再び「姉」になるために (Iタク)
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1話

拙い文章ですが、よろしくお願いします。



 

────ずっと、傍にいられると思っていた

 

 

『待っておねえちゃん…!!いやだよ……どこにも行かないで!!』

 

 

────ずっと、この夢が続くと思っていた

 

 

『ごめんなさい紗夜…。でも……、私はもうあなたとは歌えない。』

 

 

 

────ずっと、そんな日々が続くと思っていた

 

 

 

今までの人生の中で得たかけがえのないもの

 

 

それらをすべて、私は

 

 

 

『───さようなら』

 

 

 

()()捨てたのだった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * *

 

 

 

「すいません、こちらの書類について少し聞きたいことが…」

 

関東地方のとある街。

 

その中でも、オフィス街と呼ばれる地区。鉄道や自動車の騒音が全ての音をかき消し、閑静とはかけ離れた街中に、関係者でなければ見向きもしないであろうビルの4階。

 

そこの事務所で私は、

 

 

「…あの、“紗夜”さん?」

 

「え?あ、ごめんなさい。そこはですね…」

 

 

───氷川紗夜は、働いている

 

 

 

 

 

ここで働き始めたのは21歳の時。

大学は短大であったため20歳から働き始めたのだが、その会社は1年で辞めている。すぐに新しい職場を見つけられたのは、ホントに運が良かったと今でも思う。その上、収入も以前より高くなっているという好条件付きだった。

 

後から聞いた話だと、ここの社長は何らかの理由で一度仕事を辞めた人たちを率先して雇っているらしい。とはいえ、全国から集めているわけではないので、拾われたのはホントに奇跡だった。あの時、この近辺をぶらついてなかったら…、と思うと今でもゾッとする。

 

「なるほど…。ありがとうございます紗夜さん!」

「いえ、大丈夫ですよ。」

 

そして新しい会社で働き始めて3年、人から頼られる程度には周りの人と良好な関係を築けている……と、思いたい。

 

「ですが、中村さんには教育係の人が付いているはずでは…」

「あー…、えっと……支倉さんはちょっと…」

「…?」

「察してやってくださいよ紗夜さん。こいつ、支倉さんのこと苦手なんですって。」

「ちょっ!そこまで言ってないよ!?ただその…、近寄りがたいオーラといいますか…」

 

質問してきた人は中村香織さん。

女性の中で一番最近に入ってきた新人。この人も例外ではなく、一度前の職場を辞めている“らしい”。

というのも、ここのルールとして、他人の経歴をむやみに聞くのはNGとなっている。中には自身の過去でトラウマになっている人もいる。その人たちからすれば、このルールには大変助けられていることだろう。

 

 

───まあ、私も助けられている一人なのだが

 

 

「…オーラ?」

「ここでのオーラは体臭と訳すんです。」

「言わないでよ未央ぉ~…」

 

途中から話に入ってきたのは、私が教育係を担当していた長瀬未央さん。

ちょうど先月教育係の任を解かれたのだが、今もなお接してくれている私の後輩。

中村さんとは高校からの付き合いらしく、その繋がりから私は中村さんと知り合うことになった。念の為に言っておくと、この二人の過去などは私からは一切聞いていない。断片的に向こうから教えてくれているのだ。

 

「はぁ…。中村さん、そんなことで避けていると後々痛い目に合いますよ。」

「そーだそーだ。そもそも、紗夜さんは私の先輩だぞー。」

「長瀬さん、あなたに頼んでおいたファイルデータ、まだ私のところに届いてないのですが?」

「す、すいません…!すぐ転送します!」

「あはははっ!未央ザマァ!!」

「はっはっはっ、表出ろや香織ぃ!!」

 

大の大人がこんな下らない言い合いをするなど情けない限りなのだが、慣れるとは恐ろしいもので今となってはこの程度何とも思わなくなってしまった。いい加減やめてほしいのは変わりないのだが。

 

「二人共、残業したいのなら止めはしませんが、続けるのであれば場所を変えてください。」

 

「「…す、すいません……」」

 

まあ、こんな下らない会話も案外悪くない。…と、最近思い始めてきた。今までの私なら馴れ合いなんて避けていたが、社会に出てから他人とのコミュニケーションが如何に重要なのかが身を持って理解できた。今の生活ができているのも、他人との繋がりのおかげなのだから。

…と、いけない。仕事に集中しないと。

 

「では作業に戻りますよ。」

 

「「はーい!」」

 

 

何歳児なのよこの子達は………

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

昼休み。

今日は珍しく私たち三人ともが休みに入れたので、休憩所で食事を取ることになった。

 

「もーやだー!教育係変えて欲しい~!!」

「…香織、それ今日で何回目なのよ。」

 

先ほどから中村さんの愚痴トークが炸裂している。

支倉さんが中村さんの教育係になってから二ヶ月、ほぼ毎日のようにこの話に付き合わされているのだ。

 

「もういい加減にしなって香織。紗夜さんも呆れてるよ?」

「長瀬さん、いいんですよ。これで仕事に集中してくれるのなら私も付き合います。」

 

新人の中では中村さんは要領の良い方だ。今すぐは無理でも、いずれはかなりの戦力になることだろう。

…ここまで拒絶させられている支倉さんにも問題があるとは思うのだが、上司なのでそのへんは触れないでおくとしましょう。

 

「うぅ…、紗夜さんいつもありがとうございますぅ…」

「おい、私は?」

「え、未央いたの?」

「高校の時からずっと一緒にいますけどぉ??」

「紗夜さん、その卵焼きください!」

「ダメです。」

「ちょっ、香織!無視しないで!?」

 

と、このように自然と会話が弾み、気づけば昼休みも残りわずかになっていた。

 

 

「いやぁしかし、紗夜さんってホントに面倒見がいいですよね~」

 

 

────っ

 

会話の流れで長瀬さんが言ったこのセリフに、内心過剰に反応してしまった。

 

──()()面倒見がいい?

 

そんなことはない。

絶対にありえない。

 

「…いえ、そんなことはありませんよ。」

 

心の中では完全に否定しつつも、表面上では謙虚を装った。

 

「やっぱいいな~未央。紗夜さん、私の教育係もしてくださいよ~」

「仮に教育係を変えるとしても、何故私なんですか?私よりも優秀な人なんていくらでも…」

 

そう、私よりも優秀な人なんていくらでもいる。

私なんて所詮凡人の延長線上でしかない。そんなことはもう分かりきっていることだ。

 

「ん~、なんというか、紗夜さんって──」

 

私の問いに中村さんが答えようとしたとき、何故か周りがスローモーションになったように感じた。

 

不思議な感覚だが、今に始まったことではない。

 

 

そう、こうなるときは必ず──

 

 

 

お姉さん(・・・・)、って感じがするんで!!」

 

 

 

───姉

 

 

 

私が生まれた時、強制的に与えられた身に余る続柄。

 

どれだけその事実から逃げようとしても、避けられない運命と無理やり言い聞かせているかのように『姉』というワードが必ず耳に入る。

 

恐らく、そのことから逃げ続けている私への罰なのだろう。

 

だけど私は今後一生『姉』とは名乗れない

 

 

私にそんな資格は

 

 

 

 

もうないのだから───

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

「それでは先に失礼しますね。」

 

ちょうど定時に今日の分の仕事を終わらせ、帰り支度をしながら二人に一応声をかけておいた。

 

というのも…

 

 

「うわぁぁん!!全然終わらないよぉ!!」

「香織……、今度絶対何か奢れよ…」

 

 

二人は残業確定なのが少し気の毒だと思ったからだ。まあ自業自得ではあるが…。

 

「紗夜さ~ん!!どうしても手伝えませんか~??」

「すいません。今日はルームメイトと夕食を共にすると約束しているので。」

「そっかぁ…、なら仕方ないですね~」

「だな~。食事の約束は大事だもんな~」

 

…二人共、私が毎日同じセリフで回避しているのにまだ気づかないのかしら……

 

「では、また明日。」

「「はーい、さよーならー!」」

 

思ったよりも二人が元気なことを安堵しつつ、私は自宅へ直行した。

 

 

 

 

 

 

 

自宅のドアノブに手を伸ばすと同時に、何やらいい匂いが漂ってきた。

今日もまた彼女が夕食を作って待ってくれているのだろう。ここのところ毎日任せっきりなので、それを考えると少し申し訳なく思ってしまう。

彼女のことだ、そんなこと気にしませんよ、というのだろうが、あまりその言葉は信用できない。頑張り屋であることは良いことなのだが、頑張りすぎることが多々有り、それは昔から変わっていないからだ。

