ドラえもん のび太の境界防衛記 (丸米)
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野比のび太①

ドラえもん畜生化注意。


アステロイドが肉薄する中、村上鋼は落ち着いてレイガストを構える。

眼前にいる、メガネの少年を見据えながら。

 

村上は、機を待っている。

少年が――攻め気を出す瞬間を。

 

村上鋼と眼前の少年は、市街地の仮想空間の中十本勝負の三本目を執り行っていた。

ここまで村上、少年共に一本ずつ取っている。

一本目は、村上の猛攻を防ぎきれずに少年が敗北。

二本目は、緻密に張り巡らしたスパイダー地帯に村上を誘い込んだ少年の作戦により、村上が敗北。

その上での、三本目。

 

村上は、少年と相対した住宅街の中、射撃を行う少年からつかず離れずの距離を保ち――ジリジリと詰めていく。

少年は、逃げが抜群にうまい。

一本目こそ対応に遅れ村上に敗れたものの、二本目はカメレオンとスパイダーを器用に使いこなしむしろ村上を誘い込んだ。

こちらが攻め気を見せれば、少年は逃げを選択する。そうなれば、撃破が難しくなる。

 

少年は――とかく射撃技術が抜きんでている。

狙いを定める、という予備動作が全く見られない。銃を構えた瞬間には、もう急所に弾丸が放たれている。逃げる彼を不用意に追えば、その隙に容赦なく弾丸を撃ち込まれる。

二本目も、村上がスラスターによる高速移動中に一寸違わぬ正確さで足を削り取るという常軌を逸した射撃技術を披露し、村上を追い込んでいた。

不用意な攻めをすれば、一瞬にして削られる。防御に集中しているからこそ、今少年の弾丸を防げているのだと。

そう理解できているからこそ、村上は慎重に距離を詰める。

逃げに転じる前に、仕留める。

正確に撃ちだされるアステロイドをレイガストで防ぎながら、村上は思考する。

スラスターを起動するタイミング。

少年が焦れる瞬間を。

されど。

――落ち着いている。

少年は、村上の意図に気づいているのか――全く焦る様子はない。

変わらぬ集中力を保ちながら、アステロイドを放っている。

――だが、この膠着状態が続けば間違いなくジリ貧なのはお前の方だぞ。

レイガストを盾に近づく村上と、アステロイドを打ち続けている少年。トリオンの消費が激しいのはどちらか一目瞭然であろう。

この状態が続くならば、いずれ少年は状況を変えんと動く必要がある。

 

少年も冷や汗をかきながら、――銃を、降ろした。

ここだ、と村上は判断した。

スラスターを起動し、少年へ向かう。

このまま距離を詰め、旋空弧月により少年を切り裂く。今回足は削れていない。逃げる隙は与えない。

少年は、銃を下ろし――新たに、トリガーを発動させる。

「なに」

二本目まで見せなかった――グラスホッパーを。

少年はグラスホッパーを踏み、村上との距離を一気に離し、塀を乗り越え一軒家の中に窓をぶち抜き入っていった。

――狙いはわかった。

恐らくあの家の中でスパイダーを張り巡らしているのだろう。

そうはさせまじと村上もまたすぐさまスラスターの高速移動により家の中に入る。スパイダーを張る前に、叩き潰す。

敷地に入り込んだ瞬間――複数の軌道を描き、家の中からバイパーが襲い掛かる。

チ、と舌打ちをしながら村上はレイガストによりそれを防ぐ。

 

その瞬間。

「な」

家の中から、何かが横切った。

銃声と、共に。

 

――戦闘体活動限界。緊急脱出。

いつの間にかぽっかりと開いた頭部と胸部を他人事のように見つめ――村上の身体は、崩れ落ちた。

 

少年――野比のび太は一つ息を吐いた。

 

 

その後――村上とのび太の勝負は7:3で村上の勝利となった。

前半で三本をとったものの五本目からのインターバルを経て村上は完全にのび太の動きに対応するようになった。

射撃を掻い潜り、正確無比な旋空の連撃を浴びせられるようになり、のび太は五本連続の敗北を喫することになった。

「------くそぅ。やっぱり僕はダメなんじゃないか-------」

結果。

のび太はいじけていた。

「何だよ-----何であんなに簡単に対応するんだよぉ-----」

ぶつぶつと文句を言いながら、のび太はブースの隅っこに体育座りしながら、指先をいじいじと地面に回し続けていた。

「――何をいじけてんだい、のび太」

声が聞こえてくる。

実に。実に。小憎らしい声音で。

声の方向を、のび太もまた小憎らしい表情で振り返る。

そこには――何やら不思議な青いロボットがそこにいた。

丸っこい顔。丸っこい胴体。丸っこい腕に丸っこい脚。ついでに掌も完全な球体。

耳のない猫型ロボットが、そこにいた。

 

「いじけもするさ。なんだよあの理不尽」

「まあ君の頭だとアレは理不尽に見えるか。君は実に視野が狭いなぁ」

「何だよ!君まで僕の事バカにしやがって!」

「いいかいのび太。この世には君なんかよりも頭もよくて対応力もある人がごまんといるんだ。そういう人が相手だっただけだよ」

「--------」

悔し気に表情を歪めるのび太を見つめ、――突如、ハッと何かに気づいたようにロボットは表情を変える。

「あ。ごまんじゃきかないや。ひゃはははは」

「きー!!」

のび太はそのロボットを掴まんと腕を振り上げるが、されどひょい、と避けられる。

「でも二本目の戦い方は中々よかったじゃないか。バイパーで相手の足を止めさせて、トリガーを切り替えてグラスホッパーの高速移動中にアステロイドを当てる。アレは完全に相手も想定外だっただろう」

「うん。僕もとっさに思いついちゃった」

「銃を握るとほんとに別人みたいに頭が冴えるね。常日頃から拳銃を持っていればもうちっとまともになれるのかね」

「警察に捕まるだろ------」

「それもそうか。やっぱりのび太を真人間にするのは難しいみたいだね」

「きー!!」

ブースの中、ロボットと喧しく言い合う人間が一人。

その二人の名は――野比のび太、及びドラえもん。

ボーダーB級隊員と、ボーダー試作型トリオンロボット(仮)の両者であった。

 

 

野比のび太は、一年前にボーダーに入隊した小学生の男の子である。

平均よりも高いトリオン量に希望を見出されたものの、残念ながらそれ以外の要素全てがマイナス評価の塊であり、入隊させるかどうか散々上層部を悩ませたのだが、結局は入隊することとなり周りから散々に驚かれた過去を持つ。――とある実力派エリートの口添えによって入隊できたなどと、本人はつゆとも知らないわけだが。

それから彼はあらゆる訓練においてワーストの結果を残す羽目となる。仮想空間で自分が切り裂かれる瞬間に泡を吹いて倒れ、トリオン兵を目にしてまた泡を吹き倒れ、ついでに同期入隊のエリートである木虎の迫力にまた泡を吹いて倒れた。

もともと「かっこよさそう」という理由で、近接攻撃手トリガーである「弧月」を手に戦っていたが、攻撃も回避も鈍く更に恐ろしく度胸のない性格ゆえに敗北を積み重ねていた――のだが。

彼はガンナーへ転向することとなる。

とあるA級隊員に、偶然ガンナーの素晴らしさと二宮匡貴の素晴らしさを熱弁された事をきっかけにガンナーへ転身。話の半分どころかおよそ九割九分九厘理解できなかったが「ガンナーはかっこいいし、あわよくば女子からモテる」という発想の転換を基にした決意であった。

それから彼の躍進が始まる。

拳銃を手にした瞬間より、彼はまさしく天賦の才を発揮し始めた。完全なカモとして認識されていた中、彼はその全員を返り討ちにし、訓練の成績も飛躍的に上昇した。構えから引き金を引くまでの速さと正確さがあまりにも常軌を逸しており、シールドのないC級隊員はもはや武器を構える間もなく撃ち抜かれて終わり――という理不尽極まりない状況におかれていた。

 

B級に上がった後の彼は、バッグワーム、カメレオン、スパイダー、グラスホッパー、と逃走に有用なトリガーで固め、後はアステロイドとバイパーの拳銃を一丁ずつセット。相手に「近づけさせない」事を信条とした戦い方を続けていた。

だが、まだ隊には入っていない訳だが。

 

「いいかい、のび太。君はこれから絶対にA級に上がって、遠征に行ってもらわなければならないんだ。わかってる?」

「わ。わかっているよ」

「そのために――僕はタイムマシンを使ってまでここに来たんだから」

 

ドラえもんはそう言うと、のび太も答える。

「――うん。わかっている。未来でアフトクラトルって異世界の国が僕達の世界に進攻してきたんだよね」

「そう。――それを防ぐために、君が必要なんだ」

ドラえもんはブースの中、真剣な目でのび太を見据える。

「取り敢えずは、まあ――まずはA級だ。頑張るぞ」

うん、とのび太は頷くとそのままブースを後にした。

「まあ。――ここで誘いが来ない辺りものび太らしいや。がはは」

「いちいちうるさいなぁ!!」

一つ彼は、ロボットの頭をたたいた。

 

これは――使命を背負った一人の少年の物語である。



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野比のび太②

0点って凄いっすよね。大学では幾らでも取ったけど。


二二世紀において、その全ては過去のものだった。

ボーダーの存在も、異世界人による侵略も。

 

過去に終わったはずの、お話だった。

ボーダーは幾度となく繰り返されたネイバーフッドの侵略に晒されながら――後にロボット工学の祖と謳われる鬼怒田本吉の手によってゲートは閉じられ、侵略は終焉を迎えた。

それが二二世紀における歴史であり、日本で教えられていたはずの事であった。

 

されど。

 

――終焉と思っていたことは、何も終わってはいなかったのだ。

 

突如として現れたゲート。

侵略を始める化け物ども。

 

それは――例えあらゆる技術が発達した二二世紀の兵器でさえも、通用しなかった。

トリオン。

その未知のエネルギーを持つ集団に対し、この世界に存在する技術はあまりにも無力だった。

 

 

ドラえもんは、自分の父の姿をしっている。

それは――とあるシェルターの中での出来事であった。

 

――ワシの爺さんは、この先の事をずっと考えていた。

 

自分を作った――まるで狸のような顔をした男は、こう教えてくれた。

 

――トリオン兵器がこの世に残されたままいたらどうなるだろうか。それが例えば、ここ玄界の戦争に使用されたらどうなるのか。それこそ――下手をすれば、人類が滅亡する可能性すらも考慮していたのだ。

 

だから捨てた。

未知なるエネルギーの秘密を。その全てを。

その果てに――トリオンというエネルギーを捨て、既存のエネルギーに転化させ鬼怒田はロボット研究を進め、世界の歴史に名を刻むロボット工学者となったのだという。

 

――もし。城戸正宗が生きていれば、また違っていたのかもしれない。そうも言っていた。その人はボーダーの設立メンバーで、組織のリーダーだった。だが、暗殺されてしまった。

 

彼には「真の目的」があった。

その目的を誰も知ることなく、彼は死んだ。

 

――残されたボーダーのメンバーたちは、ゲートを閉じ、ネイバーの出入りを禁ずる以外の方法を思いつけなかった。だからそうした。その結果、この時代まで平和は訪れた。攫われた何百という人々を見捨てて、な。

 

されど。

そうして時代が進んでしまい――。

 

――ドラえもん。お前にタイムマシンを託す。俺の爺さんから子孫で引き継ぎ一世紀半。完成したこのマシンを使って。この世界を救う方法を見つけ出してくれ。

――爺さんは言っていた。ボーダーが犯したミスは三つ。一つ。城戸正宗を死なせてしまった事。二つ。雨取千佳をネイバーに連れ去られたこと。三つ。未来視を持つ男、迅悠一を死なせた事。これさえなければ、未来は変わったかもしれないと。この三つのミスを、お前が取り返すんだ。

 

そう父は言うと、ドラえもんをタイムマシンに押し込んだ。

 

――ここも、長くは保つまい。早くいけ。操作方法は教えたとおりだ。

そう言うと、彼は機械のスイッチを押し、異次元空間を創出し、タイムマシンを起動させた。

 

――頼んだぞ。-----愛しい、我が子よ。

 

 

「-------」

「-------あの」

「いいか。野比」

「はい」

野比のび太。

小学五年生の少年は、何故か正座をさせられていた。

「いいか。お前はまだ先がある。説教垂れるのも、お前には希望溢れる未来があるからだ」

「うん。ありがとうポン吉おじさん」

「誰がポン吉じゃ!!」

「ぐぇぇ」

ボーダー本部、開発室。

ドラえもんに付いていき、相対した男の名を――鬼怒田本吉という。

恰幅がいい割に愛想の悪いこの親父は、恐らく死なれたらボーダーが成り立たなくなる者の一人であろう。

そんな男を前に、のび太は何が今起こっているのかを理解できていない表情のままその男を見ていた。

「お前の担任から送られてきたわ今回のテストの成績が!何じゃこりゃあ!」

「そんなに声を荒げなくても----」

「0ってなんだ0って!何も解けないなんてわざとじゃなければよっぽど難しいだろうが!」

「だって僕の頭の中に何も浮かんでこなかったもん----」

「だったらその空っぽの頭の中に詰められるだけ詰めんかこの大バカ者が!」

ぎりぎりと頭を掴まれる。トリオン体ゆえに痛くはないが、圧迫感は確かに感じられる。

「お前は解っているのか!あと一年後にはお前は英語も勉強せねばならんのだぞ。日本語でけつまづいてどうする」

「そんな事言わないでよ。もしかしたら日本語よりも英語の方が得意かもしれないじゃないか。僕だって英語は少しは知っているんだよ」

「ほぅ。何を知っているというんだ」

「ダンガー」

「は?」

「だから、ダンガー。ほら、ゲートが開いたときにモニターにたくさん写るじゃないか。あれ、ダンガーっていうんでしょ?変な髭のおじさんに教えてもらったんだ」

「----意味は?」

「知らない」

もう一発、重い拳骨を頂きました。

 

 

「皆してひどいや。散々僕の事をバカにして」

その後。

ドラえもんを開発室に届けた後、のび太はやることもなく周りをうろうろしていた。

ぶつぶつと、何事かを呟いている。

「何してんの?」

そうしていると、声をかけられた。

振り向くとそこには、耳にかかるほどの長髪と実にやる気のなさげな目と表情が特徴的な男がいた。

「あ!菊地原さん!ポン吉おじさんたら酷いんだ!」

菊地原、と呼ばれた男は全く印象通りのやる気のない様相で、ジュースにストローをつけながらのび太を見る。

「何がさ」

「テストで0点取ったらバカにして、しかも怒った!酷い!」

「だったら僕も酷い奴になるんだけど-----」

ことさらに表情は変えずに、されど実に冷たい声音で彼はそう言った。

「酷い!」

「テストで0点取ったらバカにされるなんて太刀川さんだってそうなんだし。君がバカにされない道理なんてないじゃん」

「太刀川さんって誰?」

「ほらもうここでもバカを晒してるじゃん」

「きー!」

ポコポコと身体をたたくのび太を無視し、ちゅうちゅうと菊地原はジュースを飲みながら、言葉を続ける。

「それにしても大金星だったね。君、村上先輩から三本取ったんでしょ?」

「へ?」

「ほら。あの弧月使いの、武士っぽい人」

「あ、うん」

「あの人、ウチの攻撃手で四番目に強い人だから」

「え!」

心の底から驚いた表情を浮かべるのび太を、更に冷たい視線を浴びせる。

「君は自分のポイントも見ていないの?」

「ポイント?はい」

「-----5100か。元々何ポイントだったんだっけ?」

「知らない」

「------」

視線の冷たさが、そろそろ氷点下を超えそうになっている。

されどのび太。持ち前の空っぽの脳味噌によって、その冷たさを感じることはない。

「まあいいや。――でも、結構あのバトルは話題になっているから、いろいろ声がかかるかもしれないね。頑張ってね」

「頑張る?」

「うん」

それだけを言うと、菊地原はスタスタとその場を去っていった。

そういえば、自分はどこをうろついていたのだろう?

 

そう思い彼は周りをきょろきょろと見渡す。

そこは、個人戦ブースの入り口付近であった。

「あ。こんな所に来ちゃった」

ダメだダメだとのび太は呟き、踵を返す。

「今日は防衛任務もないんだ。ドラえもんを開発室に届けたんだから、僕の仕事は終わり。このまま家に帰ってぐっすり眠るんだ」

スタスタと、歩き去っていく。

 

「よぅ」

声が聞こえた。

明るく、飄々とした声。

 

「おぅ。イカした試合してたじゃねぇか。ちょっと面貸せ」

ドスの効いた、重苦しい声。

 

振り返る。

二人、そこにいた。

 

一人。カチューシャを付けたへらへらした男。

二人。メガネをかけた、リーゼントの男。

 

のび太、絶句。

 

「いや~。凄かったね。新人で村上先輩に一本取るだけでも凄いってのに。三本取るなんてねぇ」

「お前の早撃ち-----直接見る価値があると判断したぜ、野比ィ。いい機会だ。付いてこい」

 

真っ当な圧力をかけるメガネの男の目力に身体を硬直させた瞬間に、カチューシャの男がのび太の肩を掴む。

「順番どうします、弓場さん」

「まずは俺からやらせろ。二十本位はさせてもらう」

「げ。結構欲張りっすね。分かりましたよ。二十本ずつやりますかね、お互い」

「-------」

 

のび太、悟る。

ここは、地獄であると。

 




帯島ちゃんかわいい。
木虎に「尊敬してます」やってみて欲しい。


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野比のび太③

Q なんで菊地原とのび太は割と仲がいいの?
A 菊地原の事を地獄耳だから怖いと噂するC級隊員に「陰口を言わなきゃいいだけじゃん」とのび太が言っていたのを、本人が地獄耳で聞いていたから。


――はん。バカバカしい。未来から来たロボット?タイムマシン?寝言なら寝て言え。ワシの子息がお前のようなヘンテコロボットを作ったとでもいうのか。最近のトリオン兵は、バカげた空想までできるようになったというのか。

 

違う。

違うんだ。

そんなことを言わないでくれ。

僕の。僕の父とそっくりな顔で、僕を拒絶しないでくれ。

 

だから叫ぶ。

何故僕はあえてボーダーに捕まったのか。リスクはあった。問答無用でスクラップにされて、打ち棄てられる可能性もあった。

でも。それでも。リスクを冒してでも、この場所を訪れなければならなかった。

城戸を。迅を。死なせるわけにはいかない。死なせてしまう訳にはいかない。そういった理由ももちろんある。

 

でも。それ以上に。

僕は会いたかったんだ。

 

父の父の、そのまた父。

偉大な工学者として歴史に名を遺した、誇り高いと自慢げに父が話していた――僕のようなロボットの、始祖ともいえるその人の姿を。

 

――ほぉう。トリオン兵風情がよく知っているな。城戸正宗に迅悠一。確かにボーダー内におけるキーパーソンの一人だ。-----ちっ。奴等、そこまでこちらの情報を知っていたか。特に迅の情報が洩れているのは重大事項だな。未来視がばれている可能性がある。く----。まさか、”脱走者”共がネイバーに情報を流しているのかもしれんな。

 

「鬼怒田本吉。僕をスクラップにしてもいい。何をやってもいい。僕のこの身体が二二世紀の最悪の未来を回避するために有用だというならば、幾らだって利用しても構わない。望むならば、自ら電源をシャットダウンして、人工知能を閉ざしたってかまわない。――けど。けど。きっと、会えば分かってくれるはずなんだ。迅悠一に会わせてくれ」

 

何故、父はロボットである僕に涙を流す機能を付けたのだろう。

解らなかった。

ずっと分からなかった。何故僕に感情を付けたのか。感情の付け合わせのように、涙を流すという機能を付けたのか。不要な機能のはずだ。意味のないはずだ。

 

でも。

ここにきて、分かったかもしれない。

 

僕は必死になって叫んでいる。

これは、機能であって機能でない。

僕という存在が全力で振り絞った感情によって、声となり涙となり、目の前の人間に訴えかけているんだ。

 

僕は機械だ。ロボットだ。脳味噌から爪先に至るまで完全にデザインされて生まれてきた無機生命体だ。

それでも。

――僕は間違いなく、人間という存在から生まれてきたものなんだ。

愛を知り、感情を生み、涙を流す――そういう存在なんだって。

 

