沙条愛歌は転生者 (フクロノリ)
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大まかな設定
また、載せて欲しい設定があれば、追加するかもしれません。
世界設定
魔法科の世界は、型月の世界とは違う世界(並行世界ではなく、完全な別世界)
根源から枝分かれした世界の一つで、同じ物理法則がありますが、魔術が存在せず、代わりに魔法やイデアが存在しています。
源流から分かれた支流の川に、別々の名前があるようなものです。
一応、型月の世界は存在していますが、完全に別世界なので、魔法レベルでも干渉するのは難しいです。
魔法科の世界は型月の世界より、根源から遠く離れているので、世界として安定しており、その分だけ魔法で改変できる事象が小さくなっています。
だから、アラヤやガイアは生まれませんし、英霊を召喚する難易度が上がっていたり、空間転移とか普通は無理です。
英霊の座と抑止力(アラヤ)の設定
抑止力は型月の世界で生まれた存在なので、魔法科の世界に干渉することはできません。
英霊の座は抑止力よりも根源に近いので、召喚することが可能です。
これは位置関係の問題で、分かれ道の片方に抑止力がいて、合流して一本になった道の先に、英霊の座があるようなものだと思って下さい。
抑止力から英霊の座を見ることはできますが、分かれている道を見ることはできません。
逆に英霊の座からは、抑止力が存在する道と存在しない道の両方を見ることができます。
登場人物
沙条愛歌
転生した一般人。
全能ではあるが、王ではないし、神でもない。精神は本当にただの一般人である。
自分を転生させた神を、一度根源で検索したことがあるが、妨害されて検索結果が出なかったので、それ以降から調べようとはしていない。
また、人間の認識に縛られているので、根源を完璧に把握しておらず、オリジナルよりは使いこなせていない。
だがそれは、彼女が正気―――一般人でいられる理由でもある。
アサシン
沙条愛歌が何となく召喚してしまったサーヴァント。
最初、愛歌は座に還そうと思ったが、アサシンの泣き落としによって阻止された。
愛歌により、本来の宝具よりも毒の致死性が下げられているが、制御がし易くなっている。
司波達也
チート、お兄様、さすおに。
できる、できないの差が激しい人間。
諜報の才能が全くない。
司波深雪
チート、ブラコン、氷の女王。
サーヴァントの天敵みたいな魔法が使える。
達也の『眼』を深雪が借りられるので、アサシンが達也に捕捉されると、かなりヤバい。
光井ほのか
魔法科の世界で一般人代表みたいなキャラ。
愛歌と感性が一番近いので、かなり出番が多い。
北山雫
お金持ちのお嬢様。
ほのかより、雫の方が作者は好きです。
ただし、出番は余りない。
雑談(FGOのレア度の考察というより妄想)
もしFGOのレア度に意味があると仮定するなら、そのレア度を決めている存在の候補は、作中で出てくる存在だけで考えると、かなり少ない(メタは省く)。
何故なら、レア度とは決めた存在の価値観が影響してくるからだ。
そしてそれは、英霊を良く知っていないとできないことでもある。
結論から言うと、レア度は人の抑止力が決めていると考える。
ガイアは基本的に英霊を使わない。
使わないモノはゴミと大差ないので、いちいちレア度という序列を作る必要はない。
根源もガイアと同様に、こんな序列を作る必要はない。そんなマトモな価値観があるとは思えないし、育つ場所でもない。
マトモな価値観じゃないから、あんなにデタラメなんだ、みたいな感じなら、手に負えないので考慮しない。
そして、人の抑止力がレア度を決めている最大の根拠は、ルーラーの天草四郎時貞が星五に位置付けられているからだ。
このサーヴァントの存在が、宇宙人のような地球外生命体が、カルデアに召喚されたくないから妨害しているという線が薄くなった。
ジャックもそうだが、天草は召喚したところで、設定的には余り強くない(というより、他のサーヴァントが強すぎる)。
こんな扱いが難しい存在の召喚を妨害するなら、もっと他のサーヴァントがいる筈だ。
そうなると、人の抑止力しか候補がなくなるのだ。
星五に冠位のサーヴァントとビースト候補が含まれているのも、それを匂わせている。
エミヤが星四なのは、人の抑止力にとって便利な掃除道具だから、評価が高いのではないのだろうか。
そして、ここからは本当に根拠もない妄想だが、人の抑止力はカルデアの召喚を妨害しているのではないだろうか。
だから、あんなにも高レアサーヴァントが出る確率が低いのではないのだろうか。
そうでなければ、わたしのところに水着メルトが来ないのはおかしいからだ。
以上、妄想終了。
全サーヴァントから共通点を見つけるのは不可能と考えた結果、こうなりました。
まあ、レア度に意味があるのかどうかが何とも言えないので、妄想の域を出ませんけどね。
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転生しました
突然ですがわたし......転生したら沙条愛歌になっていました。
神様っぽい存在にいきなり「転生させてあげるよ」とか言われて、よく分からないまま転生させられました。
転生の特典云々はともかく、どんな世界に転生させられるぐらい説明して欲しかったです。
しかし、転生の特典はすぐに分かりました。なぜなら根源から教えられましたから。
正確にはわたしが無意識に根源から知識を引き出していたと表現する方が正しいです。わたしはすぐに根源へのアクセスを止めました。
根源とは―――0を1に、1を0にするモノの事で、分かりやすくザックリ言うと、何でも生み出せるし、何でも消すことができるモノの事です。
この何でも生み出せるというものは、物体に限らず、知識やエネルギーなども含まれていて、それこそ何もないさえ生み出せる事ができるモノです。
どう考えても、私が持つには大きすぎた力であり、自分自身が恐ろしかったからです。
しかし、人は慣れる存在です。
数年も経てば恐怖感も薄れ―――或いは麻痺し―――、今では検索サイトのように扱っています。
本当に何でも答えてくれるので、かなり便利で助かっている。
まあ、そうして今のわたしは、色々あって国立魔法大学付属第一高校に入学する一年生として、校門を跨いでいました。
えっ!?ここはFateシリーズの世界じゃないのか!?
......なんて声が聞こえてきそうだ。
それに関しては、わたしも驚いた。
最初、型月の世界観だと勘違いしていたわたしは、親に魔法の勉強をすると言われたとき、魔法使えるとかヤベェーと思っていた。
父親からサイオンという単語が飛び出したことで、漸くわたしは魔法科の世界だと気付いた。
「納得できません」
「まだ言っているのか......?」
わたしが感慨に浸っていると、一組の男女が言い争っている声が聞こえてきました。
目を向けると、この世界の主人公―――司波達也と、その妹―――司波深雪がいました。
正直、この二人―――特に司波達也―――には余り関わりたくないという気持ちもありますが、原作に関わりたい気持ちも少なからず私にあります。
しかし、それでもあの二人の会話に入っていくのは無謀です。
触らぬ神に祟りなし、小さくそう呟いて、わたしはそこから離れました。
あの二人からソッと離れた後、わたしは時間潰しとして読書をしていました。
そろそろ講堂に行こうかどうか、読書しながら考えていたとき、唐突に声をかけられました。
「開場の時間になりましたよ?貴方もそろそろ講堂に向かってくれませんか?」
タブレット端末から目を離すと、小柄な女性―――わたしが言えることでもないけど―――七草真由美がいました。右斜め少し奥には司波達也が立っており、目が合うと小さく会釈してきました。
わたしも小さく会釈し返すと、七草さんが少し不満そうにしていました。
「もう~、わたしが声を掛けたのに~」
わたしが「すみません」と返すと七草さんはクスクスと面白そうに笑いました。どうやら、からかわれたようです。
関わりたくなさそうに七草さんの少し奥に陣取っている達也さんに視線で助けを求めますが、同情する目をされただけでした。
やはり、関わりたくないようです。
「フフッ、ごめんなさいね。からかって。わたしは七草真由美、貴方は?」
「沙条愛歌です」
「ああ...貴方が沙条さんね!筆記は全て満点で一位、実技も一位!」
司波達也は七草真由美の言ったセリフで、目の前の少女を意地悪な先輩に捕まったと同情する被害者から、警戒の対象に変えた。
深雪に実技で勝つには、生半可な才能や能力では不可能と言っていい。深雪から入試で総合一位の子が新入生総代を辞退し、深雪にお鉢が回ってきたことを聞いたときは、達也は深雪が実技で負けたことに少なからずショックを受けたことは記憶に新しい。
「あれ?でも、そういえば沙条って?うーん、その名前家で見たような......」
「七草先輩、そろそろ時間では?」
真由美は"沙条"という言葉に家で見覚えがあり、考え込んでいたが、愛歌の一言で真由美は「それもそうね」と考え、さっきまでの思考を打ち切り、愛歌や達也より一足先に講堂へと向かった。
司波達也と沙条愛歌の間には、少し気まずい雰囲気が流れていた。真由美が一足先に講堂に向かった後、真由美に目を付けられた者どうし、そして向かう先が同じという成り行きで一緒に講堂に向かっていた。
しかし、お互いがお互いを警戒しているせいか、会話は行われておらず、どこか少し気まずかった。
達也としては今の空気でも問題ないが、沙条愛歌を探る場面としては良いシチュエーションだと考え、会話を振ることにした。
「そういえば入試成績が一位なんだっけ...凄いな」
「あら、ありがとう」
沙条愛歌は二科生の差別意識を持ち合わせてはいないようで、こちらに嫌みを言うことなく、上品に笑って達也の褒め言葉を受け取った。
「家族に優秀な魔法師がいたのか?」
「ええ、沙条家は
達也はこの少女が深雪に勝った理由に、ひとまずの納得を見せた。確かに元々三の研究に属していた魔法師の血を引いているのなら、唐突に強い力を持った魔法師が生まれてくるかもしれない。
だが、それでも達也は完全に納得することができなかった。
その程度で深雪―――
そう思わずにはいられなかった。
一般人が沙条愛歌になったら絶対ダメ人間になるよね
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仲良くなるには時間が必要
わたしと原作組との関わりは、結構ゆっくりと仲良くなっていく感じでした。だから、幾つかのイベントにわたしは関われていません。
下校での争いは単純にわたしがその場におらず、達也の体育館での大立ち回りは、勧誘を振り切って体育館に行くのが面倒で関わりませんでした。
服部副会長との模擬戦も結局見られませんでした。
生徒会に入らないかと勧誘はされましたけど、わたしは丁寧に辞退しました。
わたしは生徒会やどこかの部活に入るつもりはありません。
ただ面倒なだけでしょうし......
そんな積極的とは言えないわたしが原作組と仲良くなったのは、深雪の抜きん出た才能と魔法力のおかげでしょう。
わたしは深雪や雫、ほのかと同じA組なのですが、実技でわたしと深雪とのペアになることが多いです。
理由は先程も言った通り、圧倒的才能と魔法力です。
その深雪に対抗できるのが、クラスでわたししかいなかったからです。
深雪相手で実技の勝率が五割以上ある相手は、わたし以外にいません。光に関する実技のみなら、他の方も該当しますが、それ以外なら深雪の圧勝です。
必然的に、ペアになる回数が多いと自然と話すようになるし、そうなると深雪の友達とも友達に―――親密になってきます。
そうした結果、今わたしは雫とほのかと一緒に昼食を摂っている、という事になったのです。
深雪が生徒会に入ってからは、深雪は生徒会室で昼食を摂ることが多い。だから、最近は雫とほのかで一緒に昼の時間を過ごすことが多くなりました。
「愛歌はどうして生徒会に入らなかったの?部活にも入っていないみたいだけど」
そう話を切り出してきたのは、ほのかでした。
彼女にわたしが生徒会に誘われたことは話していませんが、今までの授業で察しがついたのでしょう。
さすがに、わたしが実技で深雪に九割近くの勝率をほこっていれば、さすがに分かるでしょう。
根源接続者というチートのおかげです。そんな存在に勝率一割を切らせない深雪も中々にチートですが。
干渉力や
「わたし、家に帰ってやることがあるから」
わたしが生徒会や部活にも入らない理由は、面倒くさい以外にも理由はあります。せっかくこんな便利で万能———というか全能チートを貰ったのですから、他作品の物や技を開発・再現してみたくなるのが人の心というものです。
根源からの知識のおかげで、かなり形になってきていたり、既に完成している物もありますし、夢が広がります。
「そうなんだ...」
ほのかは、少しもったいなさそうに残念がりました。
シュンと小動物のような仕草は可愛らしいですが、わたしに罪悪感を植え付けようとするのはやめてほしいです。わざとではないのでしょうが、気まずくなります。
「でも、九校戦には出るんでしょ?」
「ええ...」
突然の雫からの質問に驚きながらも肯定すると、ほのかが「そうだよね!愛歌と深雪が居れば優勝間違いなしだよ!」とさっきの様子から一転して、急に元気を取り戻した。
どうやら雫が気を使ってくれたようでした。
雫に感謝の視線を送ると、雫は「別にいいよ」とでも言うように小さく首を横に振りました。
「そういえば、二人は放課後の討論会はどうするの?」
また気まずい空気にはしたくないので、今度はわたしから二人に話題を振ってみました。
今日の放課後に七草先輩が二科生の差別撤廃を求める有志同盟と討論会を行うそうで、わたしは余り興味ないのですが、原作ではテロリストに襲撃されることを考えて、図書館で資料でも閲覧することにしました。
「私は行かない。部活があるし、他人の愚痴に付き合うつもりはない」
雫がピシャリとそう言うと、うーんと言いながら考えていたほのかも、その言葉に納得したのか「わたしもいいかな」と言いました。
「そう、エイミィと一緒に危険なことしてたって深雪から聞いたけれど、その様子なら無茶はしなさそうね」
「うっ」
ほのかが親に叱られたような顔をしながら、居心地悪そうに体を縮めました。雫も少し俯いており、二人とも危険なことをしたという自覚はあるようです。
これなら、しばらく危険に突っ込んで行くことはない筈です。
根源から知識が得られるわたしでも、論文などを読む意味はあります。
わたしは根源を日常的に検索サイトとして使用していますが、そもそも検索サイトとは“何を検索したいのか”がわからないと検索できないものです。
少なくとも取っ掛かりは必要になります。
だから、こうしてわたしが論文を読むことは無駄ではないのです。
「来たようね」
外から爆発音が聞こえてきました。
陽動が始まったということは、もう工作班は侵入していると見ていいでしょう。
わたしは個室タイプの閲覧ブースから出て、二階の特別閲覧室に向かいました。
「ハァッ!!」
特別閲覧室に向かう途中、見張りの人員であろう二人の男たちが奇襲を仕掛けてきました。階段の上にもう一人隠れていますが、未だわたしに気付いていないようです。
奇襲されたわたしは、特に驚きませんでした。奇襲と称しましたが、ただ泳がせていただけです。
その気になれば、何時でも無力化できますから。
しかし、それでは面白くないので、この人たちには悪いですが、実験台になって頂きます。
二人がスタンバトンをわたしに振るいますが、バトンがわたしに触れた瞬間———バトンが砕けました。
呆気にとられる二人の男たちの腹にトンと触れると、男たちは勢いよく吹き飛んでいきました。
「
音で気付いたのだろう。階段の上からもう一人の魔法科高校の制服を着た男子生徒が真剣を上段に構えて突っ込んでくる。魔法を使っているため、階段でかなりの速さで加速していても体勢が崩れていません。
しかし、その突進も左の脇腹に何かをぶつけられ、男子生徒は横に吹き飛んでいきました。
「脅威の排除、完了しました」
「お疲れ、
人型―――それもメイド―――をとった水銀を労います。
わたしはトリムマウを再び転移させ、家に戻しました。
この世界は長期間作用させる魔法は苦手で、質量を軽減する魔法を使い続けるよりも、転移させたほうが面倒がないのです。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか」
そう言って、わたしは特別閲覧室へと向かいました。
壬生紗耶香は、目の前の行為に心の整理ができず、扉の方に目を向けていたおかげで、その異変にいち早く気付き、声を上げた。
その声は彼女自身が思っていたよりも大きく、ハッキングしていた男たちもその異変に気が付いた。
厳重にロックされている筈の扉がいつの間にか、なくなっているのだ。
いや、紗耶香だけは見た。
扉は、なくなったのではない。
開いたのだ。
普通に。
そうなるのが当たり前のように、自然に横に開いていったのだ。
男たちが邪魔されないように内側からロックを掛けていたことは、紗耶香自身も知っていた。
これは、この部屋の元々のセキュリティで、簡単に解除できるものでもないので、突破しようと思えば相当の時間が掛かる筈。扉を力ずくでぶち破るならともかくとして、一体どんな魔法を使えば、こんなことができるのか......彼女には想像できなかった。
彼女たちが扉に視線が釘付けになったとき、廊下から一人分の足音が響いてきた。
ガツンガツンと近づく足音に、男たちはハッキングを中断し、臨戦態勢を整えた。
「はじめまして、わたしは......」
姿を表した少女が自己紹介を待たず、男たちは拳銃を発砲した。
しかし、放たれた弾丸は彼女が展開していたベクトル反転の魔法によって男たちの拳銃に舞い戻った。
「あら?自己紹介は最後まで聞かないと」
手の痛みに倒れ伏す男たちを少女が笑う。
「貴方...誰!?」
紗耶香は目の前の少女―――否、化物に問いかけるが、少女は彼女の質問に答えずに、クスクスと笑った。
「何が可笑しいの!?」
彼女がヒステリーになっているのは、目の前の少女が恐ろしいからなのか、それとも少女の制服にある八つの花弁の妬みからか、紗耶香自身にも分からなかった。
「いえいえ、気にしないでください。わたしは沙条愛歌です」
少女が言ったその名前に、彼女には特に聞き覚えはなかった。
それも当たり前だろう。
学年も違えば、同じ部活に所属しているわけでもなく、生徒会や風紀委員会に所属しているわけでもない人間など、たとえ成績優秀な生徒であろうが、情報通でもない彼女が知っているわけがない。
「壬生、指輪を使え!」
その声が響くと白い煙が立ちこめてくる。
彼女は言われるがまま、アンティナイトの指輪にサイオンを流し込み、キャストジャミングを発動させる。
彼女は白い煙に紛れて少女の横をすり抜ける。
一刻も早くあの場から逃げ去りたかった彼女は、本来は連携すべき男たちを置いていった。
「逃がしてよろしいのですか?」
髑髏の仮面を被った褐色の肌の少女が、沙条愛歌に声を掛けた。
その少女の周りには、先ほどの男たちが倒れている。
「問題ないわ、
褐色の少女はその意見に何も言わず、サッと消えていった。
次で入学編は終わりです。(次があれば)
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何事もほどほどが大切
魔法演算領域って脳にないんですね......初めて知りました。
流石に修正します。
皆も魔法科を書くときは気を付けよう!
