この女神の居ない世界に祝福を (名代)
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一章
プロローグ


殆ど原作と一緒なので最後以外は読み飛ばして大丈夫です。


気がつくと、見た事の無い部屋に設置されていた椅子に座らされていた。

周りを確認すると、正面に見た事の無い水色の髪と瞳をした少女が俺に相対する形で座っていた。

「突然ですが、佐藤和真さん貴方は死んでしまいました」

彼女は開口早々にザックリと訳が分からない事を言った。

俺が死んだって?何言ってんだコイツは。

「はあ、そうですか…で如何やったら帰れますかね…」

取り敢えず帰える方法を確認するが、彼女は呆れた様な表情をしたかと思えば次に面倒臭そうな表情に変わる。

「はあ、混乱して自分が死んだ事を理解していない様ね。貴方には死んだ記憶がある筈です、よく思い出してください」

彼女の丁寧な口調が段々と剥がれていき、本来の喋り方なのだろうかそれが現れていく。

確かに言われれば死んだ記憶がある。しかも凄く恥ずかしい死に方だ。

マジか…トラクターに轢かれかけた少女を助けて病院で医療ミスで死ぬとか人生の汚点じゃねえかよ。

頭を抱えて項垂れている俺見て満足したのか、彼女が再び話を再開する。

「それで死んだ貴方には選択肢があります。まず天国に行くか、それとも赤ちゃんからやり直すか。もちろん赤ちゃんからやり直す際には記憶をすべて消させてもらいますが」

成る程、ありきたりというかそこら辺はファンタジーみたいなものと一緒なのか。

「まあでも、天国と言っても肉体がないから何も出来ないし、やり直したらその時点で貴方という存在は消えてなくなるわ」

堅苦しい説明は終わりと言った感じで、彼女の丁寧な口調は砕けていき見え隠れしていた本来の形であろう本性が見えて来る。

「だけどそんな貴方に第三の選択肢をあげます」

おや?

如何やらもう一つあるらしい。

「貴方ゲームは好きでしょう?だったら他の世界に転生させるって言うのがあるんだけど、それはどうかしら正直悪い話では無いと思うわよ」

マジか、死ぬ前に流行っていた異世界転生系が俺に回って来るなんて夢にも思わなんだ。

「でも言語とか如何なるんですかね…いきなり他の世界に行って話が通じないとかそう言うのは流石に嫌ですね…」

椅子から乗り上げる体勢の俺の反応を見て、好感触と見たのか話を続ける。

「それについては安心して頂戴。あっちの世界に送られる際に頭に情報がダウンロードされるわ、偶に後遺症でクルクルパーになるらしいけど貴方なら大丈夫よ‼︎」

「おいコラ、ちょっと待て。今クルクルパーになるとか言わなかったか?」

さりげなくとんでもない事を言う彼女をとっちめるが、強引に話を進められ遮られる。

「あと、あっちの世界にはそっちの世界で言うモンスターなる物がいるわ。いきなり貴方みたいな貧弱もやしを送りつけるのはあれだから、何か一つ特典をあげるからこの中から選びなさい」

バサッと俺の前に紙の束を投げられる。なんだコイツは随分とガサツだな、と思いながら紙束を拾い上げ中身を確認する。

内容はまさにチートと言った感じで、ドラゴンナイト職や聖剣など様々な反則級な物が描かれている。

異世界転生したらこれが命綱になる訳なので、じっくり眺めデメリットがないか慎重に考え何度も眺める。

 

 

 

 

「ね〜え早くして頂戴。貴方の後残り少しのひとを送ればノルマ達成の報酬でバカンスに行けるから早くして頂戴〜。大体あんたみたいな引きこもりもやしに期待なんかしてないんだから何選んでも同じよ」

暫く考えていると、我慢の限界なのか彼女が退屈そうに髪の毛を弄り始める。

何だノルマって…俺達の命ってこんなに簡単に扱われる物なの?もっと大事にしてほしんだが。

ってかバカンスって…女神にも休暇とかあるのかよ。

選択を焦らせる彼女を尻目にじっくりと考えるが、最早迷いすぎて何が良くて何が悪いのか分からなくなって来る。レビューを見てみたいとこだがあの女神が一から説明するとは思えない。

「じゃあこれで良いか…」

どれを取っても反則級なのは変わらないので、裏返して適当な物を引く。

「ようやく決めた様ね、じゃあ魔法陣出すからそこから動かないでね」

呆れた様に彼女は立ち上がると何やらブツブツと唱え始め、俺の直下に魔法陣が引かれた。

何これカッコイイ。

そんな事を考えているうちに俺は異世界に飛ばされた。



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ボッチとの遭遇

9/8修正しました


「はっ」

目が醒めると草原の真ん中に立っていた。

えっ、いきなりフィールド?と思ったが遠くに大きな門が見える、どうやら最初の街の周辺に飛ばされたらしい。

確かに急に街中にいきなり人が現れたらびっくりするだろう、あの女神も考えるところは考えているのだろう。

このままあの街に進んでも味気ないので、ここは折角なので貰った能力を試してみるのも良いだろう。まずは形からと俺の思うかっこい攻撃ポーズを決める。

俺があの女神から貰った能力は闇ノ炎、あの時間が無い状況で名前の響きと、俺の美的感覚がこれを選べと言っていたので素直に従った。けれども選んだ瞬間にこの世界に飛ばされたので詳細は詳しくは分からないが、能力の使い方などはこの世界の言語と一緒に頭にインストールされている。

「闇の炎に抱かれて消えろ‼︎」

何処かで聞いたような中二的台詞と共に、すぐそこにあった茂みに照準を定めて炎を放つ、威力は調節出来るので出来る限り出力は抑えて放出する。

「って、えぇぇぇぇっぇぇ⁉︎」

軽い気持ちで放った小さな黒い炎は、茂みに当たったかと思うと勢い良く辺りを巻き込みながら燃え広がり出す、こんな事になると思ってなかった俺は驚愕し、着ていた上着で叩いて消そうとするが炎は全く消えず、最悪の手段である小便を掛けても消える事は無く炎は着々と燃え広がって行った。

「不味い…逃げろ‼︎」

消火は諦め全力で街に向かって走りだす、しかし残念な事に引き篭もり生活が長かった為か、長時間の走行は体力的にキツく途中何度も休憩を挟みながら他の人に見つからない様に街の反対側の門に回り込む。

街の入り口に近づくと既に消火活動が始まっていたのか、多数の人影が見えたのでこそこそと木々などに隠れながら進む。

何とか入り口にたどり着くと、入り口に門番が居たので何も知らないフリをして声をかける。

「あの、すいません旅の者なんですけど…」

「旅の方ですか?どうぞお通り下さいここはアクセル、駆け出しの冒険者の集まる街ですよ」

門番は規則なのかいくつか俺をその場で検査し、それが終わり何も害がないと判断して優しく丁寧にこの街について軽く説明を始めた。

「あの、冒険者ギルド的なものはありますか?」

説明を聞き終える。門番の話ではこの街に冒険者ギルドなるものがあるらしい。

「冒険者ギルドですか?それならこの道を真直ぐ行ったとこを右に曲がってください、その次の十字路を左に曲がってください、でも先程火災がありまして現在人が少ないですけど、夜になれば人が増えるから色々聞くといいですよ」

説明の途中に談笑を挟みながら探るが炎についてはばれていない様だ。ならわざわざ言う必要も無いだろう、ここは知らんぷりだ

ありがとうございますと、門番にお礼を言いいそのままギルドに向かう。

道中様々な種族に目を光らせながら進むと、街の中枢だろうか大きな建物に行き着いた

「ここがギルドか」

中に入ると、やはり服装などが違うためか冒険者希望ですかと聞かれ、いくつかの応答の後にウエイトレスに受付に案内されギルドについて説明を受ける。

 

 

 

 

「成る程、俺のステータスは幸運値以外は凡凡で基本職の冒険者にしかなれないのですね…」

職業を決め冒険者カードを作成するが、カードに描かれた俺のステータスの数値は予想外にも低く、自身のステータスにガックリと項垂れる。

受付嬢はそんな俺を見かねたのか

「ま、まあ、レベルが上がれば他の職業に転職出来ますので…あ、そうださっそくですがクエストを受けますか?」

あ、はいと軽い気持ちで返事をするとそのままトントン拍子でクエストが受注される。しかし装備が何にもない為、受付の人から貸出用の剣を借り、それを片手に先程俺が原因で起きた火災の方向とは逆の草原に向かう。

「よっしゃーやってやるぜ‼︎」

初めてのクエストに若干テンションが上がりつつも不安が残る、果たして上手くやれるのだろうか…。

今回の依頼は繁殖期に増加したジャイアントトードの討伐。名前の通りその姿は巨大で足を抜いた直径は見ただけでゆうに3メートルを超えている。このカエル達は繁殖期になると農家のヤギや子供を飲み込み近所の住民達に迷惑をかけているらしい。

草原を歩いていると、聞いた通りの巨大なカエルに出くわす。

「ゲームで見る敵キャラも、こうして現実で見ると絶景だな」

蛙を目の前にしてそんな事を言ってると、こちらに気づいたのか目玉をこちらに向ける

こういう時は先手必勝だ‼︎

腰にかけていた借り物の剣を片手に持ち勢いよく蛙の腹に叩きつける、剣道とかやってないけどこんな感じで大丈夫だよな。

剣術なんてやったことは無いので見様見真似で蛙に斬りかかるが、流石に漫画のようには行かずに俺の振り下ろした剣は蛙の腹に直撃すると、まるでゴムボールにぶつかったかのように弾かれる。

「あれ?」

弾かれた反動でそのまま尻餅をつくと、蛙の長い舌が右手に持っている剣に巻き付き俺の手からすっぽ抜けると、そのまま蛙の口に入っていく。

武器を取られたこれは不味い、これは実に不味いぞ、しかしあの炎を使うわけにも…

先程使用した闇の炎つまり黒炎は制御が出来ず、この反対側の草原を焦土に変えかねない。

しかしながら蛙と距離を、取りながらと言うか逃げながら考えていると他の蛙も俺に気付いたのかこちらに寄ってくる。

「ちくしょう‼︎増えてんじゃねえよ‼︎」

全力で逃げるがその途中石でもあったのか、躓いてしまい倒れながら地面を転る。何とか体勢を整え起き上がるが目の前には既に蛙がスタンバイしており…。

もう駄目だ…周りが火災になるのも仕方ない、炎を使おう。

諦めて闇ノ炎を使おうとした、その時だった

「ライトオブセイバー」

叫び声と共に轟音が鳴り響き、空に光の柱の様な閃光の線が現れたかと思うといきなり目の前に居た蛙達が真っ二つになっていった。

 

 

 

 

「おわぁぁぁぁ‼︎」

目の前で蛙を真っ二つにする様に線が入ったかと思うと、そのままカエルは爆発し辺りに内容物が飛散する、俺はそれを腕で顔を隠しながら轟音が収まるまで待つ。

何だ一体、何が起きたんだ?

辺りが静かになり既に事が済んだのだろうと腕を下ろし辺りを見渡すと、スラっとした体型に黒いローブに身を包んだ赤い目が特徴の少女が、先ほど蛙がいた場所の後方に立っていた。

そして、彼女は俺と目があった事を確認したかと思うと顔を赤らめ

「我が名はゆんゆん、アークウィザードにして、上級魔法を操る者、やがては紅魔族の長になる者」

ゆんゆんと名乗る少女は、何処かで見た特撮のポーズをとりながら最後にマントを翻した。

成る程、ゆんゆんと言うのか。

あだ名みたいな名前だろうけどここは異世界、いくら言語が調整されるとしても名称はそのままなのだろうか?仮にこの世界においてのキラキラネームだとしてもからかうのは失礼な話だ。

「俺は和真、助けてくれてありがとうゆんゆん」

体に着いた内容物を軽くはたき落とし立ち上がるとゆんゆんに向き合い礼を言う。

「えっ、私の名前を聞いて笑わないのですか?」

あぁ、やっぱり変わった名前だったのか…

「名前が変わってるくらい、本人の人格には関係ないだろ?」

「そうですか…」

彼女は俯くと少し嬉しそうに照れていた。可愛い奴め。

「所で何で助けてくれたんだ?」

一応確認してみる。もしも新手の詐欺か何かだったら後々大変なことになるので逃げたいのだが。

「えっ、えぇっと…そうだ‼︎困ってる人がいるなら助けるのは当たり前ですよ」

そうだって言ったぞ、この子

まぁ助けてもらった事は変わりないし

「なぁ、お礼を兼ねて一杯行かないか?報酬が貰えるしそこから奢るよ」

まぁ、大体はと言うか殆どは彼女が倒したのだが、ここは新しい俺の異世界生活の為、何としても報酬は頂かなければいけない。

どの様に報酬を総取りするか考えていると彼女は何故か嬉しそうに

「え、一杯って一緒にですか⁉︎言いましたね‼︎もう断っても駄目ですからね」

やりぃっと言いたげに彼女はガッツポーズをする。

何だろうか?すごい高いものでも奢らされるのだろうか…

「では、まず蛙をギルドに運ばないと行けませんね、ちょっと呼んできますね」

てっててと小走りに彼女はアクセルの街へと駆けていく。カエルを一瞬のうちに屠った事も含めて彼女はレベルが高いのだろう、走り出した視界の彼女は直ぐに豆粒サイズまで小さくなった。

なんて純粋で優しい子なんだろうか、これも高い幸運値のおかげか…

 

 

その後彼女の呼んだ者達により蛙達の亡骸が運ばれていく、なんでもジャイアントトードの肉はさっぱりして少し歯ごたえもあって大変美味しいらしく高値で買い取られるらしい。

運ばれていく蛙を眺めながらギルドに向かう、途中ゆんゆんに冒険者としてのノウハウやこの世界について教えてもらう。やはり日本とは大分常識がズレており適応するまで大変そうだ。

「着いたみたいだな」

蛙運びの人と別れ、ギルドの受付嬢に報酬を貰いに行く。ギルドには先程の消火活動に向かって行った人達が帰って来ていたのか、来た時よりも大分人でごった返していた。

「あらゆんゆんさん、どうやら合流出来たみたいですね」

受付について早々に俺達の姿を確認するとニコリと受付嬢が笑いかける。なんだろう嫌な予感がする。

「ななな、何言ってるんですか⁉︎」

それを聞いたゆんゆんが慌てふためきながら受付嬢の言葉を遮る。

「わ、私は酒場の席を取ってきますね‼︎カズマさんはクエストの報告お願いしますから」

これ以上この場には居られないと、バタバタと彼女は併設された酒場に走っていった。

ゆんゆんが離れていった事を確認し、こっそり受付に耳打ちする。

「彼女、何かあるんですかね?」

ビクッと彼女は震えたと思うと気まずそうに目をそらし

「それでは、報酬の12万5千エリスと冒険者カードですね」

サササッとこれ以上は関わるまいと早々に要件を済まそうとする受付嬢の腕を掴む。

「あのう…その手を離して下さい、受付はこれで終わりですよ」

冷や汗をかきながら受付嬢は目をそらし続けながら口を開く。

「そう言えば彼女今フリーみたいですよ、どうですか彼女を誘ってみませんか?上級職のアークウィザードの彼女が居れば駆け出しのカズマさんも安心してクエストが受けられると思いますよ」

「へぇ〜そうなんですか?」

俺は空いている方の手で服に取り残した蛙の残骸をデコピンで嬢に飛ばそうとする

それに対し受付嬢は観念したのか

「分かりましたよ、はぁ…彼女は引く手数多なアークウィザードなんですけど、どうもその恥ずかしがり屋や引っ込み思案な性格が災いし中々パーティに入れないと言いますか…彼女と同じ紅魔族の方が彼女がくる以前から色々問題を起こされまして、何というか同じムジナの何とやらでおとなしい彼女も何かあると根も葉もない噂が流れ皆少し距離を置いてるんですね」

成る程、彼女もだいぶ苦労してるんだなぁと思い

「あと、構ってほしそうにうろうろしたり、他に冒険者がいないと私が色々ゲームとかの相手をさせられるんですよ…私の仕事はまだあるのに…」

それからそれから、後半はもはや彼女の愚痴のお祭りだった、成る程だから何も知らない俺みたいな他所から来た冒険者に紹介してくっ付けようって事か

「でも、構ってちゃんな所は有りますけど、彼女はしっかりしてますし悪くないと思いますよ」

何だか、このままパーティに入る流れになってますが選ぶのは彼女ですからね…

「カズマさん変な事考える前に彼女の元に行ってあげて下さい、待たされて泣きそうになってますよ」

受付嬢に言われゆんゆんの方向を見ると、そこにしか空いてなかったのか酒場の中央の席を陣取り一人で俯いていた。

流石に不味いと思い、報酬をぶん取るとすぐさまゆんゆんの元に向かう。

俺が近づくと彼女は気づき

「遅いですよカズマさん‼︎もう私を置いて帰ったのかと思いましたよ」

泣きそうだった彼女の顔から一転、パァっと笑顔になり俺を正面席に案内する

よっこいせっと、腰を落とし注文を済ませると辺りからヒソヒソと

「おい…あのアークウィザードの嬢ちゃんが他の人と居るぞ」

「えぇ‼︎あのソロのアークウィザードの方が」

他の方々からガヤガヤ聞こえ、気を良くしたのかフンスとゆんゆんが少し勝ち誇りながらネロイドと呼ばれる炭酸みたいな飲み物を一気飲みし、テーブルに叩きつけると

「さぁカズマさん‼︎明日からバンバンクエストをこなして行きますよ」

イェーイとアルコールが入って気が大きくなったのか、先程とは比べ物にならない位饒舌に語り出すゆんゆんがそこに居た。

この世界ではアルコールに対して年齢制限は無いらしく、それぞれの倫理に委ねられている。

そしてどうやら彼女とはこれからパーティーとして宜しくやっていくらしい。

 

 

 

今回のクエストの報酬から見て高い宿には泊まるわけにはいかず、大体の駆け出し冒険者が泊まる馬小屋の一室を何とか借り、横になる。

ガサガサと藁が擦れる音と硬い地面の感触を受け我に返る。

因みにゆんゆんはあの後酔い潰れたのでいつも泊まっているであろう寮みたいな所に送り別れ、そのあとこの馬小屋の管理者に交渉し今に至る。

魔王を倒せって言われたけど、この街を見ている限りとても平和で危険な感じはないな。

なら今は生活を安定させる事が重要だ、取り敢えずはゆんゆんに頼んでレベルを…

そのまま眠りについた

 



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トレジャーハンターカズマ

目が醒めると知らない天井と背中の藁の感触でここが異世界だった事を思い出す。

「はぁ〜あ」

軽く欠伸をし、体を色々動かしストレッチを行いこの世界に着て来たジャージに着替えギルドへと向かう。

昨日飲みすぎたせいか体が怠い、本来なら休みたいがゆんゆんを待たせるのも悪いな…

ギルドに着いたら水でも貰おう。

ギルドに着き周りを見渡すと隅の席にゆんゆんが一人突っ伏していた、多分二日酔いだろう。

近くにいた酒場のウエイトレスに温かいスープと飲み物を頼みゆんゆんの元に向かう。

「あぁ、カズマさんおはようございます…」

「おはよう、ゆんゆん」

ゆんゆんは俺に気づくとゆっくり顔を起こしこちらに顔を向け、安心したのか少し微笑みながら再び突っ伏した。

「なんだ、体調が悪いなら休んでおけば良いのに」

俺は自分の事を棚上げし、ゆんゆんに気を使うと

「だって‼︎今日来なかったらカズマさん他の人とパーティ組んでしまうかもしれないじゃないですか‼︎」

ゆんゆんは突っ伏しながら叫ぶ、その声色には哀愁が漂っている。どうやら過去に何かあったのだろう、触れないでおこう。

後、居なかったら他の人を探そうと思ってたのは墓まで持って行こう…。

「お待たせしました」

凄いタイミングでウエイトレスから注文の品が運ばれ、それをゆんゆんにまわす

「ほらゆんゆん、これでも飲んで少し休もうぜ」

ギャーギャー過去の話をする彼女は止まり。

「え、これは私に?」

驚いたのか、皿と俺を交互に期待半分、何かないか警戒半分でみる

「そうだよ、ゆんゆんは同じパーティーでやって行くんだからこれくらい当然だろ」

ポンと彼女の肩に手を当て、反対の手で親指を立てる

「か、カズマさん」

それを聞いた彼女は感動したのかウルウルと涙を滲ませながらスープに手を伸ばし口にする。

こんなに便利なアークウィザード、そうそう手放すものか。

スープを飲み終えると再びグッタリと机に伏せるゆんゆん

「すいません、スープありがとう御座います…ですけどまだ調子が良くないのでクエストは午後からに…」

スースーと俺が居なくならないと安心したのか、彼女は寝てしまった。

「えぇ…ってちょっと待って!起きろゆんゆん、スキルとか色々教えてくれよ‼︎」

体をゆさゆさ揺らすが起きる気配はなく 、ただスースーと心地良さそうな寝息が聞こえるだけである。

とりあえずジャージの上着を彼女にかけ、これからどうしようと考えていると

「ねえねえ聞いたよ、君冒険者なんだって?盗賊スキルで良かったら教えられるよ」

席に座りながら冒険者カードを眺めてると、先程の話を聞いていたのか頬に傷のある銀髪の少女が立っていた。

「え、ぜひぜひ‼︎でも盗賊スキルって何が有るの?」

俺は即答で返事をすると

「元気いっぱいだね、盗賊スキルは使えるよー罠の解除に敵感知、潜伏に窃盗持ってるだけでお得なスキルが盛りだくさんだよ、それにポイントも少ないしどうだい?いまならクリムゾンビア一杯でいいよ」

「お願いします‼︎」

即座に飲み物を彼女に注文し、彼女から職業やスキルについて話を聞く。

彼女の名前はクリス、そしてどうやら冒険者にはスキルは無く、他の職業の人に一つ一つに教えてもらう事で習得ができるらしい。

中々便利だが、必要ポイントは多く威力性能はやや劣るらしいが多彩性が有るので何とかなるだろう。

一通り話を終えるとゆんゆんを受付嬢に任せ、ギルドの外の広場に出ようとすると、クリスが

「ちょっと待ってて、技を教えるのにもう一人必要だから」

てててっと、彼女は他のテーブルに座っていた金髪で全身鎧を纏った女性としばらく話すと一緒にこちらに向かってくる。

「紹介するね、彼女はダクネス。クルセイダーで前衛を勤めてもらってるんだ」

年は俺と比べて一つか二つ上だろうか、整った顔立ちに凛とした風格を持った彼女は宜しく、と軽くお辞儀をする。

「カズマです、冒険者やってます」

うす、とこちらもお辞儀をする

「彼女も私も基本暇だからクエストする時よかったら誘ってね」

自己紹介が終わると人気のない広場に移動する

「ここら辺でいいか、ダクネスはここで立って待ってて」

「?、まあ構わんが」

クリスに言われダクネスを広場に立たせると、今度は俺を物陰に引っ張り

「いいかい?これから私が潜伏を使いながら彼女に近づいてこの石を投げるから、君はそれを見ていて」

クリスは地面の小石を拾いながら言うとそのまま樽を持ち上げスッポリ上から被ると、ダクネスの後ろに回り込む様に進んでいく、一方ダクネスはボーっと景色を眺めている。

潜伏を使っている彼女は気配が無く一度目を離せば見失いそうになるくらいに存在が薄くなっている。

「ん?」

ダクネスの後ろに着いたクリスは樽から手を出し、ダクネスに向かって石を投擲する。

「痛っ⁉︎」

いきなり石をぶつけられたダクネスは後ろを振り向く、そこには当然彼女が居る。

スタスタと彼女はその樽に向かって進む

「敵感知、敵感知…おぉ‼︎ダクネスの殺気を感じるよ‼︎…ってちょっとダクネス⁉︎これはスキルを教える為だって言ったよね‼︎ま、待って‼︎ちょっと待ってってあぁぁぁぁぁあぁぁ‼︎」

樽にたどり着いたダクネスは樽の淵を掴むと、そのまま横に回し転がしていった。

こんなんでスキルを習得できるんすかね…

 

 

「こほん、さてお次は私の得意なスキル窃盗だね、これは相手が君でも大丈夫だと思うから…」

ダクネスに転がされボロボロになった彼女は息を切らしながら説明する、因みにダクネスは気が済んだのか近くの木陰で休んでいる。

「このスキルは相手の持っているものを何でも一つ奪える事ができるんだけど、まぁ試しにいっちょ「スティール」」

彼女は手を突き出して叫び手から光が広がったと思うと、彼女の手の中には俺の財布が握られていた。

「あー‼︎俺の財布⁉︎」

俺の生命線で有る財布が取られてしまった。

「これで大体分かったでしょ、じゃあ財布を返すから…」

クリスは財布を俺に返そうとするが、寸で止められる。

え?と驚いていると、彼女はイタズラっぽく笑うと

「そうだ勝負して見ない?スキルをここで習得してそのまま私にスティールをかける、この財布を取り戻すなり私の財布と交換するもよし、そして一番の目玉はこのダガー‼︎40万エリスはくだらないよ」

成る程、クリスの提案は面白い…酒場ではスティールは自身の幸運値に依存するらしい、ちなみに俺の幸運値は全ステータスの中で最も高い。あれ?ワンチャンいけるんじゃないか?

「おっしゃー‼︎その提案乗った」

すぐさまカードを取り出し、窃盗スキルとついでに潜伏、敵感知を習得する、ポイントはだいぶ無くなったが大丈夫だろう。

「準備は大丈夫?さぁどこからでもどうぞ」

「何取られても知らねーぞ‼︎「スティール」」

手を前に突き出し唱えると、一瞬光が広がりそして手の中に何か掴んだ感触があった。

よし‼︎取り敢えずは成功だ、さてさて内容は…

「え⁉︎」

俺より先に何を取られた事を理解したクリスは顔を赤らめる

「こ、これは⁉︎」

手の中の布を広げ、自分が何を取ったのか理解した、これは当たりも当たり大当たり‼︎

「パンツ返してぇぇっぇぇぇぇ‼︎」

彼女はスカートを押さえ叫ぶ、それに対して俺は物を空に掲げ

「ヒャッハー‼︎」

高らかに雄叫びをあげ、戦利品に酔いしれていると木陰にいたダクネスは

「な、なんて鬼畜なやつなんだ‼︎」

何やら興奮した様に立ち上がった。

 

 

その後、色々一悶着あったものの無事スキルを入手しギルドに戻る。

扉を開けると、むすっとしたゆんゆんが酒場の椅子に鎮座していた。

「酷いですよ私を置いて外に出て行くなんて」

「わるいわるい…ってそれはゆんゆんが寝て起きなかったからだろ」

確かに俺はゆんゆんを起こそうとしたはず、起きなかったゆんゆんが悪い。

「そうですけど…って何で後ろの人泣いてるの?」

バツが悪くなったのか話題をそらす。

後ろの人?後ろにはクリスとダクネスが居るはずって…

後ろを振り向くとさっきまでケロっとしていたクリスが泣いていた、いや顔を両手で覆っている為本当かどうかは分からない。

「うむ、クリスはそこのカズマにパンツを剥がれた上に有り金を毟られ落ち込んでるだけだ」

ずいっと、前にダクネスが出ると、口を開き説明した。

「おいあんた、何言ってるんだ待てよ、間違ってないけどほんと待てって」

ダクネスの口を押さえ抑えると、今度はクリスが

「いくらでも払うからパンツ返して言ったんだけど、自分のパンツの値段は自分で決めろって、けど…満足しなかったらそのパンツは家宝として奉られるって…」

「だから待てって‼︎」

ダクネスに続きクリスの口を塞ごうとすると

「ふーんカズマさんって変態なんですねー」

不貞腐れた上にジト目でゆんゆんはこちらをみる、あぁやばいパーティー解散の危機⁉︎

「で、カズマさんスキルを教えて頂いたんですよね?」

ニッコリと彼女は笑いながらこちらに微笑む、どうしよう笑顔が怖い…

弁解してもらおうと後ろを向くと、二人とも目を逸らす。

「見ておけ‼︎ゆんゆんこれが俺のスキルだ「スティール」」

ヤケクソ気味に手を突き出し、叫ぶと手の周囲が光り手には何かの感触が残る

「え⁉︎スティールって窃盗の…きゃっ‼︎」

何かに気づいたのか、彼女はスカートを押さえプルプルと震えている。

あれ?この反応何処かで…

恐る恐る手を開くとそこには…

「あらららっら⁉︎奪えるのはランダムな筈なのに、何で‼︎」

ゆんゆんのパンツがそこにあった。

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎返してぇぇぇぇぇえぇ」

片手でスカートを押さえ、彼女が飛びかかってくる

「落ち着けゆんゆん‼︎これは偶然なんだぁぁぁぁ」

ヒョイっと彼女の攻撃をかわす、いや、躱してしまった…これが不味かった。

「カ〜ズ〜マ〜さ〜ん」

ギラっと彼女の目が紅く光ると

「ウィンドブレス」

彼女が唱えると、ブワっと身体が持ち上がったと思ったら、そのまま地面に叩きつけられ。

俺は意識を失った。

 



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VSキャベツ(前)

目が醒めると、酒場のベンチに横になっていた。

横には不安そうに見つめているゆんゆん、目が覚めたことに気付いたのか。

「先程はごめんなさい」

ペコりと頭を下げる。

「いや、いいんだ事故とは言えゆんゆんのパンツをとったのは事実だから…」

ホッと起き上がり頭をさすると後頭部にたんコブが出来てる。

辺りを見渡すと、クリス達はどこかに行ったのか姿が見えない。

結局御礼が言えなかったなぁと思っていると、ゆんゆんは軽く咳払いし二日酔いが覚めたのか元気そうに

「コホン!さぁカズマさん、まだ時間はありますのでクエストに行きましょう」

ガタンと、椅子から立ち上がると俺の肩を掴み、依頼の貼り付けられている掲示板へと引っ張られる。

おい待て、俺はさっきまで気絶していたんだぞ、もう少し優しくしろ。

掲示板の前に立つと、彼女はうーんと悩みながら一枚一枚見ている。

「なぁゆんゆん、俺はまだレベル低いから簡単なものだと嬉しんだけど」

どうやら彼女はそれなりにレベルが高いらしいが、それに比べ俺のレベルは未だに一桁、彼女のレベルに合わせたクエストを受けると最悪死ぬかもしれない。なんだかんだ言って蛙も倒せなかったし。

「大丈夫です‼︎私に任せて貰えれば万事OKです」

一緒にクエストに行く仲間ができて嬉しいのか、彼女は楽しそうにプレゼントを選ぶかのように一枚一枚値踏みする。

「さぁ、これなんてどうですか?」

何か良さげな物があったのか、ベリっと用紙を剥がし俺に突き出す。

彼女が剥がしたのはゴブリン討伐と書かれたもので、内容としては山に現れ農作物を荒らすゴブリンを討伐して欲しいというもの、報酬は一体毎に支払われ条件としては問題はないだろう。

「確かに条件は良いけど、結構遠くないか?」

場所が山に指定されているが、このアクセルの周りには山は遠くの景色に見えるくらいだ。

電車でもあれば行けるだろうが、この世界にそのような物は見当たらない。

「確かに少し遠いですけど、行商人の馬車に乗っていけば明日にはつきますよ」

明日って…俺はもっとお手頃なのを、と彼女に言うがどうやら近場のモンスターは既に他の冒険者に狩り取られこの時期にはジャイアントトード位しかクエストが無いらしく、他のクエストは少し遠くに行かないと行けないらしい。

「じゃあ仕方ないか、せっかくゆんゆんが選んでくれたしこれにしよう」

はーいと、彼女がクエストの用紙を受付に持って行こうとした時だった。

「緊急クエスト‼︎緊急クエスト‼︎街の中の冒険者は至急ギルドへ集まってください‼︎」

突如鳴り出した警報音と共に放送が響いた

「おい緊急クエストって何だ?何が起きたんだ?」

尋常じゃない雰囲気に当てられ彼女に問いただすと、彼女は何かを思い出し少し嫌そうな顔をし

「そう言えばキャベツの収穫の時期がそろそろでしたね」

はぁ、と溜息をついて掴んでいた紙を掲示板に貼り直し

「まぁ、これも良い機会です!カズマさんも行きましょう‼︎」

そう言い彼女は俺の肩を掴み引っ張る

「ちょっと待て!意味が分からん、何でキャベツの収穫にこんな騒ぐんだ⁉︎」

引っ張られ街路に出ると、街の人たちがまるで嵐が来るかのように戸締りや防壁を作っている。

「何言ってるんですか?キャベツの収穫ですよ、そして今年は生きが良いらしいですよ」

訳が分からない…この世界に来て早2日、前の世界の常識が通じなすぎて辛い

走る事数分、ようやく街の入り口に辿り着いたが俺の体力は既に限界を迎え肩で息をしていると

「カズマさんいくらレベルが低いからって体力なさすぎですよ、普段動いてますか?」

息を切らした俺とは対照的に彼女は普段通りと言うかケロッとしていた。

クソ‼︎ここに来て引き篭もりの影響が‼︎

入り口に辿り着くと、町中の冒険者達が集まっていた。中にはギルドに居なかったクリス達も居た。

クリスは俺の視線に気付いたのかこちらに駆け寄り

「気を失ったけど大丈夫だったんだね」

「お陰様で何とか、あとスキルありがとな凄い助かった」

「良いよ良いよ、飲み物奢ってもらったしあれでチャラだよ」

取り敢えず礼は言えた、パンツの事は触れないでおこう…

「後、キャベツの収穫祭って何だ?何でみんな騒いでるんだ?」

「あぁ、あれ?そう言えば君は初めてだっけ、ここのキャベツは収穫の時期になると飛んでどっか行っちゃうんだよ、キャベツも死にたくは無いからね」

「何だそれは⁉︎」

ビックリしていると、前の列の冒険者から雄叫びのような叫びが聞こえる。

何だと思い前方を目を凝らし眺めているとそこには。

無数の大量のキャベツが浮遊しこちらに向かってくる。

「おいおいおいおい⁉︎そんなのありか⁉︎嘘だろ⁉︎」

キャベツの接近に合わせ、街の冒険者達が突っ込んでいく

「皆さん、今回のキャベツは一体につき最低一万エリス、捕まえるなりしてこちらの檻に入れてください‼︎尚、清算は数が数なので明日になります、くれぐれも怪我には気を付けてください」

何⁉︎あのキャベツが一体一万だと⁉︎

キャベツの値段に驚愕しつつも、俺も狩ろうと前に出るとゆんゆんが横から

「カズマさんどっちが多く狩れるか勝負しましょう‼︎負けた方が今日の夜ご飯は奢りです‼︎」

えぇ、アークウィザードに勝てる訳ない無いじゃん。

「ちょっと待て、せめてハンデを」

そんな俺の考えを意に介さず彼女は颯爽とかけていき

「トルネード」

彼女が呪文を唱えると前の前に竜巻が起こり、周りのキャベツを巻き込んでいき、そのまま檻に流し込んでいく。

「うわ汚な⁉︎それでもウィザードかよ」

俺の文句を聴くと彼女はふふっと笑い

「カズマさんも他の人から習ったスキルがあるのですからそれを使ったらどうですか、他の人から‼︎習った‼︎スキルで‼︎」

あ、あいつ二日酔いで眠ってた癖に最初に他の人からスキルを教わった事に怒ってやがる。

ならこっちにも考えがあるぞ

「なぁゆんゆん、この試合に何か禁じ手とかあるか?」

トルネードでキャベツを回収し余裕なのか彼女は

「特に無いですけど受付の人を脅したり数字を変えるのは無しですよ」

「成る程分かったぜ「スティール」」

ここに来てから多分最高の笑顔で叫ぶ。スキルの発動と共に手が光り、消える頃にはいつもの感覚が掌のなかにあった、と言うことは。

「え?あっ!きゃぁぁっぁあぁぁぁっぁぁぁ!!」

彼女は自身に何か起きたのか気づきスカートを抑える。

そしてこれだけでは終わらない、俺は教えなくてはいけないのだ‼︎彼女が誰に喧嘩を売ったのかを‼︎

彼女のパンツ片手に冒険者カードを弄る、やはり身を持って味わった為かスキルの一覧には俺の欲しいスキルが表示されておりそれを迷いなく習得する。

「行くぜ!俺に勝負を持ち込んだ事を後悔しやがれ‼︎」

「「ウインドブレス‼︎」」

心の奥から叫ぶ、レベルの低い俺では彼女程の強さは無いが軽い物を飛ばすくらいの風を起こす事は出来るだろう。

俺の手にに握られた物はウインドブレスの風に乗り飛ばされて行く。

「いやぁぁぁぁぁぁ‼︎カズマさんの変態ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ‼︎」

スカートを押さえながら彼女はひょこひょこ追いかけていった。

「うわー君最低だね」

見られていたのか、いつのまにかクリスが横にいた。

「俺に喧嘩を売ったあいつが悪い」

そう、俺は売られた喧嘩を買っただけだ、何も悪いことはしていない。

「えぇ…まぁいいや、それよりキャベツにスティールを使ってごらん、運が良ければ羽とか毟れるよ」

「成る程、ありがとうな」

どういたしましてと、彼女は再びキャベツにスティールを当て回収して行く

よし、俺も頑張らなきゃな。ゆんゆんを行動不能にしたのはいいがそれでも今までの分が残っている以上気をぬくと負けそうだ。

潜伏で気配を消しながらスティールでキャベツを狩っていく、何だろうこの単純作業が地味に楽しいと思っている自分がいる。

 

 

「おい‼︎第2波来るぞ気をつけろ‼︎」

しばらくして落ち着いた頃、再びキャベツの群れが遠くから見える。

 



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VSキャベツ(後)

「マジかよ‼︎」

遠くにいたキャベツ達は瞬く間にこちらに接近し、第一陣で疲弊した冒険者に激突し倒して行く。

「疲労した冒険者は避難しろ‼︎」

近くにいた誰かの掛け声に反応し、冒険者達は街に逃げて行き幾許の人数が残る。

その中にはクリス、ダクネスも含まれている。

「何だ、お前も残っていたのか」

ダクネスに目が合うと彼女から話しかけてくる。

「まあね、ここで逃げたらあいつに晩飯を奢らないといけないからな」

互いにキャベツを捌きながら会話を続ける。

ん?あいつの攻撃キャベツに当たってなく無いか?

スティールをかまし潜伏の状態で回収をしつつ彼女を観察すると、どうやら振った剣はキャベツに当たらずに空をきっている。

「えぇ…」

それ前衛として大丈夫なのかよ、人のこと言えないけど。

「そうなんだよね…ダクネス何故か攻撃系統のスキルを頑として取らないんだよね…」

あんぐり口を開けてると、またいつのまにかクリスが居た。

「大丈夫なのかよ!あんたの所の前衛⁉︎」

振り向きながら突っ込むと 、彼女はハハハ…と頬を掻きながら乾いた笑いをする。

「まあ、あれはあれでいい所があるんだよ」

どこに?と聞こうとしたが野暮なのでやめておこう、人のこと言えないしな。

「それにしてもいい感じだね!さっき教えたばかりなのに、私の教えた盗賊スキル使いこなしてる」

「おうよ!この調子で他のスキルも頼むな」

「えー、それは君の誠意次第かな?」

ハハハと今度は楽しそうに笑うと、少し離れたダクネスの所にキャベツが集まってたのでそちらに向かうと言いそちらに走っていった。

しかし俺と話していた事が災いしたのか彼女は潜伏スキルを使い忘れてしまい、飛来したキャベツが彼女の脇腹に激突した。

「…っ‼︎」

大きい打撃音とともに、彼女が横に吹っ飛び勢いそのままころがっていく。

「クリス‼︎」

潜伏スキルを使用しながらクリスに近寄る、幸い大事には至らなかったが打撲だらけだった。

「私は大丈夫だから君は逃げて…」

強がるクリスに追い打ちをかけるようにキャベツ達はこちらに向かって飛来する。

まずいと思いながら、腰にかけた剣を抜きキャベツにぶつけながら軌道を逸らす、キャベツの激突と共に手首にかなりの重さが掛かるが何とかなりそうだ。

「クソ‼︎埒があかない、てか何で切れねんだよ‼︎」

仲間の仇と言わんばかりに、手を休める事なくキャベツ達はこちらに向かってくる。

「君もしかして片手剣スキル取ってないでしょ、お礼に後で紹介してあげるよ」

声が掠れながら彼女はそう言いスティールでいくつかのキャベツを行動不能にしていく。

しかしそれも長くは続かずに、途中クリスはぐったりし、キャベツを弾いていた俺の剣は横から来たキャベツに弾かれる。

「よくぞ耐えたな、カズマと言ったか、私の友人を守ってくれた事に礼を言おう」

剣を失い、とうとう成す術を失った所にダクネスが俺達の前に現れ、キャベツの体当たりを一身に引き受ける。

「おいダクネス!ここはいいからお前は逃げろ」

注意喚起するが、彼女はそれを聞かずに立ち続ける。

「何を言っているんだ、お前は私の友を庇った!ならばお前達は私が守ろう‼︎」

彼女そう言いながらもキャベツの体当たりを受け続ける、攻撃を受ける度に自慢の鎧は剥がれ落ちやがては自分自身の肉体を犠牲にし、まさに肉の壁と言った所だろうか。

「はぁ…はぁ…んんっ⁉︎何のこれしき‼︎」

何だろう、辛そうな状況なのに悦に浸って…

「あいつ‼︎喜んでやがる‼︎」

俺の思いとは裏腹に彼女の表情は幸せそのものだった…何だろう心配した俺が馬鹿らしくなった。

しかしどうするか?この状況も長くは持たないだろうし、考えようにも…

取り敢えずクリスを安全な位置に運ぶ為に

「ダクネス、悪いんだがもう少し囮を頼む、俺はクリスを安全な位置に運ぶ‼︎」

ダクネスに背を向け、クリスを持ち上げる。

重たっ‼︎

漫画みたいに軽々と持てるわけはなく、足を子鹿のように震わせながら運ぶ。

クソッ‼︎ここに来てレベルの低さが…後、重って言わなくて良かった。

 

 

クリスを預け、再びダクネスの所に戻ると、彼女を囲むように周囲にはキャベツの大群が展開され次々と体当たりを繰り返している。クルセイダーにはデコイという敵を引き寄せるスキルが有るらしいが多分それを使っているのだろう。

クリスを運ぶ間、キャベツの攻撃を一身に受けるダクネス、なんて凄い奴なんだ…アレで興奮してなければな‼︎

「遅いぞカズマ‼︎このキャベツの大群の攻撃を一身に受ける私‼︎まるで…」

「言わせねーぞ‼︎」

興奮が最高潮に達したのか、さっきまでの凛とした雰囲気は見る影なく、そこには一人の変態がいた。

その後は、なし崩し的にプリーストが彼女にヒールを掛けながら、ダクネスに集まっていくキャベツを他の冒険者が狩っていくスタイルになるが。

「このままじゃ埒があかないぞ‼︎」

思ったよりも数が多く、減っているとは思うが見た感じのキャベツ数は変わってないように見える。

このままだとジリ貧だ、どこかに大きな威力を持った術使いが居れば…いれ…居たわ。

ゆんゆんの事を思い出したその時だった。

「カースド・トルネード」

澄んだ響きと共に魔法が発動する。

先程のトルネードとは威力も規模も桁違いな強風の渦が出現し、周りのキャベツを巻き込んでいく。

ゆんゆんは、遠くから走ってきたのか、肩で息をしながら俺を見つけると。

「カ〜ズ〜マさ〜ん‼︎」

多分、いや確実に怒っている。激おこゆんゆん丸と言う奴だ。

「いやアレは、そのアレだ勝負だから仕方ない」

竜巻を制御しながら彼女が迫ってくる、凄く後が怖いので目を逸らす。

「アレはアレだしそれはアレだったんだ、つまり俺は悪くない」

それっぽい単語を並べゆんゆんを説得に掛かる、それっぽいと言ってもアレを連呼しているだけなのだが…。

チラっとゆんゆんを見ると、声のトーンとは比べ物にならないくらいニコニコと笑顔だった。

「カズマさん、言いたい事があるなら私の目を見て言ってください」

いくつか考えていた言い訳も吹っ飛び。

「すいませんでした‼︎」

俺は潔くゆんゆんに謝罪することにした。

 

 

ゆんゆんの魔法によりキャベツの群れは一掃され、俺は彼女の冷たい目線に突き刺されながら酒場に向かう。

酒場に着くと先に帰った者達が祭りの様に盛り上がっていた、騒いでいる人達の間を縫いながらも空いている席を見つけ確保しウエイトレスに注文する。

「まったく…今回は許しますけど、次は無いですからね」

プンプンと彼女はそう言って、提供されたキャベツ炒めに箸を伸ばす。

「何も言えません…」

勝負の結果も途中までは良いとこだったのだが、最期の所で圧倒的な差をつけられてしまい俺の惨敗となった。結局この食事も俺の奢りとなった。

明日賞金がもらえると言っても所持金が足りるかな…

取り敢えずキャベツ炒めに箸を伸ばす。

「何これ美味っ‼︎」

流石は飛び回るキャベツな事はある、味は予想を超える程美味しく歯応えも良い感じだった。

「当たり前じゃ無いですか、このキャベツを食べる為に食通は追い掛けながら旅をするらしいですよ」

まじか、でも何となく分かる気がする程このキャベツは美味しく収穫するだけで貰える経験値も美味しく、二重の意味で美味しい。

けどキャベツ追っかける為にこの世界に来たわけじゃ無いからな、この案は無しだな。

「ちょっとお花摘んできますね…」

キャベツを味わっていると、彼女は立ち上がるとそそくさと何処かに行ってしまう。

このまま彼女を置いて帰ろうと思ったが可哀想なのでやめておこう。

飲み物でも頼もうかと思いウエイトレスを呼ぼうとすると

「あ、やっぱりここに居た」

横を向いた時にこちらに近づいたクリス達に遭遇した。

「おー無事だったか」

二人は先ほどとは違い落ち着いた格好をしている、どうやら一度帰って着替えたのだろう。

「お陰様でこの通り五体満足だよ」

彼女は両手を広げ無事な事をアピールすると、後ろからダクネスが

「あの竜巻は君の連れの魔法だったそうじゃないか、ぜひ礼を言いたかったのだが」

「ゆんゆんは今少し諸用があるみたいでな、少ししたら戻ってくると思うけど…どうする待ってるか?」

流石にトイレとは言いづらく少し誤魔化す、これがデリカシーという奴だ。

「いや構わぬさ、彼女程の実力なら度々会う機会がありそうだしな…それに…それにだ‼︎あの力強い竜巻に巻き込まれたらと思うと今でもこうふ…ゾッとしていた所だ、あの竜巻に巻き込まれ一緒に巻き込まれた人や物と一緒に揉みくちゃにされ‼︎最後にはどこか知らない場所に吐き出される‼︎考えただけで興奮が止まらない‼︎次会う事があれば是非彼女に‼︎」

「あぁ‼︎もういいから‼︎お礼言いにきたんでしょ‼︎お、落ち着きなよ‼︎」

興奮する彼女をクリスが必死になって押さえつけるもクルセイダーである彼女の力には勝てず、仕方なしに引きずっていく。

「そうだ、君にスキルを紹介する予定だったね、今度暇があったら声かけてよ私はいつでも空いてるから」

そう言えばそんなこと言ってたなと思いながら暴走したダクネスを運ぶクリスを眺める。

ああ言うところが無ければ美人でいい人なんだけどな。

あれと言う間にダクネスが外に引きずり出されると、見計らった様にゆんゆんが帰ってくる。

「見てないでゆんゆんも来ればよかったのに」

今までボッチだったゆんゆんの事だ、どうやら隠れて見ていたのだろう。

「え、私なんかが話しに入っても迷惑だと思うんですけど…」

その遠慮こそがボッチの原因だと思うのだが

「カズマさん、あの方達と仲が良いんですか?」

あまり触れられたくないのかおずおずと彼女は話題を変える。

「仲が良いって言うか、スキルを教えてもらった関係かな」

俺も仲が良いかと言われると反応に困る、俺が仲いいと思っていても相手がそう思ってなかった場合だとかなり心にくるものがある。

「そっか…カズマさんにはもう知り合いが…私は大分前からこの街に居るのに…やっぱりこの街に来ないで里で大人しく一人で居た方が良かったのかな…ライバルを追っかけてこの街に来たけど何処かに行っちゃたみたいだし、本を参考に色々してみたけど全然ダメだったし…」

グスンと彼女は俺がきて早々に知り合いが出来て悔しいのか少し落ち込む。

無理も無いだろう、彼女にとって友達を作る事は何よりの目標で、それをこの街に来て数日の俺が簡単に談笑する位の友達を作っているの見れば嫌になる。

「すいません、突然こんな事言って…迷惑ですよね…こんな面倒くさい人嫌ですよね…」

感情を抑えるのに限界が来たのか彼女の目から涙が流れる、この街に来て時間を潰す相手は居てもこうして話す相手は居なかったのだろう。

何となく俺もその気持ちはわかる、この世界に来て彼女に会わなければ俺もこの街で一人ボッチかもしれなかったのだから。

俺はそんな彼女の肩に手を置き

「何言ってんだゆんゆん俺たちはパーティだろ、パーティメンバーは互いの命を預け合うんだから友達よりも格は上だろ、それに俺はゆんゆんに命預けてるんだ今更何しようが嫌ったりはしないさ」

「そう…ですよね…」

それを聞き、安心したのか彼女は手で顔を隠しながら静かに泣いた。

 



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ゴブリン狩り

その後収穫の疲れもあってか泣き疲れた彼女を受付の人に預け、入浴を済ませ馬小屋に戻る。

いい加減まともな寝床が欲しいかな。

藁が敷かれた寝床に体を預け天井を見上げ一息つきながら目を瞑る。

そろそろ普通の寝床で寝たい…

 

 

朝目が覚めるといつもの様に着替えギルドに向かう。

今年のキャベツは大量だった為か集計に時間が掛かるらしい、つまりそれが終わるまでお金が入らない。

そして残りの所持金は残りわずかで、クエストを受けねば餓死する。

どうしようか考えているうちにギルドに着き、ドアを開けて周りを見るが端の席にもゆんゆんは居なかった。

仕方ないので、ギルドの奥に行き。

「あの、ゆんゆん見ませんでした?」

受付に聞くと、受付の人はため息をつき「アレ」と柱を指差す。

その方向を見るとゆんゆんが柱の陰に隠れながらこそこそこちらを伺っていた。

「何をしたのか知りませんけど、来た時からずっとこそこそ柱に隠れながら来た人を確認しているんです、お願いしますよ貴方がパーティー解消したらまた仕事が増えるんですからね」

すいませんと受付の人に軽く謝罪し受付の影に隠れる、そしてゆんゆんの視界から俺が消えた事を確認した後、潜伏スキルを使い俺を見失いキョロキョロしている彼女の後方に立ち。

「おはようゆんゆん」

「きゃぁ‼︎」

突然後方から挨拶されビックリしたのか、彼女は体を仰け反らせて跳び上がった。

「ななな、カズマさん‼︎さっきまであそこにいたのに…」

彼女は態勢を立て直し、モジモジしながら。

「あの…昨日は見苦しい所を見せてしまいすいませんでした」

恥ずかしそうに、目線は俺の目を見ては逸らしを繰り返しながら彼女はそう言った。

「そう言う事はあまり気にすんな、こっちまで恥ずかしくなるだろ」

「そ…そうですね」

二人揃って恥ずかしさで顔が赤くなる。

「そうだ、今日はクエスト行かないか?もうお金が無いんだ」

急いで話題を変える、流石にこの雰囲気はキツイ。

「そそ、そうですね。それじゃ昨日見たクエストがまだありますのでそれに行きましょうか」

彼女は急いで掲示板に向かうとベリっとクエストの用紙を剥がし受付へと持って行った。

しばらくすると受付が終わったので彼女が俺の元に戻り。

「クエスト受注完了しました、一応何日か掛かるので準備してきますね、カズマさんもしばらく此処には戻ってこれないので色々済ませてくださいね」

では午後に停馬所で、と彼女は言い残しギルドを去って行った。

しばらく此処には戻ってこれないか…なんかゲームみたいだな。

ここに来て数日、特に持ち物などないのでやることが無いなと思っていた所に銀髪が見えた。

「おーいクリス‼︎」

午後まではクリス達にスキルを教えて貰う事にした。

 

 

「お待たせしました」

スキル指南を終え、指定された場所で待っていると大荷物を背中に背負ってカタツムリみたいになった彼女が急いで走ってきた。

「おぉ…凄い荷物だな、何入ってんだ?」

後ろの荷物を指差すと彼女は自信満々に

「これですか?これには色々入っているんですよ、トランプにオヤツや…」

途中から聞き流していたが中には色々入っている様だった、何というか初めてのお出かけに行く子供みたいな量だなと思いつつも、かつての自分もそんな時代もあったなと思い出す。

「へ、へぇ…所で馬車で行くんだよな切符とか買わなくてもいいのか?」

それを聞いた彼女はふふん、と笑いながらポケットから数枚のチケットを出す。

「安心してください、席ならもう取ってありますので」

はい、と俺に一枚渡す、しかし彼女の手に残り何枚か握られている、アレは何だ?途中で乗り換えるのだろうか?

疑問に思っていると彼女にさささっと言われるままに馬車に案内される。

案内された馬車は左右3人ずつ座る計6人用で少し広いくらいの広さである。

中を覗くと他には誰もおらず、一番乗りかと思いチケットを渡すと奥に詰めて座る、彼女は操縦士にチケットを見せ少し会話したかと思うとそのままこちらに入る。

「では、巡回路コースで出発します」

そして彼女が入るのを確認すると操縦士手綱を握り馬を走らせる。

中には俺とゆんゆん、馬車とはこんなにも空くものなのかと止まっている他の台の馬車を覗くとどこもそれなりに混んでいる。

「なぁゆんゆん」

「はい何でしょうか?」

彼女は屈託のない笑顔で返事をする。

「この馬車もしかして貸き…」

「あ、カズマさん外を見てください動物の群れですよ」

唐突にそしてあからさまに彼女は俺の言葉を遮った、これはもう確信犯だろう。

「貸し切ったんだな」

再び問いただすと、彼女は諦めた様で

「そうですね…確かに貸し切りました。ですけどこれには理由がありまして…」

ツンツンと両人差し指を数回突いた後、鞄から何やら板の様なものを取り出すと、そのまま俺の前に置いた。

「こ、これは⁉︎」

それには見覚えがある、板の上に書かれたマスにそれぞれの現象が書かれ、ルーレットを利用し進む数を選択してお金を集めるゲーム…つまりこの世界の人生ゲームだった。

「これは旅の商人が何処かの冒険者から聞いたアトバイスを元に作ったと言われるボードゲームなんです‼︎」

ババーンと彼女は手を伸ばしボードゲームの紹介する、どうやら言葉や文化的な物が違う位でおおよそのルールは変わらないようだ。

「これやるのか?馬車の中だからすごく揺れるぞ」

俺も昔バスとかでボードゲームをやったが揺れがすごくて駒がずれた事を思い出す。

「大丈夫です!こんな事もあろうかと衝撃を吸収する魔道具を持ってきました」

ゴソゴソと鞄から円柱に丸められたシートを取り出し広げると、そのまま器用にボードの下に引いた。

「さあこれで大丈夫です‼︎」

やりましょう、と彼女は言い出すので仕方無しに付き合う事にする。

「さてと」

ボードに備え付けられたポーチからいくつかの道具を取り出し分けていく、金、職業、イベントなどにカードがあり、職業は冒険者などに変更されている。

「カズマさん手付きが慣れてますね、もしかしてやった事あるんですか?」

俺が準備する手際の良さに気づいたのか、不思議そうに聞いてきた。

「あぁ、このゲームは俺の国にもあったな中身はだいぶ変わってるけど」

ほっほっほっと駒を並べ、ルーレットを組み立てる。

「カズマさんはよその国から来たんですよね、どんな所なんですか?」

金銭の管理は彼女に任せ、俺は他の雑用を担当する。

「ニホンって言う国だよ、俺はアクセルしか知らないけど、そこはモンスターも冒険者も居ない平和な国だけど何も無かったかな?よし準備も済んだし先攻後攻決めようか。」

じゃんけんポン、と両者互いに手を出す。

彼女がグーで俺がパー、俺は先攻を選びルーレットを回し駒を進める。

「えっと盗賊に転職する、か」

カード束から盗賊の職業カードを引っ張り出し手元に置く。

「次は私ですね、えいっ!あっ私はアークウィザードですね」

はいよ、と彼女に職業カードを渡す。

「話は戻りますけど、ニホンってここからだとどの辺りにあるんですか?モンスターが居ないなんて聞いた事ないですね…あっ!別にカズマさんを疑ってるわけでは無いですよ」

自分で言ったものの、どう説明したら良いものか…

「なんて言ったら良いんだろうかな?俺もどうやってここに来たかはよく分からないんだよね、気づいたらアクセルの真ん前に居たって感じかな」

取り敢えずはぐらかす事にする、まぁここに来た方法なんて俺もよく分からん女神に聞いてくれ。

「気づいたらって、それ誰かにテレポートで飛ばされたんじゃ無いですか⁉︎」

びっくりしながら彼女は言う。

テレポートは多分呪文の事だろう、帝都に行くルートに確かそんな感じの事を聞いた気がする。

「それに似た様なものかな、まあでも今更戻ろうとは思わないかな。おっ結婚したぞ、お祝い金くれよ」

結婚したので駒に女性のピンを突き刺し、ゆんゆんから4000エリスぶん取る。

「うわ、もう結婚ですか早いですね…」

お金を取られた彼女は悲しそうにルーレットを回す。

「なんか他人と関わるマスに止まれないんですけど…」

止まったマスは臨時収入、先程から金銭関係のマスにしか止まらず彼女は思わずため息を吐く。

「その何だ…良いことあるよ、次は子供が生まれたぞ」

今度は子供が生まれたので小さなピンを駒に突き刺し、再び金をぶんどった。

「またですか、カズマさんも気が早いですね」

再び彼女はルーレットを回す。

「そう言えばゆんゆんはどんな魔法が使えるんだ?」

ふと疑問に思った。魔法使い系の最高職の彼女は一体どの程度使えるのだろうか?

「私ですか?私なんてまだまだです…一応上級魔法は大体使えます」

何…だと⁉︎

俺は彼女が何故パーティーに入らずボッチなのか分からなくなった。

 

 

二人だけで始まった人生ゲームを数回繰り返し、ひと段落した所で丁度馬車が停止した。

操縦士に帰りの時間を確認した後、先に馬車を降りたゆんゆんと合流する。

「なぁ、ゆんゆんその大きなバックどうにかならないか?折角の緊張感が台無しになるんだが…」

これからモンスター達と命のやり取りをしようと言うのに、目の前で大きなバックを揺らされると何だか遊びに行く様な感覚になってしまう。

「駄目ですよ‼︎この中にはこの後使うものが沢山入っているんですから!」

一歩後ずさると彼女は手を振りながら抗議する。

このままだと冒険者では無く旅芸人に見られてしまう。

しかし彼女が楽しみに色々準備してきた事を思うと何だか可哀想に思えてきた…雰囲気は壊れるが仕方ない彼女の為だ。

「ほら貸せよゆんゆん、取り敢えず報告のあった所まで持って行ってやるよ」

手を出すと彼女は最初警戒していたが、パーティーメンバーの言うことが聞けないのかと言うと嬉しそうに差し出してきた。

「全く、早く差し出せば良いのに…っ‼︎」

荷物を受け取り彼女が手を離した瞬間、とてつもない程の重さが腕に伝わり危うく落としそうになる。

「どうかしました?」

彼女はそんな俺の気も知ってか知らずか、不思議そうに聞いてきた。

「い…いや…何でもない…」

自分で言った手前、引くわけにもいかないので、無理やり自分の力で何とか持ち上げ背中で背負う。ここに来て互いのレベルの違いがはっきりとした瞬間だった。

アークウィザードって腕力強かったけ?

手ぶらになった彼女は気分まで軽くなったのか。

「さぁ‼︎張り切って行きましょうか!」

私に着いて来いと言わんばかりに先陣切って進んでいく。情けないが今回は荷物持ちとして頑張ろう…。

 

 

 

山を登り始めてはや数時間、俺たちは山頂にたどり着く。そこには休憩所と言わんばかりに小屋が一棟建っており中は手入れをされているかの様に綺麗だった。

久し振りに山を登ったのが災いしたのか足がクタクタになってしまい、とてもゴブリンどころではないので一旦休憩にしようと提案する。

「しょうがないですね、まぁ空も暗くなってきた事ですし此処で一泊しましょうか」

彼女は言った反面嬉しそうに小屋に入っていった。俺も早く荷物を降ろしたいので中に入る。

中に入ると様々な設備が設置されているが、その隣に縦穴が空いてある。どうやら設備使用にエリスを支払う様だ。

荷物を置き、照明等々必要最低限の設備をエリスにより稼働させ、そのまま床に寝そべる。

数日とはいえ馬小屋で寝ていた為か、この硬い床も心地良い気分になり思わず欠伸が出る。

「なに寝ようとしてるんですか⁉︎」

ウトウトしていると、バックを漁っていた彼女に見つかってしまい注意される。

「登山で疲れたんだ…ちょっとだけ…ちょっとだけ寝る」

「いやいやいや、それ絶対起きないやつじゃ無いですか⁉︎」

抵抗するもゆさゆさと彼女に揺らされ、仕方なく起き上がり頰を叩いて眠気を覚ます。

「で何するんだ?」

寝ぼけ半分で聞くと彼女はバックの中から一つの地図を引っ張り出し俺の前に広げる。

「作戦会議ですよ、まさか何の考えも無くゴブリン狩りに参加するつもりですか?」

「それもそうだな」

ジャイアントトード狩りの時の手際を見ていると、何もしなくてもどうにかなりそうな気がしなくも無いんだが、流石にそれは駄目らしい。

「ゴブリンの目撃情報は一度山頂に登ってから下った所だそうです」

広げられた地図に彼女が指差す。

「周辺に何か洞窟でもあるのかもな」

ゲームの話になるが、大抵ゴブリン狩りとなれば洞窟に居ることが多い。

「あるかもしれないですね…あとゴブリンを狩る冒険者を狙う初心者殺しというモンスターがいますので気をつけてください」

…何それ怖い。

「そいつ結構強いのか?」

「結構強いと言われていますね、私が居ないとカズマさんは一撃ですよ」

間髪入れずに彼女は何故か嬉しそうに言う。

「成る程、気をつけよう」

まぁゆんゆんも居るし、いざとなれば何とかなるだろう。

「なぁゆんゆん?」

「何ですか?」

「モンスターの動きを封じるスキルとかあるのか?」

「ありますよ」

彼女は頭にハテナマークを浮かべた様にキョトンとした表情になる。

「出来ればで良いんだが頼みたいことがある」

 

 

 

作戦会議を終えると、各自自由にしましょうと彼女が言い出したので小屋から出ている。

正確に言えば彼女がシャワーを浴びるので追い出された感じである。

一体俺が何をしたんだ?と考えるも数回彼女の下着を窃盗した事を思い出し、何とも言えない感情が湧き出す。いかんいかん彼女は大事な仲間だ、今まで大目に見てもらったが流石にこれ以上は駄目だろう。

後方からは彼女が発信源であろう鼻歌とシャワーの水飛沫の音が聞こえる。

落ち着くのだ佐藤和真、素数を数えるのだ。

「2、3、5、7、11、13、17、19…」

 

 

「3259、3271、3299、3301、3307」

かつての邪念は消え去り、俺は新たな領域に達しようとしている。世界という広大なスケールに比べれは俺たちという存在はちっぽけなものであり、またその行為も…

「一人でブツブツ何してるんですか?」

彼女の呼び掛けによりハッとする。危ない…あと少しで戻って来れなくなる所だった。

「あぁ、ゆんゆん遅かったな、俺が何言ってたかって?これは素数と言ってだな」

重い腰を上げ、立ち上がる。

「素数って何ですか?」

入浴後なのからか体から湯気が出ている彼女は不思議そうに聞いてくる。

「1以外で割り切れない数字だよ、例えば37人居て2人組を作るとするとどうなると思う?」

「18組と1人あまりですね」

質問を質問で返され、彼女は若干驚きながらも答える

「次は3人組を作ると?」

「12組と1人ですね」

俺は、悶々とさせられた八つ当たりと言わんばかりに。

「じゃあこの残った1人がゆんゆんだとして、ゆんゆんはペアを作るには何人組を作れば良いんだ?」

えっ私⁉︎と言いながら彼女の動きが止まる、恐らく計算しているのだろう。

しばらく眺めていると

「そんな…私一生独りぼっちなの…」

答えに辿り着いたのか、悲しそうに項垂れる。ペアで省かれるのは辛いよな…俺も大体余って先生と組んだな…。

「ゆんゆんみたいのを生み出してしまう数が素数だよ。じゃ、俺もシャワー浴びてくるわ」

トラウマを踏んだ彼女は、最終的に体育座りで遠い目をしながら虚を見ている。

「みんな友達って言ってたのに他の人とペア組むんだ…」

ブツブツと小声で何か言っているが、聞きたく無いので耳を塞ぎながら浴槽に向かった。

後でまたボードゲームに付き合ってやるか…

 

 

浴槽に着くと100エリス硬貨を投入しボタンを押す、するとホースを伝ったノズルからお湯が降り注ぐ。

久し振りにシャワーを浴びたな、街の銭湯だと桶にお湯を張るしか無いからな…これももしかして他の俺みたいなのが作ったのか?

ボードゲームといい、転生された俺たちはこの世界に影響を与え過ぎな様な気がする。

身体を洗っている途中、ふと能力について思い出す。この炎の性質は一体どんな物なんだろうか、ゲームで言えば攻撃力の高い火炎系か闇系の能力になるのだが、こいつはどっちなのだろうか?もしかしたらまた違うものなのか。試そうにもアクセル前の草原の燃え広がりが再現されそうで怖い。

聞く機会あったら今度ゆんゆんに聞いてみるか、知らないにしても何かしらの手掛かりはあるかもしれない。

身体を流し、水気をタオルで取った後服に着替え、先程作戦会議をしていた部屋に戻るが、そこに彼女は居らず。

外に出ると彼女は未だに体育座りで座っていた。

はぁ…。溜息を吐きながら彼女を迎えに行く。今夜は面倒くさくなりそうだ。

 

 

 

朝、目が醒める。

あの後、放心状態の彼女を引きずりながら小屋に入れ、数分の説得の末にトランプ勝負をとことん付き合う事で事なきを得た。おかげで寝不足になったが彼女の笑顔には代えられないだろう。

「おはよう、ゆんゆん。意外と早起きなんだな」

ゆっくり起き上がり身体の節々を伸ばす。

馬小屋生活が功を奏したのか、俺は難なく床に寝ることができた。因みに彼女はパンパンのバックの中から寝袋を引きずり出し、それに包まって眠った。俺も中に入ろうと考えたが、今度こそ殺されそうなのでやめておいた。

「おはようございます、カズマさん。私はいつもこの位ですよ」

寝巻きから着替え終え、更にはシャワーを浴びていたのだろうか少し体が赤い。

よっこいせっと、ストレッチを一通り済ませ起き上がりジャージに着替え、貸し出しの剣を腰に掛けると次に靴に細工した。

「何してるんですか?」

玄関でモゾモゾしているのを見かねたのか、不思議そうに聞いてくる。

「これか?これは動物の皮に短い釘を刺した奴だ、これを靴底に巻きつければスパイクの完成だ」

足場が悪くなった時用に考えておいたもので、野球選手が使うスパイクの様な感じで滑り止めになってくれれば良いのだが。

「あの…スパイクってなんでしょうか?私は棘の生えた靴にしか見えないんですけど」

俺はゆっくり溜息をつくと、ゆんゆんに野球のルールを踏まえて一から教えることにした。

「さて行くか」

軽く掃除を済ませ、小屋から外に出ると特に何かある訳は無くそのまま道なりに進む。

道は多少は整備されているが、日本のメジャーな山々に比べると殆ど獣道に近い。凸凹道に草むら、細い木々を手で払いながら進む、最初は冒険と浮かれていたが現実はこんなにも厳しい。

ある程度進むと地図にあるゴブリンの目撃情報があった場所に着く、そこは予想以上に開けておりゴブリンだろうか、どこか生活感を感じさせる様に焚き木の跡や動物の骨などが散りばめられていた。

「ゴブリンは…居ませんね」

彼女も期待が裏切られ、少しがっかりした様に辺りを見渡す。

俺も大きい荷物を降ろし、辺りを見渡して2人で辺りを散策するが特にゴブリンは見当たらなく、また洞窟もない。

「残骸から見て、まだ新しいな。暫く様子を見よう此処を見渡せて隠れやすい所は…」

辺りを見渡すと、ちょうど良いところに崖下になっている所があり更に茂みもある。

「ゆんゆん、あそこで隠れて様子を見よう」

「えっあ、はい」

ゲームであれば多分イベントの発生条件の時間帯が違うのだろう、暫く様子を見て駄目だったら一度麓まで降りてまた登りながら考えよう。幸い帰りの馬車までの時間は余裕がある。

彼女の手を掴みそのまま茂みに向かう。勢いで彼女の手を掴んでしまったせいか、ブツブツ何かを言いながら恥ずかしそうに付いてくる。

「潜伏スキル使うから、ゆんゆんはなるべく俺に触れ続けてくれ」

茂みの奥に彼女のバックを隠し、茂みの中に身体を突っ込み、潜伏スキルを使いながら彼女の手を肩に乗せる。

「なんか悪い事をしてるみたいでワクワクしますね」

ルンルンと興奮しながら先程の場所を眺めている、これからゴブリンと組んず解れつすると言うのに楽しそうで何よりだ。

まあ、俺もまともな戦闘は初めてなので期待の様な不安はあるが…。

暇なので彼女と話すことにした。

「ゆんゆんは、こないだ里から来たって言ってたけど何処から来たんだ?」

彼女は聞かれたくなかったのか、ビクッと震え、なんだか遠くを見るような目をしながら。

「此処から離れた所に紅魔の里と言うものがありまして…」

自分で聞いといてなんだが、煮え切らない様な反応なので

「あ、いや別に言いたく無いなら無理に言わなくて良いんだぞ」

「そう言う訳じゃ…ただ里の皆さんは他の人達と比べて少し変というか…個性が強すぎるんですよね、名前とか挨拶とか…」

成る程、ゆんゆんという名前は只のキラキラネームでは無くて里だと普通の名前なのか、初対面の挨拶は確かに凄かったな。

「その里に住む者は紅魔族と言われて、私みたいに眼が赤いのと魔力値が高いのが特徴ですね。ちなみに里の皆はアークウィザードなんですよ」

「へぇ…って皆アークウィザードだと⁉︎それじゃ里の皆で攻めれば魔王退治も楽勝じゃ無いのか?」

「そう言う訳にも行かないんですよ、魔王の城にも結界が張ってありまして魔法が通らないんですよ」

因みに結界を解除するには、8人の幹部を倒さないといけないんですよと、彼女は付け足す。成る程道理で俺たち異世界人が送られてくる訳だ、紅魔族とやらが攻めて終わっていれば誰も苦労はしないだろう。

しかし幹部か…蛙ですら苦戦する俺がどう立ち回ったら良いものか。話が大きすぎる為に、まず何処から考えたら良いか思いつかないが、他にも此処に送られる人は居るらしいしその人に任せよう。

「魔王幹部は置いといて、まずは俺たちの生活の安定が先だな」

俺たちの立たされた状況は幹部の討伐以前の状態で、まず馬小屋生活の脱却を目標に…

 

 

ゆんゆんと話している事やや数時間、日が傾き始めた頃に数匹のゴブリン達が動物の死骸だろうか、何かを木に吊るしながら先程の広場に運び始めている。

「戻って来ましたね、どうしますか?」

ゆんゆんは構え、いつでも行動できる態勢に入る。

「いやまて、まだ全員集まっている訳とは限らない。暫く様子を見よう」

出て行こうとするゆんゆんを制止し、再び監視の態勢に入る。広場に散らかっている骨の量や物の数からしてまだ数匹いるだろう、このまま退治した所で他のゴブリンが戻って来れば挟み打ちになりかねない。

暫く様子を見ていると、先程のゴブリンを筆頭にゾロゾロと集まり広場の中心で薪を組み火を着けるとそこに動物を掲げ焼き始めた。

「まるでキャンプファイヤーだな」

ふと、昔の事を思い出す。

「何ですか?キャンプファイヤーって?」

昔の思い出に浸っていると、隣にいる彼女に聞こえたのか聞いてくる。

「キャンプファイヤーってのはな、俺たちの国では大人数であんな感じに炎を囲んでドンチャン騒ぎする事を言うんだよ」

本来の趣旨とは大分ずれるがおおよそ間違っては無いだろう。

「そう言えば里のみんなもやってましたね…なんか大悪魔を召喚するとか何とか」

「おい待て、それは流石に違うだろ‼︎」

俺達の世界の常識が変な方向に伝わらない様に横槍を指すと、広場は全員揃ったのかゴブリン達は焼けた動物達を手にしながら宴を始める。

「いいか、この食事が終わった頃を見計らって俺が合図したら突撃するぞ」

「はっはい!分かりました」

あの状況からして生物の最も奇襲に成功するタイミングは食後だと考える、理由としては単純に動きづらく、急な運動は消化器に負担を与える、給食後の体育でお腹が痛くなる様なものだ。それに俺だったら一息入れたいタイミングで襲われるのは結構嫌だ。

ゴブリンの食事を眺めていると、本当はモンスターじゃなくて中身はおっさんなんじゃないかとふと思う位にその姿は親父臭かった。

「楽しそうですね、なんだか私もお腹がすいて来ちゃいました」

ゴブリン達の宴会を見て何か感化されたのか、彼女のお腹が鳴る。

この緊張感の中何言ってんだよ…

「じゃあゆんゆんも混ざってくればいいじゃない?」

「い、いやぁ…流石に誰も知らない人達の中に手ぶら行くのはちょっと…」

気にすんのそこかよ⁉︎。

彼女の考え方にびっくりしていると、ゴブリン達の食事が終わったのか次々と横になっていく。

本当におっさんかよ⁉︎と突っ込みたくなる気持ちを抑え彼女に指示する。

合図と共に彼女は前に出ると詠唱を始め、俺は一時的に別れ走る。

「ライトニング・ストライク‼︎」

彼女の叫び声とともに、広場の中心に落雷が落とされ食事を終えゆっくりしていたゴブリン達が次々と飛び起きる。

「今です‼︎」

潜伏スキルを使用しながら、彼女とは別の方向から広場に入り、怯んでいるゴブリンの首に剣を突き立て引いていく。ゴブリンの動きはサイズが小学生位なせいか動きも比例して遅く、この俺でも何とか対応できる。

初めて生き物に手を掛けた衝撃に戸惑いながらも、手を休める訳にも行かずゴブリン達を切り捨てていく。片手剣スキルを取っていたからか、まるで体が知っているかの様に対応し自然と体が獲物を切れる様に動く。

周りを見渡すと、一箇所にゴブリンが集まっている所を見つけ、覚えたての下級呪文を唱える。

「クリエイト・ウォーター」「フリーズ」

水を生成する魔法と氷結魔法、2つの魔法の合わせ技により、上から水を浴びたゴブリンを足場ごと凍らせ、身動きの取れない状態のゴブリン等に斬りかかる。幸いにもスパイクにより足は安定し踏み込みも問題なく完了し、奴らの首元を掻っ切っていく。

「ボトムレス・スワンプ」

残りのゴブリンが彼女の存在に気付き、向かって行った所に彼女の魔法が発動する。これは昨日聞いた足止めをする呪文、大きな沼を作り出し相手を沈めるものでまともに食らえば大きな大人でも帰ってこれないらしい。

「よし!よくやったゆんゆん‼︎」

彼女に手を振り、沼に沈んでいるゴブリンに斬りかかろうとするが…

「届かねー⁉︎」

彼女の出現した沼は俺の予想以上に広く、ぶっちゃけ弓矢とか無いとキツイ。

「おーい‼︎剣が届かないんだけど、どうにかならないのか?」

彼女に向かって大声で呼びかける。

「そ、そんなこと言われても、一度出したら元に戻せませんよ‼︎」

どうしたら良いものか…元々の作戦では、彼女に足止めされたゴブリン達を俺が倒して行ってレベルを上げる手筈だったのだが。

「もう俺は良いから、ゆんゆんが始末してくれ‼︎」

何体かは倒せたし、まあ良いかと思い残りを彼女に託す。

「分かりました‼︎ライトニング・ストライク」

再び聞いた落雷の魔法は沼に落ちるとそのまま沼を伝い他のゴブリン達に伝導し、ゴブリン達の悲鳴が聞こえる。

ゴブリン討伐を終え、敵感知で周りを確認し何もいない事を確認し、彼女と合流すると互いの冒険者カードに記録された討伐数を確認し漏れがないことを確認する。

互いの討伐数の合計と突入前の目視での確認数が一致する。

「何とかなった、ありがとなゆんゆん‼︎」

初めて手応えを感じたクエストで興奮してしまったのか、思わず彼女の肩を抱いてしまう。

すると彼女は顔を真っ赤にしながら、反対側の俺の肩に手を回し俯きながら。

「いえいえ、私は言われた事をしただけです」

小さな声でボソボソっと言った。



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ゴブリン狩り(帰路)

ゴブリン退治を終え、隠していた荷物を回収する。後は帰るだけだが、馬車の時間は明日の朝まで無いのでとりあえず小屋に戻る事になった。

「やっぱりか…」

今までうまく行き過ぎていた事に少し違和感を覚えていたが、どうやら嫌な予感は的中したらしい。

帰りの坂道を登る途中にポツンと、俺達を待ち伏せるかの様に黒いサーベルタイガーの様な大きな牙を持ち合わせた猛獣が居た。

「なあゆんゆん…あれが初心者殺しか?」

奴から目を逸らさずに彼女に問いかける。多分俺の予想は正しいが、彼女に確かめなくては気が済まなかった。それ程までにあの猛獣は黒く恐ろしい。

「そうです…あれが初心者殺しです」

初心者殺しに相対しながらも、体勢や息遣いに全く持ってブレを出さずに彼女は答えた。

落ち着いているとは言え彼女はアークウィザード、元は後方に立つべき立場である以上、前に出すわけにはいかない。

左手で彼女を下がらせ剣を構える。無理矢理呼吸のリズムを整え手足が動く事を確認し、互いに距離を詰めていく。

対する初心者殺しも彼女から何かを感じ取ったのか、警戒しつつこちらに滲み寄る。

互いが睨み合って早数秒、この緊張状態を打ち破ったのは彼女の魔法だった。

「ライトニング」

先程とは違う中級魔法、彼女の手から雷撃が前の俺を越えて初心者殺しに向かって放たれる。

初心者殺しはそれを軽く避け、着地の衝撃を利用して彼女に飛び掛かる。

「ファイヤーボール‼︎」

彼女はそれを見越して火球を飛ばす魔法を発動する。火球は空中にいる初心者殺しに一直線で向かうが、奴は身体を捻りそれを回避した後、体勢を立て直す為に一旦後方に下がる。

「カズマさん…上級魔法を使います、暫く時間稼ぎをお願いします」

彼女は先程のやり取りで中級魔法では太刀打ちできないと思ったのか、俺にそう言い残し後方に下がるとそのまま呪文の詠唱を始める。本来ウィザード系の職業と組む場合は前衛が惹きつけその隙に魔法を唱えるのがセオリーだ。

不味いな…俺の頭にはあの獰猛な生物を倒す術どころか足止めする方法が見出せない。突っ込んでも避けられたら彼女の守りが無くなるし、かと言って止まっていても近付かれる。

そんな俺の考えなどお構いなく、初心者殺しはこちらに向かって来る、奴にはもはや俺など眼中にないかの様にスピードを上げる。

こっちは無視かよ。

焦りにも似た感情に支配される、ここで彼女がやられれば全てが終わりだ、考えろ!何でもいい!何か使えるものは‼︎

「こんチクショウ‼︎」

ヤケクソ気味にかつ無理矢理に彼女と初心者殺しの間に入り、魔法を唱える。

「クリエイト・アース」

これはふと思いついた作戦、しかしながら確実性の無い無謀な賭け。

唱え終わると手の平にサラサラとした土の様な砂が握られ、それを彼女に飛びかかった初心者殺しの顔面目掛けて投げる。

「ウィンド・ブレス」

投げられた砂は風に乗せられそのまま初心者殺しの目に直撃する。

目に直接砂風をぶつけられ、流石の初心者殺しも体勢を崩し地面に叩きつけられ悶絶する。

「カズマさん、下がってくだい‼︎」

詠唱が終わったのか彼女の呼びかけに反応し後ろに下がる。

「ライト・オブセイバー」

唱えると、彼女の挙げていた手の平に光が溢れ出し一つの柱となる。これは初めて会った時に彼女が使用した魔法、改めて見るとその規模の大きさに足が竦む。

生成された巨大な光剣を安定させると、地面でもがいている奴に向かって振り落とす。

目が潰されていても何かを感じ、もがきながらも体勢を変えるも、それは叶う事はなく目の前に出現した圧倒的な出力を前に成す術も無く蹂躙される。

こうして、恐れていた初心者殺しの一件はあっけなく終わった。

ふぅと溜息を吐き、持っていた剣を腰の鞘にしまい置いておいた荷物を拾いあげ肩に掛ける。

「何とかなりましたね…このままカズマさんが食べられないか心配でしたよ」

うー、と緊張が解けたのか背中を伸ばし呼吸を整える。

「でも、面白い魔法の使い方しますね、ゴブリンの時といい。里の皆さんは上級魔法でパパッと一掃してしまうので…」

両手の平を合わせながら俺を褒め称える。いや、褒めてるのかこれ?

「何と無くだよ、何と無く。こう、何て言うかよく分かんねえけど思いついた感じかな?これからも魔法剣士カズマさんに期待あれって感じかな?」

これは下級魔法を覚えた時にふと、思いついた事で。よく漫画である魔法のコンボ技、炎と氷の魔法を合わせて無に帰す魔法とは行かなくても良いところまではいくだろうと思ったが、何とかなった様で。

「これなら中級魔法も楽しみですねって、言いたいところですけど…多分カズマさんのステータスですとあまり威力が出ないと思いますので他のスキルをお勧めしますよ。それに魔法なら私が居ますから‼︎」

俺の隣を歩いている少女は、とんでもない笑顔で恐ろしく残酷な事を口にする。ついでに最後に自己アピールしてやがる。

「スキルの事は一旦置いといて、取り敢えず帰ろうか」

今回の戦いでだいぶレベルも上がりスキルポイントも余裕が出るくらいには溜まっている。一旦帰りまたクリス達に頼んでスキルを教えて貰うのも良いかもしれない。

「そうですね、何だかんだ言って一泊してますからね。このままあそこで一泊してから朝の便で帰りましょう」

またボードゲームしましょうと言い出す彼女に、いい加減飽きるだろうと突っ込みながら帰り路を進む。下手に幸運が高い俺は運の要素が強いゲームには勝ってしまうので、負けず嫌いの彼女に再戦を迫られるのである。

クタクタの体を引きずって先程の小屋に着くと、疲れが溜まっていたのか壁に寄りかかり、そのまま落ちる様に眠りについた。

 

 

 

 

夜中ふと目が醒める。

部屋が暗い事からまだ夜だと判断出来る、何時もなら二度寝する所だが今回は状況が違う。

常に発動する敵探知が反応したのだ。これは俺自身に悪意や敵意を持った者を自動的に判断し知らせる便利な能力である。

敵が居るなら仕方ない、後々煩いかもしれないが彼女を起こし退治しないと行けない。アクセルの街みたいに高い外壁があるならともかく、ここはただの小屋で多分何かしらの効果は施されているのだろうが集中的に狙われたら不味いのだろう。

起こそうと思い彼女の布団に近づいた所で気付く。

布団自体は昨日と同じ所に引かれていたが、そこには彼女が居なかった。

暫く思考が停止する。

何故だ?可能性は二つ、一つは先に敵に向かっているか、もう一つは単純に夜風に当たっているかなどのエトセトラ。戦闘音が聞こえないから多分前者は無いだろう、しかしこのままだと彼女も一応そうなのだが、俺の命が危ない。

ここで取るべきことはただ一つだろう。そう、ここから出て闘うのみ。

敵探知の反応から、相手の大きさは先程のゴブリンより大きいが脅威度は初心者殺しよりも数段劣る。完全勝利は出来なくとも彼女が戻って来るまでの時間稼ぎが出来れば大丈夫だろう。

襲撃までのプランを頭の中で練っていく、こればかりはゲームで学んだ知識が役に立つ。

いくつかのパターンを作り終え、剣を腰に下げるとそのまま裏口から外に出ていく。その後潜伏を使いながら叢や茂みに入り周りを観察する。

小屋の正面入り口にそびえ立つ様に、先程のゴブリンよりも大柄で2メートルは超えるであろう巨漢がそこに居た。姿はゴブリンなのだが成長したのか又は奴らのボスなのか見た目のベースとなっている物はゴブリンである。

興奮し、表情は遠くて見えないが雰囲気から見て多分怒っているのだろう、ベターにも持っている棍棒を振りながら雄叫びをあげる。既に小屋には誰も居ないしこのまま朝まで待っていても良いのだが、彼女の荷物がそのまま残っている。あの中には彼女の大切なのかよく分からんが色々入っている、それは何とかして守らなくてはいけない。

潜伏の効果は依然として俺の姿を隠している、しかしこれは一度存在を知覚されてしまえば効果が消え、再び認識の外に出なければいけなくなってしまう。なので必然的に初発の一撃でどこまで行けるのが重要になる、俺のレベルが低くても此処は一応アクセル付近に分類される、そうであるならあのゴブリンでもこの剣で傷をつける事は可能だろう。

残るは俺の覚悟だけだろう。腰にかけている剣に手を当て重くなった腰を上げ、ゴブリンから見て後方に位置する様に回り込む。相対的に見て近づくので先程よりゴブリンを観察できやすくなる。

首元には鎖を編み込んだものか頑丈そうなマフラーの様な物を巻き、頭には他の冒険者から剥いだのか兜見たいな物を被っており重要な器官は守られている様だ。

しかし奴の体の構造は人と殆ど同じだろう、ぱっと見の印象ではゴブリンの筋肉の構造は人と同じ様に伺える。ならば内臓の位置も自ずと予想できる。体が大きい分威力は大きいが、弱点もまた多くなるのだ。

「よし‼︎佐藤和真覚悟を決めろ」

両頬を叩き自分自身を鼓舞すると腰の片手剣を引き抜き、ゴブリンの足元に向かって走りだす。距離にして数メートル、しかしこの数メートルで気づかれてしまえば全てが終わる。

ゴブリンの足元に近づき、すぐさま剣をゴブリンの右アキレス腱に突き刺し切り抜ける。

バチン、という張り詰めたゴムが切れて収縮する感覚が手元に感じ、支えを失ったゴブリンは前方に手を着き倒れる。勢いそのまま反対を切ろうとするが流石のゴブリンもそこは察知したのか棍棒を横に凪防ぐ。

「おわっ」

予想の一つのパターン通りの攻撃に対し後方に下がる事で回避し、その途中にクリエイトウォーターとフリーズの合わせ技を使い、ゴブリンが着いていた手と右足を一時的に地面に凍らしつけ動きを封じる。

しかし、こちらの体勢を整える間に、奴は咆哮と共に力を入れ氷を砕き体を起き上がらせる。ゴブリンの右足はアキレス腱を完全に断たれ、膝を軽く曲げ棍棒を杖代わりにし立っている。潜伏の効果は完全に失われ正面切って奴と正対する。

アキレス腱を断たれたという事は、走る事は構わずにその場に立ち尽くす事になる。つま先を上げ踵打ち歩行になるが歩く事は可能だろうが、膝が曲がらなくなる為隙だらけになるので多分それは無いだろう。

此処で遠距離系のスキルが無い事がいたたまれるが、今無い物をねだっても仕方ない。

再び剣を持ち直し構えると、奴も迎え討つつもりだろうと右膝をつき、空いた手で棍棒を構える。

奴の右足を先手で破壊出来たのはまさに僥倖だったと言えるだろう、踏み込みが出来なければ威力は大分落ちる、打撃武器は下半身と上半身の連動が重要となる、踏み込みやステップを使えなければおおよそ攻撃方向は限られてくる。

「覚悟しろよ」

構えた剣を片手に、奴に走り突っ込んで行く。

奴は右手で棍棒を振りかぶりそのまま下ろす、右で振りかぶったという事は必然的に右に隙が出来る。近づき振り下ろしきる前に奴の右側に跳ね、躱すと同時にサイドに回り込み、奴の脇腹に剣を突き刺しすぐさま抜く。

体に異物が入るのは相当な苦痛だろう、奴は雄叫びをあげると今度は棍棒を右に払う。それを事前に読んでおき奴の背中から反対から回り込んで左側に逃げる。あの棍棒を受ければいくら足が使えないと言っても俺の体を破壊するだけの威力はあるだろう。

回り込んだ先で奴の左脚の腿に剣を突き刺しすぐさま抜く。俗に言うヒットアンドアウェイ戦法、レベルが上がったと言っても奴の一撃が致命打なら当たらないに越した事はない。

次の攻撃が来る前に奴から離れ再び距離を置く。

次の手を考えていると、ある事を思いつく。人間一つの考えが出てしまうとその思考に執着してしまうのだろうか、その考え以外に戦法が思い付かなくなる。

一か八かの勝負だ

刺された場所を腕で抑えながら蹲る奴に近づくと、俺に気づいたのか押さえていた手を離し棍棒に持ち替える。

今度は左に振りかぶる、横薙ぎが来るだろう。ゲームだったら上に飛ぶかローリングによる回避が無難だが生憎この世界にそんなものは無く、棍棒のリーチのギリギリ手前で止まる。

「黒炎よ」

奴が棍棒を振り切ったと同時に炎を放出する。出力は平原で放ったものよりやや強くしたものである、出力の他にも色々数値があって弄れるのだが、今回は実験なのでライター位の火力を想像する。

ボウッと、着火する様な音共に前方に黒い火炎球が放たれ、棍棒を振り切りガラ空きになった奴の懐に入るとあっと言う間に体全体に広がり、火炙りの刑にされた罪人の様になる。

着火からの燃え広がるスピードとその火力に呆然としてしまう。草木ならなんとなくわかるがこの程度の出力であの巨体を火達磨に出来てしまう。流石チートだと言われているだけはあるが、もし間違いが起きた事を想像すると脚が竦む。

奴は全身火達磨になりまさに断末魔をあげながら火力が足りなかったのだろう、一瞬で燃え尽きる事はなく苦しみもがいている。そのお陰か、単に辺りが何もない燃えない土の地面なのか周りに燃え移る事はない。

しかしその考えはすぐ後悔に変わる。燃え消える事ない炎を消そうともがいている奴の棍棒がいつのまにか俺の横に流れていた。

「なっ⁉︎」

咄嗟に剣を間に挟む、炎の燃え移りは防げたが威力は殺せず、そのまま側方に吹っ飛ばされる。数メートルの浮遊感と共に側方に木にぶつかりそのまま地面を転がる。

「ーーっ⁉︎」

視界が一瞬真っ白になり、あまりの激痛に肺の中の空気が漏れ出る。

マズイ、これはかなりヤバイ。

左肩が外れたか腕の骨が折れたのか、ぶつかった左上肢を動かそうとするだけで激痛が走る。

幸い疼痛はまだ残るが、動かさなければ何とかなりそうなので右手で抑えながら立ち上がる。剣は弾かれ何処かに飛んでいる。

よろよろと起き上がり周りを確認すると、先程暴れ回り火を消そうとした奴が黒焦げの状態でなお燃え続ける死骸となっていた。

小屋はあれだけ暴れまわったにもかかわらず、奇跡的に無事で今もそこに佇んでいる。であれば中の荷物も無事だろう、これで何とか彼女に顔向けできそうだ。

ゴブリンは死に周りが安全になったので気が抜けたのか、意識が保てなくなり。

俺はその場に倒れ込んだ。

 

 

 

薄い意識の中、揺られている様な揺動感に心地良さを感じつつ目が醒める。

先程まで暗かった周囲が明るくなり天井が山の小屋に切り替わっていた。多分彼女が運んでくれたのだろう。その証拠に看病に疲れたのか、俺が寝かされている横で彼女が壁にもたれかかりながら眠っていた。

ゆっくり上半身を起き上がらせると左手が動かない事に気づく。再起不能になったのかと思い視線を落とすと、そこには拾ったそこら辺の枝を上手く加工したのか当て木と三角巾がなされていた。これも彼女がやったのだろうか?

「…うっ…あっカズマさん起きたんですね‼︎良かった…このまま起きないんじゃないかと思いましたよ…」

俺の覚醒に気付いたのか少し泣きそうで大袈裟に彼女は騒ぐ。

「ありがとうなゆんゆん、色々迷惑掛けちまったな…」

女の子に色々やらせてしまい何だか恥ずかしくなり、頭を掻きながら誤魔化す。

「いえいえそんな‼︎私こそすいません…夜に寝付けなかったので小屋の周りの見周りついでに少し散歩してたら道に迷ってしまいまして…何とか知っている道にたどり着いて帰って来たと思ったらカズマさんがボロボロになって倒れて居たので…」

その後何とか応急処置を済ませてここまで運んで来たらしい。彼女ながらとても器用な事をする。

で、結局何があったのでしょうかと、彼女はこちらに質問する。

「夜ふと目が覚めてな、それと敵探知が反応したのに気付いて外に出たら大きなゴブリンが暴れそうだったから何とか追い払ったんだ」

闇の炎については触れない方がいいだろうと、最後の方をはぐらかす。

「追い払ったて…あの黒焦げの跡は何だったんですか?」

「それな、それは何だ…油をぶつけてティンダーで燃やしたんだよ、魔法の応用で使えると思ってビンに詰めて持ってきてたんだよ。俺は途中意識がなくなったからてっきり逃げたのかと思ってたんだけど、あのまま燃え尽きたんだな」

嘘に嘘を重ね、彼女の追求を逃れる。その後もいくつかの問答が続くが何とか誤魔化し切ったのは他の話。

その後馬車の時間も近かった為急いで馬車に乗り、アクセルへと帰った。

 

 

 

アクセルに着き馬車の操縦士に挨拶を済ませ、一緒に乗車していた人達に別れの言葉をかける。流石のゆんゆんも帰りの乗車券を貸し切ることは出来ずに先客と同室になり幾らか話す事が出来た。

因みにゆんゆんは俺の陰に隠れてこそこそしていた。

馬車から降り、所持金がほとんどない事に気づく、流石に寝泊まり移動費は馬鹿にはならず俺の経済を圧迫する。このままだと休む場所どころか銭湯にも行けない。

暫く自由行動ですね、と何処かに行こうとする彼女の手を掴む。

「先にギルド行かないかゆんゆん?」

いきなり手を掴まれビックリしたのか少し跳び上がったと思うと

「ちょっと待ってください、せめてシャワーを…」

彼女は申し訳そうに俺に告げるがゴブリンの討伐数の確認に冒険者カードが必要なので、無理矢理に彼女の手を引っ張っていく。

「えっ!ちょっとカズマさん⁉︎待って‼︎分かりましたから少しゆっくりに‼︎」

騒がしい彼女を後ろにやや駆け出し気味に道を進む。これは昨日居なかった復讐ではない、断じてだ。

ギルドの扉を潜り酒場の人達に挨拶を済ませ、そのまま受付へと向かう。

「あ、戻られたんですね…ってどうしたんですか?」

受付嬢は俺の姿を見るとビックリしたのか持っていた書類を落としそうになる。しかしそこは受付嬢、絶妙な身のこなしで体勢を整える。

「ゴブリンの親玉が居まして…」

あぁ、成る程と受付嬢は納得し、俺達に冒険者カードを出すように催促する。

「成る程、ナイトゴブリンが居たんですね。ほかにもゆんゆんさんのには初心者殺し…結構大変でしたね。」

2人の冒険者カードを確認し、何かを察したのか受付嬢は俺達を労った。

「ナイトゴブリンやその他を討伐されましたので、報酬に少し上乗せさせて頂きますね」

そう言い、嬢は冒険者カードと数十万エリスを俺達に差し出す。それを受け取りゆんゆんと2人で分ける。

「カズマさんはこの後予定はありますか?」

「特に無いけど…」

彼女は分けた報酬金を受け取ると少し不安そうに聞いてくる。何だろうか、これから何をするにもこの左腕は言う事を聞かないので落ち着くまで待って欲しいのだが。

「その腕なんですけど…」

「これか?気にしなくて良いよ、戦いによって出来た名誉ある勲章だからな。まぁ、暫くすれば大丈夫だと思うし、そろそろキャベツの報酬も出るしゆっくり休むさ」

ここに来てからずっと動きっぱなしな事もあるし、少し休んでも大丈夫だろう。

しかし彼女は引き退らずに。

「教会に行きましょう!あそこのプリーストさんは治癒魔法が得意なのでカズマさんの腕も治して貰いましょう‼︎」

自分の不在時に起きた怪我と言うことが原因で俺に対し罪悪感を感じているのか、彼女は申し訳なさそうにかつ大胆に俺の健康な方の腕を引っ張りながら教会に向かう。

「ゆんゆん⁉︎ちょっと待ってくれ流石にここで手を繋ぐのは…」

酒場の周りの目線が奇異のものを見る目から生暖かい物へと変わっていく。



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ノーリッチ・リッチー

彼女に連れられ街にある教会に向かう。

このアクセルの街には教会が数箇所存在する。これは宗教毎に教会や寺があるように、どの女神を崇拝するかによって場所が変わってくる。

彼女が案内するのはエリス教の教会。実際に彼女がどの宗教に属すのかは分からないが、国教であるエリス教は基本的に困った人にはどこに属そうと応じなければいけない応酬義務とやらがあるらしい。

「着きましたよ、此処が教会ですね。他にも教会はありますけど…私の中ではここエリス教が一番ですね」

門前に着くと、コホンと軽く咳き込み得意げに説明を始める。他の宗教と比べ規模が違うらしく、炊き出しやイベントなども、このエリス教が主催で行われこの街に大きく貢献しているらしい。

「此処だと病院は無くて怪我は教会で見てもらうんだな」

「病院が何なのかは分かりませんけど、怪我とかは教会で治して貰えますよ。多少お金は取られますけど」

「えっ?神の使いが金取るのか?」

「当たり前じゃないですか、向こうの人達にも生活があるんですから」

教会にて治療を受けると寄付と称していくらかお金を払わないといけないらしい、しかしそこまで高いものではなくほんの少し気持ち程度らしい。

ゴブリンの報酬もあるし多少の出費なら大丈夫だろう、それにお金でこの腕が治るなら安い物だ。

門の入り口に立ち扉を開く。教会の内装は想像通りのもので、奥の祭壇から手前に向けて椅子が並べられ真ん中にレッドカーペットが敷かれている。

「貴方は…いえ、ようこそエリス教へ。洗礼ですか?それとも入信ですか?」

教会に入ると入り口に案内人なのかシスターが立っており話しかけられる。少し驚かれた様だが俺の不本意な悪名がここまで広がってきているのだろうか?

「あの、この人の腕の治療をお願いしたいんですけど」

彼女は俺の前から一歩前に出ると、俺の腕を指差し説明する。それを聞いたシスターに奥の部屋に案内される。

「まずそこに座って下さい」

案内された部屋の真ん中に椅子がポツンと置かれており、奥に設置されているテーブルには治療に使うのか色々な材料が置かれている。

「は、はい!」

案内されるがまま真ん中の椅子に座らされ、左腕の固定具を丁寧に外されていく。その動きは実に手馴れている言うかとても綺麗で見惚れてしまう位だった。

「ふむふむ、特に切傷や出血はないみたいですので消毒は必要ないですね。成る程、これは上腕骨の骨幹部の骨折ですね」

固定具を外し、患部が剥き出しになる。俺の腕は昨日まで綺麗だったものとは違い赤黒い痣と盛り上がった腫れによってグロテスクなものになっていた。

それをシスターは患部を指でなぞり触診し診断する。

因みにこの世界の回復魔法はただ魔法をかければいいのでは無く事前にどの様な状況を術者が知らないといけないらしく、細かく治癒しようとすればするほど知識が必要らしい。なので事前にこうして患部を触って色々確かめる必要があるのだ。

「では、いきますよ、ヒール」

腕の患部に手を当て魔法を唱える、魔法が発動し淡く優しい光が俺の腕を包むと腫れが徐々に引いていき最後には怪我する前の状態に戻る。

「おぉ、凄いですね」

思わず声が漏れる、骨折といえば昔骨を折ってしまい治るのに2、3ヶ月掛かって随分と苦労した思い出がある。それが目の前で数秒足らずで治ったのだ凄い感動と、俺の世界にもあったらなと行き場の無い悲しみに挟まれる。

「サトウさんは冒険者でしたっけ?」

ええ、そうですが?と答えると

「でしたら今回の一連の説明と流れを見ていたので、取得出来ると思いますよ」

マジすか⁉︎と冒険者カードを取り出し確認すると、そこにヒールの文字が書かれていた。

「え、良いんですか?治してもらった上に教えて頂いて?」

教会もお金を受け取っているし今財政に困っていないのだろうか?など色々考えていると。

「えぇ、本当は駄目です。なので私のお願いを一つ聞いて貰って良いですか?」

「後出し過ぎるだろ⁉︎」

どうやら俺は外れクジを引いてしまったらしい。そして俺が文句を言わないのを確認したのか、シスターはイタズラっぽく笑うと説明を始める。

「いやいや、サトウさんが礼に尽くす方で助かりました」

「実はここアクセルの共同墓地にゾンビメーカーが現れたみたいで、最近埋葬されていた遺体がアンデッドになって蘇ってウロついているんですよ。本来なら私達が行かないといけないんですけど、今忙しいのでちょっと狩ってきて貰えますか?」

シスターはちょっと買い物に行ってきてもらえますかと言う位のノリでとんでもない難題を叩きつけてきた。

「えぇ…」

「ん?安心してください、もし受けて頂けるなら退魔魔法をお教えしますので」

呆然としてるのを肯定と受け取ったのだろう、話がどんどん進んでいく。

「受けて頂けるって、俺が断れない状況にあるのを知ってて言っただろう‼︎」

シスターはふふふふと不敵に笑い

「そうでしたね、あと報酬は教会の方から出ますので」

そう言う問題じゃねえよ‼︎と言いたい所だが、これ以上は疲れるのでやめておいた。

 

 

 

 

 

その後初級の退魔魔法を教わり何とか習得し教会の部屋を後にする。

「では、任せましたよ。因みにギルドには私から伝えておきますので、夜遅く…深夜になったらお願いしますよ」

部屋から出る際に彼女に伝えられる、なんて女だ…まあでも色々スキルも教わったし悪い事ばかりじゃないか…。

「待たせたな」

部屋を出て大広間に出ると、ゆんゆんがベンチに座って待っているので声をかける。

「あ、カズマさん大丈夫ですよ、それで腕の調子はどうでしょうか?」

俺が来たのを確認し彼女は立ち上がり俺の前まで進むと、まず俺の左腕をまじまじと眺める。どうやら本当に治ったのか気になるようだ。

「あぁ、お陰でこの通りバッチシだ、色々ありがとな」

左肩をグルグル回し、安全な旨を表す。しかしこの世界に来て魔法と言うものには本当に驚かされる。

「治すもんも治したし、酒場に行こうか。話したいことがある」

キリッとした表情で彼女に話しかける。その表情に彼女は何かを察したのか、えぇ…という表情をしながらも酒場に向かう俺の後ろについてくる。

「さて、ではゆんゆん君は何故ここに呼ばれたか分かるかね」

教会から酒場までは若干距離はあるが道が平坦なので案外早めに着く。中に入り受付に確認すると既にクエストは受諾されており、受付嬢も面倒事に巻き込まれましたねと同情される。

もう逃げられない事を悟りつつも、空いてるテーブルへ先に彼女を案内し夕食を事前に注文して座る。

「えっと…何ででしょうか?」

突然な質問に彼女は戸惑いながら苦笑いを浮かべる。無理もないこれから俺がされた事をしようと言うのだから。

「まぁ、その何だ取り敢えず料理冷めるから食べようぜ」

ちょうど良いタイミングに料理が運び込まれ、俺たちの前に並べられる。

「あの、私注文してないんですけど、これって私の分ですか?」

並べられたのはこの酒場では高めのメニューで皆何かのお祝いなどでしか食べれない位に高い贅沢な料理である。

「そうだよ、ゆんゆんにはクエストで頑張ってもらったからね」

「本当ですか⁉︎」

それを聞いた彼女は嬉しそうに料理に手を付け出す。幸せそうに料理を頬張る彼女を見ていると自然とこちらも笑顔になる。彼女も俺も美味しい料理を食べ幸せな時間に浸る。

「食べたね」

幸せの時間も束の間、俺のこの一言により彼女の表情が凍りつく。

「ななな何ですか⁉︎これってカズマさんの奢りじゃないんですか?」

彼女はあたふたしながらも必死に逃げ道を探すかのように色々な言い訳を並べるも俺がそれを満面の笑みで眺めていると観念したのか。

「いきなりご馳走を並べられたのでそんな事だろうと思ってましたけど…それで何が目的なんですか?」

流石ゆんゆんだ、この少ない期間で俺の行動を読み既に諦めの境地に達している。

 

 

 

 

「えぇ…今日の夜ですか…今日はもう疲れましたし休もうと思ったんですけど…」

話を聞き終えた彼女はより一層疲れたような表情を浮かべ残りの料理に手をつける。

確かに時系列で見ると昨日ゴブリンを倒し今日馬車で帰宅したばかりだ、精神的にも肉体的にも辛いはずだろう。だがしかし、このクエストというか殆どのクエストは彼女なしには悔しいが達成出来ない。

「分かった、じゃあこれが終わったら次の日から暫く休もう。あと色々買い物に付き合って欲しいんだ、俺ここら辺の店をあまり知らないし、終わったらお礼に何か奢るよ」

取り敢えず困ったら餌を撒く、今まででの交流関係上大体はこれで何とかなる。しかし使い過ぎれば何かある度に色々要求され大変になるので使い過ぎは禁物だ。

「本当ですか⁉︎私と一緒にお買い物ですか?」

「お…おう」

渋々受けてくれるだろうと思っていたが。予想以上に嬉しかったのだろうか、彼女はガタっと立ち上がりこちらに距離を詰める。

「お買い物なら任せてください‼︎私、誰かと一緒に行きたい店を見つけてはノートにまとめているんです。」

もう三冊目になるんです、と彼女は付け足しながら胸を張る。そこは威張る所なのか?と思ったが彼女の機嫌が良くなったので黙ってる事にした。

「じゃあ宜しく頼むなゆんゆん」

「はい、任せて下さい‼︎アンデッドだろうが上級魔法で一発です!」

お酒は注文して無い筈なのだが、先程までの態度から一変した様子を見るに買い物とは恐ろしい力を秘めているんだな…。

彼女を説得する手札を手に入れ、何とか彼女の協力を取り付ける事に成功した。後は夜まで待つだけなので残りの料理に手を出し…って⁉︎

「おいゆんゆん‼︎俺の料理食ったろ⁉︎」

俺の楽しみにしていた唐揚げが皿ごと無くなり彼女の手前に唐揚げが乗っていたのと同じデザインの皿が重ねられている。

「えぇ⁉︎食べないのでいらないと思いました‼︎」

ふふふ、としてやった顔をしながら彼女は箸を進める。

人が楽しみ取っておいた物を…しかし今は我慢だ…無事ゾンビメーカーを倒したらスティールの刑にしてやる。

俺は仇を討つことを心に誓い、残りの料理に手を付ける。

「共同墓地に向かうんでしたっけ?それで何時頃に向かうんですか?」

ふと思ったのか、唐突に聞いてくる。

「アンデッドってお化けみたいなもんだろ?だから丑三つ刻じゃ無いのか?」

「お化けとは違うと思いますが…それと丑三つ刻って何ですか?」

キョトンと彼女は首を傾げる、どうやらこの世界には丑三つ刻の概念は無いようだ。

因みに丑三つ刻は延熹法による分類で子、丑、寅、辰、巳、未、申、酉、戌、亥に分かれる。

子は23時から1時の2時間を表し、その2時間を4等分して区切る。なので丑刻は1時から3時までの2時間を指し、三つ刻はそれの4等分の3なので合わせると2時から2時半になる。

「まあ何だ、2時ごろかな」

元の世界の常識が通じない事に若干面倒くささを感じながら伝えると、彼女は微妙な表情を浮かべ。

「2時頃って…まだ午後7時ですよ、後7時間位有りますけど…」

確かに彼女の言う通り目当ての時間までかなりの時間が空いてしまう。前の世界ならゲームでもしてればこの時間程度潰す事に大したことは無かったが、それは出来ない話だ。

物理的に考えて仕方あるまい。

「そこら辺はあれだ、暫くゆんゆんの遊びに付き合って、それが飽きてやること無くなったら仮眠を取ろう」

このギルドは夜行性のモンスター討伐する冒険者の為に無料で仮眠室が貸し出される。勿論それに対象するパーティーに限定されるがそれでも申し分ないだろう。それに時間が来たら起こしに来てくれるサービス付きである、まあ受付の人が起きてればの場合だが。

「本当ですか⁉︎じゃこの間見つけたUNOというゲームなんてどうでしょうか?ルールはよく分かりませんけどきっと面白い筈ですよ」

「いやそれ2人でやるやつじゃ無いから、こういうのはもっと人数が多い時にだな…」

なんだかんだ言いながらも結局は2人UNOをしながら時間を過ごす、このUNOのルールブックには俺の知らないローカルルールがだいぶ組み込まれており、俺達がルールを把握するのにだいぶ時間がかかった。

 

 

「それじゃ暫く寝るわ、もし俺が起きてこなかったら起こしてくれ」

「分かりました、逆に私が起きてこなかったら起こして下さい」

暫く2人だけでUNOを行っていたが、やはり2人だとすぐ飽きてしまったので他のゲームを引っ張り出し先程まで時間を潰していた。

彼女と別れ、男子専用の仮眠室に向かう。部屋は思ったより広く、左右に簡易ベットが二段ベットの様に段々と積まれる様に設置されており、それぞれのベットに簡易的な照明が設置されている。

部屋には俺以外誰もいない様で閑散としている。元々そんなに利用されていないのか、余り使用された様な感じはなく山小屋と比べると幾分か小綺麗である。

ヨッコイセっと布団を棚から引きずり出し寝そべる、そしてふとしたタイミングで眠っても良い様に目覚ましをセットする。この目覚ましのベルは何かの魔道具なのか仕掛けた人間にしか聞こえないという優れものだそうだ。

まあ指向性があっても今この部屋に俺しか居ないけど…

目覚ましをセットし安心したのか薄っすらと眠気が出てくる、そう言えば布団で眠るのも随分と久し振りだと思い、ゴロゴロと寝返りを打ちながら全身で布団の有難さを感じる。

そういえば、教わった呪文をまだ試していなかったと思い折角なので試す事にした。

「ターンアンデッド」

その呪文に反応してか部屋に円形の光が出現し、そこから淡い光の柱が立った。

これが今回教わった魔法、カテゴリーは退魔魔法に分類され悪しきもの以外は効果がないらしい、なので今回みたいに部屋で放っても特に問題はない。魔法自体のランクは低位だがゾンビメーカーを倒す分には問題ないらしい。それにアンデッドと言っても一度死んだ生命なだけなので最悪ゆんゆんの魔法でゴリ押そうと思えばいけるらしい。

まあ何とかなるだろう。それにこれが終われば暫く休みだ、これを機にゆっくりこの世界を探索するのも良いだろう。

そうこうしているうちに眠気が強くなり気が付けば寝ていた。

 

 

 

 

ピピピピピピッ‼︎

アラームの音と共に飛び起きる。どうやら大分深く眠っていたらしく少し頭がクラクラする。

念のため少し余裕を持たせておいたのが功を奏したのか時間まで少し微睡み、意識がはっきりしたので布団を使用済みの棚に入れ上着を羽織り酒場に向かう。

「お待たせゆんゆん」

酒場に着くと既に彼女がおり、残っていた職員に入れてもらったのだろうか、多分ホットミルクなる飲み物が入ったコップが前に二つ置かれていた。

「い、いえ私も先程戻った所です、あっこれ職員の方が私とカズマさんにって下さいました」

俺がテーブルに座ると、彼女の前に置かれているカップのうちの一つをこちらに寄越す。

「何これ?ホットミルク?」

「そうですね、ベースはそうなんですけど他に色々な薬草をブレンドして入ってる優れた飲み物、だそうです」

へーと思いながらコップを受け取り口につける。

「後すごく苦いので気をつけてください」

それを聞いたと同時に口の中に物凄い雑草を噛んだ様な苦味が広がり、思わず内容物を吐き出す。

「それを早く言え‼︎」

吐き出した物を雑巾で拭き取りながら抗議すると、彼女はえぇ…と気まずそうにした。

「はぁ…まあいいや、そろそろ二時だから向おう。失敗してまた明日なんて嫌だぜ」

「わ、分かりました」

残りの薬草ミルクを気合いで飲み干し、暫く苦さに悶絶する。彼女はよくこんなものが飲めるなと思い彼女のコップを見ると。

「ってゆんゆん全然飲んでねえじゃん⁉︎」

彼女のコップに入っている量は俺に渡された時の物と同じ位だった、つまり一口も飲んでない事になる。

「だってこれ苦いじゃないですか」

しれっと彼女はそう言った。

「自分が飲めない物を勧めんな‼︎」

 

 

 

 

彼女に軽く八つ当たりと言う名のお仕置き(内容は伏せておく)を済ませ、共同墓地に向かう。

共同墓地は街の外れにあり、言われなければ気付かないであろう位置に存在する。

この世界での埋葬法は土葬で、亡くなった人間の遺体をそのまま地面の中に未処理の状態で埋める。なのでゾンビメーカーなどによってその遺体がアンデッドに昇華され、こうして生きている人間に襲いかかることがあるらしい。

「なんか肌寒くなってきましたね、一枚多く着てくればよかったです。」

体をさすりながら彼女は震えている。この世界にも四季はあるみたいで、今は丁度冬寄りの秋になる。

「そうか?俺は普通だけど」

確かにこの時間は少し寒いが先程の薬草ミルクの効果なのか、薄ら寒く感じるこの時間帯になっても寒く感じず寧ろ丁度いい位だ。成る程、良薬苦しとはこの事か。

「そろそろ見えて来るぞ…やっぱり何かいるな敵感知が反応している」

あの丘から反応が一つ引っかかる。が、しかし何故か違和感を感じる。

「なあ、ゆんゆんゾンビメーカーって俺みたいな駆け出し冒険者でも倒せるくらい弱い奴なんだよな…」

「はい、一応そうなんですが…」

彼女も俺と同じ違和感を感じたのか、自信なさげに答える。この敵感知には凄く大雑把だがある程度相手の実力というか何かの存在力的な物を測ることができる。

今回感じたのは、前回のでかいゴブリン、ナイトゴブリンとか言った奴の物とは比べられない程大きな物だった。

「なんか嫌な気がするが、取り敢えず様子を見よう。それで駄目そうだったら一旦引き返そう」

「そうですね、取り合えず様子だけ見て今日は帰りましょう」

潜伏を使い、気配を立ちながら共同墓地に向かう。

墓地に着くと、青く発光した魔法陣が墓地の中心に敷かれ、そこに黒いローブを被った何者かが両手を挙げて佇み、その周りを魂なのか薄い光の玉がその者の周囲を漂っている。

「あれがゾンビメーカー?なんかやばい雰囲気がプンプンしているんだけど」

奴の雰囲気はもはやラスボスと言っても過言では無い空気が漂っている。

「カズマさん帰りませんか?教会の人には私も謝罪しに行きますから…」

彼女も不安なのか俺の襟を引っ張る。

しかし既に前金として半ば強引にだが、回復魔法を教わってしまっている。ここで引こうものなら後で悪評が立つかもしれない、冒険者としてただでさえ無名なのにその評判に傷がついてしまったらクエストを回して貰えないかもしれない。

彼女と打ち合わせ、取り敢えず1パターン打ち込んで駄目だったらすぐ逃げようと言う結論に至った。

「詠唱終わりました、後は放つだけです。カズマさんが定位置に着いたら開始しますね」

彼女は詠唱を済ませると、俺から手を離し暮石の後ろに身を隠す。

作戦は単純で、彼女が魔法を放ちそれで倒れれば良し、駄目なら魔法に気をとられている間に潜伏で気配の消えた俺が特攻しケリをつけるって言う作戦だ。

まあ駄目だったらそのまま各自逃走になる。

彼女と別れ、時計にして中心奴がいたら彼女は6時、俺は3時の位置に向かう。位置につき奴を確認すると未だに12時の方向を向き何か呟いており、こちらに気付いてはいないようだ。

手を挙げ彼女に合図する。コクっと頷き彼女は魔法を放つ。

「ライトニングストライク」

唱えると同時に奴の頭上に雷が轟音と共に飛来する。備えなしに落雷を落とされた奴は悲鳴をあげたが倒すまでには至らなかった。

「マジかよ…」

彼女は性格は控え目だが魔法使いとしての実力はこの街では右にいる者は居ないらしい。なんでそんな奴が俺のパーティーに居るのかは今は置いといて、そんな彼女の一撃を受けて尚立ち続けている事が驚きを隠せない。

だが、もしかしたら魔法に耐性を持っているだけ、とも受け取れる。ゲームにもよくある魔法無効みたいな効果モンスターも居る、このパターンがあるなら物理攻撃は通る可能性が大きい。

潜伏は未だに俺を隠している、それに奴は今魔法を放った彼女の方を見ている。

やるなら今しかない。剣を腰から抜き取り構え奴の首めがけて、走り突っ込む。

「貰った‼︎」

間合いは充分、奴は反撃する様子はなく寧ろ気づいていない様だ。右半身を右後方に半回転させ、左足でブレーキを掛けその反動を利用し右足を前に踏み込み、そして剣を持った上体を流れに任せ前に突き出す。

突き出された剣による突きは見事奴の首に位置する所にフード越しに当たる。

「何⁉︎」

思わず声が漏れる。

剣が当たる感覚はあったのだが、そこから先が無かった。ゴブリンの時を例に出せば肉を割く感覚なり骨を折る感覚などがあったが、今回はそれが無かった。それはそうコンクリートの壁に棒をぶつけた様なそんな感じだった。

しかし、それでも衝撃は伝わったのか奴は後方に仰け反り地面に着く。

「ターンアンデッド」

すぐさま体勢を立て直し、教わった退魔魔法を放つが奴には効かないのか身動ぎ一つ無い。

非常に不味い状況だ、魔法が効かない以上物理が効くはずだ、なら残る問題はレベル。彼女レベルは決して低く無いので俺のレベルが低い事が原因になる。

「ゆんゆん逃げろ‼︎俺が時間を稼ぐ‼︎」

尻餅をつき状況を読めずに混乱しているであろう奴に向かって、闇の炎を放とうとする。相手の実力が未知数な以上出し惜しみはできない、幸いこの辺りは街の外れにあるので焦土になっても多分大丈夫だろう。

「黒炎よ」

手の平の上に黒炎が球体状に生成されていく。

奴はそれに気付いたのか慌て始め。

「ちょちょっと!何ですか⁉︎いきなり襲ってきたと思ったら、それ地獄の炎じゃ無いですか⁉︎そんなの当てられたら私死んじゃいます‼︎」

「は?」

突然喋り始め、しかもフードを外すとその下は若い女性で、しかも下手に出てきたので拍子抜けし、思わず炎を消してしまった。

「カズマさんを置いてなんて行けません‼︎私も戦いますって、店員さん⁉︎」

遅れて彼女も追ってきたのか、息を切らしながら俺の後ろに立つ。命を投げ打って来てくれたのは嬉しいが俺の気持ちも考えて欲しい。

「ん?店員さん?何だそれは?」

突如出て来たワードに混乱する。どう言うことだ?

「あぁ先程のはゆんゆんさんでしたか。あの上級魔法、私だから大丈夫でしたけど普通の人に当てたらいけませんよ」

「は、はい。す、すいません…」

彼女も理解が追いついていないのか混乱した様で、素直に店員さんとやらの注意を受けている。

「で、あんた。何者なんだ?俺の攻撃が効かないのはともかく、ゆんゆんの魔法が効かない以上只者じゃ無いはずだ」

奴に敵意が無いことは分かったので取り敢えず質問する。

「ああ、私はウィズと申しましてリッチーをやってます。俗に言うノーライフキングやってます。ここに来たのは迷える魂を浄化する為に来ました」

リッチー、ゲームでしか聞いたことはないがかなり強かった記憶がある。

「そ、そうか…でもそれはプリーストの仕事じゃ無いのか?」

「はい、本来の仕事は教会の方々なんですけど、何せ拝金主義が…いえお金がない人たちは後回しになってしまい、ここみたいな寂れた場所なんかは魂で溢れかえってしまうんです。」

「成る程な要するにあのシスター達の尻拭いをさせられていた訳か」

「そう言う形になってしまいますかね」

事態はだいぶ把握出来た。どうやら彼女が魂を浄化している光景を誰かが見間違えてこんな事態になった、おおよそだがそんな所だろうか。

「でもなぁ俺たちはゾンビメーカーを退治しろって言われてここに来たから手ぶらで帰る訳にはいかないんだよな」

そう言いウィズに腕を向ける。先程の炎を思い出したのかウィズはヒィっと後ろに仰け反る。

その怯える様子に罪悪感を感じているとゆんゆんが

「流石にそれは可哀想じゃないですか…私店員さ…ウィズさんにはお世話になっていますので見逃してあげられませんか?」

俺のチートを知らない彼女は多分スティールをかますと思っているのだろうか、ウィズをかばう。

「いや…でもなぁ流石にここまで来て何の成果も得られませんでした、じゃメンツが立たないしな」

「分かりました‼︎お金は最近赤字続きでありませんが、教会には私から口添えしますし、カズマさんは冒険者でしたよね。でしたらリッチーのスキルなんてどうでしょうか?自分で言うのもなんですが大変珍しいと思いますよ」

「確かにそれならメンツも立つしスキルも貰えて良いかもな、でどこに行けばウィズに会えるんだ?」

「それなら、街で魔道具店を開いていますのでそちらに来て頂ければ」

「オッケー了解したよ」

スッと彼女に手を出すとウィズはその手を取った。クエストは失敗に終わったが得るものはあった、これにて取り引きは完了だ。

「あの、私は何の為に来たんですかね…」

ボソッと後ろで何か聞こえたが気にしないことにした。



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カズマの日常

恥ずかしい事に感想や評価のシステムがある事に気づきました。評価感想をして頂いた方、応援ありがとうございます。この調子で頑張って行きたいと思いますのでよろしくお願いします。



握手を終え、ウィズと一緒に残りの魂達を退魔魔法で成仏させ、帰り道の途中で別れてアクセルに向かう。

「ウィズさんが良い人で良かったですね」

帰り道2人で草原を歩いていると、彼女が呟く。

「そうだな、状況が状況だったけど普通魔法ぶつけられて剣を当てられたら怒るよな。本当良い人で助かったよ」

交渉が上手くいき気持ちが高ぶっている俺を咎める様に

「あまり自覚が無いみたいですね…良いですか?リッチーは強力な魔法耐性や魔法の掛かった武器以外の攻撃の無効化、他にも触れただけで状態異常を起こすとても恐ろしい相手なんですよ」

「マジか⁉︎あんだけおっとりしてんのにそんな恐ろしい人だったのかよ‼︎」

リッチーの恐ろしさを踏まえて再び先程の事を思い返す…恐怖で足が震えそうだった。

ヤベェな俺、マジで良い人で良かった…

「はぁ、やっぱり無自覚だったんですね」

彼女は呆れた様に両手をあげる。

 

 

 

 

 

「は〜あ」

今現在、俺は酒場のベンチで座りながら休憩している。暫くすれば彼女との待ち合わせ時間になるだろうが、先程のドタバタの影響かなんだか疲れてしまった。

あの後、彼女と別れ馬小屋で一晩過ごした後、朝一番でギルドに行きウィズがリッチーである事を伏せながら昨日の一件を説明し、結局はゾンビメーカーは現れないとの報告を済ませた。幸いにも俺よりも早く来たウィズが事前に説明してくれていた為か、思ったよりスムーズに進み一応見廻りと言う形で報奨金が支払われた。

教会では流石のウィズも近づけなかったのか、話が行き届いておらず難航したがヒール等々の講義代金として先程頂いた報奨金を差し出す事で事なきを得た。

後はスキルポイントがたまり次第にウィズのお店に行けば一件落着だ。一応名刺は貰っているのでいつでも行けるが、なんか怖いので念の為ゆんゆんを連れて行こう。

「お待たせしました、待ちましたか?」

思い出に耽っていると、いつの間にか約束の時間になってしまい彼女が現れる。時計を確認すると時間丁度を示していた。

「いや別に、て言うか時間丁度だぞ…ってなんだその荷物は?」

椅子から立ち上がり、気になった彼女の荷物について尋ねる。現在彼女背負っているリュックはゴブリン討伐の際に比べるとやや劣るが、それでも大き過ぎる程だった。

こんなサイズプレゼン前の社員でも持たないぞ。

「これですか?中には雨具とか汗を掻いた時の着替えとか…」

流れてくる沢山の内容に頭が直ぐに理解する事を辞めた。何というか初めて遠足に行く心配性の子供の持ち物みたいだ、そして結局使わずに只の荷物になり後悔するのが目に見える。

「却下だ」

「えぇ⁉︎な、何でですか⁉︎もしもの時何かあったらどうするんですか?」

話している途中で遮られ尚且つ全否定され、流石の彼女も黙ってはおらず声を荒らげ抵抗する。

心配な気持ちは分かるが今回は買い物だ、前回みたいに何処かに置いて行けるわけでは無いのだ。

「ちょっと買い物に行くだけだろ、何時ものゆんゆんの荷物位だったらハンドバックだけで充分だよ‼︎」

背後に回りバックを掴むと、そのままもぎ取る様に後ろに引っ張るが彼女は意地でも離さないつもりか肩紐をガッチリ掴み丸まりながら抵抗する。

「いっ嫌です‼︎いつもはぐれた時はこの中の遊び道具で時間を潰しながら一人で帰るんですよ‼︎コレが無かったら私孤独に耐えきれなくなって死んじゃいます‼︎」

「あっ」

彼女の言葉に唖然としてしまい思わずバックを離してしまう。

「えっ⁉︎」

急に後ろからの引っ張りが無くなり彼女は勢いそのまま前傾に転がってしまい、重い音ともに酒場のテーブルに激突する。

「わ、悪いゆんゆん、思わず離しちまった」

多分頭をぶつけたんだろう、彼女は頭を抱えながらいてて…とその場でうずくまっている。

「安心しろよ、はぐれても探してやるし置いて行くことは無いからさ」

はぁ、と溜息をつき照れ隠しに頭を掻きながら彼女近付きながら手を差し出す。

「本当ですか?君誘ってないのに何で居るのとか言わないですか?」

「言わねぇよ⁉︎何処のイジメ集団だよ‼︎」

彼女のネガティブキャンペーンに唖然としながら引っ張り起こす、荷物の重みが加わっているのでかなり抵抗を感じたが何とか堪える。

「そうですか…えへへ、では一度部屋に戻りますので置いて行かないでくださいよ」

彼女は照れ臭そうに笑いながら荷物を背負いながら入り口に向かおうとした時だった。

「皆さんお待たせしました‼︎キャベツの出荷、集計が現時点を持って完了致しました。つきましては手が空いている方から受付へと報酬の受け取りをお願いします」

ギルド全体にアナウンスが響き渡る。座っていた者、昼間から酒を飲む者、その他有象無象の冒険者が挙って受付に向かった。

「うわぁ、こりゃ暫く取りに行けないな。しょうがない…ゆんゆん先に荷物纏めてきなよ、俺はここで空くのを待ってるから」

「わ、分かりました‼︎では行ってきます」

てててっと受付に向かう人たちの流れに逆らう様にギルドを後にした。

あの調子だと数時間掛かるな。

ボーとしながら長蛇の列を眺めていると、どうやらパーティーの代表者が纏めて受け取るらしいのか一人が大金を持ちながらテーブルに運び分配している。

五人パーティーで大体100万エリス位の札束…となると5人で割って一人頭20万エリスって所か、なかなかの儲け案件だったんだな。もっと真面目にやれば良かった。

クリス達の保護に回ったとは言え最後まで捕獲作業していたんだ、あのメンバー達よりかは儲かるだろう。

 

 

だいぶ列も回転したのか、幾分か人が減って来て彼女が戻ってきた。

「お、お待たせしました…」

急いで来たのだろう肩で息を切らせながら小型のバック片手に彼女が対面の椅子に座る。

「まだ列はあるんだからそんなに急がなくても大丈夫だぞ」

「それはそうですけど…」

そんなに出かけるのが楽しみだったのだろうか、普段と比べて落ちつきが無い。本当に今まで友達が居なかったのだろうか?

「そろそろ行ってくるから少し待ってろ」

そうこうしているうちに列は大分勢いを失い、先程までの人混みはバラバラに散っていった。

「お待たせしました、サトウさんですね」

受付の人は何人もの相手をしていて疲れたのか、遠くを見ながら少しふらふらしていた。

「ではこちら報酬の1000万エリスです。確認できましたらこちらに代表者、サトウ様の署名をお願いします」

「アッハイ…てえぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉︎」

突然の事態に思わず大声で叫ぶ。

1000万って何だよ‼︎宝くじでも当たったのかよ⁉︎サラリーマンの平均年収の何倍だよ‼︎

「えっとコレ何かの間違いじゃ無いんですか?」

恐る恐る尋ねると、どうやら間違えではなく本当の事らしい。

「ええ残念な事に間違えではありませんよ、内訳を見ますとサトウさんが200万エリス、これは収穫された物の中に経験値が高いキャベツが多かったのが理由ですね。そして残りはゆんゆんさんのですね、私は遠くで見ていただけなんですけど最後の竜巻で纏めて収穫していたのが要因かと…お陰で生き残って他の地方に向かう筈だったキャベツまで収穫してしまい、キャベツ市場はこのアクセルで独占され価格が高騰しました。なのでざっくり見積もって800万エリスで合計1000万エリスに成ります」

ドン、と1000万の札束と、受け取り証明書の用紙が目の前に置かれる。普段ならサラサラと軽々しく書いていたものが、今この時だけはペンを握る手が重い。

「コレが1000万の重みか…」

受け取り証明書の説明欄を何度も確認する、もしかしたら何処かに移譲の旨が書かれているかもしれない、この薄っぺらい俺の人生史上最も書類を確認したがいつも通りの証明書だった。

「何だよ驚かせやがって、ほほいのほいっと」

先程の心配など無かったかの様にサラサラと署名を済ませ受付に渡し1000万の大金を受け取る。

ズシンと物理的な重さとはまた違う重さが手にのし掛かり手が震えだす。

「耐えろ…耐えるんだ俺」

他の奴に盗まれたりしない様に札束を抱え込みながら潜伏を使い人混みを避けながら彼女のところに向かう。

「おかえりなさい、どうでしたか?今回は沢山収穫した気がしますので自信ありますよ」

人混みの中誰も俺を避けてくれないので潜伏を解除しこそこそと人の間を縫って進むと彼女に見つかる。彼女的には自信がある様でウキウキしているのが目に見える…まあ実際とんでもない額なんだけど。

「ほらよ」

ドシン、と抱えていた札束をテーブルの上に降ろす。

「は?」

予想を超えた額の札束を目の前にして唖然としたのか、彼女の目は点になった状態で硬直している。

「それでコレがゆんゆんの分だな、大事に使えよ」

そこから俺の取り分である200万を抜き取り、ボンと残り800万エリスの札束を彼女の前に置く。

「ちょ、ちょっと待って下さい私こんなに貰えません‼︎何かの間違いじゃ無いんですか⁉︎」

「間違いじゃ無いよ、これはゆんゆんの実力だよ」

悔しいが搦め手を講じたのにこれだけの差をつけられてしまった以上、内訳通りに渡す事が俺の出来る最大の礼儀である。

そして札束を前にしてワタワタと彼女が慌てふためいた後急に札束を数えたかと思うと、そこから300万を抜き取り俺に渡す。

「これは二人で行ったクエストなので、この報酬は二人の物にしましょう。誰がどう頑張ったとかじゃなくて二人でどれだけ頑張ったかが重要だと私は思います」

照れて恥ずかしそうに彼女は笑う。最初に勝負を仕掛けたのは君なんだけど、とは言わないでおこう。

「それもそうだな、俺たちは一心同体、辛い時も楽しい時も報酬も一緒に山分けだな」

彼女が差し出した300万エリスを受け取り鞄にしまう。これで俺も小金持ちってわけだ。

「じゃあそろそろ行こうか」

鞄を頑丈にロックし、椅子を後ろに引き立ち上がり、後ろをついてくる彼女と共にギルドの外に出る。

まだ昼頃なので日は上空に位置しており、色々するにもまだ時間がある。

「取り敢えず先に俺の買い物に付き合ってもらっていいか?」

トコトコと目的地に向かいながら念の為に確認する。

「別にいいですよ、私はこの辺りのお店は一通り見て回ったので今日はカズマさんに合わせます」

彼女は嬉しそうにコクンと頷き

「あ、でもあの串焼き食べてみたいです」

早速自分の言った事とは真逆の行動に出る彼女に呆れながら、串焼きを売っている屋台に向かった。建物は祭りで使う様な鉄パイプに厚いビニールを覆った簡素な構造で中で焼いて売っているのだろう、匂いがここまで漂ってくる。

「あの、すいません串焼き二本ください」

自分で言ったからだろうか、早足で屋台に向かい俺より先に注文を済ませる。

「おっ!何だ嬢ちゃん今回は男連れて来てんのか?いやぁ熱いね、何だ嬢ちゃんのボーイフレンドって奴か?まあ何にせよ良かった良かった‼︎」

屋台の主人だろうか、やけにガタイの良いおっさんが彼女を見ると、まるで近所にいる人みたいな台詞を吐いた。ああいう野次は世界共通なのだろうか…

「いやまだそんなんじゃ…」

店主のおっさんに盛大に冷やかされ、彼女は最初こそ言い返していたが途中恥ずかしくなったのか俯いてぷるぷる震えていた。

「おう坊主」

「え、何ですか?」

からかわれている彼女を眺めてると、突然横に居る俺に話が振られる。

「この嬢ちゃんはな、何時も一人ぼっちでよくこの辺りに買い物に来るんだよ、仲間どころか友達も出来ないって何時も言っててな、この辺りで商売やっている仲間たちと心配してたんだが、けどあんたみたいな仲間が出来たみたいで安心したよ。足手まといになる事は無いとは思うが宜しくやってくれ」

「な、何言っているんですか⁉︎私そんなこと言ってませんよ!」

照れ隠しなのだろうか、店主に飛びかかろうとするが肉を焼くプレートに邪魔され阻まれる。

「ほらよ、祝いに二本おまけしておいたから、味わって食えよ」

店主は彼女の妨害を物ともせずに俺たちに串焼きを渡す。取り敢えず彼女に串焼きを持ってもらい会計を済ませる。

「毎度あり‼︎また顔見せに来いよ」

お釣りを受け取り屋台の店長に見送られながら目的地に向かう。この世界の串焼きは日本の少ない割に高い物とは違い、安価でボリュームは大きめだ、着くまでに食べきれるか心配だが多分大丈夫だろう。

それよりも

「何だよ結構話せる人居るじゃん」

道中串焼きを食べ歩きながら言いそれを聞いた彼女は文句あり気な顔をしながら

「違います…あの人は商売ですから、もしそれ以外でしたら話しかけもしないですよ」

最後には悲しそうな顔をしながら彼女は串焼きを頬張る。

「そんなもんか?」

彼女に釣られながら俺も最後の串焼きを口に入れ、ごみとなった串をティンダーで燃やす。

「うわっ器用ですね、私のもお願いします」

はいよっと、彼女から串を受け取り燃やす、これが本当の串焼きってな。

「カズマさんって下級魔法の扱いだったら街一かもしれませんね」

俺の魔法の使い方に前から思っていたのかボソッと洩らす。正直褒められているのか分からないが彼女の事だ褒めているのだろう。

「そうだな、俺は基本職の冒険者だし、こういう風に小さなものを組み合わせてやっていかないとまともにやってけないからな」

闇の炎とやらで無双したいとこだが、いかんせん使い勝手が悪すぎる。今出来る使い方としてはファイヤーボールの様に飛ばす位だろうか?色々練習したいとこだが二次被害が凄すぎるので練習しようにも場所がない状況だ。それにこの世界に来て初めて出した炎の騒ぎもまだ古くは無い、発生源が俺だと分かれば何かの責任問題になりかねない。

「そうですね。あっそう言えばクリスさんでしたっけ?盗賊のスキルもいくつか教わったそうじゃ無いですか、近くにキールのダンジョンって言う初心者用のダンジョンがありますので…その、今度行きませんか?」

考え事をしていると横からそんな事を言う、ダンジョンか…悪くは無いが初心者用なら宝などは大体持ち出されているはずだろう。ゲームみたいな世界だが俺達に合わせて設定されている訳では無い以上只の無駄骨に終わる可能性が多い。

「その提案は良いんだが、もっと誰も行ったことのない未踏のダンジョンとか無いのか?」

せっかくアークウィザードも居る事だし、俺にとって分不相応な難しいダンジョンでも大丈夫だろう。

「そんなのある訳ないじゃ無いですか…此処は初心者が集まる街アクセルですよ。大体のダンジョンは捜索し尽くされてますよ」

やはりと言うか、そんな甘い様な返答は帰って来ず。自分自身でレベルを上げて未開の地や森林とか捜索するしか無いのか…

「まあ、練習という事で行きましょうね、もしかしたら隠された部屋とか出て来るかもですよ」

何だかんだでダンジョンの探索が決定してしまった。盗賊スキルと言っても敵感知と窃盗と潜伏の3つしかないしどれもダンジョンで役に立つとは思えない、後でクリスに教わりに行かなくては…

「はぁ」

後の事を考えると面倒臭さに溜息が出る、漫画とかだと一瞬で終わる準備作業も現実だと一々土台作りからやらないといけない手間の多さにフィクションへと想いを馳せる。

「何溜め息ついてるんですか?私から誘って何ですけど嫌なら別に前みたいにカエル狩りでも大丈夫ですよ」

俺のため息に何かを感じたのかオドオドと自分で取り付けた約束を変更しようと提案する。

ここ数日で彼女に自信が出て来たのか強気な発言が目立って来たが、しかし根っこは変わらない様でたまに言い過ぎた様な気がしたらこちらの顔を伺う様に見て来る。

「いやそうじゃ無いさ、これからどうしようかなって?」

不安そうにこちらを向く彼女に取り敢えずで何か適当に考えた事を言う。

「そうですね、私達のパーティーの目標を考えないといけないですよね。そう言えばカズマさんはどうしてアクセルに来たんですか?」

「どうしてって言われもな…そう言うゆんゆんは何でこの街にきたんだ?」

答えづらい質問には質問で返し相手の回答をノリで返す。テストでは0点だが、しかしここは現実、点数などは存在しない。

「わ…私ですか?私はその…里を出て行ったとも…ライバルに会うためにここに来たんですけど、何処に行ったのか全然分からなくて…でも荷物はギルドに預けてあるらしくて探しに行ってすれ違いになっても嫌ですし…」

「成る程、それで何処かに行こうにもこの街から拠点をズラせなかったって訳か」

「はい、情けないですけどそうなりますね」

えへへと悲しげに笑い

「私は言いましたよ、次はカズマさんの番ですよ」

ついでに話をそらす作戦は失敗に終わり、今度は俺の番だと催促する。

しかし予想外なマジな話におちゃらけた話で返すわけにはいかない。けど女神に連れて来られたって言っても多分信じないしな…

「本気て言われれば本気なんだが、実は俺魔王討伐を目標にこの街にやって来たんだ」

間違ってはいないが、現在それしか目標がなかった。まだこの世界に来て数日、何をするにも金は必要で冒険者以外の仕事に土木や商売が存在するが法律関係等々を覚えるのは面倒臭そうだ。

「それ…カッコイイですね‼︎」

「えぇ⁉︎」

予想外の反応にこっちがびっくりする。てっきり笑われるのかと思ったがどうやら彼女には高評価だったらしい。

「魔王を討伐すれば里のみんな…めぐみんも私を認めてくれる。いいわ‼︎カズマさんその目標に私も付き合わせて貰います‼︎」

ズガガン‼︎とゲームなら雷が落ちて来そうな雰囲気を漂わせながらポーズを決め彼女は宣言した。

「おぉ〜」

パチパチと手を叩きながら、話の主役を取られた俺は観客に回る。

「で、そのめぐみんって奴がライバルなのか?」

「そうです…ライバルって言うのは私が勝手に言っているだけなんですけどね、めぐみんは私よりも魔力値が高く紅魔の里でも天才と言われている位の才能と知能を持っているのですけど…」

「マジか⁉︎ゆんゆん以上だと⁉︎」

短い時間だが彼女とクエストをこなしていて破格の存在だと思っていたがそれ以上が居るのか…

「ん?ですけどって何だ?なんかあるのか?」

彼女の語尾の音量が下がった事に違和感を覚える、大抵のこう言う事には何か嫌な事が含まれる物だ。

「それがですね、めぐみんはその才能を持ちながら…あっ着きましたよ」

話の良い所だったが目的の店に着く。

「本当だ、よし買い漁るか」

拳を片手に当て鼓舞すると、そのまま店に入る。

「いらっしゃいませ」

店員に挨拶され、中に入ると数多ある装備品の陳列に目が奪われる。これが異世界の装備屋かよ、まあ日本に装備屋は無いんだが…

「よしゆんゆん、冒険者の俺が装備できそうな物を頼む」

しょっぱなからの他力本願、現実でもそうだったがこう言う身に付けるものは自分で見るよりも有識者に任せた方が良い。

「自分の装備くらい自分で選びましょうよ‼︎」

流石の彼女もこれはダメらしくNGが出る。

「頼む‼︎こんな事ゆんゆんにしか頼めないんだ」

仕方ない、ここは頭を下げ諦めて選んでもらえるようにするしかない。

「し、仕方ないですね…今回だけですよ‼︎」

頼られて嬉しかったのか頬を赤らめながら、彼女は仕方なしにと言った態度を崩さない様に店に並ぶ装備を選びに店の奥に向かった。

本命は彼女に任せ俺は俺で装備品の類を眺める。やはりと言うか何というかどれも専用職業が決まっており現在彼女が見ている共通の装備コーナは他の物と比べてやや狭めだ。冒険者という基本職は足台な事が多く大体が転職に必要なステータスまで届いたら転職するので俺みたいな冒険者は殆どいないというか居ないらしい、なので冒険者用の装備は無くこうして共通用の装備になってしまう。

しかし流石は初心者の集まる街、どれも安価な物が多くファストファッション店の様だ。それにこの世界にもやはりブランドという概念があるのか、〇〇作など書かれているタグなども見受けられ、ただの布の服にもかかわらず奇抜なデザインであるだけでウン万エリスもする代物もある。

アクセサリーコーナーもあり、これは装備するだけで何か付加効果を与える代物らしい。

「カズマさーん」

こっそり買い物を済ませていると、見立てが終わったのか彼女に呼ばれる。

「これなんてどうでしょうか?カズマさんのステータス的にも動きやすいと思いますよ」

ほーん、と思いながら彼女から受け取った服を受け取り更衣室にて着替える。

「どうですか?」

着替えている途中に彼女が聞いてくる。

「サイズ的にはピッタリだな」

完全に着替え終わり鏡を眺める。

「おぉ…」

首から肘まで覆った緑のマントに素朴だが民族衣装の様なカットソーに動きやすいズボン、その上に固定するかの様に籠手と脛と胸当てをつける形になっている。

今までジャージ姿の自分しか見てなかったのもあるが、この世界のファンタジー感のある服を来た自分を鏡を通して眺めるとようやくこの世界に来たんだな、と何とも言えない感情が込み上げてくる。

しかし彼女は感極まっている俺を見て何か勘違いしたのか

「えっあっどうしましたか?気に入りませんでしたか?カズマさんのステータス的にこれ以上の装備だと動きに支障が出てしまいますし…少し効果は下がりますが他の物にしますか?」

わたわたと慌て出す彼女に

「違うよ、ありがとなゆんゆん。なんか感動してな」

ポンと肩を叩き、そのまま会計に向かう。どうやら装備したままでも会計が出来るらしく、ジャージに着替えるのも面倒なのでそのまま会計を済ませ店を後にする。

「これで奇異の目で見られる事も無くなったな」

彼女にジャージの入った袋を持ってもらい、店の前のガラスの反射された自分の姿を眺めながらポーズを決める。

「カズマさんのあの服はニホンっていう国の民族衣装なんですか?」

「何て言えば良いのか?運動用の衣装って感じかな、日本でいう戦闘用の装備みたいなもんだよ」

へーそうなんですかと良いながら、俺のジャージを袋から取り出し広げて眺める。汗臭いだろうからやめて欲しいのだが…。

「前から気になってましたけど、思っていたよりも軽いですね、それに伸縮性もあって確かに動きやすそうですね」

へー、ほーと一通り弄るとそのまま袋に詰める。

「防具は整った、次は武器屋に行くぞ」

ジャージを受け取りそのまま隣の武器屋に向かう。店の構造自体は同じで今度は武器が並べられており、思ってた通り職業の壁が立ちはだかっていた。

「剣は流石に私はわからないですね…こればかりは直接握って振ってもらった方がいいと思いますね」

今回は武器なので彼女もお手上げの様だ、仕方ない言われた通りに共通の装備を眺める。

剣には重さや切れ味など各種ステータスがありこれが上がれば上がるほど扱いが難しくなりステータス通りの効果を発揮できない場合もあるそうだ、なのでギルドから貸し出されたショートソードを参考に一番しっくり合うものを選ぶ。

「これだな」

値段はそこそこするが何かの加護が宿っているらしい、威力は他の装備に比べれば低いが俺のステータスで装備できる奴からしたら高めだし、奥の部屋にある試し切りの藁の棒を何回か切るとやはり高いだけあって難なく切れる。リーチも貸し出し用の剣と同じでグリップも安定している。

値段はウン十万エリス取られたが悪い買い物ではないはずだ、他にも念の為の仕込みダガーや投げナイフ等々購入する。

会計を済ませ入り口のベンチで待っている彼女を迎えに行くと、彼女は彼女で新しいワンドを買っていた様で慣らしに振っていた。

「終わりましたか?」

その姿を眺めていると目が合い、ワンドをしまいこちらに向かってくる。

「なんとかな、この装備でどうなるかは次回のお楽しみって事で」

ぽんぽんと、腰に下げた剣を叩き彼女に見せつける。この剣の加護があれば大分役に立つだろう。

「少し疲れたし、飯にしないか?」

上を見上げると日は随分と傾き5時位だろうか、串焼きしか食べてない俺は少し小腹が空いてきた。

「そうですね、買い物も済ませましたし、一旦ギルドに行きましょう」

借りた剣も返さないといけないし、丁度いいと二人酒場に向かった。

 

 

 

 

酒場に行く前に部屋に荷物を置きたいと、彼女と別れ先に酒場に向かい席を確保する。彼女の部屋はギルドから近くそこまで時間は掛からないだろうから先に飲み物を注文し周りの会話を盗み聞く。

「おい聞いたか、前から放置されてたこの街の近くの古城に住み着いた奴って魔王軍の幹部らしいぜ」

「マジかよ⁉︎幹部ってヴァンパイヤとかか?」

「分かんねーけど幹部が誰だろうと俺たちじゃ敵わねーのは変わらねえけどな」

「そうだな」

「「はははっははははははは‼︎」」

 

「あの頭のおかしい子が戻ってきたらしいぞ」

「あのって、頭がアレな子の事か?」

「何も知らないパーティーと組んで数時間位前に出て行ったのを見たんだよ」

「マジか〜、今日は撃たないといいんだがな、平原や岩場ならいいんだけど森とかに飛び火したら俺達が消しに行かないといけないんだからな…」

「最近平和になったとおもったんだけどな、まあ火消しで報酬が貰えるならそれはそれで美味しいんだけどな」

「それな」

「「ははははははははっははっは‼︎」」

 

「他にもな…

 

「カズマさんお待たせしました」

彼女に声を掛けられハッとする。どうやら声を盗み聞きしている間に寝てしまった様だ。

「悪い悪い、少し寝てたみたいだ」

「今日は大分歩きましたし考えましたから色々疲れが溜まった様ですね」

彼女はメニュー表を開き注文する。

「俺も食べ物は頼んでないんだ、一緒に頼む」

分かりました、と彼女の注文に合わせ注文すると料理が運ばれてくまでに時間が空くので

「そうだ、ゆんゆんに渡す物があるんだ」

鞄から袋を一枚取り出し彼女に渡す。

「何ですか急に…って私にですか⁉︎」

彼女はビックリしながら俺から袋を受け取り、開けていいですか、と確認し中身を開き取り出す。

「わぁ‼︎ありがとうございます‼︎大切にしますね」

中から出てきたのは、術者の魔力値を高めるマナタイトをあしらったペンダントであり、道具屋で俺がこっそり買っておいたものである。

彼女早速ペンダントを首にかけ嬉しそうに腰のポーチから取り出した手鏡でそれを眺める。

「今日は色々世話になったからな、これはほんのお礼だよ。これからもよろしくな」

「はい‼︎こちらからもよろしくお願いします!えへへ…」

お互い照れていると、丁度よく料理が運ばれ食事を始めた時だった

何の脈絡もなくそして唐突に

 

遠くで地響きを震わせながら爆発音が鳴り響いた

 

「緊急‼︎緊急‼︎街にいる水属性の魔法を使えるウィザード、プリーストの方は至急東の森の消火活動に向かって下さい‼︎もう一度繰り返します…」

「うぉ何だ⁉︎何が起こってるんだ⁉︎」

突然の爆発音と緊急の通達に驚きながら彼女に聞くと、何故か慌てず、うわーと言いたげな表情を浮かべ

「私行ってきますね。カズマさんはそのまま食事を続けていて下さい」

残りのご飯をかきこみ、完食するとそのままギルドの外へ走り出していった。



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カズマの日常(爆裂編)

申し訳ないのですが、何度かデータが吹っ飛んでしまった為、急いで一から書き直したのでいろいろ誤字が目立ちますが容赦ください。


「おい待てよ」

彼女に負けじと食材を掻き込みそのままギルドの外に飛び出す。

彼女を見失ったが、幸いにも他にも現場に向かう人達の列が出来ていたので、その列をなぞりながら負けじと後ろから列を追って付いていく。

しかし走れども目的地にはなかなか着く事はなく、前を見れば火の出ているところは大分先の景色になっている。

マジかよ…どれだけ遠いんだよ。

走っている最中も何人かに抜かされていった。やはりステータスの差なのだろうか。

 

 

走る事数時間ようやく現場に辿り着くが、どうやら消火活動はおおよそ終了していたのか、既に辺りは暗くなっている。

「今回は早く消えた様だな」

消火に関わっていた人の一人だろうか、燃え炭になり掛けている木々を眺めながらボソッと呟いた。

「今回はって事は前回は凄かったんですか?」

何と無く興味半分に聞いてみる。

「あぁそうだな、前回はこんな爆発…威力みたいなのは無かったんだが、黒くてよくわかんねぇ炎でな、消そうとしても全く消えねえしな、しょうがねぇもんだから周りの草木を全部切り払って燃え尽きるのを待ってたんだよ」

「そ、そうですか…大変でしたね」

黒い炎、多分俺がこの世界にきて初めて放った闇の炎の事だろう。これ以上追及されたらボロが出かねないので即座に話を終わらせ退散する。

適当な話にすり替え何とか違和感なく退散する。そう言えばゆんゆんは何処なのだろうか?消火活動に向かったのならこの辺りにいても良いのだが。

「すいません、ゆんゆんって言う黒髪を後ろで二つに詰んだ赤目の女の子知りませんか?」

取り敢えずそこら辺でたむろしている集団に確認すると、そのうちの一人が見かけたらしく。

「その子なら奥にいると思うぞ」

と、奥の方角を指差す。確かに耳を済ませば何かガザガザした音が聞こえる。

「ありがとうございます」

お礼を言い、森の奥に向かう。

「あ、カズマさん来ていたんですね。丁度よかったこっちに来てください」

森を進むと丁度反対方向から彼女がひょっこり現れる。

「おっおう、まあ良いけど」

彼女の案内を受け森の更に奥に向かう。やはり先程の音は爆発だったのだろう、多分爆心地だと思われるであろう奥に進むにつれ木々が燃え墨になっている範囲が広がり、やがて何も無い焦土へと変わっていった。そしてその爆心地にたどり着く。

「何だこれは」

その光景を見て唖然とした、範囲にしておおよそ半径二十メートルくらいだろうか、地面に大きな半円球状のクレーターが生成されていた。

そしてそのクレーターを囲む様にしてウィザードだろうか、ローブを羽織った人達が並びながら砂を上からかけ埋めていた。

「下級魔法を使える方々でこうしてクレーターを埋めているんです、カズマさんも確か下級魔法使えましたよね」

ゆんゆんに促されクリエイトアースにより砂を生成しクレーターに流し込んでいく。因みに魔法で作られたこの土は栄養価が高く、農家などで野菜を作る際に役立つと言う。まあ冒険には役に立たないけど。

「しかし、この砂、質量保存の法則はどうなっているんだ?」

素朴な疑問である、魔力で生成されるこの砂は一体何処から持って来られるのだろうか?もし周りから集めるのならこの作業の果ては大きな地盤沈下になるだろう。

「質量ほ…何ですか?よくわかりませんが、皆さんはそう言うものは取り敢えず使える物は使うだそうなので気にしないほうがいいですよ」

マジか。どうやらこの世界は魔法などが発達したが、その分科学の分野が遅れているのだろう。

しかし、周りと見比べると流れる砂量は俺と比べると大分多い、やはりステータスかレベルのせいなのか周りと比べると俺の性能が大分劣っていると考えられる。女神からチートとして闇の炎を貰ったがどうやらステータスは素のままなのだろうか、それともこの異常に高い幸運値がチートの副賞みたいなものだろうか?

そんなこんなで、大きなクレーターはウィザードの生成された砂により埋まる。

「では皆さん!次は水をお願いします」

それを確認すると彼女の合図により砂から水へと皆切り替え、砂にクリエイトウォーターにより水をかけていく。

「何だ?ここの指揮はゆんゆんが行なっているのか?」

彼女は人を使うよりも使われる方の人間だと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。

「あ、い…いえ、何故か気づいたらいつのまにか私が仕切ることになってしまったと言いますか…」

俺の考えは外れた。どうやらただ押し付けられただけの様だ。

 

 

 

 

それから水を掛け終わった後、他のウィザードの魔法なのか焼け焦げた木々がまた一から生え始め森林は復興されていった。どうやらこの世界の魔法には自然再生の魔法も存在するらしい。この魔法を日本に持ち帰ったら地球温暖化は解消されるだろうに。

しかし魔力の消費量は凄まじいのか、いくつかの範囲を生やすと一人また一人バタンと倒れていく。

 

 

 

木々がおおよそ自然の力だけで元に戻る程度まで回復した事を確認すると、彼女が散開している人たちを集め解散の音頭を取り、一人また一人とアクセルに帰っていった。

「ところで一体この爆発は何なんだ?」

解散しアクセルに向かう途中、気になって仕方がなかったので彼女に尋ねる。

「そうですね、多分爆裂魔法ですね…」

爆裂魔法…聞いたことはないが、名前の字面的にそのままだが強力な爆発魔法なのだろう。しかし上級職のアークウィザードである彼女の魔法を全部ではないが、いくつか見てきてここまで凄い威力のモノを見たことが無い。

黙って考えていると彼女は話を続け。

「爆裂魔法は風や炎などの複数の属性をまとめた複合魔法で威力は魔法の中では最強と言われています」

複合魔法、聞こえはカッコいいがその分習得難易度もすごく高いのだろう。

「マジかよ、じゃあゆんゆんもこんなの使えるのか?」

「いえ…私は使えません…爆裂魔法は威力は勿論ですが、習得も難しくて…ポイントを50も消費するんです」

50だと⁉︎

余りのポイントの多さに絶句する、この世界に来て数日、レベルも大分上がったが一度に上がるのはせいぜい数ポイント、50ポイントまで何も取らなかったとしてもかなりのレベルが必要になるだろう。

「そんなのを取るなんて余程の凄腕なんだろうな、ゆんゆんも目標は爆裂魔法なのか?」

ほえーと適当に考えて発言する

「いえ私は特に取ろうとかは考えてないですね…爆裂魔法は魔力消費が激しくて、私の里で一番魔力量が多い人でも一度放てば魔力切れを起こして動けなくなる位だと言われています」

マジかよ、それにダンジョンだと爆発で崩れていくとか、高い威力の代償に様々なデメリットがあるとまるで見てきた様に説明される。

「なのでうちの里では誰も取らないネタ魔法と言われていますね」

ネタ魔法か…確かにこの魔法を取ると他の魔法が取れなくなり、この爆裂魔法一点型になるだろう。そして撃てば1日動けなくなる、戦争でも無い限りは普通は取らないな。

しかし、ふと疑問が出てくる。

「じゃあ何でそいつは爆裂魔法なんて取ったんだろうな?」

一体これを取った人は何を考えこの魔法を取ったのか、その答えが知りたくなった。

「さあ、私にもそれは分からないですね……私は上級魔法を取りなさいと言ったんですけど…」

最後の一文はボソッと俺に聞き取れない位の声量で何かを呟いた。

「ん?最後何て言ったんだ?」

確認するが、何も言ってないですよとはぐらかされる。

「じゃあ本人に聞いた方がいいな、消火活動の時倒れている姿の奴が見えなかったけど…」

犯人は現場にいる、とまでは言わないがこんな事になったら様子くらいは見にいくものだろう。この森の修復の報酬だってアクセルの税金から賄われるそうだし、逃げてなくも特に損は無いだろう。

「多分もうアクセルに帰ったんじゃ無いですか?居ても邪魔になるだけでしょうし」

同じアークウィザードなのだろうか、少し語尾がきつめだった。確かに動けなくなるんだったら居てもしょうがないだろう。

「そう言われるとそうだな、今度ギルドにいたら教えてくれ」

「えぇ…」

彼女は少し嫌そうに言う、何だ?過去に何かあったのだろうか?

 

 

そんなこんなでアクセルにたどり着く、こんな事もあってかいくつかの店は開いている為、いつもみたいに真っ暗ではなく街灯も付いている。

「そうだゆんゆん、明日はどうする?俺はしばらくキャベツの金でゴロゴロする予定だけど。何かあるなら付き合うぞ」

門を潜り、彼女の泊まっている宿への分かれ道で話しかける。

「それなんですけど、ごめんなさい。明日はちょっと用事がありまして…また明後日に会いましょう」

何…だと⁉︎

彼女に予定がある事に衝撃を受ける。ボッチだと思っていたのだがどうやら違ったらしい。

そんな事を考えていると彼女はそれを読み取ったのか。

「酷いですよ!私にも用事くらいあります。それにカズマさんも人のこと言えるんですか?」

プンスカ彼女が怒る。確かに言われてみれば、最初のクエストから彼女と行動を共にしている為か、他の連中とは話はよくするがプライベートまで関わった奴は居ない。

ゆんゆんの次に仲がいいと言えばクリスになるが、意外と神出鬼没でタイミングが合わないと会えない日が多々ある。

「ゆんゆんにだけは言われたく無い事を言われてしまった」

がっくしと膝と手ををつき当てつけの様に項垂れる。

「私にだけってどういう事ですか⁉︎私には受付の人や道具屋の店員さんとか他に知り合いは居るんですからね‼︎」

バサッと、ローブを翻し高らかに宣言する。店員さんはともかく受付さんの心情は知っているので何だかいたたまれなくなり。反撃しようと思った気持ちが薄れてしまった。

「まあいいや、わかったよ明後日な。やる事なかったら俺は酒場にいると思うから声かけてくれよ」

ポリポリと頭を掻く。しかし彼女はそんなしおらしい対応した俺に驚いたのか、彼女もシュンとし

「私もこの街からは一応出ないつもりなのでどこかで会うかもしれませんね」

と俯きながら宿に向かっていった。

 

 

 

 

彼女と分かれ、銭湯に向かい一風呂浴びて宿屋に向かう。今回は今までとは違い懐に余裕があるので贅沢して宿屋の広い大部屋を予約してあるのだ。この世界に来て早数日、馬小屋で寝泊まりしていたが、ようやくまともな寝床につけそうだ。

ゆんゆんも用事があって会えない事もあり、折角なので色々買っておいて明日のチェックアウトまで楽しもうじゃないか。

物資を補給するために雑貨屋に向かう。時間も大分遅くなり開いていた屋台や店も大方閉まっている、しかし、今の時間でもやっている店はこの世界にもありそれがこの雑貨屋。

他の店と比べると品揃えは少ないがいつでも買えるをモットーに夜遅くに戻って来る冒険者から愛用されている。日本でいうコンビニの様なものである。

ギルドから近く、今目の前にある角を曲がれば店が見えるだろう。

「ん?」

角を曲がると、店までの通り道のど真ん中に誰かが倒れている。見た目からして黒いローブにブーツ、そして黒いとんがり帽子。まるでファンタジーの世界にいる魔法使いを、本からそのまま引っ張てきた様なそんな姿をしている。

「おい大丈夫か?」

美人局みたいな詐欺じゃ無いだろうかと警戒しながら近づきその人を起こす。その人は意外にも軽くサイズからして多分女の子だろう。

「う…」

どうやら本当に倒れている様なので、軽く仰向けにして抱き上げる。

「何だ、何があったんだ?」

近くには彼女の物だろうか、杖やアイパッチが散乱している。もしかしたら誰かに襲われたのかもしれない。

彼女は苦しそうに必死に腕を動かし俺の肩を掴むと

「お、お腹が…お腹が空きました」

それと同時にグルルルと彼女のお腹が空腹を訴える様に音を鳴らした。

「そ、そうかーそれは大変だな、でも道のど真ん中に居たら危ないぞ」

何でだろうか、すごく嫌な予感と俺の危機察知センサーがサイレンを鳴らしている。意外にもこういった時の直感は当たるものなので、そのまま彼女をお姫様抱っこの要領で持ち運び道端の壁に寄掛けさせる。

このアクセルは駆け出しの冒険者が集まる街、朝になればエリス教の方々が炊き出しを行なっているし、女性なので何処かは分からないが保護してもらえる所があるだろう。つまりこのまま置いておいても大丈夫だろう…多分。

「じゃあ暗いけど気を付けてな」

ヨイショ、と彼女を下ろし離そうとする。彼女はそれをボーと眺めたと思った矢先に、ガシッと首の後ろから腕を回しお姫様抱っこの状態でホールドする。

その体勢になると必然的に顔が向かい合う。うん、やはり整った顔だな今はまだロリっ子だがあと何年かすれば良い感じになるだろう。

そんな事を考えていると、彼女はそれを、俺から引き剥がそうとする事を観念したと思ったのか。

「お願いします‼︎何か食べさせて下さい‼︎もう何日も何も食べてないんです‼︎何でもしますからお願いします‼︎食べ物を!」

がっしりホールドした状態で、彼女は俺の耳元で大声で叫んだ。あまりの音にビックリし振り解こうとするが食べ物への執念なのかビクともしなかった。

「分かった!分かったから離せ‼︎あと静かにしろ近所迷惑だから‼︎」

今度は俺がガシッと彼女の顔にアイアンクローを決め無理やり黙らせる。

「本当ですかありがとうございます‼︎」

それを聞いた彼女は叫ぶのをやめてアイアンクローをされたままの状態で、もがもがと感謝の言葉を述べる。

ついでに引き離そうとするが全然ビクともしなかった。

チクショウ ‼︎これがステータスの差か‼︎

 

 

その後彼女を背負いながら雑貨屋に入る。店員の目線が突き刺さったが何とか買い物を済ませて宿に向かう。

「なあ、このままだと俺と宿に入る事になるけど大丈夫か?帰るなら何時も泊まっている場所まで運ぶけど」

一応彼女は女性なので確認するが、彼女はそんな事は気にも止めず。

「大丈夫ですよ、それに外で食べるよりゆっくり中で食べた方が私的にも有難いです」

「えぇ…」

唖然としていると彼女は言葉を続け

「それに、今はこんな体たらくですが、これでも人を見る目はあります。私が見るにあなたは超が付く位のお人好しです‼︎」

ビシッと昔流行った某占い師もビックリな位に彼女は宣言する。間違っては居ないが俺ってそんなに分かりやすいのだろうか。

「ハイハイありがとうございまーす」

適当に返事をし宿屋に入る。宿屋は日本のホテルの様に一階にロビーがあり受付に人が台を挟んで向こう側に立っている。

一度彼女を椅子に下ろし、受付にチェックインの手続きと一人増える旨を伝えると、どうやら客人用の布団があるのでそちらを使用してくださいとの事だった。

日本の宿との違いに驚きながら鍵を受け取ると、再び彼女を背負いながら部屋に向かう。景色を楽しむ事を考慮し上の階を取ってしまった為彼女を背負いながらの階段の昇降に部屋の階数を間違えたと後悔する。

「ほら着いたから一旦降ろすぞ」

部屋の前に立ち鍵を開ける為に彼女を降ろし、解錠し扉を固定すると再び彼女を持ち上げ中に入る。

「おぉ‼︎」

目の前に広がるのは日本でも中々見ない綺麗で広い洋風の部屋だった。

「何ですかこの贅沢な部屋は⁉︎あなたもしかしてお、お金持ちだったのですか」

彼女も同じ感想だったのか、後ろから感嘆の声が聞こえる。

「いや違うから、全然金持ちじゃないから、今日だけ奮発しただけだから、いつもは馬小屋だから」

このまま彼女にたかられるのは嫌なので、ある事無い事を羅列する。まあほとんど真実なのだが。

「そう…でしたか」

彼女は少しがっかりした様にしょげる。

取り敢えず部屋の中に入りテーブルに備え付けられた椅子に彼女を座らせ、帽子とマントを剥ぎ取る。彼女も脱がされる事に慣れているのか体勢やバランスなどのサポートが上手く少なくとも抵抗されることはなかった。

「申し訳ないのですが、早く夕食にして頂けると嬉しいのですが」

帽子とローブをハンガー等々に掛けていると、グルルと彼女のお腹が鳴る。

「はいはい、分かったよ」

先程雑貨屋で買ってきた袋をテーブルの上に乗せ中身を展開していく。

「おぉ、これですよこれ‼︎」

雑貨屋で彼女にせがまれた多分大好物であろう物を並べると、ここに来るまでに回復したのか辿々しい手付きで食べ物を漁りながら食べていく。

かく言う自分も先程の消火活動で魔力を消費した為か、空腹気味なので彼女に取られまいと手を伸ばす。

何度かおかず等々の取り合いがあったが、無事食事が終わり二人とも食欲が満たされたのか、何とも言え無い満足感に満ちた雰囲気になる。

「そう言えばこんな遅くに何をしていたんですか?」

ポケーとしながらそんな質問が飛んできた。

「あぁ、何処かの誰かが爆裂魔法をぶっ放して、今まで消火活動に追われていたんだよ」

元々の夕食を邪魔された恨みもあった為か少しキツ目に言うと、何故か彼女がビクッと反応した。

何だろうな、と思っていると

「そう言えばお前の名前を聞いてなかったな、聞いても良いか?」

何だかんだ言って名前を聞きそびれた事を思い出す。何と無くだが雰囲気が彼女にそっくりだったのか、話す事に違和感は無く寧ろ話しやすくここまで来てしまった。

「そうでしたね、私とした事が…ちょっと待っててください」

雑貨屋の袋に一緒に入っていたウエットシートの様なもので口元を拭く。明るいところで改めて見ると黒髪に耳の後ろを部分的に肩口まで伸ばした髪型にどこかで見た様な赤い目をしていた。

「では、遅れてしまい失礼致しました」

コホンと前置きをする。うん?自己紹介するのに何で気合いを入れているのだろうか?

「我が名はめぐみん‼︎アークウィザードを生業とし紅魔一の最強の魔法の使い手」

ババーンと何処かで見た様なカッコつけのポーズの亜種版と自己紹介を見せ付けられる。

そうかゆんゆんと同じ紅魔族だったのか、道理で雰囲気が似ている訳だ。見た目からして多分年下だろう、一応ゆんゆんの事を聞いておこうかと思ったが人見知りな彼女の事だ多分嫌がるだろうから伏せておこう。

彼女の自己紹介に成る程な〜と納得していると

「さあ、次はあなたの番ですよ」

と、催促される。そうだったと慌てながら彼女に続く。

「悪い悪い、俺はカズマよろしくなアークウィザード」

そう言いながら手を差し出すと、彼女は何か言いたげに無言で俺の手を握り返した。

 

 

その後、洗面室で歯磨き等を済ませ、彼女を客人用の布団に転がし俺は自分のベットに潜る。

「電気消すけどいいか?」

確認の為声を掛けると、不自然に盛り上がった布団からニョキっと顔を出し。

「私は構いませんよ、どのみち今日はこれ以上動けませんし」

「オッケー」

パチンと電気を落としベットに潜る、本来なら女の子と一晩過ごすのにドギマギする展開だが、よくよく考えてみるとクエストとは言えゆんゆんと二晩過ごしている為、めぐみんと同じ部屋で寝る事に何も感じる事は無くそのまま眠りについた。

 

 

 

 

「ふぁ〜あ」

朝目が醒める、やはりそれなりに高い部屋であるだけあって、起きた時の節々の痛みなども全く無く、馬小屋とは比べ物にならないくらい快眠だった。

勢いよく飛び起き顔を洗い、前回買った装備に着替え、お茶を淹れる。

そう言えばと彼女の存在を思い出す。

互いに自己紹介を終えた後に、お礼に用があって居ないゆんゆんの代わりにクエストに付き合うと言う約束になった。彼女もゆんゆんと同じ紅魔族、魔力値もうろ覚えなのでよくは分からないがゆんゆんよりも上の様だった。

二人分のお茶のカップを持ち客人用の布団に向かうと、彼女は既にいつでもいけると言った様に着替え、ポツンと布団の上で正座していた。

「あ、おはようございます」

近づく音で気づいたのか、こちらを振り向き挨拶する。

「おはよう、茶淹れたけど飲むか?」

カップを差し出すとありがとうございます、と俺の手から受け取り口をつけるが予想外に熱かったのか一旦離し、息を吹きかけながら冷まして口にする。俺も特にやる事は無いので彼女の横に座りカップに口をつける。

「ところで今日は一体何のクエストを受けられるのですか?」

互いにお茶を飲み干しひと段落したところで彼女が聞いてくる。

「そういえば考えてなかったな」

うーんと考えるポーズをとりながら考える。

アークウィザードが居るので、せっかくなので強いモンスターを狩るのも良いが、前衛が俺だけなのが厳しいかもしれない。よくよく考えると仲間には恵まれるが、いかんせん俺のスペックが低いのが仇になってしまう。

「しょうがない、カエルにしよう」

こう言う時は雑魚を倒してレベルアップに専念するべきだろう。レベルを上げれば補助魔法も覚えられるし一石二鳥だな、カエルならもしも彼女が最悪居なくても何とかなるだろう。

「カエルって、ジャイアントトードの事ですか?私的にはもっと硬いモンスターだと良いのですが…まあ仕方ありません。カズマがそう言うのならそれに従いましょう」

彼女は少し不満そうな表情をしたかと思うと、突然立ちあがり決めポーズをとる。何だろうか、この子はカッコつけないと死んでしまうのだろうか?

「じゃあギルドに行こうか」

 

 

 

荷物をまとめ、宿を後にする。ギルドには月極めでロッカーの貸し出しを行っているので、冒険者はそこに使わないアイテムなどをしまい手ぶらになるらしい。

「私はここで待っていますのでカズマは早くクエストの受注をお願いします」

ギルドの入り口についてそうそう、彼女は入り口横に設置されたベンチに座り出した。

「何言ってるんだ?」

何かよく分からんが理由を聞いてみる

「いえ、これは勘なのですが、この中に入ると何か嫌な予感がします。信じてくださいこれでも私の直感は結構当たるんです」

何言ってんだこいつと思ったが、もし本当だったら嫌なので一人で行く事にした。

ガチャとドアを開けると、そこは何時ものギルドの姿だった。どうやら彼女の考えすぎだった様だなと思い、奥にある受付に向かう。

「あれカズマじゃん‼︎おい、いつも居るあの子は今日はいないのか?」

受付に向かう途中に金髪のチンピラに絡まれる。あの子は多分ゆんゆんの事だろう。

「今日は用事だって」

「用事だって?ははは俺は遂に見捨てられたかと思ったぜ」

このチンピラは普段性格は良いのだが、こうしてアルコールが入ると一気に嫌な奴になってしまう。

「全く、この街じゃ彼女みたいなアークウィザードって言うのはレアな上におまけに紅魔族ときた。今まで誰とも組まなかったあいつと急にパーティー組んでるからな、一体どんな方法使ったの聞きたいくらいだよ」

ハッと嫌味たらしく笑いながらジョッキに注がれたアルコールを一気に飲み干す。

「ほら、他の人に絡まないの」

そんな奴を見かねたのか、横に座っていたポニーテールの女性が奴の袖を引っ張りこれ以上の行動を制限する。

「おい何すんだ!離せ‼︎」

「ごめんねカズマ、こいつは何とかするから用事済ませちゃいな」

そう言い悪戯な笑顔を浮かべると軽くウィンクし、何やらブツブツ呟き始める。奴はそれに気づいたのか

「おい待て待て待て‼︎落ち着けこんな所で魔法を使ってえええええええ」

ガシャーンと後ろで何やら魔法が炸裂した音が聞こえる。落ち着けカズマ、あれを無視しなければ余計な事に巻き込まれかねない。

 

 

 

「こんにちはお姉さん今日も相変わらずお綺麗ですね」

受付に着き、何時もの挨拶をこなす。

「はいはいありがとうございます、ところで今日はどういった要件で?」

受付嬢は俺の社交辞令を無視し本題に入ろうとする。本気にされたらそれはそれで困るが、かといってガン無視されるとそれはそれで辛いものがある。

「そういえばゆんゆんさんが今朝誰かを探し回っていましたけど、何かあったんですか?」

何かあったと言われても…思い出せば何で予定が入っているかを聞いていなかったから分からない。しかし人探しか、言ってくれれば協力したのだが彼女の事だ変に気を使って俺には黙っていたのだろう。

「彼女の探し人は分かりませんが今日はクエストを受けに来ました」

ピラッとクエストの用紙を差し出す。受付嬢は怪訝そうにそれを受け取る。

「ジャイアントトードですか、これはカズマさん一人で受けられるのですか?」

「いえ、今日はゆんゆんは用事で居ないそうなので臨時で他の人とパーティを組んでます」

それを聞き安心したのかホッと彼女は肩を撫で下ろした。

「そうでしたか私はてっきりパーティーを解散されたのかと思いましたよ」

成る程、ゆんゆんが探してたのは俺の代わりだと思っていたのか。って事はあの心配は俺の事ではなく自分自身の事になるわけだ。

「はぁ」

思わず溜息を吐く。もう少し皆俺に優しくしても良いと思うんだけど。

「とりあえずクエスト承りました、ジャイアントトード5体ですね、頑張ってください」

彼女の愛想笑顔に送られギルドの外に出る。

 

 

「遅いですよ‼︎クエスト受注するのに何分掛けているのですか‼︎」

ギルドから出て早々彼女に怒られる、色々話していたせいでだいぶ時間が経ってしまっている。待たせる側は時間感覚が短くなるとはよく言ったものだ。

「悪い悪い、色々面倒な奴に見つかってな」

彼女を宥め、ギルドの前を後にする。

ジャイアントトードの生息域はアクセルからそう遠くないので、前みたいに馬車では無くこうして徒歩で行く事になる。

たまにはこうして自然の中歩くのも良いかもしれない。

「そういえば聞きたい事が有るんだけど、良いか?」

アクセルの門の前辺りで彼女に話し掛ける。

「何でしょうか?」

先程の機嫌の悪さは解消されたのか言葉に棘が無くなる。

「めぐみんは紅魔族って言ってたけど、そもそも何なんだ?」

「何なんだとはまた随分と曖昧な聞き方ですね。まあ良いでしょう、紅魔族というのはですね私みたいにみんなカッコいい名前を持っていて、他にも高い知能と魔力を持ったそれは素晴らしい種族なんですよ」

彼女は紅魔族に興味を持たれた事が嬉しかったのか、杖をブンブンと振り回す。

「ヘーソウナンダ」

自分で聞いといて何だが急に興味が無くなる。ゆんゆんが自虐的に言ってた様に、やはりおかしな種族そうだな…

「そして、その中でも私だけが最強魔法を扱う事が出来ます‼︎この魔法はカエルに会うまで秘密ですが、一度目にすれば冒険者のカズマも取得するためにポイントを集める事間違いなしです‼︎」

ババーンとカッコつけのポーズを決め宣言する。どうやら彼女は一々カッコつけないと死んでしまう病気なのだろうか…いや年齢的にもそんな時期なのだろう、いつか今の自分を見て苦しむ時が来るまで優しく見守って置いておこう。

「そうなのか、それは楽しみだな」

「ええ、そうなのですよ」

 

 

なんだかんだ言いながら、ジャイアントトードの目撃情報のあった地点に着く。

ジャイアントトードは肉食なので、今回みたいな牧場周辺か野生動物の居る林の近くを好んで現れるらしい。それ以外は土に眠って身を守っており、こうして繁殖期まで現れないらしい。

「おー沢山居るな、色んなカラーが選り取り見取りだ」

カエル達は何か会議でもしているのだろうか、遠くの方で4体ほど集まって口を膨らませながらゲコゲコ言っている様な感じだ。

「よし、じゃあ俺が囮になって近づくから、めぐみんも後から続いて射程距離ギリギリまで近づいて魔法を放ってくれ」

ゆんゆんと行動を共にし、まだまだお粗末な部分もあるだろうが大分魔法との連携も慣れて来ている。これも彼女の受け売りだが、魔法にはそれぞれ射程距離がある程度決まっており、その範囲を超えると威力や命中の精度が大分下がるらしい。

「いえ、その必要はありません、我が最強魔法は威力も絶大ですが射程距離も凄いのです」

「マジかよ」

「マジです」

成る程、紅魔族最強は伊達ではない訳か、なんか嫌な予感がするが此処は彼女のいう通りにしてみよう。

「俺はどうすれば良い?」

「これから詠唱しますので、カズマは何かあった際に備え私の周りを警戒しておいて下さい」

彼女は杖を構えると詠唱を始める、彼女が口ずさむ詠唱の文はゆんゆんが唱えたものとは違い、全く聞いたことのない初めて聞くものだった。

長い詠唱を終えると、彼女の持つ杖の周囲に魔力が集まり、最弱職である俺にすら分かるくらい濃い魔力が辺りに漂っている。

「ではお見せしよう‼︎これが人類の行える中で最も威力の高い最強魔法‼︎」

 

「エクスプロージョン‼︎」

 

呪文を唱えると同時に彼女の杖に集まっている魔力の集まりが解き放たれ、一瞬のうちにカエルの上空に何重もの魔法陣が現れ重なり、一瞬の閃光と共に凄まじい爆発が巻き起こった。

「うぉぉぉぉぉ‼︎」

強力な爆発の熱線と爆風がこちらにも流れ、それを足を踏ん張り必死に耐える。

やがて爆風も落ち着き砂埃が晴れると、彼女の魔法の爪痕が姿を見せる。

「うわー何だこりゃ」

遠くでも分かるくらいに地面に大きなクレーターが空き、当のカエルはというと、爆発により粗方吹き飛んだのか原型どころか影も形も無かった。

そしてこの爆発音とクレーターを見ることで組み掛かっていた頭のパズルが、もう目を反らせないところまで完成してしまった。

そう、昨日の爆撃事件の犯人は彼女で間違い無いだろう。最初からなんかそんな感じがしていたが面倒ごとに巻き込まれたく無かったのか頭が理解してくれなかった。

「どうですカズマ‼︎これが我が究極奥義爆裂魔法です‼︎この魔法の前には全てが為すすべもなく蹂躙され…あう」

魔力を使いきり立っていられなくなったのか、その場でうつ伏せになる様に倒れこんだ。

「おーい手を貸そうか」

首は動くのか、横に回転させ呼吸路を確保し

「お願いしまーす」

彼女は満足そうに言いながら俺に気を使い持ち運びやすくする為に立ち上がろうとするが、力が入らない為かモゴモゴと蠢いているだけになっている。

「よいしょっと」

一度彼女を持ち上げ座らせ、後ろに背負う。昔親戚の介護を手伝った為かこういった介助は手慣れている。

「ありがとうございます」

後ろから手を回して貰い、しっかり彼女を固定する。

「取り敢えず帰るぞ、お前を担いだままじゃ、まともにカエルとは戦えないからな、残りは明日元のパーティーと…」

回れ右をし、アクセルに帰ろうとした時だった。彼女の爆裂魔法により目を覚ましたのか、目の前の地面が盛り上がりカエルが湧き出てくる。

「うあぁぁぁぁ出たぁぁぁぁ‼︎」

動けない彼女を背負ったままの状態では分が悪すぎるので全力で走り逃げる。

「お願いしますよカズマ‼︎全力で逃げてください」

しかし彼女を背負ったままの状態ではスピードは出ない。もしかしたら見逃してくれると考えたが、後ろからドシンと重たい音が近づいてくるのが聞こえるのでそれは多分無いだろう。

「カズマ無理です‼︎追いつかれます」

彼女が叫んだ途端、ドスンと後ろから押される様な衝撃と共にフッと急に背中が軽くなった。

「うわぁぁぁぁぁぁ」

後ろ振り向くと、カエルの伸びた舌に巻きつけられた彼女がまさにカエルの口に飲み込まれる途中だった。

「あわわわわ‼︎」

パクリと飲み込まれ、彼女の顔がはみ出る様な形でモゴモゴされている。きっと中で見え無いだろうが、激しい戦いが繰り広げられているのだろう。

「うわぁぁぁぁ‼︎食われてんじゃねーっ‼︎」

腰にかけた剣を取り出しカエルに向かって走りだす。

「か、カズマー‼︎食われ、食われます‼︎早く助けて下さい‼︎」

幸い、食事中の時は動かなくなる為、何とか俺一人でも討伐することに成功し、そのままカエルの胴体を横に蹴り倒す。

「あう」

べチャリと、倒れた衝撃で彼女がカエルの口から飛び出てくる。

「うわぁ…」

飛び出てきた彼女の状態を見て唖然とする。仕方がないがカエルの口の中に居たので、全身カエルの粘液でベチョベチョになっていた。

「うわーとは何ですか⁉︎カズマがしっかりしないからこうなるんですよ」

俺の反応を見て心外だと言わんばかりに抗議する。確かにそれもあるが、動けなくなるなら事前に言って欲しいものだ。

「で、動けないのは変わらないのか?」

ベチョベチョになった彼女を突っつきながら話しかける。

「はい、なので街までお願いします」

再び起き上がろうとするが、力が入らずモゴモゴする彼女を眺める。この状態のめぐみんを街まで運ぶのか、一応洗濯する場所が銭湯に備え付けられているが明日までに乾くだろうか。

「見てないで諦めて早く運んでくださいよ」

ある程度回復したのか、足首を掴まれそこから這い上がろうと次にズボンを掴んだ。その時のめぐみんは鬼の様な形相だった。

「分かったからこれ以上俺に触るな、カエル臭い‼︎」

諦め彼女を背負う、ベッチョリした感触と生臭い臭いが鼻先を掠める。…おかしいな女の子は皆いい匂いがすると思ったんだけど。

俺は女の子に対する幻想を打ち壊されガックリとしながらギルドに向かった。

 

 

アクセルに着くとカエルの粘液に塗れた彼女を背負った俺を皆怪訝そうな顔で眺めると、ヒソヒソと聞こえないくらいのトーンで話しだす。

あぁ…俺の評判が…

「皆さんカズマの事を見ていますね。もしかして有名人とかだったのですか?」

皆から当てられている視線の正体に気づいてないのか、能天気にそんな事を言う。

「馬鹿言うなよ、カエルの粘液でベタベタになっているお前を見てんだよ。めぐみんあとあれな、次があったら爆裂魔法じゃなくてライトオブセイバーとか、ああ言う上級魔法で頼むよ」

毎回ゆんゆんも暇ではないだろうし、彼女とクエストする事もこの先無くもないだろう。その時にまた爆裂魔法を使われておぶるなんてたまったものじゃない。

「出来ません」

「何だって?」

「出来ないと言ったのです。私は爆裂魔法しか使えないんです」

そう言えば爆裂魔法は会得スキルポイントが多いので他の魔法が取れないと、前にゆんゆんが言っていた様な気がする。

つまり彼女の運用的には巨大な一撃が必要な敵の時に役に立つという事になる。

しかし、ここはアクセル。駆け出し冒険者の街、そんな魔法が必要な敵が出て来ることが多分無いだろうし、そもそもゆんゆんが居れば充分だろう。

「そうか、取り敢えずギルドに向かおうか。報酬は半々でまた機会があったら臨時でパーティー組もうぜ」

その言葉におぶわれていた彼女の手がまるで離す気はないと言いたいのか強くなる。

「ふ、我が望みは爆裂魔法を打つ事。途中で動けなくなったのでお礼もまだ未完了という事で明日も付き合いますよ」

掴まれた手を離そうと力を入れて降り払うが、力負けしてるのかそれとも執念なのか、彼女の手はしっかりロックされビクともしない。

「いやいや、めぐみんは今日4体倒したろう、それで途中で倒れたのはチャラにしよう」

「いえいえ、そんな事は言わずに、それに私は食費と銭湯、宿泊費を出して頂ければ報酬は無くてもいいと思います。どうですお得でしょう?臨時では無く本格的にパーティーに加入させてはどうでしょうか?他のパーティーメンバーの方にも私から説得するのも手伝いますよ」

腕の力がさらに強まる。

「は、離せ‼︎ 一日に一回しか使えないウィザードなんて使い勝手悪すぎだろ、どうせ昨日もそれがバレて道に捨てられたんだろ」

図星を突かれたのか、一瞬彼女の力が緩まる。しかし、おぶっていた疲れもあるのか、力はそれでも彼女の方が上だ。

「な、何故それを⁉︎」

ワナワナと彼女が震える。この調子だ行ける‼︎

「当たり前だろ、その魔法しか使えないんだ、ダンジョンとか洞窟に行ったらそれこそ役立たずだな‼︎」

この好機を見逃さすトドメを刺す。これで流石の彼女も手を離すだろう。

しかし俺の考えとは裏腹に彼女の力は強くなり、首を絞める勢いだ。

「見捨てないで下さい‼︎もう何処のパーティーも私を拾ってくれないのです‼︎役に立たない時は荷物持ちでも何でもしますから‼︎紅魔族がパーティーに居るのも他の街に行けばブランドになりますから‼︎」

成る程、ギルドに入らなかったのは俺に余計な事を吹き込ませないためだったのか。あと紅魔族ってブランドになるのか。

「ちくしょう首が絞まってやがる‼︎それに紅魔族もアークウィザードも、もう居るんだよ‼︎」

「嘘言わないで下さい‼︎そんな簡単に紅魔族が居る訳ないでしょう‼︎殆ど里に篭って外に出ない引きこもりみたいな種族なんですよ‼︎」

おいおい、あそこまで誇っていた紅魔族ブランドを、こうも簡単にレッテルに変えやがった。

クソ‼︎こうなったら壁に叩きつけるしか。

良心がかなり痛むがこうするしか方法がない。もしも駄めぐみんをパーティーに入れたらゆんゆんに何て言われるか…

流石に壁に叩きつけるのは可哀想なので壁に当てぐりぐりする。

待てよ…そう言えばゆんゆんと知り合いならもしかしたら、上手くゆんゆんが断ってくれるかもしれない。人見知りだし里にも友達いない様な感じだったし。

そんな事を考えているとフラグがったのか、目の前にゆんゆんが通り掛かった。受付嬢が言ってた様に何か探している様だった。

「おーい助けてくれ‼︎」

首がどんどん絞まっていくため、少ない言葉数で大きな声量を出す。

そして俺の叫びは無事届いたのか、彼女は俺に気づきこちらに向かう。

「あれカズマさん、こんな所で何されているんですか?それに後ろにいるのは…」

「話は後だ、取り敢えずこいつを引き剥がしてくれ」

めぐみんを壁から離し、ゆんゆんに突きつける。

「あ‼︎この人、遂に他人に頼りましたね、卑怯者‼︎そこの人もこのヘタレに…え?」

二人の目線があったのか、両者の動きが止まった。



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カズマの日常(修行編)

作品のクオリティは低いですが数値が増えていくのは嬉しいですね。


「何故こんな所にゆんゆんが居るのですか⁉︎」

永遠に思える程長い沈黙を最初に破ったのは、今も尚俺の背中に抱き着き首を絞めかねないめぐみんだった。

「何でって…」

彼女も突然の事に頭が追い付いていないのか、言葉を失っている。俺の予想通り彼女達は知り合い同士だったらしい。だとしたらこんな形で再会させてしまったのは少し酷な事なのだろう。

「だんまりですか…まあどうせ私の事が心配で追って来たとかそんなところでしょう」

2人は長い付き合いなのか、ゆんゆんを見据え、何時ものやり取りとは言わんばかりに呆れた様に言った。

「違うから、私も修行しに来たんだから‼︎めぐみんが突然冒険しだすとか言うから、私も負けじと里を出たのよ」

強気に出るめぐみんに対してゆんゆんは弱気に返す。どうやら何時もこの構図の様だ。しかし敬語以外で話すゆんゆんというものも中々ギャップがあって新鮮でいいな。

「あのさ…せっかくの再会のところ悪いんだけどさ、早くこの手を何とかしてくれないか?そろそろ抵抗するのにも限界が来そうなんだが」

2人の感動の再会に水を差すようで悪いのだが、そろそろめぐみんには腕の拘束を解いていただきたい。俺の背中には未だにめぐみんを背負いバランスを取りながら尚且つ絞まっていく腕に抵抗しないといけないのだ。

「そ、そうよめぐみん‼︎早くカズマさんを離してあげなさいよ」

はっと気付いたかのように俺の背中に居るめぐみんの腰を掴み後ろに引っ張る

しかしながらめぐみんも離れるわけにはいかないのか、負けじと抱きつく力強くなり。

「痛たたた…離してください‼︎私はこれからカズマに毎日爆裂魔法を打つ日課に付き合って貰うのです」

なんだその恐ろしい日課は⁉︎

ポツリと漏れためぐみんの本音に戦慄した。あんな威力だけは恐ろしい魔法を毎日バコスカ撃たれたらこの辺り一辺の地形も環境も変わってしまう。

「おい、ちょっと待て、何で俺があんな災害みたいなのに付き合わなくちゃいけないんだ‼︎」

抗議の文と共にブンブンとめぐみんごと体を左右に揺する。何とか腕の隙間に手を挟み込み首が締まるのを防いでいるが、そろそろ疲れてくる。

「何ですと⁉︎我が爆裂魔法を災害扱いですか⁉︎いいでしょう‼︎こうなったら爆裂魔法の事を好きになるまで語り明かそうじゃないか」

俺の言葉に地雷を踏み抜かれたのか、彼女はムキになりながら騒ぎだす。

「そうよ‼︎カズマさんは何人もの人に会ってようやく出来た私のパーティーなの‼︎何でめぐみんに取られなきゃいけないの‼︎」

ゆんゆんはゆんゆんで思う事があるようでめぐみんの腰を掴みながら引きずり降ろすように下に引っ張る。

あの…その方向に引っ張ると首が絞まってしまうんですが、ゆんゆんさん聞いてますでしょうか…。

「ちょっと待ってください」

急なめぐみんのガチなトーンな言葉に飲まれ俺たちも止まった。どうやら、先程のセリフの何れかが彼女の琴線に触れてしまった様だ。

「カズマのパーティーメンバーってもしかしてゆんゆんの事だったのですか⁉︎」

そしてめぐみんは驚いた様にワナワナと震える。余ほど先にパーティを作られていたのがショックだったのだろうか、俺を絞めていた腕の力が抜けていく。

「えぇ、そうよ。めぐみんはどこで何していたか分からないけど、私は真面目にこうしてパーティー作りに日々努力していたのよ」

彼女は誇らげに宣言する。ゆんゆんの事だ、きっと俺が来るまで色々とパーティーに混ぜて貰おうと必死だったのだろう。様々な遊びのルールを覚えたけど、結局話しかけられずに受付の姉さんに付き合って貰っていたのもその悲しい努力の一つだろう。ただし現実はだいぶ辛いものになるだろうと思われる、そして受付の人にどう思われているかを今の彼女は知らない。

そして最終手段で俺みたいな初心者で何も分からない冒険者の案内人を買って出て来てようやくここまできたのだろう。

努力して来ただろう彼女の苦労を想像し、ホロリと涙が出て来そうになる。

「そんな…あのゆんゆんに友達どころかパーティーを…しかも私より先に…」

スルスルと腕の力が抜けていく。これはチャンスなのだろう抑えていた腕を外し彼女を降ろそうとする。

「認めませんよ、こんなの認めませんよ‼︎」

逆ギレしたのか再び腕に力が入り、再び首が締まる。しかも今度は腕の隙間に手が入っていないので、外から腕を掴み引っ張る形になり危険度が増す。

「何ですか‼︎そんなに私より先にパーティーに居るのが嬉しいのですか⁉︎残念でした‼︎私の物は私の物‼︎ゆんゆんの物は私の物でーす‼︎」

ふははは、と悪の幹部の様な高笑いが辺りに響く。その光景に、何処のジャ◯アンだよ⁉︎と突っ込みたくなった。多分知らないから言わないけど。

「そんな訳の分からない理由で私からパーティーを奪わないで‼︎いい加減そろそろ諦めなさいよ」

流石のゆんゆんもその理不尽さにツッコミを入れる。

「そうだぞ、めぐみんは年下なんだから先輩の言うことを聞けよ‼︎」

こういう時は体育会系による上下関係を利用するのが一番だ。言語が日本とは違うが一応この世界にも敬語の概念が存在する、見た感じめぐみんの方が成長具合からして年下なのだろう。一応ゆんゆんに敬語使っているし。

しかし、その発言は今思えば軽発だったと思う。後ろにいためぐみん、ゆんゆん、その2人の空気がその発言を機に一瞬にして凍りついた。

「先輩⁉︎何を言っているのですか?私とゆんゆんは13歳で同い年ですよ」

何…だと⁉︎この2人は同い年だったのか…

新たに発覚した事実に驚き、窓に反射しためぐみんとゆんゆんを交互に見比べる。

成る程、人間には個体差という物があるが、彼女達は丁度最大値と最低値の成長をしているのか…だからこうも発育に差が出てしまうのだろう。

そんな2人を眺め、俺の中でなんか納得いったのでウンウンと頷く。

「あのそんなに見ないで下さい…」

あまりにもジッと見つめてしまったのでゆんゆんは恥ずかしそうに目を逸らしながらモジモジしている。しかし反対にめぐみんは

「カズマ…今ゆんゆんと私を見比べましたね。何を思ったかは大体分かりますが、私が年下だと思った理由を詳しく聞こうじゃないか‼︎」

またしても彼女の逆鱗に触れたのか俺の背中で暴れ出す。今回に限っては俺が全面的に悪いのだろう、しかし反省はするが後悔はしたくない‼︎

「ちょっとめぐみん⁉︎これ以上力を入れたら首が絞まっちゃうから‼︎カズマさんが死んでまたボッチは流石に嫌よ‼︎」

ググッと再び力が強まる、このホールドって元は俺から振り解かれない為にやってたんだよね、ここで俺が死んだら本末転倒じゃないかな⁉︎

「良いんですよ‼︎これ以上失礼な事考えないように懲らしめてやりますよ。紅魔族は売られた喧嘩は買う主義なのです‼︎」

「そんな主義の紅魔族って一部だけよね⁉︎」

そろそろ酸素がやばいから早く緩めて欲しいのだが…。

しかしそんな願いは聞き届けられずに、今尚俺の後ろで言い合いが繰り広げられている。

 

 

 

ふと我にかえる、この光景よく見たら俺を2人の美少女が取り合ってないのか?

首を絞められないように抵抗する中この考えに至る。今尚俺を取り合う為に言い合いを続ける2人を眺め、自然と笑みが零れる。日本だったら俺を押し付け合う事はあっても、こうも取り合う事は無かったろう。出来ればこのまましばらく眺めていたい。

しかしながら感情が高まっているめぐみんに加減する余裕はなく、そろそろ俺も限界なのか視界が段々と白味がかっていく。

2人の声が徐々に遠く聞こえる様になっていき倒れそうになる。しかしこのまま倒れればめぐみんを下敷きにしかねないので、何とか踏ん張りながら膝をつきそのまま膝立ちの状態で器用に踏みとどまる。

「え⁉︎カズマさん⁉︎ちょっとしっかりして下さい‼︎」

意識が遠のいていくなか、ゆんゆんが心配そうにこちらに駆け寄っていく。

「そんなカズマ‼︎すいません絞める力が強すぎた様でした……カズマ?…カズマー‼︎……嘘‼︎死んでる⁉︎」(※死んでません)

そんな簡単に死んでたまるか、と突っ込みたかったが俺の意識はここで限界を迎え、途絶えた。

 

 

 

再び目が覚めると、そこは先程の道ではなく何処かの公園だろうか砂地の地面が見え。俺はその上に設置されたベンチに寝かされていた。

「起きましたか?良かったーこのまま目が覚めないんじゃないかと思いました」

上から声がしたので見上げると、頭上にゆんゆんの顔が見える。どうやら膝枕というものをされている様だ。

俺の人生において一度も無かったであろう事に内心喜びを隠せなかったが、彼女の事なので変にからかうと次回が無さそうなので心の中でガッツポーズを決める事に止める。

「あの…すいませんでした…私とした事がつい興奮しすぎまして…」

再び横を見ると、ちょうど向かい合わせに設置されたベンチにめぐみんが座っており、まだ自由が効かないのか杖で体を支えながら頭を下げた。

「いいよ、気にすんなよ。俺もこんな可愛い子に取り合いされてあんまり悪い気分じゃ無かったよ」

ははは、と気にしてない様に言って見せる。気絶させられたのに優しく接する、これで好感度も爆上がりだ。

「最低ですねカズマは…」

しかし現実はそう甘くなく、めぐみんにはドン引きされる。そしてゆんゆんは可愛いに反応したのか少し頬を染め照れている。

「えへ、えへへへへ」

「気持ち悪いですね、いつまでニヤニヤしているのですか?」

やはりめぐみんはゆんゆんに対して何かあるのか。はぁ、と溜息をつきながら悪態をつく。

「それでですね、めぐみんの事なんですけど…」

どうやら俺が意識を失っている間に話が進んでいたのだろうか、あの後2人で話し合ってどうするのか決めたらしい。

「めぐみんを一応他のパーティーの受け入れ先が見つかるまで私達のパーティーで面倒みる事になりました…」

何処と無く疲れた様に彼女は言った。何だと思い彼女の身なりを見ると髪型が少し崩れ服などもよれていた、それもめぐみんも同様に。

どうやらあの後、俺の命が無事な事を確認した後に2人で種目は分からないがバトルしたらしく、その後何だかんだ言って回復して動ける様になっためぐみんと取っ組み合いになってゆんゆんが負けたらしい。

「うちの大将が負けたんならしょうがないな…よろしくなめぐみん」

決まってしまった事はしょうがない、俺の異世界生活に不安の種が投じられたがこれはこれで楽しむ事にしよう。

それにパーティーに加わるのは爆裂魔法が必要な時だけと言う制約もある様だし、ダンジョンとかで暴発からの生き埋めとかもなさそうだ。

「ええ、これからよろしくお願いします」

俺が手を差し出すと、彼女はそれを握り返した。昨日旅館でも同じ様な光景があったが今度はどこか違った様な気がした。

 

 

 

 

「まさか命には変えられないとは言え、私がゆんゆんの世話になる日が来るとは…」

決まった事とは言え何処かまだ信じられないのか、めぐみんは悪態をつきながらフラフラの状態でゆんゆんに連れられていく。どうやらめぐみんは最後のパーティーだったメンバーに激励として報酬を渡してしまったらしく、現在一文無しの状態なので暫くはゆんゆんの宿に泊めてもらう事になった。

「ほら、グダグダ言ってないで早く来て、めぐみんの所為で全身ヌメヌメなんだから早く銭湯に行くわよ」

動けると言っても本調子ではないのか、ダラダラと歩くめぐみんをゆんゆんは引っ張っていく。良くこんな状態で勝てたなと思う。

「貴方はカズマに出会って自信でもついたんでしょうか、少し強引になりましたね…」

彼女達との別れ際、めぐみんが疲れた様にそう言った。そう言われてみれば出会った時と比べて少し強気になった様な気がしなくもない、でも何時も何かにビクビクしていたゆんゆんが俺に出会って変わったのならそれはそれで嬉しくない訳ではない。

「じゃあなー。また明日酒場で集合な」

明日の約束を取り付け、彼女達と別れた後、銭湯の男湯の方へ入っていく。

 

 

「このヌメヌメ取れるのか?」

買った次の日にカエルの粘液まみれにされた冒険者の服を洗浄機の中に突っ込んでいく。この世界では電気の代わりに魔力の詰まった鉱石などが動力源として利用される。照明も風呂を沸かす火力も全て動力源は鉱石になっている。どうやらこう言うものも冒険者が集めてギルドが買い取って街に流しているらしい。

暇があったら採鉱にでも行くか…

そんな事を考えながら風呂に浸かる、こう毎日大衆浴場に入っているとなんだか旅行に行っている様に感じる。

未だに感じるこの世界に馴染んでいない感覚にため息が出る。何故だろうか、数日経ったがイマイチこの世界の住人になった様な感覚が無く、旅行に来た旅人の様な気分でいつでもふらっと元の世界に帰れる様なそんな気分でいる。

「いかんいかん」

バシバシ両頬を叩き現実に戻る。ここに来てしまった以上は、ここでやっていくしかないのだ。幸いな事に仲間には恵まれている、目標は魔王討伐だけど何とかなるのだろうか?

それに他の日本人達も気になる。あの女神の話によれば俺の前にも…俺の先輩に当たる人達が居るそうだが、そいつらは一体どうしているのだろうか?出来れば話を聞きたい。

あの場所で提示されたメニュー表に現れていたチートを見るに大分使い勝手が良い能力がちらほらしていた、それを取ったのなら幹部くらい何体か俺が来た時点でどうにかなるはずなのだが、幹部を倒した報告は未だにない。全ての日本人がチートに胡座をかいて遊んでいるとは考えられないが、それでも一体も倒せないとはどう言う事なのだろうか?

今度彼女らに会ったら聞いておこう。

 

 

考え事をしていると大分時間が経ったのか頭がボーとのぼせてくる、このままだと意識をまた失いかねないので風呂を出た後に急いで洗濯物を回収しジャージに着替え銭湯を後にする。

料金は先払いなので、受付を跨ぎ外に出る。日の入りまではまだ遠いのかまだ外は明るく、まだ何か出来そうな感じがする。

時間を潰そうにも彼女達は久しぶりの再会で積もる話でも有るだろうから邪魔は出来ないし、本当にどうしようかと考えていると、いつも都合が良い時に現れるのか人混みの中に銀髪が混ざっているのを見つけた。

「おーいクリス‼︎良い所に居た‼︎少し頼みたい事があるから酒場に行かないか?」

人混みに塗れて消えないうちに彼女を呼び止める。俺の呼び声は彼女に届いた様で、此方を振り向きハハッとはにかんだ笑顔で返事をした。

 

 

 

クリスと会うときは大体スキルを教えて貰うか、そのスキルを持つ人を紹介して貰う仲介をして貰う事になる。その為にお礼としてこうして酒場で彼女が望む食事などを奢っているのだ。

「随分久し振りだね、山に行ったって聞いたけど無事だったみたいだね」

そう言いながら、注文した料理と飲み物に手をつける。もう何回目になるのか分からないが、彼女も俺に馴れたのか注文する物が増えている気がする。

「いや〜助かったよ、ちょうどお腹が空いていたからダクネスに奢って貰おうと思ってたんだよ。何せ久し振りでお金が無かったからさ」

何が久し振りなのか聞きたいが、今はそんな事よりもスキルが優先だ。取り敢えず彼女が食べ終わるまで、アルコールの無いネロイドでこの場を繋ぐ。

と言うかダクネスに奢って貰ってたのか…

「ご馳走さま。それで、今回はどんなスキルが知りたいのかな?」

料理を食べ終えひと段落したのか、彼女は口を拭きながら聞いてくる。

「それなんだが、肉体を強化するスキルとか無いのか?恥ずかしい話、ステータスが低くて前衛がまともに務まらないんだ」

肉体強化、もしあれば欲しいと思った能力。チートにもあったが、その時は俺の能力がこんなに低いとは思わなかったので選択肢にも入れなかった。

「肉体強化かー、それならプリーストの支援魔法があるよ、種類がいくつかあるからスキルポイントと上手く相談してね」

どうやら支援魔法は強化する分野が決まっており、筋力ならパワードなど個別になるのでそれなりにポイントを消費するらしい。

「成る程な、他にも遠くから狙う能力とか無いのか?前にゆんゆんに足止めして貰ったんだが色々あって攻撃が届かなくて大変だったんだよ」

ついでにゴブリン退治の事を思い出し、それの対策を考えた結果やはり何か遠くから狙える方法があれば良いと言う結論の至った。

「うーん、今回は大分注文が多いな…」

彼女は腕を組みながら難しそうな表情で唸る、自分で言っといて何だが随分と酷い注文だと思っている。

「そうだ!じゃあこうしよう、しばらく君が私の食事代を持ってくれれば君の能力をコンサルティングしてあげよう」

グットアイディアと言わんばかりに、閃いたとポーズを取り彼女はそう言った。何だろうか、漫画の世界なら頭に電球が浮かんでいそうだ。

「別に俺は構わ無いけど、クリスはいいのか?偶に忙しいって何処か行っちゃうけど」

彼女には彼女の事情があるのか、たまに用事があると言って何処かに行ってしまう時がある。

「多分暫くは何処も大きな動きはしないと思うから暫くは大丈夫だと思うよ」

へーそうなのかと思いながら残っていたネロイドを一気飲みしてジョッキを返す。

「じゃあ宜しく頼むよクリス師匠」

「うん、任せて。君は大船に乗った気でいるといいよ」

契約と言わんばかりに彼女に手を差し出し握手する。

 

 

 

「では、弟子君まず最初に教会に行こうか。そこに行って知り合いのプリーストに君を紹介するから、そこで支援魔法を聞くといいよ」

酒場を後にした俺たち一行は、その足で教会を目指しながら歩き始める。クリスが案内するのは先日ゆんゆんが案内した教会と同じ道筋でどうやら同じ教会なのだろう。しかし、だとしたらもしかして紹介されるのはあのシスターなのだろうか、面識があるのは良いのだが最後に会った時の事があれなので出来れば避けたいところだ。

「さあ、ついたよ弟子君‼︎ここがエリス教の教会さ」

ババーンとクリスは大々的に宣伝し始める。どうやらクリスはエリス教の信者の様で、こうしてたまに祈りに来るそうだ。その証拠にと言いたげに胸元にエリス教を示すネックレスが掛けられている。

「またここに来るとは…」

もう来る事はないと思っていたが、再び舞い戻って来てしまった事にため息が出る。

「どうしたの?もしかして前に何かあった?」

教会に入りあぐねている俺を見て心配してくれたのか、クリスは俺の顔を覗き込みながら心配してくれる。

「いや、別に何でもないさ。少しボーっとしてただけだよ、よし行こうか」

なる様になるさ、それにいざとなったら逃げれば良いだけだ。

入り口の扉を手で押し開き中に入る。視界に映ったのは相変わらずの内装で、俺達を出迎えたのはあの時のシスターだった。

「あらカズマさんですね、お久しぶりです。あれから調子はどうですか?」

シスターはニッコリと用意されたのかと思えるくらいの事務的な笑顔を浮かべ、それを受けた俺は唖然とする。てっきり恨み言か皮肉の一つでも言われるかと思ったのだがどうやら違ったらしい。

「お陰様で相変わらずやってますよ」

構えただけ損したな、と思いながら恥ずかしさによるむず痒さに耐えきれず頭を掻いた。

「やあこんにちは、やっぱり2人とも知り合いだったんだね」

クリスが間に入り微妙な空気を破る。

「ええそうですよ、この方とは前に折れた腕を治しにこの教会にいらした時に知り合いました」

シスターはまるでクリスを崇高する神の様に崇めながら対応する。あれ?俺の時とは随分と対応が違くないか。

同じエリス教同士何かあるのだろう、他人の宗教に関わろうだなんて野暮なことはやめておいた方が良いと前に誰かが言っていた記憶があるし。

「で、今日は何をしにいらしたんですか?」

「あーそうだった、今日はこの弟子一号に支援魔法を教えて欲しいんだよ」

クリスは俺を指でさし、俺が何故教えて欲しいかなどの理由を説明し始める。何だろうか、でしゃばった母親に説明する機会を奪われた子供の様な気分だ。

「そうだったのですか、分かりました。クリス様のお願いであったのなら無償でお教えしましょう」

クリスが弟子一号と言った際にシスターが少し反応した気がする。何だろうか、過去にクリスの弟子関係に何かあったのだろうか?

では奥の部屋に、とシスターは前に回復魔法を掛けた際と同じ様に同じ部屋へと案内する。

「行ってらっしゃい、あまり失礼の無い様ににね。彼女あれでこの街のエリス教の中で一番のアークプリーストだから怒らせると怖いよ〜」

俺を脅しているつもりなのだろうか、ジェスチャーと共にシスターの恐ろしさを説明する。

「うぇ…マジかよ、そう言うのは先に言ってくれよ」

アークプリーストはプリーストの上位互換に当たり、覚える事の出来る魔法の種類が多いと聞く。ならば教わる事も少なくはないだろう。

前回、回復魔法を教わった奥の部屋に再び案内され、同じ様に部屋の真ん中の椅子に座らされる。彼女は椅子を俺と対面になる様に運びそのまま座る。

「では、ポンコツ冒険者さん」

「おい、ちょっと待てや」

いきなりひどい呼び方した彼女の発言が続く前に止める。

「何んでしょうか?あれだけ手間を掛けてヒールとターンアンデッドを教えたのにゾンビメーカー1人すら倒せなかった愚かな冒険者さん、お陰で貴方を紹介した私の評価はボロボロですよ」

やはり根に持ってたのか、クリスがいなくなった途端に素なのだろうかダークな部分があらわになる。本当にいい性格してやがるぜ。

「いやあれは一晩待ったけどゾンビメーカーは出てこなかったんだよ」

「そんな筈はありません、私が見た時は強大な邪悪な何かが墓場に居るのを感じました、何かが代わりに居たなら分かりますが何も居ないなんてあり得ません」

前回も説明したが今回も同じ様に彼女は聞く耳を持たなかった。それに新たな恐ろしい事実も発覚した。

「邪悪って何だよ⁉︎ゾンビメーカーってそんな邪悪な存在じゃないだろ!」

他にって…どうやら彼女はゾンビメーカーではなく他の存在、リッチーであるウィズの正体を知らないがその存在を感じていた事になる。

「それに何か代わりって何だよ⁉︎ゾンビメーカーより邪悪だったら俺が死ぬじゃねーか⁉︎俺のレベルどれだけ低いと思ってんだ‼︎」

「大丈夫ですよ、もしカズマさんが死にましたら無料で私が復活させてあげます、人間一度ならリザレクションで蘇りますから」

ニッコリと微笑みながら遠回しに復活させてやるから死んで来いと彼女は言う。

一度って…もう俺一度死んでるから無効じゃねえか‼︎

「あのな、俺一度蘇ってるからもう無理なんだよ」

また無茶振りされても困るので一度死んでる旨を伝える。彼女は半信半疑で俺に触れると何かが分かるのか、本当だ、と驚きながら罰が悪そうに椅子に戻った。

「これは失礼しました。ポンコツなので一度死んでいてもおかしくありませんよね、これは大変失礼しました」

彼女はぺこりと頭を下げる。

「いや、その対応が既に失礼だよ‼︎」

やはりこいつとは一度出るところに出ないといけない様だ。

 

 

 

そんなこんなで話は進み、支援魔法を教わる事になった。

「では、お教えしましょう。本来ならお金を取りますが、今回はクリス様に免じてタダでお教えしましょう」

所々俺をディスるワードを強調しながら彼女は話を続ける。

「なあ、何であんたはクリスの事を特別扱いするんだ?」

ふと疑問に思う、何故シスターはクリスに敬意を払うのだろうか?本来ならクリスは盗賊なので正しさの塊で神の僕である彼女は突っぱねる事はあっても逆は無いだろうとは思っていたのだが。

「貴方は知らなくていい事です、私からしたら何故あの様な方が、貴方みたいな者に優しくするのかが分かりません」

どうやら教えてくれる事はない様だ。なら深追いして彼女の機嫌を損ね、これからの支援魔法を教える話が流れないように警戒するべきだ。

「わかったよ、もう聞かないから早く支援魔法をお願いしますよシスター様」

「中々聞き分けの良い子ですね。分かりましたその誠意に応えてさっさとお教えしましょう」

単に面倒なのか、それとも彼女の優しさなのか、彼女はそう言いながら支援魔法について詳しく説明を始めた。

「良いですか?支援魔法にはステータス毎に種類があります。攻撃力強化、防御力強化、速度強化、魔法抵抗力強化、エトセトラ、色々あります。貴方みたいにポンコツだと全ては取れないと思いますので、今回は取得条件を満たすだけで、本当に欲しいものだけを後で取ると良いと思いますよ」

このシスターは一々俺を罵倒しないと気が済まないのだろうか…

「まず私が貴方に全ての支援魔法をかけますので、貴方はそれを全て覚えて下さい」

彼女は手をこちらに向けると、あれ言う間に支援魔法を重ね重ねに俺に掛けていった。

「うお⁉︎何だこれは‼︎」

思わず声が漏れる。

支援魔法と言うもの受けた際の体の変化が余りにも俺の予想を上回った。これはプリーストとしての彼女の実力も含まれるのだろうが、全身に力が湧き上がり体が恐ろしく軽くなる。まるで子供の頃の無限に思えた体力を取り戻した様な感覚だった。

「マジかよ⁉︎これが支援魔法、まるでスーパーマンになった様な気分だ」

取り敢えず冒険者カードを見ると、今回受けた支援魔法達の名前がずらりと並んでいる。彼女のいった様に全ての魔法を取りきるのは難しそうだ。

「後、ついでにブレイクスペルをお教えしておきましょう」

彼女は気を良くしたのか状態異常解除の魔法を俺に唱えた。

「他にも上位互換でハイネスの枕詞がありますが、貴方にはポイント負担が多いのでやめておきますね」

どうやらプリーストには魔法名の前にハイネスを付けると規格が上がり効果も上がるらしい、しかし上級職であるアークプリーストの彼女だから取れるのであって本来冒険者でスキルポイントが少ない俺が取るべきものではないそうだ。

「これで私が貴方に教えられる支援魔法は全てになりますね。もし貴方がステータスを上げ冒険者からプリーストに転職したなら効率の良い運用などを指南しましょう。もっとも貴方みたいなポンコツがアークプリーストになれるとは思いませんがね」

クスクスと彼女は俺を蔑む様に笑いながら外に案内する。

チクシショー‼︎さっきからポンコツポンコツうるせーよ!!

部屋の外に出るとクリスがお茶を飲みながらベンチに腰を掛けていた。

「お、もう終わった?相変わらず仕事が早いね、それと今回はわがまま言ってごめんね、後ありがとう」

クリスは部屋から出てきた俺と彼女を見つけるとこちらにきた後、シスターを労う。

「いえ、とんでもありません。私で良ければいつでも頼って下さい」

シスターはクリスにお辞儀をしながら、俺達を送り出した。




今回はめぐみんの性格がコレジャナイ感がありますが、これからも暖かい目で見て頂けると嬉しいです。


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カズマの日常(修行編2)

カズマの日常も次回で最後になりますのでもう少しお付き合いください…。


シスターにお礼を告げ。俺とクリスは再び酒場に戻った。

教会を後にした俺達は、酒場にたむろしていたチンピラと同じパーティーに属するアーチャー職の人から千里眼や狙撃スキルを教わった。

「それで、教わったスキルは結局まだ取ってないんだ?」

俺の奢りで運ばれてきたクリムゾンビアを飲みながら彼女は気になるのか聞いてくる。

一応知りたいスキルは一通り教えて貰い、俺のギルドカードには沢山のスキルが未習得の状態で表示されていた。しかし、それを全て取るにはスキルポイントが大分足りないので考える事とひと段落つく為に酒場に向かい今に至る。

「沢山ありすぎて困るな…一応必須なのはいくつかあるけど、余ったポイントで取ろうかと思っている残りのスキルが悩みどころなんだよな」

必須の候補としては、攻撃力上昇と速度強化、千里眼に狙撃、以上になるが念の為にブレイクスペルも取っておきたいし、クリスから教わった他のスキルも捨てがたい。

「まあ好きに考えると良いよ、時間は沢山あるんだし」

あ、おかわり下さい、と彼女は店員に再び注文を済ます。おや?今回も俺のおごりなのかな?

「うーん、どうしようこれは決まらない…」

あれでも無いこれでも無いと完全に思考の泥沼にはまってしまう。昔からだが、考え事をしてこの状態になるといくら時間をかけても考えが纏まらない。

「決まらないか…それじゃあ外で少し動こうか、実際に動きながらならどれが必要か分かるんじゃ無いかな?」

悩んでいる俺を見かねたのか、追加の飲み物を飲み干した彼女はそう提言する。

確かにそれなら分かりやすいかもしれない。習うより慣れろ、意味は少し違うかもしれないが実際に動きながらなたどれが良い選択なのか分かるかもしれない。

「おーそれ良いな、それじゃさっそく頼むよ」

会計を済ませて、クリスに案内されるがまま公園に連れて行かれる。

 

 

 

「それじゃあせっかくだし趣旨と少しずれるけど、これから私と手合わせお願いしてもらうよ」

公園に着いて早々、彼女はボソッと、さも当然の様にそう言いストレッチを始める。

「え?ちょっと待てよ⁉︎手合わせってクリスとか?流石にいきなりそれは…」

ゴブリンを倒したからと言っても俺のレベル、ステータスは低水準に位置している。クリスもレベルは正直俺は知らないが、多分俺より上な事に違いないだろう。

「あーそれに関しては大丈夫だと思うよ、それにこれは君のトレーニングも兼ねているんだよ。実際に出力されるステータスは本人の肉体と冒険者カードに表示される数値をある式で合わせたものになるからね、こうして体を動かせば自然と筋力もついてパラメーターも上がると思うよ」

成る程、実際の筋トレ等の努力も数値に反映されるのか。それに片手剣スキルで、ある程度動きに補正がつけられたとしても、実際の動きが悪ければ同じランクのスキルでも差が出るという事になる。なので今回みたいに体を動かすついでに彼女と手合わせする事で俺の総合出力が上がるかもしれない。

「成る程な、オッケー。そんじゃ最初なんで優しく頼むよ」

今回は只の手合わせなので実際の剣やダガーではなく、同じ位の丈の木刀で代用する事になる。それでも木刀なので直撃すれば痛いだろう、しかし、俺にはヒールがあるので例えば怪我しても多分大丈夫だろう。

荷物をベンチに置き、互いに獲物を握りながら相対する。彼女の武器はダガーで俺の剣よりリーチは短く、その分速度と手数が多い。油断して畳み掛けられればそれで終わるが、一撃一撃は軽いので決め切れないのが難点になっている。

「最初のスタートは君からで良いよ」

どうやら始まりのスタートは俺に任せるらしく、彼女は只佇みながらこちらを目視している。

「それじゃ行くぜ」

掛け声とともに踏み込み剣を振り下ろした。

「遅い、それにいきなり大振りは危険だよ」

踏み込むと同時に彼女の姿は横に、ちょうど俺から見て右側にスライドしていき振り下ろされた剣を躱す、当然空を切って唖然とした俺の右腕を彼女のダガーで持っていない方の腕で掴まれるとそのまま景色が一回転した。

「痛⁉︎」

一瞬何が起きたのか分からずに座りながら唖然とする。どうやら俺は彼女に投げられたらしい。

「はぁ…その剣でただ切れば良いって訳じゃ無いんだよ。それに踏み込み、足運び、重心移動、その他エトセトラ全然ダメだよ、こんなんじゃこの先やってけないよ」

呆然と彼女を眺めていると、彼女は仕方が無いと言いたげに話を続ける。

「ほら立ちなよ、最初はパパッと済まそうと思ったけど、なんか不安になってきたから、ある程度仕上がるまでは面倒見てあげるよ」

そう言うと彼女は地ベタに座っている俺に向けて手を差し出す。

ようやく状況が分かってくる、どうやら俺の動きは彼女的には全然駄目らしい。だが、そんな事言われてもしょうがないと言えばしょうがないだろう、日本育ちの俺は喧嘩も戦争も経験せず只のんびり平和に生きてきたのだから、いきなり剣を持って戦えっと言われてパパッと動かれたらこの世界の住民に対して侮辱になるだろう。

「それに君には期待してるんだから頼むよ」

期待とは?一体彼女俺に何を期待しているのだろうか?

彼女の手を取り起き上がる。どうやらこれだけでは終わらせてくれないらしい。スキルの必要性を確かめる本来の目的はどこに言ったのだろうか?

「分かったよ、それじゃよろしく頼みますよ、クリス師匠」

先程思いっきり投げられた恨みが少しあるので少し嫌味を込めてそう言うと、彼女はそれを挑戦と受け取ったのかニヤリと笑みを浮かべ

「次は私から行くよ、出来る限りアドバイスするから頑張ってね」

今度はクリスから攻めてくる、彼女がダガーを持ち踏み込んだタイミングで後方に飛び体勢を整える。

「後ろに避けない‼︎」

しかしその判断は彼女的には駄目だったようだ、その証拠に先程距離をとった彼女が眼前まで迫って来ていた。どうやら先程の踏み込みはどうやら完全に重心を預けていなかったようで、俺が避ける事を見越して半分ほどの重心を預け俺の回避方向に合わせ次の一歩で再び踏み込んだのだろう。

ピタリと首元に彼女の木製のダガーをあてがわれる。もしこれが殺し合いだったら死んでいただろう。

「今回ので分かったと思うけど、重心を完全に預けるのは確実に相手に攻撃を与えられるタイミングだけに。そして普段は常に回避か追撃出来るようにある程度余裕を持たせておく様にして、重心は動かせば動かす程隙が出来ると思っておいて」

ダガーを引き下げ、彼女は再び距離を取り仕切り直す。

「次は俺からか?」

「分かってるじゃん、早く来なよ」

彼女は挑発するかの様に手招きする。

呼吸を整え、剣の柄を再び強く握る。流石にこれ以上彼女にいい様にされる訳には行かない。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!」

掛け声と共に彼女に向かって距離を詰める。先程言われた様に半分の重心移動で踏み込み牽制の意図で剣を右に払う。

しかし彼女はこれを体を後ろに逸らす事で躱し、続くであろう左への横払いを俺の手を押さえることで止める。

「うーん、どうやら君は剣以前に武道から知った方がいいかもね」

ニッコリと笑った後、再び視界がひっくり返った。

全然手も足も出せない…

最低職の冒険者な俺でも、ここまで遊ばれるとそれはそれで辛い、彼女は一体何者なのだろうか?それともこの位は普通なのだろうか?

「今度は、剣は無しで全身を利用して戦おうか」

倒れた俺を見下ろす様に視界に彼女が現れ呆れた様にそう言う、そしていつの間にか彼女の手には俺の木刀が握られている。どうやら先程の手合わせの際に取られていた様だ。

「実は盗賊と言うのは仮の姿で実は激強の戦士だった、ってオチは無いのか?」

あまりの理不尽さに思わずそんな事を想像してしまう。

「そんな事ある訳ないじゃん。ふふ、君も大概だね」

彼女の手を借り再び起き上がる。

「やっぱりいきなり実践はきつかったかな…暫く日にちは空いてるかな?やっぱり基礎からやっていこうか」

僅か数回組んだだけでボロボロになった俺を一度客観的に眺め、やはり自分の考えは間違っていたと言わんばかりに彼女はそう言う。

「暫く金はあるから俺は大丈夫だけど、ゆんゆんがクエスト行きたいって言ったら多分行くことになるけどそれで大丈夫か?」

念のため確認する。どうやら彼女の教育スイッチか何かを押してしまったらしい。めぐみんの事もあり自信は無いがクリスも多分年下なのだろう…年下の子にボロボロにされるってどう言う事なんだろうか?

これが弱肉強食の世界、異世界生活という事なのだろう。

 

 

 

 

あの後もう日が落ちて暗くなって来たので明日空いてたらという話になり解散する。

「痛たた…」

汗をかいてしまったので、再び銭湯に向かい一風呂浴びる。

クリスとの手合わせで何度も体を地面に打ち付けたので鏡を見ると全身擦り傷だらけになっていた。こんなに傷を負ったのは初めてかもしれない、彼女との手合わせはそれ程激しく厳しいものだった。

しかし、この状態で明日を迎える訳には行かないので、治癒魔法で傷を塞いで行く。

やはり便利だな治癒魔法。冒険者は専用スキルが無い代わりに、こうして他人のスキルを会得できるというのは良い強みなのだが、もう少しステータスを上げて欲しいものだ。

入浴を済ませ、宿に向かう。

前回はランクの高い部屋に泊まったが、今回は流石に贅沢できないので部屋のグレードを下げれるだけ下げ、日本のビジネスホテルの様なベットと少しの空間だけの簡素な部屋を借りる。

基本俺みたいな冒険者は日中を外で過ごす為、この様な簡素な寝るだけの部屋が有れば充分である。

ロビーで鍵を受け取り部屋の入ると、そのまま設置されているシングルサイズのベットに向かってダイブする。もう疲れが限界なのかベットに乗った瞬間から体から力が抜けていく。しかし、このまま寝るとアレなので、何とか布団から抜け出し、明日の準備をだるい体を引きずりながら済ませる。

 

 

 

けたたましいアラームの音と共に目が醒める。

ギルド集まるので起き上がろうとするが、やはりというか何というか体を動かそうとする度に全身の筋肉に痛みが走った。

「痛えぇぇぇぇぇえ⁉︎」

俺の体は絶賛全身筋肉痛だった。

 

 

 

 

何とかストレッチで誤魔化し、予定より少し遅くなったがギルドに併設された酒場に着くと、ゆんゆんとめぐみんの2人が先に朝食を摂っていた。

「おはようございますカズマさん、動きがぎこちないですけど大丈夫でしょうか?」

俺の筋肉痛を見抜いたのか彼女が心配そうにこちらを見る。本気で心配してる事からどうやら単純に怪我か何かと思っている様だ。

「ああ、いやこれは只の筋肉痛だよ」

こんな事で本気に心配されたのが少し恥ずかしいので、頭を掻きながら感情を誤魔化し対面の席に座る。

「冒険者が筋肉痛ですか?しっかりしてくださいよ」

ふふっとめぐみんは軽く失笑しながら朝食を口に運ぶ。

「そうか?一発魔法使ったら動けない何処かのポンコツアークウィザードに比べれば全然マシだと思うけどな」

目には目を悪態には悪態を、俺は真の男女平等を願う者、相手が女性だろうがやられたらやり返すのだ。

「ほう…誰がポンコツアークウィザードか聞こうじゃ無いか‼︎」

カチャン、とスプーンが食器に落ちる音がした後にめぐみんがこちら側に回って来ようとする。

「ちょっと待ちなさいよ ‼︎何でさっそく騒ぎを起こそうとするのよ‼︎」

立ち上がっためぐみんを必死にゆんゆんが掴み動けない様にホールドする。

しかし、当のめぐみんは慌てるどころか、寧ろ落ち着いた様に。

「あのですね、友達の居なかったゆんゆんには分かりませんが、これは俗に言うBOKEとTUKKOMIという身内漫才みたいな者なんですよ」

さっきのやり取りの何処にボケとツッコミがあったのか分からないが、まあこれくらいはおふざけの範囲だろう。

「ええ…そうだったの…そんな私そんな事を知らずに…」

しかし、本来はとか友達だったらと、そんなフレーズに弱いのか彼女はオドオドと狼狽し始めた。

「ええ、そうなんですよ。ゆんゆん貴女はそれを邪魔してしまったんですよ。全くこれだからボッチは…」

「そんな⁉︎」

何だこのボケしかない漫才は。

そんなやり取りを眺めていると、まだ注文していないのに俺の元に料理が運ばれてくる。店員に確認するが間違っては居ないらしい。

「なんだ?俺の分まで頼んでくれていたのか?」

何か入っていたら怖いので、念のため2人に確認するが

「いえ、私では無いですね…もしかしてめぐみん?」

どうやらゆんゆんは違うらしい。

「私に聞かれても困りますよ、これでも今現在私は一文無しですからね」

フンスっと彼女は無い胸を張って誇らしげに言った。

「それ誇る事じゃ無いでしょう⁉︎今日の朝食も私のお金なんだからね‼︎」

相変わらず仲良いなと思いながら考える。けれど2人じゃ無いなら誰がこんな事するんだ?と考えていると、奥のカウンターに居る受付のお姉さんが俺に向けて手を小さく振っていた。

何時も俺を邪魔者扱いする人が、突然俺に優しい笑顔を向けていると言うのはとても不気味だった。

後から何か厄介事を押し付けられたら嫌なので、ゆんゆんにめぐみんの朝食を取らない様に頼み受付に向かった。

「おはようございます、ところでアレはお姉さんの仕業ですか?」

親指で俺達の座っているテーブルを指差す。一応めぐみんが食事を奪わない様にゆんゆんに頼んでおいておいたが時々確認する。

「そうです、アレは私からのお礼みたいな者です」

「お礼ですか?俺が一体お姉さんに何かしましたか?」

うーんと考えるが、受付のお姉さんに対して何かした様な記憶はない。もしかしたら誰かと勘違いしているのか、それとも偶然か間接的に助ける様な事をしたのだろうか?

「いえ、私に直接何かされたとかそう言う事は全くありませんよ」

何のかよ⁉︎だとしたら一体何だ?

「めぐみんさんの事ですよ」

めぐみんの名前を聞いた途端、あー成る程なと肩の力が大体抜ける。

「彼女は爆裂魔法以外使える魔法が無くてですね、こちらも困っていたんですよ。確かに威力は強力なのですが、このアクセル周辺だと中級魔法が有れば大体事足りてしまうので…」

やはり彼女の扱いにはギルド側も困っていた様だ。話を聞くとこのアクセル以外の街のギルドにはレベル制限があり、どこも彼女を登録出来るところはないらしい。その為この駆け出し冒険者の集まるこのアクセルは必然的に全ての冒険者を受け入れることになっている。

なのでどんなに問題児でもこのギルドは受け入れざるを得ないのである。

「パーティーを組んでも一度の魔法で倒れてしまいますし、森で爆破されたら消火活動しなくては行けませんし。彼女の属している私達ギルドもクレームと消火活動の費用で擦り切れていたんですよ。それでたまたま旅行団の防人の募集がありましたので、めぐみんさんを上手く丸め込んでしばらくの期間遠くに行ってもらったんですが、旅行団が再びここを通る際にクレームと共に返品されてしまったんですよ。そしてまた何も知らない新しいパーティーに押し付けたのですが、前回の火災騒ぎになってしまって、またフリーになってしまってどうしようか悩んでいたんですよ」

受付のお姉さんは大分ストレスが溜まっていたのか、俺に余計な返事をさせる暇を与えない位のスピードで今までの不満を吐き出した。

何だろうか、この人も大分苦労しているんだなと思っていると話はまだ続いていた様で

「そんな時に現れたのがカズマさんですよ。ゆんゆんさんに続きあのめぐみんさんまで、しかも私が何も言わなくても仲間にして面倒を見て頂けるなんて…やはり貴方は私の救世主ですね」

彼女はまるで神を崇めるかの様に俺を讃える。なし崩し的にめぐみんを仲間にしてしまった事はもしかしたら失敗だったのかも知れない。

はあ、と溜息が漏れる。

そうでしたか、了解でーすと軽く会話を済ませテーブルに向かう。そう言えば朝食がまだだった為お腹が空いてきた。

「…何だこれは⁉︎」

テーブルに戻り変化に気付く。なるべくテーブルに目を離さない様にしていたのだが、話の後半にはそんな事をすっかり忘れてしまっていた。

そう、俺の席にあった朝食を乗せた皿は既にめぐみんの前に置かれ、丁度食べ終わった後だった。

「ああカズマですか、先程の朝食ならもうありませんよ。冷めてしまっては作っていただいた方に申し訳ないので、カズマに代わりこうして私が頂きました」

彼女は食べ終え、口の周りをナプキンで拭きご馳走様ですと手を合わせた。

「何食ってんだ⁉︎ゆんゆん、ゆんゆんはどこに行った⁉︎」

朝食を守る様に頼んでおいたゆんゆんが見えなくなっている。トイレに行ったのだろうか?

「カズマさん…」

呼ぶと、居なくなって居たゆんゆんの声がテーブルの下から聞こえてくる。

「なあ、めぐみん?」

「はい、なんでしょうか?」

食事を満腹になるまで済ませご機嫌なのか、笑顔で返事をする。

「なんかお前身長伸びたか?」

彼女に対して少し大きめだったテーブルは現在丁度良いサイズに見える。テーブルのサイズは小さくなる事は無いので必然的にめぐみんが大きくなった事になる。全体のサイズ的には変わらないので、座布団でも入れたのか高さが違うのだろう。

「いえ、そんな事はありませんよ、カズマも疲れているのでは無いですか?」

何を言っているんだこいつはと言いたげに彼女は首を振る。

「あー確かに疲れは溜まっているな…ってそんな訳あるか‼︎」

下から覗くとめぐみんのスカートの中が見えてしまうので、体を乗り上げテーブルの向こう側の席を覗く。

「カズマさーん…」

「ゆんゆん⁉︎何やってんだよ…」

なんとゆんゆんはベンチの上でうつ伏せの状態で、めぐみんの下敷きになりながら半べそをかいていた。

「彼女なら現在私の座布団になっていますよ」

シレッとさも当然という様に彼女は言った。こいつはゆんゆんには相変わらず容赦がないな…

「ゆんゆんは私の食事を邪魔しようとしてきましたので、こうしてお仕置きしてあげました」

ふふん、と鼻を鳴らしながら胸を張る。

「何勝ち誇ってるんだよ⁉︎朝食食った事は許すからゆんゆんを解放してやってくれ」

仕方ありませんねと、めぐみんは起き上がりゆんゆんを先程いたところまで起き上がらせる。

「ううっ…カズマさん、ありがとうございます」

座布団にされる前にも何かあったのか、ゆんゆんは今にも泣きそうだった。

「おいめぐみん、あまりゆんゆんを虐めてやんなよ…」

はあ、と呆れた様に言う。ついでに店員が横を通ったので注文を済ます。

 

 

 

 

 

「で、お前ら今日はどうすんの?」

食事を終え、口直しに水を流し込んだ後、彼女たちにこれからの予定を確認する。

「私は特にこれといった事は無いですね、カズマさんに任せますよ」

「私は爆裂魔法が撃てれば何でも大丈夫ですよ」

2人とも特に用事は無いらしい。しかし、だからといって何もしないと言うのも冒険者としてどうなのだろうか?取り敢えずギルドの依頼の書かれた掲示板に向かう。

「あれ?殆どありませんね」

掲示板にはいつも沢山あった依頼の用紙が殆ど無くなっていた。いくつかは残っていたのだが、どれも難しくランクの高いものばかりで周りの冒険者達も取りあぐねている様だ。

「あの、何でこんなに少ないんですか?前には沢山あったのに?」

受付に確認すると、どうやら魔王の幹部がこちらに住み着いたので魔物が怯えて出てこないらしい。よりによって何でこんな場所に幹部がいるのだろうか?何にせよ迷惑な話だ、早く引っ越して頂きたいものだ。

討伐隊が王都で編成されると言うが、こちらに派遣されるまではそれなりに時間もかかるらしい。

「どうしますか?今日はお休みにしてトランプでもしますか?3人いるのでゲームの種類は増えますよ」

残念そうな表情を取り繕いながら、彼女はいつのまに出したのかトランプをパラパラと操りながら期待に胸を膨らました。

「えーそれは困ります。私の爆裂魔法はどうすればいいのですか?これでも私は1日1爆裂を習慣にしているのでこのまま中で引きこもるのは嫌ですよ」

なんとめぐみんはこの状況で外に行きたいと言い出した。と言うか1日1爆裂ってなんだ?

「何で金にならないのに外に行かないと行けないんだよ。危ないだけだろ行くなら1人で行け」

外に行くだけ命の危険が増すだけなので、めぐみんの提案をバッサリと断る。

「私は爆裂魔法を放ってしまうと動けなくなってしまうのですよ。最低でも1人は私を運ぶ為に欲しいです」

結局は道連れが欲しいだけかよ。

「だったらゆんゆんと行けよ、文字通り尻に敷いてんだからついて行ってくれるだろ」

「え⁉︎私ですか?」

面倒なので多分友達のゆんゆんに押し付ける。しかし押し付けられた本人はビックリしたようだ。

「いえ、ゆんゆんだと運ばれ心地が悪いのでカズマにお願いします」

「嫌だ」

しかし何度断っても彼女は引く事はなく、しょうがないので俺が折れることになった。

 

 

 

 

「何でゆんゆんまで居るのですか?」

売れそうな山菜などをついでに探す為に叢や森などを道に選びながら町の外へ進んでいく。

「だって2人が居なくなったら、私1人になっちゃうじゃない」

ゆんゆんにはお留守番を頼もうとしたのだが、予想外の反対を受けたのと受付のお姉さんの視線が突き刺さったので同行してもらうことになった。

「なあ、もうこの辺りでいいんじゃないか?」

ささっと済ませたいので通り道にあった大きな岩を見つけ、それを指差す。

「いえ、こんな物では私は満足できないですね、それにここじゃまだアクセルに近いので守衛さんに怒られてしまいます」

この大岩は彼女にはお気に召さなかったのかやれやれと言った表情で首を振る。

「怒られるって、まさか一度注意されたのか?」

「はい、前に他の方と行った時に見つかってそれはもう大目玉を食らいました」

めぐみんは何も悪びれる事はなく堂々とそう言った。こいつは爆裂魔法の事になるととことん強気になるな…

「めぐみん、それは自信を持って言える事じゃ無いわよ…」

彼女も呆れた様に俺に続く。里にいた間は彼女がめぐみんの爆裂魔法に付き合ったと聞くが、大変だったのだろう、ここまでついてくるだけで疲れた様な表情をしていた。

「おや、あの城なんかどうでしょうか?」

あれから暫く歩き、奥まで行くと遠くの丘の上に古城が建っていた。見た感じ誰も住んでおらず、ジメジメとアンデッドでも沢山住み着いていそうなそんな感じだった。

あの城なら別に爆破しても大丈夫だろう、特にアクセルの近くに誰かが住んでいる城は聞いたことがない。そう言えばクエストに廃古城の周辺のモンスターの討伐と書いてあった事を思い出す。

「いいんじゃないか?ゆんゆんあの城今は誰も住んでいないんだろ?」

念の為ゆんゆんにも確認する。

「多分、大丈夫だと思いますけど。私はどうなっても知りませんからね」

過去に何かあったのだろうか、確認した途端に私は関係ありませんと責任から逃れようとする。

「多分だけど、ゆんゆんも大丈夫だってよ」

「ああ…」

なんか嫌な予感がしたので、ゆんゆんも許可を出した責任者に混ぜておいた。それを聞いたゆんゆんは諦めた様に声を漏らす。

「では、再びお見せしましょう。我が爆裂魔法を‼︎」

杖を構え詠唱を唱え始める。めぐみんは少し詠唱にアレンジを加えているのか、前回と少し単語が違うところがあった。

そして詠唱が終わったのか、彼女の杖の周りに魔力が集まり収束を始める。この光景は何度見ても綺麗だと思えるくらい魔力の流れは澄みきっており力強い。

 

 

「エクスプロージョン‼︎」

 

 

呪文を唱えると、遠くの古城の上空に魔法陣が重なる様に展開されていき、瞬く間に巨大な爆発となる。しかし、古城は頑丈なのか少し崩れたが完全に丘の上が更地になる事はなかった。

「どうでしょうか?今日の爆裂は、これからも付き合っていたただきますので、よろしくお願いしますね…あう」

魔力を使い果たし、めぐみんはバタンとその場に倒れる。城が完全に崩れなかったのか悔しいのか城に向けて、挑戦的な目線を向けていた。

「「はあーあ」」

これからこんな事が続くのかと互いのに思ったのか、ゆんゆんと2人そろってため息が漏れた。

「あの…何を考えているか大体分かりますが、取り敢えず虫が登ってきてしまうので背負って貰えないでしょうか」

「はいはい」

モゾモゾ蠢くめぐみんを持ち上げ、そのまま背負う。

小さければ運ぶ分には楽なんだが、めぐみんもゆんゆん位までとは言わないがもう少し発育してくれれば、少しは楽しめたんだろうけどな…

先頭を歩いているゆんゆんを眺めながらそんな事を考えていると、急に首に掛けられていた腕が閉まり出した。

「今、とても失礼な事を考えましたね。言わなくても分かりますよ、言っておきますが私は大器晩成型なのであと数年すればゆんゆんが悔しがるくらいなナイスバディになりますからね‼︎」

ぎゅうっと首がどんどん締まっていく。

「分かった、俺が、俺が悪かったから…その手を離せ‼︎」

前回の事もあってか、謝るとパッと腕が解かれる。やはり紅魔族、知性が高いのは本当だったんだな。

「分かれば良いのです」

次から気をつけて下さいねと念を押される。

「全く、何やっているんですか…」

その光景を呆れた様にゆんゆんが見ていた。




少しクリスの脚色に無理があったようなそんな気がします…


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カズマの日常(了)

今回でカズマの日常も一旦終わりです。けど一段落したら復活するかもしれないです。


めぐみんを宿まで運び、ゆんゆんと再びギルドに戻る。

取り敢えず、めぐみんの爆裂習慣の途中に拾えるだけ山菜をゆんゆんに拾ってもらったので、これをカウンターで買い取ってもらう。

このアクセルでは採取クエストなどは少い。それはアクセル周辺のモンスターは既に大多数が討伐されている為、大体の物は依頼に出して取ってきてもらうより自分で取りに行った方が安いからだ。

しかし、だからと言って物資が全く必要ないと言うわけではなく、こうして受付に持っていけば幾らかで買い取って貰う事ができる。

「なんか凄い爆発がありましたけど、大丈夫だったのですか?」

受付のお姉さんに薄々感づかれているのか、山菜を渡す際にボソッと言われる。

「何とか…森林火災にならない様な場所をターゲットにうまくやってますよ」

後々何かあった時にサポートしてもらいたいので、色々はぐらかしながらだが伝える。こう言う地道な活動こそがいざという時に役に立つのだ。

「そうだったのですか、それはご苦労様でした。ではこちらですね山菜の等級とグラムで換算した額をお渡しいたしますね」

山菜の買取が終わる。金額は普通のクエストと比べれば安いが、あの俺にとっては無意味に思えた行動に意味を与える事ができたので良しとしよう。

金を受け取り、ゆんゆんが座っているテーブルに向かい座った。

「でどうする?めぐみんが居なくなったからまた2人になったけど」

「どうしましょうか、また人生ゲームでもしますか?」

めぐみんを部屋に運んだ際に持ってきたのか、少し大きめのバックからドンと紙の箱が取り出される。箱のデザインが違う事から山にゴブリン狩りに行った時の物とは違うものらしい。

また人生ゲームか、いい加減違うゲームをしたくなってきたな。

基本的に2人なので、大人数でやるゲームなどを行っても多数で行う様な事が出来ず、基本は俺とゆんゆんのガチンコ勝負になってしまう

「よし、じゃあ俺の国のゲームやろうぜ」

適当にカードを配ると俺はルールを説明した。

 

 

 

 

「もう嫌…前から思っていたんですけど、カズマさんはゲーム強くないですか?」

なんだかんだ言って運が強い俺はゆんゆんとの勝負に勝ち続けてしまった為、とうとう不貞腐れてしまい。現在テーブルに上半身を預け伸びている。

「まあ落ち着けって、これは俺の幸運値が高いだけであって別にゆんゆんが弱いとかそう言うわけじゃないからな」

まあまあ、と彼女をなだめる。しかし彼女の夢だった他人との遊ぶと言う行為は俺の幸運による一方的な勝利に終わった。

「うぅ〜そう言われればそうですけど、なんか納得できません‼︎」

彼女は一体何が不満なんだろうか?

彼女は対等なくらいの力量で互角に戦い合いたいのだ、つまり要は運が関わってないゲームをすればいいのだ。

「しょうがねえな、じゃあ次は外でやろうか」

彼女を外に連れ出し、前回クリスと特訓した場所に向かった。

公園には誰もおらず広いスペースが貸切状態となっている。なので何をしようが文句が出ることは無いのだ。

さてこんな所まで来て何をするかと言うと。

「よし、じゃあ俺の国のメジャーなスポーツ、サッカーをやろうぜ」

「サッカーですか?聞いたことないですね、またカズマさんの国の競技ですか?」

へーと彼女は俺の足元のボールを眺める。この世界にもボールの概念はあったみたいで、この公園に行く前に雑貨屋にて購入しておいたのだ。

ボールは有るのだが特にどう使うとかそう言ったルール等の遊びは特に決まってはいないみたいで、アクセルの子供は転がしたりして単純にボールとして遊んでいるようだ。

「そうなんだよ、それでルールっていうのは単純でボールを手を使わずに相手の後方に設置したゴールに入れるんだ。それと」

今回は2人なので、ある程度ルールを弄りながら説明する。あと念の為に大人数の時のルール等も説明した。

「へー結構難しいですね。オフサイドでしたっけ?結構際どい場合とかどうするんですか?」

「まあ、今回は2人なんだからオフサイドとか、そう言ったのは抜きでドリブルで勝負しよう」

サッカーのルールは難しいのでサッカーを好きな人には悪いが、ここは省略させてもらう。

「では、行きますよ」

対面に向き合うと、彼女は俺の後ろに棒で引いたゴールのラインに向かって蹴り飛ばした。

本来なら止めて終わりなのだが、彼女は筋力が高いので放たれたボールは空気を切るような音と共に俺の後方に飛んで行った。

「マジか、ドリブル勝負はどうなったんだ?」

「え?これってゴールにボールを通せば勝ちじゃないんですか?」

どうやら彼女はルールは分かったとしても、今回の趣旨を理解してはいないようだ。なんてことだ、とまた一から説明し再び1対1を再開する。

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、このサッカーと言う競技は楽しいですね」

しばらくの間俺達は時間を忘れサッカーに興じた。やはりゆんゆんも頭がいいので、何回か説明したらルールを理解し始めて数回で俺とタメを張るくらいの実力になってしまった。

「はあ…はあ…畜生、まさか何も知らない初心者にこのカズマさんが負けるとは…」

パラメーターは彼女の方が上なので、テクニックで圧倒しようと思ったが予想以上にも彼女の上達に驚き、後半は互いに疲れたのか泥沼試合のように一心不乱に互いのボールを取り合った。

「取り敢えず今日はこの辺りにしよう、流石にこれ以上は午後に響く」

肩で息を切らしながらも呼吸を整える。午後にはクリスとの特訓とやらがあるので、あまり疲れるとこの先に響いてしまう。

「私も久し振りにこんなに動いて楽しかったのですが、疲れました」

2人とも秋なのに汗まみれになりながらその場に座り込む。

「悪いけど午後から用事があるから、この後は解散でいいか?」

「わかりました。私達も午後はお買い物に行きますので、何かありましたら前に行ったお店に来てくださいね」

どうやらめぐみんの服や生活雑貨を買いに行くらしい。一応ジャイアントトード分の金は渡してあるのでゆんゆんが払う事は無いだろう。

2人とも汗まみれになったので、汗を流す為に銭湯に向かう。この世界に来てよく風呂に行く様になったなと常図ね思う、大体は彼女が行くからついでに行くみたいな感覚だが、実際に入ってみると案外さっぱりするもんだ。しずかちゃんが学校帰りに風呂に入る理由がよくわかる。

「じゃあ、何もなければ明日酒場で会いましょう」

「ああ、またな」

入り口で別れ男性の湯に向かった。

 

 

 

 

風呂を済ませてジャージに着替える。今日の待ち合わせ場所は前回と変わらずに先程居た公園になっている。

今回は前回みたいに組手ではなく、基礎からやるそうだ。支援魔法を選ぶ為に軽く手合わせするだけだったのに一体何故こうなったのだろうか。まあ食事代でここまでしてもらえるのなら安い物だろう。

「時間通りだね、弟子1号君」

公園に着くと、先に来ていたクリスが外側に設置されているブランコを漕ぎながら、俺を見つけたのか声を掛けながらこちらまでジャンプする。

「よっとと…よし着地成功‼︎さてさっそくだけど始めようか」

彼女は俺の前に綺麗に着地すると、はにかみながらそう言った。ぱっと見可愛いのだがこれから始まる地獄の特訓を思えば笑えなくなる。

「うっす‼︎よろしくお願いします、師匠!」

後ろに腕を組み、まるで体育会系の様に振る舞う。

「ははっ、全く君は調子が良いんだから。よし、じゃあ今回はまず走りこもうか、逃走スキルはもう取ったよね」

さも当然と言うように彼女はスキルを指定する。確かに逃走スキルは取ったのだが、昨日実際に動いて見て選ぶ為に行った組手はただ疲れただけだったので、あの後に数時間ずっとスキルを考えて取り敢えずいくつかは取って迷うスキルは取らずポイントは残している。もし昨日の時点で取ってなかったら無理やり取らせるのだろうか?

「まあ取りましたけど、この公園で追いかけっこでもするんですか?」

「いやいや、ここからギルドまで私と追いかけっこするんだよ」

「マジか」

「本当だよ」

どうやら彼女は本気で言っている様で、準備運動と言わんばかりにストレッチなどをしている。

「じゃあハンデをあげるよ、私は君が出て行った後に数秒待ってから向かうからね」

唖然としている俺を見て何かを感じたのか、こうしようと提案してくる。

数秒待たれても大して変わらなくないか?と思ったが、彼女の事だ何か考えがあるのだろう。

「よし、じゃあ行ってみようか」

とん、と背中を押されのを合図に俺は全力で走り出した。

彼女が準備運動をしている間に速度上昇の支援魔法を事前に掛け、逃走スキルを発動する。それにより俺の速度は昨日までの俺と比べれは天と地の差があり、今まで取らなかた事を後悔するくらいに加速する。

この疾走感と共にギルドまで駆け抜けようとするが、それは彼女が許さないのかいつのまにか後ろにいた彼女が俺の横まで詰めてきている。

「やっぱり支援魔法を使ってるからかだいぶ早いね、これなら大丈夫そうかな」

一体何が大丈夫なのだろうか?時々だがたまに彼女は俺の事を値踏みするかの様な視線で見ている節がある。一体何が目的なのだろうか。

「これ何の意味があるんですかね⁉︎」

ハンデと支援魔法を使っている事もあり何とかこの追いかけっこは俺の勝利に終わった。

「んーそうだね、まあ取り敢えず基礎訓練だからね、次行こう次」

それから彼女は俺の質問を全てのらりくらりと躱しながら、外壁まで再び追いかけっこに付き合わされた。

「次はこれだ!」

アクセルの街の外側を覆う壁、つまり外壁に着くと彼女はジャーンとバックから鍵爪付きロープを取り出した。

「なんでロープなんだ、クリスは束縛プレイが好きなのか?」

ケロッと何時ものトーンで質問する。

「違うから⁉︎私にそんな気ないから!全く、何で君はいつもそんな考えしかしないのかな」

面倒なので適当に突っ込むと彼女は恥ずかしそうにそれを否定する。人間どんな趣味を持っていようとも頭ごなしに否定するのは良くないと思うので、俺もなるべく否定しない様にしているのだ。

「まあ、クリスの性癖は置いといて、これでどうするんだ?」

「置いとかないでよ‼︎変な誤解したままにしないで良く話し合おうよ」

取り合えず話を進めようとするが、彼女は誤解を解きたいのか話を進ませようとしない。

「いやいや、ダクネスと仲良かった時点で大体そんなもんだと思ってたから、別に隠さなくて良いんだぜ」

昨日ボロボロにされたお返しを込めて話を引きずる。何だろうか、彼女を弄っていると今までの疲れも消えていく様だ。

「はあ…ダクネスか…あの子の事を出されると、私としては何とも言えないかな」

あはは…と苦笑いしながら頬を掻く。彼女にしてもダクネスは扱い切れないのだろう、一体あのド変態クルセイダーは何を目指しているのやら。

「で、これで何するんだ?」

再びロープを持ち上げ、彼女に質問する。

「君と話をしてると調子が狂うな…」

そんな俺の態度を見て呆れたのか、大きな溜息を吐きながら本来の話を始める。

「これを外壁の凹みに引っ掛けて、そこから上に登っていくんだよ」

彼女は見ていて、と手に持っていた鍵爪ロープを投げる。投げられた鍵爪は外壁のデザインなのか凸凹部分に引っかかり、それをロープ部分を引っ張り安定した事を確認すると彼女はそのロープを伝いながら上へと伝っていった。

「こういう感じだよ‼︎君もやってみなよ」

上に登りきった彼女はスルスルと登ってきたロープを降りて着地すると、俺にやれと手に持ったロープを手渡す。

「しょうがねえな、ほらよ‼︎」

ヒョイっと軽快にロープは投げられる、しかしその鍵爪は綺麗な放物線を描いたまでは良いが外壁の凸凹に引っ掛かる事はなく地面に落下する。

「何でやねん‼︎」

思わず関西弁で突っ込む、ここは綺麗に引っ掛かるところだろうに…

落下する鍵に唖然としていると、後ろから笑い声が聞こえる。

「あはははは‼︎何それ⁉︎あんなに綺麗に投げられたのに何で引っ掛からないの?」

フォームは完璧だった筈なのだが、何故か引っ掛からない事に彼女は笑っているのだろう。笑うのは構わんが教えたのはお前だぞ。

「まあ、いきなりで失敗するのは仕方がない事だよ。こういうのは鍵爪が壁に触れたら少し引くのがコツなんだよ」

再び彼女がロープを投げ実演する。今度はわかりやすい様にコツを強調しながら大振りの動作で行われる。

「投げて引っ掛かる事もあるけど、大体は引っ掛からないからこうして手首の返しも使って引っ掛けてあげるのさ」

ホイッと彼女は再び壁に引っ掛けてみせる。

「ほら、もう一回やってみなよ」

再び外したロープを渡される。流石に今回外したら恥ずかしいだろうか、緊張しながら2回目の投擲を放つ。

「おお、良い感じだね」

彼女が言った様に、投げられた鍵爪ロープはまた綺麗な放物線を描き壁にぶつかった。

「今だ‼︎」

ぶつかって弾かれる瞬間に手首を返しロープを引っ張る、それにより鍵爪は壁に上手く引っ掛かり固定される。

「いよっしゃ‼︎出来たぜ」

思わずガッツポーズを決めてしまうがそのくらいは良いだろう。

後は登るだけになる。クリスが言うには引っ掛かれば後は簡単だと言うが、なかなかどうしてこれが意外にも辛いのだ俺の筋力は支援魔法なしでは低く、この作業は殆ど腕の力に頼る事になるので上っている端から腕が疲れてくる。

「まあそればかりは慣れだから仕方ないよね。今日はこれを動けなくなるまで何回もやろうか」

「マジかよ⁉︎」

彼女曰く、まずは片手で何か出来るようにならなければいけないらしい。

「なあクリス、これ一体何の為にやってんだ?」

ふと疑問に思った、昨日の組手なら幾らか分からなくはないが今日のトレーニングはどこか別の意思の様な物を感じる。俺の知らない所で何か話が動いているんじゃないだろうか、心配になる。

「ふふ、勘のいい子は嫌いだよ」

彼女は悪い顔をしながら某悪役の台詞を吐いた。

「なん…だと⁉︎…で何なんだ?」

取り敢えず彼女のボケに反応し本来の目的を聞こうとする。

「いやいや、誤解があるようだけどこれも立派な基礎トレーニングだよ。今は腕が疲れていくけど、腕以外を代償的に使うと今度はだんだん下半身も疲れてくるよ」

嫌な気がするのは気のせいだろうか。しかし、彼女の言う通り腕に力が入らなくなってくると必然的に下半身を…つまり足を使って登りをサポートする形へとなってくる。こうやって徐々に疲れない使い方を実際に力が入らない状態を作り出して学んでいくらしい。

「大分動きが良くなってきたね、この調子なら私の助手も遠くは無いかもね」

体が慣れてきたのか、疲労困憊気味でクタクタだがスラスラと登れる様になり、ちょうど外壁の上を登っていいる時にクリスが独り言だろうか、何か言ったのかゴソゴソ声が聞こえる。

「おーい‼︎何か言ったか?」

外壁の上から大声で叫ぶが、彼女はなんでも無いと叫びかえしてくる。何なんだろうか?

外壁を登りきったので再び降りる。流石に限界なのか着地してから体が動く気がしない。

「もう無理だ〜クリス今日はもうやめにしよう」

尻餅をつき、両手を地面に降ろしもう出来ないと地面に寝転ぶ。

「だらしないな全くもう、君体力なさ過ぎ」

彼女は俺の頭上にしゃがむと不満げに俺の頭を突っついた。

「いやいや、アンタらの体力がおかしいだけだろ。俺は最低職の冒険者だぞ」

「そうやって逃げてるといつまで経ってもそのままだぞー」

「うぇ…結構痛い所突くなよ」

気にしている事を容赦無く抉ってくる彼女を尻目に空を見上げる。太陽の位置も大分降りてきているので大分この作業を繰り返している事になる。これだけやってまだまだとか一体この盗賊の訓練は何処のスパルタ体育会系だよ。

「それじゃ今日はここまで、どうせ魔王の幹部が近くに居てロクなクエストは無いんだから暇でしょ?」

「まあ、暇と言えば暇だけど俺にもパーティーがあるしな…」

彼女達を放って置くわけにはいかない。何だかんだ言って彼女達のパーティーは案外居心地が良いので、俺から失う方向に行くわけにはいかないのだ。

「別にパーティーより優先させろって事じゃ無いからね、今日みたいに空けられたらで良いよ」

流石の彼女も気を俺に使ったのか、あくまでついでと言ってくれた。

しかし、彼女には特に得は無いのに何故ここまでして俺の面倒を見てくれるのだろうか?只の善意なのか、それともこの後に何か要求されるのか?出来るのであれば俺に被害が少ない方向でお願いしますよ。

地面に体を預け風を浴びていると、心地良くなってきたのか睡魔に襲われる。

「あっちょっと⁉︎こんな所で眠らないでよね。全く君はしょうがないんだから…」

目を閉じ疲労感から微睡んでいると、上から彼女の呆れたような声が聞こえ、気付くと寝ていた。

 

 

 

 

目が醒めると、酒場に運ばれていたのか何時も食事をしているテーブルのベンチで横になっていた。

「痛たた…何でギルドに?」

ベンチから起き上がり、正面に座っている人に声を掛ける。一応ここまで運んでもらったのだからお礼を言わないといけない。

「君が寝ちゃったからここまで私が運ぶ事になったんだからね」

既に注文したのか、パスタの様なものを頬張りながら彼女は不満げに言った。

「何というか申し訳ないんだけど、それじゃあお礼に夕食奢るよ」

「お礼って、もともと君が奢る話だったよね」

オイオイ忘れるなよ、と言いたげに彼女のジーとした視線が俺に突き刺さる。

そうだっけ?教えてくれるっていうからハイハイ言ってたら、どうやら夕飯まで奢る事になっていた様だ。

「そうだった、そうだったな今日は俺の奢りだから一杯食べてくれ」

「まったく、君は調子が良いんだから」

 

 

 

バタバタしたクエスト漬けの生活から一変、ほのぼのとした俺のアクセルの街の生活が本格的に始まった。

 

「エクスプロージョン‼︎」

「今日はこんなに取れましたよ」

「今日は罠を設置したから躱すトレーニングしようか」

「…」

 

 

「エクスプロージョン‼︎」

「この草は何でしょうか…え⁉︎毒草⁉︎」

「よし、じゃあ君も罠を作って設置してみようか」

「…」

 

 

「エクスプロージョン‼︎」

「カズマさん、大体どの草が高いか分かってきましたよ‼︎毎晩頑張って夜なべして図鑑読んで復習してきました」

「今日は音を立てないで走ってみようか、慣れたらそこまで競争だ‼︎」

「…」

 

 

 

「エクスプロージョン‼︎」

「あれから何日も…めぐみんも大概よね…あっカズマさん、今日から薬草で何か調合してみますね」

「え?趣旨がずれてきてる?大丈夫大丈夫!このクリスさんを信じなさいな」

「…」

 

 

 

「エクスプロージョン‼︎」

「何故かスキルポーションが出来てしまいました…カズマさんもどうですか…ってめぐみん何するの!やめて!どうせ爆裂魔法につぎ込むんだから飲んでも無意味でしょ!」

「君最近やつれてない?大丈夫?それで今回はこのバラバラの荷物を持って音を立てない様に運んで行こうか‼︎」

「……」

 

 

 

「エクスプロージョン‼︎」

「この植物なんでしょうか?え、新種⁉︎」

「今日は隠れ鬼ごっこやろうか、私に見つからない様に幽霊屋敷の部屋に入って奥の部屋にあるこの目印を持ってきたら合格、安心しなよちゃんと許可はとったからさ」

「…」

 

 

 

「エクスプロージョン‼︎」

「あの草やっぱり新種だったみたいです…名前は私に因んでゆんゆん草になったそうで、詳しくはこの紙に書いてありますよ。え?花言葉?一応花が咲くみたいですけど、そこら辺は学者さんに任せてまして…多分この用紙に書いてありま…え?花言葉は…孤独⁉︎」

「今日はスティール合戦だよ‼︎前回は酷い目にあったけど今回は大丈夫、この石ころ達を見よ‼︎前回比数倍だよ。お互い交互にスティールを掛けて各自決めた当たりを引いたら勝ち。よしじゃあ君からどうぞ…え⁉︎何でこうなるのよ⁉︎パンツ返してー!」

「…」

 

 

 

 

「エクスプロ…」

「何なんだ‼︎この異世界生活はぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

こんな生活が何日も続いて来ると段々と気が滅入って来る、それになくなって来た貯金もゆんゆんの山菜と薬草の加工品などでむしろ逆に増えてきている。

「何ですかカズマ、一体この生活に何の不満があるのですか?爆裂魔法を放ち次の日も爆裂、ああ…幸せ」

「良くねえよ‼︎何だよこの生産性の無い日常は⁉︎俺達完全にゆんゆんのヒモじゃねえか‼︎ゆんゆんも何か思う事あるだろ‼︎いつまでも気を使ってないでたまには本音を…って何やってんだ?」

俺が心の叫びを上げている間にも、彼女は草むらや茂みに体を突っ込み何か山菜を毟っている。

「ゆんゆんも大分馴染んできましたね…服装も完全に農家の人みたいに…これはもうアークウィザードではなくアークハーベスターですね」

呆れた様にめぐみんは変わり果てた友人を見つめる。

「そう言ってやるな、俺達がこうして生きていけるのはゆんゆんのお陰だぞ」

一応山菜等の報酬は3人で分配する事になっているので、最初は少なかった報酬もゆんゆんの努力のお陰で分母が増え生活が回る位には財布に潤いを与えている。

「痛た…終わりましたか…て何でしょうか2人して私を見つめて?あ、安心してください!次新種を見つけたらカズマさんの名前を付けますので‼︎」

モゾモゾと茂みの隙間から出てきた彼女を見ていると何かを察したのか、見当はずれな事を言ってくる。

「そうじゃねえよ‼︎ああもう、取り敢えず中止だ‼︎難しくても安全が確保できそうなクエストに変更だ‼︎一旦ギルドに行くぞいいな‼︎」

マシンガントークの様に言葉をツラツラ続け彼女達に反論させない状態で無理やりギルドに引っ張っていく。

「ああちょっと‼︎まだ1日1爆裂が」

「そんなもんはクエストの時で充分だ‼︎」

 

 

 

 

 

「で、連れて来たのは良いのですが、一体何のクエストを受けるんですか?」

その後2人を引きずりながらギルドに戻ったのだが、俺は勢いに任せて行動を起こした事を後悔した。

「本当にロクなクエストが無いな」

掲示板には一撃グマの討伐や、マンティコアとグリフォンの討伐などの危険なクエストしか存在せず、どれもこの街の人達には荷が重く誰も受けずに残ってしまった物ばかりが貼り付けられていた。唯一マシなのはカエルの討伐だけだろう。

「よしゆんゆんも居るしカエルにするか‼︎」

前回は悲惨な目にあったが、今回はゆんゆんもいる事だし何とかなるだろう。

「カエルってあのカエルですか⁉︎私は嫌ですよ‼︎一度飲み込まれた事のある人にしかわからないと思いますが、あの生命を脅かされる感覚はもう二度と嫌ですからね‼︎」

ベリッと用紙を運ぼうとする俺の手をめぐみんがさせまいと全力で阻止する。

「クソ、こら離せ‼︎カエルが嫌だと言うなら何か代わりになるクエスト探して来いよ‼︎」

俺の腕を掴むめぐみんの腕をもう一つの手で引き剥がそうとする、だが相変わらず彼女の腕力は強く中々剥がれない。

「おい、ゆんゆんもめぐみんに何か言ってやってくれ」

互いの力が拮抗している以上この争いの先は見えている。なので此処は第三者に任せてしまうのが手っ取り早いだろう。

「いえ、あの私は皆さんと居られれば別にどちらでも良いのですが」

「こんな時に優柔不断になってるんじゃねえよ‼︎」

争いの間に入って欲しかったのだが、どうやら彼女では力不足らしい。

「いいから離せ‼︎スティールすんぞ‼︎」

仕方なしに強行手段の窃盗スキルの使用を仄めかす、流石にギルドのど真ん中ではクリスの一件もあってか使えないが、それでも脅し文句にはなるだろう。

「スティール?もしかして窃盗スキルの事ですか⁉︎こんな公共の場でそんなことしたら荷物のない私はスッポンポンになってしまうんですよ⁉︎よく考えてその手をしまってください」

俺の脅しが上手く作用したのかワナワナと震える。

「フヘヘへ…おいめぐみん、頭のおかしな子供から変態少女にクラスチェンジする覚悟は決まったか?」

空いている手をウネウネと動かしながらめぐみんに迫る。彼女はそれを体を逸らしながらうまく避けようとする。

「いえ、あのカズマ…よく話し合いましょう、人とは生物の中で唯一言葉を持つと言われている生き物なんですよ。それと私を頭のおかしい子なんて誰が呼んだんですか⁉︎」

めぐみん的にはスティールの脅威より名前を馬鹿にする事の方が気に触れるらしいのか、後半の語尾が強かった。

「お、おう…そうだな、でもしかしだな…カエル以外だとロクなクエストがだな」

一度放てば動けなくなるめぐみんの気持ちも分からなくは無いが、それでも俺の気持ちは変わることはない。

 

「緊急‼︎緊急‼︎冒険者の皆さんは武装態勢で街の入り口まで集まってください‼︎」

そんなこんなで揉み合っているとギルドの放送が流れる。どうやらまた厄介ごとが流れて来た様で、まだギルド内に居た冒険者達がせっせと装備を整え始める。前回のキャベツ狩りとは違いその表情は険しいものだった。

「緊急事態ってなんだ?またキャベツみたいな季節行事でもあるのか?」

「いえ、特にそう言うのはないですね。私もなんだかんだ言っても一年いるか居ないかくらいですので…」

めぐみんを押さえつけながらゆんゆんに聞くが、彼女は記憶にありませんと頬に指を当てながら記憶をなぞっている。

「取り敢えず行ってみますか?何かあるかもしれませんよ」

押さえつけられていた腕を外し、再びめぐみんは体勢を整える。

 

 

めぐみんの提案により、俺たちはできる限りの武装を行いながら街の正門前に向かう。そこには他の冒険者達が野次馬の様に集まり溢れ返っていた。

「で、結局何なんだ?」

最後尾に居た人に警報の理由を聞くと、どうやら噂で聞いた魔王軍の幹部がこの街の正門前に来ている様だ。

何でまたこんな辺境の地に?此処は駆け出し冒険者の集まるアクセルの街、特に幹部クラスの魔族が来る様な場所では無いはずだ。

「魔王軍の幹部ですか?カズマ、一目でいいので見に行きませんか?」

話を聞いていると、めぐみんが袖を引っ張りながらそう言った。彼女も魔王軍の幹部が気になるのだろうか?

「ゆんゆんも良いか?」

一応ゆんゆんにも確認する。彼女は別に皆さんが良ければと、特に反対では無いようだ。

すいません、と謝罪を繰り返しながら他の冒険者達の間を縫いながら進んでいく事数分、ようやく最前列に出ることができる。

「おお⁉︎」

表に出て魔王軍の幹部とやらの姿を見る。全身光の反射しないマッド加工の黒の鎧を身に纏い、本来あるはずの首が無く代わりに左手に自身のものだろう頭を携えていた。

「どうやら、これで大体揃った様だな。俺の名はベルディア、魔王の幹部をやらせて貰っている。今日此処にわざわざ来たのは聞きたい事があるからだ‼︎毎日毎日‼︎俺の城に爆烈魔法を打ち込んでいく頭のおかしい大馬鹿者は何処のどいつだぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

俺が来たタイミングが良かったのか、それとも何か別の理由があったのか、口を閉ざし沈黙を保っていた幹部が話を始める。

しかし、ベルディアと名乗ったデュラハンは自己紹介したと思ったら途中に怒りが抑えきれなかったのか、話の後半には叫び出した。



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デュラハン襲来

お気に入り340人超えと誤字脱字の報告ありがとう御座います。とても助かっていますm(_ _)m
デュラハン‥ベルディア編という事で暫くシリアスで行こうかと思っていますので、暫く付き合って頂けると嬉しいです。


魔王幹部ベルディアはいたくお怒りだった。めぐみんが爆烈魔法を打ち込んでいた城はどうやら奴の住んでいた城で、毎日住処が爆発される事にとうとう堪忍袋の緒がきれたらしくこうして報復しに来たのだろう。

「おい、この街に居るのは分かっているんだ、誰でもいい!そいつを此処に連れて来い‼︎」

奴の目的はめぐみんらしい、事態を荒波立てずに済ませるにはこのまま彼女を差し出せばいいのだが、何をされるか分からない以上無闇に差し出すわけにはいかない。半ば強制的に加入したとは言え彼女は俺の仲間である以上街の仲間を見捨てても助けてやりたい。

奴の発言に周囲の冒険者が騒めきだし、この街に在籍するウィザード達の名前が犯人探しの様に上がっていく。

このままだと不味いな…。

このまま行けば、街の人たちはやがてめぐみんに辿り着くだろう。そうなれば恐怖に支配された街の人達はめぐみんを厄介者の様に外に叩きだすだろう。

後ろのめぐみんに目を向けると彼女は杖を抱き締めながら俺の陰に隠れて震えていた。彼女が恐怖するのも仕方ないだろう、何時も威張っているがそれでも彼女は13歳、日本ではまだ中学生だろうしまだまだ子供なのだ。そんな子供がいきなり幹部の前に出て行くなど出来まい。

「あのカズマさん…取り敢えずめぐみんを宿屋に避難させます」

ゆんゆんはめぐみんの体を覆う様に隠す、このまま何処かに彼女を隠せればこの街に居ないと思い奴も去っていくだろう。

「違います私じゃ無いです‼︎」

そうこうしているうちに騒めきから魔女裁判に発展していき、特に何の害のないウィザードが犯人に仕立て上げられていく。このままいけば彼女が犠牲になるだろう、このまま彼女が犠牲になるのは心が痛むが、だからっと言ってめぐみんを此処で差し出すわけにはいかない。優先度を考えればこうなってしまうのは仕方がないのだ。

「あっめぐみん⁉︎」

ゆんゆんの声が聞こえたと同時に黒い影が俺の前を過ぎった。どうやらゆんゆんの制止を振り切って前に出てしまった様だ。

「なんだ小娘、俺が探しているのは爆裂魔法の使い手だ。お前見たいな子供は危ないから家で大人しくしておけ」

めぐみんが奴と相対する。しかし奴は彼女の事が眼中には無いようで、まるで子供をあやす様に優しく話しかける。魔王軍の幹部なのに根が良いのだろうか?

「我が名はめぐみん‼︎紅魔族一の魔法の使い手にして爆裂魔法を操る者‼︎おい、そこのデュラハン、あまり私を馬鹿にしないでほしい‼︎」

バサッとマントを翻しながら、彼女は決めポーズを取る。こいつは相変わらずブレないなと思いながら事態がややこしくなる前に彼女のもとに向かう。

「ほう、お前は紅魔族だったのか、成る程そのふざけた名前も頷ける」

やはり、変な名前に関する認識は人間も魔族も共通なのか、奴も紅魔族と言うワードに納得してしている。

紅魔族とはそこまでおかしな種族なのだろうか?もし機会があるなら一度行ってみたいところだ。

「つまりあの毎日行われる傍迷惑な爆裂魔法はお前の仕業だったのか?」

確認の為か再び奴はめぐみんに問いただす。

「私の名前に文句があるなら聞こうじゃないか‼︎…確かにあの爆裂魔法は私が放ったものだ、しかしお前はこの崇高な爆裂魔法を迷惑と言った‼︎その考えをこの場で改めてもらおうじゃないか‼︎」

どうやらめぐみんは恐怖で震えていたのでは無く、爆裂魔法を否定された事の怒りで震えていた様で彼女の口から聞き慣れたフレーズが聞こえ始める。

「な…なんだ⁉︎」

突如巻き起こった魔力の奔流に奴も驚いたのか背後に仰け反る。

「おいおいおーい⁉︎待てやコラ‼︎こんな所で爆裂魔法をぶっ放そうとすんなよ‼︎」

何とかギリギリ間に合いめぐみんの口を手で塞ぐ。こんな所でそんなものぶっ放されたら奴どころか俺達まで巻き込まれかねない。

口を塞がれた彼女は不満なのかバタバタと暴れ回る。何でこいつはこんなに喧嘩っ早いのか。

「ビ…ビックリした…兎に角‼︎俺の言いたい事はもう爆裂魔法を使うなと言う事だ。流石に俺もこんな低レベルの人間達に危害を加える程落ちぶれてはいないからな」

それを聞いて安心する。奴はあくまで止めに来ただけで特に復讐しに来た訳では無いらしい。奴も幹部ではあるが騎士道の様なプライドでもあるのだろうか?とにかくこの場をこのままやり過ごし、爆裂の場所を変えれば解決だ。

「嫌です」

「なんだと?」

「嫌だと言ったのです」

これにて一件落着と思っていたが、彼女はそんな事お構いなしに拒否した。それを聞いたこの場に居た人…魔族も含め全員が驚愕した。

「何言ってんだ、お前は馬鹿か⁉︎」

思わず声を荒らげる。この一つ間違えれば殺されかねない状況で、しかも奴も口頭注意で済ますなどかなり譲歩されたこの状況で一体何を口走っているのだろうか?

「私も最初は何でもよかったのですが、あの城を爆破する度に段々と…何というかあの硬さが癖になってしまいまして」

彼女は恥ずかしいそうにモジモジと体をくねらせ頬を赤く染めた。

「何故照れる、てかモジモジすんな!」

「良いでは無いですか‼︎私は意見を変えるつもりはありませんからね‼︎」

彼女も強情なのか中々意見を変えない、もう少し素直になってくれれば可愛げがあるのだが…

「考えを変える気が無いのならこちらにも考えがある」

スゥっと奴は腕を持ち上げ指をこちらに向け、ブツブツと何かを呟いたと思ったら指をめぐみんに向ける。

「貴様に死の宣告を」

「え?」

めぐみんの拍子抜けた声が聞こえた後、ドンっと彼女の姿がバグったテレビの画面の様にブレる。

「大丈夫かめぐみん⁉︎」

膝をついて呆然としている彼女に近寄る、見た感じ彼女に見た目に変化は無いことから外傷はない様だが、彼女は自分が何をされたか気づいている様で青ざめている。

「ほう、流石は紅魔の娘だな。俺に何をされたか分かっている様だな。そうだ、貴様には死の宣告をかけた、これにより貴様の寿命は残り1週間になった」

奴は満足げに頷くと踵を返し、またあの城に帰ろうと遠くに止まっていた首なし馬の方に向かおうとする。

「もしこの呪いを解除して欲しければ、あの城まで来ると良い。もし、私の部屋まで辿り着く事が出来れば解いてやろう」

フハハと高らかに笑いながら奴はのそのそと歩いていく。

俺は何も出来ずにいる自分に嫌気を感じながら、只々その背中を眺めていると、突如その背中目掛けて光の柱が振り落とされた。

「ライト・オブ・セイバー」

静かだと思っていたゆんゆんはどうやら小声で詠唱をしており、奴の死の宣告に間に合わなかったが撤退前には間に合った様で、上級魔法の光剣で奴の背後から切りかかった。

「行けゆんゆんそのまま奴を消してしまえ‼︎」

思わず声が出る。

「ぐっ…上級魔法か、しかもかなりの出力だな。しかもその目貴様も紅魔の娘か、ほうなかなかどうして…こんな街に居るのはレベルの低い雑魚だと思ったが違ったらしいな」

ゆんゆんが放った光剣は一切のブレなく一直線に奴のもとに向かって振り下ろされたが、奴はそれを難なくといつの間にか持っていた大剣で受け止める。

軽く受け止めてみせる奴に対して、ゆんゆんは上級魔法を放出し続けているためその表情は苦悶の表情に満ちて行っている。

「ゆんゆんでも駄目なのか」

正直心の何処かでゆんゆんが居ればどうにかなると思っていた。しかし、現実はそうではなく魔王軍幹部ベルディアは易々とゆんゆんの魔法を防いでいる。このままいけばジリ貧で先に彼女の魔力が尽きるだろう。

受付嬢曰く、彼女のアークウィザードとしての実力はこのアクセルの街では右に出るものはいないと言われてる。もし、彼女が何か理由があって本気を出していないのであればまだ期待が持てるが、彼女の表情がそれを否定する。

「どうした、もう1人の紅魔の娘よ‼︎貴様の力はそんなものか?」

奴は大剣を斜めにしてゆんゆんの光剣を逸らす。だがそれをゆんゆんも読んでいたのか、光剣のつば競合いの最中に次の魔法を詠唱しており、間を空けずして次の魔法が放たれる。

「ライトニング・ストライク」

奴を起点として魔法陣が現れ、そこに一筋の落雷が落とされる。

「ぬん‼︎」

奴は大剣を上に持ち上げると、それが避雷針がわりになったのか落雷の魔法がそこに着弾する。そしてそのままの体勢で大剣を構え彼女の方まで向かって行く。

「フフフ、久し振りに楽しめそうだな、紅魔の娘よ」

彼女との闘いで昔の記憶でも思い出したのか、奴のやる気はオンになってしまっている。奴にやる気を出させ城に引き込ませる前にこちらで戦闘を始めた事は僥倖だが、奴に勝つにはあまりにも戦力が不足している。せめて彼女と同じクラスの前衛が数人必要だろう。

「くっ…ライトニング‼︎」

上級魔法を弾き、再び距離を詰める奴に対して、彼女は中級魔法で距離をとろうとする。

初心者殺しの時もそうだが、上級魔法は詠唱に時間が掛かるので、こうした即興で発動するには中級魔法になってしまうそうだ。本来普通のウィザードであれば中級魔法にも詠唱は必要だが、レベルか熟練度か何かのファクターにより彼女は中級魔法を無詠唱で放つことができるそうだ。

「残念だったな、この程度の魔法なら軽く避けれるわ‼︎」

スススっと奴は走りながらそれを躱す、流石は魔王軍幹部、幾つもの歴戦を潜り抜けたのだろうその実力は、俺達の想像を遥かに上回る。

「間に合え‼︎」

気付けば俺はめぐみんを放置して彼女のもとに走り出していた。例え彼女がこの街最強のアークウィザードだったとしてもあくまで役割は後衛で、それで前衛なしで魔王軍幹部とやり合える訳は無いのだ。

めぐみんが大事ではない訳では無いが、彼女も大切な仲間なのだ。例え俺が最低職の冒険者だとしてもやれる事はやりたい、それで二度目の死を迎えてでも。

速度上昇などの支援魔法を掛けれるだけ掛けながら全力で走る間にも、彼女は中級魔法で応戦している。だが上級魔法より出力も射出速度も劣るので奴に躱される。このままでは彼女は奴に切り掛かられ俺は二人のパーティーメンバーを1日で失ってしまうだろう。

「間に合ったぁぁぁぁぁ‼︎」

彼女が奴の間合いの中に入ったと同時に俺も彼女と剣の間に割り込むことに成功する。この瞬間、クリスには感謝してもしきれないと思いながら腰の剣を引き抜きベルディアに向けるのではなく、奴の剣と俺の間に滑り込ませる。

「カ、カズマさん⁉︎」

「何だと⁉︎」

突然の割込みに2人とも驚きの声を上げる。上級者同士の戦いに俺みたいな雑魚が間に入るだなんて思ってはいなかっただろう。何の警戒もなくすんなりと近づけた。

そして俺の目論見通り奴の大剣は俺の剣に当てられる。悔しいが冒険者の俺にはそれを止め切れる程のステータスはなく、踏ん張りも虚しく彼女を巻き込みながら横に吹っ飛ばされる。

「きゃ⁉︎」

彼女の小さな悲鳴と共に地面を転がる。全身打撲で後々痛いだろうが大剣で真っ二つにされるよりは良いだろう。

「ほう、他にも勇敢な冒険者が居たのか、だが見た感じのレベルは低い様だな、悪い事は言わないお前はそこの震えている紅魔族を連れて帰ると良い」

奴から見て俺は相手にする価値の無い雑魚として判断された様で、奴は俺を一瞥すると再び彼女に視線を戻した。

だが、そこでありがとうございますと踵を返して帰るわけには行かない、このままではめぐみんの命は残り一週間のまま変わらず彼女は恐怖に怯えながら残りの時間をただ死を待つだけになってしまう。

「悪いが俺にも秘策はあるんでね…」

よっこらせ、と重たい体を起こす。後ろにいるゆんゆんも立ち上がり俺の後方に隠れる。

魔王幹部と言っても所詮はアンデッド、ならばこの魔法が適任だろう。しかし低級の退魔魔法なので効かない可能性もあるが、少なくとの足止めにはなるだろう。

「喰らえ‼︎ターンアンデッド‼︎」

「ほう」

俺の掛け声と共に奴の足元に魔法陣が展開し、奴を包む様に光の柱が立ち上がり収束する。まさかシスターから教わった魔法がこんな所で陽の目を浴びるとは思わなんだ。

しかし、本来であれば光の柱が立ち上がりアンデッドなら浄化されているのだが、奴はまるで問題なしと言わんばかりに先程と同じ様に突っ立て居た。

「何⁉︎おいゆんゆん何で効いてないんだ?やっぱりレベルが低いからか?」

確実ではないとは思ったがそれでも相手はアンデッド…多少は効果があると期待してたが、それは呆気なく裏切られ、俺は動揺しながら彼女に問いただす。

「さあ、分からないですね…私はプリーストの魔法にそこまでは詳しく無いので…」

先程まで激戦を続けていた為か、息を切らしながら彼女はそう言った。

彼女も分からない事があるのかと驚く。いや今まで聞いていたのは大体この世界での常識だったので答えられただけで、本職はアークウィザードなので他の職業の事はからっきしだろう。

「フフフ、残念だったな、俺は魔王軍幹部だぞ退魔魔法の対策くらい立てていないとでも思ったか?」

奴は自慢したかったのか親切に説明し始めた。どうやらあの鎧は魔王から授けられたもので、退魔魔法に対する効果があるらしい。つまり本来の正攻法は通じない事になり、他の弱点を見つけるか単純に威力の高い攻撃を当てるなどの泥試合を展開させないといけない事になる。

「だが、今の貴様の一撃は何故か少しだが痛かったな、低レベルの冒険者の退魔魔法が今の俺に効くとは思え無い、僅かだが貴様は女神の関係した何かが混じっているな」

どうやら俺には何かあるらしい、しかし女神と言えばあの人格破綻者くらいしか心当たりは無いがこのチートが関係しているのだろうか、それともこれとは別に何かあるのだろうか?

「ふ、このままお前達を始末するのは容易いが、俺も久しぶりに楽しませて貰ったからな…礼に明日この時間にもう一度来てやろう。その時は私も部下を引き連れてくるからな街の者達全員で向かってくるが良い、後もし詰まらん事になったら俺がわざわざ来てやった事に対しての不敬罪でこの街の住人を皆殺しにするからなハハハハハ‼︎」

奴はこの戦いで満足したのか、大剣を背負いそのまま首無し馬の方に向かって行った。

「おい待てよ‼︎まだ終わっちゃいねえぞ‼︎」

剣を再び構え奴に立ち向かう。あまり使いたく無かったが隙を見て黒炎を放てばまだ勝機があるかもしれない。まだ制御は出来ないがそれでも奴にダメージを与える事は出来るだろう。

それを聞いた奴は、はぁ、と溜息を吐きながらしまっていた大剣に手を伸ばす。

「何を勘違いしているのかわからんが、俺は見逃してやると言っているんだ」

一瞬だった。奴の大剣は俺の目視出来るスピードを遥かに上回る速度で振り下ろされ、気付けば眼前に切っ先を向けられていた。

「…っ‼︎」

動けば殺す。奴の剣先はそう告げるかの様に俺の首に迫る。

何もかもが規格外だ、先程までゆんゆんが苦戦していた理由がよく分かる。もしこれがゲームなら負けイベントだが、悲しくもこれはゲームでは無い紛れも無く現実で、負ける即ち死あるのみである。折角の黒炎も当たらなければ意味が無いのだ。

「フン!分かればいいのだ、ではさらばだ‼︎」

俺が動かない事を確認すると奴は再び首無し馬に跨り、あの城へと戻って行った。

奴の姿が見えなくなった事を確認すると、気が抜けたのかヘナヘナ膝から力が抜け地面に膝をつく。そして後ろにいた彼女が此方へと歩み寄ってきて。

「カズマさん、助けてくれてありが…」

話の途中で魔力切れを起こしたのか、バタンと彼女はそのまま地面に倒れた。無理もないあの化け物相手に一人で応戦したんだ、生きていただけでも勲章だろう。

それにあの状況で奴に立ち向かっていたら彼女は魔法を唱えられないので本当に俺達は殺されていただろう。本当に功に焦らなくて良かったと心の底から思った。

後ろを振り向くと、入り口にいた他の冒険者達は奴が帰ったタイミングだったのか、入り口には誰も居なかった。

誰も助けは無いのかとモヤモヤした気持ちでゆんゆんを拾い上げ、そのままめぐみんのもとに向かう。

「…」

死の宣告を受けた時からその場を離れずにめぐみんは自身の杖を抱き締めながら震えていた。

「おい取り敢えず帰るぞ、ここに居ても何も変わらないし意味無いと思うんだけどさ」

「…」

返事はない、何時も偉そうで騒がしい彼女がこうもだんまりだと一緒に居る此方も調子が狂う。

それも仕方ないか、彼女の寿命は奴の死の宣告により残り1週間になってしまっている。自業自得とは言えいきなりそんな事を突然言われれば誰でも言葉を失うだろう。

「ブレイクスペル」

取り合えず解除魔法を彼女に向けて放つ。この程度のレベルでは解除できないと思うが念の為に掛ける。もしかしたら何かが変わるかもしれない、奴が言うには俺には何かしらの加護があるらしい、ならこの解除魔法にも何かしらの変化があるかもしれない。

俺が唱えたと同時に彼女が淡い光に包まれる。本来であれば此処で彼女の体から呪いや状態異常が抜け出すが、やはり奴の呪いは強力なのか彼女の体から黒い影が浮き出てきて解除の光を打ち消してしまった。

「やっぱり俺じゃ無理か…」

分かっていたが、それでも実際に突きつけられると心にくるものがある。けれどもそれで大丈夫とはならない、こうしている間にも彼女の生命は一刻と死に向かっているのだ。

「すいませんでした…」

そんな俺の表情から何かを読み取ったのか、ボソッと彼女は謝罪する。表情は俯いている為よく分からないが、その声は掠れてしどろもどろだった。

「気にすんな、安心しろ奴は明日また来てくれるらしいから、その時に倒せば良いさ」

ボスッと彼女の帽子を押し付けグリグリする。

「何するんですか⁉︎この帽子はもう売って無いんですよ ‼︎それにゆんゆんが居て駄目だったのですよ‼︎無理に決まっているじゃ無いですか‼︎」

彼女は抗議する為に起き上がる。その顔はまだ悲しみに満ちていたがこのままここで腐っているよりは良いだろう。

「まだ諦めるには早いぞ、一旦ゆんゆんを寝かせたら来てもらいたい場所がある」

まだ可能性が無い訳では無いのだ。俺が駄目なのはしょうがないが、それなら他の者に頼めば良い話になる。こいう時のために人脈と言うものがある、正直あの人には頼りたく無いが背に腹は変えられない、やるしか無いのだ。

「一体それは何処でしょうか?」

それを聞いた彼女は不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。

 

 

 

 

その後ゆんゆんをめぐみんと共に宿に運ぶ。いつもなら爆裂魔法を撃ち込んだめぐみんをゆんゆんと運んでいるのだが、それが逆になるとそれはそれで違和感を覚える。

「で、ゆんゆんを運んで次は何処に行くのですか?」

若干放心状態の彼女を連れて何時もの教会に向かうと説明する。あそこには性格に難があるが腕は確かなアークプリーストが在籍している、あのプリーストならもしかしたら彼女の呪いを打ち消す事ができるかもしれない。

永遠に思える道のりを歩き教会に着くと、久し振りに入り口の大きなドアを開ける。そこには前と同じように嫌味ばかり言うアークプリーストが立っていた。

「もう来るなと言ったのですが、やはり来ましたかポンコツ冒険者よ」

彼女は澄ました表情で俺たちを迎え入れる、なんだかんだ言って彼女も神に仕える身なのだろうか、こう言う時は律儀だ。しかし言葉は汚いがな。

「やはりって何か知っているのか?」

彼女の言葉が耳に残った、やはりと言うことは事前にこうなる事を知っていたのか?それとも俺の知らない間に別の話が進んでいたのか?

「先程クリス様がいらっしゃって、そこの紅魔族の子が呪いに掛かるので解いてやってくれとおっしゃられて幾らか寄付をされていきました」

どうやらクリスが先回りして話していてくれた様で、シスターに1から話す手間が省ける。

「そうか、後でクリスに礼を言っておかないとな」

「そうですね、まああなたの場合その命をもってしても感謝しきれないでしょうがね」

彼女の嫌味は相変わらず絶好調だが、今はそれの嫌味も聞いて安心する。

では此方へ、とめぐみんを何時もの部屋へと案内し部屋の真ん中の椅子に座るように指示する。そして座っためぐみんを彼女はジーと見定めるように見つめる。

「かなり強い呪いですね、ただ見ただけでも此方にも何かしらの飛び火が飛んできそうなそんな感じです」

彼女から見ても奴の呪いは強いようで、先程までの自信も少し薄れてしまったようで言葉が弱くなっていく。

「あの…私は助かるのでしょうか?」

それを聞いて不安そうにめぐみんは彼女に問いかける。

「めぐみんさん、全ての事柄に絶対などは存在しません。なので私は絶対や完璧などそのような言葉を貴方に掛けて安心させる事は出来ません」

彼女の心情なのだろうかそれとも信念か、下手な優しさを与えてから落とすような事はしないと彼女が気休めの言葉を掛ける事は無いのだろう。

「ですが、だからと言って私は手を抜く事ありません。これはエリス様の名に懸けて頑として誓います」

彼女らプリーストに対して自身の信仰する女神の名前を出すと言う事はそれ程の事なのだろう。彼女の決意を感じる。

「では、行きますよ。少し覚悟していてください」

それから彼女はブツブツと詠唱を唱え始める。やはりアークプリーストなのか、彼女の詠唱はまるで歌でも聞いているかの様な気分を連想させる。

「セイクリッド・ブレイクスペル」

彼女が魔法を唱えると同時に、めぐみんを包むように魔法陣が展開されるとそこを起点に淡い光が現れ包み始めた。

その神々しい光景に思わず声が漏れる。だが途中からその神聖な光はめぐみんの体から現れた黒い靄により阻まれ消滅する。

「何て強さなの…」

自身の魔法が通じなかったのか、再びブレイクスペルを掛けるが全て黒い靄に阻まれる。

しかし彼女もアークプリースト、この程度では諦めず詠唱に新たな節を加えるなどの離れ業などを繰り返しながら試行錯誤する。

「御免なさい…私の手には負えないですね」

何度目だろうか長い時間続いた解除作業もやがて諦めたのか、彼女はばつが悪そうな顔でめぐみんに謝罪する。そしてその後に俺に謝罪した。

「やっぱり、彼女程の方でも無理なら私はもう駄目みたいですね…でも良いんです、これは今まで爆裂魔法にかまけて来たバチなのですよ」

めぐみんは諦めた様に上を向くと耐え切れなくなったのか、その瞳から涙が溢れる。

「ちょっと待てよ、あんたがダメなら司祭でもいい他のプリーストを呼んでくれよ。金ならここに100万エリスあるんだ、なあ頼むよ」

気づいたら俺は彼女に掴みかかっていた。自分でもこんな事をするのかと思ったが今はそんな自己分析をしている場合では無いのだ。

「すいません、今現時点でこの街に在籍しているプリーストの方の中で最もレベルが高いのは私です…こんな形で自慢と言う訳では無いのですが、私が出来なければもう他の方でも無理なんです‼︎」

それに他の場所から呼ぶにしても一週間以上かかりますと付け加えられる。

「だったらなんでも良い‼︎他も方法は無いのか?どんな汚いことでも良い、最悪犯罪に手を染めても良い‼︎その為なら何でもする…なあ頼むよ…」

ここが公共な場所だと言うこと忘れながらも叫ぶが最後には弱々しく彼女に縋り付く様に彼女に問い掛けた。ゆんゆんの時もそうだった、心の何処かで俺より優れた誰かが最後にはどうにかしてくれると本気で思っていた。しかし現実は非情でいざ本当に困ったら誰も助けてくれる事は無いのだ。

「カズマもう良いです、その気持ちだけで私は充分です」

彼女を掴んでいた腕を止める様にめぐみんが割って入る。その顔はもう諦めたのか穏やかだった。

「御免なさい、私にはその呪いを解く方法は分かりません。あるとしたら、その術者を倒すか交渉するしかないでしょう」

彼女は俺から距離を取ると、そう言いながら部屋を後にする。せめて残りの時間に悔いがない様にと、最後にそう言い残して。

「なあ、めぐみん…お前はそれで良いのか?」

部屋に二人取り残され、彼女に問いかける。

「私は誰かにそこまで思って頂けたのでもう良いのです。爆裂魔法に生きそして爆裂魔法が原因で命を失う、これがきっと私の求めた爆裂道なのですよ」

「だけどよそれじゃ…」

「カズマ‼︎私はもう良いと言いました、なのでこの話はもうお終いです。それよりもお腹が空きました、ゆんゆんは居ませんが食事にしましょう」

まるでがん患者の様な死を悟った表情で話す彼女に対して俺は諦められずに話を続けようとしたが、それは彼女の声に一喝される。

流石にこれ以上は彼女の為にはならないだろう。ここは仕方なしにと彼女の提案を受け入れる事して教会を後にした。

 

 

 

 

酒場に向かう。互いに何も話さずに中に入ると酒場では何か話し合いをしているのか人が中央に集まっていた。



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デュラハン襲来2

やっぱりめぐみんに死の宣告は不味かったですかね…。
ベルディア編も長くなりそうなので応援も願いしますm(_ _)m


酒場の中に入ると、ガヤガヤと中で作戦会議をしているのか騒がしかった。

どうやら明日この街に来る魔王幹部ベルディアの迎撃に関して意見交換を兼ねて作戦会議をしているらしい。意見交換というのも纏める人が居ない為か雑談みたいに芯の無い状態で纏まりが無く正直意味があるのかと言う感じだ。

あまり関わりたくは無かったが、今回の件はめぐみんが原因で起きた件なので罪悪感を覚え、夕食はテイクアウトして帰ろうと思ったがそれをせずに酒場の端っこに彼女と座りこの集まりの行く末を見る事にした。

「さあカズマ、ゆんゆんは居ませんが夕食にしましょう」

注文した料理が手元まで配膳されると、彼女は何処か乾いた笑みを浮かべながらいただきますと食事を始める。彼女とは違い俺は気が落ち着いていない為、その彼女とのギャップの差に調子が狂わされながら食事を始める。

グダグダと話が続いていており食事を続けながら聞き流していたが、その流れは酒場にある人物が入る事で切り替わる。

青い鎧に茶色い髪、俺の故郷に通じる顔立ちに腰に下げられた煌びやかな剣。彼を見て俺と同じ立場の人間だと直感する。多分俺よりも早くこの世界にやって来て俺以上に上手く立ち回っているのだろう。背後には槍を持ったのとダガーを持っている二人の女性を連れている。

「なあ、めぐみんはあいつのこと知っているか?」

彼が来たことで周りの空気が一変したので多分有名な人なのだろう、ならばめぐみんも知っている可能性がある。

えーと彼女は食事を一旦やめ興味なさそうに彼を視界に入れ眺めた。

「あの人との面識はありませんが、名前は確か…ミツラギでしたっけ?たまにああ言うカズマみたいな異国から来た人が居て何故か特別な武器か魔法を持っていますね。そう言った人達を我々は勇者と呼んでいます」

念のため確認したのだが、どうやらこの世界の転生者は特典を未だ使いこなせない俺とは違い、女神から貰った能力で皆成り上がっているらしい。当然といえば当然の話なんだが…なんでこう上手くいかないんだろう俺の人生。

貰うべき能力を間違えたかな、と考えているとどうやら例のミツラギが酒場の奥に進み場を仕切り始めた。

やはり勇者と呼ばれるだけあってか周りの信頼は高く、皆なんの抵抗も無く彼を受け入れベルディア迎撃の話がようやくまともな話になりだした。

「話は聞いたよ、魔王軍幹部のベルディアが明日このアクセルの街に攻めて来るそうじゃないか。でも安心して欲しい!あの魔王軍幹部はこの僕がいる限りこの街に危害が加えられないと約束しよう‼︎」

彼の宣言と共に周りの人達が活気付く。中には彼を盲信しているのか叫び声で名前を叫んでいる者までいる。ん?ミツルギって…

どうやら彼女が言った名前は違って正確にはミツルギらしい。あいつが居なかったら恥をかく所だったと胸をまで下ろし安心する。

「違うじゃねーか‼︎」

小声で彼女に抗議する。

「そんな事言われましても、私もうろ覚えだったので仕方ないじゃ無いですか。それに私は爆裂魔法以外の事に興味はありません」

キッパリと言い切る。

「それでだ、まずは状況を知りたい。誰かあのデュラハンの情報を知っている者は居るかな?」

まずは情報収集なのだろう。深く関わったのは俺達だがあの戦いを見ていた観客は他にもいるので此処は名乗りを上げなくても大丈夫だろう。

「それならそこに居る奴に聞けば良いだろう、そいつが全ての元凶なんだからよ」

たまっていた人達のうちの一人が此方を指差し、集団の目線が一気に此方に集まりなんとも言えない沈黙が生まれた。

仕方ない。いつもの平常運転時なら兎も角、今のめぐみんに説明させる訳にはいかないので代わりに説明する為に立ち上がった。

その時だった。

「この女‼︎こんな所に居やがったのか‼︎お前のせいで俺達は散々な目にあったんだぞ ‼︎」

奴の発言により、端でコソコソしていた俺達の存在に気づいたのか集団の一人、多分見た目から商人だろうか。そして、これは俺の予想だが、魔王軍幹部に狙われた街というレッテルを貼られてしまい商談などが白紙になってしまったのだろうか。その一人がめぐみんに向かって手元にあったコップの様な何かを彼女に向かって投げた。

奴の投げたコップは綺麗な放物線を描きめぐみんの頭部に激突し、頭皮を切ってしまったのか彼女の頭から血が一筋額から流れた。

「おい大丈夫か⁉︎」

とっさに椅子から立ち上がり、彼女の元にまわり血を紙ナプキンで拭き取る。

「そうだ、お前が毎日あいつの城に爆裂魔法なんか撃たなければこんな事にはならなかったんだ‼︎」

さっきの投擲がきっかけとなり、周りに居た他の人達も彼女に向かって物を投げ始める。ミツルギは奴らを静止させようと声を掛けているが周りは聞く耳を持たない。こうなってしまったらもう手がつけられない、ここは撤退と行きたいが今この席を離れて動けばいい的になりかねない。幸いにも此処は端の角席なので一方向から飛んでくるだけで済んでいる。

これ以上彼女に物が当たらない様に、防御力向上の支援魔法を掛け抱きかかえる様に庇う。ゴツゴツと背中にコップや皿等が激突する。

「大丈夫ですよ、これは私の行動が招いた結果です。カズマまで傷つく必要はありません」

俺の腕の中でスッポリと収まっている彼女は淡々とそう言った。彼女はもう諦めているのだろう、余命一週間を突き付けられ、親友を失い掛け、魔王幹部を倒すという試練を目の前にして彼女は悟りを開いたのでは無く、単に心が折れてしまい、もう何もかもどうでも良くなってしまっているのだろう。

「でもな…一応だけどなお前は俺のパーティーのメンバーである以上、俺には守る義務があるんだよ」

ビクッと彼女が反応した気がするが、この体勢だと顔が見えない。さて彼女はこのまま守るとして、この後はどうするかだ…

「もう大丈夫ですよ。私もパーティーの一員ですからね。他のメンバーに迷惑を掛けない様に考えを改めないとですね」

ふふっと彼女は笑いながら俺の手から抜け出す。幸いにも周りはミツルギの静止のお陰かもう物を投げるのを辞めて彼女の行動を眺めている。

「皆さん私の爆裂魔法で結果的に迷惑を掛けてしまい、本当にすいませんでした」

あの変にプライドが高いめぐみんが皆の前で頭を下げた。彼女の強気な性格はこの街の誰もが知っていた為か、皆驚きが隠せないのかオロオロと動揺している。

よし、この流れなら行けるだろう。人間自身の予想の範疇を超えた事が起きた時は感情がリセットされるらしい、であればこのまま話し合いに戻せば大丈夫だろうと、ミツルギにアイコンタクトを送ろうとしたその時だった。

「何がすいませんでした…だ⁉︎ふざけるな‼︎俺は謝罪が欲しいんじゃね‼︎一週間で死んじまうお前と違ってなこっちにはこれから先があるんだよ‼︎」

ビュンと奴が持っていた鉄の様な硬いコップが頭を下げて無防備なめぐみんに激突し、彼女はそのまま膝をつきぶつかった頭を抑え蹲った。

「テメェ‼︎ふざけんじゃねぞ‼︎」

プツンと俺の中で何かが弾けた。奴の気持ちも分からなくもないし、アルコールで酔っ払っての行動だとも理解できる。だが、だからといってここまでしていい理由にはならないだろう。

彼女にヒールを掛け、腰の剣を抜き奴に向かって摑みかろうと前に進む。

「ま…待ってくだ…さい、私は大丈夫…ですから…」

彼女が痛みで震えながら、俺を止めようと手を伸ばすが、それが俺に届くことはなく。

「なんだお前やる気か⁉︎いいのか?冒険者が俺みたいな街の住民に手を出してもいいと思っているのか‼︎」

まさか向かってくるとは思わなかったのだろうか、奴は腰を抜かしながら俺から逃げようとうしている。

「どうでもいい」

「なんだと‼︎」

「もうなんだっていいって言ってんだよ」

この世界の法律がどんなものなのかは知ったこっちゃねぇ、今は彼女の覚悟を踏みにじったこいつをどうにかしてしまわないと、気が狂ってしまいそうだ。

後ろのテーブルに引っかかったのか、奴はそれ以上後ろに退がれずに困惑する。

「くそ‼︎来るな‼︎こっちくんじゃねえ‼︎おい誰か居ねえのか、ここは冒険者の集まるギルドじゃないのか‼︎」

人望が無いのか、それとも先程の自身の行った行為言動に対して皆思う事があったのか誰も俺を止めるものは現れず、奴の前に相対する。

異世界でも人間は変わらないんだなと、ぼんやり思いながら奴を蹴り飛ばし、持っていた剣を振り上げる。

「やめ…やめろ‼︎」

「じゃあな、あの世でまた会おうぜ」

逃げない様に奴の足を踏みつけ、そのまま剣を振り落とした。

「あ?」

しかし、俺の剣は奴に当たることはなく、光輝く魔剣とやらに止められる。

そう、ミツルギが間に入って割ってきたのだ。そして奴は気絶したのか、ピクピクとミツルギの後方で痙攣をしている。

「おい退けよ、偽善者」

一度後ろに下がり体勢を立て直す。ここまで来て引いてしまっては、ただでさえクライシス気味な俺のプライドと今後のめぐみんの立場に関わってくる。

「一旦落ち着きなよ、頭に血が登るのは分かるがここは引いて欲しい」

ミツルギは剣を鞘に収め俺に対して敵意が無いことをアピールし頭を下げた。

確かにここは彼が顔を立ててくれた事に感謝して引くべきだが、それでは俺の気が治らない。俺のパーティーメンバーに危害を加えておいてのうのうと生きている事が今の俺にはどうしても許せなかった。

「うるせえ、退けって言っているんだ」

彼の言う通り頭に血が上っていてまともな判断が出来ていないのも理解している。それでも奴の行為は俺の中では許されるものでは無いのだ。

「分かった、じゃあこうしよう」

ミツルギは頭をあげるとキッと此方を真剣な眼差しで見ると

「僕が代わりに君と戦おう。もし君が勝つ事が出来たらこの人を好きにするといい、だがもし君が負けたらここは潔く退いてくれるかな」

そのミツルギの言葉に反応してか、周りの皆が騒めきながら椅子やテーブルを退かしていき、決闘用なのかサークル状にスペースが作られていく。

「良いだろう、でどうすんだ?木刀でチャンバラでもやるのか?」

剣を鞘にしまい、彼に向き直る。

「いや、このままで行こう」

俺を殺す気なのかそれとも余程の自身があるのか、一切のルールなしのガチ試合を申し込んでくる。

互いに一定の距離を取り向き合う。奴は魔剣を構え、俺は魔法剣を構える。先程剣を受けとめられた感触からただの剣で無いのは明らかだ。奴の魔剣はランクで言えば彼の魔剣と比べ天と地ほどの差があるだろう。

先程まで周りに居た人達も巻き込まれたく無いのか、距離をとって遠くから此方を観戦している。

「で、何をもって勝ちになるんだよ」

勝負である以上それにはルールが伴う、もしルールがなければそれはもう殺し合いでしか無い。

「相手が参ったって言うか気絶したり戦闘不能になったら勝利でいいかな」

「逆に禁止事項とかあるのか、後から反則とか言われたく無いんでね」

「特に反則とかは無いよ、君は冒険者だっけ?魔法が使えるんだった使って貰っても僕は構わないよ」

やはりチート持ち、レベルも高いのだろうか物凄い自信だ。最初はいい奴だと思っていたが少しナルが入ってるのも相まってか飛んだキザ野郎になってやがる。後ろに侍らせている如何にもミツルギ様と崇高している女達がその証拠だ。

「なあ、ミツルギお前少し勘違いしていないか?」

周りには聞こえないくらいのボリュームで彼に話かける。

「何かってなんだい?悪いけど僕が君の話術で油断でもすると思っているのかい?だとしたら諦めたほうがいい、これでも僕は君の様な言葉で動揺を誘ってくる様な人と何人か戦った事があってねえ」

後半自慢話が始まったので取り敢えず重要な部分を除き聞き流し、話終わるのを待つ。

「そう言う事じゃない、お前がその剣を貰った様に俺にも特典があるんだよ、お前の事だ俺が何処から来たのかわかっているんだろ?」

腕を前に突き出し、彼を脅す様にポーズを取る。

「そうかやはり君も日本から来たのか、どうりで懐かしい感じがするわけだ。だけどね、もしそれで強い特典を貰ったなら君は何故未だにこの街で燻っているんだい?他の人にも数人会った事はあるけど、この街には皆数日で見切りをつけてよその街に出て行っているよ。これは僕の予想だけど大方君はお金か何かを選んだんじゃないかな、君の仲間の料理を見ると随分と高い料理を頼んでいる様じゃないか」

黙っておけばペラペラと喋りやがって、勝手に想像して勝手に悦に浸ってるんじゃねぇよ

「へぇ、そう思えばそうなんだろうな。お前の中ではな‼︎」

スタートの合図はハンデなのか俺から自由に始めていいそうで、なら遠慮なくとミツルギの懐に腕を突き出す。彼はそれを俺が貰った特典の能力を発動させると思ったのか魔剣を盾にし様子見に入る。自信満々そうだったが、やはり自身の心の中では自分の仮説が正しいかどうか結果を出せずに按配で防御の手段を選んだ。

ニヤリと内心ほくそ笑みながら、俺はスキルを発動させる。

「スティィィィィィーーール‼︎」

周りとミツルギの口から「え⁉︎」と声が漏れた後、俺の手からスキル発動の淡い光が放たれ、その後ズシリと重たい感触が手に伝わる。

「な、何だって⁉︎」

右手には彼の持っていた魔剣が握られていた。何回かトライアンドエラーを繰り返すかと思っていたのだが、俺の幸運値が高かった事が幸いしたのか一発で窃盗する事に成功した。

「ちょっと待て、これは流石n…」

「えい」

動揺するミツルギの頭に容赦なく魔剣の腹で叩きつける。ゴンと小気味良い音と共に彼が前のめりに崩れ落ちる。顔が見えなくなるのが嫌なのか、それとも室内からなのか兜を被っていなかったあいつが悪いのだ。

「えぇ…」

周りはあまりの展開について行けていないのか、唖然と俺達を眺めたまま硬直している。さてこれからどうしたものか、そう言えばだがこの話し合いを仕切っていたのは彼だった事を今更思い出す。だったら剣を奪った時に脅しておけば良かったと後悔するがもう後の祭りである。

そう言えばめぐみんはどうなったのだろうか、頭に血が上っていたのでヒールを掛けてから覚えていないが…と思い彼女の方を見るとお前ならやると思ったよと言いたげに此方を呆れた様に一人長椅子に座りながら眺めていた。ひとまず彼女が無事な事を確認し安心したのかそれとも色々間が挟まってどうでも良くなったのか、先程の怒りもすっかり収まっていた。

このままだと話が進まなくなるので、取り敢えず彼にヒールを掛け目を覚まさせる為に体を揺さぶろうとしゃがんだ瞬間、ガラスの割れる音と共にいきなり後頭部に激痛が走り視界がグニャリと歪んだ。

「な…何だ…何が起き…た?」

揺れる視界に、響く後頭部の鈍痛、それらを無視しながら状況を把握しょうと周りを見る。まずめぐみんは心配そうに此方に駆け寄ってきている、そして後ろに誰かの気配がする。

何とか後ろを振り向くと先程のミツルギの取り巻きの多分戦士職が俺の後方に立ち、手には割れたビール瓶の様なシュワシュワの容器が握られている、恐らく彼女が犯人だろう。

「私はこんなの認……な……、こんな…卑…よ‼︎」

何とかめぐみんにキャッチされたのか、女の子の特有の柔らかい感触が体に伝わってくる。クソ‼︎こんな状況じゃなければ楽しめたのにと後悔しながら俺の意識は深い沼に沈み込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ‼︎」

目が覚め飛び上がる。本来ならば気を失う直前の事はボヤけていて思い出すのに時間が掛かるが、危機的状況で緊張しているのか昨日の状況は鮮明に覚えている。

あの後、そのままギルドで寝かせられていたのか、昨日と変わらない状態なので、ベンチでタオルケットを掛けられた状況で横にされていた様だ。

外をギルドの窓から眺めると、すっかり夜は開けてしまい朝を迎えていた。

「あら、起きましたか」

コトンと、俺の前に水の入ったコップが置かれる。顔を上げると受付のお姉さんが気を利かせてくれた様だ。

「ありがとうございます」

お礼を言い、コップの水を飲み干す。そのお陰か少し残っていた頭の靄が晴れていき思考がクリアになっていく。

「ところで今は何時頃ですか?後、他の冒険者達は何処に向かったんですか?」

取り敢えずの現状確認。どうやら時刻は正午手前で、昨日あの後俺が倒れた後に回復魔法が効いてきたのかミツルギが目を覚まし作戦会議を再開したらしい。途中目が覚めたゆんゆんが加わりおおよそのベルディア討伐の道筋を立て解散し、本日つい先程まで此処で作戦会議を始め、手順や役割分担を再確認していたらしい。

何で起きなかったのかと、誰も起こしてくれなかったんだと思いながら自己嫌悪に陥る。

「で、カズマさんはどうされますか?」

「どうするって…」

あのミツルギの事だ、書き置きやお姉さんに伝言がない事から俺の事は恐らく作戦には入れていないだろう。俺が起こされなかったのが何よりの証拠だ。

「何もやる事が無いのでしたら、めぐみんさんの側に居てあげて下さい。今日の朝からだいぶ調子が悪いみたいで、いつも居るゆんゆんさんも今日は皆さんと外に出られてしまったので、今仮眠室で休んで貰っているんです」

どうやらめぐみんは作戦に参加せず仮眠室で座っているらしい。大方作戦から外されたのだろう、めぐみんの魔法は威力は凄まじいが、その分効果範囲も凄まじく今回みたいなレイド戦の様な戦いには向いていない。

こういった場合に輝くのはゆんゆんだろう、本来ならこう言った事には参加しないのだが、めぐみんの命がかかっている為気持ちを押し殺して参加したのだろう。

「わかりました、でも女子の所に入って大丈夫でしょうか?」

念のため確認すると、今は冒険者が出払っているので特別に解放してくれているそうだ。多分だが彼女の死の宣告の事知っての気遣いだろう。

そうですかと、お姉さんにコップを返しお礼を伝えるとそのまま仮眠室に向かった。

 

 

「おーい入るぞ」

扉を開けて中に入ると、ベットに座った彼女が杖を抱き締めながら小刻みに震えてていた。

「あぁ…カズマですか…すいません。昨日は大丈夫だったのですが、いざこうして自分が死に向かっていくと考えると震えが止まらないんです。」

昨日は偉そうな事言ってしまいましたね、と付け足し、当てもなくただ縋り付く様に杖に再び抱き着く。

漫画とかでは此処で主人公がカッコいい事を言いながら彼女を慰めるところだが、いざ自分がその場に立つと何も掛ける言葉が浮かんでこなかった。そしてこの状況で何も出来ない自分自身に腹が立った。

「なあ、めぐみ…」

だけど、何も話し掛けない訳にもいかないので、声を掛けようとしたが。

「すいません、カズマがこうして様子を店に来てくれて嬉しかったです、けど今は一人にして下さい」

彼女から帰ってきたのは拒絶だった。しかし、声のトーンからして心の奥底から拒絶している訳では無い様だ。

後が無いとはいえ彼女にもプライドがあって、恥ずかしい所を見られたく無いのだろうか。このまま居ても気まずいだけなので一度部屋を後にする。

「悪い邪魔したな、また来るよ」

取り敢えず彼女に見捨てては居ないと遠回しに伝え部屋を後にして、ギルドの外に出る。外の天気は俺の今の気持ちとは正反対の快晴で、まるで俺の苦悩をあざ笑っている様な日差しだった。

「いえ、お気遣いありがとうございます…」

部屋を出る時の彼女の消え入りそうな彼女の声が頭から抜けない。

 

 

ギルドの外に備え付けられているベンチに座り溜息を吐いた。まだベルディアの指定の時までは時間が余っている、このままめぐみんのそばに居てやるか、それとも今からでも作戦に加わり雑魚討伐の露払いでもしようかと思考を巡らせる。

このままめぐみんを残して行くのは憚れるが、かと言って皆にベルディアの討伐を任せっきりにするのも申し訳ない。どちらを選んでも後悔しそうな選択肢に悩み続ける。

「君はこんな所で何やってるの?」

そんな俺を見かねたのか、クリスが俺の目の前に現れた。

「何でクリスが?冒険者は皆外に行ったんじゃ…」

受付のお姉さん曰くだが、冒険者の皆総出でベルディア迎撃に向かうと聞いている、彼女の職は盗賊だが戦闘力は俺の何倍もあるだろうからこの街の連中から比べたら即戦力なので引き入れない事はないだろう。

「ああ、それね。そうなんだよねー、だから私はこれから仕事が忙しくなるから先に抜け出してきたんだよ。そしたら君を見つけた訳、君こそ私より行った方が良いんじゃない?」

仕事が忙しくなるとは一体なんだろいうか?彼女は冒険者の他にも何か職業でもあるのだろうか?

「いや、俺はめぐみんの面倒見るために待機だよ」

はあと呆れた様に彼女に告げる。口にしてしまった以上考えを変えて街の外に出る選択肢は消えた。でもこれで良いのかもしれない、俺みたいな搦め手でしか相手を倒せない冒険者職はめぐみん同様レイドにはむいていないのだ。

「面倒をみる?それは本気で言っているの?」

ムッと彼女は表情を強張らせて俺に詰め寄る。今まで笑顔と羞恥に悶えた表情しか見ていなかった為か、より一層迫力を感じる。今まで笑顔でいた人が急に怒り出した時のギャップで一層強く感じるというのもあながち嘘ではない様だ。

「ああそうだよ、クリスは知らないと思うけどな…めぐみんはデュラハンの死の宣告で残り後6日しかないんだよ」

今の彼女を放って置いて一人役に立つかどうかも分からない戦場に行く訳には行かない。

「だから何?」

「何って…」

クリスは、それがどうしたのかと言いたげに俺の言葉を切り捨てた。

「君はそれで良いと思っている訳?さっきからウダウダと良い加減にしなよ‼︎」

バチンと何かを引っ叩く音がしたと同時に俺の顔面に衝撃が走る、どうやらクリスが俺の頬を思いっきりビンタした様だ。

「めぐみんの面倒を見る⁉︎何それ?私はそんな言い訳を聞きにきたんじゃ無いんだよ‼︎何時も言ってたよね大事な仲間だって、その仲間を救う方法が目の前にあるのに君はそれを指を咥えて見ているっていうの⁉︎それに…それじゃあ、もう一人の仲間の子はどうなるのさ‼︎彼女は今その子を守る為に戦いを始めようとしているんだよ‼︎確かに君より強いかも知れない…けど、それでも彼女には君が必要な筈だよ」

突然頬を引っ叩かれ、呆然としている俺の胸ぐらを彼女は掴みそのまま引き寄せられる。

「だけどさ…あっちにはミツルギが居るんだ」

そう、俺よりは強いであろう魔剣使いミツルギ、悔しいが試合で勝てても殺し合いではあいつの方が強いだろう、レベルも俺の何倍も上らしい。ゆんゆんの前衛に必要なのは俺よりも丈夫なああ言う奴なのだろう。

「そう…まだ君は逃げるんだ…なら良い事教えてあげるよ。あの魔剣使いの少年はベルディアには勝てないよ、絶対にね。」

「何でさ、あいつは最強の魔剣使いで高レベルの勇者なんだろ?」

「だからだよ、あの子は最強の魔剣を手に入れてしまったが為に、ただそれだけの勇者になってしまったんだよ。君とは違ってね」

「どういう事なんだ…」

あのミツルギでも勝てない?確かに俺の搦め手には見事はまってミツルギは無様に敗北した、しかしベルディアが搦め手を使うとは思えない、昨日相対したがあいつは正々堂々俺達を殺しに来た筈だ。

「ねえ、君さ…そろそろ気付きなよ」

スッと俺の頬にクリスの手が添えられる、その時の彼女は何時もの子供っぽい無邪気な表情では無く、何処か現実離れした天使の様な神秘的な何かを纏った悲しい様な優しい様な…そんな表情だった。

気づけば頬に涙が伝っている。

「何も失いたく無いのなら君は動くべきなんだよ。このままだと君は2人とも失ってしまうよ」

その通りだった。俺は動くのが怖かったのだ。弱っためぐみんと自身のレベルを言い訳にこの戦いから逃げたかったのだ。

街の外だろうか、大きな衝撃や爆発音が響いてくる。多分ベルディアがこの街に再来し、約束通り戦い来たのだろう。

ゆんゆんは一度負けたと言うのに再び立ち向かっている。それに対して俺は、こうして安全な場所で呑気に心配している素振りをして戦わない理由を探していたのだ。そしてあの夜に気を遣わされて起こされなかった事に拗ねていたのかも知れない。

俺は大馬鹿野郎だ、彼女の言った事が正しければめぐみんどころかゆんゆんまで失ってしまう。俺がここまで生きて来れたのはゆんゆんのおかげだと言うのに。

彼女は言いたい事を言い切ったのか、俺の頬から手を離し後ろに下がった。

「ありがとうクリス、お陰で目が覚めたよ」

彼女に背を向け涙を拭く。流石に彼女に泣き顔を見せるのは忍びない。

「そう、それは良かった。私もきた甲斐があったよ」

後ろで彼女は照れているのか恥ずかしそうな声が聞こえる。

「じゃあ、俺行くか……あれ?」

振り向くと、其処に彼女は居なかった。帰ったにしては後ろ姿も見えないし感知のスキルも反応しない。

どう言う事なのだろうかと思ったが、探すには時間の余裕がない。彼女の礼は後にして今はこっちを優先にしなければ。

 

 

その後、受付のお姉さんに話を通し、再び仮眠室に入る。

中には先程と変わらずにめぐみんが杖片手に震えていた。

「おいめぐみん、震えている時間は終わりだ。反撃と行こうじゃねえか」

ドアを叩きつける様に開き、震える彼女に言い放つ。ミツルギが勝てない以上こちらも頭を使わなければ行けないのだろう。そしてそれには彼女の協力が必要になる。

「何を言っているのですか?カズマもよく言ってたじゃないですか、私の爆裂魔法は大人数での戦いでは味方を巻き込むので使うなと」

彼女も先程までの俺と同じ気持ちなのだろう。

「いや、俺にいい考えがある。なあめぐみん俺に協力してくれないか?たまにはゆんゆんを見返してやろうぜ」

我ながら随分な誘い文句だなとつくづく思う。けど仕方がない、これが俺の精一杯なのだから。

「ふっ、なんだかカズマを見てると、色々考えていた私がバカらしく感じますね…いいでしょう、ゆんゆんを見返すと言う事の意味はよく分かりませんが、私の爆裂魔法が必要なら手を貸す契約でしたからね」

俺の表情を見て何かを察したのか、彼女は呆れた様に笑いながら立ち上がり、先程差し出した俺の手を取る。その手には先程とは違い一切の震えは無かった。

「ああ、行こうぜ‼︎あのナルシスト達に目に物見せてやろうぜ‼︎」




書き終えて気付いたのですがゆんゆんが居ない…次回から出番増やしますのでご容赦下さい…。


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デュラハン襲来3

お気に入り400超えありがとうございます。
ベルディア編も書いて見たら長くなってしまいましたので気長にお読み下さいm(__)m


全身に支援魔法を掛けれるだけ掛け、めぐみんを背負うとそのまま街の外へと向かった。

爆発音が響いてからそれなりに時間が経っている、このまま2人で歩いていけば間に合わなくなる。ならば支援魔法を掛けた状態で全力疾走した方が結果的に早くなるだろう。幸いにも彼女を背負いながら走る事はいつもの日課で慣れている。

ギルドから街の入り口まで走る。

「凄いですねカズマ、いつも帰りはこれでお願いします‼︎」

風を浴びながら彼女はジェットコースターにでも乗っている様な感想を述べる。

「ふざけんな‼︎街に戻るだけで魔力を消費してたまるか‼︎それにゆんゆんが置いてきぼりになるだろうが‼︎」

後ろに吹き飛びそうな彼女の足を押さえながら走り続ける、街の外までは歩けばそれなりに時間が掛かるが、支援魔法を掛けて走ればあっという間に外に辿り着く。

門に近づく頃には外の様子が見える。走りながらなので視界がブレブレで分かりづらいが戦いはまだ続いている様だ。

しかし、状況は芳しくは無い様だ。見た感じゆんゆんは既に魔力切れなのか動けずに地べたに這いつくばっており、現在は前衛のミツルギと後衛にその他有象無象のウィザード達が中級魔法で応戦している状態になっている。他の戦士などの冒険者達は後方にてプリースト達の回復魔法を受け療養しており、回復次第応戦に向かっては下がっての繰り返しになっている。

魔剣持ちであるミツルギですら俺から見ても遊ばれている様に見える。どうやらクリスが言っていた事は本当だった様だ。クリスのトレーニングを受け続けて何とか分かる領域だが、ミツルギの弱点、それは単純な実力不足だ。彼は初期から魔剣を女神から授けられ、その剣に見合った膂力を与えられる。つまりは最初からステータスは最強でどんな敵をもそのチートでゴリ押して来たのだろう、途中苦難があった事も考慮してもその魔剣に頼ってきた事に変わりは無い。しかし今回の敵は魔王軍幹部、恐らくだが自身の実力だけでここまでのし上がって来たのだろう、彼との違いはそこにある。ベルディアはゼロから始めたのなら、途中自分より格上の相手との戦闘も経験している筈でその対処法も備えているであろう。なのでミツルギがどんな力を持とうと魔王軍幹部ベルディアからすれば当たらなければ良いだけの話になる。

彼の攻撃は物の見事にベルディアに躱し去なされる。逆に攻められれば彼は必死に受け止めるだけである。それでも周りのウィザード達のサポートによりベルディアの追撃を抑えて何とか現状を保っている様だ。

「めぐみん‼︎そろそろ着くから魔法撃てる様に待機しておけ‼︎」

「わかりました。ですが舌を噛みたくないのであまり揺らさない様にお願いします」

背負っているめぐみんが詠唱準備に入る。ミツルギ達が優勢なら良かったのだが、実際には劣勢に立たされている。このまま闇雲に突っ込んでも奴に八つ裂きにされて終わるだけだ、ならこうして脅し程度に彼女の爆裂魔法を発動待機にしておいた方が奴も躊躇するだろう。

「飛ぶぞ‼︎舌噛むなよ」

入り口には倒れている人達が療養の為横になっていたのでそれを飛び越える。支援魔法を掛けての跳躍は普段の俺のジャンプからは想像出来ない程高く人達の海を一っ飛びした。

 

 

 

 

 

ミツルギの剣が上空に弾かれ体は後ろに弾かれ、彼の表情は絶望の色を見せる、反対に奴は勝利の笑みを浮かべているだろう、そして周りの冒険者は次ば自分の番だと恐怖に怯える。

さてここから何しようかとベルディアは大剣を丸腰のミツルギに向けたタイミングで2人の間に割り込む事に成功する。

「「何⁉︎」」

間に入った事に驚愕の声を上げた2人だったが、ベルディアは直ぐさまその状況に気づいた。

「貴様、こんな所でそんなものをぶちかまそうと言うんじゃ無いだろうな。だとしたら貴様らの頭は狂ってるとしか言いようが無いぞ⁉︎」

爆裂魔法の発動待機状態であるめぐみんを見据えながら奴は警戒心を露わにする。退魔魔法同様に例え耐性があったとしてもこの距離からの爆裂魔法を受けては奴もタダでは済まないだろう。

「ああ、確かにこんな所でこんな物をぶっ放したら俺達はお終いだな!だけどお前もタダでは済まない筈だ」

めぐみんを背中から降ろし奴の間合いから出るように後方へと押す。彼女は魔法発動待機状態を維持しながらで俺に従い後ろに下がる。

「確かに流石の俺もタダでは済まないだろう、俺を倒す事が目的ならこんな自爆みたいな事はせず遠くから仲間ごと吹き飛ばせば良いだけだろうに。なのにわざわざこんな何も意味のない事をすると言うんだ、何か目的があるんだろう、貴様の要件を聞こうか」

流石は魔王幹部、この数回の行動で俺の意図を見抜いた。

「俺の目的はただ一つだけ、ベルディアお前はこのまま俺達を見逃し、城へと帰るんだ」

「ほう」

奴は俺の要求を聴くと、まるで見定める様な目線で俺を眺め顎に手を当てた。首から上がない状態で顎に手を当てると言うのはなかなかにシュールな光景だが笑うわけにはいかない。

「この俺に引けと言うのか?別に構わないが良いのか?そこの紅魔族のガキを助けられる絶好の機会をこうして自ら捨てる様な物だぞ」

確かに奴の言う通り、このまま奴を城に返すと言う事はわざわざ与えられたチャンスをみずみず捨てる様なものだろう。しかしこのまま戦えば俺達に待ち受けるのは全滅と言う2文字である。

「ああ別に構わねよ、むしろ逆に俺はいつでもここに居るから何かあった時はここに来いよ」

奴の発言に挑発で返す。奴は呆れた様に溜息を吐くと。

「ふん、威勢だけは1人前だな、良いだろう貴様に免じてここは引いてやろう」

勝者の余裕と言うやつだろう、どちらにしろ彼女の呪いを解くには奴の討伐が必須になる以上奴は焦る必要は無いのだ。踵を返して奴は城へと戻っていった。

「ふぅ」

奴が見えなくなり一安心したのか気が抜ける。取り敢えずの危機は去り、この状況は何とか改善する事ができた。問題はこの後如何するかだ。

「カズマ‼︎話が違うじゃ無いですか‼︎あの魔王軍幹部に爆裂魔法をぶち当てるのでは無かったのですか‼︎」

後方に待機させていためぐみんが不満そうに俺に食い掛かる。そう言えばそんな事を流れで言ったことを思い出した。

「ちょっと待ちなさいよ‼︎こんな所で爆裂魔法を放とうとしていたの⁉︎正気なの⁉︎」

先程までグッタリしていたゆんゆんが回復したのかめぐみんに突っかかり揺さぶる。だがめぐみんは知らん顔で目を逸らす。

「私何の為に頑張ってたのよ…」

やがて落ち込んだ様に崩れ落ちる。ここまで止めにきた彼女だがどうやら本当に限界だった様だ。

「で、未だ待機状態の爆裂魔法はどうしますか?」

めぐみんはそう言いながら杖の先端に顕在化している、臨界点ギリギリの爆裂魔法の種の様な魔力塊を俺に見せる。これが諸悪の根源かと思いながらその魔力塊を覗くと中で小さな光が何重にも重なり小さなプラネタリウムの様だった。

「お…おい、それ何とかならないのか?元の魔力に還元とかさ」

「出来ません」

「…マジか?」

「マジです」

キリッと此方を見つめるめぐみん、この状態をキープしているのも案外辛いらしく早く決めて欲しいと判断を急かす。

「仕方ない、そこら辺の何も無い辺りにでも放ってくれ」

適当に離れた草原を指差す。ここなら特に燃え移る物もないだろうし大丈夫だろう。

「おーい、みんなー‼︎疲れている所悪いんだけど、うちの連れが一発かますから耳塞いでくれ‼︎」

大声で疲れてグッタリしている者達に声を掛ける。

「何?あの爆裂魔法をかい?こんな所でそんなものを放ったら…」

「‥何だって?」

俺の注意勧告を聞いたミツルギが何かあるような意味深なセリフを言おうとするがそれは途中で爆音によりかき消されてしまう。

 

「エクスプロージョン‼︎」

爆裂魔法の発動により爆音と爆風が辺りを吹き飛ばそうとする。それを皆最後の力で踏ん張って耐えきる。

「ふぅ…やはり爆裂魔法は最高…です」

彼女はそう言い残しゆんゆんと同様にバタンとその場に倒れる。

「朝はあんなに震えていたのに何でこうなるのよ…」

自分と同様に倒れためぐみんを横目に眺めながらゆんゆんは溜息混じりにそう言った。

「はぁ、これからこの2人を運ぶのか…」

「「あっ宜しくお願いします」」

俺の呆れた様な発言に反応してか、2人の声が下から重なって聞こえてくる。ゆんゆんも倒れた時用にキャスター付きの荷台でも作るかと本気で悩む。

「ふ…くっ…」

そんなこんなでどうやって2人を運ぼうか考えていると、ミツルギが魔剣を拾い上げそれを杖にして立ち上がる。

「どうした?疲れてるんだから休んどけよ」

一応応急措置の為にミツルギのいヒールを掛ける。

「く…すまない感謝する。それよりも君達は何てことをしてくれたんだ…」

「あ?何言ってんだ?俺が居なかったら今頃どうなってたと思ってるんだ?」

不満を言うミツルギに向かってメンチを切る。

「違う…その件については正直助かったと思っている、流石にあそこまで攻撃を読まれると僕も思ってはいなかったからね」

「違うんだったら一体何のことを言っているんだ?」

どうやらミツルギが怒っているのはベルディアとの戦いに割り込んだ事では無いらしい。ならば一体何の事を指しているのだろうか?

