戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~ (大同爽)
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000~目覚めと地獄と命の歌~

ミラアルク「さぁ、始まるザマスよ!」

エルザ「行くでガンス!」

ヴァネッサ「ふんがー!」

真面目に始めなさいよ!――って!おまえらまだ登場しないだろ!






 ――それはまるで、地獄のような光景だった。

 

 

 

 ほんの数分前までは夢のようなライブが行われていたそこは、一瞬にして悪夢へと変わった。歓喜と喜びと幸福に包まれていたそこは、悲鳴と恐怖と絶望に満ちていた。

 

 

 

 逃げ惑う人々、瓦解する会場、そこら中で人間を追い回すノイズ、ノイズによって炭化させられたさっきまで人だったもの、そんな場所で命がけで歌い槍と剣を振るう二人の少女たちがいた。

 二人の名は天羽奏と風鳴翼。今日のライブのメインであったツヴァイウィングの二人である。

 そんな二人がぴったりとしたボディースーツと鎧を身に纏い、奏は槍を、翼は剣を振るい、力に満ちた不思議な歌を歌いながらノイズを攻撃し炭へと変えていく。

 

 

 

 そんなどこか現実味の無い光景を少女――立花響は呆然と見ていた。

 

 

 

 早く逃げなくてはいけない、それはわかっているのに、足がすくんで動けない。ただその光景を呆然と見ているしかない。

 しかし、そんな少女の前に

 

「死ニタク……ナイ……」

 

 〝それ〟は現れた。

 

「死ニタクナイ……」

 

 〝それ〟はその場にいる何にでもない、これまでに少女の見たこともない存在だった。

 

「死ニタクナイ……死ニタクナイ……」

 

 うわ言のように繰り返す異形の〝それ〟は、明らかに人でも、ましてやノイズでもない。人間のような形をし、日本の足で立つ緑の異形な存在、それを強いて何かに例えるとするなら〝カマキリ〟であろうか。

 

「あぁ…ああ………」

 

 目の前に突如として現れた未知のそれに響はへたり込む。

 そんな響を見据えカマキリの異形は

 

「死ニタク…ナイ……」

 

 ゆっくりとその右手――両手には供え付けられた鎌――を掲げ

 

「死ニタクナイィィィィ!!」

 

「っ!?」

 

 その鎌が振り下ろされる。その恐怖に響は目を瞑る。が――

 

≪タカ!トラ!バッタ! タ・ト・バ!タトバ!タ・ト・バ!≫

 

 どこからともなく聞こえてきた歌とともに

 

ガギッ!

 

 甲高い音が響き、自分に届くはずの刃は一向に自身へと触れることはない。

 恐る恐る目を開けた少女の目に映ったのは

 

「くぅっ!」

 

 さらに異形の存在が自分と怪物の間に入っていた。

 カマキリの怪物が振り下ろした鎌をその謎の存在が受けていた。

 

「大丈夫かい!?」

 

 鎌を受け止めながら響へ振り返ってそれは叫ぶ。

 そいつは不思議な存在だった。

 翼を広げたタカのような赤い顔、トラのように伸ばされ爪で鎌を受け止める黄色い腕、バッタのような節の模様のついた脚、そして、胸には大きく円形のレリーフのようなものがあり、円の中で上から赤いタカの模様黄色いトラと緑のバッタを模したマークが収まっている。

 

「え…あ…あの…はい……」

 

「ならよかった!じゃあ早く――」

 

「生キタイ!!オ前ガ死ナ!!」

 

「逃げるん――だ!!」

 

「ぐあっ!」

 

 気合の声とともにその謎の人物はカマキリの化け物を弾き飛ばす。

 

「さあ行って!」

 

「は、はい!」

 

 謎の人物に促され響は慌てて身を翻して走り出そうとする。

 しかし――

 

「きゃぁぁぁ!?」

 

 響の足元が崩落し、下へと落ちる。

 

「うぅ!」

 

 落ちた衝撃に顔を顰めながら体を起こすが

 

「痛っ!?」

 

 打ち付け擦りむいた脚の痛みに響が顔を顰める。

 と、そんな響に気付いたノイズが数匹走り寄ってくる。

 

「あぁ!!」

 

 恐怖に再び目を閉じた響。が――

 

「はぁっ!」

 

 奏の振るう槍によってノイズが炭へと変わる。

 

「駆け出せ!!」

 

「っ!」

 

 奏の言葉に我に返った響は痛む足を引き摺ってよたよたと進む。

 しかし、そんな響と奏に向けてノイズたちは自分たちの体を槍のように細く飛び掛かってくる。

 そのノイズたちを食い止めるため奏は槍を高速で回転させて防ぐ。が、少しづつ奏の纏う鎧にヒビが入る。

 まるで勢いを増すように巨大な芋虫のようなノイズが口のような部分から粘液のようなものを吐き出す。

 

「っぐぅ!」

 

 奏が苦悶の声を漏らす。

 ダメ押しと言わんばかりにさらにもう一匹の芋虫のようなノイズが粘液を吐く。

 

「うぅぅぅぅ!!うわぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 それに負けぬように奏はより槍を回転させる速度を上げる。しかし、それに槍が耐え切れなかったようで砕けた鎧の破片が回転の勢いのまま後方へ吹き飛び

 

「カハッ!?」

 

 破片の一つが響の胸へ突き刺さり、その胸から血が噴き出す。

 響の体がその勢いに吹き飛ばされ崩れ落ちる。

 

 

 ○

 

 

 

「おい!……ぬな!!目…開け…くれ!!」

 

 誰かの必至な声が聞こえる。

 でも、私はそれに応じることができない。

 体に力が入らない。

瞼が重たい。

胸元から暖かいものが溢れ、反対に体の芯から冷えていく。

指先がしびれたように上手く動かせない。

 

「生きるのを諦めるな!!!」

 

 その必死な言葉が胸に響いた。

 私はその声にこたえるようにゆっくりと瞼を開ける。

 

「…………」

 

 そのまま視線を上げてみれば、そこには先ほどまで私を庇って槍を振るっていた人物、天羽奏さんがいた。

 奏さんはまるで救われたのは自分だとでも言わんばかりの優しい笑みを浮かべていた。

 が、直後に奏さんは悲し気に顔を俯かせ、私をゆっくりと支えながら瓦礫を背もたれに座らせる。

 

「……いつか……心と体、全部空っぽにして、思いっきり歌いたかったんだよな……」

 

 そう言いながら奏さんはわきに置いていた槍を拾い上げ、ゆっくりと歩み出す。

 奏さんの正面には大量のノイズが待ち構えている。

 そんなノイズたちに向けるように奏さんはその手の槍を空へと掲げる。槍の端が崩れるのも気にせず、奏さんは息を吸い込み

 

【――Gatrandis babel ziggurat edenal 】

 

 透き通るような歌声がその場に響く。

 

【 Emustolronzen fine el baral zizzl 】

 

「いけない奏ぇっ!!!歌ってはダメェェェ!!!」

 

 遠くで奏さんの相方の翼さんの叫び声が聞こえた。

 

【 Gatrandis babel ziggurat edenal 】

 

「……歌が聞こえる」

 

 優しくも悲しい、まるで命を燃やすような力のこもった歌が……

 

【 Emustolronzen――】

 

 そして、一層力を込めて奏さんが歌おうとしたとき

 

「危ない!!」

 

 誰かの叫び声とともに

 

「がはっ!?」

 

 どこからともなく飛んできた斬撃が奏さんの背中を襲った。

 そこまでが限界だった。

 私の瞼はまた徐々に重くなる。視界も少し霞んできた気がする。

 

「――ほう?こいつはいいもん見つけた」

 

 と、耳元で誰かの声が聞こえた。

 

「だ…れ……?」

 

「なんだ、まだ喋れるのか。死にかけのクセにな。まあいい、どっちにしろ関係ないな」

 

 私の問いに答えずその人物は何か呟いている。

 

「さて、さっさと――」

 

「待て……!」

 

「あぁん?」

 

 と、さらに誰かが言う。その声は前の人物とは違い、ひどく弱々しいものだった。

 

「その子に…何する気だ……?」

 

「関係ないだろ。他人の心配するより自分の心配したらどうだ?お前、こいつよりもよっぽどヤバいだろ」

 

 あとからの声の問いに最初の人物の声は嘲る様に言う。

 

「いいから…答えろ……!その子に何する気だ!?」

 

「見りゃ分かんだろ。見ての通り俺は物入りでなぁ。こいつはそれにぴったりってわけだ」

 

「そんなこと…させるか……!」

 

「ハンッ!死にかけは黙ってそこで見てろ」

 

 弱々しい中にしかし力強く言われた言葉に嘲るように答えた声。そこから私に向って何かが近づいてくる気配がする。

視界の隅に赤黒い腕が見えた。鳥の羽のようなものが生え、タカや何かのような鋭い爪のあるその手は、人間のものとは思えない。

きっとあのカマキリの化け物と同じようなモノだろう。

 あぁ、そうか……たぶん私は死ぬのだろう……。

 

「――おい、何してやがる?」

 

 先ほどまでの声がどんどん遠くなっていく。

 

「その手…放せ。じゃ…だ……」

 

「その子はも…一度…生き…としてる…だ……」

 

「今にも死……なやつは黙って…ろ」

 

 私のそばでされている会話の内容がよく聞こえない。どんどん声が遠くなっていく。

 

「そ…子に手を…すな……!」

 

「だったらど…する?おま…が……りになるか?」

 

「そ…だ……」

 

「ほう?」

 

 会話の内容は聞きとれないが、最初の声がどこか感心したように、興味を持ったように声を漏らす。

 

「おも…ろい…その…とば……れるなよ……」

 

「もちろ…だ……」

 

「いいだ…う。契や…せ…立だ……」

 

 私の意識が持ったのはそこまでだった。

 そのまま瞼は重く下りてくる。意識は深い闇の中に落ちていくようで――

 

「名前も知らない誰か……」

 

 意識が消えゆくその前に

 

「―――――」

 

 何か言われた気がした。

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目が覚めた時、私は病院のベッドの上だった。

 

「私…生きてる……?」

 



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001~猫と出会いと人助け~

連日投稿です。
前話はプロローグなので、ここからがホントの一話です。






 あの事件から二年がたった。

 この二年の間には色々あったけど、この春、私は晴れて女子高生となる。

 私の通う学校の名前は「私立リディアン音楽院」。ここには憧れのあの風鳴翼さんが通っている。できることなら何かの偶然で出会えないかと思って受験勉強も頑張った。

 ただ、私が翼さんに会いたいのはただの憧れだけでじゃない。

 私は、あの二年前のことを少しでも知れたらと思っているのだ。

 あの日私の見た光景、大量のノイズに向かって不思議な衣装と武器で戦うツヴァイウィングの二人の姿。私を救ってくれたのは確かにあの二人だった。しかし、あの事件から目覚めた私が見たニュースではあのライブ会場にいたたくさんの人が亡くなったこと、その中にはあの時戦っていた奏さんも含まれることだけで、戦っていた二人のことについては何も触れられていなかった。

 さらに、あの日ノイズではないよくわからない怪物やそれと戦っていたさらによくわからない人のことも、何一つ情報はなかった。

 だから私は知りたいのだ。

あの日何があったのか。

あの日の真実を、私は知りたいのだ。

知りたいのだが――

 

 

 

 

 

 

「立花さん!!」

 

「っ!」

 

 目の前の先生の叫び声に私はビクリと肩を震わせる。

 

「あ、あのぉ…木に登ったまま降りられなくなった子猫がいましてですね?」

 

「それで?」

 

「きっとお腹を空かせてるんじゃないかと――」

 

「立花さん!!!!」

 

 

 

 

 

 

「たはぁ~疲れたぁ~!!」

 

 入学初日の授業を終えて寮の部屋に帰ってきた私は床に倒れこむ。

 

「入学初日からクライマックスが百連発気分だよ~……私呪われてる~……」

 

「半分は響のドジだけど残りはいつものお節介でしょ?」

 

「人助けと言ってよ~、人助けは私の趣味なんだから」

 

 愚痴る私に言う幼馴染にして同室の未来に私は唇を尖らせて言う。

 

「響の場合度が過ぎてるの。同じクラスの子に教科書貸さないでしょ、普通」

 

「私は未来から見せてもらうからいいんだよ~」

 

 未来の言葉に私は笑って言いながら

 

「あ、そう言えば『人助け』と言えばね?」

 

 私はふと今朝の一件を思い出す。

 

「今日木に登って降りられなくなった子猫がいたんだけどね」

 

「今朝先生に怒られてたやつね」

 

「うっ……それはまあそうなんだけどね」

 

 未来の言葉に私は朝の先生の剣幕を思い出して顔を顰める。

 

「まあとにくその時にね、実は猫と私を助けてくれた人がいてね」

 

「それは誰か先生?」

 

「ううん、用務員さん」

 

 興味を持ったらしい未来の問いに私は首を振りながら答える。

 

「子猫が思ったより高いところに登っててね、猫を抱っこしたままだとなかなか降りられなくてほとほと困り果ててたんだよ」

 

「もう、考えなしなんだから……」

 

「でね!その場にたまたま通りかかったらしいその用務員さんが脚立持ってきてくれて無事に降りることができてね!しかもその子猫の後の面倒も見てくれるって引き取ってくれたんだよ!」

 

「へぇ~、そんなことがあったんだね」

 

 未来が感心したように言う。

 

「なんて言うか響に負けず劣らずなお人好しだね」

 

「そう?」

 

「うん。それで?どんな人だったの?」

 

「うんとね、歳は聞かなかったけど、たぶんそんなに離れてないと思う。20代前半くらいかな~?」

 

「へぇ?思ったより若いんだね。もっとおじさんを想像してたよ」

 

「でしょ?私も気になったんだけど時間もなかったし、用務員さんだからまた会う機会はあるかなぁって思うし」

 

「まあね。じゃあ名前とかも聞いてないの?」

 

「それは聞いておいたよ」

 

 未来の問いに私は頷く。

 

「えっとね…映治さん、火野映治さんって言うんだって」

 

 

 

 ○

 

 

 とある山中、真夜中ともいえる時間に飛び交う複数のヘリからの光に照らし出され、それらはいた。

 ――ノイズ。

 人類共通の脅威とされ、人類を脅かす認定特異災害。

13年前の国連総会で特異災害として認定された未知の存在であり、発生そのものは有史以来から確認されていた。

 歴史上に記された異形の類は大半がノイズ由来のものと言われ、学校の教科書にもその存在が記されているなど、知名度自体はそれなりに高い。

 空間からにじみ出るように突如発生し、人間のみを大群で襲撃、触れた人間を自分もろとも炭素の塊に転換させ、発生から一定時間が経過すると自ら炭素化して自壊する特性を持つ。また、一定範囲以内に人間がいなければ、周囲を探索したりはせず自壊するまであまり動くことはない。

現在のあらゆる兵器ではノイズに対処することができない。そのため、ノイズが発生したことが確認されればすぐさま避難誘導が行われる。

この山中でも付近一帯の民家には避難指示並びに自衛隊や特異災害対策機動部による避難誘導も行われた。

 現在も少しでもノイズの被害を減らそうと対策組織による迎撃が行われているがそれらは一切の成果を上げていない。

 ――そんな光景を少し離れたところから見ている二人の人物がいた。

 

「ノイズが出たって聞いて来てみたが……ヤミーや他のグリードの気配はしないな。とんだ無駄足だったな」

 

 木にもたれかかって面倒くさそうにため息をつく人物が言う。

白に右腕の袖だけ赤いパーカーを着て夜にもかかわらず真っ黒な野球帽を目深に被りパーカーのフードまで被っており、フードの脇からは収まりきらないボリュームのある金髪が左右に流して出されている。

 

「無駄足って……相手がノイズならあの人たちの装備じゃ太刀打ちできないだろ」

 

 フードの人物の言葉に隣にいた人物が呆れたように言う。

 その精悍な整った顔つきにエスニック調な服装の青年はフードの人物に手を差し出す。

 

「あぁ?なんだこの手は?」

 

「〝メダル〟だよ!ノイズに対抗できる力があの人たちにはないんだから俺たちが戦うしかないだろ!」

 

「ハンッ!ノイズ倒してもセルメダル一枚だって手に入らねぇんだ。戦うだけ無駄だ」

 

 青年の言葉を鼻で笑いながらフードの人物は踵を返す。

 

「あっ!ちょ、待てよ〝アンク〟!」

 

 慌てて青年もその後を追いかける。

 

「お前そんな――」

 

「慌てんな、バカが」

 

 言いかけた男の言葉を遮ってアンクと呼ばれたフードの人物が足を止め振り返る。

 

「どうせ俺たちが出なくたってそろそろ……っと、言ってたら来たようだぞ」

 

「え?」

 

 アンクの言葉に青年が促された方に視線を向ける。

 そこには一基のヘリがノイズたちへ向けて飛んでいくのが見え

 

「――Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 どこからともなく済んだ歌声が聞こえる。

 と、同時にノイズの中でも一番大きな二足歩行して進んでいたものの前にヘリから何かが落ちる。

 それは光を放ちながら地面へと降りていく。

 

「おら、行くぞ。何の得にもならねぇノイズ退治に加えてあいつらにまた絡まれたら面倒だろ」

 

「でも――」

 

「あいつらはそれが仕事なんだ。任せときゃいい」

 

 言いながらアンクは再び歩き出す。

 

「あっ!……たく……」

 

 青年はため息をつきながらアンクの後を追いかける。

 

「………ところで、映治」

 

「なんだよ?」

 

 と、アンクが隣の青年をちらりと見ながら言う。

 それに映治と呼ばれた青年は首を傾げながら応える。

 

「ずっと気になってたが……お前なんで猫なんて連れてんだ?」

 

「ニャ~」

 

 と、アンクの言葉の直後に、まるで自分が話題に出たことを理解しているように映治の腕の中に抱かれていた白い子猫が鳴く。

 

「あぁ、これは今朝木に登って降りられなくなってるところを女の子が助けててな。俺も手伝ったんだよ」

 

「それをなんでまだ連れてんだよ。まさか飼うつもりじゃねぇだろうな?」

 

「え?ダメか?」

 

 呆れたように言うアンクの言葉に映治が訊く。

 

「好きにしろよ。少なくとも俺は面倒見ねぇ」

 

「なんだよ、お前も一緒に世話しようぜ?ほら?可愛いだろ~?」

 

「ハンッ!さらさら興味ないな」

 

「ちぇ~こんなに可愛いのに。なぁ?愛想ないやつだよな~?」

 

「ニャ~」

 

 映治の言葉に答えるように子猫が鳴く。

 

「そう言えば、あの木に登ってた女の子……どこかで見たような……」

 

 ふと、映治は今朝の少女を思い出して足を止める。が――

 

「おい、映治!何してる行くぞ!」

 

「あっ!わかったよ!」

 

 急かす声にため息をつきながら思考を中断し先を行くアンクを追いかけるのだった。

 



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002~CDと逃走と覚醒の光~

「――自衛隊、特異災害対策機動部による避難誘導は完了しており、被害は最小限に抑えられた……だって」

 

 入学式の翌日、学園の食堂で昼食を取っていた響は幼馴染の未来が携帯端末を見ながら言う昨夜起こったニュースを聞いていた。話を聞く最中も箸は一切止めずに。

 

「ここからそう離れていないね」

 

「うん……」

 

 口に含んだご飯を咀嚼しながら未来の言葉に頷く。

 事件の時間帯、彼女たちはベッドの中だった。自分たちが何の変哲もない日常を過ごすその裏側ではどうしようもない惨状が広がっている。そして、二年前のあの時、自分は確かにそこにいた。

 そのことを考え、同時に自分を救ってくれた人たちのことが頭によぎった響。そんな彼女の耳に

 

「ねぇ、『風鳴翼』よ!」

 

「芸能人オーラ出まくりで近寄りがたくない?」

 

「孤高の歌姫と言ったところね!」

 

 ヒソヒソとした声が届く。

 

「っ!」

 

 その会話の中に出た名前に咄嗟にその人物を探そうと立ち上がった響は

 

「っ!?」

 

 自身の隣を歩く人物にぶつかりそうになる。

 その人物は今まさに噂されていた『風鳴翼』だった。

 風鳴翼、日本を代表するアーティストであり、ツインボーカルユニット「ツヴァイウィング」の一人でもあった人物。二年前の事件以降はソロでの活動を行い、絶大な人気を誇っている。

超有名トップアーティストその人であり、あの日自分を助けてくれたかもしれない人物の一人が突如目の前に現れたことで響の思考は真っ白になる。

 

「あ、あぁ…あの……」

 

 アワアワとずっと出会ったときに言おうとしていた言葉が緊張で出てこない。

 持ったまま立ち上がったお茶碗と箸がカチャカチャと音を立てている。

 

「っ!」

 

 そんな響の顔を見て無表情だった翼の顔が驚愕に染まる。

 

「君は……あの時の……」

 

「え……?」

 

 驚きに顔を強張らせる翼が何かをつぶやくが響にはうまく聞き取れなかった。

 

「………いや、なんでもない。気にしないでほしい」

 

「は、はぁ……?」

 

「それよりも……」

 

 首を傾げる響に対して元の無表情に戻った翼は自身の口元を指さす。

 

「へ?」

 

 その動作に響はつられて自分の口元に手を当てる。すると、その指先に何かの感触を感じる。

 見るとそれは、先ほど自分がかき込んでいたご飯粒だった。

 

 

 ○

 

 

 

「はぁ……翼さんに完璧変な子だって思われた……」

 

「間違ってないからいいんじゃない?」

 

「そんなぁ~……」

 

 放課後の教室で課題に取り組む未来の隣で机に突っ伏す響。

 

「ねぇ、あの時翼さん、響のこと見て何か言ってなかった?」

 

「そうなんだけど、私にもなんて言ってたか聞こえなかったんだよね……」

 

 机に突っ伏したまま顔を上げた響は

 

「でも、なんか…あの時の翼さんの顔……不思議な顔してた」

 

「不思議な顔?」

 

「う~ん……うまく言えないけど、悲しそうと言うか、ホッとしてるって言うか……」

 

「なにそれ?」

 

「ん~……私もよくわかんない」

 

 響はハハハ~と苦笑いを浮かべながら隣の未来へ視線を向ける。

 

「それ、まだかかりそう?」

 

「うん」

 

 響の問いに未来は作業をしながら応える。

 

「そっか、今日は翼さんのCD発売だったね。でも、いまどきCD?」

 

「ふふぅん…初回特典の充実度が違うんだよ~CDは~♪」

 

「だとしたら売り切れちゃうんじゃない?」

 

「ハッ!!?」

 

 未来の指摘にガバッと顔を上げた響は大慌てで立ち上がり未来へ断りを入れながら全力で走り最寄りのモノレールへ飛び乗り、CD店へと走る。

 

「フッ!フッ!CD!!フッ!フッ!特典!!フッ!フッ!CD!!フッ!フッ!特典!!」

 

 期待に胸を膨らませひた走る響。その顔には先ほどまで憧れの人物に変人認定されたと落ち込んでいた人物とは思えない幸福感に満ちた顔で――

 

「フッ!フッ!CD!!フッ!フッ!特て――っ!」

 

「おっと!」

 

 横の道から出て来た人物にぶつかりそうになった響はとっさに身を翻す。と、ぶつかりそうになった人物はよけることに成功したが、そのまま尻餅をついてしまう。

 

「いてて……」

 

「ごめんね!大丈夫だった!?」

 

 お尻を擦る響にぶつかりそうになった人物が心配そうに響の顔を覗き込む。

 その人物はエスニック風の服装の黒髪の整った精悍な顔つきの青年で――

 

「あ、はい!こっちも前を見て無くて……って、火野さん!」

 

「やあ」

 

 驚く響に映治が手を差し伸べる。

 

「大丈夫?ケガは?」

 

「あ、はい!大丈夫です!」

 

 映治の手を取りながら立ち上がった響の言葉に映治がにっこりと微笑む。

 

「そっか、よかった。本当にごめんね、ちょっと急いでたもんだから」

 

「い、いえ!私も前をよく見ていなかったので!ついほしいCDのこと考えてたら……」

 

「CDって、もしかして今日発売の風鳴翼の?」

 

「っ!もしかして映治さんも翼さんのファンなんですか!?」

 

「あぁ~、いや、俺も好きは好きだけど今日のは知り合いのパシリだから……」

 

 興奮して訊く響に映治は苦笑いを浮かべながら言う。

 

「そうですか……あ、じゃあどうせなら一緒に行きましょ!」

 

「うん、構わないよ」

 

 一瞬ちょっと残念に思いつつも気を取り直して響は映治を誘って歩き出す。

 

「火野さんはリディアンで用務員として働いてますけど、長いんですか?」

 

「そうでもないよ」

 

 道すがら響は訊く。

 

「働き始めたのは二年くらい前だけど、知り合いに紹介してもらった仕事でね。俺今別で優先しなきゃいけないことがあるから、その合間で働くのにちょうどよかったんだ」

 

「そうなんですか」

 

「あと、ちょくちょく長期間休んでるから、丸々二年ちゃんと働いてるわけじゃないしね」

 

 苦笑いしながら映治は答える。

 

「火野さんは学校の中で翼さんと会ったことあります?」

 

「ん~…見かけたことは何度かあるけど、話したことはないね。まあそれは俺が用務員だし学生と関わる機会はほとんど無いってのもあるかな」

 

「なるほど」

 

「あとはさっきも言った通り他にやらなきゃいけないことがあってたまに休むからそんなにリディアンにいなかったからかもね」

 

「はぁ、なるほど」

 

 映治の言葉に頷きながら

 

「でも、そんなお仕事休んで生活とか大丈夫なんですか?」

 

 ふと気になった響が訊く。

 

「大丈夫大丈夫。お金はなくっても生活はできるさ」

 

「そんなものですか?」

 

「そんなものだよ。ちょっとのお金と明日のパンツさえあれば、人間生活できるもんだよ」

 

「なんですか、明日のパンツって?」

 

「うん、俺のおじいちゃんの口癖でね、『男はいつ死んでもいいようにパンツだけは一張羅を履いておけ』って」

 

「へぇ~……そう言えば火野さんっていくつなんですか?」

 

「23歳だよ」

 

「ってことは……21歳の時にはリディアンの用務員に?」

 

「そうだよ」

 

「じゃあその前は?」

 

「ん~いろいろかな。日本と海外を行ったり来たり」

 

「海外にいたんですか!?」

 

 映治の言葉に響が驚きの声を上げる。

 

「まあね。結構いろんな国を回ったよ」

 

「じゃあ今優先してやってることって言うのも……」

 

「いや、それはまた別だけど……まあでもそのことで海外にも何度か……」

 

 響の問いに映治は歯切れ悪く答える。

 

「っと、その角曲がってすぐだね」

 

 と、進行方向を見た映治は言う。

 

「新作CD~♪」

 

 上機嫌で歩調を早めた響の様子に笑いながら、ふと映治は何か違和感を感じ

 

「っ!」

 

 その違和感の正体に気付いた映治は

 

「待って!」

 

 角を曲がったばかりの響の腕を掴む。

 

「っ!」

 

 掴まれた響も〝それ〟に気付く。

 すぐ隣のコンビニに目を向ければ、そこには人の姿はおらず、ひしゃげた商品棚や潰れた商品とともに真っ黒な炭素の山ができている。

 コンビニの他にも周辺には人の気配はなく、目の前には人の形を作る炭素の山たち。風に乗って炭素が目の前を舞う。

 さっきまで命だったものが辺り一面に転がる惨状に絶句した響はぽつりとつぶやく様に

 

「ノイズ……!」

 

 その惨状の原因となった存在の名前を口にする。

 

「とにかくまだ近くにいるかもしれない、まずはここから――」

 

 言いかけた映治の言葉は

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 どこからか聞こえた叫び声に遮られる。

 その声はまだ幼さのある声で――

 

「っ!」

 

「あ! ちょっと! 立花さん!?」

 

 走り出した響を慌てて追いかけようとして

 

「っ!」

 

 道の脇に立つ黒と黄色の自販機を見つけ、そちらに駆け寄る。

 映治はポケットから銀色のメダルを取り出すとその自販機に投入し、ディスプレイの中から赤い缶ジュースのボタンを押す。

 ガコン、と取り出し口に出て来た赤い缶を取り出し

 

「頼むよタカちゃん!」

 

 その缶のプルタブを開けた。

 

 

 ○

 

 

 

「はっ! はっ! はっ!」

 

「はぁ! はぁ! はぁ!」

 

 走る響と映治。映治の背中には一人の少女が負ぶさっている。三人は現在工場地帯の道を走っていた。

 

「ど、どうしましょう!?シェルターから離れちゃいました!」

 

「くっ……でももう後戻りは……!」

 

 響の言葉に走りながら映治はちらりと背後を見る。

 少し離れた場所には大量のノイズが迫っていた。

 

「………こうなったら!」

 

 建物の路地に入った映治は路地裏の陰にある金属製のゴミ箱の脇に響と少女を隠す。

 

「いいかい?俺が囮になるから俺があの路地から出たらすぐに反対側へ走れ。絶対に振り替えらずに」

 

「で、でもそれじゃあ火野さんが!」

 

「お兄ちゃん!」

 

 心配そうに叫ぶ響と少女にニッコリと笑みを浮かべ

 

「大丈夫!俺だって諦めたわけじゃないさ!お嬢ちゃん、そのお姉さんにしっかりついて行くんだよ」

 

「……うん!」

 

 映治の言葉に頷いた少女に笑みを向けながら

 

「それじゃ! 行ってくる!」

 

「っ! 映治さん!」

 

 笑顔のまま手を振って走っていく映治の背中に響は手を伸ばすが、映治は振り返ることなく走っていく。

 

「こっちだぁ!」

 

 路地から出た映治がノイズに向かって叫ぶ声が聞こえてくる。

 その声に一瞬追いかけそうになった響は

 

『生きるのを諦めるな!!』

 

「っ!」

 

 あの日自分を助けた人物の言葉が頭に響く。

 

「っ! 私も!!」

 

 自分を奮い立たせるように顔をペシンと叩いた響は

 

「行こう!大丈夫、お姉ちゃんが一緒にいるから!」

 

「うん!」

 

 響の力強い言葉に少女も頷いた。

 

 

 ○

 

 

 

「カッコつけたはいいけど……」

 

 走りながら映治は

 

「やっぱこの数はキツイ!」

 

 一人叫ぶ。

映治の数メートル後ろには大量のノイズが追いかけてきている。

 

「こりゃ本格的にどうにかしないと……」

 

 と、どうにかする手を考えていた映治の耳にエンジン音が聞こえる。

 

「っ!」

 

 音のする方に視線を向けると、横の道から黒と黄色のバイクに跨った人物が現れ、映治の目の前で止まる。

 顔には黒のフルフェイスのヘルメットを被っているので表情はわからないが

 

「楽しそうだなぁ、映治。人を呼びつけておいて、お前はノイズどもとおいかけっこか?」

 

「冗談言ってる場合じゃないんだよ、アンク!」

 

 やって来た人物、アンクの声色からして呆れているのは十分に伝わってくる。

 

「とにかくアンク! メダル! 早くメダルくれ!」

 

「はぁ?ノイズくらい自分で何とかしろ」

 

「グリードのお前と違ってこっちは生身だと炭素に変えられるんだぞ!オレが死んだらお前も困るんじゃないのか!?」

 

「チッ……貸し一つだぞ!」

 

「わかってる! アイスだろ!」

 

 叫ぶ映治に舌打ちしながらアンクは右手をハンドルから離す。その右腕は人間のものではない、赤黒い鳥の羽のようなものが生えたタカや何かのような鋭い爪のある手へと変化し映治に向けて突き出される。その手の中には赤、黄色、緑の三枚のメダルが握られている。

 それを受け取った映治は自身もポケットから楕円形のアイテム――オーズドライバーを取り出しお腹に当てる。そこからベルトが伸び、映治のお腹に巻き付く。

 

「よっしゃ!行くぞ!」

 

 気合の声を上げながらオーズドライバーにある三つの円形の溝に三枚のメダルを収め、腰の丸いアイテム――オースキャナーを右手に取りながらオーズドライバーを傾かせオースキャナーをオーズドライバーにスライドさせてスキャンさせる。

 

「変身!」

 

 気合の声とともにオースキャナーを胸に当てるように構える。と――

 

≪タカ!トラ!バッタ! タ・ト・バ!タトバ!タ・ト・バ!≫

 

 高らかにベルトから発せられた歌とともに映治の姿が変化する。

 顔は緑の瞳にタカが翼を広げたようなマスク、手の甲にトラの爪のようなものが畳まれた黄色い腕、バッタの足を模した模様の緑の足。胸元には円形のタカ、トラ、バッタが一つに収まったエンブレムが現れる。

 コアメダルを力に変身した映治の姿――オーズである。

 

「さぁこれで戦える!」

 

 言いながら取り出した剣――メダジャリバーを構える。

 

「はぁぁ!」

 

 気合の声とともに走り出し迫りくるノイズにメダジャリバーを振るう。

 と、メダジャリバーで切り付けられたノイズが炭素へと変わる。

 

「セイ!」

 

 そのままメダジャリバーを振るい、迫りくる大量のノイズを蹴散らしていく。途方もない数がいたかのように思えたノイズは映治の攻撃によってその数を減らしていく。

 そして数分後には――

 

「やっと片付いたか」

 

 離れた位置で見ていたアンクが呟く。

 アンクの目の前には大量の炭素の真ん中で立つ映治――オーズの姿がそこにあった。

 

「さぁ帰るぞ。帰ってさっさとツケを払え」

 

「いや、実はまだ――」

 

 バイクに跨り直して肩越しに振り返りながら言うアンクに映治が首を振りながら言いかけた時

 

「「っ!?」」

 

 何か強い力を感じた映治とアンクは同時に同じ方向を見る。

 

「あれは……!?」

 

 そこは工場地帯のど真ん中、ある建物の上にオレンジ色の光の柱が空へと昇っていた。

 

「おい映治!今すぐあそこに迎え!」

 

「は? いきなり何を――」

 

「あれはヤバい!すぐに〝アレ〟の正体を見て来い!」

 

「どうした? 何をそんなに焦ってんだ?あれが何なのか知ってるのか?」

 

「知るわけねぇだろ!」

 

「だったら――」

 

「俺が知ってるんじゃない!〝この体〟が〝アレ〟に反応してんだよ!」

 

「お前の体って、あも――」

 

「話してる暇があったらさっさと行け!」

 

「あぁもう!帰ったらちゃんと説明しろよな!」

 

 イラついて叫ぶアンクに折れた映治は変身を解かないままアンクの乗ってきたバイクに入れ替わりに乗り込んで走っていく。そんな映治――オーズを見送ったアンクはヘルメットを脱ぎ、イラついたように地面に叩きつける

 

「チッ……畜生、〝アレ〟が何だってんだ!」

 

 言いながら忌々しそうに長い金髪をかき上げた。その髪には一房赤い髪の束が混じっていた。

 

「この二年間モノ言わねぇ死にかけだったやつが今更なんだってんだ……」

 

 言いながらアンクは近くの窓ガラスに視線を向ける。

 そこにはまだ若い少女ともいえる金髪の女性の顔が映っており

 

「え? 天羽奏!」

 

 それを忌々しそうに殴りつけ叩き割った。

 



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003~剣と手錠とエレベーター~

「反応、絞り込めました!位置特定!」

 

 とある場所にあるある組織の施設内で複数の人員が端末を操作している。

 その中の一人が自身の向かう画面に出た情報を正面の大きなディスプレイに表示する。と――

 

「っ!ノイズとは異なる高出量エネルギーを検知!」

 

 先ほどの人物とは別の人物が新な情報を追加する。

 

「波形を照合!急いで!」

 

 その声に長い茶髪を頭の上でまとめた白衣の女性が指示し、その結果が表示される自身の端末の画面に息を飲む。

 

「まさかこれって!アウフヴァッヘン波形!?」

 

 女性の言葉とともに正面の巨大なディスプレイに文字が浮かぶ。

 

[Code : GUNGNIR]

 

「『ガングニール』だと!!?」

 

 それを見たその場の人間が驚きに顔を顰め、中でも中心に立つ大柄な、恐らくここのトップであろう男性が驚愕の声を上げる。

 中でもその表示に一番の動揺を見せたのはこの広い部屋の一番後ろ、出入り口付近に立っていた人物。恐らくこの中で一番最年少と思われるその少女、風鳴翼は驚きと困惑に呆然と画面に浮かぶ文字を睨みつける。

 

「新たなる……適合者……?」

 

 白衣の女性の言葉とともに画面にはどこかの監視カメラから送られているらしい映像へと切り替わる。

 工業地帯の建物、その屋上らしい場所でノイズに囲まれる中心でぴったりとしたボディスーツと機械的な籠手とブーツ、頭には一対の尖った角のようなヘッドギアを身に着けた翼とそう年の変わらない少女――響と、それを呆然と見つめる幼い少女の姿が映る。

 

「だが……いったいどうして……?」

 

「っ!司令!」

 

「どうした!?」

 

 驚愕と疑問に呆然と呟く男性へ呼びかける声にすぐに冷静さを取り戻した司令と呼ばれた男性は問いかける。

 

「周辺の監視カメラの映像にアクセスしたところ、これが!」

 

 言いながら呼びかけた人物は自身の端末を操作する。

 すると、響の映る画面上の窓が横にずれ、それの端に重なるように新たな映像が映し出される。

 そこには大量の炭の山の中心に立ち、恐らく空に立ち昇る光を見上げているらしい人型の、しかし、明らかに人とは違う存在が映し出されていた。

 

「あれは『オーズ』!?奴もあの場にいるのか!?」

 

「っ!」

 

 驚愕する男性の言葉にさらに表情を険しくした翼は身を翻し出入口へ走る。

 

「待て翼!」

 

 男性が慌てて叫ぶが制止する声も聞かずに翼は部屋を後にする。

 

「くっ!今すぐ人員をそこに向かわせろ!翼だけで行かせるな!」

 

 指示を飛ばす男性は画面へ視線を戻す。

 そこにはオーズが光とは別の方向を見ているらしいところが映っている。

 

「奴は何を見ている?カメラ動かせるか?」

 

「少し待ってください!」

 

 男性の言葉に答えた人物は端末を操作する、と、画面が徐々に動き、オーズの視線の先が映し出される。

 そこにはバイクに跨った黒いフルフェイスのヘルメットを被った人物が映し出される。

 その人物はバイクから降り、入れ替わりにそのバイクにオーズが跨り走り去る。それを見送ったその人物はヘルメットを取ると地面に忌々し気に叩きつける。

 ヘルメットから出た顔はカメラの角度から見えないが長いボリュームのある金髪と遠目から見える体格から

 

「あれは……以前より存在だけ確認されていたオーズの協力者か?女性だったのか……カメラ、もっと拡大できないのか!?」

 

「やってみます!」

 

 応えた人物の言葉とともに画面の中の女性が拡大されるが、逆に画質が荒くなっていく。

 

「くっ、顔を見ることは出来んか……他にカメラは!?」

 

「ありません!」

 

 答える声に男性は悔しそうに唇を噛む。

 

「君はいったい何者なんだ?何故オーズに協力している?……しかし――」

 

 言いながら男性は画面に映る人物を見つめる。

 

「やつは……どこかで見た覚えがある気がする……いったいどこで……?」

 

 男性の疑問に誰も答えることは出来ない。

 画面の中では件の人物がイラついた様子で目の前の窓ガラスを叩き割っていた。

 

 

 ○

 

 

 

「っ!あそこか!」

 

 バイクを走らせた映治は目的の場所であろうところにたどり着く。

 そこには大量のノイズが集まっていた。

 

「行くぞぉ!」

 

 気合の声とともにバイクの速度を上げてノイズたちの中へ突っ込む。

 

「ふっ!」

 

 蹴散らしながら進む先にノイズに囲まれた中心に何かが――誰かが立っているのを見つけ、ブレーキを掛けながら後輪を滑らせ、その人物へ向かう。

 ノイズによる壁を抜けたその先には、先ほど映治の別れた少女と、少女を抱き上げて驚きの表情を浮かべる響がいた。その姿は先ほどとは装いの違う、ぴったりとしたボディスーツに機械的な籠手とブーツに一対の棘のようなヘッドギアを身に纏っていた。

 

「なっ……立花さん!?」

 

「え?……っ!あなたは、あの時の……!?なんで私の名前を!?」

 

「あの時……?それにその格好……まるであの日の奏ちゃ――っ!そうか!君あの時の――!」

 

「危ない!」

 

「っ!」

 

 響の言葉とその姿に映治は思い出す。響の言うあの時がいつだったのかを。しかし、その思考は響の叫び声に中断させられる。

 慌てて振り返ると、視線の先にいたノイズたちが自身の体を槍のように変化させて飛んでくる。

 

「セイッ!」

 

 すぐさまメダジャリバーを構えて飛んでくるノイズたちへ振るう。

 

「とにかく君はその子を守るんだ!」

 

「えっ!?あ、はい!!」

 

 訳も分からないまま映治の言葉に響が頷く。

 と、そんな響の背後から見上げるほどの巨体の緑色の二足歩行するノイズが迫っていた。

 

「避けて!」

 

「っ!」

 

 映治の言葉に咄嗟に上に飛ぶ響。映治も横に転がるように飛ぶ。直後、彼らのいた場所に巨大ノイズの腕が叩きつけられる。

 

「っ!立花さん!」

 

 転がりながら体を起こした映治は慌てて響の飛んだ先に視線を向ける。

 そこには高い建物の壁に少女を抱いたまま片腕でしがみ付いていた。

 そんな響達に建物の陰からもう一体の巨大ノイズが姿を現し腕を振りかぶる。

 

「っ!」

 

 それに気付いた響が慌てて飛ぶ。直後響たちのいたところに巨大ノイズの腕が叩き込まれる。

 地面に降り立ち振り返った響の視線の先にはいまだ大量のノイズたちがいる。その中の一匹、青いカエルのようなノイズが響達に飛び掛かる。

 

「っ!」

 

 その光景に咄嗟に拳を握り締めた響は

 

「くっ!」

 

 顔を背けながらそのノイズを払いのけるように拳を振るう。

 直後、響の拳に殴られたノイズはその身を炭へと変えてボロボロと崩れていく。

 

「え……?」

 

 自分のしたことに理解が追い付かない響は呆然と自身の拳と目の前に舞う炭の塊を交互に見る。

 そんな光景にノイズを蹴散らしながら響たちへと向かっていた映治は納得した様子で呟く。

 

「ノイズに触れても平気だった……それどころかノイズを破壊するなんて……やっぱりあの姿は『シンフォギア』なんだ……!」

 

 向かってくるノイズを切りつけ炭へと変えながら映治は走る。と、そんな映治の耳にエンジン音が聞こえる。

 

「っ!?」

 

 映治同様に響の耳にも届いていたらしく、揃って音の方向に視線を向けると、そこには映治のようにノイズを蹴散らしながら何か――緑色のバイクに跨った人物が向かってきていた。

 そのバイクに跨った人物は響へと向かい、そのままその脇を走り抜け、響の背後にいた巨大な緑色のノイズへと向かって行く。

 寸前にバイクに跨っていた人物は上空へと飛び上がり、バイクのみがノイズにぶつかり爆発を起こす。

 上空を華麗に舞いながら

 

「――Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 透き通った声で歌うように呟いた人物は響の目の前に降り立ち

 

「呆けない!死ぬわよ!」

 

「え……?」

 

「あなたはここでその子を守ってなさい!」

 

 そう言って走り出す。

 

「翼さん……!?」

 

 呆然とする響の視線の先でノイズへと向かって行く人物――風鳴翼の体を光が包む。同時にあたりに歌が響く。それは翼の口から発せられているらしい。

 光が一層輝き、その光が晴れた時、翼の体は響と似た鎧を身に纏ったその手に剣を携える姿に変わる。

その剣が形を変え翼の身の丈ほどの大剣へと変わると同時に翼はその剣を大きく振りかぶり振るう。

 と、その刃から青い光がノイズたちへと飛んでいく。

 翼の放った攻撃――『蒼ノ一閃』によって翼の正面にいたノイズたちが炭へと変わり爆発する。

 そのまま上へ飛びあがった翼は右手に刀の形に戻った剣を握ったまま両手を大きく広げる。と、翼の周りにいくつもの青い光が湧き出しそれがすべて同じ形の両刃の剣の形となり、雨のようにノイズたちに降り注ぐ。

 その刃たち――『千ノ落涙』はノイズたちをさらに大量の炭へと変えていく。

 そのままノイズへと突っ込んだ翼は剣を振るい、文字通りノイズたちを蹴散らしていく。

 

「すごい……!やっぱり翼さんは……!」

 

 その光景に響は感嘆の声を漏らす。

 

「っ!」

 

 と、そんな響の脇で振り返った少女は息を飲む。二人に向かって巨大ノイズが歩み寄ってきているのだ。

 

「くっ!」

 

 翼は離れたところにいるため助けは見込めない。

 身構える響だったが

 

「しゃがんで!」

 

 叫び声が響く。

 響たちが視線を向けると、自分達の前、巨大ノイズとの間に一人の人物が割り込む。割り込んだ人物、映治が手に握るメダジャリバーに銀色のメダル――セルメダルを三枚入れ、腰のオースキャナーでスキャンしていた。

 

≪トリプル・スキャニングチャージ≫

 

 オースキャナーから高らかに発せられた声と同時にメダジャリバーが青白い光を発する。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 それを振りかぶる様子に響は少女を庇いながら慌てて屈む。

 

「セイヤァァァァァァァ!!!」

 

 そのまま映治は気合の掛け声とともにメダジャリバーを振るう。と、響たちへと迫っていた巨大ノイズ、そしてその背後に並び立つ建物が横一線の切り口とともにズルリと斜めにずれる。が、すぐに建物は元通りに戻る。しかし、巨大ノイズはそのまま切り口から炭へと変わる。

 

「すごい……!」

 

 その光景に驚きの声をあげて顔を上げようとする響。が――

 

「まだだ!」

 

 映治は慌て叫ぶ。

 先ほどの攻撃――『オーズバッシュ』の射線に入らず取り逃がしたもう一体の巨大ノイズも響へと迫る。

 

「っ!」

 

 その光景に響が息を飲み、映治は再度攻撃を仕掛けようとメダジャリバーを構える。が――

 

「っ!?」

 

 響の目の前で巨大ノイズが上空より飛来した巨大な――そのノイズと変わらないサイズの――剣に串刺しにされて一瞬で炭へと変わる。

 その巨大な剣の持ち手と思われる部分、その先には先ほどまでノイズたちを蹴散らしていた翼の姿があった。

 見ると、先ほどまで翼が戦っていた場所にはノイズは一匹もおらず、代わりに大量の炭の山が出来上がっていた。

 

「ふぅ……」

 

 その様子に安心したように息をついた映治は近くにあった黒と黄色の自販機へ歩み寄る。

 自販機の投入口にセルメダルを一枚入れ、中央の黒いボタンを押す。直後、自販機が倒れるようにバイクに変形する。それはアンクが乗ってきて、ここまで映治が走らせたものと同じものだった。

 

「さて、と」

 

 そのバイクに跨りエンジンを掛けようとした映治は

 

「待て!オーズ!!」

 

 自身を呼ぶ声が響き、動きを止める。

 見ると巨大な剣をもとの刀の形に戻した翼がその剣をこちらに向けて睨んでいる姿があった。

 

「答えろ!あの日何があった!?奏は……!奏はどこだ!!?奏のガングニールはどこにある!!?」

 

「……………」

 

 鬼気迫る表情で睨みつけてくる翼に映治は黙り込み、考え込んだ後――

 

「……ごめん」

 

 翼に聞こえるか聞こえないかの声量で呟く様に言った映治はバイクのエンジンをかける。

 

「っ!待て!!!」

 

 その様子に慌てて駆け寄る翼。だが、一歩遅く、そのまま映治は振り返らずに走り去る。

 

「くぅっ……!」

 

 苦虫を噛み潰したように走り去る映治の背中を睨みつける翼。その様子に響は呆然と

 

「…………」

 

 ただただ見ていることしかできなかった。

 

 

 ○

 

 

 数分後、現場には自衛隊の制服や黒いスーツに身を包んだ人たちが入り乱れ、事後処理を行っていた。

 少し離れたところで紙コップに入った湯気の立つ飲み物を飲む少女の姿にホッと安心したように笑みを浮かべる響に

 

「あの……」

 

「へ……?」

 

 呼びかける人物に響は視線を向ける。

 そこには自衛隊とも、他の黒スーツとも、警察とも違う紺の制服に身を包んだ短髪の女性がにこやかに紙コップを差し出していた。

 

「あったかいもの、どうぞ」

 

「あっ……あったかいもの、どうも」

 

 湯気の上がるその紙コップを受け取り、ふぅふぅと息を吹きかけて口を付ける。

 

「プハァ~!」

 

 間の抜けた声を上げながら笑みを浮かべる響。と、その身を突如光が包み

 

「へぇ?」

 

 わけもわからず呆けているうちに光は強まり

 

「っ!?」

 

 光が弾ける様に身に纏っていた鎧が消え、響の姿が元の制服姿に戻る。

 

「うわっ!?わわわっ!?」

 

 突然のことに紙コップを取り落としながらバランスを崩した響はそのままよろけて倒れそうになる。そんな響を背後から歩み寄った人物が受け止める。

 

「わわっ!あぁ!ありがとうございま――!」

 

 慌てて身を起こし自分を受け止めてくれた人物へお礼を言いながら頭を下げる。そして自分を助けた人物を見ようと顔を上げると

 

「っ!」

 

 そこには翼が立っていた。響同様先ほどの鎧姿ではなくリディアンの制服になっている。

 

「ありがとうございます!!」

 

 しかし、響の言葉に答えずに翼は無表情のまま身を翻して歩いて行く。

 そんな翼に構わずその背中に響は少し照れたようにはにかみながら

 

「実は!翼さんに助けられたのは、これで二回目なんです!!」

 

 その言葉に翼は歩みを止め

 

「……………」

 

 振り返る。その顔には先ほどまでとは違う、少し複雑そうな表情が浮かんでいた。

 

「エヘヘ……」

 

 そんな翼に対して響は満面の笑みで笑いかける。

 

「ママ!!」

 

「っ?」

 

 と、近くから先ほどの少女の声が聞こえ、そちらに視線を向ける響。

 そこには先ほどの少女が母親らしき女性と抱き合っているところで

 

「よかった!無事だったのね!」

 

 屈みこみ少女を愛おしそうに眼に涙を浮かべて頭を撫でる母親。そんな彼女に横から女性が歩み寄る。その女性は先ほど響に飲み物をくれた女性と同じ制服を着ており

 

「それでは、この同意書に目を通した後、サインをしていただけますでしょうか?」

 

 タブレットを差し出しながら淡々と言う。

 

「本件は国家特別機密事項に該当するため、情報漏洩防止の観点から、あなたの言動および言論の発信には今後一部の制限が加えられることになります。特に外国政府への通謀が――」

 

 女性の言葉にポカーンと母親と少女が口を開けているさまに苦笑いを浮かべた響は

 

「じゃあ……私もそろそろ――」

 

 と、翼に視線を向ける。しかし、そこには翼の他に黒スーツにサングラスをかけた男たちがずらりと並んでおり

 

「あなたをこのまま返すわけにはいきません」

 

「な、なんでですか!?」

 

 翼の言葉に響は素っ頓狂な声を上げる。が、翼はその疑問には答えず

 

「特異災害対策機動部2課まで同行していただきます」

 

 事務的に冷たく告げる。直後に響の隣に歩み寄った男性が響の腕に大きな手錠をかける。ガコンと言う音と共に手錠がロックされる。

 

「へ?あ、あの……」

 

「すみませんね。あなたの身柄を拘束させていただきます」

 

 そう言って男性は申し訳なさそうに微笑みかける。

 

「だから!なんでぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 疑問の声を上げる響だが、誰一人それに答える者はいないまま車に押し込められどこかへと連れて行かれる。

 

 

 ○

 

 

 車が走ること数十分後。響が連れて来られたのは

 

「なんで……学院に?」

 

 数時間前に出た自身の学び舎だった。

 そのまま翼と、自分に手錠をかけた男性に連れられるまま校舎の中を進む。

 

「あ、あのぉ……」

 

 しかし、尽きない疑問に耐え切れず前を歩く翼たちに恐る恐る声をかける。

 

「ここ、先生たちがいる中央棟…ですよね?」

 

 しかし、二人はその問いには答えずずんずん進んでいく。響も黙ってついて行くしかない。

 と、一つのエレベーターの前で立ち止まり、先頭の男性がスイッチを押す。すぐに扉は開き、促されるままそこに入る。

 入って向かいの端末に男性が何か機械をかざすとピコンと音が鳴り、背後で扉が閉まる。と、その扉を覆うように頑丈そうなシャッターが現れ周りに手すりが現れる。

 

「あ、あの……これは……?」

 

 その状況に翼に助けを求める様に声を掛けるが翼は答えず背中を向けている。代わりに男性が歩みより

 

「さぁ、危ないですから捕まってください」

 

「へ?危ないって……?」

 

 手錠をされた響の手を取り手すりを掴ませる。直後――

 

「のわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 エレベーターが高速で降下し始める。

 エレベーターの壁の階層表示のパネルが明滅を繰り返す。

 

「あ……あ、あははは……」

 

 響はわけがわからないまま手すりにしがみ付き翼たちに笑顔を向ける。

 

「愛想は無用よ」

 

 そんな響に視線を向けないまま翼は冷たく言う。

 

「う……」

 

 そんな翼の言葉に笑みを消し不安そうな顔に戻る響。

 と、上へ流れていくだけだった無機質な灰色のエレベーターの窓の外の光景が変わる。

 

「わぁ……」

 

 響はその光景に思わず感嘆の声を漏らす。

 そこにはまるで何かの宗教の壁画のようなカラフルな模様の刻まれた壁が広がっていた。そんな中をエレベーターは降りていく。

 そんな光景を呆然と眺める響に翼は無表情で言い放つ。

 

「これから行くところに、微笑みなど必要ないから」

 

 そして、エレベーターがつき、案内された先にあったのは

 

 ピー!!ドンドン!!パフパフ!!

 

 軽快な音ともにクラッカーと紙吹雪が舞い、色とりどりに飾り付けられ、天井からは「熱烈歓迎!立花響さま☆」「ようこそ2課へ」と書かれた垂れ幕のつるされた部屋と、豪華な食事とともににこやかに拍手をする人たちと――

 

「ようこそ~!人類守護の砦!特異災害対策機動部2課へ!」

 

 その中心で赤いカッターシャツにピンクのネクタイ、クリーム色のスラックスを履いた筋骨隆々のシルクハットを被った男性の愛想を振りまくこの中で一番の飛び切りの笑顔だった。

 



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004~再会と説明と缶飲料~

お盆やら何やらでバタついてしまって気付けば更新が一か月ほどしてなかったので再開です。
これまでメインで書いていた「IS~平凡な俺の非日常~」が無事本編完結したのでその余韻に浸ってたってのもありますけどねぇ~(笑)
そんな訳で最新話です。
ここから本格的にこの作品を書いて行きたいと思います。



これまでの「戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~」
二年前のライブの悲劇を生き延びた少女、立花響は入学したリディアン音楽学院で火野映治と言う青年と出会う。
そんな中、彼女はまたもノイズと遭遇。偶然居合わせた映治と少女とともに逃げることになってしまう。
囮になった映治を心配しながら少女とともに逃げる響だったが、ノイズに追い詰められ絶体絶命と言うその時、彼女の胸の内から歌が沸き上がり、彼女はあの日自分を救った女性、天羽奏のシンフォギアを纏う!
そこに、同じくあの惨劇を戦っていた謎の存在――オーズと、憧れのミュージシャンである風鳴翼も現れ、またも窮地を救われる響。しかし、安心したのもつかの間、彼女は手錠をはめられ、特異災害対策機動部二課へと連行される。が、その先で待っていたのは熱烈な歓迎だった!

Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――






「ふぁぁぁ~………」

 

「大きなアクビ。昨日遅くに帰ってきたと思ったらすぐにベッドに入って朝までぐっすりだったのに……まだ寝たりないの?」

 

 朝。リディアン音楽学院の校門を通る少女たち――その中の響は大きな欠伸をし、そんな響を未来が苦笑いで見る。

 

「ん~……なんか疲れが抜けきらない感じがして……」

 

「そんなになんて、一体昨日は何してたの?訊いても何にも教えてくれないし」

 

「うっ……それは、ごめん」

 

「……いいよ。言えないってことはよっぽどの理由があるんでしょ?」

 

「うう、ありがとう未来~」

 

 と、二人が笑いながら歩いてると

 

「ん?」

 

 響はふと、進行方向にしゃがんで作業をしているツナギの男に気付く。

 

「ふぅ……」

 

 作業――花壇の草抜きをしていたツナギの男が顔を上げ頬の汗を首にかけたタオルで拭う。

 

「――っ!」

 

「……響?」

 

 その顔に息を飲む響。その様子に未来は首を傾げる。

 

「響、いったいどうしたの?あの用務員さんが何か――」

 

 言いかけた未来の言葉に答えず、響は走り出す。――手に持っていた通学かばんを放り出して。

 

「響!?」

 

 後を追おうとした未来だが、一歩足を踏み出しかけて響の落としたカバンを慌てて拾う。しかし、それを気にした様子もなく響は作業を再開した男へ駆けて行き

 

「火野さぁぁぁぁぁぁん!」

 

「ん?――ぐえっ!?」

 

 その勢いのまま止まることができず自身を呼ぶ声に顔を上げた男――火野映治に激突。そのお陰で踏みとどまれた響だったが、それに対して映治は顔面から花壇に突っ込んでいた。

 

「ひ、響~!きゅ、急に何だって――!?」

 

「ひ゛の゛さ゛ぁぁぁぁぁぁん゛!!ぶ、ふ゛し゛て゛よ゛か゛った゛ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 遅れて追いついた未来の目には顔から花壇に突っ込んだ男をガクガクと背中をゆする親友の姿だった。

 

 

 ○

 

 

 

「――で?一体どういうことなんですか?」

 

 場所を移動し、中庭の大きな木の脇のベンチに座る響と未来。机を挟んで対面に座る映治は未来からジトッとした視線を向けられる。その冷たい視線に映治はゾクッと何か嫌な寒気を感じる。

 

「えっと、俺は火野映治。見ての通りリディアンの用務員のバイトをしてるんだ」

 

「ほ、ほら、この間話した猫を一緒に助けてくれた人だよ」

 

「あぁ~……」

 

 響の言葉に未来が思い出したように頷く。

 

「でも、それじゃあさっきのは?無事でよかった~とか何とかって」

 

「そ、それは……」

 

「あぁ~、それは昨日俺と彼女が街でたまたま会ったときにノイズに――」

 

「ひ、火野さん!」

 

 言いかけた映治の言葉を響が慌てて遮る。が――

 

「ノイズ!?」

 

 未来は映治の口から出た単語に思わず眉を顰める。

 

「ちょっと響!何か秘密があるとは思ったけど、ノイズだったなんて!!」

 

「ち、違うの未来!じ、実は……その……」

 

「――実は昨日俺と彼女と、もう一人、たまたま逃げ遅れちゃった小さな女の子と一緒にノイズから逃げてたんだ。でもどうしても逃げ切れなくてね」

 

 言い淀む響に代わって映治が口を開く。

 

「どうしようもなくて、二人を逃がすために俺が囮になったんだ。俺が知ってるのはそこまで。あとは必死に逃げ回ってなんとか逃げ延びたんだ」

 

「そうなんですね……」

 

「俺は奇跡的に自力で逃げ延びれたけど、もしかして君たちは政府とか自衛隊に助けられたんじゃない?」

 

「え……?」

 

 自身の言葉に納得したように頷く未来を見ながら映治は響に問いかける。

 

「前にどこかで聞いたんだけど、自衛隊とか政府の活動には国家機密も絡んでるから救出された人たちには箝口令が敷かれるって。立花さんもそうだったんじゃないかなぁって。違う?」

 

「え、えっと……は、はい!実はそうだったんです!」

 

 映治の言葉に一瞬言い淀んだ響は頷く。

 

「やっぱりね。つまり彼女が君に話せなかったのは箝口令のせいだったんだね」

 

「そう…だったんだ……」

 

 映治が微笑みながら言う言葉に未来は響に視線を向け

 

「ごめんね、響。そんな理由があるなんて知らずに……」

 

「あ、謝らないで!黙ってた私が悪いんだし!」

 

 頭を下げる未来に響は焦ったように手をふる。その顔は何か心苦しいような後ろめたそうな顔だった。

 

「でも、響が助かった理由は分かりましたけど、火野さんはどうやって?」

 

「ん?俺?」

 

 未来の問いに映治は首を傾げ

 

「ん~…超頑張ったから、かな……?」

 

「「はい?」」

 

 苦笑いで答える映治の言葉に二人は呆けた顔をする。

 

「超頑張ったから…って……」

 

「そんな無茶苦茶な……」

 

「いや……なんて言うか頑張って走って逃げ回ったらいつの間にか巻いてたって感じかな……?」

 

 信じられないと言った表情の二人に映治は頭を掻きながら答える。

 

「はぁ~……すごいですね!」

 

 そんな映治の言葉を響は感心したように頷き

 

「すごいけど……なんだか信じられない話ですね……」

 

 未来は半信半疑な様子で苦笑いを浮かべている。

 

「まあ何にしても、本当に無事でよかったです」

 

「君もね、立花さん」

 

 嬉しそうに笑う響に映治は頷いて返す。

 

「あ、響でいいですよ!」

 

「そうかい?じゃあ響ちゃんで。俺のことも映治でいいよ」

 

「はい!映治さん!」

 

 嬉しそうに笑う響に笑い返しながら

 

「君も、えっと……」

 

「あ、未来です!小日向未来!私も未来でいいです」

 

「そう?じゃあ未来ちゃんで。二人とも何かあったらいつでも声かけて。用務員だしバイトだけど、力になれることなら何でもするから」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

「よろしくお願いします、映治さん」

 

 映治の言葉に二人は頷く。

 

「ところで――」

 

 そんな笑顔の二人に頷きながら

 

「時間、大丈夫?そろそろ――」

 

 言いかけた映治の言葉は

 

 キーンコーンカーンコーン♪

 

「あぁ!予鈴!」

 

「は、早く教室に行かないと遅刻になっちゃう!」

 

「アハハ、遅かった……」

 

 その音に響と未来は慌て、映治は申し訳なさそうに笑う。

 

「す、すみません映治さん!私たちはそろそろ!」

 

「ああ、俺のことは言いから急いで急いで」

 

「は、はい!」

 

「慌ただしくてすみません!」

 

 慌てて立ち上がる二人に映治は笑顔で見送る。

 走り去る二人に手を振る映治。

 

「なるほどな、あれが例のやつか」

 

 そんな中、どこからともなく声が聞こえる。

 

「……いつからいたんだよ、アンク」

 

 ため息をつきながら呆れた顔で映治が脇の大きな木を見上げるように顔を上げる。

 映治の視線の先には木の枝に腰掛けふんぞり返る人物の姿があった。

 黒いタイトなパンツに白い、右腕の袖のみ赤い長袖のパーカーに、黒い野球帽を目深に被った上からさらにフードを被っているのでその表情は見えないがフードの脇からボリュームのある金髪が漏れ出ていた。

顔が見えないが、体の凹凸や声から女性らしいその人物は木の上でふんぞり返ったまま言う。

 

「あのガキが昨日の光の正体なわけか?」

 

「………ああ、そうだよ」

 

 アンクと呼んだ人物の問いに映治は答える。

 

「で?あのガキがシンフォギアを纏ったってのはマジなんだな?」

 

「ああ」

 

 映治は頷き

 

「つまり、あのガキも『特機部二』の関係者ってわけだ」

 

「ん~……どうなんだろう……」

 

「あぁ?どういうことだ?」

 

 映治の言葉にアンクは訊く。

 

「なんて言うか、あの子はあの時初めてシンフォギアを纏ったような感じでさ。それにあの場に来た風鳴翼にも驚いてた。まるで彼女たちのことを知らなかったみたいに……」

 

「あぁ?なんだと?」

 

 映治は上手く言葉にできないようなもどかしい様子で言う。そんな映治の言葉にアンクも訝しんでいる。

 

「どういうことだ?シンフォギア纏ったならあいつらの技術使ってんだろ?」

 

「そのはずなんだけど……俺もよくわからない……」

 

「……………」

 

 少し考えこんだアンクはパーカーのお腹のポケットに手を入れて中から赤い缶飲料を取り出す。

 

「アンクそれ!?」

 

 驚く映治の様子にも目もくれずそのまま缶のプルタブを引く。と、缶が変形し鷹を模した形になりアンクの目の前を飛ぶ。

 そのまま新たにポケットから、今度は緑色の缶を取り出し同じくプルタブを引くと今度はバッタの形に変形しアンクの掌の上で飛び跳ねる。

 

「あのガキ――立花響を見はれ」

 

「おい!」

 

 アンクの言葉に驚きの声を上げ映治が止めようとするがそれよりも先にその鷹に変形した缶――タカカンドロイドはアンクの掌の上のバッタカンドロイドを掴み飛び立っていく。

 

「おい、アンク!」

 

「あのガキがお前の言う通りならいろいろ気になるところは多い。それに、これまでそうじゃなかったとしても、昨日の一件であのガキが『特機部二』と接触を持ったのは疑いようがねぇ」

 

「でも……」

 

「奴らの内情を知るいい機会だ。こういう情報に関しては〝あの男〟はだんまりだ。チッ!思い出しただけであの訳知り顔のニヤケ面にイライラする!」

 

 イラついた様子で木の幹を叩くアンク。

 

「だからってお前、女子高生を盗撮するとか犯罪だろ」

 

「おぃ、映治!てめぇ言い方ってもんがあるだろうが!!」

 

「事実だろ!」

 

 怒声を飛ばすアンクに映治は叫び返す。

 

「と言うか今更だけどここ学院だぞ。関係者以外は入れないのにどうやって入ったんだよ?」

 

「本当に今更だな。そんなもんどうとでもなるんだよ」

 

「はぁ~……今更ツッコんでも無駄な気がしてきた。でもあんまり騒ぐと誰か来るんじゃ――」

 

「あの」

 

「っ!?」

 

 言いかけた映治は当然背後から話しかけられ、慌てて振り返る。

 そこには茶髪の短髪の女教師が立っていた。

 

「す、すみません!こ、こいつは別に怪しい奴じゃ――!!」

 

「はい?何の話でしょうか?どなたかいらっしゃるのですか?」

 

「へ?」

 

 女教師の言葉に映治は呆けて、慌てて木の上を見上げるが

 

「い、いない……」

 

 そこには誰もいなかった。

 

「それで、お願いしたいことがあるのですが――」

 

「あ、はい!」

 

 話を戻した女教師の言葉に慌てて視線を戻した映治は急いで用務員の仕事に戻るのだった。

 



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005~欠片とトラと置き土産~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~前回の三つの出来事