だから伝わる。

僕というロボットであっても。

生身の剥き出しの声と涙が存在するから、――伝わった。

 

――泣いて、いるのか。

 

僕の声が、僕の心の叫びを音声として透過させ押し寄せる波のように相手に伝えていく。

無機質な機能としてのノイズじゃなく――僕という存在によって生まれた意識から発露した心ごと、肉声として。

 

 

野比:××〇〇××〇〇××××〇〇〇〇××××

弓場:〇〇××〇〇××〇〇〇〇××××〇〇〇〇

 

「おおー」

8対12。

B級上位のエース兼隊長との初対戦としては、この上なく素晴らしい戦績と言えるだろう。

「勝率四割なら全然勝ち越しもあり得るな。――つか、マジで弓場さんと互角で撃ち合ってんじゃん」

弓場拓磨は、ともかく実にシンプルかつ強力な技術を持っている。

それは、「高威力の弾丸を最速で相手に叩き付ける」という、実にシンプルな能力。

弓場は、拳銃弾に込めるトリオンを威力と弾速に絞る事で――およそ近接での射撃戦において無類の強さを誇る隊員である。

 

誰よりも早く、必殺の弾丸を撃ち込む。

故に、弓場の攻略法を見出すならば――中・遠距離での戦いの土俵に誘い込むか、奇襲を仕掛け構える前に仕留めるか。とにかく「近距離での撃ち合いに持ち込まない」という大原則を守り戦う必要がある。

 

されど。

のび太は――「早撃ち」において弓場と互角以上の戦いをしていた。

 

どちらも構えから射撃に至るまでの速さにおいて、負けてはいなかった。むしろ――米屋の目には、もしやすればのび太の方がほんの僅か早いのかもしれないとも思っていた。

とはいえ、このレベルの戦いになれば早撃ちのスキル勝負、というよりは――どちらが早く敵を認識するかという勝負になるであろう。

 

のび太は、基本的に相手に見つからぬように逃げ回り隙を突く戦法をとっている。この戦い方は相性のいい悪いがはっきり分かれるが、タイマンでの勝負に非常に強い弓場とは少々相性が悪かった。百戦錬磨の猛者である弓場とのび太では勝負勘でも差がつけられる。中々、逃げる隙を与えてくれない。一度猛攻が始まれば、シールドでも防げぬ高威力のアステロイドの弾雨が襲い掛かるのだから。

 

されど――そのうえで、のび太は弓場から8本を取った。

 

「お疲れ様です」

「------」

「-----どうしました?」

弓場は真面目に黙り込んだまま、ブースから出てきた。

 

「なァ、米屋」

「うす」

「俺もタイマンでは負けるときは負ける。それは理解できている。俺の得意分野以上に、相手の得意分野が上回る場面なんざ幾らでもあるからな。――だが、奴は想像以上だった。奴は8回も、俺の得意分野で俺を上回りやがった」

その言葉は、嘘のない声音で紡がれていた。

「――俺もまだまだ精進が足りねぇなァ。いい刺激を貰った。いつか釣り銭はキッチリ返してやる」

そう笑いながら、じゃあなと弓場は去っていった。

「おっし。こりゃあ俺も気合が入るってもんだ。さっさとブースに――あれ?」

そこにはもう、のび太の姿がなかった。

そして、米屋は思い出す。

あのーーログでも眼前の戦いでも見せた、のび太の異様なまでの逃げ足の速さを。

 

「-------」

きょろきょろと米屋は辺りを見渡し――はぁ~、と一つ息を吐いた。

 

 

「僕は寝たいんだ」

誰にも見つかることなく、のび太は速やかにブースより離れる。

「何が楽しくて人はポイントの奪い合いなんてするんだ。強い人が弱い人からポイントを奪う。なんて残酷な行為なんだ。こんなもの税金と同じじゃないか。僕は誰からも奪わせはしないぞ」

のび太は、ポイントを確認する。

「ほら、減ってる」

表示されているポイントは――先程菊地原と確認した時よりも、さらに増えている。

当然の話だ。自身よりもはるかに高ランカーである弓場に8本も勝利したのだから。当然それだけ得られるポイントは増えているはずなのだ。

のび太、つい先ほど確認した自分のポイントを忘れてしまう。

「うう。なんて厳しい世界なんだボーダーは。こんなんじゃ女の子にモテるなんて夢のまた夢じゃないか」

とぼとぼと、のび太は歩いていく。

 

――そういえば、かっこよかったなぁ。

以前見た何かの記者会見。

名前はもう覚えていないけど、凄いイケメンの男の人が言っていた。

 

――家族が無事なら、あとは思いっきり戦えますから。

 

そうさわやかな笑顔で応対していた人が。

あんな風に自分もなれたらいいなぁ、なんて思っていたけど。

 

入隊試験の時にはじめて目にしたけど、それ以来目にすることはなかった。その人はA級5位嵐山隊隊長で、広報部隊を兼任しているらしい。そりゃあ忙しいだろう。

 

また何処かで。今度は話しかけられるくらいの距離で。

会うことが出来たら、いいなぁ。

 

そんなことを思いながら、ボーダー本部を出る。

家に帰ろう。

そして、寝るんだ。

 

そもそも今日は建校記念日で休みなのに、僕はボーダーに行って働かされていたんだ。今日くらい寝てだらだらしても文句なんかないだろう。

 

そう――思っていたんだけど。

 

響き渡る警報が、伝える。

――門<ゲート>発生。

 

のび太はその音を聞くと、びくりと身体を震わせる。

刻まれた恐怖の記憶は、中々に体からは消えない。

 

恐ろしい化け物。それと対峙しなければならない恐怖。

 

でも。

「------行かなきゃ」

基本的に怠け者の野比のび太が持つ美徳ともいえる数少ない要素の一つに、こういったものがある。

 

人が困っている時に行動することだけは――彼は一切怠けることを忘れられる。

そういう美徳を持っている人間だ。

 

「トリガー、起動」

彼は震える声でそう言うと、トリオン体に換装し――門まで走っていく。




戦闘の時だけ映画版のび太です。


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野比のび太④

野比のび太 B級昇格時ステータス

トリオン8
攻撃7
援護・防御3
射程6
機動6
技術14
指揮1
特殊戦術4
total 49

サイドエフェクト:強化睡眠 いつでもどこでも素早く眠れる。


成程ね、と迅悠一は呟いた。

 

「――”門”を閉じるだけでは、二二世紀にはまたそれをこじ開ける技術をアフトクラトルによって開発されるということか」

ドラえもんの眼前に立ち、迅はそう呟いた。

それを見て、鬼怒田本吉は顔を顰める。

「迅よ。こやつの言葉を信じるのか」

「ああ。――何せ、本当に未来が見えた。ドラえもんを通して、ドラえもんが経験する“未来”を。今の時代とは全く違う----文明レベルが引きあがった未来の世界が、本当に見えたんだ」

「何だと-----。待て、こやつは、ロボットなのだろう?」

「うん。間違いなくロボットだ。-----俺の未来視は、基本的に人間を通しての未来しか見えないはずなんだ。例外があったって事かな」

迅はさらりとそう呟いた。

鬼怒田は信じられんとかぶりを振りながら、ううむと唸る。

 

「――二二世紀には、莫大なトリオンを持った人間がいた」

ドラえもんは言葉を続ける。

「アフトクラトルは雨取千佳を攫い、マザートリガーの神とした。雨取千佳のトリオン量は莫大で、二世紀足らずで枯渇するようなものじゃなかったけど――アフトクラトルの四大領主のうち一家が、次の覇権を得るために早めに次の候補を探し出し“保管”しておく事を決めたんだ。その為に――僕らの世界にいた、莫大なトリオンを持つある人間を狙って、彼等は門を開き、僕らの世界への侵略を始めたんだ」

「その人間、って?」

「――野比セワシ。門が閉じられた後も、近界の監視を続けてきた野比のび太の、遠い子孫だ」

 

 

「――こちら野比です。区域内にバムスターを見つけました。迎撃の許可をお願いします」

トリガーの通信機能から本部のオペレーターに報告し、了承の返事を受け――のび太は拳銃トリガーを発動する。

バムスターは、比較的のび太と相性のいいトリオン兵だ。

硬い外装を持つが、動きが鈍く、弱点も剥き出し。正面に立ち回り、アステロイドを数発撃ちこめばそれだけで倒すことができる。

一体、二体、三体。

補足しては、撃つ。

その手際は恐ろしく速い。

 

既に市民の避難は完了しており、特に問題もなく区画のトリオン兵の駆除は終了した。

 

「------」

トリオン兵と対峙するたびに、思う。

怖い。

自分の本性は、多分臆病なのだと思う。

臆病で、怠け者で、人に尻を叩いてもらってようやく動き出せる。基本的にはそういうダメ人間なのだと思う。

でも。

 

声を押し殺した泣き声が、聞こえてきた。

振り返ると、そこには――建物の陰で怯えて泣く少年がいた。

 

「-----ママぁ。何処?」

多分、のび太より二つばかり下の年齢だろうか。

ぐずる少年を見て、――のび太はそこで自覚なき「責任感」が心の中に発生する。

 

「――あの、すみません。一般の人の子供が区域内に-----はい。はい。わかりました。付近の避難場所に送り届けます」

本部に連絡を入れ、許可を取り、子供にやさしく話しかける。

ぐずる少年に駄々をこねられようと、少々焦りながらも宥め、手を引く。

 

その姿は――間違いなく、あるべきボーダー隊員としての姿であった。

 

 

――ママ。パパ。お願いがあるんだ。

 

一年前。

のび太は土下座をしながら頼み込んだ。

自分を、ボーダーに入れてほしい、と。

 

四年前、三門市を襲った近界民による大規模侵攻時。

野比家は、とにかく運がよかった。

三門市が近界民の襲撃を受ける二日前、親戚の不幸があり県外へと離れていたから。

その襲撃によって失われたものと言えば、精々家が半壊した程度。それも保険と国の援助を含めて十分に修繕できる範囲だ。

 

その代わり。

のび太は、どうしようもないほどの無力感を味わわされた。

 

半壊した家を見て、恐ろしいと思った。一体どんな災害がこの町に襲い掛かったのだろうか。それを想像しただけで、夜も眠れなかった。

一週間ばかりの休校期間を経て再開した学級で、登校者が三分の一にも満たなかった光景を見たとき。

先生が一人一人「よく無事だったな」と半泣きで迎え入れてくれた時。

------その先生が、父親を襲撃で亡くしたと聞いたとき。

友達がいなくなった。

スネ夫一家はすぐさま県外へ引っ越しを行った。ジャイアンは近所の子供を庇って大怪我を負った。そしてしずかちゃんは――トリオン兵に連れ去られた。

そんな。そんな、日常化してしまった非日常が溶け込んだ現実に直面した時。

 

のび太は、涙が溢れた。

溢れて、溢れて、止まらなかった。

まだ小学生になりたての時期だ。理解できない事もたくさんあった。でも、それでも、感じることはいっぱいある。

 

何もできなかった。顔もわからない親戚の人の葬儀にうつらうつらしている間、たくさんの人が悲劇を味わわされていた。

だから。

こんな思いを二度としたくないんだ。

自分は今子供で、何もできなくて、その癖運だけはよくて――今こうして受け入れている日常をまだ受け入れられない人もいるんだって。

ジャイアンは怪我で半年間も病院にいた。近所の人たちも何だか暗い顔をしている。子供を亡くした親だっている。

自分は無力で、だけど何も失っていない。

だから――踏み出したい。

無力だった自分を、少しでも変えたい。

 

だから。行きたい、と。

そう伝えた。

小学四年生の時。

後遺症を引きずるジャイアン。時々県外からわざわざ遊びに来るスネ夫。彼等も、忘れられない記憶と、直面しなければならない現実に苦しんでいる。

変えたい。

自分の手で。無力だった自分を――。

 

――のびちゃん。のびちゃんのその思いは、凄く立派な考え方よ。そういう風に思える子に育ってくれたことは、本当に嬉しい。だけどね-----私達はね、無力でものびちゃんにこの先立派に、長く、生きてもらいたいの。

――のび太。無力であることは、恥ずべき事じゃない。そう感じている君は、本当に優しい子だ。だから。だからこそ、ママもパパも、君を危険なところに送りたくない。

 

そう。

解っている。

きっと-----万が一にでも、この先にある近界民との戦いで自分が命を落とせば、今度はママやパパがあんな思いをすることになるんだって。

それでも。

――今僕がやらなきゃいけないことがあると思う。この----やらなきゃいけないことから、僕は逃げたくない。

 

そう言い切り、結局折れさせた。

そうして、野比のび太は――ボーダー隊員となったのであった。

 

 

本部に戻り、のび太は報告書を書き、忍田本部長に提出する。

何やら微妙な表情を浮かべながら、目元を抑え、遂にはため息を一つこぼし、

「野比君」

「はい」

「君の名前はなんだ」

「野比のび太ですけど------」

「ならば、のび犬とは-----?」

「伸びた犬ですか?」

「君がたった今報告書に書いた自分の名前だよ-------」

沈黙が、両者の間に流れる。

のび太は変わらぬ無垢な表情で、本部長の渋い顔面を見つめていた。

「ま、いいや------。さて、のび太君。今日の報告を頼む」

「え----。今書いたのは?」

「さすがに----。“はむすたーをたおしました。こどもをひなんしました”だけじゃあなあ-----」

「だってそれだけしかなかったんだもん----」

「-------」

「-------」

沈黙が、両者の間に流れる。

のび太は変わらぬ無垢な表情で、本部長の渋い顔面を見つめていた。

「とはいえ、野比君。一般市民の避難誘導、お疲れ様。保護者の方から感謝状が届いている」

「---そ、そうですか」

「君くらいの年齢で、しっかりと市民の対応ができるのは立派だ。これからもよろしく頼むよ」

「はい」

「それじゃあ、今日のところは終わりだ。お疲れ様」

 

 

「――迅」

「ん?どうしたの忍田本部長」

のび太が帰り、入れ替わるように迅悠一が部屋へ入る。

「君は、野比君の未来を読んでいたのか?」

「うん。メガネ君二号は、何というか才能の配分が本当に極端なんだよねぇ。あの射撃の才能は下手すればボーダー始まって以来のものかもしれないけど、それを自覚させるのに結構時間かかっちゃったもんねぇ」

「----だから、彼を入隊させたのか」

「それもある。――けど、まだ理由はある」

「それは、何だ?」

「彼の存在が――近い未来で起こる、近界民の侵攻時の未来に大きく関わってくる」

迅は、口調を少しばかり真剣なものに切り替える。

 

「――彼と、近界民の子と、メガネ君一号。彼が揃うことで――未来のロボット、ドラえもんが示した最悪の未来に繋がる一要素を一つ潰せるかもしれない」

「司令の暗殺。お前の死。そして-----後のC級隊員である雨取千佳の誘拐、だったか」

「そう。見た感じだと、襲撃の際に一番ネックになる黒トリガー使いがいる。そいつは、空間を繋げて自由に移動できるタイプの使い手でさ。――けど、それに近い機能を持つ技術をドラえもんはもたらしてくれた」

「技術---ああ、アレか」

「うん。そろそろ試作トリガーとしての運用も見えてきた。アレを駆使して、できうる限りこちらの被害を抑える。そして――千佳ちゃんを必ず守る」

 

一つ迅は頷くと、呟く。

 

「頼むよ-----“どこでもドア”」

 




次回から、玉狛勢を出すつもりです。


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迅悠一①

感想欄でご指摘があり、三話ののび太の独白を大きく変更し、二話におけるしずかちゃんが嵐山をかっこいいと言っていた件を修正しました。

本当に申し訳ありません。時系列に対する認識が非常に甘いままプロットを作っていたことを深く反省いたします。

この先、また誤謬が見つかりましたら、どんなに細かいことでも構いません。ご指摘いただければ嬉しいです。すぐに対処します。

重ねて、申し訳ありませんでした。


村上鋼は、野比のび太の同期だ。

のび太自身は覚えてもいなかったのだが、村上はのび太の事をよく覚えていた。

 

へっぴり腰で弧月を振り、容赦なく切り裂かれては涙目を浮かべていた小学生の少年。

 

余程の事がなければ――上に上がるのは不可能だと、思っていた。

トリオン量はあるが、それだけ。

そもそもの動きそのものが、戦闘に向いていない。バレバレのモーション。無駄が多く、隙だらけの体裁き。何故攻撃手になったのか不思議なほど、彼の動きは鈍かった。

 

だが。

余程の事が起こってしまったのだ。

 

銃手に転向し一カ月足らず。光の速さでポイントを荒稼ぎし、B級に上がってきたというその少年を、気にするなというのが不可能だろう。

村上は偶然、のび太がブースに入っていくところを見かけ、衝動的に自らが相手になった。

 

対戦したのび太は――最早、別人であった。

異常なほどに正確な銃捌きと、隠形の上手さが光る銃手となって、村上の眼前に現れていたのだ。

 

今回の勝負はタイマン故に、個人ランク戦の経験が豊富な村上に分があった為、勝ち越しは容易であった。

しかし。

もしチーム戦でのび太と当たったと考えると、厄介極まりない存在になるだろう。

 

「------そういえば、木虎ももう知っているのかな。野比が上がってきたこと」

木虎はのび太を一目見て「ダメ」と一言呟き、もうそれ以上何も言わなかった。一目で見切ったその存在が、ああも成長して眼前に現れたら――どれだけ驚くだろう。

「色々と、いい土産話ができたかもしれないな」

そう呟き、村上は少し笑った。

------今度会ったら、飯くらいおごってやろう。

そんな風に村上は思った。

 

 

次の日。

のび太は防衛任務がなかったが、ドラえもんにボーダー本部に呼び出されていた。

「のび太」

ドラえもんが、のび太へ声をかける。

「ん?どうしたの、ドラえもん」

「ちょっとだけついてきてほしい?」

「どこに?」

「鬼怒田おじさんの所」

「え----」

また説教をされるのか――そう身構えるのび太に、ドラえもんはため息をついて言葉を続ける。

「いいかい。のび太。怒られるのもストレスだけど、怒ることもストレスになるんだよ」

「だったら誰も僕を怒らなければいいのに------。みんな損をしているよ」

「尻を叩いてやらないと怠けてばっかりの人間がいる限りこの損失は積みあがっていくばかりだから仕方がないじゃないか。――今日は君の出来の悪い頭とは別件だ」

「あ、そうなの。だったらいいや。じゃあすぐに向かおう」

「ちょっと待った」

開発室へ向かおうとするのび太を、ドラえもんは止める。

「----よし。付いてくるんだ、のび太」

ドラえもんは本部の外に出ると、そのままスタスタと歩き出す。

「何処に行くの?」

「近道」

「近道って----むしろ遠ざかっているじゃないかい」

「実はそうじゃないんだよ。-----さて、この辺りかな」

ドラえもんは付近の河川の土手まで降りると、架橋下できょろきょろと周囲を確認する。

のび太は訝しげな顔をしながらも、付いてくる。

 

「さあのび太。手を出して」

「?」

のび太はそう指示を受けると、言われるがまま手を出す。

「じゃあ行くよ。せーの」

ドラえもんに手を握られた、その瞬間。

 

視界が、暗転した。

 

 

「え?」

 

 

その瞬間。

現れたのは――。

 

「成功したか」

「うん」

むっつりと表情を歪める、鬼怒田本吉の姿があった。

周囲を見渡す。

そこは以前訪れた開発室で、鬼怒田とドラえもん以外、誰も人がいなかった。

さっきまで、自分は土手にいたはずなのに――。

 

「え?え?何が起こったの?」

「一言でいえば、実験だな」

「うん、実験」

ドラえもんと鬼怒田はそれぞれそう言うと、頷く。

 

「新型トリガー-----いや、装置といった方が正しいかの。こやつがもたらした技術を、トリオン技術と融合して開発したものだ」

鬼怒田は自身の背後を振り返り、指をさす。

様々な機械たちが乱立する部屋の奥。そこには――。

「---扉?」

ドアがあった。

ピンク色の、シンプルな開閉式の扉がそこにあった。

 

その扉は、まるで手術中の人間のように様々な管と、管を通した様々な機械に繋がっていた。

「そう。人呼んで――どこでもドア」

「どこでも、ドア?」

「そうあの扉を潜れば――この世界の何処にだって行ける、冗談のような機械だ」

なにそれ凄い。

「何処でもって-----例えば、ニューヨークとかにも?」

「うん」

ドラえもんが頷く。

「今僕とのび太が河原の土手から瞬間移動したのも、あの扉の機能を利用した装置なんだ」

へーすごーい。

アホ面を晒しながらも――のび太はハッと気づく。

 

「――もしかして実験って」

「うん。君を使った」

「失敗したらどうするつもりだったんだ!」

 

体よく人体実験に使われたと知り、のび太は真っ赤になって怒り出した。

 

「まあまあそんなに怒りなさんな。――それと、もう一つ。君をこっそりとここに呼ぶ為でもあったんだ」

「え?」

「まあ、そのあたりの事もしっかりと話すから。――まあ、取り敢えずだ」

 

ドラえもんは――表情を引き締める。

「入ってきてくれ、迅」

「はいはい~」

ドラえもんがそう言うと同時。

開発室の玄関口から、ゴーグルをかけた男が入ってきた。

 

「どうもこんにちはメガネ君二号。会いたかったよ」

「え。あ、はい。こんにちは-----」

実にフレンドリーにのび太に近づくと、その男はのび太の目をしっかりと直視しながら、手を握った。

 

「そして――ようこそ。君は今日から“共犯者”だ」

「え?」

 

共犯者?