「見てみるといい」

そう言いミツルギが先程爆裂魔法が放たれて出来たクレーター周辺を指差した。

「何だよ、何も起きて無いじゃ…何だと⁉︎」

クレーターの周囲からまるで火山の噴火のように突然土が盛りあがりだしたと思ったら。

 

そこからカエルが現れたのだ。

 

「おいミツルギ‼︎何でそれを早く言わなかったんだよ⁉︎言ってくれたら他に考えようがあったてのによ‼︎」

ギャーギャーミツルギに突っかかるがそれは全て後の祭り、何故こうなったよりもこれからそうするのかを考えるべきなのだ。

「そんなこと言われても忠告する前に君の所のウィザードが魔法を放ったんじゃないか」

ミツルギは不満そうな表情を浮かべ魔剣を構える。まだよろけているがカエルを倒すには充分だと言うように前に進んでいく。

「仕方ない、後はあいつに任せて俺達は…あれ?」

後ろを振り向き彼女達に話しかけようとするが、そこに彼女達の姿は既になく。

「おーい何処行ったんだ?」

周りを見渡そうと顔を上げようとする時にベチャベチャと横で音が聞こえる。嫌な予感が的中しない様に心で祈りながらその発音元に目を向ける。

そこには既にカエルとそれに飲み込みかけられた彼女達の足が見えた。

「って、既に食われてんのかよ⁉︎」

腰から剣を引き抜きカエル達に飛びかかる。幸い食事中だった為、動かなかったのでそこまで苦戦することなく駆逐する。他はどうなっているのか眺めると流石は魔剣持ち、カエルなど恐れるに足らずとあっという間に倒してしまっていた。今現在は残りのメンバーを街まで誘導している。

「あっちは大丈夫そうだな、でお前らは大丈夫か?」

カエルの粘液に塗れた彼女達に声を掛ける。2人とも魔力を使い果たしているので動き出せずモゾモゾと蠢いている。

「まさかここに来てカエルに食べられるだなんて…これも全てめぐみんのせいよ…」

ゆんゆんはカエルに食べられ掛けるのは初めてなのか半泣き状態でめぐみんに不条理だと嘆きをぶつける。

「流石の私もまさか爆音でこんなに沢山の個体が出てくるだなんて思いもしませんでしたよ。けどあの状況でこうする以外に方法は無いでは無いですか?むしろこの程度で済んだのですから、むしろ感謝して欲しいくらいですよ」

そう言えばめぐみんはカエルに捕食され掛けるのは2回目だったな。それで慣れていたのか彼女は何時もの様に悪態をついている。

はあ…この2人をこれから運ぶのか…機会があったらピュリフィケーションでも覚えようかと流石に今回は思う。

「ではカズマこのまま銭湯まで宜しくお願いします」

粘液で滑り易くなったのかめぐみんが地を這ってこちらに向かってくる。それを足を使ってうまく弾いているとゆんゆんが申し訳そうに。

「あの…私のポケットにマナタイトがありますので使ってください、中級魔法は使えませんが支援魔法を掛ける位には代わりになると思います」

取り出す気力はないのか右のポケットですと俺に指示する。女の子のポケットに腕を突っ込むのは気がひけるが、このまま引きずって街まで帰るよりはマシなのだろう。

「悪いなゆんゆん、手を突っ込むぞ」

「…はい、お願いします」

彼女の元に近寄り座ると、彼女のスカートのポケットに手を突っ込む。なるべく内側に行かない様に大腿部の外側に沿って手を進めていくと固い感触に触れる。途中くすぐったいのか艶かしい声を発する彼女にドキドキしながら確認する。

「これでいいのか?よければ引き抜くけど」

「はい、大丈夫です…んっ、早くお願いします」

「へへ、変な声出すなよ⁉︎」

大丈夫そうなので、そのままその硬いものを引き抜く。どうやら引き抜いたものは予想外の物ではなく、ちゃんとしたマナタイトと呼ばれる小さな鉱石だった。

マナタイトを手に持ちながら支援魔法を再び自身に掛ける。掛け終わったと同時に手に持っていたマナタイトが消失する。彼女が言ったようにマナタイトは魔法に必要な魔力を肩代わりしてくれるらしいがこのように使用してしまえば消えてしまう使い切りの代物になる。

「うえ…触りたくない…」

「そんな事言わないでお願いします…このまま放置は流石に嫌ですよ」

カエルの粘液でベチャベチャになっている彼女らを両脇に抱える。幸い支援魔法を掛けているお陰か難なく2人を運べたがカエル独特の生臭さがどうも馴染まない。

「カズマどうしたのです?先程の速さは何処にいったのですか‼︎」

なるべく粘液が服に移らないようにゆっくり歩いていると、先程の疾走が癖になってしまったのだろうか、めぐみんが不満を告げてきた。

「煩せえ‼︎運んでもらっているんだから黙ってろ‼︎」

めぐみんを叱咤する。全く、先程の弱気な彼女は何処に言ったのだろうか。

 

 

 

 

街に着いて早々、俺は2人を洗濯用に流れている小川に放り込んだ。

「ぎゃー‼︎何するんですか⁉︎正気ですか⁉︎」

「うぅ…酷いですよカズマさん…」

「煩せえ‼︎このまま銭湯に行けるか⁉︎俺は男だぞ‼︎女湯まで運べると思ってるのか‼︎せめてそのヌルヌルを落として動ける様になるまではそこに居ろ‼︎」

支えを失った彼女らはゴロゴロと川に転げ落ちる。幸い子供が溺れない程度には浅い所を選んだので窒息する事は無いだろう。このまま川の流れで洗われる事を待つのみだ。

時折落ちていた木の枝で突っつきながら様子を確認する。自身の扱いに不満があると逆上するめぐみんになんで私がこんな目に…と悲観するゆんゆんの様子を見ながら、粘液のついた上着を川で濯ぐ。

さてこの待ち時間でこの後はどうしようかを真剣に考える事にする。あの場で全滅する事を防ぐことが出来たが、ベルディアは再び自身の城へと帰っていってしまった。ミツルギ単体でのゴリ押しは不可能、またゆんゆんが居てもそれは変わらない。奴自身には魔王の加護があり退魔魔法に対しての耐性が存在する、しかし俺には女神か何かの関与があるため多少のダメージは通るが微々たるものだろう。今使えるポイントを使用してセイクリット級の上位互換を習得しても大して効果は無いだろう。

ベルディアの待つ城には幾多もの罠が張り巡らされていると予想されるので短時間の攻略は難しいだろう、それに奴にたどり着いたとしてもそこから奴との戦闘で勝ち抜ける程の体力が残っているとも考えづらい。

爆裂魔法で奴の城を破壊するのはどうだろうか?しかし、今まで打ち込んで破壊し切れなかった以上現実的では無いだろう。ならば…

口元に手を当てて考え事をしていると、2人が動けるくらいに回復したのか川から這い上がってくる。その姿はまるで怪獣映画の化け物の登場シーンさながらだった。

「カーズーマーサーン‼︎」

「カーズーマー‼︎」

「おい待ってて、回復したんだな。よしじゃあ銭湯行こうぜ‼︎2人とも疲れただろうし今夜は俺が奢る…って何だ⁉︎やめろ…離せ‼︎」

俺の交渉虚しく2人に肩を掴まれ先程まで2人が漂っていた川に無理やり引き摺り込まれた。

「よくも私を川に投げ入れてくれましたね‼︎お陰で服が完全にずぶ濡れになったじゃ無いですか‼︎」

「今回は私も酷いと思います‼︎」

カエルの粘液で最初からずぶ濡れじゃねえか‼︎と突っ込む余裕もなく俺は2人によって川に引きずり落とされる。冷たい水の感覚とともに頭の中がクリアになっていく、そしてふとある作戦を思いついた。可能性は低いがそれでも試してみる価値はあるだろう。

無理やり川から這い上がり、2人に相対する。

「うわー‼︎御免なさい‼︎めぐみんがやれって言ったんです‼︎私は止めようって止めたんですけど…めぐみんがどうしてもって聞かなかったので…」

「何言っているのですか⁉︎途中までゆんゆんもノリノリだったじゃ無いですか⁉︎何今更いい子ぶっているのですか?」

俺が怒りで飛び上がって来たものと勘違いしたのか、互いに罪をなすりつけ合っていた。しかし、これはこれで面白そうだったのでしばらく座って2人のやり取りを眺める事にした。

「カズマさん‼︎見てないで助けてくださいよ‼︎」

やがて、いつもの様に取っ組み合いになって結局ゆんゆんが再び川に突き落とされていった。果たしてゆんゆんはめぐみんに勝てる時が来るのだろうか…

 

 

 

 

 

 

その後動ける様になった彼女らを連れて銭湯に向かい残ったヌメリを流し、装備を洗濯する。まさかこんな事が数回もあるなんて思わずに漠然とサウナで時間を潰していると、後ろから声を掛けられる。

「やあ、ここに居ると思ったよ」

声の主は先程別れたミツルギだった。奴の体は鎧を着てない為か些か貧相な細マッチョ系な体型だった。

「お前意外と細かったんだな」

「ははは、確かに君と比べれは些か細く見えるだろうね、でもステータスでは必要な数値は満たしているから大丈夫だよ」

気にすんなと言いたげに奴は笑って誤魔化すと、俺に声を掛けた理由を話し始めた。

「でだ、今回は君に助けられたと僕は思っている。まずは君にお礼を言いたい、ありがとう。それで話は戻るんだけど、今回の作戦に参加している冒険者達の中には邪魔されたと憤っている人も何人か居たけど、その人達はさっき何とか説得する事が出来た」

「待て、お前はいきなり何の話をしているんだ?」

いきなりの話に頭の理解が追いつかない、出来れば一から説明してほしい。

「ああ、済まなかったね。まず結論から言おう、次の作戦の指揮は君に頼もうと思っている」

「はあ?何言ってんだ?どう考えてもお前が適任だろ、勝てなかったからって俺に責任を押し付けんなよ」

よくある社会の責任回避術だろうか、途中まで上手くいって良ければ続けて自分の手柄に、もしダメなら途中で他人と交代し失敗させ自分の名誉を守る。

「いや、その心配はしなくてもいい。今回の責任は今日の戦いで全滅し掛けた時点で僕の失敗となった。この内容は情報誌に記載されるだろうね悔しいけど。だから君が失敗しても君の名誉が傷つく事はない、寧ろ君が勝てば君の功績となる筈さ。それに今回君が助けに入った時点でおおよその意志は君の指揮下に入る事に賛成しているよ」

俺の心配をよそに話が進んでいく。先程のめぐみんとの強襲で何名かだが俺に賛同する者が数名現れたらしい。そして残りの反流分子をミツルギが説得してこうして俺を迎えに来たという訳になる。

「ったく、しょうがねえな。そこまで言われたら仕方ねえ、俺がやってやろうじゃねえか」

何の責任も無くアクセル中の冒険者達を指揮できるのも中々にない経験だ、この話を受けない手はない。めぐみんの事もあるし何としても成功しないといけない。

「では、話は決まりだ。けど約束の時間まで時間がある、少しスピーチの内容でも考えてくるといい」

交渉が成立して安心したのか肩を撫で下ろし、奴はサウナから出ようと腰を上げる。

「でも何でだ?何でお前はそこまでするんだ?このまま指揮をとってアイツを始末する事が出来た筈だろ」

奴の言っている事は理解できても納得する事が出来なかった。そうする事で奴にメリットが無いからだ、人の行動には何かしらの自分へのリターンの思考が存在する、どんな行動にも自身へのメリットが見え隠れし行われる。善行を積むのは、いざ自分が困っ時に助けてほしいからだ、しかし俺に今回の様に手を回しても特に奴に得はない。なら奴は一体何が目的なのだろうか。

「特に理由は無いんだ。ただ君に負け、魔王幹部にも負けて、考えているうちに自分というものが分からなくなってしまったんだ。だから今回は君に譲ろうと思う、それに君を見てると何かが見えそうな、そんな気がするんだ」

悔しそうに拳を握る奴の目には、自身に対する嫌悪感とそれに対する無力感が浮き上がっていた。

「そうか…お前が自分をどう思おうと俺は知ったこっちゃ無いが、それでも…」

後々ここの話を掘り返されたら死にたくなる様な台詞をアイツに伝える。我ながらよくもまあこんな台詞が出て来たなと常々思う。

「ふふ、まさか君にそんな事を言われるなんてね…そうだ、ここで話した事は誰にも言わない事にしないか?お互いのぼせたとしても流石に恥ずかしい話だからね」

正気に戻ったのか奴は恥ずかしそうにそう言った。男の羞恥に悶える姿を見る趣味は無いので潔くその提案に乗った。

「そうだな、互いに今日は疲れてんだ。さっさと作戦会議を済ませて早く寝ようぜ」

話を切り上げ奴はサウナを後にする。俺もそろそろ限界が近いので、奴と脱衣所で遭遇しないタイミングを見計らい扉を開けた。

 

 

 

 

外に出て風に当たる。やはり風呂上がりに風に当たるのも悪くは無い。

ミツルギから指揮系統を任せられたのはいいが、残りのピースが一つ足りない。ベルディアとの戦闘まで持っていく作戦は先程考えつき、賭けになるが無いわけでは無い。しかし奴との戦闘に対しての不安が拭えない、ゆんゆんとミツルギで駄目ならそれに+αが必要になってくる。そのαに俺とめぐみんは入る事が出来ない、彼女は戦力として一点特化すぎる、反対に俺は単純にステータスが低いのが大きい。出来れば前衛に1人上級職が欲しいところだが、この駆け出しの集まる街にそんな人材は居ないだろう。

風に当たりながら考えていると、誰かが俺に話しかけて来た。

「やあ、久し振りだな。確か名はカズマとか言ったかな?話は先程酒場で聞いたぞ、私が実家に帰っている間に魔王幹部とやり合ったそうじゃないか」

話しかけて来たのは何時ぞやのドMクルセイダーだった。金髪に碧眼の彼女、いつもクリスの側にいたが今回は違うらしい。

「そうだけど、それで俺に何か用か?俺は今作戦を考えて忙しいんだ。責められたいのなら今度にしてくれ」

ううっ‼︎ と彼女は俺の発言に悶えながら息を切らし、話を続ける。

「済まない。酒場で今回の指揮はお前と聞いてな、それでこうして私も加えて貰おうと直談判しに来たのだ。出来れば最前線で攻撃の的に成りやすいポジションで頼む‼︎」

最後の方には彼女の本音が見えた。どうやら協力は建前で、本音は痛めつけられたいだけだろう。そんな気がする。

だが考えてみれば彼女なら奴の攻撃に耐えられかもしれない。レベルを確認すると中々に高レベルでスキルポイントを攻撃に回していない分、彼女の防御力が桁違いに高かった。

「成る程な…これなら行けそうかもしれない。ダクネス、お前のお望み通りに最前線で戦わしてやる」

「何?それは本当か⁉︎ふふふははは‼︎」

前衛を任されたのが余程嬉しかったのか、興奮のあまり高らかに笑い出した。

 

 

こうして壁役、攻撃役、遠距離攻撃役の3つが揃った。後は3人の連携がどうなるかだが、3人の呼吸を合わせるには練習する時間があまりにも少ない。今日を抜いて残り5日、この作戦が失敗した事を考慮すれば1日くらいしか無いだろう。

ミツルギの指定した時間が近づいたので、彼女を連れて酒場に向かう。

酒場に入ると既に準備万端と言わんがばかりに、昨日ミツルギが立っていた部屋の奥に案内され、皆の視線が俺に集まる。その向けられた視線の中にはめぐみんやゆんゆんも含まれており、昨日とは違いちゃんと仲間に入れられている様で疎外感などは感じられなかった。

「さて、知っているとは思うけど、まずは自己紹介を…俺の名はカズマ‼︎今回この作戦の指揮をとる事になった。そしてまず最初に謝りたい事がある。今回のベルディアの襲来の原因は俺達のパーティーにある、すいませんでした」

素直に頭を下げる。これから命を互いに預け合う以上なるべく不信感やそう言った軋轢は無くしておきたい。

昨日みたいに罵声が飛んでくると思ったが、今回はそんな事はなく「気にすんな」などの励ましの言葉までもが俺に投げかける。どうやらあの一件のおかげか、それともミツルギの説得のお陰か随分と俺達の扱いが良くなったらしい。

「それで話を戻す。俺はこう言う時にどう纏めたら良いのか分からないから、単刀直入に作戦の内容を説明するから聞いてくれ」

俺はなるべく分かりやすく簡素に作戦を説明する。

「じゃあ、ゆんゆん、ミツルギ、ダクネス、作戦の要の3人は明日連携の打ち合わせがあるから指定する公園に来てくれ。残りのみんなは各自今日の疲れを取り除いたり、武器の手入れなどの準備をしてくれ。では解散‼︎」

パンと手を叩くと冒険者達が散って行く。これで準備は整った、後は細かい調整をすれば大丈夫な筈だ。

明後日の戦いが奴との最終決戦になる事を祈ろう。



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デュラハン襲来4

お気に入りが450超えありがとうございます。
めぐみんが目立ってゆんゆんの影が薄くなりますが一応めぐみんはゲストヒロインと言う扱いになりますので宜しくお願いします。


次の日の朝、集合場所の公園に俺は立っている。

早目に来たはずなのだが、俺が着いたときには既にゆんゆんが1人悲しくブランコを漕いでいた。張り切って早めに来たのは良いが、どうやら来るのが早過ぎたとかそんな感じだろう。

「あ、カズマさん来たんですね…よかった!私また場所を間違えたのかと思いましたよ」

彼女は俺を見るなりブランコ止めてから降りるとこちらに向かって来る。クソ‼︎あのまま飛んでくればパンチラが拝めたのに。

まあ、心で思っているだけで口にはしないが、なんだか負けた様な気がする。

「ゆんゆんはいつから来ててんだ?」

念の為確認する。現在は時刻の9時50分で集合は10時位になるわけだが…彼女なら30分前には来ていそうだ。

「私もそんなに早く来たわけじゃ無いです…出る時に時計を見たのですが大体9時頃でした」

早い‼︎此奴は入社したてのサラリーマンか‼︎。それよりも早く来ている人は沢山居るが後40分くらいはのんびりしてて良いのではないだろうか。

「なあ、ゆんゆんは何時も待ち合わせにはどれ位の時間に来るんだ?」

「時間ですか?そうですね…大体何時も1時間くらい前には居ますね、遅れて置いて行かれたくないですし」

「早えよ⁉︎大体早くても五分位が平均だろ」

「え⁉︎そういうものなんですか?待ち合わせなんて最近ですとカズマさん位しかしてなかったので…」

あ、ヤバイこれ以上は彼女の地雷を踏みそうだ。

「その話は置いといて、他の連中は遅いな何やってんだか」

「そうですね?何故皆さん来ないのでしょうか?」

話を逸らす事に成功したが、2人が来ないと言う新たな疑問が生まれてしまった。

「しょうがねえな、俺が2人を探してくっから、ゆんゆんは此処で待っててくれ」

「ちょっと待って下さい‼︎私を1人にしないでくださいよ」

公園を後にしようとすると彼女に袖を掴まれ止められる。

「そんなこと言ってもな…誰か残ってくれないとあいつらが遅れて来た時にすれ違いになっちまうしな…」

ミイラ取りがミイラになるとはこういう事を指すのだろう。すれ違いになってこの場所を四人で行ったり来たりしてしまったらすごい時間のロスになってしまう。

「じゃあ、こうしましょう」

そう言い彼女は公園の地面に文字を書きはじめる。成る程地面にメッセージを残すのか、でもすぐ消えなく無いか?と思ったがその後に氷結魔法を地面に掛けて文字の部分を氷のプレートで覆った。

「これで大丈夫ですね‼︎さあ行きましょうか」

出来上がった物をドヤ顔で俺に見せつけると、彼女は俺の腕を掴み公園の外へと引っ張っていった。

「おいおい…まあいいか」

全ての物事は、なる様になる。ならば流れに乗るのも致し方ない。決して2人でデートできるとかそんな事を考えては居ない、何せめぐみんの命がかかっているんだからな。

 

 

 

 

 

彼女に連れられギルド、装備屋、銭湯、色々回ったが何処にも2人の姿が見えなかった。もうこれはこの街に居ない可能性が強くなってきているんじゃないかと思うくらいだ。

「何処にも居ないな」

「居ませんね…本当に2人は一体何処に?このままだとめぐみんが居なくなっちゃう」

親友の命がかかっている事もある為か、徐々に彼女の表情に焦りが現れはじめる。本当に何処にいったんだあいつらは…

諦めて公園に戻るが、そこには2人の姿どころか誰も居なかった。

「おいおいどうすんだよこれ…」

呆れて言葉も出て来ない、いっそゆんゆんと2人で作戦を練り直すかと思った矢先に、道に居た人の話し声が聞こえてくる。

「おい、聞いたか!外でソードマスターのアンちゃんとクルセイダーの嬢ちゃんが決闘するらしいぞ‼︎」

「…おい」

「はぁ…」

互いに溜息が漏れる。どうやらあの2人は此処にくる途中でバッタリ出会ってそのまま話がもつれたのか、それとも実力の見せ合いなのか分からないが、こうして外で争うことになってしまっているらしい。

「あの2人は一体この緊急時に何やってるんだぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

叫ばずには居られなかった。ダクネスは百歩譲って分かるが、ミツルギまで一体何をやっているのだろうか。これで明日の作戦は上手く行くのだろうか…

「おいゆんゆん走るぞ‼︎」

支援魔法を掛けゆんゆんを抱き抱え走り出す。最近走ってばっかりだなとつくづく思う、支援魔法を教えてくれたシスターには頭が上がらないぜ。今度お礼を言っておこう…多分嫌味で返されるけど。

「え、ちょっとどういう事なの?なんで私お姫様抱っこされてるの?え…え?」

めぐみんで慣れていた為か俺自身なんの抵抗もなく彼女をいきなり持ち上げてしまったので、彼女が混乱して何時ものめぐみん相手の口調になってしまっている。

「話は後だ‼︎取り敢えず外にいるあの馬鹿どもを連れに帰るぞ‼︎」

「は、はい‼︎分かりました」

彼女は混乱しながらも落とされない様に俺にしがみつき、思わず邪な考えに支配されそうになる。ヤバイ俺のカズマが元気になってしまいそうだ。

考えるな、落ち着け、心を無にするんだサトウカズマ、お前ならできる…そうだ素数を考えるのだ。

数分だったが、この世界に来て色々あったと思い出す…やはり俺の本当の敵は自分だった様だ。

 

 

 

 

なんとか自分を抑えながら街の外に出る事に成功する。これ以上は流石に俺も限界なので彼女を降ろし、集まっている人だかりの中を掻き分けて進んでいく。

人集りの最前列に着くと、2人が互いに向き合ってガチンコ対決していた。

「やっと来てくれたか、早速で悪いんだけどお願いがあるんだ、彼女を止めてくれないか?いくら攻撃してもビクともしないんだ」

ミツルギは俺を見つけるなり、彼女を止める様に説得を頼んでくる。

「来たかカズマ。聞いてくれ‼︎私はおかしくなってしまったのかもしれない」

「元々だろ」

「くっ⁉︎こんな所で辞めろ‼︎お前は時間と場所をわきまえられないのか‼︎」

意味がわからない‼︎ミツルギはこんなのと今まで相手にしていたのか。哀れミツルギ…今度決闘するときは正々堂々戦ってやろうと思う、思うだけだけど。

「で?何がおかしいんだ?」

通り会えず彼女の話を聞く、見た感じこの決闘騒ぎも原因は彼女にあると俺は見ている。なので彼女の要望を聞く事がこの場を収める最短距離だろう。

「待ち合わせ場所に向かう時に、あいつに会ったんだ。それで噂の魔剣使いと戦ったら気持ちよ…気持ちが昂ぶるかと思ったのだが、おかしいんだ‼︎どんなにあいつに痛めつけられても痛いだけで何も感じないんだ‼︎」

「おかしいのはお前の思考回路だーーっ‼︎」

思わず叫ぶ。久し振りに会ったので少しはマシになったと思ったが、全然そんな事はなく寧ろ逆に悪化したんじゃ無いかと思うくらいだった。

「彼女の攻撃は僕に全然当たらないから此方にダメージは無いけど、流石に持久戦に持ち込まれると明日に疲れが残りそうだからどうしようかと思ってたんだよ。彼女は君の知り合いだろう?この場を何とか納めてくれないか?」

息を切らし、今尚彼女の攻撃を躱し剣の腹で反撃し距離を取るミツルギ。彼程報われないソードマスターも中々居ないだろう。

「ゆんゆん」

「はい、何でしょうか?」

横でドン引いているゆんゆんを呼ぶ、この状況を何とか出来るのは彼女くらいだろう。取り敢えず彼女を止める為に魔法を放って欲しい事を伝える。

「え?そんな事をしたらダクネスさんが危ないと思いますけど…」

流石に冒険者と言えど人間相手に魔法を放つのは心に訴えるものがあるのか、彼女は動こうとしない。

「ならしょうがない…仕方ないけど此処はめぐみんに頼んで一発ぶっ放してもらうか、幸いまだ日課はやってないみたいだし」

それを聞いた途端彼女の顔が引きつった。彼女は紅魔族の長を一応目指しているらしく、同期で天才と言われているめぐみんをライバル視しているところがある。なので基本めぐみんを例に挙げて対抗意識を煽れば…

「分かりました、分かりましたよ…やれば良いんですよね‼︎ 詠唱するので少し待っててください」

この通りだ。自分でやっといて何だが、ゆんゆん…ちょろく無いか?時折本気で彼女の事が心配になってくる。

「トルネード‼︎」

詠唱を終え彼女が魔法を唱えると、何処からか発生した竜巻がダクネスを飲み込んだ。

「わぁぁあっぁぁ⁉︎これだ‼︎この感覚だーーっ‼︎あぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

「他に人が居るんだからお前は黙ってろーっ‼︎」

竜巻に飲み込まれ彼女の動きが止まったまでは良かったのだが、そのまま上昇気流に乗せられ彼女は上へと揚がっていってしまった。

「よし、ゆんゆんもう良いぞ、ゆっくり徐々に出力を下げていってくれ。流石にこの高さからじゃダクネスも危ないかもしれない」

今尚絶叫している彼女に対して、降ろす様に指示する。しかし彼女から帰ってきた言葉は俺の予想をはるか斜めの方向を向いていた。

「出来ません…」

彼女は俺から目を逸らしながらそう言った。おいおいマジかよ…。思わず溜息が出そうだ。

「どうすんのさ、これ?」

「どうしましょうか…」

ははは…とやってしまったぜ、と言いたげに彼女の乾いた笑い声が響く。本格的にこれからどうしよう…いくらクルセイダーと言えどもこの高さから落下すれば死んでしまうだろう。

「おい、そこの魔剣使い」

「ん?それは僕のことかい?」

「お前の力であいつを受け止められないか?」

「流石に無理だね…僕のステータスだとフルアーマの彼女を受け止めきれないかな。悔しいけど僕の膂力はこの魔剣を握っていないと発揮されないんだ」

何だこの戦闘しか取り柄のないチートは…まあ剣だから仕方ないか。それに俺のチートじゃあ彼女を殺す事が出来ても助ける事は到底出来ない。

「カズマさん、魔法がもう解けます‼︎早く何とかお願いします‼︎」

無責任にも彼女はあたかも俺に責任があるかのように指示を仰ぐ。本当にそういう所だけはちゃっかりしてんな‼︎

彼女が言った通りに魔法が解けると、重力を取り戻したダクネスが上から落下してくる。

「あ、あああああ‼︎落ちるぅぅぅぅぅぅ‼︎しかしこれはどうなるんだぁぁぁぁぁ‼︎」

「こんな時にも興奮してるんじゃねえーーっ⁉︎」

落下しながらも何処かで期待したかのような彼女の表情を見ると、案外行けそうな気がしなくもない。

しかし、これで回復魔法の限界を超えるダメージ又は落下死を迎えられては困るので、助ける方法をこの短期間で頭をフル回転させ考える。

「よし‼︎ミツルギ‼︎剣を貸せ」

呆然と上を見ているミツルギから剣を奪い取る。そして支援魔法を自身にかけると落下してくる彼女が地面につくタイミングを予想し、野球のスイングの構えを取りながらタイミングを合わせ。

彼女が俺の目の前まで来たタイミングでフルスイングした。

「ふん‼︎」

「うぎゃぁぁぁぁぁぁ‼︎」

綺麗にミツルギの剣の腹を彼女にミートさせると、小気味好い金属音が響き渡り彼女は落下の勢いを殺され横に吹き飛んで転がっていった。

「クソ…なんたる仕打ちだ…流石だカズマ。私の目に狂いは無かった‼︎」

遠くまで転がったと思ったら、何事も無かったように彼女は立ち上がり興奮したようにそう言った。

「全く、お前らは大事な時に何やってんだ?俺たちのパーティーメンバーの命が関わってんだぞ」

取り敢えずこれ以上ふざけられると困るので少し強めに2人に釘をさす。しかしながら何でこんな事になったのか…。

「取り敢えず剣返すよ、ありがとな」

ミツルギに剣を返すと胸を撫で下ろすように息をつきながら受け取り、鞘にしまう。チートが剣というのも案外リスクなのかもしれないとその時思った。もし何かの手違いで自分の手から離れてしまえば、すぐにでもそこらへんに居る一般人へと成り下がってしまうのだから。

そう思えば俺の能力は半永久的に使用できるので良かったのかもしれない…まあ制御できないから危険きわまりない事には変わりないのだが…

「よし、じゃあもう此処でいいや。これよりミーティングを始めます‼︎」

3人を座らせ、その前に立つ。人前に立つのは緊張するが何回か立ってしまえば中々悪くない感じだ。

「じゃあ最初だからまず連携の練習から始めようか」

連携…いきなり3人でやってくださいは無理があり過ぎるので、こうして誰かを相手にして体で覚えた方が効率がいいだろう。

「その前に各自の戦闘スタイルを言い合おう…どうしたダクネス?それにミツルギも?」

話していると2人が挙手したので、発言の指名をする、取り合えず先にミツルギだな、今のダクネスに話をさせると方向性が変わってしまいそうで予想がつかないので最後に回す事にした。

「すまない、連携の事だけど先程の勝負で彼女の戦闘スタイルはおおよそ分かったから、いいんじゃないかな?」

「確かにな、私もそう思う。彼の癖や戦略はおおよそ分かったから今日はもういいんじゃないか?」

2人揃って特訓を無かった事にしようとする。何だ?やる気がないのか、それと他に何かあるのか?

「そうかそうか、それなら大丈夫だな……ってなるか⁉︎馬鹿か‼︎ダクネスはともかくミツルギまでどうしたってんだ⁉︎」

「私ならともかくとは何だ⁉︎」

自分と比べられ下げられた事が気に入らなかったのか、彼女は俺の発言に訂正を求めた。

「すまない…正直に言うと、これ以上彼女と居ると疲れてしまいそうで…」

何だと⁉︎と彼女は怒りの矛先をミツルギに向けるが、奴は思いっきり目を背けた。どうやらあのナルシストでフェミニスト気味なあいつでもダクネスは手に余るらしい。

「よし分かった。じゃあこうしよう、これからゆんゆんが上級魔法を放っていくからお前達はそれを上手く避け彼女の下まで来てみろ」

取り敢えずゆんゆんの魔法を避け切れるくらいなら大丈夫そうだろう。

「何だ、そんなもので良いのかい?」

それに対して余裕そうな表情を浮かべるミツルギ。

「いや、今回は俺の仲間の命も掛かっているからな。俺も参加させてもらう」

二対一となればゆんゆんが不利になってしまうので、そこは俺がカバーしようと思う。まあ正直俺が居ても何も変わら無いと思うんだが。

「え?」

それを聞いてミツルギの余裕の表情が一瞬にして引きつった。どうやらあの酒場での一件は奴にとってトラウマになってしまったらしい。

 

 

 

手合わせを終える。殆どゆんゆんに任せる事となったが彼女の圧倒的な数の暴力で2人を制圧した。確かに2人の言う様に連携というかコンビネーションはとれていた様で、少なくとも互いが互いの邪魔をしない様には立ち回れていた。

「はぁ…はぁ…どうだい、君の御眼鏡には適っただろう」

魔剣を地面に突き刺し体勢を整えながら彼はそう言った。ダクネスとの私闘の疲労もあってか大分動きが鈍くなっており、俺に動きを制限されながらゆんゆんの魔法を浴びせられダウンした。

本来なら魔剣の力もあったが、それを使うと俺達が死にかねないので考慮してくれたのだろう。

ダクネスはそこでへばっているが、ダメージ自体は少ないだろう。彼女の耐性は攻撃力を犠牲にしている為か、通常の人のものを上回っており中級魔法は殆ど弾かれたので、最終的に上級魔法で沈められていた。

「なあ、ミツルギ。ベルディアと戦った時にあいつはどんな戦い方をしていたんだ?」

地面に腰を付け休んでいる彼に話しかけると、少し遠そうな目でその時の状況を話し始めた。

「ベルディアは最初に大人数のアンデッドナイト…通常のアンデッドの上位種を召喚してきて、まずこいつらと戦えと僕達に言ってきたんだ。その軍勢はアークウィザードの彼女を筆頭にしたウィザード達で何とか迎撃したのだけれど、問題は彼女たちはそれで大分魔力を消費してしまったみたいで、後半は殆ど僕との一騎討ちになって…後は分かるだろう」

彼は自分が負けた話をあまりしたくは無いのか、少し嫌そうな感じのトーンで話した。

成る程、最初に軍隊で戦力を削いでから自身は戦いに参加したのか。ゲームのボスみたいに、ただ力だけで押してくるわけではない様だ。

ならば今の課題はアンデッドナイトの軍勢の対策と、ベルディアの戦闘へのパターンツリーの開拓だろう。

「オーケー何となくだけど分かった、これ以上は明日に響くから何通りか動きの型を決めてもらって後は休んでくれ」

了解したよ。と彼は転がっているダクネスを担ぐと街の方へと帰っていった。

「残りはゆんゆんだ。聞きたいことがある」

後ろに振り向き、座って休んでいる彼女に話しかける。

「は、はい!何でしょうか?」

朝から色々あったせいか少し眠そうだった。

「魔法で聞きたいことがあるんだけど、風の属性で遠くに飛ばせる魔法はあったりする?」

残る課題はどうやってベルディアを城から引き摺り出すかだ。

 

 

 

 

 

 

 

話を終え、頭の中に描かれていた大方の作戦が纏まっていく。要所要所で賭けの要素が入ってくるが、それらが成功すれば勝機が見えて来る。

酒場で1人飲み物を飲みながら木製の駒を弄りながら思考にふける。戦略的なゲームをオンライン環境で数え切れ無いほどプレイした為か、こう言った思考は苦手なわけでは無い。

しかし、今回失われるのはデータでは無く仲間の命。背中にのし掛かる重圧に先程飲んだ飲料等をアルコールを飲んでいないのに吐き出してしまいそうだ。

暫く脳内で何度も作戦を想定し繰り返す。様々な失敗のパターンを想定し、それに対抗するパターンを作りその作業を繰り返す。有るだろう、無いだろうの、水掛け論争になり思考がこんがらがる。

一度頭をリセットする為に冷たい飲み物をテイクアウトし、夜風に当りに外に出る。

高台で街の景色を眺めながらでもと思ったが、この街にそんなものは無くあっても防壁くらいな物だろう。仕方なしにいつも特訓で使っていた公園に向かう。

公園に着くと、先客なのか既にブランコに誰かが座っていた。こんな真夜中に誰だろうと近づくとゆんゆんが物思いにふけっていた。

「何だ、ゆんゆんも考え事か?」

飲み物を飲み干すと彼女の横のブランコを陣取り、合わせて漕ぎ始める。ブランコを漕ぐなんて一体何年ぶりだろうか。

「カズマさんこそ、こんな時間まで考え事ですか?早く寝ないと明日の作戦に支障が出てしまいますよ」

「俺は良いんだよ。何時も大体この時間まで起きてるしな」

この世界に来る前まではネットゲーム三昧だったんだ、今更こんな夜更まで起きていた所で何も変わら無い、むしろパワーアップするまでである。

「それもそうですね、そう言えば何時もこんな時間まで起きてましたね」

クスクス笑いながら、彼女は続ける。

「デュラハン討伐、明日は正直私は不安です…めぐみんも昨日、最後には笑っていましたけど今日姿が見えないところを見ると不安で一杯何だと思います。ああ見えてめぐみんはお姉ちゃんなんで、昔から誰にも心配をかけない様に一人で背負い込む所があるんです…」

彼女に言われて今日めぐみんを見ていない事に気づく。なんだかんだ理由をつけては俺達を振り回していためぐみんだが今日は何処かにでも行ったのか彼女でも姿を見ていないらしい。

幸い、おおよその作戦は予め伝えているので明日困る事は無いがそれでも姿がない事は気になる。ましてはこの狭い街の中でだ一体彼女は何をしているのだろうか?

「そうだな、今回の一件で自業自得と言われれば否定はできないけど、一番犠牲になっているのはめぐみんだからな。後残り4日何としてもアイツ…ベルディアの野郎をぶっ飛ばして呪いを解かないといけないからな」

改めて決意を新たにする。

「それで、カズマさん的には今回の作戦の成功率はどのくらいだと思っているんですか?」

「成功率か…正直半々って所だな。運の要素が強過ぎるのが大きいのと、みんなの連携がどれだけマッチするかで決まって来るからな」

結局のところ運なのだ、相手の弱点や行動パターンの把握などやそれに至るまでの事前情報が余りにも少な過ぎるので、実際に会って見て戦いその中で見極めて行かなくてはいけないのだ。

「そうですよね…もっと私に力があれば…」

ガックシと肩を落とす。紅魔族の長を目指している以上彼女にも何かしらのプライドがあるのだろう。しかし彼女はそれを目の前で砕かれ更に大切な親友をも失い掛けている。ぱっと見子供にしか見えない彼女だが、その背中には俺が思っている以上に大きな物がのし掛かっているのだろう。

「気にすんなよ。俺に言われるのもあれだけどさ、俺はゆんゆんが居たからこそここまで来ることができたんだぜ。最初に会った時だってゆんゆんが居なかったら俺は今頃カエルの養分だし、ゴブリンも今回のデュラハンだってゆんゆんが居なかったら全滅だったんだ」

「そう…ですか」

彼女は褒められ慣れていないのか、顔を赤くしながら横を向いてしまった。正直あんなので良かったのかは疑問だが、これで自信を持ってもらえれば上々だろう。

「そんな訳でありがとうな、少しだけど話せたお陰で大分頭がスッキリしたよ。俺はもう寝るからゆんゆんも早く寝ろよ」

あ、はい。と返事を返す彼女を尻目に公園を後にする。結局どう考えようと、その時になって見ないと事がどうなるか分からないのだ。ならば必要最低限の範囲を決めて後は流れに任せて行動するのが結果として良いものとなる事が多い。まあ戦略系のネットゲームの受け売りなんだけどな。

「あ、ちょっと待って下さい」

ブランコを降りると、引き止める様に彼女も降りて俺を追いかける。

「どうした?まだ何かあるのか?」

振り返り彼女に向き合う。彼女の手には多分マナタイトだろうか、石で出来たペンダントの様な物が握られており、それを俺に向けて差し出した。

「これ…あの時のお返しです。石の部分がマナタイトになっていていざと言う時に役に立つと思います…その…迷惑でなければ…」

「お、おう。なんかありがとうな、大切にするよ」

緊張で震えているであろう彼女からペンダントを受け取り首に掛けると首に少しだけだが重さが加わった。ペンダントなんて今まで掛けた事はなかったが、貰い物と言う事も含めて悪い気はしなかった。

暗くてよく分からないが、デザイン的に俺があげた物と同じデザインかそれに寄せた物だろう。

という事は彼女とお揃いと言うことになる。女の子とお揃いという事にも何だか照れ臭さを感じる、街で見せびらかしたいいが周りからの野次で恥ずかしさの余り死んでしまいそうなので服の下に隠す様に装備しよう。

「それではお休みなさい」

渡すものを渡せたのか、ホッとした様な表情を浮かべペコリとお辞儀をすると気不味いのか彼女は早足でそそくさと公園を後にしてしまい一人公園に残されてしまった。

これ以上ここに居ても特にやる事もないので、宿に戻る事にした。

 

 

 

それから特に何もイベントは起こらず、いつもの様に部屋に戻る。めぐみんを泊めて以来同じ部屋を取り続けているのでこの部屋が俺のホームになっている。その為か今日みたいな忙しい日は予備の服などが散らかりっぱなしになっている。そろそろ片付けないとゴミ屋敷に成りかねない。

上着をハンガーに掛けジャージに着替えると電気を付けずにそのままベットに潜り込む。ここまではいつものルーティンで考え事をしていようが体が覚えている為足が引っかからずに移動出来る。

潜り込んだのはいいが、めぐみんの事が気にかかる。何時もなら1日1爆裂と言った様に何かしらアクションを起こしてくるが、今日はそれが無かった。流石の彼女も自分の命が掛かった事になるとやはり緊張するのだろう。もし俺が彼女の立場になれば死の恐怖に怯えてこの部屋から出てこなかっただろう。

昨日は下らない言葉で引っ張り出したけど、もしかして彼女は俺に気を使ってくれていたのだろうか?自分の命の心配よりも俺の立場を優先するめぐみん、彼女の強みは爆裂魔法よりもその据わった胆力なのかも知れない。

考えていると朝になりかねないので、少し体勢を変え横向きになる。昔からの癖なのか横向きになるとスッと眠りにつける事がある、胎児の体勢なのだろうか落ち着くと昔テレビで聞いた事がある。

「………ん?」

横、つまり壁際を向くと、眼前に二つの赤い光が見えた。

どういう事だろうか、その様なランプは買ってないし、そもそも赤いランプ何て設置されていた記憶もない。今までも見た事のない全く身に覚えのない光だった。

と、言う事はつまりこれは…

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

勢い良くベットから飛び起き部屋から脱出しようと扉に向かう。しかしドスンと腰の辺りを掴まれ俺の目論見は止められる。やだ…俺の体幹弱すぎ⁉︎と思ったが、支援魔法を掛けなければそんなものだろう。

「ターンアンデッド‼︎ターンアンデッド‼︎」

夜遅くにいるという事は大方アンデッドだろう、泥棒と思ったが夜にわざわざ光を灯さないし発光しないだろう。つまりこの場合退魔魔法が適任だろう。

振り向き様に放たれた浄化の淡い光で暗い部屋が照らされていく、その光が照らしたのはアンデッドでも泥棒でも無く。

今日姿を見せなかっためぐみんだった。



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デュラハン襲来5

振り向き光に照らされた事で、俺の腰を掴んでいた正体が現れる。

「えっちょっと待てよ⁉︎何でめぐみんが此処にいんの?」

動揺を何とか押さえつけながら思考を巡らせる。そもそもなぜ彼女がこんな所に居るのだろうか?まずはそこからって…駄目だ⁉︎全然考えがまとまんね‼︎。

取り敢えず逃げるのを辞めるとそれに呼応して彼女も手を離す。どうやら逃げなければ良い様だ。

取り敢えず一度深呼吸。そして情報分析だ、先程の赤い光はめぐみんのものだろう、前にゆんゆんが紅魔族は魔法を使うときや興奮した時に目が赤くなると言っていた事を思い出す。そして俺の布団の中で待っていた。

めぐみんを見ると恥ずかしいのか罰の悪そうな表情を浮かべてモジモジと何か言いたげに此方を見ていた。

「で、もう一度聞くが何してたんだ。と言うかどうやって俺の部屋に入ったんだ?」

そもそもまず彼女が俺の部屋にいる事が前提としておかしい。いくらこの世界の科学が遅れていたとしても、鍵はディンプルキーで無いにしろそこまでセキュリティーが落ちているとは思えない。解錠魔法があると聞いたが爆裂狂の彼女が覚えるとは思えない。

「鍵でしたら空いていましたよ」

ボソッと彼女が返答する。

マジか⁉︎そもそもの原因は俺だったか、そういえば朝急いでいて鍵を閉めたかどうかの記憶がねえ。

「まあ、それは良いとしてだ。何でめぐみんが此処に居るんだ?確かゆんゆんと一緒の部屋じゃ無かったのか?」

一文無しのめぐみんを暫くゆんゆんが面倒を見ると言うことで、側から見たら姉妹みたいな感じに生活していると受付のお姉さんが言っていた気がする。どちらが姉に見えるかは伏せておくとして。

「おい、今失礼なこと考えなかったか?」

俺の思考が読まれていたのか怪訝な表情で彼女は俺のことを見る。ゆんゆんと言い紅魔族は何でこう勘が鋭いのか。

「いや全く、ぜんぜんそんな事はカンガエテナイヨ」

「最後が棒読みになってるじゃないですか⁉︎やっぱり考えていたのですね⁉︎」

ガバッと彼女が布団から起き上がる。しかし布団は渡す気が無いのか今も尚彼女を覆っている。

「おい待て、話を逸らそうとするな。まず何故俺の部屋にいたのか説明してくれ」

話が脱線したので元に戻す。このまま有耶無耶にされたらたまったもんじゃ無い。此処は何としても真相を知らなくては。

「それはですね…」

詰め寄るが、彼女は何かを躊躇っているのか一向に話そうとしない、何か理由があるのだろうか?

「まあ言いたく無いなら良いさ、部屋に戻りたく無いのなら此処で寝ても良いぞ。俺は床で寝るから」

言いたく無いなら聞かない、彼女も13歳で前の世界なら丁度思春期に入る頃だから何か内に秘めていてもおかしくは無いはずだ。ならば此処は黙って彼女の要求を聞いてあげたほうが無難だろう。

壁とベットの隙間に挟まる様に横になる。明日首を寝違えないと良いけどな…

「え、ちょっと待って下さい。流石にカズマに床に寝て貰うのは悪いので……こっちに入ってください」

恥ずかしさが限界なのか最後の方は小声でボソボソと言うと。彼女は巻いていた布団を器用に広げて俺のスペースを作った。入れと言う事だろうか…

「え?ちょっと待て」

突然事態に再び混乱する。

一体俺の人生に何が起こっていやがる…。

産まれてからここ数年、一度もモテ期なんか来なかった俺の人生に変化が起きようとしているのか。いやこれはもしかして罠なんじゃ無いのか?入って更なる要求が出てきて乗せられて行った先にドッキリの札なんて物が⁉︎

しかし、待てよ。そもそも此処は俺の部屋、彼女から入ってきたのだから手出しオッケーじゃないのか?イヤイヤ相手はまだ子供だぞ。

取り敢えずこれは仕方ないと自分に言いきかせ布団に入る。元は俺の布団なんだ俺が入っておかしな事は無い、そうだろ?

「じゃあ、邪魔するぞ」

なるべく動きが大きくならない様に布団の隙間に滑り込む様に体を入れる。彼女の体温だろうか入った直後布団の暖かさに包まれる。

「はいどうぞ…これはカズマの布団ですからね、カズマが入っていてもしょうがないです…」

布団に入り仰向けの体勢をとる。彼女の方を向いてしまうと心臓が破裂しそうだ。

「何故此処に来たか…ですよね」

眠ろうと必死に頭を無にしていると、横で彼女しゃべり始める。

「やっぱり一人だと落ち着かなくてですね…部屋には誰も居ませんし、ゆんゆんも何処かに行ってしまったのか夕方から姿が見えません。しょうがないのでカズマの所に来たのですが、このようにカズマも部屋に居ませんでした。腹いせにドアをガチャガチャしていたら空いてしまったので、こうして待っていたのですが眠くなってしまったので布団で寝ていたんですよ。そしたら誰かが布団に入ってくるので目が覚めて今に至ります」

マジか…確かにゆんゆんはさっきまで公園に一緒に居たな‥成る程点と点が繋がった。

「成る程な…」

それで俺の部屋に来てくれたのなら嬉しい話だ。だからといって手が出せないのが辛い所で。彼女もまだ未成年、もしかしたらそっちの知識がない場合だってあり得る。

エロ漫画のようには行かずに、このまま普通に添い寝して終わりだろう。なんか心配して損した気分だ。

そう考えると先程までのドキドキは無くなり、心が落ち着いてきた。

「まあ、仕方ないと俺は思うよ。改めて言うのもあれだけど死の宣告で残り数日の命なんだ…明日決着をつけると言っても絶対ではない以上心配なのは分かる。出来れば代わってあげたいとは思うけどそれは出来ないらしいんだ。だからどうにかするまではめぐみんの好きにしても俺は良いと思う」

彼女は余命を突きつけられている。こうしている間も死の不安で押し潰されてそれに耐えているのだ。解決方法がある事は希望であるが下手な希望は絶望した時の喪失感を際立ててしまうだろう。

だからせめて失敗した時の為にこうして悔いの無いように過ごさせてやるのもリーダーとしての仕事だろう。

「そうですね…そうですよね…やっぱり悔いのないように…」

彼女は自分に言い聞かせるように俺の言葉を反芻する。なんか恥ずかしいからやめて欲しいんだが…

「もし明日駄目だったら、残りの金を全部使ってめぐみんの夢を叶えてやるから、今日はもう寝よう」

何だか眠くなってきた。隣ではなんかブツブツ呟いているっけど大丈夫だろうか?

「なあ、めぐみん大丈夫……うぁ⁉︎」

横を向くと同時に体が視界と共に半回転する。気づけば彼女が布団と共に俺の上にのし掛かっている。

「もう決めました」

「一体…何を…」

お腹の辺りを圧迫され苦しくなる。彼女は一体何を決めたのだろうか、もしかして無理心中とかだったら止めて欲しい。蘇ってまだ一年も経ってないんだからな。

「明日全滅する可能性が無いとは言えない以上、今日が事実上の最後の平和な日となる訳です。なので私にとっては明日の作戦までが保証された期限になります」

「何言ってんだ…確かにそうだけ…ど」

彼女の顔が近付いてくる。偶に爆裂魔法の説明で興奮して顔が近づく事は多々あったが、今回は体が密着している事もあってか落ち着いてきた俺の鼓動が再び早くなる。

「つまりですね…」

雲が風で流れたのか月明かりで先程まで暗かった部屋が照らされて彼女の表情が鮮明に見える。緊張しているのか目だけではなく顔まで真っ赤にしながら彼女は続ける。

「私も何もせずにこのまま死にたくは無いと言う事です」

「え?」

彼女の言葉で部屋の時がピタッと止まった。しかし俺の目線は止まらず彼女の体を眺めている、何時もの派手な赤色の服では無く淡目の色のワンピースだろうか何時もとは違う彼女の様子に戸惑う。そして、彼女は言ってしまった手前もう後には引けないのだろう。

「カズマには悪いとは思っていますが、これは夢か何かだと思って諦めてください」

両手が俺の顔の横に置かれ、ゆっくりと彼女の顔が俺に迫って来る。俺は彼女の行為に応えるでも反抗するでも無くただ呆然とそれを眺めていた。

 

そして彼女の唇が触れそうになったその時だった。

「カズマさん⁉︎めぐみんが何処にも居ないんですけど、心当たりはありませんか‼︎」

突如バタンと音を立てて俺の部屋の扉が開かれるとゆんゆんがいきなり顔を出した。

「あ?」

「え?」

多分目が合ったのだろう間の抜けた二人の声が部屋で重なった。

「え?もしかしてお取り込み中だった…やだ私余計な事を…す、すいませんでした⁉︎」

ゆんゆんは何かを勘違いした様で、そのままの体勢で部屋を飛び出していった。

「はあ…何だか興が冷めてしまいました。こうなっては仕方ありません、ゆんゆんの誤解は私が適当に解いておきますのでカズマは気にせず明日に備えて寝てください」

何でだろう…今でも悶々としているのに彼女は随分とサッパリしている気がする。やはり死に際だったから適当に選ばれただけだったのだろうか。

彼女は溜息を吐くとそのまま起き上がり、下に仕舞っていたローブを引っ張り出して羽織ると俺の部屋を後にする。

「明日ゆんゆんから色々聞かれると思いますので、カズマはその話に合わせておいてくだい。ではまた明日」

彼女はそう言うと俺の方を向かずに部屋から出ていく。

「………続きはまた今度」

部屋を出る際にギリギリ聞き取れないくらいの音量でボソッと何かを言った気がしたが、それを聞き返す事は出来なさそうだった。

 

 

 

 

 

朝になって目が醒める。

結局あの後は動悸が抜けずに暫く悶々として寝ることができなかった。まさかめぐみんに弄ばれるとは思わなかった。

けれど自分の都合はここまでで今日は作戦の決行日。そんな浮ついた考えで入れば全てが無くなってしまうだろう。今日だけは気を引き締めて行かないといけない。

装備を整え街の入り口に向かう。既に殆どのメンバーが先に待機しており、一昨日の酒場に居なかった面子もこの場に居てくれている。皆それなりに考えることがある様だ。

「やあ、来たようだね」

魔剣を腰に携えたミツルギが最前列で待機していた。如何やら俺の居ないところで色々手を回してくれていたようだ。最初は嫌味なやつだと思ったが、こう言った正しいと思える事なら手を惜しまない奴なのだろう。まあ融通が利かなそうなのとナルが入っているのはお約束だけどな。

「あ、カズマさん。おはようございます」

ミツルギと適当に会話を交わすと、後ろからゆんゆんが現れる。昨日の事があってか少し気まずい。

「昨日めぐみんと取っ組み合いの喧嘩をしたそうですけど大丈夫でしたか?」

「ああ、別に大丈夫だよ。俺もレベルが上がっているからさあれくらいなら全然平気さ」

どうやら昨日のことをめぐみんは喧嘩をしたと説明したようだ。子供に行為を見られた時の言い訳の様な気がしなくは無いがゆんゆんよ、純粋過ぎないか?

「なら良かったです。めぐみんも今日の事で少し緊張してただけだったと思いますので、許してあげてください…」

健気に親友の顔を立てるゆんゆんに涙が出そうになる所だが、理由を知っているためか全然そんな気が起きない。

「ああ、そうだな。でめぐみんは何処に行ったんだ?」

取り敢えず様子を見に彼女の位置を聞くと、ゆんゆんは集まりの端を指さしその先に何時もの尖り帽子が見える。

「悪いちょっと行ってくる、もう少し待っててくれ」

ゆんゆんを待たせてめぐみんの元に向かう。

「ああカズマですか、おはようございます。昨日は眠れましたか?」

「あんな事があった後で眠れるかよ⁉︎まあでも今日は平気そうで安心したよ」

昨日の切羽詰まった様な感覚は無く、比較的穏やかなそんな感じがする。

「そうですね…私はあの後ゆんゆんに迫られましたよ。全く随分とあの子に信用されている様ですね」

やれやれと疲れた表情で彼女はそう言った。原因はお前なんだけどな。

「まあいいや。その調子で今日は頼むわ」

これ以上は昨日の話を振り返してしまいそうなので止めてもとの位置に戻る。

「ええ、任せてください。私の爆裂魔法であのデュラハンも粉々です」

バサッとマントを翻して杖を突き上げ彼女は宣言する。全く調子の良い奴だ、でもそれも悪くないと思っている俺も居る。

元の位置に戻るとダクネスが一人悶えており、その様子を見たミツルギが若干引いていた。

「くっ‼︎ゆんゆんの隣にいた私を無視してあのウィザードの子の方に行くとは…作戦の前に私を愉しませて何が目的なんだ⁉︎」

単にめぐみんの話題が出たからそっちに行っただけなのだが、ダクネスはそれを何かのプレイと受け取った様だ。

「その様子なら大丈夫だな。よし作戦始めっか‼︎」

パンっと手を叩き集団の目線を集める。やはり大勢の人前に立つのは何度行っても慣れないので手が震える。

「よし、みなさん今日は集まってくれて有難う御座います。作戦は一昨日説明したと思いますので各自、自分の位置について行動していただければと思います」

取り敢えず参加して頂いた事に対してお礼を言う。そして残りの皆を鼓舞させる演説はミツルギに任せる。此処はあいつの方が適任だろう

「ミツルギ後は任せた。ゆんゆん行くぞ」

バトンをあいつに渡して、隣に居たゆんゆんを連れてベルディアの城に向かう。城への道筋は何時もの日課で考えなくても体が勝手に向かってくれる。

「よし此処らでいいか。ゆんゆん此処からならあの城に魔法が届きそうか?」

何時もの日課の位置よりも近い丘を陣取る。爆裂魔法は射程距離も最大なので届いたのだが、他の魔法はそうは行かないのでこうして距離を詰めなくてはいけない。

「この距離なら少し余裕もありますし大丈夫そうですね。でもこの距離から風の魔法を飛ばしてどうなるんですか?」

ゆんゆんが不思議そうに俺に聞いてくる。確かに風の魔法を飛ばしてもあの城に大ダメージを与えられないだろう。

「まあ、取り敢えず昨日見せてくれた魔法を頼むよ」

それに対して渋々片手を空に挙げて詠唱を唱え始める。楽しみは取っておくものだろう。

「ウインドランス」

彼女に頼み風の魔法を生成して貰う。

属性は風で分類は上級魔法に分類される。中心に風を乱回転させ槍の形を形成し、その周りに飛ばす為の旋回する風をコーティングすると言うもの。彼女曰く一度に違う流れの風を同時にコントロールするのは難しいらしく、例えれば両手で左右違う物を描く様なそんな感じだ。

「出来ました、後は飛ばすだけです」

彼女の掌で形成されていく魔法に見惚れていると、準備が出来たのか彼女が次を催促する。

「オーケー、後はこのカズマ様が手を直々に加えてやろう。そこを動くなよ」

風の槍に触れない様に近付き手を翳す。この位置なら彼女に当たらないだろうギリギリの位置を探る。

「え、何をする気ですか?ちょっと私怖いんですけど…カズマさん大丈夫ですよね、私に何かする訳じゃ無いですよね⁉︎」

俺が近づいた事で不安になったのか彼女が怯える。俺って此処まで信用がなかったのかと不安になる、大丈夫だよな俺の信用。

「大丈夫だ安心してくれ俺がゆんゆんを危険な目に曝す訳無いだろ」

取り敢えず適当に彼女を説得する。

「カ、カズマさん…」

彼女は俺の言葉で感激している様だ、今までどんだけ雑な扱いをされているのだろうか。けれどやっぱりゆんゆんはチョロイなと思いながら言葉を後に付け足す。

「……多分」

ボソッと言うと彼女は動けないので大声で抗議する。

「今多分って言いましたか…ちょっと待ってくださいよ⁉︎私どうなっちゃうんですか⁉︎」

キーキー騒ぐ彼女を尻目に、風の槍に翳した手の位置をもう片方の手で固定して槍に向かって黒炎を放つ。風の槍の限界量が分からない為ゆっくりと少しずつ槍に込めていく。

「カズマさんこれって前に話に聞いた草原のボヤ騒ぎの炎ですか?」

彼女が炎を見上げると思い出したと言う様に言った。やっぱりあの事件は忘れ去られていなかったか…街の皆の前で使わなくて良かったとつくづく思う。

「そうだよ、この炎はあの草原を焼いた物と同じだよ。この事は誰にも言うなよ、言ったら俺の知識をフル動員してゆんゆんも同罪にしてみせるからな」

念の為に彼女に口止めをしておく。もしばれてもめぐみんの爆裂騒ぎで特にお咎めがなかったから大丈夫だろうとは思うけど、あの時はギルドに所属してしていなかったから、もしかしたら何かしらのペナルティがあるかもしれない。

「えぇ⁉︎そんな…」

よくわからないが悲しそうな顔をする彼女を見ているとそろそろ限界なのか槍の枠を炎が越えそうになってくる。

「この辺でいいだろう。よし‼︎それじゃあ飛ばしてもらおうか」

これ以上流してしまっては炎が漏れて彼女に掛かりかねない、制御不能である以上無理は禁物だ。

「飛ばすってあの城にですか?良いんですか?あの立派なお城無くなっちゃうんですよ」

それを聞いてワタワタし始める、彼女は俺の話を聞いていたのだろうか。

「良いんだよ、もともと狙いがそれだし。破壊しないと意味がないだろ、ほらなるべく上の方を狙えよ」

街に待たせている以上早くしないと失敗したと判断されかねない。彼女に急ぐよう催促する。

「分かりましたよ…何があっても私は知りませんからね」

責任を俺になすりつけると彼女は黒炎を巻き込んだ風槍を綺麗な投げやりのフォームで踏み込み投擲した。

投げられた槍は風の螺旋機構もあってか加速しながら一直線にベルディアの住む城へと突き刺さる。風槍の威力で建物に穴を開けそこから俺の黒炎が飛び散り広がっていく。その光景はまさにドラマで見るような城が陥落する様子と一致した。色は黒いんだけどね。

「少し火力が足りないな…もういっちょ行ってみようか」

城が破壊されて行く光景を見ていると何だか楽しくなってしまい、めぐみんが爆裂魔法を城に放つのを辞めなかった理由が何となく分かってしまった。うん確かにこれはクセになる。

「もう一度ですか?これ以上は場所がバレてしまいますよ」

心配そうに彼女はそう言う。確かに何発も同じ方向から飛んでくれば流石にバレるか…しかしここから反対まで行くには山を登らないといけなくなってくるそうなると時間のロスが大きくなってしまう。

「もう一回だけ放って駄目だったら場所を変えよう」

兎に角ものは試しだ、幸い城には殆どが炎で覆われている為、上手くいけばこのままでも大丈夫そうだが念には念を入れもう一度放っておきたい。

「分かりました、もう一度だけですよ」

呆れたように彼女は再び詠唱を始め風を纏った槍が生成されていく、そしてそこにまた黒い炎を流し込んでいく。念の為大量に購入してポケットに貯めておいたマナタイトがすごいスピードで無くなっていき、ズボンが軽くなって行くのを感じる。

「よし、もう一発だ‼︎」

「はい分かりました‼︎」

流し込んでいる間に吹っ切れたのか彼女も投げやりに槍を投げた。今度は先程とは反対方向の火が回っていない方向に飛ばしてもらい、指定した場所にブレずに衝突すると再びそこから炎が広がって行く。

これだけ回れば十分だろう。俺の考えなら、そろそろが頃合いなので急いで自身に支援魔法を掛け始める。そして暫くすると城の方から黒い塊が街に向かって飛び出して行くのが見えた。

「よし、作戦は成功の様だな、それじゃ俺達も行くぞ。舌を噛むなよ‼︎」

支援魔法をかけ終えたタイミングで彼女を抱えて街まで走る。ベルディアの馬の速度は分からないが開戦の少し後までにアクセルへとたどり着ければ上々だろう。

木々の間を抜け来た道をなぞりながら街へと向かう。此処でコケてしまえば作戦が大幅にズレてしまう、ベルディアを街に誘き出す手間が無ければゆんゆんを出来れば街に置いて来たかった位に彼女は重要な戦力なので遅れるわけにはいかないのだ。

走っている途中で聴き慣れた爆発音が鳴り響き弱い爆風がこちらまで来る。どうやら最初の作戦は成功した様だ。

作戦1はまずアンデットナイドの一掃。前回はこれによりゆんゆんが脱落してしまったので、今回はめぐみんによる爆裂魔法で全滅させると言う手筈になっている。ミツルギの談ではアンデッドナイトはベルディアの周囲に囲む様に出現したので、今回上手くいけば奴ごと爆破出来るかもしれない。仮にアンデッドナイトが出なければ作戦2に進み爆裂魔法は使用しない事になっている。

この爆破があったなら予想どおりアンデッドナイトが現れたのだろう。出来ればめぐみんの爆裂魔法というカードは捨てたく無かったが致し方ない。

転倒防止のために少しだけ遠回りになるが平坦な道を選んだのだが、日々のクリスの特訓により大分体が鍛えられていたお陰なのか予想よりも少し早く街が見えて来る。クリスは一体何者なのだろうか?

街の前に着くと既に戦闘が始まっており、陣形が組まれている。

作戦2はダクネス、ミツルギを主体とした戦術でゆんゆんが来るまでの時間稼ぎがメインになる。まずダクネスがベルディアの攻撃を防ぎ、それで出来た隙をミツルギが攻撃すると言う至ってシンプルな作戦になる。もしこれがNPC相手のゲームなら違ったが、実際の戦闘ならば奇を衒ってた作戦よりも意外に純粋に基礎をぶつけた方が効果的なのだ。兎に角これで俺が来るまでの時間を稼ぎ作戦3へと移行する。

「奴らが見えて来たぞ、ゆんゆん準備はいいか‼︎」

「私の方は大丈夫です‼︎」

それを合図に彼女の体勢を変え両手をフリーにさせる。これにより魔法の操作性が向上する、詠唱は俺が走っている間に済んでいるので大丈夫だろう。

「ライトニングストライク」

落雷の上級魔法によりベルディアの頭上に雷が落とされる。奴はそれを察知し横に流れるダクネスの剣を弾きながら横に躱すが、その先に居たミツルギの一振りを躱しきれずに受ける。だが流石魔王軍の幹部と言ったところか、攻撃を受けるにしても左手に持った頭部を守りながら体を捻りダメージを最低限に抑えている。

「ほう、成る程な…」

奴は跳躍してミツルギ達から距離を取り頭部を俺達の方向に向けると、何かを見定める様に此方を見詰める。

「前回と比べてやけに動きが違うと思ったらお前が居たのか…」

どうやら今回の作戦の考案者が俺という事に気づいた様で、再び本来あるはずの顎の位置に手を当て考える仕草をする。そして奴はある答えにたどり着いたのか体をプルプルと震わせ始めた。

「そうか…さっきまで此処に居なかったという事は、おおお…お前が俺の城にあんな事をしてくれたのかぁぁぁぁぁぁ‼︎」

めぐみんの爆裂魔法と言い、俺の黒炎等々で奴の城はこれで完全に住める場所では無くなった。住処を追われた奴はその怒りをぶつける相手をようやく見つけたのだ。

「そうだ、あれは俺とこのゆんゆんの功績だ。覚えておけ‼︎」

ビシッと奴に指をさす。すると俺の頭上の彼女から声が聞こえる。

「え?もしかして私の所為にもされてないですか⁉︎」

一緒の功績にしてやったのだが、彼女はそれが不満の様で俺の上で驚いている。

「クソ‼︎やはり貴様はあの時殺しておけば良かったわ‼︎」

奴は後悔する様に負け惜しみを吐き捨てた。優しさは時に未来の自分の首を絞めるのだ。

「はっ‼︎ざまぁねえな‼︎」

奴を挑発し焚きつける。我ながらゲス過ぎるとは思うがこれはめぐみんの為なので仕方ない。これは仕方ないのだ(笑)

その後も出来る限り奴の突かれたく無いところをついていく。

「このガキが‼︎黙って聞いてればペラペラ言いやがって‼︎まず貴様から抹殺してくれるわ‼︎」

奴は追いかける二人の追及を振り切りながら此方に向かって来る。そのスピードはアンデッドにしては早く、油断すればすぐさま俺の命を刈り取れるほどだった。

だが、此方にも強力なカードはあるので。

「行けゆんゆん‼︎名誉挽回するぞ」

詠唱をしている為返事は無かったが、彼女は俺の言葉に頷くと呪文を唱えた。

「ライトオブセイバー」

再び放たれた光剣の魔法、前回は弾かれたが今回はどうなるかだ。前回は縦に振り下ろしたが、今回は横に薙いだ。

「同じ魔法をそう何度も食らうか‼︎」

奴はその横薙ぎを飛び上がり回避する。だが、彼女はそれを事前に予測していたのか光剣を完全に振り切らずに、足運びと腰の捻りを駆使して光剣をもう一度反対に返した。

「何だと⁉︎」

避けた光剣が返ってくるは思わなかった様で、とっさに手元の大剣で受け止める。此処までは前前回までとは同じだが今回は違う。

「その首、貰った‼︎」

光剣を防いでいる大剣の反対側に周りながら腰にさしている剣を抜き取り、奴が大事そうに左手に持っている頭を狙いながら剣を振り下ろした。

「甘いわ‼︎そんな事くらい対策済みだ‼︎」

若干裏返った声で奴が叫び、左手で持っていた頭部を頭上へ投げると俺の剣を掴み俺ごとのまま後方へと投げ飛ばした。

「マジかよ⁉︎」

最悪腕で防がれるとは思っていたが、まさか投げられるとは思っておらずそのまま無抵抗に飛ばされ地面を転がる。

幸いにも受け身は取れたので然程痛みは無かったが、ゆんゆんが一人残される形になってしまう。この状況は結構不味い。

互いに拮抗している二人の剣。奴は器用に自身の頭をキャッチし再び抱える。

「モディフィケーション」

彼女の追加の呪文により、光剣の形状が変化する。一本の光剣が枝分かれし始めて七支刀の様な形に形状変化し、結果として奴の側腹部を掠め抉った。

「ぐぅ‼︎」

奴が怯んだ隙に彼女は後方へと下がる。そして遅れて二人を筆頭にした残りの冒険者が俺達を囲む様に配置する。

よし、準備は整った。これで作戦3に移れる。



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デュラハン襲来6

ストックが切れましので暫く休むかもしれませんm(__)m


作戦3は魔法攻撃による弱点の詮索。

周りに配置したウィザードによる段階的多属性の攻撃を加えその反応を見て弱点属性を探るというもの。それが分かり次第ゆんゆんにその属性の上級魔法を放ってもらう寸法だ。

今現在で判明してるのは雷では無い事だけで他の属性は未知となっている。

「みんな作戦3だ ‼︎」

俺の掛け声と共に周囲のウィザードから魔法が放たれる。まず最初は火属性になっているので中級魔法であるファイアーボール等が放たれていく。

周囲から囲む様に放たれたそれは奴に当たると同時に火だるまにしていった。

「うわぁ…」

正直此処まで一方的に集中攻撃を食らわせていると何だか可哀想になってくる。

「クソが‼︎こんな魔法俺に通じるか‼︎」

火だるまになっていた奴が大剣ごと体を一回転させると、奴が纏っていた炎が一瞬にして消える。どうやら火属性は弱点では無い様だ。

「舐めた真似を…いいだろう一人残らず皆殺しにしてくれるわ」

奴は大剣を持ち直すと周囲に居るウィザード達に向かって斬りかかる。

「させるか‼︎」

それをダクネスが咄嗟に間に入り受け止める。その間に周囲のプリースト達が対属性の支援魔法を重ね重ねダクネスに掛けていく。

「次行くぞ‼︎」

指示により次の魔法が放たれる。属性は風になりバリエーションは多岐にわたる為、様々な種類の魔法が奴に向かって放たれる。

その魔法は近くに居るダクネスにも及ぶが、支援魔法や元々の耐久力によりダメージは最小限に抑えられている筈だ。

「あぁぁぁぁ良いぞこれは…最高だ‼︎カズマに協力して正解だった‼︎」

風の魔法を全面に受けている彼女の表情は悦に浸っている様な幸せなものだった。こんな時に恐ろしいクルセイダーだよ。

「俺の名前を呼ぶんじゃねえ‼︎周囲に誤解されるだろうが⁉︎」

周りの視線は俺の性癖を疑う様なそんな物へと変わっていく。

「小賢しい真似を‼︎正々堂々正面から来る奴は居ないのか‼︎」

風の魔法も違うのか奴の一太刀により風の魔法が切り裂かれ、周りに散っていった。このまま消耗戦に持ち込まれると流石に不利になっていく、そろそろなんとか見つからないのかと俺自身焦りを感じる。

「まだだ、次行くぞ‼︎」

 

 

 

 

 

ダクネスとミツルギが時間を稼ぎ、ダクネスごと魔法を奴に叩き込んでいくと言う行動を何度も繰り返し残りの属性もあと少しになる。周りの冒険者達から、もしかしたら弱点なんて物はないんじゃ無いかと言う最悪な結末が頭を過ぎり始める。

二人も支援魔法や回復魔法で持ち堪えて貰っているが、流石に体力の方は限界が近いのか息が不規則になってきている。

「次だ‼︎俺達はまだいける筈だ‼︎」

周りを鼓舞しながら命令を出す。次は水属性の魔法になり周囲から水の弾丸やポンプから放出される水の線が奴に向かって放たれる。

「いい加減にしろ‼︎俺は魔王様の加護で魔法は効きづらくなっている。それ以上は無駄だ」

奴はうんざりだと言いたげに叫びながらダクネスの剣撃を躱し放たれた水の魔法を全て躱した。

「もうダメだ…」

周囲のウィザードから落胆の声が聞こえ始める。このままこの声に釣られていけば士気が落ちかねない。

二人が時間を稼いでいる間、再び思考を巡らせているとある事に気づく。今まで受け止めていて平気だった奴が水の魔法を避けたのだ。しかもフリーの状態だったらともかくダクネスの攻撃を躱しながらだ。

つまり奴の弱点は水と言う事になる。

「みんな水だ‼︎水属性が奴の弱点だ‼︎」

俺の叫びに奴が少し反応し、それにより俺の考えは確信に変わる。アンデッドに対して水は聞いたことが無かったがこの世界ではそう言う事なんだろう。

周囲のウィザード達が活力を取り戻し水の魔法を唱え奴に向かって再び魔法を放っていく。がしかし、何度も魔法を唱えた後なので皆残りの魔力が少なく威力や出力が下がってしまい全て奴に躱されていく。

「フン‼︎こんな水鉄砲見なくても避けられるわ‼︎」

奴は二人の攻撃を捌きながら水の魔法を躱していく。周囲の冒険者に対して奴の体力は未だに衰える所を見せない。

「ゆんゆん何か水系で命中率の高い魔法は無いか?」

弱点は分かった以上ゆんゆんを出し惜しみする訳にはいかず、此処で再び最終兵器を投入する。

「威力は低いですけど広範囲の魔法ならあります、ただ規模が大きいので詠唱に時間が掛かりますよ」

「この際何でも良いそれで良いから頼む」

分かりました、と彼女は頷き詠唱を始める。今まで聞いた事のない詠唱に戸惑いながらも二人に指示を出す。流石の上級職、支援魔法を掛けられ続けているとは言え此処までの長い間戦い続けているが、その勢いは一向に衰えてはいない。

「コントロール・オブ・ウェザー」

彼女が掲げた手から何か力の塊の様な物が空へ放たれると、そこを中心に魔法陣が広がり黒雲がそれを覆う様に集まりだす。周囲のどよめきと共にその光景を見ていると、やがてその雲から雨が降り始め俺達を濡らしていった。

「これは…」

雨を浴びた奴の体から黒い煙の様な物があがる。どうやら水の魔法により奴は弱体化した様で纏っているオーラの様な物が無くなっている。

「ほう…どうやら俺を弱体化させる事に成功した様だが。それで上手くいくと思っているのか?」

奴はそう言うと手に持っていた頭部を頭上に投げる。一体奴は何を考えているのだろうかと思ったが、直ぐにその考えを改める。

頭部を投げた事により奴の左手が開き、両手で大剣を握る。奴の大剣は本来は両手剣として扱われていたらしく、これで本来の戦い方に戻った様だ。つまり今までは手加減していた事になるのだろう。

「危ない‼︎二人とも一旦引いて体勢を立て直せ‼︎」

二人に指示を出すが、奴の速度は弱体化したにもかかわらず早く動き、あっという間に剣撃で二人を吹き飛ばしてしまい続いて落下する頭部を受け止めた。

あの頭を投げる行為には片手を空ける以外にも、目線を上げ俯瞰的に状況を眺め対応すると言う事もあるのだろう。

「おい、そこの貴様、確かあの頭のおかしな方の紅魔族の娘の仲間だったな」

剣を携え奴は俺の方を見ながらそう言った。飛ばされた二人は体力的に限界なのか必死に起き上がろうとしているが力が入らないのか立ち上がろうとしては崩れるを繰り返している。

奴はその様子を見て自身の勝利を確信したのか、俺を挑発するかの様に賭け打ちを申し込んできた。

「ああ…そうだけど、それがどうかしたか」

前に出て奴と相対する。正直に言うと俺が前に出ても出来ることは殆ど無いだろう。精々切り刻まれるのがオチだ。

「此処まで俺を追い詰めたのはお前が初めてだ。褒美に俺との一騎討ちをしてやろう」

「はあ、何言ってやがんだ?俺は只の冒険者だぞ、一騎討ちで勝てると思ってるのか?アンデッドになって頭も腐っちまったか?」

緊張のあまり奴を挑発してしまった。しかし、奴はそんな俺を見越していたのか、城を焼かれた時と比べて怒りの感情はなく。

「そんな事は誰にでもわかる。誰も貴様には期待などせんよ」

「喧嘩売ってんのか?」

反対に挑発を返され激昂する。

「ははは、まあそれはさて置きだ。ハンデをくれてやろう、俺は此処から動かない。貴様から好きなタイミングで来るがいい」

二人を事実上始末し、勝利を確信したのか勝利の余興に指揮官である俺との一騎討ちを望むらしい。一見紳士そうに見えて中身は体育会系の様な者なのだろうか。

「良いだろう。死んでも後悔すんなよ」

俺はその提案に乗る事にして、奴の大剣のリーチの外に移動つつ後ろに居るゆんゆんにだけ見える様に指で作戦4−2の合図をする。

作戦4−2、これは作戦3以降に二人が倒されてしまった際に考えた最終手段になる。本来は危険な賭けだが、先程の雨によって弱体化して様々な耐性が下がっている今なら行けるかもしれない。

奴に相対して距離を取る。奴のリーチよりも若干こっちの方がリーチは長い様だ。奴の周囲を周りながら時間を稼ぎ、彼女の咳を合図にスキルを発動した。

「スティィィィール‼︎」

窃盗魔法これによりやつの装備や持ち物を剥ぎ取れる。これで出来なかったら次はさらに危険な賭けになるので出来れば此処で成功させておきたい。

「な、貴様卑怯だぞ。正々堂々戦わんか‼︎」

発動の間際に奴の不満が聞こえてくるが、此処は勝負の世界で勝った者が正義なのだ。

「よっし‼︎ひとまず成功……ぉあっ⁉︎」

窃盗スキルは成功し俺の右手に重みがのし掛かった。奴の方を見ると右手にあった大剣が無くなっており、自身の手元を見るとその無くなった奴の大剣が握られている。

奴の大剣は重すぎて俺には扱えないが、奴から攻撃手段を奪えたので上々だろう。

「おい貴様、仕切り直しだその剣を返せ‼︎」

「誰が返すか‼︎作戦4−2だ今だゆんゆん行け‼︎」

奴の負け犬の遠吠えを無視し、彼女を呼ぶ。事前に合図して知らせておいたのですでに詠唱は済んでおり、間髪入れずに奴に魔法を打ち込んだ。

「ライトオブセイバー」

背後から現れた彼女の手に再び生成された光剣を丸腰の奴に向けて振り下ろす。何時もなら自慢の剣で弾いたのだが生憎それは俺の手元にあるので、必然的に奴はその光剣を必死に自身の肉体で防がないといけなくなり、白刃取りの体勢で受け止める。

「うおぉぉぉぉ⁉︎畜生‼︎こんなのアリかよ⁉︎」

両足で踏ん張り、両手で光剣を挟んでいる。つまりこの状況が奴にとって最も隙のある状況になる。

「貰ったぁぁぁぁぁぁ‼︎」

「待て‼︎一度良く話そう、話せば…うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

奴の懐に踏み込み黒炎を放つ。放たれた炎は奴の先程ゆんゆんに砕かれて剥き出しになっていた側腹部に付着するや否物凄い速度で燃え広まっていき、奴に決定的なダメージを与える。

俺の放った黒炎は加護が付いているであろう鎧を何とせずに飲み込み奴を燃やしていく。加護があるので燃えないと思い破れて剥き出しになっていた部分を狙ったのだが、どうやらそれは杞憂だった様だ。

全身に炎が回った事を確認すると、ゆんゆんは光剣を解除し俺の隣で消えていく様を眺める。

「これでおわりで…ムグ⁉︎」

「余計な事を言うな」

フラグを立てそうな彼女の口を無理矢理塞ぐ。この世界にも言霊という概念があるのかどうか分からないが、余計な事は言わない方が良いだろう。

全身に火が回りもがき苦みながらも奴は此方に手を伸ばす。ゆんゆんが構えるが俺はそれを手で静止させる、結局最後までその手は俺に届く事は無く、奴の肉体は灰も残さず綺麗に消滅した

念の為に冒険者カードを確認すると、討伐欄にベルディアの名前が刻まれている。

「終わった〜」

奴が消えた事に安堵感を覚え、気が抜けたのか全身の力が抜け膝から崩れる。

「やりましたねカズマさん‼︎」

隣でガッツポーズを取りながら彼女も勝利の余韻に浸っている。

「ああ、そうだなこれで一見落着だな」

周りに居た取り巻きの冒険者達が集まり出し、プリーストらがダクネスやミツルギを介抱し始める。

色々賭けな要素が多かったが、如何やら上手くいった様で今回の死者は多分0人だろう。予想では俺を含めて数十人犠牲となる予定だったがそれは違ったらしい。

「おい、ちょっと待てって⁉︎」

余韻に浸っていると、怪我の無かった冒険者達が俺らを担ぎ挙げていった。今回は俺達の自業自得だったのだが、彼等は許してくれたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冒険者達は騒ぐだけ騒いだら次は酒場だと言い、アクセルの街に戻っていった。今回の報酬は均等に山分けになるだろうから皆ハメを外しすぎて大変な事になるだろう。

「髪と服がわちゃわちゃに…」

彼女も一緒に担ぎ上げられたのだろう、髪や服が揉みくちゃになっている。

「クソ、俺も担ぐ方に紛れたら色々触れたのに‼︎」

「そんな事考えていたんですか⁉︎」

うっかり本音を漏らしてしまうと、彼女はそれを聞いていた様で腕で体を出来るだけ隠す様に肩を抱いた。

「いちいち聞いてんなよ⁉︎…全くもう、ほら行くぞ」

取り敢えず話を有耶無耶にして彼女を連れアクセルに戻る。如何やら二人は冒険者達に連れられて街に戻った様で姿が見えない。

 

 

 

「よお、元気か?」

彼女に対しての最低限の礼なのか、めぐみんが入り口近くの小岩に掛けられていた。爆裂魔法で動けない様で俺達に気づくと気怠げに此方を見上げる。

「えぇ、お陰さまで。周りの様子を見るに如何やら無事に成功した様ですね」

「ああ、無事に犠牲者ゼロで済んだよ。これもお前の爆裂魔法で雑魚を蹴散らせたお陰だ」

一度の全力を放った彼女を労う。彼女の爆裂魔法が無ければ初手で召喚されたアンデッドナイトによって陣形を崩され、皆が消耗してしまい作戦が機能しなかっただろう。

「そう言って貰えると、私もいた甲斐があります」

取り敢えず彼女を背負い街へと向う。彼女にかけられた呪いが本当に解除されたか如何かを確かめなくてはならない。

潜伏を掛けながら3人で教会へと向かう。街はすっかりお祝いムードでその光景は何処かの夢の国を彷彿とさせた。そう言えばこの世界にもレジャーランドみたいな施設はあるだろうかと思ったが、生きるか死ぬかの世界にはないだろうとすぐに思いつき溜息を吐く。

「あら、来たのですね。話は聞いておりますので中へ」

教会に着くと入り口にシスターが立っており、用意が済んでいると俺達を中へ案内する。これもクリスの差し金なのだろうか。先読みされる事態が続き彼女の正体が掴めなくなってくる。

中に入り何時もの部屋に案内され、めぐみんは真ん中の椅子に座らされる。

「確かめるといっても、要するにまた退魔魔法を掛けると言うだけなのですが」

シスターは前置きを続けながら詠唱を始める。彼女と言い上級職の唱える詠唱は聞いても綺麗な音楽の様で心が浄化される様だ。

「セイクリッドブレイクスペル」

彼女の掛け声と共にめぐみんを囲む様に魔法陣が現れそこを起点にして光の柱が現れ彼女を包みこむ。前回はここで黒いモヤで阻まれたが、今回はそんな事はなく、一頻りに淡い光が彼女をただ包んでその後に弾けて散っていった。

「これは…」

シスターはその光景を見て驚きの表情を浮かべる。この件に関しては半信半疑だったが確信に変わったのだろう。

「本当にあのデュラハンを倒されたんですね。正直何かの幻影か身代わりを噛ませられたのかと思っていましたが…」

彼女の表情を見るに、何時もの嫌味ではなく本気で驚いている様だった。討伐からまだ時間が経っていないが、未だに俺自身もデュラハンを討伐した実感が湧かない。

「ああ、ようやく俺らの実力がわかった様だな」

「あーはいはい、そうですね」

彼女は俺の小言を何時もの様に軽く遇らう。

「本当に解けたのですか?本当に私はこの呪いから解放されたのですか?」

未だに信じらないのか彼女が繰り返し尋ねる。

「嘘なんかついてどうするんだよ。めぐみんお前はもう死の呪いに怯えなくていいんだよ」

俺の言葉に安心したのか、ポツリと彼女の頬から雫が落ちていき、やがて一筋の流れを作った。

「うぅ…よかっ…た。本当に良かった」

嗚咽で何を言っているか分からないが、この4日間の死の重圧から解放されたのだ。その苦しみは俺なんかには計り知れないだろう。

「よ“がっだよ”ー。めぐみん‼︎」

彼女につられゆんゆんが泣きながら抱きつく。いつもゆんゆんに対してはつっけんどんな彼女だったが、今回はそんな事をせずに一緒に抱きつきながら喜びを分かち合っている。

俺も抱きつきに行こうかと思ったが、シスターの目線が突き刺さっているのでやめておく事にした。

「では、私はこれで。御代の寄付は前回の事でチャラにしておきますので要りませんよ。この部屋は暫く人を入れない事にしますので、用が済むまでは御自由に」

彼女も口ではああ言っていたが、内心心配してくれていたのだろう。来た時に比べて表情から険が抜け、穏やかな表情になっている。

「色々ありがとな、俺あんたがこの教会に居てくれて良かったと思ってる」

出来る限りの言葉で感謝を伝えようとしたが、良い言葉が思い浮かばず結局いつもの様な悪態にに近い上から目線な言葉が出てしまう。

「ふふ、そうですね」

しかし、彼女はそんな俺の気持ちを理解していたのか、軽く微笑みながらドアを閉め部屋を後にした。

 

 

 

 

 

二人が泣き止むのを待ちながら早数分、外も暗くなってきたので教会を後にする。

今日は流石に酒場には行けないので、雑貨屋で夕食を買い揃え前回借りた部屋を別に借りて、そこで細やかなパーティを行った。

周りの活気が無い分しんみりした感じになったが、それはそれでいつもと違った新鮮さがあって面白かった。

「はぁ」

しかし楽しいパーティも束の間で、始まって早々二人とも酔っ払ってしまい楽しいパーティーも早々に終わりを迎えた。出来れば彼女達に飲ませたく無かったのだが、この世界にはそんな規定は無かったのと既にゆんゆんが飲んでいたので止める事は出来なかった。

やる事もないしかと言って眠気もないので、酔い冷ましに街を散歩していると酒場の方から大騒ぎが聞こえて来る。今日のデュラハン討伐に参加した冒険者達がその報酬を使ってドンチャン騒ぎをしているのだろう。

何時もなら中に混じってどんちゃん騒ぎをしていたのだが、今回の一件の全ての原因がこちらある以上俺達が混ざるのは野暮になるだろう。

雑貨屋でスポーツドリンクの様な飲料を買い、公園でボーとしながらブランコを漕ぐ。今までベルディアの件で頭が一杯だったのだが、現在それが無くなり一時的なのだろうが無気力症の様な気分に陥る。

今回の一件で俺のレベルが大分上がったので、そろそろ拠点を移すのも手かも知れない。だけど彼女達がそれを許すだろうか。

「何考えてるの?君達もあの中に混ざらないの?」

「おわっ⁉︎」

考え事をしているといつの間に居たのか、隣のブランコにクリスが座ってゆっくり漕いでいた。危うく半開きにしていたスポーツドリンクモドキをこぼしてしまいそうになる。

「はぁ、考え事も良いけど周りも見ないと駄目だぞ〜。全く遠くから呼んでも反応が無いから心配したんだよ」

軽く咎める様に此方を見ながら彼女はブランコを漕ぐのを止める。

「ああ、何か悪いな…あ、そうだ‼︎色々と教えてくれてありがとなお陰で色々助かったよ」

ひとまずクリスに礼を伝える。今回クリスのトレーニング等々が無かったら呆気なく奴に殺されていただろう。それに関しては彼女に礼を尽くしても足りないだろう。

「そう言ってもらえると私も教えた甲斐があるってもんだよ」

「お礼にまた何か奢るよ。流石に今日は無理だけど」

「あははは、別にあの場に君が混ざっても誰も何にも言わないと思うんだけどな…あ、じゃあこうしようか。奢るの別にして明日付き合ってほしい事があるんだよ」

思いついた様に彼女は続ける。とは別にってこいつ両方取るつもりかよ…

何時もならそんな面倒くさそうな案件断ったのだが、今回が今回なので彼女の頼みを聞く事にする。彼女の頼みは簡単で運ぶ物があるからそれを手伝って欲しいとの事だ。一見簡単そうだが彼女の事だ何かしらありそうな気がしなくも無い。当日は警戒しなくては…。

「それじゃ私は帰るから、君も今日はゆっくりと休むと良いよ」

彼女はそう言ってブランコから降りると何処かへ去っていった。一昨日と言い彼女がいなくなる時は気配までも消える様で何だか不気味だ。

ボーとしながらアルコールが回っている余韻を楽しんでいると、パーティーも大詰めなのか騒がしかった酒場から喧騒が消え、フラフラと帰宅する人影が見え始めた。

このまま公園に居ても仕方がないし一度戻るか。

持っていた飲料を一気飲みして容器を空にした後、気まずいので潜伏を使い人を避けながら宿に戻った。

部屋に戻ると出た時と変わらない状況で二人が倒れていた。急性アルコール中毒なんぞ起こされたら溜まったもんじゃないので確認すると、そうやら普通に酔い潰れているだけの様だった。

取り敢えずベットまで二人を運び毛布を上から掛ける。季節は秋から冬になりかけているのでこのままだと風邪をひいてしまう。

二人の安らかな寝顔を見ていると色々あったが、この光景を守れただけでも価値があったのだろうと思える。

空いているベットを整え、俺も二人の後を追う様に眠りについた。

 

 

 

 

朝目が醒めると、まだ二人とも寝ていたので昼頃を空けておく様に書き置きを残して部屋を出る。

公園に行くと彼女が既に待機していた。ただいつもとは違い後ろに大きなリアカーの様な大きな物が置かれており、昨日言っていた彼女の頼みとはあれを引きながら何かを運べと言うものだろう。

それを見てこのまま引き返そうと思ったが、恩がある以上はやらなくてはいけないのだろう。

「やあ、来た様だね。うん時間通りで何よりだよ」

「なあクリスさ…その後ろにあるリアカーで何か運べって事じゃないよな?」

念の為先程考えていた事を確認する。

「ふふふっ、言わなくても分かるなんて流石私の弟子一号君だね。説明する手間が省けるから助かるよ‼︎」

彼女は俺が言ったことで説明を省き、ついでに俺にそれを言わせる事により説得する手間も省いたのだ。全て計算だったら末恐ろしい女性だよまったく。

察しがいいと言うか、後ろの物を見れば大体分かる事を当てたところで何も嬉しくは無いが、要らんことしたようだ。

「それじゃあ行ってみようか、さあ弟子一号君君はコレを運んでくれたまえ」

フォフォフォっと何処かのお偉いさんの様に笑いながら彼女は進み始める。それに置いていかれない様にリアカーの持ち手の部分を持ち上げ引っ張って彼女の後を追っていった。

「ああそうそう、コレも修行の一環だから支援魔法を使ったら駄目だよ。もし使ったら私もその荷台に乗るからね」

ビシッと無邪気に笑いながらとんでもない事を言い出した。今はこうして荷台に何もないので軽いが帰りには重くなるだろう、その時に支援魔法なしで運ぶの流石にキツイ。

「はあ、しょうがねえな」

覚悟を決め、俺はリアカーを引っ張っていき彼女について行く。一体どこに行くのだろうと思ったが、如何やら目的の場所は今居るアクセルの外らしく、出る前に装備は大丈夫か確認を受ける。

そこからの通る道は昨日も通ったベルディアが住んでいた城へ続く道で、今回はそのさらに奥へと向かっていった。

「なあ、クリス…このまま行くとデュラハンの住んでいた城にたどり着きそうなんだが、一体どこに向かっているんだ?」

「あれ、言ってなかったけ?そうだよ、今日はあのデュラハンの居た城に行くためにこうして向かっているんだよ。」

そんな事聞いた覚えは無かったが、もしかしたら聞き流してだけかもしれないので強くは言い返せない。

「マジかよ、それって大丈夫なのか?倒したとは言え魔王軍幹部のいた城だぜ、敵とか居ないのかよ」

確かにクリスは強いが、それはあくまで人対人であって巨大なモンスター相手になれば俺同様に火力が足りないのだ。それに肝心のパーティーメンバーは冒険者の俺と盗賊のクリスの二人になる、バランスとしては最悪の部類に入るだろう。二人の職業では前衛も後衛もあったものではない。

「大丈夫だよ、魔王の幹部が退いたとは言っても此処はアクセルの街だよ。季節も冬になり掛けているし雑魚敵でもそう遠くまで行かないと出てこないよ」

心配は要らないと彼女はそう明言しながら歩き続ける。確かにモンスターどころか野生動物一匹すら俺達の前に現れる事は無い。

「どうなってんだおい…」

不思議に思いつつも彼女の後ろをついていく。

やがて目指していたベルディアの城に辿り着く。黒炎を巻き込んだゆんゆんの風の魔法により立派だったお城は、現在ほぼ全壊と言ったところで見る影もなく崩れていた。

「うわー、随分と派手にやってくれたねー。これじゃ目的の物が残ってるかわからないじゃ無いか」

うへーと彼女は若干引きながら崩壊している城の跡地に入って行った。城は壁も崩れていれば屋根もなくなっている箇所が多い、そして1日経ったと言うのに所々で放たれた黒炎が今尚燃え続けている。

「この黒い炎に触れると危ないから気を付けろよ、燃え尽きるまで消えないらしいからな」

ズンズン進んでいくクリスに注意するが、そんな事を気にも留めないかの様に彼女は進んでいった。もしかしたら彼女はこの炎の正体に気付いているのだろうか?そんな疑問も湧いてきたが、兎に角俺もリアカーを城の前に置いて彼女の後について行く。

「この辺りが怪しいかな…」

彼女は何かスキルを使っているのか、手を突きながら地面を弄り始める。

「君もボーとしてないで手伝ってもらえるかな?反応があるから多分このフロアにあると思うんだよね」

何の反応があるのかは分からないが、ボーとしてても仕方ないので散らかっている瓦礫等を退かしていく。一体この城に何が有るのかと思ったが、一応は魔王軍幹部の住んでいた城なのだからお宝でも有るのかもしれないという事を思いつくと、先程の疑問がスッと消え胸のつっかえが無くなった。

「おっ‼︎あったあった、此処だよ」

やがて目的の場所を見つけたのか彼女は俺を呼ぶ。彼女が指した場所には隠し扉の様な細工が施された床の板があり、それを二人がかりで開けるとそこには階段が続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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カズマの日常(再び)

隠し扉を開き、中に入るとそこには階段が続いており、何処かに繋がっている様だった。

「さあ行くよ。君も足元気をつけてね」

彼女はそう言いながらポケットから小石の様な物を出すとそれを壁にぶつける、それにより衝撃が加わった小石から淡い光が放たれる。どうやらランタンの代わりらしい。

彼女はそれで辺りを照らしながら躊躇いなく奥へと降っていった。まだまだ俺も知らないスキルがあるのか彼女の行動を見ながら後ろを続いていく。

あの火災騒動により中に配置されていたモンスターは大方排除されたらしいのか、敵感知しても城の中にモンスターの気配はない。

階段を降り切ると、一つの部屋に辿り着く。そこだけは厳重に守られているのか如何にもと言った様に装甲で固められた壁が設置されていた。

「さあ、弟子一号君。君の出番だよ‼︎」

ガシガシ持っていたダガーで壁を叩いたり、鍵開錠などのスキルを使用したがその壁は一向に開かずに遂には俺に助けを求め始めた。

「いや、俺に言われても…クリスで無理だったら俺にも無理だから」

変な期待をされても困るので此処はキッパリと断る。ここは色々試すとこだろうけど、ろくな事にならない気がするのでこれでいいのだ。

「いやいや、黒い炎だよ。聞いたよ君あのデュラハンを倒した時鎧ごと黒炎で燃やしたんだってね。だから今回もこの扉をその炎でやって欲しいんだよ」

ニヤニヤと珍しいもの見たさに彼女はそう言った。必死に隠していたがどうやらあの戦いの時に使ったのが広まっていた様だ。

後でギルドに行った時に何も無ければいいのだが…。

「だけどな…こんなところでそんな物ぶっ放したら間違いなく俺達も燃えるぞ」

「え?そうなの?コントロールとか出来ないの?」

それを聞いて不思議そうにこちらを見るクリス。そんな事出来たら今頃俺も有名人になってるよ。

「ふーん、そうなんだ…よし‼︎じゃあこうしよう。私は一旦外に出るから君は炎を放ったら急いで此処から脱出する事でどうだい?」

「出来るか⁉︎俺が燃え尽きちまうわ‼︎それにこの壁を燃やしたら中身まで燃えちまわないか?」

高出力だったとは言え、この黒炎はこの城をここまで破壊し尽くしたのだ。それをここで放とうものならただでは済まないだろう、この黒炎は確実にこの宝物庫の様な部屋を燃やし尽くすだろう。

「大丈夫だよ、この中には君の炎でも燃えない物が入っている筈だから気にせず放ってみて」

そう言いながら彼女は我先に降りてきた階段を上がり始める。

「はあ…全くしょうがねえな」

彼女が階段を登り切った事を確認した後、自身に支援魔法を掛ける。炎の出力は低めであの壁を丁度燃やせるくらいに加減して…

「黒炎よ‼︎」

ボゥっと放てれた黒炎が壁に着火した事を確認が出来ると、そのまま階段を駆け上がって行った。

それにしてもこの炎でも燃えないものとは一体なんだろうか…。自分で言うのもなんだがあのベルディアの鎧ですら燃やし尽くしたこの炎の耐性を持つのなら、それはもう神具と言われる領域にあるのだろう。

階段を無事登り切ると彼女が先に座って待っていたので、さりげなく俺も隣に座ってみたが彼女は特に気にも止めずに話しかけてくる。

「魔王軍幹部ベルディア、君にとって彼との戦いはどうだった?やっぱり怖かった?」

先程とは雰囲気が違い真面目なトーンで言う彼女に戸惑いながら、どの様に答えを返そうかを考える。

「そんな事言われてもな…あの時はめぐみんが死の宣告を受けちまってな、その事で頭が一杯だったからよく覚えてないんだ。まあでも怖かったかと言われれば怖かったな、これで駄目だったらこの街はお終いだったしな。みんなが居てそして協力してくれたから何とかなった感じかな」

色々考えに考え考えた結果の作戦に色々な偶然が重なりあの様な結果になったのだ。それに対してどう思ったかと聞かれたら、それは偶然勝ったとしか言いようがないのだ。それか、みんなの力を合わせて立ち向かい協力の末に掴み取った勝利と言うのか。

どちらにしろ俺自身の功績ではないのだ。

「そっか…君はそう言うんだね。君らしいと言えば君らしいね、でも君達が魔王軍幹部を倒してくれたお陰で他の国に居る皆の士気も上がってきてるみたい。だからありがとうね」

彼女は今まで見せたことのない様な神秘的というか何か神聖な凄みを持った表情を浮かべながら俺に礼を言った。何だろうか、クリスを通して誰かが俺に伝える様なそんな奇妙な感覚に陥る。

「その…何だ、あれだよ。クリスの激励というか…あれがあったから立ち向かえた様なもんだし。そういう意味だと俺もクリスに礼を言わなくちゃな。改めてありがとな」

一方的に礼を言われるのは結構恥ずかしいので、礼には礼をと言う事にして彼女に礼を言う。そして互いに礼を言った後に互いの顔を見ると、何だか二人ともなれない事をしているようで笑いがこみ上げて来て、二人揃って吹き出してしまい、暫く笑い合っていた。

「そろそろ良いんじゃないかな、火を使ったから君の魔法で中を換気して貰ってもいい?」

彼女に言われてハッとする。地下室は密室になっている為その中で火を使えば部屋の中の酸素濃度が下がってしまい低酸素血症になってしまい一気に全滅となってしまうだろう。

しかし、この世界にその様な科学的常識は存在するのだろうか。いや考えすぎか…火を使って居れば息苦しくなるくらい実体験で学んだ人が居ればそれで伝承されて常識へと昇華されただけかもしれない。

「おう、任せとけ」

ウインドブレスにより、外から風を流し込み中を換気する。流石に無理かと思ったが、案外いけるもので徐々に降りつつ風を流しながら先程の部屋の前に辿り着く。

「うわ…凄い事になってんな。自分で言っといてなんだけど流石に引くわ」

先程のロックされた部屋の扉の前に立つと、見るも無残の燃え尽きていた。しかし、扉と宝物庫らしき空間に間が開けられていた様で何とか燃え移っていなかった様だ。

「ふーん、何とか大丈夫だったみたいだね」

やったね、と彼女は俺の後ろから宝物庫の空間を眺める。

「何とかって…賭けてたのかよ。クリスもたまに物凄く大胆な時あるよな」

「そんな事無いよ。一応だけど保険も掛けてあったんだ」

俺の指摘に対して笑いながら誤魔化して、俺を抜かして先に宝物庫だった空間に向かった。そして宝物庫の手前から盾の様な物を引きずり出してきた。

「私が大丈夫だっと思ったのはこれのおかげさ、見た目は埃を被っているけどなかなかの物だよ」

取り出された盾は彼女が言った様に埃に塗れており、とても良い物だとは思えないが神具と言われている以上チートの様な能力があるのだろう。しかし、彼女はそんな俺の気も知らずか盾に積もった埃を払いなだら説明を始める。

「この盾の名前は聖盾イージスと言ってね、オリハルコンで出来ていて高い防御性能に加えてあらゆる魔法を弾く能力があるんだよ」

聖盾イージス、彼女に名前を言われて女神から渡されたチートのカタログに記されていた事を思い出した。宝物庫に置かれた物を見ているとこの盾以外の他にも、色々みて来た記憶にあるのだが、女神に提示物された様な物物が並べられていた。

つまりこの部屋には神具の原点の様なものや様々な物で溢れて帰っていることのなる。神具と言われるものは簡単に沢山手に入る物ではないので、かなりの幸運の持ち主か、それとも俺達を殺すかどうかしないと手に入らなかったのだろう。

「何考えているか大体分かるけど、当ててあげよっか。何でこの部屋に沢山の神具が存在しているのかと言うとこかな」

キョロキョと部屋を見渡している俺を見ながら彼女が見透かした様に言った。何も教えてくれなければ皆そう思うだろうと彼女を見ると少しドヤ顔で腕を組んでいた。

「大体そんなところかな。で、結局何でこんな所にそんなものがあるんだ?」

聞いて欲しそうな顔をしている彼女に問いかける。流石の彼女もここで勿体振らずに説明してくれるだろう、でなけらばここでボイコットして逃げてやろうと思う。

「そんな顔しなくても教えてあげるよ、此処にある神具は君みたいな変な名前を持った人達が持っていた物なんだよ」

取り敢えず時間が惜しいから運びながら説明しようと言う事になり、重たい物から二人でこの部屋から運び出し始める。

「大体そう言った人はアクセルに定期的に現れるんだけど、ある時から急に現れなくなってね。不思議に思って調べてみたら此処に辿り着いた訳だよ。魔王軍幹部ベルディアは君達みたいな人を狩って、こうしてその人が持っていた神具を回収していたんだよ」

「なるほどな…」

確かに俺の後続が現れてこなかった理由が分かった。しかし、それだと俺が来た時に狙われる事になるのだが、それは単純に運が良かっただけなのだろうか。

「けど、なんであいつらはこれを使わなかったんだ?これがあれば俺達どころか魔王に下克上できるんじゃないか?」

俺だけの神具があるのであれば、俺だったらこれらを部下に武装させて街に攻め込ませて街の住人を一網打尽にするのだが。

「それね、君も何となく察していると思うけど、この神具は持ち主以外に対しては対して効果を発揮しないんだよ。君がいつかミツルギとか言った人の魔剣を掴んだ時があったみたいだけど、その時に加護である膂力は付加されなかったでしょ。それと一緒で他人が持てば頑丈なだけの道具にしかならないんだよ」

なるほどな、個別認証みたいなそんな感じのシステムがこの神具とかに組み込まれているのか…確かに言われてみればダクネスを横に弾き飛ばした時に支援魔法以外のステータス上昇は無かったなと思い出す。

「それじゃあ何でクリスはこれを集めてんだ?持ち主が居ない以上誰にも使えないんだから意味がないんじゃないか?」

俺はてっきり自分で装備するか何処かへ売り飛ばす物だと思っていたが、その条件だと最早何の役に立つのかすら分からない状態だ。

「なぜ集めてるか…そうだね。さっき効力はないっていたけど多少は使えるやつもあるんだ。例えば補助的効果をもたらすな道具とかだったら持続時間とかが極端に下がるけど使用は可能なんだ」

「だから危険と言うわけか…」

彼女も言葉に続く。回収と言う事に損得は無いが、彼女にはその行為に意味があるのだろう。

「そう言うわけだよ」

「ところで、それどうするんだ?売らないなら何処かに秘密の保管場所でもあるのか?」

彼女の行動理念はさておき、こんな危険な物を彼女が管理し切れるとは思えない。俺だったらクリスがいない隙に持ち去ってしまうかもしれない。

そう言えば彼女は一体どこに住んでいるのだろうか、いつも彼女と別れた後は消える様に居なくなってしまうのだ。

「まあね、これから君に運んで貰うからついでに案内するよ」

彼女はそう言って置かれていた神具に封印といった措置を行ない使えなくすると俺に運ぶ様に差し出す。

「さあ、運びたまえ」

可愛く言えば良いとでも思っているのか、彼女は普段見せない位の飛び切り笑顔を俺に向けながらズシンと重たい神具を渡す。

「マジかよ。これを全部運べって言うのかよ…」

盾ばかりに目線が行っていたが、奥に他の神具ある事に気づく。一体ベルディアは何人の日本人を屠って来たのだろうか?あの女神が提示した特典には神具以外にも俺の様な能力だけを選択した奴も居るのだろう、それを加味すると相当数の日本人が餌食にあったと言う事になる。

俺もああなっていたと思うとゾッとする。色々なパラメーターが低かったが幸運値が高かった事には感謝をしなくてはいけないと思った。

 

 

 

その後も文句を言いながらも自身とクリスに支援魔法を掛けながら神具を上の階に運び出す。流石は神具と言ったところで、重さは全然感じられず運び易いのだが問題はその神具を持って繰り返す移動する階段にあった。

一つなら問題ないのだが、こう何度も繰り返されると流石に足がパンパンになってくる、先程のリアカー運びも間違いなく尾を引いているだろう。

全ての神具を二人で運びだし、入り口から持ってこれる所まで運んだリアカーに乗せていき何とか運び切ることができた。

「ふぅ〜これで全部だろう?流石の俺もこれ以上は無理だ、もうクタクタだよ」

最後の神具運び終わったと共に腰を下ろす、流石のクリスも疲れた様で隣でしゃがんで居る。

「流石に疲れたね…暫く休憩にしようか」

「言われ…無くても…もう動けねえよ」

彼女の言葉を合図にバタンと後ろに寝そべる。季節は冬に差し掛かっていると言うのに全身汗まみれだ。

「で、次にこれを何処に運べば良いんだ?街か、それとも隠れ家的なやつか?」

次の予定を彼女に聞く。

「隠れ家とはちょっと違うけど、隠し場所みたいな所があるからそこまで頼むよ」

彼女が場所をざっくり説明し始める。どうやら隠し場所は森の奥にあるらしく此処から距離もあるあらしい、なので出発する前にこうして長めの休みを取る事になっている訳だ。

「へえ、まあ俺は全然構わないんだけど、何でこんな事しているのか聞いて良いか?さっきは危険とか言っていたけど流石にクリスがここまでする義理は無いんじゃないのか?此処まで手伝っておいて言うのも何だけど」

「理由か…そうだね私自身に特に得は無いからね…それに関してはいつか言うかもね。だからその時が来るまで君は私を手伝い続けないといけないんだよ、弟子一号君」

なんだかんだ言って彼女は話す気は無いのだろう。そしてそれを餌に俺をこき使う事を宣言する彼女にビックリする。

彼女の事だ、これから先も神具に関する事に付き合わせ続けるのだろう。俺は別に構わないのだが、ゆんゆん達との行動に支障をきたさないか心配になる。

「はあ…さいで。まあ此処まで来た以上付き合うけど、一応俺にもパーティーがあるからそっち優先で頼むな」

念の為断りを入れる。正直此処まで面倒な事になると思っていなかったが、戦い方を教えて貰った恩があるので完全に断る事は流石の俺でも出来ないのだ。

「別に無理して協力しなくても良いからね。私も何時も活動してる訳じゃ無いし…そろそろ良いかな?休憩もここら辺にして行こうか」

よっと彼女は立ち上がるとリアカーの方に向かう、おれも彼女に続き立ち上がるとそのままリアカーの持ち手を掴み先行する彼女について行きながら城を後にした。

森を進みながらはや数十分、途中に目印なのか動物を象った様な小さな石像が設置されている事に気づく。

「なあクリス、この石の人形みたいな物は何なんだ?目印か?」

「ああ、これね。これは何というか人払いの結界みたいな物だよ、鼠牛虎とか順番に進んでいかないと奥に行けない様になっているんだよ」

「へぇ、そうなのか、今更なんだがクリスは俺達の国に詳しいのか?神具といいこの結界といい、何だか俺達の国から来たみたいじゃないか?」

前から疑問に思っていた事を改めて彼女に問いかける。彼女の言った結界の突破方法はまさに干支の順列そのものだった、それに加えて神具の情報についても気になる。

「そうだね。確かに私は君達の国についての知識を持っているけど、だからと言って君達の国から来た訳じゃないんだよ。ただ皆最初はアクセルに来るみたいだから話をしているうちに色々教わったのさ」

彼女は歩くのをやめずにそう言った。確かに彼女の特徴は俺達日本人の物とはかなりかけ離れた容姿にその国特有の名前をしており、神具で容姿を変えない限りはこの世界の住人であるのは確かだろう。

「そうか、なんか疑ったみたいな事聞いて悪かったな」

特に悪いとは思っていなかったが取り敢えず謝罪する。

「別に気にしなくて良いよ。私も色々隠し事しているからお互い様ってやつだよ」

そんな俺の気も知らずか彼女はありふれた返事を俺に返す。

「さあ、着いたよ。此処が神具の隠し場所さ」

干支の石像を幾つか超えた先に開かれた広場の様な場所に出る。小さな泉に大きな大木が聳え立った少し寂しそうな雰囲気を醸し出す様なそんな場所だった。

「へえ、此処がそうなのか。で、何処に隠してるんだ?木にでも埋め込むのか?」

ぱっと見だが、この場所に物を隠せる様な場所は見当たらなかった。もしかしたらあの城のように隠し扉の様なものがあるかもしれないが、仮にだとしたら小屋か何か建物を建てるのではないのだろうか、よく地面に隠し扉的なものがあるが、そんな物をこの世界で作ってもすぐ風化してしまうのが落ちだろう。

「違うよ、この泉だよ。この泉は聖水で出来ていてね、悪しき物を追い払う効果があるんだよ」

聖水、ベルディア討伐の際に聞いたことがあるが、確かアンデッドをどうにかする様な感じの効果があった様な気がする。だが此処でそんな物を張っても意味がない様な気がしなくもないが。

そんな俺の考えを余所に彼女は俺が運んできたリアカーに乗せられた神具を次から次へと泉に放り込んでいった。

「そんな雑に扱って良いのかよ⁉︎流石に傷つかないのか?」

「大丈夫だよ、この泉はこう見えて結構深いからね。女神様でもない限り取り出す事は出来ないよ」

女神と聞いてあの女神を思い出す。もしこの神具達が再利用される時が来たのであれば、あの女神にお願いする事になるのだろうかと思うと少しだがゾッとする。

「まあ、使うことも無いだろうしそれだけ深いのなら誰にも取られる事は無いだろうな」

「でしょ」

彼女は全ての神具を泉に落とし終えたのか両手を組みながらとなりでウンウンと頷いている。伝説と言われている神具を果たしてこんな雑に扱って良いのだろうか。

「じゃあ来た道を帰ろうか、そこのリアカー忘れないように気をつけてね」

やる事を全てやり終えた彼女は踵を返すと、そのまま泉に背を向け森を後にする。

はあ‥。

溜息を吐きながら再びリアカーを持ち上げながら彼女の背中を追いかける。

空を見上げると丁度太陽が真上に登っている、如何やら時刻は正午位だろうか、ゆんゆん達の約束までには何とか間に合いそうだが果たしてこのまま帰れるのだろうか。

来た道を戻り、今度はアクセルの街へと帰って来た。

「今日はお礼と言っても此処まで付き合ってくれてありがとうね、それじゃあ私は他に用事があるから今日は此処で解散だね」

街に着き、リアカーを貸出の業者に返す。返している間に彼女が気を使ってか飲み物を買って来てくれ、俺に一つを渡して申し訳なさそうにそう言った。

元々は午前中の約束なので彼女が謝る通りはないのだが、彼女なりの気遣いだろう此処は素直に受け取りお礼を言う。

「こっちこそありがとうな、正直こんな事で済むなら安いもんさ」

カチャンと飲み物の容器を挨拶代わりに互いにぶつけて彼女と別れ、ゆんゆん達が待っているであろうギルドに向かう。

 

 

 

 

 

 

「遅いですよ、何やっていたんですか。もう来ないんじゃ無いかと思ったじゃ無いですか」

ギルドに着いて早々ゆんゆんに怒られる。備え付けの時計に目を向けると時刻は一時頃となっており彼女達は1時間ほど待たされた事になる。

自分で此処を集合場所にしておいてこう思うのも何だが。前回の事件の原因と言ってもいいめぐみんを此処に集合させるのはどうなのだろうか…しかし大量の報償金を受け取ったギルドの冒険者達はめぐみんの事など気にも止めず昼間から酒盛りを始めている。

「悪い悪い、でも昼頃集合で別に12時集合とは言ってないんだけど」

謝罪しつつも弁解を挟む。このまま彼女のペースに乗せられれば何か変な要求をされかねない。

「そ、それはそうですけど…」

返す言葉がなくなったのか彼女は再びベンチに座り、逃げる様に隣に座っているめぐみんに話を振る。

「そうですね…私はまだ食事が終わっていないのでもう少し遅く来ても良かったですね」

モグモグと食後のスイーツなのかプリンの様な物を頬張りながら彼女はそう言った。

「そうえば、ベルディア討伐の報償金が出ていますので受け取りに行ったらどうですか?」

そう言えばと思い出す。基本的にこう言った話題やイベント事には外される事が多かった為か俺も報酬の対象という事をすっかり忘れていた。

「そうだった、取りに行くからもうちょっと待っててくれ」

二人に待つ様に伝えてから受付に向かう。流石に一日経っている為か他の冒険者達で賑わっている事はなく、受付嬢は暇そうに書類を眺めていた。

「あら、カズマさんじゃ無いですか。魔王軍幹部の討伐おめでとうございます、今回は報酬が山分けになっていますが皆さんの要望でカズマさんは報償金の一割である三千万エリスをお渡し致します」

「は?」

受付嬢の口から放たれた突飛押しもない額に思わず言葉が漏れる。三千万エリスって何だ?サラリーマンの平均年収の何倍あるんだよ。

「あの…驚くのはわかりますけど早く受けっとて貰えませんか?私もこんな額を一度にお渡しするのは初めてなので早く受けとってもらわないと落ち着かないのですが…」

ドスンと普段聞くことのない札束が置かれる音を聞きながら呆然としていると、痺れを切らした様に受付嬢が不満を漏らす。確かに目の前の大金を置きっぱなしにするのもセキュリティー的にも如何なのかと思うので袋に三千万エリスをぶち込み、潜伏を掛けながら急いで銀行へと飛んで行った。

 

 

 

 

 

暫くして無事銀行にお金を預けてギルドに戻ってくる。

「やあ、こんな所に居たのか。打ち上げにも来なかったから探したぞ」

戻る途中女性の声が後ろから聞こえ、人違いだったら恥ずかしいので偶々を装いつつこっそり後ろを振り向くと、そこにはダクネスが一人突っ立ていた。

「何だ、ダクネスか…てっきり俺のファンが声を掛けて来たのかと思ったぞ」

これ以上彼女達を待たせるわけにはいかないので適当な軽口で返す。

「うむ…確かにお前の活躍を見ればファンの一人でも出来そうだが、いかんせん今までの悪行の方が凄いからな。気持ちまだ悪評が強いだろうな」

「うるせえよ‼︎」

フムと真面目に返すダクネス。本気でファンが居るとは思わなかったが冷静にここまで分析されてその結果がそれだと何か傷つく。

「それはそれで、此間の事で礼を言おうと思ってな呼び止めさせて貰った。あの戦いでの作戦見事な物だったぞ、今度機会があれば是非誘ってくれ」

彼女はそう言って手を差し出す、握手をしろという事だろうか俺も手を差し出すと握り返されたのでこれでよかったのだろう。

「では、私はこれで。お前も急いでいた様だからな引き止めて悪かった。後ミツルギも貴様の事を探していたから時間が空いた時にでも会うといい」

手を離すと彼女はそう言い残し踵を返し街の商店街の方向へと去っていく。そしてダクネスの言葉で未だに彼女達を待たせている事を思い出した。

息を切らせてギルドに着き、ドアを開けて二人を見ると、やる事が無かったのか二人はチェスの様な物で遊んでいた。

前回やる事が無かったのでゆんゆんと二人でやった事があるのだが、ルールがぶっ飛び過ぎてたのでお蔵入りになった物だったが俺以外の相手が出来た事で復活を果たしたのだろう。

内容はチェスと同じような感覚で役職毎に何か能力がある様なそんな感じの内容だったような気がする。

「やっと来ましたか遅かったっですね、カズマが帰ってくるまでの間にゆんゆんが四回も撃墜されましたよ」

「う〜」

ゲームも終盤だったのか、ゆんゆんに止めをさした後こちらに気づいたのかめぐみんはそう言いながら盤を片付け始める。そして負けたゆんゆんはと言うと何度も負けて戦意喪失したのか机に突伏して項垂れている。如何やら何度もやって彼女が勝てなかったのはただ単に俺の運が良いだけではなく、彼女が単純に勝負事が向いてないんじゃないのかと思い始めている。

「悪い、待たせたな。流石に額が額だったから、銀行に預けに行ってたんだよ」

特に言い訳が思い浮かばないので素直に謝っておくことにする。

「そうですか、別に私は構いませんが…ゆんゆんもいつまで項垂れて居るんですか、シャキッとして下さい。今日からまた自給自足の生活が始まりますよ」

机に突伏して居るゆんゆんの首根っこをを無理やり引っ張り起こす。

話を聞くとめぐみんは如何やら今回の報酬を大分減額されたらしい。本人は不満の様だが今回の一件をこの程度でお咎めなしになったのなら安い物だろう。

「で、如何すんだよ。またいつもの日課から始めるか?」

いつもの調子でめぐみんに問いかけると、少し寂し気な表情を浮かべ。

「いえ、今回の一件で迷惑を掛けてしまいましたので、暫く爆裂魔法は封印しようかと思います」

「は?」

「え?」

彼女の発言にゆんゆん共々素っ頓狂な声を上げる。ゆんゆんにしても驚きだったのだろう、たまにする俺の無茶振りの注文を受けた時の様な表情を浮かべて居る。

「ど、どうしちゃったのめぐみん⁉︎」

慌ててゆんゆんが理由を尋ねる。

「いえ、暫く自粛すると言っただけで二度と使わないとは言ってませんよ」

彼女なりの今回の件のケジメなのだろう、彼女が暫くと言ったのだから本当に暫くなのだろうが、しかし、いつまでと期限が無い以上は最後まで本当に打たない可能性も無きにしもあらず。

「でも…」

ゆんゆんが言い悩む、昔から一緒にいた仲だからこそ彼女の言っている事の重要さに気づいたのだろうか。

「いや、その必要は無いぞ」

バンと、机に、あるクエストの受注用紙を叩きつけた。



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カズマの日常6

ギリギリになってしまいましたので大分誤字が目立つと思います。
此処からオリジナル要素が増えて行きますのでよろしくお願いします。
誤字報告していただいた方ありがとうございます。本来なら自分でやらないといけないのですがとても助かっていますm(_ _)m


「何ですかこれ?」

俺の差し出した紙を彼女達は眺めながらそう言った。

「何って依頼の用紙だけど…」

「そう言う事を言っているんじゃ無いんですよ」

バンバンと彼女は机を叩いて抗議する。

仕方なしに説明を始める。今回受注しようかと思っていたクエストは採掘現場の岩盤を破壊すると言う物で、募集者の欄に炸裂魔法と書いてある。めぐみんの爆裂魔法はその下に爆発魔法、炸裂魔法と存在する、要するに上位互換である爆裂魔法が使えるのであれば対応可能だろう。

概要を説明し終えると納得したのか、二人とも落ち着いた表情を浮かべる。

「成る程、これならあの迷惑な爆裂魔法も役に立ちますね」

「だろ、俺ながらナイスアイディアだと思ったんだよ」

俺の考えに同意するゆんゆんに答え、めぐみんの方を振り向くとさっきとは打って変わって不機嫌そうにそうに

「何ですか⁉︎私の爆裂魔法は迷惑だったとでも言うのですか⁉︎あのですね、この際なので言っておきますけど私の爆裂魔法は芸術の様な物で決して採掘道具の代わりでは無いんですよ⁉︎」

バーンと机に乗り上げながら彼女は高らかに宣言した後、何時もの様に爆裂魔法に対する思いを話し始めた。いつものパターンだがこのまま続くとかなり時間を取られるので話を無理やり進める。

「うるせえ‼︎今回迷惑かけたと思っているんなら、少しはその爆裂魔法で周りのみんなの役にたてよ‼︎」

めぐみんの頭をむりやり鷲掴みガシガシ揺らす。俺よりもステータスが高いと言っても小柄なので軽く揺らすだけでブンブンと揺れる。

「わかりましたよ‼︎やれば良いのでしょう‼︎ですから揺らさないでください‼︎あああ頭がー⁉︎」

流石に観念したのか、彼女はやめる様にせがむので揺らすのを止めると目が回ったのかベンチの上でフラフラしている。

「よし、これで大丈夫そうだな」

「何が大丈夫なんですか⁉︎あわわ…大丈夫めぐみん?」

ゆんゆんに支えられてなんとか体勢を立て直すめぐみんを眺めながら受付に向かい依頼の手続きを済ませる。受付でめぐみんについて何か言われるかと思ったが、特に何も言われなかったので多分メンバーの制限等は大丈夫だろう。

「よし、受付も済んだ事だし。一丁やって行こうか」

再びテーブルに戻り声を掛けるとオーと3人とも腕を上げ現場に向かった。

 

 

 

 

 

現場は馬車に乗って数時間の所にある鉱山に指定されており。此処ではマナタイトはもちろん火を起こすフレアタイト等々が採石され色々な場所へと出荷されている。

「おー絶景だな此処は」

入り口から採掘が進んだ鉱山の断面が見える。元々は他ただの山だったのだろうが、こうして人の手でここまで少しづつ砕かれてはまた砕かれてを繰り返して此処まで来たのだろう。

鉱山について早々視界に広がる光景に思わず声を漏らす。日本ではテレビとかでしか見ていなかった分、こう言った形で実際の現場を見られると言う事は新鮮で尚且つこの絶景なので感動してしまうのだ。

「ああ、貴方達はギルドからいらした冒険者達ですね。話は伺っております、ささどうぞ此方へ」

突っ立ったまま鉱山を眺めて居ると職員だろうか、作業着に身を包んだ中年の男性がこっちに向かって来てそう言うと、事務所なのだろうか奥の小屋へと案内される。

小屋の中に入ると外見とは違い意外と広く、事務所として機能しているのだろうか様々な書類が置かれており事務所の中心部分にはテーブルが置かれそこにここら一帯の高山を記した図面が敷かれていた。

「では、そのテーブルの周りのお好きな席にお座りください」

職員に促されるままに椅子に着席する。椅子は客人様なのか新品の様な質感だった。

俺達が着席した事を確認すると先程の職員が話を始める。

「いきなりで申し訳ないのですが本題に入らせて頂きます。我々はこの採石場でマナタイト等の鉱石を採掘しているのですが、その途中とても硬い岩盤に当たってしまい現在作業を中断している状態になっております」

「そこで今回爆発系の魔法を使える方をお呼びしてその岩盤を破壊、そして散らばった破片等を回収するという内容を予定しております」

職員の話をまとめると、作業員に破壊できない岩盤等が存在してそれをめぐみんの爆裂魔法で破壊し飛び散った石等を回収して欲しいとのことだ。

「分かりました。今回爆裂魔法を放つのはこの…めぐみんと言う子になります」

一瞬めぐみんの名前を出すのに躊躇する。この採石場においての危機的状況に現れたピンチヒッターがそんな名前では示しがつかないと思ったからだ。

しかし、だからと言って適当な偽名にすればこの場でめぐみんがキレて襲い掛かって来そうだ。なので仕方なしに彼女の本名をここで言う。

「ふふふ…この私の爆裂魔法の力お見せ致しましょう」

自身の力がようやく誰かに必要とされた事で機嫌がいいいのか、何時もより少しテンションが高かった。

「そうですか…めぐみんさんと仰るのですか。今日はよろしくお願いします」

おお…意外にも職員は彼女の中二的な挨拶も意に返さず通常通りのトーンで彼女に相対する。

「めぐみんさん…もしかしてそのお名前と赤い目…そこのもう一人のお嬢さんも合わせて二人は紅魔族の方ですかな?」

うむ…と彼女達を眺めると何かに気付いたのか、目を伏せてそう言った。

「は、はいそうですけど…それで何か問題でもあるのですか…」

それに対してゆんゆんはオズオズとあまり不躾にならない様に返した。

「いえ、特に問題と言ったものはありません。失礼な事を伺ってしまって申し訳ございません」

職員は一度頭を下げ、話を続ける。

「では、状況については此処で話すよりかは一度見ていただいた方が宜しいかと。問題の現場はこの奥へとなっています」

ささ、っと職員は俺達を再び案内し始める。

 

 

 

 

 

小屋を出て鉱山の奥へと案内される。奥と言っても採掘されている途中なので洞窟等ではなく、大きな山を端から切り崩している様なので側から見たら山を抉り取った断面図の様な物を見せられている様な物だろう。

場所は流石に岩盤の正面では無く、少し離れた高台の上に4人佇んでいる状態だ。

「おお流石に此処まで来れば芸術みたいだな、写真でも撮っていくか?」

この世界に訪れてから初めて見る山の断面を見て感嘆の言葉を漏らす。日本とは違いこの世界にはクリスタルの様な鉱石が多い為、目に映る光景は煌びやかなものになるのだ。

「写真ってなんですか?」

横で聞いていたゆんゆんが不思議そうな表情で此方を見てくる。今気づいたが、図鑑のモンスターや人物も考えてみればこの世界では手描きのスケッチが用いられている事が殆どで写真の様な物を見た事は無かった。

「そうか…ゆんゆんは知らないか…簡単に言えば、この光景を一瞬にして紙に写すものなんだけどな」

「そうですか。カズマさんの居た国の技術は凄いですね、日本でしたっけ私は聞いた事は無いですが一体何処にあるのでしょうね」

出来れば日本に戻って色々な物資をこっちの世界に持ち込んで色々やってみたい物はあるが、多分それは無理だろう。

「着きました、問題の岩盤は此方になります。周りを削って行く事も出来たのですが、それですと山の中心に残ってしまって効率が下がってしまうと考えましたので、現状そのままになっております」

職員の指差す方向には他の鉱石の埋まっている層とは違い、周りとは違って何も無いノッペリとした岩盤の層が見える。多分それが職員が言う今回の破壊して欲しい岩盤の様だ。

「よし、早速だけどめぐみん行けるか?出来ればあの岩盤だけ破壊できる様に調整してもらえると有り難いんだけど」

念の為にめぐみんに確認を取る。もし彼女が全力で放った場合に周りに埋まっているフレアタイトに誘爆する危険性が無いことも無い。

「大丈夫ですよ。そのくらい私にも分かっています。此処で全力で放ったら確かに私の爆裂魂は満たされますが、その代わりに周りの鉱石達が誘爆してしまうじゃないですか」

どうやら最悪な光景は俺の思い過ごしだった様で肩の力を抜く。

「おお、よかった…」

「まったく…大袈裟ですね。流石に私も色々懲りていますので前みたいに全力で放つ時と場合は選びますよ」

はあ…と溜息を吐きながら彼女は詠唱を始める。高速詠唱のパラメーターを取っているためか日に日に彼女の詠唱速度が早まっている気がする。

「エクスプロージョン」

彼女が魔法を唱えるとそれに呼応して前方にある岩盤が大きな音を立てて爆発し、砂煙が此方まで爆風を乗って吹き飛んでくる。それを腕で目を覆いながらやり過ごす。

「如何ですか‼︎我が爆裂魔法は‼︎私の手に掛かればあの硬い岩盤だけを破壊する事など動作も無いですよ‼︎」

ドサっと何かが倒れる様な音がした後に彼女の高らかな自慢の様な声が聞こえて来る。確かにフレアタイトに誘爆したのなら連鎖的に爆発音が続くのだが、今のところそれが起きる事は無さそうだ。

「ゆんゆんこの砂煙をなんとかしてくれ、此処ままじゃ如何なったかわからねえ」

しかし、自分自身の目で確かめない訳には納得できないのでゆんゆんに風の魔法で吹き飛ばしてもらう事にする。

「…分かりました」

暫くの彼女の詠唱の後にトルネードの魔法が発動され、辺りの土煙が吹き飛んでいき霧散する。

「おぉ…」

視界が晴れ俺の目に飛び込んで来たのは、粉々に砕かれ鉱石がみえる様になった鉱山の断面だった。

「流石です。流石は紅魔のウィザード様ですね。魔力切れで動けない様でしたら此方をお使いください」

コトっと、魔力切れで動けなくなっているめぐみんを思ってか、彼女の眼前に赤い鉱石が置かれる。

「これは…マナタイトですか?にしては赤いですし…フレアタイトにしては色が濁っていますね…」

「流石ですね、これは人工的に作られたマナタイトで、こう言った作業場などで魔道具を動かす際に大量に使用する際などによく使われている物ですよ」

へぇそうなんですかと、彼女は受け取ったマナタイトを握りながら何かを呟くと魔力を吸収したのか手に持っていた赤い水晶体は消滅し、彼女は手を着きながら何事もなかった様に立ち上がる。

「大きさにしてはそこそこって所ですね。人工のマナタイトなんて里で聞いた事はありませんね、一体何を原料に作っているのですか?」

彼女が職員に聞くが、彼は申し訳なさそうに

「それに関しては私にも分かりませんね、私達はあくまで使う側ですので。ですが管理人がアクセルの街に居る貴族から輸入していると何処かで耳に挟んだ記憶がありますね」

ムムムっと必死に思い出そうとするが、如何やら昔の事らしく思い出せないらしかった。

「別に気にしていませんので大丈夫ですよ‼︎後は飛び散った岩盤の片付けでしたよね‼︎」

余計な事を言いそうなめぐみんを後ろに下げ牽制し前に乗り出し話を進める。本来の予定ではめぐみんは此処で退場して貰う予定だったのだが、マナタイトで回復してしまった以上は問題を起こさない様に立ち回らないといけない。

「そうでしたね、採掘が魔道具により効率化された事で人件費が下がった分こうしたイレギュラーな単純作業を行う際に人手不足に悩まされるのですよ」

ははは、と乾いた笑い声を上げながら此方ですと先程の岩盤が立ちはだかっていた場所に案内される。そこにはゴロゴロと岩盤だった物があちこちに転がっていて、待機していた作業員がせっせと運んでいた。

取り敢えず掛けられるだけ作業員に支援魔法をかけ、細かい物から拾って行く。そう言えばめぐみんは何処かと探すと彼女は役目は終えましたと言わんばかりに木陰で休憩をしている。対してゆんゆんは何か唱えるのかぶつぶつと詠唱をしている。

何をするんだと横目で彼女を眺めていると、詠唱が終わり魔法を唱える。すると彼女の足元からゴーレムが数体現れ他の作業員達が苦労して運んでいた岩石群を軽々と運んで行った。

「如何ですか?私も結構役に立ちますよ」

先程から出番がなかった事を気にしていたのか、役に立った事を嬉しそうに此方に自慢する。

「よくやったな、さすがはゆんゆんだ」

此処は素直に彼女を褒めることにした、このまま褒めちぎれば彼女は調子に乗って沢山のゴーレムを作って作業を早く終わらせてくれそうだったからだ。

「ふふふ、そうですか‼︎」

やはり、彼女は俺の予想どおりのチョロさで、おだてに乗せられ次次と新しいゴーレムを作成して行き、沢山あった岩石等々があっという間に片付いて行った。

あれ、俺が動く意味なかったんじゃね?と思ったが、何もしていないと言う烙印を押されないためにも少し動いたほうがいいと思い小石達を拾って行った。

 

 

 

 

 

「今日はありがとう御座いました、お陰で作業が始められます。またあの様な岩盤がありましたらギルドの方に依頼という形で再び届けますので宜しくお願いします」

めぐみんの爆裂魔法により岩盤を破壊し、残りをゆんゆんの召喚したゴーレム達が片付け俺は細かい物を他の職員と共に拾って行き今日の作業は終了した。

その後は二人を待たせ職員と事務手続きを行いその足で事務所を後にする。特に何か起きたと言うわけでは無いがドッと疲れた様な感覚に襲われる。

「お待たせ、今日はもうやる事が無いから二人とも帰るぞ〜」

暇だったのか入り口近くで取っ組み合いをしている二人を止めると帰りの馬車に向かう。帰りの券は依頼主から支給されているので特に不自由無く馬車にありつけほぼ貸し切りの状態になっている。

その途中にめぐみんは疲れたのか杖を支えにして器用に眠り始めた、マナタイトから魔力を回収したのが少なかったのかそれとも単純に疲れたのかわからないが、このまま大人しくしてくれる分にはいい事だろう。

「そう言えば、デュラハンを倒されてどの位レベルが上がったのですか?」

ボーと外の夕陽を眺めているとゆんゆんが思い出した様にそう言った。

「そう言えば見てないな…」

あの時はめぐみんの件もあってかバタバタと落ち着かなかったので冒険者カードを見る事もなかったなと思いだし、ポケットに入れっぱなしだったカードを取り出し表紙されているレベルを確認する。

「うおっマジか⁉︎」

想像以上にあがっていたレベル表記に驚きの声を上げる。それが気になったのかゆんゆんが横から覗き込む様な形で見てくる。

「うわっ‼︎カズマさん大分レベルが上がっていますね。そう言えば私と会った時はまだレベル1でしたっけ?」

この世界に来てからそんなに時間が経ってはいない筈だが、レベル一桁がいきなり十代後半になっている事に唖然としながらスキルポイントを見るとかなり溜まっている事に気づく。

「そ言えばゆんゆんと会った時はレベルは1だったな。まだ最近の筈なのに随分と昔に感じるな…」

「そうですね。あれからまだ数ヶ月しか経ってませんけど魔王幹部の事で結構色々ありましたので長い様に感じます」

魔王軍か…ゆんゆんの言葉にこの世界にきた目的を思い出す、俺の後続は魔王軍幹部に屠られてきたらしいが奴が居なくなった事により、これから何人か俺みたいな転生者が増えて行くのだろう。魔王討伐ももしかしたら時間の問題かもしれない。

残りはベルディアを除き魔王幹部は後7人いる事になる、俺自身魔王を倒せるとは思っていないが、このままいけば幹部には当たる機会があるのでは無いかと思うがあのベルディアの様にすんなりと討伐出来るとは思えない、このまま二人を連れてこの街から出るのもいいのかもしれないが、レベルだけ上がって戦闘力が今のままでは何分心許ない。暫くはクリスの下に厄介になっておいた方が良いだろう。

「スキルポイントがあるのでしたら中級魔法は如何ですか?めぐみんはアレしか使えませんので私がお教えしますよ‼︎」

彼女は身を乗り上げてそう言う。

「それもいいんだが…って前にお前が魔力値が低いから覚えても威力が出ないって言ってたじゃんか‼︎」

前のゴブリンを討伐しに山に泊まった時を思い出す。若干小馬鹿にした様に言われたのを俺は忘れていなかった。

「そう言えば…そうですね。まあそんな時もあったとは思いますが、その時はその時今は今ですよ」

何やら昔聞いた様なフレーズが返ってくる。お前はオカンか‼︎と突っ込みたくなったが多分通じないのでやめておく。

「まあ、必要になったら頼むよ。このまま俺が魔法系のスキルをとったら3人ともウィザード系になってバランスが悪くなるしな」

「そっそうですね…」

悲しそうにしゅんとするゆんゆん、しかしこれはしょうがない事なのだ。

俺が魔法を取得したとしてもこれだと後衛が増える事になる。俺の役割は支援系と前衛の二つをこなさないといけないのでその考えだとパーティのバランスが崩れる事になる。

「あ、そう言えば…」

支援系のスキルを考えているとある事を思い出す。

「どうかしましたか?もしかして忘れ物ですか、さすがに此処からまたあの鉱山は遠いのでまた明日になりますけど」

何やら彼女は俺が忘れ物をしたのだと勘違いしたのか、自分もないか確認するためにバックを漁り確認する。

「私は特に無いですね、で何を忘れたのですか?安い物でしたらチケットの方が高いので買い換えた方がいいと思いますけど」

「違えよ‼︎スキルだよ、あのリッチーがスキルを教えてくれるって約束だったろ。スキルポイントも大分溜まってるしそろそろ良いだろうと思ってな」

「そう言えばそうでしたね…でも大丈夫でしょうか?評判は良いみたいですけど裏で何やっているかわからないですよ」

ゆんゆんにしては珍しく慎重な事を言う。何時もなら何事にも文句言いながらも賛成するのだが。

「まあ、大丈夫だろう。店を構えている以上評判を守るために悪さは出来ないだろうし、ゆんゆんにも来てもらうから安心だしな」

「はあ…まあ私が一緒に行く分には構いませんが、何かあったらすぐ逃げてくださいよ」

「任せとけ、逃げ足には自信があるからな」

ドンと胸を叩く。

「もう遅いので明日にしましょうか、多分この馬車のペースだと着くのは夜になると思いますので」

「そうだな、今日は疲れたし帰ってゴロゴロして休みたいしな」

外を眺めると落ち掛けていた夕日が沈み反対方向が暗くなり始めている。このまま向かっても多分店は閉まっているだろうし、開いていたとしてもウィズの迷惑になるだろう。

「取り敢えず帰って飯にしようぜ、昼から何も食ってないし」

 

 

 

 

 

 

空が真っ黒に染まり、夕方から夜へと差し掛かった所でアクセルへとたどり着いた。季節は冬に差し掛かっている為時間的には5時くらいだろう、まあこの世界の常識は前の世界と同じだったらの話だが。

めぐみんを起こし馬車から引き摺り下ろすとその足で3人共酒場に向かう。ベルディア討伐後の活気は大分落ち着いたのかお祭り騒ぎだった酒場はいつもどおりのただ賑やかなものへと戻っていた。

「報告は俺がやっておくから、二人は先に注文を頼む。俺は何時ものカエルでいいから」

「分かりました」

二人を席へと残して受付へと向かう。

「おう、カズマじゃねーか‼︎お前今までどこに行ってたんだよ。せっかく幹部を倒した英雄なんだから堂々としてろよ‼︎」

受付に向かう途中金髪のチンピラ、ダストに出会った。フラフラと俺のもとへやってくると肩を無理やり組んでくる。

「うるせえな、って大分出来上がってるじゃねえか‼︎どんだけ飲んだんだよ…。まあ、アレはうちの身内が起こした事だからな、よくてチャラになってくれれば良いかなって事で放っておいてくれると助かるんだけど」

めぐみんの習慣に付き合っている時に空いた暇な時間を一緒になって悪さして潰していたためか、男の中では仲が良い部類に入る程になっている。

出会った時は最悪な印象だったが、飲んでいない時は意外にも気さくで良い奴だった。まあ酒場で会うと大体俺の勘定に酒を紛れ込まされるんだが。

「そうかよ。俺は誇って良いと思うんだけどよ、カズマがそう言うんだったらそれで良いさ。お陰で暫く遊んで暮らせそうだしよ‼︎」

ハハハっと笑っていると後ろの席からポニーテルの奴…リーンが立ち上がりダストを俺から引き剥がすと再び席に引きずり戻して行った。

「ゴメンね、此奴は私が回収するからやりたかったこと済ませちゃって」

「コラ離せって!!此処から俺の話術で今夜の食事を奢って貰おうと思ったのによ‼︎」

「煩いわね‼︎人にたかっている暇があったら私たちの借金早く返しなさいよ」

彼女はそう言って会釈をすると逃げようとするダスト再び押さえながら格闘し始めた。さっきアイツは遊ぶ金はあるとか言ってたが気のせいだったのだろうか。

取り敢えずさっきのは無かったことにして受付に向かう。

「ああ、カズマさんですね。お疲れ様です、クエストについては鉱山の方から連絡が来ていますよ。めぐみんさんを連れて行かれたので嫌な予感がしたのですがそれは大丈夫だったみたいですね」

いつも通り受付のお姉さんは俺を迎える。やはりめぐみんを連れて行くことに関して俺と同じ不安を抱いていた事は変わらないみたいだ、まあ前回までの爆裂騒ぎを踏まえればそうなるだろうと思うのも仕方ないのだが。

「ええ、何とか。前回の件で大分懲りたみたいで暴走はあまりしなくなりましたね」

「そうでしたか。ああそう言えば報酬を渡して居なかったですね」

今回の依頼料ですと数万エリス分の札束と硬貨を渡され、それを受け取った。

「ありがとうございます。また爆発関係で似たようなクエストがあったら教えてください」

受付のお姉さんにお礼を言うと次の仕事への伝手を回して貰うよう伝えて二人のいるテーブルへと戻って行く。

今回のクエストで分かったのだがモンスターの討伐しないクエストも移動に時間が掛かるが危険が少なくリターンも大きい、爆発系の魔法は才能が無ければ使いこなせない上に消費魔力も多いので取得する人も少ないので供給が少ないらしい。戦闘面に関しては使いづらかったがこう言った感じのクエストならかなりの有用性が見出せそうだ。

なるべく鉱山や土方関係にこう言った感じでコネクションを使えばめぐみんビジネスが成立するのでは無いのだろうか。

「お帰りなさいって、何だか悪そうな顔をしていますね。嫌な予感がしますよ」

新しい可能性を見つけほくそ笑んでいると、それが表情に出ていたのかめぐみん突っ込まれる。

「気のせいだろう、ちょうど飯も来た所だし冷めないうちに食っちまおうぜ」

彼女の言葉をよそに運ばれて来た食事に手をつける。めぐみんは何故か不服そうだったが食事を口にするとどうでも良くなったのかガツガツと食いついた。

「めぐみん…行儀が悪いわよ」

「煩いですね…ゆんゆんは食べ物に困ったことが無いからそんな事が言えるのですよ。この世界は弱肉強食、油断していると無くなってしまいますよ」

行儀を咎めるゆんゆんに対してめぐみんは煩しそうな表情をした後にヒョイっとゆんゆんのオカズをこっそり掠め取った。その手付きは実に鮮やかでもしかしたら盗賊の職業適性を思わせる位だった。

「え、ちょっと待ってそれ私が最後に食べようととっておいた奴‼︎」

視線を戻し、自身の食事のメインを奪われた事に気づきめぐみんの方向を向くが時すでに遅し、メインのおかずはすでに彼女の口に中に入ってしまっており取り返しがつかない状態になっている。

「あぁぁぁぁ‼︎めぐみーん⁉︎なんて事してくれるのよ⁉︎」

彼女の慟哭と共にめぐみんに抱き付くが既に食事を終えていたのか、体を丸めて防御の姿勢をとりゆんゆんの攻撃を耐える。

「油断しているゆんゆんが悪いのですよ。もし此処が私の実家でしたらゆんゆんはオカズどころか主食のご飯すら奪われていますよ」

めぐみんは一体どんな家庭環境に育ったのか不憫でならない、そして二人は同級生だそうなのだが此処まで生活の質に差が出るのだろうか?確かゆんゆんは族長の娘と言っていた事を思い出すにきっと大切に甘やかされて育てられたのだろう。俺もよく弟と色々オカズを奪い合って親に怒られた記憶がある。

「あぁ‼︎煩いから静かに食べろよ‼︎」

一応リーダーなので二人を止める。このまま行けばいつもの様にゆんゆんがめぐみんに泣かされる所までのお約束になってしまう。

俺が注意するとピタリとめぐみんが止まり、勢いが残ったゆんゆんがめぐみんの後ろへと転がって行った。

「カズマ…貴方にも食事の厳しさを教えて差し上げましょう」

彼女はそう言うとヒュッと物凄い速度で箸が俺のカエルの唐揚げ目掛けて進んでくる。

しかしそれをめぐみんの手首を掴む事で難なく防ぐ。恐ろしく早い動きだよ、俺で無ければ見逃しちゃうね。

「何ですと⁉︎」

止めらる事を予想していなかったのか驚きの声を上げる。

「甘かったな、兄弟で取り合ったのはめぐみんだけじゃ無い事を教えてやろう」

ビシッと二人共構えを取る。

此処から先は少し動きを間違えるだけでやられる。めぐみんにデメリットがないのが腑に落ちないが此処は人生の先輩である俺が生きる厳しさを教えてやらないと行けないのだ。

「じゃあ行きますよ‼︎」

「おう‼︎かかってこいや‼︎」

その日の夜酒場には必死に他人の食事を奪おうとする少女とそれを防ぎながら必死にかきこむ少年とオロオロとどうやって止めようか困っている少女の姿が見えた。



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カズマの日常7

すいません。12月は忙しいので投稿が遅れるかできない時が出てきますm(__)m


朝になり現在広場にて彼女を待っている。

時間からしてそろそろ来るだろう。今回めぐみんには待機と言う名の自由時間を与えている、もし何かあった時に店の中で爆裂魔法なんぞを放たれた場合にはこの街を追い出されかねない。

「お待たせしました。遅くなってすいません」

約束の時間よりまだ5時分前にも関わらず彼女が謝りながらこちらに向かって走ってくる。

「別に走らなくても良いぞ、集合時間前なんだし」

肩で息を切らしている彼女を宥めながら地面に置いておいたバックを持ち上げ肩に掛ける。中には何も入っていないが今回尋ねるウィズは現在道具や雑貨を売っているらしいので、何かあったらこれに入れて持って帰る予定だ。

「そう言っていただけると…私も…」

「いいから、息整えてから喋ろ」

ゼェーハーしている彼女が落ち着くのを待ち、落ち着いたのを確認したのでウィズの店に向かった。

「魔道具店って書いてあるし。ここがそうか?」

場所は街の商店街の奥の方に位置しており、特に目立つわけでも隠れ家的な雰囲気を纏っているわけどもなく普通の店に並んで開かれていた。

「多分そうじゃないですか?ウィズって書いてありますし」

間違えたら恥ずかしいので二人で店の周りを眺める。扉のガラスを覗くと、中のの様子が見え久しぶりなので自信が無いがウィズらしき人が確認できた。

どうやらこの店で間違いはない様なので扉を開き中に入る。

「いらしゃいませ…あれ?カズマさんじゃないですか。お久しぶりですね」

中に入ると彼女は俺の事を覚えていた様で、懐かしむかの様に相手をする。

「ああ、久しぶりだな、それで来て早々悪いんだけどこの前言っていたスキルを教えて貰う約束なんだけど今からで大丈夫か?」

「ええ大丈夫ですよ。ちょうど今はお客さんも居ませんし」

さささどうぞっと、入り口の横に置かれたテーブルに案内され、ウィズはお茶を出す為か店の奥へと消えていった。

「この調子なら大丈夫そうだな。店の中を見るに別段変な所もない様だし、ただの思い過ごしで済みそうだな」

「その様ですね…すいません私の考え過ぎだったみたいです」

椅子にもたれかかったままゆんゆんに話しかけると申し訳なさそうにそう言った。別に責めるつもりは無かったがシュンとした彼女を見ると何か俺がいじめた様で胸が痛い。

「しかし変わったものが沢山あるな、ゆんゆんから見てこの魔道具店は普通なのか?」

今まで色々な道具屋等に行ったがこの店はそれなでと違った異様な雰囲気と言うか、他とは違う強烈な個性な様なものを感じた。

「確かに見て見れば他所では見たことのないものばかりですね。でもマナタイトとかメジャーな物も色々ありますね、後は…」

そう言いながら彼女は自分のわかる範囲で商品の説明を始める。店には個性が出るというがどうやらこの店は突出しているらしい、だがフランチャイズやチェーン展開等で統一された店などを見てきた俺からすれば新鮮で面白そうだった。

「お待たせしました。お茶入れましたので良かったらそうぞ」

コトっと俺たちの前にお茶を差し出される。

ありがとうと礼を言いながらお茶に口をつけると、ウィズが話を始めるが。

「それでどのスキルがいいですかね…」

と悩み始めた。流石に全部を教えるには時間がかかり過ぎるし、習得が難しければ難しいほど冒険者の俺にかかるスキルポイントの負担は増大するので、手頃に覚えられ尚且つ汎用性が高いものに限定される事になる。

「あ、それではコレなんかはどうでしょうか?」

ポンと彼女が閃いた様に手を叩く。

「では、申し訳ないのですがゆんゆんさん少し手伝って貰えませんか?」

「え、私ですか?」

突然指名された事に驚きながらも仕方無しにゆんゆんが立ち上がる。どうやら他人に対してアクションを起こす事で発動するので俺以外の相手が必要になる様だ。

「では、腕を出してもらって良いですか?」

「え…あ、はい」

おずおずと差し出されたウィズの手を彼女が不安そうな表情を浮かべ握る。

「別に痛く無いので大丈夫ですよ。ちょっと魔力を頂くだけなので」

「え?魔力を?え?何されるんですかわた…きゃぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

何されるか分からない恐怖にキョドりだすゆんゆんに対してウィズは容赦なくスキルを発動させ、彼女のは悲鳴を上げながら膝から倒れ出した。

「だ、大丈夫ですか⁉︎」

バタンキューと倒れるゆんゆんを受け止める。先程の発言からして如何やらゆんゆんから魔力を吸い出した様だ。

「…如何やらやり過ぎてしまったみたいですね。今までモンスター相手で常に全力でしかやったことなかったので加減を間違えてしまいました…」

奥の部屋に案内され、ゆんゆんをそこまで運び寝かせるとウィズは謝罪した。

「いえ、別に命に別状が無ければ大丈夫だよ。頼んでいるのはこっちだし」

全くウチのエースに何かあったら如何すんだと言いたくはなったが彼女に非は無いのでやめておく。

「そう言って頂けると私としては助かります。それでは気を取り直してスキルについて説明しましょうか、今回のスキルはドレインタッチと言いまして触れた人の魔力とか生命力を吸い取る事ができる事と逆に送る事もも可能です」

そう言いながらゆんゆんに触れると土気色だったゆんゆんの表情がみるみる戻っていった。如何やらウィズによって吸い取られた分の魔力を戻された様だ。

「どうですか?冒険者カードの方にスキルが表示されていると思うのですけど」

「ああそうだったな」

忘れてたと言わんばかりに彼女に促されるまま冒険者カードを取り出して習得スキルの欄を確認すると、そこにはドレインタッチの名前が表示されている。必要スキルは予想と比べてそれほど高くは無いのでその場で習得する。

「う…う…ん…は⁉︎私は一体何を」

ゆんゆんが目を覚ます。如何やら先程までの事を覚えていないのかボーとしている。

「おう目覚めたかゆんゆん。ウィズがスキル使おうとしたら貧血で倒れたらしいぞ」

「そ、そうだったんですか…すいません迷惑かけてしまって」

殊の顛末を細かく話すと話がややこしくなりそうなので、ウィズにアイコンタクトして頷いたのでごまかす事にした。

「それでスキルは如何なったのでしょうか?」

「ああ、それなら問題なしのバッチリだ」

グッと親指を立てる。

「それでしたらよかったです」

ホッと息を吐き肩を撫で下ろし、新しく淹れられたお茶を受け取り口をつける。

「すいません、お客さんがいらした様なので私は一度店に戻りますね」

飲み終えた後のコップを回収してウィズは表の方へと走っていった。商品の在庫が沢山あった為繁盛していないのかと思っていたが如何やらそうでは無いらしい。

「で、どんなスキルを習得されたのですか?」

念の為というか単純に興味があるのか聞いて来る。しかし正義感の強い彼女に果たして教えて大丈夫なのだろうか?一抹の不安が残るが連携するにあたって何かあっても嫌なので此処は素直に教える事にする。

「んー何と言ったら良いか…簡単に言えば相手から魔力を分けて貰う様な感じの力だな」

言葉を慎重に選びドレインタッチについて説明を始める。紅魔族は知力が高いので余計な事を言うと勘付かれる危険性がありウィズとの間にわだかまりが生まれない様に配慮しないといけない。

 

 

 

説明を終え彼女に語弊なく教える事に成功したが、あれから時間が経つがウィズが部屋に戻ってこない、何かトラブルでもあったのだろうか?

ゆんゆんに待つ様に伝えて表に向かう。先程の部屋と商品が置かれているスペースには一本道の廊下と暖簾で区切られているので此処から中の様子は分からないが、ウィズと歳をとった男性の声が聞こえて来る。

どうやら話途中の様だが、声のトーンが何時もの談笑の時の物とは違い真剣味が混じっていた。

「どうかしたのか?」

暖簾を潜り店の中に出る。店のカウンターを挟む形でウィズと誰かは分からないが初老位の男性が立って話をしている。

男性の方は何やら設計図の様な物を持っているので建築か不動産関係などだろうか、どちらにせよこの魔道具店に何の様だろうか?

「あ、カズマさんゆんゆんさんは大丈夫そうでしたか?」

俺に気づいたウィズが一旦話を止め俺の方向へと振り返る。

「ああ、お陰さまで大丈夫そうだよ。で、何の話をしてたんだ?こっちまで声が聞こえて来たぞ」

「それなんですが…」

「それについては私が」

ウィズが話を渋っていると、痺れを切らしたのか前にいた初老の男が話を始める。

話を聞くと、この方は不動産を営んでいる方で今回此処を訪れた理由はウィズの能力を見込んで幽霊が住み着いて怪奇現象が起こる屋敷を御祓して欲しいそうだ。だが、しかしウィズが言うにはその霊は昔屋敷に住んでいた貴族の隠し子で特に実害も無くただそこに居るだけなので、何か害意を持って近付かなければ何も無いらしいので断っているらしい。

確かにそこに取り憑いている霊にとってはそこに住んでいた先人なので追い出される筋合いはないが、その管理者である初老の爺さんからしたら迷惑その上ない話だ。

「お願いしますよ、このまま屋敷の手入れができませんと屋敷がどんどん傷んでしまって価値が下がっていってしまうのですよ」

「そんな事を言われましても…あんなかわいそうな子を消し去るなんて私にはできません」

そして話は再び平行線を辿る。どうやら爺さんが訪れるのは初めてでは無いらしく、数年前に一度頼んでウィズが様子を見てからこうして機会が有れば伺っているらしい。

「でしたら住んで頂くのは如何でしょうか?家賃は免除しますので住んで頂いて多少で良いので手入れをしていただけないでしょうか?」

「それも困ります‼︎」

仕方無しに爺さんは妥協案を提示し始める。御祓が駄目ならせめて屋敷が劣化しない程度に手入れをして欲しいのだろう。しかしウィズにも家というか住み込みなのか分からないが住む場所があるのだろう、彼女が首を縦に振ることはなく。

「あの…」

ふと、とある事を思いついたので、二人の話の間の割って入る。

「何でしょうか?」

「もし良ければですけど俺が住みましょうか?こう見えて冒険やってますので退魔魔法なんてお手の物ですよ」

子供の幽霊なら何かあってもターンアンデッドで祓う事が出来そうだ。日本とは違いこの世界では幽霊に対してアクションを起こせる為か不思議と恐怖心が無くなっているのだろうか?

多少の事に目を瞑ったとしても家賃無しで住む場所を手に入れる事は魅力的だった。

「それは本当ですか?」

予想外の俺の発言によりびっくりした様に爺さんは目を開き俺の手を取って握手する。

「ちょっと待ってください‼︎あの子を成仏させるつもりですか⁉︎」

「そうだけど?駄目か?」

「駄目って訳では無いですが…」

「大丈夫だって、危害を加えてこなければ何もしないって」

「本当ですか?」

何やらあの屋敷に住んでいる幽霊に思い入れでもあるのか、幽霊に退魔魔法を使用する事を止めようとして来る。

俺としてはどっちでもよかったのだが、何も無ければ何もしないと約束し爺さんの事務所に向かった。

 

 

 

 

 

それから簡単な手続きを済ませ、屋敷に向かう。本当は俺一人で独占しようと思ったのだが、何故かゆんゆんとめぐみんもついてくる事になってしまっている。如何やら一人で幽霊屋敷に住む事を心配してくれている様だった。

「此処が例のお屋敷ですか?私が思っていたよりも随分と大きな場所ですね。まあ私としては広い自室が頂ければ問題はありませんが」

ついて早々にめぐみんがそう言った。現在めぐみんはゆんゆんの借りている部屋に居候している状態にある。クエスト報酬を山分けしているので部屋を借りれるとは思うのだが、ゆんゆん曰く実家に仕送りをしているらしくあまり自分の為にお金を使わないらしい。

「ゆ…幽霊か…何もしなければ被害は無いって言っていましたけど、もしもの時は私の魔法でどうにかならないでしょうか…」

ゆんゆんは単に仲間外れになりたくなかったのでついて来た様だ。しかしこの間のアンデッド退治は大丈夫だったのに何故こんなに震えているのだろうか。

「とにかく中に入ってみようぜ、幽霊にはあって見ない事には分からないし、既に成仏しているかもしれないだろう」

怯える彼女を他所に中に入ろうとする。

「カズマさんは退魔魔法を使えるからそんな事が言えるんですよ‼︎」

納得出来ないのかピーピー文句を垂れながらめぐみんの後ろに隠れながら俺に続いてくる。

「ゆんゆん私に隠れるのは構いませんが、いざとなった時に私が使える手札は爆裂魔法だけですのであまり意味はありませんよ」

「だったら他の魔法も取りなさいよ‼︎」

めぐみんは呆れた様にそう言うが、足元を見ると少し震えているのがわかる。如何やら紅魔組に関してはあまり期待できない様だ。

 

 

門を潜り敷地内に入ると、長年手入れがされていなかったのか草木がこれでもかと言いたげに生い茂っていた。

「やはり、外から見える様に凄い事になっていますね。これはしばらく草刈りに時間がかかりそうですね」

後ろからめぐみんが面倒くさそうに言ったのが聞こえてくる。確かにこのままだと夏には虫達がパーティーを始めてしまいそうなので、寒さが本格的になる前に刈ってしまわなきゃいけないだろう。

敷地内を見渡すと前回の訪問の跡だろうか、草木が折られ分けられモーゼの海みたいな道が作られており、そこから玄関らしき扉が見える。

「この道で良さそうだな、俺が先行してやるから行くぞ」

分けられた道を進むと予想通りに玄関に辿り着く。鍵は預かっているので解錠し中に入る、外見が外見だけに屋敷のなかは広くまるで中世のお屋敷の様だった。

「しばらく誰も住んでいなかったと言われている割にはそこまで汚れていませんね。私はもっと蜘蛛の巣とか色々あって景色が灰色になると思っていましたが」

キョロキョロと辺りを見渡していると気づいた様にめぐみんがそう言った。確かに中は予想よりも荒れてはいないが、見渡せば埃が積もっている箇所が多々ある。

しかし、管理人が言った様な年数放置されていたとは思えない位には綺麗だった。

玄関から出てすぐの部屋にラウンジの様な広い部屋にたどり着いた。共用スペースに当たるのか壁には暖炉が掘られていたりソファーや大きなテーブルなどが設置されている。

「このくらいの汚れでしたらすぐ片付きますね」

部屋に着くと、よっこいせとゆんゆんは背中に背負っていた大きな鞄を下ろす。俺はそれに指を指し。

「なあ、これって私物を全て詰め込んだのか?」

「いえいえ、さすがの私でも手入れのされていない屋敷に荷物を持って来たりしませんよ」

ガサゴソと彼女はカバンの中身を取り出していく。内容は単純で、洗剤や雑巾などの清掃道具が沢山仕しまわれていたようで、それらが部屋に並べられていった。

「此処までされるとゆんゆんの収納能力には脱帽だな。収納アドバイザーか何かなのか?」

並べ終わった洗剤などの掃除道具の量は多く正直あのバックに収まるとは思えないもので、ちょっと引いてしまった。だが、再び掃除道具を買いに街まで戻る必要が無くなったのでゆんゆんには感謝しかない。

「取り敢えずまだ昼頃だから暗くなるまで清掃だ。まずはこの部屋を掃除してその後は各自で個人的な部屋を決めてその部屋を掃除して終わったら風呂などの他の共用スペースを頼むな。あとお札の貼っている部屋には近づくなよ、幽霊になる前の子が住んでいた部屋だからな」

途中までウンウンと頷いていた二人だったが最後の言葉に反応してビクンと震えた。そんなに幽霊が駄目なのだろうか?殆どアンデッドと変わりがないじゃ無いか。

「とと、とにかくこの部屋から片付けましょう。ほらめぐみんも行くわよ」

如何やら汚れても良い服装に着替える為か二人は作業着の様な物を抱えると何処かに消えていってしまった。

そしてポツンと部屋に残されてしまったのでゆんゆんの残した掃除道具を手に取って掃除を始める。

やはり異世界だろうか、メラニンスポンジや界面活性剤などの特殊なものはなく90年代を彷彿とさせる様なものが並べられていた。折角の異世界なのだから某魔法使いの映画の様に魔法でパパパッときれいに欲しいものなんだがこの世界の常識は変に原始的な部分が目立つなと思わずにはいられない。

まずは軽く叩きをかけ、こぼれ落ちていったホコリを箒で掃いていく。前の住人が手入れを怠らなかったのか特に油汚れなどこびりついたものはなく、単に積もった埃を払っていく様な単純な清掃で済みそうだった。

「お待たせしました‼︎めぐみんが途中邪魔してきたので遅れましたがこれで始められます」

掃き掃除の佳境が終わった所で二人とも着替えが終わったのかラウンジに入ってくる。しかし途中で何かあったのかめぐみんが絶望した様な表情を浮かべていた。

「めぐみんは如何したんだ?なんか勝てない何かを見たようなそんな表情をしているけど?気分が悪いならソファーを綺麗にしてやるから横になるか?」

おおよその予想は着くが、なんか不憫に思えてきたので休ませようとソファーの埃を払う。こういう時に粘着テープの付いたローラが有れば良いのだが…。

「あ…大丈夫です。何時もの事ですから…何時もの…事…はぁ」

大きなため息を吐くと、彼女は掃除道具を持ち上げ埃を掃き出した。その彼女の背中には哀愁の様なものが漂っており敗北者の様だった。

 

 

 

 

 

 

それぞれの部屋の掃除が終わり、共用部分の他の皆は掃除に入っている。やはり屋敷と言った所か部屋が沢山あり、とても3人で住む様な所では無いくらいに広いので果てがない様に見える。しかし住む範囲を決めて掃除すればそこまで時間のかかるものではない。

話は少し変わるが、住むにあたってウィズから条件というかお願いを受ける。内容は三つに分かれておりそのうちの二つは簡単なんだが、最後の一つはこの札の貼られた部屋を掃除するというものだった。

「はあ…」

思わずため息が出る。二人にも協力を頼んだのだが初めて見るくらい拒否され、ゆんゆんにはずいぶんと遠回りな言い方で躱された。別に怖い訳ではないがウィズに退魔魔法が禁じられている以上魔法に関しては丸腰で挑まなくてはいけなくなってくる。バケツには掃除道具が入っておりこれで対応しなくてはいけない。

覚悟を決めドアノブを捻り扉を開ける。さて鬼が出るか蛇が出るか、どんな事になっても幽霊関係なら最終的にエリス教のアークプリーストが居るので大丈夫そうだろう、しかし中は如何なっているのだろうか?何処かのホラー映画の様に呪の文字や殺してやるなどの呪詛が刻まれていなければ良いのだが。

しかし、そんな俺の考えを裏切る様に中の景色はサッパリしており飾りすぎず落ち着いた、まるで年頃の少女の様なシンプルな部屋だった。

しかしながら部屋は埃が凄かったので窓を開き空気を入れ替えて、なるべく配置を変えない様に掃除を始める。某ホラー映画では部屋の家具を動かして呪われたという話があると聞いたことがある、可能性は低いがゼロではないので現状を維持しつつ埃を払い、新しく卸した雑巾で部屋を拭いていく。

「ありがとう…」

掃除がひと段落した頃にボソっと遠くの様な近くの様なよくわからない距離から何かが聞こえた気がした。

部屋を見回りやり残しが無い事を確認したあと部屋を後にする。特に何も無いなと全身を確認し念の為に自身に退魔魔法を掛けるが特に反応がなかったので多分大丈夫だろう。残りは草刈りと他の使用しない部屋になるだろうから今日はこの辺りにして荷物を宿屋から運び出す事にしよう、もう暗いし。

 

 

 

 

 

ラウンジに戻るとそれぞれ作業が終わったのか食卓用だと思われるテーブルに着席し談笑していた。そしていきなり現れた俺の姿を見てびっくりしたのか体を跳ね上げている。

「わわわ…何だカズマですか⁉︎全く驚かさないでくださいよびっくりするじゃ無いですか」

椅子から転げ落ち尻餅を着きながらめぐみんはそう言った。そしてゆんゆんは一瞬にして姿が消えたと思ったらテーブルの下に瞬時に隠れていた様でテーブルクロスの下から服の裾がはみ出ていた。

「なんだよじゃねえよ…声を掛けなかった俺も悪かったけどそこまで驚くことは無いだろう…あとめぐみん早く体勢を戻せよパンツ見えてるぞ」

頭をかきながら面倒臭そうに指摘するとささっとワンピースの裾を下に下げる。

「どこ見てるんですか⁉︎変態ですか貴方は⁉︎」

「いやいや、見せつけてるそっちが変態だろ」

言いがかりに対して抗議しつつ、掃除道具を棚にしまっていく

「ゆんゆんもいつまで怯えてないでいい加減出てこいよ。隠れたとしてもその様子じゃ意味ないからな」

俺が指摘するとのそのそと罰が悪そうにテーブルの下から彼女が罰が悪そうに出てくる。

「これから俺は一度荷物を取りに宿屋に向かうけど夜はどうする?各自で済ますか酒場に行くか?」

それとも俺が作ろうか?と聞こうとしたがそうすると二人のことだからなんだかんだ言って最終的に料理当番を押し付けられそうなので押し黙る。

「そうですね…各自で済ますのも味気ないですし、キッチンには料理道具はありませんし、暫くはいつものように酒場で食べるのがいいのではないでしょうか?」

「私もそう思いますね、掃除したと言ってもまだ埃っぽいですし酒場でいいのでは?」

二人ともいつものように酒場で済ませたいらしく、各自荷物を運び次第に酒場に集まる事になった。そこからは特に何もないいつも通りの食事をすませ、屋敷にもどると各自持ち込んだ家具などの最終調整を済ませる為に部屋に戻りそのまま一夜を過ごす事になった。

 

 

夢を見た。

とある貴族とのメイドの物語。

主人公はその二人の子供、その子供は本来生まれてはいけない存在で隠されるように屋敷に幽閉され暮らしていた。

それでもたまに現れる親との過ごす日々に満足していた。

しかし、父親が病に倒れた、助かる見込みは無いらしい。そこから少女の人生は変わり始めた。

様々な出来事に巻き込まれて耐えていたが、やがて少女は父親と同じ病気にかかり床に伏せっていき、その人生に終止符を迎えた。

今ではこの屋敷に住み着きこうして…

 

 

 

 

ふと目が醒める。本来なら一度眠ったら起きないはずなのだが、自然に寝ぼける事なくスッキリした状態でこうして覚醒する。

何かよくわからない違和感を感じベッドの横を見ると、そこには金髪の少女が座っているような浮いているようなそんな感じでそこに居た。

「ーっ⁉︎」

ビックリしてのけぞろうとしたが金縛りにあっているのか体がベッドに縛りつけられたように固定され動けない。

「心配しないで…挨拶しに来ただけだから」

実際には声になってないはずなのだが念話なのか頭の中に響くようなそんな感じがした。アークウィザードのスキルに似たようなものがあったがそれに近い物だろうか?

抵抗できない以上何しても無駄なので逃げるのは諦めて色々試す事にする。まずはあの子に向かって念話が出来るか試す、やり方は分からないので取り敢えず相手に伝われと何か適当に少女に向かって念を飛ばすイメージをする。

伝われ…伝われ…つ・た・わ・れ⁉︎

「え?ファミチキくださいって何?」

如何やら伝わった様だ、彼女へのコミュニケーションは念じるだけで伝わるそうだ。

「で?なんの用って聞くのは流石に野暮だよな…ここは君の家だしな。でも管理人の手に渡っている以上は此処はもう俺の家でもあるからな出て行ってくれは流石に無理だよ」

取り敢えず俺に被害は無さそうなので会話を始める。

「ううん、出て行けとかそういうことじゃ無いの。ただ私の事を追い出さそうとせずに、この屋敷に住む人は珍しかったからお話してみたかったの」

如何やら彼女は夜の話し相手が欲しかったらしい。幽霊と言っても女の子と言った所だろうか、なかなか可愛い幽霊も居たものだと思う。

「それだったら大歓迎だよ。けど明日は朝から草刈りをしなくちゃいけないから長くは無理だからな」

「うん」

こうして俺は彼女と夜を語り合ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた朝、どうやら俺は途中寝てしまった様で朝起きると既に彼女の影はなかった。成仏した訳では無さそうだったがこれで良かったのだろうか?ウィズの願いの一つは冒険話を屋敷で楽しそうに話すなのでこれで大丈夫だろう。

取り敢えず3人で庭の草木を刈り綺麗にしていく。

そして三つの目のお願いの要である彼女の墓場を見つける。此処を掃除しようと言ったが二人は気味悪がって近付かないので、水をかけ墓石の苔を剥がして行く。

そして現れた名前は昨日の幽霊が名乗った名前と同じ物だった。つまり此処は彼女の墓になる。

ウィズの最後のお願いはこの墓の清掃だった。掃除をしているとアンデッドがわいてくるとかそんなギミックがありそうだったがそんな事は無さそうだ。

 

「ちゃんと私との約束守ってくれているみたいですね」

掃除が終わる頃に突然後ろで声がきこえ、勢い良く後ろを振り向くとそこにはウィズが立っていた。

「うわぁ⁉︎居たのか‼︎びっくりしたぞ」

「そんなにビックリしなくても…」

良くも悪くも彼女はリッチーで死んでいるので影が薄いのだろうか

「で、何か用か?話だったら中でゆっくりしながらしようぜ、ゆんゆんがお茶入れてくれてるみたいだし」

「いやお構いなく、私は様子を見に…」

ウィズが話を始めようとした時だった

 

 

「緊急、緊急冒険者の皆さんは至急ギルドへ集まってください。繰り返します…」

ウィズの声をかき消す様に街全体に警報が鳴り響いた



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デストロイヤー襲撃

すいません、暫く忙しい状況が続いてなかなか投稿が出来ないので更新が遅くなります。


警報が鳴り響き静かだった街の雰囲気が一気に喧騒へと変わる。街で如何やらまた何かあった様だ。俺の記憶を思い返しす限り最後に聞いた警報の内容はベルディアだったが今回は一体何だったのだろうか?

「おいおい…また何かあったのかよ前回からまだ時間はそれ程経っては無かったと思うんだけどな」

ボリボリ頭を掻きながら隣にいたウィズに悪態をつく。

「さあ、如何なんでしょうか。取り敢えず向かって見ない事には分からないと思いますけど、私は一旦店に戻って伝票の整理が途中でしたのでそれを済ませてから向かいますね」

彼女はくるりと踵を返し屋敷を後にする。如何やら彼女も何かを感じたのだろうか、ベルディア討伐作戦には参加しなかったのに今回は参加する様だった。

「取り敢えず二人を連れて行かないとな…部屋で大人しくしてれば良いんだけど」

墓の掃除は一通り終えたので、剥がした苔などや使っていた掃除道具を片付け終え屋敷に向かう。二人はウィズと話し始めている頃には草刈りを終えて各自休みに入っているので部屋にるのだろう。

幽霊の件が彼女達の中で納得していなかったのだろうか、二人の部屋はいざという時に互いがすぐ合流できる様にと近くの部屋を選択していたらしい‘。いつか時が来たら幽霊になってしまった彼女を紹介した方が良いのだろう。

「おーい二人とも居るか?なんか呼び出し掛かっているから行くぞ」

ガチャリと部屋を開けるとゆんゆんがグッタリとカーペットにうつ伏せで倒れており、横にあるテーブルに備え付けられた椅子に座りながら頬杖をついているめぐみんがいた。

「何やってんだよ…お前ら」

もはや何時もの光景とかしたこの状況に半ば呆れつつも二人に突っ込む。先程まであった緊張感が抜け切ってしまい若干脱力してしまう。

「ふん、私の前でまざまざと大きなものを揺らすのがいけないのですよ。お陰で気分を害しました」

「うっ…酷いよめぐみん…ただ着替えてただけじゃない…」

半泣きで横を向くゆんゆん、如何やら何か技を掛けられた様だ。

「はぁ…もう良いから準備を済ませろよ…」

ボリボリ頭を掻きながら扉を閉める。何だかんだ言って俺も作業着で装備を整えなくてはいけないので一度部屋に戻り掛けてあった冒険者の装備に手を掛ける。

ここ最近色々動く事が多かったためか服に少し解れ始めている事に気づく、そういえばゆんゆんと買い物に出掛けてからこの一張羅を着まわしている事を思い出す。なんだかんだ言ってベルディア討伐の際の報償金に手を付けて居ないので金には余裕があるし、また近いうちにでも買いに行かないといけなそうだ。

装備を整え再びラウンジに戻ると装備を済ませいつでもどうぞと言いたげな二人が居た、流石に未だに警報が鳴り響き続けている現状に危機感を感じたのか先程までの緩んだ表情から一転引き締まった表情をしている。

「準備は済んだ様だな、じゃあ行くぞ。まあ、どうせまたロクでもない様な案件だと思うけど締まって行こうぜ」

ええ、どんな相手でも私の爆裂魔法で一撃ですよ、と何時ものフレーズを聞き流す。嫌な予感は尽きないが案内にもあったギルドへと向わなければ何があったかは分からないので向かう事にする。

 

 

 

ギルドに向かう途中に街の人達がキャベツ事件の時とは対照的に大きな荷物を背負いながら俺達の向かう方向とは反対方向の街の外へと向かって行く。失礼だがその光景はまるで夜逃げをする商店街一同の様に見えた。

まあ今は昼なんだが。

不審に思いながら街に流れる放送を確認するため耳を澄ませると内容が冒険者の召集だった物に街の皆に向けた避難のメッセージが含まれていた。

「何か…今回はヤバめの雰囲気がするんだけど、俺の気のせいだったりしないか?」

念の為後ろの二人に確認するが、二人も街の雰囲気を察したのか

「さぁ、如何なんでしょうか?少なくとも私がこの街に来てからこの様な放送はなかったですね…」

ゆんゆんがおずおずと答える。

「私にも分かりませんね、でも何があろうと私はただ全てを吹き飛ばすだけですよ。この爆裂魔法でね」

ニヤリと中2的な笑みを浮かべながら決めポーズをとるめぐみん、お前はプレゼン中のジョブズか。

如何やら今回の様子を見るにベルディアが攻めてきた時とは違い、より事態は深刻な様だ。急ぐ気持ちもあるが焦って避難中の住民にぶつかってしまうと危険なのでペースは変えずにギルドに向かう。

 

 

街の喧騒から一転、ギルドに入ると異様な静けさに包まれた空間に全員とは言えないが冒険者が奥に設置されているホワイトボードに集まり何やら作戦会議をしている様だった。

「お‼︎何だカズマじゃねーか‼︎来ると思っていたぜ。早くこっち来な」

ドアを開けると金髪に見つかり会議の溜まりへと引き込まれる。二人を後ろへと残し集まっている人を掻き分けて最前列に出るとホワイトボードの左右の端に並ぶ様にカツラギと受付のお姉さんが配置され進行を取り仕切っていた。

そのホワイトボードを眺めると沢山の作戦名なのだろうか色々な文字の羅列が書かれてそれら全てに横線が引かれていた、如何やら現状いい案が浮かんでいない様だ。

「良いところに来たね、丁度君の意見が聞きたかった所だよ。あの魔王軍幹部であるベルディアの討伐を指揮した君の事だ何かいい案はあるんじゃ無いかい?」

最前列に躍り出た俺を見つけたのか、少し驚いた様な表情を浮かべたが、すぐさま元のキリッとしたキメ顔に戻しながら澄ましたようにこちらに考えを伺ってくる。

「いや…特に無いかな。そもそも何が起きてるか分からないからわざわざこうして聞きに来た訳だし」

ハッっと自虐気味に笑い飛ばすと、かっこ良く決めたかった目論見が叶わなかったのか目尻をひくつかせながらも笑顔で説明を始めた。

「確認も含めてもう一度説明しようか。今回の招集は単純だ」

「前置きは良いから本題から入ってくれよ」

時間がなさそうなこの状況に置いて前置きや前座などは要らないだろうと、彼の話の腰を折る。まあ一から説明を求めたのは俺なので言ってはいけないのだが。

「…コホン。では本題から入ろう、デストロイヤーと言う兵器がこちらに向かって進行しているらしい」

彼は咳払いをして自分を落ち着かせると再び説明を始めながらホワイトボードに描かれていた文字の羅列を消していき蜘蛛のような絵を描き始めた。

「形は細い8本足が特徴で中心の塊部分に重要機関があると推測される。これは昔に有ったとされる魔法大国ノイズにより対魔王用にと国家予算をふんだんに使用して作られた魔導要塞になっている。そして現在は何かの手違いかなんかで暴走し自国を破壊した後にこうして通りがかった街を破壊し尽くしている」

その後色々と話し始めるミツルギ。結局は俺知っているぜアピールが多いので割愛するが要は蜘蛛型の兵器が此方の街に向かって来ているらしい。

「大体の情報はこんな所だろう、それでだ。これを聞いて君は如何考えるんだい?」

話終え気が済んだのかようやく俺に話を振った。

「そんな事急に言われてもな…俺たちのやり方って言ったら高火力でゴリ押しして行くだけだしな。めぐみんの爆裂魔法をぶつけて吹き飛ばすくらいしか無いぞ」

はあ、と適当に答えを返す。いきなり概要を説明されて攻略方法を考えろなんて今のご時世ゲームでも無い位だ。まあ仕事となればどうなるかは分からんが。

「そうだ言い忘れてたね…デストロイヤーには周囲を囲む様な結界の様な防壁が貼られているんだ。実はこれが一番厄介でね魔法攻撃等を全て無効化してしまうんだよ」

奴は後になってとんでもない事を口走った。魔法を無効化する敵…いつかは出てくるとは思っていたがまさかこんな早くに出てくるとは思わなんだ。俺のパーティーの火力はほぼ二人のアークウィザードによる魔法が主であるので魔法を封じられた時点で無能の集になってしまうのだ。それを防ぐ為に何とか物理的なアタッカーになろうとして居るのだがやはり冒険者のステータスの低さが仇となってかこのザマである。

「それでその結界はどんな感じで貼られているんだ?本体一体を囲んだ球体状か?それとも膜の様に張り付いているやつか?魔法を感知してシールド的な奴が現れてくるやつか?」

結界と言ってもそれぞれに種類がある。逆転の発想でもし自分がその結界を張る力を持っていると仮定して、その状態で相手にどう破られるかを考えると自ずと答えが見えてくる物だ。なのでそれぞれの結界の貼り方によってあり得るであろうメリットデメリットを知る為にもこの情報は外せない。

「うーんそれはだね…」

俺の質問は予想外だったのか、困った様な表情を浮かべ受付のお姉さんへと視線を向けて回答のバトンを渡す。

「そうですね…これはあくまで私の考えですが、此方に残っている報告書には魔法攻撃はデストロイヤーに触れたが強力な結界に阻まれた、とありますので恐らくですが本体の表面を包む様な形で貼られているのではないでしょうか」

成る程、どうやら結界は膜状にデストロイヤーを包んでいることになる。球体状であれば通す物と通さない物の差を見極め攻撃方法を確立できたが膜の場合はそれが出来なくなる。だが膜状であるなら結界を少しで貫けば本体にもダメージを通す事ができる可能性がある。

 

しかし膜状では無く球体状で有ったなら結界内つまり足元に入ってしまえばそこから攻撃が可能だったのだが膜状となってしまえばその貫通させる方法が作戦のネックとなるだろう。漫画とかにある巨大なパイルバンカーなどの高火力物理的兵器などが有ればそれで解決なのだが、そんなものは帝都にあっても初心冒険者の集まるこの街にはないだろう。それにエレメンタルマスターが大穴を空けてそこに落としたらしいがその多足な足で織りなされる動きにより抜け出したらしく、仮にそんな物があっても当てることが出来るかどうか分からない。

ならばどうやってあの結界を破るかと言う話になるのだが、それを周りに聴きながら案を浮かべて白板に書き込んで行くがどうも的を得ない。

「なあカブラギ、お前のその剣であの結界を破れないのか?」

彼の持つ剣も一応は女神の与えた魔剣であり、その剣を持つだけでかなりのステータス向上の待遇を受けられると、いつだったか言っていた様な記憶がある。ならばあの要塞の持つ結界も破れるのではないだろうか。

「いやミツルギだって前から言っているのだけど…コホン!確かに僕の魔剣グラムで有ればあの結界は破れるかも知れないが、それはあくまで部分的な物になると思う。結界を破ったところですぐに修復されるだろうし無駄だと僕は思うね」

やれやれと言った感じだが内心はやや悔しいのか苦虫を噛み潰した様な表情になっている。

「他にお前みたいな魔剣持ちは居ないのか?」

ミツルギにだけ聞こえる様に耳打ちする。俺たちの存在はこの世界の住人に言ってはいけないのかは分からないが、他の人には言わない方がいいと思ったのでなるべくは大きな声で言わないように気をつける。

「…何名か心当たりはあるけど、今この街に居るのは多分君と僕の二人だけだね」

ボソッとミツルギに耳打ちされる。

「成る程な…」

あれ程の力を女神から受け取っていればそのチート使いにとってこの街はチュートリアルにあたる為、そうそう長居はしないのだろう。しかし普通こんな街に要塞が来るか?

頼れるチートはミツルギと俺の二人のみ、仮にミツルギに結界を一時的に破らせそこに黒炎を入れたとしてもそこからデストロイヤーを俺の炎で燃やし切る前に要塞がこの街にたどり着かれるのが落ちだろう。

話を聞けば地上に向かってのセンサーの様な感知器に上部にはバリスタ等々の対空設備もあると聞く。どうやって近づくのかも作戦で決めないといけない。

うーんと3人で首を傾げながら唸っていると、ウィズが此方に手招きをしてくる。表情からしてどうやら俺に用がある様だ。一体何だろうか?拉致が開かないので店の商品を持って避難したいとかだったら困るのだが…。

悪い一旦席を外すと二人に告げその場を離れる。

「どうしたんだいったい?」

周りの人達を掻き分け列の後方にいたウィズの下へ向かうと何やらこっそりとさっきの様に俺に耳打ちする。

「此処ではあれですので一度此方へ」

そう言うと彼女は俺の手を引きながらギルドの外へと引っ張っていく。これが逢瀬だったら良かったのだが今回は状況が状況なだけに違うだろう、今は一刻を争う状況なだけに出来れば早く済ませて欲しいものなんだが。

「此処なら大丈夫そうですね。」

街の住人は俺達を除いてほぼ全員避難したのでギルドの外に出るだけでそこは一種の人気の無い場所になるのだろう、前回めぐみんが座っていたベンチの前でウィズと二人きりになる。

「話は聞かせていただいたのですけど…結界どうと解くかですよね、それに関して少し参考になるのかどうかはわかりませんが…」

話が終わりに近づくに連れて語尾の方が聞き取りづらくなっていく。

「別に参考になるかどうかは聞いてみないと分からないし、役に立たなかったとしてもそれがきっかけで新たな作戦が思いつくかもしれないから頼むよ」

とにかく今は時間がない、彼女なりに気を使っているのだろうが此処まできたらその行為自体がもどかしい。

「この話はここだけの話なんですが…私は一度魔王の城に乗り込んだ事があるのですが、その為に結界を破る必要があったのですけど、その方法なんですけどカズマさんもゆんゆんさんが使用している所を一度見ているとは思いますがライトオブセイバーと言う魔法になります」

「あの魔法は本来は自身の魔力を圧縮放出して剣状に形成して的を切ると言うかなり魔力を消費する魔法になるのですけど、それ故に一時的にですが結界の類の障壁を打ち破れる事ができると思います」

成る程な…魔王の城に乗り込んだ事が凄く気になるがそれは今は置いておこう…それよりも上級魔法であるライトオブセイバーにより結界が一時的に破れる事が知れたのは僥倖だろう。正直ミツルギの斬撃で結界を如何にかしようと思っていたがゆんゆんとウィズの二人が居ればその手数が三倍になるだろう、それにより結界を破り中に侵入できるかもしれない。

「サンキューなウィズ、お陰でいい案が浮かびそうだ」

彼女に礼を伝えて再びギルドに向かう。

残る課題はどうやって近づくかだ…下から近づけばあの多足な脚により潰され、空から近づけばバリスタにより打ち落とされる…

「なあ、空間移動の魔法とかあったりしないか?こう一気に指定した場所に一瞬で移動できるやつでもいいんだけど」

戻る前に確認する、もし俺の考える以上での最高の転移魔法があったなら結界など無視してそのまま要塞の中へと移動してしまえばいいと思うのだが。

「一応テレポートという魔法がありますけど、一度行って登録する必要がありますし空中に飛ばして失敗したら最悪機械の中に埋め込まれる形で転移して一生そのままになってしまいますのであまりお勧めする事は出来ませんよ」

「マジか、それじゃ無理か…そうだよなそんなに現実甘くはないよな」

石の中にいる。某昔のゲームソフトの様な展開はどの世界も共通の様だ、ならば他の方法を考えなければいけなくなる。ゲームや他の作品を参考するなら巨大なパチンコ等々などがあるがそれを作るには時間がたりないだろうが考え自体は悪くは無いと思う。

此方も無敵バリア見たいな物を張りながら飛んで行ければいいのだが、彼女曰く風を纏って簡易的なバリアを張るような中級魔法はあるが俺の要望する様な魔法は存在しないらしい。

 

 

 

 

思考を続けながら再び二人の元へと戻る。やはり俺が抜けて新しい案がいくつか出た様だがどの案にも横線が引かれ没となってる。此処で何か画期的なアイディアが浮かんでいてくれればそれはそれで良かったのだがそれはなかった様だ。

「で、彼女時からの助言か何かは役に立ちそうなのかい?」

戻ると難しい表情を浮かべていたミツルギは顔を上げ俺に聞いてくる。

「あぁ、上級魔法にあるライトオブセイバーでも結界を一時的に破る事が出来るそうだ。けどその案を採用するの為に要塞に近づくには障害が多すぎる」

「そうか…でもこれでパズルのピースは増えた訳だね」

少し俺に期待していたのだろう、言葉は前向きだがミツルギの表情の曇りが強くなる。

結局の処要塞デストロイヤーは兵器としては完全無欠過ぎるのだ。俺やミツルギが参考にするであろうゲームなどの作品にに現れる巨大な存在には必ず弱点が存在するのだが、此処は異世界といっても現実でありその様な

物は設計の段階で誰かしらが気付き危険な要素を虱潰しに排除しているであろう。仮に弱点なる部分があってもそこは厳重に防御を固められ今からでは間に合わないだろう。

「そう言えばあの要塞が此処にくるには後どれくらい掛かるんだ?」

ふと疑問に思った。何だかんだこの会議に一時間程費やしているが、一向に巨大な要塞が来る気配が無く酒場自体は冒険者の声で騒がしいが外の様子は静寂そのものだ。

「そうですね…エレメンタルマスターから提供された情報から逆算すると残りの時間は後6時間程だと言われています」

その質問には受付のお姉さんが答える。どうやら何処かのエレメンタルマスターが精霊を使って俯瞰的に動きを観察していた処、その動きが直線方向で此方に向かっているそうだと情報を此方に流したらしく、その時の場所と方向そこにある山などの障害物を踏まえて計算した結果割り出されたらしい。

「成る程な…意外に時間はある様だけど」

そこまで時間があるなら俺の黒炎を飛ばす案も考えたが、そもそも要塞はまだ遠くにいるので合流するのに時間を取られゲームオーバーになる結果が見えた。具体的な指標が決まらない限りはこの6時間を使って待ち伏せをした上での短期決戦が妥当だろう。

「済まない、一ついいだろうか?」

唸っている処に女性が手を挙げた。何処かで聞いたことのある様な声の方向を向くと金髪碧眼の女性…ダクネスが居た。先程まで居なかった所を見るにどうやらこの騒ぎを聞きつけやってきた様だ。

「ダクネス居たのか、見なかったからてっきり逃げたのかと思ったぜ」

先程俺が来た時に言われた言葉を彼女に返す。やはり人間インプットされた事をアウトプットする傾向にある様だ。

「いや、冒険者を名乗っている以上逃げる様な事はしない」

人溜りの最前列に立ちなが彼女は堂々と宣言する。そしてそれに呼応する様に後ろから歓声が聞こえる、どうやら皆にはいきなり現れたダクネスがこの行き詰まった現状を打破する英雄に見えるらしい。まあ、映画とかを例にしてタイミングだけを見れば此処でいい案が浮かんで話が進む処だろうし。

しかし、皆には背中しか見えないから分からないが、その宣言した本人の表情は何かに対する期待を隠しきれないのか時折キリッとした表情が綻び愉悦に浸って恍惚とした表情が見え隠れしていた。

「お前…まさかあの要塞に突っ込もうとか考えては居ないだろうな」

そう、此奴はいわゆるMだ、それもドがつく程のな。そしてそんな奴が笑顔で進言して来るのだ結果はロクでもないことに決まっている。

「な、確かにそれが良いと最初は思ったのだが…だがしかしそれとはまた別だ」

その考えが一度でも思いついたらしく、図星を突かれた彼女はもじもじと抗議する。

「思ったのかい!!」

息を整え彼女の言う案に耳を傾ける。ドMと言ってもダクネスはアホでは無いのでもしかした本当に有用な意見が出て来るのかもしれない。

 

 

 

 

「成る程な…」

ダクネスが出した案はどうやってあの要塞に近づくかと言う今まさに欲しかった案の一つだったが、その方法があまりにもダクネスらしいと言うか、正直この女狂っているだろうと言わざるを得ない物だった。

「爆弾岩使って俺達毎吹き飛ばそうって作戦か…」

思わず口に出して反芻してしまう。

「そうだ、我ながら良い案だと思うのだが如何だろうか?」

はぁ…と溜息をつき呆れた様に頭を掻く俺に対して彼女は自信満々に胸を張り、この作戦が採用された際に起こるであろう光景に胸を躍らせているのだろうか、その様子はまるでご褒美をねだる子供の様だった。

「お前は殺す気か⁉︎爆発で俺達を要塞に飛ばす前に全滅するわ‼︎」 

アホか⁉︎と言わんばかりの剣幕で彼女に突っ込む、ステータスの高いミツルギならともかくステータスの低い俺達で人間大砲なんぞ放った日には最初の爆発の衝撃で粉々になってしまうのがオチだろう。

「そこは安心して欲しい、ベルディアとの戦いで気付いているだろうがこう見えて私の防御力はこの町でいやクルセイダーの中でも右に出るものは居ないだろう」

ふふんと自慢げに彼女はそう言った。

「いや、その代わり攻撃が当たらねぇじゃねーか⁉︎あの時どんだけ苦労したと思ってるんだよ‼︎」

彼女が言う様に全てのスキルポイントを防御に回している為かこの町のクルセイダーと比べてその防御力は桁違いだ、その代わり命中率が低く攻撃が当たらないのだ。もし彼女がバランスよくスキルポイントを割り振っていたのならベルディア討伐の際はあんな無茶苦茶な作戦はたてずそこまで苦労はしなかっただろう。

しかし、確かに彼女が盾になって間に挟まって爆破の際に此方に来る反作用の衝撃を受けてくれれば大丈夫な事は大丈夫だろう。

「まあ、出来なくはないけど。カブラギはそれで良いのか?」

念の為にミツルギに振る。この作戦が決行されれば間違いなく飛ばされるのは彼だろう、一応意見を聞き賛成票を貰わなければ後々面倒な事になりかね無い。

「ミツルギだって言っているだろう、いい加減そろそろお覚えてくれてもいいだろう、それともワザとなのかい?まあ、それは置いといて彼女が間に入って緩衝材の代わりをしてくれるって言うなら別にいいんじゃないか?」

名前の件は置いておいて如何やらミツルギは賛成らしい。性根はチキンだと思っていたが如何やら違ったらしい。

「ならば決定だな‼︎では早速爆弾岩を集めて来る‼︎」

ミツルギの了承を得るや否や、彼女はギルドを飛び出して言ってしまった。途中「前からやってみたかったのだ」と聞こえたが、なんだか物凄く嫌な予感がする。

「行っちゃったよ、飛ぶメンバーは他にも居るのに」

走り去って行く彼女を尻目に二人揃って唖然とする。俺より年上なのだからもう少し落ち着いて欲しいものなんだがそうはいかないらしい。

「仕方ない、二人には事後承諾という形を取るとして、残りの問題を解決しないとな」

取り敢えずはと白板の文字の羅列を消し、その上から今の所決まっている作戦を書き込んでいく。残る課題は空中から現れる敵に対しての迎撃システムに対しての対処と結界を一時的に破った後の事になる。

前者は風の中級魔法で弾くとして、問題なのは後者だ、足を狙ったとしても相手は8本足なので数本切り落としたところで残りで代用されるのがオチだろうし前方の管制室の様な部位があったと仮定した場合にそこを狙ったとしても何かしらの防御策を講じられているのがオチだろう。

ならば少し危険を冒してでも内部に侵入する方法選ぶべきなのだろうか?外壁に強力な結界が張られているということは要塞自体の強度自体は低い可能性がある。そこにうまくつけ込めれれば侵入できる可能性がある。

なので写真の様なもの、もしくはスケッチの様なものがあれば良いのだが、この世界にその様なものはなくさらに要塞を発見したエレメンタルマスターは現在何処かに避難したらしく外見を聞き出すこともできない。

「よし、決まった‼︎これで行こう」

パンと手を叩き周りを静かにさせると、これから行う作戦についての説明を始める。ベルディア攻略の時以上に運に作用される要素が多く、ソーシャルゲームとかでのチケット一枚で最高ランクのキャラを引き当てる様な難しさの気がしなくもないがそこら辺はなる様になるだろう。

「という訳だゆんゆん、俺達はクリエイターの作った乗り物に乗って爆弾岩の爆発に乗りながらあの要塞に行くことになった」

ポンと全体の説明を終えた後にゆんゆん方までわざわざ出向いて彼女の肩を叩いた。

「えぇぇぇぇえっぇぇ⁉︎私も飛んで行くんですか⁉︎3人で十分じゃないですか‼︎」

如何やら彼女は俺とウィズとミツルギの3人で行くものだと思っていたらしく、まさか自分が行くなんてと信じられない様な驚き方で叫んだ。

「いや、念の為というか呪文の方が範囲が広いだろ、それに俺はカブラギよりも俺の中で一番信頼できる仲間のゆんゆんを信じているんだ」

グッと彼女の両方を掴み真剣な眼差しで見つめる。

「えっ…一番…し…しょうがないですね‼︎そこまで言われるのでしたら私も期待に応えないとですね‼︎」

一番という言葉に反応したのか、彼女は上ずった様な声をあげ俺の考案した作戦に参加するのであった。



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デストロイヤー襲撃2

遅くなりました。前みたいに週一では書けなくなりましたが見て頂ければと思います。


「どう言う事ですか⁉︎何で私が作戦から外されているのですか?あの様な巨大要塞と言ったら爆裂魔法でドカーンじゃないですか‼︎」

ゆんゆんの説得が終わり一安心していると、横から不満なのかめぐみんが乗り出して来る。

これからウィズの説得だと言うのに紅魔族の血筋だろうか、どうも此奴はでしゃばって来る傾向にある。普段の作戦なら何だかんだ言ってゆんゆんが後処理してくれるから良いのだが今回に限ってはそれも無理だろう。

「あのな…今回の作戦でのめぐみんの役割はどうにもならなくなった時に、その爆裂魔法で軌道をズラしたりとかする最終秘密兵器なんだから大人しくしていてくれよ」

「そそそ、そうですか⁉︎私が…最終…兵器‼︎………まあ…それでしたら仕方がありません‼︎紅魔族最強と謳われたこのめぐみん‼︎その役目をしっかりと果たそうじゃないか‼︎」

グググっと掴みかかって来るめぐみんを引き離しテーブルに備え付けられたベンチへと押しやって行きながらそう言いかけるとカッコ良くポージングした後に案外すんなりと座ってくれた。

どうやら最終兵器というワードが聞いた様だ。

この二人とパーティーを組んではや数ヶ月、彼女達をコントロールする術を少しずつだが分かり始めてきた気がする。まあ紅魔族に限るのかも知れないが、それぞれの心に響く様なジャンルのワードを文章に組み込んでいけばすんなりときいてくれるのだ。今ところ勝算は五分五分って所だが…。

それから最終兵器と言う言葉を小声で反芻しながらそわそわしている彼女を他所目にウィズの元へと向かう。流石年長者なだけあってか、先程と変わらずに落ち着いた様に立っていた。

「…と言う訳だから、一応許可を貰っておこうと思ってな。それでウィズはこの作戦に賛成か?」

「えぇ私は特に構いませんよ」

どうやら、特に問題はなかった様で安心する。まぁ彼女の意見でこの作戦が決まったのでそうして貰わなければ困るのだが。

これで犠牲となるメンバーの了承は取れたので、作戦は第二段階となる。大層な事を言っている様だが結局は配置について説明するだけなんだが。

 

 

 

 

一通りの作戦に必要な配置を済ませ、準備はおおよその詰めに入る。

おおよその地形はギルドに備え付けられている地図を眺めて把握したが、実際にその場所に来てみると予想以上にその通りだったので感心する。

配置としては向かって来るであろうデストロイヤーの進行方向に対して直線的な線を引き、街と交わる地点よりやや外側にゴーレムなどのクリエイターが生成する兵器を配置させ、戦士などの前衛はその後方に待機させ、後衛は其処よりも側面に接近した要塞を囲む様に配置する。

そして俺達はそれよりも前衛に配置し、要塞の進行に合わせて人間ロケットを行える様にこれから準備を急ぐと言う状況だ。

「はぁ…自分で言っておいて何だが、爆弾岩の爆発の衝撃で飛んで行くとかどう考えても無理があるだろ…」

行く途中、考えれば考える程にこの作戦の無謀さに頭が痛くなりそうになる。

「やっぱり今からでも中止にして別の作戦にしませんか?」

そんな俺の漏れ出た心の声を聞いたのか、ゆんゆんも疲れた様な呆れた様な表情でそう言った。

「流石にそれは時間が無いだろう、それにもう考えたく無い」

「そうですか…」

キリッと投げやり気味にそう言うと、彼女も察しがついていたのか二人揃って項垂れる。どうせだったらミツルギのチートがデストロイヤーを結界ごと吹き飛ばせるくらい凄いビームの様な物が出る仕様だったら良かったのに、と半分八つ当たりに近い目線を奴に向ける。

「何か嫌な視線を感じるんだけど…それと作戦決行が近いのだからそんなネガティブな事は言わないでくれるかい?こっちの士気にも関わるのだけども」

如何やら俺の八つ当たりは無事奴に届いた様で、物凄い愛想笑いの様な微妙な表情を浮かべながら此方に苦言を言う。

ちなみに俺とミツルギは支援魔法を掛けながら木製の板と工具を運んでいる。

そんなこんなで配置の場所である丘に着くと、既に先回りしていたのかダクネスが爆弾岩を数体並べて待機していた。彼女の姿を見るに鎧の下に着るアンダーが一部煤けていることからそうやら一体位か爆発したのだろう。しかもそれでいて彼女自身の肌には傷一つ無いことも窺える事から、先程の耐えれる発言もあながちただの強がりではないのだろう。

「どうだこの数を‼︎わざわざ近くの小さな炭鉱まで行って優しく運んで来たのだぞ!!」

「おぉ良くやったな」

ドヤァと清々しいほどのドヤ顔をかます彼女に適当な返事を返しながら先程まで運んでいた木材を下ろし俺達を載せる箱を組み立て始める。

「はぁ、これから街を掛けた一世一代の勝負があるって言うのに何でこんな事をしないといけないんだよ」

自分で考えた作戦なのだが、組み立てて行くうちに段々とめんどくさくなってきたので、取り敢えず一緒に組み立てているミツルギに愚痴る。

「あのね…この街の命運が掛かっているこの状態で良くこんなことが言えるね…もっと緊張感と言うものをだね…」

適当に何となく愚痴った独り言の様な感じだったのだが、ミツルギにとっては真面目に言った様に聞こえた様で説教が飛んでくる。何だろうか、此奴は一々人の言っている事にマジで回答しないと気が済まないのか?これから何回かは関わる気がするから適当に流して欲しいのだけども。

「あーはいはい」

適当に返事をしつつも組み立てる手を動かす。作業自体は至ってシンプルで四角の板を床にして四方を囲む様にするだけなのだが、爆破の衝撃に耐え得るだけの強度を出す為に周りの補強を強めないといけない為、こうして色々と型に沿って組み立てている訳である。

他にも途中に多少は方向変換出来る様に船の底面のような舵を取り付ける。まあこれは使えば飛ぶ際の出力が落ちてしまう欠点もある為時間があればつけようと言う話になってはいるが…

支援魔法を掛けているとはいえこれが中々めんどくさい、ステータスの差なのだろうかミツルギはテキパキとしているが俺は精一杯の力でやっと持ち上げられる位なのだ。

「おーい、ゆんゆん手が空いてるなら手伝ってくれよ‼︎」

遠くに居るゆんゆんを呼ぶ。此処に着いた際に特に作戦は決まっていなかったのだが、暗黙の了解なのだろうか男は力作業と言わんばかりに女性の二人は見張りに徹し、俺達はこうして黙々と組み立てに勤しんでいるのだ。

「何でしょうか?デストロイヤーでしたらまだ見えませんよ」

見張りをウィズに任せて彼女が此方にむかってくる。

「なあ、ゆんゆん冒険者カード見せてくれないか?これからの作戦にあたって確認しておきたい事があるんだ」

適当なそれらしい言い訳を彼女にしつつも彼女から冒険者カードを提示させようとする。

「え?いきなりなんですか…別に構いませんけど、何か悪い事考えていませんよね…」

そう言って彼女は俺に素直にカードを差し出した。何時もなら察しのいいめぐみんが止めるのだが、今回は町の外壁の上に待機して貰っている為今此処には居ない。

「サンキュー」

パシッと彼女から冒険者カードを奪い取ると其処に記されたステータスを確認する。

「やっぱり俺よりステータス高いじゃねーか⁉︎」

叫びながら彼女の冒険者カードを地面に叩きつける。カードは地面にバウンドしながら後方へと転がって行く。

「あー⁉︎私の冒険者カードが⁉︎」

彼女は慌てながらカードを拾いに行き、半泣きで俺に訴えかける。

「何するんですか⁉︎カードを無くしたらどうなると思っているのですか‼︎」

「どうもしねーよ‼︎全く何で最弱な冒険者の俺がこんな力作業しないといけねぇんだよ‼︎この中で低いと思ってたゆんゆんの半分もねぇーじゃねえか‼︎」

俺はこの世に蔓延る理不尽を代表するかの様にオーバリアクションで叫ぶ。側から見てこんな見苦しい奴は居ないだろう。

「え…カズマさんそんなにステータス低いんですか…首の無い人を倒したりしてたじゃ無いですか?」

俺の発言に意外だったのか驚いた様な表情を浮かべた後に少し残念そうな表情を浮かべる。

確かに俺は魔王幹部のベルディアを倒したが、それだけであって他のモンスターを討伐したりはしていないのである。それには仕方ない理由があるのだ…雑魚はゆんゆんが魔法で蹴散らし、大型モンスターはめぐみんが爆裂魔法で吹き飛ばしてしまうので、基本的に俺は彼女らの詠唱の間の時間稼ぎと支援魔法でのサポートがメインになってしまう。そうなってしまえばクエストで得られる経験値は彼女らのものになってしまい俺の元には来ないのである。

「と言うわけだゆんゆん君。君にはこの力作業を手伝っていただこうじゃ無い。何、気にする事はないさステータスの低い俺でも出来たんだ君ならば更なる効率が期待できそうだ」

ふはははは、と高笑いしながらゆんゆんの肩をガッチリ掴み、出来かけである箱の前へと彼女を引っ張って行く。途中抵抗を受けたが支援魔法を使っているためか何とか木材のある場所に着いた。

「はぁ…もう仕方ないですね、運ぶだけですから組み立てはお願いしますよ」

若干と言うか殆ど呆れながら彼女はため息を吐き観念したのか木材の置かれている場所に向き直る。

「あれ?」

これで大丈夫だろうと彼女に背を向けると素っ頓狂な声が聞こえる。

「何だ?まだ何かあるのか?」

説得に失敗したのかと思い後ろを振り向くと、其処にあった筈の木材は無くっていた。

「あれ?何で無いんだ?」

驚きつつも組み立てているであろう箱の方を見ると既に完成しているでは無いか。

「箱なら二人で痴話喧嘩している間に終わったぞ。全く私が居たから良かったものの本来なら…」

はぇ〜と二人で眺めているとダクネスが呆れた様に横から現れたと思ったら説明を始めた。すっかり忘れていたがそう言えばダクネスも組み立て班に混じっていた事を思い出した。ただいた場所が丁度死角だった為存在を忘れていたのだろう。

「成る程な、ありがとうな」

「すいません…ありがとう御座います」

適当に手を上げ礼を言いゆんゆんは丁寧にお辞儀をする。

「あの…一応僕もいるんだけど」

箱の影からひょっこりとミツルギが顔をだし、自分も頑張っているアピールをする。

 

 

 

 

 

 

「あっ、皆さん見えてきましたよ‼︎凄い速さですね」

箱を組み立てた疲れを取るためにストレッチをしながら休憩していると、ウィズが遠くに居るデストロイヤーを捕捉したのか此方に向かって来る。

箱は既に丘の先端にあたる場所に設置され、その後方には爆弾岩がスリープの状態で設置されている。爆弾岩は一応逃げ出したりし無い様にゆんゆん達により眠らされていたのだが、どうやら睡眠状態でも衝撃を与えれば爆発する様で、こうしてそのままの状態で置かれている。

「よし、それじゃあ向かうぞ」

先程までののんびりした雰囲気から一転し、皆真面目な表情で箱へと乗り込んで行く。念の為、前方には防御力の高いミツルギを配置し間にウィザードの二人、そして後方に俺がおり、その最後方にダクネスが少し分離した形で作られたスペースに盾で構えている。爆弾岩の爆発力を利用し飛ぶ算段なのだがこの急遽作られた箱が爆発に耐えられるとは思えないので彼女には爆破の威力はそのまま爆炎を防ぐ為の緩衝材となってもらう訳である。

「ダクネスさんは大丈夫でしょうか…」

箱の中に入りタイミングを見る為に要塞を眺めていると、不安そうにゆんゆんが言った。どうやら緩衝材役である彼女の事が心配なのだろう。

「心配は要らないんじゃねーの?なんだかんだ言ってベルディアの攻撃も耐えていたし、パーティーの盾役であるクルセイダーなんだからこう言った荒事にも耐えられると思うぞ」

「そうだぞ、カズマの言われるのは癪だが、こう見えて体は頑丈な方だ。爆発位耐えるのも朝飯前だ」

俺の言葉に横槍を刺す様に彼女が割り込んでくると、ドンと胸を叩きながら自身の防御力を誇示し出した。

「…そうですか?それは頼もしいですね…頑張ってください」

そんな彼女を見て安心したのかゆんゆんは視線を要塞へと戻して、襲撃に備える。

中々頼りになる事も言うんだな、と思いながらダクネスの方を向くと

「…ハァハァ…遂にこの爆発と対峙する事が出来るのだな…クゥー堪らん‼︎早く来るのだ…デストロイヤー‼︎」

何か小声で聞こえるが多分興奮しているダクネスがいた。そう言えばこいつはドMだったなと改めて実感したと同時にゆんゆんがそっぽ向いてる時で良かったと思うのであった。

 

 

 

 

 

ダクネスを含め仲間全体にに支援魔法を掛けながら要塞突撃に向けて備えていると、遂にその時が来てしまう。

作戦を考える際に何度も眺めたスケッチに描かれていた8本の足が遂に眼前に姿を見せる。

機動要塞デストロイヤーは聞いた話通りに蜘蛛の様な形状をしており、真ん中が本体の要塞でそこから左右4本の計8本の足が生えている。本体の前方にカメラがあるのだろうか幾つもの目玉を彷彿とさせる球体が幾つも張り巡らされている。

機能は多分それだけでは無いだろう、本体の上部には空型のモンスターを迎撃する為のバリスタだろううか、機関銃の様な物もいくつか設置されている。

「うわぁ…やっぱりデケェーな」

その予想以上に大きな巨体に慄きながらも何処か壁の薄い場所は無いだろうか探す。魔道大国ノイズの技術力はかなり栄えていたと聞く、つまり予算に関しては足りないなどと言う事は無いだろう。そして魔法で結界を張っているからと言って装甲板が薄いと言う事も無さそうだ、下方からは8本足、上空からはバリスタ、上からなら何とかなりそうだったが想像以上の装甲に思考が停止しそうだ。

トドのつまり最悪足を切り落とせば何とかなりそうとか思っていたが、あそこまでしっかりした作りなら3本落とした所で残りの4本で補うだろう。

「で、カズマ、君ならどう攻める。こう言うのは負けを認めるみたいで悔しいが僕にはサッパリだ。ドラゴンとかだったら手はなくは無いのだけど流石にここまでデカいのは初めてだ」

一応ミツルギなりに考えていた様だが、明確な答えは出てこない様だ。確かエンシェントドラゴンを討伐したと聞いたが、此処までの大きさではなかった様だ。

千里眼で視力を強化し外壁を眺める。自動で動くと言っても何も起きないとは限らないのはこの世界でも同じ、もしかしたら整備用の入り口があるかもしれないと眺める。

時間が経つごとに突入へのリミットが迫るが、それと同時に要塞の様子が近づくことでハッキリと見えてくる。それにより薄らだった装甲の模様までクッキリと目視出来る様になる。

そのせいか遠目では薄ら模様だと思っていたものが、何かの足場の様に出っ張っていたのが見える。つまり誰かがそこを渡る様に意図している事になる、理由はさっき考えた様に整備か交換か強化のどれかかそれ以外かわからんが何かの手掛かりになる可能性を秘めている事は確かだ。

足場の続く先を追いかけて行くとやがて装甲、本体の丁度側腹に当たる部分に扉の様な四角形の跡が見える。多分開けるには魔法の何かが必要になるのだが、その辺は二人の何方かの火力が何とかしてくれるだろう。

「あそこだ‼︎本体の丁度側腹側に扉のような物が見える‼︎其処に向けてくれ‼︎」

要塞の方角を指で指して説明するが、3人は千里眼が使えないのでイマイチ伝わらない。

「ダクネス‼︎今から俺の指示する方向にこの箱を動かしてくれ」

「分かった!!」

仕方ないので直ぐにポジションに戻りやすく力の強いダクネスに頼み、箱の方向と上下の角度をを変えてもらう。要塞との大まかな距離は千里目のズームの倍率から計算出来るとして問題は爆発の際にどれだけの出力が得られるかだ、中途半端だと届かない可能性が出て来る。ウィズの魔法で途中浮力を追加する事を思いついたが、それだと結界を破る事に問題が生じてしまう。流石のウィズも上級魔法を間髪入れずに発動する事は出来ないだろう。

しかたなしに此処は運とダクネスの頑張りに任せる事にしよう。あと船の舵はミツルギに任せる形になる、時間が余ったのでつけては見たのだがもしかしたら爆発の際に衝撃で吹き飛んでしまう可能性もあるので有れば良し程度に頭の片隅にでも入れておこう。

「カズマさんそろそろ来ますよ‼︎」

前方からウィズの声が聞こえる。正面を見ると殆ど目前に要塞が迫ってきていた。

「少し待ってくれ‼︎まだ距離が足りない」

さっきも言ったように爆弾岩の出力が分からない以上出来るだけ側に寄っておきたい。それに要塞のあまりの大きさに感覚が麻痺してしまっているのだろうが、地面を見ればまだまだ距離がある事を示すように道が見える。

「カズマ‼︎調整終わったぞ」

「よし、じゃあ今すぐ持ち場に戻ってくれ。距離はまだあるがあの速さだとあと1分も無い」

箱の角度を変え終わったダクネスを再び船の後方へと戻し盾を構えさせる。スキルに盾の効果範囲を増やす奴があるらしくそれを使用してもらい、彼女の背中を後ろから抑えながら片手を爆弾岩に向ける。

体勢をそのまま、首を後ろに向け要塞の距離を確認する。

「3、2、1…今だ‼︎」

タイミングを見計らい、着火の魔法ティンダーを解き放つ。小さな火炎球が爆弾岩に激突すると化学反応を起こしたように閃光を放ったと同時に前方から爆発音が聞こえ、それと同時に物凄い衝撃が正面から激突して来る。

ひとしきり衝撃に耐えきると、今度は浮遊感に襲われる。如何やら飛ぶ事に関しては成功したようだ。

「私はもう大丈夫だ‼︎後はそっちを頼む‼︎」

ダクネスの声にハッとする。このメンバーの中で突入場所が分かるのは俺だけだと言う事を衝撃で失念していた。このままでは軌道修正が効かずに何処か違う場所に吹き飛んでしまう。

慌てて前方を向くと眼前には巨大な要塞の甲板が広がっており、その光景に圧巻する。

「カズマ、僕はどっちに舵を切ればいいんだ⁉︎」

ミツルギに促されるまま千里眼で視界を広げ再び模様を辿りながら扉の様な四角形を探す。

「もう少し右だ‼︎一回転じゃなくて半回転位で回してくれ‼︎」

意外と俺の読んだ方向とのズレが少なく尚且つ出力も充分、多少ズレたがむしろ此処までいい条件が揃う事はこの先無いと思えるくらいに良好だった。

「了解だ‼︎」

ミツルギの掛け声と共に箱が傾き四角形の方へと向きを変える。急な方向転換に女性陣の悲鳴が聞こえるが何とか箱の縁を掴んで耐えているようだ。そして魔法の詠唱が途中で途切れるのかと思ったが、一度詠唱を終えればある程度の時間なら意識を集中させておけば維持できると前言っていた事を思い出す。

「今だ‼︎作戦通りウィズから頼む‼︎」

「分かりました‼︎」

俺の掛け声を合図にミツルギと位置を交代し、箱の前方に移動するや否、腕を振り上げ光の剣を生成する。

本来ならどっちでも良かったのだが、火力はウィズの方が上らしいので念を込めてに彼女を結界を抜ける為に先に出した。もしこれで駄目だったら上空に火炎球を飛ばして避難を勧告しなくてはいけない。

「ライトオブセイバー」

彼女の呪文を唱えると同時に生成された光剣を勢いそのまま振り下ろし要塞の装甲に激突する。本来なら魔法を弾くであろう要塞の纏った結界も彼女の圧倒的な魔力量に押されてか完全には弾き切れずに装甲にぶつかり続ける。

そして不幸中の幸いか、結界と魔法がぶつかり合っている事がうまく作用しているのか、箱は地面に落ちる事はなく装甲の横の位置を維持し続けている。だが、この魔法の応酬が終われば呆気なく地面に真っ逆さまになるだろう。

「ゆんゆん、魔法の準備頼む‼︎」

「は…はい‼︎」

ウィズが結界を破壊した程で彼女に魔法を発動させる様に指示を出す。此処からは時間の勝負になる、結果は如何なるかは分からないがウィズが結界を破るの待っていては間に合う物が間に合わなくなってしまうだろう。全てが上手くいくことを前提で指示を出しつつミスが起きた時に軌道を戻せる様に策を練り続けるのが定石だ。

手に汗握りながらウィズを見守る。足場の箱はぐらつき視界は弾かれた光で不良、結果はこの光が消えた時かウィズの声による伝達か分からないが、俺達に出来る事はこの状況で待つ事だけである。

そしてその時は訪れる。金属のカッティングの様な音が鳴り止み紙が破れる様な音に変わる、前方の閃光は消え可視化された結界の一部切り裂かれた様な光景になっている事が見て取れる。

どうやらウィズはやり遂げたらしい。しかもそれでいて彼女の表情に疲労は見えない、リッチー聞いてある程度実力が有るのかと思って居たが、どうやら化け物じみた存在らしい。

「ゆんゆんさん早く‼︎この筐体が落下します‼︎」

ウィズの声にハッとしたのか、我を取り戻したゆんゆんはウィズを押し除け前に躍り出ると遅れて魔法を発動させ光剣を装甲へとぶつけた。

やはり結界が丈夫な分、装甲もそれなりに厚い様だったが結界と比べると脆弱で彼女の一振りで破壊され横穴をこじ開ける。

「皆、飛び乗れ‼︎落ちるぞ‼︎」

装甲に穴が空き、彼女の光剣が解除され消えるのを確認次第要塞の中へと飛び乗って行く。幸い狙った部位が要塞の湾曲の上部分だったので飛び降りる形で中に侵入出来る。

ミツルギ、ゆんゆん、ウィズは前方の位置にいたので簡単に飛び乗れたが、俺は真ん中に居たため出遅れる。

「間に合ってくれ‼︎」

一歩、二歩、踏み込むが間に合わない事に気付く。

視界には間に合って安堵している二人と、俺が間に合わない事に気付いて驚愕と心配の入り混じった表情を浮かべた3人が映る。しかし、いらない事に対して頭の回転が早いと定評の俺がこの事態を想定していなかった訳は無く。

そっと腰に束ねて掛けてあった鍵爪付きロープを振り上げる要領で投げ、ミツルギの鎧の隙間にに引っ掛ける。

「うわ⁉︎一体何だ‼︎」

俺の状態を知らないミツルギがいきなり鎧に鍵爪を引っ掛けられ一人分の体重を載せられ、混乱と共にジタバタする。それを見たゆんゆんが紐ごとミツルギを押さえにかかる。

「落ち着いて下さい‼︎カズマさんが落ちちゃいますから‼︎」

急に抱きつかれる様な形で抑えられミツルギがフリーズする。あれだけ女性にたかられていた様だったが手を出していなかったのだろうと思いながら紐にぶら下がりながら助かった事に安堵する。

だが、それと同時に俺はとんでも無いことを忘れていた事に気付く。

「うあああああああああああああああああああああーっ⁉︎」

俺の後方から女性の叫び…ダクネスの断末魔が聞こえ辺りに鳴り響いたのだ。一応俺の考えでは俺よりも先にステップで先に行っている予定だったが、どうやら素早さ等も全て防御に振り分けていたらしく間に合わなかった様だ。

「ダクネーーーース‼︎」

腕に紐を巻き付け、上体を固定すると下を眺めながらダクネスを視界に入れ彼女が徐々に小さくなって行く様を何も出来ずにただ黙って見ていた。

「あぁぁぁぁl‼︎このまま落下したらどうなってしまうんだぁぁぁぁぁぁ‼︎」

しかし、彼女もその頑丈さに自信があるのか、自分が死ぬ可能性よりも地面に叩きつけられた時に感じられるマゾヒズム的快感に期待に胸を膨らませていた様だった。

「此処まで来ると病気だな…」

何だか心配した自分がバカだったと溜息を吐きながらロープを伝って上へと登って行く。

ゆんゆんのサポートに頼りながら何とか登り切ると千里眼を使い下を覗く。かなり見えづらいが上体を抱えながら悶えているダクネスが確認できる、どうやら何とかなったみたいだ。

「だだだダクネスさんは大丈夫なんですか⁉︎」

ゆんゆんは俺が地面を見るや否やミツルギを放り投げ俺の元へと掛けてくる。何だかんだ言っても彼女の事が心配な様だ。

「ああ…必要な犠牲…だったな…」

「え、えぇぇぇぇぇぇ⁉︎そんな…ダクネスさんが…」

俺の言葉にワナワナと肩を震わせるゆんゆん、何だかんだいってそれなりに交流はあったのだろうか彼女の喪失に動揺を隠せない様だ。

「まあ、嘘だけどな」

「……」

俺の一言にゆんゆんの表情が凍り付く。こういった現象は漫画だけだと思ったが実際にその音が聞こえてきそうなくらいにその時の彼女の表情はそれを物語っていた。

「ふう…どうなるかと思いましたけど大丈夫そうでしたね…まあダクネスさんはお気の毒でしたが無事なら何よりだと思います…」

俺の生存報告を聞いた後に彼女の無言の揺さぶりを受けその力強さに視界がグワングワンして後ろに倒れ、それに満足したのか彼女は何事も無かった様に振る舞った。

「全く君は何を考えているんだ‼︎ 」

どうやらミツルギの鎧にグラップルした事に対して不満があるのか文句を垂れてくる。

「まあ過ぎた事だし、あんま気にすんなよ…それにストレスは万病の元だからな。それにお互い無事だったんだこの事は綺麗に流さないか?」

ポンっとミツルギの肩に手を乗せ、慰めるかの様に誤魔化しにはかる。こう言った沸点の低い相手はまともに対峙しないのが一番だぜ

「はぁ…君と話していると、まるで僕が悪者の様になるのは気のせいなのかな…」

はぁーと呆れた様に溜息をついてこの会話を締める。実際ミツルギからしたら自分が大人の対応をした様に感じると思うが、結局問題の解決になっていない社会に出ればかなり損するタイプだろう。



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デストロイヤー襲撃3

遅くなりました。今回はオリジナル要素が多いのでご容赦くださいm(__)m


ダクネスの生存を確認し、みなの無事も確認できた。此処までの作戦は順調だが要塞の内部構造が分からない以上行き当たりばったりになるだろう、日本の常識的に考えて何処かにコンソールのある部屋があるはずだが、そこまでの道筋をこれから手探りで探って行かなければならない。

「時間がない、早く行くぞ」

先程までのふざけた雰囲気を一蹴し、現在居る要塞の整備に使うだろうである器具が沢山置かれている準備室の様な部屋の扉を開き外に出る。

鍵は掛かっておらず、すんなりと扉を開くと前面には廊下が広がっており横に奥へと続いている様だ。

敵感知により周囲に害する反応を感じないので、直感のまま無警戒で駆けて行く。

飛び込んだ所は要塞の左側面である以上、侵入してそのまま正面の方向の扉を開いたのであれば、左側を進めば管制室に辿り着くであろう事は明白だ。

「敵の気配は今の所無しだ‼︎このまま進んでこの要塞を操っている奴の元に向かって、出会い頭に一言文句言ってやる‼︎」

魔術大国と噂される自国を破壊し、それでもなお進みをやめないこの要塞には一体どの様な人間が住んでいるのだろうか。昔という事で世代が変わっているのかもしれないし、もしかしたら自身の人格をコンピュータの様なものを使ってAIとして利用しているのかもしれない。何にせよその場所を押さえてこの進行を止めなくてはいけない。

支援魔法を掛け全力で廊下を走り抜ける。暫くして同じ部屋に辿り着いた事から、どうやらこの要塞は外周を廊下にしてその内側に部屋を割り当てている様だ、であれば中心部に向かって進むのが正解になるが、この要塞の核である中心部に入る入り口が見当たらない、どうやら階数が違うのか特殊な何かが必要なのかもしれない。廊下を曲がり中心に向かうと必ず壁にぶつかる、外観から見てまだ中心にまで距離があるはずなので此処で行き止まりになる事はまず無い筈だ。

「どどどうしましょう…行き止まりですか⁉︎そろそろ街に着いてしまうのではないでしょうか⁉︎」

行き詰まった状況にゆんゆんが慌て出す。俺の感覚ではまだ街に辿り着くには時間がかかる筈だが、此処で時間を取られてしまっては直に辿り着くだろう、管制室でコンソールをどの様に弄れば良いのかも賭けが強いせいな事もあるので、この捜索に時間を掛けるわけには行かないのだ。

走っている途中に階段が見えた事から階数を変えれば入り口がある可能性が高いが違った場合に失う時間は小さくは無い。かと言ってこのまま考えに時間を費やすのも得策では無い。

「ここは皆で散会するのはどうかな?このまま此処で固まっているよりかは各自で別の方向を散策して見つけた者がそこで対応するって事で」

思考に更け込む俺を見かねたのかミツルギが提案をする。確かに悪くは無い発想で俺自身も最初に考えたが、もし誰かがその管制室に辿り着いたとして果たして何が出来るかだ、もし失敗したとして周りにそれを伝える術はなく燃料となる核が暴発を起こしたら俺どころか位置によっては街ごと吹き飛びかねないし、何より防御システムか何かで敵が現れた時俺の命を守ってくれる者が居なければ危険だ。

「要するにこの壁の向こうに行ければ良いんですよね」

方針を決めようと口を開こうとした時、ウィズが素頓狂な声でそう言い出した。

「まあ、そうなんだけど。入り口が上か下か、もしかしたら何か別の方法があるかもしれないかで迷っているんだ」

いつも一人でいたので、何かあった時に一人で考える癖が出てしまったと思い、皆に考えを伝える。

「それでしたら私に考えがあります。出来るかどうかは分かりませんので皆さんで一応考えは止めないでください」

ニコリと彼女はわらった後、俺達に壁から退がって下さいと注意を促し、俺達を壁から離れさせると何やら詠唱を始めた。

「ちょっと待て…この詠唱は…まさか⁉︎」

彼女の口ずさんだ詠唱、それは先程この要塞に侵入した時と寸分変わらず同じもので、当然振り上げられた手には光り輝く光剣が生成され、彼女はそれをなんの躊躇いもなく振り下ろした。

「ライトオブセイバー‼︎」

振り下ろされた光剣は結界の時は違い、いとも簡単に邪魔だった要塞の中心部を囲んだ壁を切り裂き、俺達が通れるくらいのサイズの孔を開けてしまう。

「うわぁ…何て力業…これには紅魔族もビックリだな」

「そう…ですね…私達紅魔族には変わり者が多いですけど、流石に此処までゴリ押す人は居ないです」

その光景を唖然としながら眺めていると、ウィズは何事も無かった様に笑いながらこちらに戻ってくる。

「どうでしょうか?これならわざわざ入り口を探す必要もないでしょう」

「まあ、確かにそうなんだが…いっか‼︎結果オーライだしな、時間もないし行こうか‼︎」

中心にあたる重要な部屋であるならば壁にも何かしらの配線が通っている筈である為、不用意に穴を開けてしまってこの要塞が暴走でもしたらどうしようかと思ったが、先程から感じる要塞の進行による揺れのリズムが一定な事から多分だが大丈夫だと確信する。

「そんな適当で大丈夫ですか…」

不安そうに心配するゆんゆんを横目に開けられた穴から顔をだし周囲を確認すると、此処はどうやら階層的には二階部分に当たるらしく下の床までの距離が人の二人分は空いている事が分かる。

ここから見える限り部屋の間取り的には部屋の最後部に当たり、ちょうど俺達の下に入り口があるらしく正面にモニターがずらりと並べられており要塞のカメラが見ているであろう景色を映し出している。

そして部屋の中心部には真っ赤なまるで太陽を圧縮した様な球体が透明な円柱の様な筒の中に浮いている。憶測だがあれがこの要塞のエネルギー供給源だろう、あれを破壊する事がこの要塞を止めるに当たって最も手っ取り早い方法になるのだろうが、これだけの要塞をあのサイズのエネルギー体で補っているのならば、それだけの魔力を凝縮しているわけで、もし暴走した場合はこの街どころではない範囲が焦土と化してしまうだろう。

3人にここは二階にあたる旨を伝え、取り敢えず俺が最初に突入することになった。モニターに映し出された景色から見るに街に着くまでは多くはないがまだ時間がある。

「ミツルギは大丈夫だとして、ゆんゆん落下の衝撃を防ぐ手立てはあるか?」

「そうですね、風の魔法がありますのでそれで落下の衝撃を和らげるというのはどうですか?」

ミツルギが何か文句ありげな目線でこちらを見てくるのがわかる。しかし風の魔法か…色々と強力な魔法を見てきたために心なしか不安な気分になるがゆんゆんの事だから多分大丈夫だろう。

「よし、着地は任せたぞゆんゆん‼︎」

そう叫びながら部屋に飛び込む、最悪何もなくても骨折で済むだろうし、それなら回復魔法で何とかなるだろうがそれはそれで痛いので嫌ではある。

「任せてください‼︎」

詠唱を終えた彼女の掛け声と共に全身が浮遊感に包まれる。どうやら彼女の魔法が無事に発動した様で、そのまま落下の勢いを完全には殺さずに両足で着地する。

「こっちはオッケーだ‼︎みんな降りてきてくれ‼︎」

敵感知で周囲に反応がない事を確認すると3人に降りてくる様に合図する。俺の合図を確認し俺の後を追う様に風を纏い着地してくる。

「それでこれからどうするんだい?君ならおおよそ分かってはいると思うがあの赤いのがこの要塞のエネルギー体なんだろ?」

「ああ、そうだな。だからと言ってあれを斬るなよ、かなりのエネルギーが凝縮している筈だから爆発するぞ」

「そうだな……そう言えば他に人は居なかったのかい?流石に無人で動いているわけでは無いだろうし、何処かに居るのかそれとも僕達が来た時に逃げたのか」

ふむ…と間を開けて何かを考え始めたと思ったらそんな事を言い始めた。確かにそう言われれば此処に侵入してから誰も見ていないし警備もずさんな事を思い返す。もしかしたAIの様な人工知能が一人でに動かしている可能性もなくはない。

「いや誰も居なかったよ、その証拠に敵探知もここに来てから全くと言って良いほどに反応しない」

両手を上げお手上げの動きをする。

「取り敢えず機材を弄ってみようぜ、何か分かるかもしれない」

誰かがいる可能性は今の所害は無いので一旦置いておき、本来の目的であるこの要塞を止める方向に赴きを向ける。

「ゆんゆんどうだ?何か分かりそうか?」

二人で話している間にゆんゆんが前方のモニターの方向へ向かっていたので、何か手掛かりがないか確認する。

「いえ…どうやら古代文字が使われているみたいで…その…読めないですね」

なんだか申し訳なさそうに言うゆんゆん。どうやらここの使用言語は古代の言語を使用してプログラムが組み立てられている様で秀才と俺が勝手に思っていたゆんゆんにも分からない様だった。

が、しかしそう言えばとある事を思い出す。女神から与えられた特典は一つだったがそれとは別に共通で言語関係の知識を俺達転移者はインストールされており、こうして彼女達と会話をしたり依頼の申請用紙を読む事が出来ている。ならば古代の文字も俺なら読む事ができるのではないだろうか?

「取り敢えず俺にも見せてくれ」

ミツルギを放置し、ゆんゆんのいる方向に向かう。大量に並べられたモニターの下方に大量のキーボードらしきボタンがある規則に乗っ取って配置されていた。

「これが古代語か…まあ俺様に掛かればこんなもの楽勝だぜ……ん?」

この世界の言語であれば例え始まりの街よりも外の言語圏の違う言葉でもこの世界のものであれば理解する事が出来る。分かると言っても全てが日本語に翻訳されると言うわけでは無く理解する事が出来ると言うわけである。文法も文字の形も分からないのに理解する事が出来る状況に最初は違和感を覚えたが、それも今ではすっかり馴染んでいる。

しかし、この古代語はそんな事は関係なしに読む事が出来た。理由は分からないがキーボードに書かれた文字は日本語の平仮名と英語のアルファベットの二つだったのだ。

つまり、ゆんゆんの言う古代語とは日本語の事で、このキーボードの規格は日本で俺が使っていたものに準じていることになる。

「え?カズマさん古代語も読めるんですか?」

俺の反応を見て確信したのか彼女が驚きの表情を浮かべる。そういえば前に他所の国から入荷した雑貨の説明書をうっかり読み上げてしまった事を思い出す。

「まあな、取り敢えずここは俺に任せてゆんゆんは周りの見張りを頼む」

あまり弄っているところを見られたくはないのでゆんゆんを遠ざけキーボードをいじり出す。

まずどうやらキーボードのセット一つと画面が1セットになっており一番見やすい物に移動し、ESCで元にデスクトップに戻す。

「うわ…古い…」

表示されたのはWindowsxpだった、前から思っていたがどうやら転移される時間帯は人それぞれ違うのかもしれないという可能性が確信に変わる。どうやらこの要塞の作成者は九十年代に死んで俺たちよりも遥かな昔に飛ばされた様だ。そしてそこでこのハードからソフトウェアまで自身で作り上げたのだろうか。それとも無から有を作り出す能力を特典として頂いたのだろう。

とにかくそこから何とかしてこの要塞のプログラムを弄り停止しなくてはいけない。

起動中のプログラムを開くとそこにはビッシリとコマンドが描かれていた。

「…これもしかしてBASIC言語なのか?」

プログラミング言語の一つで、初心者用に扱われるそれは簡単が故にかなりの手間が掛かる仕様になっている。弄る側としてはやり易くて良いのだが並べられたコードから停止のプログラムを探すのは結構面倒くさい。最下列に停止のプログラムを書き込んでも良いのだが、それで何か変なエラーを生み出しても面倒なので一文一文探すことにする。

「ミツルギ‼︎お前プログラムに詳しいか?」

もしかしたら詳しいかもしれないと、奴に話を振るが画面に表示されたコマンドプロント画面を見て眉間にシワを寄せ

「悪いね、コンピュータ関係はさっぱりでね…」

罰が悪そうにそう言うと辺りを再び物色し始めた。

どうやら奴にはこっち関係の知識がない以上俺一人で棒大なコードを探さないといけない様だ。

 

 

 

 

 

 

「駄目だ、全く終わる気がしない‼︎」

正直言って膨大な量読んでいる事に対して横のバーが全くと言って進まない。このままだと最悪間に合わなくなってしまう可能性が出て来る。そうなってしまったら元も子も無い。

仕方無しに最下列に停止のコードを打ち込み無理やり発動させる。

「これでどうだ‼︎」

エンターキーを押しプログラムを起動させるが画面に表示されたのは警告の表示だった。内容はよく分からないがどうやら動力源に何やらトラブルがあると言う事だけは分かった。

「つまり無駄足ってことかよ‼︎」

結局の所コンソールからできる事はなく、何とかすべきだったのはソフトよりもハードのほうだったのだ・

ドンと思いっきりキーボードに拳を叩きつける。壊れるかと思い心配したが頑丈なのかそんな事はなく代わりに俺の拳に激痛が走り悶える。

「大丈夫ですか⁉︎」

音に反応したのかそれとも叫びに反応したのかゆんゆん達がが此方に寄ってくる。

「ああ、何とかな。それよりもこのデストロイヤーは暴走していてプログラムからはどうにも出来ない。原因はあの赤い球体の暴走らしい」

ビシッと球体を指差す。

「ああ、それなんだけど。暴走に関しては此処に全部載っているんだ」

皆の反応が味気なかった事に違和感を覚えているとミツルギが申し訳なさそうに一冊の本を俺に差し出した。どうやらこの要塞の制作者の残した日記らしく、何処にあったか聞くと奥の部屋に玉座の様な椅子があり、そこに座った死体が持っていたらしい。

「どれどれ…」

ミツルギが差し出した日記を分捕り内容に目を通す。どうやらこの日記の制作者は俺と同じ転移してきた日本人で特典は思った物を投影して作成すると言うものだった。そこからふざけた様な自分語りが描かれて最終的に動力源であるコロナタイトにタバコを押し当て暴走させて今に至ると言うわけである。

「なめんなーーっ‼︎」

ボーンと地面に日記を叩きつける。こいつの一時の感情で俺達が苦労していると思うと腹の底から煮え繰り返りそうだ。

「と言うわけなんだ。だから僕達は残り少ない時間でこの暴走したコロナタイトをどうにかしないといけないんだ」

キリッとキメ顔でミツルギはそう言った。さっきの本の件もあるが今が緊急事態でなかったら思いっきりぶん殴りたくなる様な清々しい程のキメ顔で彼は続ける。

「僕はテレポートで遠くに飛ばして貰おうと思うのだけど、ウィズさんはどう思いますか?」

テレポート、登録した場所に移動する上級魔法に分類される魔法だ。いろんな場所に物を飛ばしたり自分自身も飛ばせる便利な魔法だが、その分消費する魔力も大きい。

「それなんですがちょっと厳しいですね…テレポート自体はできなくは無いのですが。できる場所が全て人間の居住地の近くですので…」

テレポートには制約として転移できる場所が限られているらしく、また登録し直すにもその場所に一回本人が出向かないといけないらしい。

「ゆんゆんはできないのか?」

アークウィザードである彼女であればテレポートを習得する事が可能ではあるが使った事を見た事がない。

「すいません、テレポートは習得していないです…」

申し訳なさそうに彼女はそう言って頭を下げる。

ゆんゆんは俺達のパーティーの要なので魔力温存の意味で使わなかった可能性があったので聞いてみたが、やはり習得はしていない様だ。それにスキルポイントが余っておりそれを利用して今習得したところで此処以外に点する事はできないだろう。

「すると、此処でこいつと決着をつけないといけない訳か…」

再び筒に浮かぶコロナタイトに相対する。果たしてこいつをどうやって止めるかだ。

「ウィズは何かいい考えはないのか?」

この中で一番年長者であるウィズの意見を聞く。その事を彼女に言えば無言の圧で攻め来そうなのでやめておく。

「方法はあるにはあるのですがそれにはちょっと…」

どうやら彼女には何か考えがある様だが、何やら意味深げにミツルギの方向をチラチラ見ながら遠慮している。ミツルギに見られると困る事でもあるのだろうか…まあ…あるのだからそんな感じになっているのだが。

取り敢えずウィズの元に行くとそっと耳打ちされる。

「あの…私がリッチーだと言う事はなるべく他の方に知られたくないと言いますか…あの人みたいに正義感の強い方には特に」

彼女の思い浮かべるコロナタイトの暴走制御にはリッチーのスキルが必要でそれにはミツルギが邪魔になると言う事か。なんだかんだ言ってミツルギも根はいい奴そうなのでバラしても大丈夫そうだとは思うが、彼女が駄目だと思うならそれにしたほうがいいだろう。

「カブラギ、もう一度死体を調べてもらえないか?椅子の下の床とか何か隠されてるかもしれない気がする」

「ミツルギだと言っているだろう…いい加減覚えてくれ、それともワザと言っているのかい?まあ調べる分には構わないけど」

何回目になるか分からない名前ネタを再び繰り返し、呆れながらも死体のいた方向へと戻っていった。これを枕詞みたいな感じに会話の始めにつけると奴は素直に聞いてくれるんじゃないかと思う気がするのは気のせいだろうか。

「人払いは済ませた。それで考えって何だ?」

ミツルギが居なくなり3人になると、口を閉ざしていたウィズが話し始めた。

「このコロナタイトの属性は火に分類されます。今はこの様に暴走していますが、それを収めるには水属性の氷の魔法が必要です…私はその、氷の魔法が得意なのですが魔力が私自身の魔力で足りるかどうか…なのでゆんゆんさんの魔力をカズマさんがドレインタッチで私にまわしていただけないでしょうか?」

成る程、つまり魔法を発動させ続ける為に俺はゆんゆんからの中継役をすればいい訳か…。ウィズの魔力量を持ってしても抑えきれない程の魔力の塊であるコロナタイトやはり伝説と言われるだけの事はあるか。

「俺は構わないけど、ゆんゆんはそれで良いか?」

一応ゆんゆんに確認を取るが、彼女は状況を理解していない様で頭にハテナマークを浮かべている。

「え?どう言う事ですか?ドレインタッチ?カズマさんもしかしてウィズさんから教わったスキルってドレインタッチのことだったのですか?」

「そうだよ」

そう言えばカッコつけて言っていなかった事を思い出した。まあ普通の冒険者がそんなスキルを持っていたらビックリするだろうとは思うが。

「で、良いかどうかなんだけど大丈夫そうか?一回俺も受けたことあるけど何か生気を吸われる様な感覚だけど特に大丈夫だったぞ」

「え、それって大丈夫なんですか?」

「大丈夫さ………多分」

不安げに聞いてくるが、副作用なんてものは、即出てくるものも有れば長時間かけてゆっくり掛けてくるものもあるので一概に大丈夫とは言えないのだが多分ゆんゆんなら大丈夫だろう。

「多分って…カズマさんが言うと不安ですが、ウィズさんが教えたのなら大丈夫そうなのでオッケーです」

何か不本意な事が聞こえたが、これで状況が進むなら安いもんだろう。

「よし!じゃこれで行こう」

パンと手を叩き場を切り替え、ウィズを先頭にした縦列に移動する。途中ミツルギが戻ってきたが、モニターに映されたアクセルの街が最初に見た時よりも大きく表示されているので上手くウィズの事を誤魔化して詳しく教えられないので何か適当な事を言って丸め込み本来の入り口の門番をしてもらう事になった。

「では詠唱を始めます。カズマさんは魔法が発動したらゆんゆんさんの魔力を私に回してください」

「分かった」

彼女の言葉を受けそのまま二人の首根っこを掴む。ドレインタッチは心臓に近い部分になればより効率がいいのだが、それだとセクハラになってしまうので、こうして妥協して後頸部になっているのだ。

「え?私は後ろ向くのですか?何も見えないまま魔力を吸われるちゃうんですか⁉︎」

ゆんゆんが配列に文句を言い出す。まあ二人を横縦列に並べるのも構わないのだが変に騒がれても面倒なだけなのでこうして二人には背中合わせになってもらっている訳だ。

「良いから行くぞ、抵抗するなとは言わないけどなるべく大人しくしてくれよ」

初めてドレインタッチを受けた時、あまりの不快感に体をよじってでも逃げようと体が反射的に仰け反ってしまった事を思い出し念の為彼女にもそう伝える。

「…分かりました。でも吸い取る時は合図をお願いしますよ」

はあ、と溜息を吐きながらシュンと上がっていた肩を落とし、振りむていた首を元に戻した。

「カズマさん大丈夫でしょうか?」

俺たちのやり取りに対して気を遣って待っていてくれたのか、発動待機状態を維持したままこちらに問いかけてくる。

「スマン、俺達は大丈夫だ」

「では行きます。カースドアイスプリズン‼︎」

氷の上級魔法、それもリッチー程の高い魔力値を持つ彼女が放った魔法は俺の想像を超える勢いでコロナタイトを筒ごと凍りつかせていく。そうして周囲事氷で覆いながらもやはりコロナタイトは一瞬では凍ってはくれないらしく、凍り付きながらもすぐさまその氷を溶解させていく。

俺はその光景を見ながらゆんゆんの魔力を吸い取りながらウィズへと回し始める。

「え…きゃぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ‼︎」

「あっ‼︎」

そう言えば吸い取る時に合図をしてくれって言われていた事を思い出した。

「スマンゆんゆん、言うの忘れてた」

「勘弁してくださいよ…私初めてなんですから優しくお願いしますよ…」

オイオイこんな時にモヤモヤさせる言葉言うんじゃねえよと言いたかったが、無自覚そうなのでそれを言うと俺が変な扱いを受けそうなので黙って魔力の流入に気を回す。

ドレインタッチ流しと勝手に命名したが、これがなかなかに難しい。吸うと吐き出す、この両立は鉛筆を持ちながら両手で違う文字列を同時に描く様な感覚に近く、少しでも油断すれば両者共に同じ方向に流してしまいそうな危機感を感じる。

こうして暫くドレインタッチを行なっていると、何故かだんだんコツと言うか彼女達の魔力の底が分かってくる。俺の貯蔵魔力は彼女達と比べれば大人の給料と子供のお小遣い位違うと言う事に気づく、薄々分かっていたが出来れば知りたくは無かった。

そして暫くウィズVSコロナタイトの構図は続き、若干だがコロナタイトの色が元の色だったのだろうか暴走前の色に戻り始めている。このまま行けばもしかするかもしれない。

しかし、ゆんゆんの魔力が底をつきそうになる。先程まで彼女は何だかんだ若干抵抗していたが、今はびっくりするほど大人しくなっており地面に腰を下ろし俯いている。

「大丈夫かゆんゆん‼︎」

念の為声を掛け返事が返ってくる事はなかったが、俯いていた頭が少し上がったので多分だが大丈夫な様だ。

ウィズの方向を見ると険しそうな表情を浮かべながらコロナタイトに相対し激闘を続けている。

 

 

そしてついにゆんゆんの魔力が切れてしまい横にバタンと倒れる。切れたと言っても完全には吸ってはおらずに生命力を保つ程度には残して最後に手を離した。

「ウィズ‼︎ゆんゆんが限界だ、最悪俺の魔力を流すけどあまり期待するな‼︎」

完全に意識がコロナタイトに向かっている為か、返事は帰ってこないが一瞬うなずいた様な気がした。

ならばと横を向いていた体を完全にウィズの方向へと向け、何時でも俺の魔力を流す準備をする。出来れば二人を連れ脱出する為に俺達の魔力は温存しておきたかったが、作戦が失敗して暴走したら今度こそここら一帯が焦土とかしてしまうので仕方ない。ミツルギの魔力も背に腹は変えられないので頼もうと思ったが、ソードマスターの魔力は低いのであまり期待は出来なさそうだ。

今の現状はウィズの魔力で何とか賄えているがそろそろ底が見えてきた。

「そろそろ流すぞ‼︎」

流石にこれ以上は無理だと思い魔力を流す。俺がギリギリまで流すのを躊躇っていたのかと言うと、前にベルディアが俺には神聖な何かが混ざっていると言っていた事を思い出したからだ、もし本当に微弱な俺の魔力に神聖な何かがあったなら同じアンデットの彼女にその魔力を流せば事が何かマイナス方向に進んでしまいそうな気がしたからであり、決して魔力が空になるのが嫌なわけではない。

彼女の首根っこを掴む力を入れて俺の魔力を一か八かで流し込んだ。

急に魔力を流された彼女はビックリしたのだろうか少しビクンと痙攣の様に一瞬震える。

「この魔力は…くっ‼︎」

やはり駄目だったのかと思いながら彼女の表情を見ると、ダメージがあったのか口の端から血液だろうか、リッチなので体液と表現した方がいいのだろうか、少なくとも良いものではない液体が流れる。

そして彼女から放たれていた氷の魔法が纏っていた薄氷色の冷気の様なオーラがどこかで見た様な黒い闇の様なものに変わり一瞬でコロナタイトを凍りつかせていた。



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デストロイヤー襲撃4

誤字報告ありがとうございますm(_ _)m中々校閲ができないので大変助かっております。
今回は見づらいとの指摘があったので少し文章に感覚を空けております。


「何とか…なったのか?」

 

魔力を使い果たしたのか、気絶し前からのし掛かってきているウィズの後ろからコロナタイトを目視する。先程見えた黒い輝きは何だったたと言わんばかりにその影を潜め、部屋はコロナタイトを中心にして全体的に氷が波及してぱっと見来た時よりもひどい有様になっている。

先程まで暴走していたであろうコロナタイトは安定したのか、先程までの赤々とした危ない輝きを止め、現在は氷の中で安定した様な澄んだ赤色を呈して止まっている。この状態なら暴発する危険性はほとんど無いと言ってもいいだろう。

それに、先程まで響いてきていた地面の揺れも今は感じられない事から要塞への魔力供給も無くなった様だ。つまりウィズの考えた作戦は大成功ということになる。

 

「おっしゃー‼︎作戦大成功だぜ‼︎」

 

一人でにガッツポーズを決め喜びを分かち合おうとしたが、俺の前後ろに居る二人は既に魔力切れを起こしておりノックダウン状態なので返事どころがリアクションすらなかった。

喜びとは共有しながら分かち合い共に喜び合うものだと思っていたのでこの状況は些か寂しいなあ、と思っていたら奥からミツルギが姿を見せる。

 

「おーい、要塞の動きが止まった様だけど君たちの考えた作戦は成功したのかい?」

 

どうやら様子が気になって持ち場を離れてきた様だ。ミツルギは部屋に入って早々に中心部にあったコロナタイトが納められている筒に視線を向け感嘆としている。

 

「成る程、君達で動力源であるコロナタイト事氷付けにして止めたと言うことか…これはまた随分と危険な賭けに出たね…」

 

フムっと顎に手を当てながら何かに納得する様にミツルギはそう言うと俺の元に近寄り腕を差し出した。どうやら起き上がるために差し出したと言う所だろう。

ミツルギに礼を言い起き上がり周りの状況を確認する。モニターの表示を見る限り要塞は動力源を失い、現在は予備に用意されていた貯蓄予備電源を利用して何とか現状を維持しているらしい。

であれば、早めにここから撤退しないと行けなくなる。この要塞と地面との接点は8本足になりその脚は直立では無く幾つかの節で屈曲しており、多分だがジャイロセンサーか何かで要塞が地面に対して並行になる様に計算され絶妙な加減で調整されていると思われる。つまり動力源がなくなれば最悪地面に崩れ落ちる危険性があると言うことになる、本来ならセーフティーみたいなものがあり、そうならない可能性もあるが、あるかもしれない可能性よりもない可能性を優先した方がもしもの時に対しての生存率が上がるだろう。

 

「やばいな…そろそろ脱出しないと崩れるかも知れない。俺はゆんゆんを背負うからカブラギはウィズを頼む、取り敢えず最下層に向かおう。もしかしたら緊急脱出用に何かがあるかも知れない」

「…ミツルギだと言っているだろう」

 

伸し掛かるウィズを退かしゆんゆんを抱き抱え背中におぶると、ミツルギが呆れた様にそう言って溜息を吐きながら地面に横たわったウィズを持ち上げる。

二人とも体勢が安定した所で入っていない本来の入り口から部屋を後にする。

部屋を出てまず先に階段が配置されている部屋に向かう。基本的にこう言った建築物にはデザイナーの様なものが存在し、その人がレイアウトを決めているのだが、この要塞みたいに単純な構造な物は単に従業員が覚えやすい様にか、何階層もレイアウトを考えるのが面倒なのだろうか、それとも構造的に耐久性を上げる為なのか、よく俺には分からないが基本的に同じ、又はに通った構造になっている事が多い。

ならばその階段の方角へと向かって進んで行くのみである。

 

 

 

暫く進んでいくと前方に何やら人形のモンスターの様な物が敵感知に引っ掛かる。ここからだと目視には遠過ぎるので千里眼を使用し前方を眺めると機械仕掛けの人型の人形、つまりゴーレムが巡回だろうか通路を歩いていた。今まで見なかったので安心していたのだが、どうやら制御室があるこの部屋のある階は違うらしく、この様にゴーレムが警備の為に蔓延っている。

この要塞の主電源が止まっているので警備関係のシステムは作動しないと思っていたが、個々に独立した自律機能があるらしく、今もこうして予備電源に切り替わった現状でも前と同じ様に巡回し続けているのだろう。

 

「おいマツルギ、前方に警備ゴーレムが居るぞ。お前なら何とかできそうか?」

「あのさ…そろそろいい加減にしてくれないかな?ここまで来たらもうワザとだよね…訂正するのも大変だからこれからはそのまま反応するよ。…でゴーレムだっけ?任せてくれと言いたいところだけど流石の僕も見て見ないとなんとも言えないかな」

 

ミツルギ等々この何時もの件にうんざりしたのかもう突っ込まないと言い始め、その後ゴーレムに関しては分からないと謙遜し始めた。コイツの実力は誇っても良いくらいには高いのを俺は知っている、ただ搦め手には滅法弱いので人間に対して、特に俺に対してはかなり相性が悪いのだ。良くも悪くも強すぎるモンスターと戦い過ぎたせいだろう、弱者の生存戦略に対する経験がそもそもないのだろう。

 

「成る程、よしじゃあその魔剣を口に咥えて戦えないか?ゴーレムならお前の方がステータス上だろ?だったらお前なら行けるって」

「あのね…僕がそんな器用にできると思っているのかい?」

 

呆れた様に溜息を吐くミツルギ。しかしこんなふざけた思考になるのも仕方がないのだ、現在俺とミツルギは背中にゆんゆんとウィズの二人を背負い両手が塞がっている状態にあるので、対応するには魔法が一番なんだが、生憎俺には初級魔法以上の魔法を習得していないので残念な事に火力が足りないのだ。であればミツルギがその魔剣グラムを口に咥えて某三刀流剣士の方の様に華麗に舞って頂くしか無いのである。

 

「だったら仕方ない、今から支援魔法を掛けるからこのゴーレムの廊下を駆け抜けるぞ‼︎」

「なんだって‼︎彼女を一旦置いて戦わないのか?」

 

俺の考えた作戦に口を出すミツルギ、確かにその考えは良いのだが、その方法だと時間が掛かり過ぎてしまうのだ。その作戦に従うと戦闘を行う度びに彼女らを回収する事を繰り返す事になる、そうなれば何十キロもある人形を上げ下ろしする事になるので終盤の疲労の溜まりも心配になってしまう。これがすぐ近場なら良いのだが、最終下層までの距離はまだまだあるだろうと仮定しているので、あまり理論的ではないのだ。

 

「そんな時間はない、よっしゃー‼︎行くぜムララギ‼︎」

 

即興で二人に支援魔法を掛ける、この支援魔法も何度もかけているせいか最近は詠唱の文章も頭の中で反芻して確かめることももせずに、頭空っぽでも唱えられる様になった。

強化された事を確認するとそのまま全力で前に進む。

 

「ちょっと待ってくれ‼︎僕の名前の言い間違えに関しては反応しないと言ったけど、それを逆手にとっての誹謗中傷は辞めてくれないか⁉︎全くの事実無根なんだが‼︎」

 

後ろで何か文句を言っているミツルギを放置してそのまま進む。やはり支援魔法を掛ければ遅かった俺の足もこの通り早くなりあっという間にゴーレムの元にたどり着く。

千里眼で姿は捉えていたがいざ相対すると中々にでかい、しかも此処が通路あるので逃げ様にも逃げ場がない。しかし、かと言って戦う訳にもいけない。

仕方が無いが奴の攻撃の隙を誘ってすり抜けるしか無いだろう。

此処は異世界ではあるがゲームでは無いので、一定以上敵を倒さないと消えない見えない壁や、ボス攻略に必要なアイテムを持っている事は無いのだ。他にもレベルがある、基本的にボスを倒すには遭遇したモンスターを逃げずに全部倒せば最低限倒せる程度には上がるのだが、この要塞自体がボスみたいな物なので必要は無いだろう。つまり逃げて損はないのである。

 

そんなこんな考えていると遠かったゴーレムが近くに見える。呼吸を整えて距離を詰めると、ゴーレムは俺達に反応したのか腕を振りかぶり前方へと突き出した。それに対して俺は下がらずに、ゴーレムの挙げた腕の側の方向へと踏み込みすり抜ける。

本来なら後方に下がるのだが、其れだと埒があかない。かと言って反対側に良ければ、奴が振り終わっていない腕の方向を調節できるので拳の餌食になるだろう。なので拳がぶつかるインパクトが起きる手前で上体を下げかわし振り抜けるのが意外と安全なのだ。

 

「ふう…」

 

案外すんなりいけた事に関して若干の達成感を感じたが、ゆんゆんを背負っている為に俺の高さがカサ増しされているので必要以上に膝を曲げないといけないので結構脚に疲労が溜まる。明日多分筋肉痛になるだろうな…。

一体すり抜けさらに前方に居るもう一体に差し掛かる時だった。

 

「おーい‼︎僕は鎧を着てるし彼女を背負っているから君みたいには上手く避けれ無いんだけど、どうしたらいい‼︎」

 

背後からミツルギの助けの要請が聞こえる。確かにガッチリと装甲を固めている以上アクロバット性を失うのは必然だろう、しかし支援魔法を掛けているので出来ない事は無いと思うのだが…。

戻るのもリスクだし、此処で見捨てても大丈夫な気がするはきのせいだろうか。ウィズは既に死んでいるリッチーだし、ミツルギはミツルギだし何とかなる様な気がしなくも無い。

 

「何とかって…全く、しょうがねーな‼︎」

 

後味が悪いので助ける事にする。

取り敢えず前方のゴーレムの振り上げを前方に回避し、露わになった無防備な背中に支援魔法で強化された脚で蹴りを入れる。そしてバランスを立て直そうとしている隙に、クリエイトウォーターとフリーズのコンボを発動させ廊下一面を凍らせ、再びまだよたよたしているゴーレムに向かって蹴りを入れる。

するとゴーレムはついに耐え切れなくなったのか前方に倒れ、そのまま慣性の法則に従い前方へと滑っていき後方にいたゴーレムに激突すると派手に粉砕する。

 

「ゴーレムを後ろのゴーレムにシュート‼︎」

「超エクサイティング‼︎」

 

両手でガッツポーズを決めて叫ぶ。尚、ゆんゆんは背中に上手く載せているので安心を。

興奮を落ち着けながらも、何か嫌な予感がしなくも無いのでゴーレムを眺めていたが、特に再生や破片が合体する事は無さそうなので安心する。

 

「これで大丈夫だろう、先を急ぐぞ」

「あぁ、ありがとう。正直君の発想力には驚きだけどとても頼もしいよ…話は変わるけどこの床は元に戻せないのかな?」

「ああ、もちろん無理だ」

「だよね…」

 

凍った床に悪戦苦闘しているミツルギを横目に先に進む。ティンダーで少しずつ溶かす手もあったが、前にも言った様に時間がない。それに魔力もそろそろ底が見えつつあるので出来れば魔法はこれっきりにしておきたい。

 

 

 

あれからゴーレムを躱し続ける、いちいち止まるのは面倒なので躱しては蹴りを入れ、ゴーレムをよろけさせてはミツルギを通してを繰り返す。これを繰り返すのなら正直ミツルギに目一杯に筋力強化の支援魔法を掛けて彼女らを両脇に抱えてもらった方が楽なのだが、ゆんゆんをミツルギに任せると言うのも考えると釈なので辞めておく。

 

そして階段に何とか辿り着く。

この要塞は何処かのテレビ局の様に複雑な構造はしておらず、そのまま下りと昇りが横に隣り合った状態で最上階と最下層がつながっている様で安堵の息が出る。

正直昔行った社会科見学みたいにわざわざ昇降の為に階の端から端まで行かないと行けないのかと思うと面倒この上無いからである。

 

「このまま降りるぞ、何か忘れて無いとか大丈夫か?」

「いや特にそんな物は無いはずだけど…」

 

一応念の為に確認する。ゲームで染み付いた癖だろうか、階をを変える前に取っておかないといけないアイテムやイベントとかがある様な気がしてならないが多分気のせいだろう。

階段を降りて行く。大分疲労は溜まっているが、ゆんゆんを背負っている為かアドレナリンがフィーバータイムを起こしているので何とかなりそうな気がする。詳しくは言えないが、ただ鎧の装備できない冒険者で良かったと思ったのは多分初めてだろう。

 

階段を降り切ると要塞の底面に辿り着く。流石の要塞も階段まで警備ゴーレムを置くことはなかった様だ。

まぁ、あそこまで外部からの侵入を拒む事を徹底していれば、そもそも警備ゴーレムなんて必要なかったのでは無いかとは思う。多分の憶測だろうが、あのゴーレムは念の為の警備兵だったのだろう、内部の裏切りとかありそうだし。

 

要塞の底面は予想通りそこまで広くはなく、地面には緊急脱出用のハッチと幾つかのパラシュートが壁にかけられている。奥に扉あるがそれは多分整備用か何かだろうから今関係はないだろうから無視する。

 

「取り敢えず2人を下ろして装着するぞ」

「ああ、分かった」

 

ゆんゆんとウィズを壁に掛けてパラシュートを装着する。古いのでゴムとかが劣化してそうだが、よく見てみると魔法か何かで防食しているのかマナタイトの様な鉱石とその周囲に何か魔法関係の言葉が描かれており、それを取り外して中の紐等を引っ張って見ると特に問題は無さそうだった。

やり方に関してはハーネスの様なものを装着して肩あたりの紐を引っ張るので大丈夫そうだ。やり方が丁寧に図解にもされて描かれており難なく着用できる。

 

「で、マツルギは何やっているんだ?」

 

俺が装着している隣でワタワタとパラシュートを装着しようとミツルギがもがいている。

 

「ミツルギだ‼︎急いでいる所済まないのだけど手伝ってはくれないだろうか?鎧が引っ掛かって上手くいかないんだ」

「はぁ…その鎧脱げよ。敵と戦う訳じゃ無いんだからさ」

「そんな事言ったってね…この鎧意外と入手が難しんだよ」

「はぁ…さいで」

 

反応しないんじゃなかったのか?と思いながらしょうがないので手伝う事にする。奴の鎧は何か強そうな名前のドラゴンを倒した際の報酬としてオーダーメイドの特注で作られたらしいので買い直すと言う選択肢は無いとの事だ。

ミツルギの選んだパラシュートはLサイズだったので、鎧を含めたサイズに切り替えて再び付け直す。鎧をつけた時用も存在する事に驚いたが、要塞なので細かい所に攻め込む時に必要になる時もあるのかと適当に納得させる。

 

「よしそれじゃ行こうか、絶対にウィズを離すんじゃねぞ」

「どちらかと言うとそれは君の方じゃ無いのかな?」

 

準備をすませ床のハッチを開くと気圧差の風が吹き出しよろけそうになるが何とか持ち堪える。そこから見える絶景に少し引き攣りながら落下予測点に危険が無いか確認する。

 

「ん?」

 

下をみると幾つもの黒い点が見える。なんだと思い千里眼で確認すると街の冒険者達が様子見にか来ていた様だ。要塞が止まったので安全だと思ったのだろう。

もし急に動き出したらどうすんだと思ったが、今となっては有難い。途中何かあったら彼等に何とかしてもらうことができるんのだから。

 

「どうしたんだい?何か不都合な事でもあったのかな?」

「あぁ、特には。ただ街のみんなが下に集まって居るだけだよ」

「ふう…何だそれだったらよかったじゃ無いか」

 

俺の表情に何かしらの不安を抱いたのか、俺から何も無いと聞くと案した様に息を吐いた。どうやら初めてのスカイダイビングで緊張でもして居るのだろう、流石の異世界でも上空から落下する事なんてまず無いだう。

取り敢えず危険が無いのは分かったので、ゆんゆんを抱き上げ念の為にパラシュートを装着させる。めぐみんの様に意識があると助かるのだが、魔力を吸い過ぎたためか未だに起きる気配が無い。

何とか装着を終えると、彼女の腰のベルトと俺のベルトを念の為にカラビナで止める、これで万が一手を離しても大丈夫だろう。

支度を終えて顔を上げるとミツルギも準備万端な様子でウィズを抱き抱えて居る。

 

「そんじゃ先に行かせてもらうぜ、絡まると危ないから俺が降りてしばらくしてから追って降りてくれよ。いいな」

「そこまで言われなくても分かっているよ」

「それじゃあな」

 

ミツルギに暫しの別れの挨拶を済ませると、そのまま脱出口を飛び降り地面に落下する。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ‼︎」

落下による圧にびびりながら、ゆんゆんも浮き出したのを確認したら、片手を一時的に離してハーネスの紐を思いっきり引っ張る。

後ろから排出音と共にパラシュートの傘の様な物が飛び出て一瞬視界が止まり電車が急ブレーキした様な感覚を味わうと、落下速度が緩やかになりフワフワと落下する。

 

「ふぅ…死ぬかと思ったぜ…」

 

人生初のパラシュートに恐怖していたが、こうして終わってしまえば、なんて事は無い些細な事に思えてくる。まぁ二度目は御免だが。

緩やかに地面に着地すると周りの冒険者達が野次馬の様に集まって来る。

 

「取り敢えず現状は安全ってことかな、動力源をウィズ達の氷結魔法で凍らせてあるから今の所だけど動く事はないかな」

 

取り敢えず開口一番に現状を報告する。詳しく説明するのは面倒だが、プログラムも停止する様にインターセプトしているから万が一動き出しても大丈夫だろう。

カラビナを外し、ゆんゆんを離すとエリス教のプリースト…シスターに預ける。出来れば側にいてやりたかったが彼女の元に置いておけばひとまず安心だろう。ウィズに関してはどうやって説明しようか…取り敢えず砂糖水でも作って貰うか…

取り敢えずパラシュートを畳み纏める。これも何かの縁だろう、いつか役に立つかも知れないのでバックに突っ込んでおく。

そう言えばとめぐみんを探す為に見回したが居なかったので確認すると、どうやら念の為にと街の外壁で待機しているらしい。彼女らしいと言えば彼女らしい、やはり知能の高い紅魔族と言ったところか念には念をと言ったところだろう。

そんな事を考えていると俺の後を追ったミツルギのものと思われるパラシュートが降りてくる。俺が着地してから結構間があったことから結構ビビって躊躇ったのだろう。気を張る相手がいなければ人間そんなもんだろう。

 

「よう、どうやら無事着地できたみたいだな」

「まあね、取り敢えずこのパラシュート外すのを手伝ってくれないか?」

 

俺が降りて安全を伝えたので周囲の冒険者は既にお帰りムードとなっておりその為、ミツルギに群がる事は無く、こうして俺が外す手伝いをする羽目になる。

意識を失っているウィズを受け取りそっと地面に横にさせると、絡まっているミツルギのパラシュートを外して行く。外すと言ってもミツルギはもう使う機会はなさそうなので剣で装備ごと切って行くだけなのでそう時間は掛からないだろう。

 

 

 

 

あの後特に何かが起きる訳は無く。祝勝会みたいなものを挙げるから来てくれとダクネスに言われる。

彼女の装備は落下の衝撃でヒビが入っているがそれだけだったので、今回の件でいかに彼女の防御力が高いかを認めざるを得ないだろう。

祝勝会に関しては前回のベルディアの件とは違い特にやましい事は無いのでゆんゆんの目が覚め次第3人で向かうと伝えている。

初めてのお祭り騒ぎに浮き足立っている事は置いといて、あの機動要塞デストロイヤーのその後だが、このアクセルを管轄としている…要するに話を聞いた王都の連中が現れて数十人規模の直属のウィザード達が集まり研究の名目で要塞をテレポートで何処かへ運んで行ってしまったのだ。

探索が中途半端な事も含めて文句は合ったので突っかかろうとしたが、なんか銀髪の人が報奨金をくれると言っていたのでそれで矛を収める事にした。

 

ウィズはと言うと、教会のプリーストに預けてしまい回復魔法なんざ受けてしまった日には正体がバレてしまいかねないので、上手く周りをはぐらかしながら魔道具店に運び、現在はあのドレインタッチを教わった部屋で寝かせながら勝手に拝借した砂糖水を口に流し込んで様子を見ている状況だ。

 

「う…うん?あれ此処は…一体どこでしょうか?」

「お、目覚めたな。此処はウィズのお店の中だよ」

「そうでしたか…それでしたらあの要塞は結局どうなったのでしょうか?」

「要塞だったら、ウィスの魔法で上手く凍らせることが出来たよ。まあその要塞自体は王都の連中に持っていかれたけどな」

 

はあ…と取り敢えず目覚めた事に安堵する。魔法を使っただけで吐血する様な事態が起きたので心配だったが、取り敢えず意識があるなら何とかなるだろう。

 

「ははは、それは残念でしたね。私は此処でゆっくりしてから向かいますのでカズマさんは先に行かれてください。何時もの事ならこの後に何か祝勝会的な物があるんじゃ無いんですか?」

「そうだけど…大丈夫か?」

「私は全然大丈夫ですので…それより早く行ってあげないと2人が怒ってしまうのでは無いですか?」

「分かったウィズがそう言うんだったら俺はもう行くよ。一応ウィズも主役だから来てくれよ」

 

何だか早く出て行って欲しそうな事を遠まわしに伝えられた様な気がするので早々に退散する事にする。ウィズも女性だしきっと男の俺が知らない何かがあるのかも知れないので追及はしないでおく、セクハラで訴えられても困るしな。ただ起きてから両腕を摩っているのが気になった。

 

 

 

「遅いですよカズマ‼︎」

「お疲れ様です…それでウィズさんは大丈夫でしたか?」

 

待ち合わせ場所に向かうと既に目を覚まし回復したゆんゆんと今回爆裂魔法を撃てなくて御立腹のめぐみんが待ち受けていた。

 

「ああ、ウィズは無事に目が覚めて落ち着いたら向かうってさ。それにめぐみんはこんな事で怒るなよ…」

「そうでしたか…それは良かったです」

「そんな事とは何ですか⁉︎今回はたまたま出番が無かっただけですが、もし止める事が出来なければ私の爆裂魔法で一撃ですよ‼︎」

 

俺の報告に安堵するゆんゆんに、今回何も出番がなく体力を持て余しているめぐみんがそれを発散せんとブンブンと杖を振り回す。

この光景を見るとまたいつもの日常に戻ってきたなーと実感する。いつまでもこんな日常が続けば良いと思うが、そんな事は多分あの女神が許してはくれないだろう。あくまで俺はこの世界の魔王を討伐する為に送られて来たのだから。何かしらの催促が来るのかも知れない。

 

 

 

 

 

「では機動要塞デストロイヤー撃墜を祝して乾杯‼︎」

誰かの掛け声を合図に各自手に持っているシュワシュワの入った容器を互いにぶつけると一気飲みを始める。今回は俺達が主役の為面倒なスピーチがあるのが嫌だったが、酔いが回ると案外俺は饒舌になるのか意外とすんなり、何なら楽しんだ位のテンションで話始めるのだった。

そうして意外だったのかミツルギは酒に弱いらしく、すぐさま赤くなっては取り巻きの女性に介抱されていた。

 

「では、景気づけに此処は私の爆裂魔法を一発‼︎エクスプロォォォォォォォォ⁉︎」

「馬鹿野郎‼︎こんな街中で爆裂魔法なんざぶっぱなそうとすんじゃねーーーよ⁉︎」

 

酔いが回ったのかとんでもない事を口走ったので、すぐさまめぐみんの腕を握り引き戻しながら彼女の魔力をドレインタッチで吸い取る、爆裂魔法は威力に比例して魔力の消費も莫大なので少し吸って仕舞えばこの様に木偶の坊になってしまうのだ。

めぐみんの発言に凍りついたゆんゆんに、彼女の魔力を吸い取ってもう爆裂魔法は使えない旨を耳打ちで伝えて安心させる。流石リッチーのスキル、覚えてから数日でかなりのパフォーマンスを魅せてくれる。これなら今後はウィズから色々スキルを教わった方がいいのかも知れない。

 

「あの…カズマさん」

「ん?あぁウィズじゃ無いか、体調は大丈夫そうか?」

 

酒場で冒険者達の出し物を見ていると、背後からコッソリと呼ばれる。後ろを振り向くとそこにはウィズが柱に隠れる様に立って此方に手招きする。

何か秘密裏に話したい事でもあるんだろうか、このまま夜の誘いだったら良かったのだが、彼女の表情は真剣そのものだったのでそれは無いだろうと卑しい思考を掻き消す。

 

「で、どうしたんだウィズ?こんな人気のない場所に…」

「これは…その…言うべきか迷ったのですが、これからを思って見せておきますね」

 

彼女はそう言いながら俺に腕を突き出し、上から覆っていたローブの裾を捲った。そこに現れたのは真っ黒く爛れたウィズの腕だった。

 

「これは…え?」

「これは多分カズマさんが私に流した魔力が原因だと思います」

「俺が…」

 

突然の事にビックリするが、その可能性を考えなかったと言えば嘘になる。気づくべき要素は多々あり、最も近況はコロナタイトを凍らせる際に出た黒いオーラのような物だ。

 

「多分カズマさんの魔力は以前に私に放とうとした黒い炎の性質を魔力に秘めているんだと思います。今回私に魔力を流した事でそれが混ざりこうして私の腕を侵食し始めているのだと思います」

「それは…大丈夫なのか?」

「今の所は店のマナタイトで回復させた私の魔力で抑えていますが、この炎は一度着火した対象を燃やし尽くすまで消えないのが原則になっていますので、こうしてカズマさんに魔力事吸い取って頂きに来たところです」

「そうか…一応何とかなるのか…」

「これはリッチーである私だから何とかなりましたが、もし仮に今回流したのがゆんゆんさんでしたら恐らく気絶している間に燃え始めていたかも知れません」

 

取り敢えずは他の人に魔力を流さないで下さいと彼女は俺に忠告する。俺はそれを肝に銘じ、恐る恐る彼女の黒く変色した腕を触り魔力を吸収すると彼女の腕は見る見るうちに素の白い肌へと戻っていった。

 

「ふぅ、これで一件落着ですね…私自身カズマさんが吸収して戻らなかったらどうしようかと思いましたよ」

「全くだよ…まさか俺の魔力がこんな面倒臭くなってるなんて思いもしなかったよ」

 

元に戻った事で2人とも緊張の糸が切れたのか先ほどまでの真に迫った雰囲気は無くなり、何時もの感じに戻る。

 

「所で何でそんな事になっているんでしょうか?カズマさんのその力は一体どこで手に入れられたのですか?」

「さあね、それは良くわかんないから女神にでも聞いてくれ」

 

適当に彼女の話を受け流しながら話を逸らし、ウィズを連れて祝勝会へと戻って行った。



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カズマの日常8

だいぶ遅くなりました。今回は色々なオリジナルの設定が出てきますのでご容赦下さい。m(_ _)m


デストロイヤーの襲撃を跳ね除けてから早数日、国からたんまりと報酬を頂戴した俺は平日の昼間からゴロゴロと堕落した生活を満喫していた。

この世界の悪い所は娯楽が少ない所にあるだろう、まずインターネットが無い、この時点でもう全てが台無しだった。もし可能であるならクリスに頼んで異世界からの電波をキャッチする神具でも無いか聞いてみるのも良いかも知れない。もしかしたら特典で物を作り出す力を貰い、ケータイ電話か何かを作成している奴もいるかも知れないし。

考え事をしていると部屋の扉がノックされる。この屋敷にいるのは2人なので多分そのどちらかだろう、こうしてゴロゴロしているので外に連れ出そう画策しているのだろう。

 

「カズマさーん、いい加減外に出ませんか?たまに降りて来て遊び相手になってくれるのは有り難いのですけど、このままだとダメ人間になってしまいますよ」

「ああ、そうだな。それは大変な事だな…ああ大変だ。あと1日寝かせてくれ」

 

どうやら今回はゆんゆんが来た様だ。昨日はめぐみんが来て爆裂魔法に付き合ってくれと言いに来たが、適当な理由で言いくるめて追い出すと渋々ゆんゆんを連れて出ていった事を思い出す。

この調子だと今日もその繰り返しだろうと布団の中に潜り込む。やはり布団は最高だ、疲れた俺の心をこうも優しく包んでくれる、もうこれは布団と結婚するしか無いのだろう。

布団に包まり暖かさを感じていると、ブツブツと扉越しに何か唱えている声が聞こえた後、破裂音と共に俺の部屋の扉が吹き飛んだ。扉は加減したのか幸いにも壊れたのがヒンジ部分だったので修理するのは簡単だったろうが、直すのはこないだ鍛治スキルを取った俺なのだろうと思うと嫌な気分になる。

 

「何すんだ‼︎もし俺が扉の手前にいたらどうすんだよ‼︎殺す気かよ‼︎」

 

ベットから起き上がりドアがあった場所を見ると、そこには貼り付けた様な笑顔を浮かべたゆんゆんと実力行使に出たゆんゆんにドン引きしているめぐみんがいた。

どうやら俺を外に連れ出そうとしているゆんゆんを何時もの日課に連れて行こうと此処まで来た様だったが、ちょうど爆発させるタイミングにここに来た様だった。

 

「カーズーマーさーん」

「分かった‼︎分かったからその手を離せ‼︎着替えるから、外着に着替えるから離してくれ‼︎」

 

彼女は笑顔を崩さずに俺の所までくると、唖然としている俺の頭を鷲掴みにて外に引き摺り出そうと引っ張り出した。流石の俺も女の子1人にここまでされるのは嫌なので抵抗するのだが、悲しくもレベルの差なのか、腕力では敵わずに後ろに引きずられていく。

めぐみんに助けを求めようと視線を送ったが、乱暴に変わってしまった友人を見て唖然としている様でボーとしていた。

 

 

「まったく、何でこんな寒い時期こんな事をしなくちゃいけないんだ…」

 

季節は秋なのだが此処は日本とは違い気温は冬ぐらいに肌寒くなってきている。もしかしたら冬には日本とは比べ物にならない位に寒くなるのでは無いだろうか?こんど寒さや暑さ無効の支援魔法がないか教会のシスターに聞いて見ようと思う。

隣には上機嫌なゆんゆん、後ろにはいつも通りのめぐみん、何か事件でも起こされるよりかはマシだがもう少しの間堕落した生活を送りたかった。

 

「で?今日は何処に行くんだ?クエストに行くならギルドは反対方向だぞ、それともめぐみんのいつもの日課か?」

 

向かっている方向は街の中と外を繋ぐ門でもギルドのある街の中心部とも違った別方向へと進んでいる。このまま行けば商店街の方に出るだろう。

 

「商店街ですよ、そろそろ装備を変えようかと思いまして。ほらカズマさんの服も段々ボロボロになっていますので」

「ああ、成る程な。確かにそろそろ買い換えようかと思ってたとこだったな、あれから着ることも無かったからすっかり忘れてたよ。めぐみんも一緒っていう事は何か買うのか?」

「そうですよ。あの要塞デストロイヤーの撃墜任務の報酬は参加者全員に配られましたので、今回は私も頂いておりますので杖を新調しようかと思っています」

「と言うわけで今日は3人でお買い物にして、任務は明日にしようかと思っています」

 

エイエイオーと手を振り上げるゆんゆんに次ぐように渋々手を挙げる。これで無視しよう物なら次は俺では無くゆんゆんが引き籠ってしまいそうなのでなるべくノリに付き合う事にした。

何故かテンションの高いゆんゆんについていきながら商店街の方に着くと、その久しぶりの光景に来たばかりの頃に来た時を思い出し、あれから色々あったなとしみじみとした何とも言えない余韻に浸る。

 

「取り敢えず装備の方の服屋に行きませんか?」

「そうだな、まずこの一張羅を新しいのに買い換え無いとな」

 

基本鎧とかは鍛冶屋にあるのだが、俺たちみたいな軽装備しか装備でき無い者達は革や軽い素材を使ったローブなどを扱った服屋の様なところに行くのだ。まあ言うて前回行った所と同じなのだが…

基本冒険者の装備は最初に既製品を使い、実力が上がり所持金が増えれば今度はオーダーメイドの装備を作り愛用すると聞く。折角なので今回良いものがなければ俺も作ってみようかと思う。

ゆんゆんとめぐみんのローブなどの装備は紅魔の里に行かないと売って無いらしい。まあデザインが結構奇抜なのでセレクトショップか何かに行かないと売ってなさそうな気がしたが…。

 

2人と別れ前回利用した職業フリーの装備のコーナーに向かう。色々あったがこの世界に来てまだ季節が夏から秋に変わったくらいなのでそこまで品揃えが劇的に変わる事はなく、前と殆ど同じ様な装備品を再び眺める。

前は単純に見掛け等を基準にしていたのだが、俺も色々経験したのか色々知識がついて来たので今まで出会ったシュチュエーションを想像しながら装備を物色する。この世界でも安かろう悪かろうなのか、安い物は生地もエンチャントも微妙なものになっている、そして高い物は高いものなりに良いものになっており、ディスカウントの様に旬が過ぎたものが安く売り叩かれているものもある。

 

今回はボロボロになった装備を買い換えるのが主になっている。なので先に今まで装備していた使い慣れた装備を集めて確保し,それを基準に何か新しくて良い物があったら取り入れて行くスタイルにしようかと思っている。

レベルがあの時から上がりそれによりステータスが上昇している為、あの時に装備出来なかった鎧などが装備できる様になっている。前回より広がった選択肢を加味しながら棚などを眺める。

 

一応俺の低いステータスでも装備することの出来る鎧を見つけて装備してみたが、やはりステータスがギリギリだったこともあるのか重くて動き辛い。これでは剣を振るのが厳しくなってしまう、ミツルギの様に大剣を携えながら大きな火力でゴリ押して行くスタイルなら良いのだが、俺の場合は手数を用いて少ない火力を補って行くスタイルなので方向性が真反対になってしまう。

なるべく今着ているケープの様なマントみたいな動きやすい装備で無いといけない。あるなら同じ形で性能の高い物で揃えれば取り敢えずは支障はないだろう。

 

「はあ…」

 

取り敢えず前に買ったマントと同じデザインの物で魔法耐性のエンチャントが付いている物を選び、同じ流れで胸当てなどの動きの邪魔にならない最低限の防具を新調する。他にもクリスとの組手用にジャージの様な運動着の様な服を購入する。

その後剣を鍛治に出してメンテナンスしてもらい、待っている間に小細工などに使う道具を買い揃える。此の間教わった狙撃スキルがあるので簡易的な弓と矢を買い背中に背負う。弓筒等は一纏めにショルダーに掛けられるように紐を作って貰い、剣で戦う時はワンタッチで外せる様に金具をつけてもらう。

弓は試し打たせて貰ったが、狙撃スキルのおかげか体がまるで知っているかの様に動き、予想以上に綺麗なフォームを描きながら矢を放つことが出来る。こんな方法で今まで努力を積み重ねて手に入れたであろう達人達技術の模倣が可能になってしまうのならそれは恐ろしい事なんだろうが、生きるか死ぬかの世界において簡単に取得できる事はまさに幸運だろう。

的の中心に射られた弓矢を眺めながら、これを自分がやったのだと違和感を覚えながらも実感する。狙撃スキルは距離によって精度が下がり、冒険者カード項目には威力向上、射出速度向上、命中精度向上があるので、バランスを考えながらの強化が必要だろう。

 

 

 

買い物を済ませ、鍛冶屋に預けていた剣を受け取り、2人と約束した合流場所に向かう。

 

「あ、カズマさん来ましたね」

「おっす、悪いな。結構待ったか?」

「いえ私はそこまで」

 

既にゆんゆんが先にいた様なので話しかける。

 

「ところでめぐみんは?一緒にいたんじゃないのか?」

「いえ…めぐみんはずっと杖を選んで居たので、カズマさんが先に来て待たせない様に此処で待っていました」

 

ゆんゆん…良い子だ。

ジーンと涙腺に言葉が響いたが、ここで泣くわけには行かないので抑える。

話によると武器屋の杖が売っている売り場で珍しい杖が売られていたが、どうもめぐみんの所持金では一つしか買えないらしい。なので後腐れがない様に今も尚悩んでいる様だ。

 

「取り敢えずその杖売り場に行こうぜ。悩むって事は結局どっちを買っても後悔するんだから俺が上手く説得して決めさせてやるよ」

「えぇ…それで良いんでしょうか…」

「まあ大丈夫だろ。結局は爆裂魔法しか打たないから、その杖がどんな性能だろうと誤差みたいなもんだろ」

「それ、めぐみんの前では絶対言わないでくださいよ。きっと怒って手がつけられなくなりますから」

 

おお怖い。流石のゆんゆんだ。めぐみんの扱いを分かっている。まあ俺もそんな事だろうとは思っているのだが、俺が思うのとゆんゆんが言う事では言葉の重みが違う。めぐみんは爆裂魔法キチだから慎重に言葉を選ばないとその場で爆裂魔法を放とうとするのだ。

 

 

2人でめぐみんのいる武器屋に向かう。

ウィザードが使う武具は二階にある為、階段を上りフロアの奥に進むとショーウィンドウにへばりつき舐め回す様にめぐみんが杖を吟味していた。

パッと見ホラー映画の様な光景に身の毛がよだったが、なんかもう見慣れて来た様な気がすると思うと自然に落ち着いて来た。何だろう、これが適応すると言う事なのだろうか…。

いつかこの状況が普通の光景だと思って何も感じない時が来ると思うとそれはそれで嫌な気がする。

 

「ん?おや、カズマじゃないですか?どうしましたか、私は今杖を選ぶのに必死なのでもう少し他の所を見ていて下さい」

「いやいやそろそろ時間だから早く決めてくれないか?」

「別に良いじゃ無いですか。どうせ終わった所で家でゴロゴロしているに決まっているですし、このままブラブラしていても何も生み出せないことに関しては同じですよ」

 

このロリガキ‼︎言わせておけば言いたい放題い言いやがって。

…落ち着け。此処はCOOLになるんだサトウカズマ。このまま怒ればめぐみんの思う壺だ。

 

「よし、先に帰る」

「え⁉︎」

 

横で不安そうに眺めていたゆんゆんの表情が驚きへと変わる。

 

「ちょっと⁉︎カズマさん何言ってるんですか?説得するって言ってじゃ無いですか⁉︎」

「いやだってさ…何か面倒くさくなってさ…な?」

「な?じゃ無いですよ⁉︎折角外に出たのにまだ数時間じゃ無いですか‼︎」

「大丈夫だって、人間日の光は15分あれば十分だって言うだろ」

「え?そうなんですか、それは初めて聞きました…って話を逸らさない出くださいよ‼︎」

「いやいや、健康面の話をしていたんじゃ無いのか?てっきり心配してくれていたのかと思って嬉しかったんだけどな」

「え⁉︎そ…それはそうですけど。それとこれとは話が別です‼︎」

 

話を逸らそうとしたが失敗に終わる。付き合いが長いだけあってかだんだん俺への耐性を持ち始めているのだろうか、前は赤子の手をひねる様に逃げられたのだが今回はそうは行かせてくれない様だ。

ちなみに日光を受けると体にあるビタミンDが活性型になるので骨を生成する機能が上がるのだ。引きこもっているとこの活性型ビタミンDを生成出来ずに骨粗鬆症になってしまうので注意である。

 

「それじゃあしょうがないな…このままだと埒が開かないから2人で時間潰しにでも行かないか?」

「え?2人でですか?…そうですね、めぐみんがこれじゃあ仕方がないですね。いきましょう」

 

適当な場所まで行こうと提案したら、予想外に反応良くあっさりと親友をおいて彼女は店を後にする。

 

 

 

 

 

その後何故か機嫌がいいゆんゆんと適当な店でお茶をしていると、悩みに悩み抜いた末に選んだであろう杖を持っためぐみんが追いかける様に見せに来た。時間も時間だったので此処で昼食にする事にして俺の午前は終わった。

 

「うっ…くぅーっ‼︎」

体を伸ばして外の公園へと向かう。ゆんゆん達は何時ものめぐみんの日課に向かって行ってしまった。一緒に行かないかと誘われたが、生憎今回は先約があるため今日も遠慮した。

あのめぐみんも流石に飽きたのか最近コロコロと場所を変えているらしく、偶に変な場所に撃ち込んで半泣きでゆんゆんが修復作業を行なっていた時もあったそうだ。

 

「お!今日も来た様だね」

「ああ、待たせたか?今日は3人で外食していたから遅くなっちまった」

 

公園で待っていたクリスに話しかける。この期間はずっと部屋でゴロゴロしてして居たのだが、体の感覚が鈍るとステータスの低い俺にとっては死活問題なのでクリスの訓練だけは屋敷を抜け出して参加する様にしている。

今回はいつもと違って腰のマジックダガーともう一つ太刀の様な刀を背負っていた。

一体どう言うつもりだろうか、彼女の体格と職業からしてその装備は向いていないと思うのだが彼女なりに考えがあるのだろうか。

 

「いや特に待っていないかな。私もそんなに早く来たわけじゃ無いしね」

「そいつは良かった。で?所で今日は何をするんだ?またトレーニングとかか?」

「いや、流石に何時もトレーニングばかりだと流石に君も飽きて来ると思うから今日は探索に行こうかと思うんだ」

 

ビラっと彼女は懐にしまっていた一枚の依頼用紙を俺に差し出した。

 

「ん?これは…」

 

この紙に描かれたのはキールダンジョンと書かれている。以前俺もこの用紙を見たことがあるのだが、受付のお姉さんに確認した所「このダンジョンは初心者が最初に腕試しで行う場所ですので、カズマさんが求めている様なものは既に取り尽くされていますので他のクエストをお勧めいたします」と俺には勧められず他のクエストを勧められた事も記憶に古くはない。

アイテムは撮り尽くされ、強いモンスターも殆ど狩り尽くされたダンジョンで一体彼女は何を考えているのだろうか。

 

「見覚えがあるかな?まあ君の事だからもしかしたら一度肩慣らしか何かで潜った事があるかもしれないと思うけど、今回は何とこのダンジョンに新たな抜け道の様なものが発見されたとの情報が入ったのだよ」

 

エッヘンと無い胸をはるクリス、しかしその情報が本当なら他の冒険者が黙っている筈がないだろう。

 

「だったら、もう他の冒険者が探索しているんじゃないのか?少なくとも俺だったら知った瞬間には寄せ集めのメンバーで取り敢えず一度向かっているけどな」

 

俺が溜息混じりに指摘するが、彼女はそんな事はどこ風吹く事ないと先程までの威勢を保ち続けている。

 

「ふふふ、そこがこの私の真骨頂なのだよ弟子一号くん。なんと今回この隠し通路を発見した時の情報を仕入れた際の第一号は私なのでした。そしてすかさずギルドの受付さんに今日一杯でいいからと口止めをしてもらったのさ」

「なん…だと⁉︎」

 

彼女のあまりの手際の良さに呆気に取られる。しかし隠し通路か、確かキールダンジョンについては受付のお姉さんも広い割には特に価値のあるお宝は無く、本当に腕試しの様に作られたダンジョンだと言っていた記憶がある。

ならば、もし隠し通路があればそこには広さに見合ったお宝があると言う事になる。未だに誰も踏み入っていないダンジョンの捜索、危険が付き纏うが盗賊のクリスが居るのであれば最悪の事態は免れるだろう。

 

「よし、じゃあ行こうか。ちなみ何か出て来たら取り分は2;1だからね、なんて言ったって私が此処まで下準備したんだからね」

「俺はそれで構わないけど、2人でいいのか?もっと他のメンバーとか呼ばないか?」

「それに関しては大丈夫だと思うよ。前人未到のダンジョンと言っても所詮はアクセル周辺のダンジョンだから危険はそんなに無いはずだよ」

「なら大丈夫そうだな、色々準備が必要だから一旦解散するか?」

「いや、その必要はないよ。心配性の君の事だから色々言うと思って既に君の分の準備も済ませているのさ」

 

ドサっと大きなリュックサックを俺の前に投げ出す、開けて見ると非常食やダンジョン探索に必要な小道具が詰め込まれていた。

 

「いいのか?これ揃えるのに大分掛かったんじゃないのか?言ってくれれば払うぞ」

「はは、気にしなくても良いよ、これに関しては私のお下がりだしね。それに使い終わったら返して貰うし、消耗品に関しては手に入れたお宝から天引きしておいてあげるから気にしなくても良いんだよ」

「そうか、それはそれでありがとな」

 

言われてバックの中身を確認すると確かに使用感があったが、それ以上に丁寧に手入れをしていたのか保存状態が俺が今まで見た道具のそれを凌駕していた。やはりこう言った事には性格が出るんだろうなと改めて思う。

中の物を一つ一つ確認する。此処にあるものはクリスが探索に使う為にチョイスした物である為、此処で覚えておいて後で個人的に揃えておいた方が今後の役に立つだろう。

 

「よし、それじゃ気を改めて行きますか‼︎」

「おー!」

 

パンと両手を叩きながら決起する彼女に続いて俺も手を挙げ彼女に続く。此処が公園で尚且つメンバーが俺だけでなければ張り合いがあったのだが、この状況は側から見れば子供のお遊びにしか見えないだろう。

そんな事はさて置き。置いてあるリュックサックを拾い上げ、ギルドに進んでいく彼女の後について行った。

 

そしてギルドでコソコソと色々手続きを済ませ現在は馬車の集まりにいる。どうやらキールダンジョンはこのアクセルの街からは遠く、一度馬車で近くまで行かないといけないらしい。

券を買いに受付にいくクリスを押し止め流石に此処まで料金を出して貰うのは悪いので馬車代はなんとか払い、指定された馬車に乗る。幸い、今回は貸し切った訳ではないのに、俺達以外の乗客は居らず2人きりになる。

 

「折角だし、トレーニングでもしない?」

 

器具の説明を一通り説明を受けて何とか物にして、やる事が無くなったのでボーと外を眺めて居ると唐突に彼女が提案して来た。

 

「これから、洞窟探索だって言うのに何言ってんだよ。流石の俺だって初めての場所に行くんだからなるべく体力を温存しておきたいんだけど」

「まあまあ、そんな事は言わずに。内容は何時ものとは違って体を動かす物じゃないから大丈夫だよ」

 

どうやら、座りながら組み手とか、そう言った肉体系の特訓ではない様だ。もしそうだったら着く頃には体力が尽きて探索の途中で力尽きてしまいそうだ。

 

「それで?一体何をするんだ?」

「ふふふ、それは簡単な事だよ。今の君に足りない筋力等のパラメータを補う方法だよ、正直言って今の支援魔法だけじゃそろそろ物足りなくなって来たんじゃないのかな?」

「確かにな…単純なステータスで言えば支援魔法を掛けてようやくゆんゆん達のステータスに近づくって感じだからな、もう少し力が欲しくて重ね掛けしているんだけど、どうも重ね掛けしても筋力等が上がっている気がしないんだよな」

「だろうね、支援魔法は掛ければ掛けるほど上昇する数値は下がっていくんだよ。筋力を上げればそれで掛かる負荷を安全に受ける為に周囲の組織を強化しないと行けなくなるんだ」

 

成る程、要するに支援魔法はリミッターを外していく様な物だろうか、人間は本来の力の数十パーセントしか実力を出せないと言われている。これは本来の力を出すと周囲の組織がその筋肉の収縮に耐えきれずに決壊すると言われているからである。よく火事場の馬鹿力と言うがこれは要するに緊急事態だからリミッターを外そうという事になるだろうか。

なので支援魔法を発動すると、そのリミッターを外して体にかかる負荷を免荷して居るのではないだろうか。それか単純に魔力で筋力を強化してそれに掛かる負荷を魔力で緩衝しているのかもしれない。

どちらにしても力を上げれば上げるほど肉体に負担がかかりそれを無意識に抑える負荷を抑えるのに回す為、上昇数値が下がってしまうのだろう。

 

「成る程な、よく分かったけどそれでクリスの言う方法って何だよ、新しい支援魔法でも教えてくれるのか?」

「いやいや、流石のクリスさんでも職業でないスキルは使えないよ。まあその方法事態はは単純だよ、常に支援魔法を掛け続けて君の体に負荷を掛け続ける状況を作るのさ。そうすると徐々にその状態に適応して行って上限が増えると言う算段だよ」

「何それ、無茶苦茶じゃねえか⁉︎そんな体育会系の人達が考案した根性論みたいな方法でうまく行くのかよ‼︎」

 

理屈は何となくわかる。少量の毒を常に喰らい続ければそれに対する耐性を持つ様に、常に支援魔法を掛け続けていればその反動に対しての耐性も上がると言う訳なのだろう。しかし、そうなると常に精神集中の状態を保ち続ける事になるだろう。魔力の使用は感覚的に言えば息を止めたり常に走り続ける様なスタミナの概念に近い物であると俺は思っている。

何が言いたいかと言うと、この長時間の支援魔法の発動は俺にとっては長時間のマラソンに近いのである。クリスが俺に求めるのは24時間マラソンを半永久的に行えと言う物だろう、そんな事は分かっていてもできる物ではない。

 

「大丈夫だって、それに私の鞄にはコツコツ集めたマナタイトが入っているから後のダンジョン探索には気にせずバンバン使ってね」

「おいおい、って事は俺のバックに入っている道具が殆どで、残りが入っていると思っていたクリスの鞄にはマナタイトがはいっているってことか?」

「そうだよ。流石私の助手一号だね」

「はぁ…しょうがねーな」

 

どうやら彼女はこうなる事を事前に決めていたのか、リュックに詰められたマナタイトをこちらに渡す。全く、いつになってもこいつには敵わないんだろうなと諦めに近い溜息が漏れる。

仕方なしに目を瞑りなるべくリラックスしながら支援魔法を自身に掛ける。支援魔法をかける事により全身に何かに包まれるかの様な何時もの浮遊感を感じる。

しかし、常に支援魔法か…今まで生と死の境目で使用していたので気付かなかったのだが、何もない状況で発動して見ると意外に制御が難しい。感覚としては魔力を体に纏い離れない様にする様なものに近く、どちらかと言うと外側よりも内側の修行に分類されるだろう。

 

「あまり強化をしすぎない方がいいよ。最初は本当に微弱強化くらいにして常にその状態を維持する事に専念して」

「あぁ、分かった。やって見るよ」

 

俺が苦戦しているを見るに耐え兼ねたのか、彼女の助言が聞こえて来る。確かに何時もの一度に全力で上げれるだけ上げていた事に気づき、支援魔法の出力を最低のラインまで下ろす。

やはり大きな力ほど扱うのが難しいのか、出力を下げるとさっきまでの苦労が嘘の様に安定する。これなら楽勝だなと思ったが、あくまで最低出力なので何時もの俺のステータスと余り大差が無い状態になるのでこれで戦闘が出来ても殆ど意味はないのだろう。

 

「最初はなるべく動かない様にね、動くのは魔法の維持が安定してきて余裕が出てきたらやる様にね」

「ああ、そうさせて貰うよ。意外にも結構辛いなこれ、何時もの戦いの時はそうでもなかったんだけどな」

「あー。それはそうだね、多分今まで君が自分に掛けてきたのは、掛けて終わりの掛け捨て魔法だったからで、今は常にかけ続けている状態になっているからね。制限時間が無い分制御が段違いに難しいんだよ。けど、もし君がそれを調節できる様になったら強化の幅にメリハリがつくから時と場合で色々と使い分けられるよ」

 

成る程、今までは掛け捨ての様な物で一度掛ければその魔法に込めた分だけの時間が持続するものだったのが、今回は常にかけ続けている状態になる訳だ。そうであるならこの修行は俺の予想以上に辛い物になるだろう、例えるなら常に全力で走っている様な物だ、辛く無いわけがない。だが、逆に考えれば使用する魔力の調整が出来る様になるので、節約等の運用にはかなりのアドバンテージが得られるだろう。

しかし、そんな事を言っては居られない。折角クリスが面倒を見てくれているのだ此処は彼女に期待に応えなくてはいけないだろう。



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カズマの日常9

遅くなりました。急いで仕上げたので雑な所が多いと思います。
日常パートを書こうかと思ったのですが、理屈とかダラダラ書いていたら書けなくなってしまいましたm(__)m


アレからなんだかんだいって目的の場所へと到達する。気分的にはヘロヘロなのだが、彼女の用意したマナタイトにより断続的に魔力が回復していくので倦怠感はあるが肉体的には余りダメージ的なものはない様だ。備蓄していたであろうマナタイトは元々ポーチに入っていた位の量だが、殆ど無くなってしまい何だか申し訳なくなってしまう。

馬車を降りて山を少し登る、どうやらキールのダンジョンとやらは山の奥に作られているらしく、初心者向けという割には中々にアクセスが悪い様だ。

 

「集中してたから言わなかったけど随分と無駄が多いみたいだね、もう少しメリハリをつけた方がいいと思うよ。その調子で掛けていると君の魔力じゃすぐ底にきちゃうぞ」

「ぜぇ…ぜぇ…そんな事言われてもなぁ…急にそんな達人みたいな事出来る訳ねぇだろ⁉︎」

「ははは、まだまだこれからだね、頑張って精進したまえ弟子一号くん‼︎」

 

息を切らしながらスルスルと山を登っていくクリスに食らいつきながらもついていく。支援魔法で体は軽いはずなのだが、常時発動させているためか息が続かない。まるで濡れたマスクをして歩いている様な気分だ。

そして支援魔法を掛けていないにもかかわらず、彼女の登るスピードは早く、反対に支援魔法を掛けている俺は未だ彼女のスピードに縋り付くだけで精一杯である。

まぁ、装備品以外の荷物を全て背負っているのは俺なんだが。

登っていく際中に木々の根っこや植物の茎や木の枝に足を取られそうになったが、何とか踏ん張りながら必死に踏み留まる。なんか何処かの漫画で山登りは修行になると言っていたが、あながち的外れではないのだろう、普段とは違う凸凹した足場で安全を一々確かめずアクシデントがあったらその場で対処する、それにクリスの追跡がプラスされるのだ、もしこれの道中の罠が仕掛けられていれば最悪の事態になるだろう。

 

「なあ、そろそろ着かないのか⁉︎いい加減山登りは飽きたんだけど!それにもし時間が掛かるならそろそろ休憩挟まないか⁉︎」

「何言っているの?ダンジョンはまだまだ先だよ、君は全力だから気づいて無いようだけど、距離で言うとまだそんなに進んでいないよ」

「うそ…だろ⁉︎」

 

驚愕の事実、どうやら俺は進んでいた様で余り進んでいなかったらしい。前方を確認して後方を振り向き景色を確認すると、後方には霞が掛かって良く見えない…つまりスタート地点が見えなくなるくらいには進んではいる様だ。

しかし、これでまだまだと言うからには進む距離は更に続いているのだろう、これからこの地獄が続くと思うと気が滅入る。

そんなネガティブな事を考えながらも、そんな俺の事はお構い無しに遠くへ進んでいく彼女を視界に入れる。集合した時から気にはなっていたが彼女の背中の太刀は一体何なのだろうか、鑑定スキルを取っていないためその場での太刀の価値とかはわからないが、纏っているオーラ的な何から感じるに業物なのだろう。それに彼女の事だもしかしたら何かの神具なのかもしれない。

わざわざこの為に準備したのだろうか、それとも集合前に回収してあの池に沈める前で置き場所に困ったから背負っているだけなのかもしれない。

戦士では無く盗賊である彼女が何故太刀を持っているのだろうか、剣撃系のスキルは持っていない彼女に取っては邪魔なだけだろう。

一体何かの意味でもあるのだろうかと思ったが、そんな事を考えていると追いついて行く余裕が無くなるので考えるのは此処までにする。

 

息を切らしながらなんとか着いて行く事早数時間、先陣を切っていったクリスが突然立ち止まったので俺も後を追って彼女の横に並ぶ。

どうやら目的の場所に着いた様で、目の前には岩壁に掘られた入り口に相当するであろう穴が空けられているのが視界に入る。

 

「ふぅーやっと着いた。中々君もやるねー正直此処まで早く着いて来るとは思ってなかったよ」

「はぁはぁ…そうかよ…死ぬかと思ったぜ、俺はこんななのになんでクリスは息が切れていないんだよ…」

「そう?わたし的には結構疲れていると思っているんだけどな〜」

 

今回は何とかギリギリ彼女を視界から外さない様にしながら走り抜く事に成功したが、その彼女が息を切らさずにしかも軽く汗が滲んでいる程度なのが驚きだ。

俺は冒険者なので様々なスキルを使えるが、彼女の職業は盗賊なので取れるスキルには限りがある筈、なのに支援魔法を使っている俺よりも速度を出せると言うのはどう言う事だろう、単にステータスが俺よりも遥かに高いのだろうか。

彼女は誤魔化す様に笑いながら俺から荷物を受け取り背中に背負うと、そのまま何事もなかった様に洞窟へと入っていった。

 

「さてさて、それじゃあ探検と行こうじゃないか」

「はいはい、それで今回俺はそうすればいいんだ?クリスの事だから何かやりながらとかじゃないのか?」

 

念の為に確認する。クリスはいつも俺を鍛える様に指示を出してくる、今回もきっと何かあるに違いないと俺の感が言っている。

 

「おっ流石だね。最近はよく分かって来たんじゃないかな?今回は敵感知の感度を高めようかと思っているんだ」

「うえ…マジかよ」

「そんなあからさま嫌そうな顔をしないでよ!確かに何時もの修行に比べたら地味で面倒かもしれないけど、このスキルを高められたらそれはそれで色々と役に立つんだよ⁉︎」

 

彼女の提案にあからさまに嫌そうな表情を浮かべると、それに対して彼女が改める様に訂正を求めて来る。正直盗賊スキルを鍛えるのは構わないけど、俺はパーティー的にも唯一前衛なのでなるべく攻撃系のスキルとかを鍛えたいのが本音なところだ。

 

「別に鍛えるのは構わないけど、そんな事をせずにレベルを上げてスキルレベルを上げていけばいいんじゃないか?」

 

冒険者カードで習得したスキルは取ったら終わりでは無く、そこからさらにスキルポイントを消費して能力を高めることができる。例を挙げればめぐみんが爆裂魔法の威力をあげたり、ゆんゆんが魔法の詠唱速度を短縮したりと、一つのスキルにも様々な強化の個性が出て来るのだ。

 

「それはそれで構わないけど、その冒険者カードで手に入れたスキルはあくまで先の冒険者…君達の先輩の技術をトレースしているに過ぎないって事を知っているかな?」

「知らないし、特に知りたくなかったな…」

「まあまあ、そんな事言わないで話くらいは聞いてよ…君には損にはならない筈だよ」

 

何やらクリスにはクリスなりの考えがあるらしい。しかし、何時もの長い説明を受けるのは嫌なので興味なさそうな感じを纏いながら誤魔化そうとしたが、俺の意思より彼女の説明欲の様なものが勝ってしまったのか、彼女は説明を始めた。

 

「…コホン。まずその冒険者カードの由来は、技術の継承を目的として作られたんだよ。昔は今よりも魔王軍の侵攻が過激でね、軍の騎士の子が成長して一人前になったと思ったら魔王軍の幹部に殺されちゃったりとかして、とにかく戦える人達が少なくて前線を維持するのが限界で人員育成にかける余裕が無かったんだよ。」

 

まるでクリスは見て来たかの様に昔の話を話し始めた。

 

「それで国のお偉いさんが何とか時間を掛けないで強い騎士を作ろうと考えた結果、この冒険者カードが作られたって訳さ。それぞれの分野で秀でた才能と技能を持った騎士を選別して、その技術を規定のステータスの数値に到った人にトレース出来る様にして誰でもレベルを上げれば何の苦労をしなくてもその卓越した技術を得られる仕様にね」

「けど、安易に力が得られる代わりにこうして君みたいに技術を上げる努力しない者が出て来てしまったのも難点なんだけどさ。所詮冒険者カードで手に入る技術はその時に秀でていた人の技術にしか過ぎないんだから、こうして今の君みたいに応用を効かせて自分だけの能力を手に入れていくって寸法がベストなのさ」

 

「は〜成る程な…この冒険者カードってそう言う理由があったのか。このカードで能力を手に入れてもそれは仮初の力って事か?」

「そうだね。まあでも便利と言えば便利だからわたしは否定しないけど、もう少しみんなには技術を広げて行く努力をして欲しいものだね。ちなみに新しいスキルとか魔法を考案して冒険者カードに乗ると報奨金が出るらしいから君も頑張って技とか考えてみたら?」

「いや、それはやめておくよ。俺はゆんゆんとかと違って魔法の原理とか仕組みについて知らないし勉強したくもないしな。剣士カズマさんに必要なのは前衛でいかにモンスターを蹴散らせるかって事だけだね」

「ははは、君は相変わらず後ろ向きにポジティブだね。まあ魔法については魔力値が低い君には期待できないから、白兵戦をメインに教えて行くよ」

 

ドンと任せてくれと彼女は胸を叩く。

どうやら今まで何も考えずに使っていた魔法等のスキルはどこかの誰かの努力の結果と言う事もその目的もわかった。という事はそのスキルを土台にして自分なりにオリジナリティーを出していけば周りの冒険者の連中に対してかなりのアドバンテージを得られるのではないだろうか?

 

「それで、今日の敵感知のトレーニングはそうするんだ?さっきの話からすると、このスキルカードに載っている付与効果に乗っている物じゃ出来ない事なんだんだろ?」

「さっすがー!やっぱり君はステータスは低いけど頭の回転は早いね」

「うるせーよ‼︎嫌味か⁉︎そうなんだな⁉︎よーし表でろ!」

 

気になる事を聞いたのだが、褒め言葉なのか盛大なディスなのかよく分からない返事が帰ってきた。日本もそうだけど、なんか俺の周りにいる人間は何でこう思いやりの様な優しい心を持っていないのだろうか?

 

「いやいや褒めているんだよ。話を戻すけど、敵感知のスキルの感知だけを使って周囲の状況を把握するのが今回の目標だよ。スキルとしての敵感知はレベルに応じた周囲の敵の存在を暴き出す物だけど、上手く君自身の意思で感知の範囲に周囲の状況や様子を追加するんだ。上手くいけば視界を得られながら周囲の状況を把握出来るようになるよ」

 

敵感知は元々気配を感じるというシックスセンス的な感覚を極限まで害意持ったモンスターに焦点を合わせ、その存在を暴き出すという物。今回はその範囲を周囲の物にも対象にして視界では無く感覚で周りを把握するという事だ。

 

「うえ…俺感覚的なものは苦手なんだよな…昔スポーツとかやってたけで何やるにもこれはセンスだーとか言われてな。何か指南書的なものはない?あると俺的にはすごい楽なんだけど」

「そんな物ある訳ないでしょ。そんな考えだからセンスがないとか言われるんだよ、センスっていうのは蓄えられた経験や知識があって初めて発揮される物であって、最初かその事に特化した物じゃないんだよ」

「はいはい、サイですか…それにしても感覚でスキルを調節する…か、正直今まで頭に湧いて来たイメージを頼りにやって来たけど今回はそれをさらに俺自身のイメージで変化させて行く事になるのか」

「難しく考えない方がいいよ。今回の要になる敵感知のスキル自体は既に君の頭の中にインストールされている訳だから今回はそれを少し弄る的な軽い気持ちで行こう。そう言えば最初は目を瞑って周囲の気配に慎重になった方がいいよ」

 

彼女は力を抜いて落ち着いてやれと言っているが、今までよく分からずに奇跡的に上手くやっていた物を急に手を加えるとなるとそれなりに度胸がいる。

初めて両手放しで自転車に乗るような危なっかしい様な気がしなくも無い。取り敢えずやってみない事には始まらない、どのみちクリスは俺が少しでも出来る様なならないと解放する気もない様だ。

腹を括り頭にある的感知のスキルを発動させる。彼女の助言の様に目を瞑ると今頭の中に敵感知の領域が形成され、周囲にある俺に害意を持つであろうモンスター達の気配が洞窟から向いているのがわかる。

その気配を読み取る感覚を徐々に薄くしていき、対照的に俺の周囲にある木々なども範囲に設定し直す。それに呼応してか周囲の岩壁や木々の位置などが何となくだがっすら気配が読み取れる様な気がした。イメージとしては後ろに人が立っている事を感じる様な説明はし辛いが、物が僅かに発する気配や空気の流れ、熱音など五感で感じられる物を極限までに研ぎ澄ませ世界を感じると言った方が正しいだろう。

彼女が言っていた事は多分これの事なのだろう。しかし感知が出来たのは良いのだが、先程の支援魔法と同じで維持するのもまた困難であるのだ。このままだと俺の精神が悲鳴を上げてしまいそうな位にはしんどいが、目で物を見なくても周囲の状況がぼんやりだが分かるという全能感には思わず笑みが溢れて来そうだ。

 

「成る程な、でも目を開いて居ると視界の方が勝っちゃうから支援魔法みたいに常時発動するのは難しいな。まあ暇な時にでも練習するよ」

 

目を瞑っていればまだ薄らだが周囲一メートルくらいならわかるのだが、どうしても目を開いて景色を見てしまうとそこに意識が集中してしまうので途切れてしまう。テレビを見ながらゲームをしつつ勉強をする様なマルチタスクは正直男性脳である俺には難しいだろう。まあ左右の脳の情報を行き来させる脳梁を強化する支援魔法でもあれば話は変わるんだが、そんな都合の良い魔法はないだろう。

 

「え?何言ってるの?今日はこのダンジョンを目隠ししながらついて来てもらう予定だから後に練習なんてできないよ」

「は?」

 

キョトンと何言ってるのと言いたげに彼女は不思議そうな顔をしながら俺が楽な方向へと逃げるのを妨げる。そして彼女はカバンからアイマスクの様な目隠しを取りだし俺に渡した。

 

「マジかよ…ここに来て辛くないか?俺は支援魔法を常に掛けながら此処まで来てるし今もこうして掛けたままなんだけど、それに今度は敵探知を加えろとか鬼畜すぎないか?人間にできる範囲を超えてるぞ」

「そんな事はないよ、もしそうならそれは君の努力不足だよ。今は居ないけど私の知り合いの子達はそれに更に色々追加してたから大丈夫だよ」

「えぇ…クリスって何なの?昔の勇者の一族かなんかなの?そんな達人みたいな人達見たことないんだけど」

「そんな事はないよ、この位の実力者は最近は見ないけど昔は一杯居たよ。確かに君はアクセルの街から出て来た事はないから分からないと思うけど、魔王軍幹部とやり合ってる前線メンバーに追いつこうとしたら君のそのステータスと職業だとこれくらい出来ないと話にすらならないよ」

「うげ…痛いところをついてくるな。確かにステータスには自信が無いけど、俺は知将向けだからそこは何とかそれでフォローするから大丈夫だ」

「そんなこと言っても君のパーティーは君の他にはウィザードの子が2人だけじゃ無いか。もしそんな事を考えて居るなら前衛を1人入れた方がいいと私は思うけどね」

「はぁ…全くクリスには敵わないな…一応はお願いしてる立場だからな、仕方が無いいっちょやってみるか‼︎」

「おーいいね。君のそう言う所嫌いじゃ無いよ」

 

パチパチとお伊達に乗せられたと言うか、手の上で転がされた俺の発起に拍手を送るクリス。しかし言ってみたは良いけど、考えて見れば支援魔法を常時掛けながら敵感知を行い続けると言う作業を同時にこなさないといけない事になる。

大丈夫なのかこれ、と考えながらクリスから目隠しを受け取りそれで目を覆う。

視界が目隠しにより覆い隠され視界が闇一色へと変わり出す、それに合わせて敵探知を発動させ周囲を探る。感覚のコツはまだ掴めていないが、ゆっくり歩いていけば壁にぶつからない程度には把握出来る。

 

「よしそれじゃあ行ってみようか。流石にダンジョンの中だからゆっくり歩いてあげるから安心してついて来て良いよ」

「ああ任せるよ。モンスターが出てきたらどうすんだ?道の端で潜伏で隠れていればいいのか?」

「いやいや、冗談はよしてよ。この状態で君には戦ってもらうよ、まあ流石に今回は目隠ししてもらってるから多少は大目に見てあげるから大丈夫だよ。それにこのダンジョンは一応は初心者向けだから今まで君達と戦っていたモンスターよりかは弱いと思うよ」

「そんな事言われてもな…わかると言っても正直動き回る相手に対しては自信が無いと言うか…なあ?」

「まあ、その辺りはやってみて決めるよ」

 

正直歩き回るのもしんどいんだが、それにこの状態で戦闘までやらないといけないのか…ぶっちゃけ懐中電灯なしでホラーゲームをプレイする様な危険さを感じるんだけどな。

それじゃウジウジしてないで行くよ、と彼女はそのままダンジョンの入り口を突っ切って行った。

 

「おい待てよ、俺今目が見えないんだぞ‼︎急に行くなよ、せめて動く前にどうするか説明をしてから進んでくれ‼︎」

 

俺を置いて先に進んで行く彼女に文句を言いながら続いて行く。足元の気配を感じ続けていないと引っ掛かって転んでしまうので注意が必要だ。

 

 

 

 

 

「それで、目的の隠し通路って何処なんだ?このダンジョンは2、3階が最終階って聞いていたけど」

「そうだねー、ギルドに提供されたマップを見るとそろそろなんだけどね」

 

壁に手を当て恐る恐るすり足気味に進んで行く。モンスターの方は既に先人の冒険者達によって狩り尽くされているのか今の所遭遇する事はなく安全に進めている。だがモンスターが居ないのは良いのだがこのダンジョンにあるお宝等も先人の冒険者達によって発見されて居るので、収穫の方も無しという残念な結果となって居る。

ダンジョン事態は制作者の性格が反映されて居るのか凸凹のないバリアフリーの様な構造になっており、引っかかる事は無かった。そして長い時間敵感知を発動していて、いくらかコツが掴めてきたのか壁の模様など細かいものは分からないが今では歩くことが出来る様になってきている。ちなみにクリスはどの様に写って居るかというと、その身体的特徴が合間ってかスレンダーなマネキンの様なイメージ像が俺の頭で処理されている。

 

「ちなみに所々ある宝箱みたいな物があるんだけど、それは開けなくて良いのか?それともミミック的なトラップなのか?」

 

途中宝箱の様なシルエットが脳内に描かれるが、彼女はそれを尽く無視して言っている。であればミミックやトラップの可能性を考慮しないといけなくなってくる。まあ大方のトラップ等も既に先見の冒険者によって解除されたままになっているのもあるのだが。

 

「お、よく気がついたね…と言いたい所だけど、周囲の構造物に気を取られすぎて本来の敵感知が疎かになっているよ。同時に発動したままは辛いと思うけど気を引き締めてもう一度イメージし直してごらん」

 

どうやら彼女のいう通り周囲の気配を探る事に集中して、本来の敵感知が疎かになっていた様だ。

もう一度気を入れ直し本来のスキル能力を含めて再び敵感知を発動し直す。すると宝箱から敵を示す赤アイコンが頭に描写される、どうやらこれはミミックか何かの類である様だ。

どんなものかと思いその宝箱から距離を取りながら足元位にあった小石を掴んでその宝箱の前にぶつける様に投げた。

 

「ちょっと何してるの⁉︎危ないよ‼︎」

 

それをみたクリスが俺を咎める。しかし投げた物はもう戻らない、投げられた小石は綺麗な放物線を描きながら宝箱にぶつかり、今度はそれに反応したのかミミックの敵感知のマーカーが強くなったと思ったと思うと、その小石を後ろにあったのだろう大きな口が突如現れて宝箱ごと小石を飲み込み、暫くの咀嚼の内に宝箱のみを吐き出した。正直あまり細かく分からなかったが、わかる範囲でエゲツナイ事が起きている事だけは分かった。

 

「うえぇ…マジかよ」

「もう、気をつけてね。ある程度は私がフォローするけど、勝手な事をされると流石の私でも限界があるんだよ」

「ああ、悪い悪い」

 

 

 

 

そのまま何事も無く進んで行くと、ようやく目的の最後の部屋へと辿り着く。本来はこれで終わりなのだが、クリスが慣れた手つきで壁の模様か何かを弄り押して行くと、正しいパターンに反応してか壁が変形して新しい道が形成される。

そこから先が未開のルートとなる。アイテムも宝箱も一新されるが、モンスターまでも一新されるので気を引き締めて行かないと命の危険性を孕むだろう。

 

「よし、それじゃあ気を引き締めて行こうか。此処から先はマップが無いから迷わない様に気をつけてね、君も腰の剣を構えておいた方が良いかもね」

「ああ」

 

彼女はそう言いながら腰に下げていたマジックダガーを取り出し構えながら進んで行く。本来なら後衛の俺が道をマッピングしながら進んで行くのだが、現在この様に視界を制限しているのでまだ紙などに書かれた文字や絵などは見る事は出来ないので今回は勘で行くことになっている。

 

「気をつけてモンスターだよ‼︎」

「おうよ‼︎俺はこいつを何とかするから残りを頼む‼︎」

「うん分かっ…ってそれだと殆ど私が相手する事にならない⁉︎」

 

進んで行くと、やはり避けては通れなかったアンデットの群れに遭遇した。気配的には四体程だったが取り敢えず俺の近場に居た奴から相手をする事にして残りを彼女に任せる。

やはりまだまだ経験不足なのだろう、動いていなければ狭い範囲で分かるのだが、こうして動かれると頭の中で描かれる像がブレにブレて下手くそ写真選手権の様になってしまい、俺はそれを必死に剣で追いながら攻防戦を繰り広げて行く。

初心者用ダンジョンでも後半訪れれば難易度が上がるゲームとかあったので、隠し通路の先はまた違うのかと思っていたが、こうしてモンスターといざ相対してみて見ると、そういう事はない事を実感する。

支援魔法を掛けていることもあって、何とか攻撃を当てる事に成功してモンスターを討伐すると、既にクリスは討伐を終えて居たのか壁際で俺の戦闘を終えるのを待っていた。

 

「待たせたな」

「そうだねー、まだまだ修行が足りませんなー」

 

普段ならすぐ討伐できるモンスターにてこずりながら若干息が上がっている俺を見て彼女は笑いながらそう言った。じゃあお前がやって見ろよと言いたいが、彼女はそんな事は朝飯前だよとやり遂げてしまいそうなのでやめておく。

 

 

 

 

 

 

暫く進み幾分か戦闘を終えて進んで行くと、ようやく最後の部屋らしき所に到達する。本来ならダンジョンの主か宝か何か有るはずなのだが、其処には何も無くただの行き止まりとなっている。

 

「此処で終わりか?何か有ると思ったんだけど何も無かったな」

「いや、そんな筈は無いんだけどね…」

 

クリスも予想外だったのか先程と比べて声に余裕がない様に感じる。俺的には何も無くても良いのだが、盗賊である彼女的にはそれでは済まないのだろう。

 

「君も少しは考えて貰えるかな?此処が多分最深部の筈なんだよ、目隠している君にはまだ分からないと思うけどこの部屋には彼の紋章が描かれているんだ」

「紋章?」

 

色々疑問に思ったが、彼女がそう言うならそうなのだろう。仕方ないので敵感知の精度を限界まで高めて行く、正直マナタイトが底を着きそうなので支援魔法を薄めにして敵探知もギリギリにしていたのだが、そんな悠長な事は言っていられないらしい。

動きを止め、全ての感覚を無に戻して部屋の隅々までの気配を探る。すると部屋の奥に少し違和感を感じる、多分隠し扉か何かで仕切られているのだろうが隙間風の様な何かが突き抜ける様な気配を掴み取った。

 

「開ける方法は分から無いけど、この奥の壁の先に部屋が有る」

「本当?オッケー流石は私の弟子1号君だ‼︎」

 

そう言いながら彼女は部屋の奥の壁を弄りながら何か仕掛けがないか確かめ始める。しかし、暫く待っていても彼女がその仕掛けを解く事は無かった。多分この扉を開ける方法は無く、このダンジョンの主の意思でのみ開くとかそんな感じだろう。

 

「はぁ…正直この手は使いたくは無かったんだけどね…」

「どうしたんだ?何かするのか?」

「いいから、君も早くこの部屋から出た方が良いよ」

「お…おう」

 

暫くして諦めたのか、彼女は懐から何か瓶を取り出して指示通りに俺が部屋から出る頃を見計ってそれを壁にぶん投げた。

壁にぶつかったそれは爆発ポーションだったのか、物凄い轟音を立てながら爆発し、あたり一面を埃まみれにしながらも壁に大穴をこじ開けたのだった。

 

「よし、それじゃ行こうか‼︎」

「えー嘘だろ」

 

彼女の元気に満ちた声を聞きながら奥へと進んで行く彼女に続いて部屋へと入っていく。

その先には小さな部屋になっていた。その部屋のレイアウトの半分はベットに占拠され、ベットの上には誰なのか分からないが女性の亡骸が寝かせられており、その隣に椅子に腰掛けたミイラの様な誰かが居た。居たと言うのは俺の感知スキルがそのミイラを認識したからである。ただ寝ているのか、敵意とかそう言った意思を感じない。

 

「やっと見つけた、君を見付けるのに苦労したよ…キール君」

 

彼女はそのミイラの名前を悲しそうに呼びながら、正面に相対すると背中に背負っていた太刀を取り出して構える。その太刀の刃はこの世では無い様な輝きを放ち、神具の一つである事を示していた。

 

「君の奥さんとの約束だからね。安心して、次の人生でも君達は一緒だよ」

 

ポツリと言葉をこぼす。多分これは彼女の事情なのだろう。

ふう…と彼女は目を閉じて息を整える。そして精神統一を済ませたのか、目を見開いたかと思うと一瞬にして椅子に座っていたミイラを細かく切り刻んだ。

そのあまりの手際の良さ、多分何かの型のだろうか、その研ぎ澄まされ洗礼された動きは俺の感知スキルでは、ブレるとかそんなチャチなものでは無くほんの一瞬、彼女の気配は先程のモンスターみたいにブレるのでは無く、俺の認識から完全に消えていた。



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カズマの日常10

遅くなりました。話を進ませようと思ったのですが予想以上にグダグダになってしまいました…


クリスに瞬く間に裁断されたミイラは音を立てずに灰燼へと帰した。残ったのは部屋のベットに寝そべった女性の骸骨と先程まで寝ていたと発言されたミイラの灰だけだった。

俺はその光景を眺めながら何も言えなかった。いや、何も言ってはいけない気がした。

クリスは呆然と床に積もった灰を見つめたと思うと、体勢を変えずにゆっくりと太刀を鞘へと戻して再び背中へと背負った。

 

「見苦しいものを見せちゃったね…」

 

深呼吸をし頬を叩いたと思ったら、彼女は此方へと振り向いた。その表情は悪戯がバレて恥ずかしそうに説明をする様な、照れた様なそして悲しそうな表情だった。

 

「いや、別に俺は気にしないよ。俺にも俺の事情がある様に、クリスにもクリスの事情があると思うんだ。クリスだって俺の事余り聞かないだろだったら俺も聞かないのが筋ってもんだろう」

「へぇ…君、意外に優しいんだね」

「当たり前だろ、俺を誰だと思ってるんだ?アクセルでも知らない人は居ないカズマさんだぞ」

「そうだね。まあ、それが悪評じゃなきゃ良かったんだけどね」

「うぇ…それを言うなよ」

 

かっこよく決めたのだが、最後の所で普段の私生活が裏目に出てしまった様だ。今度めぐみんが油断してカエルに食われてベタベタになって、処理が面倒だから街の小川に突っ込んで洗浄するのはやめておこう。

 

「まぁ色々あってね、そこの女性の人に旦那さんが1人で苦しまない様に何とかして欲しいって頼まれちゃってね。前からこのダンジョンを探ってはいたんだけど中々この部屋まで到達できなくって参っていたんだよ、そしたらギルドの人がこの場所に通じるかもしれない隠し通路を見つけたって言うからこうして君を連れて来たって訳さ」

 

どうやらそこに横たわっている骸骨の人と話す機会があったらしい。とても彼女には霊感がある様にはって言うかそもそもアンデットが居る時点で霊感もクソも無いが、多分教会のシスターか何かに仲介されたか、未練を残して幽霊か何かになって彼女に伝えたのだろう。

 

「へーそうなのか。それでその刀っていつも集めている神具ってやつか?」

「あーこれね」

 

聞かないとは言ったが、やはり気になって仕方が無いので聞くことにした。だが、もし彼女が答えに渋る様だったらすぐ話を切り替える算段ではあるが、出来れば聞いておきたかった。

 

「これは神具と言えば神具だけど、今まで見てきたものとは少し毛色が違うかな。これは女神の祈りを集約して結晶化したものを刃に鍛錬したものだよ」

「なんだそれ?具体的に違いが分から無いんだけど」

 

そう言えば神具は持ち主が決まっており、それ以外の人間が使用すればかなりの制限を受けると言っていた。例えば俺がミツルギの剣を奪ったとしても所有権はミツルギのままなので、俺のステーテスに補正は掛からず、かつ切れ味が落ちるらしい。

なので、これがいつもの神具であれば能力が低下するので流石のクリスと言えどもあのミイラを最も簡単に裁断することは出来ないだろう。ならばあの太刀は一体何なのだろうか?

 

「まあやってみればわかるよ。えい」

 

可愛い掛け声を発して彼女は背中の太刀を抜き、その声色に反して残酷にも俺の体を一振りで上下に真っ二つに薙いだ。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ⁉︎何すんだよ‼︎」

 

クリスが薙いだ刀身は俺の胴体部を右から左へと通り抜け、何事もなかった様に再び鞘へと納まった。俺はその光景に驚き慄いたが、俺の胴体が上下に分かれることは無く、依然として俺の体は生命活動を続けている。

どうやら彼女の持つ刀は選択的透過性を持つのだろうか、何かしらの基準を持って切れるものと切れずに透過する物を選択しているのだろう。あのミイラを切り裂いたと言うことは、対象はアンデットかそれともモンスターか…

 

「はははっ‼︎そんなびっくりしなくても大丈夫だよ」

「大丈夫な訳あるか‼︎こちとら死ぬかと思ったんだぞ‼︎頼むから心臓に悪い冗談だけはやめてくれよ‼︎」

「まあまあ落ち着いて、さっき言った様にこの太刀は女神の祈りを収束させてできた結晶を鍛えた物になってるから、アンデットや悪魔とか魔性なる物やそれに由来するものしか切ることが出来ないんだよ。だから君みたいな普通の人間を切ってもさっきみたいにすり抜けるだけって訳さ」

「だからってやって良いことと悪いことがあるだろ⁉︎切れなくてもショック死するわ‼︎」

「それに関してはごめんって言ってるじゃん‼︎」

 

笑いながら説明する彼女に対して何とか表情が引き攣り掛けたが笑い返した。確かに透明に透き通る刀身を見ればそんな事を予想できたかもしれないが、だからといって切られて大丈夫と言う訳では無いのだ。

このままだと話は平行線になりかねないので取り敢えず話を置いて置き、彼女の話の続きを促す。

 

「そうそう、で、話は戻るけど祈りに由来する以上はアンデット系に対してかなりの弱点になるわけさ、何せ女神の祈りは最高峰の退魔魔法以上の効果があるからね。リッチーでも防ぐことは不可能なんだよ」

「へぇーそうなのか」

「まぁ、取り敢えず話は後にして、そこにあるお宝を持って帰ろうか。多分罠は仕掛けられてはいない筈だよ」

 

彼女が再び太刀を背負い部屋の奥に乱暴に置かれた金品を指差す。それはこの迷宮の最深部である此処に辿り着いたものに対する報奨の様な物だろうか、それなりに価値がありそうな品々がそこにはあった。

 

「へへへ、コレだよコレ‼︎コレがあるからダンジョン探索はやめられねぇぜ‼︎」

「おーい、口調が明かに悪者になってるぞー。それに君はダンジョン初めてとか言ってなかったけ?」

「そんなこと言うなよ‼︎折角の雰囲気が台無しだろ‼︎」

「ははは…君は盗賊というか強盗だよね」

「何言ってんだよ、俺は冒険者だぞ‼︎辛く苦しい冒険の果てにはこう言ったお宝があるのは常識だぜ、それにこんないい物頂かない方が失礼ってもんだぜ‼︎」

「はぁ…まあ別に良いんだけどね」

 

彼女は、今まで気怠そうだった俺の態度がお宝によって一転した事に呆れながらせめてもの餞と部屋を軽く掃除し始めた。

俺はそんな彼女に気にも止めずにお宝をバックに入れていた袋に詰め始める。感知スキルの視界なので色は分からないが触った質感からか相当なお宝だろう。

コレはかなり分け前をクリスに持っていかれたとしてもかなり残るぞ、今夜は4人でパーティーだな。

 

 

宝をカバンにしまい背中に背負うと、彼女は先ほど裁断したリッチーについての話を来た道を辿り帰りながら話し始めた。

先程のミイラの名前はキールと言い、国の中でも一流のアークウィザードと謳われていた者だった。そして彼はその才覚に見合った功績を挙げ、国からの褒美何でもやろうと御決まりの台詞に対していの一番にその王の妻を選択されたそうだ。

まあ、妻と言ってもその当時の貴族は一夫多妻制を行なっていたため、地位や人脈などの社交的関係により無理やり嫁がされ、そしてそれだけでは無く先に嫁いだ他の妻たちに出の悪さなど指摘されるなど様々なイジメを受け、最悪な事に国王はその状況を黙認していたらしい。

そこでキールは彼女を報酬に選択した。どうやら何でも褒美をくれてやろうと豪語しておいて出来まで来ませんでしたでは、王家のメンツに関わるのでその場では許可を出して無事に結婚をされたそうだ。

だが、やはり王様はそれを良しとしなかったのか、王家に使える騎士などを自国の国防に影響がない範囲で追手として彼に差し出したらしい。しかし彼はその追手を自慢の魔法で尽く返り討ちにして逃亡を始め自国を後にしたらしい。

数々の英雄的なエピソードを繰り広げながら彼は病気に罹ってしまい、それでも彼女を守りたかったのでリッチーなる選択肢を選んだそうだ。

 

人1人のためにリッチーになる。それには大きな覚悟が必要だっただろう、リッチーになれば生物特有の寿命の概念がなくなり死を克服してしまう。それは、その時の現状とは逆に妻を守り切った先も人生が続いていく事になる。

そして彼は妻を看取った後に何をするでも無く自身の体が自然淘汰によって朽ち果てていく様に先程迄長い眠りについてていたらしい。

 

「…成る程な、そんな事があったのか」

「そうなんだよ。まぁ全部隣に居た彼女に頼まれた時に聞いただけだから完全に全てが正しい訳では無いと思うんだけどさ。でも、そんな優しい人をこのまま放って置くのは流石に出来ないから、こうして出向いた訳なんだよ」

「そうなのか。まぁ、でも間違ってはいないんだと俺は思うぜ」

 

クリスに切られる前、椅子に座り滅びの時を待っていたリッチーは何処か安堵したやり遂げた表情をしていた事を思い出す。彼はもう後悔は無いと安らかに眠っていたのだ。

 

「なぁ、話は変わるんだけどさそろそろ目隠し外してもいいか?いい加減疲れてきたんだけど」

「あーまだ駄目だね、取り敢えず街に戻るまでが修行だから」

「マジかよ⁉︎キツ過ぎないか?」

 

あまり気にしない様にしていたが、先程から長時間能力を発動し続けている為か疲労で精神が限界だ、そろそろ休憩かそもそもの目隠しを外したい所だが彼女はそんな事はさせないと、バインドか何かの魔法で目隠しを固定し外れない様にした。

 

「おい、コラ‼︎ふざけんな…クソ‼︎外れねぇ‼︎」

「ははは、無理やり外そうとしても無駄だよ。今の君じゃあ私のバインドは解けないからね」

 

無理やり外そうとするが、ガッチリと固定されている為結び目を引っ張ってもびくともしない。ブレイクスペルを使用使用しようとしたが、感知で彼女が何か警戒していることから多分対策をしている事がわかるのでやめて置く。

仕方なしに諦めて両手を上げて降参する。

 

「そうそう、物事は諦めが肝心だよ。そのまま観念して暫く着けているんだね」

「はぁ…全くクリスには敵わねぇよ」

 

迷宮の主が消えたからか、ダンジョン内の雰囲気が変わり何処か物静かになった様子を肌で感じながら道を戻る。敵もある程度駆逐してしまったので次に向かった際にはまた違ったアルゴリズムを持ったモンスターが現れるかもしれない。もう来ることは無いだろうが次来る様な事があるなら用心しておこう。

背中に背負った宝の重みを感じながら入り口前の階段を登る。ダンジョンを出ると時間が遅いのか、来た時に感じていた暖かな雰囲気はなくなり何処か肌寒くなっていた。

 

「あちゃーもう夕方か、また急いで帰りたいところだけど、流石の私もそこまでスパルタじゃ無いからね。諦めて夕方の便を夜の便にしてゆっくり山を降りようか」

「そうだな、それが良いと思うんだけど。なあクリス…この目隠しは…」

「え?外さないよ。言ったでしょ街に帰るまでが修行だからって」

「はぁ…そうだよな」

 

山をゆっくり降りれるのは良いのだが、それに比例してこの感知スキルを持続し続けないといけないので、俺からしたらどっちもどっちな気がしなくも無い。コレだったらいくつかのスキルを取らないでテレポートでも取っておいた方が良かった気がする。

諦めて行きで登ってきた山道を下っていく。こうして降りてみれば分かるのだが、意外と登るよりも降る時の方がキツく感じる。もし彼女が強行突破で全力で降り始めていたら間違いなく俺は転んでいただろう。そうなれば背中に背負っている宝が傷付き台無しになる所だった。

 

山の麓に着く頃にはすっかりと夜になっていたのだろう、彼女が結局そうなったかーと言っていた。一応ゆんゆんには遅くなるとは言っていたが流石に日付を跨ぐのは避けておきたい。

麓の屋根付きのベンチで馬車を待っていると、時間になったのかアクセルに向かうバスが向かってくる。

馬車に乗り込む際に運転手に目隠しをしている事が目に入ったのかギョッとした様な表情で此方を見てきたが、クリスが今日はサプライズパーティーがあるんですと言いながら誤魔化して難なきを得た。

馬車の荷台にあたる部屋に入り荷物を降して一息付くと時間になったのか地面が揺れ出した。どうやら今回も乗客は俺とクリスの2人となっている様で小屋には誰の気配も感じなかった。

 

「所でこの宝と報酬はどう分けるんだ?半分にするのか?それともクリスに殆ど持っていかれる感じか?」

「あー、報酬ね。それだったらそのお宝は君が全部持っていって良いよ、殆ど君が此処まで運んできたからね。私はクエストの方の報酬だけで良いよ」

「良いのか?このクエストの報酬と換金したこの宝とでは大分差が出てきちまうけど?」

「良いよ、私はそんなにお金が必要な訳じゃ無いし、いつもクエストとかの報酬は生活費を除いて全部教会に寄付しているし」

「そうか…だったら頂くよ。ありがとな」

「まあ、その代わり神具とか出て来たら頂くからね」

「おうよ、任せておけ。俺には使いこなせないからな」

 

どうやらこの宝は俺の独り占めにできる様だ。しかし、彼女が此処まで無欲だとこっちはそれが不安になる、世の中はギブアンドテイクで成り立っていると俺は考えている以上、何かしらの還元を彼女は受け取っている可能性があるかもしれない。まあ多分俺の考えすぎだろうが、それでも用心するに越した事はないだろう。

一体彼女は俺を鍛えてどうするのだろうか、聞けばもしかしたら教えてくれるかも知れないが、聞けばもう戻れなくなるかもしれない危険性があるので怖くて確認できない。

 

そんな事を考えているうちに疲労がピークに達していたのか、気づけば寝てしまっていた。

 

「おーい、着いたから起きなよ‼︎」

「おわっ⁉︎」

 

トントンと肩を叩かれて目を覚ます。目を開けると視界が真っ暗だったので驚いたが、そう言えば目隠しをしていたのを思い出し、すぐさま感知スキルを発動して周囲を確認する。

まだ完全に目が覚めていないのか、まだ気配がボヤボヤだが馬車の外に色々な建物があることからクリスが言った様にどうやらアクセルに着いたようだ。

 

「あぁ、悪いな。どうやら寝ちまったみたいだ」

「別にそれは構わないけど、早く降りないと馬車が出発できないよ」

「そうだな、それよりも…」

「いいから早く降りる‼︎」

 

彼女に無理矢理引っ張られ馬車を下ろされる。馬車を降りるとクリスが馬車の主に謝罪をし、ついでに俺の頭を素手で鷲掴みにして下げた。

 

「私の仲間が迷惑を掛けてすいませんでした」

「良いんだよ、べつに気にしないでくれ。それにその子今日パーティーの主役なんだろ早く祝ってあげなさい」

「はい、分かりました。ありがとうございます」

 

そう言えばそんな設定だったなと頭を下げながら思い出す。夜風に当たったからかかようやく目が覚めて来た。

その後2人で礼をいい、馬車を見送る。

 

「全く、あの人が良い人だからってボサッとしてちゃ駄目だよ」

「あぁ、悪い悪い、おもいっきり寝ぼけてたよ」

 

どっかの誰かさんがスパルタで疲れたんだよ、とは流石に言えなかったが中々に理不尽だろうと思った。

 

「そうだ、そろそろコレ外してくれないか?さっき寝たとは言え、いい加減疲れたぞ」

「そうだった街に着いたら外す約束だったね。すっかり忘れてたよ」

 

今度はこっちの番と言わんばかりに責めると、彼女は笑いながら悪びれると俺の目隠しに掛かったバインドを解いた。

 

「おぉ…久し振りの外の景色だ」

 

バインドを解かれ目隠しを外すと、最初は眩しかったが久し振りの色の付いた視界に感動を覚える。やはり大切な物のありがたみは失ってから気付くと言う事がハッキリと分った。

しかし鮮やかな反面、先程まで全方位確認出来ていた万能感が無くなり背後の光景が分からない不安に駆られる。それを取り除くにはどうやらこれから感知のスキルを併用しなくてはいけないので、また面倒な事になりそうだと課題がどんどん増えて行く事に肩が重くなる様な気がした。

 

「ふふふ、次会う時には目を開けていても出来る様になっていてね」

「はぁ…どんどん課題が増えていく。なぁ俺は後何個課題をこなさないといけないんだ?」

「そうだね…他にも色々あるけど、多分次くらいで修行は一応ひと段落だね」

「マジか!よっしゃーって‼︎ひと段落かよ⁉︎」

 

喜びも束の間、これでひと段落という事はこれから先もこんな事が続いていくのだろう。強くなって行く自分自身に満足感はあるがそろそろゴールが見えないと辛いものがある。

各種目を極めた選手でもゴールが分からなければ頑張れないのだ。

 

「取り敢えずギルドに向かおうか、私この後用事があるんだよね」

「そうなのか…って事はこの後も仕事か?あれだけ動いて仕事って相変わらずクリスの体力は化け物みたいだな」

「そんな事言わないでよ‼︎これでも1人の乙女なんだよ」

「…ぶっ‼︎あれだけ俺をボコボコにしておいて乙女って、色々おそ…グハッ‼︎」

「余計な事言うと温厚で有名な私も流石に殴るよ」

「もう殴…ってんじゃ…ねぇか」

 

仕返しと言わんばかりに弄ると、目で追えない程凄いスピードで俺の鳩尾を殴られたのか突如腹部に激痛が走った。そのあまりの威力に一瞬呼吸が止まり身動きが取れずに膝から崩れ落ちる。

 

「ほら、ふざけてないで早く行くよ。あまり待たせたく無いから」

「ちょっと待て、誰のせいで…ちょっと待て‼︎立てるから引きずるな‼︎この装備買ったばかりなんだよ」

 

余程急いでいるのか、ポワポワした雰囲気に反して強引に俺の首根っこを掴んで、そのままギルドの方へと引きずっていった。抵抗したが彼女の握力はまるで万力の様に離れず、仕方ないので上手く地面に足をつけながら必死に装備が汚れない様について行った。

 

 

その後、ギルドにて新しい道のマップデータを提出しクエストの報告を済ませると、彼女は別れの言葉と共にそそくさとギルドを後にしてしまった。如何やら急いでいたのは本当だった様だ。

そしてポツンと残された俺は1人寂しく今回持ってきた宝を鑑定に出した。

 

 

 

鑑定に出して、現金に換金するには時間が掛かるので、待っている間適当にシュワシュワを飲んで潰そうと席を探すと見慣れた人物が席に座っている事に気づく。

折角なので一緒の席に座ろうと思い近づくと、めぐみんと見えなかったが対面の席に酔い潰れてノックダウンしているゆんゆんが居た。

 

「お、なんだ2人も此処に来ていたのか‼︎てっきり屋敷でくつろいで居るかと思ったぜ」

「おや、カズマですか。用事とやらはもう終わったのですか?」

「おう、何とかな」

「折角今日買った装備がボロボロになる位ですからね、余程のことがあったのでしょう」

「全くだよ…お陰で今日はこの後補修だよ。それで何でゆんゆんは潰れているんだ?」

 

自制心が強いゆんゆんの事だ、普段なら此処までベロベロになる事は無いのが、俺が居なくなった後に何かあったのだろうか?飲んだ暮れに絡まれて無理矢理飲まされる事はあったが、それだとめぐみんが今ほろ酔い位なのでそれは無いだろう。

取り敢えず潰れているゆんゆんの隣の席に座り、注文したシュワシュワが届くのを待つ事にする。

 

「そうですね…あまり言うとゆんゆんに襲い掛かられかねないので伏せておきますが、取り敢えずカズマが原因とだけ言っておきましょうか」

「何だそれ?俺が何かしたっけか?」

「逆ですよ。何もしないからこうなっているんですよ。全く、ボッチを引き取ったなら最後まで面倒を見てくださいね。これでも一応私の親友なんですから」

「ふふっ」

「何が可笑しいんですか?」

「いや、だって普段ゆんゆんが私達友達よねって言うと否定するかあやふやにして誤魔化していたからさ」

 

めぐみんはゆんゆんに対してはツンデレになる様だ。

そのことを本人に指摘すると、恥ずかしそうに耳を真っ赤に染めた。なんだかんだ言って昔からの腐れ縁って言ってたから仲がいいのだろう。

 

「はっ‼︎何を言い出すのかと言えばそんな事ですか。まあ自分で言うのも何ですが友達と言うとゆんゆんはすぐ調子に乗るのでなるべく言わないんですよ。それに必死に私との縁を確認する様がどうにも面白可愛いと思う自分がいるのも分かっています」

「ああ、それな。確かに必死になっているゆんゆんは可愛いよな」

 

シュワシュワが届き、互いに酔いが回って来たのか、本人を隣にしてゆんゆんに対して普段話さない恥ずかしいトークを繰り広げた。

 

「ところで、今日は何をやっていたのですか?わざわざこんな時間まで遊んでいたわけではないのでしょう?」

「ああ、そうだな。まあ簡単に言えばトレジャーハントだな」

「成る程、盗賊の方とつるんで居たのはそう言う事だったのですね」

「そうそう。それで今発見したお宝の鑑定待ちなんだよ。今回は大量の収穫だったぜ」

「本当ですか⁉︎」

「おう、もちのロンだぜ。ガッポリ儲かったら今日のところは俺の奢りだ‼︎」

「やりました‼︎では今日はいつも頼めない高い奴を頼んでも良いですか‼︎」

「おう、飲め飲め。何せ臨時収入だからな‼︎いくら使っても家計には響かないからねぇし‼︎」

「ゆんゆんには悪いですが、今日は羽を伸ばそうじゃないか‼︎」

 

久し振りの馬鹿騒ぎに気を良くしたのか、後半は値段を気にせずに注文をし始め、最後の方には他の冒険者を交えてのパーティーとなった。

 

 

 

 

 

「うぇ…気持ち悪い…」

 

気が付くと周りのメンバーも飲めないのかバタバタと酔い潰れ椅子やテーブルなどお構いなく寝っ転がっていた。この状況でモンスターが攻めて来たらこの街も終わりだなと思わなくもない…。

俺はと言うと疲れていたせいもあってか気がつくとかなり酔いが回ってしまい吐き気と頭痛に悩まされている。宝は鑑定の結果かなりの値打ち物だったらしく、結果としてプラスとなったが、この惨状を見るにこれで良かったのかと疑わずにはいられない。

取り敢えず最初から寝っ転がっていたゆんゆんを小脇に抱えてめぐみんを探す。暫く人の溜まりを探すと端の方で爆裂魔法を打った後の様にグッタリと彼女が伸びていた。

 

「おーい。生きてるか?」

 

べしべしと頬を叩くと、うーんと唸りながらめぐみんが半目開きでこちらを見る。どうやらまだ酔っ払っている様だ。

 

「何だカズマですか…」

「何だとは何だ、お前たちの世話係のカズマさんだぞ」

 

彼女達、特にめぐみんが俺の目を離した隙きに色々と問題を起こすので、それを解決、又は事後処理をしている間にそんな渾名がついていたのだ。

まぁ、クズマだのゲスマと呼ばれるよりはマシだが、だからと言っていいわけではないのだ。

 

「カズマは…まあ私にもですがゆんゆんにもっと構ってあげてください。ゆんゆんは多分カズ…」

 

パタンとめぐみんが意識を失い、寝息を立てて落ちてしまった。

そう言えばなんだかんだ言って装備を買いに行くまであまり相手にしていなかった事を思い出す。出来ればこのままゴロゴロしていたかったが、明日からはまた3人でクエストに行こうと2人の寝顔をもながら思うのだった。

 

「って、起きろよ‼︎お前らが寝たら誰が運ぶと思ってるんだよ‼︎」

 

必死に揺さぶるがめぐみんが起きることはなく、ゆんゆんを運びながらめぐみんに荷物を運んで貰う作戦が台無しになってしまい、結局3人の荷物と2人の女子を俺1人で運ぶハメとなってしまった。

ポケットに残っていたマナタイトを使用して魔力を回復させ、支援魔法を重ね掛けして筋力を上げたら、力任せに荷物を背負い2人を両脇に抱き抱えて酒場を後にする。

悔しいが、クリスのシゴキのお陰で昔まではめぐみん1人で精一杯だったのが今では軽々と2人運べる様になった事に気付く。このまま行けば本当に他の転生者の連中に追いつけるかもしれない。

 

 

 

その後2人を抱えた状態で屋敷へと戻るとラウンジのカーペットに2人を転がし、そこら辺に掛けてあったブランケットを2人の上に掛けた後、体が冷えない様に薪を焚きながら暖をとる。

支援魔法をかけて余裕だったとは言え、それなりに動いたので酔いが醒めてしまう。それはそれで勿体無いので冷蔵庫に相当する箱から前に貰ったシュワシュワを取り出してカエルの干物と2人の寝顔を肴に一杯引っ掛ける事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日の光がが部屋に差し込み、目が醒める。机に突っ伏した状態で目が覚めた所から昨日はどうやらシュワシュワを飲みながら寝てしまった様で、朝にそれが祟ったのか首肩に違和感を覚えたので回復魔法をかけ誤魔化す。二日酔いはブレイクスペルを掛けると治る事が、前にふざけて発動させた時に判明したので速かに発動させて直す。

周りを確認するともう夕方だと言うのに2人はまだ寝ている様で、昨日と同じ体勢で床に寝そべっていた。

今日は特に用事が無いのでシャワーを済ませ体をサッパリさせると、そのままリビングで夕食を作り2人が起きるのを先に食べながら待つ。

そしてちょうど食べ終わった頃だろうか、チャイムが鳴り突然の来訪者が現れる。何だと思いながら2人をそのままにして外に出ると、そこにはきっちりとした青色の詰襟を来た女性と彼女に連なる様に屈強な部下達が俺に疑いの眼差しを向けながら立っていた。



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カズマの日常11

遅くなりました。急いで書きましたので誤字とおかしな文があるかもしれません…
モブキャラは名前を考えるのがアレなので〇〇と表記しています。



「あの…何でしょうか?」

「貴方がサトウカズマですね。私はセナと申します」

「はぁ…それは丁寧にどうも。それで何かようですか?」

 

セナと名乗る女性は俺をキッと睨みつけながら話を続ける。

 

「キールダンジョンにて謎のモンスターが発生し、近隣の人々が迷惑しています。調べてみれば最後にあのダンジョンに入ったのはあなた方と聞きました、ですので事情を聞きに来た次第です。何か心当たりは?」

「いや、特に無いな…入ったのは俺だけじゃ無いし、もう1人の方に話は聞いたのかよ」

「いえ、彼女に話を伺おうとしましたが見当たらず、調べてみれば住所不明で風の様に現れ風の様に去ってしまうとの事でこちらでも所在は掴めていません。なので手っ取り早く所在の明かな貴方に話を伺いに来ました。もう一度尋ねます、何か心当たりは?」

 

突然の来訪に一方的に俺を犯人とした不躾な態度、状況証拠だけなら確かに俺達が犯人だと疑っても仕方がないが、だからと言って此処まで一方的に決めつけられるのは心外だ。

 

「無いね。俺はあくまでクリスについて行っただけだし、関わった人に話を聞けば分かると思うけど俺はずっと目隠しをしていたんだぜ。仮に何かあったとしても俺が犯人な訳ないだろ」

「確かに…馬車の者に話を伺った際にはその様な事をおしゃっていた様な気がしますが…しかし、かと言ってそれがダンジョン内でもそうだったという証拠にはなりません」

 

彼女は口元を押さえながら俺の主張を頭で反芻し、考えながら言葉を返す。どうやら俺を解放するつもりは無いらしい。此処が屋敷でなければすぐさま撒けたのだが、生憎、今現在寝起きで装備も何も無い上にラウンジではまだ2人は寝ている。この世界に関しての警察の役割やそれに付随する法律、犯人逮捕までのやり方等々知る機会がなかったので調べずにここまで来てしまい、結局警察が何処まで踏み込んで来るか分からないが、此処で逃げたとこれで2人を人質にされそうだ。

 

「はいはい、それじゃ俺はどうすればいいんだ?」

「警察署の方で尋も…話を聞かせて頂きます」

 

今こいつ尋問って言いかけなかったか?この世界ではもしかしたら尋問に拷問を用いるかも知れないと思うとゾッとするが、最悪原因はクリスにあるので何かあっても彼女が助けに来てくれそうな気がするので流れに任せようと思う。

 

「では、こちらに…」

「いやいや、ちょっと待てよ。俺の格好を見てくれよ、さすがにこの格好で警察署まで行くかよ‼︎」

 

俺の現在の格好は昨日のクエスト様の装備になったままなので、その後に行ったパーティーの臭い等々が染み込んだままになっている。流石の堕落しきった俺でもこの状態のまま外に出るのは憚れる。俺にも世間体という物があるのだ。

 

「ああ、すいません。てっきりそれが私服だと思いましたので」

「失礼だなコイツは‼︎」

 

その後、屋敷周囲を囲まれ逃げ出さない様にと監視されながらも俺は着替えを済ます。前回買っといて良かったと思いながら買い物のつでに購入していた洋服に着替える。

デザインは微妙と言うか、店にある服のデザインがどれも無地の物しか無いのであまり代わり映えが無いが、それでも先ほどの格好よりかは幾分マシだろう。

 

「あれ、カズマさん?何処か行かれるのですか?」

 

下に降りてラウンジに向かうと、ちょうど起こそうと思ったタイミングでゆんゆんが起きていた。

 

「ああ、悪いな。今日は警察官の彼女とデートなんだ」

「そうなですか気をつけ…え?デート⁉︎」

 

俺の発言に驚くゆんゆん。まだ少し寝ぼけているのだろう顔が少し気怠そうだ。

 

「そうなんだ、何でも俺の話が聞きたいそうなんだ…全くモテる男は辛いぜ」

 

フッと澄ました表情でスカして見せると、先程の衝撃で目が覚めたのかゆんゆんの表情がやや疑い半分呆れ半分の微妙な表情へと変化していた。

 

「それって単純に何か悪さして事情を聴かれているだけじゃ無いんですか?」

「うっ‼︎」

 

流石ゆんゆんだ…この世界に来てから一番長い付き合い為か、俺の突かれたく無い事情を正確に見抜いてくる。

 

「図星ですか…それで一体今度は何をしたんですか…」

「いや、分からん」

「分からないって、どういうことですか?」

「昨日キールダンジョンに行ったんだが、どうにもそこから謎のモンスターが発生したらしくてな。それで最後に行った俺が疑われている訳だ」

「えぇ⁉︎完全に濡れ衣じゃ無いですか‼︎」

「そうは言ってもな…最後に入ったのが俺達だしな…それにクエストの内容だけど未開エリアの探索が主だったし、ダンジョンの主もついでに倒しちゃったしな」

「また随分と一度に色々やってしまいましたね…」

 

ゆんゆんも流石にフォローできなくなったのか言葉に詰まるり返答ができなくなる。今回に限っては流石の俺も言い訳ができないので無理もないだろう。

 

 

 

着替えを済まし、ゆんゆんにもしばらくまた遅くなると伝える。ゆんゆんは何処か寂しそうな顔をしながら俺を送り出し、セナと名乗る警察官の後について行く。

正直何も悪い事をしていないのに警察に連行されて行くというのは些か心に来るものがある。本来であれば、パトカーか何かで中がわからない様になってはいるが、この世界にはそんな物はなく…まあ同じ街にあるのなら必要は無いんだが、前後警察に挟まれながらわざわざ街のど真ん中を突っ切って行くのもアレだ。

 

「なあ、もっと路地裏とか迂回して行かないか?正直何も悪いことしていないのにあんたらに囲まれると、まるで俺が悪いことしたみたいになっちうんだけど」

 

既に周りの人は俺の姿を見るにコソコソと何かを話し始めている。声のトーンからしてあまり良い話では無いことはわかる。多分ついにやったわあのクズマとか言っていそうだ。

きっと明日の新聞は三面記事で俺の悪口だろう。

 

「別にやましい事が無ければ問題ないはず、仮に貴方がそう思うのであれば日頃の行いが悪かった自分自身を恨んでください」

「クソッ‼︎なんて奴だ‼︎」

 

俺の必死の訴えかけにも彼女は動じず、眼鏡の位置を戻しながら冷淡にそう言った。

しかし、日頃の行いか…確かに色々やってきたがそこまでの事はしていない気がするが、周りの反応を見るとそうでもない様な気がする。きっと気のせいだろう。

 

「うお⁉︎誰かと思ったらカズマじゃん‼︎何で警察に捕まっているんだよ‼︎うははははははっ‼︎ついに屋敷の女どもに手を出して捕まったか‼︎」

「捕まっていねぇよ‼︎ただの事情聴取だ‼︎手元に手錠で繋がれていないことから察っせよ‼︎」

 

連行の途中にダストが現れこれ見よがしに俺を名指しで批判し始め、そしてそれに呼応してか周りの反応が悪化する。成る程、俺の評価が著しく低いのはコイツと絡んでいたせいか。

しかし、原因が分かった所で時既に遅し、こうなってしまってはもう手の打ち用がない、諦めて落ち着くのを待とう、人の噂も四十九日と言うしな。

 

「そこの金髪、これ以上の発言は侮辱罪に当たります。また牢屋にぶち込まれたいのですか?」

「うぇ…あんたはあん時の女警察官‼︎おー危ね危ね‼︎こんな事でまた牢屋で過ごすとか考えられねぇぜ」

 

見かねたセナがダストを注意すると、ダストはセナの存在に気づいたのか血相を変えて何処かへと去って行った。

…と言うかあいつ捕まったのかよ。セナは確か新しく赴任したって事はあいつはそう古くない期間で捕まっていた事になる。我が悪友ながら大丈夫なのだろうか?