まあ、そこも彼女らしいといえば彼女らしいのだが。

 

「ただいま。」

 

三年前からこのルームシェアをしているのに、家に帰って『ただいま』と言うのは未だに新鮮味がある。

やはり、家に帰って誰かが居てくれているというのはとても安心するからだろうか。

 

そんな下らないことを考えていると、向こうから駆け足でこちらに来る足音が聞こえる。

…もう、わざわざ出迎えなくてもいいといつも言っているのに。

 

そして、玄関まで来た彼女は、

 

 

 

 

「おかえりなさい紗夜さん!待ってましたよ!」

 

「ええ、ただいま()()()。」

 

 

 

羽沢つぐみは、笑顔で私を出迎えてくれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

羽沢つぐみ。

高校生の時、バンド繋がりで知り合った後、彼女の家…羽沢喫茶店で開かれたお菓子作り教室に参加したことをきっかけに仲良くなった1歳年下の後輩。大学も同じで、学科も一緒だったことから話す機会が増えより一層仲が深まった。

 

しかし、徐々にお互いの予定が合わなくなり、そこから二年ほど関わりがなかった…のだが、まあ色々あってルームシェアをすることになった。

 

「毎日悪いわねつぐみ。私がもう少し早く帰ることができたらいいのだけれど…」

「いえいえそんな!私は好きでやっていることですし、それに朝ごはんは紗夜さんがやってくれていますから、そのお礼ですよ!」

 

お礼…。

それをいうのなら、私は彼女にどれだけお礼をしなければいけないのだろうか。

私は、それほどまでに彼女に助けられたのだ。あの日、つぐみが私を見つけてくれなければ、きっと私はまともに生きてはいなかったと断言出来る。

 

そんなことを思っていると、つぐみが嬉しそうにこちらを見つめていた。

 

「ふふっ」

「…?どうしたの?」

「あ、いえ。やっぱり『つぐみ』って呼んでくれるのが嬉しいなぁと思って。」

「…ああ、そのことね。」

 

そう。これはルームシェアをするにあたってつぐみからお願いされたことだ。

一つは呼び方。

そしてもう一つは敬語をやめて話すこと。これに関しては一年かかった。慣れるのに大変ではあったが、先程のような笑顔を見せてくれるのなら話し方を変えて良かったと思える。

 

「そんなに嬉しいものかしら?」

「それはもちろん!紗夜さんとこんな風に話せるのってなんだか特別な感じがしますし。」

「…大げさよ。」

 

彼女は、私には勿体無い言葉の数々をたくさんかけてくれる。あまり大げさな表現は好きではないが、それこそ今日の疲れを癒してくれるかのように。

 

朝起きて、

食事をして、

仕事をして、

家に帰ってまた食事をして、

 

そんな何気ないことでも『誰かと』共にするだけで気持ちが楽になる。

こんな歳になるまで気づけなかったなんて笑えない話だが、そんな笑えない状況を改善出来たのは、やはりつぐみのおかげなのだ。

 

しっかり者で、

誰に対しても優しくて、

でもどこか抜けているところがあって、

そんな後輩との新しい生活。

 

こんな体験は初めてのはずなのに、不思議とどこか懐かしい気持ちもあった。

 

 

…一体何故

 

 

 

………

 

 

…………

 

 

 

ああ、そうか。

 

 

 

私は無意識に重ねていたんだ、()()()との昔の生活を

 

 

 

つぐみを、

 

 

 

 

 

今はもう隣にいない(日菜)の代わりとして────

 

 

 

「──っ!!」

 

「紗夜さん!?どうしたんですか?!」

 

私が急に口を抑えたために、つぐみが慌てて私に寄り添ってきた。

 

「…ごめんなさい、少し喉をつまらせてしまって」

「そ、そうなんですか?…あ、水入れてきますね!」

 

そういうとつぐみは空のコップを手に取りキッチンへかけていった。

 

 

もう嫌になる。

 

 

こんなにも素晴らしい人と平然と一緒にいる自分が。

 

 

後輩を妹に重ねている自分が。

 

 

 

氷川紗夜、

 

 

 

お前は一体どこまで醜くなれば気が済むんだ──。

 

 

 

 

 

* * * * * 

 

あの後、何事もないように振る舞い、なんとかその場を凌いだ。

今はお風呂から上がり、重力に身を任せ、ベッドに沈んでいる。

 

そこからは、もう何年も開けていないギターケースが見えた。

 

それを見て、また昔のことを思い出す。

夢を抱いていたあの頃を、

『仲間』と呼べる人達といたあの時を、

そして、

そんな居場所さえも捨ててしまったあの日のことを、

 

 

「…もう、何もかもダメね。私は……」

 

 

妹を見捨てたことで自ら『氷川』を名乗れなくなり、そのせいで仕事場の人たちには半ば無理やり名前で呼ばせ、

 

バンドを捨てたことを忘れたいがために、音楽とは一切関わらず、

 

空いた穴を、後輩を利用してその穴を埋め込み、

 

何もできなかったことを今更後悔する。

 

 

私の人生とはこんなものか。

 

一体何をしてきたんだ。

一体何がしたかったんだ。

 

その答えはもちろん私の中でしか見いだせない。

 

だが、私は答えを知る由もない。

 

それだけで今の自分を理解できる。

 

 

もう、『氷川紗夜』という人物は死んだも同然なのだ。

 

 

私は全てを捨てたあの日から、『氷川紗夜』の全てに絶望した。

 

 

そう思った次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

──プチッ

 

 

 

「うぐっ!…ぁああ!!」

 

 

何かが切れる音と同時に、強烈な頭痛に襲われた。

何故?

過度なストレスのせい?

 

そんな考えすら許さない激痛に声もまともに出せない。

 

ああ、ダメだ。

意識も朦朧としてきた。

視界もボヤけてきている。

それと同時に手足の感覚もなくなってきた。

 

まさか、これで終わり?

こんなのが私の最期?

 

こんな状況だというのに、情けないを通り越して笑いそうになる。

 

後悔しか見いだせない人生しか歩めなかった私にはお似合いの末路じゃないか。

 

そうだ、しょうがないんだ。

こんなことになっても文句が言えないようなことをしてきたのだから。

 

仕方ないんだ、

 

だから、

 

 

だから……

 

 

 

………………だからって、

 

 

 

「………………ぃゃ」

 

 

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

こんなの割り切れるわけ無い!

 

だってまだ何も成し得ていないのに!

何も満足していないのに!

何も、何もしていないのに!

 

なのにこれで終わり?

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ絶対に嫌だ!

 

けれど、そんな願いは虚しく意識がもう消えかかってきており、後悔しかなかったこの人生が走馬灯のように駆け巡った。

 

そのとき、ある一つのことに気づいた。

 

 

ああ、そうか。

 

 

 

たったそれだけのことだったんだ。

 

 

 

 

 

 

私は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

 

 

 

閉じた瞼に無理やり差し込むような光。

 

あまりにも眩しくて、真横に太陽があるのではないかとさえ思えた。

 

……ここは?

 

先程までいた場所とは違うことだけはわかったが、それ以外何もわからない。

 

『────ん』

 

光から声が聞こえた。

 

誰なのだろうか。

 

わからないけれど、何故かとても安心する。

 

『───ちゃん』

 

まだハッキリとは聞き取れないが、私の好きな声だ。

 

もっと聞きたい。

 

もっと聞いていたい。

 

私は、声のする光へと手を伸ばす。

 

『おねーちゃん』

 

ああ、懐かしい。

 

久しくそう呼ばれていなかった。

 

けれど、いつまでもそう呼んで欲しかった。

 

私にとっての光。

 

()にいつも寄り添ってくれる陽の光。

 

そう、それは私の妹の───

 

 

「──日菜」

 

「あ、やっと起きた?」

 

 

……え?

