The Armed Detective & Three Strikes (zwart)
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Operation at Haneda Airport

別作品で詰まった時に書いたやつです。更新未定
8/1/19ちょい加筆しました。内容に大きな変化はありません。


羽田空港/第一ターミナル屋上:AM10:00

『天羽さん、聞こえますか?』

「通信状態はとてもクリアだ、中空知」

『では最新の情報をふまえて状況を再確認します――』

携帯電話とBluetoothで繋げたイヤホンマイクから下手なアナウンサーより聞き取りやすい声が流れてくる。彼女は中空知。空港より北上した位置にある東京武偵高校から管制をしている。現場にはいないが、代わりに現場で流れるありとあらゆる無線を傍受、精査して情報をリアルタイムで届けてくれている。

『今から1時間前にテロリストグループがハイジャックした旅客機が羽田空港A滑走路に着陸、そのまま滑走路上で占拠しています。ネゴシエーターが聞き出した要求は米ドルで現金1000万の引き渡しと日本政府が現在まで中東紛争国に行っている人道支援の即時中止です。グループは重火器で武装しており空港警察の手には負えないでしょう』

「SATは?」

『警察の突入はまだ開始されていません。ネゴシエーターが継続して接触を試みていますがテロリスト側の対応に大きな変化はないようです』

「どっちにしろ俺達武偵の仕事じゃあないが・・・」

『依頼があれば話は別です』

「・・・」

さもありなん。報奨金が支払われるのであれば基本的に何でもやるのが武偵だ。

ハイジャックされた機が羽田に着陸した15分後にターミナル側に向いた窓から小型ライトを用いたモールス信号が一度だけ送られた。その情報が民間人経由でもたらされ、俺は朝早くに東京武偵校の寮を抜け出してバイクを転がしてきたのだ。

「送信されたモールス信号は天羽蒼武偵を指定した護衛依頼でした。座席表から割り出された依頼者はサミュエル・ドレットノートという外国人“旅行客”です」

「確認する。テロリストの戦力詳細は不明ということか?」

『SATネゴシエイターとの通話音声を分析した結果グループは最低も5名は確認されています。またコクピットの一名はショットガンを所持しているのが確認されています』

「OK。警察とこちらの交渉は・・・成立してるわけないよな」

『はい。警察はこちらの存在を認知してはいますが捜査協力の許可は出ていません』

「了解した。・・・SATと空港警察に動きがないようなら今から強襲する」

『状況に変化なし。――お気をつけて』

引金はそれだった。

助走をつけてターミナルの屋上から飛び出す。事前に空席だった席を確認し、そこに射撃をする。アンカーガン、態々借りてきたものだ。旅客機のスキンを抜いて内部構造を爪で掴んだのを勘で感じ取るとワイヤーを高速で巻き上げさせ飛距離の延長と着地点の調節を図る。アンカーガンを握らない方の手で引き抜いた長大なリボルバーには454カスールが5発装填されていた。この全弾発射で確実に窓を割り、そこに突撃する。同時、口に咥えたフラッシュバンのピンを抜き、機内に投擲する。

「ワン、ツー、スリー」

キャビンの中でXM84閃光手榴弾がきっかり3秒で起爆。100万カンデラの光と、何より180デシベルの音が狭い室内で炸裂する。

「フォー、ファイブ」

体をできるだけ小さくして窓の向こうから座席を踏み抜いて突入。乗客に混じって目や頭を押さえている馬鹿どもが二人。防弾チョッキ等の防御装備はナシ。装備は拳銃とUZIサブマシンガン。

(先に突入したのが武偵だったことを感謝しておくんだな。SATだったら多分眉間撃ってる)

ワイヤーガンの銃把を投げ捨て、代わりに9ミリ自動拳銃(ジガナ)を手に射撃する。掌をドーナッツにされて銃を撃てるやつはほとんどいない。命中、そのとおりになった。銃どころか一生フォークも握れなくなった哀れなやつの頭を踏み越えるついでに鼻っ柱を床で折り砕きながらクライアントの席の方に向かう。最優先は件の“旅行客”だ。別に他の誰が死んでもいいということはないが、クライアントが死ぬと俺がここに来た意味が無くなってしまう。

「あ、見つけた」

と、ほぼ同時にまたテロリストが出てきたのでとりあえず膝を撃ちぬいて、次に肩をぶち抜く。悪いが相手の持つ短機関銃(UZI)を撃たせる気はない。

「ぐ・・・審判あれ!」

何か喚きながらナイフを引き抜き倒れ込むような突撃がくる。刃を潜り込ませる心算か・・・予想外のガッツだが、見えている。

(そのタフさをもっと他のことに使えばいいのに…)

突き出されたナイフを躱して手首を脇で挟んで肘を逆に折り曲げる。かわいそうにクスリのせいだろうが、痛覚が無くなってさえいなければ最初の一発で無力化されていたのに。

「がぁっ!?」

「銃でダメだったのに刃物でどうにかなるかよ・・・て言葉わかんないか」

悶絶する彼にもう一撃咥えてノックアウト、意識を失わせるまでがワンセットだ。クスリ漬けのやつは手間がかる。

「君が天羽か」

「はい」

「私がサミュエルだ。ここからの脱出を依頼した」

他の乗客と同じく席に座って目と口をガムテープで塞がれていたらしい初老の男性が声を

掛けてきた。恐らく銃声やらで状況を察知し自分でテープを剥がしたのだろう。

「ああ、なるほど。とりあえず犯人グループを制圧してから脱出します。」

「出来れば急ぎたい」

「わかってます。行先は決まっているのでしょう?」

「ああ、助かる」

「一応、テープをつけ直してここで待機を。一通り掃討したら戻ります」

「了解だ」

さて、後は他にキャビンにいる連中を掃討して、ショットガンを持ってるらしい奴をまだ見てないからそいつを潰さないと。

「残、最低でも1」

9ミリ自動拳銃(ジガナ)の残弾を確認、.454カスールも補充してコクピットの方へ通路を歩く。SAT連中はこのタイミングになっても突入してくる気配がない所を見ると、二の足を踏んだか警察の上が状況を見て失敗した時の責任を全部俺に擦り付けようとしてるか。

(どっちでもいいけど・・・)

二人ほど拳銃やらで武装したのをノしながらコックピットの前に来たあたりでようやく出てきたショットガン男に手元から足までに計6発ほど撃ちこんで黙らせ、一息ついた。気が付くともうコクピット前まで来てしまっていた。防犯のため強固に作られているはずの扉は開けられており、中からは鉄臭い臭いがする。

「おい、パイロットは死んでるのか?」

「・・・誰だ君は、警察か?」

右の席の男が反応した。左側でも呻き声がする。機長、コパイともに無事と。殴られた跡はあるが、それだけみたいだ。死んではいない。

「武偵だよ。6人は斃したけどあと何人いると思う?」

「え、ああ・・・。6人で全てのはz」

「動くな!」

「!」

ズドン

7人目・・・今しがた俺の入ってきた扉の向こうに現れたそいつの持つ銃は他の連中の安物水平二連ショットガンやらトカレフやらUZIやらとは違い、よく手入れの行き届いたUSPを手にしていた。トリガーには確実に指が掛けられ、その照準はこちらに、逆の手では乗客の女性を盾にするように体の前に立たせていた・・・と頭が理解したのは引金を引いた後だった。

「ひっ・・・!?」

「悪いけど、マーダーライセンスは持ってるんだ」

被害者の前で自分より体の小さい人間を盾にする馬鹿が悪い、とは流石に口にはできなかったが。とにかくその妙に身なりの整った男の眉間に9mmとちょっとの直径の噴水が出来上がっていた。

派手に噴き出た男の血が人質にされていた女性の全身を濡らしており、本人は頭が追い付かずにその場で腰を抜かしている。

「機長、コイツは添乗武装警備員(スカイマーシャル)だな?」

「え、ああ。だがまさか――」

「見た通りだ、残念ながら」

とはいえ一番替えが利かないコマが出張ってきたのだからこれでテロリストはカンバンだろう。

「仕事の第二ラウンドを初めるか・・・中空知?」

クライアントの席まで戻りながら封止していた無線を再開させる。サミュエル氏のテープを剥がし諸々の安全も確認。

『聞こえています』

「3分後にSATの突入を要請する。何とかして促すことはできないか?」

『既に天羽さんの強襲と銃声で現場判断による突入の準備がされています。混乱に乗じて脱出するなら急いでください』

「了解・・・。ミスター・サミュエル、脱出します。移動手段の関係で手荷物は一つだけに限定させていただきますがご容赦願えますか?」

あんまり長居するとSATが機内を確保しだして脱出しづらくなるし、他の乗客がごねるかもしれない。

「うむ、了解した」

『SAT突入の秒読み開始されました。9、8、7・・・』

「では間もなく、機を見て脱出します」

サミュエルを抱えて事前に確認したSATが突入に使用しない気密扉を開放する準備をして待つ。重要なのはタイミングだ。

「・・・3、2、1」

「ゼロ。脱出します」

SATが機内に突入する瞬間に緊急モードで扉を開けて飛び降りた。何人かまだ外にいたSAT隊員がこちらに気が付くが、急速に膨らむ脱出シュートがすぐに視界を阻む。5点着地は余計な荷物(・・)を抱えているために出来ないが、まあ強化されている自分の肉体ならどうにかなるだろう。SAT連中は突入のために正面と機内の敵に集中して機外へ脱出する奴への対応は警察や警備員等他の連中に任せきりだ。そしてSATでさえなければ大抵の連中は撒くのに苦労しない。

「―――ふっ!」

着地成功。SATは突入を始めたところで、滑走路上で待機していた空港警察は文字通りに降ってわいたイレギュラーにまだ対応できていない。空港警察の指揮官を見つけてそいつに詰め寄りつつ、

「武偵だ。特別任務で救出作戦に参加している。VIPを護衛しているので通してほしい」

言いつつ武偵手帳を見せ、しかしその男が胡乱な目で何か言いたげに口を開いた時点で穏便な突破を諦めることにした。

「現在他の人質事件が同時進行中で解決にこの男性の協力が必要なのでこれにて失礼する」

「まt」

彼や外野が何かする前に氏を抱えたまま走り出す。残念ながら普通の人間がちょっと鍛えた程度の連中に遅れを取るわけがない。加え、滑走路を超えた時点で俺はパルクールの要領で他ターミナルを縦横無尽に駆け、敷地外までたどり着く。この頃になるともう空港警察は俺を見失っている。きっと命令系統を遡った誰かが封鎖線を敷こうとしているだろう。遅いことに変わりはないが。

「中空知」

『作戦前に取り付けた街頭センサーに反応はありません』

「空港からの撤退完了。移送地へ移動を開始する」

『了解しました』

 




天羽蒼:東京武偵高2年 強襲科
中空知美咲:東京武偵高2年 通信科


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Tutorial Hard

サミュエル氏を帝国ホテルへ送り届け、俺は武偵校への帰路についた。このあと、彼がどうするかは今の自分の知ったことではない。今帝国ホテルには国際停戦監視軍の元重鎮が宿泊中で、その人物が国際法廷に出席する人物であろうともだ。

自前のバイクに乗って下道を走っていると付けっぱなしにしていたインカムからコール音がした。これは…電話だ。

「受話する――」

『俺だ、アオ』

音声認識で受話すると、よく知った声が聞こえてきた。

「キンジか。授業はいいのか?」

『午前からいなかったお前に言われたくはない。それに今日は午前授業だぞ』

「そうだっけか…。それで何の用だ?」

『お前と話したいって奴がいる…悪いが話してやってくれないか』

「今か?運転中なんだけど」

『頼むアオ、俺が殺される』

「は?」

訳の分からんうちに電話が奪われたのだろう音がして、今度は甲高い声が聞こえてきた。おそらく子供か、女。

『アンタがアオイ・アモ?』

「そんな銃砲店みたいな名前ではないが、天羽蒼は俺だよ」

『名前なんでどうでもいいのよ。アンタがSランクの武偵だと聞いたわ。特別にアタシのドレイにしてあげるから感謝しなさい』

「…俺にそっち系の被虐趣味はないんだけど…まず君は誰だ」

『アンタもキンジと同じなのね。それくらい自分で考えなさい。あと、これは遊びじゃないわ。アンタは私のドレイになるの。これは決定事項よ』

「そうか、断る」

『ダメよ』

「そうか、断る」

通話終了、益体もない電話だったな。しかしキンジのやつも不甲斐ない、あんな子供にスマホを奪われるとは。仕事で疲れたし、気晴らし少し山を攻めてから帰ろう。近場のコースはどこだったかな…。

などと悠長なことを考えている場合ではなかったことを俺は寮の前で思い知るのだった。

「待ってたわよ、アモ」

「……」

キンジと俺は、寮で同室だ。当然ながら男子寮だが、そこに何故か女子がいた。しかも昼間の電話の甲高い声そのままの輩が。

「…キンジ、連れ込みか?」

「違う、勝手に上がり込んで馬鹿みたいな量の荷物まで運び込みやがった」

こめかみを抑えながらキンジは絞り出すように返してきた。ああ、そりゃあ頭痛もするだろうな。

「キンジが思った以上に聞き分けなくて困ってたのよ、アンタは違うと期待してるわ!」

玄関に仁王立ちするこの…中学生?小学生か?とりあえずやたら偉そうなピンク髪ツインテールは言いたいことだけ言うと当然のように部屋の中へと引っ込んでしまった。

「キンジ、あれ誰だよ」

「名前は神埼・H・アリア。あれで高校生らしい。今日から俺らのクラスに編入してきた。あと一応俺の命の恩人だ」

「は?」

「今朝俺の自転車に爆弾が仕掛けられてな。ついでにセグウェイにUZI載せた変なのも出てきた」

「それは災難だったな・・・俺らの部屋にいる理由は?」

「俺達を奴隷にしたいらしい。というか本人はもうそのつもりで扱き使ってくれてるよ、クソ」

「制圧しちまえよ」

「ムリだ。あいつもSランクらしいからな。しかも強襲科(アサルト)だ。あとところ構わずガバメントを乱射しやがる」

「そうか…」

俺はこの時点で既に部屋に戻るのを諦めた。キンジは協力して対処してほしそうだったが女王様気取りの馬鹿の相手などしてられん。

「じゃ、また明日」

「え?あ、おい!」

俺の裏切りに気付いたキンジが引き留めようと手を伸ばすか、その手が俺の制服に触れるより早く俺は通路の柵を飛び越えて寮より離脱していた。

「悪いな、明日は付き合うから…多分」

無事アスファルトに着地したところでキンジらの追撃を撒くためバイクに飛び乗り、さっさと寮の敷地を出ることにした。

「さーて、どうするかな」

と、口に出したものの今日の寝床は既に決めていた。車輌科(ロジ)だ。あそこに無数にある車庫の一つを在学期間中借り受けているのだ。たまに機材の整備などで泊まり込むこともあるので一泊する分には十分な装備が置いてある。

片隅に放り出してあったテントを組み立て、寝袋二つとランタンとCDプレイヤーを用意する。

そして寝袋の中に半身を潜り込ませ入れっぱなしのCDをかけた。

ランタンのぼんやりした灯りの下、ロックがながれる。曲はアイアンバックのStarだ。夜らしい静かな、だが寂しくはない曲。読みかけだったペーパーバックはどこにあったかな。

「この環境は読書には適しません」

「そんでお前はいつの間にかいるのな」

レキ。武偵校の同級生で狙撃科(スナイプ)のエース。1年のあるタイミングから彼女は俺がこの倉庫で寝泊まりしようとするといつの間にか現れるようになった。

「お邪魔ですか」

「いや、そういう契約だ。…鍵締めた?」

こくりと頷きが返される。それに満足すると俺はぼんやりとランタンの灯りを眺める。こいつがこう言うからにはあの本は今日はもう見つからないだろう。まあ、流石に棄てられちゃないだろうし今は大人しく諦めよう。

二つ目の寝袋にはいつの間にか小柄な人影が入っていた。ミント色の髪。明らかに日本人ではない新雪のような肌。そういえばキンジと俺のとこに押し掛けてきたピンク色のもこいつくらい背が小さかったな。だが2025メートル先の相手を殺す彼女なのだ。

「?」

ランタン越しにむこうと目が合う。だからどうしたという話だが、なんとなく彼女の視線がむず痒く感じてきたので寝返りをうって誤魔化した。曲が終わる。次のトラックに入る前に再生を停止して、ランタンも吹き消す。

「寝るぞ」

この物静かな同級生は返事をしない。だが勝手に寝るのはわかっているので俺はそのまま寝ることにした。

 

 

翌朝。

バイクを走らせ武偵校の校舎に向かう。どうやら昨日が始業だったらしく、フケたので教務科(マスターズ)に呼び出しを食らったのだ。バックレてしまいたいがそうすると今度は寮か倉庫にM500片手にした雌ゴリラが突撃してくるので仕方ない。

「レキ」

「狙撃科までお願いします」

「りょーかい」

お互いカロリーメイトの朝食を済ませると、ドラグノフを背負ったレキをバイクに乗せた。早朝なので人目はない。多少飛ばしても文句を言う奴はいない――が、流石に2ケツで無茶はやめとくか。キンジや武藤ならともかくレキの細い体は万一の事があると粉々になってしまいそうだ。

「出すぞ」

朝日の下、メガフロートの縁にある道で風を感じるのは悪くない。

先に狙撃科でレキを下ろし、教務科のある本館へ向かう。短いシーサイドツーリングで上向きだった気分もどん底へ降下していく。これから例の雌ゴリラ――強襲科の主任、蘭豹に会わなければならないのだ。

「よーう蒼、オマエ昨日はよくもサボりよったな」

教務科の扉を開けたとたん、これだ。殺気立った視線が向けられる。

「おはようございます、蘭豹先生」

ヤニ臭い空気を我慢し蘭豹のデスク前まで向かうと、その手には最初からM500が握られていた。下手なことを言ったら腕の一本くらいはなくなるか―?

「オマエ、昨日はなんでサボった?」

やっぱりそれを聞くよな。でもあれは昨日の事後に依頼者から口止めされてるから俺がやったと言うわけにはいかない。が、教務科が知らん筈もないよなあ。

「SATの仕事を見学に行ってました」

「ほー。――昨日のハイジャックが羽田に降りたのは正午やなかったか?」

「航路を見てヤマを張ってたんです」

「ほーう。そういやオマエは車輌科からの転向やったな…。まあええ、帰り際に送迎バイトしとったのは見逃しちゃるわ」

「ご厚意痛み入ります」

「ハン、無断欠席まで目を瞑るとは言っとらん。オマエ今日1日、一年の面倒見ぃ」

「拝命しました」

この時期、入学したての一年か、面倒なものを押し付けられたがそれで昨日の色々を無視してもらえるなら良いことだ。

「ほな、さっさと行けい」

かくして、俺は強襲科に迷いこんでしまった哀れな子羊達をなんとか牧羊犬くらいまでに育てる、その教育1日目を任されたのだ。

 

「注目、静かに…」

道中に二年の仲間達に玩具にされながら俺は一年どもの前に立った。教師ではなく同じ制服を着た奴が自分等の前に立ったことで動揺が広がる。

「あー、今日の1日だけは俺がお前らを教育することになった。まあ、よろしく」

「おいおい、マジかよ」「学生じゃん」「初日だべ?大事なもんじゃねーのかよ」「教師どこだ!」

まあ、そうだろうさ。至極普通の反応だ。けれど後々のためにも彼等には教育が必要そうだ。

 

アイツ、なにやってんだ?

キンジとアリアは蒼が逃走した後も大喧嘩を繰り広げ、最終的に事件1つだけを共同で解決する、ということで落ち着いた。その一件でキンジは自分がいかにアリアにとって無意味か、かつての強襲Sランクが間違いだったかを証明する。アリアはキンジの全力を見極める、そういう約束で。

それで、どのみち一件は事件に関わるので探偵科で鈍った拳銃の腕くらいはいくらか戻さなければならないと思って強襲科を訪れていたのだが―

「ああ、なんか今日は蒼のやつが一年坊どもの面倒を見るんだとよ」

「おいおい」

遠巻きにして見ていた二年がキンジを見つけ教えてくれた。

これは、やばい。地獄絵図になるぞ。

耳打ちしてきた二年も分かっているようで、ニヤついた顔で観賞準備は万端といった様子だ。

「何よキンジ、蒼がどうかした?」

「アリア…なんでアオが一年の面倒を見てるのか知らないが、ヤバいぞ」

「ハァ?」

言っている間にパン、と乾いた破裂音がした。銃声だ。

「ぐぁああ!?」

アオの手に握られた拳銃から白煙が上がっている。あれはアイツのいつものジガナ、口径は9パラ。

「さっそく実技だが、これが拳銃。中ると痛いが幸いなことに武偵高の制服はTNK繊維なので死にはしない。まあ、殴られたくらいのダメージだ。お前らも持っているはずだが、これは―」

ああ、駄目だアイツ真面目モードだ。もう誰にも止められん。

「何よ、強襲科じゃなくても武偵なら普通のことじゃない。何もヤバいことなんてないわ」

違う、アリア。確かにちょっとしたことで撃たれるのが武偵高だが、アオがあの男子を撃ったのは騒いでいた一年を鎮めるためじゃないんだ、そして問題はここから―

「ちょっと、彼が何をしたってい―」

バン!

「うるさい黙れ」

「…え?」

アオのやり方を勘違いした女子がたまらず抗議を挟もうとした時、2発目が響く。ただし、今度のは9パラより数段重い銃声、.454カスールだ。抗議しようとした女子は被弾の衝撃で吹っ飛び、隣にいた別の生徒が何が起きたか解らず呆然としている。

恐らく殆どの一年はアオが大柄なリボルバー…タウルス・レイジングブルをいつの間にか持っていて、どうやら撃ったらしい、程度にしか把握していないだろう。

「……ぅぁ」

ああ、撃たれた一年は気絶している。最もTNKの層が厚い部分を狙ったみたいだが、衝撃は殆ど人体に届いたはずだ。―いや、体が軽い分衝撃力はそのまま彼女の体を吹き飛ばすのに大分使われたはずだ。気絶は頭を床に強く打ったことによる脳震盪だろう。

「さて、丁度いいから教えとくが、このようにTNK繊維も衝撃までは防げないし、そもそも生身の部分に中れば普通に死ぬ。TNKの性能を上回る威力、貫徹力でも死ぬ」

「………ひぃ!?」

「ヤバい、殺される!」

「せ、正当防衛だろ。撃ち返せ!」

男子のうち何人かが銃を抜こうと懐や腰に手を伸ばす。入学したばかりでその気概があるのは貴重だが今は悪手だ。素人がアオの前で拳銃を抜けるわけもない。

パン、パンパンパン!

9パラが4発。きっちり4つの銃が一年の手から弾き飛ばされた。

「ただ抜くだけじゃいけない。特に後手で射撃体制を取るならば迅速かつ巧妙に相手の隙を伺って反撃しろ」

「嘘だろ…」

銃を弾かれた連中は棒立ちだ。アオはそれに一瞥をくれると、最初に撃たれた一年に向き直り、また撃った。今度はタウルスを。

「ガッ…!?」

「いつまで寝てるつもりだ童貞野郎、憲章にあるように武偵は諦めるな。ちょっと痛い程度で他人の助けを待つな」

「キンジ、あいつまさか」

アリアも気がついたか。そう、アオは気に入らないことがあると一年に射撃しているんじゃない。

「アイツが怒ってる、というより注意する時に撃ってるのはカスールの方だけだ…」

アオはなまじ真面目だから、今本気で一年を指導してる。そして撃っても大きな怪我をしないTNKの上から積極的に撃ってあげているのだ。恐らく銃の恐怖と撃たれる経験をさせるために。…少なくとも、悪意や敵意は微塵もないのだ。。

「…ちょっと待ちなさい。あのトーラス44じゃないの!?」

「ああ、カスールだ。けど撃たれた二人は無事だから安心しろ」

「…そうね、無事に見えるわ。女子の方は吹き飛んだからともかく、男子は床に転がっていたから衝撃の逃げ道がないから臓器がどれか破裂していてもおかしくないのに」

吐血もしていないし、そういうヤバい痛がり方はしていない。

「流石に訓練用の特殊弾らしい…それでもあれだが」

「ん…?」

カスールに見悶えている一年を扱き下ろしている――ようにしか見えないが多分渇を入れていた蒼は不意に低く落とすような後ろ回し蹴りを繰り出した。

「っ…!」

気づかなかった。その女子は気配を消してアオの背後に回り込もうとしていた。そしてほぼ成功していたぞ!あの蒼相手に!

その生徒は這いつくばるようにして蒼の蹴りを避け、その場でごろりと仰向けになり――手の中にはSAAが握られていた!

ダン!

「惜しい」

そう言ったのは蒼だった。蒼はSAAの銃口が自分を捉える前に左手を伸ばし、押さえられる前にと驚いて射撃してしまったせいで手の中で暴れたSAAを奪い取り銃を相手の腹に押し付けるようにして仰向けのままに押さえつけた。

生徒が息を呑む気配。ジガナがその女子の左目に突きつけられていた。

「…うまく行くと思ったのですが。しかし、これでは引き金を引いたら武偵法違反になりませんか?」

「SAAは取り回しが悪いからな。それとこれは課題にしておくが、この態勢ならを蹴りをいれられる前に射撃し、武偵法を守った上で対象を無力化できる」

「それを考えておけと?」

「ああ」

アオはその女子の上からどいて、SAAを返す。女子の方もやはり手慣れた様子でクルクルと銃を手元で廻すと、ストンと腰のホルスターに納めた。あれはやはり、武偵高に来る前から銃を取り扱っていた類いの、所謂経験者だろう。

「…さて、時間だ。今日はここまで。明日からは蘭豹という先生が来るが、殺されないように。以上、解散」

 

…ああ、しまった!アオのスパルタ授業に目を奪われて結局拳銃の訓練できてねえじゃねえか!

 



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Faceless Remnant

「…ん」

「どうしたのだ?あおくん」

「いや、なんでもない。それで銃弾のことだけど」

キンジが射撃訓練をしそびれた後(蒼が知るところではないが)他にも幾つかの一年強襲科の班を指導し終えた蒼は装備科の平賀文のもとを訪れていた。彼女は装備科きっての銃砲改造の腕の持ち主で、蒼のトーラスも彼女の元で調達したものだ。それ以前は中古のパイソンを使っていたが…あれはすぐに壊れた。まあシリンダーの軸受けに45ACPを受けたのだ。銃に非はない。しかし失ったパイソンで黄昏れるより、視線のことだ。といっても蒼には犯人の見当がついていたが。

(レキが狙ってるかな。まあ射撃される感じはしないけど)

武偵高の中にいると時折こういうことがある。レキは優秀な狙撃手だからこちらが気づいているのが全てではないだろうが。理由は深く聞いたことがない。――誰の依頼であれ、監視される理由には心当たりがありすぎるからだ。

「何時もの改造カスール弾と、9パラあるかな?」

「9パラは勿論あるのだ!カスールの方は事前に連絡はしてもらってるから作ってはあるけど、何発欲しいのだ?」

「んー、120発くらいかな」

「流石にそんなに作ってないのだ…」

「今どのくらいある?」

「30発しか在庫はないのだ。あんな、態々弱くした弾なんてあおくんしか買わないのだ…」

「弾頭が軽いから初速は出るのに…まあ確かに総合の運動エネルギーは落ちるけど。とりあえず120発契約してくれ。半分は通常弾で、改造弾の方は残り半分は出来次第でいいから」

「通常弾ならすぐに出せるのだ!金額は…これくらいなのだ!」

「りょーかい、キャッシュで?」

「あおくんは支払い確実だから後で振り込んでくれればいいのだ!」

「ん、まあ支払っとくよ・・・ところであれは何?」

結構な額の支払いだが、先に用意しておいたので十分支払える。気になったのは部屋に入った時から平賀さんの後ろに見えている馬鹿でかい長物、というか銃座?だ。同じものが二つ無造作に置かれている。

「あれは退役した捕鯨船からもらってきた銛撃ち機なのだ!」

「えーと、そんなもんどうする気なんだ?」

「もちろんガンランスを作るに決まってるのだ!あややの手にかかればリオレウスどころか歴戦個体だって一撃で・・・と。全額確かに受け取ったのだ!弾は今出すけど、そういえば9パラはいらない?」

「2ケースで、金額はこれでいいか?」

追加でいくらか紙幣を渡すと、すぐに箱が二つ出てきた。一箱50発で、計100発となる。

「けっこう多いけど、出入りでもするのだ?」

「いや、ちょっと予定外に撃ったからその分の補充」

出てきたカスールのうち18発をその場でローダーにつめてポケット等に放り込む。残りは9パラの箱と一緒に鞄に入れる。ちなみに鞄といっても指定の防弾鞄ではなく私物のナップサックだ。

「じゃ、また弾が出来たらくるよ」

「まいどなのだ~」

 

 

 流石にずっと車両科の車庫で寝泊まりするわけにもいかないので、蒼はキンジの救援と問題の解決のため寮の部屋に戻ることにした。

「ただいまー」

「アオ、テメエ昨日はよくも逃げやがったな!」

玄関口で扉を開けた瞬間に腹に響くキンジの怒声が聞こえてきた。予想していたことなので蒼は肩を竦めつつ、自分が悪いので適当に聞き流すことにするようだ。

「はいはい・・・で、例のピンク娘は?」

「居候は昨日で終わりだ。今日からは普通に女子寮のはずだ」

「そりゃ安心だ」

以上の会話はキンジの右ストレートを体を逸らして避けつつ繰り出した反撃のフックを左手で止められながら行われているがさして重要なことではない。

「で、どうなったんだ」

お互い拳を退いて蒼はさっさと室内に入る。

「どうせ気づいてただろうが、俺は暫く強襲科に戻ることになった。どんな事件だとしても次の一件だけは共同で仕事にあたる」

「なるほど」

「お前もだぞアオ」

「即席パーティーの面子は俺キンジピンクの三人で全部か?」

「その通りだ」

蒼はガリガリと頭をかき、盛大な溜息をつく。彼にしてみればまったく知らないところで面倒くさい女に仕事一回分付き合わされることが決定したのだから。

「バックレてもいいか?」

「間違いなく面倒くさいことになるぞ。あいつ・・・アリアの戦闘能力は多分ピカイチだ」

「根拠は」

「理子に調べてもらった」

「なるほど?・・・後で資料くれ」

そろそろ空腹の我慢の限界が近づいてきた蒼は話の続きを先延ばしにしつつキッチンに移動する。大型の業務用冷蔵庫――蒼が運び込んだもの――を開け、白雪が作って置いて行った和食のおかずを何品か出し、さらに自分で作った豚肉の角煮のタッパー、冷凍白米2合を出す。

「一日しかおいてないが相変わらず馬鹿みたいに食うな・・・」

「サラダも今から作る」

やはり大型の電子レンジに様々なものが放り込まれ解凍や温めが開始される。その間に千切りキャベツを取り出しざっくり皿に盛ってトマトを二つ切って並べた。

ちなみにこれら全て蒼の一人分だ。

「そーいやお前飯は?」

「・・・ああ、食うわ。米は1合でいいから」

サラダと角煮が追加され白雪の作り置きの幾何かがキンジの分にまわされた。正直、げんなりしていたが流石に食わないわけにもいかない。

「テレビつけてくれ」

「おう」

キッチンから蒼が声をかけ、テレビがつけられる。国際ニュースのチャンネルが丁度選択されていて、他所の戦争のせいで最近よく開かれている国際法廷についてのニュースや昨日のハイジャックについてOBCなどが報道しているのが抜粋されていた。

「チャンネルはこのままでいいか」

「ああ、たすかる」

キンジたちの部屋に置かれたダイニングテーブルは相応以上に大きい。白雪が持ち込んだもので彼女が折々に持ってくる大量の高級料理のような手作り料理が余裕で並べられる。そこに男子高校生二人分の夕食が並べられていく。余談だがが最初蒼がザックリ作った夕食をキンジと食べているところを目撃した白雪が一方的に抜刀し蒼に宣戦布告しかけたことがあったのだが、蒼がヘテロセクシャル(異性に欲情する)であることを明言したことで解決したという不毛な事件があった。その時に蒼が持ち込んだ業務用冷蔵庫を含むキッチンや食卓について共同使用の許可や平和協定が成立した。

「あ、そういえばアリアが寝室にブービートラップ仕掛けてたから気を付けろよ」

「・・・今日もガレージで寝るかな」

 

 

 

「―――お、天羽蒼。起きてください」

「・・・ああ、おはようレキ」

結局、あの後再びガレージに戻った蒼は、当然のようにいたレキと寝袋を並べて寝ていた。

「緊急事態です。C装備で女子寮屋上に集合と」

レキが見せて寄越した俺のスマホには知らない電話番号・・・スピーカーモードでもないのに普通に聞こえてくる甲高い声はアリアのものだ。そういえば事件を一度共同で調査しなければならないのだったか。

「レキも呼ばれているのか?」

「はい。バイクを出してください」

「了解だ。5秒待ってくれ」

既にガレージの扉は開かれ、バイクは出せる状態だ。俺も制服のまま寝ていたのでそのまま武装を確認したら防弾ベストや強化プラスチックヘルメット、インカムを装備すれば準備は完了する。

通話状態のスマホを制服の下に仕舞い、インカムで受ける。モードを切り替え、レキのインカムにも接続させる。これでこの通信でアリア、俺、レキの三人での会話が可能になった。

「車両科のガレージからバイクで移動する。状況説明を」

『レキも一緒ね』

『はい』

『バスジャックが発生したわ。7時58分に男子寮前に止まったやつ』

「敵の武装は」

『不明。確実なのはバス内に爆弾が仕掛けられているということ。あと多分バス内には犯人はいないわ』

「根拠は」

『経験則よ。相手は間違いなく「武偵殺し」だわ』

「あの事件はたしか・・・いやいい。こちらは足を持ってる。直接現場へ向かうから通信科(コネクト)との接続コード教えてくれ。続きはそっちで」

『いいわ。コードは・・・』

インカムの設定を調整している間に後部に座ろうとするレキを呼び止める。

「レキ、移動中に撃ってもらうかもしれないから前に座れるか。あとこれをつけて」

ベルトを差し出した。お互いの腰につけて使う所謂命綱だが、ワンタッチで解除できるようになっている。

「私は後ろでも撃てますが」

「相手が「武偵殺し」かどうかはともかく一昨日のキンジを襲った相手と同じなら自立移動砲座が出てくるかもしれない。そいつら躱しつつだと運転が荒くなる」

レキの狙撃能力については疑問を差し込む余地はないが、時速300キロ近くでふり飛ばしてしまっては引金を引く前にミンチにしてしまいかねない。彼女の腕力ではしがみつくことも危ういだろう。前に座ってくれればこっちでホールドできる。・・・股の間に座らせることになるが、どうせこの娘は羞恥心で支障をきたすことはないだろうし、身長も低いのでこちらの視界も問題なく確保できる。