一回見直そうかな俺の人間関係…

不安を押し留めながら署へと連行される。最初の方は恥ずかしかったが、後半になるにつれて心が無になってきたのか何も感じなくなり、着く頃には別の事を考え始めていた。

 

「着きました、尋問部屋は一番奥です」

「へいへい」

 

奥の部屋に通される。部屋には長机と横に挟む形でパイプ椅子が二つ置かれている。

 

「てか、何で俺尋問されないといけないの?何も悪いことしてないよな。どう見ても犯人を捕まえた後に行われる事情聴取そのものなんだけど」

「何を言っているのですか、あなた方の侵入を機に起こったのならもはや調べるまでも無いでしょう。そして貴方が原因であればあの魔物達が行った責任を取って頂くことになりますので」

「マジか」

 

俺を椅子に座らせ、その対面に彼女が座ると部下に持って来させたファイルを受け取り内容を確認しながら詳細の説明をし始めた。

そして彼女は一通りの説明を終えるとファイルを閉じ一息付く。どうやら話は段々笑い話では済まなくなってきた様で、既に報告では山の麓の農家などが被害を受けており、そして現在も損害は増え続けているらしい。

これ以上被害を増やさないためにも関係者から原因を聞き出し特定し、早急に対応しなくてはいけないらしい。あと、もし被害原因が俺達の過失であれば2人で被害額を折半しなくては行けないらしい。

 

「それで、何回も聞きますが原因に心当たりはありませんか?此方としても早く対応に向かいたいので早くして頂けると助かるのですけど。損害賠償の額もこれ以上増やしたくは無いでしょう」

「そうは言われてもね…答えてやりたいのは山々なんでけどさ、俺は本…当に何も知らないんだよ‼︎いい加減クリスは見つからないのかよ‼︎もし原因があるならあいつしか知らねえって‼︎」

「成る程…どうしても口を割らない訳ですね」

「どうしてもって言うか、知らないものをどう答えろって言うんだよ‼︎」

「ならばこうしましょう」

 

彼女は痺れを切らしたのか部下に何かを持ってくる様に指示を出す。そして、しばらくするとファミレスでよく見るようなプッシュ式の呼び鈴が長机に運ばれてくる。一体これは何だろうか、もしかしてこの機械からけたたましい音が鳴り響かせて拷問しようってんじゃないんだろうか?

 

「これは嘘に感知してなる魔道具になります、もし貴方の発言に嘘があればこの機械が鳴りますのでその事を頭に入れて行動して下さい」

「マジかよ‼︎この世界にはこんな面倒な物もあるのかよ」

 

嘘発見機、日本であれば心拍数や脳波を計測して本人にやましい事があれば、動揺により変動した数値がグラフとなって現れる物だ。しかしあくまで感情による物なので訓練を積めばコントロールできるし、その本人に罪の意識が無ければ反応する事は無いのでその信憑性はあくまで参考程度とされている。

この機械はそう言った類のものだろうか?いや、あのセナの自信のある表情から見るにこの世界においてあの機械は信用するに至る物だろう。であればこれからの発言において気をつけなければ自身の首を絞めてしまうだろう。

まぁ…やましい事など何一つも無いので気にする必要は無いのだが、それでも冤罪がある以上安心は出来ない。

 

「おや、目つきが変わりましたね。何かやましい事でも?」

 

俺の雰囲気が変わった事を察知したのか、セナは俺に食いかかるように挑発した。そして気のせいかさっきまでとは打って変わり、これが本来の喋り方なのだろうか口調が荒々しくなる。

 

「別に何も無いさ、ただその機械が誤作動して俺が冤罪犯に仕立てられない様に気を付けようと思っただけさ」

「随分と余裕ですね。いいでしょうその表情すぐさま剥がして見せましょう」

 

クイっと彼女は眼鏡を持ち上げる。どうやらこれからが彼女の本領発揮なのだろう。まぁ彼女が俺に特に何かしたって事はないんだけどな。

 

「では聞きます。貴方は昨日キールのダンジョンに向かいましたね」

「はい」

 

俺が答えると魔道具に反応はなかった。周りの職員の反応を窺うに嘘があるとその場でベルの音がなる様だ。

 

「メンバーはギルドに登録されたクリスと言う少年だ」

「いいえ」

 

ベルに反応なし。

 

「貴様‼︎屋敷の前ではクリスだけみたいな事を言っていたではないか‼︎つまりあの時の発言は嘘だったという事か?」

「いいえ」

 

ベルに反応なし。

 

「クソ‼︎どういう事だ‼︎ベルの故障か?職員‼︎他の探知機を持ってこい‼︎後クリスは見つかったのか?」

「はい‼︎今お持ちいたします‼︎クリスという盗賊の方は未だに消息が掴めていません。洞窟のモンスターですが、それは現在手の空いた冒険者によって駆逐作業に向かっています」

 

どうやら魔導具の故障を疑ったのだろう、嘘探知の魔道具の交換を他の職員に頼み他の部屋から予備を持って来させる。

 

「ふ、時間をかけさせたな、それでは続きを。先程の発言はどういう事だ?」

「クリスは少年では無く女の子だよ。まぁ確かに少年に見えなくもないけどな」

「クッ〇〇め‼︎」

 

現在俺の眼前には先程の魔道具に加え、もう一つの魔道具が置かれて計二つ仲良く並んでいる。その光景は昔に見た音階の違うベルを並べて曲を再現する動画を彷彿とさせた。

そして、俺が間違えを指摘すると、報告書を作成した職員の名前だろうか聞いた事の無い名前を憎しみを込めて叫んだ。

ちなみにクリスに前「クリスってパッと見少年みたいだよな」と言ってしまった事があるが、その時の彼女の表情は般若を超える様な正に鬼の形相でその日の修行は過去最高にキツかった。

 

「コホンッ‼︎話を戻します。それで、そのダンジョンでは隠された未開拓の道を進んだそうですね、そこで何か変わった事はありませんでしたか?封印を解いたり、何かを破壊したとか?」

「いや…特に思い当たると言ったら、魔物を殆ど駆逐した事かな?持ってきた宝は全部鑑定に出して呪いとかは無かったって言ってたし。他にも主を倒してたから、今回に関しては全くの逆だと思うんだよ」

 

ベルに反応なし。

 

「どうやら本当の様ですね。ではそこで何か見ましたか?それこそ術式とか?」

「いやだから言ったろ、俺は目隠ししてダンジョンを進んでたんだから景色どころじゃなかったんだよ」

 

ベルに反応なし。どうやら彼女の当てが外れたらしく勢いがどんどん無くなっていく。

 

「つまり貴方は今回の件に関しては全くの無関係だと言いたい事か?」

「はい」

 

ベルに反応なし。

 

「クッ、やはりクリスの方だったか‼︎…申し訳ありませんサトウさんどうやら自分は間違っていた様です」

 

はぁ…と溜息を吐き今までの非を謝罪するセナ。どうやら高圧的な態度は仕事柄だった様だ。

 

「まあまあ気持ちは分かりますよ」

 

形勢が逆転して精神が落ち着いてきて余裕が出て来たのか、落ち着いた様に尚且つそれでいてなだめる様にセナに話しかける。先程までは喧嘩腰だったが、流石に謝罪した人間に不敬を働くほど俺はクズでは無いので敬語で話す事にした。

 

「まあ、完全に俺に非が無いわけでは無いと思いますし、それに市民が困って居るんだそれを守るって言うのが冒険者の務めだと思います。もし良ければ俺も原因探索に協力しますよ」

「サトウさん…私は貴方の事を誤解していたみたいです」

 

セナはまるで聖人を観る様な感じで俺の事を注視した。それもその筈、先程まで犯人扱いして弾圧しようとしていた人間に親切にされたのだ、そんな事をされたなら多分俺でも落ちてしまうだろう。

ふふ、これで俺の立場は安定だ‼︎

しかし、そんな考え虚しく部屋にベルの音が鳴り響いた。

 

「どうやら、その言葉は心からの言葉では無い様ですね。ですが手伝って頂けるならありがたい話です」

「クソ‼︎何でこんな時に鳴るんだよ‼︎」

 

ドン‼︎と机を叩きながら項垂れる。

ベルがなった事により、セナの表情は百年の恋から醒めた様なまるでゴミを観る様な表情だった。

 

「ああ、分かったよ‼︎手伝うよ‼︎だからそんな目で俺を見るな‼︎」

「ありがとうございます。移動にかかる手間はこちらで用意しますので、指定の時間に馬車の集いに向かって下さい。それとゆんゆんさんとめぐみんさんでしたっけ?お仲間さんも来れる様でしたら連れてきて下さい、多分馬車小屋に空きができると思いますので、後間違ってもあの金髪の方は呼ばないようお願いします」

 

空気に耐えられずに大声でもう一度了承して誤魔化す。一体誰があの魔道具を作り出したのだろうか、もし会う機会があったのなら一発ぶん殴ってやりたいところだ。

そして金髪と言ったら多分さっき遭遇したダストの事だろう。多分あいつの事だ、セナが着任してからの数日間に色々問題でも起こしたのだろう。

 

「こちらでも総力を挙げて捜索しておりますが、一応クリスさんに遭遇された場合は所に伺う様に伝えてください」

「ああ分かった、面倒だけど伝えておくよ。けど、あんまり期待すんなよ」

 

 

念を押されて警察署を後にする。あいつらは余程俺の事が信用できない様だ。

このままコソコソ帰ると変な誤解が街の住民に残ったままになってしまうので、今後の俺の信用問題に関わってくる。なので堂々と胸を張りながら来た道を戻る、心なしか先程まで蔑む様な周りの視線が少し綻んできた様に感じる。

無罪を勝ち取り勝訴の紙を掲げながら屋敷に戻りたかったが、生憎日本語は彼女らに伝わらないので、諦めて普通に帰ることにした。

 

 

 

 

 

「おーい、戻ったぞ。全くいい加減にしてほしいよな、こんな善良的な市民を連行するなんてよ」

 

悪態をつきながら屋敷の玄関を通りラウンジに入る。

中に入ると2人揃ってテーブルを囲み、あのふざけたチェスをしていた。一体あれの何処が楽しいのだろうか、正直チェスのコマに特殊効果がついてるなんて面倒なだけだろう。

 

「ああ、カズマですか。お帰りなさい」

「お帰りなさい、起きたらめぐみんから連行されたって聞きましたけど大丈夫でしたか?」

 

一応俺の事を心配してくれていたのだろうか、俺の安否を確認してくる。

 

「まあ何とかな。それで話があるんだが、一旦そのチェスを置いてくれ」

「え?今良いところなのに置けと言うのですか?ちなみにこのチェスでは夕食の料金が掛けられているのですが、その責任は取れるのですか⁉︎」

「いやいや、めぐみん話くらい聞いてあげようよ」

「何を言っているのですかゆんゆん‼︎負けそうだからって一旦流れを止めて曖昧にしようと思ったって無駄ですからね」

「そ、そんな事無いわよ⁉︎」

 

どうやらふざけている様に見えていたが、彼女らにとっては真剣勝負だったようでめぐみんの反対を受ける。

…いや話くらい聞いてくれても良く無い?

 

「あー分かった。これから話す事について手伝ってくれたら夕食くらい奢るぞ」

「え?本当ですか⁉︎」

「え?良いんですか?」

 

コホンと咳払いしながらそう言うと、まるで即オチ2コマみたいな感じでめぐみんが掌を返した。何て分かりやすいんだコイツは。

 

「やりましたね、やはり頑張って予約を譲ってもらっただけの事はありました」

「そ、そうよね。折角の機会だもの一番高いのを頼もうかしら」

「おい、ちょっと待て酒場とかの話じゃ無いのか?」

 

話の雲行きが怪しくなってくる。

 

「何を言っているのですか、普段の所でしたらわざわざ勝負しないで適当に難癖つけてゆんゆんに無理やり奢ってもらうに決まっているじゃ無いですか」

「え⁉︎最近おごる機会増えていると思ってたらそんな事考えていたの⁉︎」

「あっ…」

「今あっ、って言ったわね‼︎」

「ゆんゆんはいちいち細かい所まで気にし過ぎなんですよ、そんなだからいつまで経ってもぼっちなんですよ」

「それとこれは関係ないでしょ‼︎関係…ないよね」

 

話が脱線し、俺の目の前でイチャイチャしだす2人。

可笑しいなこの世界は一体いつから百合空間になってしまったのだろうか、そして俺はいつか追い出されるのか?。

不安を抱きつつも2人のやりとりが終わるのを待っていたが、結局何時もの取っ組み合いになってしまったので取り押さえる。

 

「で、何処に行きたかったんだよ。資金はまだ有るから良いけどよ」

「そうですね…」

 

近くにあったブランケットでグルグル巻きの簀巻き状態にされためぐみんが不満そうな表情で話始める。

 

「ゆんゆん友達を増やそうとピンチなパーティーを助けていた所、そのパーティーの方に関係者が混ざっていまして、そのお方がお礼と言って人気で中々予約が取れないレストランの予約を仲介して頂けましたので今度行く話になってました」

「へぇ、因みにいつ何だ?今日の夜か?」

「いえ、一週間後です」

「まだ先じゃねぇか‼︎もっと後に決めろよ」

「そんな事言われましても…突然カズマが居なくなって何も出来なくなったので仕方がないじゃないですか‼︎」

「確かに」

「でしょう!‼︎」

 

一瞬今夜の晩餐会は豪華なものになりそうだと期待してしまったが、まだ先の話だった様だ。

結構後に楽しみがあれば、そこを目指して頑張ると言う人とそれが気になって集中できない人の2人に分かれるだろう。まぁどっちとも考えは悪くは無いが、頑張って苦しい日を過ごして目標だったものを眼前で掠め取られた俺からしたら、後者の意見に若干だが賛同するだろう。どっちが本音かと言われれば内容によるとしか言えないのだが。

 

「それで話って何だったったのでしょうか?」

「ああそうだった、2人の話に乗せられてすっかり忘れる所だった」

 

椅子に縛りつられているゆんゆんに突っ込まれて思い出す。一応集合時間があるので忘れてしまうと何かしらの冤罪か何かをかけられるなどの嫌がらせを受けそうだったので危ない所だった。

危機を乗り越え、一息落ち着いた所で2人に今回の事を説明する。

 

「成る程、よく分かりました。まあ夕飯を奢って貰えるわけですし今回は特別にこの私の爆裂魔法の使い手の腕をお貸ししましょう」

「いや、打つなよ。ダンジョン内でお前の爆裂魔法が炸裂した日には俺たちは生き埋めだからな」

「え⁉︎」

「ゆんゆんは予定とかは大丈夫か?」

「えぇ、私は特に何も無いですけど」

「よし、それじゃあ各自着替え次第再び此処に集合で」

 

パンと手を叩いて2人の拘束を解いて、各自部屋に戻るように指示を出す。朝きていた装備は流石に着たく無いので予備の物を開けて袖を通す。そう言えば髪を切っていなかった事を鏡を見て気づく。この世界に床屋なんてものを見た事は無いが、生活に必要ならば何処かにあるのだろう。

剣を腰に差しラウンジ戻るといつもの如く2人は準備を済ませて先に待っていた。どうやらこの世界の女性は準備にあまり時間がかからないらしい。

 

「おや、ようやく来ましたか」

「悪い待たせたな、場所は俺が案内するから…めぐみんのその大きなバックは何だ?ダンジョン探索とは言ってもそこまで時間は掛からないと思うから置いて行ったほうがいいぞ」

 

ゆんゆんはいつも通りの格好なんだが、背中に巨大なリュックサックを背負っている。デザインか何かのルーン文字的な物なのかわからないが何かの文字の羅列が所狭しと描かれている。

 

「これは私の秘密兵器です。今はお見せできませんが、来るべき時が来た時にこの子は真価を発揮するでしょう‼︎」

「マジか‼︎」

「ふふん‼︎如何ですかカズマ、これで私も役立たずの汚名返上を果たす事ができますよ‼︎」

「それでゆんゆん、あのバックの中身は何なんだ?」

「ちょっと⁉︎何ネタバレしようとしてるんですか‼︎」

「さぁ…?何かゴソゴソしているのは知ってはいたのですが、流石に中身まではわからないですね…。でもあのリュックの模様は衝撃を緩和する術式ですよ」

「と言う事は衝撃に弱い物が入っているのか」

「何勝手に中身を当てようとしているのですか⁉︎こういうのはピンチになった時に颯爽と正体を明かすのがカッコイイのではないですか‼︎」

 

はいはい流すがそれでもめぐみんはカッコイイとは何かと、俺が中学生の頃に熱を出して考えていた様な内容を語り出した。正直言って自身の恥ずかしい黒歴史が共感と共に穿り返されるのでやめてほしい。

 

「…と言うのが私の思うシュチュエーションなんですよ」

「そうかそうか、めぐみんの言いたい事は大体分かったから早く行くぞ、もう時間がない‼︎」

 

聞いてあげないと終らなさそうなので聞いていたが、集合の時間が近づいてきたので止めに入る。ゆんゆんに無理矢理行くぞとハンドサインを出してそのまま屋敷を後にする。

 

「ちょっと待ってください‼︎まだ話は終わって居ないですよ‼︎」

 

俺達が玄関に向かった事に気づいたのか、文句を言いながら大きなリュックサックを背負いながらコッチに向かって走ってくる。

 

 

 

 

めぐみんと合流し、馬車の停留所へと向かう。時間的には少しだけ余裕があったのだがやはりセナとその取り巻きは既に到着し待って居た様だ。

 

「遅い、あなた達は一体何をしていたのですか‼︎」

「遅いって言われてもな…ちゃんと約束の時間には来ただろう?」

「それでも限度という物があります。まさか指定した殆どギリギリの時間に来るとは‼︎」

 

如何やらふざけている暇は無く、早々に準備を済ませて来た方が正解だったらしい。

社会人の常識といった所だろうか、暗黙の了解とか伝統などこの世の中には見えないルールが多々あり、それを常識と言いながらルールを押し通し、あたかもコッチが間違っているかの様に話を捻じ曲げ責め立てる。

もしそうであるなら事前にそのように説明を済ませれば良いのだ、その方が結果として効率も良い。なんでも自分が考えているように世界が出来ているわけではないのだ。どの世界にも正しいも間違いも無く、あるのはその人の都合だけなのだから。

 

「まあ落ち着けって、怒るとシワが増えますよー」

「何だと‼︎」

 

そのまま言い返したかったが、それはそれで面倒なので適当に茶化しながら侮辱する事にした。案外このやり方が一番俺の心に禍根を残さずにやり返せる。

 

「まあまあ、時間が無いんだろ?早く行こうぜ」

「まったく…この男は」

 

埒が明きそうにないのと続ければ後々自分に返ってきそうだなと思ったので話を逸らし貸し切ったであろう馬車に乗り込み、キールのダンジョンに向かった。



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バニル強襲

今回は少し余裕があったので描いてみたのは良いのですが結構ギリギリになってしまいましたので誤字があるかも知れませんm(_ _)m


渋々馬車に乗り込み、ダンジョンへと向かう。

馬に引かれた後部の小屋の中ではセナと俺とゆんゆんとめぐみんの4人で座っている。何故同じ小屋の中にセナが居るかというと単純に女性の比率の問題で、警察のメンバーの中の女性がセナ一人になっており、なるべく女性で固まった方が良いと言う事で彼女が加わったのだが、何故か俺も同じ小屋に同室になっている。

配置としては俺の正面にめぐみん、隣にセナで俺の隣にゆんゆんが座っている。そしてめぐみんは鋭気を養うとそそくさと眠ってしまっている。

 

「なあ、何で俺も巻き込んだんだよ。正直あまりあの人と同じ空間に居たく無いんだけど」

「そ、そんな事言わないでください‼︎いきなりの初対面であんなに苛々している人と同じ部屋にしないで‼︎と言うか、そもそもカズマさんの所為で苛々しているんですから責任取って治めて下さいよ‼︎」

「そんなこと言うなよ‼︎俺だって頑張って仲良くしようとしたんだぞ」

「何をどう頑張ったらあんなに苛つかせられるんですか‼︎」

 

小声でセナに聞こえないように会話を始める。

話は少し遡る。

俺は小屋を決める際の女子はまとまった方が良いとの意見が出た時にそそくさと別の小屋へと逃げようとしたのだが、その途中何故かゆんゆんに捕まりそのまま女子の小屋へと引き摺り込まれる。俺は男子小屋に向かうと言ったのだが、ゆんゆんが真に迫った表情で首を振りながら来て欲しいと懇願したので渋々着いてと言うか引き摺られて此処まで来たのだ。

そして乗るや否やめぐみんが眠り始めたので、実質3人で現在気まずい空気になってしまっている。もしかしたら長年過ごした経験でめぐみんがこのまま寝ると分かっていたのだろうか。

 

「あの…何をそんなにコソコソ喋っているのですか?」

 

俺達の放っている不穏な空気を察したのか、そして先程の苛ついた態度はどこへ行ったのか、おずおずと俺達の行動を聞いてくる。

 

「い、いや〜めぐみんが寝ちゃったなー何て」

 

普段から周りを気にし過ぎるゆんゆんは、もしや聞かれたのでは無いのか?と思ったのかすぐさま話題を切り替える。

しかし、コミュニケーションの経験が少なかった為に墓穴を掘る様な返事をしてしまい、それを察したのかセナの表情に陰りが見える。

 

「そうですね。先程まで騒いでいたのですが、今はぐっすりと眠っていますね。こちらに来る前に何かされていたのですか?」

「いや別に何かしてた訳じゃ無いな。ただカッコイイとは何かってずっと語ってたな」

「そうですか…」

 

会話が途切れる。初対面だからそうだろうと言われればお終いだが、こうも取っ付きにくいとこれから何かあった時にいちいち気まずくなってしまう。出来れば何か共通な趣味とかあればいいのだが、そんな物は皆目見当付かない。

そもそも出会いが出会いだったので、その事が多分蟠りになっている事も含まれているのだろう。現時点での様子でしか分からないが彼女の性格はドが付くくらいに真面目なのだろう、なので少なからず俺に罪悪感を抱いているのかも知れない。

 

「はぁ…」

 

気まずい空気の中溜息を吐く。どう足掻いても無理そうなので此処は自然装って目を瞑り狸寝入りに逃げ込む事にする。万が一寝てしまっても着いた頃にはゆんゆんが起こしてくれるだろう。

 

「え?ちょっと何寝ようとしているんですか⁉︎二人っきりにしないでくださいよ‼︎」

 

目を瞑るとゆさゆさと揺らされながら耳元で小声でゆんゆんから文句が聞こえるが既に寝たフリを貫き通しながら無視する。

 

 

 

 

 

目を瞑り沈黙の重圧を耐えていると、そのまま寝てしまい。気づいた時には既に馬車はキールのダンジョンもある山の麓へと着いていた。

馬車が止まる制動を体で感じた後、ゆんゆんに若干憎しみ籠もった肩揺らしを受け、うつらうつらとしながら馬車の外へ出る。

 

「遅いですよ、何をやっていたのですか?」

 

出て早々に先に降りていためぐみんから洗礼を受ける。

 

「いやいや、最初に寝てたのはお前だろ?何自分は違うアピールしてんの」

「何を言っているのですか?私は着いた時にはちゃんと起きていましたよ」

「そう言う問題じゃないだろ」

「そこの二人、話は後にして先に進んでください」

 

めぐみんと言い合いをしていると後方のセナから急ぐ様に催促を受ける。

仕方なしに装備を確認した後、山道を登り始める。前回も此処を登ったのだが、その時は目を閉じていたのでイマイチその時の感覚と景色が一致しない。

目を閉じて進めば皆に正気を疑われそうなのでやめておくが、それでも感知スキルは常に発動させているので周りの気配は分かるのだが、それでも感度は今後の事を考えて低めに設定してあるので本当にうっすらしか分からない。

支援魔法と感知スキルの同時発動は意外にキツく、スマホを両手に持ちながら違う人間とメッセージのやり取りを行う様な感覚だ。戦闘になればその状況でテレビを見る様な物だろう。

気を抜けばバランスを崩してしまいそうな状況に焦燥を感じながら山を登る。最悪魔力切れを起こした際は、マナタイトはふんだんにあるのでそれで補えば良いのだが、削られた体力は眠らないと戻らないので注意が必要だ。

 

山道を進んでいく、皆道中に現れるモンスターの注意しているのか会話は無く雰囲気は少しピリついている。

まぁ元々会話は無かったんだがな…。

 

「セナさん、湧き出てきた正体不明のモンスターって一体なんですか?アンデットとかですか?」

「いえ、私も報告で聞いただけで実際に見たわけではないので詳しくは解りませんが、人型で奇妙な格好をしているとされています」

「何だそりゃ」

 

事実は小説より奇なりとはよく言った物だ、人型で変な格好と言ったらそれはもう不審者では?と思ったが、多分違うのだろう。

もし仮にそうであったらキールダンジョンは不審者のオンパレードという事になる。そんなものに関わった日には俺のSAN値減少は免れないだろう。

 

「実際に見てから考えたらどうでしょうか?」

「ん?ああそうだな」

 

ダンジョン周りを不審者が徘徊していると言う阿鼻叫喚の地獄絵図を想像していたのだが、ゆんゆんには俺の考えが煮詰まっている様に見えた様で心配そうに話しかけてくる。

 

「心配するな、いざとなったら逃げれば良いだけだからな。後は時間と役所か何かの人員がなんとかしてくれるさ」

「そんなこと考えていたんですか⁉︎」

 

世の中そのままで済むことなどはないのだ、何事にも最終的に責任を負う人間がいる以上、何の接点もない俺が逃げた所で他の人間が派遣されて何とかしてくれるだろう。

 

 

暫く山道を道なりに登りダンジョンの前へと辿り着く。何体かモンスターが湧いてくると思っていたのだが、そんな事は無かった。湧き出てきた正体不明のモンスターとの関連があるのだろうか?

 

「あ、多分あれですね人形に謎の格好、風貌が報告と一致しています。ですが…何と言いますか」

 

歯切れが悪そうに言葉を続けるセナ、俺も興味半分でセナの指差す方角を見るとそこには膝くらいの高さの人形見たいなのが整列して編隊を組みながら周囲へと広がっている。

正体不明のモンスターは一言で言えば仮面人形、服装はテーラージャケットにパンツ、そして表立って目立つその仮面。報告の通りの不審な格好だった。

 

「どうやら他の方々とも合流できそうですね」

 

先遣部隊と言うか、先にこのダンジョンに向かっていたメンバーらしき冒険者が休憩用にと設置された小屋から此方へとジェスチャーを送っている。

ジェスチャーの内容は人形に気づかれない様にコッチまで来てくれとの事だ。どうやらあの人形に何かある為それを警戒して欲しい、と言いたい様だがあの人形にそこまでの危険性があるとは思えない。不思議に思ったが、先人の知恵を蔑ろにする訳ないはいかないので潜伏スキルを発動し気配を断ちながら数名に触れた状態を維持し小屋へと近づく。

潜伏スキルは発動者に触れた人間にも効果が発言するので、この様に肩や腕を掴まって貰えれば大人数でもモンスターにもバレずに進む事が出来る。

 

 

小屋にたどり着く。小屋の中は意外にも広く荷物の割には人が少なくスペースが空いていた。

 

「先遣部隊、他の方々はどうなっているのですか?書類に記載されている人数と比べると大分少ないが」

 

セナは小屋の中に入るや否や書類を取り出して小屋の中のメンバーを数え出す。そして、どうやら書類との数が合わないらしく説明を求めているが多分ダンジョンに潜っているだけではないのだろうか?

 

「それが…部隊は私達を残して全滅してしまいました」

「何だと?どう言う事だ…説明してください」

 

セナが追求すると先遣部隊の隊長と言うか仕切っている人は悔しそうに状況を説明し始める。

どうやら先遣部隊は先に着くと、すぐにあの人形型のモンスターを発見したそうで、その様子を簡素にまとめてアクセルの支所に送ると取り敢えずサンプルを手に入れようと一体捕まえようとしたらしい。

まあ、あの人形もぱっと見は可愛いかどうかはその人の個人個人によるが、姿形は小型なので特に警戒は必要無いだろうと思い素手で鷲掴みにしようとした時だった

その人形が触れた瞬間光り輝くと共に爆発したのだ。

まさかそんな事になるなんて思わず、特に警戒せずに雑な陣形をとっていたが故に対応が遅れ、部隊に気づいた人形が次々に襲われては爆発を繰り返していき何とか逃げ延びられたこの数人がこうして今居る小屋に避難してきた訳らしい。

 

「成る程、それは災難でしたね。ですが安心してください、この後も事前に召集をかけておいた冒険者達がやって来ますので、その方々と連携をして対処していきます」

「そうですか…面目ありません」

「いえ、気にする事はありません。触れただけで爆発するなんてモンスター、今まで聞いたことがありませんので、それを予想するなんて事は困難でしょう。ですのでお気に病む事はありませんよ」

 

泣き崩れる部隊長を慰めるセナ。

急激に増殖を続けるかの様に増えていくモンスター、しかも触れるだけで爆発する上に自分から触れに行動するなんて、生物としてその行動は根本的にあり得ない。その神風特攻隊的な行動から見るに何かの使い魔か何かだろう。

仮に違うとしてもこのモンスターが自然に発生するなんて事は少なくともあり得ない。

最初、ダンジョン奥のモンスターを狩ってアルゴリズムが変化して見たことがないモンスターが住み着いたのかと思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。ならば最奥に座していたキールを倒した事が原因なのか?

奥に住む主人がいなくなった事で新しいモンスターが住み着いたのだろうか、そうだったとしたら話が上手くできすぎている。偶然と言われればそうでしか無いが、キールをクリスが狩ったのはまだ昨日の事だ。いくらなんでも早すぎる。

だが、そう定義してしまえば話は合う。

奥に住み着いた新しい主人はあの人形を使い周囲の掃除や偵察をしているのだろう、モンスターはキールが用意したのか自然に住み着いたのかは分からないが少なくとも新しい主人に適応又は気に入られなかった場合にあの様に爆破して処分されると考えられる。

そして全てが無くなったら自分好みにでもレイアウトするのだろう。まるで社会の縮図だな。

 

「取り敢えずサトウさんは残っている私の部下を此処に案内して下さい。残念な事に今回のメンバーに盗賊や貴方みたいな冒険者は含まれていないのです」

 

チクリと嫌味の様に聞こえなくないが、セナの表情に余裕がないことからどうやら皮肉ではない様だ。

ゆんゆん達を残して自身に潜伏スキルを掛け、残して来たメンバーの元に向かう。

幸いにも残された部隊が痺れを切らして特攻して居なかったので安心しつつ、着くや否や状況を手短に説明し、俺に掴まって何往復かして小屋に向かう事を伝える。

 

「そんな事して何になる。そもそもみんなビビりすぎじゃないのか?」

「よせって、さっき説明した様に先遣部隊の何人かはそれでやられているんだ」

「それは皆が油断して居たからだろう‼︎俺はそんなヘマはしない‼︎」

「落ち着け、気づかれるだろう」

「ハッ‼︎何をそんなに恐れてんだ?この根性なしが」

 

事はそう簡単に上手くいかないのが現実。残って居た部隊は寄せ集めだったらしく、部隊の中の数名は元々グループを組んでいてそのリーダが作戦にケチをつける。

しかし、あの仮面人形はぱっと見雑魚モンスターに見えるのでそう思うのは仕方ないし、何なら俺もそう思っている。だが、あの先遣部隊の隊長の怯えようと余っている荷物の量を見ればあの人形の恐ろしさは考えるまでも無いだろう。

コイツにもその様子を見せてやりたいが、その為にはあの小屋まで連れて行かないといけない。

 

「おい、さっさと行って片付けちまおうぜ‼︎」

「「おう‼︎」」

 

俺の説得は虚しく、そのリーダに続いて仲間がダンジョンの入り口へと向かっていった。

 

「俺らも行ったほうが良いのかな?」

「待て‼︎行くな‼︎」

 

何時もであれば気にせずに自業自得だと放って置くのだが、今回無意味に戦力が削れるのは不味いと本能が言っている気がしてならない。

 

「今回は報酬が良いんだ、このままあいつらに独り占めされてたまるか‼︎」

「行くな‼︎死にたいのか⁉︎」

「離してよ‼︎君には関係ないでしょ‼︎」

 

嫌がらせか何かを考えて止めるのだが、自分の危険が迫っていて余裕が無いので考え付かず弱気そうな彼に手を振り解かれる。

 

「あいつらが接触する前に俺に捕まれ潜伏を使う‼︎」

「はい‼︎」

「残ったメンバーは早く麓に避難しろ‼︎」

 

俺の周囲に居た数人が差し出した腕や肩を必死になって掴む。残されたメンバーはそうして良いか分からずにあわあわしている。

 

「おら‼︎くたばれや」

 

入り口の前を見ると、たむろっていた仮面人形に襲い掛かっている最中だった。隊長が振り下ろした武器が人形に触れたと同時に一瞬光り輝いたと思うと爆発した。

 

「ハッ‼︎思ったより大した事ないな。行くぞオメェら‼︎俺に続け‼︎」

「「おおおおおおーっ‼︎」」

「あの人形は見ての通り触れたら爆発する‼︎なるべく距離を取って攻撃しろ‼︎飛び道具のあるやつはなるべく奴等が近づく前にぶつけて爆発させろ‼︎」

 

隊長の装備は薙刀で、リーチが長かった為か爆発に巻き込まれずに済んだ様だ。それに大口を叩くだけあってか、それなりに頭も回り実力もある様で指示をしながら適格に人形達を処理していく。

しかし、先ほどから感じている嫌な予感は未だに拭い切れていない。

潜伏を掛けながら先程の小屋へと向かう、幸いにも彼らが騒いでいるお陰で逃げずにどうして良いか分からずにマゴマゴしている残されたメンバーは気付かれていない様だ。

 

血気盛んに仮面人形を狩っていく隊長グループ。もしかしたらこのまま人形共を大方狩尽くしてしまうのかも知れない。

細やかに期待していると、優勢だった状況は一変する。

大方倒し終えて油断していたのだろうか、そんな時に増援何か仮面人形達が入り口から再びワラワラと湧き出てくる。そして、爆発音を聞きつけてか隊長達を取り囲む様に周りの木々の隙間から外に出て行っていた個体だろうか、それらの集団が集まってくる。

様子としては、真ん中に隊長達のグループが追い込まれ、周囲を人形が囲んでいるといった様子になっている。

 

「〇〇‼︎どうしますか‼︎」

「おいおい…こんなの聞いてないぜ…」

 

流石の隊長もこの状況は想像していなかった様で、その表情には焦りを見せている。メンバーにウィザードがいれば状況が変わってくるが、生憎ウィザード達は今俺の腕を掴んでいる方達と小屋に居る者達になっている。

 

「ったく…しょうがねぇな‼︎お前等‼︎助けに行くぞ、魔法は使えるか?」

 

これ以上は奴らの命に関わる。クズマなどと普段から言われている俺でも流石に良心が痛む。

腕に掴まっている連中に話し掛けるが誰一人として返事をせず、代わりに帰って来たのは掴んだ腕の震えだった。皆この状況に恐怖しているのだろう、しかしこれでも冒険者の端くれ死ぬ事は覚悟しているはずだ。

 

「おい、誰か魔法を使えないのか?」

「使えないです…すいません震えが止まらないんです」

 

年はゆんゆんと同じか下だろうか、パッと見女性に見間違えるくらいに中性的な少年が何とか声を絞り出して俺に意思を伝える。

 

「何言ってんだよ冒険者だろ?モンスターの命を奪う以上コッチも命を賭けるのは当たり前じゃ無いのか?」

「そんな事言われても困ります‼︎我々は今まで後方で守られながら魔法を唱えているだけなんです。それに、こんな近距離で放ったら間違い無く気付かれます、その時に貴方は私達を守れるんですか⁉︎」

「それは…」

「仮に僕達の魔法で現状何とかなったとしても、未だに増え続けるあの人形達からどう逃げるっていうんですか?まさか出て来なくなるまで戦うなんて言うんじゃ無いですよね」

「だからって見捨てるのか?」

「そうだと言っているじゃ無いですか⁉︎それは最初に貴方が判断した事でしょう?途中で良心の呵責に耐え切れないからって助けようなんて都合が良過ぎます」

 

確かに彼が言う事は正しい。俺は隊長が人形に特攻した際に彼等を引き連れて小屋に向かっている、もしも助けるのであれば最初に隊長等についていくべきだったのだ。

それを後から助けようとして彼等を危険に晒そうだなんて、今更都合が良すぎるのだ。

一度手からこぼれ落ちた物は二度と戻って来ない。そんな事はこの世界に来る前から分かっていた事だ。

 

「確かに貴方はパーティーメンバーの自業自得と言えあのベルディア討伐を指揮し、その上機動要塞デストロイヤーを撃破した実績があるかのしれません。ですがそんな貴方に力を貸してくださった方々は今この場所に居ないんです。我々はゆんゆんさんやめぐみんさんみたいにアークウィザードでは無くただのウィザードですし、あの隊長ぶっている人はミツルギさんみたいなソードマスターではなくただの戦士です」

「いくら指揮能力が高かったとしても、僕達の事を何も知らないのに何でもできると自惚れないでください‼︎」

 

彼は泣きながら俺にもたれ掛かる。彼も彼で精一杯で限界なのだろう、もしも俺が彼なら、間髪入れずにあんなやつ見捨てて行こうぜ、自業自得だ‼︎と言っていたかもしれない。

自身の無力さに呆れて言葉も出ない。

折角貰ったチート能力も活かせずにクリスに頼んで自力を鍛えてもらって何とか頑張っていこうとした先にこれだ、本当に嫌になる。

彼の言葉でベルディアの事を思い出す。酒場でめぐみんが皆から罵声や食器を投げられている時に居た連中に奴等を見た。絶対忘れないと思っていたに何故か忘れていた。

あの隊長等はめぐみんに対して自業自得だと罵って責任を取れとも言っていた、だったらこの状況は隊長等に取っての自業自得なのだろうか?

だが、それとこれとは別だろう、やられたからと言って命を奪って良い事にはならない。それにこれから作戦があるのだ、メンバーの減少はこちらに不利になるだろう。

 

「分かった、俺は一人で行くからお前等は走ってあの小屋に向かってくれ。あいつ等はおれが引きつけるし、小屋が近づけばゆんゆん達がが気付いて助けてくれる」

 

最初からゆんゆん達に助けを求めれば良かったのだが潜伏を使用してる為、殆どの情報はシャットアウトしているに等しいのだ。いい加減小屋に戻って来ない俺を心配して出て来てくれないのかと思ったが、セナが居るのでそれは無いだろう。彼女は良くも悪くも真面目だ、規律に従ってゆんゆん達を危険に晒す事はしない筈だ。

それに警戒なのかカーテンを全部閉めてやがる。これじゃこっちの様子が分からないと思うんだが、まあでも人形が人影に反応するかもしれない以上余計なリスクは踏まない方が賢明なのかもしれない。

 

「何言っているんですか‼︎そんな事したらみんな気付かれて全滅ですよ‼︎」

「そんなのやってみないと分からないだろう‼︎」

「やらなくたって結果は見えていますよ‼︎冒険者の貴方があの火力をどうやって防ぐのですか‼︎」

「それは…」

「その時になったら考えるって思っている様ですが、そんな甘い考えは捨てて下さい‼︎貴方が言っている事は先程の隊長っぽい人と同じだと言う事に何故気が付かないんですか‼︎」

「ーっ‼︎」

 

彼の言う事に何も言い返せなかった。彼が言う事は何もかも正しくて、反対に俺は何もかも間違っていたと錯覚してしまうくらいの正論に俺の頭は真っ白になる。

正直どうにかなると心の中では思っていた。しかし、今の俺には個々を小手先でどうにかする技術はあってもあの大群をどうにかする手段は持ち合わせてはいないのだ。その役目は何時もゆんゆんかめぐみんが担っていたので必要は無いと目を背けて後回しにしていた。そのツケが今日この最悪なタイミングでこうして周って来た。

俺がクリスに求め、教授を賜ったのは自分を守る方法であってみんなを守る方法では無かったのだ、魔力値が低くてもマナタイトで増強させれば俺の中級魔法でも出力は出せたのだ。

しかし、全ては過ぎた事、後の祭り、時間を戻す術は無いのだ。

 

「お願いします…あんな人の為に命を賭けないでください…私は貴方に憧れて尊敬しているんです…街中の人を敵に回しても仲間を庇って…自分より強いミツルギさんにも喧嘩を吹っ掛けて、それでいて最後には街の冒険者をまとめ上げて幹部を倒した貴方に私は死んで欲しくは無いんです…」

 

色々話は都合の良い様に捏造されていたが、俺の行っていた行動は少なからず彼に影響を与えていた様だ。今まで何も出来なかったと思っていた人生は意味があったのだ。

 

「だけどな…」

「イントキシケーション‼︎」

 

俺のセリフは途中で彼の魔法で止められる。

話そうと言葉を発した時に彼の指が俺の頬に触れ、呪文を唱える。ゼロ距離で放たれた彼の魔法は俺の意識を奪わずに宙に浮かばせた、正確に言いたいがうまく表現できない…まあ簡単に言えば酔っ払っている様な感覚だ。

魔法による酩酊感に全身を支配され、思考や運動が制限される。しかし潜伏スキルは未だに継続している事から発動しているスキルは制限されない様だが、口がうまく動かないので呪文は唱えられそうに無い。

 

「な…にを…」

「カズマさんの行動を制限しました。貴方を止めるにはもうこれしかありません…」

「…」

「僕達はこのまま彼から手を離さない様にしながら抱えて小屋の方に向かいます」

 

思考がフワフワとしながら纏まらないが、思考の浮遊感に肉体の浮遊感が追加されたので多分持ち上げられたのだろう。

せめて事の顛末は知ろうと何とか感知スキルと最低限纏められた思考を向うに向けた。

 

「クソ‼︎近づくんじゃね‼︎」

「〇〇‼︎どうするんですか?」

 

周囲を人形に囲まれた隊長等は上手く武器のリーチや飛び道具を利用しながら時間を稼いでいで現状を維持している。正直此処まで持ち堪えられるとは思ってはいなかったので驚きだ。

しかし、隊長等の表情にはもう余裕はなく、極限状態なのか目が血走っており呼吸もだいぶ乱れている、そろそろ限界も近いだろう。多分要である彼が倒れればこのパーティー達は全滅するだろう。

 

「おいそこの奴ら‼︎誰かウィザードは居ないのか‼︎魔法で一直線に人形を破壊して道を作ってくれ‼︎」

「え…そんな‼︎」

 

隊長は残されたメンバーに気付いたのか、どうすればいいのか分からずに留まっていたウィザードに助けを求める。だが、それによりそこに人間が居たのだと人形達にバレてしまう。

 

「ら、ライトニング‼︎」

 

そこに居たウィザード達が呪文を唱えなが道を開こうとするが、増えていく人形達になす術も無くあっという間に囲まれ、それを魔法で倒そうと詠唱するが、逆にその隙を突かれて人形に抱きつかれる。

人形は何かに触れると爆発するので、抱き付いたと同時に閃光を放ち爆発する。

 

「うっうぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁあああああ‼︎」

 

それを皮切りに次々とウィザード達に抱き付いた人形が爆発していき、それが誘爆を生み辺りに生えていた木々を吹き飛ばしダンジョン前はどんどん広場へと開拓されて行った。

 

「クソ‼︎どうなってやが…しまッ‼︎」

 

隊長はその光景を見て焦ってしまったのだろう、その隙を人形は見逃さずに隊長へとダイブし抱きつくと同じ様に閃光と共に爆発した。

俺の予想通り、隊長を失ったパーティーは統制を失い連鎖する様に迫り来る爆発の渦へと巻き込まれて行く。

そして、その爆発音を聞きつけ麓まで行っていたのであろう個体達がワラワラと湧き出し山を覆い始めた。

 

「早く行きましょう‼︎カズマさん聞いていますか‼︎」

 

意識をこちらへと引っ張り戻される。どうやら彼が何か言っているみたいだ。

 

「カズマさん、貴方は何も悪くは無いんです。貴方が居たおかげで今僕達は救われているんです、それだけは忘れないでください」

「…あぁ」

 

泣きじゃくっていた彼は今は泣き止んで懸命に俺を運んでいる。

ユサユサと揺られながら、稲妻の閃光音が鳴り響く。何事かと思い感知の意識をそこに無理やり持っていくと、爆発音で気づいたのだろうゆんゆん達が小屋の外から援護射撃の如く俺らの後方に稲妻を落として言っている。

 

「結界を張ります‼︎そこの冒険者の方々は急いで‼︎」

「はい‼︎」

 

少年達は急いでセナの指示の元小屋へと急ぎ俺の体はさらに揺れる、少年が結界の予定範囲の境界線を越えた所でボトレススワンプにより沼を作り出し人形の侵入を止め、その隙にセナはお札かなんかの紙で結界をはる。

中々早い手際だなと思いつつも浮遊感に限界が来たのか俺の意識が途切れる。

途切れる瞬間に天井が見えたのとゆんゆんとめぐみんが呼び掛ける声が聞こえた、どうやら小屋には無事戻れた様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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バニル強襲2

忙しくなるかもしれませんので今回は2話連続です。話が飛んでると思ったら一つ前に戻ってください。
後言い回しが変だったり誤字があるかもしれませんm(_ _)m



小屋に着くと簡易的なベットの様なものに下され、仰向けになった事により眼前が照明の光で埋め尽くされ思わず顔をしかめた。

どうせだったら暗所でゆっくりさせて欲しいもんなんだが…。

俺達が戻ってきた事により、周りがガヤガヤと騒ぎ出して話し合ったのだろうか、少しの間騒然とした後に誰かが俺の元にやって来て魔法をかける。

 

「ブレイクスペル」

 

魔法解除の魔法により、酩酊していた俺の思考回路と身体の怠さが一瞬の内に綺麗サッパリ消え失せ、お陰で考えたくも無かった現実へと引き戻される。

感覚が元に戻った所でゆっくりと起き上がり周囲を確認すると先程の少年と目が合いペコリとお辞儀をされる。彼なりの謝罪なのだろう。

 

「カズマさん大丈夫ですか?気分は悪く無いですか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

起き上がると心配してくれたのだろうか、ゆんゆんが横に座って此方を見ていた。他のメンバーは卓上を囲んでおり何処か威圧感を漂わせている。

脳に関して魔法を掛けられるのは初めてで少なからず不安があるので、念の為手指や足等を動かして障害が無いかを確認する。特に関節の動きが鉛管のように曲げづらくななる様なこともジャックナイフの様に引っ掛かる様なこともないので多分大丈夫だろう。

 

「サトウカズマ、無事目が覚めた様ですね。貴方にはこれからどうするかについて考えて頂きます」

「おいおい、起きて早々俺をこき使うつもりか?ぶっちゃけ今傷心中だから一人にしてくれると助かるんだけど」

 

ふざける様に言っては見たが、本音を言えば正直しんどい。今まで仲間や他の連中が死にかける様な事は多々あったがそれでも何だかんだ言って最後は助かっていた。

だが、今回は目の前で本当に冒険者一行が爆発の中で消えて行ってしまったのだ、それは誰かが悪いわけでは無く自分の身を守れる実力がない彼らが悪いのだが、それでも俺が指揮するれば何とかなると思っていた。

あの少年も言っていたが、そんな物は俺の思い上がりだった事に今回の一件で気付かされた。俺の作戦はあくまで高レベルの仲間があって初めて成立されたもので今回の様な弱小パーティーでは何の役にも立たなかったのだ。

 

「カズマさん…」

 

ゆんゆんが隣で悲しそうに呟いた。

自分で言っておいて何だが、冷静に考えている時に同情されるとなんか気恥ずかしくなってくる。

 

「一人になりたいのは結構ですが、生憎この小屋の中以外に安全な所はありませんよ」

「何でだ?潜伏を使えば来た時みたいに気づかれずに行けるんじゃないのか?」

「貴方が魔法で酔っ払っている間に状況は最悪な状況になっていました。まあ、百聞は一見にしかずと言いますので一度外を見て下さい」

 

セナが窓を指差す。如何言う意味なのだろうか、もしかして人形が仲間の誘爆によって連鎖的に爆発したからダンジョンの入り口がそれによって埋まってしまったのだろうか?

寝起きでふらつく体を動かしながら入り口近くに設置されたカーテンを開けて外の景色を見る。

 

「うわっ…何だよこれ?意味わかんねえよ」

 

窓の外を見ると、夥しいほどの仮面人形達が蠢いていた。正直言って気持ち悪い以外の感想が出て来ないが、もしあの集団が此方まで攻めて来ようなら俺達はあっという間に全滅だろう。

しかし、幸いにもセナの張った結界が功を奏したのか人形達はこの小屋までは来れない様に線引きされ守られている。

だが、その頼みの結界もいつまで保つかは分からない、セナの表情に曇りがある以上時間制限か耐久性に何かしらの制約があるのだろう。

 

「見ての通り外はあの爆発人形で埋め尽くされています。ですので我々は現在攻めるどころか逃げ出す事すら出来ないか状況になっています」

「マジか…」

 

小屋の周囲を人形で囲まれて包囲されている。慌てて結界を張ったのだろうか範囲が意外にも広く少し木々も巻き込まれている。だが、広いと言っても麓まで続いている訳では無いので特に意味は無いのだが…。

これではセナの言った通り逃げ出す事は不可能に近い、それに仮に逃げられた所で多くの犠牲が付き纏うので誰も賛成はしないだろう。

 

「それで、セナはこの状況を如何考えているんだ?策か何かを考えているのか?」

「えぇ…まあ一応ですが」

 

セナは頼りなさそうにメガネの位置を直す、目が泳いでいることから多分あまり期待できる物では無い様だ。

 

「セナの考えを聞かせてくれないか?」

「はぁ…別に構いませんが…私の考えは助けが来るまでこの小屋で待機すると言う事になります。これでも一応はアクセルを任されている身ですので、公務で外に出て帰ってこなければ他の職員が私の行動録を見て助けに来る流れにはなっています」

「成る程な」

 

考えは悪くないし、それで出来るのならそれが一番展開としてはいい。しかし俺らの拠点は初心者の集まる街アクセル…当然そこのギルドに在籍する冒険者のレベルは当然低い、俺が知る限り、警察署は何かあれば業務提携先のギルドに協力を要請するから特にレベルの高い冒険者を抱えている訳では無い事が窺える。

であれば、何処からか呼び出していく事になる。もし、すぐさまテレポートで高レベルの冒険者が来れれば事態は早いのだが、それだとアクセル支部の面子が立たなくなってしまう。

所詮はお役所、セナみたいな末端組織員なら何も考えずに直ぐ様行動するのだが、上役の方々はそうは行かないだろう。何かしらの理由付けか、大義名分が無ければそう簡単には動き出さないだろうし、仮に出来たとしても事務処理に時間が掛かるだろう。

ふざけていると思うが、組織と言うのは組織が出かければデカくなるほど、小さい組織に比べ初動が遅くなってしまうのだ。

 

其れはともかく、結果として助けが来る事を前提として考えるのであるならば、日常生活面に問題が出てくる。

幸い此処はダンジョンに対しての一時拠点として扱われているので生活面には問題はないが食料は如何なのだろうか?

 

「それで、籠城するのは賛成だけど食料はどれくらいあるんだ?待ってて餓死なんて俺は嫌だぞ」

「それでしたら私の部下の荷物に入っていますので心配なく、ですがこの人数でしたら持って数日程ですかね…」

「マジか…」

 

セナの指差した部下の鞄を漁る、量自体は一人が篭る分には結構あるが小屋のメンバーの数を考えるとかなり少ない。俺が昔部屋に引き篭もって籠城していたときの極限生活していた経験から考えるとギリギリ動ける範囲でカロリーコントロールしても持って3日位だろう。

 

「そう言えば結界は如何なっているんだ?あれはどれくらい保つんだ?」

「結界ですか?あれは私の魔力で編まれているので、私が意識すればいくらでも持ちます」

 

成る程、掛け捨てるタイプではなく持続させる方式になっているのか…そのタイプは効果が長い反面魔力の供給が無くなればすぐさま消え失せてしまう。その結界を持続させる魔力を保つにはセナに優先的に食料を回さないといけなくなる。

そうなれば食料計算を再び考え直さないといけなるが、大雑把に見繕って持って2日だろう。

今日の夕食からから食料を使うと仮定する。そして明日の朝にセナの残されたであろう部下が不審に思いこの山に来て集まる人形の群れを見たとして、そこから再びアクセルに戻って上司に報告、そこから会議を経てギルドの冒険者を掻き集めて此方に向かわせながら他所のギルドに連絡し救出が始まとするなら、ギリギリ保つかもしれないがそれはあくまで全てがうまく行った時の場合だ。

 

「セナ的には後2日で助けに来ると思っているのか?」

「それは…」

 

軽く聞いてみた程で聞いてみたが、彼女は言葉に言い澱んだ。組織の中に組み込まれている彼女なら俺以上に必要な時間を計算できるので、そのいい淀みは可能性が低い事を決定づけさせてしまう。

 

「やっぱり厳しいよな。持って後2日、取り敢えず助けを待ちながら明後日の朝には如何するか考えないとな」

「そうですね…すいません、本来であれば年上である私が仕切らないといけないのですが」

「ああ…じ、時間が惜しいから早く集めて作戦会議しようぜ」

 

落ち込みそうになるセナに対してとっさに話を逸らす。セナの放つ結界はどうかは分からないが、通常魔法などは術者のメンタルがその効果に影響する。なので此処でセナに落ち込まれて結界に綻びが生じると厄介な事になる。

 

気を持ち直し、メンバーを小屋の中心を円で囲む様に集める。先程の誘爆で殆どのメンバーが居なくなってしまったので些か足りない感は否めない。

 

「よし、集まったな。それじゃあ第一回この小屋からどう抜け出すか大作戦の会議を始める」

「何ですかそのカッコ良さの欠片も無いネーミングセンスは」

「何だめぐみん?俺の作戦名には不満でもあるのか…と言うか今はふざけている時じゃ無いんだ静かにしてくれ」」

「何ですと‼︎この私がふざけてそんな事を言うと思っているのですか‼︎全く、前から思っていたのですがカズマにはセンスと言うものが欠落していると思うのですよ」

 

作戦を始める前にめぐみんが突っかかってくる、こんな非常事態に何やっているんだと注意してやりたいが、彼女なら多分抵抗してくると思われる。そうなればこの会議がグダグダになってしまうので此処は上手く受け流さなくてはいけない。

 

「言ったなこの小娘‼︎だったら作戦名アビス・ファージに変更だ‼︎」

「成る程‼︎何だか意味は分かりませんがカッコイイ気がしますので認めましょう‼︎」

 

ビシっと捨て台詞を吐いて彼女は座った。まあ適当にアビスでも付けておけば喜ぶだろうとおもっていたが、まさか本当に此処まで喜ぶとは思わなかった。

だが、これによって余計な邪魔は無くなった。

 

「取り敢えずだ…何かいい作戦はないか?」

 

皆を集めて聞いてみたのは良いのだが、何も意見が上がってくる事は無く場は静寂に包まれる。人数がかなり少なく前のデストロイヤー戦の時の様にまでとは行かずとも少なからずも意見が出ると思ったのだが、如何やら違った様だ。

沈黙の重圧で意見が出ない事もあるので名指しで指名してもみたがそれでも案が出る事は無く、これ以上続けても仕方ないので一旦会議を中止する。

 

 

 

 

「はあ…」

一旦外の空気が吸いたいと小屋の外へ出る。

外は人形だらけだが、幸いにも結界の内側であれば安全なため外に生えている木に寄り掛かる位は出来る。

 

「あの…」

「何だ?何かいい案でも浮かんだか?」

「そう言うわけではありませんが…」

 

少年が俺の方へとやってくる。意見が無いのであれば一体なんの用だろうか?

 

「なら来ない方がいいんじゃ無いのか?」

 

モジモジしている少年に対して外に指差す、此処は結界の境界に近いので人形が凄い近くで蠢く様が見える。

 

「うひゃあ⁉︎」

「あーあ言わんこっちゃない…」

 

俺の指差す方向を見てびっくりしたのか、少年は腰を抜かし地面に尻餅を着いた。

 

「大丈夫か?」

「はい。済みません驚いてしまって」

「まあ近場にあんなのが居たら流石に気持ち悪いよな」

 

ましてや仲間を殺した兵器の様なものだ、少年にとってはトラウマそのものだろう。少年に手を貸して起き上がらせる。

 

「それで?何か俺に用があったんじゃないのか?」

「そう、そうでした」

 

ハッと何かを思い出したかの様に少年は俺に向き直る。

 

「先程はすいませんでした…折角カズマさんが助けようとしていた所に水を差してしまって」

「何だ、そんな事か…急にきたんでビックリしたぜ。俺の仲間が寝ている間に何かして復讐しに来たのかと思ったぜ」

 

適当に茶化して場の雰囲気を変える。俺はあまりこう言った雰囲気は嫌いだ。

 

「そ、そんな事はありません‼︎皆さん僕にはとても優しくして下さいました」

「そうかい、それは良かったな。あ、そう言えばお前の職業はなんなんだ?」

 

ついでにメンバーの職業を聞いておくことにする。見た目を見れば大体はわかるのだが、それでも使える魔法等や得意不得意などの個性を把握しておきたい。

 

「僕ですか?僕はプリーストです回復は苦手ですが支援魔法は得意ですよ、父が武器職人な事もあって物の強化も可能です‼︎後他の仲間は戦士とウィザードのになります。残りは全員あの人形によってよって亡くなってしまいました…」

「成る程な、オーケーありがとな」

 

戦力としてはバランス型なのだろう。しかしウィザードはなりたてなので少年が魔術スクロールなどで魔法攻撃も行い後方を支援しているらしい。

 

「あの…一つ聞いてもいいですか?」

「何だ?」

「自分で言うのも何ですが、目の前で他の冒険者の方々を失ってしまってショックとかは無いですか?貴方も冒険者を始めて一年経っては居ないと聞きました、それに仲間も初期メンバーからずっと同じだとも聞いています」

 

オズオズと聞いてくる。きっと少年の目的はそれなのだろう。

 

「確かに何も感じないと言えば嘘になるな。けどそれはそれだし、結局は…いや何でもない。まあ今はまだ安全な場所に居るわけじゃないしこれからこの人形の集団から逃げ出す事を考えないといけないからな」

「そうですか、強いんですねカズマさんは」

「まあね、他の奴らにステータスじゃ勝てない俺にはこれくらいしか無いからな」

「そんなご謙遜を」

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、少し談笑した後少年は小屋へと戻っていった。

情報はある程度揃って来たが、その中心となる作戦が思いつかない。めぐみんの爆裂魔法で吹き飛ばすのは如何だろうかと思ったが、あの数なら必ず撃ち漏らしが出てくるだろう、それらに囲まれたら結界がないので即ゲームオーバーだ。

ゆんゆんの魔法にしてもそうだ、彼女を中心に陣形を組んでも再詠唱の際の隙を埋めるウィザードが少なすぎる。近接戦闘が出来ない以上魔法による中距離攻撃で間合いを開けながら脱出するしか無いだろう。

 

そう言えばあの人形の動力源とは一体何あのだろう?セナの結界の様に常に魔力か何か供給されているのだろうか、それとも魔力を抱え込んだ自立型なのだろうか?もし前者ならその大本との繋がりを絶てばいい話になる、それかあの洞窟の奥にいるであろう制作者を撃破するのも手である。

そう考えながら結界の外に集まっている無数の人形を眺める。とても燃料切れを起こしている個体がいる様な雰囲気を感じ無い。だが個体が近くにいる生命体に向かっている現状を見るに統率が取れているイメージも感じない、まるでセンサー付きのロボット掃除機の様でもある。

 

統率が取れてい無いのであれば難易度は下がる、単調が故に心理戦や誘導も単純なものしか通じ無いので応用が効か無い。

第一陣を抜けても追っ手が来る事を考えると、やはりどうにかしてダンジョンの主を倒すのが良い気がしなくも無い。だが、あのダンジョンに入る方法が思いつかず結局あの人形をどうするかと言う問題が最初の壁になって先に進めない。

 

「……はぁ」

 

溜息を吐き、上を眺める。視界には木々の枝と満天の空だった、あの空を飛んで逃げられたらどんなに楽だろうかと思うが、そんな能力女神の餞別で見た事はあるがそれ以外ではないだろう。

せめて遠距離中距離近距離の三方向を攻められる武器が有ればな……いや待てよ‼︎

視界に映ったものを留めながら頭の中で情報を走馬灯の様に流していきピースを揃えていく。

リスクは大きいがもしかしたら行けるかもしれない、幸い俺のバックには買い貯めたマナタイトがふんだんに残っている。後はあの少年の根性次第だ。

 

 

ピースは揃い、俺は小屋に戻る。

食事は皆から掻き集めて入れたバックに詰まっている物を分配している、基本的に中身はレーションで種類は沢山あるが一つ一つの量は少ない。幸い此処には子供などがいない為、取り合いなどの小競り合いは起きないので助かる。

周囲のメンバーの表情は先の見えない不安はあるが正気は失っていない、篭城作戦に限らず閉鎖的空間に留まる事で一番必要なのはメンタルであると俺は思う。まあ食事も必要だと思うが…ガバガバだな俺の理論。

作戦を行うにあたって体力も必要になるが、幸いにもまだ初日で全員体力に余裕はある為、出来れば力作業は早めに済ませておきたい。

 

「みんな聞いてくれ、俺に良い考えがある」

 

食事が終わった頃を見計らい俺は一つの提案をした。

 

 

 

 

 

「よし、そこの木を全部切り倒してくれ‼︎枝はどんなに折れても構わないけど幹に傷をつけるなよ‼︎」

 

次の日の早朝、俺は外にある木々を戦士のメンバーに依頼して倒して貰っている。数にしても約数本しかないが、それでも力の強いメンバーの数くらいあれば充分だろう。他のメンバーは念のために結界の維持に必要な手入れや解れの補修、出来れば範囲の向上させ木々を最も結界内に含めて欲しいと伝えている為、現在は隅の方で何やらゴソゴソしている。

やはり戦士になると力のステータスが違うな…悔しいが冒険者の俺が小細工をしないと出来ない事を平然とやってのける事に自身の情けなさを感じるが、それはそれで今は作戦を遂行させる事に専念しないといけない。

 

切り倒した木々を並べてもらい、今度はその木から生えている枝を剪定しもらい表面を綺麗にしてもらう。

それが終わると、結界の調整に出ていたウィザード組が戻って来たので、その木の表面に出来るだけ爆破に対する耐久性を上げるルーン文字を描いてもらう。

 

「あの、カズマさん…文句を言うわけじゃ無いんですけど、こんなので本当に大丈夫なんですか?」

「あのな…どんだけ不安症なんだよ。どっちにしろ何もしないと俺達はあの仮面人形に爆殺されちまうんだから、こんな作戦でもやらないよりはマシだろ?」

「う…それはそうですけど」

 

作業を見ていると、隣にゆんゆんが来てそう言った。確かに口頭で説明されれば不安に思うかもしれないが、それでもこの木材は信じても良いだろうと俺は自信を持って彼女に説明する。

 

「よし、作業は終わったな。後は詳しい作戦と配置を説明するから中に戻ってくれ」

 

木々の伐採加工を済ませ、後は突撃になったので一度小屋に戻り細かい指示を出す事にする。内容としてはシンプルで全員であの人形を蹴散らし、俺とめぐみんとゆんゆんの3人でダンジョンに特攻するというものだ。

ダンジョンの内容を俺は感覚で知っているのと、中に入れば人形が来る範囲が限られるのでゆんゆんの風の魔法で対処が可能だ、まあ爆発でダンジョンが崩れる心配があるがそれもリスクの一つなので仕方がない為運に任せる事にする。

後は、洞窟内のボスについてだ。セナは何かの召喚陣があると言っていたが、もしそうならそれ用のお札を貰ったのでそれを貼れば解決だろう。しかしと言うか、これは俺の予想だが何かしらの知性を持ったモンスターか何かが跋扈している気がしてならない、もしそうなら戦闘になる事を考えて他のメンバーを連れて行きたいが、連携が取れない上にダンジョンの部屋は狭いので一掃される危険があるので少数で行く事になっている・

めぐみんに関しては爆裂魔法がダンジョン内では使えないので外そうとしたのだが、彼女には何やら秘策があるらしく入れてくれと申し出があったので一応の程で入っている。

 

 

作戦内容を各自に通達し、意見を求めたが特に反対意見はなかったので体を休める意味を含めて作戦決行は夜にした。

 

「なあめぐみん」

「何ですか?カズマもお疲れの様ですし少し休んだらどうですか?」

 

ガサゴソと明日に備えてかめぐみんがバックを漁っている。意外にもそのリュックは高性能らしく上手く使えば欲しい物を欲しいタイミングで引き出せるらしいと前に彼女が言っていたのを思い出す。だがそのためには事前に色々と細工をしないといけないらしくこうして弄っている様だ。

 

「いや。そのリュックの中には何が入っているかいい加減教えてくれないか?こっちも作戦を考える上で必要になるんだけど」

「教えませんよ。前にも言ったでしょう、こう言うのはいざと言う時に使うからカッコイイのだと。それに作戦はもう既に決まっているじゃないですか」

 

めぐみんはリュックを漁る手を止めずに、まるで相手をしませんよと言いたげに視線をリュックに向けながらそう言った。彼女は何が何でもリュックの中身を言わないつもりなんだろう。

それなら仕方ない、流石に命を預かっている以上ふざけた事はできない、そのリュックの中身を千里眼を使って覗きに観ようとする。

 

「そこ‼︎」

「うわっ‼︎」

 

しかし、スキルが発動する前にめぐみんが何かを俺に投げそれが顔面に当てられ阻止される。

 

「…いててて。何すんだよ⁉︎危ないだろ‼︎」

「カズマから何か凄く嫌な予感がしました‼︎それに普段から感知を使っているカズマがこんな遅い攻撃に当たると言う事は、千里眼か視覚を弄るスキルか何かを今使おうとしていましたね‼︎紅魔族の知能を舐めないでください」

「くっ…勘の良いガキは嫌いだよ」

「うわ、カズマ今の凄く良いセリフですね。状況が状況でなければ満点をあげましたよ」

 

投げつけられた服か何かを丸められた物を払い皮肉混じりにそういうと、そのセリフが紅魔族の美的感覚に触れたのか高得点を得てしまったらしい。

しかもちゃっかりとリュックの整理を終えて蓋を留め具で止めてしまっている。あの留め具にめぐみんが組んだのかはなかなか強固の固定の魔法が掛けられているので今の俺のスキルでは対処できない。つまりお手上げだ。

 

「はぁ…参ったよ。俺は一旦仮眠をとるからめぐみんもゆっくり休んでくれ」

「はい、わかりましたよ」

 

めぐみんに見送られながら自分に与えられたスペースに戻り壁に背中を預けて眠りにつく。何か視線を感じると思い目を閉じた状態で感知を使い辺りを探ると、ゆんゆんが何やら悲しそうな表情で此方を見ていた。

 

 

 

 

 

 

「おっしゃ‼︎行くぞお前ら準備はいいか‼︎」

「「おぉー!!」」

 

夜になり皆荷物などを安全な所へと隠す。あの仮面人形は生きている物を狙うので距離を置いて地面に埋めればおおよそ何とかなる。俺たちも穴を掘って脱出しようかと思ったが、流石に何百メートルも下に掘り下げて行くのはナンセンスなので辞めておいた。

 

「よし‼︎みんな丸太は持ったな‼︎」

「「おおーっ‼︎」」

昼に加工した丸太を戦士と俺の数人で掴み抱える。ズッシリとするその重みは俺に安心感と勇気を与えてくれる。あぁ…やはりこれはいい丸太だな。

 

「よし、それじゃあ頼む‼︎」

「わ、分かりました‼︎」

 

少年に頼み丸太を強化してもらう。爆発に対してはウィザードのルーンがあるが、それだと丸太の耐久が低いままなのでこうして支援魔法を掛けてもらいこの丸太を一種の武器として扱える様にする。

そして、ほかのプリーストには支援魔法を掛けてもらい充分丸太を振り回せるだけの筋力を強化してもらう。

 

「よし、それじゃみんな各自辛いと思うが、頑張ろうぜ‼︎」

 

腕を上げ俺の上げた掛け声と共に周りが湧き上がる。毎度試合の時にみんなが叫んでいるのを見て煩いだけだと思っていたが、いざ自分がその立場になると意外に気持ちが良いもんだと気づく。

 

結界を前にして各自フォーメンションを組む。俺の後方にゆんゆんとめぐみん、この3人はダンジョンに突っ込みこの人形の本を断つ。もう一つのグループはセナ達を守る様に背中を預けて周囲の人形のヘイトを集めながらそれらを破壊し、余裕があれば先に街に戻り増援を呼ぶという算段だ。

 

「よし、それじゃあ作戦開始‼︎」

 

高らかに叫んだ後丸太を置き、小屋に戻り一旦人形の視界から抜けた状態で潜伏を掛け、再び丸太のところへ戻る。

セナのグループは結界を解いて次々と襲いかかる人形達を丸太で薙ぎ払っていく。人形は対象物に触れるか衝撃に反応するの二パターンで爆発するので、丸太で薙ぎ払われた時点で爆破してそれが誘爆をする。

やはり強化に強化を重ねた丸太、人形の爆発ではびくともしない、たまにその爆発や丸太を回避しようと下段や跳躍により空から攻める個体があるが、それらはウィザードの魔法で蹴散らされている。そのままセナグループは非戦闘員を囲みながらダンジョン周囲の人形を倒そうと進行して行く。

凄くカッコイイのだが、側から見ると丸太を持ちながらセナ達の周りをグルグル回っている様にしか見えないので、なかなかにシュールな光景だ。

 

「おっしゃ‼︎これならいけるぜ‼︎」

 

丸太を持った戦士がそう叫びながらダンジョン入り口周囲の人形達を破壊して行く。

 

「よし、俺達も行くぞ。ダンジョンに入るまでは戦闘はしないから二人は手を離すなよ‼︎」

「「分かりました」」

 

二人に肩を掴まれながら丸太を持ち上げる。この丸太はダンジョン様にと短めに加工して貰っているのであの戦士が持っているのと比べて短くなっている。

丸太無双をしているグループの後に続きながらダンジョンに向かう。人形は全てセナグループに向いているので安心だがそれでも注意は必要だ。

 

「カズマ‼︎今だ‼︎」

 

戦士の一人がダンジョン周囲の人形を振り払い一層すると潜伏で隠れていて何処にいるか分からない俺に向かって叫んだ。

 

「オーケー‼︎二人共行くぞ‼︎」

 

相手には聞こえないが、返事を返しながら丸太を突き出しながら突撃の要領でダンジョンへと突っ込んでいった。



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バニル強襲3

遅くなりました、本体のシステムが更新されて変換がやり辛くなったため誤字が増えていると思います…。



爆発音が鳴り響く中ダンジョンの奥へと辿り着く。

 

「全く、ボコボコと爆発して迷惑ですね。少しは周りの迷惑という物を考えてもらえないですかね」

 

後方で爆発する光景を眺めながらめぐみんはやれやれと呆れながらそう言った。

 

「お前それ俺らからすれば特大ブーメランだからな」

「何ですと⁉︎カズマには私の爆裂魔法とあの人形の汚い爆発が同じだと言いたいんですか⁉︎」

「何言ってんだよ…うるさい点は一緒だろ?」

「ほう、そこまで見たいのであれば私の渾身の一撃を見せてあげましょう‼︎」

「ちょっとめぐみんやめてよ‼︎こんな所で爆裂魔法なんて放ったら私たち生き埋めよ‼︎」

 

入って早々に喧嘩になりそうになるが、それをゆんゆんが諫める。やはり長い緊張状態が精神の余裕をジリジリと削り取ってしまっているのだろう。このままの状態が続くと不味い事に成りかねないので先を急ぐ事にする。

 

「ゆんゆん、打ち合わせ通りに前方に向かって風の魔法頼む。威力は抑え目でいいからな」

「わ、分かりました‼︎」

 

丸太を構え、後方に居るゆんゆんに指示を出す。人形は少しの衝撃で爆発するので風の刃が軽く当たれば良く、それが起因となって誘爆するので、例えいくらマナタイトがあるからと言って上級魔法を放たなくても良いのだ。

そして、その爆発を逃れても尚、俺達の方まで向かって来る人形をこの丸太で打つけて退治する寸法だ。この丸太は、外で振り回している戦士の物とは違いこのダンジョンで振り回しても良い様に短くカットされており他にも様々なルーンが刻まれている。

 

「よし、それじゃ突っ込むぞ‼︎俺は前方に居る人形を破壊して行くから、ゆんゆんは怯まずに後方から魔法での支援攻撃を頼む‼︎めぐみんは……めぐみんはそのリュックを離さない様に走ってついて来てくれ‼︎」

「分かりました‼︎」

「ちょっと待ってください‼︎何で私の時の指示に間があったのですか‼︎」

 

めぐみんのツッコミを無視し、丸太を脇に抱えながらダンジョンを猛進して進むと後方からゆんゆんの風の魔法が通り過ぎ前方の人形達が爆発してゆく。そして残った人形を体を捻りながら丸太を操り打ちつけて処理して行く。

幸いな事に人形はおおよその数が外に出て行ったのか、ダンジョンの中に残っている数は外と比べるとそこまで多くは無い。それに流石リッチーの作ったダンジョン、これだけの爆発が起きているというのに未だに崩壊の兆しがない。

同じリッチーであるウィズも店の売り上げが上がれば最終的にこんな感じにダンジョンを作成するのだろうか?今度聞いてみるのも良いだろう。そしてあわよくば俺専用のVIPルームを作って貰おう。

 

 

ダンジョンを丸太片手に突っ切り、邪魔な人形達を破壊していきようやく最後の部屋に辿り着く。

まあ、たどり着いたと言うか、部屋の入り口の前に着いたと言った方が正しいだろう。部屋の正面の空間に大柄な仮面を被った人型の何かが手元の土の塊をこねくり回して自分自身の容姿にそっくりな小型の人形を作成していた。

ぱっと見そいつは長身でタキシードの様なジャケットにパンツそして手には白い手袋をし、その顔には先程まで憎たらしい程視界に入っていた人形と同じデザインの仮面を貼り付けている。

一見丸腰に見えるが、その姿から放たれる威圧感から只者ではない何かを感じ、この短い時間で得た俺の直感はすぐさま逃げろと言っている。

 

「か、カズマさん…あの人もしかしてあの人形と同じ仮面をしていませんか?」

「そうだな、いやもしかしなくともあいつが犯人だろ」

「何ですかあの仮面は‼︎あのデザインは紅魔族の琴線に激しく響きますよ‼︎カズマあの人型モンスターを倒した暁には、あの仮面を私が貰っても宜しいでしょうか‼︎」

「お前はこんな時に何を言っているんだ…」

 

潜伏を使っているのか、それか人形作成に集中しているためか、それともどっちともか、幸いな事に事の元凶とも呼べる長身のそいつは、俺たちの事などお構いなしに自身の行っている作業に没頭していてこちらの存在に気付いていいない様だ。

丁度良いので此処で作戦会議を行い、これからどう攻めるかを決めようかと二人にハンドサインを出す。人型なのでもしかしたら話が通じる可能性があるかもしれないので、最初の掛け声などをどうするか考えていると、俺の前を誰かが横切り、あの人形の親玉の前へと姿を現した。

 

「あ、あいつ、いつの間に‼︎」

「ふふん‼︎」

「む?」

 

俺の意思に反して、めぐみんが親玉の前へと進み出る。背中には例のリュックサックが背負われているが、洞窟ではお得意の爆裂魔法が使えない為ほぼ丸腰に近い。

一体何がしたいのか、そんな事を考えているうちにめぐみんが行動を始める。

 

「そこの人形師‼︎まずは名前を明かし合おうじゃないか‼︎」

「ほう、もうこのダンジョンの奥地に辿り着くものが来ようとは」

 

名前を聞くめぐみんに対して、言おうと思っていたセリフなのだろうかめぐみんのセリフをガン無視して奴は話を始める。

 

「く…やりますね。ですがこの程度で諦めるほど私は弱くは無いですよ…」

 

しかし、流石はめぐみん紅魔族最強を名乗るだけあって、そこは譲れないらしく拳を握りながら無視された苦しみを耐え抜く。

 

「我が名はめぐみん‼︎紅魔族随一の魔法の使い手にして爆裂魔法を操りし者‼︎」

「ほう、それはそれは自己紹介恐縮の至りである」

 

久し振りに聞いた様なめぐみんの名乗り上げに流石の奴も度肝を抜かれた様だ。思わずと言うか反射的に目線が隣へとスライドして行く。

 

「あの…先程から私の事を見ている見たいですけど…一体何でしょうか?」

「いや、ゆんゆんも続かないのかなって」

「やりませんよ‼︎あんなの恥ずかしいだけじゃないですか‼︎」

 

やらないかなーと思っていたがやはり彼女はやらない様で、仕方がないので後方でめぐみんが名乗りを上げた後の事の顛末の行方を見守る事にする。

 

「では、我輩もその礼にあずかり名を名乗ろうではないか。我輩こそが諸悪の根源にして元凶!魔王軍の幹部にして、悪魔を率いる地獄の公爵!この世を見通す大悪魔、バニルである」

「な、何だって⁉︎」

 

めぐみんに触発されてか、奴は作りかけていた人形作成を止め、立ち上がると名乗りを上げた。

ただ者では無いとは思っていたが、まさか魔王軍の幹部だとは思わなかった。しかし、魔王軍幹部か幹部といえばベルディアを思い出す。奴は常に殺気を放っていたが、このバニルと名乗る魔王軍幹部からは全くと言っても良いほど何も感じない。

この世を見通すと言ったがもしかしたら千里眼なる物を持っているかもしれない…であればこのアクセルの街に来たのはベルディアの仇討ちなのかもしれない。そうなれば奴の狙いは俺達という事になり、奴の眼前にいるめぐみんが危険だ。

 

「ほう!この短時間で此処まで考えつくとは、流石あのベルディアを倒しただけの事はあるな。よもやこの様な小僧にやられるとは魔王軍も落ちぶれた物だな」

「なっ⁉︎」

 

思考を読まれた⁉︎見通すとは思考も含めると言うことか、なら考えれば考えるほど相手のペースになりかねない。不味い事になったな、思考を読まれる以上俺の存在意義が無くなるし戦力がアークウィザードだけになるのは心許ない。

 

「フハハハ‼︎貴様はまるで考える人であるな‼︎だが安心して欲しい、我輩が来た目的はアクセルの街に居る働けば働くほど貧乏になると言う不思議な特技を持つポンコツ店主に用があって来たのだ」

「ポンコツ店主だと?」

 

もしかしてウィズの事か?確かにお世辞にも商売が上手いとは言えないし利益が出ているとも考えられない。正直どう食い繫いでるのか謎だがそこまで言われる程なのだろうか?

 

「ほう、既に知り合いであったか」

「当たり前の様に俺の思考を読んでんじゃねぇよ‼︎やり辛いわ‼︎」

 

こちらが言葉にするよりも早く、思考を読みバニルは俺に喋りかけて来る。手っ取り早いが中々にやり辛い。

 

「おい‼︎私を無視して話出すとは良い度胸じゃないか‼︎」

「ほう、これはこれは失礼した。我輩とした事が小さすぎて視界に入っておらぬものだから忘れておったわ‼︎フハハハハこれは大変失礼であったな!フハハハ!」

「お、おのれ…」

 

プルプルと恥ずかしさ半分怒り半分で震えるめぐみん、そろそろ怒りが爆発してバニルに掴みかかりそうな危険な予兆を感じる。

 

「カズマ‼︎私は頭に来ました、こんな大男さっさと退治して早く皆と街に帰りましょう‼︎」

「ほう‼︎この我輩を倒すだと?ぶっちゃけ魔王より強いのではないかと言われるくらい評判のこの我輩を?自暴自棄になってそこの小僧に夜這いをかけていた小娘よ、何を怒っているのか分からぬがイライラするならカルシュウムを取るといいぞ、何ならこの我輩の仮面は魔竜の骨を使っておってな、少しくらいなら齧っても良いぞ。その短い身長も補えて一石二鳥でお得ではないか‼︎フハハハハ!」

「くっ…」

「え⁉︎めぐみんそんな事していたの⁉︎いつ?いつの話なのよ‼︎」

 

怒りが限界のなのかめぐみんの顔が真っ赤になり今にも飛びかかりそうだ。あともの凄くゆんゆんがめぐみんに食いついてる、これがガールズトークというものなのか。

 

「おいバニル‼︎お前の目的は一体何なんだ‼︎ウィズに会いたいならこんな所に籠らないでサッサっとアクセルに行けばいいだろう、それともビビって街に近づけないって事なら俺がウィズを此処まで案内してやってもいいぞ。それに魔王軍幹部がこんな所で道草食ってていいのか?ベルディアみたいに人間を狩ったりしなくていいのか⁉︎」

 

めぐみんをこれ以上煽らない様にバニルの意識を此方に向ける。

 

「目的か…そもそも我輩は魔王城の結界を維持するだけの言わばなんちゃって幹部でな、我輩はいわゆる悪魔族でその食事は汝らの嫌だなと思う悪感情だ、我々にとって人間は餌みたいなもので、それを殺すなど実にナンセンスでむしろ汝ら人間が生まれるたび我輩は喜び庭駆け回るであろう‼︎」

 

悪魔はてっきり人間の魂か何かを食い漁るものかと思っていたが、どうやら違うらしい。前の世界では力か何かをチラつかせ願いを叶える事を対価に契約を迫り、本人の意図しない形で願いを叶えさせた後にその者の魂を喰らうと言うものがメジャーになっている為、見つけ次第倒すことが善行だと思っていた。

それに、悪感情を喰らうというものはどういうものなのだろうか、こいつはその悪感情をどの様に食べるのか?そこに居るだけで全国の悪感情を吸い取るのだろうか?

 

「そこの小僧、変な事を考えているな。感情を摂取すると言っても色々制限があってな、その悪感情を放つ者の近くに我が居ないといけないのだ。それに悪感情にも種類があり恐怖を好むものがいれば、美人の姿をして近づきその気にさせた後、実は我輩でしたと血の涙を流させる事が好物の我輩みたいなものもいる」

 

「やっぱ、こいつ倒すか」

「えぇ、散って行った皆さんの為にもこのまま引き下がるわけにはいきません‼︎私達でこの悪魔を倒して仇を討ちましょう‼︎」

 

やはりこんな極悪で非常な悪魔見逃して置くわけにはいかない。

剣をバニルに向けて構える。正直おちゃらけた雰囲気で居るが、こうして相対して見ると全く持って隙が見えない。流石は魔王幹部、その役職は伊達では無いらしい。

そんなバニルに対してゆんゆんは一歩も引かずに相対し、その湧き上がるであろう闘志を向ける。やはりなんだかんだ言って紅魔族なのだろう、こう言ったときでも無意識にかどうかは分からないがポーズを決めている。

 

「ん?皆の敵?何を言っているんだ貴様ら?少し拝見させてもらおうか」

 

しかし、俺達の言葉に対して身に覚えがない様でバニルは困惑し、取り敢えず見ておくかと再び俺達の思考を見通し始めた。

見通す悪魔と言っても瞬時に全てを見通すわけではなく、それなりにファクターが必要なのだろうか?それとも何か選択して情報を読み取らないと情報処理が追いつかず今の様に一つ一つテーマの様なものが必要なのだろうか?

 

「フハハハハハハハ‼︎成る程そう言う事か‼︎安心しろそこの小娘、そこのバニル人形は人を殺しはせん。爆破して無力化した後近くの洞穴で掃除が済むまで待って貰っているのだ。まあ時間が掛かるがその分食事も用意している、それに監禁された事で否応なしに発生するであろう悪感情の中には我輩の好物もあるのでな‼︎終わった後の情報伝達と合わせて小僧の世界で言うハッピーセットという訳だ‼︎余分な心配だったなフハハハハ‼︎」

 

「ーーっ‼︎」

「おっとこれは素晴らしい羞恥の悪感情!大変に美味である‼︎」

 

どうやらあの隊長や、先遣部隊の皆は無事だった様だ。しかし、その事がわかった時点でゆんゆんのキメポーズを交えた宣言はスカしてしまったと言う事になり、行き場を失った感情が恥ずかしさとなってゆんゆんに帰ってきたのである。

特に彼女みたいな普段から引っ込み思案で前に出たく無い様なキャラだとその羞恥心は余計に強いだろう。

 

その証拠に先程から彼女は指をバニルに向けたままピタッと止まっており、その表情は真っ赤に染まっている。

 

「まあ、あんまり気にすんなよ」

「そうですよ、私から見てもかっこよかったですよ。まあゆんゆんにしてはですけど」

「急に優しくしないで‼︎そっち方がかえって傷つくのよ‼︎」

 

俺が声を掛けた後にめぐみんがゆんゆんの肩にポンと手を乗せながら励ます。

ここは無視しても良かったが、それはそれで傷つくだろうと思い慰めの意を込めて言ってみたのは良いのだが結局はどっちもどっちだったのだろう。

 

「…ふぅ、もう容赦はしないわ‼︎」

「む?」

 

彼女は深呼吸をし感情を切り替えたかと思うと瞬時に雷の魔法をバニルに向かって放った。

バニルはそれを事前に知っていたかの様にヒョイっとふざけながら横に飛び躱す。

 

「めぐみんは下がっていろ‼︎俺が前に出るからゆんゆんはそのまま後方支援‼︎後火属性の魔法は使うなよ酸素が無くなる‼︎」

「分かりました‼︎」

「あっ…ちょっと待ってください‼︎」

 

めぐみんの首元を掴み背後に引っ張り下げ彼女を前衛から離脱させつつ自身を前衛へと赴かせる。バニルは相変わらず戦う気は無いのかやれやれと言う程を保ちながらものらりくらりと攻撃を躱す。

 

「小娘よ、勘違いして大見栄きった恥ずかしい気持ちは分からなくも無いが、それを我輩に向けるのはお門違いというものでは無いか?」

「う、煩いわね‼︎誰のせいでこうなっていると思っているの‼︎」

 

ゆんゆんの魔法を躱し、俺の剣撃をも躱す。バニルの方は宣言していた様に俺達人間に危害を加えないのか、躱すばかりで攻撃をしてこず代わりに言葉で俺達を翻弄させて来る。

正直今までで一番やり辛い敵かもしれない。俺も含めて3人とも人生経験の浅い、言うなれば子供の様な集団である為、精神の脆弱な所を突かれてしまえば簡単に崩壊してしまう可能性がある。

 

「落ち着けゆんゆん、バニルの言葉に耳を貸すな‼︎アイツは言葉を使って俺達を翻弄するから余計な事は考えないで戦闘に集中するんだ‼︎」

「分かってはいます…分かってはいますけど‼︎」

 

彼女もバニルの言動の目的については大体は分かってはいる様だが、やはり図星を突かれ聞き逃せない事を言われれば反応せざるを得ないのだろう。

 

「ほう、中々に言うではないか小僧‼︎そこの小娘と話す時はついつい胸元に行く視線を誤魔化しなが話す様に心がけている貴様が果たして集中しろだなんて言えるのか‼︎」

「そそそ、そんな事してねーしっ‼︎」

「薄々そんな気がしていましたけど…やっぱりそうだったんですね…」

「ばっ馬鹿野郎‼︎これは俺達に動揺を与える作戦に決まっているだろう‼︎いちいち引っかかってんじゃねーよ‼︎」

 

男たる者目の前に剥き出しにされた物があるならつい目で追ってしまうのは人間の本能的に仕方がない事だ。これは自然の摂理であり俺は悪くない。

 

「まあ、ゆんゆんの格好を見れば誰しもそこに目がいくでしょうね。男の友達が欲しくてワザとやっていると思っていたのですが、どうやら素だった見たいですね」

「こ、この服しか里にはまともな格好が無かったのよ‼︎めぐみんなら知っているでしょう‼︎」

「いや、だからと言ってその格好を選ぶのはどうかと思いますけどね。もう見てくださいと言っている様な物じゃないですか」

「そんな訳無いじゃない‼︎」

 

どうやら、めぐみんの身体的コンプレックスを刺激してしまった様で、戦闘を中断してゆんゆんの弾劾裁判の様なものが始まってしまった。

まあ、俺の名誉が守られただけ良かったが、先ほどまでの戦闘の緊張感が台無しである。このままグダグダになってしまうとこの後セナ達に何を言われるか分かったもんじゃない。

 

「フハハハハハハハ‼︎貴様らは少し弄ればそれだけで我輩にとってのご馳走が出てくる素晴らしい人間共だな‼︎」

「お前は黙ってろ‼︎」

 

二人が言い合っている中ポツンと残され、ゆんゆんの発する悪感情を貪っていたバニルは片手で仮面をを押さえながら一人高らかに笑っていた。

これ以上は本当に面倒くさい事に発展しかねないので、剣を持って黙らせに掛かる。

 

「フハハハハハハハ貴様の攻撃など当たる物か‼︎どうやら師に巡り合って稽古をつけてもらっている様だが、教えて貰うのは回避ばかりで攻撃のの方法は全然の様だな‼︎フハハハハハハハ‼︎そんな状況で我輩に勝てると思うなど大きく出たものだな‼︎」

「クソ‼︎いちいち人の心を読んでんじゃねーよ‼︎」

 

バニルに指摘された通り、攻めに対して俺はクリスに多少の指南を受けたが実戦で使えるまでの基礎すら今現在出来てはいない。クリス的には下手に攻撃方法を学ぶよりも先に回避に重点を置いた方が生存が上がると今まで必死に避ける事だけに専念してきたのだ。それが今回仇となり今尚俺はバニルに指一つ触れる事ができない。

 

だが今それについて後悔している暇はない。コッチにはゆんゆんが居る以上攻撃は彼女にまかせ俺は奴の動きを封じ込めばいいのだ。

 

「ほう、中々に手強いな小僧」

「思考が読まれるならそれを踏まえた上でお前の逃げ場を潰していって攻撃を当てれば良いだけだ」

 

再び剣を構える。今尚言い合いを続けている彼女らを諫め再び戦闘態勢に入る。

正直バニルは俺たちに攻撃を加えないのでイマイチ緊張感が無いが、それでも奴は魔王軍幹部なのでここで倒さなくても、いずれは向き合う時が来るかもしれない。その時にまたこのやりとりを繰り返さないと思うとゾッとする。

 

「成る程…何としても我輩を此処で倒そうという訳であるな。正直ダンジョン内の魔物の掃除が終わったので次のレイアウトに取り掛かりたいので早々に帰って頂きたいのだが…」

 

バニルは申し訳なさそうに顎に手を当て考えにふける様なポーズをとりながらそう言った。

 

「緊張感ないな…お前は一体このダンジョンをどうしたいんだ?」

 

はぁ…と溜息が出る。何度真面目に戦おうと思い気持ちを切り替えてもすぐ緊張感が萎えてしまう。

 

「そうだな…我輩には長く生きた分とびきりの破滅願望があってな…」

 

長くなるぞと前置きをした後バニルが何故このダンジョンを乗っ取ろうとしているのかを語り始めた。

元々自分のダンジョンが欲しく、ウィズの所で働きながらお金を貯めてそれを資金に巨大ダンジョンを作ってもらいそこにボスとして君臨し、数多の罠やモンスターを潜り抜けた冒険者達と死闘を繰り広げ、敗北して勝ち残った冒険者がその奥に隠された宝箱を期待を込めて開かせ、中に詰まったスカという紙を見て絶望する様を見ながら消えたいらしい。

 

「最悪だなクソ野郎‼︎」

「流石にそれはどうかと…」

「うわ…そんな酷い事よく思いつきますね…」

「フハハハハハハハ‼︎そう褒めるでない‼︎」

 

俺たち3人がドン引きする様を楽しそうに見渡し爆笑するバニル。今こうして相対出来るのはもしかしたら運の良い事かもしれない。

このまま奴を放置すれば、俺たちはスカの書かれた紙の入った宝箱の為に魔王軍幹部の奴と戦わなくてはいけない事になる。流石にそれは嫌だ。

 

「さて、目的を教えたのだからお引き取り願おうか‼︎人形は全て土に戻し仲間はダンジョンが完成すれば解放する事を誓おう。知っての通り我輩は忙しいのだ‼︎」

 

高らかに宣言し俺達に戻る様に促す。しかし、だからと言ってハイそうですかと帰るわけには行かないのだ。

 

「全く小僧、貴様は随分と頑固だな。そんな事に固執せずにそこの胸部の出っ張っている小娘と戯れているが良い‼︎最近構っていなのか寂しそうにしているではないか‼︎」

「べ、別にそんな事無いわよ‼︎」

 

確かに最近と言うかここ暫くゆんゆんに時間を作っていない気がする。めぐみんがメンバーに加わって3人一組になってから、めぐみんと二人っきりになる事は多かったが、それに対してゆんゆんと二人っきりになるのは中々無かった。

横目でめぐみんを見るとそら言った事かと言わんばかりのジト目でこちらを見る。

その当人の彼女は図星だったのか恥ずかしさ隠しに再び魔法をバニルにお見舞いするが、やはり読まれているのか難なく躱されてしまう。

 

「はあ、全く世話が焼けますね…」

 

呆れた様にめぐみんがため息を吐くと、背中に背負っていたリュックサックの側面についている線ファスナーを下ろし手を突っ込むと何かを取り出してそれを続け様に数個バニルへと投擲する。

放たれた物は如何やら聖なる光を放っている液体の入っている小瓶だった。それがめぐみんの手を離れてバニルに向かい中の液体を撒き散らしながら飛んでいく。

その液体は確か属性を持ったポーションだろうか、話には聞いた事があるが、爆裂魔法に固執していた彼女がそれを使用するという事に驚きを隠せない。

 

「むっ‼︎これは…」

「ゆんゆん今です‼︎」

 

バニルはそれを躱すがそれをめぐみんは見越して居たのか、その躱した際に移動する着地地点を事前に指差し、そこにゆんゆんの魔法を放つ様に指示する。

どう言う理屈なのか分からないが、めぐみんの指定した所にバニルは跳び、そこにゆんゆんの魔法が放たれ炸裂する。

 

「なっ何…だと⁉︎この私がこんな所で…滅ぶのか…」

 

ゆんゆんの放った黒い雷がバニルの体を貫き、奴は膝を着き苦しみに悶える。ゆんゆんの使える上級魔法の中でも特に威力の高いカースドライトニング、その威力はバニルを屠るには充分過ぎる程だ。

 

「如何やら貴方は我々の思考を読む様ですが、私は随分と前に思考を読まれているんじゃ無いかと思い、考えと思考を別々に回転させる方法を編み出しました。正直こんな所で役立つとは思っては居ませんでしたが」

 

考えを読まれるなら、違う事を考えながら行動すればいい、めぐみんは思春期特有の思考伝播の妄想をその天才性を持って克服した様だ。

見通す悪魔バニルは、考えや思考を読み取る事は瞬時に行えるが、記憶や前の思考を読み取るにはほんの少しラグの様なものが生じるらしい。それは普段なら些末な事だが、戦闘となれば致命的だろう。

 

「く…まさかそんな事が出来る人間が居たとはな」

 

バニルはそう言い残すと体にヒビが入っていき、崩壊を始め最後には自慢の仮面を残して土くれとなってしまった。まるで何処かの泥人形だなと思いながら剣を鞘にしまい一息付く。

 

「結局何だったんでしょうね…」

 

はあと気が抜けたのか、特に考えもなしにゆんゆんは仮面を拾い上げ、その模様などを眺める。

 

「カズマ、その仮面私が貰っても良いですか?悪魔はともかくその仮面のセンスは私の琴線に触れますので」

「…そうだな、鑑定に出して特に問題と価値が無ければ構わないけど…何か見られているみたいで俺は嫌だな。飾るなら部屋に飾れよ間違っても屋敷のラウンジに飾るんじゃ無いぞ」

 

剣を抜く際に邪魔なので降ろした丸太を拾い上げる。何か忘れている様な不安感が心に引っ掛かるが、取り敢えず上に上がってセナに報告して運ばれた先遣部隊を回収しに行かないと、と思うとまだまだ気が抜けないなと心に喝を入れる。

 

「では、ゆんゆんその仮面を取り敢えず私に下…」

 

下さいとめぐみんが言おうとしたその時だった。

 

「フハハハハハハハ‼︎我輩を倒したと思ったか‼︎残念‼︎油断大敵と言う奴だな残念賞に喋るバニル人形をくれてやるわ‼︎」

 

突如仮面から奴の声が鳴り響いたと思った瞬間、仮面から砂が噴射されたと思うとその反動で仮面が跳びゆんゆんの額に張り付いた。

 

「ゆんゆん大丈夫か‼︎」

 

近付き仮面を引っぺがそうと掴んで引っ張るがビクともしない、コレは無理やり剥がそうとすると皮膚が剥がれる奴なので手を離す。

どうすればいいのか、思考を巡らすと小刻みにゆんゆんの体が震える、どうやら笑っている様だ。

 

「フハハハハハハハ‼︎残念だったな小僧‼︎先程貴様らが倒したのはあくまで私が土で作った分身体、本体はこの仮面なのだよ。よもや貴様らにはどうすることも出来ない、この身体この我輩が頂いた‼︎」



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バニル強襲4

遅くなりました。


仮面から砂が噴射されたその反動でそれは跳び、ゆんゆんの顔面に張り付くと暫くの抵抗の後にゆんゆんの肉体は魔王軍幹部バニルによって支配されてしまった。

 

「どうなってるんだよ…おい、大丈夫なのかゆんゆん⁉︎」

「フハハハハハハハ、無駄だ小僧。さっきから言っている様にこの身体は既に我輩の物になっているのだ、もし我輩に危害を加えよう物ならそれ即ち、この小娘に危害を加える事になるぞ‼︎貴様らにその様な事…グハッ‼︎」

「そうですか。それはよかったですね‼︎では遠慮なく行かせてもらいましょうか‼︎」

「あっ馬鹿⁉︎何やってんだ‼︎」

 

バニルがゆんゆんの体を乗っ取った優位性を説明してる際に、その様な事は俄然しないと後ろからめぐみんが現れ、その仮面ごとゆんゆんの顔面を何の躊躇いもなくストレートで打ち抜いた。

 

「何て事してくれるんだそこの小娘‼︎貴様仮にも親友なのだろう‼︎遠慮と言うものを知らんのか‼︎」

 

後方に仰け反り体勢を立て直したバニルは不満そうにそう言った。確かに逆の立場で俺が体を乗っ取られてゆんゆんに遠慮なくぶん殴られたら結構ショックだ、せめて手加減はして欲しいものだが…

 

「えぇ、全く持って遠慮なんてものはしませんね。ゆんゆんとは常日頃からこうしてドツキ合っていますので、私からしたらこんな程度ではむしろ生温いくらいですよ」

 

はぁーと拳に息を吹き掛けるめぐみん。普段から事ある毎に喧嘩の様なものをしているので加減が分かっているのだろうか、大怪我にならない範囲でゆんゆんを殴る。

しかし、それでも威力強過ぎないだろうか?油断してたと言っても結構後ろに仰け反ってたぞ。

 

めぐみんの凶行に呆然としながらも、俺は警戒を怠らずにゆんゆんが何かしでかしても対応できる様に注意する。

 

「クッ、手加減しているみたいだが、丸っ切り遠慮と言うものを感じないぞ‼︎それに思考がゴチャゴチャして読み取りづらい。本当何なのだこの小娘は」

 

先手を取られペースをめぐみんに握られた為、バニルは一度めぐみんから距離を取り立て直す。

 

「全く、そんな事だから紅魔族は野蛮で頭のおかしな一族と呼ばれるんだ‼︎」

 

距離を空けて安全を確保すると、何時もの手順なのだろうかバニルは言葉を発して話術による悪感情の生成に移る。

しかし、めぐみんはそれを良しとはせずにバニルとの距離を詰めると、上体を屈めて油断したバニルの頬、鳩尾に拳を沈めて行く。その姿はボクシングの選手のようだった。

 

「貴方の言葉は聞きませんよ、そんな事気にしていたら紅魔の里では暮らしてはいけませんからね」

「クッ…全く。ならばこうしよう」

 

バニルは諦めたような声を放つと、ゆんゆんの額に張り付いた仮面に手を掛けようとする。多分だが、バニルは仮面を外しそれをめぐみんに与えて依代を変えようと言う魂胆なのだろう。

そんな事をしたらさらに面倒な事になるだろう、爆裂魔法の使い手であるめぐみんの体を手に入れたら、夜中に爆裂魔法を唱えてその迷惑から来る悪感情でも吸い取るつもりかもしれない。

 

「…間に合え‼︎狙撃‼︎」

 

先程セナからもらっていた、封印の効果のあるであろう札をバニルの仮面に向けて投合する。

 

「何⁉︎何なのだこの札は⁉︎我輩の手が弾かれるでは無いか」

 

ヒラヒラと俺の手から離れた札は、空間を漂いながらなんとか外れる前の仮面に張り付きバニルの離脱を防ぐ。バニルは仮面を外そうと自身の本体の仮面に触れる事は叶わなくなった。

これからどうなるかは分からないが、押さえつけるにしてもゆんゆんの身体の方が都合が良さそうなので体を変えられる訳にはいかないのだ。

 

バニルは動揺しながらも、めぐみんの殴打を躱す。流石のめぐみんでも相手がバニルになれば不意打ちでしか攻勢を取れないらしい。最初のうちは入っていた攻撃も今では簡単にいなされてしまっている。

 

「フン‼︎小娘、考えを読まれない様に思考をバラバラにしようと努めているが故に一手一手がわかりやすいわ‼︎」

「何を⁉︎…しまっ⁉︎」

 

バニルは突き出しためぐみんの腕を掴むと、上体をめぐみんの懐に踏み込ませそのまま背負い投げの要領で投げ飛ばした。

 

「あう‼︎」

「めぐみん⁉︎大丈夫か‼︎」

 

倒れためぐみんに駆け寄り怪我の状態を確認するが、打撲だけで特に目立った怪我はない様だ。

柔道の型には相手を気遣って地面に触れる前に技者が手前に引くと受け手の負担が減ると言うが、バニルはそれをしたのだろうか。

 

「大丈夫ですよカズマ…これでも一応は学校で武術をやっていましたから受け身ぐらいは取れます…まぁ殆どサボってはいましたが」

「意味ねえじゃねぇか‼︎」

 

打ち所が悪かったのか意識を失うめぐみん、取り憑かれているとはいえゆんゆんに負けた事が悔しかったのだろうか。

 

「テメェ‼︎いい加減にしろ‼︎」

 

剣は抜けないのでめぐみんと同じ様に素手喧嘩でバニルに相対する。いざ正面に立ってみると分かるが、バニルから放たれるオーラの様な雰囲気にはあのベルディアを上回る程の邪悪さを纏っていた。

 

「フハハハハハハハ、今度は小僧か‼︎だが良いのか?どうやら貴様はあの小娘の様に考えをバラバラにする事ができないではないのか‼︎」

「うるせぇ‼︎やってみないと分からないだろ‼︎」

 

バニルの挑発を跳ね除け、奴に殴りかかる。流石にめぐみんみたいに器用に手加減する事は出来ないので顔面は除外して腹周りを中心に狙いを定める。

 

「ほう、なかなかにやるではないか…どれどれ」

 

俺の攻撃を躱わしながらも、バニルは俺に視線の焦点を当て思考を読み始める。

 

「ほう、成る程な。何処かで見た戦い方をするかと思ったが、貴様はあやつに稽古をつけて貰っていたか」

「…何?」

 

あやつとはもしかしてクリスの事だろうか、なぜコイツがクリスと知り合いなのだろうか。もしかして昔は魔王軍の幹部だったのだろうか?それとも戦った事があるのだろうか。

そんな事を考えながらもバニルへの攻撃を辞めずに前に踏み込み渾身のブローをバニルに解き放つ。

 

「フン、甘いわ‼︎」

「クソッ‼︎」

 

バニルはそれを余裕で躱すと、俺は重心の行き場を失い前方によろける。

流石に敵前で倒れる訳にはいかないので前方へと前回りしながら受け身を取り立ち上がる。

 

「中々に器用な事をするな小僧。まあでもいい加減貴様の相手も飽きてきたな」

 

唐突にバニルは羽織っていたであろうゆんゆんのマントを外し地面に投げ捨て、それによりマントに隠されていた彼女の胸が露出される。

 

「フハハハハハハハ‼︎人間に手は出さないと言ったな、あれは嘘だ」

 

身を軽くした奴は高らかに笑いながら、バニルは俺の方へと向かって距離を詰め先程とは打って変わって攻勢へと転身した。

 

「くっ‼︎」

 

バニルの攻撃は一見出鱈目に見えるが、それでいて統制が取れているのか、一つ躱してもその躱した先を予想してか拳が回り込んで来る。それら全てを交わし切る事は今の俺では不可能に近く、適所適所で威力の低そうな所を見計らってガードして凌ぐ。

 

「フハハハハハハハ‼︎どうした‼︎先程とは違って注意散漫ではないか‼︎そんなにこの娘の膨らんだ胸が気になるか‼︎」

「おのれバニル‼︎流石魔王軍幹部だな、やる事一つ一つが外道だろコンチクショー‼︎」

「おっとこれまた羞恥の悪感情‼︎御馳走様である。全く貴様ら人間と居ると食事に事かかさないで助かる」

 

前言訂正。実は少し余裕があるのだが、眼前で揺れるタワワに俺の視線は釘付けになり機会を逃してしまう。これは男の性で有る以上仕方がない事なのだ。

 

「良い加減この状況も飽きてきたな。この小娘の身体から出て来れない以上、外に出てこの札を外して貰いに行かなくては行けないのだが」

「させると思っているのか、俺はベルディアを倒した男だぜ。このままお前も退治してやるよ」

 

「良いのか?あのベルディアの様に倒すと言うと貴様の憎からず思っているこの小娘の体も漏れなく燃え尽きてしまうぞ」

「やっぱり読んでやがったか、読めるのは思考だけじゃなくて記憶も含まれるのか」

「当然、なんと言ったって我輩は見通す悪魔、この世の全ての事情は全て筒抜けと言っても過言ではない」

 

俺の記憶を当然の事の様に読み取るバニル。どうやら思考と関連した記憶だけを読み取るだけかと思っていたが、違ったらしい。

予想以上の悪辣さに嫌悪感を示すが、とにかくゆんゆんの肉体を停止させればどうにかなるかもしれない。

 

「ほう、この小娘の足を傷付けて我輩を歩けなくする作戦か、良い作戦だが貴様は先程から一度も我輩に触れることすら出来てはいないではないか」

 

腰に下げた剣を抜き構えると、既に思考を読まれていたのか制止を受ける。

 

「悔しいが、もう俺にはこの作戦しか残っていないんでな」

「成る程では…」

 

バニルがパンと手を叩いたと思ったら一瞬にして俺との距離を詰め、俺の眼前にはうすら笑みを浮かべた仮面のデザインで埋め尽くされる。

 

「なっ⁉︎しまっ‼︎」

 

気づいた時には既に遅く、俺の体は空中で一回転した後地面に叩き付けられる。

空気投げ、本来なら相手の行動に合わせて行われる合気道の一種なのだが、奴はそれを何の初動も無く遂行した。一体どんな動きをしたらそうなるのだろうか。

 

「フハハハハハハハ、小僧‼︎貴様はそこでお休み‼︎」

 

全身に響く痛みに耐えている俺にピッと指を俺に向けると、バニルは体を翻しその足でダンジョンの出口へと向かっていった。

 

「ま…待てよ」

 

声を掛けるが返事が返ってくる事はなく、ただ静かにバニルの足音がダンジョンに響くだけだった。

 

「…大丈夫かめぐみん」

 

ゆらゆら何とか起き上がり、自身に回復魔法を掛け何とか動ける様にすると近くで倒れていためぐみんに近づき安否を確認する。返事はないが正常なリズムで呼吸をしていることから大事はないだろう。

仕方がないので彼女を背負い、隅に置かれていた重たいリュックを掴みながら、そのままバニルを追いかけに出口へ向かう。

 

 

 

 

 

 

「おい何だコイツは‼︎カズマんとこのお嬢ちゃんか⁉︎」

 

何とかバニルを追ってダンジョンから出ると、奴の周囲を囲む様に別れた冒険者達が丸太を抱えて相対していた。人数を確認すると、数が減っていないことから誰一人として欠ける事はなく生き残れた様だ。

 

「何と‼︎我輩のバニル人形に囲まれて生き残った者がいようとは、あの小僧も中々面白い作戦を考えたものだ」

 

「何だ?別れる前と随分と雰囲気が違うじゃねぇか、一体何があったんだ?」

「あの仮面何処かで見た様な気がしますね」

「あの、ゆんゆんさんどうかされましたか?」

 

バニルを囲みながら、彼らは質問を繰り返すが特に返事は返って来なかった。

 

「おい、追い付いたぞ」

 

何とか入り口に立ち、バニルの背後に立つ。安全だと思うがめぐみんを柱に立て掛け、剣を抜きバニルに向き直る。

 

「ほう、結構強めに叩きつけたのだがな…そうか回復魔法を使えるのだったなこの芸達者め」

 

どうやら俺の心を読んだ様で、一人で疑問で悩み勝手に解決した様だ。

 

「おい!みんなコイツはゆんゆんの体を乗っ取った魔王軍幹部だ‼︎相手の思考を読む厄介な奴だ!皆気を付けろ‼︎」

 

奴を警戒しながら、周囲に情報を伝える。もしかしたら誰かが攻略法を思いつくかも知れない。

 

「何だと‼︎あれが魔王軍の幹部、此間倒したあのベルディアと同じ」

「思い出しました‼︎あれは見通す悪魔、手配書に書かれた仮面のデザインと同じです‼︎まさか冒険者に取り憑くなんて」

 

周囲の冒険者達に動揺が走る。これでゆんゆんに対して周囲は緊張感を持つだろう。

問題はこれからどうやって奴を確保すれば良いのだろう、と言う事だ。俺みたいに単体で刃物を持って足を傷付ければ歩行を封じられるので確保できるが、集団でそれをしよう物なら軽くでは済まなくなる。何せ相手は魔王軍幹部、手加減なぞしようものなら此方がやられかねない。

 

「おら!魔王幹部なんぞ知った事か観念しろ‼︎」

「ほう‼︎中々気骨のある奴だ‼︎だが貴様もあの小僧同様時々胸に目線が行って注意散漫だぞ‼︎」

「うっうるせぇ‼︎」

「フハハハハハハハ図星か‼︎貴様からかなりの悪感情が出ているぞ」

 

周りの女子、セナしか居ないが彼女の目線が冒険者のオッサンに突き刺さる。俺は周囲に誰も居なかったが彼は周りに人が居るからその不甲斐なさは俺の想像を絶するだろう。

 

「みんな、打撲系の武器か素手で頼む‼︎回復なら俺がするからとにかくゆんゆんの体を動けない様にしてくれ」

「分かってはいますけど、彼女動きが素早過ぎて捕まりません‼︎」

 

少年は少年なりに考えたのか、彼女の足元を氷の魔法で固定しようと魔法を連発しているが、やはり先を読まれているのか尽く躱されている。

何か良い方法は無いものだろうか…

時間が経つにつれて俺達の動きは落ちていき奴に喋る隙を与えてしまう、そうなってしまっては連携どころではなくなってしまう。

 

「そうだ‼︎丸太だ‼︎皆丸太で頼む」

 

増産されているのか、周囲には新しい丸太がいくつも転がっている。丸太なら骨は幾つか折れてしまうが、彼女の命の危険まで行かないだろう。

 

「そうだな、支援魔法頼む。行くぞ‼︎」

 

オッサンは支援魔法をかけられ身体能力を底上げされ、近場にあった丸太を持ち上げると、それをバニルに向かって振り回す。

しかし、ゆんゆんに取り憑いたとは言え奴は魔王軍幹部、そんな事は予想したと言わんばかりにそれを躱す。それもそのはず奴は思考を読むのだから丸太を振るなんて遅い攻撃当たる筈はなかったのだ。

だからと言って、それを止めるわけにはいかない。数撃てば豆鉄砲も当たるのだ、俺も丸太を拾い残りのメンバーも丸太を拾い奴に向けて振るう、流石の奴もこの数なら筋が見えていてもかわしきる事は不可能だろう。

 

「成る程、丸太ならこの小娘に致命傷を与えず、我輩の動きを防げると言うわけか。相変わらず大胆な事を考えつく物だ」

 

ふむふむと何度も迫り来る丸太の応酬を躱しながら感心する。相変わらず何て奴だ。

 

「ふむ、ならばこうしよう」

「何⁉︎」

 

何かを考え付いたのか奴は丸太の応酬を高い跳躍で抜けると、そのまま大木の前で立ち止まった。

周囲の木々が丸太へと換装している中、その大木は太過ぎる理由から使用されなかったのだろう、周囲の木々が切り倒されて出来たスペースの中一本だけポツンとその木が残っていた。

 

「ぐっ、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」

 

バニルはその木の前に降り立つと、気合を入れるであろう掛け声と共に力むとそれを引き抜く。最初は無理だろうと思っていたが、徐々に地面からメキメキと音が響き最終的にはスッポリとクレーターを残して奴の手元に収まった。

 

「何て奴だ…俺たち総出でも無理だったあの大木を引き抜きやがった‼︎」

 

若干無理をしたのか、ゆんゆん体から汗が流れる。どうやら奴が他人の体を依代にするに当たって、それなりに彼女の体にも負荷が掛かるらしい。

 

「はぁはぁ、はぁはぁ…これは…良い丸太であるな」

 

戦利品である丸太を眺めながら奴は感嘆の言葉を漏らす。

 

「何て馬鹿力なんだ…ゆんゆんの体の負荷とかは大丈夫なのか」

「安心しろ小僧、依代に扱う人間対して吾輩はその様なミスはしない」

 

念の為確認するが、如何やら心配はない様だ。しかし、どうもコイツといると緊張感が無くなってしまう、このままだとそのままグダグダとゆんゆんの体を持っていかれてしまいそうだ。

 

「いい加減飽きたんでな、そろそろ片付けさせて貰おうか。なに殺しはしないので安心してくれ」

 

その言葉と同時に奴は手に持っていた木をそのままフルスイングし、周囲に居た冒険者を容赦なく丸ごと吹き飛ばした。

俺は嫌な予感がしたので伏せたが、他の冒険者達は避けることが出来ずに悲鳴と共に大木に蹂躙される。

 

「フハハハハハハハ‼︎貴様らなど所詮その程度なのだよ」

 

「何て無茶苦茶な事してくれるんだ‼︎人間は傷つけないんじゃ無かったのか‼︎」

「ほう、あれを躱したか。運が良かっただけはあるな。それに関しては時と場合と言う奴だ、貴様ら人間も言うだろう?状況が変わったから今回の件は無かったことにしてくれとな」

「政治家みたいな事言いやがって‼︎そんなふざけた理屈が通じると思っているのか‼︎」

「フハハハハハハハ!誠に痛い所をついて来るでは無いか‼︎」

 

顔を手で覆いながら高笑いするバニル。

奴にとっては俺達の命が尽きないのであれば細かい安否などはどうでも良いのだろう。それはゆんゆんの身体もいずれはギリギリのところまで使われ捨てられる事を示唆するかもしれない。

 

そして、ひとしきりに笑い満足したのか、何かにヒラめいた様にポンと手を叩く。

 

「そうだ、言い事を一つ思いつたぞ…」

「何⁉︎これ以上どうしようってんだ‼︎」

 

仮面で覆われていない顏の下半分の表情が笑みに歪む。

奴は人の思考記憶を読む事を得意とする。つまりこの場で俺もしくはゆんゆんにとって行っては欲しくは無い行動を率先して行うことができる。

 

「フハハハハハハハ!それは後でのお楽しみという奴である‼︎小僧!貴様はことが終わるまでそこで指を加えて見ているが良い!」

 

そう言って奴は立ち上がり、体勢を立て直そうとする俺に対して掌底を喰らわせて怯ませると、俺に背を向けそのまま歩き出して行った。

 

「ぐふっ!‼︎」

 

奴の掌底は俺の鳩尾に入り、下から突き上げて来る想像を絶する痛みに暫く悶えざるを得ず、暫くの間身動きが取れずに奴が山を下るのをただ見逃す他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きろめぐみん‼︎」

 

痛みが引いた頃を見計って起き上がり、近くに掛けておいためぐみんを起こす。他の皆はバニルの放った丸太の一振りによって気絶したままで起きる気配はない。

 

「ああ、カズマですか…ゆんゆんはどうなりましたか?」

 

目が覚めたばかりでやや虚な目で彼女は俺を見据える、その表情から俺がバニルを取り逃したことに関してうっすら気づいている様な節を感じる。

 

「駄目だったよ、結局取り逃がしちまった」

「そうですか…でしたらアクセルの街に向かってください。ゆんゆんは多分そこにいると思います」

 

寝ぼけながら放っためぐみんの言葉は、何時もなら冗談だと思い無視している様な虚言に類の物だが、今回に限っては不思議と的を射ている様な気がしなくも無い。

 

「何でそう思ったんだ?」

「私を誰だと思っているんですか?何でも出来そうなあの悪魔がわざわざゆんゆんを使って何かをするなら、それはおおよそアクセルの街位しかありません。ゆんゆんとの付き合いは家族の次に長いですからねそれくらいなら分かりますよ」

「すげぇところから根拠が出てきたな…」

 

聞いただけでは荒唐無稽な話ではあるが、奴がゆんゆんの体を持っているとすれば無くは無い話になる。少なくとも今現在当てはない以上めぐみんの話を信じてアクセルの街に向かうのが最善策なのだろう。

 

「それじゃあ背負っていくけど掴まるだけの力はあるか?」

「いえ、このまま行っても進行が遅くなりますので、私は少し休んでから追いかけますからカズマは先に言ってください」

「そうか、悪いな。そうだ、後でセナに事情を説明しておいてくれ全員伸びてて状況がわからないと思うからな」

「分かりました。カズマも気をつけて」

 

事情の説明とゆんゆんに関する説明をめぐみんに任せて近くにあった丸太を拾ってバニルの後を追う様に山を降りる。

 

行きとは違い帰りは山を下ることになる。時間が惜しいのでゆっくり降りる事などはせずにそのまま勾配に任せて全力で走り抜ける。

坂道とは言え飛び跳ねながらの下降は自由落下に近い不安定感が与えられ如何にバランスを取るかが重要になってくる。障害物は丸太を前方に突き出す事で全て吹き飛ばせるので解消されるが、足元のバランス感覚はまた違く丸太でどうこうする事は出来ない。

 

 

 

 

山を降り麓の馬車亭の様な場所に出る。

時間はもう夜に差し掛かっている為か人影が少なく、奴の姿が捉え得られると思ったがその考えは甘かった様だ。

そもそも奴が馬車を使う道理も無いはず。悪魔である以上俺には考えも付かない何かしらの能力で街に向かっている可能性があるかもしれない。

 

先手必勝、先にアクセルの街に向かうことにする。仮に居なかったとしても街の住人に事情を説明すれば何かしらの手段が得られるかもしれない。

受付で馬車の券を買い、そのまま後ろに設置された小屋に乗り込む。時間も時間なので定員は俺しかおらず何時もと同じくらいにスペースが空いている。

それを良いことに丸太も載せる。馭者に咎められそうになったが、セナの名前と賄賂を幾らか渡したら大人しくなり許可を出してくれた。流石は国家権力だぜと思ったがもしバレたら何かしらの処分を受けそうなので程々にしようと心にちかった。

 

しかし、丸太はこのままではアクセルの街で動かしにくいので加工することにする。

加工と言っても大それた事はせずに、削り出して木刀にするだけなんだが、それでも長さや太さ厚さに気を付けなければ耐久力が下がってしまう。

手持ちの剣をナイフ替わりにして丸太を削って行く、その際に出て来たおが屑は小屋の窓から捨てれば大丈夫だろう。自然の産物なら自然に帰るのが道理、俺は何も悪くはない。

 

 

馬車に乗りはや数十分、両刃の剣で丸太を削っていくことに若干の面倒臭さを感じながらも何とか形にする事ができる。昔修学旅行か何かで買った木刀のイメージがあった為か俺の予想以上に出来の良いものが仕上がった。

 

「お兄さん、アクセルの街に着いたよ」

「あいよ」

「お?なんか中が随分と綺麗になったな?」

「ああ、それは俺からの感謝の気持ちですよ。予想してた時間よりも早く着いた気がしますので、急いでくれたんだと思います。ですのでこれは少しばかりのお礼ですよ」

 

タイミングを見計らった様に馬車がアクセルの街へ着いた報せが入る。

フッ、とらしくもないニヒルをかます。おが屑は全て道中に捨て、細かいものはウインドブレスで吹き飛ばしむしろ俺が乗ってきた時よりも綺麗になっている内装を見て一頻り満足した後、操縦士に礼を言い馬車を後にする。

 

 

アクセルの街は出発した時と変わらずに賑やかなままでとても事件など起きては居ない様だった。

もしかしたら俺が先についたのか?

疑問に思う。バニルはゆんゆんにとりついているとは言え顔半分は胡散臭い仮面に覆われている状況にある、その状況なら馬車には乗れず歩いてきているかもしれない。

道中作業をしながらだったが外に向けて警戒をしてはいたが、もしかしたら見逃していたのかもしれない。

 

だとすれば事前に街の冒険者に頼んで待ち伏せ作戦ができるかもしれない。先程の状況は皆疲労で動きが鈍っていたのが原因で奴を仕留め切れなかったのであれば、此処は俺達のホームなので地の利はこちらにある以上もしかしたら呆気なく終わってしまえる可能性がある。

ならば善は急げと木刀を肩に背負いギルドへと足を運ぶ。

 

 

 

ギルドに着き扉を開くと、街の喧騒から一転して昔のベルディアの時を彷彿とさせる様に中は沈黙に包まれ何やら会議が行われていた。

 

「ああ、やっぱりか」

 

その中の金髪…ダストが俺の存在に気づき俺に声をかける、それによりギルド全員の視線が俺に突き刺さる。その光景に若干慄きながらも言葉を発する。

 

「やっぱりって事は何かあったんだな」

「有り体に言えばそうだな…なあカズマ、ゆんゆんの事で聞きたいことがある」

 

普段とは打って変わって真面目そうな雰囲気を纏ったダストに少々意外と言う違和感を覚えながらも話を聞く。

 

「…何だよゆんゆんの場所は分からないぞ俺も知りたいくらいだからな」

「そうか…やっぱりお前も探していたのか…取り敢えず何があったかを先に話してくれないか?そしたらこの街に起こった事を一から説明してやる」

 

そう言われ先にキールダンジョンで起こった事を一から説明する。

 

「そうか、魔王軍幹部が絡んでいやがったのか…通りで強いわけだ」

「戦ったのか?」

「そうだ、いきなりギルドに現れたと思ったら友達が何だとか言いながら俺達のメンバーを襲って連れ去っていったんだ。その時に取り押さえようと思ったら抵抗されてな、アークウィザードだから近接戦なら勝てると思っていたが、全ての動きを読まれて、そこのアホルギでも手も足も出なかったぞ」

「そうか…それで仲間は何処に行ったんだ?」

「分からない、それをこれから探そうって時にお前が現れたんだ」

 

どうやらゆんゆんはダストの仲間を襲ったらしい。

しかし、そんな事をして奴はどうしようと言うのだろうか?奴の目的は悪感情を食らう事なので、人を拐って恥ずかしい格好をして見世物にしようとしているのだろうか?

それであれば奴好みの羞恥の悪感情が啜れるが、持続性がないので違うと俺は考える、もしそうであれば一度にまとめてしなくては効果的ではなく効率も悪い。それにゆんゆんの体でなくても良いはずだ…俺が言うのもなんだが人に恥ずかしい感情を啜るならそこで踏ん反り返っているミツルギにくっついてアホな行動をすればプライドの高い奴の事だ、想像を絶するほどの悪感情を得られるはずだ。

あえてそれをしない…つまりゆんゆんの特性を活かした行動をするはずだ、彼女の性格からすれば外側よりも内側、つまりゆんゆん自体に効果が集まる様にするだろうと俺は思う、と言うか俺だったらそうする。

 

「おい‼︎キースが見つかったぞ!」

 

そんな事を考えていると仲間が見つかったのか、ギルドに居なかった冒険者達数人が誰かを運んで中に入ってきた。

 

「大丈夫か⁉︎キース‼︎おい!しっかりしろ‼︎」

 

すかさず仲間であるダストが駆け寄り声を掛け揺さぶるが以前キースは錯乱した状態で何かを呟いている。

 

「誰かプリーストはいるか⁉︎何か様子がおかしい‼︎」

 

ブレイクスペルを習得している為か奴の体から呪いの様な黒いもやが見える。俺の魔法では敵わなそうなので専攻しているプリーストに任せた方が良いだろう。

俺の声に反応してか一人のプリーストらしき女性が前に出てきて解呪魔法をキースに掛けるが、反応は良く無く以前モヤの様なものは消え無い。

 

「どうなってやがんだ畜生‼︎」

 

ダストが悔しそうに地面にヤツ当たる。

その姿はベルディアがめぐみんに死の宣告を行った後の俺に酷似した。

 

「なあダスト、キースが何か言っているのが分かるか?」

「あ?…ああちょっと待ってくれ」

 

俺の声で我を取り戻したのか、ダストは落ち着きを取り戻してキースの言葉に耳を傾ける、それに合わせて俺も読唇術でキースの言葉を読む。

 

「何々…僕は…ゆんゆんの友達です…だって‼︎」

 

ダストがキースの言葉を読み上げ驚愕の声をあげた。



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バニル強襲5

少しふざけすぎた様な気がします。


僕はゆんゆんの友達だって?

キースの口から放たれた驚愕の言葉に俺達はそれ以上の言葉を発する事ができなかった。

 

「どう言う事だよ⁉︎なあ、おい!」

 

ダストは必要以上にキースを揺らし言葉を続ける。しかし、その努力も虚しくキースはそれ以外の言葉を発する事は無くただひたすらに同じ言葉をぶつぶつと繰り返している。

これではどこぞの呪いの人形見たいなものだ。

 

「しかし、どうしたものか…これは多分元をどうにかしないとダメなタイプの呪いだな…」

 

ベルディアの死の宣告を思い出す。浮き出てきた黒いモヤはあれと同じくらいの規模になっている。その為多分になるが教会のシスターに頼んでも解呪は無理だろう。

しかし、僕はゆんゆんの友達、とはどう言う意味だろうか…確かにゆんゆんは友達が少ない事がコンプレックスだが、それでも意味不明に友好関係を広げるとは思えない。

 

「取り敢えずキースさんはこちらで預かりします。呪いに掛かった方がいらした場合、教会に引き渡すまではギルドで管理することになっていますので」

 

受付のお姉さんはそう言うとダストからキースを慣れた手つきで受け取ると奥の仮眠室へと運んでいった。

 

「それで、魔剣の勇者様は作戦とか何か対策はないのか?」

 

ダストは何やら考え込んでいるのか思い詰めた表情で硬直している、なので隣にいたミツルギに声をかける。

 

「とうとう君は僕を名前で呼ばなくなったね。まあそれはそれで構わないんだけど…作戦かそうだね、悔しいことに僕は彼女に対して手も足も出なかったからね…文字通りお手上げってやつさ」

「お前はいざと言う時本当に役に立たないな…」

「返す言葉もないよ。強いて言うなら、君がいると言う安心感が僕の危機感を鈍らせるのかな」

 

役に立たないミツルギに皮肉を使ってなじると何故か突然にミツルギはデレだし、全身に鳥肌が立つ。

 

「やめろよ気持ち悪いから…」

「はっはは…そうだね、らしくなかったよ」

 

やれやれと大人の対応をしてますよと言わんばかりに話を受け流すミツルギ。しかしその行為を許せないのか、後ろから取り巻きがやってくる。

 

「この男言わせておけば言いたい事を言いやがって‼︎ミツルギ様はな貴様の仲間を傷つけない様に手加減をして戦っていて、もし貴様の仲間を切ろうと思えばいつでも斬り捨てられたのよ‼︎」

「はいはいソウデスネー」

「わかればいいんだ」

 

ミツルギと話していると高確率で後ろからやって来る取り巻きA、コイツに関してはミツルギに心酔しているので何を言っても無駄であるため適当に流すのが吉なのである。

 

「取り敢えずミツルギに案がないと言う事は他に意見はないのか」

 

基本的にアクセルの街で有名なのはミツルギなのでこの場に居他のであれば全ての情報を耳にしている筈である、つまり奴が知らなければここの情報はそれまでという事になる。

 

仕方なしに辺りを見渡してクリスを探すが、いつも見かける銀髪の頭は今日は不在だった。

彼女はこの非常事態に何処に行ったのだろうか?探そうにも彼女の所在は仲のいいダクネスすら知らないと言う。前に俺も直接クリスに聞いた事があったが、その時は話を俺にとって耳の痛い話に切り替えられてはぐらかされて結局聴ける事は無かったのだ。

今回はと言うか今回も彼女の協力は無しで考えないといけない事になる。不安だが、いつもの事なので仕方がないと自分に言い聞かせる。

 

「カズマ、お前に言っておきたい事がある」

 

思考に思考を重ねていると、何か思い出したのかダストが俺に向き直り話を始める。

 

「何だよ?何かいい案が思い付いたのか?」

「いや、そう言う訳じゃないが、ただあのボッチは最初キースじゃなくてリーンを狙おうとしていたんだ。だけど俺達の妨害で仕方なく近くにいたキースに狙いを変えたんだ」

「成る程な…だから僕はゆんゆんの友達、か…」

「何かわかったのか?」

「いや、まだ確証に至ってないんだ。その時がきたらまた説明する。とにかく今はリーンに対して警戒する様に頼む」

 

ゆんゆんがキースにかけた呪いの様なもの、それは僕はゆんゆんの友達ですとうわ言を吐かせ続ける物。単純に考えれば友達を呪いによって増やしていくことに他ならない。そうなれば最初にリーンを狙ったと言うダストの言葉にも納得がいく。

同性でダストのパーティーメンバーであるリーン、俺とダストが何かやらかした時の後始末の際によく顔を合わせているので、もしかしたら友達になれるのではないかと心の何処かで思っていたのだろうか…。

いやまてよ、この考えはあくまでゆんゆんの話であってバニルの話ではない。バニルにとってゆんゆんの友達を無理やり作っても得は無い筈だ。であれば魔王軍幹部としてこの街に攻め入って内側からじわりしわりと崩していく作戦なのだろうか…。だとしてもこの行動は効率が悪すぎる、初心者の街なのだからゆんゆんの魔法と自身の格闘センスがあればこんなコスイ手を使わなくても堂々とできる筈だ。疲労して居たとは言え一応部隊を殲滅までもちこんでいるのは確かなのだから。

考えれば考えるほど思考の沼に嵌っていく、いつもの悪い癖だ。

ならば考え方を変えよう。奴はそもそもウィズに会いにこの街に来たと言っている。何をしに来たのかに関してはバニル自身何か言っていたがドタバタで忘れてしまった…であれば、もしかしたらそこにいる可能性もあるかも知れない。

 

「いいか、みんなはリーンを警護してくれ‼︎多分奴の狙いはリーンだ」

「それは別に構わないし、俺の仲間なんだから当然と言えば当然なんだが。それでカズマ、お前はどうすんだ?」

「俺は一度ウィズの所に行く」

「あの売れない魔道具店の所にか?確かのあそこの店主は実力者だそうだけど協力してくれるとは限らねーぞ?」

「ちげーよ、ゆんゆんの事で忘れていたけど、あいつのそもそもの目的がウィズに会う事だったんだよ」

「そうだったのか、で?何でなんだ?」

「理由は後だ‼︎」

 

話を後にしてギルドを後にする。

 

 

街はキースがあの様な状況で発見された事もあってか閑散としている。そう間隔の空かないうちに立て続けにベルディアやデストロイヤーと続いて不安が積もっているのだろう。

だが、それでもありがたい事にウィズの経営しているであろう魔道具店は現在も開店しており、ドアにはopenの掛札が掛けられている。

 

ドアを開き中に入る。

中に入るとそこは何時もと同じ雰囲気で、相変わらずの能天気な店長が店番をしていた。状況を見るにまだバニルは来ていない様だ。

 

「あ、カズマさんじゃないですか!いらっしゃいませ!。今日はどう言ったご用件でしょうか?」

「ああ、今日は買い物じゃないんだ。単刀直入に効くけどバニルについて知っている事はある?」

 

ウィズは俺の口からバニルの名が出た事に驚いているのかキョトンとした表情を浮かべる。

 

「バニルさんですか?ええ、色々ありましたけど…何かあったんですか?」

「あいつが今この街に来て暴れているんだ」

「ええ⁉︎あの方今この街にいらっしゃるんですか⁉︎」

 

バニルがこの街にいる事がそこまで意外だったのか、ウィズは俺の記憶の中で記録更新するくらい驚愕し戦慄した。多分過去に色々と詰られたのだろう…。

バニルとの古い知り合いだと言う事に同情しながらも今までの経緯を説明した。

 

 

 

「成る程、それで今ゆんゆんさんに取り憑いているんですね…」

「そうなんだけどウィズはこう言う時だったらどうすんだ?何かスキルとかあれば教えてくれれば助かるんだけど」

 

幸いスキルポイントにはまだ余裕がある。めぐみんの爆裂魔法くらいのレベルは流石に無理だが、中級魔法を取得する程度には貯まっている。念の為と言いつつ優柔不断で決められなくて残ったスキルポイントが役に立つ時が来る様だ。

 

「そんな事を言われましても…私も昔戦った事はありますけど、結局からかわれて終わってしまっていますので…申し訳ないのですけど私はお役には立てないみたいです」

 

ペコリとウィズは頭を下げる。昔ブイブイ言わせていたウィズが勝てなかった相手となると今回も泥沼試合になる可能性が出て来る。まあこの時点で既に泥沼なんだが…。

 

「そうか…そう言えば何でバニルはウィズに会いに来たんだ?昔戦った相手なんだろ、闇討ちとかしに来るのか?」

「いえ、それは多分ないと思います。バニルさんは多分ダンジョンを私に作って貰いに来たんだと思います。昔ダンジョンを作る際には私に声をかけると仰っていましたので」

「ダンジョンか…そう言えばダンジョンの主のキールもリッチーだったな」

「みたいですね」

 

なんで殺しあったのに仲がいいんだ?と疑問に思ったが、今はその事を追求するよりもバニルからどうゆんゆんを引き剥がすかに思考を割かないといけない。

 

「邪魔したな。今度はちゃんと客として来るよ」

「いえいえ、カズマさんにはいつもご贔屓にしていただいていますので…むしろ役に立てずに申し訳ありません」

 

その後適当に挨拶を済ませて帰路につく。

正直言えば当てが外れた、何も知らなくても何か手掛かり的なものがあると思っていたが、ウィズからは俺の知っている以上の情報が出てこなかった。

これではギルドに戻っても意味がない、しかし当てはない。一度策を弄しても駄目だったので自信も無い。

そんな事を考えているといつの間にか教会に着いていた。

 

「どうもー、あの口の悪いシスターいませんか?」

 

入り口の扉を開けてそうそう腕は良いがいけ好かないシスターを呼ぶ。この街のプリーストで一番の実力者と自称している彼女ならもしかしたら何かしらの打開策を呈してくれるかも知れない。

 

「へーそれって誰のことですか?もしかして修道女のコスプレしたあなたのことですか?変態ですね。もうあなたの存在は悪魔みたいなものなので浄化しても宜しいですか?」

「うぉい⁉︎」

 

声は突然に予想外の方向から飛んでくる、どうやらお目当ての彼女は扉の側面で有事に備えて立っていた様だ。死角からの毒舌に思わず変な声が出てしまう。

 

「びっくりした…気配遮断スキルでも使っているのかよ何も感じなかったぞ」

 

気配探知スキルは街の中だったので使ってはいなかったが、それでも一応は冒険者…それなりに気配などを読む事に関しては多少なりに自信があったのだがこの教会からは何も感じなかった。

 

「そうですね、私たちは基本的に淑女なので足音を立てたり気を荒らげたりなど、その様な無粋な行為は致しませんよ。貴方ではあるまいし」

「ほう、随分と今日は言うじゃねえか‼︎表出ろ‼︎俺のスキルで謝るまでヒーヒー言わせてやる‼︎」

 

何か嫌なことでもあったのだろうか、いつものシスターに比べて少し苛立ちの様なものを感じる。

 

「まあ、なんて野蛮なんでしょう。これだから冒険者は…レベルが上がると知性が下がる呪いでもかかっているのでしょうか…」

「ハン‼︎修道服着たゴリラが何気品正しく振る舞ってやがる‼︎見た目は細長い様な感じだけど、その服の下に鍛えた筋肉があるのは前に感知スキルで感じた時にわかってるんだよ!」

 

「…」

「…」

 

場が沈黙が包み込まれる。しかし俺達の眼は互いの目を睨み合ってい瞬きひとつしていない、いわゆるガンの飛ばし合いと言う奴だ。

目を逸らせば負ける。そのスタイルはどの世界も共通なのだろう。今は緊急事態なのだが、ここだけはそれであっても譲れないのだ。

 

そして幕は切って降ろされる。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ‼︎」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ‼︎」

 

互いに掴み合い泥沼の喧嘩が始まった。

 

 

 

 

 

 

互いの威厳を賭けた喧嘩はすぐさま膠着状態になり、当然の如くうるさいと教主によって止められ、そのまま説教になる所だったが、急いでバニルに関しての説明をして事なきを得る。

そして、こうして部屋を借りて二人椅子に腰掛けている。

 

「そうですね…キースさんは先ほどギルドの職員の方によって運ばれてきまして、私たち総出で解呪にかかりましたが、結局どうこうする事はできませんでした。呪いの強度からして前回のめぐみんさんに呪いをかけたベルディアを彷彿しましたが、やはり今回も魔王軍の幹部の方でしたか」

「そうか、やっぱりあんたの腕前でも駄目だったか」

「ええ、こればっかりは申し分が立たないです」

「いや、気にしなくても良いんじゃ無いか?俺達もなんだかんで手も足も出なかったし」

 

やはり今回も蔓延するであろう呪いは教会の力を持ってもどうにもする事は出来ないらしい。そうなれば戦力は王都から派遣されるまではジリジリと減っていく事になる。

幸い呪いの進行は遅らせる事ができるらしいので、味方が敵になると言う最悪のケースは避けられる。

しかし、そうなってしまうとバニルの打開策の候補が一つ減ってしまう事になる。

 

「あんたは何か奴に関して思いつく事とか無いのか?プリーストなんだから悪魔とか退治するのは得意だろ?」

「その様な事を言われましても…どちらかと言うと私は後方支援担当の様な者なので皆さんみたいに前線に出て退魔魔法で悪魔を狩ったりとかはあまりしないですね…」

「そうなのか、てっきりその筋肉を生かして前線でバリバリ動いてるかと思ったぜ」

「ははは、面白い冗談を言いますね…私も貴方と同じで体が貧相なものでして…貴方と同じで」

「…」

「…」

 

再び沈黙

 

「「ははっ…ははははははははははははははははははーっ‼︎」」

 

両者ともに笑い始める。他人がこの光景を見れば二人とも狂気にでも侵されてしまったのだろうと勘違いするだろう。

 

「この女‼︎もう我慢の限界だぜ‼︎今日と言う今日は許さねぇからな‼︎」

「それはこちらのセリフですよ。いい加減貴方と言う邪悪を祓う時が来たのかもしれませんね」

「いい度胸だ‼︎こちとら常に前線で実力を磨いてるんだよお前なんかイチコロだぞコノヤロウ‼︎」

「ははは今日は随分と笑わせてくれますね、漫才師にでも転職されたらどうでしょうか?少なくとも今の冒険職よりかはよっぽど街に貢献出来ますよ」

「言ってくれるじゃねぇかこのアマ」

「そういう貴方こそ今日は口が回るじゃ無いですか」

 

 

両者互いに目標に対して結果を残せていないのか鬱憤が貯まっており、イライラした状態だったためか常に喧嘩腰になり何かあれば因縁をつけこの様にすぐ取っ組み合いの結果になる。

 

 

「このパワー系プリーストが‼︎どんだけ筋力が高いんだよ‼︎」

「うるさいですね…私の教えた支援魔法がなければ子供の身体能力しかない不甲斐ない男のくせに‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして何度かの取っ組み合いを経て煩いいい加減にしろと教会を放り出される。

だが、それでも収穫の様なものはあった。シスターはあれでも一応は何もできない自分に不甲斐なさを感じているのか、俺の持っていた木刀にルーンの様な文字を全体に彫りそのまま退魔の守護のような魔法をかけてくれた。

彼女曰く、腰の剣よりかは魔なる者に対して効果がありますとの事だ。

それと念には念をと身代わり人形の様な物を渡される。もしかしたらバニルの呪いに対して一度だけ無効になるかもしれないと言っていた。

 

もうこれ以上に当ては無いなと思いギルドに戻る事にする。

作戦はおおよそ考えてはいるがそれが最善だとは思えないが、今の所思いつかない以上はこの作戦で行こうかと思っている。だが、ギルドの皆も馬鹿では無いはずだ、俺の居ない間もそれぞれが考えを巡らし最善と呼べる案を考えてくれているかもしれない。それであれば俺もその作戦に乗りゆんゆんを救出しなければならないだろう。

閑散としている街を歩き、ギルドにたどり着く。騒ぎがない所を見ると、あれ以降バニルは活動をしていないのかもしれない。そうなれば奴は今何をしているのだろうか?捕らえたキースは放置されている以上これ以上何かをするわけでは無いだろうし…。

 

そんなこんなでギルドに着く。

中は先程と同じ様にホワイトボードの様なものに案の様なものを書き出しているが、どうするかが一向に決まってはおらず作戦名を書かれてはバツと平行線を辿っている様だ。

 

「首尾はどんな感じだ?何かいい案が浮かんだか?」

 

入ってきて早々にダストに話しかける。

 

「いや、全然駄目だ。あの嬢ちゃん普段ならどうにでもなるんだけど敵になるとここまで厄介になるとは思わなかったぜ」

 

ボリボリ頭をかきながらダストはそう言った。確かにゆんゆんは周りから結構舐められているか尊敬されるかの二択だったが、舐められていると言っても一応はアークウィザード、魔法関係の上級職なのである。性格面に関してはあれだが、実力は紅魔族を名乗るだけあってそれなりに高い。

 

「そういえばめぐみん達は?もう戻ってきてもいい頃なんだが?」

「いや、まだ見てないな?何処かで道草でも食ってんじゃねーの?」

 

キョロキョロと辺りを見渡す。しかしめぐみんの姿はなく、ダストに聞いても見ていないそうだ。あの後皆を起こしてこちらに戻ってくるならそろそろ着いてもおかしくは無い。

いや…。

そういえばとある事を思い出す。もしかしためぐみんはバニル人形に連れ去られた隊長達を回収しに行ったのかもしれない、それであれば時間が掛かることにも納得できる。バニルも具体的な場所は言ってはいなかったし、俺もそれどころでは無くすっかり失念していた。

 

「めぐみん達に何かあったのか?」

「いや、大丈夫だ。それよりも何かいい案を考え付いたか?」

「それが全然だ。どの案もゆんゆんを殺す事が出来ても捕獲する事に焦点を置くとそうしても最後の一手が思いつかないんだ」

「へー、でその足りない一手って何だよ?」

「一手ってそりゃああのゆんゆんを大人しくさせる方法だよ。最初の襲撃を経験してるから言えるけど格闘じゃ多分俺じゃあまず勝てないし、モンク職の冒険者に頼もうものなら中途半端に実力があるから殺しちまう。そもそものゆんゆん防御力が低いってのが問題だな…ってどうした驚いた顔して?」

「…いや、何でも無い」

 

珍しくダストが現実的な意見を言っていたので驚いてしまう。前からどこぞ無く立ち回りが不自然だと思っていたが、もしかして何かを隠しているのだろうか?

 

「それに関しては俺が何とかする。操っているのがバニルだったとしても、体はゆんゆんのものである以上癖があるはずだ」

「おーやっぱりいつも同じ屋敷で暮らしているだけはあるな」

 

そう、例え中にバニルが居ようとも体はゆんゆんのものなのだ。その体には長年使用したがゆえにある癖の様なものが存在する、簡単にいえば筋肉のつき方その一つに含まれる。例えバニルがどんなに強くてもその癖を理解しなければゆんゆんの肉体を現時点で使いこなす事はできないだろう。必ずダンジョンで行った土人形の時の動きをゆんゆんの体で行おうとするはずだ、そうなればゆんゆんの体の癖との齟齬が生じ何かしらの隙が生じるだろう。

それは他人から見れば些末な事だろうが俺にとっては十分すぎる隙になる筈だ。

 

「よし、一番最善だと思われる作戦を教えてくれ。それを俺の考えた案と合わせてバニルを迎え撃つぞ」

 

「おぉー‼︎」

 

拳を突き合わせてギルドの皆に宣言する。一般な冒険者なら無視されて終わるが、ベルディアとデストロイヤーを処理した経験がものを言わせ俺の発言はすんなりと皆に受け入れられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺たちは街はずれにある広い公園にに集まり作戦通りの配置に着く。

 

「で、何で私が一人で公園にいる訳?」

「落ち着けって、バニルの狙いは多分お前だ、ダストもそう言ってたし間違いない」

 

囮として公園のど真ん中に配置されたリーンが不満を漏らす。

作戦としてはリーンを囮にして奴をおびき出し、そこを俺らで叩くと言うシンプルなものだ。

単純だが、考えを読むバニルを相手にするには下手に難しい作戦を考えるよりもこの様にシンプルかつ単純な作戦の方が帰って功を奏すのだ。

 

「私が援護しないと厳しいんじゃ無いの?大丈夫なの?」

「まあ。そこは何とかなるだろう」

 

ゆんゆん、めぐみんがいない以上この町での一番実力がありそうなのはダスト曰くリーンになると言われている。まあ身内の色眼鏡もあるとは思うが。

だが、そんな事を悠長には言ってられない。確かに初手でリーンの援護が使えないのは手痛いが、とは言ってもウィザードは他に何人もいる、3本の矢を考えれば何とかなるだろう。

 

「と言うか本当に私を囮にして大丈夫なの?正直私あの子に関してあまり関わり無いわよ?あんたとうちの馬鹿が何かアホなことした時の後始末で顔を合わせたくらいだし」

「残念だけど、それで十分なんだよ。ゆんゆんからしたらあれくらいでしか同性の同年代と関わらなかったから一番思いがあるんだろうな」

 

めぐみんを除いてゆんゆんが同性と関わったのなんてウィズと受付のお姉さん位だ、しかも両方とも仕事を通してなので真の意味で対等に関わった人間といえば悲しいことにリーンくらいなのだろう。

 

「ヘーそうなんだ…」

 

そう言われ彼女は嬉しい様なありがた迷惑だみたいな表情をする。この事件がひと段落したら二人とも気まずくなるなーと思ったが、今は目の前の作戦に集中しなくてはいけないので考えるのをやめる。

 

「取り敢えずこれを持っておけ、囮になる以上危険が付き纏うからな」

「え…何これ?」

「シスター曰く、身代わりになるそうだ」

「へーそうなんだ。ありがとね」

 

そういい彼女に身代わり人形を渡す。一応3個ほどもらっており一つはダストに渡している。最初ミツルギに渡そうかと思ったが正攻法の奴はバニルとの相性が最悪なのでやめておいた。まあ、そもそもバニルに対して使い物になるかどうか不明だしな。

 

「マジか…」

 

そんなこんなふざけていたら作戦通りバニルが現れる。

作戦として想定しなくてはいけないのだが、いざ目の前にするとそれはそれで威圧感が凄い。

 

「ほう、吾輩とした事が。これはこれは…一杯食わされたと言う事か」

 

フハハハハハハハと笑いなが仮面に手を着き上体を後ろに反らす。どうやら作戦をどちらかから読み取った様だ、しかし何だろうか、今のバニルからとてつも無い違和感を覚える。

 

「さて、あの時の戦いの続きと行こうか‼︎良い加減楽になれよ‼︎」

「ほう、また向かって来ると言うのか、面白い吾輩も動き足りないと思っていたところである」

 

目的を奴の仮面に絞る。幸いこちらには加護のある木刀が握られている。

魔法を使いバニルを止める算段だが、タイミングを決めると奴の特性上バレるのでここで時間を稼ぎ一本取ればその先を皆が魔法で動きを何とかしてくれる手筈になっている。

 

「成る程な、貴様が吾輩の動きを封じ込めてそこらでコソコソしている奴らで動きを封じる作戦であるか…確かに良い作戦だとは思うが、果たして貴様に吾輩が止められるかな?」

「そんなのやってみないと分からないだろ‼︎」

 

全身を強化魔法で強化し、木刀を奴に向けて放つ。思考はなるべくせずに体が覚えている動きを心を無にしながら遂行させる。

頭はバニルの動きを追いかけ、奴の放つ攻撃を読み込み躱すか防御にするかの選択を行うのみにする。

 

「ほう、貴様もあの子娘の様な考え方をする様になったではないか‼︎だが、攻撃は全く持って出鱈目であるがな‼︎」

 

木刀の一振りをいなし、その間隙から拳が滑り込んでくる。その動きは事前に受けた事があるので側方に跳躍し躱す。そして着地した時の反動を使い奴の懐に潜り込み一薙するがそれを後方に下がる事で躱される。

変則的な攻撃は思考をするので事前に読まれる。分かってはいるがそれでもいつもの癖で行ってしまうのだ。

 

「やはり胸部に目が行くな‼︎相変わらずわかり易くて結構‼︎」

「…」

 

奴の挑発に無言で対応する。口撃で戦ってきた奴に言葉を返せば奴の土俵で戦う事を意味し勝利の機会は失われる。

 

「…サイテーだからあんたいつもゆんゆんと話す時目線が下に行ってたのね。」

 

ボソッと後方からリーンの声が聞こえる。

 

「おい待てって‼︎これは奴の心理攻撃だ、相手にすると奴のペースに嵌るぞ‼︎」

「フハハハハハハハどうした‼︎吾輩の言葉に耳を傾けないのではなかったのか?」

「あれはリーンの言葉に反応しただけだからセーフだ‼︎」

 

心の方向と共に木刀を振る。

しかし、それを跳躍で躱し蹴り放とうとする。だが、その攻撃こそ俺が待っていた動きであった。

普段絶対しない行動、それは跳躍。基本的に前衛にでない彼女はこの行為をすることは無い、したとしても高いものを取る時くらいなものだろう。

飛んだ彼女の足をすかさず木刀で払う。

 

「むっ⁉︎抜かった‼︎貴様がこの動きを待っていたのを忘れておったわ‼︎」

 

悪感情を摂取するのに満足して俺の思考を読んで知っていた事を忘れていた様だ。

圧倒的に呆気ない展開に違和感を覚える、本当に奴はダンジョンで戦ったバニルなのだろうか?

 

しかし、そんなことは気にしていられない。せっかく掴んだチャンスを逃すわけにはいかない。

 

「今だぁぁぁぁーっ‼︎」

 

加護のついた木刀で足を叩かれて苦悶の表情を浮かべるバニルに対して追撃を放つ。その間周囲に待機させたウィザード達やスクロールを持ったダスト達が一斉に姿を現し風の魔法を放つ。

放たれた風はバニルの四肢をそれぞれ斜め上方に固定し縛り付ける。流石のバニルもこれにはどうする事もできずなされるまま空間に固定される。

 

「小癪な事を…」

「よし。動きは止めた‼︎後はプリーストのみんな退魔魔法だ‼︎」

 

行動を封じバニルは嫌そうな表情を浮かべている。未だに嫌な予感は拭えないがそれでも状況だけを見れば勝利は目前である。

残るはプリーストによる退魔魔法による総攻撃になっている。教会に所属している魔法が使える者全てに招集を掛けているので火力に関しては問題ないだろう。

 

「この程度で吾輩を封じ込めたと思うでないぞ‼︎」

「カズマ‼︎奴が動き出すぞ‼︎」

 

プリーストの詠唱の完了していない最中、最後の足掻きなのか固定されているバニルがモゾモゾと動き出す。この後に及んでと嫌な予感がするが念には念を、ゆんゆんには悪いが動きを抑えるために一撃を入れることにする。

 

「悪く思うなよゆんゆん‼︎後でヒール掛けてやるからな‼︎」

 

木刀を目の高さで水平になる様に構え、一直線に奴の鳩尾に刺さる様に突きを放つ。木刀自体は念の為に丸くしてあるので貫通することは無いだろう。

 

「行くぞ‼︎ユニバァァァァァァァァァァァァス‼︎」

 

俺の放った突きはそのままバニルの腹に向かい一直線で突き刺さる筈だった。

 

「何⁉︎」

 

しかし、俺の木刀はバニルの腹部に届くことは無く、その直前で見えない何かに止められる。

風の魔法が四方から放たれている為風が当たって壁になっているのかと思ったが、木刀から伝わる感覚がそうでは無いと言っている。

 

「フハハハハハハハ、何をそう驚いている‼︎」

 

バニルは此処まで追い詰められてるにも関わらず余裕の表情で俺を見下ろしている。

不味い…と俺の全ての感覚がそう言っている。

 

「吾輩は今尚も…」

 

「「絶好調であるッ‼︎」」

 

「クソ‼︎…みんな逃げろ‼︎」

 

俺の叫び声虚しく、突如バニルというかゆんゆんの体から光が放たれ、周囲を物凄い速度で取り囲んで行く。

あまりの輝きに思わず腕で顔を隠し表情をしかめると胸元の何かが壊れた様な感覚する。どうやら身代わりが壊れたらしい。

 

 

 

 

 

 

しばらくして光が収まり腕を下ろし辺りを確認すると、皆地面に倒れキースの様にブツブツと何かを呟いており。俺の思い描いた最悪な光景がそのまま眼前に表現されている。

 

「フハハハハハハハ、静かになったであるな‼︎これで皆吾輩のオトモダチーと言う奴であるな」

 

奴は高らかに笑いながら喜びを表現したいのか奇妙なダンスを踊っている。

 

「…誰か無事な人はいないのか⁉︎」

 

慌てて周囲を確認すると、リーンとダストが何とか立ち上がってこっちに向かっていた。

 

「いったいどうなってんだ?」

「どうやら皆キースみたいに洗脳されたみたいね、カズマからもらった身代わりがなかったら私たちもああなっていたわね」

 

痛むのか二人とも頭を抱えながらも状況を把握しようとしている。

 

「不味いな…」

 

二人の会話に適当に相槌をしながら、バニルに向かって木刀を構える。踊ってはいるが光の発生条件が分からない以上油断はできない。

 

「ほう、貴様らまだ自我を持っておったか」

「ああ、おかげさまでな…」

「成る程あのシスターとやらに身代わりなる物を受け取っておったか。これは意外な伏兵だな」

 

もう思考盗聴されることに抵抗がなくなってきるのか奴の言葉に対して特に驚きはない。それよりも先程から感じている違和感の方が気になって仕方がない。

 

「では、今度は吾輩直々にトモダチになってもらおうではないか」

 

そう言いながらこちらにゆっくりとこちらに近寄ってくる、どうやらあの光はそう何度も発動できるわけではないようだ。

 

「クソ‼︎どうすればいいんだよ‼︎」

 

再び木刀を握る力を入れ踏み込む。時間稼ぎにしかならないが二人を逃すには十分だろう。

 

「ほう、この状況下でまだ吾輩に挑むと言うのか諦めの悪さはピカイチであるな」

 

奴はそう言うと今まで通りに構えると拳を振り落とす、俺はそれを側方に避け懐に一撃を入れようとするが。

 

「ライトニング」

 

ボソッと呪文が聞こえると電撃音が声と同じ方向から聞こえ、すかさず後方に跳ねると先程俺が立っていた足元が焦げる。続いて来た二撃目を木刀で受け止めるが、相性の悪かったのだろう、電撃を受け止めた木刀は目の前で爆ぜて柄のみが残った。

 

「何だ?もしや吾輩が魔法を使わないと思っていたのか?この身体は元々紅魔族のアークウィザードであるなら吾輩が使えるのも道理であろう?フハハハハハハハ‼︎残念であったな‼︎」

 

人間を傷つけないと言っていたバニルが俺たちに死のリスクを負わせた。それはつまり…

 

「つまらん事を考えていないで少しは体を動かしたらどうだ?」

「しまっ⁉︎」

 

気づけばバニルが眼前まで距離を詰めており、その手をこちらに伸ばしている。

この手に捕まれば加護がない俺はすぐさま皆と同じ様に洗脳されるだろう。

 

「安心するが良い、貴様さえ捕らえられれば後は…くっ⁉︎」

 

バニルの手が俺に触れそうになった瞬間、奴の体に向けて聖なる光が放たれる。

しかし、奴はそれを驚異的な察知能力で気づき後方に跳躍して躱す。

 

「まだそこに生き残りがおったか…」

 

バニルの向いた方向には教会のシスターが立っており、手には複数体の身代わりを持っていた。どうやら俺達と同じでこの光の洗脳から逃れていた様だ。

 

「カズマ‼︎リーンを連れて逃げろ‼︎後であの頭のおかしな紅魔族が来るんだろ‼︎それと合流して策を立て直して出直せ‼︎」

 

シスターの作った隙を見てダストが俺の後方から飛び出しバニルに特攻する。

 

「何いってんのダスト‼︎馬鹿なこと言ってないであんたも…きゃっ…ってカズマ⁉︎何すんのよ早くあのバカを説得して…」

「ダストが漢気見せてんだ‼︎ここはあいつの意見を汲んでやってくれ‼︎」

 

バニルに立ちはだかるダストを引き戻そうとするリーンを引き止め無理やり担ぐ。そして街の外に体を向けダストに一瞥をくれてやる。

 

「…リーンを任せたぞ親友」

「…任された親友」

 

お互いにその言葉以上は語らず、俺は暴れるリーンを背負いながら街の外へとただ逃げるのだった。

 



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バニル強襲6

暫く忙しくなりますので投稿が遅くなります。


それからは一心不乱にアクセルの街から飛び出して訳も分からずに走るだけだった。

あれだけの大規模作戦で皆で打ち合わせしても駄目だった。諦めようと思ってもダストとシスターのあの表情がこびりついて離れない。そして逃げることしか出来ないその事実が俺を苦しめる。

 

あれだけ煩かったリーンも街の門を出る頃には大人しくなっていた。どうやら観念したのだろうか…肩の辺りが湿っているから多分声を押し殺して泣いているのだろう。

これからどうしようか…。

めぐみん達合流するとしても時間がかかるし、それまでの間リーンと何処で時間を稼ぐかも問題になる。奴がいる以上街には戻れないだろう、それに冒険者が全滅した時点で街の住人達も洗脳されるのも時間の問題だ。

 

考えながらトボトボ歩いている内に気づけば前にクリスに案内された森の前に立っていた。

ふと誰かに案内された様な、不思議な感覚が心を包む。

 

「リーン悪いんだけど少し待っててくれないか?俺はこの森の奥に少し用事があるんだ」

「どうしてか聞いてもいい?」

 

目を腫らしたリーンは不思議そうに俺にそう聞いた。あの様なことがあった後にいきなり森に行くから一人で待っていてくれと言われたら、誰だって不安に思うだろう。

だが、だからと言って秘密の場所まで案内するわけには行かないのだ。あの場所は誰にも教えては行けないと、前にクリスが言っていた事がある以上今回は俺一人で行くしかないのだ。

 

「誰かは言えないけど隠れ家があるんだよ。主人は居ないかもしれないけどもしかしたらこの状況を打破するものがあるかも知れない」

「…そう、分かったわ。でも何か会ったら私は私で行動するから、戻って来て私が居なかったらそう言う事だと思って」

 

しばらく沈黙が続いた後に彼女はそう言い近くの気の根本に腰を掛けた。手にはロッドを握り小刻みに震えている。

 

「悪いな、それじゃあ行ってくる。多分ないとは思うけど俺より先にめぐみんに会ったら状況を伝えといてくれ」

「分かったわ」

 

一応の伝言を伝え、リーンに背を向け森の中へ進んで行く。

進み方に関する目標は以前と変わってはおらずに動物をモチーフにした木の人形なものが木の根本に立て掛けるように配置しており、それを目印にして干支の順列に沿って進んで行く。クリス曰く間違えると正しい方向に進むまで別の場所まで進むどころか戻る事まで出来なくなるらしい。

あの時はクリスがいたから安心して進めたが、今は俺一人なので心細い。

日は完全に落ち、森は完全な闇に包まれている。感知スキルを使用しているため見えないと言う事はないが、それでもこの状況はあまりいい気分ではない。

 

 

そのまま道なりに吸い込まれるように進んで行くとやがて前に見た泉のある空間にでる。

前にも見たが、今回は蛍も飛んでいるのか淡い光を放っている泉と相まって幻想的な雰囲気を醸し出している。

 

「おーい、クリス‼︎いるか?居るなら返事をしてくれ‼︎」

 

居ないとは思うが念のために彼女の名前を呼ぶ。

もし、彼女がこの場に現れてくれれば俺はどうすれば良いのか彼女に問い質してその通りに行動するだろう。だが、今までの経験からしてクリスはそれを許しはしないだろう、彼女はきっと俺のことを叱責し自分で考えて行動しろと背中を押してくれる。それがクリスと言う人間だろう。

分かっては居るがどうしても頼ってしまう。魔王軍幹部と渡り合ったと言っても所詮、俺と言う人間はそんな者でしかない。

 

どう言った原理か分からないが今だに淡い光を放ち続けている泉に近づき中を覗き込む。この中には今までクリスが回収した神具が他の人間に悪用されないように沈められている。

神具は持ち主以外の人間が使用すれば効果が制限されると言う。だが、それを加味しても神具は神具なので制限を前提として使用するのであればもしかしたらバニルに対応する逆転の一手になり得るかもしれない。

 

「ほっ‼︎」

 

着衣を全て脱ぎ去り泉の中に飛び込む。

正直に言えば罰当たりな気がしなくも無いが、今は緊急事態なので仕方がない。この状況なら管理人のクリスも許してくれるだろう。

泉の中は冷たく、まるで肝試しした様な背筋がひんやりとした感覚が全身を包む。目はゴーグルがないので開けない為、視界に関しては感知スキルで代用して周囲を探る。

 

「え⁉︎嘘だろ」

 

水の中だと言うのに思わず声が出る。感知スキルは範囲を絞れば絞る程にかなりの感知範囲を広げられる。だが、泉の中で発動した感知スキルでは泉の底まで探ることができず、底なしの沼のような底知れない感覚が返ってくるだけだった。

深追いは危険だと判断し、浮かび上がる最中に前にクリスが沈めた神具を取り出すには女神の力が必要だと言っていたことを思い出す。

と、言う事は現在の状況下では神具を取り出す事はできないと考えた方がいいかも知れない。となればここに来た事は無駄骨かも知れないが、まあめぐみんが来るまでの時間を稼げたと思うようにする。

 

泉から上がり体を乾かし再び装備を着込む。

腰に剣を掲てリーンの元に戻る為に後ろに振り向き、泉を後にしようとすると突如ガシャンと何かが後方で落ちる音がした。

突然のことに驚きながら振り向くと、そこには前にキールのダンジョンでクリスが背中に背負い振り回していたた太刀が鞘に収まった状態で地面に突き刺さっていた。

どう言う事なのか理解は出来ないが、なんとなくクリスが使えと言っている様なそんな気がした。

俺はそのまま太刀に触れ刃を鞘から引き抜く。剥き出しになった刃は衰える事はなく以前と同じような聖なる輝きを放ち、早く魔なる者を退治せよと言っているような気がしなくもない。

リッチーであるキールを退治した太刀、その力が衰えていないのであればこの刃はバニルの喉元に到達し得るかも知れない。

 

刀身を鞘に仕舞い、背中に背負う。刃が願いの結晶という概念的なものなのだろうか、先程まで背をっていた木刀と比べ重さは無く、移動している途中無くしても気付かなそうで怖い。

しかし、クリスは一体これを何処で手に入れたのだろうか?全てが終わったらシスターに聞いてみるのもいいだろう。それにはまずバニルをどうにかしてゆんゆんの体から引き剥がさないといけない。

 

 

泉に一瞥し森を後にする。

武器は得た、しかしそれを使用してバニルに立ち向かう事は決して簡単ではない。木刀でバニルに敵わなかった以上この太刀でバニルに立ち向かっても結果は知れている。

では、どうするか?

それをこれから考えなくてはいけない。

 

 

「遅かったわね…ってなんで濡れてんのよ?」

 

森の外に出るとリーンが入った時と同じ様に座って待っていた。待っている間に戦闘になっていないか心配になっていたが、その様な事はなかった様で着ている衣服にも乱れが無い。

しかし、俺の状態を見て疑問に思ったのか不思議そうに聞いて来た。

 

「ああ、ちょっと訳あって泉に潜ってきただけだ」

「え?何それ馬鹿じゃ無いの?」

 

俺の発言は事情の説明をする余地もなくバッサリと切り捨てられた。ダストが前にリーンは結構手厳しいと言っていたが、どうやらそうらしい。

 

「…とにかくだ、可能性の様なものは見つけた。これでなんとかなるかもしれない」

「可能性ってその長い刀の事?あんたがそんな物を使ってるなんて見た事ないけど大丈夫なの?」

「そこら辺はスキルで何とか代用するよ」

 

リーンに結構痛い所を突かれる。結局の所俺に太刀の扱い方に関する知識も経験もないのだ。

本来ならクリスにレクチャーを受ける所だが、現在クリスがいない為それが出来ない状況にある。なら仕方なしにクリスにやるなと言われている両手剣スキルを取るしか無いのだ。

常時発動型のスキルであれば冒険者カードでオンオフできるので問題はないのだが、スキルが少し無駄になってしまう。

話は少し戻るが、そもそも片手剣で敵わなかった以上両手剣スキルを取ったとこれで勝てないことに変わりは無い。

太刀というキーとなるピースは見つかったが、それの縁取るピースがまだ補完されていない状況にある。

 

「それで、この後どうするつもり?街には帰れないと思うし…近くの街にでも応援を呼びにいく?」

「いや、ここから他の街だと時間が結構かかるだろ。確か受付の人が王都に連絡をしてくれている筈だからこのまま待っていたほうが賢明かな」

「でもそれだと、あのいけすかない仮面に憑かれているゆんゆんはどうなっちゃう訳?」

「最悪ゆんゆんもろとも討伐されるかもな…」

「そう…あんたはそれで良い訳?」

「良い訳ないだろう、だからこうして考えを巡らせているんだよ」

「そう…なら良いんだけど」

 

考えに考えを重ねる。無いものは他から補えばいい話だ。

 

「取り敢えず、めぐみん達に合流しよう」

 

考えるのは後にして今は取り敢えず指針を決めることにする。でなければこのまま森の中で全てが終わるのを待つだけになってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

森で待つ事数時間。

リーンと交代でアクセルの街の前を見張りながら睡眠を取り彼女らの帰還を待つ。

もし、めぐみんらの到着が夜までに確認できなければ二人でバニルに対して行動を起こさなくていけなくなるので、事は状況を見ながら慎重に行って行かなくてはいけない。

 

「カズマ何寝てんのよ‼︎待っていた馬車が来たわよ‼︎今ちょうどめぐみんが馬車の窓に顔を出してるわ‼︎」

 

朝日が上がり昼の少し前に差し掛かる時にリーンが声を荒らげて俺を叩き起こしながらそう言った。

 

「マジか⁉︎よくやったリーン‼︎」

 

千里眼を使い遠くの馬車を覗くと、リーンの言っていた通り馬車の小窓からアクセルの様子を見る為かめぐみんが顔を出していた。表情に若干の焦燥感があるので虫の知らせでも感じたのだろうか?

 

「よし、それじゃめぐみんに合図を送ってくれ、なるべくアクセルの街から気付かれにくい奴で頼む」

「いきなりそんな事言われてもどうすれば良いのよ。私、発煙とか合図を出す魔法を私は習得していないわよ」

「マジか‼︎」

 

リーンにはリーンのいい所がある事前提に置いて貰いたいのだが、やはりどうしてもいつも一緒にいたゆんゆんを前提に指示をしてしまう。

 

「それじゃ何か風の魔法を頼む、一瞬でいいから周囲に目を配る様な感じで」

「オーケーそれなら大丈夫、良い魔法があるわよ」

 

リーンが詠唱している間に、取り敢えず剣を取り出し太陽光をめぐみんに向ける。これが日本なら訴訟問題なのだが、ここは異世界だから大丈夫だろう。

 

そして詠唱を終えたリーンは風魔法をそのまま馬車に向けて解き放った。

放たれた風の魔法はリーンから一直線で馬車に向かい小屋の屋根にに激突する。中にいた人達と後続の馬車に乗っていた人達もゾロゾロと降りてきて周囲を確認する。

 

「おい、あれは流石にやりすぎじゃないのか?思いっきり屋根が吹き飛んで行ったけど」

「しょうがないじゃない‼︎私でもたまには加減を間違える事ぐらいあるわよ」

「本当かよ、ストレス溜まってて憂さ晴らしにしたとかじゃ無いだろうな」

「そんな事ある訳ないじゃ無い‼︎」

 

ジトーと疑いの目をリーンに向けながらも反射光をめぐみんに向ける。流石のめぐみんでもここまでお膳立てをすればここに気付いてくれるだろう。

 

「ん?」

 

しかし、俺の考えとは裏腹に馬に乗っていた連中は暫し話合いをした後に各々いに武器を手に取り此方に向かってきた。

 

「どういう事だよ‼︎何でみんなこっちに向かって攻めてきてんだよ⁉︎俺だって気付けよ‼︎」

「いや、あんたがめぐみんに光を当てて目を眩ませているからでしょ…」

「あっ」

 

疲れが溜まっていたのだろう、きっとそうに違いない。

急いで剣を鞘にしまい両手を上げ降参の意思を提示する。

近づいて来る分にはめぐみんが居るだろうから話せば分かってくれるのだが、遠距離から魔法を放たれたら流石にどうしようもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…全くカズマはアホなことしかしませんね…」

 

あれから何とか無傷で合流し、前戦に居た人を何とか説得して何とかめぐみんに取り次いで貰った後、今現在こうして場所を変えて新たにセナを交えての話し合いとなった。

場所は流石に森の前を使うわけにはいかないので、町より少し離れた場所にテントを張りそこを仮の拠点という事にする。

 

「それはともかくだ、取り敢えず現状どうなっているかを説明するぞ」

 

テントを張ったりしたのもあるがあれから結局食事を取れなかった事もあり、お腹が空いていたので備蓄食を分けて貰い、お腹が膨れたところで話が始まった。

まずは簡単に俺がアクセルの街についてからのギルドの動き、そしてバニルによって洗脳を受け今のアクセルの街はどこぞのパンデミック映画の様な状態になっている旨を伝える。

そして、今度はめぐみんサイドの俺が居なくなってからの話を聞く。

あの後、俺が思っていた様にバニルに捕らえられてた方々を何とか発見救出し、各自応急手当をした後に麓の村に送り返す事などをしていたらしい。なので戻るのに時間は掛かったが戦力としては来た時よりも先遣部隊などを含めて増えているとの事だ。

 

「成る程…皆ゆんゆんの友達にされたという訳ですか…まるで阿鼻叫喚の地獄絵図ですね…私のお気に入りだったアクセルの街がデットアイランドになってしまうとは流石はゆんゆんに取り憑いているだけはありますね」

「俺もまさかゆんゆんにあそこまでの執着心があったとは思ってなかったよ」

 

一通りの状況報告が終わると、めぐみんは徐デカイ溜息を吐きながらそう言った。

それにつられ俺も溜息が出る。

 

「それでサトウさんはこの後どうなさるつもりでしょうか?」

 

恐る恐るセナが俺に意見を求める。状況が思っていたよりも最悪な事態に陥っているので彼女自身余裕がない様だ。

 

「このまま俺がバニルを叩くよ。魔法はゆんゆんの体を傷付けかねないしそれ以外に方法は無いみたいだ」

「そうですか…済みません結局何もかも任せてしまって」

「良いんですよ。これは俺達のパーティの問題でもありますから」

 

結局は身内の犯した揉め事なのだ。クリスがキールを狩った事で始まり、ゆんゆんがバニルによって乗っ取られた事で事態が悪化した。ならば俺によって事態を収束させるのが道理だろう。

 

「それでカズマはどの様にあの仮面を倒すのですか?いつもの様に作戦を立てて惨敗した以上今回はそれ以上を求められますよ」

「そうだな…それなんだが…」

 

俺の考えている作戦をめぐみんに説明する。ついでに俺の感じているゆんゆんに対しての違和感も森で考え予測が付いたのでそれも含めて意見を求めた。

 

「やはり直接対峙したカズマがそう思うならそうなのかも知れませんね。正直話を聞いた限りでは…まあ私の長年の経験からくる勘ではそうとしか思えませんね」

 

俺の感じた違和感は話を聞いただけのめぐみんもそう感じたらしく、疑いは確信へと変化する。

 

「話は戻りますが、それですとやはりカズマのステータスの低さが目立ちますね。まだスキルポイントに余裕はありますか?」

「まあ結構あるけど」

 

ゆんゆんの作り出した希少なスキルポーションを手当たり次第に飲んで居た為、ポイントにはやや余裕がある。

 

「では、皆に頼んでスキルを教わってください。出来れば種類の違う別方向からステータスの上がる支援魔法を重点的にお願いします」

「成る程な…」

 

 

 

 

その後、めぐみんに言われるがまま集められた人員からスキルを聞き、それを紙に書いて集計、選別しスキルを厳選していく。

支援魔法にも種類があり、いつも俺が使っているのはプリーストの汎用的肉体強化魔法だが狂戦士の持つオーバドライブみたいなものやモンクの打撃強化など、それぞれの職業に対しての支援魔法を選んでは取得していく。

残りは作戦に必要な攻撃技のスキルを予備を含めて何通りか取得する。スキルレベルを上げるよりも別の支援スキルを使用した方が魔力消費量は増えるが、その分得られる効果が大きい。

 

「カズマ、首尾はどうですか?」

「ああ、めぐみんか…そうだな沢山ありすぎてどうしようか悩ましいところだよ」

「まあ多いにこした事はありませんからね」

 

仮設された椅子に座り考えていると、横からひょっこりめぐみんが現れる。

どうやら彼女なりにゆんゆんに対して考えるところがある様だ。

 

「だけど、欠けてた作戦のピースは決まったよ」

「そうですか、それでは聞かせてもらいましょうかカズマの考える作戦とやらを」

 

フフフと意味深げに笑いながら作戦の説明を催促する。

あまり作戦を説明し過ぎるとめぐみんが作戦中偶然バニルとコンタクトした際に作戦がバレてしまう危険性がある為、なるべく具体的な説明を避けながらもめぐみんの行う行動を指示説明する。

 

「そうですか。私は別に構いませんが、それですとカズマが危険な目に遭いますが大丈夫ですか?」

「ああ、それに関しては問題はない。俺も多少のリスクは負わないとな」

 

めぐみんを作戦に組み込む以上そこに爆裂魔法が入って来るのは必然だろう。あくまで脅しで使うくらいなので爆発させるつもりはないが、それでも今回の作戦でダメだった場合俺もろとも引き飛ばすつもりではいる。

 

「よし、スキルも決まったし、そろそろ行動に出るか」

 

パンっと拳を突き合わせ景気付けに音を鳴らし、そのまま立ち上がると仲間全員を呼び集める。

 

作戦の説明になるのだが、正直人数で攻めても結果は前と変わらないので今回は俺一人でバニルの前に相対する事にした旨を伝え、他の皆には俺がダメだった場合にに備えて俺が注意を引いている間に街の皆を回収してもらう様に指示する。

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は既に夕暮れを超え夜の帳を迎えている。作戦の概要を伝え、皆配置についてもらう。

バニルの現れる座標は分からないが、そこはスクロールで派手に音の出るモンスターを集める類の魔法を打ち上げバニルに場所を教える。正直来るかどうか分からないが、奴の目的が街の人間を対象にしている以上俺もその獲物の一人含まれていると考えて良い。

自意識過剰かと言われればそうだが、それでも素体となっているゆんゆんとの過ごした日々に何かしらの影響を受けいると考えたい。

現在俺は太刀を背負い、前回敗走した街の広場に立っている。分かってはいたが俺が来たときにはダストもシスターも含め街の住人はすべてこの場所には居なかった。

 

「ほう、また貴様か…」

 

呆然と立ち尽くしていると、餌におびき出された様に後方からバニルが現れる。

 

「ああ、待っていたぜ。待ち遠しくて夢に出てきちまう位にな!!」

 

バニルが間合いに入ったことを確認すると、すぐさまもう一つのスクロールを発動させ打ち上げ花火の様な爆発球を打ち上げる。

この魔法は待機させている仲間をアクセルの街へと突入させる合図になっている。

 

「貴様な何を…」

「おっと、動くなよ」

 

事態を察知したのかバニルは街に戻ろうとするが、俺とバニルを中心に地面に魔法陣が一瞬にして描かれる。打ち上げた魔法にはめぐみんに爆裂魔法を発動させる手前で待機してもらう意味も込められているのだ。

 

「これは…この魔法陣は⁉︎」

「ああお前の知っている通り、あの忌々しいめぐみんの爆裂魔法だ‼︎悪いがお前を倒す方法がわからなかったんでなこのまま一緒に地獄へ行こうぜ‼︎」

「おのれ、小僧何を考えておるのだ⁉︎その頭を読ませ…何だその背中に背負っているものは?眩しくて敵わん」

「何?そうか。そういうことか」

 

反復練習を繰り返すことで何も考えずに言える様になったセリフを垂れ流す。

しかし、バニルの反応を見るに背中の太刀によって俺の思考を読み取ることができなくなっている様だ。バニルは悪魔でこの太刀の刃の部分は女神の祈りの結晶を鍛えた物を原料にしているので、相性が悪いのは分かっていたが思わぬ拾い物をした気分だ。

 

「ハッ‼︎どうした‼︎お得意の思考盗聴ができない気分はよぉ‼︎」

 

折角なので思いっきりバニルを煽る。考えを読まれないと言う事は周りくどい方法を取らずに直接バニルを攻めれる事になる。であれば俺の想定していた予定を大幅に早めることができる。

さて、バニルは果たしてこの切羽詰まった状態でどう行動に出るのか?逃げようにもゆんゆんの体ではめぐみんの爆裂魔法から逃げ延びる事はほぼ不可能と言っても良い。だとしたら俺の元に向かって来るしかないが、自爆を覚悟している以上この魔法が止まる事はない。

 

「何を考えているのよ⁉︎このままだとあなたも死ぬのよ‼︎」

 

考えを読めずかと言って逃げきれる状況でもない、切羽詰まった彼女はとうとう俺を説得に来た様だ。

 

「クックク…あはははははははははーっ‼︎」

 

予想通りの展開に思わず笑いが溢れる。俺の覚えた違和感はどうやら間違えでは無かった様だ。

 

「何がおかしいのよ‼︎私達死ぬのよ⁉︎」

 

俺がなぜ笑っていたのか気づかない様で彼女は俺の正気を疑ってくる。

 

「何故ってなあ?喋り方がいつもの女口調に戻っているからだよ、フハハハ笑いながらどこぞの貴族みたいにな口調で話してたんじゃないのかよ」

「…」

 

ハッと気づいた様で彼女は口元を隠しながら自分の失態に気づく。しかし今更戻そうとした所でそれは既に後の祭り、一度バレてしまったものはもう誤魔化せない。

 

「…いつから気づいてたんですか?私が私だと」

 

彼女は警戒を解かずに依然として俺との距離を保ちながらそう問い掛けた。バレた以上は隠すつもりはないらしい。

 

「アクセルでキースの状態を見た時から何となくそうじゃないのかと思ってたよ。バニルがなぜ友達を増やすかなんて意味不明だ、ならばゆんゆんが何かしらの暗示を受けたと思った方がまだしっくりと来る」

「そうですか…やぱっりバレちゃってましたか」

 

ああ残念私的にはうまく真似できていたと思ってたんですけど、と彼女は残念そうにそう言うと俺に再び向き直る。

 

「残念だったな。俺はこの街に来てからずっとお前と一緒にいたんだ動作仕草で大体の区別はつくさ…で結局お前の中で何があったんだよ」

 

「…そうですね。話せば長くはなりますが、簡単に言って仕舞えばキールのダンジョンで意識を失って気づいた時にはアクセルの街にいました。そこで私は気づいたんです、あのバニルさんの能力が使える様になっている事に」

「成る程な…バニル自身は何か言ってなかったのか?この力を使うが良いとか?」

「そんな事は一切、この仮面が離れない以外はあの人から何かされたと言う事はありません」

 

仮面を外す動作をするが彼女から仮面が剥がれる事はない。当然といえば当然だ、あの仮面には俺がセナからもらった札が貼り付けられている為、剥がすにはそれなりの手順が必要になる。

 

「それで、教会に行こうとか考えなかったのか?仮にもそれは悪魔だぞ」

 

いくらバニルが強いと言っても教会にいるプリーストの儀式を無意識の状態で受ければひとたまりもないだろう。

 

「ふふふ、そんなもったいないことする訳ないじゃないですか?この仮面が剥がれないのは嫌ですがそれでも何だかすごく気分がいいんですよ。今なら何でもできる様な気がします」

「成る程な…お前はそのままで良いと思っている訳だな」

「ええ、それで何かいけない事でもありますか?」

 

彼女は何も悪びれず今まで行ってきた行動に間違えなど無い当然の行いだったとそう口にした。

 

「いや、物事に正しいも間違いも無い。あるのはその人の都合だけだ」

「そうですよね、みんな自分の都合ばかりなんですよ。都合の良い時だけ友達と言って私が用があって近づけば友達じゃ無いとか正直その展開も飽きてきました」

 

そういえば前に酔っ払った時にそんな感じな事を言っていた事を思い出す。確かバイト代で散々おごらされた挙句、旅行とかではメンバーからハブられてそう言う友達じゃ無いとか言われたとか何とか。

彼女の行動は今までの人間関係の不和から来ているのだろう。

 

「そうだな、ゆんゆんお前はそう言う奴だったよな。だから街の住民をみんなキースの様な人形にしたって訳か?」

「ええ、その通りです。みんな私のことを友達と言って、それ以外のことは何もしない良い子達ですよ」

「しないと言うか何もできないの間違えだろ」

「いえいえ、カズマさんは何か勘違いをしていますよ。まあそうですね…私の友達を見たと言ってもキースさんくらいですもんね。あれはまだ初期段階ですよ、みんなこれからだんだん私の理想が染み込んでいって私の友達として生まれ変わるんですよ」

「あれの次が存在するのか」

「はいもちろんです。今度紹介致しますよ、昔と違って今の私には友達がたくさんいますから」

 

ふふふと不敵に笑みを浮かべるゆんゆん。しかし話しているとバニルがゆんゆんに何をしたのかおおよそ見当がついてくる。普段の彼女からは想像も付かない言動を見るにバニルは自身の記憶や思考を除いた能力の感覚を与え、彼女から羞恥心の感情を抜き取り代わりに傲慢さを増強させた様だ。

恐るべき凶行。引っ込み思案で恥ずかしがり屋な彼女から羞恥心を取り除けばこうなると予測していたのだろう。成る程、バニルが山を降りる時に言っていた面白い事とはそう言うことだったのか、物凄く悪趣味だ。

となれば俺がどうにかしてバニルの仮面をゆんゆんから引き剥がすことも想定していたことになる。

 

「ふざけやがって…あの仮面め…一度どついてやる」

「どつくですか?カズマさんは前の戦いで私に敵わなかったじゃ無いですか?そんな大太刀を携えても私に触れられない以上は無意味ですよ」

「確かにそうだな、少なくともあの時の俺じゃお前に触れることすら出来なかったさ」

「ならどうしてそんなに余裕な表情を浮かべているんでしょうか?確かに爆裂魔法を使えば私達もろとも吹き飛ばせますが、それですとカズマさんも死んでしまいますよ」

 

さあ、諦めて私と友達になりましょう、爆裂魔法もどうせハッタリでしょう?と彼女はそう甘言を言いながら俺の元へと歩み寄ってくる。

 

「それでお前は友達を増やしているつもりなのか?ゆんゆんの言う友達はそんな安っぽいものなのかよ」

「安っぽい?何を言っているんですか?」

「友達が出来たことが無いからって流石に捻くれすぎだろ?なあ、洗脳して簡単に友達なんてお手軽すぎだろ」

「…何が言いたいんですか?」

 

自身の考える友好関係の理想を否定された事により彼女の表情が曇る。

 

「友情っていうのは疑い疑われを重ねてやがて辿り着くものなんだよ。それを洗脳して作ろうなんておこがましいんだよ」

「何でよ‼︎カズマさんに私の何が分かるっていうのよ‼︎常に周りのみんなに取り囲まれてチヤホヤされて‼︎最初は私が居なかったら何も出来なかった癖に‼︎私の事なんか忘れたかの様に、いつの間にかクリスさんとかめぐみんとかと一緒に居る癖に‼︎」

 

後半は多分ゆんゆんの本音だろう。

やはりめぐみんの予想は当たっていた様だ。常々忠告を受けていたがすれ違いという奴だろうか、いつも一緒にいるから大丈夫だという慢心が彼女を傷つけてしまったのだろう。

だが、今はそんな事を気にしてはいけない。目的を忘れてはいけない。

 

「そんな事知るかよ‼︎いつも遠慮ばかりしてたら誘うコッチも気を使うんだよ‼︎ちっとはその引っ込み思案な性格をどうにかしたらどうだ‼︎」

 

もはや此処からは口喧嘩と言った方が良いだろう、より追い詰めた方が勝ちと言うシンプルなものだ。

 

「良い事を教えてやるよ、お前はこの後仮面を無理やり剥がされて次の日何事もなかった様にギルドに戻るんだ‼︎お前は良いかもしれないが、みんなはお前の事を軽蔑するだろうな‼︎だからと言って紅魔の里に帰ろうたってそうは行かないぜ、めぐみんに頼んで今回の件は里の皆んなに伝えておくからな‼︎友達欲しさに悪魔に魂売って街を乗っ取ろうとした卑しいボッチってな‼︎そうなればお前の居場所なんかどこにも無い‼︎どこにもいく宛がないお前はそのままこの街から出られず前みたいに受付のお姉さんくらいしか喋り相手がいない惨めな生活に戻るんだよ‼︎」

 

「…」

 

「現実はなにも変わらねぇよ‼︎例えそんなゆんゆんを受け入れてくれるコミュニティーがあったって無駄だからな、どんなに幸せな生活を過ごそうと今日まで行った悪行は消えはしない‼︎毎晩必ず夢に出る。お前は一生悪夢を見続けるんだよ‼︎俺が証明してやる」

 

「…るさい」

 

「何だよ?反論があるなら行ってみろよ?それともしばらく誰とも話さ過ぎて喋り方を忘れたのか?滑稽だな‼︎まあお前の友達はみんな人形だからそれでも大丈夫か‼︎本当に都合がいいな、お前の友達って奴はよ‼︎」

 

「うるさい…うるさい、うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいーーっ‼︎」

 

ブツブツと呪詛の様な言葉を吐き出しながらゆんゆんは俺に向かって襲いかってくる。雷の魔法や炎の魔法、様々な魔法を緊急回避と幸運に任せた感で回避し距離を詰めると彼女は回避と攻撃を兼ねて跳躍する。

しかし、それが今回の計画の肝であり最も難しいとされるファクターだったが、何とか果たせた様だ。

 

「悪いなゆんゆん、この暴言の謝罪はまた後でな」

 

感覚…つまり体感時間をを引き伸ばす魔法を使いながらゆんゆんに謝罪する。

ゆんゆんが飛びかかり切る前に自身に支援魔法をありったけ掛ける。事前に魔法を唱えておき、いつでも発動できる様にするスキルを使用する。代償として肉体にかかる負担が増す諸刃の剣だがこの刹那的状況下でその様な事は言っていられないだろう。

背中の太刀を抜刀高速化で瞬時に抜き取り構える。

使うスキルは単純でシンプルな横切りだが、意図としてはカウンター技に相当し俺の会得できる技スキルの中ではこれが最も命中率補正が高い技になる。

故にこうしてゆんゆんを怒らせて飛び掛からせる必要があったのだ。

 

「あぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁあ‼︎」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ‼︎」

 

獣の様な咆哮と共にゆんゆんがこちらに飛びかかって来る。それに対して俺は限界まで彼女との距離を詰め込んで横切りを放った。

互いが交差しゆんゆんの手が俺の頬をかすめる。そして俺は手に持った太刀を何とかバニルの本体である仮面に合わせて切り抜けた。祈りを凝縮させた刃である以上手応えの様な感覚はないが、それでも視界では刃が通り抜けた事を確認できた。

 

「ぐはっ‼︎」

 

仮面を切り抜き勢いそのまま着地に失敗して地面に転がる。

強化の代償だろう、本来のプリーストの支援魔法に追加で狂戦士の痛覚切断に自身の筋リミッターを解除させる強化魔法など様々なスキルを使用した為、俺の体は負担に耐えきれず動かせば動かすほどに組織が破壊されていき、その結果腕や足に内出血の痣がすごいスピードで広がってくのが目視で分かる程にダメージを受けている。

 

「く…うっ」

 

ゆんゆんの方へ目を向けると、バニルとの統合に不具合が生じているのだろうか、地面の上で苦しみながらもがいている。

俺は自分の体に回復魔法をかけ何とか起き上がると、それと同時にゆんゆんも立ち上がった。

 

「く…何事かと思って目を覚まして見たらよもやこんな事になっていようとは…」

 

話し方がバニルの物に戻っている。どうやら仮面を太刀で切り抜けた事により統率者であるバニルの人格に戻った様だ。

しかし流石は魔王軍幹部と言った所だ、あの太刀を喰らって意識を保つどころかゆんゆんの体の主導権を未だに握っているなんて予想外だ。

 

「へぇ…まだ動けるのかよ。流石は魔王軍幹部だな。よくも俺の大事な仲間で遊びやがって‼︎一度その汚い仮面を切り裂いてやるよ!」

「遊んだ?失礼な事を言うでないぞ小僧。我輩はこの小娘から羞恥心を取り除き目的を果たすことに専念できる様に調整しただけであるぞ、それを遊ぶだなんて恥を知れ!」

「思いっきり遊んでんじゃねえか‼︎ぶっ殺そすぞコラ‼︎」

 

思考を読めない事をいいことにハッタリをかます。正直言って動けるのは残り一動作くらいだろ、それ以上は俺の回復魔法で補える範囲を超えてしまうので、例え命を犠牲にしても増える事はないだろう。

 

「ほう、いいのか?その様に強がってしまっても?その小賢しい太刀のお陰で見通せないが、それでも見たところ貴様も限界の様では無いか?」

「はっ‼︎笑わせるな、絶好調だこの野郎‼︎」

 

太刀を構え再び臨戦態勢に入る。

 

「ふむ、中々に強情であるな。このまま行けば貴様も死ぬぞ?」

「そんなの百も承知だ、人間を舐めんじゃねえぞ」

 

爆裂魔法がある以上バニルが逃げる事はないだろう。そもそも奴には破滅願望ある以上、余程無様では無い限り魔王軍幹部として最後まで逃げずに冒険者である俺に相手をすると思っている。

 

「では仕方あるまい…我輩は一応忠告はしたぞ」

「諄いぞ‼︎」

「フハハハハハハハハ‼︎そうであったな貴様とはそう言う奴であったな‼︎」

 

再び奴は構える、そのフォームはやはり本物である事を象徴する様に細部まで一つの無駄が無かった。どうやら人間に危害を加えない自身の掲げた制約の様なものを放棄して俺を倒しに来るらしい。そしてその後方法は分からないが爆裂魔法もどうにかして逃げるのだろうか?。

 

「あの小娘が支配している時に倒しておけばよかった物を、貴様にしては詰めがだいぶ甘かった様であるな‼︎」

 

掛け声と共に奴は跳躍しようと足に力を入れる。

 

が、しかし。

 

「くぅ…何なのだこれは⁉︎あ…脚が動かん‼︎」

 

バニルは跳躍しようと足を伸ばした所までは良かったのだが、そこから先に進む事はなく、ただその場で足を伸ばした体勢で硬直してしまい、動かそうにも脚が痙攣を起こしている為動き出せないようだ。

 

「ふっ…どうやらお前の足は言う事を聞かないみたいだな、と言う事は今のお前は差し詰め翼をもがれた鳥だな‼︎」

 

どうやら先程の攻撃の後、奴は取り繕い無傷を装っていた様だが、実際には制御関係が乱れたままで脚が動かない様だ。

 

「おのれ小賢しい真似を‼︎こうなってしまっては流石の我輩も形無しになってしまうな…。だが…それでも吾輩は魔王軍幹部‼︎地獄の公爵バニルである‼︎死に方にも意地と言うものがあるのだ‼︎」

 

自身の持つプライド故か、奴は痙攣する足を気力で無理やり動かしながら物凄い気迫で此方ににじり寄って来る。

ここで引く物なら相手に失礼という物だ。

 

「引かぬ‼︎媚びぬ‼︎省みぬ‼︎ 公爵である我輩に逃走はないのだ‼︎」

 

奴は最後の叫びを上げながら両手掌を地面に突いて肘を曲げ、再び伸ばす時に出る運動エネルギーを利用しながら再び跳躍して俺の上方へと舞い戻る。

 

「心して食らうが良い小僧‼︎」

「ああ、お前もな‼︎」

 

突き出されるバニルの両手刀を眼前に俺は構えた太刀で迎え撃つ。

多人数の戦いであれば勝敗の決着までに多大な時間がかかるが、この様な一対一での戦いであれば勝敗の行方などは呆気なく付いてしまうものだ。

奴に余裕はなく俺にも余裕がない、そうなれば小細工なしの実力勝負になると言う訳だ。一度弱点である浄属性である太刀によって斬られているバニル、そして肉体に途方もない負担を強いて力を得る俺。

両者が交わった故に訪れた結果は俺の勝利だった。

 

「クソ…このような小便臭い小僧にこの我輩が負けようとは…」

 

二度目の仮面への攻撃に流石に耐えきれなかったのか、ゆんゆんに張り付いた仮面はようやく剥がれ地面を転がりながらボロボロと粉々に崩れていった。

 

「流石に今回は危なかったぜ…」

 

最初に洗脳の光を浴びたらどうしようかと思ったが、爆裂魔法の脅しが予想以上に効いていた様で最後まで発動する事はなかった。

ゆんゆんの安否を確認したい所だが、体が全然言う事を聞いてくれず動けなくなってしまっている。太刀は重く無い筈なのに手からこぼれ落ち地面を転がる、不思議に思い両腕を見ると気持ち悪いくらいに紫色になっている。

どうやら無理をしすぎた様で、両腕ともだらんと脱力し動かせなくなってしまう。何故冷静でいられるというと痛覚遮断を使用している為、痛みは全くもって感じないのが最たる理由だろう。

これは後で痛い目を見るな…

魔法陣は今尚も出続けているので止めたいのだが、両腕が上がらないので合図が出せない。

腕も上がらないしどうしようかと思っていると、突然目眩が現れそのまま膝から崩れ落ちた。

 



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バニル襲来〜日常

遅くなりました。次回も遅れます…


目を覚すとベットの上で天井から見るにどうやら教会に寝かされていた様だ。

 

「……」

 

起き上がり全身を動かし状況を確認する。

どうやら怪我や無理をした後遺症は回復魔法でおおよそ治っていたが、それでもやはり痛み自体は完治しておらず、手足を動かすと若干痛みが走る。

 

「おや、目が覚めた様ですね」

 

ガチャリと扉が開いた音がしたのでその方向を向くと、そこには果物を積んだバスケットを持っためぐみんが入って来た所だった。

 

「ああ、おかげさまでな。まだ全身に違和感があるけどそのうち治るから平気だろう」

 

率直に全身の状態を伝える。適当に誤魔化しても良かったのだが、めぐみんは意外にも勘が鋭い為隠した所で直ぐにバレるだろう。ならこうして伝えた方が後々の信頼関係的にもいい結果を持ってくれるに違い無いと思う。

 

「そうですか…まあ無理もない話です。あの後カズマは無茶した代償に全身痣だらけになりましたかね、正直駆け付けた時はカズマが死んでしまうのではないかと思ったくらいですよ。

「やっぱりそうか、悪い心配かけたな」

「いえいえ、止めなかった私にも責任がありますのでカズマが気にする事ではありません」

 

何だか普段雑に扱われている分こうして優しくされるとそれはそれでむず痒い感覚に囚われる。

 

「それでだ、ゆんゆんの調子はどんな感じだ?」

 

めぐみんの雰囲気から事件自体は収束している事が窺えるので早急に本題に入る。この部屋にあるベットは一台のみの一人部屋で他の患者はいない、普通であれば男女を分けるので元々居ないとは思うのだが特に身分の高くない俺が一人だけこうして隔離されると言う事は何かしらの理由があるのではないのかと思う。

 

「ゆんゆんですか?ゆんゆんならカズマの決死の捨身の結果無事に寝てますよ」

「何だその言い回しは…」

「ゆんゆんは取り敢えず無事ですよ。カズマよりも一日早く目を覚まして検査を一通り受けた後、記憶は残っていたのでその足で街のみんなに謝罪をしに街を回っていますよ」

「ゆんゆんの性格だからやっぱそうなるよな」

「それで先程おおよそが完了して疲れたのか、カズマが目を覚す前に寝てしまいましたよ」

 

どうやらゆんゆんは無事だった様だ。

バニルに取り憑かれて後遺症とかが残らないか心配だったが、それは杞憂だった様だ。しかし悪魔に憑かれると言うのはどう言った感覚なのだろう?最後の接戦の前に言った羞恥心と欲望のリミッターを外した的な事を言ってはいたが、そうなればある意味無敵になれるのではないだろうか?まあ、その後が怖いが。

 

「よっこいせっと」

「もう大丈夫なんですか?まだ寝ていても大丈夫ですよ。セナと言う方のおかげでここの入院費はおおよそ街が負担してくれるそうなので、カズマのお財布には全くのノーダメージですよ」

 

ゆんゆんの顔でも見に行こうかと思い起き上がったが、めぐみんからしたら入院費を減額させる魂胆に見えたらしい。

全くもって心外であるが、それでも普段の行いを思い返すとあながち否定できないので突っ込むのは勘弁してやる事にする。

 

…いやでも待てよ。

よく考えて見ればゆんゆんは今寝てるらしいし、起こすのはかわいそうだな。それに宿泊費は無料で休んでも名誉ある休日という事になる、ならばこのまま休んでしまった方が良いのではないだろうか?

 

「悪いなめぐみん…少しまだ調子が悪いみたいだ」

「そうですか、カズマが運ばれた時は全身の内出血が激しくて一刻を争う事態だったらしいですからね。しばらくはそうして休んでいてください」

「…おう」

 

普段見せる表情とは違って穏やかな表情を浮かべるめぐみんに若干の戸惑いを感じつつ布団に潜り込む。

何だか物凄い罪悪感を感じるのだが…。

しかし、覆水盆に返らず。一度言ってしまった事はもうどうにもならないのだ。ならそれはもう仕方ないと自分に言いかけせて、今日も穏やかに休むことにしようと思う。

掛け布団を持ち上げ本格的に眠りに入る。あながちめぐみんの言っていた事は的外れではなかった様で、眠る体勢に入って仕舞えばすんなりと眠りに入ってしまう。

 

 

 

ふと夜中に目が覚める。昼間から寝ていた影響だろうか、眠気などは既に無く頭はすっきりとしている。

こうなってしまうと何をしても眠れないので、夜風にでも当たって気分を入れ替える事にする。

重怠い体を動かしながら部屋を出る。ドアの向こうは今まで来た事が無かった階なのだろうか、ぱっと見教会の何処なのか分からなかったので取り敢えず上を目指す事にした。

教会の上には確か洗濯物を干す様な屋上があった様な気がする。まあ無ければ無いで別に構わないのだが。

 

「うお…意外に寒いな」

 

階段を上り屋上に出るとまだ冬の寒さが残っていたのだろうか少し寒く、腕をさすりながら手すりの方へと向かうとすでに先客が居たのか人影が見える、そいつは俺のよく知った人物で声をかける。

 

「…よう。気分はどうだ?」

 

そこにはゆんゆんが居て俺と同じ様に夜風にあたりに来ていた。

 

「カズマさん…起きていたんですね」

 

先日にあんな事があり俺に対して後ろめたさがあったのだろうか少し距離を感じる。

 

「ああ、おかげさまでな。それでお前の調子はどうなんだ?」

「…私の調子は大丈夫ですよ。カズマさんが無理をしたお陰でこうして無事に動ける様になりました」

 

バッと彼女は腕を広げて五体満足である事を証明する。

 

「そうか、それはよかった。俺も無理した甲斐があった」

「そうですね…でもカズマさんは何でそこまでして私を助けてくれたんですか?あのまま放置しておけば王都の方が派遣されて来るのに」

 

きっとギルドの冒険者の思考を読んだのだろう。俺達と別れてから彼女はバニルの力をある程度扱える様だったのを思い出す。

 

「逆に何でゆんゆんは街から逃げなかったんだ?王都から派遣される騎士を考えれば逃げるのが得策だったんじゃ無いのか?」

 

詳しく話すと其れはそれでややこしい事になるので話を逸らす。

 

「それは…まあそうですね。あの時の私はこの街でやりたい事がありましたので、それが済むまでは逃げるつもりはありませんでした」

「へぇ…それって何だよ?友達帝国でも作ろうとでもしたのかよ?」

「違いますよ‼︎あれは…その…何と言いますか…カモフラージュの様な物で…」

 

どうやらあの時に言っていた事は嘘だった様だ。しかしそれだと彼女の目的は一体何だったのだろうか?

 

「まあいいか。こうして誰の犠牲もなかったんだからそれで良かったんだよ」

 

ベルディア、デストロイヤー、過去の戦いではそれなりに被害はで…何だかんだ言って思いかえすとあまり被害はなかった様な気がしなくもないが、それでも今回は町の機能が一時的に停止しただけで、特に誰かが亡くなった様な被害は出ていないとのことだ。

ならそれ以外の事は知らない方がいいのかも知れない。

自身の度胸の無さに嫌気が差すが、それでも今は彼女とのこの距離感が心地が良かったのだ。

 

「そうですね…カズマさんがそれで良いと言うのであれば私もそれで良いと思います」

 

彼女は何か悲しげな表情でそう言った。

 

「それで?町のみんなには謝ったのか?」

「そうですけど…それってめぐみんに聞いたんですか?」

「まあそうだな?聞いちゃまずかったか?」

「いえ、別に構いませんけど。そうですね…今日周った所でおおよその家は終わったのですがまだウィズさんの所には行っていませんね」

 

まあ、あの時最後に後回しにして結局行ってはいないんですけど、と彼女はそう付け足す。

初心者の街とはいえアクセルも回ってみると意外にも広い。2日あったとは言え住民一人一人に話して回るとなるとそれはそれで時間が掛かるのだろう。

めぐみん曰く俺らが作戦会議している間にアクセルの街の住人に襲い掛かり老若男女全てを自身の友達に変えたらしい。

 

「だったら、明日は俺と一緒に回らないか?」

 

今回の件でゆんゆんが町の皆からどの様な扱いになったたのかが気になる。一応大丈夫だったとめぐみんから聞いてはいるがそれでも不安要素はあるのだ。

 

「私は構いませんが、大丈夫なんですか?体はまだ本調子じゃないんじゃ無いってめぐみんから聞きましたけど、そんなに無理をしたらまた治療し直しですよ」

「この位平気だ。あのシスターは口はかなり悪いけど、腕前だけは一流だからな。ほらもうこの通りだぜ」

 

心配するゆんゆんを他所に体を動かして大丈夫アピールをする。まあ多少は痛むがそれでも昼頃に比べれば大分マシになってきている。激しい戦闘は無理でも街を散策するぐらいには問題はないだろう。

 

「それなら大丈夫ですけど、何かあったら必ず言ってくださいよ」

「ああ分かってるって」

 

いざとなれば自身で多少応急処置ができるのでその辺りは問題ないだろう。

 

「それにしても心が読めるって便利そうだな、ゆんゆん的にはどんな感じだったんだ?」

 

明日の予定も決まり、特に話すこともなくなったので適当に会話を始める。適当と言っても一応気になってはいた内容になる、もしゆんゆんの口から奴の能力の詳細が聞ければ俺の冒険者カードに奴の心を見通す能力が追加されるかも知れないからだ。

そうなれば俺の戦闘に関して相手の行動の先を読める様になるのでかなりのアドバンテージを得られる事になる。俺のステータスの低さを補うにはもってこいのスキルだ。

 

「いえ…私自身どの様なものだったかと聞かれましても、正直よく分からないとしか答えられないですね…何かに例えるのであれば調べたい事が映像となって頭に入ってくる様な感じですかね?」

 

どう説明したら良いのでしょうか、と彼女は考えながらもどうにか表現しようと言葉を尽くすが、冒険者カードにスキル名が浮かばない以上無駄足に終わりそうだ。

 

「オーケーだゆんゆん大丈夫だありがとう。それで話は変わるんだけどあいつに取り憑かれて何か情報とか見れなかったか?」

 

よく映画などで見るような展開だが、意識を乗っ取られたりした仲間が敵と意識を共有して敵の本拠地や目的などの情報のイメージをトレースしたりする事があったりなかったり。もしかしたらゆんゆんも言わないだけで何かしら知っているのかもしれない。

 

「そうですね…一応この街の方達の表層意識をある程度読んだりはしていましたが、バニルさんに関しての情報は一切なかったですね…」

 

どうやら希望的観測は所詮希望的だった様で特に大した情報は得られていなかった様だ。

 

「成る程な…それは残念だ…ん?街の住人の心を読んだんだよな?」

「ええ…そうですけど」

「だったらその情報を利用して何かしようぜ、例えば知られたくない趣味とか秘密とか良い揺すりネタに使えそうだ」

 

何を言っているんですか…と若干引きながら苦笑いするゆんゆん。確かにしょうもない事かもしれないが、今回俺達が得た物といえばゆんゆんの持ち帰った街の人々の思考や記憶だろう。

 

「そんな事言えるわけないじゃないですか‼︎それに相手の思考を読めると言ってもそれに関連した事とかしか分からないですから知りませんよ‼︎」

「何…だと⁉︎」

 

どうやらバニルの見通す能力は、全ての情報を一度全て取り込み抽出するのではなく、読み取りたい情報を事前に指定しないといけなく興味のない情報は頭には入ってこないらしい。

 

「そんな事言っても何か気になる情報とか調べたんじゃないのか?」

 

暴走したゆんゆんが街に現れてから何日か経っている、普通の人間ならその間に時間を見つけては知りたい情報を知る事に専念するだろう。

 

「まあ、カズマさんだから言いますけど…確かに数人の方の記憶を幾らか覗きましたけど特に役に立つ様なものはありませんでしたよ。それに取り憑かれていた間の記憶が夢を見た時の様に徐々に薄れていっている様な気がします」

「そうなのか、それは残念だったな」

 

見通す能力自体ゆんゆんの物でないので、取り憑かれていた頃の記憶は徐々に失われつつある様だ。なら忘れない内に色々聞いて置きたかったが、そもそも街のみんなは重要そうな記憶を持ち合わせていなかった様だ。

だが、ゆんゆんの事だ、もしかしたら他人の事を配慮してあえて口を噤んでいる可能性も否めない。彼女の内気な性格からして人の事をそうベラベラと話す様な事はないだろう、普段からめぐみんの事を除いて他人の事情を話した事を聞いた事がない。

 

「はい、ごめんなさい…」

「どうした?別にゆんゆんが気にする様な事じゃないぞ」

「いえ、迷惑をかけてしまった上に何も情報を得られなくて…」

「そんな事一々気にすんなよ。俺からしたらゆんゆんがこうして無事に戻ってきてくれただけで良かったんだから、明日謝ってまたいつも通りにクエストに行こうぜ」

「そう…ですね。分かりました、ではまた明日」

 

彼女は目を伏せ、そう言い残してそそくさと部屋へと戻っていった。

何か言っては不味かったことでも言ってしまったのだろうか?疑問の答えは明日答え合わせするとして未だに眠気はなく意識は冴え渡っている。

 

 

 

まだ何処かにでも周ってみようかと思い一度部屋に戻る。

部屋に戻ると壁に例の大太刀が鞘に収まった状態っで壁に立てかけられている、てっきり置き去りになっているか紛失していたと思ったが、どうやらめぐみん辺りが気を利かせて回収してくれた様だ。

太刀を背負い部屋に備え付けられているフレアタイトの輝きを光源としたカンテラを拝借し、潜伏スキルを使用して教会を後にする。幸いにも誰にも遭遇することなく街に出て来れたが、あの事件の後始末の影響で暫く街の商店街は自粛を余儀なくされている様で明るかった店は暗くなっていた。

 

「マジか…」

 

思わず独り言が漏れる。時間をつぶす傍ら情報集でもしようかと思ったが、アクセルの街は現在休止中の様だ。そうなればやる事なんてものは無く途方にくれるしかないのだ。

そうなれば特にやる事もなければ眠るわけにもいかないので、適当にぶらつこうと暗闇に包まれた街の中を仕方なく進んで行く。

しかしそうは言ってもここは異世界なので何かしらのイベントがあるだろうと思っていたのだが、現実はそう甘くは無く何もない時に本当に何もない事はどこの世界も一緒な様だ。

街に掛かっている橋の手すりに体を預けながら茫然と川の流れを眺めていると、此の間リーンと森付近に避難していた時の様に後ろ髪を引かれる様な感覚を今度は背中に背負っている太刀から感じた。

どうやらまた何かに呼ばれているのだろうか。

特にやる事もなかったし、このままだと本当に何のために街まで降りてきたのか分からないので一か八か感覚を辿って行く事にした。

 

 

感覚を辿り、着いたのは予想通り例の森の入り口だった。今回も俺は見えない何かに誘われてノコノコとついてきてしまった様でそろそろ気をつけないと、何処ぞの頭の切れる敵の罠にハマってしまいそうで怖い。

森の前に立ちカンテラの明かりを灯し奥へと進んでいく。中の様子は前回と変わりはないのだが、時間が時間の為か不気味な雰囲気も相まってかとても怖い。

前の世界ならお化けなんて居ないと大見え切って進むのだが、この世界においてアンデットモンスターが居るので何もいないとは言い切れない。かと言って現れた時に関して言えば、現在の俺のコンディションは過去最高と言っても良いほどに充実しているので、むしろドンと来いと言いたい。

しかし、それはそれで突然現れるというのが今回の俺の恐怖心のネックだろう。感知スキルがあると言ってもそれをすり抜ける方法が無いとは言い切れないのだ。

 

 

そんなこんなで森を進んで行き例の泉にたどり着いく。

 

「やあ待っていたよ、でも随分と遅かったね待ちくたびれちゃったよ」

 

入るや否や奥にあった切り株に座っていたクリスから呼びかけられる。

どうやらあの後ろ髪を引かれる様な感覚を起こしていた者の正体はクリスだった様だ。

 

「色々仕組まれた様な感じだったけど、やっぱり全部クリスだったの仕業だったのかよ」

 

ほとんど考えるまでも無かったが、この太刀と言いどうも話が出来過ぎている様な感じがする事がずっと頭の奥で引っ掛かっていたのだ。

 

「まあね、本当だったら私が直接出向きたかったんだけど、色々忙しくなちゃって今回は君に御鉢が回ってきたわけさ」

「えぇ…」

 

はははは…と頭を掻きながら無邪気に彼女は笑いながらそう言った。

 

「まあでも無事何とかなったんじゃない。結果オーライってやつさ」

「そんな簡単に言わないでくれよ。こっちは危うく死にかける所だったんだぞ」

 

彼女が言う様に結果だけ見れば何とかなったのだが、その代償に街の皆はボロボロになってしまっているのだ。

 

「それで、結局何の用で俺をここに呼び出したんだ?この太刀だったら返すぞ」

 

背中に背負っていた太刀を手に持ち替え、彼女の方へと投げる。

正直に言ってしまえばもの凄くもったい無い行為なので出来れば回避したかったのだが、この太刀自体彼女の物なので返すのが道理だろう。

 

「おっとっと…危ないなもう、この太刀結構繊細なんだから扱いには気をつけてよね」

 

投げ飛ばした太刀を何とかキャッチしながら彼女は不満を漏らす。

 

「悪いな…つい力が入っちまったよ」

「もう、しょうがないな」

「それで、結局クリスって何者なんだ?あんまり他人の事情に踏み込んだりしない様にしてはいるけど、流石に今回は説明してくれないか?」

 

神具を集め、アンデット最高峰のリッチーすら倒してしまう盗賊の少女。正直言って俺たちみたいな転生者であれば納得できるが、そうであったのならまず白髪では無いはずだし魔王討伐に関しても積極的であるはずだ。

 

「そうだね…それに関しては…」

 

うーんと考える彼女、どうやら説明する気はないが、かと言って俺の扱いを蔑ろにする気はない様でどうやって話を逸らそうか迷っている様だ。

 

「まあ、答えられないんならそれで良いんだけどさ」

 

悩む彼女に助け舟を出す。前にも結論を出したが、現段階で彼女が俺にもたらす恩恵は小さくは無い。そのデメリットが彼女の存在の秘匿性の維持であったのなら寧ろ安いくらいだ。

それをわざわざ好奇心任せで藪蛇してしまったら元も子もない。黄金の卵を産む鶏を絞め殺す様な事はしないのだ。

 

「うん、なんか悪いね。でも話す気はない訳じゃないんだよ、ただ今はその時じゃ無いってだけで、いつかは話すつもりではいるんだよ」

 

いつかとはいつの事だろうか彼女は最後まで説明することは無かったが、それでもいつかはかの謎に終止が打たれるのだろうか。

 

「それで、他に用件とかあったのか?この太刀を回収するだけだったらわざわざ此処まで呼んだりはしないだろ?」

「そうなんだけどさ…また時間が空きそうだから今度は攻撃の手段について教えてあげるよ」

「お、良いね丁度その事について頼もうと思っていた所なんだよ」

 

攻撃の手段。今回のバニル戦で露見した俺の弱点…まあ正直ステータスが低いので悪魔に対して太刀で応酬するなどの何かしらの特攻が必要になるが、いつまでも攻撃だけが弱いってのも良い加減にして欲しかったと思っていた所だ。

 

「それでどうする?明日から行く?」

「いや、流石に暫くは休みだな。今回の戦いで大分無理をしたからな…その傷が癒えるまでは暫くお休みって感じかな」

 

流石の俺でもこのバットコンディション下でクリスの扱きに対して立ち回れる程器用では無いのだ。

 

「そっか、それは残念だね。なら…そうだね…」

 

おもむろに何かを考えるクリス。その表情には何処か悪戯を仕掛けようかと考えている子供の様な無邪気さがあった。

 

「うん分かったよ。それに関しては何とかなる様にしておくから君は安心して休んでいると良いよ」

「何だよ…なんか恐いな」

 

ウンウンとまるで匠のように頷きながらそう言う。

 

「それじゃ、もう私の用件は済んだよ。どうする?此処に泊まっていく?私は別に構わないけど」

「いや、流石に戻るよ。一応教会に泊めてもらっている身だから戻らないといけないんだ」

 

「そっか、それは残念だね」

「クリスはどうするんだ?街に戻るなら一緒に戻らないか?」

「それは今は遠慮しておくよ。まだ少し此処でやる事があるからね。それが終わったら街に戻るから暇な時にでも声をかけてよね」

 

ついでに彼女が何処を根城にしているか確認して見たかったがそうは行かないらしい。もしかしたら俺が泉に飛び込んだ事に関しての後始末がある可能性が無きにしもあらずなので、今日はこのまま解散する事にする。

 

「それじゃな、またよろしく頼むよ」

 

そう言い残しクリスを残して森を後にする。

それからは何事もなく教会に戻り、自分に当てられた部屋に入りベットに体を投げ出して眠りにつく。流石に森まで歩いたので疲れに身を任せて目を閉じる事で簡単に入眠できた。

 

 

 

 

 

 

「よし、それじゃ最後の挨拶回り改め謝罪周りに行こうぜ」

「あの…そこまで気分を上げなくても…」

 

俺の高過ぎるテンションについて来れないのか、オドオドと彼女はそう言いながらあまり目立ちたく無いとテンションを下げるよう俺に伝える。

 

「何言ってるんだよ、謝罪っていうのは体力と精神力を消費するんだよ。最初からそんなだったらすぐにバテちまうぞ」

「え、そうなんですか?でもわたし昨日は普通でしたけど」

 

昔ヘマした時に関係者全員に謝罪周りをした事があるのだが、その時はかなりに精神をすり減らされた物だ。なので今回は先にテンションを上げて下降していくモチベーションに対応して行こうって話だ。

 

「そんな細かいことは気にすんな。それじゃ行くぞ!おぉー‼︎」

「お…おー」

 

俺のテンションについて来れないのか後から続いて決起に参加する。まだバニルの件を気にしているのだろうか?そろそろ切り替えて欲しい物だ。

謝罪周りと言っても既にゆんゆんがおおよその街の住人の謝罪を済ませてしまっているのでやる事と言えばウィズのお店とその周辺だけだそうだ。

簡単そうに見えるが油断はできない。クレーマは数では無く質なのだ。99人が良い人でも1人厄介な住民が居れば全てが台無しになってしまうのだ。そうなれば面倒くさい事になる事待ったなしだ。

 

ゆんゆんを連れてウィズの魔道具店に向かう。

 

「邪魔するぞ」

 

ドアを開け、扉の上辺につけられたベルが鳴りこの店に客が来た事を知らせる。

本来なら何時もの如くウィズが慌ててやって来るのだが、如何やら今回は違うらしく予想外の人物が俺たちを出迎えた。

 

「ヘイ!いらっしゃい‼︎」

 

そう、そいつは顔上半分を仮面で覆った大柄の男。地獄の公爵にして見通す悪魔バニル伯爵だった。しかも何故かピンクのエプロンを前に掛けあたかもこの店の店員だと言う事を補聴している様だった。

 

「何でお前が居るんだよ‼︎お前はあの時ゆんゆんごと切り捨てただろ‼︎」

 

思わず声を荒らげ腰に帯刀した武器を引き抜きバニルに向かって振りかざす。

 

「謝りに来たのに騒がないでくださ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ‼︎」

 

遅れて店に入ってきたゆんゆんは俺の行動に呆れながら注意しようとしたが、店の中に居た人物に気づき思わず絶叫した。

 

「おっと、これはこれはいきなり物騒では無いか、未だに進む事に躊躇しているヘタレ小僧に、思い人の心の中を読んでそれで満足している一人小娘の凸凹コンビよ」

 

出会い頭早々に爆弾をぶっ込んでくるバニル。やはりこいつは生きててはいけない存在なのだ。

 

「行くぞゆんゆん‼︎この場で最終決戦だ。攻撃が読まれる以上大技かまして周囲ごと吹き飛ばしてやれ‼︎」

「わ、わかりました‼︎」

 

剣を抜き振り回す俺に詠唱をするゆんゆん。此処はあの時の様な洞窟では無いので、酸欠や巻き込みなどの心配をせず加減をしなくて良いぶん思いっきり暴れられる。

 

「フハハハハハハハ出会って早々戦いを所望か!貴様らの行動原理は短絡的かつ単純であるな‼︎」

 

ゆんゆんの詠唱にかかる時間を稼ぐためにバニルとの接近戦を繰り広げる。

しかし、奴ははなからやる気が無いのか俺の攻撃を避けるだけで一向に反撃して来ない。一体如何いうつもりだろうか、考えれば大凡の考えはついたが、だからと言って戦わない理由では無いのだ。

 

「カズマさん詠唱終わりました!早くそこを離れてください‼︎」

「分かった」

 

クリエイトアースにて生成された砂を握りながら奴にぶつけ後方に下がる。それを見計らい彼女は魔法を唱えようとした。

その時だった。

 

「ちょっ‼︎ちょっと待ってくださーい‼︎私の店で暴れ回らないでください!」

 

突如店の騒音に気付いたのか奥の部屋から突然ウィズが割って入って来る。

 

「ウィズ‼︎退いてくれそいつを殺せない‼︎」

「フハハハハハハ、そこのポンコツ店主が退いたところで貴様如きでは我は殺せまい‼︎」

「こっコイツ‼︎」

 

ウィズが間に入り再び膠着状態に入ると、彼女は何故バニルがこの店にいるのか説明し始める。如何やらバニルはこの店で働いてその給料で新しいダンジョンをウィズに作って貰おうという算段だったらしい。

 

「成る程な〜それで、何で倒したはずのコイツが生きてるんだよ。確かに灰になって消えるところを見たぞ」

 

コイツが此処にいる理由は分かったが、一番の疑問であるコイツが生存している理由がいまだにわからない。冒険者カードにも奴の名前と経験値が描かれていた以上奴を倒したという結果は嘘では無いはずだ。

 

「それであったらこれを見るが良い」

 

ちょんちょんと奴は自分の仮面を指差す。何だと思い覗き込むとそこにはナンバーを示すのかIIの文字が仮面の額に新たに描かれていた。

 

「あんな良く分からん刀で斬り刻まれては流石の我輩も敵わんからな、二代目バニルと言うわけだ」

「なめんな‼︎」

 

この世の理不尽に対して殴りかかるが、バニルにすっと避けられる。

 

「まあでも我輩を倒した事に変わりは無いからな、今回は褒美にこれをやろう」

 

そういい俺の目の前にズイっと顔を近づけると何か紙の束の様なものを差し出しした。

何だかよく分からないが、何かをくれるらしい。俺はくれる物は遠慮なく頂く主義なので躊躇いなくそれを受け取り内容を確認する。

 

「…何だこれ?」

「商店街の福引でしょうか?」

 

見慣れない物にゆんゆんが補足するが、そう言う事を聞きたい訳ではないのだ。

 

「これは商店街でやっている福引でな、アクセルの街で一定額以上お買い物をすればもらえる代物であるが、生憎こんな店に来る客がいなくてな一応券に店の名前が書いている以上何枚か捌けないとこの店が配ってはいないのでは?などと誤解を招いてしまうのでこうして諸君らに渡す次第である」

「要するにサクラになれって事か?まあ別に構わないけど」

 

「え?何渡しているんですか‼︎後で近所の皆さんに配ろうとしていたのに」

「うるさい、貴様が配ったところで別に変わらんだろ。だったらこの運だけは良い小僧に引かせてこの店でもらった券と宣伝してもらった方が得策であろう‼︎」

 

バニルの渡した券をしまうとウィズが驚きながらバニルに問いただし喧嘩が始まる。先程暴れるなと言っていたウィズの言葉がブーメランになっていたが正直レベルの違いを感じずにはいられない光景だった。

 

「よし、そのまま外に出よう。また入院する事態になりかねん」

「わ、分かりました」

 

争う二人を他所に店を後にして商店街へと向かう。

残りの謝罪周りを終え、券の裏に記載された場所に行ってみると、そこには人集りができており騒がしくなっていた。福引の最終日ということもあるだろう、一等の商品は未だにでては居らず周囲の人間はそろそろ出るんじゃないかと最後に詰めかけている様だ。

福引のガラガラに近づけば近づく程その周囲には殆どが男性客で埋め尽くされ皆絶望の表情を浮かべた人達で埋め尽くされていた。此処は地獄か。

 

 

幾星霜の屍の山を越えようやくその場にたどり着く。途中金髪の奴やら色々いたが面倒なので見て見ぬ振りをする。

 

「なんか大袈裟じゃないのか?」

「毎年この福引会はお祭り騒ぎなんですよ。何でも一等は旅行券で二等は可愛い女の子が沢山いる喫茶店みたいな所の特別サービス券が当たるらしいですよ」

「へーそうなのか。それはそれで気になるな、今度行ってみるか?」

「ダメです」

 

ピシャリと場が凍るとはこの事を言うのかと言わんばかりに鎮まり、ゆんゆんの表情が笑顔で固まった。

 

「お…おう」

「良いですか?カズマさんは関わろうとしてはいけませんよ」

 

多分だが、ゆんゆんはその場所が示すところを知っているのだろう。それかバニルに取り憑いた時に覗き見たのだろうか?何にせよ関わらないのが一番だ。

ゆんゆんは本気で怒らせる方が難しいが、怒らせると手がつけられなくなる程だと前にめぐみんが言っていた気がする。

 

「と、とりあえず引いてみようぜ。運が良いって言ってもそう簡単に賞が出る訳じゃないんだし」

 

話を戻して券を受付に渡してガラガラを回す。こう言う物はどうせ当たりが出ないと相場が決まっているのだ、所詮はお祭りで話題作りになれば良い程度の賑やかしだから楽しめればそれでOKなのだ。

回数は5回ほど、あまりに沢山渡せば不正を疑われるのでこの枚数だが、できればもっと欲しいくらいだ。

 

「これは…」

 

一回一回溜めても面倒なので一気に回すと、最初に黄金色の玉がこぼれ落ちそれに続いてカラフルな玉が続いて落ちていった。

 

「一等出ました〜!!他にも多数の賞が‼︎これは稀に見る幸運の持主です」

 

カラカラとベルを鳴らされ、旅行券が渡される。他の券も渡されるが、それはゆんゆんがちゃっかり受け取り俺の元に返ってくる事はなかった。

 

「やりましたね、それでどこの旅行券ですか?」

「まあ待ってろって」

 

周囲の歓声の中渡された封筒を開きの中に入っている券を引っ張り出し内容を確認する。

 

「えーとアルカンレティア2組様ご招待だってさ」

 

券の絵を見た感じ温泉街の絵が描かれていた。丁度二人とも体がボロボロなので良い湯治になりそうだと期待に胸を膨らませる。

 

 

 

そう、この時の俺はまだ何も知らなかった。これが地獄の始まりだったとは…。



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アルカンレティア1

その後俺は旅行券片手に屋敷へと戻る。

めぐみんに朝教会を出る前に屋敷に戻ると伝えているので、中に入るとラウンジで既にソファーに横になって寛いでいた。

 

「おや、ようやく二人ともお戻りですか、待っていましたよ。この時を」

 

出迎えてくれためぐみんは、何故か死んだ様な目でこちらを見ながらわざわざ倒置法を用いて俺たちの帰りを迎えてくれた。

 

「どうしたのめぐみん?」

 

後ろから心配そうに何があったか聞き出そうとするゆんゆん。

しかし、めぐみんはそんなゆんゆんにお構いなしにのそのそと近づいて来る。そしてジーと俺らを眺めた後にその口を開いた。

 

「や…屋敷の…掃除が…追い付きません‼︎」

 

「「な…何だって⁉︎」」

 

驚愕の声が屋敷中に響き渡る。

それもその筈、この屋敷の掃除当番は3人休みなしでローテンションをしてようやく何とか回っていた所だったのだが、今回の騒動で二人が当番から外れてしまったので、それを彼女一人で負担しなくてはいけなくなってしまい、掃除に手を回す暇などなく今に至る様だ。

確かに、言われて気づいたがこの広い屋敷を一人で掃除し切るなら殆ど一日を使い切らないと無理に近い。かと言ってめぐみんは俺達の見舞いや各種手続きを任せていた以上掃除に時間を掛けられるほど暇ではなかっただろう。

旅行券が当たり調子に乗っていたツケが返ってきたのだろうか。少しでも負担を減らそうと先程まで掃除をしてくれていためぐみんの表情を改めてみると疲れ切っている。

 

「よし、仕方ない‼︎今日中に終わらせて話の続きをするぞ‼︎」

 

パンと両手を合わせ鼓舞する。

めぐみんは旅行券の話を知らないので頭に?マークが浮かんでいるが詳しくはまた後に話をする事にして早めに掃除を終わらせなくてはいけないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふー何とかなったな!」

「そうですね…正直に言えば明日になってしまうかと思いました」

 

疲れためぐみんに回復魔法をかけ、その後俺を含めた3人に支援魔法をかけようやく屋敷の掃除が終わった。

正直に言えばめぐみんが先に少しやっていてくれなかったら危なかったかもしれない。屋敷にはたくさんの部屋が配置され誰も使用していないため埃が大量に積もっている分大変なのだ。

 

「それで、何か話したいことがあるような事を言っていましたけど何かあったのですか?」

「そうだった掃除に夢中ですっかり忘れていたよ」

 

3人ともラウンジでグッタリとしながらも掃除を終えた達成感に酔いしれているとめぐみんが思い出したように聞いてきた。

危うく忘れるところだったとポケットから大事にしまっていた旅行券を引っ張り出す。

 

「見て驚けよ‼︎さっきクジ引きを引いたら当たったんだよ‼︎アルカンレティア2組様の旅行券が‼︎」

 

思わず俺も倒置法を使い説明する。その姿はまるで言葉を覚えて使いたがる小学生のようだった。

 

「え?あのアルカンレティアですか?」

 

喜びの余り狂乱すると思っていたが、どうやらそうでは無くむしろ何処か嫌な表情を浮かべる。色々な所を回ってきた彼女の事だ、もしかしたら一度アルカンレティアで過ごしたことがあるのかもしれない。

なので一緒に喜べない事に後ろめたさを感じているのかもしれない。

 

「まあ、取り敢えず2組様案内だから後一人誘えるからな。誰か仲の良い奴とかいるか?」

「「…」」

 

俺の何気ない言葉で先程まで賑やかだった場の空気が凍りつく。

 

「あっ…」

 

自分で言って、言った事に後悔する。

そう、このパーティーメンバーは内輪の結束が強すぎるが故に外の方達とは若干疎遠なのだ。特にゆんゆんに至っては俺に会うまでは言葉を発さない日もあったらしいし、前回の事件があってからまだ日が浅い。めぐみんも仲間になったパーティーから迷惑がられている節がある。それに俺も代替の聞く冒険者で中々関わる機会もない。

そうなってしまってはもうお手上げなので仕方なしに3人で行く事にする。

 

「…仕方ない3人で行く事にするか」

 

頭を掻きながら仕方ない雰囲気を出しながらそう言い取り敢えず話を進める。この議論を続けると朝までそもそも友達とは?などとよくわからない定義を決めるだけで朝まで時間をかけてしまいそうだ。

大体急に温泉に行くだなんて決まって、メンバー以外の人員が早急に見つかるなんてそうそうないのだ。そもそも急に誘って決まるなんて小学生までだろう、皆それぞれに事情というものがある以上それを慮る事が大人というものだ。

…まあ、予定を期限ギリギリまでずらせばどうにかなりそうだが、それはそれで面倒なのでそういう事にしておく。

 

「まあ、そうですね。折角のパーティーなのですから、無理して貧乏臭く他の人を誘わないでたまには3人で行こうじゃないじゃないですか」

 

俺の放った適当な発言に納得するかの様に腕を組み頷きながらめぐみんはそう言った。なんだかんだ言って3人で遠くの方へ行った事はなかったなと思い出す、俺も思った通り今回は3人で行った方がいいだろう。

 

「わ、私も3人で行った方がいいと思ったわよ‼︎」

 

それに便乗してか、ゆんゆんも食い気味にそう言った。彼女の事だ、多分になるけど他のメンバーを誘ってワイワイ行きたかったみたいだがこの世界にも多数決の理論がある為、みんなの意見に反対は出来なかったのだろう。

それに誘うと言ってもおおよその予測はつく、おおかたリーン辺りを前回のお詫びと言う大義名分で誘うのだろう。それも別に構わないのだが、そうなればほぼ確定でダストらが付いてくるだろう。しかも金銭は俺ら持ちで、そうなれば折角の湯治も台無しになってしまうので、やはり今回は3人で行った方が良いだろう。

 

「と、言うわけで明後日の朝には出発するから明日まで準備よろしく‼︎あ、言っとくけどおやつの金額に制限は無いからな」

 

適当に決めたルールを説明し、準備を促す。

何故明後日になったかは二人には説明しなかったが、その理由は単純なもので単に何か事件があったら嫌だからだ。ここ最近ベルディアといいバニルといいたて続きに事件が起こりすぎている、今現在はバニルの後で落ち着いているが、油断すればまた直ぐに事件だなんだ起きそうなので、安全な今の内にさっさと行って楽しんでおかなければまた何か事件が起きてしまいそうな嫌な予感が拭いきれないのだ。

本当であれば明日にしたいのだが流石に明日は掃除の疲れがある為それでは酷になるので、丁度疲れが取れる明後日にする事にしたのだ。

 

「分かりました」

 

二人の返事を受けてから部屋を後にする。

自分に当てられた部屋に戻ると、掃除した筈の部屋の窓が曇っている。どうやら拭き残した洗剤だろうか?と思いながら近づくとそこにはお礼の文字が書かれていた。

手で拭うとその文字は呆気なく消えてしまう。どうやら誰かが息を吹きかけて曇らせた所に指か何かで文字を書いたようだ。

犯人はおおよそ見当がついているが、だからと言って俺から何かできると言うわけでは無いのだ。相手は幽霊である以上退治することは出来るがそれ以外のことをこちらから出来ることはないのだ。

 

「…はぁ」

 

まあ、特に害は無いしアンデットモンスターと対峙した経験が短く無いので耐性も出来てきた気がしなくも無い。それに干渉してきた内容がお礼を言うだけならこちらとしても動く必要はないだろう。

部屋の電気を消し布団に潜るとそのまま目を瞑り眠りに落ちる。

 

 

 

 

 

 

朝目覚めた俺は、普段なら二度寝をする所を素直に起きてそのまま街へと繰り出した。

まだまだ冷え込む中、俺は事前に買っておいた予備のコートを羽織りながら重い足取りでウィズの店に向かう。

内容は単純に旅行に必要な物資の購入と、アルカンレティアまでの往復の時間や名物などの情報を聞きに行こうかと思っている。そして何故足取りが重いかと言えば単純に店でバニルが働いている為、殆ど間違えなく思考を読まれて辱めを受けるであろう事が予想できるのでそれが憂鬱だ。

 

「邪魔するぞー」

 

朝早いと言っても、俺の生活サイクルと比べて普段より早いだけなので店が開店前で開いていないと言う事は無く、扉を開ければそこには店の従業員が俺の予想通り働いていた。

 

「何?邪魔するだと?普段から真面目に働きながらあまつさえ余計な事しかしないポンコツ店主に代わり店を切り盛りしている我輩の仕事を邪魔しようと言うのか‼︎」

「そんな‼︎酷い‼︎私の事そんな風に思っていたんですね!」

 

扉を開けて早々酷い言われようだった。ついでにウィズも巻き込まれ彼女は涙目でポンコツ店長の名前を撤回するように訴えていた。

はーやれやれと困った人間どもだ、とバニルはそう言いながら一人勝手に呆れ返っていた。いつかお灸を据えてやりたいがそれはまた夢の夢だろう。

 

「ほう、珍しい客人かと思えば小僧だったか。何々…成る程な、アルカンレティアに行くからその準備というわけか、それで物資を我が店で揃えようと言うのだな。小僧にしては中々に殊勝な心がけだな、貴様のその行いの褒美にこのバニル人形をくれてやろう。なに遠慮するな、昔に作ったのを忘れて埃をかぶった物であるが中々のものであるぞ」

 

「わーそうなんですか⁉︎と言うことは福引を当てられたんですね!おめでとうございます‼︎」

 

天国と地獄が同時に襲いかかってくる。バニルに至ってはそもそも何がしたいのか行動の意図が読めない。だが、だからと言って帰る訳にはいかないので陳列されている商品を眺め品定めする。

 

「そうだ小僧、貴様時間は空いているか?少し話したい事があるのだが」

「あん?」

 

旅行に役立ちそうな商品を眺めているとバニルから声がかかる。おおよその事なら一人でこなせる悪魔が一体俺に何の用なのだろうか?

 

「貴様、何やらよく無い事を詮索しようとしているな」

「いや別にいいだろ?一々人の心を読むなよ面倒くさい」

「ほう、我輩にそんな事言ってもいいのか?あまり失礼な態度を取るのであればあの…」

「はいはい分かったからお前は黙っていろ‼︎」

 

何かを言いかけるバニルの口を塞ぐ。コイツに喋らせると本当にロクな事が起きない、やはりあの時復活しないように手心を加えて封印しておけばよかったぜと思わずにはいられない。

 

「それ何か用でもあったのか?この後も用事があるから早めにしておいてくれよ」

「…まあ、この後本当は用事はない事は分かってはいるが我輩も無意に時間を潰したくは無いのでな出来るだけ早めに話を済ませてやろう。うむ、そんなに心から感謝しなくても良いぞ」

「心を読める事をいい事に人の考えをでっち上げるんじゃねえぞ」

 

「まあ、そんなどうでもいい事はさておき、さっさと話を済ませてしまおうでは無いか」

 

そう言いながらバニルは店の奥の部屋に俺を案内する。前にウィズにスキルを教わりに行った部屋とはまた違い、新設したのか豪華な客間のような部屋に若干の戸惑いを感じる。

 

「何が目的か?と考えているようだな。その辺は安心するがよい、別に取って食ったりする様な野蛮な事はせん」

「逆に食われたら怖えよ」

 

部屋に設置されたソファーに腰を降す。座り心地は客間に設置されているだけあって中々に腰にフィットする様で悪くは無い。

俺が座った事を確認すると奴は俺の正面の席に座り何やら封筒に仕舞われていた資料を俺に向けて渡す。

 

「何だこれ?」

「まあ、簡単に言えば契約書のようなものだ。貴様が何処から来たのかは貴様自身が一番よく知っているであろう。そこでだ、小僧、貴様のいた世界の道具をこちらで作って売買する気はないか?」

「あ?」

 

いきなり突飛押しない話に唖然とする。

そんな俺を見かねたのかバニルは話を続ける。

数十分に及ぶバニルの長い講演に近い話を聞きまとめると、俺の世界について見通した結果、この世界にはないアイディア商品がが俺の元いた世界には多く存在するらしく、俺と協力してそれらをこの世界で再現して商品化しようと言う話だ。

まあ、悪い話ではないが、この案件を持ってきたのはバニルである以上どうも胡散臭さが拭い切れない。相手は悪魔である以上俺の意にそぐわない形で契約が履行されてしまう可能性があるので後々何かあった時に怖いのだ。

 

「まあ、貴様の事だ、どうせ我輩の事を信じられないと思っているだろう事は予想済みである。なのでこうして契約書を持ってきた次第なので早々に読んで欲しい」

 

思考が筒抜けなので感情をいちいち誤魔化したりはせずに奴の差し出した資料を奪うように引っ張り内容を確認する。書かれている内容はソーシャルゲームの規約のような内容がメインで、特に問題がないように見えるがバニルのことだ、きっと何処かに俺の不利な内容が書かれているのではないのか?と疑心暗鬼になり書類の隅々まで舐め回すように眺め確認し任侠映画に出てくるエリート皮肉営業マンがいいそうな文言がない事を確認するが、特に書いてある事は一般的なもので問題がないように見える。

 

「それで暫くその物を再現した物を俺に作れって事だな」

 

物を売るにもまずその現物が必要になってくる、それを最初に俺に作らせてそれを奴自身が評価してそれが良ければ量産して販売し、その売り上げから幾らかを俺に報酬として渡すという形式になっている。それとは別に商品の利権を売るという形もあり、それになれば一度に大金が手に入るという形になる。

目減りする貯金を気にして毎月の配当のようにするか、売れ続けるかは運になるので最初に大金を受け取るという物も悪くはない。

 

「そうであるな、まあまだ急ぐような時でないのでゆっくりと温泉にでも浸かってくるが良い」

 

どうしようか悩んでいるとバニルが気を使ったのか決断までに猶予をくれるらしい。他の冒険者にも誘いを掛ける予定でもあるだろうか、もしそうならは早い段階で決めなければいけない気がしなくもない。

タイムイズマネー、時は金なのだ。

 

「分かったよ。取り敢えず前向きに検討して暇があったら考えておくよ」

 

社会人が断る際に使う常套文句をかましこの場を切り抜ける。別に断るつもりは無いが、念のためと言う逃げ道を作っておかなければ後々何かあった時に困る事になる。

 

「ふむ、何だか腑には落ちないが貴様が前向きに考えている事は分かった。であれば此方から強く言う必要はあるまい」

 

ではそのまま買い物を続けて帰るが良い、と奴はそう言いながら部屋のドアを開けて俺の退出を促す。

 

「あーはいはい、用が済んだら出て行けって事だな」

 

適当に嫌味をかまし部屋を後にする。まあそれ以外に何かあったらそれはそれで嫌だが…

豪華な部屋を後にして元の商品棚のある部屋に戻るとウィズが何だったのでしょうか?と不思議そうに此方を覗いているが、この事を説明するとまた空回りして良からぬ事をしでかしそうなので止めておく。

 

適当に品を選び会計を済ませる。

荷物を纏めて屋敷に戻ると二人とも外出しているのか姿が見えない。二人で何処かに買い物にでも行っているのだろうか?

 

取り敢えず纏めた荷物を崩してそれぞれ用意した鞄に詰めていく。食事関係は足が速いので明日買うとして他に何か必要かと考えると特に思い当たらないので適当に武器防具でも見に行こうかと思う。

 

 

 

 

 

 

「やあ、奇遇だね。もしかして探してた?」

「いや別に」

「えぇ…人が陽気に話しかけたのに君は随分と冷たい事言うんだね」

 

どうしようかなと漠然とした気持ちできながら武器屋に向かう途中偶然クリスにバッタリと遭遇する、凛とした普段の表情は朗らかに緩んでおり何かいい事でもあったのか随分とご機嫌だった。

 

「冗談だよ。それで?クリスこそわざわざ俺に話しかけるくらい何だから何か用でもあったのか?」

「いや別に無いよ」

「無いのかよ…」

 

これが俗に言う呼んだだけと言う奴か…いや違うな。

 

「だったらここで稽古でもするのか?俺は別に暇だから構わないけど」

「…あーまあ普通ならそうなるよね…うん、分かったよやろう」

 

クリスは何かがっかりしたような表情を浮かべながら公園へと俺を案内する。この短い間に一体何かしたのだろうか?

何にせよ何も言われない以上改善のしようがないので此処は何も考えないようにして彼女の示すがままについていく。まあ仮に指摘されてとしても従うつもりは無いのだが。

 

「それじゃあ始めようか。えっと何処まで教えたっけ?」

 

公園に着いて早々質問が来る。

 

「此の間は攻撃の方法を教えてくれるって言ってなかったけか?」

「そうだったね、ごめんすっかり忘れていたよ」

 

恥ずかしそうに頭を掻きながら彼女はそう言うと、何処からか持って来たのか分からないがいつの間に腰に帯刀していた木刀に手を掛ける。しかも鞘の付いているあまり見かけないタイプのそれに若干の違和感を感じる。

 

「それじゃあ今の君の実力を見たいから掛かってきなよ」

 

そう言いながら彼女は俺に同じ様な、と言うかほぼ同じ規格の木刀を投げながら俺に渡す。今回はこれを使えと言う事だろうか?

彼女はそう言いながら木刀を鞘から引き抜き前に構えると、不適に笑いながら俺を挑発する。

 

「随分といきなりなんだな…まあ別に俺は構わないし手っ取り早いから良いんだけどさ」

 

満更でもなさそうな態度で腰に掛剣を鞘から引き抜く。ちゃっちそうな作りに反して物は良い様で、柄の摑んだ感覚はそこら辺の木刀とは一線引かれた様な気さえ感じる程芯の通った物だった。

木刀を握り前に教わった構えでクリスと相対する。残酷な事にこうして実力をつければ付けるほど彼女と俺の実力の差が明確に分かる様になってくる。

 

「どうしたのさ?いつもみたく掛かって来ないの?」

 

どの様に行こうか攻めあぐねていると不思議そうに彼女が尋ねてくる。

単純に言って今の彼女に隙が全然見えないのだ。まあ無いと言っても全然無いと言うわけでは無いが、それでも目に見える形で存在する隙はどう見ても罠である可能性が高い。

 

「分かったよ」

 

来いと言われて行くのも何だが、それでも行かなければそもそもの修行にならないのだ。

返事と共に木刀を構えてクリスに向かう。

基本的にクリスとの戦闘訓練に関して攻撃系の技スキルは禁止となっている。スキルによる技はかつての使い手の技を再現出来る代わりに動きが型となって読まれ易くなってしまうのだ。

ならばどうすれば良いのかと言えば単純に自分で考えた技で応戦するしか無いのだ。スキルによる技の再現の途中の体は絶対的に動きの制限が出てしまうが、自身で考えた動きに制限は掛からないので応用が効くとの事で、暇な時があったら考えておいてと言われていた事を思い出す。

 

なのでこうして適当に考えついた型でクリスに斬りかかるが、彼女はそれをいとも簡単に弾き、俺の腕が上に挙がった隙に俺の懐に潜り込むと木刀を持っていない方の腕で俺の鳩尾に掌底を食い込ませる。

 

「ーーっ‼︎」

 

内臓がひっくり返る様な痛みに思わず声なき声で叫びながら悶える。

本来は地面に転がりながら痛みが引くまで待つ所だが、それを今してしまえばクリスの追撃を招く事になってしまうので全身に力を入れ気合で痛みを誤魔化し耐える。

 

「これを耐えるなんて、意外にやるね。日々の鍛錬を欠かさなかったからかな?」

「それは…どうだったかな‼︎」

 

再び木刀握り直し、再び構え直して彼女に相対する。

相変わらずこちらの攻撃はクリスに当たることは無く、反対に彼女の攻撃は俺に外れる事なく的中する。

 

「クソッ‼︎これじゃ修行にならないだろう‼︎」

 

悪態を吐きながらも反撃の応酬に対応する。クリスは一見攻撃している様に見えるが、何回もボコボコにされている内にただ俺の攻撃に対して反撃しているだけでしか無い事に気づく。

成る程な、と心の中で思う。実戦では攻撃をした際それが中途半端であったなら反撃を必ず受ける。考えている事は当たり前だが、実際は反撃を予想して攻撃を詰めていき隙を作り大振りの攻撃をとどめに持って行くのがセオリーなのだろう。

まあ、だからと言ってここまでやる必要はあるのかと言われればどうなのだろうかと疑問は残るが。

 

考えを改め直しクリスの反撃を予想しながら攻撃を放ちながら彼女を追い詰めて行く。

重心と足運びに細心の注意を払いながら木刀を横に薙ぐと、彼女は上体をそらして躱し体勢を立て直す際の力を利用しながら反撃の一閃を放つ。無駄のないその横一線の振りを跳躍を用いてギリギリで躱すと、その落下エネルギーを木刀に乗せながらクリス目掛けて縦に振り下ろす。

彼女はそれを体を横に半回転させる事で避け重心移動を変える際に彼女は自身の後方へ片足を地面に着き体勢を変えると、そのまま構えを突きへと流転させ俺の頸部目掛けて放つ。

 

「マジか⁉︎」

 

あまりの身のこなしに驚愕しつつ、極限状態の為か視界の映像が動画のコマ送りの様にスローになり、それによってズレる意識と体の動きの感覚を上手く合わせながらもその突きを体を逸らして躱す。

 

「そう言う君もやるね」

 

クリスの口から称賛の言葉が放たれたと思うと突然足元感じた浮遊感と共に視界が一転して一面青空へと変わる。

 

「うわっ⁉︎マジかよ、いつの間に‼︎」

 

浮遊感は背中の衝撃に切り替わり痛みへと変わる。どうやら俺の突きを交わす事を一応視野に入れて予防線を張っていた様だ。

彼女は突きをした瞬間に反対の足を自身の後方対側へと滑らせバランスを安定させ、フリーになった踏み込みに使用した方の足で俺の隙だらけの足を刈り取ったと言うわけだ。

 

「うんうん、まさかここまで来るとは思わなかったよ」

「思いっきり反撃して来たくせに何言ってんだよ、いじめか?」

 

地面に寝そべりながら呼吸が安定しないので肩で息をする。あれからバニル等々色々相手立って来て自身の実力も上がって来ていると感じたのだが、どうやらそんな事はなくこうしてクリスにボコボコにされているわけである。

 

「これなら最低限の基準は大丈夫そうだね。よし、それじゃあ今日から攻撃に関しての訓練をして行こうか」

 

ポンと手を叩きながら何かに納得した様に頷く。どうやら今までの組み手はテストの様な物で本当の練習はこれかららしい。

 

「いやもうさっきの短時間のやり取りで大分疲れたからまた今度にしないか?」

「何言ってるの?疲れさせるのも作戦のうちだから大丈夫だよ。大体最初は余計な力が入っちゃうからね。こうして疲れれば余計な力が入らなくなるって訳さ」

「何そのスパルタ理論、この後何させられるのか怖ぇよ‼︎」

 

よく漫画で修行中に技を練習して疲れ切った際にようやく成功すると言う話があるが、まさか自分自身がそれを体験するとは思わなかった。

肉体的と言うか精神的に疲労した体を立ち上がらせる。幸いにも怪我はないので動く分には問題はない。

 

「それで、結局何からやるんだ?」

「そうだね、まずは動きについて説明しようか」

 

そう言いながら彼女は落ちていた木の棒を拾うとそれを筆に見立て地面に絵を描き始めると、描かれた絵に合わせて説明を始めた。

 

「まずは構えだね。大体は聞いた事があると思うけど上段・中段・下段の三段階に分けられるんだ別の言い方になると天・地・人にも分けられるんだよ」

 

上段は大きき振りかぶった状態で、攻撃の隙が大きい分その威力は絶大になっている。中段は大体の人が使う構えでバランスに特化している分決め手にかける。下段は足元を掬う様に斬撃を繰り出すもので、スピードが速い分威力は低く頭がガラ空きになる。

 

「それでこの構えを時と場合に分けて繰り出していく訳になるんだけど、それを流転と言うんだよ。文字通り流れに転じる訳でぎこちなければ大きな隙になる訳だから気をつけてね」

 

時と場合に応じて構えを変える、一見簡単そうに聞こえるが、常に変化を続ける戦闘において状況を読みながらそれに適応した構えに合わせると言うのは中々に至難の技と言えよう。

 

「後、重心の移動で流れる様に動いていたのは流水って名前だよ」

「へぇーそうなのか、色々あるみたいだけどいきなり言われてもなあ?」

「…まあ君ならそう言うと思って、こっちも色々考えて来たから任せておいて」

 

呆れた様にため息を吐くと、彼女は徐に装備を最低限に外して木刀一本の装備になる。木刀だけと言っても服は着ているので安心して欲しい。

 

「いいかな?これから上段中段下段の構えと動きを合わせた舞を見せるから君はそれを真似して見て」

 

彼女はそう言いながら目を瞑り精神を安定させる。これを不動心と言い何事にも動じない不変的な心を指すらしい。

 

「はっ‼︎」

 

呼吸を整え精神統一を済ませた彼女は自身の掛け声と共に、文字通り流水が如くまるで流れる川の様に一切の無駄のない動きで上段中段下段の動きを組み合わせながら演武を行なっている。

この動き全てがクリスの意思によるもので、スキルによるアシストが無い状態で行えている状況に言葉を失う。踊り子ですらスキルを取ってから練習すると言うので、今まで彼女が行って来た努力を考えるととこれから自分が真似できるのか思わず不安になる。

 

一通りの動きを眺める。動きの練習と言う名目だが、彼女の動きを見るだけで金銭の請求が発生しそうな程にその動きは洗礼され優雅で美しかった。

 

 



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アルカンレティア2

まだ忙しい為次回の投稿も遅れます…


クリスの演舞に目を奪われ早数分。魅入った際の時間感覚はは永遠の時間すら一瞬に感じさせてしまう程に早く、演舞を終えたクリスは若干だが汗を滲ませながら木刀を鞘に納めて戻ってくる。

 

「いやーやっぱり久しぶりに動くと疲れるね、一通りの流れを舞ったけどそれを見てどう?真似できそう?」

「いや無理だろ」

 

はははっ、と久しぶりの運動で一汗かいた様な爽快感を感じさせながら彼女は今行った行為を俺に真似しろと難題を叩きつけられたので、開口一番にそれを否定する。

 

「何でさ⁉︎私結構一生懸命にやったのにどう言う事?根性なさすぎだよ」

 

正直に答えたのに彼女から帰って来たのは罵声だった。

 

「いや普通に考えて一度に複雑な動きを見せられて真似しろなんて無理だって」

 

動きの基礎を教わったからと言っていきなり応用が出来る訳ではないのだ。何処かの漫画みたいなチート系主人公であれば即座に真似できるのだが、ステータスが凡人並である俺には無理難題に近い。

 

「まあそうだよね…勢いで押し切れば行けると思ってたけどさすがに無理だよね」

「当たり前だ‼︎」

 

ごめんごめんと彼女は頭を掻きながら謝ると再び俺に木刀を取る様に指示する。先程の雰囲気から一転どうやらここからが本番の様だ。

 

「一度に連続して真似るのは難しいから幾つかのパート毎に分けて教えていくよ」

「ああ、それで頼むよ。と言うか最初からそうしてくれよ」

 

まあまあ、と彼女は俺を宥めながら再び木刀を構え直す。

 

そこから彼女の烈々な指導が始まった。

最初は腕の動きはなしで足運びだけ真似することになる。以前から重心移動には気をつけていたが、どうやらそれだけでは無くそこに追加して膝をどれだけ曲げられるかが重要になって来るらしく、上半身を傾けないでスライドさせる様に上体を動かしバランスを安定させる。どこぞのチューチュートレインを彷彿とさせるが、実際の動きにそれを組み合わせるとなるとかなりしんどい。

 

「はい、そこで腰を落として上体をスライドさせる‼︎目線を下げないでそのままで、今はいいけど次は木刀を持ってやってもらう事になるからそのままだと相手の姿が見えなくなるよ‼︎」

 

動きながら彼女の指導が飛んでくる。頭の中では次の動きが分かっているのだが、体が想像した動きについて来ずに頭のイメージと実際の体の動きがどんどん乖離していく。

上段下段そして中段、この三つの構えと動きをバランス良くつっかえる事無く流れる様にこなして行く。何度も練習しているこれがあくまで動きを覚えると言うだけの行為である事に若干の不安を覚える、この先に実戦で使用すると言う目的がある以上この演武を無意識下で行える様にしないといけない。

 

「クソ‼︎頭では分かっているんだけど体が言う事を聞かない!」

「最初みんなそんなもんだよ。焦らずに何度も繰り返して覚えていけば考えなくても行える様になるよ」

「…クリスって意外と脳筋な所あるよな」

「え⁉︎」

 

最初は一発で覚えろと言っていたクリスが疲れて小休止している俺を慰める様にそう言ったが、何だか運動部の先輩がよく言っていた言葉に頭の中で重なる。

だが、彼女が言っている事は間違ってはいない。脳にはそれぞれの神経領域があり一定の動きを繰り返す事でその動作に対する領域が広がって行き、その動作に関しての動きが良くなるとされている。よく音楽家の人が熱心に練習するがあまり局所性ジストニアとなり楽器を奏でようとすると手が痙攣するなどあるが、その神経領域に問題が起きたのではないのかと言われているらしい。

あれ?って事は努力したら不味いんじゃないのか?

まあそんな事はさて置き、旅行に行ってしばらくクリスに会えないとなると、今日中におおよその動きを覚えて自主練で何とか動けるところまでいかなければ練習しても中途半端になってしまって時間の無駄が生じてしまう。なので何としても今回中に動きをある程度のレベルまで習得しないといけないのだ。

 

「ほら、考え事してないで集中集中!雑念は手元を狂わせるよ!」

「痛⁉︎」

 

これから先どうしようかと考えていると、彼女はすぐさまその雑念をキャッチし木刀で俺の臀部を叩き喝を入れる。相変わらずの鬼教官ぶりに表情が引きつりそうになるが、何とか堪えて動きを再開する。

 

 

 

幾分か動きを繰り返してようやく彼女からの及第点を貰う事ができる。正直上手く行って無いと自分自身で自覚しているが、今の俺に必要なのは完璧な動きでは無く一通りの流れを覚える事になっており、動きを洗練して行くのはその後の段階になる為今はこれで良いと言う訳になる。

次の段階に進み、手ぶらからようやく木刀へと切り替わり、今まで意識していなかった腕の動きが加わる。やってみて分かった事だが、足と手を同時に動かすとやはり上下の動きにズレが生じてしまい流れが途中で止まってしまう。

意識に追いつかない体の動きに、合わさらない腕足の動きが加わった事により、折角の演武がヘンテコダンスへと変貌を遂げる。正直恥かしいのでクリスに見られていない所でこっそり誰にも見られずに練習したいのだが、そうなれば誰も指摘してくれないので練習にならなくなってしまう。

 

「うわ⁉︎マジかよ‼︎」

 

腕の動きが早まり、足運びが遅れたために転倒する。俗に言う足が縺れたと言う訳だが、もしこれが戦闘ならここで止めを刺されて終了だろう。

 

「ほら、動きが合わさっていないよ。パート毎とは言え急に一連して流れを通すなんて出来る訳ないんだから、動きを一コマ一コマ分けてもっとゆっくりしなよ」

 

どうにか改善しようとしている所を彼女に指摘される。分かってはいるのだが、それが実際に出来るかはまた別なのだ。彼女の言う様に動きをできる限り遅くしコマ送りの様に一つの動作を確かめる様に再現して行く。

ただでさえ疲労している所にゆっくりと動作を行う事で体への負担が増長されて行く。

クリス曰く、動きに無駄が多ければ多いほど体への負担が増えていき、逆に無駄がなければその分体への負担が少なくなって来るらしい。

 

「よし、じゃあ今日はこれまで。動き自体は何と無く分かって来ただろうから、次に私に会う時までには何とかしておいてね」

 

体の疲労が限界に達して動く事だけが精一杯になった頃に、それを見計らってか彼女が手を叩きながら叫ぶ。

 

「あ、もう駄目だ、今日はもう動けねえ…」

 

彼女の言葉を皮切りに緊張の糸が切れたのか、残っていた最後の力が抜け地面へと横たわる。今日はもう何を言われようが全ての物事からバックれて休もうと心に誓った。

 

「お疲れさん。最初はどうなるかと思ったけど、最後の方は形だけだけど何とかなったね」

 

地面に寝そべってゴロゴロする俺に近づきながら彼女はそう言った。手にはどこからか持ってきたのか飲み物が入ったコップが握られており、そのうちの一つを受け取るとそのまま口につける。

 

「ああ、おかげ様で何とかできそうだよ」

 

中に注がれた水を一気に飲み干しコップを彼女に返す。本当なら洗って後日返す所だが、今の俺は何もしないと決めているので、だらしなくても仕方がないのだ。

彼女は俺が差し出したコップを受け取ると、そのまま倒れている俺の横に座る。

 

「この調子で行けば、そう遠く無いうちに動きはマスターできると思うよ」

「そうだな、おかげさまでここに来た時と比べて随分と動ける様になって来たよ、ありがとな」

「ふふっ、どういたしまして。それで君はこの後どうするの?」

「ああ、別に何もないな…結局暇でやる事がなかったから、近くの道具屋あたりでぶらぶらしていただけだし」

 

修行を始めたのは昼頃だったのだが、今はちょうど夕暮れ時になってしまっており、何かをしている途中に話しかけた事を彼女なりに気を使ってくれたのだろう。

 

「そうだったんだ、それはよかったよ。それじゃまた今度ね」

「ああ、遅くまでありがとうな」

 

それを聞いて安心したのか彼女は起き上がり踵を返して何処かに行ってしまった。夕日を背に彼女の姿が小さくなって行く様を眺めていると、その気配を察知したのか振り返り控え目に手を振った。

 

「ふーあぁーあ」

 

疲れがそろそろ限界なのか眠気が俺を襲い始める。特に盗まれても困るものはないので公園の隅で大の字になっているこの状況下でお構いなしに襲ってくる睡魔に身を任せ、体が沈む様な感覚とともに意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ズマサン、か…マさん」

「…ん?」

 

微睡の中、誰かが俺を呼ぶ様な声が聞こえる。

人が折角気持ちよく寝ている所を邪魔する者はいったい誰なのだろうか?取り敢えず目を開き相手の顔貌を確認しようとする。

 

「何…だ?」

「ようやく目が覚めましたか。買い物の帰りに公園の前を通ったら、誰かが倒れていて危ないと思って近付いたらカズマさんだったのでビックリしましたよ」

 

どうやら声の主はゆんゆんだった様で、見上げてみた彼女の表情は驚愕と安堵の表情が混ざり合った複雑な表情をしていた。まあそんな表情になるのも無理もない、俺が逆の立場なら普通にドン引きするまでである。

 

「いや…ちょっと素振りしてたら疲れてな。少し目をつぶって瞑想しようと思ったら寝てたよ」

「それどこからどう見ても完全に寝ようとしているじゃないですか!」

 

適当に誤魔化そうとするも、お構いなしにゆんゆんは突っ込んでくる。何だか久しぶりにこんなやりとりをしたなと思い何だか目頭が滲んできたぜ。

 

「ふぁーあ」

「欠伸してないで早く起きてくださいよ‼︎一緒に居る私まで変な目で見られるじゃないですか!」

「いいじゃないかそれくらい、俺たち仲間だろ?辛い時も楽しい時も一緒に共有しようぜ!」

「こう言う時にそう言う事言わないでください!」

 

ゆんゆんの突っ込みにムッとする。慣れだろうか、何時もなら嬉しそうにしていたゆんゆんだったが最近は俺がふざけているかの様にツッコミが返している。まあ昔の様に自己肯定感が低いままと言うのも一緒にいてめんどくさかったから、ある意味いい方向へと進んでいるのだろうか。

 

「オーケーオーケー分かった。起き上がるから耳元で騒がないでくれ」

 

まったく、と彼女は呆れながら起き上がる彼女に続いて俺も起き上がる。空を見上げれば先程の夕日とは一転満点の星空で、明るいと思っていたのはちょうど俺のいる所に街灯の光が当たっていたからだった様だ。

 

「それじゃ帰りますよ。明日から旅行なんですからこんな変な所で風邪でも引かれたら困りますよ」

 

表情には出ていないが、何処となく楽しそうに彼女はそう言った事からどうやら明日が楽しみで仕方がない様だ。

 

「ああ、そうだな。俺とした事がうっかりしてたぜ、さあ帰ろうぜ…あれ?めぐみんは?一緒に買い物に行ってたんじゃないのか?」

 

近くにいると思い周囲を眺めるが、そこにめぐみんの姿は無く彼女は一人でここまで来た様だ。そうなるとめぐみんとは途中で別れたのだろうか?

 

「めぐみんですか?めぐみんでしたら何時もの日課で爆裂魔法を放った後にぐったりしていたので屋敷に運んで、自分の部屋で横になっていると思いますよ」

「成る程…相変わらず、めぐみんはブレないな。こんな時でも爆裂魔法の日課だけは続けるのか」

「そうですね…それがめぐみんですから」

 

二人でめぐみんに呆れながら屋敷に向かう。

そう言えば今日の食事の当番はめぐみんだった事を思い出す。ゆんゆんに話を聞くと爆裂魔法を放ったのは日が暮れる前だったので、時間的には回復しているだろうが明日旅行に行く以上足の速い食材を使い切ってほしいと伝えていない。

残ってたら後から夜食にすれば良いかと適当に流すが、果たして食べ切れるだろうか?

 

「ただいま、戻ったぞー」

 

屋敷に戻りゆんゆんは汗をかいたので先に風呂に入ると言い、俺と別れラウンジとは別の廊下を進んで行った。

さて今日の献立は何かなと扉を開け、ラウンジへと抜けるとそこには野菜と格闘するエプロン姿のめぐみんが居た。

この世界ではキャベツの様に野菜に生命が宿っており、気を抜けば死んだフリをした野菜が調理の際を狙って暴れだすと言われているが、まさかそんな御伽話的な光景が眼前で繰り広げられるとは思わなんだ。

 

「この!しつこいですよ!いい加減我にひれ伏して調理されるが…痛⁉︎」

 

この野菜達の買い物当番は俺だった様な…野菜を買って混ざる確率はそこまで高くないはずだが、どうやら新鮮な野菜を選んだつもりだが生きていたままの物を選びすぎた様だ。

何と言うフレッシュ感あふれる野菜だろうか、生きていたなら旅行から帰って来ても鮮度が保てそうだから残して置けば良かった。

 

「あ、カズマ!帰って来ていたのですか、お帰りなさい…じゃなかった。親愛なる我が従僕よ、闇の探究から帰還ご苦労であった。ならば次の命令を示そう。そう、この魔なる生物を我と共に退治するのだ。……………………あの…見ていないで助けてもらえませんか?」

 

新調したであろう杖で飛んでくるキャベツや人参共と鍔競り合い等々を繰り広げている。普段後方に居て尚且つ爆裂魔法を放ったら動けなくなって待機している普段のめぐみんを知っている俺から見たら、野菜達とは言えこう必死に戦闘を繰り広げている光景は中々見ない貴重な光景だろう。

そんな彼女の戦う光景を眺めている事に集中しており、彼女のなりのヘルプに気づかずにいた為、気付けば涙を浮かべながら素の言葉で必死に助けを求めていた。

 

「ったく、しょうがねーな!」

 

丁度クリスが回収し忘れていた木刀を抜きながらめぐみんの方へと突っ込んでいく。ゆんゆんが風呂に入って居なければ中級魔法で一発だったのだが、さすがに入浴中の彼女を呼び出せるわけもなく。単騎になるが、野菜相手なら俺一人で十分だろう。

疲労でヘロヘロになって居た為あまり動けないと思って居たが、先程まで寝ていた為か魔力と体力がある程度だが回復して居たことに気付く。

ならば、今こそ修行の成果を見せる時じゃないかと、絶好の機会に恵まれた事に感謝しつつ木刀を構える。

 

「お、カズマ!それは新しい技ですか?今までみた事がありませんよ」

 

扉を閉めている為、逃げ場がなくそれでも調理される訳にはいかないと、キャベツ達は暴れ続けている。そして、木刀だが獲物を持っている以上野菜達はめぐみんにプラスして俺も攻撃対象に加え勇猛果敢に突撃してくる。

稽古で学んだ動きは体がしっかりと覚えている。ならば余計な事は考えずにその動きを反芻すれば良いだけになる。

 

「食らえ!三界流転‼︎」

 

上・中・下段、天・地・人、全ての階層を纏めて切り刻んでいくクリス直伝の演武。本来は動きを俺が覚えやすい様に気を利かせて多分彼女が考えた舞だが、俺自身もうこれは一種の技で良いだろうと勝手に技にしたと言う悪しき伝統によって生み出された訳だ。

 

「おお‼︎あのつまらない事しか言わなかったカズマが今日は一段とカッコ良く見えます‼︎」

「喧しいわ‼︎」

 

めぐみんの野次を物ともせずに、先ほど覚えた演武の動きを再現する。上方から落下しようとしているキャベツに下から突き上げようとしてる人参、その他色取り取りの野菜達に向けて木刀を振り下ろしては振り上げた。

最初のキャベツは何とか切り裂き、続いての人参は捌ききれずに鳩尾への突撃を許してしまう。腹部に響き渡る痛みに若干のデジャブを感じつつも何とか堪え、人参が着地をする前の隙だらけの状態な所を横に薙いで上下に分ける。

残った野菜達も何とか叩き落とす事に成功するが。全てを終わらせて木刀を鞘に仕舞い、先程の演武を深く考えてみると振った回数に比べて当たった回数の比が打率の悪いバッター程度だと言う事に気づき、俺自身まだまだだと言う事を思い知らされる。

実戦になれば、修行の目標とは違ってただ綺麗に踊れば良い訳では無いのだ。もちろんフォームは技を行う上で重要だが、生きるか死ぬかの状況で必要なのは攻撃を当てる事の他ない。今日教わりたてと言う事もあるが、やはり動く相手を的にしなければ実戦に使用するには程遠い。

 

「何とかなったみたいですね、ありがとうございます。まあ私が本気を出せばこの野菜程度どうって事無いんですがね‼︎」

 

今回得た教訓を得て教わった演武をどう改善しようか考えていると、野菜片たちを片付け終わっためぐみんがお礼を言いに来た。だが、やはり負けず嫌いな所が出てしまったのか強がって見せた。

まあ、確かに爆裂魔法を使えばこんな野菜達を木端微塵にする事は造作でもないと思うが、この屋敷を吹き飛ばしかねないのでやめておく様に伝えておく。

 

「それでは料理の続きを……うわ⁉︎」

「どうしためぐみ…うおっマジか⁉︎」

 

料理を再開しようと再びめぐみんがキッチンに向かうと、待ってましたと言わんばかりに残って居たであろう野菜達が飛び出して来て、先程の状況を再現する様に再びめぐみんを襲い始める。

 

「か、かかカズマ⁉︎先程の踊りみたいなヤツをもう一度お願いします‼︎」

「いやいや、あれは別に踊って居た訳じゃないからな‼︎」

 

驚きのあまりにどうでも良い事を指摘してしまう。どう言う事だろうか、一度倒したならこのイベントは終わりの筈では無いのか?変な所でファンタジーゲームみたいな所は多いのに、この世界ではこう言う面倒なのが現実見たいな所が多い気がする。

めぐみんは慌てながら再び地面に置いておいた杖を拾い上げると、飛翔してくるサンマを打ち返す。この世界のサンマは畑から生える上に空を飛ぶのだろうか?それとも跳んでいるのだろうか?よく分からない疑問が頭を埋め尽くすが、このままではめぐみんがやられ兼ねないので木刀を再び引き抜く構える。

しかし、回復したとは言え疲れが完全には抜けきっていなかった様で、筋トレの後の様に足がガクガクと震える。例えるならトレーニングでオールアウトするまで追い込んだ後の箸すら握れないあの感覚に近い、本当にあの時はどうなるかと思って不安になった程だ。

どうやら先程動けたのはどうやらまぐれだった様で、今日はもう同じ事はできないだろう。

 

「ああもう⁉︎出張るなら最後まで頑張ってくださいよ‼︎」

 

めぐみんが文句を言いながら杖で野菜達と応戦する。爆裂魔法しか使えないと言っても、それなりにレベルが高いらしく腹立たしい事に筋力は何故か俺より高い。

結局スキルポイントを爆裂魔法に費やし杖での武術に関してのスキルを取っていないので、動き自体は素人だが何故か彼女の攻撃は野菜に命中し数体撃ち落としている。

しかし、彼女は後衛のアークウィザード、体力はそこまで高いわけではなく、気付けばすぐさま野菜達に囲まれる。

 

「クッ……なかなかやりますね、この私をここまで追い詰めるとは…まずはその行動力に賛辞を送りましょうか…」

 

多勢に無勢、単体の威力はそこまででは無いが、こうも多数に囲まれると数の暴力と言うものを思い知らされる。

 

「大丈夫かめぐみん‼︎」

「大丈夫な訳ないでしょう⁉︎この状況を見ればわかるでしょう‼︎今まで何を見ていたのですか‼︎」

 

遠くからめぐみんに安否を問いかけるが、すぐさま否定される。

 

「仕方ありません。あまり使いたくは無かったのですが、こうなってしまった以上どうしょうもありません…ふん!野菜達!運が良かったですね‼︎この最強と謳われたアークウィザードと言われた私の本気を見せてあげましょう‼︎」

「おぉ⁉︎何だ?ついに別のスキルを取ったのか‼︎」

 

追い詰められためぐみんは野菜共に本当に賛辞を送りながら決めポーズを決めた。何かするようだが、もしかしたら爆烈道を諦めて新しいスキルを習得したのかも知れない。

これで上級魔法を使えるアークウィザードが二人になり、戦闘面に関しての後衛は完璧になるだろう。後は俺の実力が何とかなればな…。

 

そんな事を考えながら眺めているとめぐみんが詠唱をし始める。

が、しかし彼女が唱えている詠唱は多少のアレンジが加えられているが、いつも聴いているものとおおよそ一緒だった。

…つまり。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉい⁉︎人の屋敷に何かまそうとしてくれんだ‼︎」

 

必死に叫ぶもめぐみんに俺の声は届かず聞いていない。それに野菜達は先程まで暴れていたのが嘘だったように静まり返っている。

どうやらこの世界の野菜達は空気を読むのだろう。先程まで殺されかかっていたと言うのに何故爆裂魔法の詠唱を待つのかは意味不明だ…もしかして聞き入ってたりしないよな。

 

「いや待てよ…」

 

ゆんゆん曰く本日の爆裂魔法は既に終了していると聞いていた事を思い出す。

もしかして興奮のあまり自身の魔力が枯渇しているのを忘れているだけなのかもしれない。

だが、もしもと言う可能性がどうしても拭きれない。どこからかマナタイトを調達して自身の魔力を回復させている可能性も無きにしろあらずだ、この世界に今までの世界の常識はおおよそ通用しない。

普通は大丈夫と言う考えは即座に捨てた方がいいだろう。

 

「穿て‼︎エクスプロージョン‼︎」

「しまっ‼︎」

 

そんな事を考えている内に詠唱を終えためぐみんが爆裂魔法を唱えてしまう。圧倒的油断‼︎そして不注意、これが仕事なら始末書物だろう、まあ始末書以前に吹き飛んで粉々だろうがな。

 

「ってあれ?おかしいですね…詠唱は間違ってはいないはずなんですがね……あっ…爆裂魔法はも使ったのでしたね…これは失敗失敗……痛⁉︎いきなり何をすんですか⁉︎」

「うるせえよ‼︎危うく屋敷ごと吹き飛ぶ所だったじゃねえか‼︎」

 

不審に思いながら杖に不備がないが確かめ今日は爆裂魔法を放てないと言う事を思い出したのか、何処となく悪びれていたので思いっきり掴みかかる。

人間本当に危機感が訪れれば疲労を無視して動けると言うが、どうやらそれは本当らしい。現に疲労で足が震えていて動けなかった足がこうしてめぐみんを抑えに走り出していた。

 

「今は止めて下さい‼︎まだ野菜達が居るんですよ‼︎」

「確かに‼︎」

 

めぐみんと取っ組み合いをかましていると、今はそれどころでは無いと指摘される。だが、屋敷の中で爆裂魔法を放つと言う行為に関しては、何かしらの行動を起こして意識させないと後々同じ事を繰り返しそうで怖い。

しかし、また野菜達を倒すとなると体力の使い切った俺だと泥沼試合になりそうだ。

と言うか野菜多すぎないか?疑念の持った俺はめぐみんの方を向く。

 

「何ですか?私の顔に何かついているのですか?」

「何でこんなに野菜が多いんだ?買い置きは確か最初に出てきてた奴ら分くらいしか無かった筈だけど」

「それはですね、明日から旅行という事で私も腕によりを掛けて夕食を御馳走にしようと思い買い足しました‼︎」

 

どうやら俺の疑問は正解だった様で今戦っている野菜達は今日買い足された分だった様だ。なので冷蔵庫から飛び出てこれたのだろう。

 

「ドヤ顔で何を言ってるんだよ…お陰でこうなってるんだから何とかしろ‼︎」

「私なりに盛り上げようと思って必死に厳選したのになんて事をいうのですか‼︎」

 

責任のなすり付け合いだが、このままでは野菜相手に全滅しそうだ。そもそもキャベツ何玉あるんだよ…3人なら一玉で十分だろ…。

現在俺達二人に対して野菜達が徒党を組んでキッチンで向き合い互いが互いを牽制し合い膠着状態になっている。

ここで無駄な動きをすれば取られる。共に緊張しながらも警戒を怠らずに睨み合いながら機会を窺う、正直側から見れば大爆笑だが野菜に全滅されたとあっては今後のパーティのメンツが立たない。

ここは何としても勝利を収め、明日の旅行を煌びやかなものにしたい。

 

…ゴクリ

唾を飲み込んだ際の嚥下の音が響く。

組織に俺の様な司令塔がいるが、どうやら野菜達にもいる様で奥に鎮座しているキャベツがそれに当たるだろう。

もし、そいつを倒せれば野菜達は混乱しそれに乗じてめぐみんが叩けば、残った野菜達は一人で太刀打ち可能だろう。

 

体も大分回復してきた。一振りくらいなら大丈夫だろう。

なら、このまま動かない訳にはいかない。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!弾けろ野菜共‼︎」

 

屋敷の何処かで音がなり、野菜達が目を逸らしたであろうタイミングに木刀を構えて突っ込む。技はなんて事の無い振り下ろし。

しかし、野菜達も馬鹿では無くすぐさま態勢を立て直し此方に跳んでくる。

距離はギリギリ間に合うかどうか、疲れていることが災いし若干スピードが遅い。これではキャベツに届く前に野菜達が俺に届いてしまう。

 

攻撃は既に放たれ止まる事はできない。木刀がキャベツに届く様が視界に映るが、同時に人参やサンマの鋭利な先端が此方に跳んできている。

 

取った、両者共に勝利を確信し。取られた、と同時に敗北を確信した。

 

「ライトニング‼︎」

「うぉ⁉︎」

 

勝負が決まる最中、突如眼前に黄色い閃光が走りあっと言う間に野菜達を丸焦げにして行く。

俺は何とか状態を横に倒し地面を転がる羽目になったが回避に成功し、痛い体を持ち上げ状況を確認すると風呂上がりなのかパジャマに着替えて湯気が立っているゆんゆんが、びっくりした表情のままそこにいた。



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アルカンレティア3

時間を見つけてチマチマ書いていたので少し文がおかしくなっている所があります…


「私がお風呂に入っている間に何があったのですか⁉︎」

 

先程まで繰り広げられた野菜との戦争は呆気ない形で終わりを迎え、散らばった野菜片達の片付けをする為によっこいしょと体勢を立て直していると、戦いを終わらせた張本人であるゆんゆんが慌てふためきながらそう言った。

 

「何って… 野菜と愉快に遊んでただけだけど」

 

冒険者として流石に此処まで来ておいて今更野菜と苦戦していたなどと言える筈もなく、憮然とした態度で適当に誤魔化す。

 

「ええ…何ですかそれ。何でこの時間に野菜と遊ぶんですか‼︎完全に遊ばれていたじゃ無いですか‼︎」

「うまいこと言って責めるんじゃねえよ‼︎」

 

適当にボケてまさか返が来るなんて思わなかったので返事に戸惑う。だがこのままでは今後の俺の威厳に関わってくる。

 

「めぐみんもなんか言ってやれ‼︎」

 

ゆんゆんが言葉の反撃を始める前にめぐみんを使い畳み掛ける。ロリとは言え女性を使うと言う表現は些か失礼に当たるかもしれないが、あくまで頭で思うだけなので大丈夫だろう。

 

「そうですね…人間相性というものがあるでしょう。まあ今はそんな事より調理に集中したいので後にしてもらえますか」

 

気づけば既に野菜を拾い終えていためぐみんが調理を始めていた。いかんな、このままでは俺が滑ったみたいになってしまう。

 

「そうだな、時間もかかりそうだから次は俺が風呂に入る…」

 

こうなってしまっては仕方がない、流石に疲れもあってか頭が回らない。このまま変に捻り出そうものなら墓穴を掘ってしまいそうで怖いので、ここは戦線離脱という事で風呂に逃げ込むとする。

 

「え?そ、そんな…」

 

言い合いは俺の逃走により有耶無耶へとなってしまい、残されたゆんゆんは話の落とし所を失いラウンジで一人ポツンとするのだった。

 

 

 

 

 

 

一人残されたゆんゆんの嘆き声が聞こえる最中俺は風呂に向かう。この屋敷の浴槽は正直一人で使うには広すぎるので、水道代が些かもったいない気がするのだが、流石にこればかりはどうにもならないだろう。

服を脱ぎ散らかし、体を洗い終えると浴槽へと向かう。

最初女子の残り湯だと若干はしゃいでいたが、今ではほとんど何も感じなくなってしまっている自分がいる事にふと気づく。

人間良い事も悪い事も慣れるというが、こればかりは慣れないで欲しかったと思わずにはいられない。俺の甘酸っぱい思い出というものは世知辛い現実に埋められていってしまうのだ。

 

それはそれとして、やはり大浴場を一人貸し切れるというものは中々に良いものではある。

大浴場を貸し切り一人くつろいでいると、ふと唐突に背後に気配を感じる。これがマンガの始まりの導入だったら昔抜けた組織の一人が俺に接触する感じなのだが、俺にそんな過去は無く実力もない。

で、あるのなら一体何なのだろうか?

探知スキルで気配を探ると、この屋敷にいつもある実態の無い気配と一致する。つまり前の窓のメッセージを描いた犯人で、前にウィズの言っていたこの屋敷に居る前の持ち主という事になるだろう。

 

「居るのは分かってるんだよ、良い加減出てきたらどうだ?」

 

この屋敷のどこでも無いところに声をかけるが、返事が返ってくる事はなく、水の流れる音が部屋に響いているだけだった。

流石に良い加減に何かしらの意思疎通をして見たい気持ちがあるのだが、相手がそれを望まない以上こちらからはどうしようもない。コミュニケーションとは相手がいて初めて成立するもので、一方的に話しかけたままではただの独り相撲と相違ない。

だが、だからと言って話してはいけない事では無いので伝えたい内容だけは喋ることにした。

 

「暫く外に出掛ける事になったから、この屋敷を留守にする事になる。もし何かあったらウィズの所に行ってくれ、なんか凄いイケすかない悪魔もいるけど頼りにはなると思うんだよ」

 

またしても返事は無かったが、しゃべり終えてから少しの間を挟んだ後に今まで感じていた気配が消えて無くなった事から、俺の言葉は一応は伝わったようだ。

 

「全く、一体なんだってんだよ」

 

もう誰も居なくなった大浴場に向けて独り言を放つ。当たり前だが返事が返ってくる事はなく、イベントを掠めるような感覚を繰り返していく毎に何か大切な事を見逃している様な不安感に苛まれる。

だが、そんな事を気にしている余裕は今の俺には無いのかもしれない。明日は温泉の国の様な所に旅行に行くのでなるべく楽しむ事だけに集中したい。

 

…そろそろ出るか。

ボーと明日はどうするか?なんて適当な事を考えながら内心はしゃいでいると時間はあっという間に過ぎ去りラウンジから聞こえていた喧騒はすっかり落ち着いて、今は不気味なまでに静寂を保っている。

 

 

 

 

「おい出たぞ。飯の準備は終わったのか?」

 

適当に着替えを済ませ、ラウンジに向かうと既に食事は完成されておりテーブルの上に煌びやかに配膳され、それを囲む様に二人が着席していた。

どうやらギリギリ間に合った様だが、何だか二人の表情があまり芳しくは無い。もしかしたら何やらやらかしてしまったのかもしれない。一応念のために聞いておこうかと思い確認する。

 

「遅いですよ、一体いつまで入って居るつもりだったのですか?あともう少しで先に食べてしまおうかと思ったくらいですよ」

「そうですよ。あの後暴走するめぐみんを抑えるのにどれだけ苦労したと思っているのですか?」

 

どうやらあの後めぐみんが調理の一手間か何かでやらかそうとして、それをゆんゆんが止めに入り妨害された事で二人とも機嫌が悪口なった様な感じだろう。

藪蛇な気がして確認するに確認できないので、ここはあえてのスルーに決め込む事にする。

やはり世の中スルーするに限る。もしも冒険者カードにスルースキルがあるなら一目散に取得したであろうが、生憎そんな物は無いのでここはクリス直伝ないスキルは自分で作り出すを使う事にする。

どんな能力も極めればスキルに昇格して冒険者カードに登記されるらしいので、挑戦してみるのまた一興だろう。

 

「まあ、何にせよ。折角のご馳走なんだ美味しくいただこうぜ」

 

二人の物言いたげな表情を見て見ぬフリして並べられた料理に手をつける。

自分自身もだが、こうして他人の料理を食べていると段々と個性が見えて来る。ゆんゆんは秀才型故なのか分量がきちんとしているので、味付けにバラ付きがなくしっかりとした印象を受ける。俺自身は料理スキルを陰でコッソリと習得している為か普通としか言えない。めぐみんは素材を活かしたワイルドクッキングの様な感じだ、本来捨てられる部位などを器用に活かして材料にしている所から今までの境遇を推し量れそうだが、飽食となった現在においてはもう少し選り好んだ方がいいと思う。

 

適当に雑料理漫画の色レポを頭で考えながら呑気に食していると、俺が何も聞かずに虚空を見ながら料理にがっついている光景を見て、二人とも呆れた様に料理に手をつけ始めた。

どうやら俺の作戦勝ちの様で、先程までのギクシャクした雰囲気が若干和らいだ様な感じがする。

 

 

 

食事を済ませ、各自自由行動の時間になり、各々が明日の準備に取り掛かる。

俺は既に済んでいるので適当に二人の様子でも見にいく程で冷やかしにでもいこうかと思う。

 

「おーい、ゆんゆん居るか?」

 

流石にいきなりだと驚きの余り魔法で吹き飛ばされそうなのでノックして彼女の応答を待つ。

俺のノックしてから少し遅れて彼女からの返事が返って来た少し後に扉が開かれ、先程と同じパジャマ姿の彼女に迎えられる。

 

「どうかしましたか?今明日の準備でいろいろ考えていまして…いつものくだらない事でしたらまた明日にできませんか?」

 

彼女は俺に一瞥くれると最初に申し訳なく言っていたのが、何かの基準でもあるのか俺が手ぶらなのを知って途中からジト目で俺を疑う様に見てくる。

 

「全く、失礼なやつだな。明日に向けて何か手伝える事が無いか聞きに来ただけだよ」

「…そうでしたか。それはすいませんでした、いつもでしたらめぐみんと結託して何かしら悪巧みを企んでいましたので、つい」

 

どうやら日頃の行いは何とやら、と言う奴だ。普段の行いが裏目に出たが、あくまで今回は手伝いと言う程になっている以上何も後ろめたい事は無い、その結果がどうなろうともあくまで建前は手伝いなので何も悪い事は無いのだ。

 

「良いんだ、ゆんゆんが分かってくれれば俺はそれだけで満足だ」

「あの、何かいい感じに話を持って行きながら勝手に部屋に入らないでください」

「あ、バレた?」

 

ポンと彼女の肩に手を当てながら、意味深げにウンウンと頷きながら部屋に入ろうとするとピシャリと咎められる。どうやら何時もみたいに一筋縄ではいかない様だ。

 

「バレたじゃないですよ‼︎私にもプライバシーって物があるんですよ‼︎」

「まあそんな怒るなって、ゆんゆんの事だから別に散らかっている訳じゃないんだろ?」

「そ、そうですけど」

「なら問題なしだな、お邪魔しまーす」

 

押し通したのは自分自身とは言え、我ながら最低だなと思い心の中で彼女に謝っておく事にした。

そして、適当に彼女の言葉を躱しながら部屋に侵入する。内装は至ってシンプルなザ・女の子の部屋という感じだ。

正直友達を作る黒魔術的な装飾がされていたら俺はもう二度とゆんゆんと顔を合わせられないと思っていたが、一面にめぐみんの写真が散りばめられている事は無く若干ファンシーな感じはあるがつまらない程に普通だった。

そして全体的に綺麗に整頓されていたが、一箇所だけ不自然に散らかっている場所を発見した。

 

 

「あーやっぱりか…」

「あの…残念そうな物を見る様な目でバックを見るのは止めて貰えませんか…」

 

彼女は旅行に行き慣れていないのか、こういう遠出なので家を開ける際などの荷物が異常な程に詰まっているのだ。主にゲームやお菓子などの食料なのだが、それらが完全に役目を果たした事はほぼ無いと言っても過言では無い。

概ね、使うかもしれないと言った不安から来る代償的な行為に過ぎないのだが、もうパーティーを組んでから短くは無いのでいい加減に加減というものを知って欲しいのである。

 

「なあ…」

「カズマさん…そこから先を言うのは止めて貰えませんか?多分今からカズマさんが言うであろう言葉は私に効きます…」

「いい加減に荷物をコンパクトにできないか?暇な時に役立つときはあるけど、此処まで詰め込む必要性はないと思うんだよ。同じ種類のバリエーションとか要らないからせめてシンプルに一つだけでも充分だと思うんだよ…」

「言わないで下さいって言ったじゃ無いですか⁉︎確かに使わない事が多いかも知れませんが完全に使わない事なんてその時にならないと分からないじゃないですか‼︎こうなったら意地でも詰め込んでいきますからね‼︎」

 

普段は俺に指摘する側の彼女が今回は逆に俺に指摘され立場が無くなったのか、逆上して荷物を無理やり詰め込んでいった。

別に俺はいくら詰め込もうと構わないのだが、めぐみんが爆裂魔法を放った際に彼女の背中が埋まってしまうのでやや不便ではあるのだ。後は普通に邪魔でしか無いのもあるが。

 

再び彼女に視線を合わせるとオラオラオラオラと荷物をウィザード系にしては高い筋力に任せて詰め込んでいく。普段からこれ位情熱的にやって欲しいものだが、あくまでめぐみんの保護者を気取りたい為か少し引っ込みがちであるのだ。

 

しかし、ドン引くのは良いのだが、このまま彼女の好きにさせて置くのは癪なので俺も何かしようと思い考えを巡らし、その結果全身に支援魔法をかけ詰め込んでいる彼女の元へ向かう。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄×nーーーっ‼︎」

 

無限の様に荷物を詰め込まれていく彼女のバックから、俺の独断と偏見により不必要と決められた荷物を、彼女の詰め込むスピードを上回る速度で引っこ抜いていく。

引っ込み思案の彼女は何処へやら…情熱的に詰め込んでいくゆんゆんに対して強化された俺によって引っこ抜かれて行くと言う作業を、暫くの間1と0を行ったり来たりを繰り返しながらバックの中身は徐々に選定されて行き、彼女のバックはようやく俺が思い描いた規定のサイズに収まる。

 

「もう駄目…もう動けません…」

「はぁ…はぁ…てこずらせやがって…ようやくまともな量になったか…しかし、よくこんな大量に詰め込めたな…」

 

激闘の末に遂に彼女のスタミナ切れを起こし辛くも勝利する事に成功する。

だが、失った物は多く。食事等で回復した魔力を殆ど使い切ってしまい次のめぐみんの番に苦戦を強いられる事になりそうだ。

だが、ゆんゆんとの勝負に勝利し、俺が排除して隣に積み上げられた荷物の量を改めて確認すると驚愕する。一体この小さなバックにどれだけ詰め込まれていたのだろうか?これだけでレポートが書けそうなくらい難解で可能性を持った問題だが、今はそんな事を考えている場合では無いのだ。

実際にあった事はもうあったのだから今はそれで良いと問題を置いておき、倒れているゆんゆんに向き直る。

 

「これで明日もばっちしだな。感謝しろよ」

「何ですかそれ…折角今日沢山買い込んだのに」

 

うつ伏せにバタンと倒れている彼女の背中を叩きながらそう言うと、今日1日かけた準備が台無しになったと言いたげに彼女が嘆き出したので諦めろと止めを刺して置く。

 

「それで?一体何をこんなに詰め込んでいたんだ?」

「え?あ、ちょっと待ってください⁉︎」

「別にいいいだろ?特にやましい物は入ってないんだし、もし俺が必要だと思ったら再び入れる事を許可しよう」

「えぇ…何で許可がいるんですか…私の荷物なのに…」

 

そう言えば雑に剪定したので何を買い込んだのかもっと良く確認して置くのもいいかも知れない。後々あの時持ってきておけば良かったのに、なんて言われれば後々事ある毎に嫌味を言われかねない。

ほぼ外装はお菓子で埋め尽くされている山に視線を当てる。こんなに要したところで街に着いたら名産品を食べればいいのだから必要ないだろう…。

 

山に近づくと俺が居なくなった後に再び詰めようと思っていたらしいのか手を伸ばす俺の腕にしがみついてくる。

しかし、ゆんゆんの抵抗虚しく、荷物の山に手を突っ込み適当に手に触れた物を引っ張り取ると最初に出てきたのは何かの本の様だった。

 

「どれどれ…」

 

それは表紙からしてどこぞの旅行雑誌だった。この世界にも印刷技術が発達しているのかと思い中身を確認してみると、やはり異世界故か綺麗な写真などはなく代わりに丁寧なスケッチと説明文が描かれていた。

ギルドの依頼票が手書きな所から大体分かっていたが、この世界の印刷技術はやはり日本と比べて劣っているらしい。

 

「成る程な…」

「成る程な…じゃ無いですよ‼︎何勝手に読んでいるんですか‼︎」

 

パラパラとめくりながら内容を軽く確認する。じっくり読んで仕舞えば彼女の部屋で夜を更してしまいそうなのでそこは細心の注意を怠らない。

ある程度読んで満足したので本を彼女に渡して残りを確認する。

 

「よし、次いくか」

「え?まだやるんですか?」

 

彼女の妨害を切り抜け…と言うか雑に押し除け山に手をつける。

そこから引っ張り出されたのはよく見るボードゲームの一つだった。日本では人生ゲームなどと言われているが、この世界の役職はかなり多く尚且つ不安定な所もありスキルや魔法などもあってかかなり複雑なルールになっているのでかなり面倒くさい。この間三人でやった時は出来る出来ないの水掛け論となりめぐみんのちゃぶ台返しで幕を閉じたこともあった。

 

「やっぱりこれは無しだな」

「え⁉︎何でですか‼︎面白いじゃ無いですか‼︎」

「うるせえ!コレのせいで雰囲気最悪だったじゃねえかよ‼︎」

「そ、それは…確かにそうですけど、コレは前のものとは違う改良された新しいボードゲームになっているんですよ‼︎」

 

このままだと新しいゲームとやらの説明になりそうなので、折角開いた彼女の口から説明される内容を無視して次の山に手を入れる。

 

「な!ちょっと聞いているんですか⁉︎」

 

次に出てきたのは何と…何だこれは?

 

「何これ?新しい道具か?」

「あ、それは…その…」

 

箱を開けると中には何かの液体が入った小瓶がクッション材に包まれて収納されていた。何かの薬だろうか?

 

「まあ、これは好きにしてくれ」

 

勝手に押し入って見ている以上聞かれたく無いことに関してはなるべく効かないのがマナーという物だろう。まあ押し入っている時点でマナーもクソも無いだろうけど。

だが気にならないと言えば嘘になるがそれでも越えてはいけないラインはあるだろう。

 

「え、ええ分かりました」

 

俺の対応を意外そうに思ったのか、驚きながらも彼女は再びバックに詰め込んだ。

 

「取り敢えずはこんなもんだろう、お菓子はもっと少なめにな」

「はい…って大きなお世話です‼︎」

 

大凡の選別を終え、正直女子の部屋を漁って何をしていたんだと虚無感に苛まれるが、それでも俺に非がないかの様に様に適当に言い、やり遂げた様な雰囲気を醸し出しながら、不貞腐れるゆんゆんの部屋を後にする。

 

 

 

「次はめぐみんの部屋か…爆弾がたくさん設置されてそうだな」

「何勝手に入って来ておきながらため息を吐いて居るのでしょうかこの男は…それに私は爆裂魔法を愛するアークウィザードです、別に爆発が好きと言うわけではありませんので‼︎」

 

俺の横で呆れながらめぐみんがそう言った。

時にめぐみんは爆裂魔法以外に関しては普通の女の子なので、特に心配はないのだがゆんゆんの部屋だけ行くと言うのも体裁的にどうかと思ったので、こうして彼女の部屋にも向かってきた次第である。

 

「準備が終わってやる事無いから手伝うよ」

 

勝手に居座ったのは良いもののゆんゆんの部屋に比べてと言うか、普通の同年代に比べて部屋の内装がかなり些か質素な様な気がする。なので暇を潰そうにもゆんゆんの部屋と比べてリソースがないのでこうして手をもて余らせているのだ。

 

「何を勝手に…準備でしたらもう既に終わっていますよ。カズマのやる事は何もありません」

 

ピシャリと俺の出番など無いと言い切られる。

 

「そこを何とか」

「何とかと言われましても…と言うよりかは普段の日課に付き合って下さいよ‼︎ゆんゆんだといつもの場所より遠くまで付き合ってくれないので全然物足りないんですよ!」

 

ふざけて食い下がると、藪蛇してしまった様でづかずかと日頃の不満を告げてきた。確かに最近殆どゆんゆんに任せっきりで何時もの日課に付いてきてはいない様な気がする。

 

「あーそれは悪か…っておい‼︎まさかまた何処かの城とかにぶっ放したりはしていないだろうな‼︎」

「あ…いや…それは…その…」

 

ベルディアの件を反省したんじゃなかったのかと彼女に追求するといつもの彼女らしからず歯切れが悪そうに下がって行く。

しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。こいつら二人が何かを起こせば保護者扱いされて居る俺に責任がいくのでここで分らせなくてはいけないのだ。

 

「いいかめぐみん、さすがに城や建物はやめておけ。平地とか前行った炭鉱とかで我慢しろ」

「…ふぁ、ふぁい」

 

掴みかかり動きが止まっためぐみんの両頬を両手で掴みロックしながら言い聞かせる。多分暫くしたらすっかり忘れて繰り返すかもしれないが、それでも暫く平和が続けばそれでいいだろう。

 

「よし、オーケーだ」

 

ウンウンと頷いた事を確認して手をはなしめぐみんを解放する。ぷはっ、と息を吹き返した様に彼女は呼吸を整えると

 

「さすがにその辺は分かってはいますよ。ただ、やはり大きくて硬いものでないと満足できない体になってしまいまして…」

 

モジモジと恥ずかしそうに彼女はそう言った。小さい体ながらも放たれる艶美な動きと雰囲気に若干心が引っ張られそうになるが、そこはいつもめぐみんが余計な事をして俺が謝り回った事を思い出して現実に戻る。

 

「絶対その言葉外で言うなよ」

 

ピシャリと今度は俺が彼女を咎める。

 

 

 

 

 

「それで何でいきなりけし掛けられて怒られなくてはいけないのですか?」

 

話が落ち着いてきた頃に不満そうに彼女はそう言った。確かに旅行前に説教してしまえは前日が台無しになってしまう。

 

「…確かにな本当だったら楽しみで眠れない筈なのに、これじゃ台無しだよな」

「ええ、そうです。この責任どうとってくれるんでしょうか?」

 

俺が非を認めるとそれをいい事に彼女が凄んでくる。その姿はさながら取り立てのヤクザの如くか。

 

「仕方ない、気分を害してバイブスが下がったなら上げるしか無いよな。ここで待っていろ」

「ええ、別に構いませんが…何をするつもりですか?と言うかバイブスって何ですか?カズマの国の言葉ですか?」

 

まさか本当に何かするとは思っていなかった様で、驚きながらも律儀に座ったまま部屋を出て行った俺の帰りを待って居てくれる様だった。後バイブスの意味って何だっけか。

 

めぐみんの部屋を出て最初に向かったのはラウンジの倉庫だった。

ここには常日頃クエストの報酬のおまけみたいな、お捻り的な物で渡されるシュワシュワ達などが収納されており、他にも色々な雑貨や日の目を浴びていない家具たちが仕舞われている。

そこから多量のシュワシュワを引っ張り出すとその内の一本をその場で一気飲みして、そのままゆんゆんの部屋に向かった。

ヤバイ、空きっ腹のシュワシュワは酔いの周りが尋常じゃ無い。

 

「オラ‼︎パーリィーの時間だぜゆんゆん‼︎お前のため込んだ菓子の使い所がようやく見つかったぜ‼︎」

 

ゆんゆんの部屋に着いて早々にドアを蹴破り、正確には一度ドアノブを捻り壊れるのを防いでからになるが、疲れ果てながらも旅行誌を読み耽っていたゆんゆんは蹴破られて入ってきた俺に対して今までに見た事無いくらいに驚愕した。これはレアなゆんゆんだなと思いながらも挨拶がてらに彼女をパーティに招待する。

 

「な…今度は一体なんですか⁉︎って酒臭い‼︎」

「臭いとは失礼だなゆんゆんよ、いいからそのお菓子の山を持ってラウンジに来やがれ」

「え、嫌ですよ。それにもう何時だと思って居るんですか‼︎明日のことを考えてささっと浄化魔法かけて酔いを覚まして寝てくださいよ」

 

ノリでやっているのにまともな解答をするとは、そこはやはりゆんゆん。まだまだグループに馴染むには及ばないな。

だが、今夜の夕食で食材をほぼ使い切ってしまった以上、このままではつまみが無い状態になってしまうので何としても彼女の協力が必要になる。最悪買いに行ってもいいのだがそれだと気持ちが下がってしまう。

 

「だったら仕方ない。これからめぐみんとパーリィーだけどそこまで言うんだったらもう二人でやるよ。邪魔したな」

「え?ちょっとどう言う事?二人でってめぐみんも居るってこと?」

 

秘技、押してダメなら引いてみる。彼女の境遇から考えればこれほどまでに効く作戦はないだろう。しかも三人という狭いコミュニティーの中一人残ると言う事がどれ程までに残酷な結果をもたらすかは火を見るより明らかだ。

正直心が痛まなくは無いがそれでもやらなくてはいけないのだ。

 

「あのー私も参加してもいいでしょうか…」

「ああ良いとも」

 

状況が変わりバツが悪そうにゆんゆんが申し出たので、俺は快くそれを受け入れた。

ゆんゆんを無理やり丸め込み多量のお菓子を抱えさせ先にラウンジに向かわせる。ウキウキしている後ろ姿に罪悪感を覚えるが、それはそれだ。

そして、俺は再びめぐみんの部屋に向かう。

 

「遅かったじゃ無いですか。てっきり忘れて寝てしまったのかと思いましたよ」

 

扉を開くと俺が部屋を後にした時と同じ体勢で微動だに動かず待っていためぐみんに悪態を突かれる。

 

「ああ、悪いな。ちょっとゆんゆん引っ張ってくるのに時間がかかった」

「ゆんゆん…?どいうことですか?」

「いいから来い‼︎」

 

酔いが醒めないうちにめぐみんを抱き上げそのままラウンジに連行して行く。普段であれば自分から女の子を抱き抱えるなんて体が砕けてもしないが、酔っている状態なら問題なく遂行できる。

 

「あ、ちょっと‼︎何するんですか⁉︎というか酒臭⁉︎さては酔っ払っていますね、普段飲ませないくせに自分だけ飲むなんて卑怯ですよ‼︎」

「安心しろこれからパーリィーだからな。シュワシュワ飲み放題だぞ‼︎」

「ほ、本当ですか‼︎流石カズマです。信じていましたよ‼︎」

 

先程までの反抗的な態度から一転、喜びに満ちた笑みを浮かべながらラウンジへと向かい先に待機していたゆんゆんと合流してそのまま酒盛りとなった。

療養期間もあってか暫く飲めなかった事もあり、普段よりタカが外れた俺たちはシュワシュワを飲みに飲みまくり夜中かけて飲み明かした。

 

 

 

 

 

 

「やば…やっちまった」

 

朝目覚めて起き上がると、目の前には酔い潰れてか真っ直ぐうつ伏せで倒れている二人が視界に入った。周囲には飲み終わったシュワシュワの空き瓶が尋常では無い本数が転がっていた

今思えば何でこんな事をしたのか思い出せないし、思い出したとしても正気の沙汰とは思えなかったので自然災害か何かで済ませる事にして、冷蔵庫に入っている冷水を一気飲みして目を覚ます。



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アルカンレティア4

遅くなりました。
いつも誤字報告してくださってありがとうございますm(__)m


「どうしたもんか…」

 

目の前で伸びている二人を見ながら、近くのテーブルに備え付けられている椅子に腰を掛ける。

旅行前日に気分を盛り上げようかと思いパーティの様な飲み会を行ったのだが、ハメを外すあまり飲み過ぎてしまった様で最後にどうなったかに着いての記憶はすでに忘却の彼方だ。

 

時計を確認すると予定していた時間と比べてまだ余裕がある。これから二人を起こして治癒魔法をかけるにしてもまだ時期尚早だろう。既に準備を済ませていた事が幸いしたのか、旅行に向かう準備は既に完了しているので後はこの屋敷を戸締りして出発するくらいである。

 

多分起きるであろう二人にメモを残し、軽くシャワーを浴びて散歩がてらに外に出る。

まだ朝早くと言う事もあってか、辺りが薄暗く陽が本格的に出てくるまでは少し肌寒く、この時間にやっている店もだいぶ限られて来る。

魔法でおおよその二日酔いは消えるのだが、それでも若干の気持ち悪さの様な不快感が残ってしまうので残ったそれを回復させるのには、また色々と方法があるのだ。

酔い覚ましに効きそうな物品はおおよそ日本に居た時と同じで、電解質の多い飲料水や良く分からない成分の入った栄養剤等々あるが、この世界にも似たようなものはある。

しかし、魔法が発展してしまっている為かなかなかその品々を入手と言うか販売している所を見ないのだ。

だが、そんな俺にも頼りになる店があり、あまり行きたくは無くウィズ魔法武具店と言う名前で商いをしているそうだ。まあウィズの店なんだが……。

 

「邪魔するぞー」

「何⁉︎我輩の邪魔をするのなら…」

「あーいいって…そのセリフ聞き飽きたから」

「ふむ…流石の貴様もようやく我輩の考えに気づいたのであるか、成る程‼︎ではそのままお帰り願おうか‼︎」

「うるせえ‼︎面倒な事言って食い付いてくんじゃねえ‼︎」

 

容赦なく飛んでくる罵声に対応しながらズケズケと店に入る、ちなみに開店前なのでこの件は俺が全面的に悪いのは内緒だ。

 

「ふむ…成る程な、二日酔いに聞く薬が欲しいと言う訳で、その薬をうちの店で買いたいと言うわけか…中々に殊勝な行いであるな、開店前に乗り込んできたのでどうしてやろうかと思っていたがお客様であるのであればまた話は別だ」

「お前は本当にブレないな、まあいちいち説明しなくて済むのは助かるんだけどさ。それじゃ商品を…うお⁉︎」

 

商品を渡してもらおうとバニルに近づくと、俺の下方注意だったのか何かを踏んづけ躓いてしまう。

開店前なのでもしかしたら陳列中の商品を間違って踏んづけてしまったのかもしれない、しかもバニルが管理しているこの店の商品を踏んでしまったと言うことは必ず弁償させる事になる、しかもかなりの値段を乗せられてぼったくられる事間違えなしだ。

 

「って何だよ…ウィズか。いやいや何でウィズがここに寝転がっているんだよ!しかもなんかボロボロだし」

 

足元に目を向けると、なぜかボロボロになっているウィズが寝っ転がっていた。体勢的に転がされたと言った方が正しいが、多分自分の意思でそうなったとは言えないぐらいの惨状だった。

 

「うむ…気づかずにそのまま買い物を続けておれば良いものを、全くつくづく貴様と言う人間は余計な事に気づいてしまうな」

 

バニルは俺が転がっているウィズに気づいた事が不味かったのか、困った様な表情を浮かべる。そもそも気付かれたくなければ奥の部屋まで運べばいいものをわざわざここに放置している時点で気付かれる事はほぼ必然だろう。

 

「それで?何でここにウィズが寝転がっているんだ?しかもなんか焦げてるんだけど」

「そうであるな…」

 

ふむ…と顎に手を当てながらバニルはどう説明しようかと悩む。今更何があった所で特に驚かないので早く説明して欲しいものだ。

 

「ふむそう思うのであれば、あったことをありのまま説明してやろう」

 

そう言いバニルはその重い口を開いた。

 

 

 

「成る程な…それはまぁお気の毒にしか言えないな…」

 

バニルの口から語られたのは聞いてみればあっけないものだった。

店の運営をしているのがウィズに当たるのだが、あの事件以降その運営にバニルが加わり人手が増えスタッフは二人の二人三脚になった。そして実際に働いてみればウィズは売れるかどうか分からない品を次々と発注を繰り返しては在庫の肥やしとしていたそうで、今は殆どバニルによって商品の管理をしているのだが、経営者がウィズである以上その当人が直接仕入れることは一応可能らしくバニルが油断している隙を見てはロクでも無い品を仕入れてくる様だ。

そして今回の件で流石に痺れを切らしたのか、直接その体に刻み込んでやるぜとバニル式なんとか光線で死なない範囲で痛めつけたらしい。

 

「そうであろう、我が苦しみに共感してくれた貴様にこの商品をくれてやろう」

 

バニルが何かを差し出す。どうやら返品する予定の物を一つ俺にれるらしい。

 

「で?これは一体何なんだ?」

 

渡されたものは何やら筒状の物で何かスイッチの様なものが見える。正直これだけで何なのかなど分かる筈もなく、仕方なしに内容を確認する。

 

「それは簡易式水洗トイレだな」

「何だよ、結構便利そうじゃねぇかよ」

「しかしな…流す時に大きな爆音とあり得ないほどの水が流れるらしい」

「使えねぇじゃねえか‼︎」

 

スコーンと地面に叩きつける。叩きつけた拍子にスイッチが起動しないかヒヤッとしたが、そのまま転がっていったので安心する。

 

「まあいいや、とりあえず商品を早く出してくれないか?まだ早いって言っても今日出発の予定だからなるべく用事を済ませておきたいんだよ」

 

茶番に付き合うのも悪くは無いのだが、このままだと変に時間を消費して馬車のチケットの購入時間に間に合わなくなってしまう可能性が出てきてしまう。

 

「ふむ、そうであるな…ん?ほうほう小僧チケットが余っている様だな」

「まあ、そうだけど。それがどうかしたか?ああ、もしかして一緒に行きたいのか?」

「…何を勘違いしておる。我輩が一人で外に出よう物ならあのポンコツ店主がロクな買い物をしないのでな、これは提案であるがこの店主を連れていってはくれまいか?実はこの後に商談があってこの店を離れなくてはいけなくてはならないのだ」

「成る程な…言いたい事は分かったけど、せっかくのパーティー水入らずの旅行だからあまり他の人を入れたくは無いんだけどな…」

「なに…勿論タダとは言わぬよ。こう見えても我輩は悪魔であるからな、こう言うギブアンドテイクを疎かにしないのだ」

「マジか…お前が言うと何か怖いな。大丈夫なんだろうな」

 

そういいバニルは何かを取り出すとそれを俺に向けて渡す。

 

「何だこれ?ペンダントか?二つともデザイン的にどこかで見たことある様な気がするんだけど、何だっけな?」

 

ほれと渡されたペンダントを受け取り、そのデザインを確認すると二つとも何かの紋章をあしらった飾りがぶら下げられている。この紋章の一つはどこかで見た様な気がするが、果たしてどこで見たのだろうか?

多分誰かが持っていた事は確かだったが、人の身に付けている物をジロジロと眺める様な行為をあまりしたくは無いので控えていたのが仇になった様で、今のところは謎のペンダントになる。

 

「それはかの有名なエリス教とアクシズ教のペンダントになっている。使い分ける事でこの先の旅行で役に立つであろう物である」

「マジか…」

 

要するに宗教の会員証の様な物である。

そう言えば前にクリスが同じ様な物をぶら下げていた事を思い出いだす。それに教会にデカデカと同じデザインの紋章が描かれていた事も思い出した。

人間一度知れば芋づる式に記憶が呼び起こされると言うが、まさにその通りに今までの映像などがフラッシュバックする。

 

「それでアクシズ教って何だ?エリス教は聞いたことあるけどそっちは聞いたことないな?」

「そうであるか…まあ知らないのであるのであれば幸せであったな小僧、しかしこれから貴様の行く道には必ず忌々しいアクシズ教との関わりが出てくるであろう。この我輩が保証する」

「へー、そうなのか。でも宗教ならこの街にもあるのか?アクシズ教の教会があるのか?」

「あるにはあるのだが、今のところ非公認でな。そのうち進出してくるのでは無いかと思ってはいるのだ」

「へーそれでエリス教と比べてどんな感じなんだ?」

「うむ…そうだな…。我輩からは何とも言えん…というよりかは口にしたくは無いな、一度その目で確かめてくるといい」

 

成る程な…しかしアクシズ教か…。どの世界にもアクシズと名のつくものはロクでもないと言うがこの世界でも同じ様だ。

エリス教とアクシズ教、前の世界にも宗教はあったが、それぞれに棲み分けというものがあり、イザコザも時にはあったが、それなりにうまく回っていた様には見えた。

 

「何か使い方とかあるのか?儀式的なものに使うとか、魔力を灯すと何かが起こるとか?」

「そのような物は無いな。本来であればその崇拝する女神の加護が得られるのだが、どこにも属していない貴様にとってのそれは何の加護もないただのペンダントになっている」

「意味ねえじゃねえか‼︎」

 

ガックシと膝を折る。

要するにただのアクセサリーというわけである。

この世界での宗教は基本的に用紙に名前を書き込めば簡単に申請ができるという物だが、その後に色々と洗礼の様なものがある所もあるらしく手続きを踏まない限りは加護は得られないらしい。

そんなに効果があるというのなら俺も加入してみようかと思ったが、宗教によって得られる加護は教徒の人数に割られて割り振られるらしく、俺が入った所で目に見える様な変化は得られないそうだ。

そうなればただの心の拠り所にしかすぎず。必要な人には重要だが、生まれてこの方何も信じていない無宗教の俺にとっては無意味な話だ。

 

「そうカッカするでないぞ小僧。確かに装備品としてのそれを見るにはただの重りにしかならぬが、アルカンレティアに行くのであればその二つは貴様にとってかなりの恩恵をもたらすであろう」

「おいおい…アルカンレティアってそんなに魔窟なのか?パンフレットには温泉街とし書かれていないのだが…」

 

よくある話なのだが、大抵観光先について書かれている書物には悪い事は一切書かれてはおらず、良い事だけしか書かれて居ない事がある。

俺の持つアルカンレティアについての知識はゆんゆんの持ってきた雑誌に依存するため、分析的視野が位浅さか狭まっているのだろうか。

今更だが、ゆんゆんの持ってきたパンフレットというか書籍に限定した書物で知識を得たという事に今更ながらに不安を感じる。ゆんゆんの人間性は信頼のおける人物なのだが、彼女自身のセンスが些か世間とズレているのは確かだろう。いつも隣にいるめぐみんの感覚が世間からかなりひねくれたもので気付かなかったが、ゆんゆんの常識も異世界の俺とめぐみんの中では真っ当に見えていたが、他の人物と比べたら些かずれているのだ。

 

「何か旅行前にめっちゃ気分が下がってきたんがけど…どうしてくれんだ?」

「ふむ…なかなかに良質な悪感情だな我輩の好みであったなら喜んだのだが、生憎その感情は我輩の好みではないのでやめるがよい」

「はっ倒すぞ‼︎」

 

相変わらず行動というか考えが読めないなと思いつつも足元に目を向ける。そこには未だに目を覚まさずに寝転がっているウィズの姿が映る。

 

「なあバニル…要らない鉄板とか道具ってあるか?」

「む?何をいきなり藪から棒に…なるほどな、その用具と素材であれば店の裏に転がっておるから好きに使うが良い。貴様には何だかんだ贔屓にしてもらっておるからな」

「ありがとうな」

 

流石は見通す悪魔、いちいち説明する手間を省けることに関してはかなり便利な能力だが、使用者の性格がいかんせんよろしくないのが玉に瑕だ。

奴に礼をいいウィズを店に残し裏手に回る。

 

裏には何かの工房なのか色々な道具などが並べられている。多分商品の簡単な加工を行うのだろうが、俺からすればまだ見ぬ作業場感があって中々にグットだ。

素材は片付け忘れたのか転がっている物を使用すれば良いとの事で、早速落ちている廃材を使用してDIYを行っていく。

いきなりの作業でどうなると思ったが、流石異世界!どんなものもスキルを取って仕舞えばある程度の所までできる様になってしまう。考えてみれば恐ろしい話だが、手っ取り早く知るには別に構わないだろう。

 

資材をかき集めて組み立てていく。そして出来たのがこのリアカーである。

クリスの神具運びの際に使用した物よりかは小さいが、人間を数人運ぶには十分すぎるだろう。

そう言えばクリスは何処でリアカーを手に入れたのだろうか?この街を探せど同じ様な物を見たことがない。もしかしたらこの世界にはないのかも知れない。

 

適当な事を考えながら作成したリアカーを店の前に運び中にいるウィズを引き取りに行く。途中バニルにまた色々言われたがそれを適当に流してこうして屋敷の前へとたどり着く。

 

「帰ったぞー。みんな起きているか?」

 

外の日陰にウィズを乗せたリアカーを降ろし、屋敷の中に入り二人を確認する。ウィズの店で些か時間を消費したと言ってもまだ時間に多少の余裕があるので少しくらいならトラブルがあっても大丈夫だろう。

 

「おーい…ってまだ寝ているか」

 

ラウンジに入ると俺の予想通りに二人がグッタリと出発した時と同じ様に倒れていた。吐瀉物等々なかったのは幸いだが、改めてみれば家具等々が散らかったままで、その惨状を見て我ながらよくここまではしゃいだなと感心する。

どうせだったら早くに起こして治癒魔法を掛けておけば良かったと後悔する。それであればこの時間までに各自で色々と片付けをして貰えたのだと思う。

 

「起きろーってまあ起きないか…」

 

瓶がほとんど空いているので多分三人で全部飲んだんだろう。俺自身体のコンディションから見てそこまで飲んでいないと思う、しかしそうなれば残りを二人で飲んだことになる。

そうなれば此処までぶっ倒れているのは必然だろう。

 

適当に二人に治癒魔法を掛けながら呼びかけるが返事がない。不安に思い脈や呼吸を見たが特に問題はない様なので仕方ないと屋敷中の戸締りを済ませ、二人を持ち上げるとそのまま外に停めて置いたリアカーにウィズと一緒に転がし、荷物も載せた。

 

側から見れば人身売買の卸売業者だな、と何かあったら嫌だなと思いながらリアカーを運びながら馬車乗り場に向かう。

馬車乗り場に着き、チケットの手配を済ませる。小さいドラゴンの幼体と相席になってしまったが、特に問題はないだろうしむしろほぼ貸し切りに出来るのは中々に僥倖だ。

時間に間に合う様に馬車の小屋にリアカーを運び、女性陣を乗せていく。途中本当に人身売買の卸売業者だと勘違いされたが、スタッフに俺の顔見知りが居たので事情を説明すると同情されたが何とか無事に乗り込ませることに成功する。

 

「出発まで残り数分か…楽しんでるかお前ら‼︎」

 

イエーイと拳を振り上げるが、帰ってくるのは寝息だけだった。詰め込まれたゆんゆんのバックの中身のゲームは何の為に役立つのだろうと思いながら昨日の残りのつまみを口に運ぶ。

さてアルカンレティアまで1泊2日掛かるそうだが、果たして無事に行けるのだろうか。まあスタートは最悪だったが、みんな寝ていた事もあり特に面倒な問題はなかったのは幸いだ。

しかもウィズは魔道具店以降目を覚ましていないので気づいたらアルカンレティアと言う謎の展開に面食らうだろうなと思う。荷物は事前に予測していたバニルが荷物を用意してくれてたので最悪の事態は免れたのだが、それでも人間関係の都合とか色々あるだろう。

よくサプライズで海外旅行だとか言うが結局当人の都合が合わずにキャンセルになったと言う話を聞いたのも古くはない。

 

「異世界に来て初めての旅行だと言うのに全くだらしが無いぞ」

 

適当に文句を垂れては見たが、よく考えれば二人は自分が原因だと言う事を思い出し、目が覚めたら責めるのはやめておこうと決めた。

 

 

 

 

 

馬車に揺られること数分、馬車の小屋に取り付けられた窓から遠方に砂煙の様なものが見えるので千里眼を使い確認すると、何やら動物の様なモンスターなのか分からないが群れで走っている様だ。

 

「おっちゃん、遠くで走っているのは何なんだ?」

 

馬車の操縦士に向かって話しかける。容姿から見て中年くらいだろう、この仕事についてから結構長そうなベテラン感を感じるので聞いてみることにする。

 

「え?遠くですか?特に何も見えませんがね…まあこの時期なら走り鷹鳶くらいなもんでしょう」

「何すかそれ⁉︎」

 

走り鷹鳶?走り高跳びをもじった物なのか?にしてはふざけたネーミングセンスだ。稀にゲームとかで敵の名前を考えるのが面倒になってそこら辺にある物を利用して変な名物を作ると言うが、ほぼそれに近いんじゃないのだろうか?

この世界は実はデジタルの世界で現実の俺は病院の実験室で寝かされているとかやめてほしい、仮にもしそうならぜひ起こさないで欲しいもんだ。

それにそうであるなら何でも知っているクリスは管理者の様な物だろう。

まあ住人と話して居て特に違和感を感じないので多分現実だとは思うが、走り鷹鳶については一度考え出した人間とあって話をしてみたい気にもなるが、すでに存命ではないだろう。

 

「ちなみに私が名付けたんじゃないですよ」

「へーそうなんですか」

 

その後適当に世間話をしていると馬を休ませるための休憩に入る。

操縦士は仲間の元に向かって行ってしまったので、今は俺一人だけになってしまう。

 

「いい加減に起きろよ…」

 

流石にそろそろ目覚めてもいいんじゃないかと思い手始めにゆんゆんを起こそうとゆさゆさと揺らすと起きたくはないのか売りながら抵抗する。

 

「う…うーん」

 

まるで日曜の朝に兄弟を起こす様なそんな抵抗を受けるが、そんなものは聞かないと言わんばかりに今度は思いっきり揺さぶる。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ‼︎って此処何処ですか⁉︎」

 

どうやら夢を見てうなされていたのもあったのか、ある程度刺激を与えると夢が変化したのかそのまま飛び跳ねる様に起き上がった。

 

「おはようゆんゆんもう昼だぞ。それに此処は何処かはわからないがアルカンレティアの道中だぞ」

「え⁉︎」

 

彼女は突然の事で訳が分からないと言った表情を浮かべている。

悪夢から目覚めたらまた新しい悪夢の始まりだったとはまさにこの事だろう。正直彼女に関しては同情を禁じ得ない。

取り敢えず酔い覚ましを渡して残った二日酔いを治してもらう。

 

 

 

 

「成る程、そう言う事でしたか。まあ本来なら謝るところですけど今回はカズマさんが悪いと思いますので謝りません」

「えー」

 

酔い覚ましの薬を彼女に飲ませた後に軽く事情を説明すると、むすっとした様な表情で彼女がむくれた。出来れば出発の前に風呂に入りたかったそうだ。

 

「まあ、何があったかは覚えてないけど悪かったって」

 

既に昨日の記憶は忘却の彼方なので何があったのかは思い出せないが、とにかく状況を見るに俺が悪そうなので誤っておく。

 

「まあ私は別に構いませんけど、今度から旅行の前は大人しくしましょう」

「あー、そうだな」

 

やらないとは言えないので適当に相槌を返す。

変に約束してしまうと、後々に厄介なことになりかねないのでここは上手く逃げるのが賢い選択だろう。

 

「それで何でウィズさんもここに居るんですか?確かメンバーはこの三人だけですよね?」

 

もしかして新しい女⁉︎見たいな昼ドラ的な展開になりそうだと思ったが、新しい仲間が増えた嬉しさが勝ったのか少し表情が緩んだ様な気がした。

 

「事情は後で話すとして、まず先にめぐみんを起こそう」

「そうですね…でも気をつけてください。めぐみんシュワシュワ飲んだ後の寝起きがめちゃくちゃ悪いので」

「マジで⁉︎ヤバくないか…それじゃあゆんゆんが起こしてくれよ!」

「嫌ですよ⁉︎何で私が起こさないといけないんですか‼︎私の方が付き合いが長いので八つ当たりが酷いんですよ‼︎特に二日酔いの日は酷いもんですよ!」

 

そう言えば前に飲んだ時は大抵朝方ゆんゆんがグッタリとしていたが、そう言った理由があったのか。

明かされた真実に戸惑いながらもゆんゆんに押し付けようと奮闘するが、それを尽く押し返される。今日のゆんゆんはいつもと比べて中々に強敵だった。

 

「待てよ…」

 

考えているとある秘策を思い付いてしまった。

 

「何ですか⁉︎急に黙らないでくださいよ‼︎カズマさんが黙ると大体ろくな事が起きないんですから‼︎」

「何だと⁉︎」

 

静かに考えを纏めていただけで此処まで酷い事を言われるとは流石の俺もビックリ大仰天だ。

 

「まあいい、此処は俺に任せてくれ」

「何かいい方法が思いついたんですか?」

「ああ、まずめぐみんが二日酔いの状態で起きてしまうのがいけないんだろ、なら要するに起きたと同時に二日酔いで無くなればいい訳だ」

「あの…推理小説風に言うのは構わないんですけど、早く結論を言ってもらえませんか?すごく嫌な予感がするんですけど…」

 

カッコよく名推理の如く解決法を説明する俺に対して現実を突きつける様な答えを催促するゆんゆん。その光景は側から見れば中二病に対して現実を突きつける様なそんな無慈悲さを感じさせるほどだった。

 

「要するに…ってまあ百聞は一見にしかずって言うしな、見てろって」

「えぇ…」

 

思い立ったら即行動。やはり現代を生きる人達に足りないものは行動力だろう、何事にも理由をつけては否定的な事を言うがその否定する理由を考える労力を行動に移せば、全てとは行かないが万事OKだろう。

 

「おーいめぐみん起きろ‼︎いい加減起きないと体が爆発するぞ‼︎」

 

適当に言いながらめぐみんの体を揺さぶる。俺の手には既に良い覚ましが握られている。

 

「あのー凄く嫌な予感がするんですけど…」

「うるせぇ‼︎責任から逃れた奴が後ろから文句言ってんじゃねぇ‼︎状況を変える事ができるのはな!死地に留まる当事者だけなんだよ‼︎」

「カッコイイ事言えば何やっても許されるわけじゃないんですよ‼︎」

 

あれだけ自分は関わりたくないと文句を垂れていたゆんゆんが後ろで止める様に警告してくる。

流石ゆんゆん、やはりこの世界での付き合いが長いだけの事はあってか俺の行動に関して何かしらの感が働くらしい。

だが時既に遅し、既にめぐみんは俺の手により半覚醒状態なのだ。

 

「う…ん?此処は…何処なんですか?確か飲み会を…」

 

そして揺さぶる事はや数分、ようやく周りが見えて来たのか今自分が置かれている状況に疑問を覚えている様だ。

 

「今だ‼︎」

 

めぐみんが覚醒し、状況を掴み始めたタイミングで手に持っていた酔い覚ましの入った瓶の蓋を開け、それをめぐみんの口に突っ込みビンの角度を変え中身の液体を彼女の喉へと流し込んでいく。

側から見れば拷問の様だが、ゆんゆんがそこまで警戒するとなれば手段を選んでいる場合ではないのだ。

 

「ん⁉︎んんんんんんん⁉︎んんんんん!ん⁉︎」

「ちょっと⁉︎何してるんですか⁉︎」

 

途中ゆんゆんがギョッとした表情でコチラを見た後、止めに入るが既に後の祭りで彼女が止める前に行動は完了しているだろう。

そして(ん)と言う文字がゲシュタルト崩壊しそうなほどに驚きのんを連呼しながら彼女は瓶に入った酔い覚ましを飲み干した。

既に治癒魔法でおおよその酔いは覚めているので、酔い覚ましを飲ませればおおよそいつもの通常営業に戻るだろう。

 

「ああもう‼︎カズマは私を殺す気ですか⁉︎」

 

飲み干したのを確認して力を緩めると、めぐみんは俺の手ごと瓶を払い除けながらそう言った。

 

「いや、殺す気はなかったんだけど、ゆんゆんが二日酔いの時の寝起きが悪いって言うからさ、だったら早めに目を覚してもらおうかと思ってな」

「いやいや、こんな事をされたら逆に目が覚めなくなりますから‼︎確かに寝起きが悪い自覚はありますが、ここまでされる筋合いはない筈ですよ‼︎」

 

完全に目が覚めたのか思いっきり怒鳴なってくる。

確かに寝起きに水一気飲みさせられたら怒るよな…

 

「お、おはようめぐみん調子はどう?」

 

横からヒョイっと顔を出すゆんゆん。心配になったのだろうか?

とんで火に入る夏の何とかとは言うが、今のタイミングで出てくるのは悪手だろう。

 

「だーれーがー寝起きが悪いですか‼︎大体その時に限って、あれめぐみんってお酒弱いんだ、子供なのね!とか煽ってくるからですよ‼︎少しは発言に気をつけたらどうですか‼︎」

「ご、ゴメンなさい‼︎」

 

そして始まるキャットファイト。何度も見て見慣れた光景だが、まさかここに来て見られるとは思わなかったぜ。

いい加減旅行先でもイチャつくのは勘弁してくれと言わんばかり荒れっぷりに、さっきまでの一人旅が懐かしいと思うまでである。

 

「二人は大丈夫そうだから、今度はウィズを起こそうか……え⁉︎何か透けてんだけど⁉︎」

 

ウィズを起こそうと近づくと何故か彼女の体が薄らと透き通っていた。

 

 



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アルカンレティア5

遅くなりました…
誤字の指摘をして頂いた方々ありがとうございます。


先程までは何事も無かったウィズの体が徐々に透けていっている事に気づいた。

一体何故今頃に、と思ったがバニルの攻撃を受けて仕舞えば流石のウィズも駄目だったと言う事になるのだろう。あのアンデットの王と言われるウィズをここまで追い詰めるとは流石は元魔王幹部と言う所だろう。

あの時奴が本気で闘ったのであれば俺達がこうなっていただろうと思うと背筋が少し凍えてくる。

 

「しかし、どうすればいいんだろうか?」

 

腕を組み、この問題に対してどうすれば良いのか真剣に考える。

確か砂糖水がどうとか言っていた事を思い出したが、生憎砂糖水なんて物はなく、可能性としてあるのはゆんゆんの持っているお菓子くらいだが、どれもしょっぱい物なので無理に等しいだろう。

後に振り向き二人を見る。しかし、俺の意を介さないかの様に二人はいつもの様にイチャイチャしている。正直いつもしているのによく飽きないと感心するが、三人でいる時にされると疎外感を感じるのは気のせいだろうか…まあ、混ざりたいかと言われれば答えはノーになるんだけど。

 

そろそろ収まる頃合いなので眺めていると、俺の予想は的中し二人の息が切れ肩で呼吸をし始める。こうなればほぼキャットファイトは終了になり、話掛ける事ができるのだ。

 

「おーい。話は終わったのか?」

「ええ、まあ一通りは終わりましたよ…ですがまだカズマの話は終わっていませんよ。よくも寝起きによく分からない水を飲ませてくれましたね‼︎」

 

近づきながら声をかけると、何故かゆんゆんは地面に倒れて気を失っており、その上にめぐみんがのし掛かっている様な体制になっている。いつもの事だが、何故いつも気を失っているのかは未だに謎だ。

そして彼女は俺に気づくと標的をゆんゆんから俺へと変えたのか、文字通り目の色を変えながら俺に向かってにじり寄って来る。

 

「落ち着けめぐみん、話せばわかる…それに今は非常事態なんだ」

「非常事態?何をおしゃっているのかよく分かりませんね‼︎この状況下に置いて他に優先される事があるでしょうか‼︎いいえ!ある筈がありません‼︎」

「クソ‼︎話を聞いちゃくれねぇ‼︎」

「覚悟はいいですか?」

 

俺の話など聞くものかとめぐみんがにじり寄って来る。その姿はまるで表現できない何かの様でいつもゆんゆんが恐怖する理由が何となくだがわかった様な気がした。

今更分かったところで解決になるないので勘弁して欲しいところだが。

 

「えいや‼︎」

「危な⁉︎」

 

飛びかかってきためぐみんを寸でのところで躱す。

飛びつき重心の支えを失っためぐみんはそのまま地面に突伏しながらずって行った。

 

「ク…流石ですね」

 

体を起こし、服に着いた埃を叩きながら彼女はそう言った。

一体彼女は何がしたかったのだろうか?疑問は尽きないがそれでも彼女なりに意味はあったのだろう。

 

「落ち着いた様だな、それで話なんだが」

 

彼女に向き合いながらも警戒を解かずに話しかける。

いつものふざけた様な感じが災いしたのか、俺が真面目な話をしようとしても冗談だと思われ中々聞いてくれないのだ。

 

「ええ、何となくですがカズマがふざけていない事はわかりました」

「おお、そうかようやく分かってくれたか」

 

適当に感激しつつ、めぐみんをウィズの所に移動しながら状況を説明する。

 

「って何ですか⁉︎消えかけているのではないですか⁉︎」

 

事前に説明をしていたのだが、やはり実物を見るとびっくりするのか驚愕の声を上げる。確かにいきなり同行人がグッタリ倒れながら姿が透過し始めたらびっくりするだろう。

 

「まあそうなんだけどさ、それでどうしたら良いのか聞きたいんだけど」

「そうですね…」

 

俺に問いかけられ若干困ったのか、彼女は腕を組みながら必死に答えを探っている。三人集まれば文殊の知恵と言うのでゆんゆんにも聞いてみようと思い先程のリングを見ると、先ほどと変わらない体勢で未だにグッタリとしていた。

 

「あーあ」

「そんな目でこっちを見ないでくださいよ。そもそも元を辿ればカズマが無理やり起こさなければこんな事にはならなかったのですからね」

 

ゆんゆんの状態を無言の眼差しで訴えると、それに反抗してか語尾を強めて俺を糾弾し始める。どうやら墓穴を掘った様だ。

 

しかし、めぐみんでも分からないとなるともう打つ手が尽きてしまう。

最初に回復魔法をと考えたが、アンデットである彼女にとって回復魔法は攻撃魔法と同等で、掛ければ途端に体が浄化されるらしい。

ならば反対にアンデット系の何かのスキルが有ればいいのだが、そもそもそんな都合のいいスキルを取得しているわけではない。

 

…いや待てよ。

 

アンデットから教わったスキルが一つあった事を思い出す。そして、目の前には最上級の魔力タンクがあることに気づく。

その二つの条件があって試さないなんて選択肢は存在しない。

 

「…カズマもボーとしないで何か考えてください。このままですとせっかくの旅行が葬式ムードになってしまいますよ」

「ああ、そうだった。悪い悪い」

 

適当に謝りつつ潜伏を使いながら彼女ににじり寄る。魔力は心臓に近ければ近いほど回収しやすいと聞く、だが流石に女性相手に胸部を触る様なことはできないので首根っこを掴むことで今回は我慢する。

 

「許せめぐみん‼︎」

「は?えっ!ちょっと⁉︎突然何を…あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

空きだらけのめぐみんの首根っこを掴み、そのまま魔力を吸い取りながら体を降ろしウィズに触れることで直接魔力を流す。これなら俺の魔力に汚染される事無くウィズに魔力を渡す事が可能だろう。

 

「よし‼︎やっぱり魔力を入れれば何とかなったか!流石にどうなるかと思ったけど終わってみれば案外あっけなかったぜ」

 

魔力が流れるとウィズの体の濃さが見る見るうちに元に戻っていく。何物でもない魔力を流す事が彼女にとっての回復魔法になる様で、この調子で流し続けていけば時期に元通りになるだろう。

俺の考えはやはり正しかったのだと胸を撫で下ろす。もし間違えたら彼女に残り時間を無為に過ごしてしまっただろう。

 

「……無事事態が収束してよかったですね…それで覚悟はいいでしょうか?」

「あっ…」

 

一難去ってまた一難というのだろうか、それとも二難去って三難目とでも言うのか俺の手にすっぽりと握られた彼女からドスの効いた声が聞こえて来る。

事態を急ぐあまりに彼女の扱いを間違えてしまった様で、今尚彼女は怒りが込み上げてきたのか震えだし俺の腕から振動が伝わって来る。

 

「今日と言う今日こそは許しませんよ‼︎」

「まっ‼︎ちょっと待ってくれ、緊急事態だったんだ許してくれよ‼︎」

 

いえ許しませんと、俺の手を振り払いながら彼女が飛びかかって来る。今回に限っては俺の不注意から来ているので彼女の成すがままにしようかと思ったが、それはそれで今後俺が舐められるのでいつもの様に頭部を押さえつけながら反抗する。

 

「いい加減に落ち着いたらどうだ、前は勝てたかも知れないが今回は負けねぇよ‼︎」

「クッ‼︎女の子相手に支援魔法とは…持ち前のクズさに磨きがかかりましたね」

「やかましいわ‼︎」

 

彼女に指摘された様に、素での腕力では彼女に勝つことは出来ないので支援魔法を使用しパラメーターを上げながら取っ組み合いに参加している。

掴み合いとなれば単純な力の比べ合いになるので多少の動きやコツがあるが、それでも常時発動している支援魔法を使った俺と同等に渡り合えている事実が微妙に俺を苦しめる。

 

「まだまだ甘いんだよ‼︎」

「あっ‼︎卑怯ですよ‼︎」

 

もうほぼ俺の八つ当たりに近い猛攻を受け、うっかりなのか隙を見せた彼女の足を払い、勢いそのまま再び彼女を地面へと転がしていく。コロコロ転がり偶然にも先に突伏していたゆんゆんの元に言ってしまい激突する。

ボーリングだったらストライクだったなと思いながらその光景を眺める。

 

「あの…ここは何処でしょうか…あと何故私はカズマさんと一緒に旅行しているのですか?」

 

後ろで何かが動いた音がしたので振り返ると、ちょうどウィズが目を覚したのか眠そうに状況判断して俺に答えを求めてきた。

無理も無く。いきなり起きて道のど真ん中だと流石に混乱するだろう、ちょうど二人も伸びてるし。

 

「やれやれ…また一から説明しないといけないのか…」

 

両手を挙げやれやれと呆れたジェスチャーをしながらため息を吐き、彼女の元へ説明しに向かった。

 

 

 

 

 

「成る程…って全てバニルさんの仕業だったんですね⁉︎」

「まあ、そうなるな」

 

程の良い厄介払いだったのさ、などとは言えないので普段から頑張っているウィズへのご褒美という感じの体で今回アルカンレティアの旅行に連れてきたと言うことにしている。

事情を知るのは俺とバニルの二人で、バニルは心を読めるので多分バレる事はないだろう。

 

「おおよその事情は分かったのですが、あそこの二人はどうして眠っていらっしゃっているのですか?」

「あーあれか?…話せば長くなるけど良いか?」

「いえ…何か嫌な予感がするので今回は遠慮しておきます」

 

やはり人生における経験の差だろうか?俺の悪巧みも直ぐに見抜かれて見事にスルーされる。

やはりアンデットの王、生きている年数が違うのだろう。その事を彼女に聞いたら間違えなく消されそうなのでやめておく。

 

「おーい、休憩は終わりだから戻ってきてください‼︎」

 

のんびり突伏している二人を眺めていると、時間が来たのか操縦者のおっちゃんが声を張りながら知らせる。

 

「もう終わりか、おい二人とも行くぞ」

「…」

 

返事がないただの屍のようだ。とは行かず普通に倒れているが、多分めぐみんは狸寝入りしている気がしなくもない。

何故このタイミングで狸寝入り?と疑問は尽きないが何か意味でもあるのだろうか。

 

「おいめぐみん、お前は起きているだろう」

「…」

 

彼女の横に立ち問いただすと、心なしか体が少し揺れた様な気がした。

偶に寝ている時に無意識に体がビクつく時があるが、今回はそれとは違うだろう。

 

「取り敢えず吸い取って見るか」

 

脅し文句を言い、再び彼女の首根っこを掴もうと彼女の上から覆う様に距離を詰める。先程はある程度手加減したが、今回は俺の魔力を全快させる程度にしておいてやろう。

 

「あー‼︎とてもよく寝ました‼︎何なら良い夢も見れましたよ」

「清々し過ぎて何も言えない」

 

取り敢えずめぐみんは放置してゆんゆんを揺さぶって起こす。

 

「起きろー良い加減起きないとすんごい事するぞー」

 

ゆんゆんは多分本気で寝ているだろう、寝息も聞こえるし。モンスターもでるか分からない道でここまで熟睡出来るのも謎だが、その分俺たちを信頼してくれているのだろうと思うことにした。

まあ、だからと言って起こさない理由にはならないので適当に脅しながら起こす様に促す。

 

「あれ?どうしてまた眠っているの…?確かめぐみんに…」

 

不味いな…このままだとまた面倒なことになりかねない。何でこの二人に関わるとこうも面倒な事になるのだろうか。

俺が悪いのか?俺のせいなのか?

