神父様のグランドオーダー (武装神父隊隊員)
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Chapter-1
「...主よこの世界に悠久の平穏を」
「神父様...?」
礼拝堂に入ってから早半時間。どうやら彼女は自分を探していたらしい。
「どうしました、マシュ?」
「いえ...神父様は時間があれば、よくここにいますよね」
「ええ、主に平穏を祈っていました」
何かしら嫌な予感がする今日この頃。元々、神の代理人として生きてきた自分にとって祈らずにはいられない。
「マシュ、それよりも何か用があって僕を探しに来たのでしょう?」
「あ、はい。 実はレフ教授が神父様呼び出していまして」
「レフ教授が、ですか?」
妙な事だ。 教授ヅラしている魔神柱が自分に一体何の用があるというのだろうか。
「確か今日、最後のマスター候補が来る予定でしたね」
そう言うと跪いた姿勢から立ち上がり、マシュの頭を撫でる。
「神父様...?」
「何やら嵐が来そうですね...行きましょう。 マシュもついて来なさい」
「わかりました」
———————
自分、カルトナ=アンデルセンには二つの記憶がある。
ひとつは、カトリック・ヴァチカン第13課【イスカリオテ】の武装神父隊の長、聖堂騎士『アレクサンド=アンデルセン』としての記憶。
もうひとつは、その『アンデルセン』の世界をひとつの物語として見ていたクリスチャンの少年、『二条 誠』としての記憶。
言うなれば転生、だろうか。
1つの身体に2つの記憶...心の器が耐えられるはずもなかった。
だから自分はその記憶を、器が壊れる前に『知識』と認識して覚え込んだ。
アンデルセンの戦いの記憶、その身の奇跡や祝福、そして『再生』を。
二条少年の、アンデルセンへの憧れを。
知識とした事でその2つは混ざり合い、自分の力となった。
奇跡、祝福、再生、そして憧れをこの身体へ反映させ、行使するだけの力を得た。
だが、それを使う事もなく日々は過ぎて行った。
ミディアンなどここに存在はしない。
しかし、それは虚偽の日常に過ぎなかった。
魔術、時計塔、聖杯戦争という理外の存在。
そしてそれらを応用して、人類史の継続を保障する機関、『カルデア』。
その中に紛れ込んだ、魔神柱という膿。
アレクサンド=アンデルセンとしての記憶を持つ以上、神の子たる人類を危険に晒す事など神の代理人、神罰の地上代行者としての記憶が許さない。
だから自分は1人の職員としてカルデアへ入った。
——————
「...寝て、ますね」
「そのようですね」
レフの野郎に呼び出され何かと思ってみれば、今日来るはずのマスター候補を出迎えて、案内して欲しいとのこと。
暇そうなんだし、自分でやれば良いじゃないかと思ったのはここだけの話である。
そして入口まで来てみれば、1人の少女が倒れて寝ていたのだ。 ドウイウコッタイ。
「取り敢えず、起こしますか?」
「そうしましょう」
「フォーウ、フォーウ!」
「フォウさん!?」
いつの間にか来ていた神出鬼没の謎生物、『フォウ』が少女の頬を舐めた。
「う、う〜ん...」
「フォーウ!キャウ、キャウ!」
「起きましたか?」
「...ほえ?」
ゆっくりと目を覚ました彼女は、状況を余り理解で来ていないようだ。
「えーっと...すみません、ここは?」
「人理継続保障機関、フィニス・カルデアです。 ようこそ」
「あ、はい。 そちらは?」
「あ、私はマシュ=キリエライトです。 こちらが...」
「いいですよマシュ、自分で自己紹介させてもらいます。 僕はカルトナ=アンデルセン。 ここで神父をやっています。 よろしくね藤丸立香さん」
自己紹介しつつ、自分の立場を明らかにしておく。 藤丸さんは自分の名前が知られている事に少し驚いたようだった。
「はい、よろしくお願いします...でも何で私の名前を?」
「まあ、色々とあるのですよ」
「それよりも神父様、もうすぐミーティングが始まってしまうのですが...」
ミーティング...ああ、所属している魔術師全員でのレイシフトのミーティングだったか。
「そうでしたね。 藤丸さん、走れるかな?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ少し急ぎ足で行きましょうか。 君が参加するミーティングがもうすぐで始まってしまうからね」
そう告げるとついて来るように促し、歩き出した。
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Chapter-2
「失礼します、オルガマリー所長」
扉をノックすると共に、中からの返事を待たずに扉を開ける。 急いでいる事だし、多少の無礼は許されるだろう。
「ちょっと、返事をする前に開けないで貰えるかしら? アンデルセン神父」
「これは失礼しました。 レフ教授からの言いつけ通り、最後のマスター候補を連れてきましたので」
「レフが? わかりました。 ありがとうございます」
「いえ、これで失礼させていただきますね。ほら藤丸さん、マシュも」
何が始まるのか困惑する藤丸さんと、自分も参加するのかと驚いた顔を見せるマシュを部屋へ入れる。
最後に一礼して部屋を出る。
「アンデルセン神父」
背後から呼び止められると、そこには魔神柱の野郎が立っていた。
「...なんでしょうか、レフ教授?」
「いや、貴方には彼女たちをこちらに連れてくるよう頼んだので、そのお礼でね」
「それだけですか。失礼します」
「まあそう言わないでくれ」
レフはそう言うとチョイチョイと自分の隣を指差す。 少し来いと言う事だろう。 わざわざ魔神柱の隣に行くほど、自分はMではないのだが...
