で操り、彼女を自らの手で殺させようとしたのだ。それは《白面》の行動を読んで対策を打っていた弟分自身によって砕かれたが、それを前にしても《白面》は病的なまでに弟分に執着していたのだ。

 

そんな狂人と同じ地位である人間が、あっさりと引き下がるわけがないのだ。その意味を込めてルークはクロチルダを睨み付けた。

 

『……だから、アレと同じ扱いはされたくないんだけど』

「そう思うなら、このまま帰れ」

 

クロチルダの溜め息混じりだが嫌悪感丸出しの呟きに、ルーク鋭い目付きのまま立ち去れと告げる。

 

「どうしますか?クロチルダ様。現時点における任務の遂行は不可能と判断しますが」

『そうね。黒兎ちゃんが失敗した以上、そうしたいのは山々なんだけど……二人の身柄の確保はカイエン公の依頼(オーダー)でもあるから簡単に退けないのよね。このまま手ぶらだと面倒になりそうだし……ここは交換条件といきましょうか』

 

クロチルダはどこか嫌らしい笑みでそう発すると、アルフィン殿下とエリゼに視線を向けながらその交換条件を提示した。

 

『皇女殿下とその御友人が大人しく同行してくれるなら、グリアノス越しだけど男爵閣下を治療して上げるわ。遠隔だから日常生活に差し障りない範囲が限界だけど』

「……随分と汚い手を使うな」

 

貴族連合の暴走で重傷を負ったテオ男爵をダシにした交渉に、ルークは嫌悪感を隠そうともせずに呟く。それはリィンとトヴァルも同じようであり、責めるような視線をクロチルダへと飛ばしている。

 

『無論、断ってくれても構わないわ。見た限り、男爵閣下の容態は五分五分といったところだしね。お二人をパンタグリュエルに連れていった後はルーファス卿に引き渡すしね。そうでしょ?』

「……はい。お二人の身柄を確保した後は《総参謀》のルーファス・アルバレア卿に引き渡します。それが私に与えられた任務なので」

 

あくまでどちらでも構わない態度のクロチルダの確認に、黒服の少女は淡々とした口調で同意を示す。

 

ルーファス・アルバレア―――アルバレア公の次期当主にしてトールズ士官学院の常務理事の一人が《貴族連合》の中核を担っている事実に、彼と面識があったリィンは複雑な表情となった。

 

「ルーファスさんも貴族連合に……」

「どっちにしろ、タチの悪い条件に代わりないだろ。ルークが言った通り、本当に汚いな」

『さっきも言ったけど、別に断ってくれて構わないわ。あくまで治療の手伝いをするだけ……私の手助けがなくてもギリギリ助かるでしょうから』

 

受けるも突っぱねるもあくまで本人次第……そんな緊迫した雰囲気を破ったのは、交換条件として提示された二人であった。

 

「……でしたら、わたくし達はあくまで“招待”されたという立場にしてもらうこと。それが条件です」

「もちろん、私たちを交渉の材料にしないこともです」

「!?エリゼ……!?殿下……!?」

『フフ……そういうことね。それなら“個別”で“招待”させてもらうわ。それ以上は譲歩出来ないわよ』

 

二人が自ら条件を呑んだ事にルークたちは驚くが、追加条件を出されたクロチルダはその意図を察し、自身も追加の条件を出して二人の要求を了承する。

 

「本当にいいのか……?」

「ええ。今はおじ様の安全が第一です」

 

意図を察することができたルークの確認に、アルフィン殿下はテオ男爵の治療が優先だと頷く。エリゼと話していたリィンも意を決したようにクロチルダへと向き直った。

 

「……クロチルダさん。もしエリゼたちに危害を加えたら、俺は絶対にあなたを許しません」

『ええ。ルーファス卿はもちろん、カイエン公にもしっかりと言い含めておくわ』

 

不本意ながらも交渉は成立した為、グリアノスはテオ男爵の隣に降り立つとクロチルダの魔女の術による治療を開始。アルフィン殿下とエリゼは黒い人形の腕に座っていつでも発てる態勢となる。

 

「しっかし、ミリアムって子のアレと同じ機械人形……あんたが連れて来たってことは、彼女も結社の一員か?」

『いいえ。彼女はとある筋から送られた“裏”の協力者の一人……《帝国解放戦線》に《西風の旅団》、我が《身喰らう蛇》と同じくね』

 

トヴァルの疑問に対し、テオ男爵の治療を続けているクロチルダは裏の協力者たちを上げながら、それらとは別の組織からの協力者だと返す。最低でも四つの組織が裏に関わっていると知って、ルークとトヴァルは頭が痛くなる思いであったが。

 

「では、行って参ります。兄様」

「必ず“お迎え”に来て下さいね」

「……ええ、もちろんです!エリゼ、殿下……!必ず、必ず迎えに上がりますッ!ですから待っていて下さいッ!!」

 

一時の別れの挨拶を交わし、エリゼとアルフィン殿下は黒い人形に抱えられたまま、空へと飛んで旅立っていくのであった。

 

 

 



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ケルディックへ

てな訳でどうぞ。


―――アルフィン殿下とエリゼが《貴族連合》へと“招待”された次の日。

 

「行くのね、リィン……」

「はい。領主の息子として、本当は倒れた父さんの代わりに郷を守るべきなんだろうけど……」

 

ルシア夫人の確認に、旅に適した服装に身を包んだリィンは少し申し訳なさそうにそう返す。

 

テオ男爵は魔女(クロチルダ)の治療のおかげか無事に峠を越え、数日の内に意識を取り戻すまでに至った。テオ男爵の治療を終えたグリアノスは立ち去る際、リィンに向けて意味深な言葉を残していたが、どちらにせよやることは変わらないので今は構わないだろう。

 

そんな申し訳なさそうにするリィンに、ルシア夫人は優しい笑みと共に抱きしめた。

 

「ふふ、分かってるわ。あなたには為すべきことがある……なら、子の巣立ちを見守り、見送るのが母親の役目です」

「母さん……」

 

心優しくリィンの背中を押したルシア夫人は抱擁を解いてリィンから離れると、側で待機していたルークとトヴァル、セリーヌへと向き直る。

 

「トヴァルさん、ルークさん、それとセリーヌさんも。リィンのことをよろしくお願いします」

「ええ、お任せを。ギルドの名にかけてキッチリ引き受けさせてもらいますよ」

「もちろんです。同じトールズの出として、しっかり手助けします」

「アタシも付き合わせてもらうわ。エマとも合流する必要があるし」

 

改めてルシア夫人からのお願いを了承したルークたちに、リィンは礼を告げると揃ってユミルを発つ。

 

―――その前に、ヴァリマールの様子を確認するために渓谷へと立ち寄ったが。

 

「ふう、雪道にも大分慣れてきたか」

「そうだな。単純に比べられないが、個人的には獣道と比べたら楽だけどな」

 

その獣道をがむしゃらに走ったことで森の中を彷徨い、運よく襲撃者の魔の手から逃れられたのだが、そこまで話すわけにはいかないので、ルークは内心で留めておく事にする。

 

「獣道……士官学院時代の時ですか?」

「大体そんな感じだな」

「本当にどんな人生を送っているのよ……」

 

リィンの質問にしれっと嘘で返すルークに、セリーヌは呆れたように呟く。トヴァルは空気を読んで肩を竦めるだけに留めていたが。

 

「で、肝心の《騎神》の方は……昨日のままみたいだな」

 

ヴァリマールに顔と視線を向けたトヴァルの言葉通り、魔煌兵と戦ったヴァリマールはエネルギー切れで片膝を付いた姿勢のままそこにいた。セリーヌもヴァリマールに何一つ異常がないことに安堵の息を吐いている。

 

「あの女のことだから、何かちょっかいかけていると思ったけど」

「……少なくともあの言葉を聞く限り、彼女自身は《騎神》そのものに手を出す気はないみたいだな」

 