残念だろうが多分俺のせいだろ…

 

「まあ、色々あったって事で早く馬車に乗ろうぜ、このままだと置いて行かれかねない」

「え?ちょっと⁉︎」

 

適当に頭に浮かんだ疑問に答えを出しながらゆんゆんを馬車へ案内する。この調子だとアルカンレティアに着く前に過労死してしまいそうだ。

 

馬車に乗ると、馬車の隊列の中で俺が最後だった様で操縦者のおっちゃんが合図を出し、歩みを止めていた馬たちが再び動き出した。

 

「………」

「……」

「……」

「あのー空気がとても重たいのですが、私が寝ている間に何かあったのでしょうか?」

 

三人とも沈黙を保っていると、それに耐え切れなくなったのかウィズが音を上げる。

顔見知りとは言え、いきなり他所のパーティーに急遽加入した状態でこの沈黙に耐えられる筈はなかったのだろう。もしも新しい部署に移動になってこんな空気間だったら直ぐさま異動願いを提出するまでである。

 

「いや、いつもこんなもんだぞ。いつもだったらゆんゆんが持ってきたボードゲームとかやるんだけど、それがなければ皆考え事したり眠たっりしてるな」

「そうなんですか…てっきり何時もみたいに賑やかにしているものばかりと思っていましたので」

 

確かに側から見れば賑やかな集団かも知れないが、馬鹿騒ぎをした後は大体皆疲れるのでこうして静かになってしまうのだ。仮に常にさっきまでの馬鹿騒ぎをしていたなら俺の体力は半日で尽きてしまうだろう。

 

「それでしたら、この新作のボードゲームはどうでしょうか‼︎」

 

話が切れそうになったタイミングでゆんゆんが割り込んでくる。どうやら暇なウィズにつけ込んで今日の為に購入したボードゲームを一緒にやってしまおうと言う算段なのだろう。

確かに折角の客人がいるのにこのまま放置というのも失礼だろう。

 

「そうだな、折角だからやろうぜ」

 

彼女のバックを勝手に漁り、包装されたままのボードゲームの箱を引っ張り出す。それを焦って止めるゆんゆんに何とか状況を変えられたと喜ぶウィズ、仕方ないですねと内心ノリノリなめぐみんの三人でこのふざけたボードゲームを始めた。

 

 

それからは、この世界のお決まりなのかふざけたルールにキレ散らかしながらボードをひっくり返すなどあったが、それ以外に特に何かが起きる事は無く、馬車は安全運転のままアルカンレティアへと俺たちを運んだのだった。

 

 

 

 

 

「ここが、アルカンレティアか…温泉街とは言った物のまさか山になっているとは思わなかったぜ」

 

ついて早々目の前には開拓され各地に温泉がひしめき合う街が広がっていた。草津温泉の温泉街を予想していたが、流石は異世界といったところだろうか俺の予想を遥かに飛び越えた光景に開いた口が塞がらなかった。

 

「ようこそアルカンレティアへ‼︎観光ですか?それとも入信ですか?今なら外部に行ってアクシズ教の良さを広めると言うお仕事がありまして…」

「あ?」

 

ついて早々に町の入り口に居た観光大使の様なお姉さんに捕まり、宗教の勧誘をし始める。あまりにも急な展開に表情が引き攣りどう対応しようか混乱する。

日本にいた頃は玄関に来ても居留守等々で追い払えたが、ココはアルカンレティア。郷に入れば郷に従えと言う物だろう。観光大使である彼女が積極的に勧誘をしているのであれば、この都ではそれがルールなのだろう。

 

「いえ、私たちは観光しに来ましたので。アクシズ教に関しての事はまた後でにします」

 

ズイっとめぐみんが後ろから現れると瞬く間に観光大使に対応し、そのまま俺達の腕を引いて宿泊予定だった宿へと有無を言わさずに引っ張っていった。

 

「おい待てよ、どうしたんだよ急に」

「今は静かに、事情は後で話しますのでカズマは潜伏スキルをお願いします」

 

いきなりの事でびっくりしたが、何だか手慣れた様子だったので彼女の指示に従い潜伏スキルを使用する。

それにより俺に触れているパーティーが周囲から隠れ、町の住人の不思議なものを見る様な目線が消える。後は効果が被ってしまい意味をなさなくなってしまうので、町の住人などとぶつからない様に気をつけるだけなんだが、やはり観光都市と言われるだけあってか人の数がアクセルと比べて多いのでなかなかに躱しきれす数人にぶつかっては幽霊でも見る様な視線を受ける。

 

引く手はやや乱雑だが。それでも裏道などを駆使してなるべく人気のない道を通り宿へとたどり着く。

何故ここまで道に詳しいのか分からないが、彼女から発せられる緊迫感を感じるに余程危険な事らしい。

 

「着きましたね…皆さん無事ですか」

「ぜぇーはーぜぇーはー無事なのは確かだけど、いったいどうしたのよ。急にカズマさんごと引っ張り出してびっくりしたわよ」

 

着いて受付の話を聞かずに手続きを済ませるとそのまま部屋へと直行し、俺達が全員部屋に入った事を確認すると扉の鍵を閉め解放される。

とにかく急な事だったので、皆状況が掴めておらず最初に口を開いたのはめぐみんでは無くゆんゆんだった。

 

「そうですね、この都もあれからしばらく経っていたのでマシになっていると思って話はしませんでしたが、入り口に居た観光大使のやり口を見て危険を感じましたので皆さんには悪いとは思いましたがここまで連れて行きました」

 

過去にこの都に訪れた時に何か事件でもあったのか、彼女の表情は真剣そのものだった。

 

「へぇ…それでこの都が何だって言うんだよ」

「それはですね…いえ。最初は話すより見て頂いた方が早いかもしれません」

 

そう良い彼女は部屋のテーブルに備え付けられたサービスに関しての契約証を拾い上げる。

 

「良いですか、これは一見ただのルームサービスに関しての契約書に見えません」

 

手に持った契約証を俺に渡す。一見ただのクリップボードに挟まれた契約証に見えたが、彼女はその契約書をクリップから外し上下に揉み込んだ。

 

「良いですか、見ていてください。これがこのアクシズ教の連中のやり方です」

 

彼女の丹念なもみ込みにより、少し分厚めだった契約書が3枚に分かれ地面にひらひらと落下した。

 

「何だこの詐欺ドラマの様なトリックは…で、これが隠れていた用紙か、それどれ」

 

めぐみんにより分割して落下した用紙を拾い上げる。

内訳の一つは表面にあったルームサービスの契約書、二つ目は両面真っ黒のフィルムの様な質感の用紙、そして三枚目はアクシズ教の入信書だった。

何だと思い一枚目と三枚目を重ねて光を通すと、ちょうど名前の記入欄が同じ位置に重なった。つまり、二枚目の紙はカーボン用紙か。

 

三枚とも同じ様に重ね、爪で上から強く擦る。もしも二枚目がカーボン用紙であれば紙に付着した黒鉛が下の紙に移される事になる。

もうほぼ確定だろうと思い、二枚目をめくるとやはり予想通り契約書に爪の後にそった線が転写されていた。

 

「悪質だなおい、これじゃアクシズ教じゃなくて悪質教だろ⁉︎」

 

ビターンと契約証を地面に叩きつける。

 

「分かりましたか?これがこのアルカンレティアに息づく闇なのです‼︎彼らは我々をアクシズ教にする為にはあらゆる手段を使用し今尚仲間を増やしているのです‼︎」

 

ババーンと普段の演出も合間ってか高らかに宣言する。

 

「私も里を出て最初にこの街に来た時はそれはもうひどい目に会いました。まあ色々得るもの物もありましたが…」

 

それからはめぐみんが最初にこの都に来た思い出話が始まった。

冒険者になる為にアクセルの中継地であるこの街に辿り着き、冒険者登録をしようとしたが最低基準レベルに到達できていないので断られ、ノラ冒険者として他のパーティーに紛れ込みクエストを行っていたらしい。

そして、何故か因縁のある邪視使いの悪魔に見つかり戦闘になったのだが、運よく都の司祭と取り巻きに出会い運よく退治したと言う事があったらしい。

 

「その間もアクシズ教の様に振る舞ったり、所属していない宗教の勧誘の真似事をしたりして大変でしたよ。でもまあそのお給料でアクセルに辿り着けましたから結果的には良かったのですが…」

「成る程な、だから裏道とか契約書の仕掛けに詳しかったのか」

「えぇ、そうです。ちなみにこの仕掛けを提案したのは私です。まだまだ試作段階だったのですが、ここまで形にするとは発案者としては恐怖に震えますね」

 

ウンウンと最初は糾弾していためぐみんだったが、話していて思い出補正が働いてきたのか運動部のOBが思い出を語る様な雰囲気を醸し出している。

そして用紙をうっとりと眺め始めているではないか。

 

「何余計な事をしてくれんだよ⁉︎」

「あー⁉︎何するんですか⁉︎」

 

彼女の手から契約書の下二枚を抜き取り、目の前で破き捨て、彼女の上体をこれでもかと揺さぶった。

 

 

 

 

「それでカズマさんはどうされるのですか?」

 

揺さぶりに揺さぶりをかけ、バランス感覚がバグったタイミングでめぐみんをベットへと放り投げ、それを追ってゆんゆんもベットの方へと向かった。

さてこれからどうするかと考えていると、ちょうど良いタイミングでウィズが話しかけてきた。

 

「そうだな…特に何も思いつかないから観光でも行こうかな」

「そうでしたか、それでは私は汗を流したいので先にお風呂いただきますね」

 

しまった、その手があったかと後悔したが既に後に立たず。既にウィズは備え付けの温泉へと姿を消してしまった。

 

「めぐみん大丈夫⁉︎」

「あー目が回るー」

 

視線を隅にずらすと、吹き飛ばされて目を回しているめぐみんとそれを介抱するゆんゆんがいつもの習慣をしていた。

 

「取り敢えず、いったん外に行くけどゆんゆんはどうする?」

「そうですね…折角きたので私も着いてきます」

「え?そしたらめぐみんはどうするんだ?」

 

めぐみんの介抱があるので行けませんと断られるかと思ったが、あっけなく着いてくると言われ若干びっくりした。

 

「めぐみんは寝ていますので大丈夫ですよ」

「あ、本当だ」

 

よく見るとさっきまで唸っていためぐみんがぐっすりと眠っていた。さっきまでのは一体なんだったのだろうと疑問に思うが、何だかゆんゆんの笑顔が怖いので聞かない事にした。

受付に適当に話を済ませ外に出る。

 

「うぉ、さっきも思ったけど人が多いな」

「そうですね、観光する場所としては結構有名ですからね」

 

やはり観光都市と言う事はあってか、外は屋台などの様々な店で賑わっていた。

中でも色々な種族が犇めきあっている光景が物珍しかった。

 

「ゆんゆんはこう言う所は初めてか?」

「そうですね…いろいろ行きましたけど結局何処にも受け入れてもらえませんでしたからあまり記憶にはないですね」

 

おっといけない、このまま行けばゆんゆんのトラウマを刺激してしまいそうだ。

 

「へーそうなのか。めぐみんがココにいたって言ってたけど合流できなかったのか?」

「そう…ですね。アルカンレティアの必要レベルが高めでしたのでここには居ないと思ってそのまま他の街に行ってしまいましたね。まさか野良冒険者になっていたとは思いませんでしたね」

 

野良冒険者は、何らかの事情でギルドに登録せずに他のパーティーに紛れ込み報酬を山分けしてもらい生計を立てる人を言うらしい。何かしらの事情はいろいろある様だが、一番多いのはめぐみんの様にレベルが足りない者を言うらしい。

 

「すげーなおい、ドワーフとかエルフとかいるぞ。へー初めて見たな」

「確かカズマさんはアクセルの街が初めてでしたっけ?確かに街では他の種族の方はいませんでしたからね」

 

物珍しそうに街を見ているとゆんゆんが解説してくれる。所々棒読みなところがあるので多分徹夜で覚えてきたのだろう。

 

「はーいお客さんアルカンレティア名物のアルカン饅頭はいかが?」

 

歩いていると客引きに出会う。

俗に言うキャッチというものだが、単純に商品の説明的なものだろう。それに相手は耳の尖っているところからエルフだと見た。折角の異種族との交流なので話すだけでも良いだろう。

 

「へー饅頭か」

 

店頭に売れ筋商品なのか、饅頭が積み上げられ並べられている。フワフワそうな生地で正面にアルカンレティアをモチーフにした焼印が押されている。

 

「折角だしな…」

「ちょっと待った‼︎そこの兄ちゃんそんな貧相な饅頭じゃなくてうちの饅頭を買ってみたらどうだ?肉汁たっぷりの目玉商品だぜ」

 

店員に注文しようとすると隣の店員が大声を出しながら割り込みに走ってくる。

姿を見るにドワーフの様だが、まさかお伽話の姿そのままで出てくるとは中々に意外だった。もっとこう予想を裏切って生々しかったりファンシーだったりするのかと思っていた。

 

「コラ‼︎何人の商売邪魔するんですか‼︎このお客さんはね、私の店の饅頭を買いたいってきてくれたのよ‼︎」

 

いや別に買いたくて来た訳じゃないんだけどな…

 

「そんなもんあってたまるか‼︎貴様らの種族お得意の怪しい魔法とやらでたぶらかしたんだろう、それにこんな貧相な饅頭じゃあこの旦那は満足してくれねぇんじゃないか」

 

げへへと悪辣な笑みを浮かべながらドワーフがこちらにに視線を向ける。

まるで悪代官にでもなった様な気分だ。

 

「何を⁉︎あんたの所の饅頭なんか獣臭くて堪んないのよ‼︎秘伝の味とか言うけど汗でも入っているんじゃないの‼︎」

「あんだと⁉︎」

 

喧嘩は俺を抜きにしてヒートアップしていく。これは段々と話し合いのゴールが何処かに行って結局何がしたかったのか分からなくなる奴だな。

 

「ゆんゆんはお腹空いているか?」

「いえ…出る前に期限の近い物を処理しましたので特には…」

 

そういえばゆんゆんの事を確認していなかったと思い聞いてみると案の定出る前に食べてしまっていた様で、バツの悪そうに目を逸らしながら白状した。

 

「そうか…喧嘩してる事だし。邪魔しちゃ悪いからさっさと行こうぜ」

「あ、はい…え?」

 

単に面倒になったとかじゃなく、拉致が開きそうもなかったのでゆんゆんの腕を掴みそのまま店の反対側へと走っていった。

 

「あ、ちょっとお客さーんそりゃないよ‼︎」

 

遠くで文句の様な叫びが聞こえたが、気にしない事にしよう。お土産なら帰りに買えば良いだけだし、まだ買わなくても大丈夫だろう。

 



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アルカンレティア6

問題児がいなくなった事により話がこうならざるを得ませんでした…

誤字脱字修正の方ありがとうございますm(__)m


「ふー何とかなったな」

 

従業員を振り切り道の真ん中へとたどり着く。

 

「どうしたんですか、いきなり走るのでビックリしましたよ」

 

走りを止めたところで息を切らしたゆんゆんがそう言った。そこまで遠くまで走った訳では無いので何故そこまで疲れているのだろうと思ったが、人に腕を掴まれて走ったならペースが乱れるのでしょうがないだろうと思う。

 

「どうしたんですか?いつもならしょうがないとかいって買いそうな気がしましたけど?」

「ああ、それな。まあ気のせいだったらどうしようも無いんだけどさ、あの2人からはどうも悪意的なものを感じなかったんだよな」

「悪意ですか?」

「何て言うんだろうな、殺気みたいなやつだよ。ゆんゆんだってよく感じるだろ?」

「ええ、まあモンスターとかからならよく感じますけど…」

「あれに近いやつだよ」

「へーそうなんですか、私にはよく分かりませんね…」

 

不思議そうに俺の説明を書くゆんゆん。

簡単に言ってしまえば探知スキルの恩恵だろうか?スキルを常習的に使用して感覚を研ぎ澄まして行く毎に感じ取れるものがぼんやりだが増えて来ている様に感じる。

スキルによる演技ならともかく、あの様なあからさまな演技程度なら曖昧な感覚程度にならわかることができる様になって来ている。

 

「まあ、気を取り直して観光を始めようぜ」

「はい‼︎」

 

難しい事は置いておいて今回は魔王幹部等々心にひっかかる様な事はないので久しぶりに羽を伸ばすことができる。

そしてここは温泉街のど真ん中で隣には中身はアレだがかなりの美少女が歩いている、これはチャンスでは無いのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ」

「…」

 

そして現在、俺たちはテラスのある喫茶店に迎え合わせで座っている。

先程までのハイテンションぶりは一体何処へやら、俺達は意気消沈した状態で提供されたコーヒーに手を付けては口に運び何処か遠くを見つめる様に外の景色を眺めている。

 

「めぐみんが危惧していた理由がよく分かった様な気がしたよ」

「そう…ですね」

 

サービスに添えられたもうすでに何度も目にした入信書を折りたたみ紙飛行機を作る。

最初は凄い勧誘だなと思った程度だった。日本でも飲み屋街などに出れば夜の店などのしつこい勧誘などはそう珍しいものでは無く何処にでもある日常の様なものではあった。

しかし、この世界のそれは俺の知る限りの常識をかなり逸脱したものだった。

 

都そのものがアクシズ教に支配されているかの様に法律が制定されており、アクシズ教に所属していない方が非常識かの様にこの都は制定されている。

要するに、出かける先々であからさまなものから念入りに仕組まれたものまで様々なものまで仕込まれていたのだ。

いきなりあった昔の同級生の友達や、荒くれ者に絡まれた女性などよくここまでのバリエーションを揃えられたなと感心する程に手の込められた手口に、俺たちは様々な方法を駆使していき何とか逃げる事に成功するが、最後の小さな子供の純粋さを利用した手口にとうとう心が折れてしまったのだ。

 

「とんでもない処に来てしまいましたね…」

「ああ…そうだな。どうせだったらめぐみんに裏道教えて貰えばよかったな」

「…そうですね。わがまま言わずにそのまま引っ張っていけばよかったと思います」

 

これからどうしようか、と再び目線を外へと動かしながらコーヒーをすすると手に持っていた紙ヒコーキをそのまま外に投げる。

高台に建てられたこの喫茶店から飛ばされた紙ヒコーキはヒラヒラと下にもある温泉街へと姿を馴染ませながら消えていった。

 

「…取り敢えず宿へと帰るか…」

「そうですね」

 

俺達は会計を済ませた後に潜伏スキルをしようしながら街を降りていった。

行きと違い帰りは気配を遮断しながら道の隅をコソコソと戻る事で大分絡まれる頻度は減った。行きもこうすればよかったのだが、昇りは他の観光客の流れの人数が多いのであまり効果がなく、奴らはそれでもお構いなしに人をかき分けてくるのだ。

 

 

 

 

 

宿に戻り扉を開けると置いていかれ不機嫌面のめぐみんが居たが、俺たちの疲労困憊した表情を見て全てを察したのか何も言わずに飲み物を注いでテーブルの上に並べた。

 

「どうでしたか?アルカンレティアは?」

「最悪だったよ。一体何があいつらをそこまで掻き立てるのかが不思議でしょうがなかったよ」

「さあ、それは私でもわかりませんね…」

「めぐみんはこの都で暮らしていたのよね?その間どうやってあの人達をどう躱していたの?」

 

ゆんゆんがそう言えば、と不思議に思ったのか以前に抜け道以外の対策はどうしていたのかと問いかけると、彼女は少し渋る様な表情を浮かべた後に意を決したのか、複雑な表情を浮かべながら喋り出した。

 

「…そうですね…話せば長くなりますが、簡単に言って仕舞えばあの方々の仲間に変装していました」

「変装か?」

 

あの教団の手伝いみたいな話は聞いていたが、そもそもあいつらに混じっていた事になるのだろう。

 

「そうです。まあ、あまり人前に見せたくはなかったものですが」

 

そう言い、彼女は荷物から黒い縦長の箱を取り出すと、中身を俺達に中身が見える様に向けて開いた。

 

「これは…」

「ええ、あまり見せたくは無くさっさと捨てしまいたかったのですが、何故かこの街にもう一度来る予感がしたのでこうして取っておいたのです」

 

彼女の見せた小箱の中に納められていたのは、あの頭の逝かれた連中が首にぶら下げていたペンダントと同じものだった。

そう言えばいつも大事そうに持っていた事を思い出したが、あれは自分がアクシズ教だと誤解されない様に隠していたのだろう。

 

「そう言う事だったのか…そう言えば俺も持っていたな」

 

めぐみんのそれを見て自分も同じペンダントを持っていた事を思い出し、ポケットにしまっていたそれを引っ張り出しめぐみんの前に出す。

 

「カズマも持っていたのですか?それとも彼らに屈して入信してしまったのですか?」

「そんな訳あるかよ。これはとある筋の人から貰ったんだよ」

 

へーと並べられた二つのペンダントを見るゆんゆん。

 

「何か二つのペンダント少し違う様な気が…」

 

並べられた二つのペンダントを見て何かを感じ取ったのか、口元に手を当てながらそう言った。

 

「そうか?作られた時期が違うから少し違うんじゃ無いか?職人が違う人とかあるだろ?」

「そ、そうですね。私の勘違いでしたね」

 

同じ商品でもロットによっては全然違ったりする事がある。一番分かりやすいのはペンキの色だろうか?

ホームセンターや問屋で同じ色を買ってもロットが違えば若干違う時もあれば全然違う色になってしまう時がある。基本色を作る際は工場の人がロット毎にが配分を決めるので、その時の湿度などの環境や染料をそれだけ入れるかによって違いが出てしまうので必ず同じ色になる訳では無いらしい。

小さい物に塗る分には良いのだが、壁を塗る際にそれが起きると同じ色で塗っているのに最初の物が尽きた所と変えた後の場所でグラデーションが出来てしまうので塗り直しになってしまうのだ。

 

「それでめぐみんはそれをどこで手に入れたんだ?もしかしてアクシズ教に仲間が居たりしたのか?」

「カズマにしては勘が良いですね。まあそうですと言うと癪なので一応否定しておきたいのですが、その時には知り合いがいましたよ。宿の受付の方に確認したら今日中には戻ってくるそうとの事でしたが」

 

タイミングが良すぎて怖いのだが、めぐみんに仲間が居たことに驚いた。

彼女のその嫌そうな表情から多分利害が一致したから仲間になった感じだろうが、それでも組織に協力者がいるのは心強い。残りのゆんゆんとウィズの分を作ってもらえればこの旅行はかなり安全な物になるだろう。

 

「それじゃあそいつが帰ってき次第会いに行くか」

「いや待ってください。まだ帰ってきているかは分かりませんので動くのは夜にしませんか?ペンダントを持っていたとしても昼間に動くのは危険です」

「何でだ?」

「色々集まりだったり勧誘の手伝いなどをしないといけないので、それを行わないと不審に思われます。ペンダントを持っていてそれに加護が無いと教徒たちに知られると異端者として扱われて酷い目に合うと言われていますので、なるべく人のいない時間を狙うべきです」

「成る程な…」

 

今までに無いくらいに必死な彼女の説得に、前ここに来て色々苦労したんだなと若干可哀想に見えてきた。

だが、確かに彼女の言っていることもバカには出来ない。味方に装う事はただ敵対する事よりも悲惨な目に遭うのはどの世界にも共通している事だ。

 

「なら、この時間は自由時間にして俺は風呂に向かうぜ」

 

やる事が決まって肩が軽くなったのでこの都の特色である温泉を堪能しようと思う。

まあ温泉といっても楽しみ方は人それぞれに違いがある。単純に湯船につかり日頃の疲れを癒すことや、サウナに入って体に溜まるであろう老廃物を出すことや、効能を利用して肌を綺麗にするなどのアンチエイジング。様々なものがあるが、俺が楽しむのはそれらに属さない物になる。

…まあ混浴なんだが。

しかし、この旅館には混浴というものは無く、性別の別れた形式しか無いので何とかして2人を連れて行かないといけないのだ。

 

 

「そうですか、では私達はここに備え付けられている露天風呂でゆっくりしていますのでカズマは他の場所にでもいってください」

「あーそう来たか」

 

誘う前にめぐみんに断られてしまう。しかもゆんゆんも引き連れて。

彼女らの目を見るに、あれは完全に俺を軽蔑しなくも無い感じで少なくとも良い印象では無いのは確かだ。

 

これ以上の追求は自身の首を締めるだけなので、その様な事は一切考えておりませんでしたと言わんばかりに何事もありませんよと言った程で宿を後にする。

 

「これは一杯食わされたな…」

 

頭を掻きながら他の客に期待しようと思い混浴のある宿の場所を思い出し、潜伏スキルを使用しながら都の道をかき分けながら進む。

道中の住人に触れると潜伏スキルが対象外になってしまいその人に気付かれてしまうので、住人や観光客に気づかれない様に躱しながら進んでいく。

一見簡単そうに見えるが、色々な人種で入り乱れる人混みの中をかき分けて進むのは中々に過酷で、少しでも距離感を見失えば途端にぶつかってしまい潜伏スキルの対象となってしまい突然現れた俺の姿を見てビックリする。

街中を歩く人を躱す為に足運び・腕の位置・体重の移動など様々なテクニックを重視する動きが要求される事に、いつだったかクリスの言っていた事と重なる部分があるなと思い、これを自主練にするのはどうだろうかと勝手に決め感知スキルを上手くセンサーがわりにして器用に都の道を突っ切っていった。

 

そして銭湯に着くと申し込み用紙に仕込まれた入信書を引きちぎり、手続きを終えた後に大量の石鹸と入信書を貰いようやく湯船に浸かる事ができた。

湯気に依るものか、霧のようなモヤで視界が無く誰かの話し声が聴こえてくる。そして進んだ先には嬉しい事に女性の先客が居たのだが、男性と一緒だったのでフリーでは無いと思い悲壮感に打ち拉がれる。

そして何故か男性の方は湯船に浸からないのか、岩盤の上で1人黄昏れる様に下の風景を眺めていた。

 

「…聞かれていたか?」

「分からないけど何故かこっちを見ているわね、けどあの表情だと大体のことは察せられるわね」

「そうか、なら俺は先に出るぞ。作業はこれからだが人手があと1人欲しい。手伝えるか?」

「嫌よ。私はこれから他の場所に行くから無理」

「チッ、わかったよ。それじゃあな」

「ええ」

 

ここだとよく聞こえなかったが何やら不穏そうな事を喋っていた様な気がした、まあともかく何だかよく分からない会話を繰り広げながら男は温泉の外へと出て行ってしまい、この混浴温泉はお姉さんと2人きりという訳になる。

俺は湯気で見え辛いが、彼女の事を景色を見る振りをしながらガッチリと視界に収める。これは彼女が何かしでかさないか監視するためであり、決してやましい事をしている訳では無いのだ。

 

「あの…」

「お構いなく」

 

赤髪ショートの真ん中分けの女性は何やら俺に話しかけて来た様だが、その表情から不満が感じ取れたので先手を打って断る事にした。

涙目になった彼女はその後何回か繰り返し、最終的には何故か適当な世間話になり気づけば眠っていた。

 

最後の感じ仲良くなれそうだったが、多分何かの魔法か何かだったんだろうか?後から考えれば眠気のタイミングが不自然だったし太陽の位置もほぼ変わっていない事から眠るにしては短すぎる。状況からしてほぼ確実だろうと言っても過言でも無いだろう。

嫌な予感がして備え付けの時計を見ると、受付で見た時間から準備を差し引いて数分しか経っていなかった。

 

「まあ、俺が悪いんだから仕方ないか」

 

誰もいない事を良い事に独り言をポツリと漏らし、これ以上は湯当たりを起こしそうだと思い残念ながら第一回混浴ウォッチは幕を降ろした。

 

このままでは湯の効能で体は癒えても心は荒んだままなので、オプションで垢擦りからのマッサージへとコースを組みそこで憂さ晴らししようと手続きする。

途中やはり勧誘があったが寝たフリで誤魔化す。

しかし、そこはプロ集団?こちらが話さない事を言い事に話をどんどんと進めていく。しかも半裸で固定されている為逃げ出す事ができない。

頑張って耐えていると、温泉に居た大男も居た様で、隣から悲鳴のような叫びが聞こえてくる。どうやら奴もこの都の歓迎を受けている様だった。

 

「この石鹸たべれるんですよ‼︎それに入信して頂ければポイントも付きます‼︎」

「うるせぇ‼︎だからなんだって言うんだよ⁉︎んな事どうでも良いからさっさと仕事しろや‼︎」

 

ああ、俺もその気持ちが分かるぜ…としみじみに思いながらマッサージを受ける。

腕は確かなのだが事ある会話毎に勧誘があるので、地獄そのものでしかない。無理やり寝ようとしたが、眠ろうとすればする程周囲の音が気になってしまい苛立ち共に意識がハッキリとしてしまう。

 

 

 

 

 

「はーぁ」

 

一度知ってしまえば、その知識に関しての情報が図った様に出てくる事を何とか効果と言ったが、確かカーバス効果だった様な気がするが。その後もあの男が事ある所で被害にあっている光景を見る様になった。

その後も人混みを躱しながら店に寄ったりしたが、しつこく勧誘され続けとうとう嫌になり麓の湖に隣接された低めの堤防に腕を預けて黄昏れる。

どうにかして一泡吹かせたいが規模違いすぎて俺の手ではどうしようもない。

 

「よう坊主。お前も難儀している様だな」

「は?」

 

呆然としていると後ろから誰かに話しかけられる。

一瞬他の人に話しかけられていると思い無視しようとしたが、感知スキルには男以外の気配が感じられないので俺の事を指しているのだろう。

 

「何だよ、俺になんか様か?」

 

特に話しかけられる理由が無いので、警戒しながら奴の言葉に反応する。

 

「ああ、いきなり失礼したな。俺の名前はハンスだよろしくな坊主」

「そうか、俺はカズマって言うんだオッサン」

「オッサンって…おい」

 

坊主呼ばわりしたので俺自身で決めたルールに従いオッサンと呼んでやる事にした。奴は何だか訂正する様な雰囲気を出してきたが、俺はそれを全く意に介していないかの様に振舞う。

人間最初が肝心なのだ。最初で分らせておかなければその後はずっと舐められっぱなしなのだ。

 

「それで何か俺に様か?勧誘ならもう懲り懲りなんだけど」

「ああ、そうだな。それに関しては俺も同意見だ」

 

俺の意見に賛成しながら奴は持っていた石鹸と洗剤の入った袋を地面に降す。どうやら話は本題に入る様だ。

そして両手が空いた状態で改めて向き合うと、今まで気付かなかったが奴の体が全くぶれていないことに気づく。

一番身近な人で言えばクリスが近いだろう。奴と比べると天と地との差があるが、それでも俺や他の冒険者と比べればその差は歴然だ。

重心が安定する事は簡単に言って仕舞えば直立に関して一切の無駄がないと言う事になる。戦闘において酔拳など意図的に揺れるなら良いのだが、無意識に動きがあると言う事はそれだけ無駄が大きいと言う事になる。

その無駄が攻撃の重心を逃がしてしまう原因になったり余計な体力を消耗させてしまう。

 

つまり、奴は中々の手練れという事になる。

 

「そこでだ、どうだ坊主?俺と組んでここの住人に一泡吹かせてやらないか?」

「何…だと⁉︎」

 

この男、突然現れ一体何を言い出すかと思えばとんでも無い事を言い出しやがった。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、方法はどうやって行うんだ?まさか爆裂魔法でも打ち込むのか?」

 

奴の宣言の後、取り敢えずここでは他の人に聞かれるという事で奴の根城である宿の部屋に案内され、こうしてもてなされている。正直俺相手にここまでしてくれると逆に恐怖を感じるが、感知スキルには奴1人の反応しかないため、念のため逃げ道を用意して部屋に入ってきた次第である。

 

「方法に関しては第一にお前が俺の仲間に加わるかどうか決めた後だ」

「チッそう来たか」

 

内容を説明して勧誘を断れば最悪阻止される可能性があるので、最初に共犯になってからという事だろう。

何事も連帯責任の様に罪を共有させ、責任で雁字搦めにして初めて信用できると言う訳だ。ありきたりなやり方だが、基本的に堅気がやるやり方ではないのでこいつはもしかしたらヤクザか何かなのだろうか?

もしかしてこいつはヤクザの元締めで報奨金で俺を仲間に加えようとしたのか?いや、それだったら温泉で何かしら行動を起こすのが自然だろう。

 

「で、どうする仲間になるか断るか?何も知らない今ならこのまま見逃してやるけどよ」

「…」

 

正直何かしらしたかった俺からしたら仲間が増える事は心強い。奴らに一泡吹かせて混乱している隙に俺たちは観光を満喫出来るという算段だが、ゆんゆん達を巻き込むわけにはいかない以上1人で行動を起こさなくていけなかった。

もしこいつの案に乗れば仲間が一時的に増えるし作戦も考える必要もない。形だけ見れば最高な条件だ。

 

「わかったよ。オッサンの作戦とやらに乗ってやるよ」

「良いだろう、俺に見込んだ通りだ」

 

がっしりと握手を交わし俺達は共犯者となった。

 

 

 

 

 

「それで?具体的には何をやるんだよ?さっき言ったように爆裂魔法でも打ち込むのか?」

「いや、あいつは流石に参加しないだろう。残念だが今回は俺らでやるしかない」

 

ハンスは俺の質問に答えつつ、テーブルの下に置かれていた大きめのボストンバックの中を漁り始めた。

一体何が出てくるのだろうか?もしこれが洋画だったら巨大なダイナマイトが出てくるのだが、ここは異世界なのでそれはないだろう。精々やばそうな何とかタイトが出てくるだけだろう。

…まあそれはそれで恐怖なのだが。

 

「そう言えば他に仲間がいるのか?あいつとか言ってたけど?」

「気にするな、坊主には関係のない話だ。そんな事よりこれを見ろ」

 

 

そう言えば一緒にいた女性はどこにいるのだろうか?もしかしたら共犯のメンバーに居るのでは?と思ったが、そうやらそれは無い様でメンバーは俺とオッサンの2人だけらしい。

そしてようやく見つけたのか、ドンと奴はテーブルの上に何かの包みを載せた。

 

「何だ?オッサンこれはいったい何なんだよ?もしかしてヤバイ物なのか?」

 

オッサンの出した包みは明らかにやばそうな雰囲気を出している。もしかして仲間が欲しいとは、これを取り扱うに当たって何か起きたとしても自分に被害が加わらない様にする事だろうか?

 

「これか?、安心しろすぐ見れば分かる」

 

そう言いオッサンは紙の包みを開き始める。最初は白い鉱石かと思ったが、どうやら包みは何重にも続いており厳重に包装されていた様で、何どめかの開封でようやく姿を現した。

 

「これは…一体?」

「これはところてんスライムって言ってな。今は粉だが水に触れれば元に戻る仕組みになっている」

「成る程な…」

 

正直言って呆れてしまった。

あれだけ厳重にしまって置いて中身がスライムとは興醒めもいい所だ。どうせならアクアタイトで町中水浸しにして温泉をぬるま湯にした方がまだマシだぜ。

 

「それで、こいつで何をするんだ?まさか街中に放り出してパニックにさせるとかか?」

「惜しいな、半分正解だが正確には違う」

 

奴は腕を組みながら偉そうに勿体つけやがった。

 

「勿体つけてないで早く言え‼︎」

「そうカッカするな、今説明する」

 

俺を宥めながらオッサンはスライムパウダーを再び梱包した後何処からか大判の地図を持ってきてテーブルに広げる。そこには何かの配線なのだろうか都の俯瞰図に色々な線が引かれ階層毎に何枚も分けられていた。

そして既に何かしらの作業を終えたのか、2色で殆どの配線にバツマークの様なものが引かれていた。そこは既に作業完了の印だろうか?

 

「この配線はこの温泉都に引かれたパイプの位置になっている。後は大体分かるだろう?坊主、お前はこのところてんスライムをこれから指定する場所に設置するんだ。勿論他の人間に怪しまれない様にな」

「マジかよ」

「でも、ほとんどバツマークがしかれてるんだけど、この数だったらオッサン1人で出来るんじゃないのか?」

「いや、俺も最初はそう思ったんだが、締めの作業があるから残りをお前に任せたい、時間的に早くしないと最初のスライムが腐っちまう」

「そうかよ」

 

 

これから始まるであろう大掛かりな作業に慄きながら、こんな下らない事にここまで念入りに準備してきたのかと思うとオッサンは余程酷い目にあったのだろうか物凄い執念を感じる。

確かに温泉にところてんスライムを配置できたなら入浴で無防備な人達をなす術もなく蹂躙できる。それにところてんスライムは喉に詰まる事はあっても人を殺す事は無いらしいと前にめぐみんが言っていた事を思い出した。それなら都がパニックになるだけで特に問題は起きないだろう。

問題はかなり山積みだが、それに関しての対策は取ってあるのだろうか?

しかし、締めの作業とは一体なんだろうか?

 

「なあ?このところてんスライムだけどさ、どうやって操るんだ?勝手に違う場所とか行ったりしないのか?」

 

よく動物使いとか話を聞くが、まず一個体に言う事を聞かせるのは中々に至難の技になる。もし全ての配管にところてんスライムを配置出来たとしても言う事を聞かずに何処かに行ってしまえば作戦は失敗に終わるだろう。

 

「その辺は安心しろ俺に考えがある。お前はただ配置してくれれば良い。それに試験的に事前に配置されている奴が何体か作動している」

 

どうやら作戦は馬鹿らしいが、本人は馬鹿では無いらしく作戦に関しての準備やリスク管理に関しては図面の正確さと言い一流と言っても良いだろう。ただ作戦がアホらしいのだが。

 

「それなら安心だな。取り敢えず夜に約束があるからそれまでに出来るところまでやっておくよ」

「ああ、頼んだ、期限は明日の夜までだ」

「あいよ」

 

適当に返事をしながらところてんスライムの入ったバックを受け取り肩に掛けると、そのまま部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

「戻ったぞ」

 

一通りできる限りところてんスライムの粉末の入ったカプセル的な物を、点検用の小窓的な所から入れ設置する。後は時間でオッサンが何かして作動させるらしい。

まあそんな作業を終え今自身の泊まる宿に戻ってきた次第だ。

 

「遅いですよカズマ、遅すぎてゆんゆんが倒れてしまいました」

「何があったんだよ…てか事ある毎にゆんゆんが倒れているんだけど、何なのお前はゆんゆんを倒さないと死ぬ病気なのか?」

「そんな事はありませんよ。ゆんゆんでなくとも別にカズマでも問題無しです。さぁ一緒に地面にキスをしようではありませんか」

 

戻って早々ゆんゆんがめぐみんの下敷きになっていた。近くにチェスの盤面があるのでまた例の意味不明なチェスでもやっていたのだろう。

そして迷惑な事に被害は突っ込んできた俺へと飛び火してきた。

 

「あーもう‼︎分かったから早くゆんゆんを起こそうぜ‼︎」

 

今回の人間躱しトレーニングの成果と言わんばかりにめぐみんの攻撃を上手く躱しながらゆんゆんを起こす様に促す。このままではパーティが魔王めぐみんによって全滅してしまう。

 

「クッ…小癪な…私の攻撃をこうも躱すとは…」

 

数回か躱すと、諦めた様にボソッとため息を吐いてゆんゆんを起こし始めた。

 

「うぅ…酷いよめぐみん…今回はデストロイヤーエクスプロージョンは禁止って言ってたじゃない…」

「あの時点では禁止でしたが、私がピンチになったので可能になりました。やはり爆裂魔法なしであのゲームをしようだなんておこがましかったのですよ」

 

またいつも光景だ…いい加減的しっかりして欲しいが、人の事を言えた義理では無いので黙っておく。

 

「皆さん準備は済んでいますのでいつでも大丈夫ですよ」

 

唖然と眺めていると横からヒョイとウィズが顔を出してそう言った。なんだかんだ言って全てが終わってから遊び始めた様で、昔みたいに急いで準備はなさそうだ。

 

「それじゃあ教会に行こうか…」

 



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アルカンレティア7

話を進めようと思ったら全然進みませんでした。
誤字脱字修正ありがとうございますm(__)m


「それで教会って何処にあるんだ?」

 

ゴタゴタを纏めて宿を出るところでめぐみんに尋ねる。色々回ったが何処が彼女の言う協力者がいるのかは未だにわからない。

 

「教会ですか?それでしたらここからでも見えますよ。ほらあの頂上にある奴ですよ」

「おい待て。あれか?この都で一番大きなやつか?」

 

めぐみんが指差す先にあるのはアクシズ教の本拠地になってそうな程に巨大な場所だった。都の一番上にあるのだからそうだとは思っていたが、まさかめぐみんの知り合いとやらがそこに居るとは思わなんだ。

 

「めぐみん…その知り合いの人って大丈夫な人よね。まさか教祖様とかじゃ無いわよね?」

「安心してください、あの人はただのシスターですよ」

 

いつも振り回されているからだろうか、ゆんゆんが不安そうにめぐみんに尋ねるが、彼女はそれをいつもの心配性かとうんざりしながら返す。

 

「取り敢えずカズマ、早い所潜伏お願いします。この人数でこの街を普通に歩くのは流石の私でもカバーしきれません」

「ああ、そうだな。今かけるよ」

 

めぐみんに言われるがまま潜伏スキルをかける。

 

「あのー」

「どうしたウィズ?」

 

いざ行くぞと言うタイミングでウィズが声をあげた。

 

「申し訳ないのですが…これから向かう場所が教会でしたら私はちょっと…」

「ああ、そうだったなすっかり忘れてたよ。それじゃ悪いんだけど留守番頼めるか?」

「ええ、申し訳ありません」

 

彼女に申し訳なさそうに言われ彼女がリッチーである事を思い出した。

アンデットである彼女が教会に行って仕舞えば瞬く間に浄化されてしまうだろう。そうなれば俺はバニルに保護監督者の責任に問われ危うく酷い目に遭う所だった。

 

「こうなっちまったけど、三人で行くか。道案内はめぐみんに頼めるか?」

「ええ、任せてください。と言いたい所ですが、さすがの私もあの教会に行くのも大分久しぶりになってしまいますのでダメだった時は諦めてください」

「マジかよ…」

 

そう言えばなんだかんだ言ってめぐみんがこの都についてまともに外に出ていないなと思い返す。

たまに地元に戻り前あった道などは区画整理によって殆ど変わってしまい、目印だった建物もだいぶ建て替わり一瞬違う場所に来てしまった様な感覚に囚われることがあると何処かの人が言っていた事を思い出した。

 

「取り敢えず任せるよ。別に迷宮って訳じゃないんだから最悪方角通りに行けば着くだろう」

 

例え道が分からなかったとしても方角さえ合っていれば大体着くことが多い。俺の幸運値が高い事に起因しているのかもしれないが。

 

「それでは行きますよ」

 

おーと三人で適当に声を上げ電車ごっこの様に進み出した。

正直潜伏スキルがなければ恥ずかしさのあまりに死んでしまいそうな気さえしてくる。この歳になって隊列組んで進行だなんて金を積まれてもやりたくは無かったのだが、あの勧誘集団に襲われる回数が減るのであれば仕方ないだろう。

 

「あの…どうして私が一番前なんでしょうか?」

 

隊列を組み進んでいると不満なのだろうかゆんゆんが文句を言ってきた。

 

「何でって…何でだろうな…」

「ふざけないでくださいよ‼︎めぐみんは道案内でカズマさんは潜伏の役割があるんですから変わってくださいよ‼︎」

「いや…急にそんなこと言われてもな…」

 

ちなみに列は前方にゆんゆん、真ん中に俺、そして後方にめぐみんがいる。

何故こうなったかと言われれば最初にめぐみんが俺の背中にひっついてきたので、手持ちぶさになった手でゆんゆんの肩を掴んだ事になっている。

 

「どうするよ、ゆんゆんはああ言っているけど変えるか?」

「いえ、別にこのままでいと思いますよ」

 

一応道案内という要を握っているめぐみんに確認を取るといやいやと首を振りゆんゆんの頼みを一蹴した。

 

「だってさ、めぐみんがああ言うんだからこのままな」

「何ですかそれ⁉︎」

 

正直道のど真ん中で順番を変えるとなると住人に見つかるリスクがあるので、できればこのまま行けるのであればそれがいいのだ。

 

「取り敢えず、この順番でよろしく頼むよ」

 

えぇ…と彼女は項垂れたが、現実は甘くはないと言う事でこのまま進む事にした。

 

めぐみんの指定している道は俺の予想通り険しく、裏道から獣道まで様々な道があった。特に住宅街の囲いの塀の上を三人手を繋いで伝歩いたのは結構ギリギリで危なかったと今でも思う。

それでも効果はあったのだろう。道中で勧誘にあった回数はほぼ数回とかなり数を絞れた。だが、もう一度同じ道を通れと言われれば答えはノーだろう。

最終的に教会前についたのはいいのだが、入り口までの直線だけは警戒のためか何もなく隠れる場所が全く見当たらない。

 

「それで、これからどうするよ。お得意の裏道とやらは流石に使えないぞ」

「ええ、そうですね」

「え?何か方法があるんじゃないの?」

 

問い詰めると彼女は意外とあっさり無策だと告げる。

 

「別にここは警戒しなくても大丈夫ですよ。なんと言ってもアクシズ教の総本山ですからね、来ると言えば殆ど信者の方々ですから余程挙動不審でなければ同じアクシズ教の仲間ど思って勧誘はされません」

「確かにな…それは盲点だったな」

 

めぐみんに言われてハッとする。

灯台下暗しとはこの事を言うのだろう。教徒でない信者がわざわざ教会に来る筈がない、それも悪名高きアクシズ今日となればより一層だろう。

 

「取り敢えず潜伏かけながら表から教会に入るか?」

「いえ、その必要はありません。彼女の事です、どうせまた良からぬこ事を考えてるのでしょう大体の場所は見当がつきます」

 

めぐみんにどうするか尋ねると呆れた様に彼女は教会の敷地に端にある小屋を指し示した。

どうやらそこに例の人物が居るのだろう。しかし、めぐみんが呆れていると言う事はまたロクでもない人物なのだろう。タイプは色々あるが、できればみんなよりまともなタイプがいいと思うのは贅沢だろうか?

 

「取り敢えず行ってみるか。まあ居なかったら居なかったらで中に入れば大丈夫だろ、取り敢えず虱潰しにやって行こうぜ」

 

考えても仕方ないのでめぐみんが指し示す外れにある小屋に向かう事にし歩みを進める。

小屋自体はそこまで古くはないが普段人が住むには少し小さいくらいだ。多分物置小屋に使われてでもいるのだろう、ただ周りの手入れが物置小屋にしてはかなり丁寧に行われているので違和感を覚える。

 

「薄っら明かりがありますね。多分中にいますね…」

「中にいるのか?だったらこじ開けるか?」

「流石にそれはいけないんじゃないでしょうか?」

 

無理矢理開けようと取手との隙間に剣を当てがいこじ開けようとするジェスチャーをとるとゆんゆんに止めろと注意される。

何か他に方法は無いのだろうかと思考を巡らすと、そう言えばクリスに解錠スキルを教わったな事を思い出し懐から冒険者カードを取り出し確認する。

ポイント自体はバニルの件で余裕はあるのでこれくらいなら大丈夫だろうと思い習得する。

 

「よし‼︎これで大丈夫だ、行くぞおま…」

「どうやら鍵は掛かっていない様ですね。失礼しますよ」

 

淡々とスキル習得の流れを目の前で行ったが、めぐみんはそんな俺の行為など目に入らなかったのだろう、無慈悲にも扉を開いた。

俺の予想では流石に鍵がかかっているだろうと思っていたが、そんな事は無くめぐみんの突拍子のない行動により扉が開かれ室内が明らかになった。

思考がガチガチに固まって柔軟な思考が出来ていないと思い知らされるいい機会になったのは良いのだが、これではただでさえ無い様なものと扱われていた面子がなくなってしまう。

 

「居ますかーって探すまでも無かったですね」

 

扉を開けた先には金髪の髪色をしたシスターが部屋の隅で何やらコソコソしていた。

しかも周囲にはここからでは良く分からないが白っぽい粉の入った袋を持っていた。これはどう見てもヤバい何かを身体に取り込んでいる最中では無いだろうか?

その当人は突然現れては部屋にズカズカ入ってきためぐみんに反応してかギクリと反応して恐る恐る背後に振り返った

 

「いやー別にサボっていないですよ⁉︎…ってめぐみんさんじゃないの⁉︎随分とまた久しぶりな人が出てきたわね」

「はぁ…貴方にはできれば会いたくは無かったのですが、仕方がありません」

「え?何で私あって早々文句を言われているの?」

 

めぐみんに呼ばれ上司か何かにサボっているのが発見されたのと勘違いした様で、他の人では中々に見ないくらいにビクッっと背筋を伸ばして驚いた後こちらに振り向きざまに言い訳を垂れていた。

そして呆れた様に対応するめぐみんに若干の理不尽さを感じながら彼女らの会話は続いていく。

 

「それでめぐみんさんは私に何か用なのかしら?そして後ろにいる2人はどう言った関係なのかしら?女の子の方は貴方の様にかなり可愛いんだけども⁉︎」

 

質問に次ぐ質問にめぐみんは質問をすることが出来ずに対応に迫られる。やはりめぐみんが躊躇っていたあたりに結構ヤバ目の奴なんだろう。

 

「そうですね…2人の名前はゆんゆんとカズマで私のパーティーメンバーです」

 

このままでは話が進まないので取り敢えず名前だけ紹介される。

 

「そしてこの女性はセシリーです。アクシズ教のシスターで…」

「貴方のお姉さんでーす」

 

紹介の途中で飽きたのかめぐみんに向かって飛びかかり後ろから抱つく様な形になる。飛びつかれためぐみんはやはりそうきたかと渋い顔をしながら肘打ちで迎え撃った。

 

「…随分と欲望に正直になってきましたね。貴方には理性がないのですか?」

「…くっ、さすがね…私が見込んだ事はあるわね」

 

淡々と話すめぐみんに鳩尾を抑え悶えるセシリー。

彼女からすればいつもの日常なのか、2人はいつも通りの様な雰囲気を放っていた。

 

「大丈夫でしょうか…このままだと話が進まない様な…」

「さあな、そこはめぐみん次第だろ…あいつが上手く手懐けられなければ多分どうにもならないだろう」

 

アクシズ教の教徒に関してはトラウマがある為か、教徒に関して動物の様に扱ってしまう。

そして、その事に若干の罪悪感を感じるが、自分がやられた事を思い出していくとスーとどうでも良くなっていく。欲望に忠実になった人間は殆ど動物と同じと言っても過言ではないだろう、それであれば同じ人間と思っているとひどい目に遭うのは道理だろう。

 

「それで本題に入るんだけどお姉さんに何か用なの?まあ用も無しにここに来るわけないわよね?」

「そうでした、危うく貴方のペースに乗せられるところでした」

 

ベラベラと話すセシリーに何とかツッコミを入れて対応していて、完全に彼女のペースに乗せられているめぐみんに、ふと思い出した様に彼女が尋ねた。

 

「昔に私に渡したアクシズ教のペンダントがあるじゃないですか?あれをもう2つ程用意して頂きたいのですが?」

「ああっ‼︎あの時にあげたペンダントの事ね!そうね…できれば上げたいのだけれども勝手に持ち出すと私が怒られるのよね…」

 

やはり流石のアクシズ教とは言え勝手に教徒の証であるペンダントを持ち出せないのだろう。

 

「そこを何とかお願い出来ませんか?使用すると言っても旅行の間だけの短い時間になりますので、あまり迷惑をかけないと思いますので」

 

だが、それでも諦めずに食い下がる。

 

「そうね…まあ数日くらいなら何とか誤魔化せそうだけど…そうよ‼︎こう言うのはどう?今私達が抱えている問題を解決するのを手伝ってもらうと言うのは?」

 

食い下がるめぐみんに提案をふっかけるセシリー、何だか雲行きが怪しくなってきている。

大抵こういった時にはロクでもない事を頼まれて頼み事以上の労力を消費してしまうのだ。

 

「カズマさん…何だか嫌な予感がしてきましたよ。この流れですとまたおかしな事に…」

「諦めろ…ああいう手合いは俺達じゃどうにもならない」

 

長い付き合いなのか、ゆんゆんも何かを感じ取った様で俺の服の袖を引っ張りながら小声でそんな事を言ってきた。

 

「落とし所としては悪くはありませんが、まずは内容を聞かせて頂きたいですね」

「そうね…話せば長くなると思うけど覚悟はいいかしら?」

 

待ったましたと言わんばかりにテンションを上げ彼女は話を始めた。

 

「そうね、まずは私がアルカンレティアに帰ってきた所かしらね」

「いえ、流石にそこは関係無いと思いますので本題からお願いします」

「もう、全く随分と冷たいのね、前会った時は事ある毎に私に助けてお姉ちゃんとか言っていたのに」

「勝手に記憶を捏造しないでください!それに助けを求めてきたのは殆ど貴方じゃないですか!」

 

長々と話を始めようとする彼女を制する様にめぐみんがバッサリと話を両断する。これ程までにめぐみんに対して心の中でガッツポーズをした事はないだろう。

しかし、上手く立ち回ったと思ったそれが、また新たな無駄話の引き金となり逆に話がこじれてしまう。

 

「まあ、時間がない様だから特別にざっくりと説明してあげるわ」

「やっとですか…」

 

それから長い言い合いの後に彼女の気が済んだのかようやく話を始める。それに対するめぐみんはもはや疲れて目が死に始めている。

 

「何から話せばとかよく分からないけど、簡単に言えばこの街の温泉にところてんスライムが溢れかえっているのよ」

「は?」

 

めぐみんは言っている意味が分からないと言った表情を浮かべた後こちらに目線を送った。

 

「安心しろ、俺にもさっぱり分からん」

 

取り敢えず率直な感想を伝える。

 

「今は落ち着いているのだけど、そうね…ちょうど私がここを留守にしていた頃の話になるのだけど」

 

 

そう言い彼女は語り始めた。

 

まあ途中余計な話が話が多かったのでまとめるが、彼女がこの都を留守にしている間に事は起こったそうで、この温泉街の数カ所の温泉にところてんスライムが一時的に溢れ返ったらしい。

幸いモンスターとしては弱かったので処理に時間は掛かったものの、被害としてははそこまで酷くはならなかったそうだ。

だが、時折隙を見てはところてんスライムが現れ入浴中の客を襲うことが起こるらしい。

 

まあ、完全にハンスの行なっている実験に違いないとは思うが、奴の言っていた統率はどうにかすると言う言葉はどうやら完全ではないようだ。

 

「成る程、つまりペンダントを渡す代わりに我々にその原因を解明してほしいと言うわけですね」

「そう言う事よ。めぐみんさんはそこら辺の理解が早くて助かるわ」

「仕方ありません、観光をメインにしながらついでに調べるとしますよ。それでペンダントはいつ用意できますか?明後日の夜になる前には帰ってしまいますので、できれば明日の朝ごろに頂ければいいのですが」

「その心配はないわ。ペンダントならここにあるわ」

 

めぐみんがペンダントを用意できる時間を確認していると、そんな事は気にするなと胸元から二つのペンダントを取り出しそのままめぐみんに渡した。

 

「え?どう言う事ですか⁉︎こっそりくすねて来るのでは無かったのですか⁉︎そのリスクを負うから代わりにスライムを探す話ではないのですか‼︎」

「それはそれよ。私も忙しくて何度かペンダントをなくす時があるの。だからこうしてたくさん持っておけばいざと言う時に困らないでしょう?」

「何ですかそれ…そもそも忙しいからって大切な物をなくしますか?」

「そんな細かい事は気にしてはいけないわ、それでどうかしら?ペンダントは渡してしまったのだけれど私の依頼を受けてくれるのかしら?」

「すでに渡しておいてそれを言いますか…いいでしょうセシリー貴方の依頼を受けようじゃないですか‼︎」

 

売り言葉に買い言葉。やはり上役にいる為か、他の教徒とは違って口が達者であのめぐみんが上手く丸め込まれてしまっている。

ここに来て多少の依頼をこなす事に関しては別に構わないのだが、その内容が実に不味い状況を生み出そうとしている。

 

スライムをばら撒こうとしているハンスに、その出所を辿ろうとするアクシズ教に所属するセシリー。その相反する依頼に板挟みになってしまうと俺が何もできなくなってしまう。

 

「流石めぐみんさんね、私の見込んだ通り依頼を受けてくれると思ったわ‼︎正直受けてくれなければ教会に居る頼もしい方達に頼んで貴方達をアクシズ教に招待する所だったわ」

「うわ…よくもまあ卑劣な事を考えつきますね…。ですが珍しいですね?貴方でしたらこう言った面倒事は真っ先に知らないフリすると思っていたのですが?」

「えっ⁉︎ま、まあそうよね‼︎私もこの都の事はこの気に入っているの。だから困っている人を助けてあげようと思うのは普通のことよ」

「何か怪しいですね…」

「そ、そんな事は無いわ‼︎考えすぎよ。それに今日は随分と遅いので早く帰って明日に備えたほうがいいわ‼︎」

 

ペンダントを受け取りもう帰るだけだと言うタイミングで何気なくめぐみんが尋ねると、彼女はまるで悪戯の証拠隠滅がバレそうな子供の様な反応を示した。

 

「なんか怪しいですね…」

「怪しくなんかないわ、それよりも早くここを出ないと他の仲間達に見つかるわ。そろそろ勝手に抜け出して1時間くらい経つもの、きっと心配になって探しに来るに違いないわ‼︎」

「ぞれに関しては多分大丈夫です。前から貴方は何かあるたびに勝手に抜け出していましたからね、おおよその方達はすでに諦めて貴方がいなくても何とかなる様に分担しているでしょうね」

「ひ、酷い‼︎そんな言い方するなんて…実はめぐみんさんは悪魔だったりするんじゃないかしら‼︎」

 

多分嘘泣きだろうが袖で目元を隠しながら涙声で訴えかける。

 

「貴方にとってはそれで誤魔化せているつもりでしょうが、前にそれで痛い目を見ましたからね今回は容赦なく行きますよ」

「あ⁉︎ちょっとそこは」

 

嘘泣きを止めながら必死に抵抗するセシリーを腕力で無理やり引き剥がして先程まで彼女がコソコソ何かをしていた所まで無理やり進んでいった。

 

「めぐみんさん今なら間に合うと思うの、だから早く戻って来るのはどうかしら?」

「そのセリフが最早答えを言っている様な物です。私に見つけられる前にとっとと答えを言ったほうが身のためですよ」

 

流石にここからだとめぐみんの様子が見えないので千里眼のスキルを使用して視線だけで追う事にする。

めぐみんが奥の方に行くと、取り敢えず彼女のいた所に向かい周囲を物色し始めた。特にスキルを持っていないので発見できるとは思えないが、やはり野生の感の様なものが働いたのか地面に薄ら広がっている白い粉を発見する。

まずはしゃがんで周囲を確認する。多分大元の物はすでに犯人によって隠されてしまっているだろう、具体的に言えば彼女の修道服のポッケとが怪しい所だ。

周囲を探って特に何も無かったので、彼女はそれを指で少しなぞる様に掬いそのまま舌で舐める。

 

「ペロッ、これはところてんスライム‼︎」

 

舐めとり若干の間があった後に、粉の正体が分かった様でその正体の名を口にした。正直毒性のある物質だったら怖いからやめてほしいので今度注意しようと思う。

彼女の発言に対して何か反応があるのかと思いセシリーの方を見ると、どうやら観念したのかそれともまだ逃げられるのか少し余裕を持っているといったどっちとも取れる表情をしていた。

 

「セシリー少し貴方に聞きたいことがあります」

「何かしら?」

 

両者間合いを取りながら話を始める。

 

「ところてんスライムが出てきたのは貴方がこの都を出た後ですね?」

「そうなるわね」

 

「貴方の好物はところてんスライムでしたね」

「そうよ」

 

「ところてんスライムが自然発生したと言う話は聞いたことがありません、誰かが持ち込まなければこの様な事にはなりませんよね?」

「ええ、そうね…」

 

「最後に一ついいでしょうか?前からこの小屋に大量に隠し持っていた、ところてんスライムの粉は何処に行ったのですか⁉︎」

「…君の様な感の良いガキは嫌いだよ‼︎」

 

 

 

徐々に質問のやり取りに不穏な空気が漂ってきた後、最後に核心を疲れたセシリーがついに本性を現した。

結構ノリノリなのが腹立たしいが。

 

「ゆんゆん確保してください‼︎」

「え⁉︎私⁉︎いきなりそんな事言われても‼︎」

「大丈夫です!セシリーの筋力はかなり低いです。ゆんゆんのステータスなら力だけで押さえ付けられます」

「わ、分かったわ‼︎すいませんセシリーさん少しだけ抑えます」

「やった‼︎美少女に抑えられるなんて中々に無い光景だわ‼︎これは後でゼスタ様に自慢できるわね…って痛タタタタ‼︎この子も結構力が強いわね…お姉ちゃんの体が折れてしまうからもう少し優しくしてもらえるかしら?あとできるだけ体を密着させると抑えやすくなるわ」

 

2人で抑えにかかるが、やはり相手はアクシズ教徒のシスター。試合に負けて勝負に勝つとはこの事だろう。

 

「この‼︎相変わらずブレませんね‼︎こうなったら合わせ技行きますよ、良いですかゆんゆん3・2・1で行きますよ‼︎」

「わ、分かったわ昔にやったあれね‼︎」

 

中々に調子を崩さない彼女に痺れを切らしたのか、とうとう実力行使に出る事になり2人がかりで関節技を繰り出そうとしている。

 

「「せーの3・2・1‼︎」」

「え?ちょっとそれは待って…痛たたたた‼︎人間の体はその方向には行かないわ⁉︎」

「良い加減観念してください‼︎証拠はもう挙がっているんですよ!」

「分かったわ‼︎もう冗談よ‼︎冗談‼︎話すから密着はそのままで力を緩めて貰えるかしら?」

 

あくまで抱きつかれた体制を維持しようとする彼女に2人は力を緩めとうとせずにそのまま続行する。

 

「痛たたたたっい!しかたなかったのよ‼︎まさか外に出ている間に全部無くなっているなんて思わないじゃない‼︎」

「ようやく認めましたね‼︎貴方が言った時点でそんな事だろうと思いましたよ‼︎前回も貴方のところてんスライムが逃げ出していましたからね」

 

どうやら過去に犯行していたみたいで今回は再犯に当たるらしい。

そうなって来ると、ハンスの用意したところてんスライムの出所はここなのだろうか?あれだけ嫌がっていたアクシズ教の本陣のど真ん中に奪いに来たのだろうか?

 

罪の告白をして罪悪感が無くなったのか2人の拘束をスルリと抜け出し立ち上がり、呆気なく出し抜かれた2人は重心を預けていた相手がいなくなった事によりバランスを失いそのまま地面に倒れ込んだ。

 

「取り敢えず事が悪化しない内に証拠隠め…じゃ無かった、問題を解決して欲しいのよ」

「心の声ダダ漏れじゃねえか」

「そんな酷いこと言わずにお願いね」

 

罰の悪そうに彼女は笑うと彼女は俺に向かって近づいて来る。

どうやら挨拶したいのだろうか?だとしたら別にここまでする必要は無いのだが…

 

「カズマさんね。さっきも紹介してもらったけど私はセシリー宜しくお願いね」

「ああ、こっちもよろしく…」

 

手を差し出されたので握手を求められたと思いこちらも手を差し出す。

本来であればその場で両者の手を握り合いながら終わるのだが、彼女はそれでは終わらずに俺の手ごと体を手前に引かれ俺はバランスを崩して前のめりになってしまう。

それと同時に彼女は一歩前に踏み出し俺の懐に入り込む。鮮やかな手際に戸惑ったが俺もただではやられる訳には行かないので初撃は諦めてカウンターを狙いに構える。

彼女は踏み込んで早々の空いた手を肩に乗せ上体を固定し頭がこちらに近づいて来る。噛みつき攻撃でもして来るのだろうか?

 

「うぇ…」

 

しかし、彼女が何かしらの動きをした後に来た感覚は痛みでは無く、生温い蛞蝓が貼った様な感覚だった。

 

「やっぱりね…この味は!…これはところてんスライムの味ね‼︎」

 

直後自分の首筋を舐められた事に気づく。

しかも彼女のセリフから俺がところてんスライムに対して何かしら関与している事を見抜いている。

不味い…このままだと俺が盗んだと誤解されてしまう。

 

「大丈夫よ…みんなには内緒にしてあげる」

「何…だと⁉︎」

「ところてんスライムの所持はすべての国で禁止されているものね。何かあったら相談しに来なさい、お姉さんが同好の誼みで少し分けてあげるわ。実はまだ別の隠し場所があるわ」

「…ああ、その時は頼むよ」

 

どうやら同じところてんスライムを愛する者と勘違いされた様だ。

それはそれで不名誉な事だが、それを否定してしまえば俺から何故ところてんスライムの粉が付いていた事に関しての理由がなくなってしまうのでここは話を合わせておく事にする。

しかし、ところてんスライムって食べ物だったんだな、てっきり何かの儀式にでも使う物だと思っていたのだが。

 

「それでは皆さんところてんスライムの件よろしくね」

 

その後色々あったが、何とか2人分のペンダントを受け取りところてんスライム事件の顛末を頼まれ、げっそりした表情で俺たちは宿へと戻っていった。

幸いペンダントの効果なのかアクシズ教徒に絡まれなくなったのは幸いだが。何か大切なものを失った様な気がしなくもない。

取り敢えずの目標は2人をうまく誤魔化しながらスライムを配置しないと行けないと言う相反した行為を互いにバレずに行うと言う事だ。

                                                                                                                                                                                                 



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アルカンレティア8

遅くなりました。
誤字脱字の訂正ありがとうございますm(__)m
今回もあまり話が進みません…


セシリーと別れ俺たちは宿へと戻った。

 

「それで皆さんはどうされるのですか?」

 

宿に戻ると待っていたウィズに迎え入れられ、いつもの様にテーブルに並んで会議が開かれる。

 

「そうですね…取り敢えず言うのであれば、最初は現場検証ですね。事件があった温泉に向かってその時の話や現場を抑えましょう」

「そ、そうね」

 

ばばばっといつの間にかセシリーから受け取った地図をテーブルに広げて事件の起こった場所をマーキングしていく。

記されていく目標を横目で眺めていると、前回確認した地図に対して所々にハンスが記していたであろう部分が重なっていく。若干の焦りを感じるが、そこはハンスも馬鹿ではないのでそこから足が付かない様に色々と切り離されているらしい。

逆に言えばそこが作戦時に発生してしまう安全地帯となる訳だが…

 

「そう言えば、カズマさんはどうされるのでしょうか?」

「そうだな…俺は別行動しようかな。やっておきたい事もあるしな」

 

めぐみんが仕切りどんどんと話を進めて行く最中にゆんゆんが質問を飛ばす。どうやら考え事をしていた事を見抜かれていた様だ。

 

「そうですか、まあ最初からカズマは戦力にしていませんのでどうぞお好きにお願いします」

 

そしてめぐみんは俺のその返事をよく思わないのか、食い気味に返事を返す。どうやら俺が協力しない事に何かしらの反感を覚えている様だ。

本当は協力してやりたいのだが、その場合俺とハンスとの約束が反故されるどころか反逆行為になりかねない。

めぐみんからすれば俺は今回の件に関しては攻略本の様な物だろうが、それだとつまらないので今回は別行動にして競い合うと言うのはどうだろうか?

 

「ああ、そうさせて貰う。ゆんゆんとウィズはめぐみんに協力してやってくれ」

「え?まあ私は構いませんが…カズマさんはあの集団に囲まれても大丈夫ですか?」

「ああ、ペンダントもあるし何とかなるだろう」

 

取り敢えずゆんゆんたちをめぐみんに押し付け分断させる。これにより俺の計画を邪魔するものは居なくなる。

 

「そうですか、本当に協力しないつもりですね?」

「ああ、まあ別にお前達に対して何か悪意があるわけじゃないから安心してくれ。そうだな…それじゃあこうしよう、今回誰が早く犯人を突き止めると言うのはどうだ?勝った方が負けた方の言う事を聞くというのは?」

「そうですね…何か嫌な予感はしますが、カズマがそこまで言うのであれば良いでしょう‼︎その挑戦受けて立ちます‼︎」

 

ビシッと適当に競争にかこつけて話を逸らす。これならば別行動にしても文句はないだろう、何せ競争なのだから。

 

「では、カズマはこの部屋から出て行ってください。作戦会議の内容を聞かれるとこちらも不利なので」

 

話が決まれば俺たちは敵同士となる訳なので部屋を追い出される。

何故俺が居間から追い出されるのか意味不明だが、これ以上言い争って藪蛇したらそれはそれで面倒なので抵抗を止め、彼女の意見を素直に聞き隣の寝室へと移動する。

 

「…」

 

寝室に入ると扉をきっちりと閉められ声が微妙に聞き取れない位の音量に下がってしまう。このまま彼女らの行動が分からないのであれば仕込み中に偶然出会してしまう危険性が出てきてしまう。

しかし、そんな事になるだろう事は大体分かっていたので、スキル聞き耳を使用して彼女らの声を聞き取って行く。

 

スキルの熟練度的な物が低い為か、多少声が曇っているがそれでも彼女らの行動ルートを知るには充分すぎる程の情報量だった。

 

成る程な…。

流石知能の高い紅魔族と言われるだけあって中々に核心に近い様なことを言っている事に感服する。仲間になれば便利だが、敵に回れば中々に手強い。

 

まあ良いか、俺は言われた事をただこなすだけで後は流れに任せるのみだ。

適当な言い訳を自分に言い聞かせつつ瞼を閉じる。あくまで体裁としては旅行しに来ているのに一体俺達は何をしているのだろうと、今更に思うのだがそれ以上の追求は明日のモチベーションに関わるので止めておく事にする。

俺の旅行を台無しにした奴らに目にものを見せてやるのだ。

やるべき事を再確認し、目標のXデーに備えて鋭気を養う為にここは早々に寝ておく事にする。

 

 

 

 

 

 

朝、目が覚めると既に皆の姿はなく、声どころか気配すら感じないので既に外にスライム捜索へと向かったのだろう。体を休めに来たのにご苦労なこったと思いながら用意して置いた着替えに袖を通す。

朝食は幸いにも食堂で食券を使用するタイプだったので食いっぱぐれる事はなかったが、今までみんなで食べていた分どうも寂しくなってしまう。

一通りの作業を終えロビーに鍵を預けると、そのまま宿を後にして人気のない裏へと周る。

流石にところてんスライムの粉を皆のいる部屋に持って行く訳には行かなかったので、こうして宿の裏の物陰にスキルで隠蔽しながら隠して置いたのだ。

 

「良かった、誰にも取られていないみたいだな」

 

もしかしたらあのシスターに嗅ぎつけられて取り返されていないか不安だったが、どうやら杞憂だった様だ。

スキルを解き、粉の小分けされた袋を纏めた物をバックに押し込む、途中アクシズ教徒に見つかったら大変なので底の方まで押し込んでおく。

 

それじゃあ2日目と行きますか。

 

バシバシと頬を叩き気合を注入する。

よくゲームであるスニーキングミッションなどあるが、そんな物とは比べものにならない位に緊張している事が手の震えに気づかされる。

 

「大丈夫だ…俺は魔王幹部を2人もやった男、カズマ様だ。これくらい朝飯前だ…」

 

自分にできるとほぼ自己暗示に近い掛け声をかけて安静を図る。それにより心なしか手の震えが収まった様な気がした。

 

後は潜伏を自分に掛けて目的のパイプの場所へと向かう。昨日はなるべく遠くの場所から攻めていた為、今回は近場がメインとなっている。

作業自体は簡単で時間があれば子供でもできる様な内容だが、期限が今日の夜となっているので焦らざるを得ない状況下にある。

アクシズ教徒ではない俺がこの作業を遂行するのはほぼ無理ゲーに近いのだが、クリスから教わった盗賊スキルが不可能な期限の作業を無理やり遂行させている。

本人に言えばいつもの様に修行と言う名の暴力の応酬を受けてしまうので、今回のことは口が裂けても言えないだろう。

 

「まずは…今日の一つ目かな」

 

メモに描かれた目印のあるパイプの継ぎ目の部位にたどり着き、点検用のハンドルを捻り蓋を開く。

蓋を開くと中から強烈な温泉独特の匂いに襲われたが、そこは持ち前の気合でどうにかして、ところてんスライムの袋を一つバックから引っ張り出しそのまま開かれている口へと放り込む。

後は袋に施されたであろう半透膜的な素材の都合による選択的透過性により、水分が袋内へと染み込み元のスライムへと還る仕組みになっているそうだ。

後はこいつがハンスの言う謎の仕組みによりパイプ内に忍び込み来るべきXデーに備えて待機してくれるらしい。

 

「残りは…まだ沢山あるな…」

 

やり始めは簡単だろうと思っていたが、この都に張り巡らされたパイプのラインをこの地図に照し合わせてどれがどれにあたるなどと考えていると徐々に混乱してしまい、また一から配線を考えないといけなくなってしまうのだ。

これの作業が意外にも俺の精神を蝕み苛つきと疲労を与えてくる。ハンスが何故協力者を求めたのかが若干だがわかった様な気がしてきた。

 

蓋を閉め、痕跡をスキルで消して証拠隠滅して次も場所へと向かう。

バックに残るところてんスライムの数はまだ沢山ある。果たして今日中に全て設置できるのだろうか?

 

 

 

 

2つ目の場所に向かう。めぐみんらのタイミング的には既に此処を調査した後だろう。他にも昨日俺が設置した場所を調べられていたので通り道に何かされていないか再び調べたが、流石にパイプの中まで調べるまでの事はしていなかっただろう、特に邪魔された様な痕跡はなかった。

詰まる所、彼女らはところてんスライムを事件が起きたその時に仕込んだ物と思っている様だ。なので今現在この都に仕込まれつつある現状に気付いていない様だ。

 

「…さてと、ちゃっちゃと済ますとしますか」

 

再び継ぎ目に備え付けられた点検用のバルブを捻り蓋を開こうと手を伸ばそうとする。

 

「…っ⁉︎」

 

そのままいつもの様にハンドルを捻ろうとした所で違和感を覚えた。

前回俺が彼女らの調べた後に比べてどうも周りが普通過ぎる。前回調べた時は人が何かしら手を加えた様な形跡があったが、今回はそれが全くもって何も感じなかったのだ。

もしかして彼女らよりも先に来てしまったのだろうかと思ったが、あの几帳面なゆんゆんが仲間にいる以上計画がずれる事はそう無いだろう。

であるならば、この自然さは逆に不自然だと思うのは当然だろう。必ず何かしらの狙いがあっての事だろう。

感知スキルを高めて周辺を見渡す。最終的には目を瞑り周囲環境と同化し、音や肌に触れる風の流れ空気の匂いや味など全ての感覚を余す事なく鋭くさせ周囲にある違和感に目を向ける。

 

そしてバルブ周辺に薄らっと魔力の残滓の様な物を感じ取る事になんとか成功する。後はそこに特化した形で感知スキルを集中させて正体を暴くだけになる。

意識をハンドルに絞ると魔法の構造的に罠に近い物を読み取れる。つまり、俺がこのハンドルを何も警戒せずに捻れば罠が作動して術者に何かしらの警報か何かが伝わるという仕組みだろう。

理屈は単純だが、それでも此処まで隠蔽したのであれば最早脅威でしか無いだろう。これはめぐみんが考えゆんゆんが実行したのだろうか、それともウィズが手を貸したのか謎だが、案外恐ろしい組み合わせだなとつくづくそう思った。

取り敢えずは術者と繋がっているであろう魔力戦的な物とダミーを繋いで、本来の物を罠解除で解除する。これにより術者に罠が解除された事に気づかれずに解く事ができる。

 

「…全く、末恐ろしい連中だよ。普段からこれくらいやってくれれば良いんだけどな」

 

俺の前だと大体余計な事をしているのだが、今回に限りはそうではなかった様でこうして手が込んだ罠なんかを仕込んでいる。もしかしかしたらウィズが入れ知恵でもしているのだろうか?

せっかくなのでこのまま彼女もパーティーメンバーに巻き込んでみようかなと思ったが、多分店の経営で断られるだろうと勝手に頭が結論を出した。

 

…いや。ウィズが加わったのなら果たしてこの程度で済むのだろうか?

適当な事を考えながらハンドルに再び伸ばした際に再び疑問が頭に浮かび込んだ。そしてその疑問は徐々に大きくなり確信へと置き換わる。

 

ばっと再び伸ばしかけた手を退かし周囲を探知スキルで再び探る。

もしこれが二重の罠であるならハンドルに仕込まれた罠は囮となる訳になる。ならばこのハンドルは見つけて貰わないといけない為、ハンドルの罠は必然的に隠蔽を緩める必要性が出てくる。

正直言ってあの罠を見つける事に結構苦労し、それでも見つけられたと言う結果に自画自賛した訳だが、この周辺にはそれ以上のものが隠されている訳になる為更なる集中力やスキルを要求される事になる。

ハンドルで引っ掛かったら拾い物で本命は他に在るとしたら何処にどの様なタイプを仕掛けるか。

考えれば考えるほどに思考の沼に沈み込んでいくのを感じる。

 

最初の罠が自身に伝える警報の役割があるなら果たして2つ目は何するかだ。もし、二つ目も警報なら同じ様にハンドルに仕込むか蓋に仕込む訳になるのだが、一つ目を解除した時点で罠に関する反応は既に無くなっている。

ならばあり得るのは、他に仕込まれているのか、それとも俺が見逃したかそもそも存在しないの三つになる訳だが、結果的にはその三の何も無いであって欲しいがこの世界はそこまで都合が良い言なんてないだろう。

考え方を変えて、今度は自分だったらどうするかを考える事にする。

最初に警報の罠を仕込んで、もしそれを解除したなら次はどうするか?俺だったら油断した所で一発でかいのをお見舞いしてやる所だが、そんな罠を仕込めばすぐさま二度目の探知スキルに引っ掛かるだろう。攻撃的な罠は術式に敵意が入ってしまうので完治しやすいのだ。なのでそれを隠すには盗賊スキルが必要になるので彼女らには無理に近いだろう。

 

…いや待てよ。

もしかしたら俺の考えが凝り固まっているかも知れないと再び考えを改める。もしかしたら前提を固定されている可能性があるかもしれない。

せっかくの探知スキルだが、元は敵の気配を感知する物をクリスの助言で改良している為に、認識外の盲点が生まれてしまう欠点が生じてしまっている可能性がある。よくある灯台下暗しと言うことわざある様に、俺の探知スキルに此処は無いだろうと言う除外フィルターが掛かってしまい本来見えていた物が見えなくなっている危険がある。

最初に魔法的トラップがあるので、二つ目も魔法トラップがあるだろう。や彼女等は三人ともアークウィザードの由来する魔法使いであるので魔法トラップがあるなど。先入観によって見方を狭めてしまっている危険があるのだ。

ならば、今度は物理的トラップがあると言う事を前提として、それを強くイメージする。無意識的に排除していたファクターを改めて意識し探知スキルの精度を向上させる。

 

「…見つけた!」

 

改めて探知スキルで周囲を探ると、ちょうど俺の居るパイプの下に反応が現れた。

温泉街に蔓延るパイプは、林の中やあらゆる場所など何本も交差し俺の足場を構成しているが今回はちょうどその下方に地面がある。

この点検場所に向かうには上から攻めれば早いのだが、帰るには森の先の様に返しがあるみたいな感じで少し出辛くなっているのだ。なので、帰りはパイプの下を降りて地面を歩いた方が時間や労力的には効率が良いのだ。

つまり、最初の罠に引っ掛けて逃げるために降りた所を仕留めると言う手順になっている訳で、もしハンドル部の罠を解除されてもそれを看破する頭があるのなら効率よくいくためにパイプの下を降りる可能性が高いので、油断仕切った所を罠に嵌めると言う算段だろう。

危うくそんな恐ろしい罠に引っ掛かってしまう所だったと思うと寒気が止まらない。気づかずにめぐみんの罠に嵌り捕まろう物なら後世まで笑い物にされるだろう。

 

「危なかったぜ、全くウィズも恐ろしい事を教え込んだ物だ」

 

普段の狩猟クエストで罠を張った事があったが、2人とも二重トラップなんて物を扱った事はなかったので恐らくウィズが入れ知恵でもしたのだろう。

流石はアンデットの王リッチーといった所だろう。モンスターだが、敵に回らなくて良かったと今でも思う。

 

最後の方は、ほぼスキルに頼り切りになったが、それでもなんとか彼女等に見つかる事なく仕込まれたトラップ群を取り除く事に成功し、見事配管にところてんスライムを仕込む事に成功する。

これから彼女等の監査が入った場所を探索するとなると、これ等の工程をこなさなければいけないと言う事になると思うとやや嫌な気がするが、それは仕方ない事だろう。

 

「ここも済んだし次に行こうかな」

 

額に流れる汗を袖で拭うと、次なる場所を確認する為にリュックに収納された地図を広げ確認する。

彼女等が行くであろう場所を先回りし、完全に隠蔽してところてんスライムを仕込み彼女等の仕掛けるであろう罠を解除する手間を省くのも良いが、最悪バレてしまう可能性が出てきてしまう。

今回の場所は何とかバレてはいなかった様だが、それでもこれから先でバレる可能性が無いわけではない。

 

どうしようかと考えたが、悩んでいる分時間が無駄になってしまうので取り敢えずは予定通りにこなしながら途中で思いついた方向に路線変更すると言う事で納得する。

そうと決まれば地図をしまい、次の予定である配管へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで大体何とかなったか…」

 

途中かなりのバリエーションに富んだ彼女等のトラップ等に手を焼いたが、それでも何とか解除に成功して程良い疲労が全身を支配していた。

ハンスの語る作戦から規模を考え、それ他の要素を踏まえて必要最低限のところてんスライムを俺の独断と偏見で逆算した結果に算出された基準量を何とか配置する事ができた。

後は適当に穴を埋める様に配置していけば良いのだが、ここまでやったのなら少しくらい休憩しても良いだろうと、近場にあったアルカンレティアでは珍しいエリス教の運営する喫茶店へと向かう。

 

「いらいっしゃいませー!ここはエリス教の運営するカフェになります。申し訳ないのですが身分を証明できるものはありますか?」

 

入って早々にスタッフに道を塞がれる。

アクシズ教とエリス教は文字通り犬猿の仲である為、仲が結構悪いのだ。

悪いと言ってもアクシズ教が一方的に絡んでくるので、エリス教等はそれを煙たがりこうしてエリス教の憩いとなる聖域を慎ましく経営しているのだろう。

 

「これで大丈夫か?」

 

身分証といってもこの世界では冒険者カードくらいしか無いのでそれを出すのだが、奇しくもここはアルカンレティア、必要な身分証明書となれば自信が冒険者である証ではなくこのエリス教の証であるペンダントの事だろう。

 

「はい、大丈夫です。あなたも大変でしたね」

「まあそうですね」

 

ペンダントを差し出した瞬間従業員たちの警戒心は嘘の様に消え、俺を歓迎する方向へとシフトしていった。

あの悪名高きアクシズ教となれればどんな理由があろうとエリス教のペンダントを持ち歩くなんて考えないだろう。それにしても従業員の疲れた様な表情を見ているに余程ひどい目にあっているのだろう。

 

適当に注文を済ませ外を眺めていると、何だか外が騒がしくなっている事に気づく。

何だと思い千里眼を使い外を眺めているとどうやら誰かが追いかけられている様だった。

 

「また迷える仔羊たちが邪神教に囚われていますね」

 

誰が追いかけられているかと思い眼を凝らそうと力むと、隣から注文の飲み物を運びにきていたウエイトレスがポロッと言葉をこぼした。

 

「側から見るとあんな感じなのかよ…」

「そうですね。でも安心してください、ここにいれば流石のアクシズ教の方も手を出したりしてきませんので」

 

その言葉を聞き周囲を確認すると、ガラスや壁などに耐久性を上げる術式の様な物で店を強化しており、中にはアクシズ教を指定した人払いの効果があるものも見受けられた。

 

「そうだな、それなら一安心…」

 

これだけの事をしていれば一安心だなと思い、安心しつつも再び外を眺めていると外で追いかけられている人間のピントが合い正体が判明した。

 

「げっ‼︎おっさんじゃねーかよ‼︎」

 

予想外の事実に椅子を倒しながら起き上がる。

それにより大きな音が店内に響き、周囲に恥を晒してしまったが、そんな事を気にしている暇は無く急いで軽食と飲み物を飲み干し店員に料金を払い店を後にする。

そこから全力疾走で騒ぎの場所まで駆け抜け、食後の為若干気持ち悪くなったが、それでも何とかハンスのいる所の近くまで辿り着く。

 

「クソ‼︎離しやがれ‼︎俺は貴様等の言う宗教なんかに興味はないんだよ」

 

悪態をつきながら体にしがみ付いて離そうとしない多数の教徒達を必死に引き剥がしながらも悪戦苦闘している。

何でこんな状況になっているのか分からないが、多分奴らの勧誘を全て断ったが為にこんな結末を迎えたのだろう。

 

取り敢えず何かあっても良い様に潜伏スキルを発動している為、奴らに見つかってはいないがそれだと自分は助かってもハンスは助からないだろう。

ならば仕方ないと、俺はある人物を急いで探してこの場に呼び寄せる。

 

「お巡りさんこの人達です‼︎」

 

意外にもこの都の警察はエリス教の人間もいるらしく、こうして好き勝手するアクシズ教の取り締まりを行い、勧誘があまりにも酷くなると今回の様に駆けつけどこかに運んで行ってしまった。

 

「痛たた…全くふざけた連中等だ」

「大丈夫かおっさん?」

 

周囲のアクシズ教が散らばり真ん中に1人ハンスが放り出される。さっきまでとは打って変わって雑に扱われる様に若干笑ってしまいそうになるが、流石の俺も空気を読みここは我慢する。

 

「ああ、坊主か…助かったぜ、あのまま囲まれていたら堪らなかったぜ」

 

頭をぼりぼり描きながら罰が悪そうにそう言うと、囲まれていた際に服に仕込まれた入信証を引っ張り出してクシャクシャに丸めると床に叩きつけた。

 

「あのふざけた連中め…目に物見せてやるからな‼︎」

 

もはやマジックでも見ているかと思う程にたくさん出てくる入信書の量に唖然としながらもハンスが何かしないか観察する。

 

「それでだ、坊主首尾はどうなっている?」

「ああ、そうだったな」

 

気持ちを切り替えたのか、急に真顔になったハンスが現時点での進捗を確認し出してきたので、すかさず地図を広げて説明する。

 

「成る程な、流石に全ては無理かと思っていたが、ここまで効率的かつ計算しながら設置するとはお前も中々やるな」

「ああ、決められた仕事はやるさ。それでおっさんの方はどこまで行っているんだ?」

「ああん?俺か?俺の方はおかげさまで順調だ。後お前がヘマしなければ作戦は完璧だろうよ」

 

自身のタスク処理の能力を勘繰られるのが嫌なのか、嫌味が返ってくる。

 

「まあ、取り敢えず夜にこの都の裏手にある山に来てくれ」

 

返ってきた嫌味に対して眉間にシワを寄せ不満そうな表情を浮かべていると、罰が悪そうにハンスがそういった。

 

「オッケー分かったよ、夜にそこに行けばいんだな」

「後、他に…」

「何だよ、どうしたって言う…」

 

その後何か言い掛けたところでハンスは口をつぐんだ。不審に思い奴を問いただすが、途中に後ろから物音が聞こえ何だと振り向くと先程警察を呼び解散させていたアクシズ教徒達が再び集まり出してきていた。

 

「マジかよ」

 

その光景に呆気に取られながらも、その異質な光景に足が竦んでしまい動けなくなってしまう。

 

「何ボーとしているんだ‼︎急げ坊主、こっちだ‼︎」

 

しかし流石のハンス。俺より長く生きている為か、このような事では動じずに裏道へと俺を引っ張り込む。

だが、裏道に入ったからといって奴らの追跡から逃げられると言うわけでは無いので、ここからまた地獄の逃走劇を行わなくてはいけないのだ。

 

「ちょっと待ってくれ‼︎」

「何呑気なこと言ってやがる、このままだと追いつかれるぞ」

 

こっちだと誘導するハンスは支援魔法で強化している俺を優に超えるほどの速度でこの都を駆けていく。冒険者では無いと言っていたが、一体何の職業につけばこれ程のステータスが得られるのだろうか?

不思議に思いながらも何とか必死にハンスに食らいつく様に後を追いかける。

 

アクシズ教の追いかけは今までの比ではなく、余程なびかないハンスに対して意固地になりなおかつ執着でもしているかの様な位追跡がしつこく中々に撒けない。

 

「クソ‼︎今日は何でここまでしつこいんだよ‼︎」

 

目の前を器用に飛び跳ねるハンスを見逃さない様に追いかけながらも振り向くと、そこには先程から全く同じ距離に奴らが全力疾走して追いかけてきていた。

その追いかけて来ている教徒達の中にシスターの様な服装を着ている物達がいることから、どうやら俺たち以上に支援魔法を掛けて底力を上げて追いかけてきている様だ。

 

「仕方ない、坊主聞け‼︎」

「どうかしたか?」

 

逃走の最中突然ハンスが声を荒らげる。

 

「このままじゃ拉致があかない。二手に別れるぞ」

「ああ、分かった」

 

確かにこのままだと追い付かれないにしても永遠に鬼ごっこに付き合わされる羽目になりかねない。ならこうして二手に分かれた方が得策だろう。

奴らはプリーストの支援魔法で俺たちにようやくついて来ている状態なので、二手に分かれればその均衡を崩せる可能性が出てくる。そして、仮に片方に全て人数が寄ってもこっちが単独になれば隠れるなどやりよう派いくらでもあるだろう。

 

「3・2・1でいくぞ」

「おう」

 

走りながら合図を決め、それに合わせて2人とも別れ道で二手に別れる。そこからハンスの方を振り向かずにしばらくした後に後ろを眺めるとそこには…

 

「誰もいない…」

 

つまりアクシズ教徒達は全てハンスの所へ向かったと言う事になる。

さらばハンス、後は俺に任せてくれ…

まあ、どうやって作戦遂行するのかは分からないのでどうにもならないが、支援魔法もなしにあそこまで出来たのだから、先程みたいに捕まっていたならともかく逃げるだけなら今回くらいはどうにかして逃げてくれるだろう。

 

…とにかく疲れたから一旦宿に帰ろう。

 

先程まで追い掛けられていた極限状態から安全な所に着いた為か、どっと疲れが湧き出してきた。

このままところてんスライムを仕込むのも良いのだが、夜に疲れで動けなくなっても困るの宿に向かう事にする。彼女等の予定では宿に買ってくるのは少し後になり多分煩くなるだろうが、それでも安全に休むには十分すぎるだろう。

時刻は既に夕方だが、約束の時間まで多少はあるだろうと思うので英気を養う為に一旦宿に帰る事にする。

 



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アルカンレティア9

いつも誤字脱字の修正ありがとうございます。
最初から間違えがなければ良いのですが…

感想ありがとうございますm(__)m。なるべく返信しようと努力します…


宿に着くと、いなかったと思っていた三人が既に帰宿して居間で休んでいた。

 

「おや、随分と遅かったですね。こちらはおおよそですが作戦は完了しましたよ」

「マジか」

 

どうやらハンスと逃げ回っていた間に彼女等は昨日考えていた作戦を完了させてしまっていた様だ。

だが、もし俺の予想する様に作戦を完了させていたのであれば、現時点で俺を吊し上げられていなければおかしい事になる。つまり俺の予想していた作戦ではなく、あの仕組まれていたトラップを全て設置完了させて後は誰かが引っかかるのを待っている様な感じだろうか?

だとすれば、この状況にも納得するだろう。

 

「もう犯人はわかったって事か?」

 

念の為にカマを掛ける。

流石のめぐみんでも俺が犯人である事を突き止めたのであれば話をはぐらかさざるを得ないだろう。

もし仮にバレていたとして確保に飛び掛かられても部屋の位置的に俺はドアの前にいる以上、すぐにでもこの宿の部屋から脱出することが出来るので大丈夫だろう。

 

「いえ、現時点ではまだ確定とまでは行きませんね、ただ聞き込みで大分犯人の様な人の特徴は絞れました」

 

自信有り気に言う彼女だが、要するに未だ確実な情報は掴めていないのだろう。

 

「それでカズマはどうですか?何か犯人に繋がる情報は掴めましたか?」

「いや、その辺はまだ見つかってはいないな」

 

俺の現在の進捗を言える訳はないので適当にはぐらかすと、彼女は俺が結局何の成果を得られていないと思い込みまだまだですねと両手を挙げ煽ってくる。

正直苛っとしたが、そこは我慢しなければいけないだろうと自分を落ち着かせる。

 

「それで、今は何をしている時間なんだ?」

 

特に何も得られなかったが、一通りの意見交換を済ませたので本題に移る。

めぐみんが仕切っている以上このまま待つだけと言うのは、どうにも腑に落ちない。これから何かを行う為の準備段階か何かだろうか?

 

「そうですね。いろいろありますが簡単に言えば相手の出方待ちという所ですかね」

「へー、そうなのか」

「なのでこうして私はここで待機しています。もし何かあればセシリーがここに来るでしょう」

「マジか、連絡を待っているって事は罠でも張っているって事か?」

 

自分自身で言っておいて白々しく感じるが、念の為確認しておく。

紅魔族の知力は高いとされている以上、もしかしたら裏をかかれている可能性があるのだ。

 

「そうですね。まああくまで引っ掛かればラッキー程度の物ですが…そんな事よりいいんですか?カズマも何もしなければこのまま負けになってしまいますよ」

「ん?ああ、そうだな…まあこれからまた外にでも出向くさ」

 

このまま休憩にしたかったのだが、それだと彼女に怪しまれてしまうので仕方無いがまた外に出向いてところてんスライムの設置でもしようかと思う。

 

「そうですか、でしたらゆんゆんを一緒に連れて行ってください」

「はぁ⁉︎」

「え?ちょっとめぐみん何言ってるの⁉︎」

 

適当な事を考えているとめぐみんが突拍子もない事を言い出した。しかも巻き込まれたゆんゆんも聞いていなかったらしく、後ろでくつろいでいる所でびっくりしていた。

 

「人手はウィズで済んでいますのでゆんゆんを連れて行ってあげて下さい。まあそうですね、強いていうならカズマに対するハンデみたいな物です」

「それはどうも、でもいいのか?まだそっちも確信は無いんだろう?」

「ええ、でもこのままゆんゆんをこちらに置いていても意味がないのでカズマがうまく使ってください。競争にしていて目的がずれている様ですが、私たちの本来の目的は犯人を見つけ出してところてんスライムの所在をはっきりさせる事ですよ」

「…まあ、そうだな」

 

「ちょっと待ってよ、何で私を含まないで話が進んでいるのよ‼︎」

 

 

 

 

 

 

「…」

 

こうして俺たちは2人で再び街へと繰り出す事になってしまったのだ。

確かに言われてみれば俺たちの目的はところてんスライムの事件の解決だったなと改めて思い返す。しかし、それがいつの間にかどっちが先に見つけるかという話になり、ハンスの繋がりのある俺はどうにかして落とし所を探しながらもぐだぐだと作業を進めていたのだった。

 

「それでカズマさんはどの様な形で犯人を追っていたんでしょうか?」

 

どうしたものかと考えていると後ろでゆんゆんが申し訳なさそうに聞いてくる。そう言えばめぐみんに押し付けられたのを忘れていた。

 

「そうだな…」

 

彼女の質問に答えようとして言葉に詰まる。

結局のところ俺は三人の仕掛けた罠を解きながらところてんスライムを仕込んでいただけに過ぎない為、何をしていたかと言われればお前達の邪魔をしていたんだよ、としか言いようがないのだがそれだと何故そうしていたのかと怪しまれる事は免れないだろう。

だが、かと言って何と答えたら良いのかも分からないのでこうして悩まざるを得ないのである。

 

「まあ、そんな事はさておき折角来たんだから観光しないか?今回はこれもある事だし」

 

胸元にぶら下げたペンダントを取り出しゆんゆんに見せつける。今回は前回と違い、このペンダントがある為にアクシズ教の勧誘を受けずに街を歩くことが出来るのだ。

それに時間が夕方な事もあり、勧誘の対象である観光の方々はおおよそ餌食になるか抵抗した後など手をつけ終わった後なので、昼間と比べて落ち着いているので手伝いに出ると言う事も無い。

ある意味一番この街を観光するにはちょうど良いタイミングでは無いだろうか?

 

「そうですね…それも悪くは無いと思いますけど良いんですか?めぐみん相手に何でもするとか言っていましたけど…」

 

俺の誘いに心配そうに尋ねる。思い返せばそんな事を口走ってしまった様な事をあった気がする。

 

「ああ、その辺の事は大丈夫だろ、何せ言う事を聞くだけだからな」

「えぇ…」

 

ゆんゆんは俺の適当な発言に困惑するが、実際問題負けた時にいったい彼女がどの様な命令を下して来るのかは、その時になって見ないと分からないのでその時になったらその様に逃げるかどうかはまだ分からない。

 

「とりあえず観光名所にでも行こうぜ、あのよくわからない本にいろいろ書いてあったろ?」

「えぇまあそうですけど」

 

適当に彼女の手を取り引っ張っていく。

時は夕方の為、観光客を対象としたイベント事ははおおよそ終わっているので特に何かをするとは行かないが、それでも2人でいろいろ行動すると言うのはめぐみんが来て以来の久しぶりな気がする。

なんだかんだ言って予定を立てるのはめぐみんのため、行動するとなると三人になるのは必然だろう。

まあ、だからと言って変に2人きりになればパーティーメンバーであるめぐみんをハブにしてしまうのでそれは出来ないのだが、今回は違う目的とは言えそれを望んだのでそうなったのだ。

 

「そうですね、カズマさんが大丈夫だと言うのでしたら私も行きたい所がありましたので」

 

ゆんゆんと出会って早数ヶ月、そろそろ俺の扱いを分かってきたのか仕方ないと俺の言う事に付き従う様になってきた。

それが信頼からくるのか、それとも諦めからくるのかは分からないが、結果として俺の思う方に進んでいるので良しとしよう。

 

「それで、どこに行く?」

「そうですね…でしたら昨日買い損ねた名物のアルカン饅頭を食べてみたいです」

「そう言えばそんな物もあったな」

 

そう言えば昨日喧嘩していて面倒だった饅頭屋があった事を思い出す。

結局なんかウソぽかった気がしたので無視してしまったのだが、ここの名物であるのなら他の店でも取り扱っているだろう。図々しいと言われ慣れている俺でもその店は流石に気まずいのだ。

 

適当に街を登っていくとお土産屋の様な店を見つけたので店員に聞くと、俺の予想通りに饅頭があったので2人分購入して彼女に分ける。

 

「そう言えば紅魔族は旅行とか行かないのか?」

「そうですね…」

 

ふと疑問に思ったので聞いてみると、意外に難問だったのかそれとも何かの地雷を踏んでしまったのか思い悩む様に彼女は唸る。

果たしてそこまで考える事なのだろうか?

 

「私達紅魔族は中々外に出ていかない種族でして…意外に思われるかもしれませんが同級生で里を出ているのは私達2人位なんです」

「マジか…王都のほうに行けばお前達みたいのがぽんぽん出て来るのかと思った…」

「紅魔族はそんなに居ませんよ⁉︎」

「ほら、みんな上級魔法とか使えるんだろう?だったら他の冒険者組織の奴等がスカウトしに来たりしないのか?」

 

彼女ら紅魔族の高い知能と魔力を欲する冒険者は五万と居るだろう。むしろ紅魔族をメインとしたパーティーがあってもおかしくは無いだろう。

もし俺が普通の汎用性の高いチートを持っていたのであれば順当にまともな紅魔族を仲間にしただろう。

 

「確かに数名の冒険者達が私達をスカウトしに里に何度かいらっしゃった事がありましたけど、何故か分かりませんが皆里を出る事を拒んで里に引きこもってしまうんですよね…」

「マジか⁉︎でもまともな奴とかが取り合ったりしないのか?」

「いえ…驚くかもしれませんが、里のみんなはめぐみんの様なと言いますか寧ろめぐみん以上に変人と言いますか…」

 

これ以上は皆の名誉のために黙っておきますと言いたげに黙秘を貫くゆんゆん。わりかし常識的な彼女にとって紅魔の里は居心地の悪い里だったのだろうか?

 

「まあ、そう言う時もあるよな」

「それでも良いところはあるんですよ」

 

適当に流そうとしたら、ゆんゆんはそれでも長所的なものはあるんですとすかさずフォローする。

まあ、皮肉にもその発言が紅魔族をどう思っているかの決定打になってしまったのだが…

 

「へぇ…それじゃあ、たまに里の人に会ったりするとかは無いんだな」

「そうなりますね。私たちの他にも数名居るそうなのですが、大分歳が離れていますのであっても多分分からないと思いますね」

「そうだよな。他に居なかったら紅魔族が変人なんて話は聞かないからな」

「そう言う偏見で色々言われて悔しいですが、里のみんなをみていると否定できないですね…」

 

はははは、と乾いた笑い声を上げるゆんゆんを横目に前方をみていると、何かあったのか騒ぎ立てている様子だ見えた。

 

「何かあったみたいだな」

「そうですね、行ってみますか?」

「そうだな、まあ見て行く分には何も無いから大丈夫だろう」

 

正直折角の観光中にさらに面倒事に巻き込まれるのは嫌だったが、それでも何か面白そうだと言う野次馬根性が俺の足を進める。

めぐみんがいれば多分巻き込まれるが、今回はゆんゆんしかいないので無理やりであるが最悪見て見ぬふりが可能だろう。

 

「…いったい何があるんだ」

 

人を掻い潜り出た先には銭湯だろうか何やら作業員の様な格好をしたプリーストが客人らしき人と話をしていた。

話を盗み聞くと、内容としては温泉に入ったら何やらピリピリしていて前に入った時に感じたものと比べて不快に感じたとの事だった。

そして最初はその人がただ騒ぎ立てているだけだったのだが、次第にその銭湯に入った客人達が同じ様な事を訴え出し、最終的に手が追えなくなって来たあたりでプリーストが現れて何かのスキルをしようして検査した所、薄らだが毒の状態異常が検知できたそうだ。

 

「成る程な…」

「何か分かったんですか?」

「まだ何とも言えないな…」

 

それ以上の話は関係者では無いので聞けなかったが、俺には聞き耳スキルがあるのでそれを使い奥にいる関係者から話を無理やり聞き出す。

盗聴すると、どうやら同じような事が別の所でも起きているらしく、ここが初めてでは無いようで、そのまま話を聞き続けると関係者は同じような事が起きた他の温泉のある場所を挙げ始めた。

場所の名前を聞くに宿やここと同じ銭湯が挙げられたが、名前からして経営者が同じやフランチャイズ的な共通点は無いとの事だ。

だが、パイプの流れからすれば同じ源泉から引かれた湯だと言う事が分かったが、関係者達はその事にまだ気付いていないようだ。

 

「何か分かりましたか?」

 

聞き耳スキルを使いながら話を聞いていると気になるのかゆんゆんが俺の上体を折れ揺らし始めた。

 

「まだ聞いてる最中なんだからやめろって⁉︎そんなんだから友達ができないんだろうが‼︎」

「何ですかそれ⁉︎私が話を聞きたいのと友達がいない事にどんな関係があるって言うんですか‼︎」

「後で説明するから静かにしてくれって」

 

何とかゆんゆんを宥めて盗聴に戻ろうとすると、既に話は終わってしまったのか資料を片付ける音が響くだけだった。

 

「ほらみろ‼︎お前のせいで話が終わっちまったじゃねえか‼︎」

「そんな⁉︎」

 

適当に理由をつけてゆんゆんに八つ当たりする。

 

しかし、源泉に毒を入れるか…。

このアルカンティアにはいくつかの源泉があると言っていた気がしたが、一体誰が仕掛けたのだろうか?

めぐみん達がところてんスライムを除去するために入れたのだろうか?いや普通にそんな事をするとは思えないので却下だが、となると第三勢力だろうか?

俺達の他にこの都に恨みを持つ犯行だろうが、それだとめぐみんの仕掛けた罠に引っかかる事になる筈で、今回の犯人は俺以上に罠解除に関して精通している者になる。

 

「まあ、いいや。次行こうぜ」

「え⁉︎いいんですか?ここは何とかするぞって言う場面じゃないんでしょうか?」

 

ハンスと言いめぐみんと言い、各自皆それぞれの担当が何とかしてくれるだろう。それにこの都にも警察のような者達も居るので下手に俺達がでしゃばるよりその人達に任せた方が良いだろう。

俺たち下層部の人間は上層部の指示なしに動くわけにはいかないのだ。

 

「いや、ここは警察に任せようぜ。俺たちは俺達のやる事があるんだからさ」

「そんな…まあ確かに警察の方が居ますからね」

 

理由をつけてゆんゆんを懐柔する。

本来冒険者達は依頼をこなしてその報酬で生きて行く事を生業としているのだ。ここで適当に出て行って解決して仕舞えば本来この問題に向き合い解決するべき人達の仕事を奪ってしまう事になるのだ。

あくまで俺は冒険者、住み分けが必要なのだ。

 

「よし、それじゃあ次に行こうぜ」

「あー残念ですけどカズマさん…ウィズさんに呼ばれました…」

 

ゆんゆんは何か考え事をしているような格好した後にそう言葉にした。

その光景に一瞬何してんだこいつと思ってしまったが、そういう時もあるだろうと思い黙っていたが、どうやらウィズとテレパシーか何かのスキルで交信していたようだ。

 

「どういう事か聞いても良いか?」

「めぐみんの方で何かトラブルがあった様で作戦会議をするとの事です。それで…カズマさんは一応対立していますので詳しくはちょっと…」

 

ごめんなさいと彼女はそう言い残してそそくさとその場を去ってしまった。

折角の観光だというのに最後のお楽しみだけ残され置いてきぼりとは何だか不遇すぎる気がしなくも無いが、めぐみんが動き出したと言う事は毒を流した犯人が見つかったか、それともハンスが捕まったかのどれかかもしれない。

このまま宿に戻って会議を聞きたいが、先ほど聞き耳スキルをゆんゆんの前で使ってしまった手前多分何かしらの対策が講じられているだろう。

ならば先に問題の源泉に向かって状況がどうなっているか調べる事にしよう。もしかしたら犯人につながる何かが見つかるかもしれない。

 

ゆんゆんの姿が見えなくなるのを待ち、ちょうど夕焼けの影に消えた所で体を翻し源泉のある裏山に向かう事にした。

 

 

 

 

裏山に向かい入ろうとすると、さすがにここの生命線である源泉を管理する所であってか警備体制が厳しくなっていた。そう言えばパイプの配線的に全てに源泉がここと関係性を持っている為、ある意味アルカンレティアの心臓といっても差し支えはないだろう。

だが、俺には潜伏があるのでそれらをくぐり抜けて案外早く奥にある目的の場所へと辿り着く。

いまいち場所が掴めないので伸びているパイプをちょう辿り、ようやくそれらしい場所に着く。

そして、源泉が湧き出し溜めている池のような所の淵に近づくと、ここの管理人だろうか老人の様人物が立って源泉に何かをしていた。

 

さすがにこれは誤魔化せないなと、腰にぶら下げたロープに手を当て拘束のスキルであるバインドを使用しようと構えていると、その老人は潜伏しているにも関わらず俺の存在に気づきこちらに振り向き。

 

「…何だよ坊主か、ビックリさせるなよ。約束の時間より早かったな、驚きはしたが時間を遅れてやって来るよりは良いだろう」

 

と言った。

 

「何だこのジジイは⁉︎」

 

気づかれた事で全身に動揺が走り、ロープに伸ばしていた手を即座に剣の柄へと切り替え抜刀し構える。盗賊でも無いのに潜伏をしている俺に気づいた以上ただ物ではない事は確かなので即座に斬りかかろうと体勢を切り替え飛びかかる。

 

「ああ、そうだった。この姿じゃわからないよな」

「は?」

 

そいつは飛びかかった俺に対して眉を寄せ疑問を感じていた様だが、何か答えが見つかったのか納得した様にそう呟いた。

飛びかかる最中、その発言に対して何か親近感を感じたので咄嗟に体をかえして距離を取る。

 

「悪いな、この姿じゃ無いとここまで安全に来られないんでな」

 

老人はそう言うと体をどろっと溶かしてあっという間に元の姿に戻る。そして現れた姿は俺を坊主と呼んだハンス本人だった。

いったいどんなスキルを使ったのだろうか、その異質な姿写しの方法に嫌悪感を感じるが俺もこの世界に来てまだ日が浅いので知らない事もあるだろうと、いちいち気にしてはいられないとそれを無視して剣を鞘に納めて話を始める

 

「何だオッサンかよ。ビックリしたよまさか姿を変えれるなんて思わなかったよ」

「まあな、それよりもスライムはどうなったんだ?あれから増やしたのか?」

「いや、なんだかんだいって追手を撒いたりして時間が掛かってあまり出来なかったよ」

「そうだな、確かにあの状況下であれ以上は無理だな」

 

あの後女の子と遊んでましたなんて事は言えず、すべての責任をアクシズ教徒の仕業に仕立ててしまう。本当に悪いのは何でもアクシズ教徒のせいにしてしまう我々かもしれませんねと特大ブーメランが帰ってきそうで怖いが。

 

「まあ良い、準備が終わったなら作業を始めよう」

「そう言えば方法はどうするんだ?前から思ってたけどスライムをこの街にあるパイプに仕込んでそれからそれをどう運用するのかーて」

「そうだな、まあ見てろ」

 

これから起こる事に一応共犯者なので内容を確認すると、耳で聴くよりも目で見た方が早いだろうと行動に移そうとハンスは再び源泉の方へと足を進める。

そして源泉に前に立つと、そのまま腕を茹っている源泉へと腕を突っ込んでいった。

 

「おい都の方を見てみろ」

 

そのえげつない行為に対して若干ドン引きしていると、源泉に腕を突っ込んだ苦痛に表情を歪めながら俺に向かってそう叫んだ。

こんな事で都がどうにかなるかよ、と取り敢えず下の方を眺めると各地に温泉店で騒ぎが起きている雰囲気を感じたので、すかさず千里眼で確認すると温泉街は溢れ出たスライムによってスライム街へと変貌していた。

念の為フォローするが、この都の温泉街は千里眼で見えない様に何かしらの術式でモヤが掛かっており、深夜のアニメの如くうまく中が視認できないのだ。

 

「何だよこれは‼︎とんでもないお祭り騒ぎじゃ無いかよ」

 

あたふたするアクシズ教徒を眺めると、不思議と煮え繰り返った腑がフッと静まり返るのを感じた。これで明日は気持ちよく帰れるだろう。

しかしこのまま終わって良いだろうかと思いリュックに入っていたシュワシュワと二つのグラスを取り出した。

 

「なあオッサン、シュワシュワは飲めるか?気分も言い事だしこれで一杯行かないか?」

「ん?何だそれは…成る程な、普段はそんなもん口にしないが今日くらいは良いだろう」

 

グラスにシュワシュワを注ぎ腕のお湯を払っているハンスに渡す。

源泉に付けたんだから治癒魔法でも掛けようかと言おうかと思ったが、ハンスの腕はそんな事はなかったかの様に綺麗だったので、余計な事は何も言わずにツマミを渡す。

 

「…フン。普段は何も感じなかったが、こう言う時の飲むと格別と言うのは本当だったな」

「だろ」

 

そうして日が落ち切るまで街の騒ぎを眺めながら2人で会話を楽しんでいた。

 

 

「なあ、オッサン俺はもう帰るけど、これからどうすんだ?」

「ああん?何言ってやがる。お楽しみはこれからが本番だろ?」

 

アクシズ教徒達の騒ぎを見る事も大分楽しんだので、そろそろ何とかしないといけないので都に戻り早急にところてんスライム狩りに協力しようかと思いハンスに別れの挨拶がてら今後の動向を確認すると、急にそんな事を言い出した。

一体これ以上何をするのかと思いハンスの様子を確認していると、奴は再び源泉に体を突っ込み今度は緑色の何かを流し始めた。

 

「おい…オッサン…それはいったい何だよ」

 

シュワシュワで気分が良くなっていたが、その光景を見てしまい酔いが一瞬にして覚め、意識が現実に戻されてしまう。

 

「何だよ見て分からねえのかよ…どう見ても毒だろうがよ」

 

何だこいつ酔っ払っているのかよ、と思ったが良い辛い体質だったのだろうかその表情は至って真剣な物で源泉の汚染は広まりつつある。

 

「…なあ都をところてんスライムで溢れ返して奴等いひち泡吹かせるじゃなかったのかよ‼︎」

「ああん?そんな事して何になるってんだ?ところてんスライムはただの陽動でこれが本命ってわけだ。この源泉が汚染されっちまったら流石のあの忌々しいアクシズ教徒もお終いだろうよ‼︎」

 

はーはっはっは‼︎と笑うハンスに対して自分のした行為の重大性に気づく。人は恨みに囚われると善悪の判断が出来なくなるというが言うが、どうやらそれは本当でこうして目の前で取り返しがつかなくなろうとしている。

確かにアクシズ教の信者達に旅行を台無しにされていたが、それでもこの都の温泉を汚染して使用不能にしてしまう程ではなかった筈だ。

しかし、ここまで手を貸してしまった以上俺にそのつもりが無くても俺の責任になってしまうのがこの人間社会の性質だろう。

 

「なあオッサン、さすがにそれはやりすぎじゃないのか?」

「ああ?何怖気ついてんだよ。ここまで来れば俺たちは一蓮托生だろ?安心しろよお前の逃げ道はちゃんと用意して……何のつもりだ坊主」

 

剣を鞘から抜き構える。

ここまでしておいて善行をしようなんて身勝手だが、さすがにこれ以上は見過ごせなかった。ハンスにとってこの街にどれ程の恨みがあったか知らないが、俺は気が済んでしまった以上これから先に付き合うつもりはないのだ。

 

「悪いなオッサン、少し眠って貰うぞ。さすがに都の人間に見つかると俺も捕まるから安心してやられてくれると助かる」

 

構えを解かずにハンスへと躙り寄る。奴の立ち振る舞いからかなりの手練れという事も、あのおぞましい変身スキルを持っているという事も分かっているので、油断すればすぐさま組み伏せられてしまうだろう。

 

「おいおいここまでしておいて仲間割れかよ…勘弁してくれよ。何がそんなに気に喰わないんだ?坊主もこ都の惨劇を見ただろう?折角来たのに入って早々アクシズ教の勧誘から始まり都の商売人もグルで買い物をしようとすれば入信書と石鹸と洗剤。人とぶつかれば入信書と石鹸洗剤・ホテルの宿泊の契約書の下にも入信書と石鹸洗剤・トイレに入れば紙の代わりに入信書と石鹸洗剤・久しぶりに会ったという友人?からも入信書と石鹸線材何もするにも入信書と石鹸洗剤・この町では生きているだけで入信書と‼︎石鹸洗剤‼︎そう‼︎石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤‼︎」

 

もはや後半から石鹸洗剤の呪詛でしか無かったが、それでもハンスの怨みは恐ろしい物だと思い知らされる。確かに事ある毎に入信書とこの都特製の石鹸洗剤、確か食べれるらしいがついてきていたと思う。

しかし、だからと言ってこの都の温泉を全て毒で汚染していい理由にはならない。まあ俺が言える立場には無いのだが。

 

そんな特大ブーメランが帰ってきそうな立場にあるわけだが、それでも超えてはいけないラインはあるのだ。ところてんスライム被害はところてんスライムを排除してしまえば大丈夫だろうし、そこまで被害は無いはずだ。しかし、毒を流してしまい源泉自体が汚染されて仕舞えばこの都の観光資源は失われ毒の蔓延る死の都へと変貌してしまうだろう。

そうなればこの都に居るアクシズ教徒は必然的に他の街へと移住を始めてしまう。もし住みやすいアクセルの街に来て仕舞えば、俺の第二の故郷である街がこの街見たいな地獄へと変貌してしまう。それだけは何としても防がなくてはいけない。

つまり、これはあくまで正義の戦いでその正義は俺にあるのだ。

 

「悪いなオッサン。俺はこの都の住人を外へ放つ事だけはしたく無いんだよ」

 

剣を構え、ちょうど剣に対して腹の部分が当たる様に向きを変えると、そのままハンスへと振りかぶりながら再び飛びかかった。

 



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アルカンレティア10

今回は急いで書いたので少しおかしい所があるかもしれません…


「…ったく」

 

はぁ…とハンスはため息を吐くと、源泉に片方の腕を突っ込んだ体勢のまま残された方の手で振り下ろされた俺の剣を受け止めた。

 

「…嘘だろおい…」

 

正直言って躱されると思っていたが、まさか素手のままでしかも片腕で源泉を汚染している状況下で受け止められるなんて、流石の俺でも予想出来なかっただろう。

一度剣を下げ、体勢を立て直そうとするが、ハンスの握力はゴリラ並みなのか俺の力ではびくともしない。

 

「なあ坊主…俺はお前を少しは評価していたんだぜ」

「そいつは光栄だな…生憎俺のオッサンに対しての評価は最低まで落ち込んじまったよ」

「そいつは残念だったな」

 

互いに嫌味と皮肉の応酬をしながらも、俺は危険を承知で横目で源泉に突っ込まれたハンスの腕を目視する。

本来であればこの様な高温の場所に腕を突っ込もう物なら火傷を患い、それどころでは無いはずなので何かしらの細工があると思っていたが、実際に俺の目に映った光景は俺の予想を遥かに上回りもはや現実その物をを疑う物だった

 

「何なんだよ…その腕は⁉︎」

 

ハンスの腕は、源泉に触れる箇所の手前辺りから、先程の姿写しの際に形取っていたドロドロの固形のスライムの様な歪な形へと変化していた。

数あるスキルを一通りは聞いていると自分自身思っていたが、この様なスキルは聞いたことがない。

 

「あ?何かおかしいかよ…ああ、成る程な。俺の腕を見ちまった様だな」

 

やれやれ残念だ、この世には知らない方が良い事もあるのだよと…とどこかの誰かがいいたそうだったが、ハンスの口振りからして意味はほぼ同じだろう。

 

「ああ、だけどそれがどうしたんだ?もしかして見られたら恥ずかしい物だったのか?」

 

売り言葉に買い言葉、このままでは奴のペースに飲まれると思い、思わず茶化した返事を返す。

力で勝てない以上、俺に残された勝ち筋は戦術のみだ、ならば流れは何としても死守しなければならない。

 

「いや、特にそういう事はないが…そうだな折角だからこう言ってやろうか、これを見られたからには生きては帰さん…とな」

 

ゾクッと背筋に寒気が走る。

ハンスは多分半分ふざけて言っている様だったが、奴から放たれた殺気が半分は本気だと言う事を物語っている。

一体このオッサンは何者なんだろうか?これまで色々と強敵と出会ってきたが、あのとき放たれた殺気はあの魔王幹部のベルディアに近しい物を感じる。

これは可能性の話になるが、ハンスは魔王軍幹部に近しい実力を持っている可能性があるのかもしれない。

 

「はっ‼︎どうだかな…俺の逃げ足を舐めんじゃねえぞ…」

「おもしれぇ事言うじゃねえか、確かに逃げ足だけは一流だったな」

 

そうして、俺とハンスの剣を使った綱引きの様な戦いが始まった。正直言って剣を離せばそのまま逃走スキルで逃げられるのだが、それだと折角買った剣が台無しになってしまうので何としても避けたい所なのだ。

その後、結果的に互いにというかほぼ一方的に俺が引っ張っているだけだが、最終的に膠着状態となってしまい、他所から見れば動きが止まってしまった様な状況なのだが、その状況を変えたのは予想外にもハンスだった。

 

「…興醒めだな」

 

俺が剣を必死に抜こうともがいている様を見て、敵に足る存在では無いと判断したのか掴んだ剣ごと俺を横へと放り投げた。

 

「…何⁉︎嘘だろ‼︎」

 

突然起きた重心の喪失に体勢を崩し、俺は呆気なくハンスの放った方向へと飛ばされ地面を転がる。

これでもこの世界に来てからクリスにシゴかれてそれなりに実力がついて来ていたと思っていたのだが、ハンスの前では意味を為さない様でいとも簡単に蹂躙される。

 

「はぁ…太刀筋は悪くないが他が全然だな、坊主お前あまり喧嘩した事ないだろう」

 

よろめきながら剣を杖代わりに立ち上がると、何かを察した様にハンスはそう言った。確かに、俺はこの世界に来るまで喧嘩どころか言い争いすらした事すら無いが、それはあくまで前の世界の話で、この世界に来てからは少なからずとも命のやり取りを何回かこなしている。対人としてもクリス相手に組み手を日常的に行っている。

 

「どういう事だよ、これでもそれなりのは戦ってきている筈だが」

「そういうんじゃねえよ。そうだな…」

 

ハンスは今尚毒を流しながらも顎に空いている片方の手を当てながら上手い表現がないか考え

 

「こう言えば流石の坊主でも分かるか、お前は相手に対して殺意を持って戦ったことがないだろう」

「…あ?」

「今だってそうだろ?剣の腹で俺を気絶でもさせようとしている、そんな甘温い考えでこの俺様を仕留められるとでも思ったか?」

「何言ってんだオッサン?温泉の浸かりすぎで頭がおかしくでもなったか?」

 

唐突に語り出すハンスに対して、俺の内心はクエッションマークのオンパレードだった。

…いやそれとも時間稼ぎをしようとしているのか?だが、そうであるならこのタイミングで行う必要性を感じない。このまま俺を仕留めてしまった方が効率的に考えて最善だ。

 

「…フン。俺とした事が少し急ぎすぎた見たいだな。単刀直入に言う、俺達の仲間にならないか?」

「悪いけど、どういう意味かさっぱり分からない」

 

唐突に起きた勧誘に頭が混乱する。正直話の流れが急すぎてイマイチ思考が追いつかないのだ。

 

「意味くらいは分かるだろう?お前は気付いてはいない様だが、その…っておい、またかよ。いい加減学んだらどうだ?」

 

殺意がどうとか奴は先程言っていたので、今回はそれを参考にして思いっきり剣で切り掛かったのだが、やはり予想通り俺の剣はハンスによって軽々しく受け止められてしまう。

だが、そんな事は百も承知で、前回の様に完全に剣を掴まれる前に刃を引き抜き後方に下がり、今度は歩幅に緩急をつけながら体幹の軸をずらし相手に次の手を読み辛くした状況を作り出す。

そして付け焼き刃だが、クリスに教わった舞の動きを取り交えながら再びハンスに斬りかかる。

 

「無駄って事が分からないのか?」

 

俺のできる限りの技術を詰め込んだ渾身の一撃を奴は呆気なく防いだ。

だが、それども攻撃の手を止める訳には行かない。クリスに教わった動きの中には防がれた時に対応するものもあり、すぐさまその流れに移行し次の一手へと切り替える。

 

「まだだ‼︎」

 

踏み込んだ足を軸に反対側の足をスライドさせる様に外側に移動させ、その足が地面を捕らえると同時に体を捻らせ奴の腕の下を潜りつつ切り抜ける。

奴はそれを上体を逸らすだけで回避するが、切り抜けた先で片足の膝を深く曲げ体勢をそのまま半回転させ、残った方の足で地面を蹴ると同時に片足の膝を伸ばしその反動を使いながら奴の体を脇から切り上げた。

これ以上は息が持たないので一度体勢を立て直すために後方に下がろうとするが、先程俺が振り上げた剣は奴を切るには至らず、そして奴が再び俺を捕らえるチャンスを与えるきっかけとなってしまう。

 

「クソ‼︎」

「はぁ…ったくしょうがないガキだな」

 

受け止められ、先程は外側に投げられたのだが。今回はそうは行かず、奴は源泉から一時的に手を離しそのまま自由になった手で拳を作ると、そのまま俺の鳩尾へと振り抜いた。

 

「ゴフッ‼︎」

 

鳩尾を殴られた事で横隔膜が一時的に痙攣を起こし、呼吸が一時的に出来なくなってしまい苦しさのあまり地面に転がりながら悶える。

これが殺し合いなら既に死んでいる状態だが、奴にその気は無いのか再び源泉に毒を流す作業を再開する。

苦しさに頭や視界がチカチカしながらも、どうやら先程言っていた殺意を持った戦いというのはこう言った甘い事を言うのだろうか?等と考えてしまっている。

 

「生憎だけど俺はお前達の仲間になる気は無いよ」

 

俺達のとハンスは言っていたので、多分奴は何かしらの集団に属しているのだろう。

同じ目的を持ち、共に同じ苦しみを味わい、悩み、追い追われ、そして目の前にそびえ立った様々な障害を苦労の果てに乗り越え、先程までは互いにその目標を達成した喜びを分かち合っていた。俺たちには強い仲間のようなうまく説明できない友情が芽生えているのだろう。

それは多分ハンスも同じだろう。そうでなければ俺を仲間にしようだなんて考えつく事はまず無いだろう。

もしこの毒沼事件がなければ頷いてしまったかもしれないが、今回はまた別だ。アクシズ教徒という悪魔はこの都から解き放ってはいけないのだ。

 

「そうかよ、それじゃあ仕方がないな」

 

そう言いハンスは肩から下の腕を自身の体から引き離すと、残された腕はまるで自我を持っているかのように接断面から外に新しく丸く膨らんで球体を生成すると、その中にドス黒い何かを生成し始める。

今ままでの流れからして多分毒だろう。奴は体を引き離し、そして残された腕で源泉を毒で侵そうとしているのだ。

まるで自分の意思を持ったような腕を源泉が溜まる池の淵に残し、距離を取っている俺に向かって進んで来る。その間引き離されている腕があった断面の場所からまるで生え変わるようにニュルッと再生した。

一体どのようなスキルを使用したのか見当もつかないが、少なくとも幻術等そういった類のものではない事は奴の姿を見ていて確信できる。

 

このままでは不味いな…と心の中で危険信号が鳴り響く。奴には俺を殺す気が無い事は殺気が無い事から分かるが、それでも俺がハイと言うまで痛めつけるくらいの意思を感じた。

 

くっ…こうなったらやれる範囲でやるしかない。バニルの時程ではないが、支援魔法を重ね掛けしていつも以上の負担を体に掛けながら身体能力を向上させる。

急激に上がった身体能力に対して自身の感覚との乖離を起こしてしまい、何かの球技の練習の際にいきなり重いラケットから軽いラケットに持ち替えたようなあの不安定な感覚に陥る。

 

「悪いけど今回ばかりは覚悟して貰うぜ‼︎」

 

これを使ってしまえば手加減等はとても出来た物ではなく、相手を怪我なく五体満足で気絶させる事はほぼ不可能に近いだろう。

それにこの状態になったからと言って奴を仕留められる保証はなく、状況が変わったそれだけでしかない。

 

「ほう、まだそんな小細工を残して居やがったか」

「こう言うものは最後までとって置くんだよ‼︎」

 

身体強化によりステータスを向上させ、剣を構え直し息を整えると未だに前方に立ってるハンスに再び斬りかかる。

 

「おっと、少しはやるようになったじゃねえか?」

「まだまだ‼︎」

 

能力が上昇した事により流石のハンスでも切先を掴む事はできずに手の甲で俺の剣を弾く。

一体何のスキルを使用しているのか、そして職業は一体何なのか依然として謎だが、それでも攻撃を続けなければそこで終わってしまう。

 

「これで終わりだと思うなよ‼︎」

 

奴の手の甲に弾かれた状態から踏み出し、奴の側方へと回り込むと同時に側腹部に一撃お見舞いするがそれを奴は難なく回避する。

どうやら奴は俺の間合いを完全に把握しているのか、わざとそう見せ付けているのかの如く俺の放つ攻撃を紙一重で奴は躱していく。これは俺のペースを崩すための煽りかどうか迷うが、結局のところ気にしなければ意味はないだろう。だが、それでも焦ったい感覚を押し付けるには十分すぎるが。

 

「ははは、どうした?結局そんなもんか?」

 

攻撃を躱しながら奴は俺を煽るような発言を繰り返す。

悔しいが、側からこの光景を見たら大人にじゃれつく子供のように見えるだろう。だが、であればこそ使える戦法があることにはあるのだ。

しかし、それはあまりに危険な賭けになるだろうし何より体の負担が大きいのであまり使いたくはないが、状況が状況なだけに使うしかないだろう。

ならそれを…

 

「おらっ‼︎何をボサっとしてやがる。折角相手してやってんだから少しは真面目にやれよ」

「しまっ⁉︎」

 

技の流れを考えている間に隙ができてしまったのか、死角から拳が飛んできており、気付いた時には眼前で避ける事ができずに無防備の状態でそれを受けてしまい、勢いそのまま後方へと飛ばされる。

倒れたらそこで終了だよ。とクリスの言葉が頭を過り、咄嗟に足を開きながら上体を屈めて剣を地面に突き刺しながらバランスをとり、そのまま後方へと滑っていく。

 

「しまった、じゃねえだろ?…ったく」

 

悪態をつきながらも止めをさそうとしない奴に若干の疑問を感じながらも構え直す。

 

「おっさん。さっきから思っていたんだけどさ、何で止めを刺さないんだ?」

 

先程から思ってはいたが、奴の攻撃は俺に距離を取らせるものばかりで効率よくダメージを与えるものとは程遠い。殺す気で来いと言っているのに奴自身はまるでその気が無いようだ。

 

「あぁん?何言ってんだお前は?言っただろ、俺はお前に仲間にならないかって言ってるんだよ。だからこうして慣れない手加減をしてやってんだ、俺の言っている意味は分かるか?」

「は?」

 

先程の様な事を言っており、それも心理戦の一つかと思って無視して居たがどうやらそれは本当だったらしい。

 

「何が目的なんだ?現に俺はこうしてお前に弄ばれているんだが?そんな奴を仲間にスカウトする程お前の人材事情は困窮しているのか?」

「あぁ、それか…俺が欲しいのは戦闘員じゃなくて諜報とかそう言った物の類だ。生憎俺らの仲間は皆頭が足りなくてな…」

 

はぁ…とため息を吐気遠い目をしながらそう語る、どうやら仲間関係で色々苦労している事は本当だった様だ。

だが、だからといってはいそうですかと仲間になるわけには行かないのだ。

 

「…そうかよ。残念だったな、俺の方は生憎仲間がいてな…そいつらを裏切るわけにはいかないんだよ」

 

確かに流れ的には奴の仲間になるのは当然かもしれないが、それはそれでこれはこれなのだ。

それに結果としてアクシズ教を世界に広めようとする事は何としても防がないといけない。ここで奴に屈っすれば初の仕事がアクシズ教の本拠地を叩き教徒を世界に放出させてしまうと言うものになってしまう。

それは何としても防がなければいけない事である。

 

「…強情な奴だな。まあ気長に待つとするか、この源泉を完全に汚染するにはそれなりに時間がかかるしな」

「はっその余裕いつまで持つと思うなよ‼︎」

 

再び奴に向かって飛びかかる。今度はただ斬りかかるのでは無く柄の下の方を持ちながら剣身を前に突き出し重心を前に傾ける。俗に言う突きだが、クリスから教わった舞と組み合わせて一つの型に押し込んだ技を使用する。

 

話している合間も変異させた腕により源泉を汚染し続ける奴に向かい、攻撃をする機会を窺う。

恐らくこの攻防戦が最後だろうと体が言っている。多分強化による反動がそろそろ限界を迎えるのだろう。

支援魔法を使用する際、本来は出力を上げたのならそれに耐えられる様に防御力の様な耐久値を上げなくては体に必要以上の負担がかかってしまい、体を強化するだけで身体にダメージを負ってしまう。

そして俺はそれを出力に傾けて使用しているため、通常に比べて少しずつ身体を蝕みながら出力を無理やり上げている状況になるのだ。

まあ、バニルの時は全てを出力に回したので少し動いただけで全身内出血まみれになった訳なのだが。

 

 

身体の活動限界時間を予期しながらも構えを崩さず機会を窺う。途中異変に気付いた都の連中が駆けつけるなど思ったが、麓の方からは依然として騒ぎ声が聞こえている為、助力はほぼないだろう。

我ながらまんまと陽動作戦に多大な貢献をしてしまったなと、自分の行った行動に対して成功とそれにより結果として自分の首を絞めてしまったなと複雑な心境になってしまう。

 

 

そして奴の視線が汚染の進行の確認の為に源泉に向いた瞬間を見計らって足を踏み出す。

突きにおいて必要なのは、その間合いの詰め方にあると誰かが言っていた記憶がある。

縮地だとか縮歩だか忘れたが、人間は前のめりになった際に自然とバランスを取る際に足が前に出る反射があるのだが、俺はそれをワザと利用して突きによる第一歩をそれに当てがう事で動作の初動を一つズラし、奴の反応を遅らせる。

反射を使い初動を誤魔化し、奴との間合いを一瞬にして詰める。

奴の腕は未だに源泉へと繋がっている事から大きな回避はできなくなり、結果奴は体を逸らすだけで避けなくていけなくなる。

袈裟斬りであったなら肩から降ろされる刃の方向へと腕を当てればいいが、突きであるならそうは行かず、先程の様に腕で防いだとしても斬り下ろしと比べて接点が絞られている為に流石の奴でも防ぎきれずにダメージを負うだろう。

 

「おもしろい動きをするな、手品師か何かか?何にせよ、まだまだだな」

 

出だし動き角度全て完璧だった筈だったのだが、それらを全て踏まえた上で躱されてしまう。腕は繋がっている筈と思い奴の腕に一瞥するが、その腕は源泉から既に切り離されており奴の両腕は自由になっていた様だ。

だが、避けられて終わりでは無く、重心移動や足運びを駆使しつつ流れる様に続けながら連撃を放つ。

 

「今回はしぶてぇじゃねぇか‼︎」

「まあな‼︎」

 

奴に剣を弾かれながら返ってくる反撃を紙一重で躱し、次の攻撃の流れに移る。一度でも奴に剣を掴まれたら終わってしまう状況に冷や汗が止まらないが、それでも動き続けなければ活動限界を迎えて動けなくなってしまうだろう。

 

踏み込み奴の首を狙い横なぎをするが、奴はそれを上体を逸らしながら回避し拳を俺に向けて放つ。それを体を半回転させ躱しつつ足を後方に引き突きの構えを取り気持ちばかりの溜めを持って奴の心臓を突くが、放った時には既に奴の姿はなく、何処かと思うと俺の側方に移動しており脇腹目掛けて足が振り上げられる。

後方に逃げたかったが、足の位置からしてそれは不可能だと悟り、すぐさま地面を蹴り上げ上方へと跳躍して躱す。

上方へ跳ぶと回避が出来なくなってしまうが、それを振り下ろしへの攻撃へと転換する事でそれを誤魔化しつつも奴に攻め入るが、それを迎え撃つ形で奴も俺に向かって跳躍しながら追い討ちをかける。

そして上空で互いの攻撃が交差し、互いに背を向けた状態で着地する。

 

「フン、残念だったみたいだな。お前の攻撃は結局俺には届かなかったみたいだな」

 

着地して早々俺に向かって振り返り勝利宣言のつもりだろうか、そう言うとやれやれと両手を肩まで挙げてヒラヒラさせる。

結局上空で交差した際に俺の攻撃は奴に当たる事なく素通りし、逆に奴の攻撃は俺の体の数カ所を一瞬の間に打ち抜いたのだ。

 

「ゴフッ‼︎」

 

全身を殴打され消化器を痛めたのか口からドス黒い血液が漏れ出る。そして体がとうとう限界を迎えたのか意識的に動かせなくなってしまい、片膝座りのような体勢で静止する。

 

「いい加減諦めたらどうだ?お前はどうやっても俺には勝てねぇんだよ」

 

俺が動けない事をいい事にまるで諭す様に語りかけてくる。最早自身の勝利を疑ってはおらずその姿は隙だらけだった。

 

「その油断が命取りだったな‼︎」

「あ?」

 

俺は油断している奴の脳天に向かって突きを放った。

俺の残していた必殺技とも言える技だが、それを使うと最早回復魔法なしでは1日は確実に動けなくなる位に肉体に負担を与えるので、確実に決めきれる場合のみに使用される技になる。

それは初級魔法に分類される電気系統の魔法と物を操る魔法を併せた傀儡の魔法とでも言うのだろう。

人間の肉体は微弱な生体電気で操られている為、電気の魔法を極力抑え選択された自身の筋肉に流し、それを操る魔法で調整しながら動かない体を無理やり動かそうと言う物だ。

動かない体を無理やり動かせる事と他に副産物的にだが、動作の初動がなくなるので武道で言う無拍子に限りなく近づく事が発生する。

 

その無理やりに放たれた一閃突きは奴の額を狙ったのだが、やはり土壇場の付け焼き刃だった為か剣先は額ではなく右目へとズレてしまったが、躱される事無く奴を貫いた。

 

「はは…やっちまった…」

 

俺の持つ剣は見事奴の眼球を貫き、傍目から見れば後頭部から刃が見えている状況にある。そうなってしまえば普通は生きてはいないだろう、この世界に来て冒険者をしていればいつかはこんな時が来ると思っていたが、ついに俺は人1人を手に掛けてしまったと言う事になるのだ。

一生背負う事になる業にどう向き合うか考えながらも残った僅かな力で剣を抜こうとするが、何故かその剣は抜ける事は無く、流石にスキルで足が動かせない位ボロボロだと言っても刺さった剣くらいは抜けるだろう、と思い再び力を入れ直すが一向に解決しない。

意識が跳びそうな疲労感を全身に感じながら考えていると、その原因は予想外の所から判明した。

 

「…油断?これは余裕という奴だ」

「なっ⁉︎」

 

死んだと思っていたハンスの残った片目が突如正気を取り戻しこちらを凝視した後、顔面に剣が突き刺さっているにも関わらず奴は俺の胸倉を掴みそのまま何時もの様に放り投げた。

復活する様子と言い、その光景はまるでホラー映画さながらだった。

 

「はっ、何驚いてやがる。全部お前がやった事だろう」

 

立ち上がろうにも回復魔法を放つ為の魔力もちょうど底をつき、全身に支援魔法の代償と言わんばかりに痛みが走る。

絶体絶命とはこの事だろう。何か方法がないか探るが、まさか戦闘になるなんて思わなかったのでそれと言って準備をしていなかったのが仇になった様だ。

 

「クッ…クソッ‼︎動け‼︎」

 

地面を叩き地団駄の様に足掻くが、それも虚しく何も起きる事はなかった。

 

「はぁ…全く今日は最悪な日だな。剣で顔面貫かれるわ誘いを断られるや…はぁ」

 

動けない俺を見て本当にダメになったなと確信したのか、奴は未だに顔面に剣が突き刺さった状態で俺に向き直る。

 

「どう見ても自業自得だろう?」

「あん?言うじゃねえか?魔力切れで何も出来ねえ癖によぉ」

 

俺を一頻りにコケにした後ある事に気づく。

 

「そう言えば剣が刺さりっぱなしじゃねぇか?どおりで片目が見えない訳だ」

 

正直これに関しては阿呆じゃないかと思ったが、俺が言葉を発す前に奴の顔面が突如として溶け出し俺の剣は行き場を失い地面に落下した。

その光景はまるでどこぞのターミネーター2の敵を彷彿とさせたが、もしかしたらそれよりもたちが悪いかもしれない。

 

「返すぜ。俺に突き刺さって何も無いとは中々にいい剣じゃねぇか」

 

ボトンと地面に落下した剣を拾い上げ、俺の剣に賛辞を送りながら倒れている俺の横にそれを放り投げた。

 

「いい加減諦めたらどうだ?俺は人間が大嫌いだが、それでもその有用性は評価していていてな。ここまでしておいて許してやるなんてそういないぜ?」

「チッ‼︎だからなんだって言うんだよ。悪いけど俺には大切な仲間が居るから無理だな」

 

「…そうかよ」

 

ポツリと奴は言葉を漏らすと、俺のもとに近づくと先ほど放り投げた剣を拾い上げて刃の部分を俺の首に当て、練習なのか挙げては下げてを繰り返し。

 

「それじゃあ仕方ねぇ。俺は仲良くなれると思ったんだがな」

「…そうだな。同じ苦しみを味わった者同士目的が同じだったら仲間になれたかもな」

「は、おもしれぇ事言うじゃねえか」

 

そう、同じアクシズ教徒に対して旅行を台無しにされた物同士、最後の目的が同じであったならばきっと俺達は友となれる筈だったのだ。

 

「あばよ。坊主」

 

振り下ろされるであろう自身の剣に対して特に恐怖は感じず、心中は安らかで俺はただその時を待つ。

 

「大切な仲間が居るなんて随分と嬉しい事を言ってくれますね」

「なんだテメらは⁉︎」

 

俺に剣が振り下ろされる前に何処かで聞いた事があるセリフが聞こえたと思うと、それと同時にどこから何かの閃光が走りハンスを襲う。

ハンスは、それを事前に察知したのか持っていた剣を放り投げると、すぐさま後方へと回避し態勢を立て直した。

 

「カズマさん大丈夫ですか⁉︎」

 

何かと思い首を声の方がした場所へと向けると、そこにはめぐみんを筆頭とした4人組が俺を挟む様にハンスと相対する様な形で立っていた

 

「貴方がこの一件の犯人だったんですね‼︎中々手こずりましたけど観念した方が良いですよ。この天才と言われたアークウィザードが貴方を打ち負かすのです‼︎」

「あなたが私のところてんスライムを盗んだ犯人だったんですね‼︎」

「あの…これってどう言う状況なんでしょうか…私何も説明も受けていないのですけど…」

「ああん?誰だテメェらは⁉︎」

 

めぐみん達がが奴に向けて高らかに責め立てる。セシリーに関しては正直諸悪の根源であるお前が言うなと思ったが、命が助かった以上文句は言えない。

そしてハンスはいきなり4人が集まった事により変化した状況に困惑の表情を呈している。流石に個性派と俺が勝手に言っているのが4人中3人いるのでもう状況は混沌極まりないだろう。

 

「悪い…俺の仲間達だ…」

 

なんか勢いで先程までの雰囲気が台無しになってしまったので、命を消され掛けていたにも関わらずいつもの癖で謝ってしまう。

 

「あんな奴と比べられて断られたのか俺は…」

「悪いって」

 

突如として現れた仲間達によって空気を変えられてしまった為、結果として置いていかれた俺たちは呆然と立ち過ごすのだった。

 

「それで、貴様らは何の用でここまで来たんだ?冷やかしだったら帰ってもらおうか」

「カズマさん‼︎これをどうぞ‼︎」

 

コホンと咳を吐き、場を仕切り直してハンスは目的を確認しようとするが、そんな事はお構いなしとゆんゆんが俺の元に駆け寄りマナタイトを差し出した。

ああ、悪いと。正直言って助かったのでそれを使い魔力を回復させると、即座に自身に治癒魔法を掛けて体を動かせる様にする。

 

「話を聞けや‼︎この小娘共め‼︎…コム…スメ⁉︎」

 

それに対して激怒したハンスが奴らにキレかかるが、何故かウィズと目があった瞬間に勢いは消失し、何かとんでもない物を見てしまったかの様に口をパクパクさせた。

そして周りの皆は空気を読んで静かになり、しばらくの沈黙の末にそれを破ったのはウィズだった。

 

「あー‼︎何処かで見たと思ったらハンスさんじゃ無いですか⁉︎お久しぶりですね、最後にあったのは魔王城でしたっけ?」

「…あーあ」

 

ウィズは久しぶりに昔の仲間にあった様な女子のテンションでハンスの秘密を全て暴露するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「全くお前の仲間のせいで全てが台無しになっちまったよ。どうしてくれんだ?」

「いや、俺に言われても困る」

 

ウィズが暴露した事により、ハンスは魔王軍幹部であり種族はデットリーポイズンスライムである事が判明してしまった。

 

「どうやらカズマに先を越されてしまっていた様ですね」

「ああ、そうだったな。でもなんでここが分かったんだ?」

「そうですね。私は似た様な光景を何度も見てきましたからね。最初のスライム騒動は予行演習で本命は他にあると思っていました、そしてスライム騒動の前に温泉の汚染事件があったとセシリーから報告がありましたので、そのスライム騒動を鎮静可能なまでに収めて一番怪しいここに来たのですよ」

 

ウィズに気を取られ身動きを取れなくなっているハンスを置いておき、彼女らの元へ向かい状況を確認したが、どうやらこの一件の考えの先読みはめぐみんが勝っていた様だ。

 

「ハンスさん‼︎何か私の事避けてはいないですか‼︎久しぶりにあったにしても冷たく無いですか?」

「うるせぇ‼︎いきなりやってきて滅茶苦茶にされれば誰だってキレるわ‼︎」

 

めぐみんと俺で事件の答え合わせをしている間にウィズとハンスは懐かしの思い出話を繰り広げている。

しかし、まさかハンスが魔王軍幹部だったとは…通りで俺の攻撃が全く通じないはずだ。

正直言って普通の人間にあそこまで弄ばれるとは苦痛しかなかったが、相手が魔王軍幹部であったのなら諦めがつく。

 

「チッ‼︎仕方ねぇウィズが相手なら逃げるしかねえか…」

 

どうやら同じ魔王軍幹部でも相性があるみたいでハンスは逃げる事にしたらしい。流石の魔王軍幹部と言えども無理な事もあるらしい。

 

「逃げようとしても無駄ですよ。ここは既に包囲されていますからね、どうやってここまできたのか分かりませんが簡単にこの都から逃げるなんて思わない事ですね」

「そうだ、諦めて罪を償え魔王軍幹部ハンス‼︎」

「あ⁉︎お前寝返りやがったな‼︎」

 

逃げようとする奴に対してやめておく様説得するめぐみん。

刑事物のドラマで言う決め台詞的な物だろうか?

 

「そう言えばオッサンはどうやってここまで来たんだ?」

 

ふと疑問に思った。

俺は潜伏を使えたが、おっさんは確かデットリーポイズンスライムであるのならそう言う類のスキルを持ってはいない筈だ。それに俺が来た時の警備員は通常運行の為強行突破したとも考えられない。

 

「ああそれだったらここの管理者の姿を借りたんだよ。お前も見ただろ?」

「そう言えばそうだったな」

 

確かに最初にハンスの姿を見た時は金髪の姿をした爺さんの姿をしていたなと思い出した。

 

「そう言えば、そのおっさんは今どうしているんだよ?何処かで眠らせているのか?」

 

流石に姿写ししている際に元ネタである人間がそこら辺をうろうろしていたら、せっかくの工作が台無しだろう。であれば何処かで眠らせておくのが定石だろう。

 

「そいつならもう食っちまったよ」

「え?どう言う事だ?」

「だから、食ったって言ってんだよ。当たり前だろう?利用価値の無い人間をわざわざ生かしておく理由もない」

「…」

 

正直言って考えが甘かったかもしれない。

一連の流れから舐めていたとい言えばその通りだが、こいつは魔王軍幹部。ウィズとは違ってなんちゃって幹部では無いのだ。

となれば、人間を狩るのはなんて事のない当然の摂理という事になる。グダグダな流れからその事を失念していたのだ。

 

「悪いなオッサン。ここの連中にはそれなりに恨みがあるから何だかんだ逃がそうかと思っていたけど…」

「そんなこと考えていたんですか⁉︎」

「お前は黙ってろ。…流石に魔王軍幹部なら逃すわけにはいかないな」

 

格好付けながらも自分の起こしてしまった事に責任を取るために再び剣を構える。今度は仲間が4人いるんだ、何とかなるだろう。

 

「ハン‼︎さっきまで手も足も出なかった坊主が随分と大きく出たもんだな‼︎仲間が出てきて強くなったつもりか?」

「ああ、そうだな‼︎おま…」

 

めぐみん達を後ろに下げ、互いに構えをとり第二ラウンドと行こうとするタイミングでハンスの半身が突如氷の魔力の翻弄に巻き込まれ、奴の体は氷の柱に半分埋め込まれた様な外見へと変貌した。

その出力はこの世界に来てまだ短いが、中々に見る事が無いとてつもない物だった。

 

「な…何しやがんだウィズ‼︎俺たちは互いに干渉し合わない筈だろう‼︎」

 

魔法の発生源は後ろのウィズだったみたいで、後方に視線を向けるとその表情はいつもの朗らかな物ではなく、地獄の形相そのものだった。

 

「私、言いましたよね。私が手を出さない条件を…ハンスさん貴方はそれを破りました」

 

どうやらウィズと魔王軍幹部との交わした約束は一般人に手を出さないという物で、ハンスはそれをこの源泉のある場所へと侵入する際に破ってしまったのだ。

 

「チッ‼︎これだからお前とやり合うのは嫌なんだ‼︎」

 

ハンスは半身を凍らされ身動きが取れなくなってしまっており。それに対してウィズは容赦なく氷魔法を繰り出そうとしている。

スライムであり液体状で物理攻撃が効かないハンスであっても、氷魔法は相性が相当に悪いらしく俺の時とは反対に瞬く間に追い詰められるて行く。

逃げようにも帰り道はウィズが氷の壁で塞いでいる為、凍った箇所を砕き肉体を再生させるが結局逃げられず遂に氷壁の隅へと追いやられる。

 

「落ち着け‼︎話せば分かる‼︎なあ‼︎一旦落ち着こうぜ」

 

先程聞いた過去の因縁からウィズは昔は凄腕のアークウィザードで、一度切れたら手がつけられなかったらしく、今回もそうなっている様だった。

そして、ゆんゆんがまるで私の出番ですと言いながらウィズにマナタイトを渡しているので、彼女の魔力は半永久的になりそこは温泉街なのに一面銀世界へと変貌する。

恐ろしきサポート力だが、そのマナタイトの出資の出所は俺の財布だと言う事を忘れないで欲しい。

 

「ハンスさん、覚悟はできましたか?」

 

走って逃げ回るハンスに歩きながら追いかけるウィズ。どこぞのホラー漫画の怪人ばりの構図に唖然とするが、これ以上は流石にハンスが可哀想だった。

 

「待ってくれウィズ、何も殺さなくても良いだろ?魔王軍の情報を吐かせるにも一度捕まえて王都で尋問した方が良いって」

「何を言っているのかわかりませんね…カズマさん危ないので退いて下さい」

「そうですよカズマさん‼︎早くそこを退いて下さい‼︎」

 

ハンスが追い詰められていく間短い間だったが、奴と過ごした復讐の日々を思い出し、気付けばゆんゆんの静止を振り切り、俺はハンスとウィズの前に躍り出てウィズに思い留まる様に説得する。

あれ程命の奪い合いをしていたのに、いざ失うとなれば惜しいと感じてしまう俺がいる事に今更だが気づいた。

 

「坊主…」

「悪いなオッサン」

 

一度殺され掛けたと言うのに俺は一体何をしているのだろうと、自身の行動に疑問を覚えたがそれでも不思議と後悔はなかった。

 

「そうですか…」

 

ポツリと彼女はそう言うと俺に向けて手を向ける。どうやら俺ごとハンスを氷漬けにするらしい。

一度救われた命だったが、どうやらここでまた失う様だ。

しかし、そんな俺を後方から払い除ける様にハンスは振り払った。

 

「なっ‼︎オッサン⁉︎」

「ふん、舐めた事しやがって‼︎俺は魔王軍幹部デットリーポイズンスライムの変異種ハンスだ、こんな小僧に情けを掛けられるほど落ちぶれてはいない‼︎」

 

あれ程肉体を凍らされたと言うのに、どこにそんな力があるのかと思う位に力強く払われ俺は遠くに転がされ、回り込んでいたゆんゆんにキャッチされる。

 

「何しているんですか⁉︎ああなってしまったウィズさんに立ち向かうなんて死にに行く様なものですよ‼︎」

「…悪いな」

 

悪いと思いながら彼女の言葉を受け止める。

そしてハンスの方に目を向けると、奴は人間の体をして居ただけらしく、本来は違う姿だと宣言しながらも擬態を解除し、一体どこにそんな質量があったんだと言わんばかりに膨張した。

 

「これは…」

 

奴の体は全長何メートルとかそんな数字を測るのがバカらしくなる程に大きくなり、その風貌はどこのゲームのラスボスにしても恥ずかしく無いものだった。

急に変わった姿にビックリしたが、だったら最初から使えと思わずにはいられなかった。

 

「これなら流石のお前でも凍らせきれまい‼︎」

「確かにその姿になられると厄介ですね…」

 

ははははっ‼︎と高笑いするハンスに一旦考えるウィズ。流石のウィズでもこのサイズになってしまえば先程の様に凍らせ切るのは難しい様だ。

 

「ゆんゆんさん」

「はい‼︎なんでしょうか?」

 

氷の魔法で周囲を凍らせながらハンスの動きを静止させつつ、彼女はゆんゆんを呼び出す。

それに対してゆんゆんは俺に対してここに居るように伝え、念のためにめぐみんを呼び押さえておく様に言うとその場を離れウィズの元へと向かっていった。

 

「ゆんゆんさんは氷の系統の魔法は使えましたよね?」

「はい、上級魔法なら一通り…」

 

どうやら足りない出力をゆんゆんで補うらしい。

しばらくゆんゆんの話を聞いて実力を確かめた後、外周を凍りつかされもがくハンスに対して呼吸を合わせ二人掛かりで氷の魔法を放つと巨大な体軀を持ったハンスの体躯は下方から包み込まれる様に広がり、それを阻止しようと猛毒を纏ったゲル状の職種が伸びてきたが、それをゆんゆんが尽く凍りつかせては防ぎながらウィズの作業に加勢する。

そしてゆんゆんが加わって早数分、永遠に見えた映画みたいな戦闘劇はウィズ側の勝利に終わり、あれだけ蠢いていたハンスの巨体は遂に沈黙してしまった。

 

その後ウィズは凍り付いたハンスの体が動かない事を確認すると、ゆんゆんに念のために掛けておく様に言っていた氷の魔法を止める様に伝えてこちらに向き直った。 

 

「めぐみんさん、爆裂魔法は使えますか?出来るのであればお願いしたいのですが」

「は、はい‼︎」

 

完全に凍り付いただけではハンスは死滅した事にはならず、大出力の止めが必要らしい。

ウィズに促されめぐみんが俺の元から離れると爆裂魔法の詠唱を始める。

 

「待ってくれ」

 

割って入る様にめぐみんの詠唱を止める。

 

「何ですか?邪魔ならさせませんよ」

 

そんな俺を怪訝な目で見つめる彼女に対して怯まず言葉を続ける。

 

「最後は俺の手でやらせてくれ、それくらいなら良いだろ?」

 

それを聞いた彼女は一瞬考え。

 

「良いでしょうカズマさんがそう仰るなら任せます。私も久しぶりに本気を出して疲れちゃいましたし」

 

俺の言葉を信用してか、先ほどまでの表情の険は消え失せ、いつも通りのウィズへと戻った。

その切り替わり様に今度からウィズを怒らせない様に注意しないといけないな、と心の奥底で1人勝手に誓ったのだった。

 

「悪いな、お前達もそれで良いか?」

「私は別に構いませんが…良いんですか?」

「まあ良いでしょう。何やら訳ありのようでしょうでし、その代わり後で事情を聞かせて下さい」

 

流石に2人も気を使ってくれたのか、呆気なく引き下がってくれた。

 

 

そして俺は空気と化していたセシリーの治療を受け、マナタイトの余りで魔力を回復させつつ氷像と化したハンスの前に立った。

こうなってしまえば流石の魔王軍幹部も形無しだなと思いつつ、掌をその氷像へとかざす。

 

そして俺はハンスの閉じ込められている氷像へとチート能力である黒い炎を放ったのだった。




次回まで暫く休みます


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アルカンレティア11

遅くなりました、年末は忙しくなりますので遅くなるかもしれません。
誤字脱字の校閲ありがとうございますm(_ _)m


掌を奴だった氷柱にに翳し黒炎を放ち、それが燃え移ると先程までの戦いは嘘だったかの様に簡単に燃え広がり、氷漬けにされていたハンスの肉体を最も容易く消し去った。

アルカンレティアに来て2日程しか居なかったが、普段怠惰的に過ごす2日と比べたらとても濃い日々だったと今更ながらに感じつつ、ハンスに対して惜しい仲間を失ったと思い黒い炎が奴の肉体ごと燃え切るまで感傷に浸りながら眺めた。

 

「これで一落着だな…っておい⁉︎」

 

ジーンと心の底から何か込み上げて来た様な気がしたが、そんな事はお構いなしとめぐみんが俺の袖を思いっきり引っ張り自身の顔面の高さまでに引き下げた。

 

「何ですかその黒い炎は⁉︎そんな隠し玉もっていたのでしたら早く言って下さいよ‼︎」

 

そう言えばめぐみんにこの能力を見せるのは初めてだったなと、この世界に来てからの事を思い返す。確かウィズとゆんゆんには見せていたけども説明まではしていなかった事も思い出す。

 

「そうだな…なんて言ったらいいか分かんないけど俺専用必殺技みたいな奴だな」

「そうなんですか‼︎もう一度‼︎もう一度でいいので見せて下さい‼︎」

「嫌だよ疲れるし、それに制御出来ないんだぞ。目的も無しに使えば近くの物を燃え尽きるまで消えないから使った後が大変なんだよ」

「そうなんですよね…一度その黒い炎でぼや騒ぎがありまして、その時は消火作業に大分骨を折りましたよ」

 

このチート能力に関して説明しているとゆんゆんが話に割り込んでくる。俺がこの世界に来て最初に起こした事件の対応に追われた事を根に持っているのだろうか?

 

「何ですかそれ⁉︎全然使えないじゃ無いですか!…ですが本当に困った時にしか使えないと言う点には中々に評価が高いですね」

「お前は何かのソムリエか」

 

ウムウムと頷きながら何かに納得するめぐみん。彼女はいったいどこにたどり着こうとしているのだろうか?

 

「そういえばセシリーは?」

 

一応、黒い炎を見られたからにはそれなりに口止めをしようと思っていたのだが、先程まであった彼女の姿はなくそこには誰もいなかった。

 

「セシリーですか?彼女でしたら既に教会に報告に行きましたよ。…まああれでも一応は重役みたいですし」

「マジか…あいつそれなりに立場が上だったのか」

「いえ、特に根拠はありませんので気になる様でしたら後で聞いて下さい」

「んだよ、嘘かよ」

 

参ったなと思ったが、セシリーの事だから言いふらした所で誰も信じまい。

 

 

ハンスを討伐し気が抜けたのか、先程まであった緊張の糸が切れ体から力が抜けてくる。正直ここまで体が保ってくれるとは思わなかったので、無自覚の内に俺自身のレベルが上がって基礎能力が上昇しているのかも知れない事に気がつく。

 

「…悪いゆんゆん。俺動けないからさ、宿まで運んでくれないか?」

「え?ちょっといきなりどういう事で…重たい⁉︎」

 

男に向かって重たいとは随分と酷い言い草だなと思いながら彼女に体を預けると、言葉とは裏腹にしっかりと俺の体を支えてくれるのであった。

 

「まったく、世話の焼ける人ですね」

「そうですね、面倒なので途中で捨てて置いても大丈夫なのでは?」

「それは流石に酷いよ…」

 

体格差だろうか、片足の靴が地面に擦って後を描いているがその辺はもう仕方がないだろう。

 

 

魔力の使い過ぎによる気だるさに任せゆんゆんにしがみつき、そのまま俺は宿へと向かう。

その後俺はそのままベットへと寝かされ、残った彼女達は小さな祝勝会をあげているのか隣の部屋でどんちゃん騒ぎをしているのがここまで聞こえてくる。

色々あったが、果たしてそのまま宿に向かってもよかったのだろうか?仮にも魔王軍幹部を討伐したのだから事情を聞きに役所の様な場所の役人が来ても良さそうだが。

何にせよ。全てこのまま丸く収まりそうなので俺は何も言わずにこのまま寝ていた方が都合がいいのかもしれないので、このまま目を瞑り深い眠りへと意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

朝になり目が覚める。

外を見ると丁度朝日が登ってきたタイミングだった。昨日寝た時間は意外にも遅くはなかったのでいつもより少し早く目が覚めてしまった様だ。

このホテルのチェックアウトは昼前なので、それまで少し時間が空いてしまう事になる。何時もなら叩き起こす所だが、流石に今日は可哀想なので潜伏スキルで気配を消しながらいつでも帰れるように荷造りを済ませると、貸し出しのタオル等々を持ち出しある場所へと向かう。

 

 

着いたのはこの都で一番高い位置にあると言われる温泉で、そこから見える景色はこの都一番だそうだ。

受付で料金を払うと俺は真っ先に混浴へと向かった。実はこの温泉の隠れ場的な絶景スポットはこの混浴になっているらいい、何でもこの都全体を見渡せる角度がある範囲が少ししか無いらしく、男女で有利不利が出ない様にこうして混浴にして男女共に楽しめる様にしたとの事だそうで、決して俺が混浴に入りたいという訳ではないのだ。

 

そんなこんなで、堂々と混浴へと進出し扉を開けると、やはり朝早いだけあってか俺以外の客は誰も居なかった。

…まあ予想通りと言えばそうなのだが、それでも期待してしまう俺が居ないと言えば嘘になってしまうのもまた事実なのだ。だが、それはそれでこの隠れスポットを独り占めできるので良いのかもしれない、と意気込み俺は体を洗い流す。

そして浴槽に浸かり外側へと体を進める。この温泉は上から見ればかまぼこの断面の様な形をしており、外縁が広がるような形になりちょうどその縁へと移動ししたの様子も楽しめると言う物になる。

他の温泉の女湯は覗けない仕組みになってるので所々の視界がぼやけているが、それでもこの絶景は中々に拝めないだろう。

 

その景色やどこぞのシンガポールのホテル屋上のプールを彷彿とさせたが、あくまで画像でしか見たことが無いのと都会の風景とはまた違った自然の景色に圧巻される。

そんな感動に浸りながら、結局この旅行で得られたのは戦友の喪失とそれによる膨大な経験値と疲労感であった。

あれ?そう言えばこの都に湯治しに来たんじゃなかったんだっけ?と思わずに居られないが、こうして治療効果のある温泉に浸かれているのでまあ良としようじゃないか。

日の位置を確認しながら時間を逆算しつつぼんやりと景色を眺めていると、誰かが入ってきたのか後方で扉が開く音がする。

もしや女性が来たのかと思い内心ワクワクしていたのだが、この時間そしてこのタイミングからしてどうせ男だろう。こう言ったイベントで肩透かしを食らうのは異世界でも共通だろう。

後ろの人物は入って早々体を洗うと、そのまま真っ直ぐこちらに向かって近づいてくる。

タイミングからしてもしかしてところてんスライムを仕組んだ犯人は俺だという事に気づいたことだろうか?

気配を手繰り忍び寄る相手に集中していると、俺の意に反して呆気なく相手が話しかけてきた。

 

「どこに行ったのかと思ったらこんな所に居たんですね」

「は?」

 

その相手の正体は俺の予想を遥かに上回るもので、侵入者はゆんゆんだった。

 

「はぁって何ですか⁉︎私だって温泉くらい入りますよ!」

「いやいやいや…」

 

あまりの急展開に思考が追いつかなくなる。

あれ程までに混浴になるまいと抵抗のような姿勢をしていたゆんゆんが、まさか自分の意思で混浴に入ってそれも俺の隣まで来るなんて事があるだろうか?

一体彼女に何があったのだろうか?もしやこのゆんゆんは偽物で実はバニルだって事はないだろうか?

…いやいや、流石にそれは無いだろう。仮にそうであったのならわざわざ俺にウィズを預けて旅行に行かせるのだろうか?

 

「あー、安心して下さいバスタオルは巻いていますのでこっちを見ても大丈夫ですよ」

「…いや違うだろう。それで俺を追いかけて何か用でもあったのか?」

 

これ以上慌てふためくとなんか負けた気が気がするので、ここは冷静に対処しようと心を落ち着かせてさりげなく尚且つ焦りを勘づかれない様に話を続ける。

 

「それはそれで傷つくんですけど…まあそうですね、用といえばまだカズマさんに事の顛末を話していなかったので温泉に入りながらついでに話そうと思いまして」

「なんだそう言う事かよ。まあでも丁度良かったのかもな、なんだかんだ言ってここに来てから落ち着いて居られる事も無かったしな」

「そうですね…本当にこの都は賑やかでしたからね、方向性があんな感じでなかったら楽しかったのですが…」

「本当だよな、全く何をどう捻くれればあんな感じになるのか、奴らの崇拝する女神様に確認してやりたいよ」

 

もし女神が本当に存在するのであればバチが当たってしまいそうだが、何はともあれ結果的にこの都を救ったのだからこれ位は許して欲しい。

まあでも加護があるくらいなのだから、この世界には崇拝対象である女神は居るのだろう。

しかし、話は変わるがバスタオル一枚の女子を隣に景色を眺めると言うのも何だかこっちまで恥ずかしくなってしまう感は否めない。

何というか目線がどうしても彼女の胸に行ってしまうのだ、普段なら曝け出している格好が悪いのだと本人の前で言いながらガン見してたのだが、今回はこれはこれでなんだか手持ち無沙汰になってしまうと言うか目線に若干困るのだ。

しかもゆんゆんの顔も温泉のせいか若干だが火照っているのか真っ赤になっている。自分から混浴に来ておいて何恥ずかしがっているんだと言いたくなるが、せっかくの機会にそんな野暮な事は言えない。

自身のチキン加減に呆れてしまうが、ここは男の意地で何とか話を盛り上げて切り抜けてしまうのが吉だ。

 

「それで結局どうなったんだ?あの後眠っちまったからどうなったか分からないんだよ」

 

結局の所ハンスを倒した後の顛末を俺は知らないのだ。

 

「そうでしたね。その事を話そうと思っていたんですよ、あの後カズマさんは寝てしまったので色々と気になると思ってたので」

「いやいや、ベットに寝かせたのはゆんゆんだろ?」

「え⁉︎眠いから今日は寝かせてくれって言っていたのはカズマさんじゃ無いですか‼︎」

「あ、そうだったっけ?」

 

適当に意味のない責任をなすりつけようとしたが、彼女はその時の事を覚えていたようだ。

 

「…コホン。では何からお話しましょうか?」

 

咳払いをし何から彼女はまず何から話そうかと話題を選択し始める。

確かに何から話した方が良いかの判断は困る。

特に俺はハンスと手を組んだ以上、その事がバレてしまえばゆんゆんの性格上秘密にする事はできないだろうし、仮に秘密にできたとしても勘のいいめぐみんに感づかれるのは遅くは無いだろう、そうなればこの後で吊し上げられるのは火を見る様に明らかだ。

なので再び人狼ゲームの如く俺は再び自身の状況を隠しながら話を慎重に進めないといけなくなってしまう状況下に再び追い込まれてしまったのだ。

 

「そうだな、いちいち聞くのもあれだから俺が眠ってからの事を順に追って話してくれ」

 

とにかく今はゆんゆんに話してもらう事が先決だろう。下手な質問は藪蛇の可能性があるので注意したい所だ。

 

「そうですね。では順を追ってお話します」

 

コホンと軽く咳払いをして彼女は語り始めた。

 

「カズマさんをベッドに寝かせた後に私たちは軽くですけど祝勝会みたいな物を開きました」

「やっぱりあの騒ぎはパーティーしていたのか、こっちまで声がして来たぞ」

「ははは…それはすいません。でもやろうと言ったのはめぐみんですから…それで話は戻るのですが、その途中に…と言っても時間はもう夜遅くで終了しようかと思っていたのですが、教会に状況報告を済ませたセシリーさんが遅れてやってくる形になりまして」

「結局あいつもやってきたのか、まあでも全ての元凶だからな最後に説明してもらわなきゃな」

「セシリーさん曰くあのハンスと名乗る大男が仕込んだ毒は源泉の完全汚染には至らなかったようで、一部は今も閉鎖していますがじきに解放されるとの事です。それと事件の前に起きたスライム騒動ですけど、それはウィズさんの話によってハンスがデットリーポインズンスライムの力で操作していたという事で話がついた様です」

「そうなのか、結局アイツ1人が全部仕組んだと言う訳になるのか…やっぱり魔王幹部なだけはあってか恐ろしいやつだったな」

 

どうやら教会の奴らは今回の事件に俺と言う共犯が居ることは分かっていなかった様で、さっきまでの緊張感は何だったのかと言うくらいに力が抜ける。

 

「そうですね。それ以上のことは流石に部外者に教えることは出来ないそうで、その後セシリーさんは口を噤んでいたのですが、めぐみんが無理矢理シュワシュワを飲ませたことで続きを聞くことが出来まして…」

 

どうやら話はそれだけではなかった様だ、流石にセシリーの性格上続きは言えませんとか言ったに違いないだろうが、それに対して続きを吐かせるその方法はめぐみんらしいと言えばらしいのだが…。

 

「それで、アイツはその後に何を言ったんだ?」

「それがセシリーさんお酒が回りすぎていた様で、話していた内容がよくわからなかったです…」

「何だよそれ…」

 

はあ…と、ため息を吐く。

さすがめぐみんと思っていたが、やっぱりめぐみんかとガッカリせずにはいられない。と言うか何やってるんだよ。

とにかく俺の正体はバレてはいない様なので、この先も余程のボロを出さなければ分かりはしないだろう。

 

「それで?よく分からなかったって言ってたけど断片的に何を言っていたか分からなかったのか?」

「いえ…特には…ただところてんスライムがどうとか言っていたのは覚えていますけど」

「ところてんスライム?あのハンスの仕業じゃなかったのか?」

「ええ、一応報告ではそうなっているのですけど、多分ですけどセシリーさんはその出所を教会にバレないように何とかしたいようで色々手を回したのかもしれないですね」

「そうだろうな。そこまで罰則があるわけじゃ無いけど見つかったらそれなりに折檻されるからな」

 

1人で仕組んだにしては数が多いですね、とか言われたら面倒だったが、どうやらそんなことは無かったようで。ゆんゆんは昔から思い込みが強いところがあったのでいつか面倒なこ事になるかと思っていたが、今回はそれがいい感じに表に出たようだ。

 

「成る程な、結局全てはアイツが1人で起こした事件だったって訳か。やっぱり魔王軍幹部なだけあって末恐ろしい奴だったよ、まあ今思えばよく生きて帰って温泉に浸かれたもんだと思うよ」

 

石段に背を当て両手を上げて後頭部で組みながら寄りかかりながらそう言った。なんだかんだ言っては手加減されてはいたが結果として俺たちは幹部であるハンスを撃破したのだ。

その後もこの都としては後遺症として幾つかの先頭のお湯も汚染されてしまっており、ゆんゆんの話では今入っている温泉も俺がくる前には汚染されていて入れなかったらしいのだが、こうして現状入浴出来ていられるのだからそれはそれとして良かったのかもしれない。

 

「そうですね…なんだかんだ言ってこのアルカンレティアに来てからゆっくり温泉に浸かれることはありませんでしたね」

「そうだな、本当に色々あったからな。でもこうして最後に楽しめたからあの騒動も時間が経てばいい思い出になるのかもな」

「それは流石にいいとは言えませんけど…」

 

俺がなんかノスタルジックな感じに締めようと思ったのだが彼女は許せなかったらしくキッパリとそれを否定した…やっぱ駄目なのか。

 

「でもこうして最後にいい思い出が出来たので全てが悪かったとは思いません」

 

俺がどう返したらいいか悩んでいた所に彼女の返事が返ってきた。成る程な考えることはやっぱり同じだったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、羞恥心が勝ったのかそれとも逆上せたのか、いそいそと互いに時間をずらして銭湯から宿へと戻った。

最後に湯治を行うという目標は完了したので体の痛みは大分緩和されたのだが、まだハンス戦の疲れは完全には抜けてはいないようだ。

都の大通りを降り、宿に戻るとすでに荷造りを終えていた三人に出迎えられる。

 

「遅いですよ、ゆんゆんといい一体何処で時間を潰していたのですか?」

 

先頭に立っていためぐみんに俺の荷物の入ったバックを押し付けられながら早くする様に急かされる。どうやら俺が長湯している間に彼女が荷物を詰めていてくれたようだ。

念の為にバックに入っていたところてんスライムを、ハンスに合う前に何処かの茂みにバレないように細工をして隠しておいてよかったと、俺の直感に感謝する。

 

「悪いな、チェックアウトは何時だっけ?」

「その時間は後10分程度と言ったところでしょうか?もし間に合いそうも無かったらカズマを置いて先にアクセルに戻ろうかと思いましたよ」

「悪いって。それじゃ後は街の奴らにお土産でも買ってもう帰るか?」

「そうですね。まだ帰りの馬車までの時間もありますし、ついでに街の住民にでも買っていきますか」

「え?めぐみん街の方にお土産を渡すほど仲の良い人いたっけ?」

「うるさいですね、あなたと一緒にしないで下さい。流石にそれくらいの義理をたてる相手ぐらいいます。全く…すぐ気を抜くとそう言い出すんですから、どうやら一度痛い目を見ないと分からないようですね」

「え?ちょっとからかっただけじゃない。それに…って痛い⁉︎」

 

会話の途中でいつものイベントが発生してしまったようだ。

今までなら止めていた所だが、流石の俺も学習し、こう言った場合は何もせずに見守っておくのがいい事を知ったのだ。

 

「それじゃ、先に降りながらお土産見てくるから後で追いかけてこいよ」

「え?ちょっと待ってくださいよ‼︎」

 

めぐみんに捕まりわちゃわちゃにされているゆんゆんを遠目に俺は宿を後にする。チェックアウトは多分彼女らがやってくれるだろう。

決して面倒だから放置するわけではなく、これはあくまで……まあそう言う事なのだ。

 

「あのー私はどうすれば…」

 

そういえばウィズが居るのをすっかり忘れていた。だけども多分大丈夫だろう、根拠はないけど。

三人を置いて行き俺は再びアルカンレティアの街道を降るのだった。

 

 

 

 

 

 

「と、言うわけで帰るけどお前たち来る時より疲れていないか?」

 

事前にアクシズ教のペンダントをぶら下げる事で勧誘を防ぎ、もはやスター会得の無敵時間の如く邪魔なものは無いとばかりに買い物を済ませ、再び彼女らと合流する。

再び姿を見た彼女らは先程とは違い何故か服がはだけて髪もボサボサだった。

あの短い間に一体何があったのだろうか?疑問は尽きないがどうせくだらない事が原因なのは間違い無いだろう。

しかし、だからといって決めつけはよくないと、心の奥底で思っている俺がいる事もまた確かなのだ。

 

「…ウィズ、何があったか聞いていいか?」

 

流石に2人に聞くのは怖いのでこっそりウィズに問いただす。先程まで一緒にいたのなら何が起きたのか詳しく説明してくれるだろう。

 

「私に聞かれても困ります。最初はいつもの様に戯れていたのですけどゆんゆんさんが何かマウント的な発言をしたのでしょうか?会話の内容はよく聞こえなかったので分からなかったのですけど、そこからヒートアップしてしまって…」

「成る程‼︎よく分からん‼︎」

「そんな⁉︎」

 

詳しく知ろうとすると藪蛇な気がしたのでこれ以上は知らぬが仏だろう。

取り敢えず馬車の券に記された場所まで荷物を運ばないといけないので、仕方なしに支援魔法の出力を上げて皆の荷物を持ち上げて踏み出す。

それを後ろから着いてくる3人、完全に荷物持ちな気がするがこれ以上この重たい雰囲気の中で立ち止まるよりかは幾分マシだろう。

 

 

 

 

「…」

 

馬車について早々さっきまでの険悪な雰囲気は一体どこに行ったのか、俺の眼前にはいつもの様にイチャイチャしている2人がいた。

俺の悩みの時間を返せと言わんばかりに力が抜けたが、結局の所特に問題がなくて良かったとの良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

そして馬車が進み、結局疲れていたのかゆんゆんとウィズが眠ってしまい、起きているのはめぐみんと俺の2人だけとなる。

他にも空いている座席はあるのだが、他の人乗られると3人とも見てくれは美人なので何かとトラブルに成りかねないので空席も余分に買っているのだ。

先程の事もあり気まずいので対面にある壁にある小窓から外の景色を眺めていると、意外なことにめぐみんが口を開いた。

 

「…すいませんでした」

「…何の事?正直身に覚えが多すぎて、どれを言っているのか分からないんだけど?」

「はぁ?人が謝っていると言うのにふざけているんですか⁉︎」

 

急にしおらしくなって不気味に感じたのでいつもの調子で茶化したら、今度は本当に怒らせてしまった様だ。

 

「悪い悪い、それで何に謝ってるんだよ。あの取っ組み合いもいつもの事だろう?」

「いえ、その事ではなく事件の事です」

「あれは互いに誰が犯人か早く見つけ出す競争みたいなものだろう?多少のイザコザは醍醐味みたいなもんなんだから気にすんなよ」

「そうですか、まあカズマならそう言うと思いましたけどね。それで気になる事がいくつかあるのですが?2人も寝ていますので聞いてもいいですか?」

「ん?ああ、別に構わないけど?」

 

どうやらところてんスライムの時のことを謝っている様だったけど、それとは別に何か気になる様なことでもあったのだろうか?

もしや俺がハンスと結託していることに気づいてなんていないだろうか?

 

これで何度目だよと突っ込みたくなるが、ハンスと手を組んだ時点で何かしらの形で追及される日が来ることは予測できていたので、仕方ないと言われれば仕方ないのだ。

それにゆんゆんもそうだが、やはり紅魔族な事もあってか彼女らの間の鋭さは油断ならない。

 

「ではお言葉に甘えて…それでカズマは何故あの大男ハンスが今回の事件の犯人だと分かったのですか?」

「何故かってなぁ?そうだな、あえて理由を言うなら直感だな」

 

どうやら今回の事件についての俺の見解を聞きたいだけの様だ。しかし、だからと言って油断してボロを出せばゆんゆんの時と同様に追求は免れないだろう。

 

「直感ですか?確かにカズマは運がいいですからね、今回は偶然見つけた感じですか?根拠的な物はなかったのですか?」

「まあ、そうだな。完全に運といえば嘘にはなるけどな、ゆんゆんと温泉街を周ったときに温泉に毒が盛られたって聞いて単純にパイプを辿ったら最終的にあそこにたどり着いたって訳なんだよ」

 

嘘は言っていない。本来の作戦に温泉の源泉に毒を流すなんて話は元々なかったので、結果的に約束の時間よりも早くあの場所にたどり着いた事になる。

 

「成る程…カズマにしては動きが早すぎると思ったのですけどそう言われてみればそうなりますね」

「だろ?結局は行動力の速さが物を言うんだよ、けどお前たちがスライムを退治に協力しないで俺のところに来たら温泉街はもっとひどい目に遭っていたかもしれないんだろ?」

「そうですね、私は結局あまり役に立ちはしませんでしたが…ですがスライムと言ってもところてんスライムは知識があれば子供でも狩れるくらいですからね」

「まあ、それはそれだ」

「いいんですよ。それにここでだけの話ですが私は正直カズマを疑っていました」

「え?俺を?どうしてだよ」

 

ギクっと背筋に緊張が走る。やはり少し怪しかったのだろうか。

 

「セシリーに出会った所からカズマの様子が少し変でしたので何か企んでいると思っていました、それに私達と別行動しようと提案したのもなんだか臭過ぎましたよ」

「…成る程な、でもしょうがないだろ?あいつはアクシズ教だしな。慣れているめぐみんからしたら仲間かもしれないけど俺からしたら面倒な連中の幹部みたいな物だからな」

「まあそう言われるとあの人たちを擁護はできませんが、それでもいざと言う時は頼りになる人達ですよ」

「まあそれは否定はできないけどな、なんだかんだ言って人数分のペンダントを用意してくれたのと事件の後始末に巻き込まれない様に取り計らってもくれたんだろう?」

 

その辺は感謝しかない。例え源泉の汚染を防いだ英雄だとしてもはいそうですかと帰されるわけではなく、犯人以上のインタビューという名の取り調べ受けて帰る日が数日くらい伸びてしまったのは確かだったのだろう。

それを彼女は上手く話を逸らして俺たちを部外者として除いてくれたのだろう。まあ手柄を横取りされたと言えばそうなんだが。

仮に全ての手柄を手にしたとしても、アクシズ教の勧誘がより酷くなるので辞退していただろうし。

 

「やっぱりなんだかんだ言って気付いていたんですね」

「まあな、そこは気の使えるカズマ様だからな、それで?他に聞きたいことはないか?」

「そうですね…では何故犯人探しの時に私達とは別行動をしたんでしょうか?その理由が結局思いつきませんでした」

「ん?あーそれな。特に意味はないよ。強いて言うならアクシズ教の掌の上で転がされたくなかっただけかな」

「…何だか考えていた私がバカらしくなりましたよ、何か裏があると思ってゆんゆんを押しかけたりしたりしたのですが考えすぎだったみたいですね…」

「まあ、何というかお疲れだったな」

「誰のせいだと思っているんですか⁉︎」

 

何とか全ての事件を解決し、そして俺の都合の悪いことを隠蔽してこの旅行は幕を閉じるのだった。

 



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紅魔の里1

かなり久しぶりに描きかけのところから書きましたので話が少しずれているかもしれません。
環境が変わったので前みたいな頻度では更新できないかもしれません。


アルカンレティアから帰ってきて早々俺は馬車の長旅に疲れたのか寝てしまい、気づけば翌日の朝になっていた。

寝たと言っても帰ってきてから屋敷の掃除や食料の買い出しを済ませて一息ついた所で休憩がてら遅めの昼寝をした所、気づけば次の朝まで寝ていてしまったのである。

かったるいが、仕方なく風呂に入り支度を済ますとラウンジへと足を運んだ。

部屋の中には既に起きていたのかゆんゆんが深刻そうな表情を浮かべながら手紙だろうか便箋に書かれた文字を読んでいた、これを言うと失礼だが彼女に他の友人は居ないって言っていたので多分故郷から来た手紙だろうか?

それにしては何だかぼーとしながら自分の世界に入っている様だけど。

取り敢えずは放っておこうと思い、次はめぐみんがいるであろうソファーに目線を向ける。

 

「っておい、何だその毛玉は?」

 

何かをいじくり回している様に見えたので、何かあるとは思っていたのだが、彼女の持っていたものは一匹の猫の様な生物だった。

猫の様なと言う表現を使ってしまうのはどうかと自分自身思うが、シルエットは明らかに猫だから仕方ないと思う。しかし、猫なのは姿だけで後ろには羽の様な物やその他色々の付属品の様なものが生えており、その入り混じった存在を俺は何と説明したらいいか分からなんだ。

 

「ああ、カズマですか。おはようございます」

「いやいや、おはようございますじゃあないだろ。何だその生物は?どこで拾ってきたんだよ⁉︎」

「これはそうですね…話せば長くなります」

 

ふ…と彼女は何処か遠くに視線を向けたと思うと、今までこの猫に関して何があったのかを語り始めた。

時は遡り、時代は学生の頃まで戻るそうだが、その時に出会い色々あってこうしてめぐみんが飼うことになったらしい。

 

「成る程な…まあ食い扶持が一つ増えた所でそこまで家計が厳しい訳じゃないんだし大丈夫だろ」

「本当ですか?」

「ああ、けど面倒はお前が見ろよ、俺は一切合切面倒を見ないからな、そこはよろしく!」

「はぁ…全くこの男は…まあそんな事を言うだろうとは思っていましたが…それでも許可してもらえたのは感謝しますよ」

 

彼女は呆れ顔で俺にお礼を言うと、腕に抱えていた毛玉を揺らしながら話しかけ始める。

 

「ところでその毛玉の名前は一体何なんだ?」

 

本来なら微笑ましい光景なのだが、問題はそうでは無い事に気づく。

彼女の名前はめぐみん、紅魔族であるがその独特のネーミングセンスにより名付けられたその名前は同じ紅魔族のゆんゆんとは違い彼女自身のお気に入りとなっている。つまりそんな彼女の名付けた毛玉の名前は一体どんな内容になるのだろうか?

謎は尽きない。ペットの様なネームセンスを持つ一族の事だ、もしかしたら動物に関しては俺らとは逆に普通の一般的な名前になる可能性がある。

特に根拠は無いのだが…。

 

「この子の名前ですか?この子の名前はちょむすけです」

「はぁ…」

 

どうやら俺の予想は外れてしまったようで、普通に自分らと同じ様な名前をつけていた様だ。

 

「オーケー予想通りだ」

 

流石の俺もパーティーの大半というか俺以外が紅魔族で埋め尽くされている中で過ごした日々は伊達ではなく、もう彼女らの事で驚く様なことはあまり無くなって来ているのが現状だ。

 

「まったく…失礼な人ですねー」

 

そんな俺の反応が気に食わなかったのか、ちょむすけに話しかける形式で俺を詰り始める。

よく分からない生物であるちょむすけは、どうやらこれからもこの屋敷に住み着くようで…まあ俺が許可したんだが、果たしてもう1人の住人はそれを許してくれるだろうか?

 

そんな事はさて置き。

 

「それで?こいつ何か芸とか出来るのか?お手とか?」

 

テレビ番組で出てくる猫や犬などの特集でよく芸が出来る的な特集を組んでいたことを思い出す。

まあできたところで何になるとかそういった事は無いのだろうが、出来たらできたで面白くはあると思う。

そもそもこの世界に愛玩動物を飼うと言う概念があるかどうかはわからないが、もし違ったのならそれはそれで俺の住んでいた国との文化の違いということで誤魔化そう。

 

「お手ですか?そうですね…言われてみればやってみた事はないですね」

「ないのかよ…まあ出来なくても他に芸があれば役に立つからな…他に何かないのか?」

「ないですね。ちょむすけはちょむすけ以上の何者でもありませんそれ以上でもそれ以下でもね‼︎」

 

ばばばと息よくポーズをするめぐみん。

隙あればカッコつける彼女に対して呆れながらも話を再開させる。

 

「それで結局何も出来ない訳か…」

「カズマは一体動物に何を求めているのですか?カズマだって他の冒険者から比べたら何も出来ないじゃないですか?」

「うるせーわ‼︎結構気にしてるんだから言うんじゃねーよ‼︎というかそもそも一日一回爆裂魔法使ったら何も出来ないお前に言われたくはないわ‼︎」

 

藪蛇とでも言うのだろうか、そもそも動物を馬鹿にした皺寄せだろうか、めぐみんからキラーパンチが飛んできて、それは俺の心に見事に突き刺さった。

非は俺にあるのだが、パーティーのリーダーである俺の威厳に関わってくるのでここは何としても謝るわけには行けないのだ。

 

机に乗り出し反対側に立っているめぐみんの元へ体をスライドさせるとそのまま彼女の頭をゲンコツで挟み込む絞るように捻る。俗に言うグリグリというやつだ。

 

「い、痛いです⁉︎止めてください!私が何したって言うんですか⁉︎」

「わからない様だったら、その減らず口に聞いてみるんだな‼︎」

 

我ながら酷く理不尽なことをしているなと思いながらも手に力を込める。流石に支援魔法は大人気ないし危険なのでほぼ無しにしているが、それでもこめかみに拳を押し付けられると言うのは痛いものなのだ。

 

 

 

 

 

「…それでちょむすけに関しては飼ってと言いますかウチで面倒を見てもいい事でいいんですね」

「いいって言ってるだろう。別に芸が出来ないからって飼育禁止にするなんて一言も言ってないだろう?」

「確かにそうですね、ですがあの流れだとそんな感じがしたのでつい…」

 

一悶着あったが、俺の気が済んだので手を外すと彼女はちょむすけを抱き上げすぐ様俺から距離をとりこちらを伺ってくる。

俺自身猫アレルギーだとかそんな事はない為、別に問題は無くただふざけただけだったのだが、真面目に聞いてきた彼女からしたらそうとられてしまったのだろう。

でも最初にいいっていた様な気がしたのだが…。

 

「まあでも何かできたらいざと言う時に…」

「売りませんよ」

 

キッと俺を睨むめぐみん。

冗談で言ったつもりだったが、彼女はそう受け取らなかったようだ。

 

「ゆんゆんもそれでいいよな?」

「…」

 

念の為聞いてみたが特に返事は返って来る事は無く、ただ沈黙だけが帰ってきた。

不思議に思いゆんゆんが居たであろうテーブルの方を向くと、彼女は先ほどと変わらない体勢で何かを見つめ続けている。もしかして何かに呪われているのだろうか?

よく映画とかで悩み事をしていているヒロインか主人公がいて、周りが放っておけみたいなことを言っていて放置しておいたら手遅れになって解呪するには何処ぞの呪術師を倒せ的な展開になったりするみたいな事があるかもしれない。

そんな事が起きてしまえば面倒な事になってしまうので早急になんとかしなければいけない。

 

「ブレイクスペル‼︎」

 

短絡的で安直な考えかもしれないが、とりあえず解除魔法を掛けてみたがうんともすんとも言わない。

もしかして俺のレベルが低いから聞いていないのかと思ったが、それだったらベルディアの死の宣告のように黒いモヤのようなものが出てきて阻止されるので違うと思う。

 

「急にどうしたのですか?もしかして気でも触れましたか?」

 

そんな俺の行動に疑問を抱いたのか距離をとっていためぐみんが近づいてくる。しかもさりげなく小馬鹿にしてくるあたり先ほどの発言を許してはいないらしい。

 

「そんなんじゃねえよ。ゆんゆんを見てみろ今日姿を見てからずっとあのままなんだよ、もうこれは何かに呪われてああなってるんじゃないかって思ってさ」

「あーあれですか?」

 

ゆんゆんの方向へ指をさし、めぐみんにゆんゆん状況を伝え、不安な様子の俺に対してめぐみんはいつも通りの冷静さでため息をつく。

 

「ゆんゆんは何か重大な選択に迫られるとああして固まってしまうんですよ」

 

どうやら今回の様な事はよくある様で、呪いだとか病気だとかの心配はないらしい。

取り敢えずホット一安心だが、果たして別の意味で大丈夫なのだろうか?取り敢えず聞いてみることにする。

 

「マジか、でもずっとあのままで大丈夫なのか?このまま自分の世界から戻ってこないとかあったりしないか?」

「いえいえ、むしろ邪魔した方が面倒なことになりますよ、前に私の同級生がふざけてちょっかい出した時は……………いえそれ以上は私の口からは言えません」

 

これから思い出話でも始まるかと思ったのに何故かめぐみんは暫くの間沈黙し何が起こったのかに関しての説明を拒否した。

 

「怖えーよ‼︎何が起きるんだよ‼︎」

「とりあえずあの様な状態になってしまったのなら、そっとしておいてあげた方がゆんゆんの為であり私たちの為でもあります」

 

「…まあいいか。でもゆんゆんは何を読んでいるんだ?何かの手紙みたいだけど?もしかして何かの請求書?」

 

よくある何かの請求的なものだろうか?ゆんゆんはしかりしていてもたまにドジな所があるので、もしかしたら何かを破壊してしまってその請求がきてしまったのだろうか?

いや待てよ、何かの問題事ならゆんゆんよりめぐみんの方が可能性としては高くないだろうか?

 

「…なんで私の方を見るのですか?言いたい事があるのなら聞こうじゃないか‼︎」

「いや別に、特に意味は無い」

 

襲いかかるめぐみんを片手で制しながらゆんゆんを見る。

もしめぐみん関係が原因なら、こうして逆上して襲いかかってくる事はないので除外するとして、あの用紙には一体何が書かれているのだろうか?

 

 

気になるのでいっその事潜伏スキルで近づいて中身でも見てやろうかと思い彼女に向き直ると。

 

「中を覗こうとするのは止めておいた方がいいですよ、ゆんゆんの前に置かれている封筒はこう魔族の有名な技師さんが作った封筒でして、他の人に覗かれない為に受け取り主の許可なしに中を見たり封を開けると何かしらの制裁を受ける仕組みになっています」

 

俺のやろうとした事を察したのか、さっきまで暴れていためぐみんの動きがピタッと止まり、ゆんゆんに持っている手紙について説明し始める。

流石は紅魔族。俺の予想を超える恐ろしいものをポンポンと作り出す恐ろしい種族だ。

 

「おいおいマジかよ。うっかり覗いちまうところだったよ」

「人の物を覗こうだなんて邪なことを考えるから危険な目に遭うのです」

 

しかし、そうなるとどうやってあの状態のゆんゆんを元に戻せるのだろうか?

 

「なあ本当にあのままで大丈夫なんだろうな?」

「ええ、別に構わないと思いますよ。お腹がすけば勝手に近くにある物を食べますし、意識は明後日の方へ行ってますので外に出なければ問題ありませんよ」

 

念の為確認するがどうやら今回の件は日常茶飯事のようだ。しかし、勝手に動くとなるともはや夢遊病ではないだろうか?

 

「まあ、面倒だし害がない様ならいいか」

 

その後、猫と遊んでいるめぐみんを尻目に今後どうするか考えていたら何だか面倒になったので、気分を変えに外にでも出ようかと思うのだった。

 

「このまま居ても何もない様だから俺は外に出て暇つぶしてくるわ」

「え?ちょっとカズマー私もたまには連れてってくださいよ‼︎」

 

何に?と思ったが、それを聞く前に既に俺は外に出てしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へーそんな事があったんだ。君も相変わらず巻き込まれ体質だね」

 

クリスはそう言いながら俺が買ってきた名物アルカン饅頭を口にしながらそう言った。

あの後猫の世話をし始めためぐみんを固まっているゆんゆんの隣で眺めていたが、2人とも俺に対して何も反応せず、ゆんゆんにいたっては多分自分の世界に入っているのか心あらずと言った様だったので、2人じゃ危険も多くてクエストが出来ないので、やむなしに外に出てきたのだ。

そして世話になっている人にお土産を渡し回り、丁度最後に現れたのがクリスだった為にこうしてお土産で一杯引っ掛けながら旅行で何が起きたのかを愚痴っている状況になっているのだ。

 

「そうなんだよ…結局最後は何とか満喫できたけど最初の方はかなり厳しくて参っちまったよ」

「へーそうなんだ。それで魔王軍の幹部を何だかんだ無事に討伐したんでしょう?どうだったの?」

 

話した内容は殆ど包み隠さず話したが、やはりハンスに協力した事は伏せている。

秘密と言うのは2人以上に共有して仕舞えば隠していないと同義なのだ。

 

「いや全然。正直言って殆ど手も足も出なかったよ、相手が手加減してくれなかったら今頃女神の元へ逆戻りだったよ」

「えー嘘だーそんなわけないじゃん、私が鍛えてるんだよ?」

 

一体そんな自信はどこから来るのか、そんな事はあり得ないと言った表情で彼女は驚いた。

いやいや、結局のところ冒険者でしかない俺にどこまで期待を抱いているのかよく分からないが、これ以上の期待は最終的にプレッシャーとなって俺を押し潰しかねないのでこの辺りで解除しておかなければならないだろう。

 

「あのな…クリスに色々と教えてもらっているのは正直ありがたいしとても助かっているけど、俺は冒険者だからステータス的に魔王軍幹部はキツイんだよな」

「えーそんな事言わないでよ。君はなんだかんだ言って私の考案したトレーニングについて来れたんだから大丈夫なはずだよ」

 

そんなの謙遜だよ、と彼女は俺にフォローするがそれでも結果として俺が劣っている事に変わりはないのだ。

 

「いやでもな…」

「はぁ…まったく君は手が焼けるな…えぃ‼︎」

 

腕を組みどう話題を変えようと悩んでいると唐突に横から顔面にかけて拳が飛んできた。

 

「ゴフッ‼︎」

 

正直何が起きたのか分からなかったが、ただ一つ言えるのは頬が痛いと言う事だった。

そして俺は側方へと吹き飛ばされ何も反撃できずにただ地面を転がり、受け身も取れなかった事もあり全身に入る痛みに悶える。

 

「うそ…私の弟子弱すぎ…」

 

対するクリスはと言うと、謝るなんて事はせずに口元を押さえて何処ぞの広告バナーの様なポーズと表情を浮かべていた。

いきなり殴って来ておいてその対応は流石に理不尽過ぎはしませんかね?

 

「何すんだよ‼︎痛てーよ⁉︎」

「え…あ、ごめんごめん!てっきり避けるのかと思ってたんだけど」

「いきなり来て避けられるか⁉︎」

 

突拍子もない展開に混乱しないように精神を落ち着かせながらクリスに返答する。

 

「ごめんって、でも避けれると思ったのは本当だよ?」

「それで殴るとかサイコパスかよ」

 

 

 

 

 

 

 

「それで、結局クリスは何がしたかったんだ?」

 

予想外の出来事だったためか全身にダメージが入ってしまったので、回復魔法を掛けて再び彼女の隣に座る。流石に今度は殴られても逃げられるくらいの距離はとったのだが。

 

「そうだね…私的にはそろそろ他のギルドでもやって行けるくらいの実力が付いたと思っていたんだけどね」

「んな訳あるかよ‼︎冒険者舐めんなよ‼︎」

「でもレベルは高いでしょ?」

「…まあそうだな」

 

そういえばハンスの事があった後に冒険者カードを見ていなかったなと思いカードを取り出し、その内容を確認するとそこに書かれていたレベルは想像を超えていた数値となっていた。

そして、クリスに殴られ痛かったので低いと思っていたステータスも冒険者にしては高いものになっている。

 

「やだ、俺のステータス高すぎ‼︎」

「でしょー」

 

まあでも考えてみればベルディア・バニル・ハンスの経験値が入っているので高くなるのは必然だろう。

普通の冒険者であれば拠点を他所に移して報酬の高いクエストをこなすらしいが、大きな屋敷がある以上そこまでして金を稼ぎたいとは思わないのでこのままで大丈夫だろう。

 

「まあ結局は経験だって言ってたぜ、どんなにステータスが高くても攻撃が当たらなければ意味ないってさ」

 

俗に言うミツルギタイプの様なものだろう。どんなにハードであるステータスが高くてもそれを使いこなすソフトが無ければただの宝の持ち腐れなのだ。

 

「そうだねー私なりに色々頑張ったんだけど、まだ足りなかったみたいだね」

「え?おい嘘だろ?」

 

ゴゴゴと漫画の世界だったら背景に効果音が出て来そうな程のオーラ的なものが滲み出てくる。

 

「まったく仕方ないんだから…君だけだよ?ここまで教えてあげるのは…」

「マジか…一応俺病み上がりだぜ?」

「殺すか殺されるかの時に相手が配慮してくれると思う?」

「それは流石に思わないけどさ…」

 

分かればよろしいと、彼女はそういうと食べ終えた饅頭の包み紙を箱にしまうと、そのまま構えをとる。

流れからしていつもの組み手だろう。

しかし、流石にレベルも上がったし前回そろそろ終わりにしようみたいな話が出ていたこともあり、今までのように手加減があるのかどうかは怪しいところだ。

 

「それじゃあ行くよ‼︎」

「おう‼︎」

 

勢い良く叫んだ俺の返事と共に彼女の姿は消える。

おいおい、どう言う事だよと思い、念のために一歩後方に下がり距離を取ろうとするが、その一瞬の合間に彼女の姿が現れる。

 

「なっ⁉︎」

「遅いよ‼︎」

 

気づけば顎に掌底を当てられそのまま後方へと体を持ち上げられ、数秒間の浮遊間の間に鳩尾に肘を叩き込まれそのまま顔面を把持され地面に叩きつけられる。

何かしら返そうと思っていたが、体が言う事を聞かずにそのまま成すがままに蹂躙される。

 

「やっぱりクリスは強…っておい⁉︎」

 

地面に叩きつけられたと思ったが、それで終わりではなかったらしく追撃と言わんばかりに俺の顔面目掛けて踵落としが下される。

 

「喋ってる暇は無いよ。今回はいつもみたいに一本毎に休憩は入れない実戦方式でやって行くから、どっちかが動けなくなるまでやるから覚悟しておいてね」

 

パンパンと拳を叩きながら堂々としながら彼女はそう言うと降ろした踵を俺の頭上から外し再び体勢を立て直す。

このままだと一方的にやられるだけなので、何としてでも反撃をして彼女から一本取らなければいけないのだ。

 

「はは…なんて理不尽なんだよ俺の師匠は…」

 

悪態をつきながらも立ち上がり再び構えをとる。正直にいえばあまりふざけてはいられないのだが、それでも言わずにはいられないのだ。

 

「やれやれって感じだね、それでどうするの?続ける?それとも休む?」

「いや、続けるに決まってるだろ、このままやられっぱなしってのは俺的にも性に合わないからな‼︎」

 

地面を蹴り上げクリスの懐へと潜り込む。

先手からいきなり俺から仕掛けるとほとんどの割合で彼女からの洗礼と言わんばかりのカウンターが飛んでくるので、先に殴りかかるフェイントを仕掛けながら側方へと上体をずらす。

 

「いいフェイントだね…でも視線が思いっきり横を向いてるよ‼︎」

「おわ⁉︎嘘だろ‼︎」

 

俺のフェイントを最初から知っていたかのように彼女は俺の進行方向へと足を出して俺の出足に引っ掛け、その出足払いに見事に引っかかった俺はそのまま回り込むはずだった場所へと転んでしまう。

だが、どうせそんな事になるだろうと思ってはいたので、転倒の際に掛かる運動エネルギーを移動する力に転換してもう一歩踏み出し、回し蹴りを放つ。

 

「お、これはなかなか」

 

自分自身でこれはいい線行ったのでは?と思っていたが、結果はいつも通りのように彼女に受け止められ賞賛の言葉共に自分自身にはまだ余裕があると見せつけられる。

そしてガラ空きになった軸足に足払いをかけに彼女の足が迫る。

 

このまま行けばいつもの様に彼女のペースに乗せられるだけだが、こう何度も同じような流れでボコボコにされ続けえていれば大凡のことは予想ができる。

俺は負け癖がついてきそうな戦いを繰り返すごとに、このタイミングでこれをされたらまずいなと言う思考を働かせるようになる習慣がつくようになっている。

 

「おら‼︎これでも食いやがれ‼︎」

 

彼女に片足を抑えられた状況で、軸足となっているもう片方の脚を一瞬の瞬間に彼女の顔面に向かって蹴り上げる。

重心の要である頭部が一気に落下する様な浮遊間に襲われながらも、俺は抑えられた足で彼女の顔面を挟み込むように狙いを定めた足は見事に彼女に的中した感触を得た。

 

そう俺は真の男女平等を願うもの、たとえ女性だろうがその顔面に蹴りを入れることは雑作もないのだ。

 

…まあ、そんなことはさて置き。

目まぐるしく変わっていく俺の視界が安定して光景を写した時の状況としては、俺の両脚は彼女の顔面を蹴り、初手で止められた回し蹴りを放った足で挟みこむ様に止まり、俺は彼女の顔面を両足で挟み込み両内腿の力と腹筋で体勢を固定している。

簡単に言えば彼女の顔面を両足で挟みどこぞの軍隊式の腹筋でその状態を保持していると言う事になっている。

 

 

「へーなかなか面白いことを考えるんだね、危険より安全を取る選択をする君なら捨て身で攻撃しないと思っていたけど、これはびっくりしたね」

「おいおい…嘘だろ?」

 

彼女を確認すると、なんと片手ずつで俺の蹴りを防いでおり、今尚も足首を掴んで俺の足が動かないように握りしめていた。

急いで外そうとするが、何かのスキルなのか力を入れてもびくともしない。

 

「あれ?これで終わりかな?だったら次は私の番だね」

 

はははと笑いながら身動きも取れずに中に浮かんでいる俺の足を持ち上げ揃えると、一呼吸の内に掴み直す。

 

「そーれ‼︎」

 

そして可愛い掛け声とは裏腹に、彼女は俺が地面に触れる前に自身の体を捻り、まるでホームランを打つかの如くスイングで俺の体を近くの木の生えている場所まで投げ飛ばした。

 

「マジか⁉︎」

 

彼女に投げ飛ばされ、風を切る様な音ともに視界が溶けた水彩画の様にぼやけ自身の状態が把握出来なくなり、気づけばそのまま木に激突していた。

これが漫画であればそのまま木を蹴り返して再び彼女の元へと舞い戻るのだが、現実はそうは行かずにただ痛みに悶える。

 

「痛って‼︎少しは加減してくれ‼︎」

 

激痛をすぐさま治癒魔法で回復させ前を向く。本来ならクリスが笑ってるところだが、俺の視界に映ったのはクリスの拳だった。

 

「危な⁉︎」

 

寸での所で彼女の攻撃を躱し横に飛び抜ける。

俺が躱した事により俺に当たるはずだった拳はそのまま俺にぶつかった木に当たり、炸裂音と共に木に裂け目を作り出すと切れに縦に割れ、何処ぞの髪型を彷彿とさせるような形に倒れた。

 

「今のは危なかったね、避けなかったら暫く教会で入院だったね」

 

避けて硬直している俺を見て満足したのかいつものようにニッコリしながら彼女はそう言った。

先程一本取られ掛かったのが余程悔しかったのか、俺に恐怖を刻み込めて満足げに拳についた木粉を払う。

 

「全く恐ろしいサイコパスな師匠だぜ…」

「そんな事言わないでよ、私も今のはやり過ぎたなって思ったんだから」

 

はははととても俺からは笑えない冗談を言いながら再びおれは彼女に向き直る。

 

「悪いけど、今日は一本取れるまで付き合って貰うからな‼︎」

「望む所だよ‼︎」

 

こうして俺の修行は苛烈を極めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ったぞー」

 

ガチャリとボロボロになった体を引きずりながら屋敷へと戻る。

あの後木刀だなんだ色々んな種類の武器を使って組み手をする羽目になり、正直魔力も体力も限界に達しているのでふざけた応酬でめぐみんに襲われればひとたまりも無いだろう。

 

「戻りましたか」

 

ドアを開けると、一日一爆裂に連れていなかなかった事に不満を募らされていたのか、むすっとしていためぐみんがちょむすけと戯れながら俺を出迎える。

まあ、そこら辺は予想通りなんだが、と視線を横にスライドさせていく。

そう問題はめぐみんではなくゆんゆんだったのだ。

 

「あー駄目だったか」

 

恐る恐る視線を机に向けると、ゆんゆんは朝と同じ体勢で固まっていた。

もはや呪いだろうこれは。

 

「……ゆんゆんでしたら相変わらずですよ」

「うそーん」

 

まあ、そんな事だろうとは思っていたので特に問題はないのだが、問題はまた誰かが厄介ごとを持ち込んだ時に最終手段であるゆんゆんが居ないとパーティーの最大火力である彼女を封じられた状況での行動になってしまうので、それだけは避けておきたい所なのだが…。

 

「取り敢えず夕食にしませんか?既に準備は済んでいますので」

「お、おう。そうだな早く食べようぜ、俺もう腹減っちまってさ」

 

取り敢えずは先送りの見て見ぬ振りで行くとして、何かがあったらその時に考えよう。

 

 

 

 

 

その後俺達は食事を済ませたが、結局ゆんゆんは食事に手を付けず、またそれをめぐみんは咎めずウィズの店で買ったラップのような保存力を高める道具で保存して彼女の隣に置いて置いた。

…まあめぐみんは勝手に食べるって言ってたしな。

 

風呂に入ったが、特に屋敷の先人からのコンタクト的なポルターガイストは無いので、多分ちょむすけの件は許されたのだろう。

何かあって怪我でもすればめぐみんが手段を選ばないで除霊しそうなので、これで良かったと内心ほっとする。

 

布団に入り、明日何をしようか考える。

デストロイヤーやアルカンレティアの一件のゴタゴタで忙しかった事も相まってか、こうして暇な時間を与えられると逆に何をやればいいのか分からなくなる。

でも何かやると言っても結局寝てるだけだし大丈夫だろう。

 

そんなこんなでうつうつしていると突然身体の上に何かが伸し掛かる様な感覚に襲われる。

まさか、屋敷の幽霊がちょむすけの報復にやってきたのだろうか?大体風呂の時間にコンタクトを取ってくるので風呂が大丈夫ならOK的な感じだと思っていたが、今回は違ったようだ。

取り敢えず目を開け伸し掛かってきた正体を確かめ様と思う。もしかしたら屋敷荒しかもしれないので抵抗はしないが顔だけでも覚え無くては…。

 

「え…」

 

そう思い目を開くと、俺の眼前には二つの赤い光が浮かんでいた。

その光景を俺は前に見ていたことを思い出す。

…それは、そうあのベルディアの決戦の前の晩だった様な気がする、その時は確かめぐみんが…

 

ってまためぐみんか?

もしかして幽霊にちょむすけをやられたので俺に退治でも頼みにきたのだろうか?だとしたらどうした物だろうか。取り敢えずウィズに相談してなんとかしもらうしかないだろう。

 

「おい、め…」

 

めぐみん何やってんだよ、重いから降りろよ。っと言おうと思った矢先にいつもの癖で千里眼を使ってしまいその正体に気づいてしまう。

その正体はめぐみんではなく…ゆんゆんだった。

 

「えへへ…起きちゃいましたか?」

 

ぱっちり目があってしまい互いに気まずくなると、暫しの沈黙の後なんとゆんゆんから話しかけられる。

しかもどこか恥ずかしそうにそして何か不安な気持ちも感じられる。

 

「どうした?食事だったらちゃんとおいておいただろ?」

「違います…私…」

 

スーハーと結構長い時間深呼吸をして彼女はようやく口を開いた。

 

「私…カズマさんの子供が欲しいですっ‼︎」

 

彼女の発言に俺の時間は静止した。

 



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紅魔の里2

誤字訂正ありがとうございます。
次回からまた間隔が空くかもしれません。


「何…だと⁉︎」

 

意識が既に微睡んでいた事もあり状況が未だに飲み込めていない。

無理もないと言うか、無理しかない現状に混乱するが、それでもこのままだとお互いに話が進まないので何としても話を繋げて場を持たせないと行けないし、今後俺たちの関係にどう影響するかも未知数だ。

 

「悪いんだけどもう一回言ってくれないか?寝起きだから聞き間違えたかもしれないんだけど」

「か、カズマさんの子供が欲しいって言いました!」

 

確認してみたが、どうやら聞き間違えた訳ではないようだ。

 

…やべぇ…どうしようか…

内心こうして冷静を装っているが、心臓の鼓動が魔王軍幹部と相対した時に比べても比べ物にならないくらいに頻拍しているようで、本来聴こえないはずなのに拍動が聞こえる様な幻聴まで聞こえてくる。

俺も十数年生きて来たが、その間に女性経験は無かったのでこう言う場合にどうしたらいいのかよく分からないし、下手に知ったかぶれば後々馬鹿にされかねないし彼女の信用を失うことになる。

まずは状況を整理しよう、今俺はベッド上で仰向けで寝ている状態の上に布団が乗っていて、そしてその上にゆんゆんが四つん這いで乗かっている状態にある。

そして緊張しているのか興奮しているのか、暗くても分かるくらいに呼吸が乱れ、眼が今までに見たこともない程に赤く光っている。

 

「…本気で言っているのか?」

 

念の為に確認する。もしかしたら何か事情があってこうしている可能性があるかもしれない…いや、何の事情があってこの状況になるのかさっぱり分からない。

もし脅されているのであれば俺の所に相談しに来ても夜這いに来ることはないだろう。

ドラマとかなら政略結婚とかありそうだが、生憎ゆんゆんは貴族の出身ではなく一応は村娘の筈…いや待てよ、確か自己紹介の時に紅魔族の長の娘とか言っていたな…もしかしてあの手紙は縁談の手紙だったのだろうか?

だとしたら、どこかの権力者の子息との強制的なお見合いからの結婚となるだろう。特に気の弱くて優しいゆんゆんの事だ、実際に目の前で本人と相対してその相手が強く出ればその要求を無下にはできない筈。

聡い彼女のことだそんな自分の性格を誰よりも理解しているのだろう、こうして俺の元にきて既成事実を作り回避しようって事なのだろう。

 

頭の中でピースが噛み合ってくる。

間違っている気がするが、それを否定できるほど今の俺には余裕がないのだ。

 

「…本気です、でなければわざわざここまで来ません」

 

俺が考えている時間を待っていたかのようなタイミングで生唾を飲み込むような音共に彼女はそう答えた。

 

「あれだろ、あの手紙は里の実家から来たんだろ?」

「ええ、確かにそうですけど…見たんですか?紅魔の里の手紙は本人以外の方が読むと制裁を受けるような仕組みになっていますけど…」

 

相変わらず恐ろしい里だな…

 

「いや、見ていなけどさ、ゆんゆんの状況を見れば大体わかってくる」

「そうなんですね…で…それで…あの…カズマさんの答えを貰ってもいいでしょうか?」

 

オドオドとしながら彼女が返答を求めてくる。

ここまでしておいて答えをはぐらかされて終わるなんて彼女からしたらたまったものじゃないだろう。

少しずつ進めてきた彼女との付かず離れずの関係をいきなり何段飛ばしに進めてもいいのかと、焦燥に似たような感覚に囚われる。

人間関係とは歯車の様なもので早すぎても遅すぎても上手くはいかないと誰かが言っていたことを思い出す。

 

しかし、このまま燻り答えを先延ばしてしまえば、いずれゆんゆんは俺から離れてしまいどこか遠くの手の届かない所に言ってしまうだろう。

 

「俺は別に構わないけどさ、それでゆんゆんはいいのか?自分の関係のない不本意なタイミングで俺と関係を持ってそれで後悔はないのか?」

 

臆病な俺が話す最後の警告というか確認。

結局の所俺はゆんゆんに関しては臆病者なのだ。

これは男女差別になってしまうが、女の子の方から迫って来て配偶者がいないのにそれを断るというのはその子を傷付ける事に他ならない。

つまり俺は彼女の答えに1人では答えられない程のチキンと言う訳だ。

 

「私は…カズマさんなら良いと思っています」

 

彼女は真っ直ぐに俺の目を見てそう言った。

その表情からは一切の迷いは無く、本当にあのゆんゆんかと俺自身疑うほどだった。

 

「私はカズマさんと出会うまで色々な人達と出会って来ました、どの方も皆良い人で私がパーティーに混ぜて欲しいと言えば皆二つ返事で私を迎かい入れてくれました。最初はみんなアークウィザードである私を珍しがったりしたりして歓迎してくれるのですが、クエストの最後の方では…これは無意識かもしれませんが、どの方も最後には私を仲間とは認めずに何処か距離を置いて私と接していました…」

 

まるで自分の意思を表明するかの様に彼女は語り出した。

その内容は彼女自身の普段から感じていた周りの自分に対する扱い事だ。

アークウィザードである彼女は初心者が集まる街であるアクセルにおいてはかなり珍しい部類に入るだろう、これは受付のお姉さんから聞いた話では才能ある上級職の人、特にサポートに着くアークウィザードやプリーストはパーティーのリーダになる事は無く、そして周りの職業が下級なり低いと、自身のレベルが上がり周りと合わなくなると今いるパーティーを抜け他の街のレベルの高い冒険者とパーティーを組んで更にレベルを上げると聞く。

必ずしもそうなる訳ではないが、俺も何名かそう言った事例を見ているので完全には否定できない。

 

なので、必然的にアークウィザードであるゆんゆんは、この街の冒険者からすればいずれ居なくなる上級職という事になるのだ。

程よく言えば、ソシャゲで言うフレンドのお助けキャラといった方がいいだろうか?強力なキャラで攻略する上で必須になるが、結局は自分では無く他人、つまりパーティーの戦力の外の力という事になる。

1人でクエストをこなしてしまう彼女は、仲間になれば強力な助っ人となるがその力は麻薬の様なもので、一緒にいれば居るほどパーティーの運用は彼女無しでは立ち行かなくなってしまい、最終的には頼りになる仲間ではなく、あてになる仲間という扱いになり、もはや対等では無くなってしまうわけだ。

初心者とは言え、まともなパーティーのリーダであれば彼女の力というインフレに対して事前に気づくか、もしくは途中で気づき彼女を遠ざけるだろう。力の差というのは大きくても小さくてもその物たちに溝を生むのである。

それに彼女の極端な内気の性格も自身の孤立化を助長しているのもあるのだろう。

俺自身、彼女の力に頼りきりにならないように努力をしているつもりであるが、それでも彼女の力に頼りきっている現状に危機感を抱いていないわけではない。

 

しかし、だからといってそれが彼女を遠ざける理由ではないし、幸いにも他のパーティーメンバーと言えば爆裂一強だが同じアークウィザードなのでインフレやバランスなどの問題は特に無かったのかもしれない。

 

「その後に1人でクエストをこなしていると1人で貸し出し用の武器でジャイアントトードのクエストを受けた人がいるという話を受付のルナさんに聞きました。普通はレベル1の冒険者が受ける初めてクエストは誰かがサポートに付くのが慣わしらしいですけど何故かその人は誰も付けずに街の外に向かって私が着く頃には心配した通りにジャイアントトードに襲われかけていました」

 

それは多分俺だろう。

あの時のお姉さんはなんか素っ気ないと思っていたけど、まさかこんな事情があった事は初めて知った。多分俺が来た時からゆんゆんの相手を押し付けるために俺を1人でクエストに向かわせて仕組んだのだろうか?

 

「いつもの様にその方を助けるとその人は今まで出会った方とは何処か違うようなそんな雰囲気を感じました。何処か変な人だなと思いましたが、その人は私の事を本当の仲間の様に…友達の様に接してくれました…カズマさんと出会ってからそこまで時間は経っては居ませんが…それでもこんな私と今まで過ごしてくれたのはカズマさんだけだったんです…」

 

最後の方は感極まって泣いてしまったのか嗚咽等々で聞き取れなかったが、ゆんゆんがそこまで俺のことを思っていてくれていたのかと思うと、先程まで自分が考えていた事が失礼だった事を思い知らされる。

ここまで好意を剥き出しにぶつけられて何もしないというのは流石に彼女に失礼というものだ。据え膳食わぬはなんとやらとよくいうだろう。

赤い光から零れ落ちている涙を指で掬いながら未だに俺の上にいる彼女を抱き寄せる。

 

「疑ってごめんな…」

 

自分が臆病なばかりで嫌な事まで思い出させてしまった事に反省しつつ彼女が泣き止むまで背中を撫でながら待つ事にする。

何というかまさか俺が女の子を泣かせる時が来るとはなとぼんやりと考えながら待っていると、彼女の嗚咽は収まりそして心地よい寝息が聞こえてきた。

何かと思い横を向けば何処か安心したような表情で彼女は眠っていた。

 

「…」

 

え?マジか、ここまで来て…

 

「マジかよ⁉︎」

 

半ば上からのしかかられる体勢で体を固定させられた状態でゆんゆんに眠られてしまったので身動きが取れず、彼女を起こそうとすれば行為に及びたいが為にわざわざ起こす変態野郎になってしまうので憚られる。

結局の所、俺はお預けを食らってしまったという事になる。

 

「はぁ…」

 

ここまで期待しておいてこれは無いだろうと思いながらも、一線を越えなかったという結末に安心感というか残念と言うか何とも言えないモヤモヤした感情に包まれる。

まあ、明日になったら色々と聞いてどうするかはまたその後にでも考えれば良いだろう。

 

結局の所俺たちの関係に進展はなかったが、ゆんゆんが俺の事をどう思っているか分かっただけでもよかったのだろう。

今はそう自分に言い聞かせてこの感情を落ち着かせる。そう、もしかしたらこれが最優の選択だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、何やかんや朝までぐっすり寝ていた俺たちは目覚めてそうそう気まずくなり、俺はそれに耐えきれずに話しかけると、彼女は顔を真っ赤にしながら

「へ、返事はまた後で聞かせてください‼︎」

と言ってそそくさと自分の部屋に帰ってしまった。

 

昨晩は緊張のしっぱなしだったが、過ぎ去ればあの時の緊張やドキドキは嘘のように無くなりいつものような平静さが戻ってくる。

 

 

その後着替えを済ませて荷物の整理等々して朝食を食べるのを忘れていたなと思い出しラウンジに降りていき扉を開けると、そこには正座させられているゆんゆんと椅子に座り何か審判を下していそうな雰囲気のめぐみんがいた。

 

「それで?手紙には何が書いてあったのですか?昨日あの様な状態だったので心配して見にくれば部屋にいなかったでは無いですか?それも含めて説明お願いします‼︎」

 

取り敢えず潜伏スキルを使いながら気配を消して、彼女らに気づかれないようにこっそり近づきながら食事の準備をする。

話の内容からしてどうやら昨日のことを責められてるようだ。

まあ、なんだかんだ言って優しいところのあるめぐみんの事だ、放っておけば良いですよなんて言ってはいたが、なんだかんだ心配になって夜中に様子を見にきたのだろう。

そして、姿の見えないゆんゆんに心配になって彼女を探しに外まででたのだろうか?彼女の目元にはクマが出来ていた。

もし潜伏スキルを使用していなかったら危うく俺まで巻き込まれるところだった。

 

「それはね…深い事情があってね…」

 

めぐみんの追求に対して答えがしどろもどろになり彼女の求める答えをうまく説明できていない。

それもその筈で何せ当の本人は親友が自分が探し回っている間、俺の部屋に夜這いを仕掛けていたなんて口が裂けても言えないだろう。

 

…そういえば、関係ないかもしれないけどベルディア戦の夜にめぐみんも夜這いにかけてきたなと思い出す。

なんだかんだ言って2人は仲良し親友なのでもしかしたら男を手篭めにする方法も同じなのかもしれないし紅魔族全体にも言えることかもしれない。

まあ違うとは思うけど、その晩の時はゆんゆんが探し回ってたなと思い出す。

 

結局の所お互い様だろう。

…まあ俺が言えたことでは無いのだが。

 

 

「深い事情ですか?ほうほう聞かせて貰おうじゃないですか、昨日この屋敷に居なかった理由を」

「ま、まずこの手紙を見て‼︎」

 

めぐみんの追求を流れるのに限界を感じ切羽詰まったゆんゆんは里から送られてきたであろう手紙をめぐみんに渡す。

本人からの許可を得た事によりカウンターが無くなり、どこにでもあるただの封筒となったそれからめぐみんは二枚の便箋を取り出すと声に出して読み始めた。

 

「えーなになに…この手紙を読んでいる頃には私は居ないだろう…」

 

めぐみんが読み始めた手紙の内容を聞くとどうやら里の近くに魔王軍の基地ができた様で、その基地に対して手を焼いている様で里は危機に迫られているようだ。

そして内容は綺麗に纏まった所で手紙は二枚目へと移る。

内容はいきなり御伽噺調に変わり何かの物語を聞かせていられている様だったが、その内容は里の皆が居なくなり最後に残ったゆんゆんが旅先で出会ったヒモ男と子を成して十数年後にその子供が魔王を討伐すると言うものを紅魔の里の有名な占い師が占ったと言うものだった。

 

何というメチャクチャな内容だろうか。

俺はもっと里特有の政治的で人間関係的なしがらみから来ているのかと思っていたが、開いてみれば存外ファンタジー的な内容だった。

 

「成る程ですね…それで昨日はずっと悩んでいたと言うわけですか、実にゆんゆんの父親らしい内容ですが…ん?と言うことは昨日はカズマの部屋にいたと言う事ですか⁉︎」

 

何故ヒモ男から俺にたどり着いたのかは謎だが、多分めぐみんから見た消去法で見た結果男が俺だけだったのかもしれない…そうだよな?

 

「え、い…いやそんな…そんな事ないわよ?」

「へーそうでしょうか?」

 

しらを切るゆんゆんに対して疑いの目で見つめるめぐみん、彼女を探して街中を駆け回ったのであれば、話をはぐらかすだけのゆんゆんなど信用はできないのだろう。

 

「紅魔族は昔から嘘をつくと目が青くなる特性があると言いますがゆんゆんは特に濃くでますからね」

「うそ‼︎本当に⁉︎」

 

多分めぐみんがカマをかけたのだろうと思い、明らかにわざとらしいだろうと思っていたが、ゆんゆんはそれに見事に引っかかってしまう。

 

「はぁ…やはりカズマの所にいましたか…それでどこまで行ったんですか?」

「どこまでって…あの後結局寝ちゃって…」

 

まるで修学旅行の女子トークの如く期待込めたトーンで聞いてくるめぐみんに対して逆に申し訳なさそうに俯きながら彼女は答える。

結局盛り上げるだけ盛り上げて本命に関しては何もしていなかったのだ。

 

「はぁ…夜這いまでかけておいて何もしなかったてどう言う事なんでしょうか…ねえカズマ、どうせそこに居るんのでしょう?」

 

テーブルに備え付けられた椅子に座りながら食事に手をつけながら2人の会話を聞いていると、いきなりめぐみんの目線が俺の方に向いた。

 

「うぉっ⁉︎マジか‼︎」

 

突然の事にびっくりして素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

「はぁ…潜伏を使って隠れるのでしたらせめて家具を動かさない方がいいですよ。最初は何かと思いましたがカズマが潜伏を使っていると気づいたらそれ以外考えつきませんよ」

 

どうやら朝食を食べる準備をしていたのでそれでバレたようだ。確かに触れたものの気配をも巻き込むとあるが、道具の位置が変わればめぐみんみたいな記憶がいいタイプには違和感を覚えさせてしまうのだろう。

今度から気をつけよう…

 

「え?カズマさんいたんですか⁉︎」

「…まあな」

 

潜伏を解き突然現れた俺にゆんゆんはビックリするが、やはり昨日のことを引きずっているためか少し対応がぎこちなくなっている。

 

「その様子を見ると本当に何もしていない様ですね…はぁ…まあらしいと言えばらしいのですが…」

 

めぐみんは何処か残念なような安堵したような複雑な表情を浮かべながら溜息を吐く。

 

「それで話を戻しますけど、ゆんゆん、あなたは色々と勘違いしている様なので確認しますけどこの手紙をよく読みましたか?」

「え?どう言う意味よ?他に何か仕掛けでもあるの?」

「いえ、特に仕掛けがあるわけではありませんが、単純に手紙毎に差出人が違いますよ」

「え?」

 

呆れながら確かめるめぐみんだったが、案の定彼女の予想通りだったようで手紙の真意に気づかなかったゆんゆんは彼女から手紙を引ったくると、まるで読み漏らしがないか確かめる校閲者の如くすごい眼差しで手紙を再び読み始めた。

 

「あ…」

 

めぐみんの言った事の意味がわかったようで、終わったと口で言わなくてもわかるようにゆんゆんは膝から床に向かって崩れ落ちる。

 

「結局どう言う意味なんだ?内輪すぎて俺には内容が全然入ってこないんだけど」

「まあそうですね…カズマからすれば分からないとは思いますが、紅魔族の里には1人小説作家を目指している変わった子が居まして、手紙の二枚目の内容はゆんゆんを登場キャラクターとして登用したオリジナル小説で一枚目とはなんの関連性のない自作小説になります」

 

と言う事は…ゆんゆんは何も関係のない小説を手紙の続きと勘違いして昨晩俺の元に来た言う事になる。

 

これは…何と恥ずかしい事態になってきたな…

しかもご丁寧に右下に紅魔族英雄伝とか描かれてるし文字のタッチまで違うといった次第だ

 

「あ、あるえのばかぁーーーーーーーーーっ‼︎」

 

めぐみんに事実確認をしていると全ての事の顛末に気づいて怒りが込み上げたのか、大声で叫びながら小説をぐしゃぐしゃに丸めながら地面に叩きつけた。

叩きつけられた紙屑はそのまま床をバウンドしてゴミ箱にホールインワンした訳だが、ゆんゆんからしたらそんな事はお構いなしなようだ。

 

「こうなったら紅魔の里に行くわよ‼︎あるえに文句の一つでも言わないと気が済まない‼︎」

 

ビシッと多分紅魔の里があるであろう方向に指を指しながらそう宣言した。

 

「…なあ、ゆんゆんってたまに普段から想像出来ないくらい行動力がある時あるよな」

「そうですね…でも里にいた頃はそんなものでしたよ、まあ私と妹しかいない時だけでしたけど」

「へー」

 

これまた珍しいと思いながらも部屋に荷造りに向かうゆんゆんを見送りながら残りの食事を口に運ぶ。

 

「…なあ、これって俺も着いて行かないと行けない感じか?正直アルカンレティアの疲れが抜けきっていないんだけど」

「…諦めてください。ああなったゆんゆんは心を折らない限り止まりません」

「まるで昔にへし折った様なことがあるような言い方だな」

「えぇ、否定はしませんよ。ただそうしなければゆんゆんがひどい目に遭うことになりましたからね」

 

やはり昔からの馴染みな事はあってか彼女の事を知り尽くしているようだ。

しかし、紅魔の里か…噂では魔王城に近い的な話を聞いたことがる。そしてモンスターも近くにあるだけはあってか、かなり強いとも聞く。

まあゆんゆんがいれば大丈夫だとは思うだろうが、それでも俺は依然として弱いままなので注意が必要だなと思う。

 

「取り敢えず準備してくるわー、紅魔の里に行くに当たって何か必要なものとかあんのか?」

「そうですね、カズマに関しては特に何も必要ないと思いますよ。私たちの里も一応は観光名所としてやっていましてそれなりのインフラ等々ありますので、今まで通りの旅行の荷物で大丈夫です」

「成る程なわかったよ」

 

食器を片付けながらめぐみんに聞くと何処か懐かしそうにそう答えた。

なんだかんだ言って2人とも故郷に帰るなんて事は久し振りなのだろう。あるえとやらに文句を言いに行くと言っても結局は里に戻る口実でしかないのだ。

 

「そういえば一枚目の手紙は大丈夫なのか?里が滅びたとか言っていたけど、危険じゃないのか?」

 

二枚目のインパクトが強すぎて忘れていたが、そもそも里が壊滅状態になったから手紙が来たんじゃなかったのだっけ?

 

「あーあれですか?あれは気にしないでください。多分里のみんなが面白がって言っているだけなので」

「そ…そうなのか?」

「そうです…まあ私も歳の離れた妹が居ますからね、気にならないと言えば嘘にはなります」

「へー」

「何を驚いているのですか?妹がいることは何処かで言いませんでしたか?」

「いや、めぐみんもしっかりお姉ちゃんなんだなって」

「な⁉︎何をいきなり急に‼︎私だって家族くらいは心配します…まあ他の人はどうでもいいですが」

 

なんかやけに冷たくはないか?と思ったが相手は紅魔族、つまりはめぐみん達の元締めと言う事になる。

真剣に考えた事はなかったので薄々でしか思ってはいなかったが、紅魔の里というのは言い方を変えてしまえば中二病の巣窟という事になるだろう、ゆんゆん達は年齢が年齢なこともあってか何をしても、あーそんな時期もあったなと思うのだが、里単位になるといい年したおっさんやおばさんまでがああ言う風になってしまうと言うことに他ならない。

 

ああ、別の意味でのアルカンレティアの二の舞にならなければいいのだが…

 

宗教の次は人間性かと思わずにはいられないが、最近は個性を尊重しないといけない時代なので否定をする事はしない方がいいだろう。

まあ、アルカンレティアと違ってパーティーの大部分というかほぼメンバーは紅魔族なのだ、きっと俺にも抗体ができているので案外うまくいけるかもしれない。

 

「わかった、取り敢えず戸締りして支度が済んだら向かおう、後途中でウィズの店に寄るぞ」

 

そう言えばバニルの商談の話があった事を今になってを思い出す。

一応話ではアルカンレティアから帰ってきたら詳しく話そうと言う事になっているので、このまま紅魔の里に言ってしまうとあの仮面の悪魔がキレて商談が無しになってしまう可能性があるのだ。

 

「別に私は構いませんが、ゆんゆんを止めるのはカズマにお願いしますね」

「…はいよ」

 

 

 

 

そうしてめぐみんと別れて、部屋に戻って荷支度を済ませるとそのままラウンジに向かう。

せっかく時間をかけて元の収納場所に戻した小物達を再びバックに入れるのかと、前回の苦労を思い返しながらなるべく早く済ませたのだが、存外時間が掛かってしまい、俺の着く頃にはすでに2人とも準備を終えて俺の事を待っている状態だった。

おかしいな、女の子の身支度は永遠に掛かるとテレビで言ったいたんだけどな。

 

だがしかし、ゆんゆんの周りをよく見ると多分めぐみんに取り除かれたのだろうか、前に見た事のあるゆんゆんのお泊まりセットがいくつか纏められて玄関の隅に置かれていた。

多分俺を待っている間にめぐみんに取捨選択されて取り除かれたのだろう。

ゆんゆんのバックは外側に紐がついており、その紐を伸ばしたり絞ったりしてバックの容量を変えられるタイプなんだが、現在その紐は俺が見た時と違って割と雑に結ばれていたことがそれを物語っていた。

 

「何をしているんですか。早く行きますよ」

 

先程の気まずさは何処に行ったのやら、すでにゆんゆんは里に帰る事に頭が言ってしまっているのか少し楽しそうにそう言った。

やはり故郷というだけあって戻るとなると胸が躍るのだろう。

 

…いつか俺も故郷を懐かしむ時が来るのだろうか?。

魔王を倒せば帰らせてもらえるという話だったような気がしなくもないが、この調子でいけば多分他の俺みたいな奴らが力をつけて魔王軍の幹部を倒していくだろう。

俺自身が魔王を倒せるだなんて思わないが、もし魔王を倒して転生者に帰る権利が与えられたとして果たして俺はコイツらを置いて故郷に帰るのだろうか?

 

…まあ今考えなくてもその時がくれば嫌でも考えるだろう。

 

「悪いなゆんゆん、ちょっと寄りたいとこがあるんだ」

「え?まあ別に構いませんけど…何処に行きたいのでしょうか?」

「あぁウィズの店にちょっとな」

「ウィズさんですか?魔道具に関しては前回買ったものがまだ余っていますけど、何か必要でもありますか?」

「いや、そうじゃなくて用があるのはバニルの方なんだ」

「…」

 

ピシッとゆんゆんの表情が固まったのがわかる。

ウィズの店で少し顔が強張って何としても回避したそうに問いかけて来たが、バニルの名前を出すとそのまま表情が凍り付いたのだ。

ゆんゆんの事だ、多分昨日の事をバニルに詰られるのが嫌なのだろう。だから柄にもなく急いでいるていで俺たちの動きの主導権を握りたかったのだろう。

気持ちはわかるが、こっちは悪魔との信用問題に関わるのでそこは我慢してほしい。この商談次第では俺の資産はさらに増え夢の引きこもり生活を送れるかもしれないのだ。

 

「あれだ、特に長い話じゃないから時間も掛からないはずだし、話は俺だけで済ませるからゆんゆん達は外で待っていてくれ」

「…そうですね、それでしたらいいと思います。あっ決してバニルさんに会いたくないとかそんな事じゃないですからね」

「はいはい、わかってるよ」

 

断られると思っていたが、バニルに会わない事を条件に進めたら存外すんなり行くなと思い、驚きながらもこれなら大丈夫そうだなと荷物を背負いながら俺は2人を連れてウィズの店に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2人の関係の続きはまた里で書こうかと思っています…


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紅魔の里3

遅くなりました…


誤字脱字の訂正ありがとうございます。


こうして俺たちはウィズの経営する魔道具店に向かう。

向かう理由は色々とあるのだが、そんな事よりもゆんゆんの警戒っぷりが半端ない事は確かな事だろう。

現にこうして俺を先頭に立たせ、尚且つめぐみんの後ろに隠れながら、まるで悪さをした後に咎められると分かっていながら帰る子供の様なそんな雰囲気を感じさせるほどだった。

 

「あのですね…こう後ろに張り付かれ続けられると、とても歩きづらいので止めてもらえますか?」

「酷い…いつも爆裂魔法を放った後にめぐみんを運んでいるのは私なんだからこれ位いいじゃない」

 

「はぁ…まあそうですけど、そんなにあの悪魔に思考を覗かれるのが嫌でしたら、そもそも人に見られたら恥ずかしいと思う行為をしなければいいじゃないですか?」

「しょうがないじゃない‼︎まさか二枚目の手紙がアルエの考えた小説だなんて思うわけないじゃない‼︎」

 

先頭に立ちながら街を進んで行くと後ろの方で不満が爆発したのか2人でいつもの様な喧嘩が始まった。

クエスト中や屋敷にいる時はいいのだが、こうも街中でうるさくされると、何故かこのパーティーのリーダーである俺にありもしない噂話を立てられて被害を被るのだ。

 

街道で作業をしている住民達が作業を止めてこちらを見ながら噂話の様なコソコソ話を始めて来ている。

うわぁ…と内心ヤバイなと思いつつ流石にこれ以上は不味いので、俺は意を決して彼女らの仲裁に入ろうかと思う。

 

「ゆんゆんはあの悪魔に思考を覗かれたら嫌なんだろう?」

「…まあそうですけど」

「良し‼︎それだったらこれを巻けば良いじゃないのか?」

 

ゆんゆんが悪魔を避ける理由は何となくわかるというか、原因は昨日のあの一件の事である事は同じ当事者であるので嫌でも分かってしまうのだ。

この弱点とも呼べる事件を未だに吹っ切れていないこの状況下であの胡散臭い悪魔の元に向かう事に関しては正直言って俺も嫌だ、何なら一生行きたくは無い。

しかし、嫌だからやらないと言うわけにはいかないのだ。ここは異世界とは言え現実である以上子供みたいな甘い事は言っていられないのである。

 

そして、俺はある事を思いついてしまった。

あのバニルがどう言う理論で俺たちの思考を読むのかは分からないが、俺たちに干渉する以上何かしらのパスの様なもので繋がれてそこから覗かれているような気がしなくもない。

ならば、そのパスとやらを遮断すれば良いのでは無いだろうか?

方法は色々思いつくのだが、いかんせん準備に時間がかかりそうだ。

思考を読まれることに関しては俺の前にいた世界に対策があった事を思い出す。

道具に関しては簡単で一つあれば事足り、しかも丁度俺の手荷物の中にそれは存在している。

 

試してみる価値はあるだろう。

…まあ失敗してもいつもの事だろうし大丈夫だろう。

 

俺は徐に懐からあるものを取り出し、乱暴に中に入っているそれを引っ張り出し何も言わずに彼女の頭にそれをぐるぐる巻きなるように巻きつける。

 

「…えっとこれは一体なんでしょうか?カズマさんが自信満々行った手前あまり言いたくは無いのですが、これで効くとは思えないのですけど…」

 

紙のようなそれを巻かれた彼女は何処か不安げに手を伸ばしながら俺に抗議する。

酷い言い草だなと思いつつも、立場が逆だったら俺も文句を言っているなーとも思うので、ここは言い返さずに丁寧に説明しようかと思う。

 

「これはアルミホイルと言ってな、食べ物を保存したり熱を使って調理する際の下敷きになったりするんだよ」

「それで、便利なのかはよくわかりましたけど、それをなんで私の頭に巻きつけたのでしょうか?」

「…まあそれはだな…」

 

この世界はおおよその事が魔法で何とかなってしまうため、こうした調理道具のような物が不足している傾向にある。

冒険者も基本は日々の報酬を使って酒場で食事する事が多く、長期などの時間のかかるクエストなんかでは道端で肉を焼いたり保存の効く物を持ち運ぶ事が普通なので道具は必要では無いことが多く、この世界でこう言ったものが発展する機会がなかったのだろう。

正直俺も魔法の便利さを教えられ、こう言った物を使っていた事を忘れていた。

しかし、この世界の料理は意外にも単純な行程なものが多く、味も大雑把なのだ。

なのでこうして調理道具を作り、そして広めることでこの世界の食文化を広げようといった目論みがある。そしてその調理道具を開発した俺の元にたくさんのお金が舞い込んで行くという算段だ。

 

その中でも特にアルミホイルを作り出すのは中々に苦労した。

単純にアルミを薄く伸ばせば良いだけなので簡単かと思っていたのだが、この世界にはそもそもアルミという概念が無く、道具屋などににあるのは武器に使われる硬い鉱石だけで可塑性の高く加工しやすいと言われる物ですら俺からしたら硬く感じられる物だった。

流石に無理かと思ったが、この世界にはスキルという物があるので鍛治スキルを取り道具屋に売っている鉱石を片っぱしから集めて合金等々加工した果てにようやくアルミににた金属を作り出すことに成功したのだ。

その金属は完全なアルミ程ではなかったのだが、それでも大体は同じ位と言っても過言でも無いくらいに近づけさせることに成功したのだ。

 

そしてその努力の結晶を現在ゆんゆんの頭部に巻き付けている。

側から見れば銀色の帽子を被った変人しか見えないが、彼女も紅魔族であるので例え変な格好をしたところで周りからの目線はあまり変わらないだろう。

意味は分からないと思うが、正直俺も意味が分からない。

 

「よく言うだろ?思考盗聴の傍受電波は頭にアルミホイルを巻くのが有効だってな」

 

あとついでにネジに噛ませるワッシャーを用意すれば完璧なのだが、この世界に需要があるとは思えなかったので止めておいた。

 

「へーそうなんですか。カズマさんのいた国ではバニルさんのように相手の考えている事が分かるモンスターがよくいたのですか?」

「いや、居ないけど」

 

俺のふざけた説得に納得したのか、彼女が俺に問いかけてくる。

てっきり「何ふざけているんですか‼︎」とキレながら破り捨てられると思っていたが、意外にも信用してくれたようだ。

まあ、それに関しては心は痛むが、逆に考えればやった事がない以上もしかしたらバニルの思考盗聴に効くかもしれない。

だが、これが効いたら今度からあれを巻いて買い物に出向くのもいいかもしれない。

 

しかし、頭にアルミホイルを巻いて外出するのもどうかと思うし、恥ずかしいので帽子の内側に巻いて行くとしよう。

 

「カズマちょっと良いですか?あの銀色の紙みたいな奴で本当にあの悪魔の力を防げるんのですか?そしてその事とは別に私にも銀色の奴を貰えませんか?あの銀色からは何だか強い力を感じます」

「何でだよ‼︎」

 

意外にも本物の方の紅魔族の琴線に触れたようでめぐみんが要求してくる。

色々実演するつもりでたくさん作ったのだで数には困らないので別に構わないのだが、めぐみんが頭に巻こうものならこのパーティーは皆狂っているとしか言いようがなくなってしまう。

 

「一つくらいならいいか、とりあえず一巻渡すから大事に使えよ」

「わーありがとうございます」

 

ゆんゆんの頭に巻きつけた余りをそのままめぐみんに渡すと、初めておもちゃを貰った子供の如く喜びながらそれを手に取りそれを自身の持っている杖に巻きつけた。

ウィザードはその特性上非力になるので、持つ杖は木製で軽めの物を持つのがセオリーになり、基本的に金属を使うようなものは珍しいのだ。

 

それをアルミホイルを巻きつけることで彼女の杖に金属特有の光沢が生まれ、他のものとは一味違う仕上がりになったのだ。

 

「はぁ…銀色の帽子に銀色の杖か、何だが玄人感が出てきた感じだけどチープさが目立つな」

 

銀色を纏ったとは言え所詮は代替品のアルミホイルなので何処か安っぽさが出てしまう。それを説明しても多分意地になって聞かないので本人が気づくまでは黙っておこうかと思う。

 

「何だかんだ言っているうちに着いたか」

 

ふざけている間にウィズのいる魔道具店につく。

看板には例の如くクローズの文字が書かれている。多分またウィズが何かやらかしたのだろう。

 

「邪魔するぜー」

 

店の扉を開け放つと開店の準備の途中なのか、店の中央のテーブルに何やらアイテムが発動した状態で置かれており、その隣にバニルが何か考え事をして居るのか口元に手を当てながら固まっていた。

何時もならウィズが出迎えてくれるのだが、彼女の様子が見当たらない。多分奥の部屋で在庫管理をして居るのだろうか?

 

「ほう、なんだ小僧か。大体開店前にやってくるのは貴様ら位だから見当はついておったが、こうも予想通りだとつまらんな」

「うるせーよ‼︎こっちはお前に用があってきてんだから少しはその毒舌を抑えやがれ」

「ほう…用だと?小僧と何か約束した覚えは…あったな」

「忘れてんじゃねーかよ」

 

はっと昔した約束を思い出したようで、その時の様子は仮面越しであまり表情が分からないバニルにしては珍しくわかりやすかった。

 

そう、俺はこの悪魔と契約をしているのだ。

契約といっても、寿命を半分差し出して願いを叶えてもらうとかそう言ったものでは無く、単純に金銭のやり取りを行う商談というものだ。

さっき見せたようなアルミホイルと言った様な俺の居た世界で扱っている道具をこの世界に持ち込んで、それを商品化するといった感じだ。

一見アイディアや構造さえ分かっていれば簡単に見えるかもしれないが、アルミ同様加工しやすい鉱石等がこの世界にはまだ少ない。

これは単純にこの世界の人たちの求めるものが武器や防具など高度が求められるものが多く、加工しやすい柔らかい素材のものは滅多にお目にかかれない。なので先程言ったように合金で何とかしたのだが、そのアイディア商品一つごとに素材から作り出すと言うのは中々に効率が悪い。

仕方なしに加工の簡単な木製の道具が多くなってしまったが、そこはバニルが何とかしてくれるだろう。俺はあくまでアイディアを売りにきたのだ。

 

「それで、目的のブツはそのカバンにあると言うわけだな。それでは拝見させて頂こう」

「おうよ、見た目は悪いかもしれないけど商品一つ一つは一級品だぜ」

「成る程な…」

 

そう言いながらバニルは俺の持ち出した商品を鑑定する質屋の店員が如く覗き込んではふむふむと頷き出した。

普段の様子からイメージされるバニルの像からは想像できない光景に若干笑いそうになるが、ここで笑うと全てが台無しになってしまうので控えたい。

 

「成る程それでウィズさんのお店に行きたいと言っていたんですね、見た事がない物ばかりですけどどこから仕入れたのですか?」

 

俺が店に入りバニルと話し終えて客用の椅子に座ると、安全と判断したのか店の外にいた2人が中に入ってきた俺の正面に並んで座った。

ちなみにまだ頭にアルミホイルを巻いている。

 

「あれは俺の国にあったものを俺がこの国にあったもので再現したものなんだよ」

「へーそうなんですか。あれがカズマさんの国にある道具なんですね、どうりで見た事がないと思いました。それでその道具をバニルさんに買い取ってもらおうというわけですね」

「ああ、そうだよ。俺がやらなくても結局他の誰かが同じ様なものを作りだすからな、だったら俺が先に作ってその利権を独占しようって考えだ」

「あ、相変わらず凄い事を考えますね…」

 

そう、結局のところ早い者勝ちなのだ。

最初はこの世界に他の世界のものを持ち込むのはどうだろうかと思ったが、よく考えてみればあの女神からその様な事は一切言われてはいないし、何なら竹とんぼの様なものを何処かで見た様な気がする。

そうなれば遅かれ早かれ他の転生者が日本の技術を持ち込むのも時間の問題になってくる。

ならば早いところ利権を確保してその後は著作権の利用料金でウハウハ過ごしていこうという考えだ。

 

「それで他に何かあるんですか?いくつか用事があるとか言っていましたが」

 

内心ほくそ笑みながら差し出されたお茶に口をつけていると不思議そうにめぐみんがたづねてきた。

 

「ああ、それはまた別にあって本当はこっちの方がメインなんだけどな」

 

お金の事で頭がいっぱいになっていた事もありめぐみんに突っ込まれてハッとする。

そう言えば本来の目的は他にあり、バニルの商品紹介はあくまでついでなのだ。

 

「それで…」

「小僧、鑑定が終わったぞ」

 

本来の目的を伝えようと思った所に丁度鑑定が終わったのか、バニルが俺の元に向かって用紙を持ってくる。

そしてお金の話になる。

バニルの示した条件は簡単な二択でつき百万かまとめて三億かと言った内容だ。

 

「成る程な…永久的に百万か一括で三億か…」

「三億‼︎カズマさん三億て言ったら一生遊んで暮らせるじゃないですか‼︎そんな事になったらますます外に出なくなってしまうんじゃないですか⁉︎」

「うっせ‼︎余計なお世話だ‼︎」

唐突に突き出された金額にパニックになったのか、ゆんゆんが俺の肩を揺らしながらとても失礼なことを言い出す。

確かにパニックになるのはわかるけど俺のお金だと言う事は分かって居るのだろうか?

 

…しかし三億か定期的百万か、後者は貯金の目減りを気にしなくてもいいけど商品の使用料から来る以上いずれば減ってきて無くなる危険性を孕んでいる、ならば一括で三億もらった方が良いのではないだろうか?

俺も何だかんだこの街を気に入っているし屋敷も借りている以上抜け出す理由を見つけ出す方が難しいが、それでも何かあった時にこの街から抜け出さなければいけなくなった際にまとまった金があった方がいいだろう。

 

「カズマの事ですから一括で受け取ると思いますが、何かあって財産を差し押さえられたら没収されますよ。それを考えたらここは定期的な百万エリスが私としてはおすすめですよ」

 

悩んでいると横からめぐみんの助言が飛んでくる。

確かに言われてみると今後めぐみんらが何かしでかして、その責任問題によって責任者である俺の財産が押さえられた場合その後の生活が困ることになってしまう。

しかし、その際に定額で百万エリスを受け取っていれば、バニルの事だ多分その組織に内緒で俺に渡して貰うことも可能だろう。

 

流石は知性の高い紅魔族…自身の体験談が混ざっているかもしれないが機転が効く。

 

「分かったよ、俺は三億の一括で頼む」

「ほう…」

 

結局のところ月百万で計算すれば25年かかる計算になる。

それだけの時間があればバニルの事だ、自身のダンジョンを制作して篭ってしまうだろう。悪魔の契約上多分金銭の受け渡しはあるのだろうが、多分俺がそこまで受け取りに行かなければいけないのは目に見えている。

そんな面倒なことがあるのならここで一度まとめて受け取って間に合わなかった他の道具たちを次回にまとめて渡し、定期的に受け取るのもいいかもしれないと言う考えにたどり着いたのだ。

 

「成る程な、これで全てではなかったのだな。商売道具が増えることはいいことだな、さすが小僧といった所だ。そこの小娘2人に夜這いを掛けられることはある」

「あっ‼︎ちょっと馬鹿⁉︎」

 

結局ゆんゆんにどう対策しても当事者の俺がいる限り奴に昨日のことを知られるのは不可避と言うことだったことに今更気づく。

 

「結局カズマさんが居るから無理だったじゃないですか⁉︎」

 

ゆんゆんもその事に気づいたのか俺に向かって抗議する。

そして最初からその腹づもりだったのか、突然に話を捻じ曲げながらバニルが話を続け出した。

 

「フハハハハハハハハハハハ‼︎小娘‼︎貴様は少しは疑うことを覚えた方が良いぞ、そんなんだから両親の手紙と友人の小説を間違えてしまうのだ‼︎」

「〜ッ‼︎どう言うことですかカズマさん‼︎これで防げるみたいな事言ってたじゃないですか‼︎」

 

立ち上がると共にカサッと頭に被っていたアルミホイルを地面に落とす。

やはりこの方法では政府の思考傍受電波は防げてもバニルの見通す力は防げなかったようだ。

 

「いや⁉︎違っ!くはないけどさ…」

 

何とか言い訳を考えようとするが、完全に俺が悪いので何も思いつかずに思わず止まってしまう。

 

「フハハハハハ‼︎残念だったな小娘‼︎どちらにしろそのような銀紙で我輩の見通す力を防げる訳はないのだ‼︎フハハハハハハハハハハハ‼︎」

 

怒るゆんゆんにそれをさらに掻き乱すバニル。

その場は側から見れば混沌としており、めぐみんに至っては面倒なのかそれとも飛び火を恐れてか完全に他人のふりをしながら道具屋に並べられた商品を眺めている。

そしてゆんゆんは羞恥心が極まったのか何かの詠唱なのかよく分からない言語で呪文を唱え始めた。

 

「ゆんゆん落ち着け‼︎ここで魔法を放つのは不味い‼︎」

「フハハハハハハハハハハハ‼︎随分と直情的ではないか小娘‼︎そんな事だから知人の手紙と小説を勘違いしてしまうのだ‼︎フハハハハハハハハハ‼︎こんな美味な悪感情は久し振りであるぞ‼︎」

「いっ!いやぁぁぁっぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

行き場を失った感情に身を任せながら暴れようとするゆんゆんと必死それを抑えにかかる俺にそれをさらに煽り立てるバニル。そして無関与だと主張して他人のフリをするめぐみんでこの店の中は苛烈を極めた。

 

 

 

 

 

 

そしてなんだかんだ言って不味いと思っためぐみんが加わり、何とか店の内装や商品を壊すことなくゆんゆんを抑えることに成功する。

しかし、犠牲は出てしまい仲間1人がこうして今も苦しんでいる。

そう、これは仕方がなかったのだ。

 

1秒を争うこの状況において無駄なことはできずに、一手一手に最善を尽くさないといけないので例え何が起きてもそれは仕方がない必要な犠牲なのだ。

…そう。

現在めぐみんはゆんゆんと一緒に俺のバインドで固定されているのだ。

 

あれは俺のとっさの閃きでめぐみんに拘束するから抑えてくれと言った所、ゆんゆんが壁に背を預けていた為必然的に前から抱きつく形となり。それを俺が前からバインドで拘束したもんだからその状態で固定された状況になってしまったのだ。

 

「ファヒャクハフヒへフファファイフォ‼︎」

「あの…暴れたのは謝りますので拘束を解いて頂けませんか…」

 

ゆんゆんも我に帰ったのか、冷静に拘束を解くように頼んでくる。

そしてめぐみんは体勢が悪かった事や身長も低い事もあってか丁度ゆんゆんの胸に顔面を挟まれる形で拘束されてしまっている。

なので何かを訴えかけている様だが、何を言っているかはさっぱり分からない。

あとできればその場所を変わってほしい。そこは男のユートピア、アヴァロンなのだ。

 

「ほう、小僧。貴様はあの小さい方の小娘と場所を変わりたいと思っているのか?残念であるな」

「なにナチュラルに人の心読んでいるんだよ、はっ倒すぞ‼︎」

「フハハハハハハ怖い怖いであるな‼︎我輩は書類をつくるので一度裏へ向かうぞ」

 

何だか一周して落ち着いてしまっている俺に同調しているのかバニルも落ちついた様子で俺を煽ってくる。商売相手になった以上手を出してはこないと思ったのだが、やはり気を抜くと俺に被害が出てくるようだ。

しかし、人の事は言えないのだが、やはり性格に難はあるけど2人とも見てくれはいいよなーと拘束された2人を見ながらしみじみ思う。

もし俺が百合好きであったのならこの光景は世界遺産の光景に匹敵するほどの価値を持つのだろう。

 

「あの…めぐみんが動かなくなってきたんですけど…」

「あ…やべっ‼︎」

 

邪な事を考えていたせいか、時間が経ってしまいめぐみんは酸欠になってしまったのか先程まで煩かった叫びが聞こえなくなってしまっていた。

 

「すまんめぐみん‼︎今すぐ解除する‼︎」

 

ブレイクスペルを使いバインドを解除しゆんゆんから引き離すと、やはり酸欠になったのか顔色が真っ青になっためぐみんが転がり落ちた。

 

「ぜぇーぜぇー全く…せっかく止めに入ったというのに、あなたたちは私を窒息死させるつもりですか⁉︎」

「悪いって」

 

肩で全力で呼吸し全身に酸素を行き渡らせる彼女に対して謝り回復魔法をかける。

側から見たら幸せな光景でも、当事者からすれば地獄でしかないと言うのはよくある事だろう。

幸せそうだからといって必ずしも幸せとか限らないのだ。

 

「それで他に用事があるとか言っていましたけどそれは大丈夫なんでしょうか?」

「あぁ、そうだったな」

 

ぐったりとしためぐみんを椅子に座らせるとゆんゆんが思い出したように言った。

もう何回目だ?このやりとりはと突っ込みたくなるが、色々な事が短いスパンで連鎖的に起きてしまっているのでなかなか本題に辿り着けないのだ。

 

「そういえばウィズはどこに行ったんだ?さっきから姿が見え無いんだけど?」

 

改めて椅子に座り直しバニルが書類を作成している最中に問いかける。

ああ見えて一応は店長なのでいつも店には立っているはずなのだが、今日に限っては一度もその姿を見ていない。

 

「あぁウィズの事か?あやつなら店の奥で引き籠っておるぞ」

「何でだよ?また何かロクでもない物でも仕入れたのか?」

 

前に一度彼女がくだらないものを沢山仕入れた事があり、その際にバニルと喧嘩になりボロボロにされていた事を思い出した。

その際は足元に転がされていたのだが、今回は前回の教訓を活かして店の奥に押し込んだのだろうか?

 

「いや、今回は大分まともなものであったぞ、丁度そこにあるではいか?」

 

バニルは書類を書きながら俺が居る所とは反対側のテーブルを指さす。

そこにはなにやら筒状の物が置いてあり、そこから白い煙が立ち込めていた。

いつも何か変な薬品の気化した匂いが立ち込めていたので今更感があって気づかなかったが、その煙を認識するとやはりこの道具屋が煙たい事に気づく。

 

「おいバニル、これはいったい何なんだ?ウィズが居ないのに何か関係でもあるのか?」

 

忙しいであろうバニルにお構いなしに質問を続ける。

おっちょこちょいとはよく言ったが、仮にもアンデットの王様である彼女の事だから大抵のことで店の外まで追いやられることは無いだろうとは思うが、いったいこれは何なのだろうか?

 

「これはあれであるな、アンデット除けの魔道具でな蓋を開けると煙が出てきてアンデットを寄せ付けないと言うものだ」

「へーそれは便利だな」

 

そう言えばこの世界には死んだ後未練を持つとなるとかいうアンデットが居る事を思い出した。

なんだかんだ言って遭遇したことは殆ど無かったので気づかなかったが、夜中外で歩いているとどこからか湧き出して冒険者を襲うとか受付のお姉さんが言っていたな

ある意味子供の教育的な存在でそんなに現れるとは思っていなかったので忘れていたが、こう言った道具がある以上大勢の人が迷惑しているのだろう。

 

「それでこれが…まさか?」

「察しがいいな小僧、その通りである。あのポンコツ店主は事もあろうか商品が実際に使えるものかを確かめるために開けてしまったのだよ。自分自身がアンデットである事を忘れてな!フハハハハハハハハハハハハハハハハハ‼︎」

「うわぁ…」

 

まあ、やりそうかと言われればやりそうだけど、まさかここまでとは思わなかったぜ。

と言うか…

 

「だったら止めろよ‼︎何当たり前のようのそのままにして過ごそうとしているんだよ‼︎結局ウィズが居なくちゃいつまで経っても開店できないんだろ?このままだと不利益がかさむぞ‼︎」

「ほう、これはまた耳に痛い話であるな‼︎いやいや失礼!奥から惨めなあやつの悪感情が美味でな、つい閉めるを忘れてしまったのだよ‼︎フハハハハハハハハハハハハハハ‼︎」

 

どうやら殆どワザとに近い犯行だったようだ。

このままだとどうしようもないので魔道具の蓋を閉めドアと窓を開け、商品に影響がない程度に風の魔法を使い換気をする。

そして時間がかかったが、空気が外ほどではないが澄んできたことを確認して奥からウィズを呼び出すと、先程のめぐみんよりも酷く青白くなったウィズが奥からやってきた。

 

「どうもありがとうございます。まさかこんな事になるなんて恥ずかしい…」

 

出てきて早々俺にお礼を言いながら謝罪する。

 

「フハハハハハハハハこれでようやく店が開けるな感謝するぞ‼︎」

「お前が閉めれば解決だったろ‼︎」

 

そんなウィズを嘲笑うようにバニルが例を言う。

 

「それで私に何か用でしょうか?商談に関しては先程話が済んだみたいですし?」

「ああ、違うんだ。これから紅魔の里に行きたいから近くまでテレポートで運んで欲しいんだ」

 

昔ゆんゆんと出会った頃に一度故郷の話をした際に地図を見せてもらったのだが、紅魔の里の近くにアルカンレティアがあった事を思い出したのだ。

そしてウィズは帰りの馬車でテレポートの登録の一つにアルカンレティアを追加したと言っていた事も一緒に思い出した。

ならばウィズにアルカンレティアまでテレポートで飛ばして貰いそこから徒歩で歩いていけば解決というわけだ。まあ途中強い敵がいれば探知スキルで探って逃げればいいだけの事だし、いざとなればゆんゆんもいるから大丈夫だろう。

 

「分かりました、この煙を止めてくれたお礼も有りますので、それで今すぐ行きますか?それともまだ用事がありますか?」

 

了承し、尚且つゲームの分岐点の様なセリフを言うウィズを横目に。

 

「バニル、三億エリスは帰ってきたらでいいか?」

「それは構わぬが期日は守るが良しだ、我々悪魔は契約には煩くてな出資者の都合がある手前、商談の際に貴様のサインが必要になるのだ」

 

バニルから提示された日付はかなり少なかったが、それでも故郷の安全を確認するだけだからそこまでの時間はかからないだろう。

 

「わかったなるべく早く帰るよ‼︎それじゃウィズ頼む‼︎」

 

2人に準備は大丈夫か確認すると先程他人の振りをしていた時に何か見つけたのか、めぐみんが何かを購入した。

そして用件が済んだことを確認すると3人とも距離を詰める。

 

「では行きます、テレポート‼︎」

 

俺たちは目を瞑り淡い光に身を任せてながら包まれ目的地へと飛ばされるのであった。

 



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紅魔の里4

誤字脱字の訂正ありがとうございます。
本当はもう少し話を進める予定でしたがこうなってしまいました。


ウィズがテレポートの魔法を唱えた後に俺たちは光に包まれ、気づけばついこの間まで地獄のような日々を過ごしたアルカンレティアの前に来ていた。

 

「この景色も久しぶりだな。結局観光らしい観光はしなかったけど」

「そうですね…あまりいい記憶はありませんけど、過ぎてしまえばあれはあれで楽しかったような気がします」

「…まあな」

 

よくある事だろう。

昔に過ごした辛く厳しい時代や思い出などを、彼女の言うようにいつの間にかアレはアレで面白かったと錯覚してしまう現象。

確か何か名前があった様な気がしたが、難しくて思い出せそうにない、仮に思い出したところで意味はないので特に問題はないだろう。

 

…まあ面白かったと言っても、もう一度あの旅行を繰り返せると言われれば全力で拒否するので、結局のところ思い出の中の輝きなのだ。

 

「とにかく今回は寄らないからな、俺たちの目的はあくまでお前達の故郷である紅魔の里だからな」

「ええ、それに関しては私も賛成ですけど…」

「何故こっちを見るんですか?私がいつアルカンレティアに寄ろうなんて言いましたか?勝手な言いがかりもいい加減にしてもらおうか‼︎」

 

物資的には余裕を持たせているので、どこにも寄る必要性はなく尚且つバニルに期限を迫られている以上、余計な時間を食う危険性を孕むアルカンレティアに寄るなんてことはリスクでしかない。

まあ、セシリー等々にあの事件の後に都がどのように変化したとか聞いてみたくないと言えば嘘になるのだが。

 

そんな事はさて置き、さっさと紅魔の里に向かおうかと思う。

現在地はアルカンレティアの入り口手前。ここから馬車で行きたいところだが、生憎と紅魔の里へ行く馬車は存在しないらしい。

何故かとゆんゆんに尋ねたところ、紅魔の里は魔王城から近いためモンスターの強さがそこら辺の地域と比べて桁違いに高いらしく、警護の為に冒険者を雇うとその賃金が移送費を超えてしまう程らしい。

経営者側の立場から言わせれば、リスクに対してのリターンが小さく人情でやったとしても得をするのはほんの数人程度らしい。

ならば紅魔の里は外に対していったいどの様に対して接触をしているのかと言えば、その卓越した魔術センスで強敵どもを蹴散らしながら移動するのではなく、簡単にテレポートの魔法で設定した場所まで一っ飛びだそうだ。

 

ならば、俺たちもそうすれば良くないかと思ったが、紅魔族は気分屋的なところが多いらしくいつ何処にテレポートしてくるのかはわからないそうだ。

なので、基本的に里帰りするには彼らのよく利用するであろう街に宿を借りて、しばらくの間滞在して他の里の誰かが飛んでくるのを待つと言うのがセオリーらしい。

 

何でそんな面倒臭い事になっているのかと言えば、そもそも紅魔族であれば基本的に皆アークウィザードであるのでテレポートを使うことは造作もないらしいのだが、それはそうとめぐみんは論外として何故ゆんゆんが使えないかと確認したところ、現在取得するのにスキルポイントを貯めている最中らしい。

 

そもそも紅魔族は学校を卒業するにあたってスキルポイントを貯め上級魔法を習得するらしいのだが、ゆんゆんは色々あってか先に中級魔法を取得したため同期と比べて些か習得が遅れているらしい。

それに関して茶化しながらゆんゆんに突っ込んだところめぐみんが庇ってきたので、多分だがめぐみんに関して何かしらあったのだろう。

 

そんなこんな多岐にわたる理由を述べて見たものの、結局のところ俺たちが一番早く確実に紅魔の里に向かうには紅魔の里へ一直線に歩くしかないのだ。

 

「取り敢えず歩いていくぞ、アルカンレティアは何かあったらどうせ嫌でも向かう事になるんだから今は諦めよう」

「だから何故私を見ながら言うのですか‼︎」

 

特に理由はないのだが、多分ある意味だが一番あの旅行を楽しんでいたのはめぐみんだと勝手に決めつけているので、不思議と目線が向かってしまう。

 

 

 

 

 

その後、俺達は何事もなくピクニック気分で一面に広がる草原を歩き始める。

こうして長距離歩いて、結局徒歩になるのだから自転車の一つでも作れば良かったなと思ったが、今度はタイヤのゴムを作り出すところから始めないといけないかと思うとアルミの面倒くささを彷彿としてきたので止めておこうかと思う。

何しようにも面倒なら、いっそのこと蒸気機関車でも作ってみるのもいいかもしれない。

例えモンスターが現れたとしても、時速数十キロでぶつかって来たのなら大凡のものなら弾き飛ばせるし、馬車がメインのこの世界の移動方法に革命を起こせるかもしれない。

そうなれば日本の知識で革命を起こすと言う、ありきたり的な事をできるかもしれ…いや待てよ。

もし蒸気機関車で繋いでしまったらアクシズ教徒が一斉移動してしまうかもしれない。あの教えは俺たちみたいな怠惰に暮らしている者からしたら蜜みたいなもので、運悪く広がってしまえば折角移動した世界が地獄と化してしまう。

 

流石にそれは不味いので止めておこう。やはり異世界に大掛かりな技術を提供すると言うのはその世界のバランスを崩しなねない。

 

 

 

「あれ?カズマさん、おかしいですねこんな所に人影が見えますよ?」

 

そんなこんな特に話す事もないので考えながら歩いていると、ゆんゆんが何かに気づいたのか木陰にある人影に指を指しながら俺に問いかけてくる。

 

「何だろうな?こんな所に人がいるとは思えないんだけど?」

 

ここがアクセルの街の周囲であれば街の住民が遊んでいて疲れたから休んでいるだけだろうかと思うのだが、ここは紅魔の里の周辺になり余程の事がなければ人が通らないとパンフレットに載っている程危険な所だ。

もしかしたら逸れた冒険者が街に戻るつもりで疲れて休憩しているだけかもしれない可能性もあるが、紅魔族の誰かが新たなスキルを得ようとアルカンレティアまでのレベルアップ周回をしている可能性がある可能性もある、そうであったのなら里までテレポートで飛ばして貰えば一気に予定を縮められる可能性が出てくる。

 

「どうしますか?話し掛けますか?それとも無視していきますか?」

「へぇ…ゆんゆんにしては珍しく警戒していますね。カズマ、私は無視して行く事に一票です、里周囲に人が訪れるなんてそうそうありません、もうこれは罠と言ってもいいかと思います」

 

成る程な、とめぐみんの意見を聞きながら感服する。

ここはアクセルの街周辺とは違い、実力を持った冒険者でも忌避する程のヒエラルキーに位置するモンスターが居てもおかしくはないだろう。

 

「待ってろって、取り敢えず確認するから」

 

ここは取り敢えず千里眼で木陰を覗いてみよう。もしかしたら切り株がたまたま人影に見えるだけかもしれない。幽霊の正体枯れ尾花とはよく言ったものだ

 

「んーどれどれっておい…」

 

千里眼で見えた光景は、木陰で休む怪我をした少女だった。

四肢を包帯で巻かれている事から誰かから治療を受けていた事は分かるのだが、周りに人が居ないことから取り残されたのだろうか、そんな哀愁を漂わせている雰囲気を感じる。

 

「どうでしたか?何か見えましたか?やっぱりめぐみんが言ったみたいにモンスターでしたか?」

「いや…多分だが怪我人っぽいな、全身に包帯を巻いてる女の子が居る」

「怪我人ですか?」

「あぁ」

 

罠のような気がするが、もし本当に怪我人であればこのまま放って紅魔の里に向かうなんて非道なことはできない。

罠感知のスキルは持っているので、それを発動させながら近づくのはどうだろうか?

 

「罠な様な気がしなくもないが…どうする?助けるか?」

 

念のため確認する。

一応怪我人だとボソッと言ってしまったせいか、若干めぐみんの表情が曇っている。何か責任を感じているのだろうか?それとも何か嫌な予感を感じ取っているのか?

 

「そうですね…一応話を聞いてみるのもいいかもしれないです。もし何かありましたら私が魔法を放ちますのから」

 

そう言いながらゆんゆんは腰からマナタイトの取り付けられた杖を取り出して構える。いつでも魔法が放てると言った所だろうか?

 

「めぐみんもいいか?逃げることに特化した俺が確認するけど、もし危なかったらゆんゆんが魔法を放つしめぐみんに被害はないと思うけど」

「ええ、私は別に構いませんが。気をつけてくださいよ、見た目が可愛いほど厄介なものはありませんからね」

「それに関してはお前達から学んでいるから大丈夫だ」

「え⁉︎それってどう言う意味ですか‼︎可愛いのは認めますが厄介とでも言いたいのですか‼︎」

 

そこまで言えばそうなるだろと言いたいが、今は議論をしている時ではないのだ。

 

腰に下げた剣を抜き取り構える。

スキル罠感知を発動させながらにじり寄るようにその人影へと近づく。チョウチンアンコウの様に光る器官をぶら下げて餌を呼び寄せて食らうのであれば、人影の半径5メートル周囲が間合いとなるだろう。

支援魔法で脚力を強化し、最悪の事態になっても即座に範囲外に跳躍できるように体の準備をしておく。

そうしてその人影の正体と相対するとその全貌が明らかになる。

 

「何だそりゃ」

 

何かあるかと思いながら警戒していたが、その人影は小さな少女だった。

その風貌は大怪我をしたのか、先ほど見たように包帯を全身に巻来ながら少し血を滲ませていた。

どうやら完全な治療を受けたわけではなく応急処置を受けた申し訳程度の処置で、このままいけば膿が酷くなったり傷口から菌が侵入し感染症となってしまうリスクがある。

 

「大丈夫か?その怪我はどうしたんだ?」

 

近づき話しかけると、普通なら俺が突然現れて驚愕しても良いはずなのにその少女は不気味なほどに落ち着きながら俺に目を見ながら。

 

「アナタハ、イッタイ?」

 

と拙い言葉を使いながら俺に問いを返すのであった。 

 

「…」

 

その少女の話し方に強烈な違和感を覚える。

本来であれば言葉を覚え話始めるのは一歳辺りのはず。これはめぐみんの妹の思い出エピソードを聞いたときに確認したから共通だとして、その片言の話し方は違う言語を使っていた人が別の言語を話す際に生じるイントネーションの差とはまた別のものだ。

 

どう説明したら良いのかわからないが、簡単に言うのであれば発音の癖のアクセントが綺麗にズレているのだ。

これはマークシートのテストで0点を取る様なもので、どんなにできなくても0から1を生み出す解答ではなくパターンに当てはめて解答する性質から、詳しくは違うが25点くらいはふざけても取れるのだ。

つまり片言でもある程度はピッタリ合うところが少なからず存在してしまうのだ。

 

そして、それが存在しないと言うことは、この少女は本当はしゃべれるが何か理由があってカタコトで話すと言うことになる。

街に登ってきて馴染む際に保護欲を沸き立たせる為そう言ったあざとテクニックみたいなものは聞いた事があるが、この状況でそれを使うと言う事は俺たちに取り入ろうという事になる。

 

一体何故だろうか?

助けを求めるのであれば、そのまま普通に話しかけてくれば良いのにそれをわざわざしないと言うことは、どれはもはや…もはや何なのだろうか?

 

「どうでしたか?逃げないと言う事は本当に怪我だったと言う事でしょうか?」

 

俺が呆然と立ち尽くしている事に痺れを切らしたのか、遠くで見ていためぐみんが俺の元に近づいてくる。

ゆんゆんは依然と魔法をすぐに発動できるように杖を構え、地面には魔法陣が展開している。

 

「丁度良いタイミングだなめぐみん、お前はこれをどう思う?」

「どうって言われましても…」

 

特に何かする様子ではなかったのでめぐみんに近づくように指示し、少女の様子を彼女に観察させるように進める。

俺のどっちつかずな態度に怪訝そうな目で俺を見つめると、仕方なしに少女の方へ目線をずらす。

 

「そうですね…」

「アノ…アナタチハイッタイ?」

 

俺たちの視線に不安になったのか少女の表情が徐々に曇っていく。

確かに怪我をして身動きが取れず小岩に腰掛けている状態で、どこの誰かもわからない旅人にジロジロと眺められれば不安にもなるだろう。

 

「取り敢えず回復魔法をかけておくか、怪我が癒えれば安心して何か話してくれるかもしれないし」

「そうですね、マナタイトも蓄えがまだありますしこの子一人分でしたらまだまだ余裕でしょう」

 

仕方なしに回復魔法を掛ける。

完全に回復して逃げられるとその先でモンスターに襲われて危険なので、最低限の応急処置的な範囲で治癒魔法を掛ける。

 

「…どう言う事だよ」

「これは…」

 

治癒魔法を掛けるが、その魔法が効力を発揮する事はなく少女の姿は依然として傷だらけのままだった。

 

「まさか呪いか?」

「その可能性もありますね、アクセルの街周辺と違ってここら周辺のモンスターは強敵揃いですからね、呪いの一つや二つ使える奴がいても不思議ではありません」

 

血液凝固因子の働きを阻害する蛇の出血毒があるように、回復魔法の効果を阻害する呪いがあっても不思議ではない。

ここはいつもいるぬるま湯ではなく危険な溶岩地帯なのだ。

 

ともかく、呪われているのであればそれを解呪すれば良いだけで、続けざまに解呪魔法を放ちその流れで再び治癒魔法を当てる。

 

「マジか…やっぱり俺も魔力値じゃ効果いまひとつか?」

 

これならいけると、半ば確信の様なものを抱きながら魔法を連続で放ったが、それでも効果はなく少女の傷が治ることは無かった。

 

「…いや待てよ」

 

何だか嫌な予感がすると言うか、胸騒ぎがする。

罠感知でこの少女が何かしらの囮に使われている事は無いことが証明された訳だが、もう一つの可能性を忘れていたことに気づく。

 

そう、この子自体がモンスターだと言うことに。

 

罠感知を解き、今度は敵感知に切り替える。

クリスの教えで応用の周囲の気配を探ることはしていたが、範囲を広げたせいで本来の敵を感知するという機能が薄くなっており、少女位の直接的な危険度がない者であったら反応しないことがあるのだ。

 

そんな事はありませんように、何かの間違いでありますようにと、改めて本来の敵感知を発動すると俺の予感を証明するように前方の少女に反応と警戒を示した。

 

つまりこの少女はモンスターという事になる。

 

「めぐみん離れろ‼︎こいつはモンスターだ‼︎」

「何ですと⁉︎」

 

剣を構え直しめぐみんに後方へと離れる様に指示する。

もし、うっかり触れる位に近づいたら某寄生する獣の漫画の様な感じに顔が開いて丸齧りされる危険性があるのだ。

 

「…ドウシタノ?」

 

距離を取られて本性を表すかと思いきや、意外にも少女の姿は変わらずいきなりの事でビックリしてキョトンと呆けている。

 

「何もなしか…一体どうするか。モンスターならこのまま放置しておいた方がいいのかもな」

「そうですね、私もそれがいいと思いますよ。下手に手を出して全滅なんて嫌ですからね…そういえばカズマの持っているマップの付録にモンスターの情報が書かれていませんか?

「ん?ああそうだなよく見たら裏面に何か書いてあるや」

 

ギルドで受け取ったマップの裏面に色々と情報があるのだが、下の方に軽くだが周辺のモンスターの情報が書かれている。多分さらに詳しくは有料的なそんな感じだろう。

それによると、丁度無料の範囲内に少女に関しての記載が名前と挿絵だけあった。どうやら無料版に載るくらいのメジャーなものだったのだろうか、それともかなり危険だから乗っているのか、気になるがその真意は読めばわかるだろう。

 

「成る程な…この子の名前は安楽少女だ」

「ああ、あの安樂少女でしたか」

「知っているのか?その割には全然気づかない感じだったけど」

「そうですね…知っていると言っても本で見たみたいな感じだったので、こうして実物を見るのは初めてですね」

 

百聞は一件にしかずとは言うが、やはり本の知識と実物とはまた違うのだろう。それに人型を取る以上個体差があってもおかしくはないだろう。

 

どうしようかと再び考えようとすると、めぐみんは成る程と害がないと分かるや否や安樂少女の体を触り始める。

その姿はまるで新しいおもちゃを貰った子供の様だった。

 

「やはりこの怪我は擬態でしたか!通りででカズマの治癒魔法が効かないわけですよ。よかったですね」

「…え、何が?」

「カズマの魔力が低くて効かないのかと思っていましたが、そんなことは無かったという事です」

「うっせ!」

 

その後もめぐみんの知的好奇心は収まらず、安樂少女はめぐみんにされるがまま色々な場所をいじられ放題になっている。

 

 

 

 

 

「安全でしたら呼んでくださいよ‼︎私だけポツンと一人ぼっちだったんですよ‼︎」

 

少女の扱いに関して暫く考えていると、何かあった時に備えて待機していたゆんゆんが痺れを切らしてこちらに乗り込んできた。今までずっと魔法が発動できるように待機していてくれたのだろう。

 

「悪い悪い、すっかり忘れてた。あまりにも無害だったから気が抜けちゃってさ」

「それでも一声あっても良いじゃないでしょうか‼︎待機って言っていつも放って置かれますけど流石にそろそろ泣きますよ‼︎」

 

そういえばすっかり忘れていたと謝罪をするが、彼女はそれを許すことはなく少女の観察をするめぐみんの隣でゆんゆんに説教される。

 

「それで?結局あの女の子は一体何だったのでしょうか?カズマさんが治療していたのは見えたのですけど」

「ああ、それはだな」

 

事の経緯を彼女に説明する。

この少女が安樂少女という名前で怪我の正体がただの擬態で本物では無いことまで説明する。

 

「へーそうなんですか」

 

俺の話を聞いて興味を持ったのか、色々しているめぐみんの輪にゆんゆんが加わり場の空気がまるで女子会みたいにになっており、様々な質問をして少女は片言でそれに答えるという流れになっている。

安樂少女の方も彼女らが残ってくれるのかと期待しているのか曇っていた表情が笑顔へと変化している。

 

「さーてどうすっかな」

 

そういう存在なのだからそのままにしておくのが自然の流れとしては良いのだろう。あと数分放っておけば彼女らも気が済んでこのお祭りも終焉を迎える。

そう言えば、この世界に来て初めの頃色々勉強しようと思って魔物図鑑的な物を買った様な記憶があることに気づく。

確かそのままバックに入れっぱなしにしていた様な気がしたので彼女らが戯れる傍、背中に背負っていたバックを降ろし中を漁ると奥の底で下敷きになっていている硬い物を見つけたので力任せに引っ張り出す。

 

「やっぱりあったな」

 

面倒で整理しなかった自身のズボラさにあきれながらも、結果として役に立った事に感謝しながら本を開き安樂少女に関して記載されているページを探す。

やはりメジャーなのか、後ろに付録している索引に太文字でデカデカとそのページが記載されている。

 

…何だか嫌な気がするな。

 

そんな気持ちを押し殺しながら記されたページに目を通すと、そこには恐ろしい記述が記されていた。

 

安樂少女は基本的に無害で、一見害のない生物に見える。

だが、その傷ついた姿は強烈な庇護欲を沸き立たせ、立ち寄る旅人の好奇心を刺激し自分が何とかして懐いてもらおうなどと優越感に浸らせ、その独占欲を擽らされらた旅人を魅了し捕らえてしまうのだ。

しかし、そうなってしまったら最後で、その旅人は安楽少女から離れることできずにひたすら彼女の世話をするという流れになる。

基本的に安樂少女は我々の前では食事を取らず、反対に我々の空腹を察知すると自身の体から成る果実を差し出すそうだ。

その果実は空腹の我々には禁断の果実に近しい程の強烈な美味しさを誇り、やがてその果実なしでは生きられない程の魅力を備えている。

 

しかし、その果実には栄養分など無く、その果実ばかり食べ続けていればやがて栄養失調となり、結果としてその旅人は死に至る事になる。そして、その死した冒険者の肉体に彼女ら安樂少女は根を張り養分を吸い取るといったプロセスになっている。

 

このページを見たという事は現在目前か近くに安樂少女がいると言う事が推測される。

もし、この内容を見て尚且つ目の前に安楽少女が居たのなら苦しいとは思うが、読者の手で駆除してほしい。それがどんなに苦しい決断だとしてもどうかお願いしたい。

それが残された他の冒険者たちへの救いになるからだ。

 

「…」

 

興味本位で除くいてしまったのだが、何だかものすごく重い内容になっているので思わず本を閉じてしまった。

まさかここまで人間に特化しているとは流石に思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、そろそろ行くぞ。時間はあんまりないんだ」

 

退治するかはともかく、今はこの場を離れない事には何も始まらないのだ。

とにかく一度彼女らを離れさせた上でこの本の内容を説明して安樂少女が危険だということを知ってもらわなければいけない。

 

「えっと、もう少しだけこの子と一緒にいても良いでしょうか?」

「え?何で?」

「この子私たちがここに来るまでずっと一人ぼっちだったみたいで…」

「完全に絆されているじゃねぇか‼︎これは安樂少女の罠なんだよ‼︎こうやって相手に同情させて一緒に残るように仕向けて死んだところで養分を吸い取って奴らは生きてんだよ‼︎」

「え?でも死んだあとだったら養分を吸い取られても構いませんけど‼︎」

「そういう事を言ってんじゃねぇ‼︎同じぼっち同士何シンパシーを感じてんだよ‼︎いいか、こいつは俺たちが腹が減ったら中毒性のある果実を差し出して…」

「カズマー‼︎何故かこの少女が果物をくれましたよ‼︎今日のデザートはこれにしましょう‼︎」

「言ってるそばから何やってるんだお前はーーっ‼︎」

 

言っている側から狙った様なタイミングで自身の体からできた果実を千切ってめぐみんに渡したらしい。タイミングといいもしかしてコイツは俺たちより知能が高いのかもしれない。

 

「あっ‼︎何するんですか‼︎安樂少女の渡す果実は止まらなくなる程の美味しさを持った禁断の果実と言われているのですよ‼︎」

「うるせーっ‼︎お前これが危険な物だって知ってんだろ‼︎どうせ禁断とかそんなワードに惹かれてんじゃねーよっ‼︎」

 

喜びながらその危険な果実を掲げているめぐみんから無理やりそれをぶん取り、勢いそのまま全力を持って遠くまで投げ飛ばした。

 

「あーあ、里の皆に自慢してやろうと思ったのですが、カズマのせいで台無しです」

「こっちはお前のせいでゆんゆんの説得が全部台無しだよ‼︎」

 

そんな彼女とのやりとりをしている合間にゆんゆんは安樂少女の元へと戻って話し相手になっている。

不味いな…説明文を見ている感じゆんゆんとの相性最悪だなと思ったのだが、まさにその通りだた。

孤独を癒すのは孤独を知るものか孤独を知らないカリスマ性を持つものと相場が決まっているのだが、安樂少女は完全に矛盾した両者を備えている。

 

大変に心苦しいのだが、かくなる上はそういう結末しかないのだろう。

 

「ゆんゆんどいてくれ、そいつは俺たちに同情させて死ぬまで世話をさせるモンスターなんだ、退治するのは無しにするから先に行こうぜ」

「いえ…あの…この子を里に連れて行くのは駄目でしょうか?」

「え?駄目に決まっているだろう…モンスターだろそいつは」

 

この後に及んでとんでも無い事を言い出すゆんゆん。

確かに里に持っていけば餓死する恐れは無くなるかもしれないけど、その果実の中毒になってしまったら最悪全滅してしまう可能性があるのでそれは無理な話だ。

 

「…分かっていますよ。これが何者なのかは学校の図書室で学んでいます。ですが、困っているこの子を置いて里に戻るほど薄情にはなりたくありません‼︎」

「その傷も言動も全て偽物なんだぞ?」

「それでもです、仮に全てが偽物だったとしても私はこの子と一緒に居てあげたいです」

 

やはり孤独を極めし者は同じ同類に惹かれるのだろう。この数分に満たない短時間で彼女の心を虜にしてしまっている。

 

「ゆんゆんがそこまで言うなら、ここでそいつを退治する」

 

やはり、こうするしか解決策はないのだろうか。

俺が剣を再び構えると、彼女が俺と安樂少女の間に割って入るように両手を広げて入ってくる。

 

「ワタシヲコロスノ?」

「悪いけどうちの相棒を虜にするんならそうなるな、嫌だったら解放しろ」

「カズマさん‼︎」

 

俺の言葉に激怒するように彼女が俺の名前を呼ぶ。久しぶりにみるゆんゆんの激昂に足が引けるが、ここで引くわけにはいかないのだ。

 

「はぁ…全くいつまで痴話喧嘩みたいな事をしているのですか…私としてはこんな危険な場所に留まらないで、明るいうちに先に進みたいのですが」

 

そういい割って入ってきたゆんゆんにさらに割って入るようにめぐみんが現れると、手に持っていたスクロールを発動させた。

 

「え?」

「全く、だから私は無視して進みましょうと言ったのですよ。急げば回れとは言いますが、カズマとゆんゆんが居るのでしたら善は急げですよ」

 

よく分からない事を言いながら発動したスクロールの効果はテレポートに近い様なもので目前に居た安樂少女は淡い光に包まれたかと思うと何処かに消えていってしまった。

 

「こんな事もあろうかと買っておいたのですよ、里の近くにまだ未討伐の安樂少女が居ることは事前に聞いていましたからね。まあゆんゆんの事ですからこうなると思っていましたよ。安樂少女もどこか分からない所で一から人生をやり直す事でしょう」

 

まあ喧嘩になるのは予想外でしたが、と彼女は付け足した。

 

「えっえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーっ‼︎」

 

予想外な展開に思わずなのかゆんゆんが感情のままに絶叫した。

 

 



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紅魔の里5

誤字脱字の修正ありがとうございます。

今回は軽めですが下品な表現がありますので注意です…


「あーあ」

 

どこか遠くに吹き飛ばされた安楽少女を追想しながら感傷に浸る。

きっと彼女の事だ、どこか遠くで上手くやって行けるだろう。特に根拠は無いが、そんな気がする。

 

と言うかめぐみんが魔道具店で買っていたのはテレポートのスクロールだったのか。

 

 

「あの…」

「ん?」

 

安楽少女が吹き飛んだであろう方向を眺めていると後ろから申し訳なさそうにゆんゆんが話しかけてくる。 

 

「先程はすいませんでした…寂しそうなあの子を見ていると何だか昔の私を見ているみたいで放っておけなくて…」

 

どうやら先程俺に楯突いた事を謝罪したいようだ。

安樂少女の特性上、ゆんゆんの様な孤独に囚われた人を陥れるように姿形がロールされるので、彼女が引っ掛かってしまうのはしょうがないと言えばしょうがないのだ。

 

「別に気にすんなよ。ゆんゆんの事だから結局こうなるって分かってからさ」

「それはそれでひどいです‼︎」

 

泣きそうだった表情から一転、怒った様な表情になったかと思うと彼女は先に紅魔の里へと歩き出した。

あれ?俺なんかしちゃいました?

 

…そんな事はさて置き先に進まないと日が暮れてしまう。

夜になれば夜行性の魔物達が現れて俺たちが危険な目に遭ってしまう。

 

「あーあ、怒らせちゃいましたね」

 

先に進むゆんゆんを遠目に見ながら呆然としていると、先程から後ろにいためぐみんに野次を飛ばされる。

 

「普通あれで怒るか?」

「そうですね…まあ乙女心は複雑ですから、特にゆんゆんは繊細ですからカズマみたいにデリカシーが無いとすぐにでも気を損ねてしまいますよ」

「失礼な…と言うか、アクセルの街の中で乙女心と一番かけ離れているお前に言われたくはないわ‼︎」

「何ですと⁉︎この私が乙女に見えないと言うのですか‼︎」

「そうだよ‼︎乙女だ何だ言うんだったら少しはその爆裂魔法を控えて皆の言う女子力とやらを磨いてみたらどうだ‼︎」

 

どん、と胸を叩きながら謎の宣言をするめぐみん。乙女を名乗るのであれば少しは大人しくなって欲しいものだ。

…少なくとも名前をからかわれて近所の子供をどつきまわすのだけは本当に勘弁してほしい。

 

「この私に爆裂魔法を使うなとか正気ですか‼︎とても正常な人が言う事とは思えません、緊急事態なので里に着いたら里一番の回復術師の元に案内してあげますよ‼︎」

「余計なお世話だっつーの‼︎」

 

めぐみんの嫌味に対して逆ギレし、いつもの如く彼女の頭を鷲掴みしてそのまま拳で左右を挟んで拗らせる。

 

「オラオラ謝りやがれ‼︎」

「痛たたたたたたたたたた⁉︎ゴメンなさーーい‼︎」

 

取り敢えず調教の意味を含めながら彼女に謝ることを強要する。

力で言う事を聞かせると言うのはあまり良くは無いのだが、口喧嘩で彼女に勝てるとは思えないので仕方ないのである。

 

そう言えば、親から虐待を受けた子供が将来その親を介護するときに今度は子供が虐待し返すという事例があるのだが、このままいけば彼女の武力が俺を上回った時に立場が逆転して痛い目を見る様な気がする。

 

そう憂いながら手を離すと彼女はスルリと俺の手から離れて杖を構えて俺に相対する。

 

「はぁ…はぁ…死ぬかと思いましたよ」

「あぁ、俺も初めて人を殺めちまうかと思ったよ」

「正気ですかあなた‼︎」

 

ふーふーと威嚇しながら構える彼女を他所に、すでに先に進んでいたゆんゆんが1人で行き過ぎた事に気づいたのか涙目で遠くで体育座りしている事に気づく。

 

「やべ‼︎話しすぎた、ゆんゆんがいじける前に行くぞ‼︎」

「全く、1人が嫌なら先に行かないで待っていれば良いものを」

 

一旦俺たちの戦いは延期という事でゆんゆんの元へと走って向かう。

一度完全にいじけた彼女を元のコンディションに戻すにはかなりの労力と時間が必要で、前に一度なってしまった時は一日部屋に閉じこもってしまってめぐみん共々どうしようか作戦会議をしたのも記憶に新しい。

 

 

 

 

 

「みんな置いていくなんて酷いです…」

「いや、先に行ったのはゆんゆんだからな」

 

彼女のいた場所に着くと、やはり半べそかきながらうずくまっていた。

そして着いて早々俺が悪いみたいなことを言ってくる。

しかし、そこはキッパリと言っておくべきだろうと思い残酷だが彼女に言葉を掛ける。現実は非常なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで俺達の行道は続いて行くのだが、やはり危険なモンスターには遭遇しないのが吉なので先に俺が先行して俺の後ろを彼女らが着いて来るという流れになった。

ゆんゆんが居るので大丈夫なのでは?と思いがちだが、この世界はゲームとは違いモンスターは単体で出てくる事は少なく、群れを成していることが少なくない、なので油断すれば大勢の魔物に囲まれ彼女の処理できる数をゆうに超えてしまうのだ。

そうなれば彼女は生き残れても俺とめぐみんが生き残ることが難しくなる。

 

などと考えるが、結局先行すると言ってもやれる事と言えば敵感知と千里眼を使いながら道を進んで行くだけなのだが…

それでも数体のモンスターの群れを回避することができたので僥倖といえば僥倖なのだ。

まあ、流石にグリフォンとか出てきたらお終いなのだが、俺の幸運の高いステータスが幸いしたのかそのようなモンスターは影すらみていない。

 

「…」

 

もしかして最初からこうすればよかったのでは無いだろうか?

いや、すでに終わった話なので今更振り返したところで意味はないだろう。

 

後ろを確認すればいつもの2人がいつもの様にいちゃついていた、こればかりはいつもの光景なので慣れたが側で見せられ続けられる俺の気持ちにもなってほしいものだ。

 

 

そんなこんなで俺が先行して広き草原に作られた街道を進んでいくと、その先の木陰にで人影の様なものを見つける。

こんな所に人がいるのかと思ったが、生憎この周囲に人が来ることは殆どないそうで、人型で居るとしたらそれはオークだとギルドの冒険者が言っていたと思い出す。

 

距離にしておおよそ数百メートル。

ギリギリ千里眼で影がわかるくらいなので、その位の距離だと思うので危険は無いと思うが、迂回するにも今回は奴のいる場所に木陰があるだけで他に木々や岩地も何も無い完全な平野になっている為、遠回りしたところで気づかれる危険性がある。

 

仕方なしに後ろにいる2人にサインを送りモンスターが居るので待機する事を知らせる。

 

オークか…よく大きな大人向けのコンテンツに出てくるという事は物心ついた男ならわかるのだが、ここは異世界なのでもしかしたら心優しい可能性があるのかと他の冒険者に聞いた事があるのだが、答えは俺たちの世界と同じという答え事だった。

オークは同じ人型であればどの様な種族とも交配が可能で、捕まったとなれば即座に自決したほうがいいと言われる程らしい。

 

…生憎俺の後ろに居る2人は女性で捕まれば悲惨な目に遭うのは間違いないだろう。俺たちの世界のお約束ではどんなに強くてもオークの前には意味をなさず蹂躙されるのがセオリーとなっている。

なので例えどんなに強いゆんゆんだとしても勝てない可能性があるのだ。

もしその様な展開になれば俺の脳は破壊され再起不能になるだろう。それだけは何としても避けたい。

 

しかし、そうは言ったものの現状回避する方法といえばこのままオークが何処かに居なくなるのをここで待つのか、それとも夜になってから潜伏スキルで夜影に隠れながら進むかになる。

どの選択肢も時間がかかるので避けたい所だが、それしか方法がないのなら仕方がないと思った所であることを思いついた。

 

それは完全に無茶で無謀な考えなのだが、一度思い付いたらそれしか考えられなくなってしまう。

何処かで聞いた思考の罠らしいが、思いついてしまったのならそれはもう仕方ないのだ。

 

それはそのオークをこの場で倒してしまおうと言うものだ。

正直ここら辺のモンスターはレベルが高いと聞くが、オークはあくまでゴブリンに続く雑魚モンスターだと良く言われている。

ならば俺でも倒せるのではないだろうかと思うのは必然だろう。冒険者とはいえ俺自身のレベルも魔王軍幹部を屠ってきた事もありアクセルの街の中では上位に入る程になっている。

 

まあ、仮に手も足も出なかったら逃走スキルで逃げれば良いので、むしろ俺だけなら何とかなるかもしれないと思うのだ。

クリスの修行の甲斐あってか対人戦闘に関してはそれなりに実力があるだろうことは自負している。

それに相手は一匹なので案外あっけなく倒せてしまう事ももあるだろう。

 

腰に掛けている剣の柄に手を当てながら街道を進む、後ろの方で何やら慌ただしくなっているが多分それは俺の危険を察してだろう。

確かに俺は今までの先頭に関して何も出来ないほどの悪態しか晒せていなかったが、日々の訓練により少しは戦えるようになってきているのだ、それを今回は証明して彼女らに俺の力を示す。

 

すでに俺の姿が相手に気づかれていたこともあってか幾メートル進んだ所で相手のオークと相対する、

 

「よう」

 

掴んでいた剣の柄にかかっていた力を更に込める。

 

「あら、いい男じゃない。お姉さんといい事しない?」

「は?」

 

その言葉使い、声のトーンを聞いてある事に気づく。

そう、このオークの性別はメスだ…。

というかお前喋れたのか。

 

まあ、生物学的上雄と雌に分かれるのは必然的といえばそうなのだが、俺の頭の中には雄以外の考えがなかった。

だとしてもまさかメスがこうして俺の目の前にいるなんて誰が思い付いただろうか?

 

てっきりオークは他の種族を使って繁殖するのでオスしかいないと思っていたが、どうやら逆のパターンが存在すると言う事になる訳だ。

こう何回も思い込みにやられると自分自身の頭の硬さに思いやられるが、今現在目の前にオークがいるので油断はできない。

 

「悪いけどそれはお断りかな、この先に用があるから見逃して欲しいんだけど」

 

メスでしかも意思疎通ができるとなると、そもそも戦う必要はないんじゃないのかと思うほどに俺の戦意は後退している。

ならば会話で交渉すればもしかしたら通してくれる可能性がある。相手もこんな貧弱な冒険者の相手など無理にでもしたくはないだろう。

 

「そう…残念ね…できれば合意の上での方が良かったのだけれども、断られたんじゃあしょうがないわね。まあ私としては無理矢理の方が好きだから好都合なのだけれど」

 

寂しそうな表情から一転、メスのオークの表情は口角を最大限に上げて荒々しい鼻息を吐き出し歓喜の表情を浮かべた。

 

「ーーーっ‼︎」

 

その表情を見た瞬間背筋が奮い立ち、今まで感じたモノとは違った恐怖と悪寒が俺の体を支配した。

それは自身の命の危険とはまた違ったもので、何と言って説明したいいのかわからないと前置きをさせてもらえるのであればそれは自身の根底を覆させる恐怖という事だ。

自身が汚される恐怖といった方が良いだろうか?世の中には死ぬよりも恐ろしいことが山ほどありそれぞれに名前があったような気がするが、そのうちの一つに含まれているといっても過言でもない。

 

そんなオークの言葉に思わず体が勝手に動き、気づけば俺の体は奴の間合いと思われる範囲から外れるように後方へと跳躍していた。

微かに振える腕を何とか静止させながら腰にかけた鞘から剣を抜き取り奴に向ける。

 

「へえ私とやり合おうって事かしら?」

「それはお前次第だな、このまま見逃してくれたら食料を幾つか分けてやる。どうだ?悪くはないと思うんだが?」

 

本能が全力で逃げろといっている。

遭遇するまでは敵感知による反応は微々たるものだったのだが、何かの擬態か奴が俺を獲物と決めつけた瞬間に後方からおぞましい程の謎の狂気にみたいたオーラーのようなものが湧き出し、俺の敵感知スキルの反応がいきなり危険ゾーンへと変化した。

 

「何を言っているのかしら、困った坊やね。ここは私たちオークの縄張りよ、ここに入った雄は何人たりとも逃しはしないわね」

 

フンスと鼻息を荒らげながらオークは体に力を溜め込む。

 

「それに不思議と坊やからはとても強い生命力を感じるわ、肉体はとてもヒョロヒョロなのに不思議ね…」

「…うわぁ」

「坊やの子供はさぞかし強い気がするわね、これは乙女の感よ!」

「こんなひでぇ乙女が居てたまるかよ‼︎」

 

ぞっとする奴の発言に思わず持っていた剣で奴の懐を切り裂く。

 

「あら。坊やかわいい顔して随分とひどいことするじゃ無い、私ますます気に入っちゃったわ‼︎」

 

意図せずに放った俺の一薙ぎは簡単に奴の手に収まるように捕まれ、糸も容易く防がれてしまう。

 

「はっ‼︎お前みたいな奴はこっちからお断りだぜ‼︎家に帰って自分でも慰めてやがれ‼︎」

 

このままだと完全に奴のペースに飲まれると判断し、皮肉とともに剣を掴んでいる奴の手首を思いっきり蹴り上げ把握を解き、剣の拘束を解放させるとそのまま再び後方へと回避する。

 

「あら、つれないのね…でもそんな坊やを屈服させた時に出る涙はとても甘いのよね」

 

じゅるりと舌鼓をして俺をどう痛ぶってやろうか考えいる奴に相対しながら思考を巡らす。

 

「おぞましい事言ってんじゃねぇぞ‼︎」

 

再び剣を構えて全身に支援魔法を巡らす。もはや素のステータスだけでは奴には到底敵わないと思い知らされたので、もはや出し惜しみしておく理由はない。

その状態を維持しながら今度はフェイントを交えながら奴に向かって横薙ぎを放つ。

それを奴は先程と同じように掴もうとするので、足運びに緩急をつけてタイミングをずらし奴の手を交わし懐へと潜り込む。

まだ完全に動きを習得したわけではないのでぎこちないが、それでもクリスから教わった事はある程度はできているのだろうか。そんな疑問を頭の隅で考えながら切り込むための一歩を踏み出す。

 

踏み出し、全体重を乗せた俺の一撃は見事に奴の側腹部を一線し、そのまま奴の後方へと切り抜ける。

 

「はぁはぁ…どうだ‼︎」

 

全体重を乗せた一撃は躱される事はなく奴の側腹部を切り抜いた、もしこれで奴にダメージを与えられたのならこの方法を繰り返していくだけだ。

 

「あら、やるじゃない」

「何…だと⁉︎」

 

切り抜いた奴に側腹部には、うっすら線が入っているだけで、俺の想像した切創は何処にもなかった。

どういうことだ?確かに手応えはあった、俺の攻撃が見逃された訳でも防御魔法を使った訳ではない。

で、あるのであれば考えられるのは一つだけ。

純粋な奴の防御力が俺の攻撃力を上回っているのだ。

 

「ごめんなさいね…あまりにも坊やが可愛かったから黙っていたのだけれど私に斬撃系の攻撃は効かないわよ」

「…マジか⁉︎」

 

近接タイプの癖に斬撃系に耐性があるだと⁉︎

もしもこれがゲームなら製作者側に文句の一つでも言ってやりたい所だ。普通物理耐性じゃなくて魔法耐性だろう、なに無茶苦茶なバフ付けてんだゴラ。

 

他にも色々と鬱憤が連鎖して思い出されるが、そんな事を考えている暇はないので頭の中からかき消す。

 

「坊やの得物はそれだけかしら?だとしたら諦めた方が良いんじゃないかしら?なぁに痛いのは最初だけよ、慣れれば直ぐにでも天国を味合わせてあげるわ」

「はっ‼︎文字通り比喩じゃなくて本当に天国にもってか‼︎良い加減にしやがれ」

 

再び剣を構える。

斬撃が奴に効かないのならそもそも奴の肉体を切ろうと思わなければ良いのだ。

 

基本的に日本刀は斬れるが海外の剣は叩き斬るといった本当かどうかわからない通説があるのだが、それに倣えばこの剣でも鈍器になるという訳だ。

物を斬る場合は当てるタイミングや角度そして抜くタイミングなど面倒な手順があり、それ故に斬れた時に与えるダメージや出血など様々な効果があるのだが、剣を鈍器として扱うのであれば単純な打撃系しか与えられないが、面倒な角度等などが大分緩和されるのだ。

 

硬い皮膚に対して剣が棍棒となるのであるのなら、斬るのではなく打力を持って奴を粉砕すればいいだけの事だ。

 

打力に脆い部分はクリスに身を持って教わっている。

要するに体幹ではなく、そこから伸びる四肢を狙えばいいのだ。四肢には体幹と違って神経が豊富なため受けた時に怯む可能性が多い。

 

「坊や中々に面白いことを言うじゃないの、ますます物にしたくなったわ」

「だからお断りって言ってんだろ‼︎」

 

俺を掴みにかかる奴の飛びかかりを済んでの所で側方へと躱し、そのまま奴の向こう脛へと剣を叩きつける。

 

「もらった‼︎」

「ぐっ‼︎」

 

やはり弁慶の泣きどころとはよく言ったもので、先程の斬撃ではびくともしなかった奴の表情が苦悶に満ちる。

 

足には脛骨と腓骨の2本の骨で構成されており、その周囲を筋肉が囲んでいると言う形になっている。そしてスネの前方だけ筋肉で囲まれていない箇所がありそれを弁慶の泣き所と言う。そこを叩かれると先程の奴の様にものすごい激痛に襲われることになる。

余談だが、骨の表面には骨膜が存在しそこには沢山の神経が集まっており骨折の時の激痛はこの骨膜の神経を傷つけた時に起こる痛みと言われている。

 

「はっ‼︎流石のお前も弁慶越えは出来なかったようだな‼︎」

 

剣を構えながらも高らかに挑発する。知能があると言うことは交渉もでき煽ることも心理戦もできるのだ。

 

「ふっふふふ、やるわね坊や…ここまで痛みを受けたのは久しぶりよ」

 

効いたと言っても単純にダメージ不足な為か、奴の苦悶の表情はすぐさま収まり体勢を立て直す。追い討ちを掛けようと頭を叩きつけるが、そこは奴も馬鹿ではないのですぐさま立ち上がり回避される。

 

「まだまだ余裕のようだけどな、それが何処まで持つか楽しみだぜ」

「あらやだ、ちょっとダメージを与えただけでイキがちゃってとても可愛いじゃない」

 

脛に痣が出来つつある状況でも奴は怯むことなく、むしろ親戚の子がやんちゃしたことを成長と見て嬉しそうにする叔母のようだった。

 

奴が余裕そうなのはそう見せて俺に精神的プレッシャーを与えようとしているだけだと自身に言い聞かせる。

力はともかくスピードは支援魔法を使っている俺の方が高く、奴の攻撃は大振りな故に躱すのにそこまで苦労しない。

ならばそのまま続ければやがては奴の体力切れを狙うことができるかもしれない。

 

「なんだか勘違いしたままで可哀想だから言ってあげるけど」

「何だよ」

 

俺が奴をどう追い詰めるか計算していると、奴はまるで気づいていないのねとため息を吐きながら俺に説明を始めた。

 

「私は先ほどからあなたを掴もうとしているだけで、一度も攻撃はしていないわよ」

「何…だと⁉︎」

 

言われてみれば確かに奴の攻撃は大振りでどれも俺に向かって一直線で…

 

「クソッタレが‼︎」

 

今更になって気づく。

奴の攻撃はどれも俺を取り押さえる為のものばかりで、一度足り共も俺にダメージを与える行為をしていなかったのだ。

そう、追い詰めた気持ちになっていたのが、気づけば自身が追い詰められていたのだ。

こんな屈辱は然う然うにない。

 

「そうよ‼︎その表情が見たかったのよ‼︎私は雄と交わるのも好きだけれどもイキった雄の心を折るのも好きなのよね‼︎」

「クッ…この性悪オークめ‼︎」

 

「ふふふ、満足させてくれたお礼に私の力を見せてあげるわ…ふぅーはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

「何する気だ‼︎」

 

今まで俺を痛ぶっていた奴の表情が歪み力を溜めたかと思うと、奴は近くにあった木陰を作り出していた木を一本両手で掴むと、一回の力みと踏ん張りでその木を根っこごとから引き抜いた。

 

「あら、思っていたよりも立派な木じゃない」

 

そう言いながらその木に生えていた枝や根っこを意外にも丁寧にへし折っていく。

そして、その樹木は姿を変え一本の丸太へと姿を変えた。

 

「これは…良い丸太ね。坊やはこの丸太を見てどう思う?」

 

太陽に丸太を翳し、うっとりと目を細めながら手に持ったものを吟味する。

その光景は何処かの技匠が自身の最高傑作を自賛するようだった。

 

「すごく…大きいな…ってまた丸太かよ‼︎もう良い加減にしやがれ‼︎」

 

何というメタ的な展開に驚愕する。

前回まで味方だったものが気づけば敵に回ってしまったそんな感じだ。

 

「あら奇遇ね、坊やも丸太を使ったことがあるのかしら?やっぱり私たち気が合うのね」

 

言葉とは裏腹にオークはその巨大な丸太を持ち上げこちらに向かって振り下ろす。

咄嗟にそれを側方へと躱すが、その巨体が地面にぶつかっただけで生じる衝撃がこっちにも影響及ぼし、バランスを崩されそのまま横へ転がる。

 

「さっきまでの勢いはどこに行ったのかしら‼︎」

「うるせーよ‼︎丸太は反則だろ‼︎」

 

転がりつつも受け身をとり体勢を立て直す。

バニルのいたダンジョンで活躍した丸太だったが、まさか敵に使われるだけでここまで厄介になるとは思わなかった。

 

…しかしどうしたものか。

先程まで攻略の糸筋が見えていたのだが、奴が丸太を使い出したことによりまた一から考え直しになってしまった。

どう足掻こうと剣であの丸太を切る事はできないし、かと言って叩いて破壊することもできない。

魔法攻撃ならと思ったのだが、生憎奴にダメージを与えることの出来るものは無く、ゆんゆん達は後ろに待機させたままだ。

 

「ほらほら、このままじゃやられちゃうわよ‼︎」

 

そんな俺の考えを否定するように再び奴は丸太を振り回す。

バニルに取り憑かれたゆんゆんですら数回しか振り回せなかったと言うのに、このオークはそんな事はお構いなしと容赦なくそれを振り回し周囲の地形を変えていく。

 

このままでは不利なっていくのは確実だ、ならば多少のリスクを覚悟してでも攻勢に出なければいけない。

 

「あまり使いたくはなかったんだけどな‼︎くらいやがれ‼︎」

「あら?何する気?それともようやく私の元に下る気になったのかしら?」

「それはお断りだってさっき言っただろう‼︎」

 

オークの放つ丸太の振り下ろしを寸での所で躱し、その丸太を両手で抱え込むように抱きこむ。

 

「何のつもりかしら?あなたの力で私の丸太を止めらると思ったのかしら?」

「さあな、それは見てのお…ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ⁉︎」

 

しがみついたのは良いのだが、それを良いことに奴に丸太ごと俺の上体を振り回される。

 

一体どんな馬鹿力してやがる‼︎

 

「どうしたのかしら?何か作戦があったようだけどこのままじゃいずれは吹き飛ばされるわよ‼︎」

「うるせえぇぇぇぇぇ‼︎これでもくらいやがれぇぇぇぇぇぇえ‼︎」

 

しかし、俺を殴りつけるのではなく振り回したのは不幸中の幸いだろう。振り回されながらも俺はあるスキルを放つ。

 

「何よこの炎‼︎消えないじゃないの‼︎」

 

女神からもらったチート能力黒炎を丸太に移るように発動させ、黒炎が丸太に完全に定着したことを確認すると、振り回す勢いを利用して間合いの外に出るタイミングで手を離し、そのまま着地して剣を抜いて構える。

そして、黒炎を消そうと振り回すが、その炎が消えない事を悟ると、いきなり何の前触れもなく俺に向かって丸太を投擲した。

 

「危ねぇ‼︎何しやがんだ‼︎」

 

寸での所で剣を当てがい、その軌道をギリギリだが逸らす事に成功しダメージは掠った腕の傷だけに抑えることに成功したが、代わりに俺の持っていた俺の愛剣が後方へと弾き飛ばされてしまう。

 

「中々やるじゃない、正直ここまでやるとは思わなかったわね。そこまで私と交わるのが嫌なのかしら?」

「ああ、悪いな生憎こっちは俺を待っている奴がいるんでな」

 

「待っている?あんた今まで女の子に相手されなさそうな雰囲気な癖に待っている女の子がいるのかしら?」

「まあな、悪いが先約がいるからお前はお断りだぜ‼︎」

 

売り言葉に買い言葉、ハッタリでも良いから奴に言い返さないと黒い炎で丸太を燃やした事で変わり始めた流れが戻ってしまう。

 

「他の女…」

「もしかして何も知らない初心な男の子が良かったのか?残念だったな‼︎」

 

何故かショックを受けている奴に追い討ちを掛けるように罵声を浴びせる。

正直自分で言っていて物凄く恥ずかしいし、これを録音されたら俺は一生その人に逆らえないほどの黒歴史となるだろうセリフを堂々と吐き出している。

 

「そ、そんな…い、いやあぁぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁあぁぁっl‼︎」

「…うわぁ」

 

正直ここまで嘆かれるとドン引きなのだが、これはこれでもしかしたら見逃してもらえるチャンスではないだろうか?

 

「だから俺のことはあきら…」

「なんて最高なのかしら‼︎見たことのないスキルを使う気の強い冒険者の心を折りながら、慕う女の子から坊やを寝取れるなんてそんなの幸せすぎて嫌になっちゃう‼︎」

「何でだよ⁉︎」

 

落ち込んでいた表情から一転、奴の表情は今まで見たことのないくらい恍惚とした表情で口からは過去最高に涎が垂れている。

その姿はオークバーストモードとでも言ったようだろう。もはやあれは理性を持った化け物ではなく、己の欲望に従ったモンスターへと成り下だがったのだ。

 

このような恐ろしい状況、たとえ逃走スキルを使ったとしても逃げ切るのは難しいだろう。

ならばここは力を持って抵抗しなけれないけない。

バニルの時ほどではないが支援魔法を最大限に使いながら自身の肉体を強化する。

 

一度使用したらタガが外れた様なもので、行きすぎた強化で体の負担は既に限界を超えてしまっているので、早く決めないと自分の魔法で自身の身を滅ぼしかねない。

剣が無い以上使える武器は己の肉体しかないのだ。

 

「悪いが、このままやられる訳にはいかないんでね」

 

クリスに教わったつけ焼刃の格闘技の構えを取る。教わった時間は短かったが、それでも学んだことは教わった時間以上だと俺の体に刻んだ傷が物語っている。

 

「構えたね…坊や…」

「はぁ?」

 

俺が格闘技に構えを取った瞬間に奴の歓喜の様な叫びは無くなり、場の空気は先程までの張り詰めた様なものへと回帰する。

 

「私が武器を使っているのは、一種の手加減みたいなものでね、相手を気遣っているってこと…こうして武器を捨てて素手でやると言うのは私を本気にさせたと言う事よ」

 

先程まで荒ぶっていた奴の呼吸は驚くほど落ち着いており冷静に見えたが、奴の目は完全に俺を捉えて離さないと言いたげで、まるで一発決めたような程にガン決まって血走ったものだった。

 

「それに驚いたね坊や…奇しくも同じ構えだ…」

「ああそうだな、鏡を見ているみたいで気持ち悪がな」

 

どう言った運命の悪戯なのか、俺と奴の構えは腕の位置・腰の高さ・重心共に全てが同じだった。

どう言う事か疑問に思ったが、今は考えるほどの余裕がないのでその後に考える事にする。

 

今はただコイツを倒す事だけを考えなければ色々な意味で死が待っている。

 

「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーっ‼︎」」

 

こうして男と漢?のぶつかり合いが始まった。

 

 

 




オークの戦闘が最後まで書ききれませんでした…


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紅魔の里6

遅くなりました。
誤字脱字の報告ありがとうございますm(_ _)m


「ふと思ったんだけどさ、クリスは自分より強い敵にあったらどうするんだ?」

 

とある日のとある修行中の休憩の時間、俺は彼女のシゴキにシゴかれ体力の限界を迎え、動けなくなったので地面に寝そべって休憩している。

 

そしてふと唐突に思いついたのだ。

これほど強い彼女がもし自分より強い相手に出会った場合に一体どの様にして対応するのか。

俺なら搦手を使うか全力で逃げるのだが、クリスは堂々とその敵に対して相対して立ち向かうのか、それとも何か秘策があるのか?

 

「強いって…どうするかと言われればその時によるとしか言いようがないけど…それに強いにも色々種類があってね」

 

俺が寝転びながら肩で呼吸をしている光景を積み上げられた資材の上から見下ろしながら彼女はそう言うと、よっこらせとそこから降りて地面に落ちている木の枝を拾い、俺の顔の横の地面に絵を描き始めた。

 

「強さと言っても時と場合や条件があるんだよ、単純に一撃の力が強いのかそれとも手数が多いとか魔力とか権力とか様々な条件があってその強さを確立しているわけだから、その相手の強さの根拠を突き止めてその弱点を探し出せば基本的には大丈夫だよ」

 

成る程な…

どんなに強い者でも必ず弱点があると言うことか。

しかし、純粋に自分の上位互換が現れた場合はどうすれば良いのだろうか?

…いや、そしたら自分がされたら嫌なことをすれば良いだけか。

 

「他にも地の利とかもあるよね、砂地とか樹木生い茂る森とかその場に適応した戦闘方法を熟知しているだけでも有利が取れて強いとも言えるよね、後は…」

 

それからいろんな条件下での強いの定義が彼女の口から語られ、中々に為になるのだが果たしてその手法を俺が出来るのかと言われればまた別だろう。

彼女とはステータスは近しいのだが、経験が俺よりも段違いに多いため戦えば比べるまでも無く彼女に軍配が上がる。

 

「それはそうだけどさ、何も手がない状態で純粋に己の実力で戦わなければならなくなったらどうするんだ?」

「うーんそうだね…」

 

今言った状況や周りの環境とかでは無くただ単に純粋な力比べになった時に相手に勝つ心構えや考えを聞きたいのだ。

何かしらのスキルがあるのか、防御の構えや合気道のような受けに徹した型があるのであればそれを学びたいものなのだが…

 

そんな考えの中、彼女は俺の質問に対して顎に手を当てながらうーんと再び考え出すと

 

「そうだね…そうなったら逃げるしかないかな…結局生き残れば勝ちだからね。まあ許されるのなら後から立て直して闇討ちだね」

 

パチンと最後に指を鳴らしてポーズを取る。

 

結局そうなるのか…

いつもながらクリスはブレないなと思いながらも意地悪にも話を続ける。

 

「もし状況的に逃げられなかったらどうするんだ?何かスキルとかあるのか?」

「えぇ⁉︎またとんでもない質問が来たね」

 

前回の質問を慌てて捻り出した為か、想定外の俺の追撃が来て慌てているのを取り繕うために再び顎に手を当てて考え出す。

 

「まあ、そうだね…とにかく支援魔法で身体強化して殴りかかるかな?喧嘩は…じゃなかった、戦いは勝負とは違って生きるか死ぬかだからね諦めた方が負けってこと。つまり負けたと思わなければ必ず勝つって寸法さ‼︎」

「嘘⁉︎俺の師匠脳筋過ぎ‼︎」

 

思わずに口元に両手を押さえる様に当て何処ぞの広告のように悲痛の叫びを上げた。

 

確かに勝負は一本有りだとか点数とか勝ち負けの基準があるが、戦闘になれば最後に立っているのが勝者になるのでそこにルール等々はなく、簡単に言えば殺し合いであるのだ。

ミツルギなんかも自分のルールに囚われて対人戦にはギャップを感じて不利になりそうな感じがしなくもない。

 

…まあ、だとしても倒れるまで殴りかかるは横暴だろう、今まで散々言っていたテクニックとか何処に行ったんだよ。

 

「あはははは…」

 

ポリポリといつもの癖なのか頬を掻きながら目線が明後日の方向に向く。

 

やっぱり言えない事があるのか、それとも普通に盗賊なことあって小手先でどうしようも無くならない様に常に何かしらの作戦を考えているのか。

 

「…まったく、そんな事考えてないで次のステップに行くよ、今度は休憩中に余計な事を考えるくらいの余裕が無くなるくらい厳しめに行くよ」

「やべっ⁉︎」

 

薮蛇ってしまったのかクリスの表情が恐ろしいものへと変化する。

どうやら俺はとんでもない事をしてしまったようだ。

 

まあ、結局の所自身よりも実力の高い相手と戦わなくてはいけない時は事前に作戦を練っておき、それでもダメであれば政治的に倒すか逃げた後で隙を見て闇討ち、そして何も事前準備ができなく逃げられない状況にあったら普段から想定していた作戦を使用し、それらが叶わなければ逃げる自身の命を賭けて立ち向かうしかないと言う事だ。

 

…果たしてそんな状況がこれからやってくるのだろうか?

できれば来ないで欲しいが、俺のパーティーには多技のゆんゆんに一撃必殺のめぐみんが居るので、突然の場合は2人に頑張ってもらえば最悪なんとかなるだろう。

結局の所で他力本願なのは痛い所だが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ行こうと思うと思うけど準備はいいかい、坊や?」

 

互いに構えを取りながら静止しはや数十秒、俺達の間には一触即発の様な緊張感が漂っている。

調子に乗って1人でこの状況まで来てしまったが、オークが女と途中で分かった時点で彼女らを呼び戻しておけば良かったと今更に思う。

 

しかし、今は目を離せば奴からの強力な一撃が飛んできて俺を破壊しそうだ。

 

 

「ハッ‼︎いつでも来やがれ」

 

ハッタリをかまし、奴を誘う。

天気は晴れで風はひとつも無いと言うのに、まるで嵐の中にいるようなビリビリとした緊張感が俺を包み込み、足がかすかにだが震えてきている。

人間誰しも極限状態で緊張が限界に達すると震えだすと言うが、どうやら本当の事らしい。

 

「それじゃあ行くわよ、坊や‼︎」

 

ダッと奴が地面を蹴り上げると同時に拳を振り上げこちらに向かって迫り来る。

攻撃自体は単純なストレートだが、先程奴が言っていた様に武器を使用していたのは手加減だった事は本当の様で迫り来る迫力は先程とは段違いで、まるで2D映画から3D映画に切り替わった様だった。

 

しかし、それを見せつけられてハイそうですかと引き下がる訳にはいかず、俺は俺で考えながらも抵抗しないといけないのだ。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」

 

迫り来るやつに対して対面するように、こちらも地面を蹴り駆け出す。

 

「まさか私の攻撃に対して正面から立ち向かってくるなんて嬉しいわね、感動しちゃう‼︎」

「うっせぇわ‼︎」

 

憎まれ口を叩きながら奴の殴りかかりを寸んでのところで回避し、勢いそのまま脛を蹴り上げる。

奴の事だ、どうせこのままではダメージが入らないのでそのまま追撃に入るために体を回旋させ奴の脇腹に肘を打ち付ける。

 

喧嘩・戦いにも悲しい事にターン制のような物があるので、やり尽くしたら一度引かなければいけない。

でなければ呼吸が間に合わなくなり酸欠となってブラックアウトしてしまうからである。

 

「あら、もう終わりかしら?それじゃ今度は私の番」

「何⁉︎」

 

一旦距離を取ろうと後方へと飛んだ所でその足を掴まれ、そのままジャイアントスイングの如く俺の体を振り回していく。

 

「どうする坊や?このまま私達の愛の巣まで飛んで行こうかしら?」

「そんな気持ち悪い場所に行ってたまるか‼︎」

 

俺の足を掴んで逃げられなくしたのはいいが、そのまま振り回して俺を飛ばそう物ならそのまま俺が逃亡を図るものだと思ってか、締めをどうしようか決めあぐねているようだ。

うわーと最初は思ったが、こうもグルグルと振り回されると一周回って冷静になってくる。

 

「いい加減にしやがれ、頭に血が上って後々大変になるだろ‼︎」

 

掴まれている脚の膝を折り曲げながら反対の脚でガラ空きになった奴の顔面を蹴り飛ばし、そのまま上体を回旋させ体を捻りながら地面に受け身を取りながら転がり立ち上がる。

 

「中々ひどいこと言うじゃない…それにあの状況で私の片目を潰すとは中々にやるじゃない」

「ハッお前だってちゃっかり蹴られた瞬間俺の足首を捻り潰しているじゃねえか」

 

そう、奴を蹴り飛ばし地面に転がりながら立ち上がる際に足に激痛を感じ足元を見てみると、何処ぞのB級映画の如く雑に俺の足首が明後日の方向へと何周も捻れてしまっていた。

奴の方へと目を向けると、たまたまだったのだが俺の蹴りが見事に奴の片目へとヒットして眼球を破裂させていたのだ。

 

「ええ、私から逃げようだなんておかしな事を言い出すから、いっその事逃げられない様に足をもいでおこうかと思ってね」

「怖⁉︎サイコパスかよ‼︎」

 

何処ぞのヤンデレキャラのようなセリフを吐きながら奴は両頬に手を当て体をくねらせる。

恐るべき愛情…いや欲と言った所だろうか?

あんなものはアニメの可愛いキャラが言うから可愛いのであって、現実の生物が言うものでは無いのだ。

 

…ふざけるのはここら辺にしてそろそろ本気で方をつけなくてはいけない。

回復魔法で捻り壊された足首を修復する。

 

普段回復魔法はよく使うのだが、支援魔法の反動によるダメージがメインであまり大きな外傷をしなかったので、大きな怪我をしても擦り傷が埋まる様に治るような映像作品のように綺麗にふわふわした感じに治るかと思っていたのだが、現実は非常で捻れた方向とは真逆の方に足首が回転して元の位置に戻り腫れが徐々に引いていった。

 

「うわ…結構えぐい治り方するんだな…今度は見ないでおこう」

 

グロテスクなものはあまり苦手では無いのだが、実際に自身の体がエグいことになると流石の俺でも少し気分が悪くなる。

よく交通事故で自分の腕が明後日の方向へと折れていても気絶していない事があり、周りの人が腕を指摘して本人が気づいて折れた自身の腕を見た瞬間気絶するみたいな話を聞いたことがるが、あながち嘘じゃないんじゃないんじゃ無いかと思う。

 

「へぇ、あなた回復魔法を使えるのね。てっきり戦士かと思っていたのだけれども意外ねぇ、坊やはプリーストなのかい?」

「いいや、俺はただの冒険者だよ。残念だったな予想が外れて」

「いいえ、むしろ感動しちゃったわ‼︎冒険者でここまでやるだなんて実力だけでここまでやって来たのね‼︎」

 

ますます欲しくなっちゃったわ‼︎と奴はそう言いながらこちらに飛びかかってくる。

 

「いい加減にしやがれ‼︎いつまでのお前の婚活に付き合っている暇はねぇんだよ‼︎」

 

迫り来る奴の抱え込みに対して状態を逸らしながら躱し、その隙に踏み込んで奴の肩に拳をめり込ませようとするが、奴はそれを事前に気づいていたのか躱し俺の腹部目掛けて思いっきり拳を振り上げる。

 

「ごはっ‼︎」

「まだまだよ‼︎」

 

奴の強すぎる力に対して俺の体は上方へと飛び、奴は痛みに悶えている俺の足を再び掴むと半回転しながら地面に叩きつける。

地面に叩きつけられ全身に痛みが走ったが、それだけでは終わらず再び俺の体が浮遊感に包まれる。

 

どうやらもう一度俺を叩きつけるつもりだろう。

いくらでも回復魔法で傷は治るかもしれないが、体が受けたダメージを治すことはできない以上これ以上はまずい。

 

「なろ‼︎」

 

持ち上げられた瞬間にすかさず俺を掴んでいる奴の手に空いている方の脚で踵落としをして拘束を解く。

 

「甘いわよ‼︎」

 

そのまま地面に着地して反撃に出ようかと思っていたが、奴の表情は驚愕ではなく予想が当たったというしたり顔である事に気づきすかさず防御を取ると、俺の腹部めがけて全力のストレートが飛んできた。

事前に気づけたので防ぎはしたが、完全に威力を殺すことは出来ずに俺の体は飛ばされ地面に激突して転がりだす。

 

「ごはっ⁉︎」

 

転がり終えると回転していた視界が戻り、気づけば明るかった視界に影がさしている事に気づき体を捻らせてその場から逃避すると、丁度先程まで俺がいた場所に奴の踵落としが振り下ろされていた。

 

「飛ばされたからって油断してると天国に直行よ坊や」

「…ハッ、お前に従えば結局天国行きじゃねぇか!」

「あら、上手いこと言うわね。わかっているなら諦めて私について来ればいいじゃない、このままだと痛い思いをしながら天国だけど、私の元に来れば気持ちよく天国に行けるわよ」

「俺からしたらどっちも地獄だよ‼︎」

 

叫びながら奴に向かい攻撃を仕掛ける。

奴の掴みてをはたき落とし、その反動を利用して奴の潰した目の方の顔面へと蹴りを入れる。

そして残った方の脚で奴の体を蹴りながら回避しようとしたが、その蹴りを奴の手で払われて体勢を崩される。

そしてその隙を狙って奴の拳が飛んでくる。

 

奴の事だ、俺の体を綺麗な状態で回収したいと致命的な所を狙う筈はないと踏み、そこに掌を回すと予想通りに奴の拳が当たる。

強すぎる奴の力に手が痺れそうになるが、ほとんど感覚の手癖で掴みながらそこを支点にして体を半回転させ奴の顔面に膝蹴りを喰らわせる。

 

そこで終われば次がまた来るので次の手に移ろうとすると、上から奴の拳が振り下ろされ地面に叩きつけられる。

そして追撃の足による踏み付けをなんとか回避して立ち上がり再びくる奴の渾身のストレートを防ぐ。

 

躱す事が距離的にも間合い的にも無理だった為防いだのだが、やはり威力を殺しきれずにそのまま後方へと吹き飛ばされそうになる、スキルを使用してなんとか留まるが、地面にタイヤ痕を残すように後をつけながら後方へ滑っていき、後方にあった樹木に当たり停止する。

 

何故こんな所に木が?と思ったが戦闘に集中するあまり、吹き飛ばされて少し奥に進んでいた事に気づかなかったようだ。

 

「しまっ⁉︎」

 

止まった安堵感と同時に危機感に囚われる。

目前にはオークが迫ってきているのに対して、俺の上と後方には木が生えており逃げ場が側方へと固定されてしまっている。

 

…逃げ場が無い‼︎

 

「追い詰めたわよ‼︎坊や‼︎安心してたとえグチャグチャになってもアレがあるなら躊躇いなく愛せるわよ‼︎」

 

奴は両手を広げて左右の退路を塞ぎそのまま俺に向かって迫ってくる。

それに対して俺のできる手立てはなく、ただ防御に徹するしか無いのだ。

 

「ゴハッ‼︎」

 

奴のタックルに対して念のために取っておいた防御スキルを使ったのだが、そんな抵抗虚しく木とオークとでサンドされ、あまりの痛みに視界がぶれる。

 

「これで終わりかと思ったら甘いわよ‼︎」

 

挟まれあまりのダメージに気を失いそうになり踏ん張るが、それを楽しむかのように奴は拳を握り連打を繰り出してくる。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ‼︎」

 

腕を前に出し防御スキルを使いながら奴の攻撃を防ぐ。

奴の攻撃力に対して俺の防御力はスキルを使ったとしても差を埋めることは出来ず。所々腕が折れては回復魔法を使いながら奴の攻撃を防ぐ。

 

「どうしたのかしら坊や‼︎黙って防いでばかりじゃ戦いにならないじゃ無い‼︎それとも女の子に殴られ続けられるのが趣味なのかしら‼︎」

「…」

「いい事を聞いたわ‼︎今晩坊やと致す時は乱暴にシてあげるわ‼︎」

 

全力で防いでいる最中奴は一方的に痛ぶっている為か気分が高まり訳の分からない事を叫び出した。

 

しかし、このままだと不味いな…。

どんな人間にも攻撃を続けていけば必ず一呼吸が入ってしまうのだ、俺自身それを懸念して蓮撃は抑えているのだが奴からは一向に息継ぎする気配がない。

やはりオークと言う規格外の生物だからだろうか?

 

隙が無いと言う事になったら反撃のチャンスがなくなると言う事になる。

ポケットに忍ばせたマナタイトがある限り奴の連撃を耐える事ができるのだが、反対にそれが尽きるまでに何かしらの反撃を考え付かなければ俺の体が色々な意味で天国へと向かってしまう事になる。

 

「どうしたのかしら‼︎少しは何か言ったらどうかしら‼︎」

 

殴られながらなのか、次の手が何も浮かばない。

避けて立ち向かおうにも一度防御を解かなくてはいけない。そうなれば奴の攻撃を受けて木に叩きつけられた後、張り付けられてサンドバック状態になるのがオチだろう。

 

では、どうすればいいのだろうか?

 

…ああ、そう言えば。

 

前に思いついた作戦を思い出す。

それをすれば最悪俺自身も巻き添えになってしまうリスクを孕むのでやりたくは無かったのだが、このまま行けば結果は同じだろう。

ならばリスクを持って勝利というリターンを得るしかない。

 

「オーク‼︎これでも喰らいやがれ‼︎」

 

連撃の最中奴に向かって手を突き出す。

防御を一時的にだが解いてしまった事により、奴の拳を左肩に貰ってしまったが今はそんな事を気にしている場合ではない。

 

肩のダメージを無視し、俺は奴に向かって黒炎を放つ。

体力的なものと、後に続く作戦を計算して出せたのは小さな火球だったが、威力はどんなサイズでも強烈だと言うことはこの世界に来てから実感している。

 

「どんなものが出てくるかと思ったら、こんな小さな炎なんて随分とお可愛いこと‼︎」

 

奴はそれを侮っていたのだが、野生の直感かそれとも生物として火を恐れる本能なのか言葉とは裏腹に俺の放った黒い火球を上体を逸らして躱す。

 

避けられた…

しかし、それも計算の内。

あの火球を侮りそのまま火ダルマになればそれが一番良かったのだが、そうはならないだろうと思い次の作戦を準備している。

 

その作戦は単純なもので、支援魔法を全力で拳に纏わせ奴の体を穿つと言ったものだ。

殺すことは出来ずとも奴の動きを一時的に無効化できることは可能だろう。そうすれば遠くに居るであろうゆんゆんを呼び出す事が出来るので止めをさしてもらおう。

 

「もらった‼︎」

 

そして奴が火球を避けた瞬間にその瞬間は訪れた。

奴自身俺の火球を避けた自分自身に驚きを隠せない様だが、どんな達人だろうとも予想外の事が起きたら隙ができる、その瞬間に奴に一撃を入れるのだ。

 

「甘いわね坊や‼︎何か嫌ものを感じたから避けたけど、そこまで簡単に隙を作るほど私は甘くはないわよ!」

 

俺が仕掛ける事を予想していたのか、俺の放とうとする渾身の一撃を奴は後方へ飛んで躱そうとする。

 

「させるかよ‼︎」

「何よ⁉︎」

 

しかし、そこは自分の方が一枚上手だろうと自負したい所だ。

奴が後方へと飛ぶ瞬間に奴の爪先を踏み込む脚で踏みつける。人型である以上呼吸は違っても動きは似るものだろうと思う。

そう、奴は俺に爪先を踏みつけられた事で瞬間的に後方に下がれなくなってしまい、その後方に下がろうとするエネルギーは行き詰まり、バランスを取るために前傾するという運動に加算される。

つまり、奴の体は必然的に俺の元に向かって来る事になる。

 

「今度こそ終いだ‼︎」

 

戻ってきた奴の体を全力を込めた拳で貫く。

戻ってきた奴の運動エネルギーと俺自身の全部をかけた一撃に挟まれる事による力を無防御の状態で全て受け止める。

手応えは今までの跳ね返される様なものとは違い、奴の体の奥深くへと沈んでいくものに変わっている。

 

そして、そんな攻撃を行った俺に対して何もない訳は無く、やつを殴った腕から足にかけての半身にヒビが入る様な感覚と共に、腕の感覚が消失した様に力が入らなくなる。

 

「…はぁ…はぁはぁ」

 

俺の一撃が綺麗に鳩尾に入った事により奴は気を失い、そのまま後ろの力無く倒れ口から泡が出ていた。

 

勝った…

 

誰の力も借りずに1人の力でモンスターに勝つ事が出来た。

皆からしたらどうもない魔物かも知れないが、それでも事前の作戦もなく単純な力でヤツに勝ったのだ。

 

達成感か、それとも奴を倒した事により緊張の糸が切れたのか立っていられなくなり、ストンと膝から崩れ落ちて尻餅をつく。

 

 

 

そうだ、ゆんゆんを呼ばなければ。

地面に座り、放心状態になっているとゆんゆん達の事を思い出した。

彼女たちは遠くで俺を見ている筈だったが、そろそろ来てもいいだろう。それに最悪途中で助けに来るもんだろうと心のどこかで思っていたが、彼女からの増援は無かった。

もしかして勝手に戦った事で呆れられて先に言ったのだろうか?

 

そういえば途中からうるさかったなと思いながらとりあえず目線を前に向けるとそこには先程倒したオークが居た。

復活したと思ったが、目の前には先程倒したオークが現在も泡を噴きながら伸びていることから、こいつは別個体だろう。

 

「嫌ぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁああああっぁぁぁあっぁぁぁぁぁあっぁぁぁあぁぁぁあぁ⁉︎」

「あら一族でも実力のあるスワティナーゼをモンクでないのに拳で倒すなんて、貴方とっても素敵ね‼︎私と交わらない?」

 

そして、そいつも俺を求めてくる。

 

「…ああ、モテる男って辛いな」

 

相手は人間じゃないけど…

 

「どうかしら?」

「悪いけどお断りかな」

「そう…できれば同意の下で行いたかったんだけど…それじゃあ仕方ないわね」

 

やはりそうなるのかよ‼︎

内心突っ込みながら逃げる算段をするが、俺の半身は生憎先程の戦いでヒビまみれになっており力が入らずに動けない。

そして残念な事にマナタイトも先程の戦いで全て使い果たしてしまったので、残りは全てゆんゆん達に渡してあるバックに入っているものだけになる。

 

どうしようもない詰みに、やっぱり調子に乗って1人で向かうんじゃ無かったと後悔するが、時すでに遅し俺はどうやらこの後天国という名の地獄に落ちなくては行けなくなってしまった。

 

「それじゃあスワティナーゼには悪いけど、せっかくだしここで戴いちゃおうかしら‼︎」

 

スワティナーゼと呼ばれ先程まで死闘を繰り広げていたオークを奴はどかし俺の元へと向かう。

そして動けなくなった俺に対して覆い被さるように手を伸ばし、俺の上に乗っかってマウントを取ると俺の衣服に手を伸ばしボタンを外し始める。

抵抗しようともがくが、全身に力が入らないのと奴の力が強い事の両方の要因により手も足も出ない。

普段襲われる女性の恐怖がここまで凄いものだなんて知らなかった。

ああ、もうだめだ…お終いだ‼︎

 

「私のカズマさんに手ぇ出してんじゃないわよ‼︎」

「え?」

 

突如後方から声がした後に死角からゆんゆんが飛び出して来たかと思うと、そのまま奴の顔面に飛び膝蹴りをお見舞いして吹き飛ばしてしまった。

 

「カズマさん無事でしたか‼︎救出しようかと思ったのですがこちらに向かっていた他のオークと戦ってたら遅くなってしまいました」

 

彼女は俺が死闘を繰り広げていたオークを一撃で倒してしまい、そのまま俺に対して遅くなったことを詫びた。

ゆんゆんェ…強すぎだろう。

 

「…カズマが心配で急ぐのは分かりますが、私をここまでぞんざいに扱うのはどうかと思いますよ」

 

そう言えば手に何か持っているなと思って目線を下すと、彼女の手元には何故かボロボロになっためぐみんの首根っこが掴まれていた。

 

「あ、ごめんめぐみん…でも私が掴んでなかったらメスとは言えオークに捕まって大変な事になっちゃうかと思って」

 

どうやら戦闘の間爆裂魔法の使えないと言うか、使ったら自身を巻き込みかねないめぐみんを守る為、彼女を掴みながら戦っていたのだろう。

 

「そう言えばカズマは何故オークになんて喧嘩を売ったのですか?オーク相手ならカズマが潜伏を使って私たちが先頭を歩けば見逃して貰えるというのに」

「そうですよ、何故わざわざオークに喧嘩を売ったのですか?オークは異性に対しての特効を持っていますので相性が最悪なんですよ?」

 

はいどうぞとゆんゆんは俺が預けていたバックからマナタイトを数個取り出して俺に渡すと、それを見ていためぐみんが思い出したように質問しゆんゆんも追随してくる。

と言うかオークに対してそんな対処法があるのかよ。

 

「いや、そうなんだけどさ?オスの可能性もあったじゃん、そうなったら2人が危ないなと思ってさ」

 

思った事をそのまま言う。

先程の作戦はあくまでメスだったから出来た作戦であって、もしあのオークが雄なら最悪な事になっただろう。

 

「いえ、あの…カズマさん…オークのオスは昔に絶滅して今はメスのオークしかいないんです」

 

上司の間違えを否定するかの如く申し訳なさそうに彼女はそう言った。

 

「え?この世界にオークのオスは居ないの?」

「残念ですがいませんね。カズマの住んでいた国にはオークが居なそうなので分からないとは思いますが、紅魔の里周辺のオークのオスは随分前に絞り尽くされて精魂と共に命までも尽きたとされていいます」

 

仮にオスが産まれても成人になる前に干からびて亡くなってしまいます、と後に彼女は続ける。

 

つまり俺の心配は無意味だったと言う事になる。

早く言ってくれれば良かったのにと思ったが、そういえばジェスチャーを送る際に何か伝えようとしていたことを思い出し、それが合図だったのかと思いため息を吐いた。

 

「まあ、カズマさんが無事でしたので良かったですよ。いきなり喧嘩を売り出したので助けようかと思ったら他のオークがカズマさん目掛けて走ってくるので、そのオーク達と戦うので精一杯でした」

「そうですよ、この御時世男性の冒険者はこの辺りには現れませんからね、オークからしたらオスのカズマはほっぺたの落ちるほどにご馳走だったわけですよ」

 

成る程な…

怪我を回復魔法で治し、なんとか気力で立ち上がり周囲を見渡すとそこには数十頭のオークが色々な体勢で伸びていた

 

「これ全部ゆんゆんが倒したのかよ…」

 

戦いに集中して気づかなかったが、ここまでやっていたとは…。

今後彼女怒らせない様にしなければ、と心に誓ったのだった。



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紅魔の里7

遅くなりました。
誤字脱字の訂正ありがとうございます。m(_ _)m


回復魔法で全身のダメージを治癒したが、依然として抜けきらない疲労を背負いながら周辺を見渡す。

辺りにはゆんゆんが薙ぎ倒していったオーク達が伸びていたのだが、その中に見慣れたものを見つける。

 

「おっあったあった。てっきりもっと遠くに飛ばされたのかと思ったよ」

 

戦闘が白熱し気づけば元々いた場所よりもだいぶ遠くに移動していたので失った魔法剣も遠くにあると思っていたのだが、不幸中の幸か飛ばされた方向が進行方向だった為、意外にも近くの地面に突き刺さっていたのだ。

 

「何か刺さっているとは思いましたが、やっぱりカズマさんの剣だったんですね」

「まあな、コイツだけは絶対に手放さないと決めていたんだけど結局飛ばされちゃってな」

 

やれやれと地面に突き刺さった剣の下へと歩いていき、柄を掴むとそのまま上へと引き抜きその刀身を目を凝らして眺める。

元々筋力パラメーターの低いのだが、それでも俺の手から弾かれるほどの圧力を外部から受けた以上刃こぼれを起こしている危険があるからだ。

 

この剣を買った店曰く、この魔法剣はこのアクセルに関して滅多に出回らない物であるらしく、高い値段相応に質が良いらしい。

そして、刃こぼれしたらすぐ直しに来いとまで言われており、それ程までに気にかけるのであればこの剣は相当な業物なのだろう。

 

「…良かった。特に刃こぼれして無いみたいだ」

 

光に当て角度を変えたりして刃を確認するが特に目立った傷等々は見つからなかったので安心する。

これから紅魔の里に行く以上、アクセルに戻るのは少なくとも明日以降になってしまうので、ここで武器を使用不可にされるのは堪ったものではない。

 

「そういえばいつもその剣大事にしていますね。やっぱり何か曰くとかあるんですか?」

「いや別にないけどさ、やっぱり最初に買った高い剣で今まで色々と共に過ごした物だからな、それなりに思い入れがあるんだよ」

 

剣を鞘に収め腰に戻すと、ゆんゆんが横から話しかけてくる。

 

「まあ、とにかくここを離れようぜ。コイツらがいつ目覚めるかわからない以上長居して目覚めでもしたら大変だからな」

「そうですね。マナタイトの予備はまだありますが、またこの数を相手にすると残りの道で他のモンスターと遭遇した時の対処が間に合わなくなりそうですね」

 

バックに入っていたマナタイトの数はアクセルを出た時よりも半分程まで数を減らしていた。

あの凶暴なオークの事だ、すぐに目覚めて俺たちを再び襲うだろう。そして、それをゆんゆん達が再び掃討したとして残るマナタイトは残り僅かだ。

紅魔の里までの道のりはまだ半分程で、相手取るのはゆんゆんになるのでこれ以上の消費は抑えたいところだ。

 

ボーとしているめぐみんに声をかけ3人集まると、先程と同じように俺を先頭にして先を進む。

本当ならオークの戦いがトラウマになりかけているので俺を後方にして貰いたいが、基本オークは群れを好むそうなのでアイツらが目覚めて追っかけてくるまでは遭遇する事はそうそう無いとのことだ。

 

 

 

 

平原を進み森へと場面は変わる。

先程までは俺達は距離を取っていたのだが、今回は森で隠れるものや他の生物の気配が沢山あるので先程まで使えなかった潜伏が使える様になったのだが、何故か2人とも俺の体に紐を巻きつけそれを掴みながら進むことになっている。

…え、俺はペットなの?

てっきり前みたいに肩とかに触れるか、手を繋ぎながらとかだったのに今回はバニルから買い取ったのか、盗賊スキルの共有の効果がある紐を取り出して気づけばこうなっていた。

 

紅魔の里は元々隠れ里のようなもので一般的に見つからないと言われていたらしく、ベターだがこうした深き森林の中に隠されているらしい。

…まあ、今は観光業の収入が多いためこうして大々的にされているらしいが。

隠れ里とは一体?

それでも昔は森に辿り着かれないように迷わせるような術式やら魔法が施されていたらしいが、現在では見る影がない。

 

「そう言えば紅魔の里ってどんな感じなんだ?雑誌とかでよく見る秘境とか言われてるけど、住んでる身としては違うだろ?」

 

拾った枝で木々の隙間に張り巡らされた蜘蛛巣を振り払いながら進んでいる途中ふと思った。

観光地でも旅行に行くのと暮らすのではまた見え方が違うと言うのはよくある話だろう。ならばこれから見るであろう表の顔と見えないであろう裏の顔両方を知って、それを側から見て楽しむと言うのは面白くないだろうか?

 

「そうですね…側から見れば秘境とか言われていますけど、私たちからすれば故郷ですから。よくある村みたいなものですよ…ただ」

「ただ?」

 

自分の里について説明を始めた彼女の語尾に何やら不穏な言葉が付随した。

 

「いえ、なんでもありません…カズマさんのことですから行けばきっと分かりますよ」

 

フッとセンチメンタルに思いを耽りながら彼女はそう言うと目線をめぐみんの方向に向ける。

どうやら彼女のトラウマスイッチ的な地雷を踏んづけてしまったのだろうか?

 

「…何故このタイミングで私に目線を向けるのでしょうか?詳しく説明お願いいたします」

「あっ」

 

話には入ってこなかったが一応話を聞いていた為こちらを見ていたのか、ちょうどゆんゆんが横を向いたタイミングで目が合ってしまった。

ゆんゆんはめぐみんの方向を見たのか、それともただ横向いたのかその真意は不明だが分かることは今現在めぐみんに組み伏せられていることだけだ。

 

「痛たたたたたたたたたたたたたーっ⁉︎」

「さぁ‼︎詳しく説明して貰おうではないですか‼︎私が居ることで何故里に憂いがあるのでしょうか‼︎」

「違うの‼︎別にめぐみんが何かしたとかそう言うのじゃないの‼︎」

 

あーまたやっているよ。

というか紐が俺につながってるから漏れなく俺も引っ張られ…痛たったたたたたたたたたたたたったたた‼︎

 

「痛てーよ⁉︎俺を巻き込んで暴れるな‼︎潜伏スキル使っているからって大声までは隠せないんだよ、他のモンスターに気づかれたらどうすんだよ‼︎」

「きゃあ‼︎」

 

紐を手繰り寄せ2人の体勢を崩し抵抗しないと踏んだところで説教する。

俺の潜伏スキルでは姿や気配や小声くらいなら隠せても、じゃれつくような大声までは隠し通せないのだ。

 

「いてて、それくらい分かっていますよ。ですが、それでもやられたらやり返すのが紅魔族というものです‼︎」

「うるせーよ‼︎敵にバレたら最終的にやられるのは俺たちなんだからな‼︎」

 

キリッとキメ顔をするめぐみんに怒号を飛ばす。

なんかゆんゆんが里の紹介を躊躇ったのがわかる気がした。

 

「ゆんゆんも何か言ってや…」

 

めぐみんを正座させ説教しながらゆんゆんにも何か言ってもらおうと目線を上げ、ゆんゆんの方向へと向けようとした時だった。

 

「…」

「…」

 

めぐみんを挟んで正面にそいつは居た。

身長はおおよそ130センチあるか無いかで、肉付きは少なくほっそりしており力がない様に見えるが俺を見たその眼光は紛れもなく獣のようで…

 

つまりオークではないが人型のモンスター、多分だが小鬼だろう。

単体ではそこまで危険はないのだが、それ故オーク以上に群れて行動するため厄介だとギルドで聞いたことがあったが、聞いた話での生息場所はここでは無く何処か別のところだっと言っていた。

 

何故こんな所に?

前の生息地で何かあってここまで追い詰められたのか?

しかし、そうだとしたら少なくともモンスターの強い紅魔の里周辺に来るだろうか?普通に考えればもう少し安全な所に来るだろう。

 

そう言えば俺の世界では本来の場所に居ない外来種は、おおよそ人間の手によって運ばれていきた本はペットだったものって話が常設だったが、果たして小鬼を飼うだろうか?

…いや流石の紅魔族でもそこまではしないだろう。

 

だとしたらゆんゆんの手紙にあった様に魔王軍がそこまで迫って来ているのか?