何やら物騒な言葉――などと思わず、そもそもその単語が示す意味すら分からず、野比のび太小学五年生は首をかしげていた。

 

 

「さあて。――色々と、お話をしようか。うーん何処から話をするべきか」

迅悠一、と自己紹介した自称「実力派エリート」は、のび太に語りかける。

 

「取り敢えずね。のび太君。――俺はサイドエフェクトを持っている」

「え?」

「サイドエフェクト。聞いたことない?」

「ごめんなさい。僕、英語はダンガーしか知らなくて-----」

「------ちなみに、その英語はどこで習った?」

「何か、黒い服を着た髭のおじさんに教えてもらった--------」

「あ、うん。わかった。もういいや。――まあ、取り敢えず俺は特殊能力を持っているの」

「へー。どんな?」

「未来が見える」

「み----未来?」

「そう。未来。――といっても見た未来は普通に変わるんだけどね」

 

それでだ、と迅は続ける。

 

「で、ドラえもんは未来から来たロボット」

「あ、うん。それは知ってる。教えてもらったから」

「うんうん。よし。そこまで知っているな。で」

迅は――開発室の奥にある、どこでもドアを指差す。

「あれが、ドラえもんが持ってきた、未来の技術をふんだんに使った道具ってわけ」

「う----うん」

「で。これから君が何故呼び出されたかを、聞いてもらいます」

 

のび太はごくりと唾をのむ。

さっき教えてもらった。共犯者、とは一緒に悪いことをする人の事だと。

 

「――ここにいる三人。俺。鬼怒田さん。ドラえもん。この三人は、とある未来を知っている」

「とある未来?」

「そう。とある未来。――その未来はね、メガネ君」

迅は言う。

――二二世紀。遠い未来に、近界民の襲撃を再度受けることになる。

「そして――君の子孫が、連れ去られる。これは――現段階における確定事項だ」

 

 

そして、迅は一つづつ説明していく。

二二世紀のアフトクラトルによる侵攻。

それに伴う世界の崩壊と、野比セワシの誘拐。

 

「それを防ぐため、ドラえもんは単独でこの世界に来たんだ」

 

迅は一つ息を吸い込み、言う。

 

「――これから、俺等はその未来を防ぐために行動していくことになる。俺。鬼怒田さん。ドラえもん。――そして、メガネ君。君も」

「-----何で、僕なんですか」

「本来はね。君はボーダーに入れなかったはずだったんだ」

「え」

なにそれ。

「だって、メガネ君。筆記も実技もひどいものだったでしょ。この実力派エリートが君の資質を見抜いて何とかと上層部に嘆願してどうにか入れたんだよ」

「ええええええええ!」

初耳であった。

いやおかしいと思ってはいたけどさ。何で僕なんかが通ったんだろうって。そういうことかー!

「ま。ま。過去の事は置いておいて。――でもやっぱり、俺の目は正しかった。君はやっぱり資質があるよ」

迅はそう言うと、少しだけ目を細めた。

資質。

――資質、とはなんなのだろう?

「――迅の未来視はね、のび太。“人”を基準に見るんだ。誰かの目を見て、その人が未来でどういうことを経験するのか、どういう行動をするのかを見る。だから――未来を動かしやすい人と、動かしにくい人が出てくる」

「-----どういうこと?」

「例えば、この先の未来にある近界の襲撃を防ごうとしたとしても、自由に人を動かすわけにはいかないだろう。最善の未来を選ぼうとして、最悪に転がる事なんていくらでもある。襲撃の時に鬼怒田さんを下手に本部から動かそうとして、殺されてしまったら。それはもうボーダーにとっての死を意味する」

「要はね、こういうこと」

迅は取り出したメモ帳に二本の線を書き、その間にペンを転がす。

 

「この二本の線が時間。でこの先に一番いい未来があるとする。で、ペンを転がす。このまま真っすぐ向かってくれればいいんだけど」

 

ペンは左に大きく曲がり、紙から逸れていく。

 

「大抵うまくいかない。ペンは変な方向に転がって行って、紙を逸れていく。そうなると欲しい未来は手に入らない。じゃあこうしよう」

そう言うと迅は、今度は書かれた線の間に、壁の模型を置く。

 

「はい。壁を作ったことで、ペンは真っすぐに転がって、一番いい未来へとたどり着きました。めでたしめでたし。――で。未来を構成する人たちは色々いる。線を引いて“この先にいい未来があるよ”と導く人。その導く先にしっかりとペンを持っていけるように壁になる人。ペンとなって転がっていく人。――もう既に役割が決まっている人を下手に動かしたら、今度は線も壁もなくなっちゃうかもしれない。それだけは避けたいんだ」

 

だから。

 

「君はまだ、役割が決まっていない。自由に動いて、自由に未来を動かせる――そんな貴重な人材なんだ」

未来を、自由に変えられる人間。

 

「君は――みんなを守るために入隊したんだよね」

迅がそう尋ねる。

頷く。

「------ボーダーには、偉い人がいっぱいいる。その人たちはね、のび太君。一生懸命に働いてくれている。ボーダーがいるのは鬼怒田さん含めて、とっても働き者の大人たちがいるからなんだ」

「----うん」

「でも。その人たちの判断を――時に、逆らわなければならない時がある。一生懸命に働いている中でも、最善を尽くそうとする中でも、それでもどうしようもなく間違った方向に行く事があるんだ」

だから。

「俺等四人は、共犯者。――時に、ボーダーそのものの意思に反しながらでも、それでも最悪の未来を避けるために暗躍する一味だ。ようこそ、野比のび太君」

 



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ドラえもん①

本当は黒トリガー争奪戦まで書くつもりだったんですけど、私のミスにより取りやめとなりました。とほほ。その分、大規模侵攻はしっかりと書きたいと思います。時系列の整理をしている中で気づきました。本当、甘い見通しでプロットを作るもんじゃないや。

そして、またもや修正です。三話でのび太が嵐山を回顧する件で「嵐山は入隊試験の時に会っているはずだろう」というご指摘をいただきまして、その分を修正する形となりました。本当にすみません。こんな阿呆な作者ですが、何卒お許しを-----。


「のび太君。これから俺達は“未来の分岐点”に直面することになる」

「未来の、分岐点-----」

「そう。よりいい未来にするために、やらなければいけない事がある」

迅は、のび太の目をしっかりと見ながら、言葉を続ける。

「今月の初めごろにさ、やけにイレギュラー門が発生していた時期があったじゃない?昨日も久しぶりにあったみたいだけど」

「うん-----」

丁度、B級に上がりたての頃位だったか。

かなりの頻度で市街地へ門が発生して、ボーダーがてんやわんやしていた時があったはずだ。

「あれで、中学校にまでトリオン兵が来ていた時があってね。あわや死傷者が出るか、って所まで来ていたんだけど――」

迅はそこで、一つ言葉を区切り、続ける。

「その時、勇気あるC級隊員がトリガーを使ってトリオン兵を撃退したんだ」

「------あの、それって」

ボーダーの規則。

ろくに内容も分からなかったから読んではいないけど、教官の人が口酸っぱく言っていたルール。

 

「そう。C級隊員はボーダーの外でトリガーの使用を禁ずる。そのルールに抵触した子がいる。自分の学校の生徒を守るために、その子はルールを破ったんだ」

「-----」

のび太は――心から、凄いと思った。

B級に上がったからこそわかる。

C級に渡されるトリガーなんて、威力も耐久性も段違いに低い。ベイルアウトもついていない。オプションも一つとして存在しない。もう一度C級のトリガーを渡されて、トリオン兵と対峙しろと言われたら、のび太は勝てる自信なんて全くなかった。

「その人は------どうなったんですか」

「上の人たちは真っ先に除隊にしようと言ってたんだけどね。どうにかこうにか説得して除隊はしなくて済んだ。その後も色々あってね。――そもそも、その子はC級のトリガーでトリオン兵をたおせるだけの技量はなかった。手伝った人がいたんだ」

「手伝った人-----って?」

「近界民」

「え?」

「うん。その子は――近界民の友達がいて、その友達にトリオン兵を倒してもらったってわけ」

 

 

「――結論から言うとね。俺等はこの近界民の子をこちらに引き入れようと思っている」

え、とのび太は思わず言う。

近界民を、近界民から防衛するための組織であるボーダーが、引き入れるのか。

「その子は今ボーダーに入隊する予定にはなっている。でも、あくまで予定だ。この先の未来の展開次第では――その近界民の子は、この世界から去ることになる」

そうなの、とのび太は鬼怒田に尋ねる。

むっつりと、鬼怒田は頷いた。

「――正直、不安で仕方がないがな。だがこちらも一度は入隊を了承したからな。文句は言わんよ。しかも、――こんなものを、ドラえもんから見せられていたからな」

鬼怒田は、スーツのポッケから一つ何かを取り出した。

それは、一枚の写真だった。

そこには――。

「鬼怒田さん?」

鬼怒田さんと、メガネの少年。そして、小柄な白髪の少年がそこに写っていた。

 

「この白髪の子供が、近界民の子だ。空閑遊真。――ボーダーを設立した際のメンバーの一人で、後に近界にわたった空閑有吾。その一人息子だ」

「この写真は-----」

「無論。こんな写真、撮った覚えなどない。二二世紀に残っていたものだったのだろう。――その、裏を見てみろ」

そう言うと、鬼怒田は写真をひっくり返す。

そこには、整った字体でこう書かれていた。

 

――無力な自分を、決して忘れない。

 

「このメガネの子供はな。――この先に再度訪れる近界民による大規模侵攻で、女友達を失う事となる」

「------」

「空閑遊真はそのメガネと女の子を慮って、再度近界へ向かいその女の子を取り戻さんと、ボーダーに入隊することなく近界へと向かった。その後、消息不明となったらしい。恐らく、道半ばで死んだのだろう」

「そんな------」

 

――ここが、一つの分岐点なんだ、とドラえもんは呟く。

 

「いいかい、のび太。――まず第一に、この結末を変えることから始めるんだ」

「結末を、変える------」

「そう。――このメガネの少年の女友達を救う。それによって空閑遊真を近界に戻ることを阻止する。これが第一の未来の分岐点だ」

ここまで色々大変だったんだよ、と迅は言う。

「この子、強力な黒トリガーまで持っていたからね。本部でも処遇をどうするかで真っ二つに割れちゃって。ちょっとした小競り合いまで起きてたんだ。まあ、そんな事は今はいいか。それよりも――」

迅は、のび太の目をはっきりと見据え、言った。

「――これから、未来の分岐点に向かっていく。頼んだよ、のび太君」

 

 

「-------」

開発室から、また例の装置を使ってボーダー本部から河原の土手へ移動したドラえもんとのび太は、何となしにその場で話し始めた。

「何を考えているんだい?」

「いや。――何だか難しい話だったなぁ、と」

「それはまあ仕方ない。普通の頭でも十分に難しい話だったからね。のび太が解らなくても仕方ない」

「------ドラえもんは、未来の道具を持ってきたんだよね。それって、近界民に効かないの」

ドラえもんは、頷く。

「効かない。未来道具には、色々なものがある。あのどこでもドアをはじめとして、時間を止める道具や、人を思う通りに操れる道具なんかも。――けど、どの道具も他の物質兵器と同じだ。トリオン体に干渉できない」

「------そうなんだ」

「うん。それに――未来において僕らの世界が壊された理由の一つに、開発した技術の一部が近界に流れていて、それを利用したトリオン兵器が開発されたからでもあるんだ」

「------その時、門は閉じられていたんだよね?」

「うん。――でもそう思っていたのは僕等だけだったのかもしれない。だから僕がこの時代に持ってきたのも、ほんの一部だ。便利なものであればあるほど、あちら側に流れた時のリスクが大きくなるからね」

「-----」

成程なぁ、とのび太は呟く。

便利なものであればあるほど、近界民に流出した際のリスクが跳ね上がる。その技術力を以てこちら側に攻め込まれたら、それこそもう詰みだろう。

 

「のび太」

「うん?」

「君は、怠け者だ」

「うるさい」

「馬鹿で、のろまで、ダメな奴だ」

「なんだよ」

「------だからこそ。君がこの一時だけでいい。本気で何かを変えようと頑張ってくれたら、それだけで未来は本当に変わっていくんだ」

「------」

「やればできるだろう。まあ何かをやるにしろ並大抵のニンジンをぶら下げただけじゃ君は動かないけど。――でも」

ドラえもんは、そこで言葉を区切る。

何かが、つっかかったかのように。喉奥に引っかかった小骨を吐き出すように、ドラえもんは言葉を続ける。

「君は自分のためだったら怠けて楽ばかりするけど――誰かの為だったら本気になれる人間だから」

「------」

「あの、規則違反した隊員の話が出た時、君は真剣な目をしていただろう?何故だい?」

「-----だって」

 

だって。

理不尽だ、と思ってしまったから。

 

「規則は------人を守るためにあるんだと、僕は思うんだ」

「うん」

「人のものはとっちゃいけない。人を叩いちゃいけない。これは、悪い人がそうしないように作られたルールだ。何で、人を守るためにやっちゃったことで悪い人扱いされなくちゃいけないのか、僕にはわからないんだ」

「------のび太」

ドラえもんは――いつになく、真面目な声音でのび太に話しかける。

「のび太は多分これから――その理由を理解することはあると思う」

「うん」

「でもね。納得する必要はないんだ」

「-----納得?」

どういうことだろう?

理解はする。

でも納得はしなくていい。

その二つの間にある違いが、のび太にはまだわからない。

 

「要するに――君のその考えは、何も間違ってはいないってことさ。君のその考えは、立派な正義だ」

「正義-----」

「そう。正義。――けど件の隊員を規則違反としているこのルールも、また正義」

「------どういうこと?」

「何が正しいかは、人それぞれ。それぞれ自分が正しいと思うことを、正しいと言い張る権利は誰にもあるんだ。君にも、僕にも、ボーダーにも」

「------」

「だから。正義と正義がぶつかり合って、時に衝突すること。それもまた、仕方がないこと。――ぶつかり合うことは、悪くない。だから――君も堂々と、君の正しいと思っていることを正しいと言ってもいいんだ。無理に自分が正しくないと思わなくていい」

「------ちょっとだけ、分かった気がする」

自分の正しさとは別の正しさがあることを理解すること。

その相手の正しさを飲み込んで納得すること。

この二つは、確かに違うんだ。

「――二日後。君に行ってもらいたいところがあるんだ、のび太」

「何処に?」

「玉狛支部」

「玉狛支部って------?」

聞いたことはある。

ボーダーには本部以外に支部があって、そこに所属している隊員もいるって。実際に行ったことは一回もないけど。

なぜそこに行くのだろう?

「そりゃあ、実際に会ってもらうためだよ。――未来の分岐点となる、人物にさ」

「それって――」

「会いに行こう。――空閑遊真に」

 



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玉狛支部①

玉狛支部。

六つあるボーダー支部の中の一つ。

「ドラえもん」

「なんだい?」

「建物が、川の上に立っている」

「うん」

「------流されないの?入って大丈夫?」

「------さっさと入るよ」

玉狛支部は、川の上にあった。

元は排水施設であろうか。水中の土台から延ばされた幾本もの支柱の上に、古ぼけた外装の建造物がそこにあった。

支部へ通じる橋の上を通って、玄関口の前に立つ。

「おーう。お疲れさん」

その瞬間、玄関口が開かれる。

「久しぶり、林藤おじさん」

開かれた扉の先には、顎髭とメガネが特徴的な中年の男性の姿があった。

林藤おじさん、とドラえもんに呼ばれた男は軽そうな笑みを浮かべて片手をあげる。

「おう久しぶりドラえもん。一週間ぶりくらいかね」

「皆元気にしてた?」

「おう、勿論。------小南がどら焼きをお前さんに食われて“絶対にぶっ飛ばす”って喚いていたくらいにゃ元気だったよ」

「僕がせっかくわざわざいいとこのどら焼きを持ってきたのに、その時に居なかったのが悪い」

「そういう理屈は通用しないやつだからな。まあおとなしく噛みつかれときな」

 

そう林藤が言うと――どどど、と階段から喧しい音が近づいてくる。

お、来たな――と呟く林藤の声は、音の主によって掻き消される。

「ドーラ――え―――――も―――――ん!!!」

腰までかかるロングヘア―を暴風の如く振り荒らし、端正な顔立ちを見事なまでの怒りに歪ませ――涙目でその女は現れた。

「あんたねー!私のどら焼きを食べたの!」

首輪を思い切り掴むと、ぐわんぐわん、と女は縦にドラえもんを揺らす。

「あわわわ!何をするんだいキリエちゃん!」

「あんたが私のどら焼きを食べるからよ!何をしてくれるのよー!」

「あれはそもそも僕が持ってきたもので、そもそもその時に居なかったのが悪い!」

「仕方ないじゃないの私その時別の用事があったんだから!私の為に取っておくとか、そういう親切心はないわけ!?」

そのセリフを吐くころには、ドラえもんの背後を取りヘッドロックを完成させていた。

「うわぁやめろ!これはロボット虐待だ!」

「ロボット風情が私のどら焼きを食べるからよ!」

「おいのび太。何をしているんだい。早く助けるんだ!」

ドラえもんは――隣で何も変わらぬ真顔で見つめるのび太にそう声をかける。

「え、どうして----?」

割と真面目に、きょとんとした表情でのび太は首を傾げた。

何故助けなくちゃいけないのだろう。こんなに面白いのに。

「この薄情者――!!」

ドラえもんは手足をばたつかせるものの、小南の身体はそれでも

「あんたの短い手足じゃ抵抗も出来ないでしょ!さあ覚悟しなさ――」

 

「何してるんすか、小南先輩」

 

ヘッドロックをしながら怒り狂うその背後に――いつの間にかもう一人、見物人が増えていた。

顔立ちからスタイルまで全てが非常に整った、髪型が凄くもさもさした男が、小南にそう声をかけていた。

「あ、とりまる!こいつが、私の、どら焼きを――!!」

「ロボットは食べ物食べられませんよ」

「え?そうなの?」

小南、フリーズ。

「そんなの常識でしょう」

「そ。そんな------だってこいつ、さっき食べたって認めたじゃない」

「ロボットにとって、“食べる”とは保管することと同じです。まだ隠し持っていますよ」

「じゃあさっさと私のどら焼きを出しなさい!このダメ猫型ロボット――!」

「何を言っているんだい烏丸君!ぐぇえええ!」

またヘッドロックを開始した小南を数秒間ほど見つめ、

「まあ、嘘ですけど」

と変わらぬ声音で男は言った。

「え?」

小南。またまたフリーズ。

「目の前でしっかり食べてましたよ。おいしそうでしたね」

「また私を騙したわねとりまる――!!」

ドラえもんへのヘッドロックを解除し、小南は今度はイケメンの男にぽかぽかと殴り掛かる。

 

「ほら、元気だったろ」

「止めてよ林藤さん------」

「面白いんだから仕方がないさ。――で、この子が遊真に会いたいって?」

「うん。今遊真君何してる?」

「陽太郎と一緒に雷神丸で遊んでいるよ。呼んでこようか?」

「うん、お願い。僕たちはここで待っていればいい?」

「上がってけよ。まあゆっくりしてけ」

――遊真ー、と声をかけながら奥へ行く林藤を見ながら二人も支部の中に入っていく。

「------賑やかな支部だね」

「うん」

 

 

「やあやあこんにちわ。俺が空閑遊真です」

空閑遊真、と名乗った少年は実にリラックスした感じで、そう挨拶した。

恐らくはのび太と同じくらいの体躯であろうか。ボリュームのある白髪をした小柄な少年が、軽く片手をあげてのび太へ顔を向ける。

「あ、うん。こんにちわ。僕は野比のび太です」

建物の外側にある川辺のへりに腰掛け、二人は話していた。

二人で話させてくれ、というドラえもんの要望に応え、用意された場所がこの場所だった。遊真は木の先に糸をくっつけ、釣りをしていた。

「ほうほう。のびたくん-----これはしおりちゃんが大喜びしそうだな」

「しおりちゃんって-----?」

「メガネ大好きなオペレーターの人だよ」

「メガネが大好き-----そんな人がいるんだ」

「うん。俺も今でもメガネを薦められてるんだよね。目は悪くないんだけど------お、かかったか」

木を振り上げ、糸が跳ね上がる。

空き缶がそこにあるだけだった。

 

「僕のことはのび太でいいよ」

「ん。わかった。じゃあ俺のことも遊真でいいよ。――で、のびたはどうして俺のところに来たの?」

「え。えーと------」

そもそもドラえもんから“話してこい”と言われたから来たので、何を話そうか――実は何も考えていなかった。

それゆえ、少しあたふたしつつ――あ、そうだと心の中で呟き、質問をぶつける。

「-----遊真くんって、近界民なんだよね?」

「うん。そうだよ」

「どうして、玄界に来たの?」

純粋に、のび太は知りたかった。

何故――近界民が、自分たちの味方をするのだろう。その理由を。

「ん。ここに来た理由か。一言で言うと、親父を生き返らせるためだね」

「え」

――父親を、生き返らせるため?