 

 

「……日菜?」

 

「珍しいねっ、こんな時間まで寝てるなんて。」

 

 

そこには昔、私が切り離したはずの妹が、

 

もう、会うことすらなかった妹が、

 

 

「早く起きないと遅刻しちゃうよ?」

 

 

()()姿()で、そこに立っていた。

 

 

 



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2話

1話の誤字が酷すぎました…。すいません。もしかすると、1話を後に分割するかもしれません。






 

「…おねーちゃん?」

 

 

目の前に妹がいる。

 

見捨てたはずの妹がいる。

 

もうどれだけ後悔したかわからない。

 

取り戻せるものなら取り戻したかった。

 

その妹が、

 

私の目の前にいる。

 

 

「…あ……、……ぁぁ…」

 

 

伸ばした手が日菜に触れる。

 

手の届くところに日菜がいる。

 

この際これが夢であってもいい。

 

日菜が側にいるという事実に感極まっていた。

 

 

「…ひ、日菜……」

 

「え、おねーちゃ…うわっ!」

 

 

私は日菜を思いっきり抱きしめた。

 

またいなくなるかもしれない。

 

馬鹿な私が、また遠ざけてしまうかもしれない。

 

そうなる前に、

 

そうなってしまう前に、自分のそばへ抱き寄せた。

 

 

「えぇ!?お、おねーちゃん?!」

 

 

日菜の体温を感じる。

 

本物だ。

 

幻覚だったらどうしようかと思ったが、本当に日菜がここにいる。

 

それがわかったと同時に、自然と涙が溢れてきた。

 

 

「おねーちゃん…?どうしたの?どうして泣いてるの?」

 

 

妹が、私を気にかけている。

 

とても嬉しいと思う反面、疑問にも思った。

 

何故怒らないの?

何故私に優しくするの?

私は、あなたを見捨てたというのに。

 

理由はわからない。

 

わからないけれど、

 

あなたが怒らないというのなら私は──

 

 

「………ごめん…なさい」

 

「…え?」

 

 

私は、ずっとあなたに謝りたかった。

 

ずっとそれができなかったことを後悔していた。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

 

許されようなどとは思っていない。

 

謝って済む話でもない。

 

だけど、何もしていない自分が嫌だった。

 

縁を切られることになったとしても、

 

もう二度と会えなくなることになったとしても、

 

それでも私は、あなたに謝りたかった。

 

 

 

「一人にしてしまって…」

 

 

 

あなたにも出来ないことがあることくらい知っていたのに、

 

 

 

「離れていってしまって…」

 

 

 

平気な顔して実は寂しがり屋だというのも知っていたのに、

 

 

なのに、

 

 

それなのに私は、あなたを一人にして……

 

 

 

「…本当に、ごめん………な、さい」

 

 

 

その言葉を言い終えたと同時に、私は再び眠りについてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

 

 

 

「おねーちゃん…?」

 

 

おねーちゃんはまた寝てしまったみたいだ。

部屋に入る前は、こんなことになるだなんて想像もしてなかった。

 

確かに、寝顔を見れたらラッキー、という考えはあったんだけど。そもそもあたしが起こしに行くというの自体珍しいことだった。

 

いつもなら寝坊なんて絶対しないのに。

最初は疲れているせいかな、なんて思ったけど、どうやら違ったみたい。

 

 

「というか、なんであんなに謝ってたんだろ…?」

 

 

あたしがおねーちゃんを怒らせることはいっぱいあるけど、あたしがおねーちゃんに怒ることなんて全然ない。

だからこそ、疑問に思っていた。

 

初めは何か勘違いしてるのかなって思ったけど、おねーちゃんの雰囲気を見ているとなんだかそういうわけでもないみたい。

だけど、心当たりはない。

 

 

「そもそも、一人だって感じたことなんてないんだけどなぁ…」

 

 

寝ているおねーちゃんの髪を撫でながらそう呟いた。

 

中学生になったあたりから距離を置かれている自覚はあったけど、それでも決して孤独になったと感じたことはなかった。

 

小さい頃、大半の人は、あたしの言っていることがわからない、と言って遠ざかっていった。それは今でも少しある。

 

だけど、姉だけは、おねーちゃんだけは絶対に傍にいてくれた。

あたしはそれがたまらなく嬉しかった。

 

おねーちゃんも、あたしの言うことが分かっていないときがあるというのは知っている。

だけど、私を一人にはしなかった。

おねーちゃんはいつでもそうだ。

 

だから、そんなおねーちゃんがあたしは大好きなんだ。

 

 

「なら、今度はあたしの番だよね。」

 

 

理由は今も全然わからないけど、今のおねーちゃんはあたしに近くにいて欲しいみたい。

あんなこと言ってたし、寝てるのにしっかりあたしのことを抱きしめてるんだもん。

 

だから今度は、あたしがおねーちゃんの傍にいてあげる番なんだ。

 

起きたらびっくりするかなぁ?まあ、今から()()に行っても遅刻確定だし、いいよね。

 

 

そうしてあたしは、()()にシワができることなんて気にせず、おねーちゃんと一緒にベッドへ横たわるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

 

 

 

「…………あれ…?」

 

 

 

目が覚めると、私は再びベッドで横になっていた。

 

…ああそうか、私はあの後また寝てしまったのか。

 

急にあんなことがあっては、驚くのも仕方ないとは思う。

 

だって、もう会えないと思っていた人が目の前に、

 

 

そう、妹が───

 

 

「…!…ひ、日菜!!」

 

 

そうだ、日菜がさっき目の前にいたんだ。

 

寝ている間にもういなくなってしまったのだろうか?

 

 

でもまだ、まだ言いたいことがたくさん…!

 

 

そう思い、起き上がろうとすると、私はずっと何かを抱きしめていたことに今更気づいた。

 

何か、というのも──

 

 

「…すぅ……、…すぅ…」

 

 

隣で妹が寝ていたのだ。

 

そういえば、意識を失う前に私から抱きしめた気が……

 

「~~~っ!」

 

思い出すと急に恥ずかしくなってきた。

 

つ、次話すとき、どんな顔して話せばいいの…?!

 

おおお落ち着くのよ氷川紗夜…!

日菜はまだ目を覚ましてないから、今のうちに考えて──

 

 

 

「…そういえばこの子、なんで高校の制服なんて着てるのかしら…」

 

 

 

最初目にしたときは気が動転して気にしていなかったが、今改めて日菜を見ると色々とおかしい。

制服だけじゃない。

 

なんというか……、全体的に幼い?

 

それにこの部屋……。

 

 

「…もしかして、実家?!」

 

 

もう何年も帰省していなかったが、間違いない。

 

この部屋は、()の私の部屋だ。

 

それに気づいた私は勢いよく体を起こし、部屋中を見渡した。

 

どこを見ても記憶にあるものばかりだった。

 

すると、部屋の隅に一つのギターケースを見つけた。

 

 

「…っ!…こ、これ……!」

 

 

中身を確認した私は思わず驚いてしまった。

 

ありえない

ありえない

 

これが、()()ギターが存在しているはずがない。

 

 

だってこれは…、

 

 

 

このブルーのギターは……

 

 

 

私が、Roseliaを脱退(・・)したときに、捨てたギターだった。

 

 

「…なんで、このギターが……」

 

 

 

ひとまずギターを置き、机や引き出しも調べる。

 

すると、そこには教材やファイルなどが整理されていた。

しかもその教材などは、全て“高校生”のものだった。

 

 

…まさか

 

いやそんなはずない。

 

そんな、非科学的なことが起こるわけが…!

 

 

そう考えながら、机の横にかけてあったカバンも調べる。

 

「…あった。」

 

見つけたのは私のスマホだ。

スマホも昔のものだったが、今はそんなことより今日の日付が気になっていた。

 

いや、日付というよりも、

 

 

「……『今は何年』」

 

 

私の疑問そのままの文を打ち込んで、検索してみる。

 

すると、ページの一番上に四桁の数字が表示された。

 

 

 

「………嘘でしょ…」

 

 

 

 

表示された現在の年は、私が高校二年の頃のものだった。

 

 

 

 

 

 

 




今回は短めです。


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3話

2話の投稿からかなり期間が空いてしまいほんとにすいませんでした…。

それでは、続きです。


 

たった四桁の数字を見ただけで体が硬直してしまう。

 

 

 

スマホの故障、もしくは私が正しく検索していないなどの可能性も考えたが、どれも該当しなかった。

 

 

 

つまりここは、私のいた世界より過去の世界ということになる。

 

 

私は、過去にタイムスリップしたということ…?