 

「居たぞーっ‼︎紅魔族のガキ2人に男1人だ、早くこっちに来てくれ‼︎」

 

目が合い、はや数秒のち先に声を上げたのは俺ではなく小鬼だった。

しかも人間の言葉を喋り出すときた。

本来喋らない下級モンスターが喋り出した時は例外を除いて魔王軍の関わりがあると前に誰かが言っていた気がする。

ならばコイツらは魔王の配下になるだろう。

 

すっかり忘れていたが、紅魔の里が魔王軍に襲われかけて危なかったのでここまで来ていた事を思い出す。

気をつけて置くべきは野生の強力なモンスターだけだと思っていたが、魔王軍の連中もいる事を失念していた。

野生のモンスターだけなら最悪なんとでもなったが、知能を持っているとなると話はまた別になる。

 

「チッ‼︎なろ‼︎」

 

考えるよりも早く体が動く。

叫ばれてしまった以上仲間がここに向かって来るのは道理、一度見つかり視界に入ったままの状態で再び潜伏は使えないので、踏み込みできる限り最速で小鬼の首を勢い良く引き抜いた剣で跳ねる。

 

「ぎゃっ」

 

首を刎ねて飛び散る血を風の魔法で弾きながら周囲を感知スキルで探る。

奴が叫んで仲間がこっちに向ってくる前に彼女らを連れて里に逃げ込まなければいけない。

この狭い森の中だ。囲まれたら一巻の終わりだ。

 

「マジかよ…」

 

感知スキルによって現れたのは夥しいほどの魔物の反応だった。

質の悪い烏合の衆だったらゆんゆん魔法で一掃できるのだが、いくつか混じって強い個体の反応が混じっている。

 

反応は元々こうなる事を予想して配置していたのか、俺たちを囲む様にに躙り寄りながら向かっている。

こうなってしまえばめぐみんを庇いながらゆんゆんと長い攻防戦を繰り広げなくては行けない。

 

「カズマさん‼︎」

 

小鬼の残った首から下の遺体を蹴り飛ばし、ゆんゆんにアイコンタクトを送ると何かに気づいたゆんゆんが叫びながら俺の後方へと指を刺した。

 

何だと思い後方へと視線を向けると、上空から鳥型のモンスターが一羽を先頭に複数体が俺目掛けて急降下してきた。

 

「マジかよ‼︎」

 

意識外からの攻撃。

下手に感知スキルを弄った事が災いしたのか、空への警戒を失念してしまい鳥型の接近を許してしまう。

 

この距離間合いならゆんゆんの魔法でも間に合うとは思えない。

 

「次から次へと、魔王軍っていうのは本当にめんどくさいな‼︎」

 

幹部単体とはいくつか死闘を繰り広げたのだが、群として相対することは今までに無かった。

ゲームでも良くあるボスが強い個体一匹よりも中ボスクラスの敵がわんさか湧いて来る戦いが厄介だという現象だ。よく言うマルチタスクという奴だが、男性脳である俺には如何にも苦手な分野だ。

まぁ、だからといってハンスやバニルみたいなやつともう一度戦えと言うのは流石に嫌だが。

 

俺に向かって落下してくる鳥型を横にずれる事で躱し、それによりできた隙に付け込んで剣を振り上げ胴体を前と後ろに分ける。

先陣切って来たやつは潰したが、残りをどうするかと思い顔を上げるとゆんゆんが魔法を放ったのか複数の雷が線となって上空を走り羽ばたいていた鳥群を叩き落としていった。

 

「周囲一帯をモンスターが囲んでいる、俺はいいからゆんゆんはめぐみんを守ってくれ‼︎」

 

はい分かりました、無理しないでくださいというゆんゆんの返事に対して、冗談じゃありません私も戦えますというめぐみんの食いぎみの返事が返ってくる。

…いや爆裂魔法を放ったら俺達も巻き込まれて死ぬからな。

 

そんな事はさて置き状況は最悪である。

敵の反応は近づき木々の隙間から敵の姿が確認できる。

 

樹々生い茂る森の中、いつぞやのクリスの訓練を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ今日はこの森の中で訓練にしよう。私との組手もだいぶマンネリして来たからね、たまにはこういう刺激もいいでしょ?」

 

時はだいぶ巻戻り何時ぞやの時間になる。

朝起きてゆんゆんと会話を済ませた後、約束場所に向かいいつもの如く先に待っていた彼女と合流すると、そのままこの森まで案内された。

 

「ここを訓練の場所に使っていいのか?奥には大切なものがしまっているんだろ?」

 

そう、この森の奥にはクリスの回収した神具が沈めてある泉があるのだ。

当然それらを守るために様々な仕掛けや工夫をしていることも重々承知している。

そんな神聖な場所を俺との戦闘訓練に使用してもいいのだろうか?暴れ回る分それ相応に荒れると思うのだが。

 

「大丈夫だよ。確かにあまり褒められた事じゃないかもだけど人払いは済んでるし、それに結界を構成している道具達とはだいぶ距離があるからね。君があの炎を使わない限りは大丈夫だよ」

「成る程な、一応安全に関しての配慮はされている訳か」

「そうそう、だから君もそんな事は気にせずにジャンジャン行こう」

 

そう言いながら彼女は大量の何かを詰め込んだバックを手に持って森の中へと入って行った。

クリスに戦闘方法を教わりながら時は幾分か過ぎたが、彼女が手に道具の入った物を持ってくるときはおおよそその内容がハードになると相場が決まっている。

 

明日は筋肉痛確定だなと思いながら彼女の後をついて行く。

隠された森と呼ばれるだけあってか、森の中に入ると木々の隙間から多少は木漏れ日が入ってくるのだが、それでもクエスト等々で通った森と比べると比較にならないほど薄暗く景色もあまり変わりがない。

 

「よーし、今日はここら辺でやろうかな?」

 

ドスンと手に持った荷物を下ろすと、その場でストレッチを始める。

後ろを確認すると、ここら辺というには、だいぶ奥まで来ているのだろう入り口を示す光が消えて闇が見えた。

 

「それで?わざわざ森に来ていったい何をおっ始めようってんだ?山菜取りとか?」

 

クリスはたまにトレーニングと称してまた別の行為をさせる事がある。

前回はわざわざ鉱脈まで行って道具を借りてマナタイト発掘に興じた。それはそれでいい体験になったし筋力もついたのだが、それが戦闘訓練になるかといえばそれもまた微妙なのだ。

 

今回もまた別の訓練だろうか?

 

「いや、今日は本格的にやろうかと思ってね。わざわざこうして色々と武器を調達して来たんだよ」

 

俺の発言に呆れながらも、持ってきたバックを開くと中には色々と小道具のような武器が所狭しと敷き詰められていた。

今回はこれを使って戦うというのだろうか?

 

「戦うって言ってもこんな場所じゃ狭いだろう?もっと開けた場所に行こうぜ?」

「いやいや、それだったらわざわざここまで来た必要がなくなっちゃうじゃん。今回はこの狭くて障害物の多い場所で訓練にしようと思っているのさ」

「マジか‼︎」

 

確かにこう言ったシチュエーションはなかな想定していないので提案してくれたことには感謝だが、それはそれとして嫌な予感がするのだ。

 

「さあさあ、準備した準備した。早くしないとそのままの状態で始めちゃうよ」

 

バックには俺用とクリス用と二つに分けられており、それぞれ同じ木刀や小道具等々色々なものが敷き詰められていた。

 

「それじゃあ私は一旦姿を隠すから、私からの攻撃が合図ね」

 

クリスから受け取った武防具を装着して準備が整ったことを確認すると、彼女はそう言い残して姿をくらました。

普通は潜伏をしようしても、相手の視界から一度消えなくては行けない制約があるのだが、彼女の場合は俺の視界に居るはずなのに周囲の景色に溶け込むように姿がぼやけ出して消えたのだ。

多分俺と同じ潜伏スキルなんだろうが、本業な事もあってか俺と比べて段違いだ。

 

さてと、それはさておき、俺は俺で彼女の攻撃に対応しなくては行けない。

潜伏スキルに対応する感知スキルを使用しながら彼女の姿を探す。本来であれば感知スキルがあれば潜伏スキルを見破れるはずなのだが、彼女の気配をまるで察知できない。

しかし、それとは別に俺に向かって飛来する何かを感知しそれを木刀で弾く。

 

「おっと⁉︎」

 

弾かれたものは石かと思ったが、流し目でそれを確認すると木をトリミングして作られた小さいナイフだった。

器用な事するなと思い間がらも、続いてくる第二波に対応する為目線を戻す。

 

十数回にもわたる投げナイフの応酬を受けながらどこから投げているのかと飛んで来た方向へと視線を向けると、今度は反対側からナイフの気配を感じ側方へずれる様に避ける。

 

「へーなかなかやるね。君の事だから最後のヤツは当たると思ったんだけどな」

「甘いな、こちとら普段からどれだけシゴかれてると思っているんだよ‼︎」

 

スキルなのかそれともこの森の性質なのか、どこからか彼女の声が響く様に聞こえてくる。

 

「それじゃあ今度は私自ら出向こうかな?」

 

声の方向とは裏腹に後ろの樹々の隙間を縫うようにクリスの姿が現れる。

相変わらずよくわからない動きをするもんだ、と思いながら彼女は腰に下げていた木のダガーを抜き俺に向けて構える。

 

「遠くからちまちま攻撃して来てたのに、今度はいったいどう言った風の吹き回しだ?」

「へー言うね。そう言う君は弾くばかりで私の居場所全然掴めてなかったでしょ」

 

皮肉を返したら図星を突かれる。

全く耳に痛い話だ。

 

感知スキルで飛んできたナイフは弾けたが、飛んで来た方向が色々な場所からだったので実際に何処から投げられたものかは結局の所わからなかったのだ。

多分、罠作成のスキルで投擲機を作り出して樹々の隙間に仕掛けたのだろう。

 

「それじゃ行くよ」

「いきなりかよ⁉︎」

 

唐突に彼女はダガーを構えるとそのままコチラに向かって突進してくる。

このままだといつものやられるパターンになってしまうので木刀を薙いで牽制する。

 

しかし、そんな事は分かっていると彼女は体を屈めそれを回避する。

だが、相手の行動が分かっているのは俺も同じで、はなから想定していた通りに足の踵の部分で地面の土を抉りながら彼女に飛ばす。

 

「やるね‼︎」

 

褒めているつもりか彼女はそう言いながらも退く事はせずに、上体を逸らして土を躱し再び体勢を戻す勢いを利用しながら俺に斬りかかってくる。

 

「危な⁉︎」

 

振り下ろされた彼女のダガーを彼女の手首を抑える事で止める。

しかし、そこで終わる彼女ではなく、すぐさま体勢を変え掴まれた手と片足をうまく軸にして上段の回し蹴りを放つ。

 

「まだまだ!」

 

それを体を逸らせ何処ぞのマトリックスのように回し蹴りを避け、地面に木刀を刺しそこを支点に後方へと一回転する。

正直バク転なんて出来るのかと思っていたが、曲芸師のスキルをとる事によって可能にしたのだ。

 

「お見事、順調に成長していて私も感心したよ」

 

そう言いながら先程投擲していたナイフを再びこちらに向けて投擲する。

 

牽制のつもりだろうか?

何故このタイミングかと思いながらそのナイフを避けながら彼女の元へと構えながら向かう。

 

「はははは、君私に集中し過ぎだよ」

「何の事だ?」

 

ナイフを躱わしながら彼女に近づくと、今度は自身が使っていたダガーをこちらに向かって投擲した。

距離・タイミング・狙い、共に俺の嫌いな位置だったが、それでも避けれないことは無く少し掠ることを許容するのであればギリギリだが避ける事は出来るので、その絶妙な体運びでそれを躱す。

 

「はい、チェックメイト」

 

いったい何のことだ?

先程のナイフにワイヤーが括り付けられて戻ってくる仕組みでもあるのだろうか?

 

一瞬の内に思考を回し、答えを探すが彼女の言葉の真意が分からなかったが避けたダガーから目線を戻した瞬間に全てを悟った。

 

「しまっ⁉︎」

 

目の前にはいつの間にか木が聳え立っていたのだ。

先程から彼女が投げていたナイフは牽制ではなく、俺を木に誘導する為のもので最後のダガーは意識をそこに集中させる念の一押しだったのだろう。

 

「グッ…ガハッ‼︎」

 

体を丸め痛みを最小限にしたつもりだが、それでも支援魔法で強化し全力で走っていた為、威力は大きく全身にかなりの激痛が走る。

 

「ほらほら、ちゃんと気をつけなきゃダメだよ?せっかく場所を森の中にしたんだから」

「クソッタレが…これを狙ってやがったな…」

 

痛みに悶えていると待ってましたと言わんばかりにクリスがニヤニヤしながらこちらに向かって来た。

 

「森の中は木と言う障害物が多いんだから感知スキルを偏らせるとすぐ木にぶつかるからね。特にさっきの君みたいにナイフに注意が向いちゃうと危険だよ」

「そうだけどさ」

「ほらほら、寝てないでそろそろ立てるよね。時間は有限だからちゃっちゃと次に行こう」

「鬼か⁉︎」

 

治癒魔法で痛みを取りながら飛び上がると、再びクリスの姿は消えていた。

どうやら二回戦の様だった。

 

 

その後、さまざまなバリエーションで散々な目にあったが、それでも何かを得られた様なそんな達成感はあった。

 

 

 

 

 

場面は戻り紅魔の里周辺の迷いの森へと戻る。

 

周囲の感知スキルには多数のモンスターの気配があるが後方のゆんゆんが牽制の意味を込めて中級魔法を放っている為、徐々にだが数が減って来ている。

しかし、相手の数が多すぎる為に焼け石に水状態だ。

 

しかし、この状況は非常に不味い。

 

「そろそろ来るぞ、気をつけろ‼︎」

 

最初に来た小鬼の脳天に何時ぞやのクリスの様にナイフを投擲し脳天に直撃させる。

しかし、相手は他勢に無勢、剣を構え直線に突き抜け様に駆け抜ける。

 

2人はめぐみんがポーションで相手を牽制し、その時間を使い詠唱を済ませ上級魔法を放つという内容になっている。戦い方としてはセオリーだが、それ故にめぐみんのポーションが尽きてしまえばそれまでになってしまう。

 

タイムリミットは長くは無い。

一刻も早くコイツらを殲滅しなくては夜になり夜行性のモンスターが出現してしまう。

いや、そもそも夜になるまでにどうにかしなくては、このままコイツらに捕らえられ殺され無かったとしてもろくな目に遭わないだろう。

 

逃げ場を確保する様に集まりつつある小鬼を蹴散らして行く。

俺のレベルも結構上がったもんで、この程度の下級モンスターであるなら一撃で屠れる様にはなっている。

 

「道が開けて来た、着いて来い‼︎」

 

感知スキルで敵の居場所を割り出し、集まりの薄い場所に突撃してそいつらを蹴散らす。幸いな事に森の中な事もあってか完全に包囲されている訳では無いので上手くすれば逃げられる可能性がある。

その作戦で一筋の道の様なものが出来上がり、そこに2人を呼び撤退させる。

 

「カズマさん後ろ‼︎」

「何⁉︎」

 

状況を整理してルートを設定をどうするか考えていると後ろからゆんゆんの声が響く。

咄嗟に疎かになっていた感知スキルを発動させ周囲を確認すると頭上から弓矢が放たれていた事に気づく。

 

幸いにも気づいたことが早かったため体を逸らして矢を躱し、飛んで来た矢の軌道を沿う様にナイフを投擲する。

完全にクリスの見様見真似だったが、狙撃スキルが上手く作用したのか、遠くで小鬼の様な断末魔が聞こえ感知スキルの反応が消えた事が確認できたので安堵し、2人を呼ぶ。

 

俺の指示に気づいたのか、ゆんゆんはめぐみんに伏せる様に指示すると上級魔法のライトオブセイバーを使用し回転切りの如く体を回し、周囲を一掃する。

そして、一時的にだが周囲にモンスターが居なくなる状態を作り出し俺の元へと向かってくる。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、何とかな。助かったよゆんゆんがいなかったら矢の筵だったよ」

「いえいえ、それほどでも…」

 

周囲に小鬼が居ない事を確認し、潜伏スキルを使用しながら先に進む。

 

「いいですかカズマ、このまま進めば時期に紅魔の里に着きます。そうすれば里の皆でこのモンスターを一掃できますので時間をかけてでも安全にお願いしますよ」

 

息を潜めながら進んでいるとめぐみんが口を開く。

 

「ああ、わっかてるさ。けど大丈夫なのか?紅魔の里は今の所ピンチって話だろう、俺たちを助けるほどの余力はあるのかよ?」

「わかりませんが、あの人たちがこんな雑魚相手に遅れを取るとは思えないんですよ」

「まあ、現にその雑魚達に遅れをとっている訳なんだけどな」

「うるさいですよ!今はふざけている場合では無いでしょう」

 

ふざけながらも周囲の敵を感知スキルで判別して避けながら進んでいくと、開けた場所の手前に着く。

 

「はーい、これはやられたな」

「な、何があったんですか?」

 

思わず口にした言葉にゆんゆんが反応する、めぐみんは何かを察したのか杖を持って構えている。

 

「完全に追い込まれたな、安全そうに見えた道を進んでいたつもりだったが、単純に誘導されただけみたいだったな」

「え?追い込まれたって事ですか?」

「まあ、そうなるな」

 

感知スキルでなるべくモンスターがいない所を選んでいたつもりだったのだが、思い返せば相手が潜伏スキルを持って居る事を想定して訓練していたかのように絶妙な配置だったことに気づく。

クリスによく言われた様に、一つの事に囚われすぎていた様だった。

 

「このまま進んだ広場のような所に大勢の反応が見える。かと言って他の道に進めばそれはそれで面倒な事になりそうだな」

「それで、どうするんですか?」

「どうするって…なあ?」

 

質問する彼女に対して俺はめぐみんの方へと顔を向ける。

普通の一般人なら分からないが、パーティーメンバーである俺たちにはその動作が答えだった。

 

「…つまり私の爆裂魔法の出番という事ですね」

 

俺の言葉に待っていましたと嬉々として彼女は答えた。




自分で書いておいて何ですが話が進まないですね…次回には紅魔の里に着きますので何卒容赦を…。


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紅魔の里8

お待たせしました誤字脱字の訂正ありがとうございますm(_ _)m


「それで、この私の爆裂魔法を一体どのように使うと言うのですか?」

「ああ、内容は至って簡単なんだけど」

 

杖を握り締め、今にも爆裂魔法を放ちたいと言わんばかりにウズウズしながらこちらに問いかけてくるので、それに対して小声で説明する。

 

「あの小鬼どもの集まっている場所に爆裂魔法を放って欲しいんだよ」

「え、あそこにですか?別に私は構わないのですが、カズマが考えた作戦にしてはにしては単純すぎませんか?」

「いいんだよ、俺が考えているのは爆裂魔法であいつらを殲滅する事だけじゃないからな。とにかく今は時間がないから早く頼む」

「まあ、いいですけど。後で詳しく説明お願いしますよ」

 

説明の為に立ち止まってしまったので、これ以上の停止は相手方に察せられるだろう。そうなれば奴等は俺達に変な小細工をさせる前に総力を持って一斉にこちらに向かって突撃してくるだろう。

 

「では、期待に応えましてお見せしましょう‼︎」

 

バサッとマントを翻して杖を前に突き出すと、彼女は俺の指定した場所に向かって爆裂魔法の詠唱を始める。

これで俺を待ち伏せている連中らは全員一掃できるが、俺たちが逃げないように周囲を囲むように配置されている連中らは一掃できない。

それに関しては賭けの要素が強いが、何とかできる可能性がある。

 

「カズマさん…このままめぐみんに爆裂魔法を放たせて大丈夫なんでしょうか?」

「ああ、多分大丈夫だろ。最近なんだかんだ言って爆裂魔法使う機会もなかったし」

 

ハンスを倒して以降なんだかんだ言って戦闘で爆裂魔法を使う機会はなく、ただいつもの日課の様に湖やベルディア城跡地に打ち込むばかりで刺激がなかったのだろう。

雑魚的複数体なら威力過多で扱いづらいのだが、こうしてモンスターが多数居るのであるならめぐみんの爆裂魔法は強力な一手になる。

 

「詠唱終わりました。いつでも撃てますので指示をお願いします」

「おう」

 

いつもなら俺の指示なしでどこかに爆裂魔法をぶっ放していたのだが、やはり機嫌がいいのか珍しく俺に指示を仰いでくる。

 

「よし、今だ‼︎爆裂魔法を放て」

「はい、それでは期待に応えまして…」

「いつもの能書きはいいから早く放ってくれ‼︎敵に勘づかれたらおしまいなんだぞ‼︎」

「あーもう‼︎せっかく久しぶりにモンスターに爆裂魔法が放てて気分が良いというのに横槍を入れないでくださいよ‼︎」

 

諸行無常、戦況はゲームのように待ってくれる訳はなく、常に動きき続けている為いつもの様なくだらないやりとりをして居る間に裏をついたアドバンテージを覆されかねない。

 

「いいから早く頼む」

「…分かりました、では放ちましょう。穿て‼︎エクスプロージョン‼︎」

 

ようやく動き出した彼女の呪文により俺たちの前方に魔法陣が出現し、それらが周囲を囲んだかと思うと一瞬にして臨界点に達し強烈な爆発音とともに俺たちは爆発によって生み出されたかなりの土や埃などの質量の多い爆風に当てられ吹き飛ばされそうになる。

 

結構距離をとったつもりだったが、めぐみんの爆裂魔法も日々進化して居るのか、俺の予想した威力を想像以上に超えてきた。

 

「流石に距離が近すぎたか、2人とも大丈夫か?」

「えぇ、何とか」

 

爆風を防ぐために顔面を追っていた腕をどかし、彼女達の安否を確かめるために後ろを向くと、めぐみんを後ろから支える様な形でゆんゆんが踏ん張っていた。

 

感知スキルで周囲を確認すると先程まで集結していたモンスター連中らの気配はおおよそ灰燼に帰していた。

 

「うぇ…マジかよ」

 

念の為爆心地を視認しようと進んでいくと、そこには出会った時に見たクレーターよりも直径が数倍のある陥没ができていた。

日々上がったレベルに応じて分配されるスキルポイントを爆烈魔法を強化する為に分配していたと思っていたが、まさかここまで極めていたとは流石に思わなかった。

 

「どうですか私の爆裂魔法は‼︎私の爆裂魔法も日々進化しているのです、アルカンレティアの時と比べて威力が桁違いでしょう‼︎」

「あーそうだな、すごいすごい」

 

自信満々にそう言いながらバタンと地面に力無く倒れる彼女を横目に適当に返事を返す。

紅魔の里を外敵が侵入しないように守っていた深い森林にポッカリと大穴を作ってしまった事に多少の罪悪感を感じるが、自分たちの身を守るために仕方なかったと思う事にして見て見ぬ振りする。

 

ここまでは良かったのだが、問題はここからになる。

 

「なあ、紅魔の里はこの近くなんだよな?」

「そうですね、一応この辺りだとは思いますが」

 

めぐみんの爆裂魔法で地形が変わってしまった事で自信がなくなったのか、少し不安そうにゆんゆんが返事を返した。

…流石に爆裂魔法に巻き込まれて消失したとかないよな。

 

「いくら私の爆裂魔法が神がかっているとは言え、流石に里を滅ぼす力はまだありませんよ。“まだ“ですけどね」

「不穏なこと言ってんじゃねぇよ」

 

地面にぐったりと倒れながらめぐみんはそう言い笑う。

一体どこからそんな自信が湧いてくるのだろうか?

 

「そんなことはさて置き、そろそろ来るから警戒しとけよ」

「え?このまま里まで運んでくれるのではないのですか⁉︎」

「甘ったれるな‼︎俺はお前のお母さんじゃないんだぞ‼︎」

 

寝っ転がって居るめぐみんにドレインタッチで魔力を渡し、歩ける様になるまで回復させる。

 

「…さてと」

 

感知スキルには集合してくるモンスターの反応。

そして俺の予想していた反応もまだ遠いが一緒に付随して反応している。

 

「ゆんゆん、あの沼みたいな魔法できるか?」

「はい、できますけど。良いんですか?それだと逃げられなくなりますけど?」

「ああ、それは特に気にしなくていい。あと弓矢を防ぐために風の防壁を頼む」

「分かりました」

 

俺の指示を不思議そうに思いながら彼女は魔法を発動させ、周囲に沼を張り巡らせ俺たちの周囲に風のカーテンを生成した。

彼女はその展開では逃げられないと言ったが、そもそも周囲に配置した魔物は排除できていないので必然敵に囲まれるのは決まっている。

 

「来たな、ここからは持久戦だから気張っていこうぜ‼︎」

 

モンスターが視界に入る範囲で此方に向かってきたことを確認し、大声を出しながら気合を入れる。本命の軍隊みたいなやつは殲滅できたので3人で持ち堪えることは可能だろう。

…まあ、気張るのは魔法を維持するゆんゆんなのだが。

 

「これで時間は稼げますが、このままだと私の魔力が尽きてしまいます‼︎」

「大丈夫だ‼︎問題ない」

 

爆発音を聞きつけたのか他にもモンスターがゾロゾロと集まってくる。

状況だけ見れは完全にこちらが追い詰められた形になる。

 

そして俺たちを守るように張り巡らされた沼に足を踏み入れ、スキルなのかそれとも元々の性能なのかこちらサイドまで泳いでくる個体もいくつか見られる。

 

「カズマさん‼︎」

「わかってる‼︎」

 

剣と他に持ってきていた折りたたみ式の弓を鞄から取り出し、弦を弾きながら狙いを定めて矢を放つ。

 

「狙撃‼︎」

 

放たれた矢はそのまま一直線に沼を泳いでいるモンスターの眉間に命中し、見事その命を奪い去った。

 

「よっしゃ‼︎」

 

やはり狙撃スキルは技術の他に幸運のステータスに依存すると言っていたが、その言葉に間違いはなかったようだ。

 

そしてそれに気を良くしたのか、それとも勢いがついたのか続いて複数本矢を放ちそれら全てをモンスターに命中させ沼の底へと沈めていく。

 

「カズマ、これでは埒があきません‼︎早いところ残りのマナタイトを私に渡してもう一度爆裂魔法を放ちましょう‼︎」

「それをすると全ての作戦が台無しになるだろ‼︎」

 

こちらにに向かってくるモンスターを全て撃ち落として居る最中、特にやることのないめぐみんが名案を思いついたと言わんばかりに俺の袖を引っ張りながらそういった。

 

 

 

「カズマさん…そろそろ限界です」

 

数十分にも渡る持久戦の末ついにゆんゆんの魔力が尽きてしまい、広範囲に作られた沼と上空を覆っていた風の魔法が解除される。

そして魔力を使い切っためぐみんの如くそのまま地面に倒れる。

 

「カズマ‼︎このままではまずいですよ‼︎」

「ああ、分かっている‼︎」

 

風の防壁を失ったことで今まで防がれたいた矢がこちらに向かって降り注ぐ。

このままではまずいのでめぐみんを引き寄せゆんゆんのそばまで行き、矢を放ちこちらに向かって飛んでくるものを選別し撃ち落とす。

 

…まだか‼︎

 

気配は既に近くまで来ている。だが、そこから何の反応がない。

一体何が…………そういうことか‼︎

 

「クソ‼︎このままじゃやられる‼︎誰か助けてくれ‼︎特別な一族で何時もは頼りにならないが、誰かが困っていると放っておけなくて全力で助けてくれるそんな頼りになるやつは居ないのか‼︎」

 

「「困っている様だな‼︎君たちは実に運がいい‼︎この私達が全て解決しよう‼︎」」

 

俺の必死の演技により先程まで隠れていたであろう人たちが俺の前に姿を表す。

なぜ近くに来て動かないと思っていたが、やはりこちらが困ったタイミングになるまで出て来ない算段だったのだろう。

俺がこの世界に来る前に流行っていた主人公最強系によくある、ありきたりな主人公像を語ったのだが、それが公を制したようだ。

 

「あなた達は…」

 

俺達とモンスターの集団の間に現れたのは4人程、最初に現れたのは黒いローブを着ていたのだが他にいるやつはライダージャケットの繋ぎなど、それぞれに時代を感じさせられる様な格好をしていた。

そして、その全員の目は興奮しているのか目がゆんゆんやめぐみんのように赤く光っている。

その瞬間俺は勝利を確信した。

 

「大変だったね、あとは俺たちに任せてくれ‼︎」

 

リーダーぽい青年が俺たちにそう言うと、4人ともそれぞれ違った詠唱を唱え始める。

モンスターの方といえば、突然現れた紅魔族に困惑して戸惑っているようだ。

 

「「いくぞ悪党ども‼︎ライト・オブ・セイバー‼︎」」

 

4人の掛け声とともに彼らの手に見慣れた光剣が生成され、それを全員が同時に薙ぎ払う。

ただでさえ高出力で威力の高い上級魔法を4人がかりで放ったのだ、めぐみんの爆裂魔法には遠く及ばないが、それでもそのスケールは圧巻でまるで隕石が落ちてきたような衝撃がこちらまで伝わってくる。

もちろん相手はタダでは済まず、砂埃が晴れた頃にはほぼ全滅したのか、モンスターの数は激減していた。

 

「君たち大丈夫だったかい?……これはこれは、遠く轟く爆音に惹かれてここまで来てみればめぐみんにゆんゆんじゃないか?一体どうしたんだい?」

 

魔法の放出を終えモンスターが居なくなったことを確信した末、バッとリーダのような青年がこちらに振り向き俺たちの安否を確認し始めたが、俺を見た後に隣のめぐみんを見て気付いたようだ。

やはり同じ紅魔族、地元が同じでも学年が違えばほぼ他人みたいな感じかと思っていたが、やはり里社会なのか皆知り合いのようだ。

 

「そういうあなたはブッコロリーではありませんか、お久しぶりですね」

 

やはり久しぶりに里のメンツにあって懐かしくなったのか、思い出話を始める。

同郷の知り合いに会うと言うのも中々に楽しいものである。楽しそうに思い出話に浸る5人を見ながら俺にはその機会がもうないだろうなと若干センチメンタルになりながら彼女らの会話を眺める。

 

「…それで何でまた紅魔の里に?最強の魔法使いになるまで帰って来ないんじゃなかったのかい?」

「いえ、この里がピンチだと聞いてゆんゆんと共に駆けつけてきたのですよ。ですが安心しました、その様子だとまだ大丈夫そうですね」

「え?どう言うことだい?」

 

ピンチと言われていまいちピンと来ていないのか頭にクエスチョンマークが浮かんでいる。

どうやら俺たちとの間で認識の齟齬が生まれているようだ。

 

「それよりもそちらの方は同じ冒険者の方かい?」

 

まあいいやと里がピンチかどうかの話は置いておかれ、俺の紹介へと話は移る。

 

「コホン、では失礼して。我が名はブッコロリー‼︎紅魔族随一の靴屋の倅‼︎アークウィザードにして上級魔法を操るもの‼︎」

 

何処かで見たようなと言うかゆんゆん等が事ある毎に行うあいさつの別バージョンを見せつけられる。

紅魔の里では当たり前の挨拶だと言っていたが、こうして目の前で見せられるとやっぱりそうなんだなーとマジマジに思う。

 

しかし、いつまでも唖然としている俺ではなく。

 

「我が名は佐藤和真と申します。アクセルの街で数多のスキルを習得し、魔王軍幹部と渡り合った者です」

 

高らかに叫ぶのは恥ずかしかったので、あくまでクールキャラを装いながら返事を返す。

 

「「おぉー‼︎」」

 

適当に返したつもりだったが、それでも彼らには好評だったようだ。

 

「外の人がこの挨拶を見ると大抵は微妙な顔をしたりするんだけど、ここまで完璧に返してくれるなんて‼︎やはりめぐみんのパーティーメンバーだね‼︎」

「当たり前です‼︎何重にも度重なる厳選の末に見つけた冒険者でからね」

 

たらい回しにされていた事を仲間の厳選とは大きく出たなと思いながらも、せっかく里に戻ってきたのだから黙っててやろうと思う。

 

そして、ブッコロリーの話に成る程なーと当時ゆんゆんと出会った時のことを思い出す。

確かにあの時の俺は微妙な顔をしていたと思う。ただ、この世界に来たてだからこれが主流だと思ったので何処まで微妙そうな表情をしていたかは思い出せないが。

 

その後、俺を含めてよくわからない厨二トークを昔を思い出しながら発言し会話に混ざる。

やはり、生まれてからこの年まで厨二漬けだったこともあってか選ばれるワードも厳選・熟成され若干ドン引く場面が多々あるが、それでも久しぶりにバカできて面白かった。

 

「…あの…そろそろ私に魔力を分けてもらえないでしょうか…」

「あ、やべっ⁉︎」

 

魔力を使い果たしダランと地面に寝そべっているゆんゆんが半泣きになりながら苦言を呈した。

ピンチになったら助けに来るだろうと思っていたのであえてそうしていたのだが、助けに来た後にそのままにしていた事に気づく。

 

「悪い悪い、今魔力を渡すから‼︎」

 

急いでゆんゆんに魔力を流す。

幸いマナタイトのストックは少しだけ残っていたので事なきを得たが、なかったら危ないところだった。

 

「2人ともいい仲間を持ったね。里まではまだ少しあるからテレポートで案内するよ」

 

ブッコロリーはそう言うとテレポートを唱え俺たちを里へと案内した。

 

…いいなテレポート。

落ち着いたらウィズに教わりに行こうと心に誓い、そのまま光に身を委ねた。

 

「…そういえば言い忘れたね、紅魔の里へようこそ外の人、そしてお帰りゆんゆん・めぐみん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが紅魔の里か」

「そうですね。いらっしゃいませカズマさん‼︎」

 

紅魔の里に着くと、ブッコロリー達は巡回があると言いまた里の外へとテレポートで何処かに行ってしまった。

もしかして気を使ってしまったのでは、と思ったがたまには人の好意に甘えておこうと思いあえて気にしないふりをした。

 

「それにしてものどかだな」

 

里の人間全てが上級魔法を扱うアークウィザードと言うほぼチートじみた性能を持つ紅魔族が住まう里と聞いたので、もっとドロドロした魔女の里みたいな感じか研究施設が並ぶマッドな感じかと思っていたのだが、いざ来てみれば片田舎の村みたいな感じだ。

 

「随分とまたリアルな石像だな」

 

里を入り口から一望した後、正面に石像があることに気づく。

石像に関してはそれなりに博物館で見たが、それにしてはキメが細かすぎるしまるで生き物をそのまま石にしたような感じだ。

 

「この石像ですか?これは里の方が昔にグリフォンを石化魔法で石にしたものを記念に飾っておこう思って置かれたものですよ」

「そのまんまじゃねぇーか‼︎感心して損したぜ」

 

ズコッと昭和の漫画の如くずっこける。

通りでリアルな訳だ。

この技術があるなら石像技師の需要が減ってしまうな。

 

「それじゃあ、この石像にブレイクスペル放ったら元に戻るのか?」

「えぇ、理屈ではそうなっていますけど…戻さないでくださいよ?」

「しねーよ‼︎俺をなんだと思ってやがる‼︎」

 

もし戻れるなら、寝ている時に石化してもらって朝になったら起こしてもらうのもいいかもしれない。そうすれば若さが1.5倍くらい持続するかもしれない。

…いや止めておこう。

もしかしたらそのまま放置されかねないし、その考えが主流になったらアイドル達が誘拐されて石像に変えられて保存されるとかよく分からない展開も起きそうだ。

 

そういえば主人公が石になったゲームもあったなと思い返す。

 

「それでこれからどうすんの?」

 

ブッコロリーの反応から見て里がピンチと言うのはどうも違ったような気がすると言うか、里はのどかで平和そのものだった。

だが、もしかしたら違う可能性も出てくる。里の重鎮達だけが知っている内容でブッコロリーみたいな末端には知らされず族長のゆんゆんだけに手紙で知らされた場合のケースも有り得なくもないのだ。

 

「そうですね…まずは私の家にいきましょう。お父さんに事情を聞いて見ないことにはわかりません」

 

ゆんゆんも同じ様な考えを持っていたのか、一度族長に会って事情を聞こうという流れになる。

 

「では、案内しますのでついて来て下さい」

 

そういい、なぜかウキウキで彼女は自分の家に案内を始めた。

折角の里帰りだし、なんだかんだ言って暫く実家に帰って来てないから久しぶりの再会になるなと思いながら彼女の後をついていった。

 

 

 

先頭にゆんゆんを行かせめぐみんと2人で後から続いていく流れとなっている。

 

「めぐみんは行かなくていいのか?」

 

ふと疑問に思ったので尋ねる。

 

「え?何処にですか?カズマは時々主語を吹き飛ばすのでよくわかりません」

「ああ、そうだったな悪い悪い。めぐみんの方の実家には帰らなくていいのか?」

 

目的はゆんゆんの家だとしてもそれは俺たちだけで済む話なので一度実家に挨拶しに行っても大丈夫だろうと思う。

 

「別に構いませんよ、私も事の顛末が気になりますからね。家族に会うのもこれの後でも別に変わりませんので」

 

なんか冷たいなと思いながら彼女の方を向くとめぐみんには珍しく少しソワソワしていた。

なんだかんだ言って家族のことが気になるのだろう。しかし、ここはパーティーメンバーとしてきている以上その責務を優先しているのだろう。

 

「お前も大変だな」

「え、何がですか?」

「いやなんでもない」

 

適当に話をぼやかす。

 

「カズマこそいいのですか?このままゆんゆんの家まで着いて行ってしまって?」

「え?どう言うこと?」

「族長に会うと言うことはゆんゆんの父親に会うと言うことです。もしかしたら無事に帰れるかどうか分からないかもしれません」

「マジで…ゆんゆんの親父さんものすごく怖かったりするの?」

 

めぐみんの言葉に不穏な雰囲気を感じとる。

仮にもこの紅魔の里を束ねる族長なのだ。使える魔法や魔力もきっと桁違いなのだろう。

ゆんゆんは娘だからお咎めないかもしれないけど、もし失礼な事をして仕舞えば俺の命が無くなってしまうのかもしれない。

 

…と言うことはもしかしたらゆんゆんに友達がいないのは親父さんが恐ろしすぎて触らぬ神に祟り無しと、誰もゆんゆんに近づけなかった事になってしまうでは無いだろうか?

成る程、何故彼女が病的なまでに人見知りだったのかと思っていたが、そういう家庭的背景があったのだなと今更に気づく。

もしかしたらボッチイジリも知らぬ間に彼女を傷つけてしまっていたのではと思い控えようかと思う。

 

「…カズマが何を考えているかは大体顔に出ていますけど、多分それは無いと思いますよ」

「えっ違うの?後ナチュラルに俺の考え読むのやめてくれない?終いには頭にアルミホイル巻くよ?」

 

どうやら俺の考えは違った様だった。

であれば先程のめぐみんの発言は一体なんだろうか?

 

「…はぁ。もういいです、カズマの事ですから変な方向に考えすぎてたどり着けないと思いますよ」

「バッカお前そう言うこと言ってんじゃね‼︎傷つくだろう」

 

「では言いましょうか?ゆんゆんがパーティーメンバーとは言え男を家に連れてくる訳ですよ、しかも流れ的に紹介する事にもなるでしょう。少なからず私が居るとはいえ日々知らない男と少人数で過ごしていたとしれば父親ならば心配の一つや二つあるでしょう。そしてカズマとゆんゆんの事ですから変な所で墓穴を掘らないか心配しているのですよ」

 

「あー成る程ね。それは流石に気づかなかった」

「…やっぱり気づいていませんでしたか」

 

成る程な、確かに父親の経験がなかったからというか、この歳で経験してたらヤバいやつだが…いやこの国じゃ大丈夫か。

兎も角、事前に話がこじれるファクターを事前に教えてくれたことは感謝しないといけない…と言うことは。

 

「成る程な、だから家に帰らないで俺たちについてきてくれた訳か」

「今更気づきましたか?感謝するのであればこの里でもいつもの習慣に付き合ってくださいね」

「…まぁそれはその時だな」

「おい、何故そこで詰まる?今のは感謝すべき所だろう」

 

こんな所に来て何時もの面倒な習慣に付き合わなくちゃいけないのかと話をはぐらかすと、めぐみんがドスを効かせた声で突っ込んできた。

 

「取り敢えず気をつけるよ、ありがとうな」

「えぇ、どういたしまして」

 

何処か悲しそうな表情のめぐみんに礼を言いながらゆんゆんの後に続いた。

 

 

 

ゆんゆんの家はやはり一族を束ねる族長故か里の中央に建っており、俺の予想を遥かに上回ったものだった。

 

「でかい屋敷だな」

「そうですか?カズマさんの住んでいるところよりかは小さいと思いますけど」

「いやまあそうなんだけどさ」

 

確かに俺達の住んでいる所よりかは少し小さいが、あれは貴族が使っていたものであって普通の一般人が住む様な場所ではない。

まあ確かにゆんゆんは族長の娘なのでこの里では貴族に分類されるのだろう。しかし、金銭感覚は俺たちよりも若干低いところを見るとやはり庶民なのか?

 

そんな事はさて置き。兎も角中に入って族長に手紙の件に関しての真意を尋ねなければいけないのだ。

 

「それでは入りますよ」

 

そう言いながら家の玄関に相当する門の様なところにあるチャイムを押す。

どう言った原理かは分からないが、スピーカの様なものから声が聞こえてくる。

 

「はい、どちら様でしょうか?今日は族長との予定はないと把握していますが」

「いえ違います。私です」

 

インターホンの出てきた声は初老ぐらいのおじいさんの様ななかなかに渋い声だった。

 

「私?はて、その様な方は存じませんね」

「え?ちょっと待…」

 

ブツンと通信が切れる。

どうやらゆんゆんの一族の使用人は一味違うらしい。

 

「鍵とか、持ってないのか?」

「いえ…私の家の鍵は里を出るときに失すといけないので部屋にしまったままなんです」

「え?何それ本末転倒じゃね?」

「あははははははは…も、もう一度行きます」

 

イマイチ何がしたいのか分からないゆんゆんに話をはぐらかされる。

そして次こそはと言いながら再びインターホン的なものを押すと、また同じような声質の声が聞こえてくる。

 

「はい」

「あ、お久しぶりです。ゆんゆんです。お父さんから手紙を頂いて事情を聞きにやってきました」

「そうでしたか、いきなり誰かと思いましたがお嬢様でしたか。これは失礼しました、今開きます」

 

ビーとサイレンな様な音が鳴り響いたかと思うと目の前にあった門が開き始めた。

何これヤクザの大元の屋敷かな?

 

門が開かれると庭に相当する場所は母親の趣味か花畑になっていた。

 

「なあ、家族と折り合い悪いのか?」

「いえ、別にそんな事は無いとは思うのですが…」

 

はぁ…とため息を吐きながら俺たちについて来るようにと先行する。

 

「では行きますよ」

 

庭を進むと本命の屋敷が見えてくる。

入り口には先程の声の主か白髪を生やした執事のような老人がいた。

 

「おかえりなさいませ、お嬢様…ムム⁉︎そちらの後ろにおられるのはお友達ですか⁉︎」

「あ、どうもゆんゆんとパーティー組ませて貰っています佐藤和真と申します」

 

どうやら玄関では分からなかった様で俺たちの姿を視認した瞬間、鳩が豆鉄砲を喰らった様な表情をする。

ゆんゆんの性格からしたら今まで男の友達を連れてきた事は無かったんだなとしみじみ思う。

 

「な、なんと⁉︎お嬢様が初めてお友達を連れてきたと思ったら男性の方とは‼︎私いきなりの事に動揺を禁じえませぬ‼︎」

「え?ちょっと落ちついて…と言うか変な事言わないでくださいよ‼︎」

 

俺が着いてきた事に余程驚いたのか、思わず膝を崩して地面に着きながら号泣し始めた。

 

「初めてってめぐみんは一度も来た事が無かったのか?」

 

なんだかんだ言って子供の頃からの長い付き合いだと前に聞いた記憶がある。であるなら一度くらいは家に訪問する事があってもいいだろう。

 

「ええ、そう言われてみると一度も来たことがありませんでしたね」

「本当に親友かよ…」

 

突然明かされた真相に呆れながら、おいおいと男泣きする執事とそれを宥めるゆんゆんの光景を俺たちは呆然と眺めた。

 

 

 




しばらく休むかもしれません


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紅魔の里9

遅くなりました
誤字脱字の訂正いつもありがとうございますm(_ _)m
今回は途中でデータが吹っ飛び急いで書き直したので文章がおかしくなっているかもしれません。


「ではこちらへ、いつもでしたら他の国の方々がいらっしゃられるのですが、今日は運よく空いておられるそうです」

 

ゆんゆんと一悶着あった後、俺たちはそのまま使用人に案内されるがまま屋敷の中へと案内される。

 

「へーやっぱり族長なだけあって広いな」

 

族長とは言えこんな片田舎でのあったのなら規模はそれなりかと思っていたが、中には入ってみればかなりの広さだった。

 

「こんなに広いなら普通溜まり場になったりしなかったのか?」

 

ゆんゆんは女子なのではっきりと断言はできないが、ここまで広いお屋敷で会ったのなら普通は友達が勝手にでも集まって行き付けのバーみたいな状態になると思う。

しかし、先程の使用人の発言からすると客人は俺達が初めてだったらしい。

 

「そうですね…なんだかんだ言って私は外で遊ぶ事が多かったですね、それにゆんゆんも私の家で遊ぼうとは言って来ませんでしたからね。まあ、どうせ誘おうとしたけど結局何も言えなかった的なオチだろうとは思いますけどね」

 

「それはなんだか…まあ妥当だな」

「ええ、後皆族長の家ということで遠慮していた事もあるでしょう」

 

使用人と一緒に先に進むゆんゆんに続きながらめぐみんに問いかけると、やっぱりそんなものかと思った通りの返事が返ってきた。

 

「そう言えばゆんゆんに姉妹とか居なかったんだよな?」

「いませんよ。もしゆんゆんに兄弟みたいなのがあったなら、流石にあそこまで拗らせはしなかったでしょう」

「おいおい、今日はやけに辛辣だな。まあけどその考え方には納得かな」

 

弟や妹相手にお姉さんするゆんゆんも見て見たかったが、そうなれば俺たちとパーティを組むなんて今は存在しなかっただろう。

そう考えれば彼女がボッチであってくれて良かったと心から思う。

まあ本人からしたら解消したいコンプレックスなのだろうけど。

 

「2人共聞こえていますからね‼︎」

「ヤベっ」

 

はははと笑っていると聞き耳を立てていたのか前から本人直々のお叱りを受ける。 

 

 

 

 

 

「少々お待ちください。…失礼いたします」

 

廊下を進み建物の最奥部あるであろう部屋に案内され使用人は俺達に待つ様に伝えると、そのまま部屋にノックをして部屋の主人に話しかける。

 

「何だ?今日は誰とも会う予定が無いはずだが、それとも里に何かあったのか?」

 

ノックの返事の主は声からして中年の男性のものだった。

多分この声の主がゆんゆんの父親だろう。

何だろうか、ただ人と会うと言うだけなのにものすごい緊張感に襲われる。

 

「いえ、本日は特に予定はありませんが、お嬢様がお見えになっています。それも珍しくお友達を連れて」

「何だと⁉︎」

 

使用人の言葉を聞くや否や扉の向こう側からけたたましい音が響いたかと思うと、しばらくしたのちに音は消え小さな声で入れとこちらを呼ぶ声が聞こえてくる。

 

そして、それに応じてゆんゆんは久しぶりにに会うと言うのに何の躊躇いもなく扉を開け放った。

 

 

 

 

 

「あーはっはっはぁーっ‼︎成る程な‼︎いきなり来てしかも友達も来ていると聞いたから一体何事かと思っていたがそう言う事だったのか‼︎」

 

里の長(ゆんゆんの父)は見た瞬間の印象では革ジャンに指の出たグローブそして鎖を纏った娘とは似つかないザ・紅魔族のような風貌でなかなかにコワモテの風格を漂わせていた。

そして彼女に続くように部屋に入り椅子に座り真剣な空気が続くのだが、そこで最後にめぐみんが加わった瞬間に場の空気が和らぎ、ゆんゆんが今回この里に来た経緯を説明した瞬間何かのわだかまりが消えたように笑っていた。

 

「ど、どう言う事なのお父さん?いきなり笑われても状況が全く分からないんだけど」

「そうだったすまんすまん。お前がいきなり友達を連れて来てしかもそれが男とあっては一体何が始まると思っていてだな」

「そ、そそそそんな事は今はいいのよ‼︎今はこの手紙のことを聞いているの‼︎特にこの「この手紙が届く頃にはきっと私はこの世には居ないだろう」ってこれは何⁉︎」」

 

「あーそれか!それは紅魔族の挨拶みたいなもんでな。というか学校で習わなかったか?他にも私は今シンガポールに居ますとか色々あったんだが」

「そんなこと習わなかったわよ!それにシンガポールって何処‼︎」

 

「あーそうだったな、ゆんゆん達は早くに卒業してしまったんだったな」

 

紅魔の里にも学校なんてモノがあったんだなと思う。

成る程、あの変な個性も学校の教育の賜物と言う事らしい。恐るべき洗脳教育、ww2後にでGHQが教育に手を出してきて日本人の思想を根本から変えたと何処かで聞いたのだが、それはあながち嘘では無いらしい。

 

「私たちが卒業した後にそんな事が行われていたの…」

 

ガックシと項垂れるゆんゆん。

里のピンチということでわざわざ危険を冒してでも様子を見に来たというのに、実際に来てみたら何事もなく自分の勘違いだったという事がわかれば流石の彼女もがっかりするだろう。

 

「そうだ‼︎魔王軍が近くに来ているって書いてあったけどあれはどうなの?また何かの表現なの?」

「あーあれか、確かに魔王軍はこっちに来ているな」

「やっぱり…」

 

どうやら魔王軍が来ているということは本当らしい。

まあ実際に先程まで相対して戦っていたのでそこは本当だろうことはわかっていたが。

 

「それで基地が破壊できないとか書いてあったけどそれは大丈夫なの?」

「ああ、それに関してはなかなかに難しい話でな…今でも里の重鎮達と会議をしているところだ」

 

先程まで楽観的だった族長の表情は真面目な雰囲気になり、空気が重くなる。

 

「やっぱり…魔王軍に関しては拮抗している状況なの?」

 

恐る恐る彼女は尋ねる。

里の周りにあれだけの数が配置されていたのだ、今はこうして平和とは言えブッコロリー等々が偵察を兼ねて遊撃して均衡を保っているのかもしれない。

 

「それが、その基地を観光資源にするか破壊して無くしてしまおうかで意見が分かれていてな」

「…」

「どうしたゆんゆん急に黙り始めて、ああそう言えばゆんゆんの考えを聞いていなかったな、それでどっちがいい?」

 

繰り返される的が外れた族長の発言にとうとう心が折れたのか口をポカーンと開けながら彼女は呆然と絶句していた。

 

「なあゆんゆんお前の親父さん殴っていいか?」

「いいですよ」

「ゆんゆん⁉︎」

 

ふざけて言ってみたが予想外に許可が下りてしまった。

 

「話は戻りますが魔王軍の施設があると言うのであれば魔王軍幹部も派遣されていると言う事ですよね」

 

思わず言ってしまった発言に許可が下りてしまいどうしようかと思っていたが、話を戻すようにめぐみんが口を開いた。

 

「ん?ああ、そうだね魔法に関して結構高い耐性を持ったものが派遣されているよ、時間的にはそろそろかな」

 

「それはどう言う…」

 

[魔王軍警報‼︎魔王軍警報‼︎手の空いているものは今すぐ里入り口のグリフォンの像の前に集まってください。敵の数は数千に及びます」

 

特徴なんですがと聞こうとしたタイミングで里に備え付けられていたスピーカーの様なものから警報が鳴り響いた。

 

「せっ千だって⁉︎」

 

先程まで戦っていたモンスターの数はざっと数えて百体に満たなかったのだが、今回この里に押しかけてきたのはその十倍以上ということになる。

流石にまずいと思いながら外を眺めると、里の皆の様子は俺の考えとは違ったように遅くまるでデパートの出し物を見に行くようなそんな雰囲気だった。

 

「おいおいこんな調子で大丈夫なのか⁉︎」

「ええ、特に問題はないかと思いますが。よろしかったら見て行かれたらどうですか?」

 

思わず詰め寄ってしまったが、族長はそんなことに臆することなく里のお祭りなんですよー的なテンションで集合場所へと案内する。

 

 

「な…何じゃこりゃ⁉︎」

 

そして案内されるがまま再び里の入り口にあったグリフォンの石像の前に案内されると、そこからは絶景が繰り広げられていた。

 

それはまるで上級魔法の無駄遣いと言った方が正しいのだろうか、魔法自体はゆんゆんがよく使うので新鮮さは無いのだがそれでも里の人総出で放たれる魔法は側から見ればアートの様な綺麗さを感じるものだった。

 

「どうです?すごいでしょう!これを観光の目玉にしようかと思うんですがどうでしょうか!」

「うわぁ…これじゃどっちが悪なのか分からなくなっちまうな」

 

笑顔で笑い声をあげる紅魔族に方々に反して、嘆き慄き悲鳴を上げながらそれでも自分の使命だと命を捨てでもこちらに向かってくるモンスターを見ると何とも言えない気分になってくる。

しかし、この世は無常で力無きものは強者によってねじ伏せられるのが道理なのだ。

 

「ん?あれは」

「どうかしました?」

 

小鬼やゴブリンの集まりの中に1人だけ気配の違う存在を見つける。

体躯は俺たちよりも背が高いくらいだろうか、後は服装からして女性で動きからモンスターの軍隊を指揮していて感知スキルでわかるのは…

 

「あいつが魔王軍幹部か…」

「やっぱりそうなんですね」

 

距離が遠いので詳しくは分からないが感知スキルではこちらに対してハンス並の殺気を飛ばしている事が分かる。

流石の魔王軍幹部なことはあってか、遠目でも強者だと分かるがそれでも紅魔族総力を持った魔術総攻撃は対処しきれない様で徐々に後ろへと後退していった。

 

「フン‼︎甘いですねそのような魔法をちまちま打った所で取りこぼすのが道理‼︎この私が真の紅魔族の力を見せてあげましょう‼︎」

「えっ?なんでそんなにピンピンしてんの?」

 

2人で眺めていると先程まで歩くのが精一杯だっためぐみんがいつも調子で俺達の前に居た。

どう言うことだ、俺は確かにドレインタッチの応用でマナタイトから抽出した魔力を流したがそれでも爆裂魔法が撃てるほど流した覚えは無いと言うか出来ないぞ。

 

「フフフ、あまりこの私を舐めないで下さい。一度背を向けたとしてもここは私の故郷ですからね、いつかこうして里のピンチになった時にガス欠にならない様に数発は打てる様にマナタイトを隠していたのです‼︎」

「なっ‼︎何だって⁉︎」

 

フハハと高笑いする彼女に対して今回だったら被害を受けるのは俺じゃないし、それにいざとなったら親御さんが何とかしてくれそうだし、止めなくてもいいかなと思っている俺がいる。

 

「そんな⁉︎里にいた頃はそこまでの余裕は無かったじゃない‼︎」

「……」

「え?どう言うこと?」

 

ゆんゆんに図星を突かれてしまったのかめぐみんは言葉に詰まってしまい沈黙が帰ってくる。

 

「それはそれ、これはこれです。結果として今の私は爆裂魔法を打つ事ができるのでその過程はいいでしょう‼︎」

「まさか…」

 

ふと唐突に思い出す。

予備に持ってきたマナタイトはほとんど使ってしまったので無いとは思うのだが、それとは別にめぐみんのカバンにマナタイトが仕込まれているかもしれない可能性を失念していた。

 

「めぐみん‼︎お前まさか屋敷にあった高純度のマナタイトを持ってきたんじゃ無いだろうな‼︎」

「ギクッ⁉︎」

 

この世界でのマナタイトは流通量に対して値段が決まる一種の金銀プラチナの様な扱いを受けている。

金持ちの間ではそれを資産として保有して値段が上がったところで売買すると言う一種の投資のような事をしていると、どこぞの貴族から聞いたので俺も少し初めてみるかと思い数個購入したのだが、今回彼女はそれを持ち出してきてしまったのだろう。

屋敷自体には俺たち以外が入ればクリス直伝鏖殺トラップが発動するので安心していたが、まさかめぐみんがその存在に気付いて持ち出しているなんて考えもしなかった。

 

「流石カズマですね。その鋭い推理力感服いたします、ですがそのマナタイトも既に私の体に吸収されてしまっている以上これはもはや後の祭りというやつですね‼︎」

 

時既に遅しとめぐみんは爆裂魔法の詠唱を早口で唱えながら周囲に魔法陣を展開させていく。

 

「あーそうかよ、よし決めた‼︎この里に居る間お前は俺の許可なく爆裂魔法を放つなよ。もし撃ったらそのマナタイト代を賄うまで報酬抜きだ‼︎」

「え゛っ」

 

事実上の死刑宣告に慄きながら彼女はモンスターの集団に対して爆裂魔法を放つ。

流石スキルを全て爆裂魔法に回しているだけあってその威力は凄まじく、そしてここに来るまでの間にスキルを強化したのか先程のゴブリンを一掃した時よりもだいぶ威力が上がっていた。

 

「ふっ、汚ねぇ花火だぜ。カズマもそうは思いませんか?」

「思わねぇよ…」

 

さらば俺の投資人生とめぐみんに報復はしたのだが、それでも拭えない何とも言えない負の感情が俺の心を覆った。

 

爆裂魔法が放たれ大部分の魔王軍のモンスターが駆逐されたことにより撤退せざるを得なくなったのか後退を始める。

結構な威力だったので魔王軍幹部もついでに倒してしまったらよかったなと思ったのだが、やはり周囲の部下が庇ったのか服の裾が少し焦げているだけで特に怪我を負っているような感じには見えなかった。

 

魔王軍が引いていく最中、周囲を見渡せばめぐみんが爆裂魔法を打った事により羨望の眼差しを向けているものや、逆に紅魔族のアークウィザードという敷かれたレール通りに上級魔法を取らないで爆裂魔法を習得した彼女に対して軽蔑の眼差しを向けている輩も数人確認できる。

 

やはりめぐみんは異端者の集まりである紅魔族の中でも更に異端者であるという事が確認できる。

 

 

 

 

 

その後ゆんゆんの親父さんは今回の一件で緊急に会議をする事になったと言いながら何処かへ行ってしまい、俺たちは里の端の方へと取り残されてしまう。

目的としていた紅魔の里の安否確認は予想外の形で完了してしまったので、やる事は無く手持ちぶさになってしまうので爆裂魔法を打って魔力切れになっためぐみんを拾い上げるとそのままゆんゆんの元へと向かった。

 

「いやー圧巻だな、まるでハリウッドのSF映画でも見ている気分だよ」

「エスエフ?一体それは何でしょうか?

「俺の国での演劇の種類かな?まあ色々あるんだよ」

 

他にも様々なジャンルがあるのだが、そもそも映画とは何かをこの世界の住人であるゆんゆんに教えるのは些か難易度が高いなと思い適当にはぐらかして見て見ぬふりをすることにした。

 

「あのーそろそろ魔力を分けてもらえませんか?そろそろ揺れるのも限界と言いますか…」

「駄目だ」

「ですよねー」

 

はははと適当にゆんゆんと談笑していると足元のめぐみんから悲鳴のようなお願いが聞こえてくる。

現在めぐみんはバインドにより全身ロープでぐるぐる巻にされ、さらに急拵えで作られたキャスターの上に乗せられて揺られているのだ。

本来であれば板と人の間にクッションの様なものが引かれるのだが、生憎そこまでの素材はなかったのでそのまま直に乗せられ整備された綺麗な道ではなくどちらかというと獣道に近いガタガタした道を躊躇いなく進んでいる。

その点を加味すればめぐみん史上過去最悪な運ばれ方になるのだろう。もし仮に俺がやられるとしたら全力で拒否したいところだ。

 

…まあやっているのは俺なんだが。

 

「それでこの後どうすんだよ。みんな家に戻って俺は簡易宿泊所にでも泊まるか?」

 

一応観光を謳っているくらいなので宿泊施設位のものはあるだろう。

まあ無ければ無いで里の端っこで寝袋を使って眠ればいい話なのだが。

 

「そうですね…私はあるえに制裁を加えに行こうかと思います」

「あるえ?あぁあの手紙に書いてあった小説の書き主か、そういえば同級生だったんだよな…っておい⁉︎ゆんゆん?ゆんゆーん‼︎」

 

彼女はそう満面の笑顔でニッコリしながら青筋を浮かべながらそう宣言すると俺の静止など聞かずにそのまま俺達を残して里の中へと進んでいってしまった。

 

「不味いですね…」

「不味いって何がだ?笑顔で表情が引き攣っているのはいつもじゃないか?」

「その発言は私としてもどうかと思いますが。まあそうですね、ゆんゆんがキレれているのはいつもの事なんですけど、流石に相手が悪いですね」

 

めぐみんの声に反応して下に目をやるとめぐみんにしては珍しく少し焦燥した表情を浮かべていた。

 

「成る程な…そいつは紅魔族でも変わり者なんだな」

「そこは否定しませんけどね、それよりもそろそろ縄を…おぉ⁉︎」

 

何か言うめぐみんを無視しながらキャスターを押しながらゆんゆん元へと急ぎながら向かう。

ゆんゆんにわざわざ手紙を送るほどの者だ、友達までは行かなくても気は合う同級生と言うことになる訳だから一度見てみたい気はなくはないのだ。

 

「カズマ⁉︎せめてゆっくりお願いします‼︎ここからあるえの家は遠く無いのですぐ着きますか…あ痛た⁉︎」

 

めぐみんの静止を聞かずにゆんゆんの後を追った。

 

 

 

 

そして辿り着いた先はあるえの家ではなくその近所だろうか、公園のベンチで物思いに耽っていた長髪の少女の元にちょうどゆんゆんが向かっていた所だった。

 

「あれがあるえか?なんか想像と違うけど、あれはあれで成る程なーて感じか」

「えぇ、そうですね。あの長髪と格好はあるえですね」

 

折角の再会に水をさしてしまったら悪いと思い公園の入り口にキャスターを止め遠くから眺めることにする。

果たして彼女達はどんな再会劇を見せてくれるのだろうか(笑)

 

「あーるーえー‼︎」

 

ゆんゆんはあるえの名前を呼びながら読書をしている彼女の元へと向かっていった。

 

「おや、これはゆんゆん久しぶりじゃないか?里を出て暫くしたけどもう帰ってきたのかい?」

「それよりも言うべき事があるんじゃないないかしら!‼︎」

「?」

 

先方のあるえ自身何故彼女が怒っているのか分からないようだ。

まあそれは仕方ないと言えば仕方ないのだ。あくまで彼女は自分の作成した小説を送っただけで、彼女自身感想を話して貰いたい事はあっても彼女自身から話すことは無いのだ。

そうなっている以上誰が悪いのかと言うとその手紙の内容で勘違いしたのはゆんゆんの方なのだ。

 

「あの手紙よ‼︎あの手紙のせいで…」

 

言いかけたところで何かに気づいたのか、遠くにいるこちらでも分かる程に彼女の顔が真っ赤に紅潮した。

 

「あの手紙?ああ、そう言えばゆんゆんの親父さんが手紙を出すと言っていたからついでに混ぜて貰ったけど、その手紙がどうしたって言うんだい?」

 

ゆんゆんが最後まで言わなかった事により出てきた単語を断片的に読み取ったのか一応テーマまでは推測できたようだ。

しかし、会話のリードをしたが当のゆんゆんがダンマリを決め込みあるえの頭にはクエスチョンマークが浮かんでいる。

 

何故彼女は黙ってしまったのだろうか。

いや…

 

そもそも手紙の件において発生してイベントを思い返すと、それはあまりに他人には言えない内容だった事に気づく。

あの言い淀んだ続きの言葉はこうなるだろう。

 

あの手紙のせいで同じパーティーの人と一緒に寝ちゃったのよ、と。

まあ表現としては完全にアウトだが、実際の内容はとてもプラトニックなものだ。他人がどう受け取るかはまた別だけども。

 

「どうしたんだい?急にきて急に黙られたら流石の私も困るのだが…」

 

何かに違和感を覚えたのか読んでいた本を閉じてゆんゆん元へと近づく。

 

「とにかく‼︎小説を送るなら別々に送って‼︎一度にまとめられるとお父さんの手紙だと勘違いしちゃうじゃない‼︎」

「ほう…成る程そう言う事だったか、それは悪い事をしたね」

「わ、分かればいいのよ‼︎」

 

あるえという少女はクールビューティ系なのか、表情を崩さす丁寧にゆんゆんに接している。

恐ろしき少女あるえ、もし性別が男だったら危なかったところだったぜ。

 

「それはそうと君に送った小説は紅魔英雄伝の最初だったね。それを勘違いしたということは…ふっ成る程な」

 

何故かこちらに目線が行き、そして何かに気づいたのか不敵に彼女は笑いながら納得した。

 

「なあめぐみん、あのあるえって子めぐみんと同じ眼帯していないか?もしかしてあの眼帯って紅魔族で流行ってたりするのか?」

 

何か嫌な雰囲気がしたのでこちらで話を始め他人の振りをする。

根拠は無いが俺の本能があの女の子は不味いと言っている。

 

「いえ、そう言う訳ではありませんよ。あの眼帯はこの里を出る前に彼女が私にくれた物ですから同じ物なのは当然の事です」

「成る程な、お前も色々と青春みたいなことしてんだな」

「まあ、特に特殊効果的なものはありませんが、この里を出た証みたいな者ですからね」

 

どうでもいいタイミングでどうでもいい伏線的なものを回収してしまう。

 

とりあえず向こうはどうなっているんだろうと目線を向けると、何やらあるえがゆんゆんの肩を掴んでおめでとうと言っているのが見えた。

不味いな、ゆんゆんが何も言い返さないので話だけがどんどん先に進んでいっている。

 

「そこにいる2人もこっちにきたらどうだい?」

 

やはり気づかれたと言うか喋り声が聞こえるほど近くに居たのだから気づかれるのも当然だろう。

ここでごねて他人の振りを突き通すのも無理があるので観念して2人の元へ向かうのが正解と見る。

 

「え?2人ともいつの間に、結構距離を離したつもりだったんですけど」

 

あれで距離を稼げたと思う彼女は相当頭に血が昇っていたのだろう。

 

「久しぶりだねめぐみん、なんだかんだ言ってゆんゆんの事が心配だったのかい?」

「いえ、彼女がどうしてもパーティーに入れて欲しいと言うので仕方無く仲間にしてあげているだけです」

「それどう言う事よ⁉︎頼み込んで来たのはめぐみんの方でしょ‼︎」

 

どうやら同郷の仲間には意地があった様で自分の立場とゆんゆんの立場を入れ替えようとしているが、惜しくもゆんゆんに阻止される。

 

「成る程な、そう言う事にしておこう、それで君が噂のパーティーメンバーかい?」

 

目線をめぐみんから俺に上げるとまるで品定めをするように俺を足元から頭の先まで眺める。

同級生の相手である俺を見定めてでもいるのだろうか。

 

「ああ、カズマって言うんだよろしく」

「成る程、そう来るのなら私も挨拶しないといけないな」

 

ブッコロリー達の時の様に紅魔俗流の挨拶をしようかと思ったが、今更になって羞恥心が出てき始めたのでここはあえて普通の挨拶にしようかと思ったのだ。

 

「我が名はあるえ‼︎紅魔族のアークウィザードにして…

 

 

 

 

 

 

 

その後挨拶を済ませ会話の続きをと言うタイミングで彼女は何か予定を思い出したそうで、そそくさとどこかへ行ってしまった。

何かよからぬ事を企んでいなければいいのだが。

 

「用件は終わった感じか?」

「ええ、まあ」

 

はぁ、と何も言えなかった自分に嫌気でもさしているのだろうか溜息を吐く。

 

「それで今度はどこに行くんだ?何もなければ俺は宿を探しに行くけど」

 

ここに来る途中ある程度は宿泊施設がないか探したが、それらしいものは一軒もなかったのでこれから探さないと夜まで間に合わなくなってしまう。

 

「それでしたら私の家に泊まれば大丈夫ですよ。これでも使っていない部屋はたくさんありますから」

「え?いや流石にそれは悪いからいいよ。親父さんも居るだろうし」

 

流石の俺でもいきなり女性の家にお邪魔することはできないだろう。もし逆の立場だったら娘がいきなり男を連れてきて泊めろだなんて言われたら追い出してしまうかもしれない。

 

「大丈夫ですよ、お父さんには私から言っておきますし、同じ屋敷に住んでいるんですから今更問題ないですよ」

「そ、そう言うもんなのか?」

「えぇ、それにこの里にまともな宿はありませんからそれがいいと思います」

「まあゆんゆんがそこまで言うんだったらいいけどさ」

「そう言うもんですので大丈夫です」

 

半ば押し切られる形で俺の宿泊先が決定してしまう。

普通は男女逆ではないのか?と思うが時代は男女平等に傾いているのでこれも時代の変化だろうと受け止める事にする。

まあ時代の流れといってもここは異世界なのでそんな常識は通じないと思うけども。

 

「宿泊先は決まったとしてそれまでの間はどうすんだ?何かするには遅いけど何もしないには結構長いぞ」

「そうですね…今から行ってもお父さんは会議でしょうし…」

 

彼女は俯きながらこれから何をしようか考え始める。

まあ別に飲食店で早めの夜食でもいいのだが、どうやらその考えはいやらしく却下される。

 

「それでは私の家にいきませんか?一応家族の安否を確認したいのですが」

「あーそれもいいかもな」

 

俺たちの行き先の悩みはひとまずめぐみんの家に行くと言う方向性で決定した。

 

「それじゃ案内頼む」

「いやいや、そこはこの縄を解いてからにして貰えませんか。流石の私もこの状態で家は流石に嫌というか…」

 

めぐみんに道案内させようとしたが、それには現在の自分の処遇をどうにかして欲しいと直談判してくる。

 

「行きましょう、めぐみんの家はあっちです」

「そうか」

 

しかし、そうはさせないと何か恨みでもあるのか無感情な声でゆんゆんがめぐみんの家の方向を指さした。

 

「いやいやいやいや‼︎どうしてそうなるのですか‼︎久しぶりに帰ってきた娘が縄でぐるぐる巻きで再開とか全然笑えませんよ‼︎」

「大丈夫だめぐみん、側から見ればかなり面白い光景だから」

「鬼ですかあなた達は⁉︎」

 

勝手にマナタイトを使われた恨みが少し晴れた様な気がした。

 

 



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紅魔の里10

遅くなりました。
誤字脱字の訂正ありがとうございます


「さてと、ようやくついたな。危うく日が暮れるかと思ったぜ」

 

めぐみんを乗せたキャスターを押すこと数十分、里から少し外れていると聞いていたがまさかここまで遠くにあるとは流石の俺でも思わなかった。

 

「日が暮れるとは失礼ですね。私はあそこ辺りからここまで毎日往復していたのですよ」

「うえ…マジかよ」

 

どうやら彼女達の通っていた学校がこの辺りにあったようで、彼女達はいつも往復していたそうだ。

これはあくまで聞いた話だが、いつも何の苦もなく通っていた学校をいざ卒業した何十年後に、何かの用事でもう一度向かった際に異様に遠く感じるアレと同じだろうか。

まああの時は若くって力も体力もあったから楽だったのかも知れないが。

 

「ゆんゆんはめぐみんの家には行った事あるんだよな?」

「ええ、まあそれなりにはありますけど」

 

どうやらゆんゆんはめぐみんの家に泊まった事があるが、その逆はなかったようだ。

遊ぶ場所はどっちかの家に片寄るのが基本的だが、それでも一度も行った事がないのは意外だった。

 

「それで、どうすればいいんだ?」

「どうすれば、とはど言う事ですか?」

「いや、ここは紅魔族の総本山みたいな所なんだから特別な儀式とか呪文とかが必要かと思ってな」

 

そう、ここは初心者の街アクセルと比べても田舎に位置するため変な習慣があるんじゃないかと言う先入観が俺の中に浮かんでいるのだ。

村社会において最初の挨拶は重要で、それを間違えてしまったらその後の関係にレッテルを貼られて損な立場に追い込まれてしまうこともしばしばあるらしい。

 

「一体私の故郷を何だと思っているのですか。普通にそこのチャイムを押せば私の家族が普通に迎えてくれますよ‼︎」

 

流石に馬鹿にしすぎたのか、ぐるぐる巻きの状態で彼女は体をくねらせながら体を弾ませ俺に抗議する。

 

「悪い悪い。この間までアルカンレティアに居たからつい癖でな」

「あの人達と紅魔族を一緒にしないでください‼︎」

 

紅魔族としてはアクシズ教徒と一緒にされることは心外のようで、いつか爆裂魔法を否定された時と同じような勢いで彼女は怒り始めた。

 

「まあまあ、これに関しては俺も悪かったよ。そろそろめぐみんの家族に挨拶をしようか」

 

キレ散らかしながらとれたての魚の如くピチピチ跳ねる彼女を宥めながら家に備え付けられているであろうインターホンを探し、そのボタンを押す。

 

「あれ?誰も出てこないな?」

 

ボタンを押し家の中からインターホン独特のベルの音が鳴り響いたことから、機械の故障では無い事は確認できる。

と言うことは留守と言う事になる訳だが。

 

「おかしいですね」

 

返事どころか物音一つしない状況に家の主の娘であるめぐみんは眉を顰める。

 

「あのモンスター侵攻の後に打ち上げとかやってて今は居ないんじゃないのか?」

 

全員エリート集団とはいえ、あれだけの魔力を消費したのだからそれなりに消耗するだろう。紅魔族の皆がそうかは分からないがそれを補うと言う建前で今尚飲み会をしている可能性も否定できない。

 

「いえ、あのモンスター襲撃の際に私たちの家族はいませんでした。あの人たちは疲れることはまずしませんし間違いはないでしょう」

「そういうもんか?」

 

目立ちがり屋で爆裂魔なめぐみんと違って家族は逆に表立って外には出たがらないらしい。

 

「それでどうするの?このまま帰る訳にも行かないでしょ?」

 

この後の予定を決めていないのでこれからどうするかを考えないといけない事を危惧しているようだ。

しかし参ったな、このままでは外でゆんゆんの両親が帰ってくるまで待たないといけなくなってしまう。

 

「どうする?めぐみんの里帰りはまた後にするか?」

「いえ、その必要はありません。カズマは気にせずインターホンを押し続けてください」

 

めぐみんはこの事態に全く動じることは無く続けて押すように催促する。

 

「分かったよ、けどいいのか?壊れても俺は知らないぞ」

「構いません。どうせ壊れたところでそのままになるだけですから」

「駄目じゃねえか‼︎」

 

再び催促されたので仕方なしにインターホンのボタンを複数回押すが、返ってきたのは先ほどと同じ沈黙だった。

 

「なあ、これ意味あるのか?正直いって無駄骨折らされているような気がするんだけど」

「大丈夫です。気にせずそのままお願いします、できればもっとしつこい感じで」

「どういうことだよ…」

 

仕方なしに続けてインターホンを押す。

今度は音が全て鳴り終わる前に続けて音が重なるように連続でボタンを押し続けた。

 

……。

しかし返ってきたのは沈黙だった。

それをめぐみんに問いかけると彼女はただ続けろと言葉を吐くのみで全く相手にしてくれない。

 

…仕方ない。

人の家の施設で遊ぶのは忍びなかったのだが、家主の娘からの命令なら仕方ない。

そう自分に言い聞かせて俺はボタンを押し続ける。

 

そうだ、せっかくだからリズムに乗せて音を鳴らそう。

あまり学校に行ってなかったせいで曲のレパートリーは少ないがどこぞのクラシック程度ならリズムぐらい取れるだろう。音階は知らんがな。

 

 

……そうして俺は一つの音階のみで構成された何処ぞのクラシックを奏でる羽目になった。

 

「聞いたことのないメロディーですね。カズマさんの国の歌とかですか?」

「ん?まあそうだな。曲名は覚えていないけど国の人の殆どは聞いたことがあると思うぞ」

「へーそうなんですね」

 

押す押す押す押す。

その行為を果たしてどのくらい続けたのだろうか、最後の方には俺たちの会話は無くなり辺りには沈黙とインターホンの音だけが響き渡っていた。

 

「なあ、もう帰ろうぜ」

 

流石に指が疲れてきたのでそろそろめぐみんにやめるように打診する。

 

「いえ、大丈夫です。私たちの行為はついに深淵にたどり着いたようです」

「は?」

 

めぐみんがそう言い出した途端にこちらに向かっている様な小さな足音が聞こえる。

 

「馬鹿な感知スキルが反応するだと⁉︎」

 

先程まで何も反応しなかった感知スキルが足音の主を捉えた。

感知スキルは基本的に潜伏スキルを無効化できるはずだが、スキルレベルの差が大きいと、どちらかを無効化して効果を発揮できると前に聞いた事がある。

 

「カズマは私の家族を侮りすぎです。あの方達は自身の私利私欲の為ならどんな不可能も可能にしてしまいますよ」

「マジかよ」

「さて、そんな話をしていたらきますよこの足音ですと…」

 

めぐみんが足音の正体を説明しようとした瞬間目の前のドアが開け放たれそこからめぐみんを小さくしたような髪をふたつ結びにした少女が現れた。

 

「だからウチは新聞はいらないって言ってるでしょ‼︎」

 

出てきて最初に出てきた言葉が新聞の契約を勧誘する業者の拒否だった。

と言うかこの紅魔の里に新聞と言う文化があると言うことが驚きだったが、この子の様子を見るに本当にあるようだ。

アクセルにいた時にはそんなもの見たことなかったのだが、この地域一帯に発行されているのかそれとも紅魔の里だけに発行されているのか真相は…どうでもいいか。

 

「おいおいマジかよ」

「紹介しましょう。あれが妹のこめっこです。私に似て才能を感じると思いませんか?」

「ああ、そうだな別に意味でだがな」

 

「あーこめっこちゃんだ、久しぶりだね」

「あーゆんゆんだ‼︎」

 

こめっこと呼ばれた少女はゆんゆんと久しぶりの再会を果たし、つもる話でもあるのかしばらく戯れる。

そしてその少女はゆんゆんとの話を終えた後にようやく俺の足元に目を向ける。

 

「久しぶりですねこめっこ元気にしていましたか?」

 

これが本来のめぐみんなのだろうか?その表情は優しさに溢れており、やはりお姉さんなんだなーと思う。

まあロープでぐるぐるにされてキャスターに乗せられていなければ完璧だったんだけどな。

 

「お、お姉ちゃんが悪いお兄ちゃんに捕獲されてるー⁉︎」

「っておいー⁉︎」

 

どうやら大切な姉をぐるぐる巻きにしている俺は悪者なのだろうか?

側から見れば悪者だろう。

 

 

 

 

 

 

 

「あーしんどかった」

 

時間は日没を迎え周囲は徐々に暗くなっている。

こめっこと呼ばれた少女と対面を果たした後奥から現れた両親にとっちめられたり、めぐみんの送った事実無根とは言い難い手紙の内容を問い詰められたり色々と大変だった。

アクセルの街から持ってきたお土産も、何とかゆんゆん宅への分は死守できたがほとんど持っていかれてしまった。

 

そしてさらに色々あったのだがめぐみんの家に泊まる話になった所でゆんゆんが物凄い抵抗を見せ、こうして彼女の家に向かっているわけだ。

 

「それにしてもすごい家族だったな、何というかすごい圧だったよ」

「そうですね、めぐみんの家族ですから…」

 

俺の評価に若干頷きながら彼女も続く。

当のめぐみんはと言うと、家族会議という名の談笑を終えた後に俺達について来ようとしたのだが妹のこめっこに追い縋られて留まる形になったので現在はゆんゆんと2人っきりという訳になる。

 

「流石にゆんゆんの親父さんは帰ってきているよな?」

「ええ、多分大丈夫だと思いますよ。お父さんの会議は大体内容がありませんからすぐ終わりますし」

 

結構ひどい言い草だが、親子ならではの関係性だろう。

ここまで彼女に気を遣わせずにものを言わせられる関係というのは中々に貴重だ。

 

「それで飯はどうする?何処かで食っていくか?ゆんゆんの行きつけの店とかあったら紹介してくれよ」

「そんなこと言われましても…」

 

ついうっかりといつもの癖で聞いてしまった。

ここはゆんゆんの故郷であり、そこでゆんゆんはボッチと呼ばれていた過去を持っている。そのゆんゆんに行きつけの店を聞くというのは些か酷というものだろう。

 

「それじゃあ適当に店でも探すか?」

「そ、それでしたら私のうちで食べていきませんか?」

「え、いいのか?でも突然押しかけて飯をくださいは流石に図々しくないか?」

「別に構いませんよ。話は事前に済んでますから気にしないでください」

 

どうやら最初からその腹づもりだったようだ。

食費が浮くのでそれに関してはいい事なのだが、ゆんゆんの親父さんと一緒の食事となるとそれはそれで緊張するというものだ。

 

用意させるだけさせて置いて他の場所で食べるから食事は要らないなんて事を言ってみようものなら俺の株はだだ下がりだ。

 

 

 

 

 

その後俺はゆんゆんの家へと案内される。

再びあのやり取りを見るハメになるのかと思ったが、今回は流石にその様な事はなく普通に鍵を使って家の中に入って行った。

 

昼にはそのまま親父さんの部屋に案内されたが、今度は客室だろうか少し豪勢な感じの部屋に案内される。

 

「へー凄いな。こんなゴージャスな部屋使ってもいいのかよ?」

「はい、構いませんよ。普段使う事なんてそうそうありませんから、けどだからと言ってあまり無茶苦茶にしないでくださいよ」

「はいはい、分かってるって」

 

部屋に着いて早々に荷物を放り投げ、豪華そうなソファーに飛び乗るようにもたれ掛かると、何か嫌な予感を感じたのかゆんゆんに窘められる。

俺が部屋に入り落ち着いたことを確認したのか、彼女は部屋に戻るといいながらドアの外へ出て行ってしまった。

 

何しに行ったのだろうかと考えたが、深く追及しない方がいいだろうと思い、部屋の粗探しをすることにした。

 

…まずは掛軸等々だろう。

こんな豪華な客間を普段は使わないなんて絶対に何かしらの曰く付き部屋の可能性が高い。

もしかしたらお札の様なものが貼っている可能性があるかもしれない。

 

…まあ何かあっても浄化魔法があるから大丈夫だろうし…というか普通に浄化魔法使って成仏させてしまえば霊障とか起こらないだろうから日本みたいに儀式とかお祓いとか必要なかったな。

 

「異世界なのに夢もクソも無いな…」

 

異世界で科学が進歩していない代わりに魔法やスキルなんかが発達してしまっているので、普段はある事も無い事も証明できないオカルトもこの世界では当たり前の光景となっている。

 

…まあ、それでも見てみるのが俺なんだけどな。

 

何も無いと分かっていながらも周囲を探索してしまうのが冒険者の性なのだろう。

とりあえず周囲を見渡すと掛軸なんてものはなく、代わりに額縁に収められた絵が壁に立てかけられていた。

しかも部屋のコンセプトとは絵のテイストが違う等々色々な要因を見て、何か胡散臭そうに急遽立て掛けられました感が物凄いなんか曰くのありそうな感じがプンプンする。

 

これでいいか。

 

取り敢えず、と意味もなく額を掴んで持ち上げて退かす。

他人の家にお邪魔して勝手に家具をいじる行為はあまり褒められたことでは無いが、何かあった時にこっちの命が危険に晒されるので仕方がないのだ。

 

重たい額縁を地面に置きながら、綺麗になった壁を見ると

 

「マジかよ…」

 

話は変わるが、昔夏に林などで遊んでいた際大きな石を退けるとダンゴムシやミミズが一面にびっしりと埋め尽くされた光景をよく見ただろう。

話は戻るが、その光景を彷彿させるように額縁があった一面によくわからない文字で書かれたお札が所狭しとびっしりと貼り付けられていた。

 

どうやらこの屋敷は俺たちの済んでいる屋敷と同じ様に何かが住んでいる可能性があるという事になる。

 

…どうする?

取り敢えず浄化魔法行っちゃう?

 

「お待たせしました、カズマさん遅くな…って何してるんですか⁉︎」

 

どうやら間の悪いタイミングでゆんゆんが帰ってきたようだ。

 

「いや、別に何かをしているとかじゃなくてな、嫌な予感がしたから額縁ごとずらしたらこんな感じに」

 

特に何も感じなかったが、好奇心で気になったから退かしてみましたなんてことを言えば確実に絞られるので、ここは敢えて直感に沿って行動したらこうなったという事で話を続ける。

 

「けど、こんな部屋に案内するゆんゆんもどうかと思うぞ」

 

無理かもしれないが話を逸らしながら責任をゆんゆんに押し付けるという秘技を使用することにした。

 

「いえ、そのお札はお父さんが昔に「カッコいいだろう部屋に飾ろう」とか言い出して壁に貼っていたので使用人に頼んで今日隠してもらったんです」

「マジか⁉︎」

 

どうやらあの壁に貼り付けられたお札は霊障を鎮めるものではなく、ただかっこいい的な厨二心をくすぐる為にゆんゆんの親父さんがあつらえた物らしい。

 

道理で感知スキルが反応しない訳だ。

試しに一枚剥がして眺めてみると教会に居るシスターが持っている道具見たいな神聖なオーラの様な違和感を何も感じず、感知スキルを集中させても全く反応がなかった。

 

「何だよビビらせやがって」

 

細かく破り捨てたかったが、流石に族長の私物を破壊する訳には行かないので勢いそのまま壁にぶち当てる。

心配して損したぜ。

 

「まあ確かにここまで貼られていましたらビックリしますよね」

「当たり前だろ」

 

取り敢えず俺はこのお札を見なかった事にして額縁を元の場所へと戻す。

 

「これで元通りだな」

「はぁ…」

 

勝手に探索した俺に向けてなのか、それとも客間にお札を貼りまくった自身の父親に向けてなのか呆れたように彼女は溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

その後彼女が淹れてきたのか色々あって冷めかけてきた飲み物を頂きながら小休止しながら2人揃ってソファーに寛ぐ。

 

「なあ格好はこのままでいいのか?仮にも族長の家なんだから正装とかしないといけないんじゃないのか?」

 

今回はただ遊びに来ただけなのだが、それはそれとして仮にも族長の家にお邪魔するどころか宿泊までさせて頂こうという話になるわけだ。

そこでこんな格好で行こうものなら相手方に顰蹙を買ってしまうことは避けられないだろう。

 

「別に気にしなくてもいいですよ。それに族長と言っても貴族ではないのでそこまで畏まる必要はないと思います」

「へーそういう感じなのか」

「だからといっていつもの様にふざけないで下さいよ」

 

ピシャリと彼女に釘を刺される。

確かに貴族ではないが彼女が言うのならそうなのだろう。

それにこの世界での貴族は金髪碧眼という特徴を持っておりこの国を収めている王女も確かその様な特徴を持っていると聞いたことがある。

そういえばダクネスもそんな感じだったが、もしかしたら実はとんでもない貴族だったりするかもしれないが、だとしたら何故冒険者をしているのだろうか?

おおよそ察しはつくが面倒なので追求はやめておこう。

 

話は戻るがこの世界での正装は一体どんな格好なのだろうか?

日本では基本的にフォーマルな格好としては詰襟だけども、この微妙に進んでいるのか後退しているのかわからない世界での正装は同じように詰襟の様なものなのか、それとも転生物でよくあるありきたりの様な中世の貴族のような格好をしているのか。

 

「そういえば紅魔族の正装ってどんな感じなんだ?」

 

考えるのが面倒なのでいっその事事彼女に聞いてみることにした。

果たしてどんな回答が帰ってくるのか楽しみだが、大体そんな時はろくな事が起きないのがこの世界の定石だろう。

 

「紅魔族のですか?えぇ…」

 

俺の質問の意味をうっすら察したのか彼女は嫌そうな表情と共に溜息を吐いた。

どうやら何かしらの彼女のトラウマを刺激したようだ。

 

「そうですね…私たち紅魔族の正装は基本的にローブと包帯があれば大丈夫ですよ」

「そんな感じなのか。思ったより普通だな」

 

意外とあっさりした返事に拍子抜けする。普段着からしてすごい感じなので正装となったら俺の想像を超えた物凄いことになると踏んでいたのだが。

 

「いえ、これはあくまで基本です」

「基本?もっと何かあるのか?」

 

どうやら彼女の言葉には続きがあった様で、ローブと包帯以外にも何かある様だ。

 

「はい、あくまでその二つは基本で、そこから身分や年齢に合わせて鎖やらグローブやらよくわからないバッチとか色々細かいものがついてくるんです」

「成る程な…」

 

どうやら最初の正装はデザートでいうプレーンに相当するらしく、そこから色々な要因に合わせて色々なアイテムをトッピングして行くと言う形になるわけだ。

種族ごとに文化が違うというが、中二病もここまで発展した文化となるとそれはそれで面白いことになっているなと思わずにはいられないのと、この里に生まれなくてよかったと改めて思う。

 

「ちなみにゆんゆんの親父さんはどんな感じになるんだ?」

「え、お父さんですか?」

 

ここまで聞いたのなら族長である彼女の父親はどんな格好になるのか気になるのは必然だろう。

 

「そうそう、写真は…この世界にはなかったな。絵とかあったりしないか?」

「いえ…特にそう言ったものはありませんけど。そうですね…何と説明したらいいかわかりませんが全身金属まみれでしたよ」

「マジかよ」

「えぇ、何か物足りない…派手さが欲しいな、もっとシルバー巻くのはどうだろうか?とか言いながら銀色の鉱石で作られたアクセサリーをつけれるだけ身に纏っていましたね」

 

どうやら彼女の父は生粋の紅魔族のようだ。

 

「それでゆんゆんはどんな感じになるんだ?」

「え?私ですか⁉︎」

「当たり前だろ?ここまで来たらゆんゆんはどんな格好になるのか気になるのは当たり前だろ?」

「あ、当たり前なんですか⁉︎」

 

それはそうと彼女の正装とやらが気になる。

一応は族長の娘なのでかなり派手になるのだろう。めぐみんと違ってシックな感じに纏まっているので普段とは違った側面を格好だけでもいいから見てみたいものだ。

 

「そんな事言われましても…私は里の皆さんとは違って普通の格好しかしませんから…」

「何だよつまんねーな」

「つまらないって何ですか⁉︎」

 

どうやら変わり者で構成された里での変わり者は俺達と同じ感性という事だろう。

何かの行事で全身シルバーアクセサリーに身を包んで顔面が真っ赤に染まった彼女の姿を拝んで見たかったが、どうやらそんな機会は存在しないようだ。

 

 

 

 

「あ、そうだ‼︎」

 

ふと、面白い事を思いつく。

今まで女性の家に遊びに行った事がなかったのでそうすれば良いのか分からなかったが、ある程度のデリカシーを守れば友達の家感覚でも大丈夫なような気がしてきた、

 

「え?何でしょうか…カズマさんの表情を見るに何だかすごく嫌な気がしますけど…」

 

俺の発案に対し彼女は失礼にも非積極的だ。

 

「折角だからゆんゆんのアルバムとか見せてくれよ」

「私のアルバムですか⁉︎」

 

昔の思い出、彼女の過去を知るにはもっとも便利なツールだ。これなら気兼ねなく…ってよくよく考えたら結構デリカシーないこと言っているな。

だが、それに気付いたところで全ては後の祭り。言葉にしてしまった事を取り消せないのはどの世界も共通だろう。

 

それはそれとしてこの世界にもアルバムみたいな事を残す風習はあるらしく、いくつかの周期に合わせて絵にして姿を風景と合わせて残すそうだ。

ダストはそんなものは存在しないとか言っていたが、他の皆はそれなりに残していて貰っていたらしく、たまに仲良くなった冒険者仲間から見せてもらう事もしばしばある。

 

最近ではスキルが確立してきたのか枠に入れた風景等々を絵として紙に移すという技術があるようで、しばらくすればモノクロの写るんですが販売されそうな勢いすら感じる。

 

「せっかくだし昔のゆんゆんの姿でも見たいと思ってさ」

「姿でもって何ですか⁉︎まあ別にカズマさんなら構いませんが…」

 

どうやら彼女的にはOKだったようで、しばらく待ってて下さいと言いながら彼女は客間を後にして自分の部屋に向かって行ってしまう。

どうせだったら潜伏スキルでついて行こうかと思ったが、見つかった時が怖いのでやめておこうと思う。

 

彼女が居なくなり再び部屋に静寂が訪れる。

 

「…」

 

今度は何をしようか。

先程は夥しいほどのお札が出てきてかなりの恐怖を感じたが、他にも何か別の不思議アイテムが隠されている可能性があるのだ、人間喉元過ぎれば熱さを忘れるという様に解決した安心感からかもう少しだけ何か出てくるんじゃ無いかという好奇心が湧いてくる。

やはり紅魔族の族長なだけあって趣味もキレッキレなのだ。

 

…しかし今度はどこを探せばいいのだろうか?

他によく聞くのは畳の下だが、生憎ここはフローリングの様な場所にカーペットを部分的に敷いている感じで畳を張っている場所はない。

 

であれば押し入れか?

そう思い壁を見渡すが流石に客間に押入れは作らないだろう。

 

取り敢えずカーペットでも剥がすか…

 

カーペットを剥がして裏を見るがお札が張ってるなんてことはなくただの裏地が見えるだけだった。

 

「収穫なしか…」

 

お前は人の家に来て何をやっているのかと聞かれそうだが、そんなことは百も承知だ。

 

「ん?」

 

剥がしたカーペットを戻そうとした際にふと目がある物を見つける。

なんとカーペットの下には何処のSF映画に出ても恥ずかしくない位の何かのよく分からない魔法陣が敷かれていたのだ。

 

これは…一体⁉︎

と不思議そうに見ては見たものの、ここはアークウィザード標準搭載のエリート集団なのでこれくらいはあっても不思議は無いだろうし、発動して俺に危害を加えているわけでもない。

 

害は無い以上藪蛇展開になったら面倒なので、そっと何も見なかった事にしてカーペットを元の場所に戻す。

 

「戻りました、遅くなってすいません。アルバムを観る機会なんて暫くなかったので…」

「ん?あぁ別に構わないけど」

「…どうかしましたか?」

「いや、別に何もないよ」

 

女の勘か何か、よく分からないが俺から何かを感じ取ったのか頭にクエスッチョンマークを浮かべながら俺に訊ねてくるので目を逸らしながら適当にはぐらかす。

 

「それより早く見ようぜ」

「あっちょっとそんな急に引っ張らないでください」

 

話を誤魔化すように彼女からアルバムをひったくり中の写真を始めから舐め回すように眺める。

 

「へーこれがロリゆんゆんか」

「変な感じに呼ばないでください、片付けますよ‼︎」

「悪い悪いって」

 

やはり一人娘で大事にされているのだろう、事ある毎に記録して写真一枚一枚の間隔が今まで見て来た中で短い。

 

「やっぱりゆんゆんにも歴史があったんだなー」

「人を化石みたいに言わないでください‼︎今度カズマさんのアルバム見せてもらいますからね‼︎」

「ん?あー俺のアルバムか…悪いんだけど俺のアルバムは無いんだ」

「え?ご、ごめんんさい、そんなつもりじゃ…」

「違う違う、言い方が悪かったアルバムはあるんだけど…なんて言えばいいのか分かんないけど俺の国にあるから実質無いのと同じなんだよ」

 

そう、俺のアルバムは捨てられていなければ日本の俺の家にある筈なんだが、生憎元の世界に戻る事はできないので実質存在しないのと同義だろう。

 

「そ、そうなんですね。それじゃあ今度カズマさんの故郷に行ったときに見せて下さいね」

「まあそうだな、その時が来たら見せてやるよ。この俺の可愛い姿を見て卒倒するからな」

「それは楽しみですね。カズマさん昔はかわいい感じがしそうなので」

 

まあ方法が分からないだけで日本に行く方法は無い訳では無いのだ。いつか魔王を倒した報酬で日本を行き来する能力を手に入れるのもいいかもしれない。

 

「ん?」

 

それはそれとして彼女のアルバムを見てある事に気づく。

 

「あれ、ゆんゆんのアルバム殆どは家族かソロ…」

「…それ以上は言わないでくださいね」

 

喋っている途中で口を塞がれる。

思い立ったら口にしてしまう癖が災いしたのか言ってはいけないことを言ってしまったのだ。

果たして俺は何に気付いてしまったのか…そう、彼女とめぐみん以外の友達が映っている絵が一つも無かったのだ。

彼女のボッチ気質は俺が思っている以上に深刻のようだ。

 

塞がれた口を通してものすごい圧を感じたので俺はそれ以上の事を追求する事を止めて大人しくアルバムを楽しむ事にした。

 

 

 

「お嬢様、カズマ様お食事の用意ができました。旦那様もお待ちですのでお早めにいらして下さい」

 

そうして暫く雑談していると、入り口のドアがノックされ使用人の爺さんが声をかけてくる。

どうやら食事の準備が済んだようだが、果たしてこの会食がどんな結末を迎えるのか想像するだけで冷や汗が出る。

 

「いきましょうか。くれぐれも失礼なことはしない様にお願いしますね」

「さっきから思うんだけどそんなに俺って信用ない?」

「はい」

「即答かよ⁉︎」

「日頃の行いが悪いからそうなるんですよ」

 

自分のホームグラウンドにいる為かいつもよりも強気な彼女に若干戸惑うが、これはこれで新しい趣向だと思い楽しむことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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紅魔の里11

遅くなりました。
いつも誤字脱字の訂正ありがとうございます。見直してはいるのですが…


執事と彼女に案内され食堂に着くと、そこには初めて見るくらいに豪華な食事が並べられていた。

光景的にはドラマとかアニメで良くある長い机で奥の方に…よく言うお誕生席みたいな場所に族長であるゆんゆんの親父さんが座っており、そこから少し距離はあるが丁度対面になるように正面に俺の席が準備されており、俺から向かって右手の位置にゆんゆんの席が用意されていた。

 

「さあさあ大した持て成しは出来ないが楽しんでくれると嬉しいかな」

 

自重気味にゆんゆんの親父さんはそう言うと俺に食事を勧めた。

軽く友人の家に遊びに来た気分だったのだが、相手はそうとは思っていなかったようだ。

 

「では失礼します」

 

先程とは雰囲気が違う事に若干と言うかかなりの違和感を憶えながら勧められた席に座る。

どうやら3人で屋敷に押しかけていた時はあくまで族長として外部の人と接する様の外面だった様だが、今回はあくまでゆんゆんの父親役の様だ。

 

席に座ると執事が奥の部屋から前菜であるオードブルが目の前に置かれる。

 

え?紅魔の里ってフランス料理なの?

 

てっきり格式が高そうだけど結局の所田舎飯的なものかと思っていたが、どうやら違うらしい。

マナーだ何だとかいつだったがテレビの特集で組まれていた事を今更ながらに必死に思い出そうとするが、テンパっている為かいまいちピンと来ない。

 

確かフォークやナイフは外側から使ってナプキンは膝の上に置くんだったよな?

他にも手を使ってもいい料理等々あるのだが、今はそんな事はどうでもいい。要するに全てフォークで食べれば何とかなるだろう。

 

前菜が終わり、続いてスープが運ばれてくる。

相手の表情を見る限り俺の行いに間違いは無いようだったが果たしてこれから先うまく行くのだろうか。

スープが届くまでの数分の沈黙が痛々しいが、これさえ終われば旅の疲れを言い訳にして寝床にありつけるだろう。

 

「カズマ君だったかな。うちの娘とパーティーを組んでいるらしいが最初はどう言ったきっかけなのかな?」

 

このまま沈黙を耐え続ければ勝てると思っていたがスープが届くまでの間の沈黙を破ったのは意外にも親父さんだった。

いや…意外にもって思ったが招待したのは向こうなのだから話しかけなければ逆に失礼だろう。

 

…落ち着け、落ち着くんだ俺。

内容的にはただの世間話だ、やましいことはやっていないとは言えないが普通に受け答えすれば大丈夫なはずだ。

 

「最初ですか?」

 

そう言いながらゆんゆんの方向に目を向けると珍しくニコニコとこっちを見てくるだけで何も言ってくることは無かった。

どうやら俺1人で答えろという事だろうか。

 

「そうですね…最初の出会いはジャイアントトードの討伐の際に手伝ってくれた事ですね」

「ほう…ジャイアントトードか。あれは初心者でもかれると聞いているが」

 

「そうですね。何しろ最初の…初めてのクエストでしたから何分不自由していまして」

「成る程、最初の最初に出会った訳か。めぐみんとはその時にあったのかな?」

 

「いえ、めぐみんとは暫くしてからですね」

 

そうこうしている間にスープが運ばれてくる。

スープは確かスプーンで手前から奥に押すように掬いながら飲めばいいんだったよな。

 

「カズマ君は剣を持っているからクラスは戦士とかかな?それともムーンナイト・ソードマスターかな?」

「いえ、冒険者です」

 

一番聞かれたくなかった質問。

これでバカにして来た奴は悉く搦手で沈めてその鼻っ面をズタズタにしてきたのだが、流石にゆんゆんの親父さんにそれをする訳にはいかない。

 

「そ、そうか。まだ冒険者として始めたばかりだからな。これからレベルも上がればなれる職業も増える事だろう」

 

さすが族長なだけあってか今まで会った人たちと比べて大人な対応をしてくれたが、どこかガッカリする所を見ているとむしろ笑ってくれた方がよかったと思わずにはいられなかった。

 

「確かにカズマさんは冒険者だけど、それはアークウィザードが2人しか居ないからパーティーのバランスを取るために色々スキルの取れる冒険者をやって貰っているのよ」

 

意外なことに我関せずと黙っていたゆんゆんがフォローに入ってくれる。

なんだかんだ言って協力はしてくれないだろうと思っていたのでこれは嬉しい誤算だ。

 

「そ、そうなのか。それは大変だったな、それでウチの娘は上手くやっているのかね?」

 

流石の族長も娘には敵わなかった様でたじろいでいるのが分かる。

 

「えぇ、ゆんゆんのお陰でウチのパーティーも上手くやって行けてますよ。むしろゆんゆんが居なかったらお終いですからね」

「…そんなカズマさん言い過ぎです…」

 

…お前が照れるな。

しかし、その言葉を聞いたのか心無しか少し安心している様な気がする。

 

「それは良かった。何せ娘はココでは些か馴染めていない様だったからな」

「お父さんそれは言い過ぎです」

 

聞きたいことが無くなったのかそれとも親子の久しぶりの会話だったこともあってか、ゆんゆんが話を始めると先程の圧は無くなり俺の事など忘れたかの様に2人で話を初めて盛り上がっていた。

その光景を見て助かったと思ったが、けどそれはそれで何だが疎外感を感じるのだった。

 

 

 

 

 

スープが片付けられ、2人の会話は続いてくるメインの様に盛り上がりを見せていた。

内容はよくある内容なのだが、所々俺の名前が出てくると目つきが鋭くなるのは俺の気のせいだろうか?

しかし、同じ屋敷で住んでいるとは言えここまで自分から話すゆんゆんを見るのはかなり珍しい気がする。やはり産まれてから里を出るまでの年月を過ごした家族なだけあって心を許しているのだろう。

 

そして暫くの後メインである肉料理が運ばれてくる。

基本は先に魚が出てくるのだが、今回のメインは両方とも肉料理なのだろう。

 

「あれ?」

 

そう言えばというか今更というか、この食卓にナイフが無いことに気づく。

これではどうやって肉を切ればいいのだろうか?

 

もしかして既に切られているのかと思いマナー違反だがコッソリと肉をフォークで突いてみたが分かれる気配は無かった。

ゆんゆんの方を見るとやはりナイフは無くスプーンとフォークの二つだけ置かれている所を見ると、どうやらただ置き忘れたようでは無いらしい。

 

…と言うことはフォークを肉に刺してそのままステーキ一枚かぶり付けとでも言うのだろうか。

いや、流石にそれは無いだろう。

それがまかり通るならそこまで形式化した食卓を形成しないだろうと判断できるのだが

もしかしたら俺の知らないマナーがこの里には存在するのだろうか?

フランス形式かと思っていたが、実は違って他の方式を使っていた可能性もある。

 

やばいな…このままだとマナー違反になりかねない。

ゆんゆんはどうなのだろうか?会話の流れ的にそろそろメインに手をつける頃だろう。

 

一抹の希望を抱きながら彼女にコッソリとどう食べるのかと聞こうとする。

 

「なあゆんゆ…」

「ウィンドカッター」

 

俺が話しかけようとした所で事件は起こった。

何と彼女はステーキを風属性の魔法で切り裂き始めたのだ。

俺が何を言っているかわからないって?安心してくれ俺自身も何を言っているのか分からない。

 

「あ、そう言えばカズマさんはスキル持っていましたっけ?」

 

俺の目線をどうやら俺の分も切ってくれと勘違いしたのか、俺の皿の上に置かれたステーキを風の魔法で綺麗に賽の目状に切り裂いた。

ウワーチョーキレー

 

「これで大丈夫ですね‼︎」

 

俺のステーキを綺麗に切ったことで何かの優越感に浸っているのか笑顔でそう答えるゆんゆん。

 

「こんな…」

「え?何ですか?」

「こんな…こんなテーブルマナーがあってたまるかっ⁉︎」

「え、えぇーーーーーーーっ⁉︎」

 

思わず隣にいたゆんゆんの肩を掴んで思いっきり揺さぶってしまう。

今までの苦労はいったい何だったのか。俺の苦労を返してくれ‼︎

 

 

 

 

 

 

「成る程、カズマ君は紅魔式テーブルマナーを知らなかったか‼︎。私たちも紅魔族以外の方とこの方式で食事するのは初めてでな失念していたよ」

 

はははと笑うゆんゆんの親父さんだが、内心怒ってそうで怖い。

流石の理不尽さにここが彼女の実家であることを忘れていつものアクセルでの様に振る舞ってしまった事に若干の後悔があるが、やってしまったものは仕方がないし隠していた所でどのみちいつかはボロが出てしまっただろう。

…まあ今がその時とは思わないが。

 

「ふぅ、いきなり暴れるからビックリしましたよ」

「悪かったよ」

 

 

 

 

 

先程まで目を回していたゆんゆんが意識を取り戻し取り敢えず親父さんに謝罪をして食事会は再開し、紅魔流食事マナーで色々と苦戦しそれでも何だかんだ色々あったが食事会は何も起きずに終了した。

その後勧められるがまま風呂に案内され一風呂浴びて彼女の元に戻ろうとすると、俺を待っていた執事にゆんゆんは既に旅で疲れて眠られてしまいましたと伝えられる。

 

思い返せば色々あったなと、1日に凝縮された出来事を思い返すと疲れが体から湧き上がるような気がしたのでここらで考えるのはやめておく。

 

「分かったよ。俺は大人しく眠るとするよ」

「いえ」

「まだ何かあるのか?」

 

余計な事はせずに俺にとっとと寝る様にと遠回りに伝えて来ているのかと思ったがどうやら違うらしい。

ならば一体俺に何の様なのだろうか?何処ぞの映画のように娘に寄り付く悪い虫は取り払わなくては行けないとか、そんな理由で俺の事を消そうとでも言うのだろうか?

 

「ほほほ、そう警戒されなくても宜しいかと、旦那様がお呼びです。何か用事がありましたらそれを済まされてから向かわれた方が良いかと」

「ああ、分かったよ。それで俺は何処に向かえばいいんだ?」

「これは失礼。旦那様は最上階のテラスに居らっしゃいます」

 

それでは失礼と執事は踵を返しながら元の執務へと戻っていった。

あの執事は一体何者なんだろうか?

 

 

 

用件というかバスローブから部屋着に着替えただけだが、それを済ませてから屋敷のロビーへと向かう。

ロビー自体は外から見えたので位置は大体わかるがそれでも迷う危険性はある。

まあでも広いと言っても一個人が暮らす屋敷なのでそこまで迷う程では無いのだが。

 

廊下には何処かの画家だろうか、抽象的な絵がさまざまなバリエーションごとに飾られている。やはり一枚一枚高いのだろうか?

田舎貴族と内心バカにしていたがその認識を改めなくては行けない。

 

 

そんなこんなでテラスに着く、屋敷のテラスは俺達の住んでいる屋敷とは違って一面だけではなく屋上そのものを全て使用しており一つの庭の様な感じだった。

そして、その橋の方に小さな丸テーブルが置かれており、そこにゆんゆんの親父さんがちょこんと座っていた。

 

「やあ、カズマ君急に呼び出して悪かったね、さぁこっちに来たまえ」

 

テーブルを見ると親父さんの対面に何か飲料水の入ったグラスとツマミの様な軽食が置かれているのが確認できる。

どうやら眠る前に少し話をしようという事らしい。

 

「失礼します」

 

流石にここで断るのは不味いので素直に案内されるがまま対面の席へと座る。

夜風が当たり、紅魔の里全体が一望出来るこのテラスはこの族長の性格を映し出しているのだろうか。

 

「突然呼び出して悪いね」

「いえ、気にしないで下さい」

 

まずは時間外に呼び出された事による謝罪を頂いた。

しかし、なぜこのタイミングで呼び出されたのかが不明だ。

先程の件に関しての無礼を咎められるのかそれとも彼女と縁を切れと迫られるのだろうか?

どちらにしても俺には得のない話になる事に変わりはない。

 

「少しだけゆんゆん抜きで君と話をしたくてな」

「そうですか」

 

まあ飲みたまえとグラスに注がれた飲料、多分しゅわしゅわだろう物に口をつける。口当たりからして年代物だろうか。

 

「これ美味しいですね。かなり前から熟成されたビンテージ品ですか?」

「ほう、これの良さがわかるのかね」

 

以前クリスから物を見極める訓練と称して色々な物を飲まされた事を思い出す。

あの時はこんな事は良いから訓練しようぜと思っていたが、こんな所で役に立つとは思わなかった。

 

「まあ、それはさておきだ。君はウチの娘と同じ屋敷で住んでいるそうじゃないか、そこの所どうなんだ?」

 

その…と少し聞きずらそうに親父さんは俺に問いかけてくる、その姿は年頃の娘を持つ父親そのものだった。

 

「そうですね。一緒に住んでいると言っても屋敷に住んでいますので部屋は遠いので会わない時はとことん会いませんね」

「…そうなのか」

 

親父さんは少しがっかりした様に言葉を返す。

 

「それにめぐみんもいますからね。シェアハウスみたいな物ですよ」

「シェア?ハウス?」

 

どうやら親父さんにはシェアハウスの意味が分からないようだ。

女神から貰ったと言うか押し付けられたこの世界の言語変換機能を使っているが、やはり和製英語は変換しづらく時折日本語のイントネーションでそのまま出て来ることがある。

 

「あれですよ、上京したての若者同士が集まって部屋を共有するみたいな物ですよ」

「成る程な。冒険者は始めたては報酬が足りず個別で宿を借りることができないから一部屋借りて雑魚寝するというが、それに近い物か」

「そうそう、それですね」

「それで屋敷というものはそれくらいの広さなんだね?」

 

うーんどうしようか。

 

会話の途中で言葉に詰まる。

この屋敷よりも広いですと素直に伝えれば良いのだが、それだと角が立ってしまうし下手に狭くしてしまえばそんな狭屋に一人娘を閉じ込めて不自由させているみたいな感じになりかねない。

 

「そうですね、色々あって借りれる事になったのですけど…」

 

流石に幽霊屋敷に住んでいる事は言えなかったので、その辺ははぐらかしサイズ感はここよりも少し小さいくらいにして説明する。

あまり嘘はつきたくはなかったが、必要悪なので仕方ない割り切る事にした。

 

「それで収入的にはどのくらいなのかね?娘達はアークウィザードとはいえ拠点は初心者の集まるアクセルだ。あまり危険がないという点には私も賛成だが、それだと報酬が少ないんじゃないか?」

 

確かにここでの暮らしを考えるとアクセルの平均報酬での生活レベルは些かを通り越してかなり劣っている。

俺も最初は劣悪な環境で暮らしたものだ。

 

「それに関しては問題ありません。金銭面に関しては魔王軍幹部の討伐報酬がありますので当面に関しての生活は維持できます」

「そうか。流石はアクセルの最終兵器と言われているだけはあるな」

「え?そんな風に呼ばれていたんですか?」

「ああ、先程頼んでいた書類を貰ってな。失礼な話だが君の事を少し調べさせてもらったよ。これでも一人娘の親だ、この行為を許して欲しい」

 

そう言うと親父さんはテーブルの上に俺の肖像画の入った書類を数枚出してきた。

その用紙を上面だけだが流し目で眺めていると俺がアクセルに来てから起こして来た事件等々さまざまな内容が記されていた。

 

「ははは、そんな事が出来るなんて初めて知りましたよ…」

 

この世界にはというかアクセルの街でこんな興信所のような真似事ができるなんて流石の俺も予想できなかった。

果たしてゆんゆんの親父さんはこれを見て何を知ったのだろうか。

 

「魔王軍幹部ベルディアの討伐指揮にバニル・ハンスの討伐娘とめぐみんの協力があったにしても君の功績は目を見張るものがある、それにその報酬を利用して資産運用している」

「これは何だかむず痒いですね」

 

確かに魔王軍幹部を倒したのは色々あったが俺の功績という事にはなっているらしい。

 

「…まあ住んでいる屋敷については私に気を遣ってくれていたのだろうね、その辺はありがとう。それと君がクズマと言われている理由だね…これは一体どういう事なんだね?」

「いや…それは…それはですね」

 

恐るべき紅魔式興信所、俺の行いは全て知られているようだ。というか知っているならわざわざ俺に聞いてくるなよ‼︎

 

「えぇまあはい…」

 

観念して全てを説明する事にした。

しかし、流石にやられっぱなしにされるのは癪なので、俺がクズマと呼ばれている原因・キッカケに関して全て洗いざらい吐いてやる事にした。

 

「成る程…確かにアクセルの街周囲で爆発騒ぎの名物があると聞いていたがそれがめぐみんのものだったとは…それにウチの娘が色々と迷惑をかけていたようだね」

「ええ、まあ色々言い過ぎたところはありますけどおおよそは事実です」

 

日々の鬱憤の為か説明につい力が入ってしまい、言わなくてもいい事まで全て説明してしまったのだ。

 

「それはそうだな。確かにこの書類に書かれている事にも合致している。これは済まない事をしたようだね」

「ええ、疑いが晴れて何よりです」

 

親って大変だなと自分でここまで追い詰めて置いて何だが、そう思わずにはいられなかった。

 

「それと最後にいいかな?」

「何でしょうか?」

 

書類を捲り上げ最後に残ったページにはバニルの絵が描かれており、そこには悪魔という文字と契約、魔王軍幹部という文字が描かれたいた。

これは最後にとんでもない爆弾を持って来たもんだと感心を通り過ぎて恐怖を感じるまでである。

内容としては魔王軍幹部がアクセルの管轄で撃破されたのに街にて商売を始め俺と何かしらの取引をしていると言った内容だった。

 

俺の行った内容は客観的な文章にすると完全に悪役じゃないかと突っ込まずにはいられないが、このままではせっかく払拭したクズマの汚名を挽回させてしまいそうだ。

 

「これはですね…深いわけがあるんですよ」

「深い訳とは一体何かな?」

 

俺は包み隠さずバニルの関係に関して契約の面に関して説明した。

 

「…成る程。つまり君のいた国にあった技術をこの国で商品化して売り出そうという内容でいいのかな?」

「ざっくり言えばそうなります。その権利を売ればざっと3億エリスの収益が見込めますね」

「な…」

 

3億と聞いてゆんゆんの親父さんの動きが硬直する。全てに置いて把握しているもんだと思って喋っていたが流石に口を滑らせてしまったようだ。

 

「そ、それは大事な商談じゃないのか?こんな所に居ていいのかね?」

「ええ、まあ期限はありますがそれまでには帰るつもりです」

「それならいいんだが…もしも期限が間に合いそうもなかったら言いなさい。今里にいるメンバーでは流石にアクセルの街には一度に飛ばせないが、一番近い馬車駅のある街には飛ばせるからね」

 

流石に億を超える大金は関わったことがなかったのか、それともシュワシュワのアルコールのような成分が回って来たのか少し慌ただしい雰囲気を醸し出している親父さんだが、根はいい人なのかもしれない。

 

「そうだ、私ばかり質問して申し訳ないね。君も私に質問したい事があったら遠慮なく聞いてくれ」

 

どうやら彼の中で俺への疑念は払拭されたよう親父さんはどこか安心したように俺に語りかけてくる。

 

「そうですね。これは言えなかった言えないでいいのですが、俺の事をどうやって調べたんですか?そういう部隊的なものがあったりするんですかね?」

 

ブッコロリーたちが自警団だったように紅魔の里にもそういった組織があっても不思議ではない。あのゆんゆんが昔紅魔の里は里を出ればほぼ全てのギルドから引っ張りだこになると言っていた気がする。

もしも何かした際にそれがばれようものならもしかしたら俺は消されてしまう危険性があるのかもしれない。

 

「この書類を作成した人かい?そうだね。これは里の秘密なんだけどね。まあこの里で過ごしていればいずれは気付くだろうから教えるけど、この紅魔の里にはソケットと言う占い師の方がいてね。普段はあまり占ってくれないのだけども、今回は族長権限を使って君の事を詳しく占ってもらったのだよ」

「成る程…それは恐ろしいですね」

 

「そうだろ?君も気をつけた方が良い。彼女を敵に回すとこちらの素性を全て暴露されてしまうからね。君はブッコロリー君とはあったのかね?」

「ええ、里に来るときに案内してもらった程度ですが面識は一応あります」

 

「そのブッコロリー君が彼女にちょっかいを掛けてね」

「掛けて…まさか」

「そのまさかだよ。見事彼女に恥ずかしい過去をバラされてね。内容は本人のために伏せておくがね」

「何だって⁉︎」

 

占い師に関してはどこかで聞いたことがあったなと思ったが、よくよく思い出して見ればゆんゆんに出された手紙にそんな内容があった事に気づく。

しかし本当にモデルが居たとは思わなかったが。

 

まあ占い師か。見ず知らずの俺の情報をここまで調べ上げた事を考えるとやはりその実力は本物なのだろう。

時間があればその占い師スキルを教わりたいのだがメモリやスキルポイントを持っていかれそうだし、そもそもその様な秘技中の秘技を簡単に教えてくれるとは思えない。

まあ、その機会があったら一応聞いてみるだけ聞くのも良いだろう。案外すんなり教えてくれる可能性もなきにしもあらずだ。

 

「その占い師の方に一度会ってみたいですね。ここまで調べ上げられるのでしたら故郷への帰り方とか聞いてみたいですし」

「そう言えば君の出身はニホンだったかな?」

「ええって知っているんですか?」

「いや、残念だけどその国の名前は言葉で知っているだけだね、実際どこにあってどのような生活を過ごしているのかは分からない」

「そうですよね」

 

前いた世界…まあ日本に関して未練は断ち切った筈なのだが、やはり完全ではない様でこうして名前が出るたび食いついてしまう。

それに帰りたいかと言われればそこまで帰りたいとは思わない。

意外にも俺はこの世界での生活を気に入っているのだ。

 

「ただ、ニホン人の特徴としては君みたいに黒髪に黒か茶色掛かった黒と聞いているがね。今日君と対面して一瞬で分かったよ、ニホンの方とは他所で数人程あった事があるが君の目はその中で群を抜いて真っ黒だ」

「そうなんですか、やっぱり他の日本人がいらっしゃるんですね」

「そうだね。この里の周囲も魔王城が近いだけあってモンスターも強力だからね。腕試しによく寄ってくれる事が少なくはなかったね」

 

やはりアクセルの外には俺と同じ転生者がうじゃうじゃいるのだな改めて思う。

今のところアクセルではミツルギしか出会って居なかったので忘れていたが、この世界にも沢山の転生者がいることに注意した方がいいのかもしれない。

皆ミツルギの様に頭のネジが吹き飛んでいてくれるとは限らないのだ。

 

「それでその日本人はこの里にいたりするんですか?」

「いや、今は居ないね。昔はたくさん来てくれたみたいだけど最近…ここ数年めっきりと数が減ったかな?」

「へえ、そうなんですか?」

「そうだね。実を言うと君が来るまで存在を忘れていたよ」

「そうですね。俺も今まで1人しか出会ったことしかありませんからね」

 

最近魔王軍の活動も激化して来たとも言うし、もしかしたらそちらの方に数を割いているのかもしれない。

 

「そう言えば君たちニホンの方は皆凄い何かを持っていると聞いたけど君は何か特別な何かを持っているのかな?」

「持っていると言えば持っていますけど、今は使えませんね」

「それは何か条件があって使えないとかそういったものかな?」

 

親父さんは目をキラキラと光らせながら女神に与えられた特典に関して聞いてくる。

確かに俺たちには神技や神具等々渡されるが、それを大ぴろげには言わない筈なのだが…そう言えばミツルギがこの魔剣グラムは女神から託されたものだとか言っていた事を考えると普通に言ってしまっても良いのでは無いかと考えてしまう。

 

「いえ、これは恥ずかしくてあまり言えないのですが、力が強すぎて制御できないんですよ。まあそのお陰で殆どの魔王軍幹部を倒せたんですけど」

「ほう、これ中々に興味深い。つまり本当に困った時に一か八かでしか使えないと言うことで良いのかな?」

「ええ、まあそうなんですけど」

 

使いこなせたのならこの場で炎芸でも見せてあげたかったが、この場で出してこの屋敷に飛び火しようものならとんでもない事になるので意地でも出さない様にしなければならない。

 

「素晴らしい。流石はゆんゆんの見込んだ男だ、流石は私の娘だな」

「え、どういう事ですか?」

 

俺の話が紅魔族の琴線に触れたのか声を荒らげながらシュワシュワを一気飲みして新しい瓶の栓を開けた。

おいおいこのオッサン一体何本飲むんだよ。流石の俺もドン引きなんだけど。

 

やはり紅魔族の族長なだけあってこう言った酒の付き合いは多いのか、アルコールに関しては鍛えられているのだろう。

 

「すまない少し取り乱したようだ。流石に見せてくれと言うのは野暮だったな、いつかその力を使い熟せる時が来たら是非見せて欲しい」

「ええ、まあはいわかりました」

 

「そうだ、これを渡そうと思ったんだよ。色々と疑ってしまったからねせめてのお詫びだよ」

「そんな。悪いですよ」

「良いんだ、むしろ受け取らない方が悪いと思わないか?」

「はい、では頂きます」

「うむ、では開けて見たまえ」

 

そう言いながら族長が懐から出した小箱を俺に渡す。

中を開けるとそこにはマナタイトだろうか、今まで見たことのない輝きをした宝石が埋め込まれたブレスレットだった。

 

「これを嵌めてその能力を使うときに外すと良い」

「えぇ、それって何か意味あるんですか?」

「無い‼︎」

「無いのかよ⁉︎」

「まあでもカッコいいだろう?」

「はあ…さいで。でも折角頂き物なので着けさせて頂きます」

 

やはり紅魔族=中二病なのだろうか。発想が昔の黒歴史を連想しそうで嫌なのだが、それでも頂いたプレゼントは意外にもシンプルで何処かのハイブランドを連想させそうだった。

 

「それでは夜も更けて来た所で私は部屋に戻るとするよ。瓶や食器は気にしないでいい、後で執事が取りに来るからね」

 

ブレスレットを腕に嵌めて眺めていると、流石に酔いが回って来たのか親父さんは立ち上がりテラスを後にしようとする。

 

「ブレスレットありがとうございます。大事にします」

 

テラスの扉を通して中に入るタイミングでお礼を言うと

 

「ああ、大事にしてくれたまえ。それは…いや何でもない。それよりも娘を頼んだよ、見た通りうちの娘寂しがり屋だからね」

 

そう言ってテラスを後にして姿が見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 




後半は別の話にしようと思ったのですが父親の話で終ってしまいました…


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紅魔の里12

紅魔の里編も最長の長さになってしまいました…
誤字脱字の訂正ありがとうございます。



「…きてください……起きて……起きてください‼︎」

「…ん…ああ、ゆんゆんか…後5分頼む」

「そう言っていつも一時間ぐらい寝ているじゃ無いですか‼︎流石の今日は許さないですよ‼︎」

 

ベットで眠っている俺を叩き起こさんばかりに揺らし続けるゆんゆん。さては昨日の事を根に持っているな?

流石の俺も疲れと言うものがゆんゆん以上に溜まっているのでもう少し長く寝ていたいものなんだが…

まあでもしかし、こうして体感してみて分かった事なんだが、やはり高い寝具というものはこうも寝心地が良いものなのかと改めて実感させられる。

低反発が良いとか聞いていたが、案外このくらいの適度な反発が俺にはあっていることを考えるとやはり個人差というものをあながち馬鹿に出来ない。

 

「うぇ…分かったよ。起きるから揺らすのをやめてくれ」

 

あの後俺は少しテーブルの上を軽く片付けた後テラスを後にし割り当てられた部屋に戻るとそのまま熟睡した。

そうして俺の長い1日は終わったのだが、翌日目覚めるとこうしてバッチリおめかししたゆんゆんにいきなり起こされにかかられている状況だ。

 

「ふぁーあ…知らない天井だ…」

「それは私の実家ですから」

 

目を開けてまず最初に映ったのは屋敷とは違ったデザインの天井だった。

頭の中では分かっていてもやはり急に寝床が変わると目覚めて早々にびっくりしてしまう。誰かこの現象に名前をつけて欲しいものだ。

 

「それで急に起こされたけど今日はどうする予定だった感じ?」

「ええ、それなんですけど今日は折角なのでこの里を案内しようかと思いまして」

「この里って昨日回ったじゃないか?改まって見るものとかあるのか?」

「いえ、この里も一応ですけど観光者向けに色々用意していますのでそこを回ろうかと」

「マジか…お前たち紅魔族の観光資源とかって変な方向に尖っているから嫌な予感がプンプンするんだけど」

 

前に見た紅魔族バーサス魔王軍幹部とかももしかしたら観光名物になるかも的な話も記憶に新しい。

この里での目的は済んでいて特にやる事もないのでこういうのも良いのかもしれないと思い、折角の二度寝を我慢して今回は朝から活動しようかと思う事にする。

 

「…まあいいか。今日はゆんゆんに任せて紅魔の里を楽しみますかね」

「はい‼︎それじゃあ早く支度してくださいね」

「分かったよ」

「…」

「…」

「…」

「…」

「あの…なんで黙っているんでしょうか?」

 

沈黙が続く中最初にそれを破ったのはゆんゆんだった。

まあ別にわざとそうした訳ではないのだがそうなってしまうのは些か仕方のないことで

 

「取り敢えず着替えるから出てってくれない?」

「え、あ、はい。すいません失礼します‼︎」

 

俺の沈黙の意味を察したのか彼女はそそくさと部屋から出て行った。

流石の俺も女の子の前で着替えるほどガサツでは無いのだ。

 

 

 

 

 

 

「それでは今日はこの紅魔の里を案内しますね‼︎」

「おー」

 

あの後そそくさと着替えを済ませた俺は嫌な予感がするのでブレスレットを袖の中に隠すと部屋の前で待っていた彼女と再会し、何かの執務をしていた執事に声をかけて屋敷を後にした所で彼女が始まりの合図のようにそう宣言した。

それに追随するように返事を返したが少し抜けたような感じになってしまった。

 

「それではこちらへ」

 

そう言われ最初に向かったのは神社のような場所だった。

規模としてはこじんまりとしたお社だったのだが、やはり観光名所とされているだけあってか手入れが行き届いており何処か綺麗な感じを醸し出していた。

 

「へー紅魔族にも信仰的なものはあったんだな。てっきり神は堕とすものだとか神殺しとかそんな事を言い出しそうなのに」

「ここですか?これは神様を祀ったものでは無くてですね。そうですね…何を祀っているかは中を見て頂ければわかると思います」

 

そういえばこの世界では神といえば女神様を祀るといった宗教観を嫌というほど見てきたが、やはりこの祠は女神を祀っているわけではないようだ。

ならば一体何を祀っているのだろうか?

 

そう思い彼女の後をついていくと、本来は神主的なお偉いさんしか開けてはいけないであろう扉を開き中に案内される。

 

「ここですね。これが御神体です…」

 

最奥に案内され微妙な表情をした彼女が俺に差し向けたのは、何処ぞのアニメショップなどで荒れていそうなフィギアを何とも丁寧に木彫りで表現したものだった。

これはこれで芸術性の高い代物だったのでじっくり眺めようとしたが、何故か彼女の視線が突き刺さっているような気がしたのであまり興味の無い程で話を進める。

 

「これは一体何なんだ?」

「さあ私には分かりません…ただ昔紅魔族の方が旅人を救った際に譲り受けた神作と言われるほどの大切な品だと聞いていますね」

 

神作…そんな表現をするのは俺たち日本人だろう。

成る程な、確かに木彫りでこのクオリティを作り出すのは中々に苦労したことが伺える。これなら確かに神作だが、多分これを神に通じる何かと紅魔族の方々は勘違いしたのだろう。

まあ偶像信仰は良くある事なので特に何も思わないが、それでもまさか萌えフィギアが御身体になるとは流石の俺でも思わなかったぞ。

 

「何かご利益とかあったりするのか?ほらエリス教とかだと幸運とかが上がったりするとか言うだろ?」

「ご利益ですか?いえ、特にその様な効果は特に聞いていませんね」

「何も無いんかい⁉︎」

 

長く崇拝すれば神が宿る的な付喪神的な話を期待していたが、どうやらそう言ったことは無いようだ。

 

 

次に案内されたのは某剣士のゲームのお約束最強武器的な剣が突き刺さった台座のような場所だった。

ゲームに沿って設置されるなら森の中に隠された某神殿跡地の中に聳え立っているのがお約束なのだが、今回は思いっきり里の中に鎮座しており雰囲気などは全て台無しになってしまっている。

 

「…何これ?これを抜くと伝説の勇者にでもなれるの?それとも伝説の勇者ならこの剣を抜くことができるの?」

「いえ、そういう訳では無いですね…」

 

どうやら違うらしい、では一体この剣は何なのだろうか?

今日このタイミングで案内されたと言う事はきっと観光資源の一つなのは分かっているのでそんな大したものでは無いことはわかるのだが。

 

「…すまん、これってどう言った企画ものなんだ?」

 

多分この里の人間の仕業だろうと思うので聞き方を変えて聞いて見ることにした。

 

「これは伝説の聖剣を抜こうと言った取り組みでして一日1人一回だけ抜く事ができる仕組みになっていますね」

「成る程な、選ばれるのは運に選ばれると言った感じか…」

 

多分腕試しチャレンジ的なものだろうか?

ならば俺のオーバーラップ支援魔法で引っこ抜いてみる価値はあるかもしれないな。

 

「これは内緒のお話ですけどこの剣は挑戦者が丁度一万人になった時に抜けるような仕組みになっていますので、カズマさんがどんなに頑張っても抜く事はできませんよ」

「マジかよ⁉︎」

「しかも挑戦料を支払わなくてはカウントされませんので、このままだと一生抜けませんね…」

 

どうやら八百長システム搭載の伝説の勇者選別マシーンらしい。

金儲けも馬鹿では務まらないとは言うが流石にここまであからさまだと、これはこれで一種の趣旨として楽しめそうだなと思うがチャレンジする挑戦者の挑戦料はこの里の財政の肥やしになってしまう訳だ。

つまり抜くまで誰かの養分と言う事になるのだ。

 

「成る程な…一回全力で挑戦してみてもいいか?これくらいなら行けそうな気がするんだけど」

 

軽く掴んでみるとやはり魔法か何かでしっかりと固定されている様な感覚がするが、支援魔法を重ねて行けば何とかゴリ押しできそうな気がする。

冒険者だがこれでも魔王軍幹部を3人ほど屠っているんだ、レベルだけ見ればそれなりに実力があると言うわけだ。

 

「駄目ですよ⁉︎そんな事したら鍛冶屋のおじさんに怒られちゃいますよ‼︎」

「やっぱり駄目か」

 

流石に弁償等々の話になると厄介なので名残惜しくも剣の柄から手を離す。

こうしてカズマの聖剣伝説は意外な形で幕を降ろしたのだった。

 

 

 

三つ目に案内されたのは池のような多分泉だろう結構広い水溜りに案内された。

泉の背景には大きめの岩が置かれているので、うまく距離を合わせて写真を撮ればそれなりに凝ったものが撮れそうな感じがするがこの世界に写真は無かったなと思い出す。

 

「それでこの泉には一体何があるんだ?」

 

見た感じは泉の中に小銭やら武具が沈められているのでおおよその事は察せられるが、ここは紅魔の里なのでもしかしたら突拍子も無いような道の文化があるのかおしれないので念のため確認する。

 

「ここは願いの泉ですね、ここにコインや斧を投げると女神が現れるという噂があります。なのでこうして泉を除くエリスやら武具が沈んでいるんです」

「成る程な…」

 

これは俺の国でもよく見るな…まあ考えたのは十中八九日本人だろう。話の内容が完全に童話の金の斧と銀の斧の選択を迫られるアレに近い。

 

「そうそう、あの石で覆われた所にエリス硬貨を投げると願いが成就するとか言いますね。カズマさんもどうですか?」

「さりげなくこの里の財源を潤わそうとすんなよ…まあでも面白そうだからやってみるか」

「そうですね上手く一発で入れられたらさらに泉の精が現れて願いを直接叶えてくれるとも言い伝えられていますよ」

 

日本だとよく地蔵とかが奥に置かれてその麓に竹を編んで作られた小さな籠が設置されている様なものを見たことがあるが、多分それに近いものだろう。

エリス硬貨は一エリスから存在するので、それを財布から出して思いっきり投擲する。

話が何だがパチンコの演出じみているのは俺の気のせいだろうか?まあせっかくの観光なのでプレイする時だけは何も考えないで行うのも悪くは無いだろう。

 

「いっけ‼︎スキルなしのカズマ様直伝の投球フォームだ‼︎」

 

流石に運や実力試しにスキルを使うわけには行かないので完全に実力で投げてみたが、やはり日々狙撃スキルを乱用してたせいかスキルを使用しなくてもこの距離くらいなら的中させることに成功した。

 

「おっしゃ‼︎」

「流石ですね‼︎」

 

一発で入れた感動で思わずゆんゆんとイエーイとハイタッチをかましてしまう。

俺たちのバイブスは絶好調に達している。

 

「…なあ」

「どうしたんですか?さっきから泉を覗き込んでいますけど」

 

そして暫く待っていたのだが、俺の思っているような展開は起きなかったのでゆんゆんに尋ねてみると彼女は不思議そうに俺に問いを返してきた。

 

「あそこにコイン入れたら女神が出てくるんじゃ無いのか?」

「………出ません」

 

ボソッと疑うことを知らない子供の如く彼女に問いかけると、暫くの沈黙の後彼女もまたボソッと返事を返してくれた。

 

「子供騙しかよ‼︎」

 

やる前というかこの里の案内ツアーの前から全て子供騙しという事はわかっていたので特に精神的ダメージはなかったのだが、それでも折角一発で入れたのだから何かしらのリターンがあっても良いでは無いのだろうか。

 

「よし、後でめぐみん呼んで爆破してやろう‼︎この俺の怒りを里の皆に知らしめるチャンスだ」

「そんな無茶苦茶な⁉︎」

 

 

 

適当にストレスを発散しながら案内されたのはファンタジーあふれるこの里には似つかない工場だった。

 

「ここは何だ?紅魔族のブラックボックスでも隠されているのか?」

「ブラックボックス?それが何なのかは分かりませんけど、ここは謎施設と言われて世界を滅ぼせるほどの兵器があるそうですよ」

「マジか…でもさっきみたいに子供騙しで結局はハリボテなんだろ?」

「…いえ、ここは里の観光名所みたいな特徴はないですね。昔はここで何かを作っていたみたいな話は聞きましたけど今は何をしていたかまでは分からないです」

「へーまさに謎施設だな。中に入れば何かあるんだろ?それとも中はスッカラカンで外装はハリボテなのか?」

 

何故彼女がここを案内したのかわからないが、せっかくなので中に入ってみるのもいいかもしれない。

 

「中には色々施設がありますけど古代文字で色々描かれていてよく分からない機械があるだけですね」

「へーまさに古代遺跡みたいな感じか」

「そう言う感じですね。カズマさんの事ですから中に入りたいとか言い出しそうなので早く次に行きましょう」

「え?駄目なの?てっきり中に入れるかと思ったんだけど」

「この中に入るには許可が必要ですから今回は駄目です!」

 

施設に向かって進もうとする俺を必死に抑えようとすゆんゆんに抵抗するが、やはり支援魔法無しでは彼女には勝てないのでそのまま後ろへと引きずられていく。

 

「じゃあなんで案内したんだよ?駄目だったら案内しなきゃいいだろ」

「カズマさんの事ですから案内しなかったら後々誰かの会話からこの施設の存在を知って私たちに内緒で勝手に侵入しそうじゃないですか‼︎」

「うぐっ⁉︎」

 

屁理屈で強引に押し通そうとしたが、やはり付き合いが長いだけあって図星をつかれてしまい言葉を返せなくなってしまう。

 

「わかったから引っ張るのをやめてくれ!腕がもげる‼︎」

 

仕方なく彼女の要求に応えてそのまま次に案内される。

 

 

「一気に人が増えたな、さっきまでの閑静さが嘘みたいだ」

 

次に案内されたのは里の住宅街みたいな所の商店街みたいな所で、服屋や武器屋など様々な建物が乱立していた。

 

「ここは私たちがよく利用するお店がたくさん集まっている所ですね。よく利用すると言ってもこの辺り以外のお店はほとんど無いんですけどね」

「へーそうなのか」

 

どうやらこの店群が紅魔族の生活圏の主軸を支えているようだ。

まあ、生活必需品はアクセルの店では幾つかあったが、武器屋に関しては鍛冶屋等々の区別があったが一店舗しかなかったはずだが。

 

「せっかく来たので服屋に行ってみませんか?私も行くのは久しぶりなんですよ」

「だろうな、まあ今日はゆんゆんに任せるって決めてるから好きにしてもらって構わんぞ」

 

無邪気にはしゃぐ彼女の後を追いながら服屋にたどり着くとそのまま案内されるがまま中に入っていく。

 

「いらっしゃいませ」

 

入って早々挨拶をしてきたのはチェケラと名乗る店主で、その名前通り弾けたテンションで俺たちを接客しながら服屋の買い物は進んでいく。

 

「これなんかどうでしょうか?」

「いいんじゃないか?けどたまにはこう言うのもアリだな」

 

彼女の提案する服に俺の要望を取り入れながら買い物は進んでいく。

 

しかし、どれもこれも英語の筆記体みたいな文字やドクロや鎖等々昔よく着た服ばかりで懐かしいな

 

「ゆんゆんちゃん今日は結構買って行くけど大丈なのかい?こっちとしては助かるんだけど」

 

最後の会計の際に彼女の積み上げた服をみて店主であるチェケラが不安そうに聞いてくる。

 

「ええ、大丈夫ですよ。この里を出てから普通の服を買っていなかったのでむしろこれくらい買わないと回らなくなってしまいますので」

 

確かに最近の彼女の服がくたびれてきている感があったし、言われてみれば彼女がクエストの際に着るエンチャントのついている戦闘服以外の服を購入している所を見たことは無かったなと改めて思う。

 

「そ、そうなのかい?まあせっかくボーフレンドに選んでもらってたからね」

「そうなんですよ」

 

なんか知らないうちに外堀を埋められているような気がするが、気にしたら終わりのような気がしたので目線を外の干してある服にずらす。

 

「ん?」

「どうかしました?」

「いや、あれは何かなって」

 

目線を外に向けると、洗濯物を干している物干し竿の一つが他の物干し竿とは違ったというか、また別の物に見えて仕方がないのだ。

 

「お‼︎アレに目をつけるとは流石だね。アレは由緒正しき伝統の物干し竿だよ」

「へーそうなんですか…」

 

どっからどうみてもシルエットがライフルなんだけど、この世界の人間がそれを知る由はないだろう。

まあ、特に実害はない事だしここは黙っておこう。

 

 

 

「毎度あり‼︎」

 

買い物を終え、一度荷物を彼女の家に置きに行った後に俺は里の展望台という名の丘に案内された。

 

「ここでは魔道具を使って魔王城が見えるらしいですよ」

 

そう言い彼女が見せたのは、よくタワー系の観光名所に行った際に100円入れて使用できる設置型の望遠鏡だった。

びっくりしたと言うよりかは懐かしいと言った感情の方が勝つのだが、すごく覗きたいとかそんな気はしなかったので金を払って覗くのはやめておいた。

 

「今日は楽しかったな、ありがとう」

「いえいえ、私もカズマさんと久しぶりに出かけられてよかったです」

 

丘に寝そべる形で里を見下ろしながらゆんゆんと取り留めのない会話をする。

アルカンレティアでの旅行では散々な目に遭ったのでこうしてゆっくりと見た事のない世界を見せてもらうと言うのは中々に乙だ。

 

「このまましばらくゆっく…」

「どうかしましたか?」

 

ゆっくり話でもしてようぜと言おうと思った所で言葉に詰まり、それに不安を感じたゆんゆんが心配そうに聞いてくる。

 

「あーあ俺の平穏な日々終わったかも…」

「どう言う事ですか?」

「めぐみんの家の近くに魔王軍が来てる」

「あっ…」

 

里全体を一望できるので思わずあの辺りにめぐみんの家あるなーとか思って千里眼を使ったのが運の尽きだった。

小鬼などのモンスターを引き連れた幹部と思われる女性が里の外れにあるめぐみんの家の方からこっそりと里に侵入してきたのである。

 

「今日はオフの予定なんだけどな…仕方ない戦いたくないからアイツを足止めしながら里のみんなを呼ぶぞ」

「そ…そんな」

 

アルカンレティアならともかくお世話になった紅魔の里でこれを見逃せるほど流石に薄情ではないので、仕方なくゆんゆんを起こして向かうことにした。

 

「それじゃ俺はアイツらの足を止めに向かうからゆんゆんは里のみんなを呼びに行ってくれ‼︎」

「わ、分かりました‼︎」

 

彼女と分かれ丘を急降下するとその勢いそのまま支援魔法で速度を強化しながらめぐみんの家のある方向へと走っていく。

幸い相手が魔王軍幹部だった事もあり気配が大きい為道に迷う事はなく、時間ロスを最低限に留めながら目的地へと向かった。

 

「遅いですよカズマ‼︎ですがよくここが分かりましたね‼︎」

 

目的地である場所に着くと既に気配を察知していたのか、俺よりも早くめぐみんが魔王軍と相対して時間稼ぎをしていた。

 

「でかしたぞめぐみ…っておい⁉︎」

 

そういえば爆裂魔法しか使えないめぐみんが魔王軍に対してどうやって足止めしていたのかと言う疑問が頭に浮かび、それが一瞬のうちに解消した。

そう、地面を見ると彼女が爆裂魔法を使う際に出現する魔法陣が地面に展開されていたからだった。

 

つまり現時点でこの紅魔の里の大部分は彼女の意思一つで吹き飛ばされてしまう可能性を孕んでいると言う訳だ。

 

「そこの魔王軍の方達、命拾いしましたね‼︎我が従僕であるカズマが来た以上もはや私が爆裂魔法を撃つまでもありません‼︎」

 

めぐみんは俺が来た事を確認すると爆裂魔法の発動を止め、展開されていた魔法陣を収束させる。

 

「おい‼︎何俺の名前を言ってやがるんだ‼︎」

「え⁉︎」

 

折角足止めしてくれていたのに思わず怒鳴ってしまう。

こんな連中に名前が知られたら間違いなく指名手配される。

そうなれば色々なモンスターが俺の事を狙い始めてしまうだろう、平和を願う俺からしたらその状況はとても許せる物ではないので出来れば名前を覚えられる事だけは避けたかったのだ。

 

「折角カズマの名を他の魔王軍に知らしめてやろうと思ったのですが…そうですねでは私も名乗りましょう‼︎そうすればカズマのよく言うwin-winの関係という奴です‼︎聞け魔王軍共我が名はめぐみん‼︎」

 

俺のよく使う俗語を吸収し見事アウトプットして見せためぐみんだが、お前の名前までバレたら追われる危険性倍増でlose-loseなんだけど…。

 

「こいつ端とは言え里の皆を巻き込む事を承知で爆裂魔法を放とうとしていましたよ‼︎こんな頭のイかれた紅魔族は初めて見ましたよ‼︎」

「何ですと⁉︎」

 

名乗りを終えると別の意味で畏怖を与えてしまったのか幹部である女性に撤退するように進言し、イかれた女扱いされたことに彼女は激怒した。

成る程、今回の相手はシルビアと言うのか。

 

「確かに出会い頭に自分自身を巻き込みながら爆裂魔法なんて恐ろしい事するなんてウォルバクでもしないわね…」

「そうですよ‼︎今回の作戦も見つかった時点で撤退とおっしゃっていたじゃないですか‼︎」

 

「それはそうだけど…」

「さあ早く撤…痛⁉︎」

「狙撃‼︎」

 

人の事は言えないがダラダラと会話を続けていたので思わずそこら辺にあった石を狙撃スキルで投擲してしまった。

 

「何しやがるんだ人間‼︎」

 

流石に石をぶつけられたらキレるのは全種族共通か。

 

「悪い悪い…話している所悪いんだけどさ、俺がこのまま逃すと思うのか?おいめぐみんもう一度爆裂魔法の魔法陣を引け‼︎もしコイツらが逃げるそぶりを見せたらその場で爆発させてやれ‼︎」

「おお、カズマがいつになくカッコイイこと言っています‼︎ついに目覚めたのですか‼︎」

 

調子に乗って悪いを3回も言ってしまったが、なんかめぐみんのテンションが上がっているので良しとしよう。

あまり調子に乗ると碌な事がないので慎ましくしていたのだが、今回は最強のアークウィザード集団がバックに居るので少し強気で攻めて見るのもいいかもしれない。

運がいい事に紅魔族の方達がこちらに向かって来ているのが感知スキルで分かることだし、奴らを討伐するのは時間の問題だろう。

 

「あの小娘だけかと思っていましたがカズマとか言う男も頭のネジが吹っ飛んでやがりますよ‼︎」

「いいじゃない、背伸びしてる男の子は嫌いじゃないわ、ここは坊やの勇気に免じて私自ら出向いてあげるわ」

 

何故か俺とシルビアで一対一で戦う的な話になってる。

勝手に話を進めないで欲しいと言いたいが、部下全員で襲い掛かられたら流石の俺でも対応しきれない。

もうこれは仕方がないのだ。

 

「今日はゆったりと過ごせたいい日だったのによ…結局邪魔されてすこぶる機嫌が悪いんだ、運が悪かったんだよ…お前らは」

 

そう言いながら念のために腰に下げていた剣に手を掛け、鞘から引き抜いていく。

 

「へえ、中々に自信があるようね、見たところ坊やは紅魔族じゃないみたいだけど」

「…」

 

坊やと呼ばれたことでオークとの戦いを思い出し背筋が凍ったが、奴らはここまで来ないしあれだけ図体がでかければここからでも分かるので大丈夫だろう。

俺の本能がオークと言う生物を天敵と認識している。

 

「ああ、俺は普通の冒険者だよ。ただベルディア・バニル・ハンスの3人を葬ってきた普通の冒険者だよ」

「何⁉︎最近連絡がなくなったと思っていたけど、やはり倒されていたのね…」

 

俺の言葉を聞いて思い当たる節があるのか疑う事なく信用した。

やはりというか普通なのだが、奴らが倒された情報は魔王軍に伝達されていたようだ。

 

「そして4人目はお前だシルビア、お前もこの剣の錆となれ‼︎」

「か、カズマが過去サイコーにカッコイイです‼︎」

 

鞘から引き抜いた剣をシルビアに向け高らかに宣言する。

二日間ずっと紅魔族と過ごしていたためか、それとも元々の俺はこんな感じだったのか何も考えなくても中二病みたいなセリフが湧き上がってくる。

言ってみると案外謎の爽快感があるのだが、変に癖になってアクセルに戻って出たりしないか心配だ。

 

「へぇ流石に自信がある様だね。それじゃあ要求通り一度手合わせ願おうじゃないの」

「いいぜ」

「か、カズマ‼︎大丈夫ですか⁉︎流石に調子に乗りすぎじゃないですか?」

 

「うるせぇよ‼︎折角カッコつけてるんだから黙ってろよ‼︎」

 

小声で忠告するめぐみんに小声で怒鳴り黙らせる。

しかし、やはり調子に乗り過ぎたところはあるかも知れない。里のみんながこちらに到着するのはもう少し掛かるのだがそれでも距離は遠くはない、それでもその間に俺が一撃喰らってしまえばもしかしたら死んでしまう危険性がある。

 

身から出た錆とはこの事を言うのだろう。

しかし覆水盆に帰らず、一度口にした言葉は元には戻らないのだ。

ならばここで腹を括って奴と相対して時間を稼ぐのが筋と言うものだろう。

 

剣を構えながら数歩前進むとシルビアもそれに合わせて前に出てくる。

姿を見るに背丈は俺を優に超え、目つきは細く蛇を連想させる。

感知スキルで分かる限りではこいつは単体の筈なのに気配が一つではなく様々な気配が混ざった奇妙な気配をしている。今までこのようなケースは無かったが、もしかしたら人格が沢山あるのか、それとも色々な生物を体に飼っているのか、それとも合成獣なのか色々な推測は立てられるが、どれが正解になるかによっては攻略方法が180度変ってしまう。

 

「あら私の事をジロジロ見てそんなに私に興味があるのかしら?」

「気持ち悪い事を言ってんじゃねえよ‼︎気が散るだろ⁉︎」

「あらやだ吠えちゃって坊やって意外と可愛いじゃない!」

 

いちいち人のトラウマを抉るような喋り方にペースを乱されるが、その程度で集中を途切れさせる程柔な鍛え方はしていないとクリスと過ごした地獄の日々を思い出し精神を安定させる。

 

「それじゃ行くぜ」

「来なさい坊や」

 

互いに構え、周囲には緊張が走った。

 

 

 



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紅魔の里13

誤字脱字の訂正ありがとうございますm(_ _)m
とても助かっています。


「さあ‼︎カズマよ、早く行くのです‼︎」

「お前が仕切ってんじゃねぇ‼︎」

 

不覚にも互いに向き合っていた時間が長かった為か、途中で痺れを切らしためぐみんが勝手に始まりの掛け声を上げた。

勝負というものは最初の一歩を踏み出すまでの駆け引きが重要だと思っていたのだが、あの女から見ればただ単に意気地がないように見えたのだろうか?

 

「ほら坊や、連れのお嬢ちゃんが早く行けって言ってるわよ?」

 

めぐみんが掛け声を挙げてしまった事で緊張感が削がれしまい変な空気が場に流れていたところでシルビアが仕切り直しを催促するかのように声を掛けてきた。

 

「…ったく、しょうがねーな‼︎」

 

ここまでお膳立てされて行かないとは流石に言えないので、仕方なしに構え直してシルビアに立ち向かう。

 

まずは様子見で支援魔法無しで斬りかかる。

相手の獲物は鞭だろうか?腰に提げられていたロープの束を取り出し展開しせ見せているが、バインドに使うロープの可能性もある。

 

いや…魔王軍幹部がバインドなんて姑息な技使うのか?

念のため用心はしておくが、それでも使って欲しくない感は否めない。

搦手を主としている俺に対して相手も搦手を使うとなれば、生きている年数や幹部という役職に就くだけの実力それらの要因を合わせてるとそいつは俺の上位互換という事になる。

そうなれば俺の勝率は地の底まで低下してしまい。最悪逃げ場を失い命の危険に晒される。

 

奴の持つ獲物に注意しながら剣を振りかぶり斬りかかる、まず狙うは腕で戦意を削ぐのが目的だ。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」

「あら、可愛いこと」

「何⁉︎」

 

反撃が来ることを考えていたが、帰ってきたのは攻撃ではなく単純な白刃取りだった。

しかもそれは両手を使ったものでは無く片手の人差し指と中指の間で挟んだものだった。

 

「ふふふ、あれだけ大見え切った事言うのだから警戒したけど、ただのハッタリだったようね」

「クソッ‼︎動かねえ」

 

剣を前後に引っ張ったりして引き抜こうとしたが、やはり抜けることは無かった。

やはり調子に乗って支援魔法を使わないでいけるんじゃね?とかイキったこと言わないで全力で行けば良かった。

 

「残念だったわね坊や、折角可愛い娘の前でカッコいい所見せようとしたところを邪魔しちゃって」

「うるせーよ‼︎惨めになるから言わないで貰えませんかね⁉︎」

 

「カズマ…もの凄くカッコ悪いです…」

 

剣をがっしりと抑えられた状況で後ろを振り向くとめぐみんが少しガッカリしたような表情でこちらを見ていた。

この野郎…爆裂魔法しか使えない癖に何言ってやがると思い睨もうとしたが、これはこれで名誉挽回のチャンスがあるんじゃないかと有ることを閃いた。

 

「この様子だとあの憎たらしい紅魔族の仲間が来る前にカタが着きそうね。それじゃ坊やをどうしてくれようかしら?」

 

はぁ、とため息を吐きながら奴はそう言うと剣を挟んでいた力を強め始める。奴は俺の剣を破壊しようと言うのだろうか。

感知スキルで紅魔族を居場所を探るが悲しくも俺たちとの距離はあまり近づいてはおらず、やはり待つときの時間は待たせるよりも長く感じるとはこの事だと何処ぞの専門家気取りなことを頭の中で考えてしまう。

しかし、それで残念だでしたと終わる訳はなく、時間は残酷にも進み行くので早急に行動に移さないといけない。

 

「はっ‼︎笑わせるぜ紅魔族が来たら一蹴される癖に俺みたいな雑魚相手にイキがってんじゃねえ‼︎」

「何っ‼︎」

 

シルビアが調子に乗り出したタイミングで掴まれた剣を支点にして奴の顎下を支援魔法全開で蹴り上げる。

先程の一件で俺がただのハッタリかました雑魚だと思い完全に油断したのか、俺の攻撃は防がれる事も避けられる事もなく正確に奴の顎を狙い打てた。

 

「油断大敵覚えてやがれ‼︎」

「このクソガキ‼︎」

 

蹴り上げ突然の攻撃に怯んでいる隙に剣を奪い返し後方へと避難する。

 

「成る程カズマはこれを狙っていたのでしたか…私はてっきりカズマのよく言う舐めプをして返り討ちにあったのかと思いましたよ」

「当たり前だろ?俺が何もなしに丸腰で向かうかよ」

 

取り敢えず尊厳は回復させたが、これで相手は本気で俺に向かって相手してくる事になるので本当の戦いはこれからだ的な展開にフェーズが移行してしまい、命の危険はグッと上がってしまう事は確定だろう。

 

「弱かったから適当に痛ぶって私の実験コレクションにしてあげるだけで勘弁しようかと思ったけど、どうやら坊やは本気で私を怒らせたようね」

「実験台で勘弁するって、もう結果がゴールしてんじゃねーかよ‼︎」

 

奴は俺に蹴られた顎を押さえながら今までの余裕は無しといった感じで俺のことを睨みつけている。

何の準備なしにこのままいけば殺されるのは確実だろう。いくら支援魔法を使ったところでようやく力のステータスがドッコイやや下回るくらいなのだから。

 

「覚悟はいいかしら?もう油断はしないわ」

「ははっこれは流石に参ったな」

 

相手の手札が鞭だけしか判明していない以上このまま続けは今度は確実に負けるだろう。

しかし、奴の時間はもうお終いで、ここからはずっと俺たちのターンになるので気にする必要はない。

 

「さあ覚悟しな…何⁉︎」

 

シルビアが鞭を振り上げたタイミングで横から光剣を手に纏ったゆんゆんが突然現れ奴目掛けて斬りかかり、惜しくも奴の体を引き裂くことは出来なかったが代わりに奴の左腕を切り落とし反動を利用して俺たちの元へと跳躍した。

 

「クソ…もう来たのか‼︎」

「カズマさんお待たせしました‼︎里のみんなすぐこちらに到着します」

「さあ、お前らはもうお終いだな‼︎」

「…全くこの男は…」

 

美味しいところを獲った事にウキウキしているゆんゆんと掌を返したような態度の俺に対して呆れているめぐみんという相反した2人を横に構えながらシルビアに向き合う。

 

「これで勝ったと思わない事ね、私はグロウキメラよこの程度の損傷すぐに治せるわ…」

 

出血部を押さえながら切り落とされた腕を拾い、それを患部の切断端同士合わせるとモノの見事に接着され、指を開いたり閉じたり動作の確認をしている。

 

「シルビア様あの小娘の言ったように忌々しい紅魔族の集まりがこちらに向かっているようです‼︎」

「何ですって⁉︎」

 

感知スキルで確認してみると意外な事に先程まで相手いた距離が大分埋まっていることに気づく。

途中テレポートでショートカットしたのだろうか?

しかし、だとしたら大人数でこっちに向かって来ないだろうかという疑問が残るが、紅魔族の考えを理解するということはそれなりの沼にハマる気がするのでやめておこう。

 

「今回は見逃してあげるわ‼︎次会った時は覚悟しておきなさい‼︎」

 

状況が急展開を迎え場の雰囲気が一気に撤退の流れへと切り替わる。

このまま逃せばまた面倒な事になるのは今までの経験上火を見るよりも明らかだ。

 

「ゆんゆんちょっといいか?」

「はい、何でしょうか?」

 

撤退の指示を出し、ルートの説明をしているのか奴等の動きが少しだけ滞っている隙にゆんゆんに話しかける。

 

「やれ」

「えぇ…」

 

逃げようとする奴らに指を指し、たった一言彼女に指示するのだった。

そうアイツらは俺を怒らせてしまったのだ。

 

「仕方ありませんね…」

 

ゆんゆんも同じ気持ちだったようで、いつもなら姑息な手を使おうとすると大体抵抗していたのだが今回に限っては特に抵抗もなく俺の指示を受け入れて詠唱をはじめた。

 

「めぐみんも詠唱‼︎」

「今日のカズマは鬼畜ですね…」

 

ゆんゆんが来た事で自身の役目を終えたと判断して爆裂魔法の準備をキャンセルした様だが、俺はそこまで甘い男ではないので再び放てるように催促する。

追い討ちをかけるようにさんハイ‼︎と手を叩きながらめぐみんに命令すると彼女は呆れながらも再び爆裂魔法の詠唱を始める。

 

「フハハハハハハハ‼︎いい気味だぜ‼︎」

 

最初にゆんゆんが放った中級魔法が奴等の列の中辺りに激突して列が崩れ始める。

そして中級魔法を放っている間に詠唱を済ませた上級魔法を続け様に先頭に放つがシルビアが何かしらの小細工を使ったのか、その魔法は中級魔法のように直撃はしなかったがそのまま周囲にばらけて取り巻きに二次被害として浴びせられる。

それにより陣形は崩れ奴らは烏合の衆へと零落してしまう。

 

「折角の機会ですので我が力を見せてあげましょう‼︎エクスプロージョン‼︎」

 

奴らに距離を取られゆんゆんの魔法範囲外に出たところでめぐみんの詠唱が完了し、烏合の衆全体をカバーした状態で爆裂魔法を放つ。

流石に距離が前回の総力戦と違って近かったので威力は抑えられていたが、それでもギリギリ影響がない範囲まで出力を上げていたのだろう爆風が向かい風となって俺たちの体に浴びせられる。

 

「今回は不満な結果に終わりましたね…60点です…」

「次回に期待だな」

「2人は何を言っているんですか…」

 

爆風をなんとか凌ぎきったところでめぐみんがボソッ何かを呟く。どうやら自分の放った爆裂魔法に点数をつけているらしく、今回は彼女のお眼鏡には叶わなかったようだ。

 

「取り敢えず今回は何とかなったな」

 

一件落着と適当に誤魔化しながら爆裂魔法によって抉れた地面に背をむけ見なかった事にした。

上級職であるアークウィザード集団の紅魔族ならこの程度のクレーター位簡単に直してくれるだろう。

 

 

その後、遅れて来た紅魔族の方々に事の顛末を説明し、俺たちは再び元の場所へと戻る事となった。

その際に話を聞いていたが、どうやらゆんゆんだけがテレポートで飛んできたのは演出だったようでその時の説明をすると里の皆がウンウンと頷きながらゆんゆんのことを褒めていた。

 

一体何を考えているのだろうか…

状況から考えてメンバー全員でテレポートして来てくれた方が効率的には良かったのだが、多分彼達にはそんな考えは無く魔王軍幹部の事を全くもって危険視していないのだろう。仲間が1人で助けに来たと言う格好良さを優先したのだろう。

まああれくらいの圧倒的な実力差があればその考えに辿り着くのは自然な事だろうけど、それでも少しは警戒した方が良いだろうとは思わずにはいられない。

 

話を聞けばいつもはもっと大々的に攻めて来ていたらしいが、今回はめぐみんが見つけなければ危うく里に侵入を許してしまってた状況にある。

奴らも何かしらの考えがあって来ているのだろうか。

 

何か嫌な予感がするが、今回はあくまでお客さんの立場なのでなるべく深入りしない方がいいだろう。

戦力差は圧倒的で奴らだけでは到底敵うはずはないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

そうして俺たちはめぐみんと別れ一旦屋敷へ戻ったのだが、今回の迎撃祝いでパーティーを開くらしく、なんかうるさそうなので疲れて眠っている彼女を置いて屋敷の外へと繰り出す事にした。

どうせなら叩き起こそうとしたが、彼女が居る時には行き辛い店を見つけてしまったのだ。

 

それはサキュバスランジェリーと言ったもので、アクセルでも聞いた事のある例のあのお店と同じような雰囲気を感じる。

ダスト曰く、あのお店にはたくさんのサキュバスが在籍してお客の要望を聞いてそのアンケートに沿った夢を夜な夜な見せて男の精気を奪っていくという物になるらしい。

初期の冒険者は俺のように馬小屋で過ごすことが多く性欲の処理がままならないので、こう言った店は俺たち男性冒険者にとっては必需品らしい。

 

俺はこの世界に来て早々ゆんゆんと会っており、なかなか1人にさせて貰えなかったので縁がなかったのだが、今回くらいは羽目を外してもいいだろう。

できれば誰かの紹介で来て見たかったが。今回は流石に1人の方がいいと判断する。

バレたら後々面倒くさそうだし。

色々な建前を頭の中でごちゃごちゃ言いながら潜伏スキルで気配を断ち、周囲の人間に悟られる事なく店の前に移動して扉を開く。

 

「いらっしゃい外の人。1人ならそこのカウンターにでもどうかしら?」

 

出迎えてくれたのはゆんゆんと同じくらいの少女だった。

背丈は大体ゆんゆんと同じくらいだが、長い髪の毛が腰の方まで伸びている。やはり紅魔族は美男美女に富んでいるのだろうか、あのブッコロリーですら何もしなければイケメンのような気がするすし。

入った瞬間可愛い娘に会えたのはいいのだけれども、入った瞬間に俺は違和感を覚える。

 

「あれ?ここは酒場なのか?」

「ええそうよ、ここは紅魔族の随一知力を持った者が考えた酒場兼宿だよ。君たち外の人はいつもそう言うね?」

 

どうやらここは普通の酒場らしい。

入った瞬間に迎えてくれた者の気配が完全に人間だったのでそんな気がしたのだが、やはりサキュバスが関係してくるのは名前だけだったようだ。

 

「お兄さんは確かゆんゆんの友達だったね。それじゃあ…我が名はねりまき、紅魔族随一の酒場の娘いずれはこの酒場の女将となるもの‼︎」

「おーそうなのか」

 

やはりというか、そうなるだろうと思ったが紅魔流の挨拶をされたので俺も仕方なく考えて来た挨拶を返す。

するとやっぱりめぐゆんのパーティーに居るだけはあるねと、ありがたい感想が返ってきた。

 

「それで?この酒場はねりまきが経営しているのか?」

 

先程やがては女将になるものと言っていたが、この酒場には現在お客は居らず俺と彼女の2人だけの状況になっている。

本来であればねりまきに親父の店長が居る筈だと推測できるが、そのような気配はまったく持って感じられなかった。

 

「それは違うね、今日はゆんゆんの居るお屋敷でパーティーがあるから、お父さんがそこで使うお酒を運びに行ってる所。その間の留守番ってわけ」

「そうなのか、大変だな…」

 

やはりこの世界は俺たちの居る世界とは違って子供にも労働をさせるらしい。発展途上であるこの里では彼女の様な子供も外に働かされ、自身のチャンスを蔑ろにされてしまうのだろう。

何となくこの里の裏側を見てしまった気がしなくもない。俺はこれから彼女とどう接したらいいのだろうか…

…なんちゃって。

 

適当な正義を振りかざした事を考えながら取り敢えず何する?と聞かれたのでシュワシュワを注文する。

 

「お客さんはゆんゆんの友達なようだしサービスするよ」

「おー嬉しいこと言ってくれるね。それじゃあ今夜はここに居座ろうかな?」

 

日本ではセクハラと言われそうなおじさん的なセリフをかましながら出てきたシュワシュワに口をつけるとその場の雰囲気の効果なのだろうか、いつも飲むものより美味しく感じる。

やはりブランドや熟成年数的なものがあるのだろうか?

一応値段は確認しているが、そこまで高いものはなくむしろ設定は良心的なものだ。

 

「私もちょうど暇していた所だし、確か今はアクセルで冒険者していたんだよねそこでのめぐゆんの事聞かせてよ」

「ああ、いいとも」

 

雰囲気に酔っているせいか少しハードボイルド気味に言葉を選びながら話を進める。

昔はこんな酒場に来て店員と話をするなんて非効率的でお金の無駄でしかないと思っていたが、こうして実際にその場の雰囲気と共にシュワシュワを味わうと言うのも悪くはない。

シュワシュワではなく酒だったらいいのだが、あいにくこの世界でのお酒はシュワシュワしかないので諦めるしかない。

 

「それで、2人はどんな感じだったの?やっぱり出会った当初からイチャイチャしてたの?」

「出会った当初か…確かにイチャイチャしてたな…むしろイチャイチャしかしてなかったな…」

 

この世界に来た時のことを思い返す。

めぐみんが来た時はかなりの衝撃を感じたものだ。何せ爆発事件の犯人だった訳で、しかもゆんゆんと同じ紅魔族という特徴で最初に俺と会うと言う奇跡に近い再会を果たしたのだから。

 

「そんな2人の中に入るって相当勇気が必要だったんじゃない?それとも誘われた感じ?だとしたら経緯を聞きたいね」

「いや、そもそも最初から2人いた訳じゃないんだよ」

「そうなの⁉︎そうなるとどっちかと先にあっていた事になるけど!どっちなの?」

 

どうやら彼女はゆんゆんとめぐみんの2人がパーティーを組んでいた所に俺が混ざって来たと考えていた様で、考えとは違った現実に戸惑いつつ事の次第を俺に聞いてくる。

 

…しかしそうなかった可能性だが、2人が揃っている所に3人目の仲間として俺が入るとなるとそれはそれでかなりハードルの高い事になっているなと思う。

しかし、そうであったのなら2人でパーティーを回して行けたかと思うとそれはまた違うなと思わずにはいられない。何せ2人ともアークウィザードなのだ後衛二人では討伐系のクエストはゆんゆんが優秀だとしても難しいだろう。

 

「最初はゆんゆんだな。俺が困っていた所を助けて貰ったところが始まりだね」

「へー私は最初はめぐみんを捕まえてなし崩し的にゆんゆんを仲間にしたかと思ったんだけど、違ったみたいだね」

「捕まえたなんて人聞きの悪いこと言わないでくれ、むしろこっちが捕まったくらいだよ」

 

正確には押し付けられたと言ったほうが正しいが。

やはり客観的に見ればめぐみんを先に絆した方がゆんゆんと仲良くなるのは易しそうだ。

今後俺たちのパーティーに対して内部破壊をしにやって来る資格がいるかもしれないので、彼女との仲良くの仕方を古くからの友人に聞いておくのもいいかもしれない。

 

「そうなの?ゆんゆんの事だからお客さんの方からゴリ押して仲間にしたかと思うったんだけど」

「どちらかと言うと外堀を埋められたと言った方がいいかもな、巻き込まれたとも言うかな」

「へーそうなんだ。まああの2人もおとなしそうな顔をしてかなりヤンチャしてたからね」

 

どうやら2人の伝説はアクセルに来る前から始まっていたらしい。

どんな事にも過程があるらしく、彼女達の行動も何かしらの原因があるのかもしれない。

 

「ヤンチャってどんなことしてたんだ?」

「そうだね…まず猫を拾って来たことがあってね…」

 

それからはめぐみんを主軸とした2人の話を彼女が知っている範囲で話してもらった。

途中彼女にも酒を奢りつつ、酔った所で色々と踏み込んだ質問もしてみた。

それは中々に面白く、そして彼女達は彼女達で色々と苦労して来たんだなと、改めて2人の存在のありがたさを思い知ったのだ。

 

「さて、私も話したんだからお客さんもそれからの話を答えてよ」

「そうだな、何から話せばいいのか分からないから出会った時の所から話そうかな」

 

俺も酔いが回って来たのか、普段なら言わない事も言ってしまいそうま雰囲気になっているのを感じるが、彼女も大分踏み込んだことを言ってくれたので俺も少しくらいは喋ってもいいだろうと話を少し盛りながらアクセルに来てからの話を彼女に話した。

 

 

 

 

「へーそうなんだ、やっぱり君の推しはゆんゆんなんだ?私はめぐみん派だね、強気な様で実際推しには弱そうだからね」

「マジか…やっぱり同じ女性だからこそ見えるものがあるのか…」

 

時間は経ち、長い話を終える頃には2人ともすっかり酔っ払ってしまっていた。

ベルディアやバニルを倒した時にも盛大に宴を開いたのだがその時と比べてかなり飲んでしまっていると自覚はしているのだが、案外ねりまきと飲むのも悪くはない。

2人の事に関しての話を他の人とすると基本的に同情されるだけで愚痴るだけになってしまっていたが、今回は互いの知らない彼女達の話を擦り合わせるように話す事がこんなに楽しいとは思わなかった。

 

 

 

 

 

「おー帰ったぞ‼︎留守番ありがとう…って外の方じゃないですか。これはこれはいらっしゃいませ、娘が迷惑をおかけしました」

 

どうやら族長宅の飲み会が終わったらしく、この酒場の主であるねりまきの親父さんが帰って来た様だ。

やはり娘は父に似るのだろうか、めぐみん・ゆんゆんといい、そこはかとなく父親に似ている気がする。

これは俺の経験則で必ずしもあっている訳では無いが、2人兄弟や姉妹の場合基本的に上の子が母親似で下の子が父親似の事が多い様な気がする。もちろんエビデンスはないので確実性には欠けるが。

 

「すいませんねこんなに散らかってしまって」

「何言ってるの、現在進行中なんだけど」

「いえいえ、散らかしたのは俺なんで気にしないでください」

 

どうやら店主はねりまきが店を散らかしてそのまま俺の接客していたと思ったらしく、そのことを周囲の瓶を拾い上げ片付けながら謝罪した。

確かにこの量の瓶を見たら俺たち2人で飲んだとは到底思えない。改めて見ると2人とはいえかなり飲んだなと恐ろしさまで感じるほどだった。

 

「そうですか、娘が大変迷惑をお掛けしました」

「やめてよ、まだ何もしてないんだけど⁉︎」

 

お客さんが飲み過ぎるのを止めるのもスタッフの責務と考える人も居ると昔にテレビで聞いていたが、この店主もその部類のようだ。

一応問題はないと謝罪し、残ったシュワシュワに口をつける。

 

「それで、なんでめぐみんが爆裂魔法に手を付けたって話なんだけど」

「そうだね…そればかりは流石の私も分からないかな」

「そうだよな…めぐみんも適当にはぐらかして爆裂魔法の凄さを長時間力説して結局説明してくれないからな」

「昔から上級魔法を取れるのにスキルポイントを溜め込んでいるとは思っていたけど、いつの間にか爆裂魔法を習得してたね」

 

どうやらねりまきでも知らない事があるようだ。

それはそうと店主の方はそろそろ店じまいなのか出来るところから片付けを始めている。

今日は飲み会があるから普段来ない酒飲みは来ないと踏んで彼女を店番にしていたのだろう、その分営業時間が短いのも納得だ。

 

「まあなんだかんだ言って、あるえとかと比べるとそこまで仲が良かったて訳じゃないから、詳しくはそっちの方に聞いた方がいいかも」

「あーあるえか…そう言えば来た時にあったな」

「そうなんだ、さすがだね。お客さん意外と女たらし?」

「馬鹿野郎⁉︎そんな事あってたまるか」

 

どうやらねりまきと言う女性は彼女達の親友ではなかった様だが、ゆんゆんの話を聞いていると多分めぐみん以外親友と呼べる人は居なかったんじゃないかと思える程だった。

めぐみんが十八番で使うツッコミのように思っていたワードは冗談ではなく本当の事なんだなと改めて思ったが、これだと笑えないなと若干頬が引き攣るのを感じた。

 

それはそれと、女たらしだなんて不名誉にも程がある。こちとらこの世界に来て女の子2人と同じ屋敷に住んでいながら手が出せない状態にあるという拷問に近い生活を送っているんだ、それを知らずに知ったような事を言わないで欲しいと言うか、相手はねりまきだし言ってしまおう。

 

「あーそれは大変だね。お客さんも男の子だからね…やっぱりコッチもギリギリって感じ?」

 

と言う事で説明した訳だが、やっぱり下ネタは不味かったかなと思っていたが、やはりこの商売を続けている為免疫ができているのか寧ろ少し乗り気で話を広げてきた。

 

「そうなんだよ…その状況でサキュバスランジェリーとか完全に狙ってるだろう?」

 

酷く酔っているのか、それとも彼女のコミュ力なのか、普段は絶対言わないであることを滑らせてしまう。

 

「あ、やっぱり店の名前ってそう言う感じなんだ。外の方の男性は大体うちに来たら少しガッカリしてるような雰囲気がしてたから何でだろうと思ってたんだ、前にお父さんに聞いてもはぐらかされるし」

 

彼女はどうやら店の名前の意味は知らなかったようだ。まあ親父は知っていたようだが、それでも紅魔族随一の知力を持っているだけあって集客力も随一だ、かく言う俺もその掌で転がされて入店した訳だし。

 

「まあでもいいんじゃないか?俺は悪くはないと思うぜ。なんか悪い事してるみたいだし、改めて見ればお洒落でかっこいいだろ?」

 

まあゆんゆん達に行って来るとは到底言えないが、言うは易しと言うから取り敢えず言っておこう。

 

「そう言ってくれると嬉しいかな、それでそろそろ時間なんだけどさ」

 

彼女はそう言いながら店の時計を指す。

時計はちょうど日付が跨いだ事を表しており、かなり長い間ここに滞在した事も示していた。

 

「あー悪い悪い、それじゃそろそろ帰るよ」

 

上着を椅子から掬い上げ袖を通しレジスター的な機械のあるカウンターへと移動する。

 

「へー珍しいな」

「そうそう、珍しいでしょ。この計算する箱は代々受け継がれたものでね」

 

似たような物かと思ったら完全にコンビニによく有る一昔前のレジスターだった。

久しぶりにみる懐かしさに見ていると、皆によく言われるのか慣れたように彼女が説明を始めた。

 

「…それでお会計なんだけど…払えそう?半分は私が飲んだから半分はなんとかなるようにお父さんに言うけど…」

 

機械の説明を終えると申し訳なさそうに彼女は機械のボタンを押すとそこにはかなりの数字が並んでいた。

 

「いや別に気にしなくても平気だよ。これくらいなら出せるし」

 

カッコつけるようにエリスの札束をドンと出す。

これから商談で三億の収入があるのでこのくらいの出資ならポケットマネーで軽く賄えるのだ。

 

「え⁉︎お客さん結構お金持ちだね、そうか‼︎これで2人を釣ったわけか⁉︎」

「人聞きの悪い事言ってんじゃね‼︎ゆんゆんの屋敷に泊まっているから旅館代が浮いてるからその分だよ‼︎

 

ギョッとした表情でねりまきは驚いたリアクションをしたが、それをふざけて頷けばこの事は瞬く間に里中に広まるだろう。それだけはなんとしても防がなくてはいけない。

 

「冗談だよ、来てくれてありがとうね…あ、そうだこれ」

「なんだ?」

 

そうだと言って渡されたのは何かのスクロールだった。

攻撃用や防御はよく見るが、今回はまたデザインの毛色がまた違ったテイストの巻物なので何か補助的な物だろうか?

 

「これはうちの店の前が設定されたテレポートのスクロールでね、ある金額以上のお会計をしたお客さんに渡してるの」

「へー、それはまた律儀だね」

「まあ、うちは便が悪いからこうでもしないと外のお客さんが来てくれないからね」

「成る程な、さすがは紅魔族随一の知力を持った人が考えたお店だな」

「それじゃあ、また今度新しいめぐゆんの情報待ってるよ‼︎」

「おう、そっちも昔の記憶捻り出しておけよ‼︎」

 

会計を済ませ、テレポートのスクロールを受け取ると俺は酒場を後にした。




次回から話は進む予定ですが、少し休むかもしれません


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紅魔の里14

遅くなりました、ギリギリなので読みづらいかもしれません…
誤字脱字の訂正いつもありがとうございます。


サキュバスランジェリーを後にしてゆんゆんのいる屋敷へと向かう。

こんな遅くまで飲む予定はなかったのでこっそり戻れるか不安だが、俺には潜伏スキルがあるので大丈夫だろう。

 

やはり飲み会で全員外に出払っていた為か辺りは不気味すぎる程に静かだった。

…これが嵐の前の前触れでなければいいのだが、と思いながら潜伏スキルで屋敷へと戻る。

 

シュワシュワという名のアルコール類似物質が体に回っている為か体がふわふわとした感じになっており、なんでも出来そうな万能感に満たされているがこれが酒飲みが失敗する理由だろうと思いよからぬ事をしまいと自制をかける。

もうお酒で失敗したくは無いのだ。

 

「帰ったぞー」

 

ボゾっと呟きながら潜伏・罠解除など様々なスキルをふんだんに使用してこっそりと族長の住む屋敷へと侵入する。

女性の家へスキルを使用して侵入するなんて字面だけ見るなら最低な行為だが、今回のそれは仕方がないだろう。

 

正面の門のロックを解錠してなるべく音を立てないように開き庭へと侵入する、夜の庭園なんて随分とおつなもんだなと思いながら眺め、道沿いに進む。

それからセキュリティをそつなく掻い潜り屋敷の正面へと辿り着く。

 

族長とは言え所詮は片田舎の村長にしか過ぎないので警備もこの程度だろう。

以前何故かクリスに仕込まれた屋敷の侵入方法がまさかこんな方法で役に立つとは思わなかったので、思わずこの人生は何がどう繋がるか分からねーなと心の中で笑ってしまう。

 

裏口のドアを解錠し、スキルで音を隠しているとは言え念の為とゆっくりとドアを開き中に侵入する。

中は既に片付けが済んでいるのか気持ち悪いくらい静まり返っており、下手なことをすれば俺が戻ってきたことがバレるだろう。

 

…まあこんなに意地を張らずにインターホンを押せば執事の爺さんが迎え入れてくれそうだが、ゆんゆんにねりまきと会っていることがバレると変に誤解されて後々面倒なことになりかねない。

 

…後は部屋に戻るだけだな。

中に入りドアを閉め、自分に言い聞かせるように心の中の小言で決意表明し前を向いた時だった。

 

「うっ⁉︎」

 

俺の首元にうっすらと銀色の線が引かれている事に気づき即ざに動きを止める。

光り方からして何かしらの刃だろう。感知スキルは人も罠も何も反応していなかった事を踏まえると、この状況を生み出した人はかなりの手練れと見える。

しかし、本来であればこのまま刃を引かれ俺の喉は掻っ捌かれて失血死してしまうのだが、今のところその動きは無い。

 

…つまりは

 

「…おや、誰かと思えばお嬢様の御友人でしたか」

 

両手を挙げ、無抵抗である事を示しながら待つこと数十秒。その無限に思える程の短い時間という矛盾した時を感じながら待機していると侵入者は俺ということに気づいたのか話しかけてくる。

声の主は声色からして屋敷の執事をしている爺さんだろうか。声の距離が少し遠い所から見ると得物は中距離から遠距離型だろうか、どちらにしてもこの状況では何もできない。

 

前言撤回セキリュティが薄かったのは片田舎だからではなく、この爺さんがいるから必要ないという事だったようだ。

いや、むしろ入る時のセキュリティが薄い分油断してしまう事も計算に入れているのかもしれない。

 

「このようなお時間にいったい何をされていたのですかな?」

「…悪いね、里の皆が参加している打ち上げパーティーに参加しないで外で飲んでるなんてゆんゆんには言えないからさ」

「面白い方だ」

 

この爺さんの追求から逃れるとは思えなかったので正直に事を話すと、不気味な位に笑みを浮かべて笑いながらをボソッと言葉を発した。

 

「マジか⁉︎」

 

言葉と共に一瞬の殺意を感じたので後方に回避をすると、目の前にあった刃の線が目の前を横切り視界から消えた。

避けていなければ今頃俺の首は上と下で別れていただろう。

 

「危ねぇな⁉︎何しやがんだ‼︎」

「何をと申されても見ての通りお嬢様の露払いとしか」

「成る程な、俺はゆんゆんに取り憑く虫って訳か‼︎」

 

どうやらこの爺さんは俺を始末したいようだ。

まったく客人になんて対応するんだと怒りたいところだが、長年面倒を見てきた主人の娘が連れてきた男が寝ている事をいい事に外で飲み歩いていたと知れば手の一つでも挙げたくなるだろう。

気持ちは分からなくはないが、だからと言って殺されるわけにはいかないのだ。

 

光の線が消えた方向とは真逆に体を運び何処に居るか分からない爺さんと距離を取る。

流石に姿を見ないで事を鎮静化するのは不可能に近いので、感知スキルを全て爺さんを捉えるために絞りに絞るとなんとかその輪郭を捉えることに成功する。

 

「薙刀か…随分渋い武器を使ってるな」

 

はっきりとは分からないが形としてはそれに近いだろう。

アークウィザードの里にまさか武闘派が居るとは思っていなかったが、考えてみると確かに魔法軍団を抑えるなら近距離の戦士を1人くらいは置いておいても不思議ではない。

しかし、まさかゆんゆんの居る屋敷でリアルファイトするなんて流石の俺でも予想できない。

 

「この私の姿を捉えましたか…成る程、流石お嬢様が連れているだけの事はありますな」

「お褒めに預かり至極恐悦だよ、まったく」

 

腰に携えた剣を鞘から引き抜き正面に構える。

オークなど違い、今回の相手は切断系の技を使ってくるので一撃でも生身で攻撃を受ければガードしていても四肢切断の可能性が出てくる。

であれば、攻撃は最小限にとどめ残りの余力は剣を利用した防御に徹するのがセオリーだろう。

 

…と言うか何で俺たち闘ってるんだ? 

構えてみたのはいいのだが、流石にこの場で殺し合いみたいな私闘はどうなのだろうか?

相手は完全にやる気みたいだが、俺としては混乱の方が大きい。この里に魔王軍が攻めてきている以上余裕だとしても戦力を削ぐのは得策だとは思えない。

 

「念の為に確認するけど俺を殺す気なのか?」

「もちろんでございます」

「即答かよ⁉︎」

 

執事は俺の問いに対して目線を逸らす事も迷う事も無く1秒に満たない間の後に答えた。

たかが飲みにいっただけなのにここまでの仕打ちを受けるとは流石は紅魔族族長のお屋敷だ。欲に駆られて一つの選択肢を間違えただけで命を狙われるとは…

 

「これくらいの事で殺されるのは不本意だけど、せっかくの機会だから試しに付き合ってやるよ‼︎」

 

もうどうにでもなれと、何処ぞの戦闘狂みたいな台詞を吐きながら自分に対して発破をかける。正直言ってキャラじゃ無いんだが、それでもアークウィザードの集団を仕切る紅魔族の族長を守護する役目を担っている老人の実力を試して見たいと言う気持ちがないわけではない。

 

「どうやら覚悟が決まったようですな、そうでなくてはこちらの興が削がれるというものです」

 

俺の意を汲み取ったのか、執事の爺さんも乗り気で薙刀を構えるとそのまま俺に向かって突っ込んでくる。

モンスターの戦闘民族の次は紅魔族に潜む戦闘民族かよと心の中で突っ込む。どうもここに来てから血の気の盛んな連中らと遭遇するなと若干困惑する。

 

「はっ‼︎言うじゃねえか‼︎紅魔族族長の執事だが何だが知らないけどこの場で引退式あげてやるぜ‼︎地獄で余生を送りやがれ‼︎」

 

罵詈雑言を浴びせながら執事の横なぎを上体を逸らして側方へと回避する。

正直言って素の状態では認識する事すら怪しいが、今回に限っては感知スキルと今までの戦闘で培った勘にものを言わせて回避する。

 

「ほう…」

 

まずは大腿部に軽く切れ込みでも入れて牽制してやろうかと思い切先を向けたが、やはり相手は手練れで薙ぎ払われた刃はすぐさま切先を切り返し俺の頭上へと進路を変更していた。

しかし、それをはいそうですかと受ける訳もなく、体を翻しながら剣で刃を弾き軌道を逸らした上で後方へと回避する。

 

「末恐ろしい爺さんだな」

「そちらこそ、そこら辺の坊主かと思いましたが、認識を改めなくてはいけないようですな」

 

一度の攻防戦で互いの実力が自身の想像よりも上の方にいると両者共に認識したところで、再び得物に力を込め構え直し仕切り直す。

互いに実力を上方修正した事により変な間のようなものが出来てしまう。

 

まどろっこしいので俺の方から踏み込み攻撃を仕掛ける。

先手必勝とただの袈裟斬りを爺さんにお見舞いすると、何かの流派なのか不気味なほどにブレのないステップを刻むと残像のような気配の影を残しながら即方へと体をずらし下段へ薙ぎを放つ。

もはや視覚のみでの視認は難しく、直感に近い感覚に身を委ね体を側方に翻しつつ横に半回転し横薙を回避し、躱しきった事を確認しないまま次の一手として全体重を乗せた横切りを放つ。

 

しかし、そんな事は把握済みと気付けは爺さんの姿はなく気配は俺の視認していた場所よりも一段階上へと跳躍を済ませていた。

 

「なろ‼︎」

 

気付けば全体重を乗せた一撃を肩透かしの如く躱され、上方から振り下ろされる一撃を跳ね返せるほどの動きを出来るほど余裕はない。

背に腹は変えられないとそのまま体を前方へと前転させ、無様にも床を転がりながら振り下ろしを回避し前回り受け身の要領で起き上がりつつ距離を取る。

 

屋敷の廊下という狭い状況下で不利だと思われていた長物の得物は、その不得意性で足を引っ張るような事はなく寧ろ俺を追い詰める為に真価を発揮しているように見える。

 

「成る程…その薙刀の長さはこの廊下のサイズに合わせて作られているってことか?」

「御名答、この薙刀はスラッシュバスターと呼ばれる業物で、私がこの屋敷にお招きいただいた時にご主人から頂いた物でしてな、私の身長とリーチを計算され長さを決めた物と伺っておりまますな」

「はぁ…今ので全て台無しだこの野郎‼︎」

 

相手の秘密を見抜いてカッコ良く決めたのだが、ここにきて紅魔ネームを浴びせられてしまうと何だか締まりのない展開へと崩れてしまう。

 

しかし、それで状況は変わる事はなく。寧ろこの廊下自体が爺さんにとっての独壇場と分かってしまった以上、ただでさえ掴めていない状況下で不利な要素が加わり俺の精神的ストレスが増えた事になる。

 

「そろそろ息は戻りましたかな?」

「けっ、知ってて付き合ってやがったな‼︎」

 

適当に話を引き伸ばし息を整えていたが、この爺さんはそんな事は知っていたとあえて俺の息が整ったタイミングで言葉をかけて来た。

どうやらこの状況は場所が屋敷である事を差し引いても俺の方が下という事を知らしめられる。

 

ならばこれ以上真面目に切り合ったところで勝ち目など無いことは考えるまでもなく、またいつもの如く搦手を使わなくては勝ち目はない。

 

通常何かとこうして戦う時は事前に色々と仕込むのだが、今回に限っては突然だったので何も準備をしておらず、寧ろ遊びに行く感じで部屋に小道具を置いて行ってしまっているので俺の手持ちにはこの剣と投擲用のナイフが数本あるくらいだ。

本来ならナイフで牽制をしつつ隙を作るのだが、今回の相手はそんな手を物ともしないだろう。

 

「考え事をしているようですな。成る程、私との実力差を知り戦術を考えているようですな。だがしかし‼︎」

 

互いに一定の距離を取り両者共に相手の出方を伺っている局面だったのだが、俺の行動をすぐ様察知し一瞬のうちに俺との間合いを埋めるとそのまま突きを繰り出してきた。

 

「ぐっ‼︎」

 

それを何とか剣を挟み込み軌道を側方へと逸らすが、それを事前に予知していたのかそらされた状態から足を一歩踏み出し横薙ぎへと流れが変化し俺を挟んだ剣ごと横へ払い飛ばす。

飛ばされ空中で浮遊感を感じつつも早く体勢を整えなくてはいけないと思い空中に風の魔法を放ちブレーキをかける。

 

勢いを殺し、地面に足を着いた所で剣を前に構え防御の姿勢を取ると、丁度そこ目掛けて追い討ちの薙ぎ払いが放たれ受け止める形になる。

この攻撃はまあ来るだろうと思っていたので、防御した余力で横に払い反動で薙刀の刃が後方へと弾かれたタイミングで袈裟斬りを放つ。

 

「ごふっ‼︎」

「甘いですな、相手の攻撃を弾いたからと言って必ずしも相手が丸腰になるとは思わない事ですな」

 

今のは完全に取れたと思った瞬間、爺さんの姿が消えたかと思うと腹部に激痛が走る。

一体何が起きたのかは分からないが、このままだと次の一手を打たれ致命傷を受けかねないのであえて大振りの攻撃を放ちその反動を利用して後方へ退避する。

 

何が起きたのだろうか…

後方に退避しながら爺さんの姿を捉えると石突を前方に突き出している様子が見えた。

 

要するに刃を後方に上手く弾けたのではなく、奴はそれを見越してわざと弾かれた様に後ろに薙刀を引いた事になる。

そして相対的に前に出る事になった石突を突きという形で前方に繰り出し俺の腹部に直撃させたのだ。

 

「相変わらず恐ろしい爺さんだぜ」

 

痛みを回復魔法で引かせ、距離をとる。

普通の戦闘ならこんな休ませる暇を与えない物だが、何故だがこの爺さんは攻防戦の間にこうして数秒の休憩を挟んでいる。

自身の回服のためだろうか?

いや、その可能性は低いだろう。あの爺さんはこの状態でも息一つ乱れていない。そんな達人が果たして休憩を取るだろうか?

 

ならば考えることは一つ。

もしそれが予想通りならこの爺さんはかなり食えないクソジジイという事になる。

 

「動きの新鮮さがなくなって来ましたな、そろそろ限界が近いようだ」

 

まるで曲芸師の様に薙刀を振り回す演舞を見せながら俺のことを挑発する。

 

その発言に対し挑発を返したいが、爺さんのいう通り俺の体力もそろそろ限界が近い。

言い訳をさせてもらえれば酒を飲み過ぎて気持ちが悪く、コンディションが最悪なのだ。

 

これ以上も戦闘の続行ジリ貧なのでそろそろ決めないと、文字通り殺されかねない。あの爺さんはチャンスを与えリスクも与えているのだ。

 

「悪いけど、これで決めさせてもらうぞ‼︎」

「…ほう、覚悟を決めたか。ならば私も答えるとしよう」

 

剣を鞘に収め脇腹にスライドさせいつでも抜刀できるようにし、持っていたナイフを半分に分けて奴を左右から挟み込むように矢状面状に回転を加えながらそれぞれ投擲する。

流石狙撃スキルと感銘を受けるほどに綺麗な曲線を描きながら放たれたナイフはブレる事なく爺さんに向かって行き、左右の退路を塞ぎ残された前方の道を埋めるように俺は剣を鞘から引き抜き前方へと駆け抜ける。

単純だが、これにより爺さんはナイフを処理しなくてはいけない必要性が生まれ、それに動きを要すれば俺の攻撃の対処が僅かに遅れる。

俺自身も危険リスクに晒されるが、それでもリスクを冒さなければこの爺さんに勝つ事はできない。

 

「貰ったぁぁぁぁぁぁぁーっ‼︎」

「ふむ…成る程、私も舐められたものだ‼︎」

 

完全に捨て身に走った俺の攻撃に対して爺さんは臆することなく薙刀を正面に突き出し突き構えを取ると、そのまま俺に向かって突撃してくる。

狙撃スキルの能力で軌道が収束したナイフ群を臆することなく前に前進することでズレを生じさせ、両腕を皮一枚切らせ躱す。

 

流石の狙撃スキルも掠ったことで役目を終えたのか、その機動性を失い爺さんを追いかけることなく慣性のまま床や壁に突き刺さる。

そして互いに交わす選択を捨て突撃を選び前方へと攻撃を進め、両者が交差する瞬間を迎える。

 

「「勝負だ‼︎」」

 

互いに紅魔族に影響されているのか言葉を持って最終接戦の狼煙をあげる。

 

突き同士、スキルを使い互いの切先を合わせて拮抗させればいいのだが、爺さんの実力的に恐らく純粋な力比べではなく力の使い合いになるので負ける可能性が高い。

ならば俺の取る方法は、たった一つ。

 

剣を奴の薙刀にぶつけ軌道をギリギリ俺に当たらない所まで逸らす。

しかし、そのまま剣を持ち続けるとその反動を受け側方へと体が飛ばされてしまうので、剣を離し反動を全て預け後方へと飛ばしそれによる反作用でより前に進み、空いた手で無謀にも薙刀の柄を掴みそのまま自分の体へと引き寄せ押し下げるとそのまま足で地面まで踏み倒す。

それと同時に左手に水を生成し、風で整え氷の魔法で固め薄氷の剣を作成しそれを爺さんの喉へとそらせる。

 

正直賭けの要素が強く、なおかつ左右の手で全く違う作業を行うというかなり狂った作業を熟さないと行けなかったが、躊躇しないで勢いで行けば案外何とかなると思い知った。

 

「チェックメイトだ爺さん」

「ほう…これはこれは」

 

負けを認めたのか手に持っていた薙刀を離しそのまま地面に落下するが、これが映画なら足でキャッチして形成逆転みたいな事に成りかねないので、そのまま足の力で踏み落とし地面に抑える。

 

「流石にこれも効きませぬか」

「残念だったな」

 

どうやら俺の考え通りの事をしようと思っていたのか残念そうにそう言うと両手をあげ降参意を俺に伝える。

しかし、そこで気を許すほど俺も甘くは無く今度は右手で薄氷の刃を生成し二刀流にし、何かあっても対応できるようにする。

 

「…止めは刺さないのですかな?」

 

膠着状態になると最初に爺さんが口を開いた。

 

「いや、あんたは完全に俺を殺そうなんて思ってなかっただろ?まずは理由を聞こうかと思ってな」

 

フッとカッコ良く決めると廊下の奥から拍手が聞こえ、ゆんゆんの親父さんが現れる。

感知スキルを爺さんに絞っていたので気づかなかったが、屋敷の奥の方で俺の戦いを見ていたようだ。

 

「手荒な真似をしてすまなかったね、もう警戒しなくても大丈夫だよ」

「別に構いませんけど、何がしたかったんですか?」

 

薄氷の刃を収め爺さんに距離を取りながら飛ばされた剣を拾い鞘に収める。

 

「何て事はない、単にうちの執事が君と戦ってみたいと言っていてね。君が会合に出席しないで酒場にいると連絡を受けてね、いい口実だから手合わせしてみたらどうかと言う話になったのだよ」

「申し訳ありません、お嬢様のお相手が務まるものか確かめたく思いまして」

 

親父さんから説明を受け、執事が申し訳なさそうに頭を下げる。

正直こんな目に遭ったのだから報復の一つや二つをしてやりたい気持ちがあるが、流石にゆんゆんの親父さんなのでここはぐっっと堪える。

 

「それで、カズマくんは君からみてどうだったのかな?」

 

ゆんゆんの親父さんは楽しそうに執事に向かって今回の戦闘の感想を問いかける。

そこは流石に俺のいない所で話してくれよ、いやむしろ俺を部屋に帰してくれよと思ったが流石に言えないので黙って聞くに徹する。

 

「ええ、動きは粗く実力はまだまだですが、それでも機転とセンスはなかなかのものでした。かく言う私も殺す気はなかったとは言え一本取られるとは思いませんでした。流石はお嬢様が選んだ事はあるかと」

「成る程な」

気持ち悪いくらいの良い評価に若干気を良くしそうだが、むしろあからさま過ぎて何か裏があるんじゃないかと思って警戒する。

しかし、族長も結構酔っているのか自分の若い頃の話をし出し執事共々思い出話に浸っていた。

 

「もう部屋に戻ってもいいですか?」

 

正直疲れたし、出来レースの殺し合いをさせられて精神の摩耗が凄いので早く寝たいのだ。

 

「ああ、すまなかったね。お詫びと言ってはなんだが…何も思いつかないな」

 

…思いつかなんかい⁉︎

決して言葉にはできないので心の中で突っ込だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーなんかもう疲れた、明後日には帰る予定だったんだけどもう帰ろうかな…」

 

あの後紅魔の技術の結晶だなんか言いながら変な薬を飲まされ体力が回復したが、それでも精神が疲れているし酔いも冷めているのでただの疲れたおっさんの気分を味合わされている気分だ。

重たい部屋のドアを開け、心に思ったことをあえて言葉にすることでストレスを解消する。

 

「おや?」

 

上着をハンガーにかけ布団に向かうとなんと布団に誰かいるではないか。

少し捲るとそこにはゆんゆんの姿があった。

 

「成る程な…」

 

これは俺を待っていてくれたのだろうか、それとも部屋で何かが起きたから俺の部屋に逃げて来たのだろうか。真相は謎だが疲れ切った俺の心に結構刺さる状況だ。

 

「…」

 

しかし、こんな状況だが俺は一体どうしたらいいのだろうか?

1、起こす

2、一緒に寝て朝の反応を楽しむ

3、いっその事襲う

4、逆に俺がゆんゆんの部屋で寝る

 

どうやら俺の頭には四つの選択肢が浮かんでいるようだ。折角なのでそれぞれコメントをつけようと思う。

 

1、俺の布団に寝ているのだから叩き起こして退かすのはオセアニアじゃ常識だよなぁ?

2、あの時思い出をもう一度、朝の一言はもちろんあのセリフさ。

3、もう俺の衝動は止められないぜ‼︎そう、これは若さゆえの過ちなのだ。さあ今こそ青空に向かって凱旋だ‼︎…まあ今は夜だけど。

4、一夜限りのルームチェンジこれはこれで面白いことになりそうだ。

 

我ながら子供の考えそうな寒いセリフをよく思い付いたものだと思う。

しかし、どの選択肢も魅力的だが3もいいかもしれない、ゆんゆんの親父さんにはかなり酷い目にあってお詫びの行動も思いつかないと来た、ならばその責任を娘にぶつけてもなんら不思議はない。

よくあるドラマでも父親の借金の片に娘を売り飛ばされるのは王道と言われている程だ。まあ実際にこの目で見た事はないが…。

 

しかし、それでもそうでもしなければ俺の怒りは治らない、俺の怒りはたった今を持って頂点に達した。

もう誰も俺を止める事は出来ない。

 

「ええいままよ‼︎」

 

布団をひっぺかしシーツを掴んでゆんゆんをベットから転がり落とす。

そう今日からここはオセアニアなのだ…

 

はぁ…今日程意気地なしの自分を殴りたいと思った日はない。しかし寝込みを襲うなんて事をした後にそのまま繋げる事の運びを考えられる程俺の経験は多くはないのだ。

なので選択肢1になるのは必然なのだ。

 

「うっ…私いつの間に寝ていたんですか…」

 

思いっきり床に転がされ流石の彼女も目を覚ました。

普通にいつものトーンで話す彼女を見て無理やり起こしても意外と寝起きは良いいんだな思う俺だったが、この後の話を続けないと単に嫌なやつになってしまう。

 

「グッドモーニング、ゆんゆん」

「グッド…モー…なんですか?カズマさんもたまに変なこと言いますね。それにしても朝にしては…ってまだ夜じゃないですか⁉︎」

 

ようやく目が覚めたのか、窓の外の光景を見てようやく覚醒してツッコミを入れる。

 

「いや何か寝てたからさ」

「なんかって何ですか⁉︎起きたらパーティーしていてカズマさんの話になったので呼ぼうと思って部屋に入ったらカズマさんが居なかったのでこうして待っていたんですよ‼︎」

「長い説明ありがとう、けどそれで何で俺のベッドで寝てたんだよ?」

「それは…その…そんな事はいいので早くパーティーに行きましょう‼︎」

 

俺の手を掴んで部屋の外に連れ出そうとするが、それに抵抗して彼女が部屋の外に出ないよう引き止める。

 

「もうパーティーは終わったぞ」

 

ボソッと彼女に過酷な現実を伝える。

よくある事だ、休みの日に少し仮眠を取ったつもりが気づけば夜になってしまって結局何も出来ない休日になってしまう最悪の結末を。

 

「えっ…嘘…でしょ…」

「本当だ」

「そんな…折角みんなに紹介できると思ってたのに…」

 

真実を伝えると彼女はそのまま床に崩れ落ちる。

後半ボソボソと何言っているか分からないがそこまでショックだったのだろうか?

 

「もういいです…もう一度寝ます」

 

そう言いなが彼女は俺の手を離すと再び俺のベッドへと歩いていき布団の中に戻っていった。

どうやらまだ寝ぼけているようだ。

 

「…え?何これ?」

 

行動したつもりが再び来た時と同じ状況になっていることに気づく。もしかしてこの状況…ループの世界⁉︎

正しい選択をするまで話が進まない的なよくあるゲームの展開だが、いざ自分が同じ状況になると楽しさと言うよりかは困惑の方が勝ってしまっている。

 

つまり残りの選択肢を試せと言う事だろうか?

と、言うことは再び3の選択肢を選べるチャンスなのか?

いや流石にそれは無いだろう…。

そもそも3の選択肢を思い浮かべ期待している発想自体が気色悪いだろうか?まあ疲れているし仕方がないだろう。

 

「もういいや、考えるだけで無駄な気がしてきた」

 

興奮よりも睡魔の方が勝ってしまったので、もうなんでもいいと寝ることにする。

ストレッチを惰性で行い無意識に布団を捲りそのまま横になる。

 

そしてふと目を開けると眼前には思いっきりゆんゆんの寝顔がドアップになる。

 

「ヤベ…ゆんゆんのこと忘れてた」

 

しかし、もう既に後の祭り。

入ってしまった以上このまま寝てしまうのも仕方がないのだ、そう仕方が……

予想以上に睡魔が凄かったので眠っているゆんゆんを無意識に抱き枕がわりに引き寄せる。

 

「…ん?ってカズマさん⁉︎何で私の布団に居るんですか‼︎」

 

どうやら抱き寄せた時に起こしてしまったらしい。

動転したゆんゆんが隣で大声で叫び、流石の俺も目が完全に覚めてしまう。

それはそれでアレなのでここはそう言う感じで行こうかと思う。

 

「いやいや、ここは俺の部屋で俺の布団だし入ってきたのはゆんゆんだろう?」

 

順番は俺の方が後だけどな。

 

「え?あれ?そうですね?」

 

やはり先程のあれは一応寝ぼけていた様で記憶にないのか、先程のようなフレッシュな反応を示してくれた。

 

「もうパーティーは終わったみたいだし、廊下も真っ暗だから寝ようぜ」

 

飛び起きたゆんゆんに対していつものペースを崩さないように一緒の布団を被せながら眠るように促す。

 

「ここ外じゃなくて私の家なので暗いとか関係ないのですが…」

「そんな事はいいから寝ようぜ、明日は早いんだから」

「え…あ、はいわかりました…」

 

ここまできたら押して押してゴリ押すのが正解だろう。

こう言ったケースは相手に考える隙を与えないで強引に自分が正しいと相手に思い込ませるのが重要なのだ。

その結果こうしてゆんゆんは混乱しながら何の疑いなく俺の隣へと体を戻して行った。

 

そして再び対面の状態に戻るのだが、やはり完全に目が覚めているので匂いなど先程とは違った情報がいきなり俺の頭の中に詰め込まれ眠るどころではなくなってしまう。

 

「ねぇカズマさん起きていますか?」

「起きてるけどどうした?」

 

結果両者恥ずかしくて背中を向けているのだが、ゆんゆん方から話しかけられる。

 

「私が手紙を受け取った日のこと覚えていますか?」

「ああ、あの一日中放心状態になっていたあれだろ?覚えてるけどそれがどうかしたか?」

「そのことは忘れてくだい‼︎それでその日の夜のことです」

「ああ…あの日の夜だろ覚えてるよ、流石の俺もびっくりしたからな」

「その事なんですけど…」

「あーあれだろう、心配しなくても他の奴に言ったりしないから安心してくれ」

「そう言う事では無くてですね…あの日はめぐみんに邪魔されましたけど…」

 

二人っきりの時に随分と恥ずかしい思い出話をするなと思い彼女を宥めると、思いも寄らない返事が返ってくる。

急な展開に思わず彼女の方を向くと、そこには顔を真っ赤にした彼女の顔があった。

 

「え?ど…」

 

どう言う事と?と言おうとしたが、それは彼女に抱きつかれた事で言葉にできなかった。

 

「その先は恥ずかしいので言わせないでくだい…」

「ゆんゆん…」

 

あの日の続きと言う事は要するにアレだろう。つまり…

 

…これ以上の考えは無粋だろう、俺は震える彼女に腕を回しもっと近くに抱き寄せ…

 

《魔王軍襲来‼︎魔王軍襲来‼︎既に魔王軍の一部が里の中に侵入した模様‼︎》

 

里中にけたたましい音量でアナウンスが入った。

 

 

 




結局進みませんでした…


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紅魔の里15

遅くなりました、誤字脱字の訂正有難うございますm(_ _)m


「畜生が‼︎」

 

折角のチャンスを台無しにされ怒りに感情を支配された俺は、屋敷を飛び出し感知スキルを発動させ周囲の気配を探る。

 

そうして反応した気配は2箇所。

一つは里の入り口の方にかなりの数が烏合の衆となってこの里へと侵攻してきている。

そしてもう一つは前回と同じように大きな気配が村の外れの方に一つポツリと示している。

 

陽動のつもりだろうか?

侵攻方向からして対極に位置しているので挟み撃ちと思えるのだが、あのシルビアが紅魔族に不意打ちを放ったとして数名屠ること出来れば良い方だろう。

その後どうなるかは説明するまでもないが…。

 

しかし、奴も仮にも魔王軍幹部。

こんな事に気付かないほど馬鹿ではない。もしかしたら俺には分からない何かがありそれを目的にこの里に侵入してきたのかもしれない。

 

「早く行くぞゆんゆん」

「え、ちょっと待ってくださいよ」

 

結構気まずい雰囲気なのだが、それでも怒りに我を忘れている建前で強引に話しかけここまで引っ張ってきたのだ。

 

本来なら一人で飛び出したいところだったが、戦力から見て一人で行くよりかはゆんゆんを連れて行った方が圧倒的に生存率が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく見つけたぞ‼︎大人しく観念しやがれ‼︎」

 

向かっている途中湧き上がってくる羞恥心により顔が爆発しそうになったが、それでも自身を落ち着かせながらシルビアの元へと辿り着く。

どうやら忍びながらここに来ていたらしく、俺に見つかるまではどこぞの劇場の俳優がやる忍びようなあからさまな動きをしていたので返って見つけやすかった。

 

「ふふふ、流石ね。まさかあの陽動に引っかからずにここまで辿り着くなんてね。流石ベルディア達を倒した事はあるわ」

 

俺に見つかり後ろからゆんゆんが追ってきている所を見て、今日の夕方頃の光景と重ねているのだろう。

今回の作戦は失敗に終わり、応援が来る迄にどう俺たちから距離を取って逃げようか模索でもしているのだろうか、ジリジリと俺たちから距離を少しずつ取っているのが分かる。

 

「それで坊や達は私をどうしようって言う訳?確かに仲間がくれば…」

「うるせぇよ‼︎」

「…」

 

シルビアが何かを話そうとしていたが、そんな事はどうでも良くこのイラつきを早く何処かにぶつけてスッキリしたいという感情に支配されてしまい思わず話している途中で言葉を被せるように言ってしまう。

 

「へぇ…言うようになったじゃない。坊やの事はいい男だと思っていたけど邪魔をするなら容赦はしないわよ」

 

どうやら俺の意思を汲み取ったようで腰に束ねていた鞭を取り出し、それで地面を打ちながら俺のことを威嚇する。

 

「あのカズマさん…流石にこの戦力差じゃ不味いんじゃないでしょうか?」

 

剣を取りそして構え、今から斬りかかろうと思った矢先ゆんゆんが小言で助言してくる。

確かにゆんゆんが居るとしても相手は魔王軍幹部、彼女は生き残れたとしても俺のステータスでは死なないように立ち回るしかないだろう。

 

「そういえば、あなた達いつもはあの頭のイかれた小さい女の子とパーティーを組んでいるみたいだけど今は居ない見たいね…」

 

どうやら戦う前にめぐみんの爆裂魔法を警戒しているのか辺りを目線をずらしながら探っている。

 

「…」

 

相手の戦力は未知数だ、つまり下手なことを言えば見破られる可能性がある。ここは沈黙がいいだろう。

怒りを表面上落ち着かせ冷静さを取り戻す。

 

「へぇ…今回はいないようね。沈黙で有耶無耶にしているようだけど、それが答えになっているわ」

 

流石に分かり易かったのだろうか。

シルビアは先程までしていた視線での周囲の探索を止め俺たちの方のみ注意を向けている。

逆に考えれば奴の仲間がいるのだろうか?

そうなればこちらが不意打ちを受ける危険があるのだが、俺の気配感知スキルには今の所何も反応がない。

 

「不思議そうな顔をしているわね、なんでわかったのか知りたいかしら?」

「いや別に?知ったところでお前はここで終わりだからな」

 

挑発に思える奴の発言を切先を向けながら無関心を装い受け流す。

 

「そう?なら後学のために聞いておきなさい、あの子がいないのは坊やのテンションで丸わかりよ。取り繕うなら普段の態度も計算しておくことね」

 

ウフフと奴は俺を小馬鹿にするように笑い出した。どうやら助言と言いながら俺のことを小馬鹿にしているようだ。

 

「それに、なんであなたがこんなに怒っているかもわかったわ」

「へぇ?どう言う意味か聞かせてもらおうじゃねぇか‼︎」

 

不敵な笑みを浮かべながら言葉を続ける。

奴は心理学でも学んでいるのだろうか…いや心理学と言うのはそう言う学問ではないので最近流行りのメンタリズムというものだろう。

 

「そこのお嬢さんと少し距離ができているわね…夕方会った時はあんなに近かったのに。喧嘩したわけじゃないように見えるから…フフッ」

「何が言いたいんだコラ‼︎」

 

なんだか馬鹿にされているようなのでナイフを投擲し牽制するが、モノの見事にそのナイフを指で摘むように受け止められる。

 

「照れちゃって可愛いわね。その様子だとお楽しみだった所を私が来た事で邪魔されたようね」

 

ウフフフフごめんなさいね、とまるで付き合いたての中学生を見るような微笑ましい微笑を浮かべながらうっとりとした表情でこちらを見てくる。

 

「あ?」

 

図星を突かれ思わず言葉を漏らしてしまう。

 

「か、カズマさん。お、落ち着いて下さいね…」

 

ゆんゆん…お前も当事者だと言うのにやけに冷静だなと思いながら対照的に自身は冷静さがなくなり感情的になっているなと憤りを感じる。

 

「あら震えちゃって可愛いわね、怖がらなくてもいいんだよボーヤ」

 

怒りに戦慄していることをどうやら恐怖に震えていると勘違いしたのか、まるで子供をあやす様に優しく喋りかけてきた。

戦場では冷静さを欠いた者から居なくなって行くというが、これには流石の俺も堪忍袋の緒がブチギレてしまう。

 

「魔王軍幹部とか関係ねぇ、紅魔族とか関係ねぇ…へへへへへへっ誰がてめーなんか…テメェなんか怖くねーよ‼︎」

「か…カズマさん?」

 

剣を構え支援魔法を発動させる。

色々と連戦続きで体が上手く言うことを聞いてくれないなんて関係ない。俺は今この瞬間考えることをやめる事にした。

 

「野郎‼︎ぶっ殺してやる‼︎」

 

頭に血が登り正常な思考が出来ないことも考慮しつつも俺は奴に向かってただ斬りかかった。

 

「フフフフ、ほんと最高ね‼︎あなたみたいな坊や初めてよ‼︎」

 

不敵に微笑むシルビアの元に駆け寄る途中ゆんゆんが気を使ったのか後ろから魔法攻撃が放たれ、後方から俺を抜かし先制攻撃と威嚇の意を持って奴に突撃する。

 

「折角の楽しみを邪魔しないでちょうだい‼︎」

 

俺よりも先に辿り着いたゆんゆんの魔法攻撃はシルビアの背面から突如生えてきた触手のような物で振り払われ、結果として何もなかった状況へと戻される。

 

「クソが‼︎」

 

生えてきた触手は合計6本ほどでビジュアルは大人の漫画に出てくるアレとは違い、どちらかと言うと某ゾンビゲーに出てくる奴に近い。

見てくれは美人なお姉さんからグロい触手が生えると言うのは中々にショッキングなのだが、それでもオークの集団に迫り来られたときと比べればまだマシだ。

 

「さあ、坊や。私を楽しませて頂戴‼︎」

 

力任せに迫りくる触手を切り払う。

触手の硬度は幸いも支援魔法で強化された俺の腕力でなんとか切れるくらいで、足止めはされたが無抵抗に絡みつかれることは回避できた。

 

「貰った‼︎」

 

迫りくる触手を切り払い、シルビアとの距離を埋め間合いへと踏み込む。

残りの触手はこちらに向かうには距離が長く間に合わず、残された奴の対抗手段は自前の鞭だけとなる。

 

「惜しかったわね…坊や」

 

ありったけの力と執念を剣に乗せて奴に斬りかかるが、何かが俺の体に絡み付いたと思うと同時に俺の体を完全に拘束し攻撃が奴に届く事はなかった。

 

「なっ⁉︎」

 

視界を下に降ろすと、俺の体に先程の触手がまとわりついている事が確認できるが他の触手が俺を止めるなんて考えられない。

思わず感知スキルを使用すると、残りの触手達はゆんゆんの足止めをしており数は正確だった。

 

奴から目を離さずに気配で触手を探ると、俺を捉えていた触手は地面から生えている事が確認できる。つまり奴は俺が無意識に除いていた探知スキルの穴である地下を見事に使いこなしたと言う事になる。

 

「は…離しやがれ‼︎」

 

必死にもがくが、先程の触覚とは違い俺が全力で暴れようとしてもビクともしない。

先程の触手は俺を油断させるフェイクで、この触手が本来の硬度を持った物という事になる訳か。

 

「残念ね、この触手に捕まって動けた冒険者はいないのよ」

 

目の前で拘束された俺を見てまるでご馳走を見つけたように舌鼓を打ちながら手を伸ばし俺の顔に触れる。

 

「カズマさんを離して‼︎」

 

中級魔法ばかり使っていたので魔力の節約をはかっていたように見えたが、触手の相手がまどろっこしくなったのか彼女はいつもの光剣を生成しそのまま一振りで周囲の触手たちを一網打尽にする。

 

「相変わらず馬鹿みたいな強さね、紅魔族って言うのは…」

「うぉ‼︎何しやがる」

 

切られ残った触手たちの根を体に戻すと、今度はボコボコボコと地面に埋まっていた部分の触手を力任せに表に出すと、そのまま俺ごと自身の体の後方へと移動させる。

まさか自分自身が囚われの身になるとは流石の俺も思わなんだ。

 

「気に入ったわ紅魔のお嬢さん。お名前を教えて頂戴」

「この後に及んで何を言っているの」

「いいじゃない減るモンじゃない訳だし…そうだ、名乗らなければこの子をあなたより先に食べちゃうわよ」

 

それはどっちの意味で、と聞きたかったが藪蛇だからやめておこうと本能が告げている。

 

「そ、それは…仕方ないわね」

 

彼女は何かを感じたのか光剣を収めるといつものようにポーズを取る。

 

「コ、コホン…わ、我が名はゆんゆん‼︎アークウィザードにして上級魔法を操る者‼︎そして紅魔族の長の娘にしてやがて里の長になるもの‼︎」

 

ババーンと漫画ならそんな効果音が付きそうな彼女の宣言にどこか懐かしさを感じながらも、必死に抜け出そうと罠解除のスキル等々発動させるが相手の方が上なのか一向に解ける気配がしない。

 

「そうあなたゆんゆんってい言うのね…覚えたわよ」

「そんな事はどうでもいいから早くカズマさんを離しなさい‼︎」

 

やらされたとは言え自分で名乗っておいてどうでもいいとは、中々にアンチ紅魔族って感じだな。

まあ俺自身捕まっているから何も言えたもんじゃないんだが…

 

「そうね…すぐに離して逃げたい所だけどあなたが魔法を使ったおかげで、里の連中がこちらに向かって来かねないからこの子は預かっていくわね」

「おいおい、待ってくれよ…もが‼︎」

「そうよ、ちょっと待ちな…」

 

フッと不敵な笑みを浮かべながら俺を背中に近づけ、喋らないように触手を口周りに巻き言葉を話せないようにふさがれ、それを確認した後撤退するのか後ろを振り向き、その振り向き様に触手を生やすと一瞬のうちにゆんゆんに向かって振りきった。

 

「甘いわ‼︎」

 

しかし、彼女はそれを予測していた様で、瞬時に生成した光剣でその触手の攻撃を防ぐ。

 

「甘いのはどっちかしらね?」

 

しかし、そんなことはシルビアも予測していたようで彼女の光剣と同等かそれ以上の硬度を持った触手を生成したのか、先程のように綺麗に切れる事はなく、互いに拮抗している状態にある。

 

「いつもみたいま多勢に無勢で上級魔法ばかり放ってきたらどうしようもないけど、あなた一人くらいならどうって事ないわ」

 

流石は魔王軍幹部と言うだけはあって少人数相手となれば実力を発揮できるのだろう。

硬質化した触手の刃は彼女の光剣を防ぎながら拮抗しているが、このままではゆんゆんのジリ貧になってしまう。なんとか奴の邪魔をしようとしたが口を塞がれ両手を腕ごと封じられているのでスキルを使うどころではない。

 

「いい加減飽きたわね…これはどうかしら?」

 

互いの攻撃の鍔迫り合いに嫌気がさしたのか、奴は背中からもう一つ同じような触手を生やしゆんゆんに向かって振り下ろした。

 

「しまっ‼︎」

 

本来の性能であれば光剣は一振りしか生成できない為、この状況はかなり危険な状態にある。

シルビアの触手による攻撃は重く、彼女は光剣に両手を乗せ全体重を乗せ拮抗させるのが精一杯な状態である事は火を見るよりも明らかだ。

 

その状況下でもう一つの触手が出されてしまえば彼女にそれを防ぐ術はなく。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ‼︎」

 

そのまま振り下ろされた触手の一撃を受け、その衝撃で後方にある林へと飛ばされてしまった。

ゆんゆんが被害を受けたことで流石の俺も動かないなんて言い訳などできず全身全霊を持って奴の拘束から抜け出そうとする。

 

「ーーーっ‼︎ーーーっ‼︎」

「安心なさい坊や、直撃はさせてないわ。あなたにぞっこんな彼女は私の攻撃が地面にあたった衝撃で吹き飛ばされただけよ」

 

どうやら無事の可能性はかなり高いらしいが、それで大丈夫と言うわけにはいかないのだ。

 

「あーもう面倒くさいわね…ちょっと静かにして頂戴」

 

奴は頭をかきながら面倒くさそうにそう言うと、俺を縛っていた触手の力を強める。

 

「んーーーっ‼︎」

 

それにより俺の首が閉まり抵抗するが、体勢的に力がはいらずそのまま酸素が脳に行かずに失神する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ起きなさい‼︎」

 

誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる、いったい誰だろうか?

 

「俺を起こさないでくれ、死ぬほど疲れている…」

 

誰だろうと関係ない、俺は今惰眠を貪りたいのだ。

 

「いい加減起きなさい‼︎」

「うぐぁ‼︎」

 

思いっきり鳩尾を蹴られ目が覚める。

一瞬にして覚醒した俺はすぐさま自身の状況に気づく。

先程まで全身ぐるぐる巻きだった拘束は両腕とそれを固定する様に上半身と上だけに留まり、圧迫感はだいぶ軽減されたがそれでも手が使えないと何かしらの小細工ができないと無力感を味わう。

 

「ようやく起きたわね…。全くどれだけ疲れていたのかわからないけどもう夜明けちょっと前よ」

「…マジか、やけにスッキリしてるとは思ったが…」

 

よくよく考んがえれば酒をしこたま飲み、執事の爺さんと殺し合いをしてゆんゆんと戯れていた疲労が出たのだろう。これだけの事を1日で行ったのだからちょっとやそっとで起きなかったのは納得ものだ。全く我ながらハードな1日をこなしたものだと感心したい所だ。

 

しかしながら状況を確認すると何処かの建物だろうか、やけに古びた作りというか多分素材はレンガだろうファンタジーの代名詞である中世みたいな感じの見た目だが、こんな施設は紅魔の里にあったのだろうか?

それとも、ここは既に紅魔の里の外の奴らのアジトか何かなのだろうか?

時間は十分にあったのでそこまで運ばれたとしてもおかしくは無い。もしそうであればこの後俺が受けるのは情報を吐かせるために拷問を受けるという事だが…

 

「クッ…殺せ‼︎」

「目覚めて早々いきなり何言ってるのよ坊や…いきなり取って食いはしないわよ」

 

どうやら事を急いで結論を誤ったらしいが、そうであるなら一体何の為に俺をここに連れて来たのだろうか?

先程言ってた食ってやるを実行するのか?…いや今取って食いはしないと宣言していたし、それは無いだろう。

 

「それで、ここはどこなんだよ?見たところ古い建物の様だけど」

「おかしくなったと思ったら急に落ち着き出したわね…意外に坊やも紅魔族みたいに頭のネジが抜けてるんじゃないの?」

「失礼な奴だな、冷静沈着と言ってくれ」

 

はぁと呆れる様に溜息を吐くやつを放っておき話を進める。俺は一刻も早くゆんゆんの安否を確認しなくては気が済まないのだ。

 

「それでなんで俺をここに連れて来たんだ?逃げるなら振り切った時点で俺を捨てておくのが定石だと思うのだが」

 

拘束された腕をぶら下げながら無愛想にそう問いかける。

拷問にかけて情報を吐かせるわけでもない、キメラなら某究極生物みたいに俺を取り込むなんて事もしない。ならば一体何の意味があって俺をここまで連れて来たのだろうか?

 

「そうね…短絡的に言えばノリね」

「ノリなのかよ‼︎」

 

どうやら意味は無かったようで別に俺がいなくても問題は無いとのことだ。

 

「…結局ここはどこなんだ?お前たちのアジトか?それとも魔王城か?」

 

紅魔の里が一番魔王城に近いと聞いたことがあったが、あれだけの時間があればそこまで運ぶことも可能だろう。

しかし…そうなれば奴の隙を見てここから逃げ出すことは不可能に近い。魔王城であるならこいつの他にも幹部が居てもおかしくはない。

…幸いにも感知スキルには気配はシルビアしか居ないのだが…というか構造が魔王城と呼べるには狭くはないだろうか?

 

「安心なさい、ここは忌々しい紅魔族の暮らす紅魔の里よ」

「という事はあの謎施設の中と言うことか」

 

まだ確定というわけではないが、昨日ゆんゆんと里の中はあらかた探索した中でこのような構造の建物は見たこともない。それに周囲の気配が何も無いとなると消去法で謎施設しか思いつかない。

 

「あなたがいう謎施設がどれかはわからないけど、ここは坊やが思っている建物の隅にある洞窟よ」

「成る程な…」

 

予感的中と喜びたい気持ちはあるが、それはそれで自分の首を絞めることになりかねないので黙っておくことにする。

 

「それで?ここに何しに来たんだ?ここは何かあるとは思ってたけど結局何もないって感じの話は聞いてたけど?」

 

本当ははぐらかされて結局説明してもらえなかったが正しいが、なんか悔しいので適当なことを口にする。

 

「そうね、確かに何もわからなければ何も無いのと同義だけれど、今回は準備は万全よ」

 

そう言い奴は懐から何かを取り出す。

形はなんと形容したら良いかわからないが、感知スキルでは何か魔道的な細工がされている事は分かる。

しかし、それが何だというのだろうか?爆発系ならフレアタイト的なものが仕込まれているが、それは特に動力となる魔力鉱石が仕込まれているような気配は感じられない。

多分自身の魔力を原動力に作動するものだろうが、それが何を行うものなのかは現状判断できるものでは無いのだ。

 

「それで何しようってんだ?まさか紅魔の里を滅ぼす的な感じのやつなのか?」

 

某天空の城的な何かの動力源と同じ素材のなんとか石的な物で呪文を唱えると紅魔の里が天空へと飛んでいくとかそんなファンタジー的なものかもしれない。

間違ってもバ○ス的な発言をすればあの魔道具は光り輝き、目を焼かれるのは状況的に考えて俺だろう。

 

…いやいやそんな事は流石に無いだろう。紅魔族が天空民族なんて伏線今まで見たことも聞いたことも無かったぞ。

 

仕方がないので奴が答えるの待とう…

 

「御名答、これ自体が滅ぼすんじゃないけど。これを手に入れてここに来るのが今回の目的よ」

「答えになってないぞ、頭大丈夫か?紅魔族と関わってお前も頭のネジが飛んじまったか?」

「…随分と酷い言い草ね、まあいいわ。この魔道具は結界殺しと言ってね、どんな封印も解除してしてしまうそれはそれは恐ろしいものよ」

「つまりこの施設に封印されているものがこの里を滅ぼすと言う訳か…」

「御名答、流石坊やね」

 

ゆんゆんが言う事を渋った意味がようやく理解できた。

この謎施設にはきっと紅魔族の叡智が詰め込まれているのだろう、それを奴は解放して利用しようって腹積りらしい。

 

「どう?坊やも着いてこない?どうせ両腕塞がれて何もできないんでしょ?」

「両腕と言うか脚だけしか動かないんだけど?」

「ふふふ、そうだったわね」

 

こいつが魔王軍幹部ではなくてミツルギ程度の小物であったのなら足技だけでどうにかできたのだが、流石の魔王軍幹部となればそう易々とは行かまい。

 

「まあ良いわ、何もしないから着いて来なさい」

「…わかったよ」

 

なんの意図があって俺を連れて来ているのか分からないが、もしこの里を滅ぼせるものがあったのならそれをこの目で見ておきたい気持ちが無い訳ではない。

それに、その封印された物を見ておけば後になって対処できるかもしれない。

 

この考えは完全に俺の慢心だが、このまま里に帰って危機を皆に伝えても信じて貰えるかどうか分からないし、そもそも避難が間に合うかどうかも分からない。

ならばこうして情報収集に徹するのもあながち間違いでは無いのだ。

 

そう、決して知的好奇心が勝ったわけでは無いのだ。

 

 

 

 

 

 

その後、長い階段を降りると周囲の雰囲気とは全く馴染んでいない扉が行き止まりとなって俺たちに立ち塞がった。

所々何かが壊れた跡がある事から、今まで奴はこの施設を少しずつ攻略して来たことが窺える。

 

「ここね…前回はここで行き詰まったのよ」

「それでこの結界殺しを使おうって算段なのか」

「そうよ。この結界殺しを手に入れるのにかなり長い苦労を強いられたけど、今日ようやくそれが報われるわ」

 

シルビアは懐から先程の魔道具を取り出し、それを重厚な扉に押し付ける。

 

「…あれ?どう言うことかしら?なぜ反応しないのかしら?」

 

押し付けたのは良いものの結局反応する事はなく。

俺から見ればオモチャを扉に押し付けているような、何とも滑稽な光景と駄洒落をかましたくなる様な光景だった。

 

「クソ‼︎偽物つかまされたのね‼︎」

「いや多分それ本物だぞ。魔力を通して一応起動する反応は見えたからな」

 

感知スキルでは昔ウィズの魔道具店で見せられた魔道具と同じような反応をしていた事を感じ取れたのだ

 

「成る程ね…つまりこの扉は魔術的なものではなくて物理的な方法で閉ざされているって事ね」

「そうなるな」

 

ハッカーが侵入した施設の最終的なセキュリティが南京錠だった的なオチなのだが、反応を見るに奴が結界殺しを手に入れるまでかなりの苦労をしたのだろう事が窺える。

 

「それで、どうすんだ?大人しく引き返すか?ゆんゆんが心配だからそうしてくれると助かるんだけど」

「それはしないわ…それだけはできないわ。ここに来るために何千の部下を犠牲にしているのよ。今更引き下がれる訳無いじゃない‼︎」

 

そう叫ぶと奴は見た事も無いほど圧縮された触手を生成する。

今までの攻防戦は本気では無かったのかと思うほどに禍々しいそれを、思いっきり扉に叩きつける。

 

「く…流石に硬いわね。本気を出せばオリハルコンに傷を付けれるくらいの自信はあったのだけれど…」

 

必死に扉を破壊しようとしているやつを見ていると、何だかかわいそうになってしまっている。

ストックホルム症候群だったか、名前はうろ覚えだが犯罪者と一緒にいると同情して協力してしまう的な症候群があるのだが、今の俺の心境はまさにそれだろう。

 

「はぁ…しょうがねーな。見せてみろ」

 

少しくらい協力しても良いのかもしれないとやつを退かして扉に近づく。

ぱっと見石の扉の様だが、隅に何か文字が書いてあることに気づく。

この世界の言語は一通り頭にインストールされているのでおおよそ分かるが、今回それが反応する事はなかった。

 

つまり、この言語はこの世界のものでは無いと言うことになる…というかこれはアルファベットだな。

しばらく驚くほど見ていなかったので忘れていたが、俗に言うローマ字的な文字が刻まれていた。

 

英語はよく分からないがエンターだとかパスワードとか何とか書いてあるので、多分暗証番号的なものを入力しろと言うわけだろう。

しかし、そんなもの知っている訳がないと思い文章を読み進めているとヒントという単語とともに企業のロゴが描かれていた。

 

このロゴどっかで見たな…そうそれは某カードゲーム的な企業のロゴだな。

そして隣にはボタンみたいなスイッチ的なものもあるし…

 

そのボタンには4方向とアルファベットのAとBの二つが描かれていた。俗にいうコントローラの配置というわけだ。

まあ○ニーならマル・バツ・サンカク・シカクなのだが、今回は○ンテンドーと言う事だろう。

 

…まあそんな事はさて置き、このボタンで暗証番号を入力しろと言う訳か。

 

「…まあそうなるな…」

「坊やこの扉の開け方が分かるの?」

「いや全く分からない…残念だけど俺じゃさっぱり分からない…悪いな」

 

よくよく考えればこの里を滅ぼす兵器があるのだから下手に開けない方が平和なのでは無いだろうか、と言う結論に至った。

暗証番号に関しては昔に○ナミが考えたあのコマンドを打ち込めば良いだろう事はわかった。

 

あの暗号が発見された当初はかなり有名になったのだが、発表したのは会社では無く情報雑誌に掲載されたのがきっかけらしい。まあ俺も人伝なので正確かどうかは分からないが。

前にそのゲーム雑誌の関係者に聞いたところ、昔は企業が教えてくれる事はなかったのでそのゲームのコードを全て解読してプレイするのに必要でないコードを洗い出したと言っていたと聞いたが、想像しただけで精神のいかれてもおかしくは無いほどの狂気の沙汰だと思う。

信じるか信じないかはあなた次第だが。

 

「それじゃあ俺は帰るよ。ゆんゆんが心配だしな」

「ちょっと待ちなさい」

 

知らないふりして帰ろうとしたが、それを奴は引き止める。

 

「どうしたんだよ、帰っていいみたいな事言ってただろ?」

「坊やこの扉を開く方法が分かったようね」

 

先程言っていたメンタリズムだろうか?俺の嘘なんてお見通しと奴は言い放つ。

 

「そんな訳ないだろ?何言ってんだよ?」

「さっき言ったわよ、あなたは嘘が分かり易いってね‼︎」

「うげっ⁉︎」

 

どうやらあからさまに冷静を装いすぎてバレてしまったようだ。

しかし、言わなければこっちのものだ、俺は全力で階段を駆け登り里の方へと向かう。

 

「行かせると思ったのかしら‼︎」

「しまっ‼︎」

 

階段に足を乗せたタイミングで奴のバインドを受け、両足を固定されそのまま下に引き摺り下ろされる。

 

「クソ‼︎はっ離せ‼︎拷問したって無駄だぞ‼︎」

「私が拷問だなんてすると思わないことね、これでもサキュバスを取り込んでいるのよ。見た感じあのゆんゆんとか言う子とまだまだって感じね…後は分かるわよね?」

 

「クソ…何て日だ‼︎」

 

こうして俺は諦めて言う通りにするのだった。

 



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紅魔の里16

遅くなりました、誤字脱字の訂正ありがとうございますm(_ _)m


「はぁ…何で俺が…」

 

シルビアに脅され仕方なしに例のコマンドを打ち込む。

これで紅魔の里が滅びたら俺のせいじゃね?と思わずにはいられないが、こっちも身の危険を感じるので仕方ないと思って欲しい。

それにあれだけの戦闘力を持つ紅魔族なら、世界を滅ぼす兵器の一つや二つを破壊してくれるだろう。

 

「…ほらよ、これで良いだろ?」

 

コマンドを打ち込み、それが認識された途端にドアから電子音な様な音が鳴ると先程までの頑健さが嘘のようにスルスルと開いていった。

 

「やるじゃない…坊や」

 

先程まで苦戦していた物をあっさりと解決された事にかなり引きながらも、一応上司の経験があるためか部下を労うように俺に賛辞の言葉を送る。

こいつもこいつで色々と苦労してんだなと思ったが、それを言うのは癪なので黙っておくことにした。

 

「もたもたしていないで早く行くわよ」

「おわっ‼︎」

 

どすんと背中を押され開かれたドアの中へと体を押し込まれる。

通路の側面に手すりは無かったが、経年劣化でざらついていたので掌を押し付けるだけで何とか止まることができる。

 

「何すんだよ‼︎転んでサスペンスみたいになったらどうしてくれるんだ‼︎」

 

踏みとどまり、思わず罵声を挙げながらやつを叱咤する。

 

「あら御免なさい、ここまで協力してくれたから中を見せてあげようかと思って?」

「悪意ない様な顔でヒデェこと言いやがるな…」

 

念願の扉が開かれたことで上機嫌なのか、今なら何でもお願いを聞いてくれそうな雰囲気で笑っている。

…まあ実際にお願いしたら即答で断れかねないんだが。

 

「仕方ないか…取り敢えず着いていくけど目的の物を見つけたら俺は帰るぞ」

「えぇ、良いわよ。坊やが望みならあのお嬢さんの所まで届けてあげるわよ」

「はいはい、そりゃどうも」

 

一寸先も暗闇しかない通路を千里眼スキル等々で把握しながら進んでく。

余裕そうな態度をかましているが、着々と滅びに向かっていると言う現実を未だに受け入れない状況にある。

 

階段の一歩一歩に重さを感じる。

今まで誰も踏み込めなかったと言う謎施設に入ると言う事は、これはもう未知との遭遇と言っても良いだろう。人間には知識欲と言う新しい見地を見出す好奇心というものが備わっていると言っても過言ではなく、意外にもこの状況を楽しもうかと思ってもいる自分もいるくらいだ。

しかし、それが敵の幹部の案内でなければの話だが。

 

はぁ…。

こんな事なら昨日ゆんゆんを言いくるめてここに侵入しとけば良かったなと今更ながらに思う。

 

 

 

「着いたぞ、ここがこの地下室の終着点だ」

 

狭い道を進み、ある地点に着いた途端に急に感知できる幅が広がった。

他にも家具や研究か何かに使われる施設なのか、様々な影も感知できる。どうやらこの部屋は紅魔の里の民が昔研究か何かに使ってたのだろう。

 

「いろいろな物があるな、こいつは…」

 

所々に試作品なのか色々な機械が転がっている。

スキルを凝らしてよくよく見てみると、それは俺の世界の漫画本だったり2世代位昔のゲームウォッチだったり何だか懐かしいような古臭いものが色とりどり並べられていた。

 

何故こんな所に俺の世界の物があるのだろうか?

取り敢えずコミックを漁っていると昭和の古臭い漫画群の他に、誰かの日記か研究の記録をまとめたものか分からないが、一冊のノートを発掘する。

 

何だこれはと思いパラパラと内容を確認する。

生憎色は分からないが、それでも文字は筆圧で線となっているので読み取ることができる。

 

そこに書かれた内容は簡単で、某移動要塞デストロイヤーを作成した日本人がそれよりも昔に紅魔族を作ったと言う内容だった。

つまりアイツらは遺伝子改良型人間という事になる。

 

恐ろしやチート能力…ついに日本人は魂の解明にでも成功したのだろうか?

 

まあそんな事はさて置き、この施設に置かれている世界を滅ぼしかねない兵器の詳細について書かれている。

名前は魔術師殺し、文字通りあらゆる魔法を無効化する効果で紅魔族を滅ぼすにはうってつけの兵器という訳だ。

流石にこれをシルビアが手にしたら紅魔族は奴に対してなす術無く淘汰されるだろう。

 

しかし、その兵器には弱点があり物凄く燃費が悪く、実用には程遠いと製作者は答えている。

これなら大丈夫だろうと高を括ることも出来るが、相手は魔王軍幹部。もしかしたらそれを解決する何かを持っているかもしれない。

 

彼女自身をグロウキメラだと言っていた事を思い出すが、キメラということは人体構造に熟知していると言っても過言ではないだろう。

ならば部下を利用した生体電池的な物を使いこの魔術師殺しを運用すると言う事もあるかもしれない。

 

いや、もしかしてそのために俺を連れてきた可能性もあるが、チート技術を持つ研究者がエネルギー不足と言ったのなら、俺如きを生体エネルギー化したところで大したエネルギー量にならないだろう。

そんな事を考えつかないほど奴も馬鹿ではない。

 

この魔術師殺しも危険だが、だからといって何も対応策を思いつかない程当時の紅魔族も馬鹿ではなかったようで、対魔術師殺し用に超電磁砲と名付けられたライフルを作成していると言った内容の記載がされている。

かなり見覚えのある内容だが、そのような兵器を果たしてもの干し竿として利用するのだろうか?

 

…まあこのノート自体かなりの年季が入ってるから忘れ去られても無理はないが、雨による劣化とか大丈夫だろうか。

 

 

 

 

「どうやら外部から来た侵入者を排除するとかそう言った機構はないようね」

「ああ、そうだろうな」

 

そんなこんなで俺が研究室を漁り始めていた事で特に罠が無かったと判断したのか奴がこの部屋に入ってくる。

要するに食事で言う毒味を意図せずに行わさせられた訳だが、勝手に飛び出て行ったのは俺なので何も言わずに頷いた。

 

「へぇ…これがねぇ?へぇ…中々に禍々しいじゃない」

 

先程まで周辺の物を漁っていた訳だが、とりわけ大きな何かが部屋の中心に置かれている。

これが例の魔術師殺しの訳だが、形状は蛇を模していて幾つかの機械が分節的に連結しており、それぞれのパーツを動かしながら進行する様な感じだろうか?

 

「それをどうする気なんだ?いくらこの世界を滅ぼす兵器と言っても使い方が分からなければ意味ないだろ?分かるのか?」

 

奴の間合いから離れた事を確認し、機械に触れ感銘している奴に問いかける。

これで俺を再び頼ろう物ならスキルを使って全力でこの部屋を脱出するだけなのだが、果たしてどのような答えを返してくるのだろうか?

 

「その必要はないわ、さっきから言っているでしょう?私はグロウキメラよ?この機械と同化さえしてしまえば使い方なんて知らなくても使いこなすことが可能よ」

「何…だと⁉︎」

 

奴がそう宣言した瞬間、機械に触れていた奴の体は腕からドロっと溶けるように融解し徐々に機械と融合を始める。

 

「させるか‼︎」

 

距離を取ったのが仇になったが、それでも何もできないわけではなく。懐に仕込んだナイフを引き抜き投擲する。

 

「あら随分と粋なプレゼントね‼︎お姉さんゾクゾクしちゃう‼︎」

 

ブルブルっと軽く痙攣しながら彼女はそう言うと、俺の投擲したナイフなど意に介さず、そのまま受け止める。

受け止めると言っても昨日のように素手で受け止めるのではなく、そのまま自身の体で受け止めると言った感じだ。

奴の体は既に固体を保ってはおらず、俺のナイフは一瞬奴の体に受け止められたかと思った所で重力によってそのまま下に落下した。

 

「間に合わなかったか‼︎」

 

奴との融合は止められなかったが、まだ機械の主導権を完全に握っているわけでもない。

腰の剣を抜き取り、牽制の雷の魔法を放つが魔術師殺しは電源がなくても効果を持つのか、俺の雷撃は直撃する前に弾かれそれた魔法は周囲に二次被害となって降り注ぐ。

 

「魔法がダメなら物理はどうだ‼︎」

 

支援魔法にて身体を強化し、脚力任せに跳躍して元々のコクピット乗り込み操縦席に剣を差し込む。

差し込まれた剣は先程の魔法攻撃とは違い、意外にもすんなりとその身を貫く事に成功する。

 

これなら行ける‼︎

 

そう確信した時だった。

 

「甘いわね坊や、それは私が融合する前にするべき事だったのよ」

「何⁉︎」

 

もう少し時間がかかると思っていたが、奴の機械と融合する速度は俺の予想を超え僅か数分のうちに完了されていた。

それにより、この魔術師殺しの主導権は奴に移り突き刺された俺の剣はコクピットを奪い返すように押し出され、どこからか生えてきた奴の腕に俺の足が囚われそのまま下に叩きつけ返される。

 

「痛いじゃない…この私の体に剣を刺すなんて坊やって意外と乱暴なのね」

「はっ…汚ねぇマーメイドだぜ‼︎」

 

コクピットから奴の上半身が現れ、姿がまるで人魚のような感じへとシフトする。

唯一の弱点でありそうなコクピットは既に奴の肉体が占領しており、そう易々と近づくことはできないだろう。

 

魔法も通事ない、物理攻撃は実力が違いすぎる。

この状況下で俺ができる事といったら。

 

「逃げるんだよ‼︎」

 

全力で回れ右をしたのち真っ直ぐ部屋の入り口へと全力でダッシュする。

 

「え?ちょっと‼︎そこはどうにかして私に反旗を翻すところでしょ‼︎いきなり逃げるだなんて…」

 

奴が逃げる俺に対して何か言っているようだが、こっちは命がかかっている以上なりふり構っている暇はないのだ。

それに奴も変化した自身の体にまだ慣れてはいないようで、全身を使用した動きはどこかまだぎこちなさを感じる。

ならば、俺が全力を出せば逃げ切ることは可能だ。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ‼︎」

 

色々な意味で緊急事態なので後先構わずに全力で道を突き進む。

そして奇跡的にも入り口の扉の前にたどり着く。

 

これ再びコマンドを入力したら扉が閉まったりしないかな、と思いつつ全力でコマンドを打ち込むと俺の予想通りに扉が音を立ててしまり始めた。

 

「ミッションコンプリート」

 

グッと心の中で親指を立て、自業自得の状況下の自身を自画自賛する。

里のみんなや、ゆんゆんの親父さんにどう言い訳しようかこれから考えないといけないなとと思いながら、これからどうしようかと考え込む事にする。

 

やはりアイツを倒さないと先には進まないだろうな…

ゆんゆんの事だ、里の皆に俺がつれ攫われた事を伝えるだろうから、勘のいい里の人間は俺が何かした事に気づくだろう。

そうなれば最悪俺の首よりも恐ろしい事になる事は想像するまでもない。

 

「か、カズマさん‼︎」

「ん?ゆんゆん‼︎無事だったか‼︎」

 

奴を締め出し一息ついていると、どうやら彼女たちの方で俺を捜索していたのか少し煤けたような風貌になったゆんゆんが現れた。

 

「私はなんとか無事でしたけど…カズマさんは無事でしたか?どこか怪我とか?」

「心配すんなよ、特に何もされてないよ」

「よかった…」

 

安心したのか胸を撫で下ろすゆんゆん、立場が逆ならかなりの心配をしたことを考えると、彼女の心労は相当な物だろう。

 

「それで、この謎施設で何かあったんのですか?この施設は古代文字によって守られていて私たちの知恵を集めた結界殺しも通じないと聞いていますけど…」

「ああ、それなんだけどな…」

 

流石に何もなかったでは済まされないので事の顛末を俺が開錠したのではなく、シルビアが自身の謎スキルを使ってこじ開けた事にして説明する。

 

「そんな…この中には世界を滅ぼす兵器が眠っていると、昔授業で聞いたことがあるのですが大丈夫でしょうか?」

「多分大丈夫じゃないだろうな…ここは俺がなんとかするからゆんゆんは里のみんなに逃げるように伝えてくれ‼︎」

「わ、わかりました‼︎」

 

そう言い、俺はゆんゆんに魔術師殺しの性能等々を伝え彼女と別れ、そのまま洋服屋に向かってダッシュする。

目的はあのノートに記載された超電磁砲だ。

 

わざわざ魔術師殺しの抑止力として作られた兵器だ、使い方こそわからないが機械弄りには自信があるのでなんとかなるだろう。

 

後ろから物凄い轟音が響いていることからシルビアが中から外へ扉を食い破ろうとしている事がわかる。

時間はもうそんなには残されてはいない。

身から出た錆だが、嘆いていては何も始まらない、早くあの超電磁砲をこの手に収めて対策を練らなくては…

 

 

 

 

 

 

ゆんゆんと別れ俺はあのチェケらが住まう店に辿り着いたわけだが、やはり開店時間になっていないため当然店は閉まっているわけだが、あの超電磁砲は外干しの物干し竿として利用されていたことを思い出し、店主には悪いが塀をよじ登り中へと侵入する。

 

「悪いなチェケらの旦那」

 

店主に謝りながら、先日見た通りにかけられていた超電磁砲と名付けられたライフルを引き上げその手に収める。

 

「うぉっ‼︎」

 

そのタイミングだった。

あの扉を食い破ったのだろうか、それとも天井を破壊して地表に出たのか轟音が鳴り響き、俺が立っている地面ですらその振動で地震が引き起こされている。

 

《緊急事態発生‼︎緊急事態発生‼︎魔王軍幹部襲来‼︎今回は魔術師殺しを奪取され魔法が通じません‼︎至急退避を‼︎繰り返します‼︎》

 

そして、そのタイミングで里にアラートが鳴り響く。

やはり一族の長の娘だけあってそれなりに権限を与えられ信用されているのだろう。

 

よかったなお前は一人じゃないんだなと伝えたいところだが、今はそれどころではない。

 

アラートにより里の皆が起きたのか、里の皆がそろぞろと家から出てくる光景が視界に広がる。

 

手に入れるものは得た。ならば早く現場に向かうのが筋だろう。あの規模の機械が里に入り込んだらこの里は一瞬のうちに火の海になるだろう。

紅魔族はテレポートという魔法が使える以上荷造りさえ終われば即座に転移する事ができるだろう。

ならば、俺はこの超電磁砲の使い方を模索しながら奴に時間稼ぎをすべきだろう。

 

深呼吸をし息を整えると先程まで居た謎施設へと走り出す。

 

 

「カズマと言ったかな?これは君が起こした事なのかな?」

 

家から飛び出し各々どこへ行くのかと思ったが、何故か皆揃って謎施設の方へと向かって行ってしまっている光景となっている。

一体どういう事なのだろうかと思いながらもたまたま近くに居たあるえとか言った少女に話しかけた次第だが、何故か俺が犯人だと勘づいているようだ。

 

「いや、これはあの魔王軍幹部の仕業だよ」

「…まあそういう事にしておこうか。それでわざわざ私に話しかけてきたんだ何か緊急性があると見たけど」

「それなんだが、どうして皆謎施設の方に向かっているんだよ?普通は逃げないか?」

 

しらを切りながらも平然と俺の気になっていることを質問しする。

 

「それはだね…まあ君は外の人だから理解することはできないかもしれないが…」

「前置きはいいから早く言ってくれ」

 

「…むぅ、仕方ないな君はそれで希望に応えて簡単に説明しよう。我々紅魔族はこう言ったイベントに目がない事は君もめぐみん達を通して知っているだろう?」

「ああ、そうだけど…ってまさか⁉︎」

「そう、そのまさかさ。里のみんなのこの行為に意味なんてものは無いのさ」

 

どうやらこいつらは筋金入りの紅魔族と言う訳だ。

理解に苦しむが、そもそも種族が違うのでこればかりはどうしようもないのだ。

 

「結局目的はただ面白そうだからって事でいいのか?」

「もちろんだとも、私たち紅魔族の行動理論なんて分かって仕舞えばそんなものさ」

 

こいつは自身の特性を理解しつつもそれを受け入れて楽しんでいるのだろう。

色々な人間にあったが、こいつを敵に回したら後々厄介になりそうだなと俺の本能が告げている。

 

 

 

 

 

そして俺たちは例の謎施設へとたどり着く。

先程までは謎々しい雰囲気を漂わせていたのだが、奴が地面を突き破ったのか周囲はえぐれその真ん中に奴は佇んでいた。

 

皆、それぞれ自身の力を見せつけるように魔法を放ち奴に向けて攻撃するが、やはり魔術師殺しと言われるだけあってか、里の皆の攻撃は全て弾かれ周囲に二次被害の雨となって降り注いでいた。

 

「無駄よ‼︎愚かな紅魔族の皆‼︎この魔術師殺しがある限りあなた達は私に傷一つつける事すらできないわ‼︎」

 

そう高らかに宣言しながら気持ち良さげに両手を挙げる。万歳でもしているのだろうか?

まるで映画のワンシーンだなと心で突っ込みながら手にした超電磁砲を弄り始める。

 

銃の扱い方は映画や動画で一時期学んだが、この銃は製作者がうろ覚えだったのかそれとも俺の考えた最強の超人的な感じで魔改造されたのかよくわからないが、所々モデルとなったであろう銃器とは違った特徴が盛り込まれていた。

 

こいつはややこしい事になりそうだな…。

ガチャガチャしながらも何とか使えそうな感じになったが、肝心なところでエネルギー切れのアンプが点滅していることが確認できた。

要するに発動させるには魔力か何かが必要なのだろうか?

 

柄にはインジケータのようなメモリもあるのでドレインタッチの逆の要領で魔力を流すと、ほんの数ミリだけだがメモリが進むことが確認できた。

成る程な…

 

要するにこの銃の発動条件はかなりの魔力を要する事になるわけだが、幸いにもこの里の皆は高レベルのアークウィザード集団だ。

このくらいの魔力を集めることくらい苦ではないだろう。

 

「おい、皆この機械に…」

 

この超電磁砲の説明をしようとした所、里の皆はシルビアに向かって何かを宣言していた。

 

「くっ‼︎恐ろしい手練れだ…今回の勝ちはお前に譲ろう‼︎だが安心するなよ!我々は地べたを這いずり、敗北という名の泥水を啜ってでも戻ってきてやるからな‼︎」

 

そう言いながらテレポートで姿が消えていき、それに続くように他の里の皆も決め台詞を残しながらテレポートで消えていった。

 

「げっ…マジかよ」

 

よりにもよってこのタイミングで逃げると夢にも思わず、空いた口が塞がらないがそれは振り向けば奴も同じようで俺と一緒になって呆けていた。

 

「これだから紅魔族は嫌いよ…」

 

それから奴が俺を見つけるのは必然で、目が合うとボソリと不満を言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「これはまずい事になったな…」

 

超電磁砲片手にシルビアと対峙するが、紅魔族は他にも居るようで後ろから現れては魔法を放ち、聞かないことを確認しては捨て台詞を放ってはどこかへテレポートして行ったのだった。

これは中々に酷い…

 

そう思いながら奴に同情しようと思ったが、このままだと魔術師殺しというなの大尾に轢き殺されそうなので距離を取りながら紅魔族の行為を傍観し続ける。

途中奴も痺れを切らして大尾を振るうが、紅魔の里の皆はそれを予測していたようで当たるか当たらないかの瀬戸際でテレポートを使用しながら攻撃を躱しつつも何処かへと飛び立っていった。

 

「お客さん。ちょうどよかった」

 

そんなこんなで呆然としていると後ろから声を掛けられる。

 

「おう、何だねりまきか…店の外くらい名前で呼んでくれよ。俺にはサトウカズマって名前があるんだからよ」

「そうだったね。それじゃあカズマ君でいいかな」

「…お、おう」

 

いきなり下の名前で呼ばれるのはアレだが、これはこれで何か別の扉が開いてしまいそうで怖い。

 

「ゆんゆんから伝言で君を連れて里の奥に飛んで欲しいってさ、ほら君ってテレポート出来ないから」

「ああ、成る程な…」

「ゆんゆんじゃなくてごめんね。あの子アレでも族長の子供だから本当はここに来たかったんだろうけど族長が許さなかったんだって」

「いや、そんな事だろうとは思ってたから大丈夫だし。それを聞いて安心したよ」

「そう?君がそういうのならいいんだけど、元々魔術殺しは里の極秘だったらしくてこうなったら族長が王都から騎士団を派遣する手筈になってるからカズマ君も早く逃げよう」

「別に構わないけど、何でそこまで詳しいんだ?」

「何でって、カズマ君も私の職業知っているでしょう?」

「何って酒屋の娘だろう?」

「そういう事、私のお父さんとゆんゆんのお父さんが話している所に何回もご一緒したからね」

「あーそう言うことか」

 

成る程なと納得する。確かに酒の席ならこう言った機密情報も漏れてしまうことも無い事はないのだろう。

本来なら許された行為ではないが、昔の兵器のことなら喋ってしまっても問題はないのだろうか?

 

「それじゃ行くから目を瞑っててね」

 

ポンと手を置かれテレポートを発動する前に目を瞑る。あの独特の浮遊感に漂いながら再び声を掛けられ目を開くと、そこは何処かの村だった。

 

「ここは?」

「ここは私紅魔族の里皆に何かがあった時に避難するように指定された場所だね」

 

強いて言うなら第二の紅魔の里だね、とねりまきはそう言うとこの村について説明を始める。

この村は先程ねりまきが言ったように避難地として制定され、使わない時は紅魔の里の外交やら搬入の際に使われる中継地兼休憩所として扱われるらしい。

基本的には使われない施設なのでたまにブッコロリーみたいのが掃除してくれるそうだが。

 

「それじゃ私はお父さんの所に戻るね。皆お酒を飲みたがっているみたいだし手伝わないと行けないからさ」

 

そう言いながら彼女は俺に手を振りながら奥の仮設酒場スペースへと歩いて行った。

 

しかし、仮設村か…数を見るにまだ里の総人口が来ているとは思えないが、皆まだシルビアに向かって例の作戦を繰り返しているのだろうか?

だとしたらかなり可哀想な事になっているなと憐んでやるしかないだろう。

 

そういえば他の皆は大丈夫だろうか?

なんだかんだ言ってめぐみんとは夕方の一件以降姿を見ていないしテレポートを使えないし、もしかしたら巻き込まれていなければいいのだが。

 

そんな不安を抱きながら周囲を見ると、視界の端によく見るとんがり帽子のシルエットが確認できる。

 

「あ、カズマではありませんか?潰しても死なないと思って心配しませんでしたが無事でなりよりです」

「相変わらずひでぇな」

 

飛んできた俺の姿を確認したのか、血相を変えて近づいてきたと思ったらとんでもない悪態を返される。

一体どう言う事だってばよ。

 

「めぐみんが無事なのは良かったけど、ゆんゆんはどこにいるんだ?」

「ゆんゆんですか?ゆんゆんは一応は族長の娘ですからね。奥の建物の中にいますよ」

 

そう言いながら雑に扱われた事に対して少し不満げにしながらも、ゆんゆんの居るであろう建物の奥へ指をさす。

 

「おう、それじゃあ行こうか」

「え?あ、はい」

 

何故か驚くめぐみんを連れゆんゆんの居るであろう屋敷へと向かう。

側から見たら里にある屋敷とはワンランク落ちるなと思いながら向かうと、玄関に執事の爺さんが薙刀を持って仁王立ちしていた。

 

「え?何これ。どう言う感じなの?」

「おや、これはお坊ちゃんではありませんか。無事で何よりでございます」

 

何故か坊ちゃん呼びになっていることはともかく、まずは状況を知りたいので中を通して貰うように頼み込む。

 

「ええ、もちろん。めぐみん殿も中へ」

 

昨日の死闘はいったい何だったのやら、執事の爺さんからしたらあの戦いはあの時点で終わっており特に気に留めることではない様だ。

 

「随分と気に入られていますね、何かあったのですか?」

「あーあれか?色々あってちょいと殺し合いをした感じかな…」

「はぁ…いったいあなたは何をしているんですか」

 

聞かれたのでありのまま起こったことをオブラートに包まずに説明したところ、いつもの様に溜息をつかれて呆れられてしまった。

 

「まあまあ、ほらゆんゆんの部屋に着いたぞ」

「それはそうとなぜ洋服屋の物干し竿を持っているのですか?確かにフォルムが我々の感性に触れるのはわかりますが、わざわざこのタイミングに盗んでくる物とは思えません」

 

部屋について彼女を呼ぼうとした所でめぐみんに引き止められる。

しかし何故このタイミングなのだろうか…

 

「これか?これはアレだよ。紅魔族の秘密兵器って奴だ」

「秘密兵器?この物干し竿が?とうとうカズマもおかしくなりました?秘密兵器と言うものはこの爆裂魔法を言うのです‼︎」

 

ビシッと上に杖が持ち上げられ詠唱の前駆段階である杖に収められたマナタイトの輝きとめぐみんの目が赤く光り始めた。

 

「分かったからやめてくれって、ここで放ったら洒落じゃなくなるからさ」

「わかればいいのです、それでそれが本当に秘密兵器なんですか?」

「ああ、それについてこれから3人で話そうかと思ってな」

 

そう勿体ぶりながらゆんゆんがいるであろう部屋の扉をノックする。

 

 

「はーい」

 

返事と共にガチャリとドアノブが捻られゆんゆんが現れる。

 

「よっ」

「ああ、カズマさんにめぐみん二人とも無事だったんだね…」

 

少し目を潤ませながら、とりあえず皆の無事を確認し喜び合う。

 

その後、互いに言葉を交わしながら情報を集約しようと思い彼女の部屋に入ると、備え付けられてあったテーブルを囲うように座りこれからに着いての話をしようと会議を始める事にした。

 

「それじゃあ、話を始めようか」

 

ねりまきの話では王都の騎士団が派遣されるらしいが、そいつらがシルビアを討伐できるとも限らないのだ。

それにこんな時間帯に派遣されるかどうかも怪しい所だ。

 

ならばその前に俺たちで何かできるかもしれない。

決してゆんゆんの親父さんや里に恩を売ろうとか、そんなやましいことはないのだ。

 

 




しばらく休むかもしれません


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紅魔の里17

すいません大分遅くなりました。
誤字脱字の訂正ありがとうございます、とても助かります。
ギリギリだったので少し内容が崩れているかもしれません、時間が空き次第修繕します…m(_ _)m


「それで、話とは何でしょうか?」

 

部屋に入り、それぞれが椅子に座ると真ん中に備え付けられていたテーブルに例の超電磁砲の砲台を乗せる。

これがどの様なものは俺でもおおよその事くらいしか分からないが、とりあえず魔力を溜め込んでトリガーを引けばその魔力が圧縮されて放たれるといったしくみになっているのだろう。

 

「これはだなあの魔王軍幹部であるシルビアが手に入れた魔術師殺しに対する抑止力で、名前は超電磁砲っていうんだ」

「レールガン…ですか?お父さんがよく里の皆さんと話していた会話はよく盗み聞きしていましたけど、その名前は聞いた事はないですね」

 

取り敢えずと、背中に背負って持ってきた武器に対しての説明を終えると、ゆんゆんが口を開いた。

まあ、結局の所魔術師殺しの内容自体彼女の耳には入っていなかったことから、危ない話系はねりまきの酒場で行われていていると推測できるが、やはり里の皆にはあの魔術師殺しの存在すら秘匿されていたのだろう。

 

里に眠ると言うあの兵器に対して何故秘密を共有しておかなかったのかと思ったが、紅魔族であればその様な厨二アイテムを知って仕舞えばたただちに発掘に行ってしまうだろうなと思い至り微妙な感傷に浸る。

どう考えたところで所詮は結果論なのでこれからのことを考えなければならないと考える方向性を変える。

 

「取り敢えず、この物干し竿に魔力を注ぎ込めばいいのですね?」

「まあ、そうなるな。そこでだ、俺一人の魔力じゃ多分足りないからお前たちの魔力を分けてほしい」

 

俺自身の魔力を流し込み彼女たちに

結局の所、問題はそこにあるのだ。

この兵器は魔術師殺し同様かなりの魔力を喰らうというデメリットを持っているが、それゆえ瞬間的威力は魔術師殺しを超える物であることが伺える。

 

「魔力ですか?確かに私とめぐみんの魔力を合わせればおおよそは大丈夫だとは思いますけど、そうすると多分ですけどカズマさん一人であのシルビアに対抗しなければいけなくなりますよ…」

「…まあそれくらいは覚悟してるよ」

 

ドレインタッチでの魔力供給には僅かにロスエネルギーが存在する。

いつものような少量の魔力の移譲だったら特に分からないほどのロスだが、今回の様に多量の魔力量を超電磁砲に移すとなるとものすごい量のロスが生じる。

 

例えるなら消費税を想像して貰えば分かり易いだろう。

俺のいた時代では物を買う際に10%の税を課されている。これは100円のものを買ったら10円の税がつき110円となると言った仕組みだ。

まあ10円くらいならいいだろうと思うが、これを100万円の物を買ったと想定してみよう。一つ買うだけで10万円も余分に支払うと言う事になる。

これは流石に見逃せないと結果になり、購入の際にかなりの負担となってしまうのだ。

 

ヴァシュロンなど高い時計を買い知り合いの時計を見ると、消費税で買えるなと思う時もあるほどにこの税は理不尽なのだが、その話はまた後にしておいて本題に戻ろう。

 

要するに俺を通してこの機械に魔力を通せばそれなりにロスを生じてしまい彼女達二人が戦線離脱してしまう羽目になってしまうと言うわけだ。

回復に使うマナタイトも全て族長の屋敷に置いてきてしまっているので回収も難しいだろう。

もちろん他の紅魔族の方々から魔力を分けてもらうのも手だが、この超電磁砲を信じてもらえる可能性はほとんどなく、せいぜい物干し竿を持って何か言ってるだろう程度にしか思われないだろう。

 

というか、この物干し竿の許可をもらっていない事を思い出す。

まあ後でいえばあのおっさんなら許してくれるだろう。

 

仮に納得しても俺たちの年齢を考えれば里の大人達は俺たちを送り出すことに躊躇してしまうだろう。

それだけは何としても防がなければいけない。

 

「それでめぐみんはどう思う?」

「…そうですね」

 

先程までの勢いはどこにやら俺が超電磁砲に関しての説明をしている間、彼女にしては珍しく黙っていたのだ。

 

「どうしたのめぐみん?いつもなら何かしら言うと思うんだけど…」

「随分と失礼なことを言うじゃありませんか、普段あなたが私の事をどう思っているのかよく分かりましたよ‼︎」

 

いつもの如く暴れ出すめぐみんと被虐気質でもあるのかめぐみんの地雷を踏み抜いたゆんゆんのイチャイチャタイムが始まり、今更混ざる気は起きないので少し距離をとりながらその様子を眺める。

彼女達の体力は無限大なのだろうか?

 

そんなこんなでしばらく眺めているとひと段落したのか、息を切らしながら立ち上がるめぐみんと半泣きで床に転がるゆんゆんの構図が形成される。

 

「落ち着いた所悪いんだけど、さっきめぐみんが言いかけていた事聞かせてくれないか?」

「はぁ…はぁ…そうでしたね、ゆんゆんの茶々で有耶無耶になってそれを問い直したお陰で重要な話に感じたと思いますが、そんな事はないので期待しないで聞いてください」

 

息を切らしながら呼吸を整えると彼女は俺にあまり期待するなと言いいながら先程の言葉を続ける。

 

「まずはですね、もう一度紅魔の里に戻る方法ですね。そのちょう…銃に魔力を私たちの魔力で代用するにしてもテレポートを使わなければ里には戻れませんよ」

 

めぐみん曰く、この避難地は紅魔の里から遠く俺自身がどんなに努力しても間に合わないらしい。

 

「それに関しては問題ない。訳あって足は既に用意してあるんだ」

「へぇ…カズマにしては周到ですね」

 

先日ねりまきに貰ったテレポートのスクロールをめぐみんに突き出す。

里の宿兼酒場と限られた所にしか飛べないが、ここから走って向かうことと比べれば造作もない距離だろう。

 

「カズマさんこれってねりまきさんの所の…」

「それでだ、足はこれで問題ないだろ?続きを言ってくれ」

 

謎の勘を発揮し始めたゆんゆんの言葉に被せるようにめぐみんの意見を催促する。

 

「え、えぇ…そうですね。移動の距離が解決されたなら後は失敗した時のリスクですね。その銃の攻撃を外した場合カズマはどうするんですか?そのスクロールはコストを抑えるため基本は片道しか使えませんよ?」

 

めぐみんに指摘され、この銃を外した時の事を考えていなかった事に気づく。

思考の目標設定をこの銃を射つまでにしかしていなかった為、そこから先のリスク管理を怠っていた。

 

「その時はその時だろ?逃げる事に関してのスキルならそこら辺の冒険者より上だぜ?異次元の逃亡を見せてやるよ」

 

その時の事はその時の状況にならなければ分からないだろう。ならば今は全てが上手くいった時の事を考えて成功率を上げた方が懸命だ。

 

俺の経験談だが、人生のおおよその挑戦は度胸と勢いが大事なのだ。

下手に躊躇わず、自分に出来ると言い聞かせながら勢いで物事を進めれば案外上手くいく物なのだ。

…まあ例外は沢山あるが。

 

「…全くカズマは前向きに後ろ向きですね」

 

俺の口先八丁に呆れながらも彼女はどこか納得したような雰囲気を醸し出す。

今までの行いの結果が彼女に謎の安心感を与えているのか特に俺の作戦に反対はないようだ。

 

「私は反対です。素直に里の皆さんに事情を伝えて安全に行ったほうがいいと思うのですが…」

「いや、それだと止められる可能性が高いからなるべく隠密に行きたいんだ」

 

自身の起こした事の責任を取るといえば聞こえばいいのだが、結局の所俺がシルビアを倒したいのかもしれない。

英雄願望の行き着く先は自身の崩壊を招くというが、こうでもしなければ奴らの領域に上がることは出来ないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「分かりました…けど危険だと思ったらすぐ逃げてくださいね」

 

長時間にわたる説得の末ゆんゆんを説得することに成功する。

手こずらせやがってと思ったが、もし立場が逆だったとしたなら俺も彼女以上に止めるように説得していたかもしれないと思うと少し罪悪感があるが、今はそんな事を気にしている場合ではないのだ。

 

「それじゃあ二人とも魔力を貰うから頸を見せてくれ」

 

二人の了承を得てそれぞれの魔力を吸い出し超電磁砲に流してく。

自身を介して彼女達の膨大な魔力を流しているが、やはり紅魔族は規格外と言われる理由がよくわかるほどに膨大な魔力の流動を感じる。

そして、その膨大な魔力を流してようやくエネルギーが満タンになるこの超電磁砲の容量に恐れを抱く。

 

これほどの魔力を放ったとしてその弾である魔力が及ぼす影響はそれほどのものなのだろうか?

魔術師殺しと対をなす兵器超電磁砲だが、名目的には抑止力となっている以上瞬間的威力は魔術師殺しを上回っている事になる。あれ程の防御性能に特化した兵器を破壊するとなると威力は俺の想像をゆうに超えるだろう。

 

 

 

 

 

「よし、満タンになったな。ありがとうな二人とも…やっぱりダメだったか」

 

超電磁砲のインジゲーターが満タンを示すfullを表示したことを確認すると二人に礼を言うために視界を移すと、そこにはモノの見事にぶっ倒れて伸びている二人の姿があった。

再び首を触り脈を確認すると確かな脈拍を確認できたので大丈夫だろうと判断して、二人をベットに運び寝かせる。

 

超電磁砲を背中に背負い机に出したスクロールを拾い上げ、簡易的な準備を済ませ外に向かう。

 

「行かれるのですな」

 

屋敷を出る所で誰かに声をかけられる。

声の質からして執事の爺さんだろう、前回の一件からして俺の所業に感づいているのではないかと構える。

 

「ああ、ダメかもしれないけどやってみないとわからないからな」

「ふむ…成る程」

 

執事は俺の姿を上から下まで眺め吟味すると、どこか納得したように頷いた。

 

「旦那様よりあなたの行動を制限するなと仰せつかっております故、あまり言えた事ではありませんが現在紅魔の里には王都から派遣された騎士の一派が向かっており、そろそろついている頃合いかと。ここで坊ちゃんが向かった所で危険に下手を打つだけかと」

 

ねりまきだったか誰だったか忘れたが、魔術師殺しが発動した時は王都の人間が派遣されるとしてそいつらがシルビアを倒せるとは限らないのだ。

仮にも奴は魔王軍幹部である以上は一筋縄では行かないだろう。もし簡単に倒せるのだとしたら現時点で魔王軍は解散の危機に追いやられている。

 

「それでもだ、何もしなくて解決されたとしても、何もしないのは俺じゃないからな」

 

適当に答えを返し、屋敷の外に出るとスクロールを開き中に書いてある発動コードを唱える。

 

 

 

 

 

 

 

 

転移魔法特有の浮遊感に包まれ気がつくと、先日楽しんでいたであろう酒場の前まで移動していた。

流石のシルビアもここまで破壊の手を届かせてはいなかったようで、多少の煤が付いているが建物自体にダメージはないようだ。

しかし、里の中心の方へ視界を移すと木々に遮られていて詳しくは分からないが、黒煙のようなものが所々上がっていた。

 

「さて…」

 

ボソッと呟きながら現状を確認する。

超電磁砲は魔力を貯める前に試し撃ちした際に安全装置は一通り外しておき、念のために一つだけの動作を残しているが現状いつでも射てる状態だ。

 

後はあの動き回るやつをどう仕留めるかだ。

近ければ近いほど奴に当てる可能性は高くなるが、同じように奴からの返り討ちを受ける可能性の方が高い。それに威力も高い以上安全に近づいたところで超電磁砲の着弾の余波を受けて全身火傷どころか肉体が消滅しかねない。

 

取り敢えずは姿を一度確認した方がいいだろうと思い、装備を再確認したのち最後にシルビアと会った所に向かって走り出した。

 

 

数分走ると目的地の手前である里の中央に出るが、そこはねりまきの酒場とは違い建物は破壊され焼かれてなど、不謹慎ではあるが戦時中の空襲を受けたての街中にいるような光景だった。

住民は全員テレポートで避難したとは聞いていたが、ここまでひどくやられたなら復興までにかなりの時間がかかるだろう。流石の皆もしばらくはあの避難所での生活を余儀なくされるだろう。

 

炎上する街並みを突っ切りながら謎施設跡地へと向かう。

途中シルビアの部下なのだろうか、小さな小鬼達が街を破壊していたので潜伏を使い気配を完全に消し剣を腰から引き抜き通りがてらに首を刎ねていった。

 

一体どんだけ部下がいるんだよと思いながら進んでいき、ようやく奴のいた場所へと辿り着く。

里の皆が居なくなったとしてシルビアは一体何をするのだろうと頭の隅で思っていたが、結果は王都の騎士により足止めをくらっていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

シルビアが地下から力尽くで這い上がった事により周囲の地盤が崩壊し奴を中心にしてクレーターのようなものが出来てしまい、そこに鎮座するように奴が納まっている。

そこに王都の騎士団だろうか、リーダー格ぽいのが軽装をして後方に立ち指示を出し、残りの重装備をしている連中らが前衛となりその指示に従って陣形を作り一進一退の攻防戦を繰り広げていた。

その陣形や装備を見るにやはり事前に対策が練られていたのか全員近接戦闘に特化した装備で、いかにも脳筋集団ですと言わんばかりだ。

これなら魔術師殺しを装備している事によって得られるアドバンテージは無くなったと言ってもいいが、魔術師殺し自体強力な物理兵器であることに違いないので油断はできない。

そもそもの前提として奴は魔王軍幹部なのだ。例え魔術師殺しがなくても実力だけでここまで来たので、そう簡単に討伐できるとは限らない。

 

背中に背負っている超電磁砲を降ろし、地面に固定できるように脚を組み立て地面に刺して固定しそこに銃身を乗せて安全装置を解除する。

インジゲーターがfullの点滅をしている事を確認しながら付属しているスコープを覗き込む。

 

騎士団の連中には悪いがこんな絶好の機会を逃すわけには行かない。

着弾の反動は試し射ちができない以上未知数だが、あれだけの防御性能を備えているのであればたとえ何かあっても命までは失わないだろう。

騎士団であると言うことは、日本で言う公務員と言う分類に含まれているという事に近いだろう。であれば福利厚生も充実しており腕の一つや二つ吹き飛んだ所で王都御用達凄腕アークウィザード的な人が即座に再生させてくれるだろう。

進みすぎた医療は命の重要さを欠落させるというが、俺自身ここまで毒されるとは思わなかったので少し不安になるが郷に入れば郷に従えと言うので多分これで大丈夫だろう。

 

狙いをシルビアに定め、指をトリガーに引っ掛ける。

 

「やあ、おもしろそうな物を持っているね」

「え?」

 

後は引くだけのタイミングで後ろから声がかけられる。

予想だにしない来客により思わず驚いてしまう。

感知スキルを常時発動させていたつもりだったが、奴に狙いを定めることに集中しすぎたためか気を緩めてしまっていたようだ。

 

スコープから視線を移しその人物の方へ向くと、そいつは先ほどまで重装備だった近接戦闘部隊を指揮していた軽装の司令塔だった。

つい癖で感知スキルを絞ってしまい奴のスペックを洗い出してしまう。

そいつは細身ながらに鍛え抜かれた肉体に腰には神具なのだろうか異様な雰囲気を漂わせた細剣に鎧は金属をあまり使っていないのか、必要最低限に抑えられその代わりに特殊な繊維を使って編み込まれた布を使用しているようだった。

 

「あんたは…」

「ああ紹介がまだだったね。僕の名前はアレクセイ・バーネス。バルター、今回の一件を任された騎士の一人さ」

 

爽やかそうな外見をした青年は何の躊躇もなく戦場で仲間ごと敵を撃ち抜こうとした俺に対して身分を明かした。

一体何が目的なのだろうか?

普通に考えれば仲間を後ろか巻き込むのをやめてほしいと注意しに来たと考えるが、そのような回りくどい事はせずに隙だらけな俺をそのまま屠ればいいだけの筈。

それとも騎士道的なやつで正々堂々でなくては戦えないミツルギ的な感じの性格なのだろうか?

 

頭の中で思考がグルグルと渦巻いていくが、そんな事はお構いなしにバルターと名乗る青年は話を進める。

 

「俺の名前はサトウ・カズマだ。その騎士様が一体俺に何のようだ?」

 

取り敢えずこちらも名乗りを挙げる。

奴が騎士道に忠実であれば、ここからやつの求める条件が提示されるだろう。

 

「そうだね。まずは君のその銃の性能についてだね。その武器はあの蛇みたいなキメラを屠るに至るかだね。自身はあるのかな?」

 

騎士にしては礼節などはなく、いきなり本題に入ってくる。

建前の積み重ねで本題になかなか入らない事に対して結構イライラしたことがあるので、こう言ったタイプは正直嫌いではないが、だからといって好きかと言われればまた違うのだ。

 

「そうだな、一応はそうなってるけど。それで?」

 

立ち上がり鞘にしまっていた剣を引き抜き構える。

奴の狙いはこの超電磁砲かもしれない。よくよく考えてみれば王都の騎士団という縦社会の性質上利権や出世争いがあるのはどこの世界でも共通だろう。

であるなら奴がこの超電磁砲を俺から奪い通りそれで奴を倒したのならその功績を持って奴の地位は向上するだろう。

 

せっかく彼女らの犠牲を得て使用可能になったこの超電磁砲を奪われる事は彼女らへの裏切り行為に等しい。

それだけは命に変えても止めなくてはいけない。

 

「そう構えなくてもいい。確かにその魔道具は魅力的だが、今の僕の目的はあいにくそれじゃないんだ」

「それじゃなければ一体何なんだ?わざわざ自分たちの仲間達から離れてまでここにくる理由は?」

 

「そんなの君が一番わかっているんじゃないのか?それとも緊張しすぎて考えられなくなったのかな?」

「何?」

 

「普通こういう時は互いに協力しようって話になるんだけど君はそう思わないのかな?」

「…」

 

どうやら俺が勘ぐりすぎていただけなのかもしれない。

ミツルギの件から爽やかなイケメンに対して悪印象のようなヘイトがあった事は否定できない。

人間の本性はほぼ第一印象に違和感となって出現すると言うが、俺はその説を身をもって学んでいる。最初に声をかけられた時にこいつからは禍々しい何かを感じたのだが、どんな原則にも例外が存在するように、こいつは例外なのだろうか?

それか今回はギブアンドテイクという事で悪意のようなものはないのかもしれない。

 

どんなに腹に闇を抱えていようとその闇が俺に向かわなければむしろ有効活用できると聞いたことがあるが、それにかけてみるのもいいかもしれない。

 

「それで、協力したとして俺に何を望むっていうんだよ?悪いけど俺はこいつをあいつに射ち込んでそれで終わりだけど」

 

結局の所バルターに協力した所で俺に得がないのだ。まあシルビアが動かないようにヘイトを集めてくれている事には感謝するが、奴の指示で撤収して居なくなっても今すぐに照準を合わせれば問題はないだろう。

 

「そうだね…それじゃ逆に君は僕に何を望むんだい?これでも家柄は良くてねある程度の事は可能だよ」

「そうだな…だったらお前の所の紋章の入ったペンダントをくれないか?」

 

この世界には日本には殆どない身分制度のようなものがある。

要するに信用みたいなものだ、基本的に冒険者というものには信用というものが無いのでドレスコードの店やある程度の敷居が高い店には入れないのだ。

そのペンダントがあればその者の身分はその貴族に保障され高価な物の購入や、クエスト依頼や王都での賃貸の契約や銀行の融資などを受けられる万能パスなのだ。

 

基本的にアクセルに住む分には必要ないのだが、これから先みんなと色々と旅する際に必要になる事があるかもしれないのだ。

奴の討伐でいくらか報酬が出るが、いくら金があっても身分は手に入らない。ならば今回のシルビア討伐の功績で信用を買うと考えれば安い物だろう。

 

魔力をくれた二人には申しわけがないが、貴族の保障が得られればこの先の生活がかなり豊かなものになるのだから許してくれるだろう。

 

「成る程…強欲そうに見えて慎ましんだね意外だよこんな物でいいなら今すぐ渡すよ」

「マジか⁉︎」

 

俺が念には念を入れて考えた案を奴はそんな事かと一蹴し胸にぶら下げていた何処かの貴族の紋章の入ったペンダントを俺に向かって投げ渡す。

それを無くさないように拾い上げ、鑑定眼のスキルを使い確認すると偽物ではなく間違いなく本物を示す色が浮かび上がった。

 

貴族はなかなかペンダントを出さないと聞いていたが、それを何の躊躇いなく差し出したのだ。一体どんな神経をしているのだろうか?

 

「これで交渉成立だね。それじゃ作戦を説明しようか」

「ああ、別に構わないけど」

 

ペンダントを俺に差し出すと奴はニッコリとした表情を浮かばせ作戦について話し始めた。

 

「作戦は簡単さ、僕が奴の上体と機械を分けるから君はその離れた状態をその魔道具で消し去って欲しいんだ」

「成る程な…そんな事を簡単に言ってくれるけど…まあそれはさておきいいのか?」

「え?何がかい?」

 

あの機械と完全に融合した奴の体を分けるというそもそもの難題を奴は最も簡単に成し遂げると言っているが、それはさてき

 

「それだとシルビアの討伐の記録は俺に着いちまうぞ?いいのか?せっかくの功績がパァになるぞ?」

「別に構わないさ。結局の所魔王軍幹部を倒した所で立場が良くなるだけだからね」

「変わった奴だな。本当に貴族か?」

「もちろん貴族だとも、君は自分の思っている常識に囚われすぎているね。少し考え直した方がいい、そのままではいずれ自分の考えに殺されてしまうよ」

「余計なお世話だ!」

 

どうやら奴の目的はあくまでシルビアの討伐で、その功績は俺にくれるということになる。

貴族というものはどいつもこいつも権力に飢えていると思っていたのだが、その認識を改めなくてはいけないようだ。

しかし、そこまでしてなぜ奴は俺に協力を申し出たのだろうか?このまま放っておけば黙っていても俺は奴を屠るために超電磁砲を放つというのに。

 

「まあいいけどさ、それでタイミングはいつやるんだ?やるなら早くしないとお前の仲間がやられちまうぞ」

「ああ、タイミングなら僕が指示するから君はそのままそこで待っていてくれ」

「どういうことだ?」

「そのままの通りさ、君はただ僕の指示があるまでそこで待機してほしいんだ」

 

そのままバルター自身が奴の元に向かってシルビアを真っ二つにするという作戦かと思ったが、奴自身俺に待てと言いながらも動く気配がまったくもって感じられない。

 

「つまりこのままアイツらがやられるのを待てということか?」

「言い方が悪いね。彼らは魔王軍幹部を討伐するために犠牲になったという事だよ」

 

どう言う事だ?仮にもこいつらは自分の部下なのだろ?それを見殺しにするなんて事をするなんて一体どんな思考をしているのだろうか?

 

「ああ、君が考えていることは大体わかるよ。なぜ僕が部下を犠牲にしようとしているかだろ?そんな事は説明するまでもないけど、簡単だよ」

 

そう言いながらバルターは事の話をし始める。

内容は簡単で、彼らは自分よりも身分の高い連中から推薦されて集められた部隊で、いざとなれば自分を抹殺してついでに手柄を得ようというありきたりな内部政治だった。

 

「つまりアイツらはお前にとって邪魔者というわけか?」

「そうだね。表向きはそう言うことにしているが、彼たちは自分で考える事を止め思考停止した連中らだ。考える事を止めた人間は生きているとは言えない」

「だったら殺していいだろって?随分と独裁的な発想だな。俺の想像する貴族よりおぞましいよ」

「そうかな?当たり前のことだと思うよ。君は随分と優しんだね」

 

ニッコリとまるで面白いものを見るような目で俺のことを見つめる。

流石に目の前で人が死ぬ所を見せられるのは目覚めが悪いので、ここは助けることにする。

 

「お…ぐっ⁉︎」

 

おーいお前たち逃げろ‼︎と伝えようとした所で首に刀を押し付けらていることに気づく。

なぜ気づいたと言う表現を使うのかと言うと、俺は奴が刀を鞘から抜き俺の首にあてがう動きを感知スキルですら捉えることができなかったからだ。

あまりにも早い動き、油断してたとはいえ俺ですら見逃してしまった。

こいつの戦闘力はクリスに及ばないとしてもそれに近しいほどの気を感じる。

 

「交渉は成立しただろ?君に与えられた行動は一つ、奴の別れた上半身をその魔道具で吹き飛ばすだけだ。余計なことをするならこの場で斬る」

「くっ…」

 

確かに奴からすれば部下の騎士団は目の上のたんこぶだが、それほどまでに有能ならその力で懐柔すればいいだけの話だろう。

出会ってからわずか数分に満たないが、奴からは恐ろしいほどのカリスマ性に富んだオーラのような雰囲気を漂っているのがわかる。それ程の人間がわざわざ部下を見捨てる意味が俺には理解できなかった。

 

「…分かったよ」

「分かってくれたかな?君には期待しているんだ、あまり失望させないでくれサトウ・カズマ」

 

刀を俺の首から離し再び鞘にしまい、下で戦っている騎士団員の一進一退の攻防戦を眺めることになる。

まさに何処ぞの因果応報を突き返されたような気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

その後指揮系統を失った騎士団は呆気なくシルビアの魔術師殺しによって蹂躙されていった。

彼たちの動きからして王都の中でもかなりの実力者であったことは使っていたスキル等や動きで判断できる。

 

「…人でなしだなお前は」

「そうだね、それは否定しないよ。僕にも僕の事情があるんだ、君は冒険者なんだろ?常に戦いにいるのに命を重くとらえすぎだよ」

「…そうかよ」

 

こいつとは多分分かり合えないのだろう。

思考に使うピースのようなワードが俺とはかけ離れすぎている。そもそもの見えている世界が違うのだろう。

 

「それじゃあ僕はもう行くから君は早く準備してくれ、僕がシルビアの胴体を分けた時が君の発射の時だ」

 

そう言い残しバルターはシルビアのいる所まで滑り降りていく。

その光景を千里眼スキルと読唇スキルで解読する。

 

「あら、途中で居なくなったと思っていたけど今更戻ってきたのかしら?けど残念ね坊やの仲間は既に全員この世からいなくなってしまったわ」

「そのようだね。だからまずは君に礼を言うよ、ありがとう」

「はぁ?何を言っているのかしら?緊張しすぎて頭がおかしくなっちゃったの?」

「いや、僕は正常だよ彼らは現在進行しているもう一つの作戦を遂行する上で邪魔でね、こうして緊急出動にかまけて連れて来たのはいいけど結局処分に困ってね。僕が手を出すと記録に残ってしまうし、かと言って他の人に依頼しても返り討ちに合うのが目に見えている、だから君に処理して欲しかったわけさ」

 

「へぇ、なかなかに狡猾ね坊や。冒険者の方の坊やには負けるけどあなたもなかなかにいいわね」

「それはどうも。お眼鏡にかなって光栄です」

 

あくまで礼儀正しく本性を見せるバルターに対して、シルビアはふーんと舌鼓をしながらバルターを品定めしているようだが、俺が未だ一番なのかよと突っ込みたくなってしまう。

 

「それで?こんなタイミングで現れてお礼だけわけじゃないでしょう?」

「それはもちろんです」

 

奴のおぞましさに気付いたのか、シルビアも若干引き攣りながらも奴の要求を聞く。流石の奴も抜刀していない青年をいきなり襲うほどモンスターではないようだ。

 

「ここまでして置いて言うのもアレですが、どうでしょう?その魔術師殺しを僕に譲る気はありませんか?そうしていただければ命までは取りませんよ」

 

確かに部下を見殺しにしておいて今更交渉なんてお前が言うな的な感じだ。

 

「あら私の命を気遣っているのかしら、それは随分と面白いことを言うじゃないかしら」

「えぇ、それで答えは?」

 

答えをはぐらかすシルビアに対して笑顔で答えを催促するバルター、側から見れば刑事とサイコパスの対談的なものにしか見えないほどその光景はおぞましいものだった。

 

「そんな事するわけないじゃない‼︎この兵器であの憎たらしい紅魔族を根絶やしにするのよ‼︎」

 

優しそうな表情から一転し奴の表情が険悪な表情に変わると、そのままバルターに向かって襲いかかる。

 

「残念です。あなたのキメラの力は僕としては優秀だと思ったので仲間になれればと思ったのですが」

 

そう本当に残念そうに彼は言いながら奴は腰に下げていた刀に手を当てると一瞬のうちに奴の胴体を上下真っ二つにしてしまった。

 

「今だ‼︎」

「おうよ‼︎」

 

一体どんな手品を使ったのかシルビアの体はものの見事に分かれ、彼の魔法により上方へと打ち上げられる。

その光景をポカンと見ている訳にはいかず、すぐさま引き金を引き超電磁砲を発動させる。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ⁉︎」

 

銃口から圧縮された高濃度の魔力が発射されると打ち上げられたシルビアへと命中し、まるで打ち上げ花火の如く語音を立てながら奴の肉体は美しく爆ぜていった。

そして俺はその反動を受け後方の木に激突するまで吹き飛ばされる。

 

なんだかんだ言って木まで飛ばされるのはなれているのですぐさま受け身を取ることで意外にも意識を残す事ができ、回復魔法を掛ければすぐさま動ける状態だった。

体を這わせクレーターの淵までたどり着くと、そのまま下を覗き込み事の顛末を確認する。

 

先程までシルビアがいた場所には魔術師殺しが無傷で残っており、上の住民がいないだけの良品のようだ。

 

「汚い花火だったね、君もそう思うだろ?」

「ああ、ものすごい爆発だったけど生きていたのかよ」

「残念だったね。魔道具の威力は流石の僕もビックリしたけど、予想の範囲内だったからね。特に問題はないよ」

 

あの爆発の中生きていた事に驚きはあったが、それよりも超電磁砲の状態を確認したかったので奴を無視して台座の方へと向かう。

 

「これは…」

 

俺の視界に映った光景は無惨にも反動で物理的に壊れた超電磁砲だった。

銃身はひしゃげ、インジゲータのランプは粉々に割れている。ここまで壊れてしまえは修理は不可能だろう。

 

「その魔道具に関しては残念だったね。見たところあと一回使えるかどうかだったんだろう」

 

嘆き悲しむ俺の後ろで残念そうに彼はそう言った。

確かに物干し竿として普段から外に雨曝していれば風化して使いものにならなくなるだろう。むしろよく今回の戦いまで持ってくれたと称賛すべきだろう。

 

「それでシルビアの上の部分は倒したけど残りの体組織が魔術師殺しに残っていて再生するとかないよな?」

 

よくある漫画では基本的キメラのような魔物は少しでも肉体が残っていればそこから再生するのがお約束なのだが、ここから立て直されると流石の俺もお手上げになってしまう。

 

「それに関しては安心してもらって構わない。奴はグロウキメラである以上元となった肉体の脳が無くなってしまえば再生は困難だ仮に何かしらの繋がりがあってもこの刀で斬ればそれを断ち切ることができる」

 

そう言い奴は腰に下げていた刀を俺に向ける。

するとその刀身は力を失ったように崩れ、灰となりて風に乗せられ何処かに消えてしまった。

 

「やはりあれを斬るには荷が重すぎたか、君にとどめを任せて正解だったよ」

 

残った柄を放り投げ、鞘を地面に突き刺すと刀身を追うかのように自身の体を灰に転じさせ崩れ同じように風に乗って何処かへ消えていった。

奴自身がシルビアを仕留めようにも刀が保たない以上決め手が欠けてしまっていたのだろう。

 

「勿体無いな、結構高い剣だったんだろ?」

「ああ、まあでも武器に執着は特にないからね、また他の武器を使えばいいだけさ」

 

彼にとって武器は道具でしかないのだろう。

 

「それであの魔術師殺しが目的だったんだろ?」

 

範囲を絞りあの魔術師殺しの周囲を探ると爆風の影響を受けないように色々と細工を施していたのがわかる。

家の強化とか防御性能を上げるとかそんな事に使われるのだろうか?

 

「そうとも、あの魔道具があるだけで計画が大分省略できるからね。何としてでも手に入れたかったのが本音かな」

「へぇ」

 

気づけば何処からか現れたバルターの仲間だろうか騎士とは違う家自体の使用人だろうかが現れデストロイヤーを彷彿とさせる魔法陣でそれらを運んでいった。

 

「礼を言うよサトウカズマ。魔王軍幹部シルビアはカードに記載されているように君が倒した事で報告しておくよ」

 

そう言いながら彼は転移魔法を使ったのかそれとも仲間が遠方で使ったのか一瞬にしてバルターの姿が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

その後俺は帰る手段がないのでそのまま里で待つ事になり、ねりまきたちが様子を見るために戻ってくるまで一人で里の火消しや生き残った部下の討伐を行なった。

疲れ果て祝勝会では壇上に立たされスピーチなどをさせられ、里の皆からはゆんゆんのコレの人だと小指を立てられる羽目になった。

親父さんからは酔っ払っているのか任せたぞととか言ってくるし、当のゆんゆんはシュワシュワで気が大きくなったのかカズマさんは私のこれですなんて言い始める始末だし、明日は大変な目にあうだろうな…

 

超電磁砲は記念として加工された後に街に飾られることとなり、今もふざけては里の者達が魔法で魔法で余剰にコーティングを始めた。

もう宴もたけなわなので眠る事にするわと酔っ払っているのか適当な椅子に腰掛け眠りについた。

 

 

 

 

 

「おや、目が覚めましたか?」

 

目を覚ますと全身が痛い事に気づく、どうやら椅子で寝たから体を痛めたらしい。

そして起き上がった際にめぐみんが何か作業していたのか横から声をかけてきた。

 

「めぐみんか?あの後大丈夫だったか?」

「覚えていないのですか?戦いの後酒盛りで一緒にドキドキ爆裂魔法ポーズ大会と言う余興をして優勝したではありませんか」

「何その余興、怖いんだけど」

 

どうやら飲みすぎたようで記憶が少し曖昧になっているようだ。

やはり疲れている時に大酒飲みは体に良くないなと、これから気をつけようと自分を律する。

 

「他の皆さんなら紅魔の里で復興作業していますよ」

「成る程な、通りで気配がしないのか」

 

感知スキルで周囲を探ったのだが、ここを抜け出す前と比べると周囲に漂って居る気配の濃度がかなり薄くなっている。

 

「つまり役に立たないめぐみんはお留守番ということか‼︎」

「なっ何を言っているのですか⁉︎はっ倒しますよ‼︎」

 

まあ、役に立たないのは俺も同じだが…

そうなるアクセルに帰るのはいつになるのか…

 

「そういえば今何日だっけ?」

 

そういえばと予定が一つあったことを思い出した。

 

「今日ですか?今日は…」

 

宴の片付けをしているめぐみんは一度手を止めると、指を顎に当てながらうーんと何かを考えると思い出したのか今日の日付を言った。

その日付は奇しくもバニルの指定した期限のギリギリの日で…

 

「やばい俺の3億エリスの商談が消える‼︎」

「どう言うことですか⁉︎」

「ここにくる前に言っただろ、バニルと三億円の商談があるって‼︎その期限が今日なんだよ‼︎」

「なんですと⁉︎」

 

思わず一緒になってめぐみんとビックリするが、今はそれどころではないので急いで残っている里の住人に声をかけアクセルに運んでもらおうとしたが、アクセルを登録している人はおらず、仕方ないので馬車の停留所がありアクセルの街に近い場所へとテレポートで飛ばしてもらう事になった。

そこからなら馬車を貸し切って飛ばせば時間に少し余裕を持って到着するとのことだ。

 

「里の復興に大体どれだけ掛かるんだ?」

「そうですね、少なく見積もっても一週間以上かかるかと…」

「分かった、用が済み次第そっち向かうからゆんゆん達が帰ってきたらそう伝えておいてくれ‼︎」

「わっ分かりました‼︎カズマも気をつけて、こっちの事は私がなんとかしますから、なんとしても3億エリスの商談を成功させてください‼︎」

「おう、任せておけ‼︎無事終わったらお前の欲しがってた杖買ってやるよ」

「ほんとですか‼︎」

 

そうしてめぐみんに仕事を全て押し付け俺はアクセル近くの街へと飛ばされ、馬車を貸し切るとそのままアクセルへと馬車を向かわせる。

流石に貸し切ると途中の停馬場にいちいち止まらなくていい分スピードがかなりの速度で流れるので見ているこちらからしたら中々に楽しい。

 

このペースなら予想より早く着くから一度シャワーを浴びても大丈夫そうだな。

そう思いながら外の景色を眺めていると、ちょうど小河の橋に差し掛かり水辺には高く売れるアダマンマイマイ的な生物がいると聞いたことがあるので、どんなものか眺めていると。

 

「…ん?」

 

川の向こう岸に倒れた人影のようなものがある事に気づく。

まさかこの世界にも土左衛門的なものがいるのだろうか…気になって感知スキルを絞ると弱々しいが僅かに気配を感じるのでもしかしたら本当かもしれない。

 

「すいません‼︎橋を渡った先で一度馬車を止めてください‼︎」

 

料金を追加で払いますのでと言うと運転手は喜んで馬車を停め、俺は河の岸まで降りるとその人影のところまで向かう。

そこにいたのは確かに人で、やはり冒険者だろうか薄着だが腰に細剣を下げており、身長はめぐみんと同じくらいだろう。身なりがボロボロで全身生傷が絶えない所から何処かの戦闘で河に落ちて命かながらここまで流れてきたのだろう。

 

「大丈夫か⁉︎」

 

時間があれなのですぐさま馬車へ戻り出発させ、揺れる小屋の中で回復魔法をかけ肩を揺すると少し咳き込みながら目を覚ました。

金髪に碧眼で中々に整った顔をした少女は俺に目を合わせると、ゆっくりと起き上がる。

 

「私は…」

「目が覚めたみたいだな、一応回復魔法は掛けたけど体調は大丈夫か?」

「えっあはい…特に問題はありません」

 

手を握ったり開いたりした後立ち上がって動ける範囲で動き運動機能に問題が無い事を確認する。

 

「あの…ここは?」

「ああ、ここは馬車の中だよ。アクセルの街に向かっているんだけど君は何処から来たんだ?後そういえば名前も聞いてなかったな、俺の名前はサトウ・カズマだよろしくな」

「あっはいよろしくお願いします」

 

やはりいきなり男と二人の空間に居るとなるとかなりの緊張を与えているのだろう、その証拠に少女の態度が終始困ったようにおろおろとした感じで不安に満ちているのがわかる。

 

「あの…私の名前ってなんでしょうか?」

「はぁ?」

 

あはははと苦笑いで少女は俺にそう聞いてきた。

 



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二章
六花の少女1


誤字脱字の訂正ありがとうございますm(_ _)m

今回は少し汚い表現がありますので注意です。


「マジかよ⁉︎」

「はい…大変申し訳無いのですが何も思い出せないです」

 

金髪碧眼の少女は申し訳なさそうにそう言うと、自身の着ていた服を掴む。

格好をよくよく見て見れば、冒険者がよく着るような革などの防御性能が高い服ではなく、どちらかと言えばシルクなどの着心地を追求した質の良い素材で出きているような気品を感じる。

 

状況からして何かしらの事件に巻き込まれ色々とダメージを負った事により記憶を一時的に失ったようだ。

それか誰かしらに記憶を消された可能性もあるが、そんなありきたりの漫画のような展開があるとは考えづらい。

 

まあそもそも異世界転移自体が漫画の物語そのものなんだが…

 

「成る程な…名前も思い出せない感じか?」

「名前ですか?」

 

多分覚えてはいないとは思うが一応ダメ元で聞いてみる。名前さえ分かればそこからこの少女の所在やらを探ることができるので、今尚心配しているであろう彼女の保護者達に連絡を取ることができるかもしれない。

 

「そうそう、ファーストでもミドルでも良いからさ」

「そうですね…頑張って思い出してみますね」

 

うーんと可愛く唸りながら彼女は考えるように立てた指を口元に当てポーズをとる。

 

「名前…なまえ…あ、あい…アイリ…何か足りない気がしますが私の名前はアイリでしょうか?」

「いや俺に聞かれても分からないんだけど」

 

ピコンと頭上に電球が浮かび上がったような雰囲気を醸し出したかと思うと、思い出したのか彼女は自身のことをアイリだと言い出した。

多分それが彼女の名前なのだろうが、それはフルネームでは無くファーストネームの方だろう。できれば本名全て思い出してほしかったが、そこまで上手くいくほどこの世界は甘くは無く現実は残酷だ。

 

「…成る程な、家柄の名前までは分からないけどよろしくなアイリ」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

やはり金髪で碧眼なだけあってか何処かの貴族の令嬢なのだろうか?

少ないやり取りだが、彼女の仕草言葉遣いに俺達とは違う気品のようなものが不完全だが見え隠れしているのが窺える。上等な教育を幼い頃から受けており社交性という名のマナーが行き届いていてもはや癖というか人格となっているのだろう。

 

「名前を思い出すときに一緒に他の何か思い出せなかったか?家族の名前とか」

「いえ、申し訳無いのですがアイリという名前以外一切思い出せません…しばらく時間を開ければ思い出すかもしれませんが」

 

「いや、無理に思い出さなくて良いからな。下手に思い出そうとしてトラウマ的何かがフラッシュバックしてきても大変だからな」

 

彼女の風貌からして何かしらの事件に巻き込まれている可能性がかなり高い。

これも漫画の受け売りだが、一家惨殺事件に巻き込まれ傷を負ったアイリの家族が命からがら河に投げ捨てて一命を取り留めた可能性がないわけでは無い。もしかしたら目の前で家族が殺されてその時のショックで記憶の門が閉ざされている可能性もある。

 

そんなトラウマを超えてPTSD級の記憶を呼び起こそうものなら、このくらいの少女の精神力では今度は耐えきれず記憶喪失ではなく精神崩壊を起こしてしまうだろう。

それだけは何としてでも防いであげたいのだ。

 

「それで…私はこれからどうなるんですか?」

「ん?ああそうだな」

 

そう言いば彼女をどうしようか考えていなかった事に気づく。

取り敢えずは傷だらけだったので助けることを考えていたので、それからの事を考える余裕がなかったのだ。

 

「取り敢えず俺の用事が終わるまで付き合ってもらってそれから街の住人に君のことを聞きまわるか」

「そうですね。これから何をされるのかはわかりませんが私一人では何もできないのでお願いします」

 

ペコリと彼女は頭を下げると俺の隣にちょこんと座った。

ここからアクセルはそこまで遠くはないのでもしかしたら関係者が住んでいるかもしれない。

世間も意外と狭く、もしかしたら俺が知らないだけで他の住民が彼女の事を知っている可能性もなくはないのだ。

 

と言うかダクネスの姉妹か親戚の可能性はないのだろうか?

あいつも金髪碧眼と同じような特徴をしているし、何かしらの接点があっても良いだろう。

 

…いや、流石にそれはないだろう。

その理論が当てはまるなら、黒髪黒目の日本人は全員親戚となってしまい日本人皆兄弟的な感じになってしまう。

 

「それでアクセルっていう街に向かうんだけど、それまで暇だから取り敢えず持っているものだを出してくれ」

「持ち物ですか?申し訳ないのですが生憎お金になるようなものは持っていません、お礼なら記憶が戻ったときに必ずお返ししますので…」

「ちげーよ⁉︎俺を何だと思ってやがる!持ち物から何か手がかりがあるかと思って聞いただけだよ」

「そうだったんでしたか…私としたことがつい結論に急ぎすぎました。持ち物でしたらポケットに何かとこの指輪ですね…」

 

そう言いながら彼女はポケットから何かを取り出し地面に広げると続いて指から指輪を抜き取り俺に渡す。

鑑定スキルを使用しそれらを確認すると、ポケットに入っていたものは基本的に小道具のようなもので特に価値はなかったが、元々腰に下げていた細剣とその指輪からはとてつも無い価値があるのか、俺レベルの鑑定スキルでは価値のつけられないほどの特殊な何かが付加がされている事がわかる。

 

「取り敢えず指輪はしとけよ、無くすと大変だからな」

「わかりました」

 

指輪を彼女に返しすぐはめる様に指示を出す。こういう小さい装飾品は基本的になくなりやすいので装備できるのであれば身につけておいた方が後々無くすリスクがなくなり安心なのだ。

それとこの細剣か、これは何やら刻印がされているようだけど河を下降している時に彼女の代わりに岩にぶつかったりしたのかすれたり削れたりして良く読み取れないな。

 

「残念だけどこれだけじゃ分からないな」

「やっぱり駄目でしたか…」

 

「まあでも気にすんなよ。これから行く所は色々な胡散臭い物が売ってる所で、もしかしたら記憶を元に戻す薬とか売ってるかもしれないから何とかなるかもしれない」

「そ、そうなんですか…それは信用して良いものかわかりませんが、なんだか面白そうな気がして興味があります」

 

意外と好奇心が強いのか、その店について詳しく聞かれウィズとの出会いから説明してやる事にした。

 

 

 

 

 

 

アクセルに着き、馬車を降りるとちょうど良い時間帯だったので、彼女には悪いがボロい格好のままウィズの店にいるバニルの元へと向かう。

時間帯的にあまり外に人が居なく彼女が人の目に晒されることはあまりなかったが、それでも人目についてしまいコソコソとダウンしためぐみんを引きずりながら運ぶ時と同じような目線に晒される。

 

やはり一度彼女を着替えさせたほうが良かったなと思ったが、今反対側にある洋服屋に向かうとどんなに早く服を見繕ったとしても遅刻は免れないだろう。

 

「悪いな、汗臭いかも知れないけどこれを羽織ってくれ」

「そんなとんでもありません、ありがとうございます」

 

やはり彼女も女の子なのか周りの目線に思う事があったのか俺のマントを受け取るとそのまま羽織るように肩にかけた。

一応衛生魔法を使ったのだが、昨日から着替えていないのでとんでも無いくらいに失礼をかましているかも知れないが下手な噂を立てられるよりかはマシだろう。

 

 

「成る程‼︎貴様が紅魔の里から帰ってきたときに起こり得る未来が三つほど見えていたが、よりにもよってこの未来を選択してくるとは‼︎」

「ーーっ⁉︎」

 

奴のいる店に入るとそうしないといけない決まりなのか、大声で待っていましたと言わんばかりにバニルが何かを言いながら出迎えてくれ、それに対して耐性がないのかアイリはびっくりしながら腰にかけた細剣の柄に手を掛ける。

 

「驚かせてごめんな、こいつはそう言う奴だから」

「…はい。ごめんなさい」

 

バニルに警戒する彼女を宥め剣から手を離すように伝える。

わかっているなら先に行って欲しい物だが…そういえばこいつなら彼女の記憶を思い出させることはできなくてもその周辺の情報を洗い出すことができるんじゃないのだろうか?

 

「あら、可愛いですね。剣を下げてますのでサトウさんの新しいお仲間ですか?」

「…まあそんなもんかな?」

「アイリって言います、よろしくお願いします」

 

子供の客が来るのが珍しいのか少し楽しそうにウィズが相手をし始めた。

ここで変に奴に頼るよりかはそのままウィズに任せてみてもいいだろう。奴に頼って後々めんどくさい事を押し付けられても大変だし。

 

「その子記憶が曖昧なんだけど何か元に戻す薬とかないか?ほらいつも出てくる胡散臭い薬シリーズにそんな感じなものがあったろ?」

「ああ、それでしたらちょうどいいのが幾つかありますよ。ちょうどシュワシュワを飲みすぎて飛んだ記憶を元に戻す薬とかありますし、それ以外にも幾つか」

 

そう言いながら在庫が捌けることが嬉しいのかカウンターの下で埃をかぶっていた薬の入った段ボール群を持ち上げると、それを来客用のテーブルへと運んでいくとアイリを呼び案内する。

 

「取り敢えずシャワー貸してあげてもらえないか?傷は回復させれたけど泥がまだ落とせてないんだよ」

「ああ、そうでした。私とした事がつい…。シャワーでしたら奥の部屋にありますのでどうぞ、それと服はありますか?」

「いえ…生憎衣服はこれ一着のみでして」

「それでしたら私の服をお貸ししますよ。昔来ていた服になるのでデザインは少し古臭いですが…」

「いえそんなとんでもありません。お気遣いありがとうございます」

 

後ろで色々なやりとりが繰り広げられていることを確認しながら再びバニルに向き直ると、奴はアイリの持っていた細剣に目を光らせていた。

 

「どうしたんだ?この剣はあいつの持っている数少ない手掛かりだからな、売ってくれって言っても売らないぞ?」

「いや、そう言う訳ではなくてな。あの小娘のことであるが…」

「ああ、そうだった。お前の事だから既にアイツの正体わかっているんだろう?」

 

頼もうと思っていたが、対価が怖いのでウィズに任せていたがバニル自身何か思う事があるのか思慮深そうに何かを言おうとしている。

 

「取り敢えず先に商談の話を進めもらっていいか?」

「ああそうであったな、吾輩はそっちが先でも一向に構わぬぞ」

 

先に彼女の話になり商談に対して不利な条件を入れられたら厄介なので、まず金銭的な話を済ませてしまおうと思い後に回す。

 

「小僧、先ほどから失礼な事を考えているではないか?流石の我輩も些か傷つくではないか。全く少し手数料を増やすことはあってもそこまでふんだくろうだなんて考えてはおらんぞ‼︎」

「うるせぇ‼︎思いっきりふんだくる気満々じゃねえか‼︎」

 

そう言いながら奴は俺をいつもの奥の部屋へと案内する。

部屋には既に準備万端なのか、既に書類群が並べられそれぞれに俺の作った物品のスケッチが描かれている。多分この絵に書かれている商品に関しての著作権的な物について書かれているのだろう。

流石にないだろうと思うが、一応念の為と俺に対して損になるような内容がないか確認する。

 

もしかしたら財産を全てバニルに譲る的な内容が書かれていないか全ての書類に目を通すとかなり時間がかかったが、特に問題は見られなかった。

中々に骨折り損ではあったが、何処かのアプリの利用規約にどこかのボランティアに参加をしなくてはいけない内容が記載され、その事を指摘すると何かしらのプレゼントが渡される的な話があるので結果としては損だが、もしもの事を考えれば悪くはなかったのかと思う。

 

まあ額が額なのでそれくらいしなければいけないだろう。

 

「ふむ、気が済んだか小僧。我輩は一応悪魔であるからなこう言う契約には従順ではあるので信用しても良いとは思うが」

「その言い方が信用できないんだよ‼︎」

 

まあまあと話を落ち着かせ、契約書にサインする。

生まれた初めての商談に緊張したが、役所の人間や商会や企業的な場所との取引はほとんどバニルがやってくれたので俺はこの書類にサインをするだけと言うわけなのだが…

 

まあそれはそれとして、俺のサインで3億という巨額の金が動くという事は中々に感慨深いが俺の持ち込んできた知識の著作権が使えないとなる事を考えると中々に寂しさも感じる。

まあ、今回以外にも色々とあるので早めに奴に頼んで登録しないといけない気もあるのだが。

 

取り敢えず奴に促されるままに書類にサインをする。

 

「ふむ、これで契約完了であるな。金の受け渡しはどうする?貴様に直接渡すかそれとも銀行に振り込むか?」

「それだったら銀行に頼むよ」

 

流石に現金で3億となると持ち運びや保管に苦労するので銀行に振り込んでもらうことにする。

幸い魔王軍幹部の討伐報酬で大金を貰った時に作った口座があるので、その番号を奴に伝え振り込んでもらうことにする。

 

そういえばシルビアを倒したので、その報酬をもらいにいかなくてはいけないなと思うがアイリの件があるので少しあとにしようと思う。

 

「それでは我輩はこの書類をまとめるので小僧は下の階で小娘の面倒を見ているが良い」

「あーはいはい。色々ありがとうな次も考えてあるからまたよろしくなってもう読んでるか」

「そうであるな。だが貴様の考えている次の商品も売れそうなのでよろしく頼むぞ」

 

憎まれ口を叩かれながらも一応は礼を言い部屋を後にする。

下の階では既にウィズがアイリに対して薬を飲ませて記憶が戻っているかも知れないので、一応覚悟しながら下の階に降りる。

 

果たして俺は記憶が戻った彼女に対してどう声をかけたら良いだろうか?

まあ出会って1日も経ってないんだから特に問題はないだろう。

 

「うーん、どれも駄目ですね…」

「やっぱり駄目でしたか…期待に添えず申し訳ありません」

「いえ、アイリさんが気にする事ではありません‼︎」

 

どうやら記憶を戻す作業は順調ではなかったようで、周囲には薬が入っていたであろう瓶が散乱しており、それぞれの瓶は着色されているので周囲は色鮮やかになり一種のアートのような状況になっている。

 

「やっぱり駄目だったか…うまくいきそうな気がしたんだけどな」

 

ウィズの店にあるものの大体は使いたい効果とは少し趣旨がずれているので、心の奥底で多分駄目だろうと思っていたがどうやらその通りになってしまったようだ。

 

「ごめんなさい、お役に立てませんでした‼︎」

「いや、別に謝らなくたっていいよ。いきなり頼み込んだのはこっちだったし、無理に治さないで自然に戻るのを待つよ」

「すいません…」

 

ペコペコと謝るウィズを宥め、アイリの元へ向かう。

 

「調子はどうだ?あれだけの薬を飲んだんだ気分とか悪くないか?」

 

シャワーを浴び着替えを済ませた彼女の姿を見ると、やはりどこか高貴な出なのか整った顔立ちに綺麗な肌をしており人間というか人形のような印象を受けた。

まあ、それはそれとして彼女の体調を気遣わなくてはいけない。

 

いきなり記憶を失いただでさえ不安なところで変な薬を飲まされ続けたのだ、体が大丈夫でも精神に異常をきたしてしまえばそれはもう体調不良なのだ。

 

「心配ありがとうございます…私はこの通り大丈…あの…トイレはどこでしょうか?」

「トイレでしたら店の奥のところを曲がった所に」

「すいません‼︎」

 

少し顔が真っ青になっていた状態で俺に向かって大丈夫と言いそうになった所で更に顔が真っ青になったかと思うと物凄いスピードで店の奥へと消えていった。

やはり彼女は限界だったのだろう、奥の部屋から吐き戻した時に出る嗚咽が聞こえてくる。

 

「流石にやり過ぎじゃないのか?この瓶に入っていた溶液全て飲ませたんだろ?」

「すいません…久しぶりに誰かの役に立てると思ってはしゃぎ過ぎました…」

 

「はぁ…全くしょうがねぇな」

 

ため息を吐きながら地面に散らばった瓶を片付け始める。

キオクナオールとかキオクモドールとか似たようなものばっかりだなと思いながら製作者の語彙の悪さを嘆く。

…いや、この名付けセンスが共通ってことは、もしかしたらこれは古い奴なのかも知れない。

 

「なあ、これってこれのやつの改良前とかそういう感じなのか?」

 

徐に瓶を拾い上げ、ウィズに向かって同じようなフォントで描かれた瓶のラベルを見せる。

 

「それはそうですね、最初に発売されたのが右手のもので左手の物は最近開発された奴ですね」

「同じじゃねぇかよ⁉︎」

「きゃぁぁぁぁぁぁーっ⁉︎」

 

しれっととんでもない事を言い出す彼女の足元に向かって瓶を投擲し、見事瓶は彼女の足元で爆ぜ粉々に砕け散った。

 

「ち、違うんです‼︎新しくなったて事は成分が変わったという事なので、試してみる価値はあるかと思ったんです」

「確かにそうかも知れないけど、成分が重複して副作用が発生したらどうすんだよ‼︎」

 

魔法でなんでも治るこの世界の概念はわからないが、薬には必ず同じような成分が入っているのでそれらを多量に摂取してはいけないのだ。

漢方薬を例に言うとカンゾウという成分がよく例に挙がる。栄養学の授業でたくさんのビタミンや栄養素を持つレバーでの回答が禁止になるように、あれも良い成分を含んでおり結果としてどの漢方にも大体入っているので多種多様に多量に飲むと必ずひっかかってしまう程だ。

 

「それでしたらこの解毒薬を飲んでいただければ大丈夫です…」

 

俺が理由もなくただキレ散らかしているとウィズがおずおずと解毒薬と書かれたラベルのついた瓶を取り出して俺に見せてくる。

 

「だったらさっき飲ませてやれよ‼︎」

「そ、そうでした⁉︎」

 

はぁ…とため息を吐きながらウィズからその瓶を受け取ると奥のトイレに行き彼女にそれを渡す。

 

「アイリ、これを飲めよ。少しは楽になるからさ…」

「あ、ありがとうございます…」

 

文字通り虹色の吐瀉物を吐き出していた彼女は俺から薬を受け取ると恥ずかしそうにそれを一気に飲み干した。

やはり女の子なだけあってか、嘔吐するところを見られるのは恥ずかしいのだろう。

 

「すいません、見苦しいところを見せてしまいました」

「こっちこそごめんな、デリカシーが足りなかったよ」

 

周囲の掃除を済ませ、すっかり顔色が戻った様子の彼女は申し訳なさそうにそう言った。

確かに自分が嘔吐している時に人に入って来られたと考えるとあまりいい気分ではない気がする。

 

「それで記憶はやっぱり駄目だったのか?」

「はい、せっかくここまでしていただいたのに思い出せなくてごめんなさい」

 

先ほどからずっと謝られている気がする。

なんかデジャブを感じるなと思っていたのだが、ようやくわかったような気がする。

なんだか出会いたてのゆんゆんに近しいものを感じるのだ。確かゆんゆんも最初はボッチになり過ぎるがあまり人間不信を拗らせて事ある毎に謝っていた記憶がある。

 

…今はすっかり逞しくなってきたので、この光景がなんだか懐かしいような気がしなくもない。

 

「フハハハハハハ!何をしているかと思えばまだ燻っておったか‼︎」

 

これからどうしようかと思っていたら書類作業が終わったのか、上の階からバニルが降りてきた。

 

「空気くらい読めよこのクソ悪魔‼︎」

「ほうこの我輩に剣を向けるか?それはよしたほうが良いのではないのか?我輩はまだ貴様の口座に金を振り込んではいなのだからな‼︎」

「クソ‼︎こいつ俺への報酬を人質に取りやがった」

 

剣を向けてみたが、やはりこいつには勝てないと思い剣を下げる。

 

「それで、お前は既に見えているんだろ?この子の過去が」

「それについては申し訳ないがさっぱりでな、流石の我輩でも記憶喪失の者の記憶は読みづらいのだ」

「へーお前でも見通せない事があるんだな」

「フハハハハハハ‼︎残念であったな‼︎」

「なんで笑ってるんだよ‼︎」

 

言葉では申し訳なさそうだが、あいつ自身は何かとても楽しそうなものを見つけたようにいつもよりも1.5倍増で高く笑っているような気がする。

 

「あ、アイリさんこの二人のやりとりは長いからこっちで風景の写真を見ましょう。もしかしたら何か思い出すかも知れませんよ」

「あ、はい‼︎お願いします」

 

そんな俺のやりとりを見たのかウィズはアイリを呼び出し奥の部屋へと連れて行ってしまった。

バニルが何か目配せをしていたようだが、何か関係があるのだろうか?

 

「それで?アイリを退かせて何を始めるつもりだ?」

「ほう気付いておったか、内容は貴様の想像している通りだ。詳しくはおも…いや、小娘のために黙っておくが」

「今面白そうとか言わなかったか?」

「そのような事は言っておらん。それでだ、貴様に忠告しておこうと思ってな」

「へぇ珍しいな、お前が俺に助言なんて。明日は戦争でも起きるのか?」

「なに、単なる悪魔の気まぐれというやつだ」

 

バニルにしては珍しく神妙な表情で…まあ顔は仮面でみれないんだけど。

そんな趣で俺に向かって何かを伝えようとしてくる。

 

「貴様はあの小娘と関わる事で自身の手を汚す事になるだろう。故にここで我輩に預けるというのはどうだ?」

「へぇ、お前に渡すとどうなるってんだ?あの子を売り飛ばすんじゃないのか?」

「ふむ、それは詳しくは言えぬな。ただどちらにしろあの小娘の行く末は良いものではない、それは貴様が関わったところで変えられるわけではない。ならばここで小僧が手を離せば小僧の安全だけは確約されるであろう話だ」

 

どうやら今回はガチの話のようだ。

しかし、アイリが苦難の道を進むのは確定しているようだが、俺はその道から脱せるという可能性があると言うわけだ。

やはり金髪碧眼で貴族の出身という可能性が高い。

 

貴族であるならそれを狙って強盗や変な組織が彼女の一族を狙っている可能性があって、今尚彼女はそれから逃げているという事なのだろうか?

それとも政略結婚で知らない男と結婚させられそうになってしまい、それを命かながら逃げてきた可能性もある。

 

確かにどちらの可能性があっても行き着く先は地獄だろう。貴族というものはその裕福な生活ゆえに行動が縛られ自分の意見など無きに等しいという。

 

「ほう、この情報でここまで考えるとは、ここに来て頭の回転が速くなったのではないのか?まあどれも小僧にお似合いな結末であるがな‼︎フハハハハハハハハハ‼︎」

「勝手に思考読んで品評会してんじゃねーぞ‼︎」

 

他にもかなりの事を考えていたが結局正解なのかハズレなのかは教えてはくれなかった。

まあしかしだ、仮に彼女に何か重大な使命があったのなら、記憶を失っている今だけはただの少女として楽しい思い出を残こそうとしても悪くはないのだろうか?

それで記憶を取り戻して彼女が俺達を必要としてくれたのなら例え手を汚してでも救ってあげるのも悪くはない。

 

「だから俺はあの子を手放さないことにするよ」

「ほう、覚悟を決めたようだな、あの小娘とあの少女を重ねるとは中々に業が深いであるが…まあ良いだろう‼︎」

 

俺の答えを聞いて何故かバニルのテンションは少し上がっている。どうやら試されていたようで俺はそれを合格したらしい。

 

「思い上がるでないぞ小僧‼︎貴様が吾輩に見そめられようだなんて100年はやい‼︎」

「ナチュラルに人の思考読んでんじゃねーよ‼︎」

 

 

 

 

 

 

「それでこれから何が始まるのでしょうか…」

 

床にビニールが引かれその上に置かれた椅子に座らされた彼女は何かに怯えたようにそう言った。

まあ、写真をたくさんみた後で何も思いませんと謝罪した後にこの状況に追い込まれたら流石の俺でもびっくりするだろうけど。

 

「ああ、説明してなかったけ?」

「はい‼︎」

「いい返事だ…」

 

何も説明していなかったので、それを改めて確認すると彼女は自分の意思を堂々と表明した。

 

「…あの説明はしていただけないのですか?」

「ん?ああ悪い」

 

こいつも短い間に自分の意見が言えるようになったなと感動して答えるのを忘れていた。

 

「アイリは自分の特徴は把握してるか?」

「…いえ、記憶がないのでよくわかりません」

「そうだな、それとは別に外見が特徴的なんだよ」

「そうなんですか⁉︎」

「そうなんだよ、その髪色と目の色が結構厄介で、アイリの姿で聞き回るとそのまま騙されて連れていかれる可能性があってな」

 

バニルは多くは語らなかったが、推察するに貴族の娘の可能性がある以上姿を外に晒せば敵対する貴族が身内だと表明して連れ去られる可能性がある。

俺はもちろん抵抗するつもりだが、貴族の力ではもしかしたら権力合戦になって勝てない可能性が出てくる。

 

「だから、その髪色を変えてしばらく俺の家族として過ごしながら、貴族の情報を漁って君の両親を探ることにした」

「な、何ですってーーっ⁉︎」

「というわけでだ」

 

驚いている彼女の首から下にビニールを被せる。これにより衣服が汚れることを防ぐ事ができる。

 

「もちろんアイリが嫌だったら止めるけど…」

「いえ、せっかく考えていただいたので是非お願いします‼︎」

「おっおう…」

 

何故かノリノリになり出した彼女に対して戸惑ってしまい、先ほどまでと立場が逆転したような気がしなくもない。

多分記憶を失う前はかなり制限された生活を送っていたのだろうか?

 

「それじゃあ液体かけるから目と念のため口も閉じてくれ」

「はい」

 

はけを使いながら彼女の髪に染料をかけていく。この世界にも髪を変える染料は存在するらしく、それと同じように金髪は色が入りやすいとの事だ。

それとお薬を彼女に渡して服用させる。

意外にも目の色は薬で変えられるらしく、子供用の悪戯に使えるもので身体の影響はほとんどないとのことだ。

 

 

 

 

しばらく染料が染み込むまで待ち、時間が経つとウィズが水の魔法で薬剤を取り払い乾燥させると、そこには見事に俺と同じ髪色と目の色をした少女に変化していた

 

「これが私ですか?短い間でしたがここまで変わるとなると不思議な感じですね」

「まあな、髪を染めた時は大抵そんなもんだよ」

 

鏡を見ながら不思議そうに語る彼女に対して、世間でよく聞くあるあるを自分事のように彼女に伝える。

 

「それで、今日から一応家族として振る舞うことになるんだけど大丈夫か?生活費は払うからここで暮らすのでも構わないぞ?」

 

記憶を失っていきなり知らない男の家族と言われれば流石の俺でも遠慮しておきたいところだ。ならば同性のウィズのいるこの店で手伝いをしながら過ごすのもいいのかも知れない。

ウィズは賛成してくれるし、バニルは金払えば何とかなるだろう。

 

「いえ、ここまでして頂いたのでついて行きます。何だかよく分からなくて説明できないのですが、こういう非日常的な日々を過ごしたいと記憶を失う前は思っていた様な気がするんです‼︎」

「…そ、そうか、それはよかった」

 

何故か嬉しそうに賛成する彼女に若干戸惑いながらも、話を進めようと頭を回転させる。

 

「それじゃ立場はどうしようか?見た目からして俺の妹ということになるけど。呼び方はどうしようか…兄貴?お兄さん?」

 

そういえば昔かなりの数の妹を攻略するゲームがあってそれぞれに呼称が違うというバリエーションに富んだ物があると聞いたが、それを聞いておけば良かったと後悔する。

 

「お兄様でいいでしょうか?何だかその方がしっくりします」

 

成る程、お兄様か…

アイリも多分癖で敬語が染み付いているようだしその方が違和感がないだろう

 

「あの…出過ぎた真似をしてしまったのでしょうか?ごめんなさい少しはしゃぎ過ぎたみたいですね…」

「ん?」

 

どうやら俺の脳内会議をして黙っている事を怒っていると勘違いしたようだ。

彼女も同じように引っ込み思案なところがあるようなのでこの機に更生するのもいいだろう。

 

「そのいちいち謝るのを止めようぜ、記憶が戻るまでとは言ってもこれから兄妹なんだからさ」

 

ポンっと彼女の頭に手を乗せながら彼女に言い聞かせる。

こう何度も謝罪をされると、こっちが悪いことしたみたいで気が引けるのだ。

 

「はい、お兄様‼︎」

 

彼女はどこか嬉しそうに返事をするのだった。



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六花の少女2

誤字脱字の訂正ありがとうございますm(_ _)m


「それでこれからどうするのでしょうか?」

「んーそうだな」

 

ウィズの家を出てから早数分、元々商談が済み次第紅魔の里へ戻る予定だったがアイリを拾ってしまったことで予定が変更されてしまい、どうしようかと言う局面に立たされている。

 

このまま紅魔の里に行くのも悪くはないが、それだとただでさえ慣れていない彼女をゆんゆん達に会わせるということになってしまう。

多分大丈夫だと思うのだが、事情を一から話すとなると誤解を生み結果として色々在らぬ疑いをかけられそうで怖い。

 

一応だが彼女は俺の妹と言う立場であるので、この生活に少し慣らしてからの方が何かをするには良いだろう。

 

「取り敢えず家に案内するよ」

「家ですか?」

「そうそう…ああそうだった、俺の住んでいる所は屋敷で部屋は沢山あるから安心してくれよ」

 

流石に先程まで他人だった男と同じ部屋で暮らすのには抵抗があるだろう。

安心して貰うことに関して黙って置く理由はないので、驚かそうだなんてことは思わずに自身の生活環境について説明する。

 

「え。あ、はいそうですね。もしかしてお兄様はどこかの貴族なのでしょうか?アクセルは初心者冒険者の集まる街で基本皆さんは宿に泊まるとウィズさんに聞いたのですけど?」

「ああ…それね、それに関しては違うのかな?俺の住んでいる屋敷はあくまで借りている、言わば借家で俺が所有しているわけじゃないんだよ」

「そうだったんですね」

 

そう言えばこの子の部屋はどこにしようかなと、新しい疑問を発見するが身分が分かり次第元の生活に戻した方が良く、そこまで長居する事は無いと思う。そこまで深く考える必要は無さそうなのでゆんゆん達の手前の部屋で大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

「ここが俺たちの住んでいる屋敷だな結構街から外れてるから出かけた時は迷わないように気をつけてくれよな」

「はい、分かりました。それにしても大きいですね、これほどの屋敷を借りれるとなるとお兄様はやはりかなりの実力のある冒険者なのでしょうか?」

「いやいやってさっきから俺を持ち上げてるけど、そこまで強い事は…なくは無いけど本当にすごい冒険者は王都で一戸建て持ってるから」

 

何故か先程から俺を褒め殺そうとしている彼女の真意は分からないが、なんだかんだ言って冒険者カード上は魔王軍幹部を4人屠っていることになるのでそこら辺の冒険者よりは実力がある事になる。それはあくまで俺のバックの2人が優秀なだけで俺自身はそれなりの実力しか備えていないので変に期待させて落とすよりかは現実を教えておいた方が良いだろう。

 

「王都ですか?あそこはあまり良い所では無かったような気がします…」

「え?」

「え?今私何か言いましたか?」

 

ボソッと何かを言ったような気がしたが、彼女自身無意識だったようで2人して驚く。

彼女自身意図したわけではないが、ふとした拍子に記憶が蘇るのかも知れない。

完全に忘れている訳ではなく、記憶に蓋がされ何気ないタイミングでそれが一時的に開き記憶が漏れてきているのだろう。

 

「今王都がどうとかいっていたけど、何か記憶が戻ったりしなかったのか?」

「いえ…申し訳ないのでですが私にも何が何だか…」

 

もしかしたらと追及してみたが、やはり本当に一時的なものだったようでそれ以上の情報が彼女から語られることは無かった。

 

「屋敷の前でボーと突っ立てないで取り敢えず中に入ろうぜ、流石にここだと人目につくからさ」

「はい、分かりました」

 

特に悪いことをしているわけではないのだが、やはり小さな女の子を家に連れて行くと言う行為はそれが善行だとしても罪悪感のような危機感みたいな冷や汗が止まらなくなる感覚になるのだ。

まあ側から見れば誘拐以外の何者でもないのだが。

 

「そう言えばこのお屋敷にはお兄様1人で暮らしているのでしょうか?」

 

ラウンジを案内している所でふと気になったのか不思議そうに聞いてくる。

 

「いや、流石に俺1人だと広すぎるからな。今は訳あっていないけど後2人くらいの仲間がいるよ」

「そうなんですか…他の方もいらっしゃるんですね。仲良くなれるでしょうか?」

「ああ、アイリなら大丈夫だろ?2人も怖そうに見えるけど根はいい奴だから」

 

いきなり妹が増えましたと言ってハイそうですかと引き下がるとは思えないが、多分俺が屁理屈を捏ね回してアイリが遠慮して出て行く流れになれば、なんだかんだ言って俺が悪者になって迎え入れる流れになるだろうと悲しい経験則でそうなる気がする。

 

取り敢えずはこの状況を2人が帰ってきた時にどう説明するかと言う訳だが…まあその時の状況になれば何かしら思いつくだろう。

普段から嘘をつく練習をしておくか、その時の状況を色々分岐させシミュレーションして矛盾を潰し話の筋を通しておけば大抵のことは誤魔化せるが、相手の中にめぐみんが混ざっているので油断はできない。

ゆんゆんは相手が俺だと簡単に騙せるが、めぐみんは逆に俺だと他人が騙すよりも難易度が高いのだ。

 

それからなんだかんだありながらも一通りの部屋を案内し、最後に彼女の部屋にしようかと思っている部屋に案内する。

この屋敷の本来の持主が住んでいた部屋を除き、基本的な部屋の構造は同じなので、決め手となるのは部屋の位置なのだが部屋の数が多いのであまり離しすぎるとそれはそれで面倒なことになるのだ。

 

「え?こんな広いお部屋を頂いてもよろしいのでしょうか?」

 

部屋に案内し、掃除をする前に部屋を見せ了承を得ようとした所で彼女が驚いたようにそう言った。

 

「そうだよ、基本的にこの屋敷の部屋の広さは大体位同じだから遠慮しなくても大丈夫だよ」

「ありがとうございます‼︎」

 

喜ぶ彼女と一緒に部屋の掃除を始める。

掃除は当番制で行ってはいたので、そこまで埃まみれという訳ではないのだがそれでも紅魔の里に行っていた間は掃除はしておらず、尚且つ人の住んでいない部屋というものは何故か汚れていくと言う不思議な現象があるのだ。

 

それはさて置き。全ての初期準備が終わったのなら最後によらないといけない場所があるのだ。

 

「お兄様これは一体誰のお墓なんでしょうか?もしかして昔お仲間だった冒険者の方ですか?」

「いや違うよ」

 

この屋敷の主だった、というか今も主みたいな少女が眠る墓石の前に彼女を案内する。

これは俺が勝手にしているこの屋敷に住むための通過儀礼というやつだが、一応住むという許可を取るというか事後報告をこの墓前に向かって掃除という形で行ってもらうのだ。

これはあの2人にもやらせていることで、多分ないとは思うのだがこれをしないと何か悪戯や嫌がらせを受けるかも知れないという不安があるのだ。

 

「これは昔住んでいたこの屋敷の持ち主女の子のお墓でね」

 

長くなるから話はだいぶ割愛するよとこの屋敷が建てられた経緯などを簡潔に説明する。

 

「…そんなお話があったのですね」

「まあ、かなり昔の話らしいから今はそんなことはないって聞いてるけど」

 

「それでこの子は幽霊となってこの屋敷にいるという訳でしょうか?」

「そうだな、時々気配を感じるんだけど俺もたまにしか会わないかな」

 

結局の所最後にコミュニケーションを取ったのは掃除をした日に眠ろうとした所で窓に礼を書かれた時だろう。

シャイなのか、それとも俺が浄化魔法を使えることを警戒しているのかその真意は分からないが、いつか腹を割って話がしたいものだ。

 

「そうなんですか、もし会えるのであれば私も一度挨拶をしてみたいですね」

 

そう言いながら彼女は汲んできた水を使いながら墓石を掃除する。

しばらく掃除をしていなかったせいもあるのだろうが、彼女の才能なのか洗い終えた墓石は今まで以上に綺麗に磨かれていた。

 

「よーし、掃除も終わったことだしアイリの買い物でも行くか」

「私の買い物ですか?」

「流石にその服だけでしばらく過ごすのは無理があるだろ?今回の商談でかなりの金が入ったから余裕で買えるぜ」

「そんな…ここまでしてもらって申し訳ありませんので…」

「そんな事気にすんなよ、そうだ!だったらこうしようぜ」

「どうされるのでしょうか?」

「一通りの事が終わったらアイリにクエストを手伝ってもらうことにしてもらう事にするよ」

 

取り敢えずそれっぽい事を提案する。手伝うと言ってもモンスターと戦わせるようなクエストではなく、採取クエストや雑用などの比較的安全性が高いクエストをメインに行こうかと思う。

それだったら危険に遭うこともなく安全にお金を稼ぐ事ができるので彼女も罪悪感を感じないだろう。

 

「それでしたら問題ありませんね。私もお役に立てるよう頑張りますね!」

「おう、その意気だ」

 

遠慮する彼女を適当に説得しながら商店街の方へと向かう事にする。流石に買い物だけではもったいなく折角なので彼女の正体というか、どこの貴族がどうとかの情報を仕入れられたら彼女の実家の特定ができるかも知れない。

 

 

 

 

 

「うーんどれがいいんでしょうか?」

 

商店街に着き、まず最初に目が入ったのは服屋だったので彼女を服屋に連れてきたのだが、意外にも拘りがあるのか長時間悩みに悩んでいた。

 

そういえば彼女の年齢は一体幾つなのだろうか?

めぐみんみたいに年齢の割には幼いケースもあれば、逆にゆんゆんみたいに成熟しているケースも存在する。どれも個性なのでどうこうしようとかは考えはしないが、ぱっと見はめぐみんと同じくらいに感じるが言動はゆんゆんよりも年上に感じる時が時折存在する。

まあどう考えても俺より年下なのは確定しているのでどうでもいいが、年齢という基準が曖昧だと服装などもどう扱っていいのか分からないので早急に割り出したいが、本人の記憶がない以上日本で読み耽った相手の年齢を探る方法も意味をなさない。

 

「お兄様これとこの服はどうでしょうか?」

 

彼女の服選びを眺めてはや数分、いくつか候補が出来たのか複数の組み合わせを俺の前に持って来て自分に重ねるように見せてくる。

本来の女の子とはこういう子の事を指すのだろう。めぐみんは同じ物しか着ないし、ゆんゆんは少しズレたものを好むし…いや紅魔族なのだからそこは俺が普通なだけだろう。

 

それはそうと彼女が選んだのはワンピースをベースにしたもので、基本は無地でシンプルな物が多いが、心無しか少しデザインが派手な感じなものが紛れ込んでいる様に見える。

やはり記憶を失う前は上品な服しか着させてもらえなかったのだろうか、詳しくは分からないが折角なので好きにさせてみる事にした。

 

「俺はこっちの方が好きだけど、結局着回すんだから両方買うよ」

「え?いいのですか⁉︎」

 

洗濯をしてローテンションする以上服が数着無いと雨が続いた時に着る服がなくなってしまう。流石にめぐみんの服を勝手に貸すわけにはいかないので残りの服もそのまま購入する。

 

「後、そうだな…これなんかどうだ?」

 

そこらへんにあった帽子を適当に取り彼女に被せる。

髪を染め目の色を変えたとして顔が変わるわけでは無いので、できる限りの変装をした方が良いだろう。

本当はマスクが欲しかったが、生憎この世界では病気がほとんど魔法で治ってしまうため予防という文化は根付いていないらしくマスクという物はあくまで工業用の物として存在するゴツい物しかないという事になっているらしい。

 

「これもいいんですか‼︎」

「おう、折角だからな。ここの店主とは結構仲が良いからおまけしてもらうよ」

 

ここの店主とは一度売り上げが落ち込んだ際にアイディア提供をした時から仲良くなっており、その時からよく利用するのでこれくらいは許してくれるだろう。

まあダメだったら買えばいい話だし、日本の知識様様だな。

 

 

 

「なんだ、それくらいの物だったら幾らでもおまけしてやるよ。それくらいお前さんには世話になっているからな」

「おう、それわよかったよ。それで売り上げはどうなんだ?昔みたいにこのままじゃ閉店だとかそう言う事はないんだろうな?」

「それはもう大丈夫よ‼︎お前さんの考えたデザインは意外と人気で今も店前に並んでるよ」

「そいつはよかった」

 

ファッションに詳しくなかったので、適当に記憶を呼び起こしロゴやテレビで見たデザインをそのまま流用したのだが、それが功を奏したのかこの店のの売り上げは元に戻るどころか上昇しているとのことだ。

 

「それで、あまり見かけねぇけどその子はどうしたんだ?見た感じお前さんと同じ様な感じだけど?」

「ああ、こいつは俺の妹でな。訳あって暫くこっちで面倒見る事になったんだよ。かわいいだろ?」

 

取り敢えずは怪しまれないように彼女の経歴を予定通り俺の妹ということで話を続ける。最初に紹介するのは信頼度が高い人にした方が広がるときの内容の印象が良い方へと進むのだ。

ここは初心者の街アクセルなので、基本冒険者志望の者が集まっている。人種等々は関係無くわざわざ議題になる事はなく、俺の出生に関して言及しているのはゆんゆん達だけなので、彼女がどこ出身かについて聞かれることはないだろう。

 

「アイリです、よろしくお願いします」

「これはこれは随分と丁寧に、こちらこそよろしくな」

 

ペコリと礼儀正しくお辞儀する彼女に対して、ガサツな俺の印象が先行していたのか分からないが驚いたように店主は挨拶を返す。

 

「おい本当にこの子はお前の妹か?ガサツなお前とは大違いだぞ⁉︎」

「うるせーよ‼︎アイリと俺の性格が一緒でなくて悪かったな‼︎」

 

一瞬バレたかと思ったが、あくまで俺と彼女との性格があまりにも似ていなすぎたので冗談として言っていたようだ。

確かに彼女は礼儀正しく俺とは大違いだが、やはり彼女の礼儀作法をもっと砕いた方が良いのだろうか?あまりやり過ぎて癖になってしまったら元の家での生活に支障が出てしまうので、もう少し様子を見て決めよう。

 

「改めてよろしくな、君のお兄さんには随分と世話になってな。何かあったら頼ってくれよ、まあお金がかかりそうだったらお兄さんに請求するから安心してくれ」

「おい⁉︎何言ってんの⁉︎」

「ありがとうございます。服の事で何かありましたらすぐ伺います」

 

俺のいない間にとんでもない契約が交わされてしまったようだが、アイリが馴染めたと言うことを考えればいい事なのだろう。

 

 

 

 

 

「次はどのお店に行くのでしょうか?なんだか楽しくなってきました」

「それはよかったよ、次は…あそこかな」

 

ウィズの服は若干サイズが大きかった為、先ほど買った服に着替えてもらい現在は年相応で少し華やかな格好になっている。

流石に下着類は不味いと思うので本人に金を渡し買いに行かせる、途中拐われないか心配だったがそれは杞憂だった様で店員と喋り込んでいたのか、どこか自信気に袋を提げながら帰ってきた。

そして俺は先ほど購入した服を袋に詰め手提げに収納しそれを肩にかけ店を後にする。

流れで格好つけて色々買ったのはよかったのだが、意外と量が多買ったので帰りによればよかったと若干後悔する。

 

次による店は武器防具等の冒険者に必要な装備を買いに行こうかと思い、いつもの店へと向かう。

 

「次はここですか?何だか暑い様な気がしますけど…」

「ここは俺たち冒険者の聖地みたいな所かな?何をするにもここで装備を整えるのが基本になっているんだよ、アイリもクエストに行くんだから一応一式揃えないとな」

 

建前だったが、一応行かなくては彼女に罪悪感を与えかねないし、彼女の家族が見つかるまで家に匿い続けると誰かに怪しまれそうなので一応は連れて行ってやるのも気分転換になって悪くは無いだろう。

この周辺もそこまで危険ではないし、俺もだいぶレベルが上がったので最悪いざとなったら彼女を逃すことぐらいはできるだろう。

 

「そうなんですね、それではどこから向かうのでしょうか?」

「そうだな、最初は武器だな。それでしっくりしたもので防具を選べば間違えは無いって俺の師匠みたいな人が言っていたぞ」

「そうでしたか、お兄様は物知りですね‼︎」

「おうよ」

 

そんなこんなで最初に武器屋に向かう事にする。

 

 

 

 

俺の持っている魔法剣をついでにメンテに出しながら、その待ち時間でアイリの武器を決める事にした。武器も磨耗していくので常に研ぐなどの調整を行わなくてはすぐにダメになってしまうのだ。

元々細剣を持ってはいたが、それだと身分がバレてしまうかも知れないので新しい武器を新調しようという算段だ。

 

「お兄様‼︎この武器はどうでしょうか?すごく長いので遠くの敵も一網打尽ですよ‼︎」

「おいおい⁉︎そんなもん使える訳ないだろ⁉︎」

 

武器売り場に来て早々彼女は自身の身長の1.数倍はあるだろう槍を掴んで俺に向ける。

流石にそこまで長いと技量とか関係なしに使いづらいだろう。と言うかそんなもん近くで振り回されたらたまったものではない。

 

「他のものにしようぜ、こんなに沢山あるんだからさ」

「そうでしたか…結構よかったと思ったのですが」

 

かなり気に入っていたのだろうか、何故かしょんぼりし始めた彼女を宥めながら色々な武器を手渡していく。

 

「まずはダガーだな、これはリーチが短い分軽いから沢山攻撃出来るし、小回りが効くぞ」

「確かにこれなら色々出来ると思いますが、何だか物足りないですね」

 

折角なので細剣に拘らずに色々持たせてみて可能性を確かめるのも悪くはないだろう。

某クリスに教わった内容を思い出しながら説明を始めていく。これが受け継がれていく伝統というものだろうか、俺も成長したなとどこか感傷的になっている自分が居る事に気づく。

しかし、しっくりこないと言う割にはいい動きをする様な気がする。

 

 

 

 

 

「成る程な…ならこれはどうだ?」

 

あれからたくさんの武器を渡したが、どれもしっくり来ないらしく結局俺と同じ片手剣を渡す。

できればあまり被らない方がよかったのだが、彼女がそれがいいというのならそれに従った方がいいだろう。

やはり武器選びは最初のフィーリングが重要だと彼女は言っていたが、やはりそういう事なのだろうか剣を持った彼女の構えは俺たち冒険者のとる片手剣スキル特有の構えをしていた。

 

多分だが、護身術で学んだのだろうか片手剣のスキルを持っている様な気がするのだ。やはりあの細剣は祭事や衣装の飾りではなく実際に使っていたものになるのだろう。

ならば冒険者カードを作れば詳しく分かるとの事だが、そこから足がついたら不味いので最終手段にしようかと思う。もしも貴族同士の内輪揉めの場合この子が生きていると分かった瞬間に刺客を向かわせて来そうだし。

 

「これが一番しっくり来ると思います、お兄様とお揃いですね」

「ああ、そうなるよな」

 

基本的に最初に習うのは片手剣で、そこから色々な武術に応用できると聞いていたので大体は片手剣が使えると昔ダクネスら辺が言っていた気がするが、結果を見るに彼女はそこから派生しなかったのだろうか、それとも全てを一通り使えるうえで片手剣がマストだと選んだのだろうか。

真相は闇の中だが、モンスターを倒しにいくのではないので護身用の意味で持ってくれれば十分だろう。

 

「それじゃあこの剣を買おうか」

 

そこから片手剣にカテゴリーを絞り色々な剣に触れさせた結果、結局細剣にたどり着いてしまう。

 

「折角だからいいやつにしようか」

 

流石に一番高い奴にすると後で2人と合流した時に文句を言われそうなので、値段ではなく性能で選ぶ事にする。

あくまで護身用な事を考え耐久値に特化したエンチャントが施された物を選びそれを購入し、一緒のタイミングで仕上がった魔法剣を受け取る。

 

「ありがとうございます、大切にしますね」

 

アイリは俺から剣を受け取ると早速腰にそれを装備する。

流石に洋服と戦闘用の剣となると合わないのか、剣が浮いてしまいどこかぎこちない感じになってしまう。

 

「次は防具屋に行こうか」

 

取り敢えずは残りの買い物を済ませようと思いながら別の店に向かう。

彼女にとって防具は剣よりも重要で、その身を守る為に妥協は許されないのだ。

 

 

 

 

 

 

「…あのお兄様…気持ちは嬉しいのですがこれだと動けないです…」

「そうだよサトウの旦那、妹さんの手前気持ちはわかりますけど、これだと何もできなくなっちまいまっせ‼︎」

「やっぱり駄目か…俺的にはこれ位でもまだ物足りないと思ったんだが…」

「これ以上は潰れてしまいます‼︎」

 

また出会った時みたいに傷ついたら嫌なので、一番防御性能が高い防具を値段を気にせずに着せていったのだが、結果として彼女の装備重量を超えてしまったみたいで、全身をフルメタルで覆われ直立不動から動けずに面部分のカバーを上に挙げた状態で顔を出しなんとか呼吸をしていた。

本来は必死になって止めなくてはいけない所で失礼なのだが、必死に息を吸う彼女の姿はどこか可愛かった。

 

「仕方ない…不本意だがアイリが動きやすい装備を買い揃えよう」

「そうです、そうですとも」

 

はぁ、とため息をつきながら女性用の軽装備が置かれている場所に入る。

普段は男子禁制が暗黙の了解だが、今回はこの子の保護者ということで入ることが許され、ついに俺は秘密の花園へと侵入を果たしたのだ。

 

「へぇ」

「なんか目がやらしいですよお兄様」

「いや、そんな事はないぞ、俺はちゃんと責任を果たそうと厳選していてなしてな…」

「はぁ…そういう事にしておきますね」

 

どうやらアイリは幼くして女の感が鋭いらしく、俺の邪な感情をすぐさま読み取り嗜めてくる。

 

「取り敢えず一度着てみないと分からないからな、どんどん試着してくれ」

「はい。分かりました‼︎」

 

ラジャーと先ほど適当に教えた敬礼を使いながら返事をすると、彼女は適当に見繕いながら気に入った装備を試着室へと持っていった。

多分性能よりもデザインで選んでいる気がするのだが、しっかり者の彼女の事だ多分大丈夫だろう。

 

「これにしました‼︎」

「おぉーっ‼︎」

 

バーンと試着室のカーテンが開かれると、中から軽装備を身に纏いそれを隠すようにマントに身を包んだアイリが現れた。

なんだろう…紅魔の里に帰って気がする。

 

装備は為本的に重要な場所を守るように頑丈な皮の素材をベースに鉱石のプレートをあしらった物になり、そこは流石と言いたい所だが、そのマントは一体どういう意図があるのだろうか?