「...何用です?」
「いや、単なる世間話だ」
「はぁ...? 貴方はまもなく始まる、レイシフトのミーティングに参加するのでは?」
「おっとそうだったな、これは失敬。 だがもう少し待っていてほしい」
「...?」
思わせぶりな事を言うと、レフは部屋へと入って行った。一体何が起きるんだ...?
———————
5分くらい経っただろうか。
結果はすぐに現れた。 レフが藤丸さんを連れて部屋から出てきたのだ。
「...レフ教授に、藤丸さん?」
「すまないアンデルセン神父、彼女を部屋まで案内してくれないか?」
「はぁ、中で何があったのですか?」
「藤丸さんは極度に疲れていたので、居眠りをしてしまってね。 オルガマリーに叩き出されたのさ」
確かに彼女は少し辛そうだ。 別段嘘でもないのだろう。
「わかりました」
「頼んだ」
短く了承すると、レフはまた部屋の中へと入っていった。 すると藤丸さんは、さっきまでの眠たくて辛そうな顔が嘘のように覚めていく。 凄いねこの子、演技派女優になれるよ。
「...さっきのは演技かな?」
「はい。何かあそこに居たら危なそうだなぁ、と...」
「多分、間違いではないと思いますよ」
「あと、あの教授さんが何か変だなぁ、と感じました」
「...それも、あながち間違いではないですね」
「えっ、どう言う事ですか?」
「...移動しながら話しましょうか」
驚いた彼女にまたついてくる様に促すと、壁の地図を見つつ彼女の部屋へ移動する。
「えーっと、神父様で良いですか?」
「好きな様にどうぞ。皆んなかなり自由に呼んでいますが」
とは言っても実際にカルデアで呼ばれる時は、『アンデルセン神父』か『神父様』なのだが。
「どうしてあの教授さんが変だというのが、正しいのですか?」
「...説明しようとすると難しいですね。 簡単に言ってしまえば、彼は人間ではないからです」
「人間ではない...?」
「【カルデアス】や【シバ】については聞きましたか?」
「ざっくりと、ですけど」
「僕が思うに、あれらは人の叡智を遥かに超えているのです」
自分も初めて見た時は驚いたものだ。 人の叡智を遥かに超越した、人が逆立ちしても作れない物。 だからそれを作成したレフの存在を疑問を持ち、正体を掴めた訳だが。
「...」
「疑問を持つのもわかります。 ですが貴方があの部屋から出てきたのは、正しい行動でした」
そう話していると、彼女の部屋の前へ辿り着いた。
「ここが貴方の部屋です。 任期完了まではこの部屋で寝泊まりしてもらいます」
「...わかりました。何か私、変な道を選んじゃったかなぁ...?」
彼女の言わんとしている事もよくわかる。 だがここに着任してしまった以上、泣き言は言っていられないのだ。
彼女は気を切り替える様に頭を振ると、部屋の扉を開ける。そこには...
「あれ?」
「...えっ?」
「...なぜここにいるのです、ロマ二」
中にはサボリ魔が転がっていた。 おかしいなぁ? あなたは救護室にいるはずだぁ?