案の定彼女はすばやく前に座り、ベルトをとりつけた。俺の顎下あたりに彼女のヘルメットがくる。

「支障ありませんか?」

「問題ない。いくぞ」

エンジン温度、回転数。クラッチ接続。鉄の馬は僅かに前輪を浮かせつつ急発進した。

 

『そこを右折してください――。間もなく対象のバスが視認圏に入ります』

「視認した」

通信科のナビに従ってバイクを走らせると5分弱でバスが高速で走っているのが遠くに見えた。上り坂にもかかわらず加速しているように見える。周りに他の車両はない。関係各所が交通を規制したようだ。上空に武偵校のヘリ。バスの天井にはアンカーで体を固定したらしいアリア。キンジはおそらく車内に突入している。

『爆弾はまだ未確認です』

『確認しました』

レキの肯定がインカム越しに聞こえた。

「どこだ?」

『バス底部。カジンスキーβ型のプラスチック爆弾。推定3500立方センチ』

普通は見えない。だがカーブを曲がったときに車体を傾けたときに見えたのだろう。やや遅れて上り坂の終盤で俺車体底部が視界に入った一瞬で俺にも見えた。

『馬鹿な、過剰すぎる!』

『「武偵殺し」の十八番よ』

キンジとアリアの声。

バスが緩いカーブに差し掛かる。だが速度は落ちない。

「バスの速度は落とせないのか?横転するぞ」

『速度を落とすと爆発する!それと横転は多分大丈夫だ』

『アオ!武藤だ。今俺が運転手の代わりにハンドル握ってる。横転の心配はしなくていいぜ!だけどエンジンの回転数限界が来たらどうにもならねえ!』

『解体を試みるわ!』

「無茶だ!カーブが終わってからにしろ!」

『私が狙撃します』

レキがドラグノフを構えようとする。

『暴発したらどうする!?』

『取付方法を確認しました。二発で問題なく分離できます』

「先行して射点を確保する。ポイントを指示して――」

『回避!』

キンジの警告とほぼ同時にこちらでも新しい脅威を確認した。横道から出現した無人のオープンカーがバスに幅寄せをしたのだ。天井にアンカーを刺してバス後部から底部の爆弾にアクセスしようとしていたアリアが派手に振られる。一拍遅れて通信に至近距離の破砕音が乗る。

『アリア!大丈夫か!』

『今の衝突で彼女のインカムとヘルメットが飛んだのが見えました。彼女は無事です。それより――』

「スポーツカーの車上にUZI!」

UZI。最も普及する拳銃用の銃弾9mmパラベラムを1分間に600発吐き出すイスラエル製の凶悪なSMG――。

『!?皆伏せろ!』

再び破砕音。横凪にUZIが撃ち込まれバスの窓ガラスが砕け散る。

『タイヤを狙撃し――』

サイドミラーに背後に迫る新しい影が見えた。バイクだ。武偵の増援?何か違う。車上で何か瞬いた。

「レキ捕まれ!」

車体を素早く右に寄せ、レキをバイクに押し付けるようにして身を低くさせる。瞬間、頭の左を弾丸の一連射が駆け抜けた。

「新たに敵!」

バックミラー越しにもう一度視線を向ける。見えるのは四輪バイク。ただしドライバーはいない。代わりに座席にはバスケットボールくらいの鉄の玉と、さらに旋回機構に乗せられたUZIが固定されている。それが・・・。

『三台。無人のヤマハ・ナイケンです。車上にはUZI』

ばらまかれる弾をバックミラー越しに避ける俺の代わりにレキが通信上に情報を乗せる。そしてスポーツカーはバスの前に出たようだ。つまり、挟まれた。加えバイクは無人のくせに随分機敏に追随してくる。

「不味いな、張り付かれた」

『天羽蒼――』

「撃てるか?」

背中越しにドラグノフが発砲される。どうやら真ん中の一大を狙ったようだ。だが他の二台が射線に入り替わりに弾丸を受け止める。結果一台が撃破され、二台が加速してこちらの両脇に付けようとしてくる。・・・この動きは。いや十字砲火を狙ってくるか。ならば。

「レキ、もういい。二台は担当する」

彼女のドラグノフがバスの爆弾を解除するカギだ。残り9発。彼女が外すとは思えないが追加戦力がくることを考えると温存したい。

『ん――』

レキは頷き、姿勢を戻しす。ナイケンの速度、ベクトル。UZIの射線から彼女をカバーするように意識しつつ。

今だ。

減速。ハンドルを調整。ナイケンとの距離がみるみる縮まる。9mm弾が肩を掠めるが気にせず攻撃行動を続行する。これはカウンターだ。十字砲火の包囲網のさらに外、左側をなぞるように機動。車道のギリギリをハンドリング。間もなく包囲網を敷いてきたナイケン右の一台の左につけた。UZIの銃座が旋回する。だがさっきまで右前を向いていたので到底間に合わない。余裕で左手にレイジングブルを抜きバスケットボール大の金属の球体につきつけ射撃。大穴が空き、ナイケンはふらふらと蛇行しながら減速して後ろに消えていった。恐らく横転はしないだろうが、もうあれはただの人の乗ってない三輪バイク(トライク)だ。

『次がきます』

「―――」

残った一台はこちらが減速したので前から回り込んで正面から突っ込んできた。逆走。法定速度超過。街中での発砲。そんなことを考えつつ確信をもって対応を決めた。乗ってやろう。どの道時間的猶予もない。かなり距離を離されたがこのバイクとバスは間もなく同一の長い直線に差し掛かる。チャンスだ。

「レキ、バス左側」

『了解』

三度身を低く構え、正面から撃ち込まれる9mmの乱射からレキを守る。ヘルメット側頭部被弾、インカム破損。右ミラーが吹き飛ぶ。レキの左足に中る―――これは代わりに俺の足で受けた。ナイケンは0時方向距離10・・・5・・・0!

瞬間的に車体を傾けナイケンの右側を駆け抜ける。その瞬間に左足を僅かに伸ばし、そっと左側を500キロ近い速度差で駆け抜ける鉄の塊を押した。そう、お前は蹴られたことはないだろう?

背後で派手にクラッシュする音。そして――直線だ。バスは遠いが、同軸線上。

「レキ、やるぞ」

ブレーキ。いやドリフトだ。左側をバスに向けほぼ横転同然に車体を右に傾け横滑りさせる。レキは体を左側に乗り出し、ドラグノフを構える。姿勢の極端に低くなったこの状態なら上り坂でない今でも爆弾への射線が通るはずだ。

「私は一発の銃弾」

バイクが派手に火花を散らし減速する中、二発の7.62×54mmロシアン弾が発射され、バスに爆弾を固定していた二つのベルトが引きちぎられ、路面に落下した。

爆発。速度0を計測したであろう起爆装置が3.5L余りのプラスチック爆弾を起爆させ盛大な火柱を空に打ち上げた。

インカムが壊れたのでスマホを取り出し、武藤に掛ける。

『アオ、生きてるか!?』

「あちこち痛いが生きてる。爆弾は解体したぞ。バスを止めていい」

『助かった!だがこっちは例の転入生が被弾して昏倒してる!』

「了解、レキ――」

「既に通信科を介して武偵病院に連絡済みです」

「thanks・・・」

バイクは火柱の少し手前で横転停止していた。少し離れたほうがいいか。レキと体を固定していたベルトを外し、バイクから体を起こそうとしたところで体から力が抜けた。脳震盪か――。

爆炎の熱を感じつつ俺は意識が薄れるのを感じた。仰向けに倒れたため見えた空に、飛行する小さな影が見えたような気がした。

 



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Touch Down

俺が意識を取り戻したのは、東京武偵校に併設された武偵病院の個室だった。ベッドに寝かされ、頭と肩、に包帯、左足には添え木と包帯。サイドボードには花瓶に白百合が刺さっている。カードの代わりに画面の割れた俺のスマホが隣に置かれていた。花はレキが置いてくれたのか。

スマホを取り、日付を確認すると丸一日寝ていたようだった。時間を確認しキンジに掛ける。

『アオか!?』

「おはよう。状況は?事件はどうなった」

答えが返ってくる前に電話が切られ、1分もしないうちに部屋の外からドタドタという足音が聞こえてきた。バタンと扉が開かれる。顔を出したのはキンジだ。

「は、早かったな」

「ああ、アリアの見舞いに来てたんだ」

「なんだ、アイツもここにいるのか」

上のVIPルームだよ、今会ってきたとキンジは言う。

「チッ」

負けたか。あんな小娘より遅く起きるとは。

「今何で舌打ちした!?」

「なんでもない。それで、状況は?」

「・・・ナイケンは全て自爆。ルノーとUZI、ついでに俺の時のセグウェイも盗品。犯人の使っていたホテルは見つけたが、宿泊記録が外部から改竄されていて痕跡は何もない」

「ピンク頭・・・神崎が「武偵殺し」との関連を予想してたよな。それは?というかアイツの怪我の具合は?」

「そっちも何もナシだ。あと怪我に関してはお前よりは全然軽いから安心しろ。ただ・・・痕は残るらしいが」

「・・・顔か?」

「ああ、額に」

なるほど、どおりでキンジのテンションが低いわけだ。これでキンジは仁義に熱いというか、任侠臭いところがあるから自分のいる現場で女子に一生ものの負傷を負わせてしまったことに責任を感じているのだろう。

「お前の責任じゃないだろう、キンジ」

「いや、アイツは俺をUZIの弾から庇って被弾した。俺の落ち度だ」

「なるほど?だが庇ったのは神崎の意志だろうし、9mmを撃った責任は犯人のものだ」

「ンな屁理屈――!」

「そうだ。けどお前は一度冷静になった方がいい」

「・・・いや、どの道終わりだ。俺とアリアの契約は終わった」

「・・・そうか」

他愛もない話が後に続くが、理子とレキが連れ立って病室に入ってきたところでキンジは沈んだ顔のまま出てて行ってしまった。

 

「で、レキはともかくお前も来るとは」

「失礼しちゃうゾ☆せっかくりこりんがお見舞いに来てあげたのにぃ」

まあ丁度よかった。コイツなら色々知ってるだろう。

「理子、30万出す」

「ええー?りこりんそんなに安い女じゃないよー。それにまだ安静にしてたほうが――」

「ほしいのは情報だ。武偵殺しについてと神崎について」

「・・・ふーん?レキュからアリアに乗り換えるの?」

ほんっとうにこの女と話すのは疲れる。

「誤解があるようだが、神崎・H・アリアのミドルネームはもしかして――」

「へー?わかったんだ。――うん。多分あおあおの想像どおりだと思うよ。すごいね?キーくんはまだ気が付いてないのに」

「そりゃアイツが鈍いだけだ」

「まー確かにねーっと。そろそろおいとました方がいいかな?お二人のお邪魔みたいだし?」

だからそうではないと・・・。

「理子さん、また明日」

否定する前にレキが理子を追い出していた。「ケータイに送るから送金よろしく~」という捨て台詞を後目にピシャリと扉は閉められ、彼女はベッドサイドに戻ってきてパイプイスにちょこんと腰かける。

「・・・あれ?」

「天羽蒼」

「あ、はい」

「怪我は大丈夫ですか?」

「あ、うん。このレベルの怪我は久しぶりだけどまあ問題ないよ」

「右肩右側頭部裂傷と脳震盪。左脚骨折、被弾――弾は摘出済み。他バイク横転時に体の右側全体に打撲――」

「な、なるほど。まあ大体は体感でわかってたけど」

無表情で怪我の状態をそらんじられるのは怖いということをたった今学んだ。何故だろう、レキの顔がいつもとは違い本気で表情が抜けていて目を合わせられな――、

「こっちを見てください」

「コピー」

「全治二ヶ月だそうです」

「いや、そんなに掛からないと思う。それより、何かあった?」

「?」

「レキが怒るのは珍しい」

「怒ってないです。―――いえ、怒ってるのでしょうか?」

いや俺に聞くな。コテンと首をかしげるな。かわいいかよ。

「話があります。蒼はあの無人バイクに心当たりがありますか?」

なるほど、それを聞きにきたのか。そしてやはり彼女は知っている。俺に接近した目的、彼女に依頼した人間をある程度察し自分の中で冷めた感情が芽生えるのを感じた。

「ああ、大いにあるね」

「そうですか」

「で、他に質問は?」

「・・・いえ」

――ああクソ。キンジのことを笑えん。

「なら・・・そうだ。ひとつ頼んでもいい?」

「はい」

「今日は病室にいるの確定なんだと思うけど、お腹すいちゃって」

ちなみに今時間は19時過ぎだ。病院も俺の食事など用意してないだろう。財布を取り出してレキに渡す。

「学園島の端に牛丼チェーンがあっただろ?あそこでメガ盛りセット二つ買ってきてくれない?レキも夕飯まだだったら一緒に食べよう」

「わかりました。買ってきます」

サイフを受け取ったレキは部屋の出口へ向かう。

「レキ」

「はい?」

「花ありがとう」

「・・・」

彼女は足早に廊下へ消えていった。

 

あとで自分の分含め3つもメガ盛りセットを買って戻ってきた彼女の絵面を見て仰天し、しっかりメガ盛りセットを完食したレキの体に人体の神秘を感じたのは完全な余談だ。

「あ、バイクは全損だそうです」

 

 

 

 

月曜、羽田空港発ANA600便。ロンドンヒースロー空港行き。

キンジは滑り込みでこの飛行機に乗り込んでいた。いや、乗り込むつもりはなかった。本当なら離陸前に飛行機を止める筈だったのだが残念ながら飛行機は離陸してしまっている。

日本でのパートナー探しを諦めたアリアはこの便でロンドンへ帰る気でいる。そしてキンジはつい先ほど理子に呼び出され齎された情報によりこの飛行機が「武偵殺し」を狙うことを推理したのだ。そしてキンジの兄、遠山金一を斃したという「武偵殺し」にアリアは勝てないだろうことも。

ボーイング製の巨体は雷雲に突っ込み、機内では銃撃音が響く。そして武偵殺しは機内の一階バーを決着の場としてキンジ、アリアを誘った――。

 

「武偵殺し」たるフライトアテンダントは東京武偵高の改造制服を身に纏い、キンジとアリアを前にフェイスマスクを剥いだ。

「まーた、キレイに引っかかってくれたねえ。キンジ、オルメス」

「理子!?」

「そうだよ。あたしの本当の名前は理子・峰・リュパン四世」

「――まさか!?」

アリアにはその名前と因縁に覚えがあった。

「そうだよアリア。いいやオルメス4世。あたしの目的はオマエとの決着だったというわけだ」

アリア、キンジ共に銃を抜くことができない。理子の手にあからさまなリモコンがあり、そのボタンに指が掛けられているからだ。

「あたしたちの曾おじい様達は決着をつけられなかった。あたしがオマエに勝てばあたしは四世じゃなくなる。峰・理子になれる」

「待て、理子。お前は、お前が「武偵殺し」か?」

「ああ?そうだよ。何を今さら。あれは前座だよ。アリアとオマエをくっつけるためのね」

「くっつける・・・?」

理子はリモコンを弄びつつアリアの方へ視線を投げる。

「あたしやそこのオルメスの一族にはな、戦うための才能が遺伝するのさ。アタマで計画し、暴きにカラダで闘争する。だけどアリアの一族は代々一人では全力を発揮できないのさ。パートナーが欠かせない。だからアリアとキンジをくっつけてオルメスの血の全力を引き出せるように促したんだ」

「どういう――」

「キンジの自転車からわかりやっすい電波を出してアリアに傍受させ関係を持たせ、バスジャックではキンジが被害者じゃなくちゃんとアリアと一緒に前線に出るように時計に細工してバスに間に合わないように仕向けた。まだ気づいてなかったのか?」

「・・・待ちなさい。どうしてキンジだけなの?アンタの言い方だとアモは最初から標的じゃなかったみたいだけど、最初はアイツも候補だったわ」

アリアの指摘に、だがキンジはなんとなく答えの見当がついた。あいつには既にパートナーがいるからだ。だが理子の答えは予想の斜め上を行った。

「アイツは理子とアリアの戦いの不純物になる。ネームバリューが大きすぎだ。だからバスジャックの時に無力化した。キンジ、お前本当に鈍いよ。アイツの正体に気が付かなかったのか?」

「なんだと、ネームバリュー?正体?」

理子は露骨に顔を顰め吐き捨てるように言う。

「あいつはハーリング殺し。環太平洋戦争の英雄を殺した、灯台戦争の犯罪者だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒステリアモードになったキンジとアリアのコンビの手で理子は追い詰められ、737-350から脱出した。その直後にどこからともなく飛来したミサイル二発がエンジンを吹き飛ばす。燃料喪失どころではない。二発しかないエンジンは全て失われ、もはや600便は推力を発生させていない。機長副機長共に昏倒しており、コックピットには理子がやった細工の残骸。オートパイロットは機能を喪失していた。管制塔との連絡はついたが、もはや彼等と会話したところで根本的な解決には至らない。

「武藤、どうすればいい」

武藤剛気。車輛科に在籍するキンジの悪友だ。乗り物で困ったらとりあえず彼に聞けば大抵のことはどうにかなる。だが、流石にこれは彼としても手に余る状況のようだ。電話越しの武藤は教室にクラスメイトを集めていた。どうやらこのハイジャックは地上では既に一大ニュースとして報道されているらしい。

『とりあえずコックピット以外の電源を落とそう。737にはラムエアタービンが搭載されているけど念のためだ。コクピットの電源が落ちたら終わりだからな。操作するパネルを教える・・・!』

「助かる。あとは・・・そこにアオはいるか?」

『アオか?あいつなら・・・』

『電話変わったぞキンジ』

「頼みがある。手伝ってくれ」

『了解した』

「ちょっと、キンジ。アモは・・・!」

キンジは指をアリアの唇に当てて言葉を遮る。

「アリア、大丈夫だ。俺はアイツを信じてる。だからアリアは俺を信じてくれ。できるだろう?」

『オイお前テンションおかしくないか?』

「天使のためなら俺はいくらでも頑張れるのさ。俺はこの飛行機を安全に着陸させたい。アリアをここで死なせるわけにはいかないからな。どうすればいい?」

『まずは分かる範囲で機体の状態を教えてくれ』

「エンジン二基をミサイルで喪失。「武偵殺し」が脱出のために一度機体に穴を開けたけど、今はよく分からないジェルで塞がってる。武藤の指示でコックピット以外の電力は供給を止めた」

『コピー。キンジとアリア、どちらか航空機の飛行経験は?』

「アリアよ。あたしはセスナの経験があるわ。でもこんな大型のジェット機は・・・しかも推力ゼロだなんて・・・!」

『大丈夫、動力ゼロで737クラスの機体が安全に着陸した例はいくつかある・・・だろう武藤』

『そりゃそうだが・・・アオ、お前飛行機の操縦分かるのか?』

「武藤、アオはプロフェッショナルだよ」

『・・・キンジ、お前がどうしてそんなこと知ってるのかは地上に降りてから聞かせてもらうがとにかくソイツを降ろそう。今回は主脚に異常はなさそうだしスコールの中でもない。余裕で降ろしてやる、アリアがメインで操縦を。キンジ、おまえがアリアの目だ。そこにいて機外の異常を見逃すな。アリアは俺の指示通りに機体を操縦してくれ。対地高度計と大気速度計は読めるな?』

「ええ」

「ああ」

『武藤、600便の高度速度から滑空の曲線割り出してくれ。あと地図と可能な限りの737-350のスペック表ある?中空知、600便のトランスポンダシグナルを傍受できるか?それと俺のインカムを一度国際救難チャンネルに繋いでくれ』

『わかった!』

『アリア、そいつは今グライダーだ。高度もそうだが速度を失っちゃいけない。姿勢維持、機首上げにだけはするなよ。なるなら僅かな機首下げのがいい。』

「わ、わかったわ」

『中空知、インカムの接続完了です。600便のトランスポンダ受信できません。恐らく機体側からの送信がされていないかと』

『コピー、なら厚木か羽田のレーダーで探してもらって座標をリクエストしてくれ。回線助かる、――PANPANPAN!THIS IS ANA600 DECLARE MAYDAY.I LOST ALL ENGINE.I REQUEST DEGIGANETED AREA FROM・・・』

「中空知さん、こっちの通信を周囲の機体と繋げてくれないか?全員に分担で着陸操作を説明させてくれ、この場で習得する」

『キンジ、無茶だ!』

「武藤だ大丈夫、今の俺ならできる。そういう状態なんだ」

『ッ!クソ、中空知さん、やってあげてくれ』

『了解、彼等への説明に30秒待ってください。東京武偵高通信科から通信圏内の全航空機へ。緊急事態につき600便への助力を――』

『アオ、ちょっといいか』

『武藤?――すまん二人とも、ちょっと外す』

「ちょっとアモ!?」

「大丈夫だアリア、落ち着いて。アオの指示を全うするんだ。まっすぐ飛ぶだけでいい」

キンジは怯えるアリアを宥めつつ、必死に通信越しの説明に食らいつく。グライドスコープ、高度計、ビーカー、燃料、油圧、フラップ操作、降下率――ヒステリアの脳はスポンジのごとく知識を蓄えプロのパイロットの見る世界を頭の中で構築していく。いつも以上に強力なヒステリアモードに入っているキンジにとってこの超促成教育は十分可能なものだった。

『スマン、今戻った』

「この馬鹿アモ、遅い!」

「アオ、こっちも終わった、大体のことは分かるようになったよ」

『本当にやったのか・・・まあいい。結論を言うと』

「ここからだとどこの空港にもたどり着かないんだろ?中空知さんのくれた座標とそっちから聞こえてきた降下率でだいたいの計算をしたよ」

「うそ・・・」

『キンジの推測どおりだ。だがまだまだ希望はある』

「ああ、空き地島だな」

『そうだ。夜間の着水なぞプロでも死ねるが空き地島なら、あれは元々滑走路のなりそこないだ』

「減速はどうするの?」

『ループして限界まで減速するしこっちでも手は用意する。もしもし平賀さん、至急で仕事を頼みたいんだけど。そう、超特急で

「アオ、空き地島は対角線で2061mだ、そちらの風速は?」

『現在南南東の風41.07mです』

「レキか」

『レキには外で観測やってもらってる。アイツの目ならすぐにでもそっちの機体を捉えられるさ』

『コースを教える。キンジ、アリアをナビするんだ』

空き地島に安全な速度で進入するため武藤やアオが必死に計算してくれたであろうコースを、キンジは外の景色と照らし合わせてアリアに伝える。アリアも大型機の操作に慣れてきたようでしっかりこちらの言ったとうりのコースに旋回してくれる。だが順調なのは途中までだった。

「っ・・・」

「アリア?」

「キンジ、油圧を見てちょうだい。舵が重いわ」

はっとして数値を確認する。大型の航空機はパイロットの操作を操縦翼面に反映するために機体全体に血管のように油圧パイプが張り巡らされている。その圧力の数値が僅かだが、先ほど確認した数値より下がっていた。そして今、俺の目で数値が一つ下がった。

「・・・確かに漏れてる」

「こちら600便、アモ。油圧が少しづつ下がってるわ」

『・・・被弾したときにどこかの管を損傷してたか。幸いレキが今600便の翼端灯を捉えた。細かい指示もこっちで出す。キンジも操縦桿を握って操作に加わってくれ。呼吸を合わせて、慎重に十分量の舵を切ればいい』

「わかった」

『油圧を完全に失う前に降ろすぞ、左旋回だ。最短、最低限の操作でここまで誘導する。不知火、平賀さんに作業を急ぐように伝えてくれ!』

向こうから見えるようになったなら、こっちからでももう空き地島が見える筈・・・。あれが学園島か。空き地島は・・・夜間の今、空からでは灯り一つない空き地島は探せない?

『――そんな凡ミスすると思うか?』

ああ、お前なら平気だろうさ。

『キンジィ、俺達全員で装備科のマグライトと車両科の一番でかいタグボートをかっぱらっちまったからなあ!テメエ絶対無事に降りてこいよ!』

いいぜ武藤、並べ終わったぞ!発電機とも接続完了だ!

『よーぅし、コンタクトォ!』

瞬間、空き地島に滑走路が出来上がった。狂いなく直線に引かれた、今夜最高のランウェイだ。

『600便捉えています。』

『あとちょっとだ、頑張れ!』

『テメエ降りてきたらなんか奢れよ!』

『アリア、キンジ。降りてこい。俺達が受け止めてやる』

空き地島の北西側の淵に二隻の船が横づけされているのを見てキンジはアオの言葉の意味をなんとなく察した。そして名言しない理由も。アリアの操縦に支障をきたさないためだ。

『・・・旋回終了まであと3、2、1、終了。よし、最終アプローチ入るぞ。アリア、ラダー右少し踏んでくれ・・・よし、戻して。キンジ、フラップ最大展開』

「フラップ最大」

「アモ、少し左に煽られてる気がするわ」

『大丈夫。レキが風を読んでくれてる。今の修正で進路は適正になった。』

「了解、まっすぐ降ろすわよ」

『完全に着地したらラダーペダル両方、めいっぱい踏み込め。ブレーキ操作だ』

「わかってる――アリア」

「ええ、降りるわ」

皆が集めてくれた空き地島のマグライトの光が近づく、あと少し、あと少し・・・着地した!

『ゆっくり機首下げだ・・・・よし前輪がついた!レキ、不知火!』

ダダンとほぼ同時の衝撃が二つ、それが合図になったかのように機体の速度が急激に落ちる。

「「止まれ、止まれ!」」

エンジンと燃料の分軽くなった機体、濡れた路面、2061m、着陸と同時に起きた謎の減速。結果は今、出た。目の前に風力発電装置のタービンが回転している。だがもうこれ以上こちらに迫ってくることはなかった。

羽田発ヒースロー行きのANA600便は、今、無事に着陸停止したのだ。

隣の席で奇跡でも目の当たりにしたような顔で茫然としているアリアに、俺はちょっとかっこつけて声をかけることにした。

「東京武偵高へようこそ、アリア」

 

 

飛行機から降りてようやくわかったのだが、最後の最後で発生した謎の減速は、両翼のエンジンポットがあった部分に打ち込まれた即席ドラッグシュートによるものだった。平賀さんが捕鯨用の銛撃ち機を即席で改造して装備科の在庫のパラシュートと接続して作ったらしい。翼に突き刺さった極太の銛には確かに空挺降下などで使った覚えのあるパラシュートが鈴なりになって垂れさがっていた。さっさと燃料を全部失ってしまっていたのが僥倖だったと武藤などは笑っていたが、そもそもエンジンを丸ごと失ったりしなければこんなに苦労することもなかったと思うとこちらとしては笑いごとじゃない。

「で、真っ先に俺のところに来たわけか」

「ああ、まずはありがとう。お前のおかげで無事降りて来られたよ」

「よく俺を信じて飛べたな。飛行経験があるとは教えてないはずだが」

「「仲間を信じ、仲間を助けよ」武偵憲章第一条だ。俺はお前を、仲間を信じただけだ」

「そうか」

武帝病院から来た救急隊が600便の乗客を降ろして介抱している、その少し離れたところにアオは松葉杖をつきながら立っていた。他の武偵高のメンバーも救急隊のサポートや現場の安全確保などで近くにはいない。

「「武偵殺し」は理子だったよ」

「なんとなくそんな気はしてた。確信はなかったけど」

「どうしてわかった?」

「あいつに収集を依頼した事件資料を他のソースと比べた。俺を事件から引かせたかったんだろ?」

「ああ。お前の肩書き・・・。ネームバリューが理子の目的の障害になったらしい」

「理子は俺を何と?」

「・・・ハーリング殺し」

それは2年前の戦争の始めに、自国の元大統領を救出作戦中にミサイルで焼き殺したパイロットの綽名だ。ハーリング元大統領は11年前の環太平洋戦争を終結に導き、軌道エレベーター建設を推進した人物として世界的な著名人だった。

「だけどそれだけじゃないんだろうアオ。お前はそのあと、多分だけど軌道エレベーターでの戦いにもいたんじゃないのか?」

アオはそこで初めて本気で驚いた顔をした。コイツのこれは珍しい。してやった気分だ。

「理子はそんなことも知ってたのか?」

「いいや。ハーリング殺しとしか言っていない。だけど今さっきお前はオーシアの軍人として持っていた人脈で俺達を助けてくれただろ。横田空域を通ったのに無線には警告一つ入ってこなかった」

「他には?」

「・・・実は前にお前の机から9mmを拝借したことがあってな。そのときに引き出しの中の勲章を見つけた。あれはエルジア王国が発行するものだろ。後は連想ゲームさ」

その時は見つけたときは何かのメダルくらいにしか思ってなかったが、さっきヒステリアモードになったときにメダルに刻まれていたのがエルジア王女の名前とあの戦いがあった10月30日の日付だったことに気が付いた。理子がアオがハーリング殺しだなどと言うまでは元軍属かもとは思っても空軍だなどとは考えもつかなかったわけだが・・・。ちなみにどうでもいいことだが俺がアオの机を覗く羽目になった本当の理由は理子が俺とアオをネタにして腐った女子向けの本を描いて俺らの部屋に隠したとか抜かしやがったからだ。

「あれか・・・。キンジ、お前の推理は正解だ。あまり言いふらさないでくれ」

「わかってるさ。アリアにも後で言っとく。それで例の、横田空域を開けてくれた人は誰なんだ?」

アオが、いやクラスの皆が命の恩人だが、横田空域への侵入を許してくれた人も恩人だ。名前くらいは知っておきたい。

「前いた部隊の指揮官だよ。彼には俺から言っとく。それより、こっちも聞きたいことがある。理子の後ろには誰が・・・いや、何がいた?」

「なに?」

「バスジャックのときのナイケンとルノー。そして恐らく600便を途中まで操縦していたプログラムも。俺はあの無人戦闘資材に心当たりがある」

「おまえ、本気で言ってるのか?」

無人戦闘する機械、そしてアオは前のオーシアとエルジアの戦争で戦っていた。あの戦争で無人機はキーワードだ。エルジアが大量に飛ばしたそれはオーシアに多大な被害を与えたという。

「何か言ってなかったか?俺はアレのデータが犯罪組織に使われてると思ってる」

「・・・理子はイ・ウーと言っていた。それ以上は知らん」

「そうか、ありがとう・・・さて」

「どうした?」

「実は俺武偵病院での退院前精密検査抜け出してきててさ・・・」

「ちょっと待て!?」

抜け出してきたってことは、あの暴力団も裸足で逃げ出す医者たちに追われてるってことか!?というか全治二ヶ月はどうなった!?

「どうせお前も怪我人だし、一緒に連行されようか」

気が付けば俺とアオは筋骨隆々の白衣の天使(漢)に取り囲まれ、力なくホールドアップするのだった。

 




ストック放出完了です。航空機の云々はあまり深く突っ込まないでもらえると助かります。

11/31/19 誤字等の修正をしました。


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Unrabeled Agent

 600便ハイジャックの後、なぜかまた俺達の部屋に戻ってきたアリアに辟易としながらも、繰り上げで退院できたおかげで戻ってきた平穏を甘受しようという気分になっていた。アリアのロックオンはキンジに絞られたので基本俺はフリー。この間全損したバイクの代わりを見繕うか、と。一般教科(ノルマーレ)や強襲科の授業がなければ各社のバイクカタログを眺めたり、平賀さんに頼んでた銃弾を受け取りに行ったりと、そんな毎日だ。ちなみに737を強制減速させるために使った改造捕鯨銛撃ち機は発射機はともかく銛は修復不可能ということだが、代金は全部キンジにつけてあるので俺の懐にダメージはない。

 

 

 

―――なんてうまい話はそうそうない。なにせ初陣から数えて3回目の出撃で元大統領殺しの冤罪を着せられ、過去最悪の囚人として懲罰部隊(444thSQ)に送り込まれる程度にはツイてない身の上だ。さらにここは武偵校。学生は制服の着こなしよりも銃の携帯義務を守ることを重要視され教師達は非日常の技術を教えることを日常とする。そんな環境に後押されてかどうかは知らないが、俺にとっての次なる嵐は隊員の翌日には寮の前で部屋のドアを叩いていた。――ああでも、いきなり教室でガバメントを乱射するようなアホじゃなさそうでよかった。誰とは言わないしあくまでキンジに聞いた話ではあるが。

「ごめんください!」

「・・・」

「ごめんください!」

「・・・キンジならいないぞ!あとアリアも」

特訓とやらで二人は外に出ている。一度見たときはキンジが焼きを入れられているようにしか見えなかったが、二人がそれでいいならいいのだろう。

「用があるのはあなたです、天羽蒼先輩!」

「・・・ああ、はい。今出ます」

なんとなく聞き覚えがある気がする声に嫌な予感を覚えながらも、鍵を開錠し玄関の扉を開く。先輩と、先ほど声がしたとおりそこに立っていたのはどうやら武偵高一年らしき女子がそこに立っていた。背は俺より低い、見下ろす感じだ。特に改造されていない武偵校女子制服の腰にウエスタンスタイルの皮製ホルスターを巻き、二挺のSAA(ピースメーカー)を挿している。色白の肌をしてほぼ白のプラチナブロンドの髪を肩までのツインテールにまとめている。誰かさんと似たような身長。誰かさんと同じように二挺拳銃――ついでに使う弾の口径も同じ、誰かさんほどは長くないが同じ髪型。ああ何故だろう面倒ごとの予感がする。しかも今度は最初から俺にロックオンか。

もう玄関に施錠して部屋のベットで一日中をため込んだ雑誌漁りに使いたい衝動にかられたが、一応要件を聞いてみようと踏みとどまった。

「ええと、誰。俺が目当てみたいだけど、ご用件は?」

「私は1年A組、強襲科の稲垣バニラといいます。初日の授業ではお世話になりました」

んん――?