1つ、立花響はノイズから逃げるために囮となった火野映治と学院で再会。

2つ、説明を求める親友、小日向未来にノイズに襲われたことがばれるも、映治のフォローにより上手く収まる。

そして3つ、響の存在に興味を持ったアンクによって響は人知れず監視されることとなった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





「それでは~!先日のメディカルチェックの結果はっぴょ~♪」

 

 響の目の前に立つ白衣の茶髪の女性――櫻井了子が指示棒を持ってにこやかにハイテンションで宣言する。

 

 

 

 先日の一件から数日が経ち、響は再び手錠を付けられリディアン音楽学院の地下深くにある「特異災害対策機動部2課」の施設へと連れて来られていた。

 先日連れて来られた際に熱烈歓迎を受けた後、詳しい事情説明をする代わりにこの組織から提示された条件は二つ。一つは例の一件に関することの一切を秘密にすること。もう一つは詳細なメディカルチェックを受けることだった。

 そして今日、その結果が出たということで翼と、先日も響に手錠を付けたスーツの若い男――緒川慎次に連れられてやって来た。

 現在、施設内の一室に響、翼、了子の他には先日一番の笑顔で響を迎え入れた筋骨隆々の男――風鳴弦十郎に、オペレーターである藤尭朔也と同じくオペレーターであり先日の事件の後に響に飲み物を渡した友里あおいの七人が揃っていた。

 

 

 

 六人は壁に供え付けられているディスプレイ映し出された数値や図形に視線を向ける。

 それを見ながら了子はそれぞれの数値について説明しつつ

 

「初体験の負荷は若干あるものの、体に異常は〝ほぼ〟見られませんでした~♪」

 

「〝ほぼ〟……ですか……」

 

「そうね、あなたが訊きたいのはこんなことじゃないわよね」

 

 微妙な顔で頷く響に了子は答える。

 

「教えてください、あの力のことを」

 

 響の真剣な表情を受けた弦十郎は一番後ろの扉の脇に立つ翼へと視線を向ける。

 弦十郎の視線を受けて翼は首元から一つのネックレスを取り出す。

 その鎖の先には赤い金属の楕円形の飾りがついており――

 

「『天羽々斬』。翼の持つ第一号聖遺物だ」

 

「セイ…イブツ……?」

 

 聞き慣れない言葉に首を傾げる響。

 

「聖遺物とは、世界各地の伝承に登場する現代では製造不可能な異端技術の結晶こと。多くは遺跡から発見されるんだけど、経年による破損が著しくてかつての力をそのまま秘めたものはホントに希少なの」

 

「この『天羽々斬』も刃の欠片のごく一部に過ぎない」

 

 響の疑問に答える様に了子と弦十郎が説明する。

 

「欠片にほんの少し残った力を増幅して解き放つ唯一のカギが特定振幅の波動なの」

 

「トオクテイシンプクノ…ハドウ……?」

 

「つまりは〝歌〟。歌の力によって聖遺物は起動するのだ」

 

「歌……?」

 

 弦十郎の言葉に響は一瞬考え

 

「そうだ……あの時も胸の奥から歌が浮かんできたんです」

 

「うむ……」

 

 響の言葉に神妙に弦十郎が頷く。

 

「歌の力で活性化した聖遺物を一度エネルギーに還元し、鎧の形に再構成したのが、翼ちゃんや響ちゃんが身に纏うアンチノイズプロテクター、『シンフォギア』なの」

 

「だからとて!どんな歌、誰の歌にも聖遺物を起動させる力が備わっているわけではない!」

 

 翼の強い言葉に一瞬室内がシンと静まる。

 そんな中弦十郎は優しく、しかしどこか悲しそうな笑顔を一瞬浮かべ、気を取り直したように座っていた椅子から立ち上がる。

 

「聖遺物を起動させ、『シンフォギア』を纏う歌を歌える僅かな人間を我々は『適合者』と呼んでいる。それが翼であり、君であるのだ!」

 

「どぉ~?あなたに目覚めた力について、少しは理解してもらえたかしら?」

 

 響に向けて弦十郎に続いて了子も笑顔で訊く。

 

「質問はドシドシ受け付けるわよ~?」

 

「………あの!」

 

「ど~ぞ響ちゃん!」

 

「……全然わかりません」

 

「だろうね……」

 

「だろうとも……」

 

 苦笑いで言う響に友里と藤尭が頷く。

 

「い、いきなりは難しすぎちゃいましたね……」

 

 了子も優しく笑いながら頷き

 

「だとしたら、聖遺物からシンフォギアを作り出す唯一の技術、『櫻井理論』の提唱者が、この私であることだけは、覚えてくださいね?」

 

「はぁ……でも……」

 

 と、にこやかにウィンクしながら言う。しかし、響はいまだ困惑した表情で訊く。

 

「私がその聖遺物というモノを持ってません。なのに、何故……?」

 

 響の疑問に対して了子は頷き、ディスプレイに新たな画像を映し出す。それは胸のレントゲン写真で――

 

「あ……」

 

 その画像に響は声を漏らす。その画像の左の丁度心臓があるあたりに何かの破片のような影が映っている。

 

「これがなんなのか、君にはわかるはずだ」

 

「は、はい!二年前のケガです!あそこに私もいたんです!」

 

「っ!」

 

 響の言葉に翼は顔を顰める。

 

「心臓付近に複雑に食い込んでいるため、手術でも摘出不可能な無数の破片……調査の結果、この影はかつて奏ちゃんが身に纏っていた第三号聖遺物、『ガングニール』の砕けた破片であることが判明しました」

 

「っ!?」

 

 了子の言葉に翼は驚愕の表情で固まる。

 

「奏ちゃんの置き土産、ね……」

 

「………っ……っ!」

 

 了子の言葉に翼は倒れそうになり壁に手をつき顔を覆う。

 

「っ!っ!」

 

 嗚咽を漏らしながらよろよろと何も言わずに部屋を後にする翼に誰も何も声を掛けられないまま見送る。

 

「………あの――」

 

 翼の去ってからしばらくして響がおずおずと口を開く。

 

「どうかしたか?」

 

「この力のこと、やっぱり誰かに話さない方がいいのでしょうか?」

 

「………君が、シンフォギアの力を持っていることを何者かに知られた場合、君の家族や友人、周りの人間に危害が及びかねない。命に係わる危険すらある」

 

「命に……係わる……」

 

 弦十郎の言葉に響の脳裏に親友の顔が浮かぶ。

 

「……………」

 

「俺たちが守りたいものは機密などではない、人の命だ」

 

 俯く響に弦十郎は真剣な顔で言う。

 

「そのためにも、この力のことは隠し通してもらえないだろうか?」

 

「あなたに秘められた力はそれだけ大きなものだということを、わかってほしい……」

 

 響を慮りながら、弦十郎と了子が言う。

 

「人類ではノイズに打ち勝てない。人の身でノイズに触れることは、すなわち、炭となって崩れることを意味する。そしてまた、ダメージを与えることは不可能だ。たった一つの例外があるとすれば、それは、シンフォギアを身に纏った戦姫だけ……日本政府特異災害対策機動部2課として、改めて協力を要請したい」

 

 弦十郎は真剣な顔で響を見つめる。

 

「立花響君、君が宿したシンフォギアの力を対ノイズ戦のために役立ててはくれないだろうか?」

 

「…………」

 

 弦十郎の言葉に響は少し考え

 

「私の力で誰かを助けられるんですよね?」

 

 響の言葉に弦十郎と了子は頷く。

 

「………わかりました!」

 

 響は大きく頷く。

 

「………それで…あの、もう一つ訊いてもいいですか?」

 

 と、響は再び手をゆっくりとあげながら訊く。そんな響に弦十郎と了子は頷く。

 

「あの、さっきノイズに対抗できるのは『シンフォギア』だけって言ってましたけど、じゃあこの間と二年前のあの日にもいたあの赤黄緑の人は?あの人の力もシンフォギアなんですか?」

 

「それは……」

 

 響の問いに了子は言い淀み弦十郎に視線を向ける。了子の視線を受けた弦十郎は頷き

 

「君の言う人物については我々も多くは知らない。君も気付いていると思うが〝アレ〟は我々の組織の人間ではない」

 

「それは……はい」

 

 弦十郎の言葉に先日の翼のあの人物に対する態度を思い出しながら頷く響。

 

「正体も目的も性別すらも不明。まあ言動や立ち居振る舞いから恐らくは男であると思われるけど、私たちが彼について知っていることはかなり少ないわ。でも、彼の力が何なのかは知っているわ」

 

「彼の名は『オーズ』」

 

「オー…ズ……」

 

 弦十郎の言葉をオウムのように繰り返す響。

 

「二年前のあのライブの日、実は私たちはとある聖遺物の起動実験を行っていたわ。翼ちゃんと奏ちゃんの歌の力でその聖遺物を起動させようとしたのがあのライブの裏側。でもなぜか現れた大量のノイズと聖遺物自体の暴走によって実験は失敗。以降その聖遺物の所在も不明」

 

「そしてあの日、起動した聖遺物はそれだけじゃない。……いや意図せず起動してしまった、と言うべきか……」

 

「意図せず……?」

 

 了子の語る思わぬ真実と弦十郎の言葉に響は首を傾げる。

 

「ヨーロッパのとある場所で発見され、何かの封印のようにどんな手段をもってしても開けることの叶わなかった石の箱。偶然そこに運び込まれていてそれが、恐らく二人の歌の力を引き金に封印が弱まったために目覚め、そこから出て来たそれが『オーズ』の力の源だ」

 

「まあ出て来たのは『オーズ』だけじゃなかったんだけどね~」

 

「『オーズ』だけじゃなかったって……それって一体……?」

 

 響の問いに弦十郎は少し間を空け

 

「『オーズ』とともに目覚めたもの……それは――」

 

 言いかけた弦十郎の言葉は突如鳴り響いた警報に遮られた。

 

 

 ○

 

 

 

「ノイズの出現を感知!」

 

「本件を我々2課で預かることを1課に通達!」

 

 藤尭の言葉に弦十郎が指示を飛ばす。

 場所御移動した五人と途中合流した翼は広い指令室に来ていた。

 藤尭と友里の他に数名のオペレーターがそれぞれの仕事をし、正面には大きなディスプレイにあらゆる情報が飛び交っている。

 

「座標出ます!」

 

 友里の言葉とともに巨大なディスプレイに地図が表示され、ノイズの反応のある場所に赤いサークルが浮かぶ。

 

「っ!リディアンより距離200!」

 

「近い……!」

 

 地図を睨んで弦十郎が呟くように言う。

 

「迎え撃ちます!」

 

 そんな中翼は言って弦十郎の答えも聞かずに走り出す。

 

「……………」

 

 その様子に険しい顔で考え込んだ響は

 

「っ!」

 

 決意の決まった顔で走り出す。

 

「っ!」

 

「待つんだ!君はまだ――!」

 

 走る響の背中に弦十郎が呼び止めるが響は決意した表情で振り返る。

 

「私の力が誰かの助けになるんですよね!?シンフォギアの力でないとノイズと戦うことは出来ないんですよね!?だったら行きます!」

 

 そう叫んだ響は再び走り出す。

 そんな響を弦十郎は何も言えず見送る。

 

「危険を承知で誰かのためになんて……あの子、いい子ですね」

 

 響の背中を見送りながら藤尭が言う。が――

 

「果たしてそうなのだろうか?」

 

「え?」

 

 弦十郎は鋭い視線で響の出て行った扉を見つめる。

 

「翼のように幼いころから戦士としての鍛錬を積んできたわけではない。ついこの間まで日常の中に身を置いていた少女が、誰かの助けになるというだけで命をかけた戦いに赴けるということは、それは、歪なことではないだろうか……?」

 

「つまり……あの子もまた、私たちと同じ〝こっち側〟ということね……」

 

 

 

 ○

 

 

 警報とアナウンスの響く中、高速道路の上でノイズたちに向かって翼は剣を振るっていた。

 翼が剣を振るう度にノイズは炭へと変わっていく。

 そんな中残ったノイズたちが突如ドロドロと溶け、それが混ざり合い一つの大きなカエルのような姿になる。

 見上げるほどの大きな巨体に羽飾りのようなものがいくつもついたそれは大きく雄たけびを上げる。

 しかし、翼は焦った様子もなく刀状の剣を構え、巨大なノイズに向かって駆けだす。

 そんな翼に向かって巨大帰るノイズはその羽飾りを打ち出す。打ち出した羽飾りは回転しながら翼へと向かって飛んでいく。

が、翼は何でもない様子でそれを華麗に跳んで避ける。避けながら翼の脚部のブレードが変形する。

 飛んで行った羽飾りがブーメランのように戻って来るが翼はその両足のブレードですべてを炭へと変え、ノイズを飛び越え着地する。

 そんな翼へ巨大カエルノイズが雄たけびを上げる。

 

「っ!」

 

 その雄たけびに、翼はその手の剣を大剣のように変形させ――

 

「ホチョォォォォォォォ!!!」

 

 と、どこからともなく聞こえた叫び声とともに上空からシンフォギアを纏った響がノイズへ向かって飛んでくる。

 

「っ!?」

 

 その光景に翼は少し驚いた表情を浮かべる。

 翼の視線の先ではノイズに蹴りを食らわせる響の姿があった。

 

「翼さん!」

 

「っ!」

 

 響の叫びに翼は上空へと跳び上がる。

 空中で下へと落ちていく響と上へと跳躍する翼が交差する。

 その二人の表情は対照的で、響はやり遂げたという嬉しそうな笑顔、それに対して翼は納得がいかないような険しい表情を浮かべていた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 大剣状にした剣を振りかぶった翼は気合の声とともに剣を振るう。

 剣から放たれたエネルギー――『蒼ノ一閃』はノイズを真っ二つにし、その下の道路も切り裂いた。

 真っ二つになったノイズは大爆発を起こす。

 もうもうと煙の上がる様を見つめる翼に

 

「翼さ~ん!」

 

 響は笑顔で駆け寄る。

 

「私、戦います!今は足手まといかもしれないけれど、一生懸命頑張ります!だから!私と一緒に戦ってください!」

 

「……………」

 

 そんな響を振り返った翼は無言で見つめる。

 その表情はどこ悲しげで、そのまま翼は何かを言おうと口を開きかけるが、その言葉をぐっと飲みこむように俯き、先ほどとはうって変わって冷徹な笑みを浮かべる。

 

「そうね……」

 

 そして、ゆっくりと一歩踏み出した翼は

 

「あなたと私、戦いましょうか」

 

「へ?」

 

 呆然とする響に向かって刀状にした剣を向ける。

 

「い、いえ、そう言う意味じゃありません。私は翼さんと力を合わせて――」

 

「わかっているわ、そんなこと」

 

 訂正しようとする響に翼は遮って言う。

 

「だ、だったらどうして……?」

 

「私があなたと戦いたいからよ」

 

「え……?」

 

 翼の答えに響はいまだ訳が分からず困惑した表情を浮かべる。

 

「私はあなたを受け入れられない。ここはあなたのいる場所じゃない。力を合わせてあなたと共に戦うことなど、風鳴翼が許せるはずがない」

 

 険しい表情で剣向ける翼。

 

「あなたも〝アームドギア〟を構えなさい。それは、常在戦場の意思の体現。あなたが何物をも貫き通す無双の一振り、『ガングニール』のシンフォギアを纏うのであれば、胸の覚悟を構えてみなさい」

 

「か、覚悟とかそんな……」

 

 翼の言葉に気圧されながら響は自身の手を胸に当てる。

 

「私……〝アームドギア〟なんてわかりません。わかってないのに構えろなんて、ぞんなの全然わかりません!」

 

 響の言葉に翼は少し考え、剣を下ろす。

 そのまま響の顔をキッと睨み

 

「覚悟を持たずに遊び半分でのこのこと戦場に立つあなたが……奏の何を受け継いでいるというの……!?」

 

「っ!」

 

 翼の言葉に言い返すことができない響は口籠る。

 

「奏の救ったその命、無駄に散らそうというのなら……今ここで私が引導を渡してくれる!」

 

 そのまま剣を振り被った翼。

 その様に響は驚く。が、同時にその翼の背後に現れた〝それ〟に気付き――

 

「危ない!」

 

「っ!」

 

 響の叫びと同時翼も気付き、咄嗟に横に飛ぶ。

 と、先ほどまで翼のいた場所に〝それ〟が拳を叩きつける。

 〝それ〟は異質な何か――人型の体、黄色い体毛に特徴的な黒い縞模様。頭には丸い耳にお尻には長いしっぽ、盛り上がった筋肉質の体。

 

「何……?トラ……?」

 

「ッ!『ヤミー』か!」

 

 困惑する響に対し翼は険しい顔でその乱入者を睨む。

 

「ヤミー……?」

 

 聞き慣れない言葉に響は首を傾げる。が、同時にそのヤミーと呼ばれた存在に既視感を覚える。

 

「……死ニタクナイ」

 

「え?」

 

 と、そのヤミーが呟く。その言葉に響は思い出す。

 その低く怨念の籠った声は二年前のあのライブ会場で遭遇したカマキリのような謎の存在と同じで……

 

「死ニタクナイィィィィ!!」

 

 叫んだそれは拳を振りかぶり響へ向けて振るう。

 

「わっ!?」

 

 慌てて響は転がるように避ける。

 さっきまで響のいた場所にヤミーの拳が叩きつけられコンクリートが砕ける。

 

「なっ!?」

 

 その威力に驚愕する響。が、ヤミーは驚異的な瞬発力で逃げた響へと飛びつく様に駆け

 

「っ!」

 

 響は恐怖で動けずに咄嗟に目を瞑り顔を背けながらしゃがみ込み――

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 そんな響を庇う様にヤミーとの間に飛び込んだ翼は剣を振るう。

 それを身を捻り後方へ避けたヤミーは標的を翼へと切り替えたようで身構える。

 

「翼さん……」

 

「前にも言ったでしょう!呆けない!死ぬわよ!」

 

「っ!は、はい!!」

 

 翼の言葉に響は立ち上がる。

 

「あ、あの……あの『ヤミー』ってやつは一体……?」

 

「話してる暇はない!集中しなさい!」

 

「は、はいぃっ!」

 

 問いに対して鋭い声で言われた響は慌てて身構える。

 

「死ニタクナイ……死ニタクナイ!オ前ガ死ネェ!!」

 

「「っ!」」

 

 再び叫び一歩踏み出したヤミーに二人は身構える。が――

 

「「「っ!?」」」

 

 どこからともなく聞こえてきたエンジン音にその音のした方向に視線を向ける。

 そこには道路の向こうから一台のバイクが走ってきていた。

 黒と黄色のボディーに前面に円形の飾りのついたそれ。それに跨る人物は

 

「っ!あれはっ!」

 

「オーズっ!」

 

 驚く響と翼の目の前で颯爽と現れたオーズはそのままヤミーへと突進し

 

「ガァッ!!」

 

 バイクでぶつかり弾き飛ばす。

 数メートル転がっていったヤミーを警戒したように見つめるオーズはそのままバイクを停めて降りる。

 

「オーズ!貴様!」

 

「ちょ、待って!いまはあのヤミーが先でしょ!」

 

 睨む翼にオーズは慌てて言う。

 

「お前の手を借りなくてもこのくらい!」

 

「そう言わないで。ヤミーが相手なら俺も黙って見てられないから」

 

 鋭い視線で叫ぶ翼にオーズは宥めるように言いながら

 

「それに――」

 

 オーズはヤミーへと向き直り構える。

 

「人間は助け合いでしょ」

 

 



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006~キックとケーキと昔話~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!特異災害対策機動部2課にて自分の纏った力について説明された立花響は風鳴弦十郎から協力を要請され、その申し出を受けることを決める。

2つ!共に戦いたいと申し出た響だったが、その伸ばした手を振り払われ、響は拒絶する風鳴翼に刃を向けられてしまう。

そして3つ!そこに乱入してきたヤミーと呼ばれる存在!対処しようと構える翼と呆然と立ち尽くす響の前にオーズが現れたのだった!



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





「せいっ!」

 

 響の目の前でトラのようなヤミーと呼ばれる存在に翼が剣を振るう。

 ヤミーは翼の剣を受けて数歩後退る。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 そのまま翼は剣を刀状から大剣状に変化させ『蒼ノ一閃』を放つ。

 

「がぁぁぁぁっ!」

 

 ヤミーはその一撃を受けて地面を転がり咆哮を叫ぶがゆっくりと立ち上がる。

 その様子はそれなりにダメージを受けてはいるようだが効いていないように見える。

 

「くっ……!」

 

 その様子に翼は悔しそうに歯噛みする。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 と、そんな翼の脇から今度はオーズがヤミーへと向かって行く。

 走るオーズの胸のエンブレムが光り、そして腕の黄色い模様を伝ってオーズの両腕へ到達する。と、オーズの腕に畳まれていた爪のようなもの――トラクローがオーズの手の甲に着く。

 そんなトラクローをヤミーへと振るう。

 と、オーズの攻撃を受けたヤミーは先ほど翼の攻撃を受けた時のように後退り苦しげな声を漏らす。

 ただ一つ違うのは、先ほどの翼の攻撃とは違い、オーズの攻撃によってヤミーの体から何かが飛び散っている。

 いくつも飛び散るそれはチャリンチャリンと地面を叩き、その一つが響の足元に転がってくる。

 

「これは……メダル?」

 

 響が拾い上げた銀色のそれは、メダルだった。

 銀色一色の500円硬貨より少し大きいくらいのそれの側面にはタカが羽を広げたようなマークが描かれている。

 

「あの怪物から……なんでこんなものが……?」

 

 響は首を傾げながら顔を上げる。

 響の視線の先ではヤミーにさらにオーズは攻撃をする。

 オーズが殴り、蹴り、トラクローで切り付けるたびにヤミーの体からメダルが飛ぶ。

 翼も負けじと再びヤミーへ攻撃を仕掛けるが、オーズのようにメダルが出ることはない

 

「くっ、やはりオーズの力でないと無理か……」

 

「だから言ったでしょ?助け合いだって」

 

「だからとて!私が戦わない理由にはならない!」

 

 悔しそうに呟く翼にオーズは言うが翼はそれに強い口調で返す。

 

「そっか……そうだよね……」

 

 翼の言葉にオーズは一人うんうん頷き

 

「それじゃ、そろそろ決めようか」

 

 言いながら腰のベルトからオースキャナーを外して構え、ベルトに添えてメダルを一枚ずつスキャンさせる。

 

≪スキャニングチャージ≫

 

 オースキャナーから高らかに音声が響き渡る。と同時にオーズの両足が変化する。それはまるでバッタのような足だった。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 オーズは身構え、そのまま体を深く落とし

 

「はぁっ!!!!」

 

 気合の声とともに上へと跳び上がる。

 天高く舞い上がったオーズからヤミーへと赤、黄、緑の光の輪が現れる。

 そのままオーズは両足を伸ばし一つ目の輪、赤い輪をくぐる。と、オーズの背中から赤い翼が広がりスピードを増す。

 次の黄色の輪をくぐるとさらにオーズは加速し次の緑色の輪をくぐるとさらに加速し、

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!セイヤァッ!!!!」

 

 気合の声とともに伸ばした両脚で加速した勢いのままヤミーへと必殺のキック――『タトバキック』を叩きこむ。

 タトバキックを受けたヤミーは

 

「がぁぁぁぁっ!!!!」

 

 断末魔の叫びとともに大爆発し大量のメダルをまき散らす。

 

「ふぅ………」

 

 キックを放ち着地した屈んだ体勢から立ち上がりながらオーズは息をつく。

 翼も少し息をつく。

 これまでの光景を呆然と見ていた響はハッと我に返り

 

「あ、あの!オーズさ――」

 

 慌てて話しかけようとした。が、それを遮るように響の視界が何かに覆われる。

 それは大量の鳥を模したアンドロイドだった。一匹一匹は手のひらほどのサイズだが、それが何百と言う数で現れ響達の周りの地面に降り立つ。

 その鳥たちは三人の足元でもぞもぞと動き回る。オーズは気にした様子もなく歩き出し、やって来たときに降りたバイクに跨る。

 

「あ!待って――!」

 

 オーズを呼び止めようとした響だったが、まるでそれを合図にしたように鳥たちは顔を上げ飛び立つ。その口には一匹一匹がヤミーがばら撒いたメダルを加えていた。

 飛び立つ鳥たちの勢いに翼も響も顔を手で覆いながら怯む。

 その間にオーズはバイクのエンジンをかけ走り去って行った。

 

 

 ○

 

 

 あの日の一件から一か月が経った。

 あの日はあの後すぐに弦十郎さんたちがやって来て、翼さんともそこで分かれた。

 あれから何度かノイズの出現で出撃したが、その結果はあまりいい物じゃない。

 翼さんは私のことを認めないと言うスタンスは変えないつもりらしく、連携も協力もしない。むしろいないものとして扱われてる気がする。

 ならばと、認めてもらえるように頑張ってはみるものの大した結果を出すことは出来ず、必死に逃げ回り何の役にも立てていない。

 このままじゃだめだ。でも、どうすればいいのかわからない。

 わからないと言えばあれ以来オーズを見かけることもなく、正直わからないことだらけだ。

 ――そんな風に悩んでいたある日、弦十郎さんからおつかいを頼まれた。

 おつかい、と言っても弦十郎さんもついて来てくれる。

なんでも特異災害対策機動部2課の一番のスポンサーからの呼び出しらしい。なんでもその会社の会長さんがどこから聞きつけたのか新たなガングニール適合者、つまり私に会いたいと言ってきたらしい。

 一番お金を出してくれている会社だし、それを無下にできないらしく、申し訳ない、と何度も謝られながら弦十郎さんとともに土曜日に都内の大きなビルにまでやって来た。

 やって来たのだが――

 

 

 

 

 

 

「HappyBirthday!!おめでとうっ!!」

 

 私の目の前で赤いスーツ姿の中年の男性が目を見開いて叫ぶ。

 高層ビルのてっぺんの大きな窓の会長室。その窓辺の豪華な机に備えられた椅子に座る男性の強面の顔から放たれる眼力と声の大きさに私は後退りしそうになりながら恐る恐る言う。

 

「あ、あの~……私今日誕生日ではないんですが……」

 

「もちろんわかっているとも」

 

「それじゃあなんで……?」

 

 私の言葉に頷く会長さんに私は苦笑いを浮かべながら首を傾げる。

その男の人は持たれていた椅子の背もたれから背中を離し、机の上に置かれていた大きな箱に手を掛ける。

 そのまま箱を開けると、中から大きな白い生クリームのケーキが現れる。ケーキの上には色とりどりのフルーツと一緒にチョコのプレートが乗っていて

 

「それはね……君と言う新たな『ガングニール』の適合者の誕生を祝ってだよ、立花響君」

 

 プレートには『HappyBirthday ガングニール』と書かれていた。

 

「一度は失われたと思われた力が新たな適合者とともに現れる……素晴らしいっ!!なんとも喜ばしいっ!!」

 

「響君、こちらはこの『鴻上ファウンデーション』の会長の――」

 

「鴻上光生だ。よろしく!」

 

 弦十郎さんの紹介に会長さん――鴻上さんは強面の顔をほころばせて笑う。

 

「立ち話もなんだ、かけたまえ。ケーキは好きかな?」

 

「は、はい!」

 

「うむ。里中君!」

 

「はい」

 

 鴻上さんの言葉に頷いた私に鴻上さんは満足そうに頷き横に控えていた女性に指示する。

 里中さんと呼ばれた美人の、しかし、あまり表情の変化のない秘書の女性は頷きケーキを近くのソファーに前のテーブルに運び戸棚からお皿とフォークを持ってくる。

 

「えっと……」

 

「……………」

 

 どうしたものかと隣の弦十郎さんに視線を向けると弦十郎さんが頷くので、二人でソファーに腰掛ける。

 座った私たちに大きなケーキを切り分けた里中さんが私たちの前にお皿を置き、一緒に紅茶のティーカップを置く。

 

「……………」

 

「どうかしたかね?食べないのかい?」

 

 目の前のケーキと私たちの対面に座った鴻上さんの顔を交互に見ていると、鴻上さんはそんな私に少し首を傾げながら訊く。

 

「えっと……じゃあ……いただきます」

 

 言いながらお皿とフォークを手に取りケーキを口に運ぶ。

 

「あ……美味しい」

 

「それはよかった!私も作った甲斐があるというモノだ!」

 

 私の言葉に鴻上さんは嬉しそうに笑う。

 

「って、これ鴻上さんが作ったんですか!?」

 

「ああ。似合わないかね?」

 

「えぇっと……はい」

 

「響君……」

 

「ハハハハハッ!構わない!正直で結構!」

 

 正直に答えた私に弦十郎さんが苦笑いを浮かべるが、鴻上さんは心底楽しそうに笑う。

 

「さて、ガングニールの適合者として目覚めて一か月。噂は聞いているよ、立花響君」

 

「う、噂……」

 

 鴻上さんの言葉に私はケーキを食べる手を止める。

 

「今はまだまだ慣れないことも多いだろうが、今後の君の活躍に期待するよ。なにせ、君はノイズに対抗する数少ない戦力だからね」

 

「は、はい……」

 

 鴻上さんの言葉に私は小さく頷く。

 

「ところで、風鳴翼君は相変わらずかな?」

 

「ええ、まあ……」

 

 鴻上さんの問いに弦十郎さんは言い淀みながら頷く。

 

「そうか……我々としてはオーズとも上手く協力してほしいところだが……」

 

「えっ!?」

 

「ん?どうかしたかね?」

 

「い、今…オーズって……」

 

「なんだ、説明していなかったのかな?」

 

 困惑する私に鴻上さんは弦十郎さんに視線を向ける。

 

「………響君、この鴻上ファウンデーションは我々の他に、オーズに対しても支援を行っているんだ」

 

「ええっ!!?」

 

 弦十郎さんの言葉に私は思わず驚きの声を上げる。そのまま弦十郎さんと鴻上さんの顔を交互に見る。

 

「先日、ヤミーについての話はしたな?」

 

「は、はい」

 

「そのヤミーやオーズについての情報は鴻上会長からもたらされたものだ。オーズに関する情報に関しては、我々よりも鴻上会長の方が豊富だ」

 

「そ、そうだったんですね……」

 

「まあ、すべての情報をもたらしてくれているわけでもないが、ね……」

 

「……………」

 

 弦十郎さんの鋭い視線を受けてなお鴻上さんは涼しい顔で微笑んでいる。

 

「立花君、君はヤミーやオーズについてどれほど知っているのかな?」

 

「へ?そ、そうですね……」

 

 言われて私は先日受けた説明を思い出す。

 

「えっと……800年くらい前に当時の科学者たちが作り出した『オーメダル』から生まれた『グリード』って言う存在と、それが生み出す『ヤミー』って言う化け物がいて、それを倒す力を持っているのがその『オーメダル』を使って戦う『オーズ』。800年前に封印されたそれが二年前のあのライブの時に偶発的に復活してしまった、んですよね?」

 

「なるほど……大筋は理解しているようだね」

 

 私の言葉に鴻上さんは頷き

 

「では、その『グリード』や『ヤミー』、『オーズ』の力の源は何だと思うかね?」

 

「え?それは……」

 

「………よろしい、では、そのあたりのことも含めて話してあげよう。800年前に生まれた『グリード』と『オーズ』について」

 

 言いながら鴻上さんは立ち上がり窓に歩み寄り外の景色を眺める。

 

「約800年前、その当時の科学者、と言っても今の科学者とは別物、錬金術師と言うべき人物たちによって当時のある強欲な王のために生み出されたのが『オーメダル』だ。当時の錬金術士達が人工の生命を作るため、地球に生息する様々な生物種のパワーを凝縮して作った神秘のメダル。鳥系・昆虫系・猫系・重量系・水棲系など、各々はそれぞれの種族に属する複数の動物の特徴を備えた『コアメダル』たち、それぞれ各三種類の10枚が生み出された。しかし、それらはその時点ではまだ力を発揮しきらず、ただのメダルでしかなかった」

 

 窓の外に視線を向けたまま鴻上さんは続ける。

 

「しかし、その10枚のコアメダルから1枚を抜き取り、9という「欠けた」数字にした結果〝足りないが故に満たしたい〟という欲望が生まれ、その欲望が進化して自律意志を持ちメダルを肉体として誕生した。それが『グリード』と言う存在だ」

 

「グリー…ド……」

 

「『グリード』たちはその驚異的な力と自分たちの分身とも言える『ヤミー』を生み出し、当時の人類に牙をむいた。しかし、その『グリード』とともに生み出された力を使って当時のある強欲な王が戦った。その力こそが『オーズ』!」

 

 興奮した様子で言う。

 

「三枚のコアメダルを使い、頭部、腕部、脚部それぞれに使用するコアメダルのモチーフとなった動物の力を戦うそれは、その強力な力を持って『グリード』や『ヤミー』と戦い、圧倒的な力を発揮した!だが……」

 

 言いながら鴻上さんはその語調を落とす。

 

「『オーズ』となって戦ううちにその力に溺れた強欲な王は最後にはその力を暴走させた。奇しくもその暴走によって戦闘で消耗していた『グリード』たちも共に封印され、800年前の人類は守られた」

 

「それが……二年前のライブで復活してしまったんですね?」

 

「その通り!」

 

 私の言葉に鴻上さんは嬉しそうに叫ぶ。

 

「では、ここで最初の質問に戻ろう。今の話を聞きその『グリード』や『ヤミー』、『オーズ』の力の源は何だと思うかね?」

 

「え……それは……」

 

 鴻上さんの問いに私は考え、そして、今までの話の中で出たある言葉が頭に浮かぶ。

 

「……『欲望』……?」

 

「素晴らしい!!」

 

 私の呟くような言葉を聞き逃さず、鴻上さんは興奮した様子で叫ぶ。

 

「『欲望』!!なんて純粋で素晴らしいエネルギー!!」

 

 そのまま振り返りゆっくりと私たちの方へ歩み寄ってくる鴻上社長。

 

「このケーキも、テーブルも、家もビルも、街も国も!すべて人の、〝欲しい〟という思いから生まれた『欲望』の塊!」

 

 演説するように真剣な顔で叫ぶ鴻上さんの様子に私は圧倒され、隣で弦十郎さんは黙って聞いている。

 

「赤ん坊は生まれた時に『欲しい!』と言って泣く。生きるとは、欲することなんだ」

 

 言いながら鴻上さんは私に視線を向ける。

 

「当時の錬金術師たちが生み出した『オーメダル』!『グリード』たちの核となる『コアメダル』も!彼らが『ヤミー』を生み出すために使う『セルメダル』も!もとは人間の欲望から生まれた!……立花君」

 

「は、はい!」

 

「二年前の復活から、ノイズの出現場所には頻繁に『ヤミー』の出現が確認されている。何故だと思うかね?」

 

「え?えっと……それは……?」

 

「答えは簡単」

 

 答えがわからず言い淀む私を見ながら鴻上さんはニヤリと笑いながら口を開く。

 

「『ヤミー』は人間を宿主とし、その『欲望』を溜め込んで成長するからだ!」

 

「えっ……?」

 

 鴻上さんの思わぬ言葉に私は困惑し呆然と鴻上さんの顔を見つめる。

 

「『グリード』は自身を構成する『セルメダル』と人間の欲望によって『ヤミー』を生み出す。生まれた『ヤミー』は宿主の欲望に基づいた行動をとることによってその身に『セルメダル』を蓄えていく。うわ言の様にその欲望を口にしながらね」

 

「それじゃああのライブや、一か月前に現れたヤミーは……」

 

 それぞれのヤミーが口にしていた言葉は『死にたくない』だった。つまりそれは――

 

「ノイズに襲われ、死を感じた人間は『生きたい』という欲望を持つ。『生への執着』!それもまた純粋で強力な欲望!!」

 

「それじゃああのヤミーたちは……」

 

「ノイズに襲われた被害者たちを宿主として生まれたのだろうね」

 

「で、でも、二年前のライブでも、この間もヤミーは私や翼さんを襲いました。生き残りたいって気持ちが何故人を襲うんですか?」

 

「ヤミーは宿主の欲望を暴走させる。それに、人間は時に自分を生かすために他者を蹴落とすことだってある。二年前のライブを生き残った君はそのことを知っているんじゃないのかな?」

 

「っ!?」

 

 鴻上さんの見透かしたような視線に私は息を飲む。

 

「………意地悪な質問だったね」

 

 言いながら鴻上さんはソファーに腰掛ける。

 

「欲望によって生まれた『ヤミー』、そして『グリード』には通常の兵器などの攻撃では致命傷を負わせることは出来ない。確実にダメージを与えるためには、同じ欲望を力にする『オーズ』でなければダメだ」

 

「だ、だから翼さんの攻撃が効いてなかったんですね」

 

「その通り。だからこそ私はオーズに支援するし、君たちもオーズと上手くやってもらいたい。彼の力なくしては、我々は『グリード』たちには敵わないからね。だが……それもなかなか難しいようだね」

 

 鴻上さんはため息をつく。

 私も鴻上さんの言葉に思い出す。翼さんのオーズに対する異様な執着を。

 

「その点君は上手く彼とも共存してほしいね」

 

「それは……」

 

 鴻上さんの言葉に私は言い淀みながら隣の弦十郎さんをちらりと見る。

 

「……我々としてもオーズが敵ではないということは理解しています。ですが、正体不明、目的不明の人物をそうやすやすと信用していいものか、判断しかねます」

 

「それもまた仕方のないこと、か……」

 

「あなたが少しでもオーズに関する情報を開示していただければ、我々も信用し、協力することはそう難しいことではないのですがね」

 

「彼自身が口を閉ざしていることを私の口から言うことは無理だ。フェアじゃないからね」

 

「……………」

 

 恐らく何度も交わされたであろう会話をする二人の大人の姿に私は会話に入ることができず茫然と見つめる。

 

「――会長、そろそろ」

 

 と、そんな二人の間に里中さんが割って入る。

 

「おお、もうそんな時間か」

 

 頷きながら鴻上さんは立ち上がる。

 

「すまないが、私も多忙でね。この後にも予定が詰まっている。こちらから呼び出したのに申し訳ないが、そろそろお開きとさせてもらえるかな?」

 

「ええ。重々理解しています」

 

 言いながら弦十郎さんは立ち上がる。私も慌てて立ち上がる。

 

「君たち人類の希望のために、今後とも惜しみない支援をさせてもらうよ。差し当たっては――」

 

 言いながら鴻上さんが私たちの背後に視線を向ける。

 私たちが振り返ると、私たちの背後から何かが飛んでくる。

 それは、タカを模したアンドロイドだった。

 

「我が社で開発したメダルシステム。『カンドロイド』だ」

 

 鴻上さんは言いながら手を出すと、その掌の上にアンドロイドが変形し缶の形になって納まる。

 

「他にもオーズも使用しているバイク――『ライドベンダー』、これらを君たちも使えるように手配した。是非とも今後の活動に役立ててくれ」

 

 鴻上さんの言葉とともに里中さんが黒いアタッシュケースを持って現れる。そのアタッシュケースを抱え、私たちに見えるように開く。そこには銀色に光るメダルが大量に入っていて――

 

「これらメダルシステムを使用するのに必要な『セルメダル』を100枚。受け取ってくれたまえ」

 

 アタッシュケースを閉じ、里中さんが弦十郎さんへ差し出す。

 それを少し逡巡した後、鴻上さんに視線を向ける弦十郎さん。

 

「これはまた、どういったわけで?」

 

「なぁに、これまでの君たちの活動への称賛と、新たな戦力への贈り物だよ」

 

 弦十郎さんの訝しむ視線を受けても涼しい顔で答え、私に向けてウィンクする。

 

「……では、会長のご厚意、ありがたく受け取ります」

 

「ああ。セルメダルが足りなくなったらいつでも申し出るといい。いくらでも用立てよう」

 

 アタッシュケースを受け取る弦十郎さんに快くしたようで満足げに頷く。

 

「立花君、君の今後の活躍に期待するよ」

 

「は、はい!ありがとうございます!」

 

 頷く私に満足げに笑う鴻上さん。

 

「それでは、我々は失礼させていただきます」

 

「ああ。今後とも君たちの活躍を応援させてもらうよ」

 

 会釈した弦十郎さんに満足げに頷いた鴻上さんを尻目に弦十郎さんは再び深くお辞儀し

 

「行こうか、響君」

 

「は、はい!失礼します!」

 

 微笑む鴻上さんに私もお辞儀し弦十郎さんの後を追って会長室を後にしようとし――

 

「あっ!そうだ!あの!」

 

「何かね?」

 

 ふと思いついた私は足を止め、鴻上さんの元に戻る。

 

「あの……今日のケーキ、お土産に少し貰うことってできます?私の大事な親友にも食べさせてあげたいなぁ~って思って……」

 

 私の言葉にポカンとした表情を浮かべた鴻上さんは一瞬で満面の笑みになり

 

「素晴らしいっ!!友人を喜ばせたいという君のその気持ち、それもまた『欲望』!!里中君!!!」

 

「はい。お土産用に梱包し、後でご自宅に届く様に手配します」

 

「ありがとうございます!!」

 

 鴻上さんと里中さんの言葉に先ほどよりさらに深くお辞儀し今度こそ私は弦十郎さんの後を追って部屋を後にしたのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「さて、響君、今日は休日にすまなかったね」

 

「いえ!大丈夫ですよ!」

 

 ビルの一階に降りて来た私たち。弦十郎さんの言葉に私は答える。

 

「俺はこの後これを施設に持って行くが、響君はどうする?必要なら迎えを手配するが……」

 

「大丈夫です。一人でも帰れますよ」

 

「そうか。ではここで解散としよう、これは帰るまでの交通費として使ってくれ」

 

「そんな!受け取れませんよ!」

 

 財布を取り出しお札を抜き出した弦十郎さんに慌てて言うが弦十郎さんは首をふる。

 

「休日につき合わせてしまったんだ」

 

「でも、明らかに多いですし……」

 

「なら余ったお金でお昼ご飯にでも食べるといい。そろそろいい時間だからな」

 

「でも……」

 

「ほら遠慮はいらんぞ。大人の厚意には甘えればいい」

 

「そ、それじゃあ……」

 

 弦十郎さんの言葉に私はおずおずとそれを受け取る。

 

「では、俺は先に失礼するぞ」

 

「はい!ありがとうございました!」

 

「ああ。気を付けて帰れよ」

 

 頷いた弦十郎さんを見送り、私は携帯を取り出す。

 

「えっと最寄りの駅からは……」

 

 携帯で調べようとする。と――

 

「わっ!?」

 

「っ!」

 

 携帯の画面を見ていたせいで前をよく見ていなかったために前から歩いていた人とぶつかりそうになる。

 

「す、すみません!」

 

 慌ててのその人物に頭を下げる。

 その人はすらりと背の高い人で、黒いタイトなジーンズに右手の袖だけ赤い白色のパーカー、黒い野球帽を被りパーカーのフードも被っているので顔は見えないがフードの脇からボリュームのある金髪が出ている。

 顔が見えないので詳しくはわからないが服を押し上げる胸元などのボディラインから女性だとわかる。

 その女性はちらりと私を見て

 

「……お前………」

 

 ジッとこちらを見ているようだった。何かをつぶやいたが

 

「チッ……気を付けろ」

 

 舌打ちをしてさっさと去って行った。

 

「す、すみませんでした!!」

 

 去って行く女性の背中に呼びかけるが女性は何も答えずに歩いて行き、今しがた私が出て来たビルの中に入って行った。

 

「あの人もここの社員さんなのかな……?」

 

 その様子を見送った私は

 

「あれ?響ちゃん?」

 

「へ?」

 

 背後から声を掛けられて振り返る。

 

「やっぱり響ちゃん!」

 

「映治さん!?なんでここに?」

 

 そこにはエスニック風の服を着た映治さんが笑顔で立っていた。

 

「うん。知り合いの付き添いでね。まあ俺はここまでで、ついでにちょっとぶらぶらしようかなって。響ちゃんは?」

 

「私は……その、ちょっと用事で」

 

「そう……」

 

 言い淀む私に映治さんはそれ以上聞いてくることはなかった。

 

「ちょうどいいや。これからお昼ごはんにでもしようと思ったんだけど、よかったら一緒にどう?近くに美味しい多国籍料理の店があるんだけど」

 

「え~っと……じゃあせっかくなんで行きます!」

 

「うん」

 

 誘いに頷いた私に映治さんが微笑み

 

「じゃあ行こうか。今日はどこの国のフェアだったかなぁ~……」

 

 言いながら歩き出した映治さんの後を私もついて行くのだった。

 



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007~約束と属性と暗躍する影~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!初の特異災害対策機動部二課としての戦いから一月、今だ噛み合わない響と翼に弦十郎も頭を悩ませていた。

2つ!そんなとき、響は二課へ出資するスポンサーである『鴻上ファウンデーション』へ出向き、その会長、鴻上光生と対面する。

そして3つ!鴻上によって語られたオーズの誕生とその成り立ち。それとともに鴻上によって申し出られた新たな支援を弦十郎は受け入れるのだった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





 ~~♪~~~♪

 

 パソコンに向かい、出された大量の課題を片付けていた響は鳴り響いたアラームにハッとしてすぐに携帯の画面を見る。

 そこにはスケジュールのメモが『二課で定例ミーティング17:30~』と表示されていた。

 

「あぁ……」

 

 その文字にがっくりと響はため息をつく。

 

「何?」

 

 そんな親友の様子に未来は首を傾げながら訊く。

 

「まさか、朝と夜を間違えてアラームセットしたとか?」

 

「いや……えっと……」

 

「こんな時間に用事?」

 

 苦笑いを浮かべて言い淀む響にジトッと見つめながら未来が訊く。

 

「あっははは……」

 

 そんな未来に図星の響は乾いた笑みを浮かべる。

 

「最近よく用事って言って出かけるし、この間はあの『日本三大何してるかわからない企業』なんて言われてる『鴻上ファウンデーション』からケーキが届くし……まあそれは美味しかったけど――それはともかく、いったい何してるの?」

 

「え、えぇっと……」

 

 ジトッとした視線のまま言う問いに答えられずアワアワとなる響の様子に未来はため息をつき

 

「夜間外出とか門限とかは私の方で何とかするけど……」

 

「うん、ごめんね……」

 

「こっちのほうは何とかしてよね」

 

 謝る響に未来は見ていたパソコンの画面を見せる。

 そこにはまるで雨の様にたくさんの流れ星が流れる幻想的な映像が映っていた。

 

「あ……」

 

「一緒に流れ星を見ようって約束したの、覚えてる?山みたいにレポート抱えてちゃ、それもできないでしょ?」

 

「う、うん!なんとかするから!だから、ごめん!」

 

 苦笑いを浮かべ謝りながら立ち上がる響を未来はふくれっ面で見る。そんな未来の視線を受け、あはは~と苦笑いを浮かべたまま響は外に出るために部屋着から制服へと着替えようと服に手を掛ける、が、頭が引っ掛かって上手く脱げない。

 

「ん?ん~?あれ?」

 

「……もう」

 

 その様子に呆れつつ立ち上がった未来は

 

「ほら、万歳して」

 

 響の服に手をかけ、引っかかっているところを直しながら着替えを手伝う。

 

「……私このままじゃダメだなぁ~」

 

「ん?」

 

 と、未来に手伝ってもらいその顔を脱ぎかけの服に埋もれさせながら響は呟くように言う。その言葉に未来は意味が分からずキョトンとした表情を浮かべる。

 

「しっかりしないといけないよね……今よりも、ずっときっともっと」

 

「………………」

 

 そんな親友の言葉に何を指しているのかわからないが、しかし、その声色に確かな力強い何かを感じ、未来はその言葉の意味を追求せず黙って響を見送るのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「遅くなりました!すみません!」

 

 二課の秘密施設、その作戦指令室に入った響は開口一番に謝罪の言葉を叫ぶ。そんな響を弦十郎と了子は笑顔で迎え、翼は顔も上げずに黙って聞き流している。

 

「では、全員揃ったところで仲良しミーティングを始めましょう♪」

 

 笑顔でそう言った了子の言葉に響はちらりと隣の翼へ視線を向ける。しかし、翼は素知らぬ顔で紙コップに入れた飲み物を飲んでいる。

 

「まずはコレを見てくれる?」

 

 そんな響達の様子を知ってか知らずか、了子は手元の端末を操作し、正面の大きなモニターに画像を映し出す。それは二課の秘密施設、ひいては地上のリディアン音楽院を中心にした周辺の地図だった。

 了子がもう一度端末を操作するとその地図上に赤いサークルがいくつも現れ赤く点滅する。

 

「どう思う?」

 

 弦十郎はそれを見て響に視線を向けながら訊く。

 

「………いっぱいですね」

 

 響は少し考える様なそぶりを見せ、少し困ったような笑みと一緒に感じたそのままを答える。

 

「フッ!ハハハッ!まったくその通りだ!」

 

 そんな響の答えに弦十郎は朗らかに笑い、翼は人知れず眉を顰める。

 

「これは、ここ一か月のノイズの発生地点だ」

 

 すぐに真剣な表情に戻った弦十郎は画面を見ながら言う。

 

「ノイズについて響君が知ってることは?」

 

「テレビのニュースや学校で教えてもらった程度ですが……」

 

 言いながらえっと、と記憶を掘り起こすように少し考える響。

 

「まず無感情で機械的に人間を襲うこと。そして、襲われた人間が炭化してしまうこと。時と場所を選ばずに突然現れて周囲に被害を及ぼす特異災害として認定されていること」

 

「意外と詳しいな」

 

「今纏めているレポートの題材なんです」

 

 感心した様子に言う弦十郎の言葉に響は照れながら答える。

 

「そうね。ノイズの発生が国連での議題に上がったのは13年前だけど、観測そのものはもぉ~っと前からあったわ。それこそ、世界中に太古の昔から」

 

「世界の各地に残る神話や伝承に登場する数々の異形はノイズ由来のものが多いだろうな」

 

 響の解説に頷きながら了子が言い、弦十郎も補足するように言う。

 

「ノイズの発生率はけっして高くないの。この発生件数は誰の目から見ても明らかに異常事態。だとすると……そこに何らかの作意が働いている、と考えるべきでしょうね」

 

「作意……ってことは誰かの手によるものだというんですか?」

 

「中心点はここ、私立リディアン音楽院高等科、我々の真上です」

 

 響の驚きながら訊く言葉に答える様に翼が口を開く。

 

「サクリストD――『デュランダル』を狙って、何らかの意思がこの地に向けられている証左となります」

 

「あの……デュランダルって、いったい?」

 

 翼の言葉を聞きながら、新たに出た自身の知らない単語に響は訊く。

 

「ここよりもさらに下層、『アビス』と呼ばれる最深部に保管され、日本政府の管理課にて我々が研究しているほぼ完全状態の聖遺物、それが『デュランダル』よ」

 

「翼さんの『天羽々斬』や響ちゃんの胸の『ガングニール』のような欠片は奏者が歌ってシンフォギアとして再構築しないとその力を発揮できないけれど、完全状態の聖遺物は一度起動した後は100%の力を常時発揮し、さらには、奏者以外も使用できるであろうと研究の結果が出ているんだ」

 

 響の問いに友里と藤尭が答える。

 

「それが~、私の提唱した『櫻井理論』!」

 

 と、そんな二人の解説を聞きながら了子がドヤ顔で響へと振り向く。

 

「……だけど、完全聖遺物の起動には相応のフォニックゲイン値が必要なのよね~」

 

「……ん~……ん~……ん~?」

 

 三人の解説を受けてなお響は首を傾げる。

 

「あれから二年」

 

 そんな響を見ながら弦十郎は立ち上がりながら口を開く。

 

「今の翼の歌であれば、あるいは……」

 

 そんな弦十郎の言葉に翼は険しい表情でしかし何も言わずに黙って紙コップに口を付ける。

 

「そもそも、起動実験に必要な日本政府からの許可って下りるんですか?」

 

 そんな中友里が疑問の声を上げる。

 

「いや、それ以前の話だよ」

 

 そんな疑問に藤尭が答える。

 

「安保を盾にアメリカが再三の『デュランダル』引き渡しを要求してきてるらしいじゃないか。起動実験どころか、扱いに関しては慎重にならざるを得まい。下手うてば国際問題だ」

 

「まさかこの件、米国政府が糸を引いてる、なんてことは……」

 

 藤尭の言葉に友里がふと呟く様に言う。

 

「調査部からの報告によると、ここ数か月の間に数万回に及ぶ本部コンピュータへのハッキングを試みた痕跡が見止められているそうだ。流石にアクセスの出所は不明。それらを短絡的に米国政府の仕業とは断定できないが、もちろん痕跡はたどらせている。本来こういうのこそ、俺たちの本領だからな」

 

 少し困ったように言う弦十郎の言葉を聞きながら響はふと気付いたように口を開く。

 

「もし、誰かがここを狙ってノイズをけしかけているとして、その誰かがグリードと繋がっている…なんてことは……ないですよね?あはははは~……」

 

「ほう?」

 

 言いながら響は自分の言葉をあり得ないと苦笑いを浮かべる。しかし、それに対して弦十郎は目を細め興味深そうに訊く。

 

「どうしてそう思ったんだい?」

 

「いや~……その……」

 

 弦十郎に促され響は自信のない自分の考えを上手く言葉にしようと考え

 

「この間、鴻上会長さんに聞いた話でヤミーがよくノイズ出現現場に現れるって。でも出現場所もタイミングもわからない現場にそんなタイミングよくグリードが現れるのかなって思って……」

 

「なるほど……」

 

「ごめんなさい、見当違いですよね?」

 

「響君……」

 

「すみません、変なこと言って。忘れてください」

 

 響は苦笑いのまま言う。が――

 

「すごいな。鋭い着眼点だ」

 

「………へ?」

 

 感心した様子の弦十郎に響は困惑する。

 

「君の言う通りだ。俺たちもその可能性を考えた」

 

 言いながら弦十郎はディスプレイを見る様に促す。ディスプレイにはピンボケして鮮明には見ることのできない四つの画像が表示される。鮮明には見えないがその画像にはそれぞれ異形な何かが映っている。

 

「この四体が現在我々が確認しているグリードたちだ」

 

「これが……」

 

 ピンボケしてよく見えない四枚の画像を見つめる響。

 

「こいつらは二年前のあのライブ会場で翼が初めて確認した、それ以来こいつらの姿は各所で確認できた。残念ながら写真や映像で記録できた中では一番鮮明なのがこれだがな」

 

「一番多く確認できた場はオーズのそば。800年前と同じく彼らは対立しているのは変わりないようね」

 

 弦十郎の言葉を引き継いで了子が説明を続ける。

 

「このグリードたちはそれぞれ猫系、昆虫系、水棲系、重量系。生み出されるヤミーもそれに準じた属性のものが確認されているわ」

 

「属性?」

 

 了子の言葉に響は首を傾げる。

 

「……一月前に私と君の前に現れたトラヤミーが猫系、二年前のライブ会場に現れたのがカマキリヤミーで昆虫系だ」

 

「あ、あぁ……なるほど……」

 

 翼の言葉に響は納得したように頷く。

 

「今翼が言ったようにヤミーにはそれぞれのグリードに準じた姿をしている。そして、ヤミーはここ最近日本各地に加え、時には世界で確認されている。最近この付近でよく活動しているのは比較的に猫系が多く見られるな」

 

 弦十郎は翼の言葉に頷きながら言う。

 

「オーズの使うメダルもグリードのコアメダルなため、オーズもそれぞれの属性に準じた力を使う」

 

「なるほど……」

 

 弦十郎の言葉に頷き、そこでん?と記憶を呼び起こすように首を傾げ

 

「あの……オーズの力の属性って胸のマークのあれですよな?」

 

「そうだな」

 

「私が前に会ったオーズの胸には上からタカ・トラ・バッタだったと思うんですけど、トラは猫系、バッタは昆虫系の力だったとして、じゃあ――タカは何系になるんですか?」

 

「…………」

 

 弦十郎は頷き

 

「オーズの使う力、あのタカの力だが、あれは――鳥系になる」

 

「鳥系?でもさっきの四つの中に鳥系はいませんでしたけど……」

 

「ああ」

 

 響の言葉に弦十郎は頷く。

 

「我々が確認しているグリードは先に述べた四体のみ。鳥系のグリードもヤミーも二年前の復活から今日まで確認されていない」

 

「鴻上会長からもたらされてる情報によれば、800年前に生まれたグリードの中に私たちの確認した四体のグリードの他にもう一体、鳥系のグリードがいたと言う情報は残っている。他の四体同様に封印もされているわ」

 

「それじゃあ、どうして……?」

 

「考えられる可能性は三つ」

 

 響の疑問に了子が頷きながら右手の人差し指を立てる。

 

「一つは何らかの理由で封印が解かれていない」

 

「そうなると何故他四体と違って鳥系のグリードだけ復活しなかったかという疑問が出てくる」

 

「そして二つ目の可能性、復活はしたけど復活直後にオーズによって打倒された」

 

「だが、これまでにオーズとグリードの戦いは何度となく確認された。そのどれもがオーズは苦戦しているようだった。ヤミーとは比較にならないほどの力を持つグリードを果たして倒すことができるのか」

 

「そして三つ目の可能性だけど……」

 

 言いながら了子は三本目の指を立て

 

「――復活はしているが、何らかの理由で姿を隠している」

 

 了子の言葉を引き継いで翼が言う。

 

「もし仮にそうなのだとしたら、鳥系のグリードの目的はなんなのか?何を思って姿を隠すのか?」

 

 弦十郎は翼の言葉に頷きながら言う。

 

「……とまあ、どの可能性にも疑問は尽きない。結論としては、鳥系グリードもオーズがその力を使える理由も、我々はわかっていないということだ」

 

「はぁ…なるほど……」

 

 弦十郎の言葉に響は頷く。と――

 

「風鳴司令」

 

「おっと、そうか。そろそろか」

 

 少し離れたっところで控えるように立っていたスーツの男――緒川慎次が歩み寄りながら声をかける。

 

「今晩はこれからアルバムの打ち合わせが入っています」

 

「へ?」

 

 翼を見ながら言う緒川の言葉に響は首を傾げる。

 

「表の顔では、アーティスト風鳴翼のマネージャーをやってます」

 

 黒縁の眼鏡を掛けながら言った緒川は懐から名刺を取り出し響へとにこやかに差し出す。そこには『小滝興産 株式会社 興行部 マネージメント課 マネージャー 緒川慎次』の文字が。

 

「ふおぉ~!名刺貰うなんて初めてです!これはまた結構なモノをどうも!」

 

 これまでの人生で起こることの無かった『名刺をもらう』という出来事に興奮した様子で響は嬉しそうにその名刺を受け取って名刺と緒川の顔を交互に見る。

 そんな響に見向きもせずに歩き出した翼。そんな翼とともに響達へ会釈した緒川は指令室を後にするのだった。

 

「私たちを取り囲む脅威はノイズやグリードだけじゃないんですね」

 

「うむ……」

 

 そんな二人を見送りながら弦十郎へ響はしみじみと言い、それに弦十郎も頷く。

 

「どこかの誰かがここを狙っているだなんて、あんまり考えたくありません」

 

「大丈夫よ」

 

 心配そうな響とは対照的に了子はにこやかに言う。

 

「なんてったってここは、テレビや雑誌で有名な天才考古学者、櫻井了子が設計した人類守護の砦よ?先端にして異端のテクノロジーが悪い奴らなんか寄せ付けないんだから♪」

 

「よろしくお願いします」

 

 そんな自信満々な了子の様子に響も少し安心したように頷き、了子も満面の笑みで頷くのだった。

 

「でも……」

 

 それでも不安が消えない様子で俯きながら響は呟く様に疑問を口にする。

 

「どうして私たちはノイズだけでなく、人間同士でも争っちゃうんだろう」

 

『……………』

 

「どうして世界から争いが無くならないんでしょうね?」

 

 響の、純真な、悪く言えば青臭い疑問にその場の全員が押し黙る。

 

「それはきっと……」

 

 そんな中、すっと響のそばにより、響の耳元に唇を寄せた了子は

 

「人類が呪われているからじゃないかしら?」

 

 そう言ってハムッと響の耳を唇で甘噛みする。

 

「ひぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 耳に感じた感覚に思わず飛び退きながら甲高い悲鳴を上げる響を見ながら了子は楽しそうに笑う。

 

「あぁら、オボコいわね~♡誰かのモノになる前に私のモノにしちゃいたいかも♡」

 

 そう言ってペロッと舌なめずりをしながら妖艶な笑みを浮かべる了子に響は羞恥で頬を染め、友里と藤尭は苦笑いを浮かべ

 

「了子君……」

 

「あぁら、ごめんなさぁい。冗談よ♪」

 

 ため息をつきながらやれやれと言った様子で頭を抱える弦十郎の様子に了子は元の人懐っこい笑みに戻って笑うのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「えっと…これと、これと……」

 

 某所のコンビニにて、一人の男が両手に買い物籠を抱え、陳列された商品を見ながらあれこれとその籠に入れていく。

 その二つの籠にはおにぎりやお弁当などの食料品がいっぱいに入っている。

 よく言えばふくよか、悪く言えば肥満と言える体系のその男はいっぱいになった二つの買い物かごを抱えてレジへと向かう。

 

「いらっしゃいませ~、失礼しま~す」

 

 男がレジへと運んだ籠を受け取った店員は一つ一つバーコードを読み込んでいく。

 その様子を楽し気に見ながら視線をレジ横のホットスナックの棚に向け

 

「これも、二つで♪」

 

 と、満面の笑みでフライドチキンを指さしながら店員へと言う。

 男の注文を聞き、フライドチキンを二つ包み、他の商品と一緒にレジ袋に詰めていく。その数は全部で四つ、それら袋のどれもがパンパンになっていた。

 そのまま会計を済ませた男はルンルン気分で足取り軽く歩き、近くの公園へとやって来た。

 

「よし」

 

 その公園の噴水の前のベンチに座った男は袋からハンバーグ弁当を取り出し

 

「いただきま~す!」

 

 嬉しそうに手を合わせて言い、弁当を開けて食べ始める。

 

「ん~!うまい!」

 

 男は嬉しそうに笑いながら食べ進める。ハンバーグ弁当を食べ終えると次は唐揚げ弁当、その次はおにぎり、フライドチキン、と、どんどん袋に手を伸ばし、うまいうまいと食べ進める男の周りには食べ終えた食料品の空の容器が山と積まれていく。

 

「ん~!最高~!ハハッ!」

 

 男は新たに取り出した生姜焼き弁当に箸を伸ばしながら満面の笑みで言いながらさらに箸を進める。と――

 

 チャリン

 

 どこからか、まるで金属同士をこすり合わせたような音が聞こえた。それは丁度、コインとコインがぶつかり合うような甲高い音で

 

「へぇ~、美味しそうだね」

 

「ん?」

 

 太った男が顔を上げると、目の前に知らない男が立っていた。

 それは若い男で、太った男とは対照的にすらりとした優男と言った雰囲気。黄色と黒のチェックのジャケットにダボっとしたジーンズ、アッシュブロンドの髪と黒のメッシュのキャップを被っていた。

 

「なんだよ、悪いか?」

 

「悪くないさ。ただいい食べっぷりだと思ってね」

 

 突然見知らぬ優男に声を掛けられた太った男は訝しげな顔で言うが、優男はニヤニヤと肩を竦めながら答える。

 

「ほっといてくれ。俺の楽しみの邪魔をするんじゃないよ」

 

「まあまあ、そう言わず、褒めてるんだよ?」

 

 不機嫌そうに言う男に向かって優男はニヤニヤと笑ったまま言う。

 

「本当にいい食べっぷりだ。欲望に塗れた、ね?」

 

「はぁ?」

 

「フフッ」

 

 優男の言葉に怪訝そうな表情を浮かべた男。

 しかし、優男はその疑問の表情の男には答えず、ニヤリと楽しげに笑う。と、男の目の前で優男の体に変化が現れる。

 まるで大量のコインが覆うように銀色の小さな光が包み、男の目の前にいた優男の姿は一瞬にして変わる。

 それはまるでライオンのようなネコ科の動物を思わせる顔に、長いドレッドヘアー状に編みこまれた髪、鋭い爪を備えた両腕にトラの様な縞模様のボディを黒いパンクパッションで包んだ容姿。地肌を出しているような茶色い装飾の無い下半身に腰には黒一色のベルトのようなものを付けている。

 

「あぁ!?ああぁ!!」

 

 突如自分の目の前で起こった事に理解が追い付かず、ただただ目の前の異形の怪物に恐怖する。怪物はそんな男を見下ろしながらゆっくりと右手を伸ばす。その手には月明かりに輝く一枚の銀色のメダルが握られている。

 

「その欲望、解放しろ」

 

 そう言ってそのメダルを近づける怪物の言葉と同時に太った男の額にまるで自販機の小銭を投入するような投入口が現れる。

 

「ふんっ」

 

 怪物はそこに何の躊躇もなくその手のメダルを投げ込む。

 

「あぁぁぁぁ!!あぁ!!あぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 投げ入れられた男がガクガクと震えながら絶叫し始める。

 と、男の体からまるで包帯のような薄汚れた帯状のモノが溢れ出し男を包んでいく。

 そんな男に背中を向け大きく伸びをしながら怪物は両手を頭の後ろで組む。

 怪物の背後で体の節々を包帯のような何かで包まれた男が立ちあがり舌なめずりをする。ドロドロとした何かどす黒い物が渦巻いたその眼が怪しく光るのだった。

 



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008~流星と鎧と協力者~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!風鳴翼に認められず、戦力になりえていない自分の不甲斐なさに焦りを感じる立花響は友との約束を胸に決意を新たにする。

2つ!二課の施設の最下層に保管された『デュランダル』、それに絡む様々な思惑を知り、響はここ最近のノイズ被害が人為的に引き起こされている可能性があることを知る、

そして3つ!オーズの力について聞いた響は、いまだ確認されていない第五のグリード、鳥のグリードの存在を知る。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――



「――ごめん……急な用事が入っちゃった。今晩の流れ星、一緒に見られないかも……」

 

 少女――立花響は電話口の親友へと言う。その声には何か強い感情を押し殺して、努めて普段通りの『立花響』で話そうとしている様子がうかがえた。

 電話の向こう側の親友――小日向未来はそんな響の様子の違いと楽しみにしていた約束とを思い、それ等を噛みしめ飲み込むように深呼吸し

 

『……また、大事な用なの?』

 

「うん……」

 

『わかった………なら仕方ないよ。部屋の鍵開けておくから、あまり遅くならないで』

 

「ありがとう……ごめんね」

 

 そのまま電話を切り、数秒ほど手の中の携帯を見つめる響。

 そのままキッと背後の地下鉄への入り口へと続く階段を睨みつける。そこには何十体と言うノイズがひしめいていた。

 

「――Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 響が力の籠った歌を口ずさんだ途端、彼女の体を光が包み機械的な鎧を身に纏う。

 そのまま構えた響は力強い歌を叫びながら駆け出し、階下へと跳びながらノイズを殴り、蹴り、向かってくるノイズを蹴散らす。響の攻撃を受けたノイズたちは次から次へと炭へと変わっていく。