 

 

 

一番幸せだった、

 

 

一番氷川紗夜であり続けた、

 

 

 

そんな、今となっては夢のような時間に、

 

 

………………

 

 

………………

 

 

 

「………ふっ」

 

 

 

何を馬鹿げたことを。

もっと現実的な答えがあるじゃないか。

 

恐らくトリガーはあの頭痛だ。

 

死を悟ってしまうほどの頭痛で、私の脳内がおかしくなったんだ。

 

 

そう、

 

 

私はこんな幻覚を見るまでに壊れたんだ。

 

 

いつまでも過去に執着するから、

いつまでも前を向いて歩かないから、

 

 

ついに自分の頭で一番幸せだった世界を作り上げたんだ。

 

 

自分から捨て去ったくせに、

 

あとから欲しくなって、でも手元にないから自分で作り上げる。

 

 

一周回って笑える話だ。

 

 

氷川紗夜()であるための唯一()を捨て、

 

 

氷川紗夜(ロゼリアのギター)であるための全てを捨て、

 

 

最後には、捨て去った全ての幻を作り上げる。

 

 

 

…もう、何もわからない

 

 

 

 

氷川紗夜(自分)を捨てた今の“私”は、

 

 

 

 

 

 

一体誰なんだ─────

 

 

───────

 

 

────

 

 

──

 

 

 

 

 

 

 

気づけば、私は家の外へ出ていた。

 

私は、あの家に居てはいけない気がしたから。

 

だが、だからといってどこか行く場所があるわけでもなく、ただひたすら歩いている。

 

 

…………なんだか、私が職を失って放浪していた時期を思い出した。

 

 

その時も、目的もなく、意味もなく、ただただ現実から逃げていた。

 

逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて、

逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて、

 

もう逃げる道すらなくなった私はその場で倒れることしかできなかった。

 

 

…………

 

 

…あれ、

 

 

あの時は、どうなったんだっけ…?

 

 

確か、あの時は……

 

 

 

 

「え、紗夜さん?ど、どうしたんですかこんなところで?」

 

 

 

 

……ああ、思い出した。

 

あの時も彼女に助けられたんだった。

 

 

昔も変わらず、誰にでも優しい少女である、

 

 

 

「……つぐみ…」

 

 

 

 

ルームメイト(羽沢つぐみ)に、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

 

 

 

 

「それじゃあ、またねっ」

 

 

午前中授業だったため、今日はお昼前に学校は終わった。

バンド練習もないため私は帰る支度をし、教室を出る。

 

アフターグロウのみんなと遊ぶのも良かったのだが、前々から今日の午後は家の手伝いをすると約束していたのでこればっかりはしょうがない。

 

 

さて、少し駆け足で移動していたため、お手伝いの時間まで少し暇ができたことに気づく。

せっかくだし、ちょっと寄り道していこうかな?

 

 

恐らく今日午前中授業なのはこのあたりでは羽丘高校だけなのだろう。商店街には高校生はおろか小中学生もいない。

こんな時はいつも、自分たちだけ早く帰ることができることに少しの罪悪感と謎の優越感がこみ上げるのはなぜだろうか。

 

 

そんなことを思っていると、綺麗なエメラルドブルー色の髪の女性が立っているのが目に入る。

とても綺麗な髪なのだが、あの色は学校でもよく見かけるのだ。

 

 

氷川日菜。

 

 

1つ上の学年であり、天文部の部長を務めて…いる?先輩だ。

変わった感性を持っているのだが、頭が良くて、更にはアイドルというまさに才色兼備と呼ぶにふさわしい人だ。

 

だが、今目にしている人は日菜先輩とは違う箇所がいくつかある。

 

 

色は一緒でも、綺麗なロングヘア、

身長も日菜先輩よりも高い、

 

 

……もしかして、、

 

あれ、でも今日ってあの学校も午前中授業だったっけ…?

 

そう思ったときには、私はその人に声をかけていた。

 

 

 

「え、紗夜さん?ど、どうしたんですかこんなところで?」

 

 

 

今更ながら、急に声をかけて迷惑だったかな?……なんて不安は、

 

 

 

 

「……つぐみ…」

 

 

 

 

シンプルかつ予想外な返答によって吹っ飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

 

 

 

羽沢珈琲店。

 

 

私の実家が経営している喫茶店である。

 

先ほど言った家の手伝いというのは勿論お店のお手伝いのことであり、手伝いこと自体は昔からやっていることなので、接客することに今更緊張などはしない。

 

 

…………しないのだが、

 

 

 

「すいませーん、注文いいですか?」

 

 

 

私、羽沢つぐみは……、

 

 

 

 

「ひゃ、ひゃいっ!!い、いま行きまひゅぅ!!」

 

 

 

 

過去最高にテンパっている。

 

 

 

 

どうしよう、どうしよう?!

 

こんなの今までになかったから対処法がわからない。

 

対処法はわからないが、こうなった原因は分かっている。

 

 

 

『……つぐみ…』

 

 

 

紗夜さんにそう呼ばれた。

 

たったそれだけだ。

 

たったそれだけなのに、、

 

 

紗夜さんからは「羽沢さん」と呼ばれていたはずだ。

 

それがなんで急に名前で…??

 

名前呼びはいいとしても、なんで私はこんなに動揺しているのだろうか?

 

呼び捨てだって、色んな人からもされているのに。

 

 

 

 

 

………だが、私はすぐに冷静になった。

 

 

 

余計な考えは、カウンターの隅に座っている紗夜さんを見るとすぐに消えていった。

 

違うんだ。

 

今考えるべきことはそんなことじゃないんだ。

 

考えるべきはあの人の表情(・・)のこと。

 

 

全てを諦めてしまったかのような表情で、まるで生気を感じられない。

 

 

そんな表情をしていたため、私は半ば無理矢理にお店に入れてしまったんだ。

 

事情は全くわからない。

どういった経緯があったかも知らない。

 

 

ただ、放っておけば紗夜さん自身消えてしまうのではないか……

 

 

そう思ってしまったのだ。

 

 

余計なお世話だったのかもしれない。

ただの勘違いかもしれない。

 

だけど、これだけは言える。

 

 

 

あの人には、あんな表情でいて欲しくない。

 

 

 

ただその一心で、休憩をもらった私は紗夜さんの隣へ座った。

 

 

「あ、あのっ!急にお店に入れたりしてすいませんっ!…迷惑、でしたか?」

 

「…え?……ああ、違うのよ。むしろ落ち着くところへ行きたかったから助かったわ。」

 

そういうと紗夜さんは笑って頭を撫でてくれた。

その行為に戸惑いはしたが、相変わらず元気のない紗夜さんを見ると心が落ち着かない。

 

 

「…どうして」

 

「え?」

 

「どうして、そんな顔しているんですか…?」

 

 

直接聞くつもりはなかったのだが、思わず聞いてしまった。

 

いつも凛としている紗夜さんが、

いつも優しい笑顔を向けてくれる紗夜さんが、

 

どうしてこんなにも元気をなくしているのか、それが気になった。

 

 

「……つぐみは…、いや違うわね……確かまだこの時は…、羽沢さん。」

 

 

慣れない呼び方から普段の呼び方へ戻した紗夜さんは、

 

 

「……」

 

 

私の目を見つめて、

 

 

 

 

「…氷川紗夜とは、どんな人ですか?」

 

 

 

 

そう、問いかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * *

 

 

 

 

 

「…氷川紗夜とは、どんな人ですか?」

 

 

 

などと、思わず言ってしまったことを後悔する。

 

何を言っているんだ私は。

 

そんなことを聞いてどうすると言うんだ。

 

それに、聞かれたつぐみだって困ってしまうじゃないか。

現に戸惑った顔をしたまま固まっている。

 

もう、恩人をこれ以上困らせてはダメだ。

 

早くここから出よう。

 

 

「ごめんなさい羽沢さん。今のは忘れて?」

 

 

そう言って立ち上がり、出口へ向かった。

 

 

 

「それでは、さような──」

 

「待ってください!!」

 

 

と、叫ぶつぐみに袖を掴まれた。

 

予期していない行動だったため、少し体勢が崩れる。

 

 

「は、羽沢さん…?」

 

 

どうしたのだろうか?

私が何か失礼なことをしてしまったのか?