「・・・最後にあなたに押し倒されて負けたのですが、覚えてませんか?」

「・・・ああ、あの時俺を殺そうとした」

思い出した。羽田でSAT突入に先駆けてテロリスト相手に凸った次の日だ。蘭豹が初日のサボリをダシにして俺に全部押し付けてきた授業だ。真面目にやったはずだが面倒臭かったので具体的に何したかあまり覚えてないが、そういえば最後に活きのいいのがいた。後ろに回られ後頭部に弾が飛んできそうな感覚がしてちょっと本気出した気がする。うん、そういえばこんな奴だった・・・かもしれない。

「人聞きの悪いことを言わないでもらえる?」

「ああ、ごめん。で、要件て?」

「終わり際に課題を出したのはあなたでしょうに・・・いえ、今日来たのはそのことではないのだけれ・・・ですけれど」

「ああ、別に敬語はいいよ」

「あらそう。で、今日来たのは、これが理由なのだけれど」

「んん?」

ペラ一枚の紙を差し出され、仕方なくそれを読む。教務科の使用するタイプの紙とフォントだ。そういえばこの案件はチャン・ウー先生にせかされてた気がする。戦兄弟を作れと。

「私、稲垣バニラは、天羽蒼に戦兄妹(アミカ)申請をします」

戦兄妹。一般的には戦徒(アミカ)と表記発音され、ペアの性別組み合わせによっては戦兄弟(アミコ)戦姉妹(アミカ)となるこれは武偵校特融の学生チューター制度だ。上級生と下級生がペアとなり1年間特訓する。そしてこれは教務科からの推薦もあるが基本的には下級生が上級生を選び志願して、上級生は課題を出し達成したならば承認。教務科に決定を伝えて成立となる。今回のは推薦だが、一応課題を出して対応しなければならなかったはずだ。・・・そういえばキンジのやつはいたな、戦徒。体のいい使い走りにしていた気もするが。まあ確かに上級生側からすればそういう扱いもできるの制度ではある。

「あー、一応試験云々の前に理由を聞いても?」

「理由というと、何故あなたを選んだかとか、そういう?」

「そういう。ウー先生の推薦書があるのは分かったけどそれだけでほぼ初対面の先輩の部屋には来ないだろ。何かしら調べてきたはず。俺の戦徒になって君は何を学ぶつもりか、1年間教えを乞う相手として選んだ理由がききたい」

「まず、例の強襲科初日の授業で私が負けた相手だというのが一点。そしてあなたが強襲科でも数少ないSランクの武偵であることがもうひとつ」

「ああ、それ多分微妙に違う」

「え?」

「確かに俺は強襲科の学生でかつSランク武偵ではあるが、他の強襲Sランク連中ほど肉弾戦が強いわけじゃない。ただちょっと普通の武偵にはあまりない特技があるから判定がSランクになってるだけだ」

Sランクの連中は本当に頭のおかしい戦闘能力をほこる。撃たれた弾を刃物で斬ったり自由落下中に動く標的に正確に射撃したり素手の殴りでアスファルトの壁をぶち抜いたり・・・脳筋どもめ。

「普通ではない特技・・・。やはり、あなたは航空機の免許を持っているのですね」

知ってたか。まあ既に噂になってる頃だろうとは思ってた。クラス連中のいる中で武藤をさしおいて600便への指示を出していたわけだし。武偵校なんてのは探偵科や尋問科があるくらいだから噂の廻りも戦場なみに早い。

「あってる。だけどまだ弱い。他にないようなら―――」

「F-16,F-4E,JAS-39」

「―――戦闘機だな、それが?」

「あなたの乗っていた機体のはずです、ミスター・ハーリングキラー」

確定か。情報はどこからだ?時期的にオーシアあたりの諜報部?いやもう一つ可能性がある。

「お前、イ・ウーの関係者か?」

「いいえ、彼らを追うものです」

イ・ウーのことも知っていると。イ・ウーが俺のことをある程度は知っているのは分かっているが、そこから外の人間に漏れる理由がなんとなくわからない。オーシアかエルジアで事情を多少なりとも知っている人間に聞いたと考えたほうが自然だ。無人機のこともある。どのみち大陸戦争にイ・ウーがどこかでかかわっているのは確定だ。

「部屋に入って話そう。人に聞かれたい話じゃなさそうだ」

「いいのかしら。さっきは若い女が知らない男の部屋を訪ねるな、みたいなことを言っていた気がするのだけれど」

(耳年魔めざっくり言い過ぎだ)

「いいから入れ。それとも取って食われるのが怖いか?」

「―――ッ」

なるほど、煽り耐性は高くなさそうだ。・・・こんな言い回し本当に連れ込みみたいじゃねえか。しかも下級生相手に、何やってんだ俺?

 

 

 

リビングまで連れていき、ソファーの白雪が来たとき使ってるあたりに座らせる。俺やキンジの使う場所じゃないのは一応の配慮だが――。しかし、出された水には口ひとつ付けない。最初の授業の時もそうだったし今さっきの発言も合わせるとやっぱり俺と同じ入学前から武装していた人間だ。いや水云々は単に脅しすぎかもしれないが。

「で、イ・ウーを追うものだと。どこの組織だ。何故俺の罪状まで知ってる」

「いきなり質問責め?随分と知らないことが多いのね」

「見当はついている。雇い主はオーシアかユークトバニアの情報部だろう」

「候補にエルジアはないのかしら」

「連中に俺を探る理由はない」

「随分とはっきり言うのね」

「ああ」

エルジア上層部は俺がハーリングを殺したことになってるカラクリを知ってるし、機動エレベーターでの顛末は彼らの領内で起きたことだ。仮に諸々の口封じに俺を殺したいのであればそれは今更だし刺客も弱すぎる。態々言ってやる気もないが。

「あなたがハーリング殺しだという情報は、あなたの想像どおりわたしの上から与えられた情報よ。もっとも情報が下りてきたのはついこの間のことだけれど」

「上というのは」

「そこまで教える義理はないわ」

ごもっとも。ストレートに聞いても意味はないな。

「俺に接触してきた目的は」

「ねえ、まだ質問続くのかしら」

「じゃあ終わりにして食うか」

「は・・・?え?」

「ゴムは用意してないから、その辺はあきらめて・・・真顔で銃を出すなよ。冗談だから」

「・・・だったら真顔で言わないでほしいのだけれど」

失敗だったか。キンジとアリアの頭の痛くなる会話を反面教師にして上手く会話を繋げられると思ったのだが。カウント曰く男たるものオープンエロであれ、だったか。やはりあの伯爵様の言うことはアテにならん。

「ところで戦徒の件だが」

「えっと、どこまで話が戻ったのかしら」

「質問に答える気がないなら解決できる点からどうにかする。試験がいるんだろ?考える。何がいいか・・・」

「私はなんだか不安になってきたのだけれど・・・」

そりゃ自然な反応だ。試験前は大抵のやつは不安になる。会話にも疲れてきたしさっさと済ませてしまおう。

「何が得意?」

「早撃ち」

「じゃあ俺に弾中てられたら君の勝ち」

「はあ!?」

「俺は他のSランクほど強くないって言っただろ。やってやれんことはないと思うぞ」

「そういうことではなくて、.45ロングコルト弾が中って無事で済むわけないでしょう!?」

「俺は最近の怪我でイマイチ体の動きが鈍いし・・・じゃあ、反撃もナシ。射撃も打撃もなし・・・ああ、でも民間人に中る環境とこの寮室はナシで・・・」

民間人は防弾制服を着ていないし、この寮の部屋は俺以外にもキンジや白雪、アリアも使う・・・いや、後ろ二人はこの間派手に喧嘩して部屋を半壊させていたから別に気にする必要はないか。まあ流石に寝る時くらいはゆっくりしたいし。あと、撃たれるなら分かってて撃たれたほうが楽だ。

「じゃあスタート」

疲れた。気晴らしに強襲科行ってこよう。9パラなら安いし、精密分解したから撃ちまくって慣らしをするのもいいだろう。

 

 

 

 

 で、その日の夜。寮の部屋に戻ってきたアオは体の至る所にバンテージを巻いて帰ってきた。

「おま、何があったアオ」

「昼間派手に撃ちまくられたんだよ」

「何?うわ、ボロボロねアンタ」

アオはアリアの方をみて微妙に顔を顰める。

「お前らが外にいる間に1年が来て戦徒申し込まれたんだが、失敗した」

「は、アンタ戦徒いなかったの?転入でもなし、しかもSランクでしょ?」

「色んな人が志願したけど全部逃げてたよね」

白雪がキッチンの方から会話に入ってくる。今度はアリアの表情が歪む。こいつらもトコトン相性悪いな。

「お前、面倒臭がってたもんな」

俺もだが。まあ情報源としては有用だから結果的にはプラス・・・いや、飯をたかられる分トントンか?

「で、どんな奴だったんだ」

「SAAを二挺ぶら下げたツインテ女子」

ああ、なんとなくアリアを見てうんざりした顔をしている理由がわかった。きっと身長も低いんだろう。

「アリアみたいだね」

「ちょっと白雪それどういう意味?」

食卓に座るアリアとキッチンの白雪の間で火花が散るのを幻視した。どうやらアオにも見えたようで慌てたように口を開いた。昨日白雪が部屋に突撃してきて発生したの二人の喧嘩でアイツの冷蔵庫も逝ったからこたえてるんだろう。

「――俺に弾を中てられたら合格って試験やったんだが、期限切るの忘れてな」

「天羽君てたまにとんでもないドジ踏むよね・・・」

「それでSAAの弾を貰ったのか。随分撃たれたな」

「あ?100年以上前のロートルの弾が俺に中るわけないだろ」

「おい待て、じゃあその怪我はなんだ」

「ジガナの分解整備したから強襲科で撃ち慣らししてたら、蘭豹に目をつけられてこの間押収したUZI使って追い回された」

「地獄か!」

そもそもそのUZIは武偵殺し事件の重要証拠物件じゃないのかよ。本当に適当だなウチの教師は。

「そういえば午後になってから強襲科の方角が騒がしかったわねぇ・・・というか、アタシのガバも丁度100年くらい前の設計だけど、試してみましょうか」

「初速1.0以下だろ?」

「は、1.0?何のことよ」

「マッハ数だろ、たしか」

アリアの使うコルト1911の使用する.45ACP弾は音速換算でざっくりM0.8から0.9だ。ちなみにUZIの初速はM1.2程度。SAAは弾にもよるが大抵はもっと遅い。

「アンタも白雪みたいに超能力(ステルス)で弾をはじくの?」

「天羽君は超能力者じゃないよ」

「なんでそんなことが分かるのよ!」

「そんなことアリアには関係ないと思――」

「落ち着けふたりとも。アオが超能力者じゃないのは俺が保証する。アオも適当なこと言うなよ、弾が見えるわけじゃあるまいし」

「・・・ああ、そうだな。悪かったよ」

「それでその1年はどうしたんだ」

「期限切るの忘れたから、まだどっかから狙ってるかもな」

「おい」

「ここでは撃つなとは言ってあるから」

「なら問題ないわね」

「ご飯できたよ、キンちゃん。天羽君」

言って白雪が俺達の座る食卓に夕食を運んできた。俺、アオの順にけっこう手の込んだものが運ばれてくる。白雪も慣れたもので天羽の分は増量されている。だがアリアの席には何も運ばれてない。

「ねえ、私のゴハ――」

「ところでなんか部屋の荷物増えてないか?」

おい馬鹿、今アリアの言葉を遮ったら――。

「ああ、それは私の荷物。アドシアードまでの間だけキンちゃんに護衛を頼んだから。あとアリアにも」

「何かあった?」

「ちょっとね。でも一応の措置だから」

「そう」

「シ ラ ユ キ!アタシの分は!?」

「はいこれ」

ドン、と茶碗が机に叩きつけられた。白米に箸がぐさりと刺さっている。

ああ、終わったな。ガバメントがほら、出た。また壁に穴があくのか。とりあえずベランダに逃げよう。アオは――ってホントに弾避けながら普通に飯食ってるし。やっぱSランクは化け物だわ。




ストレンジリアル世界とアリアの設定のざっくりした整合調整① 国家編

米国→オーシア
ロシア→ユークトバニア
ドイツ(旧ドイツ)→ベルカ
ウスティオ→フランス
英国→エメリア
スコットランド→エストバキア

※なんとなくのため予告なく変更する可能性あり というか多分しょっちゅう変わる


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Challenger

一応、星伽にはキンジのついでながら食事の世話になることもある身だ。護衛が必要な 状態にあるというのであればたとえ依頼を受けているわけでなくとも多少は気を張って警戒するくらいはやぶさかではない。そう思い寮の部屋に2人ほど水と油どうしの女子が増えたくらいは我慢してみようと思ったのだが、星伽の2泊目あたりで部屋のPC画面に45口径のJHP弾が突き刺さっているのを見つけて生活圏での警戒は諦めることにした。それに生活圏が近いと稲垣の襲撃と星伽への攻撃がカチ合うかもしれない。ここ数日は襲撃はなかったが、そろそろ正面からではない絡め手で来る頃だろう。あと俺もアドシアードで忙しくなる。

「ああ、天羽君」

「不知火」

一般教科教室への移動でけっこうな頻度で一緒になることがあるのだが、不知火は割と話す方だ。

「いやあ、災難だね」

「どれのことだろう」

「神崎さんに続いて星伽さんも居候になって毎日喧嘩してることとか、カウボーイみたいな1年生に狙われているとか」

「耳が早い」

「そりゃあ武偵校だし。また車輌科の倉庫で寝泊まりするのかい?」

「.45弾は中ると痛いからな」

「アハハ。噂には聞いていたけどほんとに室内で撃つんだねえ彼女」

「始業日にもHRで撃ったんだろ?」

「あれは驚いた。そういえばあの時学校にいなかったけど、天羽君は何してたんだい?」

「寝てた」

「寝てたのか」

呆れられても本当のことは言えない。守秘義務のある仕事だったから。

「不知火、アドシアードでは何かやるのか?」

「うん、拳銃射撃競技に出ることになってね。本当は武藤君と受付をやるつもりだったのだけれど」

「いいじゃないか。射撃上手いだろ」

「君に言われてもねえ」

「は?」

「天羽君だって|戦術走破競技〈パルクール〉に出るじゃないか。教員や3年生たちは今年の優勝候補だって騒いでるよ」

「・・・あー、」

まあ、確かに俺は比較的戦術走破競技が得意だ。というか、キンジや不知火と比べて若干低い身長と無駄に高いトルク。そして3次元把握能力に任せて適当に飛んだり跳ねたりしているだけで正式な技術体系としてそれを学んだことはない。国際停戦監視軍の訓練キャンプに入る前まで拠点にしていた街の上では師匠と一緒に縦横無尽に屋根の上を走り回って散歩をしていたが、彼女も体系化された訓練を受けたわけじゃないらしい。あの人は今どこで何をしているのだろうか。爆撃しても殺せない人だから心配はしていない。むしろ万が一にも戦場で敵として会ったら100万回死ねるから動向だけでも知っておきたいのだが――。

「あの人自由だからなあ」

「あの人?」

「ああ、パルクールの話で人を思い出しただけだよ」

「ふうん?師匠とか」

そんなところだ、と答えたところで強襲科のエリアについた。ここまでだ。不知火は室内のシューティングレンジへ行くが、俺は屋外スタートだ。ここ、今立っている場所から練習開始。とりあえず強襲科の屋上まで上がったら男子禁制の特殊捜査研究科と敷地内に入ったら迎撃されそうな超能力捜査研究科、あと教務科を避けるようにして適当に学園島を一周りしてみようかなと思っている。

「じゃあ、またな」

「天羽君」

「ん?」

「頑張ってね」

「おう」

 

 

 

「―――いろいろと、ね」

挨拶もそこそこに強襲科の外壁を三角飛びの要領で跳ねていく天羽君を見送る。なるほど、まるで猿かウサギだ。しかも9ミリとカスール弾で凶悪に武装した。基本的にアドシアードでは武装したまま全ての競技をやるので・・・全装重量4キロ以上はあるんじゃないだろうか?もう屋上までついてるし。あれで全治2ヶ月を1割弱の期間で早期退院したばかりとは末恐ろしい。

「あ、撃たれた」

 

 

 

「待ってたわ」

流石にちょっとびっくりした。

強襲科の屋上の淵に手をかけたところで銀色の銃口が目の前に飛び出してきた。慌てて横に飛びながら身を捻って.45LC弾を躱す。壁に対して背を向けた状態になった体を後ろ手に凹凸に手をかけ脚と腹筋の反動を使って逆上がりの要領で持ち上げ、一応ジガナを抜きつつセーフティを解除して――着地。ホワイトドットの向こうには全体的に色素の薄い、小柄な女子がSAAを片手に屋上の柵の前に座り込んでいる。そろそろ来ると思っていたあの一年だ。俺自身が決めたルールに従い銃口を降ろしてセーフティを解除する。試験中、というか彼女が俺に弾を中てるか諦めるかするまで俺は彼女に攻撃できない。カチンという音と共に引き金が初期位置に戻り、ハンマーが戻る。

「――これでも中らないのね」

「いい線はいってた」

実際、彼女が使っているのがレートの速い短機関銃や小口径高速弾を使うモノだったら今頃は弾丸に打たれながら地面に堕ちていただろう。

「やる気は出たのか?」

「ええ。今日こそ風穴あけてやるわ」

やっぱり殺す気じゃねえか。酷い話だ、俺が一体何をしたと――連れ込んで脅してた。これどっちだ?任務で撃ってるのか私怨で撃ってるのか。

「よく分かったな」

「律儀に自由履修の登録をしておいてよくも言えたものね」

昨日出した登録用紙か。あれを見れたということは俺の部屋か教務部を覗いていたということだ。教務部の方だとしたら度胸がある。

「これから学園島を一周するんだけど、お前もつきあう?」

「一周?このメガフロートを?」

「履修用紙を見たなら知っているだろうけれど戦術走破競技――つまりパルクールでアドシアードに出ることになった。その練習だよ」

こちらを睨みつけながらも、彼女は少し考えこんでいる。心配しなくても一緒に飛び跳ねてついてこいとは言わないさ。

「俺が教務課から許された練習時間は1時限分。その間にここ強襲科の棟の回りを最低6回通る。射距離は10から15メートルくらいのはずだ。時間内にあてて見せろ」

「へえ、やさしいのね。態々狙われに来てくれるってこと?」

「その代わりに俺もお前の位置を特定している状態だ。これまで通りの戦術で来るなら絶対に中らないぞ。SAAの代わりに俺の銃を貸してもいいが」

「余計なお世話よ」

「そうか。じゃあ――」

武偵用の靴の底がガリっと音を立てる。瞬間に彼女の手はSAAの銃把にかかる――いい反応だが、その早撃ちは前にも見た――!

「スタートだ!」

銃弾が発射される。その射線を飛び越えて俺は稲垣に向かって体を蹴り出した。接近に驚いて二発目が遅れている間に眼前でもう一度。

「消えた!?」

違う。彼女の肩を少し借りて頭上を飛び越えただけだ。そしてそのまま強襲科の屋上を駆け抜け、落下防止の柵に足を掛ける。ずどん。

十分な加速を得て、更に金属製の欄干を加減抜きで蹴り飛ばすと体は宙を走る。眼下の建物に着地する時、身体の運動ベクトルはまだ殆ど前方に向いているようにするのがコツだ。そうすると足のバネだけで着地し、減速なしで次の動作に入れる。

建物には至る所に足場がある。屋根や屋上構造物は言うに及ばず、窓枠、壁の装飾、看板に屋外階段。スパイクのついた靴を使用する武偵ならばただの柱すら方向転換や加速の起点となる。建物だけではない。信号機も足場として使用可能だ。ただし道路の上では体が低い位置に落ちる前に両脇の建物に移動するのがベターだが。

(よっと)

信号機から街灯へ。街灯の頭を足場にして探偵科の5階の窓枠に手をかける。掛けた手を中心に倒立の動きで乗り上げる。ストンを足を置くと窓の向こうにキンジがいた。

「よお」

「なにやってんだお前!?」

「パルクールの練習。ここの屋上が練習用のチェックポイントなんでな」

競技では幾つか設定されたチェックポイントを順番に通過して最後のポイントに到着した順位を競うことになっている。ここは適当に用意されたチェックポイントの一つで、実際の競技でどこが指定されるかは選手に当日まで知らされない。

「アドシアードか。そういや出るって聞いたな」

「ああ。――うん?キンジがいるってことは」

「キーくんなにしてんの~?ってあれ、アオアオじゃん。窓枠なんかに立ってなにしてんの~?もしかして盗撮の練習?」

次の足場は、ああ。あそこのフェンスなんかちょうどいいな。ちょっと遠いけど同じ高さの窓枠で加速してから体を廻せば多分きっと届く。

「じゃあなキンジ。窓閉めといてくれ」

「はぁ?おい、屋上はいいのかよ。そっちは駐車場だぞ」

「オレ アイツ ニガテ」

 

 

 

「――次で、最後」

稲垣バニラは遠くの建物の上を走りながら近づいてくる男を見据え、低く唸るような呼吸をした。

(目で見た印象以上に彼の移動速度が速いことは一回目の通過で分かっている)

すでに与えられたチャンスのうち5回は消化され、全て失敗してしまっていた。

決して油断をしていたわけではない。

天羽蒼。依頼元からの情報と事前に集めたプロフィールである程度のことは分かっていた。

2018年に国際停戦監視軍へ派遣が内定していた部隊の訓練キャンプに配属。年が明けて、灯台戦争が開戦する2日前にフォートグレイス島での哨戒任務に就く。以後、同地の部隊で4度の作戦に参加するが最後の作戦で護衛対象だった輸送機を撃墜。搭乗していたハーリング元大統領は死亡してしまう結果となった。

彼は軍法裁判に掛けられ、結果懲罰部隊に異動となる――。

軍に入るまでの経歴に、彼が稲垣の前で見せたような高い身体能力と歩兵としての戦闘センスを得られるような要素はない。

(だからオーシアはこう考えた。彼は最初から工作員だったのではないかと)

狭い旅客機の中に単独で侵入し、武装したテロリストを乗客の被害なしで制圧。

高速で走る複数台の移動砲台型ドローンに対してバイクに乗車しながら対応、全てを撃破している。しかもその間に同乗した武偵が狙撃を行う機会を作っている。

(そして今日。私は彼に5回攻撃した)

相手は空中。速度は乗っていても着弾の瞬間に回避行動は取れないはずだった。が結果はハズレ。狙いが甘かったわけじゃない。重心移動により身を捻って射線から外れたのだ。二度目も同じことを試したが、更に余裕を持って回避される。しかも指鉄砲のオマケ付きだった。

次は、一段高いビルから飛び降りているところをファニングで撃って同時に複数個所に着弾するように狙った。空中で壁を蹴って加速されタイミングを外されてしまう。すかさずもう片方の銃で追撃を入れようとしたが、今度は上着を囮と視界を奪うのに使われ逃がしてしまう。

別の建物に潜んで背後から射撃した。最初から気付いていたらしく、またしても体を捻るだけで対処されてしまった。

(やっぱり。彼は銃弾の軌道を発砲の瞬間に認識して、あるいは銃口の向きを読んで動いている)

ここしばらく彼を襲撃し続けて、薄々そんな気はしていた。灯台戦争での彼の戦果。ハーリング元大統領の救出作戦は都市部の上空でも行われたから幾つか映像が残っている。真っ先に侵入した機体は一直線に軌道エレベーターへ突き進み、配備されていた対空砲と対空ミサイル陣地を一掃していく。打ち上げられたミサイルが真正面からその戦闘機に突っ込む様子が撮れていた。その戦闘機はほんの少し翼を翻すだけでミサイルをやり過ごし、逆に撃った対空陣地に機関砲の雨を降らす。

(あのパイロットはきっとミサイルを見て避けたんだ。猛然と接近してくる炎の矢を冷静に観察して、回避から反撃までの機動を頭の中に思い描いて、実行した)

同じことをされている気分だった。こちらが建物の上などから狙撃を試みていて、相手が避けながら素早くまわりを跳びまわっているこの状況はあの映像に酷似している。違うのは彼が攻撃してこないことと、どちらも命を懸けていないということだけ。ただ、二度目のチャンスで向けられた指鉄砲が頭の中でフラッシュバックする。撃たれたわけじゃない。でも確かに撃たれた。私は機関砲を掃射されて死んだエルジアの兵士達と同じだった。

(まだだ。まだ手は残っている)

 

 

 

飛来する.45LC弾を避けた。これで5度目の交錯。

「次で最後だぞ」

「わかってるわよ!」

反骨精神に溢れた声が返ってくる。だがこのままでは中ってやることはできない。彼女の射撃は正確だし工夫を凝らす頭もあるが、肝心なことを分かっていない。

必要なのは高い技術ではない。少なくとも今はそんなものを求める段階じゃないんだ。

腕時計をチラリと確認する。もうあまり時間はない。少なくとも6回とは言ったがどうやら本当に次が最後のチャンスとなりそうだった。今度は短めにコースを選択して強襲科の方へ進路を取る。

ファニングショットは見た。場所も変えた。さあ次はどうする。――今日仕掛けたこのゲームは確かに突発的だったが、ここ十何日かの間に何も学ばなかったというのであれば、残念ながら次もハズレだ。例えどんな思惑があろうと戦妹にしてやるわけにはいかない。

見えた。

真正面にいる。こちらの軌道の直線状に立ち、両手でSAAを握り込んで射撃姿勢を取っている。よく狙うつもりなのか?ドローする時の銃口のブレを無くして射撃精度の向上を試みている?

足場にした建物を蹴り飛ばして空中に躍り出る。

(それじゃあダメだ。その解答では合格をくれてやれない――いや、)

戦場でキャノピーや照準器越しに敵と目が合うことはたまにある。その時、相手がこちらに恐怖していたり、激情にかれ憎悪に眼を濁らせていると終わりが見えてくる。務めて冷静に、お前の感情など無意味なのだという固い意志を叩き返してやることだけが仕事になる。だけど実際に目が合う時にそういう手合いはあまりいない。むしろ相手の殺意や覚悟、意思を目撃してしまうことの方が多い。そこから先は意地の張り合いだ。装備の優劣など些事となり、相手の攻撃意思を受け止めこちらのそれをひたすらに押し付けることを繰り返す惨たらしい殴り合いになる。

(違う。彼女は万全をとった。今までの射撃は全て前フリで、本命はこの6度目か!)

腰のジガナに手が伸びるのを堪え、代わりに顔の前に出して防御の構えを取った。

腕越しにもわかるド派手なマズルフラッシュに追いすがる速度で鋭く円錐型に整えられた金属の塊は左腕の防弾制服に中り肩ごと後方に弾き飛ばした。

何をされたのかはもはや明白だった。

.45LC弾が確実に避けられるのであれば、より高性能な――この場合は限界まで初速を強化した超音速弾――を用い、それを悟らせないためにあえて使用する銃はそのままSAAを使った。更には油断を誘うために6回あるチャンスのうち5回は全て色々な手を試しつつも通常弾を用いて最後の一回への布石にしたのだ。

(想像以上だったか)

空中で体勢を大きく崩された蒼はもう向こう側の壁まで届くための速度を失っていた。被弾で体が左向きに回転している。体の回転を維持して斜めに降下、なんとか街灯の柱に手が届いた。キャッチ。手から腕。脚を絡めて落下速度を殺し――。

ダン、と結構いい音が鳴ったがなんとかアスファルトに着地した。

「いってえ・・・」

だが、ちょっと気分がよかった。

 

 

蒼がミネラルウォーターのボトルを買ってから強襲科の屋上まで最初のように上ると、柵に打ち付けられてぐったりしている稲垣バニラを見つけた。

「生きてるか?」

「・・・死んだわ」

もぞもぞと動いて起き上がろうとする彼女の手元にはボロボロになったSAAが転がっている。許容量を超えた炸薬の圧力でクラックが入って、膨張した薬莢の真鍮色が覗いている。この様子だとフレームや撃針にもダメージが入っているだろうな。

「初速は2.3くらいか」

「・・・やっぱり見えてたのね」

起きようとする稲垣を制して傷の具合を見る。軽い打撲と、両手に軽い火傷か。頭や目には特に被害はなさそうだ。それだけ分かれば今は十分なのでボロボロの手を取りボトルの水を少しづつ掛ける。

「っ~~!?」

「火傷ぐらいで済んでよかったな」

SAAはリボルバーとしては可動部も少なく頑丈に見えるが、実際は作られた時代によって強度が異なる。強装弾に対応した種類でなければ各部にガタが来て壊れるのは当然。激発と同時に銃が破裂しても文句は言えないのだ。

ハンカチを水で濡らしてそれで右手を包むように固定。さっさと氷で冷やした方がいいが火傷は処置の速さが重要だ。だが火傷は両手だ。

「この、どこ触ってんのよ!」

「ハンカチは一つしか持ってない。お前のも使う」

「治療なんかしなくていいから!」

「火傷の治療は早い方がいい。おまえ銃握れなくなってもいいのか?」

「それは――」

「よし、あった」

白のレースがあしらわれたいかにも女子なそれを先ほどと同じように濡らして手に固定する。

「立てるか?」

「いちいちうっさい!構うな!」

「何を不機嫌になってるんだ」

「アンタが言うな!」

こいつめんどうくさい。もう締め墜として救護科(アンビュラス)棟の前に放り出してやろうか。

「弾丸は命中。見事俺を撃墜してくれたわけだが。俺が死ななくて残念か?」

「・・・は?」

「違うのか。じゃあSAAか?ありゃ無茶させすぎたのが悪い」

「いえ、待って。そうじゃなくて―――あたってたの?」

「顔面直撃コースだったが。相対速度抜きで音速超えてる弾丸を避けられたら人間じゃない」

マズルブレーキもなしに撃たれたせいで逆光で見えづらかったし、弾丸を目で捉えられても体が反応する時間があるかは別の問題だ。体にサイドスティックとラダーが付いてりゃ話は別だけど。

「え、嘘!?」

「何を驚いてるんだ」

「だって顔面直撃コースって、死ぬじゃない!」

「再三殺す気で撃っておいて何を。腕で受けたんだよ」

「・・・そう」

うわあ残念がってやがる。

「とにかく、救護科に行くぞ。他に怪我ないか診てもらえ・・・って」

立たない。ぺたんと座り込んで全く動く気配がない。

「腰、抜けたみたい」

「・・・おぶろうか?」

「うん・・・はい、お願いします」

しゃがんで、立ち上がると彼女の軽い体重が背中にかかった。転がっていた二挺のSAAも回収して左手に持っておく。

「稲垣バニラ」

「はい」

「合格だ。貴官が望むのであれば自分は戦兄として一年間守り育成することを誓おう」



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Distant Eyes

サイドストーリーに誤投稿をしました。ご迷惑をおかけし申し訳ありません。


救護科の学生に預けると、稲垣はさっさと診療室に連れられていった。聞いたところやはり重大なケガを負った様子はないらしくちょっと安心する。

(さて)

問題は銃の方だった。

シリンダー破損、撃鉄の固定はできず、銃口にも燃焼不良を起こした火薬が多量に焼き付いている。使用不可。フレームにも影響が出ているだろうから、普通なら廃棄が順当だろう。

だけど、道具への思い入れというものは意外と捨てきれないものだ。まして古い銃を態々使っていた彼女ならば、きっとあのSAAには特別な意味がある。そんな気がした。

「あ、平賀さん?ちょっとこれからそっちに行ってもいいかな――OK?助かる。じゃあ拳銃をリボルバーとオートマで用意しといてくれないかな。え?いやジガナもトーラスも壊してないよ――ありがとう。じゃあ後で」

さて、大した怪我じゃないというならすぐに出てくるだろう。ぼんやり空を眺めているうちに後ろから声がかかった。

「待ってたんだ」

「SAAも返してないしな」

二挺とも彼女に返す。無事な方はホルスターに戻されたが、破損した方は両手で抱えてしまった。どうやらよほど思い入れのある銃だったようだ。小さく、ごめんという声が漏れ聞こえる。

「装備科に行こう」

「そうね。新しい銃を買わないと」

弾が抜かれているのを確認して壊れたSAAもホルスターに戻される。

俺たちはその足で平賀さんのところに向かった。

 

「ここは・・・?」

装備科には足を運んだことはあるようだが、平賀さんの事務室は入ったことがないようだ。まあ確かによほど優秀でも1年が2年のエースに銃を見てもらう機会などそうはない。

「俺が銃を見てもらってる人のところ。体は小さいけど技術は信頼できる人だから――」

もはや常連と自負できる程度には通っている身だ。気兼ねなくいつもの鉄扉に手をかける。

扉を開けると視界いっぱいのでっかい鉄の塊があった。

「」

「」

扉を閉める。開ける

扉を開けると視界いっぱいのでっかい鉄の塊があった。

「・・・なに、これ」

「知らん。・・・いや、多分あれだ。ガンランスとかいうのを作るとかなんとか言ってたような。完成してたのか」

「いえでもこれ、どっちかっていうと神機とかBRSの方が近くないかしら」

「どっちも知らん。おーい平賀さん!」

いらっしゃいなのだーという声が鉄塊の向こう側からする。ややあってひょこっと顔を出した彼女の頬にはオイルを拭った跡があった。作業中だったらしいが、まさかこのデカブルの親戚を作ってたわけじゃないと願おう

「またでかいのを作ったね」

「これでクアドリガ素材を集めまくるのだ!」

誰が使うんだって。蘭豹くらいじゃないと使えないだろうこれ。まあ展示としてのインパクトはあるが流石に扉開けた目の前は邪魔だ。

「がんばれよー。ところでさっき言ったものは準備してくれた?」

「もちろんなのだ。こちらへどうぞーなのだ!」

ガンランスだか神機だかを回り込んで進むといつも通りの空間が現れる。やはりこの鉄塊邪魔だ。

ともあれ、通された先には洋の東西を問わずの最新の拳銃たちがズラリと並んでいた。ポリマーフレームオートマチック、機関拳銃、リボルバー。

「これは・・・」

「お前の新しい銃を選ぼうって話」

「あおくんの依頼だからけっこう種類出したけど、この人はあおくんの彼女さんなのだ?」

「いや、戦妹。半分俺のせいみたいなもので銃壊しちゃったから」

「おー、何を使ってたのだ?」。

「あ、えっと。これです」

ぐいと身を乗り出した平賀さんにたじろぎつつも稲垣が二挺のSAAを取り出す。

「ウエスタンスタイルなのだ!・・・でも、これは無理してハンドロードを撃ったみたい。怪我はしなかったのだ?」

「ええ、速度特化の強装弾を。ちょっと火傷しましたがもう治療済です」

「直せる?」

「SAAを?お金をもらえれば直すけど・・・新しいのを買った方が早いよ?」

「やってくれ。強化入れて強装弾の使用可能にするのと、ギャップから出るガスで火傷しないように専用のグローブもあるといいかも・・・で、いいか?」

一応、俺の銃じゃないから聞いておかないと。治すことに異論はないだろうが改造は別だ。これから同じことをするなら必要になるが、メインアームをもう一度1から揃えてSAAを第一線から引かせるのであればその必要もない。