沙条愛歌が図書館の特別閲覧室から出ると、廊下には司波兄妹がいた。エリカが見当たらなかったが、おそらく壬生紗耶香との一騎打ちにでも洒落込んでいるのだろう、と彼女は思い至った。
千里眼を使わずとも、それぐらいわかる。
エリカが「深雪たちは先行ってて、こいつはわたしの獲物よ」と言うのが目に浮かぶ。
「お早い到着ね」
花が咲いたような笑顔で彼女は話しかけるが、司波の兄と妹はどちらもニコリともせず、真顔だった。
「壬生先輩について聞かないんだな...」
「壬生?...ああ、彼女ね。別に興味ないもの。逃げ出したところでどうなるわけでもないし」
今ここで彼女が逃げ出したところで、この事態が解決するわけではない。この事態において、彼女の存在は余り重要ではないのだ。
そして、彼女は壬生紗耶香の名前について、知らないフリをした。他の人の口から聞いたことはないし、今の関係性から知っているのは不自然だと考えたからだ。
この嘘に大した意味はない。痛くもない腹を探られるのが面倒というだけだ。
この嘘が二人にバレている様子はない。
本当に今初めて聞いたような雰囲気だった。
これが魔法で引き起こされたものであれば、達也が気付いただろうが、生憎これに魔法は使われていない。
「そうだな...なら―――」
達也もこの事態において壬生先輩は余り重要ではないことには同感なので、特にその話は引きずらなかった。
達也が気になっていたのは、もう一つの事柄だった。
「―――愛歌......先ほど特別閲覧室にいた存在はなんだ?」
達也たちが図書館前に来たとき、彼は特別閲覧室に強大な存在を感じた。
精霊のように見えたが、師匠―――九重八雲に指導を受けている達也は、精霊に対してそれなりに造詣が深いつもりだが、達也には
それほどの存在感。
深く理解しようと達也が『眼』を向けようとしたとき、その存在はいつの間にか消えていた。
「教える義理はないわ」
笑顔で断る愛歌を深雪が冷たく睨むが、達也が腕で深雪を制止する。
今達也としては、彼女と争うわけにはいかなかった。
沙条愛歌が深雪以上の実力を持っているのもあるが、何より特別閲覧室にいた存在がまだ自分たちの周囲にいるかもしれないという状態がまずいと感じていた。
達也は深雪を守らなければならない。
それが彼の使命であり、唯一の感情から生まれたものでもある。今も彼は
「そうそう、侵入者ならあの部屋で倒れているわよ。三時間ほど経てば意識も戻るわ」
そう言い終わると、彼女はスタスタと達也の横を通り過ぎて行く。
彼―――達也にとって
その焦りが、達也を早まらせた。
達也は、深雪に関することだけは何よりも誠実で素直であると言える。だが、それは逆に言えば暴走しやすくもあるということだ。沙条愛歌は深雪を殺しうる存在であり、達也は深雪が殺されるのを防ぐ存在だ。
達也がそんな相手の対策を怠るわけにはいかない。
実は、達也は沙条愛歌が入試試験の総合一位だとわかった夜から九重八雲に調べて欲しいと頼んでいた。
深雪が入試で一位ではないと達也が知ったときに頼まなかったのは、まだ名前がわかっていなかった事と、九重八雲に借りを作るほどの存在だとは考えていなかったからだ。
それに、達也が命令したりできる諜報員がいなかったのも大きい。そんなことができるなら、達也は在校生と新入生の名簿くらいは入手していただろう。
だが、四葉には借りを作るのは危険。
独立魔装大隊の力は借りられない。
文弥や亜夜子に迷惑は掛けられない。
つまり、今のところ達也は九重八雲ぐらいにしか頼めないのだ。そしてその九重八雲も、達也としては余り借りを作りたくない相手だ。
だから、基本達也が九重八雲に情報収集を頼むときは、自分と深雪の安寧を邪魔する可能性がある存在と決めている。
そして後日、九重寺で八雲は調査結果を言った。
「わからなかった」
「わからない?師匠がですか?」
達也が少し目を開きながら驚き、思わず聞き返した。
八雲は「うん」と頷いた。
達也は再度驚く。横を見ると、深雪は手で口を押さえて驚いていた。
「別に何もわからなかったわけじゃないんだ。彼女の経歴とか、家族構成とかは普通にわかったしね...」
そう言って、八雲のいつも飄々とした雰囲気が鳴りを潜め、困惑の表情が浮かぶ。
「だけど...彼女自身のことは何一つわからなかった。彼女の家に侵入しようとしたんだけどさ、気付かれちゃってね......」
すると、八雲の顔から困惑が消え、いきなり明るい笑顔になり―――
「しかも...どうやら見逃されたみたいなんだよね~」
ハッハーと八雲は笑いながらそう言った。
達也も深雪も固まっていて、声も出せなかった。
「力になれなくて済まないね、達也くん。彼女には本当に気をつけた方がいい」
本当に自分たちを心配していながら、少し力なく笑っているような八雲の姿が、達也には印象的だった。
沙条は三の数字に連なる者で、第三研究所のテーマは様々な状況に対応できる魔法師の開発―――一言で言うと万能で、どんな魔法を使ってくるのかは推測の仕様がなかった。
深雪から普段の実技の授業の様子を聞いていても、同じ課題でもその日の気分で魔法を変えるらしい。
つまり、今の今まで彼女の手の内と呼べるものは何一つわかっていないのだ。
だが、ようやくそれらしいものを達也は今さっき見つけたのだ。
特別閲覧室にいた
あの存在が、おそらく精霊のような情報体だと考えると、それを操る『精霊魔法』のような魔法を彼女は使っている筈だ。
今の彼女自身に魔法を発動している様子はないので、魔法の効力は消滅しているだろうが、記録を辿ることができれば、あの存在について何かわかるかもしれない。
達也はそう考え、彼女の去っていく後ろ姿を見つめながら、
「ぐッ!?」
「お兄様!?」
突然、達也が頭を押さえて体をふらつかせた。
何事かと深雪が小さく悲鳴を上げながら、すぐに達也に近寄り、肩を支える。
「覗き見はやめてほしいわね、達也さん」
「愛歌!?あなた...!」
「やめろ、深雪!」
達也に害をなした愛歌に深雪が敵意を向けるが、達也は深雪を止める。
「なぜですか!?お兄様!?」
しかし、それでは納得できない深雪が、珍しく達也に食い下がる。だが、達也は引き下がらない。深雪の頼みでもこれだけは譲れなかった。
強い意志で深雪を見つめると、深雪は冷静になったのか「わかりました」と達也の後ろに引っ込んだ。
「さっきは覗き見して悪かったな」
「構わないわ、ただ―――次はないわよ」
「ああ、肝に銘じておく」
達也は先ほどの攻撃の恐ろしさを理解していた。
達也が
先ほどの攻撃は手加減されたのだろう、と達也は思っている。
おかげで知恵熱程度の症状しか起きなかったが、おそらく本気を出せば一瞬で人の脳をオーバーヒートさせることができるだろう。
この攻撃の何より恐ろしい点は、『再成』が発動できない―――いや発動する暇がないというところだ。
達也の『再成』―――自己修復は人間の認識できる速度を越えているが、先ほどの攻撃は脳に大量の情報を送りつける魔法だ。
喰らえばおそらく、達也の無意識が自己修復を行おうとする前に脳がオーバーヒートして死ぬだろう。
対応策としてイデアに接続していなければ、この攻撃を受けることはないだろうが、達也はガーディアンとして深雪を守らなければならない以上、
また達也がイデアに接続している以上、この攻撃に物理的な距離は意味をなさない。つまり、彼女がイデアから達也のアクセスポイントを認識することができれば、例え地球の裏側でも攻撃されるだろう。
オマケに魔法式を見れなかったので、どういう原理で行っているのかもわからない。
手の内を明かそうと、焦ってしまった結果だった。
達也は
無様だな、と達也は自嘲する。
「(いや、反省は後だ...今は、この事態の収束に専念するべきだ)」
沙条愛歌は潜在的に最大の脅威だが、今目下の最大の脅威はブランシュ―――テロリストだ。
沙条愛歌の調査や対策は後回しにするしかない。
それに、達也は何も掴めなかったわけではない。一つだけ、沙条愛歌についてわかったことがあった。それは、沙条愛歌が達也と同じ
達也を襲ったあの魔法は、イデアに高いアクセス能力がないと使えない類の魔法の筈だ。
だがこれは、ある意味達也にとって絶望と言えるものだった。
つまり、達也がイデアに接続してもしなくても、一度彼女に捕捉されれば、違う魔法が達也たちに飛んでくるだけなのだ。
達也に『眼』を誤魔化す能力はない。
彼には『分解』と『再成』しか使えないのだ。
そしてそれは、深雪がいつ沙条愛歌に殺されてもおかしくないことを意味していた。
そんなことはさせない、達也は心の中でそう決意し、今自分ができること―――学校を襲ったテロリストの掃討という目標に集中することにした。
これが作者の精一杯の『再成』対策です...
あと、型月も魔法科も設定が多すぎて、把握しきれない
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チートでも弱点はある
「愛歌はどの競技に出ると思う?」
わたしが雫とほのか、そしてエイミィと一緒に期末試験に向けての勉強会に参加しているとき、エイミィがそう聞いてきました。
わたしがエイミィの方を見ると、勉強のし過ぎで疲れていたのでしょう、彼女はテーブルに突っ伏していました。
「何とも言えないけど...深雪と一緒の競技にはならないと思うわ」
わたしと深雪、どちらも一位を狙える人材を同じ競技に参加させるのは、どう考えても非効率です。
一校の作戦スタッフもそう考えている筈でしょう。
「そっかー、それもそうだね」
「でも、愛歌が深雪と本気で戦うところは見たかったかも」
「......それは同意」
エイミィが頷くと、ほのかや雫も勉強の手を止めて雑談に加わってきました。
「深雪は何の競技に出るのかな?やっぱりピラーズ・ブレイクかな......」
「そうだね...深雪、冷却魔法が得意だし」
雫がほのかの意見に同意するが、ほのかは「う...うん、そうだね」と生返事でした。
雫は不思議そうにほのかの顔を見つめるが、しかしほのかは雫と目を合わそうとしません。
「あー!!ほのか、完全に深雪の雰囲気で言ってたでしょ!」
エイミィがビシッとほのかを指差しながらそう言うと、明らかにほのかは言葉に詰まっていました。
そのわかりやすい反応に「やっぱり!!」とエイミィは鬼の首でも取ったかのような笑顔になります。
「違うわよ!ええっと......」
ほのかが顔を真っ赤にしながらそう言いますが、上手い言い訳が思いつかなかったのか、続きのセリフは出てきませんでした。
「えー!本当に~??」
ますます調子に乗るエイミィに、ほのか自身では対処できないと感じたのか、わたしと雫に視線で助けを求めてきました。
しかし雫はジトッとした目でほのかを見つめるだけで、助け舟を出す様子はなく、わたしは我関せずの構えです。
ほのかが考えなしに発言した結果―――つまり身から出た錆です。それぐらいは自分で対処して欲しいです。
孤立無援だとわかったほのかは、慌てすぎて大きい身振り手振りをしますが、口に出るのは「えっと」や「あれ」など、言葉にならないものばかりです。
「わたしも深雪がピラーズ・ブレイクに出ると思ったし、エイミィもそろそろ許してあげて。これ以上やると、ほのかが泣き出しそうだわ」
流石にかわいそうになって口を挟むと、ほのかはそれまでのことが嘘のようにパァっと明るく笑いました。さっきまでは少し絶望したような顔をしていたのに、今は救世主が現れたかのようなニコニコ顔です。
感情の浮き沈みが激しいな、と思わず心の中で苦笑してしまいます。
「ほのか、ごめん!流石にからかいすぎたよ」
エイミィもやりすぎたと思ったのか、申しわけなさそうな顔で謝りました。
「ううん!!わたしが考えなしに深雪のイメージで言っちゃっただけだし...気にしないで!!」
ほのかもエイミィに悪気がなかったのは理解しているらしく、少し慌てた様子で胸の前で両手を彷徨わせながら彼女を許していました。
「いや、ほのかが言いたいこともわかるよ。深雪って氷の女帝みたいな感じだ―――」
「―――そうでしょ!深雪って......」
エイミィがまだ申しわけなさそうな顔をしながら、ほのかの気持ちに同意すると、ほのかは目をキラキラさせながらエイミィに詰め寄って、色々と深雪について語っています。
最初はエイミィも驚いていて、ポカーンとしていましたが、次第に乗ってきたのか、二人とも盛り上がっていました。
「ありがとう」
「うん?」
二人が深雪本人が居ないのを良いことに、羨ましいやら何やら言っているのを眺めていると、いつの間にか隣に雫が座っており、いきなりお礼を言ってきました。
何のお礼なのだろう?
言葉が足りなさすぎていまいち理解できず、わたしは首を傾げてしまいます。
「ほのかを助けてくれたでしょ?わたしの代わりに」
ああ、とわたしは得心がいく。
「わたしが言わなかったら、貴方が言ってたでしょ?気にしなくていいわ」
あの場面では、誰がほのかに助け舟を出すかは時間の問題だったでしょう。
わたしが何も言わなければ、雫が助け舟を出すか、エイミィが自分から謝っていたに違いない。
「そう...かな......」
そう言って雫はほのかとエイミィの方を見ました。
彼女たちは、未だ深雪のことについて話し合っているようでした。
「ねえ!雫も深雪の髪が一番羨ましいよね!!」
「いや、あの白い肌でしょ!」
遂にはこちらにも飛び火してきました。
二人が雫に詰め寄って、顔を寄せる。
雫は目を見開き驚いた後、ああだこうだ言う二人の前でしばらく考え込み―――答えました。
「体型」
「「じゃあ愛歌は!!」
ほのかとエイミィが同時にわたしの方を見て言った。
雫は何も言いませんでしたが、ジッとこちらを見つめているだけで、二人を止める気はなさそうです。
わたしは呆れながら言いました。
「貴方たち勉強はどうしたのよ...」
「「「あ」」」
三人とも固まっていた。
どうやら本当に忘れていたようで、三人とも急いで机に向き合いました。
「愛歌、ここ教えて~」
「はいはい、ここは―――」
エイミィに呼ばれ、彼女が躓いている問題を見ると、できるだけ目に見えるようなものに例えて教えます。
わたしはこの勉強会の先生役です。
そもそも根源に接続しているわたしは、勉強など必要ありません。頭の中に自前で答案用紙を用意してあるようなもので、テストなど作業でしかないです。
卑怯だと自分でも思いますが、根源先生の利便性の誘惑には勝てなかったよ......
「じゃあ、バイバイ」
「うん、またね!」
「またねー」
勉強会はお開きとなり、わたしは一人帰路に就く。
あの後、九校戦の話でまた盛り上がり、あまり集中して勉強できたか怪しいですが、問題ないでしょう。
雫はいざという時の集中力が凄いし、ほのかは真面目にコツコツと頑張るでしょう。
エイミィは......多分何とかするでしょう。
「はぁ」
「どうされましたか...」
思わず心配で溜め息をついてしまいますが、それに反応する存在がいました。
わたしの周りに人や人の目はないでしょう。そうでなければ
隣を見るといつの間にか褐色の少女―――アサシンが立っていました。今は髑髏の仮面を外していて、かわいらしい顔を晒しています。
「別に大したことないわ」
本当に大したことはないため、何とか適当に誤魔化すことにしました。
この少女は達也と同じ、暴走しやすい人間です。
迂闊に話してしまえば、彼女の引っ込み思案と危うさ、どちらが勝つかによってエイミィの命が決まってしまいます。
未来視で軽く確認すると、八割強で引っ込み思案が勝つらしいです。
なら、話さない方がいいでしょう。
「...本当ですか?」
心配そうに見つめてきますが、わたしの表情は揺るぎません。
アサシンは生い立ち的に毒が効かないわたしを失いたくないのか、事ある毎にわたしに何かあると、このように心配そうに寄ってきます。
「ええ、帰ったら夕食を何作ろうか考えていたのよ」
この世界には家事を自動でやってくれるHARと言う機械が存在し、わたしも普段はそれを使っていますが、偶にわたし自身が作ることもあります。
わたしが作る料理は、根源からおいしい料理と検索して引っ張ってきたレシピです。正確には、わたしの家の材料で作れるおいしい料理です。
おいしい料理だけで検索すると、範囲が広すぎて検索結果が無限に出てきます。だから条件を多くしないとまともに調べられません。
多すぎるというのも考えものです。
因みに余談ですが、根源での検索はわたしの認識に依存しているようで、例えばわたしが“おいしい料理”と検索した場合、わたしが“おいしい”と感じるものしか出てきません。
つまり、わたしの好みが反映されるということです。
だから、あの激辛麻婆豆腐が、絶対に検索結果に出てくることはないです―――というかアレは“料理”で検索しても出てこないと思います。
「...わかりました。楽しみにしています」
アサシンは、まだ何か言いたそうな―――しゃべりたそうな顔でしたが、引っ込み思案の彼女にそのようなことができる筈もなく、それ以上何も言わずに消えていきました。
しょんぼりとする彼女の様子は、何だか子犬のようでかわいらしかったです。
わたしが達也に警告したあと、達也はわたしに深く干渉しないようにしています。
達也がわたしに『眼』を向ければ、すぐにわたしが気付くことは理解している筈です。そうでなければ、一瞬で達也一人に狙いを絞るのは不可能ですから。
FPSゲームで言えば、スナイパーライフルのスコープが光っているようなものです。見られているという警告と同時に、そこにいると教えている。
わたしはそこに魔法と言う銃を撃っただけです。
別にわたしは表層を見られる程度なら構わないのですが、
それに、わたしは達也を―――
一般人のわたしに人を殺す度胸はありません。傷つけることでさえ、それなりの忌避感があります。
だから、達也に言ったあの警告はハッタリです。
まあ、そのハッタリは通じたようで、流石にリスクが高いと判断してくれたようです。
後はわたしの素が出ないように気を付けて、沙条愛歌っぽいロールプレイをし続ければ、達也とは知り合い程度の仲に落ち着くでしょう。
わたしとしては嬉しいことです。
確かにわたしは多少原作に関わりたいと思っていますが、あくまで
原作キャラとそれなりに仲良くなりたいだけです。
別に敵をバッタバッタと殺戮したいと思いません。戦略級魔法など論外です。
わたしにそれだけの人の命は背負えません。
結構な時間この世界で過ごしてたきたので、わたしもこの世界にそれなりに愛着はあるのでしょう。でなければ、こんな世界から今すぐ出て行って
「(まあ、わたしの元いた世界より気に入っているのは事実ね)」
わたしは思考をそこでストップし、アサシンにおいしい料理をご馳走するため、根源先生に検索ワードを打ち込んでいきました。
補足(作者の文章構成力では書けなかったので)
主人公が愛歌のロールプレイをしているのは、沙条愛歌の顔をしているのに、喋り方がおかしいのが慣れず、気持ち悪いと感じたのが始まり。
今では癖のようなものになっている。
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未来視は便利
魔法科の世界、マジで物騒すぎでしょ......
あれから期末試験が終了し、九校戦のメンバーも決まりました。
ほのかや雫は当然九校戦のメンバーとして選ばれ、エイミィも何とか期末試験で好成績を収めたようで、メンバーに選出されました。
もちろん、わたしも九校戦のメンバーに選ばれ、新人戦のバトル・ボードとクラウド・ボールに出場することが決まりました。
わたしとしては、面倒なクラウド・ボールは遠慮したかった競技なのですが、得意な魔法と言うべきものが存在しなかった―――と言うより、わたしが設定しなかったせいで、残った競技に割り振られてしまいました。
ゲームで言う過労死枠―――迷ったら取り敢えず入れとけ、みたいな雑さでした。
当然と言えば当然の采配なんですけどね......