 

『中に一回り大きな反応が見られる。まもなく翼も到着するから、それまで持ちこたえるんだ。くれぐれも無茶はするな』

 

「わかってます!」

 

 通信機の向こうから聞こえる弦十郎の言葉に大きく頷きながら答えた響は駅の中に駆け込みさらに待ち構えていたノイズたちを蹴散らす。と、響の正面に他のノイズとは異質な一体がいた。

 それはまるで体にブドウの実の様にたくさんのサッカーボール大のモノをくっつけたノイズだった。

 その異様な立ち姿から響はそいつが先ほど弦十郎の言っていた個体だろうとあたりを付ける。

 

「私は!私にできることをするだけです!」

 

 そう叫ぶと同時に響は改札を飛び越え群がるノイズを蹴散らしブドウノイズへと一直線に向かって行く。

 そんな響にブドウノイズは自身の身体のそれを飛ばす。と、それが地面を跳ねて爆発する。

 

「っ!」

 

 爆発で落ちて来たがれきの下敷きになる響。そのままブドウノイズは一目散に逃げていく。

 

「……見たかった」

 

 と、瓦礫の下から声がする。途端に瓦礫が爆ぜるように飛び、舞い上がる土煙から響が飛び出す。

 

「流れ星見たかったぁぁぁぁ!!」

 

 そのまま周りを取り囲んでいたノイズを蹴散らす。

 

「未来と一緒に!見たかったぁぁぁぁ!!」

 

 その様子はまるで親友との果たせなかった約束の、その言いようのない感情をぶつけるような荒々しい様子だった。

 

「うおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 雄叫びを上げブドウノイズを追う響。

 ブドウノイズは先ほど飛ばした実を再生させていたが響が近づいてくるのを感じ再び駆け出す。

 そんなノイズを追う響は

 

「あんたたちが……」

 

 俯き握りこんだ拳を壁に叩きつける。と、その壁がひび割れ粉砕される。

 

「誰かの約束を犯し!」

 

 逃げるノイズはそんな響に向けて身体の実を落として行く。その実の一つひとつがノイズへと姿を変える。

 

「嘘のない言葉を……争いのない世界を……なんでもない日常を……!」

 

 響がつぶやく。と、そんな響にノイズが飛びかかる。それを響は払いのける様に叩き炭へと変える。

 

「剥奪すると!言うのなら!!」

 

 そこからは戦いではなく、ただの破壊だった。

 怒りに満ちたその瞳でノイズへと向かって行き、殴り、蹴り砕き、引き裂き、馬乗りになって引き千切り、踏み付け、まるで獣の様に暴れまわる響。

 そんな響に追撃として飛んでくるブドウノイズの実が爆発する。

 咄嗟に顔の前で腕を交差して防いだ響は、その爆発のおかげか幾分か落ち着きを取り戻したようで

 

「っ!待ちなさい!」

 

 逃げるノイズを追いかけて線路へと飛び込む。

 が、ブドウノイズは今度は天井へと実を投げつける。その爆発で振ってきた瓦礫に響が怯んだすきにブドウノイズは地上へと空いた穴から逃げていく。

 それを悔し気に睨んだ響だったが――

 

「流れ…星……?」

 

 夜空に流れる一筋の光が目に留まる。

 その光は流れ落ちながら青い光を放ち、斬撃を放つ。

 その斬撃は逃げていたノイズを一太刀のうちに切り裂き炭へと変え、直後に爆発する。

 地上へと出た響が都内の自然公園の真ん中のそこで見上げる先で夜空から先ほどの斬撃を放った流れ星――翼が降り立つ。

 翼の元へ駆け寄った響は

 

「……………」

 

 少しの逡巡の後

 

「私だって、守りたいものがあるんです!」

 

 その胸のうちの思いを言葉にする。

 

「だから!」

 

「……………」

 

 しかし、そんな響には一切視線を向けない翼。その顔はまるで一切の興味もない、無感情な表情。そのまま翼はその手の大剣状にしたアームドギアを構える。

 

「っ!」

 

 自分へ一切視線を向けぬまま、しかし、痛いほど感じる翼の拒絶に響はたじろぎ息を飲む。

 そのままどちらも言葉を発さぬまま冷ややかな雰囲気がその場を満たす。

 それを一変させたのは

 

「だからぁ?で、どうすんだよぉ!?」

 

 茶化すように響き渡った第三者の声だった。

 

「っ!?」

 

「へ?は?」

 

 緊張の面持ちで声の聞こえた方へ視線を向ける翼と、突然のことに呆けた表情で同じく声の方に視線を向ける響。

 二人の視線の先、並び立つ木々の中からその人物は現れた。

 

「っ!」

 

 月明かりによって照らされたその人物の姿に翼は息を飲む。

 その人物は恐らく女性。身長や先ほどの声の様子から、少女と言うべき年齢だろうその人物はその身に白銀の鎧を身に纏い、肩から伸びるピンクの刺々しい装飾、顔はバイザーで隠れていてわからない。

 

「『ネフシュタンの…鎧』……!?」

 

「へぇ?てことはアンタ、この鎧の出自を知ってんだ?」

 

 翼の言葉に鎧の少女は感心したように言う。

 

「忘れるものか……」

 

 そんな少女へ翼は冷たく口を開く。

 

「二年前、私の不始末で奪われたものを忘れるものか。なにより!私の不手際で奪われた命を忘れるものか!」

 

 翼は剣を構える。

 鎧の少女もそれに応戦するように口元に笑みを浮かべながら身構える。その右手には変わった形の杖のようなものが握られている。

 数秒睨み合う二人、そんな中――

 

「やめてください翼さん!」

 

 翼にしがみ付き止めに入る響。

 

「相手は同じ人間です!」

 

「「戦場で何を馬鹿なことを!!」」

 

 そんな響の言葉に翼と鎧の少女が同時に叫ぶ。そして同時に声の揃ったことに驚き顔を見合わせ、互いにフッと笑みを浮かべる。

 

「むしろ、あなたと気が合いそうね」

 

「だったら仲良くじゃれ合う――かい!?」

 

 翼の言葉に鎧の少女が答えながら肩の装飾から伸びるピンクのそれを鞭のように振るう。

 

「っ!」

 

 響を突き飛ばしながらその攻撃を避けた翼はそのまま鎧の少女へと『蒼ノ一閃』を放つ。しかしその攻撃を少女は鞭の一振りで弾く。弾かれた斬撃は離れたところで爆ぜる。

 そのことに一瞬驚きの顔をしたものの、そのまま翼は少女へと切りかかる。しかし、その度の攻撃も少女は難なく避け、鞭で受け止める。余裕の少女に対し、翼の表情は困惑と焦りが見え始める。と――

 

「がっ!?」

 

 守り続けていた少女が突如蹴りを放ち、それをお腹に受けた翼は大きく弾かれる。

 聖遺物の一部のみで戦う自分と完全聖遺物での少女との力の差に歯噛みする翼。

 

「『ネフシュタン』の力だと思わないでくれよなぁ?あたしの天辺はまだまだこんなもんじゃねぇぞぉ!」

 

 なんとか踏ん張った翼だったが攻撃に転じた少女の振るう自在に伸びる鞭の攻撃に翻弄され、逃げるばかりだ。

 

「翼さん!」

 

 翼の劣勢に響は叫ぶ。

 彼女の視線の先に余裕の笑みを浮かべる少女は

 

「お呼びではねぇんだよ!こいつらの相手でもしてな!」

 

 と、持っていた杖から光を弾丸のよう放つ。その光が地面に着弾すると同時にその光の中から四体のノイズが姿を現す。

 

「っ!?ノイズが、操られてる!?」

 

 困惑する響の目の前で鳥のような嘴を持った見上げるような体長のそのノイズたちは体のわりに短い脚を動かし響を追う。

 と、その嘴から響に向けて粘性の液体をぶちまける。

 

「うわぁ!?わぁっ!?そんな!?嘘!?」

 

 身動き取れず顔を顰める響。響へと歩み寄ろうとした少女だったが

 

「その子にかまけて私を忘れたか!?」

 

 少女へと冗談からの一太刀を浴びせる翼。それを少女はなんなく受け止める。が――

 

「っ!」

 

 上に気を取られた少女は翼の足払いに体勢を崩される。

 そのまま放たれた斬撃を寸でのところで躱した少女。そんな少女に翼は回し蹴りを放つ。が――

 

「お高くとまってんな!」

 

 その蹴りを腕で受け止め、そのまま翼を地面に叩きつけ投げる少女。

 地面を転げた翼を少女が足で踏み付ける。翼の顔を踏み付けながら少女は口元に笑みを浮かべる。

 

「のぼせあがるな人気者!誰も彼もがお前に構ってくれるなどと思ってんじゃねぇ!」

 

「くっ!」

 

「この場の主役と勘違いしてるなら教えてやる。狙いははっなからこいつを掻っ攫うことだ」

 

 少女はニヤニヤと笑いながら響を指さして言う。

 

「え……?」

 

 突然のことに意味が分からず困惑する響。

 

「鎧も仲間も、あんたには過ぎてんじゃねぇのか!?」

 

「繰り返すものかと、私は誓った!」

 

 少女の言葉に踏まれながらなお強い視線で睨みつけた翼は剣を天へ掲げる。と、それに呼応するように雨のごとく剣が降り注ぐ。

 それらの剣――『千ノ落涙』を飛び退いて避けた少女に翼は再び切りかかる。が、少女は難なくそれらの攻撃を受け流し逆に翼を追い詰めていく。

 鎧の力に振るわれているのではなく、純粋にその力をものにしている少女の能力に翼が内心で歯噛みする。

 

「ここでふんわり考え事たぁどしがてぇ!?」

 

 少女の振るう鞭を寸でのところで避けて距離を取る翼。そんな翼に少女は杖から先ほどと同じく光弾を放つ。

 それらの光からノイズが溢れ出し翼を襲う。それらのノイズを蹴散らしそのまま少女へ攻撃を放つが少女はやはり余裕で受け流す。

 

「っ!」

 

 翼は小型のナイフ状の小刀を投げつけるが

 

「ちょっせぇ!」

 

 それを弾き上空へと跳び上がった少女は振るった鞭の先に輝く光弾を発生させる。人の丈ほどの球状のその攻撃を翼は剣で受け止める。が――

 

「ぐっ!?」

 

 受けきれず大爆発を起こす。

 爆発に弾かれ地面に倒れ伏す翼を見下ろし笑みを浮かべる。

 

「フンッ!まるで出来損ない!」

 

「……確かに、私は出来損ないだ……」

 

「あぁ?」

 

 少女の嘲るような言葉に翼は呟く様に言う。

 

「この身を一振りの剣と鍛えてきたはずなのに……あの日、無様に生き残ってしまった……!出来損ないの剣として、恥を曝して来た……!だが、それも今日までのこと!」

 

 言いながら翼は剣を杖の様にして体を支えながらフラフラと立ち上がる。

 

「奪われた『ネフシュタン』を回収することでこの身の汚名を晴らさせてもらう!」

 

「……そぉかい。脱がせるものなら脱がして――何っ!?」

 

 これまで余裕の表情を浮かべていた少女の顔に初めて困惑が浮かんだ。

 少女が慌てて振り返ると自身の陰に先ほど弾いた小刀の一本が突き刺さっていた。

 それのせいか、少女は上手く身動きが取れない。

 

「くっ!こんなものであたしの動きを――ッ!まさか…おまえっ!?」

 

 翼へ向き直る少女だったが、翼の顔を見てある可能性に気付く。

 

「月が覗いているうちに、決着を付けましょう……」

 

「歌うのか?絶唱を!?」

 

 翼の言葉に少女の顔に焦りの色が浮かぶ。

 

「翼さん!」

 

「防人の生き様!覚悟を見せてあげる!」

 

 言いながら響へ翼は剣を向ける。

 

「あなたの胸に焼き付けなさい!」

 

「やらせるかよ!好きに!勝手に!」

 

 なんとか抜け出そうともがく少女だったが、そんな彼女を尻目に翼はその剣を天へ掲げ、大きく息を吸いこみ――

 

「まったく、遊びがすぎたんじゃない?」

 

「っ!?――がぁっ!?」

 

 突如聞こえた声と同時に翼は背中から受けた攻撃で弾かれる。

 地面に転がり地に伏せながら顔を上げると、翼の視界に、先ほど自分のいた場所に立つ一体の異形が目に入る。

 それはブヨブヨと脂肪を蓄えた青色と黄色の体毛の大きな猫のような姿をした巨漢のヤミーだった。

 

「てめぇ!来るのがおせぇんだよ!」

 

 そんな猫ヤミーに鎧の少女が叫ぶ。と――

 

「あれ?てっきり君は僕らの助けなんていらないんだと思ってたけど?」

 

 猫ヤミーの背後からゆっくりとそれは姿を現した。

 それはまるでライオンのようなネコ科の動物を思わせる顔に、長いドレッドヘアー状に編みこまれた髪、鋭い爪を備えた両腕にトラの様な縞模様のボディを黒いパンクパッションで包んだ容姿。地肌を出しているような茶色い装飾の無い下半身に腰には黒一色のベルトのようなものを付けている。

 猫ヤミーの背後から現れたそいつは猫ヤミーにもたれる様に立つ。

 

「チッ!相変わらずいけすかねぇ言い方仕上がって――カザリ!!」

 

「まあまあ、そう言わないで仲良くやろうよ。一応は協力してるんだからさ」

 

 舌打ちしながら言う少女にカザリと呼ばれた異形は肩を竦めながら近づき、その陰に突き刺さっていた小刀を抜く。

 

「っ!」

 

 自由に動けるようになった少女を尻目にそれをジロジロと見た後カザリは興味を失ったようにポイッと投げ捨てる。

 

「あ、あれは、あの写真の……!」

 

 そんなカザリの姿に響は驚きの表情を浮かべる。その姿はピンボケではあったものの数日前のミーティングで見たグリードの一体に他ならなかった。

 

「グリードと協力関係だと……」

 

 翼も驚きの表情で見ている。

 

「で?テメェ遅れたってことはそれだけちゃんと仕事してきたんだろうな?」

 

「もちろん。そろそろ来る頃だと思うけど――っと、来たみたいだね」

 

「来たって……?」

 

「――っ!」

 

 少女とカザリの言葉の意味が分からず困惑する響。しかし翼は何かを感じて視線を向ける。

 翼の視線の向けた先、並び立つ木々の間を縫うように何かが高速で駆けてくる。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 走ってやって来るそれは叫び声を上げながらやって来て

 

「セイッ!」

 

 猫ヤミーに蹴りを食らわせくるりと空中で宙返りをして降り立つ。

 突然乱入してきたその人物

 

「お、オーズさん!」

 

 響がその名を呼ぶ。

 その人物は確かにオーズだった。しかし、その姿は響の知っているものと微妙に違った。

 頭は顔部分にタカが翼を広げたような意匠、腕に畳まれたトラのような鋭い爪を持っているのは今まで通り、しかし、その足だけは違った。これまで見たどのときもオーズは緑色のバッタのような模様の足だった。しかし、今のそれは黄色い、まるでチーターのような丸い模様が浮かんでいた。

 

「来た来た。待ってたよオーズ」

 

「カザリ!?なんで――!?」

 

「決まってるだろう?僕のメダルを取り戻すためさ!」

 

 思わぬ人物の存在に驚くオーズにカザリはその鋭利な爪を向けて振るう。

 

「っ!」

 

「逃がさないよ!」

 

 攻撃を避けるオーズだったがさらにカザリは追撃を加える。

 

「くっ……グリードとヤミーに加え、オーズまで……!」

 

 そんな中、翼は猫ヤミーから受けたダメージの残る身体に鞭を撃って立ち上がる。

 

「例え……例え攻撃が通じなくても!!」

 

 剣を構え猫ヤミーに斬りかかる。が――

 

「なっ!?」

 

 猫ヤミーに斬りつけた翼の剣は弾かれた。シンフォギアの力ではヤミーに通用しない。それはわかっていた。しかし、今の攻撃の弾かれ方はこれまでと違った。猫ヤミーの身体に蓄えられた脂肪がまるでゴムのようにブヨブヨとし、刃を一切通さないだけでなくボヨンと弾いてしまう。

 

「通らないならさらに切り込むまで!」

 

 身構えた翼は剣を振りかぶり

 

「っ!ダメだ!待って!」

 

 オーズが叫ぶが間に合わず、翼の剣から放たれた斬撃が猫ヤミーの肉体の脂肪を一瞬押しのける。と――

 

「たす…けて……」

 

 その隙間から一瞬見知らぬ男の顔が見えた。その眼が翼と響を捕らえる。しかし、すぐに分厚い脂肪に埋もれる。

 

「っ!?」

 

「い、今の……!」

 

 困惑する二人に

 

「カザリのヤミーは厄介なんだ!ときどき宿主にそのまま憑りついてることがあるんだ!」

 

「だ、だがこの間のトラの時は――」

 

「あの時は宿主から抜け出てくれただけ!」

 

「じゃ、じゃああのヤミーを倒すには……」

 

「あの宿主を切り離さないと宿主になってる人が危険だ!」

 

 響の言葉にオーズが答える。が――

 

「グハッ!」

 

 カザリの振るった腕がオーズの胸を斬る。

 

「僕の相手しながらおしゃべりなんて、随分余裕かましてるね」

 

 左手で自身の眉のあたりを掻くような仕草をしながら言うカザリ。そんなカザリに

 

「カザリ!宿主が腹ん中に残ってるなんて聞いてねぇぞ!」

 

「あれ?言ってなかった?」

 

 鎧の少女が叫ぶが、悪びれた様子もなくカザリが肩を竦める。

 

「ま、あれならオーズもあのシンフォギアの子たちもおいそれと攻撃できないからね」

 

「チッ……」

 

 カザリの言葉に少女は舌打ちする。

 

「さ、オーズ。僕のメダル、返してもらうよ」

 

 カザリは言いながら両手の爪を研ぐように併せながらオーズへと歩み寄っていき

 

「っ!」

 

 カザリが何かを感じて後ろに飛び退く。カザリの一瞬前にいた場所を『蒼ノ一閃』が切り裂く。

 

「オーズ!」

 

「っ!」

 

 斬撃を放った翼がオーズに駆け寄りカザリを警戒して身体を向けたまま言う。

 

「お前ならあの宿主を引き抜けるか!?」

 

「っ!ああ!やって見せる!」

 

 オーズの言葉に少し考え悔し気に唇を噛んだ翼は

 

「貴様に頼るのは癪だ。だが今はこれしかない。あのグリードは私が食い止める!貴様はあのヤミーをやれ!」

 

「でも君はその傷で!それにグリードはヤミーとは比べ物にならない力を――」

 

「いいからやれ!防人の力を舐めるな!はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 オーズのとめる言葉を遮って叫ぶと翼はカザリへと向かって行く。

 

「っ!ちょっとだけ持ちこたえててくれ!」

 

 そんな翼の背にオーズは叫ぶと猫ヤミーに向き直り駆け出す。

 

「させるかよ!」

 

 そんなオーズに鎧の少女の鞭が振るわれるがそれを目にもとまらぬ速さで駆けるオーズはジグザグに走りそのすべてを躱し

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 猫ヤミーへと飛びかかりその肩を掴むとそのまま分厚い脂肪の乗ったお腹の上で足を動かす。

 猫ヤミーのお腹の上で目にもとまらぬ速さで足を回転させるオーズ。そのあまりの速さにオーズの足が六本にも八本にも増えたように見える。

 

「このっ……っ!」

 

 そのオーズに鞭を振るおうと構え、しかし、何かを躊躇う様に手を止める。

 そのすきにさらに足を加速させるオーズ。

 オーズの走りによって猫ヤミーの溜め込む脂肪が、そのさらに内のセルメダルを押しのけてそのさらに奥へと向かって行く。

 オーズが足を動かすたびに貯めこまれたセルメダルが押しのけられ、その奥から宿主らしい太った男の姿が見えてくる。

 

「た、助けて!苦しい!お願い!」

 

「っ!手を!手を伸ばして!」

 

 泣きそうな顔で言う男にオーズは手を伸ばす。

 表情のないオーズの顔にどこか必死な感情が見える。

 動かす足を止めることなく、むしろより加速させながら伸ばしたオーズの手についに男の手が届く。

 

「よしっ!掴んだっ!」

 

 そのまま男の手をしっかりと掴んだオーズはそのまま引っこ抜く。

 引っこ抜かれた宿主の男は地面を転がる。それを見ながらオーズは飛び退きそのまま猫ヤミーを蹴り飛ばす。

 

「風鳴さんお待たせ!宿主の切り離しに成功――」

 

「あぁ、もう切り離しちゃったんだ。思ったより早かったね」

 

 喜び向けたオーズの視線の先で地面に倒れる翼の背を踏み付けたカザリが顔を上げた。

 

「風鳴さ――」

 

「おっと、動くとうっかり力が入っちゃいそうだ。こんな風に……」

 

「がぁっ!」

 

「翼さん!」

 

「っ!やめろ!」

 

 グッと踏み込むように力を込めたカザリの足元で翼が苦痛の声を上げる。

 叫びながらオーズは悔し気に足を止める。

 

「そうそう。それでいいんだよ」

 

 楽し気に肩を竦めながら言ったカザリは「さて――」と気を取り直したように言うとあたりを見渡し

 

「オーズ、君がいるってことは、いるんだろう、あいつも?」

 

「あいつ……?」

 

「誰のことを言って……?」

 

「あぁ、そっか。君たちは知らないんだったね」

 

 困惑する響と翼にそうだったそうだったと頷きながらカザリが言う。

 

「いい機会だ。紹介するべきじゃないかな、ねぇ?オーズ?」

 

「っ!そ、それは――」

 

「そこだ」

 

 オーズの言葉を最後まで言わせず突如カザリが腕を振るう。

 カザリの爪からとんだ斬撃が少し離れた位置の木を薙倒す。と、もうもうと上がる土煙の向こうに人影が現れ

 

「相変わらずネチッこい性格してんなぁ、カザリ」

 

「ハハ、君に言われたくないよ、――アンク」

 

 その人影にカザリは親し気に話しかける。

 カザリにアンクと呼ばれたのはフードを被った人物だった。

 白に右腕の袖だけ赤いパーカーを着て夜にもかかわらず真っ黒な野球帽を目深に被りパーカーのフードまで被っており、フードの脇からは収まりきらないボリュームのある金髪が左右に流して出されている。体のボディーラインや声の様子から女性だと思われる。

 

「い、今の声……そんな……でも……!」

 

 そんなアンクの登場に翼は困惑の様子で食い入るように見ている。

 そんな翼を尻目にカザリは

 

「まあいいや。アンク、君の持ってる僕のメダルさっさと渡してもらえるかな?」

 

「はぁ?んなこと言われてはいそうですか、なんていう訳ねぇだろうが。馬鹿か?」

 

「もちろん思ってないさ。でも……」

 

「がぁっ!」

 

 グリッと翼を踏み付けるカザリの足元で翼が苦悶の声を上げる。

 

「アンクッ!」

 

「はっ!それがどうした?そいつが生きようが死のうが俺には何も関係ない」

 

「だろうね。君相手にこんな手が通じるとは思ってないよ……だから――!」

 

「がはっ!」

 

「っ!」

 

 言いながらカザリはまるでボールでも蹴るように翼の身体を蹴り上げる。

 その威力に蹴り飛ばされた翼は一直線に吹き飛ばされる。その方向はアンクと呼ばれた人物の方で――

 

「チッ!」

 

 咄嗟に飛んできた翼を受け止めてしまったアンク。急いで顔を上げると

 

「隙あり、だね?」

 

 眼前に迫り左腕を振り下ろすカザリ。

 

「このっ!」

 

 そのカザリの腕にアンクは自身の右腕を伸ばす。と、アンクの右腕が一瞬輝き――

 

「そ、その腕!」

 

 響がその光景に息を飲む。

 アンクと呼ばれた人物の腕が肘から先で変化したのだ。それは赤黒い腕。鳥の羽のようなものが生え、タカや何かのような鋭い爪のあるその手は、人間のものとは思えない。

 右腕を異形のそれに変えた人物は必至な様子でカザリの腕を受け止めていた。左腕には放すタイミングを逃したらしい翼が納まっている。ここまでの戦闘やカザリに受けたダメージで動けない翼はぐったりとしながらもいまだ意識はあるようだ。

 

「アンクッ!風鳴さん!」

 

 慌てて助けに入ろうとするオーズだったが

 

「行かせるかよ!」

 

 鞭を振るう鎧の少女と猫ヤミーに行く手を阻まれる。

 

「ほら、これで――!」

 

 そのまま空いていた右手を下から振りかぶり、すくい上げるように振るうカザリ。

 咄嗟に抱えていた翼を放り出し背後に飛び退いたアンクだったが、微かに避け切れなかったらしく、カザリの爪がアンクの被っていた帽子のツバを引き裂きフードごと押し上げる。

 地面を転がるようにカザリから距離を取ったアンクが並び立っていた木々の中から飛び出し、その姿が月の光に照らし出される。

 野球帽が宙を舞い、フードが外れたそこからふわりとボリュームのある金髪があふれ出る。顔の左側を編みこみあげているのに対し、右側にはメッシュの様に赤い束が見える。

 

「やってくれるじゃないか、カザリ」

 

 ゆっくりと顔を上げ、カザリを睨みつけるアンク。

 その顔に

 

「そ、そんな……」

 

 倒れ伏す翼は困惑で呆然とした表情を浮かべ

 

「かな…で……!?」

 

 アンクの顔、見忘れるはずもないその顔の人物の名を、ぽつりと呟いたのだった。

 



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009~顔とコンボと同行拒否~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!立花響はノイズ出現の影響で親友小日向未来との約束を果たすことができず、怒りと悲しみの中ノイズと戦う。そんな中翼と合流したところで謎の乱入者、『ネフシュタンの鎧』を身に纏った少女と遭遇。彼女はノイズを操る謎の力を持っていた。

2つ!鎧の少女の圧倒的な力の前にシンフォギア最大の『絶唱』で力で対抗しようとする風鳴翼だったが、さらに乱入してきた鎧の少女の協力者、グリードのカザリと彼のヤミーによって阻まれる。そこにヤミー討伐のためにオーズも現れた。

そして3つ!ヤミーを追い詰めるが、翼を人質にされ、抑止されるオーズ。そんな中、カザリによってオーズの協力者が暴き出される。その人物の顔は二年前に消息不明となった翼の相棒、天羽奏に瓜二つであった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――



「やってくれるじゃないか、カザリ」

 

 ゆっくりと顔を上げ、カザリを睨みつけるアンク。

 その顔は二年前に消息不明となった天羽奏その人だった。

 

「かな…で……!?」

 

 呆然と困惑しながら翼はその名をつぶやくが、それに対しアンクは答えない。むしろそんな翼の様子に面倒臭そうに眉を顰めている。

 アンクの浮かべるその表情は翼の知る奏とはかけ離れたものであり、その身に纏う雰囲気も全くの別人のようだった。しかし、別人と言うにはその顔はあまりにも天羽奏そのもの過ぎた。

 

「カザリ、テメェとことんねちっこいやり方しやがって」

 

「君がコソコソしてるからどうせろくなことはないと思ってね。邪魔させてもらったよ」

 

「ろくなことしねぇのはテメェもだろうが」

 

 肩を竦めるカザリにアンクはため息をつく。

 

「テメェのせいで予定が狂った。だから――」

 

 言いながらアンクは右腕を掲げる。その手には黄色のメダルが一枚握られていて

 

「っ!そのメダルは!」

 

「ああ、お察しの通りだ――おい、オーズ!」

 

「っ!」

 

 カザリの言葉に不敵に笑ったアンクはオーズに呼びかける。呼ばれたオーズは鎧の少女や猫ヤミーの攻撃をかいくぐりながらアンクを見る。

 

「メダル変えろ!これを使え!」

 

 そう言ってアンクは手に持っていたメダルを投げる。オーズはそれを高速で駆けてキャッチする。

 

「これっ!?」

 

「いいから使え!」

 

「っ!あぁ!わかった!」

 

 アンクの言葉に力強く頷いたオーズは傾けられていたオーズドライバーを戻し、一枚目の赤いメダルを抜き、そこに受け取った黄色のメダルを抑めオースキャナーを構えて読み取る。と――

 

≪ライオン!トラ!チーター! ラッタ!ラッター!ラトラーター!≫

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 オースキャナーが高らかに発すると同時にその身を変えていく。タカが翼を広げたような意匠の顔はまるでライオンのたてがみを思わせるものへと変わり、直後オーズが雄叫びを上げる。と、その身体がまるで太陽の様に黄金の輝きを発し、オーズを中心に熱波の衝撃波が広がる。

 

「がっ!?」

 

「ぐっ!」

 

 その衝撃波に鎧の少女とカザリが弾かれたように吹き飛ばされる。

 

「くっ!」

 

「っ!?」

 

 その衝撃波に翼も吹き飛ばされ、響を襲っていたノイズやその他の周りに蠢いていたノイズたちが一瞬で炭へと変わる。

 

「な、何あの姿!?」

 

「あ、あれは、まさか……!」

 

 その力に困惑する響に、ダメージに苦悶の表情を浮かべながら翼は呟く。

 

「く……へぇ、まさかここでコンボとはね!しかも、僕のメダルで!」

 

「てめぇには丁度いい仕返しだろ?オーズ!遠慮はいらねぇ!やっちまえ!」

 

「ああ!」

 

 ニッと笑ったアンクは叫ぶと、それにオーズは大きく頷く。

 

「行くぞ!はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 気合の声とともに駆け出すオーズ。そのスピードは先ほどまでよりも一層に速く、眼にもとまらぬ速さで駆け抜け

 

「セイッ!」

 

 その手に構えたトラクローで猫ヤミーを切り裂く。猫ヤミーの身体から大量のコインが散らばる。

 

「てめぇの好きにさせるか!」

 

 追撃を掛けようとしたオーズに鎧の少女が鞭を振るう。が――

 

「っ!」

 

 その鞭をオーズは掴み

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 掴んだそのまま鎧の少女を引き寄せ

 

「セイヤァッ!」

 

「がはっ!」

 

 ブンブンとそのまま振り回し、少女を投げ飛ばす。

 少女の身は苦悶の声を漏らしながら地面を転がる。

 

「僕のメダル、返してもらうよ!」

 

「っ!」

 

 と、その隙をつく様にカザリが飛びかかる。が、オーズはそれを両腕のトラクローで受け止め、逆にカザリを蹴り飛ばす。

 

「ぐっ!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 蹴り飛ばされたカザリは苦悶の声を漏らすが、オーズはさらに追撃を掛ける。

 オーズのトラクローとカザリの爪がぶつかり合う。どちらも強力で一進一退の攻防を繰り広げるが、微妙にオーズの方が優勢のようで少しずつオーズが押し始める。

 

「くっ!このっ!」

 

 焦ったカザリが大ぶりの一撃を放つがそれをオーズはその脚力で回避し両腕のトラクローで切り裂く。

 

「ぐっ!」

 

 オーズの一撃にカザリが地面を転がりながら倒れ伏す。その近くには猫ヤミーもいた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 カザリと猫ヤミーへとさらに追撃を仕掛けるオーズ。

 

「あたしを忘れんなぁ!」

 

「忘れてないよ!もちろんね!」

 

「っ!?」

 

 そんなオーズに鎧の少女は鞭を振るうが、オーズはそれを予測済み、むしろ待っていたとばかりに交わし、高速移動するその速度のままに反復横跳びの様に飛び退き方向転換し鎧の少女へと向かって行く。

 

「っ!」

 

 咄嗟に防御するために腕をクロスさせるが、オーズはその腕の上から殴る。その衝撃に鎧の少女は弾き飛ばされる。

 

「これで締めだ!」

 

 と、オーズはカザリと猫ヤミーに再び向き直り、オースキャナーを構え、再びオーズドライバーを読み込む。

 

≪スキャニングチャージ≫

 

 オースキャナーから高らかに音声が響き渡る。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 同時にオーズは駆け出す。オーズと、カザリと猫ヤミーとの間に三つの黄色の光輪が現れる。

 オーズはその脚力で全身から熱波を発しながら光輪へと向かって行く。

 一つ、また一つと光輪をくぐるたびにオーズの纏う熱波の勢いが増す。

 

「くっ!これはさすがにマズい!」

 

 目前へと迫るオーズにカザリはその脚力で跳び上がる。

 一瞬遅れてたどり着いたオーズは一瞬足を止め

 

「はぁぁぁぁぁっ!!セイヤァァァァァッ!!!!」

 

大きく広げたその両腕のトラクローで残っていた猫ヤミーをX字に切り裂く。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」

 

 切り裂かれた猫ヤミーは断末魔の声とともに大量のメダルとなって爆発する。

 

「チッ……僕のヤミーが……!」

 

 寸でのところで躱したカザリは舌打ちをする。

 

「で?どうする?まだやるか?」

 

 そんなカザリをあざ笑うようにオーズの隣へと歩み寄ってきたアンクは訊く。

 

「………これは分が悪そうだ、今日のところは退散させてもらおうかな」

 

「お、おい!勝手なこと言うな!」

 

 肩を竦めるカザリに鎧の少女が叫ぶ。

 

「てめぇはしっぽ巻いて逃げりゃいい!あたしはまだ負けてねぇ!」

 

「ふ~ん、ま、好きにしたらいいさ。でも――」

 

 肩を竦めながらそのまま頭の後ろで手を組んだカザリは

 

「ここで君が引かなかったら、あいつはどう思うかな?」

 

「っ!」

 

「あぁ?」

 

「あいつ?」

 

 そう言ったカザリの言葉に鎧の少女は息を飲み、アンクとオーズは怪訝そうな声を漏らす。

 

「………チッ、覚えてやがれオーズ!この借りは必ず熨斗付けて返してやるからな!」

 

「僕のメダル、預けるよ」

 

 二人の疑問に答えないまま言うと、カザリがその爪で斬撃を放つ。それによって舞い上がった土煙にオーズとアンクが顔を背ける。その間に土煙に紛れてカザリと鎧の少女は姿を消していた。

 

「逃げたか……まあいい。行くぞ」

 

「あ、ああ……」

 

「あぁ?どうした?」

 

 肩を竦めて言うアンクに対し何か引っかかった様子のオーズ。そんなオーズにアンクが怪訝そうに訊く。

 

「いや……なんて言うか、あの鎧の子、どこかで……」

 

「あぁ?なんだそりゃ?」

 

「うん、俺もよくわからないんだけど、どっかで会ったことがあったのかな?」

 

「知るか。んなことよりさっさとずらかる――」

 

「待って!」

 

 と、この場を去ろうとする二人に後ろから声がかかる。

 見ると、鎧の少女やカザリから受けたダメージの残る身体に鞭打って剣のアームドギアを杖の様にその身を支えて立ち上がった翼がいた。

 

「奏…なの……?」

 

「「……………」」

 

 翼が困惑した表情で、震える声で訊く言葉に、その仮面で表情のわからないオーズは、しかし、どこか物憂げに、対してアンクは面倒臭そうにため息をつき

 

「行くぞ」

 

「え?いやでも彼女早く治療しないと――」

 

「じゃあどうする?あの女助けてそのまま俺ともども二課のやつらに拘束されるか?」

 

「それは……」

 

「俺たちが助けなくても二課のやつらがどうせすぐに来る。グズグズしてると結局捕まるぞ」

 

「で、でも!」

 

 翼の言葉に答えず去って行こうとするアンクだったが、オーズは翼の様態が気になるようで食い下がる。

 

「くっ!」

 

 そんな中限界だったのか、翼は倒れ伏す。

 

「っ!」

 

「翼さん!」

 

 そんな翼に響は駆け寄る。

 

「翼さん!翼さん!!」

 

「かな…で……ガフッ!」

 

 倒れたままアンクとオーズに手を伸ばす翼の口から咳とともに血が溢れる。

 

「っ!」

 

「おい」

 

 オーズは一瞬翼に駆け寄りそうになるが、アンクがギロリと睨む。

 

「でも、アンク!」

 

「いいから行くぞ」

 

「でもこの子を見捨てることは俺には――」

 

 有無を言わせぬアンクの雰囲気に納得できない様子でオーズが食い下がる。と、そんな二組の間に一台の車が割って入る。

 

「無事か、翼!?」

 

 車の運転席から飛び出したのは弦十郎だった。遅れて助手席から了子が出てくる。

 

「叔父…様……」

 

 そんな乱入者に翼は息も絶え絶えの様子で言い

 

「っ!オーズ!それに君は――」

 

「奏ちゃん!?」

 

 反対側にいる人物に弦十郎と了子が驚愕の声を漏らす。

 

「チッ!てめぇがモタモタしてるせいで増援が来ちまったじゃねぇか!」

 

「あ、いや……その……」

 

 叫んでオーズの頭を右腕で叩くアンク。その腕は先程から同様に異形のままだ。

 

「君は、君たちは何者だ?いったい何が目的――」

 

「おい、俺たちばかりにかまけてていいのか?」

 

 口論する二人に訊く弦十郎だったが、そんな弦十郎に異形の右腕を向けてアンクが言う。

 

「その女、ほっとくと死ぬぞ?」

 

「っ!翼っ!」

 

 アンクの言葉に慌てて弦十郎は翼に駆け寄る。

 

「おら、行くぞ。あの女はもうあいつらに任せときゃ大丈夫だろうよ」

 

「あ、ああ……」

 

 それを尻目に踵を返すアンク。オーズもその言葉に頷きながら

 

「っ!」

 

 何か思うことがあったようで振り返り

 

「あ、あの!」

 

『っ!』

 

 オーズに声を掛けられたことに響、弦十郎、了子の三人が少し動揺する。

 

「あの……彼女のことお願いします!彼女、俺がヤミーと戦えるようにカザリ相手に時間稼ぎしてくれて、そのせいでこんな大怪我負って……!本当にすみません!」

 

「あ、ああ。それはもちろん全力を尽くすが……」

 

「ありがとうございます!それじゃあ!」

 

「ま、待て!君たちには聞きたいことが山ほどある!我々に同行を――」

 

「すみません、今はまだそれはできません。失礼します」

 

 お礼を言うオーズだったが、弦十郎の言葉を遮って同行することを拒否し、オーズはアンクを追って歩き始める。

 

「あ、オーズさん待って――」

 

 オーズを引き留めようと声を掛ける響だったが、オーズは振り返ることなくそのままアンクに追いつく。嫌そうな顔でその様子を見ていたものの何も言わないアンクをお姫様抱っこの体勢で抱え上げ、オーズは振り返ることなくそのまま去って行った。

 その後弦十郎たちによって手配された救護班がすぐさまやって来て、翼は急ぎ救急で運ばれていったのだった。その様子を響はただ見送ることしかできなかった。

 



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010~夢と思いと悩み事~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!天羽奏に瓜二つの協力者、アンクによってもたらされたメダルによってコンボの力を発揮するオーズ。その圧倒当的な力を発揮しカザリと猫ヤミー、鎧の少女を退けることに成功する。

2つ!現場に現れた弦十郎はオーズへの同行を申し出るも、それを拒否したオーズはアンクとともに去って行ってしまう。

そして3つ!鎧の少女、グリードのカザリとの戦闘によるダメージで傷ついた翼は限界を迎え、倒れ伏す。一連の出来事に何もできずただ見ているだけだった響は、自分の無力さを痛感するのだった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――




 落ちていく。

 どこまでも、どこまでも落ちていく。

 それを私は受け入れ、ただ身を任せて落ちていく。

 と、私の傍らを掠めて何かが舞い上がっていく。

 

「っ!」

 

 私はそれを知っている。

 慌てて私は目を開き見上げる。

 気付けば落下は止まり、私は浮いていた。

 私の目の前、少し先に懐かしい背中が浮かんでいた。

 ふんわりとした腰まであるボリュームのある赤毛。

 その人物がゆっくりと振り返る。

 その顔は悲しげな表情に曇っていた。

 

「片翼だけでも飛んで見せる!どこまでも飛んで見せる!」

 

 私はその人物――奏に向けて叫ぶ。

 しかし、奏は悲しげな表情のままだ。

 

「だから!笑ってよ奏!」

 

そう言って手を伸ばす私。しかし、先ほどまでの軽やかさはなく、まるで深い海の中にいる様に体の周りを目に見えない何かが包んでいる。

 

「やめとけ」

 

 と、どこからともなく声が聞こえる。

 

「奏!私はもう一度奏に笑ってほしい!」

 

 その声に答えず、ただただ目の前の奏に向けて手を伸ばし、もがく。

 

「だから、やめとけって言ってんだろ」

 

 再び聞こえた声とともに誰かが私の肩を掴む。

 

「っ!誰だ!?私の邪魔を――」

 

 唇を噛んだ私は邪魔をする誰かに叫びながら手を振り払って振り返り

 

「っ!?」

 

 息を飲んだ。そこにいたのは――

 

「誰か、だ?」

 

 私の問いに答えるように口を開いたその人物は――奏だった。

 しかし、私の知る奏とは違う。

 温かみを感じる赤毛は金髪に。いつも優しく向けられていた眼差しも、笑みも、私の知らない冷たく嘲るような笑みに。

 何よりも違うのは見せつける様に私に向けられるその異形の右腕だった。

 

「そんなもの、見りゃわかんだろ?」

 

 

 

 ○

 

 

 リディアン音楽学院の屋上でベンチに座りながら響は物思いに耽る。

 

「奏さんの代わりだなんて……」

 

 呟きながら思い出すのは昨夜のブリーフィングでのこと

 

 

 

 

「コンボ……ですか?」

 

「ああ」

 

 翼が病院に運ばれた後、施設に集まって行われたブリーフィングにて響は今回オーズが使った力について聞かされた。

 

「以前にも話した通り、グリードのコアメダルはそれぞれに三種類。そして、オーズが一度に使う力も三種類。バラバラのメダルではなく、同じ属性のメダルを使えば」

 

「これまでとは計り知れない力を発揮する、それがコンボよ」

 

 弦十郎と了子の説明に響は納得したように頷く。

 

「と言っても、これまで我々がオーズのコンボを目にする機会はなかった」

 

「オーズはこれまで、いくつかの力を発揮しているところは見ていたけど、私たちの前ではほとんどメダルを変えることは無かったの。てっきり力を変化させるには何か条件があるのかと思ってけど」

 

「恐らく、〝彼女〟がメダルを管理しているのだろう。これまで戦闘中にメダルの交換を行わなかったのは、頑なに〝彼女〟の存在を我々から隠していたためだったんだな」

 

 弦十郎の言う〝彼女〟が誰のことを指しているのか、その場の全員はすぐに理解する。

 

「奏ちゃんに瓜二つの謎の少女。以前から推測されていたオーズの協力者の存在、彼女こそがその人物なんでしょうね」

 

「何故奏と同じ顔なのか?何故オーズに協力しているのか?あの腕は一体何なのか?……彼女には謎が多すぎる。が、面が割れた以上、探しやすくはなった。彼女の存在からオーズへとたどり着けるかもしれん」

 

 疑問を一つずつ上げながら、弦十郎は言う。

 

「協力しているといえば――」

 

「グリードと協力関係にある謎の少女と、二年前に失われた『ネフシュタンの鎧』……」

 

 友里の言葉に頷きながら弦十郎が続ける。

 

「気になるのは彼女のねらいが響君だということだ」

 

「それが何を意味しているのかは全く不明」

 

「いや」

 

 了子の言葉に弦十郎が首をふる。

 

「個人を特定しているならば、我々『二課』の存在も知っているだろうな」

 

「内通者、ですね」

 

「なんでこんなことに……」

 

 藤尭と友里が呟くように言う。友里の言葉に答えられる者はおらず、少しの間が空く。

 そんな中最初に口を開いたのは

 

「私のせいです……」

 

 響だった。

 

「私が悪いんです。二年前も、今度のことも。私がいつまでも未熟だったから、翼さんが……」

 

 俯く膝の上で握った手を見つめる響。

 現在、この場に翼はいない。先の戦闘にて負ったダメージで、現在も翼は日本政府の息のかかった病院にて治療を受けている。

 あの戦闘で彼女はシンフォギア最大の力、『絶唱』を使おうとした。

 奏者への負荷を厭わず、シンフォギアの力を限界以上に打ち出す技、しかし、それは幸か不幸かグリードのカザリの介入によって未遂に終わった。

 しかし、代わりにそのカザリとの戦闘によるダメージで翼は今も意識を取り戻してはいない。

 一命はとりとめたものの、今もまだ予断を許さない状況のようだ。

 

「シンフォギアなんて強い力を持っていても、私自身が至らなかったから……」

 

 響の言葉にその場の誰もなんと声をかけていいかわからず、ただ黙って聞いていた。

 響はゆっくりと立ち上がり、大人たちに背を向ける。

 

「あのオーズの協力者、奏さんそっくりなあの人を見た時、翼さん泣いてました。翼さんは強いから戦い続けて来たんじゃありません。ずっと、泣きながらも、それを押し隠して戦ってきました。悔しい涙も、覚悟の涙も、誰よりも多く流しながら、強い剣で…あり続けるために……ずっとずっと…一人で……」

 

 言いながら、徐々に響の言葉は嗚咽まじりになっていく。肩を震わせる少女は顔を上げ、振り返る。

 

「私だって守りたいものがあるんです!だから――!!」

 

 

 

 

「悩み事?」

 

「っ!?」

 

 突如かけられた言葉に響は慌てて顔を向ける。

 そこにはツナギ姿の映治が立っていた。その手にはスコップやバケツなど様々な園芸道具があった。

 

「映治さん……」

 

「一人?仲良しの未来ちゃんは一緒じゃないの?」

 

「え、えっと……」

 

「最近一人でいることよく見かける気がするけど」

 

「そ、そんなことないですよ!私ひとりじゃな何もできませんから!その、この学校にだって未来が進学するから私も一緒にって決めたわけですし!」

 

「ふ~ん、そっか」

 

 響の言葉に頷きながら映治はベンチの後ろの花壇に植えられた植物にかがみこむ。

 屋上ではあるものの、縁の柵の周りにグルリと囲うように花壇になっている。そこには青々とした植物が植えられている。

 

「それで?本当は何かあったの?」

 

「え?」

 

「なんか響ちゃん、無理してる様に見えるからさ」

 

「……すごいですね」

 

「ま、これでも世界中いろいろ旅して、いろんな人に出会って、いろんなものを見て来たからね」

 

 響の言葉に映治は微笑みながら答える。

 

「その……今は一人で考えたい…です……これは、私が考えなきゃいけないことだから……」

 

「そっか」

 

 響の言葉に映治は頷き、深く追求することなく作業を始める。

 

「ただ、さ」

 

 目線は手元に向けながら、映治は呟くように口を開く。

 

「つらいとき、悲しいとき、自分ひとりじゃどうしようもないときは誰かを頼っていいんだよ?」

 

「映治さん……」

 

 振り返り、優しく微笑む映治の顔に何かを感じた響は少し逡巡し

 

「その……映治さんにもあったんですか?そういう経験が……」

 

「……………」

 

 響の問いに映治は少し考え

 

「……うん、あったよ」

 

 微笑みを浮かべたまま頷く。

 

「だから、今は充電期間かな」

 

 作業を続けながら映治は言う。

 

「充電期間?」

 

「うん。今は旅よりも大事なこともあるし、それが片付いたら、また……」

 

 少し上を見て呟いた映治はすぐにニッコリと微笑む。

 

「まあ、俺のことはともかくさ」

 

 言いながら映治は立ち上がる。

 

「響ちゃんも、誰かを頼ってごらん。どうしようもなくなる前にね」

 

「誰かって?映治さんとか?」

 

「ハハハ、俺でよければいくらでも力になるよ。それに、君には君のことを思ってる一番の親友がいるでしょ?」

 

 そう言って映治は響に向けていた視線を背後へ向ける。

 つられて響は映治の視線をたどって行き、屋上への出入り口に向ける。そこには――

 

「未来……」

 

 親友である未来が立っていた。

 

「……さてと、肥料持って来るの忘れちゃったし、取って来ようかな」

 

「え、映治さん?」

 

 困惑する響をよそに映治はすたすたと歩き去って行く。

 が、屋上へのドアをくぐったところで足を止め、ドアの陰に一瞬隠れる。

 そのまま少し様子をうかがうと、未来と響は何かを話しているようだった。

 その様子は朗らかで、先ほどまで悩んでいた響の顔に笑顔が浮かんでいる。

 

「……………」

 

 その様子に人知れず笑みを浮かべた映治はそのまま階段を下りて行くのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「ついに現状に変化が出たようだね」

 

 鴻上ファウンデーションの最上階に構える会長室で街を見下ろしながら鴻上は言う。

 

「二年前に行方をくらませた『ネフシュタンの鎧』を携えた謎の勢力の介入。加えてグリードのカザリとの協力関係……」

 

「なかなか厄介なことになりそうですね」

 

 鴻上の言葉に秘書の里中が言う。

 

「そうだね。下手をすればこれまでの勢力図が一変するかもしれない……」

 

 里中の言葉に頷きながら鴻上は振り返る。

 言葉とは裏腹に鴻上の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「だからこそ、そろそろ二課からの打診に答えるのも一興かもしれないね」

 

「打診、ですか?」

 

 鴻上の言葉に里中が首を傾げる。

 鴻上がその疑問に答えず、視線を足元に向ける。里中もそれにつられて床に視線を向ける。

 と、二人の足元の床がスライドし、収納の空間が現れる。ガラス張りのそこに入っているのは大量のセルメダルだった。

 

「セルメダルの追加ですか?」

 

「研究に使うそうだ。全部で5000枚。そして――」

 

 言いながら鴻上はポケットから白い手のひらに収まるほどの指輪でも収まっていそうな箱を取り出す。

 

「人類のため、研究のためのメダルは惜しむべきではない」

 

 言いながら箱のふたを開ける。

 そこには足元のセルメダルとは違う、フチを金で装飾された紅いメダルだった。メダルには孔雀が尾羽を広げたようで

 

「このメダルがこの現状を変える引き金となるだろうね」

 

 そう言って笑みを浮かべる。

 そんな光景を窓の外から見ているものがあった。

 それは赤いタカカンドロイドが抱える緑のバッタカンドロイドだった。

 



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011~焦りと監視と痛みの絆~

※作中に「〈〉」と表記している部分は英語です。作者は英語力が皆無なのでこのような表現でご了承ください。今後作中で外国語が出るときは同じ表現をしますので、それもまたご了承ください。
それでは気を取り直して――



戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!立花響は自分の無力さを知り、同時に風鳴翼の抱える覚悟と悲しみの深さを知り、自身の言葉を無責任だったと痛感、思い悩むのだった。

2つ!思い悩む響に火野映治は深く聞かず、しかし、アドバイスをする。そんな映治の言葉に響は推し量れない映治の心のうちの悲しみと後悔の一端を見るのだった。

そして3つ!鴻上ファウンデーションへとなされていた申し出に答え、鴻上は5000枚のセルメダルと、一枚の紅いコアメダルを用意するのだった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――




「ただいま~」

 

 某所に立つ高級なマンションの一室、そこの玄関を開けて映治は奥へと呼びかける。

 と、玄関から伸びる廊下の奥の扉が開き、金髪の少女――アンクが現れる。

 

「おぉ~アンク、ただいま」

 

 現れたアンクに笑顔を向けながら靴を脱ごうと下に視線を向ける。

 そんな映治に答えないままズンズン進んでいき、玄関に置いていた自身の靴に足を入れながら映治の腕を掴む。

 

「え?ちょ、ちょっと?アンク?何?」

 

「いいから来い」

 

 首を傾げる映治に言いながらアンクはたった今映治の通った玄関を通り、マンションを後にした。

 

 

 

 

 

「――え?お前のコアメダルを鴻上さんが?」

 

「ああ」

 

 マンションのすぐ近くにある公園にまでやって来た二人。

 映治はアンクの言った言葉に少し驚いた様子で訊き返す。

 アンクは神妙に頷きながら持っていたタブレットを映治に渡す。そこにはつい先ほど鴻上ファウンデーションの会長室でなされた会話を外からカンドロイドを駆使して撮影した映像が映されていた。

 

「あいつがメダルをよこして来た時から探り入れてたが……まさかまた俺のが出てくるとはなぁ……」

 

 苦々しく言ったアンクは映治に視線を向ける。

 

「まだ持ってる可能性はあるが、まずはあの一枚だ。数日後に奴らがメダルの輸送を行う。そいつを狙う」

 

「狙うって……」

 

「今まで隠してたやつが、素直に渡すわけないからなぁ。お前も準備しとけ」

 

「はぁ?なんで俺が?」

 

「輸送相手はあの『特機部二』だ。つまりシンフォギアが出張ってくる可能性がある。オーズの力がいるんだよ」

 

「やらないよ、そんな強盗みたいなこと」

 

 アンクの言葉にそっぽを向きながら近くにあったベンチにタブレットを置く映治。そんな映治に舌打ちしながらアンクは詰め寄り無理矢理自身の方に向かせる。

 

「やれ!やっと見つけたコアだぞ!」

 

「やらない。てかやらせないし」

 

「やるんだよ!!」

 

 冷静に返す映治に対し、アンクは強い語調で映治の胸ぐらを掴む。

 

「集まるのは他のやつらのコアばかり!この二年で見つかった俺のコアは一枚だけ!!それもあの鴻上の野郎が誕生日プレゼントとか抜かして一年前に寄越したなぁ!!」

 

「アンク……」

 

 苛立たし気に髪を掻き毟り近くにあったゴミ箱をけ飛ばす。ゴミ箱の中にあった空き缶が辺りにぶちまけられる。

 

「くそっ!くそっ!くそっ!」

 

 散らばった空き缶を忌々しそうに、まるで別の何かに見立てているように踏み付け潰しながらアンクは叫ぶ。

 

「あれは俺のメダルだ!!俺自身の持ち物を欲して何が悪い!!?そもそも俺のモノを勝手に取引してんだ!!奴らの方が盗人みてぇなもんじゃねぇか!!違うかっ!!?」

 

「それは……」

 

 アンクの言葉に映治はうまく返すことができなかった。アンクの言葉が一理あると思ってしまったからだ。

 

「言っとくが、てめぇがやらなくてもやめるつもりはねぇ。俺一人でもやるからな?」

 

「っ!?そんなことしてもしその体になんかあったらどうすんだよ!?」

 

「はぁ?知るか。そもそもこの体は二年前のあの日死ぬはずだった半分死体だったのを俺が使ってやることで生きながらえてんだ。つまり俺は〝コイツ〟にとって恩人だ。多少雑に扱おうが文句は言わせねぇ」

 

「そんな無茶苦茶な……」

 

「で?どうすんだ?」

 

 呆れたように言う映治にアンクは睨むように視線を向ける。

 

「言っとくがこの輸送で障害になるのがシンフォギアどもだけだと思うなよ?」

 

「は?どういうことだよ?」

 

「今回の輸送には俺のコアメダルの他に5000枚のセルメダルも動く。どっからか情報を聞きつけた他のグリードたちが襲わないとも限らない。例えば、カザリとかな」

 

「っ!」

 

「カザリはどういう訳か人間と協力してやがる。あの『ネフシュタンの鎧』のガキの後ろにいるやつはどうやら『特機部二』の情報に精通してるみたいだからなぁ。十中八九今回のメダル輸送の情報も掴んでる」

 

「そんな!?もしカザリが襲撃したら、現状の二課の戦力じゃ対抗できない!」

 

「だろうなぁ。ま、俺には関係ない。もしそうなったらそのどさくさでコアメダルも、ついでに5000枚のセルメダルも掻っ攫うだけだ」

 

 アンクはニヤリと笑いながら言う。

 

「で?やるのか?やらねぇのか?」

 

「……わかった。一緒に行く。その代わり!」

 

 アンクの問いに少し考えた映治は頷きながら、強い覚悟の籠った視線でアンクを見る。

 

「強盗みたいな真似は無しだ。どうにか平和的に手に入れよう。例えば交換してもらうとか」

 

「はぁ?テメェ何言ってんだ!?何と交換しよってんだ!?」

 

「そりゃ俺たちの持ってる他のグリードのメダルとだよ。被ってるのがあったろ?」

 

「ふざけんな!あれは全部俺んだ!!」

 

「でなきゃ俺は協力しない。当日も絶対にお前だけでも行かせない」

 

「っ!……チッ、まあいい。やつらがそんな交渉に応じるとは限らねぇしな。せいぜいその足りない頭で上手くいくよう考えてろ」

 

「ああ」

 

 舌打ちするアンクに力強く頷く映治。

アンクはため息をつきながら踵を返し、映治もその後に続く。

 

「そう言えば、なんでわざわざ外に出て来たんだ?」

 

「はぁ?お前バカか?あの家は鴻上の野郎が準備したんだから俺たちを監視するためにいろいろ仕込んでるに決まってんだろ」

 

「え!?そうなの!?」

 

「たく……馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だったとはなぁ」

 

 ため息をつきながら自身の頭を右手で指し示しながら言うアンクの言葉に一瞬ムッとした映治はハッと気付く。

 

「でもそう言うお前だってさっきの映像見てるとこバレてんじゃないのか?」

 

「ハンッ!監視されてようが奴らも人間だ、最低限の倫理観持ってるならおのずと抜け道もあるってもんだろうが」

 

「抜け道?」

 

「監視すると言っても、まさかトイレや風呂場にまであれやこれやを仕掛けてると思うか?曲がりなりにもこの〝身体〟は年頃の女だぞ?」

 

「あぁ~……なるほどね……」

 

 ニヤリと笑みを浮かべながら自分の身体を見せびらかすように両手を広げるアンクに映治は納得したように頷く。

 

「え?というか待って。あの部屋貸してくれた最初から監視されてたんだよね?俺変なこととかしてなかった?」

 

「知るか。どうでもいい」

 

 焦ったように言う映治に心底どうでもよさそうに返したアンクはそのまま歩いて行く。

 

「あ、待てよアンク!そんな話聞いたら俺これからどうすりゃいいんだよ!?」

 

「知るか。言っとくが意識しすぎて変な態度取るんじゃねぇぞ?やつらに監視に気付いてるのを気取られると余計監視がきつくなると面倒だ。ま、やつらも俺たちが監視に気付くことは織り込み済みだろうがな」

 

「へ、変な態度って言ったって……」

 

「いつも通りにしてりゃいいんだよ」

 

「いつも通り……いつも通りね。よし!いつも通り!」

 

 アンクの言葉に頷いた映治だったが

 

「………あれ?いつも通りって…俺普段どんなだ?なあアンク、普段の俺ってどんな感じ――っていないし!」

 

 一人頭を抱える映治を放っておいてズンズン歩いて行くアンクに映治は慌てて追いかけたのだった。

 

 

 ○

 

 

 山奥のとある場所、人知れずそびえ立つ巨大な屋敷がある。

 

『〈ソロモンの杖……我々が譲渡した聖遺物の起動実験はどうなっている?〉』

 

「〈報告の通り、完全聖遺物の起動には相応のレベルのフォニックゲインが必要になってくるの〉」

 

 屋敷の中の一室、広い広いその部屋で真ん中に置かれた大きな楕円のテーブルの脇に立った金髪の女性が電話口の男へと答える。

 その女性はその身に二の腕までの黒い手袋と太腿までの黒のタイツに黒のハイヒールに首元には黒い蝶の飾りのついたチョーカーのみで、それ以外は何も身に着けない姿だった。

 女性は右手に電話の受話器を持ち、左手に持った杖を構える。それはあの『ネフシュタンの鎧』を身に着けた少女が持っていたものだった。

 女性はその杖から光弾を打ち出し目の前の壁際に三体のノイズを出し、今度は杖を振るってそのノイズを消す。

 

「〈簡単には行かないわ〉」

 

 部屋の奥には大きなモニターがいくつかとデバイスが並ぶ。

 

『〈ブラックアート……、失われた先史文明の技術を解明し、ぜひとも我々の占有物としたい〉』

 

 女性の使う電話機はこの時代にそぐわないアンティークな作りの、しかし、細部に金の細工の施された豪華な電話だった。

 男と話をつづけながら女性は電話機の本体を持って歩き、テーブルに唯一置かれた豪華な作りの椅子に腰かけ机に脚を乗せて組む。

 

「〈ギブ&テイクね。あなたの祖国からの支援には感謝しているわ。今日の鴨撃ちも首尾よく頼むわね〉」

 

『〈あくまで便利に使うハラか。ならば、見合った働きを見せてもらいたいものだ〉』

 

「〈もちろん理解しているつもりよ。従順な犬ほど長生きするというしね〉」

 

 そう言って金髪の女性は通話を切る。そのまま席を立った女性はため息をつく。

 

「野卑で下劣。生まれた国の品格そのままで辟易する」

 

 言いながら女性は部屋の脇歩いて行く。そこには禍々しいまでの、豪奢な部屋に似合わない拷問器具が並んでいた。

 

「そんな男に、『ソロモンの杖』がすでに起動していることを教える道理はないわよね?」

 

 その中の一つ、大きな機械の数段の階段をのぼり、そこに縛り付けられた白髪の少女がいた。少女は両手を広げる様に張り付けのように両手両足を機械へ縛り付けられ、身に纏っているのは胸元など最低限の部分を隠すだけの黒いレザーのボンデージのような服。

 

「ねぇ?クリス?」

 

 女性は問いかけながら愛おしそうにその頬に手を這わせる。

 苦し気に俯き目を閉じていたクリスと呼ばれた少女はゆっくりと目を開ける。

 

「苦しい?可哀そうなクリス。あなたがグズグズ戸惑うからよ」

 

 言いながら少女のあごに手を当て、無理矢理顔を上げさせる。

 

「誘い出されたあの子をここまで連れて来ればいいだけだったのに、手間取ったどころか空手で戻って来るなんて……」

 

 少女へ叱責しながら女性は顔をゆがませ笑みを浮かべる。そんな女性に視線を向け、疲弊した様子で少女は口を開く。

 

「……これで、いいんだよな?」

 

「何?」

 

「あたしの望みを叶えるには、お前に従っていればいいんだよな?」

 

「そうよ。だからあなたは私の全てを受け入れなさい」

 

 少女の問いに返した女性は身を翻し、機械に繋がるレバーへと手を伸ばし

 

「でないと、嫌いになっちゃうわよ?」

 

 そう言ってレバーを引く。と――

 

「ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 途端に機械が発光し少女が絶叫し痛みに藻掻き苦しむ。

 少女は今、機械に固定された両手両足から高出量の電流が襲っている。

 それを見ながら女性は妖艶に、楽し気に笑みを浮かべて見ている。

 

「可愛いわよ、クリス。私だけがあなたを愛してあげられる」

 

 なおも絶叫を続ける少女へ恍惚とした表情で言った女性はレバーを戻し、電流を止める。

 

「はぁ!はぁ!はぁ!」

 

 電流による痛みの余韻に目を見開き荒い息を吐く少女の頬に再び女性が愛おし気に手を這わせる。その手に少女は女性へと顔を向ける。女性はそのまま少女へぴったりと身体を這わせ、愛おしそうに少女の顔を撫でる。

 

「覚えておいてね、クリス。痛みだけが人の心を繋いで絆と結ぶ世界の真実ということを……」

 

 そう言って優しく微笑む女性。そんな女性に――

 

「ハハ、人間って言うのはつくづく面白いね」

 

 いつの間にか、先ほどまで女性が座っていた椅子に腰掛け机に脚を投げ出すアッシュブロンドの男がいた。

 

「不躾ね、カザリ。女性の家に勝手に上がり込むなんて」

 

「堅いこと言わないでよ。仮にも協力関係なんだからさ」

 

 女性の言葉に肩を竦めたカザリは体を起こし、机にアタッシュケースを置く。

 

「ほら、約束していた分のセルメダル」

 

「ずいぶんと少ないようね?」

 

「仕方が無いだろう?すべて回収する前にこの間のヤミーはオーズに倒されちゃったからね」

 

「そう」

 

 カザリの言葉にしかし女性は特に感謝もない様子で頷く。

 

「それで?用事は済んだのかしら?私たちはこれから食事にするのだけれど、なんならあなたも同席するかしら?」

 

「その申し出は辞退させてもらうよ。僕らグリードには食事をする必要性も楽しみもないからね」

 

 立ち上がったカザリに女性はでしょうね、と笑みを浮かべる。

 

「それじゃ、例の輸送については詳しい情報が入ったら教えてよ」

 

「ええ。渡したデバイスは持ってるわね?」

 

「もちろん。それじゃ」

 

 そう言ってカザリはドアへと歩いて行き、部屋を後にした。それを見届けた女性は少女へと視線を向け、微笑む。

 

「さて、余計なチャチャが入ったわね。一緒に食事にしましょうか」

 

 そう言った女性に少女は嬉しそうに微笑む。

 女性はそんな少女の笑みを見て、邪悪な笑みを浮かべ――

 

 

 

 

 

 

「ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 屋敷の外に場で響き渡る少女の悲痛な叫びを聞きながらカザリはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「フッ、ホントに人間って言う生き物は800年経った今も相変わらず面白い。面白いほどに身勝手で、歪んでて、醜いよね」

 

 人知れず呟いたカザリは軽い足取りで森の中へと消えていった。

 



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012~輸送と成長と争奪戦~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!鴻上を監視していたアンクは近々大量のセルメダルと自身のコアが取引されることを知り、その強奪を計画。火野映治とオーズの力をその計画に組み込もうとする。

2つ!強奪を阻止しようとするも、アンクを止めることは難しいと悟った映治はなんとか落としどころを見つけようと模索する。

そして3つ!鎧の少女クリスとグリードのカザリと通じる謎の女性の存在。彼女たちも輸送への襲撃を計画するのだった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――






 

「それでは、これが約束のセルメダル5000枚だ」

 

 早朝の鴻上ファウンデーションの地下駐車場にて黒いライダースーツ姿の男の言葉に目の前の大きなバンの後ろの扉を開けて中を確認する了子と響。

 

「はい、確かに♪」

 

「はぁ~、すごいですね。これ全部メダル入ってるんですか」

 

 二人の視線の先にはバンの中に並ぶアタッシュケースの山。その一つ一つにセルメダルがぎっしりと収まっている。

 

 

 

 先日、これまで「特異災害対策機動部二課」に何かと便宜を図っていてくれた広木防衛大臣が殺害されたという知らせが舞い込んできた。

 複数の革命グループから犯行声明が上がる中、直前に会っていた了子は広木防衛大臣からの受け取った政府からの機密指令を持ち帰った。

 その内容は『特異災害対策機動部二課の本部最奥区画にて厳重保管されているサクリストD「デュランダル」と近々鴻上ファウンデーションから提供される5000枚のセルメダルと一枚のコアメダルを日本政府所有の施設へと移送し、その解析を行う』というモノだった。

 そのために早朝5時より輸送することとなった。輸送の車を運転するのは櫻井了子、そして、その護衛として立花響が、またそのさらに護衛として複数の人員が同行する。

当日の作戦時間中は輸送ルートとなる公道は防衛大臣殺害犯の検挙のためという名目で検問を配備。政府所有の施設までそこを進む――了子曰く「天下の往来ひとり占め作戦」を行うこととなった。