「いいわけないわよ。わたしそんなにお金もってないし、新しい銃を買うだけで予算はギリギリだわ」

「それは俺が出すから。カスタマイズは稲垣が決めて。残しておいてほしいパーツとかも指定しとかないと。・・・ああ、.45LC高速弾もついでに頼むか?」

「まいどーなのだー」

「ちょっと勝手に!」

「大事な銃なんだろ」

「それは・・・。でもいいのよ、片方は無事だし、もう1挺は適当に――」

これ以上何か文句を言われる前に頭を押さえることにした。そう物理的に、がしっと片手でアイアンクローをかましてやる。

「俺もお前も特に何の超能力も持ってないし、戦闘に有利になるような体質を持っているわけでもない。そうだろう?」

「いたいいたいいたい!?」

知らん。

「じゃあどうやって敵方の万国びっくり人間ショー常連スターみたいな連中と渡り合うかというと、簡単だ。道具に頼れ」

「例えばリボルバー。SAAにも色々あるけど.45LC弾の初速は一番速いものでも300m/s。音速には届いていない。目がいいやつは見て避けられる」

「そんな、人は、ふつう、いない――っ!」

「俺は避けたぞっと。で、一般的な9mmパラベラムFMJならM1.0を超えてる。オートマながら小口径高速弾のFN5-7(ファイブセブン)ならM1.8――このくらいになると見えても距離が近いと避けようがなくなってくる」

「ちなみにラプアマグナムならM2.6くらいだぞー」

平賀さんが話に乗っかってきた。流石、とっさによく出てくるものだ。

「いたいっての、はーなーせーっ!」

おっと、抜けられた。威嚇してるし。涙目でやってもかわいいだけだぞ。そしてホルスターが空でよかった。彼女が普段から撃ちまくるような性格はまだわからないが。

「だいたい、あなた銃を変えたら警戒するでしょう!?」

「おう。でもお前はクイックドロウが出来るんだから俺が見てないスキに銃を入れ替えておけば、抜くまでは手で隠しとけば何を撃ってくるかわからなかった。そして撃った弾の弾速が速ければ中る。空中では防壁になるものもないし、ファニングなら命中は更に確実になるだろう」

「ナイフとかはどうなの!?どうせ弾いたりするでしょう!」

「刃こぼれするだろ。それに逸らした弾がどこに行くか分からん」

理不尽だ、みたいな顔をするな。そんなにやってほしかったなら今度やろうか?自信ないけど。

「道具に妥協するな。SAAを普通に直したいというのなら別にいいけど、代わりの新しい二挺拳銃を用意するんだ」

「直さないという選択肢は?」

「新しい銃の代金を俺が出す」

稲垣が銃を壊した責任の半分以上は俺の責任だ。それに無理をさせて怪我させてしまった。

「・・・わかったわ。平賀さん、修理と改造をお願いします」

「あとやっぱりオートマも持っといた方がいい」

まだ口を出すのか、みたいな顔をされるがここは堪えるところだ。俺は彼女の戦兄となった。人を教え導くなんてことが俺に出来るとは思っていないが、やれることはやる義務がある。

「それは装弾数の問題?」

確かにそれもあるだろう。だけどリボルバーだって7連発の実用的なタイプがないわけじゃない。そして7連発といえば、あのピンクツインテール疫病娘の使ってるガバメントと同じだ。

「性能水準の問題だ。リボルバーは古い。単に骨董品ということじゃなくて、その設計思想、汎用性・・・効率化されてない」

銃はもちろん、あまねく兵器は進化する。SAAからガバメント、グロックと。より効率的に簡便に人を殺せるようにと。

「ある傭兵曰く、オートマチックは兵士の戦闘能力を平均化する。個人の性能を忠実に出し切るんだそうだ。そして現在の水準に達していない銃を選んだものから真っ先に死んでいく、と」

「無論おまえは傭兵じゃない。特に武偵法9条で定められた不殺は他人の生き血をすすって生きる連中との差を確固たるものにしてる。けれど」

「わたしたちの相手はそうじゃない」

そのとおり。

「銃を選ぼう」

 

彼女の銃を選ぶのにはけっこう難航したが、最終的にはシングルアクション機構の搭載とグリップ角度の点からXD-E4.5とP30Lのふたつに絞られた。シングルアクションに拘った理由は稲垣のファニングショット技能を生かすためだ。

「XD-Eは装弾数9発、P30Lは15発装填できるのだ!」

「重量は?」

「700グラムと780グラム」

「使用弾薬はどっちも9mmなのよね?」

「P30Lなら.40S&Wのモデルもあるのだ!」

「そっちはマガジン容量は13発か」

弾速はそれほど変わらない。だが弾頭重量は.40S&Wの方が重いものが多い。つまり一発のファイヤパワーは.40S&Wが勝る。

「どちらも20mmレールは装備している・・・と。だが長さはどうみてもP30Lだよなあ」

「ついでに言えばコンバットプルーフも30Lの方が充実しているのだ!」

「じゃあ30Lか」

XDシリーズはもともと法執行機関向けじゃないし、シングルアクションストライカー方式の銃に後から露出ハンマーをくっつけたものだ。構造的な信頼性もP30Lの方が上だろう。HKだし。

「待って、P30Lは高いわよ。HK製だし」

「「知ってる」」

「・・・」

「足りない分は俺が出すから」

「話が違うわよ!?」

「戦兄妹になったお祝い」

稲垣バニラは商売屋の高いものを買えというプレッシャーと、戦兄のXDなんぞ認めんというオーラを感じた。だがここで折れる稲垣ではない。XD-Eならギリギリ自分の予算で買えるのだ。彼女のプライドを守るためにもこれ以上余計に戦兄に借金をするわけにはいかなかった。

「え、XDはシングルカラムだから細くて持ちやすいし―――」

「「P30Lのバックストラップつけ替えよう」」

「削れる?」

「誰にモノ言ってるのだ!限りなくSAAに近い握り心地に仕上げてやるのだ!」

宣う平賀の手は銭の形。逆の手にうす茶色の束が置かれる。

「き、強度が落ちたり」

「いや、フレームを弄らなければ特に問題ないだろ?」

「なのだ!」

「・・・うん」

「決まりだな」

武偵稲垣バニラ、あえなく敗北。

もう一つ、SAA使いなので一応リボルバーも持っておこうということで馬鹿二人の意見がMP-412REXクローンとマテバで割れたが、最終的には二挺のSAAが改造されるまで中古のコルトパイソンをしばらく借用することになった。・・・死守したともいえる。

「もういっそリボルバーは使うなってと言われるかと思ってた」

平賀の元で二挺の銃と弾を受け取った二人は帰路につく。

「俺も使ってるから利点があることは知ってる」

使用弾薬は強力なものを使うことができるし、熟達した射手の手による回転式シングルアクションは瞬間的な連射能力でオートマチックを超える。稲垣のファニングショットは既にかなりの域だ。きっと使いこなすのにものすごく努力したのだろう。そういうのはわりと好きだ。

「銃に思い入れを持つなとは言わない。でも、それを理由に死ぬマヌケにはなるな」

「それも傭兵の言葉?」

「あーいや、俺の師匠の言葉だ」

「師匠・・・銃の?」

「銃と格闘、パルクール・・・のような何かを教わった。例の傭兵が師匠を兵士にして、師匠は俺を――」

人間にしてくれた。そう思っていたけど、俺は今人間だろうか。

「俺からも質問。戦兄妹の課題にはもっと簡単な回答があった。気が付いてたはずだ」

「何のことかしら」

「短機関銃。UZIとかは武偵にも所持が許されてる。蘭豹が俺を打ちのめしたとこ見てたんだろ?」

丁度、彼女に戦兄妹を要請された日のことだ。彼女は見ていたはずだ。銃弾を見て避けられるといっても限度がある。高速が過ぎれば体の反応が追い付かない。そして面で攻められれば体の移動先は著しく限定される。特に空中でやられれば運次第ではバイタルパートにいいものを貰うかもしれなかった。それを込みで言ったのだ、道具に頼れと。彼女の強装弾は紛れもなく俺を捉えたが、次に戦場で同じことをさせるわけにはいかない。メインアームを喪失、自分にもダメージが来るような無茶をやるのはあらゆる手を尽くしてからだ。だが、今回は答えが最初から分かっていた。

「今日は、ここで失礼します。ありがとうございました」

ちょうどそこに寮方面へのバスが来てしまった。俺はバイクを置いてきてしまったから乗るわけにはいかない。

「・・・はぐらかされたか」

 

 

 

アドシアード当日

パルクール競技は派手ではあるが鑑賞が非常に面倒な競技だ。なにせメガフロートの中を縦横無尽にかけるレースだ。だから観客はスタジアムのスクリーンでドローンからの中継を見ることになるらしい。例年はスタジアムがゴールになっていてそこに用意された様々な障害物を避けてゴールに両足を乗せる・・・という流れらしい。今年も観客はスタジアムに集められているが、ゴールは違う場所のようだった。

(ドローン・・・無人機、UAV)

直前のテストをしている機がカメラをこちらに向ける。不思議な気分だ、あいつらにはカメラジンバルなんか付いてなかったし今飛んでいるものは車両科と装備科の学生の完全マニュアル操作だというのに。ロックオンアラートの幻聴が聞こえてきそうだ。

今日はこいつらに見られてフロートの上を跳びまわるのか・・・落ち着かないだろうな。

「天羽蒼」

後ろから声がかかる。いつもどおりに。

「レキ」

ドラグノフを担いでいる。彼女も狙撃競技の選手だ。これから射撃レーンへの移動か。

「ドローンが気になりますか?」

「身が引き締まる」

「そうですか」

エントリーは済ませているのでやることがない。装備の確認でもしておくか。左右の手でそれぞれの銃を抜く。左手にはトーラス・レイジングブル。ラッチを操作してシリンダーに全弾装填されていることを確認。続いてTITASジガナ9mmオート、こちらも弾倉後部に追加した穴で全弾の装填を確認。安全装置を掛けてホルスターへ。

しかしジガナか。人には最新のモノを推薦しておいて俺は古臭い金属製フレームのオートを使っているというのもちょっと悪い気がしてくる。最もジガナ自体が古いわけじゃない。アルミ合金フレームとステンレススライドと露出ハンマーでアセンブルされているだけで製造は2000年代だ。それに、隣に異動してきたミント色の髪のスナイパーが持っているドラグノフは63年に開発されたものだったはずだ。まあ何度か改良はされているし、今彼女が背負っているソレは大分手が入れられていてセミオートマチックとは思えない精度を発揮している。本来のSVDはマークスマンライフルであり集弾率はボルトアクションライフルに一歩劣るはずなのだが、俺は彼女が外したところを見たことがない。

「白雪さんはどうなりましたか?」

「今はキンジが見てる」

「そうですか」

アドシアードの中でも戦術走破競技は珍しく銃を撃たない競技だ。装填状態で携行はするが射撃目標は現れないし、選手間での妨害行為も禁止されている。だから地味・・・というわけじゃないだろうけれどプログラムとしてはかなり早い方だ。だから出番はすぐに来るのだが。まだ少し暇だ。だから話相手というか、一緒にいる相手が向こうから来てくれたのはありがたい。

「戦兄妹、成立したみたいですね」

「ああ」

「危険では?」

「警戒はしてる」

「そうは見えません」

「はは」

彼女の指摘のとおり稲垣への警戒の度合いは高くなかった。ある程度情報は知られているみたいだし、戦闘能力的にもまだ脅威じゃない。そして今から俺について詮索されたとしてもう出て困る埃はないからだ。

レキの心配は自分に対して注意を払っている様子がないからこその現れだろうが、彼女に関しても今更と割り切っている自分がいる。稲垣とは丁度逆で、彼女が自分を監視しているからといってその目から逃れる術は無いし、それはSVDの弾丸にしても同様。そして1年と少しの間を色々な依頼と生活を近い距離で過ごしてきた経験がレキを敵として認識することを阻んでいた。この物静かな少女の技術を信頼し、行動を信用し、一緒にいる環境に理解を示してしまった。

稲垣という新しいエージェントはレキが俺を監視する上で邪魔で、俺にそれを排除させようとしている?

俺は上手いように騙され、絆されているのか?

知ったことではなかった。

 

 

 

そんな蒼を、レキの凪いだ目は捉え続けている。そして彼が自分や周囲の観察する目を気にしていないことも理解していた。自分の生活圏に武装した敵が侵入して至る所に付きまとい、時に銃口を向けられ時に偽りを吐かれることに慣れて疲れ果てていることも。

レキが蒼について知っていることは多くはない。

強襲科としては平均以上の戦闘能力を有し、だが奇妙な戦術を駆使していること。

代わりに航空機の操縦には尋常ではない腕を魅せ、しかし今は殆どコクピットに座ることがないこと。

慣れないバイクに乗り、ちょっと目を離すと命などいらないと思っているとしか考えられない走行をしようとすること。

日本語に苦労している様子はないがたまに油断したりした時には英語が漏れること。

レキ本人を含め複数の、恐らくは3から4つの組織が彼を監視していること。そのことを許容し、だけど苦悩していること。

――1年以上の間を共に過ごし、睡眠の場所すら共有することがある彼女だがそのプロフィール等について多くを知ることはなかった。あくまで受けた仕事は監視と報告であり、それ以上の詮索はしていない。事前に受け取っていた情報は今の天羽蒼という名前と、顔写真と、所有している武装の情報のみ。

調べたいとは思う。プロフィールを詳らかにするのではなく、本当は何が好きで何が嫌いなのか。どうしてこれほど綱渡りの状況に彼が置かれなければならないのか。無人機やドローンといったモノに対する反応から以前にそれに関する何かがあったのだろうとは思っていたが、だがバスジャックの一件で彼にそのことを聞く勇気は彼女にはもうなくなってしまった。

代わりに推論を立てた。

蒼はドローンに過剰な反応を示すが本人にその操作や製造の能力があるようには見えない。UAV攻撃の被害にあったのだろうか。彼の入学した2020年の前年はずっとエルジアとオーシアで戦争をしていて、エルジアは広範囲にUAVを用いた戦術を展開していた。ありえそうな話だ。彼がユージア地域やオーシアからの難民だとすれば。だが彼はUAVについて知り尽くしている。製造設計ではなく実戦レベルの対応戦術について。それをただの難民や歩兵が知っているとは思えない。ならばどういう形であの戦争に関わっていたかの答えは一つしかなかった。

本人に問うて確認を取るのは簡単だ。きっと蒼は隠すことなく答えるだろう。だがきっとあの冷たい目がレキを見る。僅かな時間でもそれは嫌だった。これ以上彼の負担になることも。

レキが彼の傍にいる理由はウルスの一族が受けた依頼のためだ。彼女が彼を見張るだけで一族は毎月どこからか少なくない活動資金を得る。その利益がレキの本来の目的、より強い血を引き入れるという一族存続にかかわる使命に一時だけ優先されるほどの額だから。その金は自分や、他の一族が各地で戦うための活動資金とより良い装備を得るために使用されている。だから一族全体の戦果はここ最近でかなり上昇していた。喜ばしいことだ。そのはずなのにレキは自分の取り分を使えずにいる。増え続ける口座の数字を憎んですらいた。なぜだかは分からない。

あおがもっと強ければいいのに、と。最近はそればかり考える。他の誰よりも。遠山キンジより強く。

そして次にはこう思うのだ。これ以上何を彼に望むというのか。もう奪うものは奪いつくされ、自分こそが中庭を荒らした盗賊たちの手先であるというのに。

 

「そろそろ時間だ。行ってくる」

「はい」

「レキもがんばって」

「はい・・・あなたも。天羽蒼」



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Reminder

やってしまった。でも後悔はしてないっす。


蹴って、掴んで、走って、跳ぶ。

それだけのことが今の自分には幸福だった。景色が上下左右に流れ、己の体は縦横無尽に(くう)を駆ける。

無人機の群れに対してももう何も感慨を持つことなどなかった。ふわふわと宙を漂いながらときおりこちらに追い縋ろうとして無様にもがく。それだけの障害物でしかなかった。

天羽蒼はメガフロートの上を駆け抜ける。

一時のみ全てを忘れて。

 

蒼とレキ、共に結果は首位だった。

蒼にしてみればただ空中散歩をしただけのことで、レキの場合も全長たかだか2キロ弱しかないメガフロートの中に置かれた固定目標を外すことのほうが難しかった。

アドシアードは順調に推移していた。目立った予定の遅延も事故もなし。空撮ドローンの映像回線が少しの間乱れたが、それは後で担当生徒が車輌科の江戸川にどやされる程度のささやかなトラブル。

そう、この瞬間までは平和そのものだった。

蒼が競技に興味がなかったので受付の手伝いでもしにいこうかと思い、校門の方に足を向けたとき彼のスマホが規則的に振動した。目立たないようにタイミングずらされてはいるが、どうやら他の生徒も何人か受け取っている。

(教務科からの連絡か?)

歩を止め画面を開くと、やはり東京武偵高の学内メールが一件。

(ケースD7発生)

どうやら真面目に読まなくてはならないと理解し、蒼は要点を頭に叩き込む。

星伽白雪が侵入者に誘拐された可能性あり。

侵入者は恐らくデュランダルと呼ばれる神出鬼没の犯罪者。

アドシアードは継続して行われる。騒ぎ立ててはならない。

一部関係者のみで情報を共有し、解決にあたれ。

他には諜報科が以前に教務科に提出したらしい関連するレポートへのリンクが貼られていたが今は時間がないのでそれは無視しキンジに電話を掛けた。ワンコールで繋がる。

『アリアか!?』

「天羽だ。今どこにいる?」

『アオか!白雪がデュランダルに誘拐されて――』

「深呼吸、三回」

『――悪い、冷静じゃなかった。アオのところにもD7の連絡が?』

「今来たところだ。多分お前と同室で白雪が警護下にあるのを知っていたからだろ」

『相手の情報は・・・いや。それより白雪を見てないか?』

「俺は見てないが、ちょっとそのまま繋いどいてくれ」

通話モードをグループに変更しレキの番号をコールする。同時に適当な建物の屋上に駆け上がる。レキほどじゃないが俺も視力には自信がある。

『――レキです』

「星伽白雪の最新の目撃情報を至急頼む」

『12分前に車輌科の格納庫区画K-6で確認しています。該当区画は現在使用されていません』

「キンジ」

『アタリだ。レキ。その周辺で何か異変はないか?』

『―――、第三備品倉庫の扉が開放されています。こちらもやはり使用されておらず、周囲に人の気配もありません』

「わかった。俺は武藤にドローンで空から探してもらうよう頼んでおく」

『第三備品倉庫には俺が行く。アオ、後で援護に来てくれるか』

「コピー」

電話が切れる。今頃は倉庫に向かい全力疾走しているだろう。

「武藤」

『アオか。どうした?』

「急ぎかつなるべく秘密裏に仕事を頼みたい、ドローンを飛ばしてもらえるか」

『それは構わないが、何をする気だ?』

「保護対象を探す。名前は星伽白雪、SSR専科の二年生」

『星伽さんだと!?何かあったのか!』

「その確認だ。間違っても騒ぎにするなよ?ケースD-7と教務科からのお達しだから」

『――わかった。これからドローンが映した映像を管理してる指揮車に向かう。見つけたら連絡する。だが今日はドローンカメラの調子が変だ。あまり期待はしないでくれ』

「わかった」

 

―――さて。

 

「ドローンの不良。恐らく一時的かつ極めて局所的なECM。これを対人レベルで使用したことのある組織・・・その残党に一つ心当たりがある。いつから連中の狗になった」

自分の心臓が早鐘を打っているのがわかった。緊張だ。気配も殺気もないが、勘だけが警鐘を鳴らしている。奴がいる。そこに、俺のすぐ後ろに。

「別に狗になったわけではない。私がここにいるのは奴らとはまた別の理由があってのことだ」

いた、ほんとうに。返事なく無様な独り言で済めばどれだけ良かっただろう。デュランダルなど霞む最悪の犯罪者だなんて、唐突に表れていい存在じゃない。

「奴ら、ね。誰と誰のことだ」

「それはお前の方が詳しいだろう?なにせ四六時中付きまとわれているようだしな。こちらとしても邪魔だったので少し片付けてきたがね」

「それはどうも。でほんとに何しに来た。ウーアを追って来たなら1年ばかり周回遅れだ」

「あんなものに今更興味はない。1年前のあの事件にしても、ラングレーの一部が暴走し失敗しただけのつまらない芝居だった」

「だがお前はここにいる。アンタはまだ師匠との決着を諦めていない、そうだろう――」

振り返るといつの間にか背後に現れたその女は、やはり想像どおりの相手だった。かつて世界を震撼せしめた犯罪組織『蛇』のリーダー。世界各国の首脳部と報道陣が集まり行ったとある対テロ国際会議すら食いものにしたテロリスト。

俺の師匠と同じ傭兵に兵士として育てられ、しかしその傭兵を切っ掛けに今なお師匠と血生臭い因縁で結ばれた孤独の名を持つもの。

 

 

 

 

「アルファルド・アル・シュヤ。ここにカナン(師匠)はいないぞ」

「久しぶりにお前の顔を見た。随分と腑抜けたな、アルマ・クレイマン。それとも三本線(トリガー)と呼ぶべきかな?」

 

 

 

 

全く嫌になる。最後に会ってから4年は経っているはずで、こちらは体が成長し身体能力も向上したはずなのに、馬力からして負けているようにしか思えない。

キンジの足ならもう地下倉庫に入ってしまったか。アテにされてると思いたいがここで背を向けるわけにはいかない。慎重に、ヤツに隙を見せないようにインカムを取り出して耳に、そして通話機能をオンにする。逆の手はいつでもジガナを抜き打ちできる位置に。トーラスはだめだ。動きが重すぎてまず銃口に捕捉できないだろう。

「稲垣」

『先輩?どうしましたか』

「使い走りしてもらいたい。今すぐ地下倉庫入り口J-14で銃を撃ってこい」

『・・・は?』

「反響音モールスだ。やり方分かるな?俺が来ないと伝えろ。ただ間違っても保管物資に引火させるなよ」

『あの、あたしだって暇じゃないんですけど』

(人のいい奴め。走り出してるのが足音で丸わかりだぞ)

「上手く出来たらご褒美が欲しいか?」

『いい加減にしないとぶっ殺――

ブチン。

(わーお直球でキレた)

「楽しそうだな」

本当は隙などいくらでもあったろうに、結局奴はこちらの通信が終わるまで動かなかった。余裕のつもりか、それともここで師匠の代わりに俺と勝負するのが目的なのか。

「『孤独』には目に毒だったか?」

「ハン―――」

ファイブセブンが引き抜かれる。ジガナで対応、いや負けた。奴のが速い。

「グッ!?」

「何を馬鹿正直になっている」

来たのは蹴りだった。一足飛びに接近され長い脚先で側頭部を弾かれ横なぎにされた。吹き飛ばされ転がされる。間を置かずに起き上がろうとするが、既に5.7ミリの細い銃口が目の前にあった。

「相変わらず頑丈な奴だ」

(グワングワンしてるっつーのこの馬鹿力が)

トリガースプリングにテンションがかかる音。ファイブセブンのポリマー製フレームに拳を振り抜く。すかされる。銃口は下を向いていて右足に激熱が走った。やられた。だが防弾制服のおかげでまだ走れる。痛みを堪え床を蹴り今度こそジガナを構え距離を取る。向こうも同じ。付き合うつもりか?

「お前に撃てるのか?」

「ッ!」

射撃。肩、膝、手にする銃をランダムで射撃する。だが中らない。ただの一発も掠ることすらない。銃口が追い付く前に走り抜かれ、屋上に備え付けられた通用口の扉に隠れられた。扉を抜けるか試すが、流石武偵高だ。こんなところまで防弾とは。

追跡して扉の向こう側を確認。いない。どうやら室内に移動したらしい。この建物は演習用の無人の建物だ。5階建てのオフィスビルを想定していたはず。

(電源は落ちてるな。この階はブラインドも全部閉じてる)

通用口から階段を降り、偽物だが使い古された机が並ぶ事務室がある。よく見れば撃ちまくって放置された9mmや.45ACPがそこいらに埋まっているだろうが、今は関係ない。

(机の裏か・・・?それとも―――ッ)

後ろ、そう思った時にはヤツの足が首を固めるように巻き付いてきた。階段裏にぶら下がっていたらしい。眼前にカランビットナイフが迫る。腕を押さえどうにか突き刺されずに済むがいくらか額を斬られる。

「こ、の!」

押し切られる前に掴んだ腕を起点に上半身で反動をつけ奴を投げた。引きはがすことは成功したが普通に着地されている。だが手にしているのは刃物。こっちはまだジガナを落としてしまってもトーラスが残っている。いや、それでも奴のナイフのが速いか――。

しなやかな動きでカランビットナイフのカギ爪のような刃先が迫る。トーラスの銃身で受け流し、重量差で弾いて逆手で腕を取りにいく。ない、違う。ナイフだけ銃身に叩きつけて手からは既に放りだしているのか――。

腹に轟音。続けて脇腹、胸、首元と弾丸が次々に撃ち込まれる。

首元はマズかった。体の運動が止まった。つんのめる。呼吸が止まる。

「この程度。この体たらくでよくも『引き金』などと呼ばれたものだな。ただ流されるままの筏のようじゃないか。お前の意思はどこにある」

「―――!――、」

「なるほど。お前では奴の理想にはなれんようだ」

(ああ、それは全くその通りだ。なにせ片腕のお前にこの1分で2度も転がされる始末。俺は師匠のようにはなれなかったらしい)

死ね。もうお前に用はない。その言葉の代わりに樹脂で覆われた銃口が今度こそ動けない俺の頭につきつけられた。奴に慈悲も躊躇もあるわけがない。狙いが定まると速やかに撃鉄は落とされて5.7ミリFMJ弾が右眼球に向けて飛来するのがスローモーションで見えた。

(くそったれ。誰だこの女にSS190系の弾寄越した横流し野郎は)

どうでもいいことを考え、やがて馬鹿馬鹿しくなり、せめて空を見て死たかったと室内まで追って来てしまったことを後悔する。

『―――!』

「―――ッ!!」

激しい金属音と共に目の前で5.7mm弾が弾かれる。いや弾いた。トーラスの下にホルスターを連結して持っていたガーバーMK2ダガーナイフで弾道に横から刀身を滑り込ませた。左側に差してたのが幸いして弾道は右に逸れたので首を捻れば弾は後ろに抜けていく。だが次弾が来れば終わりだ。ハイキックで奴の手からファイブセブンを蹴り飛ばすことを試みるが、避わされてもう一度銃口が向けられる。それならそれで手はある。

「レキ!」

「なに!?」

(ブラフだよ!)

後ろの窓に向かって声をかけはしたが彼女はまだここにはいない。銃声と異変に気付いてこっちに向かって来て最中だろう。ナイフを低く振って足を凪ぐ。気付かれて靴裏で止められはしたが銃口は逸れた。トーラスを拾い銃撃する。

「チッ」

初めてアルファルドの口から苦悶の声が出た。ポリマーフレームの破片が飛び散る。

(もう一発だ)

ただ、流石に中らない。上手く机の向こう、カバーに入られてしまった。だがそれでいい。時間は稼いだ。

『状況を教えてください』

「Support me!」

残りの全弾でブラインド上部の固定を破壊し落とす。目がくらむような光が差し込む。そして外からの視界が通った。2051m必中を誇る狙撃手はもうそこにいた。

・・・、

・・・・・・・・・、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

『ロストしました』

「そうみたいだな」

奴はもうこの部屋には居なくなっていた。俺だけじゃなく、レキも見つけられない以上確実だ。恐らく奴が最後にカバーにしていたはずの机を見ると、一通の血濡れた手紙が裏向きに置かれていた。無駄に凝った装丁と封蠟、切手はなし。宛先はただの番号だが、これはストライダー隊1番機だった頃の認識番号。つまり俺宛てだ。

(もう乾きはじめている。奴の血じゃないし俺でもない)

『それは?』

表に返すと、差出人はサミュエル・ドレットノート。ダガーナイフを拾い封を切ると中から三つ折りの紙が出てきた。

(オーシア秘密情報部・第三分室か。クソッタレめ)

今、俺はレキに背を向けていた。彼女からは手紙の中身は見えないはずで、それは僥倖だった。アルファルドがこれを持っていたのは恐らく道すがら殺したらしいエージェント達の、その死体のどれかから拾って来たのだろう。恐らくアルファルド自身にはオーシアとのつながりはない。

「なんでもない。キンジ達はもう出てきた?」

『・・・いいえまだです。恐らくは今もデュランダルと戦闘中かと』

じゃあ、遅ればせながらキンジ達の援護に行くとするか。アルファルドが仕掛けたECM装置も探さなきゃならないが、どうせとっくに動作を停止している。

「ありがとうレキ、おかげで助かった」

あの時、彼女が声を張って生存欲求を刺激してくれなければ今頃は頭の中がミックスジュースになってたことだろう。

『私は何もしていません』

そんなわけあるか。

全ての武装を無事に回収すると俺は地下倉庫区画に向かった。

 

結局、キンジ達は俺らが到着する前にデュランダルを逮捕しており、白雪含めなんとか皆無事で帰ってきた。

アルファルドの持ち込んだECM機材や侵入経路については分からないままだ。アドシアードの混乱を突いたんだろう程度の推論は立つがそれだけであり、奴が殺したと言っている恐らくはオーシアのエージェントについても今はまだ死体が上がっていない。アルファルドかエージェントの仲間がさっさと処分してしまったのだろう。仕事熱心なことだ。

随分とバカスカ撃たれ、蹴られた俺の怪我についても痛む場所にテーピングをしたくらいで特に入院するようなことはなかった。

そうそう、稲垣は十全に仕事を果たしたようで俺はピンクツインテトリガーハッピー(思いついてから自分のTACネームを貶めてしまったような気がしてなんだか悲しくなった)にサボった罰を与えられ今回の事件にかかわった全員に夕飯を奢ることになった。アルファルドのことは厄ネタ過ぎて教務課に箝口令を出されてしまったから俺以外は知らない。レキも相手の素性は知らされなかったはずだ。

武藤や稲垣も含め事件関係者全員に奢ることになった話だが、流石にやってられないので俺の貸しガレージに集合させて自炊したカレーでお茶を濁すことにした。ちなみにピカピカの新車たる我がZX-10Rは当然退避済だ。代わりに全員分の椅子と馬鹿デカい寸胴鍋が置かれている。前菜付け合わせ飲み物等は適当に買ったり作ったりしたものをビュッフェスタイルでその辺に並べてある。

「もうすぐ出来るぞー」

「マズかったら風穴だから!」

「気をつけろよ、コイツ本気で撃ってくるぞ」

「アオ、俺のは肉マシマシで頼む」

「男の子の料理って初めてかも・・・ハッ!?わたし、キンちゃん以外に初めてを!?」

「いやお前外でメシ食ったことくらいはあるだろ!?男が作ったもの食ったことないわけねーだろうが!」

「あ、そっか」

「センパイなんで私も手伝わされてるんです?」

「後輩だから」

「横暴な人だわ・・・」

(うるせえ黙って手伝ってくれてるレキを見習え。さっきニンジン一本おろしにされちゃったけど)

目を擦りながら玉ねぎ切る様子はそれはかわいかったさ。ゲスト(邪魔者ども)を呼ぶ前だったのでその光景をまじまじ見てても誰にも咎められなかったから肉の下味を付け忘れそうになったが。あとおろしになったニンジンはスープにした。

(フムン。カレーもこのくらいで完成でいいか)

「ごはんも炊けました」

「ウワ、すごい量だねー。研ぐの大変だったんじゃない?」

「人数多いからな。武偵は基本量を食うし」

「いやいやー、それでも8人分でこの量はけっこうあるよー?」

「男子が三人いるし―――ん?」

なにかおかしい。ここには7人しかいないはずだ。

キンジと神崎のドタバタコンビに、星伽が混ざって3人。

最初からガレージにいる俺とレキで2人。

ここに武藤と稲垣が混ざって、さらに2人。

最後にそこでカレーに指突っ込んで味見しようとしてレキに止められている理子を入れて合計8人か。オマエどっから沸いたんだ。

「なんでいるんだコイツ・・・sigh」

「ブーブー、つまみ食いさせろー!ってあれ、えっと。レキュ、なんでおろし金もってこっちにくんの?ちょ、ちょいちょい。ストーップ!?」

「あ、ダメだよレキちゃん。そういう不届きな輩をこらしめるにはおろし金じゃなくてそっちのキッチン鋏のほうが効果的だから。それベルカの会社のいいやつだから、骨とかも切れるよ」

「わかりました」

「ギャー!?」

(雑な悲鳴だなー)

なんでもいいがとりあえず皆文句が出ない程度に調整してカレーをよそって配っていく。文句あるなら食うな・・・とは言わん。死んでも食え。それで奢りはチャラだ。それに言ってはなんだが空軍とて軍人ならば自炊は基本中の基本だし、師匠のところにいた時も家事は二人分俺がやってたからそれなりに自身はある。

ちなみに予備の皿を使ってちゃんと8人前用意した。理子は面倒な女だが食ってるうちは黙るだろうと思ったから。女という生き物をナメていたと後に実感させられたが。

カレーの出来上がり?寸胴とメシは全部空になったからそれなりに美味しかったんじゃないだろうか。

(大勢で食卓を囲むとビストロを思い出すな。ロングキャスターの大食いは見てるだけで腹が減った)

洗い物も酷い量になっているが、まあ大したことはない。大体の連中は各々感想を言いながら帰った。まだガレージに残っているのは相変わらずここで寝泊まりしているレキと今はごみを捨てに行ってくれている稲垣だけだ。彼女は後で女子寮まで送ることになっている。流石にこの時間にバスはもうなかった。