九校戦前に開かれる懇親会に参加するため、五十人を超える一校の生徒たちは、バスに乗って会場へと向かっていた。
そして、そのバスでの移動中、ほのかは慌てていた。
別に彼女に危険が迫っているわけではないし、彼女が対処する必要はないのだが、彼女にこの空気は耐え難かった。
何とかしないと、と思っている彼女は、この空気の元凶にチラリと視線を向ける。
彼女の視線―――バスの通路を挟んだ向こう側には、一人の美しい少女がいた。
「......まったく、誰が遅れて来るのか......わざわざ外で......何故お兄様がそんな......」
ブツブツと愚痴っているこの少女―――深雪がその元凶だった。
深雪は魔法を使っていない筈なのに、彼女からは冷気が発しているような錯覚を、ほのかは覚えてしまう。
彼女がこうなったのは、七草会長が遅れて来る連絡があったのにも関わらず、達也がこの炎天下の中で一時間半ほど外で待っていたことに起因する。
彼女は、達也がトーラス・シルバーの片割れ、ソフトウェア担当のシルバーであるのを知っている。その兄に選手の乗車確認と言う雑用を押し付けるのは、彼女からすれば有り得ないことだった。
名刀を打てる人間に、そうでない人間が買い出しを頼むようなものだ。
彼女からすれば、達也からシルバーの技を見せて貰えるのだから、他の人が率先して雑用を請け負うぐらいして然るべきだと思っているほどだ。
しかし、彼らは達也があのトーラス・シルバーの片割れであることを知らない。
だから、これは深雪にとって八つ当たりのようなものだった。
深雪は今すぐにでも、この場で達也がシルバーであると暴露したいが、そんなことをすれば兄に迷惑が掛かってしまうと知っている。
達也がトーラス・シルバーの片割れであることがバレると言うことは、社会的地位を確立すると言うことだ。
そうなれば、達也が四葉の手から離れたところで力を付ける可能性が大きくなってしまう。
そんなことを四葉は許さないだろう。
より一層機嫌が悪そうな雰囲気になった様子の深雪に、声を掛けるほどの勇気は、ほのかにはなかった。
ほのかは隣の席に座っている雫に「どうしよう」と視線を送る。
ほのかの頼られる視線に、雫はコクンと頷いた後、深雪に「深雪、大丈夫?」と声を掛けた。
「大丈夫よ、雫。わたしはお兄様のように炎天下の中で外に立たされていたわけじゃないもの」
深雪は笑顔かつ、静かで柔らかな口調で答えた。誰がどう見ても目は笑っていなかったが。
雫は返された言葉に「そう...」と相槌を打つしかない。彼女は口下手で口数も少ない。話すことが得意な人間ではないのだ。
「(さっきより状況が悪化してるじゃない!)」
ほのかは、そう心の中で叫んだ。だが、そうしたところで彼女に良い作戦が思いつくはずもなく、彼女は寒気を覚えそうな深雪の笑顔から視線を逸らし、再び雫に視線で「どうしよう!?」と助けを求めた。
だが、雫は既に諦めていた。首を小さく横に振る彼女の動作が、諦めろと言う意味であることを理解したほのかは顔を青くしてしまう。
ほのかが深雪の機嫌を直そうとするのは、友達として何とかしないといけないと言う強迫観念がないわけでもないが、それよりも大きい理由として、彼女は楽しくおしゃべりしたいと思っているからだ。
このバスは二・三時間も経てば、目的地の宿舎へと辿り着いてしまう。その頃には深雪の機嫌も直っているだろうし、話せる時間も多いだろう。
しかし、ほのかはバスの中でも楽しくおしゃべりしたいのだ。だが、今の深雪の横で雫と楽しくおしゃべりすることなど、彼女には到底できない。だから、ほのかは最後の希望として、深雪の隣に座っている彼女―――沙条愛歌へと視線を向けた。
沙条愛歌の席は深雪の横隣―――バスの窓側の席に座っており、深雪の剣呑な雰囲気など気にしていないのようで、窓の外を詰まらなさそうに眺めていた。
彼女が深雪の隣なのは、彼女が深雪と一緒になることが多かったせいか、取り敢えず深雪は愛歌とペアにしておけ、と言う風潮が生まれてしまったからだろう。
愛歌としては、ブラフがバレない程度なら仲良くしても大丈夫と考え、深雪は自分と競い合える愛歌と一緒になり易くなるのは大歓迎だったため、お互いに止めて欲しいとは言わなかった。
深雪は、愛歌が達也を傷つけたことを許してはいないが、達也が「刺激するな」、「引きずるな」と言っている以上、深雪はそれに従う。
彼女が達也の意に背くことは決してない。
だがそれでも流石にすぐに割り切ることはできず、達也の誕生日パーティーで愛歌が祝っていたときは、かなり微妙な心境だった。
自分の視線に気付かないかも、と一瞬不安になったほのかだったが、
愛歌は、すぐにほのかの視線の意味を理解した。目の前で黒いオーラを放ちながらブツブツと呟く深雪を見れば、誰だって理解できるだろう。
彼女は交通事故に見せかけたバスへの攻撃を未然に防ごうと、バスの外を『眼』で警戒していたので、深雪のことに関しては全く気が付いていなかった。気にしていないのではなく、気付いていなかったのだ。いや、出発するときまで深雪の機嫌が悪いことは知っていたが、彼女は原作のように雫が何とかすると思っていた。
そして、
この場合の“自分”とは、バスの中に座っている彼女の肉体のことで、彼女の周囲の情報は含まれていない。
深雪の魔法の暴走によって、彼女の肉体に直接的な被害が出ていれば、深雪の機嫌の悪さが続いていることに彼女は気付いただろう。だが、そうならなかったため、ほのかに視線を向けられるまで、彼女は気が付かなかったのだ。
「深雪、ほのかが怖がってるわよ。そこまでにしておきなさい」
愛歌は、魔法の暴走なんかされて、寒い思いをするのは真っ平御免なので、ほのかをダシに使って深雪に正気を取り戻させる。
深雪はハッと目を見開き、ほのかの方に視線を向けると、ほのかは驚いた表情をしており、席から腰を半分浮かせていた。
深雪に見つめられていることに気付いたほのかは、何とも微妙そうな苦笑いを浮かべ、浮かせていた腰をゆっくりと席に戻した。
ほのかとしては「確かにそう思っていたけど、もっと他に言い方とかなかったの!」と抗議したかった。しかし、彼女にそんな深雪の前で抗議できる度胸があるのなら、とっくに深雪は正気に戻っている。
結局、口実に使われたほのかは、その場で愛歌に文句を言うことはできない。
「ほのか、怖がらせてごめんなさい。雰囲気も悪くしちゃって」
そして、ほのかの何とも微妙な表情を見た深雪は、冷静さを取り戻し、ほのかに謝罪した。
「大丈夫だよ!深雪!」
「そうそう、深雪のお兄さん好きは十分わかったよ」
ほのかが慌ててそう言い、雫が茶化した。
深雪は雫の発言に「もう、雫ったら!」と言いながら顔を赤くし、一気に和やかな雰囲気になる。
ほのかはホッと胸をなで下ろし、雫に感謝の視線を送ると、雫は静かに首を横に振った。
長年の付き合いから、ほのかは今の雫の動作が「気にしないで」と言う意味だとしっかり認識していたが「もう少し何とかならないの?」と心の中で思ってしまう。
そして、ほのかは助けてくれた愛歌に視線を向けるが、彼女はさっきと同じように、再び窓の外を詰まらなさそうに眺めていた。
何だか話しかけ難い雰囲気なので、ほのかは宿舎に着いたときに改めてお礼を言おうと思い、彼女から視線を外した。
愛歌がほのかを助けた一番の理由は、バスへの攻撃を未然に防ぐことに集中したかったからだ。
彼女は未来視で一応どのくらいで起こるのか、ある程度は把握しているし、ぶっちゃけタイヤがパンクしたのを見てからでも余裕で間に合うのだが、そんな事態が起こる前で余裕綽々と待てるほど、彼女の精神は図太くはなかった。
そして、それから二十分程経った頃、遂にそれはやってきた。
「危ない!」
そう叫ぶ千代田花音の声は、もう愛歌には聞こえていなかった。
彼女は既に『眼』をスピンし始めた車に注ぎ、車体に斜め上方の力が加わる魔法を捉えた。
そしてそれを―――『分解』した。
『
それにより、車はガード壁を飛び上がることはなくなり、車はガード壁を嫌な音を立てて削りながら数メートル移動した後、ようやく止まった。
愛歌が魔法を使ったことは、誰にも気付かれなかった。
それは、達也も例外ではない。
車体が不自然にジャンプしたからこそ、彼は運転手が魔法を使って自爆攻撃を仕掛けたことを見破ることができたのだ。そのジャンプが起こらなければ、事故が偶然にもバスの横で起きた、と彼が思うのも仕方ないだろう。
そしてそんな事故の一幕が窓の外へと流れていくと、バスの中はザワザワと少し騒がしくなった。興奮する者、心配する者など、反応は人によって様々だったが、暫くすると彼等は皆、段々と興味をなくしていった。
愛歌は息を小さく吐くと、未来視を使って再び同じような攻撃があるのか確認する。根源から送られてきた未来だと、もうないようだったが、彼女は一応まだ三割程『眼』をバスの外へ向け、このまま警戒することにした。
実は根源でも検索してはいけないワードがあります。
ヒント:SAN
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この世界は
結局、あれから攻撃を仕掛けられることはなく、わたしたちを乗せたバスは、無事に宿舎へと到着しました。
バスを降りた後、時計で時間を確認しましたが、未来視が予測した範囲通りでした。いや、わたしが言っている未来視は、正確には未来視という表現はあまり正確ではありませんけど......
わたしの能力は未来を映像以外に文字としても知覚しています。映像データだけを受け取っている未来視という能力からは若干逸脱しているので、より広い意味合いの未来予知と表した方が正しいです。
ただ、このテキストデータはオマケと言うか―――映像からはわからないものを補足する程度なので、殆どは映像データなんですよね。
だから、わたしは未来視としか言わないです。それに未来視の方が未来予知よりも字面的に格好いいというのもあります。できることなら魔眼の字も付けたいですが、別にこの能力はわたしの眼に宿っている能力というわけではないんですよね......
この能力は、わたしが根源から検索した情報を受け取っているだけで、別に未来視や千里眼の魔眼を使って未来を知覚しているわけではありません。
そもそも、この世界に魔眼など存在する筈がありませんし......
型月での魔眼は、眼に半ば独立した魔術回路を動作させ、外界へと効果を及ぼすものを指します。
ですが、魔術が存在していなければ、もちろん魔術師や魔術回路、魔術刻印なども一切存在しません。
実際、わたしの体には一本たりとも魔術回路が存在しません(因みに抑止力―――アラヤとガイア―――もこの世界には存在しない)。
つまり型月での定義において魔眼と呼べるものが、この世界に存在することはありません。そう考えると少し残念ですが、未来を視た者たちの末路のことも考えると、結局はそれでいいのかもしれません。
わざわざ視えている地雷を踏みに行くことはしません。
わたしは、その人たちの末路を知っていますから。
だからわたしが根源から未来を視るときは、部分的に視るだけに留めたり、自分が本当に危険と感じたときや他人の危機回避以外は、未来視は使わないというルールを決めていたりしています。
固く誓っているわけでもないので、完璧にルールが守れているかは微妙ですけどね。
「愛歌~!!荷物、宿舎に置きに行こ~」
後ろから声を掛けられて振り向くと、わたしの目の前にエイミィがいて、その少し後ろにほのかと雫とスバルが集まって此方を見ていた。
「そうね、行きましょうか」
あの自動車の一件で少し疲れていたので、確かに懇親会が始まる前に早く休憩しておきたい。
わたしはエイミィの提案をすぐに了承し、彼女たちと一緒に宿舎の中へと入りました。
懇親会のパーティーが開かれている会場で、わたしたち一校の一年生たちは、今のところ各高校の生徒たちと全く交流できていませんでした。いつも会話するグループを作っている人たちばかりです。どうやら他校の一年生たちも同じようで、わたしたちみたいに同じ高校の人たちのグループばかりでした。
会場に緊張感が満ち過ぎていて交流しづらいんですよね。それに、同じ高校のグループとグループ同士が固まって端に寄っているので、自分からも行き辛いんですよね。元から行くつもりは全くありませんけど。
わたしは壁の花にでもなっておきます。
上級生の方たちは慣れているのか、わたしたち一年生と違って、会場の真ん中の方で他の高校の上級生と思われる人たちと交流していました。
まあ、和やかな空気が流れているわけではないようですけど。
そう思いながらわたしが見ていたのは、七草会長と一校の生徒会役員たちが他校の生徒会役員たちと交流している場面です。七草会長と他校の生徒会長と思われる人がお互い笑顔で会話していますが、どちらも目が笑っていません。
完全に睨み合っています。
「あれじゃあ、わたしたちより酷いわね」
わたしたち一年生たちの睨み合いに舌戦を足しただけのような状況を見て、わたしは思わずそう呟いてしまいました。
そうして壁に背を預けながら会場をしばらく見渡していると―――
「あっ!愛歌、どうこれ!」
―――エリカがそう言って近付いてきた。
原作でアルバイトとして潜り込んでくるのは知っていたので、わたしは特に驚かずに「あら、似合ってるわね」と冷静に返した。
「えー、達也くんでも少しは驚いたのに。もしかして深雪か達也くんから聞いた?」
しかし、わたしが驚かなかったことにエリカはご不満らしく、口を尖らせている。
「いえ、聞いてないわ。美月たちも接客してるの?」
ここでエリカの質問を普通に返すと、ますます彼女を不機嫌にさせるだけなので、わたしは彼女の質問に答えつつも、話題をすり替えた。
「美月とレオは裏方よ。わたしとミキが給仕―――っとと、愛歌も深雪と同じでミキは知らなかったわよね?連れてきて紹介してあげるわ」
「別に後で構わないわ。仕事の邪魔はしたくないし」
「そう?じゃあ、また後でねー」
そう言ってエリカは、トレイに載ったドリンクを一切こぼさずに人混みをヒョヒョイと素早く避けながら消えていった。
来賓の挨拶が始まったので、わたしは壇上に視線を向けていました。魔法界の名士か何かの人たちが入れ替わり壇上に現れますが、まるで興味がないので視線は向けていても、話は聞き流していました。
どうせ激励の言葉ばかりですからね。
そして、いよいよ来賓の最後の一人の名前が司会者に呼ばれました。
「次は魔法協会理事、九島烈様から激励の御言葉です」
司会者がそう告げると、ライトの下からパーティードレスを着た若い女性が現れました。
手品のタネを最初から知っているわたしは、一瞬で女性の背後にいる老人の姿を捉えました。魔法自体は強力ではないので、女性に意識を向けさせられているという手品のタネを予め知っておけば、魔法師でなくとも破れる類のものです。
老人は壇上から会場を見渡しており、わたしの視線に気付いたようで、ニヤリと悪ガキのように笑いました。
わたしが目礼を返すと、老人は満足そうな笑顔を浮かべ、若干わたしとは別の方向へと視線を向けました。そこに、おそらく達也がいるのでしょう。
老人がパーティードレスを着た女性に何かを囁くと、女性はスッと脇へどき、ライトが老人―――九島烈を照らしました。
周囲が大きくどよめいていますが、老人が「まずは―――」と喋り始めると、自然と会場が静かになりました。
「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する。今のはちょっとした余興だ。魔法よりは手品の類だ。だが、手品のタネに気付いた人間は、わたしが見たところ六人だけだった」
会場にいる生徒たちが、老人の次の言葉を待っているのが伝わってきます。
「つまり、わたしがもしテロリストで君たちを殺す人間だった場合、それを阻むべく行動することができたのは六人だけ、ということだ」
先ほどの余興と話術によって、会場の生徒たちの心を完全に掴んだ老人は、工夫する大切さを生徒たちに刻み込んで行きました。
「あ~もう、嫌な感じだった!」
「ほのかは、何を怒ってるの?」
ほのかと雫の部屋にお邪魔してみると、ほのかが珍しく怒っていたので、雫に説明を求めます。
「深雪が三校の選手にバカにされたの」
雫が簡潔にそう言うと、わたしは一色愛梨のことだと思い至りました。
「あんなの深雪にボコボコにされるに決まってるんだから!」
ほのかは余程頭に来ているようで、手をブンブンと振ってそう力説していました。
「でも、あの人はかなりの実力者だよ」
雫がスクリーン型の端末を見ながらそう言うと、ほのかは「嘘でしょ!?」と叫びながら雫に詰め寄ります。ほのかは雫のスクリーン型の端末の画面を覗き込むと、雫はスクリーン型の端末を見ながら説明し始めた。
「一色愛梨、師補十八家の一つ、一色家のご令嬢」
雫が次々と一色愛梨の実力と実績を説明し、さらに残りの二人もかなり実力者だと知ってしまったほのかは、ベッドに倒れ込んでいた。
「大丈夫かな?」
さっきの雫の説明で不安になったのだろう。心配そうにわたしを見てきた。
「大丈夫よ、問題ないわ。確か一色愛梨も新人戦のクラウド・ボールに参加する筈だから、ほのかの
「わたし死んでないよ!?」
「どうやら、元気は出たようね。そうそう、エイミィがこのホテルの温泉に入る許可を取ったから、みんな一緒に入らないかって言ってたわよ」
わたしの“温泉”というワードに興味をそそられた雫とほのかは、数秒の間お互いに顔を見合わせた後、すぐに首を縦に振りました。
補足(今回も作者の実力不足で書けなかった)
実は直死の魔眼のように根源、またはそれに近しいものから情報を得ている魔眼は存在する可能性があります(ただし、確率は絶無)
イデアにアクセスする能力の上位版と思って頂ければ大丈夫です。
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おかしいと思わなかったか?