 

 

 

そして今、二人はここまで乗ってきた了子のピンクの軽自動車からメダル輸送用の大きな黒いバンタイプの車に『デュランダル』積み替え、乗り換える。

 

「そして、これが約束のコアメダルだ」

 

 男は二人に向けて小さな白い箱を渡す。

 中を確認すると、そこには一枚の紅いメダルが納まっていた。

 

「これ……鳥?孔雀?」

 

 その模様に響が首を傾げる。

 

「もしかして、これが噂の鳥系グリードのコアメダル!?」

 

「そうらしいわね」

 

 驚愕する響に了子も興味深そうに覗き込む。

 

「ありがとうございます。会長さんによろしくお伝えください」

 

「ああ。健闘を祈る」

 

 響の言葉に男が頷いたのを見ながら響と了子は車に乗り込む。

 二人の乗り込んだ車を中心に十字に囲うように前方後方左右に一台ずつ、計四台の車が護衛としてつく。その上空には弦十郎の乗るヘリが飛ぶ。

 そのまま五台の車がバイパスを走る。

 周りを警戒したように視線を巡らせる。と――

 

「っ!?」

 

 進行方向の道路に亀裂が走り崩落を起こす。

 

「了子さん!」

 

 響の叫びに答えず了子はハンドルを切る。

 了子たちの車が寸前で崩落した個所を避ける中護衛の車が一台転落する。

 

「しっかり捕まってて!」

 

 転落していく車を呆然と見る響に了子が進行方向を見据えたまま言う。

 

「え……?」

 

「私のドラテクは凶暴よぉ!」

 

 速度を上げながら進みインターチェンジで降りる。

 

『敵襲だ!まだ確認できていないが恐らくノイズだろう!』

 

 通信機の向こうから弦十郎の声が聞こえる。

 

「この展開!予想より早いかも!」

 

 焦りを滲ませる声で了子が言う。

 と、街中を走っていると突如道路の真ん中のマンホールが水柱とともに吹き飛ぶ。

 寸でのところで響達の車は通り過ぎるがその後方を走っていた車が吹き飛ばされる。

 

「っ!」

 

『下水道だ!ノイズは下水道を進んで攻撃してきている!』

 

 弦十郎の言葉の直後再びマンホールが飛ぶ。今度は二人の乗る車の目の前の車が吹き飛ぶ。それは弧を描いて響達へと振ってくる。

 

「ぶっ!ぶつかるぅ!?」

 

「っ!」

 

 絶叫する響の言葉に答えず再びハンドルを切る了子。が、その先に道に積まれたゴミの山がありそれお蹴散らしながら車は進む。

 

「弦十郎君!?ちょっとヤバいんじゃなぁい!?この先の薬品工場で爆発でも起きたら…『デュランダル』は!」

 

『わかってる!』

 

 了子の言葉に上空からヘリで見下ろす弦十郎は答える。

 

『さっきから護衛車を的確に狙い撃ちしてくるのは、ノイズが「デュランダル」損壊させないように制御されていると見える!』

 

「チッ」

 

 弦十郎の言葉に了子は人知れず舌打ちをする。

 

『狙いが「デュランダル」の確保ならあえて危険な地域に滑り込み、攻め手を封じるって寸法だ!』

 

「勝算は!?」

 

『思い付きを数字で語れるものかよっ!』

 

 弦十郎の叫びに頷いた了子は車のギアを切り替える。

 そのままスピードを上げ、進行方向にそびえる薬品工場へと向かう。

 薬品工場に入るその直前、マンホールが三度はじけ飛び、今度はその穴からナメクジのような深緑のノイズが飛び出す。

 そのノイズたちは響たちの車の前方を走る護衛車を襲う。

 寸でのところで車に乗っていた面々は飛び出すが、そのまま車は制御を失い目の前の紺店へとぶつかり爆発し、その炎にノイズたちが怯んだような様子を見せる。

 

「狙い通りです!」

 

 その様子に響が嬉しそうに言う。が、その爆発で飛んだ瓦礫がぶつかり響達の車が横転、ひっくり返って地面をすべるように数度回転してやっとのことで止まる。

 

「うぅ……」

 

 ひっくり返った車からなんとかはい出した響と了子だったが、視線を上げれば周りはノイズに囲まれていた。

 慌てて響はコアメダルの入った小包をポケットにねじ込み、後部から『デュランダル』の入ったアタッシュケースを取り出し抱える。

 

「りょうこさん、これ、重いぃ!」

 

「だったら、いっそここに置いて私たちは逃げましょう?」

 

「いいねそれ。ついでにそのポケットのも置いてってくれる?」

 

 と、冗談めかしたように言う了子の言葉に賛同する声が聞こえる。

 そこにはノイズが道を譲るように開けたところから歩いてくるグリード、カザリの姿があった。

 

「だ、ダメです!そんなのできません!」

 

「そう……まあそりゃそうだよね」

 

 響の言葉にカザリは特に残念そうにも思えない口調で肩を竦め

 

「じゃ、予定通り奪うことにするよ」

 

 そう言ったカザリの言葉の直後、ノイズたちはその身そのものを弾丸のように変化させ二人を狙って飛んでくる。

 

「っ!」

 

 慌てて飛び退く二人の後方で車に突き刺さったノイズたちによって大爆発が起きる。

 その爆風で響は弾き飛ばされ持っていたアタッシュケースが転がる。

 そんな響達にノイズが再び襲い掛かる。が、それに向けて仁王立ちした了子が右手をかざす。

 と、了子の目の前に半透明な紫色の障壁のようなものが広がり、弾丸のように飛んできたノイズを弾く。

 その衝撃に眼鏡が飛び、纏められていた了子の髪がほどけ、長い茶髪が風にたなびく。

 

「了子…さん……?」

 

 その様子に呆然と呟く響。

 

「しょうがないわね」

 

 言いながら了子は傍らの響へ視線を向ける。

 

「あなたは、あなたのやりたいことを、やりたいようにやりなさい!」

 

「っ!」

 

 了子の言葉に息を飲んだ響は立ち上がり

 

「私…歌います!」

 

 と、宣言し大きく息を吸い込むと

 

「――Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 響の聖詠があたりに美しく響き渡る。

 と、響の身体が光りに包まれ、その身をシンフォギアが包む。

 

「っ!」

 

 力強い歌を口遊みながら響は身構える。飛んでくるノイズたちを避け、拳で殴り炭へと変えながら駆ける響。しかし、直後地面のくぼみにブーツのヒールが引っ掛かり転ぶ。

 

「っ!ヒールが邪魔だ!!」

 

 叫びながら地面を強く踏みしめ両脚のヒールをへし折る。

 そのまままるで中国拳法のような構えを取りながら深く息を整え歌う響。

 この数日、自身の無力を痛感し、映治と親友である未来の言葉に覚悟を決めた響は、弦十郎に教えを請うた。

弦十郎によって厳しくもどこかで見たことのある修行の数々を乗り越え、数々のアクション映画を見て戦闘シーンを見て模倣した響は自分の中で戦闘スタイルを編み上げつつあった。

 構える響に一匹のノイズが飛びかかる。が、それを響は力強く地面を踏みしめ拳を突き出す。

 響の拳を受けたノイズはその衝撃にはじけ飛びながら炭と化し霧散する。

 その光景に後に続く様に飛びかかってくるノイズたちを拳を振るい、蹴り上げ、肘打ちを叩き込み、次々と炭へと変えていく。

 数日前とは別人となった響。

 了子はその様子に呆然と眺めている。と、了子の背後で電子音とともに『デュランダル』の入っていたアタッシュケースの隙間から蒸気が上がる。

 

「この反応、まさかっ!?」

 

 驚愕する了子の目の前で響はノイズたちを蹴散らしていく。

 

「っ!?」

 

 ぞわりと感じた嫌な予感に咄嗟に響は飛び退く。と、一瞬前に響がいたところに背後から現れたカザリの拳が叩き込まれ地面が抉れる。

 

「へぇ…この数日でこんなに動けるようになるなんて、人間にしてはやるじゃん。でも、それはあくまで人間としては、だよ。僕らグリードにはそれじゃあ遠く及ばない」

 

「くっ!」

 

「さ、君の持ってるコアメダル、渡してもらおうか!」

 

 唇を噛む響にカザリは身構え再び飛びかかり

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 突如響き渡った声とともに高速で走ってきたバイクがカザリを襲う。

 一瞬踏みとどまり飛び退いたカザリを尻目にバイクはドリフトをしながら停車する。

 バイクに跨ったままカザリを警戒したように見るのは

 

「お、オーズさん!」

 

 頭はライオンのたてがみを思わせる形状に、腕にはトラの詰めのような籠手、脚はチーターのような模様のある姿で現れたオーズ。猫系のメダル、ライオン・トラ・チーターによるコンボ『ラトラータ』である。

 

「へぇ、今日は最初からその姿なんだ。僕にそのメダル返しに来てくれたのかな?」

 

「このメダルを渡すとあいつの機嫌が悪くなるから渡すわけにはいかないんだ。あと彼女の持ってるメダルもね。悪いけど、ここは手を引いてくれないか?」

 

「それは無理な相談だね」

 

「だと思ったよ」

 

 カザリの言葉にオーズはため息をつく。

 

「で?どうするんだい?戦う?」

 

 そんなオーズにカザリは問う。

 

「コンボの力は確かに強力だ。今の不完全な僕らでは苦戦を強いられるくらいに。でもそれだけの大きな力をそう何度も長い時間使えるのかな?この二年で君はオーズとして成長したかもしれないが、そんな君でも、いったいどれほどその負荷に耐えられるのかな?」

 

「………確かにお前の言う通りだ」

 

 カザリの言葉にオーズは頷く。

 

「長引けば長引くほど俺が不利かもしれない。でも、俺にも引けない理由がある。だから、出し惜しみはなしで行く!」

 

 そう言ってオーズは一本の缶を取り出す。

 

「それは……」

 

 警戒したように睨むカザリを尻目にオーズはその黄色の模様の描かれた缶のプルタブを開けて放る。

 と、放った缶はバイクの全面の円形の装飾にコツンとぶつかり地面へと転がっていく。

 と、円形の装飾が真ん中で割れて開き、前輪も同様に左右に開きながら後輪の脇に並ぶように固定される。

 そして、バイクの前で止まった缶は見る間に大きくなり、転がりながら前輪のあった位置に収まる。その缶から前足のようなものがせり出し、缶の側面から開いていた円形の装飾に収まるようにパーツがせり上がる。

 缶とバイクが合体したそれはもはや別のモノ、まるで大きなトラを思わせる見た目に変化していた。

 

 ギャオォォォォォ!

 

 大きな雄叫びを上げるバイクのハンドルを握りながら『メダジャリバー』を構えたオーズはカザリを見据え

 

「行くぞ、カザリ!」

 

 叫びながらハンドルを切る。と、トラバイクが雄叫びを上げながら急発進する。

 

「くっ!」

 

 バイクとオーズの攻撃を避けるカザリ。その背後にいたノイズたちがトラバイクの突進に炭へと変わる。

 そのままドリフトしながらあたりを囲うノイズを蹴散らしながら逃げるカザリを追うオーズ。

 

「カザリたちの相手は任せて!君はその人を連れて逃げるんだ!」

 

「は、はい!」

 

 オーズの言葉に響は頷き、踵を返そうとした。が――

 

「私もいるんだよぉ!」

 

 叫び声が聞こえると同時にピンクのとげとげとした鋭い鞭が響へと飛来する。

 それを飛び退いて避ける響だったが

 

「今日こそはものにしてやる!!」

 

 そう言ってどこからともなく飛び込んできた鎧の少女――クリスの蹴りが響の喉元に突き刺さるように叩き込まれ吹き飛ばされる。

 その衝撃で響の元からポロリと何かが転がり落ちる。

 キンッと小さく澄んだ金属音を上げながら転がっていくそれは紅いコアメダルで――

 

「俺のメダル!」

 

 と、建物の陰から一人の人物が躍り出る。

 それは長いふんわりとしたボリュームのある金髪を携えた天羽奏そっくりの人物、アンクと呼ばれている少女だった。

 アンクは地面を跳ねながら転がるその赤いメダルに手を伸ばし

 

「っ!」

 

 右手が寸でのところで空を切る。が、そのまま今度は左手を伸ばし

 

「よっしゃぁ!」

 

 アンクの伸ばした左手の中に紅いメダルが納まる。

 嬉し気にそのメダルを掲げる様に顔の前まで上げたアンク。

 そんな中その様子を見ていた了子の背後でアタッシュケースが突如内側から爆ぜる様に壊れ、中から何かが飛び出す。

 それは光り輝きながら空中で制止する。

 

「っ!?」

 

「あれって……?」

 

「あぁん?」

 

 その光景に一瞬戦闘を繰り広げていたカザリとオーズ、加えて興奮した様子だったアンクが困惑したようにそれを見上げた。

 

「覚醒……!?起動……!?」

 

 同じく驚いた様子で見上げる了子。その場の全員の視線が集まる中

 

「こいつが『デュランダル』……!」

 

 最初に動いたのはクリスだった。

 大きく跳躍したクリスは空中に制止するそれ――『デュランダル』へ手を伸ばし

 

「たぁっ!」

 

 それを阻止するように響が背後からクリスに身体ごとぶつかる。

 

「渡すものかぁぁぁぁぁ!!」

 

 そのまま勢いで『デュランダル』へ手を伸ばし、その柄を掴む。と――

 

キィィィィン!!

 

 澄んだ、しかし、確かに響き渡った音。

 

『っ!?』

 

 その場の全員が一瞬寒気を感じるほどの圧がその音と共に『デュランダル』から発せられ、その輝きが見る間に増していく。

 その『デュランダル』を抱えたまま地面に降り立った響は――

 

「うぅぅぅぅうぅぅぅぅうぅぅ……!!」

 

 低くまるで獣のような唸る声を漏らしながらまるで何かを抑え込もうとするように歯を食いしばる。

 しかし、そんな響と『デュランダル』から眩い光が溢れ出す。

 それはまるで響が初めて『シンフォギア』を起動したときのような、しかし、その何倍も眩い光の柱が天へと昇っていく。

 全員の驚愕の視線の集まる中心で響は天へと掲げる様に『デュランダル』を構える。

 と、一層眩く輝いた『デュランダル』は一瞬で欠けていたその切っ先を再生させ、石のように灰色だったその身を黄金色に変える。

 

「うぅぅぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 低く獣のようなうなりをあげ、理性の飛んだ淀んだどす黒い感情の渦巻く視線で響はただ虚空を見る。

 

「こいつ、何をしやがった……!?」

 

 困惑しながら呟いたクリスはそっと視線を外し別の方向へ向ける。

 そこには恍惚とした表情でその光景を見る了子の姿があり

 

「くっ!そんな力を見せびらかすなぁぁぁぁ!!!」

 

 叫びながら響へと杖を向け、光弾を放つ。

 その光弾はノイズとなり響へと向き

 

「うぅぅぅっ!」

 

 響はそれに反応するように視線をノイズへ、さらにその先のクリスへと向ける。

 

「っ!?」

 

 その言いようもない圧にクリスは息を飲み数歩後退る。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 雄叫びを上げながらその輝く『デュランダル』を振りかぶる。その動きに合わせて空に立ち昇る光も動き、そのまま響はそれをノイズへ、さらにその先のクリスへと向けて振り下ろす。

 

「ヒッ!?」

 

 目前へと迫る圧倒的な力の奔流の前に息を飲むように悲鳴を漏らしたクリスは逃げる様に飛び退く。

 そのまま響の振り下ろしたそれはノイズを一瞬で消し飛ばし、その延長にあった塔のような建物を破壊しながら爆発を巻き起こし

 

「こりゃヤバそうだ」

 

 その様子にカザリは逃げ

 

「っ!」

 

 その衝撃にアンクは顔を守るように両手を掲げ

 

「アンクゥゥゥゥ!!」

 

 そんなアンクにトラバイクで駆けるオーズは手を伸ばす。

 

「っ!」

 

 その伸ばされた手をアンクは掴む。その直後――

 

 ズドォォォォォォン!!!!

 

 大きな爆発が辺りを包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――せぇい!!」

 

 濛々と煙の上がる中大きな瓦礫を押しのけながらオーズが姿を現す。

 

「これ……」

 

 瓦礫の中から外に出たオーズの目に映るのは先程までと一変した光景。あちこちで煙を上げ、あたり一面に瓦礫の散らばる惨状だった。

 

「っ!っ!」

 

 その光景に諤々と震えるオーズだったが、そんなオーズの背後で

 

「っ!無い!!無いぞ!!!」

 

 突如声が上がる。

 

「っ!?ど、どうしたんだよ!?」

 

 我に返ったオーズは慌てて振り返るとそこでは血相を変えて慌てふためいた様子で瓦礫をひっくり返すアンクの姿があった。

 

「どうした?何が無いんだよ!?」

 

 普段の冷静な様子から打って変わって我を忘れるアンクの様子に困惑しながら訊く。

 

「メダルが!メダルがねぇ!!」

 

「は?メダルってどの?」

 

「俺のだよ!」

 

 オーズの問いにアンクは睨みつけるように顔を上げて叫ぶ。

 

「確かに!確かにこの手に掴んだんだ!!なのに!!!」

 

「えぇ!!?」

 

 アンクの言葉にオーズは驚愕の声を上げる。

 

「ま、まさかさっきのあの爆発で落としたんじゃ……!」

 

「突っ立ってないでテメェも探せ!」

 

「お、おう!」

 

 アンクの剣幕に慌ててオーズも近くの瓦礫をひっくり返し探し始める。が――

 

「っ!――まずいぞアンク!『二課』の人たちが来る!急いで逃げないと!」

 

「メダル!俺のメダルが!!」

 

 オーズは慌てて言うが、アンクにはその言葉は耳に届かない。

 

「何やってんだよ!まだ『二課』に拘束されるわけにはいかないんだろ!?すぐ逃げないと!!」

 

「うるせぇ!!ここに俺のメダルがあるはずなんだ!!諦められるか!!」

 

 瓦礫の中からバイクを起こしたオーズの言葉に、アンクは叫び返す。

 

「俺の!!俺のコアメダル!!!」

 

「あぁ、もう!!」

 

 我を忘れて這い蹲って探し回るアンクにオーズは頭をがりがりと掻き

 

「ほら行くぞ!とりあえず今はここから離れないと!!」

 

「ッ!テメェふざけんな!!離しやがれ!!」

 

 バイクに跨ったオーズはバイクを操作しそのトラの顔のような全面部分でアンクを加え上げる。

 暴れるアンクだったが強靭なバイクの力に振りほどくことができない。

 

「ふざけんな!!やっと!!やっと見つけた俺のコアなんだぞ!!離せ!!離せぇ!!」

 

 藻掻きながら叫ぶアンクを連れてオーズはバイクを走らせる。

 

「離せぇ!!!俺の!!!俺のコア!!!くそぉ!!!ちきしょうぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 



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013~お好み焼きと鵜飼いと覚悟の拳~

あけましておめでとうございます!
新年一発目の「戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~」です!
今年もよろしくお願いします!
さてさて、そんなわけで――



戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!『デュランダル』と5000枚のセルメダルと一枚のコアメダルを輸送する特異災害対策機動部二課。しかし、その輸送中に大量のノイズと鎧の少女、グリードのカザリの襲撃を受ける。

2つ!襲撃を掻い潜る響達の元にオーズも現れ事態は混沌を極める中、アンクはついに輸送途中だった自身のコアメダルを手にする。

そして3つ!乱戦の中響の歌で起動した『デュランダル』。それを手にした響はその圧倒的な力の前に暴走。暴走状態で放たれた響の一撃にあたり一面は瓦礫の山となり、そのどさくさでアンクは掴んだはずの自身のコアメダルを紛失してしまうのだった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





 あの襲撃の一件から三日が経った。

 あの一件は世間的には工場内での不慮のガス爆発と発表された。周辺が工場地帯だったのもあり被害者はゼロだったが、あの辺り一帯は瓦礫の山となった。この三日間日本政府による瓦礫の撤去作業が行われている。

 俺もアンクも特に大きなケガはなく、次の日には問題なく過ごせるようになっていた。でも、肉体的には回復したが、精神面ではいまだ立ち直れていないらしい。

 この三日間アンクは毎日朝早くから夜遅くまであの日失くしたコアメダルを探し続けている。あの日から日の出前には家を出て行き、日中の瓦礫撤収作業が行われている間は近くで監視し、作業員が来る前と撤収してからは夜中近くまでメダルを探し続けている。

 俺もリディアンでの用務員のバイトが終われば現場に向かい、アンクを手伝っている。

 だが、この三日で作業も進みかなり瓦礫の整理も行われているが、今だメダルは見つからない。作業の進みも早く、今日明日には瓦礫の残りもすべて撤去されるだろう。

 まだ瓦礫の下にあるのか、はたまたあの日誰かが持ち去ったのか。少なくともコアメダルが破壊されればアンクにもわかるらしいのであの一撃で破壊された、ということはないらしい。

 そんなわけでこの三日間アンクは憑りつかれたように家と現場とを行ったり来たりしている。あいつの〝身体〟にとってもこの生活はよくない。俺もある程度の時間でその都度斬り上げさせている。

 そんなわけで、今日も俺はリディアンでに仕事を終え、アンクと合流するべく、そしてその前にアンクのための食糧を手に入れようと商店街に寄ったのだが

 

「あ……」

 

「ん?あぁ、未来ちゃん」

 

 商店街の半ばで小日向未来ちゃんに出会った。なんだか以前会ったときより悲し気で元気がないように思う。

 

「映治さんは買い物ですか?」

 

「うん、まあね」

 

「おうち、近所なんですか?」

 

「うん。すぐそこのマンションなんだ。未来ちゃんは?確か響ちゃんと学生寮に住んでるんだよね?てことは未来ちゃんも買い物かな?」

 

「ええ…まあ……」

 

 俺の問いに未来ちゃんは曖昧に頷く。

 

「……何かあった?」

 

「え?」

 

「いや、前に会ったときより元気ないから」

 

「……………」

 

「響ちゃんとなんかあった?」

 

「……なんでそう思うんですか?」

 

 俺の問いに未来ちゃんは訊く。

 

「なんとなく、かな。いつも仲良しの二人が一緒にいなくて、未来ちゃんが元気なく悩んでるみたいだから。それに前に響ちゃんもなんか悩んでるみたいだったし」

 

「そうですか……」

 

 俺の答えに少し考えこんだ様子の未来ちゃんは

 

「映治さん、今からって時間ありますか?」

 

 意を決した様子で言った。

 

 

 ○

 

 

 

「いらっしゃい」

 

 未来ちゃんの後に着いて行くと商店街の中にある一件のお好み焼き屋に着いた。お店の前には「ふらわー」という看板が掲げられている。

 未来ちゃんが扉を開けて入ると店員の女性が笑顔で迎え入れる。

 

「こんにちは」

 

「おや?いつもは人の三倍は食べるあの子は一緒じゃないの?」

 

「今日はちょっといろいろあって……」

 

 恐らく響ちゃんのことを言っているのであろう女性の言葉に未来ちゃん答える。

 

「そうかい……。そっちのお兄さんははじめまして、ね」

 

「はい。はじめまして。火野映治です」

 

「いらっしゃい。私のことは『おばちゃん』でいいよ。みんなそう呼ぶしね。さ、どうぞ、座ってちょうだい」

 

 女性――おばちゃんに促され、俺と未来ちゃんはカウンターに座る。

 そのまま俺たちはお好み焼きを注文する。

 

「今日はあの子は何か用事?」

 

「そんなところです……」

 

「じゃあ、今日はおばちゃんがあの子の分まで食べるとしようかねぇ」

 

 未来ちゃんの言葉におばちゃんはおどけて言う。

 

「食べなくていいから焼いてください」

 

「あら。アハハハハ~」

 

 未来ちゃんの返しに照れたように笑うおばちゃん。

 

「……お腹空いてるんです。今日はおばちゃんのお好み焼きを食べたくて、朝から何も食べてないから……」

 

 うつむいたまま未来ちゃんが言う。

 

「よくないよ。お腹空いたまま考え事すると悪い方悪い方に考えちゃうよ」

 

 そんな未来ちゃんに俺は優しく微笑みながら言う。

 

「……そうかもしれません。最近、響がずっと何かしてるみたいで、でも、何も相談してくれなくて。私が勝手に思い込んでるだけなのかも。ちゃんと話してみれば……」

 

「うん、それがいいよ。まずはお腹いっぱい食べて見方を変えてごらん。ちょっと考え方が変わるだけで実は何でもないことかもしれない」

 

「はい。そうします」

 

 俺の言葉に少し元気の浮かんだ笑顔で頷く未来ちゃんに俺も笑顔で頷く。

 

「ふふ。映治君、いいこと言うね。お兄さんの言う通りよ。何かあったらいつでもおいで。おばちゃん、腕を振るって美味しいお好み焼き焼いてあげるから」

 

「はい。ありがとう、おばちゃん、映治さん」

 

 笑顔で言う未来ちゃんに頷く俺とおばちゃん。

 笑顔を浮かべながら、俺は考える。

 恐らく響ちゃんが未来ちゃんに隠れてやっていることというのは『シンフォギア』関連の事だろう。あれは国家機密とか絡むからおいそれと言うことは出来ない。下手をすれば未来ちゃんを巻き込む可能性もある。だから響ちゃんもこそこそと動くしかなかったが、それが逆に未来ちゃんには不安だったのだろう。

 でも、きっとこの二人なら大丈夫だ。ちゃんと話し合えば、きっと。

 

 

 ○

 

 

 それから小一時間ほど「ふらわー」でお好み焼きを堪能した未来ちゃんは会ったときよりも数倍元気の浮かんだ顔で帰って行った。

 俺もそんな未来ちゃんを見送り、お好み焼きをテイクアウトしてアンクの元に向かう。

 俺もそろそろ一度アンクと話してみよう。このままじゃよくないだろう。

 と、お好み焼き片手に歩いていた俺は

 

 ズドォン!

 

「っ!」

 

 響き渡った大きな音に慌てて視線を向ける。

 土煙の上がっているそこは、市街地のはずれの森と自然公園の方向で――

 

「あっちは確か、未来ちゃんが!」

 

 俺は慌てて駆け出そうとする。そんな俺の前に

 

「っ!」

 

 一台のバイクが止まる。

 バイクに乗っていた主がヘルメットを取って俺を見る。

 

「アンク!?」

 

「ちょうどいいところにいたな」

 

「お前今日は探し物はもういいのか?――もしかして!見つかったのか!?」

 

「いや……」

 

 俺の言葉にアンクは苦渋の表情で顔を顰める。

 

「つい今しがた最後の瓦礫が撤去されて作業員どもが撤収していった。あらかた探したが、メダルは無かった」

 

「え……それって……」

 

「あそこに無かったってことは、あの時もう既に誰かが持ち去ったんだろうなぁ――チッ!」

 

 アンクは憎々し気に舌打ちをしてバイクのタンクを叩く。

 

「あの場にいたのは俺たち以外には『特機部二』のやつら、それにカザリとあの鎧のガキだけだ。つまり――」

 

「そのどちらかが回収した可能性が高いってことか?」

 

「ああ」

 

 アンクは頷き、わきからタブレットを取り出し操作し

 

「見ろ」

 

 その画面を俺に見せてくる。そこには自然公園の森の中で戦う響ちゃんとあの鎧の少女の姿が映っている。

 

「このタイミングで二組とも揃ってんのは好都合だ。今から行って確かめる。お前も来い」

 

「確かめるって、響ちゃんたちはともかくあの鎧の子が素直に教えてくれるのか?」

 

「まあ十中八九言わねぇだろうな」

 

「だったら――」

 

「だからお前も行くんだろうが。聞き出すためにまずは無力化する。ほら」

 

 言いながらアンクは俺に向けて三枚のメダルを差し出す。

 

「無力化って…俺にあの子たちと戦えって言うのかよ!?」

 

「嫌だって言うなら無理強いはしねぇ。俺がやるだけだ。だが、俺は俺のものを盗む泥棒に優しくしてやるつもりはねぇ。相手がガキでもな」

 

「で、でも今のお前じゃあの二人を相手にするのは……」

 

「ああ。だからこの〝身体〟にも配慮する余裕はねぇかもなぁ。下手すりゃ大ケガを負うかもしれねぇ……」

 

「っ!お前!約束忘れたわけじゃないよな!?その〝身体〟を雑に扱わないって!」

 

「忘れたわけじゃねぇさ。ただ、お前が手伝わないならそうなるのも仕方が無いって話だ」

 

「くっ!」

 

「さ?どうすんだ?俺はどっちでもいいぜ?」

 

「――あぁもうわかったよ!その代わり手荒なのは無しだ!なんとか取り押さえて話を聞くだけ!」

 

「ああ、それでいい」

 

 頭をガシガシと掻きながらアンクの差し出すメダルを受け取る。そんな俺にアンクは満足そうに笑う。

 

「なんか全部お前のいいように手のひらの上で転がされてる気がする……」

 

「はっ!いまさら何言ってんだ?いいか、よく考えろ?お前は戦えるがバカだ。俺という頭が無きゃお前だけじゃやっていけねぇ。鵜飼いってのは鵜じゃなくて飼ってる方が偉いんだよ」

 

「俺は鵜じゃねぇよ!だいたい鵜は鳥なんだからどっちかというとお前の方じゃねぇか……」

 

「ぐちぐちうるせぇな。とっとと行けよ。でねぇとあのガキどもで潰し合っちまうぞ」

 

「はいはい、わかったよ!」

 

 言いながら俺は取り出した『オーズドライバー』を腰に当て、それに受け取った三枚のメダルを収める。

 

「変身!」

 

 掛け声とともに『オースキャナー』で傾けたベルトに沿わせて読み取らせる。と――

 

≪クワガタ!ゴリラ!チーター!≫

 

 高らかに発せられた声とともに俺の姿が変わる。

 顔は緑のクワガタの模様の浮かぶマスクに変化しクワガタの顎が角のようにそびえ、腕と胸は白銀に腕をグローブのような『ゴリバゴーン』で覆い、脚は黄色いチーターの模様が浮かんだ姿に変わる。

 

「クワガタにゴリラにチーターって、お前テキトーに渡しただろ?」

 

「んな訳ねぇだろ。その足で高速でけん制してその頭の広い視野で見通してその腕の怪力で戦うんだろうが」

 

「なるほど、ちゃんと考えてあんだな」

 

「わかったらとっとと走れ。俺もこいつですぐ向かう」

 

「ああ!あ、お前は無茶するなよ!あと、俺はあくまでも話を聞くだけであの二人に手荒なことはするつもりはないからな!忘れんなよ!」

 

「チッ!わかってるからとっとと行けよ!」

 

 アンクの言葉に頷いて俺は走り出した。

 

 

 ○

 

 

 森の中を駆ける響。その後ろから追う鎧の少女。

 逃げる響に鎧の少女の鞭が飛ぶ。が、それを響は腕を顔の前でクロスさせて受ける。

 

「どんくせえのがやってくれるッ!」

 

「どんくさいなんて名前じゃない!」

 

「あん?」

 

 鎧の少女の挑発に響が叫ぶ。

 

「私は立花響、15才!誕生日は九月の十三日で、血液型はO型!身長はこないだの測定では157cm!体重は…もう少し仲良くなったら教えてあげる!趣味は人助けで好きなものはごはん&ごはん!あとは…!彼氏いない歴は年齢と同じッ!!」

 

「な、なにをトチ狂ってやがるんだお前……」

 

 突然の自己紹介に鎧の少女が困惑した様子で言う。

 

「私たちはノイズと違って言葉が通じるんだから、ちゃんと話し合いたい!」

 

「なんて悠長!この期に及ん――で!」

 

 鼻で笑いながら鎧の少女が鞭を振るうが、響はそのすべてを軽やかに避ける。

 

「こいつ、何が変わった…?覚悟か!?」

 

 その響の変化に鎧の少女は驚きの声を漏らす。

 

「話し合おうよ!私たちは戦っちゃいけないんだ!」

 

「っ!」

 

「だって、言葉が通じていれば人間は――!」

 

「うるせぇ!!」

 

 響の必至の言葉。しかし、それを遮って鎧の少女は叫ぶ。

 

「分かり合えるものかよ人間がッ!そんな風に出来ているものかッ!気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえッ!!わかっちゃいねえことをベラベラと知った風に口にするお前がぁッ!!!」

 

 鎧の少女は怒りに満ちた目で響を睨みつける。

 

「お前を引きずってこいと言われたがもうそんなことはどうでもいいッ!!お前をこの手で叩き潰すッ!!今度こそお前のすべてを踏みにじってやるッ!!」

 

「っ!私だってやられるわけには――!」

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 身構える響の目の前で鎧の少女が大きく飛び上がりその鞭の先に球体のエネルギーを形成し大きく振りかぶる。

 

「吹っ飛べッ!!!!」

 

 叫びながら鎧の少女は必殺の一撃――『NIRVANA GEDON』を放つ。

 

「くぅっ!」

 

 響はそれを真正面から受け止める。少し後ろに押されながらもなんとか耐える響。

 

「もってけダブルだぁ!!」

 

 鎧の少女はさらにダメ押しとばかりにもう一発『NIRVANA GEDON』を放つ。

 それは響へと向かって行き

 

「おぉぉぉぉぉっ!!」

 

 と、横合いから現れた人影がその攻撃の間に入り拳を振るう。

 その二発目に放たれた『NIRVANA GEDON』が弾かれあらぬ方向に飛んで行く。さらにその乱入者は

 

「こっちも!!」

 

 さらに拳を振るい、響が受け止めていたそれも叩く。と、それによって方向がそれたそれは響の元から離れ爆発する。

 

「てめぇはっ!!」

 

「オーズさん……ですよね?」

 

 その乱入者に鎧の少女は唇を噛み、響は自分の記憶と少し装いの違う姿に首を傾げる。

 

「うん、オーズで間違いないよ。ちょっと悪いけど、君たちに聞かなきゃいけないことがある。戦いの手をいったん止めて話を聞かせてもらえないかな?」

 

「チッ!てめぇもそこのバカと同じことを言うつもりか!?人間が話し合いで解決できる?そんな夢みたいな綺麗事を言うつもりかぁッ!!?」

 

 鎧の少女は憎々し気な表情でオーズを睨む。

 

「途中からだけど君らの話は聞こえてた。確かに彼女の言ってることは夢物語の綺麗事だ。世の中そんなに甘くない。世界はもっと残酷で酷いことで、暴力で溢れてる」

 

「っ!」

 

 鎧の少女の言葉に頷くオーズに響は俯く。

 

「でも、それでいいじゃないか」

 

「「っ!?」」

 

 オーズの言葉に響と鎧の少女は揃って意味が分からず困惑の表情を浮かべる。

 

「そうだよ。確かに彼女の言ってることは綺麗事かもしれない。でも、だからこそ、現実にしたいんじゃないか。本当は綺麗事が一番いいんだ。暴力でしかやり取りできないなんて、悲しすぎるからさ」

 

「う、うるさいうるさい!!だからって拳を向けられて、銃突きつけられても戦わないなんて言うやつはバカだ!!そんな耳障りのいいことを言ったって、そんなものは戦う覚悟の無いやつのいい訳だ!!あたしはあんたたちとは違う!!あたしには、覚悟があるッ!!」

 

 そう言って鎧の少女はオーズへと鞭を振るう。それを転げるように避けるオーズ。

 

「覚悟……」

 

 鎧の少女の言葉に何かを考えるように自身の拳を見つめる響。しかし、すぐに何かを決めたように表情を引き締め

 

「私にも覚悟はある!」

 

 そう言ってお腹の前で両手を開き

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 その手の間で光が集まり眩いばかりに輝き始める。

 

「ああっ!!」

 

 しかし、その光は霧散し集まっていたエネルギーが爆ぜる。

 

「この短期間に『アームドギア』まで手にしようって言うのか!?」

 

 驚く鎧の少女の前で響は再び、今度は右掌の中でエネルギーを集め、それを握り込む。と、それに合わせて響の右手の籠手がスライドし煙を吹いた。

 

「させるかよぉ!!」

 

 鎧の少女はそれを遮るように鞭を振るう。が――

 

「っ!!」

 

 その飛んできた二本の鞭を響は右手で掴む。

 

「なんだとッ!?」

 

 困惑する鎧の少女の目の前で響はその鞭を握りつぶすように掴み

 

「雷をッ!!握りつぶすようにぃぃぃッ!!」

 

 それを大きく引き寄せ、同時に腰のブースターを吹かせ加速する。

 そのまま大きく右手を振りかぶりながら、自身が鞭を引いたことで体の浮いている鎧の少女へと向かって行き

 

「最速で!!最短で!!真っ直ぐに!!一直線に!!胸の響きを!!!この思いを!!!!伝えるためにぃぃぃぃぃッ!!!!!」

 

 振りかぶったその拳を鎧の少女へ叩き込む。

 

「これが私の覚悟だぁぁぁぁぁッ!!!!!!」

 

 そのままスライドしていた籠手のパーツがガシャンと引き戻る。

 

「がはっ!!?」

 

 その威力に鎧の少女の口から苦悶の声が漏れそのまま後方へと吹き飛ぶ。

 

「す、すごい……」

 

 その光景にオーズも唖然と呟く。

 

「くっ……」

 

 二人の視線の前で抉れた地面の先、倒れ伏していた鎧の少女が身を起こす。

 少女の鎧のお腹部分は割れ、下の白い肌が見えていた。

 その鎧がまるで少女の皮膚も一緒に取り込むように、まるで少女の皮膚に喰らいつく様に徐々に再生していく。

 

「かぁっ!」

 

 その痛みに少女が苦悶の表情を浮かべながら顔を上げる。と、そこには構えを解き、だらりと脱力し手を下ろした状態で立つ響の姿があった。

 

「お前ッ!バカにしてんのかッ!?あたしをッ!雪音クリスをッ!!」

 

「っ!?」

 

 怒りに満ちた顔で睨み叫ぶ鎧の少女――クリス。その名前を聞いて人知れずオーズは息を飲む。

 

「雪音……クリス……?」

 

「そっか!クリスちゃんって言うんだ!」

 

「っ!?」

 

 呆然と呟くように少女の名を呼ぶオーズ。しかし、それに気付かない響は笑みを浮かべて言う。

 

「ねぇ、クリスちゃん。こんな戦い、もうやめようよ」

 

 困惑した様子のクリスに響は優しく呼びかける。

 

「ノイズと違って私たちは言葉を交わすことができる。ちゃんと話をすればきっと分かり合えるはず!だって私たち!同じ人間だよ!」

 

 そう微笑みながら言う響。しかし――

 

「……お前くせえんだよ」

 

 クリスは俯いたまま憎々し気に吐き出すように言う。

 

「ウソくせえッ!青臭えッ!」

 

 そう吐き捨てるように叫んだクリスは駆けて響へ拳を振るい――

 

「っ!」

 

 一瞬早く二人の間に割り込んだオーズの太い腕に防がれる。

 

「うらぁ!!」

 

 そのまま回し蹴りを加えるクリス。

 

「くっ!」

 

 その勢いにオーズは少したたらを踏むが抑え混む。

 

「邪魔をッ!すんなッ!!」

 

「っ!ごめん…悪いけど、君にこれ以上戦わせるわけにはいかなくなった!」

 

「はぁ!?意味わかんねぇんだよ!!」

 

 そのままクリスは拳を振るい蹴りを放つがそれをすべてオーズは守り受け流す。

 

「オーズさん!クリスちゃん!」

 

「いいから!ここは俺にやらせてくれ!」

 

 二人を止めようと響が足を踏み出そうとするがオーズがそれを制す。

 

「ふざけんな!なんでテメェは戦わねぇんだ!なんで攻撃して来ねぇ!?」

 

「君とは戦えない!」

 

「ざけんなぁぁぁぁッ!!」

 

 オーズの言葉にさらに怒りに顔を歪ませクリスが拳を振るう。

 それを避けてオーズが飛び退く。

 

「どいつもこいつも!あたしをバカにしやがって!!あたしは!!あたしはぁぁぁ!!」

 

「待ってくれクリスちゃん!!俺は君を――」

 

「うるせぇんだよ!!吹っ飛べよッ!!『アーマーパージ』だぁぁぁ!!!」

 

 オーズが何か言いかけるがそれを遮ってクリスが叫ぶ。

 と、同時にクリスの身体が光り輝き、その身を包んでいた白銀の鎧がはじけ飛ぶ。

 そのパーツが周囲に飛び散り響やオーズを襲う。

 

「くっ!」

 

「響ちゃん!!」

 

 顔の前で腕をクロスさせて身を守る響。そんな響に高速で駆け寄りその身を抱えて距離を取る様に駆けるオーズ。

 鎧による攻撃が止み、一瞬の静寂とともに周囲が土煙に包まれる。と――

 

「――Killter Ichaival tron」

 

「「っ!?」」

 

 澄んだ唄が響く。

 

「見せてやる、イチイバルの力だ!」

 

 言葉とともにオーズと響の目の前で土煙が吹き飛ぶように晴れ、その中心から光が溢れる。

 

「クリスちゃん……私たちと同じ……!?」

 

「シンフォギアの…力……!?」

 

 困惑する二人の目の前で光が晴れるその中心には先程までと装いの違うクリスの姿があった。

 その身を黒を基調とした胸元の大きく空いたボディスーツに包み、腰には赤と黒の装甲のブースター、腕にはブースターと同じ配色の籠手、頭には額から耳を覆う赤いヘッドギア、脚は太腿の半ばまであるハイソックスのようなスーツに赤いリボンのような飾りのついたハイヒールを履いている。

 

「歌わせたな……!」

 

「え……?」

 

 呟く様に聞こえたクリスの声に響が困惑の声を漏らす。

 

「あたしに歌を歌わせたなッ!」

 

 クリスは二人を睨みつけながら叫ぶ。

 

「教えてやる……あたしは歌が大っ嫌いだッ!!!」

 



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014~弓と迷子と金の鎧~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!響の様子に思い悩む未来。たまたま出会った映治とともにお好み焼き屋に行き、映治とお好み焼き屋の店主の両名にアドバイスされ響と話をすることを決める。

2つ!瓦礫の撤去が終了し、自身のメダルが見つからなかったアンクはあの場にいたクリス達と響達のどちらかがメダルを持ち去ったと推察。タイミングよく両者の揃った場に映治を送り込む。

そして3つ!響に追い込まれ、オーズにあしらわれたことで怒髪天のクリスは鎧を脱ぎ捨て別の力、シンフォギア『イチイバル』を纏うのだった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





 

「歌が……嫌い?」

 

 先ほどまでの白銀の鎧から黒と赤を基調としたシンフォギアに姿を変えた少女、雪音クリスの言葉に響は呆然と呟く様に言う。が、響の言葉にクリスは答えず、右手をまっすぐに伸ばす。その手についていた籠手が変形しボウガンを形成し――

 

「っ!掴まってて!」

 

「へっ?わぁ!?」

 

 いち早くそれに反応したオーズが響を抱えたまま走り出す。と、一瞬前に二人の立っていた場所へクリスのボウガンからエネルギーの矢が放たれ爆ぜる。しかもその一発だけではなく全部で五発の矢がオーズの走る後ろを追って爆ぜる。

 

「わっ!わわっ!?お、オーズさん!?」

 

「シッ!口閉じてて!舌噛むよ!」

 

 お姫様抱っこで抱えられていることに困惑の声を上げる響にオーズが言う。

 そんな二人に大きく飛び上がったクリスは再び五発の矢を放つ。

 それを避けながら駆けるオーズだったが

 

「っ!ごめん響ちゃん!」

 

 目の前にクリスが降り立ったことで上手く誘導されたことに気付いたオーズは咄嗟に響を下ろし背中に庇うように立ち

 

「っ!」

 

 右手で背後に響を抱えたまま左腕でクリスの放った蹴りをガードする。そのまま蹴りの威力を利用し後方に飛ぶ。

 そんな二人にクリスは右手のボウガンを向ける。と、そのボウガンのアーチ部分が開く様に変形し二連装ガトリングガンを形成。左手の籠手も同じ二連装ガトリングガンを形成し合計十二の銃口をオーズと響に向けて引き金を引く。ガトリングガンが回転しながら高速で弾を吐き出していく。

 響を抱えたまま高速で駆けるオーズの背後でクリスの攻撃――『BILLION MAIDEN』によって抉られ木々がなぎ倒されていく。

 さらにガトリングガンを放ちながらクリスの左右の腰部アーマーを展開し、内蔵の多連装射出器から計24発の追尾式小型ミサイルをダメ押しとばかりに一斉に発射する。

 高速で駆けて逃げるオーズの背後にクリスの放った小型ミサイル――『MEGA DETH PARTY』が続々と着弾する。追尾型の性能にチーターの能力を持ってしても徐々にその距離を詰められ、一発ごとに自分の間近で爆ぜるミサイルに

 

「っ!頭下げてて!」

 

 覚悟を決めたオーズは地面に響を下ろしながら叫び、響を背後にし大きく手を広げてミサイルが着弾しないように庇い――

 

 ズドォォォォォォン!!

 

 大きく爆発し土煙を上げる。

 それでもクリスはガトリングを放ち続け、周囲が硝煙と炎と爆発の煙に包まれる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 先ほどの響による一撃のダメージに加え、立て続けに放った技の疲労に肩で息をする。顔には玉のような汗が浮かぶ。

 クリスの向ける視線の先で徐々に煙が晴れていき――

 

「っ!?」

 

 そこには先ほどまでなかったものが視界を塞いでいた。

 

「楯ッ!?」

 

「――剣だッ!!」

 

 クリスの困惑の言葉に頭の上から返答が響く。

 見上げるとクリスの視界を塞いでいたその大きな白銀の壁のようなものの上に一人の人物が立っていた。それは長い髪をなびかせて立つシンフォギアを纏った風鳴翼だった。

 

「フンッ!死に体でおねんねと聞いていたが……足手纏いを庇いに現れたか!?」

 

「もう何も失うものかと決めたのだ」

 

「翼さん!」

 

 翼の立つ壁――改め、剣の背後で同様に見上げる響が驚きに声を上げる。その隣でオーズも見上げていた。

 

「気付いたか立花。だが私も十全ではない。力を貸してほしい……」

 

「は、はい!」

 

「待ってくれ、風鳴さん!その子のことは――」

 

 翼に向けて何かを言いかけるオーズだったがクリスによって放たれたガトリングガンに遮られる。

 放たれた弾丸を剣から跳び上がり舞うように回避しながら地面に降り立った翼はクリスに刀型のアームドギアでクリスに斬りかかる。

 バックステップで避けながらガトリングを構えなおすクリス。が、砲身の長いガトリングガンを照準を合わせる前に翼はクリスの頭上を飛び越えて空中で身を捻りながら剣を横薙ぎに振る。それを身を屈めて避けるクリスだったが、剣の柄頭で銃身を下から叩かれ一瞬たたらを踏む。その隙に背後に回り込んだ翼はクリスに背中合わせに立ち刀を構える。

 

「翼さんその子は――!」

 

「わかっている」

 

 響の叫びに頷く翼に隙を突き、翼の刀を押し上げ対面するクリスとそれに応じて構えなおす翼。一触即発の雰囲気の中最初に動いたのは――

 

「っつぇぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 クリスはガトリングガンの照準を翼に向けようと銃口を上げ――

 

「っ!危ない!!」

 

 〝それ〟に最初に気付いたのはオーズだった。

 オーズの叫びの直後、上空から三体の鳥型ノイズがその身をドリルのように回転させながら弾丸のごとく飛来し――

 

「ッ!?」

 

 クリスのアームドギアに二体のノイズがそれぞれぶつかり破壊する。

 

「何ッ!?」

 

 突然の出来事に硬直するクリス。そんなクリスに向けて三対目のノイズが飛来する。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 それを気合いの発生とともにオーズの頭、クワガタの顎を模した額の角「クワガタホーン」から放たれた電撃が炭へと変える。

 そのままクリスに駆け寄り背後に庇いながらオーズが身構える。

 

「クリスちゃん!」

 

「待て立花!動くな!」

 

「っ!」

 

 心配して駆け出しそうになる響へ周囲を警戒したように身構えながら翼が叫び、その声に響も慌てて身構える。

 

「あ、あんたなんで……!?」

 

「だって…君に当たりそうだったから……」

 

「ッ!馬鹿にすんなッ!余計なお世話なんだよッ!」

 

「命じたこともできないなんて……あなたはどこまで私を失望させるのかしら?」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 響き渡った女性の声に四人が周囲を見渡す。と、上空に三体の鳥型ノイズが滑空する下で展望スペースの手すりに寄り掛かる人物に揃って視線が向く。

 その人物は喪服のような黒い服に蝶の飾りのあしらわれた黒い帽子を被った長い金髪の女性だった。夕日を背にし、顔には大きな真っ黒なサングラスをしているせいで顔はわからないが、その手には先日クリスがノイズを操るのに使っていた杖を持っていた。

 

「フィーネッ!!」

 

 クリスがその女性に向けて叫ぶ。

 

『フィーネ……なるほど、テメェが黒幕か』

 

 と、今度は先程とは別の声が聞こえる。

 

「「「ッ!?」」」

 

 響、翼、クリスが声の主を探して視線を彷徨わせる中――

 

『フィーネ、終わりを意味する言葉。そして俺の記憶が確かなら、大昔にその名を持った巫女がいたなぁ』

 

 オーズの右肩にぴょこんと緑色の物体が飛び乗る。

 それはバッタを模したカンドロイドだった。新たに聞こえてきた声もそこから発せられていた。

 

「アンク!知ってるのか!?」

 

 オーズは自身の右肩を見ながら呼びかける。

 

『ああ。先史文明期、恋慕した創造主へ思いを伝えるために作った塔を破壊され、見事にフラれた身の程知らずの哀れな巫女の名前も…確か〝フィーネ〟』

 

「フッ……カザリに聞いてた通りね、〝アンク〟。口も性格も悪いみたい」

 

『自分をフッた男を忘れられず、いつまでもいつまでも現代まで成仏できねぇ亡霊となったテメェの往生際の方が悪いと思うがなぁ』

 

「フフッ、不完全な復活のおかげで非力で何もできない、オーズに頼るしか生き残る術のない哀れな出来損ない風情が吠えるじゃない」

 

『んだとッ!?』

 

「フフフ……」

 

 アンクの煽りに乗らず、逆に煽り返し笑うフィーネ。そんな中――

 

「フィーネッ!!」

 

 クリスが自信を庇うオーズを押し退けて前に出る。

 

「確かに命令は遂行できてねぇかもしれないが、こんな奴がいなくたって……こんな奴がいなくたって戦争の火種くらいあたし一人で消してやるッ!」

 

 響を指さしながら叫ぶクリス。

 

「そうすれば、あんたの言うように人は呪いから解放されてバラバラになった世界は元に戻るんだろうッ!?」

 

「…………はぁ……」

 

 クリスの叫びに対し、フィーネは面倒臭そうにため息をつき

 

「もうあなたに用は無いわ」

 

「えっ……?――な、なんだよそれ!!?」

 

 フィーネの言葉にクリスが叫ぶ。が、フィーネはそれに答えないまま右手を上げる。その手が輝き、直後周囲に飛び散っていた鎧の破片が光の粒となってフィーネの元に集まり消える。

 そのまま四人に視線を向けたフィーネは杖を掲げる。と、それに呼応し旋回していたノイズが四人を襲う。

 応戦している隙にフィーネは笑みを浮かべながら逃げ去って行く。

 

「待てよ!フィーネェェェェェェ!!!」

 

 その後を叫びながら追うクリス。

 

「ちょっ!クリスちゃん!」

 

 ノイズの対応で出遅れたオーズが駆け出す。

 

『あ、おい!――チッ、あの野郎勝手に……』

 

 振り落とされたバッタカンドロイドから舌打ちが聞こえる。

 そのまま飛び跳ねカンドロイドは近くの茂みへ――

 

「っ!逃がすか!」

 

 入る前に翼がそれを捕まえる。

 

「おい聞こえるか!?貴様この間のやつだな!?貴様には聞きたいことが山ほどある!教えろ!貴様何故奏の姿をしている!?一体何者だ!?」

 

『…………』

 

 叫ぶ翼だったがカンドロイドからは返答はなく――

 

 カシャンッ

 

 バッタの形だったカンドロイドは缶の状態に戻る。

 

「っ!クソッ!」

 

 通信が切られたことを悟った翼はそれを憎々し気に握りしめて地面に叩きつけた。

 

 

 ○

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 夜の繁華街を走り回った映治は膝に手をつき肩で息をする。

 

「くそ、いない……。どこに行ったんだ……?」

 

 顔を上げ、額に浮かんだ汗をぬぐう映治。

 

「雪音クリス……必ず見つけないと、あの人たちのためにも……」

 

 大きく息を吐き、再び走り出そうとする映治。が、その視線がある場所で止まる。

 そこには一人の男性が何かを探すように周囲を見渡していた。その表情は切羽詰まった様子で焦っているようだった。

 

「…………」

 

 映治は顔を顰めて本気で考え込む様子で少しの逡巡の後

 

「あの、どうかしたんですか?」

 

 その男性に話しかけた。

 

「あ…実は子ども達とはぐれてしまって……」

 

「っ!それは大変だ!俺も一緒に探します!」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「ええ。困ったときは助け合いです」

 

「ありがとうございます!」

 

 頭を下げる男性に頷きながら肩に手を当て顔を上げさせる映治。

 

「とりあえずお子さんの特徴を教えてください。もしかしたら見かけてるかも」

 

「は、はい……上は男の子で身長は…このくらい。青い上着を着てます。下は女の子で身長は…このくらい。スカートタイプのオーバーオールを着てます」

 

「ん~……俺がいた方では見てないですね……」

 

「そうですか……」

 

 それぞれ自分の肘と腰のあたりを示しながら言う男性の言葉に映治は首をふる。

 

「あ、交番って行きました?」

 

「いえ、まだ……」

 

「じゃあ行ってみましょう。もしかしたら誰かが連れて行ってくれてるかも」

 

「は、はい」

 

 映治の言葉に頷いた男性。二人は繁華街の一角に設けられた交番に向かう。が――

 

「そうですか……来てませんか……」

 

 対応した警官の言葉に男性は肩を落とす。

 

「とりあえずお父さんはここにいてください。誰かが連れて来てくれるかもしれません」

 

「は、はい。あなたは?」

 

「俺はちょっと周り見回ってきます」

 

 そう言って映治は駆けだす。が、夜の繁華街、人込みを縫うようにあたりに視線を巡らせるが父親から聞いていた特徴の兄妹は見当たらない。20分ほど周囲を見回った映治は一旦交番に戻ってみることにする。

 そこには――

 

「あ、お兄さん!」

 

 交番の前で先ほどの男性が待っていた。彼の両隣には青い上着を着た男の子とスカートタイプのオーバーオールを着た女の子がいた。

 

「よかった!見つかったんですね!」

 

「はい!お手伝いいただいて本当にありがとうございました!」

 

「いえいえ!見つかってよかったです!」

 

 映治の言葉に頷いた男性はペコペコと頭を下げる。そんな男性に映治は笑って頷き、兄妹に視線を合わせて屈む。

 

「よかったね。お父さん心配してたから、これからは気を付けてね」

 

「本当にありがとうございました!」

 

「いえいえ。成り行きですから」

 

「アハハ、さっきのお姉ちゃんも同じこと言ってたね」

 

「うん。そうだな」

 

 と、映治の言葉に兄妹が笑う。

 

「お姉ちゃん?二人を送ってくれた人?」

 

「ええ。若い、高校生くらいの女の子でした」

 

「歌が嫌いなのに鼻歌歌ってた綺麗なお姉ちゃん!」

 

「っ!」

 

 少女の言葉に映治は息を飲む。

 

「あ、あの!その女の子ってどんな子でした!?」

 

 映治は慌てて父親に訊く。

 

「え?えっと……長い白髪の髪を二つ括りにしてて、赤い服を着てて、首に赤い楕円形の石のネックレスをしてましたね」

 

「お兄さんのお友達なの?」

 

「えっと、なんて言うか……」

 

 少女の言葉に映治は言い淀む。

 

「わかった!お姉ちゃん、お兄ちゃんと喧嘩したからあんなこと訊いたんだね!」

 

「あんなこと?」

 

 少女の言葉に映治は首を傾げる。

 

「僕らみたいに仲良くするにはどうしたらいいかって」

 

「仲良く……それで、君たちはなんて言ったの?」

 

「そんなのわからない、って。いつもケンカしちゃうし……」

 

「ケンカしちゃうけど仲直りするから仲良しだよって」

 

「そっか……」

 

 その言葉に映治は頷き

 

「そのお姉ちゃん、俺の知り合いで探してたんだ。どっちに行ったかな?」

 

「あっち~!」

 

 映治の問いに少女が指さして示す。

 

「そっか。ありがとう!」

 

「ちゃんと仲直りしてね!」

 

「う、うん……ケンカしたんじゃなくて……いや、そうだね。ちゃんとお話するよ」

 

「うん!」

 

「本当にお世話になりました!」

 

「いえ!それじゃあ俺はこれで!」

 

「ばいば~い」

 

 再びお礼を言う父親に御辞儀し、手を振る兄妹に笑顔で手を振って駆け出す映治。そんな映治の背中を見送りながら

 

「お姉ちゃんとお兄ちゃん仲直りできるかな?」

 

「大丈夫だよ。お姉ちゃんもお兄ちゃんも優しい人だから、きっと仲直りできるよ」

 

 妹の言葉に返す少年。

 そんな二人を優しく撫でてから父親は二人を連れて家路へと着くのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「あたしが用済みってなんだよッ!?」

 

 大きな扉を開け放ってクリスが広間に入る。

 

「もういらないってことかよ!?あんたもあたしのことをモノのように扱いのかよッ!?」

 

 クリスの視線の先で金髪の女性――フィーネは直前まで話していた電話の受話器を耳に当てたまま黙って視線を向けている。

 

「頭ん中グチャグチャだ!何が正しくて何が間違ってるのかわかんねぇんだよ!!」

 

 クリスの叫びにフィーネは立ち上がり、いまだ通話相手が話している受話器を置く。

 

「……どうして誰も、私の思い通りに動いてくれないのかしら?」

 

 言いながらバッと振り返り、ノイズを操る杖を振るう。そこから放たれた光弾がクリスの周りでノイズとなる。

 

「っ!」

 

 咄嗟に胸のペンダントに手を当てるが、迷った様子でクリスは唇を震わせる。

 

「さすがに潮時かしら?」

 

 言いながらフィーネは優しく子どもに言い聞かせるように言う。

 

「そうね。あなたのやり方じゃ争いを失くすことなんてできやしないわ。精々一つ潰して、新たな火種を二つ三つばら撒くことくらいかしら」

 

「あんたが言ったんじゃないか!?痛みもギアも、あんたがあたしにくれたもの――」

 

「私の与えたシンフォギアを纏いながら、毛ほどの役にも立たないなんて……そろそろ幕を引きましょうか」

 

 クリスの言葉を遮ったフィーネ。その右手が青白く輝き

 

「っ!?」

 

「私も、この鎧も不滅。未来は無限に続いて行くのよ」

 

 そう言った直後右手から広がった青白い光がフィーネの身体を金色の鎧となって現れる。

 

「カディンギルは完成しているも同然。もうあなたの力に固執する必要も無いわ」

 

「カディンギル……?そいつは……?」

 

「あなたは知り過ぎてしまったわ」

 

 直後クリスの周りのノイズが襲い掛かる。

 

「っ!?」

 

 それを避け、部屋の中を転げまわるように逃げ回るクリス。顔を上げ、フィーネに視線を向ける。と、そこではフィーネが邪悪な微笑みを浮かべ、杖を掲げていて

 

「っ!!」

 

 唇を噛んだクリスは俯きその視界に見えた〝それ〟に気付き

 

「っ!」

 

 咄嗟にそれを掴む。

 

「それを戻しなさい。あなたには無用の産物よ」

 

 フィーネが言うがクリスはそれに答えず駆け出す。

 

「チィッ!」

 

 舌打ちをしながら再び杖を振るうフィーネ。杖から放たれた光弾がノイズとなってクリスに襲い掛かるが、クリスは寸ででそれらを回避し

 

「ちきしょおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 泣きながらテラスへ飛び出しそのまま逃げ去って行った。

 

「くっ……」

 

 テラスに歩み出てクリスの逃げた方向を睨むフィーネ。

 

「あららら~、持って行かれちゃったねぇ」

 

 と、そんなフィーネの背後からカザリが茶化すように言いながら現れる。

 

「フィーネともあろうものが、抜けてるんじゃない?」

 

「ふん。どうせすぐに取り戻すわ」

 

 カザリの言葉に落ち着いた様子で答え、杖を構える。杖から光弾が発射されそれが大量のノイズとなってクリスの逃げ去った方向へ走っていく。

 

「ふ~ん。ま、取り返せるといいね」

 

「あら、あなたは追わないのかしら?〝アレ〟はあなたも欲しがってたものじゃなかったかしら?」

 

「その手には乗らないよ。自分の失態くらい自分でなんとかしなよ」

 

 言いながらカザリは大きく伸びをするように腕を伸ばし頭の後ろで組む。

 

「それじゃ、俺はゆっくり見物させてもらうから、精々回収頑張ってね」

 

 そう言ってカザリは鼻で笑い去って行った。

 それを見送ったフィーネは

 

「本当に、どうして誰も私の思い通りに動いてくれないのかしらね?」

 

 舌打ちをしながら髪を払い呟くのだった。

 



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015~雨とお粥と拾いモノ~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!シンフォギア『イチイバル』を纏った雪音クリスの猛攻に対し、守りに徹するオーズと立花響。そんな彼らを救ったのはシンフォギアを纏って現れた風鳴翼だった。

2つ!復活した翼の攻撃に追い込まれるクリスの元に終わりの名を持つ謎の人物、フィーネが現れ、彼女へ用無しと告げる。姿を消すフィーネを追ってクリスもその場を後にした。

そして3つ!クリスを追って探し回る映治。しかし、会うことは叶わず、クリスは再びフィーネの元に行くも、ネフシュタンの鎧をまとったフィーネにノイズを差し向けられ、クリスはその場からとあるものを持ち出して逃げ出したのだった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





 その日の天気はどんよりと暗雲が空を覆い、シトシトと冷たい雨が降っていた。

 傘をさして歩く少女――小日向未来はまるで自分の今の気分のようにどんよりとした天気の中とぼとぼと商店街の中を歩く。

 天気のせいか、はたまた登校には早い早朝の時間帯のせいか、商店街の中は彼女以外の人通りはない。

 先日、親友――立花響の秘密を知ってしまった彼女はいまだその現実を受け入れられずに親友とのぎすぎすした関係に悩まされていた。

 響がノイズと戦っているということを自分に秘密にしていた。その理由も機密が絡んでいたり、自分を危険に巻き込まないため、ということは十分にわかっている。それでもそれだけでは割り切れないのが感情というモノだ。

 憂鬱な気持ちのまま俯き加減で歩いていた未来は、ふと、視界の端に目を止めた。

 それは降る雨が地面を流れ道路わきの排水溝に流れていく光景、その水がススか炭か何かで黒く濁っている。

 何気なくその流れてくる後を追って視線を巡らせると、それはすぐ横の建物と建物の間の細い路地からで――

 

「っ!」

 

 そこには、人が倒れていた。

 未来は慌てて駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 駆け寄り抱き起してみると、その人物は自分と年の変わらない、長い白髪を二つに束ねた少女だった。

 見たところ大きなケガをしている様子はないが苦悶に歪む表情で瞼は固く閉じられている。呼吸は荒く、触れた体は熱を帯びかなりの高熱らしい。

 彼女について何か手掛かりはないかとあたりを見渡す、と――

 

「これは……?」

 

 ふと、地面に落ちていた〝それ〟に目が留まった。

 首を傾げながら〝それ〟を拾い上げた未来は――

 

「あれ?未来ちゃん?」

 

「っ!?」

 

 自分を呼ぶ声に慌てて顔を上げる。そこにいたのは――

 

「おはよう。早いね」

 

「映治さん!」

 

 ニコニコと優しい笑みを浮かべたエスニック調の服の黒髪の青年――火野映治が傘を片手に立っていた。

 

「どうしたの、そんなところ――っ!?」

 

 言いかけた映治は未来のそばに誰かが倒れていることに気付く。

 

「この子は!?君の知り合い!?」

 

「い、いえ……私も今たまたま通りかかって……」

 

「そっか……とにかくこの子を休めるところに――っ!?この子は……!」

 

「知り合いですか?」

 

「……いや、俺が一方的に知ってる…って感じかな」

 

 未来の言葉に言い淀みながら答えた映治は

 

「とにかく運ぼう。ここからなら俺のうちが近い。手伝って!」

 

「は、はい!」

 

 言いながら映治は白髪の少女を抱き上げ背負う。

 未来も慌てて立ち上がり

 

「あ、これ……」

 

 自身が先ほど拾ったものをどうしようかと迷った様子で一瞬見て

 

「着いて来て!こっち!」

 

「は、はい!」

 

 映治に呼ばれ、慌てて未来は〝それ〟をポケットに仕舞い込み後を追うのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 目の前のベッドに眠る少女――雪音クリスが荒い息を吐くのを見ながら映治は目の前の洗面器に入った水で湿らせたタオルで額や頬に浮かんだ汗を拭き、再び洗面器の水で洗いある程度絞ってから額に乗せる。

 先程、映治が未来が彼女を見つけた場に居合わせたのは正直偶然が半分、必然が半分だった。

 一昨日の夕刻にクリスを追いかけた映治だったが、夜に一度目撃証言を得るも、その後結局彼女を見つけることは出来なかった。

 その次の日も映治は彼女の行方を捜しまわった。アンクも自分のメダルの行方の手掛かりになるということで協力的だった。

 彼のセルメダルの一部を使いカンドロイドも使って探し回ったがその日も結局見つけることは出来なかった。

 そんな中、深夜探索中のカンドロイドの一つがノイズの発生を知らせてきた。そのカンドロイドから送られて来た映像には一瞬ではあったが、クリスの姿が映っていた。

 慌ててその現場に行ってみたもののその場にはノイズの痕跡はあってもクリスの姿は無かった。

 それから再び手分けして探し回るアンクと映治。そんな時、一人で探し回っていた映治のもとに再びカンドロイドが知らせにやって来た。カンドロイドの案内に従ってその場に行ってみたところ、そこで未来とクリスにあったのである。

 

「くっ……!」

 

 と、クリスの口から苦悶の声が漏れ

 

「くはっ!はぁ……!はぁ……!はぁ……!」

 

 目を覚ましたクリスが身を起こし荒い息を吐く。

 

「っ!?」

 

 自分の置かれている状況が飲み込めない様子で部屋の中を見渡すクリス。

 

「大丈夫かい?よかった、目が覚めて……」

 

 映治はそんなクリスに優しく微笑みながらホッと息をつく。

 