クロチルダは昨日の別れ際に、少々苛つかせる言葉と共に《蒼の騎士》―――クロウの舞台に辿り着いてみせろと言い残したのだ。かつて《白面》が《輝く環(オーリオール)》を手に入れる為に“実験”をしたように、騎神同士のぶつかり合いで何かを果たそうとしているは十分にあり得ることだ。

 

リィンがクロチルダの目的が気になってセリーヌに問いかけたので、ルークがその憶測を伝えると二人と一匹は異なる反応を示した。

 

「《騎神》を利用した“実験”の可能性……ですか」

「なるほど……《蛇》に関係する目的なら十分にあり得るわね」

「二年前のリベールの事件に関わったからこその視点か。そうなると《貴族連合》への協力も、そうした方が都合がいいからなのか?」

「あくまで可能性の一つとしてな。そこで考えを固定したら、他の可能性に気付けなくなるからな」

 

実際、もう一人の弟分の生死は明確ではなかったのだ。リベールの弟分の話では親子揃って血塗れとなった姿を“見た”だけであり、立場から知っているであろう人物も『そいつは機密事項だ』と煙に巻いたのだから。

 

「……どちらにせよ、“彼”には助けられました。起きたらお礼を言わないと―――」

『―――ソレニハ及バヌ』

 

リィンのヴァリマールへの感謝の言葉に対し、起きていたらしいヴァリマールは気にしなくていいとリィンに言葉を返す。いきなり言葉を発したことにルークとトヴァルは思わず驚いてしまったが。

 

「一晩経って少し霊力(マナ)が回復したみたいね。まだ自在に動けるほどじゃなさそうだけど」

『肯定スル。完全ナ再起動マデニハ、今シバラクノ休眠ヲ要スル』

「しばらくはそのまま眠っててちょうだい。何かあったら呼び出すから」

『了解シタ』

 

セリーヌとヴァリマールのやり取りを聞き、ルークとトヴァルは感心したように騎神へと視線を送った。

 

「ソフィーヤの作ったアステルのように意思疎通ができるのか」

「……ああ、あの嬢ちゃんが作った人工知能か。普通は凄いことなんだが、嬢ちゃん自身のインパクトの方が強すぎて霞んでいるんだよな」

「まあ、好き勝手の権化みたいなものだからな。それで博士号持ちだから世も末だ」

「アハハ……」

 

トヴァルとルークのそのやり取りに、同じく彼女を知っているリィンも苦笑いするしかない。

 

ちなみに、ソフィーヤが博士号持ちなのは「持っていたら便利そうだから♪」という、オマケ感覚の理由からだ。それで試験を満点で突破するのだから、彼女を知っていたであろう試験官は頭を抱えていただろう。

 

少々話が脱線しつつも、リィンはこれからエリゼとアルフィン殿下を“お迎えに上がる”ため……離れ離れとなった仲間と再会するためにユミルを発つことをヴァリマールへと伝える。

 

『“仲間”―――《起動者》契約時ノ“協力者”タチヲ指ス言葉ト推定』

「え……?」

『波形確認―――《蒼》ノ起動者以外、3方向ニ分散シテイル模様。イズレモ生体反応ニ異常ナシ』

 

ヴァリマールからもたらされた情報にルークたちは驚きの表情でヴァリマールを見やる。セリーヌもその言葉でクロウを除くVII組全員が《準契約者》に認められていた可能性に行き着き、納得したように頷く。

 

「教えてくれ、ヴァリマール!みんなは今、どこにいるんだ!?」

 

リィンの切羽詰まったような問い掛けに対し、ヴァリマールは帝国内の地理データベースを照合してVII組の居場所を伝えた。

 

―――ケルディック、ノルド、レグラム方面のそれぞれに三人がいて、波形にも異常がない事実と共に。

 

「……良かったな、リィン」

 

仲間の無事が明確となったことで涙ぐむリィンの頭をルークは軽く撫でる。《貴族連合》が彼らの行方を追っていると知っていたとはいえ、不安は常に付きまとっていただろうから。

 

しかし、居場所が分かったとはいえ何処もユミルからは遠い上、要所は《貴族連合》に押さえられいるのは確実だ。再会し、合流するだけでも苦労することになるだろう。

 

「……そうだ!ヴァリマール、アンタなら“精霊の道”が使えるんじゃない!?」

 

その問題もセリーヌと、肯定したヴァリマールによって解決したが。

 

セリーヌ曰く、《精霊の道》は“古の移動手段”であり、精霊信仰があった場所限定ではあるが一瞬でその場への移動が可能とのことだ。

 

唯一と言えるリスクは、ヴァリマールの霊力(マナ)がまた尽きてしまい、回復するまではユミルに戻ることはできないことだが……

 

「その程度なら問題ないだろ。そもそも、最初は徒歩で移動する予定だったし」

「だな。それで目的地の近くまで一瞬で移動できるなら、むしろお釣が返ってくるくらいだ」

「そうですね。それに、俺たちの希望であることに間違いないので」

 

こうして満場一致で《精霊の道》の使用が決まり、最初の目的地はユミルから距離が近いケルディックに向かうこととなった。

 

「アンタたち、準備はいいわね?」

「ああ!」

「もちろん!」

「いつでも来いだ!」

 

ルークたちが頷いたことで、セリーヌはヴァリマールと共に《精霊の道》を開き、ケルディック方面へと移動を開始した。

 

まるで川の流れに身を任せるような感覚を覚える中、そう長くない時間で移動を終える。ユミルの渓谷にいたルークたちは、ものの数秒で木々が茂る場所へと移動していた。

 

「ここは……!」

「自然公園の奥か……ある意味幸いだな」

 

《ルナリア自然公園》の奥地だったことにルークはそう呟くと、片膝を付いたヴァリマールに顔を向ける。騎神は巨体ゆえに嫌でも目立つため、木々が生い茂っているのに加え、人が早々に来ない奥に出られたことは本当に幸いだった。

 

実際、ヴァリマールも霊力(マナ)を使いきって再度眠ってしまったため、視界が開けた場所だったら《貴族連合》に気付かれる可能性が大きかったのだから。

 

「まずはこの周辺での調査ってとこか」

「公園を出て少し先に農家の家があった筈だ。先ずはそこで聞き込みだな」

「ええ。VII組のみんなの手がかりを何とか探してみないと……!」

 

リィンに少々の逸りが見えていたが、そこは自分たちでフォローすればいいとルークとトヴァルは揃って肩を竦める。

 

「そういやサラから聞いたんだが、お前とリィンはここで初めて会ったんだよな?」

「そう、だな……確かに、この地で初めて会ったな…………うん」

 

ルークが少し歯切れ悪く言葉を返したことにトヴァルは疑問符を浮かべていたが、()()を知っているリィンは苦笑いするしかない。仮に深堀でもすれば、バレた際に被害者からの制裁コースは確実だ。

 

少々微妙な空気になりつつも、一同は公園の外に出るために外を目指して進んでいく。

 

「……どうやら上位三属性が働いているみたいね。原因は分からないけど」

「旧校舎の時と同じ状況が……」

「そのせいか、魔獣も影響を受けて手強くなっているみたいだな。煉獄の悪魔がいないだけマシかもしれないが」

「……それはさすがに洒落にならないって」

 

《影の国》の経験からのルークの呟きに対し、トヴァルは呆れ半分に言葉を返す。

 

上位三属性―――本来は作用しない空・時・幻の力が作用している今の自然公園に警戒しながらも、ルークたちは進んでいく。

 

当然、徘徊する魔獣が襲いかかってくるが、ARCUSの戦術リンクに加え、相応の実力者二人がいるこのメンバーでは大した問題にならなかった。

 

理屈と原理は不明だが、魔獣が倒れるとたまに落ちているセピスを回収しつつ外を目指していると、あの時とは別個体のグルノージャが姿を現した。

 

「ここの森のヌシか……!」

「厳密には新たな森のヌシだけどな。環境が乱れたことが縄張りにも影響を与えたのか」

「それに加えて、上位三属性の影響を受けてしまっているみたいです!」

 

リィンのその言葉通り、目の前のグルノージャは薄らと白いオーラを纏っている。四月の時より強力な個体だとルークが感じていると、前触れもなく全員のARCSUが光輝いた。