愛歌が「できるかな」と何となく思って、根源から魔法式を読み込んだら召喚できました。
愛歌たちが温泉に入っている頃、達也はホテル周りをブラブラと歩いていた。
少し前まで達也は作業車で起動式のアレンジをしていたのだが、五十里啓という二年の先輩にそろそろ切り上げてはどうかと言われ、達也はその言葉に素直に従い、作業車から引き上げたのだ。
達也が担当する選手が出場する競技は全て四日目以降の新人戦、時間的な余裕はかなりあった。彼が無理して根を詰める状況ではない。
そうして部屋にすぐ戻らずに散歩していると、達也は妙に緊張した気配を感じた。
最初は泥棒か何かだと考えたが、達也が感じた気配はそれよりも暴力的で好戦的だった。
それに、ここは軍の施設の一部だ。人と機械の双方で監視しており、かなりのセキュリティーの高さだ。泥棒が入るにはリスクが高過ぎる。
達也はイデアにアクセスしようと―――
―――その瞬間、その気配が消えた。
急に気配が消えたことを達也は訝しみながら、ホテル周辺に『眼』を向ける。そして、すぐに彼は侵入者であろう三人の存在を捉えた。
すぐに達也は現場に急行した。
達也が現場に到着すると、麻痺して動けなくなっている三人の侵入者たちと、彼よりも先に現場に到着していた幹比古がいた。
「あっ、いや......達也!これは違うんだ!」
「落ち着け、幹比古」
慌てて誤解を解こうとする幹比古を達也は止めた。
「こいつらは動けなくなっているだけで、死んではいない。そして、お前がここに到着していたときには、この三人はもうこうなってたんだろう?」
「う、うん。...その通りだよ、達也」
達也が正しく状況を理解していたことに安心した幹比古は、息を吐いて落ち着いた。
「原因は......毒か?」
三人の侵入者たちは、どうやら体が痺れて動けないようだった。意識はあるようだったが、舌も痺れていて話せないらしい。
しかし、電撃による火傷のような目立った外傷は、特に見当たらない。切り傷や刺し傷も同様に見当たらなかったので、達也は毒がパッと思いついたのだ。
「幹比古、警備員を呼んできてくれ。俺はこいつらの武装の解除と監視をしておく」
三人の侵入者を無力化した方法について、一人で詳しく調べたかった達也は、幹比古を自然と現場から離れるよう、彼に警備員を呼んで貰うよう頼んだ。
「わかった!すぐに呼んでくる!」
そして達也の発言に違和感を覚えることなく、幹比古はホテルの方へと駆け出して行った。
ホテルへと走っていった幹比古の姿が消えるのを見送ると、達也は三人の武装を解除しながら、体に何らかの痕跡がないか、目と『眼』を使って調べ始めた。
結果として、この三人の侵入者たちは、最初に達也が考えたように、毒―――毒ガスによって無力化されていた。
侵入者たちの皮膚を調べても注射された痕跡がないことと、意識があるのに体の麻痺が未だに解けていないことが、彼にとって大きなヒントだった。
普通、空気中の成分割合を弄る魔法を使ったとしても、基本的には気絶するだけだ。体が麻痺するにしても一時的で、すぐに回復する。
少なくとも、三人とも麻痺したままの状況を作り出すのは、空気中の成分割合を弄る魔法では難しかった。
そう考えたからこそ、既に達也の『眼』は侵入者たちを無力化した毒を捉えていた。
「何かわかったかね?特尉」
「どうやら、毒ガスで無力化されたようです」
後ろから掛けられた声に、達也は驚かなかった。
彼の情報次元に存在する『眼』から、自分の背後に何者かがいることは、既にわかっていたからだ。
そしてそれが、おそらく風間玄信であることも。
実際のところ、達也は誰かが背後にいるのはわかっていたが、具体的に誰がいるのかまではわかっていなかった。
だが、彼が三人の侵入者たちにかなりの視線を注いでいたとはいえ、
そしてここが軍関係の施設ということを踏まえると、達也はすぐに答えに辿り着いた。
「そうか......その三人はこちらで預かろう」
「わかりました。それにしても、この侵入者たちは何が目的なのでしょうか?」
「さあな」
妹に害を及ぼす存在かもしれないと考え、達也は侵入者たちの正体をさらりと風間から聞き出そうとするが、風間の短い返答が返ってきただけだった。
惚けたのか、知らないのか、風間の表情からは読み取れない。
「だが達也、気を付けろよ」
風間が真剣な顔でそう言うと、思わず達也の気も引き締まった。
さっきの風間が言った「気を付けろ」という言葉は、この三人の侵入者たちを送り込んだ存在ではなく、その彼らを無力化した存在について言っていることを、達也は理解したのだ。
現場に無力化した張本人がいないのを確認したときから何となく達也は予想していたが、やはり軍の人間が無力化したわけではないようだった。
でなければ、無力化した方法を尋ねてくる理由はない。
「そうですね、気を付けることにします。では、失礼します」
「ああ、明日の昼にでも、ゆっくりと話すことにしよう」
そう言葉を交わして二人は別れる。
達也は三人を無力化した毒の構造を既に把握していたので、あの三人にはもう興味がない。
彼の『眼』で侵入者たちの情報体に紛れ込んだ毒を一から見つけようとするには、それなりに時間が掛かる。
しかし、麻痺する前と後の情報体にまで過去に遡りながら見比べれば、どれが毒なのかは簡単にわかるのだ。
ただ、その毒が何の毒なのかは、達也にはわからない。彼は毒の構造が理解できるだけで、その構造を持つ毒の名前や種類がわかるわけではないのだ。
「(厄介だな......)」
達也は心の中でそう呟き、ホテルにある自分の部屋へ戻って行った。
「(やはり、あの『眼』は厄介です......)」
髑髏の仮面を付けた褐色の少女―――アサシンは、自分の部屋へと戻って行く達也をホテルの屋上から見下ろしていた。
達也が彼女の視線に気付く様子はない。
それは、彼女が持つ気配遮断スキルが、世界とほぼ同化しているに近しいからだろう。
彼女に見られていても、見られているという情報が小さすぎて、達也はその情報―――小さな違和感を認識できない。
アサシンにとって、達也はマスターに害を成し得る数少ない存在だ。しかし、忌々しいと感じながらも、彼女は決して視線に殺気は込めない。
達也が視線に気が付くのを警戒したのだ。
強い感情が乗った視線は、情報としても大きくなる。そうなれば違和感も大きくなり、気付かれる可能性が高くなってしまう。
彼女は図書館のときのように、感情に任せて気配遮断を解除するヘマはもうしないと決めている。あの男たちを殺さなかったのは、マスターである沙条愛歌が涼しい顔で立っていたからだろう。
そうでなければ、理性など吹き飛んでいたに違いない。
「(彼に触れられれば、わたしの勝ち......)」
物騒なことを考えているが、実際にアサシンは達也に攻撃を仕掛けることはしない。
達也を確実に仕留められる自信が、彼女にはないからだ。
気配遮断は攻撃時だけでなく、一度認識されると相手の認識範囲を抜け出すまで、そのランクは大幅に下がってしまう。
そして、達也の『眼』は索敵や追跡することに秀でており、彼女の奇襲が成功する確率は低かった。
そうして奇襲がバレてしまえば、彼女に達也を仕留める自信はなかった。
アサシンというクラス自体、元々直接戦闘が得意ではないクラスだが、取り分け彼女の直接戦闘の能力は低い。
これは彼女の暗殺方法が、色仕掛けからの毒殺が基本だったからだ。
それなりの実力はある、と彼女は自負しているが、それなりの実力しかない、とも言えてしまう。
達也レベルの体術で逃げに徹されれば、仕留め切れるかどうか怪しかった。
それで自身の姿を晒して逃げられるのは、彼女にとって最悪だ。
達也の『眼』に、一度でも捉えられると、そう易々と彼の『眼』の追跡能力から逃れることはできない。
図書館のときは、マスターである沙条愛歌が認識を誘導する精神干渉系魔法の力添えがあったからだ。
彼女一人では、そう簡単にいかない。
これ以上、沙条愛歌に迷惑を掛けるのは、彼女にとって避けたかった。
しかし、その考えは、迷惑を掛けたら申し訳ないと思う気持ちではなく、愛歌に必要とされなくなるのが怖いという気持ちから来ている。
―――彼女は沙条愛歌に捨てられることを恐れている。
それは沙条愛歌が強すぎる、というのもあるが、アサシンの自己評価の低いのもあるのだろう。
アサシンが消滅しても、戦力的には沙条愛歌に大した被害はない。
それは、彼女自身が一番よくわかっている。
たとえ、アサシンが守っている沙条愛歌の肉体を壊すことができたとしても、その程度で沙条愛歌は死なない。
守る意味などない。
けれど―――
それでも―――
―――彼女は沙条愛歌を守りたい。
一緒にいたい。
捨てられたくない。
せっかく掴んだ宝を手放したくない。
「(だから......殺せる機会があれば、殺せる確信があれば―――殺す)」
バトル・ボード準決勝、そこでは摩利さんと七校の選手がフェンスへと吹っ飛んでいました。
大きな悲鳴が観客席の会場からポツポツと上がっています。
わたしは、彼女たちを助けませんでした。
死ぬほどのものなら助けましたが、死なないなら別に助けません。
わたしは彼女たちと親しくしているわけではありませんし、助ける義理もありません。
いちいち知らない人に構う気はありません。
人を助けはしますが、人を救いはしません。全人類の面倒を見る気は、わたしには微塵もないです。
全能になっても、一般人は神にはなれません。
その日の夜、わたしとエイミィの部屋に、達也と深雪が訪ねてきました。
「渡辺先輩の事故について、少し話がある」
達也がそう言うと、わたしは自然と部屋の中へ視線を向けます。
相部屋のエイミィは、今ここにはいません。
立ち話させるのも何なので、わたしは二人とも部屋に上がらせました。
「それで?何が聞きたいの?」
わたしがそう聞くと、深雪が部屋に遮音の魔法を使用しました。
「七校の選手のCADに、どんな細工がされたのか知らないか?」
どうやら、二人が聞きたいことは電子金蚕についてのようです。もしかしたら知っているかもしれないと思って、わたしを尋ねてきたのでしょう。
ですが―――
「知らないわ」
―――教えるつもりはありません。
どう考えても、わたしが知っているのは不自然でしょう。
正体がわかっていても、遠目で見るのは難しいぐらい微弱な精霊です。
達也が電子金蚕に気付いたのは、彼が完璧に深雪のCADの情報を把握していたからです。もしも他の人が調整したCADなら、間近でやられても達也が気付かない可能性があるほど、電子金蚕という魔法は良くできています。
「そうか......」
その質問の解答には期待していなかったのか、達也からそれ以上の追求はありませんでした。
「なら、あの侵入者たちをやったのはお前か?
前半の文章に疑問符が入っていますが、達也は殆ど断定に近い口調でそう聞いてきました。
侵入者たちのことは、無力化したことを含めて、アサシンから全て聞いています。
だけど―――
「
―――これがわたしの解答です。
深雪が疑惑の眼差しでわたしを見つめて―――もはや睨んでいる―――きますが、気にせず無視します。
達也は、深雪のような疑惑の眼差しではなく、観察するような目で、わたしの目を覗き込むようにジッと見詰めてきます。
本当かどうかを見抜きたいようですが、わたしにその手の方法は効きません。
聞きたいことが聞き終わったんですし、もう答えたんですから、さっさと帰って欲しいです。
「そうか、すまなかったな。無駄な時間を取らせた」
「構わないわ」
わたしの願いが通じたのか、達也は部屋から出て行こうとします。
深雪は「いいのですか?」と心配そうに達也を見つめていましたが、達也が深雪に無言で微笑むと、深雪は頬をほんのりと赤く染めました。
急速に部屋の中が甘ったるくなります。
さっさと出て行け。
「お兄様、本当によろしかったのですか?」
「多分、あれ以上は時間の無駄だろうからね」
深雪は、達也の部屋で先程のことについて聞いていた。彼女は達也の真意を測りかねていたのだ。
達也も深雪も、愛歌が何も知らないとは考えていないし、思っていない。
少なくとも、あの侵入者を無力化した存在は、沙条愛歌と関係があるに違いない、と達也は確信していた。
「侵入者たちを無力化した毒が、特別閲覧室でお兄様が見た毒に似ていたのなら、愛歌が侵入者を無力化したのは明らかだと思いますが?」
そう、侵入者たちを無力化した毒は、あのとき特別閲覧室で倒れていた男たちの体内―――ではなく、特別閲覧室の室内に薄く漂っていたのだ。
それは、感情で制御を誤ってしまった小さなミスが表れた結果だった。
だが―――
「深雪、重要なのはそこじゃないよ。俺たちは九校戦の妨害を止めるために動いているんだ。彼女が侵入者たちを無力化したかの真偽は重要じゃない」
「そうですね......なら、お兄様は何のために愛歌の部屋を訪ねたのですか?」
深雪は達也が意味のない行動はとらないと知っているが、それでも達也の行動の意味が理解できないことはある。
「侵入者たちは、他に何か持っていなかったか、何か気になることを話していなかったか、みたいな新しい情報が他にないか知りたかったんだが......どうやら何も知らないようだったな」
その言葉に続けて「まあ、ダメ元だったからな」と言って淡い苦笑を浮かべながら、達也は仕方なさそうに肩を竦めた。
しかし、深雪の疑問は解決されていない。
「そんな会話をなされているようには見えませんでしたけど......」
そう言いながら深雪は、あの短いやりとりを脳内で再生しながら過去を振り返っていくが、やはりそんな会話をしていた記憶はない。
「二回目の俺の質問のとき、愛歌の答え方、少しおかしかっただろう?」
達也にそう言われ、深雪は改めて脳内で振り返ってみると、確かに不自然だと思った。
全く驚かない愛歌の反応に目が向いていたが、前半の質問―――侵入者たちを無力化したかどうか―――に愛歌が答えていないのだ。
そして、それを兄もスルーしていた。
そこまでの考えに辿り着くと、ようやく深雪は得心がいった顔になった。
「お兄様にとって、前半の質問は答えてなくてもよかったのですね」
「愛歌が認めないのは予想がつくからね」
話してくれるなら達也としては万々歳だが、そんなに都合よくいくとは、流石に彼も思っていない。
彼にとって、二番目の質問に答えてくれれば、後は別に構わなかったのだ。
達也の唯一の不安点は、愛歌が何も知らないという発言が嘘の可能性だが、嘘を言われるよりはマシだ。
だが結局、達也は何も情報は得られなかった。
大会委員にいる裏切り者が誰なのか、CADに細工する方法、そして九校戦を妨害する目的、殆どが謎のままだ。
それでも、彼は一つずつ調べるしかない。
彼は自分が全能でもなければ、神でもないのを知っている。
―――人の思惑を変えることはできない。
―――しがらみは分解できない。
―――世界を思い通りに操れない。
そして―――人を生き返らせることはできない。
彼は、よく知っている。
一般人が、あんなに表情や声色を操作できるかな?
ちょっと深雪より魔法力がある程度で、空間転移なんて可能かな?
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挑戦者たち
九校戦の四日目にある新人戦の女子バトル・ボード予選、その第二レースが行われるコースに、沙条愛歌の姿はあった。
彼女はコースのスタート位置で静かに試合開始の合図を待っており、その顔から不安そうな表情は全く見受けられない。
「うん?」
「どうしたの、
三校の一年生である
彼女たちが観客席に座っているのは、観戦と言うよりも敵情視察の面が強かった。
一校の一年生二大エース―――その一人が、この予選の第二レースに出場すると耳にした沓子が、いかほどの実力なのか、と気になって足を運んできたのだ。
その行動に、愛梨は付き合っていた。
最初はスピード・シューティングの予選に出場する一年の
その後も彼女から「心配しなくていい」「予選は個人戦だから問題ない」「その二大エースはスピード・シューティングに出場しない」などと言われてしまえば、流石の愛梨でも彼女の気遣いを無碍にはできなかった。
―――共に高みを目指している彼女が、こんなところで負ける筈がない。
彼女は、そう信じることにした。
「......」
「沓子?」
返事を返さず、黙って何かを見詰めている沓子に、愛梨の目から心配の色が浮かび始める。
そろそろコースの点検も終わり、予選第二レースが始まろうとしている時間帯、手持ち無沙汰で退屈だった沓子は、スタート位置でボードの上に立っている選手たちを何となく眺めていると、あることに気が付いてしまったのだ。
最初は勘違いだと思った彼女だが、どれだけ注意深く観察しても結果は変わらない。
勘違いの類ではないと、彼女は確信する。
「あやつ、CADを持っておらん」
沓子が“あやつ”と言っている人物が、一体誰を指しているのか、すぐに愛梨は理解した。
この敵情視察の目的であり、原因となった人物、二大エースの一人である―――沙条愛歌のことだ。
「確かに......CADを持っていないように見えるわね」
愛梨もしっかりと愛歌を観察するが、そのような物は確かに確認できなかった。
ボードには大会委員が指定する規格があり、試合開始前に大会委員から検査されるので、CADをボードに内蔵することはできない。
選手たちが着用しているウェットスーツでは、体や服のどこかに隠し持てるようなスペースはないし、呪符のようなCADの代わりとなる物も確認できない。
普通CADを忘れる筈がないし、忘れたとしても、すぐに気が付くレベルの忘れ物だ。一試合の準備時間が長いバトル・ボードなら、取りに戻れるだけの時間的余裕も多い。
それにCADを忘れたにしては、沙条愛歌の顔からは不安や焦りが全く見られない。
CADを忘れたとは、些か考え辛かった。
つまり―――
「ちょっと、待って!?もしかして彼女......」
答えに行き着いてしまった愛梨は、小さく叫び声を上げた。
彼女の叫び声が小さかったのは、叫び声を抑えられなかった彼女なりの意地だろう。
それほどの異常だった。
「ああ、多分そうじゃろう......」
沓子も愛梨と同じ答えに辿り着いたのだろう。
戦慄した様子の彼女が浮かべている苦笑いは、とてつもなく引きつっていた。
愛梨は未だ信じられない顔で呟いた。
「彼女、
この場合の彼女が言っているCADとは、感応石を使った魔法工学製品のことではなく、古式魔法に使われる呪符のような魔法具を含む、魔法の発動を補助する物全般を指していた。
愛梨の出した答えに、沓子は同意するように頷く。
彼女たちが驚きで固まっていると、間もなく第二レースが始まる、という旨のアナウンスが会場全体に響き渡った。
アナウンスで我に返った二人は、出場選手たちが集まっているスタート位置に視線と意識を集中させた。
すぐに試合開始へのカウントダウンが始まった。
観客の声が次第に小さくなっていき、会場全体が静まり返っていく。
―――そうして、遂に女子バトル・ボード予選の第二レースの火蓋が切られた。
「速い!」
「......」