 

「俺の親父は、ここにいるんだ」

そう言うと、遊真は黒い指輪をのび太の前にかざした。

 

「これって-----」

「いわゆる、黒トリガー。------俺は、この黒トリガーに生かされているんだ」

「生かされてる、って-----?」

「------この先って話してよかったっけ?レプリカ?」

「特に禁止はされていなかったかと」

レプリカ、と遊真が言うと――にゅ、と黒い曲線が遊真の首の後ろ辺りから出てくると、四角形の浮遊物体が出てくる。

うひゃあ、とのび太は叫ぶと同時、背後へひっくり返る。

「こんにちわ。野比のび太。私はユーマのお目付け役のレプリカという」

「ろ、ロボット?」

「正確に言うと違う。私はトリオンで動いているゆえに、どちらかと言えばトリオン兵に近い」

「と、トリオン兵----?」

「そ。それでいて、俺の相棒」

「へぇー」

何が何だか。

よくわからないけれど、何だか凄いものが出てきた。

 

「うーんと、じゃあ軽く説明しよっかな-----俺は親父とレプリカと一緒に、近界で傭兵をしていたんだ。ある時、俺はその仕事の中で殺されかけた」

「こ-----」

「うん。で、親父が俺を助けるために黒トリガーになって、どうにか生き残れているんだ。常にトリオン体でいることで、肉体は死にかけたまま保管されている」

「------」

――じゃあ。

――もし。その指輪の中にある、遊真の肉体が。死んでしまえば。どうなるのだろう?

そんな事。

のび太でも、しっかりと想像できた。

「そ。そんな!じゃあ遊真くんは――」

「先はそんなに長くないだろうね」

けろ、とした顔で言うその顔に――何ら感情の変化を見出せない。

とうの昔に、そんな事覚悟していたのだろう。

 

「------」

「おっともうしわけない。暗い話になっちゃったな」

のび太は、衝撃を受けながらも――それでも一つ。

言いたいことが、一つ出来た。

それは――そもそも自分のような人間が言ってもいいことか。それすらもわからない言葉だった。

だから、言うべきか迷う。

その表情を、読み取ったのだろうか。

「何か、言いたいことがあるのかな?のび太」

レプリカがそう言う。

のび太は、――今この少年にかけていい言葉であるかどうか。迷い、思わず首を横に振ってしまう。

レプリカと、遊真は顔を向かい合わせ――遊真は一つ頷く。

 

「嘘はつかなくていいよ、のびた。――言いたいことがあるなら、俺は聞く」

そう、遊真は言った。

のび太は――そう言われ、逡巡する。

もう一度、遊真の姿を見る。

「-----ねえ。遊真くん。君は、お父さんを助けにここに来た、って-----」

「うん。そういった」

「自分の身体の事は、いいの----?」

――のび太は、思った。

遊真のお父さんは。

自分の命を賭けてまで、――息子の命を繋ぎ止めたんだ。

そこに込められた思いは、何なのか。

「-----親父に、生かされたからさ。今度は俺が、生き返らせなきゃいけないんだ」

「でも、その黒トリガーがなくなったら、遊真くんは------!」

――死ぬ。

「------」

遊真は、じっとのび太を見る。

その目の奥をのぞき込んで――ふ、と笑った。

「のびた。――何だか、オサムみたいだ」

「え?」

「本気で俺を心配してくれてるんだな、って。そこに、嘘はない。――ありがとう」

でも、と遊真は呟いて。

「俺は親父を生き返らせるよ」

「違うんだ、遊真くん。生き返らせる方法を探すのはいいんだ。そうじゃなくて、その前に遊真くん自身の身体を、治してから探せばいいじゃないか」

それくらい、欲張ってもいいじゃないか。

遊真のお父さんは、それを望んでいたんだろう。だから、こんな指輪の姿になってまで、自分の息子を助けたんじゃないか。

「そっちの方が、お父さんも嬉しいはずだ」

「うん。わかる。言いたいことは、凄くわかる」

――これは、のび太の憶測でしかない。

もしかしたら、遊真は――自分の命に、それほど価値を見出していないのだろうか。

何故なら。

目的が、ないから。

もしくは、理由がないから。

「-------」

少し、納得した。

多分。女の子が近界に誘拐された際の未来でわざわざそれを追いに行ったのは。

――それが「目的」になったからじゃないか、と。

 

のび太は、必死で考えて、考えて、――そして、

「ねえ、遊真くん」

「うん?」

――提案した。

 

「僕と――勝負しよう」

「ほう。それはいいけど――何で?」

「賭けをしてほしい。僕と君とで戦って――君が勝てば、僕は君の言うことを何でも一つ聞く。何だって聞く」

「------のびたが、勝ったら?」

「------君が、君の身体を取り戻すことを、最優先にこれから生きてほしい」

 

のび太は、そういった。

その言葉を聞き、遊真は。

 

「嘘じゃない、か------」

一つ瞼を閉じ、そう呟く。

そして、

「わかった」

提案を

「勝負しよう」

――受けた。



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玉狛支部②

「-----何?あのメガネの子、うちの遊真と戦うの?」

「そうらしい」

どら焼きに係る争いは、結局のところ小南の一人負けの結果として終了した――その後。

 

玉狛支部のブースに二人の少年がそれぞれ入っていったのを、ドラえもんと小南は目撃していた。

野比のび太。

空閑遊真。

その二人が。

 

「それじゃあ、ルールを決めるね。勝負は五本勝負。三本先取した方が勝ち。1対1だと索敵するだけでも時間がかかるから、お互いバッグワームの使用は禁止。ブースの設定は、住宅街にしておくね~。これでいい、二人とも?」

「うん。それでいいよしおりちゃん。――のびたも、それでいい?」

「うん」

 

玉狛支部所属オペレーター、宇佐美栞の声に二人は頷く。

その返事にうんうんと頷きながら、宇佐美はさらに説明を重ねていく。

 

「それじゃあ、基本的にランク戦に近い設定で行うね。二人はブースに入った瞬間に、ランダムに何処かに転送される。転送先は、お互い最低でも五十メートルは離れるように設定しておくから」

「OK」

「それじゃあ――第一ラウンド、スタート~」

 

宇佐美の適度に力が抜けた声と共に、両者はブースに転送されていった。

 

「ちょっとちょっと。何があったの?」

「あ、こなみ。どら焼きの恨みは晴らせた?」

「あたし優しいからもう許したのよ。――ところで、何があったの」

「んー。なんか、二人とも凄く意気投合しちゃって、一緒にバトルをしようって流れになったらしいよー」

遊真君に友達が出来て嬉しいよー、とのほほんと装着したメガネを光らせ宇佐美がのたまう中――ドラえもんは顎先に手を置いていた。

 

「-----待って栞ちゃん。それはおかしい」

「おろ?」

「のび太が、まあ遊真君と仲良くなるのはまあ理解できる。アレは人付き合いは人並み以上にできるからね。でもねーー意気投合したから戦おう、なんて流れがあののび太にあるはずがない」

「どして?」

「あの怠け者ののび太がわざわざ、新しくできた友達とバトルをしようとするわけがない」

ドラえもんは、断言した。

つまり、あののび太は――世界の定理が覆されるほどにありえない姿なのだと。

 

「ふーん。-----ところであのメガネ、強いの?」

小南はブースを見物しながら、ドラえもんに尋ねる。

「銃手としての才能だけはずば抜けている。それは間違いない。あと悪知恵はよく働く」

「ふーん。-----ま、でも」

ふふん、と小南は笑い、

「------うちの遊真は、絶対にもっと強いけどね」

 

 

転送先は、ブース南東方向の住宅の中であった。

「遊真君は-----」

レーダーを見る。

遊真はどうやら丁度真逆の位置に転送されたようだ。

相手もこちらを認識したのだろう。真っすぐにのび太の転送位置へと向かって行っている。

 

「-------」

ここの一本は、確実に取らなければならない。

のび太はそう思考していた。

 

だから――のび太は、そのまま待つ。

――恐らく、遊真君はこのまま来る。

 

五本勝負の一本目。のび太ははまだB級に上がりたてのペーペーだ。――格上の遊真が、この時点で消極的になるのは考えられない。

だから、一本目は勝たなければならない。

何故ならこの一本目は、のび太にとって有利な条件が完全に揃っているから。

相手はこちらの手の内を知らない。

そして、相手を”迎え入れる”形で対応ができる。

 

この条件が揃ってさえいれば――。

 

のび太は、呟く。

「スパイダー」

 

 

「――捕捉したよ、のびた」

遊真は、と笑うと。――レーダーの反応を見る。

動きは、ない。

 

「罠でも張っているのかな?」

まだ遊真は、のび太のトリガー構成は知らない。

だからこそ、住宅に引き籠るのび太の意図を図りかねている。

室内での戦いに向いているトリガーであるのか、それともメテオラ辺りを仕込み罠を張っているか。

「------」

恐らく、後者だろうなと遊真は判断する。

先程話した感じだと、のび太は何処か臆病な面を持っている。その面がいい方向に働けば、人は慎重かつ周到になる。だからこそ、罠を張っているのだろうと遊真は考えていた。

 

「-----」

住宅の塀越しに、遊真は立ち尽くす。

中の動きは、感じられない。

あくまで、住宅の中に引き込んで戦うつもりなのだろう。

「情報が足りないな------」

遊真はスコーピオンをメインに使用する攻撃手だ。

スコーピオンは形状の変化や自由に身体から出し入れできる応用性を持つ代わり、同じ攻撃手用のトリガーである弧月に比べリーチと耐久性に劣る。

懐に入っての近接戦であるならば非常に優位に立てるトリガーである。本来であるならば、狭い空間での戦いであるならば無類の強さを誇るトリガーだ。

――だからこそ。

銃手であるのび太が、わざわざ自身の優位点であるリーチの長さを捨ててまで張っている罠が気にかかる。

「ま、五本勝負だし。――ここは、一本上げてでも情報を引き出すべきだろうね」

遊真は、そう言うと塀を超える。

――さあ、勝負だ。

 

 

遊真が塀を超え一軒家の中に入ると――そこには、幾つもの幾何学模様を象った糸があった。

その糸は色を変え、構図を変え――狭い空間の中、様々な形となってそこに存在していた。

星の形、タワーの形、はたまた見たこともない四足歩行の動物の形。一目見て何かを象っているのだろうな、とわかる形で、黒色の糸が張り巡らされている

 

「――これも、ボーダーのトリガーなのかな?」

リビングフロアに張り巡らされたその糸は、壁と天井の間をびっしりと埋め込まれている。壁の先には二階へ通じる階段と、隣部屋に繋がる通路が存在する。

 

銃声が、聞こえた。

 

「――!」

その銃声は、糸を通り抜けた通路の曲がり角から聞こえてきた。

音が鳴ると瞬間――トリオン弾が”曲がりながら”向かってくる。

それは――糸の間を丁寧に通り抜け、遊真がいる空間へと向かって行く。

 

遊真はバックステップと共にその弾丸を避け、そのまま家から出ようとして――辞めた。

この場において退くためには、背後の塀を飛び越えねばならない。レーダーで確認できるのび太は、リビングの通路側の壁にくっ付いて弾丸を放っている。恐らく――家から出ようとすればのび太は真正面から弾丸で遊真を削りに行くだろう。

 

だから、遊真は――敢えて真正面に向かう。

サブのシールドを発動し、糸を縫うように向かってくるバイパーを防ぎながら、糸を切りながら前進する。

バイパーの軌道は読める。この状況下において、バイパーはどうしても糸の間を通すような軌道となる。糸がある場所は弾が通らないので、自然と軌道は限定される。

されど。

「――お」

されど。

前進すればするほど、想定する弾の軌道と実際の軌道にズレが生じていく。

糸を通る弾丸を見てシールドを張れど、微妙に軌道が異なっていく。シールドの中心に当たっていた弾丸が、次第に外側へと的が広がっていく。

――成程。

遊真はその正体を看破した。

 

――錯覚か。

糸で象られた様々な形。その形は、一見同一の平面に存在するように見える。だが、実際には奥行きを利用して作られている。

遊真の視界から近い糸。遠い糸。普通ならばその三次元的な距離感は難なく把握できるものだが――見事に二次元的な「形」として作られているがゆえに、距離感が隠され、その分だけ視界に錯覚が引き起こされる。

一本一本の糸ではなく、それによって象られた「形」にどうしても意識が行く。意識する分だけ、糸との距離感が掴めなくなる。

だから――糸を通し向かってくるバイパーにさえも、距離を測り損ねる。

 

そして、遊真は気付く。

――足元に、見えにくい糸もあるのか。

足先に存在していた違和感。それは――空間に溶け込むように存在する、透明に近い“糸”。

遊真はスコーピオンを爪先から出現させ、それを切る。

 

――あ、まずいな。

完全に、足が止まってしまった。

襲い掛かるバイパーが、足を止めてしまった遊真に広範囲から襲い掛かる。

それらに対処しようとシールドの範囲を広げた瞬間――のび太は、初めて遊真の眼前に現れた。

 

避けよう、と遊真が意識をする――その寸前。

糸の間を通すような弾丸が、二発。

一発は、広がった分だけ強度が落ちたシールドを貫き遊真の腹を貫き――二発目が、トリオン供給体に寸分違わず貫く。

 

「――戦闘体、活動限界。緊急脱出」

ベイルアウト、の宣告と共に――遊真は、ブースから消えた。

1ラウンド目は、のび太の勝利であった。

 

 

「なるほど」

遊真は一つ頷いた。

「強いな」

そもそもの射撃技術の高さもさることながら――あの糸による錯視とバイパーとのコンビネーションが凄まじい。遊真と接敵するまでの短時間にあれだけの糸による「形」を作れる事自体も、とんでもない才能であろう。

「さあて、戦い方はわかった。――次はこうはいかないぞ、のびた」

遊真は、実に楽しそうに――再度ブースに入っていった。

ラウンド2が、始まる。




実はヨルムンガンドとドラえもん、どちらをクロスオーバーするかで悩んでいました。いずれワートリ世界のヨナ君も書けたらいいなぁ


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玉狛支部③※全書き直しの為、削除の後再アップ

一度9話を削除し、アップし直します。
理由といたしましては、感想欄で「遊真はこの時点においてグラスホッパーを持っていないはずだ」という読者様のご指摘があった為であります。
本当に申し訳ない。
前回に引き続き、このようなミスをしでかしてしまい、本当にすみません。また同じようなミスがございましたら、遠慮なくご指摘いただければ嬉しいです。

そして、ご指摘いただきました読者様。心より感謝申し上げます。今の段階だからこそアップし直す事が出来ました。本当にありがとうございました。

なので、バトルの内容もシチュエーションもすべて変えてラウンド2からスタートとなります。すみません------。


第1ラウンドをのび太の勝利で終え、続くラウンド2。

 

「――やぁ、のび太。今度はここからのスタートだ」

転送場所は――お互いが視認できる、正面同士で向かい合う形で始まった。

互いの距離は、およそ六十メートルほど。

広い道路の上、障害物は何もない。

 

 

遊真は、走り出す。

のび太は、遊真との機動力の差を鑑み逃走は不可能と判断。

――戦うしかない。

 

のび太は二丁の拳銃を構え、銃弾を走らせた。

 

「――お」

側面から、速度のあるバイパーが直角の軌道を描き襲い掛かると同時に、正面からは高威力のアステロイド。

これが、基本的なのび太の戦法なのだろう。

 

バイパーで敵の足を止め、シールドを広く展開させる。広く展開し、薄まったシールドをアステロイドで仕留める。

シンプルだが、故に攻撃手に対して有効な戦法であろう。攻撃手と銃手との戦いはいかに距離を詰めるか、詰めさせないかの戦いとなる。足を止めさせる手段と仕留める手段が同時存在する銃手に対して、攻めあぐねてしまうのも仕方がないのだろう。

 

「――射角が取りやすい場所だと中々厳しい。だったら」

遊真はすぐさま、道路の脇へ飛び跳ね、建物との間にできた脇道へ入る。

のび太はその動きを視認すると同時、壁際に寄り遊真が入っていった脇道を確認しようとして、

 

「――ぐ!」

壁から、刃が生え出た。

のび太はすんでのところで身を翻し、刃が脇腹を掠めていく。

 

「捕まえたよ、のびた」

壁ごと斬り裂き、現れた遊真が―ー一瞬にしてのび太との距離を詰める。

 

翻し、背中を向けたのび太の背中へ向けスコーピオンを走らせる。

のび太は―ー死の気配を如実に感じながらも、振り返らない。振り返る一瞬の間に仕留められてしまうのは確実だろうから。

だから、そのまま振り返らずに撃つ。

 

銃声が響く。

 

のび太が身を翻しながら撃った弾丸が、壁に反射するように軌道を変え距離を詰める遊真の正面に向かう。

ほぅ、と感心したように声を上げ、遊真は正面へ向かう自身の身体を腰の回旋で横に軌道修正し、避ける。

その一瞬遊真がのび太から視線を切る間に、のび太は遊真を見据えんと正面へ振り返り、ほぼ同時に遊真へ銃弾を撃ち込む。

 

一発。

二発。

撃ち込む弾丸は、アステロイド。

遊真は一発を収束させたシールドで防ぎ、二発目は体軸をずらすことで避ける。

威力と射程に多くトリオンを割いているのだろう。速度はその分だけ抑えられている為、防ぐのは難しくない。

 

-------防がせる。当てようとは思わない。

この距離感から、あと一歩詰められると自分は仕留められる。

実際に対峙して解る。空閑遊真という少年の強さが。軽い身のこなし。急所を正確に狙い突く疾風のような攻撃。彼そのものが弾丸のように速く、鋭い。

以前戦った村上とはまた違った強さだ。彼は重厚かつ堅牢な防御力を前提とした強さがあるが、空閑遊真は身のこなしの柔軟さと、機動力――そして、何よりも高い状況判断力によって支えられている強さだ。

 

何ものも弾き返す力というよりかは、何ものもいなしすり抜ける力といおうか。

だから。彼に勝つためには―ー足を止めることが、まず大前提。

 