 

考えていると、つぐみは私を見つめ口を開けた。

 

 

 

「私にとっての紗夜さんは、いつも凛々しくて、とても真面目で、頼りになる先輩です!」

 

 

 

………

 

 

……思わず目を見開いてしまった。

 

……あなたという人は、

 

あんな意味のわからない問いに、わざわざ答えてくれるなんて。

 

 

「…そう。ありがとう。」

 

 

本当に嬉しい。

 

そこまで高評価をされていたとは思っていなかったから。

 

 

 

だけど、

 

そんな私は、もうどこにも──

 

 

「ですけど!!」

 

 

また、声を大きくしてこちらを見つめるつぐみ。

 

 

「本当は、違っているのかもしれません。」

 

 

つぐみは一歩、私に詰め寄る。

 

 

「私が知らない紗夜さんがいるのかもしれません。」

 

 

さらに一歩、私へ詰め寄る。

 

 

「でも、それでも私にとっては、()()()()()()が全てです!」

 

 

私の目をじっと見つめ、つぐみはそう言った。

 

今のは全て、本心だと目を見ればわかった。

 

 

「紗夜さんは、ご自身のことをどう思っているんですか?」

 

 

呆気を取られていると、今度はつぐみから質問された。

 

私のことをどう思っているか…、ですって?

 

そんなのは決まっている。

 

嫌いだ。

大嫌いだ。

 

考えれば考えるほど、そんな言葉しか出てこない。

 

 

「……私は──」

 

「嫌い、って思っていたりしませんか?」

 

 

!?

なぜわかったの?

安直だがそう思ってしまった。

 

 

「私も、同じようなことを思っていたことがあります。」

 

その時と同じ顔をしている、とつぐみは言う。

 

 

「紗夜さん」

 

 

わたしを呼ぶ彼女の顔から目が離せない。

 

 

 

「ご自身のことを嫌いと思っているのは、()を変えたいと思っているからですよ。」

 

 

 

────っ

 

 

今を、変える。

 

その言葉が耳に残る。

 

変わりたい。

 

確かにそう思っているのかもしれない。

 

 

………だけど、

 

 

「…変われないわよ、私じゃあ……」

 

 

…何年経っても変われない自分に、どれだけ失望したことか。

 

 

 

「変われますよ、誰かと一緒になら」

 

 

「…誰かと、一緒……」

 

 

 

 

…思い返してみればそうだ。

 

会社を辞めてからつぐみと再会したことで私生活が変わった。

 

新しい会社で、中村さんと長瀬さんに出会ってからも社内での生活も変わった。

 

何か変化したときは必ず誰かと一緒にいる時だった。

 

…全く、後輩に律されるなんて、私はホントに堕ちたものね。

 

だが、不思議と悪い気分ではなかった。

 

 

「…あなたは、変われたの?」

 

「私、ですか?」

 

 

先ほどつぐみは、同じようなことを思った事があると言っていた。

 

そのつぐみは、どう変わったのだろうか…

 

 

「今はまだ変わっている最中ですよ!」

 

 

変わっている最中。

 

つまり、完全には変われていないということだ。

 

だというのに、つぐみは何故か嬉しそうだった。

 

それを問いかけようとしたが、それより先につぐみが答えた。

 

 

 

 

「そのいつも通り()を楽しむのが、私たち(アフターグロウ)のモットーですので!」

 

 

 

 

………

 

 

………これだ。

 

 

………これだったんだ。

 

 

私に足りなかったものは。

 

 

『今を楽しむこと』

 

 

今までの私は、

 

妹に負け続けた“過去”と、ロゼリアの“未来”にしか目を向けていなかった。

 

だからこそ私はかわれなかったんだ。

 

 

何故なら、変われるのはそう思った“今”しか出来ないからだ。

 

 

 

「……羽沢さん、ありがとう。」

 

「いえいえ!紗夜さんの顔色が良くなったみたいなので安心しました。」

 

 

つぐみにお礼を言い、今度こそお店から出た。

正直もっとつぐみと話していたかったが、流石にこれ以上いると店側の迷惑になるだろう。

 

 

それに、今は家へ行くべきだと思った。

 

 

 

 

私は、今度こそ変わらないといけないんだ。

 

 

25歳の私が何故この時代にいるのか、

 

これは幻覚なのか、夢なのか、

 

 

そんなことはもう気にしない。

 

 

恐らく“この機会”を逃すともう次はないだろう。

 

だからこそ、私は前を向くしかないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

……もういいでしょ?

 

 

……もう飽きるほど後悔したでしょ?

 

 

もう、失うものがないほど全てを捨てたでしょ?

 

 

もう、これ以上自分のことを嫌いになりたくないでしょ?

 

 

 

なら、私は()()を変えるしかないんだ。

 

 

 

 

そう、

 

 

 

名も無い者(今の私)が、

 

 

 

 

再び『氷川紗夜()』になるために───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





というわけで、プロローグ的な話は終わりです。
次から本編になりますので、次もよろしくお願いします。




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4話

 

初めは、何を言っているのかわからなかった。

 

 

 

 

 

そんなことを言われるなんて、考えたことがなかったから。

 

 

 

 

 

誰かが嘘だと言ってくれると思っていた。

 

 

 

 

 

でも、これが現実だった。

 

 

 

 

『………紗夜、』

 

 

 

 

 

その日私は、

 

 

 

 

 

 

 

『…今日限りで、あなたはRoseliaを抜けてもらうわ。』

 

 

 

 

 

 

 

自分の居場所を失ったのだった───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

羽沢珈琲店から家へと帰ってきた私は、真っ先に日菜の様子を確認した。

…まだぐっすり寝ている。本来なら昼過ぎまで寝ていたりしたら即刻起こすけれど、私のために学校まで休んだのだ。今はそっとしておこう。

 

……いいえ、違うわね。

私が妹に接触するのを未だに怖がっているだけだ。

体は高校生とはいえ中身は25歳。

いい大人がホント情けない。

 

けれど、今はそんなことを気にしている暇なんてない。

むしろ、しっかりと受け入れて先に進んでいくしかないのだ。

 

つぐみとの話で決意したこと…

 

 

『今を楽しむ』

 

 

そのためには、情けない“今”の自分も受け入れなければならない。

そうでなければ、私はいつまでも変われないんだ。

 

 

……“今”といえば、

高校時代ということはわかったけれど、正確な時期まではわからない。

 

わからないというよりは思い出せない、という方が正しいか。

 

日付はスマホで確認できたが、そのとき何があったのか、などが思い出せない。

 

 

何故それが知りたいかというと、今この瞬間の“私”がどういった人間関係を築いているかがわからないからだ。

つぐみにしても、大人になってからは名前で呼び合う仲であったが、高校時代、私は名字で彼女のことを呼んでいたはずだ。

 

それを考えていくと、つぐみは私のことを『紗夜さん』と呼んでいたから、少なくともお菓子作り教室を参加した後だろう。

 

他にも手がかりは……

 

……………

 

……ダメね。全然わからない。

 

学校に行けばある程度はわかるのでしょうけど、今日私は体調不良で欠席となっている。日菜に聞く手もあるけれど、今は寝かせてあげないと。

 

 

「……そうだわ、電話。」

 

 

学校に行けないのなら電話で確認すればいい。

こんな簡単なことをすぐに思いつけなかったあたり、私の人に頼ることの下手さがにじみ出てる。

 

とりあえずスマホの通話アプリを起動させ、連絡先を持っている人の一覧を見てみる。

 

 

そして私は、登録してある人数を見て驚愕した。

 

 

「………う、嘘でしょ…」

 

 

お、多すぎる……!