愛梨が驚きの声を漏らし、沓子は真剣な表情でレースを見詰めていた。
試合は愛歌の独走状態だった。
完璧なスタートダッシュを決め、今も後続との差をどんどん広げている。
余りにも差が広がりすぎて、後続の選手たちが愛歌に対して妨害の魔法を発動しようにも、彼女の後ろ姿を視界に捉えられない。
達也や真由美のような『眼』を持っていない選手たちでは、視界外へと消えてしまった愛歌に、妨害の魔法を発動することは不可能だった。
遅延術式による罠を仕掛けるも、愛歌の『眼』で簡単に見破られてしまう。
その後も、愛歌と後続の選手たちとの距離が縮まることはなく、バトル・ボードの予選第二レースは、沙条愛歌の圧倒的な勝利で幕を下ろした。
「沓子、どう見る?」
「超能力か、それに迫れるスピードで発動できるぐらい『移動』に特化している魔法師......かのう」
「古式魔法の使い手という線は?」
九校戦の会場では、常にサイオン感知に優れている不正防止の大会委員が、コースだけでも十数人以上で監視しており、その監視網を掻い潜って不正を行うのは普通難しい。
だが、プシオンの感知に優れているわけではないので、霊的存在を扱う類の古式魔法であれば、不正を行えるかもしれない。
そのプシオン感知に秀でている沓子が何も言っていない以上、その可能性は低いと思いながら、愛梨はダメ元で聞いてみる。
「ないじゃろ。古式魔法の使い手なら、姿勢や歩き方で何となく判断できるからのう」
沓子は断言した。
幼い頃から色々な所作や心構えを教える古式魔法の家は多く、違いが大きい動作も存在するが、それよりも似た部分―――通ずる点の方が多いので、何となく判別できる古式魔法の使い手は多い。
系統や宗派、そして流派まで正確に判別できるほどではないが、これには沓子も自信アリだった。
彼女自身、かなり鍛えられていると自負しており、相手の背景を何となく察することができた。
そして彼女から見た沙条愛歌は、司波深雪や北山雫のような、良い家のご令嬢という雰囲気は、まるで感じ取れなかった。
いや寧ろ、そこらにいる一般人と大差ないとさえ、彼女は感じていた。
「(何とも不気味じゃな)」
凄いのに、凄味を感じない。
一般の人間からも優秀な魔法師が生まれることは、沓子も理解している。しかし、それを疑ってしまいたくなるほど、沙条愛歌の才能は余りにも突出しすぎている。
―――限度を超えている。
それを頭で理解していても、納得できる範囲を、許容できる範囲を超えてしまっている。
しかし沙条愛歌自身から、あれほど突出した才能を持ち得たことに納得できるだけの背景は、まるで感じ取れない。
それが、沓子には何ともチグハグで不気味に見えた。
「それで沓子、勝算はあるの?」
沙条愛歌が使った手段を考えても仕方がない、愛梨は思考を切り換えることにした。
そして彼女は、どう愛歌に対応していくつもりなのか、沓子に尋ねた。
「ボードが水面を走行しなければならない以上、どれだけ『移動』に特化していようと、わしが有利じゃ」
自信満々に沓子は言い切った。
彼女は怖じ気づくどころか、戦うのが待ち遠しそうな表情を浮かべており、どうやら彼女の戦意は失われていないようだった。
その様子を見た愛梨は、ホッと安堵の息を小さく吐いた。
「やはり圧倒的だね、愛歌は」
「う、うん......」
スバルの口から飛び出た感想に、ほのかは顔を青くして頷いた。
彼女たちは愛歌が出場する第二レースを、最初から最後まで観客席から観ていた。
そして、いずれは対戦するかもしれない相手である愛歌が、圧倒的な勝利を収めている姿を見て、ほのかは思わず萎縮していた。
「大丈夫さ、ほのか。君も練習してきたんだ」
ほのかの予選レースは午後からだ。つまり彼女は、まだ試合に出てすらいない。
この調子ではマズい、そう感じたスバルは、ほのかに励ましの言葉を掛ける。
「......そうだよね。達也さんが考えてくれた作戦もあるんだし、頑張らないと」
ひとまずスバルの言葉で、ほのかの顔色は若干だが良くなる。
ほのかとスバルの二人が観客席にいるのは、試合の観戦や愛歌の応援と言うよりも敵情視察の面が強かった。
この敵情視察は、ほのか一人でも問題なく行えるが、わざわざスバルは「付き合うよ」と言って、同行してきてくれたのだ。
ほのか自身、一人だけでは心細いと感じていたので、スバルからの同行の申し入れは、彼女にとって有り難かった。
そして、彼女たちが敵情視察をしていた相手は、三校の彼女たちと同じく、クラスメートである沙条愛歌だ。
いずれ戦う相手の試合を、彼女たちは目に焼き付けていた。
「それにしても、CADを使わない方が魔法を速く発動できるなんて、どうなってるんだろうね?」
「達也さんは、体質的な何かが原因なんじゃないかって言ってましたけど......」
愛歌がCADを所持せずに高速で魔法を発動している光景は、愛歌自身から予め目の前で実演されていたので、二人から特に驚きは見られなかった。
「体質か......便利そうだが、愛歌の処理速度ありきの力って感じだね。普通の魔法師じゃあ、CADのスピードに勝てるとは到底思えない」
「そうかもしれないけど......」
実際には、愛歌が持っている体質だ。スバルの言う仮定は、ほのかには慰めにならない。
更に、その魔法を発動するスピードも凄まじい速さだ。
その発動スピードの速さが、達也や他の技術スタッフが調整したCADを使うよりも速かったため、彼女に技術スタッフは不要だと判断されて、割り当てられていないぐらいだ。
「ほのか、そろそろスピード・シューティングの会場に戻らないか?流石にエイミィの予選試合は間に合いそうにないが、雫の予選試合なら間に合うかもしれない」
そう提案するスバルの顔は、良いものが見れた、と若干ながら満足気な表情をしており、その目からは闘志が見え隠れしている。
その様子を少し不思議に思ったほのかは、少し考えてみると、スバルと愛歌はクラウド・ボールで戦う可能性があることに思い当たった。
「(わたしに付き合ってくれたのって、スバルも愛歌の試合を観たかったから?)」
違う競技の試合だが、魔法力を把握するだけなら、どの競技でも関係ない。
可能性がない、とは言えなかった。
自分は敵情視察に付き合ってくれたスバルに、有り難いと思っていたが、実はスバルも渡りに船だったのではないか、そんな考えがほのかの脳裏をよぎる。
しかし、彼女にそんな思考を口に出せる勇気は持てず、ひっそりと胸に仕舞って、スピード・シューティングの会場に向かうべく、観客席から立ち上がった。
それから二人は、何とか雫が出場するスピード・シューティングの予選試合に間に合い、彼女の活躍を目にすることができた。
その活躍ぶりに奮起されたのか、その後のほのかの顔からは不安が消え失せ、バトル・ボードの予選試合を危なげなく突破した。
手加減しすぎると舐めプで、全力を出すと大人気ない
線引きが難しい
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強さの違い
スバルと愛歌の試合は書くことないのでカットです。
「ふぅ」
無事スバルとの試合に勝った後、わたしは一息つきながら次の試合を待っていました。
わたしが作り出した仮想魔法演算領域に"疲れ"なんてものを感じる筈ありませんが、操作している肉体とわたしは疲れます。
次の試合に備えて、少しでも体を休ませた方がいいでしょう。
「こうなったら、最後までパーフェクトゲームを貫き通したいわね」
わたしが使っているCADは機械でも何でもないため、技術スタッフを交えてCADを再調整する時間が必要ありません。
おかげで存分に休めます。
クラウド・ボールは休憩可能な時間が短いので、殆どの人間が見えないという点を除けば、本当に有り難いCADです。
「戦い方は全試合同じのようですね......」
一色愛梨は休憩がてら電子端末を使って、これまでの沙条愛歌が戦ってきた四試合をざっくり見ていた。
端末には、コート全体を囲んでいる透明な壁を背にするほど後ろへ下がっている沙条愛歌が、自然体で立っている姿が映し出されている。
バトル・ボードと同じく、彼女がCADを持っている様子はないが、ラケットを手にしていないことから、魔法オンリーのスタイルであることは明白だった。
全試合を通して、沙条愛歌の戦法は単一の移動系魔法をボールに掛けるだけの単純なものであり、移動方向はボールの高さに対してほぼ垂直と、全て同じ方向。
狙いも何もない、ただボールを相手のコートへ返しているだけのシンプルな戦法だが、それ故に隙がなく強い戦い方だった。
クラウド・ボールはルールとして、ボールを対象として発動する魔法は、相手コートへと侵入する前に終了していなければならない。
頻繁に魔法の相克が起これば、試合にならないからだ。
だからこそ、ボールを対象として発動する魔法を使った戦法は妨害が難しかった。
「(一校の会長と違って移動系統の魔法なのは、知覚系魔法を使えないからでしょうね)」
新しくベクトルを生み出す単一の移動魔法より、元々存在しているベクトル方向を改変する逆加速の『ダブル・バウンド』の方が、スタミナの消耗は少ない。
だがベクトルを足すのではなく二倍にする『ダブル・バウンド』は、ボールの持つベクトルが小さい場合、相手のコートへ返らない場合がある。
七草真由美は『マルチ・スコープ』を使って、ボールが自分のコートに入った瞬間を捉えることで、その弱点を補っているが、沙条愛歌にはそれがない。
コートの後ろに陣取って視野を広げているのが、良い証拠だった。
「しかし、圧倒的ね」
画面の中の選手は様々な軌道のボールを打ち放っているが、その全てがネットから五センチも侵入できずに、沙条愛歌の魔法によって跳ね返されている。
まさに壁だった。
彼女が使っているのは移動系統の魔法なので、壁に跳ね返っているというより、ボールを撃ち出していると表現する方が正しいかもしれないが、本当に見えない壁が空中にあるんじゃないか、彼女はそう思わずにはいられなかった。
もうすぐ戦うのを考えると、体が震える。
心の中の自分が「このままで良いの?」と囁いてくる。
「(勝負は第二セット......短期決戦で決める)」
これが今の自分にとって最適解だと考え、彼女は自身の作戦の手順に間違いがないか、眼を閉じて脳内で確認していく。
そもそも作戦とは到底呼べないこの作戦に、間違うほどの複雑な手順はない。
ならば、なぜ確認するのか―――
―――それは彼女にとって、自分自身の考えを自分自身に信じさせるための証明行為だからだ。
自分は間違っていない。
正しい道を選んだ。
これが最善だ。
―――だから頑張れ、わたし。
今までの努力は決して無駄ではない、彼女は弱気な自分自身に対して、そう胸を張った。
みんなに―――
先輩方に―――
そして友達に―――
―――無様な戦いは見せられない。
クラウド・ボールという競技は、他の競技に比べて有名・有力な選手が出場しにくく、かつ優勝する選手を予測するのが難しいと言われている。
これらの特徴は、本戦よりも一年生のみ出場可能な新人戦の方が強く表れやすく、各校の作戦スタッフが共通して頭を悩ませる問題だった。
その理由を一言で言ってしまえば、偏にクラウド・ボールが「運ゲー」だからだろう。
クラウド・ボールは最初に勝ち抜きのトーナメント戦を行い、それに最後まで残った三人で総当たりのリーグ戦を行って、一位から三位までを決めるという二段構成の流れになっている。
女子クラウド・ボールの一試合の試合時間は、二回あるインターバルを含めても最長で十五分と、比較的九校戦の中でも短い競技だ。
しかし、選手たちの負担は決して小さくない。
最大で五試合した選手の最終的な負担は、フルマラソンに匹敵するとも言われているミラージ・バットと一体どちらが辛いか、という議題が挙がるほどだ。
そんな過酷な競技を、出場する選手たちは日を跨ぐことなく一日―――それも半日という短い時間の中―――で行なわなければならない。
短い時間の中で行うため、選手たちが休憩できる時間―――立て直しを図れる時間は、当たり前だが短くなる。
そのせいで、選手たちは休憩する必要がそもそもないよう、一試合に使うスタミナを温存・節約しなければならない。
だがクラウド・ボールの最初の試合形式は、総当たりのリーグ戦ではなく、勝ち抜きのトーナメント戦だ。
負けたら終わりのトーナメント戦では、当然試合を捨ててスタミナを温存する作戦は使えない。
そのため、後がなくなった選手は次の試合のことなんて全く考えていない、スタミナ管理をガン無視したプレーを行い、逆転や共倒れを狙ってくることがザラに起こる。
それによって、たとえ有力な選手であってもスタミナを管理するのが難しくなっており、有力選手が自校の一人だけだとしても、負ける可能性は小さくない。
つまり、クラウド・ボールはトーナメント次第で誰でも優勝できる可能性がある競技であり、大番狂わせが非常に起こりやすい競技なのだ。
スタミナを管理すること自体に慣れていない一年生だけが出場できる新人戦は、尚更それは起こりやすくなる。
貰えるポイントが特別高いわけでもないので、有力な選手を出場させるには、クラウド・ボールは些かリスクが大きい競技だった。
そのためクラウド・ボールの選手決めは、どの魔法科高校でも後回しにされやすい。
クラウド・ボールに適性があるのは移動系統の魔法を得意とする魔法師だが、大抵はアイス・ピラーズ・ブレイクや、適性が似通っているバトル・ボードの方が優先される。
クラウド・ボールとミラージ・バットの選手決めが最後まで残るのは、ここ十年の魔法科高校あるあるだった。
もちろん、クラウド・ボールで有力な選手が出場することはある。
七草真由美がそうだ。
そうなったのは、彼女が一つのある条件を満たしていたからだ。
彼女や一色愛梨、そして沙条愛歌を含めて、クラウド・ボールに出場した有力な選手たちは、全員この条件を満たしている。
その条件は―――
一色愛梨は静かに集中力を高めていた。
体の震えは止まっており、彼女の顔に不安の色や弱気な様子は見られない。
「一色!そろそろコートへ移動しないと」
沙条愛歌との試合時間が迫ってきたようで、彼女の担当を務めている技術スタッフが声を掛けにきた。
「ええ、すぐに行きます」
そう返事を返す彼女の瞳は澄み切っており、力強さと迷いがないことが伝わってくる。
そんな頼もしい彼女の様子は、声を掛けた技術スタッフに思わず希望を抱かせた。
これが条件だ。
負けるビジョンが思い浮かばないぐらい―――
誰であろうと勝てると信じられるぐらい―――
みんなに安心して任されるぐらい―――
―――強い人間であること。
それが、
仮想魔法演算領域(愛歌作)
自我が存在しない魔法演算領域であり、トリムマウに埋め込まれているプシオンを核とした人工精霊の後継機。
自我が存在しない以外は、普通の魔法演算領域と同じなので、無理するとオーバーヒートは起こる。
学校で普段使っているのはこっち。
クラウド・ボールのルールは、原作や優等生の描写から適当に考えました。
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シンプル・イズ・ベスト
あけおめ(早い)
愛梨の目がボールの位置を捉えると、彼女の精神は脳よりも速くその情報を認識した。瞬時に打つボールの優先度を決めると、彼女の精神は自己加速の魔法を掛けるべく、肉体にCADの操作を命じる。
精神から直接操作された彼女の左手は、右手首に巻いてある汎用型CADから自己加速の起動式が格納されている番号を正確に打ち込んだ。
自己加速へと魔法を切り換えた彼女は、まるでボールを叩き落とすかのようにラケットを振るった。
その一連の動作は、まさに『稲妻』と呼べるものだった。
全てのボールを一旦打ち返すと、彼女は自己加速の魔法を終了する。そして再びボールの位置を把握するために、先程の魔法を発動させた。
彼女がラケットより打ち出したボールは全て、空中で何かに弾かれるような動きで返ってくる。
沙条愛歌の魔法によるものだ。
ボールは凄まじい速さでネットを越えて此方のコートへ侵入してくるが、距離による減速と魔法による超反応によって、一色愛梨は易々とボールに反応する。
「(いける!!)」
勝利へ近づいているという彼女の実感が、その言葉を無意識に発させた。油断に繋がると判断した彼女は、すぐに気を引き締め直す。
油断して失点すれば、仲間に申し訳が立たなくなるし、そんな自分を彼女は許せそうにないからだった。
そうして試合へと集中した彼女は、また一歩だけ前に出た。
「ほう!何とも大胆な作戦じゃな」
モニター越しから愛歌と愛梨の試合を観戦していた沓子は、興味深そうな声を上げた。その声には少しの驚きが混じっており、彼女の隣で一緒に観戦していたほのかも、驚きの表情を浮かべていた。
と言っても、ほのかが浮かべている驚きの表情の原因は、モニター越しに映し出されている試合ではなく、先程の沓子の言葉の方だ。
ほのかには今もモニターに映るアレが、とても作戦とは思えなかった。
モニターに映し出されている試合の映像は、余り変わり映えのないものだった。
愛歌が魔法で、愛梨がラケットで、お互いに自分のコートに侵入してきたボールを打ち返しているだけだ。普通の試合よりボールの応酬が速いが、試合構造に大きな変化は見られない。
とても作戦の気配など感じ取れないので、ほのかは沓子の方に顔を向けた。
「うん?ああ......あの移動魔法を攻略するのが難しいのかは理解しておるか?」
視線に気が付いた沓子は、ほのかにそんな質問を投げかけた。
いくつかの方法を彼女は考える。しかし、確かに愛歌の移動魔法の壁を突破できそうにはない。
シンプルな作戦であるが故に、余り隙が見いだせないのだ。
「あの移動魔法を突破するには、だいたい二通りじゃな」
ほのかが思考している様子からは全く理解していないという雰囲気はないが、沓子は説明を一応することにした。
「一つは改変できないほどの速度でボールを打ち出すこと。しかし、ラケットでは全力で自己加速を使っても無理じゃろうな」
移動魔法が改変しているのはベクトルではなく、ボールの座標だ。
だから理論上、加速魔法はベクトルがなければ(ありえないが)発動できない。しかし移動魔法は加減速の法則を無視しているので、ベクトルが存在しなくても発動可能なのだ。
移動魔法はあくまでAからBに移動しろという命令のようなもので、
それこそ、どこかの魔神みたく地球の方を動かしたとしても魔法としては成立している。
「もう一つは、相手が反応できないようにすることじゃ。今、愛梨がやっているようにな」
ほのかはモニターに視線を移した。
画面に映っている試合の様子は、試合時間の経過によるボールの追加のせいか、若干愛歌が押されていた。
移動魔法の壁は、これまでの試合と違ってネットから一メートルも離れているし、ボールを返すタイミングもバラバラになっている。
「更に愛梨は前に詰めることで、あの壁を下がらせておるようじゃな。まあ、このまま状況を続けていくと手前に落とされる可能性があるから、いやその前に―――」
沓子の言葉がかき消されるようにインターバルに入る合図のブザーが鳴らされた。