アステロイドを撃ちながら、バイパーを足元から放つ。

弾丸の軌道を自由に変えられる特性を生かし、アステロイドの銃口へ意識を集中しているであろう遊真の視線に映らぬよう。足元を這うような軌道から、弾丸を向かわせる。

 

「それは予想できたよ。のびた」

遊真はシールドを二つに分割し、一つを足元へ生成する。バイパーをはじき、遊真は更に踏み込んでいく。

アステロイドを放つ。

踏み込んだ足を起点にくる、と足先を変え遊真は弾丸の軌道から身を逸らす。

 

逸らし、流れた身体の力を利用し――遊真はのび太の斜め横側へ跳躍する。

跳躍し、地面へ足を接地するその瞬間を狙いすましたようにのび太はアステロイドを放つ。

 

それをまた、狙いすましたように遊真はスコーピオンを解除し、フルガードでそれを防ぐ。

 

―ー凄い。

全部、読まれている。

いや。読まれている、というより―ー対応している。

状況に合わせ、のび太が取るであろう行動を察知し、対応する。行動の察知からそれに対応する動きがセットで反射行動として身に沁みついているのだろう。

 

これから、のび太が手札を出せば出すほど、きっと遊真はそれに対応していくのだろう。新しい札を新しい形で組み込んで提示していかなければ―ー遊真には、勝てない。

生唾を飲む。

これが―ー傭兵として生きてきた者の強さなのだろう、と。

 

 

一方、遊真もまたのび太の土壇場の底力に驚いていた。

第一ラウンドで見せた、スパイダーを組み合わせての射撃戦で敗北を喫したことから―ー基本線は距離を開け、罠を張っての戦いを得意とする人物なのだろうと推測していた。

だが―ー実際に罠を張る間もない距離感での戦いでも、のび太は実に強い。

 

射撃の正確さに目がいっていたが――それよりも異様なのが、射撃までの速さだ。構えて引鉄を引くまでの動きにタイムラグが一切見当たらない。攻撃手が銃手に対して有利に立てる点の一つは、攻撃の初動の速さだ。武器を構え、振るだけで攻撃が成立する攻撃手に比べ、銃手は銃を構えて、狙いを定めて、引鉄を引くという三つの動作が必要になる。それ故に、距離を詰められると銃手は途端に不利になるのだ。

だが―ーことのび太においては、狙いを定めるという行為が全くない。構えて撃てば、もう弾丸は標的の急所に向かっている。

攻撃の速度、という部分においても――のび太は銃手として異様なまでに抜きんでている。

 

だから、中々距離が詰められない。

前に行けば行くほど、弾丸の到達時間は短くなる。反応も次第にシビアになっていく。更に言えば、足を削られた瞬間まず間違いなくゲームオーバー。足元への注意に、意識をどうしても割かざるを得ない。対応が非常に難しい。

厳しい条件なのは、遊真も同じだ。

 

だからこそ―ー遊真は、楽しかった。

 

――さあ、考えろ。

相手は、凄腕の銃手。

攻撃を繰り出す速さは、ほぼ互角。射程では無論負けている。距離を離されればバイパーで足を止められアステロイドで仕留められるあのパターンに入る。だから、足を止める訳にはいかない。距離は詰めていかなければならない。

機動力では、勝っている。それ故に、何処かで隙を見つけて距離を詰めなければならない。

 

―ーいや、待て。

その発想が、もう守りに入っている。

隙を見つけるんじゃない。

隙を―ー作り出すんだ。

 

よし、と遊真は一つ心の中で声を上げた。

のび太への方針が、固まった。

 

――この前、迅さんに教わった技を有効活用しよう。

遊真は、一瞬。一瞬だ。――足を、止めた。

 

のび太はそれを見て―ー反射的に、銃を構える。

足を止めたならば、いつもの戦い方をすればいい。バイパーによる多角攻撃と並行してのアステロイド。これで仕留められる。

しかし。

銃を構えたその瞬間―ー足元が、ぐらついた。

 

「え」

足元を一瞬見る。

足先に、刃が生えていた。

 

――もぐら爪か。

地面にスコーピオンを伸ばし、相手の足先に刃を届かせるスコーピオン独自の技。

されど、それがどうした。足が削られようと、遊真はもう足を止めた。

このまま弾雨を降らし、仕留めればいい。

 

しかし―ーその時には、遊真は既にこちらの懐に踏み込んでいた。

「のびた程銃を構えるのが速かったらさ、どうしても他の身体の動きも銃を構える瞬間には一定の動きをするんだ」

ざくり。

胸に、一閃。

「足の動きとか、腕の動きとか、目の動き。全部一致しているからそれだけ速く射撃ができる。だから―ー一つ動きが狂えば、射撃はそれに連動してどうしても一瞬、遅れてしまう。だから―ー」

 

引鉄を引くよりも早く。

空閑遊真は、のび太の胸を穿っていた。

 

「今回はおれの勝ちだ。のびた」

 

 

「---------」

現在、1対1。

互角の結果は残せている。

だが―ーのび太はそれ以上の地力の差を、遊真と自分との間にあると感じていた。

あらゆる動きが対応されていく。後半に行けば行くほど、きっと自分が不利になっていく。思考の柔軟さと、判断力と、そこから生み出される引き出し。その全てに、どうしようもない差が生まれているように感じられる。

 

だが。

 

「-------」

それでも。

のび太はブースへ歩を進める。

諦める訳には、いかないから。




どうでしょうか?前回のバトルと比較しながらお楽しみいただければ。
------すみません。本当に。


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玉狛支部④

「おおー。試合が白熱してきましたね―。2対2ですよ」

「-----ちょっと遊真!あんなメガネに後れを取るなんてどういう事よ!」

「----いい銃手だな、あのメガネの隊員は。距離の取り方が絶妙だ」

「空閑----何をやっているんだ」

「遊真君----」

「ゆうまー!まけるなー!玉狛支部がまけることはゆるされないのだぞー!」

「-----」

いつの間にやら。

ブースの前には、玉狛支部一同+ドラえもんがモニターの前にいた。

陽太郎と小南は叫び、レイジは分析を行い、修と千佳は戸惑い、烏丸は無言のままモニターを眺めていた。

そして。

ドラえもんもまた、

「------」

静かに、画面を見つめていた。

―ーこの勝負、伊達や酔狂じゃない。

あの阿呆ののび太が、戦わざるを得ないほどの理由があの戦いにあることを、確信できた。

「------」

―ー普段、怠けているのび太にあれだけ文句を言ってきたのだ。

自発的に何かをしようとするのび太にまで口を出すのは可哀想だろう。

だから、黙って勝負を見守ることにした。

 

 

のび太と遊真の戦いは、ラウンド5までもつれ込んでいた。

ラウンド2、3と連勝した遊真は、されどラウンド4にてのび太の曲芸撃ちにより僅差の敗北を喫した。

 

続く、ラウンド5.

 

転送位置は、六階建ての高い建物を挟み向かい合う形。

迂回して街路を辿るか、建物の上を通って来るか。

異なる街路に転送されたが、距離としてはそれほど遠くない。スパイダーを張る余裕はあまりない。

 

「-------」

 

それでも、のび太はいつもなら中途半端になろうともスパイダーを街路に張り、距離を取りながら戦う方法を選んだであろう。

のび太は、臆病だから。

 

――だが。理解している。

もうそのやり方は通用しない。

周囲の街路は広く、それだけスパイダーの効果範囲は狭まっていく。開けた場所で急ごしらえで作ったスパイダーの巣は、機動力のある遊真にとってむしろ有利に働かせる事にもなりえる。

 

ならばどうする。

考えろ。

必死に考えろ。

即座に、これから遊真がどう動くかを。

 

機動力を活かし上を通るか。

射線の通りにくい迂回路を通るか。

 

――きっと迂回路を渡る。遊真君なら、きっとそうする。

のび太も、これまでの四回の戦いで遊真の戦い方を理解してきた。

彼は博打を打つことはあれど、決して悪手は選ばない。周りをしっかり見えているし、のび太の戦い方にすぐに対応している。

建物の上を通ってのび太の下へ向かう。それは上方からの急襲という、一瞬で勝負を決着できる手札を切れると同時に―ー射線を遮るものが何もない空間に身を投げ出すリスクがある。

遊真は、リスクを取ることに恐れを抱いている様子はない。だが、必要のないリスクを取るような愚か者では勿論ない。だから、彼は迂回路を通る。勝負を急がない。

 

――遊真君は僕の臆病さを理解している。それを前提に戦略を組み立てている。

その前提を崩す。

その先にしか、勝利はない。

憶病故に作り出された戦い方。

だからこそ。

ここで―ー勇気を、振り絞れ!

 

「おぉ」

空閑遊真は、感嘆の声を上げた。

迂回路を回りのび太と相対しようとした彼の目に映ったのは――。

 

建物の上に向かい、上方から遊真に銃口を向けるのび太の姿であった。

「------成程。ちょっと読み違えたよ、のび太」

仮に。

遊真が建物の上を通っていれば、その瞬間に勝負はついていた。機動力に勝る遊真がすぐさま上を取り、射角が取れないのび太の死角から首を刈って終い―ーそういうリスクもあった。

 

遊真が、のび太の戦い方や性格を読み取っていたように、のび太もここにきて遊真を理解してきたのだ。

ここで、遊真は迂回してくると。そういう戦い方をすると。

 

「――面白いじゃん」

遊真もまた受けて立つことにした。

のび太に向かい向かい―ー建物へ向かって行った。

 

 

アステロイドを撃つ。

真っすぐな軌道に身をよじるその間に、時間差でバイパーを放つ。

上方から、直線と曲線を駆使し、迫りくるアサシンを削っていく。

 

全方位から迫りくるバイパーをシールドで防ぎつつ、必殺のアステロイドは確実に避けていく。

じわり。

じわり。

迫ってくる。

 

――やっぱり、空中戦で倒せる相手じゃない。

 

のび太は、サブのバイパーを解除すると同時に、身を投げ出して建物の中に入る。

当然、その動きを見て遊真もまた追撃をかける。同じように窓から建物の中に侵入すると、逃げるのび太の背中を追う。

コンクリに包まれた殺風景な建物の中、遊真はのび太の身体が向かう先を見る。

されど。

 

「-----消えた?」

レーダーに映っているはずののび太の姿は、視界から消えていた。

思わず遊真は、周囲を見渡す。

 

そして、レーダーは―ー瞬時にのび太が上階へと向かったことを示す。

「----解った」

そう遊真が呟いた瞬間、――銃声と共に、背後から迫りくる弾丸の気配。

外から、遊真へバイパーが襲い掛かる。

「-----カメレオン、か」

窓から横殴りの雨のように入ってくるバイパーを防ぎながら、遊真はそう呟いた。

建物の中に入り、遊真の視界から離れた瞬間に、バイパーを解除しカメレオンを起動。追撃する遊真の視界を透明化によって欺き、その足で上階へ向かい、カメレオンを解除。上階から外へ向かいバイパーを放ち、遊真を迎撃。一連の流れをまとめると、こんなものか。

 

------上手い使い方だ。

一度遊真の視界から逃れ、視界に入った瞬間にカメレオンを発動。視界から離れた所で発動させたからこそ、遊真は周囲を見渡す、という隙を作ってしまった。だから、こうして

 

「だけど、今度こそ追いつく」

レーダーを頼りに、遊真はのび太の追撃を続ける。

のび太は―ー建物五階奥にある、広いスペースの部屋に留まっている。

 

――スパイダーか。

その時間は与えない。

遊真は全速力で建物を駆け上がり、のび太がいる部屋を蹴り開ける。

 

「--------」

「やあのび太。――追い詰めたよ」

のび太は、部屋の奥にアステロイド拳銃を構え佇んでいた。

 

遊真は、周囲を見る。

見えにくい糸と黒い糸が半々。本数は少ない。しっかり位置もわかる。あまり手の込んだ糸を張る時間は流石になかったのだろう。この程度ならば、何の問題もなく攻撃に転じれる。

 

遊真が、足を踏み出す。

それと同時に―ーのび太の左手が、後ろ側へ。

 

「お」

四角形の足場が形成されると同時、のび太はそれに足をかける。

―ー補助トリガーである、グラスホッパーだ。

その瞬間―ー遊真の視界から逃れるような軌道で、のび太は勢いをつけて飛び上がった。

 

飛び上がり、向かう先は―ー張り巡らせたスパイダー。

右手でアステロイドを構え、同時に左手でスパイダーを握る。

 

ぐん、とその身をスパイダーによって押しとどめ―ー遊真に向かって銃弾を放ち、遊真の足を止める。

 

足が、止まった。

ここだ、とのび太は―ー勝負に出る。

 

スパイダーを握る左手を離し、もう一度―ーグラスホッパーを生成し、左手をおく。

 

今度は、完全に遊真の横を通り過ぎる軌道で。

そのすれ違いざまに―ーアステロイドを、放つ。

以前、村上鋼を仕留めた、のび太の技。

 

それは、

「――」

即座にスコーピオンを左手に生やし、遊真はその弾道にそれを置く。

左手が吹き飛ぶと同時に、遊真は身をよじり―ーアステロイドは、遊真の背後を過ぎ去っていく。

 

「---------」

グラスホッパーの勢いを殺しきれず、着地の瞬間に一瞬の隙が生まれた、のび太。

その隙を逃さず―ー遊真の右手のスコーピオンが、のび太の首を刈り飛ばした。

 

最終ラウンド。

勝者は―ー空閑遊真であった。

 

 

「勝者は―ー何でもお願いを言えるんだよね」

「-------うん」

 

悔しい。

本当に、悔しかった。

 

自分の全力が―ーあと一歩まで、届かなかった。

2対3。

僅差の敗北。されど―ーあと一回勝負をして勝てるかといえば、間違いなくノーであろう。

全てを出し切った上で、この結果だ。

飲み込むほか、なかった。

 

「じゃあ。のびた。――おれの友達を守ってやってくれ。それがおれのお願いだ」

「え」

空閑遊真はにこりと笑うと、――こう言った。

「おれよりも、のびたよりも、よわっちいのに―ーでも無茶するやつが一人いるんだ。だから、そいつがピンチで、俺が助けてやれない時。――代わりに、助けてやって欲しいんだ」

遊真はそう言うと―ーのび太の前に手を差し出す。

 

「改めて―ーおれの名前は、空閑遊真。よろしく」

「----野比のび太、です」

「それじゃあ―ーのびた。よろしく頼んだよ」



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玉狛支部⑤

今月号SQ読了

オッサムどうやって合流すんのこれ-----。


「――よ、メガネ君。元気?」

「あ、迅さん----」

玉狛支部を囲む川を、ぼぉっと眺めていたのび太に、そんな声が聞こえてきた。

ゴーグルを手に当て、いつものように笑っていた迅悠一が、その声の先にいた。

「ぼんち揚げをあげよう」

「あ、ありがとうございます」

迅はのび太にぼんち揚げの袋をそのまま手渡し、川べりに座るのび太の横に同じように座る。

「強かっただろう?うちの遊真は」

「------強かった」

今日、あと一つ、紙一重で勝利を逃した相手。

だけど、のび太は自分と彼を対等とみていなかった。

もし五本勝負でなく、十本勝負ならば。恐らくはのび太の動きのすべてが読み取られ、後半のほとんどの試合に負けていたであろうと思う。あの時、村上鋼相手に一本も取れなかった試合みたいに。

のび太は、言うなれば曲芸で戦っていくタイプの銃手だ。

逃げながらワイヤーを張り、隠れ、唯一の長所である射撃で相手を近づけさせずに倒す。この戦い方は嵌れば強いが、対応力のある強者相手では次第にしっかりと攻略されてしまう戦い方でもある。

遊真は、この試合―ーシールドとスコーピオンのみで戦っていた。

スパイダーをはじめ、グラスホッパーにカメレオンとふんだんに補助トリガーを使い相対していたのび太に、楯と矛の二つのみで完璧に対応していた。

あれこそが、本物の強者というのだろう。

 

「気にするなメガネ君。――君も、十分に強い」

「------」

「遊真はちょっと年季が違う。本当の命の取り合いを知っている奴だ。君に分が悪いのは正直、しょうがない」

「------でも」

「何でもかんでも、全てで勝とうとしなくていいんだ。メガネ君。メガネ君は小学五年生だろう?」

「うん」

「俺達も、メガネ君に全てを背負わせようなんて思っちゃいない。君がカギになることは確かだけど、君をちゃんと開けるべき扉の前に立たせるのは俺たちの役目だ。俺や、遊真や、もう一人のメガネ君の。――だから、焦らなくていいんだ」

「-------」

 

でも。

それでも。

 

「迅さん」

「ん?」

「迅さんが見る未来って、絶対ではないんだよね」

「------ああ」

「その中で、助けたくても助けられなかった人もいるんだよね?」

「------そうだね」

「迅さんは------迅さんを助けてくれる人って、いるの?」

未来を見る。

不確実な、未来を見る。

のび太の頭で理解したことは――迅とドラえもんは、言ってしまえば同じ立場だと言う事。

最悪の未来を回避する為に、過去を変える。やり方は違うけど、やっていることそのものは同じなんだ。

迅はいつも未来と現在を行ったり来たりしている。

未来を見て、未来から見た過去を振り返って、ダメならば再試行。

そんな事を繰り返しながらそれでも現実の時間は進んでいって、強制的に何かしらの判断を下すことを強制される。

 

「-----何でそんな事を?」

「僕、思うんだ。――もしあの時に戻れるなら、きっと戻るんだろうなって。ジャイアンもスネ夫もしずかちゃんも、周りの人たちも学校の先生も、みんなみんな大事な人やものを失わないようにするんだろうな、って。

------でも。同時に怖いとも思うんだ。僕が戻ったことで、もっと悪い結末になったりしないのかなって。その時失った以上のものが、僕が余計なことをしたことによって、失うんじゃないかって」

そして、気付いたんだ、とのび太は言う。

ずっと、ずっと、迅はこれを繰り返していると言う事に。

未来が見えて、そこから現在の行動を変えていく。その行動の先にある未来が何処に行きつくかはわからない。もしかすれば、未来を見てしまったからこそ失うものだってあるかもしれない。

 

そんな、繰り返し。

得たもの、失ったもの。

人は、一度きりの今を生きているから――失ったものや取りこぼしたものを嘆いたり、悲しんだりしながら――それでも糧にすることができる。自分の無力さを刻む罪業として。自分を奮い立たせる標として。

 

でも。

今を変えるだけの力を得た人が、変えた結果失ったものに対して――それを糧に進むことなんてできるのだろうか。

 

「--------」

迅は、力なく笑って、無言のままのび太を見た。

そして――その顔を見て、のび太は言った。

 

「迅さん」

「うん?」

「もし――。僕と、他の誰かを選ばなくちゃいけない時が来たら――僕を選ばなくて、いいから」

「--------」

「それが、遊真君との約束だから。――三雲修君を、僕は守る。その為に何かを犠牲にしなければいけないのなら、僕を犠牲にして」

彼等の顛末が、ボーダーの未来を変える。

それを変えるための材料が、のび太。

だとするならば。

誰かが犠牲にならなければならないのならば。

 

犠牲になるべきは――。

 

「参ったなぁ------」

迅はぽりぽりと頭を掻く。

「メガネ君」

「うん?」

「本当はさ。こんな事言うべきじゃないんだろうけど。――安心してくれ。俺は、絶対に誰も失わせない。メガネ君二人も、遊真も、千佳ちゃんも。絶対に」

「約束してくれる」

「おう。――実力派エリートとの、約束だ」

 

 

その後。

のび太は玉狛の隊員と改めて挨拶をした後、玉狛を後にする。

その後烏丸との訓練が予定されていた三雲修とも話をし、後日にまた時間を作って遊真も交えて三人で話をすることを約束し、のび太は再度ドラえもんと共に本部に戻った。

そして。

やってきた場所は――ブースであった。

 

「----本部に戻ってどうするのさ、のび太。今日は防衛任務はないだろう」

「大規模侵攻までに、少しでも実戦経験を積んでおこうと思って」

その言葉に、驚愕を覚える。もう、いきなりのび太の頭が粉砕爆破したかの如き驚きようであった。

「どんな心変わりがあったんだい、のび太?可哀そうに頭でも打ったかい?」

「うるさい」

「------何か、あったんだね」

「うん。――今度、話す」

それ以上、ドラえもんは何も言わなかった。

さすがに――何かを覚悟して、新しい事を始めようとするのび太を小馬鹿にするほどドラえもんもひねていない。

 