 

「これは戦術リンク……?」

「繋がりを強く感じられる……これなら……!!」

 

リィンを中心とした“繋がり”の強固さを感じ取ったルークは先制攻撃を放とうと、自身の得物である片手半剣(バスタードソード)を構える。同時にグルノージャが雄叫びを上げ、自身の配下の魔獣を呼び出した。

 

「幻晶刃ッ!!」

 

ルークは技名と共に剣を地面に突き刺すと、ルークを中心に闘気によって構成された光の結晶の刃が地面から放たれ、襲いかかろうとした配下の魔獣たちとグルノージャを貫いていく。

 

ルークたちを守るように放たれた無数の結晶刃。リィンはそれを初めから知っていたかのような動きで刃を避けながら、存命だったグルノージャに接近。駆け抜け様の一太刀でグルノージャの横腹を斬り裂く。

 

「余所見は厳禁だぜ?」

 

横腹を斬られた痛みから注意をリィンに向けたグルノージャに、今度はトヴァルが幻属性アーツ《シルバーソーン》を並列駆動によって二重に発動。かつて《剣帝》が好んでいたアーツを叩き込まれたグルノージャは混乱してしまい、咆哮を上げながら丸太のような剛腕を振り回している。

 

「八葉一刀流―――孤影斬ッ!」

 

そのグルノージャにリィンが孤状の斬撃を一直線に放つ。グルノージャは混乱の状態にありながらも、その斬撃を防ごうと―――

 

「―――シッ」

 

したが、それが注意を引く囮だと()()()()()ルークは背後から一呼吸でグルノージャを斬り裂き、両断することで物言わぬ骸へと成り下がらせた。

 

「意外とあっさり倒せたな。しかし、今のは一体……」

「戦闘中だから深くは考えなかったが……戦術リンクは相手の思考や技の詳細までは把握できない筈だったよな?」

「ええ。あくまで何となくといった感覚として理解(わか)るだけです。先程のような状態は初めてでして……」

 

漠然ではなく明確に相手の動きが分かる現象にルークたちは困惑していたが、戦いを見守っていたセリーヌが言うには、先程の現象はリィンが基点となって起きたこと。見たままを告げただけだから、詳しい原理は不明だと告げる。

 

「一応、“アイツ”からの恩恵ってことにしておけ」

「いずれにせよ、さっきのように上手く使いこなせば大きな力になるだろ」

「そうですね……“彼”からの力、積極的に試してみましょう」

 

暫定的に先程の現象は【オーバーライズ】と名付け、ルークたちは再度森の外へと目指していく。魔獣たちを相手にしつつ数十分、ルークたちは無事に外に出ることができた。

 

「さて、まずは情報収集だな。《貴族連合》がどれだけ幅を利かせているか確認しないとな」

「じゃ、予定通り農家の家に向かうか……っと、その前に」

 

ルークはそう言って自身の手持ちのトランクケースを開くと、そこからカツラ二つと眼鏡、サングラスを取り出す。そして金髪のカツラと丸ぶちの眼鏡をリィンへと渡した。

 

「これって……」

「変装道具だ。まだ大丈夫とは思うが、先にやっておいて損はないだろ?」

「カツラと眼鏡で変装って……いや、妥当って言えば妥当だが」

「トヴァルはまだしも、俺やリィンは四月の件で顔を覚えられているかもしれないからな。特にリィンは手配書まで出回っている可能性もある」

「……一理ありますね」

 

少なくともここの領邦軍には悪印象を持たれているだろうと察し、リィンは手渡されたカツラと眼鏡を使い、簡易ながらも変装する。ルークも赤毛のカツラとサングラスで変装すると、目的地の農家へと足を運んだ。

 

「ん、あんたたちは……?」

「俺たちは旅の行商人でね。ケルディックにやってきたのは最近なんだ」

「それで状況がいまいち掴めてないんだ。すまないが、知っている範囲でいいから教えてくれないか?」

 

遊撃士とジャーナリスト、それぞれの経験を駆使したトヴァルとルークの話術により、家にいた住民は納得して現在のケルディックの状況を教えてくれた。

 

この近辺では大きい戦闘が起こっていないため割と平和ではあるが、町の方では緊迫した雰囲気が漂っているとのこと。農家としては鉄道網の規制で大市も規模が縮小していて、売上に影響が出てしまっていることを話してくれた。

 

「変なことを聞くようですが……この辺りで学生を見かけませんでしたか?」

「……学生?」

「実は手紙でやり取りしている友人が、この国の学生みたいなんだ。学生を探しているなんて噂もあったから、それで心配になって訪ねたんだよ」

「そうだったのか」

 

あまりにもストレートすぎるリィンの質問をもっともらしい理由でルークが誤魔化したことで、住民は納得しつつも知らないと答えた。

 

「悪いな。何か知っていたら力になってやれたんだが……」

「いえ……気にしないでください」

「とにかく、貴重な話を聞かせてくれてありがとさん。おかげで助かったぜ」

 

あまり重要な情報は得られなかったが、ある程度の動向は分かったため一行は礼を言って民家を後にする。

 

「ルークさん、先程のフォローはありがとうございます」

「気にするな。こういうのは経験だからな」

 

その後、街道伝いにケルディックに向かう途中でトリスタ方面を確認し、一行はケルディックへと到着する。ケルディックには領邦軍があちこちに点在しており、装甲車まで配備されている始末だった。

 

「戦況が《貴族連合》に傾いているからか、そこまで雰囲気は悪くないな」

「とにかく、聞き込みを始めよう」

「一応変装はしているが、目立たないようにな。その意味でもまずは宿屋から行くか」

 

比較的に人の流れが多く、情報が手に入り易い宿屋から聞き込みを始めることにし、領邦軍をあまり意識しないようにして宿屋《風見亭》を目指していく。

 

「―――待て。お前たち、見ない顔だな。何者だ?」

「旅の行商人だよ。ここへはつい先程来たばかりなんだ」

 

運悪く領邦軍の一人に見咎められてしまい、ルークがすぐに対応する。農家にも通した行商人設定だが、目の前の領邦軍はどこか訝しげな表情だ。

 

「旅の行商人か……しかし、その顔どこかで……」

「他人の空似ではないですか?この場合は、その人物に似ていた私が悪いんですけどね」

「いや、そこまでは……とにかく、あまり我らの周りを彷徨くなよ」

 

相手の罪悪感を利用する方法で何とか躱してすぐ、ルークたちは宿屋に入って深く息を吐いた。

 

「ふぅ。ヒヤヒヤしたぜ」

「ええ。もし変装してなかったら危なかったですね」

「タイミングが悪かっただけかもしれないが……あれは少し危なかったな」

 

どちらにせよこれからの行動に変更はないため、改めて情報を得るために宿の女将に話を聞きに行くのであった。

 

 

 




唐突なオリ主(ゲーム性能)紹介。

戦術オーブメントのスロット性能は2-3-1-1-1。属性は火と地。
初期マスタークォーツはエクスカリバー(オリジナル)。

マスタークォーツ:エクスカリバー
属性:火
効果:1.CP取得率上昇。最大上昇率20%
   2.クラフト攻撃時にHP回復。最大、与ダメージの30%

通常攻撃:単体
斬S剛S突-射-

クラフト

爆砕斬:CP40
範囲:円S 威力C ブレイクS 崩し60% 三ターンSPD↓(小)

瞬迅:CP60
範囲:直線L(地点指定) 威力B ブレイクD 崩し10% 遅延+5

幻晶刃:CP50
範囲:円M 威力A ブレイクB 崩し20% 範囲内強化・三ターンDEF・ADF↑(中)

輝焔斬:CP80
範囲:円LL(地点指定) 威力S ブレイクS 崩し30% 火傷付与60% 気絶30% 吹き飛ばし

SC:叢愾剣
範囲:直線4L 威力4S ブレイクA+ 崩し無効 スタン


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VII組の再会。狙われる二代目

てな訳でどうぞ。


「よっ、女将さん。久しぶり」

「トヴァルさんじゃないか!ちょっと前以来だけど、変わりないみたいだね」

「ああ。そっちも元気そうでなりよりだぜ」

 