スコアは0対0と引き分け状態だ。
「どうなるの、これ......?」
こんな状態に遭遇したことがないので、ほのかは思わず呟いてしまった。しかし近くにいる沓子は知っているようだった。
「どちらも一セット獲得したことになる。大会のルール規定に書いてあるぞ。まあ、滅多に起こらんがのう」
なるべく短く終わるよう、そういうルールになっているようで、ほのかは「へえ~」と少し感心してしまった。
「まあ問題は、愛梨の体力と精神力が保つかどうかじゃな。この手の戦いは先に崩れた方が負けるからの」
そう言って沓子はモニターを見つめた。
画面はさっきの試合のリプレイが表示されており、解説のコメントがスピーカーから流れてきている。
ほのかには、彼女の表情が少し心配そうにしているように見えた。
「うん?なんじゃ、顔に何か付いとるか?」
「え!?いや......何でも......」
少し訝しげな顔をする沓子だったが、唐突に内から湧き出てきた疑問に注意が向いた。
「そういえば、おぬし余裕じゃな」
そう言うと、ほのかは手をブンブンと振りながら否定しようとしていた。しかし全て言葉にはなっていない。
「そうではない、落ち着け。わしが言いたかったのは、おぬしの仲間が追い詰められておるのに、不安そうな様子を見せないのが気になったのじゃ」
その言葉からは「こんなにも自分は不安なのに」という気持ちが見え隠れしていた。
ほのかは困ったような顔をして、しばらく視線を空中にさまよわせていたが、やがて「馬鹿にしているわけじゃないんだけど―――」と前置きしてから、彼女は口を開いた。
「―――えっとね、いざこうして見てるとね、この程度じゃ愛歌は負けないと思うんだ。何となくだよ!理由とかも全然ないし......」
そう言って、彼女は俯いてしまった。
「なるほど!確かに変な自信じゃが、わしも何故か納得したぞ!」
しかし、彼女の明るい声がほのかの顔を上げさせた。上手く説明できなかったが、何故か伝わったらしい。
「何にせよ、二セット目には決着は着くじゃろう。あの戦法が三セットまで続くとは思えんしな。だからお互い適当に話しながら見守ろうではないか」
彼女は不敵そうに笑っていた。
その後、自分の魔法特性がバレて慌てるのを、ほのかはまだ知らない。
「ハァ...ハァ......」
全身がダルく重いが、不思議と何故か開放感があった。酸素が足りなくて息をしているのに、そんなことをしなくても生きていけそうな気さえしてくる。
外と内が矛盾している感じだ。
別に悪いことではない。寧ろ魔法の発動がスムーズになる。
わたしは呼吸と共に全身から噴き出してくる汗をタオルで拭い、脱力するように息を吐き出した。
「(できれば一セットを取りたかった......けど)」
0対0の引き分けになるのは、彼女としてはできれば二セット目がよかった。
対応できない内に一点を決め、後は失点をしないようにしたかったが、そう甘くはないらしい。
「次で決める」
彼女の静かなる闘志から出た言葉はコートへと吸い込まれていった。
「はあー」
体がダルく感じる。
肉体は殆ど疲れていない筈なのに。
まあ、原因は魔法演算領域の使いすぎですけどね。
仮想魔法演算領域による魔法の行使は、わたしの精神に直接の影響はないんですけど、間接的にはあります。わたしの精神が魔法を使って仮想魔法演算領域を操っているんですから、難しい操作を要求されると疲れるんですよね。
当然ですけど。
このままじゃあ、この魔法はもう彼女に通用しませんし、少し手を加えますか。と言っても、大して変えたりはしませんけど。
シンプルな作戦であるが故に、同じくシンプルな方法で彼女は突破してきました。
ならば、大して変える必要はありません。このまま地力と地力の勝負を続けましょう。
でも、相手の土俵に乗る気はありませんけど。
インターバルは終わり、試合が再開された。
最初の一球は一セット目が愛梨だったので、次は愛歌の方へ射出される。
愛歌のコートへ侵入したボールは、彼女の魔法によって
「っ!?」
若干の驚きによって愛梨は固まった。
固まったと言っても、一秒にも満たない僅かな隙であり、彼女の魔法による超反応もあってか、彼女は急いで自己加速へと切り換えることができた。
何とか彼女はボールを打ち返せたが、彼女にはそれが精一杯だったようで、ボールは打ち上がりながら愛歌のコートへ侵入した。
侵入したボールは、すぐさま愛歌の魔法によって今度はコートの右奥へと撃ち出されるが、ルーチンとして超反応の魔法を使用していた愛梨は、先程と違って完璧にボールへと反応した。
彼女は先程のとは全く違う、鋭い一球を愛歌へと返す。
「(足を削りにきた)」
それと同時に彼女は愛歌の狙いを察した。
打ち返したボールは、彼女のコート中央から左端付近目掛けて既に空中で撃ち出されていた。まだ若干の驚きを抱えつつ、彼女は逆加速の魔法をボールに掛けることで対処する。
「(あっちとしても、三セット目を迎える気はないようね)」
彼女にとって厄介なのは一セット目と違ってボールの速度は上がっている事と、愛歌がボールの狙いを定めている事だ。
この競技にボールをコントロールする必要性や有用性は薄いので、そこまで正確な狙いが付けられる魔法だとは彼女も考えていない。
何故なら相手が反応できないほどの速さがないと、たとえ複雑な軌道を描いたとしても、魔法を上書きされて終わりだからだ。それにネットを越えて相手のコートへ侵入する前に魔法を終了しなければならないルールがある以上、相手コートでは複雑な軌道を描くことはできない。
よって彼女が厄介だと認識しているのは、ボールをコントロールすることではない。
彼女が厄介だと認識しているのは“狙う”という行為自体だ。
「(さっきと違って軌道が予測できない)」
ただ真っ直ぐに跳ね返す魔法のときは軌道の予測が簡単だったが、そうはいかなくなってしまったのが彼女にとって痛手だった。
魔法による超反応で十分対応できるが、それでも一セット目のような余裕は持てない。
「(こうなることは予想してた。なら、後は全力でぶつかるだけ!!)」
自身にそう言い聞かせつつ、彼女は力強くボールを打ち返した。
クラウド・ボールの試合は時間経過によってボールが最終的に九個になるまで追加される。当然ながらボールが増えれば増えるほど肉体や精神の消耗が激しくなるし、ミスも多くなる。
つまり、辛くなってくるのは後半。
そして現在、コートに飛び交っているボールの総数は八個であり、もうすぐ九個目が追加されるところだった。
「ハァハァ......」
自己加速を終了し、すぐさま愛梨は超反応の魔法に切り換える。
状況は彼女が不利だった。
理由は単純、ボールの主導権を握れていないからだ。
彼女が勝つには愛歌に反応勝負を仕掛けなければならないが、もちろん愛歌にそれをさせる気は毛頭ない。
彼女が反応勝負を仕掛けるためには、愛歌を一回崩さなければならないという前提条件が存在する。
そして彼女にとってそれが可能なのは、速いボールを複数打つことだけだ。
しかし、それはボールを一気に返さなければ防げる話でしかなく、愛歌はそれを実行していた。
クラウド・ボールのルール上、自分のコートで落下した場合を除いてボールを空中で留めておくのは数秒間だけ許されているので問題はない。
返ってくるボールの方向はバラバラで、着実に彼女の足を削っていた。
「くッ......」
ボールが増えていく後半になる前に序盤から足が削られていたのも尾を引いている。少しでも油断してしまうと、気を張っていないと、今にも倒れそうな予感が彼女にはあった。
足は重く、もう動けないことを伝えてくる。
全身は熱く、汗が出るそばから蒸発しているのを感じる。
それでも、彼女の精神は命じ続ける。
「(負けたくない!!)」
その一心で彼女は体を動かす。
誰かのためではない、自分自身の心で。
彼女の精神に限界はなかった。
だから、この結末は必然だったのだろう。
「えっ?......」
ガクンと何かを踏み外したような感覚が、突然彼女を襲った。
どうやら足の力が抜けたようで、地面をちゃんと踏みしめられなかったらしい。そのまま体勢が崩れ、コートに手を付けてしまう。
急いで立ち上がろうと彼女は膝を立てるが、足に力が入らなかった。
「(どうしてよ!?)」
上手く地面を踏みしめられない自分の足に憤慨するが、現実は何も変わらない。
すると、試合の一時中断を告げるブザーが会場に鳴り響いた。
ブザーが鳴り終わると、試合を一時中断するという旨のアナウンスが放送されました。
わたしは彼女に近付こうか迷っている間に、係員と彼女の調整スタッフであろう人物が彼女に近付きました。彼女と調整スタッフが短く会話を交わすと、次は係員と会話し始めました。
そうして係員が何処かへ行くと、しばらくして試合の続行が不可能と判断され、わたしの勝利が決定したことがアナウンスから告げられました。
何とも締まらない終わり方です。
まあ、ヒヤヒヤものの持久戦でしたので有り難いですけどね。一回でも押し切られると、たちまち不利になるので怖かったですし。
一セット目で失点しなかったのは奇跡ですね。
運が良かったです。
さて、部屋に帰りますか。
どうせ雫や深雪の出番は終わってるでしょうし。
補足(適当に考えたクラウド・ボールのルール)
・相手を魔法の対象にしてはならない(自分を対象にすることは可能)
・相手コートへ侵入する前にボールに掛かっている魔法は絶対に終了していなければならない
・エリア指定の魔法は禁止(壁や天井を指定する魔法は有効)
・自分コートにボールが落下した場合を除いて、自分コートにボールが留まっていられる時間の制限
・魔法による過度な妨害(失明の危険がある目潰しとか)
こんな感じですかね。
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幕間
あんまり本編に関係ないお話です。
「おねえちゃんが勝った!」
嬉しそうに自分の下へと駆け寄って報告してくる娘の姿に、彼女は思わず笑顔をこぼした。娘―――綾香―――の頭を撫でてあげると、綾香は「えへへー」と少し誇らしそうに笑った。
自分に報告してあげたことに喜んでいるのか、それとも姉のことを喜んでいるのか。
彼女は二階を見上げる。
娘が勝ったと喜んでいる姉が、テレビではなく二階で横になっているという事実に少々目眩がしてくる。通信教育みたいなものだと説得されたが、やはり不正をしているような気分になる。
夫も愛歌には甘かったので、彼女と同じく説得されていた。
命を救って貰ったという返しきれない恩があるので、彼女たちが愛歌に甘いのは仕方がないことなのかもしれない。
特に救って貰った本人である彼女としては。
「お姉ちゃん、凄いよね!!」
興奮が収まらぬのか、ピョンピョンと跳ねながらそう喋る娘が、彼女は微笑ましかった。
「お母様、庭の手入れが完了致しました。他に何か追加のご命令はありますか?」
そう告げてきたのは、全身が水銀色という明らかに人間でないことが一瞬で理解できるであろう風貌をした女性だった。
愛歌が作ったトリムマウという使い魔だ。日本風に言えば式神、付喪神を使役していることになるのだろうか。
彼女は追加の命令がないことをトリムマウに告げる。
するとトリムマウは「では充電に入ります」と言うと、人型から丸いフォルムへと姿を変えた。そして、そのまま彼女は二階へとつながる階段をズルズルと登っていった。
丸いフォルムになっているのは、かなりの重量がトリムマウにはあるからだ。面積を広げないと階段を壊しかねないのだ。
そこまでヤワな造りになっていないが、一応の配慮らしい。
彼女の家のHALは屋外、特にガーデニングには対応していないので、トリムマウの存在は彼女にとって助かっていた。
水銀の塊である彼女にそんなものを任せるのはどうかという意見もあるとは思うが、愛歌から蒸発や酸化などはしないと伝えられていた。
どうやら自我を強くすることで、それを防いでいるらしい。その分だけ霧状にしたり、色や質感を変えるなどの繊細な操作はできないらしい。
彼女の夫が研究所を持っていたことが大きかったのだろう(そもそも愛歌は父の研究所の力を借りてトリムマウを作っている)。確かにトリムマウに使われている水銀は蒸発も酸化もしないらしかった。
それどころか、触っても全く問題ないらしい。
一応、まだ小さい綾香には触れないよう言ってあるが。
彼女が魔法師の端くれたる存在で魔法について明るかったことや、単純に愛歌に甘かったのもあって、こうしてトリムマウは沙条家の第二のHALとして暮らしていた。
「お母さん、大丈夫?」
不審に思ったのか、娘が少し心配そうに見上げてくるが、「何でもないわ」と誤魔化した。
テレビへと意識を向けると、二位が居ないままクラウド・ボールの表彰が行われていた。どうやら酸欠で動けないらしく、辞退という運びになったらしい。
優勝した愛歌に短いヒーローインタビューが行われるが、何とも当たり障りのないという印象だった。
これ以上愛歌の出番はないので、彼女はテレビのチャンネルを変える。
天気予報や魔法師に対する法律を改正すると公言する議員のニュース、バラエティ番組の再放送などが流れていく。
調整体として生まれた彼女だったが、彼女は今幸せだった。
担架で医務室まで運ばれた愛梨は、ベッドで横にさせられていた。
あのとき、彼女は続行を訴えなかった。気持ちとしてはそうしたかったが、体が無理だと訴えかけていたからだ。
酸欠で腕を上げるだけでも辛い今の状態に、彼女の悔しさは更に加速していく。
「失礼するぞ」
そこで彼女に来客が訪れた。
「沓子、どうしてここに」
「そりゃあ、おぬしが心配じゃからな。落ち込んでおると思って、こうして来てやったわけよ」
医務室にズカズカと入り込んできた彼女は、ニカッと楽しそうに笑う。
「そう・・・・・・けど残念ながら、わたしは元気よ。落ち込んでなんかいないわ」
誰がどう見ても虚勢だった。
沓子のような優れた観察眼がなくてもわかる。
しかし彼女は呆れたりせず、むしろ少しホッと安心したような顔を浮かべた。
「なるほど。どうやら元気は出たようじゃな」
「・・・・・・ええ、ありがとう。沓子」
彼女が自分を気遣っていることを察した愛梨は、彼女に感謝の言葉を口にした。照れたように笑う沓子に、愛梨も思わず笑顔になった。
「なに、おぬしの仇はわしが討ってやる」
「頼もしいわね。期待してるわ」
「任せておれ」
それ以上、彼女たちの間に言葉は必要なかった。
愛梨は沓子の勝利を信じているし、沓子も愛梨が立ち直ると信じていた。そんな言葉を交わすことはお互いないが、どちらも相手の信頼を感じていた。
「気合いが入った」なんて顔をしながら、沓子は医務室を立ち去っていった。
沓子が完全に医務室から去ると、愛梨は小さく息を吐き、何となく天井に視線を向ける。
現実逃避だったが、効果はなかった。胸の奥から悔しさが湧き出てくる。そして、いつしかそれは涙となっていった。
嗚咽が医務室に響く。
悔しそうに彼女は泣いていた。
試合に負けて泣いたのは久しぶりだった。
彼女にとって敗北など数えるほどしかないし、負けたとしても、悔しいとは思うが泣いたことはなかった。
多分それは、今回の敗北が個人だけでなく、全体に影響があるからだろう。
悔しさだけでなく、申し訳なさが彼女の胸の内にあったのだ。
しばらく、嗚咽は鳴り止まなかった。
ホテルの部屋へと戻ったわたしは、ベッドに仰向けで寝転びました。そのまま目を閉じて、わたしは仮想魔法演算領域に肉体の生命維持と睡眠を頼みます。
何か異常があれば、わたしに伝えてくれるようになっているので、起こされようとしても大丈夫です。
わたしと仮想魔法演算領域を繋げている魔法を終了させ、わたしが再び目を開けたときには、ホテルのものとは違う天井が目に飛び込んできました。
知らない天井ではなく、知ってる天井です。
だって我が家ですからね。
部屋はわたしの部屋です。部屋の雰囲気は余り女子っぽくなくて、工作部屋に近い雰囲気ですが。
机の上には作りかけのライ○セイバー風のオモチャが置きっぱなしになっています。光の刀身は作れているんですが、まだ鍔迫り合いができないので、きちんと完成してはいないんですよね。
もちろん、殺傷能力は皆無です。ただ光っているだけなので、熱による溶断もできません。
部屋の隅で丸くなって充電しているトリムマウを尻目に、わたしは一階のリビングに繋がる階段を下っていきました。
リビングに着くと、母から「あら、おかえり」と言われました。
「ただいま」
「テレビみたよ!!」
そう言って興奮しながら近付いてくる綾香に、思わず顔がニヤけてしまいます。
妹を可愛がっていると、母から「ご飯よ~」と声が掛かってきました。
それを聞いたわたしは、ホテルの人形にも食事を摂るよう、仮想魔法演算領域に指令を下します。達也を騙せるぐらい精巧に作りましたが、食事とかが必要なんですよね。
一応、疑似人格が代わってやってくれますし、わたしの真似もできますが、またログインするときに人形の脳から記憶を引き出すのが面倒なんですよね。
人に近すぎたせいで、一人増えたのと同じことになってしまいましたよ。
いや、アサシンもいるから二人ですかね。
主人公が根源接続者なのは、魔法の理論を書くのが面倒だったからです。
結果だけ書いといても「根源接続者なら仕方ない」で済ませられるぐらい、何でもありな存在ですので。
型月とは全くの別世界にしたのも似たような理由です。
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戦いを制したのは
新人戦女子バトル・ボード準決勝の第二レースが行われる会場は、多くの観戦者で賑わっていた。
光井ほのかも、その大勢の観戦者の一人だ。
彼女はこのレースに出場する愛歌と沓子の勝負を見届けにきていた。
決勝へと見事に勝ち進んだ彼女は、この試合の勝者で決勝の相手が決まる。そのため当事者でもないのに、彼女は試合が始まる前から緊張していた。
「(愛歌か、四十九院さんか・・・・・・)」
もし決勝に上がってくる選手がいるとするば、その二人だろうと彼女は考えている。
愛歌が負ける姿は余り想像つかないが、あれだけ水上に特化していれば勝ち目は十分にある。何せ光波振動系に特化した彼女自身が稀に勝てるからだ。
正直に言えば、どちらも彼女としては上がってきて欲しくはない。一人は勝てる気が全くしないし、もう一人も水上特化の魔法師だ。
沓子に自分の手札がバレているが、よくよく考えてみれば愛歌にもバレているので、そのことを彼女が余り引きずることはなかった。
総合的に考えると、やはり愛歌の方が厄介ということになるが、彼女に沓子を応援する度胸などある筈もなく、ただ観客席で見守るだけだ。
「(そういえば雫......大丈夫かな?)」
彼女は親友の雫のことを現実逃避気味に考えた。
今はアイス・ピラーズ・ブレイクの予選か準決勝の途中だろう。あの競技は一瞬で終わることもあれば、酷く長引くこともあるので予想がし辛いが、少なくとも決勝の時間は午後からだ。
雫も自分と同じように決勝で深雪と戦う可能性がある。いや、必ず戦うだろう。
不安ではないのだろうか......