「あ、ちょっ、なんで、アンデルセン神父、待って、お願いします!」
「...これはダ・ヴィンチさん案件ですねぇ。こってりと絞られてきますか?」
「い、いやぁ〜そんな事は...三十六計逃げるに如かず!」
「藤丸さん!」
「はい!」
ロマ二が走って部屋を出て行こうとする。
自分が何を言わんとしているのかはっきりわかったであろう彼女は、急いで扉を閉めてロックをかけ封鎖した。
「あっ!」
「さて...ここで何をしていたのです?」
「............した」
「ん?」
「...サボってましたぁ!」
「素直でよろしい。 昨日からの勤務お疲れ様です。 少しは大目に見てもらいましょうか」
「えっ」
「それよりも早く部屋を明け渡してください。 今日からこの部屋は藤丸さんの部屋なので」
「あ、え、はい。 えーっと君が...」
「藤丸立香です。よろしくお願いします!」
「そうか。君が最後のマスター候補なんだね。僕はロマ二=アーキマン。 ここで医者をしているんだ。 よろしくね」
2人ともぺこりと頭を下げ合って挨拶をする。 やっぱり挨拶って大事だなと実感した。
「そういえばレイシフトってもうすぐ始まるんじゃ...」
「そうみたいだね」
「でもなんで立香ちゃんはここにいるの?」
「実は入ってくる時に疲労が溜まってたみたいで、所長からミーティングに叩き出されちゃって...」
「容赦ないなぁ...僕らにももうちょっと優しくしてくれれば良いのに」
ならその勤務態度を見直すべきだ、と言いかけてやめた。 さっき自分から大目に見ようと言って、すぐに否定するのは良くないだろう。
「ここは人類を守るために必要な組織ですからね。 そうも言ってられないでしょう?」
「そう言えば、神父様はなぜここに入ったのですか?」
「それ、僕も知りたいんだよねぇ...聞こうとしても聞けない雰囲気出してるし」
「そうですね...僕がここに来たのは」
ズドォォォォォォォン‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎
「!」
「きゃっ!」
「うわっ⁉︎」
話そうとした瞬間に爆発が起きた。 まさか...
「爆発!?」
「神父様が言っていた事って...!」
「藤丸さん、ロマ二」
「今のは...司令室の方だね」
「司令室...⁉︎そんな!あそこにはマシュが!」
「まさか特Aレベル危険事項とは...レフの野郎、やってくれるじゃないか...ロマ二!」
「は、はいっ!」
「工房からダ・ヴィンチさんを連れて電源室へ! 電源室の状況確認と予備動力の起動、最低限の電気供給の確保を!」
「了解!」
「藤丸さん!」
「はい!」
「司令室へ向かい、状況確認と避難の誘導、怪我人の応急手当を!」
「で、でも、私、応急手当なんて...!」
「怪我人にはこれをページを一枚ずつ貼ってください」
そう言って腰の後ろ側にベルトで吊っておいた聖書を手渡す。
「《恐れをもて主につかえ、おののきをもて喜べ》」
「神父様?」
「この聖書は法儀式済みの紙が使われています。怪我人に貼れば、一時的な応急処置が自動で行われますから持って行ってください!」
「わ、わかりました! でも神父様は⁉︎」
「僕は礼拝堂からもう一冊、聖書を持って来ます。確保したらこちらもすぐに司令室に向かいますので! 急いで!」
「はい!」
ロマ二と立香が部屋から駆け出し、振り分けた持ち場へ向かったのを確認すると、自分も礼拝堂へと走った。
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Chapter-3
「っと...あった!」
礼拝堂に隣接した自分の部屋にある本棚から、並んでいる法儀式済みの聖書を2冊取り出すと強化カバーを素早く付けてベルトのアタッチメントに固定する。
「聖書よし、ピックよし、
ラックにかかった灰色のコートを羽織って手をしゃくった状態から勢い良く伸ばすと、コートと腕の隙間から祝福儀礼済みの
「急がないと...」
身体の許容以上の加速で走ると同時に、『再生者』の自己再生で損傷した筋肉を再生させて更に加速をつけ、司令室までの廊下を走り抜けた。
———————
「藤丸さん!」
「神父様!」
司令室に入った瞬間、感じたのは熱風だった。 重要な物は吹き飛んでいるがカルデアスやシバに損傷がない。 レフは自分が作ったものを吹き飛ばすのに忌避感を感じていたのだろう。 悪魔の癖に妙のところで人間臭い。
「怪我人は?」
「死んじゃってる人が多くて...でもマシュはまだ生きてます!」
「レイシフトのコフィンに入ったマスター達は駄目な様ですが、不幸中の幸いですね」
まさに棺桶だ。 味な真似を...