情報を得るために《風見亭》の女将マゴットがいるカウンターに向かって早々、唯一変装していないトヴァルが話しかけるとマゴットはトヴァルの変わりない姿に笑みを浮かべている。

 

「そうさねぇ。それで、そちらの方々は……」

 

マゴットはトヴァルの言葉に頷きつつ、変装しているルークとリィンに誰なのかと問いかける。それに対し、答えたのはトヴァルではなくルークだった。

 

「どうも、女将さん。四月の時以来だな」

 

ルークのその言葉に、マゴットは二人の顔をまじまじと見つめる。それから十数秒経過すると、驚いたように目を見開いた。

 

「ひょっとして、あの時の記者さんかい!?じゃあ、そっちの子はまさか……!?」

「はい。四月の実習の時以来ですね」

 

マゴットがルークだけでなくリィンにも気付いたため、リィン本人も否定することなく頷きながら言葉を返す。その返答を聞いたマゴットは、前屈みとなり小声で三人―――特にリィンに向かって話しかけた。

 

(本当に大丈夫なのかい?少し前に、領邦軍がアンタを躍起になって探してたようだけど……)

(変装もしているので、その辺りは大丈夫の筈です。怪しい動きをしない限り、バレる心配はないかと)

(それもそうか……あたしもすぐに気付けなかったしねぇ)

 

実際、すぐに気付けなかったことからリィンの言い分にマゴットは納得してすんなりと引き下がる。この分なら余程でない限り、領邦軍にも気付かれないだろう。

 

そこからルークたちは一通りの事情を話し終え、マゴットにVII組の生徒を見ていないか、何か心当たりはないかと問い質した。

 

「うーん……だめだ、思い当たることはないねぇ。鉄道網の規制で客足自体が遠のいちまってるし、前に実習に来た子じゃないと気付かなかったと思うよ?」

「そうですか……」

 

マゴットの申し訳なさそうな返答にリィンは少し落胆していたが、宿屋を利用していないと分かっただけでも収穫だろうとトヴァルは慰める。

 

「それで、こっちの内戦の影響はどうなんだ?あまり良くない雰囲気だと聞いたんだが」

「直接の影響は今のところないねぇ」

「今のところ……つまり、懸念事項があると?」

 

ルークの深堀にマゴットは重々しく頷くと、ケルディック周辺の詳しい状況を教えていく。

 

噂程度ではるが、東の国境―――《ガレリア要塞》方面で正規軍との戦闘が行われており、その戦闘も激化しているとのこと。

 

その戦闘に巻き込まれないか誰もが心配しており、オットー元締めが色々と動いているそうだが、駐在している領邦軍が町を守ってくれるのか、怪しいとのことであった。

 

「はぁ……内戦なんか早く終わってほしいもんだよ」

「そいつは……切実な願いだな」

「……そうだな」

「ええ……女将さん、色々と教えていただきありがとうございました」

 

ケルディックの取り巻く状況が知れた為、マゴットにお礼を告げたルークたちは情報収集のために一度外へと出る。

 

「次は市場を覗いてみるか?」

「ええ。さすがに民家に入るのは悪目立ちしそうなので」

 

領邦軍がいる手前、民家への積極的な聞き込みは不信感を買われると判断し、市場がある広場で情報を集めることにした。

 

しかし、市場に来て早々に問題へと出会してしまった。

 

「ヒック……少しくらいはいいだろ?」

「四の五の言わずに我々に付き合いたまえ」

「きょ、教会の手伝いがありますので……それに未成年ですし……」

 

少し酒が入っているらしい領邦軍の兵士二人が、七燿教会のシスターをナンパしていた。それも職権乱用とも取れる脅しまで仕掛けて。

 

「くっ、あいつら……」

「気持ちは分かるが落ち着け。俺やお前が出ても状況が悪化するだけだ」

 

兵士の横暴に憤りを露にするリィンに、ルークが宥めるように手を肩に置く。ここでリィン、もしくはルークが割って入ったとしても、悪い意味で目立ってしまうだけ。下手すれば違和感を覚えられて詰所に連行される恐れもあるのだ。

 

その意味でも、ルークは比較的領邦軍からは印象が薄いトヴァルへと視線を向けた。

 

「ああ。ここは俺に任せてくれ」

 

ルークの視線の意味を正しく理解したトヴァルは快く頷くと、媚びる態度で兵士たちに話しかける。更に賄賂も渡したことで兵士たちはすんなりと引き下がり、シスターを連れて行くことなく立ち去っていった。

 

「ま、ざっとこんなもんだろ」

「……さすが遊撃士ですね。ルークさんも迷わずにトヴァルさんに頼りましたし」

「そこは適材適所ってやつだ。時と場合によって取れる手、使える手は違ってくるからな」

 

内戦以前の状況であれば正面から介入し、敢えて騒ぎを大きくして印象を悪くするという手も使えただろう。しかし、今は貴族側の威光が強まっているため、媚びを売って穏便に済ませる方が最善なのである。

 

「問題を解決するにのは、“力”が全てじゃない……勉強になりました」

「そんな大袈裟な話でもないさ。ところでシスターさん、そっちは大丈夫かい?」

「え、ええ……おかげさまで。先程はありがとうございました」

 

トヴァルが安否を問いかけると、兵士に絡まれていたシスターは自身の無事と共にお礼を告げる。そんなシスターの顔をリィンはまじまじと見つめ……気付いたように声を上げた。

 

「君は……ひょっとして、V組のロジーヌなのか?」

「え……?どうして私の名前を……?」

 

リィンの問いかけに、シスターは驚いたようにリィンを見つめる。反応を見る限り、ロジーヌという名前であることは間違いないようだ。

 

「ひょっとして、知り合いか?」

「ええ、彼女も同級生です」

「同級生……申し訳ないのですが、本当にどちら様で……?」

「ここで話すのもなんだ。場所を教会に変えた方がいいだろ」

 

カツラと眼鏡で本当に誰なのか気付いていないロジーヌを連れて、ルークたちは教会の一室へと移動する。そこでリィンがカツラと眼鏡を取ったことで、ロジーヌはようやくリィンであることに気付いたのだった。

 

「リィンさん、よくぞご無事で……!」

「ロジーヌもケルディックに逃げていたんだな」

 

クラスメイトではないにせよ、同級生が互いに無事だったことに安堵しつつ、それぞれの経緯を説明していった。

 

「そうか。ベッキーも一緒にケルディックに……」

「ええ。今は実家に身を寄せています。良ければ顔を見せてやってください」

「ああ、もちろんだ」

 

ロジーヌのお願いに対し、リィンは当然と云わんばかりに頷く。

 

先の話を要約すると、ロジーヌはヒューゴの手引きによってベッキーと共に脱出し、ケルディックへと落ち延びることができたとのこと。

 

そのヒューゴとはケルディックに向かう途中で離れ離れになってしまい行方不明だが、ベッキーは実家に、ロジーヌは教会に身を寄せているとのこと。

 

そして、今回のようなトラブルは始めてではなく、時々起きているとのことであった。

 

「ここじゃ領邦軍は、暇をもて余しているってことか」

「戦地でもなく、自分たちの管轄という認識からだろうな」

「実際、この町に戦火が及んでいるわけじゃなさそうですしね」

 

領邦軍の横柄な態度は今更でもあるため、そこそこに切り上げてリィンはVII組の仲間を見ていないかロジーヌに問う。ロジーヌの返答はベッキーしか知らないという、あまり期待できない結果に終わったが。

 

「申し訳ありません、リィンさん。何の力にもなれず……」

「いや、気にしないでくれ。ロジーヌもまた絡まれないよう気を付けてな」

 

一通り話し終えたルークたちは教会を後にし、ロジーヌから教えてもらったベッキーへの実家へと赴く。

 

彼女の実家へとすんなり入れたルークたちは、ベッドの上に座っていたベッキーと対面した。

 