「あんた……一体……!?」

 

「あぁ、俺は……火野映治」

 

「ここは……?」

 

「…………」

 

「おい、聞いてんのか?」

 

「っ!ああごめんごめん」

 

 一瞬何か言葉に詰まった様子の映治に怪訝そうに訊くクリスに慌てて頷く。

 

「えっと、ここは俺の家だよ。倒れてる君を見つけて運んだんだ」

 

「そうか……」

 

「少しはマシになったかもしれないけど、あまり無理しない方がいいよ。ああ、それと――」

 

 洗面器の水を変えようとタオルと一緒に片付けながら映治は何でもないことのように

 

「ずぶ濡れのままだと身体によくないから着替えさせたから」

 

「はぁ!!?」

 

 映治の言葉にクリスは慌てて自身の身体を見下ろす。

 映治の言葉通りその服は自分の着ていたはずの服とは違うTシャツにジャージ姿だった。

 

「おいこれどういうことだよ!?」

 

「へ?あっ!ちょっ!待って!今水持ってて危ない!こぼすから!!」

 

「いいから言え!寝てるあたしに何しやがった!?」

 

 詰め寄るクリスに慌てて映治がどこかに洗面器を置こうとワタワタとするが関係ないとばかりにさらに叫ぶ。

 

「な、何もしてない!」

 

「嘘つけ!あたしを裸に剥いてアレコレしたんだろッ!?」

 

「ホントにしてないから!君を着替えさせたのも俺じゃなくて――」

 

『ただいま戻りました~』

 

 と、扉の向こうからドアを開ける音ともに声が聞こえ

 

「すみません、遅くなりました……あ、よかった!目が覚めたんだね!」

 

 と、部屋に入ってきた未来が嬉しそうに微笑む。

 

「この子!この子がやってくれたから!」

 

「え?え?え?」

 

 慌てて自身を指さす映治に未来は困惑した様子で二人を交互に見る。クリスもそんな様子に「まあ女に着替えさせられたなら……」といった様子で一応は納得したようだった。

 

「それで?あたしの服は?」

 

「あぁ、それならさっき洗濯して、そろそろ乾燥機も終わる頃だと思うけど――」

 

 と、クリスの問いに映治が答えたところで

 

 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ

 

 低く小さな、しかし、確かな存在感のある音が響いた。

 

「「…………」」

 

「~~~~/////」

 

 映治と未来の視線を受けてクリスの顔が真っ赤に染まる。そんなクリスを見ながら映治は優しく微笑み

 

「……とりあえず、着替えたら御飯にしようか」

 

 

 

 ○

 

 

 

「はぐっ!はぐしゃぐっ!んぐっ!はぐはぐっ!」

 

「「……………」」

 

 目の前で豪快に食事をするクリスに映治と未来は自身の皿には手を付けずにその様子を苦笑いを浮かべて見ていた。

 洗濯・乾燥も終えた服に着替えたクリスとともに未来と映治はリビングに移動し、あらかじめ映治が用意していた料理を食べ始めたのだが

 

「……んだよ?」

 

 そんな二人の視線にクリスが首を傾げて手を止める。

 

「はいコレ。さ、未来ちゃんも冷めないうちにどうぞ」

 

「は、はい」

 

 笑顔でティッシュの箱をクリスに手渡しながら言う映治の言葉に未来が頷きスプーンを取る。

 怪訝そうな表情のクリスに映治は自身の口の周りを指さして示す。

 その意味に一瞬分からなかったクリスだったが

 

「っ!」

 

 自分の手で触れたことでやっと意味に気付いたクリスはひったくるように映治の手からティッシュの箱をひったくり口の周りを拭く。

 

「あ、美味しい」

 

 そんなクリスを微笑まし気に見ていた未来は自分も皿から救い口に運び思わず声を漏らす。

 

「これ美味しいです!初めて食べましたけど、なんて料理なんですか?」

 

「『麦粥』だよ。ヨーロッパの方に旅してた時に現地の人に教えてもらったんだ。俺に教えてくれた人は『キュケオーン』って呼んでたけど。病み上がりには消化にいいものの方がいいと思ってね。甘い味付けだし栄養的にもいいしね」

 

「へぇ~」

 

 興味深そうな様子で頷いた未来は再び食べ始める。

 美味しそうに食べる二人を見ながら映治は微笑み自分も食べ始める。

 

「………なぁ」

 

 と、クリスが手を止め、恐る恐るといった様子で口を開く。クリスの様子に映治と未来は手を止めて視線を向ける。

 

「その……ありがとう……」

 

「……ん。どういたしまして」

 

「うん」

 

 クリスの言葉に映治と未来は微笑んで頷く。そんな二人を見ながらクリスは少し俯き

 

「何にも、訊かないんだな……」

 

「……ん~、訊かない方がいいかなって。よく知らない人からあれこれ訊かれるの、嫌でしょ?」

 

「まあ……」

 

 苦笑いで言う映治の言葉にクリスはゆっくりと頷く。

 

「私は……そう言うの苦手みたいだから」

 

 と、未来はぽつりとつぶやくように言って悲し気に微笑む。

 

「今までの関係を壊したくなくて……なのに、一番大切なものを壊してしまった……」

 

「それって、誰かとケンカしたってことなのか?」

 

「うん………」

 

 クリスの問いに未来は頷く。

 映治は未来の言うそれが誰の事なのか察し、その意味をなんとなく推察する。

 あの日、お好み焼き屋で別れた直後、未来の帰った方向で大きな爆発音がした。行ってみればそこでは響とクリスが戦っていた。そのことから、なんとなく未来がシンフォギアを纏って叩く響の姿を目撃している可能性について、少し頭の片隅には浮かんでいた。

 だから、彼女のケンカの原因は恐らく……。

 そこまで考えたところで――

 

「ケンカ、か……あたしにはよく分からねぇな」

 

 映治が口を開くより先にクリスが口を開く。

 

「友達とケンカしたことないの?」

 

「……友達いないんだ」

 

「え?」

 

 問いに答えたクリスの言葉に未来が驚きの声を漏らす。

 

「地球の裏側でパパとママを殺されたあたしは、ずっと一人で生きて来たからな。友達どころじゃなかった」

 

「そんな……」

 

「…………」

 

 クリスの言葉に未来は言葉を失い、映治は押し黙る。

 

「たった一人理解してくれると思った人も、あたしを道具のように扱うばかりだった。誰もまともに相手してくれなかったのさ」

 

 クリスは吐き捨てる様に憎々しげに言う。

 

「大人は、どいつもこいつもクズぞろいだッ。痛いと言っても聞いてくれなかった。やめてと言っても聞いてくれなかった。あたしの話なんてこれっぽっちも聞いてくれなかった」

 

「…………」

 

「……ごめんなさい」

 

 映治は黙って、しかし、人知れずこぶしを握り締め怒りに震わせ、未来は謝罪する。

 

「……なぁ、お前そのケンカの相手ぶっ飛ばしちまいな」

 

「えっ?」

 

「どっちがつえぇのかはっきりさせたらそれで終了。とっとと仲直り。そうだろ?」

 

「…………」

 

 ニッと笑ったクリスに未来は驚きに目を瞬かせ

 

「……できないよ、そんなこと」

 

「フンッ、わっかんねぇな」

 

 首を振る未来に鼻を鳴らして肩を竦めながらクリスはコップに口を付ける。

 

「……フフ」

 

 と、そんな中で映治が笑みを漏らす。

 

「なんだよ?」

 

 そんな映治にクリスが眉を顰める。

 

「いや……なんて言うか、君は、口は悪いけど優しいなぁって思って」

 

「はぁ!?あたしのどこが!?」

 

「ううん。優しいよ」

 

 と、未来が微笑みながら言う。

 

「ありがとう、気遣ってくれて――あ、えっと……」

 

 言いながら未来は彼女の名前を知らないことに気付き

 

「クリス。雪音クリスだ」

 

 仏頂面で名乗るクリスに未来は微笑み

 

「私は小日向未来」

 

「俺は……あ、さっき名乗ったね。でも改めて、俺は火野映治」

 

 未来も名乗り、映治も改めて自己紹介をする。

 

「それでさ、クリスちゃん。これは俺からのアドバイスだけどね――」

 

 映治は優しく笑みを浮かべ

 

「きっと君はこれまで世界のいろんな悪いものを見て来たんだと思う。そんな君には難しいのかもしれないけど、それでも、もっと人を、人の善意を信じてもいいと思うよ」

 

「はぁ!?」

 

 映治の言葉にクリスが顔を顰めるが、それを手で制して映治が続ける。

 

「俺も世界中いろんなところに行った。たくさんの悪意を見て来たし君の言う通りの人種もたくさん見た。そう言うのをどうにかしたいってあがいて、でも、上手くいかなくて……」

 

「あんた……」

 

「映治さん……」

 

 少し遠い目をして言う映治。その顔はどこか疲れたようにも見える。

 

「でもさ、それでも、諦めたくないじゃない?世界には悪意しかないなんて、そんな悲しい考え方、したくないじゃないか。人はちゃんと心を通わせられるって、分かり合えるって信じていたいじゃない」

 

「「……………」」

 

 どこか憂いの見える笑顔で言う映治の言葉に二人は押し黙るが

 

「だから、まずは俺たちと友達になろう?」

 

「はぁ!?何言ってんだお前!?」

 

 映治の突然の言葉にクリスは驚きの声を上げる。

 

「人の善意を信じるのが難しいならまずは目の前にいる俺たちの伸ばした手を掴んでほしい。まずはそこから始めてみない?」

 

 映治は言いながらクリスに向けて手を伸ばす。映治の隣では同じように未来が手を伸ばす。

 その光景にクリスは少し迷いを見せ――

 

「おい、映治。テメェこれはどういうことだ?」

 

 と、背後のこの部屋の扉から聞こえた声に三人が視線を向ける。

 そこには長い金髪の人物が立っており――

 

「あ、アンク!」

 

「別行動してから一つも連絡をよこさねぇからおかしいと思って戻ってみれば……おい、映治、なんでこのガキどもがここにいる?なんでこいつを見つけたのに黙ってた?」

 

「い、いや、アンク。これはな?」

 

 クリスを指さしながら怒りに眉を顰めているアンクに映治は言い淀みながら宥めようと立ち上がり――

 

「なんで……なんでここにこの女がいんだよ!?」

 

 が、今度はクリスが驚きに立ち上がり叫ぶ。

 

「この女がここにいるってことは……まさか、あんたが、オーズ……!?」

 

「っ!」

 

「オーズ……?」

 

 クリスの言葉に映治が言い淀み、話の見えない未来が首を傾げる。

 

「あたしを騙したのか!?耳障りの言い台詞であたしを!?」

 

「っ!ち、ちが――」

 

「何が友達だ!?騙してあたしを利用しようとしてたんじゃねぇのか!?あんたも他の大人と変わらねぇ!ずるくて汚くて――」

 

「ベラベラ勝手にしゃべってんじゃねぇよ」

 

 クリスの言葉を遮ってアンクがクリスの胸倉を掴む。

 

「何にしても僥倖だ。これ以上あっちっこっち探し回らなくて済む」

 

「ちょっと!確かに勝手に上がり込んだのはいけなかったかもしれませんが、そこまでしなくても!」

 

「うるせぇ!部外者は黙ってろ!」

 

「キャッ!」

 

「おいアンク!」

 

 止めに入った未来をアンクが突き飛ばす。映治は未来が転ぶ前に受け止める。

 

「アンク!この子たちは俺が勝手に連れて来たんだ!俺の客に手を上げるな!」

 

「知るか!今は俺がこのガキと話してんだ!」

 

 睨む映治に睨み返したアンクはクリスに視線を戻し

 

「教えろ。お前この間の襲撃の時に俺のメダル拾ったんじゃねぇのか?どこにやった!?」

 

「ぐっ!」

 

 アンクの言葉にクリスが苦し気に苦悶の声を漏らし

 

「アンク!」

 

「あぁん?」

 

 と、そこで映治がアンクの腕を掴む。

 

「その辺にしておけよ。それ以上その子に乱暴するなら、さすがにお前でも許さない」

 

「あぁん?」

 

 掴む手に力を籠めるとアンクはクリスを離して映治を睨む。

 

「なんだ?このガキに惚れたか?乳繰り合うのは後にしろ。俺のメダルの方が優先だ」

 

「そんなんじゃない。ただこの子にこれ以上嫌な目にあってほしくないだけだ」

 

 アンクが掴む手を振りほどいて一歩出ようとするが、映治はさらに強く掴みその歩みを阻み、自分の背後にクリスを庇うように立つ。へたり込むクリスに未来が駆け寄る。

 

「チッ、今日はやけに突っかかるじゃねぇか。そんなにこのガキが大事か?」

 

「ああ、大事だ」

 

「その為に俺を――〝俺の身体〟を痛めつけるのか?」

 

「っ!」

 

 アンクがニヤリと笑いながら言う言葉に映治はさらに睨む視線を深め――

 

 ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!

 

 突如鳴り響いたサイレンにハッと四人が窓の外に視線を向ける。

 

「チッ、邪魔が入ったか。めんどくせぇ」

 

「な、何だ……?」

 

 忌々しそうに吐き捨てるアンク。怯えた表情の未来。嫌そうに、しかし、どこかホッとした様子の映治。そして、一人サイレンの意味が分からない様子で首を傾げるクリス。

 

「なんだ?何の騒ぎだ?」

 

「何って、ノイズが現れたんだよ!警戒警報知らないの!?」

 

「っ!?」

 

 未来の言葉にクリスは唇を噛む。

 

「とにかく非難を!この近くにシェルターがあるからそこへ――」

 

「っ!」

 

 映治の言葉が終わる前にクリスが立ち上がり駆け出す。

 

「あっ!待って!」

 

 映治の制止も聞かずにそのままクリスは玄関から外に飛び出す。

 

「クリス!」

 

 慌てて未来と映治も後を追って駆け出すが――

 

「っ!」

 

 映治の手をアンクが掴む。

 

「何だよアンク!?これ以上邪魔するって言うなら――」

 

「……ほらよ」

 

 睨む映治にアンクが何かを差し出す。それは――

 

「お前これ、メダル?なんで?」

 

「あのガキに死なれちゃ大事なメダルの手掛かりが無くなる。引き摺ってでも連れて来い」

 

「アンク……」

 

「勘違いすんじゃねぇ。お前のためじゃない、俺のためだ」

 

「……ああ」

 

 アンクの言葉に頷いた映治はオーズドライバーを腰に装着。アンクから受け取ったメダルをドライバーにセットし

 

「変身!」

 

≪タカ!トラ!バッタ! タ・ト・バ!タトバ!タ・ト・バ!≫

 

 映治の掛け声とともにオースキャナーから高らかに声が響く。直後映治の身体がオーズタトバコンボの姿に変わる。

 

「じゃ、行って来る!」

 

 言いながら映治はそのままベランダの方へ歩いて行き

 

「あ、彼女はちゃんと保護して連れてくるけど、さっきみたいな事したら許さないからな!?」

 

「チッ!ちんたら言ってねぇでさっさと行け!」

 

 舌打ちしながら促すアンクに背を向け、映治は今度こそマンション20階のベランダから外へと飛び出して行った。

 



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016~救出と和解とメダルの行方~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!フィーネの元から逃げのびた雪音クリス。しかし、その疲労から路地裏で気を失う。そこにたまたまそれぞれ通りかかった小日向未来と火野映治。二人はクリスを介抱するべく映治の家へと運び込む。

2つ!目が覚めたクリスは見ず知らずの映治と未来に困惑するものの自分を助けてくれた二人に心を開き始める。しかし、そこにアンクが帰宅。映治の正体に気付いてしまう。

そして3つ!ノイズの発生を知ったクリスは映治の家から飛び出し、未来もそれを追って行く。未来同様にクリスを追いかけようとする映治にアンクはメダルを渡し自分の元へクリスを連れて来ることを約束させるのだった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





 人気のない商店街の中を駆け抜け、クリスは膝に手をついて立ち止まる。

 ここまで全力で走ってきたことで病み上がりの身体にこたえたのか軽く咳き込みながら荒い息を吐く。

 

「私のせいで…関係のないやつらまで……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 クリスは悲痛の面持ちで叫び、膝をつく。

 彼女の目からあふれた涙がアスファルトにポタポタと流れ落ちる。

 

「あたしがしたかったのはこんなことじゃない……けど、いつだってあたしのやることは……いつもいつもいつも!!うぅっ…うぅっ…うぅっ…!」

 

 両手をつき、嗚咽を漏らすクリス。

 そんな彼女の周囲にぞくぞくとノイズが現れ取り囲んでいく。

 

「あたしはここだ……!」

 

 ゆっくりと立ち上がったクリスはその両目に涙を溜めてノイズを睨みつける。

 

「だから!関係ないやつらのところに行くんじゃねぇ!!」

 

 クリスの言葉に答える様にノイズたちは自身の身体を弾丸へと変え、彼女を襲う。ノイズたちの攻撃を躱しながら

 

「Killter Ich――ゴホッゴホッ!?」

 

 聖詠を口にしたクリス。しかし、その言葉の途中で咳き込み遮られる。

 その隙を見逃さず上空に飛んでいた鳥型ノイズがその身をドリルのように変形させクリスに向けて飛来し――

 

「セイハァァァァァ!!」

 

 それを遮るように響き渡った声とともに近くの建物の屋根から飛び込んできた人物が飛来するノイズを切り裂く。

 そのままクルリと身を捻ってクリスの目の前に降り立った人物は彼女を背中に庇うように立ってノイズへ身構える。

 

「てめぇ、オーズ!」

 

「よかった、間に合って……」

 

 目の前の背中を睨みつけて言うクリスに振り返らないままオーズが心底安堵した様子で言う。

 

「何しに来やがった!?お前の助けが無くてもあたしは――」

 

「っ!」

 

 クリスの言葉を遮って飛び退いたオーズはクリスを抱えて足をバッタのそれに変化させて大きく跳躍する。直後先程二人のいた場所にノイズの弾丸が襲う。

 すぐ近くのビルの屋上に降り立ったオーズ。

 

「っ!離せ!」

 

 そんなオーズの腕から無理矢理抜け出すクリス。オーズもそれに抵抗することなく素直に離す。

 

「なんなんだよ……」

 

 クリスは呟く様に言う。

 

「なんであたしを助けるんだよ!?あんたはあたしを利用したかっただけなんだろ!?だったら――」

 

「ごめん」

 

 クリスの叫びを遮ってオーズは頭を下げる。

 

「やっぱり俺の正体を隠して君に名乗るべきじゃなかった。ちゃんと自分の正体を明かして君の力になるべきだった。でも、怖かったんだ。俺がオーズだってわかったら君は俺の手を取ってくれないと思ったんだ」

 

 そう言ってオーズは顔を上げる。と、ベルトからメダルを抜き取り変身を解く。

 

「でも、これだけは信じてほしい。俺が君を助けたのは君を利用するためじゃない。君を助けたかったからだ。この気持ちに嘘はない。君を助けたのも、アンクに連絡しなかったのも、君を助けたのはオーズとしてじゃなく、〝火野映治〟として、君の力になりたかったからなんだ」

 

「あんた……」

 

「だから、俺のことを信じてほしい。オーズとしてじゃなく火野映治としての俺の手を掴んでほしい。もしも掴んでくれるなら、アンクに手出しはさせない。俺は全力で君を助けるから」

 

「っ!」

 

 映治の伸ばす手にクリスは迷いを見せる。映治が嘘をついているようには彼女には見えなかった。彼が心から自分を思ってくれていると感じたからだ。

 

「…………」

 

 クリスは迷った様子で、しかし、その手を上げようとし

 

「キャァァァァァァ!!」

 

「「っ!?」」

 

 突如響き渡った悲鳴に揃って顔を強張らせる。

 周囲に人影はない。恐らくここから少し離れた、だがそう遠くないところでまだ逃げ遅れた人物がいたのだろう。

 

「っ!」

 

「…………」

 

 今にも飛び出したい気持ちを抑え、しかし、葛藤を見せる映治の様子をクリスは数秒見つめ

 

「Killter Ichaival tron」

 

「っ!」

 

 聖詠とともにクリスの身体を光が包む。

 その身を黒と赤の鎧で包んだクリスはアームドギアのボウガンを構えて放つ。と、上空を飛び交っていた鳥型ノイズの群れがその矢によって炭へと変わる。

 

「ご覧の通りだ!あたしのことはいいからあんたはさっさとさっきの声のところへ行きな!ここいらのノイズはあたしが相手する!」

 

「で、でも君はまだ……」

 

「ああ、そうだな。本調子とは言えねぇ」

 

 心配げな映治の言葉に頷いたクリスは、だから、と続ける。

 

「これが済んだらさっきのやつ、もっと食わせろ」

 

「え……?」

 

「腹一杯食って寝りゃ少しはマシになんだろ」

 

「そ、それじゃあ!」

 

「勘違いすんな!」

 

 嬉しそうに微笑む映治を睨みながらクリスはアームドギアを映治に向ける。

 

「あんたのことを完全に信用したわけじゃない。でも今のまま何のあてもなく逃げ回っててもいつか限界が来る。だから、あんたらのことを利用してやる」

 

「うん、今はそれで十分だよ」

 

 睨むクリスの視線を受けながら、しかし、映治は心底嬉しそうに笑う。

 

「チッ……調子狂うな……」

 

「すぐ戻るから!何かあったらこれで呼んで!」

 

 頭を掻きながら呟くクリスに映治は赤いタカのカンドロイドを渡す。

 

「あぁもうわかったからさっさと行け!」

 

「うん!」

 

 シッシッと追い払うように手を振ったクリスに頷いた映治は再びベルトにメダルを入れ

 

「変身!」

 

 その身をオーズへと変える。

 

「それじゃ、行って来るね!」

 

 そう言って足をバッタ状にしたオーズは先程の悲鳴の聞こえた方へと跳んで行ったのだった。

 

 

 ○

 

 

 商店街のはずれにある崩れかけの廃ビルの中、そこには三人の人間と一匹のノイズがいた。

 そのノイズはタコのような見た目をしていてたくさんの足をくねらせながら鉄骨に絡みついていた。

 一方その場にいる人間のうち、ひとりは女性、商店街の中にある「ふらわー」というお好み屋の店主。気絶しているらしく倒れ伏しきつく目を閉じている。

 そして、彼女の他にいる二人の人物、それは小日向未来と立花響だった。

 彼女たちはコソコソと口をお互いの耳元に寄せ合って話している。

 そんな中、彼女たちと離れたところでガラリと瓦礫が崩れる。

 

 ドンッ!

 

 と、崩れた瓦礫をタコ型のノイズが触手を瞬時に伸ばして攻撃する。

 

「「っ!?」」

 

 ノイズの行動に二人は顔を強張らせる。

 このタコ型ノイズ、どうやら音に反応しているらしく、彼女たちは先程から携帯のメール機能を使って会話をし、お互いの耳に口を寄せて相談している。

 気絶している「ふらわー」の店主のおばちゃんを連れて音を立てずにこの場から逃げるのは困難。しかし、かと言ってシンフォギアを纏って戦おうとすれば否応なしに聖詠と歌によってノイズの標的になるだろう。

 この困難な状況に二人は身動きが取れずにいた。しかし、この状況で二人――とりわけ未来は諦めていなかった。

 未来が何かを提案するとそれを慌てた様子で響が止めようとする。が、未来は首を振り、響に何かを告げて立ち上がり――

 

「私!もう迷わないッ!!」

 

 そう叫んだ未来は駆け出す。そんな未来に向けてノイズが触手を伸ばす。

 駆け足で響達の元から離れ廃墟から出ようとしたとき

 

≪スキャニングチャージ≫

 

 どこからともなく聞こえた音声とともに

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

 高らかな叫び声とともに廃ビルの崩れた壁の向こうから〝それ〟は現れ

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!セイヤァッ!!!!」

 

 タコ型ノイズへとキックを叩き込む。

 そのまま地面に着地したその人物――オーズの背後で炭と化し爆発する。

 

「っ!未来!!」

 

 突然の乱入者に呆然としていた響は慌てて親友の元へ駆け寄る。

 生き残ったことを喜び合う二人。そんな二人を優しく眺める様に見つめる。

 少し前に響とのことに悩んでいた未来を見ているオーズ――映治にとって今響と微笑み合う未来の笑顔はとても眩く見えた。

 満足そうに頷いたオーズは踵を返す。

 

「オーズさん!」

 

 そんな彼を響が呼び止め、オーズは振り返る。

 

「オーズさん!ありがとうございます、未来を助けてくれて!」

 

「…………」

 

 響の言葉を受け、オーズは数秒彼女を見つめ、右手でサムズアップして響へ向ける。

 

「っ!」

 

 そんなオーズに響も笑みを浮かべ同じようにサムズアップし返す。

 それを見たオーズは頷き踵を返し――

 

「あ、あの!」

 

 と、今度は未来が呼び止める。

 

「もしかして……映治さん、ですか……?」

 

「え、未来!?」

 

「…………」

 

 未来の言葉に響は驚きの顔でオーズと未来を何度も見比べ、そんな二人の視線を受けオーズは何も言わずに視線を向け

 

「っ!」

 

 そのまま何も答えず跳び上がり去って行った。

 

 

 ○

 

 

 

「――てっきり俺のところには連れて来ずに逃がすと思ったがなぁ」

 

 ソファーに深く腰掛けてニヤリと笑いながらアンクは言う。アンクの視線の先にはクリスが立ち、彼女を庇うように映治が立つ。

 

「で?ここに来たってことは正直に話す気になったか?」

 

「…………」

 

 アンクの視線を受けクリスは黙って睨み返す。

 

「まず教えろ、あの襲撃の時、お前かカザリか、もしくはあのフィーネとかいう奴が俺のコアメダルを拾ったな?」

 

「…………」

 

「おいガキ!てめぇ俺たちに匿われてぇなら質問に答えろ!いつまでも黙ってると窓から蹴り落とすぞ!!」

 

「アンク!」

 

 立ち上がり詰め寄ろうとしたアンクを映治が遮る。

 

「おい映治、いい加減にしろ!これ以上邪魔するなら――」

 

「そうだよ……」

 

 アンクが映治の胸倉を掴んで睨む。と、それを遮ってクリスが呟くように言う。

 

「……何?」

 

 映治から視線を外しクリスへ視線を向けたアンクは問う。

 

「だから、そうだって言ったんだよ」

 

 言いながらクリスはアンクが座っていたソファーに今度はクリスが座る。

 

「あの時、あいつがしたあのバカでかい攻撃から逃げる時、あたしの方に吹き飛んできたものをあたしが拾ってフィーネに渡した」

 

「やっぱりなぁ!」

 

 クリスの言葉にアンクが嬉しそうに笑う。

 

「てことは俺のコアメダルはあの女のところか……よし、ガキ、案内しろ!あの女から今すぐ俺のメダルを取り戻す!」

 

「意味ねぇよそんなもん」

 

「はぁ?」

 

 クリスの言葉にアンクが眉を顰める。

 

「どう言う意味だ?お前があの女に渡したんだろ?」

 

「ああ。で、それをあたしが昨日持ち逃げした」

 

「………はぁ!?」

 

「え、待って。てことは今アンクのコアメダルは……?」

 

 驚きで叫ぶアンクと呟く様にクリスを指さしながら言う映治。

 

「チッ!なんだよ、最初からそう言えよ!」

 

 舌打ちしながらアンクは右手をクリスに差し出しながら詰め寄る。

 

「おら、さっさと出せ。返せ俺のメダル」

 

「………無理だ」

 

「なんだと?」

 

 クリスの言葉にアンクが眉を顰める。

 

「おい、ガキ。どういうことだ?」

 

「も、もしかして、渡したらすぐアンクが君をどうにかするって思ってる?だったら安心して。さっき約束した通り俺がそんなことさせないから!」

 

「…………」

 

 映治は言うがクリスは答えない。

 

「ほらアンク!お前もちゃんと約束しろ!メダル渡したからってこの子に手を出さないって!」

 

「チッ!わかったよ!約束してやる!これでいいだろ!?さっさと出せ!」

 

「…………」

 

 アンクは苛立たし気に頭を掻いてから舌打ちをしながら言うアンク。しかし、クリスは黙ったままそっぽを向く。

 

「なんだ!?これ以上どうしろって言うんだ!?俺たちだけじゃなくあの女やカザリ達からも守れってか!?てめぇ図々しいにもほどがあんだろ!」

 

「クリスちゃん、君のことは俺が守るから、アンクにコアメダル渡してやってくれないか?頼むよ」

 

「…………」

 

 怒るアンクを宥めながら映治が頼む。そんな二人を見ながらそっぽを向いたままクリスは

 

「………持ってない」

 

「「は?」」

 

「だ、だから!今は持ってないんだよ!」

 

「「………はぁぁぁ!?」」

 

 クリスの言葉にアンクと映治が揃って驚きの声を上げる。

 

「おいふざけんな!さっきテメェ、あの女のところからパクって来たって言ったじゃねぇか!」

 

「確かに逃げるときに咄嗟にフィーネんところから盗って来たよ!でも、今は持ってないんだよ!」

 

「テメェそんなバカな話が――」

 

「逃げ回ってる途中で落としたんだよ!」

 

「「…………」」

 

 クリスの言葉に呆けた顔をする二人。そんな中アンクが俯き肩をワナワナと震わせ――

 

「テメェふざけんじゃねぇぞ!人のもん勝手に持って行ってあげく落としただぁ!?」

 

「しょ、しょうがねぇだろ!あたしも逃げるのに必死だったんだよ!」

 

「知るか!」

 

 クリスと睨み合いながら叫んだアンクは机の上に置いてたタブレット端末を手に取り操作し地図を開く。

 

「おい、テメェどういう道順で逃げてた!?」

 

「んなもんいちいち覚えてねぇよ」

 

「死んでも思い出せ!でなきゃここで殺す!」

 

「そもそもこいつらにどこで拾われたかも知らねぇのに」

 

 言いながらクリスは映治に視線を向ける。アンクも映治をギンッと睨む。

 

「あぁ~……クリスちゃんを見つけたのは確か――」

 

 言いながらアンクのタブレット端末上の地図を指さす。

 

「ここか……で?あの女の本拠地は?」

 

「それなら……ここだな」

 

 クリスは地図の上を指で示す。

 

「てことはここからここまでで……チッ」

 

 地図の上の二つの場所とその間を行ったり来たりして見ながら舌打ちをしてズンズン歩いて行く。

 

「おい、どこ行くんだよ!?」

 

「メダルを探しに行く!誰かに拾われる前に探し出さねぇと!」

 

 映治の問いに答えたアンクはそのままバタンッと大きな音を立てて閉じて出て行った。

 

「…………」

 

「フンッ」

 

 呆然とそれを見送った映治。クリスは鼻を鳴らしてソファーに寝転ぶ。

 

「あぁ~……えっと……」

 

 そんなクリスに映治は何かを言おうとして、しかし、口を噤む。

 

「………なんだよ?」

 

 そんな映治に鬱陶しそうにクリスが訊く。

 

「うん。なんて言うか、もしかしたら一緒に来てくれないかなぁって思ってたから、来てくれて嬉しかった」

 

「なんだそりゃ?」

 

 映治の言葉にクリスは寝転んだまま言う。

 

「言ったろ?あたしは安全を確保したいんだ。だからあんたについて来たのもあくまで利用するためだ。あんたのことはまだ信用してねぇ」

 

「そっか……でも、今はそれでいいよ」

 

「フンッ」

 

 優しく微笑む映治にクリスは調子が狂ったようにそっぽを向く。

 

「で?」

 

「え?」

 

 クリスがそっぽを向いたまま何かを促すが、映治は首を傾げる。

 

「ほら……さっきのやつ!麦粥?キュケオーン?食わせてくれるんだろ!?」

 

「あぁ~」

 

 クリスがそっぽを向いたまま言う言葉に納得したように頷く映治。

 

「もしかして気に入った?」

 

「はぁ!?んなわけねぇだろ!?いいからさっさと準備しろよ!」

 

「はいはい」

 

 叫ぶクリスの言葉に映治は嬉しそうに微笑みながらキッチンに向かうのだった。

 



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017~報告とファンクラブと作戦会議~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!自身を狙ってノイズが出現したことでたくさんの人に被害が出ることを危惧し悲痛なまま逃げる雪音クリス。彼女を助け改めて自分の正体を明かした火野映治は再び手を伸ばす。信用ではなく利用するという形でクリスは一応はそんな彼の手を取るのだった。

2つ!近くで聞こえた悲鳴の元に駆け付けた映治はノイズに襲われる小日向未来と立花響を発見。オーズの力で撃退するも、未来に自身の正体を言い当てられ、映治は何も言わずにその場を去って行くのだった。

そして3つ!ついに判明した襲撃事件時に紛失した赤いコアメダルの所在。しかし、喜びもつかの間、フィーネの元からそれを持ち去ったはずのクリスは、逃走途中にそれを落としてしまったと告げるのだった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





 

「――ということで、仲直りしました」

 

「ご心配おかけしました」

 

 響と未来はそう言って目の前の友人三人に頭を下げた。

 

「まったく、ホントよ!」

 

「一時はどうなるかと思ったよね」

 

「仲直りできてよかったですわ」

 

 二人の前に立っていた三人――板場弓美、安藤創世、寺島詩織は二人の言葉に嬉しそうに笑う。

 

「クラスでも結構話題になってたわよ、あの仲のいい二人がってね」

 

「そ、そうなの!?」

 

 弓美の言葉に響が驚きの声を上げる。

 

「お二人が仲がいいのはクラス中が知ってましたから。余計にみんな不思議がってましたわ、いったい二人に何があったんだろうって」

 

「あぁ~それは……」

 

「何というか……ちょっとした行き違い…かな?」

 

 詩織の言葉に二人は言い淀みながら答える。

 

「なぁ~んだ、てっきり噂されてる三角関係からの痴情のもつれあたりが一番有力かなぁ~って思ってたんだけど」

 

「三角関係!?」

 

「痴情のもつれ!?」

 

 弓美の言葉に二人が素っ頓狂な声を上げる。

 

「い、いったいどこからそんな話が!?」

 

「ほら、二人って火野さんとときどき仲良く話してるでしょ?」

 

「だから二人のどちらか、あるいは二人ともが火野さんを好きになって、それでもめていたんじゃないか、と」

 

「ち、違うよ!映治さんとは別にそんなんじゃないから!」

 

「まあそうだよね。ヒナならともかくビッキーが恋愛でもめるなんてないよね~」

 

「う、うん?なんで私は除外されちゃったの?」

 

「だってあんた『花より団子』じゃない」

 

「うっ……それは…まあ……」

 

 弓美の指摘に響は図星をつかれ顔を顰める。

 

「でも、三人も映治さんと面識あったんだね」

 

 と、そんな響に苦笑いを浮かべながら未来が訊く。

 

「面識って言うか、こっちが一方的に知ってるだけだけどね」

 

「と言うか、あんたたちもしかして知らないの?」

 

「「???」」

 

 創世と弓美の言葉に二人は首を傾げる。

 

「火野さん、結構人気あるのよ」

 

「実は非公式にこっそりファンクラブまであるくらいで、噂ではそのファンクラブ、先生たちの中にも会員になってる人もいるって話ですよ」

 

「そうなの!?」

 

「ファンクラブ!?」

 

 弓美と詩織の言葉に二人は驚きの声を上げる。

 

「ほら、火野さんって結構イケメンでしょ?うち女子高だから出会い少ないし、そんな中ですぐ近くに年の近いイケメンがいるとなれば人気出るってもんよ」

 

「それに火野さんって優しいし。困ってたらいろいろ手伝ってくれたりって話よく聞くよ」

 

「部活動の荷物や準備を手伝っていただいた、とか、自転車登校してて自転車のチェーンが外れて困っていたら直していただいた、とか、うちのクラスでも何人かお世話になった方がいるらしいですわよ」

 

「そ、そうだったんだ……」

 

「なんだか人のいい映治さんなら納得かも」

 

「まあ話だけ聞いてればどっかの誰かさんみたいな趣味が人助けって感じの人よね」

 

 三人の言葉に納得して頷く響と未来に弓美は肩を竦めながら言う。

 

「それに、火野さんっていろいろ謎なんだよね」

 

「「謎?」」

 

 創世の言葉に二人は首を傾げる。

 

「ほら、火野さんって結構若いのに女子高の用務員のバイトしてるっておかしくない?しかも、ちょくちょく長期間不在になるらしいし」

 

「噂じゃあの〝日本三大何やってるかわからない大企業〟の一つの『鴻上ファウンデーション』に出入りしてるところを見たって人もいるし」

 

「いろいろ謎が多い方ですよね。そう言うミステリアスなところも人気の秘訣かもしれませんね」

 

「「…………」」

 

 創世たち三人の言葉に二人は顔を見合わせる。

 

「まあ話はそれたけど、とにかくあんたらが仲直りしてホントよかったわ」

 

「ですね」

 

「やっぱり二人は仲いい方がしっくりくるね」

 

 そんな二人の様子に特に気にせず弓美たち三人は言う。

 

「どう?仲直りを祝ってこれからふらわーでもいかない?」

 

「あぁ~、行きたいのはやまやまなんだけど……」

 

「実はこの後響と一緒に用があって……」

 

「そうですか、それは残念」

 

「じゃあまたの機会ってことにしよっか」

 

「うん、ごめんね」

 

 響の言葉にいいよいいよ、と創世たちは頷き、その後二言三言話してから帰って行った。

 

「ねぇ……さっきの話、映治さんが『鴻上ファウンデーション』に出入りしてたって話……」

 

「うん」

 

 未来の言葉に響が頷く。

 

「この間未来が話してくれた通り、もし映治さんの家にいた金髪の女の人――」

 

「うん、あの時映治さんとクリスは『アンク』って呼んでた。最初雰囲気が違ったからわからなかったけど、後から翼さんも戦ってるって聞いて腑に落ちたの。あのアンクって人、天羽奏さんそっくりだった」

 

「もしその話が本当なら、映治さんは……オーズさんかもしれない」

 

「うん。その証拠に、クリスは映治さんに『まさか、あんたが、オーズ……!?』って……」

 

「…………」

 

 未来の言葉に響は押し黙る。

 

「……どうするの、響?」

 

「正直、オーズさんにはたくさん助けてもらった。でも、弦十郎さんたちに報告したら、映治さんの事は翼さんにも伝わると思う。翼さんはオーズさんのことをよく思ってないから、それを知ったらどうなるか……」

 

 ムムムッと眉をへの字にして考え込む響。

 

「とりあえず、それ込みで報告したらいいんじゃないかな?響の気持ちを伝えたら弦十郎さんもわかってくれるかも」

 

「うん、そうしてみる……」

 

 未来の言葉に響は小さく頷くのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「散々探し回って手掛かりの一つも見つからなかった」

 

 リビングの食卓に座り不機嫌な感情を顔いっぱいに満たしたアンクは吐き捨てるように言った。

 

「もう誰かが拾った後だったってことか」

 

「まあもう既に1日以上経ってるしな」

 

 同じく食卓に着く映治とクリスは話を聞きながら頷いた。

 

「一般人が拾った可能性もなくはないが、それよりも考えられるのは――」

 

「やっぱあの〝フィーネ〟ってやつが」

 

「それにカザリもな」

 

映治の言葉に付け足してクリスが言う。

 

「くそっ!やっと俺のメダルが戻ってくると思ったのに!またふりだしかよ!」

 

 アンクは苛立たし気に机を叩く。

 

「これはもう大元を叩くしかねぇな」

 

「大元?」

 

「殴り込みかけるって言ってんだ」

 

 首を傾げる映治にアンクは答える。

 

「どっちにしろあの女もあの女とつるんでるカザリもいい加減目障りだ。メダルを取り返すついでに潰しちまおう。あいつらがいなくなればこのチビガキ庇う必要もねぇしな」

 

「誰がチビガキだ、鳥野郎」

 

 自信を指さしながら言うアンクの言葉にクリスはムッとしながら返す。

 

「あぁ?なんか文句あんのかチビガキ?」

 

「だからチビガキじゃねぇって言ってんだろ?物覚え悪ぃな鳥頭」

 

「あぁん?」

 

「あぁん?」

 

 立ち上がりお互い近距離で睨み合うアンクとクリス。

 

「はいはい、二人ともそこまで」

 

 そんな二人の間に映治が割り込む。

 

「まあとりあえず、あいつらのところに乗り込むのは俺も賛成だ。上手くいけばクリスちゃんも逃げ隠れせずに済む」

 

 言いながら映治はクリスを見る。

 

「俺とアンクであいつらはなんとかする。だからクリスちゃんは安心して待っていてほしい」

 

「あぁん?何言ってんだ?そのドチビガキも行くんだよ」

 

「「はぁ!?」」

 

 映治は微笑みかけながらクリスに言う。が、それに対して言ったアンクの言葉に二人は揃って声を上げる。

 

「当り前だろ。メダルを持ってったのもあいつに渡したのも、あいつらともめてあいつらのところから追われてるのも全部もとはと言えばお前のせいだろ。お前の問題でもあんだから協力しろ」

 

「それは…まあそうだけど……」

 

「働かざるもの食うべからずってやつだ。お前を匿うのもタダじゃねぇ。お前を匿ってやってる分くらい働きやがれ」

 

「アンク!そんな言い方!」

 

「……わかったよ」

 

 アンクをたしなめる映治をよそにクリスは少し考えた後に頷く。

 

「その殴り込み、私も行く」

 

「いいの、クリスちゃん?」

 

「ああ、これはあたしの問題でもある。あたしもあたしの手で決着を付けたい」

 

「……そっか」

 

 クリスの決意に固まった表情に映治も頷く。

 

「決まりだな」

 

 そんな二人にアンクはニヤリと笑いながら頷く。

 

「決行は明日の午前10時。それまでにカンドロイドを飛ばして奴らの所在を明らかにしておく。乗り込んで誰もいませんでした、じゃ意味ねぇからな」

 

 言いながらアンクは立ち上がる。

 

「精々ゆっくり休んで英気を養え。明日は働いてもらうからなぁ」

 

「お前はどうするんだ?」

 

「カンドロイド飛ばしたら風呂入ってアイス食って寝る。お前らもしっかり休んでおけよ。明日寝不足で十分に戦えません、じゃ困るからなぁ」

 

 そう言ってアンクはリビングを後にした。

 

「…………」

 

 出て行ったアンクを見送ったクリスはどこか物憂げな様子でぼんやりとしている。

 

「……やっぱりまだあのフィーネって人のこと気持ちの整理つかない?」

 

「……別に。そんなんじゃねぇよ」

 

 映治の問いにクリスはぶっきらぼうに答える。

 

「本当に?無理しないでね。何か気にかかることがあるなら、俺で力になれることがあるならいくらでも――」

 

「あぁもう!ウザい!なんでもねぇよ!ガキ扱いすんな!」

 

 クリスは鬱陶しそうに叫び立ち上がる。

 

「あたしも寝る!」

 

 そう言ってクリスは苛立たし気にズンズン歩いて行く。

 

「クリスちゃん!」

 

「なんだよ!?」

 

 自身を呼び止める映治の声に苛立たし気にクリスは振り返る。

 

「おやすみ。明日は大変な戦いになると思うけど、頑張ろうね」

 

「…………」

 

 映治の言葉にクリスは数秒黙り。

 

「おやすみ……」

 

 ぶっきらぼうに返し、今度こそリビングから出て行くのだった。

 



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018~大人と夢と高い塔~

すみません、昨夜更新したのになぜか途中からになっていました。
先程誤字脱字がないかあらためて読み返そうとして気付きました。
申し訳ありません。
あらためてちゃんとしたものを更新します。(2020.3.22)



戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!立花響と小日向未来は友人の板場弓美、安藤創世、寺島詩織の三人に仲直りをしたことを報告。三人は二人の仲直りを心から喜ぶのだった。

2つ!三人の友人たちから火野映治に学内で非公式のファンクラブがあることを聞き、彼女たちは改めてオーズ=映治の疑惑について語るのだった。

そして3つ!雪音クリスの言葉に乗っ取って探すもののメダルを見つけられなかったアンクはフィーネとカザリに向けての襲撃計画を立てる。その襲撃に映治とクリスも参加することとなったのだった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





「……なんだよこれ……?」

 

 その惨状を見てクリスは呆然と呟いた。

 そこはクリスの案内でやって来た森の奥のフィーネのアジトとなっていた屋敷。しかし、その中は酷い状態だった。

 一番奥の広い大広間は特に酷かった。ガラスはすべて割れ、そこら中に血塗れの死体がいくつも転がっていた。

 朝、予定よりも早い時間にアンクにたたき起こされた俺とクリスは揃ってアンクが渡して来たタブレット端末の画面に映る映像に驚かされた。

 今日の十時に乗り込むはずだったフィーネのアジトに複数の武装した人影が近づいて行く様子がそこには映し出されていた。

 慌てて準備した俺たちは急いでアジトに乗り込んだ。もちろん何が起こるかわからないので俺はオーズのタトバコンボに変身した状態で、クリスもいつでもシンフォギアを纏えるようにしている。そして、今に至る。

 

「この顔つき……日本人じゃなさそうだな?」

 

「たぶんアメリカ人だよ。でもなんだって武装した人間がここに?」

 

「何がどうなってんだよ……?」

 

 死体を見ながらこの現状に至った原因を探ろうと見渡す俺とアンク。クリスも呆然とあたりを見渡しながら呟く。と――

 

 ガタンッ

 

「「「っ!?」」」

 

 背後で聞こえた物音に俺たちは揃って警戒をしたまま慌てて振り返る。

 そこにはガタイのいい赤毛の白いスーツのズボンに赤いカッターシャツの男が立っていた。確か二課の人間だ。前にクリスちゃんと響ちゃん、風鳴さんが戦ったときに最後にやって来た人だ。

 

「っ!違う!あたしたちじゃない!やったのは――」

 

 クリスが慌てて言うが、それより早く黒服にサングラスに拳銃を構えた男たちが駆けこんでくる。

 

「っ!」

 

「待って、アンク!」

 

 アンクが右腕を変化させ構えるが俺は慌ててそれを制す。

 

「くっ!」

 

 クリスも身構えるが俺たちをよそに黒服の男たちは周囲に倒れる死体たちに駆け寄る。

 

「???」

 

 困惑しているクリスに例の赤毛の男が歩み寄りクリスの頭に手を置く。

 

「誰も君らがやったなんて疑っちゃいない」

 

「っ!」

 

 男の言葉にクリスが驚いた顔をする。

 

「全ては君や俺たちのそばにいた彼女の仕業さ」

 

「彼女?」

 

 男の言葉に俺は訊く。そんな俺、そして俺の隣に立つアンクに視線を向ける。

 

「こうしてちゃんと会って話すのは初めてだな」

 

「…………」

 

「何て呼べばいいかな?」

 

「とりあえず俺のことはオーズでいいです。彼女はアンクです」

 

「そうか。俺は『特異災害対策機動部2課』で指令をしている、風鳴弦十郎だ」

 

 男――弦十郎さんはそう言って俺たちの方に一歩歩み寄る。

 

「君たちが彼女を保護してくれたのか?」

 

「このバカが勝手に連れて来ただけだ。俺はこんなガキのお守りなんて御免だ」

 

 クリスを示しながら言う弦十郎の言葉にアンクは肩を竦めながら答える。

 

「彼女の身柄は俺たちが保護するべきだった。それを代わりに救ってくれたこと、心から礼を言いたい。ありがとう」

 

 そう言って弦十郎さんは俺たちに頭を下げる。

 

「あなた、なんで……?」

 

 俺の問いに弦十郎さんは顔を上げる。

 

「ヴァイオリン奏者の雪音雅律とその妻、声楽家のソネット・M・雪音が難民救済のNGO活動中に戦火に巻き込まれて死亡したのが8年前。残った一人娘も行方不明となった」

 

「…………」

 

「そのガキのことか」

 

 押し黙る俺をよそにアンクがクリスを指さしながら言った言葉に弦十郎さんが「ああ」と頷く。

 

「その後、国連軍のバルベルデ介入のよって事態は急転する。現地の組織に囚われていた彼女は発見され、保護。日本に移送されることになった」

 

「ケッ!よく調べてるじゃねぇか。そう言う詮索反吐が出る」

 

 鼻を鳴らしてクリスが言う。

 

「当時の俺たちは適合者を探すために音楽界のサラブレットに注目していてね。天涯孤独となった君の身元引受先として手を上げたのさ」

 

 だが、と弦十郎さんは言葉を区切る。

 

「君が帰国直後に消息不明になった。俺たちも慌てた。2課からも相当数の捜査員が駆り出されたが、この件に関わったもののその多くが死亡、あるいは行方不明という最悪の結末で幕を引くことになった」

 

「それで、あなたはどうしたいんですか?」

 

 俺は弦十郎さんに問いかける。

 

「俺は、その子を救いたかった。引き受けた仕事をやり遂げるのは、大人の務めだからな」

 

「ハッ!大人の務めと来たか!余計なこと以外いつも何もしてくれない大人が偉そうに!」

 

「…………」

 

 吐き捨てる様に言うクリスに弦十郎さんは押し黙る。と――

 

「風鳴司令!」

 

 黒服の一人が声を上げる。

 

「……どうした?」

 

「これを!」

 

 黒服の示すところを見る弦十郎さん。俺とアンク、クリスもそこに視線を向ける。

 そこには死体の一つに一枚の紙が貼られ赤い血の文字で「I love you SAYONARA」と書かれている。

 黒服の男がその紙をはがそうと手を触れ――

 

「ッ!待った!はがしちゃだめだ!」

 

 タカの力によって強化された俺の視界がその罠に気付く。が、俺の言葉は遅かったようでその黒服の人物はすでに紙を引っ張っていた。

 

「っ!」

 

 俺はすぐさま動き、近くにいた人たちを庇う。

 視界の端でクリスとアンクを弦十郎さんが庇ったのが見えた。直後――

 

 ズドドンッ!

 

 あたりを爆発が襲う。

 爆発の帆脳と煙が晴れた時、周囲は瓦礫の山となっていた。俺が庇った人も少し離れた場所にいた人も怪我はないようだった。

 見ればクリスとアンクを抱えた弦十郎さんがその右手に降って来たであろう瓦礫を掴んでいた。

 

「どうなってんだよ……?」

 

「衝撃は発勁でかき消した」

 

「そうじゃねぇよ!」

 

 弦十郎さんの言葉にクリスは腕を振りほどいて弦十郎を睨む。アンクもさっさと距離を取っている。

 

「なんでギアを纏えない奴があたしを守ってんだよ!?」

 

 クリスの言葉に手で防いでいた瓦礫を放って弦十郎が向き直る。

 

「俺が君を守るのは、ギアのあるなしじゃなく、お前よか少しばかり大人だからさ」

 

「大人!?あたしは大人が大嫌いだ!死んだパパもママも大嫌いだ!」

 

「っ!」

 

 クリスの言葉に俺は息を飲む。

 

「とんだ夢想家で臆病者!あたしはあいつらと違う!戦地で難民救済?歌で世界を救う?いい大人が夢なんか見てんじゃねぇよ!」

 

「大人が夢を、ねぇ……」

 

「本当に戦争を失くしたいのなら、戦う意思と力を持つ奴を片っ端からぶっ潰して行けばいい!それが一番合理的で現実的だ!」

 

「それは、違うと思うよ」

 

 叫ぶクリスちゃんに俺は思わず口を開く。

 

「暴力に対して暴力でぶつかっても、何の解決にならないよ。それじゃあ争いが余計に大きくなっちゃう。泣く人が増える。惨めな人が余計に惨めになる」

 

「それは……」

 

 俺の言葉にクリスちゃんは言い淀む。

 

「いい大人が夢をって君は言うけど、俺は逆だと思う。大人だから夢を見るし、夢に焦がれるんだよ」

 

 俺はクリスちゃんに歩み寄りながら言う。

 

「確かに子どもの時に夢見たことが時を経て現実を見ることはある。でも同時に夢を現実にするためには、夢をかなえるための手段が見えてくるんだ」

 

 言いながら俺はクリスちゃんの目の前に立つ。

 

「君のご両親はなんの根拠もなく、ただの無茶で戦地に向かったんじゃない。そこがこの世の地獄だってわかってて、自分たちの歩む道が茨の道だってわかってて、それでも焦がれる夢を目指したんだよ」

 

「なんでそんなこと……」

 

「君に見せたかったんだよ。夢をかなえる瞬間を。夢は叶うんだって言うことを、証明したかったんだ」

 

「っ!」

 

「君は嫌いだって言ったけど、君のお父さんもお母さんも君のことを愛してたんだ。だからこそ自分たちをそばで見ていてほしかったんだ。君が誇れる親でいるために」

 

「うっ…うぅ……!」

 

 俺の言葉にクリスちゃんが嗚咽を漏らす。俺はそんなクリスちゃんを優しく抱きしめる。

 

「うぅ!うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 クリスちゃんは抱きしめる俺の胸に顔を埋め声を上げて泣いた。その姿はこれまでの強い彼女ではなく、年相応の少女の姿だった。

 

 

 ○

 

 

 爆発で瓦礫の山となった場所をあらかた捜索した黒服さんたちは慌ただしく乗ってきた車に乗り込んでいく。

 そんな中で最後まで俺たちと対面していた弦十郎さんは口を開く。

 

「君たちの事、味方と思っていいんだな?」

 

「はい。少なくとも、俺たちはあなたたちと敵対する意思はありません。でも、すみません、今はまだ……」

 

「構わんさ。敵じゃないということがわかればな」

 

 俺の言葉に弦十郎さんは微笑む。

 

「その子の事、君たちに任せてもいいだろうか?」

 

「任せてください!」

 

「チッ」

 

 弦十郎さんの言葉に俺は大きく頷きその隣でアンクは嫌そうに舌打ちをする。

 

「今はまだ、君たちも君もそれぞれの道を進んでいるかもしれない。だが、その道はいつか俺たちの道と合流すると信じている」

 

「いままで戦ってきた者同士が、手を取り合えるていうのか?世慣れた大人がそんな綺麗事言えるのかよ?」

 

「ホント、ひねてるなぁお前……」

 

 クリスちゃんの言葉に弦十郎さんは苦笑いを浮かべ

 

「ほれ」

 

 携帯機器をクリスちゃんに投げて寄越す。

 

「限度額以内なら公共交通機関は使えるし自販機で買い物もできる。何かあればそれを使え。中には俺へ直で繋がる連絡先が登録してある。何かあれば頼ってくれ」

 

 そう言って弦十郎さんは車に乗り込む。と――

 

「『カディンギル』!」

 

「え?」

 

「フィーネが言ってたんだ。それが何かはわからないけど、そいつはもう完成してるみたいなこと言ってた」

 

「『カディンギル』……後手に回るのは終いだ。こっちからうって出てやる」

 

 クリスちゃんの言葉に弦十郎さんは真剣な表情で言うと、俺たちに手を振り去って行った。

 それを見送りながら俺はアンクに視線を向け

 

「なぁ、お前は何か知ってるか、『カディンギル』について?」

 

「確か古い言葉で『高みの存在』のこと。そこから転じて仰ぎ見るほどの高い塔のことを言ったりするな」

 

「塔……」

 

 俺はアンクの言葉に腕を組む。

 

「クリスちゃんの話ではそれはもう完成してるんだよね」

 

「ああ。フィーネはそう言っていた」

 

 俺の問いにクリスちゃんは頷く。

 

「……でも、そんな高い塔、人目に着かないように作れるものなのかな……?」

 

「……………」

 

 俺の言葉が聞こえているのかどうかわからないがアンクは考え込むように腕を組んで目を瞑る。

 

「何かが気になる……さっきのあの男の言葉、フィーネはこのガキだけじゃなく奴らの近くにもいた……そして、『カディンギル』…空を仰ぎ見るほどの塔……」

 

「塔か……何かで隠しながら作る、なんてことも難しいだろうし、いったい何のことなんだろうなぁ……」

 

「隠しながら作る……?」

 

 俺が頭を掻きながら言うと、アンクは俺の言葉を繰り返すように呟く。が、結局この時は結論は出ないのだった。

 



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019~助っ人と陽動と不穏な知らせ~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!ついにフィーネのアジトに乗り込む火野映治とアンク、雪音クリスだったが、そこにフィーネたちはおらず、そこには大量の死体が転がる惨状が広がっており、同時に現れた特異災害対策本部二課の指令の風鳴弦十郎とその部下たちと遭遇した。

2つ!クリスたちを疑わなかった弦十郎たち。しかし、彼らを爆弾が襲うも映治や弦十郎の活躍により事なきを得る。大人に守られたことに困惑し、大人を――夢を見続けた両親を嫌いだと叫ぶクリスに映治は優しく諭すのだった。

そして3つ!オーズたちの正体を詮索しないばかりかクリスへ便宜を図ろうとする弦十郎にクリスは『カディンギル』という情報を教える。しかしその言葉以上の情報はクリスにもなく、映治とアンクもその正体はつかめずにいるのだった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





「――飛行タイプの超巨大ノイズが四体!?」

 

 隣でクリスちゃんが朝に弦十郎さんからもらった通信機器を耳に当てて驚愕の声を上げる。

 フィーネのアジトから撤収し今後のことについて話していた時、突如ノイズへの警報が鳴り響いた。

 驚く俺たちへ――厳密にはクリスちゃんへ、通信機器が着信を告げ現在に至る。

 

「そのノイズどもが向かう先が……スカイタワー!?」

 

「「っ!?」」

 

 通話の相手である弦十郎さんの言葉を繰り返したであろうクリスちゃんの言葉に俺とアンクは息を飲む。

 

「そうか!スカイタワーは日本でも最大の電波塔だ!つまり敵の目論見である『カディンギル』って言うのはあれのことだったんだ!」

 

「……………」

 

 俺は合点がいき言う。が、アンクはそれに答えず何か考え込んでいる様子だった。

 

「で?それをあたしに連絡してきてどういうつもりだ?……はぁ!?助っ人に行けだぁ!?」

 

 クリスちゃんは驚愕の声を上げる。

 なるほど、空を飛ぶノイズに対して響ちゃんと風鳴さんの力ではなかなか難しいだろう。その点クリスちゃんは遠距離武器主体だからより戦いやすくなるだろう。

 

「な、なんであたしが……」

 

 クリスちゃんは文句ありげなように言うが、その顔は少し前向きに検討している様子だった。が、クリスちゃんが決断を下すよりも早くクリスちゃんにつかつかと歩み寄ったアンクがクリスちゃんから通信機器をひったくる。

 

「お、おいてめぇ!何しやが――」

 

「おい、それに助っ人として俺たちを呼んで、俺たちにどんな見返りがある?」

 

「おいアンク!?」

 

「シッ!黙ってろ!」

 

 勝手に話し出すアンクに俺とクリスちゃんが詰め寄ろうとするがアンクは俺たちを睨んで恫喝すると通話に戻る。

 

「で?……たったセルメダル100枚か?この間は5000枚のセルメダルの輸送してたろ?」

 

 アンクは通話先へふてぶてしく言う。

 

「……まあいい。そのセルメダル100枚でとりあえず手を打ってやる。だが、これで貸し一つだ。いつか返してもらう。いついかなる時でも俺たちの手伝いをしてもらう。その条件を飲むってんなら大サービスだ。オーズも向かわせる」

 

「アンク…!?」

 

 アンクの思わぬ言葉に俺は思わず声を漏らす。

 

「で、どうすんだ?乗るのか?乗らないのか?」

 

 アンクはジッと答えを待つ。が、すぐにニッと笑みを浮かべ

 

「それでいい。約束忘れんなよ」

 

 そう言って通信を切り、通信機器をクリスに投げ返す。

 

「交渉成立だ。話の分かるやつでよかったよ」

 

「テメェ何勝手に決めてんだ!?」

 

「うるせぇな。どうせなんだかんだ言って最後には助けに行くんだろ?だったら上手く条件吹っ掛けて何が悪い?」

 

「なっ!?」

 

 ワナワナと口を震わせて、しかし、図星だったようで言葉を失っている。そんなクリスを放っておいてアンクは俺に向くと

 

「おう、映治。これ持ってけ」

 

「うぉっと!?」

 

 急に何かを投げて来たので慌てて受け取る。それは三枚のコアメダルだった。しかもその内容は

 

「ライオンにトラにチーターって、アンクこれコンボじゃないか!?」

 

「ああ」

 

 驚く俺にアンクは頷く。

 

「お前にその三枚を預ける。恐らく今回は大きな転機になるそれでうまく戦え」

 

 そう言ってアンクは近くの自販機に歩み寄りバイクに変形させて跨る。

 

「おいアンク!?お前は行かないのか!?」

 

「俺は別行動だ」

 

「で、でも!さっきのクリスちゃんの言ってた『カディンギル』ってスカイタワーの事なんじゃないのか!?」

 

「かもしれねぇな」

 

「だったら!」

 

「だが、なんか引っかかる。正直まんま過ぎるんだよ」

 

「まんま?」

 

「『カディンギル』が『空を仰ぎ見るほどの塔』でその正体がスカイタワーなら捻りが無さすぎる。途中で気付かれれば大事な計画がパァになる。俺がやつらの立場ならもっとバレない方法と場所で計画を進める」

 

「だったら今回のこれは……」

 

「ああ、恐らく陽動だ」

 

 俺の言葉にアンクは頷き、クリスは驚きで息を飲む。

 

「だとしたらフィーネたちの目的はなんなんだ!?」

 

「それを今から確かめに行く。ただ、やつらに俺たちが陽動に気付いてると悟らせないために行くのは俺だけだ。お前らには二課の要請に乗ってもらう」

 

「でも、だったら陽動ならコンボ使う必要はないんじゃ……」

 

「そいつは保険だ。陽動先にカザリの野郎が出て来た場合コンボじゃないと苦戦するからなぁ」

 

 そう言ってアンクはヘルメットを被る。

 

「何かわかったらすぐに連絡する。せいぜい陽動で足元掬われて死なねぇようにな」

 

 そう言ってアンクはバイクを走らせ去って行った。

 

 

 ○

 

 

 現在スカイタワー周辺では響と翼がシンフォギアを纏いノイズたちと戦っていた。

 響たちの奮闘で四体いた超巨大な飛行タイプのノイズのうち、一体を

 

「相手に頭上を取られるのが、こうも立ち回りにくいとは!」

 

「ヘリを使って私たちも空から――!」

 

 悔しげに言う翼に響が言う。が、その言葉を言い終わるより先に二人の上でヘリが爆発する。

 

「そんな……」

 

「よくもっ!」

 

 驚愕する響と怒りに顔を顰める翼。そんな二人に息をつく暇もなく飛行タイプのノイズが襲う。

 

「はぁっ!」

 

「せやっ!」

 

 それらを避け、さらに襲ってkるノイズたちを蹴散らす二人だったが、上空を飛ぶ超巨大ノイズから雨あられのごとくさらにノイズが追加される。

 

「空飛ぶノイズ……どうすれば……!」

 

「臆するな立花!防人が後退ればそれだけ前線が後退するということだ!」

 

 少し弱腰になる響に翼は叱咤する。が、そんな二人に大量のノイズたちが再び襲い――

 

「「っ!?」」

 

 しかし、それらはどこからともなく放たれた無数の弾丸に消し飛ぶ。

 慌てて二人がその弾丸の放たれた方向に視線を向けると、そこにはシンフォギアを纏ったクリスがその両手にガトリングガン状に変形させたアームドギアを構えて立っていた。

 

「あぁっ!」

 

 その姿に響は目を輝かせ、翼はムッとした表情を浮かべる。

 

「こいつがピーチクパーチク喧しいから来てやっただけだ!勘違いすんじゃねぇ!お前たちの助っ人になったつもりはねぇ!」

 

 クリスは二人を睨みながら言う。が――

 

『助っ人だ。少々到着が遅くなったがな』

 

「んぐっ……」

 

 クリスの握る通信機器から聞こえた弦十郎の言葉にクリスは顔を赤く染める。

 

「助っ人!?」

 

 喜ぶ響に対して翼は驚きの声を漏らす。

 

『そうだ!第二号聖遺物「イチイバル」のシンフォギアを纏う戦士、雪音クリスと――』

 

「セイハァァァァ!!」

 

 と、弦十郎の言葉の途中で高らかなエンジン音とともに声が響く。同時に少し離れた通りを埋め尽くしていたノイズたちが何者かによって蹴散らされ炭と化していく。

 その何者かはそのままノイズを蹴散らしながら三人の前までやって来て停まる。それは以前、完全聖遺物『デュランダル』輸送時に見たトラ型に変形したバイクに跨ったオーズ『ラトラーターコンボ』だった。

 

「お、お前は!?」

 

「オーズさん!」

 

『彼がもう一人の助っ人だ!』

 

 驚愕する二人に弦十郎が継げる。

 

「そういう訳だから、今は思うところはあると思うけど協力してこの状況を乗り越えよう!」

 

「くっ!……いいだろう。貴様の言うとおりだ、今は連携してノイズを――」

 

 オーズの登場に思うところがあるようだが、冷静に状況をとらえ、翼は頷く。が――

 

「知るか!あたしはあたしで勝手にやらせてもらう!邪魔だけはすんなよな!」

 

「えぇっ!?」

 

「ちょっ!クリスちゃんここは仲良く協力して――!?」

 

「うるせぇっ!保護者面してんじゃねぇよ!」

 

 そう言ってクリスはオーズに言うとアームドギアをボウガン状にして空を飛ぶノイズたちに乱れ撃つ。

 

「ほぇ~……」

 

 あっという間に空中にいるノイズたちを撃ち落として行くクリスの姿に響が感心の声を漏らす。

 

「空中のノイズはあの子に任せて、私たちは地上を――」

 

 そんな響に言おうとする翼だったが

 

「待って、君たちはクリスちゃんの援護をしてあげて欲しい」

 

 オーズがバイクから降りて二人に言う。

 

「地上は俺に任せてほしい。あの空に浮いてるバカでかいノイズを落とすにはクリスちゃんの力が不可欠だ。でも、いくら彼女でもあんなでかいのを一人では無理だ。彼女を助けてあげて欲しい」

 

「「…………」」

 

 頭を下げるオーズの姿に二人は少し驚いた様子を見せ

 

「わかりました!任せてください!」

 

「立花!?」

 

 元気に返事をして頷いた響に翼は驚き声を上げる。

 

「大丈夫です翼さん!オーズさんを信じましょう!それにクリスちゃんのことも!」

 

「……わかった」

 

 響の言葉に翼は頷く。

 

「ありがとう二人とも!」

 

「勘違いするな。私はまだお前のことを信じたわけじゃない。お前たちを信じるという立花を信じるだけだ」

 

「それでも、だよ」

 

「フンッ!」

 

 頷くオーズに翼は不満げに鼻を鳴らす。

 

「それじゃあ二人ともクリスちゃんのこと頼んだよ!その代わりこっちは任せて!」

 

 そう言ってオーズは再びバイクに跨り走り出す。

 

 

 ○

 

 

 