胸の前で十字を切る。 せめてもの供養の気持ちだ。
「神父様...」
「マシュ、大丈夫ですか?」
「先輩が貼ってくれた紙のおかげでなんとか...でもキツイです」
「もう少しすれば助けが来るはずです、頑張れますね?」
「はい...」
近くの瓦礫に巻き込まれていたマシュの状態を確認すると、宙に固定されたカルデアスを見上げる。 カルデアスはかつて自分達に見せていた青色や赤橙色とは違い灰色に染まっていた。 これより先の人理が焼却された紛れもない証拠だろう。
「取り敢えず状態を固定して隔離しますか...」
カルデアスは最も高い空間に固定されているため、ここからでは遠い。 藤丸さんにその場を任せると、ひとっ飛びで最上フロアに移動する。
そしてカルデアスを確認すると、ベルトから聖書とピック5本を取り出す。 聖書から5枚のページを解放し護符へと変換。 そのまま護符をカルデアスの近くへと飛ばし、ピックを投げて周囲のモニュメントへ護符を固定する。
「《我に求めよ。 さらば汝に諸々の国を
すると5枚の護符が共鳴を始めて護符間に紫電が走り、一瞬カルデアスを包み込んで消えた。
「これでよし...」
『アンデルセン神父!』
電力が再び供給を始めたのか、壊れていないモニターにロマ二が現れた。
「そちらはどうです?」
『ダヴィンチちゃんと確認しましたけど、主機は完全に逝っちゃってます。 今は予備動力で最低限の供給を賄っている状態です』
『それよりもそっちは大丈夫なの?』
モニターが分割され、もう1つのモニターにダヴィンチさんが映る。
「こちらは司令室を中心に、レイシフトスペースも駄目になっています」
『あちゃー、やっぱりか』
「...指揮系統無視で特Aレベル非常宣言を発令。 カルデアス、シバ、ラプラス、トリスメギストスに優先的に電気を供給して、測定が途切れない様にしてください」
『フェイトはどうするんだい?』
「後回しで構いません。 とにかく今は前述の4つを!」
『了解!』
ここに所長達上層部の人が見えない事から、彼らは瓦礫の中で事切れている可能性が大きい。 使えない命令系統にこだわっている場合ではない。
「瓦礫をどうにかしたいですが、爆導索を使うのも危険ですね...」
爆導索の
『ジジッ...霊基確認...数4...レイシフト、開始します...』
「なにっ⁉︎」
なぜレイシフトが起動する⁉︎ システム・フェイト自体に電力供給はされていないはず...
「ダヴィンチさん! レイシフトが起動します!」
『ええっ⁉︎ システムに通電していないはずだよ⁉︎』
「くっ...」
あの音声から聞こえたレイシフトで送られる霊基の数は4。 藤丸さんの生き残りはほとんどいないという言葉から、自分達3人が何処か過去へ送られるのは確実だ。
「マシュ! 藤丸さん!」
「神父様⁉︎」
「いいかい、ここから離れないで!」
最上フロアから2人のいる最下フロアまで一息に飛び降りる。 着地の瞬間に足の骨にヒビが入る感覚がしたが、自動で再生が始まり元に戻る。
そして2人のところへ辿り着いた瞬間、辺りを光が包み込んだ。
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Chapter-4
「う...ん...」
ふと目を覚ますと、そこは炎に包まれた都市だった。 何と言うか、アンデルセンの記憶...
「酷いな、これは...」
そんな言葉しか出てこない。 人ひとり居ない—いや、居たとしても既に焼かれるか、崩壊した建物の下敷きになって死んでいるのは、想像するのに易くない事だ。
あまりにも酷い状況に、手が自ずと胸の前で十字を切った。
「ううっ...」
「マシュ...⁉︎」
ふと視線を下げれば、藤丸さんに折り重なる様に倒れていたマシュが身体を起こしていた...のだが、問題はその格好だ。
「その格好は...いえ、聞く必要もありませんね...」
「...そうみたいですね」
ぴっちりとしたノースリーブの様な黒と紫色の上着に、これまたぴっちりの黒と紫色の短パン。 そして極め付きは彼女の持った大きな盾。
「今の状態は?」
「先輩の手の甲に令呪が浮かび上がっているので、先輩がマスターかと...」
「そういう事ではなく...曲がりなりにも今のマシュは彼らの言う所の《サーヴァント》なのですから、魔力供給は大丈夫ですか?」
「問題ない、と思います...」
彼女がそう言うと、倒れ伏していた藤丸さんが起き上がった。
「ん...へ? ここ、どこ?」
そんな事は知らないし、むしろこちらが聞きたい。 とにかく、とんでもない災害のど真ん中にいるっていうのは分かる。
「藤丸さんは大丈夫ですか?」
「は、はい。 それよりもここ、どこなんですかー⁉︎」