「うん……?誰やあんたら?人んちに勝手に―――」

「俺だ。ベッキー」

 

ベッキーの言葉を遮るように、リィンはカツラと眼鏡を外す。変装を解いたリィンの顔を見たベッキーは仰天したように目を大きく見開いた。

 

「リィン君!?『二代目スケベ大魔王』のリィン君かいな!?」

「その不名誉な呼び名は止めてくれ!!」

「何が不名誉や!!学院中の女子全員にわざとラッキースケベを……!!」

「全員じゃないし不可抗力だ!!」

 

本当に不名誉な呼び名を前に本当に嫌がるリィンの姿に、トヴァルは一体何があったんだと疑問の目を向け、『初代スケベ大魔王』のルークは気まずそうに視線を逸らす。

 

その後、互いに落ち着いたところで情報交換したがVII組の情報はなし。VII組以外の学生は一応の監視下にあるということが判明した。

 

そして、ベッキーとも別れたルークたちは町の見取り図の前で話し合っていた。

 

「みんなの手掛かりはありませんね」

「ここまで目撃者すらいないってなると……本当に《VII組》の連中がこの辺りにいるのか、怪しくなってきたな」

「ヴァリマールが探知したんだから間違いないはずよ」

「そうなると、郊外に潜伏している可能性が高いな」

 

実際、町には領邦軍が滞在しており学生に対して注視しているのだ。それを避けるために敢えて町に近づかず、郊外のどこかに潜伏している線は十分にあり得る話である。

 

「もしそうなら、かなりの範囲になるな。何かしらの手掛かりがないと……」

「よー、お兄さんたち。暇してるみたいだねっ」

 

ケルディック周辺の郊外の広さから、目星がないと厳しいとトヴァルが呟いていると、緑色の髪の少年がルークたちに話しかける。

 

少年はルークたちに《帝国時報》の新聞はいらないかと声を掛け、ルークたちは少年の妙に強引な押しに負ける形で新聞を購入する。

 

購入した新聞には、《貴族連合》寄りの偏向記事の目白押しであり、《帝国時報》も《貴族連合》の手に落ちているのが明白であった。

 

「しかし、レーグニッツ知事の逮捕に“旧”正規軍か……世論を味方に付けようという意図が丸見えだな」

「ああ。偏向もここまで来ると逆に感心しちまうぜ」

 

記事の内容にルークとトヴァルが揃って呆れる中、半ば暗い気持ちとなっていたリィンは新聞の最後のページに挟まっていた一枚の紙切れに気付く。

 

「これは……地図?それも東ケルディック街道の……」

「いくつかの数字と記号もあるな……ん?裏面にも何か書いてあるみたいだぞ」

 

その紙切れに視線を向けていたトヴァルの指摘通り、その紙切れの裏面にも何かが書かれている。リィンが裏返して内容を確認すると、記号の動き方と“女王を獲る者が王への鍵を握る”と書かれていた。

 

「なにかの暗号みたいね?」

「この回りくどい手口……まさか“ヤツ”か!?」

「いや、本当に“ソイツ”なら何かを盗んだ上で上品なカードを残すはずだ。こんな紙切れでの挑戦状は“美”に反しそうだし」

「ええ……俺もルークさんと同じ意見です」

 

一先ずその暗号は“チェス”に似ており、他に手掛かりもないため暗号が示す場所へと向かうのであった。

 

 

――――――

 

 

「ここが二つ目の暗号が示していた場所か……」

 

トヴァルがそう呟く視線の先には、こじんまりとした風車小屋がある。最初の暗号が示す場所には何処かの鍵と二枚の暗号が入った箱が置かれており、ルークたちが今いる場所は二枚目の暗号が指し示した場所なのだ。

 

リィンが代表してその風車小屋の扉にある鍵穴に鍵を差し込むと、正解だと告げるように奥まで入り込む。そのまま鍵を開けて中へと入ると……小屋の中にはVII組の仲間の一人であるマキアス・レーグニッツがいた。

 

「……念のために聞くが、リィンだよな?」

「マキアス!」

 

変装したままの姿だったことから、マキアスは確認のために問いかけるも、当のリィンは仲間の無事と再会で頭がいっぱいとなり、そのまま感極まったようにマキアスへと抱きついていた。

 

「ちょっ……お、落ち着きたまえ!」

「良かった、マキアス……!無事でいてくれて……こうしてまた会えて……!あの時は……本当にもう、駄目かと……!」

「リィン……君ってやつは……」

 

その反応から間違いなくリィンだと察したマキアスは、呆れつつもしっかりと抱きしめ返す。そうして、互いの無事を喜び合った。

 

「ふう、湿っぽいのはその辺にしときなさいよね」

「そう言うな。感動の再会にあまり水を差すものじゃないぞ」

 

そんなリィンとマキアスに少し面倒くさげにそう呟くセリーヌに対し、カツラとサングラスを外して変装を解いたルークは言い分を理解しつつもやんわりと咎める。

そこで初めて、マキアスはルークたちの存在に気付いた。

 

「セ、セリーヌ!?それにあの時の記者さんに遊撃士の……」

「ああ……ここまでずっと手助けしてくれたんだ」

「ちゃんと会うのはカレイジャス以来か?さっそくだが、情報交換といこうじゃないか」

 

トヴァルの音頭により、一同は互いにこの一ヶ月間の情報交換をし合う。

 

リィンがヴァリマールと共に飛び去った後、その後はルークが掴んだ情報通りにカレイジャスの介入があり、そのお陰で《蒼の騎神》から逃げ延びることができたとのこと。

 

その後、落ち合ったエリオットとフィーと行動を共にし、オットー元締めの協力でこの小屋に潜伏していたこと。

 

そのエリオットとフィーは《ガレリア要塞》近くにいる正規軍―――エリオットの父が率いる《第四機甲師団》にコンタクトを取ろうと動いていることが語られた。

 

だが、一つだけ疑問に残ることがあった。

 

「しかし、新聞売りの子供はどうやってリィンだと分かったんだ?一応、変装してたんだが」

「女将さんもロージヌ、ベッキーもすぐに気付かなかったのに、どうやってあの子は俺だと分かったんだ?」

「確かに……あの子にはリィンを見かけたら暗号を渡すように伝えていたが…………あ」

 

リィンとトヴァルの最もな疑問にマキアス自身もどうしてかと悩んでいたが、何か心当たりがあったように声を上げる。

 

「その反応、心当たりがあるのか?」

「心当たりというか……その……」

 

どこか迷うように言い淀むマキアスであったが、彼は躊躇いながらもその心当たりを口にした。

 

「実はフィーが……リィンの特徴で『スケベ大魔王』を……」

「「「「ぶっ!?」」」」

 

まさかの『スケベ大魔王』にトヴァルとセリーヌは笑いを堪えるように吹き出し、その不名誉称号持ちのルークとリィンはむせるように吹き出す。

 

思い返せば、ベッキーが大声で『二代目スケベ大魔王』と叫んでいた。その大声をあの少年か他の協力者が聞いたことで、リィンがいると気付いたのだろう。

 

「『スケベ大魔王』が再会の切っ掛け……悪いと思ってもつい……」

「例のラッキースケベってやつ?それで見つかるなんて……」

「本当に不可抗力なんだ……」

「なんでそれが今も残っているんだ……本当に……」

 

精神的なダメージを負いつつも、エリオットとフィーからの定期連絡まで時間があることから、ルークたちは一度ケルディックへと戻ることとなった。

 

当然、マキアスはレーグニッツ知事の息子なので変装は必須なのだが……

 

「眼鏡を外すだけじゃ心もとないだろ。カツラもあるから遠慮なく使え」

「……カツラがあるのはありがたいんですが、記者は変装道具を持つのが普通なんでしょうか?」

「いいや。俺の場合は変装しないと聞けないこともあるから必須なだけだ」

 

実際、政府からは結構マークされているのだ。ルークは故郷を襲った悲劇の真実を今も探っているため、それが表に出ないかを上層部から危惧されているのだ。あくまで自身へのケジメのため、表に出す気も広める気もないが。