レキは借りてきた椅子を台車に乗せている。彼女も拙い手料理をなかなか気に入ってくれたようで何時ぞやに劣らない食欲を見せてくれた。理子やアリアが唖然としていたのが記憶に新しい。

「おいしかったです」

「ありがとう」

実際に口に出してくれるのはやはりうれしいものだ。

こちらも寸胴と炊飯器を洗い終わったので明日纏めて車輌科の軽トラ(これも借り物だ)で返しに行く。レキが纏めてくれた椅子も一緒だ。

「片付け、手伝ってくれてありがとう。助かった」

「怪我人に全部押し付けるわけにはいきませんから」

ああ、そうか。テーピングとかは全部制服の下だけど、彼女は俺がボコられたの知っているんだった。かっこ悪いところを見られたな。

しかしあれだ。カレーけっこう辛く作ったしビストロなんかを思い出してしまったから、ビールとか飲みたくなってきた。ウォッカでもいいけど。向こうでは――、アルマ・クレイマン大尉だった頃は成人した正規の軍人として生活していたから当然酒を飲むことだってあった。もうすぐ2年前になるのか。

ストライダー隊はいいところだった。444だって最悪ではなかった。メイジのクラウンも食えないやつだったが、空では自由にやらせてくれた。

多くの出会いと戦場、競い合う空。

嫌でも思い出してしまう。アルファルドにTACネームを呼ばれ、オーシア情報部が寄越したあの手紙を読んでからずっとだ。都合よく忘れて心を落ち着かせていたのに。

いや、忘れることなどできるはずもなかった。

操縦桿とスロットル、ラダーペダルを通じて全身が金属の翼と一体になる感覚。

後方から迫るミサイルや機関砲弾を捉え軌道を掌握した時の高揚感。

キャノピーから見る千変万化の空の表情。

空中で戦闘機が爆発する閃光すら、今は遠く焦がれている。

 

もうすぐ一年になるのか、最後に空を飛んでから。




今更ですが当SSのクロスオーバー作品はエスコンと緋弾のアリアだけではありません!
以下に現状で投下されている元ネタの一覧を記載します。

エースコンバット7スカイズ・アンノウン(世界観・登場人物)
緋弾のアリア(世界観・登場人物)
グリザイア・ファントムトリガー(極一部のキャラクターのみ。ほぼオリジナルキャラクターとなっており参照不要)
CANAAN(一部事件に関わる設定及びキャラクター)


クロスオーバー作品はタグにも追記いたします。また、上記内容は全て作者の趣味であり順次追加される可能性があります。


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Bookmark2020 Contact

武偵高に入学するような人間というのは大抵みなロクでもない連中だが、大別すると3種類だと思う。

ひとつは自分と他人の命の重さに疎いか、もしくは過敏であるかで人生を棒に振る決断をしてしまった哀れな中学生たち。

ひとつは人生のもっと以前から銃と生活を共にしてきて、武偵高への入学など全く記憶に残ることのない既定路線のひとつに数える者たち。

そして最後が、武偵高に辿り着くまでの間に既に社会の闇にどっぷり浸かって抜け出せなくなって、表向きの生活を取り繕うため仕方なく入学する連中だ。

ルームメイトのキンジなどに言わせれば二つ目と三つ目は一緒で、纏めて『前からさん』なんて呼んで警戒なり利用なりするのだろうが、俺に言わせれば両者は全く違うものだ。

そんな実感を持つのも俺が運よく入試に潜り込めた不法入国者で、今の名前と身分証明は入学の際に纏めて用意したものだったりするからだ。

武偵になろうと思ってここに来たわけじゃないのだが。丁度素人がバカスカ弾を撃っている現場に出くわしたので9mmをこっそり調達しようと思ったらヘマをして、それから色々あってここに通うことになっただけだ。武偵なんてアマチュアの集団だと思って油断したのが間違いだった。少なくともこの東京武偵高には俺より強いやつなんていくらでもいるし、師匠に迫りそうな実力者も数えられるほどいる。

まあ、暫くは地上での生活だ。この期間に自分の土の上での戦闘能力を見直すいい機会だと思っておくことにした。マリアさんやミノさんに日本語を教えてもらっといてよかった。あとは鉢合わせにだけ注意すればいい。

ここ武偵高では帯銃、帯剣が義務とされている。義務というのはなかなか新鮮だ。444はもちろん基地内部だって銃は普段から持ち歩くものじゃなかった。緊急脱出した時のために戦闘機の中にはサバイバルキットと一緒に入れておいたが、それだって結局使う機会は最後までなかった。

面白いものだ。かの女王陛下はその足で戦場を歩いていたし、あのミハイの孫娘は拳銃を撃ったと聞いたが俺の方はパラベラムの一発だって撃つ機会はなかった。代わりにもっと大きく値の張る弾を使って山ほど人を殺してきた自覚はある。だが身体のすぐ横を弾丸が飛び交う感覚をあの戦争では感じることはなかった。

―――あ、あった。マッキンゼイの野郎が癇癪を起して拳銃を乱射したことがあった。無論中ってやることはありえなかったが。

(物理的に一番俺の命に近いところを通った弾は、よりによってあのジャガイモの鉛弾か)

「どうした」

「いや」

クスリと笑ったのを見とがめたキンジが振り返る。コイツも俺より強い。入学していきなり強襲科Sランクの判定を受けた。俺はまだBランク。まだまだ上がいることを目の前で教えてくれるいい教材だ。ちょっと義理に固すぎるフシがあるから余計なものを背負い込みすぎないかと心配になることもあるが、きっといい友人関係を築くことができそうだ。日本語を思い出している最中でまだ口数の少ない俺を奇異に思わず会話に付き合ってくれる得難い人間だ。ルームメイトということを抜きにしても大事に関係を築いていくべきだろう。

「銃持った?」

「おう」

キンジはベレッタ92Fと素材不明の紅いバタフライナイフ。俺はジガナ63SLBを防弾制服の懐に忍ばせて登校だ。

学校生活か。今更になって普通の教育を受けることになるとは思わなかった。それも世界でも稀に見る平和な国の首都で高校生。

師匠も驚くだろうが、カウントやフーシェンあたりに見られたら大爆笑ものだろうな。

武偵高の寮から本校舎へはバスで通う。この国の公共交通機関は人間をダンボール箱か何かだと思っているかのようにつめて乗せる。けれど皆文句も言わずに行儀よく乗っているので車内は意外と静かだ。

そしてこの時間は俺にとってけっこう貴重だったりする。車窓に流れる景色にはこの国の人々の生活があり、車内で聞こえる話し声や人の仕草には武偵高の生徒の日常がつまっている。それらを吸収し、ほどよく自分に取り込んでいくことで俺は元オーシア空軍パイロットのアルマ・クレイマンから日本の少しばかり命知らずな高校生の天羽蒼に切り替えていく。そのためのスイッチというか、儀式というか。とにかく昼間の日常に溶け込むために重要だった。

時間をかけて自分の意識を天羽蒼に切り替え終わったころにバスは武偵高に到着する。息の詰まるすし詰め状態から解放されると、広大なメガフロートを贅沢に利用した校舎群が目に入る。

強襲学部、諜報学部、通信学部、兵站学部、衛生学部・・・。他にもいくつかの学部があるが、それら全て学生が実戦レベルの教師に技術を教わる。

俺は強襲学部の強襲学科だ。兵站学部の車両科に航空機を扱うカリキュラムがあったので悩みどころだったが、見学したところあまり面白みを感じなかった。飛行に関して学ぶべきことなどなかったと言ってもいい。

強襲科は卒業時の生存率97.1%。『明日なき学科』だ。戦場から離れて尚技術と戦術眼を維持し鍛えていこうと思うなら他に選択肢はなかった。

「よーし1年ども、薬莢拾え!」

「「「了解」」」

「声が小さいぞタマついてんのかぁ!?」

「「「了解!!」」」

「よーうし、かかれ!」

蘭豹の号令一下、強襲科一年生はシューティングレンジやガンカタ練習用のスパーリングルームに入り雑多な弾の薬莢を拾い集める。9mmから.44マグナムまで様々で、しかも弾薬の購入は兵站学部の学生がそれぞれやっているのでメーカーも異なる。これらの集めたものは大体は口径別に分けられて装備科に戻され、リロード弾として格安で売り出されるらしい。危なくて実戦に出せるとは思えないが練習用には安くて丁度いいだろう。熱心な生徒だとシューティングレンジで日に200発以上撃つこともあるらしい。

(―――あ、こりゃダメだな)

たまに変な薬莢を見つけることもある。鉄製の薬莢だ。無駄に重いしエキストラクターに引っかかるしでいいことのない弾だが、どうやら上の学年に好き好んでこんなものを撃つやつがいるらしい。

1年はとりあえず基礎を学んでからは、強襲科の各種施設を使うことができる。まあ出来るといっても上の学年が使い終わってからなのだが、これはこれで有用だ。特に3年間も強襲科で生き残っている生徒たちはなかなか見ていて面白いし、勉強になる。練習を見ながら、どうやったら彼等を無力化できるかを頭の中でイメージしたりするのだ。

(お、この三年生けっこう強い)

「よう一年、参考になったか?」

「はい!勉強させていただきました!」

「そうか。結構なことだけど、お前靴鳴らそうとするクセは直した方がいいぞ。敬礼してなくても元軍属だったのが丸わかりだから」

「ご指導ありがとうございます!」

(やっべえ、マジかよ。この人後ろ向いたままだぞ)

たまにこんな隠れた猛者もいる。

戦争の戦場しか知らなかった俺はまさに井の中の蛙だった。

 

 

俺の生活に異変が発生したのは入学から一ヶ月と少しが経ったころだった。

昔に師匠と日本に来たことがあったおかげでかなりスムーズに日本語を覚えることができた俺は、そろそろキンジ以外にも会話の輪を広げていた。武藤という同学年で車輌科の男子とは最近特によく話す。それは各国軍の採用している車輌の話だったり民間で売られていながらに武偵の活動に大いに役に立つ乗り物の話だったり、彼の知識は豊富で話題には事欠かなかった。最近ではこのノースポイントの界隈で新しく発売されたSSバイク(スーパースポーツといって加速性、旋回性、最高速度を追求したレーシングマシンクラスのポテンシャルを誇る大型バイクを指す)が世界記録になりそうだ、なんて話を聞いた。

やはり性能の極限を結晶化したモノは何であれ心を動かしてやまない。

だが異変というのは新しい友人のことではない。

この国に特徴的な大雨の降る、梅雨というらしい季節に入った頃。

一般教科の授業を終え頭がクタクタになって、もう今日は依頼を受けずに帰ろうと思って下駄箱に下りたときだった。

(靴は下で内履きは上、と。―――ん?)

校舎の外からこちらを見ている視線を見つけた。苗字名前共に日本語の名前なのに、微妙に外人ぽい見た目で喋るのに時折苦労する俺を奇異な目で見る連中は一定数いたが、それとは違うものを感じた。まず最初に考えたのは敵。追っ手。殺し屋か情報部エージェント。とにかく色のない冷たい視線だった。

周りに自分が警戒状態に入ったことを気付かれないように、できるだけ自然に意識を切り替えた。銃の位置を確認して体の状態を整える。俺は今、闘える。必要ならば殺せる。

(誰だ・・・)

視線の主を見つけるのは簡単だった。なんと大雨のなか傘も差さず、棒立ちで視線だけをこちらに投げていたのだ。通り過ぎるほかの生徒も当然気が付いていて、何か陰口を言いながら避けて通っていく。その有名人は俺も知っていた。一年生ながら学内トップクラスの実力をかわれて狙撃科に推薦入学したスナイパー、レキ。小柄で顔立ちも整った少女だが常に無表情で口数も少なく、ただ隔絶した実力だけを発揮し続ける彼女はやっかまれ、爪弾きにされるのは必然だった。そして、ほんの数日で周囲から人が完全に遠ざかってなお一切の変調を示さないことから渾名が付けられ、口さがない連中が所かまわずふれ回るようになった。

「おい見ろロボレキだ」

「なんだあいつ棒立ちで、とうとう故障したか?」

「バカ聞こえてるって。お前明日頭吹き飛んでるかもよ?」

「そりゃねえわ。あのポンコツ俺らが何言おうがキレやしねーし」

「じゃあオマエ明日靴に画鋲入れとけ」

「はあ!?なんで俺が」

「実験だよ実験。それでお前が無事かどうかってな」

「俺、お前が死ぬのに賭けるわ」

「チッ、負けたら学食のメニュー奢れよ」

「やんのかよ、勇者だなオマエ!」

「俺様スペサルだからなっ」

「ていうか何見てんだアイツ」

「うわマジか、アイツだ。アオカビだぜ」

「あー、なるほど。完全に理解したわオレ」

「なになに、どゆこと?」

「ロボットレキ様はこれからカビ太郎の掃除をしてくれるんだぜ」

「ばっかおめーそれじゃアレじゃねえか。あれなんだっけルン・・・ルン・・・?」

「キモいからルンルン言うな」

「なあ、掃除ってどうやるんだよ」

「そりゃおめー、口じゃね?」

げらげら、げらげら。

通行人の頭の痛くなる会話はさておき、レキが俺を観察しているのは確かなようだった。靴を履き替え、傘入れから自分のものを探している間も視線が外される様子はない。瞬きする様子もない。そして彼女が用いることで有名なドラグノフを肩にかけているそのスリングには右手が常時触れていた。彼女に俺を掃除する意思があるのかどうかは知らないが、即座に射撃姿勢に移行できるようにしているのは確かなようだ。傘をさしていないのもライフルを素早く構えるのに邪魔だからだろう。

(しかしポンチョはなかったのか?)

あまり同僚とは認めたくない一団がだらだらとしながらも移動してようやく校門の向こうに消える。このあたりには俺とレキしかいなくなった。

「レキ・・・だったよね。何のつもりかナ」

「英語で構いません」

あっそう。ならお言葉に甘えて。

What's up with?(俺に何か?)

I came to recomend you surrender.(あなたに降伏を推奨しに来ました)

Surrender?(降伏?)

Yes. Surrender without useless resistance.(はい。無駄な抵抗をせず降伏してください。)

Hmm... To whom?(それは・・・誰に?)

To me.(私にです。)

俺、この娘になんかしたっけ。陰口のネタに巻き込まれて怒っているのか?それにしては殺気がちょっと本気というか。そんな理由だったら俺以上に日本の環境に馴染めてないが。

What’s you want by my surrending?(降伏して、俺にどうしろっていうんだ)

Follow me. To my room.(私の部屋についてきてもらいます)

「WHAT?」

意味わかんないんだけどこの子。俺は逆ナンでもされてるっていうのか?殺気向けながら告白するのが最近の日本人のトレンドなのかってコイツどう見ても日本人じゃないわ。地毛っぽいけど緑の髪ってどうなってるんだ?

(あ、やばい。こいつ背中のドラグノフ使う気だ)

意味は分からないがこのままだと血を見そうだ。いくら学年一位のスナイパーだろうとこの距離なら撃たれる前にいくらでも対処できるだろうが、こんな往来でこの華奢な娘を伸したら流石にやばいだろう。頭の悪い暴言を言われるのはどうでもいいけど、それに反論する余地のない本物のクズになるのはいただけない。そして女子寮に入ったりしてわざわざ新しい悪口のネタを提供したくもない。

Oh…well. How about my room?(あー、俺の部屋じゃだめ?)

…That’s fine.(・・・それで構いません)

(あ、いいんだ)

ぜんぜん意味が分からんけど、とりあえず。今ここでの殺し合いは回避できたらしい。

「じゃあ、行きますカ」

「はい」

というか、この娘いくらなんでもびしょ濡れだ。とりあえず傘をさして彼女の上にやるがこのままだと風邪をひくぞコイツ。

「着替えは持ってますカ?」

There is no need.(必要ありません)

そう言うのなら仕方ない。キンジは怒るかもしれないが、俺たちの部屋でシャワーでも貸してやるか。服は・・・もう洗って乾燥機に掛けるのが無難そうだ。その間は俺のを貸すしかない。

とりあえず、わかったことが一つある。このレキという同級生がロボットかどうかはさておいて、ドのつく天然電波で常識と生活能力をどこかに忘れ去ってしまっている欠陥人間だということだ。

 

 

「おい勘弁しろよアオ。連れ込みか?」

なんか今日は帰ってくるのが遅かった同居人が同級生の少女、それもずぶ濡れの小柄な子を部屋に上げようとしていたとき、俺はいったいどうすればいいんだ。教えてくれ兄さん。

≪同居人のロリコンを疑えばいいんじゃないか?≫

それはあんまり考えたくないよ俺の中の兄さん。

「チがう。いやちがわないのカ?」

「・・・確か狙撃科のレキだったよな。アオとはどういう関係だ?」

「彼は私に降伏しました」

「それでなんで俺らの部屋に上がろうとしている?」

「私の部屋の代わりです」

だめだ口下手が二人そろって日本語が交通渋滞を起こしてやがる。兄さん助けてくれ。いややっぱいいや。優秀な兄ではあるが今回は役に立たない気がする。

とりあえず二枚ほどタオルを用意した後頭を抱えて対応に困っていると、アオがちっこい濡れネズミを指さしてとりあえずシャワーだけでも貸してやれないかと言ってきたので仕方なく奥へ通すことにした。風邪ひかれたら目覚め悪いし。それにさっさと視界からレキを外してしまわないと透けた下着とかでヒスってしまいそうだった。万が一この同居人が連れてきた恋人候補とかだった場合気分が悪すぎるし、俺はまだロリコンにはなりたくない。

「彼から目を離すわけにはいきません」

「だってよ。もう一緒に入ったらいいんじゃないか?」

よく見ればレキほどじゃないがアオもそれなりに濡れていた。なんか本人は気付いてなさそうだが。この同居人悪い奴じゃないんだが日本語に苦労してる点を度外視してもなお隠し切れない天然バカな気がするし。

「シかたない」

全く顔色を変えずに決断してしまえるコイツは果たしてものすごいプレイボーイなのか、それともやはり天然なのか。

「レキ、シャンプーハットは必要ないカ?」

「必要ありません」

「そっか。エらいな」

恐らくは後者だ。




ところでカナンの知名度ってどんなもんなんでしょう。


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Bookmark2020 Ignorance Days

「んで、一体これはどういうことなんだ」

風呂から上がってきた俺が部屋着に着替えているとキンジが目をそらしながら脱衣所の扉を指して言う。

「どうとは?」

「レキのことだ。まああれだけ雨に濡れてたから見かねて部屋に上げたっていうのは、百歩譲って問題ないとしてだ。なんであんなにお前を監視しようとする?」

「監視?」

「気付いてなかったのか?お前最近アイツにスコープで覗かれてたみたいだぞ」

あのドラグノフで、と。レキは風呂場にもあのライフルを持ち込んでいた。

「それはシらなかった」

「鈍感なやつだな。いや、そうじゃないか。レキがうわさ通りの能力を持っているならアオが全く気が付かなくてもおかしくはない」

「うわさ?一年トップのスナイパーというあれか?」

「もう少し踏み込んだ情報だ。彼女は2000m以内の標的ならどんな位置どんな状況だろうと絶対に外すことはない、らしい」

なるほど。それが本当なら確かに尋常ではない腕前だ。流石にドラグノフを使用した記録ではないだろうが、たとえ12.7mmの対物ライフルでも2キロ先の標的を狙撃するならば射撃から着弾まで2秒から2.5秒くらいはかかる。普通は移動標的どころか棒立ちの人間の頭に中てることすら至難だ。レキにはそれができると、少なくともキンジが真面目に懸念するほどまことしやかに噂されるだけの実力があるということか。

「キンジはSniping Detentionを心配してる?」

「日本語で頼む」

「ソゲキコウキン」

「そうそう、狙撃拘禁な。その通りだ。理由は何にせよお前から聞いた話と状況から考えて一番可能性が高いのはそれだ」

狙撃拘禁とはスナイパーが標的を常に監視し狙い続けることで、対象の恐怖を煽り移動の阻害をしたり意のままに行動させることを言うらしい。この間強襲科の座学で習った。だが、この状況を狙撃拘禁と断定するにはひとつ問題がある。

ガチャリと脱衣所のドアが開いてレキが姿を表した。服はとりあえず俺のやつを貸したが・・・。

「でかイかな」

「当たり前だろ。身長差考えろよ」

まあ、ざっくり見てもレキの身長は145cmくらいだ。俺の身長は166cmだから、つまり20cm以上は違うことになる。あと彼女は同世代に比べてもかなり体の線が細いから男子の俺の服では無理がありすぎる。一応、袖などの裾はかなり捲って着てはいるが・・・。その効果のほどは微妙だ。

「小学生が父親の服借りてるみたいだ」

「あー、それっぽい」

一応、肩にドラグノフを引っ掛けてはいるがどうにも迫力がない。それにいくら彼女がSランクの狙撃能力を持っていても俺の隣にいるキンジは強襲科Sランクのエースだ。俺だってBランクの中ではかなり上の方だし、仮に狙撃拘禁ならばこの距離に近づいてしまっている時点で破綻している。レキが何をしようとしても普通に制圧されて終わりだろう。

「さっきの話はやっぱないんじゃないカ?」

「・・・だな。俺の考えすぎだった、忘れてくれ」

「ところでテレビのボリューム大きくない?」

なんかかなりつまらなそうなバラエティーの音が聞こえてくる。リビングの扉が閉まってるのに聞こえるのはちょっと近所迷惑すぎないだろうか。

「うるさい黙れこの天然野郎」

なんか罵倒された。

 

レキはなんと自分の部屋に帰らず俺たちの部屋に泊まってしまった。女性が苦手らしいキンジはかなり迷惑そうにしていたが結果的には俺の寝室に雑魚寝することでとりあえず解決した。床に寝せるのは気が引けたのだがさっさとドラグノフを抱えたまま座り込んで寝てしまったのでどうしようもなかった。

 

 

「んでよ。こいつにはクイックシフターってのがついててだな――」

「ナルホド・・・」

学科が違うとしても会うことはよくある。最近は昼食を武藤や不知火、キンジと共にすることが多い。武藤も不知火もいい奴で俺にはもったいない友人たちだ。

「ところで天羽くん。あれには気が付いているのかい?」

「ああ。放っといてル」

不知火が言うのはレキのことだ。彼女は大分遠い場所でカロリーメイトを齧りながらこちらを見ている。相変わらず銃は担いだままで。

「妙なやつに目を付けられちまったなあ。ありゃお前に気でもあんのか?」

「だとしたらコウエイだけどね」

「・・・オイ、いくらなんでもツルペタが過ぎないか?」

女として見れば確かに体が子供すぎるが、単純に好かれたことに関しては良いことだと思うべきだ。好意をいだかれているとは全く思っていないけれど。

「あれ、ずっとなのかい?」

「ここ1週間はずっとだ」

食い気味に答えたのはキンジだ。なし崩し的にずっと自分の生活圏の女性がいるのだから女嫌いの彼の機嫌が悪くなるのは仕方ない。授業中など武偵高にいる間は今のように距離をとって監視していたりドラグノフのスコープで覗いていたりしてるが、部屋では入り込んで俺とキンジを観察している。もっとも食事などはほぼ常にエネルギーバーなので生活費的な負担は殆どないのが救いだ。だが流石にキンジのストレスが無視できないところまで来ている。

「武藤、車輌科の倉庫に空きとかない?」

「あん?そりゃ使ってないのはいくらでもあるけどよ・・・どうする気だ?」

「キンジが限界近いから、オレが外に出れば解決だろ?」

「うんちょっと待った。レキさんって今二人の寮室で生活してるの?」

「ああ、なし崩し的にな」

「一応言っとくけど、それ寮の規定違反だからね?」

「「知ってる」」

「流石の朴念仁と天然でも今のはナメすぎか」

「おい武藤、天然はともかく朴念仁はないだろう」

「武藤、オレは天然じゃないぞ」

「「ハッハッハ。寝言は寝て言え」」

ちくしょうハモりやがって、芸人かお前らは。

「まあそれはさておき、アオ。倉庫が借りたいっていうなら俺が話をつけといてやってもいい。多分賃貸扱いになるだろうから幾らか金はかかるぞ。大丈夫か?」

「普通のアパートくらいなら」

これでもけっこう積極的に依頼を受けているので金はかなりある。今のところ手に入れた現金の使い道も弾代と食費くらいだったから一ヶ月かそこらでもそれなりに貯まっているハズだ。それにレキの気が済めば部屋に戻れるので、そう長く借りることはないだろう。

「オーケー。じゃあ上手くいったらスマホに諸費用とか色々送るわ」

「Thanks」

「一回奢りな」

「明日の食券をもつよ」

武藤も車輌科ではかなり有望視されている人物だ。きっとすぐに良い連絡が来るだろう。

「・・・スマン、アオ。気を使わせた」

「日頃世話になってるかラな。これ以上迷惑はかけたくなイ」

さて、喋りながらでも食事は進む。俺の親子丼定食も実はとっくに空になっていた。

「次の授業時間なんだっけ」

「一般教科ノ――

ザブン。

熱い。そしてなんて馬鹿な連中だろう。

「煮沸消毒だ!」

「おい、君たち!」

不知火が怒りの視線を向けるのは蒼たちが座る席の前までやってきて熱いお茶を盛大にぶちまけた男子生徒だ。キンジや武藤も険しい表情で腰を浮かせている。そのにやけ顔には見覚えがあった。あの雨の日の頭の痛くなる会話を繰り広げていた一人だ。後ろには二人の取り巻きも一緒にいる。

「よう不知火。お情けの友達ごっこは楽しいか?」

「アオカビ野郎、その後ロボとはどうなんだ?ちゃんと汚いのをお掃除して(・・・・・)もらってるのか?」

(へえなるほど。そうくるのか)

「てめえ!」

我慢ならんとばかりに武藤がキレる。だめだ手をだすな、お前が怒ることじゃない。

―――やるなら俺だろう。

 

 

「うーぷす」

これ以上ないほど棒読みなセリフと共に蒼の手から湯飲みが飛んだ。というか、ブン投げた。

一直線に跳んでいったそれは一番手前にいた悪童の肩にあたって跳ね返る。

「いやア、申し訳ない。まだ取ってのないグラスは慣れなくて」

立ち上がってその男の肩を叩いて謝る蒼だが、その手はギリギリと相手を締め上げている。ボキンと悪童の肩から嫌な音がした。骨の組み合わせが外された音だ。

「グ、ぎ・・・!?」

「こんのクソガイジン野郎!?」

後ろの取り巻きが拳を振り上げるが、いつの間にか背後にいた不知火が腕を掴んで音もなくキメた。腕を取られた取り巻きの足が浮いて、海老反りになって暴れる。さらには

「お前たち、彼のお友達だろ?どうやら湯飲みにあたった肩が外れちゃったみたいだから、保健室にでも連れて行ってやったらどうだ?それとネクタイ緩んでたぞ。気を付けるんだな」

最後の一人にはキンジがあたっていた。座ったままその男子生徒のネクタイ裏側の帯(小剣)を上半身ごと引っこ抜くように引き寄せて、もう片方の手で首元を押さえている。結果その男子は自分のネクタイで首を絞められる状態になった。

やいのやいの。

わーわーぎゃーぎゃー、

おぼえてやがれー。

「ふう、食器片づけようか」

「せめて覚えてやらんくらいは言ってやれよ」

何事もなかったかのように食器のトレーと運ぼうとする不知火に、武藤が苦笑いで答える。武藤は蒼の隣に座っていて自分にあてないために蒼が湯を避けなかったのをわかっていたため余計にチンピラ三人の言動に憤っていたが、強襲科の三人の対応が早すぎて何もできなかったのだ。

「しかし流石は武偵高だな。今時あんなに頭の悪い罵倒は中学生でも恥ずかしいだろ」

「・・・手を出さなくてもヨかったんだが」

「それは、なあ」

武藤がキンジと不知火の方を見れば、案の定微妙な笑みを浮かべていた。蒼がひどい悪口を言われていたのは知っていたが現場に出くわすのは実は初めてだった。恐らくレキというもう一つの攻撃対象と同時に現れたのがよほど嬉しくて(・・・・)場所を選ぶことを忘れてしまったのが今日の結果だったのだろうが。

(ちゃんと蒼も怒れるんだな)

やり方はまあ、いかにも武偵高らしかったが。

今まで彼が反撃したとか、相手を返り討ちにしたという話を聞いたことがなかったので少し心配していた部分があったのだ。やられるままに自分の中に負の感情を貯め込んではいないかと。彼の口から愚痴でも出ればまだ良かったのだがいっこうに話題に上らないので三人ともどうやって聞き出そうか悩んでいたところがあった。だが、しっかり反攻できるならもう心配はない。なんて、親父か俺はと武藤はこっそり頭をかいた。

仕方ない側面もある。武藤にとって――おそらく不知火も同じ感覚を得ているだろうが――蒼は手のかかる弟のような距離感の存在だ。

それは単に言語に苦労しているからではなく、精神性のあり方として。蒼の人との付き合い方は酷く歪で幼い。

自分にとって関係のないもの、あるいは悪意を持って対するものは徹底して無視。最初から眼中にないか、意識に上ろうとするとすぐに廃絶を試みる。そしてそれが故に相手との関係は発展も修復もされることがなく放置されていく。

逆に、キンジや武藤、不知火を始めとした自分に良くしてくれた、あるいは気に入った相手にはとことん執着し仲間意識を持つ。そのことが悪いとは言わないが、彼の感情は殆ど1か0でしかない。マイナスに振れることも、0.5の距離感を探り当てて維持することもない。元来口が少ないのでいきなり1の感情を向けても煩がられることはあまりないのが蒼にとっての救いではあるが、人とのコミュニケーションは蒼にとって限りなくシンプルに済ませてしまえるもののようだった。

そのくせ、仲間うちでの揉め事や他人の問題、困りごとに関する嗅覚は敏感の一言に尽きる。そして自分の中で1に分類した相手には無限に親切になれる彼は気が付けば色々な事柄に首を突っ込み頼られるのだ。

いつか本人のキャパシティーを大きく超えた事件の渦中で己の無力に絶望する姿がありありと目に浮かんだ。

だから、今回の結果は武藤らからすれば大きな前進だった。自分に向いた矛先を無視するではなく積極的に排除し、しかも相手への配慮を覚えたのだから。

(でもまあ、自分のために怒ったって感じじゃないよなあ多分)

蒼が反応したのは自分をこき下ろすのにレキをダシにされた時だ。いきなり銃に手が伸びていたのには驚いたが結果的に武器を使わなかったのは助かった。車輌科の武藤ではいざという時に蒼を止められる自身がない。そうでなくても蒼は筋力を始め諸々の戦闘能力が異様に高いから絶対に羽交い絞めとか無理だし。

レキと蒼も以外と仲は険悪ではないのかもしれない。少なくとも蒼の方に悪感情はないようだ。ただ、お姫様は相変わらずの無表情で何を考えているのかわからないが。蒼の0.5の相手は実は蒼以上に難物なのかもしれない。まったくこの高校には欠陥人間が多すぎる。そういう環境なのだから仕方のない部分はあるが。自分とてガサツが過ぎてこんな場所に辿り着いた身の上だから、先の三バカを含め彼等を軽蔑することはできなかった。

(でもロボットはねえよやっぱり。あんなにかわいいんだぜ?)