「...もしかして、冬木市?」
マシュはそう呟く。
「どういう事です?」
「先輩が部屋から出た後のミーティングで、今回のレイシフト先が発表されたんです。 それがこの特異点、冬木市じゃないかと」
「...ここを修正する訳ですか」
今ここに来ているのは、自分、マシュ、藤丸さんを含めて4人。 知らない1人とは近くにいなかったので、その人は別の場所に出てきたのだろう。
「さながら炎上汚染都市、か...ともかく行動するべきですかね」
「ええっ⁉︎」
「カルデアとは繋がらない、特異点の原因を回収しないと人理は復元しない、後の1人を探す...これらの観点から、行動を起こす利点はあると思いますよ」
そう言って周囲を見回して目立つ建造物を探す。 目に付くのは大きな橋と教会くらいだ。 取り敢えず今は情報が欲しい。
「少しした所に教会が見えます。 そこまで移動しましょうか」
「分かりました」
——————
「着きましたね...」
「うへぇ...」
移動中に何かただならない気配がしたが、それに遭遇する事はなかった。
ただ、協会に着いたは良いものの既に他の場所から延焼しており、とてもじゃないが休める状況ではない。
「取り敢えずここを起点に霊脈を探して、観測基準点を作りましょう。 多分Dr.ロマ二もこちらを観測しているはずです」
「そうしましょうか...よし」
聖書からページを数枚引き抜いてピックと共に飛ばし、町の各所に結界を作り上げる。
「《我に求めよ。 さらば汝に諸々の国を
「神父様?」
「各所に結界を作って、大きな霊脈を探してみます...」
そうして結界が成立すると霊脈の状態や周りの状況が感覚として流れ込んできたが、あまりにも霊脈の汚染度が高く気分が悪くなってくる。
「アンデルセン神父、どうしたの?」
「霊脈が汚染されてますね...」
「ええっ⁉︎」
「マシュ、どういう事なの?」
「先輩、下手をするとサークルが設置できないんです」
「じゃあ、ロマニとも連絡がつかないの?」
だからと言っていつまでも連絡が取れないのも問題だ。
「ここにも霊脈って走っているんですよね?」
「そうですが...」
「ならアンデルセン神父の結界で一時的に霊脈を浄化すれば良いんじゃ?」
それが出来れば言うこと無しなのだが...まあ、やってみる価値はありそうだ。
「...やってみましょうか」
「神父様⁉︎」
「やってみる価値はありますよ。 私は戦闘だとあまり役に立ちませんからね。 適材適所という物です」
再び聖書から数枚ページを引き抜くと、今度は星の形を意識してページを地面に固定し結界を作り出す。
「《我に求めよ。 さらば汝に諸々の国を
先ほどの結界よりも強度を強めるために、詠唱を一段階延ばす。 結界陣の形と詠唱の強化により結界の強度が増し、汚染されていた霊脈が結界の内部だけ浄化される。
「...うまくいきましたね。 マシュ」
「わかりました。 サークル、展開します」
マシュが盾を地面に付け、霊脈と接続しサークルを展開する。 特に異常は見られない。 どうやら成功したようだ。
「...展開、完了しました」
「なら後は...」
『聞こえますか、アンデルセン神父!』
「聞こえてますよ」
サークルが展開されるやいなや、ロマ二から通信が入る。
『良かった。 無事に召喚サークルを展開出来たんですね』
「ええ。 ですが特異点を修復するにも戦力が足りません。 そちらから追加で戦力を送る事は可能で?」
『それが...マスター候補全員が重傷な上に意識不明で、Aチームに至っては全滅している状況です』
「という事は...」
『はい...今はそこにいる、藤丸さんしかマスターとしての戦力がいないんです』
「まさに人類最後、か...」
はっきり言って、まだ彼女に人類最後のマスターとしての決意はないだろう。 いきなりこんなものを背負わせるのは酷だ。
「それと気になることが1つ」
『何ですか?』
「そちらで観測したレイシフトの反応は?」
『えっと...今の所で、はっきりとしているのはマシュ、藤丸さん、そして神父の3つです』
「...多分、あともう1つ反応があるはずです。 それの捜索を」
『わかりました』
そう返答されると通信が切れた。
戦力はこれ以上増えない。 そして現状唯一戦力になり得るのはマシュと自分の2人、そして特異点を修復するだけの力を持つのは藤丸さんただ1人。
酷な事だが、聞かねばなるまい。
「アンデルセン神父—」
「藤丸さん、私はあなたに問わねばなりません—」
「えっ?」
「神父様、まさか—」
「—あなたに、人の理を救う覚悟はありますか?」
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