 

そうして一度ケルディックに戻ってから、協力者であったオットー元締めに報告とお礼を告げた後、例の風車小屋でエリオットとフィーからの定期連絡で再び互いの無事を喜びあった。

 

「ところでフィー……」

『ん?なに?』

「例の不名誉な―――」

『事実だから反論の余地なし。否定したら風穴』

「……はい」

 

……『二代目スケベ大魔王』を広めた事実に異論を唱えることを認められず、ルークたちは《双龍橋》の死角となっている場所で二人と落ち合うことを決める。

 

「じゃあ、さっそく“ポイントD”に急ぐとしよう」

「《双龍橋》の手前だからな。気を付けた方がよさそうだな」

「領邦軍も巡回しているだろうし、下手に鉢合わせしないように注意しないとな」

「ええ。マキアス、案内は頼んだぞ」

 

万が一領邦軍と鉢合わせした場合も考慮し、トヴァル以外は変装(マキアスは安全上眼鏡装着)したままで“ポイントD”へと向かう。

 

幸い、領邦軍と鉢合わせすることなく、一行は“ポイントD”へと到着した。

 

「なるほど、ここなら《貴族連合》の巡回ルートからも外れてそうだな」

 

岩場が多く、街道からも外れている場所にトヴァルが感心する中、ルークたちは安全と判断してその場で変装を解く。

そのタイミングで、紅毛の少年―――エリオットが先程ルークたちが来た道を駆け、合流した。

 

「リィン―――リィンだよね!?ホントのホントに、間違いないんだよね!?」

「ああ、間違いないさ。エリオット……無事で良かった」

 

エリオットもマキアス同様にリィンとの再会を喜び、リィンも再会できたことを再度喜ぶ。

 

「ところで……フィーは?」

「フィーはあの通信の後、何かに気付いたみたいで。すぐに戻ると……」

「―――お待たせ」

 

エリオットと一緒に行動していたフィーがいないことにリィンが疑問を浮かべていたが、エリオットの説明を遮るように気怠げな少女の声が耳に届く。

 

一同は声がした方に目を向けると……岩場の天辺に件の少女―――フィーが佇んでいた。

 

「やっ」

 

フィーはそのまま岩場からリィンに向かって飛び降り―――

 

「―――あっ」

「え?―――ぶふっ!?」

 

目測を見誤ったのか、リィンの顔がアソコで覆い隠されることとなった。

 

『……………………』

 

誰もが口を開かない……否、開けない圧倒的な無言。それを破ったのは立ち上がったフィーであった。

 

「今のはなし。やり直す」

 

フィーはそれだけ告げると軽快な動作で岩場を登っていく。どうやら飛び降りをやり直し、先程のはなかったことにする心算のようである。

 

「やっ」

「ちょっ―――グフッ!?」

 

再度飛び降りたフィーは、今度は目測通り、リィンの腹の上へと馬乗りになる形で無事(?)着地した。

 

「……ん。本当にリィン。『二代目スケベ大魔王』なのも含めて」

(……あれはフィーのミスじゃないのか?)

(突っ込んだ方がいいのかな……?)

(止めておけ。指摘したら銃口だ)

 

頭と肩を打たれ、腹に乗られてぐったりしているリィンを誰も心配しないのは、もはやお約束であった。

 

「あのボン……!絶対に許さへんで……!!」

「…………(メキャ)」

 

……バカが付く保護者たちにロックオンされるのもお約束であった。

 

 

 




……二代目スケベ大魔王の命がロックオンされました。


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西風の処刑人

てな訳でどうぞ。


マキアス、エリオット、フィーの三人と無事(?)合流した翌日。

 

ルークたちは《双龍橋》の近くまで来ていた。

 

「さすがに厳重な警備が敷かれているみたいだな」

「東西にかかる二本の巨大橋、その守備力はかなりのモンだからな。《貴族連合》の拠点の一つとして相応しい場所と言えるだろうな」

 

装甲車だけでなく、機甲兵まで配備されている警備体制にリィンがそう呟き、トヴァルが同意するように頷く。

 

何故ルークたちがこの場にいるのかと言うと、帝国がこれからどう向かうのか、《VII組》としてどうすべきかを見極めるたいと言うリィンの意見を尊重し、《第四機甲師団》との接触を試みるために《ガレリア要塞》へと向かうことを決めたからだ。

 

ルークもTMP―――クレアのことが気がかりだったのもあり、渡りに船といった感じで特に反対することはなかった。

 

「それで、どうやって向こうへ行く?商人でさえ長期の足止めを食らう警備体制じゃ、かなり厳しいと思うが」

「《大陸横断鉄道》の線路を利用する。あれは砦の内部を通って貨物整備用に繋がっているから」

 

ルークの問い掛けにフィーがそう答える。

 

確かに鉄道の線路を利用すればガレリア要塞方面へと抜けられるだろう。正規のルートから外れてはいるが、河を泳ぐか大幅に遠回りするよりかはかなり手早い方法だ。

 

「理屈は分かるけど……」

「ちょ、ちょっと大胆すぎやしないか?」

「確かに死角は突けるけど、兵士に見つかる危険もあるし……」

 

フィーの提案に理解は示しつつも、セリーヌにマキアス、エリオットはリスク観点から難色を示す。それを真正面から切ったのは、リーダーシップを発揮しているリィンであった。

 

「俺は賛成だ。曲がりなりにもここは《貴族連合》の重要拠点なんだ。リスクなしに通り抜けるのは難しい以上、可能性のある方に賭けるべきだろう」

 

リィンの最もな意見に、難色をマキアスたちも肚を括り、線路伝いで《双龍橋》を抜けることを決める。その線路へと降りる方法を探すため、二人一組となって待合所で情報を集めることにした。

 

「やれやれ、ここには何年も通ってるがこんなのは初めてだな」

「やっぱりなのか。許可証がなかったから門前払いを食らって散々だよ」

「そいつは災難だったな。ま、許可証があってもすぐに通してくれないけどな」

「こういう時は知り合いのコネでもあれば融通が利きそうなんだが……何年も通っているアンタでも無理なのか?」

「無理無理。顔見知り程度だから、コネなんてないよ」

 

ルークは商人の一人と自然に会話をして情報を引き出そうとしていた。目立たず怪しまれないコツは、共通の話題から徐々に目的の情報を含んだ話題へと近づいていくことだ。

 

「そ、そうなんですか。商人のようでしたから、それなりにコネがあると思ってしまったのですが」

 

ルークと共に行動しているマキアスもそれに倣い、会話から情報を聞き出そうとする。会話のキャッチボールが成立し、商人はやれやれといった感じで肩を竦めた。

 

「コネなんてのは儲けに関わらないと無意味だからな。……こうなるなら、少しはコネを作っておけばよかったと後悔してるけどな」

「本当に後悔先に立たず、だな……鉄道の方も封鎖されてるみたいだし、かなり厳しいよな」

「そうだな。顔見知りの整備士も点検できないと嘆いていたぜ」

「え?点検ができていないんですか?封鎖されてるとはいえ、少しおかしいのでは?」

 

ルークの溜め息混じりの嘆きに同意した商人の返しに、マキアスが純粋な疑問から商人に問い掛ける。それに対し、商人は少し面倒くさそうに言葉を返した。

 

「詳しくは知らねぇよ。けど、ソイツも含めて整備士たち全員、締め上げに近い形で干されているから暇を持て余していたよ」

「そうなのか……整備士さんたちも御愁傷様だな」

 

線路を点検する整備士でさえ線路に近づけないのであれば、整備用の通路を利用することはできないだろう。予想以上の収穫を得たことで、ルークは適度なところで会話を切り上げ、マキアスと共にその場から離れていく。

 

「……正直、外れと思いましたが十分な収穫がありましたね」

「そうだな。リィンたちにも共有しないとな」

 

そうしてある程度聞き込みを終えた一同は、テーブルを囲って情報を共有するのであった。

 

「そうか……整備士でさえ線路に近寄れないのか」

「そうなると厳しいかな。それが使えないとなると、他に方法がなさそうだし」

 