あの妙な渾名を付けたやつはセンスがないなと思いながら、武藤も不知火らの後を追って食器を回収用の棚に戻しに向かった。

 

 

 

レキにとって天羽蒼という少年は邪魔でしかなかった。

ウルスの一族がレキを武偵高に送り込んだ目的は彼女に武偵としての資格を付与するためもあるが、もう一つ重要な任務があった。それはレキのつがいの探索。より強い戦闘能力を持つ男子を見繕い、一族の血と掛け合わせることでより強力な子孫を残すことが一族と一族を導く存在、璃々神の思惑だった。

そしてレキにとって璃々神とウルスの一族が全てであり、信頼を置いている存在であるため、彼女にとってつがいを見つける旅に何の忌避も疑念もありはしなかった。

だが、彼が現れた。天羽蒼。

入学してしばらくすると彼女のもとにウルスの一族を通して依頼があった。曰く天羽蒼を監視し動向を逐一報告せよ、と。その目的は不明、依頼者と報告相手の素性も一切不明。ただ知らされているのは天羽蒼という名が偽名でありこの日本に違法に入国していることと、彼が何等かの凶悪犯罪の実行犯であること。そして依頼の報酬が莫大かつ継続的であり、ウルスの一族にとって貴重な収入になりえるということ。

お金のことは正直、ウルスの一部の人間が把握していればいいとレキは思っていたのでどの程度の利益となるのかは想像するしかなかったが、彼女にも一つ分かることがあった。

天羽蒼を四六時中監視する任務についていると本来の使命に費やす時間が限りなく削られるということだ。レキが男漁りをしたいということではなく(そもそもそんな発想はない)お金と後継者、レキの目線から見た景色ではより重要に思えるのは圧倒的に後者であった。お金など後から幾らでも自分が稼ぐ。だが自分がこの島国にいられるのは3年という僅かな時間しかない。レキも自分のコミュニケーション能力に自信があるわけでは決してなかったので、どうでもいい依頼に時間を取られるのは苛立ちをつのらせる種としか思えなかった。

だから取った行動が、あの雨の日のあれだ。つまり監視対象を最初から自分の生活圏に置いてしまえば余計な時間かけることなく本来の使命を同時にこなすことができるのではないかと、そういう考えだった。

だが、他者と生活を共にすることなどレキは知らない。ウルスの中では周りから勝手に構ってきたので自分からどうこうしようという考えはなかったし術も知らなかった。故にレキは当初の予定に立ち返った。つまり、自分のつがいを傍にとどめておくために用意された作戦のうち狙撃拘禁という手段を適用したのだ。

少なくとも今は彼女の目線でそれは成功している。

少なくとも今は自分の行動が何を意味しているのか、彼女は分かっていない。

少なくとも今は、レキは教わった最も優位と思われるつがい候補の遠山キンジに間接的ながらも接触できたことに安堵を感じていた。

まだ心の幼いこの少女に恋愛観はなく、人と信頼関係を結ぶ術も持ちえず、ただ生まれ持った家族のために全力を注ぐだけの無知で盲目な幼年期から抜け出す兆しはとても遠いところにあった。

レキという少女の境遇は、ただ客観的に見れば悲劇そのものであり、今はそれを覆す存在は現れない。

 

 

 

転換点というものがある。

人やものごとの行く末を左右する事件のことだ。それが吉兆であれ凶兆であれ、人間が生きている以上は必ずどこかでぶち当たり大きな選択を迫られる。

彼と彼女の関係においても、それはあった。

オーシア連邦、エルジア暫定王国、ノースポイント及び日本国、その両者の傘下にある企業や人々。全てを巻き込んだ歯車はとうの昔から廻っていた。

『一年生強襲科天羽蒼、同狙撃科レキの両名は至急教務課の綴のところまで来るように。繰り返す、一年強襲科の――』

その最初の事件が今、幕を開ける。

 




どんどん武藤がいいやつになっていく…


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Bookmark2020 Escort

雨のよく降る季節の特急列車。閑散とした車輌の座席に蒼とレキは通路一つ分の間をとって座っていた。

隣でないのはお互いに異常事態が起きた時の即応性を考慮したためだ。特にレキは得物のドラグノフが長尺なのでそのまま収納しているガンケースは隣席を占有していた。蒼の方も隣に人がいないのをいいことにノートPCを広げて情報収集に勤しんでいる。

教務科の綴が二人を呼んだのはある依頼を言い渡すためだった。

 

「護衛ですか」

「そうだ。お前たち最近コンビ組んでるみたいだし、ここいらでマジメな事件を受けさせてみるのもいいかと思ってな。アタシが丁度いいのを見繕ってきた」

綴がデスクから二枚のファイルを取り出し、二人に投げ渡した。

(別にコンビではないような・・・レキが仕事についてきたことはあるが)

「何か?」

「いえ」

「ふうん・・・。まあいい、内容はそこにある通りだ。読んで質問がないようならさっさと準備にかかれ」

ファイルを開くとまず最初にYOUR EYES ONLYの文言が目に入った。つまり、このファイルの内容は全てここで覚えて書面は綴に返さなければならないということ。

(護衛・・・)

あまりやったことのないタイプの仕事だった。もしかしたら初めてかもしれない。レキはどうだろうか。狙撃手が護衛というのもあまりないような気がする。ともかく、護衛の対象は2名が記載されていた。天々座烈八及び天々座理世。ただし天々座理世は条件付きであり護衛対象とするかは担当者に一任される。重要度は状況如何ということか。

天々座烈八は国内有数の大手外食チェーン『ミール&カトラリ―社』の顧問であり、3日後にノースオーシア・アグリカルチャーグループの主任会計士との交渉がある。護衛期間は彼が東京の本社に帰るまで。会談はノースポイント北部の都市で行われる。現地は天々座烈八の娘天々座理世の生活する街が近いため護衛対象に含まれる。

「主任会計士が交渉を担当するんですか?」

「なんでも護衛対象と会計士は顔なじみらしい。他は?」

蒼に続いてレキが手を挙げる。

「この依頼を私たちが担当する理由を教えてください」

「先方からの要望だ。といっても名指しじゃなくて単に静かにできるやつで相手に威圧感のない人選をってな」

なるほど。両方を兼ね揃えたチームというのは確かにあまりないかもしれない。

「ですが我々は一年で実戦経験も多くありませんが」

「冗談抜かせよ、お前らほど実戦に長けた者はいないだろ。まあ不安にならんでもこの護衛はあくまでも念のためだから気楽にやったら?」

 

気楽にやるかは別にして、護衛対象のことや周辺状況に関して全くの無知で仕事はできない。蒼は出発までにそれなりの情報を集めていた。

天々座烈八。4年前にM&C社の国外展開顧問に招聘される。数々の海外展開を成功させ、また現地社員の安全管理にも貢献しており内外からの評価は高い。顧問に就任する以前はノースポイント軍に所属しており今は予備役。

(時期的にはISAFにも参加していたのか)

ISAFとは2003年から2005年にかけてユージア大陸で繰り広げられたエルジアと周辺諸国連合軍の戦争『大陸戦争』で諸国連合が結成した『独立国家連合軍』のことだ。大陸戦争は小惑星ユリシーズの被害で大量に発生した難民を押し付けられたエルジアがユージア各国に仕掛けたものとされる。彼等は一時的にこのノースポイントまで戦線を後退させられたが、奇跡的な逆転を経てエルジアに勝利することになる。その逆転劇にはメビウス1というコールサインで呼ばれるエースパイロットが大きく貢献しており、パイロットの間では伝説となっている。

(それはさておき)

M&C社とNOAGは共に食に関わる国際企業だ。M&Cはノースポイント及び日本国に拠点を置きながら世界中に店舗を展開している。対してNOAGは主にオーシア連邦国内の一次産業を束ねる組織であり、一括して国内外へ販売と輸送を行う巨大なグループだ。ただし2019年の灯台戦争でオーシア連邦の屋台骨が揺らいでいる現状ではその存続に響かないまでもかなりの痛手を負っている可能性がある。

灯台戦争は一応オーシアの勝利という形で終わったが、実態は共倒れだ。エルジア王国は今まで搔き集めた地続きの領土が一斉にバラバラに反旗を翻して群雄割拠しており、現政権も首都ファーバンティではなく軌道エレベーターのあるセラタプラ沖の人工島アースポートを主な活動拠点としている。オーシア連邦も初撃で軍事施設の悉くを急襲されて広大な領土とシーレーンの防衛網は早急な再構築が必要だ。更には軌道上の軍事衛星を破壊する作戦で世界各国の衛星を諸共に破壊してしまった賠償と復興の責任の半分を負っている。エルジア側は軌道エレベーターを用いた安価な衛星網再構築の手段があるから良いが、オーシア側は全て地上基地から打ち上げなければならない。莫大な出費が予想され、かつあまりに非効率で時間がかかり過ぎるためその全てを有償でエルジアが請け負った。おかげで手に入るはずだった戦後賠償金は殆ど相殺されてしまったのだ。

これだけの負債が重なり戦後経済が無事で済むはずがなく、貨幣価値は大きく後退し国体維持のため増税も余儀なくされてしまった。

悪いことは更に重なる。戦争初期の都市部で行われた戦争映像は再構築されたネットワークに瞬く間に拡散し、「エルジアがいかにクリーンに戦争を仕掛けたか」「オーシア軍がどれだけ民間人に誤射や誤爆を繰り返したか」「オーシア機が軌道エレベーターを攻撃してエルジアの無人機が防衛」そして何より「オーシアの機体が自国の元大統領の乗った輸送機をミサイルで撃墜した」映像と音声が出回ってしまったため空軍寄りだった現政権はまだ2年の任期を残しながら支持率は絶望的な数値を叩き出しているのだった。

( 軌道エレベーターのあるセラタプラには通信インフラに携わる優秀なスタッフなど幾らでもいたはずだ。あれだけ派手に長いこと戦闘してれば傍受して解析しようと思うやつがいても不思議じゃない)

オーシアは『試合に勝って勝負に負けた』のだ。

しかしエルジアが勝負に勝ったとは言い難い。ユークトバニアからの手厚い援助を得たとはいえ領土内で様々な勢力が好き勝手に暴れているのだからこちらも内政はズタズタだ。ユークトバニアを始め各国の輸送機が援助物資と共に運んでくる気象衛星や通信衛星、GPS衛星の輸送費も当然ながら別口で請求されている。

(実は最も得をしたのは戦争に参加しなかった国々だろう。インフラを支える衛星のほぼ全ての耐用年数を無償で更新できたのだから)

国際社会がエルジアとオーシアに課したのは当然衛星の賠償だけでなく通信インフラが死滅していた間の損害賠償も請求されていた。そのため停戦交渉の席には当事者国家としてほぼ全世界の重鎮が時期を変え場所を変え世界各国で集まっている。そして彼等は自国で打ち上げる代替の軍事衛星の賠償金と打ち上げ費用をいい様に操作してしまえる立場。2020年の始まりから国際社会は激動を続けていた。

(戦勝したのに困窮して不満タラタラの国の大企業と後から利益をかっさらって行った国の会社が交渉か。荒れそうだな)

状況を分析したメモソフトを閉じ、ほか現地の地図などを今一度頭に刷り込む。

(そろそろか)

列車は二人が天々座烈八と合流する駅に近づきつつあった。

 

 

 

 

駅を出て、合流予定地に行くといかにも退役軍人な男性が待っていた。

筋肉質な体と眼帯。覚えた写真の容姿と一致している。

「武偵。天羽蒼及びレキ。到着いたしました」

「―――フン、悪くないな。よく鍛えているようだ」

「恐縮です」

彼の傍らには数人のガードマンが付いていた。

「ああ、こいつらでは圧が強すぎると上に言われてな。改めて天々座烈八だ。今日は私の護衛をよろしく頼む」

「「承りました」」

どうやら見た目でひ弱なガキと突き返されることはなさそうだと蒼は顔には出さずに安心する。

一方で烈八の方も武偵高から聞いていたプロフィールを思い出していた。目の前の二人は高校一年生、自分の娘と同世代らしい。だがそれにしてはあまりにも訓練されすぎている。レキという娘の方は一見してただならぬ境遇で育ったと分かる超然とした空気を纏っている。手にしているケースの中身はライフルだろう、こういうスナイパーはたまにいるものだと彼の従軍経験からくる感覚は容易に感じ取っていた。

不思議なのは男の方だ。言葉の端々に英語圏の人間らしい訛りが見えるがこれは外国人や帰化日本人にはよくあることだ。だがその立ち振る舞いは普通じゃない。軍事教練の跡が見える。それも生中ではない実戦レベルのソレだ。しかし歩幅など体の動かし方はユージアで見かけた山岳猟兵のそれなのに体のつくりはどちらかというとパイロットに近い。烈八は自分の感覚に自信を持っている。ならばこのチグハグはどうして生まれたのか。

今まで軍人ばかりで武偵には関わって来なかったが、どこでも珍妙な人間というものはいるらしい。

それよりも考えるべきは今日の交渉の相手だ。

「では行こう」

護衛たちと別れ、車に乗る。運転するのは天羽蒼武偵だ。

烈八が後席に一人。レキと蒼それぞれ前席に乗る。護衛の作法としては両脇を固めるのが定石だが烈八としては護衛はカタチだけのものでよく、自分の身は自分で守る主義だった。

「このままNOAGの日本分室に向かう」

「わかりました」

場所はそう遠くない。

「俺が今日会うヤツのことを、どこまで知っている」

走り出した車の中でやることがなくなった烈八は二人に会話を振った。

「NOAGの主任会計士であなたとはお知り合いだと」

「そうだ。アイツとは戦場に行く前の古いなじみだ」

答えたのはレキだった。外を警戒しながらではあるが、あまりに危険がなくて退屈したのか、それとも相手の問題――依頼人へのリップサービスくらいの会話は厭わなかったのか。どちらにせよ蒼よりはレスポンスが早かった。

「もう・・・20年ほどの付き合いになるか。士官学校時代の呑み仲間でな。ヤツは軍属ではなく近くの大学の学生だった」

烈八は一時だけ当時の記憶を脳裏に再生する。バーカウンター。グラスに揺れる氷。

あの男がNOAGの会計士になったのは知っていた。彼の出世を祝ったことだってある。その彼が交渉の相手として駆り出された。

交渉のイロハなど知らない彼だが烈八との繋がりは太いものだ。つまり、情に訴えなければならないほどNOAGは切迫した状況に陥っているということを意味する。

情に流される俺ではないと、ヤツは知っているだろうに。

 

 

 

 

 

「つきました」

「ウム、ご苦労」

NOAGの日本支部は地方都市にあるものでもなかなか大きなビルを占有していた。流石は巨人国家の農業を一手に担うだけのことはある。

肩で風を切りビルの中に入る長身のスーツ姿に蒼は一歩に同行する。レキは先に別所で車を降りてビルを監視できる地点に移動。狙撃手としての視力を遺憾なく発揮しているはずだ。

「天々座烈八様。ヘルベルト・フラウド会計主任がお待ちです」

「そりゃ、待ってなきゃ来ないさ」

適当な扱いに頭を下げて出迎えたNOAGの社員が顔を歪ませる。企業の大きさで言えば確実にNOAGの方がM&Cより格上だ。そのはずだがこの交渉においてNOAGに勝ち目はない。だからこその人選でありこの状況だった。

エレベーターで最上階の特設応接室に通された二人を出迎えたのは細見の外国人だった。彼は烈八の姿を見て破顔する。

「レツ、久しぶりだな」

「一年ぶりくらいか。少し痩せたなヘルベルト」

ヘルベルト・フラウド主任会計士は烈八の言うとおりの痩身を鼠色のスーツに包んでいた。フチなしの眼鏡の奥には穏やかな碧眼が覗く。

彼は烈八を席に促すと自分も対面の席についた。蒼は烈八の後ろで待機している。

「彼は?」

「ン、まあ付き人みたいなものだ」

「そうか。ヘルベルトだ、よろしく」

「天羽蒼です。よろしくお願いします」

握手を求められ蒼は右手を差し出す。男の手は細かった。骨と皮ばかりで枯れ木のよう。

「さて、面倒ごとは先に済ませてしまおう」

「ああ、プライベートな話は後でいい」

彼等は机の上に置かれたサービストリンクに手を付けることもなくヘルベルトの取り出した書類を片手に語り出した。

「では――、NOAGはM&Cに提案します。貴社が各国で展開する外食チェーンでは現地生産された生鮮食品を材料として買い上げていると聞き及んでいます。間違いありませんね?」

「ああ、その通りだ」

「我々はそれら全てにNOAGの食料品を特価にて提供する用意があります」

「特価ね」

「まずはこのノースポイント及び日本国の中での流通に関する契約となるでしょうが、いずれはそちらの展開域全てに行き渡ることでしょう」

NOAGとM&Cは今まで大きな取引をしては来なかった。オーシアでの事業展開では多少は彼等から仕入れをすることもあったが、NOAGは基本的には現地のマーケットとの契約を重んじており外来の場合M&Cは現地生産されたものを割安だが継続的に仕入れるという形で契約を結ぶ。それが今になって大口の契約を求めてきた。

思惑はよめる。NOAGは灯台戦争の折にオーシア連邦が負った様々な負債のあおりで経営状態が悪化している。特に物価の上昇でオーシア内での食品売買や国内油田の収入が低下している。だから国外への輸出を拡大しようという魂胆なのだろう。

だがNOAGは元々が高コスト体質な部分のある社だ。それが危機に陥った時に立て直すのは容易ではない。しかも噂程度の話だが資金的繋がりのあったGRとも手を切られつつあるらしい。

「こちらのメリットはなんだ」

「単純な話です。全ての原材料調達を安一括で我が社から行えば今まで個別に行っていた契約や交渉をひとまとめにできる。これは材料の安価化につながる。そして地方の生産拠点のいずれかが機能を停止した場合でも我々なら速やかに他地域から調達を行い該当区域の営業を継続させる措置が行えます」

「そして全ての原材料調達を握られた我が社は君たちのNOAGの傀儡となる、か?」

「いいえ。この契約はお互いの社の独立性を損なうものではない。株式を融通しあうことも他社との契約を阻害するものでもない」

「今まで我々には何の契約もなかった」

「ではこれからは良い関係を築き上げましょう」

「悪い話ではないかもな。だが関税はどうする」

当然ながら食料品は国家の生命線の一つであり、どこの国も関税というものを掛け国内での生産能力を守ろうという動きをする。

ノースポイント及び日本国も例外ではない。むしろ穀物の自給率90%以上ともなれば誇りのようなものも生まれ、国全体が守り継ぐことに賛同する。

値崩れを起こしているオーシアの穀物をノースポイントが許すはずがなかった。

「それは、まだ未定の事項です」

「だが規定路線だ。加えそちらの生産拠点は先の灯台戦争の影響を克服しているとは言い難い」

「懸念があるのは最もです。ですからまずはこの国の中から初めてみませんか?」

「我々は現状の国内の流通網に十分な満足を得ている。今から不安定な新しい仕組みを取り入れる気はない」

「価格は確実に下がります」

「資料に乗っている試算データは見た。だが我々の方でも試算しなければ回答はできない」

「今承諾をいただければ我々の有する海洋輸送網のリソースの一部を無償で開放させていただきます」

「焦りが見えるぞヘルベルト。残念だが俺が今日この場でイエスと答えることはない」

「・・・わかったよ。また今度に条件をすり合わせてから交渉させてくれ」

「お前と顔を合わせる機会を潰したりはしないさ」

「それは・・・助かるな」

烈八にとってこの結果は予定調和だった。そしてヘルベルトの方もどこか諦めたような顔をしていたが悔しがる様子がないのを見ると、自分の勝ち目をよく理解していたようだ。

「この後は帰国するのか?」

「東京でお偉いさんに怒られなきゃならない」

「おい、恨むなよ」

「どうしようかな。この間レツが自慢してきた例のプライベートジェット。あれに乗ってみたいなあ」

「子供か!」

「君こそ随分と煽ってくれたよね。『まあオレサマならコイツのオーナーにふさわしいのは当然だな。ところでお前らは何を使ってるんだ?』だって?君以外はただの会社員とバーテンダーなんだよあのグループにいるのは!」

「アアン?偉くて悪いか」

「ああ悪いね!だいたい君がそんな風に口が悪いから娘さんにうつるんだ!」

「おま、言ったな!?言っちゃったなこのガリガリ野郎!」

「なんだと眼帯筋肉ダルマ!」

「この!」

「こなくそ!」

どったんばったん。

いいスーツを着こなしたいい大人がつかみ合いの取っ組み合いを繰り広げる様子を前に蒼は一瞬だけ護衛としての役目を果たすべきなのかと悩んだがどう考えても元軍人の烈が優勢のはずなので放っておくことにした。

見るに堪えなくなって視線を泳がせると部屋の扉の両脇に控えていたガードマンたちと目があう。

「(どうしましょうこれ)」

「(放っておきましょう。ええと、馬に蹴られて死にたくはありませんから)」

(それでは夫婦になってしまうのでは?)

当惑するガードマン達を知らず更に混沌とした思考に追いやった蒼は遠くから見ているはずのレキが何かの間違いでヘルベルトを狙撃しないように瞬きでサインを送ることに集中した。武偵の基本技能として瞬きで行うモールスがあるが、入学したての蒼にとってはまだ難易度の高いものだった。そもそも使用するのが和文モールスなので英語思考が抜けない蒼は日本語訳してからモールスにするという二度手間なのだ。

(チワ ゲンカ ニ ツキ テダシ イラズ)

はたしてドラグノフの弾丸がこの特別応接室に飛んでくることはなかったが、いい大人たちのどうしようもない乱痴気騒ぎはその後10分ほど続くこととなった。




そのうちまたタグが増えます。


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Bookmark2020 Concealed Weapons

「では、よろしく頼むよ」

彼等の交渉は終わり、東京への帰路へつくことになった。

「・・・・」

一人増えているが。

NOAGの支部に来るのに使った車には今は4人乗っている。運転する蒼とビルを出てすぐ合流したレキと天々座烈八顧問とヘルベルト・フラウド会計主任だ。

飽くなき殴り合いに関係なく天々座烈八はヘルベルトを自分のプライベートジェットに乗せるつもりだったようで二人は今後席で仲良く娘語りをしている。

一方の蒼は何事もなく護衛任務が終わりそうなので心境的には穏やかだった。目的を果たせなかったNOAG側の襲撃の可能性は十二分に考えられるため警戒はしている。だが今のところその気配はない。レキの方も視線を様々な方向に投げているが異変を感じたという様子はない。何時ものヘッドフォンを耳にあてているので聴覚での索敵はしていないようだが彼女のことだ、車窓を流れる美しい木組みの街並みに見惚れているということはあるまい。

プライベートジェットか。天々座烈八の好意で我々二人も東京まで同乗させてもらえるらしい。こちらの仕事の都合にも良いことだ。

だが、二の足を踏む自分がいることを自覚していた。蒼にとって久しぶりの空となるだろう。他人の手に操縦桿を委ねてただの積み荷となって空へ上がる。

せっかくだから自分の手で陸を離れたかった。もっとも車輌科の授業に出て今取得を進めている武偵免許も非常時に限定されており、事業用のソレとは制約面で大きく劣っている。たとえ取得が完了していても武偵の天羽蒼が空を飛べる状況というのは滅多にはなかった。

(やめだやめ)

所詮人間、いつかは地上に立つ時が来るのだ。

空港が見えて来た。

 

プライベートジェットだからといってすぐに飛行できるわけではない。飛行場や空港にもスケジュールがあり、管制塔の少ない人員が離発着をコントロールする。加えて民間の航空機は事前にフライトプランを提示して承認されていなければ滑走路に出ることも許されないのだ。

だが一行の要した待ち時間は30分もなかった。これは天々座烈八が交渉が終わる時間を読んでいたこと、そしてフライトプランを作成した機長らが優秀であることを示唆していた。

蒼は周囲に気を張りつつも目は窓の外の航空機群を追っていた。あまり見たことのなかった民間航空機への興味もあるが、大きく開けた窓は当然ながら狙撃には格好の射線を提供していた。

(双発が多いな。昔見たエルジアの空港では4発が多かったけれど)

話には聞いたことがある。個々のエンジンの高出力化と信頼性の向上で一機あたりに搭載されるエンジンの数は減ったという。当然、エンジンの数が多ければ部品点数が増えそれだけ整備の手間と費用が掛かる。利益のために飛行する民間航空機ならば無駄なロマンや信頼性よりもコスト削減にリソースを割り振るのはある種の必然だ。

ヘルベルトがラウンジの外の手洗いに出かけ、話相手のいなくなった天々座烈八は天羽蒼に話しかける。

「飛行機は珍しいか?」

「はい、いいえ。ただ見ているのハ好きです」

「見ているだけで満足そうには見えないが」

「ソウかもしれません」

この空港はこの国の空軍と共同利用されている。多少見えにくい位置にはあるが、そこには空軍のアラートハンガーがうかがえる。あいにく出撃命令は出ていないようで扉は閉ざされており中は見ることはできなかったが、蒼の頭の中にはこの国の迎撃戦闘機の配備状況もしっかり記述されていた。F-15J、この国のメーカーが独自に改良した制空戦闘専門のイーグルだ。搭載されるミサイルは同じく自国生産しているType-99とType-04の他にオーシア時代に自分も使ったことのあるAIM-9M(サイドワインダー)の何れかとなる。インターセプトならば使用する機材は比較的足の長いType-04とAIM-9Mの組み合わせだろう。

――などと瞬時に出てくるのはまあ、職業病だ。だがその感覚に今は少し酔ってしまえそうだ。なるほど確かにと、蒼は顔には出さなかったが烈八の問いに大きく頷きたい衝動にかられる。

(飢えているかもしれない)

今から急にこの場所が爆撃されて誰も乗り手のいないF-15やF-2がうまい具合に焼け残るような事態にならないだろうか。そうすれば爆撃機や護衛随伴機を一掃するくらいの協力はやぶさかでもないのだが。――なんて、あまりにも危険な妄想だ。それに仮に状況がその通りになったとして実際に行動に移すのはもはや自信過剰で前後不覚な大馬鹿だろう。

アルマ・クレイマンになりかけていた頭を今一度天羽蒼に戻すべく視線を窓から室内に戻す。そこには守るべき護衛対象と一時的に仕事を共にする仲間、武偵(レキ)がいる。懐にはジガナ――ああ、これはあんまり意味ないな。昔から持ってたし。

レキはヘッドフォンをして目を閉じている。一見しただけでは寝ているように見えるが、多分何等かの感覚で警戒しているはずだ。寝ているにしては圧があるし、ロボットと揶揄されるほど仕事に忠実な彼女がサボりなど考えられない。

(万が一に寝ていたとしても彼女の警戒能力は落ちないが)

夜中に腹が減ってこっそり部屋を出ようとしたことがあったのだが、リビングまで出たところで廊下にドラグノフを背負ったレキが立っていたのにようやく気が付いたなんてことがあった。フツーに恐怖現象だったが、とにかく睡眠中だろうが彼女の魔の手からは逃れられないということは判明した。

(何もなければけっこうかわいいんだがな)

「レキ」

呼びかけるとパチリと目を開け、ヘッドフォンを首に掛けた。

「ボーディングだ。行こう」

「わかりました」

ヘルベルトも戻ってきていた。

「いよいよレツの自慢の飛行機にご対面だな」

「見て驚けよ?」

「もう散々写真で見せられてるよ」

「そうだったか?」

「自分で送ったメールの内容忘れたのか?」

ボーディングまでの移動中、蒼とレキは警戒を怠ることはなかったが特に異常はなく天々座烈八の所有するプライベートジェットに辿り着いた。

「これが俺の新車だ。驚いたか!」

烈八が自慢気に指さす。彼のプライベートジェットはノースポイントの自動車会社が威信を掛けて開発した新進気鋭の機体だった。

鋭い刃物のような主翼には両側に2つずつの突き出した構造物がある。一つは翼端が上向きに折り曲げられたような形の大振りなウイングレット。これは定番の装備で、翼端に発生する乱流を押さえる役割を持つ。

特異なのはもう一つの構造物だ。翼の四分の一あたりのところから上向きに取り付けられたパイロンには一対のエンジンが装備されていた。これがこの飛行機の動力の全てである。この形状は燃費向上の効果の他に機内で感じる騒音を大きく低減するとされており、件の自動車メーカーが初めて開発し実装したものだった。

その謳い文句に嘘は無かったようで売れ行きはすこぶる順調らしい。

かなり有名な機種だったので蒼も写真を見たことはあったが、実物を見るのは初めてだった。

「じゃあ、乗りましょう」

「おいおい感想の一つもナシか?」

「いや、いい機体だと思うよ。本当にいい飛行機だ」

一応、天羽から先に機内に乗り込んでそのあとにヘルベルト、天々座烈八、レキと続く。

機体の定員は乗員2名と乗客5名となっていて、机を挟んで向かい合う席が通路を挟んで一対配置されている。そして操縦席のすぐ後ろに通路側を向いた形の座席が配置されているが、これは予備に近い。

コクピットには既に機長が座って離陸の準備をしていた。蒼は彼についても注意深く観察し、その相手が気が付いたので軽く会釈する。機長の膝にプリフライト・チェックリストが開かれていた。

機内に異常はなし。最後に機内に入ったレキもそれを確認し蒼と状況を共有する。ただ

、蒼はレキが普段以上に警戒しているというか、殺気立っていると思った。閉所に入ることとで自分の不利な状況になるのを警戒しているのか?

烈八とヘルベルト、蒼とレキの組み合わせでそれぞれに向かい合うかたちで着席。

ベルト着用サインが点灯する。

レキはヘッドホンを外して目を伏せる。まるであらゆる音をよく聞こうとしているようだった。機長と管制塔の会話、アイドリングから徐々に唸りを強くするエンジンの音、翼の中で油圧システムが駆動する音や大気と衝突して軋む僅かな音。一度火の入った航空機というのは小さな音の不協和音が絶えない。蒼にとっては街の雑踏と同レベルに聞きなれたそれらだが、彼女には何か意味があるのだろうかと暫く思案しやがて一つの仮説を思いついた。

レキは恐らく航空機に乗ったことはほとんどない。彼女の耳は超人的な分解能で多くの音を聴きとっているだろうが、それらが通常のものなのか異常なのかは判断のしようがないのだ。有体に言えば、フライトそのものに漠然とした不安か恐怖を感じているのかもしれない。

「レキ?」

対面の席の蒼が声をかけると、はっとして顔を上げる。だがすぐに元の姿勢に戻り音に集中する様子だ。

「・・・なんでもありません」

らちが明かない。このまま対面で緊張されるのも面倒なので肘掛けを叩いてまず文面を考えてから視線を自分に誘導する。

(現状問題ハない。大丈夫)

とはいえ、だ。

蒼は自分で言うほど問題がないとは思ってなかった。シートから伝わってくる振動、音。それらはパイロットの体を通して勝手に情報となって頭の中に浮かび上がってくる。もちろん初めて乗る機体なので確実とは言い難いが、離陸滑走中にエンジンの異常振動も翼端失速もすることはとうとうなかった。もちろんフラップもしっかり降りている。そして翼面荷重を感じさせない身軽さでふわりと持ち上がった。

すぐに指定高度に到達し、水平飛行に移るとベルトの着用サインが消灯。

武偵二人の緊張を他所に、烈八とヘルベルトは親し気な会話を続けている。

「で、この間娘がようやく高校に入学してだな・・・」

「理世ちゃん進学したんだ。君のことだからてっきり軍学校にでも入れるものかと」

対面で座っていた烈八とヘルベルトはずっと思い出話とも嫌味ともつかない会話をしている。否、終始ヘルベルトが烈八を質問責めにしているというのが正しいか。

「お前オレを馬鹿にしすぎだろう」

「そうかな。相変わらず彼女にモデルガンも実銃も構わず触らせてるんだろう」

「好きなものを合法の範囲内で好きにさせて何が悪い」

「教育上よろしくない」

「俺の娘だお前がとやかく言うことじゃねーだろ」

「心配するのも勝手だ。まったくタカヒロのヤツが近くに住んでるから平気かと思えば・・・後で苦労するのは理世ちゃん本人なんだよ?」

「ちゃんとウチの娘はかわいい。クソ、どうせなら会わせてやるんだった」

「会わなくても散々写真送られてくるからわかってるっての」

「アアン?写真見た程度でウチの娘の可愛さ語ってんじゃねえよ」

「面倒くさいなあコイツ・・・そういやタカヒロのやつは元気してんの?親父さんのお店継いだって聞いてるけど」

「それこそお前、メールとかで状況知ってんだろ?」

「アイツは写真の一つも送って来ないんだよ」

「・・・あー、まあ変わらんよ。たまに呑みに行っているが経営も安定しているらしい。そんなことより、だ」

「おいおい仮にも親友の話をそんなこと扱いは――」

「オマエ、なにかあったか」

客室の空気が変わった。

レキが足元に置いたドラグノフのケースに、蒼はショルダーホルスターに手を掛ける。

烈八はそれを手で制しながらも厳しい視線をヘルベルトに投げ続けた。

「ないよ」

「そんなわけあるか。タカヒロをダシにして話を作ってんじゃねえよ。自分の娘の自慢はどうした」

「元気にしてるよ」

「そんなことを聞いてんじゃねぇよ。お前は、お前が一番親バカだったろうが。俺とタカヒロの奴が娘の話をしても二言目にはいや俺の娘の方がかわいいだっただろうが!」

「――――、」

「何があった。オマエ、こんなに痩せやがって」

「仕事の、話をしようか。天々座烈八顧問」

「なに?」

「昼間の交渉の続きさ。NOAGは何としてもM&Cと契約を行い商品を売りたい。今すぐにでも」

どこか投げやりに、吐き捨てるようなヘルベルトの言葉が続く。

「今、僕の体には高感染性のウイルスが潜伏している。間もなく発症するこれは12時間で僕を殺す。そして発症者から空気感染で伝播されるから、レツ。君たちも1日とせず死ぬだろう。致死率は100%らしい」

ゾクリとした。蒼にとってそのウイルスの効能、いや性能にはあまりに聞き覚えがあった。以前に師匠に聞いた話では過去に何度かテロに用いられたそれはウーアウイルスという。

「NOAGは、ノースオーシアアグリカルチャーグループはレツの想像以上に状況が悪い。GRとの連携は全て半月前に終わった。高コスト体質だった社の体力は既にクリティカルなレベルまで低下しているし、国内マーケットだけではGRを失った社の受け皿として十分じゃない。僕の上の老人たちは無理やりにでも国外に新しいマーケットを開拓しようと必死なのさ。連邦倒産法はもう目の前に迫っている」

だから、ヘルベルトが今回使用されたのか。天々座烈八と深い親交を持つ彼であれば必ずスキが生まれウイルスを感染させられるチャンスがあるだろうと。

「だけど僕では君にウイルスを打つことなんて出来ない。だから僕は自分がこの閉鎖空間で発症することにした」

「―――確かにそれが確実な手だろう。だが何故そこまで、いや」

「僕の妻子は今はNOAG傘下の保養施設にいるらしい。彼女たちは何も知らない」

「お前はそれでいいのか。二度と家族に会えなくなるぞ」

「もう賽は投げられたよ」

「・・・そうか」

ヘルベルトが急に咳こむ。口元を押さえた手には生暖かい血がべっとりとついた。明らかに体に異常が出ている証拠。

「発症したみたいだ」

そして理屈の上では機内の全員が感染したことになる。

「―――俺が、M&Cが条件をのむとしてだ。そのあとはどうなるんだ」

「ゲホッ・・・死亡までには12時間猶予がある。契約が成立して文書化された場合、ワクチンが空港に到着して機内まで運び込まれる」

「不成立の場合は」

「まず僕が死に、つぎに妻子が殺されるだろう」

「・・・わかった。契約書を――

出してくれ、と烈八が続ける前に蒼とレキはほぼ同時に新しい異常を感知した。

「敵です」

「ああ」

二人は窓に近づき、後方と前方を見張った。向こう側の存在にレキは辛うじて見覚えがあった。

「UAV・・・?」

「MQ-99。エルジア製のコンテナ発射型UAVだ」

蒼が言ったとおり、それは先年の戦争の引き金としてエルジアが用いたものと同じものだ。当時は何度もニュース映像に流れていたのでレキも覚えていた。

3機が海岸線の方に飛んでいく。1機だけが残ってこのプライベートジェットの後ろに追随する。

「インターセプトされました」

レキが言ったが、多分それだけじゃない。

「機長、地上とコンタクトできますか?」

すぐに返事は帰ってきた。

「だめですね。全部の回線に酷いノイズが入っています」

つまりこれは電子戦攻撃。いや単純に大出力妨害電波を垂れ流すだけの通信遮断か。UAVでもAIによる自律制御機だからこその荒業だが民間機ではどうしようもない。

「機長、今どの辺です?」

「東京上空です」

落とされたら大惨事だな。だがなぜこの国に、このタイミングでUAVが展開している?

「全部こっちを追っているのか?」

烈八が窓の外を見ながら聞く。流石元軍人なだけあって落ち着いている。ヘルベルトにしても特別うろたえている様子はないがこの状況は想定外ではあるらしい。烈八と同じように外を気にしている。

「いいえ、エンジン音は1基だけです」

レキの言う通り、1機だけが電子戦でこのプライベートジェットを孤立させていて、恐らく他の機体は洋上に出てインタセプターを引きつける役割だろう。

後ろの機体は一向に撃ってくる気配はない。つまりこの機体の撃墜が目的ではなくただ孤立させること。あるいは特定の場所に落としたいのか。

(いや、その場合は先導するためにもう一機が前にいなければならない。そうでなければ向かう先を指定することなんて――)

「とりあえず皆サン、シートベルトを。機長は他のトラフィックに注意して厚木に向かってください。上手クすれば基地のレーダーがこっちを捉えてくれル」

そうすれば通信ができなくても見つけてはくれるだろう。

と、説明しきる前に機長はラダーを踏み込んで旋回を始めてくれた。

(・・・ん?どこまで旋回するんだ?)