「ほのかさん、大丈夫ですか?」
「え!?うん、大丈夫だよ!」
心配そうに声を掛けてくる美月に、ほのかは慌てて返事を返す。だが、どうやら大丈夫そうに全く見えなかったそうで、美月は更に心配そうな表情になっていた。
どうしたらいいのか判らず、ほのかは困惑するしかない。
「大丈夫よ、大丈夫!本人がそう言ってるだから。それよりほら、試合始まるわよ」
この微妙な空気をエリカが払拭する。
レオと幹比古も「それもそうだな」と言うような顔で、心配そうな表情は薄れていた。まだ美月は心配そうな表情だったが、エリカが気を利かせて雰囲気を変えたのに、また微妙な雰囲気に引き戻すのは気が引けた。
結局、彼女は諦めるようにコースへと視線を戻すことにし、ほのかは「助かった」と安堵の息を吐いた。
美月たちが此処にいるのは、雫に頼まれたからだ。元々、敵情視察は雫がほのかに提案したもので、本来ほのかは雫の試合の応援に参加するつもりだった。
今日も本来なら雫の応援に行っていた筈だ。
それがこうなったのは、雫に説得されたからだろう。
雫としては自分自身の試合に集中して欲しいという気遣いと、自分と同じように挑戦して欲しいという気持ちからの提案だったのだろう。
その提案を嫌だと思ったことはない。本当に嫌なら自分が言わずとも、その提案を雫自身がなかったことにするからだ。
寧ろ踏み出せなかった自分の背を押して貰ったようなもので、貴重なチャンスを逃さずに済んだと、雫に感謝していた。
コースにいる大会の係員と電光掲示板がスタートのカウントダウンを始めた。
それと共にほのかの心臓が高鳴っていく。
鼓動の音が隣に響いてしまわないか彼女は心配だった。
そして―――
―――開始のブザーが鳴る。
四十九院沓子は少し出遅れた。
と言っても、これは彼女お得意の精霊魔法を使うのに必要な対価のようなものだ。
コースの水面が荒れる。波に邪魔されて、波を生み出している沓子を例外とする全員のボードの移動スピードが一気に落ちていった。
それは愛歌とて例外ではない。
沓子は一気にリードを広げていった。
かなりの改変を行ったが、彼女のスタミナにそこまでの消耗はない。
精霊魔法は精霊を支配下に置いてしまえさえすれば、後は精霊に魔法を使うことを命令するだけでいい。そのため術者の負担が極端に少ないのだ。
最初に時間と手間は掛かるが、それさえクリアすれば後は精霊の支配に集中するだけでいい。
また、現代魔法師はサイオンの感知に優れているが、プシオンの感知に優れているわけではないので、精霊魔法で仕掛けた罠を改変が行われるまで発見し辛いというメリットもあった。
だが―――
「―――それ、貰うわね」
「なっ!?」
―――突然、何体かの精霊とのリンクが強制的に切られた。
驚きで振り向いた彼女は、精霊が起こす波に乗りながら接近してくる愛歌の姿を捉えた。
「(あやつ、移動に特化しておるのではないのか!?)」
てっきり彼女は愛歌を移動に特化した魔法師だと考えていた。超能力にしては小回りが利きやすすぎるので、そういう結論に至ったのだ。
しかし精霊とのリンクを切れるとしたら、それは―――
「精霊とのリンクを切るなんて......」
「えっと......どれくらい凄いことなんですか?」
そう呟く幹比古に、イマイチ凄さが理解できない美月が聞いた。レオとエリカも気になったのか、幹比古の方を向く。
「えっと、精霊とのリンクって言うのは、要するに精霊を支配している手綱のようなものなんだ。それが切られる、乗っ取られるってことは―――」
「―――愛歌の方が精霊魔法の使い手として上ってことね」
彼の言葉の続きを、エリカが語った。
幹比古は「概ね正解だよ」と言いながら、曖昧な笑みを浮かべる。
「概ねってのは?」
レオが説明の続きを求めた。
「あの程度の精霊を従えるのに、大した力を使うことはないからね」
簡潔な説明だったが、皆一様に納得した。
レオも得心がいったように笑う。
「つまり干渉力の問題ってことね」
エリカが幹比古が語ったことを要約する。
彼はコクリと頷いた。
すぐさま沓子は愛歌より後ろにいる選手たちを妨害している魔法を解くように精霊に命令した。
そんな連中たちに構っている場合ではなくなった。
寧ろ、沙条愛歌が後ろの妨害に手を割いてくれれば御の字だろう。
「(精霊魔法の罠の仕掛けは見破られるか!!)」
罠として潜ませた精霊が支配され何事もなく進んでくる愛歌に、沓子は焦りの感情を抑え切れない。
「(幸い、奴のボードの操作技術がそうでもないおかげで、まだリードを保てているが......)」
それでも着実に差は縮まっている。
追い付かれるのは時間の問題だった。
「ならば!!」
沓子のボードの後ろから波が生まれる。
彼女はその波に乗りながら、移動魔法で更に加速していった。
「(おぬしの妨害が不可能なら、自分を加速させるまで!!)」
しかし、ボードの操作技術でカーブが上手ではないにしても、妨害のない単純なスピード勝負では愛歌の方が圧倒的に有利だ。
どんどん愛歌に追い付かれていく。
「(逃げ切る!!)」
ボードを加速させようと魔法を放とうとしたとき、ガクンとボードが後ろに沈んだ。
「えっ?」
何が何だかわからない様子のまま、彼女は水面へと落下する。
彼女はすぐに原因が何かを理解した。
自分の近くに水の精霊が活性化しているのを発見したからだ。
「(いつ送り込んだ!?いや、もしや切ったのか!?)」
自分が掌握していない精霊を感知できなかったことに、彼女はショックを受ける。いつの間にか制御を奪われていたのか、精霊を送り込まれたのか、どちらにしても大してショックの差は変わらない。
彼女の正気を取り戻すように、愛歌が沓子を抜かして一位へと躍り出た。沓子も慌てて後を追ったが、最後まで彼女が愛歌に追いつくことはなく、試合は終了した。
「(マスター、これ以上アレを放っておくのは......)」
「心配症ね...わかったわ。やっていいわよ」
「(はい、証拠も残しません)」
念話が切れる。
沙条愛歌は溜め息をついた。
手を出す必要が大してないのに手を出すが、自分に繋がる証拠を一切残そうとしないアサシンの妙な有能さに、頭痛がしそうだったからだ。
本当に一切の証拠を残さないから、余計にタチが悪い。
まあ、今回は殺すわけでもないので、それなりに彼女は手を貸すつもりでいた。
「『視覚同調』」
愛歌は目を閉じ、アサシンの視覚を借りる。
サーヴァントもSBの一種―――精霊のような存在である以上、SB魔法や精霊魔法は当然有効だ。アサシンとの契約や仮想魔法演算領域へのログインも、精霊魔法を応用したものの一つだ。
アサシンの視覚から大柄な男の姿が映る。
彼女はその男とアサシンに向けて魔法を発動させた。
いつの間にやらジェネレーター十七号は、突然空中へと放り出されていた。
普通の人間なら呆けて地面に叩きつけられて大ダメージを負うだろうが、ただの兵器である彼にそんなことが起こる筈もない。
一瞬の硬直の後、すぐさま彼は落下の体勢に入り、慣性中和の魔法を発動させた。
地面との激突の威力を和らげ、地面に着地する。肉体を強化されている彼に殆どダメージはない。
辺りを見回すと、どうやら九校戦会場の駐車場のようだった。まだ昼休みには早く、試合も終わっていないので、駐車場に人の気配はない。
会場へと戻ろうと踵を返すと、突然後ろから首を触られた。
彼は振り向こうとしたが、失敗した。
強烈な酩酊感と手足の痺れが彼を襲ったからだ。
すぐに毒だと彼は気付いたが、どうにもならなかった。
彼は神経毒や睡眠剤に耐性があるよう造られているが、それでも三十秒も保たずして地面にうつ伏せで倒れ込んでおり、瞼も閉じてきている。
振り向けないので、どんな相手か彼には確認できない。
結局何もわからないまま、何もできないまま、彼の意識は闇へと落ちた。
「こちら真田、通報のあった場所にはジェネレーターが無力化され放置されていました」
「無力化?達也か?」
「いえ、どうやら麻痺毒のようですね。おそらくホテルの侵入者を無力化したものと同じ類のものかと」
「そうか......わかった」
真田との通話を切り、風間はジェネレーターを無力化した存在の目的を考える。しかし敵なのか味方なのかも不明な存在なのに、その存在の目的など思い付く筈もない。
しばらくして「考えても仕方がない」と、彼は正体不明の存在についての思考を放棄し、無頭竜の対処へと思考を切り換えた。
どうでもいい設定
英霊召喚の魔法と契約の魔法は、それぞれ別々の魔法。
トリムマウの所有権は父親の研究所が持っている。
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一般人が事件を解決する筈がない
新人戦女子バトル・ボード決勝戦のスタートの合図を、ほのかは静かに待っていた。
息を吸って、吐く。
リラックスしながらも、ボードの上で集中力を高めていく。
彼女の心の中は、それほど不安に震えてはいない「どうにでもなれ」というヤケクソ精神が多大に含まれていることは間違いないが、それ以外の想いもある。
それは―――
沙条愛歌は目立ちたくないわけではない。
ほどほどに目立ちたいし、ほどほどに活躍したい。
その“ほどほど”の線引きは非常に曖昧だが、少なくとも戦略級魔法師のような悪目立ちはしたくなかった。
こうして余り目立ちたくない彼女が、今も試合に勝ち上がっているのは、妹のためと一校の先輩たちのためというのが大きい。そうでなければ、わざとどこかで負けていたかもしれない。
しかし、今は違う。
今の彼女には違う感情が芽生えている。
奇しくもそれは、ほのかと全く同じ感情だった。
レースの開始の合図であるブザーが鳴る。
先に飛び出したのは愛歌の方だった。数秒遅れてほのかが飛び出す。
「(向こうの方が速いのは想定内!)」
ほのかは焦ることなく愛歌の背中に食らいつく。
この競技において大切なのは魔法発動のスピードでもなければ、ボードのスピードでもない。如何にして相手の姿勢を崩すか、自分の姿勢を保つかだ。
開幕の閃光魔法による目潰しを防ぐため、愛歌は黒いゴーグルを掛けている。それは少々の痛手ではあるが、その対策は彼女と達也も講じていた。
彼女はカーブに差し掛かかる愛歌の背中を捉えながら、妨害の魔法を放つ。
「追い付いてきてる......」
エリカから驚きの声が漏れる。
レオ、美月、幹比古も彼女と同様に驚きの表情を浮かべている。
試合は既に終盤、ほのかがスタートの遅れを取り戻すようにジワジワと追い付いてきていた。
「......コースの明暗の操作は愛歌にも有効のようだね」
落ち着きを取り戻すように発した幹比古の声に、エリカたちも段々と落ち着きを取り戻していく。
「でも、どうして効いたんでしょうか?準決勝で見せている筈ですよね?」
疑問を口にする美月に、幹比古は答える。
「多分だけど......まだ慣れてないんだと思う」
「慣れ、ですか?」
納得がいっていないように、美月は小さく首を傾げる。エリカとレオも美月と同じ気持ちのようで、視線で続きを求めてくる。
「うん、あの魔法のために光井さんは練習を積んでるだろうけど、沙条さんはそうじゃないだろうからね。頭で理解していても暗いところに突っ込むのは勇気がいるよ」
「ならゴーグルを外せばいいじゃねえか」
すかさず放ったレオの発言に、エリカが呆れるように反論した。
「そしたら次は閃光魔法で目くらましをされるだけでしょ。そもそもゴーグルは閃光魔法を防ぐためのものなんだから。......ホントいやらしい作戦だわ」
エリカの言う賞賛混じりの「いやらしい」は、ほのかではなく達也のことだ。それを瞬時に理解した幹比古は、「あはは......」と乾いたような苦笑を浮かべるしかなかった。
「(なるほど、思ったより怖いわね......)」
幹比古の言う通り、愛歌は暗いところに突っ込むことを躊躇していた。
彼女の持つ『眼』はそこにコースが存在することを示していたが、人間は視覚に八割も依存する生き物だ。わかっていても難しい。
「(ボードの移動スピードは互角。こっちも結構練習してきたつもりだったけど......)」
バトル・ボードの移動スピードは魔法だけで決まるわけではない。いくら魔法でボードを加速させたところで、ボードに乗っている人間がそのスピードに付いてこれるかどうかは別問題だからだ。
この競技においてボードの移動スピードは、ボードの姿勢制御技術と魔法の資質によって決まり、愛歌は前者が少し欠けていた。
「(魔法に集中しながら出せるスピードはこれが限界。なら―――」
ほのかは愛歌を抜いても油断していなかった。寧ろ一層ボードに掛けている移動魔法に集中していた。
「(後は逃げ切るだけ!)」
ほのかは明暗を作り出し、堅実に焦らずリードを広げていく。カーブを曲がり、後は直進するだけのコースに入る。
すると―――
「―――え!?うわっ!?」
突然ボードがつんのめった。
彼女の目の前に広がっている水面には
彼女はボードから放り投げられるように水面へと落下する。
「(魔法の兆候は感じ取れなかったのに!?......あれ?)」
彼女は驚きのまま水面へと落下したが、ある違和感によってその驚きは脳から吹き飛んでいった。
最初に水面へと触れたのは彼女の手の平だった。しかし、水の感触がおかしかった。
まるで蜂蜜のような粘りを感じた。すぐにその感触は消えてしまうが、ほのかは愛歌が使った魔法を既に察していた。
だが、それを確かめる時間は彼女にはなかった。
急いで立て直しを図る。
愛歌が自分を追い抜いていく姿が目に入ったが、彼女は焦らずボードを回収する。
「(こうなったら!)」
ほのかは全力で移動魔法を行使する。
バランスを崩しかねないほどのスピードを出しているが、残りは直進するだけのコースだ。制御は余り気にしなくてもよかった。
一歩誤れば暴走してボードから振り落とされる可能性があるが、こうでもしないと勝てないと彼女は踏んだ。
それは自分の心に従った結果だった。
一方の愛歌は、猛烈なスピードで追い上げてくるほのかに焦りを覚えていた。
ほのかと同じことをする度胸は流石になかった。
あれはエレメンタルの精神性あっての行動だ。一般人の精神性である彼女には考えつかない。
「(あのスピードじゃあ、さっきの妨害は流石に使えない。なら、このまま勝負するしかない!)」
「(絶対追い付く!)」
両者が覚悟を決め、コースの先にあるゴールを見詰める。
両者の思いはどちらも同じ。
「((―――負けるものか!))」
そして、ゴールを告げるブザーが鳴った。
試合が終わった後、ほのかは着替えのために部屋へと戻っていた。部屋には、自分より先に試合が終わっていた雫が既に居た。
「惜しかったね」
雫からそう言われ、ほのかは「あはは」と乾いた笑いを返した。
あの後、横に並びそうな所まで追い付いたのだが、一手足りなかった。もう一つ何かがあれば、勝っていてもおかしくはなかった。
「雫も...えっと......」
反射的に「惜しかったね」と言おうとしたが、クラスメートから聞いた話では全くそんなことはない。気まずさに目をキョロキョロと動かしてしまう。
「ううん...完敗だった」
「......」
その言葉が彼女の気まずさを更に助長したが、雫が放った質問によって吹き飛んでいった。
「ほのかは悔しくない?」
それは言外に「わたしは悔しい」と伝えていた。
ほのかは少し口ごもった後、「悔しいよ」と内心を吐き出す。
「わたしさ......最初、愛歌と戦うのに乗り気じゃなかったじゃない?雫が挑戦してほしいって言うから、流されて従ったけど......」
「うん......」
「いつもこうじゃない、わたしって。けど、あのときは負けたくないって思ったんだ。誰のためでもない、自分のために」
「うん......」
声に嗚咽が混じる。
何が言いたかったのか不明瞭になる。
ただ“悔しい”という感情が、ほのかの胸の中を埋め尽くす。
「悔しい...悔しいよ!雫......」
「うん、わたしも悔しい」
こうして彼女たちの九校戦は終わりを告げていく。
中華マフィアの妨害工作など、彼女たち一般人には関係がないのだ。
そんなものは、どこかの誰かが勝手にやってくれる。
夏の九校戦は一校が総合優勝と新人戦優勝を飾り、その幕を下ろした。
語られていない設定
スバルの『認識阻害』は対象を自分自身にしか設定できず、完全な解除が不可能。
これは『認識阻害』の魔法式がエイドス・スキンという無意識の情報強化の魔法式に混じっているから。
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その少女には毒がある
あれから九校戦―――夏休みは何事もなく原作通り終わりました。
いや、何事もなくとは言い難いですが、おそらく原作からは逸れていないでしょう。その証拠に、銀行強盗の失敗が小さなニュースとして流れてきましたし。
わたしの夏休みですか?
ライ○セイバー作ってたら終わってました。いい感じの鍔迫り合いができるようにするのは難しいんですよね。
何も斬れない鈍らなオモチャですけど、わたしは満足しました。と言うか、本物なんて作ったら法に触れます。
ここが中世ファンタジーなら大丈夫かもしれませんが、生憎ここは近未来ファンタジーの世界なんです。
それに使う場所もありませんので、オモチャ程度で充分でしょう。
閑話休題。
わたしは達也とその愉快な仲間たちと一緒に喫茶店『アイネブリーゼ』でお茶していました。
と言っても、エリカとレオは今席を外していますが。
「そう言えば、九校戦で愛歌が最後に使った魔法って何?」
突然、雫がそう聞いてきます。
思い出してみると、まだ誰かに説明したことはありません。
「あれは水の摩擦係数―――粘度を変えたのよ」
「そうなんだ。ほのかの言ってた通りなんだ」
「雫、もしかして疑ってたの?」
どうやら、ほのかは自分の推察を雫に伝えていたようです。かなり自信があったのか、彼女の顔には心外そうな表情が浮かんでいました。
そんな顔をする彼女を、わたしは珍しいと思いました。いつもは保険を掛けたり、自信なさげな態度をとったりするものですから。
「うん」
「酷い!」
にべもない雫の返答に、ほのかはショックを受けたようで、カウンターの上に突っ伏しました。
わたしは彼女らの漫才から目を逸らし、エリカとレオの席に視線をやります。
二人の席は未だ空席でした。
喫茶店での会話の裏で、エリカとレオは先程から付き纏っていた謎の男と交戦を開始していた。謎の男は、そのがっしりとした大柄な体型からは信じられないほどの俊敏さでエリカとレオを翻弄する。
明らかに戦い慣れた者の動きだった。
そして、そんな手練れの三人に気付かれずに戦いを観察している存在がいた。
髑髏の仮面を付けた褐色の少女―――アサシンだ。
彼女も付き纏っていた男の存在に気が付いていた。しかし害意を感じなかったので、こうして様子を見ていた。
彼女の考えでは、謎の男は敵ではない。
今もエリカたちと戦っているが、やはり殺意のようなものは感じず、寧ろ動きからして無力化しようとしている。
ジェネレーターも害意などという感情は発していなかったが、あれは兵器だ。そんな兵器を人に紛れ込むように置いている時点で、危険性としては充分だ。
「わたしはスパイではなく、それを阻止する立場だ。わたしは君たちの敵ではないし、わたしと君たちの間に利害の対立もない」
レオから良い一撃を貰った男は、どうやら観念したようだった。彼は自身の名前と目的を話し始め、そして最後に忠告を残して逃走した。
あの男が敵ではないことを理解したアサシンは己のマスターの下へ戻ろうと踵を返す。
そのとき―――
「(っ!?)」
―――殺気を感じた。
自身に向けられたものではない。
殺気を向けられているのは、先程逃げた男の方だ。
「(......マスター、どうやら付き纏っていた男は敵ではないようです)」
「(そう......)」
「(ただ......付き纏っていた男が何者かに狙われています。どうしましょうか?)」
アサシンが念話で愛歌にそう告げると、しばし愛歌は沈黙した。
きっと嫌そうな顔をしているだろう、そうアサシンは己のマスターである愛歌の表情を予想しながら返事を待つ。
しばらくして―――
「(―――助けなさい、見逃すのは気分が悪いわ)」
アサシンの思っていた通りの返答が返ってきた。
愛歌はかなり甘い人間だ。責任を押しつけるように命令を請えば、助けるように命令するのは簡単に予想できた。
そういう命令を下すように、彼女は誘導した。
内心にある嬉しい気持ちを隠しながら、彼女は念話で短く「(了解)」と短く返す。
「(ええ、気を付けなさい)」
愛歌からの心配の言葉に、彼女は感極まりそうな勢いだった。
エリカたちから逃走したエージェントである男―――ジロー・マーシャルは、自身の正面に立っている男の気配に圧倒されていた。
彼の目の前に立っていたのは、大柄で引き締まった東洋人だ。顔立ちはハンサムでもなければ醜いというわけでもないが、人を捕食する猛獣のような印象を受ける。
ジロー・マーシャルは、目の前に立つ大柄な青年を知っていた。
会ったことがあるわけではない。
彼が一方的に知っているだけだ。
「呂剛虎......」
正面に立つ大柄な青年―――大亜連合軍特殊工作部隊エースの名前を無意識に呟く。
するとジロー・マーシャルの意識が、瞬時にエージェントとしてのものへと切り換わった。