「だったら、君の足りない所を埋めてくれる相手と積極的に戦うべきだろうね」

「足りない所-----」

それは、幾らでも思いつく。

とっさの対応力や、近づかれた後の対応。もしくは機動力のある相手に対しての決定力------等々。

「のび太に足りないのは、攻撃よりも防御面だ。近づかれたらもう成す術がないから、近づかれないように方策を取る。これは別に間違いじゃない。でも、ある程度まで近づかれた後に、また自分の距離に持っていける方法も持ってなければいけない」

「----じゃあ、攻撃手の人と戦うべきかな?」

「だね。銃手同士の戦いは、マスタークラスでもなければ君でも十分に勝てるだろう。だったら、出来るだけ強い攻撃手――それも、機動力に富んだ人であればあるほどいい」

「うーん-----じゃあ」

誰かいるだろうか――そう周りを見渡し。

そして、見つけた。

弧月とハウンド拳銃のポイントが明記されている対戦パネルを見て、万能手の隊員であると判断。入る。今まで戦ったことのない相手である事を踏まえ、まずはここから勝負をかける事にした。

パネルから入室の許可を得ると、のび太は入る。

「お邪魔しまーす-------」

のび太は、恐る恐るといった感じで、入る。

「――こんにちわ!柿崎隊、巴虎太郎です!よろしくお願いします!」

利発そうな顔をした小柄な少年が、そこにいた。

彼は実に溌溂とした声音で、明らかに年下であろうのび太にもしっかりと礼儀を通し、一礼をする。

「の、野比のび太-----です。よろしくお願いします-----」

のび太はその様子に――何だか苦手だった優等生の顔を思い出し軽く心理的に一歩引きながら、弱弱しい声を上げる。

 

挨拶を終え、互いの得物を抜く。

弧月と、拳銃。

二丁拳銃。

それぞれ違うスタイルであることを互いに明示し――勝負は、始まる。

 



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野比のび太⑤

のび太訓練回。ここから二話くらい、ひたすら戦います。いつもよりちょい長いです。


巴虎太郎は、のび太がB級に上がる前までボーダー唯一の小学生正隊員だった男である。

彼が持つ戦いに関するセンスの高さ、潜在能力はボーダーでもトップクラスであろう。現在彼はB級中位の柿崎隊隊員の一人として、存分にその力を発揮している。

 

そんな彼は、拳銃と弧月の両方を駆使し戦う銃手である。

横手から弾丸を撃つと、弾丸は弧を描きのび太へと向かって行く。

射出された瞬間、対象に向かい自動追尾するトリオン弾である「ハウンド」。

それを、虎太郎は三発ほど放った。

 

のび太の側面から襲い掛かるそれをシールドで防がれると同時、虎太郎は瞬時に弧月を振りかぶりながら近づいてくる。

――早い。

戦法は非常に単純。ハウンドで相手の側面にシールドを張らせ、正面から弧月で特攻を行い、斬り伏せにかかる。

単純であるが――高い機動力と銃手、攻撃手、双方の能力を持たねばそもそも出来ない戦法でもある。

 

だが。

――それでも、遊真君よりも、早くはない。

距離を詰められるその前に。

のび太の銃口は既に虎太郎の頭部に向けられていた。

 

銃声と共に、虎太郎の頭部が弾き飛ばされる。

 

こうして――のび太と虎太郎の一回目の勝負は、のび太の勝利となった。

 

 

「-------」

して。

結果――のび太の全勝で二人は勝負を終えた。

 

そもそも、のび太と虎太郎は非常に相性が悪かった。虎太郎は銃と弧月の双方を使い分ける関係で、攻めに転じる際どうしてもシールドを張れない為か防御面に隙ができる。更に、銃弾は威力重視の為か射程を幾らか犠牲にしており、その分でものび太に分があった。

攻撃の出が速く、その上で射程においても差があるのび太相手では、そもそも虎太郎の攻撃範囲にのび太を呼び込むまでも一苦労しなければならない。

とはいえ、久々に味わう全敗は虎太郎を気落ちさせるには充分であった。それでも年下ののび太にしっかり一礼をし、虎太郎はブースを出る。

 

「-----こんにちわ、巴先輩」

「あ、黒江ちゃん------」

気落ちする虎太郎の前に現れたのは――A級6位、加古隊隊員である黒江双葉であった。

紫を基調とした隊服に身を包み、鋭い目つきをした彼女は、現在最年少のA級隊員である。

「------あのメガネの子、誰ですか?」

「ついこの前B級に上がった小学生の子だよ」

「強かったですか?」

「-----手も足も出なかったよ」

「そうですか」

 

そう短く答えると、黒江はずんずんと先程虎太郎がいたブースへと向かって行く。

 

「こちらA級6位加古隊所属、黒江双葉。十本勝負をしたいです。入室許可をお願いします」

そう―ー有無を言わさぬ口調でブース内ののび太に声をかけ、入室する。

 

「-----」

虎太郎は-----よくわからない冷や汗をかきながら、その一連の姿を眺めていた。

 

「取り敢えず------観戦しよう」

何であれ。あの早撃ちの子と、双葉との戦いは面白い勝負になりそうだ。

 

 

「よろしくお願いします」

ブース内。

眼前には、閉じられた羽のような特徴的な髪型をした少女がいた。

 

――A級。

それはのび太にとって雲の上に等しい言葉であった。

B級に上がるだけでもあれだけ苦労したというのに、そこから更に一握りの人間だけが行ける頂。

いずれ、のび太も目指さなければならない場所でもある。

 

――僕の腕でどれだけ通用するか。しっかり戦わないと。

のび太はそう覚悟を決めると、同じくよろしくお願いしますと言葉にする。

 

野比のび太対黒江双葉の戦いが、ここに切って落とされた。

 

 

一戦目。

のび太はバイパーで相手の動きを牽制しつつ、距離を離していく。

 

まずは判断する。

相手がどのタイプの攻撃手であるかを。

 

今までのび太が戦ってきた攻撃手は二人。村上鋼と空閑遊真。

 

彼等二人は同じくらいに強かったが、だが戦闘スタイルは真逆に近いスタイルであった。

あらゆる攻撃を弾き返す防御力を前提に距離を詰める村上と、立ち回りの妙と高い機動力を駆使し距離を詰める遊真。

それぞれと戦う中で、のび太は別々の戦法を取らざるを得なかった。

だから、ここでどちらかを判断する。

防御で詰めていくのか、機動で詰めていくのか。

 

双葉は、バックステップによりバイパーの軌道から身を逸らし、最低限のバイパーだけをシールドで防ぐ。

すかさずのび太はアステロイドを手に取り、双葉へ向ける。

向かい来るアステロイドを、タン、タン、とステップを踏むような足先の動きで弾道から身を逸らし、のび太との距離を詰めていく。

 

その動きに反応し、のび太もまた引き気味にバイパーを放ちながら、黒江に牽制を入れていく。

――この人は間違いなく遊真君と同じで機動力で攻めていくタイプの攻撃手だ。

のび太はそう判断した。

身のこなし自体の軽さもそうであるし――弾丸に対してまずは回避を行い、その上で避けられないものだけをシールドで防ぐ、という行動は遊真も見せていた行動であった。

 

ならば。

やるべきことは同じ。

足を止める。

 

バイパーの多角攻撃とアステロイドの直進攻撃で側面と正面を潰し、こちらとの距離を詰めさせない。のび太にとって有利な距離感を保っていく。これを繰り返し、相手を削り、隙を見つけ、仕留める。

そうして、バイパーで左手側に弾丸を放っている時であった。

 

「――韋駄天」

 

彼女はそれを横への動きで避け――今度は、シールドを展開しなかった。

自身の身体が削れることも厭わず、彼女はそれを発動した。

 

気付くと。

自らの身体が両断され――歪んだ視界から、双葉の姿を見ていた。

第一ラウンド。

黒江双葉の勝利で、ひとまず終わった。

 

 

二戦目、三戦目へと戦いは続く。

――この戦いは、ある意味で持久戦の様相となっていた。

のび太が放つ弾雨の中、”韋駄天”を放つ隙を見つけられるかどうか。または、”韋駄天”を出す間もなく弾丸で足を止めさせ封殺するか。

二戦目は、封殺できた。

だが、三戦目はまたしっかり韋駄天で仕留められた。

 

のび太が放つ弾丸の軌道を覚え、双葉も対応してきている。対応していることを自覚すると、今度はのび太自身がバイパーの軌道を変え更に対応する。このイタチごっこもまた、持久戦の様相をさらに加速させていた。

 

――強い。

高機動型の攻撃手でも、遊真とはまた違った強さだ。

遊真は機動力に加え立ち回りの上手さと高い判断力を駆使し距離を詰めていた。距離の詰め方は緩やかだったが、されど徐々に追い詰められていく恐怖はのび太の脳裏にしっかり刻まれている。

だが、この少女は――少しでも隙を見せた瞬間に、一瞬で距離を詰めるトリガーを持っている。

弾雨を掻い潜る、というよりも、弾雨が止んだ一瞬の間に一気に詰められる感じ。

 

「------」

四戦目。

また首を刎ね飛ばされた。

 

彼女は、バイパーの威力の低さを逆手に利用する方針に転換したようだ。

バイパーの軌道を頭に入れ、急所と足を削れない立ち位置であえて弾雨に身を晒し、その隙に韋駄天を利用する方法に変えてきた。

まさに肉切らせ骨断つ。瞬時に勝負をつけられる韋駄天というトリガーを持つがゆえに、ある程度のダメージを飲み込んで戦う方針へ転換した。

 

のび太が対応するスピードよりも、相手側の対応の方が早い。

このままでは、負ける。

 

「--------」

五戦目。

のび太もまた戦法を変える。

 

――あの、瞬時に距離を詰めるあの動きの有効範囲は解った。

 

だからその範囲外に行って、ちまちまと弾丸を放つ方針にしようかと思ったが、止める。その場合、トリオンの消費量的にのび太が明らかにジリ貧になり、結局相手に距離を詰めさせる結果となる事は明白であろうから。

あの動きは、最短距離を一気に詰めるトリガーなのだろう。

そして、その動きのデメリットを――のび太は気付いた。

 

最短で、最速で動く。

その直線的な動きの中で、他の動きをすることは不可能であるという、最大のデメリットが。

 

ならば。

――あのトリガーが発動した瞬間に、()()()()()()()()()()()()()

 

のび太は、ゆっくりと見定める。

移動は、彼女がいる場所から自分へ向かう最短の距離を詰めるのだろう。

――ならば。

釣る。

バイパーを撃ちながら、引く動き。

あのトリガーかの有効範囲から、身を引こうとする動き。

 

――彼女は、多分この状況を内心よく思っていない。

持久戦という泥仕合をB級ののび太と繰り広げているという事実に。

プライドか、それとも単にせっかちなのか。決着を早めに、早めに、と急いでいる態度が見受けられる。これは遊真には全くない姿勢だった。遊真はどれだけ勝負が長引こうとも、最善手を取り続ける冷静さがあった。恐らく、彼女にとっては――最速で相手を叩きのめすことが最善手であり、それを選択し続けてきたのだろう。バイパーで身を削っても韋駄天を利用したのも、そういう性格だからであろう。

だから。

韋駄天の有効範囲から逃れようとすれば――釣られてくれるはず。

 

「――韋駄天」

彼女の動きが加速するその瞬間。

迷わずのび太は銃弾を放った。

 

「――あ」

韋駄天の軌道上に置かれた、のび太のアステロイド。

それが――自らの頭頂部を貫き、突進は、止まった。

 

 

結果として。

十本勝負は7:3でのび太の勝利となった。

韋駄天のデメリットを理解した後ののび太の対応は早かった。バイパーで牽制を入れつつ、狭い路地に入り韋駄天の動きを制限する。街路にスパイダーを張り巡らし、直線の動きを阻害する。韋駄天の動きを逆利用し、グラスホッパーで相手とすれ違いさせ、背後から弾丸を撃つ。

共通することは、「直線行動を阻害する事」。高速移動の中に弾丸を置く。スパイダーを置く。地形上不利な場所に追い込む。軌道とすれ違いにこちらも高速移動をする。

それさえしっかりと頭に入れて戦えば、韋駄天はかなりの諸刃の刃である事実に直面する。一瞬で相手との距離を詰められる、銃手として立ち向かう際に絶望するであろう機能を持っているものの、使用中は回避も防御も出来ない脆さも併せ持っている。

 

「------へぇ」

その様を、一人の女が見ていた。

 

「------村上先輩の言う通り。確かに、しっかり成長しているじゃない。見直したわ」

その女は腕を組み、足を組み、実に――実に偉そうにその戦いを見物していた。

 

「でも――だからこそ、一回戦ってみたいわね」

彼女は、立ち上がる。

「――次の相手は、この私よ。野比君」

かつて。

その迫力だけで負けてしまった――同期入隊の中学生。

その名も、木虎藍。

 

彼女は――ゆっくりとブースへと歩いて行った。



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野比のび太⑥

木虎藍は無駄が嫌いだ。

無駄、といっても――それは遠回りという意味ではない。

常に最短の道を目指す人間も、木虎の目からすれば正解をすぐさま手に入れたがる怠惰な人間にしか見えない。

 

だからこそ。

木虎はのび太を内心、心から賞賛をしていた。

攻撃手の適正がないことに気づき、別の道を志し、そして実ったその姿を。

 

 

木虎も同じであったから。

銃手として入隊した当初。自身のトリオン量の少なさという壁を前にして試行錯誤を繰り返した結果――スコーピオンと拳銃を利用した今のスタイルに落ち着いたのだから。

 

村上にのび太の現状を伝えられ、すぐさまログを確認した。

村上に十本中三本。そして弓場に二十本中八本。B級上がりたての隊員であるにもかかわらず、彼は見違えるほどの成果を上げていた。

そして、眼前の戦いでは――遂にA級隊員である黒江双葉に勝ち越した。

それも、正面からのぶつかり合いではなく――彼女が持つトリガーの脆さを冷静に分析し、利用しての勝利。

戦いにおける冷静さや、立ち回りも驚くほどの成長を遂げている。

 

木虎は無駄が嫌いだ。

だが――正しい努力をしようともがいている人間は嫌いではない。

 

だから。

木虎はブースに入っていった。

 

 

「――久しぶりね、野比君」

「-------」

巴虎太郎、黒江双葉と連戦を乗り越え、さあ一息つくかとブースを出ようとした瞬間。

その女がいた。

C級隊員時。その気迫だけでのび太を敗北させた、女傑。

 

その名も、木虎藍。

 

「要点だけかいつまんで言うわね。――私と戦いたい?戦いたくない?どっち?」

いやもう戦いたくないです。

そうのび太の内心は叫んでいる。叫んでいるのだが。

されど。

 

「------戦います」

「そう」

そう、答えていた。

普段ならば。きっと好んで自分のトラウマと向き合いたくなどなかった。

でも。

今は、――新しくできた友達との約束があるから。

 

「-------」

木虎もまた。

のび太と直面して、解ったことが一つ。

――目が、違う。

今彼は――ある意味で切羽詰まっている。何か、背負っているものがある。がむしゃらに何かを掴もうとする、意思がある。

 

「私は貴方の武器を知っているから、このままだとフェアじゃないわね。――私はC級の時と違って、スコーピオンと銃の両方を使っているわ。それを念頭に入れて戦う事ね」

 

――なら。年上として胸を貸してあげるわ。

木虎の対人欲求。

年下相手には――慕われていたいのだ。基本的に。

だから、どうしても手を貸してあげたかった。

必死に、戦おうとしているのならば、尚更。

 

そうして。

勝負が、始まった。

 

 

市街地の中、互いが互いの場所を確認しあい動き出す。

木虎はかつて、ガンナーであった。その記憶がのび太の中でも存在している。

その上で、彼女は近接武器も自身の手札に追加したという。

 

のび太は、思考する。

――どういう戦い方をするのだろう。

まずはそれを見る。

のび太は、街路をスパイダーで埋めながら、距離を取る。

 

――どうあれ、撃ち合いの距離を取りながら戦わなくちゃ。

 

純粋な銃手であるのび太と万能手である木虎。まだ木虎の能力は解らないが、それでも純粋な撃ち合いで負けるとなると勝ち筋が見えない。だからこそ、木虎の射撃能力をまず確認する必要がある。

「――さっきの戦いを見て、その上で貴方に純粋な撃ち合いができると自惚れてはいないわ」

張り巡らされたスパイダーを確認し――木虎は真っすぐにその地帯の中を進んでいく。

「でも――私にスパイダーは通用しない」

木虎は、拳銃を向ける。

その拳銃は――通常のものよりも、フレーム下に何か別の機構がついた代物であった。

 

その機構から、彼女は――スパイダーを出す。

「え」

何それ、と思わずのび太は口に出す。

吐き出されたスパイダーは、のび太のスパイダーに絡みつき、取り巻かれる。

取り巻かれたスパイダーが、しゅるしゅると木虎の拳銃に巻き返していく動きを利用し、木虎は飛ぶ。

空いた片腕に、風車のように持ち手を中心に回転させたスコーピオンを取り出し―ーくるり、と身体を回しながらスパイダー陣を切り取っていく。

 

「------」

――聞いた事がある。A級は自分の武装を改造する事ができるって。

木虎は、それを使っている。

スパイダーを切り取っていく木虎の動きを視認し、のび太は一瞬動揺しながらも落ち着いてバイパーを放つ。

空中にいる木虎は完全に避けることはかなわず、幾らかの弾丸が足を穿つ。されど特に気にすることなく彼女は地面に着地し、のび太と向かい合う。

のび太は、次にアステロイドを放つ。

着地したその瞬間、生まれた一瞬の硬直時間を見逃さず放たれた弾丸は、――木虎の左腕を吹き飛ばした。

トリオン器官めがけて放った弾丸であるが――足を動かせずとも、上体を逸らして左腕の犠牲だけで済ませた木虎は、真っすぐにのび太に向かう。

――くそぅ、読まれていた。

着地直後を狙われることを承知で、彼女はのび太の眼前に来たのだろう。だからこそ、着地の瞬間、足を動かせぬ状態でも上体だけでも動かせる体勢で着地したのだ。

再度、アステロイドを放つ。

引鉄に手をかけるよりも前に、木虎は動く。

上体を屈ませ、のび太の視界から一瞬消える。

その動きに合わせ銃口を下げる、その瞬時の間。

その間だけ、引鉄を引く指の動きが遅れる。

 

されど。

「――!」

その一瞬は、木虎藍にとっては致命的な隙となる。

のび太のトリオン供給機関に――刃が突き刺さっていた。

それは―ー先程バイパーで穿ったはずの足から生え出た、スコーピオンの光だった。

「紙一重だったけど------でも、攻撃手の距離の中での攻防だったら、貴方の早撃ち相手でもいくらでもやりようがあるのよ野比君」

そんな言葉が、最後に聞こえてきた。

 

 

「-------うわぁ」

「-------」

その戦いを、息を飲んで二人は見ていた。

巴虎太郎。及び黒江双葉。

張り巡らされたスパイダー陣を切り裂く木虎の動き。そして変わらぬのび太の射撃技術の高さを見せられつけながらも――最後に、木虎はしっかりとのび太の懐まで距離を詰め切った。

「巴先輩」

「うん?」

「------どうして、最後野比君はあの人を撃てなかったのですか?」

最後の場面。

木虎は左腕を損傷し、その上でまだ射撃の有効射程内で、のび太は次弾を撃とうとしていた。

何故あの時――のび太は木虎に引き金を引くことが出来なかったのか。

 

わざわざ木虎の名前を出さずに「あの人」と呼ぶ当たりの黒江の感情に少々戸惑いながらも、虎太郎は自分なりに説明する。

 

「銃手は、基本的に狙いを定めて、撃つっていう二つのアクションが必要になるんだ」

「はい」

「だから、武器を振るだけで完結する攻撃手よりも基本的に攻撃の出は遅いんだけど、野比君はこの二つの間にほとんどタイムラグが存在しないから下手な攻撃手よりも早い攻撃が出来るんだ。だからあの距離感でも、本来野比君の方が有利なはずなんだけど。――木虎先輩は多分、立ち回りで野比君に狙いを定める動きに時間をかけさせるようにしているんだと思う」