何かひっかかる。だが疑問が解決する前にレキが構えたドラグノフの銃口が鼻先を通り過ぎた。うおっという声が出なかったのがちょっと奇跡だ。

そんなことより、銃口は機長の頭に向いている。

「レキ!?」

「君、何をしているんだ!」

「今、私たちを追跡しているUAVの目的は二つ考えらえれます。一つは我々を空中で孤立させること。もう一つが孤立させた上で特定の場所に向かわせること」

ジャキンと、コッキングの音が狭い機内に響く。

「そして、後者の場合にはあなたの協力がなければ望んだ場所に向かわせることはできない」

「だが、それはあくまで可能性だろう!?」

烈八がレキの銃口を降ろさせようとシートベルトに手をかけるが、俺の方は今更頭の中のひっかかりが外れたところだ。クライアントにはもう少し英雄的行動を待っていただこう。

「彼は躊躇なく旋回しました。後ろのUAVから撃たれていたかもしれないのに」

そう、それもひとつ。もう一つはFMSを見向きもせずに旋回を始めたことだ。戦闘機なら当然のありうる操作だが旅客機ではそうはいかない。しかも厚木に向かうよう指示したが彼はその方位を確認することさえなかった。

「目的の場所に墜とす・・・そうか。今のこの機体は生物兵器なのか。僕が言うことじゃないけど」

ヘルベルトが言ったことが恐らく目的の全てだろう。彼は、というか恐らく俺以外は知らないだろうが、ウーアウイルスというのはそれくらいの威力と政治的インパクトがある。

「・・・チッ」

返答は舌打ちと急激な旋回だった。

天地がぐるりと回転する。思い切りロールさせてシートに座っていないレキを振り回す気だ。

銃声。

鈍い衝突音。

過負荷に軋む翼。

座席から身を乗り出して投げ出されたレキの体を受け止めようとしたが、少なからず間に合わなかった。頭と壁の間に腕を入れることはできたのが幸いか。

「弾は!?」

振り返った先で機長がぐったりしている。あの回転のなかで中てたらしい。だが機長の力の抜けた体がどこかマズいところを押しているみたいで落下は続いている。

「Shit!」

機内は一時的に重力がなくなっていた。自分のシートベルトを外してレキと座席を代わる。いや代わろうとしたが思った以上に体が浮きあがったのでそうはいかなくなった。今高度はどのくらいだ?風切り音がどんどん高くなっている。時間的猶予はないものと思った方がいい。まだ姿勢は垂直ではないが機体性能によってはどうにもならなくなる。

後ろの席でモタモタしているわけにはいかないので座席を蹴って体を前に飛ばす。色々な場所に体をぶつけたがなんとか辿り着いた。成り行きで小脇に抱えていたレキを素早く副操縦士席に押し込んでぐったりしてる機長を座席ごと後ろにずらす。コロンと機長の手から転がり落ちた艶消しのデリンジャーを見て嫌な気分になったが、さておきこの仕事はむしろ重力が味方してくれて上手くいった。機長がどいたところでとりあえず機体を持ち上げるために舵輪を引く。メインディスプレイに移る電子水平儀が緩やかに回転する。驚くことに-40度近くまで落ちていた。更にロール方向にも傾いているので回復操作は面倒になる。体を固定していないので片手をグレアシールドに預け、両足はラダーが収まっている枠でつっぱるような状態だった。

もう都心のビルの窓枠が判別できる距離まで迫っていたが、鉄骨構造物と熱い抱擁を交わすギリギリに離脱することができた。このまま上昇に転じようと思ったが、その前に手の中の舵輪が振動を始めた。

(クソ、スティックシェイカー!)

慌てるな、落ち着け。思わず戦闘機の感覚で機首上げを行ったが急すぎた。だが高度的にあまり下を向くわけにはいかない。スロットルには・・・幸いにも余裕があった。角度を緩めてフルパワーで回せばいけるか。

対気速度計の数値が回復していく。スティックシェイカーも停止。だがまだ安全になってはいない。

「レキ、レキ!」

「っ・・・う・・・状況は?」

よかった。起きてくれた。

「後方にUAV。俺の座席から機長どけて別の席ニ固定を」

「わかりました」

彼女がすぐに立ち上がろうとしたので慌てて止める。今はまずい。可能な限り回避運動を取る必要のないタイミングを作って直進水平飛行しなければ危険すぎる。

(そのためには――、)

ここだ、このビルの隙間。上から見たときここの先に長い直線の主幹道路が見えた。一度無理な機動でその区間に入ってしまえば後ろのUAVが追い付くまで多少の時間を稼げる。

「今だ、頼む」

手を後ろに回して機長のシートベルトを外す。レキは思いのほか素早く動いて機長をコックピット裏の横向きシートに移動してくれた。以外と力があると思ったが、そういえばドラグノフを日常的に担いで回っているので当たり前といえば当たり前だ。彼女も立派な武偵なのだし。

「レキすぐに戻ってきて。こっチでシートベルトを。ミなさんも体を固定してくださイ」

「とっくに固定しとるわ!無茶するなよお前ら!?」

「失礼」

怒られた。自分も今のうちに座席に座りなおして5点シートベルトを着用する。旅客機にミラーはないが、ここならUAVを視認する方法がある。ビルの窓に反射する影だ。旋回して後ろに付かれるタイミングで必ず箱型のシルエットが見えるはずだ。周囲の建物の窓を割らないよう速度はかなり抑えなければならないので回避運動の余裕はほとんどないが。

レキはかなり余裕を持って戻ってきてくれた。彼女にも5点支持のベルトをしてもらう。

「機長死んデないよね?」

「撃ったのは麻酔武偵弾です」

なんと高価なものを持っているのか。

「あなたこそ、操縦大丈夫ですか?」

「ン、まあ」

正直最初は焦ったがもうこの機体の運動特性と加速性能はだいたい把握した。今も燃料系やらFMSやら一時レーダー切り替え操作やらを確認している最中だが、今のところ問題はない。警告灯も地上接近警報だけだから特別に不味いことにはなってないようだ。

「可能な限り外の監視を頼む」

いつまでたっても後ろにUAVが現れない。だがジャミングは続いているので振り切ったわけではないらしい。こちらの低空飛行に付き合わずに上空に留まっているのだろう。そしてこういう場合は別の手段がやってくるものなのだ。

ほら、代わりに恐らく別個体のUAVが現れた。

ここでミサイルを撃たれるのは地上に被害が出るので上空に向かうしかない。

いいだろう。

ペイバックタイムだ。

 

射撃と同時にやってきた衝撃による気絶から回復したとき、私は飛行機の操縦席にいた。

見たこともないスイッチと液晶とハンドルの塊が目の前で蠢いている。

率直に意味がわからなかった。

幸い、やるべきこととその優先度は目に見える形で表れていたのですぐに行動することができた。だが自分で眠らせた機長を別の席に固定して戻ってきたところで今操縦桿を握っている男について疑問に思った。

情報では彼は確かに車輌科の航空機操縦課程に通っている。だが今飛んでいる場所は何もない空ではなくビルとビルの間だ。しかも状況から推測できるがこの飛行機が回転して私が床から投げ出された後に立て直したのは彼のはず。腰を落ち着かせた彼は危なげなく飛行機をコントロールできているように見える。

鈍痛の残る頭でそれ以上を考える余裕は彼女に与えられなかった。

(音・・・地上構造物に反響して聞こえてくるこれはさっきと同じ)

UAVがさらに接近していた。だが先ほどのように距離を保とうとするような感じではない。

「来ます」

言われるまま5点のシートベルトを止めながら隣の武偵に報告すると、彼は小さく首を縦に振る。それだけの反応しかしなかった。

彼の手により飛行機は唸りを上げて上昇を開始した。

(っ・・・)

今までに感じたことのない無遠慮な加速度が体を押しつぶしにくる。重力がいきなり何倍にもなったようだ。負荷として耐えられないものではないけれど――、

キャノピーの外、ギラリと光る太陽の中に黒点を見た。目端ではあっという間に東京の都市が落ちていく。それら景色が全て青い空に移り変わったところでもう一度天地が入れ変わった。

ぐるりぐるり。

重力が失われ、逆転する。内蔵が体の中で持ち上がった。

気が付いた時には再び高所から都市を見下ろしていた。そのコンクリートの森から二つの影が上ってくる。それは数を増やし4つになった。

ちがう。

2発の空対空ミサイル。UAV、敵。それが正面から突撃してくるのだ。非武装のこの飛行機に。

ひっ、と小さな悲鳴が聞こえた。

それが後ろの座席の誰かだったか、あるいは自分のものだったかはわからなかったが、機長席の武偵のものではないことだけ認識した。

男はどちらかというと笑っていた。レキにはそう見えた。

唸り声をあげていたエンジンが急に静かになる。

加速の力がなくなり翼は糸の切れた凧のように落ちていく。

ミサイルが目前に迫る。

フラフラと機体が地上と敵に腹を向けた。

衝撃は来ない。窓の外をミサイルが流れていった。

「Confirm those MQ-99...with emblem of Elsia as bandits, Intercept mission start.」

レキは隣の男が何をしたのか辛うじて想像することができた。

ミサイル等の一般的な電子式の誘導兵器は対象を識別するのに熱源を探知する。具体的には熱源の発する赤外線とカメラ映像の画像認識の併用だが、とにかく今大事なのは熱だ。地上側にいたUAVがこちらの航空機を空に見るとき、最も熱を放射しているのはレキたちの乗るプライベートジェットに搭載される二発のエンジンではない。そのさらに後方1億5千kmにある太陽だ。つまりUAVとミサイルのセンサージンバルから見上げた二次平面上で太陽を横切り、影から出るタイミングでスロットルを限界まで絞り発生する赤外線量を減らすことで探査目標を太陽に擦り付けることができる。

最接近の時に地上に腹を向けたのにも意味がある。ミサイルが機体の至近を通過する時間が十分であれば磁気探知による近接信管が発動する可能性があった。

頭の鈍痛はいつの間にか収まっている。今更ながらに璃々色金の警告が聞こえてくるが、それはレキにとってもう周回遅れの情報に過ぎず、せいぜいが目覚まし時計の音くらいの意味しか持たなくなっていた。

隣の席で操縦桿を握る存在はインターセプトを始めようとしている。この完全非武装のただのプライベートジェットで。

可能なわけがないと頭は理解していた。この男の無謀を今すぐ止めなければ巻き添えになって死ぬだろう。

レキの中で理性の警告と感情の期待がせめぎ合うが、彼女が何かをする前に状況は推移する。

エンジンが甲高い雄たけびを上げる。緩やかな孤を描いてプライベートジェットはほぼ水平に旋回しながら際限のない加速を開始。情報を欲しがって彷徨う目が目の前に置かれていた電子スクリーンに映る小さな数字が跳ね上がってくのを見つけ、その表示がスピードを指しているのだろうと想像した。

「全員、口を閉ジて」

全くもって今更な天羽の忠告がエンジンの騒音と風の音でうるさいはずの機内に嫌によく響いた。その意味するところをレキは目の当たりにすることになる。彼女のよく視える眼には機体が突っ込む先の空間に二つの陽光を反射する物体をみつけた。UAV。今度はあれに突っ込んでやるつもりなのだ。

ほらみろ特攻してしまうぞ、と神は喚いた。

誰かがその神に、黙って見ていろと言い返した。

どちらにせよ自分にできることなどない。みるみるうちに彼我の距離は縮まっていき、0になった瞬間、彼女たちの乗るプライベートジェットは大きく揺れた。

ぶつかる瞬間、目を閉じなかったのは奇跡に近い。天羽の操縦は2機のUAVの飛ぶその間を正確に照準していた。

速度が落ちて一転、体に負担のない緩い旋回。キャノピーのガラスの向こう、そのパイロットの頭越しにUAVが堕ちていくのが見えた。

これが結果。

それぞれ右と左の主翼を切り裂かれて制御を失い黒煙と共に落下していく。己の視力を疑ったが、それらは幻想ではなかった。

レキは己の勘違いを理解した。

彼を地上でいくら監視したところで意味があるはずもなかったのだ。そしてどうして自分に監視の依頼が出されたのかも。Bランクなど嘘だ。武偵など嘘だ。

ソレは空中戦闘における絶対捕食者だった。




一万字を超えたのは初めてかもしれないです。

また、某プライベートジェットの運動性能についてはかなりご都合主義に走っておりますのでお試しにならないようお願いいたします。


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緩い旋回の中、蒼はキャノピー越しに堕ちていくUAVたちを確認する。戦果確認の意味もあるが都市部での撃墜だったので二次被害を気にしてのことだった。

(一応、ひらけたところに落ちそうだ)

次いで軽く翼をふって主翼の追随性を手で感じる。ウィングレットでUAVの主翼を切断してみたのだが、思った以上に上手くいったらしい。異常振動もないのでこの機体の翼端が大きく破損した様子もない。

ウィングレットというものは当然ながら武装ではなく主翼の先端から発生する渦が安定飛行に及ぼす影響を最小限にするためのエアロパーツなのだが、残念ながら蒼のやったことは前例がないわけでもない。いま蒼たちが乗るものとは別の型だが、プライベートジェットが同高度を逆走してくる大型旅客機と接触して偶発的にウイングレットで主翼を切断してしまった事故があった。蒼はこれを再現したというわけだ。正直なところ先例と同じくウィングレットの脱落は覚悟していたのだが相手の質量が小さかったのが功を奏したらしい。

さて、こちらを追ってきた2機のUAVは撃墜したがまだ戦域には3機以上のそれらが残っている。まだ終わりじゃない。まだ上空にいてジャミングを垂れ流しているやつは恐らくペイロードをジャミング装置に食われて武装はしていない可能性が高いが、注意をしないわけにはいかない。加えて洋上に出た他のUAVもいる。この国の迎撃戦闘機の目を引きつける目的だろうが、向こうで勝負がついたらまた状況が変わるだろう。

だが、蒼の予想はある意味外れた。

超長距離から飛来したミサイルが上空でジャミングを行っていたMQ-99を撃墜したのだ。遅れて復活した通信に連絡が入る。無線機を操作しながら窓の外を見ると、遠目だが見慣れたシルエットの単発機が上空に現れていた。F-16にしては撃ったミサイルの射程が長い。この国で開発されたF-2の方だろう。

『戦闘空域を飛行中の小型民間航空機に次ぐ。こちらはノースポイント連合空軍所属機である、ただちに応答されたし。しからざれば撃墜する』

「To Northpoint Joint Air Force Fighter F-2. This is Private Jet of M&C. I request approach to Haneda Airport. 」

『You are not allowed to heading to Haneda Airport』

「what?」

『Follow me to Atsugi Airbase or shootdown.』

「…We have sudden illnesses on. Atsugi is unacceptable」

『”The Vaccine” is available at our base. This is last announcement for you』

取りつく島もないとはこのことだ。

「okay. I follow you to Atsugi」

速度を落とし、こちらの前に出たF-2の後ろをキープするように舵を切る。続いて斜め後方にも挟み込むようにもう一機。

しかしワクチンときたか。何故かは知らないがこちらの事情は把握しているらしい。従わなければ即撃墜などと言うあたりウイルスがウーアであることも承知している対応に思えるし、ワクチンをどうにか手に入れる手段を模索しなければならなかったので用意があるというのであれば甘んじるしかないだろう。

前を跳ぶF-2は一発消費しただろうType-04の他に対艦ミサイルも搭載していた。こちらが強引にでも羽田に向かおうとした場合には追い回して海上に出たところであの対艦ミサイルを撃ち込み跡形もなく焼却処分する算段だったのが伺える。

「厚木基地に向かうんですか」

マイクを押さえつつの隣の席からの問いに蒼は頷いた。彼女にも通信は聞こえていたはずなので、この質問は俺の意向を確認するものだろう。

「仮に基地で薬を手に入れられるとして、なぜ彼等がヘルベルト氏の持ち込んだウイルスの正体を知っているかが疑問です」

そうだ。おかしいと思った。ウーアウイルスの情報は国家機密に等しい。それを短時間に手に入れたとは考え辛いし、逆に知っていたのであればこの機が離陸する前にヘルベルトを確保すればよかったはずだ。それにワクチン――抗ウイルス剤を本当に用意できているのなら用意が良すぎる。

「まだ疑問はあります。ヘルベルト氏の思惑は明らかですが、それを利用した形になる機長とUAVがウイルステロを目論んだ目的、立場。そして――」

途中から撃墜に切り替えたUAVたちの動き、そもそものウーアの出どころ。他には・・・

「あなたの正体です」

「先祖がサムライだったンだ」

そうですかと面白くない返事が返ってくるが、彼女がドラグノフや他のサブアームに手をかける様子はない。とりあえず着陸まではそうしてくれるとありがたいが。

後ろの烈八やヘルベルト、機長は無事だろうか。容赦なく機動させたからこの機体の負荷も怖いが彼等の安否も気になる。

「全員無事です。呼吸音を確認できます。あなたは操縦に集中を」

生存報告は助かった。蒼にしてもランディングまでの短い時間に最低限ギアダウンの操作とスラストリバーサーの操作、ILSの入力方法など念のために確認しておくべき事柄は多い。

ぐー、

不意に腹を鳴らしてしまった蒼にレキが銀色の包装を突き出す。

「どうぞ」

「Thanks」

舵輪から片手を離して受け取り、口をつかって包装を破る。バターの匂い、カロリーメイトか。見ればレキも同じものを齧っている。このあと厚木についてから平穏無事とは限らないので今のうちに栄養補給をしておくべきと思っているのだろう。

「着陸後は――」

カロリーメイトの袋を畳んで箱に戻しながらレキが続ける。

「基地の部隊にどう対応しますか」

「基本的には従ウほかナいと思う」

軍のこの行為は事情を知った上での介入行動かもしれない。ただ単にウイルスの情報を掴み、拡散を防ぐ目的で動いた可能性もあるが、この事件には既にいくつもの組織がかかわっているので今更日本政府や連合空軍がそこに加わっても何の不思議もありはしない。

蒼は機を降りてまず相手がウイルスの正体を認識しているかを確かめるつもりでいた。だが、恐らく確実に知っているだろうという予感があった。いい加減に高度も落としてきているのだが地上とF-2のどちらからも着陸支援が必要かと問うてこないのだ。つまりノースポイント連合空軍は機内の誰かが航空機の運用に熟達した人物だと知っているか、知っている存在から助言を得ている。

厚木基地が見えた。

F-2は2機とも上空に留まり、自分たちだけが先に滑走路に下りる。

タッチダウン。リバーサー起動、パワーをマックスへ。

厚木には輸送機も降りるので滑走路の長さは十分。管制官からエプロンを通り基地のはずれにある航空機格納庫に向かうよう指示が下る。言われたとおりに機を鉄の檻に滑り込ませると各所がビニール素材で目張りされているのが見て取れる。空気感染の恐れをできるだけここに絞るための細工だろう。

「厚木か」

後方の席から声がかかる。烈八だ。アプローチか滑走路のどこかで見覚えのある景色を確認できたらしい。

『エンジンを停止せよ』

「エンジンを停止、了解」

慣れない機体のインターフェイスだが、まあタービンエンジンのシャットアウトなど大抵は手順に変わりはない。もう空を飛んでいるわけでもなし、余裕をもってダッシュボードにあった手順書と照らし合わせて停止操作を行う。やがて低く唸っていたエンジンが回転数を落とし止まった。エンジン音に慣れていた耳がことさらに静寂を拾う。

だがその静けさも長くは続かなかった。固いアスファルトを蹴る軍靴の音が複数。そして今しがたプライベートジェットでくぐった扉が閉じられる。一瞬だけあたりが暗くなったがバチンと天井灯が点灯して昼間とかわらない明るさに戻った。

「10人です」

「ああ」

窓の外にいるのは白い化学防護服を着用した兵士たち。殆どがガスタンクのようなものを背負い、それに繋がった掃除機の柄のようなものを手にしている。除染装備だ。

他、目立つ二名のうち一人がジェラルミンケースを手にしている。

防護服の頭についている窓から見える顔には覚えがあった。

(大沢賢治・・・!)

なるほど確かに、彼ならば確実にウーアを殺しうるだろう。

ウーアウイルスを斃しうる抗ウイルス剤の開発者だ。大越製薬からは引退していたと聞いたが、政府の意向で三度にわたって現場に復帰したらしい。

扉を開放するよう指示される。止める間もなくプライベートジェットの扉を開けたのは烈八だった。

「お久しぶりです、天々座少将。防護服越しで失礼します」

「今は予備役だぞ中尉」

タラップの前に立つ軍人が敬礼で迎え、烈八が同じ所作で返す。

「ウイルスを中和する薬は確保しています」

「5人分必要だが、十分か」

「もちろんですサー、我々はあなたへの恩を忘れません。大沢さん、お願いします」

「ああ」

大沢が抱えていたジェラルミンケースを開放する。

「この場で摂取してもらえれば全員が問題ないはずだ。衣服に付着した可能性のあるウイルスを除去するために着替えてはもらうが」

「着替えはこちらに。軍服で恐縮ですが」

レキが蒼に目線で問うが、この段階になって蒼に否はなかった。目の前にいるのは正解最高峰のウーア対策スペシャリストだ。又聞きの知識程度しかない蒼などよりよほど確度の高い検疫を可能とするだろう。

「機長については――」

「ご心配なく。航空法違反、テロ等準備罪など複数の罪状にて逮捕状が出ておりますので検疫の後に直接警察に引き渡します」

「了解シました」

 

抗ウイルス剤の摂取は滞りなく完了し、レキ達は厚木基地の一室を借りて待機していた。機長は別室で拘束監視されている。

天羽蒼も今は別室だった。緊急避難とはいえ無断で航空機を操縦したことになるので、詳細な事情聴取と簡易な正当性評価を行う必要があるらしい。

そんなものは建前だ。

ノースポイント連合空軍の基地でありながら、蒼が連れてこられた部屋の中にその軍服に袖を通した人物などただの一人もいなかった。

代わりに待ち受けていたのは黒いスーツにサングラスの不審者もどき。その男は蒼の顔を見るなり久しぶりだなと言った。残念ながら蒼に覚えはない。

「本当にそうか?私は以前君に殴り飛ばされたわけだが――まあいい。私はOIAからのメッセンジャーだよ、アルマ・クレイマン元大尉」

英語で語りつつ、男はサングラスを外してニタリと笑ってみせた。

「・・・ラングレー」

「そう、そのOIAだ。私の名はサミュエル・ドレットノート。最もこれは偽名で、今後君と接触し連絡する人間の多くはこの名を使うだろう」

OIAとはオーシア中央情報局のこと。かつて潜水艦アリコーンによる首都攻撃を阻止したときに協力したデイビット・ノース分析官もその先進兵器戦略戦術分析部に籍を置いていたはずだ。そして思い出した。この男はあの軍法会議とは名ばかりの処刑場から脱出する時に殴り飛ばした記憶がある。その時は空軍将校の恰好をしていたが中身はOIAだったか。

「何の用だ」

「用ね。たくさんあるさ!君は軍法会議から脱走して国外まで逃亡した元大統領暗殺その他の重罪人だし私的にも殴られた恨みというものがある。だがまあ、それらは今は忘れよう。君の所在と処遇は大いに我々の関心ごとであるが、それだけで私はこんな島くんだりまで来たりはしないさ」

「ウーアウイルス、というものがある。君がついさっきケンジ・オオサワの手によりワクチン接種したそれだ。知っているかもしれないが大変危険なウイルスなので回収と事件の収束のためにここに来たわけだ。全くNOAGも面倒な仕事を作ってくれたものだが――そしたらどうだい?なんと事件の中心に現在のところ我が国最大の汚点たる逃亡兵が関わっているじゃあないか!知らない顔でもなし、後処理のついでにちょっとご挨拶というわけだよ」

「だったらもう挨拶は済んだだろう。殴って悪かったどうぞお元気で」

「馬鹿だなあ君は。判決を忘れたかい?逃すはずないだろ」

じゃあさっさと要件を言え。

「怖い怖い、睨むなよ元大尉。私はさっきも言ったとおりメッセンジャーだ。うちの上層部は君との追いかけっこに飽きたので終わらせることにした。――こらこら話は最後まで聞きたまえ?よしよし、では続きだ。面倒を終わらせることにした上層部は君の自由意志を尊重してここに縛り付けられてもらうことにした。もう追わないから逃げてくれるなよって、まあ平和協定だね。監視はつくしノースポイントから国外への移動も認められない。ついでにちょっとこっちの仕事を手伝ってもらうことになるかもしれないが――、この話を受けるのなら代わりに一つだけ君の望みを聞いてあげよう」

「俺が受けた最後の軍法会議、あれを無かったことにしろ」

「残念ながらそれは無理だ。空軍の専権事項だからね」

そうだろうさ。この男にそんな権限はないし、そもそもこれは尋問であって俺が自由に望みを言える都合のいいものじゃない。恩を押し売りして俺を縛るための問答だ。

「ヘルベルト・フラウドの家族の安全の保障」

「オッケー、やっておくよー。しかし君も人がいいね。先の大戦で概算でも2万人は殺しているくせに」

くそったれが。

「一つ聞いてもいいか」

「フラウドの家族の件はキャンセルか?」

「サービスしてくれれば歯の詰め物は増やさないでおいてやる」

「怖い怖い、まあいいだろう。子供の駄々にはある程度答えるのが大人だ」

「なぜここで俺を拘束しない」

「言っただろう?上の意向だよ・・・ああ、睨むな睨むな。要するにOIAと政府のどっちも君を使い道と殺し方を決めかねていて、どっちの意見も譲らないものだからとりあえずお互いにぶっ殺し合うことにならないようにしたんだよ」

「誰が」

「誰かだろうね。バランサーがいるのは間違いないけど私じゃないし顔見知りとも限らない」

―――、

「まったく大した身分じゃないか」

本当に、わけが分からん。

 

 

あの事件の顛末はこうだ。

機長は逮捕、ヘルベルトは重要参考人として身柄を保護。俺と雑談したエージェントがそのままオーシア連邦内の警察を動かしてフラウド一家の安全を確保。これはまあ事前に準備していたのだろう。NOAGにも捜査の手が入ることだろう。

UAVは自由エルジア戦線の過激派(残党ともいう)の仕業であり、港湾でコンテナを摘発されたところを強行発進させたものを空軍が制圧したと報道されている。事実については全員が箝口令を敷かれた。

俺とレキは天々座烈八を東京のM&C本社に送り届け任務を完了。武偵高に戻った。

「・・一連の事件の影響によりNOAGは債務不履行に陥ると予想され、オーレッド市場の冷え込みにさらなる影響を与える見込みです。続いては今日未明に発生したトラック4台の関わる事故についての――」

朝食をとりながらニュースを流し見する。この空間はとても平和だがどこかにOIAの目があるのだろうか。あるいは今頃は海を挟んだ向こう側の大陸で誰かが俺の生死を判断した頃合いかもしれない。

いっそもう一度国外逃亡を図ってどこかの国の空軍にでも潜り込んでみた方がマシな気がしていた。人質がいなければの話だが。フラウド一家の身柄を確保したのはOIAだし、オーシア空軍には何人も戦友がいる。OIAにさえも。デイビット・ノース分析官とは短い付き合いだったが戦友と言って余りある活躍で俺たちの部隊を支えてくれた。

きっとこの国のこの高校の人々にも迷惑をかけることになるだろう。

(失うものが多すぎる・・・いつの間に)

空を飛んでいたはずなのに煩わしい足枷が増えて、今度は空が遠のいていく。昔はこうではなかった。地上を離れ飛翔する手段を得たというのに。

「もうすぐバスの時間だな。行くぞアオ」

「ああ」

武偵高に戻ったときに聞いた話はやはりUAVの件だけだった。電子戦装備か対空装備の確保に教務科が動き出したという噂も聞いたが流石にガセだろう。武偵は軍隊ではないのだから配備予算が足りないし通らないはずだ。

(益体もないな)

もはやこの高校に通う意味などなくなってるように思えてきた。実際、見つけられてしまった以上第一目的の身元洗浄は不可能になった。

昼休みになって自然と足が校舎の外へ向く。校庭を抜け、フロートと本土をつなぐ橋を渡り―――。

UAVの残骸がこの町に降って3日とたっていないということもあり街道には警官が点々と立っていた。何人かはこちらに視線を投げてくるが特に声を掛けられることもない。武偵高の制服ゆえだろうか。

ふとしたタイミングで視線を感じ、すぐにその持ち主を見つける。知らない人間だが想像はつく。電柱の影、通行人、電気屋の前のチラシ配り・・・。ひとり見つけてからは芋ずる式にずるずると、OIAのエージェントはまったく大した腕だ。

自販機でコーヒーを買い、それを片手に路地裏へと入る。追いかけてくる気配。細い道を右へ左へと蛇行して人目のない道に出るとすぐにビルの壁を蹴って屋上へ移動した。しばらくしてから下の方でバタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。2、3分もするとそれも聞こえなくなった。気配もない。スマホの電波を追って来ないのが不思議だったが、そういえば衝動的に学校を出たから荷物は全て教室に置きっぱなしだったのを思い出す。軍事衛星――は流石に使わないか。そもそも今のオーシアに軍事用の余剰衛星があるかも怪しい。

一人になったわけだ。

コンクリートジャングルの上で幾つかの区画を跨いでから再び地上に降りる。ここにも人はいない。

飲み干したコーヒー缶を潰して捨てた。

踏みつぶす。

つぶす。

つぶす。

コンクリートに張り付くほどに圧縮されたそれを足先で軽く蹴飛ばしてそれには興味を失った。

日本の治安が良いとはいえ薄暗い路地裏までもがそうとは限らない。どこの都市にも薬売りや持て余した馬鹿はいる。

次の八つ当たりの相手はすぐに決まった。

 

 

夏に近づき、長くなった日も暮れたころ、蒼は再び摩天楼の上にいた。

八つ当たりの相手もあらかた使い切ってしまって、再び空中散歩で時間を潰していたのだ。

暗くなったことで人目を気にする必要もなくなった蒼は遠慮なく宙を飛びまわる。その高度はどんどん上がっていき、もはや地上から彼を見上げても容易には視認できないところまできていた。

この高さまで来ると流石に寒い。他と比べひときわ高いビルの上でようやく蒼は足を止めた。淵に立った彼は眼下の景色を眺める。

態々登ってきたのは気まぐれでもあったが、それ以上に高高度の視点を欲したというのもあった。アンカーヘッドではビルの間を縫うように低空飛行をする必要があったためちょうど今のような景色だった。

ここでは星空より夜景の方が近い。爆発の閃光が路肩の車を吹き飛ばす。高架の上からトラックが滑り落ちて墜落と同時に赤い炎が噴出する。熱衝撃と風圧で都市中の窓ガラスが割れて鋭利な刃の雨となって人々に降り注ぎ突き刺さる。鉄とプラスチックとコンクリートとガソリンと人が燃える臭い。人差し指を引き絞るとそこに無煙火薬が急速に燃焼して鼻の奥をツンと刺激するものが混じる。街の明りがまばらに消えていき、そういうところには決まって篝火のように燃えるAPCの残骸。あの場所は昼間にも飛んだことがあるが、夜も劣らず明るかったように思える。

一通りの場面を思い出して、やることのなくなった蒼はその場で仰向けになって目を閉じる。

「何をしているんですか」

「・・・君こそ」

完全な不意打ちだった。屋上に現れた彼女が頭上から語り掛けてくるまで彼は彼女に気がつけなかった。そして何故か英語。蒼は一瞬目を開けて、速やかに閉じる。

「みえてるんだけど」

「?」

「・・・」

まあ、角度的に見える位置というだけで暗いこの場所ではしっかり中の色まで見えたわけではないのだが。だからと言ってこっちまで向こうの無頓着に付き合う必要もない。

「今日一日あなたを見ていました。12時07分に武偵高を出てからこのビルの上に辿り着くまで」

「勤勉なことで」

どうやらキンジの読み通り、そして最近の蒼の想像通りにレキは監視していたらしい。はてさて誰の差し金なのか。

「監視者を振り切った後は一般人を暴行。危険な高度での跳躍を繰り返してこのビルの屋上に無断で侵入――合理的ではありません」

それがどうした。おまえに何か不都合でもあるのか。

「先日の仕事のあとからずっと無思慮な行動が続いています。理由を教えてください」

監視役が理由を問うのか。怒りが活力になった。貫手で突くようにして女の首を掴み引き寄せ引きずり倒した。ガツンと頭をコンクリートに打ち付けて動きが鈍った間に首を折り砕く。殺す。もう戯言はうんざりだった。そうしようとした。しなかった。彼女は首元まで延ばされた手に反応しなかった。代わりに眼が合った。観察している眼。鏡のようだ。

今日初めて彼女の顔をしっかり見た。いや、あの護衛任務の後初めてだ。下界からの光でオレンジ色に照らされた彼女の表情に嘲りはない。ただいつも通り、無機質で正確にこちらを捉える眼差しを向けてくるだけだ。

「死ぬ気か?」

「殺して気が済むのなら」

何が手に負えないって、全く冗談で言ってないことだ。俺が八つ当たりで彼女の首を折ったとして、拳銃で眉間を撃ち抜いたとして、肩のドラグノフに手をかけさえもしないだろう。ただパリンと割れて、それでおしまい。もう何も映さなくなる。

降参だ。

「俺に何をさせたいんだ」

「私はあなたを見極める必要がある。ですが今のあなたの精状態では完全なポテンシャルは発揮されない」

「戦力評価報告書でも作るのか?」

「いいえ。天羽蒼、あなたはあの日私と『風』の想定を超えて、ありえないはずの結果を出した。そのメカニズムを知りたい。知るためにはより近くであなたの戦場に立ち会う必要があると判断しました」

「悪いが次のフライトの予定はない」

「では待ちます」

「もう飛ばない」

「あなたが飛べないと思い込んでいるだけでは?」

俺がたかだか世界最大の国家に睨まれたくらいで空を飛ぶことを勝手に諦めていると、つまりそう言いたいわけか。奴らの期限不明の譲歩から逸脱した途端に頭が吹っ飛んでいてもおかしくはないからと。