ルークとマキアスが得た情報を聞き、トヴァルとフィーの表情が曇る。トヴァル・エリオットペアが《双龍橋》の裏方に回るのは不可能であることを得ていたので、ルークとマキアスが得た情報によって真っ当な裏口は使えないと判明したのだから。

 

「お困りのようですね」

 

そんな困り顔となったルークたちに声が掛けられる。一同は声がした方へと顔を向けると、フードを深く被った如何にも怪しい人物が佇んでいた。

 

「……失礼ですが、あなたは?」

「なに、ここで足止めを食らう貧乏な学者だよ。君とそこの少女が何か嗅ぎまわっているみたいだったから、力になれないかと思って声を掛けただけさ」

 

リィンの質問にフードの人物はそう答える。目を付けられたリィンとフィーは睨むようにその人物へと視線を向けるが、当の本人は呆れたように腕を開くだけで堪えた様子はない。

 

「……悪いが、ちょっと立て込んでいてね。他を当たってくれないか?」

「つれないことを言わないで下さいよ、《零駆動》さん。《絶剣》さんに、トールズ士官学院《VII組》の皆さんもそう思うでしょ?」

 

そんな怪しさ満点のフードの人物をトヴァルが追い払おうとしたが、フードの人物が発した言葉にルーク以外は驚くと同時に警戒するように身構える。何せフードの人物は自分たちの正体―――リィンとマキアスは変装しているにも関わらずに言い当てたのだから、警戒するのは当然である。

 

「ふふ、気になるかい?知りたかったら―――」

「……ハァ」

 

フードの人物は揶揄するように何かを告げようとするも、それを遮るようにルークが呆れたように深い溜め息を吐く。正体を当てられたにも関わらず緊張感のないルークにリィンたちが困惑する中、ルークはフードの人物に呆れたように話しかけた。

 

「おふざけはそこまでにしとけ、ヴァン。そもそもお前はからかうタイプじゃないだろ」

「僕だってたまにからかうさ。適度に息抜きしないと詰まるからね」

 

フードの人物―――ヴァンはそう返すとフードを取って顔を露にする。その顔を見て、リィンたちは驚いたように目を見開いた。

 

「お前さんは確か、あの時の……」

「ええ。お久しぶりですね、トヴァルさん。彼らに対しては初めましてですけど」

 

トヴァルに挨拶したヴァンはそう言ってリィンたちを見やる。対するリィンたちは顔を寄せて何やら話し合っていた。

 

「あの顔にルークさんの知り合いなら……」

「間違いなく語り草の『苦労人』だろうな」

「ん。『技術棟の悪魔』の後始末に『初代スケベ大魔王』と『氷の女王』の仲裁と大忙しだった人。『二代目』は『初代』と『苦労人』の融合だけど」

「だから『二代目』は止めてくれ……」

 

『苦労人』と呼ばれたヴァンは困ったように頬を掻きながら苦笑していた。

 

「確かに後始末や仲裁に苦労したけど……それはともかく、改めて名乗らせてもらうよ」

 

ヴァンは姿勢を正すと、改めてリィンたちに自己紹介した。

 

「僕の名前はヴァン・シュネー。トールズの卒業生にして、しがない考古学者です。ちなみに《VII組》の件はカマをかけただけですよ」

 

ヴァンの種明かしに、まんまと引っ掛かったリィンたちは何とも言えない表情となる。その代表として、リィンがその心情を吐露した。

 

「……正直、冷や汗ものでしたよ」

「少し驚かせるつもりだったんですけど……ちょっと度が過ぎてしまいましたか。お詫びに君たちが欲しい情報を与えるので勘弁してください」

 

ヴァンのその言葉を聞き、リィンたちの表情が引き締まる。そんな彼らにヴァンは彼らが欲している情報を伝えた。

 

「下へと続く階段と通気用のダクト。僕が言えるのはここまでです」

 

ヴァンはそれだけ告げるとルークたちの元から離れ、待合所の外へと出ていってしまう。残された一同は暫し茫然としていたが、それを真っ先に破ったのはルークだった。

 

「通気用のダクト……そこから線路に出られるなら、警備の目を掻い潜れるかもな」

「どっちにしろそのダクトを探さないとな。確か、下へと続く階段だったか」

 

続いて戻ってきたトヴァルの言葉に、我に返ったリィンたちは同意するように頷く。ヴァンのアドバイス通り、待合所の地下へと向かい、その突き当たりで通気用のダクトを発見した。

 

「……風の流れからして間違いなく外に続いてる。ご丁寧にネジも緩められてるし」

「本当に外に出られるのか?さすがに罠の可能性は低いと思うが……」

「どちらにせよ、他に方法がない。さっそく入ってみよう」

 

リィンの音頭により、一同は順次ダクトの中へと入っていく。

 

「く、暗いな……」

「アタシは夜目が利くからいいけどね」

「わたしも結構見えてるかな」

 

ダクト内は真っ暗であり、視界不良であることにマキアスが愚痴る。それとは対照的に猫のセリーヌと元猟兵のフィーは問題なく見えているそうだが。

 

「しっかし狭いな。進むだけでも一苦労だぜ」

「それでもマシなんだろうけどな」

 

大人ゆえに身体が大きいトヴァルとルークは少々苦労しているが、どちらも腹這いの移動自体は経験があるため途中でつっかえることなく順調に進めている。

 

「この先、下りになってる。特にリィンは気を付けて」

「も、もちろん――ーうわっ!?」

 

フィーの警告を聞いて早々、リィンの叫びと共にズシャァッという音がダクト内に響き渡る。

 

「……落ち着いたらグリップ殴打」

「……ハイ」

 

……またしてもリィンはやらかし、フィーから宣告を受けるのであった。

 

 

――――――

 

 

「……無事に線路へと出られましたね」

 

通気用のダクトから《大陸横断鉄道》へと降り立ったルークたちを、一望できる近くの岩場の上で見守っていたヴァンは安心したように呟く。

 

「しかし、《七の騎神》の一体である《灰の騎神》……その担い手となったリィン君……彼は間違いなくこの激動の渦中に立っているでしょう」

 

一般人では知り得ない情報を呟くヴァンの表情は、普段浮かべている柔和な笑みではなく真顔となっている。

 

「《蒼》が《貴族連合》……《結社》側である以上、激突は不可避……大々的に動くわけにはいかない以上、女神に祈るしかないでしょう」

 

もっとも、自身は本命のカモフラージュだが、とヴァンは内心で呟く。そんな彼の背後にいつの間にか立っていた人物へと振り返ることなく、ヴァンは言葉を発した。

 

「僕はこれから師父(せんせい)がいる西へと向かいます。構いませんね?」

「ええ。こちら()は僕と彼女に任せてください、シュネーくん」

 

ヴァンのその言葉に、丸ぶちの眼鏡をかけた人物は反対することなく頷くのであった。

 

 

――――――

 

 

警備の目を掻い潜って《双龍橋》を抜けられたルークたちは、あまり使われていない間道を伝ってガレリア要塞へと目指していた。

 

「イツツ……」

「作戦行動中だから、この程度で勘弁してあげる。次やったら……」

「次やったら?」

「委員長たちに全部言う」

「……ワカリマシタ」

 

その間、リィンはフィーから後頭部にグリップ殴打連撃による制裁を受けていた。状況が状況ゆえに制裁はそこまで酷いものにならず、代わりにガッツリと釘を差されたが。

 

「しかし、本当に廃道って感じなんですね」

「横断鉄道沿いの方が整備されてるからなぁ」

「おかげで連中の目を盗んで進めるけどな……そうこう言っている内に魔獣の団体様が来たようだ」

 

ルークがそう言って剣を抜くと、岩場の影から鼠型の魔獣の集団がルークたちを取り囲むように襲いかかる。

 

「そこ」

「甘い!」

 

その鼠型の魔獣たちに遠距離武器を持っているフィーとマキアスが先制攻撃を放つ。

 

「一纏めだ!」

「それ!」

 