俺みたいに腰までなら背中に隠した得物を相手に晒させないという意味があるが、足元まであるのは一体どういう意味があるのだろうか?

基本的に外敵や外部刺激から守る作用もあるのでなんとも言えないが…まあいいだろう、邪魔だったら外して捨てればいいだけだし。

 

「似合ってるぞアイリ」

「はい‼︎」

 

折角彼女が選んだことに水を差さずに、彼女の肩を叩くとそのまま会計へと向かい精算する。

 

「おおっ見違えましたぞ、あなたの妹もなかなかにいいセンスをお持ちだ」

「だろ」

 

途中なんか褒められたので自分ごとの様に誇っておく事にした。

 

 

 

 

 

 

買い物を終え、家財等等の消耗品も含め購入を済ませる。

初めて屋敷を借りてどうやって暮らそうかなど考えて購入した時の事を思い出して少し楽しかったが、結局荷物は持ちきれなくなりリアカーに乗せて運ぶ事になった。

 

「次はどこに行きますか?流石に外も暗くなって来ましたので残念なのですが今日は帰りますか?」

「ああ、そうだな。取り敢えず夕食の材料を買って帰ろうかな、何か食べたいものとかあるか?」

「いえ…料理はうっすら味が思い出せるのですがそれ以外は何も知りませんので、お兄様の好きなものでお願いします」

「成る程な…そこの記憶も無いってわけか、だったら俺の国の料理をご馳走してやるよ‼︎」

「本当ですか⁉︎」

 

わーいと無邪気に喜ぶ彼女を見ながら商店街の食材を吟味する。

この世界は基本的に日本と同じような素材はあるにはあるのだが、秋刀魚が地面から生えてくるみたいなよく分からない状況にあるので、代替品で誤魔化すことにして購入していく。

 

多分貴族なので舌が肥えていて、もしかしたら舌が合わないとか言われたらショックなので王道の炒飯的なもの作ろうかと思う。

本当は他の料理が良かったのだが、個人的に失敗がないかなと思うのはこの一品だろうと思う。

 

 

 

「なんでしょうこの料理は‼︎とても美味しいです‼︎」

「そう言ってくれると作った甲斐があるってもんよ」

 

そう言えば何も食べていなかったなとは思っていたが、予想以上にバクバクと食べる姿を見て何だか嬉しくなってしまう。

意外と食べるよりも美味しく食べてもらったほうが気分がいいのは俺だけだろうか?

 

「ご馳走様でした。何だか久しぶりに楽しい食事をした様な気がします」

「お粗末様。気に入ってもらって何よりだ」

 

いつもの癖なので忘れていたが、食事中に話しかけてしまい食事会というよりかは雑談パーティーみたいになってしまったので、行儀が悪いと遠回しに言われるかと思ったが、そう言う事にはならずにそのまま終了となった。

 

 

 

「今日は見ず知らずの私にここまでして頂きありがとうございました」

 

諸々を済ませ、最後に部屋に案内すると彼女は畏まったように俺にお礼を言った。

 

「そう畏まらないでくれよ、俺たちは兄弟なんだからもっとフランクに行こうぜ」

「フランクですか?」

「ああ…まあ家族みたいに気兼ねなく話そうってことだよ」

「ふふふ…お兄様は時々分からない事を言いますね」

 

照れ隠しなのかつい癖でこの世界には無い英語を言ってしまい時々聞き返される。

1日しか一緒にいなかったのに長い付き合いの様に感じるのは彼女のカリスマ性だろうかそれとも…

 

「全く、俺の揚げ足を取らないで早く寝ろ」

「そうですね、それでは私はもう寝ますお休みなさいお兄様」

「おう、お休み」

 

どこか安心したような彼女を寝かせると、そのままの足取りで自分の部屋に向かい眠った。




次回は休むかもしれません


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六花の少女3

遅くなりました、誤字脱字の訂正ありがとうございます。



「おはようございます、お兄様‼︎」

 

就寝し、何だか不思議な夢を見ていたかなと思いながら微睡んでいると、誰かに意識の表層の方から呼ばれている様な気がした。

まあ、要するに起こされていると言う訳だが。

 

「あと5分頼む…」

 

早く俺を起こさんとゆさゆさと体を揺動させている彼女に対して、取り敢えず睡眠を延長を申し出てみる。

ゆんゆんの時はバリケードを敷いても突破され容赦なく起こされたが、アイリは心優しい少女なのできっと俺が寝続ける事を許してくれるだろう。

 

「駄目です‼︎今日も何処かに連れて行って頂けるとお兄様は昨日仰ったじゃないですか‼︎」

「えぇー」

 

どうやら昨日の一件で大分砕けて来たのか、休日に父親を起こして何処かに連れて行って貰おうとする子供の様な感じに追撃を受ける。

実際受けてみれば分かるが、夜勤明けで眠たい所に遊びに来た親戚の子供に叩き起こされ遊び相手をするみたいな事をされ、結構しんどかったことがあった。

遊び相手をしている最中、当時自分も自身の父親に同じ事をしていたなと思い出し、これが因果応報なのかと微睡の中で実感する。

 

「分かったから退いてくれ、このままだと動けないからさ」

「はい、分かりました」

 

なんとなく駄々をこねていたら限界を超えたのかとうとう馬乗りになって起こしにかかったで、ほとんど乗っている彼女に退いてもらえるようにお願いすると観念したと思ったのかそのままベットから退いた。

まあ観念したんだけど。

 

「お兄様はしっかりしているかと思ったのですが意外とお寝坊さんなのですね」

「いやいや、俺がしっかりしている訳ないだろ」

 

期待させればさせる程、期待通りにいかなかった時の失望が大きいので早い段階で彼女に自分がそこまですごい存在では無いと伝える。

何をするとしても取り敢えず色々準備が必要だなと思いながら服に手をかけた段階であることに気づく。

 

「…悪いんだけど出てってくれないか?」

「え?…その…ごめんなさい、少し調子に乗りすぎてしまいました…」

「あ⁉︎いや違う‼︎」

 

寝起きだったせいで言葉足らずだったのが災いしたのか、文字通りに俺の言葉を受け取ってしまいシュンと彼女が落ち込んでしまう。

 

「着替える所は流石に恥ずかしいから俺の部屋から少し出てくれないか?」

「あ、はい、そうでしたか…私としたことが勘違いしてしまいました」

 

朝早くに無理やり起こした事を本気で責められていたと勘違いしていたのだろう顔面を蒼白にしていた彼女は、俺の指摘を受け誤解だと気づき羞恥心と安堵の入り混じった感情を出しながらそそくさと部屋から出て行った。

 

「ふぅ…」

 

言葉って難しいなと思いながら普段着る服に着替える。

 

 

 

 

 

その後アイリとともに朝食を終えると昨日購入した装備に着替えるように伝える。

 

「分かりました、今日から私も冒険者ですね!」

 

よほど嬉しかったのだろうか、彼女は喜びながら部屋に戻っていった。

 

さて、彼女が着替えるまでの間にゆんゆん達に手紙を書いておこうかと思う。

この世界にも手紙という概念はあるらしく、郵便局がありそこから荷物を運び売ったりする商業団の馬車に乗せて貰い各地方へと運ばれるらしい。

SNSが浸透してしまった俺からしたら伝達スピードは遅いが、それでも文書という情報を伝えられるというのは中々に便利だ。

 

内容としては簡単にトラブルがあったから行けない可能性が出てきた、と簡潔に書いて後は前文句を適当に書き連ねておけば大丈夫だろう。

これなら相手が何があったと返事が来てもSNSと違ってすぐには届かないので時間稼ぎができるし、あえて情報を曖昧にしておくことで問題が早く解決できた時に戻っても文句は言われないのだ。

 

いや文句は言われるかもな…。

 

そんな事はさておき、善は急げと便箋を取り出し文章を書き綴る。

この世界の言葉文字が頭にインストールされているとはいえ、急いで文字を書こうとするとやはり日本語を間違えて書いてしまいそうになる。

いや、いっその事こと全て日本語で書いて暗号文にしてやるのはどうだろうか?それはそれで面白いことになりそうだが、怒ったゆんゆんが乗り込んで来かけないのでやめておこう。

 

「準備完了です‼︎」

 

適当に文章をまとめ、それを封筒に入れた所でタイミングよくアイリが戻ってくる。

もう少しかかると思っていたが、もともと準備していた為か以外にも早く戻ってくる。

 

「準備も済んだことだし、そろそろいくか」

「はい‼︎」

 

手紙をポケットにしまい、椅子にかけてあったマントを羽織り、忘れ物がないか確認した後ギルドに向かう。

変装したアイリであればギルドで目立つことは無いだろうし、仲良く打ち解けたとしても貴族に売るやつは冒険者にいないだろう、それに顔を覚えて貰えば困った時に助けてくれる可能性もある。

甘いことを考えているかもしれないが、俺が行動不能になった時の事を考えてリスクを取ってでも保険をかけておいた方がいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、紅魔の里の旅行はどうだったんだ?」

「ああ、色々あって面白かったよ。今度お前も言ってみたらいいじゃないか?ここらじゃ早々に出来ない体験が味わえるぜ」

「…いや止めとく。ゆんゆんならともかくあのちっこいのがデフォルトの里だろ?想像しただけで鳥肌が立つぞ」

「違いねえな」

「「ははははははははははっは‼︎」」

 

ギルドに入って早々に金髪でチンピラのダストに遭遇する、しかも酒臭くこんな昼間から酒盛りとは中々に冒険者らしいと思う。

そういえば何かあった時用に念の為と伝えていた事を思い出す。

 

「それで?あの2人が見えないけど今日はお休みかよ?」

「いや、色々あって今回は俺だけ戻って来た感じだな。2人はあっちで里の再建中だよ」

「へー面白そうだけど聞くのは落ち着いてからにしとくよ。何か嫌な予感するし」

 

冷たいように感じるが、奴は普段から巻き込まれる体質らしいのであまり関わりたくない事にはあまり口を出さない事にしているらしい。

 

「それで?さっきからこっちを見ているその子は何なんだ?流石にもう子供が出来たとか言うなよな?」

「当たり前だろ⁉︎…全く、この子が俺の子供だったら俺は一桁の時に仕込んだ事になるだろうが‼︎」

 

あまりそっちの話をアイリに聞かせたくはないのでコソコソとダストに物申す。

年齢一桁で子供を作るとかどんなプレイボーイだよ。

 

「こいつは俺の妹だよ。なんていうか家庭の都合でしばらくこっちで預かる事になった感じかな。まあよろしく頼むよ」

「アイリです。よろしくお願いします」

 

「おお、何だかカズマの妹とは思えないくらいのべっぴんが出てきたな。俺はダストって言うんだよろしくな」

「分かっていると思うけど手を出すなよ?」

「当たり前だろ?お前は俺をなんだと思ってるんだよ?」

 

おいおいと俺が悪いみたいに嗜められる。

まあ少し前にゆんゆんが守備範囲外と言っていた事を考えれば同じ位の年齢と考えるアイリは必然的に手を出す候補から外れるだろう。

これはあくまで趣味の主義主張みたいなもので決して俺がロリコンとかそう言う事では無いのだ。

 

「あの…ダストさん」

「ああん?どうしたよ」

「その針金みたいなもですが…」

 

ダストとの話を切り上げ、そろそろクエストの受付を済ませようと思った所でアイリは俺が昔ダストにあげた知恵の輪に興味を示した。

というかまだ持っていたのかそれ。

 

「ああ、これか?これはお前のお兄様に貰ったもんでな、なんでも賢さが高くないと解けないとか言う伝説の神具だよ」

「えぇ‼︎そのような物があるのですか⁉︎」

 

ただ余った廃材の針金を昔見た知恵の輪を思い出して適当に捻じ曲げただけの物だが、ダストはそれを親戚の子供を騙すように話を盛りながらアイリに伝える。

当のアイリもあまり人を疑うことを知らないのかすんなり騙されダストのペースに乗せられている。

 

「お前もやってみろよ、まあこのギルド内で挑戦してクリア出来るものはいなかったけどな。もし出来ればお兄様に箔がつくってもんだ」

 

いや、みんなお前に関わるとろくな事がないって行ってやらなかっただけじゃん。とうか箔がつくって何の箔だよアルミ箔か?

もう特許は無いけどな。

 

「分かりました、このアイリお兄様の名誉にかけてこの謎に挑んでみせます‼︎」

「おう、お前の力を見せてやれ‼︎」

 

そう言いながら知恵の輪の攻略に勤しむ

あまりにも元気よく返事をするもんなので近くにいた冒険者が何だなんだと集まって来てしまい、一種の見世物となってしまっている。

 

「ふん‼︎ううううううーっ‼︎」

「おっ、いい調子だ‼︎」

 

カチャカチャと知恵の輪を動かしているがその絡んだ輪っかが解ける事はなく、最初は嬉々としていた表情は徐々に曇り始めている。

一方外野の方ではアイリの事を俺の妹だという事が伝播し始めていた。

 

「アイリそれは…」

 

それはダストを馬鹿にするために最高難易度のやつを複製したやつだからコツを掴まないと上手くいかないぞ、と伝えようとしたところ。

 

「うっああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ‼︎」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇー‼︎」

 

何をやっても駄目だったのでとうとう力づくて解こうと思ったのか、彼女の可愛い咆哮と共に無理やり引き伸ばされた知恵の輪が音を立てて千切れた。

そしてはじけん飛んだ知恵の輪の欠片がダストの頬を掠めてどこかへ飛んでいった。

 

「危ねぇ…危うく知恵に殺される所だった」

「何上手くいってるんだよ」

 

頬を抑え、自分の命が繋がっていることを確認しながらダストは自身の命の尊さを改めて認識した。

 

「やりました‼︎これでお兄様に箔がつきますね‼︎」

 

いやいや、何やってんだよと言いたかったが、少し照れ臭そうに笑う彼女を見てその様な気持ちは無くなった。

それにしてもこの知恵の輪はバニルに売りに出す商品の制作中に余った材料で適当に作った物だが、その素材はアダマンタイトには及ばないがそれなりに硬度は高く、防具に使われる素材の中ではそれなりに上位に入るほどのものであった。

まあ、作ったのは大分前の試作の段階だったし、ダストも物使いが荒いので経年劣化によって脆くなっていた所たまたまアイリが引っ張って壊してしまったのだろう。

取り敢えず褒めて欲しそうなので褒めておくことにする。

 

「あの…知恵の輪を解いた際に壊れてしまったみたいで…申し訳ありません」

 

ひとしきり俺に褒められた後、我に帰ったのか自分の手元にあった壊れた知恵の輪をダストに渡し謝罪する。

 

「あー気にすんなよ。そこのお兄様からちょろまかした奴だからよ」

「そういえば勝手に俺から取ってた奴だよな」

 

なんで渡したのかと思っていたが、言われてみれば作ってたところからヒョイっと勝手に取られた事を思い出す。

確かその時にかなりエグい報復をしたので気が済んで忘れていたが、今となっては何でそこまでしていたかはよく覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

まあいいやとアイリを連れて受付の方へ行く。

ギルドの登録をすると過去ログか何かで正体がバレてしまい面倒な事になる可能性があるので今はやめておこうかと思う。これはあくまで最終手段なのだ。

 

「あれ、サトウさんじゃないですか?お久しぶりです」

「お久しぶりです、無事戻ってきました」

 

先程もダストに聞かれたので受付のお姉さんに先んじて全て説明する。

もしここが電子の世界だったらコピーアンドペーストやショートカットで纏めたやつを渡せば最速なんだけどなとため息を吐く。

 

「そうでしたか…2人は紅魔の里に残られたのでしたか。それでそちらの子がサトウさんの妹さんですね」

「はい、アイリと言いますよろしくお願いします」

 

事情を説明し、アイリのことを紹介すると2人とも丁寧にお辞儀を返していた。

 

「それでこの子を登録すればいいのでしょうか?まだ小さいのであまりお勧めはしませんが…」

「ああ、それなら心配しないでください。この子はあくまで連れて行くだけですので特に登録とかは考えていません」

「そうなんですか?てっきり意地でも行いそうな気がしましたが?」

「あくまで預かるのは一時的ですので…帰った時のことを考えるとちょっと」

「意外です、サトウさんも家族のこととなると優しいところがあるのですね」

「まあ、そういう感じです」

 

受付のお姉さんが勝手に勘違いした事に乗りながら、適当にはぐらかす。

このままではロリコンプラスシスコンになってしまいかねないのでこれからは注意しなくてはいけない。

 

「それでお兄様、クエストなのですがこれなんかどうでしょうか?」

「お、早速何か見つけてきたのか…できるか⁉︎」

 

受付のお姉さんと話している最中に姿が見えないと思ったが、どうやらクエストの書かれた依頼書が貼られた掲示板を見ていたようで、彼女自身何か気に入ったのか目をキラキラさせながら俺の元へと運んで来る。

そしてその持ってきた内容は、昨日の段階で伝えてい物ではなく、ドラゴンの討伐という中々にレベルの高い内容だった。

 

「冒険に出てドラゴン退治は鉄板だと私は思います!お兄様は実力者と聞いたので是非横で見たいと思いまして‼︎」

「流石に無理だろ‼︎というかなんでこんな街にこんなクエストがあるんだよ‼︎ここは初心者の集う街アクセルだろ⁉︎完全にラスボス前の街にあるクエストじゃねえか‼︎」

「それでしたら、この間ミツルギさんがエンシェントドラゴンを倒されたと聞いて流れてきた奴ですね」

 

前例があればそれが功績となりそこから名が売れ仕事が舞い込むというが、ここまで他人に迷惑を変えるのはどうかと思う。

 

しかしドラゴンか…

魔王軍幹部を屠っているので一応レベルは高レベルと言われるまでに上がっているが、果たして俺がドラゴンを倒すに至るのだろうか?

今度2人が帰ってきたら挑戦してみるのもいいだろう。最悪テレポートのスクロールで帰れば命だけは助かるだろう。

 

「へーすごいですね‼︎その様な方がこの街いるのですね」

「そうだな、モンスター相手ならあいつの力は本物だからな」

 

魔剣グラム、奴の持つ神具はその剣自体もそうだが持ち主に与えられる膂力がしゅだろう。あれは流石の俺も嫉妬する程のステータス向上をもたらす。

まあ賢さが相対的に下がっているので残念だが…要するに奴は脳みそまで筋肉になってしまったのだ。

 

…まあそんな冗談はさておき、俺もいい加減この黒炎と向き合わなくてはいけないなと嫌な気持ちを抱きつつ考える。

 

「まあそういうクエストは追々やるとして今回はこのクエストにしようぜ、何をするにもまずは小さなことからだ」

 

そう言いながら掲示板の下へ行くと、そこから簡単そうな採取クエストを見つける。

基本的にアクセル周辺の魔物は駆逐されているので採取クエストは早々お目に掛からない。仮にあるとしたら珍しいものか危険なところにしか生息しない薬草など様々な種類が存在する。

 

そして今回は後者の珍しい物を探し出すといった内容の物だ。

できればキールのダンジョンくらいのレベルのダンジョンがあれば彼女の求める冒険ぽくって良かったのだが、残っていたのはどれも危険なので近くの山に生息している薬草を探すという内容に決定した。

 

先程も説明したようにアクセル周辺に採取場所はないためその場所へ移動するには馬車を使わなくてはいけないのだ。

 

「と言うことで、これから時間をかけて移動する事になるけどいいか?」

「もちろんです。私はお兄様について行きます‼︎」

 

なんかよく分からないが全肯定されると言うものは悪くはない気がする。

 

 

 

 

取り敢えず商店街に向かい一通りの準備を済ませて馬車の停留場に向かう。

予約というか席を取るために依頼書に書かれている薬草の生息地域とされている場所を見ると、どこか見たことがあるなと思いながらしばらく考え、数分かかったがゆんゆんと昔に一回来たことがあるなと思い出し少し懐かしい気持ちになる。

 

「それで、お兄様はこれから何を探すのでしょうか?」

「ああ、それはだな」

 

馬車の席を取り、中に乗り込みしばらく揺らされていると移り変わりゆく景色が広い草原に入って入って一定になった事で飽きたのか俺に質問を飛ばしてくる。

 

「今回探すのは薬草の中でも危険なところにしか生息しないと言われている物で見た目はこんな感じかな?」

 

植物と言う比較的似た様な種が存在する事を説明する事はかなり面倒なので下手な事はせず依頼書に書かれたスケッチをそのまま彼女に見せる。

危険なところにしか生息しないと言ってもそれはあくまで一般市民にとっての危険であって俺達冒険者からすればそこまで危険というわけではないのだ。

 

「これが今回の目的なのですね、あまり役には立てないと思いますが、この薬草が見えましたらすぐお伝えしますね」

 

てっきりトレジャーハンティング的な物が楽しみだと思っていたが、この子は意外となんでも楽しめるのかもしれない。

危険と言っても出てくるモンスターと言えば小鬼やゴブリン程度しか居なかったし…そういえばゴブリンナイトとか出てきたな…

まあ、あのくらいのモンスターはそうそう出てこないってあの後ゆんゆんが言っていたし多分大丈夫だろう。

 

馬車に揺られて数時間、アイリに対してこの街の事を説明していたらあっという間に目的の場所へと辿り着く。

馬車を降りて最初に見た光景は俺が最初にこの山に来た時と同じで、変わらない光景に若干の懐かしさを覚えながら後にいたアイリを誘導し馬車からおろす。

 

「ここは意外に植物が生い茂っていますね…」

「いや、意外にそこまでじゃなかった気がするぞ?」

「お兄様は一度いらした事があるのですか?」

「ああ、言ってなかったけ?前回はゴブリン狩りでここに来たんだよ。その時は全然草なんて生えている印象はなかったんだけどな」

 

馬車を降り、俺たちは山の中腹部で捜索を開始した。

ギルドには報告書を提出することが出来る。今回みたいな採取クエストに関してはどこで取れたなどや気候時期など様々な考察も書くことができるので後から続く俺たちみたいな冒険者にはかなり役に立つのだ。

書く方にはメリットがないと思うが、それは違い学術の論文みたいなものだろうか?記録には記述した冒険者の名前が刻まれ全ギルド間で共有される為、有用な報告書を書くだけで名前が売れるのだ。

特にこういった薬草などの記述は周囲の生息状況から栽培しようという農家的な方々からとても支持されており、今回俺が見た報告書を描いた人は今ではそれなりに有名で王都で研究職についているらしい。

 

まあ、それはそれとして現状俺はその報告書に書かれた場所を捜索しているわけだが…

前回のゴブリン討伐とは違い、大きさが天と地ほどの違いがあり花が咲いているわけではないので色も緑色という中々にハードな感じになっている。

 

流石の感知スキルも見たことがない物まで感知出来るほど便利では無く、こうして手探りで探している訳だが。

 

「中々見つかりませんね。お兄様の方はどうでしょうか?」

「いや、全く見つからない。これ本当に時期合ってるのか?」

 

植物の形態も季節によって色々と姿が変わるのはこの世界でも同じようだ。しかもこの世界にも四季があり気候は日本に酷似している。

 

「仕方ありません…生態系という物が崩れてしまいますが、目的で無い草木を全て刈り取って虱潰しにするのはどうでしょうか?」

「恐えーよ⁉︎」

 

純粋さゆえの行動に猟奇さを感じてしまい戦慄する。こんなことゆんゆんでも考えないぞ。

 

見つからないのなら考え方を変えたらどうだろうか?

このクエストは季節にもよるが恒常的に依頼されるとあるので皆が借り尽くして種自体が減っているのかもしれない。

ならばこの様などこにでもありそうな場所を探さないでもう少し外れの方を探すのもいいだろう。

 

「アイリ、場所を変えるぞ」

「分かりました、また同じところを探さないように目印を付けておきますね」

 

山の中腹から山頂の方へと場所を変えようと話したところ彼女は剣を鞘から抜き近くの木に傷跡をつけた。

何処かで見たようなと言うかモンスターの縄張りを示す的な感じな行為に意外と野生的なのでは?と疑いたくなるが実際につけた少し控えめな痕跡に根はお嬢様だなと内心安心する。

 

山頂目指して登山していくと何時ぞや見た小屋が昔と同じように設置されていた。

 

「お、やっぱり残っていたか」

「あれは誰かのお家ですか?」

 

小屋を指差すと彼女には物珍しいのか誰かが住んでいると思ったようだ。

 

「この小屋は…正式な名前は忘れたけど簡易宿泊所みたいなもんだよ」

 

取り敢えずと彼女に小屋の事を説明する。

 

「へーそうなんですね。誰も住んでいらっしゃらないとは言え家をよその冒険者に解放するなんて素晴らしい方なのですね!」

 

慈善行動のような行いをするこの屋敷の持ち主に感動しているが、要するに日本と同じような固定資産税的な物が掛かるので貸し出しという名目で冒険者に使わせることで税対策しその上、冒険者に貸すということで街から何かしらのリターンを受け取っているのだろう。

中々に狡猾な持ち主に一度会ってみたいが、好奇心は猫を殺すと言ったように下手に関わると危険な感じがするのでやめておく。

 

「取り敢えず荷物を置いて身軽にしてから作業に戻ろう」

 

小屋にいつもの要領で色々と手続きを済ませ、荷物を置く。

片付けは…また後でいいだろう。

 

準備を住ませた後はそのまま山頂へと向かう。

取り敢えずはそこから千里眼を使い景色を眺めながら目的の薬草を探せば問題はないだろう。

 

あまりに地味な作業になるのでアイリはがっかりするかもしれないが、何も収穫が得られずに帰るというのはそれはそれで可哀想というものだ。

 

「へーここが山頂なんですね‼︎」

「ああ、まあこの周辺で一番高いという訳じゃないからそこまで景色はよくないけど」

「いえいえ、このような景色はそう見られる物ではありません‼︎」

 

「それはそうと…」

 

山頂の景色をひとしきり眺めた後、改めて周囲を千里眼で探る。

やはり薬草は狩り尽くされているのか、周囲を探ってもその姿が拝めることはない。ならばと普段なら探さない様な所を探ると自分の居る場所の崖の下が微妙な足場になっており、そこにその薬草が生えていた。

 

うわぁ…やっぱりあんな所にあったのか。

薄々そんな事だろうと思っていたが、実際にその光景を目の当たりにするとそれはそれで面倒で嫌なのだ。

 

「見つかりました?」

 

ため息を吐きながら視界を元に戻すと、ちょうど後ろにいたアイリが心配そうにこちらを訪ねてきた。

 

「ああ、見つかったと言えば見つかった感じかな」

「どういう事でしょうか?」

「ここの下の岩壁みたいなところに少しだけ足場みたいな場所があるのは分かるか?」

「はい…もしかしてあの様な場所にあるのでしょうか?」

「そのまさかだよ」

 

えーと驚く彼女をさしおきバインド用に持ってきたロープを繋ぎ合わせて長くする。

 

「おれはここから降りるからアイリはそこで待っていてくれ」

「え?それは大丈夫なのでしょうか?」

「いや、これくらい冒険者は普通だから安心してくれ」

「冒険者と言うものは中々に危険なものなのですね…」

 

やはり冒険者と言うものに対して良いところしか思い浮かんでいなかったようだ。これからクエストは2人に預けて1人で行くことにした方がいいだろうか?

 

「まあ、気にすんなよ。アイリもまだ子ど…」

「ですが、命の危険を伴ってでもクエストを熟すと言うのも冒険者らしくていい事だと思います‼︎」

 

どうやら冒険者の魅力は危険も込みで彼女の理想となっていたようだ。

意外に根性というか図太い神経してるなと思いながら伸長したロープを近くの木に巻きつけそのまま下へ下降していく。

途中ロープの長さが足りなかったが、そこは持ち前のスキルを応用して何とかその場にたどり着く。

 

「ふぅ…何とかなったか」

 

最悪足場ごと崩れ落ちるかと思っていたが、意外にもしっかりしていたようで俺が乗っていたところで揺れ動くなんてことはなかった。

 

意外な群生地だったのか、千里眼では見れなかった場所にまで所狭しと薬草がびっしりと生えている。

沢山生えていることは良いことだが、多分ここの薬草を全て取ってしまうともしかしたら来年の収穫は不作となってしまうかもしれない。

 

ならば追加報酬は求めずここに生えていた残りのほとんどの薬草はそのままにして、少しだけ空きのある場所に移動させた方が良いだろう。

そう思いながら周囲の薬草をなるべく根ごと引き抜き腰に着いている巾着へと収納する。

 

大体半分くらい収穫したところで引き抜くのを止め、アイリのいる場所へと戻るため崖をよじ登っていく。

まさかここに来てリアルボルダリングをするだなんて思わなかったが、これはこれで良い経験なので支援魔法で体幹等々を強化しながら上へとよじ登りロープを掴みそのまま上へ駆け上る。

そう言えば友人が前ボルダリングをボルタレンとか言って鎮痛成分になっていた事は記憶に新しいな。

 

「お帰りなさいお兄様」

「おう、待たせたな良い子にしていたか?」

 

心配そうに下を眺めていた彼女に適当に話しかける。

 

「薬草は無事に見つかりましたのでしょうか?」

「ああ、それはもうバッチリだ。ただ、もう少しだけやりたいことがあってな」

 

そう言いながら先ほど考えた事を彼女に説明する。

 

「成る程‼︎お兄様は素晴らしいお方ですね‼︎」

 

彼女からの了承を得たので思う存分引き抜いてきた薬草を植えていく事にした。

まあ、そこらから引き抜いた薬草を何の知識もなくそこら辺に植えたところですぐ枯れるかもしれないが、何もしないよりかはマシだろうし何もしなくてもこのまま売られるので山からしたら変わらないだろう。

 

そう思い自己満足に浸っているとある事に気づく。

 

「やべ…馬車の時間忘れてた…」

 

そう時間は過ぎさり、空は暗くなっていたのだった。

 




来週も休むかもしれません…


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六花の少女4

遅くなりました誤字脱字の修正ありがとうございます。


「まずったな…」

 

時刻表を眺めながらどうしようかと頭を掻く。

日本と違ってこの世界にタクシーなどはなく、馬車の時刻を過ぎてしまえば諦めなくてもそれで試合終了なのだ。

 

「急に立ち止まってどうかされましたか?」

 

作業が終わったタイミングで急に立ち止まったので何かあったのではないかと心配になったのか彼女は心配そうに訪ねてくる。

 

「いや、何でもな…くはないな」

「え?」

 

何か起きてしまったのだろうかと驚きの感情を含めながら彼女はそう言ったが、内心少し何かに期待しているように見えるのは気のせいだろうか?

 

「悪いんだけど帰りの便逃しちまった…」

「えぇ⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

「と、言う訳で‼︎ドキドキ山の中でのキャンピングを行います‼︎」

「おおーっ‼︎」

 

小屋の前にアイリを案内し、転がっていた木材を簡易的に加工して作った椅子に座らせると小屋の壁にチョークで計画を書き込む。

内容は至って簡単で、これから枝や薪などを集めてくることや食料をどうするかなどなど様々な事を偉そうに書き綴るが、要するに野宿する準備だ。

 

「それで、私はどれからすれば良いのでしょうか?」

「アイリは小屋の中の掃除をしていてくれ」

 

これからやる作業は二手に分かれなくては効率が悪くなってしまうので、非戦闘員である彼女をゴブリンが出るかもしれない森の中へ1人で行かせる事なんで出来る訳ががないので、彼女には安全な場所での作業をすすめる。

 

「それでもし何かあったらこれで逃げてくれ、飛ばされた場所で俺の名前を言えば何とかしてくれると思うから」

 

適当な理由をつけながら紅魔の里でねりまきから再び貰った転移魔法のスクロールを彼女に渡す。

向こうからしたら正直何のこっちゃと思われるが、そこは仕方がないという事で諦めて貰おう。

 

「はい、でもその場合はお兄様が1人になってしまうのではないでしょうか?」

「その時はその時だから気にすんなよ。俺は最悪明日の馬車で街まで帰るからさ」

「…分かりました。もし何かありましたらこれを使いますね」

 

そう言いながら俺の渡したスクロールをしまいながら彼女は敬礼する。ふざけて教えたのだが、彼女の中でブームになっているようだ。

 

「それじゃ、任せたぞ。今夜の部屋での快適さはお前にかかってるんだからな‼︎」

「はい!お任せください‼︎」

 

元気よく返事をしながら彼女は口元に布を巻き、ローブを纏いながら小屋の中へと入っていった。

パッと外から見た感じ、かなり汚れているのは分かるが果たして備え付けの道具で何処までやれるのかは帰ってきてからのお楽しみだ。

…まあ記憶を失っているからどう掃除したら良いかわからないってなるかもしれないが、屋敷での俺の掃除を見ているのでそこは大丈夫だろう。

 

アイリを見送りながら小屋の裏にある森へと進んでいく。

小屋の物置に斧が入っていたがだいぶ切れ味が悪くなっていたのでそれを研いで使える様にしたものがあるのでそれを片手に切り込む。

 

なるべく木を切り倒す事は避けておきたかったので乾燥している枝木などを拾っているが、やはり季節がらなのかそこまで落っこちていなかったので仕方なく先程の斧で切り倒す事にした。

 

「木を切り倒すのは初めてかな?」

 

自問自答しながら斧の刃を木の幹の当てがいそのままゴルフのようなイメージのスイングで木にぶち当てる。

素人考えのイメージで行って見たのだが、存外うまくいったのか木の4分の1程の斬り込みが入りもしかしたら何かしらのスキルが入ってしまっているんじゃないのかと邪推してしまう程だ。

しかし、一撃目が上手くいったからっと言っても、それが正しくないフォームであるなら複数回続ければ腰をいわしてしまうので注意が必要だ。

 

「やっぱり体力の消費が激しいな…」

 

木を引っこ抜く奴は何人…何体も遭遇しているので案外楽に行くと思っていたが、細木を数本倒したところで息が上がってしまう。

ここまでかと思ったが、あくまで調理と寝るまで暖をとる程度なのでそこまで必要ないなと思い、これくらいあれば足りるんじゃないかと思い、少し休憩を挟んでそれらを小屋の前に持ってく。

 

「あーマジか…これは運がいいのか悪いのか」

 

筋力を支援魔法で強化しながら引き摺っていると、感知スキルが反応を示した。一応潜伏スキルを使用していたのだが、細分化したとはいえ大きな木を引き摺りながら運んでいるのでほとんど機能はしないだろう。

まあ木を運んでいるので出来れば無視しておきたいが、完全に相手は俺に敵意を持っているようでゲームなら赤いアイコンが付いているようなイメージだ。

 

仕方がないか…

相手はスピードが速いのか、ものすごい速度でこちらに迫ってきており、距離からしてそう時間はかからないだろう。

持っていた木を降ろして、腰に差していた剣の柄に手を掛ける。

 

待っていると相手の姿が確認できる。

相手は猪型の魔物で、初心者の冒険者は単身で挑まないで欲しいと言われているモンスターだ。

ゆんゆんが居れば魔法で一発なのだが、生憎彼女達は紅魔の里の復興の最中でここには居ない。

 

「へいへい‼︎どうしたよピグレットちゃん」

 

直径は俺の身長の倍を超えるであろうビックサイズな姿に若干ドン引きながらも腰を落としいつでも迎え撃てるように構える。

猪の性質上動きは単純に前進しかできないので、それを初手居合斬りで迎え撃とうかと思う。

 

猪は互いの間合いに入った瞬間何かを感じたのか動きを止め、こちらの動きを伺っている。獣とは言え流石に警戒心と言うものはあるのだろう。

 

場はこう着状態になったが、何時迄もそうしている場合ではなく最初に痺れを切らしたのは猪の方だった。

奴は俺を完全に捕捉し荒い鼻息を立てながら周りの木々を破壊しこちらに向かって突撃してくる。

 

あんなものを正面から迎え撃とう物なら俺の剣ごと弾かれ何処ぞの漫画の如く空の彼方へ吹き飛ばされてしまうだろう。

なので、俺は正面から迎え撃とうなどとは思わず奴に側面に体を逸らしながら踏み込み、奴の前足を目掛けて剣を振り抜く。

 

こちらに向かって来る轟音に威圧感、それら全てから逸れるように放った俺の剣は見事奴の左脚を捉え厚い毛皮と皮膚に切れ込みをいれる。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーっ‼︎」

 

大声を出しながらもう一歩を踏み出し、奴の前脚を完全に切り抜く。

抜き切った瞬間にガクンと先程までに掛かっていた反発がなくなり、そのまま倒れそうになるがそこを何とか踏ん張り耐える。

 

そして、何とか耐え切ったところで後方から木に激突したのか轟音が鳴り響いた。

やったなと思いながら剣に着いた血を払い、後方に向き直りやつと対面する。

 

目に写る猪の姿は先程の威圧感は無くなり、片足がもげた事により立てなくなり必死にもがいている様子だった。

本来四足動物は四足あるからこそ歩行ができるので、今回のように脚を斬り落とされてしまうとバランスを保てずに横に倒れてしまうのだ。

 

可哀想だからこのまま逃そうよなんて思う奴がいたらそれは大きな誤解だ。

こうなってしまったらもう一匹で生きる事はできず、何もできずに地面に触れている面は褥瘡し激痛に悶え苦しみながら餓死するというわけだ。

 

俺がここまでしておいて何言ってるんだと言われればそうなんだが、まあこれは食物連鎖ということで何とか済ませて欲しいところではある。

 

「という訳だ、悪いなこれが自然の摂理ってやつさ」

 

正当防衛と言えばそうなので文句を言われたり恨まれたりする筋合いもないのだが、言っておかなければいけない様な気がしたので言っておく。

 

剣を逆手に持ち替え奴の元へとゆっくりと近づいていく。

もがき苦しむ猪と目が合うと何かを言いたげだったが、そんな事は気にせずと脳天目掛けて剣を振り下ろす。

最初に皮の切れる感触があり次に頭蓋骨を破る感触、そして最後に脳を破壊する柔らかい感触だった。

 

流石に脳を破壊されて生きているほど世界は優しくなく、一度の痙攣の後そのまま息を引き取ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「おーい」

「あっお帰りなさいお兄様」

 

枝を全て落とし適当な長さに切った数本の丸太の上に猪を縛りつけそれを小屋の前まで運んでいく。

流石に支援魔法を使わなければできない所業だが、常に使っている俺からしたらそこまで厳しい物ではなく明日は筋肉痛に苦しむ程度には抑えられているだろう。

 

「今日はこいつのバーベキューだな」

「ほんとですか‼︎まさかこんな大きな猪を狩ってくるなんて流石お兄様です‼︎」

「おいおいそんなに褒めるなよ、照れるだろ」

 

何故か持ち上げてくるアイリに気を良くしながら次の作業の説明をする。

流石に猪の解体なんてものをやらせるものなら彼女にトラウマを背負わせることになるので、これは俺が引き受けることにしてアイリには薪割りをやってもらう事にする。

 

「よし、それじゃあアイリには火を起す為の材料を作って貰おうかな」

「了解です‼︎」

 

ピッと敬礼しながら彼女を切り株の前に案内する。

 

「それでこれをどうすればいいのでしょうか?」

「これをこのノコギリで適当なサイズに切ってだな」

 

そう言いながら彼女の前で実演し始める。

森の中では支援魔法で強化した状態で斧で無理やり切り揃えたが、流石にアイリにそんな芸当は出来る筈は無いのでここは地道にノコギリで切って貰おうかと思う。

 

「成る程、それで長さを整えたらそこからまた斧で切るのですね」

「そうそう」

 

実演で切った短い丸太を切り株の上に縦に乗せ、小さな斧で一度切り込みをいれ斧を食い込ませ今度はその状態のまま丸太事斧を切り株に叩きつける。

漫画みたいに一度で綺麗に切れる事はそうそうなく、真似してみると大体逸れるか斜めに切れてしまい形が悪くなってしまうのだ。

 

「大丈夫そうか?」

「はい大丈夫です。問題ありません」

 

そう言いながら彼女は俺の説明したことをそつなくこなしていった。

もしかして記憶を失う前は木こりで成り上がった貴族なのかもしれないと、多分違うが変な推測で戦慄する。

 

 

 

 

 

その後、無事猪を解体した俺は彼女の元に向かう。

日本では動物の解体は免許か許可が必要なのだが、この世界ではそんなものは必要ないのでバンバン解体できるそうだ。

ちなみに丸呑みは違法ではないので安心して欲しい。

 

「あ、お兄様‼︎こちらはもう全て終わりました。後は何をすれば良いでしょうか?」

「えーマジか」

 

小柄なのでそこまで力がないと思っていたので俺の半分くらいのスピードかと思っていたが、現実は俺の倍以上のスピードで木を処理していたのだった。

 

「まあいっか、薪作りも終わったことだし調理するからこっちに来いよ」

「はい‼︎」

 

流石に猪の解体の場面も見せられないと思ったので場所を移動してもらっていたので、小屋の前まで移動してもらう。

 

「中々にすごい光景ですね…」

「ん?あーこれは流石に隠せなかったな、アイリはこういうのは苦手か?」

「いえ、特に苦手とかそういう事はないです」

 

そういえば猪の皮を剥いで布団のように干していたことをすっかり忘れていた。

血抜きをして、その血は地面に掘った穴に流し込んで見えないようにして、皮や内臓は一応水の魔法で洗っていたのでそこまで血生臭さは無いとは思ったが、やはり違和感は感じるようだった。

 

「取り敢えず火を起こそう」

 

何にせよ、まずは火を起こさなくては話にならない。

この世界に食品衛生の概念があるのかどうかは分からないが、基本的に野生の生物を生で食べようだなんて事を考えてはいけない。

 

問題は色々あるが特に面倒なのは寄生虫だろう。

豚なら有鉤条虫牛なら無鉤条虫、猪は忘れたがそれぞれ寄生虫が居るリスクがあるのだ。

異世界であるこの世界に寄生虫が居るかは分からないが、気をつけておくに越した事はないだろう。

 

着火の魔法で適当な葉に火を灯しそれを薪に移していく。

基本的な調理道具は小屋の倉庫に入っていることが前のクエストで分かっているのでそれらを有効活用し、鑑定スキルで選び抜かれた硬度の高い石で焚かれた火を囲む。

 

調味料は持ってきていなかったのでそこら辺の木の実をすりつぶして代わりにする。塩気が若干足りなくなるがそこはご愛嬌だろう。

 

「お兄様は料理も出来るのですね」

「ああ、一応調理のスキルも取ってるからな。これくらいなら朝飯前だよ」

 

我ながら手際よく進んでいることに感心しながら調理スキルを取っておいてよかったと過去の自分を褒め称える。

まあ日本の料理を活かした料理屋を開いて儲けようと思ったのは内緒だが。

 

鍋などの道具はどれも劣化が激しく、酷いものは穴が空いているものなどもありとても調理に仕えたものでは無いので、今回は木の枝をささがいて作った串に猪の肉を刺したものを焚き火で焼こうかと思う。

バーベーキューにおいて塩胡椒がないのは個人的に残念だが、その味付けなら街に行けば何処でもできる事を考えれば今回の味付けは珍しさと新鮮さがあって良いのかもしれない。

 

「今日は焼き鳥ならず焼き猪だ。少し生臭い感は否めないけど、そこは自然由来のテイストとして楽しんでくれ」

「いえいえ、ここまでして頂いてお兄様の作られた食事にケチをつけるなんて事は致しません」

 

本来なら下拵えで匂いを消す為にワインや日本酒に漬け込む所だが、生憎ここにそんな物は無いというかこの世界にその様な物があるとは思えないが…まあ、そんなこんな言い訳が沢山あるが結局のところ物品が不足しているので出来なかったという訳である。

 

 

 

 

 

そんなこんなで肉の第一陣が焼き終わり、次の肉を焼き始めている状況にある。

味はまあ何だかんだ言って料理スキルが有るので悪くはなく食べられ無いことは無く、むしろ外で食べるからこそ味わえる味…つまり祭りで食べる食事の様な感じで美味しいと言えば美味しいのだ。

 

「それで、アイリは何か思い出せたのか?」

「いえ…色々して下さって頂いているのですが、申し訳ないのですが一向に何も思い出せません…」

 

昨日今日なので記憶が戻るとは思っていなかったが、もしかしたら少し引っ掛かりというか断片的な物がフラッシュバックしていないかとは思っていたがそんな事はなかったようだ。

 

「別に気にして無いから謝らなくてもいいぞ、ただ少しでも思い出せればそこから辿れるからな。それよりもほら次のやつを食えよ、味付けは何通りも用意してあるからな」

「はい、ありがとうございます…あっ、この味私好きです」

 

どうやら少しピリ辛の方が良かった様で先程とは比べ物にならない程早いスピードで串焼き肉を頬張った、

 

「記憶は戻りませんでしたけど、一つ分かったことがございます」

 

肉を頬張り硬かった肉を噛み切ると、彼女は串を地面に刺しながら炎を囲っていた石を一つ抜き取った。

 

「あまり自信はありませんが見ていてくださいね」

 

彼女は自信なさそうにそう言うが、一体これから何が始まるのだろうか?

まさかその石を俺に向かって投げるとか、そんなオチは勘弁して欲しいのだが…

 

まあそんな適当な事を考えながら見ていると彼女は力んだ表情を浮かべながら自身の手に力を込め始める。

 

「おい…まさか」

「そのまさかです、えい‼︎」

 

そして数秒の後、その握られた石は彼女の握力に根負けし徐々にヒビが入ったかと思った瞬間に粉々に砕け散ったのだ。

一瞬何か細工をしているのかと思ったが、彼女に強化が行われた痕跡もないしその石自体にも何か細工がされているわけでもない様だ。つまりこの石を彼女自身の力で砕いたと言う事になり…

 

「どうやら記憶を失う前の私はとてもつよつよな女の子だった様です」

「マジか、知恵の輪の時点で嫌な予感と言うか予感はあったけどまさかそこまでとはな」

 

前にクリスから貴族は経験値の高い食事を取るから何もしなくてもアクセルの街に居る冒険者よりもレベルが高いみたいな話を聞いたことがあるけど、まさかここまで強いとは流石の俺でも想像できただろうか?いや出来るわけがない、明らかに見た目と筋力が比例していないのだこれはもう詐欺に等しいのではないだろうか?

 

まあ、ステータスが高いからイコール俺より強いとかそんな単純な式はないだろう。

結局基礎ステータスが高いだけだとミツルギのようなゴリ押し剣士みたいになってしまい、駆け引きに弱くなってしまうのだ。

 

負け惜しみはここまでにしておいて、アイリのステータスはそこらの冒険者よりも数段上ということが分かった。

だからといって何かが分かるわけでは無く、ただそれだけと言うことだ。

 

「まあ石くらいなら俺でも砕けるけど、それが砕けるとなるとひょっとしたら武力の高い家の出身なのかもな」

「と、言うとお兄様の様な冒険者の様な方々ってことでしょうか?」

「いや、多分そうじゃないと思うけど…」

 

多分騎士の家系かも知れないと心の中で思う。

何故かと言われれば、紅魔の里の一件に現れたバルターと言う騎士の青年の一件がいまだに衝撃となって俺の脳裏に焼き付いているのが大きいだろう。

 

奴は仲間を使い消耗させ、その上神具を使っているとはいえあの魔王軍幹部のシルビアを一撃で上下に切り裂いている。

奴自身血の滲むような努力をしたのかどうかは定かではないが、王都の騎士になるには貴族か何かしらの結果を残した者などがあるが、髪の色的に前者なのはほぼ確定だろう。騎士に家庭に生まれたのなら幼少期から何かしらの訓練を受けていてもおかしくは無い。

それに何かしらの血統で何かのステータスやスキルが付与されている可能もないわけではない。

 

もしかしたら後継者争いとかの内輪揉めで生まれ持ったステータスの高さを嫉妬したか、またはそれを危惧した身内にやられた可能性もなくはないかも知れない。

 

「まあ、力が強いってことは悪いことじゃないからな。それはそれで良かったじゃないか」

 

話自体は結局それがどうしたみたいな感じで流れたが、やはり本格的に彼女の正体を探らなければいけないような気がしてきた。

 

「それでなんですけど、次のクエストは狩猟系のものにして私も一緒に行う事は可能でしょうか?」

「え?」

 

一瞬何を言っているのか分からなかったが、どうやら自分のステータスが高いので次のクエストはモンスターを狩りたいと言うことだろう。

確かに筋力だけのステータスだけが高いなんて事は聞いた事がないので防御力も高いと思うのだが…まあ蛙くらいなら大丈夫だろう。

調子乗って粘液でデロデロになったアイリの姿が想像できなくは無いが、これもいい経験だろう。

 

「…やはり駄目でしょうか…」

「いや、いいかもしれない。簡単なやつからだけど次は討伐に行こうか」

「本当ですか‼︎流石お兄様です‼︎」

 

まあどうにでもなるだろうと思いながら話を進めていく。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー結構食ったな」

「ご馳走様でした」

 

巨大猪は結構な量だったので結局完食できないと思ってはいたので、あらかじめ殆どの肉を下処理をして外に干して置いたのだが、それでも量が多くアイリが満腹になって残った肉を全て平らげるにには苦労した。

 

「後は俺がやっておくからアイリは布団の準備を頼む」

 

後片付けは俺がするとして次は就寝なので、俺が外で作業している間に布団などの準備をしてもらうように頼む。

俺が猪と戦っていた時におおよそは終わっていると聞いていたのでそこまで時間が掛からないと思い手短に掃除をして、石はその辺に撒き散らした。

 

前回みたいにゴブリンのすごいデカイのが来ないか心配だったが、今の所周囲に大きな気配が感じられる事は無く比較的穏やかで平和だ。

 

「終わったぞ…やっぱり片付けが一番面倒だよな」

「あ、お帰りなさいお兄様…」

 

器具を全て倉庫にしまい少し疲れたので肩を回しながら小屋に入ると、最初来た時よりも綺麗になっているんじゃないかと思うほどに綺麗な部屋に唖然としたが、それよりも申し訳なさそうな彼女に違和感を覚える、

 

「どうしたんだよ?」

「それがですね…申し訳ないのですが布団が一人分しかありません。食事の時に言おうかと思ったのですが美味しい料理を前にしてすっかり忘れていました」

「成る程な…」

 

彼女の言うように部屋に置かれていたのは一人分の布団一式だけだった。

そういえば前来た時は2人分用意されてたんだっけ?と思ったがそう言われるとゆんゆんが寝落ちしたので一式しか使っていないなと改めて気づく。

 

 

「じゃあ俺が床で寝るからアイリは布団で寝てくれ」

 

まあ床で寝るなんてことは俺にとっては日常茶飯事なので、ここは彼女に譲っておくことにする。

と言うか年頃の女の子に床で寝ろと言うほど俺も鬼ではない。

 

「そんな私が床で寝ますのでお兄様が布団で寝てください」

「え?」

 

おっとこれはどう言うことだろうか?

普通は俺が床で寝るのが主流ではないのだろうか?

…いやこれは社交辞令というやつなのだろうか?目上の人間に何かを勧められたら2回は断れ的な話を聞いた事があるが、礼儀正しい彼女の事だそれをしているのかも知れない。

 

「安心しろって、別に床で寝たって問題ないからさアイリが布団で寝なよ。それとも布団に何かあるのか?」

「いえ、特にそういう事はありませんが私はお兄様に安眠して欲しいだけです‼︎」

 

どうやら社交辞令ではないようで、彼女の本心からの言葉の様だがそれはそれなので譲るわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

 

 

「よしそれじゃあ今日は一緒に寝るか‼︎」

 

あの後も長期にかけて水掛け論の如く布団の押し付け合いが続いたので、もうどうにでもなれと一緒に寝ることを提案する。

 

「そうですね‼︎一緒に寝ましょう‼︎」

 

売り言葉に買い言葉なのだろうか、ムキになった彼女も俺の意見に乗っかり見事このイカれた案は採用されたのだ。

 

「えぇ…」

 

まあそうなってしまってはしょうがないので、2人大人しく布団に入ることになった。

何だかんだ女性と一緒に布団に入りかけた事はあったがこうして純粋に寝るのは初めてかも知れない。内心ワクワクだが所詮小さな女の子なのでそこまでのアレはないのだ。

 

「あの…勢いで一緒に寝る流れになりましたけど大丈夫だったのでしょうか?」

「まあ、別に問題はないだろ?何かあった時に近くに居ればそれだけ危険の管理がしやすいからな。むしろこれが理想形態かも知れない」

「ふふ、なんですかそれ」

 

歳の離れた兄妹が居る兄の気持ちとはこういう感じなのだろうか?

眠る時に隣に人がいると言うだけでここまで安心すると言うものは中々に面白かったが、彼女と過ごせるのはあくまで彼女の安全が確保された状態で家に帰すところまでなので、深入りは互いの為によくはないのだ。

 

「あのですね…離れると隙間から冷えた空気が入ってきますのでもっと近づいてもいいでしょうか?」

「ん?ああ別に構わないけど」

「えへへ、ありがとうございます」

 

なんかよくわからないけどOKを出したら彼女が距離を詰めてきて腕に絡みついてきた。

 

「お兄様は他に仲間がいるとおしゃっていましたけど、それはどの様な方なのですか?」

「あーそうだな、中々言葉にしづらいけどいい奴だよ。時間が経てば帰ってくると思うからその時になったら紹介しないといけないな」

 

そういえばここまで長引くとは思っていなかったので手紙に詳しく書いていなかったが、このまま生活を続ける以上紹介しないといけない事は避けては通れないだろう。

 

「その方々はその男の方ですかそれとも女性の方でしょうか…」

「そこら辺は安心していいぞ、2人とも女だからな。アイリならきっと仲良くできるぞ」

「えぇ…」

 

アイリも女の子なので同性がいた方がいいと思ったのだが、どうやらそうでもないようだ。

まあ女性同士の関係というものは中々に過酷と聞くが、アイリも女の子なのでその辺の事情を危惧しているのだろう。

これは俺の偏見かも知れないが、ゆんゆんもめぐみんも普通の女の子とは一線を引くくらいには違って個性が強いのでそう言う女子女子した事にはならないだろう。

 

「まあ2人とも個性がぶっ飛んでるけど性格いい奴だから安心してくれ」

「…そういう事を言っている訳では無いのですが…まあでもお兄様のお仲間でしたらきっと素敵な方々なのですね」

「おうよ、なんて言ったって今まで色々な死線を潜り抜けてきたからな」

「へー色々あったのですね。詳しく聞かせて頂けませんか?」

「ん?まあ時間もそう遅くは無いから少しだけな」

 

寝る前に物語を求めるのはまだ1日に満足できていないとは言うが、折角なのでベルディアの手前くらいまでならそう時間が掛からないだろうと、この世界に来る前の話をうまく省きながらこの世界に来た時の話をなるべく俺の内容をメインにして少し面白く説明した。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁーあ、だいぶ話し込んじまったな、続きはまたおいおい説明するから今日はもう寝ようぜ、なんだか眠くなってきた」

「分かりました、話して頂いてありがとうございます、続きはまた明日お願いしますね、それではお休みなさいお兄様」

 

思い返しながら喋っていたら意外と色々あったなと思い、色々と感傷に浸っていたら結構遅くまで話し込んでしまっていた。

流石にこれ以上は明日の起床時間に響くので、惜しむ彼女を説得し今日はこれまでと話を打ち切る。

まだ続けて欲しいとせがみそうな彼女にまた今度と言い残し俺は目を閉じて意識から手を離した。




次は休むかも知れません


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六花の少女5

遅くなりました、誤字脱字の訂正ありがとうございます。


「あー良く寝た」

 

肉料理をたくさん食べすぎたせいか若干の胸焼けがあるが、適度な運動をして睡眠を取ったのでそれなりに心地の良い眠りに付けたと思い目を覚ました。

布団から這い出ようとしたら腕に違和感を覚え、何事かと思いそこに目を向けると右腕にアイリが抱き付いていた。

 

「…」

 

結構心地良さそうに寝ているので流石に起こすのは可哀想だと思い、仕方なくもう一度寝ることにする。

流石の俺も早く帰りたいが為にこんないたいけな少女の睡眠を妨害するほど悪魔ではない。決して二度寝したいとかそんなつもりはないのだ。

 

くっ付いているアイリを起こさない様に再び布団に潜りそのまま目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

「……きてください……お…てください」

「ん?」

 

誰かに呼ばれた様な気がした。

 

「起きてくださいお兄様‼︎もうそろそろお昼の時間になってしまいますよ!」

「えぇ‼︎」

 

心地の良かった2度目に睡眠は微睡む暇もなく隣に居た少女によって終了を迎えた。

旅先で二度寝するのも悪くは無いなと思いながら目を開くとアイリが覗き込む様に横に座っていた。

 

「ようやく起きましたか、お兄様はとてもお寝坊さんですね」

「あーそうだったな、起こしてくれてありがとうな」

 

俺が起きていた時に寝てたから本来は逆じゃ無いのかと思ったが、彼女の顔が若干赤かったので追求するのはまた今度にしようかと思う。

 

「どういたしましてです」

 

エヘンと胸を張りながら彼女はそう言いながら俺に昨日の残りで作ったであろう朝食を差し出すと部屋の片付けを始める。

 

全く良くできた妹だぜ。

そう思いながら朝食に手をつけながら服を着替え帰り支度を始める。

 

そう言えばゆんゆん達はいつ帰ってくるのだろうか?

シルビアの部下達の鬱憤は俺の想像を超えていた様で、奴らはその鬱憤を晴らすかの様に暴れ回り無人だった里は最早人が住めるのかと思うほどに破壊されていた。

そこからまたあの状態に戻そうと言うのだから、例えゴーレムを生成する魔法が使えたとしてもかなりの時間を要するだろう。

 

このままアイリを連れて復興の手伝いに行こうかと思ったが、俺が行ったところで意味が無さそうなのでやめておこうかと思う。

 

「考え事をしている様ですけど、そろそろ行かないとまた次の便になってしまいますよ」

「ああ悪い悪い、準備も済んでるしそろそろ行くか」

 

前回の様に何か起きるはずもなく俺達にクエスト旅行は幕を閉じるようだ。

まあ帰るまでがクエストなのでこんな事を考えてしまうとそれが伏線となって後々の事件に繋がってしまいそうで怖いのだが。

 

 

 

 

 

 

 

「薬草よし‼︎」

「はい‼︎」

「掃除よし‼︎」

「はい‼︎」

「干し肉よ…あれ?」

 

暇潰しに偏見に満ちた軍隊の点呼のように状況を確認していると、昨日残った猪の肉で作った干し肉が無くなっていることに気づく。

朝方食事として出てきたので幻覚では無いようだが、そこまでの量を食べた訳ではないので無くなっている訳は無いはずだが。

 

「はいお兄様‼︎」

「何だ、言ってみろ」

「昨日の干し肉でしたら今朝見た時に殆ど無くなってしまい、朝食にお兄様が食べたのが最後になります‼︎」

「え、マジか…」

 

どうやら寝ている間に野生の動物にでも食われてしまったのだろうか。

獣害とは良く言ったものだが、魔法が発達した代わりに文明が低いこの世界では仕方がないことなのかも知れない。

 

「どうしますかお兄様、取り戻しに山狩りなどいたしましょうか?」

「いやいやこえーよ。別に俺達に被害があった訳じゃないんだしそのままでいいんじゃねーの?」

「そうですか…お兄様がそう仰るのなら仕方ありませんね…」

 

特に干し肉で命を繋いでいる訳でも生計を立てている訳ではないので残念だったで済ませることにする。

まあアイリが少し残念そうにしているので今度何かしらの行動をしてやろうかと思う。

 

「取り敢えず今日は帰ろうか、アイリが言っていたように遅くなったら馬車に乗り遅れそうだ」

「はい」

 

薬草の詰まったバックを拾い上げ背中に背負うと、俺たちはそのまま馬車の停留所に向かった。

 

 

 

 

 

「この後はどうするのでしょうか?」

「ん?ああそうだな」

 

馬車に何とか乗り込み、荷物多いてリラックスしていると思い出したようにアイリが聞いてくる。

 

「この後は街に戻ってクエスト報告して、それで何もなければ今日はそのまま休みかな」

「分かりました、私も行ってみたいところがありまして…」

「そうなのか?まああまり無駄遣いしない様にな」

「はい、分かりました!」

 

どうやら前の買い物の際に気になる店を見つけたようで、そこに1人で行きたいようなそんな気がした。

普段遠慮気味な彼女がそう言うのが少し新鮮に感じたので、今回は好きにさせてあげようと思う。

 

 

 

 

 

「それではクエスト報酬ですね、今回は採取量が少し多かったので契約通り割増にいたしますね」

「ありがとうございます」

 

街に戻り寄り道せずにギルドに向かう。

家で栽培する分を含めて結構とった筈だが、それでも量が多かったらしく少しとりすぎたなとミイラ取りがミイラになった的なことわざを浴びせられた様な気がした。

 

「それじゃあこれを渡しておこう、今回はアイリも活躍したからな」

 

そう言いながら報酬の殆どを彼女に渡す。俺の資産は数億エリスとなっているので今回の報酬がなくても特に問題はない。アイリに有効活用してもらおうと言う話だ。

 

「こんなに頂いてよろしいのでしょうか?」

「ああ、正当な報酬だな。今日はこの金で遊んでくるといいぞ」

「ありがとうございます‼︎」

 

1人にして大丈夫かと言う不安はあったが、街の皆には既に俺の妹と言う印象を持たせているので何かあったら助けてくれるだろう。

後は俺が感知スキルを彼女に対して常に張っていれば大丈夫だろう。

 

「俺は何処かでぶらぶらしてるから何かあったら見つけてくれ」

「はい分かりました‼︎このアイリ何かあった際は誠心誠意探させていただきます」

「お、おう」

 

お金を丁寧に受けっとた彼女はどこか楽しそうにギルドを後にした。

 

「いいのですか?妹さんに報酬全てを渡してしまって」

 

アイリの後ろ姿を眺めていると後ろから話しかけられる。

 

「まあ、特に楽しい事はなかっただろうし今回はいい気晴らしになると思ってな」

「そうですか。あなたがそう思うのであればいいのですが」

 

「そういえばダクネスは来ているのか?最近姿が見えないけど」

 

アイリと一緒に居るせいでなかなか出来なかった彼女の身辺探索を始めることにする。

まずはダクネスを捕まえて話を聞いてみるのがいいと俺は判断した。

 

金髪碧眼で貴族とあれば何かしらの交流があると思うので、そこから話をそこはかとなく聞き出しアイリの家とその内情を割り出さないといけない。

 

「ダクネスさんですか?そうですね…最近姿は見ていないです、履歴を確認してもダクネスさんの名前は一週間前で途切れていますね」

「マジか…」

 

冒険者と言う職業上死の危険とは常に隣り合わせなので、こう言った様にしばらく姿を見せないと言う事は残念ながらそう言う事なのだ。

登山家もそう言われるが、冒険者はそれ以上に危険であり判断が求められる。ダクネスなら大丈夫だと心の奥底で思っていたがそれはあくまで俺の印象なのだ。

しかしベルディア・デストロイヤー討伐の死線を共に潜り抜けた仲間を失うと言うのは中々に心に来るなと思う。

 

「まあでもダクネスさんはよく月を跨いで休まれる事がありますので今回もそれだと思いますよ」

「何でだよ‼︎」

 

ズコっとずっこけるように腰が抜け掛ける。

どうやら彼女は風来坊的なやつなのだろうか?だとしたらとても迷惑な奴だと次会った時に糾弾しておこう。

 

「それでいつ帰って来るとか聞いてないですかね?」

「それは流石に分かりませんね…当ギルドではクエストを受けていない冒険者の方を拘束できる決まりはありませんから…」

「まあそうですよね…」

 

出来れば貴族関係の情報とか分かりませんかねと聞いてみたが、そこまでの情報が得られることはなく結局は無駄足となってしまい途方に暮れながら帰路に着く。

アイリの気配は健在で商店街の中に普段と違い気配がないので大丈夫だろう。

 

「おっ久しぶりだね、元気にしてた?」

「お前は…クリス‼︎久しぶりだなどこに行ってたんだよ、最近姿見なかったら心配してたんだぞ‼︎」

 

トボトボと屋敷に帰って掃除でもしようかと思っていたら上の方から声をかけられ思わずその方向に顔を向けると、そこには久しぶりに見るクリスの姿があった。

なんだかんだあったがしばらく会っていなかった記憶があるので思わずに大声を出してしまった。

 

「いやいや、君が紅魔の里に行っていたから会わなかっただけで私はずっとここに居たよ」

「確かに‼︎」

 

相手が居なくなっていたつもりでいたが気がつけば自分が居なくなっていたようだ。

 

「それで何か用なのか?今日は特にやる事ないから物運びでもやるぞ?」

「ありがとうね、でも今はその必要はないかな。それよりっと‼︎」

 

頭上で座っていた彼女は見事な跳躍と着地を見せ付けながら俺の元へと体を降ろす。

 

「折角だから腕試しと行こうじゃないか」

「えぇ…」

 

いきなりの発言に何言ってんだと思ったが、その手には木刀が握られていたので嘘ではなく本気なのだと分からされる。

 

「いやいやいきなりそれはないだろう、良く考えてくれ」

「いーや、これが良く考えた結果なんだな」

 

俺に向かって木刀を放り投げると一瞬の内にクリスの姿が消えた。

何の前触れもなく現れた彼女は何の説明もなく俺に遅い掛かってくる。一体俺が何したって言うんだろうか?

 

「待て待て待て⁉︎どう言う状況だこれは⁉︎」

 

木刀を受け取り、消えたクリスが来るであろう方向を感知スキルの情報で予測し構える。

 

「君はモンスターが一々待ってくれると思っているのかな?だとしたらそんな甘い考えは今日までだね‼︎」

 

やはり彼女は後方から来ると思い、踵を返し後ろに防御を回すとドンピシャでそこに攻撃が飛んでくる。

 

「ぐっ⁉︎」

 

重い剣圧を受けながらよろめかない様に重心を移動させクリスの攻撃を横に受け流し、その反動を利用して逆に彼女に奇襲をかける。

当たるとは思わないが、このまま防御に徹すれば間違いなく追撃を受け防御が解かれる、それだけは何としても回避しなくてはいけない。

 

俺の放った一撃はクリスの体に当たる事はなく、そのまま上体を逸らされ躱される。

しかし、さすがの俺もこのままで終わるわけもなく、今度は足を使い追撃をかます。

 

「中々しぶとくなってきたね。最初の時の事を考えたら何だか涙が出てきそうだよ」

「それはどーもありがとよ‼︎」

 

クリスは放たれた俺の足を掴むとそれを支点にして体を一回転させ俺の肩に蹴りを放ちながら距離をとった。

 

「相変わらず恐ろしいほどのアクロバティック性能だよ」

「人機械みたいに言うのやめてくれる?」

 

蹴られた肩をさすりながらクリスに話し掛け回復させる。

魔王軍幹部4人分の経験値を得てかなりレベルアップしている筈なのだが、相変わらず彼女に追いつけている気がしない。

一体彼女のレベルは幾つなのだろうか?

 

「肩は回復したかな?それじゃあ行くよ」

「マジか⁉︎」

 

俺の行動を読まれていたのか気づけば距離を詰められ彼女の間合いへと追い詰められる。

クリスの放つ剣術を受けては受け流しながら反撃の糸口を探る。途中あからさまな隙などが見えるがこれは明らかに俺を誘っているのだろう。

 

その誘いには乗らず、そのまま手数でクリスの剣撃を受け流しながら逆に迫られるように手を打つ。

剣戟と言えども相手は所詮人間、肉体での戦いの他に心理戦と言うものも混じっているのだ。こちらの反撃・受け流しによって相手の動きを少しずつ封じていき技を使う流れに行かないようにこちらで調整する。

 

つまり相手が追い詰めていると思ったが、気づけば相手が追い詰められている作戦だ。

 

「へぇ、中々面白い立ち回りをするんだね…」

 

どうやら気づかれた様だ。

なるべく気づかれないようにフェイントや意味のない攻撃など色々行っていたのだが、流石に彼女の目を誤魔化し続けることは出来なかった様だ。

 

「だったらこっちにも考えがあるんだけどさ‼︎」

 

そう言いながら彼女は木刀を振り上げ上段の構えを取る。

どうやら俺を一撃で沈めようとかそんな事を考えて居いるのだろうか?

 

そんなこんな考えているうちに彼女は俺を倒さんとしてこちらに向かって距離を詰めてくる。

動きは単純な上段切りのはずなのだが、彼女の独特な足運びによりその動きは異質なものへと変貌を遂げている。

 

「何だあれは…」

 

しかしここで焦れば彼女の思うツボなので逆に距離を詰め動きを阻害する。

空手・剣道は中間柔道は近間といった様にそれぞれの格闘技には流派があり独特の間合いが存在する。

その中での剣道は近間から中間と言われ、完全に近づいて終えば受ける攻撃の威力を抑えることができる。要するに攻撃の直撃するタイミングと場所をずらすことができるのだ。

 

木刀を離し、振り下ろされた彼女を躱しきれず少し受けてしまったが、何とかふところにはいり木刀を持つ手を掴みそのまま柔術で投げ飛ばそうとしたが、そんな事は分かっているといったように手首を返され気づけば俺が投げられている状態になる。

 

「へぇ、ここまでやるとはね」

 

投げられ背中を強打した事による痛みに悶えていると視界の上端から感心したようなクリスの顔が現れる。

 

「そんな怖い顔しないでよ。確かにいきなり相手してくれって言ったのは悪かったけど」

 

いきなり現れたと思ったら勝負をふっかけてきて俺をボコボコにして一体何が言いたいんだと思い軽く睨んでいると罰が悪そうに謝罪を始めた。

 

「それで?クリスは一体何がしたかったんだ?」

「そうだね…教える事はやぶさかじゃないんだけど詳しく説明するのは難しいかな…」

 

いつまでも地面に寝ているわけには行かないので体を起こし彼女の方を眺めるとうーんと腕を組みながら言葉を濁している。

 

「簡単に言うと、これからの事を考えて君に実力がついているかどうか確かめたかったんだよ」

 

苦し紛れの言い訳なのか、そんな適当そうな事を口にしているが余裕のなさから見るに嘘ではないようだ。

これが嘘でないとするなら文字通り俺の実力を試しているわけだが、もしかして何か良くない事に俺を巻き込もうとしているのかもしれない。

 

「まさか俺に神具を探す手伝いをしろとかそんなこと言うんじゃねーだろうな」

「ま…まさか、そんなわけないじゃん‼︎」

 

図星をついてしまったのか、彼女の動揺が激しくなる。

なるほど、今まで教えてくれていたのは善意ではなく単に仲間が欲しかっただけなのだろうか?

 

何処かわざとらしい動揺に本気でそう思っていいか分からないが、取り敢えずはそう言う事にしておいて彼女との話を続けようかと思う。

 

「まあ、今はやる事があるからそっち関係はまた今度付き合うとして、ダクネスを見なかったか?」

 

彼女には恩があるのでなるべく頼み事は無理のない範囲でだが聞いてあげたいと思っているが、今はアイリの用を第一に考えているので今回は後回しになのだ。

 

「ダクネス?ダクネスだったらそろそろこっちに来る頃だと思うけど何か用事でもあるの?」

「いや特にそれと言ったことは無いけど」

「あ、もしかしてダクネスのこと狙ってる?紅魔族の子2人に囲まれておいてまだ手を出そうって事かな?中々君も隅に置けないな」

「バカヤロウ‼︎そんな訳あるか‼︎」

「あははははは、まあ今回はそう言う事にしておくよ」

 

ダクネスに用があったことが余程面白かったのか腹を抱えながら笑っている。

人の恋路は面白いと言うが、クリスもそういうタチの人間なのだろうか?

 

「それで他に俺に用事はないのか?」

「あーゴメンって。まあダクネスは後に会えるとして他に私に聞きたい事とかない?」

「いや、無いけど?」

「即答⁉︎次はどの神具を運ぶんですとか無い訳⁉︎そんな意識の低さじゃこの先が思いやられるよ‼︎」

「いやいや、別に神具とか興味ないから」

「はぁ…君はそういう男だったね…まあいいか。君の抱えている女の子…妹だっけ?街で歩いている所を見たけどそろそろ気を付けた方がいいかもね」

「それはどう言う意味なんだ?」

 

やんわりしていた周囲に雰囲気から一転、彼女の周囲の空気が少し重苦しいものへと変化する。

 

「変装させて自分の妹にしたのはいいけど、それじゃ周りのみんなを騙せても本当に隠したい人達には騙せないよ」

「何を…言っているんだ?」

 

ニヤリとほくそ笑んでいる彼女の的を射た様な発言に背筋が凍りつくような感覚を味わう。

一体彼女はこの件に関して何処まで知っているのだろうか?

もしかしたら彼女が今回の件の実行犯なのかもしれない、アイリの気配は現在特に変化はないが、さっきまでのやり取りが時間稼ぎでその間に無防備のアイリを攫おうとか考えているのだろうか?

 

「クリス…お前は…」

「ごめんごめんって‼︎含みを持たせて悪役の様な雰囲気を出したかっただけで特に何かしようとか考えてないから‼︎」

 

思わず持っていた得物で構えてしまったようで、それを見た彼女はビックリして慌てながら誤解だと訴えてくる。

 

「は?」

 

頭の中で色々なパターンや可能性が渦巻いている状態での彼女の発言に思わず拍子抜けしてしまう。

 

「だからあの女の子髪と目の色を君に似せて変えているだけで君の妹じゃないよね?君の事だから何かに巻き込まれていると思ってカマをかけるついでに悪役みたいな事を言ってみたいかなーって」

「ややこしい事するなよ‼︎一瞬マジかと思って焦ったんだぞ‼︎」

「だからゴメンって‼︎」

 

掌を合わせて前に突き出した状態のまま彼女は俺に対して頭を下げる。

中々に器用な事をするなと思ったが流石に今回の一件は洒落にはならないのでもう少しとっちめる様に追求する。

 

「だったらクリスも手伝ってくれよ、どうせ暇だろ?」

「人を暇人みたいに…まあ一仕事終えた後だから今は特にやる事は無いけどさ」

 

俺の前に現れる時は基本暇な様な気がしていたので適当にカマをかけてみたが本当に暇だった様だ。

時折というが殆ど彼女の姿を見ないが本当にただの盗賊なのだろうか?いくら頑張っても追いつけない彼女の実力を考えると盗賊の姿は仮の姿で本来は別の何かなのかもしれない。

 

「それで君は私に何をして欲しい感じかな?これから忙しくなりそうだからなるべく簡単な奴にして欲しんだけど?」

「そうだな…まあクリスにはバレてるんだったらいいかな?」

 

あまりアイリの件に関して直接的な事を他人に伝えるのは良く無いと思っていたので少し憚れるが、既にアイリが俺の妹では無いことを見抜いている彼女であれば黙っていてもいずれは答えに辿り着くことは明白なので少しくらいなら大丈夫だろう。

 

「ここ最近で貴族の子供が行方不明になったかどうか調べて欲しんだ、出来れば俺の名前を伏せてくれると助かるんだけど」

「成る程ね、君の妹は貴族の子供という訳か…確かに君が調べようと動けば突発的に現れた君の妹とやらが疑われるのは言うまでも無いって事だよね」

「そうなるんだよな、だからこれはクリスに任せたいと思っているんだけど出来そうか?」

「まあ、出来なくは無いけどあまり期待しないでよね、貴族といってもこの世界にも色々居るからあの子が一体何処の子までかたどり着けないかもよ?それに嘘の情報もあるからその真偽を確かめるとなる事を考えるとあの子が思い出すのを待った方が早いんじゃないかな」

 

確かに相手が本当に探しているなら情報の中に偽の情報を流して匿っている俺みたいな奴を誘き出そうと考えるのは不自然ではない。それに行方不明になった貴族を探した時点で目をつけられる可能性もある。

もし俺が不用意に聞いてしまえば即バレてアイリを失う危険性もあったと言う事になる。

 

「こう言う言い方はあまり良くは無いけど、あまり期待し過ぎないで期待しておくよ」

「うわっ凄い酷い言い方だね、君じゃなかったらこの場で締め落とす所だったよ」

「怖えーよ‼︎」

 

どうやら俺の発言が彼女の神経を逆撫でした様でその証拠に笑顔で額に青筋が出来ていた。

 

「まあ、あまり期待されても困るからその位の認識でいいかな?分かり次第君に報告するよ」

「おう、ありがとうな」

 

礼を言い彼女と少し談笑した後そのまま別れる事となった。

相変わらず何を考えてるのか分からないが、彼女が居ることで得られる恩恵は小さく無い。

神具を集めている事や、わざわざ俺に戦闘指南してくれている事や鋭い勘といい彼女にはまだ謎なことが大きい、今回の件も何か知っている様な知っていない様なよく分からない言動が多く何かヒントを与えにきた様なそんな感じだ。

 

まあ今の所俺に対して害意は無いし、むしろ好意を感じている様な気がしなくもない、何を信念に行動しているかは分からないが現時点のことを考えれば信じてもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

「あ、お兄様お帰りなさい、少し遅かったですね」

「おう、悪かったな途中知り合いに会って話してたら長引いちまった。今から夕食を作るからまっててくれ」

 

屋敷に帰ると既に帰ってきて居たアイリに迎えられる。

不安に思って感知スキルで探っていたが特に問題は無かった様で気づけばそのまま俺よりも先に屋敷にへと帰っていたのだ。

 

「そうなんですか、それよりも今日は私が夕食を作りました‼︎なのでお兄様はそのまま待って居てください」

「マジか…」

「マジです‼︎」

 

子供の成長というものは俺が思って居たよりも早く、こんなにも早く自身が実感するなんて思わなかった。

台所から流れてくる匂いからして肉料理だろうか?

料理はその人の性格が出ると聞く、特に焼き加減に出る事が多く酷い奴はなんでも強火で焼いてしまい雑味が強くなると聞く。他にも調味料を寸分狂わず入れようとして時間が掛かることもしばしばある。

さて彼女はどのように料理を作るのだろうか?

 

「それではご賞味ください、教わったばかりですのでそこまで美味しくは無いと思いますが…」

「いやいや、これは中々に美味しいよ正直俺なんかよりも上手いくらいだ」

 

処女作不出来とは良く言うが、元の何かのステータスが高いのか花嫁修行で料理スキルを取って居たのか分からないが料理の出来はかなりの物だった。

これなら料理屋が出来るとは言わないが少し練習を重ねて工夫すれば夢ではない。

 

「それでお兄様…明日のことなんですけど…」

「ん?何かあったか?」

 

仮とは言え妹が作ってくれた料理を味わっていると、その妹が少し申し訳なさそうに話を始めてきたが明日の予定なんて決めただろうか?

 

「いえ、特に何かあるわけでは無いのですが昨日簡単なものから討伐クエストを受けてもいいと仰っていたので」

「ああ、そうだったな」

 

昨日山に行って薬草を取っていたのだがその時に問題が無さそうだったのでそう言った様な気がする。

 

「どうでしょうか?」

「まあカエルくらいなら大丈夫かな…」

「カエルとは俗に言うジャイアントトードという奴ですね、確かヤギや迷子になった子供を食べると言うあいつですか?」

 

カエルなら何とか俺1人でも倒せるし鎖カタビラを装備しておけば食べられ難いと聞くし大丈夫だろう。

 

「それだったら明日金属のついた装備を探しに行こう、多分大丈夫だけど念の為な」

「それでしたら大丈夫です、バニルさんに言われてこれを購入してきましたから」

「いつの間に…」

 

そういいながら彼女は足元に置いてあった袋から鎖で編まれたシャツを取り出した。

その形は何処ぞのパンクファッションを彷彿とさせたが、普通の鎖カタビラと比べたら動きやすいし飲み込まれ対策としては十分役目を発揮してくれそうだ。

 

なるほど…何をしに行ったのかと思ったらウィズの店に行っていた様だ。多分売れ残った商品を押し付けられた気がしなくも無いが、今回は許してやろう。

 

「それじゃあ明日行こうか、この季節だしカエルはいくらでも沸いていると思うからクエストも出ているだろうし」

「分かりました、それでは明日に備えて準備をしてきますね‼︎」

 

ガタッと立ち上がると袋を拾い上げそのまま自身の部屋に向かって走って行った。

 

しっかりしているとは言えまだまだ子供みたいな所があるんだなと思いながら席を立ち、食器類の洗浄等々後片付けに勤しむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

洗濯を終え、風呂に入った後そのままいつものルーティーンに従い布団の中に入る。

クリスに貴族関係を調べて貰い、その結果が出るまでに俺に何が出来るだろうか?

今はアイリが記憶を戻す事に期待したいが、今の所その兆しが見えるわけもなくかと言って戻す方法があるわけでも無い。

ダクネスは直にに会えるとは言われているが期限がわからない以上期待は禁物だ。

 

ゆんゆん達はどうしているだろうか?

手紙の返事は当たり前だが返ってきてはいない。3人集まれば文殊の知恵と言うがやはりいざと言う時はあの2人に助けられていた事が多かった事を改めて実感する。

こう言う時あの2人は何て言うだろうか?心の中の存在つまりイマジナリー紅魔族に聞いてみるのも良いかもしれないが、幻想も所詮は本人の知識の上に成り立つので答えは一緒だろう。

教養がない人間がトリップしても貧相な幻覚しか得られないと聞くがその通りなんだろうと思う。

 

しかし…

 

「ん?」

 

考え事をしていると近くに気配が迫っている事に気づく。

気配からして多分アイリだと思うが一体何の様だろうか?多分明日の事で打ち合わせでもするのか確認事でもあるのだろう。

 

気づけば気配は扉の前まで迫っており。

 

「お兄様起きていますか?」

「ん?ああ、まあな」

「開けますよ」

 

礼儀なのかノックをして俺の返答を待っていたので返事を返すと扉が開いてアイリの姿が見える。

服装は今日買ったのか少しデザインが大人めのシックな感じになっており、彼女の子供っぽい容姿と上手くギャップを生み出しているのかとても似合っていた。

 

「少しよろしいでしょうか?」

「いいけどどうした?」

「ありがとうございます、では失礼して」

「?」

 

何に対してよろしいのか聞かなかった俺も悪いのだが、気がつけば何故か彼女が俺のベッドの中に入ってくる。

 

「お兄様の体温であったかいですね…それで明日の事なんですけど」

「???…お、おう」

 

何故かベッドの中で向き合いながら会話が始まる。

何が起きてるか分からないと思うが安心してくれ、俺も何が何だか分からない。

 

「それでですね…」

 

まあいいやと思考を放棄しながらアイリが眠るまで話に付き合ってやる事にした。

 

 



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六花の少女6

誤字脱字の訂正ありがとうございます。



あの後アイリの話を聞いて過ごしていたのだが、気がつけば寝ていたので俺もその流れで眠る事にした。

クリスのせいで全身に痛みが走るが、仕方ないと割り切り我慢しながら耐える事にする。

何かと回復魔法に頼っているが今回みたいな大した怪我でない軽症で使用すると、何かよく分からないが感覚が鈍りそうな事と何かしらの副作用の様なあるかもしれない事を危惧している自分がいるのだ。

 

まあ、それはそうとして明日はアイリを討伐クエストに連れて行かなくてはいけない予定になっているので、何かあっても良いように今のうちに予測できる事態を考えておき対策を考えなくてはいけない。

相手はカエルだとして、対するアイリはまだ小さい子供なので向こうからすれば恰好の獲物であることは間違いないので注意しなくては最悪の事態が起こるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「あー」

 

子供は平日の朝は起きないくせに、日曜の朝は早く起きて朝食をせがむという事がある。全くもって意味不明だが、やはり何か楽しみがある事で若干の興奮状態になり眠りが浅くなるのだろうか?

疑問は尽きないが、生憎この世界に専門家なんてものは居らず、科学や化学、物理も含めて全てが曖昧になっている。しかし、それらが曖昧なので意味の分からない理屈で動く魔法の恩恵を受けられているのかもしれない。

 

話が逸れたが、子供というのは何かのイベントがあるとわりかし早起きになって俺たち保護者を叩き起こすものだと思っていた。

 

しかし、現実はそんな事は無く。

今日もアイリは俺の隣の布団で呑気に睡眠を貪っていた。

 

この光景をゆんゆんに見られたら一体どんな目に遭うのかと思い頭で軽く想像しようかと思ったが、やはりやめておいた方が良いだろうと思い俺は考える事をやめた。

昨日みたいに二度寝するのもどうかと思い、仕方ないと自分に言い聞かせながら俺の腕に絡みついているアイリの手を解こうとする。

 

「…嘘だろ?」

 

最初は軽く空いている方の手で腕を解こうとしたのだが、アイリの腕は俺の想像以上に上手く絡みついているのか解ける気配はなかった。

おかしいと思い本格的に解こうかと思い手に力を込めて解こうとしたが、これが意外にも固く絡みついているというか万力に挟まれているような強い力で固定されている気がした。

 

やはり貴族の子供だけあって昔から経験値の高い食材を食べて育つことでレベルを上げ、俺みたいなちっぽけな冒険者よりステータスが高くなっているのだろう。

悔しいが、人生のおおよそは親によって決まるのは至極当然の事実なので、コレばかりはもはやひとつの災害みたいなものでどうしようもない。結局金持ちの子供は金持ちになるのと同じ理屈だ。

あの知恵の輪事件は劣化した針金が音をあげて壊れたのでは無く純粋にアイリの握力によって破壊されたという事になる。

 

しかし、まあ適当な事を色々と考えたが結局のところ動くにはアイリが起きて絡んだ腕を解く以外の方法はないので起こそうかと思うが、隣でスヤスヤと気持ち良さそうに眠られると何だか起こすのもかわいそうになってしまう。

 

「スゥースゥー…お兄様…」

「うぉっ!マジか」

 

可愛い寝顔だなっと思っていたが、半身起き上がったことで俺との距離が出来たので、反射的な行動だろうか物凄い力で絡んだ腕を思いっきり引っ張られ俺は再び布団へと引きずり込まれたのだ。

 

「可愛い顔して恐ろしい握力だな全く…」

 

力では全く敵わないことを分からされたが、かといって支援魔法を使ってまで抵抗するのも何だか大人気ないのでここは大人の対応で黙っておく事にする。

決して二度寝するとかそういうわけではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ行きますよお兄様‼︎今日は念願のカエルを狩る日です、遅くなると地面に潜って見えなくなってしまいます」

 

正午の手前頃だろうか?日が大分昇って来たあたりでいつもの様にアイリに起こされる。

全くもって不本意極まりないが、かといって離してくれなかったと言えばそれはそれで気まずくなってしまうので今回も黙っておく事にする。

 

「悪いな、今から準備するから下で待っていてくれるか?」

「はい‼︎」

 

ビシッと敬礼をしながら彼女は下のラウンジに降りて行った。

若者は元気だなと思いながらこないだおっさんに同じ事をいったらガキが生言ってんじゃねぇと怒られたのも記憶に新しい。

 

寝間着からいつもの服へと着替え小道具をまとめたカバンと剣を装備するとそのままアイリを連れて外へと駆け出す。

 

「カエルと言いましたが、結局どのあたりに居るのでしょうか?」

 

ギルドでクエストの受注を済ませ、アクセルの街から外に出た辺りで彼女が聞いてくる。

どうやらジャイアントトードに関しての知識は調べたが実際にどの辺りに居るなどの現地の情報までは聞き込んではいなかった様だ。

 

この世界に来る前に山に関しては俺に任せろと豪語しており、山にキャンプに行く計画を立て向かった所でそいつの知識は結局の所、所詮漫画や小説で読んだものや図鑑を齧った程度の知識で、中途半端には役立に立ったのだが肝心な所では役に立たず色々と苦労した記憶があるので、何かするなら最初に実際の経験者に聞いた方が情報の精度が上がるのだ。

 

…まあ、あまり人と関わらない様に言ってあるので聞き込みなどの情報収集は出来ないとは思うが。

 

「ジャイアントトードは基本的に牧場の近くとか子供のいそうな場所とかかな?」

 

我ながら何を言っているんだろうなと、モンスターの生態に関して特に考えていなかったなと気づく。

 

「つまり街の近くの草原でしょうか?」

「そうなるな、小さい個体は木々の間で虫とか小動物を食べるけど、成熟体になるとそれだと足りないからこうして家畜とか子供を襲ったりするために人里に近づいてくるんだよ」

「へーそうなんですか?」

 

フマフムと興味深げに聞いているアイリに続きを説明する。結局はゆんゆんの受け売りだがこの場に彼女が居ないのでまるで自分が調べたかのように知識をひけらかす。

 

「だからジャイアントトードを狩るときはこうして街の裏側にある牧場に行けば大抵何とかなるもんだ」

「へー」

 

そう言いながら歩くこと数分、何の考えなく街の正面から出てしまったので遠回りに向かった目的地である牧場へと到着する。

 

アクセルの街でも畜産業は存在する。

食事で出される肉類は基本的にクエストで狩られたモンスターだが、季節によっては皆冬眠になってしまい誰も何も狩れないみたいな事態が続いた為か俺みたいな転移者がこの街に入れ知恵をしたらしく、それからこのアクセルでは牧場と言う名前の畜産関係の施設ができたらしい。

 

なので、そこの子牛や子山羊を狙いにカエルがやって来るためにいつもこの時期になるとクエストが張り出されるのだ。

 

「着きましたけど…カエルの姿は見えませんね…」

 

目的地である牧場周辺に着いたが、目的であるカエルの姿が見えることはなくそこは家畜の楽園となっていた。

 

「取り敢えず管理人に話を聞いてみるか、もしかしたら何かあるかもしれないし」

 

どの世界にも共通だが、何かが起きた場合何もなかったなんて事は無いのだ。もしそうなっているのであれば何かあった事に気づけていないか、気づきたくなくて目と耳を塞いでいるのかどっちかだろう。

 

「分かりました、私はお兄様に着いていきます」

 

てっきりカエルが居なかった事で不機嫌になること思ったが、意外にもそんな事は無くむしろ楽しそうに俺の後とに着いてきた。

 

 

 

 

 

「成る程そう言う事だったんですね…だったら先にそう記して下さいよ…」

 

申し訳なさそうに謝る管理人を前に俺は、はぁ…とため息を吐く。

管理人と話してみたところあのクエストは季節が来れば自動的に張り出されるもので、今回はたまたまカエルの被害が出る前に早く張り出されてしまい俺たちは無駄骨を折らされたと言う事になる。

 

カエルも人間も皆それぞれの生活リズムがあり、カエルには周囲の気温によって冬眠から目覚める習性があるので奴らが発生して居ないと言うことは今年はまだその気温に達して居ないと言うわけだ。

結局その年の気候の変異を予測する術は無いので仕方がないと言えば仕方ないのでこの管理人を責めるわけにはいかない。

 

だが、それではいそうですかと引き下がる訳にはいかないのだ。何せ今回はアイリが居るのでカッコ悪いところは見せられない。

 

「まあ、でも帰り道たまたまカエルとバッタリ遭遇して退治したら報酬は貰えますよね?」

 

管理人は女の子を前に見栄を張っているように見えたのか、その真意を確認する事なくそうですね…と了承をした。

この管理人は悪い人ではなく対応もしっかりしているのであまり迷惑をかけたくは無いのだが、それはそれでコレはコレなのだ。

 

「お兄様残念ですけど今日は他のクエストに変え…」

「戻るぞアイリ、俺たちのクエストはまだ終わっちゃ居ない」

「え?あっはい‼︎」

 

アイリの話を遮りながら踵を返し管理人のいる事務所を後にして俺たちは再び牧場の前の草原に立つ。

 

「お兄様?これから一体どうしようと言うのですか?」

「まあ見てろって」

 

少しテンションが落ちているアイリの前に持っていたカバンを丁寧に降ろす。

目的地に行って獲物が居ないことなんてよくある事だ。三流の冒険者はそこで終わりだが、俺は一流の冒険者を目指している故しっかり対策を練っているのだ。

 

「あの…お兄様コレは一体?」

「コレはだな…俺特製の爆裂魔法だ」

「爆裂魔法?あの威力が高いと言われている最強の魔法ですか?」

「まあ本物には敵わないどころか足元にも及ばないけどな」

 

丁寧に下された鞄から筒を取り出した。

コレはまだバニルには売ってはいないので著作権は俺の元にある為使いたい放題だが、あまり使うと環境破壊になりかねないし、何よりめぐみんがあまりいい顔をしないので使わなかったが、今回の事態にはピッタリの代物だろう。

 

簡単に言えばダイナマイトだ。

原理はウィズの倉庫の肥やしになっていた爆発するポーションを元にしたもので、コレは強い衝撃か火に触れるかの条件で量に見合った爆発を起こす代物なので、これを吸収性の高いおが屑をベースにした土に滲みこませ筒に詰め込んで蓋を閉めたものになる。

 

作るときは繊細な動きと集中力を要求され中々に苦労したが、単純作業なので慣れれば簡単でこうして大量とまではいかないが結構な量を作る事に成功している。

 

「この筒の上の方に紐が出てるだろ?」

「はい、そうですね」

「これに火をつけて投げればドーンといくんだよ」

「ドーンですか?」

「そうだドーンだ!」

 

身振り手振りを加えて狂言の如く爆発を表現する。

鞄の側面にポケットに入っていた蝋燭に着火魔法で火をつけアイリに渡す。コレがあれば魔法が使えないアイリでもダイナマイトに火をつけることができるだろう。

 

「それえこれを…まさかお兄様⁉︎」

「そうだ、そのまさかだ‼︎」

 

俺の意図している事に気づいたのか驚愕の声を発するが時既に遅し、俺は開かれた鞄の口から特製ダイナマイトを取り出すとそれを牧場から少し離れた草原へと放り投げる。

 

「そーれエクスプロージョォォォォォォォォン‼︎」

 

ポーイと可愛げな効果音が聞こえそうな程柔らかく投げられたそれは綺麗な放物線を描きながら草原に落下し、導火線の火が本体に辿り着いたのかそれとも衝撃か物凄い轟音を立てて爆発した。

 

「ほら‼︎アイリも早く投げろ、時間が無くなっちまうぞ‼︎」

「え?あっはい‼︎」

 

目の前に起こった状況を理解出来ずに呆然としているアイリに状況を理解する前にダイナマイトを握らせ俺に続くように指示を出す。

 

「え…えくすぷろーじょん‼︎」

 

蝋燭の火を導火線に移し、その火が本体にたどり着く前に彼女は俺が投げた方向から少しずれた方向へとダイナマイトを投擲した。

 

「中々の精度だな。狙撃スキルなしでコレなら合格だ」

 

何処ぞの監督のように評価を下しながらアイリの投げたダイナマイトを目で追う。

やはり筋がいいのか彼女の投げたダイナマイトは俺の時同様綺麗な放物線を描き少し遠くで爆発した。

 

「オラオラ‼︎まだ終わりじゃねーぞ‼︎」

 

アイリのコントロールの精度に問題がないことを確認した所で、第二波第三波と続くようにダイナマイトを投擲する。

隣に居るアイリも最初の一投でタガが外れたのか少し楽しそうにダイナマイトを投げ始めている。

 

「アッハハハッーハァ‼︎汚ねぇ花火だぜ‼︎」

「汚い花火ですね‼︎」

 

取り敢えず決めていた場所全域にダイナマイトを投げ終わり、何処ぞの戦闘民族の言っていた決め台詞を吐くとアイリもそれに続いた。

このままだと元の生活に戻った時ふと言ってしまいそうで怖いが、元々真面目すぎるくらいなのでコレくらいいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「それでお兄様は結局何がしたっかったのですか?単純に憂さ晴らしをしたかったのでしょうか?」

 

周辺を焼け野原にして思う存分環境破壊の限りを尽くし、その状況を眺めていると興奮が冷めたのか不思議そうに聞いてきた。

この行為を責めて来ないのは多分自分自身が楽しくて我を忘れてしまった事もあるんだと思うが、単純に気になるのだろう。

俺も立場が逆なら理由が知りたくてしょうがないと思うのでここは教えておかないといけないと思う。

 

「アイリがカエルだったらどこで冬眠する?」

「そうですね…外敵に見つからないように山の奥で眠りますね」

「確かにそれは正しいな、けどその外敵が周辺に居なかったらどうする?」

「そうですね…」

 

この辺に生息する危険な肉食動物やモンスターは昔にあらかた討伐され絶滅したと聞く。なので現在ジャイアントトードを狩れる野生の生物はアクセルの街周辺には居ないと言う事になる。

まあそういう事なのでこうして俺たちが金を受け取って狩りをしている訳だが。

 

「やはり食事が取れる所でしょうか?冬の間食事が取れないのでお腹が空いていると思うので…」

「正解だ、流石俺の妹だ」

 

100点の回答に思わず頭を撫でてしまう。

コレが日本だとセクハラになってしまうの注意だが、ここは異世界なのでギリギリセーフだろう。

 

「…へへ、えへへ…」

 

俺のクイズに正解したのが嬉しいのか嬉しそうに目を細めるアイリを尻目に焼け焦げた草原を見ると少しずつ地面が盛り上がり始めていた。

やはり俺の勘は間違って居なかったようだ。

 

「これは一体何でしょうか⁉︎」

「いやいや、さっき自分で答え言ってただろう」

「まさか、あの爆発行為は怒ったお兄様が周囲のヤギが草を食べられない様に八つ当たりしたのではなく、冬眠したカエルを起こすものだったんですね‼︎」

「お前そんな事思ってたのかよ‼︎」

 

純粋そうに見えて意外と毒を隠し持っている事が判明したが、それはさておき地面から続々とカエルが湧き出てくる。

何だろうモグラ叩きを彷彿とするんだけど…

 

「すごい数が出てきて居ますけど大丈夫でしょうか?」

「いや…これは流石の俺も予想外だったな…」

 

よくて三体くらいだと思って居たが、湧き出てきた数は俺の想像以上で軽く五体を越していた。

 

「アイリは鎖帷子を着ているんだよな?」

「はい‼︎それはもちろんです」

「よっしゃ、奴の舌の攻撃だけは気を付けろよ。もし捕まったら大声で俺を呼べよ」

「わ、分かりました‼︎」

 

カエルは金属を消化できないのでジャイアントトードを相手にするときは金属系の防具を装備すると良いと聞くが、それがどう効果を発揮するのは俺も確認したことが無いので念のためアイリが食べられる事を想定しないといけない。

 

「これでもくらいやがれ‼︎」

 

地面から湧き上がってきたカエルのうち一体が俺達の存在に気づき舌を伸ばして来たので、それを瞬時に躱してそこにダイナマイトを乗せる。

本来のダイナマイトであれば舌についた時点で唾液で火が消えてしまうが、今回の導線はウィズの店で買った特注品なのでこの程度の水気では消えず俺の代わりにつかまされたダイナマイトは見事にカエルの口の中に吸い込まれていった。

 

ダイナマイトは奴の体内で爆発したのか、ゲコッというカエル独特の鳴き声が歪んだ加工を受けたエフェクト音声の様に周囲に響き渡った。

 

「それ見たか‼︎お前なんか怖くねーよ‼︎」

 

見事な一撃を決めその爽快感に身を委ねながら勝利の美酒に酔う。まあ他のカエルは沢山居るから手放しでは喜べないが。

 

「お兄様‼︎私はどうすればいいでしょうか⁉︎私もダイナマイトで爆発させればいいでしょうか?」

「それもいいけど、折角だから腰の剣で戦ってみるのもいいぞ」

「そうですね、折角買って頂いたのですから使わないとですね‼︎」

 

そう言いながらアイリは腰の細剣を鞘から引き抜きそのままカエルの方へと突っ走って行った。

 

心配そうに見てみたが、やはり記憶がなくても戦い方は体が覚えているのか軽い身のこなしでカエルの舌の攻撃を躱しカエルの腹に剣を挿し込むとそのまま両手で柄を持って振り上げカエルの体を両断する。

恐ろしく鮮やかな手付きに、もしかしたら俺よりも強いんじゃないのかという疑問を覚えるが、今は考えるのを止めてカエル討伐に集中しないといけない。

 

折角ダイナマイトがあるので、それを腰のベルトに数本差し込みながら湧いて出てくるカエルの群れへと突っ込んでいく。

 

潜伏スキルが使えるとは言えこんな障害物のない草原で爆発ポーションの染み込んだブツを持って近付けばカエルに見つかるのは必然で、寝起きの朝食だと言わんばかりに我先に舌を俺目掛けて飛ばしてくる。

走りながら舌を躱し、時には舌を切り下ろしたり脇差感覚で持っていた返しのついた短剣を地面に縫い付けるように上から刺し込んだりして動きを止めるなどの牽制を行いながらカエルに近づいては一体ずつ丁寧に屠っていく。

 

最初にこの街に来たときはこのカエル一体に手を焼かされたが、今では冷静になれば多数相手でも少しの余裕を持ちながら捌けるまでに至っている。

やはりクリスの訓練の賜物だろうか、彼女の目的は見えないがこの事に関しては感謝しなくてはいけない。

 

ダイナマイトが底をついたと同時に俺の周辺に居たカエル達は全て息を引き取った。

後はアイリの方だが、あっちの方にもかなり数が行っていたなと思い感知スキルの範囲を広げるとアイリの方ではまだ数体居る様だった。

 

「仕方ない、助けに行くか」

 

あの動きであれば問題ないと思っていたが、やはり小さな女の子なのは代わりないので助けに行く事にしようそう思った時だった。

 

「おっお兄様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ‼︎」

 

油断したのだろうか、俺が助けに行こうとした所でアイリはカエルに囲まれものの見事に舌に包まれ一体のカエルの口へと吸い込まれていった。

 

「えっアイリ⁉︎嘘だろ⁉︎」

 

アイリはそれはもう鮮やかな手付きでカエルを屠っていたが、カエルも馬鹿ではないので一体の腹に細剣が刺さったタイミングでアイリの体をしっかりホールドして捕食したのだ。

やはり体が戦い方を覚えていたとしても記憶を失っているので戦術の組み立て方等の戦術が出来ない事をすっかり失念していた。

 

しかし、鉄の装備があれば子供でも倒せるとダストが豪語していたがあれは嘘だったのだろうか?

後でどう報復してやろうか考えようと思ったが今はアイリの救出が優先だろう、また土の中に潜られたら助ける事ができなくなってしまう。

 

とにかくアイリを食べたカエルに辿り着く為に周囲のカエルを屠り、アイリを食べたであろうカエルと相対する。

結局の所食事中のカエルが一番無防備で屠りやすいので初心者冒険者はわざと仲間を食わせて戦うと言う戦法があると聞く。

 

「アイリーーっ‼︎今助けるから…な?…えぇ…」

 

相対した所でカエルが観念した…訳ではないのだろうがアイリを吐き出したのだ。

 

「成る程、鉄装備をしていけば大丈夫とはこの事か…」

 

鉄装備をしていけと言うのは狙われなくするのでは無く、万が一食べられたとしても消化されずに吐き出されるというものだったらしい。

我ながら酷い勘違いだったが、その事を説明しなかったダストも悪いので今度制裁しようかと思う。

 

取り敢えずカエルを一刀両断して屠ったのち急いでアイリの元へと向かう。

幸い外傷はない様だがその代わり彼女の体はカエルの粘液でドロドロのデロデロになっていた。

 

「あー何処かで見た光景…」

 

よくめぐみんがベタベタになって居たなぁと思いながら横になっているアイリに声をかける。

 

「お…お兄様…私…汚されてしまいました…」

「…だろうな」

 

ベタベタの消化液プールに浸かりながら先ほどまで食道の中で詰まっていた恐怖に身を震わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

流石に何回も飲み込まれた人を介抱しなれているので、事前に水を魔法で生成してそれをアイリに浴びせて洗浄して粘液を落とした後近くにある湖に彼女を転がす。

 

「大丈夫か?」

 

流石に衣服全て脱がす訳には行かないので防具だけ外して水浴びをしてもらっている。

 

「はい…迷惑をかけてごめんなさい…」

「気にすんな、みんな通る道だ。それに俺もやりすぎた感は否めないし…」

 

まさかあれだけの数のカエルが牧場周辺で冬眠しているなんて流石の俺でも想像できなかった。

 

「どうする?もうクエストは止めておくか?」

 

流石にカエルに飲み込まれてそれがトラウマにならない奴はいな…居るけどアイリは貴族出身のお嬢様なのだ、戦闘なんて出来ればしないほうがいい。

 

「いえ、この借りは必ずお返しします」

「えぇ…」

 

どうやら今回の一件は逆に彼女に火をつけた様だ。

借りを返すと言ったが、その相手は俺が既に屠っているんだけど、これはどうなるんだろうか?

 

「それで服を脱いで体を流したいので席を外して頂けませんか?」

「ああ悪い悪い、それじゃ俺はカエルを回収してもらう様に伝令を出すから終わったら呼んでくれ」

「はい」

 

アイリに背中を向け、ギルドに信号を飛ばす。

場所と時間帯を伝えておけば信号を送るだけで近場ならギルドの職員が討伐したモンスターを運んでくれるのだ。

手数料は取られるが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ…このカエル全てギルドの方が買い取ってくれるんですね」

「そうだよ、これがしばらく酒場の食材として調理されて並ぶのさ」

 

大量に討伐したカエルに職員はビックリしながら大人数で運び出している光景をアイリと2人で眺めている。

あの後服がずぶ濡れになったので焚き火をしながら服を乾かしたのだ。やはり動物の唾液塗れになったので洗剤で洗わないと匂いは完全には消えないが幾分かマシになっている。

 

「なあ、なんで距離を取るんだ?カエルの唾液の匂いは嫌と言うほど慣れてるから気にならないって言ったんだけど俺なんかした?」

 

それからと言うもののアイリに物理的に少し距離を取られているのを感じる。

 

「いえ…お兄様が嫌いという訳ではなくてですね…」

 

まあ女子というものはそういうものなのだろうと思い彼女の意見を尊重することにする。

何処かのめぐみんは逆に抱きついて来たことがあったが、それと比べれば可愛いものだ。

 

 

 

 

 

 

「それでは私は銭湯に行って来ますので屋敷で待っていてください‼︎」

 

流石に早くから風呂を沸かす事に遠慮したのか、彼女は街に着いた瞬間銭湯に行きたいと言い出した。

特に断る必要性もないので満喫できるようにオプションを全て付けられるだけの額を渡し送り出す。あそこには高性能の洗浄機があるのでカエル汚れもすぐ落ちるだろう。

 

…俺も汗をかいたしシャワーでも浴びるか。

汗臭いのもどうかと思い物凄い速度で消えたアイリの後に続いた。

 

 

 

「おーカズマじゃん、妹の調子はどうって何すんだよ‼︎」

 

銭湯に入って早々ダストが居たので思わず蹴りをかましてしまった。

 

「カエルは金属装備を付ければ大丈夫だって言ったのはお前だったよな?」

「そうだけど…あのカエルもしかしてお前の仕業か?」

「そうだよ」

「それでお前は汚れていないと言うことは…まさか⁉︎」

「そのまさかだよ‼︎」

「待て、嘘はついていないだろ‼︎結果としては大丈夫だったんだからいいじゃねえか‼︎」

 

その後銭湯にはダストに悲鳴が響いたと言う。

あいつ的には俺がカエルに喰われると言う考えだったらしいがそんな事で許すほど俺は甘くはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで制裁を加えたのち一風呂浴びて互いに冷たい飲み物を飲んでいつもの意見交換をした。

何かあっても落とし前さえつければ俺たちは再び親友へと戻るのだ。

 

そしてダストと別れ、気づけば街の入り口でボーとしていた。この時期のこの時間になると街の入り口にはまるで人払をかけた様に人が見えなくなる。

それはそれとしてダクネスがくるだろうという、よく分からない確信めいた何かを感じたので来てみたはいいが、周囲には弱々しい気配はあるがダクネスのような強い生命力を感知できなかったので他人かと思い諦めたが、街の外からやってくる人を見て俺の勘も捨てたもんでは無いなと思い鎧を纏った金髪の人に向かって歩みを進める。

 

しかし何故俺の感知スキルに反応しなかったのだろうか?

クルセイダーにはそんなスキルは無かったと思うが一体どんなカラクリがあるのだろう、それも含めて聞いてみるのも…

 

「嘘だろ…」

 

近づき彼女の全貌がハッキリと見えた瞬間全てを理解した。

弱った気配という時点で気付いて千里眼スキルを使って確認しておくべきだったという事に気づく。

 

「カズマか…良かった。丁度お前に…会いたいと思っていた…所…だ…」

「ダクネス‼︎」

 

俺の前に現れたダクネスはいつもの様に生命力に溢れたものではなく、鎧は所々破壊され全身血塗れでの状態で命かながら逃げて来た、そんな様だった。

あのダクネスがここら辺のモンスターにやられたとは考えづらい。

ダクネスは俺の姿を確認すると緊張の糸が切れたのか杖代わりにしていた剣ごと地面に倒れ込んだ。

 

「どういう事だよ…」

 

 

 

 




そのうち忙しくなるかもしれません…


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六花の少女7

誤字脱字の訂正ありがとうございます。
今回は少し文脈が崩れているかもしれません…


「おい‼︎大丈夫かしっかりしろ‼︎」

 

傷だらけでボロボロになっているダクネスを抱き上げる。

幸いにも呼吸はしている様なので息絶えた訳では無い様だが、だからといってこのままにしていい理由にはならないので取り敢えずだが回復魔法をかける。

回復魔法を受け彼女の体の傷口は徐々に塞がっていくが、やはり俺如きが掛ける魔法では体力の多い彼女の体力を回復させるにはかなり効率が悪い。

 

ゲームで例えるのであるなら最大ヒットポイントの量の違いだろうか?

俺が10ならこの体力お化けの体力は100を優に超えている。

この世界の回復魔法の回復量は持ち主の体力に依存するので、体力の低い自身の体を回復させる分には少量の魔力でいいのだが、彼女の様な高体力のクルセイダーとなると自身を10回以上全回復させる程の魔力量を必要とする。

 

悲しい事に俺の四肢がもがれたとしてそれを俺自身が回復させるのに必要な魔力量よりも、彼女の切創を治すのに必要な魔力量の方が多いのだ。

なのでプリーストはスキルによりその差を補うか、自身の体力を上げるのがセオリーとなっている。

それでも凄腕のプリーストとなると医学の知識を覚え少ない魔力で人体の組織に干渉し代謝などを細かく調整して素早く尚且つ正確に治すと言われている。スキルと言っても所詮は先人たちの知識を纏めて一定の効果を出せるようにしたものなので、それをどう解釈してどう発展させるかによって天と地程の差が出てしまうのだ。

なので最上級回復魔法であるセイクリットの冠を習得したアークプリーストは人体の構造について学ぶらしい。

 

まあ言い訳に聞こえるかもしれないが、俺の魔力量や知識では彼女の傷を回復させるには些か少ない。

 

「悪いな、埒が明かないから回復が得意な奴の元へ運んでいくぞ‼︎」

 

このまま街の入り口付近で回復魔法を掛け続けるのもどうかと思うので、回復魔法が使えるようになるまでよく世話になった場所に連れていく事にする。

確かダクネスもエリス教だといつだったか言っていた気がするので、いくら性格がキツイ彼女でも断ることはないだろう。

 

支援魔法をかけ筋力を強化して彼女を持ち上げる。

やはりクルセイダーなだけあってボロボロにはなってしまっているが重厚な鎧を着ており、その為かなりの重さを持っているので持ち上げるときに油断すると腰をいわしそうになる。

 

「待っていろよ、必ずお前を助けてアイリの情報を聞き出してやるからな」

 

一応応急処置の範囲で回復魔法を掛けたがそれでも出血量が多く、ここが日本であったなら命を失ってもおかしくはない状況にある。

周りの目が気になるので潜伏スキルを使用しながらよく使用する裏道を辿りながら目的の場所に向かう。

 

 

 

 

 

「はぁ…久しぶりに顔を出したかと思えばまた新しい女の子ですか…あら?このお方は…ダクネス様⁉︎一体どうしてこの様な状態に‼︎」

 

俺がダクネスを回復させるために向かったのは何時ぞやの教会だった。

ここに在籍するシスターは性格がキツイが、その腕前はこのアクセルの街で一番腕を持つと言われており、殆どの冒険者はギルドが抱えるプリーストの手に余る事態があった場合に彼女の元へ流れる仕組みとなってる。

 

そんな彼女に最後に会ったのはバニル討伐の後に様子を見に行って以来だった様な気がする。

殆ど後衛で構成されるパーティーなので怪我をするのは基本的に前衛を務める俺だけなので、おおよその事態は自身の回復魔法で事足りてしまう。だからこの場所にお世話になる機会が無かったのだ。

 

「正直理由は俺が聞きたいくらいだよ、こいつに話を聞こうかと思って待ってたら傷だらけになったコイツがやってきて今に至るって感じだ」

 

教会に入るとたまたま入り口にいたのか前の様に俺に皮肉を言ったが、すぐに俺がダクネスを抱えている事に気づくや否や物凄い速度で彼女を俺の腕からひったくり奥のに設置されているベッドの方へと進んでいった。

やはり互いにクリスの知り合いなのでそれを経由して友好関係があるのだろうか?

しかし、俺が結構苦労してここまで運んできたダクネスをここまで軽々しく持ち上げられると如何に自分のステータスが低いか思い知らされるので勘弁して欲しい所だ。

 

我を忘れたように奥の部屋に連れて行ったが、取り敢えずダクネスの様子が気になるので彼女が向かっていた部屋に向かう事にする。もし着替え中だったら怖いので一応潜伏スキルを使いながら大丈夫だったら解除する方向で足を進める。

 

 

部屋に入ると鎧を脱がされ軽装備となったダクネスがいつものベッドで寝かされ、横でシスターが全身全霊で回復魔法を彼女に掛けている状態になっていた。

完全に同じではないが回復魔法を使う身としては彼女の回復魔法捌きは、俺の大雑把なものと比べて緻密かつ繊細で一切の無駄を感じさせない程だった。やはり同じ回復魔法でも術者の技術でここまでの差が出てしまう様だ。

 

「ふぅ…どうやら峠は越えたみたいですね。あの歩くアダマンタイトと言われたダクネス様に此処までの怪我を負わせるとは、相手は一体どの様な方だったのですか?」

「いや、だから俺には分からないって」

 

彼女の手腕を後ろから眺めて数十分、基本的に殆どの怪我をすぐ直してしまう彼女がこれ程までに時間をかけるとなるとやはりダクネスの怪我は相当なものだった様で、あのままアクセルの入り口でチマチマ回復魔法を掛けなくて正解だった様だ。

まるで倍速の映像を見せられているかの様な体の修復を眺め、それがつつがなく終了し最後にバイタルの確認を取ると後ろにいる俺に状況の確認を取り始めた。

 

 

「全く、相変わらず使えませんね…ですが事前に的確な応急処置をして頂いた事は感謝いたします。致命傷は避けれていましたがそれに近しい部位に切創等がありました、応急処置がなければもう少し時間が掛かってしまうところでした」

「まあな、一応はパーティーでヒーラーも兼しているからな」

「ですが、処置自体の精度がまだまだ甘いです。ヒーラーを名乗るならもう少し体の仕組みを理解した方が良いかと」

「へいへい」

 

はぁ…と深い溜息を吐きながらまるで昔誰かに言われた言葉を伝統の様に俺に浴びせる。きっとシスターの師匠の性格はとんでもない奴だったに違いないだろう。

先輩に扱かれた後輩は自身が先輩になったら自分がされた事を新しく入った新人にすると言った伝統があるが、その行為を俺に浴びせるのは勘弁してほしい。他にもパワハラ教育してきた上司と立場が逆転して新規導入されたプログラミング事業に必要な知識を自分が受けた教育と同じようにパワハラしながら行うという報復行為もあると聞く。

 

「…本当にダクネス様に何かあったか分からないのですか?」

「ああ、むしろ俺が聞きたいくらいだ」

 

余程ダクネスがやられた事が意外だったのか、2度目の質問を俺に問い掛けるが答えられる事は何もないので同じ答えを返す。

しかし、何も話さないというのもどうかと思うのでダクネスに関しての簡単な経緯を説明する。

 

「成る程…相談があったからダクネス様を待っていらっしゃったのですね…」

「そうなるな、このタイミングこんなこと言うのもアレだけどダクネスはあとどれくらいで目を覚ますんだ?」

「そうですね…怪我は殆ど治しましたので後は体力が戻れば目を覚ましますね、普通の方があそこまで衰弱されたのであれば五日は掛かりますが、ダクネス様なら明日の昼頃には目を覚ますでしょう」

「へー成る程な」

 

やはり彼女の生命力は恐ろしい程高いらしい。

 

「そうですね…それでしたらダクネス様が目を覚まし次第貴方が探していましたと伝えておきます。ダクネス様も貴方を探していたと言いますし」

「ああ、それは助かる」

 

どうやらダクネスが俺を探していたと言う事を伝えたのが功を奏したのか、彼女が目覚め次第伝言を伝えてくれるらしい。

 

 

 

 

 

その後シスターにレベル等を聞かれるなど様々な談笑をして気づけば暗くなって来たので屋敷に帰ることした。

アイリを1人にするのは気が引けるが、あのダクネスをあのまま放置するわけにもいかなかったのでしかたがない事だろう。幸いにも彼女の気配が俺の屋敷に居ることが確認できるので最悪の事態に陥っている事ないようだ。

 

「帰ったぞー。色々あって遅くなっちまったごめんな」

「お帰りなさいませお兄様、少しくらい遅くなる事は構いませんが…それと何だか疲れている様ですが大丈夫ですか?」

「ん?ああ大丈夫だよ、意外にカエル狩りが疲れたのかな?アイリは大丈夫か?」

「はい、私は別段疲れるといったことは無いですね」

 

流石にダクネスの事は言えないので黙ってく事にする。

なるべくアイリの事に関しては彼女に特に気を負わせたくないので、詮索している事はなるべく本人に知られないようにコッソリ行いたいのだ。

 

「ん?何かいい匂いがするんだけど…」

「それでしたらお兄様の帰りが遅いと思ったので先に準備させて頂きました!」

「マジか、ありがとうな」

 

今日の夕食の当番は俺だったのでというか基本的に家事をやるのは俺なので感謝の意味を込めて彼女の頭を撫ででながら礼を言う。

 

「ふふっえへへへ…」

 

俺自身撫でられる事の何が良いのかわからないが、本人が気持ちよさそうなのでやっていたらいつの間にか習慣化してきている様な気がする。

ちなみにインドか何処か忘れたが頭の上に神が座るとされている宗教があって、そこでは頭を撫でる事は失礼を通り越して侮辱とされていると何処かで聞いたことがある。

エリス教もアクシズ教もその様な因習は無いので多分大丈夫だろうとは思うが記憶を取り戻して復讐されてたりしないか心配ではある。

 

「風呂は入って来たし飯から行こうかな」

「はい!」

 

荷物を玄関に置いておきラウンジの食卓へと座る。

 

「マジか…もしかしてアイリは料亭の一族の子供だったのか」

「そんな事はありません、これも全てウィズさんに教わったものです。私は言われた通りに調理しただけで…」

 

並べられた豪勢な食事に呆気をとられる。

もしかしてこれは冗談抜きに王族に食事を提供する一族の子孫なのかもしれない。

であれば彼女が怪我だらけになったのは王族を毒殺しようとする組織がいてそれを拒んだか、それとも逆に毒殺をする側の組織でそれがバレたからか?

 

…いやどう考えても違うか。

 

「あの…お口に合わなかったでしょうか?」

「ん?ああ違う違う、ちょっと考え事していただけだから」

 

くだらない推測に妄想を働かせているとアイリが少し困ったように様子を伺って来たのでそれを否定しながら彼女の用意した食事に手をつける。

 

「やっぱりアイリの料理は美味いな‼︎魔王討伐が終わったら料理屋でも開くか」

「それは言い過ぎですよ‼︎」

 

嬉しそうに謙遜する彼女尻目に考える事をやめて食事を再開させる。

 

「それでウィズに教わっていたのか?」

「はい、長年やる事がなかった時期があってその時料理をある程度嗜んだと聞いています」

「へー」

 

そう言えばどこで教わったか聞いていなかったが、ウィズの所で学んでいたようだ。ニッチな品ばかり売っているのでそこまで集客がよく無く暇なのだろうか?

それにリッチーは砂糖水があれば食事を取らないと聞いていたが、嗜好品の類で愉しんではいる感じなのだろう。

 

「ウィズが教えている間はバニルが店番をしている感じか」

「そうですね。私がウィズさんの時間をお借りしてバニルさんの仕事を増やしてしまって申し訳ないのですが、何故かバニルさんはとても感謝してまた来て欲しいと食材のお土産まで持たせて下さいました」

「へーそれは珍し…ああ成る程な…ともかく感謝されているんだからまた遊びに行ってやれよ、あそこなら安心だからな」

「はい‼︎」

 

多分バニルはアイリの面倒を見てもらえる事によりウィズが余計な発注や行動を起こさないのでそれが良いのだろう。

悪魔とは損得勘定が強いので店でアイリに何かあったら助けてもらえる可能性が上がるので、何か用事があって俺が空いていない日はあのお店に預けておくのが良いのかもしれない。

 

 

 

 

食事を済ませて軽くシャワーを浴びて汗を流しそのままベットに寝転ぶ。

もはや当然の如くアイリが隣でゴロゴロしているのはもう考えず自然現象の一つという事にしている。

 

しかしボロボロのダクネスに同じ様にボロボロだったアイリ、2人には何かしらの共通点があってもおかしくはないのかもしれない。

もしかしてアイリはダクネスの妹だったりするのだろうか?

いや、どう考えても似ていないしダクネスも一人っ子だと言っていたのでその可能性はほぼ無いと言っても過言ではないが、妾の子と言うこともあり得るので確実ではなさそうだ。

 

まあ何にせよダクネスが目を覚ませば何かしらの進展があるので今は我慢するべきだろう。焦れば焦るほどに墓穴を掘りかねないのでここで下手に先手を打つのは危険だ。

 

だが、逆にダクネスが何の役に立たなかった場合と逆にアイリを追う組織だった場合のことも考えて慎重に行わなければいけない事も肝に銘じないといけない。

一番気を付けなくてはいけないのは信用していた味方に裏切り者が混ざっていた場合の対処法だ、アイリが俺の妹で無い事を知っているものは何よりも注意が必要だ。

 

…まあ考え事もここまでにしてそろそろ寝るか。

良くも悪くも隣にアイリがいる事で朝起きたら連れ去られていたなんて事が起きる危険が低減されているので、不安で寝れないなんて事は無いのだ。

知将を気取っている以上は睡眠不足は思考を鈍らせる原因となりうるので、ありもしない事に悩んでいないで早く寝たほうがいいだろう。

 

シスター曰くダクネスは明日の昼頃には目が覚めると聞くのでそれまでにどう話を進めないといけないか考えないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

カーテンから木漏れ日のように朝日が漏れ暗かった室内を若干明るくしている中ふと目が覚める。

昔クリスに睡眠中に襲撃かけるから私が近づいたらすぐ起きて対応するようにと言われて訓練した為、何かあれば目が覚めてしまうようだ。

そして目覚めた理由は簡単で。

 

「カズマさん…」

「ん?えぇ⁉︎」

 

寝起きというのもあるが目の前に光景に驚愕してしまい時間が止まったように思考が出来なくなる。なんといつの間にかゆんゆんが帰って来ていたのだ。

確かに彼女とめぐみん2人は住んでいるので鍵を持っているので中に入れるのでいきなり俺の部屋にいても問題はない。

 

「ああゆんゆん戻っていたのか…悪かったな里に戻れなくて理由は話せば長くなるんだが」

「大丈夫ですよ、理由はもう分かりましたから」

 

状況としてはベットにの正面にゆんゆんがいて俺はそのまま横になっている状態だ。

めぐみんの話では出る前に手紙を出すとか言っていた様な気がしたが、多分手紙よりも早くアクセルの街に着いてしまったのだろう。

 

「え?」

「だから理由は分かっていますから説明しなくても大丈夫ですよ」

「うわっ‼︎」

 

彼女はニッコリと虚な目を釣り上げて笑顔を作るとそのまま俺の掛け布団をめくりあげ俺とアイリの姿が浮き彫りになってしまう。

あまりにも彼女らしからぬ光景に思考が追いつかず彼女にされるがままになる。

 

「カズマさんの事だから街で何か事件があってそれを解決するために色々立ち回っているものだと思っていたのに…」

「待て‼︎落ち着け‼︎これには深い訳があるんだ‼︎」

 

「これじゃあ必死に頑張っていた私が馬鹿みたいじゃ無いですか‼︎」

「待て待て‼︎」

 

彼女の叫びと共に腕に魔力が集中し始める。

これは不味いと思い周囲を探すと、久しぶりに見るもう一つの影を見つける。

 

「めぐみん‼︎見てないで助けてくれ‼︎このままじゃ死ぬ‼︎」

 

めぐみんは我関せずを貫きながらも事の顛末が気になるので一応見に来たみたいなそんな感じだった。

 

「カズマ…気持ちは分からなくはありませんが流石に今回はやりすぎです」

 

どうやらめぐみんが助けてくれる様なことはなく、俺はこのままやられてしまう運びとなるようだ。

しかし、人間の感情は一時のものでこの場を抜け出して頃合いを見て話し合いの機会を設ければ彼女も理解してくれる筈、そう思いながら潜伏・逃走スキルなどの盗賊のスキルを発動させながら逃げようとするが体が動かない。

 

「しまっ‼︎」

 

…そう、俺の体は今だに眠りに落ちても尚離さない万力の力を持つアイリによって拘束されているのだ。

 

「起きろアイリ‼︎ここは戦術的撤退だ‼︎」

「…私よりこんな小さい子が良いんですか‼︎やっぱりカズマさんはロ◯コンだったんですね‼︎」

「違う‼︎これは誤か…」

 

何とかアイリの腕を解こうとする俺に対してゆんゆんは悲しみの感情と怒りの感情の入り混じった複雑な感情を出しながら俺に向かって魔法を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

「うぁぁぁぁぁあぁっぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁlーーっ‼︎」

 

バサッと腕に絡まっているアイリごと布団を捲りながら起き上がる。

 

「……⁉︎」

 

そして周囲の状況を確認して部屋のどこにも損傷がなく屋敷の気配も俺とアイリのものしかないので、先程までの光景が夢だったと気づく。

それは恐ろしくリアルで俺の恐れていた光景が鮮明に再現されていたので、一種の予知能力を得てしまい未来予知を夢という形で発動したのではないかと思う程の恐怖を俺に植え付けたのだった。

 

「ーーはぁ…危ねぇ…」

 

しかし、現実では何事も無かったので良かったが朝に突撃されたら言い訳出来ないので、今度から俺の起きている時間にしか鍵で入れないように細工するのも良いかもしれない。

もし2人が帰ってきてこの状況をどう説明したら良いだろうか?

 

「ん…お兄様?こんな朝早くにどうされましたか?」

「いや、ちょっと悪夢を見てな」

「そうですか…それで今日は何をなさるのですか?」

 

思いっきり起き上がったのでアイリが目を覚ましてしまう。

普段は二度寝をかましていたが、今回は目が覚めてしまったのでこのまま起きて活動しないといけない流れのようだ。

 

「そうだな…昼頃にもしかしたら客人が来るからそれまでは屋敷の近くで作業でもするか」

「分かりました‼︎それでは朝食の準備をいたしますね」

 

まるで家政婦の如く働く彼女を見てもう少し子供らしくしても良いのではないかと思ったが、家事を行う事が彼女なりのここに居てもいい理由なのかもしれないのでやりたい事はやらせてあげる事にしている。

決して面倒だとかそう言う事は無いのだ。

 

「お兄様宛に手紙が届いていますよ、送り主はゆんゆんさんですね」

「おう、ありがとうな」

 

家事の片手間か俺が降りてくる間に手紙を取ってきてくれたようだ。

 

「このゆんゆんという方がお兄様の仲間でしょうか?」

「ん?まあそうだな。2人とも年は近いだろうから仲良くできるんじゃないか?」

「そうだといいのですが…」

「大丈夫だって、いざとなったら俺が敵役になってでも間を持つからさ」

「そこまでして頂かなくても大丈夫です‼︎」

 

キッパリと断られてしまったので追求はせず、仕方なしに手紙を読む事にした。

手紙の内容は簡単で里の復興状況が綴られていた。

 

サトウカズマ様

拝啓

古の戦いからはや数年、あの時の怪我は大丈夫でしょうか…私は(以下略)

 

里の復興の工程は半分程ですが完了致しました。

本当であればそこまでかからないのですが、地面が爆発等でへっこんでしまいそこを埋める作業に大分時間を取られていましてまだお家を建て直すまでに至っていません。

アクセルで何かトラブルがあったと手紙にありましたが何かありましたらすぐ呼んでください。里の復興は皆んなに押しつ…(黒く塗りつぶされ読み取れない)協力して頂き早々に切り上げて向かいます。

 

PS

ねりまきが酔っ払った時にカズマさんが酒場に来たと聞きましたが、それは一体どう言う事でしょうか?後で詳しく説明お願いいたします。

 

 

「終わった…」

 

読み終わった手紙から目線を外しそっと手を降ろす。

どうやら彼女達が帰って来るのはまだ先の様だが、それよりもとんでもない事がバレてしまったようだ。

酒でねりまきが情報を漏らすとは考え辛いが、全てを話した様ではなさそうなので適当に言い訳を考えておけば大丈夫だろう。

 

「お兄様、食事が出来ましたよ」

「おう、ありがとうな」

 

手紙の事は置いておいて今は朝食をとる事を考えよう。

 

 

 

 

 

 

朝食を終えアイリが食器を洗っている間に再び便箋を取り出して返事の手紙を書く事にする。

 

 

拝啓

世界全土を巻き込んだ戦争から(以下略)

 

復興が無事に進んでよかった。

こっちのドタバタはまだ終わりそうに無いけど今の所は戦闘にならなそうだから大丈夫だ、けど何かあったらまた連絡するからその時は頼む。

 

ps

ねりまきの酒場に行ったのは情報が必要だから行っただけでそれだけだよ。

あと温泉券を同封しておくから帰りにアルカンレティアに寄って体でも休めてくれ。

 

「…これで大丈夫か?」

 

取り敢えずポストに入れる前に旅行会社的な場所で券を買って同封すれば大丈夫だろう。

相手がどこまで情報を掴んでいるか分からない以上、下手な言い訳は墓穴を掘ってしまい落語でいう語るに落ちると言う結末になりかねない。

 

「悪い少しだけ出かけて来るわ、すぐ戻るから待っててくれ」

「分かりました」

 

一体なんの為に待たせるのか分からないが、取り敢えず屋敷にいれば大丈夫だろう。

 

街の商店街に向かい、アルカンレティアの旅行券を買いそれを封筒に入れポストにシュートする。

これで幾らかは時間が稼げるだろう、それまでにアイリの件を解決できれば何事もなくゆんゆん達を迎え入れられる。決して夢がトラウマになりかけたとかそんな事は無いのだ。

 

せっかく来たので他にも何か買うものが無いか探していると、とある店が見つける。

特に理由はないが、面白そうだったので中に入る。何を売っているかというと植物の種を取り扱っているお店で野菜や果物・魚など数々の種類の種を取り扱っているらしい。

 

「…やっぱり魚って種から出来るのかよ」

 

この世界は魚は畑から出来ると聞いているが、こうして種で見るとやはり農作物なんだなと認めざるを得ない。

ちなみに水の中を泳ぐ魚も居るので一概に全ての魚が畑で取れるわけでもないらしい。

 

そういえば薬草を植えた場所に少しあまりがあった事と、いつだったかめぐみんがここで家庭菜園をしようとか言い出していた事を思い出す。

ダクネスがくるまでやることが無いので家庭菜園を進めておくのもいいかと思いながらいくつかの種を購入した。

 

 

 

 

 

 

「と言う事で今回は家庭菜園をしていきたいと思いま〜す」

「おーーっ‼︎」

 

帰ってき俺はアイリを着替えを済ませる様に指示を出した後に庭に呼んで座る様に命令したのち、選手宣誓の如く家庭菜園をやる事をここに宣言した。

現在アイリは汚れてもいいように買ったプチプラの服に麦わら帽子をかぶっており、その姿は完全に夏休みに両親の実家にに帰省した子供の様だった。

 

「それで私は何をすればよろしいのでしょうか?」

「よくぞ聞いてくれた、庭の畑はすでに耕されているから今日は種を植えてもらおうかな」

 

そう言いながらアイリの前に買ってきた種の袋を差し出すと彼女は不思議そうにその袋を覗き込んだ。

 

「これが植えれば植物がなると言われている種というやつですね」

「そうかアイリはこう言うの見るのは初めてか?」

「そうですね、多分見た事がないんじゃないかと思います」

 

たとえ記憶を失っていても物の使い方などの記憶はまた別の領域にあるらしく、一度に全ての記憶が消えることはないと聞いたことがあるが、今回の件は種とはまた別で単純に見たことがないだけだろう。

 

「これを土に植えて水をやれば見事に野菜とかが育つ訳だ」

「成る程!ですが食事とかはどうすれば良いのでしょうか?」

「それは必要ないかな、植物は光合…そういえばこの世界だとどう言う仕組みなんだろうな?」

 

畑からサンマが生えるくらいなので、もしかしたら日本とは別の法則が働いて居る可能性があるかもしれないのでここで変に博識ぶって嘘を教えるのはまずい気がする。

 

「なんでだろうな…今度聞いておくよ。まあそれはそれとして昼までに作業を進めておこうか」

「分かりました‼︎」

 

彼女のある程度の種を渡して等間隔で種を土の中に沈めてもらう。

種類は簡単で美味しい物を店員に聞いて選んで貰ったので俺が適当に育てても大丈夫だろう。

 

それと一つだけ植木鉢を用意しており、畑の土を入れそこに彼女には渡していない一つの種を入れる。

俺がこの世界に来てからずっと疑問だったサンマの生育である。本来卵から稚魚が生まれてそこから成長していくのだが、この世界のサンマは畑で収穫され八百屋ではなく魚屋で売られるというよく分からない構造になっている。

人に聞いても要領を得ないのでいつかは作ってみたいと思っていたが、今回ようやくそのチャンスが回ってきたと言うわけだ。

 

「ぱっと見は完全に乾燥した魚卵なんだよな…」

 

種はどうなっているんだと思い種を取り出すと、その姿は完全に魚の卵で土の中に入れるより水槽に入れたほうが良いのではないかと思えるほどだった。

 

まあ物は試しだろうと魚卵…もとい魚種を植木鉢の土の中にシュートし上に土を被せる。栄養剤的なものも買ってきたのでそれを土に差し込み準備完了だ。

後はこいつを日の当たる場所において、アイリの補助をすれば完了だ。

 

 

 

 




シスターがカズマに対して毒を吐くのには理由があったりします…


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六花の少女8

誤字脱字の修正ありがとうございます


「ふー終わった。午後まで行くのかと思ったけど案外早かったな」

 

畑仕事を終え一息ついたタイミングで時間を確認すると丁度昼時になっていた。

こんな事を断続的に行っている農家には頭が上がらない。あの方々はこれに虫や伝染病対策を行わなくてはいけないと考えると体がいくらあっても足りないだろう。

 

この世界には虫除けの魔法があるので農薬は必要ないと言われているが、流石にそんな所にまでスキルを割けないので今回は小型魔道具で代用することにする。

これによりこの野菜達は無農薬野菜になるわけだが、そもそもこの世界に農薬が無いので無農薬という付加価値が意味をなさない。

…まあこれで商売しようなんて考えは無いのだが。

 

「お疲れ様ですお兄様。午後からお客様がお見えになられるんですよね?」

「ああ、そうだったな」

 

出来上がった畑を呆然と眺めていると、何かを思い出した様にアイリが問いかけてくる。

これで忘れていたら何の為に畑仕事をしていたか分からなくなってしまうので忘れてはいなかったが、準備するにはこの時間帯が頃合いだろう。

 

「片付けは私が行いますので、お兄様はそろそろ準備をされたらどうでしょうか?」

「それは助かるけどいいのか?結構な量があるぞ」

「それでしたら大丈夫です。記憶がないので分かりませんがこれでも力には自信があります」

 

ふんすと細い腕で自慢げに力瘤を作る彼女によく出来すぎて困っちまうな、と感動しながら一番面倒と言われている片付けを任せる。

 

 

流石に来客の訪問時に汗に塗れた姿で会うのは失礼に当たるので、軽くシャワーを浴びて身を清めたのち少し上品めの服に着替える。

ダクネスを呼ぶ場所であるラウンジはアイリの手により既に片付けられているので、今更何かする必要は無いだろう。

 

ラウンジに設置された向かいあわせのソファーに腰を掛けながら両手を合わせて思考を巡らせていく。

準備はおおよそ出来ている、後は話し合いをどのような方向へもっていけばいいのかだ。

 

ダクネスはドMのアホであるが馬鹿では無い。

単刀直入にアイリの事を聞き出そうとすれば勘づかれ人を使われ探りを入れられるだろう。かと言って遠回し遠回しに聞いていくと話が逸れて本題にもっていけない可能性が出てくる。

まずはアイリに関わる人間関係に属しているかを確認しなくてはいけなく、その上俺の考えに協力的かどうかも確認しなくてはいけない必要性もある。

 

最悪アイリを連れて逃げる事も視野に入れておかなければいけない。

俺を誘き出すために弱点を突こうにも、ゆんゆんとめぐみんは紅魔の里にいるので人質に取られる事は無いだろうし、仮になった所であの2人ならうまく逃げ出してくれるだろう。

 

 

…そう言えば俺に会いたいとか言っていたな?

あれは一体どの様な意味なのだろうか?

俺がアイリを保護している事を知っており、それに関して確認しにきたのだろうか?

それだったら仲間になる可能性が高く、俺の想像する上での良条件の展開になる。

 

しかし、逆のパターンも存在し仲間のふりをしながらアイリを人質にしたり暗殺をする可能性も出てくる。

…まああのダクネスがそれをする事は考えられないので却下したいが、何も知らずに上部組織に真実と異なった指示を出されている可能性があるので何とも言えない。

 

…いや、この件に関してそもそもアイリは関係なく俺の自意識過剰だったケースも十分あり得る。

世の中は広い様で狭いみたいな考えはこの世界でも浸透しているので、似た様な事に共通点を見つけて二つの事象は同じ物だと勘違いしてしまっているのかもしれない。

 

何にせよダクネスが来なければ全てが始まらないので出たとこ勝負になるのだが…

そもそもシスターが昼頃に向かわせる的な事を言っていただけでまだ眠っている可能性もなきにしもあらず…俺はアイリに仕事を押し付け来ない人を待っているという最悪のシナリオになってしまう事もあり得なくは無いのだ。

 

 

 

 

 

そんなこんなでどうしようか考えているとチャイムの音が屋敷に響く。

アイリにはいちいちチャイムは鳴らさずに堂々と入ってこいと言ってあるので、タイミング的にダクネスだろう。

 

 

 

「すまない、シスターに聞いたのだが私を教会に運んでくれたのはお前だった様だな」

「ああ、そういう事だから感謝してくれよ」

 

玄関のドアを開けると俺の予想通りダクネスが申し訳なさそうに手土産を持ちながら立っていた。

罪悪感か何かは分からないが少し緊張していたので手土産をその場で食うなどのおふざけを全力で行っていたら流石のダクネスも堪忍袋の尾が切れ、気づけばいつもの様なテンションに戻っていた。

 

「はぁ…お前は全く変わらないな…また魔王軍幹部を倒したと聞いたから幾分か自覚が出ていると思ったのだが…」

「何言ってんだよ?人間がそんな簡単に変わってたまるかよ」

 

ダクネスが持ってきた手土産の謎のスティックを口に運びながら悪態をつく。しばらくアイリの前で生活していたので久しぶりに自分らしさを出せた様な気がした。

 

「それで?俺に何か用があったんじゃ無いのか」

「ああ、そうだったな」

 

緊張も解けてきた様なので、ふざけるのも止めて姿勢を正してダクネスに向き直る。

ここから心理戦を始めなくてはいけないのだ。

 

「説明するよりもこれを見てくれた方が早い」

「これは…」

 

ダクネスが俺に向けて差し出したのは一つのペンダントだった。

見せられたペンダントは前にバルターなる者から貰った身分を証明するもので、ダクネスが差し出したものはそれと同じだがそのデザインには見覚えがあった。

 

これは俺がバルターから貰ったペンダントがどのくらい高い地位の保証が得られるのか調べていた時に、王族以外で一番高いものはどの一族なのだろうかと思い見たのが丁度この紋章だった。

つまりダクネスの正体は…         

 

「ダスティネス家だったのか…」

「ああ、そうだ隠していて悪かったな…っておい‼︎それを懐に収めようとするな‼︎」

 

折角なので頂こうとしたが、流石に一族の信用をのせたペンダントをそう易々と譲る気はないらしく今までに見た事のない速度で取り返される。

 

「クソ…流石に公爵のペンダントは手に入らなかったか…」

「はぁ…はぁ…普通はここでびっくりして恐縮する所だろ、油断も隙もないやつだな」

 

ダクネスは俺が水戸黄門に紋所を出された悪代官の如く平伏するものだと思っていたらしいが、生憎この場では俺の方が優位なので彼女に頭を下げるつもりは1ミリもないのだ。

 

「何言ってんだよ?俺とダクネスの仲だろ?と言うかその金髪碧眼を隠さないで庶民だと言い張る方が無理だろ?」

「…まあ確かにそうだが、そんなに私は目立つのか?」

「ああ、大体そうじゃ無いかとは噂されていたな」

 

ただその変態的なドM性癖の所為で確証に至らなかった、とはこの場では言わない方がいいだろう。それが彼女の為であり今後の俺の為でもある。

 

「コホン…お前が貴族に関して詳しいので説明が省けて助かる」

「おうよ、それで?そのペンダントで身分を明かして俺に何を頼みたいんだ?」

 

いつまでもくだらないやりとりを続けても話が進まないので、早々に切り上げて本題に移る様に話の流れを戻す。

 

「ダスティネス家は王族の盾と言われるほど王家と密接に関わる家でな、何かある度によく王都に呼ばれるのだ」

「成る程な、だから姿が見えない時は街の何処を探しても居ないわけか」

「まあ、そうなるな」

「と言うことはクリスもそうなのか?」

 

姿が見えないという共通点を持つクリスも実は公爵家の人間で、ダクネスの様に王都に呼ばれているから姿を偶にしか見ないという事も考えられる。

それなら王家の命令で何処からか現れた日本人の持つ神具が所有者を失った後に悪用されないように管理するという命令を秘密裏に受けていると考えれば多少の矛盾は生じるが今までのおおよその事に説明がつく。

 

「クリスか?アイツは貴族では無いはずだ、社交界でも見たことがないし先程お前も言っていた様に基本的に貴族は私の様な金色の髪に碧眼の特徴を持っているから銀髪を見掛けようものなら忘れることは無い」

「そうか、てっきりそうだと思ったんだけどな…」

 

どうやら俺の勘は外れているらしい。

だがダクネスが嘘を付いていればその限りではないが、彼女の様子を見る限りその可能性は低いだろう。

それだと一体彼女の正体と行動原理は何なのだろうかと思ったが、今回の話し合いの趣旨からズレるので追求はしない方が良いだろう。

 

「確かにアイツの行動は私でも読めないというか…そうだな私でも分からない。突然現れて何かしたかと思い気づけば姿を見なくなっているなんてこては結構ザラだからな」

「へー、やっぱり仲が良くても分からないもんか」

「そうだな、それでもこの街に来たてで冒険者との距離が掴めない時期に私が1人で街に居れば必ず声をかけてくれる優しいやつだよ。まあ今でもそうだがな」

 

フッ…と昔を懐かしむ様な含み笑みを浮かべながら過去の余韻に彼女は浸っている。

やはり身分を隠すゆえに皆から距離を置かざるを得ない状況下で出来た友というのは貴重で大切なのだろう。

 

空気を壊すのはあれなのであえて言わないが、距離を取られる理由は本人が思っている事では無いのは火を見るよりも明らかなのだ。

 

「…アイツの話は置いといてだな」

「ああ、話を逸らして悪かったな」

 

早く本題に入ろうと思っていたが、その事を意識をすればするほど他の事が気になり出してしまい話が逸れてしまう。

企業の企画会議ではその与太話から何かのアイディアが生まれ革新的な企画が生まれる事があるが、今回の話し合いの目的は零から一を作るものではなく一を別の一にする作業なのだ。

…まあ殆どは雑談が盛り上がるだけで意味は無いとは聞くが…

 

「これはまだ公表されてはいない話だが、お前は口が硬いほうか?」

「そうだな…言うなと言われれば言わないくらいだな」

「フッお前らしい言葉だな、だが今はそれを信じよう」

「おう」

「簡単に説明する。この国の実権を握っている国王とその第一王子が殺された」

「マジか」

 

重たい話が来るかと思ってはいたが、まさかここまで重たい話が飛んで来るとは思っていなかったので、思わず軽い若者言葉が口から漏れてしまう。

 

「魔王軍がついに王都まで手を出してきたのか?」

 

なんだかんだ言って魔王軍幹部の半分程を討ち取ってしまったので、それの報復かそれともこれ以上不利にならないうちに魔王軍が戦力を総動員して大将の首を取りに来てそれを果たしたと言う事だろうか?

そうなればダクネスがボロボロになる理由もわかる、

流石のダクネスもベルディアばりの戦闘力を持つモンスターと戦ったならあのくらいの負傷を負っても問題は無い。

 

「いや、今回の件に関して魔王軍や魔物とは一切関係はない」

「何だよ‼︎…いや悪い」

「構わない、私も今になっても信じられず夢か何かだと言われれば頷いてしまうほどだ」

 

自身の予想が外れた事で思わず叫んでしまい、それに対して謝罪する。

人の生き死に関わっている話の中で流石の俺もふざけ倒すわけにはいかないのだ。

 

「原因はそう難しくはなくむしろ良くあることだ……有り体にいって身内のクーデターだ」

「成る程な…魔王軍と戦争していると言っても貴族独特の地位争いは変わらずと言うことか…」

 

漫画や映画でよくある展開で現実ではない話だが、異世界では日常茶飯事なのだろうか?

身内同士での継承者争いや足の引っ張り合いはよくテーマにされるだけあって、この世界の貴族間でもあるのだろう。

 

「実行犯は多分国王の兄に当たる人物でな」

「兄で弟が国王になったという事はその性格に難があったって事か?」

「流石だな、そういう事になる。アイツは元々貴族以外は奴隷にしろや市民にも階級をつけて使えない人間は階級を落としていって処刑しろなどと言う優性思想があって、国王にするには危険すぎると前国王が判断して弟である現国王…今となってはこっちの方が前国王だが、それは置いておいて今の国王が選ばれたと言う話になっているんだ」

 

「へぇ、そんな裏話があったって訳か。でもそれならクーデターを起こす事を事前に予想できたんじゃ無いか?」

 

人間の嫉妬という感情は己を高める方向に向けばかなりのアドバンテージとなるが、ほとんどの人間はその感情を原因となった人間の足を引っ張る方向へと向けてしまう事が多いと聞く。

これは動物でも起こるというので、生物の本性といっても過言ではなく、感情である程度は抑えられたとしてもここまでの規模は耐えられるものではないだろう。

 

話はもしもになるが、弟が国を引き継いだという国内に居れば何処にいっても突きつけられる現実に耐えられる人間性を持っていれば、こんな回りくどい真似はぜず皆喜んでそいつを国王にしただろう。

 

「そうだ、だからそいつには必要以上の生活レベルと地位を保証する代わりに、使用人の人選や行動にかなりの制限を掛けていてクーデターなどは起こせない様になっていたはずなんだ」

「成る程、それなのにクーデターを起こしたと言う事は王都の人間に内通者が居たと言うことか」

「信じたくはないがそういう話になるな…」

 

組織の爪弾き者に手を差し出す者はそう珍しくは無い。

自身の地位が脅かされそれを回避しようにもしがらみがあって出来ない事を、それが無くそれなりに力がある人間に頼み頂点に立たせる代わりに甘い汁を吸わせろという約束をさせ革命を手伝うと言う話も考えられなくもない。

何せ上手くいけば自身の地位をNo.2にまで上げる大躍進を遂げれる可能性があるのだ、何もしなくても消えていく地位に怯えながら過ごすのであれば賭ける価値は大いにある。

 

「それで王都の現状はどうなっているんだ?」

「それは私も詳しくは分からない…これは私の予想だがそいつが王座に着いて国民の皆に政権交代をした事を自分に都合よく説明する準備をしているのでは無いだろうか?」

「それもあるな、ボロボロになったって事はその現場にいて防衛をしていたんだろ?その時の状況を教えてくれないか?」

 

ダクネスが俺に何を頼みたいのかある程度予想がつくが、その時の状況が分からなければ頷くに頷けないのだ。

 

「…そうだな、これは私自身の無能さが露見するからあまり話したくは無かったが仕方あるまい」

 

やはり自身が失敗を犯した話はなるべくしたく無いという気持ちは分からなくはないが、話してもらわなくてはその時の状況が分からないので対策の立てようがない。

 

「キッカケは些細な事だったんだ。あれは確か魔王軍幹部のシルビアが紅魔の里に伝わる魔術師殺しを手に入れたという報告が来た時だったな」

 

確か紅魔の里は昔から自分たちの弱点である魔術師殺しが解放された時は王都から応援をよこすと里の誰かが言っていた気がする。

実際にバルター率いる騎士団がシルビア討伐に精を出していた事は俺が立ち会っているので間違ってはいないだろう。

 

「それにより騎士団の実力者の殆どが紅魔の里へと派遣されてしまい、王都の警備は一時的に私達ダクネス家とシンフォニア家へと委託される形になったのだ」

 

魔王軍幹部となると並大抵の騎士でなければ太刀打ちすることが出来ない筈なので、選ばれるのは王都でも屈指の実力を持っつ者達だろう。

故にその減った戦力を補うためにダクネスなどの親身にしている貴族の私兵に警備を任せるのは当然の流れだろう。

 

「そのタイミングを突かれたわけか」

「不甲斐ないがそうなるな、話を進めるがその日の夜に事は起きたんだ。警備に私兵を当てていたというが、私も冒険者の端くれなのでその警備に参加し指揮を取らせてもらっていたんだが、正直国王と王子の死の瞬間には立ち会えなかったんだ」

「つまり気づいたら死んでいたと言うことか?」

「悔しいがそう言うことになる。言い訳になるかもしれないが、その時に私が任されていたのは王子の妹である王女様の護衛でな」

「国王はシンフォニア家が担当していたと言うわけか」

「そうだな、普段の王家との交流はシンフォニア家の方が時間が長い為、城の仕掛けや隠し通路の便宜が測りやすいので、今回は役割を分けたのだ」

 

適材適所、いくら信用が高いからといっても普段から城に住み込んでいるものと比べればいざと言う時の対応に差が出てしまうのだろう。

王国制をとっているこの国の仕組みを考えれば王の命一つで国が傾くので、最悪の事態は何としても避けなければいけないのだ。

 

「それに王女もまだ若く12歳程度の少女なのだ、いくら王族でレベルが高いとはいえ子供に自分の命を守れなどとは酷な話だろう?そこで歳の近い私が選ばれたわけだ」

「成る程な、国王と王子が討たれたと言っていたけどその王女は無事だったってわけか?」

「いや、それがまだ分からないんだ…その経緯もこれから説明する」

「そうか、話を遮って悪い」

 

「それで、最初はクレアの悲鳴だったんだ…ああクレアっていうのはシンフォニア家の当主だな。その悲鳴を合図に国王の兄側についている貴族の連中らが差し向けたと思われる私兵が城に攻めてきたんだ」

「そこで戦争になったわけか」

「そうだ、まあ私兵といっても所詮はここの貴族が所有している兵士なので騎士と比べれば劣るので、対処するのにそこまで苦労することは無いはずだったのだが」

 

貴族の所有する私兵は、訓練されているとはいえ実力がある人間は騎士団に引き抜かれるので城に残った騎士団とダスティネス家やシンフォニア家の合同の兵には敵わないという理屈だろう。

 

「いくら兵の質がこっちが有利だとしても、数で攻められてはどうしようもないと思い、私は王女様を連れて状況確認を兼ねて隠し通路のある玉座へと向かったのだ」

 

任されたのなら国王など気にせずに王女様だけ連れてあるであろう他の通路で脱出すればいいものだろうが、その時の状況的に出来なかったのだろう。

 

「下の階では激戦が繰り広げられていたが、兵の侵攻は下で止められていたので上に行く分には問題はなかったので一直線に玉座の間に向かったのだが、扉を開けて目に入ったのが兄の腕に王子の頭部が握られ国王の体に宝刀の刃が刺さっていた状態だったのだ」

 

中々にショッキングな光景だ。

 

「クレアはその横で満身創痍な状態で壁に打ち付けられていたよ、幸いにも衣服だけだから命に別状は無かったのだがその時は流石に死んでいたと思ったよ」

「その状況を2人で対処しなくちゃいけなかったわけか」

「そうなるな、私兵も居た様なんだが、皆気を失っているか事切れているのか分からないが皆そこら中に転がっていたんだ」

「酷い表現だな…」

「流石にこのままでは不味いと思いその王兄を捕縛しようと思い立ち向かったのだ」

「まあダクネスならそのシンフォニア家の騎士よりかは硬いからな」

「あまりその表現をされるのは好きではないのだが…そうだな私であれば王兄くらいなら簡単にとり抑えられるうだろう、しかしそうはいかなかったんだ」

「仲間が居たのか?」

「そうだ、深いフードにローブを羽織っていたから詳しくは分からないが息遣いや動きからして若い男性だろうことは分かったが、そいつの実力が私の予想を超えて高く私1人では対処できなかったのだ」

「あの怪我はそいつにやられた傷というわけか、てっきり大人数にリンチされたのかと思ったけど」

「そうだどんな仕掛けを使っているかは分からないが、アイツの攻撃は私の高い防御力などまるで意に返さないかの様に切り刻んでくれたよ」

 

「それを見た王女も不味いと思ってくれたのか、私兵の持っていた剣を拾い上げて私の戦いに加わってくれたのだが2人がかりでもそいつの歯が立たなかったのだ」

「マジか…一体そいつは何者なんだ?見当とかついてたりするのか?」

「いや、それが全く分からないんだ。あそこまでの実力を持っている者であれば私の耳にも入るし一度くらい手合わせはしている筈なのだが…」

 

つまり内通者の1人が俺みたいな日本人を雇って護衛として側に置いていたのだろうか?

それならいきなり現れた無名だけど最強の傭兵という事にも納得がいくが、俺たちの使命は魔王を討伐する事なので王族の内ゲバに関与するとは思えない。

だが、所詮俺たちも人間なので使命を放って王族に加わりたいという気持ちもわからなくもない。

結局の所、この件も当人と会ってみなければ分からないだろう。

 

「その後はどうなったんだ?それで終わりならお前はここに居ない筈だろ?」

「そうだ、王女様と2人がかりでも太刀打ちができずに2人ともほぼ満身創痍になり、このままでは不味い。何としても王女様だけは護らなくてはいけないと思い、奴と距離を取りつつ隙を見て王女様を城外の川へ投げ飛ばしたんだ」

「いきなり話がぶっ飛んだな」

「そうだ、何とか王女様が川に着水した事を確認した後私は奴に切り刻まれたよ」

 

いくら子供とはいえ1人の人間を城外にある川に投げるなんて可能なのだろうかと思ったが、脳まで筋肉なダクネスなので不可能では無かったのだろう。

正気の人間のやる沙汰では無いので相手も予想できずにその暴虐を許してしまったのだろう。多分俺が同じ立場でも見逃す自信はある。

 

「その後は呆気なく私達が拘束された事を知った私兵達は降伏し、何故か殺されずに拘束され違反者を懲らしめる懲罰房の牢屋に閉じ込められていたのだが、牢屋の数が少なかった事も幸いしてかクレアとは同じ牢に閉じ込められていたんだ」

「そこから色々彼女の協力もあって何とか私だけ城から脱出してここまで歩いてきたんだ」

「マジか、そのクレアは…」

「安心しろ牢を出る時に思いっきり頭突きしてきたから被害者として扱われているだろう」

「クレアェ…」

 

どうやらダクネスを逃すために犠牲になったわけでは無かった様だが、シンフォニア家当主も大変だなと思わずにはいられない。

 

「これが今回起こった事の経緯と顛末だ。目が覚めた時に王都の情報を調べたが、特に問題が起こったとは書かれていない以上まだ奴らは行動に移していない状況にあるのは確かだ」

「成る程な…叩くには準備している今のうちという訳か…」

「そうだ、それに王家の実権を全て握るのであれば聖剣の現継承者である王女様を討たなくてはいけない筈だ」

「まずはその王女様を確保して奴につけいる隙を作るわけか」

「それもあるが、純粋に心配なところもある」

「だろうな、それが俺に頼みたい事か?」

「そうだ、申し訳ないのだが、私達が準備している間におまえたちには王女様の捜索を頼みたいんだ…」

「成る程な」

 

占拠された城を奪還するにはそれ相応の兵と準備が必要になる。

ダクネスはこれから交流のあった他の貴族達に協力を要請して兵や物資を集めなくてはいけないのだ。

 

それにはまずシンボルである王女の姿が必要になる。

王都側が沈黙を貫けばダクネスが反旗を翻そうとしている様に邪推する人が出てくるので、分かりやすい王女の姿がなければクーデターが起きた事の証明が難しくなる。

それに血筋だけ見れば王兄の方が相応しいと考えられなくもなく、王女不在の状況下では王家の血筋を持つ王兄が正当な継承者になり得てしまい仮に王兄を討ったとしても王家の血筋を引くものが居なくなってしまい、この国の根幹が傾いてしまう危険性がある。

 

何にせよ、最終的にはその王女を王座に据えて国政を担ってもらわなければ、この国は混乱の時代に突入するだろう。

 

「探すのは構わないが何かあてがあるのか?あと顔が分かるものがあればいいんだけど」

 

結局俺はその王女の事に関して何も知らないのだ。

王族という事なので金髪碧眼だという事は分かるのだが、その特徴は王族以外の貴族にも当てはまるので一体誰がその王女様なのか見分けがつかないのだ。

 

「顔については王都の出している広報に肖像画みたいなものが描かれているからそれを見てほしいのだが、問題の居場所だが全くもって見当がつかないんだ」

「それじゃその川の場所を教えてくれないか?それしか手掛かりが無いならそこを辿るけど」

 

王女様のご尊顔は広報を拝見するとして、手掛かりにあるその川を辿り近くにある村や街を片っ端から当たっていけば何とかなるかもしれない。

 

「それに関してはこの街の近くを流れている川だな。私もその川を辿りながらこの街にきたので間違いは無い」

「成る程な…」

 

何だか俺の頭の中にある色々なピースが合わさっていく音が聞こえてくる。

しかし、俺の頭は何故だか知らないがその整ったパズルの完成図から目を逸らしている、これは一体どういう事だろうか?

 

「移動費とかは出してくれるんだろうな?」

「ああ、そんなケチな事はしない。見事無事に保護してくれたなら莫大な報酬を出そう、何せ王女様だからな」

「いいだろう。その話請け負ったよ」

「ああ助かる、3人でやってくれればすぐ見つかると期待している」

 

瞬間空気が凍りつく。

 

「そう言えば2人を見ないな?上の階で休んでいるのか?」

 

その空気の違和感に気づいたのか辺りをキョロキョロと見渡す。

 

「ああ…それなんだが2人は今里帰り中で居ないんだ」

「成る程、通りで最近爆裂魔法の苦情が無かった訳か…まあよろしく頼む。お前なら1人でも彼女を見つけ出してくれると期待してるぞ」

 

やはりめぐみんの爆裂魔法のクレームは来ているようだが、彼女が里にいるため今は鳴りを潜めていると言ったところだろうか。

 

「そう言えば玄関に靴がもう一つあったがあれは一体誰のなんだ?もしかしてパーティーのメンバーが増えたのか?」

 

話がひと段落したので気が抜けたのか先程迄の緊張感は消え、いつものようなおっとりと少し抜けた様なダクネスに戻る。

 

「ああ、今は妹が来ているんだよ」

 

流石にこの状況下でアイリの事を話すのは気が引けるので、事が安定するまで彼女の事は俺だけで内密に調べようかと思う。

 

「お兄様、お客様、お茶が入りました」

 

話がひと段落したのを狙ってきたのだろうか?

出るな…とは言っていなかったがラウンジの扉から何故かエプロンドレスを着用したアイリがお盆にお茶を乗せながらこちらに向かってやってくる。

 

 

「お兄様どうぞ、お客様もどうぞ」

「おお助かる、話していて喉が渇いてきたところだったよ」

「ありがとう」

 

互いに礼をいい、互いにカップに口をつけてお茶を飲む。

アイリは自分が入れたお茶の感想を聞きたいのか黙ってテーブルの端で待機している。

 

「中々美味いな、流石俺の妹だ」

「えへへ…」

 

取り敢えずカップを置いてアイリの頭を撫でてやる。

 

「ああ、中々の味だ。これほどの腕があるなら是非うちの家で働いて貰い…たい…もの…え?」

 

アイリの入れたお茶が口にあったのか、それとも子供に対してのお世辞なのか上品にお茶を飲んだ彼女はティーカップをテーブルに置きアイリの方を向き賛辞の言葉を言おうとしたが、その途中でまるで鳩が豆鉄砲を食らったような何ともいえない表情で硬直した。

 

 



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六花の少女9

誤字脱字の訂正ありがとうございます。



「え?」

 

紅茶に口を付け何か見てはいけないものを見てしまったような表情でアイリを見つめながらダクネスは硬直している。

この紅茶はウィズの店にて購入したものなのでもしかしたら何か良からぬものでも混入しており、今回ダクネスはそれを引いてしまったのだろうか?

 

「どうした?何かあったのか?…ああ紹介するよこの子が俺の妹のアイリだよ」

「アイリです、よろしくお願いいたします」

 

俺の紹介に合わせてアイリはペコリとお辞儀をする。

どこかで覚えたのか、それとも記憶を失う前の習慣が残っているのか、たまに恐ろしいほどに礼節がしっかりしている時がある。

 

「カ…」

「か?」

「カ、カズマァァァァァァ‼︎貴様アイリス様に何て事をしているんだ⁉︎」

「うあぁぁっぁあぁっぁあっぁぁぁぁーーっ‼︎」

 

突然叫んだと思ったらテーブルを乗り越えていきなり俺の胸ぐらを掴み俺の半身を持ち上げた。

 

「え⁉︎ちょっと何⁉︎何が起きてるんだよ‼︎」

 

全くもって状況が読めないので慌てふためきながら彼女に状況を説明するように求める。

 

「よくもそんなことが言えたな‼︎一国の王女を自分の妹と呼び剰えエプロンドレスを着せ奉仕させるだと‼︎貴様それでも冒険者か‼︎こんな…こんな辱めアイリス様ではなく私で…」

「これ以上は言わせねーよ⁉︎」

 

暴走した彼女の口から発せられる言葉を何とか口を俺の手で何とか塞ぎ止める。

しかしというか、やはりアイリの正体はダクネスの言う王女だったようだ。

アイリを発見した小河、そして記憶を失うほどの傷だらけ姿からそうでは無いかと思っていたが、それでも見て見ぬ振りして何とか誤魔化そうと思ったが、彼女からダクネスの前に出てきてしまった以上バレるのは致し方ないので諦める他ないだろう。

 

何処かの貴族かと思っていたが、まさか王国の王女とは流石の俺でも考えつかない。まるでゲームのシナリオの様な偶然だ。

 

「むぐっ‼︎もがががっ‼︎口を塞ぐな‼︎」

「だったら首しめんなよ‼︎後そろそろ離してくれないか…いい加減…苦しいの…だが…」

「ああ、すま…」

 

「お兄様になんて事するんですか‼︎」

「え?ちょっと待⁉︎うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ‼︎」

 

ダクネスに胸ぐらを掴まれ首を絞められた状態でそろそろ息が苦しくなってきた所で、それを見かねたアイリがダクネスに向かって思いっきりタックルをかましてきた。

そしてそのタックルを受けたダクネスはそのまま壁の方まで吹き飛ばされてしまう。

あの屈強の脳筋クルセイダーが小さな少女に吹き飛ばされる光景は中々にシュールな光景だが、彼女を怒らせてそれをやられると思うと若干の冷や汗が出てくる。

 

幸いにも屋敷は広いためテーブルは吹き飛んだが壁にぶつかる事は無かったので屋敷自体に損傷はないようだ。

まあ相手はダスティネス家なので理屈を捏ねて増築させるので破壊されても良かったが、一応は借家なので何事もない方がいいだろう。

 

「大丈夫ですかお兄様‼︎お怪我はありませんか?」

「ああ、何とかな…全くこれだから脳筋クルセイダーは…」

「お怪我がなくてよかったです、ですがお兄様に害をなす存在はたとえ友人であろうとも許しはしません」

「ちょっと待て‼︎」

 

仕込んでいたのか分からないが何処からか小刀を取り出しダクネスに向けて構え始めたので、それを後ろから何とか止める。

 

「いいんですか?やられたら何があってもやり返すのがお兄様の信条だった筈ですが?」

「これとそれはまた別だ、原則があれば例外があるのが世の中のルールだろ?」

「…お兄様がそう仰るのであれば致し方ありません…」

 

俺の説明に納得?したのか分からないが取り敢えず小刀を鞘に戻して警戒を解いた。

色々仕込めるかと思い遊び半分で色々漫画みたいな事を教えていたが、いつの間にか俺の想像を超えるほどの番犬キャラに成長を遂げていたようだ。

 

「そうだ、今日はダクネスが居るから食事を豪華にしないとな、悪いんだけど食材の買い足しに行ってくれないか?」

「はい、分かりました‼︎何か要望とかありますか?」

「いや、アイリの料理は美味しいからな。一番自信のある奴で頼むよ」

「お兄様ったら…分かりましたこのアイリ腕によりを掛けて頑張ります‼︎」

 

アイリは俺からお金を受け取ると食材を調達する為そそくさと屋敷を後にした。

この状況下で1人にするのは危険かと思ったが、彼女の事なので多分大丈夫だろう。

 

「…大丈夫かダクネス?回復魔法かけようか?」

「いや…大丈夫だ、ダメージ自体は大した事はないんだ…」

 

どうやら自身の慕っていたかどうかは分からないが、使えていた主人が知り合いにこき使われ、その上タックルをかまされたとなればその精神的ダメージはかなりのものとなるだろう。

その元凶が俺なので何とも言えないが、傷だらけの女の子を保護すれば誰でもそうなってしまうで仕方ないのだ。

 

「すまいない取り乱した、もう大丈夫だ」

「お、おう」

 

あれから呆然としていたダクネスを眺めていたら気を取り戻したのか立ち上がると、そのまま先程まで座っていたソファーに再び腰を掛け何事もなかったかの様に振る舞い出した。

 

「テーブルは悪かったな、今度うちで使わなくなったいい素材の物があるからそれを送ろう」

「ああ、なんか悪いな」

「それで、あのアイリという少女の話だか」

「そうだな、幸いにも本人は自分の事だとは思ってはいないみたいで安心したよ」

 

いきなり自分が一国の王女様で、しかも一族の唯一の生き残りだなんて言われた日にはその重圧によって心を痛めてしまう可能性があるのだ。彼女がどうかは分からないが少なくとも俺がそうであったなら苦痛でしかない。

問題はこの件をどう伝えたらいいかだろう。

一番は記憶を取り戻した時が最高のタイミングになる。

その状態であれば少なくとも王女である自覚もあるし覚悟もできているだろう。しかし、今の状況下でそれを聞かされてしまえば記憶がなくて不安な状態に追い討ちをかけるという鬼の所業をする事になる。

 

今のアイリは力の強い町娘なのだ。

こんな政治のドロドロした状況下に晒すべきではない。

 

「まさかお前の元に居たとはな…探す手間が省けので助かるが、まさか記憶を失っているとはな」

「アイツは自分の名前すら完全に覚えて無かったからな、多分王都の事を言っても分からないと思うぞ」

「それは…そうだな。何か記憶を戻す手立てはないのか?」

「残念だけどそれは無いな…記憶を消すポーションならセイクリットを冠した回復魔法で回復すると聞いたけど、アイリの記憶喪失は心理的ショックによるものだろうから手詰まりなんだよ」

「そうか…」

 

前にウィズとバニルとで記憶を戻す薬品をしこたま飲ませて嘔吐させるまで追い込んでしまった話は彼女の逆鱗に触れそうなので今回はやめておこうと思う。

 

「無理に思い出さそうと説明して余計な心配させるよりかはこのまま自然に戻るのを待たないか?代わりと言っちゃあ何だけど王都に攻め込むのを手伝うからさ」

「それもそうか、アイリス様も王女とはいえまだまだ子供だ、たまには無邪気に遊びながら過ごすのも悪くは無いのかもしれないな。それと王都奪還に協力してくれるのは嬉しいが…」

 

どうやらアイリに事情を説明して記憶を取り戻そうという物騒な話になる様な事は無さそうだ。

 

「それでアイリス様を見つけた時の状況はどうだったんだ?」

「ああ、それだったら…」

 

紅魔の里の件を終えてアイリを小川の麓で見つけた時の状況をダクネスに伝える。

もちろん全て教えるなんて無謀な事はせず、あくまで話に齟齬が起きない程度に脚色を加え俺たちに不都合が起きないように説明をした。

 

 

 

 

 

「成る程な…それで髪の毛色と瞳の色が変わっているのか、お前も色々彼女のために頑張ってくれていたのだな」

 

俺の話した説明に一応納得してくれたのかふむふむと頷きながら感想という名の自身の考えを話し始めた。

 

「まあな、でも髪と目の色が違うのによく気がついたな」

 

人間というのは少し印象を変えるだけで簡単に誤魔化される聞く、これは髪を少し上に上げた俗に言うアップバングにした際周りの人の気付かれなかったと言う悲しき事例があったのだが、アイリのそれは髪型を変えるどころの話どころでは無い筈だ。

 

「それはまあ、ダスティネス家は長らく王族に仕えているからなあの程度の変装で欺けるほど思わない事だな」

「へー、流石ダスティネス家だな」

 

ドヤァっと効果音が出てきそうなほどのドヤ顔に若干引きそうになるが、変装を物ともせず見抜けるというその忠誠は尊敬に値するだろう。まあ偉そうなこと言っているがゆんゆんが変装した時に俺は見抜けるのだろうか?

 

「そう言えばその王女様は結構戦闘とか強いのか?」

「それはそうだな、私たち貴族は幼少の頃から経験値の高い食事を摂らされているからレベルが高いのだ、それにアイリス様は子供の頃から剣に関しての扱いを学んでいてな、単純な戦闘力であるなら私など当に超えている筈だ」

「へー成る程な、どうりでお前がぶっ飛んだはずだ」

「それは…あまり恥ずかしいから言わないでくれ」

 

どうやらアイリに吹き飛ばされた事は彼女にとってはトラウマのような恥ずかしいものになってしまったようだ。

 

「それで話は変わるけど、アイリ…アイリスの件についてはこのまま俺が様子を見るって事でいいか?」

 

一応念の為に認識を共有させる。

互いの認識に齟齬があった場合、何かトラブルがあった際に負けるのは冒険者である俺なのだ。

 

「そうだな、アイリス様が記憶を取り戻すまではこのままお前に預けておく事にしよう。私の元においておけばすぐ正体がバレてしまうからな」

「ああ、そう言ってくれると思ったよ」

「ただ流石にエプロンドレスを着せて奉仕させるのはどうかと思うぞ、初めて見た時は貴様がそういう趣味かと思ったぞ」

「あーこれは何にも言い返せない‼︎」

「まあ見た感じアイリス様が勝手に着たように見えたから文句は言わないが…」

 

どうやらあの服装に関しての誤解は勝手に解けていたようで説明する必要が省けて助かるが、そのまま解けなかったと思うと俺は一国の王女をメイド扱いしたとしてロリコン犯罪者の烙印を押される所だった様だ。

 

「それで王都を奪還する話だけど、ダクネスはどんな感じに考えているんだ?」

 

アイリの扱いに関しては俺に委任する形を継続してくれるそうなので、下手に話をして覆されないうちに話を変えた方が賢明だろう。

 

「そうだな、私自身先程まではアイリス様を何としてでも見つけなくてはと思って行動していたからな、そこまで緻密に計画を練っていた訳では無いのだ」

 

考えが甘いなと思ったが、元々ダクネスはアイリに仕えている家の人間なのでまずは主人の安全を確保するのが先決で何をするにも彼女の生き死を把握しなくては次に進めなかったのだろう。

仮にゆんゆんが同じ様な状況下にあった場合、俺だったら復讐をしている間に救えていた可能性が潰えてしまい亡くなってしまうという最悪のケースを想定してしまい捜索に時間をかけただろう。

…要するに考える事は一緒なのだ。

 

「考えは特に無いって感じか?」

「いや、何も考えていないと言う訳ではない、現にお前にアイリス様を捜索させてやろうと思っていたことがいくつかある」

「へーそれはどんな感じなんだ?」

 

流石に考えなしでは無かったようで、彼女なりに何かしらの計画を立てている様だった。

普段変態なところが印象として先行しているせいか、どうしてもダクネスが作戦を立てるなどの事を考える光景が思い浮かべ辛い。

しかし、それでも奴はダスティネス家の名を背負っているのだから俺よりも優れた作戦を考えているのだろう。

 

「まずは私と同じ王都を…アイリス様を支持している貴族に声を掛け、王都の状況を説明して私兵を出してもらえるように協力を要請する」

「成る程な、まずは兵力が無ければ数で負けるからな」

「そうだ、王都の騎士は既に牢に閉じ込められているだろうから、現時点での我々の兵力は私だけだと言っても過言ではない」

 

成る程な…てっきり私が1人で突っ込んで牢屋にいる騎士たちを解放させるとか言い出したらどうしようかと思ったが、そこまで脳筋では無かったようだ。

 

「その兵力はどれくらい確保できそうなんだ?」

「…分からない。基本的に貴族というのは自身の家を守る為、そういった情報を他の貴族に伝えたりはしないものなんだ」

「そうか、まあ考えてみればそうだよな、そう簡単に自分の戦力を他の貴族に提示してそれ以上の戦力で攻め込まれたらせわねーもんな」

「そうだな。流石に全ての戦力を差し出してはくれないだろうが、アイリス様が国政を担う以上何かしらの恩恵が得られると思い協力してくれる連中らがいる筈だ」

 

今回の件で王族の生き残りはアイリ1人となってしまった以上、これから王国を率いていくのはアイリとなるのは必然的だろう。まあ王兄がそのまま国を運営していくという手もあるが、正式に王を継承した訳でも国宝である聖剣を引き継いでいる訳でもないので必然的に独裁政権を行い俺たちは奴隷のように働かされるのだろう。

 

その事象が貴族間でも同じ事が起きるのは間違ってはいないのかもしれない。

既得権益の維持は長い目で見れば無能の生産を助長すると何処かの誰かが言っていたことを思い出す。

元々貴族は何かしらの功績の褒美として与えられる階位なので、初代がかなり有能だとしてもその子孫はその地位に胡座をかいて何もできずただ権利に縋って生きているだけの場合もあるのだ。

当然ダクネスのように有能…なのか?とりあえず国のためにこうして動いてくれるものもいれば、我関せずと現状維持を体として動かない連中らも居るのは変えられない事だろう。

 

そういう連中らを排斥する優性思想の考えというのは悪くは無いのかもしれないが、それにより何かしらの不和が生じてしまうのは火を見るよりも明らかだ。

ダクネスの王都奪還作戦に反対したところで利権争いで戦争が起きるのは避けられないので協力をしないとは考え辛く、むしろここで協力してアイリに媚を売っておこうという考えになるのが王道の考えだろう。

 

「それで、私はこれから他の貴族たちに声を掛けていくから、お前はその間アイリス様の護衛を頼んだぞ」

「ああ、それは構わないけどいいのか?」

「構わないさ、私も久しぶりにアイリス様が笑っている所を見たんだ、記憶を戻すまでの間位普通の女の子として過ごすのも悪くは無いだろう。悔しいがお前に懐いている事もあるしな」

 

どうやらアイリに関しての考え方は俺もダクネスも同じ様だった。

やはり同じ女性で家の後継となってしまった故の苦悩を知っているのだろう。その人の苦しみは同じ境遇のものにしか分からないというが、ダクネスとアイリは同じ苦しみを知っている様だ。

 

「そうだ、これを言い忘れていたよ。今回の作戦の立案と指揮はお前に任せようかと思っているんだ」

「え?何で俺に?指揮官なら他にも優秀な奴がいるだろ?」

「いや、現時点で使い物になる指揮官で信用できるものは既に王都に捉えられているんだ、それにお前は今までいくつもの魔王軍幹部を屠っている実績があるんだ、それを全面に出せば文句を言う奴などはいないさ」

「…まあ悪い気はしないけど、後悔すんなよ」

「ああ、その辺の責任は私も負うから安心してほしい」

「随分と太っ腹だな」

「元々今回の不祥事はダスティネス家とシンフォニア家の失態だ。その尻拭いをさせている以上責任を負うのは当たり前の話だろう?」

「まあそうだな」

 

どうやら腐った政治家の様にミスをした責任を指揮した俺に全て擦りつけて自分は高みの見物だなんて事はせずに、きちんと自身で落とし前をつけてくれるとの事だ。

てっきり冒険者という社会的立場が無い荒くれ者に責任を押し付け、その後に裏でこっそりと報酬を払う的な闇取引なんて事も考え、それはそれで面白そうだがそうはないらないらしい。

 

 

 

 

 

「それでは私はそろそろ失礼しようかな」

「早くないか?せっかくだから飯でも食っていかないないか?今日はアイリが当番だから結構美味いぞ」

「お前は王女様に…いや今はアイリだったか、私は遠慮しておくよ今のアイリス様を見ているとそのままでいいような気がしてしまうんだ」

「お前も大変だな」

「ああ、全くだ」

 

話が済みその後は軽く談笑していたのだが、3時を回ったあたりでダクネスが立ち上がり他の貴族との交渉に行くと言い始め帰り支度を始めた。

ダクネスも本当はこんな年端も行かない少女に国を負わせるのは酷だと思っているのだろう。

しかし、この世界も日本の様に残酷な面を持っており、貴族や王族など血筋に縛られ自分のやりたい事は一切行えず周囲に望まれた像を演じ、かけられた期待に答え続けなくてはいけないのだ。

 

「それではな、戦力が整い次第また声をかける。それまでアイリス様の警護をしっかり頼んだぞ」

「おう、任せろ」

「あとこれを渡しておこう」

 

玄関まで見送ると、忘れていたよとバックから紙を筒のように丸めた物を俺に渡した。

 

「何だこれは?」

「王都の構造図だ、本来であれば私とクレアしか閲覧が許されず、とても冒険者に見せてはいけない物なんだが今回は仕方が無いので例外的に見せることにした。今回の一件が終わったら返して貰うから大事にしておけよ」

「ああ、わかったよ」

 

筒状に固定している紐を解くと、不動屋でよく見るような間取り図をさらに細かくしたような感じで王都の城や城下町の構造が描かれていた。

ダスティネスとシンフォニア以外閲覧が許されない理由がよくわかる。これを悪用すれば王都へ盗みに入り放題になってしまい王都の治安は世紀末の様になってしまうだろう。

 

 

「それとあまりアイリス様に変な事を教えるなよ。お前は子供の扱いが得意そうに見えるが変な影響を受けそうで怖い」

「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよ‼︎俺がしっかりとした大和撫子に育ててやるよ」

「やまとなで…?何だかよく分からんが頼んだぞ、それではな」

 

大和撫子なるものはこの世界には存在しないようで理解されなかったが、言わんとしている事は伝わったので多分大丈夫だろう。

 

 

 

 

しかし、これからどうするかだ。

アイリの記憶は未だに欠片すら戻っていない。手っ取り早く戻ってくれれば早いのかもしれないが、このまま全てが終わるまでは忘れていた方がいいのかもしれない。

アイリスがどの様な人格者なのかは分からないが、アイリを見ている以上は普通の女の子にしか見えない。きっと外側を頑張って取り繕って王女様を演じているだけなのだろう。

そんな女の子に無理やり記憶を戻して最前線に立たせようだなんてそんな酷な事があるだろうか?

 

ならばアイリの記憶を戻すのは全ての片が付き、アイリの王座を取り戻してからでいいだろう。

記憶が戻り家族の死を理解して悲しみに暮れても身の安全と仲間がいればじきに癒えるだろう。

 

ならば早々にこの件を片付けアイリには…

 

 

「お兄様戻りました‼︎あれ?ダクネスさんはお帰りになられたのでしょうか?靴が見当たりませんが…」

「ああ、買い物頼んで悪いんだけど用事があるとかで帰っちまった」

「そうでしたか…どこか懐かしい気がする方だったので一度お話をしてみたかったのですが…あ、でもお兄様に掴みかかった事は許していませんので‼︎」

「いやそれは許してやれよ…」

 

俺の周りにいる女の子は皆クセが強いなと思いながら、俺って女難の相でも出ているのだろうかと不安になる。

 

「折角だし俺も手伝うから今日は豪勢にやるか」

「分かりました‼︎共同作業ですね」

「おうよ」

 

パキパキと腕を鳴らしアイリから買い物袋を受け取るとそのまま台所に向かった。

 

「あの…」

「どうした?」

「まだお昼過ぎなので夕食の準備には早いのでは無いでしょうか?」

「ああ、そうだまだ3時だったな…」

 

自信満々に食材を台所で広げ何を作ろうか考えていたところ、突然アイリが申し訳無さそうに何か言っていると思い耳を傾けるといきなり現実を叩きつけられた。

そうまだ時間では無いのだ。

基本的に冒険者は夜遅くに食事をとるという共通認識があるので時間帯としては七時位なのだ。

こんな早くから準備した所で最後に温め直さなくてはいけない羽目になるので、とても面倒なことになるのは目に見えている。

 

「特にやることもないし何やるか…」

 

今日の午後はダクネスが来るので何だかんだ時間が潰れると思っていたが、開けて見れば要件を伝えるだけであっさりと返ってしまい残りの時間がぽっかり開いてしまったのだ。

既に暇潰しである畑仕事も終わっているので特にやる事が無い、いつもならめぐみんの爆裂か真っ昼間から昼寝をかましてしまうのだが、アイリがいる前で流石にそんな事は出来ない。

 

ならば何をしようか?

 

「そういえばさっきの服どこで買ったんだ?ここらで見た事はなかったぞ?」

 

うーんとこれからどうしようかと思いながら考えているとふと先程の記憶がフラッシュバックしてくる。

この世界にメイドという文化があるのかどうかは分からないが、少なくともこの街にメイド喫茶なる文化は存在せず、ましてはあのような服を服やで見かけた事はなかった。

 

「あの服装ですか?あの服装はバニルさんが家の手伝いをするのであればこの服を着ると良い、この服は小僧の住んでいた国で家事を行うものが着る勝負服というものであるぞ、と仰ってこの服を私にくださったのです」

「成る程犯人はあいつだったか」

 

突然あんな格好で現れたので何かしらのアクションがあったものと思っていたが、まさかバニルが一枚噛んでいたとは流石に想像できなかった。

まあ、商品を卸すときにポロっとメイド喫茶のことを説明していたので、そのときに構想を俺の思考から読み取っていたのだろう。

 

若い女の子にあんな格好させて最こ…けしからん奴だよあいつは、しかも初お披露目のタイミングがダクネスの前というよりにもよってなぜこのタイミングとつっこみたくなる様な時だったし、もしかして奴はこうなる事を見越してアイリにあの服を渡したのだろうか?

 

ここまでして奴は俺の悪感情を啜りたいのだろうか?

それとあいつの感情の読み取れる範囲はこの辺まで及ぶのだろうか?だとしたら町中の感情筒抜けでは無いのか?

 

恐ろしい考察は後にしてエプロンドレス事件の真相は分かったので今度バニルと会ったら新しい構想を伝えてみるのも良いのかもしれない。

まあ奴の目的は俺の悪感情なので、頼めばやらないのがアイツのモットーそうなので多分やらないだろう。

 

「あの服装はお兄様的にはよくなかったでしょうか?」

「いや、別にそういう事じゃ無いんだけどな…」

 

これで気を遣って好きだと言おうものなら、これから先必ずこの発言のしっぺ返しを喰らうのは目に見えている。

 

「まあアイリが好きなら着てみるのもいいかもな」

 

とりあえず無難な返しをして話を濁す。

 

「やる事もないし、時間も中途半端だし適当な事しながら時間でも潰すか」

「分かりました‼︎」

 

 

 

 

「とは言ったものの何をやるか…とりあえずシュワシュワとラムネ菓子買ってきたけど…」

 

とりあえず商店街にて炭酸系の飲料水とメントスの様な駄菓子を購入してきたのだ。

 

「これで一体何をするのでしょうか?」

 

他にも色々買ってきたが、その2つを庭のど真ん中に置き、それを挟み込む様な形で2人立っている状況だ。

この状況下で何をするかって?

 

「これの蓋を開けてだな…」

 

シュワシュワは基本的に瓶に入っているので蓋は王冠なのだが、何処かの日本人が持ってきたのか中にはアルミの様な素材でできた回転式のキャップの物も存在する。

今回はそのアルミもどきキャップの物を買ってきたのだ。

 

「開けてそれをどうするのでしょうか?」

「まあ見てろよ」

 

物珍しそうにシュワシュワの瓶を眺めている彼女の横で、メントスもどきを中に入れ素早くキャップを捻じ込み蓋をする。

 

「わあ!急に泡立ちはじまました‼︎」

「まだまだ続くから見てろって」

 

中で泡立ち始めるシュワシュワの瓶を何処ぞのバーテンダーの如く上下に振り回す。もちろん昔なってみたいと思い色々練習した為フォームも完璧だ。

 

「そして瓶の蓋を下にして地面に叩きつける‼︎」

「きゃぁ⁉︎」

 

掛け声の通りに狙撃スキルを使用しながら瓶を地面に叩きつける。

足元にガラスが割れる様な炸裂音が響いた後、首が砕けそこから高まった圧力が外に出る様に内容物が噴き出し、ロケットのように上空に打ち上げられた。

 

「これがサイエンスの力だ‼︎」

 

俗に言うメントスコーラロケットだ。

炭酸水という物は水に炭酸が物理的に溶けているものをいうのだが、そこにメントスを入れると水の表面張力が解け一気に二酸化炭素が沸き上がるという話だとどこかで聞いた気がする。

昔某動画サイトで流行った物をこの世界で再現出来るかと思いやってみたが、魔法以外の基本的物理法則はこの世界でも同じなので可能だった様だ。

 

「凄いですお兄様‼︎これは一体何と言うスキルでしょうか‼︎」

「フッ…これは魔法でもスキルでも何でもない、カズマ・マジックだ」

 

シュワシュワの炭酸力が予想以上に強かったのかシュワシュワの入った瓶は俺の予想を超えた遥か上空に登っていっている。

そして副産物というか辺りに内容物が飛び散り周囲に虹ができていたので、それをバックにアイリにカッコつけるのだった。

 

 

 




ようやく長い説明回が終わりました…


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六花の少女10

誤字脱字の訂正ありがとうございます。
書ききれなかったので中途半端になってます…


あの後、色々な検証動画の真似事をしながら残った時間を過ごし、暗くなってきたのでダクネスが帰った時に言った言葉通り一緒に夕飯を調理した。

 

ダクネスは準備をすると言ったが、それがいつまで掛かるとは言ってはいなかった事からかなり時間を要する事が考えられる。

ならばそれまでに俺ができる事は何だろうか?彼女の記憶を取り戻させる事だろうか?

 

彼女の記憶は今も戻らず仕舞いだが、それでも逞しくこの世界を生き抜こうとしている。そんな彼女に記憶を取り戻させると言うのは今を生き抜こうとしている彼女への冒涜でしかないのかもしれない。

ならばこのまま記憶を戻さない事が彼女にとってはいいのだろう。

 

問題は彼女が一国の王女で唯一の生き残りということだ。

王族が一番重要視するのはその血の連続性にあると言われていると昔誰かが言っていた記憶がある。

 

国宝である聖剣など、ゲームでよくある伝説の装備アイテムのような強力な武器防具を使用するには王族の血筋の者でなければいけないという制約が存在するとダクネスが言っていた。

アイリが王位を継がないのであれば、その武防具らはそこら辺の鉄屑同然の扱いになってしまい国宝もクソもないのだ。

 

かといって記憶がないまま、あの地獄の様な政界の中に彼女を放り込んだ場合最悪ダクネスが付きっきりで補助してくれる可能性があるかもしれないが、決定権は彼女にある以上国政の決め事の際に負う責任の重さを1人で背負わなくてはいけなくなる。

 

頭が固くずる賢い貴族の連中だ、奴らはアイリを王女に仕立て上げ彼女の幼さないが故の無知に付け込んで自分らの都合の良いように法律などを作り変えるのだろう。

そして王位を継がせようと自身か倅を彼女に充てがい自分の一族を王族の中に組み込もうと考える輩も現れるかもしれない。

この戦いが10年単位で行われる戦争であったなら彼女の精神も成長し国を担うに相応しいものになるが、実際は時間がかかったとしても半年が良いところだ。

 

 

残りの猶予は俺の考えている時間よりも短いだろう。それまでに彼女をどうにかしないといけない。

一介の冒険者である俺が貴族の連中らに関与する事はほとんど不可能だろう。

魔王軍の幹部を数人屠り結果を残したが、それはあくまで冒険者として箔がついたのみで貴族の連中らからすればアスリートが世界大会で優勝した様な別の世界での話として映るのだろう。

 

「この問題をどう解決すればいいのか…」

 

いつもの如く隣で眠っているアイリに視線を移すと、何の不安も感じさせない様な安心した寝顔をこちらに向け熟睡していた。

 

「俺は…」

 

彼女の寝顔を見て俺は一つの決心をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイリ準備はいいか‼︎」

「はいお兄様‼︎」

 

アイリより早く目を覚まし、家の玄関に細工を施す。

細工の内容は簡単でダクネスが屋敷に近づけば俺に知らせが入るといったものだ。

 

原理は屋敷のドアノッカーにセンサーの様な物を設置し、マナタイトで出来たコードをかなり弄ったテレポートのスクロールに繋ぎ、インターホンの反応がテレポートのスクロールを介して俺の小型ダイナマイトに届くようになっている。

小型ダイナマイトは俺に害が出ない様に成分を少量に絞られており、爆発したとしても音が鳴るくらいになっており、それを強化ガラスの様な素材で出来た小瓶に詰めペンダントにしてぶら下げる。

これで誰かが屋敷を尋ねれば分かる仕組みになっており、ペンダントの爆薬が爆発したらテレポートのスクロールで屋敷に飛んで行くという算段だ。

 

最悪2人が帰って来るかもしれないが、あの2人にとって屋敷は我が家なのでわざわざドアノッカーを鳴らさないだろう。

 

「しばらくこっちには帰ってこないからな、何か思い残すことがあったら今のうちにやっておくんだぞ‼︎」

「ありません大丈夫ですお兄様‼︎」

 

何処ぞの軍隊の如く大声でよくあるフィールド移動するイベント前の様なやりとりする。

 

「それじゃ行くぞ‼︎」

「おー‼︎」

 

アイリに冒険者用の装備を着させ、俺はゆんゆんの初旅行を彷彿とさせる程の荷物を背負いながら馬車の停留場に向かう。

王都が無茶苦茶な状況になっている筈だが、こんな片田舎の街には関係のない事なのかアクセルの街並みはいつもの様にゆったりとしていた。

 

「それで今日はどの様な事をされるのでしょうか?」

「ああ、それはだな」

 

急いで準備したため何をするのかアイリに説明をする事を忘れていた事に気づく。

流石に何をするのか伝えられない状態でここまで連れてこられたら不安だろうと思い彼女の方を向くと、その表情は俺の予想していた物とは違い何故かノリノリのウキウキ状態だった。

 

「これからアイリにはサバイバル生活を送って貰います」

「な、何だって⁉︎」

 

何処ぞのデスゲームの導入の如くこれからやる事を説明すると、アイリはアイリで何処ぞのサイエンス漫画の様な表情をしながらそれに答えた。

どうやらアイリも俺の知らない間に成長したようだ。

 

「それでサバイバル生活とは一体どの様な事をするのでしょうか?」

「簡単に言えばキャンプ生活かな?一応道具は持ってきたけど基本は自給自足のキツイ生活だよ」

 

昔クリスにさせられたどの環境でも生きて行ける様にしようか、というぶっ飛んだ理由で山に置いて行かれた事があるが流石に女の子1人にそれは重たいので俺も出来る限りサポートする事にする。

 

「分かりました…お兄様の期待に何処まで応えられるかは分かりませんが、この不詳アイリ全力で遂行するつもりで行います‼︎」

「おぉ…」

 

ビシッと敬礼しながら高らかに宣言されると、何だかこっちが悪いことをしているみたいで憚れるのだがそれは気にしない事にしておく。

 

 

 

 

 

「着いたぞ」

 

馬車に揺られること数時間、馬車自体を貸し切っていたので特に何かトラブルが起こる事はなくいつもと比べれば呆気なく目的地へと着いたのだ。

 

「…ふぁ…もう着いたのですか?」

「ああ」

 

出発した時間が早かった為か、途中でウトウトし始めたので着くまで寝ているように言ったのでぐっすりと眠っていたようだ。

 

「ここは…何処かの山なのでしょうか?」

「まあそうなるな、俺には少し因縁が強すぎるけど既に終わった事だし特に危険はないと思うんだよね」

 

眠っているアイリを起こし、眠気覚ましに水を飲ませ荷物をまとめて降りるように指示を出すとやはり力が強いのか全ての荷物を背負いながら馬車を降りて行き、降りたところであたり一面木で覆われていたことに気づき唖然とする。

 

この場所に因縁があると言ったが、ここはキールのダンジョンがある山であのバニルとであったそれはそれは恐ろしい場所である。

モンスターのレベルはそこそこあるが、アイリくらいのレベルがあれば多分問題はないだろう。

 

「それでこれからここでキャンプをするんですね‼︎」

「まあ間違っちゃいなんだけどな…」

 

このような場所に来てはしゃぐ光景を見るとまるで小学校の遠足だなと思ってしまう。

やはりアイリもまだまだ子供なのだろう。俺だったらどうやってアクセルの街に帰えれるかを考えてしまう。

 

「まずは開けたところを探すぞ」

「はい、分かりました」

 

流石にアイリを置いて自分はしらばっくれるなんて鬼畜な事はしないので、キールのダンジョン周辺に案内する。

あのダンジョン周辺はバニルが自身のダンジョンにしようとモンスターを駆逐した為、今は何も近寄らなくなったと前にクリスが言っていたので、そこを拠点にすればある程度の安全は確保できるだろう。

 

「案外早く着いたな…」

「案外って事は昔は時間が掛かったのですか?」

「ああ、昔はもっと入り組んでいて進み辛かったんだけど、今は一本道になってるから簡単なんだよね…」

 

何だかんだバニル事件の際に木を引っこ抜いたりして丸太を作ったりなど、色々と木々を引っこ抜いたせいで森にムラができてしまっていたのでキールのダンジョンまでの道のりの木を引き抜き植林したと言っていたことも思い出した。

 

意外に行政が機能しているんだなと思いながら周囲を観察する。

日本では予算が減らないように各省が余った資金を減らさないように下らないポスターなどを印刷して予算を消費していると言っていたが、この世界ではそのような無駄遣いをせずに機能しているようだ。

まあアクセルの街は初心者冒険者が集まる場所なので基本的に税金を取られることは無いのだが…

これは初心者が故にまだ生活が安定していない事を考慮したとの事だが、他所に行くと報酬から幾らか天引きされると言っていた。

 

「よし、ここでテントを張るぞ」

「テント…とは何でしょうか?」

「マジか」

 

どうやらアイリはテントという概念を知らないようだ。

流石王都の王女様だと言いたいところだが、そもそもある程度の生活に必要な記憶意外がが吹っ飛んでいるので知らなくて当然だろうし、仮に記憶があっても問題ない事だろう。

 

「テントっていうのはだな…まあいいや取り敢えず組み立てるから手伝ってくれ‼︎」

「分かりました‼︎」

 

テントに関してどう説明していいのかよく分からなかったので、取り敢えず組み立て見せた方が良いと判断して行動に移す。

流石に女の子と同じテントに入って寝るのは不味いと最初は思ったが、いつも布団に勝手に入って来るのでなんか行けそうだなと勝手に判断して強行する事にした。

 

「この骨組みを組み立てて周囲に布を張るんだ」

「成る程」

「それでこのペグって言うピンを端の輪っかを通しながら地面に刺して固定すれば完成だ」

「分かりました‼︎こうですね」

 

組み立ては流石に危ないので俺が骨組みを合わせ防水シートを張り合わせる。

アイリはその光景を見て手持ち無沙汰でウズウズとしていたのでペグを地面に刺す手伝いをさせる。何でもかんでも俺がしてしまったら今回のサバイバル生活の意味がなくなってしまうのだ。

 

「流石に素手で刺すのはキツイからトンカチを…えぇ…」

「地盤が緩いのでしょうか?簡単に刺さりますね」

 

流石に道具無しでは可哀想なのでトンカチをバックから取り出し渡そうとしたが、彼女はそんなものはお構いなしとペグを掴みそのまま地面深くまで自力で差し込んでいたのだ。

彼女は地面が柔らかいと言っていたが、足で地面を踏みしめている感じからそんなに柔らかい方ではないと思うし、むしろ固い方だと思う。

 

「何だろうな…」

「お兄様次は何をするのでしょうか‼︎」

 

困難な状況を与えて打破する的な感じにしようとしたが、そんな俺の考えを嘲笑う様に彼女はそれを軽々しくこなしてしまうのだ。

まあ、何でもできるのは良い事だろう。

 

「次は火の確保だな」

「火ですか?それでしたらお兄様が魔法を使えば解決ではないでしょうか?」

「いや、今回は魔法禁止だ。もちろんスキルもな…ってアイリはスキル使えないんだった。まあ俺はあくまで手伝いって事で」

「成る程そう言う趣旨なのですね」

「まあそうなるな」

 

やはり賢いのか俺の発言で俺がやろうとしている事の大凡を見抜かれてしまったようだ。

 

今回の目的は簡単で、このサバイバル生活を持って彼女に出来るだけ知識や経験を教え込もうと思う。

記憶が戻ろうと戻らなかろうと、彼女は一国の王女であることから逃げられない運命にあるので、せめてその状況下でもある程度は立ち回れるようにしてあげようと画策しているのだ。

まあ当人からしたら大きなお世話かも知れないが、俺と出会ったのも何かの縁なので王都では教わらない様な事や人間関係の汚い立ち回りなどについても教えてやろうかと思う。

 

「まずは薪を集めようか、時期的に枝はそんなに落ちてないから木を数本位切り倒してそれを分割しよう」

「分かりました、けどどの木を切ればよろしいのでしょう?」

「…んーそうだな、そこら辺の木でいいかもな」

 

整備されている以上何処かの街か村が管理しているので勝手に切り倒してしまっては申し訳ないのだが、切り株に隣の木の枝を接木して置けば誤魔化せるだろう。

成功するかどうかはまだ分からないが、何もしないよりかはマシだと何とか許して欲しい。

 

「では近くの木を切り倒しますね」

 

切りやすい様に斧を出してやろうかと思ったが、流石の俺も馬鹿では無いのでここはあえて何もしない事にする。

何でもかんでもこちらが準備すればいいわけではないのだ。

 

「てや‼︎」

 

腕を組み、何処ぞの強豪校の監督の様な趣でアイリを眺めていると、彼女は居合斬りの構えを取り一歩踏み出したかと思うと一瞬の間に目の前の木を切り倒した。

そして、木が倒れ切る前にもう一歩足を踏み出し残りに木々を細かく薪の大きさに切り刻んでいった。

 

何という職人技だろうか?

これなら俺が教えることなんて無いんじゃないかと思うほどである。

 

「出来ました‼︎これで大丈夫でしょうか?」

「ああ、完璧だよ」

 

両手に薪を抱えながら喜ぶ彼女に親指を立てながら対応する。

これには木コリもびっくりだろう。

 

「これを集めて昼食の時と夜になったら火をつけて燃料にするんだ…ってこれはもう前に教えたな」

 

そう言えば薬草取りの時に色々教えていた事を思い出す。何処か分かった様な雰囲気を出していたのでおかしいと思っていたが、単に俺が二度手間を踏んでいただけのようだ。

 

「今度は何をするんでしょうか?」

 

薪をテントの周りに並べた後次のお題を出せと言わんばかりにアイリが聞いてくる。

その光景を見て何だかゲームのチュートリアルをしている様な気分になるが、よくよく考えたら殆ど同じだなと思いこれ以上考えるのを止める。

 

 

 

 

「よし、次は昼食の確保だな。まだ明るいし火を焚くのはまた後にしよう」

「それでお昼ご飯は何になさるのでしょうか?」

「それは簡単さ」

 

アイリに説明するよりも早くカバンの中から弓矢やなど様々な道具を放り出しながら彼女の前に並べる。

 

「これは…沢山の道具を並べて…もしやこれで動物を狩れということでしょうか?」

「EXACTLY‼︎」

「え?何でしょうか?」

「スマン…その通りだ」

 

ジェネレーションギャップを超えてワールドギャップをくらい若干心にダメージを負ったが、そんな事はいいだろう。そもそも日本でも最近通じる奴もいなかったし。

 

「とにかくその得物で動物ないしモンスターを狩るんだよ」

「成る程、剣を使っては行けないのですね‼︎」

「いや、剣を使っても良いけどそう簡単に捕まえられると思わない方がいいぜ」

 

アイリは自給自足という新しい状況下に喜んでいるが、楽しいのはここまでなのだ。

これから彼女が相手をするのは人間でもモンスターでも無く自然という大いなる大地なのだ。

 

「取り敢えず俺はここに居るから何でも狩ってきな。何でもとはいかないけどある程度なら食べられる様に調理するから」

「分かりました‼︎何かを捕まえ次第お兄様の前にお持ちしますね‼︎」

「おうよ」

 

そう言いながらアイリは取り敢えず初日はこの剣で行きますねと言いながら俺の用意した道具に手を着けずに森の中に入っていった。

流石に女の子1人を山に入れるのは危険では無いのかと思うが、彼女の事なので大丈夫だろう。

 

最悪王兄の関係者が現れる事も考えられるのでこの山一体に感知スキルを発動させているが、今の所不自然な気配は一切感じられない。

しかし何も起きないとは考えられないので念のため色々と周囲に細工を施しておく。

 

 

しかし、ダクネスの徴兵は一体いつまでかかるのだろうか?胸元のペンダントを見るが反応する気配はいまだにない。

もしかしたら壊れているんじゃないのかと思うが、屋敷を出る前に試した実験は3回中3回とも全て成功しているのを確認しているのでその辺りの問題はないだろう。

万が一に備えテレポートのスクロールも買いだめしてあるし、たまに様子を見に行ってもいいだろう。

 

とにかく今は自分にできる事をしようと思い色々と細工をしていると、遠くで何か大きな物が木にぶつかった様な音が響き鳥の羽ばたきが聞こえた。

もしかして大きな猪でもでたのだろうか?

 

少し不安になって感知スキルをアイリ周辺で絞ってみると特に問題は見られなかった。

 

 

 

 

 

「お…お兄様…」

「おぉ…って随分派手にやらかしたな…」

 

大きな音が響いた後しばらくしてボロボロのアイリが大きな木の枝を杖にしながらテントの方へ戻っていた。

 

「猪を追っていたらそのまま木に激突してしました…」

「やっぱりそうだったか…」

 

取り敢えず回復魔法を彼女に浴びせながら事情を探る。

 

「お兄様をビックリさせようと前程の大きさはありませんが猪を狙って追いかけていたのですが、それに気を囚われて木に衝突してしまいました…」

「成る程な…まあ最初はそんなもんだよ」

 

デコに出来たタンコブを回復魔法で治すと、重たい腰を持ち上げアイリに向き合う。

 

「最初で自然の厳しさも分かった事だし、これからこのカズマ様が自然との向き合い方を教えてやろう」

「おぉー!」

 

パチパチ待ってましたー‼︎と言わんばかりに拍手する彼女を横目にカバンの中から道具を幾つか取り出す。

あのまま素手と剣で動物を狩ってきたらどうしようかと思ったが、何とか腕の見せ所ができたようだ。

 

「まずは森に入って草むらに隠れるだろ?」

「はい…」

 

流石に潜伏スキルを使うのはフェアではないのでここはあえて使わず、素の状態で草むらに身を隠す。

 

そのまま数分が経つと一頭のウサギが現れる。

基本的にうさぎは日本では愛玩動物として扱われるが、山で暮らす人間からすれば野うさぎは肉が少ないが柔らかく癖が少ないので美味しいとされている。

狩ろうとした場合における最悪のケースは逃げられるだけであり、猪のように襲われ返り討ちに遭う様なことは無いのだ。

 

「いいかアイリ。弓を引くコツは息を止める事だ、最初はこれをしなくちゃ手元がぶれて矢の方向がズレちまうんだ」

「分かりました」

 

小声で会話しながら矢を構え弓を引き矢を放つ。

放たれた矢は俺の狙い通りの放物線を描きながら兎の額に突き刺さり、苦しむ間も無く息の根を止めた。

 

「可哀想なんて思わ無い方がいいぞ。自然界は食うか食われるかの世界だからな、躊躇した方がやられるんだ」

「成る程…参考になります」

 

流石にショックを受けていたかと思ったが、相変わらずケロッとしていたので意外にしたたかなんだなと感心する。

 

「後は付け合わせの山菜だな、これはアイリが選んでくれ」

「わ、分かりました」

 

彼女は返事をするとその辺りの草を観察しながら前採取したものと同じ物を選別し出した。

まさかあの時に採取した物を全て覚えているのだろうか?

 

「お兄様‼︎このキノコはどうでしょうか?キラキラしていて何やら良さそうな気がします‼︎」

「こ…これは」

 

アイリが嬉しそうに選んできたのは物凄く派手派手なパリピキノコだった。

まあそんな名前のキノコは無いのだが…

 

まあでも美味しい可能性もあるので鑑定スキルを使用すると、思いっきり危険な赤判定が下された。

 

「毒キノコじゃねーかよ‼︎」

「お、お兄様⁉︎」

 

そんなものをアイリが持って万が一なことがあったら危険なのですぐさま奪い取り地面に叩きつける。

いや…これはこれで使えるかもしれないと思い、再びそれを拾い上げる。

 

「その…なんだ。基本的キノコは食べない様にしよう。毒キノコを引いてしまうリスクを負うほど高い栄養が得られる訳じゃ無いんだ」

「成る程、キノコはなしという事ですね」

「ああ、植物に関してはこの本に目を通してくれ」

 

テントに戻り、カバンの中から一冊の本を彼女に渡す。

簡易的な図鑑ではあるが、基本的な情報が乗っているのでここでの生活で困ることはないだろう。

 

「昼食まで時間があるから次は罠の仕掛け方を教えるから覚悟しておけ」

「はい‼︎」

 

 

 

 

 

昼食を終え、少し昼寝をした後水浴びを終えたアイリを呼び出す。

 

「次はカズマ流姑息戦術を教えてやろう」

「あの性格が悪いと街の皆から言われていたお兄様の戦い方を教えてくださるのですか‼︎」

「…何それ褒めてるの?それとも貶してるの?と言うか街のみんながそう言っているのかよ‼︎」

 

いきなり明かされた真実に驚愕するが、こんな事で俺を動揺させようだなんて中々いい根性しているじゃないか…

 

「まず戦闘において相手が嫌がる事を思いつく限り考えるんだ」

 

昔学校の道徳の授業で先生に人の嫌がる事を進んでやりましょうと言われ、言葉通り嫌がらせをしていたら職員室に呼ばれてこっ酷く怒られたのも今ではいい思い出だ。

 

「相手の嫌がる事でしょうか?」

「ああ、まあ分からなかったら自分がされて嫌な事をすればいいんだ、試しに俺にやってみなよ」

「成る程…」

 

やはり綺麗な世界で生きて来たアイリにとって人に嫌がらせをすると言うのも無理な話だろう。

人間インプットされた事しかアウトプットできないのだ。

 

よくイケメンや美人の性格が良いのは自分が他人に優しくされているので、どうすれば相手を思いやられるかを身を持って知っているのだ。なので他人に優しくされている為心に余裕が出来、別の他人に優しくする事ができるのだ。

逆にイケメンとや美女とは正反対な人間は他人に優しくされる事があまりなく、むしろ蔑まされる事が多いので、心に余裕がなく尚且つ優しくされた経験がないので優しさという物を理解できずに別の他人に酷い事を平気でしてしまうのだ。

 

まあ例外は色々と沢山あるんだが、基本的に人間は他人にされた事を平気で別の他人にしてしまう生き物なのだ。なので俺の性格が悪いのはみんなが俺に優しくないからであって…って何を考えているのだろうか?

 

 

…まあ話はズレてしまったが、結局のところアイリに嫌がらせをさせようだなんて事自体が間違っていたのだ。

 

「考えつかないなら…」

「お兄様のクズ‼︎お兄様なんて大っ嫌いです‼︎」

「…え?」

 

なんだって?

 

「あっ‼︎違いますお兄様‼︎これは自分がされたら嫌な事をやってみただけで決してお兄様が嫌いとかそう言った事ではないです‼︎」

「…お、おうそうか…そうだよな」

 

突然放たれた罵詈雑言にショックを受けて硬直していたら、流石に不味いと思ったのか後から訂正される。

成る程…確かに人から嫌いって言われたら嫌だよな…

 

てっきり嫌な行動をされると思って構えていたら言葉の暴力が飛んでくるとは流石の俺でも予測がつかなかった。

 

「まあいいか、これからやるのは戦闘であって言葉の応酬じゃないからな」

「分かりました‼︎」

 

先程までのやり取りは一旦忘れてアイリに木刀を差し出す。

クリスにはこれで良くボコボコにされていたが、今回はアイリをボコボコにする事はなどはせずに普通にどのくらいの実力なのか見てみたいと思ったのだ。

 

「ルールは簡単で、とにかく相手から一本取るか降参させれば勝ちだ」

「要するにお兄様と戦えばいいのですね?」

「ああ、そうなるなそれと手加減しなくてもいいからな」

「分かりました、では行きます‼︎」

 

キリッと表情をかえると物凄い速度でこちらに向かって踏み込んでくる。

やはり王族なだけあってステータスは今まで出会った冒険者の中でもトップクラスだ。

 

しかし、ここで負ければ俺の威厳に関わるので何としても負ける訳にはいかない。

 

アイリの戦術は片手剣スキルで使われる動きにどこかの流派だろうか、少し変わったテイストを混ぜた少し特殊な動きをしながら踏み込んでは斬りかかる動きをしてくる。

記憶がなので若干のぎこちなさがあるが、それでもゆんゆんを除いたこの世界のアクセルの冒険者を軽く凌駕していることは確かだ。

 

恐ろしい程の実力だが、クリスと比べればまだ可愛いほうだ。

 

アイリの剣を捌き、油断したところで彼女の手を掴かみ、そのまま後ろに投げ飛ばした。

 

「ずるいです‼︎お兄様‼︎」

 

投げ飛ばしたが俺とは違い地面に地面に叩きつけられる事は無く、綺麗に着地した後俺に文句を言う。

 

「俺が剣術勝負なんて言ったか?」

「言っては…いませんが…」

「そう言う事だ、冒険者の真似事をする以上そこにルールなんて物はないんだ。だからこれはやっちゃダメなんだなんて事は考えないで、勝つ事だけを考えて戦わなくちゃ生きていけないんだ」

 

俺の屁理屈に狼狽えるアイリに畳み掛ける。

ここは王都の稽古の様な綺麗なものではなく、泥に塗れながらそれでも生きようともがき続けなくてはいけない汚い世界なのだ。

 

「それは…」

「冒険者の真似事でもクエストを受けたんだ。悪いけどこの先に進みたいなら今までの甘い考えじゃ通用しない」

「…これが冒険者として生きると言う事ですね」

「ああ、そうだ」

 

軽く教えて終わりにしようかと思ったが、これからの事を考えるとやはり甘やかしてはいけないのだと思いあえて少し厳しめに行く事にした。

事情を知らない彼女からしたら意味のわからずいきなり理不尽な目に遭うという可哀想な展開だが、もし彼女が弱音を吐いたならそこで止めようかとも思っている。

 

「分かりました…正直お兄様の考えはよく分かりませんがお兄様がそうしろと言うのならそれについて行くまでです‼︎」

 

全く恐ろしい王女だよ、と感心しながら全力でアイリに姑息な技を身を持って教える。

 

 

 

その後軽く擦り傷をしてしまったアイリを治療して罠に掛かった動物を調理して夕食となった。

意外にもアイリの根性は凄く、あれだけやっても終わった今となっては何事もなかったかのようにケロっとしながら妹ムーブをかましていた。

 

「食事が終わったら次は勉強の時間だ」

「勉強ですか?」

「ああ、そうだ。これから俺とこのボードゲームで戦ってもらう」

 

夕食を済ませた所で彼女の前に昔ゆんゆんと遊んだ戦争を題材にしたボードゲームを出す。

ゲーム自体は簡単だが、ゆんゆんが一人遊びを極めやる事が無くなり、他人と遊ぶ事を考え辿り着いたルールが中々に実戦に向いていたので、さらにそこに俺が手を加え完成した究極の軍師ゲームなのだ。

 

「実際に戦う事を想定して軍を操るゲームなのですね」

「そうそう、けど油断するなよ。俺は勝ち過ぎて2人から2度とカズマとこのゲームをするもんですかと言われるくらい強いからな」

「成る程、お兄様が得意そうなゲームだと思いますが、負ける訳には行きません‼︎」

 

2人でボードゲームの箱を展開しながら長い夜が始まった。




アイリ「成る程…」

次回から話が動きます…


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六花の少女11

誤字脱字の訂正ありがとうございます。
前回中途半端だったのと時間があったので二日連続で投稿します。


ダクネスの貴族との交渉が長引いているのかあれから結構な時間が経った。

最初は右も左も分からなかった彼女も今ではしたたかな少女に成長を遂げている。まあ手段を覚えたと言うだけで中身の成長はほとんどないが…

 

「それでAさんがアイリの邪魔をして来たとして、それを撃退するためにはAさんに敵対するBさんを焚き付けなくちゃいけないんだよ。だけどアイリの言葉で協力してくれない場合どうしたらいい?」

「そうですね…お金を払うでしょうか?」

「いや、違うな。それも間違いじゃないんだがその場合Aさんがそれ以上の金額を出してアイリの事を追い詰める可能性がある。まあ状況によるが」

 

昼飯を終えた後、胃の消化が落ち着くまでの間に人間関係のゴタゴタについて説明する。

こんな事をしても付け焼き刃だと分かってはいるが、それでも何もしないよりかはいいのだろう。

 

「でしたらどうすればいいのでしょうか?」

「それを知るにはまずはBさんの立場になってみようか、敵対しているとはいえ下手に動けば周囲の人間に弱みを見せる事になるんだ」

「弱みとはどう言う事でしょうか?嫌いな人間に行動を起こすのは当然では?」

「いや、それがそうはいかないんだ。一応敵対しているように見えて表面では仲良しごっこをしないと人間社会では協調性がないと思われて干されてしまうんだ」

「成る程…」

「だからこそ人が動くには建前と言うものが必要になるんだ」

「建前ですか?」

「まあこの場合は大義名分かな、これから起こす行動は正義が伴った行動で、行動を起こされる方は行動を起こされるだけの理由があると周囲の人を納得させる必要があると言うわけだ」

「つまり行動を起こしても周囲の人間におかしく思われない理由が必要というわけですね」

「そう言う感じだな。要するにAさんを排除したいけど兵を出して排斥すると周囲から自分勝手の野蛮な奴という評価を受けてしまうんだ。まあその時はそれでいいんだが人間社会は永遠に…例え死んでも続いて行くものだからな、何かあった時にその行いを引き合いに出され糾弾を受け立場を無くすなどよくある事なんだ」

「…それは恐ろしい事ですね」

「だからその行いを正当なものにする為の大義名分が必要になると言うわけさ。これがあれば後で糾弾されても理由を説明して、こうしなければいけなかったという言い訳ができるから結果として自分の立場を守る事ができるんだ」

「中々難しい話ですね…」

「だから行動を起こすには極端な例になるけど抹殺したいという本音とこうしなければ行けなかったみんなもそう思うでしょう?という建前が必要になるんだ」

「成る程…」

 

「それで話は戻るけどAさんを排斥するためにBさんを焚き付けなくてはいけなくなった時、まずBさんがAさんを排斥する大義名分を用意しなくちゃいけないんだ」

「ちょっと待ってくださいお兄様」

「どうした?」

 

話していると質問をしたいのかアイリが手を挙げる。

 

「そもそも私が裏からAさんを排斥するというのはないのでしょうか?」

「まあ、無くはないがそれは最終手段だな。その方法は作業量が最も少ないかもしれないがリスクが大きいんだ」

「そうでしょうか?死人に口無しと前にお兄様がそう仰ったじゃないですか?」

 

アイリは可愛い顔して恐ろしい事を言い出だした。最近相手を如何に無力化するかを説いていたのが仇になったのだろうか?中々にヴァイオレンスな子に成長してしまった様だ。

 

「確かにそうかもしれないが、Aさんが急に居なくなったらAさんの関係者が騒ぎ出して犯人探しをするだろ?仮に誰にもバレずに排斥…まあ殺ったとしても今表立って対立しているアイリが疑われるのが至極当然になりアイリの立場が下がってしまうんだ」

「人間関係というものは難しいですね…」

「だからこそ表の舞台で正当な理由をつけて堂々と排斥するのが一番穏便…言い方がアレだけど丸く収まる方法かな」

「私の手を汚さず他の人にやらせるという事ですね?」

「言い方がアレだけど間違っちゃいないな、最悪の場合はBさんをトカゲの尻尾切りにしてアイリは逃げればいいんだ」

「それだとBさんに恨まれないでしょうか?」

「その時はその時だな。例え切ったとしてもアイリの立場が残っていれば何かの功績とセットでまた同じ土俵に戻してやればいいんだ」

「成る程…」

 

「また話がズレたな…それでBさんを行動に移させるにはまずBさんを説得しないといけないんだ。それでお願いしますと言ってアイリがBさんだったらはいそうですかって言うか?」

「言わないですね…いくら私がAさんが嫌いでもリスクを冒してでも協力する理由がありません…」

「だろ?だからBさんにメリットを提供しないといけないんだ」

「メリットですか?」

「要するに利益を与えるということだな。例えばBさんの家が金に困っていればBさんの土地の名産品を高値で買い取るという建前で資金援助をするとか」

「大義名分と報酬を与えればいいのですね?」

「まあそうなるかな。そこまで用意できれば流石にBさんも動いてくれるだろう。その大義名分はアイリが考えるかBさんが用意するかはその時に考えるとしてな」

「けどBさんに与えられる利益がなかった場合はどうすればいいのでしょうか?

「その場合は例外としてCさんを使うんだ」

「Cさんですか?」

「この場合Cさんは誰でもいい、ただそのCさんはBさんが欲しいものを持っていなくちゃいけないんだ」

「Bさんよりも先にCさんを攻略しろという事ですね」

「ああ、そうなるな。Cと先に内密に交渉してそれを手に入れて、それを手土産にBさんの元に向かうんだ」

「遠回りに遠回りを重ねるんですね」

「面倒かもしれないが、それで秘密を共有することで共犯者となり、共に何かをしたという実績を作り信用が上がるというわけだ」

「成る程…前に言っていた秘密の共有というやつですね」

「そうだ、その一緒に悪いことをしたという罪悪感を人は友情と勘違いするんだ」

 

 

 

ふむふむとメモを取っているアイリを眺めていると、将来絶対ろくな大人にならないなという罪悪感が俺の良心の呵責を生む。

しかし、これくらいの事をしなければこの先アイリが進んでいくであろう茨の道は渡れないのだ。

 

「次は美人局…まあ後はスパイだな」

「スパイ?あの調味料という奴ですか?」

「それはスパイスだな…」

 

まだまだ世間知らずのところが抜けていないのが可愛いところであるが、このボケを民衆の前で晒すとなるとそれはそれでまずい事になる。

これからアイリを見る目は街の小娘から一国の王女になるのだ。こんな感じではまたクーデターを起こされても不思議では無くなってしまう。

 

「スパイは味方の中に居る敵だな」

「え?そのような方がいればすぐ排除されるのではないでしょうか?」

「それが無いんだよ。奴らは子供の頃からそういう教育をされて子供のうちに組織の中に入るから見分けがつかないんだ」

「成る程…」

「例えるなら騎士団がわかりやすいな。あの組織は基本的家柄保証された貴族の人間が優遇されるようになっているんだ。何せ昔から王都に仕えている連中らだからな、まあ他所から志願した連中らと比べれば家に泥を塗らないよう清廉に務めるし裏切ったところで自分の身分を保証している王国が無くなったら困るのは自分の家だからな」

「だから騎士団の幹部は貴族が多いと言われているのですね」

「そうなるな、けどそれに甘えると酷い目に遭うこともあるんだ。例えば貴族Aが他の国に今以上の地位を保証するという契約を吹っかけられれば馬鹿な貴族がたまに引っ掛かって国の内情を吐いてしまうこともある」

「成る程…油断も隙もないですね」

「だから内情も出来る限り秘密にした方がいいんだ」

 

「それで話を戻すけど、組織の2割くらいはスパイが居ると思った方がいいな」

「そんなに居るのですか?」

「ああ、最悪のケースはもっと居る事もある。これは組織の規模によるな、少人数なら良いけど自分が関与していない人間が出て来始めたら注意したほうがいい」

「そんな…」

「だとしてもそいつらは事を起こすまでは一応は味方だからな、役目を果たす為に必要な自身の地位を守るために結果を残さないといけないから、上手く使えばそこら辺の仲間よりも使えるかもしれないが、深入りは禁物だな。あとスパイを警戒するがあまり周囲から距離を取るのも駄目だ。周囲を頼らないことは周囲から信用されないと反感を買う可能性もある」

「難しい事を言いますね…つまりどうすればいいのですか?」

「味方を含めて上手く飼い慣らす事だな。周囲とは付かず離れずで平等に接しながら本当の味方を探り、そのスパイを見つけ出して泳がせておくのが一番だ」

「そのスパイを泳がせておいて大丈夫なのでしょうか?いつか裏切るならその場で捕まえた方が…」

「それも良いかもしれないが、下手に捕まえれば相手の組織に気付かれて行動を起こされるかもしれないという可能性があるからだ。なるべく相手の組織に自身の組織が優位な立場にいると錯覚させて置かなくてはいけないんだ」

「つまり程度の低いけど重要な仕事を割り振りながら、その組織の人が信用されていると思い込ませればいいんですね」

「そう言うことだ、大きな組織ほど内側から脆くなっていくものなんだ。一番の裏切り者は一番近くにいるケースもあるから気をつけろ」

 

 

 

 

「世間の皆さんは大変ですね…」

「まあそうなるな」

 

あまり人間の汚さを話すとアイリの目が死んでくるので話はこの辺りにしようかと思う。

変に知識を入れ過ぎればアイリの他人に関しての態度が斜に構えたようなものになるので、あまり細かく教えすぎるのは禁物だろう。

…まあ今更言うのもなんだが…

要するになんか考える時の材料になればいい位の知識を教えればいいのだろう。それ以上の行動はアイリの人間性を歪めかねない。

 

「食後の休憩も取ったし次の作業に移るか」

「夕食の準備ですね‼︎今日は久しぶりに鶏肉が食べたいです‼︎」

 

ずっと座っていた為か体が固まっていたのでストレッチをしながら体を伸ばしていると夕食の献立の提案をしてくる。

そして慣れた手つきで鞄から罠と弓矢を取り出し森の中に入っていった。

 

この数日でアイリは俺の教えた殆どの知識を吸収して立派なサバイバーへと成長を遂げている。

しかし、どれもアイリは苦労などせず簡単に習得し全てを自分のものにしていった。

 

これは恐ろしい程の才能だ。

これが王族の血筋と言うものだろう、普通の人間が簡単に習得出来るほど山の生活は甘くはない。

俺と比べてなんて失礼な事を言いたくはないが、スキルを無しにあそこまで領域に達するのにどれほどの挫折と血反吐を吐く度の苦労をしたのかは言うまでもない。

 

彼女はそれを苦労しなかったとは言わないが何の挫折もなくこなしてしまったのだ。

人の心は壊れてしまえば戻らないが、かと言って一度も傷付かなければ傷を負った際に守る事も治す事も出来ずに壊れてしまうのだ。

例えアイリが記憶を戻そうと戻るまいとダクネスに気づかれてしまった以上は必ず現実から逃げられなくなる時が来る。

その時になってこの山での辛い経験が心の糧になればいいかと思い企画したが、今の分では結果としては精々悪知恵が付いた程度のものだろう。

 

家族の死を受け天涯孤独となった彼女を支える人間は沢山居るだろうが、それはアイリが王女様という地位に立っているからであって、彼女がアイリというただの少女になった時の味方はどれほど居るのだろうか。

ダクネスは多分従うだろう。そしてあのシンフォニア家のクレアもその内の1人だろう。

しかし、他の貴族はアイリの王位継承を良しとするのか?

 

このままアイリを死んだ事にして王兄を王にして他の貴族らが反旗を翻すのを待ったほうが賢明ではないだろうか?

そうすればその貴族の連中を束ねて指揮した連中らの1人が王位を継いで上手くやってくれるだろう。それがダスティネス家かシンフォニア家かは分からないが。

 

王家の血筋は途絶え国宝の意味は無くなってしまうが、それは亡くなった前国王の責任にしてしまえば大丈夫だろう。死人に口無しとはこの事だ。

王都に何があろうとも最悪俺の住んでいるアクセルの街に被害が来る事はないだろう。わざわざ初心者の集まる街に何かするメリットなど何も無いはずだ。

 

………いや…何を考えているのだろうか俺は……

例えそれが叶ったとしてアイリが記憶を戻したらどうするかなんて、記憶を失う前のアイリを見れば考えるまでも無いじゃないか。

 

そもそもアイリを王女に戻す前に王兄に奪われた王都を取り戻さなくてはいけないんだ。

それが叶わなかったらその考えを実行すればいいのだ。

 

 

 

「お兄様‼︎大量に取れました‼︎今夜はご馳走です‼︎」

「おーこれはまたすごい量を取ったな」

 

考え事をしていると体感時間が加速するのか気付けばアイリが夕食の材料を狩りとってきたようだ。

予想外の時間の速さにビックリしながら彼女の手元を見ると、その言葉通りなんて名前か分からないが鶏くらいのサイズ感の鳥が数羽握られていた。

 

「どれも全部脳天を貫いているのかよ…」

「はい‼︎お兄様に言われた通り何処に向かうかと意識と現実がどの位ズレるかを予想して放ったら見事に当たりました‼︎」

「もう自分の物にしたかのかよしよし」

「えへへ…」

 

まるで投げたボールを取ってきた犬の如く頭を差し出すアイリの頭部を撫でる。もはやこれは一種のパブロフ犬の実験なのでは無いだろうか?

 

「…ふぅ、これ一通りは捌けたかな」

 

鳥を捌くのは意外に難しく、日本では費用対効果が悪いので人件費の安い国で大量に人を雇って行うと聞いたが、自身が行うと納得のやりづらさだ。

全自動で動物を捌く魔法が欲しいが、そんなニッチな魔法果たして存在するのだろうか?

 

「こっちも準備終わりました、後は焼くだけです」

「おう、今持っていくからな」

 

捌いた鶏肉を鷲掴みにしてアイリの用意した中華鍋の様な物に突っ込んでいく。

その後夕焼けを背にしながら焼かれた肉を突っついていく。

 

屋敷で暮らしていた時と比べるとかなり質素な食事になるが、これはこれで慣れればいい物だ。ただたまに米を食べたくなってしまうのが悪いところだが。

 

「今日はこの後またボードゲームですか?」

「ああ、そうなるな。今度は趣旨を凝らして別のルールにしよう、ずっと同じルールにしていると頭が凝り固まって柔軟な考えが出来なくなるからな」

「了解です‼︎」

 

陽が落ち周囲が暗くなり、意外と話が弾んでしまい気付けば夜遅くになってしまったので今日は無しで明日またやろうという流れになった。

まあ、基本的にボードゲームなどは何度も繰り返し行なっていくと勝ち方が複数のパターンに絞られて、そのパターンにどう当て嵌めるかのある意味ワンパターンになってしまうきらいがある。

であればここはシンプルにルールを変えて別の考え方を挟んで思考をリセットしようという趣向だ。

ルールに関してはこのゆんゆんメモがある限りネタが尽きる事はないだろう。まさか本人がいない所で役立つなど本人からしたら不本意だろうがその辺りは許して欲しい。

 

「それじゃ食器を片付け…危ない⁉︎」

 

眠気が強かったがそれでも今までの癖は抜けていなかった様で、さむけとともに危険を感じ咄嗟に剣を突き出しアイリの前に突き出すと、突然ナイフが姿を現し弾かれた。どうやら王兄の手先が刺客を寄越した様だ。

 

「誰だ‼︎出てこい‼︎」

 

最初はふとした違和感だった。

俺の感知スキルはこの山全体に行き渡らせるほどに強化してあり、そもそもスキルに頼らずともある程度は分かる様になっていたが、それでも俺以上の人間なのどこの世界にゴロゴロ居るとクリスが前に言っていたので、スキルによる反応だけではなく自身の勘も研ぎ澄ましていたが、今回はそれが功を奏したようだ。

 

「ほぉう…この私の攻撃を見抜くとは流石は王女の守りを1人で任される事はあるな」

 

感知スキルで生体反応を必死に探るが、奴の方が上なのか全く反応が出なかった。

本来潜伏スキルが機能するのはその対象が認知の外側に居る場合に効果を発するとされている。なので初撃を防ぎ奴の存在に気付いたのでスキルの効果は緩まり姿を隠すのは不可能とされているが、奴の姿どころか気配すら掴むことが出来なかった。

 

「誰だ‼︎コソコソしてないで姿を現したらどうだ?」

「何を仰るのやら…お主が私の立場であったら姿を表すか?」

「確かに‼︎」

「お兄様‼︎勝手に納得しないでください‼︎」

「わ、悪い…つい」

 

圧倒的正論に思わず納得してしまった事をアイリに咎められる。

しかし、姿どころか気配すら辿れないとは奴は高レベルだが全てのスキルを潜伏に振った極振りやろうだろうか?

 

「姿が捉えられない以上この私を止める事は不可能なのは理解しておるか?」

「…くっ⁉︎」

 

投げられたナイフを既のところで弾く。

奴の姿は捉えられないが、奴から離れたナイフであればなんとか捉えられるようだ。

 

「では先に王女様のお命を頂こうか‼︎」

「させるかよ‼︎」

「お兄様‼︎」

 

初めて命を狙われる恐怖に腰が抜けたのか、その場から動こうとしないアイリに向かって仕掛けを発動させる。

ここに来た初日から念の為にと用意していたトラップがまさか役に立つなんて思わなかったが、今回は過去の自分に感謝するしかない。

 

「こ、これは‼︎」

 

バチンと何かが弾かれる様な音と共にアイリの周囲に魔法陣のような紋様が浮かび上がる。

 

「アイリ、そこを動くなよ」

「分かりました…ですがお兄様‼︎」

「安心しろ、そう簡単に殺されてたまるか」

 

剣を再び構えながら何処から来るのか分からない刺客の攻撃に備える。

奴の攻撃は俺の作ったトラップで防げる程度のものなので一撃の重さは大した事はないだろう。

 

人間の視界は必ずしも全てを映しているわけではない。

眼球の構造上視神経の出入り口である黄斑という部分の視界は見えないとされている。これをマリオットの盲点という何処ぞのゲームの様な名前だが人間はその部分を認識できない。

では何故視界に欠損が無いのかは単純で脳幹を構成する中脳が勝手に補正するからである。実際中脳障害を起こすと部分的に視野が欠損して視界に穴が空いてしまうのだ。

 

まあそんな話はさておき、奴の能力はその盲点をうまく利用した物かもしれ無いという可能性があるという話である。

そうなれば視覚で捉えるのはほぼ不可能だろう。この場で頭の一部を破壊して盲点を作りその場に攻撃する事ができるが、そんな器用な事は出来ない。

 

仮にその理論で行くなら俺の視界は奴の能力で支配されていることになるので前提として間違っている可能性もある。

 

「ふむ中々小癪な真似をしよるのう。だが、これもお主あってこその絡繰、お主を殺してしまえばそれも解けるじゃろう」

 

その言葉と共に先程までアイリに向いていた殺気が俺に向かう。

恐ろしい程の殺気を受け、奴がどれ程人を殺めて来たのか肌で感じる。

 

だが、ここで逃げようものならアイリは永遠に幸せになる事は無いだろう。

 

「舐めんじゃねーぞ‼︎」

 

土の初級魔法で砂を作り、それを周囲にばら撒く。

 

「く、小癪‼︎だが私も感知スキルを使える事を忘れるで無いぞ‼︎」

 

巻き立てられた砂埃でこの場一面が砂埃の茶色一色に染まる。

こんな古典的な目眩し感知スキル持ちには効かないが、俺の狙いはそんなものではなく。

 

「貰った‼︎」

 

砂埃の動きを感知スキルで捉え、動きに違和感があった場所を思いっきり叩き切る。

しかし、奴も一流の殺し屋なのだろう、例え動きが見えなくても当たるかもしれないという意識が俺の振り下ろしを予測し寸での所で躱される。

 

「まだまだ‼︎」

 

しかし、その程度で諦めていたらクリスの扱きには耐え切れないだろう。

避けられるのが当たり前だったクリスの戦闘経験の教訓を活かし次の一手である回し蹴りを放つ。

 

「ぐっ‼︎」

 

左足に確かな感触と奴の息を殺した悲鳴が聞こえる。

潜伏スキルは俺みたいな冒険者を除き扱える職業は限られどれも攻防力のステータスは低めなので俺でもダメージを容易く通せるのだ。

 

「どうだ‼︎これがカズマ流姑息戦術だ‼︎アイリもその目に焼き付けておけ」

「分かりました‼︎」

 

奴を蹴り飛ばし、それによって出来た隙にアイリが生存しているかどうかの確認をふざけを装いながら伺う。

 

「全く同じスキルを使用する者とは聞いていたが、ここまで乱暴だとは…」

「はっ、ヨボヨボのジジイがイキがりやがって‼︎引導を渡してやるよ‼︎」

「若造が‼︎抜かしよるわ」

 

先程の作戦で潜伏スキルに関してある事を気づく。

そもそもスキルに関しては冒険者カードに乗せられる程度の簡易的な説明しか載ってないので、そのスキルの全体像は把握できず与えられら力のみで上手く使いこなさなくてはいけない。

故にスキルの捉え方によっては、また別の使い方に応用して使うこともできるのだ。

 

砂埃により奴の動きを捉えられたなら周辺の空気を対象にして感知スキルを使えば空間ごと奴を捉える事ができるのでは無いだろうか。

下手に同じ作戦を取るよりかは十分な価値があると判断し、その思い付きに身を投じる。

 

「やっぱりな‼︎爺さんあんたの弱点分かったぞ」

 

奴の振り下ろした刃を弾き返し再びその腹に蹴りを入れる。

 

「ごふっ⁉︎」

 

再び聞こえる鈍い悲鳴と足に感じる確かな手応え。

 

「成る程…原理は良く分からんが、ここは一旦退いたほうがよさそうじゃな」

「何⁉︎」

 

感情の抑えられた低い声が周囲に響いた後、奴の気配が俺から遠退く。

 

「逃げる気か‼︎」

 

気配を完全に見失う前に腰にぶら下げていた弓矢に切り替え、矢を数本同時に解き放ちそのまま奴の方へ走って行く。

 

「アイリいざという時のために構えとけ‼︎」

「はい‼︎分かりました」

 

アイリに指示を出し俺は急いで奴の潜った森の中へと潜入する。

気配は未だに掴んでは居るが、俺みたいな紛い物ではなく本職なのでかなり手際の良さで森を駆け抜けていく。

 

「くそ‼︎」

 

心の中で悪態を吐きながら矢を放つ。

このまま奴を逃せば機を見計らって再び攻めてくるだろう。今回は何とか捉えられたが、次また捉えられるかはまた別なのだ。

俺の新しい感知性能も、今は相手がそこに居ると分かるから出来るのであって、突然現れた奴に対応できるほど使いこなせてはいない。

 

最早視界などに頼らず全身で周囲の気配を辿りながら木々を躱し、枝を渡り逃走する奴を追跡しながら隙を見て矢を放つ。

矢が尽きる心配もあるが、その時は氷の矢を精製して放てばいいだけだ。

 

「ぬおっ⁉︎」

 

そしてそんなやり取りをしながらようやく俺の放った矢が奴の着地する枝を先んじて撃ち抜き、奴は体勢を崩しながら地面に落下する。

 

「貰った‼︎」

 

最早周囲の山など燃えてしまっても構わない覚悟で黒炎を奴に向かって放つ。

最悪山一つ無くなるかもしれないが、その時はその時だ。

 

「こ、この炎は‼︎」

 

俺の炎は奴に見事命中し、奴の体は丸焦げになる筈だったがそんな事はなく。

何やらマントを被っていた様で、奴はそれを即座に脱ぎ捨てることによって俺の黒炎を回避した。

 

「王国随一の暗殺部隊隊長である私の顔を見るとはな、貴様は生かしては返さんぞ」

「はっ‼︎何処かで聞いた様な名乗り方だな‼︎」

 

どうやら奴の恐ろしい程の潜伏性能は先程のマントの性能だった様で、そのマントが焼かれた事によりようやく奴の尊顔を眺めることに成功する。

 

「ヨボヨボのジジイが、早く引退させてやるよ」

 

剣を構え奴に向き直る。

 

「ほう、ガキが吠えよるわ…このマントの貸し高くつくぞ‼︎」

 

奴がそう叫ぶと手元には先程飛ばしたであろうナイフが数本握られており、気付けばそれら全てを投擲し俺に向かって飛来していた。

あまりに速い動きにたじろぎそうになるが、この速度の投げナイフなら俺の敵では無い。

 

「オラオラ‼︎」

 

掛け声で自分を鼓舞し、投げられたナイフを全て丁寧に掴み取りそのまま奴に投げ返す。

 

「何と⁉︎これまた奇想天外な‼︎」

 

俺の投げ返したナイフは奴の元へと戻ったが、既に奴はそこには居らず、何かに引っ張られるような動きをしながら素早く隣の木に乗り移っていた。

 

「グラップルか…」

「御名答、小僧にはちと早かったかのう?」

 

マジックハンドの先端をワイヤーの先端につけ、それを高速で射出して遠くの物に引っ掛け自身の体を引き寄せたりそのまた逆をする技の様なものだ。

ゲームの世界だけと思っていたが、まさかこの世界で再現できているとは思わなかった。

 

「これは色々と応用が出来てな」

「なっ⁉︎」

 

気付けば俺の左腕にそのグラップルが巻き付いていることに気付く、どうやら装備に潜伏スキルを応用したようだ。

しかし、そんな悠長なことを考えている暇はなく、俺の体はすぐさま奴の元へ引き寄せられる。

 

「ほれ‼︎」

「ごはっ‼︎」

 

引き寄せられた先には奴の拳が待っており、そのままサンドバックの様に顔面を撃ち抜かれる。

 

「もう一発いこ…」

「させるかよ‼︎」

 

もう一発目のタイミングで体を起こし奴のワイヤーを掴んでいる手首を肘と膝で挟む様にして潰し拘束を緩め解放し地面に落下する。

 

「バインド‼︎」

 

落下するタイミングでバインドを放つ。

 

「甘いわ‼︎」

 

しかし、流石は隊長クラス、俺のバインドがかかる前にその拘束をナイフで切り裂いた。

 

「ぐはっ‼︎」

 

受け身を取ったとは言え無理な体勢で着地をすれば必ずダメージが入る。

痛みに耐えながら体を転がし、追撃を避けながら体勢を立て直す。

 

「末恐ろしい小僧じゃのう。しぶとさなら過去一じゃわ」

「それはそれはお褒めに預かり光栄です」

 

手首を包帯で応急処置しながら俺に賛辞を送る。

 

「悪いけどあまりアイリを1人にしたく無いんでな、これで決めさせてもらう」

「私相手にこれで決めるだと?思い上がったな小僧‼︎」

 

俺の挑発にあえて乗ったのか分からなかったが、奴は感情を剥き出しにしながら俺の元の向かってくる。

俺はそこで迎え撃つなんて事はせず。懐に仕込んでいた仕込みナイフを出来るだけ奴に向かって投擲した。

 

「数打てば豆鉄砲でも当たるか‼︎私も舐められたものだな‼︎」

 

奴は持っていたナイフを一つ増やし両手持ちにした後俺の放ったナイフを全て弾き返し、それなのナイフは全て周囲の木に突き刺さった。

こうなってしまえばそのナイフを使うには一度ナイフを木から引き抜かなくては行かず、一手間増えてしまうことになる。

 

「貰ったぞ小僧‼︎」

「いや貰ったのはこっちのセリフだ‼︎」

「なぬ⁉︎…これは‼︎」

 

奴の姿が俺の目の前に現れた瞬間俺は手に持っていたワイヤーを全て後ろに引き仕掛けを発動する。

 

「ワイヤーはあんただけの専売特許じゃ無いんだよ‼︎」

 

引かれたワイヤーは全て奴に弾かれたナイフの柄に付けられており俺とナイフの間に入って仕舞えば、後は手の動きの工夫で獲物を捉える事ができるのだ。

 

「遠糸縛殺…何ちゃって」

「この小癪な‼︎糸に潜伏スキルを使いよって、私の技を奪いよったな‼︎」

 

「ハン‼︎このボケジジイがこれは学習って言うんだよ‼︎いい加減目的を吐きやがれ」

「ぬ‼︎力が抜けていく…」

 

周囲の木に括り付けられた状態で奴を固定し、念のためドレインタッチで奴の体力を吸収する。

 

「…これまでか、殺すが良い」

 

ドレインタッチにより魔力等々を吸い取られ観念したのか、今度は自身を殺すように要求してきた。

 

「いや、あんたの目的が聞きたい。アイリスを殺すってことはあんた王兄派の人間だな」

「ふん、そんなものは私に関係ない。私は言われたがままに行動するのみだ」

「なら命は助けてやる。だから城の状況を教えてくれ」

「そんなものわしはしら…ごふ‼︎」

 

しらばくれるので思いっきり顔面を殴る。

 

「本当に知らんのだ、私はいつもの様に命令されて貴様を殺す様に言われただけだ」

「俺を?アイリスじゃ無いのか?」

「そうだ、アイリス様を殺そうとしたのは私の慈悲だ。あの子はこのまま生きていたとしても碌な目に合わん。ならばせめてこの場で殺してやったほうがあの子の為だ」

「待て、アイリスを狙わないで俺を殺す理由は何だ?」

「そこまでは知らん、私ら暗殺部隊は命令を遂行するだけで主人の真意など聞いてはいけない決まりだ」

 

どう言うことだ?

アイリを狙うなら全てに辻褄が通るが、俺を狙うだと?

 

「あの子がここに居た事は流石の私も驚いたわ」

「だから先にアイリスを狙ったってか?お前の雇い主は誰だ?質問の答えからして王兄じゃないだろ‼︎」

「はん、勘のいい小僧だ。だが私にも掟がある、故にこれ以上お前に話すことはない。殺せ」

 

奴はそう言いながら目を閉じ口を閉ざした。

本当に自身を殺すように言っているのだろう。

覚悟が決まった人間はどんな嫌がらせをしようともその口を割ることはない。

 

「なら話を変えよう。あのマントどこで手に入れた」

「ほう、あのマントに目をつけたか…小僧存外食えぬ奴よのう。あれは貰い物でな、何でも神具と言われる物だそうだ」

「あれは持ち主以外使えないはずだが?」

「ああ、やはりそうであったか。本来であれば周囲の気配まで隠すと言っておったが、私が装備してもそれだけは隠せなかった、だから潜伏スキルと併用しておったんだがその弱点を見事小僧に見抜かれたわけだ」

「あれは誰から貰ったんだ?」

 

神具を他人に渡す依頼主となると日本人の可能性が高くなるが、そうやすやつと自身の唯一のチートを相手に渡すのだろうか?

 

「それは言えん」

「このジジイ‼︎」

 

どうやらこれ以上は何も言わないらしく完全に精神を閉ざしてやがる。

 

「そうだ、最後に一言いいか?」

「何だ?」

 

何かの未練があるのか最後に俺に何か言いたいようだ、まあ爺さんの事だ尊敬する武将か何かの辞世の句でも読むのだろうか…いやこの世界に辞世の句とか無いだろ。

 

「こうなってしまった以上アイリス様を頼んだぞ…」

「クソジジイあんた…」

 

その問いかけの言葉の答えは返ってくることは無かった。

多分このジジイは死んでもその意味を言う事は無いだろう。

 

…何だろう、どいつもこいつも自己満足に浸りやがって、流石の俺も腹が立ってきた…

 

「ああいいよ‼︎それだったらこっちにも考えがあんぞ‼︎」

「おお何だ?この私に拷問でもする気か?やめておいた方がいいぞ、暗殺部隊は日常訓練に拷問に耐える訓練があってのう、小僧なんかが考えつかんものまで受けておるのだ」

「甘いな、世の中には死よりも恐ろしいものがある事を教えてやるよ」

「何だと?」

 

俺は面白い企みを思いつくと不敵な笑みを浮かべながら懐からあるものを取り出す。

 

「それは…何かのスクロールか?」

「そうだ、これ自体は単純なスクロールだ」

 

夜の帷は既に降ろされ、そこから朝の雲雀が鳴き始めている。

向こうでは既に朝の祈りの時間だろう。

 

「それで私を何処に飛ばすつもりだ?」

「そんなの決まっているだろ?アルカンレティアの教会のど真ん中だよ‼︎」

「こ、小僧⁉︎貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ‼︎」

 

奴の叫びと共にテレポートのスクロールを発動すると、淡い光に包まれながらその体は例のあの場所へと運ばれたのだった。

 

ああ、ドレインタッチで弱らされた体であいつらの勧誘から逃げられるか心配だな(笑)

 

 

 

 

「アイリ戻ったぞ、無事か⁉︎」

「ええ、私は大丈夫です‼︎」

「今解放するからな‼︎」

 

アイリを護っていた防護壁を解除し、アイリを解放するとアイリはすぐさま失礼しますと言いながら何処かへ消えていってしまった。

何事かと思ったが、感知スキルでは近くの池に居るので多分そういう事だろう。まあ危険がなくて良かった。

 

「まあ、何とかなったな…ん?」

 

安心しているとふと胸元で何かが爆ぜる音がした。

何だと思いながら胸元を見ると、屋敷に仕掛けた仕組み通りペンダントが砕けたのだった。

 

…つまり。

 

「カウントダウン開始か…」

 

ダクネスが他貴族との交渉を終えた合図だった。

 



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六花の少女12

誤字脱字の訂正ありがとうございます。


「この生活も遂に終わりか…」

 

楽しかった夏休みのキャンプの様な山生活も終了の条件を達成した事により終焉の兆しを見せる。

ペンダントにしていた感知装置の中身が爆ぜ、何者かが屋敷に訪問してきた事を知らたのだ。

遂にダクネスが準備を終えたのだろう。狙った様なタイミングですごく怪しいが、今回の件に対しては多分ただの偶然だろう。

 

「お兄様?どうかされましたか?」

「ん?ああ、そうだな。そろそろここの生活も終わりにして屋敷に戻るぞ」

 

いつかは来ると思っていたが、心の何処かで来て欲しく無かったのだろう。すぐに撤収出が出来る様に準備していなかったので慌てて準備していると水浴びを終えたアイリスが髪を拭きながらテントの方へと戻ってきた。

もしかしたらこのままその時が来ないんじゃ無いかと思っていたが、こうなってしまった以上なる様になると流れに身を任せた方がいいだろう。

 

「お兄様にしてはいきなりですね?」

「ああ、少し予定が変わってな」

 

これから起こる事をどう説明したらいいだろうかと考えながらテントを折り畳みながら考えに耽る。

 

「それでこの毒キノココレクションはどうしますか?」

 

片付けをしているとどうでもいいものに目がいってしまい中々作業が進まないというイベントが起きるというが、やはりこの世界でもそれは変わらないようだ。

 

「ああ…そういえば何かに使えるなとは思ったんだけどな…」

 

狩ってきた動物の肉に毒キノコを仕込み大型動物を狩ろうかと思ったのだが、結局その動物を食べるの俺たちなので生体濃縮の理屈で俺たちが酷い目に遭うんじゃ無いかと思い、何だかんだ手を付けていなかった毒キノコがアイリによって発掘されてしまった。

 

「結局使いませんでしたね…これは捨ててしまいますか?」

「いや、何かに使えそうだから袋に詰めておいてくれ。入り切らないやつは捨てていいからさ」

 

俗にいう勿体無いの精神というやつだろうか、手元にあった所でどうでもいいものをいざ手放すとなると後ろ髪を引かれるように気になってしまうというアレだ。

片付けられない人間に多いと言われている考えというか思想だが、こればっかりはどうにもできない。

ただただ断捨離大好きマンと遭遇しない様にコソコソと生きていくしか無いのだ。

 

「分かりました」

 

アイリは優柔不断な俺の判断に文句一つ言わずに毒キノコを袋に詰め始めていった。

これをウィズの元に持っていけば何かしらのポーションに調合してくれるとか、そういった都合のいい展開にならないだろうか?

よく毒を薄めた物が薬になる事もあると聞くがこのキノコにもその可能性を秘めているとかあったりするかもしれない。

 

「何とか全部入り切りました…」

「こっちも全ての道具をしまい終わったな。後は帰るだけだけどやり残したこととかないか?」

「はい、特にそう言った事はありません」

「オッケー」

 

行きは馬車で来たが、帰りはテレポートのスクロールで帰れば一瞬なので何か思い出した時には全てが間に合わなくなってしまうのだ。

この世界は科学が発達していないので文明が異常に低いが魔法があるせいで中途半端に日本よりも便利なところが目立つ。両者共に合わせれば最高なのだが、互いが相反しているからこそバランスが保たれているのだろう。

 

重たい鞄を背負い、アイリと手を繋ぎテレポートのスクロールを発動させる。

訪問者の正体がゆんゆんだったら開幕殺されかねないが、あの2人が戦線に参加してくれればこれ以上ない程に心強いだろう。

 

スクロールから放たれた光が俺たちの体を包み、世界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、反応がなくて留守かと思っていたがこういう仕組みだったのだな」

「ああ、待たせたな…」

「いや、構わないが」

 

テレポートの光が消えると、景色が屋敷の前へと切り替わりいつもの光景とダクネスが視界に映った。

やはり訪問者の正体はダクネスだったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで準備は済んだのか?」

 

人通りの少ない街の外れとはいえ流石に外でこの様な話をするわけにもいかず、アイリを部屋で寝かせた後ダクネスを前回と同じラウンジのソファーに案内する。

テーブルに関しては破壊されてそのままなので、代わりに少し小さいものを他の部屋から持ってきて代用する。

 

「それに関してはおおよその人数を確保することができた」

「おお、さすがだな」

「ああ、貴族を説得するのにはかなり骨を折らされたがな…」

 

ふう…と今まで行ってきた事を思い出して体に力が入ってしまっていたらしくため息をしながら力を抜く。

貴族といえば自身の利権ばかり優先するイメージが強いが、もしもこの世界の貴族がその通りな感じであったのならその心労は計り知れないだろう。

 

「その兵は街の外に待機しているのか?それともダクネスの家の方に集まっているのか?」

 

この場に来ているのはダクネス1人なのでその兵は何処にいるのだろうが、感知スキルでは周辺に大人数集まっている気配が感じられない。

ダクネスの事だから私1人で全兵力を賄おうなんて事はふざけたら言うかもしれないだろうが、この状況下で言うほど馬鹿ではないだろう。

 

「いや、兵は既に向かわせているんだ」

「いいのか?こんなに早く向かわせて、時間はないのは分かるけどさ…」

 

いきなり進軍させる事は構わないが、作戦も何もない状況下でいきなり兵を動かすのは時期尚早ではないだろうか?

不用意に兵を動かし感づかれてしまえば相手に反撃させる準備の時間を与えかねない。

 

「ああ、特に問題はない。向かったとは言っても目的地に近い領主の街に向かわせているだけで城に向かっている訳ではないんだ」

「成る程な…そこで全兵力を揃えようって算段か」

「そうなるな、色々な場所から兵を集める以上一度何処かで集合させないと統率が取れないからな」

 

流石にそこまで考えなしでは無かった様で安心する。

拠点が遠ければ遠いほど移動距離が長く伝令班に見つかる可能性が高い。何処の領主の街に行くかは分からないが一つの街に兵を集めたら警戒されている可能がある事を頭の片隅に入れてかなくてはいけない。

 

「これからその兵を連れて城に突撃をかける感じだな」

「いや、それがそうではないんだ」

 

どうやら全ての問題が解決していたわけでは無かったようで城の侵入経路に関して話を始めようと思ったが、話を最後まで聞いてくれとダクネスに遮られる。

人間1聞いて10を知るみたいなことわざがあった様な気がするが、コミュニケーションに必要なのは10を全て聞き取ることにあるのではないかと俺は考える。

 

「何か問題でもあるのか?実は兵士の数が揃ったけど実力が伴ってないとかか?」

「そうではないんだ…城を落とす前に橋の関所を越えなくてはいけなんだ」

「それくらい越えられえるだろ?」

 

橋の関所というのは、簡単に説明すると橋を管理する場所になる。

王都は周囲を色々な川で囲まれている珍しい国なのだが、それを逆手に取って橋を作り他所の国の人間が攻めてきた時にそれを越えないように2分割された橋を持ち上げ外部の人間が侵入してこない様にする物である。

ダクネスの考えていることがその程度ならわざわざ俺に言うまででもないだろう事はわかるが、そこで俺に言ったのであったなら何かしらの意味があるのだろう。

 

「…もしかしてそこの関所を既に押さえられていた感じか」

「ああ、御名答だよ。私達が城の状況を知りたくて偵察を向かわせていたんだが、けっきょくここで皆足止めを食らってどうしようもない状況らしい」

「成る程な…奴らも警戒して王都自体に入れる人間を絞っているわけだ」

 

先手を打たれたというか、普通の人間だったらそうするのが普通だろう。

やはりゲームのように戦力が揃ったらそこから全面戦争というわけにはいかず、本格的な戦いになる前にいくつかの戦いを挟まなくてはいけない様だ。

 

「それでその街から関所までの距離はどれくらいあるんだ?」

「数字で説明するとややこしくなるから省くが、そこまでは遠い距離ではないはずだ。ちょうど地図を持ってきたから見てくれ」

 

百聞は一見にしかずと少し意味合いが違うんじゃないかと思いながらダクネスが懐から出した地図を広げる。

地図はスケールによって実際の幅と距離感が変わるが、それでも関所からの距離はそれほど遠くは無かった。

 

「成る程な、この関所を通ったら次は王都になる感じか?」

「ああ、そうなるな。だがここを突破した時点で相手には気づかれると思った方がいいかもしれない」

「だよな…となると王都の警戒もだいぶ上がるって感じか、けど都の住民は王兄が成り代わって居る事を知らないんだろ?」

「現状ではな、だがいつまでそのままでいるかは流石の私でも読めん。多分だが態勢が整いしだい政権交代を発表する腹づもりだろう」

 

政権交代が発表され次第王都自体の体制が変わってしまうので、警戒網の抜け穴など隙が少なくなってしまう事は避けられないだろう。

それの期限がわからないうちは時期を読むなんて高等な事は考えず、手を打てるうちに打っておいた方が良いのだ。

 

「大体の事は分かったけどその兵はいつ頃全員揃うんだ?」

「すまない、それに関しては私にも計りかねているんだ。ただ今日の夜には王都に侵攻するのに充分な兵数が集まる事になっている筈だ」

「夜か…それまでに準備を済ませておけってことか?」

「そうだ。それでこれが関所の見取り図だ」

 

既に敷かれていた地図の上に関所の見取り図を上から重ねる様に広げる。

 

「何でもあるんだな」

 

まるでゲームのまとめサイトかよ、と突っ込みたくなったが多分ダクネスには通じないだろうと思い喉元で留めておく。

ここまでお膳立て出来るのであれば俺なんか必要ないだろうと思うのだが、逆にこれだけ揃っても俺に頼らなければいけないほど切羽詰まってるのだろう。

信用され頼られるは嬉しい事だが、そのプレッシャーを背負わされる身にもなってほしいものだ。

 

「ああ、これでも一応私はダスティネス家の当主だからな。これくらいの資料は集めようと思えばいくらでも集められるんだ」

「それは頼もしいな」

 

やはり権力は素晴らしいというか便利な力だ。当然それに見合った不自由があるのだが、得られる利権を考えればそんなもの微々たるものだろう。

まあ、それは俺が男だから思うのであって女性がどう思うかは分からないが。

実際アイリに関しての悩みはそれがメインなので、全然微々たる物でないと先程の思想と矛盾するという意味分からない事になるな…

 

「それで、その街に行く方法はどうすればいいんだ?」

 

結局の所その街とやらに行かなくては兵と合流する事は叶わない。この世界にもZOOMとかあれば安全な所から指示を出せるかもしれないが、この世界にそんなニッチでピンポイントな魔法がある訳はないだろう。

 

「それに関してはこれから家の馬車で向かう事になっているから気にしないでほしい」

「時間はどれ位なんだ?」

「昼頃を予定している感じだな。ある程度までずらせるがどうする?」

「昼頃なら特に問題ないかな、それまでに準備をしておくよ。それか何かやっておくべき事みたいなものはあるのか?」

「特にはないな。しばらく家を空ける事になるだろうからその準備をしていてくれ」

「分かったよ」

 

流石に今から行くぞとなると上で寝ているアイリを起こす必要が出てくるので断ろうと思ったが、昼頃であるなら問題ないだろう。

俺もあれから寝ていないので何処かで仮眠を取りたかった事もあるので丁度いい時間帯だ。

 

「その地図もお前に託すから大切に扱ってくれよ。あと王都の地図はちゃんと持っているか?」

「ああ、それならここにあるよ」

 

流石に国家機密なので心配なのだろう。事ある毎にその所在を確認してくるが流石の俺もそんな物をどうにかしようなんてリスクの高いことはせずに、いかに記憶に叩き込んでこの後のことに有効活用しようと必死なのだ。

 

「偽物にすり替えた様子は…ない様だな」

「この後に及んで疑うなよ⁉︎」

「すまんすまん、ついいつもの癖でな。本気で疑っているわけではないんだ」

「まあいいけどよ、これもまだ俺が持っていていいのか?」

「ああ、構わない、むしろ何度も見て頭に頭に叩き込んでほしい」

「当たり前だろ?」

 

ここまで話を進めておいて疑うとは何事かと思ったが、今までの非人道的な行動を考えると疑われてもしょうがないんじゃないかと思えてきたのでそれ以上の追求は避ける事にした。

 

「それで話は変わるんだが、アイリス様の状況はどんな感じだ?先程会った感じでは戻った様子では無かった様だが」

「そうだな、色々経験させれば戻るかと思ったけど何だかんだ結局戻ることは無かったよ」

「そうか…まあこの状況下で戻ったところで混乱されるだけだろう、今はそれで良いのかもしれないな」

 

やはり自身の主君の記憶が戻らない事は、今まで自分が忠誠を誓って行ってきた行動全てを否定される事になる。

ダクネス自身アイリの事を考えれば記憶が戻らない方がいいだろうと思って居るのだろうが、ダスティネス家当主としては記憶を取り戻して貰わなくては自身の家や立場が危うくなってしまうのだろう。

ダクネスはダクネスで辛い立場に立たされて居る事はわかる。

 

俺も何だかんだアイリが記憶を取り戻さなくてはこの国が傾いてしまう事は承知して居るのだ。

 

「ああ、そうかもしれないな。それでアイリスの記憶が戻らなかったらダクネスはどうするつもりなんだ?」

 

これはこの作戦を遂行する上で必ず何処かで聞こうと思っていた質問になる。

これの答えによってはここまで積み重ねてきた信頼と時間全てを切り捨てででもアイリを何処かに逃すと決意する程である。

 

「アイリス様の記憶が戻られなかった場合か…そんな事は考えたくは無かったが、そうだな…私とクレアの2人でサポートしながら王座についてもらう事になるな」

「そうなるとお前はもう冒険者としてこの街に来る事ができなくなるがいいのか?」

「ああ、何の記憶もない王女様を王にするのだ、その位の覚悟はできているとも」

「そうか…」

 

ダスティネス家のダクネスとシンフォニア家のクレアの2人でサポートすれば記憶がないアイリスでも国政を回せると思っているのだろう。

まあ分家の人間をアイリが成人するまで王に仕立てあげるという案もがあるが、アイリと交代する時になっていざこざになるのが目に見えているのでこれが一番いい考えなのだろう。

しかし、今はそれで良いのかもしれないが、自身がアイリの無知に漬け込んで国政の舵を間接的に操れると知ればいつか自身の関係者が有利な方向に舵を切ってしまう可能性がある。

仮に悪意がなかったとしても無意識のうちにそのようにアイリに助言をしてしまう可能性もある。人間の誠実さなど所詮はその程度の薄っぺらい物なのだ。

 

特に上下関係はそんな事が多く。今までの信頼や敬いは自身より上だという所から出ている事が多く。いざ自分がその立場の人間をどうにか出来ると知れば徐々に徐々にと自身の欲望を抑えられなくなってしまうのだ。

普通の人間なら自身が幸せなら良いと思うかも知れないが、子供ができて仕舞えばその子供の為という大義名分を得てしまい自分の行いを正義の名のもとに行うのでタチが悪い。

俺はそんな光景を嫌と言うほど見てきたのだ。

 

「そこまで考えているんだな」

「当たり前だろ、なんて言ったってアイリス様は私が小さい時から一緒に過ごしてきたなかだからな、少なからず愛着が湧く言うものだ」

 

フッと昔を思い出すような笑みを浮かべながら恥ずかしそうに思い出話を始める。

この状況ではダクネスに賛成の様に振る舞わなくてはいけないが、ことの決着がつくまでに記憶が戻ろなかった時の事を考えておかなくてはいけない。

 

 

 

 

「それではまた昼に会おう。朝早くから失礼したな」

「ああ、準備が出来次第向かうよ…って俺は何処に向かえば良いんだ?」

「ああ、すまないうっかり説明するのを忘れていた。馬車の停留場にカモフラージュされている物があるからそれに乗ってくれ、券の販売所に合言葉を伝えてくれればその馬車のチケットを貰える筈だ」

「分かったよ。それじゃダクネスも気をつけろよ」

「お前も気をつけろよ」

 

これからの行動を伝えるとダクネスは何処かへと歩いていった。

多分これからに関しての準備があるのだろう。

 

…俺も寝るか。

先程も考えていたが、やはり徹夜明けな事もあってか考えが上手くまとまらない。

 

屋敷の中に入り鍵を閉め、自身の部屋に向かう。

しばらく帰っていなかったので屋敷自体若干埃っぽいが、今はそんな事を気にしている場合では無く仮にアレルギーになったところでこの世界では回復魔法で治せるので大丈夫だろう。

 

「マジか…」

 

ここは一旦寝て体力を回復させようと思い自分の部屋に入ると既に先客がいたのか布団が少し膨らんでいた。

感知スキルではこの屋敷の気配は俺を含めて2人と一体?なので誰が居るかなんてことは考えるまでも無く。

 

掛け布団を捲るとそこにはいつもの様にアイリが眠って居たのだ。

俺の布団は他の部屋よりも良いものを使っているのでそこに目をつけたのだろうか?それとも自分の部屋の布団はしばらく使って居なかったので俺の布団よりも埃ぽかったのだろうか真相は藪の中だが、もはや日常と化した光景なので俺も容赦なくその布団に体を潜り込ませる。

 

なんか負けた様な気がしなくもないが、俺自身何も感じなくなってしまったのでもうどうでも良いだろう。

目を瞑り意識の深層へと思考を落していった。

 

 

 

 

 

「…ふぁーあ」

 

目を覚ますと時間は昼少し前になっていた。

 

「起きろアイリ、また出かけるぞ」

「…?」

 

半分微睡んでいたのか俺が起こそうと揺すると彼女は少し眠そうにしていたがすんなりと目を覚まし目を擦りながら眠そうにこちらを向いた。

 

「何でしょうかお兄様?」

「これから暫く出かける事になった。今度は少し血生臭い事になるが大丈夫か?」

「またお泊まりですか?」

「ああ」

 

流石のアイリも山籠りの生活の疲れが残っているのか少し辛そうに言っていたが、それでも好奇心が勝っているのか内心は嬉しそうだった。

しかし、今回はそんな面白いわけではなく正真正銘の戦争なのだ。

 

「これから向かうのは戦争になる。人が目の前で殺される殺伐とした世界になるがそれでも大丈夫か?」

 

アイリをバニルの所に預けるという選択肢もある。

アイリがただの迷子でこの戦いとは無関係の少女であったならそれが一番いい方法なのだが、この戦いは言わばアイリの為の戦いになる。

その戦いを安全な場所で何も知らずにただ過ごす事はこれから命を落とす人達に対しての冒涜でしかない。

辛い戦いになるかも知れないが、これが彼女が出来る唯一の贖罪だろう。

 

「それはいったいどう言う事でしょうか?状況がよく分からないのですが…」

「そうだった、アイリには何も説明してなかったんだった。いいかこれから話すことは誰にも言っちゃいけないぞ」

「え?あ、はい」

 

「まず最初に王都って言えば分かるか?この国を管理している王様の居る国があるんだけどその国が乗っ取られたんだ」

「そうでしたか…と言うことはお兄様はその王国を取り戻しに行かれるのですね‼︎」

 

子供からしたら漫画の世界の内容が現実になったと言う胸が躍ると言う展開だろう。俺自身この世界に来たてであったらそう思う。

 

「そうなるな。それで俺はこれからその王都に攻め込む為に関所という場所を落としに行かないといけないんだ」

「そうなんですか…それで私はここでお留守番ですか?」

「いや、アイリには来てもらう事になっている」

「本当ですか‼︎」

「ああ、その代わりあんまり危険な事はさせられないし基本的に俺と一緒に行動してもらうけど約束できるか?」

「はい‼︎」

 

危険な戦いだかからこそ自分は連れて行ってもらえないのだろうと思って居た様だが、すんなりと連れて行ってもらえることになったので喜んでくれている様だ…。

指揮官としての采配・アイリの警護、この二つの行為を同時に遂行しないといけないとなると中々に骨が折れるだろう。

 

その後俺達は再び泊まりがけの準備をする事になったのだが、流石に山に持っていった服は全て擦れてきてしまっていたので服を買いに商店街に向かい新しく何着か購入した。

その後昼食を終えるとそのまま目的地の馬車停留所まで向かう。

 

「荷物は大丈夫か?一応テレポートを使える奴が居るらしいけどしょうもない理由で使わせてはくれないからな」

「大丈夫ですよお兄様、ちゃんとワイヤーや物凄く光るなんちゃらタイトとかも思ってきています」

「お…おう」

 

俺が山で教えた姑息な技をアイリはとても気に入った様で、最後の方は最初の時みたいな剣でタイマン張るみたいな事はせず罠や飛び道具で効率良く獲物を狩っていた。

教えたのは俺なので、指導した内容を買いたてのスポンジの如く吸収して自分のものにして行く様は見ていて面白かったが、流石にここまで来ると少しやりすぎたな感は否めない。

 

「大丈夫そうだしそろそろ向かうか…」

 

なんか違う方面で逞しくなったアイリを連れながら馬車の停留場へと向かう。

 

 

バスの停留場にてチケットカウンターの人に声を掛けダクネスから教わった合言葉を伝えると、普段チケットが置かれている場所とは違う所から同じような装飾が施された券を渡される。

こんな回りくどいやり方なんかせず普通に馬車の場所を教えてくれればいいと思うのだが、物事には自分の知らない裏の事情というものが存在するのでダクネスが何かしらの危険を避けるようにしているのかも知れないので、ここは何も思わずにただ指示に従っておこうかと思う。

 

「今回はどの馬車で行かれるのでしょうか?」

「そうだな…え、えぇ…」

 

券を受け取り停留所の地面に書かれている数字を目で追いながら数えること数秒、券に書かれていた場所に停まっていた馬車を見て俺の時間が止まった。

 

「どうかしましたかお兄様?馬車ですか?えーと券の通りですとあの馬車ですね‼︎うわー凄く綺麗ですね‼︎」

「何でだよ⁉︎」

 

そう、ダクネスがわざわざこんな面倒な小細工を要してまでコソコソと俺たちを街まで運ぶ作戦だったのだが、指定された場所にあったのはいかにも貴族が使いそうな煌びやかな馬車だった。

 

「行くぞアイリ‼︎文句の一つでも言わんと気が済まない‼︎」

「え、ちょっとお兄様⁉︎そんなに急ぐと転びますよ‼︎」

 

アイリの手を引っ張りながら馬車に設置された小屋の中に向かう。

 

「おらダクネス‼︎何だこの外装は‼︎喧嘩売ってんのかよ‼︎」

 

馬車の近くには使用人らしき人が警護していたが、俺の顔を見て何も言わなかったので大丈だと思いそのまま小屋の中へと突入する。

中ではダクネスが優雅に飲み物をわざわざ高そうなグラスで飲んでいたので思わず叫んでしまった。

 

「あんな面倒な二度手間踏ませて外装がこれだったら何の意味がねーじゃねえか‼︎」

「なっ‼︎これでも我が家では一番落ち着いた物を選んだのだぞ‼︎」

 

どうやらこの煌びやかな外装は抑えられていた様だ。

確かに国のナンバー2の家が庶民と同じ様なデザインの馬車を持っていたらそれはそれで他の貴族達に示しがつかないだろう。

だが、それはそれでこれはこれなのだ。

 

「まあ、そんな事は今はどうでも良いだろう。この馬車は一応お忍びで遠くに外出する時の物で色々と機能があるんだ。街を出る前に潜伏スキルを使うからデザインはあまり関係ない筈だ」

「成る程な…色々考えられているんだな」

「だろう?クリスとの約束をギリギリで思い出した時はこの馬車を全力で飛ばして来たものだ」

「いや約束を忘れるなよ」

 

出る前から目を付けられたら終わりだと思うんだけど、と言いたかったが話がややこしくなるだけなのでもう何も言わない事にした。

 

「貴方がお兄様の言っていたダクネスさんですね、兄がお世話になっています」

「あ、あぁ…ダクネスだよろしくなアイリさん…」

 

俺との話が終わった事を確認したアイリがダクネスに挨拶と自己紹介を始める。

さすが社交的だなと思ったのとお世話してるのはこっちだぞと突っ込みたくなったが、ダクネスが物凄くギクシャクして面白そうだったので辞めておいた。

 

「ダクネスさんはとても偉い貴族のお方と聞いていますが、お兄様があまり失礼な事をしていないか心配でして…」

「あ、あぁ…き、君のお兄様にはいつも助けられていてね…」

 

暴走していない時はしっかりしているいつもあのダクネスが子供相手にたじろいてやがる。

 

「おいアイリ、そろそろ馬車が動くから座らないと危険だぞ」

「はい、失礼しましたダクネスさん」

「構わないさ…」

 

ペコリと頭を下げながら後ろに下がるアイリを見てダクネスは何とも言えないような表情を浮かべながらグラスの飲み物を口に運んでているが、その手は表情以上に動揺を隠せないのかカタカタと震えていた。

 

「…揺れると危ないからこっち来いよ」

「わかりましたお兄様?」

 

なんか面白そうなので適当な理由をつけて隣に座っているアイリの肩に腕を回しこちらに引き寄せる。

 

「お前なんて事を‼︎」

 

それに釣られてかダクネスが顔を真っ赤にしながら俺の事を批判してくる。

 

「どうしたんだダクネス?俺は可愛い妹が危険な目に遭わない様にしてるだけだぞ」

「えへへへ…そんな可愛いだなんて…」

「あっいや…それはそうなのだが…」

 

なんか回した手を掴まれ引き寄せられて固定されたけど、ダクネスの焦った顔が見れて俺は満足だ。

 

 



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六花の少女13

誤字脱字の訂正ありがとうございます…


「ほらアイリ口を開けろ」

「はい‼︎」

「ぐぬぬ…」

 

物凄い形相のダクネスを前にして全力でアイリを甘やかす。

これが愉悦というものだろうか?

昔気になっていた幼馴染がそこら辺の奴と仲良くしていた時の苦しみで脳が破壊されそうになったが、いざ自分がする側になったらそれはそれで悪くはない感覚だ。

 

「何だ?さっきからこっちばかり見て羨ましいのか?」

「何を言っているんだおま…いや、これはこれで焦らしプレイという奴なのか…」

 

悔しさの様な感情を必死に外に出さない様に荒ぶっていたダクネスが急に顎に手を置きながら悟りを開き始めたので、流石に不味いと思い煽る事をやめる事にする。

 

「いいかアイリ」

「何でしょうか?」

「この馬車には沢山のお菓子や食べ物が出されているだろう?」

「そうですね?」

 

流石は天下のダスティネス家の馬車。

俺達がいつも乗っている馬車とは違って広く、真ん中にテーブルが置かれ上につまめる様に今まで見た事のない様々な菓子や料理などが置かれている。

 

「こういう奴は普段食べれないから、今回みたいな時になるべく食べておくんだ」

「成る程、流石お兄様です‼︎」

 

ふざけた事を言いながらテーブルに出されている菓子類に手を伸ばしては口に運んでいく。

この世界には日本ほど宅配サービスが充実しているわけでは無いので、例え金が沢山あってもアクセルまで運ぶ経路がないのだ。

なので貴族が持つ入手経路でしか手に入らないお菓子はこういった機会でしか食す事が出来ないのだ。

 

「貴様、あまりアイリス様に卑しい事を教えるんじゃない…」

 

流石に遠慮しているのか少しずつ上品に食べているアイリを横目に見ているとダクネスが耳打ちしてくる。

 

「ダメなのか?」

「当たり前だ‼︎記憶が戻った時に変な癖が残ったらどうするんだ⁉︎」

「そん時はそん時だよ、人間と言うのは必要な事を覚えてそれが大切だと思ったら使う生き物だからな、アイリスが必要だと思ったらそうなるだけどよ」

「お前…綺麗な事を言えば誤魔化せると思っているのか?」

 

流石は貴族の令嬢、俺の屁理屈など意に介さずに辺な事を教えない様に凄んでくる。やはりゆんゆんの様に丸め込めるわけではない様だ。

 

「けどなぁ、記憶を失ったとはいえアイリスは結構遠慮して自分の意見が言えない奴だったぞ?もしかして元々引っ込み思案で悩みを溜め込む様な感じじゃ無かったのか?」

「それは…確かにそうだな。アイリス様は昔からお淑やかであまり我儘を言わない方だったな」

「だろ?そんな子が国を継いでみろ悩みを溜めまくって爆発するぞ」

「確かに…アイリス様なら辛い事を全て背負われて気を病んでしまわれるかも知れない」

「これはきっと神がくれたチャンスかも知れないんだよ、記憶を失ってまっさらな状態で他人に甘える事を学べば記憶が戻った時にその時の事を思い出して応用するかも知れないだろ?」

「それも…そうだな‼︎」

 

自分自身何を言っているのか分からないが、勢いで押し切ってみたら案外納得してくれたのでこれこれと言う事でよしとしよう。

 

「お兄様‼︎椅子の後ろの箱から珍しそうな物を見つけました‼︎」

「良くやったぞアイリ‼︎隠しているって事は普段人に出さない珍しい物って事だ‼︎」

「待て‼︎それは後で父上に献上する特別な…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

「これ凄く美味しいですよお兄様‼︎」

 

流石は俺の教育を受けたアイリ…俺の予想を超えてしたたかに育ったようだ。

本当に食べてはいけなさそうだったが、相手がアイリなので多分大丈夫だろう。記憶がないとはいえ次期国王なのでこれ位の暴虐は許されるだろう。

このまま暴君にならないか心配ではあるが、それはそれで面白そうだ。今の立場なら責任を問われてもトンズラできそうなので何も言わないでおこうと思う。

 

 

 

 

 

 

それからぎこちないダクネスと談笑しながら話していると兵を集めている街に辿り着く。

窓から見るに規模はアクセル程は無く、良くて半分かそこらだろう。アクセルが一番小さい街だと思っていた分狭い事には驚きだが、初心者の受け皿である分規模が大きいのだろうとと思い納得する。

 

「着いたぞ、2人には部屋を用意してあるから最初に案内する」

「おう、頼んだぞ」

 

街の中に入り、安全を確認出来るとダクネスが立ち上がり外に出る様に促される。

 

「贅沢な旅もこれで終わりか、楽しかったか?」

「はい‼︎貴重な食べ物が沢山あって楽しかったです」

「よかった、よっかった」

「私は良くなかったのだが…」

 

菓子の空箱を見ながらどう言い訳しようか考えているダクネスを尻目に馬車から降りる。

 

街は沢山の兵士が集まっており、街の規模的に全ての兵に宿舎を用意する事が出来ないので各々がテントを用意して街の道路や街周辺に構えて野営を組み来るべき時に備えているようだ。

そんな中領主の屋敷に泊まれるのは中々に嬉しい事だが、それと同じくらい後ろめたさのようなものも感じる。

 

貴族の私兵を見るのは初めてなので装備や雰囲気を確認する。

やはり私兵だから冒険者より劣るといった事はなく、むしろ戦闘のみに特化している分そこらの冒険者よりも強者揃いなのだろう。適当に眺めた感じ目付きが据わった奴ばかりだ。

 

「こっちだ、アイリス様を1人にするなよ」

「ああ、悪い。アイリ手繋ぐぞ」

「分かりました」

 

ここではアイリは記憶が無い以上王女として振る舞えないので俺の義妹として扱う事になっている。

こんな殺伐としたところに子供がいるというのも不自然だが、俺の妹で情報伝達やサポートに長けているという事で今回補助的に参加したという感じだ。

 

「お前とアイリさんはこの部屋を使ってくれ。いいかくれぐれも余計なことをしてくれるなよ」

「分かってるよ」

 

ダクネスの忠告に手をヒラヒラーとさせながら応え、ドアノブを捻り中へと入る。

 

「やっぱり豪華だな」

「ですね」

 

やはり貴族の家ということもあって客室も豪華だ。

基本的に承認欲求が強い貴族ほど客間に力を入れると聞くが、ここまで豪華だと何ともいえない不安でソワソワしてくる。

 

「これから何をどうするかの会議の準備があるから私はもう行くぞ。それが終わり次第お前も呼ばれるだろうからあまり遠くに行くなよ」

「はいはい、分かってるよ」

「…全くお前は肝が据わってるのか緊張感が無いのかよく分からんな」

 

ダクネスに呆れられながらこの後の予定を確認すると、そのまま彼女は屋敷の奥へときえていってしまった

 

「さて…」

 

部屋に入り荷物を降ろす。

アイリは既に部屋に併設されている簡易キッチンで俺の分を含めた紅茶を沸かしている。

 

俺も荷物を部屋の隅におろし、周囲を感知スキルで探る。

この世界には盗聴器なんてものはないが、それに近い魔法は存在する。

術式自体は目では見えないが、感知スキルによりその存在を知る事ができるので環境が変わり次第行っている。

 

…まあ発見できた事は無いのだが…。

だが、アイリが居る以上何かしらの情報を引き出そうとしている連中らが居てもおかしくは無い。

ダクネスは信用出来るのだが、その周囲の人物はまた別で何かの拍子にアイリの正体を知ってしまったり、そもそも変装したアイリを見てダクネスのようにアイリスだと気付く人が居てもおかしくは無い。

 

ここに連れてきてしまった以上は最後まで気を抜いては行けないのだ。

 

「お兄様、お茶が入りましたよ」

「おう、ありがとうな」

 

ソファーに座り周囲を探っているとアイリが紅茶を注ぎ終わったのか高そうなティーカップと共にやってくる。

 

「一々怖いんだよな…」

「何がでしょうか?」

「いや、何でもない」

 

貴族の屋敷では家具から食器まで何でもかんでも高級品なので扱いに困る。うちの屋敷では装飾よりも耐久性を重視しているので多少雑に扱っても大丈夫なのだが、今手元にある食器などは繊細に扱わないとすぐ割れてしまいそうだ。

 

「それでこの後お兄様は会議というものに出られるんですよね?」

「ああ、その間アイリには留守番させちまうけど大丈夫か?」

「はい、私は大丈夫ですけど」

 

流石に貴族の集まる場でアイリの姿を見せるわけにはいかないので今回はこの部屋で留守番してもらうことにする。

 

「それとこれからはこれを上に羽織ってくれ」

「これは?」

 

カバンの中からフードの深いポンチョのようなマントを渡す。

さっきも考えた様に髪と目の色は変わっているが彼女の顔自体は変化していないので他の連中にバレてしまう危険があるので、これでしばらく顔を隠して欲しいのだ。

 

「新しい防具みたいなものかな?」

「ありがとうございますお兄様‼︎早速着てみますね」

 

あまり不安にさせたくは無いので街の装飾店でエンチャントと上品な刺繍をしてもらい、ぱっと見はファッションアイテムとなっている。

これであれば何の抵抗もなく彼女も羽織れるだろう。

 

「どうでしょうか?」

「おう、似合ってるぞ」

 

喜びながら鏡を見る彼女をみて、色を落ち着いた色にして良かったと思う。色を赤にしていたら元の髪色に戻った時の色と合わさって赤ずきんちゃん見たいになってしまうので、一気にコスプレになってしまいファンタジー感が出てしまう。

 

「ここに居る間は暑いかもしれないけどそのフードをかぶっていてくれ」

「はい‼︎分かりました」

 

軽快な声で返事を返しながら彼女はフードをかぶる。

それにより何処ぞの13機関的な強者オーラが出てしまっているが、まあそれに関しては言わぬが花だろう。

 

「後、剣を必ず腰に下げていつでも抜ける様にしておけよ。俺以外の人間がこの部屋に入ったら切り捨ててもいいからな」

「わ、分かりました。ですがお兄様が手が離せなくて伝言があった時はどうすればいいのでしょうか?」

「そうだな…その時のために合言葉を作って置こうか」

 

いざという時がないわけでは無いので、それ様に適当な合言葉のような言葉を彼女に伝える。

これから何かあった時様に使えるのでもしかしたら重大な場面で役に立つもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあそろそろ俺は行くからな、絶対に俺以外の奴が来ても扉を開けるなよ」

「分かっています‼︎このアイリお兄様が戻ってくるまでこの部屋で一生を過ごす所存です‼︎」

「いや、それは不味い」

 

あの後少しばかり談笑しているとダクネスが時間だと言いながら迎えにやって来たので、それに着いて行くことにした。

もしかしたらこれがアイリを攫う計画だとしたら厄介なので部屋には出来るだけ罠を張り、アイリには最大武装をさせているので俺が迎えに行くまでは大丈夫だろう。

 

「じゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃいませお兄様」

 

アイリに背を向けダクネスの向かっている方向に着いていく。

案内された部屋は元々こうなる事を見越していたかの様な作りをしており、何処ぞのアニメに出てくる円卓を要人が囲むように座り奥の日本でいう上座のような席にダクネスが座った。

俺は特別枠なのか、それとも何かあった時にダクネスが俺を制御できる様にか、俺の席はダクネスの隣の席だった。

 

「皆様大変お待たせしました」

 

ダクネスが席に座る前に集まった要人達に向かって挨拶を始める。形式的な事で無意味に思えるが、談笑していて緩んでいた場の空気を締めるのには最もコストの低い方法だろう。

 

「今回の件に関してこの場を任されたダスティネス・フォード・ララティーナです。皆共に王国を奪還するために集まった物同士、既に互いの身分は把握されていると存じます」

「ララ…ぶふ…ララティーナ…」

 

まさかドM騎士の本名がこんな可愛い名前だとは思っていなかったので思わず吹き出してしまう。

 

「貴様⁉︎この場くらい抑えろ‼︎」

 

小声で笑ったつもりだったが、どうやら聞こえていたらしく思いっきり肘打ちをくらい言葉を失う。

 

「す、すまん」

 

流石に場を弁えないほど馬鹿では無いので、すぐさま顔の力を抜き真面目な表情を作る。

 

「失礼いたしました。それで今回の作戦に当たって指揮を務める者が生憎城に捕縛されている状態ですので、今回は代役として隣に居るサトウ・カズマを代役に当てる所存です」

「サトウカズマです、よろしくお願いします」

 

急に紹介されたので気の利いた挨拶などを即興で作るなんてリスクは取らずに無難でシンプルな挨拶をして場をつなげる。

 

「彼は魔王軍幹部のベルディア討伐の作戦考案・指揮を担った事や、その他に幹部数名を討ち取るなどの功績を加味し、私の勝手な独断で今作戦の指揮を任せた次第となります」

 

肩書きだけ見れば中々凄い事してんな俺と思ったが、蓋を開ければ殆どゆんゆん達が何とかしていた結果と思うとあまり誇れはしない。

 

「意見が無いという事は賛成という事でよろしいですね。では会議を始めていきます」

 

どうやら何かあれば挙手して意見を言うシステムのようで、発言が無かった事から俺が指揮権を握る事に関して反対はなかったようだ。

とにかくダクネスが座った事を確認し俺も続いて着席する。

 

「それではまずこの資料を確認ください」

 

円卓の上に前に貰った関所の図面が展開され場所の説明等々の議論が広げられた。

 

 

 

 

 

「…それで唯一の生き残りであるアイリス様の捜索はどのような感じで?もし見つからない場合誰が責任を取られるのかな?」

 

作戦がある程度決まり、後は現場に行って俺が微調整をすればおおよそが完了という形になった。

もう少し難航するかと思ったが、表面上俺が割りを食い自身には何も被害がない形に説明すると皆呆気なく納得してくれた。

皆自己保身に走っているので、そこを逆手に取れば子供を説得するよりも簡単だ。

 

しかし、話が決まると要人のうちの誰かがアイリス様の存在に言及を始めた。

確かに今回の作戦におけるリターンを与えてくれるのは仕切っているダスティネス家ではなく、王女であるアイリスという形になっている。

もしアイリスが見つかっていなければ、この作戦が全て成功したとしても空いた王座に座る人が居らず結果として周囲がバタバタして今回の功績が無かったことになりかねない。

 

「アイリス様は既に保護しております。ただ避難の際に受けた傷が思ったよりも深く現在療養中です、命に別状はありませんがこの場に参加させるにはまだ危険な状況かと」

 

この質問に関しては既に来るものだと思っていたようでダクネスが準備していた答えを説明する。

流石に記憶を失って町娘をしています等と言おうものならこの集まりは即刻解散となり、俺たちの目標はアイリの記憶を無理矢理にでも戻すというものに切り替わるだろう。

 

「仮にアイリス様がしばらく身動きが取れない状況だとしてもダスティネス・シンフォニア家が一時的ですが国政を担える法があります。なので報酬の件に関しては問題ないかと」

「いや…私は別に報酬が欲しいのではなくただアイリス様の容態が気になってだな…」

 

やはりアイリスや国政よりも報酬や名誉欲しさの貴族も混じっている様だが、この場合仕方がないだろう。それほどまでに今の戦力は心許ない。

 

「関所よりも王都側の勢力ともウィザードを通じてコンタクトを取っている。現時点での説明は省くが、まずは関所を突破することに専念して頂きたい」

 

他の不安から来るであろう質問を先んじて潰し、会議の舵を握り直す。

 

「作戦会議は以上だ。決行時間は先程説明したように夜の更けた辺りを狙う。これにて解散‼︎」

 

これ以上アイリスの事を責められるとボロが出かねないので半ば強引であるが会議を切り上げる。

無駄に引き伸ばせばダクネスどころか、アイリスの立場まで危うくなってしまう。

 

「お疲れ様だなダクネス」

 

会議室から要人が全て退出した事を確認し、気難しい顔をしているダクネスに話しかけた。

 

「ああ…中々ああいう場は慣れないな」

「そうか?上手く仕切れていたと思うけど」

「お前にそう思われていたなら悪くはないな。それでこの作戦お前から見て勝算はどれくらいだ?」

「勝算か…今の所五分五分だな。相手の戦力を俺は知らない、最悪関所を使えるようにする事は出来るけど伝令を見逃してしまう可能性もある」

 

例え関所を攻略したとして伝令を出されてしまえば追加の戦力や、王都の守りの強化などの対抗策を組まれてしまう危険性があるのだ。

 

「それに関しては申し訳ないとしか言いようがないな。何せ王兄は元々何も持たない様に常に制約を受けていたはずなんだ、それが戦力を持つという事は我々が知らない何かしらの戦力があるという事だ」

「そうか…それで騎士団の連中が寝返るとかあるのか?」

「それは私にも分からない。彼らはあくまで王国に使える存在だからな、反旗を翻したとはいえ今の王座に座って居るのがあいつであるなら名目上は奴に仕える様に決まっているんだ」

「つまり寝返っている連中らも居る訳だ…その中で目立った実力を持った奴はいるのか?」

「…すまない、それに関しては分からないんだ。ただ王都一実力を持っていると言われている一番隊は魔王軍討伐の際に隊長を残して全滅したと聞いたな。まあ詳しく確認をする前に王兄に攻められたのだが…」

 

魔王軍幹部討伐の部隊か…そう言えば前にも同じ事を言っていた気がするが…

 

「となるとその隊長はバルターというやつか?」

「知っているのか?まあアクセルの領主の息子だからな名前位は知っているだろう」

 

やはりあのいけ好かない隊長はあいつだったようだ。

 

「ああ、一度会ったことがある」

「何?…そうか、確かその幹部を討伐したのはお前だったな。それでそれがどうかしたのか?」

「いや、そいつが今何かしているのか気になってな…」

「そうだな…確か部隊が1人を残して全滅し冒険者の協力が必要なほど苛烈な戦いを行なったので休みが欲しいと言っていたのが耳に入ったな」

「成る程、つまりそいつは家で休んでいるって訳か」

「そうだな、だが協力は得られないと思ったほうがいい」

「どうしてだ?」

「奴の家…アレクセイ家はその当主の性格が悪いと有名なのだ。そいつをこの作戦に組み込もう者なら全ての戦いが終わった後に面倒なことになる。それに作戦の途中でアイリス様の正体を見抜き命を狙いかねん」

「お前にそこまで言わせる程性格が悪いのか…」

「ああ、息子の方は逆に素晴らしい性格をしていると聞いたのだが、やはり家の関係的に難しいだろう」

 

あいつとは一度話をしたかったが、どうやらその願いは叶わないようだ。

まあタダでさえ面倒な貴族のゴタゴタを増やしたくは無いのでこれ以上の追求は避けるが、もう少し戦力が欲しいところだ。

 

「まあ何にせよ、関所を落とさなければ話にならない。私が言うのも無責任かも知れないがアイリス様の件も含めて頼むだぞ」

「ああ、任せてくれ」

 

ポンと俺の肩に手を置きながら彼女は会議室を後にした。

 

「…はぁ」

 

平穏な日々は過ぎ去り、命を天秤にかける戦いが始まる。

今となっては何も感じないが、これが全て終わった後に楽しかった思い出として残るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー疲れた」

「お疲れ様ですお兄様」

 

ただでさえ集まって話し合いするのが嫌なのにさらに堅苦しい貴族達と合わさって行うとなると俺の心労も限界を超えてくるのだ。

 

「それで会議とは結局何を決めたのでしょうか?」

「ああ、そうだったな。明日の作戦に関しての話し合いをしていたからアイリにも説明するよ」

 

アイリに会議で決まった事を説明する。

全てを説明すると面倒なので作戦に関しての内容だけ絞って説明する。

 

「成る程、お兄様が先行して関所を落とすのですね…これではお兄様が捨て駒にされているだけでは無いでしょうか?」

 

流石俺が教えただけあって一番の問題点を指摘してくる。

 

「まあそうなるんだけど、それの作戦を考案したのは俺なんだよ」

「どうしてでしょうか?」

「それを話すには会議の最初の流れから説明しなくちゃいけないから省略するけど、この作戦が終わったら城に攻め込まなくちゃいけなんだよ。だからここで下手に戦力を減らすよりも潜伏スキルを使える俺が先に侵入して暗躍した方が効率がいいんだ」

 

「…そうでしたか、お兄様がそう決めたのでしたらいいのですが…」

「まあそう言う事だからな」

「…分かりました」

 

側から見れば自己犠牲な作戦にアイリは反対しているが、身分の低い人間が出来るのは精々自己犠牲が関の山だ。

 

「それはそうと今日のご馳走は豪華らしいぞ」

「…そうですか」

「そう気を落とすなよ、周囲の仲間が少ないほどゲスな…多芸に富んだ技が使えるってもんなんだよ。それに言ってなかったけどアイリも参加してもらうからな」

「本当ですか⁉︎」

「ああ、俺の隣に必要なのは俺の行動を理解できる人間だけだかな。だから俺の命運はアイリに掛かっていると言っても過言じゃないんだ」

「分かりました、このアイリお兄様の助手を精一杯努めさせて頂きます」

「おう、任せたぞ」

 

本当は作戦に無くダクネスの元で待機だったが、まあなんとかなるだろう。事前に決めていたことが現場で覆るのは良くあることだ。

 

 

 

 

作戦の決行は日本時間にしておよそ3時位だろう。大体が眠りに就いた時間だが、全員が全員眠っているわけではなく起きている連中も当たり前だが居る。

俺はその中に侵入し内門を開け兵を全て中に通さなくてはいけない。

 

「豪華な夕食だったな。取り敢えず作戦まで時間があるから寝ておくぞ」

「分かりました」

 

昨日の疲れが完全に抜けきっているわけでは無いのでなるべく睡眠をとり鋭気を養っておかなくてはいけない。

 

「アイリは目が見えなくても最悪大丈夫だよな?」

「ある程度でしたら」

「暗闇で俺に着いて来れるか?」

 

念の為確認しておく。

俺は千里眼や感知スキルで視覚を補えるが、今の彼女のスキルは未知数なのでパッシブ系のスキルしか使用することが出来ない。

 

「あの山くらいの暗さでしたら音と気配である程度は何とかなります」

「そうか…まあ大丈夫そうかな?」

 

夜の関所に潜入するのである程度の暗闇に慣れておかなければいけないと思ったが、山の夜の暗闇に慣れていれば大丈夫だろう。

文明のない山の暗さの恐ろしさは身をもって学んでいる。

 

「それじゃあ寝るか」

「はい‼︎」

 

着替えるのが面倒なので防具だけ外してベットの中に潜る。

やはり高級なだけあってかなりの柔らかさだが、枕の高さが合わなそうなのでアイリに譲りタオルを丸めた物で代用する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備はいいか?」

「ああ、仮眠もとったし問題ない」

 

あの後眠った俺達は予定よりも早く目が覚めてしまい、色々と準備をしている所をダクネスに呼ばれて馬車に案内される。

 

「兵士の皆も馬車に乗ってくるのか?」

「いや、兵の皆は私達よりも先に関所に向かっている」

「成る程な…後から参加する形か」

「ああ、皆を馬車に乗せられる程馬車が余っているわけでは無い。それにお前は作戦の要だからな、なるべく疲れさせたくは無いと皆が判断したようだ」

「へーあいつらも考えてはくれているんだな」

「悪いイメージが先行するのは分かるが、貴族も悪い人ばかりでは無いんだ」

「ああ、それはダクネスを見てれば分かるよ」

「…ふっ嬉しい事を言ってくれるな」

 

作戦開始までおおよそ一時間前、俺達は馬車に乗り込み再びテーブルを挟んで向かい合わせの形になっている。

流石にこれから動かないといけないので豪華なお菓子はないが、その代わりバナナの様な消化によくエネルギー効率が良いものが置かれていた。

 

「そう言えば兵はどこに隠れているんだ?作戦会議では関所前で待機と言われていたけど」

 

そう言えばと今更な質問をダクネスにぶつける。兵を隠すのはいいが関所のあたりは見晴らしを良くするために木を切り倒されて平地になっているのだ。

これで仮に何も考えがなければこの作戦は崩壊してしまうという悲しい事になってしまう。

 

「それは問題ない。感知スキルの達人が感知できる範囲ギリギリで姿を暗ます魔法を使い気づかれない様にして待機する手筈になっている」

「え…それって大丈夫なの?」

 

思わず言葉が漏れる。

そんな小学生でも考えつきそうな作戦を決行してしまって大丈夫なのだろうか?

 

「問題ない。この魔法は継承が必要なスキルでな一部の貴族しか使えないのだ」

「何その伝説の魔法」

「…まあ大掛かりな準備が必要な上に、大人数のウィザードの運用と発動中は誰も範囲から動けないという制約があるんだがな…」

「なんて局所的な需要にしか答えられない魔法なんだ…」

 

因みに範囲の中に入られたらすぐバレるという穴もあるそうだ。

一見すごい魔法かと思ったら普通の冒険者に使う機会のない、言わば爆裂魔法のような魔法だな。

 

「まあ、今回に関しては役に立つからよしとするか…」

「ああ、我々も使う時が来るとは思わなかったな」

 

姿くらましの結界と勝手に名付けたが、兵士を潜伏させるにはうってつけの魔法だろう。

ただ後方支援のウィザードに制限がかかるのはいただけないが…。

 

「取り敢えず作戦としては俺が関所の内門を開いてアクションするから、それを合図に兵士総出で関所を攻る感じだな」

「ああ、お前に任せる感じになってしまったな」

「それは前も聞いたよ」

 

最終確認を終え、後は関所に突撃を掛けるのみだ。

緊張していないと言えば嘘になるが、それでもやらなくては状況は変わらない。

 

「着いたぞ」

「ああ、行くぞアイリ‼︎」

「はいお兄様‼︎」

 

 

 

 




今月どこか休むかも知れないです…


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六花の少女14

遅くなりました、いつも誤字脱字の訂正ありがとうございます


馬車を飛び降り既に集まっている兵士達の中を抜けていく。

ウィザード達の張っている大規模結界の中では気圧の変化でもあるのか少し重苦しい感覚に囚われるが、逆にそれが結界の庇護下にある事の証明になるので我慢するしかない。

 

「しかし、すごい人数集まったな。流石の俺もこれにはびっくりだぞ」

「だろう、お前に大役を任せたからな私もこれくらいしなくてはダスティネス家の泥を塗る事になってしまう」

 

いつの間にか…というか着いてきていたのかダクネスが後ろから自信あり気にそういった。

兵士は軽く見積もって100を超えているだろう、ドラマや映画からしたらしょぼいかもしれないがベルディア討伐の徒党と比べれば天と地程の差がある。

これだけの兵士が居たならば魔王軍幹部討伐も苦労はしなかっただろう…いやそう言うわけではないだろう。

 

「それでお兄様、飛び出たのはいいのですがこれからどうするのでしょうか?」

 

アイリの手を引き、ダクネスを引き連れながらながら兵士の波を進んでいると疑問に思ったのかアイリが聞いてくる。

 

「これから作戦開始にあたって演説みたいなものがあるんだよ」

「つまり作戦開始の掛け声みたいな物でしょうか?」

「そうだな、みんなそれを聞いて覚悟を決めるみたいな、一種の暗示みたいな物だよ」

「おい、アイリス様に変な事を教えるのは止めろ」

 

アイリに質問に屁理屈で答えようかと思ったがダクネスはそれを事前に察知したのか小声でそれを制止にかかる。

流石は教育担当、次期国王であるアイリの教育に関して隙がない。

 

「…まあそんなもんだ。それで俺達はここで待機だな」

 

兵士の集まる前列、ちょうど関所を背景にした場所にダクネスが1人進みこちらに向かって振り返る。

俺は今回の作戦の要なのでその最前列に立ち、ダクネスとは向かい合う形となる。

 

「諸君‼︎今回は我ダスティネス家の要請に応えて頂き感謝する‼︎今作戦は橋を取り戻し王都への道を確保するという簡単な内容だが、この作戦が成功しない限りは王都へは行けないものと思ってくれ‼︎」

 

「…いいかアイリ、こういった人前で話す台詞とかの形式を覚えておくんだぞ。いつか役に立つからな」

「?分かりましたお兄様」

 

ダクネスの演説を聞き流しながらアイリに話し方を覚えるように伝える。

よく結婚式の友人代表のスピーチで両者の親族相手にその主役の1人である友人に関してのエピソードなどを語らなくてはいけない場合になった時、そのスピーチの内容を他の式で他人が言っていた事を参考に文章を構成したと知り合いが言っていた事を思い出した。

結局考えるよりかは最初は真似した方がいい結果を生み出すのだ。

 

「…諸君健闘を祈る‼︎」

 

思考が一通りの考えを終えた辺りでちょうどダクネスの演説が終わったのか、兵士たちの歓声が周囲から響き渡った。

いくら結界を張っているからといってここまでの大声を出して大丈夫なのだろうかと心配になるが、あの心配性のダクネスが演説をつつがなく終えた事で少し悦に入っている所を見るに多分大丈夫だろう。

 

「一通りは終わったぞ、後のタイミングはお前に任せる」

 

作戦自体はすでに始まっているが、俺以外は橋が下ろされてから本場となるので視線が俺に向かって集中している。

 

「なあダクネス、アイリスも連れて行っていいか?」

「はぁ⁉︎」

 

小声でボソッと言うとダクネスが素っ頓狂な声をあげると俺を少しアイリから離れるように引っ張った。

まあ、流石に王女を危険な目に遭わせようとしているのでこの反応をする事はおかしくないのだが。

 

「貴様正気か⁉︎何故よりによってアイリス様を連れて行こうなど考えつくのだ‼︎」

「いやなんか行きたそうな顔してたからさ…」

「確かにアイリス様は好奇心旺盛なところがあるが…だからといって連れて行っていいわけないだろ。これでアイリス様に何かあってみろ全てが台無しになるぞ‼︎」

「まあ、そうなんだけどさ。それでも連れてくって言っちゃったしな…」

 

何とか食い下がりながら上手い落とし所を探る。

流石のダクネスとはいえどアイリの事になったらどんな屁理屈も通じないだろう。

 

「なら伝令役を頼むのはどうだ?俺が合図を出しても伝わらない時があったら困るだろ?その時アイリスが中継を行うみたいな」

「まあそれならいいかも知れないが…アイリス様に危険が及ぶリスクはどれくらいだ?」

「殆どないと言っても過言ではないな」

「…ならいいだろう」

 

あまり意味はないかも知れないが、作戦に携わると言う点では嘘にはならないので何とかなるだろう。

 

「…と言うわけで悪いんだけど関所までは連れて行けなくなった」

「そうですか…でもお仕事はありますのでそれを全力で全ういたします」

「おう、助かる」

 

アイリの頭を撫で、支度を整えると結界の外へと歩みを進める。

 

「すまないな、1人で殆ど任せてしまうような形になってしまって」

「そのセリフ何回も聞いたよ、それに大丈夫だってこれでも死線はいくつも超えてきてるからいつもの事だよ」

「そうか、そう言ってもらえると私も肩の荷が降りる」

 

結界の境界線手前でダクネスと言葉を交わす。

俺がヘマをすればこれがダクネスとの今生の別れとなるので、言葉を掛けたかったのだろう。

 

「いくぞアイリ」

「はいお兄様」

 

アイリの手を引き結界の外へ出る。

結界特有の嫌な感覚は消え去り、鈴虫や小さい方のカエルが泣いているいつもの平原に少し戸惑い後ろを振り向くと、先ほどまでいた兵やダクネスの姿はなく薄暗い平原が続いているだけだった。

 

「それじゃあアイリは近くの草むらに隠れて俺が合図を打ち上げたらすぐ結界の中に入って皆に伝えてくれ」

「分かりました‼︎」

 

潜伏スキルをかけた状態でアイリを姿を隠せそうな草むらに隠す。平原なので大人を隠せるものは無かったが、アイリくらいならギリギリ隠せそうな場所を何とか見つけ出せたのだ。

場所は結界の真ん前なのでダクネスも見張れるだろう。

 

「それじゃあ行ってくるな」

「行ってらっしゃいませお兄様、怪我には気をつけてくださいね」

 

アイリの見送りを一身に受けながら関所に向かう。

何だか死亡フラグのような気がしなくは無いが、多分大丈だろう。

 

 

 

 

「すごく…大きいな…」

 

関所に相対してその大きさに気づく。こんな片田舎に設置されている物と考えればその規模は過剰としか言いようがない。

イメージとしてはロンドンのタワーブリッジに近いものだろうか?昔まだ小さかった時の事だった気がするが、イギリス旅行に行った時にこんな感じのものを見た事を思い出す

 

その建設物だが、川を挟んで手前と奥の2箇所に建物が存在し、その二つを繋ぐように二つに分けられた橋がロープによって吊るされており、建物の最上階から左右に小さな連絡橋がそれぞれ掛けられている。

何かあった時にエンジニアが行き来できるように作られているのかわからないが、今回の橋の構造がこの型で良かったとつくづく思う。

日本の勝関橋の様な構造だったら、泳いで向こう岸まで行かないといけない必要があったからだ。

 

今回の作戦は橋を降ろすことだけなのでそこまで難しい訳ではないが、一度気づかれようものなら巡回している警備の連中が総出で残った反対方向の橋の起動を阻止してくるだろう。

潜伏スキルで忍び込んで誰にも気づかれず出来るのはどちらか片方で、残りは緊急体制の状態での警備隊を潜り抜けなくては行けない。

 

潜伏スキル自体はなるべくスキルポイントを振り、王都直属ならともかく辺境の関所を任される程度のレベルであれば完全に撒ける自信がある。

これは前にクリスと地獄の様な特訓をした時にお墨付きをもらったので間違いはないだろう。もしそうでなければあの時の訓練が全て台無しになってしまう。

 

幸いにも橋を降ろす方法は建物にあるレバーを倒せばよく、日本のように電子機械でコントロールされている事はなく殆どが絡繰仕立てなので遠くの方から遠隔で動きを抑えられるという事はないだろう。

まあそれだったらコンピューターに詳しい日本人を捕まえて何とかするだけだが。

 

「よし‼︎」

 

頬を叩き自身に喝を入れ、全力疾走で関所に向かって走る。

 

どんな建物にも必ず外部との入り口が存在する。

しかし、ここは関所である以上入り口の扉が常に空いているなんて事はないので窓が開いていないか確認したところ、外部を観察するための覗き穴のようなスペースが所々外壁に見られたので、そこに鍵爪の付いたロープを投擲し引っ掛ける。

潜伏スキルの応用で、装備している物に関しても潜伏スキルを使用することができるので今回の様な小さい音であれば完全に中にいる警備兵に気取られる事はない。

 

「…これでよしっと」

 

覗き穴というか展望台の様な部屋にたどり着き体を乗り上げる。

中では警備兵がだるそうに周囲を確認していたが、俺の存在には気づいていない様だった。

 

…取り敢えず吸っておくか。

 

ボーと無気力に外を眺めている警備員の首根っこを掴みドレインタッチを行い生命力を吸い取る。

ドレインタッチは基本的に生命力を吸い取る物なので、気を失ったところで外部から見れば疲れて眠っているのと大差ないのだ。

 

「オーライオーライ」

 

情けない声を上げながらフラついている兵士を椅子へと引っ張り込み、そのまま座らせる。

昔ゆんゆんで実験したが、ギリギリまで吸われた人間は一日何をしても起きる事はなかった。もちろんその時の俺は紳士だったのでゆんゆんに手を出す事はない。

 

何持ってんだろう?

 

いざというときに何か役に立つものはないかと兵士のポケットを漁っていると、予想外にも色々細かなものが出て来る。

昔見た赤いマナタイトの小さな結晶もあったが。その中で目を引いたのがクシャクシャになった紙の塊で、中を覗くとそこには俺の似顔絵が描かれこの国でのwantedと書かれ下にはdeadの文字が書かれていた。

 

何処ぞの海賊漫画かな?と思ったが、あれはdead or aliveと書かれていたのに対して今回はdeadのみなので、このままでは俺は殺されてしまうらしい。

しかも報酬が金額ではなく騎士団への昇級ときた…恐ろしい現実だが俺の討伐が昇級条件だという事はこれは緊急クエストなのだろうか。

 

まあ俺を付け狙う存在は山籠りしている時に知ってはいたので驚きは無いのだが、アイリを狙わず俺を狙うとなると一体これを作ったやつの目的は何なのだろうか?

報酬が騎士団への昇級なのでこれを依頼した人間は騎士団の関係者という事になるのだが、それはあくまで前の体制で今の事情を考えると王兄の関係者という事だろう。

 

…まあ何にせよ、このまま進んでいけばいずれ答えには辿りつけるだろう事は明白なので、下手な事は考えずに今出来る事を考えた方がいいだろう。

 

紙をクシャクシャに丸めそこら辺に放り投げる。

 

設計図から見ればこの部屋を出てすぐに上の階へと続く階段がある。

感知スキルで周囲を探ると部屋の近くに気配が複数あったが、幸いにも部屋の扉は開いていたのでそこから建築物内部へと侵入する。

 

警備兵をかき分け階段を登っていく。

この建設物はテレビ局の様に複雑な作りではないようであっという間に最上階へと辿り着く。

 

やはりアクセルのような田舎方面に対してあまり警戒していないのか、警備兵の数は俺の予想よりも随分少ない。

これなら行けるかもしれないと思ったが、それはあくまでこの建物だけの話で対面側の建物の人数を入れると殆ど勝ち目はないだろう。

 

 

階段を登りきり、橋を下げる装置のある部屋に辿り着く。

仕組みとしてはレバーを下げる物だが、これを引いてしまえば俺の存在がこの建設物中の警備兵にバレてしまうだろう。

 

レバーを放置し一通りのルートを確認したのち仮眠室の部屋の扉を固定して出れない様に加工する。

他にも伝令室にある装置に細工を施し、王都へ連絡が行かないように細工を施す。

この世界での機械は基本的にマナタイトを原料にしているので、マナタイトの配線を少し残して切ってしまえば多少の機能を残しながら通信という、かなり魔力を消費するシステムは作動しないと前にクリスが言っていた。

 

クリスから教わった知識は広汎に富んでいる様に見えて、盗賊の性なのか今回みたいな侵入して色々悪さすることに関しての情報に特化していたのだろう、今回の行動全てに彼女の知識が役立っている。

彼女が居なければこの作戦の成功は無かっただろう事は明白だが、故に彼女がなぜ俺に色々技術を教えるのかに関してある種答えのようなものが感じ取れる。

…まあそれも全てが終わったら考えればいいか…

 

 

建設物最上階に登り、双方に掛かっている小さな橋を眺める。

やはり外部からの侵入を防ぐためか橋の幅は狭く作られており、大人数で攻めるには無理がある。

ダクネスはこの橋を兵士達を投入して押し切ろうなどと言っていたが、こんな狭い道を大人数で押し掛けたら渋滞して向こう側の建築物からのいい的にしかならないだろう。

やはり俺一人で来た方が良かったのだ。

 

話は変わるが、潜伏スキルを作った人間は天才だろう。

あくまで同じレベル以上の感知スキル持ちが居なかったらの話になるが、敵であるこの俺にここまで侵入を許してしまう程のアドバンテージを与えてくれるのだ。

このスキルがあればどんなゲームもクソゲーと化してしまい、難易度という概念は無くなってしまうだろう。

 

さて…

 

小さな橋を渡りながら対側の建築物へと移動する。

手前の方で橋を降ろせば間違いなく警備兵達に俺たちの陣営が手前にあるとバレてしまう。

ならば最初に反対方向の装置を降ろせば、反対方向へ関心がいくのである程度は敵を欺くことが出来るのだ。

 

対側の建築物も構造だけ見れば手前の物と同じ構造をしているが、それはあくまで設計図通りであればという話なので実際に自分の目で確かめに回る。

 

よく漫画や何かでは色々華やかな装置だったり敵だったり居るのだが、ここは所詮片田舎を繋ぐ橋で、作られた時はまだこの辺りがベルセルク王国の領地で無かった時で敵軍が攻めてきた時に侵攻させない為とダクネスが言っていた事を思い出す。

要するに今現在では簡易的な橋でよく、ただ作り替えるのが面倒なだけしかない建物なので警備も賊の溜まり場になる事を阻止する為の抑止力程度しか配置されていないのだろう。

 

ダクネス曰く国境付近の警備はこんな物ではないとのことだ。

つまり、施設だけ立派なだけなので、予測だがミスしたり上官に逆らった騎士達の左遷先か何かなのだろう。

 

 

 

 

 

対側の建物にも手前の建設物同様細工を施し、警備兵の巡回コースから外れた位置にいる警備兵をドレインタッチで眠らせる。

そしてついに対側の橋を降ろすレバーの前に立つ。

 

これを降ろせばこの作戦全ての歯車が動き出すだろう。

深呼吸をして精神を落ち着かせレバーを握る。

 

…行くぞ‼︎

 

気合を入れてレバーを引く。

 

ガコリと歯車が合わさり機会が始動する音が鳴り響いたのち、対側であるこちらの建物の橋が降ろされていく音が遠くから聞こえる。

 

ここから時間との勝負だ。

レバーを戻されない様に破壊し、入口を高純度マナタイト一つをふんだんに使った氷魔法で凍らせていき部屋自体になかなか入れない様にする。

 

「何事だ‼︎何故橋が降りているんだ‼︎」

 

扉の細工が終わったあたりで誰かが気づいたのか此方に向かって走ってくる。

数はそれなりに大人数なので水を撒きながら氷魔法で足元を凍らせ、滑っている隙にドレインタッチで体力を吸い取りながら小さい橋の方へと向かう。

 

「何処だ‼︎敵は潜伏スキルを使っているかもしれん、視覚に頼らず隈なく探せ‼︎」

 

小橋を渡りながら、対側に向かって兵が集まり出している光景を見て唖然とする。

まあ、橋だけに端を渡れば橋自体は渡れるのだが、普通は降ろされていない方の橋を守らないか?と疑問に思ったが、対側の橋が降ろされたらそちら側に敵が待機して居るだろうと思うのは仕方がない事だろう。

 

小橋を渡りきり、手前側の建物に侵入する。

先程までしていた配慮など全くせず、ドアを破壊し警備兵をドレインタッチで沈めながらレバーの元へ向かう。

 

「これで終いだ‼︎」

 

最後のレバーを引き、手前側の橋を降ろす。

これで俺の作戦は殆ど完了だろう。

 

最後に建物の最上階の高台へと向かい、弓矢で何処にいるのか分からない俺を狙撃しようとしていた狙撃兵を眠らせ、安全を確認次第信号弾を打ち上げアイリに合図を出す。

暫くして結界があるであろう草原から先程まで待機していた兵士達が一斉に此方に向かって来る。

 

感知スキルでそれを確認次第急いで高台の上に登る。

千里眼スキルを使い、他の高台にいる狙撃兵を弓矢と狙撃スキルで無力化していく。この橋での戦いはあくまで前哨戦なので出来るだけこちらの兵を減らす訳にはいかないのだ。

 

「狙撃…狙撃‼︎」

 

ついでに対側の警備兵もと狙撃により腕を貫き無力化する。

両方の橋を降ろしたことによりこちら側の兵士が瞬く間に攻め込み建設物を占拠していった。

 

「これにて作戦成功か…」

 

対側の建設物の頂上にこちら側の兵士が現れダスティネス家の紋章を象った旗を立てた事を確認し、安堵する。

 

「お疲れ様ですサトウカズマ様、両建造物のおおよそを占拠いたしました」

「おう、お疲れ様」

 

こちら側にも旗を立てようと現れた兵士に状況報告を受け、旗が立てられるところを見届ける。

 

 

 

旗を立てた事を確認した後、特にやる事が無いので建設物から降りると、ダクネスが俺の事を待ち受けていた。

 

「お疲れ様だな、お前が失敗しらと思うと冷や汗が止まらなかったが無事完了して良かったよ」

「ああ、もう疲れちまったよ。まあでも敵の数が少なくて助かったよ、もし数が倍以上居たら流石の俺も危なかったよ」

「ふ、随分と余裕ではないか」

「まあな、それでこの後の予定はどうすんだ?」

 

周囲で連行されていく兵士を眺めながら今後の予定をダクネスに確認する。

できればこのまま王都の方角へ向かいたいが、兵士の疲れを考えればもう少し休んでもいいだろう。

 

「それはだな…」

「お兄様‼︎」

「うおっ⁉︎」

 

ダクネスが何か言いそうになったところで何処かで待機していたであろうアイリが俺に向かって飛びついてくる。

 

「お疲れ様ですお兄様‼︎怪我はしていませんか?無事に終わって安心しました‼︎」

「おう、心配ありがとうな。この通り俺はぴんぴんしてるぜ」

 

特に無い力瘤を作り健康アピールをする。

 

「アイリも無事で良かったよ」

 

なんだかんだ結界の外にいたので狙撃手に見つかって撃たれでもしたら一大事だったので心配だったが、それは杞憂だったようだ。

 

「はい‼︎お兄様が橋を二つ降ろした事を報告したら皆さんが一斉に走り出してビックリしましたけど、この通り怪我はありません」

「よかったよかった」

 

アイリを誉め殺しながら頭を撫でてやる。

 

「それでこの後はどうすんだ?」

 

抱きついてきたアイリを撫でながらダクネスに再び問いかける。

 

「この後は休憩を挟んで夕方までに新しい拠点に移るつもりだ、お前は疲れているだろうから休憩したら馬車で運んでやろう」

「そうだな…勝利の余韻で浮き足立っているけど、なんだかんだ疲れているのかもな」

 

ドレインタッチでエネルギーを吸っているのでむしろグッドコンディションだとは口が裂けても言えないが、これだけ働いたので少しくらい休んでもいいだろう。

 

「アイリも先まで居た街で休むけどそれでいいか?」

「はい‼︎」

 

むしろそれ以外の選択肢があるのか?と聞かれたら無いとしか言いようがない質問を彼女にぶつけるとパッとした笑顔で肯定の返事が返ってきた。

 

「それじゃそろそろ行く…危ない⁉︎」

「きゃっ⁉︎」

 

感知スキルに殺気を感じ取り、勢いよくアイリを突き飛ばす。

 

感知できたのは小さな反応、多分仕込みナイフか何かだろうか?この距離からして俺と同じで高い潜伏スキルか何かで得物の気配を隠していた様だが、感知スキルは俺の方が上なので直前になったがその気配を感じ取る事に成功した。

後は躱すだけ…

 

「ゴハッ⁉︎」

 

作戦が終わり、皆の無事を確認し、次の作戦を考えようだなんて俺からしたら随分と気が緩んでいたなと後悔するが、そんな事を考えている場合ではない。

 

「……⁉︎」

 

受け身を取り体勢を立て直し皆逃げろと言おうとしたが言葉が出ない。

何事かと思っていると痛みが後から追いつく様にやってきて何が起きたのかを痛みを持って俺に知らせる。

 

そう、放たれた暗器は見事俺の喉を貫き、俺から声を奪ったのだ。

この程度の傷オークに肉を引きちぎられかけた時のものと比べれば特に足らない傷だが、今回に限っては場所が悪かった。

 

この小さな傷は俺から魔法を一時的に奪ったのだ。

この世界の魔法は、スキルによる現実世界のマクロで行われるためスキルを習得すれば理論をすっ飛ばして魔法の名前と魔力を消費すれば、どんなに複雑な魔法も使いこなすことができるのだ。

だが、それは逆に魔力と魔法の名前を唱える二つの作業がなければ発動し得ないという事になる。

 

攻撃魔法、ゆんゆん達が使う属性などの魔法は自然の流れを利用しているのでスキルを利用すれば初級なら魔法名の発言を省略することが出来ると前に聞いたことがあるが、回復魔法はこの世界において異端の扱いらしく生命の流れに反する事からどう足掻いても名前の呼称が必要になると前にシスターが言っていた事を思い出す。

 

つまり、この状況は非常に不味いことになる。

回復魔法に頼って自身の怪我を軽く見過ぎていたバチがあったのだろうか、言葉を発しようとすれば喉から風が漏れるだけで声を発することが出来ない。

首には頸動脈を含めて血管が沢山集まっているので、これほどの怪我でも致命傷になりかねない。

 

今出来ることは首を押さえて血液の損失を防ぐ事…。

 

「カズマ‼︎無事…ではない様だな。至急だ‼︎早く救護班を呼べ‼︎ここでこいつを失ったら全てが台無しになると思え‼︎」

 

意識が遠退く中ダクネスが珍しく血相を変えながら周囲にいる兵士たちに伝令を出し、俺の治療に当たらせ始めた。

 

「嫌です‼︎お兄様‼︎死なないでください‼︎そんな…こんな‼︎私はお兄様が居てさえくれればいいんです‼︎お兄様‼︎」

 

突き飛ばしたアイリはどうやら無事だったようで、彼女もまた血相を変えて俺の元に向かい俺を揺すりながら俺の意識を途絶えさせまいと話しかけ続けている。

こんな小さな子に人が死ぬ瞬間を見せるというのは中々に酷い事をするなと思ったが、死にかけているのは俺なので勘弁して欲しいところだ。

 

…不味い、そろそろ意識が…

 

「お兄…様?」

 

体に力が入らなくなったので思わず横に倒れ込む。

ドレインタッチで無駄に生命力があふれていた流石の俺もそろそろ不味いかもしれない…

 

「お兄様…嘘ですよね…うそ…うそうそうそうそ…いったじゃないですか‼︎どんな時も俺がいると‼︎」

 

アイリが俺を揺すりながら項垂れる。

 

「…やった‼︎あのサトウカズマを殺ったぞ‼︎これで王都に戻れる‼︎」

 

やはり俺の存在を疎ましく思っている存在がいたようで、声のした方向に意識を向けると何処かに潜んでいたのか、それとも敵兵が連行されている列に紛れ込んでいたのかいかにもアサシンの様な格好していた敵兵が立っていた。

こんな場所で俺を殺したところで、その見返りが返って来る前に自身の安全が侵されている事に気が付けない所を見るに誰かがそうせざるを得ないと思わせる程に奴を追い込んだのだろう。それかこいつが底なしのバカなのかは知らないが。

 

「あなたですか…」

 

ピタリとアイリの動きが止まったと思うと、今度はいきなり立ち上がった。

彼女は腰に差していた細剣を引き抜きそいつに向かって刃を向ける。

 

「アイリスさ…アイリさん一体何を⁉︎」

 

突然立ち上がったアイリに何事かとダクネスが声をかける。

 

「貴方達はお父様や兄様を奪い…その上、お兄様まで奪うというのですか‼︎」

 

彼女の発言に世界が呼応したのか風が吹き大地が振動する。そして彼女の力なのか折角染めた黒髪が干上がるように金髪へと戻り、彼女の気配と言うか戦闘力がいつもの物とは桁外れに上昇した。

これが本来の彼女の力というわけなのだろうか?

 

「これは‼︎お待ちくださいアイリス様‼︎ええい誰でもいいからそこのやつを押さえろ‼︎」

 

ダクネスは何が起こったのかを即座に判断し周囲にいる兵士達に指示を出した。

 

「はい‼︎」

「あーやった‼︎これで元の生活に戻れる‼︎いえぇぇぇぇえ‼︎騎士団の連中見ていやがれ‼︎」

「ララティーナ⁉︎離してください‼︎お兄様の仇を討つのです‼︎」

 

荒れ狂うアイリをダクネスが抑えながら、俺を殺そうとした奴は逃げもせずに薬でもキメているのかイカれた様に自分の功績を自慢しており、存外呆気なく兵士に取り押さえられたがそいつはそのまま抵抗などはせずに不気味に笑っているだけだった。

自身の首から流れ出る血の量が酷いが、それでも結末ががどうになるか最後まで確認したかったが、そこで俺の意識は途絶えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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六花の少女15

誤字脱字の訂正ありがとうございます。


喉を貫かれ、回復魔法を唱える事ができずに激痛に喘いでいたのだが、気づけば何処かの川辺だろうか?草木の生い茂る地面を踏みつけながら俺は立っていた。

 

「何だ…ここは?」

 

思わず言葉が漏れる。

 

「あれ?何だこれ?喋れるぞ」

 

先程まで必死に出そうとしていた声が難なく発声できている事に気づき思わず喉を押さえ確認すると、先程まで抉れていた喉仏等々の器官がまるで何事も無かったかの様に再生されていた。

 

この世界は日本と比べればファンタジーそのものだが、それでも死ぬ時は死ぬ非情な世界でもあるのだ。

そんな世界で喉を抉られたのであれば不思議な力が発生して回復なんて夢物語的な力が発動するなんて事は無く、ただ死ぬだけなのだ。

 

そうなるとここは死後の世界なのだろうか?

先程までいた世界に来る前に一度死後の世界というものを味わっていたが、その世界と今いる環境は考えるまでも無いほどにかけ離れている。

 

何と説明したらいいのだろうか?どうせなら有名な著書を例に出して説明したいが、生憎俺なんかの知識ではこの世界の説明を賄える内容の著書を知らないし読んだりもしなかった。

 

そう、簡単に言えば何処か生臭いのだ。

勘違いしないで欲しいのは臭いが生臭いのではなく、世界が生臭いのだ。

イメージしやすくするなら風の当たり方や周囲の空気の澱み、植物の色や霧がかった視界等々挙げられるが、一番はこの世界の光源である月の夕日である。

夕焼けなどと言われる現象が起きる日没前の現象だが、よく太陽の径が光の屈折等々で昼の時の大きさと比べて大きくなるのだが、この現象を月で代替され夕焼けの赤みが昼行灯の様なぼやけに入れ替わった様な感じだ。

 

抽象的で申し訳ないのだが、何処にも無い現象を現実にある例えを使って説明するとなると抽象的に成らざるを得ないのだ。

 

 

 

川の上流を辿る様に薄暗い霧の中を歩いていく。

上流に行けば誰かに会えるだろうという安直な考えだが、何もしないよりかはいいのかもしれないと思い行動してみたが、某霧に包まれる映画の事を思うと動かないで誰かが来るのを待っていた方がいいのでは無いだろうかと不安に駆られる。

 

まあでも今は一人だし失う物は何もないし大丈夫だろうと思い先に進む。

何故か分からないがあれだけ仕込んだ道具や武器などが何処にもなく、ただ服を着ているだけの無防備な状態になっている現状なので敵が出てきたらと思うとかなり危険な状態だなと客観的に現状を分析する。

 

 

 

 

…そういえば何で俺はここに居るのだろうか?

 

 

歩きながら現状を分析し次の一手をどうするか考えていたが、そう言えばと思った途端そもそも何故自分がこうなっているのかという疑問が湧いてくる。

記憶が正しく夢で無ければ、俺は関所で治療を受けているか土葬か何かの方法で処理されている筈でこんな所に居る事はまず無いだろう。それに死んだのであればいつかの女神のいる部屋に飛ばされている筈だ。

 

であればここは一体何処なんだろうか?

 

川辺には小石が積み上げられた小さな塔みたいな物が沢山点在して居る。

これは子供が親よりも先に亡くなってしまった時にその贖罪として石を積み上げるという話があるが、この周辺に子供の姿は見えない。

それに積み上げられた石を崩しに来る鬼が居る筈なので、この贖罪に終わりは無いと言われているがその鬼すらこの周辺には見当たらない。

 

薄暗い川辺の向こう岸を見ると誰かがこっちに向かって手を振っているのか、影が動いているのを確認できる。

 

「誰かいるのだろうか?」

 

遠近法なのかそれとも目の錯覚なのか、ここから向こう岸までの距離を計算するとその影は大きく俺の身長をゆうに越している巨大な存在だった。

千里眼スキルを使おうにも、何故かスキルを使用することが出来ず実戦で得たスキルもどきも使えないので魔力そのものを封じ込められているのだろう。

 

なので周囲から起こる水の音を無視しながら耳を澄ませ、その影が何か言っていないかを確認する。

 

「おーい‼︎こっち来いよ‼︎」

 

どうやらあの影は俺をこっち側に呼んでいる様だった。

 

俺が誰かに呼ばれる様な存在かはともかくあんな大きな友人は…いや聞いたことがある様な声だったな。

 

もう一度耳を澄まし奴の声を確認する。

 

「おーい‼︎こっち来いよ‼︎」

 

やはりどこかで聞いた事がある。ただそれが何処かは全く思い出せないのだ。

うーんと唸りながら影を眺めていると大きな影の隣に小さな、まあ小さなとは言っても俺より少しだけ大きいのだが新しい影が現れて居る事に気づく。

 

折角なのでそちらの方にも耳を向け奴が何を言って居るのか確認する。

 

「石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤‼︎」

 

「怖えーよ⁉︎」

 

そいつの声を聞いて声の主がハンスであると確信する。

という事は隣にいる影はベルディアのものだろう、そう思い影を確認すると大きすぎて気づかなかったが首の部分の辺りが切り取られた様に抜けていた。

 

…しかし死んでも尚アルカンレティアのアクシズ教に囚われておるとはアイツも難儀な死後を送っているなと同情する。

 

いや待て、何で死んだアイツらがここに居るんだ?

確かにあの二人は俺が殺した筈。

その証拠に冒険者カードの討伐欄に二人の名前が記載されて居ることを確認して居る。

 

つまりその二人がここに居るという事はここはあの世で俺はもう死んでいるのか?

いや、ここがあの世なら一度あの胡散臭い女神と出会って居るはずだ。

 

ならばこの川は…

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁーーーっ‼︎」

 

全力で川から離れようと体をバタつかせる。

状況だけ見るとこの川は三途の川で、川の向こう側はあの世という事になる。間違えて足を踏み外そうものならそのままあの世に流されて居るところだった。

 

川から離れ一旦心を落ち着かせる。

未だ死んでいなかった事に安堵するが、それでも自分の死が目前にある状況は中々にストレスフルな現状だ。

 

しかし…これからどうしようか。

基本的に魔法・スキルが使えないのは先程のやり取りで分かったが、知識や技術で取得した一種の技も使えないことから多分魔力そのものを制御されているか封印されているのだろう。

ならば今の俺は丸腰の人間に成り下がってしまって居るわけで、もし妖怪みたいなものが出てきたら何も出来ずに食われる自信がある。

 

本来ならじっとして居るのが安全なのかもしれないが、何もしないというのは今の俺の流儀に反するし、越えたら死ぬと言われている川を目の前にと言うのも中々に心苦しい。

ならば川から離れるように進むと言うのはどうだろうか?

黄泉冒険記とまでは行かないかもしれないが、この世界で俺みたいに半端な状態で戻れない人達が居るかもしれないので情報を集めに捜索に出向くのがいいのかもしれない。

 

「よし‼︎行くか‼︎」

 

後ろの方で手を振っているであろうベルディア達に背中を向け俺は新たな冒険に足を踏み出す。

アイリやダクネスの事が気になるが、今はあの場所に戻る事を第一に考えて進むのが先決だろう。

 

ただ、戻っても俺の体が死んでアンデットになりました的な展開は嫌なので急がないといけない。

出来れば向こうの本体の治療が終わって峠を越えたら無理矢理引き戻される展開がいいのだが、そんなご都合展開が存在してくれるだろうか?

 

まあ、御託みたいな考えは止めて行動に移そう。このままだと口だけ人間だとあのクソ女神に笑われてしまいそうだ。幸いお腹が空く事は無さそうなので食料問題に直面する様な事は無さそうだ。

 

頬を叩き、気合を入れると俺は歩みを始めた。

 

 

 

 

 

「何でそんなに思いきりがいいのですか貴方は…」

「うわぁ⁉︎」

 

気づけば隣に女性が立っていた

髪はクリスの様に銀髪の長髪で後ろで編み込んでおり、青色をベースにしたローブ等々で身を包んでいた。

一体いつから居たのだろうか?探知スキルが人並みに落ちて居るのでずっと居たのに気付かなかったのだろうか?それとも急に現れたのだろうか?どちらにしろ彼女という存在が謎という事に変わりはないだろう。

 

「はぁ…普通あそこから動きますか?探すのに苦労しましたよ」

「え?ああそうでしたか…」

 

少し疲れたような雰囲気から察するに俺を探していてくれたようだ。

 

「それであんた何もんだ?只者じゃないだろ?」

 

この薄暗い世界に相反する様に神々しいオーラを放っているのもそうだが、急に現れた彼女の重心は疲れて居るのにも関わらず全くブレていなかったのだ。

一体どう言う事なのだろうか?

 

「そうですね…ここで私の名前を言うのは考えていませんでしたが良いでしょう。私の名前はエリスです」

「エリス?あのパッド入りのエリ…痛ててててててーーっ‼︎」

「何でそう言うくだらないことばかり覚えて居るのですか貴方は⁉︎」

 

エリスと聞いてアルカンレティアのアクシズ教の連中らが言っていた呪文を思い出し不覚にも口に出してしまった。

しかし、エリスと言えばこの世界で最もシェアが高い宗教だと聞いており、ダクネスもその一員だ。

 

「…はぁ…はぁはぁ…危うく死ぬところだった」

「半分死んでるのにまだ死ぬおつもりですか?」

「鬼かよあんたは⁉︎」

 

エリスと名乗る女性のアイアンクローを何とか解き距離を空ける。いくらスキルが使えないからといっても彼女の実力は恐ろしいものだ。

 

「鬼ではありません。私はエリス、貴方が先程までいた世界を担当する女神です」

 

エヘンとお淑やかに振る舞おうとして居るが、何処ととなく少女感が出ている彼女は無い胸を張りながらそう言った。

 

「それじゃあ、あの水色の髪色をしたアホみたいな女神は何処に行ったんだ?」

 

俺をあの世界に案内した女神はこんな落ち着いた女性ではなく、年甲斐なくはしゃいでいる何と言うかアホみたいな女の子だった気がする。

やはり女神の世界でも左遷などの神内政治でもあるのだろうか?

 

「アクア先輩ですか?あの方は日本を担当していますから、貴方が会うことはもう無いでしょう。まあ魔王を倒して日本に転生するなら話は別ですが」

「成る程、いや良かったよ」

「良かったですか?」

「あんなのが担当してなくて。アイツはアレだろ?あんたがエリス教の女神ならアイツはアクシズ教の女神だろ?そんなのが統率してたらこの世界は地獄そのものだったよ」

「ははは…まあ先輩もあんなですが色々と良いところもありますよ」

 

アクシズの女神の事を蔑むと彼女は愛想笑いをしながら頬を掻いた。

やはり公の場で先輩を非難するわけには行かないのだろう。

 

「それでわざわざこんな所に来たと言う事は俺を迎えに来たのか?」

「そうですね、正確には送り返しにきたと言いますか」

「俺をあの世界に返しに行くってことか?」

「そうなります」

 

あの世界の名称を俺は知らないので、名称で指定するとこができない為曖昧な表現になってしまうので何度も連呼して考えを擦り合わせる。

 

「それでは私の後について来てください、ここだと余計なものまでが憑いてきてしまいますから」

「ああ、分かったよ」

 

彼女はそう言いながら川から離れるように歩き始める。

やはり女神なのだろうか彼女が歩き踏み潰している草木が一時的に色を取り戻し、成長を始めては限界を迎えて枯れていった。

 

「この世界は貴方が仰っている通り三途の川と言うものです、正確には違う名前ですがまあそんな事は良いでしょう。本来貴方はここで死ぬか生きるかの選択を迫られ面倒な試練を受ける筈でした」

「マジか…」

「なので今回は特別扱いです。良いですか?本来貴方は一度死んでいますので蘇生魔法でも蘇ることが出来ません、なので油断はしないでください」

「あ、ああ分かってるよ」

 

彼女について行ってはいるが、音が殆どない為気まずいので質問してみようと思ったが説教が始まってしまった。

 

「そう言えばエリス教とかって何から始まったんだ?」

 

元々疑問に思っていたのだが、宗教の始まりは一体何なのだろうかという考えだ。

元来宗教というものは神という偶像を使った思想の共有だと思っていたのだが、この世界には目の前にもいるように実際の神が存在するのだ。

 

「そうですね…まあこの世界というものは貴方にとっては半ば夢みたいなものですからね」

「つまり何なんだ?」

「まあある程度は話しても大丈夫かなという話です」

 

どうやらこの世界の出来事は夢の様なもので元の世界に戻れば日常の記憶に混ざって消えてしまうらしい。

 

「まあ忘れるんだったら今だけ暇潰しみたいな感じで頼むよ」

「この世界の真理に近い事を暇潰しとは…まあ良いでしょう」

 

コホンと彼女は咳払いをしながら話を始めた。

 

「女神というものは二つの種類があります。一つは人々の意思や思想によって生まれたものです、アクア先輩は多分その部類でしょう。貴方のいた世界で流行っていた宗教の神々が命を得たと言った方が分かりやすいですか?」

「成る程な、要するに俺たちがそういう存在がいると仮定して設定を盛り込んで崇拝すれば完成するってわけか」

「そうです。人々の本心から居ると思われ信仰され続けると、周囲の信仰の力が集まり女神が生まれるというわけです」

 

成る程な、あの駄女神は駄目な人間が自身の駄目さを肯定して欲しいがために生み出された女神というわけになる。破天荒なあの性格は彼女がそうしたいのではなく周囲の人間がそうあって欲しいと願った結果という事になる。

エリスが彼女を批判しないのは単に先輩だからではなく、ただ皆の望まれるように振る舞っている事を知っていたからなのだろう。

 

「それでもう一つは何なんだ?神が…あんた達の親玉みたいなものが作るのか?」

「いえ、そうではありませんね。もう一つの女神は人間が周囲から望まれて成るものですね」

「何だそれ?現人神って事か?」

「そうですね、今では殆どありませんが昔にはよくありましたね」

「へーどれくらい昔なんだ?」

「そうですね…貴方の知っている知識で辿るならデストロイヤーが作られた時期ですね…正確には少し前ですが…」

「へーあのおかしな兵器が作られた頃は女神も作られていたのか」

「一緒にしないで貰えますか?」

「痛ててててて⁉︎」

 

どうやら失言するとアイアンクローが飛んでくるシステムらしい。

 

「話は戻るけどその理屈なら最初に説明していた女神はみんなから忘れられたら死んじまうのか?それとも歴史として名が伝われば存在は残るのか?」

「いえ、忘れ去られればその女神は居なくなってしまいます、他の先輩の話ですがつい最近信者が二人になってそろそろ危ないと言っていた記憶があります」

「へぇ、それだと後者はどうなるんだ?元々人なら人間に戻るのか?それとも消えるのか?」

「そうですね、貴方の言う通り人間に戻るでしょう。ただ人間に堕とされた女神は生きていた分の負担が一度に押し寄せると言われています」

「マジか…」

 

結局の所忘れ去られた女神はロクな死に方をしないと言うのが答えだろう。人々に勝手に生み出され勝手に忘れられて居なかったことにされるのだ。

 

「それでエリス様はどっちなんだ?」

「私ですか…そうですね、それは秘密でお願いします」

 

彼女は俺の顔を見た後少し悲しそうな表情を浮かべながらそう言った。

 

「まあ心配してくださるのは嬉しいですが、私を信仰するエリス教の方はこの世界の過半数を占めているので安心してください」

「そうだよな」

 

アルカンレティアに居るとひっそりと暮らして居る感じだったが、よくよく考えてみるとアクセルの殆どはエリス教だった事を思い出した。

 

「さあ着きましたよ、ここが貴方の帰り道になります」

 

そう言いながら彼女が示したのは何の変哲もない池だった。

 

「何これ?何かの罰ゲームなの?」

「いえ、まあ確かに見た目はアレですが、これも立派な通過門です」

 

試しに片足を突っ込んでみるとドロッとした感触が靴を通して感じられる。

こんな所を潜ろうものなら窒息して三途の川を経由しないであの世に行ってしまいそうだ。

 

「そうですね、これならどうですか?アクア先輩に教わった技なのであまり凄いって程ではありませんが」

 

そう言いながら彼女は泥沼に手を当て呪文を唱える。

魔法自体は大したことのない浄化魔法だが、それでも使用者が違うだけでここまで違うのかと沼の水が全て澄んだ綺麗な水へと浄化されていった。

その様はまるでモノクロアニメの湖の色だけがウユニ塩湖の様な色彩を放っている感じだ。

 

「すげー何だよこれ⁉︎」

 

思わず叫んでしまう。

流石にここまでのイリュージョンを見て驚かないやつは居ないだろう。

 

「そこまでおっしゃらなくても…」

 

彼女は少し照ればがら頬を掻いて感情を誤魔化す。

 

「それではサトウカズマさん、ここを潜れば貴方は元の世界に戻れるでしょう。おおよその治療も完了していますので後遺症も残ることはありません」

「おお、そうかそれは良かった」

 

治療が間に合わなくて喉に後遺症でも残ったらどうするかと思っていたが、その心配は杞憂で済んで良かった。

 

「それから、この後王都で起こる事は最後まで気を抜かないでください。良いですか?ゆんゆんさんの元に帰るまでが貴方の修羅場ですよ」

「何それ怖…おぼぼぼぼぼぼぼぼ⁉︎」

 

彼女は言いたい事を言い終えると俺の後頭部を掴んで無理やり池の中に沈めていった。

 

「では健闘を祈りますよ、弟子1号く…いえカズマさん」

 

最後の方は何を言っているのか分からなかったが、やはり女神という長い年月生き続けると性格が歪んでしまうのだろうか?

 

 

 

 

 

「ごはっ⁉︎殺す気か⁉︎」

「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあーーっ⁉︎」

 

水の中でもがき苦しみながら手を押し出したつもりだったが、いつの間にか戻ってきた様で俺に掛かっていた布団を思いっきり捲り上げていた様だ。

 

「いきなり起き上がるな、ビックリしたぞ⁉︎」

「何だダクネスか…」

「何だとはなんだ」

 

どうやらダクネスはベットの横に椅子を置きその上に座っていた様で俺の警護でもしていてくれた様だ。

 

「何にせよ無事で良かった。お前が血を噴き出して倒れた時は流石の私もどうなるかと思ったぞ」

「ああ、悪かったな。でもこの通り後遺症も無く五体満足だ」

「それは良かった、シスター程ではないが腕の立つヒーラーをスカウトしていたんだ」

「そこら辺は流石だな」

「ああ、これでも今作戦の最高責任者だからな」

「それで、ここは何処なんだ?それと俺は何日間寝込んでいたんだ?」

 

結局の所気になるのはその辺りだ。

俺がもし一週間眠って居たのなら作戦は俺抜きで行われダクネスと記憶を取り戻した仮定のアイリの二人が先導して完了した形となるだろう。

そうであったなら目の前のダクネスが無事な所を見るに作戦は成功した感じになる。まあ例えなんだが。

 

「ああ、そこは心配しなくてもいい。今は昼の3時頃を回った辺りでここは貴様が攻略した関所の救護室だよ」

「よかった…アレから一週間経ってたらどうしようかと思ったよ」

「心配性だな、傷は完治して居るんだもし時間が来て起きなかったら無理矢理にでも起こしていたぞ」

「それは怖いな」

 

ムンっと力瘤を作る彼女を見て、ああダクネスならやりかねないと、あながち冗談では無い事を感じ恐怖に慄く。本当に先に目が覚めた良かった。

 

「それでお前に危害を加えたやつはこちらで取り押さえている」

 

一通りのやりとりをして完全に俺が本調子に戻って居ることを確認したのか、彼女は急に表情を戻し話を真面目な方向へと切り替えた。

 

「ああ、それでやつは何で俺を狙ったんだ?騎士団に昇格出来る的な話は聞いたけど」

「そうだな、確かに奴はそんな事をほざいていたな、まあ百件は一見にしかず。これを見てくれ、これは私たちが取り押さえた兵士が持って居たものだ」

 

彼女はそう言いながら俺のベッドに設置されているテーブルにその用紙を載せる。

その用紙には前に関所の見張り番をしていた兵士が持っていたものと同じ事が書かれていた。

 

「やっぱり俺は王都で指名手配されて居るのか」

「みたいだな、何故だかは他の貴族の連中らも分からないそうだ。だからお前に聞こうと思ったんだが謎が増えたな、やはりアイリス様を匿って居たことがバレて居たのか?」

「いや、その可能性は低いな、言う必要は無いと思って黙って居たけどここに来る前に王都の連中に襲われたんだが、その時相手はアイリスの事は知らなかった様子だったな」

 

山籠り最後の日に暗殺部隊の隊長っぽい爺さんに襲われた事を改めてダクネスに説明する。

そういえばアルカンレティアの教会のど真ん中に放置してきたけど、あの爺さんは逞しくアクシズ教ライフを満喫して居るだろうか?