 

こんなに連絡先登録して何をするというのよ。

社会人になってからは仕事上仕方なく登録している人を除けば、つぐみ、長瀬さん、中村さんとあと二、三人程度しかいない。

Roseliaのメンバーはおろか、家族の連絡先ですら持っていなかった。

 

 

スマホの画面をスクロールしていくと、懐かしい名前が目に入ってくる。

すると、とある名前を見つけ手を止めた。

 

宇田川あこ。

当時中学生だった彼女は、Roseliaのオーディションを受けて見事合格したドラム担当。

メンバーで一番年下で昔は背も一番低かったが、大学生になったあたりからは他のみんなと同じくらいにまで身長が伸びていたことを思い出す。

そういえば、つぐみのバンドメンバーに姉がいたような……。

その姉も背が大きかった記憶がある。流石は姉妹といったところか。

 

と、いけないいけない。

誰に電話するか探さないと。

確かこの子は今中学三年生だった気がする。他の人にしたほうがいいだろう。

そう思い、再び画面をスクロールさせていく。

 

「あ、この人なら……。」

 

同級生で同じ学校の人をやっと見つけ、私は迷わず通話ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

────ざわざわ

 

 

 

 

教室内が騒がしくなっている。

 

今日が決して特別な日というわけでもなく、ただいつも通りの平日の学校の休み時間。

 

これだけならばクラスの人たちがざわつく理由がないように見える。

 

ただ一つ、いつもと違うところがあるとすれば、

 

 

“クラスの風紀委員が欠席してる”、ということだった。

 

 

恐らく、他の学校であればこれだけで騒ぐこともないだろう。

 

けれど、花咲川女子学園に限ってはそういうわけにはいかない。

 

 

氷川紗夜。

 

 

生徒会と風紀委員を兼任しながら、更に弓道部にまで所属している。

そのストイックさは学園内のほとんどの人が認めているが、その近寄りがたい雰囲気のせいか気軽に話せる人はなかなかいないようだ。

 

……かくいう私も、以前まではそうだった。

 

しかし、Roseliaに入って一緒にバンド活動してからは氷川さんとはそれなりに仲が深まった…はず。

 

 

…だからこそ不安に思う。

自分自身にはより一層厳しい氷川さんが、体調を崩してしまうなんて考えもしなかったからだ。

 

 

……何かあったのかもしれない。

 

 

 

 

 

………あったのかもしれないが、

 

 

 

 

…ただ、今は心配よりもとてつもなく混乱している。

 

 

 

 

 

『もしもし()()?今少しいいかしら?』

 

 

スマホ越しに聞こえる氷川さんの声。

 

自分の名前を呼ばれているはずなのに、初めは誰の名前を呼んでいたのか理解するのに時間がかかった。

 

昨日までとは明らかに違う呼び方。

 

それに心なしか氷川さんの声が柔らかくなっている気がする。

 

あれ…?氷川さんと私っていつもこんな距離感だったかな…??

 

 

『……燐子?』

 

 

無言でいたため氷川さんがまた声をかけてくる。

どうやら名前で呼んでいたのは聞き間違いではなかったようだ。

 

これは……、私も名前で呼ばないといけないのかな…?

いやでも、氷川さんも急に名前で呼ばれたら戸惑うんじゃ…。

 

「…あ、あっ……あの……!」

 

ど、どうしよう…、なんて言えばいいんだろう…。

そもそもあこちゃん以外の人と電話するのも未だに緊張するのに…

と、とりあえず……

 

「た、体調の方はもう大丈夫……ですか…?!」

 

名前のところは触れず、今クラスのみんなが気になっていることをまずは聞いてみた。

 

『ああ、体調は……そうね、大丈夫よ。朝少し気分が悪かっただけだから。』

 

「…そう、ですか……。」

 

朝少し気分が悪かった……。

他でもない氷川さんであればそれでも学校に来そうだが…、本人がそういうのであればそれ以上踏み込まないほうがいいよね。

 

「…それじゃあ、今日の放課後のバンド練はお休み…ですか?」

 

『そうね……。今日、練習後のミーティングはあったかしら?』

 

「……え?」

 

 

……珍しい。

 

氷川さんが予定を忘れてしまっているなんて。

結論から言うとミーティングはあるのだが、今日のミーティングは氷川さんの提案で予定されたものだ。

 

……まさかまだ体調が悪いんじゃ…。

 

しかし、とりあえず聞かれたからには答えないと…。

 

「そう…ですね。今日はミーティング…ありますよ。」

 

『そう。なら、そのミーティングだけ参加するわ。』

 

「……あの、まだ体調が戻っていないのなら……休んだほうが…」

 

『いえ、大丈夫よ。少し体を動かしたいと思っていたところだったから。』

 

「…そう、ですか?なら…いいん…ですけど……。」

 

もしかしたら無理をしているのかもしれないが、氷川さんが元気そうだったので内心ホッとする。

 

 

『…ところで燐子』

 

「…っ!?…は、はい……?」

 

 

ダメだ、そう呼ばれるだけで緊張する……

 

 

『…今日は、何か特別なこととかあったかしら?』

 

 

……??

と、特別な、こと??

な、なんでそんなことを聞いてくるんだろう……

 

「…え、えっと……」

 

はっきり言って、今日はミーティングがある程度で普段と変わらない。

だけど、わざわざ聞いてくるということは何かあるのだろうか…?

 

………

 

………

 

…どうしよう、ホントに何も思いつかない…

 

で、でもなにか言わないと……!

 

 

『……燐子?』

 

「あ、ああ、あの……!」

 

 

 

その瞬間、

 

 

 

「……ひ…」

 

 

「…ひ?」

 

 

 

私の頭は真っ白になり、

 

 

 

 

 

 

 

 

「…氷川さんに名前で呼ばれたことですっ!!」

 

 

 

 

 

 

…と、勢いのまま答えてしまい、そのまま通話を切ってしまった。

 

 

………

 

 

……思いのほか大声になっていたようで、クラスのほとんどが私に注目していた。

 

 

………

 

 

………どうしよう、

 

 

 

 

「……今日、休んじゃダメ…かな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

「……はぁ~…」

 

 

ため息をつきながら、通話を終了したスマホを静かにテーブルに置く。

 

全く、自分の失態に呆れ果ててしまう。

つぐみの時に、呼び方には注意しないといけないと学んだばかりなのに…。

 

放課後のミーティングへ参加するときはほんとに気をつけないと。

燐子や()()であれば、疑問を抱くことはあっても恐らく深くは追求してこないでしょうけど、()()()()()はそうはいかないだろう。

明確な答えを知るまで質問の嵐になることが容易に想像できる。

 

 

とにかく、今は放課後までやることがないので、PCやスマホを使いネットニュースなどからこの時代の情報を収集することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

数時間に渡り情報を集めてみたが、やはり有益な情報はなかった。

といっても、初めから期待していなかったため然程気にせず、今はライブハウスへ向かっている。

 

学校を欠席しておいて、外を出歩くなんて先生に見つかってしまったら怒られしまうのかしら…?

まあ、ミーティングだけなので大目に見て欲しい……、なんて考え、高校生だった頃の私なら絶対に思わなかったでしょうね。

 

 

………そして、

 

 

 

「……懐かしいわね、ここも。」

 

 

 

 

ライブハウスについた私は、今みんながいる部屋の前まで行きドアノブに手をかける。

 

 

ここでひとつ深呼吸…。

 

 

…そう、一度落ち着きましょう。

 

「…すぅ……」

 

数年ぶりにRoseliaのメンバーに出会う。

それを意識するだけで心臓の鼓動が早くなっていくのが分かる。

 

 

「…はぁ……」

 

 

もろもろの不安を全て吐き出す。

 

大丈夫、今は()()私はRoseliaの一員なのだから何も心配いらない。

 

 

大丈夫……

 

 

 

大丈夫………

 

 

 

…………………多分

 

 

 

 

「………よし。」

 

 

 

 

気持ちを整理した私は、ドアをゆっくりと開ける。

 

 

 

 

そこには───

 

 

 

 

 

 

 

「紗夜さんっ!待ってましたよ!!」

 

 

「あ、紗夜~!学校休んだって聞いたけど大丈夫?」

 

 

「さ……氷川さん、体調は、どう…ですか…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ぁ」

 

 

 

 

───ああ、変わらない。

 

 

過去であっても、この場所は何も変わらない。

 

 

あこ、

 

リサ、

 

燐子、

 

 

外見は少し違えど、本質は何も変わってない。

 

みんなが作り上げてくれているこの温かな空間が、昔の記憶を蘇らせる。

 

一緒に夢を追い求めたこと、

 

私を支えてくれたこと、

 

苦楽を共にした最高の仲間との思い出、

 

 

「………っ」

 

 

……ダメだ、もう泣きそうになってしまっている。

 

 

…って、違う違う。

そんなことをしに来たんじゃない。

 

それに、()()()はこのメンバーの前であっても涙は見せなかったはず。

 

これ以上の失態は許されない。

 

 

そう思い、震える足を無理やり動かし一歩前に出した。

 

 

 

 

その時だった、

 

 

 

 

 

 

 

 

「紗夜?」

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

 

不意に後ろから私の名を呼ぶその声を、私はよく知っている。

 

 

忘れるわけがない。

 

忘れられるわけがない。

 

 

何故なら、その声で私の夢は始まり、

 

 

 

その声で、私の夢が終わったのだから。

 

 

 

 

「…紗夜、何をしているの?」

 