そうだ。

売り言葉に買い言葉で、おまえの言葉を全部否定してみたくてやっているだけだ。

飛ぼうと思えば飛べる。なにもかもを犠牲にしてしまえば。

戦闘じゃない。戦争でもない。だがこれは闘争だ。エルジアと言わずオーシアと言わず数えきれないほど殺したのは事実なので、全くの理不尽というわけでもない罪状だが異を唱えるだけの理由はある。ならば抵抗してみるのもいいだろう。俺はまだ満足してはいない。空を飛ぶことに飽くことなどありえないし、その気持ちは先日の空戦を経て再び燃焼していた。だからこそ可能性を一度閉ざされたことで挫折のような感情を得もした。

けれど、ここに一人。離陸を肯定してくれる観察者が現れた。

「武藤さんからこれを預かって来ました」

カチャリと軽い金属音を鳴らしてレキがポケットから取り出したそれは、どうやら鍵束のようだった。キーホルダーに同じ形の鍵が二つ通されている。車輌の鍵にしてはすこし幅広で大きい。

「車輌科の空き倉庫の鍵です。今日から使用可能なのであなたに渡しておくようにと」

そういえばそんなこともあった。レキが部屋にいるとキンジが気にするから。

「コれからよろシく」

「はい」

レキが鍵束のまま寄越してきたそれから、片方の鍵を抜いて受け取った。




長いこと展開に悩んでましたが、とりあえず踏ん切りをつけるべく投下。


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サイドストーリー
Ultra Super Disaster


突然だった。本当に何の予兆もなく、彼等の足元はぐらりと揺れ、5度ほど傾斜をするに至った。台所に立っていた白雪と蒼はそれぞれ目の前の鍋と食器がひっくり返らないように抑える。ちなみに蒼は盆に乗った朝食の質量バランスを調整しただけだが、白雪はグツグツと火にかけられていた豚汁の寸胴を素手で持ち上げることになった。

「わっ」

「と、と」

「地震・・・じゃないな」

食卓に座って朝食を待っていた、――かなり前に台所から追い出されたともいう――キンジ、アリア、バニラ、レキは各々携帯端末を取り出して今の現象の情報を確認しようとしたり、飲んでたお茶を顔面に被って暴れていたり構わず寝ている先輩狙撃手にジト目を向けていたりと様々だ。

「また蘭豹がどっか踏み抜いたんじゃないのか?」

揺れが収まった頃合いに朝食を運びながらリビングに出てくる。キンジは相変わらず食い意地の張った野郎だと思った。ちなみにその相方はまだ起きない。

「・・・で、結局何があったのよ、学校から連絡は?」

東京武偵高ではマザコン女王で影の薄くなりつつある哀れなピンクブロンドヒロインことアリアが、キンジが投げて寄越したハンカチでようやく顔を拭き終えると椅子の上でふんぞり返って一同に聞く。同席中かつ覚醒中のご一行は自分の端末確認しろよと思いながら飼育係のキンジ君に回答を委ねた。

「ああ、テロだってよ。学園島の底に爆弾を仕掛けられたみたいだな」

「で、そのまま地下倉庫の押収品や使用期限超過の弾薬の一部にも引火したみたいですね。あと同時多発的に苦露来毛大学で立てこもり事件も発生したという情報があります」

説明をキンジから引き継いだバニラは出されたお茶をずずーっと一口。どうでもいいが氷菓子みたいな名前なのにこの一年生は何時も熱い緑茶派である。

「フムン、俺の聞いてたのと違うな」

蒼は自分の戦妹の情報に文句があるらしい。だが行儀が悪いから食べながら喋るな。というか今食べるな。

「俺のところに来た連絡だと東京湾に突如アリコーン級潜水艦が浮上してレールガンで色んな海上施設の剛芯やらをぶち抜いている騒ぎだと聞いたが」

「・・・ちなみに、俺が調べた情報だと公安局ビルが突然音信不通になったりスカイツリーから大出力レーザーが発射されて上空の衛星を薙ぎ払ったとか聞いたぞ」

「キンジ、頭でも打ったか?」

「叩いたら治るのかしら」

「そんな、キンちゃんが・・・ウワァァァァァァ!?」

「俺だけ気が狂ったみたいに言うなよ!?」

瞬間、キンジの眼前には重厚な金属フレームに包まれた9ミリ口径の銃口が覗いていた。ギャグではない。それは彼にも見慣れたジガナ自動拳銃だった。

「キンジ、少し静かにしてくれ。レキが起きたらどうするんだ」

「むしろこの非常時に何故起こさない・・・!」

「かわいいからだ」

・・・。

「にゃー・・・」

「そうかぁ、今日は猫レキかー」

哀れ三本線のパイロットは小柄ミント系女子に溺れて、推しを愛でるだけのロリコンとなり果てた。勿論かのベルカン・HENTAIマスター・シュローデルとはメル友である。だが彼は娘が無人機に乗ってどこかに飛び去って以降は部屋に引きこもってあたたかいピザを貪る毎日を送っている。

はよ独房いけ。

スカイツリーがエクスカリバっているかどうかはともかくとして、どうやらこの国の首都圏は一大事になっているようである。アリアが点けたテレビの中継ではアリコーン級のレールガンによってハエ叩きのごとく撃ち落される国防軍のF-15が映し出されているが実はこれはCGだ。外を見れば一目瞭然だが国防軍の航空機はひとつとして飛んでいない。彼等は皆うららかな春の訪れに歓喜して昨日は年度予算を使い切るべくアルコール摂取任務に取り組んでいたのだ。これは高笑いがASMRのように心地よい潜水艦艦長とその部下にも同じことで、彼等が酔っ払い運転のあげく東京湾で乱痴気騒ぎを起こしていることも当然ながら世界中の察するところだった。

『なんてことだ、もう助からないぞ』

と、どこかの食い倒れ空中管制官が言ったかどうかは知らないが彼もビストロの在庫を一掃したばかりなので人のことを言う資格などありはしない。

「あ、またメールだ」

どうやら東京武偵高に各地での事件の収束依頼が来たらしい。まあ呑んでないのは学生だけなので妥当な判断だろう。呑んでいても休業の言い訳にできないのも学生だけだ。国からの依頼なので報酬もそれなりに弾む。

そう、彼等は武偵。依頼がなければ事件に首を突っ込まなくとも、依頼があればどんなことだってする現代の万事屋なのだ。

「さて、行くか」

「行動開始よ、ASAP!」

「キンちゃんにお供します!」

「俺は車両科だ。先に出ててくれ」

「にゃー」

「先輩、行くわよ。ほらドラグノフ持って」

キンジとアリア、それから白雪は公安ビルの事件解決に、バニラはお猫様を飼い主から受け取って大学立てこもり犯を狩りに、蒼は潜水艦をシバきに出かけることになった。

蒼が機体に飛び込むと格納庫の偽装扉が開き、その先に広がる校舎前の並木が外向きに全て倒れた。そう、格納庫は下駄箱にあったのだ。舗装路をゆるやかな速度でタキシングすると武藤から停止の指示が飛ぶ。車輪がカタパルトに固定され、舗装路がスキージャンブ台のように斜めに競り上がった。ダンダバダバダバと、心躍るBGMに耳を傾けつつ、蒼は叫ぶ。

「ストライダーバード イズ ゴー!」

ちなみに彼の駆るホーネットは艦載機だがカタパルトから斜めに射出するようには出来ていないので全て演出である。ハイカットー。次のシーン行くぞーと気の抜けた声と共に機体は元の位置に戻され、ホーネットは普通に離陸していった。

 

一方、キンジ、白雪、アリア組は尺の都合で移動時間はカットされ、既に公安ビルの前に立っていた。ビルの回りには明らかにワルモノな連中と囚人たちの作ったバリケード。

「突入準備!」

アリア達の前には腰の高さほどのドローン。その上部に取り付けられた頑丈そうなハッチが開き、冷却ガスの抜ける音と共に三丁の銃の銃把が躍り出た。各々が一丁づつを握り込む。

『携帯型心理診断・鎮圧執行システム ドミネーター起動しました』

本人にしか聞こえない指向性音声が各々のIDを照合し、セーフティーを解除したことを伝える。アリアが監視官でキンジと白雪が執行官だった。

「総員、突にゅっ!?」

鈍い衝撃がアリアの後頭部に炸裂した。人間の物理限界を超えた衝撃にアリアは成すすべなく意識を手放し、崩れ落ちる。

「アリア!?」

「安心して、峰打ちだから」

星伽白雪執行官による痛烈な反逆行為を目の当たりにしたキンジは、しかし固い決意で己の職責を全うすることを誓い、手にする銃を同僚に向けた。

『犯罪係数 オーバー300 刑事課登録臨時執行官 任意執行対象です』

「すまない、白雪・・・」

引き金は引かれ、ここに一つの悪が成敗された。サヨナラ!

 

猫と氷菓子については特筆すべき事態は起こらなかった。テロリストと大学生は血の海に沈み、全ては無事に鎮圧された。

 

このくだらない茶番のトリを飾るべくトリガーこと武偵天羽蒼ことロリコンは単機でアリコーン型潜水艦に挑む。かの潜水艦は溶融金属型原子炉を2機も搭載しているので存在しているだけで憲法違反である。よって沈めなければならない。これは多分大統領命令である。

『必要なのだ!100万のトリガーの死が!』

『俺とこの舟の救済と鎮魂のために死ねぃ!』

VLS、機関砲、レールガンの全てがロリコンの機体にむけて発射される。彼はキャノピーから冷めた目でそれらを眺めつつ、無線に一言だけつぶやいた。

「敵は東京湾・東京武偵高空き地島東30m。支援砲撃を要請する。オーバー」

直後、墨田区に設置された最終兵器から内閣総辞職ビームが発射されアリコーンの飛行甲板中央部に直撃。黒い潜水艦はリチウムイオン電池に発火したことにより赤い炎を吹き出しながら盛大に爆沈した。

 

爆心地を中心に一帯は汚染された。

東京は死の街となった。

 

 

 

 

 

 

「―――お、天羽蒼。起きて下さい」

「・・・ああ、おはようレキ」

「緊急事態です。C装備で女子寮屋上に集合と・・・顔が青いですが」

「い、いや。なんでもない」

酷い夢を見た気がする。と同時に蒼は自分の性癖に一抹の不安を感じた。

(・・・いや待て、レキは同級生だぞ。つまりセーフ。アイムノットギルティ。オーケイ?)

誰にともなく心中で言い訳する彼が平静を取り戻すには、今少しの時間を要しそうだった。

「って、そうだ。緊急事態だ。事件は?」

我に返り飛び起きて、インカムを付けようとする蒼の腕をレキがそっとおさえた。そのまま以外に強い力で手繰り寄せ、蒼の横顔を自分の顔の前までもってくるとその耳元で囁く。

「エイプリルフールです」




酒は飲んでも飲まれるな


この話はそのうち本編から消します。


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Story Not Archived 01

DLCを待ちながら書いた444時代の雑談です。


滑走路にJAS-39グリペンが下りてくる。尾翼に三本の白線が引かれた、あの機体だ。

「生き残りやがったか、運のいい野郎だ」

吐き捨てた男はグリペンEがエプロンに侵入するのを見届けるとさっさと宿舎――いや、房に戻っていく。

男は先日の出撃で機に損傷を受けて帰ってきたパイロットだった。敵の無人機の機関砲弾を食らいながらもなんとかこのザップランドまで機体を運び、最後は滑走路の中ほどで主脚を折って不時着した。その機体は取れるパーツだけ取って今はシートも掛けずに適当なところに放り出されている。モスポールからのレストア品も流石に二度目の蘇生をされることはなさそうだ。

パイロットの男がさっさと機体を捨てて脱出しなかった理由はわからない。単に何もないところで脱出するのが怖かったか、脱出装置そのものを信用していなかったか、もしくは戦闘機乗りとしてのプライドか。いずれにせよ彼の乗機は放棄され、彼本人もしばらく独房に放り込まれることになったわけだが。

実のところ、あたしも例の三本戦のヤツことハーリング殺しの帰還を心よりお祝い申し上げるような気分じゃあなかった。それはここの空気のせいでもあるが、それ以上にヤツの機は毎度のように限界まで酷使されている。政治犯野郎に聞いた話だが、どうにも一緒に出撃した味方機の仕事まで奪う有様で敵機や地上目標を攻撃しまくっているらしい。その話を裏付けるように大抵の場合は機体はパイロンにも弾薬ベルトにも残弾を殆ど残していることはなかった。

「アイツはまるで死神さ。敵にとってもそうだが、味方にとってもな」

曰く、あのハーリング殺しと飛ぶと大抵の場合は当初の作戦目標とは別に余計な敵まで現れて戦場が混乱することが多いんだそうだ。最もヤツはここの司令官のありがたい方針で、着任してからの全ての作戦飛行に参加しているからどちらかと言えば時期の問題、あるいは作戦の不味さの露呈なのかもしれないとは言っていたが。

なんて、どうでもいいことを考えながらホーネットのメンテナンス用チェックリストを眺めていると、いよいよ本日の労役を終えたパイロットたちの機体が格納庫前まで運び込まれてきた。

「けっ、あの野郎「作戦」と最後に付ければどんな無茶でもやれると思ってやがるぜ」

「前のがよかった。これならまだFCSをロックされた状態で基地の上を遊覧飛行してた方がマシだ」

「どうかな、お前なんか明日にも墜とされるんじゃないか?」

「野郎!」

「おい」

スパナでその辺にあった空の弾薬箱をぶったたきながら格納庫の外へ行け指を刺す。ただでさえ多い仕事を奴らに邪魔されては叶わない。別にあいつらが明日の作戦飛行で飛べなかろうがどうだっていいが、飛行機の整備に邪魔が入るのは腹が立つし、遅れて基地司令官に文句を言われるのも御免だ。

「チッ」

「女王様気取りめ、覚えてろよ」

「さっさと行きな」

舐められないように注意をすれば大抵のパイロットはボロボロになった機体を置いてさっさと何処かへ行く。奴らの機がマトモに空戦機動を取れるか否かはあたしが握っているということは奴らも承知しているからだ。

だが何事にも例外はある。態々デブリーフィングが終わってから来る連中がいるのだ。

「今日のスコアも俺が上だぜ、トリガー」

「カウントお前、また人のスコアでマウント取りやがって楽しいか?」

「うるせえ、お前は眼中にねえんだよタブロイド。文句あるなら腕上げて出直せ!」

「トリガー、お前も何とか言ったらいいだろうよ」

「んん?―――あー、タブロイドは機関砲撃つときもっと気楽に構えたら?」

「俺じゃなくてカウントだって!あ、おい寝るな!」

来やがったぞ三バカどもが。

こいつらは何を言っても自分の機からは暫く離れないのでもう放っておくことにしている。というか、最初は伯爵どのだけだったのだが、いつのまにかトリガーも同じように自機の整備をやるようになって、タブロイドもトリガーがやるならと後をくっつくようになった。

ちなみに、整備をやるだけであってあたしを手伝ってるわけじゃない。多少のタシにはなるが目をつけてないと大抵どこかでポカをやらかすから手間の度合い的には一人でやるのとトントンくらいだ。

「よう、ハーリング殺しはお眠か?」

「からかってやるなよ。アイツは俺らと違って3日連続で出撃だ。知ってるだろ?」

「アタシは毎日全部の飛行機見てるがな」

「おい、地上勤と俺らを一緒にするなよ。こちとら一度戦闘に出れば体にいくらでもGを掛けて飛ぶんだからな」

「そいつは結構だが、機体に負荷を掛けまくればそのうち主翼が捥げるぞ伯爵どの。アンタの機体はただでさえ無駄なヒンジがついてるんだからな」

「おー、かわいくねえ」

「余計なお世話だ。アンタもその馬鹿を適当なとこに寝かせちまいな」

「悪いね、世話をかける」

「そう思うなら整備を覚えろ」

タブロイドに半分寄っかかって歩いてたトリガーがその辺に置いてあったパイプ椅子に降ろされ、残りの二人は自分の機のメンテナンスハッチを開け始める。

「あー、そうだ伯爵どの」

「なんだスクラップクイーン」

「さっきも言ったが、寿命だぞアンタの機体」

「なに?」

「Su-33の主翼は分割のせいでそんなに強くないんだ。尾翼の方なら交換で済んだんだが、無理をさせすぎたな」

伯爵どののフランカーD型はもともと空母運用のための艦上機でモスポールされる前から消耗も激しかった。司令官殿が限界まで使い倒せというから出来るだけ手を尽くしてきたが、稼働軸より内側の主翼フレームがもう耐用限界を過ぎる。これ以上はどうしたって安全性を保障できない状態だ。

「俺の腕が悪いってのか!」

「誰もそんなことは言ってない。それに文句を言われたところで空中で主翼が外れて困るのはアンタだぞ。心配しなくてもD型はもう一機使ってないのがあるからそっちを用意しといてやる」

「チッ、嫌な気分だぜ」

苦虫を噛み潰したような顔でカウントは目の前の自分の機体を蹴っ飛ばした。おいやめろ、そこの部品は後で新しいアンタの機体に使うんだぞ。

「そりゃ愛着ってやつだな。パイロットなら当たり前だろうカウント」

「うるせえぞ政治犯野郎、俺がそんな軟弱に見えるか」

「別に悪いことじゃない。アンタだって人間だろう?東の方の国じゃ道具にも神様が宿るって言うらしい。大事に扱って損はないと思うがね」

「・・・くそ。よく口が回るな、どいつもこいつも」

「なんでもいいが、機体に私物が残ってるなら今のうちに取りおいておくことをお勧めするぞ。どうせパーツを取ったらこの間のホーネットみたいに雨ざらしだ」

「おい、俺様の機体だぞ」

「処遇を決めるのはあたしじゃないし、文句があるなら司令官殿に陳情したらどうだ。操縦桿くらいは記念品として残してくれるかもしれないぞ」

「あの司令官が?ありえないね。仮にそんなことがあるとしても台座に書かれるのはカウントのじゃなくてアイツの名前さ」

カウントが恐らくその有様を想像してがっくりと肩を落とす。

「皺だらけのジャガイモの名前なんぞ冗談じゃねえ。もういいから規定どおりに処分してくれ」

タバコの箱だけコクピットから回収すると、じゃあ後は任せたとカウントは格納庫から出て行った。

「―――ぬ」

「「ぬ?」」

「しまった寝てた」

なんともはや、この大馬鹿野郎ときたらこれだけうるさくしていたのに呑気に眠りこけてやがったらしい。いや、最初から寝てはいたが流石にどっかで起きているもんだと思ってた。何がおかしかったのはタブロイドは笑いを堪えようとして失敗している。

「寝落ちを後悔する前に今の意味不明な寝言について説明してくれよトリガー」

「タブロイド。すまん、迷惑かけた」

「いいさ。空ではこっちが面倒かけてるしな」

「カウントは?」

「機体が寿命だって言ったらキレて出てったところだ。見逃したな」

言いながらヤツのグリペンを指さす。起きたのならさっさと仕事をしてほしい。この大馬鹿野郎もカウントと同じで空中でかけてくる負荷がかなりでかい。

「じゃあカウントは乗り換えか」

「いや?女王陛下曰く同じ型の機体があるらしい。今の機体は操縦桿だけじゃがいも畑行きだとさ」

「じゃがいも?」

「いいからさっさと手を動かしなこの愚図ども!」

黙って仕事をすりゃいいのに全く、一人減ってもうるささは変わらないじゃないか。

「おおっと、ママがお怒りだ」

「ごめんよ母さん」

「よしアタマ出せ。ぶん殴ってやる」

前言を撤回だ。カウントがいなくなると遠慮がなくなる分もっとうるさい。そして整備の手際が悪い!

「タブロイドその部品の取り付け違うぞ。向こうから交換部品持ってきな」

「油圧はあたしが見るから、お前はコクピットのゲージでも読んでろ」

「そこは分解しなくていいトリガー!」

こいつらは、普段はカウントもそうだが自分の機の点検整備が終わるまでは大抵こんな感じだ。終わればさっさと房に戻っていくのでそうしたらようやく静かになるのだが。だがある意味普通に賑やかなこの時間はここでは貴重だった。必然的に変人どもの相手をすることになるのは同時に苦痛でもあったが。いくら懲罰部隊とはいえもっとマトモなやつはいなかったのか。手癖の悪い詐欺師で無駄にプライドの高いやつ、何があってもへらへら笑いながら口の減らない政治犯。そして微妙に天然の入ったガリガリ野郎の元大統領暗殺実行犯。

よくもまあこれだけ集めたといいたいが、それだけオーシアの内情が劣悪ということだろう。

遠い海のむこう。今まさに戦争をしている相手のエルジアははたしてどれだけ良い治世が敷かれているというのだろうか。ラジオから流れる王女の声は穏やかで平和と安定を想像させるが、全てがその通りではあるまい。結局は戦争の当事国であり、無人機の軍団の産みの親なのだ。

「どうかな。実際クリーンな戦争とやらは実現しているし。ただクイーンの言う通り組織のトップと全体の実態が乖離していることも珍しくはない」

「そうか?マッキンゼイはまさに444にぴったりの獄卒だが」

「ありゃバンドックありきだろ」

「あー」

「つまり神輿と実権を握る者の差ということだ。覚えといて損はないと思うよ」

「流石政治犯野郎だな」

「こんなのは大したことじゃないさ」

「ほう?じゃあ何を言って捕まったんだ」

「トリガーは知ってるぞ」

こいつらの仲はそこそこ良いとは思っていたが、罪状を語り合うほどだったとは少し驚きだ。

「あの話か?国があるから戦争がある、とかいう」

「まるっきり国境なき世界のヤツらじゃねーか!」

「心外だな。俺はテロなんか起こすつもりはないぜ?ただ、こういう仕事をしているとどうしても自分が人を殺す理由ってのを考えちまうタチでな」

相変わらずタブロイドの声音は穏やかで、口元はだらしなく笑っている。妙なやつだ。だがその眼差しと言葉には熱がこもっていた。

「最初は国を守るためだったさ。でもそれは決して、軍上層部や首都にいる連中が持ってる思想やイデオロギーのためじゃないし、相手が特別憎いわけでもない。では俺が自分の仕事はどういう意味があるのか―――なんてな」

「なるほど」

「そりゃ、誰彼構わずそんなことを言ってれば捕まるわな」

この男は人がいいぶん、誰かがその言葉を拾って自分を貶めるために使うなんてことは考えなさそうだ。きっと今と同じ純粋な眼差しのまま上官の前でも同じ話をしてしまったのだろう。その様が容易に想像できる。

整備もあらかた終わり――こいつらの分の機体だけだが――ちょっと座って休憩しようというところで今までの会話で殆ど表情を変えなかった、というかボケっとしていたヤツに話を振ることにした。

「トリガー、アンタはどう思う?タブロイドの話」

この話題を振ったのは流れだったが、考えてみればこの男が本気でタブロイドの話に過剰に反応して良からぬことを考えた場合、少なくともこの基地に止められる人間はいないだろうな思うと聞かないわけにはいかなくなった。

コーヒーの入ったマグカップを受け取るヤツの表情は相変わらず腑抜けてはいたが――

「俺が戦うのは金と感情だ」

「金か」

思ったよりはっきりとした返事が返ってきたことに、あたしは戸惑いと安堵が混ざってオウムのように言葉を返すようなマヌケを晒す。

「金ってのはまあ分かるが、感情とはね。こりゃますます気になるなあ」

「大した話じゃない。師匠も俺も最初から殺しで金を稼ぐ人種だったから今もやってる」

いきなりクズ野郎な発言が出たが、

「そりゃ金の方だろ?感情はなんだよ」

「空が好きなんだ。子供の頃からPC-7に乗ってたし」

「聞いたことない機種だな。セスナか?」

「いや練習機だな。あたしの知り合いにも乗ってるやつがいた」

ターボプロップのけっこういい軽飛行機だったはずだ。オーシアで正式に採用はされちゃいないが軍用の練習機として設計されていて翼にはそれなりの加重にも耐えるパイロンがついていた。

「俺が乗ってたのはCOIN機の方だが。無誘導爆弾とガンポット載せてた」

「少年兵だったのか?」

「アンタが話を聞いたとたんに顔を顰めた例の師匠はロケランで俺を墜とした本人だよ」

大馬鹿野郎はなんでもないように言ってのけると、安物のインスタントコーヒーを啜ってまた口を開く。

「そのあとはしばらく師匠と一緒にいたけど、結局空飛びたくなって軍に入った、と・・・何の話だっけコレ」

「あーいや、もういい」

大馬鹿野郎は意味もなく大馬鹿野郎になったわけじゃなかったということか。思わずとんだ話を聞かされてしまった。

「でも、そういう環境で育った割には、意外とお人好しだよなトリガー」

ほらこの間も無理してサンドストーム横切ってけっこうな数の敵を引きつけてたじゃないかと。そんな話は初耳だしいつぞやに何機もエンジンがぶっ壊れて帰ってきた理由がはっきりしたが何で確実に地雷な話を蒸し返すんだ、この政治犯野郎!

「多分師匠のおかげだ。肩を持つような言い方をするけど、俺を人間にしてくれたのも生かしてくれたのもあの人だ。彼女はフリーの傭兵だったが決して俺に仕事をさせようとはしなかったし」

「ほうほう」

「最初のうちはノースポイントでカメラマンやってる師匠の知り合いのところに預けようかとも思ってたらしいが、向こうの国が却下したらしい。まあ俺は師匠が好きだったからいいんだけど、過保護だし仕事は辞めかけるしで、あっちも子供との向き合い方がわからなかったんだろうけど最初は二人してよく泡食ってたなあ・・・なんで俺を拾ったんだあの人」

知らねーよ何の話してんだお前は。というか大丈夫かコイツ。

「どうしてもってんで仕事に出れば一発も撃ってねえのに報酬はトントンだとか空飛びたいって言ったらグライダー買おうとするわお人好しは俺じゃねえあの人だよ馬鹿じゃねえのどこにグライダー買う金があるんだよもー」

「いや、もーってお前・・・」

「いつの間にか勝手に仕事に行くから後追っかけるの大変なんだよ置いてかれるこっちの身にもなれよ拠点に帰ったら頭撫でられたけど同じタイミングでキレんだよなでも夕飯作るときには機嫌治ってるの可愛かったなあ言ったら殺されかけたけどそういやあの人がとなりのアパートのクソガキにプロポーズされてたとき意味わかってなかっただろ何歳だよってか見た目若すぎだわそんなだから毎月マリアさんから電話かかってくるんだよ心配すんなじゃねーよ心配するに決まってるだろーが空軍学校入る時だってもう身長俺のが越したってのに頭撫でやがって子供じゃねえよ泣いちゃうだろって俺そういや最近連絡とってねえな今どこにいるんだろ・・・思い出したらなんか頭痛くなってきた」

「今日はもう休んだほうがいいぜトリガー。ゆっくり寝たほうがいいと思うが」

「悪い、あとやっといてくれ・・・」

空になったマグカップを置いてトリガーはとぼとぼと格納庫を出ていく。それを見送ってタブロイドの方を見ると、いたずらが過ぎて焦る中学生のような顔をしていた。

「何か仕込んだだろ、お前」

「い、いやあ。あー、トリガーの言う師匠ってのは確かに過保護だったみたいだな。全然気が付いてないぞアイツ」

「酒か」

そういえば今日コーヒーを淹れたのはこの男だった。

「まあ、うん。ちょっとしたいたずらのつもりだったんだけどな。アイツも口下手だから少しでも回りが良くなるようにと思ってさ―――半分はやりすぎだったかな」

あのマグカップに半分も仕込めばそりゃ十分だろうさ。

「後が怖いな」

さて休憩はいいかげん終わりだ。せっかくだから今日はこのいたずらが下手な政治犯野郎をこき使ってやるとしよう。




ロングレンジでビストロに行ったときの会話

カ「そうやお前444にいたときはいつも眠そうだったな」
フ「そんなに任務がキツかったのか?」
ト「飯が足りなかったんだよ」
イ「なるほど、その食べっぷりなら納得だが。随分と器量の小さい指揮官だったようだな」
ワ「カウント、お前ももっと食え。遠慮はいらんぞ」
カ「やれやれ、俺まで子供扱いかよ」
ロ「面白い、誰が伝票を一番長くするか勝負しよう」
ラ「あんたにゃ誰も叶わねえよ」


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Story Not Archived 02

あんまりにも短いので後で色々付け足すかもしれません。


 いつまでもカタログばかり見ていてもキリがない。時間は無限ではないし、あまり長いことアシがないままだと仕事にも関わる。それに何を買おうと結局は武藤か平賀さんに頼んで改造してもらうのだから。

「とりあえず必要なのは馬力と・・・」

車輌科の貸倉庫の中に作った休憩スペース――簡単なテーブルセットと、給水機とポッドがある――の端っこの丸椅子に狙撃科のエースが座っていた。もちろんドラグノフを抱えて。その視線は倉庫の入り口を見張っている。例の一年を警戒しているのだ。一応俺と彼女の間で取り決めた課題なので手を出さないように言ってはあるのだがその辺は都合よく解釈されてしまった気がしないでもない。

「サイドカーかな」

この間のバスジャックの件で彼女にはかなり苦労をかけたと思う。サイドカーがあればバイクの挙動は幾らか安定するはずだし、窮屈な姿勢を強いることもないだろう。

ただまあ、そもそも武偵用のバイクに側車はあまり推奨されてないはずだ。機動性が落ちるとか耐久性に問題があるとか、そんな話を以前に車輌科の誰かに聞いた気がする。

「レキ、ちょっと」

自分だけではいまいち結論を出せなかったのでとりあえず一番乗ることの多そうな人に聞いてみることにした。キンジ?ないことはないだろうけど、アイツだって武偵免許持ってるんだから自分で買って乗ってればいいと思う。

呼びかけに応じてこちらまで来てくれた彼女に、カタログに載ってるサイドカーを見せてみる。

「バスジャックの時みたいなことがあったときに、コレあった方が便利かと思うんだが」

「―――?」

無言のまま。だが僅かに首が傾げられた。彼女の表情の読みづらさから「ロボットレキ」なんで蔑称が横行しているが俺から言わせれば十分に分かりやすい範疇だ。むしろ素直で表裏がない分付き合いが楽だ。

「以前は俺の前で体の向きを変えながら撃っただろ?サイドカーつければ俺の体も邪魔にならないし、車両自体の動きも安定して――」

「これだと」

お?

「全体での機動性が落ちると思います」

「なるほど」

「被弾面積も上がります」

「もっともだ」

「右に撃つ時にタイムラグが出ます」

「たし――いや、それはむしろ体の向きを変える方ががつらくないか?」

「大丈夫です」

そんなことはないと思うが。それに俺としてはサイドカーの方に防弾板をガン積みしてそこにレキを乗せた方が安心感がある・・・と思う。

「・・・よし」

分からないことは専門家に聞くに限るな。

「つーわけで武藤、カクカクシカジカなわけだが」

『てめえ出頭したいか馬鹿野郎』

「は?」

開口一番に罵倒かよどーなってんだ。ちなみにスピーカーにしてるのでレキも聞いてる。

『は?じゃねえ。いいかよく聞け。そもそも運転者の前に人乗せんのは日本じゃ違法だってーの』

「・・・マジか」

思いっきり違法だったよ。そういえばユージアの免許から書き換えた時もらった冊子にそんなこと書いてあったぞ馬鹿か俺今そう言われたなぁ!?

『道交法の55条だな。切符切られたいかコノヤロウ免許取るときに教わらなかったか?』

「忘れてた。というかよく覚えてたな」

『というか思い出したぞバスジャックの時だな!あれはお前非常時だからやったのかと思ってたが、あんな羨ましいことが平時でも出来るとか思ってたんじゃねーだろうな!?』

「いや、そんなことはないぞ?だからサイドカーを」

『言っとくがサイドカー付けると運転特性がまるっと変わるからな。そのまま前みたいな戦闘が出来るとか思うなよ?』

「オーケー戦闘機で例えてくれ」

『え?あー、F-18とC-1くらいか?』

「C-1は輸送機だが」

『そんくらい違うってことだよ。それにお前、どうせサイドカーに防弾板を乗せようとか思ってるんだろうがそれも止めといた方がいい』

「なぜ」

『サイドカーは無動力だから加速すると取り付け側にブレーキが掛かるんだが、これを更に重くしちまうとこの力が更に増すわけだな』

「もっと操作性が悪くなると?」

『逆側にバラストを付けるって手もあるが、無駄な重量が増えるだけだからいっそ4輪の方がマシになるな』 

「なーるほど。」

「解決方法が思い浮かびました」

「ん?」

『は?レキさんそこにいんの?』

「私が前で運転すれば解決です」

「それは嫌だ」

「どうしてですか?」

「どうしても」

『まあ、うん。そうだろうな。重心的にも重いアオが後ろなのは良くねえし、レキさんの足がつくタイプの車両で2ケツはちょっとキツイと思う・・・というかよ』

「ん?」

『お前ら二人でバイク乗ること多いん?』

「ああ」

「いつも彼の後ろに乗っていますが」

『チックショォォォォォォォォォォ!!』

ブツン。

「彼は何を怒っていたのでしょう」

「さあ。でも後でお礼を言っとかないと。良い助言を得られた―――忠告も」

「そうですね。ではバイクはどうしますか?」

彼女に倣いカタログに視線を落とす。今開いているのは大型のページだ。

「ん・・・、普通にタンデムするとして」

問題は足の防弾だ。この間は俺が食らったから防弾制服越しにある程度防御が効いたけど、女子制服はスカートだから膝下はモロに食らってしまう。それは別の対策を立てるとして。

「・・・これなら丁度いいか?」

レキにソレを指さすと、彼女も頷いたので近くの販売店に電話で在庫を聞いた。

「・・・そうです。ある?よかった。色はなんでも・・・オーケー。後で伺います」

武藤にも後でもう一度連絡しておこう。改造もする必要があるから。

そして一週間と少し経った後に武藤の手で防弾仕様の改造が成されたZX-10R

がやってきた。

白い車体に風が斬るような蒼と緑のラインが走る。リアにはやはり防弾仕様で、タンデムする者の足を背後からの銃撃から守るためだけのパニアケースが増設されている。

「ぜってーお前には過ぎたバイクだぞ」

武藤に苦い顔をされたが、まあ乗りこなしてみせるさ。

「天羽蒼」

「おう」

まずはひとつ、試してみよう。

 



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