「狙いを定める動きに、時間をかけさせる-----」

「うん。――最後の動きも、銃口を構えて引鉄を引こうとするする瞬間に、木虎先輩は身をかがめて野比君の視界から消える動きをしているでしょ?こうする事で、野比君は銃口と視点を下げて、もう一度狙いを定めなければいけない。ここで―ー野比君の強みである早撃ちに、少しだけ隙が出来るんだ」

「-------」

無言のまま考え始める黒江に、更に言葉を続ける。

「多分だけど、攻撃のスピードそのものは、野比君の方が上回っていると思う。でも――木虎先輩は、野比君が射撃を行うタイミングを読んでいた。だから、自分に着弾する事を前提に立ち回っていた」

空中でスパイダーを処理している時。空中から地面に戻り、着地するタイミング。木虎が接近したタイミング。

そのどのタイミングでも、木虎はのちの行動で十分にカバーできる場所に着弾させていた。

足を削られても、スコーピオンでカバーできる。接近できれば左腕一本は別に重要な部分ではない。最後の一発はしっかりと考え抜いた動きで、掻い潜っていった。のび太が放った三回の射撃に対して、木虎は計算尽くした立ち回りの下最小限の被害に抑え、最後にのび太を撃破した。――まさしく、立ち回りの勝利といえる。

 

ここまで説明して――黒江は一つ虎太郎に頭を下げ、礼を告げる。

 

――理解している。

――木虎藍が、今の自分よりも経験豊富で優秀な隊員であるなんて。

 

でも。

それでも。

自分に勝ち越したのび太には――是非とも木虎に勝ってもらいたいと、黒江は考えているのだ。

 

だから。

頑張れ、と心の中で一つだけ彼女はのび太にエールを送った。



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野比のび太⑦

題名がのび太ばっかり。すみません------。


俺様は、俺様だ。

何があろうと。

 

歌が超上手くて、腕っぷしも強くて、漢気があって、――誰にだって負けない、カッコいい男だ。

たとえ――もう満足に動かせない身体になっちまっても、だ。

 

あの大規模侵攻で、何もかも変わっちまった。

店は潰れちまった。

街も、とんでもねぇ被害を受けちまった。

俺の左足も、もう使い物にならなくなっちまった。

 

でも。

それでもよ。

 

失ったものもあれば、まだ失ってねぇものもある。

俺はまだ、大事なものは失ってねぇ。

 

父ちゃん。

母ちゃん。

生きてくれていた。

 

病院で目覚めて、初めて視界に映った二人の姿を見た時年甲斐もなく三人で泣き喚いていたっけな。

 

バカ息子がバカをやって、死にかけて。父ちゃんだって死ぬほど心配してたってのに。

それでもよ。

それでも――父ちゃんは言ってくれた。

 

俺のその足は、勲章だって。

 

襲撃の余波で崩れそうになっていた、隣の家。

そこには二つ下のガキンチョ二人。

もう俺は訳わかんないまま突っ込んで、吹き飛ばして、ぶっ倒れて、そのまま瓦礫に足をやられちまった。

 

父ちゃんも母ちゃんも、絶対にその足を治してやるって息巻いてた。店だって潰れたってのに。出稼ぎでも何でもして、お金をためて、治してやるって。

――でもよ。

 

見ちまった。

その時俺はベッドからテレビを見ててよ。

すんげえ美人で色白な女の人がさ。すんげぇ元気に飛び跳ねてるのよ。

話を聞くとさ。その人は元々すんげぇ病弱な人なんだってさ。

 

トリオン体、っつーの?

それを使えば、どんなに弱い体でも――滅茶苦茶強い体で動き回れるって話じゃねぇか。

これだ、って思ったよ。俺は。

これだったらさ。――左足が潰れた俺でも、何かやれるんじゃねえか、って。

 

このまま。父ちゃんと母ちゃんに一生俺の面倒見させて。街に侵攻しやがった気に食わねぇ異界人共をぶちのめす事も出来なくて。ずっと、この動かねぇ左足をぶら下げて生きていく。

そんな人生、まっぴらごめんだ。

 

全部取り戻す。そんで、全部守り切る。

俺様の街をぶっ壊した連中をぶちのめし、俺様が大活躍してこの街を守り切り、ボーダーから金を貰ってもう一回雑貨屋を建て直してよ――そんでもって、その褒美に俺の左足をボーダーの連中に治させる。

 

何だ。

簡単な話じゃねぇか。

 

全部全部――俺の腕っぷしでまた取り戻せばいい。

聞けば、のび太だってボーダーに行ったって話じゃねぇか。

なけなしの勇気を振り絞ってよ。

笑えるぜ。それを考えれば――こんな所でなにもせずにいる俺なんか、何をしているんだって話じゃねぇか。

 

「――B級昇格、おめでとう。剛田君」

だからだよ。

だから。

――ここまで、やってきたんだぜ。

お前の後塵を拝するなんざ夢にも思わなかったぜ。だが、俺はお前よりも早い期間でここまでこれた。

 

「――ここからだぜ。待ってろよな」

 

――剛田武。B級昇格決定。

 

 

迫る。

迫る。

めまぐるしく動き、迫る。

 

野比のび太と木虎藍との二本目は――壮絶な撃ち合いの様相を見せていた。

転送場所が、互いの距離が非常に近い場所で、なおかつ入り組み、幅の狭い路地であった。

 

のび太は即座にバイパーで木虎を迎撃し、木虎は地形を利用しつつその弾雨を避けるように路地を跳ねまわり、のび太に反撃を加えていく。

入り組んだ路地の中、それを構成する建造物の間を巻き取り型のスパイダーで縦横無尽に動き回る木虎と、それを迎撃するのび太の構図がそこに見られた。

 

機動力が高く、更にスパイダーを利用することでより立体的な動作を可能とする木虎は、のび太がいる位置の円周上に駆け回りながら、弾丸を撃ち込んでいく。

 

機動力に劣るのび太は、自分の身体を動かすよりも――その動きに合わせて、弾丸を動かす方向で対応する事に決めた。

木虎の銃弾は、スパイダーによる軌道と表裏一体。

ならば、そのスパイダーに弾丸を沿わせる。

 

スパイダーが木虎の身体を動かす都度、スパイダーの軌道に沿わせてバイパーを放つ。

 

――ここまで戦って分かった。木虎さんはそもそもそんなにトリオンがないんだ。

放たれるアステロイドの威力は、恐らくのび太のそれに比べ半分もない。のび太が威力重視の設定にしているから、というのもあるが――大本には、元来のトリオン量が不足しているからであろう。

だから、木虎はシールドを砕く方向ではなく、シールドの隙を通す戦い方を一貫している。

高速軌道とスパイダーを利用し、多角的に弾丸を撃ち込む。シールドの展開に間に合わぬほどのスピードをもってこちらを削り倒そうという魂胆だろう。

だが。

こと撃ち合い、という土俵に立ったならば――のび太も負けない。

円周に回りながら撃つのならば、その軌道にバイパーを乗せておけばいい。スパイダーという目印も丁度存在する。それほど難しい事ではない。

撃つ。防ぐ。撃つ。防ぐ。

目まぐるしく攻防は動き回る。常に動き回る木虎。常に弾丸を動かすのび太。戦いは壮絶な弾丸による削りあいの様相を見せていた。

互いの手足が、胴が、致命傷を何とか掻い潜りながらも負傷していき削れていく。

この状況。

苦しいのは、木虎の方だ。

 

――削りあいに持っていかれたら、当然トリオンに劣る私は大きく不利になる。

 

弾丸の放射。削れて行く身体から漏れ出すトリオン。それらは、確実に木虎のタイムリミットを削っていく。

 

――どこかで、勝負に出なければならない。

状況を変えなければならない。

その為に、勝負をかける。

そのタイミングを、探る。

 

――あれ。

 

違和感が、木虎の身体に伝わる。

スパイダーに沿って木虎に向かって行っていたバイパーが、ここにきて別の軌道も見せ始めた。

 

それは、木虎ではなく――木虎が弾丸を放つ、道筋に沿って。

「く-----」

恐らく、ここまでの戦いでのび太もまた木虎が弾丸を放つタイミングを計っていたのだろう。

木虎がトリオンの消費に焦り、勝負をかけようと“探り”を入れている事を見抜いたのだろう。勝負を仕掛けられる前に、ここにきてのび太自身も先んじて戦法の変化を取り入れてきた。

弾丸を放とうとした道筋から自身に向かい来るバイパーを視認し、引鉄を引くタイミングが遅れる。

その間を利用し、のび太はトリガーを入れ替える。サブのバイパーを解除しグラスホッパーをセット。グラスホッパーを発動し――木虎の上を、取る。

構えられる、アステロイドの銃口。

 

「------」

木虎は苦虫をかみつぶした表情を浮かべ、そのまま額を撃ち抜かれた。

 

第二ラウンドは、のび太の勝利と終わる。

 

 

勝負は、完全に拮抗していた。

第九ラウンド終了時。のび太は四本。木虎は五本。最終ラウンドで――引き分けか、木虎の勝利かが決まる。

 

「--------」

ここまでの戦い。

木虎は――まさしくのび太にとって生きた教材であった。

戦うごとに、さまざまなバリエーションを木虎はこちらに提示してきた。

 

木虎は、防御では村上を下回る。機動力や瞬時の攻撃のキレでは遊真に劣る。瞬発力では黒江に劣る。

だが、それでも彼女は強い。彼女は突出した何かで戦うのではなく、その場その場で相手より上回れる要素をピックアップしながら、最善の方策を迷いなく取る。

拳銃。スコーピオン。シールド。スパイダー。最低限の攻防の道具だけで、彼女は常に最善を選択する。トリオン不足によって攻撃手段が限られる中、彼女は戦法のバリエーションを増やすことで勝ち切る戦い方を選択したのだろう。その分――様々な状況で対応できるその動きは、並々ならぬ努力の成果として存在しているのだろう。

相手に劣る部分での勝負を避け、常に自身がイニシアティブを取れる戦法に相手を巻き込む。

――今まで戦ってきた誰とも重ならない、彼女独自の戦い方。その厄介さを、のび太は如実に感じていた。

 

だからこそ。

負けたくない。

 

今――その戦い方が、今のび太に染み込み始めている。

あの時。

その存在だけで泡を吹いた彼女に。

示したい。

あの頃とは違う。

今こうして――確かに向かい合っていけていると。

せめて。せめてタイマン勝負の土俵位は、同じ場所に入れるのだと。

そう、証明したかった。

 

――第十ラウンドが、始まろうとしていた。



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剛田武①

剛田武 
トリオン11
攻撃11
援護・防御7
射程3
機動4
技術5
指揮1
特殊戦術2
total 44




剛田武は実に解り易い武器をもってB級昇格を果たした。

彼は、ボーダー全体を見渡してもトップクラスに近いトリオン量を持っていた。

その上、筆記試験の出来はともかく(入隊に関して根付メディア対策室長が頭を抱える羽目になったレベルであったが、まあとにかく)、実技試験は悪くはなかった。

という訳で、彼も初期に分け与えられたポイントが3000と多かった。

彼は重機関銃型のアステロイド突撃銃を手に、歯向かうC級を粉砕していった。

 

もはやそれはトリオンの暴力とでもいおうか。正面から挑もうと防御は不可能。たとえ物陰に潜もうと物陰ごと粉砕する滅茶苦茶な威力の弾丸を撒き散らし、多くの隊員の心にトラウマを刻みB級に昇格した。

 

その後彼は、突撃銃型アステロイド、ハウンド。レイガスト及びスラスター。シールド、バッグワーム及びメテオラと思い切り攻撃に振った編成でトリガーを構成した。

彼が持つアステロイド・ハウンド突撃銃は威力と速度に大きく振られており、射程圏内に入ってしまえば最早防御不可能の暴風と化す。

 

「-----こんな編成にしてみたぜ!」

本部ブース内。ジャイアンは――自身のトリガーをある人に見せていた。

「思いきった編成だねぇ。ゾエさんもビックリだよ」

そんなボーダー随一の有望株である剛田武――愛称、ジャイアンは、C級の時から親交のあるB級隊員のガンナーと話し込んでいた。

「メインが、アステロイド銃、バッグワーム、シールド、メテオラ。そんで、サブが、ハウンド銃、レイガスト、スラスター、シールド----かぁ。トリオン貯蔵庫のジャイアン君らしい編成だね。攻撃だけを考えれば割とレパートリーがあるし」

「本当はバッグワーム外してゾエさんみたいなグレネードメテオラ入れてみたいんだけどな」

「やめときなさい。ゾエさんや君みたいな図体でかい系ヘビーガンナーの天敵はスナイパーだから。すぐに補足されて撃たれて終わっちゃうよ。せめて仲間と合流するまでは身を隠しておかなきゃね。だからバッグワームは必須レベルだと思っておいた方がいいよ。マジで」

「うっす」

「でもこれはこれで。近距離での面制圧に特化したガンナーって割と新鮮だし、ここまで威力に振ってたら被弾が怖くて容易に近づかれないだろうし。------でも、せめてハウンドくらい射程伸ばしてもいいんじゃない?」

「どうせ戦うなら、あれじゃないすか。敵がぶっ飛んでいるところしっかり見たいじゃないですか。だからこれでいいんです」

「わぁお。カゲもビックリな好戦的なセリフだ」

ゾエさん――本名北添尋は変わらぬほんわかとした表情のまま、ジャイアンと会話をしていた。

 

ジャイアンは、一度彼の姿を見たことがある。

車椅子で外を出歩いていた時だっただろうか。河原の土手の上で――いつものほんわかとした彼の表情に似ても似つかない表情で、細身で如何にもガラの悪そうな青年と殴り合っている姿であった。

その姿は、クマのような体系と出で立ちも相まって凄まじい迫力が伴う姿だった。

あの時彼は遠巻きながら「すげぇ!」と思わず声を出したものだった。それ程までに、彼とその相手との殴り合いは容赦のない、真剣な殴り合いだったから。

その後、彼はボーダー入隊後に再度彼と再会することになる。

多分怖い人なんだろうなー、と想定していた彼の目の前。覚悟をもって思い切って声をかけてみたら――怖い人かと思っていたその人は、実のところ非常に親切なほんわかプーさんだった。

その後重ね重ね親切な彼は、同じく機関銃型の銃トリガーを使っていたジャイアンにガンナーとしての立ち回りや撃ち方を懇切丁寧に仕込み始めた。彼は確かにプーさんであるが、ボーダーでも有数の銃の腕を持つプーさんであった。

その教え方も優しいの一言。調子に乗りやすいジャイアンを、戒めるのではなく上手く乗せてあげて、モチベーションを下げさせることなく基礎訓練をしっかりと叩き込んでいた。理解力がいいとはいえない小学生のジャイアン相手でもしっかりと目線を合わせてかみ砕き実践させ教え込む姿は、何だか父親のようでもあった。

その結果として、彼はB級にかなり早い段階で昇格する事となった。

彼はジャイアンのB級昇格に大いに喜び、その後に友達の両親が経営しているお好み焼き屋に連れて行かれ、奢ってもらった。

そこには――以前ゾエさんと殴りあっていた“友達”がいて、大いに驚いてしまった訳なのだが。

 

よって。

北添尋はいつの間にやら、ジャイアンの師匠となっていたのであった。まる。

 

「けど今年は本当にすごいね。小学生隊員が二人も誕生するなんて。それも、飛びっきりの有望株が。ゾエさん思わず感動しちゃった」

「ええ?俺はともかく、あいつも有望株なんですか?」

「野比君?あの子は本当に凄いよー。もうあり得ないくらい射撃が早くて正確で。ボーダーのトップランカー相手でも一歩も引かずに戦えているしね。――あ、ほら。丁度あそこで戦っているっぽいね」

彼はその太い腕で、ブースを指差す。

「どれどれ------うわぁ。相手は木虎ちゃんかぁ。きつそうな相手------ってええ!」

ゾエさんは戦績を調べた瞬間に、大きな声を上げていた。

「うわ。マジかー。-------木虎ちゃんとあと一戦勝てば五分かー」

ジャイアンの目にも、その姿が移る。

まるで忍者のように空間を飛び跳ねる女隊員に――その動きに遅れることなく、凄まじいスピードで銃弾を撃ち放っているのび太の姿。

 

ごくり、と生唾を飲む。

――あの臆病者ののび太が。一歩も引かずにしっかりと相手と向き合い戦っているその姿に。

 

――やっぱり、そうだ。

今、ここにある現実は――あんな臆病者でも覚悟を決めなければならない程のものなんだと。

 

いつの間にか――ジャイアンはその戦いを食い入るように見つめていた。

 

 

最後。

これが、最後。

 

トリオン体だというのに、何故だか目が血走っているような気がする。

それでも、最後の最後に――頭も冴えてきている感じもする。

 

解る。

木虎の動きが。

最初は読めなかった彼女の動きが。

 

多分、そこだろう。

そう思いバイパーを路地の一点へ走らせる。

その弾丸が、木虎の左手を貫く。

 

――段々、解ってきた。

機動力があって、こちらに近づいてくる攻撃手への対応が。

 

基本線は逃げ、自分の有利な射程で戦う。そこを守りながら――自身の強みである射撃の正確さをフルに利用し、その上で「読み」を行わなければならないのだ。

バイパーでシールドを広げさせ、アステロイドで貫く――という従来の戦いに加えて。

相手が動いてくる箇所をあらかじめ封じ込め、そこに弾丸を「置く」という戦い方。

機動力がある故に、相手は直線ではなく多角的に攻めてくる。ならば、多角部分に弾丸を走らせ直線に誘導する戦い方をする必要がある。

狙うべきは手足。攻撃手段と機動力を削ぎ落していき、追い込んでいく。

 

――射程ではこちらが勝っている。その上で、距離が開いている間は手数もこちらが圧倒できる。だったら、機動部分を弾丸で埋めていく。

 

上から。

横から。

足元から。

 

バイパーを走らせる。

相手を視認出ずとも、やれることはある。

相手の行く道を塞いでいくんだ。

 

バイパーで逃げ道も通り道も塞いでいく。その上で相手を一か所に押しとどめておき、追跡していく。

一つ学習したことがある。

弾丸を一度「置いた」場所を辿っていけば、基本的に相敵することはないのだ。

道を塞ぐために弾丸を放った場所。そこは攻撃手の脳裏に危険地帯として記憶される。だから、相手の動きを読んでいけば、自身の安全圏も次第に増えていく。

 

撃つ。

撃ちまくる。

大丈夫。自分が放つ弾丸のトリオン消費より、削られることによる相手の消費の方が多いはずだ。焦る事はない。

 

――どういうシチュエーションの戦いであろうと、基本的に「型」に嵌め込める戦いを相手に押し付けられる方が勝つんだ。

木虎は、その意味でいえばとても多様な「型」があった。

相手よりも自分が勝る点で構成された即興の「型」を構成できる器用さが。

 

ならば。そんな器用さを持たないのび太ならば。

彼は、こういう「型」を作る。

 

射撃の速さ、正確さをもって自分の有利な射程距離、状況を固定させる。

相手の行動を読み、読んだ個所に彼の特性を生かし弾丸を「置いていく」事によって、型に嵌め込んでいく。

 

 

 

「------負け、ね」

そして。

最後の十戦目。

そこで―ー木虎ははじめて一撃ものび太にダメージを与えることなくベイルアウトした。

行く道来る道全てをバイパーとアステロイドを置かれ、削られ、接敵できぬままに――トリオンが、なくなってしまった。

 

「それも、読みで負けた。------この一戦に関しては完敗よ。野比君。認めてあげるわ」

そう言うと――ブース控室で、悔し気に表情を歪め――それでも、少しだけ笑っていた。

 




もうそろそろ大規模侵攻編の復習をしようと思います。
-------あれ、読み返すたびにサラッと出てきた隊員のヤバさがわかるからすごく面白いんですよねー


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ドラえもん②

ワートリ最新話読了。

B級上位陣による熱いカナダ人いじめにチカオラ大爆発と見どころの多い回でした。帯島ちゃんちょこまかしてて可愛いかった。


「------迅」

のび太が木虎と戦っている、その時。

ドラえもんは――開発室内で、迅悠一と会っていた。

「例の装置は、もう被侵攻予定地への接続は済んだのかい?」

「バッチリ。------これで、攫われるC級隊員の数も随分と減らせるはずだ」

「------まだ、雨取千佳ちゃんが攫われる未来は見える?」

「ある。-----というか、()()()()()()()()()()()()()()()。奴等が完全に千佳ちゃんを手にできない状況になってしまったら、------千佳ちゃんへ割く戦略リソースを市民への攻撃に使うかもしれない。そうなったら、千佳ちゃんが攫われるよりもひどい未来が実現する」