 

 

 

確かめるまでもなかったが、私はゆっくりと声のする方へ振り向く。

 

 

スラッと靡く銀髪から、私を見つめる目が見える。

 

 

その目は私をじっと捉え、私の返答を待っている。

 

 

恐らく、()()が一番変わっていない。

 

 

昔から変わらない()()()のことを、私はよく知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……湊、さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 



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5話

この場を借りて、皆様にお礼を。
四話目にして赤バーになるまでの評価をしていただいてホントにありがとうございます。
更新遅めになるとは思いますが、気長に付き合っていただけると幸いです。




せっかく落ち着かせた胸の鼓動が、再び激しく動き出す。

 

 

何を言われたわけでもない。

 

 

何かされたわけでもない。

 

 

 

ただ、この少女の姿を見ただけ。

 

 

 

「…湊、さん。」

 

 

 

湊友希那。

Roseliaのボーカル。

バンド結成前までは、孤高の歌姫などと呼ばれていた。その異名に負けず劣らずの歌声で名を馳せていた。

そして、私含め他のメンバーもその歌声に惹かれ、Roseliaが結成することになったのだ。

 

 

「紗夜、早く来なさい。ミーティングを始めるわよ。」

 

 

練習に関しては人一倍ストイックで、私以上に妥協を許さない。

それは音楽に対する情熱が、誰よりもあることを示しているのだった。

 

「すいません、今日休んでしまって…」

 

「それはもういいわ。紗夜なら、私が何も言わなくても埋め合わせするでしょうし。」

 

「…そう、ですね」

 

 

…ダメだ、目を合わせられない。

 

 

“今”はRoseliaの一員なのはもうわかっている。

 

 

 

……わかっているのに、、

 

 

 

『…あなたとはもう───』

 

 

 

「──っ!」

 

声を聞くと、友希那から脱退するよう言われたときのことを思い出す。

それほど、私にとってRoselia脱退はトラウマになっている。

私が“原因”だったとはいえ、それだけこの件はショックな出来事だった。

 

「それじゃあ始めるわよ。今日は、次のライブの日程と場所。それから──」

 

友希那主導でミーティングが始まった。

 

相変わらず言葉足らずな友希那をリサが補佐し、

 

元気に発言してくれるあこだが、擬音語ばかりで皆が首を傾げ、

 

控えめではあるが、有力な意見を燐子が言う。

 

それの繰り返し。

 

そう、これだ。

これがいつもやっていたミーティングだ。

 

それを客観的に見る私が、気になった点を指摘し、更に話を広げていくのだが…

 

 

「………っ」

 

 

もう、涙をこらえるのに必死だった。

しかし、これは先ほどの懐かしさや嬉しさからではなかった。

 

今、私の心を支配している感情は、

 

 

“何故、私は彼女たちとずっと一緒にいられなかったのだろうか”

 

“何故、私は彼女たちの期待に応えられなかったのだろうか”

 

“どうして、脱退してしまったのか──”

 

 

──“後悔”

 

日菜に対して劣等感を抱いていた時よりも、この感情が私の心を蝕む。

 

 

「さ~よっ!☆」

 

「ひゃっ!?」

 

 

突然声をかけられ、思わず変な声を出してしまった。

先程までの負の感情が嘘のように消え、頭が真っ白になる。

 

「あ、あはは~…。いやー、ずっと黙り込んでたからさ~。どうしちゃったのかな~、って。」

 

「…え?ああ、す、すいません……」

 

どうやら思っていた以上の時間、ずっと黙っていたようだ。

振り返ってみれば、友希那と会話して以降何も喋っていなかった。

…確かに、これは心配されても仕方ないわね。

 

「…少し、考え事をしていただけだから。」

 

声をかけてくれたのはリサだが、周りを見る限りみんな私を気にかけてくれていたみたいだ。

それに、私が過剰に反応してしまったものだからリサがかなり不安げな顔をしている。

…多分、私を驚かせたことを気にしているみたいだ。

 

普段明るいので誤解されやすいが、リサはこのメンバーの中で一番繊細な人だ。

リサには非がないことがちゃんと伝わっていればいいけど…

 

 

「そ、そっか~!それならよかっ──」

 

 

 

……

 

………?

 

…何故か、リサは途中で話すのをやめた。

 

それに、みんなが私を見ている気がする。

 

……さっきの私の声はそんなに間抜けだったかしら?

 

いや、どうやら違うみたいだ。

 

友希那でさえ、驚いた表情をしている。

 

ということは別のことで───

 

 

「……あれ?」

 

 

自分の頬から、何かが流れていることにようやく気づいた。

 

…え、なにこれ……?

 

その正体は、頬に触れることですぐにわかった。

 

Roseliaのみんなに会えたことの嬉しさ、

それと、先ほどの自責の念、

 

 

それらによって溜まっていた涙が、驚いた拍子に零れおちていたのだ。

 

 

……

 

………

 

…………マズイ、

 

何がマズイって、状況だけ見るとこれは…

 

 

 

「さっ、紗夜……、ごめっ…、アタシ、そんなつもりじゃ…!」

 

 

 

リサが私を泣かせたように見えてしまっている。

現にリサの顔は青ざめている。

 

これは非常にマズイ。

リサの善意を完全に無駄にしてしまった。

とりあえず、私がここにいては気を使わせてしまう。

 

そう思うと私は立ち上がり、

 

 

 

「…っ、少し出ます…!」

 

 

 

 

部屋を飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

外に出た勢いのまま私は手洗い場へ駆け込み、鏡の前で立ちすくむ。

自分のあまりの情けなさに足が動かない。

 

「バカっ…、バカっ…、ホントにバカっ…!」

 

水道から出した水を手ですくいパシャパシャと顔にかける。

顔を上げると、相変わらず情けない自分が写っている。

 

リサが繊細な人だと思い返したばかりなのにこの失態。

自身の学習能力のなさが嫌になってくる。

もう、今日は帰ったほうがいいのかもしれない。このままいても邪魔になるだけ……

 

……いや、

 

「……それこそダメだわ」

 

今帰ってしまえば、リサは余計に責任を感じてしまう。

それだけは絶対ダメだ。

私だけではない、リサはRoselia全員の支柱といってもいい。そのリサに何かあれば、それはバンドメンバー全員に影響が出てしまう。

 

「…ちゃんと話し合わないと。」

 

私がこうしている間も、恐らくあの部屋は気まずい空気になっているに違いない。

 

断言できる。

“今”、ちゃんと向き合わないと絶対に後悔する。

これ以上、悔いを残すことは出来ない。

 

もう一度みんなのところへ行こう。

 

 

そう思い、手洗い場から出ると、

 

 

「あっ…!」

 

「っ!?リ…今井さん!?」

 

 

外にいたリサとぶつかりそうになった。

どうやら、私が出てくるのを待っていたようだ。

 

「今井さん、どうしてここに?」

 

「あ、いや~…その、さ。」

 

リサは目を泳がせ、私と目を合わせようとしない。

かと思えば、すぐに私の目をジッと見つめてくる。

 

 

 

……その目を、私は()()()()()

 

 

 

 

 

そして、このあとの言葉も…

 

 

 

 

 

 

 

───────────

 

────────

 

──────

 

────

 

───

 

 

 

 

『 …では、私は今日限りで…』

 

 

控え室を出て、出口へ向かうため廊下を歩く。

 

ライブが終わったあといつも歩いていた廊下なのに、今日はとても長く感じる。

 

足が重い、

 

吐き気がひどい、

 

うまく呼吸ができない、

 

背負っているギターを、これほどまでに投げ捨てたいと思ったことはない。

 

いや、実際にもう捨てるんだ。

 

ギターも、今まで抱いていた夢も。

 

早く出よう。

 

それでもう、全て終わりだ。

 

……そう、思っていた時だった。

 

 

『待って紗夜!ちょっと待って!!』

 

 

後ろからリサが大声で私を呼んだ。

 

『ねぇ、もう一回話し合お?こんなのいやだよアタシは!』

 

走り寄ってきたリサは私の腕を掴み、必死に呼び止める。

 

 

今思えば、この瞬間が最後の“分岐点”だったのかもしれない。

 

 

ここで、リサの言葉を信じていれば……

 

ここで、リサの手を取っていれば……

 

だけど、馬鹿な私には無理だった。

 

 

『……もう、関係ないでしょ?』

 

『…え?』

 

 