 トラカンドロイドとバイクを合体させた『トライドベンダー』で駆け回りノイズを蹴散らし、それを逃れたのもメダジャリバーやトラクローで切り裂きながら俺は進む。

 クリスちゃんのことは二人に任せたが、きっとあの三人でなら大丈夫。何故かわからないがそんな確信がある。

 先ほどチラリと様子を見た時にクリスちゃんと風鳴さんが少し言い争っているときはどうしようかと思ったが、すぐに響ちゃんが取り持ってくれたようだ。

 きっとこれなら大丈夫。俺も安心してこっちに集中することができそうだ。

 俺はノイズを取りこぼさないように集中し直す。

 道路を埋め尽くすほどのノイズたちをトライドベンダーを駆使して蹴散らす。

 しかし、同時に俺は先程アンクが言っていたことを理解する。

 恐らくここはアンクの言う通り陽動だ。

 もしここが本命ならここまでやってフィーネやカザリ、カザリのヤミーが現れないのはおかしい。

 アンクは任せろと言っていたが、無茶していないといいが……。

 そんなことを考えていた俺の耳にどこからか優しい歌声が聞こえる。

 見ると先程クリスちゃんたちの意建物の屋上で今は一人でクリスちゃんがまるで何かに集中するように目を閉じて歌っている。

 その歌詞はこれまでのまるでこの世の全ての悪意をたった一人でじ伏せようとする強い気持ち、自分へ向けられる善意を跳ねのけようとする鋭さの歌とは真逆。これまでの他人を拒絶する歌ではなく受け入れようとする、受け入れたちという気持ちを感じた。

 そして、そんな彼女を守るように彼女を襲うノイズたちを響ちゃんと風鳴さんが倒していく。

 

「フフッ……」

 

 そんな光景に俺はどうしようもなく嬉しくなって、つい戦っている最中だというのに微笑みを漏らす。

 きっとクリスちゃんは大丈夫だ。彼女たちがいれば、クリスちゃんはもう二度と一人ぼっちになることは無いだろう。

 俺はそんな確信を感じながらトライドベンダーを加速させた。

 

 

 ○

 

 

 あれから少ししてクリスちゃんの放った攻撃で上空に飛んでいた超大型ノイズたちは撃破され、そのほかのノイズたちも五人で手分けしてもれなく倒すことができた。

 

「やったやったぁ~!!アハハハハ~!!」

 

 クリスちゃんに駆け寄った響ちゃんはそのまま抱き着く。

 

「やめろバカ!!何しやがるんだよ!?」

 

 そんな響ちゃんを振りほどきクリスちゃんが叫ぶ。

 そんな二人に風鳴さんも歩み寄り、その三人を俺は離れたところから眺める。俺の視線の先で三人が変身を解くがもちろん俺は変身を解いていない。

 

「勝てたのはクリスちゃんのお陰だよ!フヒヒヒヒ~!」

 

「だからやめろって言ってんだろうが!!」

 

 再び抱き着く響ちゃんにクリスちゃんが叫んで振りほどく。

 

「いいか!?お前たちの仲間になったつもりはない!私はただ、フィーネと決着をつけて、やっと見つけた本当の夢を果たしたいだけだ!」

 

 クリスちゃんは響ちゃんへ拒絶を込めて言う。が――

 

「夢!?クリスちゃんの!?どんな夢!?聞かせてよぉ~!」

 

「うぅ、うるさいバカ!!お前本当のバカ!!!」

 

 それは余計に響ちゃんの興味を掻き立てる結果となり余計に響ちゃんにすり寄られている。

 そんな様子に風鳴さんは何も言わず、しかし微笑ましそうに笑っていた。

 と、そんな時だった。

 

「ん?」

 

 上空からタカカンドロイドがバッタカンドロイドを運んできて俺の手元に落として行った。そして――

 

『おい、聞こえるか!?』

 

「アンク!?」

 

 バッタカンドロイドから聞こえた声に俺は慌てて返事をする。

 

「聞こえるよ!何かわかったのか!?」

 

『ああ!思った通りだった!そっちは陽動だ!奴らの目的は他にあった!』

 

「それっていったい!?」

 

『奴らの目的は陽動で手薄になった特機部2の連中の本部を襲うことだったんだよ!しかも、どうやらあのフィーネって女の目的のカディンギルってのもそこだったらしい!』

 

「どういうことだよ!?二課の本部ってどこだよ!?」

 

『あのリディアンとかいう学校だ!てめぇのバイト先の!奴らそこの地下深くに秘密のアジトを作ってやがった!そのアジトが丸々フィーネどもの計画の要だったってわけだ!まったく、特機部2のやつらも間抜けだな!まさかここまで敵の術中だったとはな!』

 

「そんな……」

 

 アンクの言葉に俺は息を飲む。もし今の言葉が本当なら俺はずっと何も知らずに働いていたリディアンの地中にフィーネたちが虎視眈々と準備してきた『カディンギル』って言うのがあるらしい。

 

『とにかく今すぐテメェらこっちに来い!今こっちはノイズどもが現れて大騒ぎだ!この騒ぎに乗じてフィーネどもが現れるはずだ!そこを俺たちがやつらのメダルを横から掻っ攫う!』

 

「待ってくれ!ノイズが現れた!?学院に!?じゃあ生徒のみんなは!?」

 

『んなもん知るか!』

 

「知るかじゃない!こっちに響ちゃんも風鳴さんもいるんだぞ!そっちにはノイズに対抗できる戦力なんか無いんじゃないか!?」

 

『だろうなぁ。おかげであっちこっち大騒ぎだ』

 

「だったら!」

 

『だったらテメェがとっととこっちに来い!いま俺はカンドロイドで侵入路探してんだ!じきに通信どころじゃなくなる!あのガキ連れてとっととこっち来やがれ!』

 

「でもアンク!」

 

『っ!よっし!侵入路が見つかった!俺はこれから特機部2どものアジトに潜り込む!お前もさっさと来い!じゃあな!』

 

「あっ!ちょ、アンク!?アンク!!」

 

 一方的に切られた通信に俺は混乱した頭を落ち着かせて状況を整理する。とりあえず今は急いでリディアンに向かわないと――

 

「おい、どうした?」

 

 と、俺の今のアンクとのやりとりを見ていたであろうクリスたちが駆けよる。

 

「ッ!丁度いい!君たちも一緒に来て!リディアンが大変なことになってる!」

 

「っ!?」

 

「おい!それはどういうことだ!?」

 

 俺の言葉に響ちゃんが息を飲み、風鳴さんが睨みながら言う。

 

「ここは陽動だったんだ!君たち二人をここに引き付けることが今の騒ぎの本当の目的だったんだ!」

 

「でも『カディンギル』はスカイタワーなんじゃ……」

 

「それは囮だったんだ!本当の『カディンギル』君たちのすぐ近くにあったんだよ!今その為にリディアンにノイズが現れたらしい!俺も今から向かうから二人も一緒に――」

 

「っ!貴様の言葉が真実だとして、貴様とともに行った先が罠でない保証はない!」

 

 俺の言葉に風鳴さんが睨みながら言う。

 

「その通りだ……でも、今は信じてもらうしかない!急がないとたくさんの人の命が!」

 

「翼さん!今はオーズさんの言葉を信じるしか――!」

 

「だとしても、いまだ自身の正体も明かさないこいつの言葉を100%信用するわけにはいかない!」

 

 響ちゃんの言葉を遮って風鳴さんは鋭く言う。

 

「行くぞ、立花!リディアンには私たちだけで行く!」

 

「待って!この『トライドベンダー』のスピードなら普通のバイクよりも早く行ける!」

 

「奏の事!貴様自身の事!さらに貴様と行動を共にしているあの奏の瓜二つの人物のこと!貴様に対する懸念がある以上、ホイホイと貴様に着いて行くわけにはいかない!」

 

「っ!」

 

 風鳴さんの言葉に息を飲む。その通りだ。これまで彼女たちへ秘密にし続け、こんなときだけ信じろなんて都合が良すぎる。

 

「翼さん、でも――!」

 

「あんたなぁ、こんな時に意地張って――!」

 

「待って二人とも。風鳴さんの言うとおりだ」

 

 風鳴さんにかけよる響ちゃんと俺の隣でクリスちゃんが言いかけた言葉を俺は遮る。

 

「…………」

 

 俺は風鳴さんと響ちゃんに一歩歩み寄り、ベルトに手を当て

 

「「「っ!?」」」

 

 三人が息を飲むのがわかった。三人の目の前で俺は変身を解いた。

 

「今、俺ができる事って言ったら、これしか思いつかない」

 

「お前は……!」

 

「映治…さん……」

 

「君たちの疑問に全て答えろって言うなら全部答える。全部話せって言うなら全部話す。でも、今は時間がない。後でいくらでも話すから、今は一緒に来てほしい!」

 

 風鳴さんと響ちゃんが驚きの声を漏らすのを見ながら俺は火野映治として頭を下げた。

 

「お願いだ!いまなら、いまならまだ間に合うんだ!いま手を伸ばせば、一人でも多くの命を掴めるんだ!手が届くのに手を伸ばさなかったら死ぬ程後悔する!だから協力してほしい!」

 

「…………」

 

 頭を下げる俺に風鳴さんは押し黙り

 

「……すべて片付いたら、話してもらうぞ」

 

「っ!」

 

 風鳴さんの言葉に俺は顔を上げる。

 

「少しだけ、あなたのことを信用しよう。その代わり、今だけだ。あなたが本当に信用できる人なのか、あとでしっかりと話を聞かせてもらってから判断する」

 

「今はそれでいいよ!ありがとう!」

 

 再びお礼を言いながら頭を下げた俺に風鳴さんは憮然と頷き

 

「あの…映治さん……」

 

「ごめん、響ちゃん。ずっと黙ってて。君にもちゃんと話すから」

 

「はい。でも!今これだけは言わせてください!」

 

 俺の言葉に頷きながらそれでも響ちゃんは一歩俺の方に踏み出す。

 

「この間、未来を助けてくれて、そして、二年前のあのライブの時、他にも何度も助けてくれて、本当にありがとうございます!」

 

「っ!」

 

 そう言って頭を下げる響ちゃんに俺は息を飲み

 

「お礼を言われることじゃないけど、とりあえず、どういたしまして、かな?」

 

 俺はニッコリと微笑んでい頷く。

 

「さぁ、急がないといけないんだろう?さっさと連れて行ってくれ」

 

「ああ!任せて!」

 

 風鳴さんの言葉に頷いた俺は再びベルトをセットし直し、オースキャナーでメダルを読み取る。

 

≪ライオン!トラ!チーター! ラッタ!ラッター!ラトラーター!≫

 

 オースキャナーから高らかになり響う声とともに俺の身体は再びオーズラトラーターコンボへと変身する。

 三人もそれを見ながらシンフォギアを纏う。

 俺はそのままトライドベンダーに乗り込み

 

「さぁ、三人とも乗って!」

 

 俺の言葉に三人は頷き後部のシートになんとか乗り込む。流石に四人乗るほど大きくはないが文句も言ってはいられない。

 

「とばすからしっかり掴まっててね!」

 

 三人が返事したのを聞き、俺はトライドベンダーをリディアンに向けて発進させた。

 



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020~侵入とOTONAの闘いと不本意な協力~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!大量のノイズと飛行タイプの超大型ノイズの出現。風鳴弦十郎から知らせに驚愕しながらアンクの判断により、助っ人としてその場に向かうことになった雪音クリスと火野映治。しかし、アンクはこの件に何か裏を感じ別行動をとる。

2つ!上空に位置するノイズになすすべのない立花響と風鳴翼だったが、助っ人としてやって来たクリスとオーズと共闘し、クリスの活躍によって超大型ノイズの撃破に成功するも、事態の終息に安堵するのも束の間、オーズの元にアンクから寄せられた通信によってリディアン音楽学院並びに二課の本部が襲撃にあったことを知る。

そして3つ!協力を申し出るオーズを拒む翼。彼女たちと協力するため、映治は自身の正体を明かし、再び協力を申し出る。オーズの正体に困惑しながらも翼と響はその手を取るのだった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





 

「あのガチムチ、バケモンか……!?」

 

 その光景にアンクは思わず悪態をついた。

 映治とクリスと別れてからアンクはノイズたちが現れた場所から離れていたリディアン音楽学院に向かった。以前よりアンクはこの学校を疑っていた。疑っていた理由はいくつかあるが、最大の理由はあの鴻上光生が映治にバイト先として斡旋したからだ。

 普段より何かと手を回して状況を自身の望む方向に持って行こうとするあの男がまさかただのバイト先を紹介するはずがない、と考えていたアンク。

鴻上の事の他にも学院に風鳴翼と立花響というシンフォギア奏者二人が在籍していることを考えても何かしら二課とのつながりを確信していたアンクは真っ先にここを疑ったのである。

そして、このアンクの予想は的中。

 映治たちがスカイタワー周辺のノイズたちとの戦闘を始めた頃、リディアン音楽学院を大量のノイズたちが襲った。

 自衛隊がノイズの相手をし、学院にいた生徒たちや教職員たちが避難する騒ぎのどさくさに紛れ込んだアンクは周囲に展開させていたカンドロイドによって侵入路を見つけそこから侵入。

 その侵入路は奇妙だった。

 恐らくエレベーターらしきその扉は何かでこじ開けたように半壊していた。

エレベーターシャフトを覗き込めばまるで地の底へと通じているかのようなそこにアンクは迷うことなく飛び込んだ。

そして、到達したそこで見たものは、緒川慎次に庇われる小日向未来と、二人の視線の先で激闘を繰り広げる黄金の鎧を身に纏ったフィーネと風鳴弦十郎の姿だった。

フィーネが纏っているのは色と細部に違うところはあるもののクリスの纏っていた『ネフシュタンの鎧』で間違いない。

対する風鳴弦十郎は何の装備もない丸腰だった。

しかし、それなのにアンクの目の前では弦十郎はフィーネと徒手空拳で同等に――むしろ優勢に立って戦っていた。

 

「……いや、そう言えばそうだった……あの男はそう言うでたらめな奴なんだったな」

 

 その光景を見ながらアンクはエレベーターの中で息を潜めながら呟く。

 

「〝記憶〟を読み取ったときは夢か何かを現実と混同してるのかと思ったりもしたが、どうやら〝コイツ〟の記憶は正確だったらしいな……」

 

 アンクの視線の先でフィーネはあのノイズを操る杖を取り出す、が、それを地面を踏み付け砕いた瓦礫を弦十郎が蹴り飛ばし、フィーネの腕に当てて弾き飛ばす。弾き飛ばされた杖は天井に突き刺さる。

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

 気合の声とともに拳を構えて飛びかかる弦十郎。

 

「ノイズさえ出てこないならぁっ!」

 

「弦十郎君!!」

 

「っ!?」

 

 拳を叩き込む寸前、フィーネの声に弦十郎の顔に困惑の表情が浮かぶ。その困惑は一瞬の隙を生み

 

「がはっ!?」

 

「司令!?」

 

 フィーネの鞭が攻撃が弦十郎の脇腹を貫いた。

 血を吐き倒れ伏す弦十郎。赤いシャツをさらに紅く染めながら床に血だまりが広がっていく。

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

 未来の悲痛な叫びが響く。

 弦十郎に歩み寄ったフィーネは弦十郎の携帯端末を奪う。

 

「抗うも、覆せないのが定めなのだ」

 

 言いながら鞭を伸ばし天井に突き刺さった杖を回収する。

 

「殺しはしない。お前たちにそのような救済、施すものか」

 

 弦十郎を見下ろして言ったフィーネは顔を上げ

 

「それで?お前はいつまでそうやって息を潜めているつもりだ?」

 

「……チッ、バレてたか……」

 

「「っ!?」」

 

 フィーネの言葉にアンクは肩を竦めながら姿を見せる。突然の登場に未来と緒川は息を飲む。

 

「隠れて隙を窺っていたようだが、当てが外れたな?」

 

「ハッ、逆にコソコソ隠れなくて済んで清々する」

 

 フィーネの言葉をアンクは一蹴する。

 

「見つかっていた以上腹の探り合いは無しだ」

 

 言いながらアンクはその右腕を異形の姿に変え、フィーネへ向ける。

 

「大人しく俺のメダルを返せ」

 

「お前のメダル?」

 

 アンクの言葉にフィーネは怪訝そうに首を傾げる。

 

「とぼけんじゃねぇ!あのクリスってガキがあの襲撃の時に持ち帰った俺のメダルだ!」

 

「ああ。そして忌々しいことにあの子が持ち去った〝アレ〟の事だろう?」

 

「ああ、それだ。さっさと出せ!」

 

「おかしなことを言うな。お前たちがあの子を匿っているのならもう既にお前たちの手にあるはずだろう?」

 

「何……!?」

 

 フィーネの言葉にアンクは眉を顰める。

 

(どういうことだ?奴の様子から嘘をついている様子は見られない……なら俺のメダルは一体どこに……?)

 

「私の前で考え事か?」

 

「っ!?」

 

 フィーネの言葉に思考を遮られたアンクは咄嗟に顔を両腕で庇いながら後方に飛ぶ。

 一瞬遅れてアンクのいた場所にフィーネが拳を叩き込む。

 叩き割られ飛び散った床の瓦礫がアンクを襲うがそれを右腕で払い落としながら床に片膝をついて着地する。

 

「フッ、うまく避けたな」

 

 そんなアンクに不敵に笑みを浮かべるフィーネ。

 

「だが、不完全なお前で果たして私と戦えるかな?」

 

「チッ……」

 

 フィーネの笑みにアンクは悔しそうに顔を歪める。

 

「力の差がわかっているならそこで見ていろ、私が目的を達成するその瞬間をな」

 

「っ!待て!」

 

 アンクを脅威とは認識していないのか、フィーネは弦十郎の懐から携帯端末を取り出しアンク達に背を向ける。

 そんなフィーネを慌てて追いかけようとするが

 

「ふんっ」

 

「っ!」

 

「キャァッ!?」

 

「未来さんっ!」

 

 フィーネが鞭を振るう。

 その衝撃にアンクだけでなく未来と緒川も吹き飛ばされる。

 体勢を立て直そうとするアンクだったが、自身の方に吹き飛ばされて来た未来を咄嗟に受け止めてしまう。

 その時――

 

 キンッ

 

 未来のポケットから落ちたものが床で跳ね甲高い金属音を立てる。

 

「あっ!」

 

 未来は咄嗟に〝それ〟を拾う。

 

「お前、〝それ〟は!?」

 

 未来の拾った〝それ〟にアンクが驚愕し目を見開き

 

「テメェ!それどこで拾った!?」

 

「え……?」

 

 肩を掴み自分の方を向かせたアンクの言葉に未来は困惑の表情を浮かべる。

 

「ふんっ」

 

 その間にフィーネは壁に備え付けられた端末へ携帯端末を押し当てる。

 と、正面のドアが開き、フィーネはその中に入って行った。

 

「司令!」

 

「弦十郎さん!」

 

 フィーネが去ったことで緒川は慌てて弦十郎に駆け寄り、未来もアンクの手を振りほどいて駆け寄る。

 

「おい!まだ話は終わってねぇぞ!」

 

 アンクは未来に駆け寄り再び肩を掴むが

 

「今はそんな話してる場合じゃありません!」

 

「何!?」

 

「あなたも手伝ってください!その後ならいくらでもあなたの質問に答えますから!」

 

「…………」

 

 未来の強い口調にアンクは一瞬押し黙り、倒れ伏す弦十郎に視線を向け

 

「チッ!」

 

 舌打ちをしたアンクはズンズンと弦十郎へ歩み寄り、緒川が応急処置をした弦十郎の腕を自分の肩にかけて抱え上げる。

 

「ありがとうございます!」

 

「勘違いすんな。こいつに死なれて100枚のセルメダルの約束がパァになったら困るんだ。タダ働きなんてごめんだ。なんなら追加の報酬要求してやってもいいしな」

 

 そう言ってアンクは不敵に笑みを浮かべ

 

「おい、そこの優男」

 

「やさっ!?」

 

「どこに運ぶんだ?さっさと案内しろ」

 

 アンクの言葉に緒川は困惑しながらも

 

「こっちです!ついて来て下さい!未来さんも!」

 

「はい!」

 

 緒川の言葉に未来は頷きアンクと反対側の弦十郎の腕を肩にかけて背負う。

 

「おい」

 

「え?」

 

 弦十郎を抱えて歩き始めた未来は隣からアンクに呼びかけられて視線を向ける。

 

「さっきの約束、忘れんじゃねぇぞ」

 

「……はい」

 

 睨むような鋭いアンクの視線を受けながら未来は頷く。

 

「フン」

 

 ひるまず視線を返してくる未来の様子にアンクは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 



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021~正体と犠牲と掴めなかった手~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!特異災害対策機動部2課の施設に潜入したアンク。潜入した先で見たものは、完全聖遺物を纏ったフィーネと同等以上に戦う風鳴弦十郎の姿だった。

2つ!優勢に立っていた弦十郎だったが、フィーネの罠に逆転。潜んでいたことがばれていたアンクは姿を見せ、自身のメダルを渡すようにフィーネを恐喝するもフィーネはメダルを所持していなかった。

そして3つ!その場に居合わせた小日向未来がメダルを持っていたことを知ったアンクは彼女にメダルを渡すように恐喝するも、未来との取引により弦十郎を運ぶ手伝いをするのだった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――






「未来ぅぅぅぅぅッ!!!」

 

 瓦解し瓦礫の山となったリディアン音楽院に響の声が響き渡る。しかし、それに答える人物はいない。

 

「……………」

 

「ん?おいどうした?」

 

「っ!な、なんでもないよ、大丈夫」

 

 そんな中呆然としていた映治にクリスが声を掛けるが映治は慌てて頭を振って応える。と――

 

「っ!」

 

 あたりを見渡していた翼が校舎の上に人影を見つける。

 

「櫻井女史!」

 

「っ!テメェの仕業か、〝フィーネ〟!!」

 

「えっ……?」

 

「フィーネ、だとッ!?」

 

 クリスの言葉に響と翼は驚き慌てて了子へ視線を向ける。

 

「フッ…フフフッ…フハハハハハハハ!!」

 

 四人から視線を向けられ、了子は高らかに笑い始める。

 

「そうなのか!?その笑いが答えなのか、櫻井女史!?」

 

「あいつこそ、あたしが決着を付けなくちゃいけないクソッたれ!フィーネだ!!」

 

 クリスの言葉に了子は笑みを浮かべたまま掛けていたサングラスを外し、纏めていた髪を解く。直後、彼女の身体を光が包み、その光が終息したとき了子の姿は黄金の鎧をまとった金髪に黄金の瞳の姿へと変わっていた。

 

「う、嘘ですよね……?」

 

 了子の変化に響は信じられない様子で声を震わせながら訊く。

 

「そんなの嘘ですよね!?だって了子さん、私を助けてくれました!」

 

「あれは『デュランダル』を守っただけの事。希少な完全状態の聖遺物だからね」

 

「嘘ですよ!了子さんがフィーネだって言うのなら、じゃあ、本物の了子さんは!?」

 

「櫻井了子の肉体は、先だって食い尽くされた……いや、意識は12年前に死んだと言っていい」

 

 そこから了子――フィーネから語られるのは衝撃的な話だった。

 超先史文明期の巫女、フィーネは己の意識を遺伝子に刻みつけ、自身の血を引く人物がアウフヴァッヘン波形に触れた際にその身体にフィーネとしての記憶と能力が蘇るように施されていた。

 そして、今から12年前、翼が偶然引き起こした『天羽々斬』を起動させた際、その場に居合わせた櫻井了子の身体に刻まれたフィーネの因子を目覚めさせた。

 フィーネは櫻井了子だけでなく、歴史の中でもたびたび目覚め、人知れず転換期に関わっていた。それは歴史上に名を刻む名立たる偉人、英雄となって世界の技術レベルの向上、パラダイムシフトに一役買っていた。そして、今回で言うところのそれは――

 

「っ!『シンフォギアシステム』か!?」

 

「フッ、そのような玩具、為政者からコストを捻出するための手段にすぎぬ」

 

 映治の言葉にフィーネは何でもないことのように答える。

 

「お前の戯れに、奏はッ!!」

 

「私を拾ったり!アメリカのやつらとつるんでいたのも!そいつが理由かよ!?」

 

「そうっ!すべてはカディンギルの為!!」

 

 怒りに震わせ叫ぶ翼とクリスの言葉にフィーネは高らかに叫ぶ。と、それを合図にしたように地が揺れ、何かが地の底から起立する。

 それは見上げるばかりの巨大な塔。

 

「これこそが!地より屹立し、天にも届く一撃を放つ荷電粒子砲、『カディンギル』ッ!」

 

 フィーネは高らかに叫ぶ。

 

「これが『カディンギル』!」

 

「これで世界が一つになると!?」

 

「ああ、今宵の月を穿つことによってな」

 

「月を……!?」

 

「穿つ!?」

 

「なんでそんなッ!?」

 

 クリスの問いに答えたフィーネの言葉に響と翼とクリスは意図がわからずに訊く。

 

「私はただ、あのお方と並びたかった……そのために、あのお方へと届く塔をシンアルの野に建てようとした。だがあのお方は人の身が同じ高みに立つことを許しはしなかった」

 

 三人の問いに答えるようにフィーネは語り始める。

 

「あのお方の怒りを買い、雷霆に塔を砕かれたばかりか、人類は躱す言葉すら砕かれた。果てしなき呪い、『バラルの呪詛』を掛けられたのだ。月が何故古来より不和の象徴として語られて来たのか、それは、月こそが『バラルの呪詛』の源だからだ!人類の相互理解を妨げるこの呪いを、月を破壊することで解いてくれる!そして、再び世界を一つに束ねる!」

 

 フィーネは言いながらまるで月を握りつぶさんとするように手を伸ばし握り込む。それを合図に『カディンギル』が輝き、エネルギーを溜め込み始める。

 

「呪いを解く!?」

 

 と、そんな中でクリスは訊く。

 

「それはお前が世界を支配するってことなのか!?安い!安さが爆発しすぎてる!!」

 

「フッ、永劫を生きる私が余人に歩みを止められることなどありえない」

 

 クリスの言葉にフィーネは鼻で笑う。と――

 

「話は終わった?」

 

 四人の目の前、フィーネの立つ校舎の真下の瓦礫の陰からゆらりとアッシュブロンドの男が姿を見せる。

 

「「っ!?」」

 

 突然の見知らぬ男の登場に響と翼は困惑しながら身構える。

 

「カザリ!」

 

「テメェもいやがったか!」

 

「カザリって……!?」

 

「だがあいつは人間……」

 

「あぁ、そっか。君らとはこの姿では初めてだったね」

 

 アッシュブロンドの男はニヤリと笑う。と、困惑している響と翼、クリスと映治の目の前でその正体を現す。

 大量のコインが覆うように銀色の小さな光が包み、男の目の前にいた優男の姿は一瞬にして変わる。

 それはまるでライオンのようなネコ科の動物を思わせる顔に、長いドレッドヘアー状に編みこまれた髪、鋭い爪を備えた両腕にトラの様な縞模様のボディを黒いパンクパッションで包んだ容姿。地肌を出しているような茶色い装飾の無い下半身に腰には黒一色のベルトのようなものを付けている。

 

「人間に化けられたの!?」

 

「一時期からグリードの目撃情報がほとんど入ってこなくなったのはこのためか!」

 

 驚く響と翼の目の前でカザリは大きく伸びをするように頭の後ろで両手を組み

 

「悪いけどここからが面白いところなんだ邪魔させるわけにはいかないんだ、だから――」

 

「ガァァァァァァッ!!」

 

 カザリの言葉とともに四人の脇の瓦礫から何かが飛び出す。

 それはライオンのような鬣に筋肉質な巨体のヤミーだった。

 

「「「っ!」」」

 

 咄嗟の事に三人は驚くが

 

「このっ!」

 

 飛びかかって来たライオンヤミーに映治が体当たりする。

 

「映治さん!」

 

「ヤミーとカザリは俺に任せて!君たちはフィーネと『カディンギル』を!」

 

 響の声に返しながら映治は懐から取り出した『オーズドライバー』を装着し黄色のメダルを三枚納める。

 

「変身!」

 

 ベルトを『オースキャナー』で読み取り高らかに声を上げる。と、映治の身体を光が包み

 

≪ライオン!トラ!チーター! ラッタ!ラッター!ラトラーター!≫

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 『オースキャナー』から奇妙な歌が響き映治はオーズラトラーターコンボへと変身する。

 雄叫びを上げ、太陽のように眩い光を発しながら映治はライオンヤミーへと襲い掛かる。

 が――

 

「わざわざ僕のメダルを届けに来てくれてありがとう」

 

 オーズの振るった拳を間に入ったカザリが受け止める。

 

「悪いけど、メダルは一枚も渡せない、なぁ!!」

 

 受け止められた拳を支点にオーズは跳び上がりカザリへ蹴りを入れる。

 

「くっ!」

 

 弾き飛ばされたカザリは蹴りを防いだ左手を振る。

 と――

 

「――Balwisyall nescell gungnir tron」

 

「――Imyuteus amenohabakiri tron」

 

「――Killter Ichaival tron」

 

 三人の聖詠が聞こえ、フィーネへと戦いを挑んでいる様子が見えた。

 

「あっちも始まったみたいだね」

 

 カザリは言いながら自身の両手の鋭い爪を構える。オーズも自身の両腕に着くトラクローを構える。

 

「ガァァァッ!!」

 

 最初に動いたのはライオンヤミーだった。

 雄叫びを上げながらタックルを仕掛けるライオンヤミーをチーターレッグの脚力で瞬時に避け、さらに背後に回り込んで背中を切りつける。

 

「ガァツ!」

 

 痛みに雄たけびを上げるライオンヤミーの背中に蹴りを入れ

 

「っ!」

 

 背後から襲いかかって来たカザリの爪をトラクローで受け止め押し戻す。

 そのままがら空きになったカザリのお腹にトラクローの突きを放つ。

 

「ぐっ!」

 

 苦悶の声を漏らすカザリのお腹から引き裂く様にトラクローを引く。そのまま蹴り飛ばす。

 が、そこで立ち上がったライオンヤミーの振るう拳がオーズに迫る。咄嗟に左腕で体を庇うがその威力に弾き飛ばされる。

 

「くぅっ!」

 

 地面を転がりながら身を起こしたオーズをさらにカザリの蹴りが襲う。

 

「っ!」

 

 すれすれで避けながら転がるように距離を取り立ち上がったオーズは身構え

 

ドガァン!

 

「っ!?」

 

 聞こえた爆発にカザリとヤミーを警戒しつつ見れば塔の近くで爆発の煙が上がり、さらに雲を引きながら夜空にミサイルが一基登っていく。

 

「あれは…クリス!?」

 

 そのミサイルの先に立つ人物の姿にオーズは困惑の声を漏らす。そして、あたりに歌が響く。

 

「――Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

「この歌!?」

 

「へぇ…絶唱か」

 

「っ!?」

 

 カザリの言葉にオーズ――映治は息を飲む。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl」

 

 月と『カディンギル』間に飛んだクリスから輝く何かが無数に広がる。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 その輝くものから赤い光が飛び交い、まるで夜空に大きく羽を広げる赤い蝶のような輝きが浮かび上がる。

 

「そんな、クリスちゃん!!」

 

 映治は空に向けて叫ぶ。しかし、それはクリスには届かない。

 

「Emustolronzen fine el zizzl」

 

 高らかに最後の小節を歌い上げたクリス。

 彼女の構える二丁の拳銃型のアームドギアがその形を変え、合わさり、巨大な砲門となる。

 地上ではエネルギーが臨界点に達しついに放たれる『カディンギル』。しかし、上空でも同時にクリスはその砲門から赤い閃光が放たれる。クリスの周囲に展開される小さな欠片からも砲撃が放たれ、クリスの砲撃と合わさり一点収束する。

 クリスの砲撃が『カディンギル』の砲撃を押し留める。

 が、押し留めた『カディンギル』の砲撃は徐々に押し戻し始め――

 

「あぁぁ!!クリスちゃん!!!」

 

 映治の目の前でクリスは『カディンギル』の光に飲み込まれる。

 そして――月の下側全体の五分の一ほどが欠けて砕ける。

 

「っ!」

 

 直撃コースだったはずの『カディンギル』の砲撃はクリスの決死の砲撃によって反らされたのだ。

 

「クリスちゃんッ!!」

 

 光を散らしながら空からクリスが落ちてくる。

 そんなクリスの元へ映治は手を伸ばしながら走り出す。が――

 

「おっと、君の相手は僕らだよ」

 

 カザリの言葉とともにライオンヤミーがオーズを押さえつける様にしがみ付く。

 

「くっ!」

 

 背後から抱き着いているライオンヤミーの腹に肘鉄を入れ拘束を逃れると、蹴り飛ばしてライオンヤミーと距離を取り

 

「邪魔をしないでくれ!!」

 

 叫びながらオーズは『オースキャナー』を手に取り

 

≪スキャニングチャージ≫

 

 オースキャナーから高らかに音声が響き渡る。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 同時にオーズは駆け出す。オーズとライオンヤミーとの間に三つの黄色の光輪が現れる。

 オーズはその脚力で全身から熱波を発しながら光輪へと向かって行く。

 一つ、また一つと光輪をくぐるたびにオーズの纏う熱波の勢いが増す。

 ライオンヤミーの元にたどり着いたオーズは一瞬足を止め

 

「はぁぁぁぁぁっ!!セイヤァァァァァッ!!!!」

 

大きく広げたその両腕のトラクローでライオンヤミーをX字に切り裂く。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」

 

 切り裂かれたライオンヤミーは断末魔の声とともに大量のメダルとなって爆発する。

 

「これで!」

 

 再びクリスの元へ駆けだそうとしたオーズは

 

「だから、君の相手は僕なんだよ」

 

「がはっ!?」

 

 一瞬で距離を詰めて来たカザリに下から斬り上げられる。

 その一撃にベルトからメダルが弾け跳び変身が強制的に解除される。

 

「ぐぅっ!」

 

 地面を転がり倒れ伏しながら、咄嗟に目の前に転がっていたトラメダルを掴む。

 

「君が彼女に気を取られて冷静を欠いてくれて助かったよ」

 

 言いながらカザリは映治を見下ろして言う。

 彼の手にはライオンとチーターのメダルが握られている。

 カザリはそれを一瞬上空に放り、それを体内に取り込む。

 

「ハハハッ!これでまた復活に近づいた!」

 

 カザリは嬉しそうに叫び

 

「さ、それも渡してもらおうか」

 

「がぁ!!」

 

 映治の背中を踏み付ける。

 

「まだ…まだぁ……!」

 

「諦めが悪いねぇ。アンクがメダルを持ってるんだから、君はもうオーズに変身できないんだろ?そして、アンクもここにはいない」

 

 手を伸ばす映治に言いながらカザリはさらに踏み付ける足に力を籠める。

 

「あ、もしかして、あのシンフォギアの子たちに期待してる?」

 

 カザリはあざ笑うようにクツクツと笑う。

 

「あれを見ても、まだ彼女たちに託すのかい?」

 

「っ!?」

 

 カザリの言葉に顔を上げた映治の見たものは

 

「ガァァァァァァァッ!!」

 

 雄叫びを上げ破壊衝動に支配された一匹の獣と化した響の姿だった。

 



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022~取引と右手と炎のコンボ~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!ついに響達の前に姿を見せたフィーネ。その正体は特異災害対策機動部2課のメンバーの櫻井了子だった。真相を語るフィーネ。彼女の正体は先史文明期に生き、自分たちを拒絶し人類から統一された言語を奪った神への反逆を誓った巫女だった。

2つ!彼女の目的を打ち砕かんと戦いを挑む立花響、風鳴翼、雪音クリス。オーズとなって火野映治もカザリとカザリのヤミーと戦うが、発射目前となるカディンギル。映治の目の前で上空へと飛び上がったクリスは絶唱を用いてカディンギルの一撃をその身を犠牲にして反らすことに成功した。

そして3つ!落下するクリスの元へと向かおうとする映治は一瞬の隙をつかれ変身を解除され、カザリにメダルを二枚奪われる。さらにあがこうとする映治の前で、怒りに我を忘れた響はその破壊衝動に飲み込まれるのだった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





 

「どうしちゃったの響!?元に戻って!!」

 

 モニターの向こうで理性無き獣となって暴れる親友の姿に未来は叫ぶ、が、彼女の声は届かない。

 リディアンの地下に設けられた避難施設の一角。特異災害対策機動部二課の施設から脱出した未来と弦十郎、緒川、それに加えて藤尭や友里に紆余曲折あって行動を共にするアンク、さらにはこの避難施設に逃げ込んでいた板場弓美、安藤創世、寺島詩織は外の監視カメラからの映像をモニターで見ていた。

 彼女たちの見るモニターの中ではクリスの犠牲に我を忘れた響が破壊衝動に突き動かされ、理性を失くしただ目の前の物を破壊する獣になった姿と、それを止めるべく応戦する翼の姿、そして、それを高みの見物するフィーネとカザリ、カザリの足で踏み付けられ成すすべなく地面に倒れ伏し唇を噛む映治の姿が映る。

 しかし、外の様子を見ることは出来ても、現状彼女たちにできることはそれだけ、通路は瓦礫に塞がれ、外に出ることは叶わない。

 未来の悲痛な叫びも、外で戦う少女たちには届かない。

 

「もう終わりだよ、私たち……」

 

「え……?」

 

 未来の隣で板場が声を震わせて呟く。

 

「学院がめちゃめちゃになって……響もおかしくなって……」

 

「終わりじゃない!響だって、私たちを守って――」

 

「あれが私たちを守る姿なの!!?」

 

「「っ!」」

 

 板場の言葉に改めてモニターを見た安藤と寺島はその響の姿に息を飲み、目を反らす。だが――

 

「私は響を信じる」

 

 未来は目を反らさず、ジッと響の姿を見据ええる。

 その姿に板場は唇を噛み、ボロボロと涙を流しながら消え入りそうな声で言う。

 

「私だって響を信じたいよ……この状況がなんとかなるって信じたい……でも……でも!!」

 

 言いながら崩れるようにへたり込む板場。

 

「もう嫌だよぉ……!誰かなんとかしてよぉ……!怖いよぉ!!死にたくないよぉ!!助けてよぉ!!響ぃぃぃ!!!」

 

 顔を手で覆い、泣き叫ぶ板場に誰もが言葉を失う。

 そんな中――

 

「ハッ!『生きたい』、いい欲望だ。純粋でここまで大きな欲望、もし俺がもうちょっとマシな状態だったら迷わず利用してやるんだがなぁ」

 

 一人の人物が口を開いた。

 その声に一斉にその場の全員の視線がその人物に向く。

 それは、一人離れた場所で施設内に完備されている医療道具や食料の納られた棚に背中を預けて立つアンクだった。

 

「あ、あなた、こんな時に何を言って……!?」

 

 友里が困惑した様子で訊くが、それを意に介した様子もなくアンクは板場に歩み寄り、ひざを折って屈みこむと

 

「おい、何とかしてやろうか?」

 

「え?」

 

 アンクの言葉に板場は呆然と声を漏らしながら顔を上げる。

 板場の他にもその場の全員が驚いた顔をする。

 

「何とかできるの!?」

 

「ああ。と言っても、お前らじゃ無理だ」

 

 未来の言葉にニヤリと笑みを浮かべながらアンクは立ち上がる。

 

「お願いします!できるならやってください!響を!響を助けてください!」

 

 未来はアンクに詰め寄り懇願する。

 

「やってやってもいい……だが、もちろんタダじゃねぇ」

 

「え?」

 

「テメェのお友達を助けてやる。代わりにテメェとテメェらが持ってるメダルを渡せ。全部だ」

 

「「「「っ!?」」」」

 

 アンクは言いながら右手を異形に変え、未来を、そして弦十郎たちを順に指しながら言う。アンクの取引の条件に弦十郎たちは息を飲む。

 

「メダルって……これの事ですか?」

 

 未来は困惑しながらポケットからメダルを一枚取り出す。それは紅い面に孔雀が羽を広げたような装飾の施されたメダルだった。

 

「ああ。そして、お前ら特機部2が保有してるセルメダル全部だ。それで何とかしてやる」

 

 ニヤリと口元に笑みを浮かべながら言う。

 

「だ、だが、君は何故急に俺たちに協力してくれる?今まで状況を静観していたのになぜ今更?」

 

「お前らに恩を売っておくのも悪くねぇ。それに、俺の道具――あのお人好しバカを今失えば今後動きにくくなる。利益とリスクを考えれば当然の結果だ」

 

 弦十郎の言葉にアンクは鼻を鳴らしながら答える。

 

「だ、だが外に繋がる通路は瓦礫に塞がれている。君はここからどうやって出るつもりだ?」

 

「そんなもん簡単だ」

 

 言いながらアンクは天井を指さす。

 そこには格子の嵌った通風孔がある。

 

「通風孔……で、ですがあそこは精々手が一本通る程度で、あんな場所じゃ通っていくなんて――」

 

「お前らじゃ、無理だろうな」

 

 言いながらアンクはニヤリと余裕の笑みを浮かべる。

 

「なんですか?まさかあの通風孔を通れるくらい小さくなれるとでも言うんですか?」

 

「まぁ、当たらずとも遠からずってところか」

 

 言いながらアンクは異形の右手を上げ

 

「こうするんだよ」

 

 言葉とともにフッと意識を失ったようにアンクが倒れる。が――

 

「う、腕が!?」

 

「とれたぁぁぁぁ!!?」

 

 安藤と板場が驚きの声を上げ、弦十郎たちもその光景に息を飲む。

 八人の視線の先ではアンクの異形の右腕のみが宙に浮いていた。

 

「こういうことだ。こうすりゃあそこも通れる」

 

「腕が!!?」

 

「喋っていますわ!!?」

 

 腕から声が聞こえたことで再び、今度は未来と寺島が叫ぶ。

 

「いちいちピーピー叫ぶな鬱陶しい!!」

 

 アンクは言いながら倒れ伏す先程離れた体に戻ろうと――

 

「ま、待て!」

 

 と、そこで弦十郎が止める。

 

「なんだ?」

 

「その身体…まさかッ!?」

 

 弦十郎は立ち上がる。

 応急処置が施され、血の滲んでいる包帯の巻かれたお腹を押さえながら歩み寄り

 

「奏……!?」

 

「「「っ!!?」」」

 

 弦十郎の言葉に緒川と藤尭と友里が驚愕の表情を浮かべる。

 

「どういうことだ!?」

 

「何故あなたが奏さんの身体を!?」

 

「答えてやってもいいが……いいのか、悠長に話してて?」

 

 アンクは手のままモニターを指す。そこには――

 

「なっ!?」

 

「カディンギルが!」

 

 先ほどのように『カディンギル』が輝き始めている。

 

「再装填か……まぁ確かに一発しか撃てないんじゃ兵器としては使えねぇな」

 

 アンクはまるで他人事のように言う。

 

「で?どうすんだ?このまま黙って見てるのか、それとも俺の言うとおりにするか?」

 

「……これを渡せば、響を助けてくれるんですよね?」

 

「未来君!?」

 

 アンクを見据えて言う未来の言葉に弦十郎は驚きの声を上げる。

 

「この世に絶対はねぇ。確約はできねぇが、善処はしてやる」

 

「…………」

 

 アンクの答えに未来は少し考え、アンクに向けてメダルを差し出す。

 

「お願いします、響を助けてください!」

 

「フッ、いい答えだ」

 

 未来の言葉に再び横たわる身体に戻り、そのメダルを受け取るアンク。それをいったん上空に放り投げてから掴む。そのメダルが右腕に取り込まれ――

 

「っ!」

 

 アンクの身体が輝き、その背中の右側に紅く輝く片翼が広がり

 

「っ!!」

 

 数秒の後、霧散した。

 その光景を呆然と見ていたその場の人間を一瞬チラリと見渡し

 

「で?こいつは決断したぞ?お前らはどうすんだ?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべながら言った。

 

 

 ○

 

 

 

「あぁ……あぁ……!翼さん……!」

 

 変身が解け、制服姿に戻った響ちゃんが呆然と呟きながら膝をつきへたり込む。

 暴走する響ちゃんの動きを止めた風鳴さんは再装填されるカディンギルを止めるためにフィーネに戦いを挑んだ。しかし、それはフェイントで、本当の目的はカディンギルの破壊だった。

 炎を纏いまるで羽ばたく鳥のように空を翔けた風鳴さんはカディンギル破壊を成功させた――その身を犠牲にして。

 俺たちの見上げる先に先ほどまであったあの天を衝かんばかりの塔はもはやない。

 

「ええい!どこまでも忌々しい!!」

 

 フィーネは憎々し気にあたりに鞭を振るい苛立ちをぶつけている。

 

「あぁあ、まさかあそこから破壊されるなんてね」

 

 俺を踏み付けるカザリはため息をつきながら言う。

 

「あの子も意外とやるね。ま、人間のちっぽけな命と足掻きでよくやったと思うよ」

 

「カザリ!お前ぇ!!」

 

「五月蠅いなぁ。何にもできない癖に吠えるなよ」

 

「がっ!?」

 

 倒れ伏す俺をまるでサッカーボールでも蹴るようにカザリが蹴り飛ばす。

 瓦礫の上を転がりながら俺は痛みに声を漏らす。

 転がったところで顔を上げてみれば地面に倒れ伏す響ちゃんの頭をフィーネが掴みあげていた。

 

「ことごとく邪魔をしてくれたが、それでもお前は役に立ってくれたよ」

 

 髪を掴み無理矢理顔を上げさせられた響ちゃんの瞳にはいつもの眩い光は無く生気を感じられなかった。

 

「生体と聖遺物の初の融合症例。お前と言う先例がいたからこそ、私は己が身と『ネフシュタンの鎧』を同化することができたからなぁ」

 

 そのままフィーネは響ちゃんを掴んだまま立ち上がる。

 響ちゃんは特に抵抗することなくされるがままで足がつかないところまで持ち上げられ

 

「フンッ!」

 

 そのまま地面に叩きつけられた。

 

「シンフォギアシステムの最大の問題は、絶唱使用時のバックファイヤー。融合体であるお前が絶唱を放った場合、どこまで負荷を抑えられるのか……研究者として興味深いところではあるが……ハッ、もはやお前で実験してみようとは思わぬ。好みも同じ融合体だからな。新霊長は私一人いればいい。私に並ぶものは、すべて絶やしてくれる」

 

 言いながらフィーネは鞭を響ちゃんに向ける。

 

「やめてくれフィーネ!その子はもう戦う意思なんかない!」

 

「あぁ……お前もいたんだったなぁ……」

 

 と、俺の言葉にめんどくさそうに俺に視線を向けたフィーネはため息をつき

 

「オーズ、欲望の王にしてメダルの器となりうる存在。利用価値はあるかと思って生かしていたが、もはや貴様には何の利用価値もない」

 

 言いながら俺に視線を向けながら鞭を構え

 

「ここで死ね」

 

「っ!?」

 

 振るわれた鞭に咄嗟に飛び退くも、その衝撃に吹き飛ばされる。

 空中で上手く受け身が取れない。落下する先を見れば瓦礫の塊が立ち並ぶ。

 この勢いで叩きつけられればひとたまりもないだろう。

 

「くっ!」

 

 それでもなんとか体を丸め、頭を庇った俺は

 

「フッ!」

 

 突然の浮遊感とともに誰かに胸倉を掴まれた感触を感じた。

 

「アンクッ!?」

 

 俺の胸倉を掴む右腕だけの存在――アンクに呆然としながら俺は地面にゆっくりと下ろされる。

 

「おい映治!!何やってんだ、このバカが!!」

 

「いったぁ!?」

 

 と、直後思い切り頭を叩かれる。俺は座り込んだまま頭を押さえる。

 

「あ、アンク!?いったいどうして!?ていうか〝身体〟はどうしたんだよ!?」

 

「ここに来るために預けて来た。まあやつらにとっても大事な〝お仲間の身体〟だ。丁重に扱ってくれるだろうよ」

 

「やつらっていったい――」

 

「アンク、こんなギリギリに現れて何だって言うんだい?」

 

 言いかけた俺の言葉を遮ってカザリが言う。

 

「もしかして、諦めてメダルを渡してくれようってことかな?」

 

「ハッ、カザリ、お前冗談が上手くなったな。面白れぇ笑い話だ」

 

 カザリの言葉に笑いながらアンクは俺の隣に浮かぶ。

 

「おい映治。まさかもう諦めた、なんて言わねぇよな?」

 

「アンク……当たり前だろ?まだ戦える……戦わなきゃいけないんだ。クリスちゃんの犠牲を踏み躙ったフィーネを、翼ちゃんの決意をあざ笑ったカザリを倒すために!」

 

「いい答えだな」

 

 そう言ったアンクはその手の中に三枚のメダルを出現させ、俺に差し出す。それは三枚とも紅いメダルで

 

「アンク!それって――」

 

「話は後だ。テメェの威勢に免じて、特別にこれを貸してやる。くれぐれも失くしたり落とすんじゃねぇぞ?」

 

「ああ、わかってるよ!」

 

 アンクの言葉に俺は笑いながら頷き、オーズドライバーに三枚のメダルを収め、オースキャナーで読み取る。

 

「変身!!」

 

≪タカ!クジャク!コンドル! タ~ジャ~ドルゥ~~!≫

 

 高らかな声とともに俺の身体を紅い燃え盛る炎のような光が包む。

 その光とともに俺の身体は新たな力を宿す。

 顔はいつものタカよりもさらに大きく羽を広げた様相に、鳥の足のようなカギヅメを踵と爪先に携えた深紅の脚に、深紅の肩アテに胸にはまるで火の鳥が翼を広げたような円形のサークルが現れる。

 

「ハァァァァァァァ!!!」

 

 俺は掛け声とともに大きく手を回しながら広げる。

 と、それに呼応するように孔雀の羽根のような光が広がり

 

「ハァァッ!!!!」

 

 両手を前、カザリへ向けて伸ばす。と、それに呼応して広がった羽根がカザリを襲う。

 

「くっ!」

 

 着弾した羽根は爆発を起こし、カザリは飛び退き転がるように避けるが

 

「ガァッ!」

 

 手数が多かったのでその一部がカザリに着弾しダメージを与える。

 

「ハァァァッ!!」

 

 再び大きく手を広げた俺の背中に今度は紅い翼が展開され、俺は地面を蹴って羽ばたく。

 

「ハァァァッ!!」

 

 そのまま急降下する。同時に胸のサークルが輝き、サークルと同じ模様のシールドが左手に現れる。

 

「こっちだってやられてばかりじゃないよ!」

 

 言いながらカザリは黄色の光を纏った風の弾丸を放つが、左手のシールドで難なく防ぎ

 

「ハァッ!!」

 

 そのシールドを突き出し構えればそこから光弾が撃ちだされカザリを襲う。

 

「ぐっ!がっ!」

 

 計4発の光弾を受けたカザリの身体からメダルが弾け

 

「っ!貰ったッ!」

 

 舞い散ったメダルの中から黄色く輝くメダルを三枚、アンクが掴み盗る。

 

「しまっ――ガァッ!?」

 

 手を伸ばそうとしたカザリの身体が弾け、その上半身がその下の自肌を露出させる。

 

「くっ!アンク!!」

 

 憎々しげに言うカザリはメダルを取り戻そうとアンクに襲い掛かろうとするが

 

「させるかッ!」

 

「がッ!」

 

 急降下しながらシールドに炎を纏った拳でカザリを攻撃する。

 

「くっ……オーズ、アンク!」

 

 数枚のセルメダルを身体から落としながら悔しそうに俺たちを睨みつけ

 

「チッ、これは分が悪いか……」

 

 カザリは頭を掻いて舌打ちすると

 

「アンク、僕のメダル預けるよ。いつか返してもらいに来るから」

 

 そう言ってカザリはよたよたと瓦礫に飛び込みながら逃げて行った。

 

「チッ、まあいい。取られた分以上にメダルをいただけた。こいつは儲けたな」

 

 アンクは手の中の三枚の黄色いコアメダルを遊ばせるように振る。

 

「さぁフィーネ次はお前だ!!」

 

 俺はシールドを顔の前に構えながらフィーネへ叫んだ。

 



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023~思いと歌とエクスドライブ~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!クリスの犠牲によって破壊衝動に支配された立花響。そんな彼女の姿に友人たちは絶望の淵に立たされる。しかし、そんな彼女たちに救いの手を示したのはアンクだった。アンクは協力する見返りとして小日向未来が偶然に手に入れたコアメダルと二課の所有するメダルの全てを要求した。

2つ!アンクは自身の脱出案としてその正体を明かす。アンクの正体は二年前に行方知れずとなっていた天羽奏の身体を依代とした右腕だけの異形の存在だった。

そして3つ!クリスに続き自身の身を犠牲にしてカディンギルを破壊することに成功した風鳴翼。彼女の犠牲に心が折られた響を救おうと足掻く映治のもとに脱出したアンクが合流。アンクのもたらした紅いコアメダルによるコンボによって映治はカザリを退けることに成功するのだった。



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





「立つんだ響ちゃん!」

 

 オーズは仰向けに倒れる響とフィーネとの間に飛び込むと炎の羽根を展開し、フィーネへと打ち込む。フィーネはその羽根を鞭で瓦礫を飛ばしぶつけながら二人へと鞭を伸ばす。

 左手のシールド状の武器『タジャスピナー』や両手両足で防ぎながら背後に倒れる響へと叫ぶ。しかし、響は虚ろな瞳で虚空を見つめたままピクリとも動かない。

 

「急ぐんだ響ちゃん!フィーネの相手は俺がするから!君は早く安全な場所に!――響ちゃんッ!!」

 

 呼びかけに答えない響にオーズはちらりと視線を向けながら、しかし、すぐにフィーネの猛攻を防ぐために視線を戻す。

 

「くっ!やっぱり完全聖遺物は一味違う!」

 

「――――」

 

「え……?」

 

 焦りを滲ませる中、後ろで響が何かを呟くのが聞こえて慌てて訊き返すオーズ。

 

「……翼さん…クリスちゃん…二人とももういない……学校も壊れて…みんないなくなって……」

 

「響ちゃん……!」

 

「私…私は何のために……何のために戦って……みんな……」

 

「ッ!」

 

 響の言葉にオーズ――映治は仮面で隠したその下の表情を悲痛に歪ませ

 

「ダメだ!ダメだ響ちゃん!君がここで諦めちゃダメだ!!」

 

 フィーネへ意識を向けたまま背後の響へ叫ぶ。

 

「君の優しさがたくさんの人を支えていた!君の真っ直ぐさが誰かを勇気づけていたはずだ!悲しみに飲み込まれちゃダメだ!!だから…だから――!!」

 

 そこでフィーネの鞭による攻撃を弾いたオーズは響へ向き直り

 

「諦めるなッ!!!」

 

「――ッ」

 

 オーズの強い叫びに今まで反応のなかった響がピクリと身体を震わせ、ゆっくりとオーズに視線を向ける。

 

「映治…さん……」

 

「響ちゃん!早くこの場から――がっ!?」

 

 響に向けて手を伸ばそうとしたオーズは振るわれた鞭に弾かれる。

 

「ふん、小賢しい。いくら足掻いたところでそいつにはもはや立ち上がる気力などない」

 

 言いながらフィーネは響へ鞭を構えながら歩み寄る。

 

「ならばこそ、ここで引導を渡してやる」

 

 と、笑みを浮かべながら鞭を響に向け――

 

『仰ぎ見よ太陽を――♪』

 

「ん?」

 

 突如放送がかかり、複数の少女たちの歌声が聞こえてくる。それは響達の通う「私立リディアン音楽院」の校歌であった。

 

「チッ!耳障りな。何が聞こえているッ?」

 

「あぁ……」

 

 忌々しそうに周囲を見渡すフィーネの足元で響は声を漏らす。

 

「何だこれはッ?」

 

 舌打ちをしながら周囲を睨みつけるフィーネ。と――

 

「このぉ!!」

 

 飛び上がったオーズがフィーネへと両脚での蹴りを入れる。

 

「くっ!」

 

 それを鞭で防ぎながら蹴りの勢いで後方に大きく跳ぶフィーネ。

 

「聞こえるだろう響ちゃん!未来ちゃんたちの!君の友達の声が!無事に生きているという声が!!君の帰りを信じている思いがッ!!」

 

 フィーネへ拳を構えながら響へ叫び続ける。

 

「立つんだ響ちゃん!君を信じている人たちのために!!君自身の願いのためにッ!!」

 

「ッ!」

 

 オーズの言葉に再び響の身体がピクリと反応する。

 

「チィッ、どこから聞こえてくる?この不快な歌――」

 

 忌々し気に言いながらフィーネは

 

「ッ!?歌…だと……ッ!?」

 

 自身の言葉に驚いたように声を漏らす。

 

「聞こえる……聞こえるよ、映治さん……!みんなの声が……!」

 

 そんな中、響は徐々にその瞳に光を取り戻し始める。

 言いながら響は地面に手をつきぐっと握り込む。そんな響達を登り始めた太陽の光が照らし出す。

 

「よかった……!私を支えてくれてるみんなは、いつだって側に……!」

 

 瞳だけでなくその声にも力が溢れて来た響はさらに強く拳を握り込む。

 

「みんなが歌ってるんだ…!だから……!まだ歌える!頑張れる!!戦える!!!」

 

 響の叫びとともに彼女を光が包む。

 

「なっ!?」

 

 その光景にフィーネは困惑の声を漏らす。

 フィーネの視線の先で響が光りを纏ってゆっくりと立ち上がる

 

「まだ戦えるだとッ!?」

 

 その響きの力強い眼差しにフィーネは困惑とともに叫ぶ。

 

「何を支えに立ち上がるッ!?何を握って力と変えるッ!?鳴り渡る不快な歌の仕業かッ!?そうだ…お前が纏っているものはなんだッ!?心は確かに折り砕いたはずッ!?なのに…何を纏っているッ!?それは私の作ったものかッ!?お前が纏うそれはなんだッ!?なんなのだッ!!?」

 

 フィーネの叫びと同時に、まるでその問いに答える様に三つの光の柱が立ち昇る。

 一つはすぐそばの森から紅い光が。

 一つは瓦礫と化したカディンギルの頂から蒼い光が。

 そして、一つはフィーネの目の前で優しい黄色い光が。

 三つの光の柱から大空へと昇る。立ち昇った三つの光が納まると同時に

 

「シンフォギアァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 大空から声が響き渡る。

 それは、眩いまでの純白の鎧を身に纏い、黄色い光の翼を広げる立花響だった。

 そして、響の周りにはさらに同じく純白の鎧を纏った蒼い光の翼を広げる風鳴翼、紅い光の翼を広げる雪音クリスが並ぶ。

 

「みんなの歌声がくれたギアが、私に負けない力をくれる。クリスちゃんと翼さんにもう一度立ち上がる力をくれる。歌は戦う力だけじゃない、命なんだ!」

 

 穏やかに、しかし、確かな強い力の籠った声で地上に立つフィーネを見据えて響は言う。

 

「高レベルのフォニックゲイン……こいつは二年前の意趣返し」

 

<んなことはどうでもいいんだよッ!!>

 

「念話までもッ!」

 

 頭に直接響いたクリスの声にフィーネは忌々しそうに言う。

 

「限定解除されたギアを纏って、すっかりその気かッ!?」

 

 フィーネは言いながらソロモンの杖から光弾を撃ちだしノイズを大量に呼び出す。

 

<いい加減芸が乏しいんだよッ!!>

 

<世界に尽きぬノイズの災禍は、すべてお前の仕業なのかッ!?>

 

<ノイズとは、『バラルの呪詛』にて相互理解を失った人類が、同じ人類のみを殺戮するために作り上げた自立兵器>

 

<人が…人を殺すために……ッ!?>

 

 翼の問いに答えたフィーネの言葉に響は息を飲む。

 

<『バビロニアの宝物庫』は扉が開け放たれたままでな。そこからまろび出る十年一度の偶然を私は必然と変え、純粋に力と使役しているだけのこと>

 

<また訳分かんねぇことをッ!>

 

 フィーネの言葉にクリスが言う。と、それ以上の言葉を遮るようにノイズがその身を槍のように変化し弾丸となって三人を襲う。

 

「「「ッ!!」」」

 

 咄嗟に身構える三人だったが

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 三人とノイズとの間に飛び込んだオーズがその背に炎の羽根を広げて撃ちだし、同時に左手の『タジャスピナー』から炎の弾丸を撃ちだし、飛来するノイズたちを撃ち落とす。

 

「映治さん!!」

 

 その姿に響が嬉しそうに笑みを浮かべる。

 ノイズたちを撃ち落としたオーズは三人の方へ向き直り

 

「クリスちゃん!!風鳴さん!!」

 

「「ッ!?」」

 

 叫びながら三人の元に飛びつく様に一瞬で向かうとクリスと翼の手を取り

 

「よかった!本当によかった!!よかったよぉぉぉぉぉ!!」

 

「なっ!?ちょっ!?」

 

「は、離せよ!?」

 

 困惑する二人を気にせずブンブンと手を力強く握って振る。

 

「クリスちゃん絶唱の負荷は!?どこか痛くない!?風鳴さんも!!さっきお腹刺された傷は!?なんともない!?」

 

「だ、大丈夫だからいいから離せッ!!」

 

「お、お陰様でピンピンしていますから!」

 

 オーズの剣幕に気圧されながらもなんとかオーズの手を振り解く。

 

「よかった……!本当に、よかった……!」

 

「お、おい……?」

 

「オーズ……?」

 

「どう…したんですか……?」

 

 オーズの様子にクリスと翼、響は困惑した様子で見つめる。

 

「俺は君たちの手を掴めなかったけど、俺じゃない誰かが君たちに伸ばした〝手〟はちゃんと届いてた……本当によかった……」

 

「あんた……」

 

「「…………」」

 

 真に迫った様子でまるで誰かへ感謝するように呟くオーズの――映治の様子に三人は口を開きかけて

 

「ッ!危ない!!」

 

 それに真っ先に気付いた響が声を上げる。

 先ほど同様にノイズたちが弾丸となって四人を襲ったのだ。意識がそれていたこともあって四人はそれを迎撃せずに舞うように飛んで避ける。

 

「ごめん!嬉しくてつい話しすぎちゃったみたいだ!」

 

 体勢を立て直した三人にオーズは言う。

 

「堕ちろぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 四人の見つめる先でフィーネが空へと構えた『ソロモンの杖』から無数の光弾が放たれ、まるで雨のように降り注ぐ。

 それらは四人の眼下に広がる街を、空を埋め尽くすほどの多種多様な無数のノイズとなり、街を破壊していく。

 

「さぁ、ここからが正念場だ!行こう!!」

 

「おっしゃ!どいつもこいつも纏めてぶちのめしてくれるッ!」

 

 オーズの言葉にいの一番に答えたクリスは街へ向けて飛んで行く。オーズもその後を追って飛んで行く。

 翼もそれを追って飛ぼうとしたとき

 

「翼さん!」

 

 響がそれを呼び止める。

 

「私…翼さんに……」

 

 申し訳なさそう中で視線を落とし、呟く様に言いかけた響だったが

 

「フッ…どうでもいいことだ」

 

「え……?」

 

 優しく微笑んで言う翼の言葉に響は呆ける。

 

「立花は私の呼びかけに答えてくれた。自分から戻ってくれた。自分の強さに胸を張れ」

 

「翼さん……」

 

 じっと見つめる響の視線を受けながら翼は不敵に笑い

 

「一緒に戦うぞ、立花」

 

「ッ!はいッ!!」

 

 翼の言葉に力強く頷いた響。

 二人は揃って先に飛んで行った二人を追いかける。

 

「フフ、よかった……」

 

 遅れて追いついた二人の顔を見てオーズは人知れず笑う。

 力強く歌を響かせながらノイズへと向かって行く三人とともにオーズも『タジャスピナー』を構え、道路を埋め尽くすノイズたちへ『タジャスピナー』から炎の弾丸を打ち込む。

 響は自身の右手の籠手をスライドさせて拳を構える。そのままビルを破壊する巨大なノイズに突っ込み拳を叩き込む。その威力に巨大ノイズを突き抜けさらにその背後にいた別の巨大ノイズを破壊する。その破壊力で周辺にいたノイズたちを大量に炭へと変える。

 クリスは自身のスカートのようなスラスターを肥大化させアームドギアと一体化させたまるで戦闘機のような形になったもので無数のビーム攻撃『MEGA DETH PARTY』によって空を埋め尽くすノイズたちを次々に撃ち落として行く。

 

「やっさいもっさいッ!!」

 

「すごい!!」

 

「乱れ撃ち!!」

 

 その光景にオーズと響が感嘆の声を漏らす。と――

 

「全部狙い撃ってんだ!!」

 

「フフッ」

 

「こいつは失礼!だったら――」

 

 クリスの言葉に二人は笑みを漏らし

 

「「俺(私)たちが!乱れ撃ちだぁぁぁぁぁッ!!」」

 

 響はその両手を振るい光弾を放ち、オーズも『タジャスピナー』の炎の弾丸に加え、背中から展開した炎の羽根を地面を埋め尽くすノイズたちへ撃ち込む。

 上空では高く舞い上がった翼が空を舞う超巨大な飛行型ノイズへ向けて大剣へと変化させたアームドギアを大きく振りかぶって振り下ろし、『蒼ノ一閃』を放つ。その一撃は一度に二匹の超巨大飛行型ノイズを撃ち抜き炭へと変える。

 四人の力は圧倒的で一騎当千の闘いを見せ、街を埋め尽くしていたノイズたちの数を削っていく。

 

「どんだけでようが、今更ノイズッ!」

 

 クリスが余裕の笑みを見せる中

 

「ッ!?あれはッ!?」

 

 翼の声に三人が視線を向けると、そこには自身の腹部に『ソロモンの杖』を押し当てるフィーネの姿があった。

 

「何をする気なんだ?」

 

「わかんねぇけど、どうせろくなことじゃねぇ!」

 

 何かが起こる前に止めようと身構えるが、一足遅かった。

 不敵な笑みを浮かべたフィーネはそのまま杖で自身のお腹を貫いた。

 

「あぁ…あぁぁ……!」

 

 苦悶の声を漏らしたフィーネだったが、直後、フィーネの身体から触手のようなものが伸び杖をその身に取り込み始めた。

 ニヤリと笑みを浮かべるフィーネの様子に四人が困惑する中、フィーネへノイズが弾丸のように飛び掛かる。

 と、そのノイズはフィーネの身体に触れた途端にドロドロの肉片のように変化しフィーネを覆う。

 それを合図にしたように周囲に残っていたノイズたちが一斉にフィーネ目指して飛んでくる。最初の一匹のようにドロドロに溶け、フィーネを覆っていく。

 

「ノイズに取り込まれていくッ!?」

 

「違う!逆だよッ!」

 

「あいつがノイズを取り込んでんだッ!」

 

 四人の視線の先でドロドロの赤黒い塊はグンとまるで手を伸ばすように四人目指して伸びる。

 四人がそれを飛んで回避すると

 

「来たれ!!デュランダルッ!!」

 