 

「そうか…というか何故黙っていた‼︎」

 

軽く説明したが、事態は軽くなかったようでダクネスが物凄く表情で怒りを露わにした。

 

「いや言わなくても大丈夫かと思って…」

「全くお前と言う奴は…暗殺に長けた連中が貴様を追っているなら今回の作戦に割り込まれて邪魔された可能性もあったんだぞ?」

「まあ何とかなったから良しとしようじゃ無いか…」

「…はぁ全くお前と言うやつは…」

 

何とか相手を呆れさせる事で誤魔化せたが、あまり隠し事をしない方がいいだろう。

 

「それでその兵士は他に何かおかしな事を言っていたのか?」

「ああ、それなんだがその兵士は正気を失っていてな何をするにも石を寄越せと言っているんだ」

「石?賢者の石か?」

「ん?何だそれは?」

「いや何でもない。それにしても石か…ダクネスは心当たりあるのか?」

「無いな…」

「だよな…」

「だが何かに取り憑かれて居る様だったのでプリーストに退魔魔法を掛けてもらったんだが効果がなくてな…」

「一種の中毒か依存症状だな」

 

この世界にも麻薬の様なものが存在するのだろうか?まあ無くは無いだろうが、それだったらダクネスが知らないことは無いだろう。

 

「遥か昔に似た様な病気があったと聞くな」

「へーそれはどんな病気なんだ?」

「分からないな、詳しくは王都の図書室に古書として資料が残って居ると思うが、古代文字で学者にも殆ど読めないと言われているな」

「じゃあ何で知っているんだ?古書は読めないんじゃ無いのか?」

「いや確かに資料としては古書だが、ダスティネス家や位の高い貴族でこの話が言い伝えられて居るのだ。まあ殆ど伝承の段階で抜けていったが退魔魔法でも祓えない病気が存在するとな」

「へーそうなのか…」

 

話としては面白いが、そんな事よりも今は気にしないといけない事がある。

 

「それでアイリスはどこに居るんだ?」

 

身の回りの状況は理解したので後は気になるアイリの事を探さなくてはいけない。

 

「ああ、アイリス様だがようやく記憶を取り戻してな、貴様の状況が状況なだけに手放しでは喜べなかったが、いつもの凛々しいくも儚いお嬢様に…」

「それはいいから、何処に居るんだ?」

 

やはり記憶は戻って居たようだ。ならばここに留まって居る時間は無いのだ。

 

「アイリス様はお前が目覚める前に外の空気を吸ってくると言って屋上に出て居るぞ、何せアレからずっとお前の元に居たんだからな…後でちゃんとお礼を言っておけよ」

「分かった、ありがとうな」

「おいちょっと待て、気になるのは分かるがお前も病み上が…」

「悪いな‼︎」

 

支援魔法を掛け静止するダクネスから抜け出し屋上に駆け抜ける。

やはり支援魔法は最高だ。こればっかりは止められない。

 

 

 

 

「アイリ‼︎」

 

屋上の広間に出ると金髪碧眼に戻ったアイリが一人立っており、突然現れた俺の事を不安そうな目で見たいた。

 

「お兄様?お兄様…」

 

まるで最後に追い縋るものを見つけたようにフラつきながら近づいて俺に抱きついてくる。

彼女の両手が震えて居るのが病服を伝わってくるのが分かる、やはりダクネスの前では強がって居たのだろう。

 

「よかった…本当に…よかったです…」

「ああ、心配かけたな」

「はい、お兄様は本当に馬鹿野郎です…」

 

抱きついてきたアイリを抱きしめ返し、俺からは何も言わずにただ彼女の頭を撫でた。

 

「お父様も兄様もみんな居なくなってしまいました…」

「ああ、そうだな」

 

嗚咽と共に服に熱と湿り気が伝わってくる。俺が戻った事で緊張の糸が切れたのだろう。

俺が目覚める間の短い時間だったが、気になり家族を殺された所を背負い込んだのだ、その重圧は俺には到底理解出来ないほどの物だろう。

 

「お兄様は…居なくなりませんよね?」

「ああ、そう簡単に死んでたまるかよ」

 

まあ死に掛けたのは確かんだけど、それは黙っておこう。

あまり戻って欲しくはなかったが、アイリの記憶が戻ってしまった以上はこれから彼女が進む道は茨の道だろう。もし彼女の兄弟が生きて居たならそいつに全てを押し付けて彼女は普通の暮らしをさせてやりたかったが、そんな選択肢は家族が居ない以上出来無いだろうし、他の貴族で代替したとしてもその罪悪感を彼女は背負い続けなくてはいけないのだ。

 

「お兄様は…私を…置いては行かないで下さいね…私を一人にしないで下さい…もうこんな思いはしたくありません…」

「当たり前だろ?何んだって俺はお前のお兄様なんだからな」

「…お兄様…うぅ…」

 

そのまま泣き崩れるアイリを落ち着くまで抱きしめ続けた。




3週連続で予定が入ったので投稿出来ないかもしれません


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六花の少女16

遅くなってしまってすいません、年末近くなると忙しくなってしまって…
誤字脱字の訂正ありがとうございます。

今回は久しぶりに打ち込んだので色々とグダグダしているかもしれません…


「成る程、そのまま慰めていたら寝てしまったと言うわけだな」

「ああ、そうなるな」

 

あの後気づけば寝てしまって居たので仕方なく俺の眠っていたベットへと彼女を運び寝かせる。

ダクネスは俺が向かった後もそこで待っていたらしく驚いた様な顔をしながらも俺を迎えてくれた。

 

「それでアイリスが記憶を取り戻したけどダクネスはこれからどうするんだ?」

 

ダクネスと示し合わせた作戦はアイリが記憶を失って居る事を前提としたものなので、彼女が記憶を取り戻した以上何かしらの変更をするのかそれともこのまま彼女の存在を隠しながら作戦を進行しなくてはいけないか決めなくてはいけない。

 

「そうだな…私としては事を全て終わらせてからゆっくりと戻そうかと思っていたのだが…こうなってしまってはな…」

 

流石の彼女もこうなる事は予想して居なかったのか俺が問いかけると、彼女にしては珍しく少し戸惑っていた。

 

「取り敢えずは王都攻略作戦を考えよう、アイリスの事はその後で考えれば大丈夫だろ?」

「ああ、そうだな」

 

結局アイリが記憶を取り戻そうが戻さまいが状況が変わる訳では無いので、今は目の前の事に集中しなくてはいけない。

王都の地図をテーブルの上に広げ、実際に見てきたであろうダクネスの話を合わせて情報を補完していく。

 

 

 

 

 

 

「成る程な…おおよそはこれでいいな。アイリスはダクネスに任せていいか?」

「ああ、今度こそ必ず守って見せよう」

 

アイリの記憶が戻った事は彼女が戦力に加わった事と同義で今の俺たちに足りなかった個の力を補う事ができる。しかし今回の戦闘でアイリを失ってしまえば作戦自体の意味が無くなってしまう。

本来の作戦通りこのまま後ろに引かせておきたいが、彼女が王女である事が王都側に漏れている可能性が否定できない以上一人にするのは危険すぎる。

 

彼女自身の実力はダクネス曰くこの国の冒険者の中でもトップレベルに君臨する程のものらしく、即戦力になるとの事だ。

俺の教えてきたものに失っていた戦闘経験が加わったのであれば、そこら辺の敵に殺される事は無さそうだが…

 

「問題はお前たちを追い詰めたローブのやつの存在だな、あいつが居なければ前回もやられる事は無かったんだよな?」

「ああ、あの王兄自体は特に身体能力が高い訳ではないからあのローブの男がいなければ問題はない筈だったんだ」

 

未だ謎が多いローブの男。

ダクネスに情報を集める様に言ってここまで情報収集させては居たのだが、その存在の尻尾は疎か影すら掴めずにいる。

ダクネスはともかく全盛のアイリですら手が出せなかったと言うのは現状不安要素以外の何者でも無いのだ。

 

どんなに作戦が上手くいったところでそいつにアイリを捕らえられるか殺されるかされてしまえば全てがひっくり返ってしまう。

案の定今回の作戦は俺が単独で先行しなくてはいけない。アイリを連れて行く事は出来ないのでダクネスに警護してもらう事になる。

 

作戦を簡単に纏めると俺が先行し場を混乱させながらダクネス率いる本隊が城に攻め込むというものになっている。

本隊に居るダクネスに同行する事になればアイリの周りには兵士の集団が集まって居ると言うことになるので、最悪そのローブに遭遇した場合でも数で押し切る事ができるだろう。

 

できれば合流する前にローブと接触出来ればいいのだが…

 

当日に何処に誰かが居るなんて事は予測出来ない以上、出来る事は出来るだけ準備したいがその戦力も時間も今の俺たちにはないのだ。

 

「作戦はそれで大丈夫そうだな。後はアイリスの状態だな、ダクネスから見てどうだった?」

「ああ、急に記憶が戻ってパニックにはなってはいたが、すぐに自分を取り戻して冷静になっていたぞ。それからさっき言ったようにはずっとお前の前で座っていたな」

「成る程な…」

 

流石は一国の王女だがやはりまだ不安が残るところはある。

 

眠っている彼女の頭を撫でる。

早く決着をつけてアイリに安全な生活を送らせ無くてはと自身を鼓舞する。

 

「ここを出発するのは明日の夜になる」

「そんなに遅くて大丈夫なのか?」

「ああ、問題がない訳ではないのだが、武器や人員の派遣にどうしても時間がかかってしまうのだ」

「そうか、というかそうだよな」

 

アクセルからこの関所までの距離はそこまでないのだが、ここから王都となるとそれなりに時間がかかってしまうのだ。

 

「ああ、すまないが今は待つ事しか出来ない」

 

外の景色を眺めながら彼女はそう言うと、伝令の者が来たなと付け足し部屋をにした。

 

「…」

 

疲れてベットに眠る彼女を見ながら考えに耽る。

全てが順調に進んだとして彼女が得られるものと言えば身分の保証と新たなる試練だろう。

出来る限り彼女に教えられる事は教えてきたが、一国の主である彼女が背負うものを考えればそんな事は付け焼き刃でしかないのだろう。

 

今回の戦で勝利を収めれば王兄についていた貴族などの処分など多岐にわたる要因により、この国の勢力図が変わるだろう。

根本的にはダスティネス家とシンフォニア家の両家が牛耳る事には変わりないが、問題なのはその周辺の関係でそれにより国の経営関係などの引き継ぎをしなくてはいけなくなりそのゴタゴタを突かれてしまう可能性もなくは無い。

もし俺が彼女に敵対する組織であったなら必ずその隙を突くだろう。

 

 

起こる事は起きるべきして起こるので、今憂いたところで何かが変わる訳ではない。考えることを一旦辞めて何かする事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様‼︎関所中探して姿が見えないと思ったら、こんな所にいらしたのですね」

「おお、アイリか。目が覚めた様だな」

 

何だかんだ言って怪我の具合が悪くなると困るので何もせずに、外で作った椅子に座りながら武器や道具の手入れをしていたのだ。

 

「ララティーナから聞きませんでしたか?今お兄様も叔父勢力に命を狙われているのですよ」

「そう言えばそんな事言ってたな、まあでも今は油断してないし感知スキルがあればやられる事もないだろ?」

 

流石の俺も外で丸腰でいる訳は無く、きちんと武装を用意しながら感知スキルで周辺の警戒をしているので例え何が来ようと迎え打つ事ができる状態にある。

まあ、山で襲ってきた爺さん見たいなチートを使われたらひとたまり無いが、そんな奴が来たなら関所の中に居ようが大して変わらないだろう。

 

「…はぁ、お兄様はああ言えばこう言いますよね…」

「おう、分かってくれて何よりだよ」

 

呆れながら溜息を吐く彼女を横目に見ながら投擲用兼小細工用の短刀を研ぎ始める。小道具だと思って侮っていると窮地に足を掬われるのでこう言ったタイミングで手入れをしなくてはいけない。

 

「…もう仕方ありませんね」

 

そう言いながら彼女は近くに生えている木を細剣で一瞬のうちに切り倒し、ものすごいスピードでばらしたかと思うと勢いそのまま小さな椅子を組み立てそれを俺の隣に立て座った。

どうやら俺と同じ事ができるとアピールしたかったのだろうか、ドヤ顔をしたのち俺の横を陣取りもたれかかってきた。

 

「これでひとまずは安心ですね」

 

一体何が安心なのかわからないが、彼女が近くに居てくれる分には守りやすいので問題は無い。ただ周囲には殆ど正体がバレている様なものなので後々変な噂をたてられないかは心配ではある。

彼女に関して色々聞きたい事があるが、それを今の彼女に問い詰めると言うのは些か酷と言うものだろうと思うので、今はまだただの俺の妹として扱うのがいいのだろう。

 

やらない善よりやる偽善とは言うが、結局の所ただの自己満足だろう。

 

「それで体調は大丈夫なのか?」

「はい、問題ありません」

 

道具の手入れの佳境が過ぎたあたりで隣で眺めていた彼女に話しかける。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあお手合わせ願おうかな」

「いいのですか?病み上がりで本調子じゃないとララティーナから聞いていますけど」

「大丈夫大丈夫、そこまで本気のやつじゃ無いから」

 

彼女が大丈夫だと言っていたので、折角だから組手の相手をしてもらう事にした。

ルールは簡単で彼女が椅子を作った時に余った木材で作った木刀を使ってどちらが一本を取るのかという至極簡単なものになっている。

 

記憶が戻った以上彼女は俺の知るアイリでは無くなってしまっている。

ステータスは変わらないが、自覚していないと発動しないパッシブスキルというものも存在する上に今まで学んできた知識も追加されているので、昨日の彼女と思って相対しようものなら痛い目を見るのは必然だろう。

 

覚悟を決め彼女と向き合う。

感知スキルは対象の脅威を気配の大きさとしてある程度だが測れる機能がある、それに準じて彼女の存在を測るとその規模は今までとは比べられない程強大だった。

 

…これは死んでしまうかもな。

あくまで模擬戦なので死ぬ事は無いのだが、それでも強大になった彼女の相手となるとそれなりに覚悟が必要になる。

 

「それじゃあこの石が地面に落ちたら開始で」

 

適当にルールを決め、拾った小石を上に投げる。

クリスと模擬戦をする時によく使っているスタートだが、たまに蹴飛ばして俺の方に飛ばして来たなと古い思い出が頭をよぎり、そのまま小石が地面に落下し開始のゴングが鳴らされた。

 

「行きます‼︎」

 

彼女が丁寧にそう宣言しながら木刀を守りから攻めの構えに直すと俺に向かって一直線に向かって走り距離を詰めたかと思うと視界から消えた。

 

「危な⁉︎」

 

視界から消えたということは後ろに回られたか、懐に潜り込まれたかの二択だろう。まあ上空という線はあるがそこまで対応する余裕はないのでそれは無いと思いたい。

感知スキルは飛び飛びだが、後ろに気配を感じる事は無かったので多分懐に回られたのだろう、下を向いて確認したいがそれをすれば全てが後手に回るだろう。

まさか初手でやられるなんて事は俺のプライドが許さないので、なんとか跳躍し彼女の下段斬りを回避する。

 

そして彼女には悪いが、その肩を踏みつけ彼女の後方へと回避しすれ違いざまに背中を斬りつける。

 

「流石お兄様ですがまだ甘いです‼︎」

 

彼女は攻撃する手を止めてはおらず、横なぎをそのまま続けながら一回転し俺の斬り付けを受け止め、そのまま踏み込みながら宙に浮いている俺の体を前方へと押し込む。

 

「なっ⁉︎」

 

体勢を崩され、その隙を狙うように木刀の切先がこちらに向かって放たれる。

反撃しようにも空中では踏ん張る地が無く、なすがままにされてしまうので、風の魔法を利用しすぐさま体を捻り何とか連撃の連鎖から抜ける。

地面に不完全な形で落下して少しダメージを負ったが、それでも何とか体勢を立て直して向き直る。

 

「流石お兄様ですね、この型に嵌って抜け出したのはお兄様が初めてです」

「お褒めに預かり光栄だよ」

 

謎のマウントの様な褒め言葉を戴いたので適当に返す。

 

…やはり記憶を取り戻した為、技のキレや種類威力全てが今までよりも向上している。

事前の準備や搦手が使えないという言い訳があるが、今まで彼女に戦い方を教えて来た身としてはここで無様に負ける訳にはいかないのだ。

 

再び彼女が構え直したかと思うとまた視界から消え、気づけば目前へと迫っていた。

えい‼︎と叫びながら放たれた突きを直前で躱しつつ彼女の腕を掴みそのまま一本背負いし前方へと投げ飛ばすが、彼女はそれをブリッジの体勢で着地し身体を捻りながら俺を身体を巻き込む。

 

マジかよと思いながら、このままでは俺が投げられると思い腕を離し距離を取る。

何かしらの回避はして来ると思っていたが攻勢へと転じてくるとは流石の俺も思わなんだ。

 

しかし、俺のターンは終わっているわけでは無かった様なので、体勢を立て直している最中の彼女の足を払うように剣を薙ぐと、彼女は絶妙な体勢のまま身体を跳ねらせそれを回避する。

何という柔軟性を持った身体をしているのだろうか、女性の方が柔らかくなる様に作られていると聞くが、それは本当だったようだ。

 

攻撃を躱されあっという間に体勢を立て直され反撃を許してしまう。

続いて来るのは突きの応酬、彼女の木刀は細くその細剣故のフットワークの軽さを利用してか、物凄い速度で連続して突きが放たれる。

 

「マジかよ⁉︎」

 

まるで漫画の様な芸の細かさに一瞬心を奪われそうになるが、このままでは蜂の巣にされるので木刀を片手に持ちかえ、それら全てを上体の動きと空いた片腕で払い躱していく。

やはり細剣で軽量なため攻撃の威力は低く、側面から強化した状態での払い除け、少し痺れるくらいには衝撃があったがダメージを負う事は無かった。

 

剣を払い、隙ができたタイミングで自身の剣技を割り込ませるが、それを上体を逸らすような形で躱されるがそんな事は分かっていたので反撃のリスクを覚悟しながらもう一歩踏み込み追撃する。

そして彼女もそれを見なす事は無く俺の剣技に沿わせる形で剣技を放った。

 

「カズマ‼︎アイリス様を連れて何をしているんだ‼︎」

 

互いにやられる思ったタイミングでダクネスが割り込んできた。

これから決戦だというところで怪我なんてされたら溜まったものでは無いだろう。

 

「怒られてしまいましたね…」

「だな…」

 

二人とも互いに向けていた得物を降ろし、そのまま地面に座った。

 

 

 

 

 

 

 

模擬戦はダクネスの介入により中止となったので仕方なく武器を自然に還しシャワーを浴びることになった。

途中お湯が水になるなどアクシデントはあったが、特に何も無く行動を終える。

 

「お兄様〜」

「おう、アイリも終わったみたいだな。それじゃあダクネスの所に行くか」

 

結局やること言えば特に無い訳で、作戦の打ち合わせと言うことでダクネスの元へと向かう事になった。

 

「お兄様失礼します、えい」

「お…おう」

 

彼女はそう言いながら俺の左腕に絡みついて来た。

何だろうか、記憶が戻ってからかスキンシップが少し過ぎる様な気がするが、きっと家族がいなくなって心細いのだろう。

 

とりあえずされるがままダクネスの居る部屋へと向かう。

ダクネスに割り当てられた個室に行くわけにはいかないので一応司令室とやらに向かい、そこで最後の調整を行う事になっている。

 

「入るぞダクネス」

「カズマか、構わないぞ」

 

ノックをして中にいるだろうダクネスに問いかけると返事がすぐ返ってくる。

 

「さっきは随分と…アイリス様も一緒でしたか」

 

どうやらさっきの事を注意しようかと思ったがアイリが居たので怒るに怒れなかったようだ。

 

「それで作戦とはどの様な形になっているのでしょうか?」

「ああ、それがだな」

 

テーブルに王都の地図や設計図を広げながら先程ダクネスと共に計画した作戦を説明する。

 

「成る程、その様な話になっていたのですね」

 

うーむとどうしようか考え込むアイリを眺めながら彼女がどう返すか待つ。

 

「お兄様と離れるのはどうかと思うのですが、ララティーナはその辺りはどう思いますか?」

「そうですね、今回の作戦ではこの男が単独で行動する事によって出来た隙を突くという形になってしますのでアイリス様と同じ部隊に入れるとなると作戦が成り立たなくなるかと…」

 

俺が一人で侵入して色々と暗躍する事に関して些か不満があるのか、少し強めの口調でダクネスに問いかける。

 

「では私もお兄様に同行すると言うのはどうでしょうか?まだこちらの兵士達は私が私である事を確信している者は居ないのでしょう?」

「そんな…我が儘を仰らないでください、おいお前も何とか言ってくれないか?」

 

アイリが我が儘を言うのが珍しいのかダクネスが少し動揺しながらも俺に宥める様に促す。

 

「いいかアイリ、お前は俺たちのシンボルなんだから裏舞台に立たないで表に出ないといけなんだ。皆んなアイリのために戦ってるんだから分かってくれ」

「お兄様がそう仰るのでしたら…」

 

何とか彼女を説得し話を進める。

俺が教えた技が潜入系に富んでいるのでもしかしたら腕試しをしたくなっているのだろうか?

今回は無理かもしれないが、いずれ時間を見つけてやらせてやるのもいいかもしれない。

 

「細かい所も決まったし後は寝て待つだけか、明日の夜出発なんだよな?」

「いや、申し訳ないのだが時期が早まった。もう少し時間がかかると思っていた予定がすんなりといった様でな明日の昼前の出発になる」

「へぇ、まあ早いに越した事は無いからな」

 

明日はアイリを連れてのんびりと話をしようかと思っていたが、それは叶わないようだ。

まあ早ければ早いほど関所の件を悟られ準備されるリスクが少なくなるので悪くは無いのだが、俺としては何だかなといった感じだ。

 

「そういえばあのローブに関してについてだが、アイリは何か覚えているのか?」

 

正直あまりアイリに対してこの話は触れたくは無かったが、ローブのやつが全てをひっくり返す可能性を持っているのでここでわかる事は全て把握して対策を立てておきたいのだ。

ダクネスと二人で決めた時は数で押し切る形になっていたが、アイリが何か有益な情報を持っていればローブのやつを打破するキッカケになるやもしれない。

 

「お父様やお兄様を殺めた方ですね…彼と言っていいのか私には分かりませんが、その腕は本物でしょう」

「そうか…」

「私とララティーナ2人掛かりでも相手にならない程の実力となると他所の国の冒険者かもしれません。少なくとも今まで手合わせた人の中にあれ程の実力を持っていた方が居れば今頃騎士団で一目置かれているでしょう」

「そうだな、私も色々と稽古をつけて貰った事があったがあそこまでの実力者は居なかったはずだ」

「実力を隠していたとかそう言う事は無かったのか?」

「いや、それは無いと私は思う。騎士団の連中は悪く言えば自己顕示欲の塊みたいなもので実力を隠すなんて事はしないだろう、皆自身がいかに強いかと嘘までつく奴が居るくらいだ」

 

どうやら内通者では無い様だが、原則があれば例外があるというもの。

あれ程の実力を持つものがいれば、もしかしたら自身の力を周囲に隠し上手く立ち回ろうとする可能性もある。

よく脳ある鷹は爪を隠すと言うが、そいつも爪を隠している可能性がある。

 

「騎士団の上位数名は魔王軍幹部との戦いで亡くなったんだよな、残った上位の連中らの特徴を教えてくれないか?」

 

王兄と結託してクーデターを起こすには騎士団の監視の中何度も接触を図る必要があるはずなので、ローブの男に繋がる人間が必ず王都の内部に居なくては今回の事を起こすのは不可能に近い。

 

「そうだな…武器は見たことの無いものだったが、その装飾はなかなかなものだったな」

「そうなるとローブの方は貴族の出になると思います、騎士団に所属しているとは言え武器は消耗品なので見栄えに拘るのは貴族出の方達が多い気がします」

「成る程な、それで貴族出身の騎士はどれくらいいるんだ?」

 

二人に紙を渡しできる限りの名前と特徴を書いてもらう。

正直名前を言われてもピンと来ないので特徴をメインで頼むと伝えたが、意外にも貴族出の数は多くこれが階級社会かと嘆かずにはいられなかった。

 

「これ程までに数がいるのか…冒険者から騎士団に入るとか無いのか?」

「無いですね、基本的に冒険者は一攫千金の夢を追われている自由な方が多いので騎士団のような閉塞的な組織に入る方は早々いらっしゃいませんね」

「だろうな、貴族でない事にコンプレックスを感じるやつもいるかもしれないしな」

 

結局身分と言うものがあるのでどんなに実力が高くても身分が高い者を優先して昇格されてしまうのが現実なので、頑張っているものからすればたまったものではないだろう。

コネ入社の同期が何の功績も無いのに上司がそのコネ主となっている上役などにゴマをするために優先して昇格させるなどよくある話だ。

 

自由を求めた先に手に入れた力で入った騎士団で自由を奪われてしまったら本末転倒だ。

そもそも昔に冒険者を雇って騎士団に潜伏させていた可能性もなくはないが、既得権益もない冒険者出身の者がここまで融通を利かせられるとは思えない。

 

となるとやはり貴族出を疑った方がいいだろう。

その人となりが分かれば色々と対策が練れる筈なんだが、答えを導き出すには時間が足りなすぎる。

出来れば最初に俺と遭遇してくれれば勝てなくても時間稼ぎができるので嬉しいのだが、そう上手く行くはいかないだろう。

 

後回しにしていた案件に向き合ったはいいが、ここまで拗れるとは当時の俺も思わなかっただろう。

 

…こんな事ならゆんゆん達をアルカンレティアに押し付けないでここに呼んでおけば良かったと後悔するが、それはそれでややこしい事になりそうで怖い。

 

「取り敢えず、ローブの奴は闇雲に対策を立てないで当初と同じで数で押し切る案でいこう」

 

結局相手は魔王軍幹部ではなく人間一人なので圧倒的な数で攻めれば何とかなるだろう。

 

 

 

 

 

「作戦はこれで充分だろ、これ以上考えたら泥沼になりそうな気がする」

「そうだな、これだけ策を用意しておけば充分だろ。これ以上は現場の者達も覚えきれないだろう」

「考えすぎて頭が痛くなってきたから風に当たってくる…」

「あ、お兄様‼︎」

 

知恵熱というのだろうか、思考をし過ぎて少し頭が重くなっている気がしてきたので一旦外に出る事にする。

あの後もアイリを交えて作戦の最終調整を済ませたが結局思考の沼に落ちしまい泥沼化してしまったので早めに切り上げる事にしたのだ。

 

 

 

関所の屋上に出るとすっかり陽が落ちて夜になっていたので、夜風に当たりながら草原を眺める。

 

「いよいよ明日だな、アイリは大丈夫か?」

 

気づけば隣に居たアイリに問いかける。

 

「お父様も兄様も居なくなってしまいました、お母様は昔から居ませんでしたけど」

「ああ」

 

アイリはそう言いながら俺の手に自分の手を重ね抱きつく様に腕を絡ませる。

 

「それでも今の私にはお兄様が居ます、お兄様が居れば私はそれだけで充分です」

「アイリ…」

「だから私を置いてどこにも行かないでくださいね」

 

エヘヘと無邪気に笑う彼女の瞳はどこか濁っていた。

 

 




今回はリハビリを兼ねているので話があまり進みませんでした、次回王都奪還編です。


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六花の少女17

誤字脱字の訂正ありがとうございます。


「お兄様‼︎何処にいかれるのでしょうか?」

「ああ、ちょっとな」

「でしたら御一緒しますね」

「いやいやトイレだから…流石にちょっとな」

「…そうですか」

 

あれから何をするにも一緒に着いてきたがるアイリを何とか撒きながらトイレへと逃げ込む。

まるで親戚の子に気に入られたみたいな感じで微笑ましいが、流石にトイレまで着いてこられるのは勘弁して欲しい所だ。

 

 

明日の昼、正確にはその前に出発になるのだがこのままでは些か準備不足になってしまうのではないだろうか?

いやベットに入って何を考えているのだろうか俺は…

 

「えへへ…お兄様…ずっと一緒ですよ…」

 

隣で当たり前に眠っている彼女の寝顔を眺める、こうして一緒に寝るのも最後かもしれないなと哀愁を感じながら瞼を閉じ深い眠りに意識を落とす。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ⁉︎」

 

目が覚める。

部屋の明るさは朝の様な弱い光ではなくしっかりとした強い光で照らされており、それは予定していた時刻よりも大分過ぎていることを示していた。

何か口周りがベタネタするが涎でも溢したのだろう、今はそんな事を気にしている場合ではなく早く準備をしなくてはいけない。

 

「アイリ起きろ‼︎」

「…ふぇぇ」

 

普段ならキッチリと起きては…いなかったな…とりあえず寝ぼけている彼女を叩き起こし着替えるように指示を指す。

 

 

「うむ、時間通りだな準備はいいか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

そこから急いで準備を済ませ関所の前に馬車を停めているダクネスに合流する。

やはり最終決戦なだけあって彼女の装備もいつもの鎧に何かしらの細工を施されているようで少し異質な雰囲気を漂わせていた。

 

「ではアイリス様を連れて馬車に乗ってくれ、私は御者席で周囲の監視をする」

「ああ、任せたよ」

 

どうやら間に合った様で寝坊した事を悟られた様な感じはなかったが、どうもあの雰囲気を纏ったダクネスはやりずらい。

人間にはその時々の場面場面に人格を変えるとは言うが、今まで生きてきてあそこまで変わる人間を見たのは初めてだ。

 

「お兄様、お兄様」

「どうしたアイリ?何か忘れ物でもしたか?今ならダクネスに言えば間に合うけど」

 

馬車の中に設置された椅子に俺が腰を掛け広い室内だと言うのにわざわざ俺の隣に陣取ったかと思うと少し控えめな当たりで話しかけてくる。

 

「このままアクセルに戻ると言うのはどうでしょうか?」

「は?」

 

無邪気に笑いながらそう言った彼女の真意が分からず思考が停止する。

彼女は一体何を何を言っているのだろうか?

 

「ですからこれからの戦いはララティーナに任せて、私達はアクセルに戻りましょうと言っているのですが?」

「…あぁ」

 

どうやら発言は俺の聞き間違えではなかったようだ。

やはり彼女に一国を背負わせるには無理があったのだろうか?

ここまできて変更などは出来ない…いや出来るはずがない。

既に兵士は進軍を開始し既に王都に着く時間になっている。今までやってきた事もこれから起きる事も全て責任はダクネスが担いここまで何とかやってきたのだ。これをいきなり放り投げてしまえば最悪ダクネスの身分どころか命すら危うくなってしまい、ここまできた兵士や貴族達をに無駄骨を踏ませ欺いたことになる。

 

そしてそれがどのような結末を示すのが分からないほど俺も馬鹿ではない。

 

「お兄様は潜伏スキルと気配を残すスキルがあると前に言っていたのでそれを使えば難なくいけると思います」

「あのなアイリ」

「何でしょうか?」

「ここまでみんなアイリの為に身を粉にして頑張ってきたんだぞ?それをアイリの我儘で全部台無しにするつもりか?」

 

あくまで傷つけないように優しく諭す様に伝える。もしかしたらアイリも決戦を前に緊張しているのかもしれない。

 

「どういう事でしょうか?それは皆さんが勝手にやった事です。それよりも私はお兄様と…ーっ⁉︎」

「…ごめんな」

 

彼女の発言に思わず手が出てしまう。

彼女からすれば今起きている物事の全て自分の関与しないまま進んでいるので結局の所自身が中心に居る自覚はなく他人事に映っているのだ。

記憶を失っている彼女の人格からしてそんな事を言う筈は無いのだろう、やはりまだ家族の死と言うものを理解しきれていないのだろう。

 

手を出してしまった事は申し訳無いと思うが、それ以上の言葉を彼女に言わせる訳にはいかなかったのだ。

 

「…………そうですか」

 

頬を叩かれた彼女は信じられないものを見るような目で俺を見つめた後に何かに気づいたのか表情が消え、そのまま馬車の外に顔を向け景色を眺めていた。

彼女も単独行動をする俺の安否を気遣っての事かもしれなかったのかもと思い反省しそれも含めて謝ろうかと思ったが、今はまだ距離をおこうと思い席を少し離そうとするが俺の腕は彼女に抱きつかれたまま動く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

あれから沈黙に耐えながら待っていると目的地に到着したのか馬車の揺れが止まり、扉が開かれダクネスに迎えられアイリに掴まれたまま降車する。

場所は王都の手前で関所の様に結界が張られ周囲の兵士達を隠している様だった。

 

「数が増えたのか?」

「ああ、念のため少し少なく申告していたのだが今回はそれが裏目に出た様だ」

「まあ今回の作戦なら戦士が多くても問題ないからな」

 

どうやら作戦を立てる際に俺に伝えていた兵士の数は本当に最低揃う数だったようで、今回は集まれるだけ集まってしまったようだ。

 

「終わった後の褒賞とか大変だな…」

 

これだけの人員を動かすとなると、それなりに人件費が発生してしまうのではないかと無駄な心配をしてしまう。いくら名家といえどもその私財には限りがあるだろう。

 

「その辺りは気にするな、今回の戦いはそれぞれの貴族の身分を賭けた戦いだ。兵士の報酬はそれぞれの私兵としての給料として家が払ってくれるだろう」

「成る程な、それで奴らには既得権益の維持を与えるのか?」

「そうだな功績を残せば王兄に着いていた貴族の身分が空くから陞爵も出来ると言う訳だ」

「へー中々考えてるんだな」

「当たり前だ、何の餌も無しに貴族が動く訳ないだろう」

「確かにな」

 

ついでに俺も何か褒賞でも貰おうかと思ったが、流石に冗談を言える空気では無かったので喉元で留めておく。

 

「お兄様は位が欲しいのですか?」

「ん?ああ、そうだな貰えるんだったら欲しいかな」

 

やっと口を開いたかと思ったら何やら不穏な事を言い出した。

 

「アイリス様、そろそろ作戦開始時刻になりますのでその男から離れて私の元へ」

「…」

「アイリ?」

「…いえ、何でもありません。お兄様無事に作戦を終えてくださいね」

 

余裕を持って出発したつもりだったが以外にも時間が掛かってしまい作戦開始時間がギリギリに迫っているので、ダクネスは急いで皆を作戦の通りに配置されているかの確認をしてアイリを連れて行こうとしたが彼女は俺の腕から離れようとしなかったので不審に思い問い掛けたが彼女は何かを決心した様に背筋を伸ばし俺に声を掛けるダクネスの元へと離れていった。

 

「カズマ、任せたぞ」

「おう、任せておけ。関所のようにスムーズに終わらせてやるぜ」

 

ダクネスにそう言い残し兵士の集団から離れ一人王都へと向かう。

これから決戦前の号令等々やアイリの演説があるので残りたかったが、そんな事をしていると作戦に支障が出てしまうので諦めざるを得ない。

アイリの態度が気にかかるが、彼女と向き合うのは全てが終わってからでも遅くはないと自分に言い聞かせながら不安を払拭させる。

 

ポケットに入れていた図面と実際の景色を見比べながら現実と脳内イメージの差を埋めていく。

旅行などを例にすればわかりやすいだろうか?旅行前にそれをまとめた雑誌に掲載されている地図を必死に暗記したが、当日はその知識が役に立たず道路を一本間違えたり目印にしていた建物が変わったりして迷ったりなど色々苦労したものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここか…」

 

王都の外壁の裏側から少し離れた今は誰も住んでいない遺跡のような廃村に辿り着く。他にも経路があるのだが、城以前に王都の街自体の門もしまっているのでかなり迂回する流れになったのだ。

既に色々なトレジャーハンターに荒らすだけ荒らされて何もないかの様に見えるが、ダクネスが言うには設計図に描かれた隠し通路と繋がっているとの事だ。

しかし一体何処から繋がっているかは流石のダクネスにも分からないようだったので現地で直接探して欲しいと伝えられたが、一体何処から入れば良いのやら…

 

漫画では何かしらのヒントがあるのだが俺が居るのは異世界だとしても現実なのでそう都合よく答えがわかるなんてことは無い。

 

ならば逆に俺だったらどうするかと考える。

心理戦においてよく使う手であくまで選択肢の一つにしておかなければ裏をかかれてしまうが、上手くいけば仕組みの一部を見抜く手段になり得るのだ。

 

廃村の中心に立ち感知スキルを広げる。

俺がこの村に隠し通路を作るとしたらどうするか?

 

一つは村長の家の地下だろう、そこであればセキュリティもしっかりしているし人が簡単に出入りしたりもしないだろう。

しかし、それ故に何かあった際に最も探されてしまう場所でもある。ダクネス曰く侵入経路不明の侵入者は今までいた事は無かったそうだ。

捉えた侵入者に対してどう口を割らせたかは聞かなかったが、彼女の表情からするにただ聞いたわけではなさそうだった。

 

取り敢えず村長の家のような大きな建物を捜索するが、隠し通路のようなものは出てこなかった。

ついでに何か良さそうな物もないか確認したがそういった物も出てくることも無かった。

 

であれば後は村の中心か外れの方に何か分からない様な細工を施す可能性を信じることにして、村中心に設置されている噴水の方へ足を運ぶ。

一見なんて事ない噴水の様だが、本当になんて事なかったらそれはそれで嫌なので何か仕掛けがないかとクマなく探す。

 

「これか?」

 

何やら日本語と英語の混ぜられた文章が模様の中に細かく隠されている事に気づく。

よく見ないと気づかない様に細工されており、何の仕掛けか色々な感知スキル全てに反応しないという難易度が高くワードのセンスからして俺以外に見つられないし解けないのではないだろうかという程の難解さだった。

 

そういえば俺達転生者の時間軸は同じ時間帯なのだろうか?

今の所遭遇したのはミツルギだけだが、結局のところ俺と同じ時代を生きていたのかどうかを聞いていない。もしかしたら過去の人物かもしれないし俺のいた時代よりも未来の人間かもしれない可能性がある。

もし俺達の時間軸がバラバラであったのなら多分俺と同じ時代の人間が王都設立に関わったのだろう、言葉のセンスや文法の使い方などはその時代に左右されるので俺が理解できるのも頷ける。

 

つまり魔王討伐のために日本から人員が送られてくるのはこの世界の運営にシステムとして組み込まれていると言う話になる。

この噴水に仕掛けをするなんて発想はRPGゲームによく使われる手法なので日本での80年代から先の人間の説が高い。もしかしたらこれから先もゲームを参考にすればいけるかもしれない。

 

 

噴水のデザインに紛れ込んでいる言葉をまとめ、隠されている仕組みを作動させる。

経年劣化や砂が間に挟まっていたりして苦戦したが、風の魔法などで上手く立ち回ることができた。やはりレトロな仕掛けの方が最新技術よりも持ちがいいとはよく言ったものだ。

 

作動した事により地震の様な地響きが起き、その後噴水の器の底に階段の様な入り口が現れる。

 

「中々趣味に凝ってるな…」

 

当時は財政も潤っていたのか中の洞窟の壁面には様々な絵が描かれていた。

日本であれば新しい歴史的財産だといってニュースになるが、この世界において古い物は貴族にとってのコレクションやステータスにしかならないのでこれはただの壁画でしかないのだ。

 

しかし、当時の歴史というものにも若干興味がなくはない。

ダクネスには発見を含めて時間がかかると伝えているのでまだ時間には余裕ある、これから国の展望を左右する戦いがあるという緊張感がなくはないのだが折角なので見ていく事にする。

…まあ気になって作戦に身が入らない可能性もなくは無いのだ。

 

「へーどれどれ…」

 

壁画を眺めると右側には前に見たエリス神が大勢の人間から羨望の眼差しを受けている絵や、女の子供を従えながら作業員に指示を出しているものや当時の国王らしき人物と対談している絵が描かれてる。

反対に左側には王家の一族の歴史だろうか、アイリっぽい女性の絵などが描かれこの国の成り立ちのような歴史が描かれている。簡単にいえば国王がどう成り上がっているかというものだった。

 

面白いのはそのどれにも一人の日本人らしき人物の絵が描かれている所だ。

デストロイヤーといい昔の日本人はこの世界の歴史を変えてきたのだなと思い、やはり国などの仕組みや文化などが漫画で見た様なものを含め人間臭さを放っていたのがようやく納得できた。

やはり土台を作ったのは俺達の世界の住民だというわけか…

 

出来ればあって話をしてみたいがそんな事は時間を超える何かが無ければ不可能だろう。

 

 

 

 

壁画を眺めながら進んでいるとようやく目的の場所に着いたのか行き止まりにあたる。

どうやって侵入するのかと思ったが、壁が陥凹して梯子の様になっていたのでそこに手足を掛けて登っていき、徐々に幅が狭くなりながらやがて天井につくと頭上に取手の様な物がついていたのでそれを押し込み上蓋を開ける。

 

意外にスムーズに開くんだなと思いながら這い上がると設計図通りに地下の部屋に辿り着く。

この城を設計した人間はあらゆる危険を想定したのかそれとも元々こうなる事を予測していたのか、この部屋自体も隠し部屋となっており大人数を匿える広さや、城の正面の門などの開城を遠隔に行える仕様になっているらしい。

 

この部屋に設置されている設備で門を時間通りに開き、それを合図に兵が城に流れ込んでいくという算段になっている。

時間を測るのが腰からぶら下げた砂時計と言うのが忍びないが、機械が絡繰しかないこの世界においては最も信頼できる物だろう。

 

砂時計を見るとやはり壁画を見るのに時間を取っていたのか上の砂の量が大分少なくなっていた。

ここまでやっといて自分が時間通りに行きませんでしただなんてアイリに顔が立たなくなってしまうところだった。

 

「ーーっ⁉︎」

 

危ない危ないと思いながら蓋を閉じ視線を前に向けるとそこには

 

「やあ、久しぶりだね」

 

アイリ達の言っていた深いフードを被ったローブ姿の人間が立っていた。

 

「お前は…誰だ?何故あんな奴についてこの国をひっくり返そうとするんだ?」

 

高級感というか異質なオーラを放つローブに腰には装飾の施された剣が携えられている。

感知スキルに鑑定スキルを混ぜると二つとも高い魔力が感じられ、それらの他にも全身には様々な神具を感じさせる気配が見受けられた。

 

こいつが一人で全てをひっくり返した敵の主力という事になる。

出会うには正直早過ぎるが、これでアイリ達が奴と合流して全滅する可能性が無くなったと思えれば好機なのだろう。

 

問題は門を開く前にそいつに出会ってしまったという事だ。

奴の実力はアイリから言えば自身よりも倍は強いとの事で、記憶を取り戻したアイリと手合わせした感じからして俺が正攻法で勝てる確率はほぼ無いだろう。

そうなれば必然的に搦手などを使う事になるのだが、その手を使えば例え勝てたとしても時間が間に合わなくなってしまう。

 

門を開いたのちこいつと遭遇して時間を稼ぐのがベストだったのだが、やはり現実は上手くいかずに厄介な事になってしまう。

 

「誰だって?何を今更…ってそうかこれじゃあ分からなかったね。認識阻害のローブを付けながら分かれと言うのも無理な話だったね」

 

そう言いながら奴はローブを降ろし素顔を明らかにした。

 

「改めて言うよ、久しぶりだねサトウカズマ。紅魔の里で蛇みたいな女を殺して以来だね」

「お前はバルターか…」

 

やはりローブの正体は貴族だった様だ。

紅魔の里の一件で休みを貰っていると言っていたので貴族らしくバカンスにでもいっているのかと思ったが、まさか国家転覆に加担しているだなんて流石の俺でも確信を持てる余地はなかっただろう。

 

「驚いたかい?」

「いや、驚いたと言うより納得したって感じだな。むしろ厄介な奴が一人に纏ってくれて助かった感じだな」

「そうかい、それはよかったね。それで何か僕に聞きたいこととか無いかい?」

 

余程自分に自信があるのかバルターはいつも浮かべている笑みを少しも崩さずこんな状況にも関わらず爽やかのままの好青年キャラを維持している。

 

「そんなものは無ぇよ、悪いけど時間が押しているんでな。お前をここで倒して門を開かせて貰うぞ‼︎」

 

腰に携えた剣を抜いていない事をいい事に無拍子でナイフを投擲したのち剣を抜き奴との距離を詰める。

 

「ーーー何⁉︎」

 

これで奴を仕留め切ることは出来ないとしてもダメージを与えられる事は出来ると確信できる状況であったのに、奴は俺の投げたナイフを全て掴みあまつさえそのナイフで俺の切り掛かりを片手間の如く受け止めたのだ。

 

「ああ、そうだったそうだった。折角君に会えたのだから話をしたくてつい君の事情を忘れていたよ」

「何…ごはっ⁉︎」

 

感知スキルを振り切る速度で膝蹴りが放たれ俺の鳩尾を蹴り抜き俺の肺から全ての空気が抜け、その隙を突くかのように回し蹴りが続いて放たれ部屋の隅まで飛ばされる。

 

圧倒的実力…これ程の手練れとは今まで出会った事がない。

身体的ステータスにおいては魔王軍団幹部に劣るが、動きや技のキレにおいては今まで会った幹部の実力を有に上回っている。

 

「くっ…」

 

どうする?

奴には勝てないと思ってはいたが、時間は稼げる事もできないほど実力が開いているなんて思ってもいなかった。

支援魔法を最低限しか使っていないという言い訳はあるが、ここで全力を出せばレバーを作動させるため注意を奴と戦いつつ行い、尚且つ老朽化したレバーを壊さないように加減もしなくてはいけないという三重苦にみまわれる。

 

「そう睨むなよ。ほら、これで君の目標も完了しただろ?」

「え?」

 

そう言いながら奴は苦しみながら地面に横たわっている俺に目もくれず、壁に仕掛けられた装置をなんの躊躇いもなく発動させる。

レバーが引かれた事による絡繰独特の動作音とともに上の階にあるであろう城門等々が開かれる音が俺のいる部屋に鳴り響く。

 

感知スキルの幅を全開に開くと大分精度は落ちるが、俺が作戦を成功させたと判断してダクネス達が兵を出動させた様で沢山の気配群が迫っているのを感じる。

奴の言う通り、これにより開門とフードの足止めの二つの目標が完了された。

 

「これから君は僕とお話をして足止めをしなくてはいけない筈だろ?ほらこれで君と言葉を交わす事ができるな」

「狂っているのか?それとも俺たちの仲間なのか?」

 

俺の手助けをした為か、本来ならあり得ない質問を相手にしてしまう。

 

「違うね、ただ僕の目的が君達が考えている物とは違うと言うわけさ」

「へぇ、お前にとっては王兄もこの国家転覆も全ては手段でしかないと言う訳か」

 

ほう、とまるで確信を突かれた様な驚いた表情をしながらどこかで分かってはいた感じの表情を浮かべた。

相手が大切にしてきた様に見えるものを自身で簡単に捨てたり踏み躙ったりする場合は大抵それはどうでもいいもので、本当の狙いや物は他にある事が多い。それが予想外のタイミングで発現すると人間は狂っていると断定してしまうが、これはただの認識の相違なのだ。

 

「流石だね。わざわざここまでした甲斐があったってわけだ」

「ふざけんじゃねぞ‼︎人の命は…」

「オモチャじゃないって感じかな?」

「なっ⁉︎」

 

まるで俺がそう言う事が分かっていたかの様に言葉を被せてきた。

 

「僕はね、君とそんな話をする為にここにきた訳じゃないんだよ」

「じゃあ何だって言うんだよ、お友達にでもなりたいってか⁉︎」

「そうとも」

「はあ?頭でもイカれているのか?」

 

堂々と友達宣言を始める奴に対して再び頭が混乱する。

上層ではすでに開戦がしたのか、魔法が放たれることや剣がぶつかり合う音や罵声がこちらまで響いてくる。

 

「なんて言ったらいいのだろうね?話を戻すけど今日は軽い挨拶の続きのような感じかな」

「挨拶の為にこの国を滅茶苦茶にしたのか?国王まで殺して」

「ああ、それは違うよ。今回の騒動はあくまでついでだね、まあ今となってはどっちがついでになったのかは分からないけど」

「そうかよ、けどいいのか?この戦いで王兄が負ければアレクセイ家の地位はガタ落ちだぞ?」

「それに関してはどうでもいいかな?今回は僕のプライベートでね、アレクセイ家は全く関わりが無いんだ、多分君が敵視している王も僕がアレクセイ家の人間である事を知らないと思うよ」

 

つまり勝って国家を掌握しても奴の家格が上がることが無い代わりに負けて没落する危険もないと言う事か。

奴は本当にこの戦いをただ楽しんでいるだけになる。

 

「それに例え僕が僕だってバレても気にしはしないかな。君には分からないけど貴族の生活は結構つまらないんだ、寝ても覚めてもみんな金と自身の地位の話しかしないし貴族は失敗したなって感じかな?」

「何だそれは裕福な生活よりも刺激が欲しいのかよ」

 

やはりアイリの様に貴族故の地位に縛られ、自身のやりたい事が周囲の目によって制限されている息苦しさに耐えられなくなったと言う事なのか。

 

「それだね、貴族になれば色々悪い事が出来ると思ったけど、結局どれも地味でね…貴族としてやる準備は全て完了したし最後に面白い事をしようと思ってね」

「娯楽という事かよ、だとしたら俺はお前の脚本のショーを見せられているという訳か」

 

つまり奴は次の段階に進んだ記念として国をひっくり返したと言う事になる。

アレクセイ家である以上財産はあるので準備となるとかなりのものを用意していると考えた方がいい、それに奴は魔術師殺しをほぼ無傷の状態で回収している。

 

「まあ城の警備が全て無くなった状態でやりたい事もあったから完全に娯楽というわけはないんだけどね」

 

そう言えば色々したなと思い当たる事があったのか言葉を訂正する。

 

「それでお前の最終目的なんなんだよ?」

 

抜いた剣の柄を握る力を強めいつでも切り掛かれる様に準備する。

 

「それを言ったら面白くないだろ?自分で考えるといい」

「それじゃ何故俺を殺さない、俺を生かして話をする意味を教えろ‼︎」

 

最初は日本の情報か魔王軍幹部についてかクリスに関連する情報を聞き出そうとしているのかと思ったが、遠回しにもそれらに触れるような質問が飛んでくる事はなく単純に自分の悪事を聞いてほしい悪ガキと話している気分なのだ。

 

「そうだね、これは君には理解出来ないかと思うけど…そうだね全部話すと長くなるから掻い摘んで話すと僕はね全てが上手くいくと飽きてしまうんだ」

「飽き…何だって?」

「例えるなら子供と戦っても簡単に倒せるから張り合いがないだろ?それと一緒さ全てが上手くいき過ぎると飽きてしまったりいつでも出来ると思って計画を後回しにしてしまってね…今回の計画も本来の予定よりも随分と遅れていたんだよ」

 

はははと自身の部屋の散らかっている様を見られて開き直るかのように奴は少し恥ずかしそうに笑った。

 

「その邪魔役に選ばれたという訳か、光栄だよ」

「そうさ、だが君はまだ弱い。この程度では私の邪魔をするどころか道端の石ころにもなれはしない」

 

計画が上手くいき過ぎるからその対抗馬のような存在が欲しいという事だが、本当にそうなのだろうか?逆にそうでなかった場合奴が俺を生かす理由は一体何なのだろうか?

ここまで用意周到な奴が、そんなくだらない理由で俺を利用するのか?本当に抑止力が欲しいのであればこんな回りくどい事はせずに最初から国王に喧嘩を売ればいいだけの話だ。

 

疑問が疑問を呼ぶが、今はそんな事を考えている場合ではない。

 

例えこいつをここに留めておいたから全てが滞りなくいくとは限らない。

いくら一度追い詰めているとはいえ王兄もただの馬鹿ではないはず、再び自身を狙う連中らが来ると予想して迎撃する準備をしているはずだ。

ダクネス達にはフード男…バルターの対策を行わせていたが、それ故に他の対策が万全ではなくなっている。それ故に俺が色々対応出来る様に先行する事になっていたのだ。

 

剣を構え支援魔法を身体が自壊するギリギリまで上昇させる。

奴の真の目的は分からないが現時点の奴の目標が俺を生かした状態での足止めだった場合を想定すると、今の状況は俺達にとっては危険になる。

 

「だから君は………成る程、やはり君は面白いなサトウカズマ」

 

剣を向け闘志を滾らせる俺を見て奴は今までの爽やかな笑みを変え、本当に心から笑っているような何とも言えない笑みを浮かべながら腰に携えた刀を引き抜く。

 

「魔王軍幹部と渡りあった君の実力を見せてもらおう…あまり僕を失望させないでくれよ」

 

全身強化し、少し強化酔いが残る最中俺は再び奴に斬りかかった。

 

 

 

 



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六花の少女18

誤字脱字の訂正ありがとうございます。


剣を構えバルターに斬りかかる。

 

「どうした、君の実力はその程度かい?」

「うるせぇ‼︎黙って切られやがれ」

 

剣を構え直しては何度も奴に斬りかかるが、奴はそれを受け止めるまでもなく体を逸らすことで回避する。

その様子はまるで子供の悪戯に対応する大人の様で。

 

「クソ‼︎」

 

完全にペースを握られている事を自覚しつつ、それを崩せない自分自身に焦燥感に似た苛つきを感じる。

奴は体を逸らしているだけで攻撃をしないどころか装備しているであろう神具の類を一切使用していない。

 

「そろそろいいタイミングかな?」

「何?」

 

俺の攻撃を躱している事はや数十分、終わりの見えない追いかけっこの様な戦いは突如城中に響き渡った轟音により中断された。

近くに奴がいるにも関わらず、感知スキルにより城の状況を確認するとアイリ達の気配が城の玉座だろうか俺が現在いる所よりも高い座標の一つに集まっていることが確認できる。

どうやら作戦は無事成功し、無事に王兄の元に辿り着いたようだ。

 

「君達が目標にしている王兄がいるだろ?今回は趣向を凝らしてみてね」

 

地響きが徐々に強くなりながらアイリ達が囲んでいたであろう気配が肥大化を始めているのが感じ取れる。

その大きさは正確には測れないが魔王軍幹部に匹敵するほどのものだった。

 

「お前一体何しやがった、まさか魔王軍の幹部と結託したのか?」

 

王座を手に入れるために敵と手を組んで内部に紛れ込ませるなんてことはよくある事だろう。雇用を促進し味方を増やしていたつもりがいつの間にかスパイを増やしていた展開は映画で王道と言われるが、まさか現実で起こるなんて事は夢にまで思わなかった。

 

であるなら王兄は既に死んでおり、魔王軍幹部の変装に特化したした奴が今まで代わりを務め今回の一件を起こしたという形だろうか?

それならこの大きな気配も納得できる。

 

「それは違うな。君も薄々分かってはいるのだろう?魔王軍と結託するのであるなら紅魔の里で幹部と対峙した時に討伐ではなく撃退を選んでいた筈だと」

 

確かに。

我ながら予想外な事態に動揺していたのかもしれない事に気づき反省する。

奴の言う通り魔王軍と関与があるのであれば魔物なり魔族の気配が散在している筈だが、この城に内包されているであろう気配は殆どが人間のものばかりだ。

流石に奴を信用すると言っても人間の本拠地である王都に部下を連れずに潜伏するなんて事は普通しないだろう。

 

「ならあの気配は一体何なんだ?あれは人間が放つ気配にしては異質すぎるだろ?」

「へぇ、そこまで分かるのか君は…そうだね確かに今の彼は人間と呼ぶには些か形が異なりすぎているかな」

 

まるで自分がした悪戯を恥ずかしそうに親に説明する子供の様に無邪気に笑いながらそういった。

 

「そのお得意の神具とやらでやったのか?」

 

剣を再び奴に向け問いかける。

 

「ああ、そうとも。最も本来の性能でああなったのでは無いみたいだけどね」

 

奴は奴になりに神具を使いこなしている様だった。

本来神具は日本人の転生者がこの世界に入る特典として持ち込まれる事が多く、そのどれも持ち主以外の人間が使用すれば性能が制限されると聞く。

俺みたいな能力なら離れる事は無いだろうし、ミツルギが持つような武器であるならただの切れ味のいい武器になるだけなので大した影響はないが、それ以外の特異的な能力を備えた神具であるなら性能が落ちたとしても場合によっては異質的効力を発揮する事がある。

そして稀に制限された効力の方が能力を悪化させている場合もあると言っていた事も思い出す。

 

それを防ぐためにクリスは日々持ち主が居なくなった神具を探してはせっせと泉の中に沈めては封印しているのだ。

 

 

「神具を最近集めている奴が居ると聞いていたけどそれはお前だった様だったな」

「成る程、僕に辿り着く事は無くても尻尾は掴まれていた様だ、最近僕の周囲を嗅ぎ回っている気配があったからそんな気がしていたが…そうとも貴族の間でコレクションされている神具を集めていたのはこの僕さ」

「気色の悪い趣味だな」

「そうでもないさ」

 

前にクリスとベルディアの城の跡地で神具を発掘していた時にポツリと言っていた事を思い出す。

クリスは悪用を防ぐために集め封印し、ベルディアは使い道が無いから集めて保管し、バルターは悪用するために集め乱用すると言う事だろう。

 

「君が僕達を調べていた様に僕も君達を調べさせてもらったよ」

「何?わざわざ御苦労なこった、それで何かわかったのか?」

 

どうやらというか憶測の域を出ないが、バルターを嗅ぎ回っていたのはクリスの事だろう。その情報を持っていることから仲間として扱われているが彼女を師として仰いでいる以上仕方ないだろう。

それに調べたと言っても日本の知識を手に入れたところで何の役に立つのだろうか?アレクセイ家は領主であって商家では無いので俺の真似事も出来ない。

 

「簡単な事さ、君たちニホン人という珍しい特徴を持つ人間がこうした神具なり何かしらのイレギュラーを持ち込んでいるとね」

「へぇ、調べているんだな」

 

確かに俺たち日本人が何かしらの特殊な何かを持っているのは見れば分かるが、めぐみん達を筆頭とした現地人から見ればあくまで物珍しい位のものだったので特に警戒はしなかった。今回改めて敵対している人間に言語化されることで自身が日本人丸出しでいる事の危険性を認識する。

 

俺達日本人はその特異性によりこの世界で優位に立ち回れるというアドバンテージを得られるので警戒する必要がないと思っていたが、日本人と言えども本質は同じ人間でミツルギの様に剣を奪われたりするなどでその特異性を奪われれば、そいつはただの人間に成り下がってしまうのだ。

 

神具が制限下で使用できる事を知り、尚且日本人がその特異性を持っている事に気づきそれを奪おうとする組織が居るというのは俺たち日本人からすれば天敵以外の何者でもない。

 

しかもその実力は俺を赤子の様に扱える程に高く、頭もキレる。

ミツルギが狙われればひとたまりも無いだろう。まあ、あいつの剣は大剣に分類され制限を受ければそこら辺の剣に成り下がるので狙われはしないと思うが…

 

「そうさ、この剣も君と同じ日本人から譲り受けたものなんだよ」

「へぇ、そいつは随分と気前がいいな」

 

譲り受けたと言ってもどうせ殺したか命を奪わない代わりにとかろくなものではないだろうと思うが…

 

「残念だったな、俺はそういう道具を一切持っていないんでな」

 

両手を挙げやれやれといったポーズを取る。

俺の特異的能力は魔法の類なのでこの世界において質量がない為奪い取ることができない。

 

「そうでもないさ、例え道具がなかったとしても君には能力がある筈だろ?まだ技術が確立している訳では無いけど直にそれも克服する」

「だからそれまで俺を殺さないってか?」

「それも理由のひとつである事は否定しないよ」

 

成る程な、どういう技術なのかは分からないがそのうち魔法系の能力も奪い取れる様になるのだろう、その場合俺の能力はどの様な形で制限がかかるのか気になるが、その奪う手段がまともなもので無いことは火を見るよりも明らかなので遠慮したいところだ。

 

「それで話を戻すけど、折角だから情報交換しないかい?」

 

上の階で何が起きているか分からない状態で奴は笑いながらそう言った。

奴の目的が時間稼ぎであるのならこの行動に問題が無いと思うのだが、圧倒的に向こうに有利がある状況で俺に得のある条件を差し出してくるのだろうか?

それとも今回俺に顔をわざわざ見せたのは言葉通りに俺の情報が欲しいからなのだろうか?

 

「へぇ一体何の情報が欲しいんだよ?」

「そうだね…」

 

自分から言い出したクセに自分に振られるとまるで予想外だったようで俺の攻撃を避けながらも考え始める。

 

「…そうだ、君達は何故この世界に来たんだい?」

 

どうやら完全に俺たちの事情を知られているらしい。

日本の世界の話を細かく伝えられないように言語に制限をかけられているのかと思ったが、そんな事はなかった様できっと拷問か何かをして聞き出したのだろう。

なら知っている筈であろう内容を伺ってくるこの質問は俺が正しい情報を吐き出すかの確認だろう。

 

「そんなの決まっているだろ、魔王を倒す為だよ‼︎」

「へぇ、それは君自身の願望かい?それとも女神に頼まれたからかい?」

「それは…」

「そう君達は女神に頼まれその力を押し付けられてこの世界に来ている」

「そうだな、それがどうしたんだよ?どちらにしろ結果は変わらないだろ、何せ冒険者の大体の目的は魔王討伐なんだからよ」

「それだよ。君たち冒険者は何故魔王討伐を目的にしているか、君には分かるかい?」

「知らないな‼︎仮に知っていても俺の目的は変わら…ごはっ⁉︎」

 

今まで躱す事に徹していた奴が俺の剣技を弾き拳を突き出し遂に反撃を繰り出してきた。

 

「君は頭は回るのに勘は鈍いんだな。確かに魔王は魔物を操っているがそれだけでしか無い」

「それが問題なんだろ?」

「確かに魔王の領地との境界では紛争により死者が出ていると聞く、だがそれは反対側の国との国境でも同じ事が起きている事もまた事実。君達は知る由は無かっただろうがエルロードの様な同盟国ばかりでは無く敵対国も存在する…まあ今は魔王軍という大きな敵がいるから紛争は最小限になってはいるけどね」

「それがなんだって言うんだよ」

 

確かにこの国に名前がある以上他の国が存在することは分かっており、外交上イザコザがあるのはどうしようも無いと思っている。

 

「おかしいとは思わないかい?脅威という物は魔王以外にも沢山あるというのに、それに目を瞑って君達は魔王討伐のみに主をおいている」

「それは…」

「貴族の連中は仕方がない、奴らは自身の立場を守る事に必死で外に目を向ける事がないのだからね。だが君達は違う、自由に世界を見て見聞を得られるというのに皆魔王だのモンスターなど口を開けば同じ様な事ばかりだ」

「結局何が言いたいんだ?相手は魔王軍ではなくて他の国って言いたいのか?」

「惜しいね、だが答えを君に伝えるわけにはいかない、まあでもそうだね…一つ言えるのは裏でこの世界の流れを操っている者がいるって事だね」

「何?」

「君も今回の一件が終わったらこの世界の歴史を調べてみるといい。まるで誰かが作った脚本を読んでいる気分だったよ」

 

奴が俺を洗脳するかの様に説明をし始める。

前にも説明したかもしれないが、人間を操る時はそれを悟られず相手を解った気にさせる事が重要と聞いている。奴はあたかも先程の話が世界の真理だと俺に説明し、その情報を得た事によりこの内容こそが真実で今まで騙されていたんだと俺に錯覚させ思考を支配する気なのだろう。

 

「…それでその話が今の俺と何の関係があるって言うんだよ」

 

相手のペースに乗せられたら全てが台無しになる。奴の話はあくまで参考程度にして考えるのは後回しにする。

 

「強情だな、まあ君の事だ上の様子が気になって考えを後回しにしたんだろう。それはそれで悲しいが仕方ない」

「それじゃあ俺の質問に答えてもらおうか?」

「何を聞くんだい?答えられる内容は限定させてもらうけどなるべく答えを言うように努めるよ」

 

先程の質問というか誘導尋問のような話を解答した事にし、その対価として俺に質問権がある様にして話を進める。

 

「上の階で今何が起こっているんだ?」

 

よく分からない心理戦になっている状況下で上層の肥大化した気配は安定化し始めている。これ以上これを放置するわけにはいかないので情報を聞き出し方法は未定だが上の二人に伝えられれば僥倖だろう。

 

「そうきたか…そろそろ安定してきた頃だしいいだろう。君の求める通り説明しようか」

 

奴なりに構えていたであろう刀を降ろすと軽いジェスチャーを交えて上で何をしているかを説明し始める。

 

「人には魂がある事は君は既に知っているだろう?」

「ああ、そうだな」

 

ハッキリとそう決まった訳ではないが、日本からこの世界に来る際に魂の転移などと水の女神が言っていた事を思い出す。

 

「僕が彼に渡した神具はそれを入れる器を一時的に破壊してしまう物さ」

「魂の容器を破壊するという事か?」

「御名答、他の人間なら肉体を表現するけど、君はそこをぼかす辺り薄々僕の言いたい事が分かるんじゃないかな?」

 

全くもって奴が何をいっているのかは分からないが、それでも何が言いたいのかは何となく分からなくもない。

つまりよく分からないが感覚では分かるみたいな感じだ。

 

「君からしたら予想外かもしれないけど人の魂はね生モノなんだよ。こんな複雑な思念渦巻く城のど真ん中で魂を露出させればどうなるかは君も分かるだろ?」

「周囲の悪霊を取り込むのか?」

「間違えではないね、でも正解じゃない。答えは簡単、腐るんだよ」

「腐る、性根が腐っているお前と一緒じゃないか?」

「随分と酷い事を言うね…詳しく言うと周囲の負の思念を誘致しそれらに感応しながらその魂の人間性を腐敗させると言った方が正しいね」

「細かい説明はいいから簡単に結果を説明しろ‼︎それで何が起きるって言うんだ」

 

時間がない以上よく分からない説明よりも、今は結果どうなっているかが知りたい。

 

「そうだね…だったらその目で確かめてみるといい」

「何?」

「けれどこのまま無傷で行けば君が仲間から疑われてしまうし僕もサボったと思われるからね、その辺りは失礼するよ」

 

奴はそう言いいながら一瞬の内に刀を鞘にしまうと、その自慢の掌底で俺の鳩尾を撃ち抜き怯んだ隙に何発もの拳を俺の顔面や腕に叩き込んでくる。

 

「ごふっ…て…てめえ…何しやがる…」

「はははっ、あっという間にボロ雑巾の出来上がりさ、次会う時には少しはマシになっていてくれよ」

 

一瞬のうちに多数の攻撃を喰らいなす術なく蹂躙される。悔しいが今の俺では奴の足元にすら立てていないのが現実だ。

悔しいが世の中は弱肉強食で上には上がおり、今回たまたま奴が俺より上というだけで客観的に見ればなんの問題もないという事になる。

 

奴はそんな満身創痍になった俺の姿をみると満足そうに笑いながら一言残すと俺の出てきた床の蓋を再び開き地下へと潜って行った。

 

 

 

 

 

 

 

「クソが…」

 

ボロボロになった体は回復魔法で癒せるが、精神的苦痛は魔法では癒せないのがこの世界の常識である。

最初から最後まで殺さない様に優しく加減されていたという事実が俺の心に突き刺さり傷を作った。

職業が最低職の冒険者だが、それでも魔王軍幹部を屠りクリスの扱きに耐えながら成長し人間相手には遅れをとっても一方的に嬲られる事は無いと思っていた。

 

しかし現実は非常で…いや今はこんな事を考えている場合じゃない。

反省会は後にして今は出来る事を考える。バルターはもう追い掛けても追いつく事は出来ないだろうし追いついたところで捕まえる手段が存在しない。

ならば癪だが奴の言う通り上の肥大化した王兄の元に向かうのがベストだろう。

 

 

ダメージで重くなった体を引きずりながら隠し扉を開く。

扉の外は戦闘が既に終わった事を示しているのか、向こうの兵士の死体や先程まで集まっていた仲間の兵隊の死体が混在しながら廊下に点在していた。

 

解っていたが、いざ人間の死体がこうも目の前に乱雑に放置されている現状は心にくる。

なんだかんだ言って今まで死人を出さずにここまで来てきた事が奇跡の産物であったと今更ながらに実感し、これこそが本来の命を賭けた殺し合いである事を痛感する。

 

これは魔王軍幹部との存在を賭けた戦いではなく、人間同士が互いの立場を賭けた醜い争いだと思いながらも感知スキルで反応しなくなった物を時には踏みながら玉座の元へ向かう。

幸いにも怪我はしていないのでそこまで進むのに苦労する事は無いが、全身に無理な強化を施し、その反動や疲労はダメージとなり体に蓄積しているためどうも本調子ではなくなっている。

 

余計な戦闘を避けるために地下牢を通りショートカットする。

牢屋にいた兵士は既に事切れている死体が多かったが、その中で拷問でもされたのか酷く痛めつけられた状態だが生命反応のある女性が居る事に気づく。

 

「あんた大丈夫か⁉︎」

 

すぐさま牢屋を破壊し回復魔法を掛ける。

傷は塞がったが、傷をすぐに修復した事による疲労で直ぐには動けないだろう。

 

「すまない…感謝する」

「とりあえず死体の集まりに隠すから動けるようになるまで息を殺して隠れてくれ」

 

拷問をして亡くなった死体の集められている貝塚の側にある影に違和感がないように彼女を隠す。これなら動かない限り見つからないだろう。

 

 

 

その後反応があった味方の兵士に応急手当てをしながらも何とか玉座の扉へとたどり着く。

ここまで近づいてしまうと感知スキルでは大き過ぎて周囲ごと気配を飲み込んでいるので詳しくわから無いため門を叩き開き中を観察する。

 

「なっ…」

 

その光景は地獄だった。

玉座の間は臣下を侍らせ指令をなりを下す場所であるので装飾が豪華で広いと言っていたが、その全てが破壊されその場は地獄と化していた。

周囲には敵味方を含め廊下よりも夥しい数の死体が辺りに転がり、壁は血飛沫で赤黒くなっていた。

 

そして玉座の中央にはどす黒い人であった物が存在していた。

奴は肉体では無く魂の器を破壊したと言っていたが、それが結局何を意味するのは分からないが目の前の光景を文章にすると人間の上半身が光を反射しない黒い化け物と混じっている様な光景だった。

その黒い澱みは巨大で、ハンスのスライム形態よりは小さいがベルディアの大きさを超えており姿は巨大な王兄の顔だったり無数の思念の元となった顔だったり、蛇だったり巨腕だったりと安定せずにガスを発生させる底無し沼のように何かが湧き上がっている。

 

「お兄様‼︎無事だったのですね‼︎」

「カズマか‼︎すまないが助かる‼︎」

 

王兄の澱みから作られた巨隻腕から繰り出される薙ぎ払いを躱しながら、後に現れた俺の存在に気づいたのか俺の身を案じていた言葉が飛んでくる。

 

無理な支援魔法の反動でまだ動くと痛みが出てしまうが、それでも動けないと言う訳では無い。

剣を鞘から抜き構える。バルターには手も足も出なかったが、その汚名は王兄討伐する成果で洗い流すことにする。

 

王兄の澱みの組成は刻々変化し同じ形態である事が無いと考えていいだろう。ならばここで考えるのではなくその場での変化にどれだけ対応出来るかが肝となる。

二人の立ち回りをみると基本的に回避に念を置きダクネスが防げる攻撃が来ればそれを防ぎ、それにより出来た隙をアイリが突くというスタンスでいる。

 

その作戦は悪くないし基本そうなるのが必然だろうが、形の定まっていない敵をいくら斬っても意味が無い事はハンスと戦った時に嫌というほどに思い知っている。

それを踏まえて考えれば、この作業を繰り返してもジリ貧で二人の体力が尽きればそこで終了となってしまう。

 

こういった敵には基本的に魔法攻撃が有効で特にめぐみんの爆裂魔法やゆんゆんの氷雪魔法があれば円滑に進むのだが、今回二人の増援は無い。

本来なら俺がその役を申し出ればいいのだが、俺のステータスでは放たれる魔法は二人に比べればあまりにも劣る。

 

魔法中心のパーティーに長時間在籍して物理攻撃主体のパーティーに憧れを抱いていたが、いざその立場になると今度は前に居たパーティーを求めてしまっている。

結局無い物ねだりなのだ。

 

ならばこの黒炎ならば奴を焼き尽くせるのだろうか?

答えは可能だろう、だが王兄を焼き尽くした後火の手は確実に周囲を飲み込むだろう。それでも奴を倒すために必要であれば行うが、炎が広がっている間に怪我を負った兵士は逃げられずに巻き添えを喰らうのは火を見るより明らかだ。

 

「ダクネス‼︎少し時間を稼げるか?」

 

王兄の攻撃に割って入り黒槍の横払いを弾きながら彼女に問いかける。

 

「出来なくは無いが、そこまで長く持たないぞ‼︎」

「大丈夫だ頼む‼︎アイリ少し話がある‼︎」

「わ、わかりました‼︎」

 

王兄の何とも言えない叫び声の様な唸り声の様な慟哭が響く中、奴の攻撃のヘイトを全てダクネスに背負わせアイリを後方へと引き戻す。

 

「何でしょうかお兄様、早くして頂かないとララティーナが」

「大丈夫だ、それよりも前にダクネスが言っていた国宝の剣があるって言ってたよな、アレがあれば奴を何とか出来るか?」

 

ダクネスが初めて記憶を無くしたアイリにあった際に王族の血がなければ使えない国宝の武器があると言っていた事を思い出す。

武器は基本的に制限があればある程その条件を満たした時に強い力を発揮すると相場が決まっている。であればこの城のどこかに隠されているその国宝をアイリに渡せば何とかなるかもしれない。

 

「確かにあの剣には邪を払う力もありますが、その剣は叔父様が持っていましたが黒い何かが吹き出した時に一緒に飲み込まれてしまいました」

「つまり結局アイツを倒さなくちゃ駄目って事か…」

「そうですね…何処かに飛ばされていれば良かったのですが、黒い塊を切った際に剣の装飾が見えましたので間違いないかと」

 

仮説が振り出しに戻る。

しかし、だからといって現状他の考えが浮かばない以上それをベースにして考え方を変えなくてはいけない。

 

「ならやる事は一つだ」

「何でしょうか?」

「あの剣を王兄から取り戻すんだよ」

「え?」

 

ガッツポーズをしながらアイリに宣言すると、アイリには珍しく大丈夫かコイツと言いたげな表情をしながら俺の事を見つめた。

 

 

 

 

 

「駄目です‼︎そんな事をしたら仮に成功したとしてもお兄様が死んでしまいます‼︎」

「仕方ないだろ、これしか他に方法がないんだからよ‼︎」

 

嫌がるアイリを強引に説得し、作戦を始める事にする。

内容は至って簡単で…

 

「ダクネス待たせたな、防げそうな攻撃がきたら一度でいいから防いで時間を作ってくれ‼︎」

「分かった‼︎」

「アイリは隙が出来た瞬間に方法は問わないから奴の黒い奴をできる限り広い範囲で切ってくれ‼︎」

「分かりました‼︎」

 

簡単な指示を出しながら王兄との距離を詰める。

まるで宙に浮いた水球を沸騰させた様に蠢く王兄澱みから突起が現れ鋭利な刃物へと変化しそれを横に薙ぐ。

ダクネスはそれを剣では無く自身の鎧で受け止め峰の部分を掴み固定する。正直そこまでやるとは思わなかったがその分安定はするので結果としては良い判断なのだろう。

それにより動きを一瞬止めた王兄に対してアイリが光を纏った斬撃を放ち澱みの球体が裂け王兄の上半身が露出する。

 

「今だぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ‼︎」

 

そこを狙って脚力を強化した跳躍を駆使してその裂け目へと体を飛び込ませる。

露出した体のパーツは肩だったのでおそらくその下に宝剣が握られているだろう事が推測出来るので、そこに斬りかかるように体を捻り剣を振るった。

 

振り切った剣は見事に王兄の腕に当たる部分を切り裂き、それにより宝剣であろう装飾の施された剣が露出しそれを奇跡的に掴み取る。

宝剣を掴んだ事による達成感と、その後の事を考えていなかった自身の愚かさを噛み締めながら裂けていた澱みが埋まり俺の肉体は奴に喰われる流れとなった。

 

「しまっ…」

 

飲み込まれ今まで取り込まれた残骸と一緒も掻き混ぜられながら消化されるかと思ったが、澱みの中に埋まった感覚は意外にも澄んだ水の様だった。

しかしそれが神秘的な泉の様かと言われれば違うだろう、やはり奴が腐っていると表現したように、かつてこの城に関与したのであろう人間たちの負の思念が頭の中に流れ込んでくる。

魂が腐ると言うのであればこれは人間の膿といっても過言ではない。

 

殺せ・殺さないで・裏切ったな・馬鹿め・どうして…・これが人間のやる事かよ・アイツを殺したのはお前だな、等々様々な恨み・憎しみ・悲しみ・怨嗟・悲鳴・慟哭色々な負の感情が流れ込んでくる。

 

そしてこれは…

 

古い悲しみの思念が映像となったのだろう、目線は当然一人称なので誰の記憶なのかは分からないがサトウと呼ばれアイリを成長させたような女性と何かを話しているそんな記憶だった。

これは…多分勇者サトウの記憶だ。

 

壁画の内容と照らし合わせて考えれば彼もまた彼女を女王にするのに葛藤したのだろうか?

申し訳なさそうに視線をズラそうとしているが、性格的に出来ないのか結局中途半端に視線逸らす視界には嬉しそうに何かを言う女性が映る。

 

「はっ…これは⁉︎」

 

気付けば涙を流していた、いや正確には流していたと錯覚していた。

 

この記憶の探索を続ければ何か知れそうな気がするが、その前に俺の精神がおかしくなってしまいそうだ。

今尚、無限に沸き起こる怨嗟の声が俺の耳元で鳴り響く。これ程の地獄があるだろうか?

 

身動きは取れず、右手には魔法剣・左手には宝剣が握られている。

この宝剣が神具であれば制限付きではあるが使用出来ない事はない。ミツルギのように膂力を強化する能力でなければアイリの言う対魔の力を発揮するかもしれない。

 

左手に魔力を込める。

やはり宝剣は神具と同じ類だった様で俺の魔力に反応して真価を発揮し輝きを纏い始める。

本来であればその纏った輝きを斬撃に乗せ解き放つのだが、生憎身動きは取れないので対魔の輝きを貯めれるだけ貯め限界が近づいたタイミングで留めている感覚を一気に緩める。

それにより、行き場を失った輝きは解き放たれ周囲の澱みを全て吹き飛ばした。

 

「お兄様⁉︎」

 

やはり宝剣の威力は俺の予想よりも強力で、王兄に巣食っていた澱みを全て吹き飛ばしてしまい足場を失った俺はそのまま地面へと落下するだけだったが、そこはアイリが滑り込み寸での所で受け止めた。

 

「なんて無茶を⁉︎死んだらそどうするんですか‼︎」

「悪かったって…」

 

小さな女の子にお姫様抱っこをされたまま説教されると言うのも、中々にキツいなと思いながら彼女の言葉を甘んじて受ける。

 

「王兄はどうなった⁉︎」

 

大部分の魔力は消費してしまったが、それでも動けないほどではなかったので彼女の拘束を解きながら王兄の方へと振り向く。

 

「何故だ…何故私ばかりがこんな目に…」

 

対魔の輝きにより奇跡的な生還を果たしたのか王兄は疲労や怪我により体力を消耗し、動けずに這いつくばりながらこちらを睨んでいる。

 

「あの小僧め…こんな物を寄越しおって…」

 

怨嗟の声に当てられたのか王兄はブツブツと何かを言いながら宝石の様な石の埋め込まれたブローチを地面に叩きつけ破壊した。

 

「叔父様…」

「そんな目で私を見るな‼︎」

 

アイリはそんな王兄の元に駆け寄り何かの言葉を掛けようとしたが、王兄にも意地があるのか声がけ無用と彼女の言葉を拒否する。

 

「それでコイツはこの後どうなるんだ?また座敷牢にでも閉じ込めるのか?」

「ザシキロウ?お兄様が言っている事はよく分かりませんが…そうですねこう言った場合は…」

 

アイリが言葉に詰まり、その行為で全てを察した。

王兄の起こしたことは国家転覆罪で、それはどの国でも死罪として扱われる。

つまり王兄はこの後どう足掻いても殺されるしかないのだ。まあここまでしたのだから当然と言えば当然なのだが、アイリからすればこんなやつでも血の繋がった最後の親族なのだ。

 

「とりあえず今は拘束で…」

「いけません‼︎」

「誰だ‼︎」

 

流石に彼女の前で人を殺すのはよくないと思い、今は拘束するのがいいだろうと声をかけようとしたが俺の提案は突如現れた女性によって却下される。

 

「クレア‼︎生きていたのですね‼︎」

 

ここに来る前に助けた女性だったが、アイリが名前を言ったことで彼女の正体が判明する。

クレア、前にダクネスが名前を出したダスティネス家に並ぶシンフォニア家の当主。確かダクネスを逃す際に色々あったと聞いていたが、まさかあの女性がそうだとは流石に思わなかった。

 

「はい、アイリス様ご無事で何よりです。幽閉されている間アイリス様が心配で眠れない程でした」

「それで、コイツを拘束することになんで反対なんだ?」

 

「ふん、口を慎めよ小僧。貴様は誰に口を聞いていると思っている。本来ならその口を聞いた時点で首を斬っているが、貴様には貸があるからな今回は多めに見てやろう」

 

先程とは打って変わってぶっきらぼうな発言をする彼女に若干イラッときたが、ここでキレれば面倒なことになりかねない。

 

「王族に逆らったものは当主…つまり王がその手で執行するのが決まりとなっているのです」

「つまりアイリスにここでそいつを殺させるって事かよ」

「そうとも、ここでそのゴミを殺す事がアイリス様が時期国王である事の証明になるのです」

 

クレアはまるで宗教に心酔しているイカれた教徒の様にアイリを崇拝しながら、何の迷いも躊躇いもなくそういった。

 

「済まない、クレアは昔からそうなんだ…これもアイリス様を思っての事なんだ許してやってくれ」

「マジかよ…てっきり拷問受けておかしくなったかと思ったぞ」

 

王兄に磔にされていたとダクネスが言っていたのでその恨みがあるのかと心の何処かで思ってはいたが、だからといって親戚殺しを幼いアイリにさせるなんて、どうしてやろうかと思っている間にダクネスが小声で俺に耳打ちしてくる。

どうやらクレアは昔からアイリを心酔しているようで、昔から何かと時期国王をアイリにしようと、よく問題発言をしていたとのことだ。

 

つまりクレアは俗にいうアイリス過激派という事だろう。

思想を持った人間が集まると必ず発生すると言っているがNo.2・3に居るとは流石の俺も予想できなかった。

 

「さあアイリス様、その剣でそこのゴミを討ち取ってください‼︎」

「そんな…クレア私にその様なことは…」

「そうだ、今はとりあえず拘束でいいだろ?」

 

王兄を殺す事を彼女は拒み、それをクレアが拒む。

それにより場が膠着状態になり話が進まなくなってしまう。

 

「チッ…そうなれば致し方ありません、囲め‼︎」

 

クレアはそう言いながら手を挙げるとどこに隠していたのかシンフォニア家の兵士がゾロゾロと玉座の間の中に集まってくる。

肥大化した王兄の前には無力だったが、それでもその人員を使えば救えた命もあっただろう。

 

「クレア‼︎お前アイリス様になんて事を‼︎」

「黙れダスティネス卿‼︎」

 

ダクネスの言葉を被せる形で掻き消し自身の意見を通し、ダクネスは先程の戦いで力を使い果たしたこともあってか呆気なく拘束された。

 

「悪く思わないでくれ、これでも国法で決まっていることをただ執行するだけだ」

 

ドスっとダクネスの首に刀の峰を当て彼女を気絶させる。

そして兵士の一人が俺の首元に剣を当て動かないでくださいと忠告する。

 

「さあアイリス様…ご英断を」

 

ダクネスが気絶し、命を失っていない事を確認するとアイリの方に向き直り優しい笑顔を浮かべながらそう言った。

 

「わ…わわわ私は…」

 

アイリはクレアの促すまま剣を持ちながら王兄の前へと歩み寄り、剣を振り上げるがそのまま固まってしまう。

いくら王女だからといっても所詮はまだ子供で、人なんか殺したこともなく、ましては初めての人殺しが叔父を殺す事なんてそんな酷い事があってたまるのだろうか?

 

だんだん彼女の呼吸が荒くなり、剣を掴んでいる手が震え出す。

 

「さあアイリス様‼︎ご英断を‼︎」

 

まるで合コンで成立したカップルにキスを迫る感じの如く囃し立てるクレアに狂気を感じながら、アイリの顔を見ると彼女と出会った頃にバニルに言われた事を思い出す。

…いつかその手を汚す事になるだろうと。

 

あの時は何の事言っているのか分からなかったし、心の中ではゆんゆんたちを置いて話を勝手に進めた罰が下ると思っていたがそうでは無いらしい。

 

それは…その時はもしかしたらこの事なのだろうか…

 

「ふん…気にするな小娘、お前如きが私を殺したところで何もならないだろうよ」

 

王兄の方は意外にも冷静なのかそれとも自身の死が逃れられない事を悟ったのか、目を瞑りながらアイリを諭しながらその時を待っているようだ。

どのみちどう足掻いたところで王兄の命が助かる事は無いのだ。

 

「私は…私にはこの手で叔父を殺すだなんて出来ません…こんな酷い事をして沢山の人を殺してしまいましたが…それでも昔は…昔は…」

 

アイリはそのまま泣き崩れて動けなくなってしまう。

昔は色々と世話になったのだろう。

腐っても王兄はアイリの叔父なのだ…結果としてクーデターをしたとしても、幽閉される前に遊んで貰った掛け替えのない記憶が彼女にはあるのだろう。

 

「どけ‼︎」

 

兵士に向けられた剣を掴みドレインタッチで体力を一瞬のうちにギリギリまで吸い取り無力化し体力を回復する。

 

「貴様何をする‼︎」

「黙ってろ‼︎」

 

クレアを怒号で黙らせアイリの元へと向かう。

最早全てを諦めたまま地面に横たわる王兄を尻目にアイリに声をかける事はせず、持っていていた宝剣を振り上げる。

 

「お兄様…一体何を?」

 

そんな俺を不思議な表情で眺める彼女に俺はようやく声をかける。

 

「悪いなアイリ…俺はこれでもお前のお兄様だからな、妹が困っていたら助けるのは当然だろ?」

「そんな、お兄様‼︎」

 

俺は振り上げた剣を王兄の首元へと振り下ろす。

 

「アイリス様を頼んだぞ小僧…」

 

俺の剣が首に触れるその刹那王兄の唇がそう言っているのを確認し、それを問い正す前に宝剣は彼の首を叩き斬り、手には柔らかい肉を切る感覚と後に骨を断った硬い感覚だけが残った。

 

 

 

 

 

 




今回で六花の少女の前半が終わりです。


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銀狼の牙1

誤字脱字の訂正ありがとうございます。
話の都合上六花の少女の後半はこの話が終わった後になります…


「一度行った特別な行動は知らぬ間に繰り返し行われ、やがてその特別が失われ恒常的な手段へと墜落する。覚えておいてね」

「どういう事だよ?」

「そのままの意味だよ。物語を使って簡単に説明すると一度限界を超えた力を使った人はその力を乱用して気付けば上位互換の技を使っているって感じかな?」

「成る程な…一度手を染めたらタガが外れちまうって感じか?」

「そうそう、だから自分が引いた一線を越える時はよく考えてからにした方がいいからね」

 

クリスの訓練が佳境に入り、シスターによって欠損した肉体をいつでも回復出来る事をいい事に、全ての反則技が使用可能になるというとんでもないルールの元行われた手合わせの休憩中に彼女はそう語り出した。

笑いながら目玉をくり抜いてこようとするサイコパス・クリスを見て冷や汗が止まらなかったが、彼女はその行為に関して抵抗がなくなってしまっているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

一度行った行為は恒常化する。

それは今まで取捨選択してきていた選択肢に今まで存在しなかったものが紛れ込む事を指す。

今回の件を例に例えるのであれば、人を殺してしまったと言う行為だ。

 

「いいかい?君がもし嫌だなと思う人に出会って嫌な行為をされたとする。その時に君が行う行為といえば精々嫌がらせが関の山だ…まあ私からしたらそれはそれで嫌だったんだけどね…」

 

暗闇の宙に浮かぶクリスは苦虫を噛んだような渋い表情を浮かべながらそう語る。

 

「今まで君が考えると言えば、どうやって嫌がらせをしようかとしか考えていなかったよね。けれどこれからは違う、これからの君の頭の中にはどのように殺して証拠隠滅を計るかを意識をしなくても頭にチラついてくる筈だよ」

「結局クリスは何が言いたいんだ?」

 

まるで宇宙ステーションの無重力空間にいるような動きをしている彼女に問いを返す。

 

「…そうだね。君は既に超えてはいけないラインを超えてしまったって事だよ。その理由が例えどんなに仕方がなかったとしてもね」

「そうだな、確かに俺は王兄を殺しちまった。けどそれでなんで俺の意識が変わるんだ?もう殺さなきゃいいだけじゃ無いのか?」

「違うよ、君は私の話を聞いていなかったの?」

 

はぁと呆れる様な表情を浮かべながら彼女は胡座を描きながら横に回転している。

 

「そうだね…この例えをするのは私としてもどうかと思うけど…些か元の意味と違ってくるけど食わず嫌いってあるでしょ?あれと一緒だよ。今までやったことの無い作業や普通はやらない手段を使った作業があるとするでしょ、最初は従来通りの方法を使うけど、ある時普段とは違う特殊な方法を使わざるを得なかった場合にそれを経験すると頭にその方法がインプットされるわけだね、それでまた別の日に新しい作業をするとき従来の方法よりの前回知った特殊な方法の方が効率がいいと分かったら君はその手段を使ってしまうわけだよ」

 

「成る程な…つまり人を殺した方が効率がいいと分かったらそうしてしまうという、効率主義に落ちいる切符を手にしてしまったって事か?」

「そうだね、極論一度殺してしまったしもう一人殺しても変わらないって思う危険性があるって事」

 

集団的行動が必要とされる人間社会で人とは違う感性を会得した個体は、遅かれ早かれその個性により群れから孤立し淘汰されると聞く。

 

「分かってくれて嬉しいよ、まあこれも夢だから君は殆ど覚えていないんだけどね」

「何だよそれ」

 

ふざけていると思ったが、そもそも黒い空間で彼女が浮かんでいる時点で夢以外あり得ないと気づくべきなのだが…そもそも何かイレギュラーが存在してもそれを当たり前の様に受け入れて話が進むのが夢というものだが…いや夢の住民である彼女がこれは夢だと話す事はあるのだろうか?

 

まあ夢である以上は話の内容もクリスも全て俺が用意した台本と人形に過ぎず、彼女の口する言葉も全て俺が自分自身に言いたい事を代弁させているに過ぎない。

夢のリソースとして俺自身の記憶を利用している以上、仕方がないとしか言えないが俺自身人を殺めた事に動揺しているのだろう。だからこそ人を殺めた事を責めるよりもその先の警戒に意識を向けて罪の意識を誤魔化そうとしているのだろう。

 

都合の良い内容は欲求不満の解消・悪夢は良心の呵責や罪の意識、悩みの具現化・何でも無い内容の夢は退屈を指すと聞いた事はあるが、この夢は一体何にカテゴライズされるのだろうか?

 

「それじゃまた後で会おうか…助手くん」

 

考えているとイマジナリークリスは別れの挨拶をすると何処からか現れたのか謎の光に包まれていった。

どうせだったらゆんゆんがよかったなと、久しく会っていないパートナーに思いを馳せてみたが結局彼女が現れる事はなかった。

 

 

 

 

 

「……」

 

やはり夢だったのか気付けば見覚えのある部屋に寝かされていた様で、目の前には鉄格子が聳え立っていた。

 

王兄を殺めた後、俺はクレアが率いるシンフォニア家の兵士に囲まれたと思ったら瞬く間に身柄を拘束されてしまった。

バルターのダメージと王兄との戦闘や人の膿の中に潜った時の疲労が強く、結局何の抵抗も出来ずに取り押さえられ気付けば気を失わされていた。

 

拘束の最中、アイリは俺の様にぞんざい扱われる様な事は無く、状況に頭が追いつかないのか、それとも俺に対しての罪悪感で思考を放棄しているのか放心状態で座っておりそれを見たクレアは自ら上着を彼女掛けると何処かに連れて行ってしまった。

過激派とはいえ、その原動力がアイリである以上は彼女に何かしらの直接的被害が起こることは無いとは思うが、もし彼女がクレアに反抗すればそれはそれで面倒な事になりそうだ。

 

しかし牢屋に入れられるとは流石に思わなかったな…

 

周囲を見れば掃除がまだ終わっていないのだろう、所々に血飛沫などの血痕が目に入る。気絶させられたとは言え我ながらよくこんな所で一晩過ごせたと思う。

現状としては両手足をバインドで拘束され宝剣はもちろん魔法剣も没収されている様だ。

まあ剣が無くてもある程度は戦えるが、それなりに時を共にしたので愛着が無いとは言い切れない。できれば回収したいものだが…

 

俺がこんな状況にあればアイリが黙ってはいないだろうが、あの女の事だどうせ俺の事は治療中なので隔離しましたとでも言っているのだろう。

ここで抜け出すと皆に迷惑が掛かりそうなのでやめたいが、このままでは俺に迷惑がかかってしまうので脱出しようかと思う。

幸いにもクレアには冒険者と侮られているのか、俺が収容されている牢屋は魔法を封じる対ウィザード用の部屋では無い様で、ここから抜け出す際に障害となるであろう殆どの制限はあってないようなものだ。

 

それで抜け出した時の算段だが、取り敢えずはダクネスを見つけ協力させてアイリと合流しよう。それからクレアの対策を考えて行動に移せば問題ないだろう。

まずはダクネスを…

 

「ん?」

 

まずはダクネスを感知スキルで探りそこを目指そうと思ったのだが、そのダクネスの気配は遠くの部屋では無く意外にもすぐ側で反応を示したのだ。

まあどうせ真下とか上の階とか反対側の部屋とかだろうと思っていたが、そんな事は無く、そんなこんなで気付けば後ろの壁から凄く小さいが何か音が聞こえてくる。

後ろの壁はレンガを積んで作られるデザインになっており、その一番下のレンガから少しずつ反対側から引き抜かれていき、その行動を起こした人間の顔が見えるあたりでその動きは止まった。

 

「ダクネス⁉︎何でこんな所に?」

「シッ静かにしてくれ、クレアに見つかるとそれはそれで厄介なんだ」

 

レンガが抜けたことで現れたのはダクネスだった。

その様は某ピエロが子供を襲う映画に酷似しているので冷や汗ものだが、現時点の自分の現状を考えれば頼もしいものだ。

 

「それで、今の状況はどうなってるんだ?」

「それは後で話す。ロープを切るからじっとしていてくれ」

 

自分でも解けるのだが、ここはダクネスの面子を立てるために彼女に結ばれているロープを差し出しそれを小刀で切ってもらい拘束を解除する。

結び目が意外とキツく絞められていた様で、拘束されていた掌は阻血により気持ち悪いくらいに蒼白していた。

 

「それで俺はこれからどうしたら良いんだ?と言うか抜け出したらクレアにバレるんじゃないか?」

「それに関しては安心してくれ、この牢屋を監督しているシンフォニア家の私兵は私が紛れ込ませたスパイみたいなものだからな、堂々と外には出せないがこれくらいの事なら揉み消せるのだ」

「成る程…意外にやるじゃねーか」

「ふっあまり褒めるなよ」

 

なんだかんだ言って当主代理を務められるだけあってか頭が回る様だ。これは少し評価を改めなくてはいけないが、ダスティネス家の私兵が紛れ込んでいるのであればその逆が存在するのは至極当然になる、その点に関しては大丈夫だろうか?

 

「お前の事はここにいる事にする、当然影武者を配置するからこれからの行動時に気をつけろよ?」

「ああ、分かってるよ。サトウカズマはここに居るって事だな」

「そうだな、気をつけてくれよ」

 

今まで同じ体勢でいたので体が固まってしまった様で動きに違和感を覚えるのでストレッチをしながら体をほぐす。

 

「そう言えばこの部屋に隠し通路とかあったんだな、あの地図に載っていなかったから気づかなかったよ」

 

この城に侵入する前にダクネスから貰った地図に目を通したが、この牢屋に繋がるであろう隠し通路の記載は無かった。

 

「あれはダスティネス家が所有する隠し通路でな、この隠し通路は多分王族の所有する隠し通路なのだろう」

「え、そう言う事なの?」

 

どうやら貴族毎に隠し通路が設定されているようで、今回のものはアイリス達王族が使用する物らしい。

まあ捉えた者とコミュニケーションを取るためにはこの通路からのパスを繋いだ方が秘匿性を保てそうだ。

 

結局裏切り者が現れた際に隠し通路を全て共有していると、有事の時にその通路を抑えられてしまい簡単に逃げ場を失ってしまうので、この方法はいいのだろうと思うが、それだとこの城結構抜け道多く無いかと耐震性に不安を感じなくはない。

まあこの世界は日本の様に地震が多発する事は無いのだろうけど。

 

「拘束も解けたことだ、早くお前もこっちに来い」

「ああ、分かったよ」

 

壁に空いた穴からダクネスの姿が消えたので、お邪魔しますと身を屈めながら穴の中に入る。

中に入ると、やはり隠し通路の中だけあって狭くここで何かあったらどうしようも無いなと危機感に襲われる。

 

「よし、入ったな。それでは壁を塞ぐぞ」

 

俺が何とか通路に入った事を確認すると、下に積んであった煉瓦を再び壁に埋めていき最後に外れない様にロックを掛けると光が入らなくなり周囲が真っ暗になる。

 

「すまない灯をつける」

 

彼女が配慮が出来ていなかったと謝罪しながら手に持っていたカンテラに灯を灯す。

正直言って千里眼スキルがあるので問題なかったが折角なので彼女の行為に甘える事にした。

 

「時間がないわけでは無いが、ここで今外がどうなっているか説明する」

「ああ、頼むよ」

 

薄暗く狭い通路を進んでいると沈黙が気まずくなったのかダクネスが口を開いた。

話は後ですると言われてはいたが、やはり事の顛末がどうなったのかは気になる所なので助かった。

 

「まず王兄だ。彼はお前が首を斬り下ろした為すぐ亡くなったそうだ」

「そうだな、あれで生きてたら鳥肌もんだぞ」

 

「それで次にアイリス様だ。あの方は今クレアによって教育という名の拘束を受けている」

「おいおいそれって大丈夫なのかよ?」

「大丈夫と胸を張っては言えないが今は問題ないだろう。前にも言ったがクレアはあれでもアイリス様の事を心酔している。彼女はアイリス様を従えるというよりかは従いたいタイプなのだろう事は誰が見てもわかるから危害を加える気はないだろう」

「成る程な…でも性格が歪みそうだな…」

「それは否めない…」

 

はぁ…互いにため息を吐く。

身体的危害は無いが、精神的被害が大きそうな気がする。

 

「国政はアイリス様が即位するまで一旦シンフォニア家とダスティネス家の両家が肩代わりする事になった」

「まあ妥当だろうな」

 

結局今のアイリが即位した所で結局のところ何も知らないので、運営をする事すら出来ないのは火を見るよりも明らかだ。

ならば一旦信頼をおける二人に任せて帝王学なり法律なり学ぶのがいいのだろう。

 

「そしてお前の背負う王兄殺しの罪は有耶無耶になるだろう」

「へー何でだ?」

「当たり前だ、そもそも王家の人間は王家の者が処理するのが通例になっているんだぞ。それをお前が殺してしまったんだ、本来ならお前も国家反逆罪に問われてもおかしくは無いのだぞ」

「マジかよ⁉︎」

 

まあそんな事だろうと思っていたが、いざダクネスの口から言われると事の大きさを実感する。

 

「だがアイリス様を心酔するクレアの事だ、お前に王兄を殺されたのが悔しくて堪らなかったのだろう、王兄は我々に追い詰められ自ら命を絶ったと国民に伝える気だそうだ。まあその方がお前を庇う上で都合が良かったから反対はしなかったが」

「そんな事があったのか」

 

では何で牢屋に収監されていたのか分からないが、アイリの手柄を奪ったと考えればそれもしょうがないだろう。

とにかく俺の法律的な罪はもみ消された様だが、このままだとまた変に因縁をつかられかねない。

 

「着いたぞ」

「意外と遠かったな」

 

途中階段やら水路やら色々あって楽しくは無かったが一時的に避難する場所にしては些か遠すぎる気がする。

 

「私は今気分が悪くて寝ていることになっているから大声を出すのは勘弁してくれ」

「成る程な…この部屋には今誰もいない事になっているのか」

「そうだ」

 

秘密の通路の行き止まりには何かの細工が施されており、その絡繰を解除すると行き止まりの壁が静かに動きだしある部屋へと繋がった。

 

「それでここは…書斎か?」

 

灯りは消えているので小さな灯りを持っているダクネスの周囲以外は真っ暗だが、周囲の気配を探れば一面に本棚の様なものがびっしり詰まっているのが確認できる。

 

「ここは城の中でも最も機密性の高い書類が集まった禁書庫に当たる場所だな」

「マジかよ…何でそんな場所に俺を案内したんだ?まあそれだけ機密性が高いのなら他人が入れないのは分かるけど」

 

こればかりは純粋に理由が分からなかった。

いくら今回の件で信用を勝ち取ったとは言え国の機密というパンドラの箱の様な場所に案内するのは俺にとっては一つの恐怖に感じるのだ。

 

「ここにお前を呼んだのには色々と理由があってのことだから心配するな」

「お…おう」

 

まあ座ってくれと書斎に備え付けられているテーブルに付属する椅子へと案内される。

椅子は埃を被っておりしばらく誰もその椅子に座って居なかった事を指していたが、埃を払って座るとやはり王族の使用するものなのか座り心地は今まで座ったどの椅子よりも良かった。

 

「今まで話したのがお前が寝ていた時に起こった事のまとめだな、それでこれから話すのはこの後の話だ」

 

ダクネスも椅子に座ると元々用意していたのか一枚の大きい紙を取り出してテーブルに広げる。

 

「これが現在の王都を取り巻く貴族達の環境だな」

 

彼女の広げた紙には貴族の爵位や派閥や何で生計を立てているかが記載されており、いきなり某海賊漫画のキャラクター相関図を見せられた様に面を喰らってしまう。

それは古参が蠢く界隈に入ってきて布教を受ける新人の気分だ。

 

「これだけ居るのか…」

「いやこれでも減った方だ。これは今現在の一時的な勢力図でな、今回の一件で家を畳む事になった貴族などは省いてあるんだ」

 

それでこれは今回の一件が起きる前のものだと言いながら先程の物よりもサイズアップした用紙を引っ張り出す。

 

「うわっ…どんだけいたんだよ」

 

新しく差し出された用紙には色の違う文字で他の貴族の家の名前が書かれていた。

これが王兄についた貴族の家なのだろうか、それにしては名前毎に色分けがされているのはなぜだろうか?

 

「この用紙だが、赤色が今回の件で当主が亡くなったかつ後継者が居ない家だ、それで橙色が王兄側について取り潰しになった家だな」

 

他にも色々あるぞと追加で色々説明を始める。

 

「ん?このレインという名前は何だ?シンフォニア家の真下に書いてあるが?」

「それはだな…」

 

クレアが当主を務めるシンフォニア家の下に赤文字でレインの名前が連なって書かれているが、そこだけ少し書き方に違和感を覚える。

 

「レインは王兄が襲撃を掛けた段階で亡くなってしまったのだ」

「…そうか」

 

俺の指摘を受けるとダクネスは申し訳なさそうにそう言った。

多分彼女の前でバルターに殺されたのだろう、流石の俺もこれ以上は彼女について聞かなかった。

 

「クレアの行動が過激になってしまったのは、それが原因かもしれないな…」

「そうなのか?」

「ああ、あの二人はまるで家族の様に何時も一緒にいてな、よくクレアが暴走した時にレインが諌めていたのだが、今回の件で彼女が居なくなってからはそれを行える代わりが居なくてな…」

「成る程な…アイツはアイツなりに色々あったんだな」

「そうだな、レインが居なくなった事で余計に肩に力が入って暴走してしまったのかもしれないな」

 

この話はこれで終わりだと言い、残りの貴族の家に関しての説明を始める。

彼女にも彼女なりの理由がある様だが、俺たちにも俺達なりの理由があるのだ。

 

「以上が貴族関係だな。何か質問はあるか?」

 

彼女から一通りの説明を受ける。

俺をここに連れていく前にかなりの準備をしていた事が伺えるほどに丁寧に細かく、時間が掛からない様に上手く要約出来ていた。

 

「なあ、ここまで説明してもらって何だけどダクネスは結局俺に何をさせたいんだ?」

 

リスクを負いながら俺を脱獄させ、その上時間をかけた資料を使っての貴族の説明、これらを何の意味も無く行ったとしたらそれは狂人の域に達しているとしか言えない。

 

「流されていたけどクレアは過激だけどアイリを思って行っているんだろ?行き過ぎたらダクネスが止めればいい話じゃないのか?」

 

結局の所クレアの手綱をダクネスが握ればいいだけの話である。

アイリを失落させ王座を奪おうなどと考えているのであれば即座に殺さなくてはいけないが、今クレアが行っているのはかなり強引だがアイリを王にしようと政治の仕組みなどを説明しているだけでしかないのだ。

 

ダクネスの話だけしか聞いていないので推測でしかないが、この情報だけではダクネスがクレアを過剰に警戒しているだけにしか見えない。

 

「そうだな…それが出来れば問題は無いんだ」

「何か問題があるのか?」

「ああ、大有りだ。クレア…シンフォニア家とダスティネス家は2家がナンバー2に君臨し表向きは拮抗することで下の貴族の派閥に緊張を図らせていたのだ」

「成る程な」

 

トップを二つ置く事で互いを監視させ、それぞれに与する下の爵位の家々が力を持ち過ぎないようにしていたらしい。

あえて上を戦わせることで勢力を明確にさせコントロールするという発想には感服するが、そのバランスを保つには中々苦労するだろう。

 

「クレアはそれを撤廃して自身の家であるシンフォニア家をナンバー2にしようと動いているのだ」

「成る程な…自身を二番にしてアイリから注目を独占したいというわけか…」

 

「ああ、そうなるな。その証拠に今回の件でバラバラになった貴族を自身の側に着く様に集めたり、取り潰しになった家の資産を回収しようと手を回しているそうだ」

「そういう事か…」

 

アイリは大事だが、その他はどうでもいいタイプだった様だ。

この思考はやがて国を滅ぼしかねないが、今の彼女からすればそんな事はどうでもいいのだろう。大方親友を殺され理性のタガが外れてしまったのか。

 

「無論私としてはそれを野放しにする訳にはいかない。私は私なりに手を回してシンフォニア家に権力が集中しない様に手を回すつもりだ」

「シンフォニアvsダスティネス家というわけか、それでアイリスはどうなんだ?これでシンフォニアに傾倒するように仕向けられたら終わりだぞ?」

 

結局の所この国は民主主義では無く王政を取っている以上 アイリの考え方を抑えらえてしまえばどんなに頑張った所でアイリがクレアを優先すると言えば全てがひっくり返ってしまう。

 

「それに関しても手を打ってある、クレアがいくらアイリス様に心酔しているかと言っても付き切りでいれるわけでは無い。だから代わりに入る教育者は両家から選出し平等に教える事になったのだが、その両者とも全て私の息がかかっていると言っても過言ではない」

「何…だと⁉︎」

 

何だこの圧倒的万能感は、わりかしポンコツかと思っていたダクネスがここまで周到に準備をしているとなると尊敬を通り越して恐怖さえ覚える。

もしかして今まで一緒に居たのは影武者だったのでは無いかと疑ってしまう程である。

 

「それで、それだけ用意周到に準備しておいて俺を使う必要があるんだ?優秀な部下に任せればいいんじゃないか?」

「それがそういう訳にはいかないんだ」

 

確かになと言いたげに彼女は目を逸らしながらそう言った。

説明した通りの作戦が行われれば問題は無い様だが、それでは駄目だと彼女は続きを話し始める。

 

「これではまだ足りないんだ、クレアが起こした行動に追い掛けているだけにしか過ぎない」

「つまり攻勢に出る為に何処にも属さない融通の効く駒が欲しいわけか」

「言い方が悪いのは気のせいか?…まあ否定は出来ないな。そうだお前には私達とは別の行動をして貰いたんだ」

 

彼女は少し開き直ったのか少し悪の様な表情をしながら話を進める。

そのうちお主も悪よのぉ(ネットリ)とか言いそうで怖い。

 

「それでその内容は?」

「そうだな、一から説明するよりもこれを見て欲しい」

 

そう言い彼女はテーブルの上に一つの物を乗せた。

 

「これは…あの時の石?」

「そうだ、お前を殺そうとした兵士が持っていた赤い石だ」

 

コロコロと何処かに転がっていきそうな小さな石をダクネスは俺に提示し、その説明を始める。

 

「あの後時間を作ってこの石について調べたんだ。そしたらなんて事は無い物だったよ」

「何だよ、勿体ぶんなよ」

「ああ、これは人工マナタイトだ」

「ああ、あれか」

 

いつだったかめぐみんが採掘場か何かのバイトで魔力切れを起こした時に貰ったので仕方なく使った事を思い出した。

 

「既に知っていたのか?流石だな、それでこのマナタイトは純度がかなり高い物になっているそうだ」

「へーそうなのか、それくらい何処にでも売っているんじゃないのか?」

「いや、私の知っている方法ではこれ程の物は作れない筈なんだ」

「つまりこれを製造する方法を探してこいって事か?」

 

何をするにもまずは資産と聞くが、ダクネスはマナタイト事業に手を出すつもりだろうか?

確かにこれ程までの高密度かつ高い純度の物を大量に生産出来るのなら億万長者も夢では無いだろう。

 

「いや、間違ってはいないが違うな」

「どういう事だよ?」

「この話にはまだ続きが有るんだ」

「へー何だよ」

 

「このマナタイトは普通のマナタイトとして使うのであれば問題無いが、これを経口・粘膜摂取すると気持ち良くなって止められなくなるらしい」

「何だか卑猥な表現だな…」

「やめろ‼︎真面目に話してるんだぞ⁉︎」

 

どうやらこのマナタイトは使い方を間違えると危険なドラックになってしまう様だ。

俺は危うくめぐみんを薬中にしてしまう所だったんだなと思うと背筋が凍りそうになる。

 

「それでだ、この人工マナタイトが王都は勿論他でも出回っているそうだ。私も事情を調べているうちに国の抱えている大きな問題だと気づいたよ」

「そんなもの出荷元を辿れば分かるだろ?」

「いや、それが分からないんだ。人工マナタイト自体は既に市場にあるのだが、それでは濃度が低く同じ症状が出ないそうだ」

「つまり公式のものは安全ってことか」

「そうだ、しかもこの人工マナタイトを摂取した人間は頭が可笑しくなるらしくてな、並のプリーストでは元に戻せないらしい」

 

まるで脱法マナタイトだなと言いたくなったがこの世界の住人であるダクネスには伝わらないだろう。

 

「だからその出所をお前に押さえて欲しい」

「そういう事か…その功績が欲しいわけだな」

「そういう事になるな、私の作戦ではどう足掻いても後手に回ってしまう。であれば国で大きな問題を解決しこの功績を持ってシンフォニア家の抑止力になろうと思っているのだ」

 

貴族間でどの派閥に付くのかは一種の株のようなギャンブルである。

ダスティネス家に功績があるのであれば、それに期待してダスティネス家に転向する家も出てくるという算段なのだろう。

貴族が名声を得るというのは一種のパワーアップの様なものだ。

 

「それで貴族に関して説明をしていたって訳か」

「そうだ、流石は自称智将だな」

「うるせぇ」

 

結局何をするにも最初に莫大な初期投資が必要になる。

それほどの資源を持っているのは貴族の可能性が多いという話だ。仮に貴族が脱法マナタイトに直接的に手を出していなくても何かしらの形で資金援助をしている可能性が高い。

 

「それで任せてもいいのか?」

「ああ、アイリの為だからな」

「ありがとうカズマ、お前を信じてよかったよ。そうだ、それと今回の件に関して協力者を呼んでいる、流石に一人では荷が重いと思ってな」

「え?誰か来るのか?」

「ああ、安心してくれ、昔から裏の事は何かと頼っているからその辺の事情は私よりも詳しい筈だし顔も効くだろう」

 

どうやら俺に新しい相棒が出来るらしい。

新しく構築される人間関係に恐怖がない訳ではないが、ダクネスがそれ程までに頼るなら優秀な人なのだろう。

 

「そろそろ来る時か…来たな」

 

ダクネスが時計を見たタイミングで壁に置かれていた本棚が動き出し協力者が顔を出すのだが、しばらくその通路を使用していなかったのか埃が舞い上がり協力者の姿が見えない。

 

「ふっ…何を隠そう私が行った工作は全て彼女から教えても立ったものでな」

「そんな事だろうと思ったよ‼︎」

 

どうやら天才的な工作は全てその協力者が考えたようだ。

一時だが彼女を尊敬してしまった自分を恥じたい。

 

「ケホッ!ケホッ‼︎掃除くらいしなよ、埃まみれになっちゃうじゃん」

「あんたは…」

 

埃煙の中から出てきたのは俺のよく知る人物だった。

 

「やぁ‼︎久しぶりだね弟子…助手君‼︎」

 

ダクネスが信用している時点そうじゃ無いかと思っていたがやはり協力者は彼女の様だった。

 

 

 

 

 




アイリス達はしばらく熟成させます…


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銀狼の牙2

誤字脱字の訂正ありがとう御座いますm(_ _)m


「久しぶりだね」

 

本棚が動いた事により発生した埃煙の中から現れたのはいつもの如くクリスだった。

正直言って何故このタイミングなんだと言いたくなったが、ダクネスが何の柵もなく頼れるのはクリスくらいだったのだろう。その他の人と言えば貴族関係の人になってしまうので最後に裏切られてしまったり貸を作ってしまうとか面倒な事になりかねない。

 

「よく来てくれた、ここで間に合わなかったらどうしようかと思ったぞ」

「ごめんごめんって、私も色々忙しくってね」

 

もし訳なさそうに謝るクリスに、内心何処かで安心しながらも怒っているダクネスの構図が出来上がる。

クリスが通ってきた経路もまたダスティネス家の地図に載っていなかったのできっと王族専用の通路なのだろう。

 

しかし、こうも秘密のルートを頻発に使われている現状を見ると、何だかこの城のセキュリティが甘いのでは無いのかと錯覚してしまいそうだ。

 

「それでは私は元の場所に戻ろう。後はクリスに一任するからくれぐれも余計なことはするなよ、いいな?」

「はいはい、分かってるって」

 

クリスが現れた事により場の緊張感が解けてしまったので、それを引き締めるためかダクネスが念を押しながら俺に勧告する。

そしてまた俺の知らない通路を開いて何処かへ行ってしまう。

 

ダスティネス家の渡されていたであろう図面を見るに、この城に禁書庫の記述は無かった為、元々この城には禁書庫自体の存在が隠されていたのだろう。

 

「さて、ダクネスも居なくなった事だし本題に入ろうか?既に貴族関係の話はダクネスから聞いたでしょ?」

「ああ、詳しく聞かせて貰ったぞ」

「了解了解、これから話すと朝になっちゃうからね」

 

彼女は机にひかれていた相関図を見ると、自身にバトンが渡される時の条件が完遂されていた事を確認する。

 

「それじゃ次はこの赤いマナタイトについてだね。これに関しての情報はダクネスから詳しく受けていないでしょ?」

「ああ、でも触りは分かったぞ」

「そうなの?まあいいか。ダクネスには詳しく教えていないからね…とりあえず最初から説明しようか」

「お…おう」

 

どうやらダクネスが俺に説明した内容は本当に触りだけで、それとはまた別に話があるようだ。

話を聞いただけなのでよくは分からないが、あの話をこれ以上膨らませるほどの情報があるとは思わなかった。

 

「コホン…では始めようか」

 

彼女は咳払いをし一旦場の空気を整えると、真剣な顔をしながら話を始める。

 

「人工マナタイトの話はもう聞いたよね」

「ああ、この国で認可を出している方法では作れないほどの高純度な物が出回ってその出所が分からないって話だよな?」

「そうそう、元々マナタイトができる仕組みというのは簡単で空間に漂っているマナが時間をかけて凝縮して結晶化した物を言うんだよ」

「へぇ、やっぱそんな感じなんだ」

 

簡単に例えるのなら塩だろうか?

あれは単純に塩化ナトリウム溶液を蒸発させ、残った成分が結晶化し出来上がった物だとどこかで聞いた気がする。

 

「元々マナと言って空気中に魔力が漂っているんだけど、私たちが魔法を使ったときに出る魔力の残滓もそれの一部かな?それが別の物質を核にして時間をかけて凝縮されたって感じかな?」

「まるで理科の授業だな」

「りか?」

「悪い、こっちの話だ」

 

間違えて日本でしか通じない内輪ノリのツッコミをしてしまう。

 

「それに対して人工マナタイトは空気中のマナを魔道具で無理やり集めて凝縮させるんだよ」

「へー、どう言う事なのかは分かったけど、魔道具って事は動力に魔力を使うんだよな?マナタイトを作るのに魔力を消費したら本末転倒じゃ無いのか?」

 

魔道具を産業に使用する際の動力源は基本的にマナタイトになっているとバニルが言っていたことを思い出す。しかし、小型の物なら持ち主が直接魔力を流せば使用できるものがあるとも言っていた。

結局電池を作るのに電池を消費してしまえば、それは一種のイタチごっこでは無いのだろか?

 

「それに関してはまた別の理論があるんだ。まあ人工マナタイトと言っても厳密に言えば完全に人口ってわけでも無いし」

「何か混ぜてあるのか?」

 

「そう言う事だね、本来の天然のマナタイトの小さなカケラを核にして周囲のマナ濃度を高め集めて固めたのが人口マナタイトだね」

「そ言う事か」

 

結局のところ何を言っているのかは分からないが、とにかく普通の方法では人工マナタイトを生成するのは難しいと言う訳だ。

 

「それで…もうこんな時間だね。続きは明日にしようか」

「ああ、それでしばらく俺はどこで過ごせばいいんだ?一応牢屋で過ごしている事になっているんだろ?」

「そうだったね、それに関してはこれを使いなよ、テッテレテッテテー」

 

ここを抜け出すのは秘密の通路を使えばなんとかなるのだが、外に出れば俺の存在が巡回中の騎士なり貴族に見つかってクレアに報告が伝わってしまうのは避けられないだろう。

それを考えると俺は外に出ずこのままこの禁書庫で過ごす事になるのだが、ダクネスがそこまで考えていなかったとは流石に考えられない。

 

それを指摘するとクリスは何処ぞの猫型ロボットを彷彿させるように何かを俺に差し出してきた。

多分知らない筈のモノマネは意外にも似ていたので何処かの日本人から聞いたのだろう、その差し出されたものは勲章のようなピンで留めるバッジだった。

 

「これは一体なんだ?身分証明証か?」

「違うよ、これは人の認識阻害する神具だね。元は任意で他人に気づかれなくなる物なんだけど機能が制限されて君をサトウカズマでは無いサトウカズマとして認識する様にするバッジになっているんだよ」

「へーなんだか物語に出てくる便利キャラだな…」

 

要するに俺は俺だけど牢屋に閉じ込められている俺とはまた別の俺と言う訳になるのだろう。

これを使えば何か悪いことをしてもバッジを外せば被害者は俺を犯罪を犯した俺とは認識しないと言う恐ろしい結末になるわけだ。

 

「まあ、私とダクネスには通じないから悪用しないようにね」

「しねーよ、俺をなんだと思ってるんだよ」

 

俺の悪しき心を読み取ったのかクリスが牽制をする。

 

「とりあえず君は一旦休みなよ。回復魔法を使って傷は治っても体力は回復しないんだからね」

「ああ、分かったよ」

 

どうやら疲労が溜まっている事を彼女に見抜かれていたようだ。

 

「それじゃまた明日お昼頃に集合しようか」

 

それから彼女はある程度仕掛けを施すとそのまま部屋を後にしてしまう。

 

さて俺も外に出ようかと思い壁まで歩いて重要な事に気付く。

 

そう、俺はこの部屋の仕組みを全く知らなかった事に。

 

皆王族御用達のルートを使ってこの部屋にアクセスしていたが、俺の知っている経路はダスティネス家の所有している物のみで、この部屋の存在自体知らない俺からすれば使えるのは自身が行き来した牢屋からこの部屋までの一本道のみという事になる。

要するにバッジなどの準備があっても、結局外に出られないのである。

 

「ちっっくしょぉぉぉぉぉぉ‼︎」

 

ガタガタクリスの入っていった通路を塞いでいる本棚を動かそうとしているが、絡繰か何かで頑丈に固定されているためか俺の力では全然びくともしない。

何処かにスイッチがあるのではないかと思ったが、そんな物はなく本の配置を変えるとか何かしないと出入りできないとかそんな仕掛けがありそうだ。

 

もう、こうなってはもう仕方がないので今日はここで寝泊まりす事にする。

シャワーを浴びたいが、本がある部屋にシャワーなんて物を置いて仕舞えば瞬く間に本が傷んでしまうので置かれていることはまずないだろう。

 

一応調べ物をした際に仮眠を取れる様にと簡易ベッドが作られているのでそこに腰を下ろす。

ここを抜け出してアイリの様子を確かめたいが、ダクネス達が色々工作をしている最中なので今は余計な事をしない方が良いだろう。

 

「あーあ」

 

ベッドに体を倒し、周囲に埃が舞う光景を眺めながら今回の件に関して考えを巡らす事にする。

 

 

 

 

そう言えば人工マナタイトに関して資料があるって前にダクネスが言っていた事を思い出す。

その時は特に関係ないだろうと思い聞き流していたが、彼女の言う書庫がこの禁書庫であったのならここにその書物がここに存在している筈である。

 

倒していた体を起こしダクネスが持ってきたカンテラに再び明かりを灯し周囲の本棚を探す。

ダクネス曰く使われている言語が古代文字で読めなかったので話だけ伝承しているとの事だが、俺にはこの世界の国々の言語がインプットされているのでもしかしたら解読できるかもしれない。

 

「あったのか?」

 

目的の本を見つけたが、思わず疑念を抱いてしまう。

ここにある本棚に収容されている本は基本的にこの世界の文字を使用して書かれていることが多いのだが、この本に限っては使用されている言語に日本語を使用しているのであっけなく見つけてしまったのだ。

 

一度紅魔族関係の古代文字に日本語が使われており、それは昔に転生した日本人が書いた物だからと思っていたが、これを見てもしかしたら昔の言語は日本語では無かったのではないだろうかと思ってしまう。

だが、この本以外の本は基本的にこの世界の言語を使用している様なので、この考えは参考程度にした方が良いだろう。

 

まあそんな事はさて置き内容を確かめるために本を開き内容に目を通す。

もしかしたら事前準備が必要でそれをしなければ本が崩れ落ちるとかの仕掛けがあったら嫌だったが、そんな事は無く古書独特のインクの酸化した臭いが周囲に広がるだけだった。

 

内容はそこまで難しくはなく、タイトルは人工マナタイトによる中毒症状と書かれている。

この国を建国するにあたって必要な資金を回収する際何、処かの貴族が高純度の人工マナタイトを生成しそれを他国に売り出す事で高額な利益を生みその税を納める事で重要な基盤を作ったとされている。

ある時、そのマナタイトの破片を飴と勘違いした子供がそれを経口摂取した事で通常では得られないほどの快楽を味わい、それを友人と共有し始めた事がことの発端だと言われているらしい。

 

その快楽は文字通り心をも溶かす程のもので、その使用方法は大人にも広がりマナタイト乱用は一時期の流行とまで昇華した。

扱いとしては葉巻の様な嗜好品として扱われ、酷い者はシュワシュワにその粉末を混ぜる事でよりトリップできると言っているものもいた。

 

だが、常軌を逸した使用方法で得られたものがいつまでも続く事はなく、そのツケの精算の時が訪れる事になった。

最初は一gもしない位の量で得られた快楽が、耐性を得たのかそれとも肉体が馴化したのか徐々にその快楽が得られなくなり、その適応量が増していき本来の目的よりも摂取される使用量が逆転した頃にその人工マナタイトの供給が何かの理由で止められてしまう。

 

人々は国に抗議し、国はその供給元の場所へ訪ねたがその場所には何もなく。

人々は代わりに天然のマナタイトを使用したが、人工マナタイト同様の快楽を得られる事はなく、市場に出回っていた人工マナタイトは値段を釣り上げられ高級品へと変化した。

 

それによりこの騒動は貴族達の趣味へと落ち着いていくのかと思われたが、事態はこれで終わりではなかった。

 

その人工マナタイトを摂取していた人々は、その人工マナタイトの供給がない事を嘆きまるで悪魔に取り憑かれたかのように人工マナタイトを求め暴動を起こしたのだ。

最初は皆悲しみから来ている者や酔っ払っているのだろうかと思ったが、そんな事は無く。取り押さえた暴徒を牢へ捉え正気に戻るまで三日ほど待ったが、精神に異常をきたした状況が継続し流石にまずいと思い教会のプリーストに依頼し悪魔祓いをしたが、その者達が正気に戻る事はなく、ただひたすら人工マナタイトを求めるだけだった。

 

それでは何か状態異常を起こしているのかと思い異常回復の魔法を行ったが、それも効果はなく結果的に教会のプリーストですら匙を投げるに至った。

やがて時間が経ち、ついに市場にある人工マナタイトは底をつき国は瞬く間にその異常者が蔓延る事になった。

 

その様はまるでアンデットの集団とまで言われた頃に国から一番優秀だと言われているプリーストが派遣され、その者が診察した結果原因は魂に異常をきたしていると診断し見たことのない魔法を使用し、時間をかけながらその者達を正気へ戻していった。

 

事態はそれにより収束に向かっていき、それと同時に進めていた製造者の貴族とその関係者を見つけ出すことに成功する。

届出に書かれ当ていた場所は何もない偽物で、本来の工場は上手く隠され今尚製造されていた様だった。

 

事の顛末としては貴族全てその場で打首にし、工場は爆裂魔法で破壊されたとのことだ。

 

そしてそのマナタイトの製造法だが…

 

 

 

そこから先のページは切り取られ、残ったページには後書きが描かれていた。

 

「…え?何この物語的展開漫画かよ」

 

呆気ない幕引きに思わず言葉が漏れる。

切り取られた頁は一体何処にあるのだろうかと思ったが、この本自体昔から存在するのでタイムマシンでもなければ不可能だろう。

 

しかし、何かしらの違法薬物が存在しても不思議はないと思っていたが、人工マナタイトがそのように扱われているとは流石の俺も思わなかった。

しかも国随一のプリーストでしか治せないとなるとこれから起きるのは昔の歴史の再現だろうか?

 

他にも書物がないか探してみて日本語で書かれた書籍はいくつかあったが、人工マナタイトに関する書籍は先ほど見つけた一冊のみだった。

圧倒的情報の少なさに溜息が出そうになるが、昔の情報なんてそんなもんだろうと思い自身を宥める。

 

とりあえず今日はもう寝よう。

時間は分からないが昼になればクリスが起こしに来るだろう。

 

再び埃まみれのベットに横たわり瞼を閉じると、先ほどクリスが言っていたように疲れが溜まっていたのか溺れる様な感覚と共に眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

「おーい起きなよ助手君‼︎」

「うぉ⁉︎」

 

深い眠りはクリスの声により妨害される。

元々彼女には色々と扱かれているので急に呼びかけられると心臓が恐怖で爆発しそうになり、思わず飛び起きそうになる。

 

「どうしたの?昨日は街で過ごさなかったの?」

「いやいや、街でって…この部屋からの出方俺知らないんだけど」

「え、そうだったの?知らなかったよごめんごめん」

 

どうやらダクネスとクリス、互いが互いにこの城の秘密通路を教えていると思っていたようで俺には一切説明をしなかったようだ。

 

「それでこれから俺たちはどうすんだ?」

「そうだね、これから行動する前に…その本を読んだんだね」

 

これからどうするかを聞いている途中クリスは俺の手元に昨日読んだ本が置かれている事に気づいたのか指摘する。

 

「そうだけど、ダメだったか?」

「いや、手間が省けたってところかな」

「ただ最後のページが破れて読めなかったんだよ」

「へーそうなんだ。まあ製造法は難しいから説明しても分からないだろうし、今回の物も同じ製造法とは限らないからね。歴史は省いて他の事を話すよ」

 

言われてみれば製造法を知ったところでその方法を理解できないし、その方法を今回使用しているとは限らない。ならばそれよりも新しい知識を頭に入れた方が効率的だ。

 

「それじゃあまずは入手経路だね」

「それは不明だってダクネスが言ってたぞ?」

「それは出所だよ。今でも入手しようとしたら簡単に手に入るんだよ」

「へーでもなんでそれを野放しにしているんだ?放っておいたらどんどん中毒者を増やしちまうんじゃないのか?」

「確かにそうかもしれないけど、経路を規制しても出所が分からない以上闇雲に押さえても逆に複雑化するだけだから、変に刺激するよりも出所がわかるまでかえって分かりやすくした方が管理しやすいんだよ」

「成る程な」

 

現状で分かっている入手経路に起用されている人間は所詮トカゲの尻尾切りなので、捕まえても情報を持っていないしそいつが捕まった事で大元がこちらに対して対策を立ててくる可能性がある。

ならば入手経路を影で監視し購入者をこちらでどうにかすれば結果として問題はないのだろう。

 

「今は比較的に安い値段で売られているけど、これが冒険者の間で浸透したら価値が釣り上がると踏んでいるよ」

「やっぱりそうだよな」

 

依存症状がある以上、人工マナタイトの中毒から抜け出せずに再び購入しようとする人が現れ出すのはそう遠い未来の話ではない。

この王都が昔の様な現状になる前になんとかケリをつけなくていけない。

 

「取り敢えず外に行こうか、話すよりも実際に見た方が早いからね」

「そうだな、そっちの方が手っ取り早いな」

 

百聞は一見にしかずと言う様に、結局のところ難しい話をされるよりも実際の光景を見た方が早いのだ。

 

「取り敢えず私の使っている通路の説明をするから少し離れてて」

 

彼女は俺に向かって手を払いながら本棚から離れるように手振りし、俺が離れた事を確認すると本棚の本を1箇所抜いては刺しを数回繰り返す。

すると仕掛けが作動したのか本棚が昨日の様に動き出し通路が出現した。

 

「この橋の製造方法について書かれた本を3回入れては出してを繰り返すと仕掛けが作動するから覚えておいてね」

「お…おう」

 

まさか昨日適当に考えた方法に酷似していたので俺が作ったんじゃね?と錯覚してしまいそうな感じだが、ともかく今日から宿で泊まれると思えば昨日試しておけばよかったという後悔も問題ないだろう。

 

「それじゃあ行こうか。それと街に出るまでは潜伏スキルを使う様にね、もしバレたら最悪打首かもしれないから」

「怖いこと言うなよ…」

 

目が笑っていないクリスの脅しに軽口を返しながら薄暗い通路を下っていく。

 

「そう言えば君に渡す物があったんだ」

 

通路を進んでいる途中彼女は何かを思い出したように鞄から物を取り出し俺に渡す。

 

「これは…俺の魔法剣じゃねーか」

 

布で巻かれていて最初は気づかなかったが、その姿が完全に出てくる前に感覚でそれが自身の愛剣である事に気づく。

いつか取り戻そうと思っていたがまさかクリスが持っているとは思わなかった。

 

「昨日ダクネスから渡すように言われていたんだけど忘れちゃった」

「全く…まあいいけどさ」

 

受け取った剣の鞘をベルトに固定する。

この世界に来て常につけていた物なので、久しぶりに装着しても腰にかかる重さは悪い物ではなく何処か安心する物だった。

 

 

 

「それじゃ開けるよ」

 

歩くこと数分ようやく辿り着いたのか出口に仕掛けを解除し、行き止まりとなっている扉を開く。

通路の先はどこかの建物の中の様で、所々に酒瓶などが転がっていた。

 

「ここは夜にバーをやっている建物だね。一応ダスティネス家の経営するお店だから安心して」

「ああ、けど何でこんなに散らかっているんだ?」

「さぁ?」

 

まあまあ夜までは空いてるからゆっくりしていきなよ、と彼女はそう言いながら落ちている酒瓶を片付けていった。

 

「ここで夜情報を集めているのか?」

「御名答、これでもたまにウエイトレスをやっているんだよ」

「へー」

「何その反応?」

「いや何でもない」

 

何か地雷を踏みそうなので話を流そうとしたが、その反応自体が彼女にとっての地雷だったようでとても冷たい視線が俺に突き刺さる。

まあそれは置いて置いてやはり人はアルコールを摂取すると本音が漏れてしまう様だ。

 

「ここがクリスの拠点なのか?」

「まあ仮って所だね。ダクネスが私に頼み事をする時は基本的にここを活動拠点にして行動する感じかな?」

 

どうやら彼女は昔からダクネスに頼まれてはこうして事件を解決しているようだ。

ダクネスも彼女の消息が掴めないとか言いながらこうしている所を見るに、彼女との関係は今迄秘匿されていたのだろう。

 

「ここを王族の経路を使って城とつなげるなんてダクネスも随分と思い切ったな」

 

よくよく考えればここはダスティネス家の通路ではなく、王族つまりアイリ達の使う経路になっている為これがバレれば問題になりかねない。

 

「大丈夫だよ、この通路は王族のものじゃなくて国の立ち上げに携わった勇者が隠していた通路だよ」

「へーそれってサトウってやつか?」

「それも知っているんだ?意外だね」

「いや有名だろ?最初に魔王を倒したのが勇者サトウで、そいつが王族と結婚してアイリスの先祖が生まれたんだろ?」

「んーまあそうなるかな?何かごちゃごちゃしたって聞いたけど?」

「何で疑問系なんだ?」

「いや、その辺は私あんまり詳しく知らないからハッキリ言えなんだよね」

「へー意外だな‼︎」

「何それ?さっきのお返しなの?」

 

まるで知人の結婚話をしている女子会の一員みたいな感じで勇者サトウの話を片付けられる。

 

「まあ勇者サトウの話は魔王討伐に多少は関係するけど、そこまで重要じゃないからまた今度ね」

「今度ってクリスが話したんだろ?」

「いやいや君だからね?」

 

アハハと頬を掻きながら話を逸らす彼女を見ると、何か裏がありそうなので今度調べてみるのもいいかもしれない。

 

「まあ、その話は置いておいてだね。これを君に渡そうか?」

「何だそれ?」

 

彼女はそう言いながら棚の下の扉を開き、酒瓶を何本か取り出すと黒い箱を取り出し中を開く。

中には刃物や短めのロープなど様々な道具が所狭しと詰め込まれていた。

 

「これは道具箱か?」

「そうそう、君がこれから使う道具かな?君、剣は取り戻せたけど他の道具は全部没取されたでしょ?」

「ああ、そうだけどいいのか?」

 

そう言えばナイフやらバイド用のロープを全てクレア達に奪われていた事を思い出す。

多分ダクネスでも剣を取り戻すので精一杯だったのだろう。出なければクリスがわざわざ準備したりしない。

 

「予算は貰っているからね。なるべく君の痕跡が出ない様な仕様になっているから無くしたとしても多少は大丈夫だけど気を付けてね」

「おう、ありがとうな」

 

彼女に礼を言いながら箱に収められている小道具達を全て懐にしまっていく。

基本的に小道具は鍛治スキルで自身に合った物を作っていたが、既製品にも色々な技術が入っているため、何かの際に使用するとこういう機能もあるのかと新たな発見があるのだ。

 

クリスが用意した小道具はどれも黒く、しかも某黒何とか無双みたいに光を吸収し小道具の影だけが浮いている様な見掛けになっている。

意外にも進んでいる技術があるんだなと思いながらしまい終えると、いつもの安心感で包まれているのを感じる。

 

「うんうんいい感じだね、ようやく君らしくなってきたね。けど武器がないだけで弱腰になるのはいけないかな…」

「その話はまた今度にして今はダクネスに頼まれた話をしようぜ」

 

何か嫌な予感がしたので話を逸らしながら本筋に戻す。

 

「そうだった。これから色々な場所に行くけど、君は私に助手という事でお願いね」

「色々ってどういう事だ?売人の所に行くんじゃないのか?」

「行かないよ、さっきも言ったでしょ?いきなり売人を捕まえてもトカゲの尻尾切りになるって」

「そうだった、忘れてたよ」

 

何かドラマみたいで楽しそうだと思うあまり失言してしまう。

さっきから俺のことを弟子では無く助手君と呼んでいたのは間違えていたのではなく単純に慣らしておきたかったからだろう。

俺からしたらどちらも変わらないのだが…まあそれは本人の気持ちの問題だろう。

 

「いいかい?私は一応アクセルでは盗賊の冒険者かもしれないけど、ここではバーで働いている探偵みたいなフワフワした感じのお姉さんだから、くれぐれもアクセルの話はしないでね」

「お…おう。了解した」

 

謎の設定をいままで聞いたことのないほどの早口で捲し立てられ言葉に詰まる。

どうやらクリスもそういう事を夢見る歳なのだろうか?

 

「それで俺はそんなクリスの助手に成ったってわけか?」

「そういう事だね、収入源はバーでのアルバイトがメインって事になっているから宜しくね」

「何か話が一気に面倒に成ったな」

 

まるで子供のごっこ遊びに付き合っているかのように設定が増えていくので、何かあった時にボロが出てしまいそうで怖い。

 

「そうだ、折角返したんだけどその剣はここに置いていってね、あと服も着替えてもらおうかな…」

「え?何で?別に持っていても大丈夫だろ?」

「いやいや、一応もどきとは言え探偵を名乗るんだからそんな格好してイカついの持ってたら直ぐに冒険者だってバレるでしょ?」

「確かに…」

 

言われてみると確かに違和感を覚えるので、仕方がないと返ってきたばかりの剣を彼女に渡し反対に渡された服に着替える。サイズは意外にも俺のサイズ丁度でクリスくらいになると相手の体格も押し測れるのかと感心する。

剣が盗まれないか心配だが、アクセルで高い剣だとしても王都では普通の剣かもしれないので案外盗まれないかもしれない。

結局物というのは持ち主が愛着を持って価値が増すが、それを他人が見てもただの物でしかない場合がよくある。思い出や思い入れはあくまでその人だけの物でプライスレスなのだ。

まあ何かあってもクリスが隠してくれるので多分大丈夫だろう。

 

「それじゃ気を取り直して外回りに行こうか」

「おー‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から話が進みます…
年末年始は忙しくなりますのでしばらく投稿出来無くなるかもしれません…


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銀狼の牙3

何とか間に合いました…年末年始はかけないかもしれません…


「それじゃ行こうか」

 

支度を終えクリスに促されるまま外に出ると、久しぶりの日の光に当てられ若干の懐かしさと共に眩しさを感じる。

 

「それでどこに行くんだ?」

 

外回りとは言っていたが、結局の所どこに行くかは聞かされていない。

違法薬物みたいな物ということで警察の所にでも行くのかと思っていたが、話の流れ的にその様な気配を感じない。

 

「そうだね…百聞は一見に如かずと言うし、まずは実際の場所へ行こうか」

 

頬を掻きながら少し悩んだ後彼女は考えるのが面相になった様で、そのままその現場に行こうと提案してきた。

まあ提案と言っても俺に断る権利がない以上、命令になってしまう訳だが。

 

 

軽快な雰囲気の中に少し神妙な気配を交えながら彼女は俺を何処かへと案内する為歩き始める。

王都の滞在時間は短くはないが、その殆どを城の中で過ごしていた為こうして実際に城下町を見るのは初めてになり、目の前に広がる光景を初めて東京に訪れた時と重ねて若干の感動を覚える。

 

「城下町にも色々地区があってそれぞれ役割見たいな物があるんだよ」

「へぇ、その地区毎に施設を集めるみたいな感じか?」

「そうそう」

 

日本にも地目というものがあり、農地や道路などなどおおよそ23種程存在すると聞いている。

その地目の種類の中から第何種等さらに細かい分類があるが、それと合わせて用途地区がありそれぞれの土地の上に建てられる建物の種類が決まっているのだ。

まあ原則あれば例外有りというように、手続きによりある程度の融通が効くこともある。

 

「基本的には居住区や工業区とか他にも色々あるね、ここは住宅区だね。基本的に民家が多いでしょ?」

「まあそうだな」

 

周囲を見渡すと、時代毎の流行の影響を受けて年代毎の個性を発揮しているが見渡す限りはどれも民家ばかりだった。

アクセルでは基本的に許可さえ降りれば好き放題できると聞いているが、王都では建物一つ一つ徹底的に管理されているようだ。

 

「お年寄りとかが多い場所は小さな店が点在しているけど、基本的にはそんな感じかな。まあそれぞれ役割があるんだけどとりわけ王都では珍しい所があるんだ」

「珍しい場所?賭博場か?」

 

この国以外ではカジノで国の生計を立てている所があるとダストが言っていた事を思い出したが、もしかしたらこの国にも小規模サイズの賭け事ができる場所があるのかもしれない。

 

「そんなものは無いよ。全く君はすぐそう言う事を考えるね…」

「そうなのか…あってもおかしくは無いとおもたんだけどな」

「まあ似た様なものはあるけど、公にカジノみたいな賭博場は無いね」

 

どうやら王都にカジノは存在しないようだ。

観光客用に向けて作ったが実際には国民がハマってしまい破産者が続出した例があると聞いたので、しょうがないと言えばしょうがないのだが幸運値が高い俺が唯一輝ける場所が無いのはキツイ。

 

 

 

 

「この辺だね」

 

王都に相応しい煌びやかな商店街を進み最奥の行き止まりの様な場所に着くと彼女は唐突に止まった。

煌びやかと言う表現を使ったが、それはあくまで俺が感じたままの感想でありクリス曰く過大評価らしい。

この商店街は王都の階級では市民の下層が扱うものらしく、貴族や中流階級の使う場所は城に近いとされているそうで実際この商店街は王都の外れの方に位置している。

田舎から来ている俺からすれば綺麗な光景だが、貴族から見れば薄暗い地味な商店街なのだろう。

 

「行き方は他にも色々あるんだけど、ここから行くのが一番近いかな」

「ここからどこかに行けるのか?」

「そうだよ、いいから見てなよ」

 

彼女は意気揚々とそう言いながら行き止まりの隅にあるスペースの体を滑り込ませ、細い通路を器用に進んでいった。

 

「ほら君も来なよ、早くしないと置いていくよ?」

「マジか…」

 

まるで地元の悪ガキの逃走経路かよと突っ込みたく成ったが、なんだかアングラを覗いている様な気がするのでこう言うのも悪くは無いかと思いながら彼女の後に続くように路地の隙間に体を滑り込ませる。

 

「なあクリス…こんな事しないで普通に回って行けばいいんじゃ無いか?」

「ん?そうだった、勿体ぶって説明を全然していなかったよゴメンゴメン」

 

細い通路を抜けるとそこから少し道が広がり、少し余裕を持ちながら歩く程度の事ができる様になった。

 

「基本的にアクセルにしか居なかった君には分からないと思うけど、王都の面積はかなり広いんだ。だからこそ犯罪者を管理するなんて事は理論的には可能かもしれないけど難しいんだ」

「どうしたんだいきなり?」

「いいから聞きなよ」

「ああ、分かったよ」

「それで話を変えるけど、さっき言った様に王都では基本的に見えない階級みたいなものがあるんだよ。ダクネスみたいな上級貴族もいるしアレクセイ家みたいな田舎の下級貴族みたいな感じかな?まああの人達はあの人達で色々あるんだけど、その階級みたいなのが見えない形で市民にも存在するんだよね」

「どの地区に住んでいるかって事か?」

「うーん…間違ってはいないけどそれが完全って感じじゃ無いんだよね…」

 

今でこそ聞かなくなったが、昔は部落出身者の差別がよく問題になっている。

何故部落?と思うがその歴史は古く昔の身分制度の名残とも言われており、その見えない差別意識が偏見を産み出し、当人は何もしていないのに周囲の人間に卑下され差別されると言ったものだ。

 

「その考えを使わせて貰えば城に近ければ近い程身分が上がるみたいな感じかな?まあそんな感じで話を戻すけど、この辺りは王都の端っこでね」

「そうだな」

「昔の王族はこの地域の建物群と壁で陽の目を浴びない地区を作ったんだよ」

「スラム街的なものか?」

「そうそう、下級市民にもなれない人間が暮らす退廃区と言われている場所だね」

「そんな場所があるのか…」

「区の中心はここだけど他にも建物の隙間…路地裏みたいな場所もその一種として存在して複雑な迷路みたいになっている感じかな」

 

光があれば必ず影が出来ると言うが、やはり異世界だとしても人間の生々しさと言うのは変わらないようだ。

 

「下手に捕まえても捉え続けるのにコストが掛かるからね、ならいっその事軽犯罪者を分かりやすい所に1箇所に集めた方が何かあった時に分かりやすいよね、と言う考えだと言われているけど本当の所は分からないかな」

「色々あるんだな…」

 

結局の所犯罪者を収容し、その囚人の生命を維持すると言うのにもコストが掛かるのだ。

いくら国民から税金を受け取っているとは言っても、予算には限度というものが存在する。囚人が増えれば国に収められる税金が無くなるどころかマイナスになってしまうで、色々圧をかけてここに集めておけば命の責任を取らなくても済むと言うことだ。

 

「だから何かがあった時の答えは大体ここに収束するんだよね」

「人工マナタイトを購入できるルートって」

「そうだよ、この退廃区に居る売人から買うのが今の所最も簡易的に手に入れる方法だね」

 

まさに漫画で見るようなスラム街がこの王都に存在するらしい。

 

「退廃区では基本的に取り締まる人が居ないから法はあってないような物だし、倫理も道徳も存在しないから気をつけてね」

「マジか、そんな恐ろしい所に行くのかよ…」

「そうだよ。いいかな、例え冒険者だとしても君が今まで居た場所は雛壇の上の方の段に位置していたんだよ。そしてこれから向かう場所は雛壇の下の段にも乗らないようなそんな場所だからね」

「油断はするなって事だろ?分かっているって」

 

過程がどうであれこれでも魔王軍幹部を何体も屠っている実績を持っているのだ。例え何かあっても毅然と対応すればなんとかなるだろ。

 

「…まあ行けば君も分かるよ」

 

意味深げに彼女はそう言うと止めていた歩みを進め、退廃区画へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここから退廃区だね」

 

 

あれから少し進むと昼だと言うのに道が薄暗くなっていき、まるで荒廃したSF世界のような雰囲気を感じ始めたと思ったら漫画でよく見た本棚をどかしたら別世界の入り口だった的な感じで退廃区の姿が現れた。

 

「ここは…」

 

クリスに案内された場所はまるで田舎の商店街のような場所で、建物の下は店を開いておりその上に居住スペースがあったり、テントを張っている者などまるで子供が作った楽園のような場所だったが、そこで暮らしている住民の目は何処か死んでいる様だった。

 

ようこそ退廃区へ

 

右を見ると、まるで俺たちを新しい住民として受け入れているような錆びた古い看板が立て掛けられていた。

 

「すごい場所だな、本当にスラム街みたいだ」

「さっきからそう言ってるでしょ、ここからは法律が無いから気をつけてね」

「何してもいいのか?」

 

法律がなければ物事に対する自制が効かなくなり殺し奪い合いが日常になりそうだが、俺の見た感じその様な殺伐とした雰囲気はなかった。

 

「法律は無いけど掟みたいなのはあるよ、まあ君からしたらあってない様なもんだけど…そうだね弱肉強食的な感じかな」

「あるにはあるのか」

「まあここの人が勝手に作っているだけだからわざわざ言ったりしないけどね」

「暗黙の了解みたいな感じなのか」

 

どうやらここにはここの流儀があるようだ。

そのうち義理だの仁義など言い出しそうだが、それはそれで悪く無いと思っているので今度詳しく聞いてみようかと思う。

 

「おう嬢ちゃん久しぶりだな‼︎また来たのか?」

「あ、おじさん‼︎久しぶりってこないだ来たじゃん」

 

クリスにこの街のルールを聞きながら道を歩いていると、見知った顔なのか昔からあるようなタバコ屋みたいなカウンター形式の店の窓からオッサンが話しかけてきた。

 

分かってはいたがクリスもこの地区の住民とは仲が良さそうだった。

もしかしてクリスはこの退廃区出身でダクネスに雇われて表に出てきた感じなのだろうか?であればダクネスもクリスの素性について何も知らない筈だしその事を態々俺に説明したりしないだろう。

 

「その男の子はもしかしてお嬢ちゃんのコレか?サバサバしていてやるときゃやるんだねぇ」

「違うよ〜この子は私の助手だよ。依頼主に頼まれてしばらく面倒見ることになったんだ、ほら挨拶して」

「…ウッスカズマです」

「何だそうだったのか‼︎てっきり男作って戻ってきたのかと思ったよ」

「なにそれ⁉︎」

 

どうやら既に俺達の設定ごっこは始まっていたようで、俺は彼女の助手としてここで振る舞うように挨拶する。

俺の正体を知って安心したのかどうかは分からないが、おっさんの俺を見る目から警戒が消えそのまま俺を抜いてクリスと孫と接するような感じの会話が聞こえてくる。

彼女も慣れているのか、それとも本当に楽しそうに話しているだけなのかいきなり本題に入る事はせずに世間話をしている。

 

話を盗み聞いていると聞いたことがある貴族の名前がいくつか聞こえてくる。

やはりこういった通りにある店は情報が流れ込んでくるのだろう。

 

「ー⁉︎スマン」

 

通りに突っ立ていたので子供に激突されてしまう。

本来であれば嫌がらせをするのだが、流石に今回は相手が子供で道の真ん中に突っ立ていた俺が悪いので素直に謝罪して見逃すことにした。

 

だが

 

「…はぁ」

 

ぶつかられ俺がどうしようか考えている一瞬の間にため息が聞こえたかと思うと、クリスが瞬く間に距離を詰めその子供の手を掴んだと思うと柔術に近い技で地面に叩きつけ、そのまま背中を足で踏み腕を後ろに回した状態で関節技をキメる。

 

「何やってんだよ、まだ子供だろ?」

「…助手君、君は私が言った事を全く理解してなかったの?」

 

流石にやり過ぎだろうと思って彼女を咎めようとしたが、反対に呆れた様に彼女は俺を咎めた。

 

「クソ‼︎離しやがれ‼︎」

 

子供は抑えられた状態から抜けようと暴れたが、完全に逃げられないと分かるとせめての抵抗なのかクリスに対して暴言を吐きながら睨みつけた。

その相貌からまだ小学生位だと思うが、表情の険から今までマトモな生活ができていなかった事が窺えた。

 

「助手君、私があげたバッジは何処にやったのかな?」

「え…あ⁉︎」

 

足元で騒ぐ子供なんてお構いなしにいつものトーンで彼女は俺に持ち物を確認する様促し、そんな馬鹿なと思いながらも胸元を見てみるとクリスから貰った認識阻害のバッジが無くなっていた。

 

「分かったでしょ?ここはそう言う所なんだって」

「ああ、悪い」

 

少しこの区画を舐めていた所があるかもしれない。

日本は治安が良かった為、日常生活で特に警戒しなくても問題なく。アクセルでは冒険者が集まる場所なのでなんだかんだ言って街全体で仲間意識があるので何かあればみんな協力や援助をしてくれた。

なので心のどこかで自分なら大丈夫だろうと思っていた所があったのだ。

 

ここは退廃区、俺達が当たり前のように享受していた生きる事ですらままならない様な人間達が、何とか必死にその日を生き抜く為にもがき続ける場所なのだ。

この光景自体は何処にでも見れたのだ。そう日本でも。

 

しかし、それを自分には関係ないと見て見ぬふりをして今まで生きてきた俺にとって、小さな子供がそんな表情をしながら盗みを働いた光景は俺に衝撃を与えた。

 

「ほら盗った物を返しなよ」

「ーーーー痛っ⁉︎」

 

クリスは掴んでいた子供の手を捻り子供の手を無理やり開く。

子供の方は必死に抵抗しようとしたが、関節の構造上耐えることは不可能で必死に掴んでいたバッジを離し地面に落としてしまう。

 

「はい、今度は無くさない様にね。流石の私でも何度も取り返せるわけじゃないんだから」

「ああ、悪い」

 

関節技をキメ続けながら地面に落下したバッジを拾い上げると、それを俺に向けて放り投げる。

認識阻害のバッジは付け続けなくては効果が切れてしまうので今度は盗まれにくいように服の内側につける。

 

「それでその子供はどうするんだ?警察に突き出すのか?」

「ははっ!若いね坊ちゃん、ここで警察なんて外で余程の罪を犯さない限り来やしねーぞ」

 

まるで俺の話を笑うように横から店のオッサンが話しかけてくる。

坊ちゃんと呼ぶ辺りやはり俺がこの区画に慣れてない事がバレバレになってしまっているのだが、まあそんな事に見栄を張ってもしょうがないのだろう。

 

「逆に助手君はどうしたい?ここで盗みとかそういった行為を行って捕まった場合何されても文句は言えないんだよ」

「クソ‼︎離しやがれ‼︎外の人間がここに何の用だ‼︎」

「うるさいな、私は今君に話しかけているんじゃないんだよ」

「何しやが…ゴフッ‼︎」

 

足元で騒がれるのが彼女の気に触れたのか、背中を踏んでいた足で少年の顔面を踏みつけまた一瞬の内に元の背中に戻した。

 

「ここまでやれば充分だし見逃してやらないか?」

 

流石に退廃区とはいえ相手は子供なのでここまでやれば流石に分かるだろう。

 

「助手君、君はその考えが優しさだと思っているかも知れないけど、ここでその考えはただの甘さだよ」

 

彼女はまるで俺を諭す様にそう言うと背中を押さえていた足を肩の付近にズラし、一瞬の内に子供の腕を引き抜いた。

 

「うっ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ‼︎」

 

腕を引かれた子供の体からベニア板が折れる様な何とも言えない音が周囲に響いた後、遅れて少年の絶叫が周囲に響き渡った。

 

「はぁ…全く煩いな、良かったねそこのお兄さんが甘くて。君は結構綺麗な目をしているから他の人に捕まっていたら目玉の一つは持っていかれたかもね」

 

叫ぶ子供などお構いなしに彼女は掴んでいた腕ごとその子供を建物の隙間に放り投げる。

投げられた子供は隅に寄せられたゴミに受け止められ特に怪我はしなかった様だったが、負傷した肩を押さえながらコチラを睨み建物の隙間の路地の闇へと姿を消していった。

 

「悪いクリス、助かった」

「いいんだよ、それよりも」

「ーっ⁉︎」

 

子供の気配が無くなったのを確認した後クリスの元に向かい彼女に謝罪する。

彼女はそれを笑いながら許し俺の顔面へと一発打ち込み、俺はなす術なく地面に倒れ込んだ。

 

「何…を?」

「助手君やっぱり君は甘いね、まあ慣れていないからしょうがないと思うけどもう少し他人に警戒した方がいいんじゃない?もしもあの子が盗みじゃ無くて君を殺そうとしてたら君は死んでいたよ?」

「…悪い」

 

彼女に言われてハッとする。

今回は盗まれたが、もしあれが俺を殺そうとする意図があったのなら間違いなく致命傷を受けていた。

しかもここでまともな治療を受けられる筈はなく、いくら回復魔法使えるからと言っても俺のレベルでは限界があるのだ。

 

「坊ちゃんその子が言う様に気をつけな、あんたが思っているよりここは甘くはないぞ」

「ああ、分かった」

 

彼女の差し出された手を受け取り立ち上がる。

 

「あと、捕まえた人を何もしないで逃そうなんて事しない方がいいよ。ここの住民にもここの住民なりの意地があるからね、何もせずにただ逃される事ほど屈辱な事は無いんだよ」

「そうなのか?」

「そうだよ」

 

何故そうなのかは彼女の口から語られることは無く、きっと何か言えない事情でもあるのだろうか?

 

「やっぱり遠回りしてもここから入って良かった、一番近いところから入ってたら君は今頃連れ去られてたよ」

「マジか…」

「成る程‼︎わざわざあんな狭い所から入ってきたのか、通りで何も知らないわけだ」

「何か関係あるのか?」

「そうだよ、ここは退廃区の中でも治安がいい方だからな、もしも他所で坊ちゃんみたいな無警戒な甘ちゃんを見つけたら…なあ?」

 

どうやら退廃区の中も色々種類があるらしい。

それぞれ縄張りみたいなものもありそうだが、一番危険そうな所に俺が言ったらどうなるかをオッサンは最後まで説明しなかった。

 

退廃区…華やかな王都の裏側と言われている場所だが、もしかしたら俺はとんでも無いところに来てしまったのかもしれない。

 

 

 

「聞きたいことも聞けたことだし、次の場所へ行こうか」

「…ああ」

 

談笑を終えた後謝礼なのか数枚のエリス札を店のオッサンに渡しお礼を言いながら彼女は次の場所へと俺を案内する。

彼女に言われたので俺も警戒心持つつもりで感知スキルを人間を含み周囲へ発動させる。

 

「…何だこれ⁉︎」

 

感知スキルを発動させ周囲の気配を探り分かった事は、この道を取り囲むように色々な感情を有した気配が感じ取れた事だ。

一見周囲には誰一人歩いている者はおらず皆昼なだけあってどこかに出掛けているのかと思っていたが、それは単純に俺が気づいていなかっただけで例えるならまるで知らない大衆居酒屋に入って注目を浴びるあの感覚が永遠に続いている様だった。

 

「ようやく気づいた?」

 

思わず声を出してしまい、それを見たクリスがもしかして気づいていなかったのかと言いたそうな顔をしながらそう言った。

 

「この区の人間から見れば私達は他所者だからね、こうして自分達に害があるかどうかを安全な場所で眺めながら見定めているんだよ」

「そうなのか?てっきり襲ってくるのかと思ったよ」

「そうだね。さっきのあれを見ればそう思うかもしれないけど、ここの住民は基本的に臆病者なのさ」

「臆病者?自分で言うのも何だけど俺さっきいきなり盗まれたんだが?」

「あれはあれだよ、まあ一つの洗礼みたいなものだね?まあ少なくともここ人達は精々盗むのが精一杯って事」

「へーじゃあ何だここは退廃区の中でも弱い者が集まる場所ってことか?」

「そうだね。退廃区にも色々場所があるけど、ここに来るのは基本的に争いに参加できない弱者ばかりだね」

「こことは退廃区の人達にとってのセーフティーネットみたいなものなんだな」

「みんな安寧を求めてここに来るんだよ、この退廃区の住民が区の外に出た所を殺してしまってもちゃんと申請すれば罪にならないからね」

「恐ろしいシステムだな…」

 

色々あったんだよと少し遠い目をしながら彼女はそう言った。

日本では仕事を失い生活がままならなけえば生活保護を貰って最低限の生活をすることが出来ると言うが、この世界ではそんなシステムは無く税金を払えずに社会から溢れた人間はそのまま放って置かれ朽ち果てるしか無いらしい。

ならばこの様に溢れた者達が集まりコミュニティーを形成し歪な形で共生するのも一つも生活手段と言えるのでは無いだろうか?

 

「だから何かあった時はここに来れば大抵の情報は手に入るって訳か…」

「そうだね、何かあった時に潜伏先を決めるとなれば、ここ程打って付けな場所は無いからね。私も初めてここにきた時はビックリしたよ」

「街の外に出るって選択肢はないのか?腕に自信があるならここから逃げる事も可能だろ?」

「はははっ冒険者らしい発想だね、君はこの世界に来た時カエルすら倒せなかったの忘れたの?」

「いや…そうだけどってか何で知ってんだよ?」

「ん?ああそうそうゆんゆんに聞いたんだよ。いつだったかわもう忘れたけど君に会いに行ったら留守でね、やる事も無かったから丁度出てきたゆんゆんとしばらく談笑したんだ」

「あのゆんゆんと談笑だと…クリスのコミュニケーション能力は怖いな」

「いやいや、逃げ場を塞いであげれたら普通に話してくれたよ」

「それが恐ろしいんだよな…」

 

「それで話を戻すけど、結局ここの人達は対人能力に関してはトップクラスかもしれないけどモンスターに対してはそんなでもないんだ。何せ一般人は下級魔法を使えればそれだけで職業が貰えるからね」

「そうなのか?俺は普通に使えるからいまいち分からないけど…」

 

下級魔法は冒険者が何の努力もなしに取れるスキルで、俺も教えてもらったその日に習得する事が出来るくらいだ。

 

「君達冒険者からすればそうだね、けど冒険者になる事自体才能が必要なんだ」

「俺みたいな底辺冒険者でも、なるのにはそれなりに才能が必要だってことか?」

「君は最初からアクセルに居るから分からないだろうけど、普通は小さな村から冒険者になれる素質がある人が居れば村中でお祝いをして送り出す程だからね」

「そうか…俺も意外に才能を持っていたわけか、冒険者にしかなれ無いから才能なしかと思ってたよ」

「そういう事、冒険者に囲まれて暮らしているから分からないと思うけど、冒険者になるには素質が必要でなりたければなれる訳じゃ無いんだよ」

 

自身とその周囲が恵まれていると自分の中ではそれが当たり前となり、恵まれていない人の気持ちが分からなくなるというが、この退廃区というシステムの存在がその意味を肯定しているかもしれない。

 

「成る程な…けど何で冒険者に素質が必要なんだ?」

「前にも言ったけど冒険者の使うスキルは昔に人が習得した技術を移す事を指すんだよ。それで、そのスキルを移すには他人の経験を受け取れる素質が必要になるんだ、まあ素質がなくても自ら学べば魔法を使える様にはなれるんだけど、スキルとして習得しない形で魔法一つを習得するには人一人分の人生が必要とされているんだ。実際今みんなが使っているスキルを集めるのにかなりの人数から協力して貰ったって話だしね」

 

「スキルで習得した方が効率がいいってことか…それで受け付けなかった場合は拒絶反応を起こす人がいるって感じなのか?」

「全員が全員そうなる訳じゃ無いけどね、基本的に自己の情報じゃ無いから素質のない人に移しても何も起きないんだ。だから基本的に技術をスキルとして登録は出来ても他人の技術をスキルとして継承するのは難しいって話だよ」

「そうか…」

 

まあスキルとして登録できたのなら莫大な登録料が貰えるんだけどね、と彼女は付け足した。

冒険者として生きるのであれば俺は底辺かもしれないが、冒険者以外で生きて行く人たちの中ではそれなりに上位に存在するという事になる。一体何のために存在するのかと思っていた料理スキルなどの戦闘に関係ないスキルも俺たち冒険者が前線から退いた時のために用意された再就職の資格なのかもしれない。

 

「ここには俺達みたいな冒険者が居ないってことか?」

「そうだね、ただ魔法の習得には人生単位で時間がかかるけど、それ以外は素質とは別の才能があれば技術として出来る事もできるんだよ、君だってスキルなしでもそれなりに色々武器が使えるでしょ?」

「まあ確かに型が固定されるから覚えないでって言われて武器のスキルは取らなかったけど、言われてみれば習得しなくても使用できたな」

「だから職業の盗賊よりも技術力の高い人も居るかもしれないって事だよ。ただスティールとか物理現象を魔力で捻じ曲げている奴は使えないけどね」

「確かにあれを物理的に再現しろって言われたら出来ないな…」

 

結局物理的に出来るものであればスキルがなくても同じ結果を起こせるということになる。

 

「要するに気をつけろって事だな」

「そうだね…何でこんな話になったんだっけ」

「何でだっけ?」

 

すっとぼけていると歩いていた道の雰囲気が少しずつだが変わってきているのを感じ、感知スキルで感じ取れる危険度というか嫌な感じが濃くなってきていることに気づく。

 

「そろそろ場所とやらが変わるのか?」

「よく気づいたね、さっきまでいた場所はゲームで言う練習みたいな者だからね。ここから先でさっきと同じ様な考えでいたら例え君でもただでは済まないと思った方がいいよ」

「ああ、分かってるよ…」

「本当に?さっきは分かって貰うためにワザと大袈裟にやったけど、これから先はあの程度子供のおままごとだからね」

「マジか…」

 

アイリの事を考えると早く事を終わらせたいが、これからの事を考えると中々に大変な事になりそうだ。

彼女のいう本当の退廃区とやらに戦慄しながらも気を引き締め、俺は彼女の後を着いて行った。

 



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銀狼の牙4

遅くなりました、急いで書きましたので誤字が多いかもしれません。


「さて、これからは気をつけて行動してね。下手踏むと厄介なことになるから」

「分かってるって」

 

区が変わり、危険度が増したのだろうか周囲から受けている視線の濃度が濃くなる。

先程までの区では不安や警戒の色が多かったのだが、ここでは殺意に近いピリピリとした緊張感が漂ってきている。

 

潜伏スキルを使っているためか、周囲の注目を集めている様な事は無いので安心だが、何の備えなしにここに踏み込もうものならどうなってしまったかなんて想像できない。

 

 

 

 

場所は変わり、流石にずっと歩きっぱなしでは疲れると言い近くのバーで休憩する事になった。

こんな時間にやっているのかと思っていたが、どうやらここでは勝手が違うらしく昼間どころか朝から通しでやっている様だった。

 

店内は昼間のギルドの酒場を彷彿とさせたが、ここはそれ以上のうるさく卓によってはその場でギャンブルを始めている所もあった。

あまりの場違い感に圧倒されかけたが、何も気にしていない彼女に促されるまま中に入り空いていたテーブルに勝手に座り近くの店員らしき人に飲み物を注文する。

入る時にクリスが潜伏スキルを俺でもギリギリ認識出来ないくらいの精度で纏いながら色々確認していたので多分問題ないだろう。

 

法外な飲み物が出てくるかと思ったが、メニューを見る限り意外にもよく見る物が多く案外そんな物なのかと安心してしまう。

 

「ここはよく私も行くから気を抜いてても良いよ。まあ抜き過ぎれば死んじゃうんだけどね」

「ははは…それで、これから何処に行くんだ?」

「そうだね、時期も時期だし君もいるからそろそろ行動に移そうかと思うんだ」

「どういう事だ?しばらく様子を見ながら泳がそうって言っていたじゃないか?」

 

ここに来る前に聞いた話では今回は情報収集で、行動に移すのは全ての下準備が整ってからだと言っていた事を思い出す。

 

「最初はそのつもりだったんだけどね。あの商店の人と話していて思ったよりも状況が悪化しているって気づいてね、少し事情が変わったのさ」

「そう言うもんなのか?まあ俺は着いていくだけだから良いんだけどさ」

 

結局の所、俺は彼女に着いていく事しか出来ないので下手に意見は出来ない。

 

「まあ何をやるかって言っても人工マナタイトの取引を抑えようとしか言いようがないんだけね」

「おい」

 

そんな事をここで言ってもいいのかよ、と彼女に言いそうになった所で彼女の後頭部に向かってボウガンを向けている男がいることに気がつく。

 

「急に見た事がない奴を連れて来たかと思えば、今度は一体何を考えてやがる」

「久しぶりだね,最後に会ったのは何年前だっけ?」

 

彼女は背後にいるにも関わらず誰が居るのか分かっている様で、命を脅かされているにも関わらず冷静にそいつに話しかけている。

その様はまるで反抗期の子供をあやす親の様だった。

 

「チッ、質問に答えやがれ」

「単刀直入に言おうか?君達の取引している人工マナタイトの出所が知りたいんだよ」

 

彼女の言葉で場の空気が凍りつく。

どうやら前彼女が言っていた人工マナタイトの取引場はここの様で、先に言ってくれれば俺も言葉を考えたのだが流石にそこまで気は回らない。

 

いきなり人様にボウガンを向けるのはどうかと思ったが、流石に敵陣のど真ん中でお前達を取り押さえるなんて言われれば用心棒の一人や二人は出てくるだろう。

そんな事を考えていると酒場にいた連中らが各々得物を取り出しながらこちらに睨みを効かせる。

どうやらここに居る面子らは客ではなく皆同じ組織の属している仲間達のようだ。

 

「そうかよ、それじゃあの世で閻魔様にでも聞くんだな‼︎」

 

あの世には閻魔様じゃなくて変な女神達なんだけど…と伝えてやりたかったが、今そんな事を言った所で彼らは聞く耳を持たないだろう。

クリスの煮え切らない態度に限界が来たのか、彼女曰くの用心棒はボウガンの引き金を引いた。

 

「危なっ⁉︎」

 

ボウガンは何の支障もなく放たれその矢は彼女に当たり致命傷を与えるはずだったが、現実にその矢は彼女に当たる事なくテーブルの俺の手前に刺さった形となる。

身の危険を感じ椅子から横に飛ぶと、丁度その辺りに大きめのハンマーが振り下ろされ椅子もろとも周囲が破棄される。

 

やはりというか当たり前だが、俺もただでは済まない様だ。

 

当のクリスは用心棒の男の矢を躱して早々顔面に回し蹴りを放ち、店の壁まで彼を吹き飛ばす。

 

「兄貴⁉︎」

 

それに激昂した部下の様な面子が我を忘れてクリスに飛び掛かるが、彼女はそんな事はお構いなしと片方には顔面ストレートもう片方に肘打ちそして残った足で3人目の首を挟んで締め上げ捻り倒す。

まるで漫画を見ている様な光景に唖然としながらこちらもやられない様に応戦する。

 

相手は多勢に無勢だが、今まで倒してきたモンスターと比べればそこまで驚異的では無いが、それでも相手が人間である以上は油断はしないほうがいいだろう。

相手の攻撃を躱しながらその隙を突き首の裏に手刀を当て気絶させ、隣にいた細いやつの顔面を掴みそのまま強化した筋力で放り投げる。

 

なんだかんだ言って俺も成長しているんだなと思いながら酒場の連中らをのしていく。

 

「クソッ‼︎これだから他所の人間は嫌なんだ。お前ら奥に居るボスを連れて先に会場に行ってろ、ここは俺が引き受ける‼︎」

 

先程壁に吹き飛ばされていた用心棒の男が起き上がり、部下から煌びやかな刀を受け取りその刀身を鞘から丁寧に抜き出した。

 

「へぇ、それ君が持ってたんだ。てっきり他のグループが持っているかと思ったよ」

「チッ、だから使いたくなかったんだよ」

 

刀を抜きその刀身をクリスに向けながら男は相対する。

彼女の言葉から察するにその刀は神具で昔その用心棒を含めたメンバーと何かいざこざがあった様だ。

 

「コイツを出しちまった以上お互い引くに引けなくなっちまったが、大人しくここから出て行くってんならこの刀を再び鞘に収める事を考えよう」

「へぇ、随分と言う様になったね。昔は何かある度にボスに泣き付いていたのに」

「一体何年前の話をしてやがる」

 

刀を出した事で用心棒サイドは場を制した様な雰囲気になっているが、クリスはこの状況を何処か楽しんでいるようだ。

 

「兄貴‼︎変な事言っていないでガキ二人くらい早くやっちまいましょう」

 

この膠着状況に危険を感じたのか部下の一人が異を唱える。

 

「黙っていろ。見た目に騙されるな、コイツは俺が尻の青いガキの頃から何も変わっちゃいねぇんだよ」

「酷いな…確かに姿は変わってないけど貫禄は出てるでしょ?」

「相変わらず調子狂うぜ…一体どんな手品使ってやがるが知らないが」

 

姿が変わっていない?

確かに彼の言う通りであればクリスは少なくとも40は超えていることになるが、彼女の姿は依然として俺より少し上か下のどちらか位でそこまで歳が離れているような感じはしない。

まあ神具を回収している過程で永遠の若さを維持する的な物があればそう言うことはあるだろう。だがそれだと彼女の実年齢は一体幾つなのだろうか?

 

「それで?私はただ君達が取り扱っている人工マナタイトの出所が知りたいだけなんだよ」

「それを教えたくねぇからこうしてるんだろうが‼︎」

 

あまりにも話を聞かないというか聞く気がないのだろうか、交渉において最も苦労する相手とは話を聞かないよりも話が通じないやつとはよく言ったものだ。

わざとなのか天然なのかはわからないが、相手が求めている答えや対話を全く取り合わず、明後日の方向から攻めている様にしか見えない。

 

「もう、しょうがないな…君じゃ話にならないからボスを出してよ、外に逃すって事はいつもみたいに奥の部屋でくつろいでたんでしょ?」

「断る、お前みたいなやつをボスに合わせたら碌な事にならねぇ」

「酷いな…」

 

まるで子供が泣く様な嘘泣きをしながら相手の様子を伺うが相手はもう茶番に付き合う気はないようで、こちらをただ静かに睨みつけるだけだった。

 

「何だ、つまんないな」

「早く出ていくか切られるか選べ」

「仮に斬られる方って私が言ったら君は私を斬れるの?」

「当たり前だ、こっちとらボスの命を預かってるんだ例え見た目が小娘だろうが楯突けば斬り捨てるだけだ」

「違う違う言い方が悪かったね、私に刀を当てる事が出来るのかって事だよ」

「なっ⁉︎」

 

人を斬れるかという倫理的な質問に聞こえたが、彼女からしたら物理的に私を斬るに至れるのかという質問だったようで、用心棒の男がその真意に気づいた時には既にクリスに距離を詰められ刀を掴んでいた側の手首を掴まれそのまま技を掛けられ地面に一回転し叩き付けられ、ついでに刀を奪われていた。

 

「がはっ‼︎」

 

まるでいつもの自分を見させられている様でいい気分ではないが、兄貴と呼ばれ慕われている奴が俺と同じように簡単にやられるところを見ると何だか安心してしまうのは何故だろうか?

 

「全く、いつも思うんだけどみんなその自信は何処から湧いてくるのさ?」

「兄貴⁉︎」

「来るんじゃね‼︎」

 

一回転し地面に叩きつけられた用心棒はそのままクリスに押さえつけられ関節を決められ、その光景を見た部下が助けに入ろうとするが彼はそれを止める。

 

「俺の事は構うな‼︎それよりもボスはどうなんだ?」

「それが…ボスがそちらの方に会いたいと仰っておりまして…」

「何だと?」

 

用心棒の男は部下が言ったことに対して驚きながらクリスの方に向き直り何かを言おうとしていたが、それを遮る様に奥の部屋から車椅子のような道具に乗せられた初老のくらいの男性が現れる。

 

「ほほほ…相変わらずやる事が大胆じゃのう…」

「久しぶりだね、最近見ないと思っていたからてっきり足を洗ったのかと思ったよ」

「貴様‼︎」

 

ボスは車椅子の様な物に座っては居るがその眼からは見た目にそぐわない恐ろしい程の威圧感を放っており、ボスと呼ばれる程の人物ではあるようだ。

 

「良いんじゃ、それより今回来た目的とは?」

「外で…いや中だけど、これだけ暴れていたのに誰にも聞かなかったの?」

 

丁寧に話すボスに対してまるで昔の友達の様に話しかけるクリス。その対比を見せつけられると流石に大丈夫なのかと思うがクリスの事だから大丈夫だろう。

 

「まあいいか、君達が卸している人工マナタイトの出所が知りたくてね、教えてもらえるかな?」

「成る程…そういう事じゃったか…いつかは来ると思っておったがまさか今日とは」

 

流石はボスと呼ばれるだけあって既にクリスが来る事は予感していた様だが、知っているならあらかじめ迎え入れて欲しいものだ。

 

「良いじゃろう、ただしただとは言わんぞ」

「いいね、そう来なくちゃ。安心しなよちゃんと報酬は用意しているからさ」

「ほう…」

 

基本的に麻薬や覚醒剤などは組織の貴重な収入源になっているのが世の理だがこの世界でもそれは変わらないようで、その収入源をクリスに教えれば潰されてしまうのは必然だろう、ならばそれに相当する何かを差し出すのは当然だろう。

まあ、それはあくまで二人が対等な関係だった場合だが。

 

「それで君はアレを何処から仕入れているのかな?」

「それは簡単じゃよ、オークションじゃ」

「へぇ…」

 

ボスの答えを聞いたクリスは不敵に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあオークションに行ってみようか、置物の助手君」

「やかましいわ」

 

全ての話を終えると、クリスが背伸びをしながら疲れたと言わんばかりに気の抜けた声でそう言った。

あの後色々あったが、奪い取った神具の刀と部下の命を引き換えにオークションの枠に入れて貰える事になった。

ボスの様子から普通に頼めば問題なく行けそうだったが、部下たちの面子を考えれば強引ではあったがあれがいちばんよかったのだろう。

 

「取り敢えず着替えようか」

「ああ」

 

オークション会場はまた区が違うので移動する事になったのだが、あんな事で許可を貰ったので中々顔を合わせづらいので現地集合となったのだ。

場所には場所に見合った服装が求められると聞くが、今回のオークション会場では下手な服装では入れさせてもらえないようだ。

彼女に案内されるがまま適当な建物に入りチップを払い場所を変えながら着替えを済ませる。

 

区が変われば危険度が増すと言われていたが、そこまで危険かと言われればそうでは無いのだろうか?

 

「これからオークションに行くけど覚悟はいいかな?」

「いいかなって俺はただついて行くだけだろ?また置物みたいにじっとしているよ」

 

先程言われた嫌味をネタにして返す。

つまらないプライドだが言われっぱなしは性に合わない。

 

「はははっ何それさっき言った事気にしてるの?ゴメンって。それでオークションだけど気をつけてね参加するのは退廃区の人達だけじゃ無いからね」

「どういう事だよ?」

「そのままだよ、まあそうだね。ダクネスが君に教えた貴族が紛れ込んでいるって話だよ」

「マジか…」

 

やはり闇オークションみたいな形式をしている以上、金を持っている貴族が通常ルートで得られない物を手に入れる為にこのオークションを利用していても不思議ではない。

 

「まあ貴族と言ってもダクネスみたいな大物は来ないよ、来たとしても精々小物の貴族くらいかな。大物になれば欲しいと言えば誰かが用意してくれるからね」

「へ、へぇ…」

 

まあそんな事はないと思ってはいたがアイリやダクネス達は来ない様だ。

俺はアイリの過去を知らないので何とも言えないが、もしこのオークション会場に居たらどうしようかと思った所だ。

 

「このオークション会場は表の色々な所と癒着していてね、なんと銀行と連携しているんだよ」

「何…だと⁉︎」

「折角だから何か買ってみたら?ここで買っても足跡は残らないから私以外にはバレないよ」

「なんでだよ、怖えーよ」

 

どうやら闇の事情によりこのオークションに俺も参加できる様だが、果たして違法商品を購入したいと思うのだろうか?

 

「それでクリスは今回出品される人工マナタイトを購入するのか?」

 

結局の所、このオークションに参加できたのはいいのだがそこから先の展望を聞かされてはいないのだ。

 

「私は出品者の所在を掴むために色々やらないといけないからね、名目上ボスの知人として入っているから君はオークションに参加してボスと一緒に楽しんで怪しまれない様にしてね。

「そんな、無茶苦茶だろ‼︎」

 

今日初めて出会ってしかも話したことも無い人といきなり一緒にオークションに参加して知人の様に過ごせ、とはクリスもなかなかに難しいことを言ってくれる。

 

「無理でも何でもしてくれないと困るんだけどな…」

「分かったよ」

 

やれと言われた以上はやらないといけないのだが、まあ悪い人では無いのだろうし大丈夫だろう。

無茶な指示が最近多いのでパーテンションの向こう側で着替えている彼女に悪戯してやろうかと思ったが、倍にしてやり返されそうなのでやめておくことにした。

 

「それじゃあ行ってみようか、この区は退廃区の中でも危険だけど何もしなければ安全なな所だからね肩の力を抜いてもいいよ」

「なんか意味深だな、危険にさらされる条件でもあるのか?」

 

先程までザ・スラム街みたいな場所だったが、今いる区間は文明が発達しているのかまるでネオン街の様に華やかだった。

そんな場所である意味危険だと言われれば何かと勘繰ってしまうほどだ。

 

「そうだね、基本的にこの区は貴族が表沙汰にしたく無いことを依頼したり取引する場所として使われているからね、周りの風潮としては金を持つものが強いみたいな場所だから…ほらあそこで」

「え?」

 

クリスが指を刺す場所を見ると、そこには煌びやかな服装した多分貴族の一人だろう誰かが建物から出てくる所だった。

 

「あれがどうしたんだよ?」

「はぁ…油断しすぎだよ…てそうか君にはまだ他人が他人に向ける殺気を読む事を教えてなかったね」

 

ありのままの光景を伝えると何故か飽きられられ、その後無理難題な教鞭を打たれそうになる。

 

「周囲から無数の殺気が彼に向かって放たれているんだ、この状況下で起きるのは説明するまでもないよね」

「おい…まさか⁉︎」

 

貴族が屋敷から出て護衛が扉を閉めるタイミングだった。

建物の影から無数の人影が現れるとボウガンやそれに近い武器を展開し、守りに入る護衛ごとターゲットである貴族を何ども繰り返して毒でもついているのであろう矢で撃ち抜き、致命傷を与えた事を確認するとそのまま人混みにまみれて消えていった。

 

「あれは暗殺か?」

 

正確には違うが、それ以外の言葉が思い出せなかった。

 

「まあそんな感じだね。ここでは色々な要人が集まるから他の貴族とかに狙われるんだよ」

「ここでは暗殺が日常茶飯事って事かよ」

「そうだよ。周囲を見てごらん、事が起きている時はみんな避けていたけど済めばこの通りいつも通りさ」

 

彼女に言われて周囲を見るとまるで何事もなかったように活気が戻り談笑やら何やら聞こえてきた。

まるであの事件なんて無かったかのように振る舞う人達を見て奴等にとって人の死は取るに足らない日常なのだろう。

 

「この区では貴族が金を落とすから基本的に裕福な人達が多いから盗みとかは起きないけど代わりに政治的な暗殺や殺しが多いかな」

「ははっマジかよ…」

 

どうやら退廃区の中の細かい区分けの中でそれぞれに特色があるなんて誰が思うだろうか?

だが俺が命を狙われる事が無いとわかればそれはそれで気が楽なものだ、と考えたいがここで気を抜けばまた酷い目に遭いそうな気がするので気を抜かないでおこう。

 

「そろそろ約束の時間だし会場に向かおうか」

「おう」

 

人が目の前で死んでいくことに耐性が出来たら嫌だなと思いながらクリスの後をついて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほほほっしばらく振りじゃのう、小僧なは何というのじゃ?」

「サトウです」

「サトウか、何処かで聞いた名前じゃな?」

「確か勇者が同じ名前だったと思います」

 

なんだかんだオークション会場に入ると先程の用心棒が待っており、彼に案内されるがまま銀行などの手続きを済ませると本会場に連れて行かれたが、その途中でクリスの姿が見当たらなくなる。

彼女の言う作戦が開始されたのだろう。

この作戦では本来秘匿されている出品者の情報をどんな手段かは知りたくはないが掴むと言うものだ。

オークションが開始しその途中で席を立てば目をつけられてしまう以上、今の段階で姿を眩ますのが賢明だろう。

 

…まあその結果俺は護衛とボスに挟まれている状況にあるのだが…

 

「サトウ…うむ言いづらいな…よし小僧!オークションは初めてか?」

「そうですね、こう言った事は経験がありませんね」

「じゃろうな、だが口座には沢山のエリスがあると聞いたぞ」

「そうですね」

「流石クリス嬢が見込んだ事はあるわい」

 

クリス嬢とは一体?

まあ今度何かあったら呼んでやろうと思う。

しかし、システムの都合上口座を押さえられていると聞くとあまりいい気はしない。まあ俺の財産はポートフォリオの様な感じで分散してあるので一つ乗っ取られても問題は無いがそれはそれなのだ。

 

「ほら始まるぞ、小僧も何か欲しい物があったら買うといい」

「そうですね…」

 

ボスがそういうと会場が暗転し奥の段上にスポットライトが当てられ司会者が現れる。

 

「さあ始まって参りました第XX回退廃区オークション‼︎」

 

もう既に何度も繰り返されたであろう挨拶を終えると第一の商品が横から運ばれてくる。

 

「まず最初の出品です。最初を飾るのはこの商品です‼︎」

 

ビックリする様な効果音と共に運ばれてきた物に掛かっていた布が剥がされ商品の姿が現れる。

 

「第一の商品は紅の眼です‼︎紅の瞳といえばその紅色の輝き‼︎その輝きはどの宝石よりも美しく輝くと言われている事で有名です‼︎私このオークションの司会を何年もやらせて頂いていますが最近中々見ない商品です。もしかしたら何処かのコレクターが買い占めているのかもしれません、ならば今回がラストチャンスの可能性があります‼︎さあ開始は一千万エリスです‼︎」

 

「ほう…これは…」

「あっ…あ」

 

その眼は…

シリンダーに浮かんでいる二つの目は何処かで見たと言うか俺がよく見ていた彼女たちが興奮した時に見せる眼そのものだった。

正確にはゆんゆん・めぐみんの眼では無いが、あの目が紅魔族の眼である事は間違いない。

 

「何だ小僧あのくらいでビックリしてはこの先は耐えられんぞ…」

「あ…はいすいません、ついビックリして…」

「まあ、若さゆえのリアクションじゃな昔の若造を思い出すわ…」

「ボス、その話は恥ずかしいのでやめて下さい」

「ほほほっ」

 

どうやら護衛のオッサンも昔に俺と同じ反応したようでそれを懐かしんでいるようだ。

 

「あの眼を持つのは紅魔族という小さな村に住んでいる珍しい一族でな、何でも興奮すると目が赤く光る特徴を持っていてな、稀に死んでも尚光続けるその輝きに魅せられる者がマナタイトの入った溶液につけて保存する者がおるらしいぞ」

「そうなんですか…」

「その紅魔族は極めて魔力が高く並みの冒険者では返り討ちに遭うのじゃ。それに里の結束力が高いから個別で狙う事も難しいとの事だ」

 

結束力が高いと言うかみんな引きこもっているだけだと思うが、何も知らない人から見ればそう言う評価になるのだろう。

 

「それでボスは購入されるのでしょうか?」

「そうじゃのう…まあいつになるかわからんが暫くしたら大量に市場に流れてくるという噂があるから今回は見送るかのう」

「当てになるんですかその噂?」

「ほほほっ噂なんてものは所詮噂でしか無いからのう。外れ無い方が稀じゃわい」

「駄目だこの爺さん…早く何とかしないと…」

 

紅魔族の眼にそんな価値がある事分かった以上、めぐみんが爆裂魔法で動けなく無くなった所を狙われかねないので今度から着いて行こうかと思う。

 

「最初に紅の眼が出るとはのう…今回は面白いのが出るかもしれんのう」

 

ボスは長い髭を手で撫でながら眼を細めながらまるで嵐を予測する漁師の様にそういった。

 

 

 

その後紅の眼が霞むくらいの様々な物が出品され、目当てだった大量の人工マナタイトの競りを隣で見届ける。

このオークションでは神具はおろか人身売買もされているらしく見た目の美しい美女や美少年なども出品されており、紅の眼程の価値は持たないがアークウィザードの髄液やらドラゴンの心臓など様々な物が出品されていた。

 

「そろそろ大詰めとなりました、後二品でこのオークションを終わりになります‼︎」

 

司会の挨拶に合わせて大きな籠が運ばれてくる。

こういった時は基本的に生物が出てくるのが今の俺の定石である。

サイズからして大きめの絶滅が近い動物か、それともアルビノ体か色違いの亜種当たりだろう。

 

結局最後まで何も買わなかったが、本来ならそれが当たり前なのでそのまま終わりにしよう。

俺の目的はあくまでこのボスと話して知人である様に振る舞うだけなのだから。

 

「今回は何と珍しい貴族の子供ダスティネス・フォード・シルフィーナ‼︎彼女はなんとあの有名なダスティネス家の当主代理の従姉妹にあたる少女でございます。本来であれば貴族の子供なんてものはお目にはかかれませんが、今回王族の方でゴタがあったらしくその隙に入手したとの事‼︎管理の都合上調教は既に済んでいるためそっちの趣味の方は楽しめませんが、新品未使用となっていますのでそちらは楽しめます‼︎こちら二千万エリスからとなります‼︎」

 

「こ…これは…」

「ダスティネス…」

 

ダスティネスと言えばダクネスの実家になる訳だが、従兄弟ということは親父さんの兄弟の子供ということになる。

ダクネスがそんなミスをするとは思えないが、あの王都の惨劇に対応していたとなるとそこまで手が回らなかったと考えてしまう。

感知スキルでは貴族の放つ独特な気配を放っているので少なくとも一般人では無い事は確かだ。

 

であれば俺はこの競りを落とさなくてはいけない。

ダクネスにはそれなりの恩があるので此処で競り勝って譲り渡せば、この競りに使った金額プラスαの金額を貰えるだろう。

しかし、これがダクネスによる策略の一部だった場合どうだろうか?考えたくはないがダクネスが王都襲撃の隙を見て邪魔な関係者である従姉妹を抹殺しようなんて事はなくは無い。

誰しも皆人には見せない仮面を被っている、ダクネスもその一人かもしれないのだ。

そうすれば俺は余計な事をしてしまった事になる。だが、仮にそうだったとしたら俺はそんなダクネスを許せるのだろうか?

 

ならやる事は一つだ。

 

「その少女は俺が貰ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ‼︎」

 

そうこれは俺の理想とするクリーンなダクネスのためであり、俺がロリコンである訳では決して無いのだ。

もう一度繰り返そう、俺はロリコンでは無い‼︎

 

何とか競に買ったが、一億数千万エリスを失うと言う結果となった。

まあ資産はまだ沢山あるが、それでも一度の買い物にこれ程までの金額をかけてしまった事の罪悪感は拭えない。

 

そんな事を考えている間に最後の商品に神具が出品され会場はさらに沸き立ったが、そんな事などどうでも良いくらいに俺の心は達成感に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

その後、俺はボスに付き添われながらダクネスの従姉妹であるシルフィーナの受け取りに向かう。

人工マナタイトの回収は部下が行うらしく、何故か俺のサポートをしてくれるらしい。

 

「サトウ・カズマ様こちらが今回購入された少女ダスティネス・フォード・シルフィーナでございます」

 

個室に案内されると係員が檻の中に仕舞われていた少女を俺の元に出す。

檻の外に出された少女は調教の後だろうか、顔以外には所々アザが見受けられその姿は痛々しかった。

 

「ほら、このお方がお前のご主人様だ」

 

少女には首輪がつけられ逃げない様にそこから鎖が伸びており、その姿はまるでリードに繋がれた子犬を連想させた。

 

「よろしくお願いします、ご主人様…」

 

ボロボロで満身創痍な状態で自分は一体どうなってしまうのかと不安で仕方がないであろう彼女は、俺の顔を見るとそう仕込まれたのか弱々しい笑顔でそう言った。

 

 

 

 



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銀狼の牙5

遅くなりました、今回はギリギリなので誤字が酷いかもです…
後少し過激な描写があります…


「よろしくなシルフィーナ」

 

ダクネスを小さく儚くした様な少女に警戒心を与えない様に挨拶を返す。

 

「それでは次に刻印をつけますね、何か統一している紋様などはありますか?」

「紋様?」

「この娘がお前さんのものだと言う証じゃよ、これがないとまた連れ去られてしまうからのう」

「そう言うんもんですか?出来れば綺麗なままで連れて行きたいのですが…」

 

どうやら買い取ったり契約した奴隷に自身のものである証明として刻印をする文化があるらしい。

スタッフ曰くこのオークション会場で購入した以上刻印を刻むのは義務というか必須との事で、それをしないのであれば今回の取引は中止となり料金のみ回収されるとのことだ。

原則あれば例外ありの原則に従い抜け道が無いかと問い掛けたが、このオークションの信用問題に関わるとの事で出来ないらしい。

あまり人間を物扱いするのはよく無いと思ったのだが、これが無いと作業させている間に他の組織に連れ去られてしまうそうだ。

 

「そうですか、ですが特に刻印は考えていないですね…」

 

自身のサイン等々証明するものを持ち合わせていないので此処は素直に持ち合わせていない事を伝える。

するとスタッフの一人が追加で料金を払えばデザインを買えるとの事だったので一番俺の感性に沿っているものを選び選択する。

 

「今回購入した刻印を覚えておくのじゃ、これは今後お主のものである証明になるからのう」

「そういうもんですかねぇ…」

 

この業界というか界隈では個人が刻印というか家紋の様なものを付けることによって個人の物である証明となり、その刻印の記されたものに手を出すと言う行為は原則してはいけないらしい。

 

「それでは刻印をコレに記しますので血の提供をお願いします」

「どう言う事ですか?」

 

あまりの唐突な指示に驚いてしまうがそこはすかさずボスが説明してくれる。

話によると刻印はその持ち主の血液をインクに使用しその者の肉体に直接刻み込むものらしく、その為刻む際に一定量の血液を提供しないといけないとの事だがこの世界に注射器のような採血道具が存在するのだろうか?

 

「では採血しますので腕をお出しください」

「あ、はい」

 

よくわからないまま支持されるがまま腕を差し出すと巨大なヒルを改造した様な道具が取り出され、それに付属する牙の様な物を俺の腕に突き刺した。

吸血する仕様の牙とはいえ麻酔の工程がないので若干の痛みが腕に走る。

 

この世界の考え方に成る程なと思いながらその光景を眺めていると、ヒルの頭だけを切り取り本来の体の部分はタンクに挿げ替えられている様でそのタンク部分にえげつない程の血液が溜まっているなと思っていると採血が終わったようでその頭部を腕から引き抜かれる。

 

引き抜かれた後は止血剤なのか謎の粉を掛けられゴムの様なバンドで腕を締め付けられる。

 

「それでは刻印が終わるまで暫くお待ちください、何か用事がありましたら明日までに迎えに来てください」

「あ、はい」

 

通常であれば複数購入するため、それぞれの品を安全に運搬する都合上一度に沢山運ぶ事が出来ない人用に暫く会場で保管してくれるらしい。

その期間はものによるらしいが、生き物は食事など生活させないといけないので一日だけらしいとの事だ。

 

「さて暇になったのう、何かやり残した事は無いかのう?」

「特に無いですね…」

 

まるでゲームの進行役のようなセリフを吐いてくるボスに答えると、何かあったのか部下の一人が現れてボスに耳打ちをする。

 

「嬢ちゃんから連絡が来た、どうやら作戦は成功の様じゃな」

「そうですか」

 

子供の事ですっかり忘れていたが、一応名目上はクリスが人工マナタイトの出品者を突き止めその出所を掴みという作戦だった事を思い出した。

バレれば命を失いかもしれない行為を彼女にさせながら自分は女の子漁りに夢中だったなんて事は口が裂けても言えないだろう。

 

「嬢ちゃんはゆっくり来てくれと言っておったが、先にそちらを済ませてから戻って来るのが丁度ええ」

「そうですね、俺はそこに向かいますのでボスはここで待っていてください」

「流石に小僧を一人で向かわせるには危険じゃから、ワシも近くまで送ろうかのう」

「ありがとうございます」

 

折角の行為を無碍にする事はその人を否定することに繋がるのでここは言葉に甘えて送って貰うことにする。

 

「そうと決まれば向かうかのう」

 

そう言うボスに着いて行くと外には馬車の小型版の様なものが停まっており、部下に案内されるがままに乗り込む。

簡単に説明するのであるなら人力車の人の部分に変わった生物が繋がれている様な感じだ。

 

「小型ながらによく走るじゃろう」

「そうですね」

 

流石に退廃区といえどもスピードを出して良いわけではなかったようで速度は走るよりかは少し早いくらいだった。

 

 

 

 

 

「そういえばボスは昔からクリスと知り合いだったように見えましたが、どんな関係だったんですか?」

「嬢ちゃんとわしの関係か?そうじゃのう…」

 

気まずさから出た簡単な質問だったが、ボスからしたら答えに難しいらしく答えるのに言い淀む。

 

「ワシらからすれば嬢ちゃんは光みたいなもんでのう、若い頃はよく世話になったものじゃ」

「そうだったんですか…?」

 

ボスの言葉に違和感を覚える。

爺さんの見た目からして年齢はゆう60は超えているだろう。そのボスが若い頃はと言うとクリスは一体幾つなのだろうか?

先程までは神具で誤魔化していたと思っていたが、ここまで来るとなると最早それだけでは無い何かを感じる。

 

「昔は皆色々今の皆の行為が善行に見えるほど悪いことばかりしておってのう、その時によく成敗されたものじゃ…」

「外で言う警察みたいなものですか?こうルールを無視したら捕まえる的な?」

「近いが違うのう、外なら捕まえて色々してから罰が決まるがお嬢ちゃんのそれはそんな生易しいものじゃ無かったわい…」

 

ボスは昔に色々と酷い目にあったのだろうか、話をしながら遠い目をして何処かを見ていた。

 

「すいません間違っていたら申し訳ないんですけど、その話通りだとクリスは昔からあのままという事になってしまうんですけど?」

「そうじゃよ、昔は皆から姉さん姉さんと呼ばれていたが今じゃ皆歳をとってのう…気づけば嬢ちゃんと呼ぶようになっていたわい」

 

ボスの言う事に驚きを隠せないというか、何故その事を指摘しないのかが分からなかった。

 

「ほほほっ何故嬢ちゃんの姿が変わっていないか不思議そうな顔をしておるのう」

「やっぱり何かあるんですか?」

 

どうやら何かしらのカラクリがあるようで、今まで説明しなかったのは俺の反応を面白がる為だったようだ。

 

「嬢ちゃんの姿が変わらないのはのう…ワシも分からん‼︎」

「知らないのかよ⁉︎」

「ほほほっ」

 

どうやら本当に知らなかったようで、さらに突っ込もうとボスの顔を見たが、ボス自身も昔必死にその術を証明しようとしていた様なそんな疲れた眼をしていたので止めた。

クリス…どうやら彼女の謎は何処に行っても明かされないようだ。

 

「ただ昔本当に酔っ払った事があってのう、その時に待っている人が私を私と認識できるようにとか言っておったな」

「何ですかそれは…」

「ワシにも分からん、次に日に問い詰めてもはぐらかされるばかりで要領を得んかったわい」

 

待ち人を待っているとの事だが、あの時代から今の時代まで生きているとなるとウィズの様なリッチーなどのアンデット系になるだろう。

彼女もあまり表に出さないが、アンデットを狩る事に対して執念深かったのでもしかしたら昔にリッチーか何かに因縁があってその決着を待っているのかもしれない。

それであれば普段のアンデットに対する彼女の執念深さも頷ける。

 

「僕が言うのも何ですがクリスは謎が多いですね…」

「そうじゃのう…ワシも親よりも長い付き合いじゃったが全く分からんかったのう…じゃが一つ言える事はお主を連れてきた時の嬢ちゃんはどこか楽しげだったのう」

「そうなんですか?」

「ああ…ワシらの知っている嬢ちゃんはいつもムスッとしておってのう、キレたナイフの様じゃったわい」

「へぇ、そうなんですか」

 

 

 

 

 

そんなこんなで会話をしていると近くに着いたのか部下が運転席から知らせが入る。

 

「着いた様じゃな、ワシは歩くのに時間がかかるから小僧は一人で行くと良い。時期に追いつく」

「分かりました」

 

ボスに礼を言いながらクリスの伝言場所である建物に入る。

 

彼女の指定した場所は退廃区の中でも高級な部類に入るのだろう、内装は豪華でいかにも貴族御用達と言いたげだった。

そう言えば階数と部屋を聞いてなかったと思い、無警戒ではあるが受付で聞いてみようとすると部下の一人が俺を見つけ、すれ違いざまに階数と部屋の番号を耳打ちする。

 

その行為に流石は裏世界の住民と思い、感心しながら階段を使用してその部屋と向かう。

指定された階数はこの建物の最上階だったらしく階段を登るだけでかなりの体力を消費してしまう。

 

最上階に着くとフロア全てが一つの部屋になっている事に気づき、流石高級志向の建物だと感心する。

俗にいうスイートルームという事だろう。

 

最上階に辿り着き入り口の前に立つ、流石にここでチャイムを鳴らすのはどうだろうと思ったので潜伏スキルを使用しながら部屋の中に入る。

感知スキルでは部屋に沢山の反応がありその中でも二人程目立つ反応があり、一つはかなり弱っているのか反応が希薄になっている。

 

二つのうち大きい方がクリスの気配になる。となると相対的に小さい方は貴族の方になるわけだが果たして誰なのだろうか。

まあ基本的に知っている貴族と言えば数が知れているが、もし知っている貴族だった場合の事は考えておいても損はないだろう。

 

「クリス入るぞ…うっこれは…」

 

部屋に入って早々部屋に充満している匂いに気づく。

匂い自体はよく嗅ぐが、ここまで強いのは感じた事がない。

 

…そう部屋は血に匂いで充満していたのだ。

 

「あれ?もう来たの?ゆっくり来てって言ったのにな」

「…」

 

部屋の大広間のような退廃区を展望できる部屋で、その景色を背にしてクリスはまるで悪戯の途中で見つかったバツの悪い顔をしながら俺の存在を認識した。

 

「…何してんだよ?」

「何って聞き出しているだけだけど?」

 

そのクリスの奥には椅子太った中年男性が縛り付けられた状態で座っており、周囲にはボディーガードなのか黒服に身を包んだ警備員が血を流しながら倒れていた。

そして部屋の端にはその者の貴族の証のついた奴隷が隅で震えていた。

 

警備員の方はクリスがやったのだろうが奴隷の方はその貴族がやったのだろう、明らかに傷つけることを意図した悪意を受けた後が散見される。

 

「流石にやりすぎじゃないのか?」

「そうかな?もっと周囲を見てごらんよ」

「周囲…うっ」

 

クリスに促され周囲をみるとそこには生きたまま皮を剥がされ、それでも死なない様に魔術的処置のされたものや、色々な人間の四肢などのパーツをつなぎ合わされて作られた等の生体オブジェクトが飾られていた。

 

「この人はねこうして買い取った奴隷を芸術と称して生きたまま加工するんだよ…そしてわざわざホテルの部屋を買い取って美術館とか言っている始末…君はこれを見ても私のした事がやり過ぎと言えるの?」

「いや…それは…」

「言えないよね、こういう人間はね例え死んでも変わらないんだよ」

 

初めてみる殺意のこもった彼女の表情に何も意見を言えなくなる。

それを見て俺が納得したと彼女は感じたようで、先程まで行ってきた行為を再開する。

 

「さて余計な横槍が入ったけど再び質問を再開しようかな?ねぇ君達は人工マナタイトを何処で作っているのかな?」

「んーんーーーっ‼︎」

「何?聞こえないな?」

 

彼女の相対している人物の姿を確認すると、何度も殴られたのが顔面は腫れ上がり全身には焼かれていたのか火傷の後が見られた、そして既に両手の指が切断されており地面に落ちている指には鉄の串が無数に刺されている。

彼女は事情を聞くことよりも尋問をする事が楽しいのか、猿轡をさせながら質問に答えられない様にしており奴は彼女の質問に答えたくても答えられない状態だった。

 

「もう強情だな、そんなに痛められるのが好きなのかな?」

「ん…んーーーーっ⁉︎」

 

質問し、答えられないとその度に制裁と言う名の拷問が開始されると言う恐ろしい光景が広げられている。

貴族本人は答えたくても答えられないと言う絶望に身を堕としながら自身の命が尽きるのを待たなくてはいけない。

 

「クリス、そろそろいいだろ?早く聞く事を聞き出さないと死んじまうぞ?」

「ええ?別に死んだら死んだで、死んだ後に聞けば大丈夫だよ」

 

最初にこの部屋に忍び込んでこの光景を見て、彼女は怒りに取り憑かれているのだろうか、よく分からないことを言い始める。

確かに俺もこの光景を見てしまったら我を忘れてしまうだろう。ここに存在するオブジェクトや奴隷たちは全て今尚生き続けているのだから。

 

「それでもだ、今は時間が惜しいんじゃないのか?こいつが帰らなくなれば大本が勘付いて逃げるかもしれないぞ?」

「へぇ、私に意見するんだ…」

「…」

 

彼女の視線と脅しに対して沈黙と目線を返す。

 

「……………」

「…………はぁ…分かったよ」

 

そして時間からすれば数秒だが俺からしたら10年ぐらいに思える程の沈黙の後、正気に戻ったのか観念して持っていた得物を腰にしまった。

 

「それで話を戻すけど君は誰から人工マナタイトを仕入れているのかな?今答えるなら私の助手に免じて拷問するのは辞めてあげるよ」

 

彼女は以前の様な目では無く普通の目をしながら猿ぐつわを外しその貴族に質問する。

 

「小僧…感謝する…人工マナ…タイト…は我が一族の本家にあたるアレクセイ家だ…」

 

奴はボロボロになった喉と唇を振るわせ自身の大本である貴族の名を口にした。

 

「へぇ…やっぱりそうなんだ、まあ君を見た時からそんなもんじゃ無いかと思ってたよ」

「最初から分かってたのか?」

「違うよ…そういえば君は知らなかったね。この人はアウリープ、アクセルの領主であるアレクセイ家の分家に当たる貴族だよ」

「そうなのか?」

「そうだよ、彼の代になってからアレクセイ家は急速に力を付け始めてね。そろそろ何かしら手を打とうと思っていたんだよ」

 

アレクセイと聞いてバルターの事を思い出す。

もしかして今回の件も辿っていけば奴の元に辿り着ける可能性がある。

仮に奴と遭遇しても今回はクリスが居るのでもしかしたら奴との因縁に終止符を打てるかもしれない。

 

「でもその真偽はどうなんだ?苦し紛れを装って目の上のたん瘤の本家の当主を引きずり落とそうとしている可能性も考えられないか?」

「ふふっこの人を助ける様に私に言ったのは君なのに恐ろしい事を言うんだね‼︎」

 

可能性の話をしたのだが、それを聞いてその答えがツボに入ったのか彼女は柄にもなく大笑いした。

 

「おいおい笑うなよ…」

 

アウリープはこれ以上余計な事を言わないでくれと全身全霊の表情でこちらに懇願するかの様な目で俺を見つめてくる。

 

「そこは大丈夫だよ、彼の人望は殆ど無いからね。頼るなら小物の親戚くらいなものさ」

 

どうやら彼女の頭の中では全ての辻褄があっているのかわざわざ聞き直す様なことはしなかった。

 

「それじゃあ君の言う通りアレクセイ家に向かおうか…いや屋敷には何も無いね…」

「どうした?」

 

これからと言う所でクリスが何やらブツブツ呟き始める。

 

「そうだ‼︎ねぇ工場の場所教えてくれないかな?」

 

彼女は情緒不安定なのか笑顔で奴の首を掴みながら質問をした。

そして質問を受けた奴は恐怖が限界に達したのか失禁しながら工場の場所と思わしき場所を彼女に伝えたのだった。

 

 

 

 

 

「それで?この人達はどうすんだ?」

 

失血死しない様に応急処置を施し、アウリープをの残った部分を縛り身動きを取れない様に拘束する。

そして周囲を見渡せば奴の資産である生命たちがどうすればいいのか分からず俺たちに答えを懇願するかの様に視線を送っている。

 

「そうだね…取り敢えず彼達は楽にしてあげないとね」

 

彼女は腰から大きめのダガーを取り出すと、部屋に固定されている生体オブジェクトの頭の部分を出来るだけ痛みを与えない様に素早く破壊していった。

 

「勘違いしないでね、君はシスターの元へ連れていけば彼らを元に戻せると思っているかもしれないけどそれは無理だよ」

「そう…なのか?」

「そうだよ、この状態で人を生かすにはその状態に生命を固定しないといけないんだ。本当はそんな事通常は出来ないけどそれを無理矢理したから何をしてもその姿でしか回復できないんだ」

「…」

 

彼女は聴覚が残っているのかすら怪しい生体オブジェクト一体一体に労いの言葉を掛けながらその生命を狩っていく。

そして全てのオブジェクトを破壊し彼女は残骸に手を合わせる。

 

「…残るは彼女達だね」

 

破壊された生体オブジェクトの処理を済ませた後彼女は隅で震える奴隷達に向き直り、それに気づいた奴隷達は自分達も殺されるのでは無いかと恐怖に震える。

 

「…なあ彼女らは殺さなくてもいいんじゃ無いか?」

 

流石に彼女らは全身ボロボロで欠損がある個体もあるが、オブジェクトの様に不可逆的損傷では無いので殺さなくてもいいのでは無いかと思う。

 

「へぇ、君は彼女達を救ってどうするのかな?奴隷はねその刻印がある限りどう足掻いても主人の命令には逆らえないんだよ?そんな状態で自由を与えれば後は言わなくても分かるよね?」

「ああ…」

 

彼女らはアウリープの奴隷の刻印に縛られるので、自由を手に入れその先で幸せを掴んだとしても奴の命令一つでその楽園が地獄に変わってしまう可能性を持つと言う話だ。

結局、こいつが改心した所で魔が差して仕舞えばそれで崩れてしまうのだ。

 

「…冗談だよそんな顔をしないで。この刻印から逃れる方法が無いわけじゃ無いんだ」

「本当か?」

 

どうやら刻印から逃れる方法がある様だ。

ただ、あれ程のものから解放されるにはかなり苦労しそうだ。

 

「それはあれか?こいつに契約を破棄して貰えばいいのか?」

 

契約とは両者の合意の元に行なわれるものと聞く。

まあ今回は一方的なものだったが、主人であるアウリープが主従契約を解除すればこの刻印も効果が切れるのだろうか?

 

「残念だけど、そんな簡単にこの刻印は消えないよ」

「え?」

 

どうやら違うらしい。

だが、そうなると契約を解除する方法が思いつかない。

刻印を消す解呪師みたいな者がこの世界に存在して、その人にお金を払って解呪してもらわなくてはいけないのだろうか?

 

「まあ簡単では無いと言うのは嘘かもね…」

「どう言う事だよ?」

「方法はね主人であるこのアウリープを殺す事だよ」

「殺…す?」

「正確には刻印を持つ人間が主人を殺せば全ての契約が破棄され刻印はただの刺青になるんだ」

 

彼女から発せられた言葉に言葉を失う。

折角彼女から助けたのにこいつは改心する間も無く殺されないといけない事になる。しかも自身が買ったであろう奴隷から。

 

「折角助けたのにか?」

「そうだよ、だから判断は彼女達に任せるよ。例えどの選択肢を選んだとしても結末の責任を取るのは彼女達だからね」

 

そう言いながら彼女は周囲の黒服達が持っていた刃物を全て彼女達の元へと拾っては投げていった。

その刃物らを一人一つ程取れる本数を配置したことを確認すると彼女は彼女らに言葉を伝える。

 

「さあ、選びなよ。このままこの男に縛られる人生を送るかそれともその男から解放される人生を。安心してどの選択肢を選んでも私は君達を殺したりしない、どれを選ぼうとも君達の処遇はこの後来る私の知り合いのグループに任せるよ」

 

まるで何処かのデスゲームの最終戦の様な光景に言葉を失うが、俺がこの光景に口を出す権利は無いし、例え出したとしてその責任を取る術ない。

 

「…」

 

幾分かの沈黙の後、奴隷の一人が床に刺さっている刃物を引き抜き転がっているアウリープの元に向かった。

奴は命令を出せない様に猿ぐつわをしており、さらに抵抗しないように拘束は解かないままの状態だった。

 

この状態でも奴はクリスから取り戻した命を逃すまいと猿ぐつわ越しで殺さないように奴隷に対して涙を流しなら懇願する。

だが、その光景が逆に奴隷の逆鱗に触れたのか、彼女は躊躇する事なくそのまま刃物を奴の喉元に思いっきり突き刺し見事奴の命を奪い去った。

 

きっと彼女が泣きながら懇願しても奴は暴力を止めなかったのだろう。

 

「おめでとう、これで君達は自由だ…」

「わ、私は…」

 

ポンとアウリープの喉元に刃物を突き刺した彼女の肩に手を乗せながらクリスは労いの言葉をかける。

それを聞いた彼女は達成感なのかそれとも罪悪感か分からないが涙を流しながらクリスに泣きつき、クリスはそれを拒まずただ無言で彼女を抱き締めて背中を撫でるのだった。

 

 

「大丈夫、大丈夫だよ」

 

そして気付けば奴隷の少女は疲れたのか眠ってしまい、クリスはその少女を優しく地面に寝かせると入り口に向かって叫ぶ。

 

「居るんでしょ?私の用は済んだから後は任せてもいいよね?」

「え?」

 

感知スキルでは何も感じなかったが、クリスが言葉を掛けた瞬間にボスの気配が一瞬にして存在を明かした。

この退廃区の住民は皆潜伏スキルを履行しているのだろうか?

 

「ほほほっやはり嬢ちゃんには敵いませんのう」

「当たり前でしょ?」

「それで?このレディ達をワシにどうしろと?」

「それは君に任せるよ、そこまでの責任は私には無いからね」

 

彼女はそう言うと服の埃を払って部屋の外へと向かい、部屋の外にはいつから居たのか部下達が色々道具を持ちながらいつでも動けるように待機していた。

 

「行くよ助手君。色々ショッキングだろうけど今君が抱いた感情を大切にして失ったらいけないよ、君の居場所はここじゃ無いんだからね」

 

彼女は悲しそうな顔をしながら俺にそう言って肩を叩くと、先に建物から出ると階段を降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え⁉︎奴隷を買ったの⁉︎」

 

アレクセイ家の別荘になっている場所に向かう事になったのだが、その前にシルフィーナを回収しないといけない事を思い出し、それを彼女に伝えると先程のセンチメンタルな雰囲気を何処かに置いていったかのように大袈裟に驚いた。

 

「何か買えっていったから…つい」

「ついって何それ⁉︎」

「まあクリスもみれば分かってくれるよ」

「えー」

 

先程まで奴隷の解放だの幸せだの何だの言っていたので言い出し辛かったが、このまま黙ったままでは彼女がどうなってしまうか分かったものではないのでここは正直に伝えることにしたのだ。

 

「私がアウリープまで辿り着くのに死に物狂いだったのに、その間君は女の子鑑賞していたの⁉︎」

「言い方が悪いぞ‼︎俺はクリスに言われるままボスの機嫌を冷や汗をかきつつもとりながら場を繋いで、友好的であるとアピールしてたんだぞ‼︎」

 

そこからギャーギャー討論という名の言い訳合戦が始まり、最終的に仕方ないと迎えに行く事となった。

 

 

そしてオークション会場に着くと既に作業は終わっていたようで、先程のスタッフの元に行くと契約書と説明書きに用紙を渡される。

 

「まず刻印の説明ですね。これは提供されたあなたの血液を使用して描かれておりまして表面上は刻印部分しか認識できませんが、実際は全身に刻まれておりますので刻印部分を剥ぎ取っても残りますので安心してください」

 

初めての奴隷購入者の印象をもたれたのでスタッフが契約に関しての内容を細かく説明してくれるようだ。

その配慮は嬉しいが、後ろでクリスの視線が突き刺さるので出来ればここは早く済ませてほしかった。

 

「この刻印を付けられた奴隷は基本的に貴方の命令形の言葉に従いますが、他の方の命令には自由意志を持ちますのでご家族等々は事前に命令しておくなど対策をして下ださい」

「はい、分かりました」

「そしてこの刻印は基本的には消えませんが、奴隷が貴方に手を下した場合は当然の事ながら効果が無くなりますので気をつけて下さい。まあ他人の刻印のついた奴隷が他で生きて行ける術はないので大丈夫だと思いますが…」

 

結局他人の唾のついた奴隷を飼うくらいだったら新しい奴隷を買ったほうがいいという事だろう。

 

「また貴方なら大丈夫だと思いますが、奴隷も人間ですので食事を与えなかったり暴力を加えると死んでしまいますので気をつけて下さい」

「分かりました、その辺りは大丈夫です」

「ではこの契約書にサインをして頂いてお願いします」

 

説明の後、渡された書類の内容を読み問題がない事を確認した後下の欄に自身の名前を記入する。

 

「では奴隷のお渡しですね」

 

書類に不備が無い事を確認し、奥に居る別のスタッフを呼ぶと奥から先程と同じ様に鎖に繋がれたシルフィーナを連れてこちらに来る。

そしてそれを見たクリスは驚愕の表情をした後俺の顔を見る。

 

「言っただろ顔をみれば何で俺が購入したのか分かるって」

 

鎖を受け取った後、首輪の鍵を受け取るとスタッフは次の対応がありますのでとそそくさと裏に戻っていった。

 

「…そうだね。これは流石の私も予想できなかった…ありがとうね」

 

クリスは鎖に繋がれた彼女を見ると自分を責めるような悲しそうな表情をしながら俺にお礼を言い、これから自身がどうなるか分からない彼女はただ震えるだけだった。

 

 

 




クリスの性格が…



次回休みます…


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銀狼の牙6

遅くなりました、色々あってしばらく投稿できたりしなかったりします。


「それでこの子を回収したのはいいけど、どうするか…」

 

その場の流れでシルフィーナを購入した訳だが、これからアレクセイ家にカチコミを掛けるとなる事を考えると流石に連れていくわけにはいかない。

奴隷なので自由にしていいとこの界隈では言われているが、俺のホームはあくまでアクセルなのでなるべく普通の女の子として扱いたいのだ。

 

「そうだね…この区で預けるには安心できないからね、一度君の仲間に預けたらどうかな?」

「いや流石にこの子を連れてアクセルには帰れないな…」

 

ただでさえ帰って居ないのに、いきなり小さな女の子を連れて帰ってきてしばらく預かってくれなんてとてもじゃないが言えない。

 

「それじゃあ酒場に預かって貰おうか、あそこならアレクセイをとっちめている間くらいは安全だからさ」

「大丈夫なのか?というかそこまで行くんならダクネスに渡したほうがいいんじゃ無いのか?」

 

結局のところ出来るのであればそれが一番いい考えなのだろう。

この子にとっての俺は持ち主でしか無いが、ダクネスは親族で従兄弟にあたり本家の当主代理を務める程なので彼女に渡せば何かしらの人脈や知識でこの刻印についても解決してくれるだろう。

 

「それは止めておいた方がいいよ」

「どうしてだよ」

 

話としては確定していないが、一応暫定として酒場のマスターに預かってもらうという話になったので最初の場所に向かいながらクリスと作戦会議をしていたわけだが、俺の提案を彼女は快く思って居なかった様でまるで諭すように否定した。

 

「ただでさえダクネスは今回の件で頭がいっぱいだからね。まあ状況を見るにその子の親御さんも個人的には探して居たみたいだけど結局本家には連絡はしてなかったみたいだね」

「…詳しいんだな」

「ダクネスの反応を見ればわかるよ。あの子は優しいからね、もし親族の一人に何かあれば心配せずにはいられないそんな子だから、もしあの子がこの子の事を知って居たなら君には人工マナタイトの捜索じゃなくて子の子を探す事を第一に伝えたはずだよ」

「確かにそうだな」

 

確かにダクネスが自身の親族の事を優先しないとは考え辛い。

人工マナタイトの出所の捜索だけであるならクリス一人で十分なはずだ。それをわざわざ俺もメンバーに加えた事を考慮したのであれば他に憂う事が無かった事の証明になる。

 

「それに奴隷の証のついたこの子ををダクネスが見たらどうなると思う?例え君が所有権を持っていたとしても刻印のついた貴族の人間が社交の場に出る事は出来ないのが貴族社会の定めだって事を誰よりも知っている筈だからね。もしダクネスがそれを知ればこの子の刻印を消す事に気を取られるんだよ」

「だったら刻印を…」

 

刻印を消してから渡せばいいじゃねかと言おうとした所で言葉に詰まる。

 

「そうだね、その言葉の続きを言おうとしたら流石の私でも君を引っ叩こうと思ったよ」

「…悪い、忘れてた」

「そうだね、彼女を解放する方法は彼女自身の手で君を殺す事だよ。それをすれば君は死んじゃうし、この子にもトラウマが残るだろうね」

「他の方法は無いのか?」

「無いよ、奴隷の刻印は全身の奥深くに刻まれているからね。出来ないけど何かしらの手段で勝手に外そうとすれば刻印のセーフティーが発動するすし、ほぼ無理だね」

「…そうか」

 

俺の足元で静かに止まっている彼女を見下ろしながらこれからどうしたものかと考える。

 

「取り敢えず酒場の人に預けて一通り終わったら迎えにいけばいいか」

「そうだね、それがいいと思うよ」

 

取り敢えずは彼女の事は置いておいて俺達はアレクセイ家に行き事件を解決しないといけないのだ。

 

「それじゃあこっちの道から行こうか」

「ああ、そうだな」

 

シルフィーナの手を引きながらクリスの指差す道へと方向転換する。

 

「この道は近道だけど気をつけてね」

 

彼女は少し不安げにそう言いながら華やかな場所から寂れた道へ向かう。

華やかな場所だとしても道が一つずれればこんな寂れた所へと変貌してしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

彼女に案内されるがまま進んでいくと、まるで廃れて誰も手入れをしないまま数十年経ち心霊スポットの様な雰囲気を醸し出している商店街跡の様な道に辿り着く。

そこでは正気を無くした人達が空虚を見詰めながら死を待っている様だった。

 

「ここは何なんだ?」

「ここかな?」

 

その異質な雰囲気に圧倒され思わずクリスに訪ねると、彼女はあまり答えたくなさそうな雰囲気でここがどう言った所なのかを語り始めた。

 

「ここは奴隷の掃き溜めだよ」

「掃き溜め?」

「そうだよ。さっきは詳しく言って居なかったけど、奴隷の持ち主が奴隷の子に殺される事なく亡くなった場合はその刻印消えずに永久的に残り続けるんだよ」

「そうなったらもう一生その刻印を消す事は出来なくなるのか?」

「そうだね。ただ血縁者なら契約を引き継げる事があるけど、それは事前に儀式みたいな事をしないといけないからあまり見ないかな?」

「それでご主人がいなくなった奴隷はこうしてここに捨てられるってわけか…」

「他者の刻印が入った子はもう他の人の刻印を入れる事ができないからね、そんな子をわざわざ引き取るよりも新しい子を迎えた方がいいってさっき言ったよね。だから行き場を失った奴隷の子はこうしてここに辿り着くって事だよ」

「そうなのか…」

 

日本で言う戸籍を作らないまま育てられ両親を事故で失った子供に近いのだろうか?

戸籍がない以上義務教育を受けられないまま大人になり、無教養のまま社会に放り出され戸籍が無いので働く事も出来ず社会から居ない者の様に扱われるそれだろうか?

 

周囲を見渡すと辺りにはまるでシルフィーナに嫉妬の様な感情とお前も同じようになってしまえという怨嗟の入り混じった視線が向けられていた。

例え服を着替えさせ刻印を見えないようにしても奴隷同士何か感じるものでもあるのだろうか?

 

震えるシルフィーナに大丈夫だと言い聞かせながら道を進んでいくと、捨てられた奴隷の一人が先頭を歩くクリスの足元に縋りついた。

 

「…スリ…」

「?」

 

縋りついた奴隷は何やら聞き取りずらい音量で何か言っているようで、流石にこっちまで来るとは思って居なかったのかクリスもポカンとした表情でその奴隷を見つめる。

 

「ねぇ…持っているんでしょう?赤い石を…」

「………っ⁉︎」

 

その言葉が聞き取れたと思った瞬間、クリスはその奴隷を咄嗟の判断だったのかそれとも状況を理解できずに出た反射なのか思いっきり建物の外壁まで蹴り飛ばした。

 

「クリス?」

「…ごめん…らしくなかったね」

 

奴隷の子は壁に激突した痛みで呻いてはいるが特に大怪我をしたわけでは無いようで転がった場所でうずくまっており、それを見た彼女は目線を再び前に戻し酒場に向かう道へと足取りを戻す。

 

「…気をつけなさいそこの小さなお嬢さん…早くそこの男を殺さないと貴女も私達の…仲間入りになってしまうわよ…」

 

クリスが奴隷の子を無視するスタンスを取った為、その矛先がシルフィーナに向く。

正直言ってその発言を参考にされてしまうと俺が死んでしまうので止めてほしいが、今の現状を生きている彼女からすれば自身の手で飼い主を殺せなかったのが悔いになっているのだろう。

 

何だか可哀想になってきたのでサンプルとして渡された人工マナタイトを奴隷の子へと投げる。

それを見てクリスは何か言いたげだったが、言っても意味がないし言うのであればもっと重要な事があるから言うまいといった空気を感じ取る。

 

「ありがとう…意外といい人なのですね…」

 

奴隷の子はそう礼を言いながら俺の放り投げた人工マナタイトを拾い上げるとそれを何の躊躇いもなく口の中に放り投げ飴玉のように転がす。

 

「折角だから見ておくといいよ、人工マナタイトを摂取した人間がどうなるのか」

 

いつの間に後ろにいるクリスが俺の耳元でそう言うと、視線を奴隷の子に向けるように指をさす。

その視線の先では人工マナタイトが口内で溶解し粘膜から吸収されたのか、奴隷の眼が上を向き狂った呻きの様な声を上げながら痙攣し出し最終的にその子は気絶し周囲に水溜りが広がり出した。

 

「これがマナタイトをキメるってやつか…」

「そうだね、本当ならもっと細かくした物を少しずつ使うんだけど、ここだとすぐ他の子に取られちゃうからね一度に使い切るしかなかったんだよ」

 

どうやらいきなり基準量をを超えた量を摂取した為に得られる刺激が度を越してしまったようだ。

クリス曰く少ない量でシュワシュワと比べ物にならない程の快楽得られるらしく、種類によっては楽しかった思い出をリフレイン出来る物もあるらしい。

 

この退廃区では奴隷を捨てる時は基本的にマナタイト漬けにして正気を奪う風習があるようで、今こうして周囲に居る奴隷はある意味薬物ジャンキーの成れの果てなのかも知れない。

 

「ここの人達にとっての救いは偶に誰かが投げ込む人工マナタイトだけなんだよ」

 

どうやら商品にならない程純度の低い人工マナタイトを処分する事が意外にも面倒らしく、卸業者の下っ端が処分と託けてここに人工マナタイトを廃棄しているようだ。

奴らからすればこの退廃区の治安を守っている気でいるかも知れないが、この奴隷の子達からすれば下手に希望を植えつけその希望に苦しめられるだけでしか無いのだ。

 

「取り敢えず、これ以上はこの子の教育によく無いから早く行こうぜ」

「そうだね」

 

一人の奴隷に人工マナタイトをあげた事により周囲に居たであろう他の奴隷達が自分にも貰えるのでは無いだろうかとゾロゾロと近づいてきたので、シルフィーナを理由にして先に進むことにした。

 

 

 

 

その後は特に何かが起きる事は無く、そのまま裏道のような場所を通りながら城への隠し通路が繋がっている酒場へと辿り着く。

嬉しい事に所有者である俺の元を離れる事に対して不安があるのか、掴んでいた俺の服を離してくれないアクシデントがあったりしたがそこは何とか説得し事なきを得る。

 

「それじゃ行こうか、近くの場所まではテレポートのスクロールがあるから、後剣も返しておこうかな」

 

何処からか持ってきた俺の魔法剣を渡した後、ゴソゴソと倉庫の中から古びたスクロールを二つ取り出しそのうちの一つを俺に差し出す。

ここまで古くなったら使えないのでは無いだろうかと持ったが、どうやらそんな事は無いらしく現行のものと同等に動くようだ。

 

「何だこれは?」

「私は少し取りに行くものがあるから君は先に行って周囲の様子を見てくれないかな」

「それで大丈夫なのか?急がないと行けないとか言ってなかったけ?」

「それは…そうだけどさ、物には色々手順があってね。まあその話は置いておいてそうだ帰りの分も渡しておくよ、私に何かあったり嫌な予感を感じたらそれで帰ってきなよ」

「えぇ…」

 

彼女は軽快に笑いながら手に持っていたもう一つの方のスクロールも俺に託し、生産工場がある場所を俺に耳打ちした。

 

「それじゃまた後で合流しようか」

 

そう彼女は言い残しながら懐に隠していたのだろうか、新たに出てきたスクロールで何処かへ旅立ってしまった。

 

「マジか…」

 

まるでどっちかへ向けられた死亡フラグとしか思えない展開に戦慄しながら行きのスクロールを起動させると、見慣れた光に包まれいつもの浮遊感に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

そして気がつけば何処かの貴族の住んで居るであろう屋敷の近くに辿り着く。

正直言って誰にも見つからないであろう場所を見つけ、そこに工場を作り密かに人工マナタイトを作っている様な印象を持っていたが実際は違った様で、実際は自身の住んでいるであろう屋敷の中に併設して居たようだ。

 

「こんな場所にあるのか…」

 

一人ポツリと呟きながら潜伏スキルで気配を隠し周囲を探りながら周囲の構造を探っていく。

しかし何か魔法的な処理を施しているのか、俺の千里眼では周囲の状況を探る事は出来なかった。

単に俺のスキルの熟練度的なものの不足かもしれないが、底知れない程の禍々しい何かを屋敷の奥底から感じるのでもしかしたら俺の想像しているものとはまた別に何か違うものが動いている様な危機感に襲われる。

 

だが、このまま俺一人で突撃するわけでは無く今回はクリスが後から合流するので最悪何とかなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ、待たせたみたいだね」

 

しばらく木々の影で待っていると潜伏中である筈の俺をあっさりと見つけて約束の合流を果たした。

何故だろうか、ここに来て潜伏・感知スキルに関しての自信が悉くへし折られている気がする。

 

「何かと思ったらその背中の奴を取りに行ったのかよ」

「そうだよ、これからこれが必要になるからね」

 

彼女と合流し真っ先に彼女の背中に前に見た大太刀が携えられている事に気づく、この大太刀は女神の祈りか何かを凝縮させて出来た物で悪魔やアンデット系の相手には有利に働くと前に言っており、ゆんゆんがバニルに乗っ取られた時に大層世話になったのだ。

 

つまりこの先に待っているのはアレクセイ家当主だけではなく、バニルの様な悪魔かウィズのようなリッチーなどのアンデット系の何かが居る事になる。

 

「なあクリス、もしかしてこの屋敷の中にやばい奴がいるとか無いよな…」

「え?居るよ?」

「マジか…」

 

最早と当然と言わんばかりの彼女の発言に、最近は慣れてきたと思っていた俺も驚愕を隠せなかった。

 

「なんて説明したらいいか分からないけど、この屋敷からはどうも嫌な予感がするんだよね」

「確かに禍々しい気配はあるけど悪魔から感じる物とは違う気がするんだけど」

「そうだね、この屋敷には特別な結界か何かが貼られていて認識阻害が発生しているんだよ。だからここまでこないと違和感を感じないんだ、それと悪魔の気配を感じさせないようにも細工があるみたいだね」

「難しいな…」

 

どうやら俺の知らないところで情報戦が繰り広げられているようで、最早俺は要らないんじゃ無いかと思う様な場面が多い気がする。

 

「取り敢えず行こうか、多分入れば相手に気付かれると思うから急いで奥に進んでいくよ」

「ああ、任せてくれ。ここらで名誉挽回しておかないと俺の立場が無くなっちまうからな」

「おっ調子いいこと言うね」

 

取り敢えず口から出まかせで勢い付けて自身を鼓舞した後、先に進んでいく彼女の後についていく。

退廃区とはまた違った切り裂かれるような空気に意識を張り詰める。彼女がわざわざあの大太刀を取りにいく程の相手なのでもしかしたら無傷で戻ってこれる可能性が低いかもしれない。

 

「ここからが結界だね」

 

ある程度屋敷に近づいた辺りで彼女から止まる様に指示を受けて止まると、いきなり何も無い筈の空間に指を差してそう言った。

言われてみると彼女の指差した辺りの空間に違和感の様なものを感じる。例えるなら久しぶりに入る知り合いの家の玄関と外の境界のようなものだ。

 

「確かに変な感じがあるけど…それでどうすんだ?止まった以上は何かするんだろう?」

「…全く君は変なところだけ知恵が回る様になったね…いや、いつも通りかな」

 

どうやら彼女の期待に添えたようで自身を褒め称える。

 

「それで何すんだよ?」

「まあ見てなよ」

 

彼女はそう言うと先程指を差した方向に向かって、大太刀を抜くと同時に空間を何度も切り裂いた。

まさに一つの芸術と言わんばかりの彼女の太刀筋に見惚れていると、その視線を感じたのか少し照れたような雰囲気を出しながら彼女は大太刀を鞘に戻した。

 

「君も気をつけた方がいいよ、結界にはいろいろ種類があってね。今回のは入る際に相手に状態異常をかける奴だからね」

「そうなのか…結構難しいな」

「まあ初めはそんな物だからね、君もそのうち慣れるよ」

 

先程ので気をよくしたのか少し優しい口調で指導される。

 

「それじゃあ行こうか、結界を破壊した事は多分向こうに気づかれていると思うからここからは警戒を怠らないでね」

「ああ、わかってる」

 

彼女は大太刀とは別に腰に下げているダガーを抜き、それを構えながらそう言うといつぞやのダンジョンに行った時を彷彿とさせる様に先に進んで行ってしまった。

 

「早過ぎだろ⁉︎」

 

その後彼女の後をついて行っているのだが、彼女の速度はあまりにも早くあの時のあれは手加減されていたのだと思い知らされる。

しかし、俺も何時もの俺では無いので全力で彼女の後に続いていく。

 

「警備の何かが来るから気をつけて‼︎」

 

全力で走っていると彼女が突然叫び出し、その言葉を理解する前に状況でその意味を理解する。

結界から屋敷までの距離を守っている警備兵なのか無数の歪な形をしたコウモリの様な生き物と狼の様な生物がこちらに向かって集まってきている。

 

彼女はその集団をいつもの手捌きで処理しながら先に進んでいき、俺は彼女が仕留めきれずそのまま後ろに流れてきた生物の処理に追われる事になる。

生物自体の戦闘力はあくまで見せしめのものなのか気配がそこまで大きくなかったので、彼女同様持って居た仕込みナイフで目玉や足先を切り捨て処理しながらそのまま彼女の後を追う。

 

相手の戦闘性能が低いのは助かるが、流石に走りながら相手を捌き目の前に立ちはだかる木々や構造物を避けると言うのは中々に至難の業だ。

 

「いちいち相手にしないで‼︎そんなんじゃ本命の前に体力が尽きちゃうよ‼︎」

「悪い‼︎そこまで考えが回らなかった‼︎」

 

走りながら向かってくる生物を処理していると見るに堪えかねなくなったのか前方から叱責が飛んでくる。

どうやら無傷の生物が向かってきたのはクリスが仕留め損ねたものでは無く彼女が敢えて処理しなかったものだった様だ。

 

相手の本陣に突入する以上、何処で何が起こるか分からない為なるべく体力は温存しておかなければならないのだ。そうしなければ俺たちがアレクセイの前に辿り着けたとしても、疲労困憊で立ちはだかるであろう悪魔と戦闘をしなくては行けなくなってしまう。

必要最低限の防衛を心がけるよう飛んできた生物を完全に仕留めるのではなく、自身に害をなす位置にいる個体のみを選別し後方に弾くようにナイフを振るった。

 

 

そして木々の隙間から屋敷の姿が現れ開けたところに出たところで屋敷に雇われているであろう悪魔の使い魔だろうか、この世のものとは思えないほどに歪で大きな生物が姿を現した。

 

「こんな使い魔を隠して居たなんて…」

 

使い魔の姿は大きく、感知スキルの反応ではそのでかい図体の中に無数の命の様な反応が内包されていた。

外面は完全に獣だが、皮膚には模様なのか沸騰した水の泡の様に無数の人間が苦悶の表情を浮かべながら出ては消えていた。

 

「何だこれは…これが悪魔のやる事なのか?」

 

あまりに現実離れしている光景に唖然としながら腰の剣に手を伸ばす。

気配からしてあの生物が沢山の命を持っているわけではなく、あの気配一つ一つが人間の命そのもので今尚あの中で生きている事になる。

 

「確かにあれは悪魔の仕業だね。でも悪魔が自分からそれをやるとは思わない、多分誰かが命令したんだろうね」

 

彼女はそう言いながら走りを止め、背中に背負っていた大太刀を抜いて構えようとすると怪物は刀が放つ神々しい気配に気づいたのか怪物は雄叫びをあげなら彼女に向かって腕を振り下ろす。

クリスもすぐ攻撃に転じてくるのは分かっていた様で、その場で跳躍し怪物の一振りを回避し空中で大太刀を鞘から完全に抜くと勢いそのまま怪物の腕を切り落した。

 

「…くっ」

 

腕を切り落とされた事に痛みを感じたのか残った上半分を掴みながら怪物は咆哮を上げ、そのつんざく音に耳を塞ぐ。

クリスが相手にしている間に周囲の生物が邪魔しないように排除しつつ、怪物の様子を確認すると奴の腕から人の血液が流れているのが匂いでわかる。切り落とされた腕は苦しそうに蠢いた後灰燼と化して消えていった。

 

「まったく厄介なものばかり作るな本当に‼︎」

 

クリスはそう言いながら怪物の咆哮をものともせず大太刀を構え直しつつ怪物の胴体を蹴り上げ再び高く跳躍し、払い除ける手を躱しながら怪物の脳天から股下までを大太刀で切り裂いた。

やはり怪物の中には色々と詰まっていたのか、クリスに切られた断面から夥しい量の血液が噴水となって周囲に飛び散り俺達を含め周囲が赤褐色に染まる。

 

返り血とはいえ流石に血塗れは嫌だったので浄化魔法で俺とクリスの二人の返り血を浄化する。

 

「ありがとう、それじゃ行こうか」

「ああ」

 

クリスは先程の怪物に対して何か言いたげだったが、それよりも作戦を遂行させる事を重視したのかそのまま屋敷へと走り出す。

 

「屋敷のたどり着いたな、入り口はどっちなんだ?」

「そんな事に構ってる暇はないよ」

 

屋敷の壁まで辿り着いたが、建物自体が大きく入り口が分からなかったので彼女に問いかけると、彼女はそんなものに気を取られている暇はないと速度緩めずに突撃するように窓を蹴り破って屋敷内に突入した。

 

「え…マジか」

 

彼女の突拍子のない行動に唖然としたが、俺だけ正面に回るわけにはいかないので俺もそのまま彼女の空けた穴に身を突っ込ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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銀狼の牙7

今回は誤字が多いかもしれません…


彼女の割ったガラスの窓を突き破り中に侵入する。

中に入ると予想外な事に外の喧騒と比べ静まり返っている事に違和感を覚えたが、ここはあくまで別荘として建てられているので中に人が居なくても問題はないだろう。

 

「流石に中には入ってこれないみたいだね」

「そうだな、あんなのが中にまで発生してたら最悪だったぞ」

 

浄化魔法で浴びた返り血を浄化したのはいいが、液体そのものは消えはしないので少し服が湿ってしまい嫌な気分になる。

 

「気配は無いよな…」

 

念のため屋敷内を感知魔法で調べたが、外の気配に比べて異様なほどに反応がなく本当にこの屋敷内に人が居るのかと疑うほどだった。

 

「なあクリス、既に気づかれて逃げられてるとか無いよな?」

「それは無いよ、侵入したのが私と君の二人だけなら資材を持って逃げるよりも悪魔の力で消してしまった方が楽だからね」

「怖いこと言うなよ…」

 

どうやらクリスには何か俺には言えない根拠でもあるのだろう、少しも自分の考えに間違いがない事を疑っていない。

 

「それじゃあ行こうか、早くいかないと面倒な事になりそうだからね」

 

そう言いながら彼女は周囲のガラス片を蹴りながら先へと進んでいく。

 

「行くって何処に行くんだよ」

 

気配がない以上何処に進めばいいのか分からないので一応彼女の考えを聞く。もし罠か何かで分断されても目的の場所さえわかれば後で合流できる可能性があるのだ。

 

「向かうって…そうか君にはまだ悪魔の気配が分からないのか、そうだね簡単に言えば地下だねこの屋敷を囲む結界よりも認識阻害の強い結界が地下にも敷かれているんだよ」

「そうなのか、まったく気づかなかった」

「まあ、あれに気付けるのは高位のアークプリースト位だからね」

「へー」

 

彼女の言葉に理不尽さを感じながら後ろを着いていく。

彼女はもはや礼儀というかマナーを無視するかの様に扉を蹴り飛ばしたり壁を破壊して地下の入り口までショートカットする。

 

場所を特定されるから隠密に行動したほうがいいんじゃないのか?と問いかけたところ

いやいや、用意されている通路なんか使ったら一生目的地に着かないよ、との事だ。

 

どうやらゲームで言う迷いの森的な仕掛けがあるのか、この屋敷は大迷宮に並みの難易度を持っているらしい。

 

壁を破壊しドアを蹴破りようやく地下の入り口のような場所に辿り着く。

ぱっと見壁にしか見えないが、彼女に言われ感覚を研ぎ澄ましてみれば何と無くだがわかる様な気がする。

 

「凄いね…この地下室自体が一つの魔窟と化しているよ」

「どういう事だよ?」

「この地下室そのものが悪魔の領域になっている感じかな?だからこの太刀で切っても中の悪魔を叩かないと解除出来ないんだ」

「成る程な、相手の有利な条件下で戦わないといけないのか…」

「そう言う事だね、相手がどんな存在かは分からないけど苦戦する可能性があるってことだよ」

 

彼女は神妙な顔でそういうと背中に背負っていた大太刀を抜刀し、壁と思われる結界を細かく切り裂き一時的に外壁に穴を空ける。

 

「外のヤツよりも強力だから先に入って‼︎」

「ああ、分かった‼︎」

 

彼女が壁を切り裂いたことでSF映画のような空間の穴が出現したので勢いそのまま穴の中に入り、彼女も続くように中に入っていく。

 

 

 

「ここが結界の中か…」

 

正直悪魔の結界というものに触れるのは初めてだったのでどういうものかと思っていたが、名前の通り悪魔のなので息苦しく嫌いな奴と同じ部屋になった修学旅行くらいに居心地が悪く、許しが出るのならそのまま家に帰ってしまいたい程だった。

 

「覚えておいてねこれが悪魔の…うっ‼︎」

 

大太刀を背中の鞘にしまいいつもの様に説明を始めるところでクリスの様子がおかしくなった。

どう表現したらいいのか分からないが何時ぞやめぐみんが死の宣告を受けた時のように姿がブレて膝から体勢を崩したのだ。

 

「大丈夫かクリス⁉︎」

「だ、大丈夫…外との連絡が切られただけだから…」

「外からの連絡?何かの通信魔法か?」

 

まるで半身をもがれた様に弱々しく震えている彼女を見ていると少し不安になる。

もしかして外との連絡魔法で周囲の状況を把握していたのだろうか?であれば状況分析の精度が高いのも頷ける。

 

「それみたいな感じかな…まあ正確には違うけど。君からしたら何時もの私だから安心して」

「だったらいいんだけどさ…」

 

よっこいせと何事もなかった様に立ち上がると彼女は大太刀を引き抜き構えながら奥へと進み始める。

 

「先に進むよ。ここからは注意深くね。油断すれば呪われると思った方がいいよ」

「ああ」

 

彼女に合わせ剣を引き抜き構えながら続いていく。

華やかな上の屋敷とは違い、地下に潜れば潜るほど無骨なコンクリートの様な石板で覆われ不気味な地下研究所にいる様な気分になる。

 

 

 

「…悪趣味な部屋だね」

 

長い下り坂を降りると数分ようやく目当ての部屋に辿り着いた様で、先に部屋に入ったクリスが開口一番にそう言った。

俺も何が悪趣味なのかと思い彼女に続いて部屋の中に入ると彼女の言葉の真意に気づく。

 

その部屋は先程俺が表現したように何かの実験室でさまざまな機材が所狭しと並べられている。

ただそれだけでったのならただの実験場であったのだが、目の前に置かれたいた物が異質な空間であることを物語っていた。

 

そう、目の前には筒の中に人の入った機材が部屋一面に並べられていたのである。

感知スキルで分かる程度だが部屋の規模は上の屋敷とは比べられないほど広く、全ての機材に人が入っているとすれば三桁の人数がこの機械の中に収容されている事になる。

 

一体何の機械なのかは分からないが、中に人が入っているかつこの世界の治療は魔法をメインに発達していることから治療の機械ではなく、中に入っている人の気配は弱々しく中には亡くなっている個体も複数存在した。

 

「これは何の機械なんだ?」

「説明は後でいくらでもするから、今は周りを警戒して私についてきて」

「ああ、悪い」

 

部屋の中に張り巡らされている機械に気を取られて自身が立っている場所が、敵陣のど真ん中であった事を忘れていた。

感知スキルにメモリーを回し感度を高める。結界の中に入ってしまうと隠匿の効果が薄れるのかこの部屋の中の夥しい気配に混ざるように一つ禍々しい何かが感じられる。

多分それがクリスの言う悪魔なのだろう。

 

外で感じだ根拠のないあの歪んだ気配の主がこの機材の先に待ち構えているのだろう。

 

 

 

 

 

周囲の機械に納められている人達を見ながらクリスの後を追っていく。

機械は漫画でよく見るシリンダーの中に人が入り、栄養供給の為なのか透明な溶液で満たされており、まるで死なない様に無理やり生命活動を維持している様だった。

 

「ようやく来よったかコソ泥どもが…」

 

機材の隙間を進んでいくと全ての機能を統治する場所に来たのか色々な機材の集まっている部屋にたどり着く。

そして、その部屋には醜く声太った中年の男が檻に入っている歪な形をした何かと一緒に俺達を待っていたようだ。

 

「ようやく見つけたよクレクセイ・バーネス・アルダープ」

 

クリスはアルダープの名前を宣言しながら大太刀の切先を向ける。

 

「事を荒げる前に話をしようじゃないか」

「あんたと話すことは何もないよ」

「まあまあ、ここまで何もせずに来れる様に図ったんだ少しくらいいいだろう?」

「少しだけならね、その代わり私の質問にも答えてもらうよ」

「交渉成立だな、それでは私から失礼しようか」

 

アルダープは大太刀を構えるクリスに臆することもなく交渉という名の話を求め、見事殺気の凄いクリスから話し合いの場を設けた。

まあ互いに知りたい事があったのでいきなり殺し合いたい訳ではなかった様だった気がしなくもないが。

 

「それで?私から何が聞きたいの?」

「そんなもの一つの決まっているだろう?何故ここにワシの工場があると知った?ここはを知るものは身内しかおらん、それにこいつの呪いによってわしと息子以外の人間が近寄れる筈は無いのだ」

「そんな事?そんなの簡単だよ、君の親戚に聞いたらサクッと教えてくれたよ。もう少し流通経路を考えた方がいいんじゃ無いのかな?退廃区を使えば逃れられると思ったら大間違いだよ」

「何?アウリープが喋ったのか、あの使えんポンコツが‼︎」

 

どうやら身内が喋ったことが信じられないらしく、悔しそうに悪魔の入っているであろうゲージを蹴り飛ばす。

すると中から半分頭の欠けた悪魔が痛いから止めてくれと子供の様に訴える声が聞こえる。

 

「それじゃあ次は私の番だね。君は人工マナタイトの作り方を何処で知ったのかな?普通に生きていればまず思い付かない方法だよね」

「ふん、あんなもんは…もんは…何だったか…」

 

クリスに質問されるとアルダープは鬱陶しそうに答えようとするが、まるで前日に酔っ払ったサラリーマンの如く部分的に思い出せないようで困惑し始める。

どうやら何かの認識阻害に遭っているのか、それともそこの悪魔が主人の記憶を阻害しているのか色々予想が立つがどれも信憑性が無い。

 

「ワシはどうやってこの方法を知ったのだ?」

「そんなの私が知るわけないでしょ、あまりふざけるならこのまま殺すよ?」

 

どっちにしろ殺すだろと言いたくなったが、それを言うとこちらまで被害が出てくるのでここは黙っておこうかと思う。

 

「おいこのクソ悪魔‼︎何故ワシは思いだせないんだ‼︎」

「…ヒューヒュそんなの僕が知るわけないだろ…」

 

まるで答えを求めるため癇癪を起こす子供のように悪魔に八つ当たりして答えを得ようとするが悪魔から帰ってきたのは無関心だった。

 

「クソッ何でワシがこんな事でイライラしないといけないんだ‼︎」

「知らないよ、私だけいい損になったけど答えられないならもういいよ」

「マクス‼︎コイツらを殺せ、どうせアウリープも死んでおるから問題ないだろ」

「ヒュー無理だよアルダープ」

「何故だ‼︎お前は人一人も殺せなほど低俗ではないだろ‼︎」

 

困った時の悪魔頼みと言った所だろうか、いざ自分が追い詰められると先程まで邪険にしていた悪魔に縋り付いている。

こんな大人にはなりたくないもんだ。

まあ俺も困った時はクリス頼みなんだが…。

 

「その女の持っているものから強い…光が放たれてる…ヒューヒューあの光が邪魔して僕は力が上手く使えないよ…」

「クソ‼︎何処までワシを馬鹿にすれば気が済むんだ‼︎」

 

再び檻を蹴り飛ばすアルダープ、悪魔の方は響く音が嫌なのか耳の部分を覆うように手を当てて耐えている。

 

「何故知ったのかはいいや、だったらどうやって人工マナタイトを作っていたか教えてよ、その方法で特定するから」

 

どうやらアルダープのショートコントに痺れを切らしたのか少しでも情報を得ようと趣旨を変えて奴に問い返す。

 

「方法かそんなもん見ればわかるだろう、遺跡から引っ張ってきた機械に適当に捕まえた人間を放り込んでスイッチを押せば完了だ」

「そんな雑な…」

「そこの小僧‼︎少しは口を慎め‼︎ワシがいちいち知るわけないだろう‼︎この作業は全部…全部…誰に任せておったんだ…」

「また忘れたの?」

 

はあ、とため息を吐きながらクリスは呆れた様に大太刀を構える。

その大太刀は悪しきものしか切れないと聞いているし、ゆんゆんを切った際にはバニルだけ切れたのでアルダープを切った所で切れはしないのではないだろか?

まあ存在が邪悪なので斬れはしそうなんだが…

 

「それに関しては吾輩が説明しよう」

「お前は⁉︎」

 

クリスが構えたことでこのゴタゴタも終わりかと思った所で、突如後ろからバニルが現れる。

まさかの登場に頭が混乱する。一体奴はこのタイミングで何をしに来たのだろうか?

 

「……っ⁉︎」

 

クリスはバニルの存在を視認すると、もの凄い速度でアルダープとバニルの間を取る位置に移動し間合いをとる。

俺からすれば味方が来た的な頼もしい展開だったが、クリスからすれば目の敵である悪魔が増えたと言う悍ましい展開でしかいのだ。

それに味方かどうかも現状は分からない、アルダープサイドにはマクスという悪魔がいるのでバニルはそのマクスを助けにきた可能性も否定できない。

 

「何しに来たんだよ⁉︎お前を呼んだ覚えは無いぞ‼︎」

 

どうせ思考が読まれるので口だけは悪い方向で言っておく事にする。

 

「フハハハハハハハハ‼︎当然だ、何せ吾輩も呼ばれた覚えが無いものでな‼︎」

「貴様のその嫌な感じからしてマクスと同じ悪魔か‼︎一体何しにきたのだ‼︎」

「出会って早々随分な挨拶であるな、まあいいだろう。いかにも吾輩は見通す悪魔地獄の公爵バニルである‼︎」

 

新たな悪魔の登場にキャパシティの限界が来たのか声を荒らげながらバニルに詰問するように詰め寄る。

 

「それで説明するって何を説明すんだよ。そこのオッサンがどうやって方法を知ったのか知っているってことか?」

 

見通す悪魔であれば本人が覚えていなくても本人の記録を読み取れば物事の答えが分かるのだろう。

 

「分かると言いたい所ではあるが、どうやら本の切れ端が机の上に置かれているのを見つけた事しかわからんな」

「駄目じゃねえか‼︎」

 

ふむ、と顎に手を当てながらバニルは少し納得がいかないような様子でアルダープを見つめる。

 

「どうやらこの件に黒幕がいる様だな、しかもそいつはなかなかに頭が切れると見た」

「マジか…」

 

黒幕、この事件の大元はアルダープだと思っていたが、奴もまた利用されていた駒の一つでしか無いようだ。

 

「へぇ、作り方の情報源が切れ端って事は、この人工マナタイトの原料はそこの機械に閉じ込められている人たちって事なんだ」

「ヒィッ⁉︎」

 

俺がバニルと会話していると聞き逃せない単語が聞こえてきたのか沈黙を貫いていたクリスが口を開き大太刀の刀身をアルダープへと向ける。

彼女自身二人の悪魔を警戒しながらアルダープが何かしでかさないように見張らないといけない為、話を聞くに徹していたのだろう。

 

「そ、そうだ。この人工マナタイトは人間の魂を抽出して凝固させた物だ」

「やっぱり…そうなんだ」

 

クリスは大太刀の切先をアルダープの顎下に当てながら尋問を開始する。

その表情は焦りなのかそれともこの空間に入った影響なのかいつもの彼女からは想像できない程に余裕が無く息も切れ掛けてきている。

 

「何だって?それじゃあ俺達が今まで追ってきた物の正体はここにいる人達の命の結晶ってことか?」

「…そうだよ。人工マナタイトは人の魂を抽出したもので作られるもの、だから人工マナタイトにされた人は死んでも魂が天にも昇る事が無いんだ」

 

魂が天に昇る事が無い、それは死んだ後に続くであろう事柄が存在しない事になる。

俺が死んだ後俺の魂は天のアホ女神の元に行き、そこから色々な手続きを踏んでからこの世界にやって来たという経歴を持っているが、人工マナタイトにされた人間はそのまま無に帰してしまい全ての存在が消えてしまうのだろう。

魂の質量化なんて御伽噺だと思っていたが、この異世界では実行可能だった様だ。

 

「君はそれがどういう事だか分かってやっているのかな?」

「くッ…それは」

「分かってはおらぬ様だな、そこの男は頭はあまり良くは無い様だな今回の切れ端を読んでただ儲けられそうだから行ったに過ぎない」

 

クリスが問い詰め、アルダープが言葉に詰まった所で助け舟を出すようにバニルが読み取った記録を説明する。

悪魔は詰まらなそうに説明し、彼女はそれを嫌そうな顔で聞き、奴はその言葉を聞き安心したのか苦悶の表情が緩んだように見えた。

 

「それで今やただの小娘はこの後どうするつもりだ?」

「そんなの決まっているでしょ、コイツを殺した後そこの悪魔と君を殺して彼を連れて帰るだけだよ」

 

「クソ‼︎マクス‼︎何とかならないのか?ワシを大元の屋敷に飛ばしたり出来ないのか?」

「ヒューヒュー無理だよアルダープ、そんな事しようとしたらそこの女の人に殺されちゃうよ」

「あの小娘はそんなに手練れなのか?」

「そうだね…僕の領域に来て大分弱っているけど、あの大きな剣が強い光を放ってる」

 

バニルとクリスが火花を散らしている間、アルダープとマクスはここから抜け出す算段を立てている様だ。

 

「ふむ、マクスを殺すのか…お主であれば悪魔殺しも出来なくは無いがそれは困るな、ああ見えてあやつは吾輩と同じ地獄の公爵であるぞ?我が同胞をこんな豚の道連れにされては敵わぬからな」

「え?アイツそんなに強いのか?言っちゃ悪いけどそこまで強そうに見えないけど…」

「ふん、確かに頭が半分かけているから記憶力は無いが、力だけなら貴様と比べれれば天と地の差があるわ‼︎」

「マジか⁉︎」

 

人は見かけによらないとはよく言うがそれは悪魔の世界でも同じ様で、見た目と能力が必ずしも比例しているとは限らないのだ。

 

「助手君、私の目の前で悪魔と仲良くするなんていい度胸だね?君も一緒に斬り倒そうかな?」

 

バニルが現れた事で緊張感が無くなってしまい、いつもの様な雑談している感じの空気感になってしまった所をクリスに突かれる。

相手が小物すぎて緊張感が無くなってしまったが、相手は何百何千もの人間を魂規模で殺してしまったサイコパス野郎なので油断すれば何かしらの抵抗をしてくる危険性がある為、本来は彼女並みの警戒をしなければいけないのだ。

 

「先にそこの男を殺してから君達悪魔を祓おうと思っていたけど、どうやら君から始末しないといけないみたいだね‼︎」

 

大太刀の切先をアルダープから逸らし、その一瞬の間に奴の鳩尾に拳を喰らわせ一時的だが悪魔に命令を出したり余計な事を出来ない様にした後、先程逸らした大太刀の切先をバニルに向け切り掛かる。

その一瞬の鮮やかな動きに惚れ惚れするが、マクスという悪魔はご主人が襲われても守ろうとせずにただボーとしていて何を考えているか分からなかった。

 

「フハハハ‼︎気が早いにも程があるだろう‼︎」

 

いきなり斬りかかるクリスに若干引きながらもバニルは丁寧に応戦する。

地獄の公爵なので大技を使いそうな気がしていたが、意外にもバニルはコンパクトに丁寧な戦術でクリスの攻撃を躱し、いなしながら応戦する。

 

「随分と余裕がないではないか、一度休んだ方がいいのではいか?」

「はぁはぁ…うるさいな」

 

戦闘が始まり数分が経ちそろそろ状況が変わってもおかしくはない時間になってきたあたりでクリスの様子が少しずつ変化していることに気づく。

 

いつもならどんなに激しい戦闘をしても息が切れることのなかったクリスの息が切れている。

その光景は単に戦闘の疲労から来ているものではなく、何処か病的なものを感じさせるものでバニルはそれに気がついているのか帰る様に忠告している。

やはり悪魔の本陣と化している領域で人間が全力を出すとコンディションが悪化していくのだろうか。

頼りの大太刀は叩き下ろされ地面に転がっており、拾いに行けばその隙をバニルにつかれてしまう。

 

「ふん、今の小娘を倒すなど赤子の手を捻る様なものであるな」

「くっ…」

「本調子ならいざ知らず、そんな状況で吾輩に勝てると思って追ったのか?考えが甘すぎて笑ってしまうわフハハハハハハハハハハハ‼︎」

 

幾たびの超人超えの戦闘を目の前で繰り広げ、俺が応戦しようにも速すぎてついていけないと判断し、アルダープを逃げ出さないように拘束して観戦していると勝負は途中で力尽きたクリスの負けになった。

クリスは力尽きたというかはまるで電波が悪くなって上手くチューニングの取れなくなったラジコンの様な感じで、上手く体が動かせなくエネルギーが無くなっていく携帯の様にも見える。

 

「悪く思うなよ小娘、吾輩は貴様に恨みがある訳ではないが同志を祓われる訳にはいかないのでな。感謝はしておこう、貴様がマクスの結界を一時的だが破壊してくれたおかげで吾輩も侵入する事が出来たのだ」

「何それ…嫌味?」

 

一応紳士的な行動だと思っているのかカッコつけた様にクリスにそう言うと、懐から一つのスクロールを取り出した。

 

「これは我が店に余っていたランダムテレポートと言うスクロールでな、いつでも何処でも好きな時に知らない場所に飛んで新鮮な気持ちで旅行を楽しめる言わば旅行ガチャの様な物でな」

「くっ…まさか」

「させるか‼︎」

 

縛り抑えていたアルダープを放り投げバニルに斬りかかる。

アイテムの名前からしてバニルはクリスを何処かに飛ばしてこの場から彼女を排除するつもりだろう。

 

「フン、甘いわ小僧‼︎」

「なっ‼︎」

 

どうやらこの領域は別の悪魔にも優位に働くようで、前回戦ったよりも体感かなり速い速度で俺の攻撃を躱され腹に蹴りが飛び俺の体はそのまま後方へと吹っ飛んでいった。

 

「…全く、これが吾輩がここまで無料でサービスするなど中々無いというのに何故邪魔をするのか理解に苦しむぞ」

 

俺が吹き飛び機材に衝突し痛みで身動きが取れない事を確認すると再びスクロールを取り出し発動し始める。

 

「…覚えておきなよ…君達悪魔は必ず滅ぼ…」

「フハハハハハ、怖い怖いであるな、まあ楽しみ待っておるぞ」

 

魔法陣に囲まれながらクリスはまるで死に際に怨念を吐き出す般若の如く、バニルに恨み言を言いながら光に包まれて消えていった。

 

「…ったく何が起きておるのだ今日は‼︎えぇいマクス‼︎何とかしろもはや手段は問わぬ‼︎あの小娘が居ない今なら出来るのだろう⁉︎」

 

クリスが転送されどうしようかと思っていたところで縛っていたアルダープが目を覚まし、彼女が居なくなった事を確認し次は自分の番だと判断したのか先程まで足蹴にしていた悪魔に縋り付く。

意外と頑丈だなと思いながらも剣を向けて警戒するが、当のマクスはやる気が無いのか上の空でアルダープの話を聞き流していた。

 

「頼む‼︎対価でも何でも払うからこの場を切り抜けてくれ‼︎」

 

一体何処まで生き恥を晒せば気が済むのか分からないが、奴は奴なりの美学があるのだろう。取り敢えずマクスをバニルに任せこいつをダクネスの元に引き渡して何処かに行ったクリスを回収すれば今回の件は終了だろう。

 

「ほう、今貴様対価を払うと言ったな?」

「ああそうだ、お前はこのマクスを地獄に引き戻しにきたのだろう?こいつはこれでも役に立つからなこいつさえ手元におればまた一からやり直せるわ!」

 

奴が対価を払うと言った所で場の空気が変わる。

悪魔にとって対価を払うと言うのは契約を行う上で必要な通過儀礼の様な話を聞いた事があったが、それが何を指すのかを追求した事がなかった。

 

「本当に?ヒュー‼︎アルダープ本当にヒュー対価を払ってくれるのかい‼︎」

「ああ、だから頼む‼︎」

 

先程の発言を聞いた事により、上の空だったマクスも手のひらを返す様に急に態度を変えまるで新しいオモチャを貰った子供の様にはしゃぎ出す。

 

「バニル‼︎手を出さないで‼︎アルダープが対価をくれるって‼︎ヒューヒュー‼︎」

「だそうだ小僧、貴様も命が惜しくば手を出さないことだな」

「…ああ」

 

その悍ましい奴の笑顔に恐怖しているのか体が動くに動かない。

 

「ヒューヒューこれであの人達は君に手出し出来ないよ‼︎よかったねアルダープ‼︎」

「あ、ああ…そうだな」

 

本人も思っていなかったであろう予期せぬ異質な光景にたじろぎながら自身の安全が保証された現状に表面上喜び、俺たちはその光景をただ黙って見ている

 

そしてアルダープは逃げるためにマクスを回収しようと手を伸ばした瞬間に事は起こった。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ⁉︎」

 

なんと伸ばされたアルダープの手を、マクスが掴んだと思った瞬間にへし折ったのだ。

 

一瞬何が起こったのか分からないが、その光景を見てある事を思い出し気づく。

バニルは羞恥の悪感情を好むと聞いていたが、それはバニルだけでマクスはまた別の感情を好むのでは無いだろうか?だとすれば奴が好むのは何かは分からないが、対価というのは願いを叶えた分その対価を悪感情で支払わなくては行けないのでは無いだろうか?

 

「ほう小僧、この一瞬でそこまで考えつくとは成長したではないのか?悪魔の契約は基本的に悪魔自身が条件を提示しなければ、その悪魔が好む悪感情で対価を支払う事になるのだ」

「恐ろしいな…」

「特にマクスの好きな悪感情は絶望。あやつは寿命を超えてまでマクスに絶望の悪感情を支払わなくては行けないのだ」

 

奴が対価を払うと言った事で一度契約の精算を行わなければいけないらしく、奴は今まで押し付けてきた仕事の対価を身を持って支払わなくてはいけないのだ。

 

「誰か⁉︎誰でもいい‼︎助けてくれ‼︎」

 

腕を圧し折られ、眼球を潰され、皮を剥がされても直ぐにそれらは癒えてしまい再び同じ苦しみが再現される。

その苦しみはまさしく絶望の感情しか湧かないだろう。

 

「良いのか?吾輩と契約すればまた別の対価が発生するぞ?」

「あっ…あぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

バニルの放った今の言葉で心が折れたのか今までに無い程の大声で叫び出した。

 

「全く見苦しい事この上無いな…マクス続きは地獄で……うむ?」

 

苦しむ光景を見てバニルはヤレヤレと両手を挙げ呆れる表現し、これからどうするかを俺に言おうとしたタイミングで事態はまた急変する。

 

「がはっ⁉︎お前何故ここに…」

 

何処からかアルダープに向けて剣が飛ばされ、その剣は見事に奴の心臓に突き刺さった。

 

「誰だ⁉︎」

「僕だよ」

 

咄嗟に剣を先程剣が飛んできた方向に向け警戒すると、機材を上から俯瞰できる様に作られた場所…体育館の観客席と言った方が分かりやすいだろうか…その場所に前に見た因縁の相手が姿を表す。

 

「バルター…お前が黒幕だったのか」

「ほう、あ奴が黒幕かどれどれ…フム光で見通せぬな…」

 

裏で誰かが糸を引いていると思っていたが、やはりその黒幕はバルターだったようだ。

驚く事は無く、アイツもまたアレクセイなので休暇と言いながら何か悪巧みしているのだろうと心の片隅で思っていた。

 

「ふっ、本来であれば傍観で終わらそうと思っていたが…あまりにも見苦しくてね、つい手を出してしまったよ」

「貴様⁉︎ここまで誰が育ててやったと思っているのだ‼︎恩を仇で返しおって‼︎貴様など拾うのでは無かった‼︎」

「はぁ…これはここまで尽くしてくれた君への恩返しなんだけど、君は何にも分からないんだね。まあいいさ」

 

息子にトドメを刺された事に不満を感じ親とは思えない程酷い言葉を浴びせる。

…まあ殺されかけたのなら仕方がないが…

 

「ヒューヒューアルダープ‼︎死なないでアルダープ‼︎」

 

心臓を貫かれたアルダープの生命反応は小さくなっており、先程まで回復した傷の様に治る様子は無かった。

一体どう言う事だろうか?先程の様子であればその程度の傷直ぐに治せるだろう。まさか自身の与えた傷のみ治せて他人の与えた傷は治せないのだろうか?

 

「ヒューヒューどうしようバニル、この剣が光ってるせいでアルダープを治せない、このままだと死んじゃうよ」

「フム…これはどうしようもないな…」

 

どうやらバルターが奴に刺した剣はクリスの大太刀のように退魔の力を持った剣だったらしく、このままではマクスといえども手が出せないようだ。

 

「バルターお前がこの事件の黒幕だな?」

「ああ、そうとも。あの義父に人工マナタイトの資料を与え記憶を弄ったのは僕さ」

 

マクスがあたふたしている間にバルターに問うと、奴は何も悪びれる事なくそう言ってのける。

 

「何でそんな事をしたのか聞きたいかい?」

「なっ⁉︎」

「全てを教える事は出来ないが僕にも目的があってね、その為に巨大なエネルギーが必要なのさ」

「それがこの人工マナタイトか?」

「そうとも、だがやはり一般人ではまだ目標まで足りなくてね」

「これ程の人を犠牲にしてもか?」

「ああ、そうだ。ちまちまと一般人をマナタイトにしても個々のエネルギーが小さ過ぎるから効率が悪い。だからどのみちこの工場は破棄する予定だったし、ついでに邪魔な悪魔に振り回される義父も処分できて君には感謝しているよ」

「そうかよ、おっとそのまま帰すと思うのかよ‼︎……な⁉︎」

 

バルターはいきなり姿を表すと言いたい事だけ言ってそのまま去ろうとしたので動きを止める為に雷の魔法を放つが、それが奴に当たる事なくまるで魔術師殺しに阻まれるかの様に無効化された。

 

「ふっ、君の魔法が当たらないとなるとこっちの計画は順調のようだ」

「おい待て⁉︎」

「止めておけ小僧」

 

奴を追い掛けようと動き出した所をバニルに止められる。

奴からすればこの場から俺を排除できるので願ったり叶ったりでは無いのかと思い、その思考と行動の不和により言われるがまま止まってしまう。

 

「どうしてだ?」

「今のあやつを追った所で死ぬだけであるぞ、まあ死にたいと言うならこれ以上は止めぬが」

「…そうかよ」

 

見通す悪魔バニルがそう言うのであるならそうなのだろう。

いつもなら啖呵を切ってバルターを追い掛けるが、もう既に奴の気配は消えているのでここは奴に従う形になるしかないだろう。

 

「あぁ…アルダープ‼︎ヒューヒューアルダープ…死んじゃった」

「残念であったなマクス」

 

退魔の剣で刺し殺されてしまった以上、地獄の公爵であるマクスとて何もできないのだろう。

あっけからんにアルダープの死を見送った二人はそのまま固まっている。

 

「辞めておけ小僧、それ以上は流石の吾輩もサービス出来ないぞ」

 

この隙を逃すまいと彼女が落とした大太刀を拾い上げ、それをマクスのいるゲージに突き立てる。

 

「悪いけど一応命の保険という事で」

「フム、そう来たか。だが良いのか?悪魔を殺したとしても貴様に得は無いぞ」

「ああ、そうだろうな」

「ふっフハハハハハハ‼︎成る程‼︎貴様あの醜く肥え太った豚よりも悪辣な事を考えるのであるな」

 

バニルは俺が退魔の大太刀を持っているのにも関わらず俺が条件を言う前にそれを読み取り、その発想が今まで見た人間の中で一番強欲だったのか笑っているようだ。

 

「我が同胞を見逃す事を対価に吾輩と契約したいと言うのだな」

「ああ、そうだ」

「だが気を付けておくと良い、対価が今回の件だけではマクスの様な現実を歪める程の力は貸せぬぞ」

「別に構わないさ、俺の腹は痛まないからな」

 

イレギュラーなバルターと相対する以上こちらもイレギュラーな力を手に入れないといけない。

これ以上身を削らずに悪魔の力が借りられるのであれば、多少の制限は仕方がないだろう。

 

後でクリスに何を言われるか分からないが、その時はこの大太刀で何とかして貰おうとおもう。

 

「それじゃあよろしくな」

 

こうして俺はバニルと契約した。

得られる力はほんの微量だが、それでも戦力が増えた事は今後の展開に役に立つだろう。

 

 

 




中弛みしてきたので詰めて書いたら少し展開が急になってしまいまして…


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銀狼の牙8

今回は途切れ途切れで書いたので誤字が多いかもしれないです…
誤字脱字の訂正ありがとうございます


あの後、俺はマクスを地獄へと連れ帰るバニルを見送ると、屋敷の処理に奮闘した。まあ処理とは言っても何かしたわけでは無く、害のありそうなものを片っ端から破壊しただけなのだが…

幸いにもマクスが地獄へ帰った事で周囲に張り巡らされた魔物などは姿が消えたので、戦闘に関しては問題はなかったが全ての案内をクリスに任せていたので時々迷いながらも何とか屋敷の外へ出ることが出来る。

 

障害が何もない事を確認したので、後はテレポートのスクロールで王都へと帰還する。

王都に帰り城に向かう前に退廃区に向かい、酒場に残してきたシルフィーナに挨拶をする。

この酒場のマスターはこう言う事には慣れているのかシルフィーナはブラウンのエプロンを着けながら裏方の仕事をこなしていた。

仕込みの合間なのか休憩しているマスターにクリスの持っていた大太刀を戻ってきた時に代わりに返して貰う様に伝え預ける。

 

現在、俺の手元にはバルターがアルダープを殺した時にしようした神具らしき剣と元々持っている魔法剣の二つになる。

折角なのでしばらく神具の剣を使おうと思ったが、重さが軽く刀身が魔法剣よりも短いので俺が使用すると今までのギャップに苦労しそうなので一緒にマスターに預ける事にした。

 

「それじゃあまた戻ってくるからもう暫く待っててくれよ」

「…はいカズマ様」

 

背を屈め挨拶すると落ち着いてきたのか少しぎこちなく挨拶を返してくれたので、手を振ってそのまま酒場を後にする。

酒場の裏口から城に行こうかと思ったが、裏口の開け方はクリスしか知らないので別の入り口から行くことになった。

あれから色々彼女から話を聞いていたのだが、退廃区には色々と抜け道が存在するらしく上手く使えば城の近くまで行けるとの事で折角なので使わせて貰おうと、色々入り組んでいる建物の隙間を掻い潜って城に向かう事にした。

 

 

 

 

 

「成る程な…そういう事があったのか」

「ああ、今回の人工マナタイトの一件はアレクセイ家が裏で糸を引いていたんだよ」

 

結局また城に侵入した時の裏口を使う羽目になりかなり時間が掛かったのだが、俺が辿り着いた時間に丁度様子を見にきていたダクネスに遭遇できたのは不幸中の幸いだろう。

椅子に座りながらいままでの経緯を彼女に伝えると神妙な顔付きで彼女はそれを聞いた。

 

「それでバルターが姿を消したのか…まあ紅魔の里の一件から姿が見えなかったが」

「ああ、結局王族のクーデターも全てバルターが裏で糸を引いていたんだよ」

 

ここまで来れば黙っている理由もないのでバルターについての情報も伝えたが、そこら辺はやはりと言うか普通そうなるだろうと思った通り既に姿をくらませていたようだ。

 

「それでクリスは結局行方不明のままか…まああいつはいつも神出鬼没な所があるからな、そのうちフラっと姿を表すだろう」

「そうだな、何かあればすぐ現れそうな気がするしな」

「…よし分かった、これからそのアレクセイ家の工場に兵を送ろう」

「大丈夫か?個人の所有する別荘とはいえ中々に広いぞそんな一気に兵を動かしたらシンフォニア家にバレたりしないか?」

 

結局俺たちから大事かもしれない人工マナタイト生産工場もこの国の政治ゲームからすれば一つのイベントでしかないのだ。

そこでヘマを打てば試合に勝って勝負に負けるようなものでしか無い。

 

「安心しろ、この一件は私の中でも結構大きな分水領だと思っていてな、この時の為に兵を余らせて待機させてあるんだ」

「マジか…」

 

フッとイカした様な笑いを浮かべながら彼女はそう言うと腰掛けていた椅子から立ち上がり俺に着いてくる様に伝え、彼女が使用してきた道を使いながら城の外へと出る。

薄暗い道を進みながら辿り着いた先には大人数の兵士がいつでも行ける様に待機していた。

 

「それではその工場に向かおう、アレクセイ家の所有している資産は元々調べてはいたがお前の言っている工場とやらの情報は記載されていなかったので案内を頼めるか?」

「ああ、それは任せてくれ」

 

どうやらあの工場自体公には存在していなかったらしく、あのダクネスですら把握していなかった。

これも悪魔の力なのだろうか?

だとすればあのマクスという悪魔の真価が発揮した状態で俺たちが戦ったのなら、多分俺とクリスのどちらかは何かしらの被害が残ったのだろう。

 

「それで何でアレクセイ家を調べていたんだ?」

「ああ…それか」

 

前回乗っていた馬車に再び乗り、テーブルを挟んで向こう側に座っているダクネスに事情を尋ねる。

アレクセイ家は息子が騎士団のトップ1だが、そもそも元々大きな家では無いので名前を知っていても資産を把握しているなんてことは普通に考えてないだろう。

 

「あの家とは色々あってな、このゴタゴタが解決したらお前の知るバルターと見合いをする予定だったのだ」

「え?マジかよ悪かったな」

「いや、それに関しては助かっているんだ。まだ私は嫁ぐ予定ではないからな、結果としてお前によって阻止されたことは感謝している」

「ふーんまあそういう事ならいいか」

「それにアレクセイ家はシンフォニア家の派閥に属している家でな、やる事に手段を選ばない事で有名だったんだ」

「マジか…シンフォニア家の派閥なのにお前の家と見合いをするのか?」

「そういう事だ、決まった時はまだ今ほどダスティネスとシンフォニアの両家の影響力はそこまでなかったのだ、だから父はあちら側の派閥の橋渡しとなればなんて考えていたのだろう。お前の知っている通りバルターはあのゲスとは違って清廉潔白で有名だからな」

「貴族は貴族で色々大変なんだな…」

 

どうやらダクネスはダクネスで色々とアレクセイ家に対して因縁がある様だ。

しかし、アレクセイ家があちらサイドの人間であれば、シンフォニア家に上納金と言う名の賄賂を支払っている事はあの傲慢さが放置されてきた所を見ると火を見るより明らかだろう。

 

「ああ、それでお前はあの二人のどちらを狙っているんだ?」

「はぁ?」

 

どうやらアレクセイ家のお見合いの件でダクネスの乙女スイッチが入ってしまったのだろうか、先程とは打って変わって少し楽しそうに俺に聞いてくる。

 

「どっちでもいいだろう別に…」

「何?どっちもだと⁉︎」

「うるせえよ⁉︎」

 

暫く会っていない二人に合わせる顔が無くなりつつある現状に焦りが無いわけではないが、この状態のアイリを放っておいてアクセルに帰るわけにはいかない。

日にち的にそろそろ帰って来ている頃だろうとは思うが、後少しくらいなら彼女も許してくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

「着いたな、ここが人工マナタイト工場か。外から見ただけではそこら辺の屋敷と変わらんな」

「だろうな、俺もぱっと見最初はわからなかった」

 

着いて早々に全ての警備関係は解除済みである事は伝えてあるので、ダクネスは全ての兵を屋敷に向かわせ調査を始める。

まるで刑事ドラマの鑑識だなと思いながら作業を始めている兵士達の横を通りながらダクネスを地下へと案内する。

 

「これは…こんな事が許されて良いのか…」

 

工場の惨状を確認したダクネスは開口一番にそう言った。

周囲には既に機械から出された人間が敷物の上に並べられ、蘇生が出来るかどうか分からないが医療兵達から治療を受けている。気配を見ると一応灯火的な物は感じるが、肝心の魂が減っているので多分助からないだろう。

 

「これが人工マナタイトの原料だってよ」

 

人工マナタイトは人の魂を使用し、それをマナタイトになるまで凝縮した物を指すことをダクネスに伝えると、彼女は辛そうな顔をしながらそれを聞いた。

 

「クソッ‼︎こんな事が…こんな事が許されていい筈は無い」

「そうだな」

 

近場の機材を殴り彼女は涙を堪えながらそう言うと踵を返して屋敷の外へと向かう。

流石のダクネスもこの現場に居続ける事が辛かったのだろう。

 

「なあカズマ」

「何だよ?」

 

外で木にもたれ掛かっていた彼女を周囲の魔物に襲われない様に監視しながら警戒していると、何かを決意したのか俺に問いかける。

 

「シンフォニア家は、クレアはこれを知っていたのか?」

「さあな、俺が知っているのは裏でバルターが手を引いている事ぐらいかな」

「そうか…」

「だけど、一人の貴族の息子がここまで出来るとは考えずらいな」

 

バルターは性格も思考も破綻しているが、確かに有能で実力もある。しかし、それはあくまで個人的な話で大掛かりになるとまた話が変わってくる。

どんなに有能だとしてもただ一人の人間が大規模な行動を起こす事はほぼ不可能に近い。何処かで必ず巨大な力を持つ誰かか団体に出資を受けるなど頼らなければいけない部分が存在する。

出なければこれだけの規模の工場を秘匿にする事なんて不可能に近い。仮に出来たとしても何処かで綻びが出来てしまう。

 

「つまり誰か他に協力者がいるって事か?」

「かもしれないな、ただもう記憶は消されてしまっているかも知れないけど」

 

アルダープがそうだった様に奴の持つ神具の中に記憶を操作する物がある可能性がある。

それが消す物なのか捏造する物なのかは分からないが、あいつが協力者に自身が何かした記憶を残している可能性は低い。

 

俺と言う例外が存在するが、それはそれで何か別の意味があってそうしているだけだと思うので考慮しなくてもいいだろう。

 

「クレアが裏で手を回している可能性もなくは無いな、ただ記憶はもう無いのか…いやだが資金と兵の移動は必ず記録に残さないといけない決まりになっている」

「その考えは止めておいた方がいいぞダクネス、お前はシンフォニア家に憎悪を向けようとしているだけだ」

「…そうかもしれないな」

 

思考が偏り始めているダクネスを静止する。

所詮ダクネスもまだ若者で、こうあるべきだと思う正義感と政治的立場が混ざっている場面が見える。政治の場で正しくあろうと言う考えは相手を追求する事に関しては有効かもしれないが、相手に付け入る隙を与えてしまう。

正義のもとに行動する人間ほど行動が読みやすい人間はいない。

 

今回の一件はあくまでシンフォニア家の俗派が起こした事案で処理する程度で納め、大した証拠もないのに裏でシンフォニア家が糸を引いていたなんて事を追求しようなら足を掬われてしまうだろう。

 

「すまなかったな、少し感情的になり過ぎた様だ」

「ああ、俺も冷たい事言って悪いな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで調査した結果分かった事を報告しようかと思う」

「ああ、頼むよ」

 

その後屋敷の調査が終わる前に二人で引き上げ、城に戻り俺は体を休める為に睡眠の時間をもらう事になった。

なんだかんだ言って退廃区に来てからろくに睡眠を取っていなかったので、寝床についた瞬間に溺れる様に睡魔に身を任せた。

 

その後目を覚ませばアッっと言う間に朝を迎え、仕事を抜け出して来たダクネスが会いに来たと言うわけだ。

 

「まずは経緯について説明しようと言いたい所だが、やはりあの屋敷に関しての資料はあの時代ごと資料が無くなっていたよ」

「やっぱりそうだったか」

「ああ、あの王都争奪戦で資料室が火災になったらしくてな、その辺りの帳簿などは全て焼けてしまったらしい」

 

どうやらあの時バルターがこの城でやるべき事と言っていたのは、この戦いに乗じて自身が行った行為の痕跡を消す為だったのだろう。

であればこの城に奴が行った行為の痕跡は存在しないだろう。

 

「だから今はあの工場に関して分かった事を説明しようかと思う」

「ああ、頼むよ」

「あの工場に使用されたと言う表現は使いたくはないが、実験の被害者の大半は退廃区の住人で殆どが主人を失った奴隷らしい」

「そうか…」

「その様子だと退廃区に関してはクリスから説明を受けていた様だな」

「ああ、実際に行ったしな」

 

ダクネスはあまり驚かず説明を求めない俺を見て既に情報を持っていると推測したのか、説明が省けて助かると言いながら話を進める。

 

「奴隷の証拠に被害者の体には刻印が記されていて、その刻印の貴族は既に無くなっていたそうだ」

「だからあまり公にならなかったんだな」

 

結局事件が起きても被害者やその家族が訴えなかったら事件にはならないのだ。

つまり居るか居ないか分からない持ち主の居ない奴隷の掃き溜めの住人であれば連れていたっ所で誰も気がつかないのだろう。

 

「そう言う事になるな、それで機材だがこれは王都の資料に残っているデストロイヤーの時代の物と同じだと判断したそうだ」

「あの奇天烈な機械が作られた時代のものか…ならかなり進んだ文明のものだったんだな」

「そうだな、私達も使い方が全く分からなかった」

 

あの時代、多分俺達の世界の住人が持ち込んだ知識で造られたものだろう。

提示されたチートの種類に思い描いた物を作り出すものがあったのでそれを選択したのだろうとは思うが、ここまで時代を跨ぐとは製作者も思わなかっただろう。

 

「まあ話は以上だな。これ以上の話は機密の都合で伝えられないがアルダープの死体はこちらで回収したから安心してほしい」

「お…おう」

「それでカズマ、お前にはまだ行って欲しい仕事があるんだ」

「…そうか」

 

仕事を終えたのでアクセルに帰れると思っていたが、どうやらそうはいかない様だ。

 

「アレクセイ家の一件を持っても現状まだシンフォニア家の勢力は強まっている。お前の他にも情報を調べさせている奴が居るのだが、クレアがどうかは分からないが手段をらばない奴が多くなっているらしい」

「あいつらも手段を選んでいられないって感じか…」

「そうだな、アイリス様の戴冠式もそう遠くはない、シンフォニア家としてはなるべく息の掛かった家を組織に置きたい様だ」

 

この世界では人事は戴冠式を迎えた際に継承した王が決めるらしいが、そのアイリが全てを決めるわけでは無いのでその時までに自分の一派各家に力をつけさせ、人事の際にアイリに意見してコントロールしようと言う魂胆だろう。

 

「だから他の家の不正を暴いてくれって事か?」

「ああ、そうだ。悔しいが私の一派でお前ほど頭がキレて行動力があって動き易い立場にあるのはお前だけなんだ」

 

悔しいと言う時点で馬鹿にされている気がしなくもないが、彼女が俺をそう評価したのならそう言う事なのだろう。

 

「分かったよ、その代わり全てが終わったら俺の頼み事を聞いてくれよ」

「ああ、助かる。私個人ができる事なら何でもしよう」

 

今何でもするって言いましたよね、と漫画の様な事を言いたくなったがこの空気を破壊したくは無いので黙っておく事にする。

 

「それじゃあリストを渡そう。疑いがある行為を含めて纏めてあるが、どうするかはお前に任せる」

「ああ」

 

商談成立だと言わんばかりに起き上がると、その纏められた羊皮紙を俺に渡す。

中には彼女の言う様にシンフォニア家の派閥に属している貴族の家の名前とその家が起こしているであろう汚職が記されていた。

 

「何か掴み次第連絡を頼む。くれぐれも尾を掴まれないでくれよ」

「ああ、分かったよ」

 

彼女から貰った資料と記憶していた貴族の相関関係を照らし合わせ知識を更新していく。

 

「それじゃあ…あまり私の言えた事では無いがよろしく頼んだぞ」

 

内容を読み更けている俺を見て安心したのか、ダクネスはそう言い残して元の場所へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日経ち、気づけばアイリの戴冠式が近くなっている事に気づきながらも、残り少ない時間で結果を残そうと奔走している。

 

「シルフィーナ現状はどうだ?」

「問題ありません、外には誰の気配もありません」

 

念話で彼女に確認をとりながら大きな屋敷の中を走り抜ける。

 

「よし、それじゃあ生きの良さそうなのを一人頼む」

「分かりました、カズマ様も無理はなさらないでください」

 

感知スキルで彼女の気配を管理しながらドアを開けては中にいるボディーガードを始末していく。

ダクネスから渡された書類の中から規模の大きま所から消し掛けていたが、上から順に始末している間に下の方で急成長を遂げていきなり上位に食い込む家を見つける。

シルフィーナに調べさせるとこの家は人身売買をメインに行い、他にも市場に残っている人工マナタイトを独占したり色々と悪さをしているのが判明し現在潜入という名のカチコミをしている訳だ。

 

「カズマ様奴隷を全て解放し、こちらで一人確保しました」

「分かった」

 

シルフィーナから返事が来たので走るペースを上げる。

 

「あの上半分の仮面の奴だ‼︎殺せ‼︎」

「遅いんだよ‼︎」

 

途中俺の姿を捉えて全体に向けて叫ぼうとするやつの眉間にナイフを投擲し始末する。

バニルとの契約で得た力は本当に微々たるもので、仮面をつけている間は相手相手一人の一手先を読めるというものと言葉の真偽の判定の二つで、対人戦では便利だが大人数を相手にすると処理が追いつかなくなるのであまり役に立たない。

なので顔を隠すために仮面を付けているだけにしかすぎないのだ。

 

「ようやく見つけた、全く貴族らしく逃げば良かったものを」

 

屋敷の中を進み用心棒を蹴散らし、奴隷を解放しようやく当主の元へ辿り着く。

部屋には当主の趣味なのか奴隷の刻印を付けられていない少女が裸でアザだらけの状態で吊るされている。

そしてこんな状況だというのに当の本人は何の焦りもなく、高そうな椅子に座りながらどっしりと構えている。

 

「やあ、君が最近流行りの暗殺仮面かな?」

「何だそのカッコ悪い名前は?」

「知らないのかい?意外に君は有名だよ、世直しなのか悪い事をしている貴族の悪事を暴いたり始末したり」

「そうだな、そこまで知っているなら何で逃げないんだ?まさか勝てると思っているのか?」

 

貴族相手に格好つけたくはないが、相手の気配からして普通の冒険屋よりも反応は低い。

それは実力があまり無いことを指すが、稀に技術で補う者がいる。しかし、その者と比べれば奴の肉体は体が幾分か細すぎる。

 

「そうだね、だけど逃げた所で君は追いかけるだろ?それに逃れたとしても君はこの屋敷を燃やすだろ?奴隷を逃されても回収できるけど今それをされると困るんだよね…」

「その通りだな」

 

結局貴族は全て家に資産を集めている傾向にある。まあたまに別荘に隠している奴もいるが…

金銭は銀行というシステムもあるが、それ以外の資産は全て自身の手で管理しないといけない為こうして家に用心棒を雇って管理させないといけないのだ。

 

「だから君と交渉しようと思ったんだ」

「成る程な」

 

どうやら悪どい事をしてここまで上り詰めただけあって頭がそこらへんの貴族よりかはキレる様だ。

 

「私から提示するものはなるべく君の要望に沿った物を出したくてね、何か要望はあるかな?神具でも美術品でも何でも提供しよう」

「特に無いな」

「そうか…それは残念だね…」

「残念だな」

 

剣を構えるが奴は何も臆する事なく、まるで決まっていた様に指を鳴らすと隣の部屋にあった気配がこちらに向かって移動しその姿が見える。

 

「…」

「おや、驚いたのかい?」

 

部屋に入って来た人は奴隷の刻印を首につけてナイフを構えた小さな奴隷だった。

 

「知っているよ、君はどの貴族相手でも必ず奴隷を解放させる様に図っているって事をね」

「そうだな、確かに俺は出来るだけ奴隷を解放しようと動いている」

「なら奴隷が君を殺そうとしたらどうするのかな?…殺せ‼︎出来なければお前が死ね‼︎」

 

奴隷への強制命令、これに逆らえる奴隷は存在しないと言われている。

しかも二重命令で俺を殺せなかった場合に今度は自身を殺さないといけないと言う俺も脅迫している様な命令を奴はしている。

 

「あ…あ…」

 

奴隷の子供の方も命令に逆らおうと抵抗している様だがそんな努力は虚しく体が勝手に動き俺を殺そうと動いている。

仮に抵抗出来たとしても今度は自身を殺す指令に抵抗しないといけないと言う終わりなき苦しみの連鎖が発生している。

 

「…ごめんな」

 

必死に俺を殺さまいと抵抗している奴隷の首を苦しまない様に一刀両断し、周囲には奴隷の血液が噴水の様に噴き出した。

 

「…君は人の心が無いのかい?」

「お前がそれを言うのか?」

 

そんな俺の行動にドン引きしながら問いかける当主に向き直る。

 

「それで?もう終わりか?」

「……っ⁉︎」

 

当主は打つ手なしなのか何か策は無いか考えている様だ。

まあ何をしようが俺の知った事では無いので吊るされている少女を解放する。

 

「え…」

 

少女は何処かで見た事があり、その整った顔立ちに澄んだ声からして多分モデルか何かだったのだろう。

これは勝手な妄想だが、奴は貴族なので枕営業を頼んで断られたとかそんなとこだったりしてこうして憂さ晴らしをしたのだろうか?

 

「おい‼︎そいつを手に入れるのにいくらしたと思ってやがる‼︎一千万エリスだぞ‼︎」

「そうか、それじゃこれをやるよ」

 

少女の拘束を解きながら奴に向かって物を投げる。

 

「これは⁉︎」

「正真正銘、高純度なアダマンタイトの異性体だよ」

 

これはどこかの貴族の家から拝借してきた言わば家宝の様な物で、それ一つで王都に大きな家を建てられる価値があると言われている。

 

「正気か⁉︎こんなガキの為にコレを…ゴフッ⁉︎」

「違ぇよ、お前の命だよ。お前にとって命は一千万エリスなんだろ?」

 

初めて見たアダマンタイトの異性体に興奮が隠せないのか突然立ち上がったので、いつもの癖の条件反射でナイフを投擲してしまい胸に刺さる。

 

「フーッフーッき…さま…」

「よかった、まだ生きてたか…」

 

思わず攻撃してしまい思わず近くまで駆け付けてしまったが、当主に近づき生きていた事うを確認すると安堵しながら動かないようにバインドをかけ猿轡をかける。

 

「遅くなりましたご主人様」

「おう、いいタイミングだ」

 

ちょうど拘束して応急処置をしたタイミングでシルフィーナが奴隷の子を連れて入ってくる。

 

「君がこいつの奴隷だね?」

「はい‼︎」

「これから君にはこの人を殺して貰うけど大丈夫?」

「大丈夫です、この人にはいつも酷い事をされましたから‼︎」

 

奴隷だと言うのにアグレッシブだなと思いながら話を進める。

生きのいいやつを連れてこいとは言ったが、ここまで生きがいいのを連れてくるとは中々に優秀だなと困惑する。

 

「よかった、はいナイフ。君は知らないと思うけど奴隷が持ち主を殺すと契約が無効化して刻印がただの刺青になるからね」

「…え?あ、はい」

 

奴隷の子は俺の説明を聞き理解したのか、返事をしながら俺が渡したナイフを受け取ると困惑した様子でシルフィーナを見る。

それを見たシルフィーナは困惑しながらも笑顔で頷く。多分彼女は奴隷が君を見た理由に気づいていないのだろう。

 

そして床に転がっている当主の首をナイフで切り裂き、恨みを晴らすように顔面を何回も突き刺すと契約が切れたことを感じたのか刻印を確認する。

 

「おめでとう、これで君は自由だ。王都には身寄りのない子を支援する場所があるからそこに行くといい、確か何処かの家が経営しているのかな?」

 

ダスティネスの名を出すと俺の正体に辿り着かれるかもしれないのであえて名前をぼかしながら支援施設の場所を記したメモを渡す。

 

「ありがとうございます名前の知らない仮面の人、お礼はまた今度会えたら‼︎」

 

本奴隷の子は奴隷の期間が短かったのかお礼を言うとそそくさとどこかへ消えていってしまった。

そのさっぱりした性格に興味が湧いたが、今はそれどころでは無いので地面に転がったアダマンタイトを拾い上げ少女に投げ渡す。

 

「…これは?」

「俺からの選別だ、売ればかなりの大金になるからそれでやり直せよ」

「あ…ありがとう…ございます…」

「こいつも施設まで連れて行ってやれ、多分歩けないだろうから」

「分かりました」

 

了解と彼女は少女を背負うと窓から外へ飛び出していった。

 

「後は神具を回収して燃やすだけだな」

 

クリスの姿が未だに見えない以上誰かがやらないと行けない思い神具を集めては泉に放り投げている。

神具を回収し、やる事が無くなった事を確認すると屋敷に火を付けて証拠を隠滅する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、あの家もやったのか…」

「ああ、これで目立った所は全て潰した事になるな、まあ調べている過程でダスティネス派の悪どい事をしている奴が居たからカモフラージュにやってしまったけど大丈夫か?」

「ああ、それは問題ない」

 

仕事を終え、いつもの報告書をダクネスに提出する。

彼女はそれに一通り目を通すと、白紙に自身の個性の出る文章でメモの様に書き写し、それが終わると俺の書いた報告書を燃やす。

俺の文章が何かの表紙にシンフォニア家に渡ってしまうとややこしい事になるので、あくまで自分の聞いた情報を纏めたメモの様にして保管すればバレても聞いた情報を纏めただけだと言い逃れができる。

 

「これだけあれば問題ない、お前が潰してくれたおかげでダスティネスに付く派閥の勢力が多くなっている。これなら戴冠式の人事も大丈夫だろう」

「ああ、そうだな」

 

俺の報告書を見ながらウキウキする彼女を見てようやく肩の荷が降り緊張が解ける。

そして今まで無意識に除外していたであろう疑問が俺の頭に浮かぶ。

 

シンフォニア家当主クレアはアイリを自身の理想となるようにあり方を決めるがダクネスはアイリをどの様に扱うのだろうか?

今まではダクネスがクレアに対して憎悪を抱き暴走しない様に抑えていたが、これはダクネスが俺がダスティネスに正義がある様に思わせる為にわざとそう演技していた可能性があるのだろうか?

クリスを信じてきたのでなんの疑いなくダクネスも信じていたが、クリスはダクネスの親友だと聞いている。

そしてクリスはアイリを何処となく邪険にしている節がある。

クリスの幸せはダクネスの幸せでアイリの幸せではない。

これは何の根拠もない推測。

 

 

「安心してくれ、全てが終わればお前にも必ず礼をしよう」

「…ああ」

 

全ての準備は整い後は行動に移すだけの状態になり、その安心から子供のように振る舞う彼女を見ながら俺は取り返しの付かない事をしてしまったのでは無いだろうかと、全て俺の勘違いであってくれと思いながら彼女の話に付き合うのだった。

 

 

 

 




シルフィーナの説明は次回に…


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銀狼の牙9

話を済ませダクネスと別れると、そのまま裏通路を使って退廃区の酒場向かう。

使用方法はダクネスから確認し、酒場からこの部屋への行き方をマスターしたのでいちいち城の外から侵入しなくても問題はなくなった。

 

「お帰りなさいませカズマ様」

「おう」

 

裏通路を使い酒場に戻ると先に予感していたのかシルフィーナに迎えられる。

アルダープの一件の後クリスが戻ってくる事を待ちながら彼女に色々教えようと思って教育していたが、結局クリスが戻って来ることは無く戦闘面はアレだが、彼女に教えた盗賊系のスキルは既にアイリを超えつつあり、折角なので俺の頼まれた仕事に協力させる事にしたのだ。

 

車を例に出すのは気がひけるが、奴隷にも金を積めば色々とスキルを付与できるとの事でそれを生業としている者に頼んで簡易的だが色々と仕込んでみた。

 

それから色々貴族の偵察やら監視を任せてみたが、やはり貴族の娘なのでいい遺伝子を受け継いだのかかなり優秀な結果を出してくれたので、それからは彼女も作戦の軸に入れながら行動している。

 

「それでダクネス様と話されてこれからの流れはどの様な方向になられましたか?」

「それなんだけどな」

 

シルフィーナは最初ダクネスの事をママと呼んでおり、それは母を幼い頃に亡くしたためダクネスが代わりに母親を替わりに努めていた事の名残らしいが、最近では悲しい事にダクネス様と呼ぶ様になってしまっている。

奴隷になった子供には暗示が施され自身の境遇を受け入れ奴隷として務めると言うものが存在し、その影響か彼女は俺と接する度に徐々にダスティネス分家の令嬢としての何かが希薄になってきている様な感じがする。

 

「おおよそは完了したから王女様の戴冠式までお休みだって、まあそれまでやる事が無いから何かやりたい事あるなら付き合うぞ」

「ありがとうございます、ですが現在やりたい事がございませんので…」

「そうか…」

 

それでは仕事の時間になりますのでと彼女は表のバーのウエイトレス作業に戻って行ってしまったので、俺も客として表に出て彼女の働きを眺める事にした。

 

奴隷になってしまった以上もう元の華やかな生活には戻れないので、仕方なく彼女には普段ここで働いて貰う事にしている。

ここはクリスの息がかかっているし、マスターの性格も信頼できる。もし何かの拍子に俺が死んでしまっても大丈夫な様に色々と計らってはいるが、それでも他人と関われる職と居場所は必要なのだ。

 

いきなり攫われてオークションに掛けられ気づけば奴隷にされているという波瀾万丈な人生だが、それでも生きている彼女にはそれなりに人生を楽しんで欲しいと言う俺の勝手な要望でしかない。

唯一の救いは、何だかんだこのバーで働きながら色々な人の話を楽しそうに聞いている所くらいだ。

 

「それでクリスから何も連絡はないのか?」

「いえ、貴方と出られてからは一度も」

「そうか…」

 

グラスに注がれたシュワシュワの原液に口をつけながらマスターから情報を受け取るがクリスの情報に関しては全く持って無かった。

 

「貴族関係は今度戴冠式に関しての会議があるそうですよ。それによって国の仕組みが変わるそうなので他の貴族達は気が気では無いみたいです」

「そうらしいな、結局どういう仕組みで決まるんだ?」

「さあ、そこまでは分かりませんが、国の要人達が集まって話し合うみたいですよ。クリス様が言うには今回は王女様がまだ幼いのでダクティネス家とシンフォニア家の両者での勢力争いで勝った方に忖度された内容になるだとか…」

「だよな…」

 

結局どの様に事が進んでもアイリがお飾りの王女様である事に変わりは無く、結局はどちらかの意見に引っ張られる形で国政が進んでいく形になるのだろう。

避けられない運命とはいえ、あの小さな女の子に国を背負わせるのはどうだろうと思ったが、ここで一時的に権利を誰かに移譲したらそのまま返ってこなくなるだろう。

そうなれば彼女はただの少女に…いやそうなればアイリもただの一般人になれるかもしれない。

 

だが、それをダクネス達が許すのだろうか?

二人の言い分を聞いてはいたが、二人とも彼女を王女にする事を主として計画を立ててしまっているのでここでどんでん返しとはいかないだろう。

 

なら戴冠式の場でアイリを回収して城もろとも黒炎で焼き払って皆殺しにしてしまおうか…いや、そんな事をしても状況が悪化するだけだしアイリもそれを望まないだろう。

 

「根詰めすぎですよ、少しリラックスしてください」

「ああ、ありがとう」

 

どうやら考えに行き詰まっている事を気づかれたのか、マスターに指摘される。

 

「はぁ…」

 

ため息を吐きながら気を落ち着かせ、滅入った気を回復させる為にシルフィーナの方に視線を向ける。

どうやらカクテルの作り方を教わったのか先輩に見守られながらシェーカーを振り回していた。

 

他にも貴族達が買い物を済ませた帰りなのか奴隷を引き連れて他の貴族達と情報交換やマウンティングをしており、読唇術で会話を盗み見たがやはり彼らのあいだでは今回の戴冠式後の話ばかりだった。

彼らは椅子に座り、奴隷は基本地べたで隅の方で荷物番をし一人は直ぐに対応できるように足元に座り待機しているのが常識の様だ。

 

やはり奴隷と名をうたれている為か、彼女らの扱いはとても同じ人間を扱うとは到底思えないもので酷いものでは椅子に座る貴族の足置きにされている者まで見える。

その奴隷達は当然人権なんてモノは存在せず最悪物よりも酷い扱いを受けている訳だが、その奴隷達のシルフィーナを見る目はまるでこの世の物では無いものを見る目をしていた。

 

基本奴隷は奴隷なので店番を任されたりするものだが、外の店などで受ける扱いとこの店での彼女の扱いでは天と地程の差が生じている。

それを気に食わない貴族もいる様だが、ここはクリスの息がかかった店で話を聞く限りでは昔から色々とヤンチャをしていた為この店で何かを起こせば彼女に報復されると噂になっており、それ故なのかこのバーは治安が良いと言う事で有名でこうして賑わっているそうだ。

 

それで話は戻るが、時折その状況に耐えきれなくなった奴隷がシルフィーナに八つ当たりする事件があり、その度に破棄される奴隷が増えるので彼女を表に出すのは止めようかと思ったがマスター曰くそんな事は日常茶飯事だから気にしなくても良いとの事らしい。

 

「そろそろ時間か…」

 

そんなこんなで夜は更けていき、気づけば寝る時間になってしまっていたのでマスターに任せて仮眠スペースという名の寝室に足を運ぶ。

最初は書斎のベッドで寝ていたが、最近は面倒なのでマスターに許可を取り酒場の裏にあった物置を改造してそこで寝ている。

 

最初は落ち着かなかったが、慣れればこんな寝床も悪くはない。

 

「カズマ様…失礼いたします」

「ああ」

 

ボーと天井を眺めているとシフトが終わったのかシルフィーナが布団の中に入ってくる。

最初は別の場所で睡眠を取る様にしていたのだが、最近は一緒の布団でアイリの様に眠る事が多い。

 

理由を聞くと寝ている際に誰かに殺され無いようにとの事だったが、隙を見て俺の首を捕りに来ているのでは無いのかと内心ヒヤヒヤしている俺が居る事は否定できない。

仮に俺がシルフィーナ以外の人間に殺されたり病気などで命を失えば彼女は野良奴隷となってしまい、いつか見た奴隷の墓場へと堕とされてしまう。俺を現時点で殺さない以上彼女の最優先事項は俺が殺されない様に守る事なんだろう。

 

まあ、そうならない様に色々と手は回してはいるが、野良奴隷の為に動いてくれる人間はそう多くは無い。出来れば何か別の方法で彼女を奴隷から解放出来れば良いのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして運命の戴冠式の日となった。

 

 

シルフィーナを隠し通路に待機させ、最初に入られたであろう牢屋に戻り看守に感謝と挨拶を済ませると、やはり戴冠式の為城の職員達は慌ただしく通路を行き来している様子が気配でわかる。

アイリは今日をもってこの国の王となる訳だが、やはり幼い少女を王にすると言う事で色々と不都合が存在しそれを誤魔化すために色々とある様だ。

 

「…」

 

動くにはまだ早いので牢屋でゴロゴロしながら看守にアクネスから預かっていた書類を受け取る。

まあ戴冠式のプログラムの様なものだろう、それと資料が数枚添えられている。

アレからダクネスとは連絡を取ってはいないが、彼女は上手く行ったのだろうか?答えは戴冠式の後にアイリの口から発表という形で表明されるが、それまでに何が起きるのかは誰にも分からない。

 

時間が経ち周囲が落ち着き、戴冠式が始まった事を確認すると牢屋を後にして裏通路を使いながら戴冠式の会場へ向かう。

 

会場は玉座を利用するらしく、天井に身動きは取りずらいが様子を見ることくらいしか出来ない狭いスペースがあったのでそこに体を滑り込ませ内部を観察する。

久しぶりに見た玉座は王兄との戦闘を繰り広げていた場所とは到底思えないほど綺麗に修繕されており、煌びやかな雰囲気に圧倒される。

玉座の中央にアイリなどの主要貴族が集まり、壁際には他の重鎮が並んでアイリの戴冠式を見ている様だ。

 

まあ戴冠式とは言っても皆が興味を持っているのはアイリの王位継承ではなくその後の人事に関してだろう事は見ている目を見れば一目瞭然だが、自身の地位が変わってしまう事を考えれば気が気では無いのだろう。

始業式の校長の話よりもクラス替えの方が気になる様なそんな感じだろう、結局誰が王になろうと自分の既得権益さえ守れればそれで良いのだ。

 

そんなこんなで特に乱入者が出る事なく王冠はアイリの頭上に被せられ、戴冠式自体の目的は達せられせアイリはめでたくこの国の主となった。

それからダクネスがアイリに何か書かれた紙を渡し、彼女はそれを周囲に集まっている貴族に向けて読み上げ周囲の貴族達はそれを聞き一喜一憂している。

今回の人事は先に資料に目を通して知ってはいたがダクネス一派に忖度された内容なので、俺が行っていた汚れ仕事が功を奏した様でクレアからはダクネスから一本取られた事が効いたのか負の感情が滲み出ていた。

 

人事が発表され、周囲のどよめきが落ち着いた頃戴冠式はお開きとなり、次は広間にて立食パーティーが始まるとの事で皆ゾロゾロとしたの会場へと移動していった。

アイリ達は結婚式でいうお色直しをするのか他の貴族達とは別の部屋に向かっていった。

 

流石に着替える場所を除くのはダメだろうと思いながら代わりにシルフィーナを向かわせ、俺は先にパーティーの会場へと向かう。

会場では既に準備が済んでいたので主役なしでパーティーが開かれ、貴族達は各々が与えあられた役職を自慢しながら情報交換をしている。中には俺が色々制裁したきた奴も居たが、やはり胆力が強いのかまた持ち返してきた様だ。

 

周囲の情報交換を盗み聞きながら待機しているとシルフィーナからこちらに王女が向かうとの情報が入り、貴族達が静まり返ったところで堅い衣装から着替えたアイリ達が会場に入ってくる。

新たな主人が決まったので皆アイリに覚えてもらおうとまるで餌を見つけた蟻の様に彼女の周りに群がり飛び込み営業の様に媚び諂っている。

 

群がる貴族に対して一人一人丁寧に返事を返す彼女を見て、問題は無いなと思いながらシルフィーナに監視を任せ会場を後にする。

会場では余興が始まり旅芸人などが芸を披露しては会場を盛り上げており、俺はその隙にアイリの部屋に忍び込み彼女に当てて書いた手紙を机の上に置く。

 

「…ん?」

 

彼女の年相応な部屋に置かれたテーブルの上には彼女が書いていたのか日記が置かれていた。

正直言って彼女がこの状況をどう思っているのか興味がないと言えば嘘になるが、流石に年頃の女の子の日記を読むのは駄目だろう…。

そう思い手紙を置き会場に戻ろうと思ったが、何故かその日記が気になってしまい部屋を後にする事に躊躇してしまう。

 

落ち着け…思春期の日記なんて黒歴史みたいなものだ、俺がアイリ頃の歳に書いた日記を誰かに読まれたと思うと死にたくなってくる事間違いなしだ…って一緒にするのは流石に可哀想か…。

 

結局悩んだ挙句、まあ少しくらいなら大丈夫だろうと魔が差し彼女の日記に目を通してしまう。

 

時系列的に日記の初めの方が城奪還の後の頃だろうか。

 

XX.XX

今日から日記を再開しようと思います。

叔父様が亡くなりお城はボロボロになりましたが、なんとか皆さんが協力して何とかしてくれているみたいです。

 

XX.XX

お父様と本当のお兄様が亡くなってしまい、これからは私がこの国の主になるとクレアから言われました。

仕方が無いとは言えこれから大変になりそうです。

 

XX.XX

クレアが王に成るためには知識が必要だと言って授業が始まりました。昔から王女なので必要最低限でいいとそこまで教わっていなかったのですが、これからは秘密にされていた事まで教えてくれるそうです。

そこでクレアにお兄様の事を聞いたら困惑されてしまいました。

 

XX.XX

授業を聴いていて昨日何故クレアが困惑していたか分かりました。お兄様はお兄様でも新しいお兄様なのでクレアにはわからなかった見たいです。今度ララティーナに確認しましょう。

 

XX.XX

今日の授業が丁度ララティーナでしたのでお兄様の事を尋ねてみると、あの時に怪我負ってしまい現在治療中の事みたいです。

心配なのでお見舞いに行きたいと伝えたのですが、強い呪いの類なので迂闊には近づかせられないみたいです。ただララティーナは時間が掛かるだけでそこまで強い物では無いと担当の方から聞いたのでので安心してほしいと言っていたのでそこまで私もお兄様に負けない様に頑張ろうかと思います。

 

XX.XX

クレアからこの国がどの様な仕組みで運用されているのかを聞かされました、皆んなが頑張ってこの国が回っていたのですね…。

 

(ここから暫く日付が飛ぶ)

 

XX.XX

忙しく暫く日記を書けませんでしたが、ヤマを越えたのでまた書けそうです。

最近クレアとララティーナ仲が悪いみたいなのか私の教育に関して言い合いをしている様です。

あまり私の事で喧嘩をして欲しくなかったので止めてもらおうとしたのですが、私の目の前でしなくなっただけで他の場所でしているみたいです。

 

XX.XX

私がこの国の王様になる日が決まった様です。

女性が王座に就くのは異例の事で色々時間が掛かったみたいですが、私を王にする時は皆さん仲良く行動されていたので良かったです。

 

XX.XX

何だかお城の皆さんの空気が悪いと言いますか…お兄様はこの時は空気がヒリついていると表現していましたが、これがそうなのでしょうか?

 

XX.XX

あの事件から暫くしましたが、お兄様は一向に私の前に現れてくれません。

やはり叔父様から受けた怪我が治らないのでしょうか…

 

XX.XX

ララティーナに意を決してお兄様の事を聞きましたが、あの男の事は忘れて欲しいと言われました。

…どういう事でしょうか?

 

XX.XX

最近勉強やら礼儀作法ばかりで面白くありません。お兄様といた頃は息抜きで色々遊んで面白かったのですが…

 

XX.XX

つまらないのでララティーナに悪戯したらキツく怒られました、王女としての自覚がなんとか言っていましたがよく分かりませんでした。

お兄様なら笑ってやり返してきたのですが…

 

XX.XX

最近みんなに色々ああしろこうしろ等色々言われる様になりました。

みんな私の気持ちなんてどうでもいいんですね…

 

XX.XX

授業を抜け出してお城の中を駆け回って居ましたが、何とお兄様の気配を感じました‼︎

そこまで強くは無かったので気配の残滓みたいでしたが、お兄様が無事で居て無いよりです。

…ですが何故私に会いにきてくれなかったのでしょうか?

 

XX.XX

授業の開始早々昨日の事を怒られました。

ですが、今日の当番はララティーナでしたのでお兄様の気配がした事を訪ねましたが、お兄様は現在治療中でそんな事は無いとはぐらかされました。

 

XX.XX

前の一件のせいでしょうかお城の警備が厳しくなった様な気がします。

私は私でお兄様の事を辿ろうと思い出来る範囲で聞き込みをしましたが、お城のみんなは最初からお兄様なんて居なかった様に振る舞い始めました。

 

(ここでページが破られている)

 

XX.XX

お兄様…アイリはもう限界です。

今まで見て見ぬ振りをして来ましたが、みんなが必要としているのは王女としての私でこの私を必要としている訳では無かったみたいです。

早く迎えに来てください…

綺麗な服も豪勢な食事も快適な生活も要らないです…全てが不自由で生きる為に泥に塗れても楽しかったあの生活に戻りたいです。

 

XX.XX

お兄様怪我の具合はどうでしょうか?

なんだかんだ言って私の味方をしてくれていたララティーナも最近私の事よりも大切な事が出来たのか冷たいです。

 

XX.XX

お兄様、もう私の事はどうでもいいのでしょうか…

お兄様会いたいです。

 

XX.XX

最近何だか眠れなくなる日が多くなりました…

 

XX.XX

お兄様今どこで何をされているのでしょうか?

私はこんなにもお兄様と会いたいのにお兄様は会いに来てくれないのでしょうか…

お兄様…会いたいです…

お兄様…

お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様…

 

「怖いわ⁉︎」

 

思わず日記帳を机に叩きつけてしまう。

何だかんだ理由をつけてアイリに会いに行けないと思ったが、それは仕方が無い事ではなくダクネスが手を回していたという事になる。

まあ、王の自覚を持たせる為には俺みたいな庶民と合わせてはいけないとは思うが、流石にこうなる前にアイリのメンタルケアくらいして欲しい。

 

やはりクレアに対して対抗意識を持ち過ぎていたせいか、アイリの扱いがおざなりになっていた事は予想していたがここまで酷くなるとは思わなかった。

今まで王族に仕えていたせいか、王族というものに幻想を抱き、彼女もまた一人の少女である事を忘れてしまっていたのだろう。

 

家督は兄ジャディスが継ぐものと考えられて居たのでアイリはのびのびと育てられており、急に帝王学を学ばせようものなら両者の意識に軋轢が生じるのは仕方が無い事だろう。

 

全てが終わったら一度アイリにあって彼女の気持ちを聞こう。

そして彼女が望むのであれば彼女をアクセルに連れてゆんゆん達と何処か違う国に行こう。俺の幸運スキルがあればカジノ大国エルロードでそれなりの生活ができるだろう。

 

 

 

叩きつけた日記を元の位置に直し、手紙を回収する。

もはやあの二人にアイリを任せるのは危険かもしれない。クリスには悪いが彼女も事情を話せば許してはくれなくても納得はしてくれるだろう。

 

アイリの部屋を後にして裏通路に戻り会場の様子を確認しに行く。

シルフィーナから特に連絡を受けていない所を見ると特に問題はなかったのだろうと判断し特に焦らずに向かうと、余興が好評なのか歓声がこちらまで聞こえてきた。

 

やはり一国の戴冠式となると呼ばれる芸者も一級なのだろう。

他の貴族達と同じように眺めてみたい気はあるが、俺があの中に紛れ込めば俺の正体に誰かが勘付いて折角ダクネスが築き上げたものを壊してしまう危険性がある。

 

先程は感情に流されたが、ひと段落すればダクネスも肩の荷が降りていつもの穏やかな感じに戻るかもしれないのだ。そうなればアイリも少しはやり易いだろう。

会場の熱気に当てられ少し胸焼けしてきたのか喉元がモヤモヤしてきたので再びシルフィーナに任せて外に出る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

城の屋上に設置されているテラスに出て夜風に当たる。

普段なら避けたい所だが、現在の警備は会場に集中しているので俺一人いても大丈夫だろう。

 

「夜風が気持ちいな」

 

広々としたテラスを独占した為に心も広くなったのか声が漏れる。

日は既に暮れあたりはもう真っ暗になっている。戴冠式の後は盛大に祝うらしくその時間は深夜にまで及ぶらしい。

 

折角なので城の周囲の景色を眺めるとアイリが流されたであろう河が直ぐそばに流れている事に気づく。

最初アイリを河まで飛ばすとかどんだけ凄い力だよと思っていたが、この距離ならここから上手く飛び込めば着水出来るなとどうでもいい想定をしてしまう。

 

(カズマ様そちらに大人数が向かっております‼︎)

(マジか)

 

「そこに居たのか下衆が、探すのに苦労したぞ‼︎」

 

これからどうアイリと接触しようかと算段を立てているところでシルフィーナから連絡が入り、いきなり現れた客人と対面する。

シルフィーナだけ分かるという事は俺に対して指向的に気配感知を妨害する何かがある様だ。

 

「クレアか一体俺に何のようだ?牢屋の件に関してはこの時くらい外の空気を吸えって出してもらっただけですぐ戻るぞ」

 

現れたのは俺の悩みの種の一つであるクレアで、俺が彼女に咎められる理由としては牢屋から脱獄した事くらいだろう。

 

「はっ‼︎ここまで白々しいとかえって清々しいな。貴様が図った事は既に調べが付いている」

「何の事だ?俺はずっと牢屋にいたんだぜ?何をされたか分からないけど八つ当たりもいいところだぜ」

 

証拠がない時点で相手の推測の域を出ないので出来るだけ知らないふりをして場を切り抜ける。

 

「嘘を吐いている事は既にわかっている」

「お前は…」

 

彼女は淡々とそう言いながら俺の目の前に傷だらけになった一人の兵士を転がす。

 

「獄長…」

「すいません…娘を人質に取られまして…」

 

どうやら俺が抜け出していた事がバレたのは確定の様でここから切り抜けるのは難しい様だ。

 

「流石だよ、貴様が行った行為で結果として我がシンフォニア家の勢力の大半がダスティネス家に飲み込まれてしまった。最初は他の国勢力がアイツに加担していると思って調べていたが、まさか貴様一人にここまでされるとはな…」

「そりゃあどういたしまして」

 

頭に血が登っているのか、まるで漫画のように額に青筋が浮かび上がっている彼女を見てつい煽ってしまう。

 

「それで、お抱えの兵士を連れてどうしようって言うんだ?」

「お前を殺した所で状況が変わる訳ではない」

「だろうな」

「だが、このままお前が生きているのが私としては許し難い‼︎」

「はっ‼︎八つ当たりかよ‼︎天下のシンフォニア家も随分と落ちぶれたものだな‼︎」

「くっ…言わせておけば言いたい様に…殺せ‼︎」

 

とうとう堪忍袋の緒が切れたのかクレアは侍らせていた兵士をこちらに向け、完全武装された兵士が得物を携えながらこちらに向かって突撃してくる。

 

「こんな事で俺が殺せると思うなよ‼︎この程度の修羅場飽きるほど潜ってんだ‼︎」

 

腰の剣を抜き、突撃してきた兵士の攻撃を捌きながら手刀やドレインタッチなどで相手の意識を奪っていく。

貴族へ襲撃を掛ける過程で警備兵に囲まれるなんて事はザラだったので、この程度の人数なら時間さえかければ問題なく捌き切れる。

 

「お前あれを出せ‼︎」

「はい」

 

こちらに向けられた兵士を捌いていく過程でクレアは側近兵に何かを持ってくる様に指示を出すと、神具なのか見たことも無い形をした剣を受け取った。

その刀身を見て何か悍ましい気配を感じ警戒する。

 

「ほう、下衆な貴様にもこの剣の素晴らしさが分かるか」

 

俺の全ての本能があの剣を振るわせては行けないと警告を出し、近くにいる兵士を退けクレアの剣を弾き飛ばそうとしたが相手の兵士の数は無尽蔵なのか数人飛ばした所で数の暴力にやられ進行を止められる。

 

「我が一族に伝わる神剣フラガラッハ、貴様相手に使いたくは無かったが光栄に思うんだな‼︎」

 

クレアはそう言いながら手に持っていた剣を空に向かって切りつける。

 

「はぁ?」

 

最初斬撃が真空派となって飛んでくると警戒したが、そんな事は無く何も起きないので不発したのかと思っていたが答えはそんな事を考え切る前に訪れる。

 

…そう。

 

彼女の放った剣は俺の構えた剣よりも内側を切りつけたようで、突如胸に衝撃が走り俺の体は後方へと飛ばされていった。

何を言っているか分からないと思うが俺も分からない。

 

「フラガラッハ、その剣に狙われた者は私の視界に入る限り例えどこに居ようが最大出力で切る事が可能だ。精々あの世で学ぶのだな」

 

神剣に切りつけらて吹き飛ばされる様、彼女は俺をゴミを見るような目で見つめた後に冥土の土産なのか独り言のようにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ、貴方も大概ですね少しは学んだ方が良いのではないでしょうか?」

「…ん?」

 

クレアに切りつけられ気が付けば目の前に某嫌味しか言わないシスターが俺の顔を覗き込んでいた。

 

「ここは何処だ?俺は謎の剣に斬られたんじゃ無いのか?」

「そうみたいですね、服の胸の部分が裂けていますし」

 

現状が分からず混乱しながらも自身の身体を確認する。

全身は水浴びしたのか服は水浸しで重くなり、彼女のいう様に胸元が思いっきり切り開かれている。

 

「それでここは…河か?」

「そうですね、ここはアクセルの近くにある河ですよ。時間はかかりますが歩けばすぐ街に着きますね」

「そうか、それで胸の傷はあんたが治してくれたのか?」

 

切られった時の衝撃からして重症を負ったかと思ったが、目線をやると服が思いっきり引き裂かれただけで体は綺麗なままだった。

 

「ええ、けどそこまでの事はしてはいませんよ。あなたの怪我は少しの切り傷と擦過傷だけでしたので」

「そうなのか?」

「ええ、服の中に何か隠していたのでは無いでしょうか?」

「ああ、そう言えば」

 

彼女に促されるまま胸元にしまっていた物を取り出す。

 

「うわ…なんて悍ましいものを…遂に邪教に入ったのですね…不潔‼︎」

「いやいや…って否定は出来ないな」

 

俺をフラガラッハの斬撃から守ったのはバニルの仮面で、その仮面は俺を守った証として表面が抉れており、後数回使ったら壊れそうな気配がした。

後でバニルに感謝しないとな…

 

「それでなんで俺がここに居るってわかったんだ?たまたまここを通ったにしては偶然がすぎるしな」

 

身の安全と自身の位置も掴めたところでシスターに質問する。

俺自身偶然河に打ち上げられたアイリを救出ている為、あまり強くは言えないがあれはあくまで旅行の帰りでその時はアイリとはまだ他人だった頃の話なので偶然と説明がつく。

しかし、シスターの格好や深夜の時間帯を考えると、どの様に曲解しても俺がここに来る事が分かっていたとしか思えない。

 

「それですか?それでしたら簡単ですよ。クリス様から今日貴方がここに来るとここを出る前に仰っていたのです、なので私はその指示に従ったまでです」

「そうなのか…」

 

クリス…お前は一体何者なのだろうか。

 

「では戻りますよ」

「ああ、そうだな」

 

俺の安全を確認したのかシスターは早く帰りたいばかりにアクセルの方へと歩き出した。

 

「まあクリスに頼まれたとしても助けてくれてありがとうな」

「ふふっそうですね、感謝してください」

 

一応とお礼を言うとシスターは何が面白かったのか笑いながらそう返事して先に進んでいった。

 

一体何なんだと思いながらも、結局アイリの事を含め全て投げ出した形になってしまったと思いながらも、これから屋敷に帰るのかという嬉しい様な怖い様な何とも言えない感情が俺を支配する。

まだ時間が無い訳ではない、相手は国きっての貴族なのだから準備をしなくては…

 

そう思いながら俺はシスターの後を追った。

 

 

 

 




次回から六花の少女後半ですが、来週から休むかもしれません。


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六花の少女19

遅くなりました


「それで何か言い訳があるのでしたら聞きますよ?」

「…いや」

 

現在俺は屋敷に設置された新しい机に備え付けられた椅子に座りながら、正面に居るゆんゆんに向き合い責められている。

 

 

 

 

 

 

シスターに救出されてから俺は予定よりも早くアクセルに戻る事になった。

あの河からアクセルまでは馬車では直ぐの距離だが、歩いてみると存外に遠く気づけば夜が明け朝になってしまい、そのまま屋敷に直行する形となった。

 

久しぶりの帰省に内心ドキドキしながら扉を叩くと、俺の帰省に驚きながらもゆんゆんが出迎えてくれた。

流石に文句一つでも言われるかと思ったが、彼女は何も言わず笑顔で俺を出迎えそのまま新しく設置された家具に俺を座らせる。

 

めぐみんは何故かオロオロした状態で屋敷のラウンジの中をウロウロしながらもゆんゆんの死角から俺に向けて逃げろと唇の動きだけで伝えてくる。

 

なんだこの状況はと思いつつ、ゆんゆんとめぐみんのギャップに不気味さを感じながら彼女に促されるまま席に着席する。

 

「お久しぶりですね、カズマさん元気でしたか?」

「ああ、色々あったけど俺は元気だよ」

「…色々ですか?それは大変でしたね」

 

終始笑顔のゆんゆんに流石の俺もこの状況に違和感を覚えざるを得なくなる。

自分で言ってしまうのも何だが、彼女の笑顔は俺が五体満足から来るものかと先程まで思っていた。だがしかし、現実はそう甘くはなく今浮かべている彼女の笑顔は怒りからくる物だろう。

その証拠にいつもなら悠々自適にドッシリと構えているめぐみんが珍しく落ち着きが無く、この状況をどう突破しようか悩みながらワタワタしている。

 

「温泉のチケットはありがとうございます。おかげで里を治した疲れを取る事ができました」

「おう」

「それで帰ってきた所までは良かったのですが、そこにカズマさんの姿が見えなかったんですよ」

「だろうな…」

 

人の笑顔ってこんなにも怖かったんだなと彼女を向き合いながら感じた。

これでは世界中の人を笑顔にするなんて目標を掲げそれが叶った時この世界はこんなにも恐ろしい事になってしまうのだろうか?

…なんて、現実逃避をしている場合ではない。

 

物事には全てその現象が起きる因果というものが存在する。

何事も原因がなければ結果は起きない。つまり彼女が怒ったのであれば彼女を怒らせた原因が存在する。

 

「それでカズマさんの事だから何か危険な事に足を突っ込んでいるんじゃ無いかと思って心配しました」

「ああ、事情を説明しなくて悪かったよ。ちょっと色々と複雑な事情があって説明できなかったんだ」

 

つまり彼女は俺が何の事情も説明しないで彼女らを残し屋敷を空けた事に関して怒っているのだろう。

流石に王家に関するゴタゴタを下手に説明してそれを知った王家が彼女らに何か危害を加えないとは限らない。

 

「実は王族とちょっとゴタゴタがあってな、それを説明するとゆんゆん達に命の危険に晒されるリスクがあったから言えなかったんだ、このテーブルも貴族に破壊されてダクネスが送ってくれた物なんだ」

「そうだったんですか…」

「ああ、だから俺自身の口以外では説明出来なかったんだ…」

 

流石に王族の名前を出せば誰であろうとその事情に口を挟めば取り返しがつかない事は分かるだろう。心なしかゆんゆんの殺気の様な笑顔も少し弱まった気がする。

王家の事だから書面では残せなかったと伝え、このまま王家のネタで駆け抜けていけば彼女を勢いと理屈で押し切れると判断し顔を上げると、めぐみんがそうでは無いと言いたげにゆんゆんの死角から俺に向けてブンブンと腕を振りながら警告をした。

 

「成る程…カズマさんも大変だったんですね…」

「ああ、悪かったと思ってるよ…」

 

このまま王家のゴタゴタを細かく説明すれば、今日の彼女の頭は王家の話で一杯になり今回の怒りを一時的に忘れさせ次回に持ち越すことが出来る。

人間の怒りというものは時間がたてば経つ程に風化していき、1日もすればおおよそ半分以下まで下がると何処かの本で書いてあった気がする。

めぐみんの態度が引っ掛かるが、この作戦ならゆんゆんを出し抜ける‼︎

 

「それで何ですけど…」

「あ…」

 

彼女はついでにポテトはどうですかと某ファーストフード店のマニュアルの様な軽さでとんでも無い爆弾を取り出して机の上に置いた。

それを見た瞬間俺の作戦がいかに無意味な物だったかを思い知らされ、めぐみんが何故あそこまで落ち着きを失っていたのかを理解した。

 

「カズマさんの事ですのでまたトラブルに巻き込まれているのは分かりました。それで話は変わるのですがこれは何でしょうか?」

「こ…これは…」

 

そう、彼女が俺の前に出したのはアイリが俺の部屋で暮らしていた時に使用したであろう服と下着の類だった。

俺はアイリに戻ってこれるか分からないから衣服も含めて荷物は全てダクネスに預けておいてと伝え、最後に軽く部屋を確認し何も残っていないと思っていたがアイリも俺も見落としがあった様で、それをゆんゆんは掃除の際に見つけて不審に思って俺の前に出して来たのだ。

 

しかも、運が悪い事にいつも来ている様な少し背伸びした子供の様な服ではなく大人の女性が着るような様な一式が屋敷に残っていたようだ…

 

「ダクネスさんから送られたテーブルを入れるついでに部屋を掃除していたら誰も使用していない部屋から出て来た物なんですけど、これは一体何でしょうか?」

 

混乱している俺に追い討ちを掛ける様に彼女は質問で殴りつけてくる。

 

「これは…そうだな…」

 

流石に女の子と二人で泊まっていましただなんて言おうものなら俺の体は次の日に八つ裂きにされてしまうだろう。

何とか誤魔化すために言い訳を考えるために頭をフル回転するが、焦りが俺の思考を鈍らせているのか全く思いつかない。

 

助け舟を出そうとめぐみんの方へ視線をズラすが、彼女は既に終わりを予感しているのかこちらをジト目で見つめ溜息を吐きながら諦めて腹を括れと言いたげだった。

 

「これはアレだアレだよ、ダクネスの使者と打ち合わせする時に遅くなって危ないから泊まって貰う事になってその時に忘れた物じゃ無いのか?」

 

動揺が隠しきれなかったのか少し早口気味になってしまったが、このくらいなら大丈夫だろう。

このテーブルもダクネス名義で届けられただろうし辻褄は合うだろう。

 

「へーそうなんですか。それにしては服のサイズが小さいですね、めぐみんよりも一回り小さい気がしますけど本当にダクネスさんの使者なんですか?」

「あ、ああ…」

 

俺の発言は最善手に見えて悪手だった様で、場の雰囲気が一気に重くなった様な感じがした。

そしてめぐみんはアチャーと言いたげに頭を抑えて後ろに反った。

 

「まあ、ダクネスさんから手紙が来ていますからね、この屋敷の家具壊してすまないって」

「ああ、ダクネスは途中で要人との会議で先に居なくなったからな」

 

嘘に嘘をかさねる。

ダクネスの手紙がある事は失念していたが、よく考えれば壊したテーブルの代わりを送るなら一緒に謝罪の手紙を送るだろう。

と言うかテーブル送るならこのゴタゴタが終わったとに送って欲しかった。

 

「そう言えば妹さんが来ていたそうですね?商店街の人が言っていましたよ」

「あっ、そうそう妹も来たんだよ」

 

今の彼女の言葉で自分の思考が浅はかであったと思い知る。

偶然かそれとも彼女の考えなのか自身が言葉の柵で追い詰められている事に気づく。そう最初から変に誤魔化さずに妹が来ていたと言えばよかったのだ、そうすればここまで追い詰められる事は無かった。

何故そうしなかったと言われれば、最初にダクネスの話を持ってこられたから続く様にダクネス関係の言い訳を持って来てしまったのだ。

 

「そう言えばその妹さんも背が小さいみたいですね、ちょうどめぐみんを一回り小さくした位に」

「あっそうだ思い出した、その服は妹が着ていたやつだよ。通りで何か小さいと思った訳だ」

「へーそうだったんですね」

 

あまり使いたくは無かったが言い訳の方向を妹に方向転換する。

なんだか彼女の言葉巧みに誘導されている危険しか感じないが、このままダクネスの使者で貫き通すには無理がある。ならば多少のリスクを負ってでも真実味のある方向へ向かった方がいいだろう。

 

「それでその妹さんは今どちらにいらっしゃるんですか?カズマさんの妹さんなら私も挨拶したいと思ったのですが…」

「ああそれなら少し前に王都に帰ったよ…また来るかもしれないからその時にまた紹介するよ」

 

何とか彼女の追求から逃れそうだが、このままではアイリを救出する為に彼女らにどう説明したらいいか分からなくなってしまい新たな悩みが増える。

まあ、それはこの後考えれば大丈夫だろう。今はこの状況を打破するのが先決だ。

 

「そうなんですか。あっ‼︎そう言えばダクネスさんの手紙には王都は今危険な状況にあるから遠出している友人がいたら帰郷を止めて欲しいと書いてありましたね」

「あ…ああそうみたいだな」

「それだとおかしいんですよね…この手紙の通りですと王都は危険な場所なのにカズマさんは妹さんをその危険な場所に帰らせたんですか?」

「お…おう…」

 

ダクネスめ余計なことばかり書きやがってと怒りを彼女に向けるが、俺が居ない間ゆんゆん達に危害が加わらない様に配慮してくれただろう事は分かるので責めるに責められ無い。

だが、その気遣いのおかげで現在俺はピンチに陥っている。

 

時を戻せるのであれば今直ぐにでも巻き戻して完璧な言い訳を考えたいが、時を司る神具は今の所見た事が無い。

めぐみんに視線を向けると、彼女は何かの境地に達しているのか全てを諦めたような表情で腕を組み窓の外を眺めている。

 

「まあカズマさんの妹ですからそれなりに腕が立つのかもしれませんね、それはそうとカズマさんのベットも掃除したのですがこれも出て来たんですよ」

 

彼女は依然と笑顔を崩さぬままにテーブルの上に長い髪の毛を乗せた。

 

「最初は私の髪の毛かと思いました、まあめぐみんは短いので…ですけど私の髪の毛にしてはクセが無いのとこの髪をよく見ると生え際は金色になっているんですよ」

「あ…あ…」

「ねぇカズマさん?これはどう言う事でしょうか?何故カズマさんのベットに髪の毛があるんですか?カズマさんの髪の毛は黒ですよね?」

 

俺はゆんゆんを侮っていたのかもしれない…いや俺は彼女を侮っていた。

なんだかんだ言って屁理屈で丸め込めば上手くいくと思っていたし、今まで上手く行っていたので今回も上手くと思っていたのだが、いつの間にか彼女も成長し俺の屁理屈を上回る理屈で俺を追い詰めている。

 

相手を追い詰めるときは情報を小出しにして相手を泳がせて逃げ場を奪えとは言ったが、まさかここまで忠実に俺の教えを俺に使ってくるとは思わなかった。

 

どうしようか…

頭の中で話を整理する。

テーブルの件でダクネスから手紙が届き、書いてある内容は他に王都への注意喚起で残りは不明。

アイリは俺の妹とという事で通しているが、ベッドに髪の毛があり根元が元の金髪になっている。

 

ダクネスの件はシラを切り通した方がいいだろう、手紙の内容がわからない以上下手に言い訳をスレするほど墓穴を掘りかねない。

現時点の問題はアイリの事だ、妹として扱っている以上同じベッドで寝ている事は昔からそうしている習慣で通せるかもしれないが、そこで見つかった毛髪の金色は言い訳のしようが無い。

なら腹違いの妹にして髪の色は母親の色をそれぞれ受け継いだ事にすれば大丈夫だろう。それで行こ…

 

「あ、そうだ思い出したんですけどカズマさんの家族は昔から仲が良くて兄弟は弟さんが居たんですよね?」

「そうだったな…」

 

俺の企みは浅く、そんな逃げ道はありませんよと先手を取られ言い訳を封じ込められる。

妹の話をした時点でその事を追求して来なかったので覚えていないと思っていたが実際にはそんな事はなく、妹が来ていると俺に質問した時点で追求せずに質問を保留しこうなる事を読んで泳がせていたのだろう。

 

「あれ?カズマさんの兄弟は弟さんの筈なのに今回来たのは妹さんなんですか?」

「そ…それは」

 

不味い…この手の質問は即答しなくてはいけないもので、遅くなれば成る程答えの信用性が下がってしまう。

しかし、俺が彼女に話した弟の話は妹に置き換えるには無理がありすぎる内容で、仮に妹も居たと言う内容で進めるにも無理がある。

どちらにしても逃げ道が浮かばない。

 

本来であれば何か浮かんでくるものだが、この状況下では簡単な言い訳すら思い浮かばない。俺の頭は真っ白で全校集会で全生徒の前でスピーチをする際にカンペを忘れた時ぐらいに真っ白だ。

さてどうしたらいいの…

 

「何で答えられなんですか?同じベッドで寝る位に仲がいいんでしょ?」

「そ…それは……それはだな……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁーーっ⁉︎」

 

駄目だもう逃げ場がないと積んでいる事を自覚した瞬間言葉に詰まり、何も言えなくなった瞬間だった。

 

 

 

…そう彼女は俺が言葉に詰まった事に神経を逆撫でされたのか目の前にあったテーブルを思いっきり蹴り上げたのだ。

 

予想外の展開に俺はなすすべなくその衝撃に呑まれ椅子ごと後方へと飛ばされ尻餅をつきながらゆんゆんを見上げると、彼女はまるでゴミを見る様な目で俺のことを見つめながら

 

「………チッ」

 

と舌打ちした。

 

「すいませんでした‼︎」

 

最早勝ち筋は全て失われ、これ以上の言い訳は自身の首を絞める行為に他ならないので諦めて俺は彼女に土下座した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…そう言うことでしたら最初から隠さないで言えば良かったのに…」

「悪かったって」

 

土下座して今まで起きた事を包み隠さず全てゆんゆんに説明し謝罪すると呆れた顔で溜息を吐いて許して…くれたのかな?

 

「それで?カズマさんは結局その王女様を助けに行きたいんですか?」

「ああそうなるな、まあどう助けるかはまだ考えてないけどな…」

「それじゃどうすればいいか分からないじゃないですか…」

「そうなるな、まあ後で考えれば大丈夫だろう」

 

アイリを連れ去ろうとしたところでクレアに追い出されてしまったので、同じように連れ出そうにも俺の存在は警戒されているので迂闊に行動はできないだろう。

まああの世で学習しろ的な事を言っていたのであいつは俺の事を死んでいると思っているはずだ。

 

「時間はまだあるし、そこら辺はゆっくり考えよう。時間は長くは無いけど短くも無いからな、今はひとまず食事にしよう」

 

あの緊張感を味わったせいか、少しだけだった空腹感が限界に達している。

 

「そうですね、せっかくですから外食にしましょうか」

「ああ、そうだな」

 

彼女の提案に乗りアクセルの商店街の方へと繰り出す。

 

「カズマも災難でしたね、でも私は自業自得だと思いますよ」

「めぐみんも悪かったな」

 

ゆんゆんが席を外すと口をつぐんでいためぐみんがようやく口を開いた。

 

「アクセルに帰って部屋の掃除をしてからのゆんゆんと過ごす羽目になった私の気持ちを考えて下さい」

「そんなに酷かったのか?」

「ええ、私からしたら思い出したくはありませんがいいでしょう。カズマが帰って来るまでどれだけゆんゆんがヒリついていたのかを‼︎」

 

高らかに宣言した彼女の口から壮絶な体験が語られ、俺はゆんゆんに続いてめぐみんにも土下座をした。

1日に二人に土下座をしなくてはならないという最悪の日ではあったが、原因を考えてみると何処からどう見ても身からでたサビなので何も文句は言えない。

 

「…全く今度から暫く爆裂に付き合ってもらいますからね」

「…そうだな、考えておくよ」

 

取り敢えず話題を先送りにして有耶無耶にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで作戦なんだが…」

 

食事を終え昼を過ぎたあたりでラウンジに集まり会議を始める。

ゆんゆんに蹴り飛ばされたダクネスのテーブルはやはり貴族御用達なのか傷ひとつ付いていなかったのでそのまま利用続行となった。

 

「まずはダクネスに再び接触しようかと思う」

「ダクネスさんにですか?でもダクネスさんも様子がおかしいと先程まで言っていたじゃ無いですか?」

「ああ、それはそうなんだけどそれでもまずは状況を知りたいんだ」

 

戴冠式が行われアイリが王位を引き継いだわけだが、それにより内部での政治が変わりルールがダクネス寄りに変更されているのは考えるまではない。

王都のから発表される法の他にも一般人に報じられないものが存在するのでそれを把握しなければ、正攻法で俺を排除できてしまう。

 

「それは構いませんがダクネスさんは今王都にいらっしゃるんですよね?それでしたら結局王都に向かわなくてはいけないのでは無いでしょうか?」

「まあ、そうなるよな…」

 

結局の所アイリがまだ完全に自立していない以上ダクネスがお付きの人になる訳だが、そうなってしまえば簡単には会いに行けないわけになる。

シルフィーナの件もあるが彼女ならまあ大丈夫だろう。

 

「俺だけ単独で城に忍び込んでダクネスに接触する。そこで得た情報でその後を決めようかと思う」

「そんな、危険じゃないですか‼︎」

「まあそこら辺は大丈夫だ」

 

戴冠式では現状皆権力争いに取り憑かれ自分を見失っていただけで、戴冠式が終わり皆落ち着きを取り戻している可能性もある。

であれば問題は無く、何処かでアイリにあって軽く会話をして、たまに会いに行けば問題はないだろう。

 

「まあ何にせよアイリが幸せな状況にある事が確認できればそのまま帰るからそこまで危険は無いんだ」

「…ならいいですけど」

 

あれから考えたが、王族に生まれた以上ある程度の制約を受けるのは仕方がない事でその使命を全うするために彼女もまた我慢しなくてはいけないのだ。

ただ、その制約があまりにも酷いものであったならそこから抜け出す手助けはしてやりたい。

結局は俺の自己満足なのだ。

 

 

 

 

話は取り敢えず準備が整い次第王都に向かうという話に落ち着いた。

めぐみんは何か地味なのでもっと派手な事をしましょうと言ってきたりスニーキングミッションですか?私も忍びたいですとか言ってきたのでお前には潜伏スキルはないだろうとツッコミ事なきを得る。

 

久しぶりに騒ぎ、何だか元の日常に戻ったなと感じながら布団に潜ろうとする。

今までアイリやシルフィーナが潜り込んできた布団も今では俺一人となり少し寂しいような楽になった様なよく分からない感覚になるが、この状況もまたすぐに慣れるだろう。

 

「カズマさん…」

「うわっ…むぐ」

 

布団に潜ろうとすると何故かゆんゆんが潜んでおり、あまりの出来事に悲鳴を上げようとしたが彼女に口を押さえ付けられる。

普段から誰かと寝ていた癖でよく関わる人の気配を無意識にシャットアウトするクセがついていた様だった。

 

「どうしたんだよゆんゆん…」

 

目を真っ赤に光らせた彼女に向き合いながら布団の中に潜る。

 

「…いえ、それと言ってあるわけではありませんが…」

「そうか、それじゃ寝ようぜ」

「え?」

 

何かモジモジしていたのでそっけなく対応すると彼女は驚いた顔でそう言った。

 

「カズマさんの意地悪…そこまで言わなくちゃ駄目ですか?」

「そこまでって…むっ⁉︎」

 

何をと言いかけたところで口を柔らかい何かに塞がれキスされた事に気づく。

 

「あれからここまで我慢させられた私の気持ちにもなって下さい…」

「ああ、そうだったな、ごめんなゆんゆん」

 

若干前歯が当たって痛かったが、それをここで言ってしまったら折角の雰囲気が台無しになってしまう。

俺は彼女を抱き寄せ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると既に彼女の姿は無く、ベッドには俺一人が残されている。

あれは結局夢だったのかと思ったが周囲の状況がそうでは無い事を物語っていた。

 

着替えてラウンジに降りると、既に朝食の準備をしているのかゆんゆんがキッチンで動いているのが分かったのでそのまま後ろから抱きつく。

 

「ちょっとカズマさん‼︎今抱き付かないでください‼︎」

 

彼女は俺が急に現れた事に最初は驚いたが、犯人が俺だと分かるや否や少し嬉しそうにそう言った。

普通に接したら恥ずかしさで死んでしまいそうなのでふざけて誤魔化すことにしたが、流石に火を扱っている時にふざけるのは御法度だった様で怒られる。

 

「いいだろ少しくらい、それとも駄目か?」

「え…まあいいですけど」

 

はぁと彼女は溜息をつきながらコンロの火を消しこちらに向き直ろうとするが。

 

「朝っぱらから人前でイチャつかないでいただけないだろうか?」

 

既に起きていたのかテーブル席についためぐみんが呆れ顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、ようやくくっ付いたと思ったらいきなりイチャ付き出したのでビックリしましたよ」

「悪かったって…」

 

あの後ゆんゆんが食事を作りそれを食しているのだが、めぐみんは食事を口に運びながらグチグチと文句を言っている。

まあ3人で暮らして居て自分以外の二人がくっ付いてそれを見せつけられたら流石に嫌だろう。

 

 

 

 

 

 

 

食事を終えるとバニルの元に行き仮面の修理と何か情報があれば聞こうかと思ったが、昨日の晩に侵入者が入ったようで何か盗まれた様だった。

 

「成る程な…お前でも泥棒に入られるんだな」

「フハハハハハハ‼︎あまり言ってくれるな小僧、地獄の公爵である吾輩も流石にあれは防げなかったのだ」

「へぇーお前が負けたって事は相当な実力者だったんだな」

「そうであるな‼︎」

 

久しぶりに笑うバニルはただ笑うだけで侵入者がどんな奴だったか説明してくれなかった。

 

「それでこの仮面なんだけど」

「うむ、随分と派手にやってくれたな」

「治せるか?」

「出来なくは無いが良いのか?それはそれでまた対価を頂く事になるぞ?」

「何でだよ⁉︎」

「当たり前だろう、吾輩の気まぐれであんなチッポケな対価で契約してやったのだ、これ以上を求めるのであればそれ相応の対価を頂くのは当然であろう」

「まあそうなるか…」

 

あまりしつこく行けばこちらの暴かれたく無い秘密を晒されそうなのでここら辺で引く事にする。

人間成長すればする程に物事の引き際の見極めが大切だと誰かが言っていた気がする。

 

「うむ、素直でよろしいな」

 

それからアイリの事に関して質問したがどれもはぐらかされるばかりで、これ以上は情報が得られそうも無いので屋敷に戻る事にした。

 

 

そして屋敷に戻ると配達員が焦った顔をしながら屋敷に前で待っており、話を聞けばダスティネス家から緊急で手紙を届けて欲しいと依頼があったようで屋敷に俺達が居なかった事で焦って居たようだ。

手紙を受け取りサインを済ますと、内容を確認するとアイリが城を抜け出してどこかに行ってしまったので心当たりは無いかといった具合だった。

 

「どういう事でしょうか?」

「分からないな、アイリが全てを捨てて逃げるなんて考えられないし何かあったのかもしれないな」

「私はそうは思いませんね。まあ私から言わせて貰えればそれ程までに追い詰められていたんだと思いますよ」

「そう言うもんか…いやそうかもしれないな」

 

めぐみんの言葉でハッとする。

心の中でアイリを理想通りの人間だと決めつけていたが、実際はまだめぐみんよりも小さな子供なのだ。

思考による結論が2、3転するがそれ程までに彼女の性格はしっかりしていたので何処か自分よりも格上だと思っていた事は否定しない。

 

「それでカズマはどうするんですか?一度そのダクネスと会いますか?それともその王女様の行きそうな場所の心当たりを探りますか?」

「そうだな…」

 

ダクネスの元へいけば情報が得られるかも知れないが、ここから王都に向かおうものならかなり時間が掛かってしまいその間にアイリの手掛かりが遠ざかってしまう。

であればアイリを直接探しに行かなくてはいけないが、今の彼女が向かう場所に見当がつかない。

だが、それで良いわけでは無いので取り敢えず俺と過ごした場所を探して見るのがいいだろう。彼女のアイリスとしての思い出の地はダクネスが探し、アイリの思い出の地は俺達で探す事が現状で最も効率の良い捜索だ。

 

「よし、王都周辺はダクネスに任せて俺達はアイリを探そう」

 

アクセル周辺の地図を取り出し彼女と山籠りした山を彼女らに教える。

一応片付けをしてあるが、彼女がその気になれば自給自足くらい出来るだろう。

 

「取り敢えず行ってみる…何だ⁉︎」

 

一瞬感知スキルが反応し、何事かと思っている間に窓を突き破って何かが放たれ気づけば屋敷中を光度の高い光で照らされ視界を奪われる。

 

「誰だ⁉︎」

「カズマさん伏せてくだ…」

「ゆんゆん⁉︎」

 

閃光の後に瞬き一つしないうちにゆんゆんとめぐみんの意識を飛ばしたのか一瞬にして二人の反応が微弱になる。

 

「…は⁉︎」

 

俺の屋敷に飛び込んできた侵入者の気配をようやく掴みその存在が俺の知るものだと分かったが、何故ここにいるのかと言う疑問が俺の思考を停止させた。

 

「ようやく会えましたねお兄様…」

「あ…アイリ?」

 

気づけばアイリは目の前に位置し呆然としている俺の鳩尾を拳で撃ち抜き、痛みに悶絶して開いた口の中に薬品の入った瓶を突っ込みその溶液を俺の喉に流し込んだ。

 

「また二人だけで暮らしましょう」

 

薬品の効果なのかそれとも痛みが許容量を超えたのか分からないが、薄れていく意識の中彼女がそう言った事だけは分かった。

 

 




しばらく休む日があるかも知れません


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六花の少女20

誤字脱字の訂正ありがとうございます。


「よっこいせっと、これくらいやれば今日は良いだろう」

 

使用許可の降りた土地をある程度まで耕し終えたので今日の作業はここまでと勝手に区切りをつけて鍬を地面に突き刺し休憩に入る。

やはり畑作業という肉体労働は足腰に負担がかかるな、と全身に滴る汗を首に掛けたタオルで拭き取りながら自身が先程まで耕していた畑を見て感傷に浸る。

 

ここはサンマの畑にしましょうなどとアイリに言われ準備をしてみたのはいいのだが、この魚みたいな生物が土から生えてくるなんて俺の頭では到底思えない。何かこう水の中に生息してそうなイメージが俺の頭にある。

と言うか、こんなにも躍動する生物が大人しく土に埋まってくれるのだろうか?