彼は銃口を呂剛虎へと狙いを定める。しかし呂剛虎の行動は彼が引き金を引くよりも早かった。
呂剛虎は一気に懐まで距離を詰め、そのまま右手でジロー・マーシャルの喉を貫こうとした―――
―――そのとき、おぞましい死の気配を感じた。
直感的に呂剛虎は男から離れた。
離れると、彼は先程のような自然体ではなく、戦闘の構えを見せる。
完全に戦闘態勢へと移行した呂剛虎の目の前には、先程まではいなかった褐色の少女が一人、ジロー・マーシャルを庇うように立っていた。
呂剛虎は警戒の視線を少女に向ける。
目の前に現れた褐色の少女は顔を髑髏の仮面で隠しており、両手には二本の短刀が握られていた。
「......」
「......」
二人の間に会話はない。
しかし既に互いの目的は察していた。
それが決して交わらないことも。
助けられたジロー・マーシャルは地面に尻餅をついてポカンとした顔をしていたが、自分が助けられたことを理解すると、すぐさま彼は逃走を選択した。
協力して倒す選択肢は、彼にはなかった。
そうするには相手が悪すぎるし、あの少女が味方としても戦力としても信用できない。
助けてくれた少女の正体や目的は気になるが、ひとまず逃げるのが彼にとって安牌の選択肢だった。
しかしそうはさせまいと、呂剛虎が追う姿勢を見せる。
彼の標的はジロー・マーシャルだ。目の前の少女に構う必要はない。
それを阻むべく少女―――アサシンが動いた。
しかし、それは呂剛虎の釣りだった。
最初から彼の狙いはアサシン。
彼は一撃でアサシンを殺し、その後すぐにジロー・マーシャルを殺すつもりだった。
彼は自分を阻むように近付いてきたアサシンの喉元に、不意打ち気味の貫手を放つ。
だがアサシンはそれを読んでいたかのようにスルリと彼の貫手を回避すると、すれ違うようにナイフを彼の左脇腹に通した。
彼女のナイフは呂剛虎の服を裂き、そしてその下の肉を―――
―――裂くことはなかった。
ナイフは彼の服を切り裂いただけで、肉体に刃が通ることはなかった。
呂剛虎がアサシンを振り払うように腕を振るう。
常人であれば数メートル吹っ飛ぶないし、肉が抉られるであろう攻撃だ。
アサシンは呂剛虎から距離を取ってその攻撃を回避すると、すぐさまナイフを彼に投擲しながら接近する。
呂剛虎は一瞬怪訝な顔をしたが、彼は直感に従って触れられる前に距離を取った。
投擲されたナイフが彼の対物障壁に弾かれ、地面に落下する。彼は己の使用する魔法を情報強化の鋼気功から対物障壁の鋼気功へと変更していた。
また瞬時にアサシンが間合いを詰める姿勢を見せたが、既に呂剛虎は構えている。対物障壁へと魔法を変更しているのもあり、彼女は迂闊に飛び込めなくなっていた。
そんな膠着状態が何秒かほど経過すると、呂剛虎はその大柄な体型からは想像できないほどの俊敏さでその場から逃走した。
それをアサシンは追跡する。牽制として短刀を呂剛虎に投擲するが、全て彼の対物障壁によって弾き返される。
しばらくしてアサシンは足を止めた。
諦めたのではない。アサシンの方が足は速いので、追跡するのは簡単だ。
彼女が追うのを止めたのは、呂剛虎がジロー・マーシャルを捕捉していないことを察したからだ。
彼を捕捉していたのなら、呂剛虎の逃げるルートは目的地に向かうように直線的になる。しかし実際の彼が逃げるルートはグネグネと曲がっている。
まるで自分の追跡を撒きたいかのように。
「(時間稼ぎは充分。それに深追いして誘い込まれるのは危険)」
ジロー・マーシャルの生死には余り興味がない彼女は、助けたと言えるぐらいの義理は果たしたと判断し、そのまま追跡を中止した。
別に彼女はジロー・マーシャルの言葉を信じているわけではないのだ。彼女が欲しいのはジロー・マーシャルを助けたという結果だけだ。
いや、彼女はジロー・マーシャルの語る話に嘘があるとは考えていない。それは暗殺者としての経験であり、普段は自分に自信がない彼女も、間違っているとは思っていない。
尋問や拷問をする側、される側、両方の訓練を経験してきた彼女にも、そのぐらいの矜持は持ち合わせている。
「(マスター、付き纏っていた男を助けました。ただ彼を始末しにきた男を殺すには至りませんでした)」
「(そう、珍しいわね)」
「(すみません)」
「(謝らなくていいわ。どうせ相性が悪い敵だったんでしょう?)」
「(......はい)」
呂剛虎の展開していた鋼気功という魔法―――対物障壁は、確かにアサシンにとって相性が悪かった。
何故ならアサシンの毒は命あるものに対しては特大の神秘を発揮するが、命なきものには効果が薄いからだ。
「(触れ続けていれば......)」
あの対物障壁は突破できるだろう、そんな確信が彼女にはあったが、あの相手がそれを許すとも彼女は思えない。
「(まあ、お疲れ様。帰ってきなさい)」
「(はい)」
そう念話で返事をするアサシンの顔は、嬉しさを抑えきれていない。ただ労いの言葉を掛けられただけだが、それだけで彼女の胸の中は幸せに満ちていた。
「(見捨てなくて正解でした)」
アサシンは心の中で呟く。
あのとき見捨ててマスターに報告しなければ、こうはならなかっただろう。
そもそもジロー・マーシャルを見捨てたところで、彼女やマスターである愛歌に大した損はない。
マスターを守れればいいアサシンにとって、機密情報を守る者を助けたところで意味はないのだ。敵対することはないだろうが、助けたところで協力はできない。
それでも彼女が危険を冒してまでジロー・マーシャルという男を助けたのは、ひとえに自分のマスターである愛歌に褒めて貰いたかったからだ。
もっと言えば、彼女は居場所が欲しかった。捨てられたくなかった。
そのためだけに、彼女は愛歌を誘導してまでジロー・マーシャルを助けたのだ。
孤独だった彼女は、どうしようもないくらいに
役に立つから
役に立ちますから
役に立ってみせますから
だからどうか―――
―――わたしを捨てないでください。
「人間ではない?」
大亜連合軍特殊工作部隊隊長の陳祥山は、任務に失敗した呂剛虎からの報告に眉をひそめた。
「人形か?」
陳祥山の質問に、呂剛虎は首を横に振った。
あれは実体のあるものを操っている雰囲気ではなかった。寧ろ雰囲気的には仲間が使役している化生体に近い、彼はそう感じていた。
「なるほど」と陳祥山が呟く。
彼の顔は険しかった。
これからの作戦に支障が出ないか心配なのだ。不確定要素が増えるのは好ましくない。
しかし考えても仕方がないと、陳祥山は割り切ることにした。正体不明の相手一人に作戦を変更する時間はないからだ。
「呂上尉、次は勝て」
「是」
そう言って、呂剛虎は獰猛に笑う。
彼はもう一度あの少女と戦えば、九分九厘勝てると考えている。
あの少女のナイフでは、自身の対物障壁を越えられないからだ。ナイフを捨てて無手で接近してきたのは気になったが、おそらく接触型の呪いか何かだろう。ならば対物障壁の鋼気功で防げるし、そうでなくとも一瞬で殺せば触れていようが呪いも何もない。
彼はそう判断し、次は殺すと心に決めた。
こうして騒乱の幕が開けていく。
実は十文字先輩とも相性が悪い静謐ちゃん
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騒乱に一般人は翻弄されるしかない
書いてて気付きました
「(はあ~)」
余りの憂鬱さに、思わず愛歌は心の中で溜め息を吐いていた。
彼女の目に映るのは横浜国際会議場、今年の全国高校生魔法論学論文コンペティション―――通称論文コンペの会場である。
これから起こる騒乱を知っている彼女からすれば、憂鬱になるのは無理もないだろう。
彼女に行きたくないという気持ちがないわけでもなかった―――というか多分に含まれている―――が、彼女の心の中には行かなければならないという強迫観念が渦巻いていた。
彼女の身は人形だ。壊れても死にはしない。
言い換えてしまえば、友達を見捨てて一人だけ安全圏に籠もっているのに等しいだろう。
見ず知らずの人間の死を悲しめるほど彼女は聖人ではないが、友達を助けないほど冷たい人間でもないので、このことに強い罪悪感を抱いていた。
もちろん罪悪感は彼女が勝手に感じているだけだ。そんな義務や責任は彼女にない。
しかし一般人精神の彼女は、それを振り切れるほどの精神性や生の執着を持ち合わせていなかった。
98パーセント以上の確率で自身がいなくても友達が全員無事に生還できることを、彼女は未来視で一応確認していたが、油断はできなかった。
彼女の未来視は測定ではなく予測タイプ、あくまで未来を推定する力しかなく、未来を限定する力は持たない。
つまり結果が上下するのだ。
「(測定を使うのは......)」
流石に躊躇った。
未来視という力は麻薬だ。使い続ければ未来に囚われてしまう。
それでは瓶倉光溜と何も変わらない。
未来に不安を覚えない者に、彼女は成りたくなかった。
「愛歌~、早く会場に入ろう~」
遠くからほのかの声が聞こえてきたので、愛歌は強引に自分の中にある未来への不安感を抑えつけて無理矢理結論を出す。
未来視の誘惑を跳ね除けたのだ。
しかし、そんな彼女の顔に浮かんでいたのは自嘲の色だった。
「(結局、
時計が午後三時三十七分を指し示すと、横浜国際会議場も騒乱の波に呑み込まれた。
外から響く爆発音と振動に、会場内がどよめく。
そして会場内の動揺が収まり切らぬ状況のまま、次の変化が彼らを襲った。
「大人しくしろっ!」
突然そんな怒声と共に、物々しいライフルを構えた集団が会場内へと雪崩込んできた。
殆どの聴衆が恐怖に竦む。何人かは反抗の意志を見せたが、彼らが行動に移す前に銃声が会場内に一発轟いた。その銃による脅しは、まだ高校生の彼らには効果覿面のようで、反抗の意志を見せた者たちの意志を即座に挫いた。
「デバイスを外して床に置け」
銃声が轟いた後の会場内は静かだったので、その侵入者の声はよく響いた。
ステージの上の三校生たちが悔しそうな顔をしながらCADを床に置く。そして―――
「おい、お前もだ」
通路に兄弟二人で立っていたのが目についたのだろうか、侵入者が慎重に達也へとライフルを構えながら近寄ってくる。
しかし達也はCADを置く様子を全く見せない。それどころか、怯えた様子を見せない彼に、侵入者の一人が苛立った。
またも銃声が響き、今度は悲鳴も会場内に響いた。しかし弾丸が達也の胸を貫くことはなかった。
起きた結果としては達也の胸の前には彼の右手が何かを掴み取ったかのように握られていただけだ。
銃弾を放った侵入者は理解不能な状況に、恐怖で顔を引きつらせていた。そんな状況でも、訓練されていた侵入者は二発、三発と、銃弾を達也に撃ち込んでいく。
しかし、そのどれもが達也の胸を貫くことはなく、代わりに彼の何かを握り込んだような右手の位置が変わるだけだ。
「(派手なことで)」
達也の大立ち回りを愛歌は他人事のように見ながら、アサシンに念話で街の状況を聞く。どうやら街にも煙が上がっているらしいので、本格的に横浜騒乱編が始まったことを愛歌は認識した。
「(後は一応......)」
銃が効かないと判断した侵入者が、達也に素手で腕を切り落とされるという幻のような光景に会場内の全員が気を取られている。その内に愛歌は根源から『
舞台の両袖に共同警備隊のメンバーがいることは彼女自身の『眼』で把握済みだったが、万が一のためだ。
結局のところ、それは杞憂に終わり、何の犠牲もなく無事侵入者は警備隊のメンバーによって全員無力化されたのだが。
「(うん?)」
警備隊が両袖から魔法で侵入者を無力化するのを見ていた達也は、いつの間にやら銃が無力化されていることに気が付いた。
深雪でないことはわかる。あのときCADを操作する素振りはなかったし、CADなしでは侵入者全員の銃を無力化するのは難しい。
「(となると―――)」
達也はチラリと愛歌の方を見た。
彼女は周りが動揺や不安で怯える中、涼しい顔で席に座っていた。
達也と同じ眼を持っているであろう沙条愛歌ならば、これだけの銃器を一斉に照準することは可能だろう。それに彼女はCADを使わないので、魔法を発動する予備動作も必要ない。
「(無力化したのは......俺が侵入者の相手をしていたときか?)」
周りに気を配る余裕がなかったのはそのときだ。あのときは深雪と侵入者に気を払っていた。
更に自身が相手をしていたライフルも無力化されていたのを見るに、自分が侵入者の腕を切り落とした辺りで無力化したのだろう。銃を向けられていたときに無力化されていたのなら、流石に気が付く。
達也は思わず愛歌の警戒をより強めてしまうが、しかし今は優先順位が違うことも彼は理解していた。まずは正面出入り口の敵を片付けようと、愛歌から視線を外した。
愛歌は達也たちが正面出入り口で敵をバッタバッタと斬り伏せているのを尻目に、アサシンと念話で会話していた。
「(アサシン、地下通路の敵は?)」
「(片付けました)」
「(なら、地下通路の生徒たちの護衛をお願い)」
「(......)」
念話なので顔は見えないが、アサシンの不満が愛歌に伝わってくる。しかし逆らうことはせず、少しの沈黙の後に了解の返事が返ってきた。
アサシンとしては側で護衛させて欲しいが、肉体が最悪壊れても構わないという愛歌に、側で護衛させて欲しいという自分の意見が通るとは微塵も思わない。
時間の浪費にしかならない以上、アサシンは了解するしかなかった。まあ、それでも不満であることには変わりがないのだが。
「......盛り上がっているところ悪いけど、これからどうするの?」
愛歌はアサシンとの念話を終了すると、正面出入り口の敵を制圧し終え、エリカの武器について盛り上がっていた達也たちに話を切り出した。
レオも愛歌に続き「そうだぜ」と同調する。
「情報が欲しいな。行き当たりばったりで泥沼にはまり込むのは遠慮したい」
その達也の言葉に雫が反応した。
どうやら雫が言うにはVIP会議室という施設があるらしく、そこであれば大抵の情報ならアクセスできるとのことだった。しかも暗証キーとアクセスコードも知っているらしい。
達也は北山潮による雫の溺愛っぷりに少し苦笑いしながら、その施設に案内するよう雫に頼んだ。
VIP会議室で受信した警察のマップデータは沿岸部が危険地域を示す赤色に染まっており、それが見ている間にも内陸部へと拡大していた。
かなりの状況の悪さに達也は顔をしかめるが、どれくらい現状が悪いかを知れたのは僥倖だと考え、意識を切り換えた。
急いで皆と避難経路について話し合い、地上からシェルターへ向かうことが決まる。
「それと、デモ機のデータを処分しておきたい」
達也の提案に皆が頷き、急いでデモ機の下へと移動を開始すると、服部と沢木を連れた十文字と出くわした。
三人は制服の上から鱗状に重なり合う小さなプレートで表面を覆ったボディアーマーを着用しており、事態の深刻さを伝えてくる。
「他の者も一緒か。お前たちは先に避難したのではなかったのか?」
言外に「さっさと避難しろ」と指示してくるが、デモ機のデータが盗まれないよう処分したいと達也が伝えると、十文字が同行してくれた。地下通路のことで一悶着あったが。
しかしデモ機が放置されているステージ裏には鈴音、五十里、真由美、摩利、花音、桐原、紗耶香という先客がいた。
どうやら目的は達也と同じらしく、デモ機のデータ消去らしい。
「後輩が頑張っているから」という理由で真由美や摩利が避難せず残っていることに達也は少し呆れながらも、五十里に頼まれた控え室にある他校のデモ機のデータ消去を行った。
達也のデータ消去の速さについて花音に少し問い詰められたが、先輩方にたしなめられると、不承不承ながら引き下がっていった。
そして達也たちの話題は当然、これからの行動についてになる。
「どうやら地下通路―――中条さんたちの方は大丈夫のようです。ゲリラはいたようですが、先に誰かによって無力化されていたらしいです」
「何だって?」
鈴音の言葉に摩利が驚く。
他の人間も同じような表情だったが、唯一愛歌だけが驚いていなかった。
「一体誰が......いや、こんなことを考えている場合じゃないな」
摩利は思考を追い払うように頭を振る。
「みんな、船は乗れそうにない。こうなればシェルターに向かうしかない、とあたしは思う。どうだ?」
それ以外に選択の余地はないという状況だが、生憎のところ達也に回答する余裕はなかった。
彼は壁に向かって銀色のCADを構える。
達也の『眼』に映っていたのは横浜国際会議場に猛スピードで突っ込んでくる大型のトラックだった。高さ四メートル、幅三メートル、総重量三十トンを誇る装甲板の鎧を纏った大型トラックに『雲散霧消』を発動しようとCADの引き金に指を掛け―――離した。
彼が魔法を発動する前に、魔法の兆候を大型トラックの右の前輪から感じたからだ。
大型トラックが急に右へ曲がる。
右前輪を引きずるようなその曲がり方はハンドルをどれだけ勢いよく切っても無理な動きだ。
「(右の前輪の摩擦係数を大きくしたのか)」
達也はそう分析し、魔法を放った人物―――愛歌の方へ視線を向けた。
あの大型トラックを今照準できるのは『マルチ・スコープ』を持つ真由美と愛歌しかいないからだ。
彼女も達也の方へ視線を向けており、その視線からは「感謝しなさいよ?」と聞こえてくるようだった。
また借りができたな、と達也は苦笑いを浮かべる。図書館で見逃して貰ったときの借りも返せていないのは、正直余り笑えないが。
愛歌の魔法によって右に急転身させられた大型トラックは、そのまま慣性の法則に従って横転し、正面出入り口の前に備え付けられていた階段に激突した。
衝撃で会議場が揺れたが、大事はなさそうだった。
「達也くん、凄いじゃない!」
「いえ、アレは―――」
『マルチ・スコープ』で覗いていた真由美は、達也の仕業だと勘違いしていた。達也は誤解を解こうとするが―――すぐにまた外へと『眼』を向けた。
真由美も顔を青くしている。
何せこちらに向かって小型ミサイルの群れが飛んできているのだから。
達也は迎撃の魔法を構築するが、しかし今度の攻撃も彼が手を出す必要はなかった。
幾重にも重なった魔法の防壁が達也たちのいる部屋の壁に構築される。しかし小型ミサイルがその防壁に着弾する前に、横から撃ち込まれたソニック・ブームによってミサイルの雨は全て空中で爆発四散した。
「おまたせ」
控え室の扉から急に声が掛かり、達也と真由美は肉眼へと視点を戻す。
入ってきた人物に真由美は驚く。
「響子さん!?」
そこに立っていたのは、達也の知り合いでもある藤林響子だった。
あの後、達也が独立魔装大隊に所属している大黒特尉であることが明かされたり、エリカの兄である千葉寿和が同行してくれることになったりと色々あったが、どれも愛歌にとっては縁遠い話だった。
一般人である彼女は流されるままだ。
そんな彼女はアサシンと念話していた。
「(マスター、地下通路を通ってきた生徒は全員シェルターへと避難しました。地下通路が一部崩落しましたが幸い怪我も軽傷ばかりです)」
「(ありがとう。こっちは逃げ遅れた市民のために輸送ヘリを呼ぶことになったわ。わたしはそれで脱出するつもりよ)」
「(合流します)」
「(その必要はないわ。貴方は魔法協会支部を守りなさい。何かあれば
「(......わかりました)」
またも不満そうにするアサシンに、愛歌は思わず苦笑してしまう。後で機嫌を直す何かを考えるようにしようと、彼女は思った。
「さて......と」
念話を切り、愛歌はヘリが着陸できる地点を確保するため、目の前に広がる瓦礫の山を移動魔法で除去する事に集中していく。
彼女の魔法力は凄まじく、巨大な瓦礫があろうと関係なさそうだった。
「沙条さん、本当に一人で大丈夫?」
真由美が心配そうに愛歌へ声を掛ける。
愛歌が一人で整地をやってくれるのは、作戦を立てる時間的にも人手を増やすことができる人材的にも助かるのだが、普通これだけの重い物を動かしまくるのは術者に負担が大きい。
しかし愛歌は涼しい顔で「問題ないですよ」と言う。
「そ、そう?」
整地のスピードが落ちているわけでもないため、真由美はそう言うしかない。無理に言って後輩の顔に泥を塗りたくはなかった。
そんな真由美の心配を余所に、愛歌はアサシンの戦いの舞台を整えようとしていた。
「(魔法協会全域に強力かつ誰にも気取られずに結界を張るのは面倒ね......なら)」
他の存在にやって貰おう。
愛歌は整地の作業を進めながら魔法協会支部の方へ視線を向けると、根源から
投射した魔法式の効果は認識阻害の結界、内側で起こっている異変を外に気付かせないものだ。結界としては普通の効果だが、しかし対象とする範囲は魔法協会支部全域と広大だ。
広大すぎると言ってもいい。
普通なら何日も準備が必要な規模だ。しかもこれだけ大規模でありながら、誰も結界が張られたことに気が付いていなかった。
魔法協会支部の魔法師、大亜連合軍の魔法師、独立魔装大隊の魔法師、そして達也でさえも結界が張られたことに気付くことはなく、戦いの舞台は完成した。
後は出演者を待つだけだ。
実は根源から魔法式を持ってくれば、本人が使えない魔法でも簡単に使うことができるのだ(ドン!!)
まあ、おかしいと思わなかったか?の話の前書きで気付いていた人はいたかもしれないけど。
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