 禍々しいフィーネの声とともに輝かしい光が地面からあふれ〝それ〟は現れた。

 禍々しい赤黒い体表をした龍のような『カディンギル』ほどもあるような体長のそれは、一瞬煌めくような光をその先端に煌めかせたかと思うと眩い光の線を放つ。

 それは地面を抉り眩しい閃光と衝撃を放ちながら大爆発を起こした。

 

「ま、街が……ッ!」

 

 もうもうと煙で溢れる街を見てその光景に四人は呆然と息を飲む。

 

「逆さ鱗に触れたのだ」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 そんな四人に禍々しいフィーネの声が届く。

 見れば〝それ〟――紅い龍の頭のような部分のすぐ下、首のような部分に立ち並ぶ柱のようなものに囲まれたその中心に紅い龍と一体化したフィーネの姿があった。その右腕には黄金の剣『デュランダル』が握られている。

 

「相応の覚悟はできておろうなッ!?フフフッ、フハハハハハハハッ!!!」

 

 そう言ってフィーネは禍々しい笑みとともに高らかに笑い声を響かせた。

 



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024~龍退治と月の欠片と特等席~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!風鳴翼の奮闘によりカディンギルの破壊に成功する。しかし、それによって立花響の心は折れ立ち上がる力を失くしてしまう。そんな響にアンクと合流し再び戦う力を得た映治は立ち上がる力を思い出せるように声をかけ続けるのだった。

2つ!映治の呼びかけに加え、放送から聞こえて来た親友たちの歌う校歌の歌声に響は再び立ち上がる。その思いの力は響のみならず倒れたはずの雪音クリスと翼にも再び戦う力を与えるのだった。

そして3つ!復活した三人はその思いの力でエクスドライブを使い、フィーネが生み出す大量のノイズを退ける響達だったが、追い込まれたフィーネはその身に『ソロモンの杖』を突き刺し一体化し、加えて『デュランダル』の力を用いてその身を黙示録の龍へと変えるのだった。


Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





「「「「っ!!?」」」」

 

 大きく首をもたげ、振りかぶるような動作をした赤い龍に四人は一瞬早く反応し飛び退く。

 先ほど街を焼いた赤い光線が四人の一瞬前にいた場所を飛んで行く。

 

「このぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 避けながらクリスはスラスターから攻撃を放つ。が――

 

「っ!?」

 

 着弾する前にフィーネの本体が露出するする部分を防御壁のようなものが覆い、クリスの攻撃を防ぐ。そして、直後に羽のような部分を大きく広げ、光線を放ちクリスを襲う。

 

「ガァッ!?」

 

 苦悶の声を漏らすクリスを尻目に

 

「このッ!!」

 

 大剣状に変化させたアームドギアを大きく振りかぶり龍目掛けて『蒼ノ一閃』を放つ翼。

 その攻撃は龍の頭部を斬りつけ傷を付ける。しかし、その傷も一瞬で治癒してしまう。

 

「ッ!?」

 

「ハァァァァッ!!」

 

 続いて響が龍の腹部を殴るがそれもたちまち治癒する。

 

「ハァァァァ!!」

 

 『タジャスピナー』を構え光弾を放つオーズ。しかし、それも先の攻撃と同様に龍へのダメージとはならなかった。

 

「いくら限定解除されたギアと言えど、所詮は欠片から作られた玩具!!コンボの力を発揮するオーズであっても、完全聖遺物に勝てると思うてくれるな!!」

 

「「「ッ!」」」

 

 フィーネの勝ち誇って叫ぶ言葉にクリスと翼、オーズが顔を見合わせる。

 

「今の聞いた!?」

 

「もういっぺんやるぞ!!」

 

「だが、そのためには……」

 

 言いながら三人は振り返る。

 そこでは響が一人キョトンとした表情でいた。

 

「え、えぇっと……」

 

 三人の視線を受けた響は

 

「と、とにかくやってみます!!」

 

力強く頷いた。その答えに三人は頷き返し

 

「「「「ッ!!」」」」

 

 龍から再び攻撃が飛ぶ。

 四人は攻撃を躱しながら龍へと向かって行く。

 

「俺とクリスちゃん、それに――」

 

「私たちで露を掃う!!」

 

「手加減なしだぜ!!」

 

「わかっている!!」

 

「うぉりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 応じた翼に頷きながらクリスとオーズは速度を上げて龍へと向かって行く。

 その背後で大剣状のアームドギアを構えた翼が剣に力を込める。と、その剣がさらに肥大化し元の倍以上の大きさになる。

 それを大きく振りかぶった翼は

 

「はぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 先ほどの物よりもさらに強力な一撃――『蒼ノ一閃 滅破』を放つ。

 その攻撃は龍の腹部フィーネのいた場所を穿つ。その攻撃でその身を覆っていた防壁に穴をあける。しかし、それもすぐに塞がっていく。が、その穴がふさがりきる前にクリスとオーズがその穴に飛び込む。

 

「なっ!?」

 

 目の前に現れた二人の姿に一瞬動きが遅れるフィーネ。

 その目の前で構えた二人は

 

「「はぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

 クリスはスラスターや両腕のアームドギアから幾重もの攻撃を放ち、オーズは背部に光の羽根を展開し『タジャスピナー』からも光弾を乱れ撃つ。

 

「くっ!?」

 

 閉じられているせいで煙が充満する中、悔しげな表情で防壁を開くフィーネ。

 閉じられた防壁の向こうから日の光が差し込み、同時に正面に構える翼の姿が現れる。

 

「なっ!?」

 

 驚愕の表情を浮かべるフィーネの目の前で大きく振りかぶた翼はフィーネへと攻撃を放つ。

 防壁を開いた直後のせいで防御が間に合わなかったフィーネは咄嗟に目の前にシールドを張るが、大きく爆発する。

 もうもうと上がる煙の中から黄金の光を放つ何かが飛び出す。

 

「そいつが切り札だっ!!勝機を溢すな!!掴み取れ!!」

 

 それは先程までフィーネの握っていた完全聖遺物『デュランダル』だった。

 それが響の方へと飛んで行く。響のところまで届く前に落下しそうになるも、狙撃によってその軌道を修正、何度も何度も『デュランダル』に狙撃が加えられ確実に響へと向かって行く。

 

「ちょっせいっ!!」

 

 アームドギアを構えクリスは何度も引き金を引いてデュランダルを狙い撃つ。

 その光景に顔を引き締めた響は『デュランダル』へと手を伸ばし、柄を伸ばした左手で掴む。

 

「『デュランダル』をッ!!?」

 

 フィーネの驚きの声の直後

 

「うぅぅぅ……」

 

 響が呻き声を漏らす。

 同時に響を黒い何かが覆っていく。それは先程退けたはずの破壊衝動だった。

 

「うぅぅぅ!うあぁぁぁぁぁ!!」

 

 柄を両手で握り必死に自身の内からあふれ出てくるものを抑え込むように歯を食いしばって苦悶の声を漏らす響。

 と、彼女たちの眼下でシェルターの扉がはじけ飛ぶ。

 

「正念場だぁ!!踏ん張りどころだろうがァァァ!!」

 

「ッ!!?」

 

 直後聞こえた声に響は視線を向ける。

 そこにいたのは弦十郎だった。弦十郎に続いて誰か俯き加減で顔はわからないが女性と思われる人物を背負った緒川が、次いで藤尭達二課のメンバーや未来達リディアン音楽院の生徒たちが飛び出してくる。

 

「強く自分を意識してください!!」

 

 緒川が

 

「昨日までの自分を!!」

 

 藤尭が

 

「これからなりたい自分を!!」

 

 友里が、二課のメンバーが響へエールを送る。

 そんな響のもとに翼とクリスも寄り添うようにやって来る。

 

「屈するな立花!お前の奏でた胸の覚悟、私に見せてくれ!」

 

「お前を信じ、お前に全部賭けてんだ!お前が自分を信じなくてどうすんだよ!」

 

「うぅぅうぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 翼とクリスの声に響はさらに苦悶の声を漏らす。

 

「あなたのお手伝いを!!」

 

「アンタの人助けを!!」

 

「今日は、あたしたちが!!」

 

 三人の友人たちが叫ぶ。

 しかし、そんな中でも龍は今までのダメージを確実に癒していく。

 

「姦しい!!」

 

 フィーネの苛立ちの籠った声が響く。

 

「黙らせてやる!!」

 

 声と同時に龍から触手のようなものが伸びる。

 しかし――

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

 それららの触手に『タジャスピナー』から放たれた光弾が撃ち込まれ響達から逸れる。

 

「彼女たちの邪魔はさせない!!」

 

 オーズは叫びながら『オースキャナー』を構える。

 

「俺から言うことは変わらない!響ちゃん、君は君自身の願いを忘れないで!!手を伸ばすことを躊躇わないで!!」

 

 叫びながらオーズは『オースキャナー』でベルトをスキャンする。

 

≪スキャニングチャージ≫

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 ベルトから声が響と同時にオーズは雄たけびを上げながらさらに上空へと飛び上がり龍に向けて急降下する。そのまま急降下しながらクルリと身体を捻り足を開きながら龍へと向ける。と、その両足がまるで猛禽類の足のように変化する。そのまま急降下するスピードを乗せて燃え盛る猛禽類のようなツメで両足蹴りを叩き込む。

 

「グアァッ!!?」

 

 爆発を起こしフィーネから苦悶の声が漏れる。

 直後

 

「グォォォォォォォォッ!!」

 

 獣のような雄叫びを上げ、眩いまでの光を放つ『デュランダル』を振りかぶる響。

 そんな響に地上で見上げる未来は

 

「響ぃぃぃぃぃぃッ!!」

 

 声を枯らさん限りに親友の名を叫ぶ。

 その声の直後、響の口から獣のような声が止まる。

 同時にその顔つきが苦悶の表情から穏やかな、しかし、力強い表情へと変わる。

 

「そうだ!この破壊衝動に、塗りつぶされてなるものか!!」

 

 響はゆっくりと呟く様に言う。同時に響の背に黄金の翼が広がり、『デュランダル』が光りを増す。その光は天を貫くほどの光だった。

 

「その力、何を束ねた!!?」

 

「響き合うみんなの歌声がくれた、シンフォギアでぇぇぇぇぇぇぇすッ!!!!」

 

 フィーネの問いに答えながらその眩い光を響は振り下ろす。

 その光は紅い龍を頭部から両断していく。

 光が切り裂いた龍は大爆発を起こし、あたりへと煙を広げたのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「……お前…何を、バカなことを……」

 

 響に肩に片手を背負われて引き摺られるように歩くフィーネは呟くように言う。

 そんな光景を見ながら、しかし、彼女の仲間たちは微笑ましげに笑っていた。

 

「みんなに言われます、親友からも変わった子だぁって」

 

 フィーネを近くの瓦礫の上に座らせた響は苦笑いを浮かべながら言う。

 フィーネの身を包んでいた鎧は以前の黄金の輝きは失せ真っ白になっていた。それはまるで、燃え尽きた灰のようだった。

 

「もう終わりにしましょう、了子さん」

 

「私はフィーネだ……!」

 

「でも、了子さんは了子さんですから。きっと私たち、分かり合えます」

 

「…………」

 

 響の言葉に無言でフィーネは立ち上がる。

 

「ノイズを作り出したのは先史文明期の人間。統一言語を失った我々は、手を繋ぐことよりも相手を殺すことを求めた」

 

 言いながらフィーネはゆっくりと歩みを進める。

 

「そんな人間がわかり合えるものか」

 

「人が、ノイズを……」

 

「だから私は!この道しか選べなかったんだ!」

 

 言いながらフィーネは鎧から伸びる鞭を握り締める。

 

「おい!」

 

 一歩踏み出し止めに入ろうとするクリスに、隣に立つオーズが手で制す。

 全員が見守る中で響がゆっくりと口を開く。

 

「人が言葉より強く繋がれること、わからない私たちじゃありません」

 

 自身に満ち溢れた声で言う響。そんな彼女の言葉にフィーネは息を吐き

 

「ゼアァッ!!」

 

 響に向けて鞭を振るい、一直線に伸ばす。

 それを寸でで躱した響は踏み込みフィーネへ拳を構え、しかし、それをフィーネに触れる直前で止める。

 響に当たらなかった鞭はしかし止まることなく伸び続け

 

「私の勝ちだぁぁぁッ!!」

 

『ッ!!?』

 

 その言葉に全員が鞭の軌道を見れば、それは上空へと延びていく。

 その鞭を握り締めながら

 

「ゼアァァァァァァッ!!!!」

 

 まるで一本背負いでもするかのように雄叫びを上げながらフィーネはそれを引っ張った。

 その威力に地が裂け鎧が砕ける。

 

「なっ!?月がッ!!」

 

 上空を見上げていたオーズが驚愕の声を上げる。

 空に浮かんでいた月、『カディンギル』に穿たれたその欠片が徐々に元の場所から離れ、こちらへとやって来るようだった。

 

「月の欠片を落とす!!」

 

『ッ!!?』

 

「私の悲願を邪魔する禍根は!ここでまとめて叩いて砕く!!」

 

 勝ち誇ったように叫ぶフィーネ。しかし、その身から鎧がボロボロと砕けて崩れていく。

 

「この身はここで果てようと、魂までは絶えやしないのだからなぁッ!聖遺物の発するアウフヴァッヘン波形がある限り、私は何度だって世界に蘇る!!どこかの場所!いつかの時代!今度こそ世界を束ねるために!!フハハハッ!!私は永遠の刹那に存在し続ける巫女、フィーネなのだぁぁぁぁッ!!」

 

 狂ったように叫び続けるフィーネ。そんな彼女の胸に響がコツンと拳をぶつける。

 

「うん、そうですよね……」

 

 響は穏やかに言いながら拳を当てた姿勢から体を直立へと起こす。

 

「どこかの場所、いつかの時代、蘇るたびに何度でも、私の代わりにみんなに伝えて下さい。世界を一つにするのに、力なんて必要ないってこと。言葉を超えて、私たちは一つになれるってこと。私たちはきっと未来に手を繋げるってこと。私には伝えられないから。了子さんにしか、できないから」

 

「ッ!お前……まさか……」

 

 響の言葉にフィーネは目を見開き

 

「了子さんに未来を託すためにも私が今を守って見せますね」

 

「…………」

 

 響の言葉にフィーネはフッと微笑み、直後その表情を柔和な笑みに変える。

 

「ホントにもう……放っておけない子なんだから」

 

 言いながら響の胸を指さす。

 

「胸の歌を、信じなさい」

 

 その言葉を最後にフィーネの身体はボロボロと崩れ去った。

 彼女の死をみんなが見守る中

 

「おい映治!!テメェ何考えてる!?」

 

 一人の叫び声が静寂を切り裂いた。

 その場の全員の視線が声の発生源を探して見渡され、直後に緒川を突き飛ばして彼の背中に負ぶさっていた人物が空を右手で指さしながら叫ぶ。

 それは右手を異形の物と変えた金髪の人物――アンクだった。

 彼の視線の先には背負向け空中に浮かぶオーズの姿があった。

 

「ごめん、アンク。でも、もうこれしかないから」

 

「ふざけんな!!それは俺のメダルだぞ!!テメェ何勝手に――」

 

「大丈夫!きっとなんとかなるから!」

 

 言いながらオーズは振り返る。

 

「だからさ、ちょっと行って来る」

 

「テメェふざけんな!そんなことこの俺が許すと――」

 

 しかし、アンクの言葉を最後まで聞かず、オーズはそのまま落下する月へと向かって飛び去って行った。

 

 

 ○

 

 

 月の欠片へと一人向かって行くオーズ。彼は前方――月の欠片を見据えてただ真っ直ぐに飛んで行く。と――

 

「一人でカッコつけてんじゃねぇよッ!」

 

「ッ!?」

 

 背後から聞こえた声にオーズが息を飲み振り返る。

 そこには三人の人物がこちらへと飛んでくるのが見えた。

 

「クリスちゃん、風鳴さんに響ちゃんも……」

 

 三人はオーズに追いつくとそのまま寄り添うように一緒になって月の欠片へと飛ぶ。

 

「三人とも、なんで……?」

 

「映治さんひとりに任せて、私たちが指をくわえて見ていられるワケが無いじゃないですか」

 

 響がオーズに笑みを浮かべて言う。

 

「それに、いくらお前が強くてもあの月の欠片を一人で破壊するなんて、簡単なことではないはずだ」

 

「それは……」

 

 翼の言葉にオーズは言い淀む。

 

「お前にはまだ奏の事やあのアンクとかいう奴の事について、訊きたいことが山ほどある。戻ってきてもらわなければ困る」

 

「あたしだって、アンタには借りがあんだ。返す前にいなくなられちゃ困るんだよ」

 

「私も、映治さんには何度も何度も助けてもらいました。だから――」

 

 言いながら響はニッコリと微笑み

 

「だから、私たちにも手伝わせてください」

 

「風鳴さん、クリスちゃん、響ちゃん……」

 

 三人の顔を見渡したオーズは

 

「でも、本当にいいの?」

 

「まったく、くどいな。こんな大舞台で挽歌を歌えるのも悪くない」

 

「まぁ、一生分の歌を歌うにはちょうどいいんじゃねぇのか?」

 

「だから私たちの歌、一番近くで聞いていてください」

 

「そっか……」

 

 三人の言葉に頷いたオーズは

 

「じゃあ、ありがたく聞かせてもらうよ、三人の歌!この特等席で!」

 

 力強く答えた。

 

「ありがとう、三人とも!一緒に、みんなの未来を救うために!!」

 

 言いながらオーズはさらにスピードを速める。

 響たち三人も互いに手を繋ぎ合い、オーズの後を追う。

 

「解放全開!!行っちゃえ!!ハートの全部でぇぇぇぇッ!!」

 

 響の叫びが響き渡り、四人は四つの流星となって月の欠片へと翔けて行く。そして――

 

 

 

 

 

 月の欠片は砕かれ、その砕かれた欠片がまるで雨あられのように降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁ!!」

 

 地上ではその光景をボロボロと涙を流しながら未来は見上げていた。

 

「響ぃぃぃぃぃぃッ!!!」

 

 そしてその隣では苛立たし気に空を見上げるアンクが

 

「チッ、あのバカが、冷や冷やさせんじゃねぇよ」

 

「え……?」

 

 その言葉に未来は呆然とアンクを見る。

 

「あ、あの、それってどういう……?」

 

「どうもこうも……」

 

 言いながらアンクが空を指さす。

 そこには他の流れ星とは違う一層輝く赤い光が下りてくるのが見えた。

 

「もしかしてアレって!」

 

 その光に未来は目を見開く。

 そして、見守る未来達の目の前に彼は降り立った。

 

「え~っと、ただいま?」

 

 そう言ったのは背中に翼を背負い、右手にクリス、左手に響を抱えたオーズだった。

 

「響ッ!!!」

 

「大丈夫、三人とも命に別状はないよ。気絶してるだけ」

 

心配して駆け寄る未来たちにオーズは優しく答える。

 

「チッ、まあちゃんと帰ってきたことには良しとしてやる。とりあえずとっとと俺のメダル返せ」

 

「あ、う、うん」

 

 三人をゆっくりと地面に下ろしたオーズはベルトに手をかけて変身を解除。ベルトからメダルを抜き取りアンクに差し出す。

 

「フン!」

 

 それを引っ掴むように取り戻したアンクは

 

「おら、さっさと行くぞ。もうここに用はねぇ」

 

「ま、待ってくれ!」

 

 踵を返すアンクだったが、弦十郎が呼び止める。

 

「き、君たちには聞きたいことが山ほどある。我々に同行してくれないだろうか?」

 

「ハンッ!誰がテメェらとなんか!」

 

 しかし、アンクはその言葉を鼻で笑いながらあしらう。

 

「ま、約束のセルメダルだけは今度受け取りに来てやる。じゃあな」

 

 言いながらアンクは歩き出し

 

「あ?おい映治、何してる?さっさと――」

 

「悪い、アンク……最近コンボにもだいぶ慣れてきてたけど……さすがに、今回は俺も、ちょっと無理したかも……」

 

「あぁん?」

 

「ごめん、俺、限界……」

 

 言いながら映治は脂汗の浮かんだ顔に笑みを浮かべ、そのまま地面に倒れ伏したのだった。

 



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025~取り調べとアイスと警備のバイト~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!紅き龍となったフィーネを倒した火野映治たち。フィーネへ手を伸ばす立花響だったが、フィーネはその手を取らず、最後の力を用いて月の欠片の軌道をずらし地球へと落とそうと画策する。

2つ!月の落下を食い止めるべく飛び立つ映治。響と風鳴翼、雪音クリスも後を追い、四人は協力して月の欠片の破壊に挑む。

そして3つ!満身創痍の三人を連れて戻った映治だったが、彼もまた長時間の戦闘のダメージにより気を失ってしまうのだった。


Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





 

「気分はどうだい?」

 

「お陰様で回復できました。ありがとうございます」

 

「……チッ……」

 

 弦十郎の問いかけに机を挟んで向かいに座る映治は笑顔で頷き、アンクは頬杖をついてそっぽを向いたまま不機嫌そうに小さく舌打ちする。

 

「すみません、二日もお世話になってしまって。ご飯まで出してもらって」

 

「何を言うんだ。君に助けられたことを思えばこのくらいなんてことはないよ」

 

「だったらさっさと俺たちを解放しろよ。これじゃあ犯罪者への取り調べじゃねぇか」

 

「おいアンクッ!!す、すみません……」

 

 そっぽを向いたまま厭味ったらしく言うアンクの言葉に映治が慌てて弦十郎に頭を下げる。

 現在三人がいるのは先程アンクが言った通り、まるで刑事ドラマなどで見る取調室のような一室で一つの机を挟んで対面して座っている状態だ。

 アンクの言葉にバツが悪そうに頭を掻く弦十郎。

 

「それに関しては弁解のしようもない。本当にすまない。俺個人としては君らには十分な待遇を用意したかったんだが、何分君たちの素性が知れない以上、上層部は慎重にならざるを得ないようでなぁ」

 

「まあ二年も正体明かさずにいたわけですから仕方ないですよ」

 

 映治も苦笑いで頷く。

 

「……はんッ!いい加減腹の探り合いはやめろよ」

 

 そんな二人のやりとりにアンクが舌打ちしながら弦十郎へ視線を向ける。

 

「テメェらの事だ。もう既にこいつに関しては調べつくしてんだろ?」

 

「え?」

 

「あぁ……」

 

 アンクに指さされ映治は呆けた顔をし、弦十郎は図星を刺された様子で苦笑いを浮かべる。

 

「その……すまない」

 

「い、いえ……まあ当然ですよ。俺みたいなどこの誰とも知れない相手、警戒して当然です」

 

「…………」

 

 苦笑いを浮かべて頷く映治に申し訳なさそうに黙る弦十郎。そんな二人を見ながらため息をついたアンクはため息をつく。

 三人の間に少しの間沈黙が流れ――

 

「それで…こうして俺たちを呼んだってことは、何か聞きたいことがあるんですよね?」

 

「……ああ」

 

 映治の問いに弦十郎は頷く。

 

「火野映治君、君の事を調べて君の来歴、君の過去についてはある程度はわかった。しかし、この二年間のことがほとんど情報がない。――いや、違うな」

 

 言いながら弦十郎はかぶりを振って、言い直す。

 

「この二年間、君がリディアンで用務員として働いていたことや、数度海外に出向いていることなどについてはわかっている。だが、オーズの事、グリードとの事、それに――アンク君の事」

 

 言いながら弦十郎はアンクに視線を向ける。視線を受けたアンクは一瞬視線を向け、しかし、すぐに視線を外す。

 

「教えてほしい。アンク君、君はいったい、誰なんだ?」

 

 弦十郎の問いにアンクは大きくため息をつき

 

「800年前、三人の錬金術師によって生み出されたグリードは五人。そして、二年前復活したのも、五人」

 

「二年前のライブ会場に加え、現在も世界各地で目撃情報の上がっている連中だな。だが、それらは四人だけだ。つまり――」

 

「ああ。お察しの通りだ」

 

 弦十郎の言葉を引き継いで、ニヤリと笑みを浮かべながら答える。

 

「俺がその五人目だ」

 

「やはり……」

 

 アンクの答えに弦十郎は重々しく頷く。

 

「だが、余計にわからないことがある。グリードである君が何故オーズである火野君と行動を共にしている?それに……」

 

「なんで天羽奏の身体を使ってるか、だろ?」

 

「っ!……ああ、その通りだ」

 

「他の四人と違って、俺は不完全な復活しかできて無くてな」

 

 言いながらアンクは見せびらかすように右手を異形の物に変える。

 

「俺が復活できたのはこの右手だけでなぁ。それじゃあ何かと不便だったんだが、あの日たまたま目の前に死にかけのこの身体があったもんでな。有効利用させてもらった」

 

「…………」

 

 アンクの言葉を呆然と聞いていた弦十郎は意を決したように口を開く。

 

「奏君は、生きているのか?」

 

「さぁな」

 

 アンクは肩を竦めながら嘲笑うように笑みを浮かべる。

 

「この二年間一度も目覚めていない現状で生きてるって言えるのかねぇ?あんたはどう思う?」

 

「それは……」

 

 アンクの問いに弦十郎は言い淀むが、意を決したように顔を上げる。

 

「……教えてくれ、二年前のあの日、一体何があったんだ?」

 

「……話します。全部話します」

 

「おい映治、てめぇ!」

 

 頷いた映治にアンクが机を叩いて立ち上がる。しかし、そんなアンクを見据えて映治は返す。

 

「アンク、もういいだろ。そろそろこの人たちにちゃんと事情を話して協力し合うべきだ。もともと俺たちは対立する理由は無かったんだから」

 

「………チッ!」

 

 映治の言葉にアンクは頭を忌々しそうに掻き毟り大きく舌打ちするとドカッと椅子に座り直し映治から顔を背けて頬杖をつく。

 

「勝手にしろ」

 

「ああ。ありがとう」

 

 素っ気なく言うアンクの言葉に嬉しそうに頷いた映治は弦十郎に向き直る。

 

「話します。二年前のあのライブの日から、何があったのかを」

 

 言いながら映治は弦十郎を正面から見据え

 

「その代わり、一つお願いがあります」

 

「……なんだね?可能な範囲で実現するよ」

 

「ありがとうございます」

 

 映治は頭を下げ、口を開く。

 

「今からする話を風鳴翼さん達にも聞いてもらいたいんです。全部話すって、約束したから……」

 

「なるほど……」

 

 映治の頼みに弦十郎は頷く。そんな弦十郎に映治は頭を下げる。

 

「お願いします。直接が無理なら中継でも録画でもいいので、どうか、どうか!」

 

「……お前、気付いてなかったのか?」

 

 必死で頼む映治の様子に呆れたようにアンクが言う。

 

「は?気付くって何が?」

 

「……はぁ~」

 

 大きくため息をついたアンクは立ち上がり映治の座っている側の壁に歩み寄り、映治に向き直る。

 壁には大きな鏡がはめ込まれている。その鏡をアンクは右手でノックし

 

「この向こうで風鳴翼、加えてあのガングニールのガキと、あの生意気なチビガキ、他にも何人かいるな」

 

「……へ?」

 

 アンクの答えに映治は呆けた顔をする。そのまま弦十郎の方に視線を向けると、弦十郎も驚いた顔のまま感心したように言う。

 

「すごいな。確かにその鏡はマジックミラーでその向こう、隣の部屋には翼に響君、クリス君、それに未来君ともう一人がいる。俺たちの会話は全部向こうにも聞こえている」

 

「っ!?」

 

 弦十郎の言葉に再びアンクと件の鏡を交互に見る。

 

「なんでわかったんだ!?」

 

「グリードの感覚がお前ら人間と同じだと思うなよ?不完全な身体でもこのくらいは感じとれる」

 

 ドヤ顔で自慢するように言ったアンクは再び椅子に腰掛ける。

 

「あぁ~……まあその、と言うわけで君の願いには答えられると思うんだが……他に何かあるかね?」

 

「あ、えっと、はい。とくには――」

 

「あるぞ」

 

「え?」

 

 アンクの言葉に映治が驚いた顔をする。

 

「君は何が望みだ?」

 

「そんな難しいことじゃねぇ」

 

 弦十郎の問いにアンクはフッと笑みを浮かべ答えた。

 

「アイスを用意しろ。棒付きのやつがいい」

 

 

 

 ○

 

 

 

「二年前のあの日――」

 

 弦十郎の持ってこさせた棒付きのアイスキャンディーをうまそうに齧りつくアンクの横で映治は話し始める。

 

「あのライブの日――俺もあの場所にいたんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……暇だなぁ。まあ暇なのはいいことだけど」

 

 大きく伸びをしながら青年――火野映治はひとり呟く。

 映治は青い胸元に警部会社の名前の縫い付けられた制服に身を包み、大きな建物の外で扉の前に立っていた。

 高校を卒業と同時に海外を旅してまわっている映治は日本に帰って来た折には旅費を稼ぐためにバイトに明け暮れる日々。この日も映治はそのバイトの一つ、警備会社の仕事でとあるイベントの警備に当たっていた。

 警備の仕事とは言ってもそれほど重要性は高くないようで映治が配置されてから人一人通らない。それならこんなところに人を配置しなくてもいいのでは?と映治はちらりと考えたが、どうやら今回のイベント――行われるライブでやって来るアーティストはかなり人気があるようで、万が一にも不審者が侵入してはいけないらしい。海外にいることが多い映治には残念ながらそのアーティスト――『ツヴァイウィング』の名前は訊きなじみがなかった。

 

「俺が学生の頃には聞き覚えなかったし、最近人気が出たのかな?こんな大きな会場でライブするくらいだし。こんな端っこの出入り口にまで警備置くくらいだし。結構流行ってるんだなぁ」

 

 映治はぼんやりと呟く。そんな彼の耳に

 

「~~♪~~~♪~~♪」

 

 どこからか歌が聞こえた。

 それはアカペラの、しかし、澄んだよく通る声だった。

 

「???」

 

 映治は首を傾げながらあたりを見渡す。しかし、周囲には相変わらず誰もいない。

 歌声の出所を探って声の聞こえる方へと歩いて行く。

 それは先程まで映治のいた場所からほんの数メートルの場所にある資材などの搬入を行う場所だった。大きなトラックも入れるように大きく開けたその場所、その少しせり上がった段の上にその歌声の主はいた。

 

「~~~♪~~♪」

 

 年の頃は映治よりも少し下、まだ学生くらいと思われるその少女はふんわりとボリュームのある赤毛に白いマントのようなものを羽織っていた。マントのせいで服装や体形は見えないがスラリと延びる脚などからスタイルの良さがうかがえる。

 

「~~♪~~♪~~~♪」

 

 少女はとても楽しそうに歌っている。

 映治はその場でその少女の歌に聞き入る。

 軽やかに楽しげに歌う少女のその歌声はそれほど音楽に詳しい訳ではない映治でも上手だと感じた。少女の歌には希望が満ちていた。少女が心の底から歌が好きなんだと感じる、そんな歌声だった。

 

「~~♪~~~~♪……」

 

 少女は最後の詩をのびやかに歌い切った。

 そして――

 

 パチパチパチ!

 

「っ!?」

 

 映治は思わず拍手していた。

 まさかギャラリーがいるとは思っていなかった少女は映治の拍手に驚きの顔を浮かべるとすぐに警戒したように映治をジロジロと爪先から頭の先まで見て

 

「なんだ、警備の人か」

 

 ホッと息をつく。

 

「アハハハ、ごめんね。驚かせたよね?でも、とっても上手だったよ」

 

「そいつはどうも」

 

 映治の言葉に少女は嬉しそうに笑う。

 

「でも、誰か来る前にすぐに逃げた方がいいよ?」

 

「ん?なんでだ?」

 

「なんでって……ここ関係者以外立ち入り禁止だよ?本当なら俺も不審者ってことで連絡した方がいいんだろうけど、さっきの歌が上手かったから特別に見逃してあげるから――」

 

「プッ…アハハハハハ!!」

 

 映治の言葉の途中で少女は笑い声を上げる。

 

「ど、どうしたって言うんだい?」

 

 そんな少女に映治は困惑する。

 

「いやぁ~…なんて言うか、あたしらもかな~り有名人になったと思ってたけど、まだまだなんだなぁって。まさか自分たちのライブの警備員に知られてないなんてなぁ。アハハハハハ!」

 

「え……?それじゃあ…もしかして……!?」

 

 大笑いする少女の言葉に映治は眼を見開く。

 そんな映治に二ッとイタズラっ子のような笑みを浮かべ

 

「あたしの名前は天羽奏、今日このドームでライブをする『ツヴァイウィング』の片翼だ!」

 

 少女――天羽奏は楽し気に笑うのだった。

 



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026~歌と右手と欲望の目覚め~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!フィーネとの闘いに傷つき疲労に倒れた火野映治だったが、特異災害対策機動部二課の協力により回復した。

2つ!回復した映治とアンクからオーズの秘密を聞くべく話し合いの場を設ける風鳴弦十郎。語ろうとはしないアンクを説得し、映治は語ることを了承する。

そして3つ!ついに映治の口から語られる真実。それは二年前のツヴァイウィングのライブの日へと遡るのだった。


Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





 

「へぇ~、映治さんはずっと海外にいたのか。なら納得だわ」

 

「うん、あっちこっち移動して日本にいないこともあるね」

 

 奏は隣に座る映治の言葉に納得したように頷く。

 

「あたしらも結構人気出てると思ってるけど、さすがに海外まではなぁ~」

 

「い、いや、俺もいろんな国行ったけど、結構マイナーな国が多かったし!こんな大きな会場いっぱいにできるんだもん!すごいよ!」

 

「いやいや、フォローとかいいって。てか映治さんの方がすげぇだろ」

 

「え?」

 

 笑って言う奏の言葉に映治は首を傾げる。

 

「世界中を旅して自分の目でいろんなもの見て来たんだろ?そっちの方がすげぇよ。あたしなんて気付いたらこうなってたってだけだし」

 

「気付いたらって……」

 

「ホントにそうなんだよ。どうしてもしたいことがあって、そのための手段で死に物狂いで歌ってたら気付いたらこんなでっけぇ場所で歌うことになってた」

 

「………そっか」

 

 奏が遠い目をして言う言葉に映治は少し間を空けて頷く。

 

「……アハハ、悪い!空気悪くしたな!」

 

「いいよ、気にしないで」

 

 空気を変える様に朗らかに笑う奏に映治も笑顔で頷く。

 

「それに、その目的が何なのかわからないけど、そのための手段の為だけに歌い続けてたわけじゃないんじゃないかな?」

 

「え……?」

 

 今度は映治の言葉に奏の方が首を傾げる。

 

「だって、さっきの奏ちゃん、すごく楽しそうだったよ」

 

「…………」

 

 映治の言葉に呆けた顔をした奏はすぐに微笑み

 

「確かにそうかも。最初はただ死に物狂いで歌ってたけど、いつの間にか誰かに歌を聴いてもらうのが楽しくなってきて、今じゃ翼――相方とずっと歌っていたいって思ってる。目的のための手段だったはずなのに、今じゃ歌うことの方があたしの生きる目的になってるかもしれねぇ」

 

「そっか」

 

 楽しそうに笑う奏に映治もほほ笑む。

 

「そう言う映治さんは?なんで旅してんの?」

 

「う~ん……もともとはうちのおじいちゃんに小さい頃から世界中連れ回されてたからかな」

 

 奏の問いに映治は少し考える様にそぶりを見せながら言う。

 

「実際に海外に行って、おじいちゃんが昔した体験の話とか、おじいちゃんの知り合いでNPO法人で活動してる人とかもいたからそう言う人から話聞いたり、そうしてるうちに見て、聞いた世界の現状を何とかしたくなったんだ」

 

「へぇ~……」

 

 映治の言葉に感心したように頷く奏。

 

「やっぱすげぇな、映治さんは」

 

「そんなことないよ」

 

 感心する奏に苦笑い気味に映治は応える。

 

「で、今は?次に行く国への旅費を稼いでるとか?」

 

「ん~、それもあるけど、今は充電中…かな」

 

「充電?」

 

「うん。どんなに夢見て、やりたいって思ってしてることでも、楽しいばっかりじゃないよ。どうしたって、見たくないものも見なくちゃいけない。楽しいことも多いけど楽しいばかりじゃない。だから、今は充電中なんだ」

 

「そっか……」

 

 映治の言葉に奏は頷く。

 

「さてとッ!」

 

 大きく気合を入れる様に膝を打って映治が立ち上がる。

 

「つい話し込んじゃった。だいぶ持ち場を離れちゃったし、奏ちゃんもそろそろ準備とかあるんじゃない?」

 

「え?――あっ、ヤバッ!ホントだ!」

 

 映治の言葉に時計を確認した奏も立ち上がる。

 

「ありがとう映治さん、楽しかったよ。なんか初めて会ったのにいろいろ話しちまった」

 

「ハハハッ、俺もだよ。ライブ頑張って、応援してる」

 

「さっきまであたしのこと知らなかった癖に」

 

「うッ……」

 

「ハハハッ、なんてな。冗談だよ」

 

 奏は楽しそうに笑う。

 

「頑張るよ、映治さんのところにまで聴こえる様に力いっぱい歌うからさ!映治さんも仕事しながらでいいから聴いててくれ!」

 

「うん。どうせ今まで誰も来てないし、ただ立ってるだけなのも暇だからね」

 

「バレてお給料減らされてもあたしらに文句言うなよぉ~」

 

「アハハハ!バレない程度に楽しむよ!」

 

 手を振り去って行く奏の言葉に返事しながら映治は手を振り持ち場に戻ろうと歩き出し

 

「映治さん!」

 

「ッ?」

 

 と、奏が背後から呼びかける。振り返ると奏は映治に向けて笑みを浮かべ

 

「いつか、また旅できるといいな!」

 

「ッ!」

 

「あたしも頑張るからよ!映治さんも!」

 

「……うん!ありがとう!」

 

 手を振りながら言う奏の言葉に映治は笑顔で応え、今度こそ二人はそれそれその場を後にした。

 

 

 ○

 

 

 背後の建物から歓声とともに歌声が聞こえてくる。

 

「~~♪」

 

 聴こえてくる歌声と音楽に合わせて鼻歌を歌いながら映治はその歌に聴き惚れる。

 歌声とともに聞こえてくる完成は曲がサビに向かうにつれてその熱狂具合が上がっていく。

 

「やっぱり君の方がすごいよ、奏ちゃん。だって、君の歌声でたくさんの人がこんなに熱狂してるんだもん」

 

 映治はここにいない、ステージに立っている奏の姿を思い描きながら優しく微笑み――

 

 ズドォォォォン!!

 

 爆音が響いた。

 

「なっ!?いったい何が!?」

 

 慌てて見上げると建物から煙が上がっていた。

 

「ッ!?奏ちゃんッ!!」

 

 それを見た瞬間、映治は目の前の扉を開いて飛び込んでいた。

 細い通路を駆け、会場へと向かって行く。

 大きな通路を経ていくつ目かの扉を開いたとき、映治の視界に眩いオレンジ色の光が広がった。

 そこはライブの会場、大きく開いた天井からは眩いオレンジの夕日の光が差し込み、会場の中を照らし出していた。

 その光景は一言で表すなら――『地獄』だった。

 会場の中心には大きな爆発があったらしい焼け焦げた跡、そこからあふれ出る様に広がる異様な生物のようなものが無数にいた。

 

「あれは……なんで、『ノイズ』がッ!?」

 

 溢れ出る無数のノイズはピコピコと軽快な音とともに周囲にいる観客たちを襲っている。

 ノイズに触れられた人たちはノイズとともにその身を炭へと変えていく。

 あたり一面に少し前まで命だったであろう物で溢れ、今もなおその命を散らしていく。

 先ほどまで歓声と熱気に満ちていたはずのライブ会場は、悲鳴と怒号で溢れていた。

 「いやだ」「死にたくない」と泣き叫びノイズから逃げ惑う人々は要所要所に設けられた出入口へと殺到し、誰もが死にたくなくて、この現状から逃げ延びようと、なりふり構っていられない様子で先にいる人たちを押し退け怒声を上げる。

 その光景は目を背けたくなるような惨たらしい光景で、きっと地獄というモノが本当にあるのだとしたらこんな光景なのだろう。

 

「あ……あぁ……」

 

 その光景に映治は立ち尽くした。呆然と、しかし、その身を震わせている。

 と、映治の耳に歌声が聴こえる。

 

「ッ!」

 

 見ると、そこには不思議な鎧を纏った二人の少女がそれぞれ槍と剣を振るってノイズを屠っていた。

 何故通常兵器をものともしないはずのノイズを倒せているのか、何故歌いながら戦っているのか、いくつも問いが頭に浮かぶ中、それ等の問いよりも何よりも映治の頭を埋め尽くしたのは

 

「なんで、奏ちゃんが……!?」

 

 槍を振るう少女が少し前に話していた少女――天羽奏だったからだ。

 

「ッ!」

 

 いろいろな疑問が頭を埋め尽くすが、すぐにかぶりを振う。

 

「なんかよくわかんないけど、奏ちゃんが戦ってるんだ!俺だって!」

 

 言いながら映治は自身の両頬を平手で打つ。

 

「よしッ!」

 

 気合を入れなおした映治はすぐさま駆け出し、すぐ近くに倒れている人に駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 声をかけるが映治の声に応えない。

 伏せるその人を起こすと

 

「ッ!」

 

 その人はもう既に息絶えていた。

 ノイズに襲われれば例外なく人間は炭素にされる。

 つまり、こうして身体が残っているということは――

 

「ッ!!」

 

 それ以上考えないように思考を頭の隅へと押しやり周囲に視線を向ける。そして、人々が逃げ惑い殺到している出入り口の中で一番近いところに向かう。

 

「どけぇ!」

 

「お願い通して!」

 

「死にたくねぇ!」

 

 悲鳴や怒声の声が響く中に飛び込み

 

「皆さん落ち着いて!順番に!」

 

 目の前にいた男の肩に手を置きながら叫び

 

「うるせぇ!離せ!!」

 

「がっ!?」

 

 男は叫びながら意地の手を振り払う。振り払った男の拳が映治の鼻っ柱に当たる。

 その勢いに思わず仰け反り尻餅をつく。

 

「グエッ!?」

 

 尻餅をついた映治の下から苦悶の声が漏れる。しかし、映治はそれに気付かない。

 

「くそ……なんで……それじゃあ誰も助からない……」

 

 呆然と呟く映治。しかし、その思考を遮って声が響く。

 

「おい!いい加減にしやがれ!いつまで乗ってんだ!さっさとどけッ!!」

 

「うおッ!?す、すみません!」

 

 自身の下から聞こえた声に慌てて立ち上がり、先程まで自身のいた場所に視線を向ければ

 

「たく!ざけんじゃねぇぞ!」

 

 鳥の羽のようなものが生え、タカや猛禽類か何かのような鋭い爪のある〝右手だけ〟が宙に浮いていた。

 

「うおわぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 光景に驚き飛び退いた映治は瓦礫に足を取られ転びそうになり、踏みとどまろうと思わず足を振り上げる。

 その足は偶然にも目の前の異形の右腕に綺麗に蹴りが入り

 

「グアァァッ!?」

 

 異形の右腕は吹き飛ばされ、その際にその腕から何かが弾き出される。

 空中で回転しながら落ちて来たそれは映治の手の中にすっぽりと納まる。

 

「何これ?」

 

 手の中のそれをよくよく見ればそれは金色の縁取りのされた紅い鷹が翼を広げたような意匠の施されたメダルだった。

 

「メダル……?」

 

 首を傾げる映治だったが

 

「おい……いってぇなテメェ……!!」

 

「ヒッ!?」

 

 恨みがましい声とともに異形の右腕がゆったりと浮かび上がる。その光景に映治の口から恐怖の声が漏れ

 

「あ、テメェ!それ俺のメダルじゃねぇか!」

 

「え……これ?」

 

 映治の手に収まるメダルを指さしながら異形の右手が叫ぶ。

 

「返せ!俺の〝身体〟だ!」

 

「あ、あぁごめん!」

 

「いいからさっさと返せ!それまで殺すのは待ってやる!」

 

 言いながら映治へその手を差し出す異形。

 しかし、そんな二人の前に

 

「コアメダル…渡セ……」

 

 新たな異形が現れる。

 

「うわっ!?また出た!」

 

 驚く映治の目の前でその新たな異形――カマキリのようなそれは、その両手の鎌を合わせるように構える。それを広げると鎌と鎌の間に新たに三本の刃が生まれ、

 

「キエェェェェェ!!」

 

 甲高い声とともにその三本の刃と二本の鎌に浮かぶ刃、計五本の刃が回転しながら映治と異形の右手を襲う。

 

「うわっ!?」

 

「くっ!」

 

 思わず顔を背ける映治に対し、それにいち早く反応した異形の右腕は飛来する五本の刃を舞いながら弾く。

 

「手を出すな!これは俺んだ!!」

 

「メダル…渡セ!!」

 

 怒声を飛ばす異形の右腕だったがカマキリの異形はそれを無視してその右腕を襲う。

 

「がっ!?」

 

 鎌で斬りつけられ吹き飛ばされる。

 

「お、おい!やめろ!」

 

 その光景に映治は思わずカマキリの異形にタックルを仕掛けるが

 

「邪魔を…するな!!」

 

「あぁッ!?」

 

 逆に吹き飛ばされれてしまう。

 

「キャァァァァァッ!!」

 

 その騒ぎに逃げ惑っていた観客たちも恐怖の声を上げる。

 

「フンッ!!」

 

 そんな観客たちに向かって鎌を振るう。

 

「や、やめろ!」

 

 映治は思わずその場にあった瓦礫を掴んで投げつける。

 

「なんだか知らないけどもうやめろって!!」

 

「邪魔ヲ…スルナ……」

 

 映治に視線を向けた異形は鎌を構える。

 

「死ニタクナイ……」

 

「え……?」

 

 カマキリの異形の呟く言葉に映治は一瞬困惑する。

 

「死ニタクナイ……!死ニタクナイ……!オ前ガ!死ネェェェ!」

 

「ッ!」

 

 叫びながら跳躍したカマキリの異形は一瞬で映治との距離を詰め映治の胸倉を掴むと

 

「ハァァァァァァッ!!」

 

 そのまま投げ飛ばした。

 

「あいつ……自分が狙われるってわかってて……ただのバカだ……使える!――いや、今はこの手しかない!」

 

 その光景に呟いた異形の右腕はすぐさま映治へと飛ぶ。

 

「うわぁぁぁぁぁッ!」

 

 吹き飛ばされた映治は瓦礫に叩きつけられそうになり――

 

「うおッ!?」

 

 急に誰かに掴まれる。

 見ると、映治の胸倉を異形の右腕が掴んでいた。

 映治をゆっくりと下ろした異形の右腕は

 

「お前、名前は?」

 

「え……火野映治…だけど……?」

 

 へたり込んだまま思わず問いに答えた映治に異形の右腕はふわりと舞いながら

 

「映治、お前には感心した。助かる方法を教えてやる」

 

 言いながらその身から楕円形の石の塊を出す。

 その石の塊を映治のお腹に押し当てる、と、その石の塊が光り、表面を包んでいた石が弾け、ベルトとなって映治のお腹に装着される。

 

「うおぉっ!?」

 

 突然のことに映治は思わず飛び上がるように立ち上がる。

 

「映治、助かるには奴を倒すしかない」

 

「奴を……」

 

 言いながら異形の右腕が指さす方を見れば、そこでは逃げ惑う観客たちを襲うカマキリの異形の姿が。

 

「メダルを三枚、ここにはめろ。そうすりゃ力が手に入る」

 

 言いながら異形の右腕はその手の中に黄色と緑のメダルを出現させながら映治の腰のベルト、その中央の楕円形の衣装の部分を指さす。確かにそこにはメダルが三枚収まるような窪みがあった。

 異形の右腕が差し出すその二枚のメダルを受けとりながら、メダルと異形の右腕を交互に見た映治は

 

「何かよく分かんないけど、あいつをどうにかできるなら!」

 

 言いながらベルトに二枚のメダルと先程から持っていた紅いメダルの計三枚を収め、楕円形の意匠を傾ける。

 と、映治の右腰にあった円形の物体をとった異形に右腕がそれを差し出す

 

「これを使え」

 

 言われるがままにそれを受け取った映治は右手でそれを構え、ベルトの意匠にその円形の物体で読み取るようにスライドさせる。

 

「変身!」

 

 叫びながら映治はカマキリの異形へ向かって駆けだす。

 

≪タカ!トラ!バッタ! タ・ト・バ!タトバ!タ・ト・バ!≫

 

 ベルトから高らかな歌が響くのも気にせず映治は駆ける。

 その身を赤と黄色と緑、三つの光の輪が包み、その身を変貌させる。火野映治は自身の身体の変化を理解しないままカマキリの異形が今まさに鎌を振り下ろさんと振りかぶる少女との間に飛び込み

 

 ガギッ!

 

 少女に向けて振り下ろされる寸前だったカマキリの鎌を映治はその両手の甲から伸びる爪で受け止めていた。

 この日、この瞬間、800年の眠りからオーズが目覚めたのだった。グリードと言う欲望を糧とする異形とともに。

 



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027~命の唄と契約と守るもの~

戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!警備員のバイト中、火野映治はトップアーティスト・ツヴァイウィングの片翼である天羽奏に遭遇。言葉を交わし親しくなった。

2つ!警備員の業務に戻った映治は突如会場で起こった爆発に慌てて中に入ると、ライブ会場にはノイズが溢れ、さながら地獄絵図の様相が広がっていた。

そして3つ!その会場で謎の異形のバケモノと遭遇した映治。しかし、映治は同じく右腕しかない異形のバケモノ、アンクとの取引によってオーズへと変身する力を得るのだった。


Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





 

「大丈夫かい!?」

 

 鎌を受け止めながら響へ振り返って映治――オーズは叫ぶ。

 

「え…あ…あの…はい……」

 

「ならよかった!じゃあ早く――」

 

「生キタイ!!オ前ガ死ネ!!」

 

「逃げるん――だ!!」

 

「ぐあっ!」

 

 気合の声とともにオーズはカマキリヤミーを弾き飛ばす。

 

「さあ行って!」

 

「は、はい!」

 

 オーズの言葉に促され、少女は走り出すが

 

「きゃぁぁぁ!?」

 

 少女の足元が崩れ、少女は下へと落下する。

 

「ッ!」

 

 その光景にオーズは少女を救うために駆け出そうとするが

 

「死ニタクナイ!」

 

「グッ!?」

 

 弾き飛ばしたカマキリヤミーによって羽交い絞めにされ阻まれる。

 

「くっ!邪魔だぁ!」

 

 オーズはそんなカマキリヤミーの足を踏み付け一瞬緩んだ拘束の隙にヤミーのお腹に肘鉄を入れる。

 

「ハァァァァッ!!」

 

 拘束から逃れたオーズは振り向きざまにトラクローでカマキリヤミーの身体を切り裂く。ヤミーの身体から鮮血の如く銀色のメダルが飛び散る。

 そのままヤミーに蹴りを入れ吹き飛ばす。

 急いで視線を向ければそこではへたり込む少女を庇って奏が迫りくるノイズを槍を回転させて防っていた。

 

「ッ!」

 

 奏たちを救出しようと踏み出したオーズだったが

 

「キェェェェ!!」

 

「ガッ!?」

 

 背後から飛んできた斬撃と衝撃に地面を転がる。

 慌てて体勢を整えればカマキリヤミーがその両手の鎌を掲げていた。

 

「キェェェェ!!」

 

 再び奇声とともに飛ばして来た斬撃をトラクローで弾き落とす。

 同時に飛びかかって来たヤミーの鎌を受ける。

 

「ハァァッ!」

 

 ヤミーの振るう鎌をトラクローでさばきながらちらりと視線を向ければ、そこではノイズの攻撃を拘束で回転させて防いでいるが、かなり追い詰められている。奏が槍の回転速度を上げながら雄たけびを上げる。しかし、奏の纏う鎧がボロボロと崩れ始め――

 

「ッ!?」

 

 その破片が逃げようとしていた背後の少女を襲った。

 破片を胸に受けた少女から鮮血が飛び散る。

 

「そんなッ!?」

 

 その光景に一瞬気を取られたオーズは

 

「ガッ!?」

 

 カマキリヤミーの攻撃を受けて弾き飛ばされる。

 

「生キタイ!!オ前ガ死ネ!!」

 

 倒れるオーズに追撃を放つカマキリヤミー。寸でのところでそれを回避するもオーズはさらに追撃を受ける。

 

「クゥ……」

 

 カマキリヤミーの猛攻にオーズが苦悶の声を漏らす。と――

 

【――Gatrandis babel ziggurat edenal 】

 

 透き通るような歌声がその場に響いた。

 

【 Emustolronzen fine el baral zizzl 】

 

「いけない奏ぇっ!!!歌ってはダメェェェ!!!」

 

 知らない少女の悲痛な叫びが聞こえた。

 

【 Gatrandis babel ziggurat edenal 】

 

 その歌声に一瞬気を取られたことで、オーズは初動が遅れた。

 

「キェェェェ!!」

 

「ッ!」

 

 カマキリヤミーの飛ばした斬撃をオーズは飛び退いて回避し、その軌道を追ったオーズはその先で槍を天高く構える少女がいることに気付いた

 

【 Emustolronzen――】

 

「危ない!!」

 

 オーズの叫びに、しかし、奏は気付く前にその斬撃を背中に受けてしまった。

 

「ッ!!」

 

 その光景にオーズは息を飲み

 

「うわぁぁぁぁ!!!」

 

 グッと踏み込むように足に力を込める。と、オーズの両足が緑の輝きを発しオーズは大きく跳躍する。その勢いのままヤミーへと駆けるように蹴りを五発叩き込む。

 その蹴りで吹き飛んだヤミーをさらに追いかけ両腕に力を込める、トラの雄叫びのような音と共にオーズの胸と腕が黄色く輝き――

 

「セイヤァァァァァ!!!」

 

「ガァァァァァッ!!!」

 

 腕を交差させるように振るう。オーズの斬撃を受けたヤミーは断末魔を上げながら大量のコインに代わる。

 

「奏ちゃん!!」

 

 その光景を見た瞬間にすぐに跳んだオーズはすぐさま奏に駆け寄る。

 彼女は地面にうつ伏せに倒れ伏して動かない。

 

「そんな……!」

 

 急いで彼女を倒れる少女のそばまで運び二人の様子を見る。どちらもかなり危険な状態だった。

 

「クッ!早く二人を運ばないと!でも――」

 

 言いながらオーズは視線を巡らせる。まだこのライブ会場にはノイズで溢れている。

 

「クソッ!どうすれば……!」

 

 まだ大量にいるノイズたちと目の前の少女二人、そのどちらを優先するかオーズの中で葛藤が起こる。数秒の逡巡の末

 

「頑張るんだ奏ちゃん!それに君も!すぐにノイズを片付けるからそれまで頑張ってくれ!」

 

 オーズはノイズへと駆けだした。

 

 

 ○

 

 

 

「――ほう?こいつはいいもん見つけた」

 

 オーズがノイズへと向かって行ってからすぐに倒れる二人の少女の下にアンクは現れた。

 まるで品定めするように二人の間を飛んだアンクは

 

「こっちがいいな」

 

 二人の中でより幼い方の少女へ向く。

 

「だ…れ……?」

 

「なんだ、まだ喋れるのか。死にかけのクセにな。まあいい、どっちにしろ関係ないな」

 

 少女の呟く様な問いに少し驚いたもののそのまま少女に向かって行き

 

「さて、さっさと――」

 

「待て……!」

 

「あぁん?」

 

 しかし、今度は先程の少女よりも弱々しい声が聞こえる。

 見ればもうひとりの少女――奏がアンクを睨みつけていた。

 

「その子に…何する気だ……?」

 

「関係ないだろ。他人の心配するより自分の心配したらどうだ?お前、こいつよりもよっぽどヤバいだろ」

 

 奏の問いにアンクは嘲るように答える。

 

「いいから…答えろ……!その子に何する気だ!?」

 

「見りゃ分かんだろ。見ての通り俺は物入りでなぁ。こいつはそれにぴったりってわけだ」

 

「そんなこと…させるか……!」

 

「ハンッ!死にかけは黙ってそこで見てろ」

 

 言いながらアンクは少女へと向かって行く。が――

 

「――おい、何してやがる?」

 

 そんなアンクを奏が掴んでいた。

 

「その手を放せ。邪魔だ」

 

「その子はもう一度生きようとしてるだろ……!」

 

「今にも死にそうなやつは黙ってろ」

 

「その子に手を出すな……!」

 

 アンクの言葉に奏は力強く叫ぶ。

 

「だったらどうする?お前が身代わりになるか?」

 

 そんな奏にアンクは問いかける。

 

「そうだ……!」

 

「ほう?」

 

 しかし、それに奏が応じたことでアンクは感心したように、興味を持ったように声を漏らす。

 

「面白い。その言葉、忘れるなよ?」

 

「もちろんだ」

 

「いいだろう。契約成立だ」

 

 奏の真剣な表情の言葉にアンクは楽し気に答えた。

 

「名前も知らない誰か……」

 

 アンクの答えに安心したように微笑んだ奏は少女へと視線を向ける。

 

「生きるのを諦めないでくれて、ありがとう」

 

 そう言って微笑んだ奏は

 

「ッ!」

 

 自身の体を無理矢理に引き起こし瓦礫に背中を預けて座ると

 

「ちょっとの間、黙ってろよ……!」

 

「何す――グエッ!?」

 

 アンクを自身の下に押し込んだ。

 

「翼ぁぁぁぁ!!」

 

 そして、少し先にいた相棒の少女へと呼びかける。

 

「奏、大丈夫なの!?」

 

「ああ、この程度なんてことはねぇよ」

 

 心配げな顔で駆け寄ってきた少女――風鳴翼に奏は不敵に笑ってみせる。

 

「それよりも頼む、この子をすぐに外に連れ出して治療を受けさせてやってくれ」

 

「で、でも奏だって!それにノイズも!」

 

「ノイズは大丈夫だ。あいつがいる」

 

「あいつ……?」

 

 奏の言葉にノイズの方へ視線を向ければ少し前からこの戦場に突如現れ圧倒的な速度と力でノイズを屠っていく存在の姿があった。

 

「でも、あいつが味方かどうかもわからないじゃない!?ノイズを倒してるからって人間の味方とは――」

 

「大丈夫だよ」

 

 翼の心配そうな言葉に、奏は笑顔で言う。

 

「あいつは、きっとあたしらの味方だ」

 

「なんでそんなことがわかるの!?」

 

「……なんでだろうなぁ、でも、なんかわかるんだよ」

 

 奏は翼の問いに答えながらオーズへ視線を向ける。

 

「あいつはきっとすげぇお人好しの、あたしたちの味方なんだよ」

 

「奏……」

 

「だから、翼!あいつがノイズの相手をしているうちにこの子を頼む!」

 

「でも……!」

 

「あたしたちが槍と剣を振るってきたのは何のためだ!?この子たちのような命を守るためだろう!」

 

「ッ!」

 

 奏の言葉に翼は息を飲む。

 

「大丈夫だ。あたしも少し休憩したらすぐに動けるようになるからさ……」

 

「…………」

 

 そう言ってにっこり微笑む奏の言葉に翼は頷く。

 

「わかった……この子は絶対に死なせない。この子を預けたらすぐに戻って来るから待ってて!」

 

「ああ…頼んだぜ……!」

 

 傍らに倒れる少女を抱えた翼は奏に言う。

 

「絶対に戻るから!だから……!」

 

「わかったから……早くその子を外へ避難させてやってくれ」

 

「ッ!」

 

 奏の返事に頷いた翼は少女を抱え、駆けて行った。

 翼が去って行くのを見送った奏。そんな彼女の下から

 

「~~~ッダァァァ!いい加減どけやぁ!」

 

 怒声とともにアンクが這いだす。

 

「いつまで乗ってんだ!重いんだよ!そのでけぇケツ邪魔なんだよ!!」

 

「こ、これでもあたしも女だぞ!人のお尻をでかいとか言うな!――ッ!?ゴホッゴホッ!!」

 

 アンクの言葉に反論する奏だったがそこで大きく咳き込み口から血を吐き出す。

 

「たく、今にも死にそうだってのによくあそこまで平気なフリしてられたな?」

 

「翼は…泣き虫だからな……あたしがこんな状態だってわかってたら、絶対私を置いてなんかいけねぇよ……」

 

 アンクの問いかけに瓦礫に力なく背中を預けた奏は応える。その声には先ほどまでの覇気がない。

 

「で?ほんとにいいんだな?テメェが身代わりになるんで」

 

「ああ、二言はねぇよ……」

 

 アンクの言葉に頷く奏。

 

「ハンッ、いい返事だ」

 

 そんな奏にアンクは機嫌よさそうに答える。

 

「まあ安心しろ」

 

 言いながらアンクは奏によっていき

 

「テメェの身体は俺が大事に使ってやるからよ」

 

 そっと寄り添うように奏の右腕へ身を寄せた。

 



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028~鳥と身体と奏の安否~

投稿の間が空いてしまいすみません!
だいぶ休んでしまったのでそろそろ復活します!
そんなわけで――



戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!ついにオーズとして変身しカマキリヤミーと戦う火野映治。そんな映治に救われた立花響だったが、瓦礫の崩壊に巻き込まれ足を負傷。ノイズから彼女を守るために庇った天羽奏の破損したアームドギアの破片に胸を貫かれてしまう。

2つ!響きを、そして、ライブ会場にひしめくノイズ達を一掃するために絶唱を唱える決意をする奏だったが、カマキリヤミーの一撃によって致命傷を受ける。

そして3つ!カマキリヤミーを打倒しノイズ殲滅を始めるオーズ。その裏で倒れる響の身体を奪おうと画策するアンク。しかし、風前の灯火だった奏によって響は翼に連れられライブ会場を脱出。奏は響の代わりに自身の身体をアンクに差し出すのだった!


Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





 

「はぁぁぁぁぁぁぁッ!!!セイハァァァァァッ!!!」

 

 目の前で蠢いていた五匹ほど固まっていたノイズ達にオーズ――火野映治は両腕のトラクローを振るう。

 オーズによって斬り裂かれたノイズ達は灰へと変わる。

 オーズは警戒した様子でトラクローを構えながら肩で息をしながら辺りを見渡し――

 

「い…今のが最後か……」

 

 辺り一面が灰の山以外、動くものがないことを確認し、ホッと安堵の息をつく。

 そこで――

 

「奏ちゃんッ!!」

 

 そこで慌てて振り返る。

 そこには先ほど見た時と変わらず瓦礫に体を預け力なく俯く天羽奏がいた。ただし、その服装は先程までのぴったりと体を覆うボディースーツと鎧ではなく、ライブ衣装と思われる薄く赤みがかったふんわりとしたドレス姿だった。

 

「奏ちゃんッしっかりッ!!いま救急車をッ――!!」

 

 慌ててオーズは駆け寄り――

 

「え……?」

 

 その視線の先で起こった事に思わず足を止める。

 オーズの視線の先では、先程までぐったりと倒れていた奏がゆっくりと起き上がっていた。しかし、その動きは立ち上がったのではなく、まるで無理矢理引っ張り上げられたようだった。

 

「ッ!?お前ッ!!」

 

 オーズは一瞬呆気にとられながら、しかし、彼女の右腕に先程自身に戦う力を与えた異形の腕――アンクがくっついていることに気付いた。

 気付いた瞬間、映治はアンクが無理矢理に奏の腕を掴んで持ち上げているのかと思った。しかし、すぐにそれは間違いだと気付く。

 掴んでいるかと思われたそのアンクの異形の腕は驚いたことに奏の右腕の延長として一体となっていた。その異形の右腕に繋がって、まるでマリオネットの様に力なく投げ出された奏の身体が吊り上げられているのだ。

 

「ふむ……まあ悪くないな」

 

 だらりと垂れ下がる奏の身体を引き上げたままアンクが呟くように言い、直後――

 

「ッ!」

 

 先程まで固く閉じられていた奏の瞼が見開かれる。

 そのまま先程までの吊り上げられたような不安定な様子ではなくしっかりと地に足のついた様な確かな足取りで立つ。

 

「これで少しは――」

 

 直後、その異形の右腕から奏の身体を伝播するように青白い光が駆け抜け

 

「マシに動ける」

 

「なッ!?」

 

 オーズの目の前でボリュームのある赤毛だった奏の髪が顔の右側に一房を残して金髪に染まる。髪型も先程までのストレートなものではなく左側を編み込んだ髪型に一瞬で変わる。その髪の下に浮かぶ表情も少し前に見た朗らかな快活とした彼女の笑みとは似ても似つかない不敵な、どこか邪悪さの見える笑みが浮かぶ。

 驚きに固まるオーズにそいつはツカツカと歩み寄り、オーズのお腹に取り付けられたベルトを掴み斜めに傾けられたそれを水平に戻す。と――

 

「え…?」

 

 オーズの身体が灰色の光が包み、それが晴れた時にはオーズではなく、元の火野映治に戻っていた。

 そのまま驚いている映治を尻目に彼のお腹からベルトを外し彼女らしからぬ不敵な眼差しで口元に不敵な笑みを浮かべる。

 

「お前…なんで?どうやって奏ちゃんの身体を――」

 

 そんな目の前の人物に映治は困惑した様子でその右腕を掴んで目線の高さに持ち上げ

 

「え……?」

 

 その腕は元の奏の腕に戻っていた。

 困惑する映治からバッと腕を引き戻したその人物――アンクは

 

「この身体は俺が貰った。あのままじゃ何かと不便だったからな」

 

「貰ったって……奏ちゃんはどうなるんだよ!?」

 

「どうなってもいいだろ?どうせ死ぬ寸前だったんだ」

 

「そんな……」

 

 そう言って不敵に笑い、驚いたまま固まる映治を尻目に視線を外し

 

「あぁん?てめぇ何してる?」

 

 その視線の先で鳥を模したような機械が先程オーズによって倒されたヤミーがその身を変えたメダルの一枚を咥えていた。

 

「それに触るなッ!!」

 

 そんな機械の鳥にアンクが慌てて駆けよろうとするが、それより先にどこからともなく同じ機械の鳥が大量に舞い降り次々に地面に散らばるメダルを咥える。

 

「ふざけるなッ!!」

 

 慌ててメダルに駆け寄るが機械の鳥たちはメダルを咥えたまま跳び去って行く。

 

「させるかよ!それは俺のだッ!!」

 

 その中の一匹の咥えたメダルを異形の腕で掴み数秒の引き合いの後、奪うことに成功する。

 しかし、その間に残りのメダルはひとつ残らず持ち去られてしまった。

 

「チッ」

 

 異形の腕のままアンクは跳び去って行く機械の鳥たちの群れを忌々しそうに見つめ、自身の手の中のメダルに視線を移し、ヅカヅカと怒りそのままの荒々しい足取りで映治に歩み寄り

 

「おい!今のはなんだッ!?」

 

 映治の顔を掴み睨みつける。が――

 

「し、知らないよ!!それより奏ちゃんはッ!!?」

 

「チィッ!!!」

 

 その返答にアンクは忌々しそうに映治を突き飛ばす。突き飛ばされ尻餅をつく映治から視線を外し

 

「どうも妙だな……」

 

 訝しむ様に目を細め思案する。

 

「俺達が封印されてる間に、何か起こってる……」

 

「…………」

 

 思案するアンクを茫然と尻餅をついたまま映治は見つめる。

 

「まあ今は考えてる場合じゃねぇな。行くぞ」

 

 そう言って映治に背を向けるアンク。

 

「ちょッ!?待てよ!!行くってどこへ!?」

 

「どこでもいい。とにかくさっさとずらからねぇと〝コイツ〟の相棒達が戻ってくる。鉢合わせると何かとめんどくさそうだからなぁ」

 

「でも……」

 

「チッ!いいから来い!」

 

「あッ!?ちょッ!?」

 

 イラついた様子で舌打ちしたアンクは映治に歩み寄り、襟首を右腕で掴んで引き摺って行く。奏の体格に対して明らかにそれを超えた力で引っ張られ抵抗するものの引き摺られていく映治。

 その数分後、風鳴翼が慌てた様子で戻った時、そこには灰が散らばるばかりで、相方の姿は無くなっていた。

 

 

 〇

 

 

 

「――これが、あの日のライブ会場であったことです」

 

「……そうか……」

 

 映治の言葉に弦十郎は神妙に頷き

 

「アンク君、と言ったね」

 

「あぁん?」

 

 アイスを齧るアンクに視線を向ける。呼ばれたアンクはめんどくさそうに口にアイスを咥えたまま顔を向ける。

 

「その…君が憑いた状態の奏君はどういう状態なんだ?生きているのか?」

 

 真剣な眼差しでの問いに

 

「それは、大丈夫だと思います」

 

 答えたのは映治だった。

 

「こいつの話では、こいつが憑いていることで奏ちゃんの身体は生命活動を維持しているらしくて、なんならグリードとしての力が作用して常人よりも丈夫になってるらしくて、回復力も上がっているらしいんです。ご飯も――」

 

「こうやって俺が食わせてやってる」

 

 映治の言葉を引き継いでアンクは見せつけるようにアイスを齧る。

 

「食わせてやってる…か」

 

 二人の言葉に安堵した様子のモノの、しかし、アンクのいいように弦十郎はどこか腑に落ちない様子で眉を顰める。そんな弦十郎の表情に怪訝そうな顔でアンクは首を傾げ

 

「なんだ?俺も味は感じてるぞ」

 

 言いながら再びアイスを齧る。

 

「これが冷たくてウマいのはわかる。それとも――」

 

 言いながらニヤリと笑ったアンクは右手を異形のそれに変えて掲げ

 

「こうして食えば納得か?」

 

 言うやいなや、左手に持ったアイスを右手の掌に押し当てる。と、押し当てられたアイスがズブズブと右手の掌に飲み込まれていき、ものの数秒で木の棒だけになる。

 

「い、いや…信じるよ」

 

 そんな光景に頬に汗を滲ませながら弦十郎は苦笑いを浮かべる。

 そんな弦十郎の言葉にふんと鼻を鳴らしたアンクは足元に置いている、先程弦十郎の指示で二課の職員が持ってきたクーラーボックスに手を突っ込み新しいアイスを取り出して包みを開け

 

「腹の探り合いはよせよ」

 

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「テメェらが訊きたいのはその先――俺が〝この身体(天羽奏)〟を解放するか、だろう?」

 

「ッ!!」

 

 アンクの言葉に弦十郎が息を飲み

 

「……ああ、その通りだ」

 

 真剣な瞳でアンクを見据え

 

「その身体は、彼女は俺達の大事な仲間だ。だから――」

 

 ゆっくりと腰を上げ、そのまま頭を深々と下げる。

 

「頼む、返してくれ」

 

「弦十郎さん……」

 

 その光景に映治は唖然と見つめ、アンクは自分に向けられる弦十郎の頭頂部を見つめ

 

「はんッ、答えはNOだ」

 

 鼻で笑ってそっぽを向いてアイスを齧る。

 

「おい、アンクッ!!」

 

 そんなアンクを映治が睨みつけ叫ぶ、が――

 

「おう、映治。てめぇだってわかってんだろ?メダル探しのためにはこの身体は必要だ。それに――」

 

 言いながらアンクは異形の右腕を見せ

 

「俺が離れるのが、〝この身体〟にとってマズいってのはお前もよくわかってんだろう?」

 

「ッ!!そ、それは……」

 

「どういうことだ?」

 

 アンクの言葉に言い淀む映治に弦十郎は困惑した様子で訊く。そんな弦十郎にアンクはニヤリと笑い

 

「さっきコイツが言っただろう?こいつは今俺が憑いていることで生命維持してるし、俺が食わせてやることで栄養を得ている。でもそれは、逆に言えば、俺が離れた途端にこの女は意識のない植物人間になっちまうぜ?」

 

「なッ!?」

 

 アンクの言葉に弦十郎は眼を見開き、確認するように映治に視線を向ける。

 視線を向けられた映治はゆっくりと頷き

 

「間違いありません。この二年間彼女が目を覚ましたことはありません。唯一少し反応を示したのは響ちゃんがガングニールを起動したときくらいで……それも多分、彼女の肉体が彼女の使っていたガングニールに無意識で反応しただけかと……」

 

「そう…か……」

 

 映治の説明にアンクの言葉が真実だと信じた弦十郎は渋面を浮かべる。

 

「……君の言いたいことは分かった」

 

 数秒の沈黙の後、弦十郎が口を開く。

 

「だが、いつまでもこのままと言うわけにはいかない。教えてくれ、どうすれば奏君は解放してもらえるんだ?」

 

 アンクの顔を正面から見据え弦十郎が訊く。

 

「そうだな……」

 

 弦十郎の問いに考える素振りを見せたアンクは

 

「俺の残りのメダルが全部揃って、完全に復活出来たら…返してやってもいいな」

 

 そう言ってニヤリと笑う。

 

「残りのメダル、と言うことは……」

 

「あと五枚だ」

 

 言いながら弦十郎に向けて異形の右腕を開き、その五指を示す。

 

「あと、五枚……」

 

 弦十郎はその手を見て唇を噛む。

 

「ま、そんなわけだから、俺達にはこんなふうにちんたらやってる時間はねぇ。さっさと解放しろ」

 

 アンクは言いながら憮然と机に肘をついて頬杖をついて面倒臭そうにアイスを齧る。しかし……

 

「それは…できない!」

 

「あぁん?」

 

 絞り出すように言った弦十郎にアンクが怪訝そうに睨む。

 

「俺としては意識のない奏君の身体にもしものことがあれば……」

 

「それは、大丈夫だと思います」

 

「なに?」

 

 顔を顰めて言う弦十郎に映治が恐る恐る言う。

 

「その、俺と約束してるんです。人の命よりメダルを優先しない、彼女の身体を雑に扱わないって……この約束が守れないときは、俺はもうコイツのメダル集めに協力しないって」

 

「だが、それは……」

 

「もちろん口約束です。でも、この二年コイツは曲がりなりにもその約束を守ろうとしてくれています。だから、俺はコイツのことを信じます」

 

「……そうか」

 

「ふんッ」

 

 映治の真剣な表情に弦十郎は頷き、アンクは不機嫌そうにそっぽを向く。

 

「……君の言いたいことは分かった」

 

 弦十郎は少し考え映治の顔を見ながら頷く。

 

「彼はともかく、君が人々を守るために戦い、響君や翼、クリス君を助ける為に戦っているところは何度も見た。俺としても君のことは信じたい」

 

「弦十郎さん……」

 

「だが、やはり俺としてはこのままはいそうですか、とは言えない。それに……」

 

 言いながら弦十郎は二人を見つめ

 

「俺達は君たちに協力できると思う」

 

「あぁん?」

 

 弦十郎の言葉にアンクが怪訝そうに顔を顰める。

 

「俺達の仲間にならないか?そうすれば君達の負担を減らせるかと思うが?」

 

「はんッ、てめぇらご自慢のシンフォギアじゃグリードどころかヤミーにだって歯が立たねぇくせに、俺達の負担を減らすだぁ?大きく出たじゃねぇか」

 

「それは……」

 

 アンクの言葉に弦十郎は言い淀み

 

「アンク、もういいだろ。そろそろ頃合いだと俺は思うぞ」

 

「あぁん、なんだと?」

 

 映治が真剣な顔で言う言葉にアンクが眉を顰める。

 

「今回の件でカザリがフィーネと共闘していたように、他のグリード達だってどこかの勢力と手を結んでる可能性だってあるんだ。そうなったら今回のように二人だけじゃきつい場面も増えてくる。俺達だって協力できる仲間を作るときなんだよ」

 

「それは……」

 

 映治の言葉に一理あると思ったらしいアンクが少し顔を顰める。

 

「確かに君の言う通り俺達の戦力ではグリードやヤミーには対抗できないのかもしれない。だが、それ以外の所ではできる限り協力する!」

 

「…………」

 

 弦十郎の言葉にもアンクはいまだ最後の決め手に欠ける様子で迷った様子を見せる。そんなアンクの様子に映治は

 

「……わかった、これだけはできれば使いたくなかったが、もうなりふり構っていられない」

 

 神妙な様子で頷き

 

「アンク、弦十郎さん達と協力しよう。協力してくれるなら……」

 

 言いながらスッと右手の指を三本立てて

 

「毎日三食の食事の後に……アイス一本ずつ用意する!」

 

「てめぇそんなことで――」

 

「しかも、なんと……全部ハーゲンダッシュだッ!!」

 

「いや火野君、残念だがそれじゃあ……」

 

「おい映治ぃぃぃッ!!!」

 

 言いかけた弦十郎の言葉を遮ってアンクが勢いよく立ち上がり

 

「てめぇ…わかってんじゃねぇか!」

 

「なんだとォッ!?」

 

 ニヤリと笑ったアンクに弦十郎が驚愕に震える。

 

「確かにお前の言うとおりだ。俺たち二人でできることにも限界はある。あの鴻上の野郎は何かと秘密が多い上に何かって言うとセルメダル要求してきやがる。まああの野郎も日本政府直轄の特機部二には協力的だ。その辺りもお前ら特機部二に協力する利点かも知れねぇなぁ」

 

「な、ならば……?」

 

「せいぜい足引っ張んじゃねぇぞ?」

 

 ニヤリと笑うアンクに、弦十郎は顔を綻ばせ、映治は人知れずホッと安堵するのだった。

 




そんなわけでオーズチームと二課、ついに共同戦線発足です!
次回でシンフォギア無印編終了です!
お楽しみに!



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029~和解と歓迎会と買い物~

更新ものすごく遅れてしまってすみません!
更新しなきゃしなきゃと思いつつ手が止まり、そんな折にオーズ10thで情緒をぶっ壊されて完全に手が止まってしまってました。
そんな中で先日シンフォギアライブ行ってきまして、シンフォギア熱が一気に復活しました。
そんなわけで長々とお待たせしてしまってすみません!
更新遅れた分頑張りますのでよろしくお願いします!
そんなわけで最新話です!



戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!ライブ会場のノイズをすべて倒すことに成功したオーズこと火野映治。しかし、そこで映治の眼にしたものは瀕死のはずの奏の身体に取り憑いたアンクの姿だった。

2つ!始まりの出来事を語り終えた映治。そんな映治とアンクにすべてを聞き終えた風鳴弦十郎は奏の肉体を返すように頼む。しかし、そこで語られたのはアンクが離れることで奏の身体は植物人間状態に戻るという真実だった!

そして3つ!弦十郎の提案、映治の「毎日三食の食事の後にアイスを奢る」という約束によってアンクが了承。映治とアンクは特異災害対策機動部二課との協力関係を結ぶこととなったのだった!


Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――


 

「と言うわけで、改めての紹介だ!」

 

 弦十郎さんのにこやかな声が響く一室。飾り立てられ豪華な料理の並ぶそこには大弾幕で「歓迎!雪音クリスさん&火野映治くん&アンクくん」の文字が躍る。

 しかし、弦十郎さんの朗らかな様子や室内の装飾の華やかさに反して集った面々の空気はピリついている。――より厳密に言うならピリついている二名の雰囲気に当てられてパーティーの会場は空気が重苦しくなっている言うべきだろう。

 そんな空気を払拭する為なのかより一層明るい雰囲気で弦十郎さんは並ぶ俺達を示し

 

「雪音クリス君!第二号聖遺物『イチイ・バル』の奏者!そして、火野映治君!グリードやヤミーへの対抗戦力『オーズ』の変身者!そして、われわれに協力してくれるグリードのアンク君!俺達の新しい仲間達だ!」

 

「ど、どうも……」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「………」

 

 恐る恐るお辞儀するクリスちゃんと弦十郎さんの雰囲気に乗っかってどうにか明るく言う俺だったが、紹介されたもう一人、俺の隣に立つアンクは心底面倒臭そうにそっぽを向いている。

 そして、そんな俺達に対して――と言うか、アンクに対して鋭い視線で半ば睨むように見ている風鳴翼さん。この二人の雰囲気で他の二課の人達もいまいちお祝いムードになり切れないでいるようだ。

 特に風鳴さんの隣に立たされている響ちゃんや未来ちゃんなんかはどうしていいのかわからずオロオロとしている。

 と――

 

「ッ!ッ!」

 

 横からクリスちゃんがこっそりと俺に肘で小突く。そっと視線を向けて見れば

 

「(お前何とかしろよ!)」

 

「(お、俺ッ!?)」

 

「(この鳥野郎の保護者みてぇなもんだろお前ッ!)」

 

「(い、いや、俺は――)」

 

「(いいからさっさとこの葬式みてぇな空気どうにかしろ!)」

 

 アンクの保護者扱いはとりあえず置いておいて、クリスちゃんの言う通りこの重苦しい空気は何とかしないと。

 俺は意を決して

 

「あの…風鳴さん……?」

 

 恐る恐る話しかける。と――

 

「火野映治さん」

 

 俺の言葉を遮って風鳴さんが口を開く。

 そのまま俺に目の前に歩み寄ると

 

「この二年間、奏の身体を守っていただき、本当にありがとうございました。そして同時に、知らなかったとはいえ、これまでのあなたへの数々の非礼、ここにお詫びいたします」

 

「うぇッ!?ちょ、風鳴さんッ!?」

 

 突如俺に向けて頭を下げた風鳴さんに俺は虚を突かれ慌てふためく。

 

「あ、頭を上げてください!これまでのことなんて俺気にしてないですから!」

 

「いいえ、これから共に戦っていくのであれば出来る限り遺恨を残したくありません。だから――」

 

 言いながら風鳴さんはチラリとアンクを睨み。

 

「本能が拒否するヤツとの共闘も不承不承ながら理性で受け入れましょう。奏の身体で無茶をされないよう側で監視もできますから」

 

「風鳴さん……」

 

「翼でいいです。それに敬語も不要です。あなたの方が年上なのですから」

 

「……うん、わかった。改めてこれからよろしくね、翼ちゃん。俺のことも映治でいいから」

 

「ええ、よろしくお願いします、映治さん」

 

 そう言ってお互いに固く握手を交わす。

 そんな俺達を見てこの場に集まっている面々がホッと息をついた。ただ一人――

 

「はんッ!仲良しこよしでいいこったな」

 

 アンクを除いて。

 アンクは肩を竦めてさっさと席の一つに座り、近くにあったクーラーボックスからアイスキャンディーを取り出し乱暴に封を開けてかぶりつく。

 

「悪いがそのお人好しのバカと違って俺は馴れ合うつもりはねぇ。利害が一致しているから行動を共にするが、俺のメダル集めの邪魔だけはするんじゃねぇぞ」

 

 そう言って鼻を鳴らすアンク。

 そんなアンクの態度にカチンと来たらしい翼ちゃんはギロリとアンクを睨み

 

「映治さん、先程『理性で受け入れる』と言いましたが、少し訂正します」

 

「え?」

 

 呆ける俺に応えず、翼ちゃんはツカツカとアンクに歩み寄る。

 

「あぁ?なんだ?なんか文句でもあんのか?」

 

 そんな翼ちゃんにアンクも睨み返す。そのまま数秒睨み合った二人。

 

「文句なら山ほどある。が、今は一番の文句は――ッ!」

 

 言いながら翼ちゃんは素早くアンクの口からアイスを奪い取る。

 

「テメェ、何しやが――!」

 

 文句を言いかけたアンクだったがその口はすぐに

 

「フッ!」

 

「もがッ!?」

 

 翼ちゃんに近くのテーブルから取った唐揚げを押し込まれ塞がれる。

 

「お前はいつもいつもこんなものばかり食べて!これで奏が目覚めた時に身体に不調を残したらどうする!?肉や野菜をとれ!もっとバランスのいい食事をしろ!」

 

「問題そこなんですね……」

 

 翼ちゃんの剣幕に響ちゃんが苦笑いで言う。しかし、その横で

 

「でもちょっとわかるかも……」

 

 未来ちゃんが苦笑いで頷く。

 

「私も例えば響の身体であんな風にアイスばっかり食べられたら心配になると思うし」

 

「そうなんだよねぇ…俺も常々ちゃんとご飯食べろって言ってるのに、あいつ聞かないから手を焼いていたんだよね」

 

 そんな未来ちゃんの言葉に俺も頷く。

 翼ちゃんの剣幕にアンクもとりあえず口に詰め込まれた唐揚げを咀嚼する。その間に翼ちゃんはテーブルをまわりお皿に料理を盛っていく。その様は彩も何もなく目についたものをまとめて盛っていくばかりだ。

 

「アイスの代わりにまずはこれを食べろ!」

 

 サラダや唐揚げ、鶏肉のソテーなどなどの料理が山の如く盛りつけられている皿をドンとアンクの目の前に置く。

 

「アホか!こんな量食えるか!?」

 

「奏ならこのくらい食べられる!」

 

「……チッ!」

 

 翼ちゃんの言葉に奏ちゃんの記憶を共有しているアンクはその言葉が嘘ではないことを悟り舌打ちをしてお皿の料理に向き直り

 

「……おい、何だこのチョイスは?」

 

「とりあえずバランスを考えて各種緑黄色野菜のサラダ類に、肉類の中でも奏は鶏肉が好きだったから鶏肉中心に選んでおいた」

 

 眉を引くつかせるアンクに、翼ちゃんはドヤ顔で言う。

 そんな様子を見ながら

 

「なあおい、あれマジか?あいつ鳥のグリードだろ?」

 

「そんなアンクさんに鶏肉って、わざとなんでしょうか?それとも素なんでしょうか?」

 

 呆れ顔のクリスちゃんと苦笑いの未来ちゃんの言葉に緒川さんや弦十郎さんがため息をつき

 

「恐らく素ですね。実際奏さんは鶏肉が好きでしたし」

 

「どうせ食べるなら奏の好物を食わせてやりたいという思いやりなんだろうがなぁ」

 

「たぶんアンクもその辺がわかってて、変に皮肉とかでしてることじゃないから呆れてるんだと思いますよ――ほら、呆れすぎて文句言う気力も出なくなったのか素直に食べ始めましたよ」

 

 俺も苦笑いで見ながら指さす。

 俺達の視線の先ではアンクがしぶしぶ翼ちゃんの持ってきた料理を口に運び始める。そんなアンクの様子に満足げに頷いた翼ちゃんはこちらに戻ってくる。

 

「あぁっと、そうだ」

 

 そこで弦十郎さんが気を取り直した様子で口を開く。

 

「今日で本格的にクリス君と映治君とアンク君が我々の仲間になったということでいつまでも二課の施設に仮住まいというのも味気ない。そこで、三人には新しい住まいを手配したぞ!」

 

「あ、あたしにもか!?いいのか!?」

 

 弦十郎さんの言葉にクリスちゃんは眼を見開く。

 

「もちろんだ!三人の二課の任務以外での自由やプライバシーは保証するぞ!」

 

「~~~ッ!」

 

 クリスちゃんはそんな弦十郎さんの言葉に感極まった様子で目に涙を浮かべ、しかし、すぐに慌てて涙を拭う。

 そんなクリスちゃんの様子に

 

「ッ!?」

 

 翼ちゃんはハッと何かに気付き

 

「案ずるな雪音!合鍵は持っている!いつだって遊びに行けるぞ!」

 

「はぁッ!?」

 

 ポケットから取り出した鍵を見せながらニコニコと言う。

 そんな翼ちゃんの言葉に唖然とするクリスちゃんだったが

 

「私も持っているばかりか、なんと~?」

 

「私も貰ってるよ」

 

「さらにさらには引っ越しがすめば映治さんとアンクさんにも~!」

 

「え?俺達にも?」

 

 響ちゃんと未来ちゃんまでニコニコと同じ鍵を取り出す。そんな光景にクリスちゃんも我慢の限界だったらしく

 

「自由もプライバシーもどっこにもねぇじゃねぇかぁッ!!というか年頃の女の部屋の鍵を男に渡すんじゃねぇよ!!」

 

 と、至極当然の言い分を叫んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達が正式に二課所属になってから数日が経った頃

 

 ――ピンポ~ン

 

 二課で用意してもらった俺の部屋のチャイムが鳴る。

 

「はいは~い」

 

 俺は返事をしながらドアを開けるとそこには

 

「あれ、クリスちゃん?どうかした?」

 

 クリスちゃんが立っていた。

 

「……ちょっと付き合ってほしいところがあるんだけどよぉ」

 

「付き合ってほしいところ?」

 

「おう、特機部二のシンフォギア装者になったら小遣い貰えるようになったんだけどよ、そいつでちょいと買いたいものがあるんだよ」

 

「買い物?でも俺で力になれるかな?翼ちゃんや響ちゃん、未来ちゃんたちの方がいいんじゃない?」

 

「あいつらじゃダメなんだよ!」

 

「ん~、まあ俺で力になれるならいくらでも手伝うけど……」

 

「よしッ決まりだな!じゃあさっそく行くぜ!」

 

 頷いた俺をクリスちゃんはぐいぐい引っ張って街に出掛ける。

 そして、目的の店に着いたのだが――

 

「ぶ、仏具店……?」

 

「おうよ!一番カッコいい仏壇を買うぜ!」

 

「い、意外と渋い趣味してたんだね……」

 

 クリスちゃんの意外な趣味に驚きつつ店に入った俺達は店の中をぐるっと見て回り店員さんの話も聞きながら最終的にこれというものを決めたのだが――

 

「え、持って帰る!?今日これを!?」

 

「当たりめぇだろ!」

 

「配送頼んだら?流石にこれを背負って持って帰るのは無茶だよ?」

 

「できるだけ急いで家に置きてぇんだよ!」

 

「でもなぁ……」

 

 頑として譲らないクリスちゃんに俺は少し考え、最終的に弦十郎さんに頼んで輸送用に車を手配してもらった。

 そして――

 

「これでよし!」

 

 クリスちゃんが自身の部屋の一室に鎮座する仏壇を満足げに見ながら頷く。

 

「わりぃな、付き合わせちまってよ。お陰で助かったよ」

 

「いや、まあ別にいいんだけど……」

 

 お礼を言うクリスちゃんに応えながら

 

「でも、仏壇なんて買ってどうするの?」

 

「……あたしばっかり帰る家が出来ちゃ、パパとママに申し訳ねぇだろ?ちゃんと弔わずにそのまんまって言うのも気になってたしな」

 

「……そっか」

 

 クリスちゃんの返答に俺は頷く。

 

「ほれ、手伝ってもらった礼にお茶くらい出すぜ」

 

「うん、ありがとう」

 

 頷いた俺にクリスちゃんは言いながらキッチンに向かう。

 クリスちゃんを見送った俺は仏壇に向き直る。

 仏壇にはすでに彼女の両親の位牌が収められている。

 それを見ながら俺は仏壇の前に座り、リンを鳴らす。

 チーンと小気味のいい音を響かせて俺は手を合わせ、そっと目を瞑る。

 そのまま少し経ってから

 

「なかなか来ねぇと思ったら、何してんだ?」

 

 クリスちゃんが顔を覗かせる。

 

「……うん、ちょっと挨拶だけ、と思って」

 

「……そうか、ま、なんでもいいけどお茶の準備できたから早く来いよ」

 

「うん、今行くよ」

 

 クリスちゃんの言葉に頷き立ち上がる。

 立ち上がってからもう一度チラリと仏壇に視線を向け、今度こそクリスちゃんの元に行くのだった。

 




というわけで改めまして、更新が遅くなってしまい申し訳ありません!
更新しないとと思いつつ手が止まってしまい、オーズ10thで一気に情緒ぶっ壊されて手が完全に止まりました。
見た人ならわかると思いますし、皆さんいろいろとあの映画思うところあると思いますが、私個人としてはあの結末は「火野映司」という人間らしい気はするのですが、それとその結末を受け入れられるかどうかは別の話でありまして……
そんなこんなで何となくこの作品からも少し気持ちが離れかけていたのですが、先週のシンフォギアライブに行ってきまして、生で声優さん達の生歌を聞いたことで一気にシンフォギアへのモチベーションが回復したのでこのまま小説の続きを!と奮起した次第です。
シンフォギアライブもいろいろ感想はありますが、一番思ったのは「あ、悠木碧さん達って実在したんだ……」という妖精かUMA的な実在するかあやふやなものを見たような気分でした(笑)
それはともかく、そんなこんなでもう一度ちゃんと書き始めることにしました!
お待たせしてしまった方、本当に申し訳ありません!
本格的に復帰しますので今後もどんどんご感想いただければ嬉しいです!
そして、次回よりついに「シンフォギアG」の内容に入って行きますのでお楽しみに!
それではまた次回!



~追記~
「オーズ10th」は何とも言えない終わり方でしたが、「ハリケンジャー20th」に公式Twitterが言及していたので「オーズ20th」があるという一縷の望みにかけこういう解釈をすることでとりあえず自分を納得させることにしました。

【挿絵表示】

どうでしょう?




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G編
030~英雄と宣戦布告ともう一振りの槍~


勢いで連日投稿です!
今回から「シンフォギアG」の内容に入って行きます!


これまでの「戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~」
欲望から作られた未知なる力『コアメダル』。800年の眠りから覚めた『コアメダル』を核とする『グリード』と戦うため『コアメダル』で戦う『オーズ』の力を手にいれた火野映治は、不完全な復活を遂げたアンクと共に日夜『グリード』『ヤミー』そして特異災害『ノイズ』と戦っていた。
そんな中、同じく『ノイズ』と戦う戦力『シンフォギア』を纏う風鳴翼、立花響と共に謎の『ノイズ』操る人物、雪音クリスとフィーネ、さらに彼女たちと通じる『グリード』のカザリ達と敵対することとなった映治たち。
途中仲間割れによって切り捨てられてしまったクリスを保護しながら協力しフィーネの脅威と計画を撃破した映治たち。
これからのメダル集めの為に映治とアンクは日本政府所属組織、『特異災害対策機動部二課』と協力関係を結ぶのだった。

Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





 櫻井了子――フィーネによる月破壊計画の失敗、通称「ルナアタック」から3か月が経った。

 それまでの間に日本政府はシンフォギアシステムについての情報を開示し、世界に広く公表することでノイズへの対策を講じるための手段としていた。

 その一つの策として、アメリカの研究機関との共同でノイズを操り力を持つ聖遺物「ソロモンの杖」の解析を行うことを決定。

 しかし、「ソロモンの杖」を日本政府の施設から研究施設への輸送中ノイズの襲撃に遭う。護衛任務として同行していた立花響と雪音クリスによってノイズを退けることに成功したものの、その襲撃には何者かの作為が見え隠れしていた。

 

 そして、現在――

 

 

 

 

 

 

「これで、搬送任務は完了となります。ご苦労様でした」

 

 輸送後の手続きを終え、一抹の不安は残るものの響たちは無事に輸送を完了したことに安堵するのだった。

 

「確かめさせていただきましたよ」

 

 そんな二人に「ソロモンの杖」と共に護衛され輸送に同行していた生化学者、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス――ウェルがにこやかに歩み寄る。

 

「皆さんが『ルナアタックの英雄』と呼ばれることが伊達ではないということがね」

 

「英雄ッ!?私達がッ!?」

 

 そんなウェルの言葉に響が顔をほころばせる。

 

「いやぁ~普段誰も褒めてくれないのでもっと遠慮なく褒めてくださ~い!むしろ~褒めちぎってくださ――あいたぁッ!?」

 

 そんな調子に乗り始めた響の頭にクリスがチョップを入れる。

 

「このバカッ!そう言うところが褒められないんだよッ!」

 

「痛いよぉ~クリスちゃ~ん……」

 

 クリスの言葉と物理的なチョップの痛みに響がシュンとしながら抗議の言葉を呟く。

 そんな二人を見ながらウェルは微笑みを絶やさず口を開く。

 

「世界がこんな状況だからこそ、僕達は『英雄』を求めている!そう!誰からも信奉される、『偉大なる英雄』の姿を!!」

 

「アハハハ~、それほどでも~」

 

 どこか狂信的なウェルの表情にクリスと同じく同行していた友里あおいは一瞬違和感を覚えたものの、その言葉を額面通りに受け取った響は再び誇らしげに笑う。

 

「そうそう、英雄と言えば、あなた方と共に『ルナアタック』を戦った『オーズ』は今どこに?てっきり今回の輸送にも来られるとばかりい持っていたのですが……」

 

「あぁ~…あの人は……」

 

 ウェルの言葉に響は急に言い淀み苦笑いを浮かべたままチラリと隣のクリスに視線を向ける。

 クリスはウェルの口から「オーズ」の名が出た途端目に見えて不機嫌そうに顔を顰め

 

「あのお人好しバカなら別任務で不在だよッ」

 

 少し語調を荒げて言う。

 

「そうですか……シンフォギアシステムとは違うノイズへの対抗戦力、研究者としても一個人としても非常に興味があったのですが……」

 

 ウェルは少し残念そうに呟きながら頷き

 

「オーズ氏にはまたいつか会えるのを楽しみにしておきましょう」

 

 にっこりと微笑みながら響たちを見る。

 

「皆さんが守ってくれたものは、僕が責任を持って役立ててみせますよ」

 

「はい!不束な『ソロモンの杖』ですが、よろしくお願いします!」

 

「くれぐれも、頼んだからな」

 

 響とクリスはウェルの言葉にそれぞれ頷いた。

 こうして任務は無事終了となり、二人は友里ともに施設の前まで出る。

 

「ねぇ~、クリスちゃん、まだ映治さんのこと怒ってるの?」

 

「怒ってねぇよッ」

 

 響の問いにクリスは言うがその語調は荒く不機嫌な様子がにじみ出ていた。

 

「しょうがないよ、映治さんもきっと忙しいんだよ」

 

「だから!あたしは怒ってねぇって言ってるだろうが!」

 

「「…………」」

 

 クリスの不機嫌そうな言葉に響は苦笑いを浮かべ、友里は首を傾げこっそりと響に問いかける。

 

「クリスちゃん、いったい何をあんなに不機嫌になってるの?」

 

「それがですね、映治さん一週間前から海外のメダル関連の遺跡調査に出掛けてるじゃないですか?」

 

「あぁ、鴻上ファウンデーションからの依頼の……」

 

「はい。それに行ったっきり映治さんが何の連絡もくれないって怒ってるんですよ」

 

「だから違うって言ってんだろ!!」

 

 コソコソと話す響と友里の会話が聞こえていたクリスが叫ぶ。

 

「ごめんなさいね、今回の火野さんの任務は鴻上ファウンデーションが主体なせいでうちも詳細が把握しきれてなくて。一応定期連絡はくれてるから安否確認はできてるんだけど……」

 

「ほ、ほら…映治さんなら何も心配ないって!きっとすぐ帰ってくるから……」

 

「わぁってるよそんなこと!あたしは何にも心配なんてしてねぇ!」

 

 友里の言葉に頷きながら言う響だったが、そんな響をギロリと睨む。

 

「あたしはただ、同じマンションの、しかも隣の部屋になったからってやれ、ちゃんと飯食ってるかぁ?とか、学校はどうだぁ?とかウザったいほど付き纏って世話焼いてきやがったくせに、いざこうして任務に出たら連絡一つ寄越さねぇ薄情さが許せねぇってだけだ!」

 

「「…………」」

 

 クリスの言葉に響と友里は「つまりそれを怒ってるってことなんじゃ……」と思ったが言えば余計に不機嫌になりそうだったのでその言葉を飲み込み苦笑いを浮かべる。

 

「それよりも!無事に任務も終わったし、この時間なら間に合うだろ!」

 

「うん!よかったね、翼さんのステージ見られそう!」

 

 この話題から逃れるためか話題を変えたクリスに、響も嬉しそうに頷く。

 

「頑張った二人の為に司令が東京までヘリを出してくれるみたいよ」

 

「マジっすか!?」

 

 友里の言葉に響が目を輝かせ――直後

 

――ドガァン!!

 

 三人の背後の施設で大爆発と共に巨大ノイズが姿を見せる。

 

「ま、マジっすかぁッ!?」

 

「マジだな!!」

 

 唖然とする響に応えながらクリスが駆け出す。響も一瞬遅れてそれを追いかけて駆けだした。

 

 

 〇

 

 

 研究施設に突如現れた大量のノイズは施設に常駐していた軍隊と響とクリスの活躍により倒しきることに成功した。

 しかし、その騒動の最中、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスの消息不明、さらに加えて輸送された「ソロモンの杖」が何者かによって強奪されてしまった。

 

――そして、その数時間後

 

 アメリカからやって来た世界的歌姫、マリア・カデンツァヴナ・イヴとの合同ライブ中だった翼の前に、ノイズが出現した。

 阿鼻叫喚の混乱状態に陥りかけたライブ会場に

 

「狼狽えるなッ!!」

 

 凛とした声が響き渡る。

 声の主はほんの数分前まで翼とともに歌い会場を盛り上げていたはずの女性――マリア・カデンツァヴナ・イヴだった。

 マリアは手に持ったマイクを構え観客に、そして、中継されている全世界に向けて言い放つ。

 

「私達は、ノイズを操る力をもってしてこの星の全ての国家に対して要求する!!」

 

 高らかな口上に翼は唖然とする。

 

「世界を敵に回しての口上!?これはまるで、宣戦布告!?」

 

 驚愕する翼、そして、観客、中継を見るすべての人々の前で不敵な笑みを浮かべたマリアは

 

「そして――」

 

 マイクを頭上へと放る。

 

「――Granzizel bilfen gungnir zizzl」

 

 紡がれた詩と共にマリアの身体が光に包まれる。

 そして、その身を漆黒の鎧が包む。その鎧は翼のよく知るモノ――『ガングニール』だった。

 

「黒い…ガングニールだと……?」

 

 そのあまりにも予想外な姿に翼は驚愕に震えながら呟く。

 そんな翼の様子に一瞥をくれ、響や奏のモノには無かった漆黒のマントをたなびかせながら落ちてきたマイクを華麗に掴んだマリアは再び観客や全世界の人間に向けて再び口を開く。

 

「私は――私達は『フィーネ』!!そう、終わりの名を持つものだ!!」

 

 高々に宣言される口上、そこに登場する名は翼にも、そして、会場に向かいながら中継を見る響たちにも、同じく中継を見る弦十郎たちにも聞き覚えのある名だった。

 

「我ら武装組織『フィーネ』は、各国政府に対して要求する。――そうだな…差し当たっては、一両日中の国土の割譲を求めようか」

 

「馬鹿なッ!?」

 

「もしも24時間以内にこちらの要求が果たされない場合は、各国の首都機能がノイズによって不全となるだろう」

 

 その場にいる翼も、中継を見る各国の首脳陣もその言葉の意味を測りかね困惑する。

 

「どこまでが本気なのか……?」

 

「私が王道を敷き、私達が住まうための楽土だ。素晴らしいとは思わないか?」

 

 翼の問いにマリアは本気とも冗談とも思える不敵な笑みを浮かべながら言ったのだった。

 

 

 〇

 

 

 

 そんな中継をとある個人所有のジェット機――個人所有とはいってもその性能はおおよそ通常のジェット機をはるかに凌駕するものだった――の中で見ていたそのアンクは笑う。

 

「ハッ!アイドル大統領の誕生ってわけか!」

 

「おい、笑ってる場合かよ!急がないとこうして中継されてちゃ翼ちゃんは戦えない!響ちゃんやクリスちゃんもまだ現場に着いてないみたいだし俺達も早く向かわないと――」

 

「慌てんじゃねぇよ馬鹿が!」

 

 笑う人物を窘め慌てた様子で言う映治にアンクは睨みながら言う。

 

「ここで慌てたところでジェット機の速さが変わるわけじゃねぇ!黙って座ってろ!」

 

「それはそうだけど……」

 

 なおも食い下がる映治。しかし、アンクは憮然と言う。

 

「いいから黙って見てろ、今のお前にはどうしたってそれしかできねぇんだからな」

 

「くぅッ……」

 

 アンクの言葉に映治は悔し気に歯噛みする。

 

「でも、本当にどういうことなんだろう?『フィーネ』の名前を冠した武装集団に国土割譲を要求する歌姫マリア。本当に自分たちの国を作ることが目的だと思うか?」

 

「さぁな?一両日中の国土割譲なんて到底不可能だ。そんなもん誰の目から見ても明らかだ。つまり、できれば御の字で本当の目的は別にあるのかもなぁ。最初に実現不可能な条件を提示して、その後にそれよりも実現可能な本来の要求を提示するってことも考えられる」

 

「だとしたら彼女たちの本当の目的っていったい……?それに何よりあの黒いガングニール…奏ちゃんのガングニールは二年前のあの日の負荷でもう起動もできないくらいの損傷レベルだったし、響ちゃんのは心臓近くの彼女の体内に破片としてあるものだから、それが奪われたわけでもないだろうし……」

 

「…………」

 

 映治の問いにアンクは答えない。情報が少なすぎて答えられないともいえるだろう。

 映治の言う通りアンクが二年前に奏の身体に取り憑いた時、彼女が持っていたガングニールはその前の戦闘による負荷で完全に破損していた。二課の所属になった時点でそれは弦十郎たちに渡したが、その破損レベルは恐らく仮に櫻井了子が健在だったとしても使用することはできなかっただろうとのことだった。

 得体の知れない謎の武装組織に、もう一振りのガングニール、二人は押し黙り中継画面を注目するしかない。そんな中で、状況が動く。

 

『会場のオーディエンス諸君を解放する!ノイズに手出しはさせない!速やかにお引き取り願おうか!』

 

「なッ!?」

 

「どういうことだよ!?人質がいなくなったら優位性が無くなるんじゃ!?」

 

「知るかッ!こいつらに訊け!」

 

 驚く映治の言葉にアンクも困惑した様子で叫ぶ。

 

「どういうことだ……本当に何が目的なんだこいつらは……?」

 

 『フィーネ』の謎の行動にアンクはその意図を図りかねていたのだった。

 




久しぶりの投稿になるので次回もそれほど期間をあけずに投稿する予定ですのでお楽しみに!


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031~増殖と最強コンボと新たな脅威 ~

お待たせしました最新話です!
キリがいいところまで行くために少し長めになっています!



戦姫絶唱シンフォギア~希望の歌姫と欲望の王~、前回までの3つの出来事

1つ!フィーネによる月破壊未遂――通称「ルナアタック」から三か月後。「ソロモンの杖」を移送した立花響と雪音クリスだったが、輸送先の施設がノイズの襲撃に遭い「ソロモンの杖」を強奪されてしまう。

2つ!アメリカからやって来た世界的歌姫マリア・カデンツァヴナ・イヴとのライブを行っていた風鳴翼だったが、突如ライブ会場にノイズが出現。さらにマリアはガングニールのシンフォギアを纏う。

そして3つ!マリアは自身達を武装組織「フィーネ」と名乗り世界に向けて宣戦布告、その要求は一両日中の国土割譲だった。しかし、そんな行動とは裏腹にマリアはライブ会場の観客を解放するというものだった!



Count the Medals!
現在、オーズの使えるメダルは――





 宣言通り観客をすべて避難させた後、対峙するマリアと翼。しかし、中継が繋がったままでは依然シンフォギアを纏えない翼。

 マリアはそんな翼をガングニールの力で追い詰めていく。

 追い詰められノイズの蠢く観客席に蹴り飛ばされた翼だった、緒川の活躍により中継を切断することに成功し、ついにシンフォギアを纏いマリアと対峙する。

 黒いガングニールと天羽々斬、マントと刃を交わせ戦う二人、そんな中で新たな乱入者が現れる。

 緑の鎌を携えた少女とピンクの鋸を携えた少女たち。どちらもマリアの側の人間のようで、新たなシンフォギア奏者の登場に翼は驚きを隠せない。

 しかし、あわや3対1の劣勢に立たされるかと思われた翼だったが、そこに響とクリスの二人も駆けつける。

 3対3の奏者たちの中、響は叫ぶ。

 

「やめようよこんな戦い!今日出会った私達が争う理由なんか無いよ!」

 

 しかし、その言葉に反応したのは鋸の少女だった。

 

「ッ!そんな綺麗事をッ!」

 

「え……?」

 

 憎々し気に言われる少女の言葉に響は困惑する。

 そんな少女の言葉に同調するように鎌の少女もその大鎌を響たちに向ける。

 

「綺麗事で戦うやつの言葉なんて信じられるものかデス!!」

 

「そんな……話せばわかり合えるよ!戦う必要なんか――」

 

 鎌の少女の言葉になおも食い下がる響。しかし――

 

「偽善者ッ!」

 

「ッ!?」

 

「この世界にはあなたのような偽善者が多すぎるッ!!」

 

 鋸の少女はなおも憎々し気に言い放ち、ツインテールの様に頭に着いたアームから無数の丸鋸を響に向けて放つ。

 

「あッ!?」

 

 その行動に少女たちの言葉にフリーズしていた響は一瞬反応が送れる。

 

「何をしている立花!!」

 

 そんな響を庇って前に出た翼はアームドギアを高速で回転させ飛んでくる丸鋸を防ぐ。

 クリスも素早く動き両手にガトリングガンの形状にしたアームドギアで敵三人に向けて弾丸を放つ。

 三人はすぐさま散開。クリスはそんな中で上に跳んだ鎌の少女に狙いを定めるが、大鎌を回転させクリスの銃弾を防ぎながら鎌の少女はクリスに斬りかかる。

 

「チィッ!近すぎんだよ!!」

 

 言いながらすぐさま飛び退きガトリングガンをボウガンに変形させ応戦する。

 散開した中からマリアは翼に追撃を仕掛け、鋸の少女も響へと攻撃を仕掛けてくる。

 ライブ会場は乱戦の模様を描いていた。

 

「わ、私はただ!困っているみんなを助けたいだけ!だから!!」

 

「それこそが偽善ッ!」

 

 なおも説得しようとする響の言葉を鋸の少女は吐き捨てる様に言う。

 

「痛みを知らないあなたに、誰かの為になんて言ってほしくないッ!!」

 

 叫びながら少女は自身の頭の対のアームから巨大な自身の身長ほども直径のある丸鋸を二つ出現させ響に向けて高速で回転させて放つ。

 

「あ……」

 

 少女の言葉に響は受ける体制もとらず茫然と立ちすくんでいた。あわや丸鋸が響を斬り裂こうとする直前――

 

「「くぅッ!!」」

 

 翼とクリスが飛び込みそれぞれが丸鋸を弾き飛ばす。

 

「どんくせぇことしてんじゃねぇぞ!!」

 

「気持ちを乱すな!!」

 

「は、はいッ!!」

 

 二人の叱責に響は慌てて気持ちを切り替える。

 3対3の乱戦はなおも激化する――かに見えた。ここで新たに状況が動く。

 

「「「「「「ッ!?」」」」」」

 

 乱戦の最中、会場のちょうど真ん中でまばゆい光と共にブヨブヨの表皮の巨大ノイズが膨れ上がるように現れる。

 

「うわぁぁぁぁッ何あのでっかいイボイボッ!?」

 

 その突然の登場に響が驚愕の声を上げ

 

「増殖分裂タイプ……」

 

「こんなの使うなんて聞いてないデスよッ!」

 

 響たちと敵対する三人も予想外のことだったようで驚きを見せるが――

 

「フッ」

 

 マリアは自身の籠手合わせ鎧と同じく漆黒の槍状アームドギアを形成する。その光景に翼へ眼を見開き

 

「アームドギアを、温存していただとッ?」

 

 驚愕の声を漏らす。

 そのままマリアはアームドギアを翼たちに――向けず、あろうことか今なお会場の中心で蠢く巨大ノイズに向ける。と、その先端が開きエネルギーを集中させ紫電を纏った紫のビームをノイズへと放つ。

 

「おいおい!自分らで出したノイズだろ!?」

 

 クリスの困惑の言葉を他所にマリアの放った攻撃はノイズを爆発させ、その身体を無数の破片にして辺りに飛び散らせる。

 しかし、マリアたちはその光景にも目もくれず

 

「なッ!?ここで撤退だと!?」

 

 マリアたち三人はすぐさまノイズからも響たちからも背を向け走り去って行く。

 

「せっかく温まってきたところで尻尾巻いてくのかよッ!」

 

 クリスが悪態をつく中

 

「ッ!?ノイズが!」

 

 響がその異変に気付く。

 飛び散ったノイズの体組織がブヨブヨと蠢きすぐさま再び膨れ上がり始める。膨れ上がったもの同士が集まり結合し、ものの数秒で先程よりも巨大な姿となる。

 

「ハッ!」

 

 翼は側にあった今なお膨れるノイズの体を斬り裂く。が――

 

「くッ…こいつの特性は増殖分裂……」

 

「放っておくと際限ないってことか……そのうちここから溢れ出すぞ!」

 

 翼の斬り裂いたノイズの体は再び膨れ上がり始める。

 

『皆さん聞こえますか!?』

 

 と、そんな三人に緒川から通信が届く。

 

『会場のすぐ外には避難したばかりの観客たちがいます!そのノイズをここから出すわけには!』

 

「観客ッ!?」

 

 緒川の言葉に響きが息を飲む。今日のライブには自身は間に合わなかったが、本来なら合流し一緒に観覧するはずだった未来たち学友たちもいたはずだった。つまり、この会場の外には未来たちもいるということに響の中でさらに緊張感が増す。

 

「しかし、徒な攻撃では増殖と分裂を促進させるだけ」

 

「どうすりゃいいんだよ!?」

 

 翼とクリスが打開策に頭を悩ませる中

 

「……絶唱」

 

 響が呟くように言う。

 

「絶唱です!」

 

「あのコンビネーションは未完成なんだぞ!?」

 

 響の提案に、しかし、クリスは難色を示す。

 そんなクリスに響は真剣な表情で頷く。

 

「増殖力を上回る破壊力で一気殲滅……立花らしいが理にはかなっている」

 

「おいおい本気かよ!?」

 

 翼も乗り気な様子にクリスが難色を示すが、今もなお増殖していくノイズの姿にそれ以外の方法がないと覚悟を決めたらしく

 

「「「ッ!」」」

 

 三人は頷き合い、響を中心に三人で手を繋ぎ合う。

 

「行きます!S2CAトライバースト!!」

 

 響の掛け声と共に三人は目を瞑り

 

「「「――Gatrandis babel ziggurat edenal」」」

 

 絶唱を口にした。

 

「「「――Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl」」」

 

 最後の詩を口にした瞬間三人を中心に力の奔流が溢れ出し今まさに増殖し三人を飲みこもうとしていたノイズを蹴散らしていく。

 

「スパーブソング!!」

 

「コンビネーションアーツ!!」

 

「セット!ハーモニクスッ!!」

 

 三人が叫ぶと当時に不規則に溢れ膨れていく力の奔流が纏め上げられ球状に当たりのノイズを蹴散らしながら広がっていく。

 

「ぐぅぅあぁぁぁぁぁッ!!」

 

「耐えろ立花!」

 

「もう少しだ!」

 

 苦悶の声を漏らす響に両サイドから声を掛ける。

 S2CAトライバースト――奏者三人の絶唱を響が調律し一つのハーモニーとしてまとめ上げその威力を何倍にも増殖する技術。

 しかし反面、負荷は響ひとりに集中するため、いかに響が融合症例であっても、身体に圧し掛かるダメージは完全中和しきれないほどに飛躍上昇する。さらにガングニール以外の聖遺物との共振・共鳴が、思わぬ方向に力を暴走させかねないため、非常に危険な側面も内包している。

 そんな諸刃の剣ともいえる力に耐えながら三人は対するノイズを見据える。

 蹴散らしはじけ飛んだ体組織の中から骨格のようなノイズの本体部分が露出した瞬間

 

「今だ!!」

 

「レディッ!!」

 

 翼の言葉と共に響の鎧が展開され、両手を合わせるように自身の籠手を右腕に合わせる。

 右手を包む丸い籠手が変形すると同時に周囲に溢れていたオーラのような物が収束し響の籠手へと収められていく。と、それに呼応し籠手が展開、中で高速で回転しながら虹色の輝きを放ち始める。

 

「フッ!!」

 

 そんな右腕を巨大ノイズへと構える響。

 

「ぶちかませ!!」

 

 クリスの言葉に地面を蹴って跳躍した響は

 

「これが私達の!!」

 

 腰のブースターでさらに加速し巨大ノイズへと向かって行き

 

「絶唱だぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 その拳を叩き込む。と、同時に籠手そのものが高速で回転し中に閉じ込められていたエネルギーを竜巻の様に回転させながら放出していく。

 ノイズの巨体はそのエネルギーを受けてかけらも残さず粉みじんの灰塵と化したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 エネルギーをすべて出し切りギアを解除された響は地面に膝をつく。

 

「無事か立花!?」

 

「へ、へいき…へっちゃら、です……」

 

 駆け寄る翼やクリスに息も絶え絶えに答える響。そんな響に安堵しかけた二人だったが――

 

「あら…じゃあ次は私のヤミーの相手でもしてもらおうかしら?」

 

「「「ッ!?」」」

 

 どこからか聞こえた声に三人が声の出どころを探してあたりを見渡す。しかし、声の出どころを見つけるよりも先に

 

「おいあれ見ろ!!」

 

 クリスが〝ソレ〟を見つける。

 響と翼がクリスの指さす方を見れば、そこには――

 

「あれは…卵?」

 

「あんなものいつの間にッ!?」

 

 ライブ会場の後方、観覧席に大量の青黒い卵のような物があり

 

「待て、何かおかしい!」

 

 翼が異変に気付く。

 

「あれ…なんか増えてません…?」

 

 響もその異変の正体に気付く。

 卵のような何かは今もなおその数を増やしていくようで――

 

――パシャ

 

 その一つが割れる。割れたその中から――

 

「うわぁッ!なんか出た!!」

 

 白い魚のような水棲生物を思わせる何かが飛び出してきた。

 それを皮切りに残りの卵も次々と中から飛び出してくる。

 

「うぇぇぇッ!?何アレ!?」

 

「まさかアレ、ヤミーか!?」

 

「と言うことは先程の声はまさかグリード!?」

 

 数十匹という小型のヤミーの登場に三人は驚きの声を上げ

 

「くッ、立花は先程のS2CAのダメージが残っている。私や雪音ならばまだ動けるかもしれんが……」

 

「あたしらの力じゃヤミーは倒しきれねぇ!こんな時にあいつがいてくれりゃぁ!」

 

 地面を這いながら自分達へと向かってくる無数の小型ヤミーの姿に三人が絶体絶命――と思われた時

 

『おいお前ら、生きてるか?』

 

「「「ッ!?」」」

 

 三人の耳に通信越しの声が聞こえる。

 そのふてぶてしい声は

 

「てめぇアンク!?」

 

『おぉ、そんだけ叫べるってことはまだ大丈夫そうだなぁ』

 

「大丈夫じゃないですよ!こっちは今大量のヤミーが迫ってきて絶体絶命なんですよ!」

 

「アンク!お前達今どこにいる!?お前達の力ではないと対処できない!」

 

 アンクの言葉に響と翼も叫ぶが

 

『そう慌てなさんな。もうお前らの真上には来てる』

 

「上…って」

 

「もしかしてあれか!?」

 

 アンクの言葉に三人が頭上を見上げれば上空にジェット機らしきものが見えた。

 

『今からどうにかして下に――っておい映治てめぇ何して…やめろバカ!!』

 

 飄々と言うアンクだったが、急にその語調が変わると同時に何かチャリンチャリンとメダルの音が聞こえる。

 

『おいテメェぶん回すんじゃねぇ!何勝手にメダル出してんだ!しかもそれ俺のメダルまで!!』

 

『待っててみんな!今行くから!』

 

「映治さん!?」

 

「行くってどうやって……?」

 

『テメェ勝手なことするんじゃ…って待て!お前そこ開けたら――』

 

 聞こえた映治の声に響と翼が問いかけるがそれには答えず、何か焦ったようなアンクの声の直後、通信機の向こうからゴォッという風の音と共に通信が切れる。そして――

 

「見ろアレ!」

 

 見上げていたクリスが上空を指さす。そこには何か緑色と赤色の光が煌めき

 

「うぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 上空から何かが振ってきて直後地面で衝撃と共に土煙が舞う。

 土煙が晴れた時そこには

 

「映治さん!?」

 

 晴れた土煙の中心でクワガタのような顔に赤い羽を携えた胴体、バッタの足のような模様の浮かぶ脚の姿のオーズがいた。

 

「あんな上空から降りて来たのか!?」

 

「いくら飛べるからって無茶苦茶だな!?」

 

 驚く三人の前で振り返り緑のクワガタの模様の浮かぶマスクを見せながら

 

「ごめん遅くなって!三人ともここからは俺に任せて!」

 

 オーズは言いながらすぐさま正面――向かってくる無数の小型ヤミーに向き直り

 

「このタイプのヤミーが相手なら…これしかないね!」

 

 オーズは腰のケースから一枚の緑色のメダルを取り出しベルトの真ん中のメダルと入れ替えオースキャナーで読み取る。

 

≪クワガタ!カマキリ!バッタ! ガ~タガタガタ・キリッバ・ガタキリバッ!≫

 

 オースキャナーが高らかに発すると同時にその身を変えていく。赤い羽根を携えた胴体は両腕にカマキリの鎌のような物を持った緑の身体に代わり

 

「うぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

「「「ッ!?」」」

 

 雄叫びを上げる。

 その声に三人はビリビリと衝撃を感じる。

 

「フッ!!」

 

 そのまま駆けだすオーズ。直後その身体が緑色の光に包まれ

 

「「「え……?」」」

 

 二人に増えていた。しかし、三人の驚きも束の間、二人に増えたオーズは瞬きをした後にはさらに四人、八人、十六人とどんどん増えていき数えるのも難しいほどの人数になって小型ヤミーへと駆けて行く。

 

「な、何じゃありゃぁぁぁぁッ!?」

 

「オーズが…映治さんが増えたッ!?」

 

「ぶ、分身の術!?」

 

 三人が驚く中で総勢30人に増えたオーズは無数のヤミー達を蹴散らし両腕のカマキリソードで斬り裂き、次々とセルメダルを飛ばしていく。

 徐々にその数を減らしていきながらもまだまだ大量にいるヤミー達。しかし、オーズの圧倒的な力と数にヤミー達は

 

「なッ!?逃げやがったぞ!」

 

「そんな!外にはまだ避難しきれてない観客が!」

 

 ゾロゾロとオーズから距離をとって空中へと登っていくヤミー達にクリスと響が叫ぶ。が――

 

「待て!何かおかしい!やつら逃げているのではなく集まっている!」

 

 翼が叫ぶ。

 直後二人もその意味を理解する。

 目の前の空中では残っていたヤミー達が集まり一塊となって巨大なヤミーを形成する。

 

「なんかこんな絵本あったよね!でも、だったらこっちも!」

 

 言いながらオーズはオースキャナーで再びベルトをスキャンする。

 

≪≪≪≪≪スキャニングチャージ≫≫≫≫≫

 

 全く同じタイミングで分身するすべてのオーズが同じようにスキャンし音声が同時に響く。

 巨大なヤミーはオーズの攻撃を阻止するように口から光弾を吐くがオーズ達は大きく跳び上がりそれを回避。そのまま巨大ヤミーが光弾を吐いた時に開いた口へとキックの体勢で飛び込んでいく。

 

「えぇッ!?」

 

「体ん中入っちまったぞ!」

 

「映治さん!!」

 

 三人が叫ぶ、が直後ヤミーの身体からチャリンチャリンとメダルの音と共に

 

「やぁッ!」「セイッ!」「おりゃぁッ!」「はぁッ!」「たぁッ!」

 

 と、複数のオーズの声が聞こえ始め、ヤミーの身体がボコボコと波打ち――

 

――ドガァンッ!!

 

「オワッ!?」

 

 直後、大爆発を起こし大量のセルメダルをあたりに撒き散らしその中心からオーズが飛び出し地面に着地する。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」

 

「映治さん!」

 

「大丈夫ですかッ!」

 

 肩膝をついて荒い息をしながら蹲るオーズに響たちが駆け寄る。

 

「ハァ…ハァ…」

 

 そんな三人によろよろと立ち上がりながらオーズはベルトを操作し変身を解除する。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

「お、おい大丈夫かよ…どっか怪我でもしたか?」

 

 なおも荒い息を繰り返す映治にクリスが心配そうに訊くが、映治は微笑みを浮かべ

 

「だ、大丈夫大丈夫!二年もオーズに変身しててコンボにもだいぶ体が慣れて来てたけど、やっぱ緑のコンボはキツかったね……!」

 

 そう言ってクリスを見て

 

「お、俺ちゃんと一人に戻ってる?」

 

 冗談めかして訊く。

 

「大丈夫だ、戻ってるよ!てかアレ何なんだよ!」

 

「そうですよ!映治さんがたくさんに増えてましたよ!」

 

「緒川さんも似たようなことはできますがその分身とは違って全部本物のようでしたが?」

 

「全部俺自身だからね」

 

 三人の疑問に映治は答える。

 

「あの分身は全部俺で全部に俺としての自我があるんだ」

 

「何だよそれ!?」

 

「でもこういうのって増えた分力が落ちたり……」

 

「そう言うのもない。一人の時も、増えた一人ひとりもスペックは同じ。文字通り寸分たがわない俺が増えてるんだ」

 

「そ、それでは無敵ではないですか!?」

 

「それがそうでもないんだ……」

 

 翼の言葉に映治が苦笑いを浮かべる。

 

「まず変身を解除して一人に戻ったら分身してた全員分の疲労が一気に来る。今回は30人になってたから単純にいつもの戦闘の30倍疲れるんだ」

 

「それであんたそんなに疲れてんのか……」

 

 映治の説明にクリスが納得したように頷く。

 

「疲労だけじゃない、一人に戻った時分身が受けたダメージも全部帰ってくるから負傷だったり最悪分身が一人でも致命傷を受けたら……」

 

「そ、それは確かに大変なリスクですね……」

 

 映治の言葉に翼も真剣な表情で頷く。

 

「そんな能力だとそう何度も何度も使えないですね……」

 

「そうなんだ…だから今回のメズールのヤミーみたいに数がいる時とかみたいな、ここぞってときしか使えない……まあそれも今回の任務でカマキリのメダルを手に入れたから久しぶりに変身できたんだけどね」

 

「任務でコアメダルを?」

 

「いったいどんな任務だったんだよ?」

 

「それよりも今知らない名が出たが、メズールというのはいったい?」

 

「とりあえず任務のことはまた改めて話すとして、メズールって言うのは――」

 

「私のことよ~」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 突如聞こえた声に四人は一斉に身構え声の出どころを探して視線を巡らせ

 

「こっちよ、オーズの坊やに装者のお嬢さん達~」

 

「ッ!ステージの上だ!」

 

 聞こえた声に最初に気付いたクリスが指差す。

 三人がそちらに視線を向けると、そこにはステージの縁に腰を掛ける長い黒髪のセーラー服の三人と年の変わらなそうな少女がいた。

 

「あ、あなたは……?」

 

 困惑する響たちの中で映治だけは鋭い視線のままセーラー服の少女を見つめ

 

「みんな気を付けて。あれがさっきのヤミー達を作り出した水棲系メダルのグリード、メズールだよ!」

 

「ハァイ、久しぶりオーズの坊や。装者のお嬢ちゃん達は初めましてね」

 

「お、お嬢ちゃんだぁッ!?」

 

 少女――メズールの言葉にクリスが顔を顰める。

 

「フフッ、そんなに大きな声出さないの」

 

 そんなクリスにメズールは楽し気に笑う。

 そんなメズールを見つめながら翼が鋭く言う。

 

「それで?グリードであるお前が雑談をするために出てきたわけじゃないだろう?いったい何が目的だ?ヤミーを倒されて今度はお前が戦おうというのか?」

 

 そんな翼の言葉にメズールは

 

「いいえ、挨拶だけよ」

 

「何ッ?」

 

 メズールの返答に翼が虚を突かれ呆ける。

 

「ホントはオーズの坊やが不在の間にさっきのヤミーで装者のお嬢ちゃん達だけでも潰しておこうかと思ったけど、オーズの坊やが間に合うとは思わなかったわ~」

 

 メズールは肩を竦めため息をつく。

 

「だから、上手くいかなかったしこのまま帰ってもよかったんだけど、どうせならちゃんと挨拶しておこうと思ってこうして出てきたのよ」

 

「あ、挨拶って……!?」

 

「随分余裕じゃねぇか!こっちは四人、そっちは一人!いくらグリードとはいえこいつはかなり厳しいんじゃねぇのか!?」

 

「フフッ、威勢がいいのねイチイ・バルのお嬢ちゃんは。でも――」

 

 クリスの言葉に楽しそうに笑ったメズールはそこで言葉を区切り

 

「私、一人で来たなんて言ってないわよ?」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 突き刺さる様な殺気を纏ったメズールの言葉に四人は反射的に身構え

 

――ドンッ

 

 直後、何かが地面にぶつかるような音と共にメズールの目の前に何かが降り立った。

 それは人型で、下半身はゴツゴツとした鎧の様に覆われ上半身は素肌の露出した上に黒い包帯の巻かれたような体、顔はゾウを思わせる鼻と牙に額にはサイのような角を持つ異形の存在。その圧倒的な存在感に三人が息を飲み――

 

「そんな…ガメルまでッ!?」

 

 映治が唖然として言う。

 四人の視線でゆっくりと起き上がったガメルは

 

「うぅ~、メズールは、俺が守る!」

 

「フフ、ありがとうガメル」

 

 こぶしを突き上げ叫ぶガメルにメズールが微笑みながら頭を撫でる。

 

「どう?これでもまだやるのかしら?」

 

「くッ……」

 

 グリード二人を相手に消耗した四人で戦えるのかという事実に四人は苦悶の声を漏らしながら身構え

 

――ピピピッピピピッピピピッ

 

 間の抜けた電子音が響き渡り張りつめていた空気が弛緩する。

 

「あらごめんなさい。私のだわ」

 

 言いながらメズールはポケットから通信機器を取り出し耳に当てる。

 

「はい?…………もう、わかってるわよ。そんなに心配しなくても帰るわよ。…………フフ、わかってるわよ」

 

 通信を終えたらしいメズールは通信機器を仕舞い

 

「時間切れね。さっさと戻って来いって怒られちゃったわ」

 

 笑いながら肩を竦める。その雰囲気は最初の朗らかな様子に戻っていた。

 

「それじゃ、セルメダル持ってお暇するわね。また会いましょうね、坊や達」

 

 言いながらメズールはフリフリと手を振る。

 

「この状況でお土産もたせて帰らせると思ってんのか!?」

 

 クリスが虚勢で不敵に笑いながら叫ぶ。が――

 

≪クレーンアーム≫

 

 どこからともなく聞こえた機械音声が響く。

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 四人が身構えるが、その背後でどこからかワイヤーに繋がった何かが飛んできて地面を転がる。と――

 

「セ、セルメダルが!!」

 

 響が驚愕に叫ぶ。

 四人の目の前でワイヤーに繋がったアームのような物が地面に落ちていたセルメダルをまるで磁石で金属を集めるように吸い付けて集めそのまま会場の隅の通路までワイヤーを巻き上げていく。

 

「あそこ、何かいるぞ!」

 

「暗くて姿がよく見えないッ!」

 

「ッ!メズールとガメルはッ!?」

 

 アームの正体を暴こうと睨むクリスと翼だったが、直後映治の言葉に慌てて振り返ると

 

「い、いない……」

 

 メズール達は姿を消していた。慌てて先程の通路の方にも視線を向けるがそこにもメダルを回収した誰かの姿は無かった。

 

「同じ場所に現れた『フィーネ』を名乗る武装組織に二体のグリード……」

 

「あのメズールってやつ誰かと通信を交わしていた……もしや奴ら……」

 

「フィーネとカザリみたいに手を組んでるかもね……」

 

 三人で難しい顔をしながら話す中、響は突然フッと力が抜けたようにへたり込む。

 

「立花!?」

 

「大丈夫響ちゃん!?」

 

 突然のことに慌てて三人が駆け寄るが

 

「あ、アハハ…へいき、へっちゃらです……」

 

 そう言って微笑む。しかし、その両眼から涙が溢れ出す。

 

「へっちゃらなもんかッ!どこか痛むのか!?もしかして絶唱の負荷を中和しきれてねぇのか!?」

 

 心配そうに叫ぶクリスに響は慌てて首を振り

 

「……私のしてることって、偽善なのかな?」

 

 ポツリと呟くように言う。

 

「胸が痛くなるようなことだって…知ってるのに……」

 

「お前……」

 

 そう言って肩を震わせ泣く響にクリスは言い淀み、翼もなんと声を掛けていいかわからず押し黙り

 

「…………」

 

 映治もまた、その問いに答えられず、しかし

 

「とりあえず、俺達も引き上げよう。響ちゃんも疲れただろうから、今はゆっくり休むんだ……」

 

「映治さん……」

 

 そう言って響の頭に優しく手を置く。

 

「お疲れ様、よく頑張ったね」

 

「……はい」

 

 映治の優しい微笑みと共に言われた労いの言葉に、しかし、響は暗い表情のまま頷くのだった。

 




というわけで最新話でした!
前回と今回、原作通りの所は端折り気味で、話のストーリー上端折れなかったやり取りとかは書いたので少し読みにくかったらすみません!
とりあえず大筋は原作通りのライブ会場での出来事があったと思っていただければ!

ちなみにオーズ――映治が会場に駆け付けた方法と経緯は

①アンクの腕を振り回して必要なメダル――ガタキリバ用の三枚と飛び降りるためのクジャク――を奪…借りる。
②ジェット機のハッチを開けて飛び降りる。
③空中で変身、クジャクの翼で飛んで着地。

という感じです。



そして今回書くうえで気付きましたが、小説なので本編のオーズと違いガタキリバのメタ的な意味で制限なく登場させられるんですね。
「オーズのコンボで最強はどれだ選手権」で必ずと言っていいほど名前のあがるガタキリバの活躍をたくさん描けたらと思っていますのでお楽しみに!
そんなわけで今回はこの辺で!
また次回をお楽しみに!





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