 

疑問は尽きない。

だが、本当に植える事が出来るのか不安に思ったので、終わりにした作業を復帰させ一匹だけ地面に埋めて見ようと思い倉庫にしまっていたサンマを取り出して地面に埋める。

 

「マジか…」

 

地面に埋めるまでピチピチと御伽噺に出てくる魚の様な動きをしていたサンマだが、地面に埋めた瞬間にその動きを止め元からそこに居たのかと疑う余地もないほどに大人しくそれを受け入れた。

やはりサンマは土から生える物だったようだ。

 

俺の持っている断片的で根拠のない知識と俺が見ている現実のギャップに苦しみながらも少しずつこの現実を受け入れられる様に努力する。

 

 

 

 

何故俺の知識が断片的なのかだって?

 

 

 

それは…

 

 

 

俺が記憶を殆ど失っているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様‼︎お待たせしました‼︎」

「おう、アイリか。こっちは耕すのを終えたぞ」

「そうですか、流石お兄様です‼︎」

 

地面に埋められるが、それを当然と受け入れたサンマの墓を眺めていると狩を終えたであろう少女が手に猪的な生き物を携えて俺の元にやってくる。

俺と同じ髪色に同色の瞳、身体的特徴の類似点は多いが顔付きが全く似ていない少女の名前はアイリと言い、彼女もまた一仕事を終えて来たようだ。

本当であれば男である俺が狩に行かなくては行けないのだが、俺の身体はここに来る際に負った怪我でボロボロになってしまいアイリがその状態で危険な事はさせられないと俺の代わりに狩に行ってくれている訳だ。

 

なので俺は療養中ではあるが、こうして危険の無い範囲で生活の基礎になるであろう農作業に精を出している訳である。

 

「では今日はもう家に帰りましょう。私たちはここに来てまだ日が浅いので日が暮れると迷ってしまいますよ」

「ああ、そうだな」

 

アイリに手渡された猪らしき生物を受け取り、それを肩にかけ固定すると家に向かうアイリの後に着いて行く。

 

「今日は他にも色々取れましたので途中の村長さんのもとへ寄りましょう」

「ああ、そうだな」

 

俺は…俺たちは現在何処にあるかは分からないが、何処かの里の様な田舎の村に仮暮らしさせてもらっている。

情けない話だが俺が気絶している間にアイリが色々交渉をしてくれていた様で、俺が気づいた時には既に今の様な生活スタイルになっていたのだ。

 

俺自身の話になるが目を覚まして記憶が無かったのでアイリに何があったのか尋ねると、俺はどうやら彼女と駆け落ちしたらしく逃げている途中に追手との戦闘を記憶が無くなるまで幾度も繰り返し、最終的には動けなくなる程の怪我を負った俺をアイリは引きずりながらこの村まで逃げてきたらしい。

 

 

 

「村長さん、これが今日見つけてきた成果物です」

「ほう…これは中々…」

 

畑から少し遠回りをして村長の住んでいる小さな建物に寄り、たまたま外で体操をしていた村長にアイリは腰に括り付けていた袋を渡すと、村長は袋に入っていた薬草や鉱石を手に取り吟味すると彼なりの基準を超えたのか感嘆の声を漏らした。

 

「これなら上出来じゃのう。少ない量じゃがよく取ってきてくれた、お前さんらが来てくれて助かっとるぞ」

「はい、こちらこそ住む場所や土地を貸して頂きありがとうございます」

 

偏屈そうな顔をしているが、やはり村長を任されるだけあって人格者な爺さんに関心しながらアイリが話ている様を隣で眺める。

俺達がこの村に流れて来て歓迎されているが、名目上はいそうですかと他所者を受け入れる程この村は裕福では無いので、一応形式としては危険な場所に生息している薬草や鉱石を取ってきて納める事を条件として出されている。

 

この村に若者は居らず、見渡す限りは小学生位の子供かお年寄り位しか居ない。

世間話で聞いた内容を考察するにどうやらこの村の若者は皆出稼ぎに何処かの街などに出稼ぎに行っている様で、ついこないだ出て行った青年がこの村での最後の若者だったらしい。

なので、危険な場所に向かえる若者が実質的に居なくなり、そのタイミングで現れた俺達はある意味救世主の様に見えたようだ。

 

「お前さんらが来て子供達も喜んでおる、これからもたのんだぞアイリ。オニイサマよ」

「はい、お気遣いありがとうございます。ではこれで」

 

アイリは挨拶を済ませると俺の袖を引っ張り帰路に戻るよう促す。

 

「おっ何だアイリ姉ーちゃんとオニイサマじゃねえか‼︎仕事終わって暇なら遊ぼうぜ‼︎」

「ごめんね、私たちはこれから夕食の準備をしなくちゃいけないからまた今度ね」

「ちぇっまあいいや、また遊ぼうぜ‼︎」

 

家への帰り道に村に住んでいる子供の一人に絡まれる。

先程から言われている様に俺はアイリがお兄様と呼ぶのでこの村の住人からオニイサマと呼ばれている。何故かは分からないが、何か恥ずかしいので俺の名前って何だっけとアイリに尋ねるとお兄様はお兄様ですと俺の名前を教えてくれる事は無かった。

そんな経緯から皆俺の名前を知る由は無いので必然的にアイリが呼ぶお兄様が伝染して村の皆からオニイサマと呼ばれるようになった。

お兄様なので兄妹として見られるかと思ったが兄とお兄様とでは違うらしく、またアイリが駆け落ちしてきたと説明したらしく俺達は恋人以上夫婦以下という中途半端な関係として扱われている様だった。

 

何を言っているか分からないって?安心してくれ俺も分からん。

途中で俺の名前を決めようといった流れになったが候補がキラキラネームすぎて全てアイリに圧し折られてしまいそのまま現在に至るのだ。

 

「着きましたね、私は食事の準備をしますのでお兄様は他の作業をお願いしますね」

「ああ、分かったよ」

 

アイリに促されるまま家事を始める。

この村での居住環境は俺が意識不明の状態から目覚めるまでの間にアイリが用意した物なので、俺では勝手がいまいち分からないのでこうして尻に敷かれる夫の様な感じで彼女の指示に従って生活しているのだ。

 

アイリが先程狩って来た猪を解体している間に鍋と火を準備し、その火種を利用し風呂を沸かしつつ洗濯物を畳む。

記憶が無かっとしてもその状況になれば体が覚えている動きを再現してくれるようで今の所不便は無い。何だろう今の彼女との関係性を見るに記憶を失う前は専業主夫を目指していたのだろうか?

 

「食事の用意が出来ましたよお兄様、冷めないうちに早く戻って来てください」

「はいよ」

 

薪割りをしていると準備が終わったのかアイリに呼ばれたので急いで家に戻る。

今に入ると割烹着を身に纏ったアイリが迎えてくれそのまま食事となった。

 

「それでサンマがさ〜」

「そうなんですか〜」

 

食事を摂りながら他愛のない話を繰り返す。

アイリは自分から何かを話す事は無く、俺が問いかけるとただ笑って話を逸らすのだった。

一度その事を聞いたのだが、どうやら記憶を失う前の俺達はかなりひどい環境に居たらしく彼女自身思い出したくはないのと俺にも出来れば思い出して欲しくないと彼女は悲しそうにそう言った。

 

なので出来る限り俺はこの村に来てからの事を面白おかしくアイリに話す様に努めるのだ。

 

 

 

 

「それで明日は何かするのか?」

「そうですね…私は少し探し物がありますので遠くに行こうかと思います」

「俺もついて行こうか?」

 

食事を終え洗い物を済ませた俺たちはそのまま先程まで沸かしていた風呂に入る。

この家は昔の住民が使っていた物を居抜きで使わせて貰っており、その住民は一人しかいなかった様で風呂のサイズはそこまで広くは無い。

最初は交代で入っていたが、最近では追い焚きが面倒だと思いますのでとアイリの提案というか彼女が無理やり入ってきてからこうして二人で入るようになっている。

 

「いえ、これは私の都合ですのでお兄様は好きに過ごして下さい。傷もまだ完全には塞がっていませんし」

「痛っ⁉︎」

 

彼女に申し出を断られついてくるなと言わんばかりに傷口を撫でられ痛みに身をそらす。

俺が記憶を無くす前は色々スキルと言う便利な魔法みたいなものでこの程度の傷は癒せたらしいが、その能力は記憶と共に使えなくなっているのでこうして自然に治るのを待っているのだ。

 

「ふふふ心配しないでください、危険な事をするのでは無くただ薬の材料を探しに行くだけですので」

「そうか…それならいんだけど」

 

アイリは適当な時間ができるたびにそう言って村近くの山の方に赴いて、村の人間にもよく分からない薬草や動物の臓器などを持って帰ってきては家の奥の部屋で薬の調合をしている。

前に何をしているのかを尋ねてみたが、結局はぐらかされて教えてもらったことは無かった。

 

「お兄様は心配性ですね」

 

アイリは妖艶な笑みを浮かべながらこちらに向き直ると、お互いに裸であるにも関わらずに抱きついてそう言った。

 

 

入浴を終えるとそのまま寝室へと向かう。

さっきも説明したがこの村では若者が居ないので鉱石などの採掘を行える人材がいない。明かりの元となるフレアタイトの入手経路はたまに来る行商車から仕入れる他ないので、夜は無駄に起きていないですぐ眠らなくてはいけないのだ。

 

布団は既に敷いてあるので先に布団に入らせてもらう。

アイリは女の子の性なのかいつもの習慣で寝る前に鏡の前で髪の毛と眼を確認している。やはり男には分からない世界が女性にはあるのだろう。

 

そして、一通り確認を終えて満足すると彼女は俺のいる布団へと潜り込んでは、まるで俺を逃さない様に腕に抱きついて眠りにつく。

 

まあ、アイリ曰く俺達は全てを捨てて駆け落ちしたらしいので俺が居なくなってしまえば本当の意味で全てを失ってしまうのだろう。

駆け落ちと聞いて考えるのは恋人同士だが、アイリは俺の事を兄と言って慕っているので二人の関係性は恋人では無く兄妹かと思うが、どうもそうではないと俺の直感が言っている。

記憶が抜け落ちているのではっきりとした事は言えないが、同じ環境で長い時間過ごしてると所作が似てくると言う。

アイリは基本的な動きに気品が感じられるが俺には全くその気が感じられない。

 

この状況下で考えられるのはいくつかあり。

アイリと俺は実は生き別れの兄妹で最近再開して彼女が政略結婚させられそうになっている事を知って俺が連れ去った事だ。

それなら追手に追われて俺が記憶を失うまで戦った事の辻褄が合う。

 

他には禁断の恋で、俺とアイリは兄妹で恋に落ち両親や周りに認められなかったのでこんな田舎まで幸せを求めて移動してきたのだ。

それだと俺がボロボロに追い詰められる理由が浅いが、当主に喧嘩を売ったと考えれば当然の報いだろう。

 

最後は俺達は本当は兄妹ではなく、アイリは元々いい所のお嬢様で俺が彼女を唆して駆け落ちしただ。

昔からの付き合いであったのなら彼女の年齢からして小さい頃の慣習で俺が兄扱いされてもおかしくは無い。

それなら最初の辻褄合わせの様に俺だけ怪我をしている理由も合うし、俺と彼女の顔が似ていない事も説明がつく。

 

まあ顔が似ていない事は腹違いの兄妹であれば当然で俺は妾の子かもしれない可能性は否定できない。

 

そして自身の怪我を手当していて最近気付いたことがある。

俺の怪我は記憶を失ってもしょうがない程に酷い物であった事は見れば分かるが、その怪我の位置が全て急所から逸れている事だ。

 

まあ急所に当たったらそれで俺は死んでしまうので、俺が生きている以上は急所には当たっていないとなるのは当然だが、俺の見た所感ではあるが全ての傷が意図的に急所に当たらない様に付けられていると思える。

偶然かと言われればそれまでだが、もし死に物狂いで記憶を失うほど戦ったのであれば数発は急所を掠るくらいの怪我をしていてもおかしくはない。

 

それを考慮するのであれば二つめの候補が有力になるが、逃げ惑う俺をここまで正確に傷付けられる程の実力者であればそもそも逃げられないだろう。

 

 

…まあ考えたところで答えを持っているアイリがダンマリを決め込んでいる以上はどうしようもないので、ここら辺で考えるのをやめて眠りにつく事にする。

そのうち彼女から話してくれるだろう時を待ちながら瞼を閉じて深い眠りへと身を落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは行ってきます。お兄様はあまり無理をされない様気をつけてください」

「分かっているよ、アイリも頑張れよ」

「はい‼︎」

 

その装備を何処で調達したのか、まるで何処ぞの探検隊のような格好をしている彼女に挨拶をして見送り俺の休日が始まった。

まあ休日にやる事と言っても特にないので結局は畑弄りになってしまうのだが、まあ今日は村の子供達と遊んでも大丈夫だろうとやや重たい腰を持ち上げて先に家の掃除を始める。

 

家事を終えて夕食の仕込みを終えると村の診療所に赴き塗り薬等々処方してもらうと、その足で近所に屯っている子供達にちょっかいを掛ける。

普段はアイリがいるのであまりふざけられないが、今日は居ないのでとことんふざけようかと思い気配を殺しながら子供達に近づいて脅かす。どうやら俺は気配を潜めるのが得意らしく今の所脅かす前に気づかれた事はほとんど無い。

ビックリする子供を前に笑いながら大人気無く混ぜてもらう様に頼むのだった。

 

「おう、オニイサマじゃないか。今日も畑作業か?昼から精が出るな、まあ一番出るのは夜かのう?がはははははーっ‼︎」

「大きなお世話だクソジジイ‼︎このまま隠居させてやろうか‼︎」

「おー怖い怖い、最近の若者はキレやすくてかなわんわい‼︎」

 

子供達が昼食で居なくなったので、やる事が無くなり仕方無く畑仕事を再開しようと俺の与えられた土地に向かうと、そっちも暇なのか隣の畑の持ち主の爺さんがチョッカイをかけてくる。

何だかんだ畑仕事仲間が増えて嬉しいのかこうして声をかけて貰えている。

 

「それでわざわざ作業を止めて俺を待っていた様だけど何かあったのか?」

「そうじゃった、すっかり忘れていたわい」

「ボケ始めたかクソジジイ」

「そう怒るなよ若人よ」

 

テヘッと頭を握った拳で軽く小突きながら爺さんはおどけて見せたが、こんな年食ったジジイの萌え行為に何も感じることは無いので思ったままの事を伝えると少し傷ついたのかしょんぼりしながら話を続けるのだった。

 

「まあワシの見てくれれば分かる通り動物に作物を一部食われてしまってのう…」

「うわ…マジだ」

 

爺さんに促されるままに畑の隅を見ると、動物避けの柵が壊れ近くの作物が食い散らかされていた。

その柵自体の作りは結構しっかりしていたので、この柵を破壊したとなるとその生物は昨日アイリが捕まえてきた猪らしき生物よりも大きい事が予想される。

 

「柵はいつでも作り直せるのじゃが、これで三回目でのう…このままじゃと作物が食い尽くされてしまうわい…」

「それは大変だな、それじゃあ俺は畑耕すから」

「ちょっと待つのじゃ‼︎」

 

何か嫌な予感がしたので話を切り上げて立ち去ろうとしたが、やはりこの爺さんは俺を逃してくれる事は無くものすごい速度で俺の服を掴みこちらに引き寄せる。

 

「クソ‼︎離せ‼︎」

「離さぬわ⁉︎こんないたいけな老人を放って置く気か⁉︎」

「うるせぇクソジジイ‼︎こっちは怪我人なんだよ、それにジジイの癖にいたいけなとか言ってんじゃね‼︎いたいけなって意味を調べて出直してこい‼︎」

「ガハハハハっ‼︎残念だったな小僧‼︎診療所の医者はワシの弟でのう、お前さんが擦過傷以外殆ど回復している事は分かっておるわい‼︎」

「あのクソ爺ども、折角俺が隠してきた事を‼︎」

「残念だったのう‼︎」

 

どうやら村社会において情報は全ての村人に共有されていると考えた方が良い程に、村の皆に皆に筒抜けだと言う事を思い知る。

 

「おら離せ‼︎」

「何⁉︎ワシの拘束を掻い潜るじゃと⁉︎」

 

しかし俺も追手からアイリを守り切ったと言われている男、記憶がなくとも対人戦に関しては体が動きを覚えている事が多くこうして目的を決めて後は何も考えずに体を動かせば体が勝手に動いてくれるのだ、サンキュー昔の俺。

 

「悪いな爺さん、俺には帰る家があるんだ」

「何カッコつけておるのじゃ…」

 

力の無い年寄りの拘束を解いた程度でイキっている俺に呆れたのか、爺さんは溜息を吐きながらそう言った。

 

「どうせその犯人を狩ってきてくれとかそんな事しか言わないだろ」

「流石オニイサマじゃ、伊達に別嬪な子と逃げて来るだけはあるわい」

「うるせえよ‼︎」

「まあ…そうじゃな」

「何言われても俺はやらないぞ、何たってアイリに止められているからな」

 

結局のところ俺が危険な目に遭う事を何故かアイリは忌避している節がある。

直接的にやるなとは言われていないが、何だかんだ言って俺を村から出さないように手を回すと言うかそういう流れにならない様に彼女がしている気がするのだ。

 

「そうじゃ、これをくれてやろう」

「何だよ?」

 

俺が何としても犯人狩りをしないと駄々を捏ねていると爺さんは折れる事無く俺にやる気になってもらう為にある物を俺に見せる。

差し出される物を見ると何やらチケットの様だが、魔力的加工がされているのか淫靡な輝きを放っていた。

 

「これは出張サキュバスの回数券と言ってな、ワシが都会でブイブイ言わせておった時に通い詰めたサキュバスの店で貰ったもんでな。ちょうどこの村まで来てくれるそうじゃ」

「何…だと⁉︎」

「ほほほっ興味深々の様じゃのう。オニイサマよお前さんの女も別嬪じゃが、たまには違うおなごを抱いてみたいと思うじゃろ?何自己嫌悪に陥ることは無い、男なら誰でも持つ欲望じゃ」

 

サキュバス…村のマセガキから聞いた話だが夢の中で自分の好みの女の子とあんな事やそんな事が出来ると聞いてはいたが、こんな過疎村にいる限りそんな機会に恵まれるとは夢にまで思わなかった。

だが、俺も一緒に暮らす女の子がいる身、アイリを悲しませることは…出来ない‼︎

爺さんの申し出は有難いしサキュバスのサービスを受けてはみたかったが、今の俺にはアイリという可愛い妹が居るのだ。

 

「動物がよ…」

「おぉ」

「こんないたいけな爺さんを困らせるなんてよ‼︎」

「おお⁉︎」

「んな事は許せねえよな‼︎」

「おお‼︎」

「同じ村に住む若者として許せねぇ‼︎」

「おお‼︎」

「そんな動物俺がぶっ殺してやるよ‼︎」

「おぉぉぉぉーっ‼︎」

 

こうして俺は爺さんの手を取り、昔爺さんが使っていた得物を借りて畑の奥の茂みの中へと向かっていった。

後でアイリに何言われるか分からないが、動物一匹狩るくらいなら大丈夫だろう。

アイリ自身俺に無理をするな位しか言ってないし猪くらいならそこまでの危険はないと思う。

 

爺さんから預かった得物は多くはなく、研がれて凄く切れそうな鉈と弦以外は古い弓と矢位だったが、なんかしっくりくるので多分記憶を失う前はこうして狩りもやっていたのだろう。

 

記憶を思い返す。

柵の損傷くらいからして獲物の体格は小さくは無い、油断すれば殺される可能性は十分にある。俺が今いる場所はもう安全な村では無くそこから外れた危険な外なのだ。

記憶が無い以上自身の感覚に全てを任せるように体の力を抜き、自然と一体化する事をイメージする。

 

すると周囲の気配がレーダを点けた様に分かり、一番近くにいる大きな気配の元へ向かう。

何処で教わったかは断片的で思い出せないが、作物を奪うことに味を占めた害獣は基本的にその近くに生息圏を移し腹が減ったら定期的に畑に現れるという。

ならばその周辺を探れば害獣に遭遇出来ると考えるのは自然の流れだろう。

 

感じ取った気配に向かい気配を断ちながら向かいその獲物の姿を確認する。

獲物と言ってもその正体はなんて事は無い巨大な猪だった。

 

ただその大きさは俺よりも少し大きい位だった。

 

「あのジジイ…碌でもない仕事押し付けやがって…」

 

そのあまりにも大きなサイズに何故爺さん自ら猪狩りに赴かなかったかと貴重なサキュバスのチケットをお礼に差し出したのかを理解する。

最初は何かの間違いだろうと思ったが、その頑丈そうな毛皮には爺さんの畑に備えられた柵の残骸の一部が巻き込まれ、その状況証拠がこの巨大猪が畑荒らしの犯人だと言っている。

 

仕方がないか…

 

溜息を吐き、受けてしまった以上はやるしか無いと自分に言い聞かせて得物に手をかける。

相手は図体が大きいは所詮は畜生、頭さえ潰せばこっちのもんだろう。

 

一人なので合図はせず、己の感覚に従い獲物に向かい弦を弾き矢を放つ。

放たれた矢は軌道を逸らす事なく猪の眼球に激突し、突然起きた事に理解が追いついていなのか悲鳴のような鳴き声を上げながら偶然にもこちらの方へと猪だけに猪突猛進してきた。 

 

まさか茂みに隠れている俺の場所が一瞬でバレるとは思っていなかったので二発目の装填はしておらず、今から準備しては間に合わないので鉈を取り出して構える。

 

「出来る…俺は出来る男だ‼︎」

 

大声を上げて自分を鼓舞すると構えた鉈を前に出しこちらも猪に向かって走り出す。

そして衝突する距離になったところで歩調をずらし横に回避しながら猪の脚を切り抜き、猪は痛みで身体を逸らし俺はその勢いのまま体を横一回転し猪の脳天へと鉈を振り下ろした。

 

「やったか…やったな」

 

何とも言えないほど甲高く短い断末魔を上げながら猪は絶命しその巨体は自身の重さに耐えきれず地面に横たわった。

何だかんだ言って咄嗟に体が動いてくれるもんだと思ったが、これに頼りすぎると自身の成長が止まってしまうなと若干の危機感を抱きながら念のためもう一度猪の頭に鉈を振り下ろした。

 

 

 

 

 

「オラ、ジジイやって来たぞ‼︎」

 

てこの原理を利用しながら昔の人さながら猪を転がしながら村へと帰ると爺さんが柵の修理をしていたので戦果の報告がてら悪態をついた。

 

「おう、流石じゃ‼︎まさか1日もしないうちにやって来るとはのう‼︎」

 

爺さんは本当に俺がやって来るとは思っていなかったようで、運ばれた猪を見て腰でも抜かすんじゃないかと思うほ驚愕していた。

そして爺さんは村の皆を呼び出して猪に関しての報告をしている。どうやらこの巨大猪の害獣被害は他の畑でも頻発しており問題になっていた様で爺さんの報告会が終わると他の農家の村人からも感謝された。

 

その巨大猪はどうなったかと言うと村の中心広場で振る舞われることとなって、最終的に村の皆で猪料理を持って軽い祭りとなった。

 

 

 

「全くお兄様は…」

「悪かったよ、でもしょうがないだろ?みんなが困ってたんだし」

 

猪祭りの終盤頃に泥だらけのアイリが色々な物を背負って帰ってきて、村の皆があんたの旦那は良くやってくれた等と言われ絡まれ何が起きているのか状況が分からないと混乱していた。

そして全てが終わり家に帰った所でアイリに全てを説明して現在にいたる。

 

「それは…まあ仕方がありませんが、お兄様は怪我をしていらっしゃる事を忘れないでください‼︎」

「悪かったって」

「…まあ今回は仕方ありませんが次は私も呼んでください、約束ですよ」

「ああ分かったよ」

 

必死に謝り倒して何とか事なきを得た。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ?」

「何でしょうかお兄様?」

 

布団の中に入りいつもの如くアイリが絡みついて来るわけだが、今回は色々と疑問に思ったので一つだけ聞いてみることにした。

 

「アイリはここで暮らしていて幸せか?」

 

結局駆け落ちをしてこの村に住み着いたみたいな流れだが、大人しい彼女の性格からしてこの現状は多分俺が企てたに違いないのだろう。

それに振り回されて果たして彼女は幸せなのだろうか?村人の話ではわざわざこんな田舎ではなく少し離れた街に行けばいいものをなんて気を使われた事もある。

 

「私はただお兄様が居れば幸せですよ」

「そうか…」

 

結局実家を捨てている以上ここで幸せではないとは口が裂けても言えないだろう。

それを口に出すと言う事は記憶を失う前の俺を全て否定することになる。

 

「豪華な食事も衣服も贅沢な環境も何もなくても私はお兄様さえ居れば大丈夫です、それだけで私は幸せです」

「ありがとうアイリ…」

 

例え嘘だとしてもその言葉に救われた気がした。

俺は横に居るアイリに向き直り彼女の目を見てお礼の言葉を言う。本当は全ての記憶を取り戻してから言いたかったが記憶が無くとも俺は俺なのでこの気持ちは変わらないだろう。

 

「このまま二人で幸せに暮らしましょうね、お兄様」

 

そう微笑む彼女の瞳はまるで底の見えない井戸の様だった、覗けばその中は暗闇で奥の方では名状し難い黒い何かが澱み濁っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ゆんゆんに焦点が行かない…
次回休みます…


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六花の少女21

遅くなりました、誤字脱字の訂正ありがとうございます。


朝目が覚めるとアイリの姿はすでに無く、腕の拘束が無いと逆に落ち着かない自身の適応力の高さに驚きながら気配を辿るとどうやら外で何か作業をしているようだ。

外の景色を窓から眺めると日が昇り始めたばかりなのか少し薄暗く温度は肌寒かった。

 

「おはようアイリ、今日も早いんだな」

「おはようございますお兄様、今日は早いんですね」

「ああ、なんか目が覚めてな」

 

普段はやる事がないと自身に言い訳をしながら日が上に登るまで惰眠を貪っていた訳だが、今日はほんの気まぐれで起きてしまい彼女を驚かせたようだ。

 

「たまにそうしてるけど何やってるんだ?」

 

アイリは今回の様にいつもより早めに起きては一人で外に出て髪の毛に調合した薬品の様な物を馴染ませている。

この村に来て最初の方は家から持って来たのか綺麗な色をした溶液を使っていたが、それが少し前に尽きてしまい死に物狂いで代わりの物を作成しようと遠くの方まで代替の材料を探しに行ったのも記憶に新しい。

 

あの時のアイリの慌てっぷりは俺がこの村に来て初めての光景だったのでその時の事は今でも思い出せるが、結局何の為の薬品なのかを聞かずにここまで来たので未だにあれが何を指すのかは分からずじまいだ。

 

「これですか?そうですね…女の子には色々見えない努力がありますのでお兄様は知らなくていい事です」

「そうか?何の為の薬品なのか教えてくれれば、わざわざ遠くに材料を取りに行かなくても大丈夫な様に代わりの物を探すんだけどな」

「そういう訳にはいきません。私も色々探したのですが見つからなかったので多分代わりは無いのだと思います」

「そうだな、まあ何かあったら言ってくれよ?」

「はい、その時はお願いします」

 

女の子の秘密に迫る事は、例え善意であってもやってはいけないと誰かに言われた様な気がするのでここで退く事にする。

本人が止めろと言って来た以上、俺に害が無いのであれば触れないほうがいいのだ。

 

ペタペタと頭頂部の生え際などに薬品を馴染ませる様に塗る彼女を尻目に夜の暖を取る様に薪を割る。

 

行商人が来る日が近く、それは俺たちの買い溜めした物たちの枯渇が近い事を指す。

この村での火の代わりの役割をするフレアタイトは、来村したてで行商人から買う事が時期的に出来なかった俺たちを気遣って村のみんなが少しずつ分けてくれたものがあったのだが、それが既にそこが見えて来ている。

なので念の為薪を割り昨日風呂を沸かした様にフレアタイトの代わりを担って貰っている。

 

これくらいでいいだろうか?

 

アイリが髪に薬品を染み込ませて動けない間に色々と行動していると、時間が経ったのか彼女は薪を割る俺を尻目に周囲に生えている雑草を吟味し目的の草があったのか引き抜きそれを燃やし始めた。

一体アイリは何をやっているのだろうと思い眺めていると、彼女は昨日捌いた猪の捨てるはずであった脂の部位を運びそれを長い鉄串でそれを貫くと某モンスターをハントするゲームの肉を焼く様に脂を焼き始めた。

 

彼女の目的とは一体?等と新聞の見出しの様なフレーズを頭に浮かべていると、彼女はその場を離れ大きなバケツに水を汲んで戻って来て炎の隣にそれを置いた。

そして草を燃やして発生した灰に熱で溶けた脂を混ぜるとそれはまるで石鹸のように泡立ち始めた。

 

そう言えば、そんな原理で石鹸が作れるなんて出典不明の知識があるが、わざわざ草を吟味したので何か薬効があるのかもしれない。

そんなこんなで出来た石鹸を水に溶かし、更に泡立てるとそれで髪の毛洗い役目の終えた薬品を洗い流す。

 

「ふう…これで暫くは大丈夫そうですね…」

 

一通りの片付けを終えた彼女は手鏡で自身の髪を隅々まで確かめ納得がいったのか安堵している。

髪は女の命とはよく言ったものだが、ここまで何かに脅迫される程に手入れが必要なのだろうか?

 

「私はこれから部屋に篭りますのでお兄様は自由にして下さい。あ、そう言えば昨日お兄様が捕まえた猪に壊された柵を本格的に直して補強するみたいなので手伝いに行かれてはどうでしょうか?」

「マジかよ…まあ面倒だけど後で手伝いに行ってみるか」

「はい、行ってらしゃいお兄様」

「まだ行かねえよ⁉︎今何時だと思ってるんだよ?」

「え?前この時間に用がありまして出向いたのですがその時には皆さん起きていらっしゃいましたよ?」

「マジか…」

 

年寄りの朝は早いと聞いてはいたがまさかこんなに早いなんて事は流石の俺も思わなかった。

俺が猪を狩って村に貢献したのに何で俺が後始末の手伝いをしなくてはいけないのかと思ったが、俺たちは所詮他所者なのでこうして貢献しなくてはこの村というコミュニティーの中で認められずに孤立していってしまう。

村社会というものは恐ろしいものなのだ。

 

…まあいくら俺達が貢献しようとも結局の所俺達が死ぬまで他所もので、お俺達の孫の代辺りでようやく俺達の家の子という扱いで孫がコミュニティーの仲間入りを果たすのだ。

アイリがこの村出身の娘で俺が婿入りする形であったら多分何も無く迎えられると思うが、そんな都合のいい事はない。

なのでどんなに努力しようとも報われるのは孫で俺たちとその子供の人生は結局の所は下積みの様なもので、それは村に一族の根を下ろす為の果てしない代償でしかない。

 

…なんてニヒルを気取って考えてみたが、村の皆んなは気持ちが悪い程にお人好しなので俺達が協力的な内は村八分みたいな行為をしてこないだろう。

 

アイリに言葉をかけ、倉庫にしまってある前の住人が残した道具(手入れ済み)を取り出し、それを肩に乗せて山賊のように村の外れにある畑に向かっていく。

 

 

 

 

 

「おう、オニイサマじゃねーか‼︎お前も来たのか?」

「ああ、一応な」

 

そう言えば何処の柵が壊されたのか聞いてはいなかったのでマズイなと思いながら周囲を散策していると、畑の持ち主だろうオッサンに声を掛けられる。

実は何処に行けばいいのか分かりませんでしたなんて事を言う訳には行かないので、ここは何も知らないふりをしてあたかもここが分かっているかの様に振る舞う。

 

「それで壊れているのは何処なんだよ?」

「あーあそこだよ。うちは他の家に比べて派手にやられてね…」

「うわ…おっさんの柵壊れ過ぎ…」

 

オッサンの指差す方に視線を向けると、昨日爺さんの壊れた柵が子供の悪戯にしか見えない程にオッサンの畑の柵は壊されていた。

 

「作物はまた作ればいいんだが、柵を作り直すとなるとな…」

 

昨日柵を破壊した巨大猪は俺が退治したのだが、それはあくまで柵を壊す存在が居なくなっただけなのでその柵がなければ他の小動物が容易に侵入してきて畑の作物を齧ってしまうのだ。

 

「まあ俺も出来る限り手伝うからオッサンも元気出せよ」

「本当か‼︎オニイサマお前中々に良い奴だな。最初とんでもないクソガキが来たとか思って悪かったな‼︎」

「うるせえよ‼︎手伝わねえぞゴラ‼︎」

「まあまあ、そうカッカするなよ」

 

ドウドウとまるで獣を沈めるかの様に俺の肩を叩きながらオッサンは笑い、俺達は畑の柵を修復する事となった。

柵自体の構造は特に絡繰が仕込まれているわけでは無いので簡単に修復は出来るのだが、何と言っても規模がでかいのでその恐ろしい物量に圧倒される。

しかし、柵修復の障害が物量だけであるなら時間を掛けさえすれば何とかなる物だ。

 

…まあそれが嫌だからこうしてオッサンは俺に手伝わせている訳だが。

 

そんな事はともかく、朝早くから開始した作業は苛烈を極め気付けばあっという間に昼になっていた。

 

「お兄様ー‼︎」

 

単純な肉体労働とはここまで己が肉体を苦しめるものなのかと、何処かの哲学者の様な事を考えながら木陰で休憩していると、家での作業が終わったのかそれとも中断してきたのかアイリが昼ご飯の差し入れなのか弁当箱を持ってやってきた。

 

「どうしたアイリ?今日は部屋に籠って薬品の実験をするんじゃ無かったのか?」

「はい、その予定でしたのですが、少し根を詰め過ぎていたみたいなので休憩がてらにお兄様の弁当を作って来ました」

「そうか、ありがとうな」

 

休憩がてらなんてアイリに似合わない言葉遣いは、俺に似たのかなんてどうでもいい事を考えながらアイリの持ってきた俺の昼飯を受け取る。

中身を確認するとオニギリに少しのおかずが入っていた。

 

「ヒュー熱いねお二人方‼︎」

「うっせぇわ‼︎」

 

弁当を受け取りそのおにぎりに齧り付いたタイミングでオッサンに野次を飛ばされたので反抗した。

 

 

 

 

 

 

 

 

弁当を受け取るとアイリはオッサンに軽い差し入れを渡してそそくさと家に戻っていった。

 

「良い奥さんじゃねえか、あの娘を落とすのに随分と苦労したんじゃないのか?」

「さあな?俺は記憶が無いから分からん」

「おいおい…ってまあそりゃあしょうがないか」

 

おにぎりを頬張っているとアイリに渡されたのか漬物を齧りながらオッサンが俺の元にやってきて喋り掛けてくる。

 

「ありゃあ良い所出のお嬢様だと俺は踏んでるな、でなきゃあんな上品に振る舞えないだろ」

「そうなのかもな…俺も見ていてそう思う」

「何だよ?お前旦那のくせして何も知らないのか?いくら記憶喪失でも事情位教えてくれるんじゃねぇのかよ?」

「それが何にも教えてくれねんだよ、何を聞いてもお兄様は知らない方がいいですしか教えてくれないんだよ」

「本当かよ?」

「本当だ」

「それはなんか本当にヤバイ事情ってヤツがあるんだろうな」

「そうなんだよな」

 

記憶が無いのでせめて俺とアイリを取り巻いていた事情だけでも教えてくれと前に言った事があったが、結局お兄様は知らない方が幸せですと一切取り合ってくれなかった。

しかも思い出したら何もせずに一番に私に教えてくだい、中途半端に思い出すと勘違いする場面がありますのでなんて付け加えて来るもんだから俺の人生は波瀾万丈な気しかしない。

 

中途半端な記憶を想定するに俺は色々な人に裏切られたり裏切ったりして状況が2度も3度も切り替わる様な経験をして来たのだろう。

そうであったなら彼女の言う中途半端な記憶の再生に対してまず最初に彼女に報告する事の辻褄が合う。

最初にアイリに対して敵対心を持つ場面がありその記憶のみ戻ったならアイリを殺してしまうかもしれない危険性があるのだ。

 

アイリがお嬢様だとしたら一体俺は何者なのだろうか?

 

疑問は尽きない。

 

「さて、昼食も終わったし続きでもやるか」

「でもやるかじゃないやるんだよ」

 

どうでもいい事を指摘されながら重たい腰を上げて作業を再開する。

今は失った記憶の事よりも自身の生活の基盤であるこの村の住民から信用を勝ち取ることを優先しよう。

 

地面に置いておいたトンカチを拾い上げベルトに差し込み、木材を背負い上げて壊れた柵の場所まで運ぶ。

今日はどう足掻いても柵の修復で終わってしまうなと、田舎独特の時間の感覚に戸惑いながらも早く適応できるよう努める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく終わった‼︎もう終わんねえじゃ無いかと思ったぜ」

「だな、俺も明日に持ち越しかと思ったぜ」

 

年甲斐も無く男二人で畑の隣にある芝生に転がり、自身の功績を互いに褒め称えた。

正直俺も明日に持ち越しになりそうな気がしていたが、それは杞憂で済んだようだでこうして何とか終わったのだ。

 

まあ少し手を抜いた所は無いとは言えないが、この世界に規格があればその規格内に収まる程度なので大丈夫だろう。何事も全力でやればいいものでは無いのだ。

 

ん?この世界でとは何だろうか?

自身の思考に疑問を持つが、それの答えを知るのはアイリだけなので自身で下手に考えて変な方向に辿り着くと厄介なのでこれ以上は追求しないようにする。

 

「ここまで付き合わせて悪かったな」

「いいって事よ。俺も何だかんだ世話になっているからな、持ちつ持たれつってやつさ」

「へえ中々難しい言葉知っているじゃないか?」

「そうか?」

「まあいいさ、そうだこの後は暇か?お礼にシュワシュワ奢ってやるよ」

「マジで気が利くじゃねぇかオッサン‼︎」

「お前の所のおくさんも呼んで派手にやろうじゃねえか!」

 

柵を直した事で友情が芽生えたのかオッサンの手を取り、俺たちは村にある唯一の酒場へと向かう。

酒場とは言っても個人経営の飲食店が夜中だけ酒類を取り扱う感じのなんちゃって居酒屋だが、この村では貴重な店の一つだ。

 

「それじゃあ柵の修理完了祝いに乾杯‼︎」

「お疲れさん‼︎」

 

酒場に入りシュワシュワを注文する。酒場は個人経営なのでそこまで広くは無くこじんまりとしているイメージだったが、意外にもそんな事は無く俺の家の倍くらいの広さがある。

過疎っている村なので静かに飲めると思っていたが、やはり村に一つしかない酒場なので村の男達全員とは行かないが大人数が集まっている。

どうやらこの村の男達はこうして夜になるといつもここに集まって1日を締め括る様だ。

 

「何だオニイサマじゃねえか?奥さん放ってこんな所来ていいのか?」

「何言ってんだい?あんたも奥さん放って来ているじゃないか‼︎」

「それは…そうだけどよ‼︎」

「そんなんだから甲斐なしって言われるんだよ!」

 

運ばれてきたシュワシュワに口をつけると近くの席にいたオッサン2に声を掛けられからかわれるが、俺がリアクションを取る前に酒場の主なのか女将がそのオッサン2に噛み付いた。

 

「安心しろ、お前の奥さんも俺の仲間が呼んでいるからすぐ来るだろう」

 

果たしてそれは安心できるのか?と思ったがアイリの事なので多分許してくれるだろう。

料理は多分明日の朝ごはんにすれば大丈夫だろうか…

少し不安があるが、せっかくの機会なので言葉に甘えてシュワシュワを楽しもう。

 

追加のシュワシュワの注文を女将に頼み、今持っているグラスに注がれているシュワシュワを喉に流す。

 

 

 

その後、オッサンの仲間に連れられてやって来たアイリが怒っていた事は言うまでも無いが、皆でシュワシュワを囲みながら話しているうちにどうでも良くなったのか態度が徐々に軟化していった。

 

「アイリ飲み過ぎだぞ‼︎そこら辺で止めておかないと明日に響くぞ⁉︎」

「えへへ大丈夫れすよお兄様、しんぷぁいしょうれふね…」

「駄目だ…完全に酔っ払ってやがる」

 

そう言えばアイリの年齢はどうだったか今の俺は知らないので飲み始める前に聞いたのだが、そんな事を女の子に聞いてはいけませんと断られてしまいそのまま村人に勧められるがままにシュワシュワに手を出してしまったのだ。

しかもその時にこれがあのシュワシュワですね…と言いながら生唾を飲み込んでいたので、俺の推測の域を出ないが多分初めて飲むのだろう。

 

現在彼女は俺の膝の上に乗っかりながらグラスに注がれたシュワシュワを飲んでおり、側から見る分には可愛いのだがいつ潰れるか分からないこっちとしてはタイマーの見えない爆弾の処理を任されているのと変わりは無い。

…まあ、最近何処か思い詰めている様な表情ばかりで見る事が出来なかった彼女の笑顔を見る事が出来たのでこれはこれで悪くは無いのだろう。

 

「アイリちゃんはこの坊主の何処が好きで結婚したんだい?」

「そうれすね…全てでしょうか‼︎」

「おぉー‼︎」

「おいおい…勘弁してくれよ」

 

村の皆はアイリが酔っ払った事を良い事に俺達が普段話さない二人の関係についてを深く突っ込んだ所まで突っついてくる。

そしてそれを彼女は満更でもなさそうに暴露しており、それが村人の心をくすぐるのか皆彼女の一言一句に湧き上がり酒場は盛り上がりを見せている。

しかし、それでも俺の過去に繋がる様な内容に関しては全て話を逸らすか誤魔化すかして語る事は無く。そのくだりを何回も繰り返しているうちに他の村人も触れてはいけない話題だと思い、過去に関して深くは聞かずに今の事を聞く様になった。

 

「そんなにオニイサマが好きならここでキスくらいしてみろ‼︎」

「良いなそれ‼︎」

「はぁ⁉︎」

 

ボーと話を受け流しているといつも間にかそういう感じの話の流れになり、まるで付き合いたての小さな子供二人を冷やかす様な感じの野次が飛んできて周囲もそれに乗るようにコールを始めた。

 

「オッサン達良い加減に…むぐっ⁉︎」

 

村の小さな居酒屋とはいえ、流石に公共の場でそれは不味いだろうと思い注意しようとしたがその言葉が最後まで俺の口から放たれる事は無く、俺の口はアイリの口によって塞がれた。

しかも俺を逃すまいと後頭部を両手で掴み固定している。

 

「おぉぉぉーーーっ‼︎」

 

アイリの突然のキスに周囲にいた村人達は本当にするとは思っていなかったようで、まるで外人4コマの様なポージングでこの状況に換気していた。

妻とはいえ可愛い女子にキスをされるのは中々に嬉しかったが、何故か誰かに対する罪悪感と謎の恐怖からくる悪寒が背中にはしった。

 

「皆さんこれで良いでしょうか?」

 

口を離した彼女はそのまま後ろにいる村人に振り返り、己の功績を讃えるように圧を掛ける。

 

「最高だぜ‼︎」

 

もう一回とアンコールが酒場に鳴り響き、女将がそろそろ良い加減にしろと喝をいれて何とか皆の暴走は止まった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、アイリの限界が来たのか俺に寄りかかりながら彼女が眠ってしまい、そこでひと段落ついたのか皆時計を見ると結構良い時間だったので宴も酣という事で解散する流れとなった。

何だかんだ敬遠されていた俺たちの扱いが今回の一件で少し緩和された様な気がしたので、このままいけば村人の仲間入りするのもそう遠くはないだろう。

 

背中に眠ったアイリを背負いながら家へと帰るとそのまま彼女を布団に入れ寝かせる。

夜も遅いので俺も眠るかと思い布団に潜ろうとしたが、ふと正面を見るとアイリが入ってはいけませんと言い魔法なのか謎の力により閉ざされていた襖が開いているのに気づく。

 

気になったので覗いてみると部屋には様々な植物や動物の抽出物等が入った瓶などが所狭しと並べられており、中心には鉢などの道具が置かれている。

そして壁際には完成したのか数種類の薬品が入った瓶が置かれている。

 

いつも部屋に籠って何を作っているのかは不明だが、彼女がわざわざ俺に隠してまで作る薬品なので、彼女なりに何か事情があるのだろうと思いこれ以上の詮索はやめて襖を閉めて布団に潜り込むと眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから少しだけ時間が過ぎた。

まあ過ぎたと言っても一・二週間位なのだが、俺達にとっては何も無い日常こそが幸せなので、このままこの時間が続けば良いのにと思っていた時だった。

 

「お兄様今日は雨と風が強い日なので家で大人しくしていましょう」

「そうだな、特にやる事はないだろうし」

 

話は少し遡る。

昨日突然村長が明日は嵐が来るぞと長年この村で過ごして培われてきた勘が働いたのか、仕事終わりにシュワシュワをキメながら騒いでいた俺達の興を削ぐ様に居酒屋に乗り込んできてそう言った。

 

「そうか…明日はしんどい事になりそうだ」

 

それを聞いたオッサンは村長の言葉に動揺する事なくポツリとそう言うとグラスに残っていたシュワシュワを全て飲み干してすぐ家へと帰って行った。

 

「何なんだいったい…」

「ああ、あんたは田んぼを弄らないから分からないと思うけど嵐がくれば田んぼの水量が上がったり色々あって稲が駄目になっちまうんだよ」

「ああ、そう言う事か」

 

そう言えばそうだったなと、女将に言われた事で田舎の農業に関しての知識が戻ってくる。

一度に全部とは行かないが、偶に関連した言葉に反応して記憶が戻る事がある。まあ戻ると言ってもその事に関しての知識を思い出すだけなので俺の過去については何一つ思い出せない。

 

雨が降れば稲が傷つき水没すれば光合成が出来ずに弱っていくなど他にも色々被害出ると聞いた事がある。

なので皆今の内に準備をしているのだろう。

この村で米が作れなくなったら行商で買えるものしかないので、今年一杯は飢餓に苦しむ事になってしまう。

 

 

そして今に戻る。

外は村長の言うように土砂降りで強風により部屋の中まで轟音が響いている。

こんな状況で外に出れば俺ならともかく村の住民達は風で飛ばされたり水に流されたりするだろう。

 

「何か嫌な予感がするぞ…」

 

虫の知らせなのか、休日に生産的なことをせずにダラダラとテレビを見ているうちに1日が終わってしまうような、このままではいけない気がする。

 

「外は嵐ですよ?今日外に出るのは危険なので女将さんがおっしゃっていた様に今日は家でゆっくりしましょう」

 

寝っ転がりながら頭の落ち着かせどころが悪かったので転がりながらベストポジションを探していると、偶然なのか正座していたアイリの膝の上の乗っかり頭が安定した。

これが女の子の膝枕かと思い堪能していると彼女は俺を子供扱いする様に頭を撫でながらそう言った。

 

「まあそうするか…いや本当に危険な感覚がするぞ」

 

何と言ったら分からないが、村の田んぼの方に人が集まっているような気配を感じる。

人間の感覚では気配を感じられるのはおおよそ数メートル程度と聞いているが、何故か偶に遠くまで感じられる時があるのだ。

 

「…はぁ、お兄様は本当にお人好しですね」

「悪いな…」

 

折角の膝枕から起き上がり入口にかけてあった雨具を羽織ると土砂降りの中を走りながら田んぼの方へ駆けていく。

自分でも理由は分からないが、大雨の日の老人達を放っておいたらいけないと俺の心が言っている。多分記憶を無くす前の俺の経験則が反応しているのだろう。

 

 

「…マジか」

 

田んぼに着くと年寄り達が土砂降りと暴風の中で作業をしていた。やはり俺の勘は当たっていた様で皆天災に耐えながら各々の田んぼで動き回っていた。

 

「坊主よく来た‼︎あそこにある誰も使っていない田んぼの取水口を開いてくれ‼︎俺達は各々の排水口を開ける‼︎」

「ああ分かった‼︎」

 

皆必死に豪雨の中、自身の田んぼが水没しないように取水口と排水口を調節してしており、その水の逃げ場を確保するために気休めだが使われていない田んぼに水を流して時間を稼ぐつもりだろう。

豪雨に晒された田んぼに足を取られれば豪風によりバランスが取れなくなり転倒しそのまま溺れてしまうと何処かで聞いた気がする。

 

例え田んぼ程の水量であったとしても水位の上がった状態かつ吹き飛ばされそうなほどの豪風雨であったなら、そこから起き上がる事はほぼ不可能でまして老人なら尚更だ。

まさに命懸けの農業戦争と言わんばかりだ。

 

まあ空いている場所がある以上俺が米作を任される可能性はゼロでは無いのでここで恩を売っても問題はないだろう。

 

オッサンの指差す方向にあった空いているであろう田んぼまで水没した畦道を通りながら向かう。

一歩踏み間違えてぬかるみに嵌れば例え俺だとしてもただでは済まないだろう、極限状態の中何とか辿り着くと田んぼの隅にあったバルブを回しながら取水口を開き中へ水を誘導する。

 

「これでいいのか⁉︎」

 

一通りの作業が終わったので確認するが、豪雨の轟音により俺の声は掻き消されてしまい返事が返ってくる事は無かった。

 

「なっ…」

 

仕方なしに戻るとそこは地獄になっていた。

やはり雨の日に様子を見に行って帰ってこない老人が居ると聞いたことはあったが、泥濘に足を取られそのまま溺れている老人をこの目で見るとは思わなかったので唖然としてしまった。

 

「大丈夫かオッサン⁉︎」

 

全力でオッサンの元へ駆け寄り沈み掛けているオッサンを引き上げる。

 

「…あぁあと少し遅かったら危なかった、助かったぞ」

 

どうやら足を取られたタイミングで俺に見つかり、何とか水を飲み込まずに済んだようで少し消耗したが命に別状は無いようだ。

 

「全く、困ったオッサンだよ」

「面目ない」

 

取り敢えずオッサンを家まで送り、俺はオッサンの田んぼを守りながら他の場所も含めて水量の調節をし何とか今回の嵐は事なきを得た。

 

そして次の日はその天災によって起きた被害を清算する様に散らかり放題になった畑や道などの整理に振り回される。

まるで大型怪獣と戦ったみたいに道には木の枝や葉が撒き散らされており、それを集めて指定された廃棄場に持っていくのは中々に応える。

 

大多数のおっさん達や爺さん達は昨日の件で結構腰をいわしており、いつも嵐の後は俺たち若者や女子供達がこうして村の清掃に当たるのだ。

まあ俺は田んぼの水量管理もやったのでダブルワークになってしまうのだが、そこは若者だと言う事で諦めよう。この世は非常で理不尽で満ちているのだ。

 

アイリと二手に分かれそれぞれ回収しているが、彼女の力は俺の何倍もあるようで木の幹ごと折れた廃木を軽々と片手で持ち上げた時は流石の俺もビックリした。

まあアイリは貴族らしいのでそれなりにレベル?と言うものが高いのだろう。

 

俺は俺でやれる事をやろうと思い村の隅の方に行き廃材を回収しに行く。

ここを掃除しておかないと行商人が来る際に邪魔になってしまうらしいので、なるべく早めに片付けてほしいとの事だったので俺が行く事となった。

 

「全く…人使いが荒いぜ」

 

誰もいない事をいい事に文句を垂れ流しながら廃材を回収する。

 

「誰だ⁉︎」

 

これが終わったらアイリと美味いもんでも食べに行くかと思いながら作業していると、村の外からか誰かがやって来ていることに気づく。

こんなど田舎に来るなんて珍しい奴もいるんだなと思いその人を眺めると、昨日の嵐の中を進んできたのか深いフードに長い丈のコートの様な雨具を着ていており顔はよく見えなかったが女性である事は服越しのプロポーションを見れば分かった。

しかし、そんな大層な格好をしている人が一体こんな村に何の用があるのだろうか?

 

そう訝しんでいると、そいつは俺の顔を見て驚愕したのか少し硬直した後に

 

「ようやく見つけました」

 

と言った。

 

 

 

 

 



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六花の少女22

誤字脱字の訂正ありがとうございます。


「やっと見つけました、今の内に帰りますよ」

 

黒いフードを深く被った女性は俺の姿を見て探し人が俺だと確信したのか、そう言いながら俺に手を伸ばす。

 

「誰だよお前は?」

「え?」

 

伸ばされた手が俺に触れる前に質問を投げかけると、その女性は複雑そうに驚きながら伸ばした手を引っ込めた。

折角俺の事を探しにこんな辺境の地まで来たのに申し訳ないなと思ったが、よく考えてみれば俺たちの後を追ってくるという事はそいつは俺達を連れ戻そうとする刺客と言う事になる。

 

「…やっぱり記憶を消されているんですね」

「やはり?どう言う事だ?」

 

彼女の発言に驚きながら拾った細めの木の幹を彼女に構えながら凄む。彼女から感じる巨大な気配に対しての対抗手段としては頼りないが、それでも無いよりかはマシだろう。

 

しかし、記憶を消されたと言うことは一体どう言う事だろうか?

アイリから聞いた話では俺の記憶は俺達を追いかけて来た刺客と戦った際に追った負傷が原因だと聞いたのだが、その刺客に消されたのだろうか?

 

「あっ‼︎ちょっと待ってください‼︎」

 

折角来ていただいた彼女には悪いが、ここは一度退散させていただく事にする。

村は掃除を始めているとは言えまだ完全に残骸が片付いている訳では無いので土地勘の無い彼女ならそう早く追いかける事はできないだろう。

パッと見た感じ俺に対して敵意や悪意を感じないので味方かもしれないが、念には念を入れて一度アイリと合流して確認するに越したことは無い。

 

瓦礫に塗れた畦道を駆け抜けながら状況を整理する。

 

俺達がこの村に住むきっかけになった刺客と違うのであればフードで顔を隠している彼女は最初に俺達を追ってきた刺客とはまた別の組織の人間で、そいつらとはまた別の理由で俺達を追って来ているのだろううか?

仮にそう考えるとしたら最初に追って来た刺客は俺が交戦した事を踏まえるとアイリ側の刺客で、今回追って来たのは俺側の刺客だろうか?

 

畑のオッサンが言っていたアイリは俺には無い気品を感じるという言葉を信じればアイリは貴族の令嬢で俺は庶民の筈になる。

ならば俺サイドの刺客がいると言うのは一体どう言う事だろうか?

 

もしかして俺とアイリはそれぞれ敵対する家の時期当主同士で俺達がくっ付いてしまうと困る勢力がいてそいつらが最初に俺達を追いかけてきて俺達に負傷を負わせ、今しがた姿を見せた彼女は俺たち側の安全を確認しにきた仲間のかもしれない。

 

であればその勢力に気づかれない様に一人単身でこの村までやって来た事にも納得できる。彼女からは只者ならぬ気配が近くに居るだけでヒシヒシと伝わってくるのは単身で襲われても対応できるという周囲の信頼を勝ち取った実力の証明だろう。

 

だが、もし彼女が俺側の刺客だとして何故俺の元に来たのか?安全確認だけなら俺の姿を遠目に確認すれば分かるものなのにわざわざ接触する意味はなんなのだろうか?

疑問が疑問を呼ぶ。

 

そしてやはり記憶がないとはどういう事だろうか?

俺の記憶喪失が戦闘によるものなら俺の記憶喪失に関して予測する事は出来ないだろう。もし俺がここに居る理由が記憶喪失でなければあり得ないとあの女性が考えるのであれば、俺側の人達からは俺がアイリとここまで逃げて来た事は予想できなかったという事になる。

 

俺はアイリと逃げることを誰にも言っていなかったのだろうか?

俺の荷物が一つも無かったと考えると計画的な逃走ではなく、そうならざるを得ない状況だった事が窺えるがだとしても俺側の人間の一人には事情を説明していそうだと思うだが…

 

しかし…これはあくまで可能性の話だが

もしかしてアイリが意図的に俺の記憶を消したのでは無いだろうかという可能性が俺の頭に浮かんでくる。

 

もし彼女が俺の記憶を消したのであれば、彼女が俺に記憶を失う前の話を頑なにしない理由が説明できる。

だが、それだと彼女が俺の記憶を消す理由が見当たらない。

 

ありえもしない考えはやめて今の状況を整理しよう。

 

刺客が俺を見つけた以上彼女は仲間にそれを知らせるだろう。

もし彼女が俺の仲間であれば俺の無事を確認して返ってくれるだろうが、もしそうでなければ援軍を呼ばれる前にこの村から次の拠点へと移動しないといけなくなってしまう。

 

一応アイリが村長に状況によっては迷惑をかける前にこの村を出ていくと説明していた様なのですぐ出て行って言ってもの問題は無いが、問題はアイリが何処に居るのかという事とどのルートを使って逃げるかだ。

アイリの場所と逃走ルートの場所の位置関係によってアイリに会うルートを決めないと、最悪逃走ルートの入り口とアイリの間に刺客が居るかたちになってしまい刺客と一戦交える可能性が出てしまう。

 

「待ってくださいカズマさん⁉︎私ですゆんゆんです、思い出してください‼︎」

「え?」

 

刺客はものすごい速度で瓦礫をものともせずに踏み潰し俺の後を追い掛けながらフードを外して隠していた顔を見せる。

フードに隠されていたのは幼さが少しあるがそれでも整った女の子で、髪型はここまで来るのに崩れてしまったのか少し解れたお下げをぶら下げていた。

そして俺の名前はカズマだという事が判明した。

 

しかし、可愛いからと言って足を止めてはいけない。

刺客が美人で有ればある程標的の油断を誘いやすいと言うのはよくある事なので、これは罠なのだろう。と言うかアイリ程の美人を侍らせて居るのにこんな美人な女の子と仲が良かったなんて普通あり得ないだろう。

 

美人局に騙される程俺は馬鹿では無いのでこのままアイリに合流しようと足を早める。

 

 

 

 

 

 

 

「アイリ!そんな所にいたのか‼︎」

「お兄様⁉︎」

 

お兄様とはいえ全力疾走で汗を振り撒きながら自分に向かって来る人間を見て彼女は一瞬ギョッとするが、俺の後ろにいるゆんゆんと名乗る少女を見て全てを察したのか彼女の表情は今まで見たこともない程に恐ろしいものになった。

 

「追手に見つかった‼︎早く逃げ…え?」

 

このままアイリに道案内させながらまた別の村へ逃げようかと思っていたが、彼女は何処かに隠し持っていたのだろうかいつの間にか少し古びた剣を携え俺の居る方向…つまりゆんゆんがいる方向へと向かっていく。

その物凄い速度に唖然としながらも自身の走りを止め速度を制動させるとそのまま二人のいる方向へと視線を向ける。

 

「ようやく見つけたわよこの泥棒猫‼︎私のカズマさんを返して‼︎」

「折角ここまで来たのに…何で来たんですか‼︎」

 

俺が速度を制動して向き直る一瞬のうちに二人は互いに攻撃を仕掛けていた。

アイリは何処かに隠し持っていた剣でゆんゆんを斬りつけ、対しての彼女は魔法なのだろうか物凄い量の魔力を凝縮して作られる巨大な魔法剣をさらに圧縮して普通の剣サイズにした魔法剣でアイリの剣を防いでいた。

俗にいう鍔競り合いというものだろうか、状況が膠着したまま互いに言葉を発し合いながら攻撃を押し合っている。  

 

「お兄様?笑わせないで貴女とカズマさんに血の繋がりなんて有りもしないのに何言っているのよ‼︎」

「お兄様はお兄様です、例え血が繋がっていなかったとしてもかけがえの無い家族です‼︎」 

「へぇ?その割には髪と目に色を変えて居るじゃない、本当に家族だと思うのならそんな細工はしないでありのままの姿を見せなさいよ‼︎」

「そ、それは‼︎」

 

互いに攻撃を押し付けあいながら心理戦なのだろうか恐ろしい口撃戦も始まっている。

ゆんゆんの話が確かなら、やはりアイリの髪と目の色は本来の物とは別物で此間調合して髪に塗っていたのは染髪料だったのだろう。何故わざわざそんな事をするのか分からないが彼女なりの理由があったのだろう。

 

「貴女こそお兄様が私の問題を解決して居る間蚊帳の外に追いやられて居たと聞いています‼︎私がパートナーと言いながらその実信用されていなかったのでは無いでしょうか‼︎」

「そ、そんな事ないわよ‼︎」

 

互いに攻撃の鍔競り合いをしながらの言葉の応戦が続き、両者共に口撃に手札が無くなったのかゆんゆんが剣から魔力を噴出させ距離を取る。

俺も加勢したいが、二人の行う高次元の戦いに手を出せば止めるどころか巻き添えを食らうだけだろう。

 

ゆんゆんはウィザードなのだろうか魔法を放つ為に距離を取ろうと後方に下がるが、アイリはそんな事はさせまいと即座に踏み込み距離を縮め剣を構える。

 

「くっ…」

 

距離を詰めてくるアイリに対してゆんゆんは眉を顰めながらも手を突き出し雷の中級魔法を詠唱無しで放つ。

アイリに対してその程度の魔法ではダメージを与えられないが、それでも牽制という意味では功を奏したようでアイリは雷を躱し彼女の側方へと避難する。

 

そのずれた姿勢のままアイリは剣を振り上げるが、中級魔法で時間を稼ぎ出来た隙を利用してゆんゆんは体を逸らしてそれを躱し剣を振り切って隙ができたアイリに向かって上級魔法を放つ。

 

やはり俺が感じとった気配は間違ってはいなかった様で、ゆんゆんと名乗る少女は上級魔法の詠唱を少ないワードで構築しているようで、短い単語を物凄い速度で唱え一瞬にして高出力の魔法を放っている。

だが、ゆんゆんが魔法のエキスパートであればアイリは剣技のエキスパートだった様で一緒に暮らしていた時には考えられない程卓越した動きをしている。

 

ゆんゆんが放った上級魔法がアイリに直撃する前に彼女は軸足を折曲げ姿勢を極限まで下段に下げそれを回避し、残った脚を後方から回し畳んだ軸足を再び伸ばし反動を利用してもう一撃ゆんゆんに放つ。

しかし、ゆんゆんは既にそれを予測していたのか、魔法を放った腕とは反対の腕を地面に向け魔法を放ちその反動で上方へと浮上し彼女の攻撃を回避しながら二次的作用で発生した土煙でアイリの視界を妨害する。

 

そして、砂煙の中目掛けて黒い雷の魔法を上方から下方にいるアイリに向けて放つが、アイリは魔法を剣で弾いたのか砂埃の中から周囲に花火の暴発の様に魔法が飛び散り、それが止んだ後に剣を振り回して風を起こし周囲の砂煙を吹き飛ばす。

 

砂埃がかっ消えた後に再び黒雷が放たれるが、アイリはそれを側方に逸れる事で躱しながらゆんゆんとの距離を詰め再び剣を振り斬るが即座に生成された魔法剣により彼女の攻撃は防がれるが、彼女はそんな事はお構無しに剣をでゆんゆんを斬り続ける。

 

物凄い速さの剣戟だが、ゆんゆんはそれを必死に防ぐ。

このまま攻められたらジリ貧だろうと思った所で彼女はアイリの剣が離れる一瞬の隙を突き空いた方の手で魔法を放ち牽制するが、アイリは後退せずそれを絶妙なタイミングと角度で剣を当て魔法を逸らしつつ彼女を斬りつけようを剣を振り続ける。

 

そろそろゆんゆんの息が切れると思った所で彼女は魔法剣の圧縮を解き、押さえ付けられた魔法剣の魔力が元のサイズに戻ろうと急激に拡張しその衝撃で擬似的に魔力爆発が発生する。

 

「うわっ⁉︎」

 

思わず腕で視界を覆い爆発に耐えて再び二人を確認すると、爆心地であるゆんゆんは被爆を免れないためコートの腕が焼け焦げて右肩までの袖がなくなっているが、腕は魔力で保護していたのか綺麗なままだった。

アイリは咄嗟に回避したのだろう、ゆんゆんから距離を取らされてしまってはいるが服が少し焦げているだけだった。

 

「見た目に反してしつこいんですね…」

「そっちこそ、ただのお姫様かと思ったけど意外にやるみたいね」

 

どうやらこの戦いで互いに実力を認め合ったのか口撃の際には見られなかった賞賛の言葉をかけている。

このまま和解すればいいのだが二人の関係を見るにそれは不可能だろう。ゆんゆんから語られる言葉を聞く限りでは元の二人の関係性と俺との関係性に関してアイリの話とで矛盾が生じてしまっているのでこの場を治める方法が思い浮かばない。

 

そんなん事を考えているうちに互いに息が整ったのか2回戦が始まってしまう。

一見アイリが優勢に見えるかもしれないが、魔法を防ぎながら攻撃する事は並大抵の事ではないため肉体的負担が大きいようでアイリの顔にもゆんゆんと同じ様に疲労が見える。

正確には防ぐでは無く逸らすが殆どだが、逸らすには剣に魔力を貯めて魔法の出力方向に対して一寸の狂いも無く剣を当てなくてはいけないと誰かに言われた記憶が存在する。もし魔力が少しでも多過ぎたり少な過ぎたり角度が1ミリでもズレれば剣が弾かれ敵前で無防備になってしまうらしい。

 

アイリはそんな芸当をこの戦いで息をする様にしており、ゆんゆんは負担が大きいであろう上級魔法を冷却時間無しのノータイムで放っている。

特に魔法剣の絶妙な出力調整は記憶が無いので他人と比較できないがかなりのものだろう、魔法剣は本来常に最大出力なので発動しているだけで魔力を消費するが彼女はアイリの剣が当たっている瞬間だけ出力を上げ、剣が離れば即座に出力を極限まで抑えている、これにより魔力の消費は抑えられるがそれを維持する精神力は並大抵のものではい筈だ。

 

その様はまるで某ホラー映画の幽霊役同士を戦わせた様な感じだ…って一体俺は何を思い出しているのだろうか?

ヒョコっと思い出されるどうでもいい記憶に対し、もっと重要な事思い出せと突っ込みたくなる気持ちを抑えながら二人の戦いを観戦する。

 

そして、再び始まった二人の戦いだが、今度はゆんゆんが攻勢に出たようで圧縮した魔法剣を携えながらアイリに斬りかかり、それを受けたアイリはまさかウィザードであるゆんゆんから近距離攻撃が放たれるとは思っていなかった様で驚きながらも彼女の攻撃を剣で受け止める。

 

自身の攻撃を受け止められたゆんゆんは鍔競り合いになった一瞬のうちに、空いたもう片方の手で互いの剣の隙間からアイリ目掛けて黒雷を放つ。

上級魔法を最大出力で発動しながらさらに上級魔法を放つという芸当を彼女は成し遂げたのだ。

アイリは驚愕した後にさらに驚愕するが、そこで怯む程彼女もやわではなく即座にその状況を理解して体を倒し回避するが、そこを付け狙ってゆんゆんが蹴りを放ちアイリの腹部へと直撃する。

 

腹部を蹴られ怯んだ隙に彼女は雷の魔法を放つが、それを何とか寸で弾く。

ウィザードの蹴りではアイリに決定打を与える事は出来ない様だ。

 

腹部に全力の蹴りを受けたアイリに上級魔法の最大出力を同時に放ったゆんゆん、二人の体力魔力は共に限界が近いのか互いに肩で息をしながら互いに睨み合っている。

 

そして彼女らを包んでいた空気の色が変わる。

次の一撃を最終打にする為、互いに持ち得る魔力を集中させている様で、周囲は彼女らの魔力により現状を保てなくなり軽い地割れや暴風が吹き荒れている。

 

ゆんゆんの目は元々赤かったのだが、さらに赤みが掛かり発光し始めており、アイリに至っては髪の毛の色が魔力の上昇と共に金色に戻りつつある。

時間が進むにつれゆんゆんの腕に魔力が溜まったのか小さい雷が発生し始め、アイリの剣はその剣の力なのか聖なる輝きを放ち始めている。

 

互いに魔力が溜まったであろうタイミング互いが動き出した。

ゆんゆんは腕をアイリに向け照準を合わせようとするが、一瞬のうちにアイリが距離を詰め突きだしたゆんゆんの腕を空いている自身の腕で掴みそのまま上に突き出し無防備になった所に剣に纏った輝きを彼女に向けて振り切ろうとしたが、ゆんゆんの魔法を放とうとした腕は実はフェイクで実際は反対の腕で腕に纏っていた雷はいつの間には空いていた方の腕に移動しておりその照準は彼女の体を捉えている。

 

そして掴まれていた腕でアイリの腕をさらに掴み両者ともに腕を掴み合う形になり、残った反対の腕同士は共に自身の現状行える最大出力の魔力を纏っている。

 

互いに逃げ場を封じ合いながら、互いに持ち得る最大出力の攻撃を放った。

近隣の村人は逃げられただろうかと思いながらその瞬間を刮目したが、その結末を確認することは出来なかった。

 

「何すんだよ‼︎」

 

二人の攻撃がぶつかりあう瞬間、つまり二人の意識が互いのみに集中したタイミングを狙ってどこかに隠れて居たのかゆんゆんと同じローブを被っている奴が突如現れたかと思うと力任せに俺を抱き抱えてその場から撤退したのだ。

体躯はアイリと同じ位だが、その力は俺を瞬時に抱き抱えられる程に強く逃げてアイリの元に向かおうとする俺を簡単に押さえ付けるなど、その見た目からは想像できない程だ。

 

「いいから黙って大人しくして下さい‼︎」

 

抵抗しようとするとまるで子供に叱る様なトーンでローブの少女に叱られる。

ゆんゆんの仲間だろう事は服装でわかるが、彼女もまた強力なウィザードなのだろうか?気配はゆんゆんと同等のものを感じるが、悍ましい何かを感じるのは気のせいだろうか。

 

後方では両者の攻撃がぶつかり合った轟音が鳴り響き地面はまるで地震が起きた様に揺れている。

ローブの少女は抵抗する俺を力付くで押さえつけながら村の外れまで走って行き、誰かに気づかれたくないのか人の手が入った道ではなく険しい獣道をわざわざ選んで進んでいる。

 

「もう少しですよ、森を抜ければ馬車が止まっていますのでそこから逃げましょう」

「おい、そんな事までして俺をつれてどうするつもりなんだよ」

「カズマ?さっきから一体何を…?いえ、やはりあの仮面の悪魔の言ったように記憶が無くなっているのですか?」

 

今更気づいたのかローブの少女は俺に記憶が無いことを確認するとローブ越しでも分かるくらいに驚きの声を上げる。

一体記憶を失う前の俺はどんな立ち位置の自分だったのかいまだに掴めないがあの馬車に乗った際に聞けば全てが明かされるのではないだろうか?

 

しかし、あの馬車に乗ってしまえばこの先アイリに会え無くなってしまう可能性がある。

記憶を失っているとはいえあそこまで献身に尽くしてくれていた彼女を残して自分だけ安全な場所に行こうなどと誰が考えようか。

 

だが俺の想像以上に彼女の力は強く、力で振り解く事は出来ない。

追手からアイリを守り通した話は本当だったのかと思うほどに俺は無力だが、きっと腕っ節ではなく知識を活かした戦い方をして居たのだろう。

俺の頭には知識は残っているが経験に関する記憶が抜け落ちているため彼女たちの様に能力的なものを使う事が出来ないのだ。

 

だが、だからと言って何もしない訳にはいかない。

 

「こら暴れないでください‼︎私は今力を上げるスクロールを使っていますので加減を間違えたら潰してしまうかもしれないんですよ‼︎」

「え?」

 

どうやら彼女の強力な腕力の正体はスクロールによるものだそうで、あの小さい体躯からあんな力が出る理由が分かって納得出来たが、それと同時にもしかしてこのまま握り潰されるのではないだろうかという光景が頭に過ぎる。

しかし、ここで捕まり続けるわけには行かないのだ。

 

「いい加減にしないと右腕の一本潰しま…ぐっ⁉︎」

「うわっ⁉︎」

 

暴れているとローブの少女がバランスを崩し転倒し、そのまま森の中を転がる。

地面に叩きつけらて全身に結構強めの痛みが走るが、そこは根性で我慢し立ち上がりローブの少女に向き直る。どうやら強く打ち付けたのかそれとも足を挫いたのか足を押さえながら悶えている。

転んだ拍子にフードが捲れ隠れていた顔が顕になり、この少女もまたゆんゆんとはまた別方向の美少女という事が明かされる。

 

「悪いな待たせている子…え?」

 

少女に向き直り謝罪をしてからアイリの方へ向かおうと思い近付くと、彼女は足を挫いたのでも体を強く打ち付けたのでも無く。

大きめのナイフが彼女の太腿に突き刺さって居たのだ。

 

「…くっ…やはり私達をつけて来たのですね…」

 

てっきり俺が暴れて彼女がバランスを崩したと思っていたが、実際には何処からか投擲されたそのナイフが脚に突き刺さりその衝撃と痛みでバランスを崩したのだろう。

少女はナイフの刺さった太腿を押さえながらある方向を睨み付ける。

 

「えぇ、闇雲にアイリス様を探すより貴方達二人の行方を辿った方が早いと我々は判断しました…その証拠に見事あなた達はアイリス様の元へと辿り着いた」

 

彼女が声をかけると今まで気配を隠して居たのか、木々の隙間から装備を整えた兵士たちとリーダなのか銀髪のいかにも貴族といった感じの女性が姿を表した。

 

「よく言いますよ…その褒美がこれですか?」

 

少女はキッとその女性を睨みながら憎まれ口を叩く。

 

「いえいえとんでもございません、これは褒美では無く罰です。我が主人であるアイリス様に手を出した愚かな犬に対してのね」

 

話の流れからしてアイリスはアイリの事で女性の方がアイリ側の追手で、この少女が俺側の追手で間違いないようだ。

そしてゆんゆんがアイリに手を出した事に対しての報復をこの少女にしているのがこの現状だろう。

 

「何を偉そうに…先に私達に手を出したのはあなた達の王女様の方ではありませんか‼︎」

「いえいえ、先にアイリス様を誑かしたあなた方が最初です。私が長年かけて大事に面倒を見てきたのは私なのに…なのにその男はそれを横から‼︎」

 

少女はスクロールの反動なのかそれともナイフに何か仕込まれていたのか、苦しそうにもがきながら女性に喧嘩を吹っ掛ける。

 

「何を…話を聞けば貴方はカズマに助けられなければ檻の中で拘束されたままだったそうではありませんか‼︎肝心な時に貴方が役に立たないからこうしてカズマが手を焼く羽目になったのですよ‼︎」

「言わせておけばこの小娘が‼︎」

「ーーっ‼︎」

 

図星を突かれたのかそれとも言われたくない傷を抉られたのかそれとも両方か、少女の言葉に苛立ちを覚えた女性は感情に任せて横たわっている少女の腹を蹴り上げる。

 

「…何がおかしい」

 

痛みに悶えている少女だが、苦悶の表情は最初だけで途中から何かを嘲笑うかの様に笑みを浮かべながら笑っている。

 

「…これが笑わずにいられますか‼︎貴方のしている事は下の姉妹に関心を取られて構ってもらえない姉が母親の気を引きたくて必死に悪戯する様なものですよ…それとも今回の件を美談として語って褒めて貰いたかったのですか?あんな子供に?」

「…貴様‼︎」

「図星ですか?…貴方はシンフォニア家の当主と聞きま…すが、存外大した事は…無いのですね…」

 

少女は煽るだけ煽って体力を消費したのか、追い討ちをかける頃には息が途切れ途切れになってしまっている。

だが、その甲斐あって女性の方は怒りで我を忘れそうになっている。

 

「小娘…貴様を殺す事はアイリス様の手紙で禁止されているが、だからと言って何も出来ないと思うなよ」

「ぐっ…がはっ⁉︎」

 

怒りに我を忘れても大好きなご主人様の命令は背けないのか、女性は殺さないといいながも手加減はせずに横たわっている少女を蹴り飛ばす。

流石に大の女性に蹴られた少女はそのまま後方へと飛ばされ木に激突する。

 

「何のつもりだサトウカズマ…貴様が生きて居た事には驚いたが、貴様はアイリス様に手すら出すなと言われてしまっている以上あの夜のように切り捨てる事は出来ない。記憶を無くしているのであればそのこ娘の事も分かるまい。悔しいがそこで見ていれば危害は与えん」

「はっ‼︎何処までおめでたい頭をしていれば気が済むんだ?」

「…カズマ?…逃げて下さい」

「お前は黙って寝ていろ」

 

女性に喧嘩を売っていると目を覚ましたのか少女が俺に逃げるように促す。

しかし、ここで逃げれば男が廃るというものだ。掌返しよろしくこの女には生理的に苛つくものがあるのだ。

 

「ほう、貴様私に逆らうというのか?覚えては居ないとは思うが貴様は一度私に殺されかけているのだぞ?」

「だからどうした?記憶が無ければ敗戦記録はリセットだろ?」

「アイリス様を無事回収するまでは貴様は傷つけたくは無かったが仕方あるまい」

「やれるもんならや…ごふっ⁉︎」

 

カッコつけてみたのは良いものの記憶が無ければ戦えないのは変わらないらしく、あの猪戦の動きは一体何だったのかと思うほどに女性にボコボコに痛め付けられる。

 

「記憶を無くした冒険者が無力な事はよく知っている。貴様が記憶を失うきっかけになった薬は元々王都が冒険者を無力化する時に使っていったものだ、今は破棄されて変な商店で売られていると聞いたがな」

 

どうやら俺が記憶を失った元凶は薬だった様だったが、今はそんな事はどうでもいい。

なんとかこの少女を連れてアイリの元へ行き、ゆんゆんとの勝敗を確認し余裕があれば皆で一度安全な場所へ避難するしか無いだろう。

 

だが周囲は女性の部下である騎士に囲まれて逃げ場が見当たらない。

…ハッキリ言って万事休すだ。

 

「…このまま行けば私達はいずれ殺されます…ならば…せめての可能性に‼︎」

「これは⁉︎なんのつもりだ小娘!こんな事をすれば貴様もコイツも死ぬぞ‼︎」

 

どうするか地に伏せながら考えていると彼女の言葉と共に地面に魔法陣が展開されている事に気づく。

どうやら彼女が何か大掛かりな魔法をを放つ準備をしている様だ。

 

「カズマ私の元へ…例え近距離で放っても術者の近くにいればある程度は安全です…」

「早まるな小娘‼︎」

 

どうやら少女は一か八かの賭けに出た様でここら一体を爆発させるようだ。

 

「面白い賭けだ乗った‼︎」

 

残った体力で彼女の元へ駆け抜ける。

 

「エクスプロ…え?」

「お兄様‼︎」

 

彼女の魔力が臨界点に達した所で、何者かがこの場に現れた為少女の魔法の掛け声が止まる。

 

「…アイリ?」

 

突然の来訪者はアイリだった。

彼女は戦闘で負傷しているのか全身ボロボロで服には血が滲んでおり体力はほぼ尽きているのか肩で息をしている。

そして、剣を持っている方とは反対の手で何故か満身創痍のゆんゆんを掴んで引きずっている、表情を確認すると虚な瞳をしながら何かをぶつぶつ呟いているので死んだ訳ではなさそうだ。多分俺と彼女で人質交換するつもりだったのだろう。

 

「あぁ…アイリス様…再び会えて光栄です…怪我をされているのですか⁉︎」

 

さっきとは打って変わって気持ちが悪いほどに女性はアイリに付き纏いながら戦闘で負った怪我を心配する。

 

「クレア…貴方も追いかけて来たのですね…」

「ええ‼︎勿論でございます‼︎アイリス様のためであれば例え火の中水の中…」

「そんな事はいいです‼︎何故お兄様が怪我をされているのですか‼︎」

「それは…」

「私は例え何があっても手を出すなと書いたはずですよ‼︎」

「申し訳ありませんアイリス様…ですがその男はアイリス様を…」

「もう良いです、クレア…シンフォニア家は今日をもって改易します。今まで王都に尽くして頂いたので今までの事は目を瞑って来ましたが流石に今回の件は度が過ぎます」

「そんな…考え直して下さいアイリス様‼︎私はアイリス様の為を思…」

 

その瞬間女性の横を斬撃が素通りする。

これはアイリなりの警告だ。

本来であれば動くのがやっとな程に弱っており多分俺でも今のアイリなら組み伏せられる程だが彼女なりの意地が今の彼女を限界以上に動かしているのだろう。

 

「そうですか…それは残念です」

「では早くその兵士を…ぐっ」

 

あまりのショックに女性は項垂れていたが、それは彼女に気を逸らす動きで、気付けば何処かでみたことのある剣を取り出して空を斬り何をしているかと思った瞬間にアイリは膝から崩れ落ちた。

 

「何のつもりですか…クレア」

「安心して下さい峰打ちです…やはりアイリス様貴方は変わられてしまった…それも悪い方向に…」

 

女性の目はいつぞやのアイリよりも澱み、まるで御伽噺で出てくる悪魔を彷彿とさせた。

 

「これはあまり使いたくはありませんが…」

 

女性はそう言いながら薬を取り出す。その薬はアイリの部屋で見た事があったがそれよりも純度が高いのか澄んだ色をしていた。

 

「やめなさいクレア…」

「大丈夫です…また一からやり直しましょう…」

「止めろ‼︎」

 

効果不明の薬を飲ませようとするクレアに体当たりをかまそうとするが、それは叶わず蹴り飛ばされる。

 

「邪魔をするな…お前に危害は…そうだな…」

 

突撃する俺を蹴り飛ばし俺に危害は加えるつもりは無いと言いかけた所で彼女は暗黒の笑みを浮かべた。

 

「折角だアイリス様の前で貴様を処刑してやる」

「やめて下さいクレア‼︎お兄様…お兄様だけは‼︎」

「…くっ‼︎」

 

アイリスの静止も虚しく転がった俺はあっという間に女性に押さえつけられ首元に剣を突きつけられる。

 

「今度は仕留め損なわぬよう直接首を切り落としてやろう」

 

万事休す、全員が満身創痍の状態で逃れる術などは…無い。

流石にこれは無理だと思いながら目を瞑り死を覚悟する。

 

「さらばだサトウカズマ、貴様がアイリス様を思う気持ちだけは尊敬するぞ」

「クソったれが‼︎」

 

これで俺の人生も終わりかと思い再び覚悟を決める。

 

「テレポート‼︎」

「何⁉︎」

 

剣が振り上げられたタイミングで満員創痍だったゆんゆんが起き上がり俺達に転移魔法を掛け俺達の足元に魔法陣が敷かれ光に包まれる。

どうやら何か呟いていたのは呪言では無く魔法の詠唱だったようだ。

 

テレポートは1日にそうそう使えるものでは無いはずだが、転移魔法の光に包まれる最中に彼女の周囲の草木が枯れている事に気づく、多分詠唱を弄って周囲の植物からも魔力を集めたのだろう。

 

「やられたか…だがサトウカズマ‼︎貴様は逃すか」

「しまっ‼︎」

 

転移の最中に空間は断離されるので俺に傷をつける事は出来ないが、それでも悪あがきなのか女性…クレアは俺の足元の魔法陣を切り付けた。

 

 

転移の魔法は一度発動すれば例え魔法陣を破壊されてもキャンセルすることできない。

これはボツリヌス菌を煮沸消毒して殺しても吐き出された毒素は他の菌の毒素のように消えずに残り続けると言った物だろう。

 

だが彼女が斬ったのは転移先を記している場所でこれは転移する3人の内の俺だけ違う場所へ飛ばされる事を指すのであろう事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

妨害転移された俺は何処かの山の草むらに突っ込みそのまま斜面を転がりながらも山道でようやく止まる。

窮地を逃れたが、それはそれで新しい困難が生まれてしまう。まさに一難去ってまた一難だろう。

 

二人は無事だとして、アイリをどうするかと、痛みで動けないので地面に寝そべりながら記憶の整理をしようとする。

 

「そんな所で転がってどうしたのかしら坊や?」

「え?」

 

考え事をしていると偶然俺が寝転んでいる道を通って来たのか赤髪の女性に不審そうに声をかけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




しばらく休むかもしれません


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赤髪の悪魔1

遅くなりました、誤字脱字の訂正ありがとうございます。


「はぁ…次は私の番ってことね…」

「…?」

 

赤髪のお姉さんは俺の顔を見るなり少し呆れたような顔をしながら額に手を当てる。それはまるでPTAの役員の順番が回って来た母親の様なそんな感じだった。

 

「それであなたは何故こんな所で寝っ転がっているのかしら?」

 

まるで見たくも無い現実に直面し、それでもそれを受け入れるように俺の事を二度見すると覚悟を決めたのか話しかけてくる。

 

「へーそうなの、あなた記憶が無いのね」

「そうなんですよ」

「それじゃあ自分の名前もわからない感じかしら?」

「いえ、多分ですがサトウカズマと言う名前があるかと思います、自分の知り合いがそう言ってたので確証はありませんが」

「へぇ」

 

 

彼女は道端に転がっている俺に手を差し出し、俺はその手を取り起き上がると何故かそのまま彼女の後をついていく流れになり、俺は傷ついた体を無理やり動かしながらも自分の状況を大分ぼかしながら説明する。

 

向かっているのは一体何処なのだだろうか?

坂道を登っていることから多分山道である事は確かだが、気温や周囲の植物虫から見て村で見たものに近いので多分そこまで遠くに行っているわけでは無いようだ。

 

「あの…これってどこに向かっているんですかね?」

「私の目的地?それはついたら分かるわよ」

 

シーと口元に指を立て悪戯っぽく彼女は笑いながらそう言った。

 

突然出会った俺を拾ってくれたのはありがたかったが、彼女の目的が分からないと俺の計画も立て辛い。

幸いにも実力はかなり高い様で、道中で出会う魔物達を魔法で一捻りしてしまう程のものなのでもしかしたら有名なウィザードなのかもしれない。

 

「お姉さんは名前は何て言うのですか?」

「私の名前?そうね…まあ名乗るほどじゃ無いからそのままお姉さんでいいわ」

「じゃあ姐さんで」

「どこのヤクザかしら…」

 

何か気の強いお姉さんの様な感じがしたので、任侠ものに出てくる女将みたいな感じの呼び方をした所少し嫌そうな顔をされたが呼んではいけないとは言われなかったのでこれで通そうかと思う。

 

「それで姐さん、結構魔法の腕がいいみたいですけど冒険者かなんかですか?」

「そうね…そういう感じかしらね」

 

何を質問しても何か腑に落ちない様な解答ばかりしてくるが、それでも何故か煩いなどの拒絶が無いので質問を続ける。

まあ相手を知ることがコミュニケーションの第一歩と誰かが言っていた気がしていたが、深入りすればする程相手に飲まれる危険性があるので注意したいところだ

 

 

 

 

 

 

「ほら着いたわよ」

「ここは…」

 

歩くこと数時間、全身の痛みは未だに癒え切らないがそれでもある程度落ち着いてきたタイミングで彼女の目的地に辿り着く。

場所は周囲に下の景色が見るので恐らく山頂であろう事はわかるが、その景色を占めるものの殆どが木々だったので結局ここは何処なのかまでは分からなかった。

 

そして彼女の指差した場所には山小屋がポツンと建っており、周囲には何か煙が立ち込めていた。

一瞬火事かと勘繰ってみたが、煙が白い事と周囲に卵が腐った様な匂いがする事からして多分火事では無い。

 

「ここはあまり知られてはいないけど、その道の人達からは有名な露天風呂よ」

「何だそれは…」

 

結果として秘湯なのか名泉なのかよく分からない説明がされたわけだが、そんな事は今はどうでもいい事だ。

 

「あなたの傷を癒すには丁度いいのでないかしら?効能に治癒促進の文言があるわ」

「そ、そうだな…確かに全身傷だらけのままじゃ見栄えが悪いからな」

 

全身の痛みがいまだに癒えていない現状を打破してくれるのは有り難いが、これが何かの罠では無いかと勘繰ってしまう。

しかし、これから何をするにも今は肉体を回復させなくてはいけないと判断し、ここは彼女に従っておくのが正解だと思いそのまま後に着いていくことにした。

 

「え?一緒に入るんですか?」

「まあそうね、あなたが入っている間待つのは退屈だからね」

 

小屋の規模的に温泉は男女別に区切れるほどの規模はないだろうと思い、先に入るか姐さんに先に入って貰うか確認を取ると俺の事を男と認識していなかったのかさも当然の様に一緒に入る流れとなった。

マジか…と思いながらも内心美女と一緒に入れるのかと思いワクワクしていたが、謎の後ろめたさに冷や汗をかいている自分に気づく。

 

「それじゃあ、先に待っているわ」

「あ、はい」

 

小屋の中に入ると無人の癖に男女別の更衣室が申し訳なさ程度の規模で設置されており、今までの緊張感とは何だったのかと思いながら着替えを済ませ奥の扉を開ける。

 

扉を開けると本来は許されないがバスタオルで全身を包んだ姐さんが温泉の端で寛いでいた。

 

「そんな所で突っ立ってないで、あなたも早く入りなさいよ」

「…はいそうですね」

 

乳白色の湯船に浮かぶ二つの何かに見惚れていると、姐さんはその邪な視線に気付いたのか呆れた様にため息を吐き俺に早く入る様に促した。

渋々湯船に足を入れ熱さに慣れ切らないうちに全身を湯船に入れ、その温度差に戦慄する。

 

「それで記憶は戻りそう?」

「…いえ、ただ傷は癒えてきました」

 

湯船に体を沈めるとまるで回復スポットに入ったかの様に傷口や痣が引いていき、最終的には疼いていた痛みまでもが修復された。

そして緊張のせいか姐さんの方を向けないので視線を逸らすと、まるで悪戯をする少年のような表情で俺の隣まで近づき顔を近づけながらそう言った。

 

「そうそれは残念だったわね、それにしてもあなたの反応中々に面白いわね。想像と違ってウブだから面白くなっちゃた」

「勘弁してくださいよ…」

 

近距離で俺の頬をつ突き、くすくすと笑う彼女を横目に思春期の男子を弄ぶんじゃねえと心の中で抗議しながら話を再開させる。

 

「それで姐さんは温泉に入るためにわざわざこんな所まできたんですか?」

「そうね、こうして色んな場所の温泉を楽しむのが趣味なのかもしれないわね」

「そうですか、それじゃあいろんな場所に行かれているって事ですね」

「ええ、色々なところへ行ったわ」

 

謎の温泉トークを繰り広げながら姐さんについて色々と探る。

視線はあくまで彼女の顔を見続ける…いや下を向いたら多分もうどうにかなってしまうかもしれないので理性で押さえつける。

 

「話を聞いていて思ったんですけど、体を治す系の効能が多いですね。何か患ってたりするんですか?」

「あら?あの会話でそこまで察したのね。私の半身が行方不明でね、その影響か少し調子が悪いのよ」

「半身?生き別れの姉妹とかですか?」

「違うわよ、そうね…簡単に言うなら相棒みたいなものね。黒猫みたいな感じの見た目をしていて今も何処かに居るはずだけれど」

「その影響で体調が悪いんですか?」

「そういう事よ、以前は紅魔の里とか言う頭のおかしな人たちの住んでいる所に封印されていたんだけど、いざ迎えに行ったら居なくてね…今は何処に居るのやら」

「大変なんですね…」

 

彼女もきっとその半身がいない事で何かしらのデバフみたいのがかかってしまっているのだろう。

ため息を吐きながら遠い目をする姐さんに人間色々あるんだなと思いながら俺も遠い目をしながら考えを巡らす。

 

巡らすと言っても現状の確認でしかないが。

とりあえずゆんゆん達は無事だろう。彼女の事だから多分こうなる事を想定して医療の充実している場所をテレポート先に指定して飛んでいる事はわかる。怪力の少女もまた同じだろう。

 

問題はアイリだ。

彼女が俺の妹で無かった事は髪の色等々で語るまでもないがクレアと言う貴族に捕まったと考えると、おいそれと時間を潰している場合ではない事は明白だ。

あの貴族の行動を考えるとあの部屋にあった物と同じ薬を無理やり飲まされている事は確実だろう。

俺の考えだが、ゆんゆんの言葉と状況を考えれば部屋にあった薬の一つはアイリの髪と目の色を変えるもので、もう一つは俺の記憶を消す物だろう事が推測できる。

 

であれば今のアイリは俺の様に記憶を消されている可能性が高い。

あの貴族の行動と性格からして記憶を失ったアイリはクレアによって自分に都合が良い様に記憶を植え付けられているのは火を見るよりも明らかで、それに伴い彼女を利用して周囲の環境も変えられている可能性も高い。

 

だが、仮にそれがわかっても今の俺にできる事が思いつかない。仮にあったとしても結局ゆんゆん達と合流する事が唯一の道筋だろう。

それに何をするにもまずは記憶を取り戻すのが先決だ。

 

だが、どうすれば記憶を取り戻せるのだろうか…

    

「あの姐さん?」

「急に思い詰めた様に黙ったかと思ったら今度はどうしたのかしら?」

「記憶ってどうやったら戻りますかね…」

 

 

 

 

 

 

 

「成る程…そんな事があったの…色々苦労した様な感じはあったけどそこまでだったのね…」

「そうですね…はい」

 

あれから観念して記憶を失ってから今までの事を全てを話した。

俺が話している間、姐さんは俺の話を疑う事はせずに真剣に聞いてくれたが、ここまで俺に対して積極的だとかえって不安になる。

 

「何かしてあげたい気持ちはあるけど、今の私にあなたの記憶を戻す術はないわ」

「ですよね…」

 

俺の話を聞き、それを理解しての判断だったのだろう。彼女は俺の話を聞き終わると申し訳なさそうにそう言った。

 

「ただ、少ない可能性に命を賭けれるのであれば、あなたの問題を解決する方法は無くは無いわね」

「え?」

 

ポツリと彼女は言うべきかどうか悩んだ末に、聞こえるか聞こえないくらいの音量でそう言った。

 

「これからいく場所は一度見たらもう戻れなくなるかもしれない上にあなたの記憶が戻る保証はない、それでも行くのであれば紹介してあげるわよ」

「それは…」

 

彼女が出した条件、それは俺が潜ってきたであろう修羅場の話を聞いても尚危険だと言うのでれば相当なレベルの物である事が予想できる。

そしてそれは彼女が恐ろしい程の気配を纏っている事がその裏付となる。

 

「このまま行けば私は私の半身を探す旅に戻るのに反対の方へ行かないといけないから早く決めて欲しいんだけど」

「…少しだけ待ってください」

「良いわよ、少しだけね」

 

彼女から許可を貰い、考えをまとめる。

仮に彼女からの申し出を断ったとすると俺はこの先彼女について行くか一人でこの山を降りなくては行けなくなる。

彼女に着いていけば何処かしらに行ける可能性があるが、かえってゆんゆん達の元から離れてしまう危険がある。

そして一人で下山したとして遭難してしまうリスクも存在する。丸腰の状態で遭難しようものなら野生の魔物の餌になって終了だろう。

 

かと言って申し出を受ければ俺の命が危険に晒される。見たら戻れなくなると彼女は言っていたので多分聞いてもそれは教えてもらえないのだろう事は言うまでもない。

 

…なら。

 

「分かりました、姐さんの案に乗ってみようかと思います」

「…そう」

 

姐さんは自分で言っておいて何してんだろうと思っていそうな表情で俺の要望を聞き届けると、そのまま踵を返して進み始める。

 

「着いてきなさい、ここからはあまり遠くはないからすぐに着くわよ」

「はい」

 

少し早く歩いていく彼女を追いかけながら俺達は山を降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたわ、ここが入り口」

「え?ここがですか?てっきりもっとちゃんとした所かと思っていたんですけど」

 

着いていった先は先程までいた所と同じ様な山奥で、彼女は草木を払い除けながら何処かの崖下にたどり着きそこで大きな岩を見つけると、壁と岩の隙間まで伝う様に進んで壁と岩の隙間を指差した。

彼女に促されながらその隙間を覗くと何処かに続いているのか細い通路のようなものが見える。

 

「私たちの界隈なんてそんなものよ、さあ入りなさい」

「良いですけど大丈夫なんですか?」

「ええ、大丈夫よ。…今の所は」

「え…」

 

隙間に体を滑り込ませながらその隠し通路のような道を進んでいく。

 

「この道はある場所に繋がっている道の一つよ」

「へーそうなんですか。と言うことは他にも道があるって事ですか?」

「そうね、ただ他の通路はもっと綺麗ね」

「…そうですか」

「まあ仕方ないといえば仕方がないのよ」

「何かあったんですか?」

「いえ特に何もないのだけれど…そうね、ここは人間の街にある施設を模して作られた施設みたいなものだから細部はあやふやなのよ」

「そうなんですか」

 

そんなこんな話ながら狭い通路を進んでいく、通路はしばらく人が通っていなかったのか所々カビの様なものが生えたり動物の死骸などが散らばっている。

 

「着いたわね、ここが目的の場所よ」

「ここがですか?俺には行き止まりにしか見えませんけど?」

 

促されるままついた場所は簡単に説明すると行き止まりで、周囲には特徴的な模様があるだけだった。

 

「そうね、このままだとここはただの行き止まりね」

「冗談きついですよ…ここで俺を殺す気ですか?」

「ふふっ…だとしたら」

「くっ嵌められたのか!」

 

彼女の答えに対して咄嗟に距離をとるが、先頭を進んでいたので後方には壁があり勢いそのまま壁に激突する。

どうやら温泉に案内して俺の傷を治して信用して油断した所で俺を殺す算段だったのだろう。彼女とは多分記憶を失う前に因縁か何かがあってその精算をしにわざわざここまで案内したのだろう。

さっきのあの悲しそうな表情は俺を殺すことに迷いがあって選択肢を出したが結果として、俺が自身を殺す方向に俺が選択してしまった事を悲しんだのだろうか?

ならばそこから入り込む余地が…

 

「ぷっ…あははははぁーーっ‼︎」

「え?」

 

ここからどう交渉しようか考えていると何がおかしいのか彼女は腹を抱えて笑い始めた。

 

「ごめんなさい、少しからかっただけよ。あなたを殺す気なんて微塵もないわ」

「紛らわしいわ‼︎」

 

突然笑い出した彼女に俺があっけらかんにしていると、彼女は笑いを抑えながら調子に乗って悪ノリした事を謝罪した。

どうやら俺があまりにも本気で殺されると思っていた表情をしていたのでついやってしまったと説明を受けるが、俺自身ふざけるのは大概にしてほしいと抗議するのだった。

 

 

 

 

 

「それで?この行き止まりは何をすれば進むんですか?」

「それはこの模様を見ればわかる様に、転移魔法の術式が刻まれているから私が魔力を流せば指定された場所へいく事ができるわ」

「…そう言う事ですか」

「まあ私くらいになればテレポートで行けるのだけれども、あまり使いたくないのよね」

「えぇ…」

 

どうやらここが本当の目当ての場所ではなく、ここから目的の場所へと向かう中継地点だったらしい。

確かに周囲の壁の模様を詳しく見てみるとゆんゆんが俺を飛ばす際に展開した魔法陣の構成によく似ていた。

 

「その前に渡しておくものがあるわ」

「何ですか?」

 

魔法陣を展開する前に俺にしておかなければいけない事がある様で、彼女は腰に付けられた小物入れからワッペンの様なものを俺に差し出した。

 

「これは私の奴隷につける刻印が書かれたシールみたいなものね」

「これをつければいいんですか?」

「そうね、ここからいく先はただの人間がうろつくには危険がすぎるわ、だからこの刻印を貼り付けておけばあなたは一時的ではあるけど私の奴隷として振る舞えるわ」

「そうなんですか…でも奴隷って危なくないですか?」

「そうね…あなたは知らないと思うけど人を奴隷にするには結構面倒な儀式があるのよ、まあそれ以上に色々メリットもあるのだけれども…だからこれはあくまで印としての効果しかないから安心してちょうだい」

「えぇ…奴隷にも色々あるんですね」

 

奴隷という言葉を聞いて頭にアイリよりも少し小さい女の子の像が浮かんできたが、これは一体誰なのだろうか?

ともかく彼女からシールの様な物を受け取ると服を捲り、即腹部にデザインが描かれている面の紙を押し付けその上から水を掛ける。

 

馴染んだところで紙を捲るとあら不思議、紙に書かれているデザインが俺の腹に映っているではありませんか。

本来であればこう言ったペイント系は擦れて消えてしまうがインクに魔力を込めているらしく暫くは何をしても消えないようだ。

 

「これで貴方は私のものね」

「…何か嫌な言い方ですね」

 

先程からからかわれ過ぎているせいか、少しイラッとして来たので悪態をつくことにしてみる。

 

「ふふふ…少し貴方らしくなってきたんじゃない?」

「え?」

 

薄く微笑む彼女に少し不気味さを覚えるが、そんな事を考えている間に彼女が模様に魔力を注ぎ終わったのか転移の魔法が起動した。

 

 

 

 

辿り着いたのはまた別の空間で、周囲には同じ様な模様が描かれている所から多分帰りもここを使えば同じ場所へ戻ってこれる事が窺える。

そして周囲からは先ほどのまでは無かった歓声の様な声が聞こえてきた。

 

「行くわ、ここでは私の後ろを歩かないと変な正義感を持った奴に痛い目に遭わされるわよ」

「そうですか」

 

そう、ここで俺はあくまで姐さんの奴隷なので主人の前を歩こうものなら例え姐さんが許しても、他の奴隷への示しがつかない為、最悪、他の飼い主に殺されてしまう危険性があるのだ。

なのでここは彼女に従って後ろを着いていくことにする。

 

一体この場所では何が行われているのだろうか?

…まあ周囲の喧騒から大体予想がつくが。

 

 

 

 

 

姐さんに案内されるがまま進んでいくと少し広い円形の部屋に着き、壁を見ると同じ様な部屋がいくつもあるのかいくつもの通路が見える。

そしてその集合した部屋を抜けると他にも同じ部屋があるのかさらに円形の部屋に出て、それをいくつか繰り返してようやく転移部屋から出る事になる。

 

あまりの部屋の多さに俺の知らない通路がこの世界に蔓延っているんだなと、記憶がないながらに実感した。

もしかして来たことあるんじゃないかと思ったりもしたが、わざわざ奴隷のふりまでしないといけない所を見るに多分ないだろうと思う。

 

「着いたわよ、ここが目当ての場所地下闘技場よ」

「地下闘技場?ここって地下なんですか?」

「さあ、そこまでは流石の私でも知らないわよ」

 

幾たびの部屋と通路を抜けてようやく開けた場所に出ると、そこは円状の広場を囲むの観客席の最後席のようで周囲には人間の様な姿をした獣達が広場に向かって大声を上げている。

どうやら魔物にも知能を持つものが居るらしく、そいつらがこの観客席を埋めている。

 

そして円状の広場では人間と獣が戦いをしており、上の掲示板には人間と獣の写真が描かれオッズなのだろうか小数点を含んだ数字が書かれている。

どうやら獣と人間を戦わせてその勝者を予想するというものらしい。

 

「凄いな…あんな狭いスペースなのに地獄が出来上がってるよ」

「そうね…まあ貴方達人間が作った施設をそのまま真似したとオーナーが言っていたから、発祥は多分貴方達よ」

「えぇ…マジかよ」

 

どうやらこの施設は元は俺たち人間が作ったものを模倣して魔物達で運営しているらしい。

という事は、反対に俺たち人間の住んでいるあろう何処かの居住区にも同じ様なものがあるということになり、そこでは多分人と人同士が戦わされているのだろう。

 

もしかしたらそのオーナーに協力してもらえればその人が運営するであろう裏闘技場に繋がるゲートを教えてもらえるかもしれない。

そこでは多分ここと同じ様にいくつもの転移装置があってもしかしたらそこからゆんゆんの元へ帰れるかもしれない。

 

だが、ここのオーナーが協力的でかつ人サイドの闘技場が俺の想像通りであるなど数々の奇跡が連続して起きなければ難しい話だ。

 

「あなた今考えているわね…」

「…そうですけど、それは姐さんが試合を見ていて暇だったからですよ。こっちはどうやって記憶を戻すのか説明されていないので推測するしかないじゃないですか」

「そうね、言われてみれば説明していなかったわね…お詫びに貴方が推測した事を当ててみようかしら?」

「え?」

 

ポンと俺の肩の上に手を乗せながら妖艶な笑みを浮かべながら彼女は俺の思考を見通すように説明し始めた。

 

「あなたは私があなたの記憶をどう戻すかを考えてはいないわ、その代わりここからどうやってお仲間がいる場所へ行こうか考えている」

「何…だと⁉︎」

 

彼女の発言に背筋に緊張が走る。

 

「私の話を聞いてここがモデルとなった場所とここが繋がっていると推測して、そこからあなたの仲間のいる場所へここに来た様に転移しようという考えね」

「…そこまでわかるんですか?」

 

彼女の完璧な推理に唖然とし、完敗と言わんばかりに答え合わせを求める。

 

「はぁ…そうね、分かるというよりかはそう言う考えになる様にあなたに情報を渡したと言った方がいいかしら?あなた色々考える癖がある様だから考えを誘導されないように気をつけた方がいいわよ」

「そうですか…」

 

どうやら俺の行動と言うか癖を見抜かれ尚且つそこにつけ込まれていたようで、悔しい様な焦る様な何とも言えない様な感覚に支配される。

 

「けどここまで分かれば私の言いたい事もわかるんじゃない?」

「ここで戦って結果を残しオーナーから信頼を得てその通路へと案内して貰うって事ですか?」

「そういうことよ」

「え?でもそれだと記憶は戻らないんじゃ?」

「…そうね、私はあなたの問題を解決できるとは言ったけど記憶を戻せるとは一言も言ってないわよ」

「何…だと⁉︎」

 

果たして俺は無事に彼女達の元へ戻れるのだろうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ウォルバク編は色々あって急遽話を作り直したので少し違和感が多いかもしれません…
あと暫く忙しいので不定期更新です…


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赤髪の悪魔2

遅くなりました誤字脱字の訂正ありがとうございます。
先ほど書き終わったので名称が前後で違ったりしますm(_ _)m


「今回の試合はこの大会には珍しく人間の青年が出場することとなりました‼︎本来であれば人間がこの大会に参加する事はないのですが、今回はスカーレット様の紹介により特別枠としての参戦です!」

 

あれから俺は姐さんに促されるままに大会の手続きを済ませ、気づけばリングの上へと立たされている。

リングと言っても地面を円錐状に掘って作られた空間に柵のついた階段が設置されているだけの簡易的な物だが、参加者が簡単に逃げ出さない構造としては最も単純で効果的な構造だろう。

少し視線を上に上げれば俺の居る空間を包み込むように設置された観客席から喧騒が聞こえてくる。

 

放送で呼ばれていたスカーレットは姐さんが現役の時に名乗っていたリングネームだそうで、訳がわからないが姐さんはウィザードでありながらもそれなりに名の通ったファイターだった様だ。

…まあこの試合自体なんでもアリらしいので魔法を使っても問題は無いらしいが。

 

ちなみに俺のリングネームはシュガーらしい。

俺の名前をそのまま公表するには色々不便があるそうなので、姐さんが俺の苗字を捩ってつけてくれたらしい。

 

「私の顔に泥を塗るんじゃ無いわよ」

「へいへい…分かりましたよ」

 

観客席の最前列と言うか俺の真後ろで俺の背中を眺めているであろう姐さんから激励の言葉を貰う。確かに俺が参加した時の口上に名前が出てしまっている以上初戦で負ければその名前に泥を塗ってしまうことになる。

 

「へぇ、人間の小僧が相手か?これは初戦は貰ったな‼︎」

 

そして俺の正面に居るのは俺よりもだいぶ小さい小鬼だ。

確かに体躯だけ見れば圧倒的に俺が有利だが、それはあくまで同じ種族同じ人種だった場合の話でこいつらは俺とは違い魔物に分類される。

構造が違う以上細い腕だとしてもただの人間を捻り潰すのは簡単だろう。人間と魔物ではそれくらいの差があると誰かが言っていたのを思い出す。例外として身体能力を鍛えている冒険者等々があるが、自身がその分類に入る人間かどうかを確かめる術は今は無い。

 

姐さん曰くあの子鬼は小手調べらしく、この小鬼くらいに負ける様では話にすらならないようだ。

 

「いいか人間、この大会はな準決勝戦になるまでは相手を殺すか降参を相手が認めるまで続くんだ、意味がわかるか?お前が降参してそれを俺が認めるまではこの戦いは終わらないってわけだ」

「そうなのか?…いやそんなこと言ってた気がするな?」

「だがよ、俺は優しい奴だから今降参すれば何も危害を加えないで終わらせてやるよ。まあお前の飼い主には呆れらるがな‼︎」

 

ガハハハと小鬼は笑いながら俺を挑発する。

まあ煽っているのか本当は優しくてその言い方が照れ隠しなのかは不明だが、言葉だけ聞くと本当に恐ろしいルールの大会に足を踏み入れてしまったみたいだ。

 

「悪いけどご主人がああ言っているから降参は無いかな、気遣い感謝するよ」

「けっそうかよ」

 

小鬼は皮肉を好意で返された事に面食らったのか少し悔しそうにそう言うと審判の方へと何か合図すると、それを試合準備の完了を捉えたのか審判が俺に目線を向ける。

どうやら俺からも準備完了の合図を送らなければいけないようで、特に何かする事もないので合図を返す。

 

「お互い準備完了なので試合開始‼︎」

 

やはり初戦という事もあるのと両者ともに名を馳せていない事もあってかかなりざっくばらんに試合開始の合図が済まされ戦いの火蓋がきられた。

 

「それじゃあ悪いけど死ねや‼︎」

 

人間相手に警戒などしないと言うかのように飛び掛かる小鬼の攻撃を側方に飛んで躱し、その際に小鬼の腕を掴み肘を支点にしそのまま後方へと倒す。

 

「何⁉︎」

 

まるでお決まりの言葉のように小鬼は驚愕の声をあげるが、そんな事は気にせずに体を小鬼の後方へと回し倒れてきた背中に膝蹴りを放つ。

やはりモンスターと言っても小鬼の為骨の耐久値は低かったようで俺の膝から小鬼の背骨が折れる音が響いてくる。

 

「グガガガガガ…」

 

蹴りを放ち、背骨を折られた痛みで悶え苦しみながら地面をのたうち回っている。

体の感覚に任せて動いてみたが、やはり記憶がなくても雑魚相手ならある程度のことは動いてくれる様だ。あの時動かなかったのはやはり恐怖心が原因だったのだろうか?

 

「どうする降参する?」

「この…クソガキが‼︎この俺を馬鹿にしてんのか‼︎」

 

のたうち回る小鬼の顔面の前でしゃがみ顔を覗き込みながら慈悲を返すようにそう言うと、それを不快に感じたのか小鬼は逆上しながら俺の事を睨みつけながら怒鳴った。

足が完全に動いていないので多分脊髄を痛めてしまったのだろう。

 

「そうかよ」

 

この試合は相手が降参し俺がその降参を受け入れなければ終了しないと小鬼が言っており、審判はそれを否定しなかった。そして小鬼に降参を促したが帰って来たのは暴言の類の言葉。

こうなってしまった以上この試合を終わらせる方法は一つしかない。

 

我ながら躊躇いもなくこんな冷徹な判断を下して実行するなんてビックリだが、もしかして記憶を失う前の俺は非情な人間だったのだろうか?

取り敢えず倒れて悶えている小鬼の頭に足を乗せる。

 

「なあ、今からでも遅くないから降参しないか?お前からしたら冗談の一つだったかもしれないけど最初に俺の命を気遣ってくれたのはお前だけだったからさ」

 

正直記憶がないので命の奪い合いした回数はほとんど無いので出まかせ行ってみたが、嘘を言っていないという事情が後ろめたさを無くしたのか予想以上にスラスラと言葉が出てくる。

そしてこれが出まかせで無い事を証明する様に徐々に力を入れていき、放っておけば本当に頭蓋骨が砕ける程の計算で挑む。

 

「なあ、あんたにも色々あってこの大会に参加したんだろ?今回は降参して次の大会で頑張れよ、今からでも遅くは無いんじゃないか?」

 

徐々に足の力を上げていく

 

「なあ、このままだと死んじまうぞ?」

「人間風情が俺を憐れむな‼︎だったらお前が降参すればいいだろ…この俺がこんなガキ相手に、油断しちまったから…」

「確かに‼︎…じゃなかった。お前にも家族とかいるだろ?大切なひとを放ってこんな所でのたれ死んでもいいのか?お前が死んで困る人が居るんじゃ無いのか?」

「止めろクソガキがァァァァァァァァァァァァァァーっ‼︎知った風な口をきいてんじゃあないぞォォォォォォォォォォォーーっ‼︎」

 

「そうかよ」

 

何の躊躇いもなく小鬼の頭を踏み潰し、周囲に脳漿を飛び散らせながら小鬼の命を絶った。

 

そして我ながら何やってんだろうなと、まるでせっかくの休日を携帯を弄っているだけで終わらせてしまったサラリーマンの後悔みたいな、なんとも言えない罪悪感に襲われる。

だが、この残酷な殺し方は周囲の観客からしたらパフォーマンスのように見えたようで、周囲からは俺を評価するような声援が聞こえてくる。

 

やっぱりこんな大会を観戦しに来るだけあってみんな歪んでんな、と思いながら靴の汚れを地面に擦り付けると控室へと戻る。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりあなた性格が悪いんじゃ無いの?」

「…やっぱりそう思います?」

 

控室に戻ると片手で頭を抱えた姐さんが溜息を吐きながら迎えてくれた。

周囲には控室なだけあってこの大会に参加する選手らが待機しており、中には恐ろしい程の殺気を放っている者も混じっている。

 

大会はトーナメント方式で展開され、試合が進むにつれてこの控室にいる選手の数が減っていく流れになるのだろう。

今回は相手が弱かったので怪我をしなかったが、これから先強力な相手が現れれば怪我をせずに勝ち抜くのは難しいだろう。

 

「姐さん、怪我した場合はどうすればいいんですか?救護班とか居るんですか?」

「それに関しては安心して頂戴、ここの救護班はそこら辺のアークプリーストよりも腕が立つわ。まあ準決勝まで勝ち上がらないとかなりの金額を取られるのだけれどね」

「そうなんですか」

 

どうやら医療機関は存在するようだったが、それはあくまで準決勝まで勝ち進んだ者で多分試合を見物する上で互いに死力を尽くせる様に配慮されたものだろう。

あの姐さんがわざわざ値段をの後した所を見ると相当な金額を取られるのだろう。

 

「あら?随分と懐かしい顔が居るじゃない」

「ん?」

 

姐さんとルールについて確認していると、後ろから俺たちの事を知っているのかまるで偶然旧友会ったようなテンションで誰かが話しかけてくる。

 

「誰だあんた?」

「もう、忘れちゃったの?私よ私、スワティナーゼよ。貴方と前に貞操を掛けて戦ったじゃない」

「え?誰?」

 

話しかけてきた人物の正体は全く身の覚えのない巨大な人形モンスターだった。

型は人型だが全長は俺を優に肥えておりその肉体は恐ろしいくらいに筋肉質で頭には角を生やし鼻は動物のそれである、そして片目は誰かに潰されたのか眼帯で覆われている。まあ要するに筋肉モリモリのムキムキマッチョマンの変態という事だ。

 

…いや多分オークだろう。記憶はないので正しい判断は出来ないが俺の頭にある知識がそれを物語った。

 

「あら、あんなに情熱的な交わりを交わしたのに忘れちゃったのかしら?」

「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ‼︎」

 

手を組みそれを顔面に持っていくとオークは体をくねらせながらぶりっ子のようにそう振る舞った。

正直言って気持ち悪いが、残された隻眼から放たれる闘志が俺の精神に重圧を掛けている。

 

「まあ、あれだよ。今記憶を無くしているからあんたの事を覚えていないんだ、悪いな」

「…え?そうなの?それは残念ね、私としてはあの時の続きをしたかったのだけれども…」

 

俺が記憶を失っている事を伝えると、オークは悲しそうな表情を浮かべながら目を細めた。

きっと俺が記憶を失う前は互いに技術を磨きあったライバルか、敵対する組織のメンバーか何かだったのだろうか?真相は忘却の彼方だがあのガッカリとした表情を見るに記憶を失う前の俺と何かあったのだろう。

 

何だか少し悪い事したなと思うが、何故か心の奥底からあのオークを拒絶しているようなそんな気がしてくる。

 

「まあでも何も知らない貴方を再び染め上げるって言うのも悪くないわね‼︎本当は貴方と当たるまでは我慢だと思っていたけど個室までお持ち帰るわ‼︎」

 

急に興奮し出したと思ったら目にも見えない速さで俺の肩を掴もうと手が伸びてくる。

まさかここで手を出してくるとは思っていなかった為か反応が遅れ奴の伸びてくる手に対応ができずに相手の間合に入ってしまう。

 

「え?」

「止めときな、この子に何か因縁があるかは分からないけどそれだったら少し待って試合ですればいいでしょ?」

「あら…貴方は」

 

オークに掴み掛かれる瞬間に姐さんはオークを超える速度で奴の腕を掴み、俺に触れる事を直前で止める。

眼前で腕が止まった事に恐怖の感情が湧いてくるが、今はそれどころでは無いのだ。

 

「へぇ、傷んだ赤髪じゃない…久しぶりに姿を見たと思ったらいつの間に少年趣味に走ったのよ」

「あ?」

 

オークが姐さんを別名で呼んだ瞬間、控え室の空気が一瞬にして殺伐なモノへと切り替わった事を肌で感じ取る。

先程までオークが放っていた殺気とは比べ物にならない程鋭く、控えに素人がいたならその巨悪さに失神してしまうだろう。それ程までにその殺気は重く、なんなら殺気だけで雑魚なら即死魔法になるくらいだ。

 

「あなた…」

 

(只今より次の試合を開始します。スワティナーゼ選手対戦相手が既に待機しておりますので速やかに指定された場所に来てください)

 

「あら、ごめんなさい?折角いい所だったのにね」

 

姐さんが何かを言うタイミングで無情にもアナウンスがなりオークの女性は俺たちに一瞥くれるとそのまま会場の方へと歩いていった。

 

「姐さん大丈夫ですか?」

「ええそうね、私らしくなかったわ。それより貴方記憶は戻らないの?さっきまで普通に戦っていたようだけど」

「はい、全く戻らないですね…戦い方なら体が覚えているので大丈夫そうなんですけど」

「…そう。次の貴方の試合まであとどれくらいの時間があったかしら?」

「…?まだ時間ならありますけど」

 

姐さんは片手で顔を覆い表情を悟られない様にしながら俺を何処かに案内し始めた。

案内と言っても試合の関係があってそう遠くまでは行けないので行けるのは近場しか無いのだが、姐さんが俺を案内したのは先程俺達が使用した転移の部屋に似た部屋だった。

 

「ここから誰も無い部屋に行けるわ、瞑想やウォーミングアップしたい選手はこの転移部屋で与えられた部屋に行って色々できるのよ」

「そうなんですか、なんか高待遇ですねここの選手達は」

「当たり前よ、この大会の出れば基本的に生き残るのは殆ど一人だもの」

「準決勝になれば相手が降参すれば終わるんじゃ無いんですか?」

「違うわよ、準決勝になった所で殺すか殺さないかを相手が判断するところは結局変わらないわ」

「どう言う事ですか?」

「この大会は出場者が限られているのはわかっているわよね、一度にたくさんの応募が来るから参加者を殺していかないと大会がマンネリになってしまうのよ。だから準決勝まで残れない奴は殺すのがルールになっているわ。まあ降参した魔物はよっぽどのことが無いと再び参加できないわね」

「準決勝まで残れた奴は見込みがあるから生き残れる選択肢を与えられるって事ですか?」

「そうね。でもそれは相手が貴方のことを認めた上で貴方が意識を失ったり戦闘不能と判断された場合に相手が慈悲で貴方の命を取らない事を選択できるくらいね」

「…要するに実力を上げて再び私の前に戻ってこいって事ですか?」

「そう言うことよ。その戦いはねリベンジ戦と言ってかなり盛り上がるらしいわよ。まあ準決勝だとその相手が決勝で殺される可能があるからなんとも言えないけど」

「…さいですか」

 

要するに準決勝まで生き残る事から生きて帰れる選択肢が出てくると言うわけか、まあ結局相手の許可が必要なのは変わらないので多分期待するだけ無駄だろう。

 

「それでこの誰もいない部屋に飛んできましたけどここで何をするんですか?」

「そうね」

 

話している間に転移の魔法は起動し、気づけば全体が大理石の様な鉱石で作られた壁でかこまれた部屋に立っていた。

生活感の無い部屋に案内して一体何をするのだろうか謎だが、わざわざここまで連れて来たからには何かしらの意味はあるのだろう。

 

「あなた、記憶は無いけど体が戦い方を覚えているのよね?」

「ええ、まあそうですけど」

「本当なら最後まであなたに任せようと思ったのだけれど事情が変わったわ」

「?」

 

姐さんは事情が変わったと言いながら羽織っていたローブを脱ぐとそれを畳んで床に置いた。

 

「このままだと貴方あのオークにヤられるわよ」

「げぇ」

「だから少しだけ身体の使い方を教えてあげる。けど期待しないで頂戴ね、私はこれでもウィザードだから」

「マジすか…」

「ええ、まずは貴方の戦い方を見させて貰うわね」

 

そう言いながら姐さんの方から俺に距離を取るとポケットにしまっていたコインを取り出す。

 

「いいかしら、私がこのコインを投げて地面についたら開始よ。全力でかかって来なさい、もし私の眼鏡に適わなければここで殺すわよ」

「マジか…」

 

姐さんに促されるままに構える。

嵐が過ぎ去ってから散々な目にあってきたが、ここまで連続して酷い目に遭うのはいったいどういうことなのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね…大体わかったわ。記憶が無い分少し動きがふわついているけどそれなりには動けているみたいね」

「…はぁ…はぁ…ありが…とう…ございます」

 

コインが落ちて金属音が部屋に鳴り響いた瞬間に姐さんに殴りかかったのはいいが、結局俺の攻撃は全て躱され・いなされて結局一度もダメージを入れる事なく最初の手合わせは終わった。

反撃が無い分自由に動き回ることができたが、全ての攻撃が当たらない上に俺の行動一手一手を注意深く見られているのでやっている方からしたら中々に生きた心地のしない戦いだった。

 

「基礎は時間が無いからそれくらいでいいとしてあとは力の使い方ね」

「…使い方…ですか?」

 

手合わせを終えてから息を整えようと必死になっている俺の前で姐さんは息一つ切らさないでレクチャーを始めた。

 

一体この人は何者なんだと心の奥底で思いながら話の内容を頭の中に詰め込んでいく。

そして姐さんの言葉を聞いているうちに何処かで似た様な光景があった様な気がしてくる。

 

「それと記憶が無い以上推測でしかないのだけれど、貴方の戦い方はオークの様に力で相手を蹂躙するのではなくて、多彩な技術で相手を組み敷きながら追い詰めていく物だと思うわ」

「技術ですか?」

「そうよ、だから記憶が無い貴方の戦い方は何処かふわついているのよ」

 

考えながら行動している癖を指摘された時からそんな気がしていたが、やはり俺は考えながら戦っていたようで現在その積み重ねてきた経験が肉体に刻まれた反射的な物だけなので、出汁の入れ忘れた味噌汁の様な感じになっているのだろう。

 

「だから今から貴方に教えるのは力の無い人が強き者と争う為に編み出された昔の武術よ」

「おぉ‼︎」

 

何か凄そうな言葉が出てきたので驚いては見るが、たいてこう言う時は碌でも無いことが起こる事は記憶に無くても体が覚えているのだ。

 

「まあ、時間も無い様だし実戦を交えて教えていくわね」

「嘘…だろ?」

 

姐さんはにっこりと笑いながら再びコインを投げるとそのまま俺の顔面に拳をめり込ませてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…姐さん容赦ないっすね…」

「御免なさい、何だか少し鬱憤が溜まっていたみたいだったわ」

「マジすか…」

 

身をもって戦いを教えられた訳だが、姐さんの教え方はすぐ覚えられる様に配慮された為かかなり厳しく、もしかしたら俺が記憶を失った史上最も命の危険を感じた瞬間だったかも知れなかった。

だが、少し新しい戦い方の知見を得られた様な気がした。

 

「それじゃ私の試合に出る事になったから」

「え?大丈夫なんですかそれ?」

「ええ、問題ないわよ。この大会には実力者がいつでも挑戦できるように必ず空きのシードがあるもの、今回はそれを使わせてもらう形になるわ」

「…そうですか、姐さんこの界隈で結構有名ですもんね」

「…まあ昔色々あったのよ」

 

姐さんはそう言うと俺に手を振りながら颯爽とリングの方へ向かっていった。

 

剛ではなく技。

姐さんから教わったものは俺の考えとはかけ離れ過ぎて最早反対の考え方と言っても過言ではない。

俺はアイリに連れられてから今まで、いや多分記憶を失う前からいかに力を持って相手を捻じ伏せるかを考え鍛錬や型などを学んでいたが、姐さんから教わったのはその逆で如何に力を抜き脱力した状態を維持できるかと言うものだ。

 

それでも脱力が必要な事は分かっており、いかに力を抜いていくかと考えてはいたが今回は全てが脱力だった。

そう、最初から力を入れていないのである。

 

まあ正確に言えば…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ致しました、今回期待の新人…まあ基本的に参加者は基本的に全員新人なのですが…シュガー選手の2回戦が始まります」

 

リングに上がり対戦相手と向き合うと、審判がお決まりの口上を言い始める。

 

あれから考えを反芻しながらそれを実践へと持ち込める様にイメージトレーニングと言う名の思考訓練を何度も行った。

新しい戦法は感覚に任せていた俺の戦い方とは真逆の戦い方を強いるものであり、最悪今まで出来ていた戦い方が出来なくなってしまうリスクを孕んでいる。

あと姐さんは相手を瞬殺したらしく俺が着いた時には既に試合は終了していて見る事は出来なかった。

 

「…」

 

相手に視線を向ける。

相手はゴブリンだろうか?先程のオーク程巨体ではなく少し俺より背が高いだけだが、人間が何の防具も無しにゴブリンの攻撃をまともに受ければタダでは済まないだろう。

 

相手のゴブリンは人間には興味ないのか小鬼の様に話しかけてくる事は無く、目線を向けるとただ静かに睨み返してくるだけだった。

 

「両者準備は整いましたね、それでは試合開始‼︎」

 

審判の合図と共いゴブリンがこちらに向かって拳を振るってくる。

小鬼の件と同じで丸腰の人間だと思って侮っている事に腹が立たない事はないが、これはこれで色々試せるので文句は言えない。

 

姐さんに言われたのは、常に脱力。

本当に全ての力を抜いたら立てなくなるのでそこら辺の力は残しても大丈夫だろう。

 

振るわれた拳の軌道を予想してその運動に必要な支点を直ぐに見抜き、そこに手を当て相手の力の流れと自身の力をシンクロさせその力の流れを掌握し相手の力を我がものの様に操作し、支配する。

 

「…⁉︎」

 

ゴブリンは俺の腕の一振りで側方へと勢いよく飛ばされる。

その腕の一振りだけに全神経を集中させ永遠に感じる様な刹那の時間に感覚でしか説明できないタスクをこなしたのだ。

 

当然ゴブリンからしたら腕で攻撃を払われただけで自身が予想以上に吹き飛ばされたという、訳の分からない現象に理解が追いついていないのだろう。

 

「これは行けるかもしれない」

 

オーク相手にこれ程上手く立ち回れはしないだろうが、このゴブリン位の奴ならもしかするかもしれない。

自身の起こした成功体験を頭で反芻させ記憶と体性感覚に刻みつける。

 

そして再び起き上がったゴブリンは俺を警戒しているのか、少し距離を取り様子を窺いながらもこちらに打って出ようとしてくる。

 

人間は一度成功するとそれが自信となり、恐怖心を鈍磨させると言うがこれがそうなのだろう。まあ多分アドレナリンとか出て興奮しているだけだと思うが…

なので今度は俺の方から出向いてやろうと思い、構えもしないでゴブリンの元に歩きながら距離を詰めていく。

 

一瞬奴はギョッとしながらこいつ正気かと言いたげな表情を浮かべる隙に奴の手を掴み重心を崩す。

感覚としては赤ん坊をあやす時に乗せるバウンサーを操る様な感覚に遠からずといった感じで、人型の生物には2本の支点で立つと重心がどうしてもブレてしまうのだ。

これは武道を極めれば極めるほど少なくなっていくものだが、それでも多少のブレは存在しているらしい。

 

なのでそのブレをバウンサーを操る様な感覚で相手の重心のリズムを狂わせコントロールすると言ったものだ。

 

「ーーーっ⁉︎」

「これで終わりだよ‼︎」

 

腕を掴み反対の腕の攻撃を躱し、相手の重心を崩し地面にへたり込ませる。

何をされたのか相手が理解する前に俺はゴブリンの頭を全力で蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた意外に筋がいいのね驚いたわ」

「自分で教えておいて何いってるんですか…まあ姐さんの教え方が上手かっただけですよ」

「へぇ、言うようになったじゃない」

 

ゴブリンと倒し、俺は3回戦への切符を手に入れた。

今回は上手くいったが、次からうまくいく保証は無い、俺の予想だがこのトーナメントは俺と言うゲストを痛ぶるためにワザと弱いモンスターを当たらせている可能性が高い。

であれば、多分次くらいからは忖度のない実力でのしあがった奴と当たる事になるだろう。

 

 

 

 




ゴブリンは記憶を失う前のカズマでしたら一捻りで終わり位の実力です。
大会編は次で終わるかもしれません…


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赤髪の悪魔3

誤字脱字の訂正ありがとうございます。


「この大会も進みまして次は準決勝となります‼︎そのカードはシュガーvsオークです‼︎この私自身人間の参加者がここまで生き残るとは思っておりませんでした‼︎ですが今回の相手はメスのオーク‼︎今の所全ての対戦相手に余裕の勝利を掴み取ったその実力を前に一体どのような立ち回りをとるのか‼︎」

 

会場に上がり因縁のあったであろうオークと相対して相手の圧感さに足を引きそうになる。

負ければ死にの戦いを繰り広げながらその試合の合間に姐さんに稽古をつけてもらいようやくここまで来たが、あのオークと対面して見て今までの相手が如何に弱かったかを奴の纏っているオーラのような気配で察知する。

 

「ようやく貴方と戦える時が来たようね、あの子と先にやって坊やは最後に取っておきたかったのだけれどもこればかりはしょうがないわよね…」

「ああ、本当だよ。俺もできればあんたにあんたと当たりたくはなかったよ」

 

ここまで怪我をせずに来れたのは姐さんに受け身等々などの護身術を教わった教育の賜物だが、果たしてこの怪物相手にそれがどこまで通じるのか分かったものじゃない。

しかし、ここまで来た以上通じませんでしたと言って逃れれられるわけではなく、何もしなければそのまま奴に叩き潰されて終わりだ。

 

通じないからといって何もしなければ結果として殺される以上、俺にできるのは今の手札をどう組み合わせて奴に対応するかだ。

 

頬を叩き気合いを入れる。

これから始まるのは放ってもで間違えれば死んでしまう俗にいう死にゲーを防具なしで行う様なものである。

 

「いいわね…その目、記憶を無くして骨抜きされたチキンの様だったけどようやく覚悟を決めたのね」

「ああ、悪いけど記憶が戻るまで死にたく無いんでね‼︎」

「両者準備が済んだ様なので試合開始‼︎」

 

互いに言葉を交わし気合い十分だったところで審判が気を遣ったのか、その闘志が萎える前に口上を省略して試合開始の宣言をした。

 

「行くよ坊や‼︎」

 

試合開始の宣言がなされたところで待っていましとばかりにオークが勢いそのまま俺に向かって掴みかかってくる。

 

「そんな攻撃食らうかよ‼︎」

 

言葉そのままで初っ端から捕まって仕舞えば肉体のスペック的に死んでしまうので、初手の攻撃は無難に横に飛び回避しオークの腹に膝蹴りを放つ。

 

「おぐっ⁉︎」

「…マジか⁉︎」

 

腹を蹴り抜かれ、痛みが全身に走ったのかオークは鈍い悲鳴をあげる。

やったかと思ったが、脚に伝わってきた反動は今まで敵に同じ事をして戻ってきたそれとは違いまるで固い岩盤を蹴っている様だったので思わず後方へと退避する。

するとやはり俺の判断は正しかったのかオークの腕による払いが反射の様に俺のいた場所にはなたれ、後少し遅かったら足を折ってしまったと戦慄する。

 

「やるじゃ無い坊や、今のはいい蹴りだったわ」

「そりゃどうも、こんなんでよければいくらでもくれてやるぜ?」

「元気があっていいじゃない…けど記憶を失う前の貴方なら今の蹴りで私の肋を折れたわよ」

「…」

 

オークは俺の事を称賛した後に、嫌味なのか以前の俺ならもっと上手くやったと記憶にない俺と戦った時の思い出を披露し始めた。

確かに記憶がない俺と記憶があった俺なら経験の差に数年の差があるかもしれないが、それをここで言うということはきっと挑発なのだろう。

 

「だからどうした?昔の俺が今の俺より強いからって俺が諦めると思ったのか?」

 

だが、そんな事で自身のペースを乱してしまっては相手の思うツボで、自身の力が低いのであればそれを技術で補えばいい話である。結局試合で勝つ者は強い者ではなく最後まで冷静でいられた者なのだ。

 

「…面白いわね坊や‼︎ヤッパリここで殺すには惜しかったわね‼︎」

「ーっ‼︎」

 

俺の挑発の返しを合図にしたのか返事を言いながら奴は再び俺に向かって攻撃をする。

再び同じ攻撃とは芸を感じられないが奴の掴み攻撃を躱し、今度はそう腕を掴み肘を支点に膝蹴りを放ちながら前腕を伸ばす方向へと引きへし折りにかかるが、その魂胆は相手にバレた様ですぐに力を入れられ抵抗される。

このまま力の勝負になれば俺の負けは考えるまでもないので、そのまま身を翻して体勢を変え奴の顔面…眼帯をしていて死角になっている方に回し蹴りを放つ。

 

「まだまだ‼︎」

 

流石に顔面を蹴られて反応されない程の実力差はなかったようで、奴が怯んだ隙に今度は肩へと再び攻撃を叩き込む。

一撃で大打撃を与えることができない以上地道な攻撃を繰り返して相手を疲労させるしかないのだ。

 

「やるじゃない坊や‼︎」

 

肩・頭・背中出来る限り部位に攻撃を加えるとまるでタイマーでもしていたかの様に奴の体が駆動し俺を払い除ける。

幸いガードを取れたのと自身の体が宙に浮いていたので着地に小細工し衝撃を減らせた事でダメージを最低限へと抑えることに成功し再び体勢を整える。

 

「野郎…手を抜いているのか?」

「野郎だなんて失礼ね、私もれっきとした乙女よ」

 

敵状視察とでもいう様に奴が他の選手と戦っている所を見てきたが、その時のやつとの戦い方と今の戦い方を比べるととてもじゃ無いが本気を出しているとは思えない。

この殺し合いにおいて手加減をする理由なんてものは一つしか考えられない。

 

「俺をおちょくってんのか?」

 

要するに俺を殺さずに必死に抵抗している様を楽しんでいる事の他考えられない。

 

「違うわよ、戦いにおいて遊ぼうだなんてそんな失礼なことはしないわね」

「じゃあなんだよ?」

「そんなこと簡単よ‼︎貴方の記憶が戻るまでこうして待っているのよ」

「何…だと⁉︎」

「最初からこの大会に坊やが参加したって聞いた時はとても嬉しかったわ、もう会えないんじゃ無いかと思っていた坊やがわざわざ自分から私の前に来てくれるのだもの。けど私の前に現れたのは記憶を無くして弱くなってしまった坊や…まあそれはそれでよかったのだけれども、ここまで登ってくるに従って強くなっている坊やを見て思ったのよ…今の坊やが記憶を取り戻せば前の時とは比べ物にならなほどの力を魅せてくれんじゃないのかってね?」

「…」

 

長きにわたるオークの独白に唖然として返す言葉が浮かび上がらなくなる。

 

「だから私はこうして坊やが記憶を取り戻すまで頑張ることにしたの。そうでしょう?記憶を取り戻し強くなった坊やを蹂躙してできた子供なら一族の中で頂点に立てるかもしれないもの‼︎」

「へ…変態だ…」

 

こちらが喋らない事をいい事に頬を赤らめさらに恍惚とした表情でとんでもない事を語り出す。

試合前に姐さんからオークの特性については聞いた事があったが、まさかここまでとは流石に思わず。何故繁殖期であるオークが外に出ないでこんなところで油を売っている理由もわかった。

 

奴はここで交尾する番を探していたのだ。

全くもって恐ろしいが奴は自身の命という名の会費を払いここに婚活をしに来たのだろう。そして自身よりも強い相手を探しながら戦っているうちに強くなっていき気づけば戦闘狂の様にようになってしまったのだ。

なので自身より強い相手であった俺を屈服させ自身と交配させ最強のオークを産ませ自身の群れの長に就かせたかったのだろう。

 

「変態?心外ねぇ…そう感じるのならそうさせているのは坊やなのだから、坊やが責任を取ればいいんじゃないかしら?」

「うわぁ……ーーっ⁉︎」

 

あまりの暴論にドン引きしていると長い独白で気持ちが昂ったのか、今までに無い速度で一瞬にして距離を詰められ顎に手を当てられる。

 

「坊やは自分がいい男だって事にいい加減に気づいた方がいいわ」

「ーーくっ、触るな‼︎」

「あらやだ‼︎やっぱり生きがいいわね‼︎」

 

耳元でASMR配信の様に愛の様な歪んだものを囁かれるという、あまりにも視衝撃的な出来事に判断力が低下したのかフェイントもなしに顎を蹴り上げたが、そんな事は分かっていると言わんばかりにそれを躱し距離を詰めれる。

 

「クソが⁉︎」

 

顔全体にかいていた冷や汗を拭い払いながら暴言を吐き精神を落ち着かせる。

圧倒的変態な所業にSAN値が消え去りそうだったが、何とか踏みとどまれたようだ。

 

相手は依然として俺の記憶を戻す気でいる様だが、そんな簡単に記憶が戻る様ならとっくのとうに記憶が戻っている筈である。

 

 

死の淵まで追い詰められた危機感で戻るとでも言いたげに俺のことを痛ぶる様に奴は責め立てる。

実力の差は歴然だが、それでもただ負けるわけにはいかない。それに俺が降参しても奴はそれを許さないだろう。

 

そして俺が逃げ回ったところで俺の体力が減っていくだけでジリ貧でしかない。

普通に戦って勝てる見込みがない以上俺が出来ることは一つしかない。

 

攻め続けるオークの攻撃を捌きながら全身全霊の一撃を放つ。

 

「あら、鬼ごっこはもう終わりかしら?」

 

俺の放った一撃を手で払いながら拳を俺に突き立てる。

 

「ああ、逃げるのは終わりだ」

 

頭をフル回転させながら奴の攻撃を躱しながら次の攻撃を放ち、それを受けたオークが怯まないのは分かっているためそのまま続けて攻撃を放つ。

 

もはや止まっている暇はないのだ。

 

止まれば反撃が始まりまた防戦へと逆戻りになってしまう。

まあそれを続けるのもいいのだが、そのままではやがて俺の体力が尽きてしまうのが先だろう。

 

攻撃に次ぐ攻撃、本来であればその連撃に対応は出来ないのだが、オークの体は俺の想像以上に硬く少しでも場所を見誤れば反撃の機会を与えてしまう。

だが、それはもう仕方がないのだ。

人間がミスをしないなんて事は不可能に近い。

ならばミスを起こさないのではなくミスをどうカバーするのかに重きを置くかだ。

 

攻撃を外し、やってくる反撃の一撃を咄嗟に手を翳す様にして払い、その反動で体を翻して次の攻撃へと繋げる。

息は既に途切れ途切れでいつ酸欠で倒れてもおかしくはない。

 

だが、ここで止まれば全てが台無しになる。

この攻撃には本来必要である撤退がなく、たった一度の失敗に対応できなければ次にやってくるのは死だけなのだ。

 

「いいわね坊や‼︎記憶が…無くなっても…いい味…出すじゃ…ないの⁉︎」

 

奴は俺の蓮撃を受けながらも途切れ途切れに称賛の様な言葉を送る。

それが奴なりの礼儀なのかもしれないが、その行為自体が自身にはまだ余裕があると言っている様なものだ。

 

「貰った‼︎」

 

しかし、だからといってそれが俺が負ける理由にはならず。非力な人間には非力なりの闘い方があるのだ。

攻撃を当て続け奴の重心を一点に集まる様に誘導し、自身が思う最大のタイミングで奴の腕を足に絡ませ自爆のリスク覚悟でそのまま地面へと捻る下げる。

 

「あら?」

 

俺の捨て身覚悟の技は見事に決まり奴のでかい図体はすっとんきょうな言葉と共にそのまま地面に叩きつけられられ、俺の体には確かな手応えが残った。

たとえ打撃が効かなかったとしても投げ技であれば奴の体重が重ければ重いほどより大きなダメージを与えられるのだ。

 

「まだだ‼︎」

 

そして倒れた奴の顔面をここぞとばかりに踏みつけ、それを止めようと掴みかかってくる手を躱し反対にそれを掴み関節技を掛ける。

立位の状態であればこんなものは直ぐに振り払われるが、今はこちらがマウントを取っているため角度さえ間違えなければ非力の俺でも相手を関節技を掛けることができる。

これこそ人体構造学の神秘の一部を担うに相応しい柔術の技なのだろう。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっ‼︎」

 

奴に関節技を決め、方向と共に力みながら関節を本来は動かない方向へと倒す。

本来であれば格闘家としてどうかと思うが、これは殺し合いである為しょうがないのだ。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ‼︎」

 

俺が全体重を掛けながら腕へし折る行為を奴も全力の咆哮を放ちながら力み阻止する。

 

だが、キメるものと逆らう者の条件では俺の方が勝っているので奴の関節は轟音を鳴らしながらその機構を崩壊させ、奴はその痛みで全身のリミッターが外れたのか物凄い剛力で俺の体を吹き飛ばした。

 

「はぁ…はぁ…やるじゃない坊や…記憶がないからって侮っていたわ」

「はっ‼︎油断大敵とはこれを言うんだよ‼︎大人しく降参して新しい相手を探しやがれ‼︎」

 

奴の腕は既に使い物にならなくなったの事を示すように左腕がダラリと下に垂れ下がり、対照的に何をしたのか知らないが太くなった右腕だけで構えている。

 

「逆よ‼︎むしろ好きになっちゃたわ‼︎記憶を失って味が落ちたと思ったら別の味を出していたのね…ようやく気づいたわ‼︎」

「うぇ…」

 

どうやら俺の腕と一緒に心を折る作戦は失敗に終わり、反対に闘志を燃やさせる結果となってしまった。

 

「御免なさいね、今まで手加減をして坊やを馬鹿にしていたけどここまでされたら私も本気を出させて貰うわ…ね」

「ああ、出してみろよ‼︎」

 

先程まで放っていたオーラが突然鎮まりだし、場には今までにない程の緊張が走り奴は突然左腕を掴み力み出すと垂れ下がっていた左腕を引っ張り本来の方向へと曲げる。

それによりガコリと機械音のような音が鳴り奴の肘は元通りになる。どうやら俺は奴の関節を破壊したと思っていたが、結果はただ外しただけにとどまっていた様だ。

 

そして両腕を腕を天上に挙げ肘を曲げ、俗にいう…まあ名前は忘れたがマッスルポーズを取る。

全身で力み出すと筋肉の膨張に服が耐えられなくなり軋轢音の様な音が続き最終的に破裂する。

 

「待たせたわね…見なさい坊やこれが私の全力よ」

 

服が爆ぜ、上半身裸になったわけだが最後の砦にチェストバンドが回っていて背中に一本の黒い線が見えるが、奴の背中はその発達した筋肉の肥大によりまるで鬼の形相を作り出していた。

それは奴の体が人を破壊している事に特化している事を指す。

 

「行くわよ坊や‼︎」

「なっ⁉︎」

 

そして筋肉の披露が終わったところで試合再開と言わんばかりに再び奴が向かってくるが、その速度は今までの比ではないほどに速く、あっという間に距離を詰められ俺の眼前には既に奴の拳が迫っていた。

 

「オラァ‼︎」

 

まるで巨大な鉄球が飛んでくるかのような轟音を放ちながら迫り来る奴の拳に成す術もなく、俺の体は後方にあるリングの壁まで飛ばされ衝突する事で停止した。

 

「あっ…あ」

 

あまりにも一瞬の出来事により理解が追いつかないまま俺の身体は壁に埋め込まれ、気づけば再び眼前に奴の姿があった。

 

「御免なさいね、この身体になると手加減ができないのよ…」

「この化け物が…」

 

全身に走る激痛に最早動く事ができず、自身の敗北が目前であることを自覚する。

 

「悪い事は言わないわ降参しなさい、今なら一回私と交わるだけで許してあげるわ。それでその子が大きくなったらもう一度強くなった坊やを倒して交わるけどね」

「恐ろしい…発想だクソ野郎…だったらここで死んだ方がマシだ…ブッ‼︎」

 

内臓をほとんど痛め、肋の数本は肺に刺さっているのか呼吸が苦しい、幸いに片方は折れているだけなので呼吸は出来るがこの状態では反撃どころではなくせめてもの抵抗に奴に血痰を吐き捨てる。

たかが一発でとも思うが、それ程までに体格差というものは残酷なのだ。

 

「あらそんな状態なのにまだ気力があるのね‼︎気に入ったわ‼︎降参しないし抵抗もできなそうだからここで致しちゃいましょう‼︎」

「…クソが」

 

どうやら俺はここまでらしく、こんな大衆の前で盛るなんてとんでも無いオークだなと思いながら必死に逃げようとするが、既に体が限界を迎えているのか動こうとすると動作の代わりに激痛が返ってくるばかりだった。

 

「他の雌の香りがするけどそこら辺は我慢するわ、けれども人の男を盗ると言うのも中々にいいとも聞くわね」

「あ…あ?」

 

俺の必死の抵抗も虚しく謎の評論を述べつつ、口に糸の引いた涎を垂らしながら雌の顔をしたオークの手が迫ってくる。

流石にこれ以上は無理だと思い降参を宣言しようとするが、痛みが長引いたせいか体が衰弱し始め口が震えて上手く言葉を発することが出来ず視界が徐々に歪み始めている。

 

徐々に迫り来る奴の手が俺に触れる瞬間だった。

 

「カズマ様‼︎」

「何よ⁉︎」

 

何処かで俺を呼ぶ声がした後に何かが横から乱入し伸びているであろう奴の手を弾き飛ばした。

 

「あら大会中は誰であろうと手出しできないはずだけれども?」

 

奴は弾かれた手を摩りながら突如現れた者に対して抗議の意をもって話しかけている。

突如起こった事態の驚きにより消えかけた意識に気付けが入ったのか少し意識が覚醒し、その乱入者へと目を向けるとそこには金髪碧眼の小さな女の子が両手に刃物を携えて居た。

 

ゆんゆんでも魔法使いの女の子でも無い彼女は一体俺の何だろうかと思っていると、その子はまるで身分を表すかのように自身の服の裾を捲り挙げその腹部に刻まれた刻印を奴に見せつけた。

 

「これは…貴女、坊やの奴隷だったのね」

 

奴隷?確か俺にも奴隷の擬似的な刻印が貼られているが彼女のそれは本物なのだろう。そしてそれは俺の奴隷である事を示している。

 

「はい、なのでそこのご主人を殺されてしまう事は看過出来ません」

「確かに奴隷の子はご主人が別の人に殺されるわけには行かないのだけれども、いいのかしら?このまま行くとお嬢ちゃん死ぬわよ?」

 

未だに全力化を解いていない奴が、今にも殺すぞと言わんばかりの殺気を飛ばしながら彼女に忠告する。

だが、そんな奴の脅しに屈する事はなくその女の子は据えた目で奴を見返しながら言葉を発する。

 

「構いません、元々死んだようなものですし」

「そう、なら仕方がないわね。けどそうね…最後の土産に私よりも先にそこの坊やと一度交わってもいいわよ?」

 

「え?それは…」

「ふ…ふふふふ…あははははははははははははははははははーーー‼︎面白いわね坊や‼︎可愛い顔して坊やはとんでもない女たらしだったのね‼︎いいわ今回はその子に免じて見逃してあげるわ」

 

まさかの展開に金髪の女の子は腑抜けた様な声をあげると、その反応を見て満足したのか奴は今までにない程の大声をあげながら笑った。

 

「よくよく考えたら記憶のない坊やと致しても物足りなかったし、今回は見逃してあげるから記憶を戻してからまた出直して来なさい」

「あ?」

「それに私は戦士である前に乙女でもあるのよ、こんな可愛い子をここまで思い詰めさせるなんて男失格よ坊や」

 

俺に謎の説教をかました後、まるで興が削がれたと言わんばかりに呆気ない幕引きで俺の大会が幕を引いた。

 

「カズマ様‼︎大丈夫ですか⁉︎今応急処置をしますから‼︎」

「あ…ああ」

 

訳がわからなかったがそれでも自身の命と貞操が守られた事に安堵しながらため息を吐くと、緊張が解けたのか急に視界が真っ黒になり意識が無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お…おきな…起きなさい‼︎」

「はぁ‼︎」

 

闇の中呼び声に反応する様に意識が覚醒する。

 

「あ…姐さん」

「意識が戻ったようね、取り敢えずあなた準決勝まで行ったから治療が受けられるの、だからそれまで意識を保って頂戴」

「あっはい…痛っ‼︎」

 

どうやら気づけば知らない天井だと言うわけではなく、今の現状は担架で運ばれながら横に付き添っている姐さんに声を掛けられている状態だった。

自身の無事に安心するが、心残りのあの子を探すために周囲を見渡すが、あの子の姿はなかった。

 

「安心して、あの子は先に治療室で待機しているわ、今頃あのゴリラを蹴った時の怪我を治している頃よ」

「…そうですか」

 

取り敢えず心配事がなくなった事に安堵しながら目を閉じようとすると。

 

「だから目を開けていなさい」

 

と無理やり目を開けられる。

どうやらそれ程までの俺の体は酷い有り様の様で、このやり取りが治療室に着くまで数回続いた。

 

「成る程…これは酷い状態ですな、むしろこれで生きていた事がふしぎですわぁ」

「いいから早く治しなさい」

 

治療室に着くと備え付けのアークプリーストの様な魔物が俺の体を面白そうに診察するとそう言い、姐さんはそんな事はいいから早くしろと治療を急かし、既に治療を終えた少女は俺の隣でことの成り行きを見守っている。

 

「へいへい…分かりましたよ。酷い怪我なのと準決勝まで勝ち残ったので最大級ので行きますわぁ」

 

ブツブツと、ったく人使いが荒いなと言いながら俺に治癒魔法を掛け、俺の体は淡い光に包まれる。

 

「安心しなさい、こんなのだけれども治癒の腕前は私の知ってるぶりっ子ダークプリーストより上よ」

「それ褒めているんですかね…」

「あぁ…傷が消えていきますね…これなら…え?」

 

謎のやり取りを繰り広げながら自身の怪我が癒えてきている事を確認していると、まるで泉から水が湧き出すように記憶が戻ってくる。

そう、それは俺が前の世界に居た記憶からゆんゆんの出会い、そしてめぐみんとの出会い…そしてアイリの凶行も。

 

「どうしたの?何かあったのかしら?」

 

記憶が戻った反動で呆然としていると何かが起きたのか思った姐さんに心配される。

 

「いえ…記憶が戻りました…」

「え…?はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ⁉︎」

 

俺が苦笑いでそう言うと、姐さんは今まで苦労は何だったと言わんばかりに叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやらカズマさんの記憶喪失とやらは状態異常の一種だったみたいですな、だから我輩の魔法で怪我と共に治ったと」

「はぁ…そうですか」

 

記憶喪失につての解説を聞きながら未だに実感の湧かない現状に呆然としながら対処する。

 

「はぁ…こんなことなら最初から治癒魔法掛ければ良かったわ」

「…なんかすいません姐さん」

「いいわよ、こんな事で怒っても仕方がない訳だし」

 

姐さんは呆れながら俺の頭を撫でると、続きはまた後でと言いながら準決勝へと向かっていった。

 

「シルフィーナ来てくれたんだな、と言うかよくこれたな」

 

姐さんが居なくなった所でシルフィーナに向き直る。

何だかんだ言って彼女がここに来てくれたことで俺の貞操と命が守られたわけで、彼女が居なければ今頃この闘技場はとんでも無いスプラッタ劇場が繰り広げられただろう。

 

「はい、カズマ様の気配は常に分かりますので」

「へーそうなのか、でもここまでよく来れたな?」

 

いくらシルフィーナが有能であっても所詮はただの奴隷で色々制限が掛かっている筈なので一人で来れたとは考え辛い。

 

「それに関してはバーのマスターに協力して頂きここまで来た所です、マスターはもう帰られましたが」

「へー意外な所で繋がっているんだな」

 

どうやらあのバーのマスターが気を回してくれた様だが、この場所を知っていると言う事はどう言う事なのだろうか?

王都の裏の顔である退廃区の住人であれば色々な事に精通してそうだが、何故かクリスの息が掛かっていそうな気がしてならない。

 

「それにしても…いや何でもない」

「何でしょうか?」

 

淡々と状況を報告する彼女を見てよく喋る様になった事に嬉しくなり、つい言いそうになったがそれを言ってしまうと恥ずかしがって喋らなくなりそうなのでここは敢えて口をつぐんだ。

多分バーのバーテンダー作業で人と話す事が多くなったからコミュニケーション能力が付いてきたのだろう。

 

「それでよくあの会場に入れたな?試合中は入れない様に警備員がいただろ?」

 

安心した所で疑問が湧いてくる。

本来であれば最初に思うはずの疑問だが、状況が状況なだけに問いかけるのが遅れてしまう。

 

「そうですね…あの時は必死でしたのでよく覚えていませんがお腹の模様を見せたら通して下さいました」

「へぇ…」

「そうだぞ坊主、そのお嬢ちゃんに感謝しておけ」

「うわっ」

 

謎の事態に頭が混乱しかけた所で先程の治癒魔法を使える魔物が話しかけてくる。

どうやら仕事を終えてやる事がないので持ち場を離れてこっちまで来ていたようだ。

 

「本来奴隷がいる者は参加出来ないはずなんだ、まあ基本この大会は一名しか残れないからな、だが坊主は記憶を失っていたから例外的に参加できたのだろう。だから坊主の奴隷であるその子が来てルール変更せざるを得なくなったんだよ。それで坊主は失格になったから降参を宣言しないでも試合が終わったんだ」

「はぇーそうだったんですか」

 

舞台の裏事情を教えられ、まるで映画を見た後に考察動画を見た感じのパズルのピースが合わさる様な感覚を味わう。

 

「まあでも助けに来てくれて助かったよ、ありがとうな」

「はい!」

 

色々あったがそれでも今回は彼女によって命が助かったのでお礼を言いながら彼女の頭を撫でると、彼女を嬉しそうに目を細めてそれを受け入れた。

 

 

 

 

 

シルフィーナに自分の状況を説明すると、彼女は俺に伝えたい事があるが機密なので何処か人の居ない場所で話したいと言われたので取り敢えずこの一件が終わったらと伝える。

ゆんゆん達の無事やアイリの事が気掛かりだが、姐さんに世話になった以上この結果がどうなるかまでは着いていきたいのだ。

 

「準決勝スカーレット選手の圧勝により終了しました。少し休憩を挟みまして決勝戦となります‼︎」

 

そんなこんなで準決勝が終わり、気づけば決勝戦間近となった。

 

 

 

 

 

 

 

 




すいません、終わりきらなかったです…


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赤髪の悪魔4

早く描き終わったのと用事があるので早く投稿しました…
誤字脱字の訂正ありがとうございます。


「次で最後ね、早く終わらせてあなたを元の場所に返さないとね」

 

姐さんの準決勝が終わり、俺のいる医務室まで戻っていた様で気づけば既に後ろの方で腕を組みながら佇んでいた。

 

「いいんですか?俺結局負けてしまいましたけど」

 

姐さんのセリフに違和感を覚える。

元々俺がトーナメントに参加したのは優勝してオーナーと交渉して人のいる街の近くまで飛ばしてもらうものだったのだが、結果として俺は負けてしまったのでその話は無しになった物だと思っていた。

 

「いいのよ、あなたは準決勝まで勝ち残ったのだし。オーナーには私から言っておくわね」

「ありがとうございます」

 

なし崩し的に話が良い方向へと進んでいった事に内心驚きながら姐さんに頭を下げて礼をいう。

一番危惧していたシルフィーナの安全は確保され、次いで気になるのはゆんゆん達の安否だ。多分アクセルに居るとは思うが、クレアに目をつけられている事を考えたらもしかしたら何処かに逃げているのかもしれない。

 

「取り敢えずトイレ行ってきていいですか?」

「…はぁ」

 

そういえば治療を受けてから一回もトイレ行ってきてなかったなと思い出すと、不思議な事に尿意が湧いてきたのでトイレに行きたいと伝えると姐さんは少し呆れた様に溜息を吐いて早くしろとトイレの方向を指示した。

 

部屋を後にしてトイレのフロアに向かう。

決勝戦が終わり何処かに飛ばされるとして、そこからアクセルにつくには一体どれくらいの時間がかかるのだろうか?

何だかんだ言ってここに来て一週間は経っているので何も進展がないと言う事は無いだろう、それにシルフィーナの言っていた報告したい件も気になる。あの場で言えないとなるとかなり危ない内容な気がしてならない。

 

「あら坊やじゃないの?こんな所まで来て私に会いに来たのかしら‼︎嬉しいわね‼︎」

「げっ万年発情オークじゃねえか⁉︎」

 

考え事をしているうちに気づけばトイレを通り越して奥のスペースに来ており、さらに運が悪いことにあのオークの個人の待機席の近くまで来てしまったようだ。

 

「ふふふ、ここで会えたのも運命を感じちゃうわね…どうあの続きでも…あら?」

「何だよ?」

 

先程の傷は癒えたが、オークに迫られる恐怖心は未だに癒えるなんてことは無かったので全力で支援魔法を働かせながら警戒態勢をとる。

だが、オークはそんな俺を見て何かに気づいたのか、突如目つきを鋭くしたかと思うと俺の事を足元から頭頂部まで舐め回すように見始めた。

 

「やっぱり坊や記憶が戻ったのね?全身から力が溢れているのを感じるわ」

 

舐め回す視線が俺を再び見定めている事に気づき全身に戦慄が走る。

前から変なやつかと思っていたがここまでだと異常なほどだ。

 

「恐ろしい程気持ち悪いなお前」

「そんなに褒めないで頂戴、流石の私も照れちゃうじゃない‼︎」

 

俺の放った冷ややかな目線を物ともせずにオークは頬に両手を当てぶりっ子ポーズをとる。正直不気味さ以外の感情を感じないが、当人は可愛いつもりなのだろう。

 

「それで坊や、気になっていたけどあなたどうしてあんなのと付き合っているのかしら?」

「あんなのってシルフィーナのことか?」

「違うわよ」

 

試合に乱入して台無しにしたシルフィーナの事を馬鹿にしているかと思って凄んでみたが、どうやらその思惑は外れたようで間を置かずして否定される。

 

「あの赤髪の女よ、あれは坊やとは無縁の人種よ。悪い事は言わないからすぐ手を引いて帰りなさい」

「どう言う事だよ?」

 

先程まで貞操というなの命に等しいものを賭けた戦いを繰り広げた相手から忠告を受けた事に困惑する。

 

「そのままよ。あれは坊やにはまだ早すぎるわ」

「要領を得ねぇよ、はっきり言いやがれ」

「それを言ったら間違えなく坊やは後悔するわ、だからここで黙って帰りなさい。オーナーには私の方から話しておくわ、どうせ記憶が戻るまで面倒を見てもらっていただけでしょう?」

「あ?誰がお前の指示に従うかよ」

 

売り言葉に買い言葉、出会って間もないとはいえここまで俺の面倒を見てくれた恩人に対して理由も無く悪く言われてしまうと流石の俺も怒りを抑えられない。

 

「もう、面倒ね。いいわそのまま他所に飛ばしてあげるわ。あの女の子は置いてけぼりになってしまうけど奴隷だからすぐ追いかけてくるわよ」

「はぁ?」

 

オークは呆れたようにそう言うと、俺に向かって先程の試合の時と同じスピードで腕を伸ばしてくる。

あの筋肉のバンプアップはあくまでパフォーマンスで、あんな事をしなくても同じ出力で動けていたと言う事になる。

と言う事はあの試合は結局手加減していたと言うことで…

 

「甘いんだよ」

 

突如として伸びてきたオークの腕を弾くのでは無く掴み止める。

 

「あら、やっぱり記憶が有るのと無いのじゃ全然違うわね‼︎やっぱり今の坊やの方がそそるわ‼︎」

 

止めて拮抗した所で再び発情し出したのか知らないが興奮し始めたオークにドン引きしながら腕に力を込める。

今回は試合中ではないが、ここは人間を主とした格闘場ではなくスポーツマンシップもないため闇討ちも認められているらしい。まあだからと言って敗戦した俺が再び敵討ちみたいなことしていいのかと言われると微妙だが…

 

それでもやられたからにはやり返さないと俺の気が済まない。

記憶も戻りうろ覚えで掛かっていたであろう支援魔法も本調子を取り戻し、クリスから学んだ知識と姐さんから学んだ知識を合わせるなど異色のコラボレーションをする事もできる。

 

要するに記憶を取り戻してパワーアップしたと言うことだ。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーっ‼︎」

「え?ちょ…」

 

声を張り上げ体の出力を上げ、全神経を働かせながらオークの体の流れを把握しそれを利用して奴の重心を崩す。

肉体の構造上出来ない動きを強制させられると人型の生き物はその運動方向へと強制的に倒されてしまうのだ。

 

そして、それを合気道の要領で腕を後ろへと回し関節技を決める。

 

「舐めやがって、決勝戦の前にその腕へし折ってやろうか‼︎」

 

予想外の返し技を喰らって困惑している状態に追い打ちをかける様に脅迫をかます。

 

「痛たたたー‼︎やるじゃない坊や、ますます好きになっちゃったわ‼︎」

「気持ち悪いんだよ‼︎」

 

結局何やっても駄目だと悟った俺はそのまま腕を離し、地面に押さえつけていたオークを転がす。

たいしてのオークは関節を決められた腕を摩りながら残念そうにそういった。

 

「そう言えば姐さんの事を痛んだ赤髪とか言っていたけど、あれは何なんだ?」

 

結局俺がなぜ逃げなくてはいけないのかについては教えてくれなかったが、それでも折角会ったのだから何か情報でも持って帰れないかと思い最初に再開した時に姐さんに言っていた事を思い出して尋ねる。

 

「ああ、あれね…あれはそんなに大した事じゃないわ。昔のアレはそれはもう美しい髪色だったのよ」

「昔?」

「そう、もう何百年も前だったかしら?」

 

いやお前何歳だよ、と突っ込みたくなったが女性に年齢を尋ねるもんじゃないわよとか言われそうだったので、これ以上話がこじれないようにあえて質問はしなかった。

 

「けれど昔に頭のいかれた人間達に追い詰められて封印されたみたいなのよ」

「そうだったのか」

「その時に存在を二つに分けられて、だいぶ力を失ったと聞いているわね」

「その影響で髪色がくすんだと言いたいのか?」

「そうよ、ああやって強がっているみたいだけど本来の力の半分も出せていないわね、だから当時アレに敵対していた連中らは侮蔑の意味を込めて痛んだ赤髪と呼んでいたのよ」

「最低だなお前ら」

「私に言わないで頂戴、私が言ったのはパフォーマンスよ。相手を挑発して集中力を欠かせる頭脳プレーと言ってほしいわね」

 

どうやら姐さんには姐さんの過去がある様で、俺はその片鱗を知ってしまったことになる。

しかし…あれで半分となると残りの力を取り戻したら誰も相手が出来なってしまうのではないだろうか?

 

「それで、そんな状態の姐さんを倒してお前は満足なのか?俺の時は記憶が戻るまで痛ぶるみたいなこと言ってたけど?」

「あれは別よ、坊やは男の子だもの…食べる時は最高に熟れた状態で食べたいと思うのは当然じゃない」

「えぇ…」

 

オークの言っていることはあながち間違ってはいないので反論は出来なかったが、それはそれでドン引きはするのだ。

 

しかし、半分に引き裂かれたと言われている以上その半身は一体どこにいるのだろうか?もし同じ姿をしていれば探すのは簡単だろうが、現時点で見つかっていない様子を見ると多分姿は別なのだろう。

漫画では強力なモンスターとなって何処かに潜んでいるとかそんな感じだが、そんな感じであれば既に見つかっているだろう。

 

ならば概念的なものか小さな動物になっているか、それか既に見つけていてあえて取り込んでいないのか?

姐さん自身の存在が小さく、もしかしたら半身に取り込まれて消えてしまう立場であったなら現状を維持するために逃げている可能性もあり、それを考慮すると反対に半身が逃げている可能性もあり得る。

半身同士の力が拮抗状態で意識の所有争いが見えない所で発生してるのでこうして地下で隠れている事も考えられる。

 

まあ、何にせよ。皆それぞれ事情があると言う事なのだろう。

 

「ありがとうな、俺は戻るよ」

「あ、ちょっと待ちなさい坊…」

 

正直トイレの我慢が限界だったので止めようとするオークを振り切りトイレへと逃げ込む。流石の巨体も男子トイレまで追ってくる事はできないだろう。

 

 

 

 

 

 

「戻ったぞ」

 

トイレから戻ると既に姐さんの姿はなく、シルフィーナがベットの上でちょこんと座っているだけだった。

 

「あの方でしたら先に帰るとの事です」

「そうか、ありがとうな」

 

どうやら色々と心労をかけたようで疲れてしまったのだろうか?

何にせよ決勝は明日で時間はもう遅く明日に備えて睡眠を取っておかなくてはいけないので、念の為早く寝ても不思議はない。

 

半身の件は姐さんが俺に話してくれるまで黙っておいた方が互いの為だろう。皆触れられたく無い話題はあるだろうしゆんゆんの合流を前に面倒事に巻き込まれるわけにはいかない。

分かれた所でもう会えなくなる事は無いのだから、全ての事を済ませて次に会った時にその件を手伝えば大丈夫だろう。

…特に根拠はないが。

 

「取り敢えず夜も遅いから寝るぞ、シルフィーナの寝床は用意されてないから俺の場所で我慢してもらう事になるけど大丈夫か?」

「はい、私は一向に構いません‼︎」

 

信用されている事はいい事だが、少し男に対してそろそろ警戒心を持ってもいい気がするのは気のせいだろうか…いや奴隷なんだから警戒しようと命令されたら逆らえないんだから必要ないのか。

 

少し複雑な気持ちで医療スタッフに礼を言いながら医務室を後にして、与えられた自室にシルフィーナを連れて戻る。

敗北者には部屋は与えない的な待遇を受けるかと思ったが、意外にそんな事は無かった様で普通に同じ様な部屋が与えられていたのでそのまま使用させてもらう事にした。

 

「それで、話って何だ?他の人が居ない所で話したいって事はそれなりに危険な内容なんだろ?」

「はい、この話は…」

 

部屋に戻り素材がよく分からないというか知りたくない物で作られた食事に手を付け、シャワーを浴びてひと段落した所でシルフィーナに向き直って話を始める。

彼女と俺の接点は主に退廃区か王都の情勢の二つなので、出来れば退廃区関係であって欲しいがわざわざ人のいない所と指定する以上後者なのだろう。

 

「カズマ様が姿を消されてから王都の情勢が変わりました」

「やっぱりか…」

 

予想はしていたが本能が目を背けていた事に無理やり向き合わされる。アイリが俺を誘拐している以上最高責任者が居ない状況で国を運営しなくてはいけなくなる為、その歪みを誰かが受け止めなくてはいけない事になる。

 

「王女が居なくなり最初はママ…ダスティネス様が指揮をとられて運営されていました」

「だろうな」

 

アイリの戴冠式の時点では権力はダクネスの派閥が握る事になったので、必然的にアイリに何かあった時に実権を得るのはその派閥になる。

 

「それでダスティネス家が国営の指揮をとっている隙にシンフォニア家が秘密裏に王女様を探すこととなり、クレア様自らが王都の外へ足を運んでおりました」

「やっぱりアイツが裏で動いていたのか…」

 

ダクネスがアイリの穴埋めをして余裕がない状態に付け込んでクレアがアイリを探していたのだろう。ダクネスの事だ多分自身の派閥の家を使って捜索をしていたがクレア程の執念は無かったので俺たちを見つけられなかったのだろう。

 

「それで、ある時クレア様が放心状態の王女様を連れて帰ってきたのです」

「そうなったか、と言うことは…」

 

やはりあの後アイリは俺の記憶を消したポーションと同じ物を飲まされてて記憶を消されたみたいだ。

 

「そうです、その王女様は王都に帰るやいなや今まで国営に勤めていたダスティネス派の人事を、ダスティネス家を除いた全てをシンフォニア家の派閥に人事変更したのです」

「マジか…」

 

記憶を消されたアイリはクレアにとって都合がいい様に色々吹き込まれたのだろう。

そうなってしまえばダクネスがどう手を尽くそうと洗脳されたアイリの命令によってその実権を失ってしまいクレアの思うように動かされてしまう。

 

俺達が必死に作り上げた盤面は、クレアにアイリを押さえられた事で全てがひっくり返されてしまった訳になる。

 

「それでダクネスが反旗を翻さないように名目だけの立場を与えて飼い殺しにされている訳か」

「そうです。ダスティネス家は殆ど実権を失い、ダスティネス派の家が改易されない事を条件に奴隷のように手を汚す仕事をさせられています」

「思ったよりも酷いな…だがクレアがそこまでやる様に指示していたのか?」

「それですが」

 

話を聞いている限りクレア率いるシンフォニア家が単独で起こしている様に見えるが、その手口が明らかに貴族のやる様なものとは一線を画している。

クリスが居なくなってから貴族相手に色々していたが、奴らは本当の地獄を知らないため何処かしらに甘い所が見える事があった。

しかし、今回の件といいクレアが行動を起こす時は総じて…何と言ったらいいのだろうかよく分からないが手際が良い上に残酷なのだ。とても普通の貴族のやり方に見えない。

 

そしてそんなやり方をする奴を俺は一人知っている。

 

「カズマ様の予想している様にクレア様の裏で糸を引いている方が居ます」

「やっぱりか、そいつの名は?」

 

正直俺の予想は当たってくれた方がいいものばかりだが、今回に限っては外れてくれた方が嬉しい。

 

「その方の名はアレクセイバーネスバルター、アレクセイ家の御子息で今は当主をされています。王女様の帰還と共に城へと戻り今は騎士団の一番隊を任され騎士団復興に尽力されています」

「…そうか。それでそいつが城にきて何も無かったのか?」

「いえ、ダスティネス様がその方が叛旗を翻した黒幕だと仰っていましたが、その言葉は王女様に一蹴されてしまいました」

「全てはアイツの計画通りか」

「そうですね、あの方がクレア様に指示をしている所前に確認いたしました。これは私の想像ですが王都叛逆の際に何か接触があったのでしょう」

「あの時か…」

 

多分城に攻め込まれ敗北して、牢屋に囚われてプライドも何もなくなって弱った所を漬け込まれたのだろうか?

奴はそのカリスマ性を利用してクレアのメスを利用して取り入ったのだろうか?俺には出来ない芸当なので想像は出来ないが利害では無く愛情を理由に従った場合己の命を省みない為、戦うとなれば命懸けになるだろう。

 

「それで王都に実権は事実上シンフォニア家の物になったと言うことか…」

「そうですね…」

 

王都に奴がいる以上クリスのいない現状でダクネスが今状況から巻き返す事は出来ないだろう。

だからと言ってこのまま放置というわけにもいかないが、今の俺が王都へ行った所で返り討ちに会うだけだろう。

 

こんな時にクリスが居てくれればと思うが、神出鬼没の彼女の姿が見えない以上多分彼女の協力は得られないのだろう。

 

「分かったよ、ありがとうシルフィーナ」

「はい‼︎それとクレア様は個人的にカズマ様を生かしておきたくない様で、部下に命を狙わせている可能性がありますので気をつけてくだい」

「ああ分かったよ」

「あと王都でしたらスクロールですぐ行けますので声をかけてください」

「ああ、姐さんの試合が終わって、転移できる場所が王都より遠い場所だったら頼もうかな」

 

気づけば日付が変わりそうになっている事に気づき話はここまでにして眠ろうという事になった。

明日は何がどうなろうと決勝戦が終わり、俺たちは再びアクセルへと向かわなくてはいけない事になる。その為にも睡眠は必要なのだ。

 

布団に潜り、そういえばシルフィーナの布団どうしようと思った所で彼女が布団に潜り込んできたのでそのまま寝る事にした。

何かもう布団に誰か入ってきても何も感じなくなっている俺がいる事に気づいたが、特に不自由は無いので気にしない事にして意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

「それではお待たせしました決勝戦です‼︎もはや二人のことは語るまでもありません‼︎好きな所で始めてください‼︎」

 

もはや互いの威圧感が凄まじく、早くこの場から退散したかったのか審判は過去最高に雑な口上を述べると速やかに姿を消してしまった。

そして互いに睨み合う二人にもはや会話というものは無く、審判の開始の宣言と共にオークの姿が一瞬して見えなくなり、何処に行ったのかと思い気づけばオークは姐さんの顔面へと拳を放っていた。

 

そのあまりのも早い殴打に前回の俺はなす術無くやられたのだが、その強力な一撃は姐さんの顔面に当たる事は無くやすやすと片手で受け止められていた。

 

「あら力を失ったと聞いていたのだけれども、やるじゃ無い‼︎」

「…ふん」

 

予想以上に歯応えがある相手だった事に内心喜んでいるのかオークのテンションが上がっている事がわかるが、その反面姐さんのテンションが下がっているのがわかる。

 

姐さんはオークの拳を詰まらなそうに払うと、お返しといわんばかりに奴の顔面に一発拳をめり込ませ会場中に鈍い殴打音が鳴り響いた。

 

「お…オゴ…」

 

そのあまりの威力にオークは悶絶するが、姐さんは容赦する事なく次の一撃を入れる為に拳を突き出しオークは危険を本能で察知したのかそれを寸で躱し距離を取る。

が、姐さんはその事を見越していたようで、オークの避難していた場所に魔法なのか炎の球体が瞬時に現れて向かって飛来していき、オークはそれを腕を犠牲にしつつ全て振り払いこのまま距離を取るのは危険だと判断したのか、先程とは打って変わって距離を詰める為に猛進する。

 

近距離には自分以上の腕力、そして距離を取れば魔法の攻撃。

両方の間合いに対して姐さんは攻撃手段を持っているため、オークは避難をするので精一杯なのだろう。

 

距離を詰め再び向かってくるオークの拳を体を後方へと翻しながら回避すると、今度は魔法によって作られた光剣が複数出現し一斉にオークに向かって射出される。それを見たオークは一瞬怯みはしたが最初に飛んできた光剣の柄の部分を器用に掴み、まるで自分の剣の様に振り回し残りの光剣を振り払い全てを爆発させた。

 

そして爆風が晴れると全身に火傷を負ったオークが姿を表し姐さんへと再び突撃をかけるが、その真横で炸裂魔法とやらだろうかめぐみんの爆裂魔法には遠く及ばないがそれに近い魔法が既に放たれており、気づけばオークの体は側方へと飛ばされる。

 

だが、そんな程度であのオークが負けるはずは無く、体勢を立て直した途端再び特攻を掛け、身に降りかかる魔法を全て己の肉体と根性で振り払い姐さんへと距離を詰める。

距離を詰めたところで放たれるオークの殴打は今までとは比べものにならない程の速さかつ威力で、数え切れない程の連撃が姐さんに放たれる。

 

その殴打の洗礼を姐さんは全て丁寧に払い退け処理し続け、オークの息が切れたタイミングで再び鳩尾に拳を突き上げる。

その無駄の無い一撃を受けてぐえぇと今までに無いほどの声を発したオークは少しよろけながらも後方に退がった。

 

「ぜぇ…はぁ…ぜぇ…はぁ…本当にやる様ね…半分になって力が弱まったのは嘘ってことかしら?」

「何を勘違いしているのか分からないけど、確かに私の力は当時の半分を下回っているわ」

「…の割には随分と余裕そうじゃないかしら」

 

幾たびの攻防戦を得て全身傷だらけになったオークが息を切らしながら姐さんに話しかける。

多分時間を稼いで体力を回復させる算段の様だが、その内容が気になっているのは多分本心だろう。

 

「あなた何か勘違いしているみたいだから教えてあげるわ、確かに私の力は弱まっているわ、けど、別にあなたが強くなった訳では無いのよ」

「なっ⁉︎」

 

姐さんがそう言った瞬間だった。

オークの足元から黒い絨毯の様な孔が開かれ、そこから無数の黒い手が出現したかと思うと、それらはオークの四肢を含めて全ての箇所をその手で掴み自身の根源にある地面の闇へと引き摺り込み始めた。

その光景は何処ぞのカードゲームのモンスター破壊の効果がある呪文に近い。何言ってるか分からないけど俺も分からないから安心してくれ。

 

「止め…離しなさい‼︎あなた正気かしら⁉︎今までの事は謝る…謝るから許して‼︎お願いだから助けて頂戴‼︎私これだけは嫌なの‼︎」

 

普段何があっても表情を崩さなかったオークの初めて見る焦った表情により、この状況がかなり不味い事になっている事に気づく。

俺が唖然としながらその状況を眺めていると、地面に開いた闇から生えてきた黒い腕達に引き摺り込まれる事に必死に抵抗しながらオークは持ちいる限りの交渉のカードを姐さんに提示して命乞いをしている。

 

「はぁ、必死な気持ちもわかるんだけどこれは悪いけど昔からの決まりでね…私の事を痛んだ赤髪と呼んだやつは一人残らずブチ殺しているんだ」

 

だが、その必死の交渉も虚しく、まるでゴミを見る様な目でオークを睨みながら姐さんはその手案を却下した。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ⁉︎」

 

その言葉でオークの心が折れたのか、抵抗していた力が徐々に弱まっていき恐ろしい程の巨体も虚しくズルズルと闇の中に引き込まれていき耳の鼓膜を破る様なオークの悲鳴が聞こえなくなり、会場にはお通夜のような静寂が訪れた。。

 

「勝者スカーレット‼︎」

 

オークの姿が見えなくなった事で勝利判定が出たのか今まで隠れていた審判が勝利宣言をしてこの戦いは呆気なく幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です」

「えぇ、中々にしぶとかったからビックリしたわ」

 

試合を終えた姐さんを迎えに行くと汗ひとつかいていない姐さんが涼しげに現れ、柄にもない事を言い出した。

同じオークと対峙したから分かるが、あのオークは決して弱くはない。姐さんはそのオークを遊ぶように殺してしまったのだ。

 

「これで大会も終わりね…まあ明日になればまた新しい大会が始まるのだけれど」

「そうですか」

「後はあなたを元の場所に帰せばお別れね」

「そうですね、寂しくなります」

「…柄にも無いこと言うわね」

 

大会も終わりこれでお別れかと思うと少し寂しいような気がしてきたので少しセンチメンタルになっていると、姐さんも同じ気持ちなのか少し悲しそうな顔をしていた。

まあ大会もお祭りみたいな物だし、終われば一抹の寂しさがあるのだろう。

 

「それで何処に行けばいいのかしら?記憶は戻ったのよね、ならあなたの住んでいる所の近くに転送するわ」

「それでしたらアクセルでお願いします」

「アクセル…ああ初心者の冒険者が集まる場所ね…って、あなたまだそんな場所にいるの?そのくらいの実力があればもっと良いところに行けるんじゃ無いかしら?」

「ああ、そうなんですけどあそこには家があるので拠点って感じですね」

「そうなの…やっぱり変わっているのね。残念だけれどアクセルへの道は無いわ…あそこの魔物が参加してもすぐ殺されちゃうもの、けど近くに転送場所があるからそこから歩いて貰う感じでいいかしら?」

「はい大丈夫です、ありがとうございます」

 

流石にここから直通で行ける事は考えていなかったが、歩いて行ける距離に転移場所があった事は不幸中の幸いだ。

最悪シルフィーナの転移魔法で王都から馬車で行こうかと思っていたので、大分早く帰れそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあこれでお別れですね。記憶を失った俺にここまでしてくれてありがとうございます‼︎」

「えぇ、あなたもよくここまでついてこれたわね」

 

あの後祝勝会的なものを開いたり色々あったりして楽しかったのだが遂に別れの時間が来てしまう。本当なら姐さんに着いてきてもらいたかったが半身の件もあるしあまり迷惑をかけたくは無かったので結局誘う事は出来なかった。

それと正直考えれば姐さんが俺にここまでする理由は無かったのだが、それを聞いてもはぐらかされるだけだったので結局最後まで分からずじまいだった。

 

「それじゃあ行くかシルフィーナ」

「はい、準備完了です」

「それじゃあ転送を始めるよ」

 

一応ここでやり残しは無いかシルフィーナに確認したが、特に荷物も無いので大丈夫だろう。

姐さんの見送りを受けながら俺は転移魔法の光に包まれ馴染みの浮遊感に包まれる。

 

「これから色々あると思うけど頑張るのよ」

「えぇ姐さんも頑張ってください‼︎また出会えたらその時に色々お礼しますので‼︎」

「…そうね。私的にはもう会わない方が…うれ…」

 

話の途中で転送が始まり最後の方は何を言っているのか分からなかったが、姐さんとはまた何処かで会えるような運命を感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ったく手入れくらいしとけよな…」

 

転移して着いた祠の様な場所から出たのはいいのだが、陽の光とともに現れたのは広大な草原ではなく生い茂った草木だった。

仕方なしにシルフィーナの協力を受けながら草を刈り、ようやく景色という景色を見れたと思うと目的地より少し遠くアクセルの外壁がギリギリ見えるくらいの位置であることがわかった。

 

 

 

 

 

「ここまでくれば大丈夫ですね。それでは私は一度王都に戻ります」

「え?何言ってんの?」

 

それから進んでようやくアクセルの大きな門に着きそうだと言う当たりで、唐突にシルフィーナがスクロールを開いて転移魔法を唱えようとし始める。

 

「久々の再会で私も嬉しく思いますが、カズマ様の目的を考えると、私は一度王都に戻ってもっと情報を集めようと思います」

「え?そうか…」

 

一緒に帰ってゆんゆん達にどう紹介しようか考えていたが、これで助かったなんて事を思うほど俺は鬼畜ではないがただでさえ少ない王都の情報源である彼女を隣に置いておくのは宝の持ち腐れだろう。

だが、それでいいのかと俺の頭の中で葛藤が始まる。

 

「安心してください、隠し通路で嗅ぎ回るだけですのでそこまで危険はありませんし定期的に連絡しに来ますので」

「ああ、悪いな…」

「いえ、これくらいでしかお役に立てませんから…」

 

どうやら奴隷になってしまった彼女にとっての存在理由は俺の役に立てるかどうかだけになってしまったのだろう、仕事を任せて頭を撫でると嬉しそうに笑った。

今までそんな素振りを見せなかった事を考えるとバーのマスターが仕込んだのだろうか?

 

束の間の再会に喜んでいたが、今の事情を考えるとそれが一番いいのだろう。

転移魔法のスクロールで王都へと戻っていったであろう彼女を見送ると、俺は一人寂しくそのままアクセルへと向かう。

 

 

 

 

久しぶりのアクセルは特に何もなかったように賑わっており、俺の事情はあくまで俺の事情なんだなと少し疎外感の様なものを感じる。

記憶を無くしてから出会いと別れを繰り返したせいで少し繊細になっているのかもしれない。

まあそんな事は気にしなければいいやと思い、俺の住んでいるであろう屋敷に戻ると中から馴染みのある気配が感じられた。

 

「ただいま、みんな悪かったな」

 

鍵は掛かっていなかったので不用心だなと思いつつも扉を開き中に入り、そのままいつものラウンジへと向かいそこで作業している二人に挨拶する。

 

「え?カズマさん?」

「カズマ⁉︎」

 

突如現れた人が俺であると思っていなかったのか、最初に見た光景は二人とも杖を構えた臨戦体制で驚いたが直ぐにその正体が俺だった事に気づいてからは、持っていた杖を落として俺に突撃するかのように抱きついてきた。

 

「よかった…本当によかった…」

「迷惑かけたな…」

 

抱きついてきて緊張が解けたのか、涙を流し始めるゆんゆんの頭に手を乗せながら落ち着くまで頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

「成る程な…これから俺を探す旅に出る所だったのか」

「そうですね…今までは日没前には戻ってきていましたが明日から本格的に探そうかと」

 

落ち着いたところで二人と向き合い、今何をしようとしていたのかを確認する。

現状ラウンジには大きな荷物があり、話を聞くにどうやら後1日遅かったらすれ違っていた事になっていた事実に戦慄したが、結果として再開できたのでその事は考えない様にした。

 

「とりあえず俺がこれからやろうとしている事を話すか…誰だ?」

 

二人を落ち着かせお茶を飲みながらアイリの誤解を解き、これからどうクレアなどに対抗しようかの作戦会議を開こうとしたタイミングで呼び鈴が鳴る。

 

基本的に屋敷に訪ねてくる人は限られているが、屋敷の周囲には無数の気配、そのうちの一つは俺のよく知る気配が混じっている。

これは状況的に不味いことになりそうだと俺の人生経験で培われた勘がそう告げている。

 

「二人とも荷物を持って屋敷からいつでも出れるようにしてくれ」

「どうしたんですか?」

「急になんですか?流石の私も説明してもらわないと困りますよ?」

「いいから、いいから」

 

嫌な予感がしたので二人にせっかく準備したであろう荷物を持っていつでも出られるようにように伝え警戒させる。それと何かあった時様なのか何故か俺の荷物もまとまっていたので都合がいいなと思いながら懐かしの装備との再会をして玄関へと向かう。

 

「久しぶりだなダクネス?顔色が悪いけど寝不足か?」

 

玄関に現れ俺を迎えてくれたのは全身を鎧でつ包んだいかにも屈強そうな兵隊と、それを指揮している血色の悪いダクネスだった。

シルフィーナの話を聞いていてある程度予想はしていたが、実際に見てみた彼女は俺の想像以上にやつれていた。

 

「悪いな…カズマ…これは仕方がないんだ…本当に…すまない…許してくれとは言わない…やれ」

 

ダクネスは拾ってきた捨て猫を親に飼っていいか尋ねたけど結果は駄目で、仕方なくその猫を元の場所に返す時の様なあの罪悪感に押し潰された感じに目を逸らして弱々しい声でそう言うと、それを合図に周囲の兵隊が俺を拘束しようと迫ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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三章
紅魔祭1


誤字脱字の訂正ありがとうございますm(_ _)m
今回は少し設定を追加しますので注意して下さい…


ダクネスの号令に従い後ろに控えていたダスティネス家直属であろう兵士達が俺たちを抑えに掛かってくる。

 

「…すまない」

 

罪悪感からか目線を俺から逸らしながら彼女は俺に謝罪する。

そこまで後ろめたいなら捕るのもやぶさかではないが、その先の事を考えればそれが悪手であることは考えるまでもない。

 

兵士達の掴みかかりを手で払い除け首の後ろを手刀で叩く。

正直漫画で見た技なので効果は無いだろうと思っていたが、実際にやってみると相手は物凄く濁った声を出しながら地面へと伏せていったところを見るに案外効果があるんだなと実感する。

 

ダクネスの兵士である以上俺の計画では味方にしなくてはいけない戦力なので殺してしまうなんて事は出来ない。

だが、たった3人でこの人数を相手にしてアクセルの街から逃げようとするなら兵士たちの目の前で仲間を数人は殺して相手に躊躇させる必要がある、

 

そうこう考えていると屋敷の後方から爆発音のような轟音が響いてくる。

多分この屋敷は包囲されていてそれから免れるためにゆんゆんが魔法か何かを使ったのだろう。

 

兵士を投げ飛ばし、武器を破壊して鳩尾を殴り抜き、ドレインタッチで体力を回復させつつ戦意を奪ったりしながら思考を巡らせる。

このまま行けば俺が捕まるのは時間の問題だろう。

単純に俺だけであれば逃げられるが、それだとめぐみんが捕まってしまう可能性が高くそれに付随してゆんゆんも捕まってしまうだろう。

 

状況だけを見ると非常に不味い。

具体的に何が不味いかは相手がダクネスだと言う点だろう。

 

相手がもしクレアであればフラガラッハの脅威があるが、まだ抜け出せる余地がある。アイツは俺たちの事を市民と見下し貴族である驕りがある分俺相手にわざわざ本気を出したりしないだろう。

しかし、今回の相手はダクネス。

アイツは俺の性格を理解している上にクリスとの付き合いも長い。

 

俺の作戦を組み立てる思考回路等々はクリスの指導を受けて作られているものが殆どで、それはその個人が行動する上で癖となって表れる。

つまりクリスの教えを守っている俺の行動はどうしてもクリスと類似してしまう。ではクリスの教えに背いた考えで行けばいいかと思うかもしれないが、それを現状の刹那の時間に行う事は中々に厳しい。

例え俺がクリスの考えに背こうとしても、必ず何処かしらに無意識に癖となって表れるのだ。

 

それを踏まえるとダクネスはクリスとの付き合いが長い分彼女の考えを俺よりも掴んでいる可能性がある。

故に俺とゆんゆんが別れて行動すると踏んで屋敷を大人数の兵士で囲み、逃げ場を防いだ上に小手先の技でどうにでも出来ないように数で俺を圧倒できる人数で来たのだろう。

 

普段はポンコツだと言うのに俺の時だけ優秀になるのはいくら何でも酷すぎるだろう。

よくゲームで味方になった敵役は弱体化を受けるといったものはよく見てきたが、裏切った仲間が強くなるなんて事はあまり見た事ない。

 

…さてどうするか。

今の所剣は抜いてはいないが、俺が剣を抜けば相手も抜かざるを得なくなる為怪我を負う危険が高くなる。

現状誰一人として剣を抜いていないのはここの兵士が王都奪還作戦で一緒に戦ってきた仲間だっただからだろう。共に死戦を潜り抜けてきた行為が仲間意識を生み俺を仲間と認めた上で、それでも仕方なく俺に危害を加えなくては行けない状況だと思い義理を通すために得物を使わない事で意思表示しているのかもしれない。

 

そうなればここで俺が得物を出すのはそれを踏み躙る事になる。

彼らを戦力に加えなくては行けない以上、俺達が正当防衛以上の危害を加える事はこれから先に必要な信頼関係にヒビを入れる事になる。

 

「ダクネス‼︎」

 

力や小手先ではどうにもならない以上、この場を穏便に済ませる為に俺に出来るのは交渉だけである。

現状俺が切れるカードは無いが、それはダクネスから事情を聞いて考えればいい話である。

 

「悪いな…ここでお前と会話をする事は禁じられている」

「…くそ‼︎」

 

ダクネスに話しかけるが彼女は俺に目線を合わせる事は無く、まるで台本で決まっていたかの様にそう言った。

多分彼女の隣にいる動かない兵士が監視役として着いているのだろう。

 

「…仕方ないか」

 

もはや俺に出来る事は無く、何も失わずに事を落ち着かせる選択肢は無いのだろう。

 

「カズマ‼︎助けに来たぞ‼︎」

「え?」

 

これ以上構っている事は無理だろうと判断し仕方なしに剣の柄に手をかけようとしたタイミングで少し離れたところから声が聞こえてくる。

その声は久しぶりに聞いた声で、その正体は

 

「ダスト⁉︎一体どうしてここに?」

 

俺の悪友ダストが援軍として現れ、彼の後方にはアクセル中の冒険者達が血気盛んに着いてきていた。

 

「このアクセルの街でお前の事を聞き回っている奴がいてな、それで俺の仲間がお前を見たって言っててもしかしてと思って来て見たらこんな状況だったからな。暇そうな奴らを連れて助けに来たぞ‼︎」

「何だと⁉︎」

 

流石のダクネスも監視役も予想外の展開だったのかダスト率いる街の冒険者の軍団に驚愕しながら対応するように兵士に指示を出す。

正直街の冒険者からはいつもたかられて不満しか無かったが、その辛酸を舐める日々が報われる時が来るなんて流石の俺も思っていなかった。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉアクセルの冒険者を舐めるんじゃねぇーーっ‼︎」

 

三対集団の戦いから集団対集団の戦いになり、俺の屋敷の前が戦場へと変わる。

もはやどう収拾がつくのかは分からないが、現状が好転したことに変わりはない。

 

「カズマ‼︎」

「ありがとうな」

「おうよ‼︎それで話だがおおよそはシスターから聞いたぞ、とりあえずここは俺達に任せてしばらく何処かで身を隠してくれ。この街はお前の帰る場所だからな必ず何とかして見せる」

「ダスト…」

「へへっ‼︎お礼なら今度サキュバスの店で奢ってくれよな‼︎」

「ああ‼︎二人で一番高いフルオプションで行こうぜ‼︎」

 

ガシッと俺たちは握手をし、漢の約束を取り付けるとそのままゆんゆん達の方へ向かう。

 

「カズマさん‼︎」

「待たせたな‼︎、話は後で考えるとして一旦アクセルから逃げるぞ‼︎」

「分かりました‼︎」

 

潜伏スキルを使いながら身を隠し戦いの渦中をすり抜けるように俺達は街の端へと移動する。

 

「それで何処に行くと言うのですか?出来ればあまり人のいない所が私達には都合がいいですが?」

「そうだな…」

 

着いたところでどこに逃げるかを考えていなかった事に気づくが、そこはここまで逃げる事に必死だったので許してほしい。

 

「それじゃあ紅魔の里に行きませんか?そろそろあの日も近いので」

「あの日?」

 

時間が無い焦りがあるのでいつもより思考がまとまらないという制限があるなか頭を捻っているとゆんゆんが申し訳なさそうに手を少し挙げながらそういった。

 

「そうですねゆんゆんにしてはいいこと言いますね、カズマ事情は後で説明しますので今はこの街から出ましょう」

「ああそうだな、それじゃあゆんゆん頼む」

「え?あ、はい…………すいません何を頼まれたのでしょうか?」

「え?」

 

事情は分からないがめぐみんが提案したので何かあるのだろうと思いゆんゆんに転移を頼んだのだが、彼女はその意図が分からなかったみたいでキョトンと首を傾げながら説明を求めてきた。

 

「いやだからテレポートで紅魔の里へ行こうって話だったじゃん?」

 

テレポートを使用していたのはアイリと住んでいた村から脱出する際に確認していたので習得しているもんだとおもっていたが、もしかしたらそれに似た何かだったのかもしれない。

 

「ごめんなさい…テレポートを習得してから紅魔の里に行っていないので登録がまだなんです…」

「え?」

「いいですか?テレポートは実際にその場所に足を運んでその場所を座標にして登録しないといけないのですよ」

「そうなの?」

「めぐみんの言った通りです…」

 

どうやら俺が思っていたテレポートと実際のそれは違ったようで、ゲームのショートカットの様に便利なものでは無かったようだ。

 

「まあ、仕方ない…あまり行きたくは無いけど前と同じ順路で行こうか…」

「そうですね…」

 

紅魔の里へと行くとなるとあのオークの集団の居た平原を進まなくては行けない事になる。

その時俺にトラウマを植え付けたオークは既に姐さんに始末されているが、だからと言って新しいトラウマが生まれない事を保証するものでは無いのだ。

 

「まあいいや…今から馬車を借りて行こうか…」

 

紅魔の里へはアルカンレティア付近へ馬車で進みそこから徒歩で進むしかアクセスが無い。

なのでゆんゆんがテレポートを使用できると記憶を取り戻したときは歓喜したのだが、現実はそう甘くは無かったようだ。

 

 

 

急ぎで馬車を貸切りアルカンレティアへ向かう。

この経路をダクネスに辿られると厄介だが、彼女が俺らに追いつくであろう時間には既に里へ着いているので問題は無いだろう。

そう思いながら馬車に乗り込み途中での停車を全て飛ばしてアルカンレティアまで飛ばしてもらう事にした。

 

「それで?何か都合があるとか言っていたけど何があるんだ?」

 

念の為に見張を交代で行いながら目的地に向かい現在はゆんゆんが担当している状況で手持ちぶさなのでめぐみんに先程言っていたことを確認する事にした。

 

「そうですね…そろそろ紅月の日が近いので折角なら里帰りでもと思いまして」

「紅月?リンゴか?」

「リンゴ?何でリンゴが出てくるんですか?」

 

紅月と聞いて青森で食べたりんごのことを思い出したので言ってはみたが、結果はどうやら違った様でめぐみんにもキョトンとされる。

 

「…まあいいとして、それでそれがあると何があるんだ?」

「そうですね…色々ありますが簡単にいってしまえば魔力がうまく制御できなくなります」

「え?マジかよヤバイじゃん」

 

まるで何とも思っていないかのようにサラッと彼女はとんでもない事実を告げた。

 

「魔法が使えなくなるってことか?」

「いえ、そう言うわけでは無いのですが…まあ簡単に言ってしまえば魔法が暴走しやすくなるといえばいいのでしょうか?」

 

めぐみんには珍しく困惑しながらどう説明したほうがいいか分からないと言ったように腕を組みながら唸る。

 

「制御が難しいから加減ができないって言いたいのか?」

「まあそう捉えてもらった方がカズマにはいいかもしれません。他にも色々ありますが本能が剥き出しになったりと他にも色々と制御が出来なくなったりしますね」

「へぇーそれじゃあ何も無かったらどうしてたんだ?今回みたいに実家に向かったのか?」

「何もなければそうですね、多分に屋敷の部屋で落ち着くまで閉じこもって居ましたね」

「そんなんでいいのか?」

「アクセルの街は比較的安全なので問題ないかと思いまして」

「そう言うもんか?」

「そう言うものです」

 

どうやら彼女達にも彼女達の理由がある様でこうして色々と向き合っているのだろう。

と言うか今更そういう事を言われるといざと言う時に対処できなくなるのでやめて欲しいところだが、人間一つや二つは知られたくは無いこともあるのだろう。

 

「だから下手な場所に潜伏しないで安全な紅魔の里に行こうって事か」

「そういう事になりますね、まあこないだまで居たので懐かしい気はしませんが」

 

そう言えば俺がアイリのゴタゴタを片付けている間の二人は紅魔の里の再建をしていたんだなと思い出す。

折角戻って来たのにまた里に戻ると言うのも何だかなと思うが、今は緊急事態なので仕方あるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬車により俺たちは無事にアルカンレティア前に着き、そこから紅魔の里へと歩いていく事になる。

里への道は基本的に平原なので追ってくれば分かりやすくて助かるが、それは相手も同じなので気をつけたいところだ。

 

「あの…私達は何故ダクネスさんに追われているのでしょうか?」

「ああ、そうだった説明してなかったな」

 

歩きながら周囲を警戒しているとゆんゆんが思い出したようにそう言い、そう言えば説明しようとしたタイミングでダクネスが襲撃して来たなと思い返す。

 

「話せば長くなるんだけどな…」

 

そこから俺はクレアに妨害された所から何があったのかを説明する。

村の部分とシルフィーナの件は、説明すれば多分記憶がなかったと言っても酷い目に遭わされそうなので、その部分はあえて何も言わなかった。

 

「そう言うことがあったんですね…だからダクネスさんはあんなに悲しそうな顔をしていたんですか」

「まあそう言う事だな、貴族にも貴族の立場があるからこう言った事は仕方がない部分もあるよ」

 

貴族に対して知ったかぶった態度をとり話を強引に進める。二つの件を省いているので考える時間を与えると抜けた情報の存在に気付きかねないのだ。

 

「とりあえずアクセルはダストに任せて俺は情報を集めようかと思っている」

 

何をするにもまずは情報が必要なのでシルフィーナの情報提供を含めてまずは変わってしまった王都の政治事情を集めなくてはいけない。

だが、これからいく紅魔の里は俺の求めている王都の政治事情から最も遠い所に位置しているので、結果として無駄足になってしまう可能性も否定できないが、めぐみんから聞いた二人の事情を考えると必要な儀式みたいなものだろう。

 

これから先一人で国を相手にするのは難しく、必ず何処かで彼女らの協力が必要になる。

多少時間を無駄にしたとしても二人を大切にしなくては何処かで後悔してしまう気がしてならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから俺達は歩きに歩き途中例の植物とかと再会を果たしたりオークとの戦闘を繰り広げてたり野宿したり大変だったが無事に紅魔の里へと辿り着く。

時間は既に夕方でそろそろ綺麗な夕焼けが見えそうだった。

普段なら何もなく普通の村みたいな感じに入れるはずだったが今回は何故か全身を鎧で固めた騎士みたいな人達が居たので念の為認識阻害のスキルを使用し近付く。

 

認識阻害のスキルは基本的に自身よりも低位の存在かつ自身の姿を知らない事を前提にしなくては発動しないスキルだが、関所の辺りから何故か指名手配されているので念の為やっておいて損はないだろう。

もしダクネスが先回りして兵士を派遣していたらここで詰んでしまう危険性があるが、兵士の配置から見て里を守っている様なので多分俺の考え過ぎだろう。

 

「あの…すいません紅魔の里に用事があるのですが…」

 

申し訳なさそうに入り口を守っている兵士に話しかける。

 

「ああ、旅の方ですか?申し訳ありません現在紅魔の里は紅魔祭に向けて外部の人の立ち入りを遠慮してもらっているんですよ」

「…へっ?紅魔祭?」

 

初めて聞く単語に変な声を出してしまい羞恥心でこ死にたくなったが、めぐみんから聞いてないと自身に言い訳をして乗り切る。

 

「あーすいません私達紅魔族で、この男は私の仲間ですので通していただきませんか?」

 

そんな俺を見かねてかめぐみんが俺を押し退けて前に出て来たと思ったら兵士に向けてそう言った、

 

「紅魔族…確かにそのおかしな格好は紅魔族だな、例え潜入しようとしてもそんな格好だけはしたくないからな」

「何ですと⁉︎貴方達は私に喧嘩を売っているのですか‼︎」

「落ち着けめぐみん、すいません分かっていただけたら通して貰ってもいいですか?」

「ああ、構わないよ、君も大変だね」

 

何故か煽られてキレるめぐみんを宥めながら同情される光景に疑問が無くはないが、現状トラブルを起こすわけにはいかないのでここは穏便に済ませる事にする。

 

 

 

「何ですかあの兵士たちは⁉︎」

「まあまあ言わせておけばいいじゃない」

 

里に入る事は成功したがそれでも格好を馬鹿にされた怒りは消えていないようで、プンスカ怒りながら文句を言うめぐみんをゆんゆんが隣で宥めている。

 

「それで紅魔祭ってなんだよ?」

「紅魔祭は紅月の日に行われるお祭りみたいなものですね」

「へぇ、そうなんだで何するお祭りなの?」

「特に何かすると言うことはありませんが、皆屋台を出したり出物をしたりして楽しいですよ?」

「へー楽しいですか?私はゆんゆんが参加した所見た事ありませんが今ままでのもので何が一番楽しかったんですか?」

「そ…それは…」

「やめとけめぐみん…」

 

先程の怒りが消えていなかったのかその矛先がゆんゆんに向いて来たのでやめさせる。

 

「それであの兵士は一体何なんだ?いつもこの時期になるといるのか?」

 

一番気になるのはそこだ。

もしいつも居ないのであればあの兵士たちの目的は俺達になるのだろう。

 

「いえ、いつも紅魔祭の時はこうして王都から騎士の方を派遣して貰って周囲から警護して貰うんですよ」

「警護って必要なのか?シルビアの時は確かに危険だったけど普段は魔法を使えるんだから大丈夫だろ?」

「いえ、紅月の時の私達はいつもの様に魔法が制御できなくて危険なので何かあった時に対処できる方々が必要なんです」

「そう言うもんか」

 

強過ぎる力には必ず制御がつくとは言うが、紅魔族にも何かしらの制御機構でもあるのだろう。

その兵士たちの鎧などを見ていると騎士団の紋様があるので騎士団の連中だと推測する。

まあそれはそれとして騎士団の連中らも昔からのルーティンでこの里に来ている為俺がいるなんて事は考えていないだろうし、わざわざ居るか分からない俺を探したりもしないだろう。

俺の捜索はあくまでダクネス率いるダスティネス派の仕事で王都直属の騎士団の仕事ではないのだろう。騎士団も所詮は俺達の世界で言う公務員の様なもので、例えるとついでに出来そうな仕事でも裁量権が与えられなければ何も出来ないという悲しき制約があるのだ。

 

「なあ、めぐみん?」

「何でしょうか?」

「お前の爆裂魔法が暴走するとかあるのか?」

「えぇ⁉︎」

 

ふと疑問に思ったので聞いてみると何故かゆんゆんが隣で驚愕の声をあげていた。

…一体何でお前が驚いているんだとツッコミたくなったが、答えが帰ってくるまで黙っておく事にする。

 

「安心してください、爆裂魔法の発動は中々に繊細で難しい工程を含みますので、魔力が暴走したとしても勝手に発動したりしません」

「そうなの…よかった…」

 

ほっと一安心したのかゆんゆんは胸を撫で下ろした。

 

「それとも今ここで試してみますか?魔力の暴走が入るのでもしかしたらいつもより威力の高い爆裂が観れるかもしれませんよ‼︎」

「えぇ⁉︎」

「やめとけって、と言うかまだ紅月じゃないだろ?」

「…確かにそうですね」

 

俺の発言を挑発と受け取ったのか、めぐみんは持っていた杖に魔力を集め輝かせて脅かしてくるのでそれを全力で止める。

 

「それにしても厄介だな紅魔族は…」

 

先を進む二人の後ろでボソリと呟く。

最初に紅魔族の存在を知った時は反則だなと思ったが、知れば知るほどに色々と力に見合った制約があるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「お父さんは騎士の方と話しているみたいですね」

 

俺の宿泊所確保の為ゆんゆんの実家に入り挨拶をしようと思ったが、既に先客がいたようで隊長らしき人物が客間で族長と何やら話をしている。

話の内容を確認したかったが、その隊長は何かを恐れているのか室内であるにも関わらず俺よりも高位の認識阻害の付与されたフルフェイスの兜を被りながら対話をしているようだ。

変人なのかそれとも大物なのか分からないが族長の態度からそいつがいかに信用されている存在かが伺える。

 

 

そして部屋の前で待つこと数分、話が終わったのか団長が部屋を退室し俺の目の前を通る瞬間、兜の中の闇が俺の存在を認識したような気がし全身に悪寒が走る。

あの団長は仮面で全てが隠されているがその身のこなし方からして多分只者ではないだろう。だがあれ程の実力を持った奴が騎士団に居たなら王都奪還の際に何かしら出来た筈だと思ったが、ここに派遣されている時点でもしかしたら王都外を仕切っている者なのかもしれない。

 

ならばあの時に参戦して居なかったのはこうして別の任務について居たので仕方なかったと言える。

 

 

「おや、久しぶりだねカズマ君。あの一件では色々と世話になった様だね、遅くなってしまったが感謝を伝えよう」

「いえ、とんでもございません」

 

それから入れ替わるように執事の爺さんに案内されるがまま客間に入り、早々に族長に感謝される。

 

「娘からはアクセルの屋敷で過ごすと聞いていたが、何かあったのかね?」

「それなんですが…」

 

とりあえず族長には余計な心配をさせないようにある程度のぼかしを入れながら追われているので匿ってほしいとだけ伝える。

 

「成る程…よく分かった。君は娘が選んだ人だ。事が落ち着くまでここに居るといい、外の騎士には私の方から伝えておこう。なに、安心してくれ彼とは先代からの付き合いでね、例え君が王都から狙われていれも彼なら知らぬ存ぜぬで居てくれるさ」

「ありがとうございます」

 

どうやら深くは追求しない様で最初の話だけで納得し色々便宜を図ってくれる事を約束してくれた。

 

「では二人とも悪いのだけれども少し席を外してくれないか?私はカズマ君と二人だけで話がしたいんだ」

「分かりました?」

 

話が済み、これから次の会議があるから席を外してくれと言われるかと思ったがそんな事はなく、族長は俺に誰にも聞かれたくない話があるのか分からないが娘であるゆんゆんとめぐみんに席を外すように伝え、二人は頭にクエスチョンマークを受けべながら返事をして部屋を出て行った。

 

「…」

「…」

 

そして二人きりになったところで気まずい空気になり部屋に沈黙が訪れ、屋敷の窓でゆんゆんとめぐみんが何をしようか相談している様子が見える。

 

「それでだカズマ君、娘とはどこまで行ったのだね?」

「え?」

 

沈黙を最初に破ったのは族長だったが、今回俺と話したかったのは族長ではなく父親としてだったようだ。

てっきり何かあるのかと思って警戒していたのだが、これはこれでまた別の危険性が出てくる。

 

「そうですね…娘さんとは仲良くさせて頂いて居ます…」

 

父親を前に変な事を喋って墓穴を掘らないように慎重かつ丁寧に言葉を選ぶ。ここで少しでも言葉を間違えれば俺の人生計画は根底から崩れていくだろう。

 

「…そうか、すまない質問が分かりづらかったかな?では質問を変えようあまりこういった直接的な表現をするのは好きではないが…そうだね孫の顔を私はいつ見れるのだろうか?」

「ブゥーーーーーっ⁉︎」

 

あまりにも直接的な表現に思わず口に含んでいたお茶を吹き出してしまう。

 

「な…何を仰っているので…しょうか?」

 

漫画では誇大表現ではないかと思ってはいたが、いざ実際に同じ立場に立たされるとあながち嘘ではなかったんだなと実感させられる。

 

「紅魔族の女性はそう言った行為をすると目の色が変わるのだよ」

「マジすか⁉︎」

 

族長の発言を聞き思わず千里眼で外にいるゆんゆんの瞳を覗き込む。

 

「…まあ嘘だけどね」

「嘘なのかよ⁉︎」

 

族長の前にも関わらず勢いでテーブルを叩いてしまう。

流石にそれは無礼な行為だが、今回の件に関しては向こうに非があるのでそこは許して欲しいところだ。

 

「だが君の反応を見て確信したよ」

「クッ…殺せ⁉︎」

 

思わずダクネスの言いそうな台詞を吐いてしまう。この状況からわかる事はこれから俺にとって辱めを受ける以外の選択肢が選べない事を示している事だ。

 

「安心してくれ、別に責めるわけじゃない。寧ろ君には感謝しているんだ」

「感謝…ですか?」

「前に一度説明したとは思うけどあの子はこの里に馴染めていなくてね、外に出て悪い冒険者に酷い事をされて戻ってくるかと思っていたのだよ」

「…そうですか」

「それに娘はもう14だ、妻もその頃にゆんゆんを産んでね。私もそろそろ長くは無い、身せめて最後に孫の顔を見てから逝きたくてね…」

「でもお義父さん感知スキルで生命力を見るとピンピンしていてまだ生きられそうですよね?」

「それは言葉の綾だよ、君もあの事一緒に過ごしてきたから分か…確かにあの子はあまりここの表現を使いたがらないね、失礼失礼」

 

先程のまでの威厳は何処へやら、必死に取り繕うとしているがまるで孫を相手にする爺さんの如く鼻を伸ばしながらデレデレしているのを隠しきれていない。

何だか先程まで緊張していた俺が馬鹿みたいになってきたのでここらで肩の力を抜く事にする。

 

だが、そんな事の為にわざわざ俺を一人ここに残すのだろうか?

 

「旦那様失礼致します」

 

そう思っていると扉からノックと執事の声が聞こえ、族長がそれに返事をすると執事が頭を下げて部屋の中に入ってくる。

 

「これを」

「ふむ」

「やはり結果は変わらないみたいです」

「そうか…分かった」

「では失礼します」

 

執事は手に何処かで見た事のある紙束を持って族長の元へ向かい、それを族長は受け取るとフムと頷きながら一読し何かに納得したのか執事を後ろに下げる。

その紙束は前に占い師に頼んで調べた俺の素性の書かれた用紙にそっくりだという事に気づく。

 

「済まない…やはりこうなったか」

「あの…一体何が起きたんでしょうか?」

 

場の雰囲気が再び重苦しいものになった事を肌で感じ恐る恐る何が描かれているかを確認する。

 

「ああ、折角来てくれたところ申し訳ないのだけれど…」

 

族長はこの事実を俺に告げようか迷っている様子が窺えるが、その事を俺に伝える事は決まっていた様で少しだけ悩んだ末それを俺に伝える。

 

「この紅魔の里はこの紅魔祭を持って滅びると占いで出たのだよ」

「え?」

 

突如告げられた予想外の回答に俺の思考は停止した。




しばらく休みます


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紅魔祭2

遅くなりました、自身を取り巻く環境が変わりましたので暫く投稿できないかもしれませんが、出来る限り描いていこうかと思います…
誤字脱字の訂正ありがとうございます。


「え?どう言うことですか?」

 

族長の口から告げられた言葉に驚きを隠せず、思わず言葉が出てしまう。

 

「そのままの意味だよカズマ君。紅魔の里はこの紅魔祭を終える前に滅びる定めにあると言うことだよ」

 

質問に対して答えは適切なのだが、理由を聞いたのだからその説明をして欲しいものだ。

 

そんな俺の気持ちを察したのか、族長は窓の外でどうするか話し合っている様子の二人を眺めながら話を続ける。

 

「前に君の素性を調べた時があったね」

「えぇ、そうでしたね」

「それはこの里に居る占い師に頼んで観て貰ったものなんだが」

「そうでしたよね…」

「そしてこの里の行く末については定期的に彼女に占って貰っているんだが、今回嫌な予感がしてね…こうして占って貰った結果、用紙にはこう記されているんだよ。紅魔の里は紅魔祭を終える前に滅びを迎えるだろうと」

「…」

 

場の重苦しい雰囲気に思わず言葉を発せなくなった。

だが、ここで黙っていては話が進まなくなってしまうのでできるだけ状況を把握できるように努める。

 

「それはどういった理由なんですか?前みたいに魔王軍幹部が攻めてくるみたいなそんな感じですか?」

「その理由を言いたいところなんだけどね、それについては全く見当がつかないのだよ」

「え?」

 

族長の発言に驚愕し言葉が漏れる。

流石に日本にいた時の記録までは読んでいなかったが、それでも俺がこの世界に来てからの記録を当てた占い師が紅魔の里が滅びる事を予想してその理由がわからないなんて事はあり得るのだろうか?

 

「占いの結果この里が滅びる結果は分かったのだが、それ以外の過程が映し出されていないのだ」

「つまり、魔王軍の妨害ですかね?」

「そうかもしれない、だがそれではないのかもしれない。念の為彼にこの里の防備を固めてもらうがそれで解決するとは思えない」

 

族長はできる限りの事はするがそれでも万全では無い事を俺に伝える。

 

「病気とかそういうものとかあるんじゃないですか?」

「無いとは言い切れないな、だが仮に魔法で治せない伝染病が蔓延したとしてこの数日で滅ぼせるに至るだろうか?」

「なくは無いですけど確かにスパンが早すぎますね…」

 

確かに期間を考えれば感染症のリスクは大分低い。

この世界での病気の類は全て回復魔法で治す事ができると言われているが、原則あれば例外ありでもしかしたら回復魔法の効かない病気が存在するかもしれない。

だが、仮にそんなものがあったとしても必ず潜伏期間なるものが存在し、あの有名なエボラですらこの短期間で里を滅ぼすことは出来ないだろう。

 

「まあ、君にこの話をしたのは何かの運命かと思ってね」

「え?」

「以前この里が魔王軍幹部に襲われた時に君がこの里にやって来た事を思い出すと、君の帰郷は何かの意味があるんじゃないかと思うんだよ」

「そうでしょうか?」

 

一体俺に何を期待しているのか分からないが、あまり俺を当てにされても困ってしまうのが俺の本音だ。

この紅魔の里を助けたい気持ちは誰にも劣ってはいないが、それでも今の俺の現状を考えると解決しますと、とてもじゃないが胸を張って言えるものではない。

 

「それで族長は俺に何をして欲しいのですか?」

「そうだね、君の事情を考えなければ今すぐゆんゆんを連れてこの里から退避してくれと言いたいところだが、生憎君は狙われている身だ」

「そうですね…この里には俺達が王都に反撃をするまでの支度が整うまで身の安全を確保して貰いたくてここに来たわけですからね…」

 

ここで逃げろと言われたところで行く当てが無いので結局危険なことに変わりはないのだ。

 

「私たちはこの結果に抗うつもりだ、だからこそ君にも手伝ってもらいたい」

「分かりました、それで俺は一体なにをすればいいんですか?」

「それは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いですよ‼︎紅魔祭は今日からなんですからもう始まっているんですよ‼︎」

「ああ、悪い悪い」

 

屋敷を出るとめぐみんの姿は無く、門の前でゆんゆんが一人で俺の事を待っており、これから祭りがあるので付き合って欲しいとのことだった。

正直このタイミングで祭りを楽しめなんて酷な事を言うもんだなと思ったが、今までの事を考えるとこの辺りで一度息抜きをしておかなければこれから先精神が持たないだろう。

なのでこれはあくまで必要な行為であってただ祭りを楽しみたいわけではないのだ。

 

「それで?紅魔祭って一体何やんだよ?魔王城に魔法でも打ち込んでどれだけ損害を与えられたか競い合うのか?」

「違いますよ⁉︎そんな事この里のみんなからすれば日常茶飯事です‼︎紅魔祭は里の大人達が屋台を開いてお父さん主催の出し物があったりするんですよ」

「へー結構まともなんだな」

「そうですよ、私たちもいつまでも変なことをしているわけではないんです」

「あー、その自覚はあったんだ」

 

ゆんゆんの発言を聞きこの祭りが普通そうで安心したが、それはあくまでゆんゆんの意見なので安心はできない。この里で育ったゆんゆんの常識はこの里の住民と比べれば普通なのだが、アクセルの住人と比べると些かズレているところがあるのだ。

 

 

 

 

族長からの命令は曖昧なもので今日はゆんゆんの息抜きに付き合ってくれとの事だった。

 

「そんな事でいいんですか?里周辺の情報を集めてこいとか結構得意ですよ」

 

族長からの頼み事は俺の予想していたものとは違い、今まで通りに娘と過ごして欲しいといったものだった。

俺としては遊んでいた方が気休めにもなるし大歓迎なのだが、世話になる予定の里のみんなが危険に晒されると言うこの状況で気軽に遊べるわけではないのだ。

 

「そうだね、確かに君からしたらこの状況で何もしないというのは歯がゆいものだろうね。だけど私もいつかこうなると思ってね、この日のために彼と色々相談し準備しているのだよ。だからこそ本来来るはずでなかった君達に何かされるとかえって計算が崩れてしまう危険性がある」

「…そうですか、分かりました」

「すまないね、私も族長である前に一人の父親なんだ」

 

この場では言えないが族長はこの里を守る事に集中する為に一番の悩みである娘の安否を確保したいのだろう。

そのナイトの役目を俺に任せてくれるのは嬉しい事だが、この状況下でのこの役割は俺にとってはかなりの重荷だ。

 

「それで君に渡しておきたいものがあるんだよ」

「これは…」

 

族長より差し出された紙を丸めたものを受け取りそれを広げるとそれはこの里の全体の見取り図で、その端の方に後から書かれたのか道が追加されていた。

 

「この里からの抜け道だよ。もし私たちの作戦が失敗した時にゆんゆんを連れて逃げてくれ。もちろんあの子は里に残った者を救おうとすると思うが君はそれを無視して連れて行ってくれ」

「族長…」

「これは里の外の人間である君にしか頼めないことだ、もしこれが里の人間にバレれば私は越権行為で叩かれてしまうだろうからね」

「分かりました、なんとしてもゆんゆんは助け出して見せます」

「ああ、よろしく頼むよ」

 

族長の握手に答え、里を犠牲にしてでもゆんゆんを救う事を誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで紅魔祭はどうやって楽しむんだよ?」

「そうですね…説明するよりかは実際に周った方が分かりやすいと思います」

 

族長の話にある最悪な事態はもしもの域を出ないものなので、族長の言う対策とやらが上手く作用すればこの紅魔祭もただの楽しいお祭りで終わるのだ。

ならば下手な事を考えていないで今の状況を楽しんだ方がみんなの為になるだろう。

 

「それじゃ行きますよ」

「お…おう」

 

久しぶりのお祭りに張り切っているのか、彼女はのんびり歩いている俺の手を即座に掴かみ里の広場の方へと引っ張っていき、いきなり重心を崩された俺はなす術なくそのまま彼女の行きたい所へと連れて行かれた。

 

「これがお隣さんが出しているお店ですね」

「えぇ…」

 

ゆんゆんに案内された最初の出店はよく見る綿飴屋さんだったが、その色が真っ黒で屋台の名前が漆黒の闇の残滓といかにも紅魔族ネーミングだったので少し引いてしまった。

 

「どうです?カズマさんも食べますか?」

「いや俺はいいかな、ゆんゆんのを少し貰うよ」

「え?私のですか?」

「別にいいだろ?どうせこの後他の店も回るんだからさ」

「…まあそうですね‼︎どうぞ」

 

モクモクとゆんゆんの体内に吸収されていく漆黒の闇の残滓を美味しいと思えるはずも無かったが、ここに来て何も食べないと言うのもそれはそれで癪なのでゆんゆんが食べている物をもらう事にした。

最悪不味くても少量で済むし、美味しければもう一つ頼めばいいのでこのお裾分けシステムというのは中々に有用な考えだ。

 

「うーむ、ただの綿飴だな」

「一体何だと思ったんですか?もし刺激が欲しいのでしたらそこの闇に走る閃光味とかどうでしょうか?」

「え?まだ種類があんの?」

「はい、光の線に使われているお菓子が口の中で弾けてパチパチ鳴って結構刺激的ですよ、私は…まあ苦手なので食べませんが」

「へー要するにワタ○チみたいな感じか」

「何でしょうかそのワ○パチって?」

「いや何でもない、俺の地元にあった似たようなお菓子かな」

「そうなんですか?アクセルに行く前に色々と寄りましたがどこにも無かったのでここだけの物かと思っていましたが、世界は広いんですね」

「そう言う事だな」

 

どうやらゆんゆんは子供の時に一通りの味を味見させてもらったらしく他にある味の説明を受けたが、中々にぶっ飛んだ内容な物ばかりだったので途中から考えるのをやめた。

 

「次は的当てをしましょう、ちなみにこのお店の最高得点を叩き出したのは私ですから‼︎」

「へーそうなのか」

 

次に案内されたのは的当ての店で、この世界にはまだ銃の概念が無い為、射的が投げナイフに切り替わったような感じだが撃ち落とすのは景品ではなく硬い素材で作られたデコイで、それが店中に並べられた奥行きのないテーブルの上に置かれ投げたナイフが当たれば、その衝撃でデコイは後ろに移動し地面に落ちて一カウントとなりその数で景品と交換といった物だろう。

 

「ちなみに今回の最高得点の景品は紅魔族特製のマナタイトの装飾です‼︎」

「へー凄いなそれは」

 

景品はたくさん種類があり、得点ごとに景品が得られるようだがやはり規模が小さいお祭りの宿命か、景品に子供騙しが多くそんなもんかと思っていたが一番の高得点…要するにゆんゆんの点数を超えればまるで何処かの巨匠が作成した作品のようなマナタイトの彫刻が得られるらしい。

 

屋台の店主に金を払いナイフを受け取り、テーブルに並べられたデコイに向かって照準を定める。

与えられたナイフは全部で5本。

俺の狙いは最大の得点を誇っているであろう巨大なデコイで、その大きさ的に狙いが少しでもずれればナイフは弾かれてしまうような程だ。

 

「カズマさんそれを狙うんですか?最高得点を取ったのは私ですがその大きさのデコイは流石の私でも無理でしたね」

「そうなのか?てっきり一番最初に撃ち落としていそうな気がしたんだけど?」

「いえ、私が撃ち落としたのはその次に大きいあの的でして」

 

俺が巨大なデコイを落とそうとしている事に気付いたのか、ゆんゆんが横から話しかけてくる。

どうやらあのデコイはゆんゆんの実力を持ってしても撃ち落とすのが難しいらし、その隣にある中くらいのものを狙った方が効率がいいとの事だ。

 

「と言う事はあの豪華景品をもらった事はないのか?」

「…ええ、まあそうですね…」

 

どうやら知ってはいけない真相に辿り着いてしまった様で彼女は少し歯痒そうに俺の指摘を肯定した。

そしてゆんゆんの話を纏めると、全てのナイフで二番目のデコイから順で倒したと総合点では豪華賞品を得られないと言う事になる。

故にゆんゆんの点数を超えられれば豪華賞品が得られると言うわけなのだろう。

 

「…まあいいか、俺は俺のやりたいようにやるだけだ‼︎」

 

出物の名目上狙撃スキルを使用するのはご法度との事だったので、狙撃スキルを使用しないでナイフを投擲し、俺の手から離れたナイフは綺麗な放物線を描きながらデコイへとぶつかる。

 

「マジかよ…」

 

感覚的には問題は無かったのだが現実はそう上手くは行かず、俺の投擲したナイフは巨大デコイにぶつかったのち弾かれたのだ。

 

「そうなんですよ、あのデコイはすごく重たいのか私も数年間チャレンジしていましたが結局一度も動きませんでした」

「うへぇ…」

 

どうやら一筋縄ではいかない様でいくつかの工夫が必要らしい。

残弾のナイフは残り四発。ただ闇雲に投げていてはあのデコイは落とせないだろう。

 

「よし‼︎いっちょやってみるか‼︎」

 

両手で頬を叩き気合を入れる。

たまにはどうでもいい事にも全力で取り組んでも問題ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「クソ…どうしてだ…」

「あの…別にあれを落とさないといけない訳では無いんですよ?」

「まあそうだけどさ」

 

あれから計算に計算を重ねたフォームなどで投擲をしてみたがあのデコイは思ったより重く、結果として3本のナイフを使用してもびくともしなかった。

そしてその状況を見て流石に何かを感じたのかゆんゆんが気を使うように話しかけてくる。

 

確かにこの状況で止めるのが一番の得策ではあるが、それをしてしまうと男として大切な何かを失ってしまうような気がしてならない。

 

ならば俺にできる事は一つ。

 

「うおおおおおおおおおおおおーーっ‼︎」

 

支援魔法を全力で発動し、俺に存在する全ステータスを向上させ最高のコンディションでナイフをデコイへと投擲する。

投げられたナイフは物凄い速度で俺の手を離れるとデコイ目掛けて風を切りながら一直線に直進し、見事獲物へと激突する。

 

「え?」

 

そして俺の全身全霊で放たれたナイフが激突し、本来であれば余程の物で無ければ後方へと吹っ飛ぶはずだが現実は残酷で…

 

「どう言う事だよオッサン?」

 

俺の目線には上半分が吹き飛んだデコイが残り、残った下半分のデコイには下から釘が打ちつけられていたのか先端が露出していた。

これは明らかに不正で、こんなことをされてしまえば普通の人間ではどう足掻いてもあのデコイを倒す事はできない。つまりこの屋台のオッサンは最初から豪華賞品を渡す気が無かったと言う事になる。

 

「あれ?店主の方がいないですね…」

「マジかよ…」

 

デコイを吹き飛ばし暴かれた不正を問いただそうとしたところで既に店主の姿は跡形もなく、気づけば机の上に豪華景品がおかれていた。

どうやらこれで許してくれと言いたい様だ。

 

「…はぁ、しょうがねーな」

 

豪華景品とやらをゆんゆんに渡し、次の屋台へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構回ったな、流石の俺もそろそろ足が棒になってきたよ」

「そうですね、ほとんど回りましたしそろそろ休憩しますか?」

「ああ、ん?あれはなんだ?」

 

屋台の大半を彼女と周り、里の端の方へと進んだところである物に気づく。

物というよりかは柵に近い頑丈な外壁を里を囲む様に騎士団のメンバーらしき者たちが建築しているのだ。

 

「あれですか?前回カズマさんがやっつけた魔王軍幹部みたいに、この里に悪い人が侵入してこないようにお父さんが騎士団の方に頼んだ見たいですよ」

「そうなのか、騎士団のみんなも大変だな」

「ですね」

「まあ俺達の血税を貰っているんだからそれぐらいして貰わないとな」

「また捻くれた事言ってますよ…」

 

ゆんゆんに悟られないように失言をして話を終わらせる。

あの柵は多分族長がこれからくる脅威に備えて騎士団の連中らに作成するように指示したのだろう。でなければ今更柵なんて作成なんてしないで里のみんなで警備をすればいいだけだろうし。

 

騎士団の連中らも流石選ばれた存在と言わんばかりに腕前を発揮し、まるで最初からそうする予定だったかのように物凄い速度で外壁を作成して行っている。

きっと他にも色々な仕掛けも用意しているのだろうと考えると、後どれくらいこの里に仕掛けられているのか知りたくなってくる。

 

「なんか疲れてきたし取りあえす休憩するか」

「そうですね」

 

屋台も一通り回ったので特に名残惜しさも無く、的当ての店の疲労が残っているので一度屋敷に帰って休む事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

目が覚めると窓の外は暗くなっており、少しだけ寝ているつもりが意外と寝ていた事に気づく。

隣で眠るゆんゆんを起こさないようにベッドから起き上がり、潜伏スキルで気配を殺しながら屋敷の外へと向かう。

 

この状況で眠ったゆんゆんは余程の衝撃を与えないと起きないので多分大丈夫だろうと思いながら夜の里へと出向く。

目的の場所は言わずと知れたねりまきの店で遠回りをすれば誰にも会わずに行けるのだが、折角なので再び屋台の中を歩いていく事にした。

 

「おや?カズマですか、ゆんゆんは居ないのですか?」

「ん?おう、めぐみんか」

 

的当ての店は既に姿を消していたのでとっちめる楽しみは無かったが、その代わりめぐみんが露天を出していたのか店番をしていた。

 

「何やってんだ?久しぶりに家族水いらずで過ごすって言ってたよな?」

 

何だかんだ言ってめぐみんは家族の事が大切なので俺たちと祭りを周ることなく家族の元へと帰って行ったのだが、現在の彼女は一人寂しく店番をしているのだった。

 

「そうですね…話すとそれはそれで面倒な事になるので省略しますが、こうして居なくなった店の場所をジャックして父の作成した魔道具を売りに出して家計の足しにしているのです」

「へーそれは大変だな。どれどれ…ってどれも変な物ばかりじゃねぇか‼︎」

「変な物とは失礼な‼︎ロマンが溢れていると言ってください‼︎」

 

めぐみんは俺達のパーティーメンバーなので出来れば力になってやりたいと思って売りに出されている商品に目を通したが、そこに売られているのは某魔道具店に置かれている恐ろしいヘンテコ魔道具と同じ気配を感じる物ばかりだった。

もしかしてあの店の仕入れ先ってめぐみんの親父さんの店なんじゃ無いのかと邪推してしまう程にロマン溢れる魔道具に慄きながら手に取った魔道具を慎重にもとにあった場所に戻す。もしここで発動しよう物なら面倒ごとがさらに増えるからだ。

 

「そう言えば…って落ち着けよめぐみん」

「は?何ですか急に、私はいつも落ち着いて居ますが?」

 

めぐみんが今回の件に関して何か情報を持っていないか探ろうと思い会話を切り出したタイミングで、彼女の目が赤く光っている事に気づく。

これは紅魔族の特徴で気分が高まった時に良くあると前にゆんゆんが言っていたが、変な物とはいえ自身の父親の作った物なので思い入れでもあるのだろう。

 

「いや、眼が赤くなっているからさ」

「ああ、これですか…」

 

興奮状態の彼女に探りを入れると藪蛇になりそうな気がするので、ここは一度落ち着かせようと思い指摘したが彼女自身はそうは思っていなかったようで、商品にあった鏡で自身の瞳の色を確認すると思い当たりでもあるかのように納得した。

 

「これは紅月の影響ですね。我々紅魔族は紅月のでている間は目が勝手に反応して感情が高まらなくても眼が紅いままになってしまうのですよ」

「へー面白いなそれ」

「はあ?こんなのちっとも面白くありませんよ‼︎これのせいで我々は魔法が暴走してしまって魔法が使えないんですからね‼︎」

「ああそうだったな悪い悪い」

 

俺の言葉に興奮しさらに瞳が赤くなった気がするがそれはそれとして話を進める。

 

「それでめぐみんの親父さん達は何処に居るんだ?」

「?私の父に何か用でもあるんですか?」

「いや、別に無いけど」

「だったら何で聞いたんですか…」

「何となくだけど、別に居ないなら居ないでいいんだけど挨拶くらいはしておきたいかなって」

「ああ、そういう事ですか。生憎あの父親は私に仕事を押し付けて何処かに言ってしまいましたよ。あと母は今こめっこと屋台を周っていて何処にいるのか分かりませんね」

「なんか大変だな」

「そう思うのでしたらここの商品を全て買い取って貰えませんかね?それで私は自由の身になれるのですから!」

「嫌な予感がするからやめとくよ…」

「何ですと⁉︎」

 

めぐみんの親父さんが作成した物であれば大体の効果は目に見えているので、ここで俺が買って1箇所に集めると碌な事が起きなさそうなので断りめぐみんの店を後にした。

 

 

 

 

 

 

「よお、久しぶりだな」

「あっ来たんだ久しぶりだね、急に来なくなったから心配したよ」

「悪いな、記憶を失っていたから存在自体忘れていて来れなかったんだよ」

「何それ⁉︎知らない間に面白いことになってるね、詳しく聞かせてよ‼︎」

 

アイリに記憶を消されてから一度も行っていなかった酒場に入ると、いつもの如く店番をしていたねりまきに驚かれる。

ゆんゆんには絶対言え無いが、退廃区で汚れ仕事をしていた時はお忍びでよく通っていたので意外と太客だったりする。

 

「いいけど絶対誰にも言うなよ?」

「分かっているって、私たちの関係もゆんゆんにはちゃんと秘密にしているでしょ?」

「言い方に悪意を感じるんだけど」

「いいからいいから、お兄さんが来なくて結構寂しかったんだから今夜は沢山飲んでもらうよ」

「人を金づるににすんなよ‼︎」

 

まるでツンデレの如く金をむしり取ろうとするねりまに商売人の意地を感じながらいつものやつを注文する。

 

「へーそう言う事だったんだ。お兄さんも結構大変な目にあったんだね」

「そうなんだよ、この里で色々あってから落ち着かなくてさ…」

 

久しぶりの酩酊感にかこつけて愚痴の様なものを吐き出し続ける。

何だかんだ言って茶化さずに愚痴れる相手というのはねりまきくらいしかおらず、彼女も仕事で聞いているだけなので結果として話半分で流してくれる為俺としてはこれ以上ない程に話しやすいのだ。

…その代わり高い飲み物ばかり勧めてくるのは少し財布に悪いが、精神衛生の維持のためなら仕方ないだろう。

 

「成る程ね、それでここまで逃げてきたんだ。貴族の為に頑張ったのにその貴族に命を狙われるのは最悪だね」

「まあ仕方ないとは思うんだけど、もう少し報われてもいいと思うんだよな」

「と言う事は今日はゆんゆんも帰ってきているって事?」

「そう言う事になるな、まあ今はもう寝ているだろうから会うのは明日にしてくれよ。ここに来ていることがバレたら面倒な事になるから」

「…お兄さんも結構ワルだね」

「言うなよ、これでも純情なんだからさ」

 

こいつ里に女を連れてきた状態で別の女に会いにきたのか、と言いたげなジトっとした視線でこちらを見てくる。

 

「そうだねーまあ私としては来てもらった方が売り上げが上がるし大歓迎なんだけどさ」

「へいへいそうでやんすな」

 

コトンとまるで口止め料と言わんばかりに少しお高めなシュワシュワが注がれたグラスを置かれたので悪態を突きながらそれを受け取る。

まあこれでギブアンドテイクが成立するのであれば安いものだ。

 

「それでお兄さんはゆんゆんのお父さんから聞いた?」

「何をだ?」

「この里の事だよ、変に探り合いしてもしょうがないから言うけど占い師の結果が良く無かったんだって」

「ああ、それか」

 

俺がこの酒場に来て暫くすると外で祭りをしているからか、いつもよりも早い時間帯に他の客が捌けて二人きりになる。

何故か皆ねりまきに頑張れとかエールを送っているが、多分この後外の屋台に追加で酒を運ぶのだろうか?

 

そしてまさかタイミングで飛んできた話題に対し、真剣なトーンでねりまきが口を開く。

正直赤く光るめで真剣な表情をされると少し怖い気がするが、なるべくバレない様に取り繕う。

 

「聞いたよ、けど何が原因かわからないんだろ?だとしたらこうして周囲を警戒するしか無いんじゃないのか?」

「そうだよね、前回は魔王軍幹部が単独で侵入してきたから今回もそうかもしれない」

「けど魔王軍幹部も大分数を減らしてきたからここを襲う程の余裕があるとは思えないんだよね」

 

ベルディア・バニル・ハンス・シルビアの四人は既に討伐し、残りは半数の四人となっている筈なので新たに追加されない限り魔王軍の戦力は半減している事になる。

その状況下でシルビアが失敗した紅魔族侵攻を再び行うとは考えられない。

であればもう一つの戦力か自然災害位だろう。

 

「王都が紅魔の里を滅ぼそうとしているか?」

「それはないでしょ、これでも私達紅魔族は魔王軍に対する抑止力の一つなんだから」

「確かにな…デストロイヤーはっもう居ないし…大地震でも起きるのか?」

「それは無いかもね、地震が起きる程の衝撃があるなら魔王城の方が何か手を打ってくれる筈だからね」

「そういう感じか…」

 

そう言えばと言うかそうなんだが、この世界での地震は自然発生するわけではなく何かの副産物的に起きる物なので日本の様にいきなり起きる物では無いのだ。

 

「私もお兄さんもあまり情報を持っていないって事は他のみんなも詳しくは分からないって事だよね。だったら考えても意味ないだろうし今日はパーとやろうよ」

「そうだな」

 

折角久しぶりに来たと言うのに空気が辛気臭くなってしまったのと酔いが覚めてしまったので、また一から飲み直す事にした。

 

「そう言えば親父さんは何してんだ?いつもなら族長の家とかに行ってるけど?」

「ああお父さん?今は外で屋台を出していると思うよ、お祭りは夜が本番だからね」

「だからみんな店に居ないのか」

 

いつもなら店主であるねりまき親父さんと常連で賑わいながら飲んでいるのだが、今日は珍しく誰も居ないので少し寂しいのだ。

 

「そう、お父さんの屋台がそろそろ本格的に始まるからね、だから今日はお兄さんの貸切だよ」

 

そう言いながら彼女は店の入り口の商い中と書かれた木の札をひっくり返し他の客が入ってきて無駄に残業するのを防ぐために鍵を閉めると俺の隣へ座った。

 

「勝手に閉めていいのかよ?親父さんに怒られるぜ」

 

ねりまきも大分酔っている様なので証拠隠滅のために店じまいしてバレない様にしているのだろう。前に酔っ払って仕事が疎かになって帰ってきた親父さんに怒られたのも記憶に新しい。

 

「いいのいいの、どうせ時間になったらお客さんみんなお父さんの方へ行くから最初から店を閉めて祭りを楽しむ予定だったから」

「へー友達とか待ち合わせしてるんじゃないのか?」

「別にしてないよ、約束しなくても屋台の方に行けば誰かに会えるからね」

「ははっ」

 

どうやらねりまきはうちの紅魔族の二人とは違って、簡単に友達というか仲間と絡めるらしい。

是非とも見習ってほしいところだ。

 

「お祭りも後二日あるからね…そうだお兄さんのために今日は珍しい物仕入れたよ」

「それって原酒が無くなってプレミア化したやつか?」

「流石お兄さん詳しいね、これは更にエイジを重ねたレアなやつだよ」

 

ねりまきが卓に出したシュワシュワはもうこの世に在るだけとなった珍しい酒で、例え大金があったとしても飲めない貴重な物なのだ。

 

「ゆんゆんへの言い訳は私が用意しておくから今日はトコトン付き合ってもらうよ」

「はいはい、分かったよ」

 

こうして俺の紅魔祭の1日は終わりを告げた。



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紅魔祭3

お久しぶりです。
少し時間ができる様になったので少しずつですが不定期に投稿しようかと思います…



「ふあー楽しかった」

 

久しぶりにハメを外して楽しんでいたらあっという間に時間は過ぎていき気づけば予定の時刻を大幅に過ぎていた。

シュワシュワの限界に達していたのかフラフラになっていたねりまきをソファーに寝かせ、出来るだけの清掃を行うとそのまま店を後にした。

 

時刻は夜遅く、陽なんてものはとうに落ちて周囲は真っ暗な闇に包まれていた。

 

「そろそろ帰らないと不味いな…」

 

遅くまで遊んでいた事やねりまきと会っていた事に対する背徳感が罪悪感へと変化し、一刻も早くゆんゆんの家に守らなくてはと足を早める。

念の為に潜伏スキルを使ってはいるが、女の勘ほど恐ろしいものは無いと以前何処ぞの田舎に住んでいた時におっちゃんが言っていた事を思い出し、そう言った後妻であるおばちゃんががそのおっちゃんを何処かに連れて行った事も連鎖的に思い出される。

 

ねりまきの親父さんが経営する酒場は里の外れにあり、ゆんゆんの屋敷へ向かうにはそれなりの距離を進まなければ行けないが、彼女曰く途中の森を抜ける事でだいぶショートカット出来るという情報を得たのでその通りに進む。

そして、潜伏スキルは便利で、森の中を進むにあたって現れる虫達からもその存在を隠し吸血や卵を産みつけてくるといった被害を未然に防ぐことが出来るのだ。

 

何となく出来ている獣道を草を掻き分けて進みゆんゆんの屋敷を目指す。

抜け道の特性なのか、進むにつれて道幅が徐々に狭くなっている様な違和感を覚えるが整備されていない道なんてそんな物だろうと思い足を進める。

 

そういえばと前回夜中に帰って来た時みたいに執事が襲ってくるのでは無いだろうかという思いがフラッシュバックし、俺の背筋に冷や汗をかかせあるのか分からないが俺の危機感知スキルの様な第六感が危機を知らせる。

 

何か不味い気がする。

虫の知らせだろうかそれとも罠感知のスキルが作動しているのだろうか、緊急地震速報が鳴った瞬間に地震が来る時の如く一瞬の間に俺は自身の思考の至らなさを呪った。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ‼︎」

 

そう、いつもなら引っかかる事の無い簡単な罠………………落とし穴に引っ掛かったのだ。

本来落し穴程度の罠なら感知スキルがなくても引っかかる事はないのだが、今回は酔いが抜けきらなかった事や焦燥感に駆られて足元がお留守になっていて警戒が不十分だったと言い訳したい。

 

「痛ってぇ‼︎」

 

まるで俺がハマることを予測し計算したかのような幅と深度で、俺の体は落し穴にシンデレラフィットし首から下が見事に行動不能にされ自力では抜け出せなくなってしまう。

ここは里なので魔物が襲ってくる心配は無いのだが、場所が場所の為助けに来るかが微妙な所で仮に見つかり救出された所でゆんゆんに何故ここにいたのかを聞かれるのでゲームオーバーになってしまう。

 

「不味いな…」

 

酔っているせいで若干ふわついている思考を上手く纏めながらこの状況を打開する策を考え出す。

首から下を上手く動かせない以上身体強化でではどうにも出来ないので、何かしらのスキルか魔法を使用しなくては行けないが生憎そんな便利な魔法を習得しているわけはなく、精々水を生成して上手く穴から押し出されるしか無いのだろうが、それだと彼女の屋敷でずぶ濡れになった言い訳をどうするかを考えなくていけない。

 

そんな事をボート考えていると、何処からか誰かが近づいてくる音がして感知スキルがおざなりになっている事に気づき精度を高めその気配を探る。

もしかしてこの落とし穴を作った犯人が向かって来たのかもしれない。

 

里の誰かが森の動物を捕らえるのにこの落とし穴を作り、何かしらの感知スキルが反応したから獲物を見に来たのかもしれない。

正直こんな所に罠を張ったことを責め立てたいが、今はそんな事よりこの罠から抜け出す事が大切だ。取り敢えず話せば分かってはくれると思うが相手は紅魔族なので多分無事では済まないだろう。

 

「……マジかよ」

「こんばんはカズマさんこんな夜遅くに会うなんて奇遇ですね?何をされていたんでしょうか?」

 

地面に埋まり身動きが取れない状態で気配が近づくのを待っていると真っ赤な光が二つ俺の元に近づいてくる。

そして、俺の目の前に現れたのはよりにもよってゆんゆんだった。

 

「ああ…奇遇だな…どうしてこんな所にいるんだ?祭りはとっくに終わっただろ?」

「ふふふ…おかしいですね?質問しているのは私ですよ」

 

偶然に偶然が重なり偶々彼女がここに来たであろう可能性に賭けて話かけるが、現実は非情で彼女はニッコリと笑いながら俺の質問をぶった斬った。

稀に見るブチギレ状態のゆんゆんに戦慄するが、生憎逃げる手段を封じられているのでここは慎重に対処しなくては行けない。

 

「ねえカズマさん、こんな遅くに私を置いて何処に行っていたんですか?」

「そ…それはだな…」

 

地面に埋まっている俺の眼前にしゃがみ、笑顔を崩さないまま彼女は俺の頭を掴み顔を反らせられないように固定すると俺に質問を答えるように促す。

目が笑っていない彼女の笑顔は今まで戦ってきたであろう魔王軍幹部達とは比べものにならない恐ろしさを感じ、正直あっしゃがんだお陰でパンツが見えるなんて考えている余裕は無いのだ。

 

「それは、何ですか?」

「いやーまあ?そのアレだな俺も夜中の警備をだ…あだっ⁉︎」

「ごめんなさい、よく聞こえませんでした。もう一度言って貰えませんか?」

 

悪あがきも虚しく、俺の言い訳など最後まで言わせませんと言わんばかりに彼女は掴んでいた手の力を強め、俺の頭蓋骨からが聴こえてはいけないような音が骨を通して耳に響いてくる。

 

「す、すみませんでした‼︎」

 

もはや逃げ場は無いと思いながら彼女に謝り、これから受けるであろう報復を想像しながら俺は恐怖に身を投じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日の時が経ち、予言なんてものは最初から無かったかのように紅魔祭は順調に執り行われ、里周囲のモンスター等々の生態系や魔王軍にも違和感すら感じれるような物はなかった。

騎士団が作成した外壁も殆ど完成し、現在紅魔の里の周囲には高い壁がズラリと建てられ仮に周囲のモンスターや敵勢力が襲ってきても暫くは保つだろう。

 

「それで今日が紅魔祭最終日になるわけだが、周囲で変わったことはあるかね?」

「いえ、特に里及び里の周辺での変化は見られません」

 

族長の屋敷の会議室の中で重鎮達が集まり最後の対策会議なるものが始まる。

会議とは言ってもそんなに堅苦しいものはなく、里の老人達が部屋に集まりながら某ゲンドウのポーズをとりながら里周辺の変化の報告と予言への対策を毎回話合っているのだ。

 

ただ紅魔族のいる里とはいえ所詮は小さな里なので出来る内容は小さな自治体程度のものなので、漫画みたいな規模で何かが変わったりはせず精々人員の配置を変える程度のものだろう。

その為何の為にやっているのか分からないが、何もしないよりかはマシなのだろう。まあ、俺も里の状況を知ることができるのでありがたいのだが。

 

ただ依然として騎士団のリーダーが鎧で姿を隠しているのが気がかりでしか無い。

ここまで里の外壁の建設を短期間で行い、住民の逃走経路など何が起きた事に対して行う対策を一人で立案し、それに必要な条件のクリアを完璧にこなしている。

彼と言ってもいいんだろうか、団長の考える案は全てが完璧で俺の意見を挟む隙すら感じないほどに緻密で予定外の事態も対応できるその頭脳は、正直何か別の恐ろしさを孕んでそうで怖いほどだ。

 

会議が終わり族長と会話を済ませると俺は屋敷を後にする。

現在の予言の解釈としては魔王軍の誰かが攻めてくる・空から隕石のような何かが降ってくる・地下から前の世界でいうガスの様な物が湧いてくる・里に封印されている何かが蘇る等々色々あるが、後者の可能性は族長自ら調べて可能性は無いと判断されている。

 

であれば魔王軍が攻めてくるのが一番高い可能性だろう。

それが一番紅魔族を滅ぼす勢力として説得力がある。正直それが理由であって来れば俺も気が楽だ。

 

何せ紅魔族を滅ぼしにきたシルビアの勢力を考えれば、今回作られた外壁を越える前に奴らの侵入に気づき破壊される前に避難が出来るので滅びを回避するという事を目的とするのであれば、これ以上の好条件は無いだろう。

ただ逆に恐ろしい程の規模を持った隕石が降ってきた場合、今度は反対に外壁が仇となり避難が遅れてしまう可能性がある。

里全体を覆う外壁は里の入り口以外を全て囲み高さが数メートルを超えるもので、数日限定という制約を与えることで急拵えでの作成かつ高い防御性能を持つと言われている。

時期が過ぎればただのガラクタだが、予言を防ぐという名目であればこれ程役に立つ物はない。

 

一応上空からの何かを警戒して外付けの転移魔法ポータルを3箇所程度だが設置され得ており、何かあった際にはここから避難先へと転移出来るらしい。

まあ、里を一夜にして破壊する規模の魔法は存在らしく、仮にあったとしてもその規模の魔法を発動する条件はかなり難しく事前準備の段階で族長が気づくとの事だ。

 

予言の滅びとは一体何なのだろうか気にはなるが、期限が紅魔祭である以上今夜には何かしらの決着がつくだろう。

 

「お疲れ様ですカズマさん」

「ああ、ゆんゆんか。待っててくれたのか?」

「はい、当たり前じゃ無いですか」

 

族長の屋敷の玄関を出るとまるで待ち構えるようにゆんゆんが居た。

あの夜からゆんゆんの束縛が強くなり、屋敷の中以外では基本的に俺の近くに居る様になったのだ。

 

「それで今日は何かあるのか?内容によっては付いていくけど?」

「いえ、今日は何も無いですね…屋台も殆ど回ったのでやる事もありませんし」

「だな、それじゃあちょっと俺の用事に付き合って来れないか?」

「え?何をするんですか?」

 

本当であれば一人でやりたかったが、この状況で一人でやりたい事があるなんて言えばどうなってしまうかなんて事は言うまでも無いだろう。

 

「ちょっとした里の調査だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば里の周辺にこんなに壁を作ってお父さんは何がしたいんでしょうか?」

「お祭りの間に魔物が攻めてきたら大変だろう?ただでさえこないだ攻められたんだから」

「確かに今の私たちは魔法が使えないですからね、魔物が来ても予備のスクロールで対応するしかありませんね…」

 

そう今の紅魔族は紅月の影響で魔法を使えば暴走してしてしまうので、戦力として動けるのは俺と騎士団の連中らだけだろう。空には燦々に輝る太陽と赤い月が薄らと輝いている。

そう思いながら新たな脅威についての可能性を考えながら外壁を調べる。

正直術式だなんだ細かいことはサッパリだが、やはり王都の派遣した騎士団が持ってきた設備なだけあって内側からでもその強度の高さが伺える。

 

周囲からは祭が最後の盛り上げに入ったのか皆の大声がここまで聴こえてくる。

この歓声の響が夜に悲鳴に変わらないようにできるだけの準備をしなくてはと己を鼓舞する。

  

里の周辺、魔王城、何時ぞや忍び込んだ遺跡や設備、それらを調べたが時に里の危機の原因になる様なものは見つからなかった。

何の手がかりも掴めないまま時間は夜へと変わり、紅魔祭は締めの段階に入った。

 

「全く遅いですよ二人とも、祭だから浮かれるのも分かりますが数日もこの調子だと流石の私も呆れて何も言えません」

「悪いって」

 

予想外に時間を食ってしまい、気づけばめぐみんの指定していた時間を超えていたので俺達は急いで集合場所である大広間に向かうと、案の定不機嫌なめぐみんに出迎えられる。

紅魔祭の最後は大広間で行われるキャンプファイヤーで、広間の中心で燃える炎を眺めながら不浄の気を祓うというものらしい。

 

「それでこれからどうしますか?」

「ん?何がだ?」

「何がじゃ無いでしょう?アクセルの街を追い出されてこれからどうするのかときているのです!まさかこのまま里で暮らすわけにもいかないでしょう」

「ああ、そうだったな」

 

里の滅びという占いの結果をどうにかする事ばかりに頭が入っていたので、現在自身の置かれている状態をすっかり忘れていた。

 

「そうだったなじゃ無いんですよ‼︎祭りに浮かれるのは構いませんが先の事をもっと考えてください‼︎」

「ああ、悪いって」

 

怒り狂う彼女を宥めながら頭の思考回路を切り替える。

正直今日一杯は予言の事を考えていたかったが、ここでこれからの事を先回しにしてしまえば彼女からの信頼を失ってしうまうだろう。

仕方なしに切り替えこれからの事を考える事にする。まあぶっちゃけ予言はこれ以上考えてもしょうがないので、これもいい気分転換になるのかもしれないなと思いめぐみんに今後の計画を話し合う。

 

「それで、この紅魔祭が終わったらどうしますか?」

「そうだな…まずは情報収集だな」

 

結局の所何をするにも情報が足りないのだ。

何処かでシルフィーナと合流出来ればいいが、この現状で王都に近づくには危険すぎるのでまずは情報を集めながら戦力を集めたい。

 

「そうですね、その考えはいいと思いますが何処かに当てはありますか?」

「無いな…ゆんゆんは何かあるか?」

「…え?私ですか?すいません何も聞いていませんでした」

 

行き詰まりゆんゆんに話を振ってみたが、どうやら彼女はキャンプファイヤーに見惚れていた様で素っ頓狂な声を上げながら飛び上がると腕を振りながら会話に参加していなかった事を謝罪した。

 

「…全くこれだからボッチは…」

「それ今の会話に関係あるの⁉︎」

「まあまあ落ち着けって、それよりだな………何だ⁉︎」

 

いつもの痴話喧嘩を収めようと2人の首根っこを掴んだところで里の端にある家が轟音と共に眼前のキャンプファイヤーの如く燃え出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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紅魔祭4

遅くなりました。
半年ぶりなので文章がおかしい部分があると思いますがご容赦ください…


「何だ、一体何が起きているんだ?」

 

キャンプファイヤーを行っている現在地よりも遠く、ちょうど里の端っこの方にある家から火の手が上がっているのが千里眼でわかる。

やはり予言の通りこれが滅びの前兆なのだろうか?そ俺とも前に2人が言っていた様にいつもの癖で魔法を使おうとして暴走しただけなのかもしれない。

 

「カズマ‼︎これは」

 

ボヤ騒ぎの中めぐみんが何かに気づきそれを伝えようとしたが、彼女の声は何かの原理で里中に響き渡った族長の緊急アナウンスによってかき消された。

アナウンスの内容を簡単にまとめると里に何者かが侵入し紅魔族を襲い始めていると言ったもので、里の皆は打ち合わせの通りに避難してくれと言ったものだった。

 

「俺は火災があった場所に向かうから2人は先に避難してくれ‼︎」

「え?」

「ちょっとカズマさん‼︎」

 

2人の制止を振り切りながら火災のあった場所へと向おうとする俺についてこようとした2人だったが、流石に人混みを掻い潜る事は出来なかった様で避難する里の皆と一緒に流れていった。

 

現在紅魔の里は簡易的だが強固な壁で一周囲まれており、避難する経路となれば転移装置により前回シルビアから避難する際に使用した場所へと転移する流れになっているが、転移装置による搬入人数は限られているためそこまでの時間稼ぎをしなくてはいけない。

最悪族長より教わった昔からある避難経路があるが、そこは里の隅にある小屋の地下室にあるため大勢の避難には向かないのだ。

 

 

 

 

 

「何だこれは…一体どうなってやがる」

 

それぞれの転移ポータルに向かう里民を掻き分けながら火災の現場に向かうと、そこには傭兵なのだろうか武器を携えた人間の集団が避難し遅れた人間を惨殺していた光景だった。

里の外壁がある以上この里に侵入してきたといえばモンスターか何かが地中からやって来たのかと思っていたが、実際に俺の目の前にいたのは俺が想像から最初に排除した人間だった。

本来人間が地面を掘るにはエレメントマスターのスキルが必要な上に周囲にそれを悟られずにそれを行うには少々煩過ぎるのだ。

 

正直意味が分からなかった。

この世界の構造は人間対魔王の対立構造で成立している以上、利権争い以外で人間同士が殺し合うなんて事はそう無いはずである。

それに紅魔族といった隠れ里でひっそり暮らしている人々を絶滅させたところで人間側には何も得られ無いはずだ?

…いや、魔王軍の幹部が人を雇っているのかもしれないが、だとしてもスパンが早過ぎるし、今まで魔王軍幹部を見てきたがこの様な事をする様な連中では無かったはずだ。

 

 

潜伏スキルで近付きながら傭兵の首を刎ねる。

幸い数は2人程だった為そこまで苦労する事はなかったが、これで終わりとはそう思えない。

 

倒れている紅魔族の死体に手を合わせながら感覚を上げるスキルを使用し周囲の状況を探る。

里の皆は事前に説明されていたであろうポータルの所へ向かっており、それに追随する形で傭兵部隊の反応がある。

 

追いかけている傭兵は配置されている騎士団がどうにかしてくれているとして、俺は里の入り口に向かうことにする。

里に入り込んだのが人間である以上この里に侵入する方法は入り口しかない。仮に空から侵入したり外壁を破壊しようものならその時点で騎士団の見張りに見つかりすぐさま迎撃される手筈になっている。

その為今回の様に人間が侵入してきた以上入り口で何かしらあったに違いない。

 

 

 

「これは…」

 

入り口に向かうと、先程まで空いていた門その物が無くなり代わりに周囲と同じ様な外壁が立っていた。

一体どういうことだろうか、侵入者が入って来た事により安全が脅かされた対策としてこれ以上侵入しない様に入り口を閉じたのだろうか?

だが、それであれば何かあった時用に騎士の1人でも残して置くのが定石であるが感知スキルでは周囲に人の気配は感じられない。

 

死体を隠されたのかと思ったが、周囲には戦闘痕自体が見えないためここで何かあったとは考えられない。

里の現状を見た騎士はこの門を埋めて侵入者の迎撃に向かったのだろうか?

 

疑問に疑問が続くが、今は立ち止まって考えている場合ではなく里の避難する人達を護るのが先決だろうと思い現時点から一番近いポータルの方へ向かう。

ここから近いポータルはゆんゆん達が向かっているであろう場所よりも遠いが、今は私情を無視して里の皆を助ける事を考えなくてはいけない。

 

 

 

 

 

 

「くそ‼︎数が増えてきてやがる‼︎」

 

先程感知した傭兵の数よりも気配が増えており、見つけ次第狩っていはいるがそれでも数が減る気配は感じられない。

そうしているうちに避難している紅魔族の最後尾を見つけ声を掛けようとしたが、たまたまタイミングそうだったのかは分からないが集まり集団とかしていた紅魔族達が我先にと散開しだした。

 

「ま…待ってくれ⁉︎何が起きているんだ‼︎」

 

悲鳴に近い雄叫びと共に我先にと逃げていく紅魔族の流れに逆らうように進みポータルのところへ辿り着き、先程確認したポータルを視界に入れる。

そこには数人の紅魔族の死骸と紅魔族を殺した傭兵が立っていた。

 

「お前らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ‼︎」

 

即座に剣を抜き傭兵らに斬りかかりそのまま斬り伏せる。幸い闘技場の連中らと比べてばそこまで実力が高いわけでは無かったので苦労はしなかったが、魔法が使えない紅魔族となると話は別だろう。

傭兵を片付け、周囲の気配を探り残りの傭兵を殲滅しようとした時にすぐ側で新しい気配が増えた。

 

そう。

新しい気配はポータルから現れたのだ。

新しく現れた傭兵は、今まで見ていた傭兵と同じ装備と格好をしていた為考えるまでも無く奴らはこのポータルを使用しこの里に攻め込み、紅魔の里の皆は避難する経路から敵が現れた事によりパニックになって逃げ出したのだろう。

 

「クソが‼︎」

 

すぐさま傭兵を切り伏せ、新しく侵入されないようにポータルを破壊する。

避難経路にポータルを使用する事を予測され、それを逆手に取られたのだろうか、それとも…

 

ポータルは残り二つ、それまでに紅魔族は何人残るのだろうか。

…いや紅魔祭も残り数時間、紅月の作用が後どれくらい続くかは分からないがその時間まで持ち堪えられれば形勢は逆転するだろう。

 

頬を叩き気合を入れ、次に近いポータルへと向かう。

その途中いつもの紅魔族の死体が散乱しており、その死骸を辿りその先にいる傭兵を狩りながら進むうちにある事に気づく。

 

気づくと言っても俺の勘違いかもしれないが、道端に転がっている紅魔族の死骸はどれも綺麗な状態でどの遺体も全て顔が傷つかないように置かれているのだ。

一体何故だと考えているうちに二つ目のポータルに向かうとそこでは紅魔族がスクロールなどの道具を駆使しながら傭兵部隊と渡り合っているのか紅魔族の死骸の周囲に傭兵の死体も転がっている。

 

やはり紅魔族もバカでは無いので逃げ回りながら道具を回収し、反撃に転じているのだろう。

確かスクロールなどの魔道具を外部に出荷していると前にゆんゆんが言っていたので、俺が何もしなくても自力で持ち堪えるかもしれない。

 

まあ、だからと言って助けない訳にもいかずポータルを破壊しようとするが、既に誰かがやったのかそれは破壊されており紅魔族達に応戦に加わる。

一体騎士団は何処で何をしているのかと思いながら傭兵を片付けると、その途中で騎士団の二名こちらに向かってくる。

 

これならこの場を任せてゆんゆん達の向かっているであろう三つ目のポータルに向かえるだろうと思いその場を離れようとしたが、こちらに向かってくる騎士団達は傭兵に斬り掛かるのではなく、何故か護るべき対象である紅魔族に切り掛かったのだ。

 

「は?」

 

目の前で味方が切り伏せられる光景を目の当たりにして最初は何かの間違いかと思ったが、そんな淡い期待は打ち砕かれ騎士団の連中らはそのまま残りの紅魔族に切りかかったのだ。

呆気にとらわれている間に次の紅魔族の方が斬られそうになったので、すかさず間に入り切り捨てようとしたが、やはり騎士団に入るだけあってか簡単にはいかずに持っていた剣で防がれ、その間にもう一人の騎士に切り捨てられる。

 

「クソ⁉︎何がどうなってやがる‼︎」

 

騎士団二名を相手取りながら状況を確認しようとするが、予想もしていなかった事態に頭が追いつかず考えが纏まらない。

 

「カズマ殿援護します‼︎」

「ああ、助かる」

 

もしかしたら傭兵が騎士団を倒し鎧を奪って着ている可能性に掛けながら攻撃を捌き反撃の機会を窺っていると、紅魔族の数名がスクロールを取り出し騎士団に向けて魔法を飛ばす。

放たれた魔法は統一感がなくバラバラの属性だったが、同じ属性だと共鳴して威力が高くなる分反対属性の魔法で防がれてしまうのでこちらの方がかえって良いのだろう。

 

魔法攻撃でできた隙を狙って俺が攻撃をするスタイルはいつもの戦闘スタイルに近いので、たとえゆんゆんでなくても安定はするだろう。

だが、放たれた魔法を見て騎士団の連中らは臆する事なく俺への攻撃を続けた。

 

「なっ…どう言う事だよ⁉︎」

 

本来であれば魔法が飛んできた時点で距離を置くか何かしらの防衛策を取るはずなのだが、その騎士団達は飛来する魔法を見てまるで何も来ていないかのように振る舞ったのだ。

 

「はぁ?」

 

そして放たれた魔法が騎士団の連中に激突したと思った瞬間に、魔法はその攻撃性を見せる事なく一瞬にして霧散したのだ。

そう、その霧散の仕方は昔に見た光景…紅魔族がよからぬ事を企んだ時にそれを鎮圧するために作られた魔術師殺しの効果に似ていた。

 

「ここは俺に任せて三つ目のポータルに向かってくれ‼︎」

 

魔法が通用しない以上この場に居られると俺の不利になる可能性が高い。ならばここは俺が殿となって皆を逃すことに徹した方がいいのだろう。三つ目のポータルが一番隠し通路に近いのでもしかしたらそこから避難出来るかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…何とかなったな…」

 

騎士団の2人を片づける。

硬い鎧を着ていた為、結局関節部を斬り動きを封じ込めながら頸部を切り裂く羽目になったので大分時間を取られてしまう。

 

「…」

 

息を整える間に騎士団の1の兜を剥がし素顔を見るが、やはり傭兵達とは違い肌の質感や清潔感からして傭兵の奴らとは一線を引いている風貌から見るに傭兵の奴らが騎士団から鎧を奪って着ている線は無くなった。

つまりこの紅魔族虐殺事件に騎士団が一枚噛んでいた事になるわけだ。

 

「どうなってやがるんだ…」

 

騎士団の隊長とは昔からの付き合いだと言っていたが、この計画は昔から考えられていたものなのだろうか?それともあの騎士団長以外が結託して今回の件を起こしているのだろうか?

もう少し死体を調べて魔法を打ち消した原因を調べたかったが、そんな事に時間を浪費して仕舞えばその分だけ紅魔族の方々が狩られてしまうので後ろ髪を引かれるが三つ目のポータルへ向かう事にする。

 

支援魔法を掛けながら全力で里を駆け抜ける。

普段はすぐ行き来できるような気がしたが、やはり急いでいると長く感じてしまう様で走れども目的地に着く気がしない。

 

…あれは何だ?

 

走っていると後方支援部隊だろうか少なくとも紅魔族が着用しなさそうなデザインのローブを着た人間が紅魔族の遺体をいじくり回していた。

一体何をしているのかと思い、走りながら狙撃スキルでナイフを投擲しローブを着た人間の頭を貫き殺害する。

 

そしてその遺体を素早く漁り一体何をしようとしているかを調べる。時間をかければかける程誰かが犠牲になってしまうのだが、何の情報もなければ準備している相手に対して不利になってしまう。

傭兵に騎士団、それぞれに役割があるのであればこのローブ姿の奴にも何かしらの役割がされているのだろうと思いながら近づくと、遺体の周りにはガラスのコップに蓋がついているような太さのシリンダーが遺体からこぼれ落ちたのか転がっていた。

 

それを拾い鑑定スキルを発動して調べようとしたが、その中身を見た時点でそれが無意味であることを悟る。

 

これは…。

 

思わず放り出しそうになる衝動を抑える。

シリンダーの中に入っていたのは紅く煌めく紅魔族の眼球だった。

 

シリンダーを持ったまま先程まで弄られていたであろう遺体を見ると、致死に至った傷よりも丁寧に眼球が抉られていた。

これで今まで謎だった奴らの目的がはっきりする。

 

いつかオークションで見たであろう紅魔族の眼球をこいつらは乱獲して、それをオークションで高値で売ろうと言う考えだろう。

またはその狂信的コレクターのどちらかだ。

 

シリンダーをその持ち主の遺体に返し、俺は目的地である第三のポータルへと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマくん‼︎無事だった様だね」

「はい‼︎」

 

第三のポータルに着くとそこはまるで屍山血河とでも言うのだろうか、傭兵と紅魔族の遺体がそこらじゅうに転がり、それは今尚数を増やしている。

皆この事態を予見していたのだろうか、各々がスクロールを使用しながら傭兵に応戦しており形勢は有利に傾いているが騎士団の連中らが1人も居ない事が気がかりである。

 

着いてそうそう後ろで指揮をとっていたのだろうか族長が俺を見つけて声をかけてくる。

 

「状況は落ち着きつつある様だが、カズマくん君は他の場所から来たのだろう?他のポータルの様子はどうだったのかな?」

「他の二つは既に破壊しました。族長も存じていると思いますがあのポータルから傭兵が侵入してきています」

「やはり他のポータルもそうだったか」

 

やはりと言うことはここのポータルも同じ様に傭兵が出現し周囲の紅魔族を狩っているのだろう。

周囲を見渡すと遺体で隠れつつあるが壊れたポータルの姿が見える。

 

「騎士団の連中らが今回の首謀者みたいですね。アイツに何名かやられました」

「何?それは本当かい」

 

どうやら騎士団はここには現れてはいなかったようで、先程まで起こっていた事態を伝えると少し動揺しながらも事態を飲み込み考えを纏めている様だ。

 

「成程、であれば私たちの考えは筒抜けという事になる。であれば今から新しい計画を立てなくてはいけないね」

 

ふむ、と腕を組みながら新しく加わった条件をいれ策を考えているのだろう。

 

「考えているところ悪いのですが、奴らの目的は紅魔族の眼です。この傭兵とは別にローブを着た奴がいてそいつらが眼球を回収しています」

「やはりか…」

「何か引っ掛かるところがあったんですか?」

「いや、ただ紅魔祭の時期になれば我々紅魔族の眼は紅眼になるからそれを狙う集団が一定数いるのは分かっていたのだ」

「えぇ、だから毎年騎士団に護衛を頼んでいたんですよね」

「ああ、その通りだが…まさか騎士団が裏切るとは流石の私も考え付かなかったよ」

 

族長は悔しそうでいて少し悲しそうにそう言った。

昔からの付き合いで信用していた人間に裏切られたのだ、その精神的ダメージは計り知れない。

 

「それと騎士団の連中らは鎧の性能なのか魔法が全く効かず、当たった瞬間に打ち消されますね」

「…何だと。それは一体どう言うことかな」

「詳しくは…ただ消え方は前に見た魔術師殺しの防衛機構と同じ様な気がします」

 

 

 

「成程、君が言いたい事は分かった」

 

魔術師殺しの件から先程の騎士団の件にかけて説明をすると族長は何かに納得したのか

 

「つまりこの状況も騎士団の方々が来れば一気に傾くと言うわけだね」

「そうなりますね」

「成程…それでは君は以前説明した抜け道を使ってゆんゆん達とこの里を出てくれないか?」

「な…何を言っているんですか?」

 

族長の下した予想外の提案に思わず声を荒らげる。

 

「騎士団の方々に魔法が通じないのであれば我々ができる事は殆どないだろう。であれば魔法以外の攻撃方法を持つ君を先に隠し通路へ行かせてゆんゆん達を安全に里の外へ連れて行ってほしい」

「…分かりました」

 

普通の人間であれば自身の身を守るために俺をここに留めておくものかと思ったが、どうやら族長は自分らよりも先に避難させた後世を繋ぐ若者達を優先したと言うことだ。

 

「それでゆんゆん達は隠し通路のある小屋に向かったと言うわけですね?」

「ああ、学校では最初にあの場所を教えるからね。ゆんゆん性格はあれでも賢い子だからきっと覚えているはず」

「分かりました。検討を祈ります」

「ああ、それと何故かは分からないがテレポートや空間に干渉する魔法のスクロールが使え無くなっているから気をつけて欲しい」

「え?ああ、はい分かりました」

 

何か自分の知らない法則の様なものが裏で発動しているのだろうかこの里から楽をして出る方法は全て潰されているようだ。

 

「それでは娘を任せたよ」

「…はい」

 

これ以上は何も言うなと族長はそう言い目線を戦場へ向け、再び指揮をとり始めた。

あれは自分の死を覚悟した人間だけができる表情で、彼らは皆を逃すためここで傭兵部隊と共倒れするつもりなのだろう。

 

 

 

 

 

 

紅魔の里の中心から離れる毎に木々が多くなり本当にこの道で合っているのか不安になってくる。

ゆんゆん達は既に隠し通路のある小屋に向かっているのだろうか、想像したくはないが既に捕まって殺されていないだろうかさらに不安になってくる。

 

「クソ‼︎やっぱりか‼︎」

 

小屋に向かう途中に騎士が逃げている紅魔族の女学生を攻撃しているのを発見しすかさず切り掛かる。

先程の戦いで奴らの攻撃の癖を見抜いてはいるのでそこまで時間を掛けずに倒す事ができる。

基本的に騎士団など集団で行動する組織は教育の効率を考えて動きの基礎が共有されている為、共通した行動の癖がデメリットとして出てしまうのだ。

 

「大丈夫か?怪我は…しているな。今回復させる」

「あっはい、ありがとうございます」

 

学生の子を助け出し足を見ると怪我をしていたので回復魔法で怪我を治す。

やはり学生なだけあってか目の前で命を狙われていたとはいえ人が殺される光景でショックを受けているのだろう。

 

「君は今1人か?」

「はい、友達はそこで…」

「…ああ、ごめんな」

 

他の仲間が何処かで隠れているなら一緒に連れ出さないといけないと思い仲間の所在を確認すると学生の子は悲しそうに俺の後ろを指差し、そのままの流れで後ろ見ると木に寄りかかるように倒れている。

感知スキルでは反応がないが念のため首筋に触れ脈と生命力を確認するが、分かったのはその子が死んでいることだけだった。

 

「ごめんな、もう少し早く来れれば助けられたかもしれなかった」

「いえ、いいんです。助けていただきありがとうございます」

 

学生の子は涙を堪えながら俺に頭を下げる。

 

「ゆんゆんかめぐみんを知っているかな?ちょうど君くらいの子なんだけど」

「いえ、知ってはいますが騒ぎが起きてからは会っていないですね」

「そうか…ありがとうな、それとこれから何処に逃げればいいか分かるか?」

「はい、それは分かっています」

「悪いね、俺は先に行ってさっきの奴らを倒して道を開けて行くから君は1人で行けるか?」

「大丈夫です」

 

1人残すのは危険だが、彼女のペースに合わせると彼女以外の人達を助ける事ができなくなってしまう。

かと言って、彼女を抱き抱えて進もうものならこの先助けた人達を抱えなくてはいけなくなるので現実的ではない。

 

だからこの選択は仕方がないのだ。

 

 

 

 

彼女に別れを告げ俺は再び道を進む。

やはり紅魔族は魔法が使えなければ基本的にステータスは村人と同じくらいで走る速度やスタミナのステータスは大分低い、そして騎士団は鎧を着ている為一般人よりかは早いがアクセルにいる初級冒険者程度の速度しか出せない。だからこそ俺が最高速度で走ればまだ間に合う余地があるのだ。

 

置いてきた彼女の事は気掛かりであるが今はそんな事を気にしている場合ではないと言わんばかりに前方で騎士が逃げている紅魔族を狩り始めている。

騎士団のメンバーが何人居るのか聞いておけばよかったなと後悔しながら剣を抜き騎士に切り掛かる。

 

 

 

 

 

 

一体どれだけの騎士と傭兵を殺してきたのだろうか、距離はそこまで遠くは無いが止まって戦闘を繰り返していることが大分時間ロスが生じてしまっている。

既に手は返り血で赤黒くなりつんざく血液の独特の匂いは鼻が慣れ始めているのかあまりしなくなってきた。

 

幸いにも体力はあまり減っておらず、まだ戦えるのが救いだ。

何となく流れに任せて色々戦って来ているうちに俺の想像以上に力がついてきていて、騎士団のレベルならそこまで苦労せずに相手できるのかもしれない。

 

だが、油断はする事は出来ない。

あの騎士団長の実力はまだ未知数で、出会った時から嫌な予感がしてならない。

 

疑問は尽きないが、そろそろ目的の小屋に着く距離だろう。

 

 

 



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紅魔祭5

遅くなりました…
今回は閲覧注意です。


永遠に近いような時間を走り続けてようやく隠し通路のある小屋の近くに辿り着き、気配を隠しながらその小屋を遠巻きに確認する。

 

「…マジか」

 

小屋の周りを囲むように騎士団員が配置されており、その周りには騎士団が味方だと思って助けを求めたであろう紅魔族の遺体が数十体転がっていた。

騎士団もあの隠し通路を知っている以上、唯一の出口であるあの小屋を押さえるのは当然ではあるがそれでももしかしたらと思わずにはいられないのだ。

 

唯一の希望で脱出口を封じられた事に悪態をつきたくなるが、周囲に転がっている遺体を千里眼スキルで探るが、中にめぐみんやゆんゆんの遺体はなかった。

 

多分ではあるがあの遺体たちを事前に見つけ体勢を立て直すために何処かに避難したのだろう。感知スキルには周辺に彼女らの気配が無い事を示している。

であれば一体何処に彼女達は隠れているのだろうか?

 

後ろから着いてきてくれているであろう人達には悪いが、ここはゆんゆん達の安全を優先させていただくという事で、来た道を引き返しながら彼女らの居そうな場所を目指す。

 

 

 

 

正直小屋の周りの騎士団を全員倒してから向かってもよかったと思うが、その時間の間に2人が殺されてしまったら多分俺は一生後悔し続ける羽目になるのでこれは仕方がないのだ…

異世界とはいえ、ここも現実の一つであるのなら全てを救おうだなんて事は夢物語でしかないのだ。

 

 

 

 

「…ここか?」

 

少し迷いかけたが何とか目指していた場所が見えてくる。

最初はただの違和感だったのだが、徐々に周囲の状況が分からなくなっており近場の気配ならある程度なら分かるのだが少し遠くになると霧がかったように不明瞭になっている。

何故だか知らないが肉体強化など自己を強化するものは問題ないが、反対に感覚を強化するスキルの精度がいつもと比べて下がっており外部に干渉する繊細なスキルが何かによって妨害されている。これは転移魔法のスクロールが使えない原因と同じなのかもしれない。

 

そして着いた場所はというとめぐみんの実家で、建物はおおよそ半壊しており、いつ倒壊してもおかしく無い程で周囲には傭兵の死骸とローブを着た者の死骸が転がっていた。

どうやらこの家も襲われめぐみんの家族が応戦したようだ。

 

「…」

 

剣を構えて家に近づくと精度の落ちた感知スキルに2つの反応が現れ、その気配を感じ取った瞬間に半壊し倒壊の危険があるにも関わらずその家へと侵入する。

 

「めぐみん‼︎無事か‼︎」

 

反応の正体の一つはめぐみんでもう片方は多分外部の人間の気配だろう。であれば家の中の状況はまさにめぐみんと誰かが戦っているものですぐさま加勢する必要性があるのだ。

 

「よくも…よくも私の家族を‼︎よくもよくも‼︎」

 

家の中に入って目に入った光景に唖然とする。

傭兵との戦いは苛烈を極めたのだろう、家の中は荒れに荒れ周囲には傭兵の死体が転がっており壁の方には多分だがめぐみんの家族だと思われる3人が目玉をくり抜かれた状態で座り背中を掛けている、そしてその前でめぐみんがローブを着ていた傭兵を相手にマウントをとりながら首を締めていた。

 

「ぐ…ぐがが…」

「死ね‼︎お前らなんか死んでしまえ‼︎」

 

アークウィザードとはいえそれなりにレベルの高いめぐみんの膂力にローブの傭兵はなす術なく絞められ、呆気なく殺されてしまった。

 

「…うっ…ぐすっ…うぅ…」

 

そして殺したローブ姿の傭兵の首元から手を外し自身が殺めた死体を前にして緊張が解けて家族の死と言うものを受け入れ始めたのか、まるで決壊したダムの様に彼女は涙を流し始める。

 

「…あっ」

「誰ですか‼︎」

 

流石にこの状況で声を掛けるのは気まずいなと思いながら家を後にしようとすると、まるで映画のお約束の如く瓦礫を踏んづけてしまいめぐみんに気づかれてしまう。

 

「…カズマですか、生きていたのですね」

「あぁ…その何だごめんな」

「…いえ、カズマが謝ることではありません。最初から逃げ道を確保するのではなく家族を助けに行かなかった私の責任です」

 

まるで力の無かった自分を責めるかの様に自嘲気味に彼女はそう言いながら目を擦り涙を袖で拭き取ると、目線を俺から逸らして家族の方に向ける。

 

「ごめんなさいこめっこ、もっとお姉ちゃんがしっかりしていればこんな…こんなこ…こんな事にはならなかった…で…」

 

彼女は家族の遺体の側に向かい妹だと思われる小さな女の子の前で立ち止まると、しばらく何かを考えてしゃがみその子の頭を撫でながらそう言い、泣き止んで止まっていた涙が再び流れ始めた。

そんな彼女を俺はただ抱きしめてやることしか出来なかった。

 

「全く…いつも遅いですよカズマは…」

「ごめんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいのか?墓を作ってやらなくても?」

「…全く、今がどういう状況か分かっていますか?感傷に浸るのはもう終わりです。私の安全はこれで守られましたが早くゆんゆんを探しに行かないと間に合うものが間に合わなくなりますよ」

「そうだったな」

 

本当ならすぐさまゆんゆんを探しに行きたかったが、この状態のめぐみんを連れ出すには行かずにしばらく彼女に付き合おうかと思ったところで、めぐみんはすぐさま情緒を安定させ次に進むよう彼女に促される。

 

「私はもう大丈夫です、カズマはゆんゆんの事を考えてください」

「ああ、そうだな。それでゆんゆんだけど何処に行ったか分かるか?」

「そうですね、おおよそですが予想はつきますが説明するには時間を消費し過ぎたので走りながら行きましょう」

「ああ、悪いな」

「ええ、では…っとその前に」

 

これからゆんゆんの所へ向かおうというところで彼女は懐からスクロールを取り出し、火炎球を自分の家へと放つ。

 

「え?何やってんだよ⁉︎」

「いいのです。これが私からの家族の手向です」

 

まるで自分の意識が家族に向かない様に自分を戒めているのか、彼女は何とも言えない程に複雑な表情を浮かべながら自身の家を燃やしたのだ。

 

「それに家族ならここに居ますよ」

 

案じている俺を察したのか、彼女はローブの下から筒状の容器を取り出し俺に見せる。

その中に収められたのは紅い輝きを放つ眼で、その大きさは今まで見てきたものより一回り小さかった。

 

「できれば父と母の分も回収したかったのですが、種類が多すぎてどれが誰なのか分かりませんでしたので、一番分かりやすいこめっこのものだけ回収しました」

「そうか…」

 

彼女は俺を不安にさせない様に貼り付けた様な笑顔を浮かべながらそう言い、すぐさま容器を懐にしまう。

 

「とりあえず今は考えない事にします。後悔も懺悔も全てが終わってからです」

 

そういい自身に暗示を掛けたのだろうか、悲壮感に打ちひしがれていた彼女の表情は気づけば何時ものものに戻っていた。

 

 

 

 

 

 

「それで?ゆんゆんは何処に向かったんだ?」

 

めぐみんの家が燃え尽きるのを見届ける前に俺たちはゆんゆんを探しに走り出し、彼女の言うように走りながら状況の説明を彼女に求める。

 

「まず、カズマと別れた後私達は昔教わった隠し通路に向かいました」

「何でだ?ポータルをしようとしなかったのか?」

「それを最初に考えましたが、ポータルの起動時間を考えて三つでは里の皆を捌くには少々時間が掛かるので渋滞すると考えました」

「へー流石だな」

 

確かに彼女に言われて気づいたが、紅魔の里の住民の数に対してポータル三つでは些か以上に数が少ない。

予算や流通の都合で数が少ないのか、それともあるかどうかも分からない滅びにそこまで考えていなかったのかと思っていたが、ポータルから傭兵が出てきた時点で多分騎士団の連中らがこうなると踏んで数を調節していたのだろう。

 

「それで隠し通路のあるであろう場所に着いたのですが、その周囲には胡散臭い騎士団と皆の死体。これを見た私達は戦力と道具を集めに散ったと言うわけです」

「成程な…それでゆんゆんの行方は何処なんだ?」

「…全く気の早い男ですね、ゆんゆんは多分自分の屋敷に向かっていますよ」

 

やはり戦力を増強なら族長の屋敷に向かった方が効率的だろう。あそこなら族長が保管しているであろう武具的な物がありそうだし。

 

「カズマの事ですからお得意のやらしい感知スキルで分からないのですか?」

「何だよヤラシイって!」

「言葉の通りですよ?」

「はぁ…まったく。何故だかわかんねぇけど俺の感知スキルというか外部に干渉するスキルが何故か使いづらくなってるんだよ」

「やっぱりですか?」

「やっぱりって?何か身に覚えでもあるのか?」

「いえ、ここに来るまでに店から拝借したテレポートのスクロールを使おうとしましたが、魔力が霧散して使えませんでした。けれど先程見た様に属性系の魔法なら使えますので誰かが何か邪魔しているみたいですね」

 

やはり魔力に干渉する何かが俺の知らない所で動いている様で、それを解決しなければ万全の状態で動くことは出来ない様だ。

 

「行き先はゆんゆんの屋敷だな」

「ええ」

「ならこっちのほうが早い‼︎」

「うわっ⁉︎いきなり何ですか‼︎」

 

正直めぐみんのペースに合わせるよりも抱えて走った方が効率が良いと考えたので、先頭を走っている彼女を後ろから抱き抱えるように掴み、そのままお姫様抱っこの要領で走り出す。

 

「やっぱりこっちの方が早いな‼︎」

「やるならやると先に言ってくださいよ‼︎」

 

文句を言われはしたが暴れる素振りが無かったので特に問題ないと思い走りを続行する。

ゆんゆんより軽いから運びやすいぜと言いそうになったが、それは女子に対して失礼オブ失礼なのでここは口をつぐんでおく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…嘘だろ?」

「カズマ、これが現実です。今起きている事を受け入れて次の案を考えましょう」

 

着いた時には時き既に遅しとでもいいたげに族長の屋敷は燃やされている最中で、状態は仮に中に人が隠れていたとしてももう助からない程だった。

そして周囲には傭兵の死体が転がっており、ここでも激しい戦闘があったことが窺える。

 

「なあめぐみん」

「何でしょうか?」

「この中にゆんゆんが居ると思うか?」

「いえ、まったく思いませんね。ここの死体は皆首を切り落とされています、もしゆんゆんが戦ったならこうはなりません」

「だな、それに執事の死体がない事を考えると2人で何処かに避難したか入れ違いになったかだな」

「でしょうね、全くあの子らしい考えですよ」

 

族長の屋敷を探しながら何かしらの手掛かりがないか調べる。

彼女の事なので何かヒントの様な物が隠されているのでは無いかと思う。

 

「めぐみん、次にゆんゆんが行きそうな所の候補はあるか?」

「そうですね…ゆんゆんが昔鍵を隠していた場所があるんですよ、夜中こっそり遊びに着てくれなんて言ってましたけど」

「へぇ、よく遊んでたんだな」

「いえ、一度も行きませんでした」

「一度くらい行ってやれよ‼︎」

 

玄関から少し離れた場所に花壇があり、現在は戦闘の影響かボロボロになったそこをめぐみんは漁り始める。

 

「ほらありましたよっと…これは随分と懐かしい物ですね」

 

破片で手を切ってしまったのか、手に血を滴らせながら彼女は瓦礫の中から手帳の様なものを取り出しだ。

 

「何なんだよそれは?」

「これは学生手帳ですね。中にゆんゆんと私の写真が入っていますね」

 

彼女は容赦なく手帳を広げると中から写真がヒラリと落ち、それを彼女は拾い上げ一瞥するとそれを俺に見せてくる。

写真は多分学生の頃のものだろう、少しあどけなさを残した2人の姿がぎこちなく写っていた。

 

「つまりゆんゆんたちは学校に居るってことか?」

「そうでしょうね。でなければこんなところにわざわざ学生手帳なんか隠したりしませんよ…まったくいつまでこんなもの大事にとっておいたのやら」

 

そういいながら彼女はその学生手帳をポーチに丁寧にしまい杖を抱き抱えると俺の方を見る。

 

「どうしたんだよ急に見つめて?」

「いや、この方が手っ取り早いと言ったのはカズマの方でしょう?」

 

急に縮こまり出して何かと思ったが、どうやらさっきみたいにお姫様抱っこをして貰いたかった様だ。

 

「さぁ‼︎早く‼︎こうしている間にもゆんゆん達に魔の手が迫っているのですよ‼︎」

「…ったく分かったよ‼︎」

 

渋々と言うかそうせざるを得ないので、手を広げて早くする様に催促する彼女を再び抱き抱えて走り出す。

 

「それで?学校は何処にあるんだ?」

「学校はそれほど遠くはありません、ただ着いてからゆんゆん達を探す方が難しいと思います」

 

確かに感知スキルの精度が下がった現状で規模は分からないが学校を探し回るにはかなりの労力と時間を使ってしまいそうだ。

現状めぐみんと合流してから傭兵も騎士団のメンバーの生きた姿を1人も見かけていない。紅魔族の皆が上手く立ち回って騎士団の連中らをやっつけてくれたのならいいのだが、周囲に紅魔族の里民が1人も見つからない事からそんな希望的な展開にはならないのだろう。

 

周囲には傭兵と目をくり抜かれた紅魔族の里民達の死体が転がっており、その光景は不謹慎極まりないが何処ぞの戦争漫画を彷彿とさせる。

一体この里にどれ程の数の傭兵が侵入してきたのだろうか?

数を数えるなんて事が馬鹿らしくなる程の死体で溢れているが、騎士団の死体は俺が殺した数しか見かけていない。

執事の爺さんが退治してくれていれば良いのだが、1人であの数を始末するとなると時間も体力も足りないだろう。

 

これは俺の推察でしかないが、あらかたの紅魔族は狩られてしまい今は隠れている紅魔族を探している状態なのかもしれない。

ゾンビ映画なら導入が終わってこれからと言ったところだろう。

 

 

 

「さて着きましたね、校門が開いている所を見るにやはりこの学校に隠れているみたいですね」

「みたいだな」

 

校門の前に立つとまるで急いで開けたのか少しだけ無理やり開いた状態でそのままになっており、多分ゆんゆん以外にも来ているのかそれともゆんゆん以外しか来ていないのかのどちらかだろう。

 

「そう言えばと言うか今更なんだけど道具を集めた後何処に集合するとか決めていたのか?」

「いえ、そう言えば決めていませんでしたね」

「決めておけよ‼︎」

 

門を潜ろうとした所でふと気づきめぐみんに問いかけると彼女はヤベッと言いたげな表情をした後さも当然だと言いたげにしれっとそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「里の学校って聞いてたからもっと小さいものかと思ったけど、いざこうして来てみるとでかいな。この建物の全部屋使うくらい居るのか?」

 

門を潜り中に入ると紅魔の里の学校は意外にも大きく、映画とかで出てくる小さな小屋を想定していた俺は面を食らってしまう。

 

「現在の在校生だけを見れば多分カズマの想像しているサイズで大丈夫でしょうが、昔はもっと学生が居て今は空き部屋になている教室も使っていたみたいですね」

「やっぱり紅魔族の総数も減ってきているのか?」

「そうですね。昔はポコポコ増えていたみたいですが今はそこまで増えていないみたいですね」

「ポコポコって」

 

どうやら紅魔の里であっても少子化は進んでいた様で、昔使っていた施設は時代の流れに取り残され風化を余儀なくされている。

 

「それでゆんゆん達の居そうな教室はあるのか?」

「…そうですね、誰がいるかによって場所が変わりますが、誰が残っても見晴らしのいい教室は多分使用しないと思いますね」

「まあそうだよな」

「こここは希望を持って一番居て欲しい所から探しましょうか」

 

校舎の中に入り、まるで自分の家のように進んでいく彼女の後を追いながら中に入っていく。

 

俺の感知スキルの精度はめぐみんを感じられる位まで低下しており、この校舎全体の気配までは把握できない。

盗賊を寄せ付けなくする為にスキルを封じる物があると以前クリスが言っていた事があったが、その対策を聞いておけば良かったと今になって後悔する。

…それにしてもクリスは一体何処に消えたのだろうか?

 

 

「まずは図書室からですね。私の予想ですがそこにあるえがいます」

「ああ、あの小説書いていた子だろ?」

「ええ、そう言えば一度あった事がありましたね。よく覚えていますね」

 

前回この里に来るきっかけとなった小説を書いた子の名前があるえだった事を思い出し、それを伝え確認すると彼女は驚いたようにそう言った。

 

「ここが図書室の扉ですね、カズマ先に言っておきますが勝手に開けないようにお願いしますね」

「何でだよ?」

 

図書室に着き、そこにゆんゆんが居る事を確かめる為に扉に手を掛けた所でめぐみんに制止される。

 

「あるえの事です、多分何も知らない人が来たら追い払う様な仕掛けがしてあるに違いありません」

「まあ、居るか居ないか分からないけど対策するに越したことはないな」

 

扉の前から身を引きめぐみんに前を譲る。

 

「我、良からぬ事を企む者なり」

 

扉に手を当てながら彼女はまるで事前に決めていたかのようにスラスラと合言葉を扉の奥に居るであろう人に伝える。

 

「おぉ⁉︎」

 

まるで子供の頃に作った秘密基地の如く開く扉に思わず声が漏れる。

 

「ふう、これで何も反応がなくて中に誰も居なかったらただの恥ずかしい人になってしまう所でしたね」

「ああ、そうだな。まあでも最初の一回目で当たって良かったよ。所であの呪文は何だったんだ?」

「あれですか?あれはあるえが昔書いたパクリ小説にあった設定の一つで、主人公が何か悪い事をするときに使う合言葉みたいなものですね」

「へぇー」

 

謎の達成感のせいか祝勝会の様な会話をしながら扉の中に入る。

 

「おや、やはり君もここに辿り着いたみたいだね」

「久しぶりですねあるえ」

 

図書室に入ると同時に電気がつき何の演出なのか正面にあるえが立っていた。

 

「久しぶりだなあるえ、それでいきなり来た所悪いんだけどゆんゆんは居るのか?」

「ああ、ゆんゆんならそこで寝ているよ。けど今は起こさないでやってくれないか?死ぬほど疲れているんだ」

 

めぐみんやあるえにも色々話したい事があると思うが、ゆんゆんの安否がはっきりしない限り話し合いにならないと判断し、話の間に入るとあるえは部屋の隅を指差し、その示す方を見るとゆんゆんが毛布をかけられて寝ていた。

そして他の生き残りだろう生徒達が部屋の隅で震えながら互いに抱き合ったり手を繋いでいたりした。

 

「ああ、生きて居るならそれで良いんだ。間に入って悪かったな」

「いや、別に構わないよ。仲間が不安なのは皆同じだからね」

 

話に釘を差してしまった事を謝罪しながら話に戻る様に促す。

 

「ここに避難してきたのは分かりましたが、これからどうするつもりなんですか?」

「あぁ、それが一番の問題となっているね。それについては言い訳になってしまうがゆんゆんが目覚めてから決めようと思っていてね」

「そんな悠長な…その間に奴らが攻めてきたらどうするつもりなんですか?」

「それを言われると何も返せなくなってしまうが、そうだねこの図書室にあるスクロールで何とかするつもりだったかな?」

「はぁ…言いたい事は色々ありますが、そうですね…まずゆんゆんが何故今も寝ているのですか?わたし的にはすぐに叩き起こして話に混ぜたいのですが?」

 

話の流れ的にゆんゆんに話を聞きたかったのかゆんゆんを叩き起こすような流れになる。

 

「そうしたのはやまやまなのだが、魔法が使えない私達をここまで守ってくれたのはそこの彼女なんだ」

「へぇ、知らない間にゆんゆんも中々やるようになりましたね…カズマ!回復魔法は使えますか?」

「ああ、多分使えると思うぜ」

「でしたらそこに鉱石の標本があるのでその中にあるマナタイトを使ってゆんゆんを回復させてください」

「分かったよ」

 

めぐみんが指差す方向には鉱山発掘の際に見た色々な鉱石が標本となり飾られており、そこにあった大きいマナタイトを拝借し魔力を回復させながらゆんゆんに疲労回復の効果を高めた治癒魔法をかける。

 

 

「おいおい、何もそこまでしなくても良いだろう。君からも何か言ってやってくれ」

「え?あぁ…」

「カズマやって下さい。あるえ、あなたの事ですから多分頭の隅で考えてはいると思いますがこの里の生き残りは多分私達だけです」

「…やはりそうか、私としては騎士団が助けに来るまでの時間稼ぎをすれば良いと思ったんだが」

「あるえ、残酷な事を言いますが騎士団は我々を裏切り今も見つけ次第に殺しています」

 

どうやらあるえは騎士団が裏切った事を知らなかったようで、信じられないと言った表情でめぐみんを見つめ返す。

多分あの小屋に辿り着く前にゆんゆんが連れて行ったのだろう。

 

「奴らの目的は我々紅魔族の紅眼です、その証拠にこれを」

 

めぐみんは追い討ちをかける様にあるえにシリンダーに詰められたこめっこの目を見せる。

 

「それは君の…いやそうだったか。すまないな君もここに来るまで苦労したんだね、それで体調は大丈夫かい?」

「いえ、万全とは言えませんが暗示で考えられない様にしてありますので問題はありません」

「…そうか」

 

どうやらあるえは騎士団が傭兵部隊を退治するまでここで鷺城するつもりだったが、その頼りの戦力が裏切り者だと知って動揺を隠しきれなかったようだ。

 

「ん…んん?あっカズマさん‼︎生きていたんですね‼︎」

「ああ、心配かけたな」

 

無理やり体を回復させた後に彼女の体を揺さぶると、彼女は少し眠そうに起き上がり俺の姿を見て跳ね上がる。

 

「ようやく起きましたか、起き早々悪いですが作戦会議ですよ」

「めぐみんも良かったわ」

 

 

 

 

 

感動の再会を済まして俺たち4人で机を囲みながら座る。

 

「時は一刻を争います。皆の安否が分かった以上作戦が決まり次第脱出に向けてここを出るべきだと思います」

「そうですね、わたしもめぐみんの意見に賛成です」

「私もココを出る事には賛成だが、その後はどうするのかな?唯一の出口は騎士団に囲まれているのだろう?」

「ああ、流石の俺でも皆を護りながらあの人数を相手には出来ない」

 

話を始めたのは良いのだが、情報不足により話が全く進まない。

 

「騎士団は魔法を無効にするのだろう?であればここにあるスクロールを持って行っても無駄になるんじゃないのか?」

「いえ、鎧を着けていない奴には効きますのである程度必要です、それにこの里を出てもモンスターが居るので危険ですよ」

 

「ふむ…では必要最低限の数を持って出るとしよう。それで出口の件はどうするのかな?」

「問題はそこなんですよね…」

 

結局細かい事はどんどん決まっていくが、最終的に小屋を守っている騎士をどうするかになりまた細かい所を埋める話に戻ってしまう。

これでは一向に話が決まらず平行線のままだ。

 

「こうしている間にも騎士団の人が来ているのよね…」

「いや、多分奴らはここに来るのはまだ後だと思うよ」

「そうですね、出口を押さえている以上奴らは私達を必死に探す必要がありません。建物を破壊していけばいずれ私達が隠れなくなって出て来ますからね」

「だから火をつけてまわっているのか」

 

時間に余裕がまだあるのは分かったが、肝心の作戦が決まっている訳ではないので無意に消費する青春の様だ。

 

「君が1人で全員倒して回ると言うのはどうだろうか?」

「確かに俺1人なら1人殺して逃げるを繰り返せば何とかなるかもしれないな」

 

「そんな危険なことさせられる訳ないでしょ‼︎」

「いえ、このままここに居るよりかはマシかもしれません。仮にカズマが死んだら何も出来ない私たちはそのまま殺されておしまいですからね。一蓮托生と言うやつです、この責任を私達は死を持って償う訳ですから」

「なんか凄い話になってきたな…」

 

確かに俺が1人でコソコソといけば何とかなるかもしれない。

一度そうかと思ったらそれ以外に無いと頭が処理して思考が停止してしまう。

 

「駄目よ‼︎カズマさんも何乗ってるの⁉︎今感知スキルが使えなくなっているのを忘れているんですか?」

「まあ感知スキルがなくてもあれくらいのレベルなら大丈夫だよ。確かに奴らは強いけど動きは同じだし里を警備しいていた人数なら多分出来る」

「そんな…」

 

「カズマ…提案に乗った私も私ですがやっぱり1人では危険です。まだ時間はかかりますが紅月が終わるまで待ってそれから全員でカズマをサポートすれば良いよ思うんですよ」

「私も少しイライラしていたようだ、申し訳ないと思っている。めぐみんの言うように紅月が終わるのを待とう。たとえ魔法を無効化されても衝撃を与えるくらいは出来るだろう、周囲の気を我々が引くからそこを君が狙うといい」

 

ヤケクソで言い放った案がすんなりと通ってしまった事に動揺しているのか慌てた様子で止める様に言ってくる。

 

「いや大丈夫だ、俺も何か行ける様な気がしてきたし」

 

クリス達と過ごしてきた修羅場と比べれば騎士団を相手に1人で立ち回るなんて事は何とも無いと思い始めている。

 

「カズマ、謝りますから無謀な事をするのはやめて下さい」

「カズマさん‼︎」

 

「ええ…」

 

その後やる気になった俺を皆が鎮めると言う謎の展開になった。

 

「盛り上がっているところ悪いだが、校舎に火を放たれたようだ」

 

あるえが何かに気づいた様に立ち上がり俺たちに告げる。

どうやら決断を考える時間は無くなったようだ。

 



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紅魔祭6

遅くなりました、チマチマ書いていたので少し整合性がないかもしれません…


「火を放たれたのですか⁉︎予定よりも早すぎませんか?」

 

俺を説得している間に誰かに火を放たれたれ、それにいち早く気づいたあるえによって指摘される。

里の規模や学校の位置を考慮してまだ時間があると思っていたのだが、そんな事は無かった様で紅魔族を狩っている奴らはついに俺達の眼前まで迫りつつある。

 

「多分アイツらは紅魔祭が終わる前に蹴りをつけたいみたいだな」

「だろうな、彼らの狙いが私達のこの紅の眼である以上、紅魔祭が終わってからでは殺す前に一工程を増やさなくてはいけなくなる」

「やっぱりそうなるか、その方法って何すんだよ?」

 

興味本位ではあるが聞いて見たくなってしまったので聞く事にしてみる。

 

「ふっ…好奇心は猫をも殺すと言うが…簡単だよ、手っ取り早く私達の目を紅くする方法は拷問だよ」

「…マジか」

「カズマ…この状況でその質問はデリカシーが無さ過ぎですよ」

 

紅魔族は感情が昂った時に眼が光ると聞いていたが、やはり無理やり光らせるとなるとそれくらいに強引な事をしなくてはいけなくなるのだろう。

 

「考えるのはここまでです。騎士団の方が来る前にここを出ないとみんな焼かれてしまいますよ‼︎」

「ああ、そうだったな」

 

ゆんゆんの言葉にハッとする。校舎に火を付けられた以上、必ずこの部屋まで火は回り本という可燃性の高い物で溢れているこの図書室は非常に危険である。

 

「あるえ、お前の事だからちゃんと逃げ道を用意してあるんだろうな?」

「…すまない」

「え?」

「逃げ道として用意していた場所から火を放たれたようだ、これだと逃げた先でわたしたちはバーベキューパーティーになってしまうだろうな」

「こんな時にボケるなよ…」

 

はぁ…と溜息をつく。

あるえなりに場を和ませようとしていたのだが正直さっきの俺と同じくらいの失言だろう。

 

「あまり得策とは言えないが…そうだな君が先行して奴らを撃退して貰えるかな?」

「ああ、そうだな」

 

本来であればもう少し作戦を考えてからこの校舎を後にしたかったのだが、相手はそれを許さず文字通り無策で突っ込むと言う形にいなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「クソ‼︎火の広がりが早いな」

 

図書室を後にしてまず廊下に飛び出てみると焦げ臭い匂いが鼻をくすぐった。

あるえの話では脱出通路の最後の方と言っていたので、火の手はそこまで広がってはいないと思っていたがそうでは無いと言わんばかりに隣の教室が燃え始める。

多分紅魔族のスクロールを奪って際限なく火球を放っているのだろう。こっちの攻撃は効かないのにあっちの攻撃は通るのは些か卑怯では無いかと思う。

 

「案内頼む‼︎」

「カズマ‼︎何処が通れて何処が通れないか分からない以上多少遠回りしても切り返しの効きやすい道を案内します‼︎」

 

入学したての頃は単純な構造である校舎でも迷う事が多々あった事を思い出す。特に紅魔族の学校の校舎はテレビ局の如く複雑に入り組んでおり案内が無ければ迷ってしまう程だった。

 

「クソ‼︎」

 

火の手は俺の予想を遥かに上回り、気づけば殆どの教室は燃えてしまっているが何故か廊下は比較的燃えてはおらず、多分教室で何かあっても火が移らない様に細工してあるのだろうか。

それなら教室もそうしろと思ったがコスト的に厳しかったのだろう。

 

仕方なく廊下を進み前方に傭兵が弓を構えている姿を確認し思わず悪態をつく。

どうやら廊下が燃えなかったのではなく廊下を意図的に燃やさなかった様だ、まあそれもその筈で奴ら目的は紅の眼なので回収前に燃えてしまっては眼を回収できないのだ。

 

「伏せろ‼︎」

 

皆を床に伏せさせ、放たれた矢を出来るだけ剣で全て叩き落としながら前方へと距離を詰める。

そして第二波が来るタイミングで再び指示を出そうと思った所で後方から氷の魔法が飛来し、前方の傭兵達を串刺しにする。

 

「何の装備のない兵隊であれば私たちで対処できます」

 

後ろを振り向くとめぐみん達がスクロールを構えながら俺の元へと向かってくる。

 

「そう言えばそうだったな」

 

傭兵相手ならそこまで気張らなくても大丈夫な事に安堵しながらも、その油断がいつか恐ろしい事になるかもしれない事に不安を感じる

 

 

 

 

 

 

めぐみん指示により校舎を駆け巡りながら生き残っていたであろう傭兵達を倒していく。

やはり感知スキルが使えなくなった事で視覚に頼る事が多くなり危うさを感じるが幸いにも傭兵達は疲れているのか動きが鈍くなっており、希望的な考えでしかないがポータルが破壊されてからの増援がなくなっているのでは無いかと推察する。

 

校舎を無事に脱出し、図書室にいたであろう生徒隊の無事を確認すると以外にも生き残りが居たんだなと気づく。

そして校庭には逃げて来た紅魔族を狩る為か忌々しい鎧に身を包んだ騎士団が待機していた。

 

「…ふむ、やはりか」

 

騎士団の姿を確認した途端のあるえがスクロールを発動し魔法を飛ばす、そしてその魔法が騎士団にあたり無効化される事を確認すると彼女は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべながらそう言った。

 

「お前達下がっていろ‼︎あとは俺がなんとかする」

 

あるえを後ろに下げ腰から剣を抜いて騎士団に切り掛かる。

騎士の数は二人おり、感知スキルがなくとも二体一なら軍配は俺に上がるので難なく仕留められる。

 

「行くぞみんな‼︎もう時間がない、このまま小屋まで走り抜ける」

 

周囲には既に火を放たれており、校舎に来る時は緑で包まれていた景色は現在真っ赤に染まっている。

このまま全てが焼き尽くされてしまった場合に俺たちの隠れる所や遮蔽物が無くなるので全てが燃え尽きる前にはかたをつけたいのだ。

 

木々が生い茂っている森とはいえ隙間はあるのでそこを見つけて森の中に侵入する。

 

そして俺を先頭にし学生達が背後から着いてくるという構図になっている。

これでは後ろで何かあった時に問題があるが騎士団の数もだいぶ減っているので、メリットとリスクを考えるとこの策を採用する事にも仕方ないだろう。

 

燃え盛る森の中を走り、何とか通れるであろう道を見つけ出してはそこを通り抜ける。正直火の中を走り続ける事で酸欠なってしまう可能性が気になるが、そこまで気にしている場合ではないと文字通り神頼みしながら突き進む。

火力は強いが運が良いことに道は続いているため、隙間を縫うように進んでいた途中に後方から悲鳴が聞こえてくる。

 

「何だ⁉︎何があったんだ?」

 

声質からして後ろにいる女学生のものだったが、俺が見た感じ周囲に誰かの気配は無かったはずだ。

 

「カズマさん矢です‼︎横から矢が飛んできています‼︎」

「クソ‼︎仕方ない‼︎皆体勢を低くして当たらない様について来てくれ‼︎」

 

隙間を縫っている為俺が守りに入る事は不可能に近く、撤退は死を意味する為、俺達は矢が当たらない事を祈りながら進み続ける。

そして再び後方から悲鳴が上がる。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫です‼︎カズマは早く先に行ってください‼︎」

 

燃え盛る木々の隙間を潜り抜け時には水を生成し何とか道を進んでいく。

水を生成するするスクロールがあれば楽なんだが、生憎氷を生成するものしかなくこの炎の森を消火する手立ては無い。矢避けにウィンドカーテンをしようとしたが、周囲の炎を巻き込んでしまうから使えないとのことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫かみんな…え?」

 

燃え盛る森、煙が立ち込める道無き道を進みようやく小屋の近くであろう場所の近くに何かで使用していたのか開けた場所があり、そこで一旦小休止しようと思い皆の姿を確認するとそこにはゆんゆん、めぐみん、あるえと1人だけだった。

 

「すまない、君の進みを止めない為に負傷して歩けなくなった子は置いて来たんだ」

「…は?」

 

思わず声が漏れる。

彼女は一体何を言っているのだろうか?

護れなかった皆の代わりにせめても残った人達だけは守り切ろうと決めていたのに、結局俺の為に犠牲になってしまったと言うのか。

 

「すまん、みんなはここで待っていてくれ‼︎俺は…」

「待ってくださいカズマさん‼︎」

「はっ離せゆんゆん‼︎まだ間に合うかもしれないだろ‼︎」

 

怪我をしていても近くにいる奴なら1人か2人助けられると思い来た道を戻ろうとした所をゆんゆんに抱き止められる。

 

「カズマ、諦めてください。これは残された子の意思でもあります。私達が残ったのは偶然で、もし2人のうちどちらかが歩行不能になったら同じ様に残ったでしょう」

「…」

 

ゆんゆんに止められめぐみんに諭され戻る事を止める。

 

「すまないな、君がもし行動不能になってしまった場合、魔法が使えない私達はどうすることもできなくなってしまうんだ」

「…」

 

どうしようもない事を認識しつつ炎中に残された人達よりも今目の前に居る人達の事を考えようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく着いたな」

「…」

 

今更になって分かった事と言うか推察でしかないが、飛んできた矢や石などは全て騎士団が撃っているのではなく誰かが設置した罠では無いかと思う。

そして、もしそれが正しければ俺達が隙間を縫って来た道は奴等にあらかじめ用意された道だったのかもしれない。

 

感知スキルが全て使えない事や咄嗟な事で俺の判断力が散漫になっていたとは言え、こんな事に引っ掛かる自分に嫌悪感を感じる。

 

人数は俺を含め4人となり、眼前には小屋とそれを護る騎士団が仁王立ちしている。

状況は周囲だけが炎に包まれている事と小屋の前に騎士団長が居る事くらいで後は同じだろう。

 

「いいか俺が周囲の連中らを倒して団長を戦っている間にあの小屋まで掛けて行ってくれ」

「わ、分かりました」

 

先に周囲の騎士団員を殺せないにしても気絶させる事に全振りし、最後に騎士団長を狙い戦っている間に3人が小屋に向かっていくと言ったものだ。

騎士団長も簡単に倒せれば良いのだが、最初に出会った時に感じた違和感がそれはないと思わせている。

 

周囲には騎士団員が四名でその中心に騎士団長が立っている。正直今まで相手をしていた数を入れて大雑把に計算しはみたが、やはり少し数が少ない。誰かが倒してくれればいいが、何処かに隠れていたら危険だ。

だが、ここでそのいるかいないか分からない騎士団のメンバーを探しに行く暇は無いのでこのまま進むしかない。

 

使えるであろう潜伏スキルを使用しながら小屋の後方へと回り奴らの背後をとり、呼吸を整え、脳内で起こるであろう事象を全て考えシミュレートする。

相手の呼吸に息を合わせ腰に掛けた剣に手を伸ばし引き抜くと同時に飛び出す。

 

「ーーっ‼︎」

 

一人一人確実に殺す事は不可能の為、暗殺者から教わった麻痺の状態異常を与える暗殺術を使い側方に居る2人の動きを止め、すぐさま跳躍し反対側の2人にも同じ様に攻撃を当てる。

正直全員麻痺状態にできるかは賭けだったが、幸運値が高かった事が幸いしてか4人の動きを封じる事に成功する。

どうやらスキルなら奴らの鎧の効果の影響を受けない様で助かった。

 

「貰った‼︎」

 

そして勢いそのまま騎士団長に切り掛かる。

4人が目の前で倒れている事に対して動揺してい無い事が窺えるが、これが単純に脳の処理不足により反応が遅延している事が原因だと嬉しいが、俺の直感がそれを否定している。

 

…まあ何にせよ、この状況でこの攻撃以上に上手く立ち回るなんて事は考えられないので後は運と俺の対応力に任せるしかない。

 

「何っ⁉︎」

 

嫌な予感程簡単に当たると言うのは本当だった様で

俺の攻撃は上体を逸らすといった基本中の基本で簡単に躱されてしまい、気づけば俺の首元まで剣が迫っていた。

 

「危ないですぞ、カズマ殿‼︎」

「あんたは⁉︎」

 

騎士団長の切先が俺の喉を切り裂く前に、誰かが俺の体を掴んだかと思うと勢いそのまま側方へと引っ張り投げ飛ばす。

 

「爺さん!無事だったのか‼︎」

 

投げ飛ばされた後すぐさま体勢を立て直して助けてくれたのはゆんゆん達ではなく消息の掴めていなかった執事の爺さんだった。

 

「済みませぬカズマ殿、お嬢様を助けた後に他の方を探していた為遅れてしまいました」

「ああ、別に構わねえよ。寧ろ助かった所だ」

 

俺を投げた後執事の爺さんは奴の二撃目を躱し、その勢いそのまま俺の元へと跳躍、薙刀を構えながら俺に手を貸す。

もう少し早く来てくれていればこんな無茶をしなくて済んだんだが、今考える事はそれでは無いのですぐさま頭を切り替える。

 

「爺さんはあの騎士団長と長かったんだろ?何か弱点とか知らないのか?」

 

族長があれほど信頼を置くくらい長い付き合いであるのであれば、当然近くにいた執事は何かを知っていてもおかしくはない。

この状況下で何も分からないほど怖いものはないので少しでも分かる事があれば頭に入れておきたい。

 

「申し訳ございませんカズマ殿、私も長い付き合いではあったもののあの者とは会話した事はあらずそもそも同じ方であるかも不明」

「そうか、族長は随分と物好きだったんだな」

 

悪態をつきながらも思考を続ける。

謎が謎を呼ぶ相手ではあるが、族長と長い付き合いであれば年齢もそれなりにいっている筈であり俺たちと比べて体力はそこまで無いと考えられる。

 

ならば時間をかけて相手を疲労させればどんなに卓越した技量を持ってしても隙が生まれるはずである。

 

「よし、爺さんこのまま2人であいつがバテるまでやるぞ‼︎」

「承知‼︎」

 

互いに得物を構えて奴に相対する。

相変わらず恐ろしい闘気の様なものを感じるが、それでもここで逃げたら後がないので進み続ける。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ‼︎」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーっ‼︎」

「…」

 

2人がかりで切り掛かるが、それらの攻撃を全て奴は躱したり剣で逸らしている。

連携の取るための打ち合わせや訓練をしていないとは言え、全ての攻撃を躱すという事実に俺と爺さんの2人は攻撃しながらも焦燥感の様なものを感じている。

 

「今のうちに行け‼︎」

 

攻撃を全てを躱されているとはいえ、奴も迂闊に移動する事はできないだろうと思いゆんゆん達を小屋の方へと送る。

 

「わ、分かりました‼︎」

 

向こうにも状況が伝わっている様で動揺を隠しきれてい無いのか焦った様に皆がこちらに走り込んでくる。

 

「カズマさん、必ず来てくださいね‼︎」

 

ゆんゆん達が俺らの後ろを通る際に風が背中を押してくる。

多分小屋に罠が仕掛けられていてもいいように風の魔法を纏っているのだろう。正直周りの炎を巻き込みかねないので違う方法にして欲しかったが、それ以外に術を思いつかなかったので仕方がないだろう。

 

「カズマ殿‼︎」

「ああ‼︎分かってる‼︎」

 

ゆんゆん達が小屋に入った事を確認し、俺達は示し合わせた様に攻撃の手を変える。

今までは足止めの為に手数を増やし動きを封じる様に立ち回っていたが、これからは相手を倒す為に攻撃をする。要するに牽制だけではなくカウンターのリスクを負いながら相手に決定打を与えると言う事だ。

 

相手は俺たちの攻撃を躱す事に主を置いている為、反撃をするとなれば俺たちの攻撃の間の隙を狙ってくるのであろう。ならば互いに攻撃を止めない様に繋いでいけばいい。

だが、俺たちはゆんゆん達と違って一度手を合わせた程度で、攻撃の掛け合いや打ち合わせなどを行った事はない為どうしても嫌な間が生まれてしまう。

 

「でぇりゃぁぁぁあーーっ‼︎」

 

大きく振りかぶり奴に切り掛り、奴はそれを後方にステップし躱す。

正直あの重そうな甲冑を装備しながら軽やかに動く奴を見て同じ人間なのか疑いたくなるが、内心魔王軍幹部が入れ替わってくれていた方が楽だ。

 

「はぁぁぁぁぁーーっ‼︎」

 

大振りをして隙だらけの俺を護る様に執事の爺さんが俺の後ろから跳躍したまま横薙ぎを放つ。

奴はそれを剣で上へ弾き、前方へと踏み込み爺さんに斬りかかろうとするが、それを俺が狙撃スキルでナイフを投擲し奴はそれを躱す為に体を捻りその隙に爺さんの腰を掴み後方へと引っ張り、その反動で俺自身を前方へと踏み込ませ奴に切り掛かる。

 

本来であればこれで終わるが、奴はその態勢のまま空いた手で俺の剣を器用に払い生まれた隙をついて俺の腹にミドルの蹴りを放つ。

 

「ぐはっ‼︎」

 

ズドンとまるで地面に隕石が降って来た時のような衝撃を受けた後全ての息を吐き出し、咄嗟に光の呪文を使用し相手の目を眩ませ後退する。

本来ならしばらく相手の目を眩ませるが相手の鎧の性能か、光は一瞬のうちに消え去り反撃の機会は得られず、すぐ様後退し距離を取る。

 

「彼奴はかなりの手練でありますな」

「ああ、正直嫌な予感がしてならない」

 

まるで本能が爺さんを殿にしてここから逃げろと言っている。

それ程まで嫌な予感がし、その予感が何なのかを俺の理性が知るのを防いでいるのだろうか思考が纏まらない。

 

「そろそろ俺の麻痺が切れて周りの奴が起き上がる頃合いだ、早く蹴りをつけないと不味いぞ」

 

正直騎士団長があそこまでやるとは思っていなかったので一番早く効果の出せる技を使用したのだが、爺さんがくる事が分かっていればもう少し待って作戦を考えた方が良かったなと思ったが、それは既に後の祭りだ。まあ、やり直すのであればゆんゆんと合流した時に爺さんの事を彼女から聞いて合流する事を視野に入れて考えた方が良かったかもしれない。

 

「爺さん!俺が援護するから全力で暴れてくれ‼︎」

「承知‼︎」

 

正直ここの戦力なら俺の方が勝るかもしれないが、俺が前面に出ても爺さんの邪魔になるだけなので俺が後衛に徹した方がいいのだろうと思い新たな戦闘形式を作り出す。

 

「はぁぁぁぁぁーーっ‼︎」

 

前方に踏み込む爺さんを援護するようにナイフを奴の左右をはさむように数本投擲し、奴の逃げ場を無くし爺さんに相対しなければいけない状況を作る。

そして爺さんはそれを察してか薙刀のリーチを活かした突きを放ち後方へと逃げられない様に追い込む。

 

「なっ⁉︎」

 

正直、横のナイフを弾き側方へと逃げると思っていたが、奴がとった行動は単純で複雑だった。

奴は俺の投げたナイフを体を上手く逸らしぶつかったナイフは鎧を貫く事はなく鎧の曲線に沿って通り抜ける。そしてその体勢のまま爺さんの突きを同じ様にスレスレで躱し千段巻の部分を掴みそのまま爺さんを引き寄せる。

しかし、爺さんもそこまで考えていなかったわけではなかった様で、その技に対する返しの技を使い反撃に出るが奴はそれを返すどころか距離を詰め逆に脚を掛け爺さんの体勢を崩す。

 

流石に不味いと思い再び投擲するも、奴は爺さんから薙刀を奪いそれらを全て弾き勢いそのまま爺さんを切り付ける。

 

「ぐっ…がはっ‼︎」

 

無防備の状態のまま切り付けられた爺さんは抵抗できずに血を撒き散らしながら地面に倒れる。

 

「クソったれが‼︎」

 

最早作戦もクソも無い。

支援魔法を全力で全身にかけ奴に向かって切り掛かる。

 

「ぐっ⁉︎」

 

幾星霜に及ぶフェイントや攻撃の蓮撃を繰り返したが、それら全てを奴にいなされ鳩尾に拳を撃ち込まれ悶絶する。

感知スキルが使えない為相手の動きや周囲の状況が探れないと言った不利があり、今までスキルに頼りきりになっていた自分への報いかと後悔したが、それを抜きにしても奴強さは異常なまでに卓越している。

 

「まだだ‼︎」

 

諦めたら試合終了どころか人生が終了してしまう。

今までは魔王軍幹部を相手にしてきた為、色々なモノが守ってくれたかもしれないが、今回の相手はあくまで人間。

人間同士の争いに何かが手を貸してくれることなんてないだろう。

 

「随分と腕を上げた様だけどまだ駄目だね」

「なっ‼︎」

 

クリスから教わった基礎に姉さんから学んだ応用、そして今までの戦闘で得られた経験の集大成を奴にぶつけ、それら全てを避けられたあとに奴がついに口を開く。

聞こえた奴の声に聞き覚えがあり、それが誰かを思い出す前に俺の体は一瞬の内に奴の手により痛めつけられ地面に横たわっていた。

 

「お、お前は…」

 

全身に痛みが走り指ひとつ動かない状態でも何とか目線だけは奴の方を見る。

 

「久しぶりだねサトウカズマ、君は相変わらず学習能力が無い様だね」

 

奴が兜を脱ぎ、その素顔を明らかにする。

 

「アレクセイ・バーネス・バルター…」

「おや・フルネームで覚えていてくれるなんて光栄だな」

「冗談きついぜ…」

 

アレクセイ・バーネス・バルター、俺の人生で一度も勝つことのできなかった相手。

いずれ何処かで戦う事は分かっていたが、まさかこの最悪なタイミングで現れるなんて思わなかった。

 

「すまないね、少し着替えさせてもらうよ。この格好は暑いからね」

「ふざけてやがるのか…」

 

血反吐を吐きながらも意識を保つ事にやっとな状況な俺の前で暑いからといってアドバンテージの高い鎧を脱ぐ様はまるで俺を馬鹿にしている様だった。

 

「そこの男を拘束してくれ、くれぐれも傷つけないようにね」

「クソ…」

 

周囲の騎士団の麻痺が切れたのか何事もなかったように起き上がると俺の両腕を後ろに回した状態で首を掴み持ち上げる。

 

「まさかお前が金欲しさに紅魔族を狩るなんてな、アレクセイ家は当主不在で改易されたから資金が尽きたか?」

 

ここまで手も足も出ないと流石に口を出したくなったので精一杯の皮肉を言う。

 

「ふふふふふ…はっはははははーーっ‼︎」

「何がおかしいんだ‼︎」

 

どうやら俺の皮肉は俺の精一杯の抵抗に思えたのか、それを聞いた奴はまるで道化を見る様に大笑いしていた。

 

「いや済まないね、君がそれを言うのが面白くてね。そうだね、確かにアレクセイ家は無くなったね、けどもうアレクセイ家でやる事はもう殆ど済んだ、それに今の私にはこれがあるのさ」

 

そう言い奴は首にかけたペンダントを取り出し俺の前に出し見せる。

 

「シンフォニア家の紋章…」

 

奴が出したのはシンフォニア家の紋章で、それは奴がシンフォニア家の権力を行使できる事を示している。

 

「やっぱりお前がクレアを唆したのか」

「そうとも」

 

奴の行動でクレアの行動の不可解な部分が解明される。

牢屋に投獄され、ダクネスが居なくなった間に奴とコンタクトを取ったのだろう。何時ぞやシルフィーナとそんな事を話したが、それがバルターであったならそれも納得だ。

 

「まあ、その彼女も用済みだけどね。まあそうだねこれも君にあげよう、前回あげたアレクセイ家の紋章は使えなくなったからね」

「ふざけやがって…」

 

奴はそう言いながらこの国で二番目に権威の高い紋章を俺の首に掛ける。

 

「それで金も権威も必要ないお前は何で紅魔族を襲ったんだ‼︎眼が目的なのは分かってんだよ‼︎」

 

奴の目的は紅魔族の眼であるのは分かってはいるが、金銭目的でなければ一体何が目的なのかが分からない。

仮に何かあるのであればオークションの時に判明している筈だ。

 

「本当に君達はこの眼の有用性が分かっていないのか」

「何?」

「紅魔族は昔魔王軍に対抗する為に生み出された改造人間だという事は知っているかい?しかしそれは建前でね、本当はこの眼を作り出す為にわざわざ作られたと言っても過言では無いんだよ」

「はぁ?余計に分かんねぞ、ただの観賞用に成り下がった物に金以外の何の価値があるんだ」

「はぁ…今の君を見ていると少しガッカリするよ。まあそうだね、この紅状態の眼はコロナタイトの原料になるのさ」

「なっ…」

 

コロナタイト、前にデストロイヤーの動力源になっていたコアで、たった一つであれ程のエネルギーを生み出す事の出来る恐ろしい物でウィズの協力を持ってしても停止させる事しか出来なかったアレである。

 

「眼には魔力が宿るのさ、紅魔族はその高い魔力を眼に凝集さる機能を限界まで高めた者でね。紅眼になった時に殺すことで目玉二つで数百人分の魔力を眼に保持し続ける。おかげで頭がアレになってしまったけど」

「…なっ⁉︎」

「…チッ‼︎」

 

話している途中、突如上空から木が数本丸ごと襲来し騎士団の2人を吹き飛ばすが、残りは全てバルターの剣により空中で塵と化した。

一体何が起きているのだろうと思った瞬間に鈍い音が後方で鳴り俺を掴んでいた手が急に緩み拘束から解放される。

そして同時に、バルターは俺に近寄ろうとした何かを森まで蹴り飛ばし追いかける様に森の中に入って行った後、見覚えのある女の子を引きずって戻ってきた。

 

「ねりまき…」

「ごめんねお兄さん、出来れば全員潰したかったんだけど無理だったよ」

 

バルターに引きずられて現れたのはねりまきで、彼女の左手はまるで巨人のおもちゃにされたかの様に捻れて明後日の方向を向いていた。

 

「バルター‼︎お前‼︎」

「勘違いしないでくれ、これは彼女の自業自得さ。紅月はまだ終わっていないというのに無理やり魔法を使うから暴走しただけだよ」

「なっ…」

 

どうやら先ほどの木はねりまきが自身の魔力で念能力の魔法を使用し、その結果魔力が暴走してそうなった結果なのだろう。

彼女は苦痛に顔を歪めながらも俺の無事を心配している。

爺さんの言っていた助けた子とはねりまきの事だったんだろう。

 

「2人とも押さえておけ」

 

残った数人の騎士団員に再び俺達を押さえさせる。

 

「クソ…」

「この状況であの小屋まで行けば助かったのに、わざわざ君を助けるという事はそうだね…実に良い事だ」

「あ?」

 

奴ははははと笑いながら拍手をしながら俺に体を向ける。

 

「話を戻そうか、魔力を眼に貯める話をしただろう?、それは紅魔族以外も例外ではないのだよ」

「なっ…あ、あぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁーーっっ‼︎」

 

いつの間にか奴に距離を詰められ、気づけば左眼に激痛が走り視界の左半分が真っ暗になった。

 

「い、いやぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁーー‼︎」

「はははっ‼︎良い音楽だね」

 

奴はねりまきの悲鳴に耳を傾けながら俺の目をシリンダーの中に収納する。

 

「君達ニホンジンという種族の眼も高値で取引されているのさ、それに異能を持ったニホンジンの目からは特殊なマナタイトが作れる」

「うっ…くっ…この野郎…」

「へぇ、まだ元気がある様だね」

 

左眼の激痛に耐えながらも残りの右目で奴を睨みつける。

 

「よくも…みんなの眼を‼︎」

「…うるさいな、いつ君にしゃべって良いっていたのかな?」

「いっ嫌ぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁあぁっぁぁぁぁーーっ‼︎」

「止めろ‼︎もう十分だろ‼︎コロナタイトを作りたいんだったら十分回収しただろ‼︎」

 

ねりまきの喋りに自分の会話が邪魔されたのがよほど癪に障ったのか、今度は彼女の右眼を抉り取った。

 

「そうだね、目標数は十分に確保したけど予備は幾らあってもいいだろ?」

「…狂ってやがる」

「いやいや心外だな、狂っているのは君だよ」

「はぁ?」

 

奴は意味のわからない事を言いながら彼女の目を俺の眼と同じシリンダーに入れて蓋を閉めるとそれを俺の前に見せる。

 

「どうだい、愛する赤と気づかない黒のコントラストは?」

「何言ってやがんだお前は?」

「…はぁ、まあいいさ。取り敢えず目的は果たした後は…おっと」

 

奴が目玉のシリンダーを懐にしまい、残りの眼を回収しようとした瞬間、突如地面が崩れだす。

 

「なっ何だ⁉︎」

「うあぁぁぁぁっぁあぁぁぁぁっぁーーーっ‼︎」

 

周囲の大地にヒビが入り大地が捲れ、それらが周囲の騎士団に降り掛かり騎士団員は後方へと再び吹き飛ばされ、30センチ程の岩が周囲を飛び回ると俺とねりまきを掴んでいる騎士団の顔面に激突し先ほどと同じ様に拘束が解かれる。

そして、離れていたねりまきがワイヤーアクションのようにこちらに向かって飛来する。

 

「はぁ…全く、そんな事させると思っているのかい…」

 

そんな中バルターは崩れゆく地面に対して動じる事なく剣を抜き、俺達に何かしようと魔力を貯め始める。

 

「私を馬鹿にするのも大概にしたまえ、本当に君達は…なぁ⁉︎」

 

崩れゆく地面の中、奴の動きを止めたのはねりまきではなく死んだと思っていた爺さんだった。

爺さんは奴の足を掴むと何かの魔法を使用したのか地面から無数の鎖が出現し奴の体を拘束しようと飛びかかった。

 

「小僧‼︎あまり老人を舐めるで無いぞ‼︎」

「ははっ‼︎それはこっちのセリフさ‼︎」

 

命懸けな爺さんに対して奴はまるで娯楽を楽しむように抜いた剣一振りでその鎖を消し去る。

 

「なん…じゃと⁉︎じゃがこの手離すものか‼︎」

「はぁ…相変わらずしぶとい爺さんだ」

 

最後の頼みである魔法が通じなかった以上、最後は残った膂力によって奴の体を掴み動きを封じる。

 

「ねりまき…無茶はよせ、俺を置いて逃げろ…」

「ごめんねお兄さん…もっと…早く…こうしておけば良かった…げほっ…」

「…まさか」

 

彼女は言葉を紡ぐ間に咳をし、その度に左側で見えないが、あったかい何かが顔に掛かる。

念能力を使用して飛来した彼女の右手に抱き寄せられ勢いそのまま小屋の方へと飛んでいくが、先程の魔法だけで彼女の左手は捻じ切れかけていた。

その彼女の右腕が俺を掴んでいる以上代償は彼女の脚と内蔵だろう。

 

「止めろねりまき‼︎後は俺が運ぶ‼︎」

「嘘…だね…指一本動かせない…癖に」

 

浮遊感と共に俺の残っている聴覚に彼女の内臓や肋骨が砕け捻じ切れる音が響き続けている。

絶えず浮いているという事はその代償に彼女の何かが絶えず捻れているという事になる。仮に動きを止めた所で彼女の足が原型を留めていなければ歩く事すら叶わない。

つまりこの場は彼女の犠牲を容認しなければ逃げる事ができない事を示す。

 

小屋の中に入り、無理やりこじ開けられた地下扉に突っ込み視界が真っ暗になり、それなりに進んだ所で爆発音が鳴り俺の意識は無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きてくださいカズマさん‼︎」

「…何だよもう朝かよ」

 

ゆんゆんに起こされ眼が覚める。

どうやら族長の部屋で寝ていた様で窓の外を見ると祭が始まっているのか闇夜に灯りが灯っていた。

 

「まだやっているのかよ紅魔祭…」

「そんな事言わないでくださいよ、それに今日で終わりですからね」

「あれ?そうだっけ?」

「そうですよ、最後のキャンプファイヤーでのダンスは一緒に踊るって約束忘れないでくださいよ」

「そう言えばそんな約束したな…」

「全く…カズマさんはしょうがない人ですね、ほら早く着替えて行きますよ。夜眠らないように先に眠るって言ったのはカズマさんですからね」

「ああ悪い悪い」

 

ゆんゆんに促され服を着替える。

結局予言は何かの間違えでまた同じ日常が繰り返されるのだろう。

 

「はぁ…」

 

結局何もなかったなと思いながらゆんゆんと共にキャンプファイヤーのやっている広場までやってくる。

 

「遅いですよ2人とも主役が居ないんじゃ何も始まらないでは無いですか」

「ごめんめぐみん、なかなかカズマさんが起きなくて…」

「へぇ…こう言うイベントには早起きのカズマが寝過ごすなんて、ナニをしていたんですかね?」

「ちょっとめぐみんやめてよ‼︎」

 

どうやら待ち合わせの時間には間に合わなかったようでめぐみんが怒りながらもちょっかいをかけてくる。

 

 

 

 

 

 

「そう言えば主役って言われてたけど何の主役なんだよ?」

 

祭りが終わりに差し掛かった時にそう言えばめぐみんが何かを言っていたのでそれをゆんゆんに聞いてみる。

 

「…まだ寝ぼけているんですかカズマさん」

 

それを聞くと彼女は呆れた様に

 

「今日は私達の婚約日じゃないですか」

「何…だと⁉︎」

 

どうやらと言うかいつの間にか俺たちは結婚する事になっていたようだ。

 

「私ももう14ですからね」

「えぇ⁉︎」

「ちょっと2人とも火が消える前に早く写真を撮りますよ」

 

何がどうなっているか分からないので取り敢えず理由を聞こうとしたが、それはいつの間にか正装に身を包んだめぐみんによって止められ、気づけばキャンプファイヤーを背後に写真を撮る流れになる。

 

「「おめでとう‼︎」」

 

周囲からお祝いの言葉が浴びせられる。

 

「カズマ君娘を頼んだよ…本当に良かったなゆんゆんお父さん一生1人でいるんじゃないか心配だったんだよ」

「ちょっとお父さん‼︎そんな事で泣かないでよ‼︎」

 

やはり娘の事となると別なのか年甲斐もなく親父さんをゆんゆんが宥める。

 

「おめでとうお兄さん‼︎こんな事なら私も酒屋継がないでアクセルに行けば良かったな」

「おいおい、勘弁してくれよ」

 

今度はねりまきが小悪魔のような表情を浮かべながら俺を揶揄う。

 

「おめでとう2人とも、色々言いたいこともあるが末長くお幸せにな」

「ありがとう、あるえ」

 

フッ、と格好つけながらあるえに祝福される。

 

「話すのはそこら辺にして早く写真を撮りますよ、ほら早く並んで‼︎こめっこの隣は私が入りますので空けておいてください」

 

長々と皆から祝言を頂いているとめぐみんに早く並ぶように催促される。

 

「ハイ、チーズ‼︎オッケイでーす」

 

合図とともにタイマーが作動してめぐみんが走りフラッシュと共にシャッターが閉じて、写真が現像される。

 

「現像された写真は俺が確認するよ」

 

カメラから写真が出てくるのでそれをおれが確認しに行く。

 

「どれどれ…え?」

 

出てきた写真を見ると、そこに写っているのは俺とゆんゆんとめぐみんの3人だった。

何でだと思いながら後ろを振り向くとそこには2人が笑顔で硬直し、他のみんなは目玉のくり抜かれた顔でそこで立ちすくみ、こちらを見ていた。

 

「あっ…ああ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっうぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁーーっ‼︎」

 

あまりの光景に飛び上がるとそこは見たことのない部屋だった。

 

「ようやく起きた様だ、その調子だと問題はない様だね」

 

起き上がりで迎えてくれたのはあるえだった。

 

「あ、ああ…うっ…」

 

どうやら夢を見ていたようで、それは左半分の視界が無いことが証明している。

 

「左眼が痛むかい?」

「いや、問題ない。それより皆は大丈夫なのか?」

「ゆんゆんとめぐみんなら隣の部屋で魔法で無理やり寝かせたよ。ちょうどさっきまで君の看病をしていたけど中々休まなかったからね」

「…そうか、それは良かった…それでねりまきは?」

「ねりまき君は…」

 

彼女は言葉を噤むとゆんゆん達がいる部屋とは反対方向の部屋を指した。

 

「ねりまき無事か……そうか」

 

部屋に入るとそこには眼に包帯を巻かれたねりまきが机の上に寝かされていた。

その肢体を見るとやはり右腕以外が捻れており、左脚に至っては膝より下がなくなっていた。

 

「すまない助け出した時にはまだ息があったのだが、君達を治している間に息を引き取ったよ」

「ああ、そうか…。話は変わるがそれで怪我が無くなっているのか。けど左眼は戻ら無いのは単純に回復魔法の質か?」

「いや、君の目が戻らないのは多分眼が何処かで生きているからだろう」

 

全身が治っているのに左目の視界が戻っていないので一度プリーストに直してもらわないといけないのかと思っていたが、どうやらあのケースに入れられた眼は生きていると判定され、ある物を治す事は出来ないらしい。

 

「だから君の左眼には現在彼女の眼が入っている」

「は?」

 

一瞬彼女が何を言っているのかわからなかったが、左目を触るとそこには確かに何かがあった。

 

「彼女の遺言だよ。これが精一杯のお礼、今まで話相手になってくれてありがとうってさ」

「何だよそれ…」

「彼女は酒場の娘だったからね、学校以外は家の手伝いである意味ゆんゆんと同じで同年代の友達が居なかったのさ」

「…そうか」

「あまり関わりの無い私が言うのもあれだが…いや止めておこう」

「…」

 

亡くなった人間の過去を掘り起こすなんて事は止めようと場の空気がそうさせたのか知らないが、俺たちは会話を一度止める。

 

「それでこれからどうするつもりだ?」

 

部屋を元の場所に戻しこれからについて話を続ける。

 

「それを聞きたいのは私の方さ、そもそも君達は逃げてきたのだろう?」

「ああ、そうだな」

 

俺はここまでの経緯をあるえに説明する。

 

「成程、そう言う事なら砦に向かうといい。あそこには君と同じニホンジンと言う恐ろしい力を持った種族が居るそうじゃ無いか」

「ああ、それがいいかもしれないな」

 

砦、魔王軍との争いが最も激化している場所で、人類側の最大勢力が集まる場所。

そこに行けばクレアやバルターに対抗する戦力が得られるのかもしれない。

 

「それなら善は急げだ。早めに向かうと良い」

「おい、もう少し休めないか?2人もまだ疲れが抜けていないんだろ?」

「それなら馬車に乗るといい、ちょうどこの小屋を出て進んだ所に停留所がある」

「おい」

「すまない、時間がないんだ。今は2人を背負って進んでくれないか?」

「どう言う事だ?」

「すまない、作業しながら説明する」

 

あるえは少し険しそうな表情をしながら俺に2人を運ばせる様に指示をし、俺はそれに従いながら2人を掴み外へ運び出す。

 

「すまないね、もう時期奴等がここにくる。多分目玉を回収し終わったんだろう」

「そうか、それは悪かったな」

「気にする必要はない、私が君の立場だったらまずは状況を把握したかったろうしね」

「ありがとうな」

「君が通った後道を爆破したのだが、多分足止めにはなっても撤退まではいかないだろう」

 

そういい彼女はリアカーを何処からか引っ張り出しそこに2人を乗せる。

 

「さあ行くと良い、荷物は少ないが載せてある」

「ちょっと待てよ、あるえは来ないのか?」

「私はここであいつらの動きを止めるさ」

「駄目だ、一緒に来てもらう」

 

正直これ以上目の前で人を失うのは懲り懲りだ。

 

「ふっ優しいんだな君は、でも君が気に病む必要はない」

 

そう言い彼女は自身のデカいサイズの上着を脱ぎ服の裾をたくし上げると、腹部に黒い変わったデザインのナイフが突き刺さりその周囲を囲む様に包帯が巻かれていた。

多分森を抜ける時に刺さったのだろう。そして、その包帯は彼女の血で赤黒く染まりよく見るとスカートまで滴っていた。

 

「え…」

 

咄嗟に回復魔法をかけるが、彼女の傷口に変化が起きることがなかった。

 

「何だ…これは」

「このナイフに斬られた生物の傷口は回復魔法でも自己治癒能力でも回復することが無い、そういう武器なのさ」

「砦は最高戦力が揃っているんだろう?そこで何とかしないか?」

「それは嬉しい提案だな、だけど出血量からして私命も残り僅かだ、もう間に合わないだろう」

 

彼女は自身の腹を見ながらそう言うと、おもむろに自身の腹に刺さっているナイフを引き抜き代わりに布の塊を突っ込む。

 

「そうだ、これを君に渡そう、いつか役に立つんじゃないか?」

「ああ、ありがとうな」

 

引き抜いたナイフを彼女は俺に渡す。

サイズは小さく俺の手のひらくらいのサイズだった。

 

「そんな悲しい顔をしないでくれ。それじゃあ、君たちは幸せに生きるんだぞ」

「ああ、そうだな。ありがとうな」

 

そう言いながら受け取ったナイフをしまうと、俺はあるえに背を向けながら停留所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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