そう言うと、私はリサの手を振りほどいた。

 

 

『私はもう、あなたたちの仲間ではありません。』

 

『…さ、紗夜……』

 

『…………っ』

 

 

今度こそ何があっても振り向かないと心に決め、私は再びドアの方へ向かう。

 

一歩、一歩と重たい足を動かし、徐々に出口へと近づく。

 

 

……もう、これで最後だ。

 

 

そう思い、ゆっくりとドアを開ける。

 

その時、背後に居るリサが泣きながら私に言った言葉。

 

 

そしてそれが、今井リサと話した最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ごめんなさい』

 

 

─────

───

──

 

 

「……ごめんなさい!」

 

 

この言葉を聞いて、あの時のリサを思い出した。

 

いや、思い出したのはあの時の“自分”か。

 

この状況、この言葉、

それら全てが同じということは、今もそうなんだろう。

 

ここは、一つの“分岐点”なんだ。

 

そして、昔の私は間違えた。

 

なら私は、もう間違えるわけにはいかない。

 

 

「……今井さん、顔を上げて?」

 

「……?」

 

 

リサは未だに不安げな顔を浮かべている。

……全く、どこまで心配症なのよ貴女は。

 

 

「……ありがとう。」

 

「……え?」

 

「私に気を使って声をかけてくれたんでしょ?…だから、ありがとう。」

 

「え、えぇ!?」

 

 

どうやら、私がこんなことを言うとは思ってなかったのだろう。

リサはさっきまでの暗い顔から一変して、困惑の表情となった。

 

「泣いてしまったのは、その、寝起きで涙が目に溜まっていたのよ。」

 

「そ、そうなの…?」

 

「ええ。だから、貴女は何も悪くないわ。」

 

話をしていくうち、徐々にリサの顔に安堵の表情が見えてきた。

 

「そ、そっか~。いやー、紗夜が泣いた時は焦ったよ~」

 

リサはそう言うと、強張っていた肩をすっと落とした。

 

………

 

………あの時も、

 

…………あの時にも、こうやって接していれば、何かが変わったのだろうか…?

 

もちろん、そんなことを考えても意味はない。

 

…意味はない、けど、

 

 

「良かった~♪」

 

「……」

 

 

少なくとも、“今”リサを笑顔にできたことは必ず意味があったはずだ。

 

 

「…ん?紗夜?」

 

「…何でもないわ。さぁ、みんなにも誤解を解いておきましよう。」

 

「オッケー!」

 

 

こうして部屋に戻った私たちは、みんなにも事情を説明し、なんとか無事に今日のミーティングは終了した。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

「それじゃあ、私はフロントに行ってくるわね。」

 

「はい、お願いします。」

 

 

ミーティング後、友希那は部屋の鍵を返しに行っている間、私は一人で自販機へと向かった。

別に喉が渇いたわけではなかったが、少し一人で今後について考える時間が欲しかった。

 

もちろん、根本的なことは“今を楽しむ”ことだが、具体的にどう行動するかは決めていない。

それに、今日Roseliaのメンバーと直接会って思ったことがある。

 

私は無意識に、みんなから一定の距離を空けてしまっているということだ。

もちろん頭の中では、今私はRoseliaのメンバーであることはわかっている。

しかし、脱退して以降みんなとは関わっていなかったためか、どうしても気まずさを感じてしまう。

 

中でも、友希那とはまともに会話ができていない。

声を聞くたびに、あの時の言葉が脳裏に響いてしまう。

 

………ダメだ、

 

…………これではダメなんだ。

 

このバンドは、頂点を目指すグループなのに、

 

こんな腑抜けたメンバーがいてはダメなのに、

 

結局、私は未だに脱退した事実を受けいれられていなかったんだ。

 

 

「………どうしたものかしらね…」

 

 

Roseliaとして私は音楽を続けていきたい、これは私の本心だ。

 

だけど、私はみんなの隣に並ぶ勇気がない。

 

…………なにか、

 

……………なにかないか、

 

名実ともに、私はRoseliaのメンバーだと、証明できるきっかけは…

 

 

 

 

 

 

「それって、あたしたちのことは眼中にないってことですか?!」

 

 

 

すると、フロントの方から聞いたことをのある声が聞こえてきた。

 

これは確か……

 

 

「ちょ、ちょっと“蘭”!」

 

 

蘭……?

 

………

 

…………そうだ、美竹蘭。

 

確か、つぐみのバンドのボーカルだったわね。

 

にしても、何だか怒っているような……

 

そう思い、フロントへ行ってみると、つぐみを除くAfterglowのメンバーと、Roseliaのメンバーが揃っていた。

 

 

「比べるまでもないってことは、当然RoseliaがAfterglowよりも上だと思ってるってことですよね?」

 

「……?言葉の通りよ。」

 

 

どうやら、美竹さんと友希那が何か言い合っているようだ。

 

それにしても、二人のセリフといい、この状況といい、何か覚えあるような……。

 

 

……そういえば、RoseliaとAfterglowで対バンをしたことがあったわね。

 

当時は、何故わざわざ他のバンドと対バンという形でライブをする必要があるのかと疑問を抱いていたが、

いざやってみると確かに効果があったこと身を持って体感した。

 

 

 

 

それはまさに、

 

 

 

 

 

 

互いが互いを高め合うような───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────あ」

 

 

 

………

 

ふと、あることを思いついた。

 

当時の私であれば、思いつかないような、突拍子のないことを。

 

しかし、これはまさに“きっかけ”になる。

 

私が変わる絶好の機会になる。

 

この上ない、成長のチャンスに。

 

 

 

「……湊さん、何をしているんですか?」

 

「紗夜…。」

 

 

私はきっかけを作るために友希那に話しかけた。

正直、まだ話すのはかなり辛い。

 

だが、それ以上に“これ”をやってみたいと思ったのだ。

 

 

「先ほどから聞いていましたが、どうやら双方に食い違いがあるようですね。」

 

「…食い違い、って?」

 

「…紗夜、なんのこと?」

 

 

私の言葉に両者が首を傾げてる。

 

 

とりあえず私は、友希那が本当に言いたかったこと、そして、何故美竹さんが怒っていたのかを説明した。

 

「──とまあ、誤解が解けたところで、二人共、まだ何か言いたいことはありますか?」

 

「……別に、ないですけど…」

 

「私も特にないわ。」

 

二人のその言葉に、周りでずっと見ていたメンバーがホッと肩を下ろした。

 

 

そんな中、私は再度友希那の方へ向く。

 

 

ここからだ。

 

 

私がやりたいことは。

 

 

「湊さん、少し話があります。」

 

「…?何かしら?」

 

「…………」

 

「…紗夜?」

 

 

言葉が詰まる。

 

実際に“これ”を口に出していうのは、やはり抵抗が有る。

 

私は少し間を空けてから、再び口を開いた。

 

 

「今後についてですが、どこかのバンドと対バンをするというのはどうでしょう?」

 

「あら奇遇ね。私もちょうどそうしようと思っていたところよ。」

 

 

奇遇…、とは少し違う。

私はただ、知っていた(・・・・・)だけ。

 

「ですが、対バンをするとなると、レベルは勿論、目標も同じでなければ意味がないですよね。」

 

「そこなのよ。私の知る限りじゃ、そんなバンドはこのあたりには…」

 

「……そこでなんですが、」

 

「……?」

 

私は改めて友希那の目を見据えて告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は一度、Roseliaを抜けます。」

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

「えっ!?」

 

「っ!?」

 

「ええぇ!!?」

 

 

 

私の発言にRoseliaのメンバー全員が声を上げた。

 

それに、Afterglowのみんなも驚きの表情をしている。

 

 

「…紗夜、あなた何を言って───」

 

 

()友希那(・・・)。」

 

 

わかっている、

 

自分が、如何におかしな事を言っているのかは。

 

だが、これでいい。

 

何故なら私の心は、未だにRoseliaを抜けたままのだから。

 

だから、元の状態に戻っただけ。

 

 

………だけど

 

 

 

「私は貴女に、……いや、」

 

 

 

もちろん、そのまま終わるつもりはない。

 

これは“きっかけ”なんだ。

 

 

この機会、絶対に逃しはしない──!

 

 

 

 

 

 

Roselia(貴女たち)に、対バンを申し込む…!」

 

 

 

 

 

 

 

 




イベント改変

対バン 「Roselia vs 氷川紗夜」





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