そこにトヴァルが空属性アーツ《ダークマター》を放って魔獣たちを一ヵ所に引き寄せていき、そこにエリオットが水属性アーツ《ハイドロカノン》を放つことで纏めてダメージを与える。

 

「三ノ型―――業炎撃ッ!!」

「斬ッ!!」

 

そこにリィンが刀身に炎を纏わせた重い一撃―――《業炎撃》と、ルークが《爆砕斬》をトドメに放つことで魔獣たちを撃破した。

 

「トヴァルさんは遊撃士だから分かるけど……」

「ああ。その片鱗を見たとはいえ、未だに信じられないな」

「別にいいと思う。戦力的にも期待できるし」

 

リィンを除くVII組メンバーはルークの実力の高さに対し、まだ半信半疑のようだ。いくらトールズの卒業生とはいえ、戦いとは縁遠い記者の仕事をしているから、当然の反応ではあるが。

 

「お、ガレリア要塞の外壁が見えてきたな」

「よし、あと一息―――ッ!?」

 

トヴァルの言葉通り目的地であるガレリア要塞の外壁が見え始めてきたことに、意気込みを新たにしたリィン。しかし、急に悪寒を覚えたように身体を震わせた。

 

「?どうしたんだ、リィン?」

「いや、急に寒気が……」

 

訝しげに問いかけたマキアスの質問に、身体を擦りながら周囲を見渡しながらリィンはそう答える。まるで捕食者に睨まれたような感覚を覚えながらも、一行はガレリア要塞へと目指していく。

 

そして日射しが真上から注ぐ時間帯で、ルークたちはガレリア要塞へと到着した。

 

「……アイスクリームみたいにくり抜かれてるね」

 

いつになく真面目な表情のフィーが呟いた通り、ガレリア要塞の要所とも呼べる防壁が綺麗にくり抜かれているのだ。それもその先にある、謎の青白い光に包まれたクロスベル自治州が視界に収められる程に。

 

「話には聞いてたが、とんでもないな……」

 

聞くのと実際に見るのとではこうも違うのかと言いたげに、マキアスはその光景に慄いている。ルークも超上現象自体は二年前のリベールで目の当たりにしているとはいえ、《導力停止現象》とはまた違った異常な光景に目を奪われていたが。

 

「ギルド方面にも情報が入っちゃいたんだが……クロスベルはどうやら“力”を手に入れたらしい」

「……その“力”は確実に《至宝》が絡んでいるだろうな。リベールでも《至宝》が絡んでいたからな」

「《至宝》……?」

 

エリオットの疑問にルークはコクリと頷くと、その説明を続けていく。

 

「ああ。二年前の《リベール事変》……国内の導力器すべてが停止するという現象が起きていたからな。《結社》が関与しているなら、間違いなく《至宝》絡みだろうな」

「普通ならヨタの類だが……この光景を見るとあながち間違いとも言えないな」

 

巨大な機械人形と列車砲さえ防いだ青白い光。まるで《空の至宝》を連想させる事象であるが、詳しいことが分からない以上、憶測の域を出ない。

 

「……今は《第四機甲師団》の所まで辿り着くのが先決だろう」

「……ん。そだね」

「う、うん……早く父さんたちに会わないと」

「たしか演習場は敷地の反対側だったな。奥の方から迂回―――」

「―――悪いけど、そうはいかんで」

 

今は《第四機甲師団》に会うのが最優先と動こうとしたリィンたちであったが、訛り混じりの声によって遮られた。

 

「……え?」

「今の声は……上の方からか!」

 

トヴァルがそう叫ぶと同時に、ルークも背後へと身体を向けて先程潜った門の上に視線を向ける。そこにいたのは黒いジャケットを着た長身の青年と、同じく黒いジャケットを着た褐色の巨漢の二人だった。

 

「……ゼノにレオ、いたんだ」

「久しぶりやな、フィー。だいたい一年くらいか?」

「背も以前より伸びているな」

 

ゼノとレオと呼ばれた二人は鋭い視線を向けるフィーに対して軽口を叩く。互いに知っている間柄なのは明確だが、一番の問題はその二人の黒いジャケットに刺繍されている紋章にあった。

 

「その紋章……《西風の旅団》か!」

 

そう、ゼノとレオのジャケットに刺繍されている紋章は猟兵団《西風の旅団》であることを示すものなのだ。佇まいからしてかなりの実力者である二人を前に、トヴァルとルークはそれぞれの得物を構えて臨戦態勢となる。

 

「まーまー、()()そう気張らんといてや。せっかくの感動の再会に水を差すもんやないで。フィーもそう思うやろ?」

「変わってないね、ゼノ。念のために聞くけど、既にトラップを仕掛けてるの?」

「いんや。練習用のオモチャも含めて、仕掛けてないで?―――諸事情でな」

「ああ。この場で優先すべきことがあるからな」

 

ゼノとレオ―――レオニダスはそう言葉を返すと、殺気と怒気を全開にしてリィンを睨み付ける。その凶悪な視線を向けられたリィンは困惑と恐怖が入り交じった表情を浮かべることとなったが。

 

「そこの黒髪のボン。お前だけは絶対に許さへんで」

「女神に許しを請おうが絶対に許すつもりはない。その命、大人しく差し出すがいい」

「いや、なんでそんなに怒っているんだ!?」

 

ゼノとレオニダスの二人がここまで怒りを露にする意味が分からず、本気で問いかけるリィン。それが二人の怒りに油を注ぐこととなった。

 

「それ、本気でいっとるんか?」

「フィーにあんな事をしたのだ。当然の報いだと思うが?」

 

レオのその言葉を聞いた瞬間、ルークたちは二人の怒りの意味を察した。

 

(まさかとは思うが……)

(絶対にアレ、だよね……)

 

小声で話し合うマキアスとエリオットの言葉通り、あんな事とは間違いなくラッキースケベの件だろう。つまり、例の合流を目撃されていたという事になる。その事実よりもラッキースケベが大きかったため、反応に困る表情となっていたが。

 

しかし、当のリィンは心当たりがありすぎるせいか、かなり目が泳いでしまっている。それが更に燃料を投下してしまった。

 

「その反応、どうやら他にもやらかしとるようやな?」

「……万死に値するな」

 

ゼノとレオニダスは合流時のやらかし以外にも不埒な行為をしていたのだと気付き、益々リィンに対して殺気を膨らませていく。

 

既に凶悪な得物―――ブレードライフルとマシンガントレットを構えている二人に、リィンは脂汗を流しながら弁明した。

 

「ま、待ってくれ!全部事故と不可抗力だ!!」

「処刑方法は?」

「まずは手の指を順番にじわじわとへし折り、次は足の指、更には他の骨もじわじわとへし折った後、ゆっくりと爆弾を大量に括りつけ、そこから遠距離でギリギリで狙撃し続け、最終的に爆殺するのが最善だろう」

「いや、ギルティジャベリンを大量に括りつけてからのディザスターアームでええやろ」

「それでは苦しみが一瞬で終わるだろう。フィーに手を出したことを後悔させるため、じっくりと殺すべきだ」

「速攻で煉獄に叩き落とさなあかんやろ。このボンは一秒でも生かせへん」

 

嬲り殺しか瞬殺か。どちらにせよ、リィンの処刑は決定事項のようだ。

 

「……悪いけどリィンはやらせないよ」

「フィー……!」

「不埒な行いの処刑はわたしが殺るから」

「フィー!?」

 

まさかの処刑発言にリィンはその場で崩れ落ちてしまう。彼女は被害者なので当然の反応かもしれないが。

 

「そうか。だが、どちらにせよお前たちを通すわけにはいかん」

「せやせや。それが今回の“仕事”やしな……それさえなかったら、道中で襲撃したんやけどな」

 

ゼノとレオニダスはそう言って、改めて自身の得物を構える。《貴族連合》に雇われている以上、激突は避けられないようであった。

 

 

 




リィンは処刑人二号と三号と邂逅した!無事に生き残れるか!?(尚死亡したら不死者ルート)
ちなみに一号(精神的な)は義妹のエリゼです。


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