「------」

未来が見える。

でも、手にした力は有限かつ限定的。

全てを十全に対処することは不可能。

その手につかめるだけの”最良の”未来を拾い上げて、掬えなかったそれらは――捨てていく。

救えた未来と同じだけ――この男は救えなかった未来も、また見ているのだ。

この作戦。

何もかも救うという事は出来ない。

ある程度相手に「成果」を与えなければならない。今回相手は「トリオンを持つ人間及び雨取千佳の回収」を目的にしている為、下手に市井に手を出すことはしない。だが――成果を完全に出すことが出来なければ。つまりは、C級隊員という餌すらも与えられなければ。――餌場を、一般市民に変更する可能性もある。

今回、相手はかなりのトリオン兵と、――黒トリガー持ちの精鋭が侵攻してくる。市民へそれらが向かってしまえば、以前の大規模侵攻など比較にならない被害が出るだろう。

「ハイレイン。ヴィザ。ミラ。ランバネイン。エネドラ。ヒュース----だったかな。今回の相手侵攻メンバー。それぞれに一応対策は取っているけど、やっぱりきついね。このメンバーに加えて大量のトリオン兵も捌かなければいけない」

「一番障害になるであろう――ハイレイン、ヴィザ、ミラ、三人の対策はどうにかできてきたけど。でも、上手く嵌まるとは限らない。全部がうまく行く事は、まあまずないと考えていいだろうね」

「そう。――それで、ドラえもん」

「うん?」

「------いいのかい?」

「いい。――僕は、君たちに未来の技術とこれから先の情報を与えた時点で役割は果たした。後はどんな形でも、未来を救うために行動するだけだ」

「------」

「大規模侵攻。――未来を構成する皆には、必ず生き残ってもらわなければいけない。君もだ、迅。その為なら――もう役割を終えた僕が、まず真っ先に踏み台にならなければならない」

「ドラえもん------」

迅が言葉を詰まらせる中――ドラえもんはもうこの話は終わりだとでもいうかのように、話題を切り替える。

「――ところで。例の件について、太刀川慶は了承してくれた?」

「三日前に伝えたら即決即断で了承してくれたよ。――今、太刀川さんと技術班が協力して、調整を行っている」

「よかった。------忍田本部長は大反対してたみたいだけど」

「それはしょうがない。自分か他の誰かどちらか危険な役割を果たせってなったら、あの人は間違いなく自分でやる側の人だ。それも、それが愛弟子だっていうなら無論ね」

「-----忍田さんは、ギリギリまで指揮を執ってもらわなければいけないしね。それも解っているから、太刀川さんは自分でやるって言ったんだ」

「-----ベイルアウト機能は、どうしても付けられなかったんだね」

「鬼怒田さんも班の皆も頑張ってたんだけどね。新型の機能があまりにもトリガー容量を食いすぎて、ベイルアウトをつける余裕がないって。精々旋空入れるのが精いっぱいだってさ。ちなみに、鬼怒田さんも大反対してた。ベイルアウト機能のないトリガーで、人型近界民と戦うなんて、って」

「だろうね。――でも、多分そこまでしないとあの爺さんは止められない」

「ヴィザ、だっけ。――話を聞く限りでも、とんでもない御仁みたいだね」

「とんでもないなんてものじゃない。最悪、あの爺さん一人でボーダーを壊滅出来てもおかしくないレベルだ。だからこそ、真っ先に倒さなくちゃいけない」

「――その為の、太刀川さんか」

「うん。――ベースとなっている秘密道具そのものは、どんな素人でも扱えるけど。トリガーという形にしてしまうと、どうしても絶対的な剣の技術を持っている人じゃないと扱えないから」

元々、その秘密道具は使用者が戦いに勝つために、「最適な行動」をコンピューターが取らせ続けるためのものであった。

だが、今持っている技術では、そこまで高度な分析・行動パターンAIを組み込めるコンピューター技術がない。

その為――その技術を転用し作った新型トリガーは、トリオン体が持つ各種神経伝達を発達させ、高度化させるだけのものとなった。

故に、使用者を選ばなければならない。発達した神経を使いこなす技術を持ち合わせているものでなければ、到底使える代物ではない。

 

「名刀、電光丸ね。――太刀川さんはだったら名刀、旋光弧月でどうだ、とか言っていたね」

「流石。のび太にダンガーなんて言葉を教えた人のネーミングセンスは違う」

呆れたようにため息をつき、ドラえもんは言葉を続ける。

「この秘密道具を転用した新型トリガーで------相手の最大戦力を、ヴィザを止める」

 

 

ボーダーのブース内はちょっとした騒ぎになっていた。

――野比のび太という最年少正隊員が巴虎太郎、黒江双葉に勝ち越し、木虎藍と引き分けたという事実に。

特に木虎との最終戦。のび太は木虎の動きをほぼほぼ完璧に読み切った上で封じ込めて見せた。その戦いは個人戦慣れした隊員であっても中々見られないほどに神がかっていた事もあり、噂が一瞬にして蔓延したのであった。

 

「の――び――太――!!」

 

そんな事などつゆとも知らず、ブースから疲れた顔で出てきたのび太を迎えたのは――。

「え?ジャイアン?」

そうのび太が声を発した瞬間には――ジャイアンの巨躯がのび太のトリオン体にぶつかり、倒れ伏そうとしたその身体が今度は背中に回された太腕によって引き戻される。

「ぐええええええ」

体当たりの後、後ろへ行く身体を一気に引き戻す。完璧なまでのベアハッグを極めた――ジャイアンは、涙を流しながらのび太を抱きしめていた。

 

「お前!強くなってんじゃねえか!さっきの動きなんだよあれ!」

「ギブ。ジャイアンひとまずギブ」

「この野郎!俺もすぐに追いついてやるからなこの野郎!」

 

トリオン体ゆえに痛みはないが、圧倒的な圧迫感が実に苦しい。のび太は何とか引きはがそうと思ったが、どうにもならない。

 

「というか、ジャイアン。足-----」

「ん?――おうトリオン体だからな。本当に便利だなこれ」

トリオン兵の襲撃によって足が潰されていたジャイアンは、されど元気に両足で立っている。

「ボーダーに感謝だぜ全く。――これで俺の左足を壊しやがった連中をぶっ潰せる。一匹残らずぶっ壊してやるぜ、あんな奴等」

ひっひっひ、と実に邪悪な笑みを浮かべながら、ジャイアンはのび太から離れる。

 

「取り敢えず――出遅れたが、ガキ大将の到着だ。こっから巻き返してやるからな。あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ、のび太!」

「あ、うん-----」

「待ってろよ!」

そう笑顔で言うと、彼はずんずんと立ち去って行った。

 

何なんだと一つ溜息をつくと――眼前には、

「------あ」

「-------」

変わらぬ表情でこちらを見据える、木虎の姿があった。

「野比君」

「は、はい」

「------成長したわね」

「へ?」

思わず――ダメ出しでも食らうのかと思ったのび太は、そんな声を出してしまう。

「-----これからも、頑張りなさい。貴方には才能があるから」

沿う一言だけ残すと、それじゃあこれから広報の仕事があるから、と木虎は一つ手を挙げて立ち去って行った。

 

なんだなんだと周りを見渡すと、何だかいつもとブース内の雰囲気が変わっていることをのび太は察知した。

何があったんだ――そう戸惑うのび太の下に、人が荒波のように寄ってきた。

 

「お前すげーな!木虎に引き分ける新人とか、初めて見たぜ!」

「おっし!このままの勢いで俺ともランク戦やろうぜ!この前逃げた分取り返させてくれよ」

「野比ィ!前より格段に動きがよくなってんじゃねぇか!」

「------勝ち逃げは許さないから」

 

わちゃわちゃ。

わちゃわちゃ。

 

のび太はいつの間にか出来がった状況に混乱しつつ、周囲を見渡す。

-----何が。何が起こっているのか。

鈍いのび太には、解らない。

 

その後――彼は状況に流されるまま、名だたる隊員と連戦に次ぐ連戦を強いられることとなった。

 

最終的に、勝手に頭の中で「ダンガーさん」と名付けていた髭もじゃロングコートお兄さんにフルボッコにされるまで、三時間ばかりの死闘を繰り広げる羽目になった。

トリオン体といえども、ずっと集中し続けていたのび太の頭は、最後にはもうフラフラとなり、帰宅した時には電池が切れたように倒れ伏した。

で。

いつの間にか――連戦に次ぐ連戦の果て、彼のアステロイドのポイントは8000を超えていた。

野比のび太。

マスターランク、到達。

 

して

その後。

 

彼は――ドラえもんの姿を本部で見ることはなかった。

 




大規模侵攻編、書くのが楽しみだったり怖かったり。1対1ですらぐわぁぁってなっているのに、集団戦なんてどない書いたら-------。


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A・B級合同訓練①

ここから、かなり原作とは違う展開となっていきます。


――とある日。

ボーダー本部の会議室には大勢の隊員が集められていた。

 

「皆々方、任務ご苦労。多忙な中集まっていただき感謝する」

 

”A・B級隊長合同緊急会議”と銘打たれたその会議には、文字通りの面々――A・B級各隊の隊長が集められていた。

彼等を正面に、壇上には城戸正宗司令、忍田真史本部長、根付栄三メディア対策室室長がそれぞれ並び、現在演壇には城戸の姿がある。

 

「今回の会議について趣旨を説明すると、――近いうちに起こると想定される、近界民による再度の大規模侵攻についての報告だ」

近界民による、大規模侵攻。

城戸正宗の口から飛び出たその言葉に――空気が、強張る。

 

「迅の未来視と、鹵獲したトリオン兵と門の解析によって、二週間以内に大勢の近界民による侵攻が起こる可能性が高くなった。新型のトリオン兵が導入され、黒トリガーを持った人型近界民も複数名侵攻に加わる。組織設立から鑑みても間違いなく最大規模の戦いになるであろう。これより、忍田本部長より各報告事項と戦況想定、また基本的な方針について説明してもらう。――忍田本部長、よろしく頼む」

城戸は演壇から下がり、隣に立つ忍田と入れ替わる。

 

「本部長の忍田だ。まず皆、集まってくれてありがとう。先程司令から説明があった通り、ほど近い未来に最大級規模の侵攻が予想されている。その上で、幾つか皆にお願いしたいことがある」

忍田はここまで言い切ると、周りを一度見渡す。少し申し訳なさげに柳眉を下げ、頭を下げる。

「まず一つ。出来る限りこの二週間の間、三門市外に出ることを控えてほしい。無論、のっぴきならない事情がある場合は致し方ないが、市民の安全を確保するためにも皆の協力をお願いしたい」

「あら?私その間でドライブする予定だったんだけど------」

緊迫している空気も何のその。紫の隊服に身を包んだ女性がそんな声を上げていた。

A級6位隊長、加古望であった。

「控えてくれ」

「解ったわよぅ。仕方ないわね」

不満げに一つ鼻息を鳴らし、彼女はそう呟いた。

 

「------隊務規定違反の俺達も参加すんのか?」

背もたれに身体を預け、実にダルそうに会議を聞いていた男は、忍田にそう言葉を投げかける。

――影浦雅人。

元A級であったが、隊務規定違反によりB級に降格した、影浦隊。その隊長である男だ。

影浦は忍田から――その背後に立つ根付を鋭い眼光で睨みつけ、嫌そうに表情を歪める根付を一瞥し、再度忍田に目線を合わせる。

忍田は一つ溜息をつき、返答する。

 

「緊急性の高さを鑑みて、隊務規定違反により降格中の影浦隊、二宮隊も参加してもらう。でなければこの会議には呼んではいないよ、影浦」

「ふーん。------ま、退屈はしなさそうだから別にいいけどよ」

そう呟くと、影浦はもう興味をなくしたのだろうか。視線を下げ、目を逸らす。

 

「今回の侵攻に際して、対策を講じなければならない。――敵は強力かつ未知の近界民となる。未知数故に、防衛を成功させるには隊同士の連携も重要になってくる。よって、近日中にA・B級合同での合同訓練を実施するつもりだ。参加を頼む」

「------合同訓練、ですか」

「そう。鹵獲したトリオン兵から入手したデータから新型トリオン兵に関する情報を入手した。その新型はスピードと硬さを両立した、今まで相手にしてきたトリオン兵とは別次元の強さを持っている。今回の侵攻における基本はこの新型の対処となる。よって、隊合同で訓練を行い、新型の対策を取ってもらうと共に、黒トリガーとの対戦を想定しての連携訓練を行う。特に、ランク戦で対戦する事のないA級とB級の連携に力をおいて訓練を実施するつもりだ」

「------隊に所属していない隊員も、訓練に参加させますか?」

B級7位東隊隊長、東春秋がそう尋ねる。

「基本はしない。無所属の隊員は連携に関しての経験も薄いだろうからな。ただ、加入することで著しい戦力の向上が認められる場合にはその限りではない」

「候補はおりますか?」

「今のところ二人だ。野比隊員に、剛田隊員の二名。両名とも隊員の推挙が多かったために参加を要請するつもりだ」

「参加させる場合、一旦人員に空きがある隊に加入させる形となりますか?」

「いや。彼等は隊に縛られず自由に動かせるメリットがある。劣勢に置かれた区域に派遣するための戦力としての運用を視野に入れ、出来るだけ多くの隊と連携させるつもりだ」

「------成程。了解しました」

東は一つ頷き、そのまま口を閉ざした。

その様子を見て、忍田は周りを大きく見渡し、言葉を紡ぐ。

 

「これから、大げさではなくボーダーの存亡にかかる戦いになる。一つ間違えれば、市民への被害も出るかもしれない。最悪の場合――かつての大規模侵攻以上の厄災になる可能性も十分にある。これまで皆は本当に防衛の為に頑張ってきてもらった。――だからこそ、この危機を乗り越えなければならない。乗り越えなければ、結局はあの時と変わらないという結末になってしまう。――我々は、もう二度とあんな事を引き起こさない為に、ここに集まったのだから」

 

一拍、ここで忍田は言葉を切った。

 

「ここにいる皆は、色んな考えを持っていると思う。時には、主義主張の食い違いでぶつかり合う事だってあっただろう。――だが、いまここに限っては。この侵攻を食い止めなければならないという意思は。ここにいる皆は共通して持っているものであると私は信じている」

 

だから。

力を貸してくれ。

 

そう頭を下げる忍田の言葉に――各隊長は各々反応の仕方は違えど、同じ事を頭に浮かべた。

近界民を撃退する。

そして、――かつての悲劇を食い止める。

そんな、思いを。

 

 

「――という訳で、はい。君も訓練に参加してもらうから」

絶句。

 

眼前には――菊地原士郎(最近A級隊員であることを知った)がおり、本部内で天気の話でもするかの如き気軽さで地獄への招待状を渡した。

「く、訓練?」

「うん。訓練」

「何で!?」

「何でといわれても、訓練だからとしか言えないんだけど-----」

 

そんな、とのび太は思わず叫ぶ。

 

「いやだ。僕は皆と訓練なんかしたくない」

「この前あれだけ個人戦してたくせに------」

「個人戦はいいんだ。だって勝つも負けるも僕一人じゃないか。でもチームで戦うのは嫌だ。絶対に何かしでかして怒られるんだ。そういう運命なんだ」

「ああ。君スポーツで皆に叩かれて死んでたタイプか。うん。確かにそんな感じだよね君」

「そんな事言うなよぅ!僕だって、皆と一緒に草野球することもあるんだぞ!」

「へー。で、どれだけ打ってるの」

「一分」

「は?」

「だから、打率。一分」

「-------」

「-------」

「使う方が悪いね、それは」

「そんな事言うなよぉ」

「一分って。百打席立って一本打っているだけだろ。何で百打席も君なんか使っているんだ。きっと監督も君と同じくらいのバカなんだろうなぁ」

「ひどい!」

ちなみに。草野球チームジャイアンズ監督の名は剛田武その人である。車椅子に乗って元気に罵声を飛ばし、指揮を執っている。

菊地原の言っていることは、特段何も間違ってはいなかった。

 

「まあ確かに。君が風間隊に来たら色んな意味で死んじゃうかもね。ほら、うちの隊長怖いから」

「怖いの----?」

「うん。君がずっと個人戦している間に、三雲とかいうB級新人を一回引き分けるまで24回連続でボコるくらいには」

「悪趣味な!」

「まあよかったね。君は基本的にB級隊を回ってもらうみたいだから。風間さんに会う事はないよ」

「よかった」

「で、君が最初に行ってもらう隊なんだけど」

「うん」

「えーとね-----よかったね。何だかんだ優しい人たちが集まっているところじゃないか」

「優しい人たちなの!よかった!なんて名前の隊なの?」

「うん。じゃあ伝えるよ」

菊地原はいつもの眠たげな表情を浮かべながら、告げる。

 

「弓場隊だね」

 

 




次話。ののさんの罵声がのび太を襲う------かもしれない。


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弓場拓磨①

ドアを開けるまでもなく。

そこにはメガネのリーゼントが顔を上げ腕を組み睨みを利かせそこに立っていた。

 

「よく来たなァ。野比ィ」

それは。

かつてボーダーから帰宅しようとしたのび太を唐突に戦闘ブースに連れ込み二十本勝負を敢行した男の姿であった。

 

菊地原の話によると――優しい人だと。

あれぇ?

この人、この前の個人戦で何の躊躇いもなくシールドごとぶち抜いていませんでしたっけ-------?

案内された地図を見る。正しいように見える。されど、もしかしたら見えるだけなのかもしれない。部屋を間違えたのかそうなのか。

 

「------え、えーと。弓場隊長ですか?」

「おぅ。如何にも。俺の名前が弓場拓磨だ。なんだ、忘れたのか?」

忘れていません。

忘れていたのだと、思いこみたかっただけです-----。

 

「あの----なんで僕が」

弓場隊に呼ばれたんですか、と聞くと

「俺が指名したからだ」

と瞬時に答えが返ってきた。

 

どうもこの人は自分を気に入っているようだ。嬉しくはない。地獄の使者に気に入られていい事なんて一つだってないだろう。

「上の連中はお前に連携を叩き込んでほしいみてぇでなァ。じゃあどこの隊がいいかって話になったら------まあ、最初から連携がシビアになりやすい攻撃手主体のチームでやらせるのは酷だろうって話になった。なら、同じ銃手の俺が隊長やってるここがいいだろうって俺が言ってやった」

ありがとうございます。

その優しさが、今確実に追い込んでいるのです。のび太の心を。

 

「まァ俺としては上からお前に連携を叩き込む事を依頼されたわけだからな。適当にはやらねェ。------安心しろ。俺が、絶対にお前をいっぱしの銃手として成長させてやる。それくらいは保証してやるさ。――帯島ァ!!」

「はい!!」

唐突に叫び出された名前に、応答する声が一つ。

声と共に、ひょっこりと背後から何者かが姿を現す。

 

「こいつが今日から一時的に俺達の一員になる野比だ!しゃっきり挨拶しやがれェ!」

「うっす!――自分は弓場隊万能手の帯島ッス!隊長に匹敵する早撃ち技術を持つ野比隊員を、隊の一員として大歓迎します!!」

その人物は、膝丈くらいのハーフパンツを着込んだ、綺麗に日焼けした肌をした人だった。

性別は、ちょっと解らない。声は変声期前の少年にも聞こえなくもないし、体つきは少年そのものといった姿をしている。外見ではどちらなのか、判断がつかなかった。

その彼、もしくは彼女は――両手を背後に組み、胸を逸らし、叫び出すが如き声でそうのび太に歓迎の声を上げた。その光景は、あれだ。頭を刈り上げて眉毛も剃って炎天下の中でひたすら叫んでいるあの彼等の如き姿を――如何にもそんな風情ではない少年か少女かが行っているのである。

 

何だ。

何だこれは。

 

「――おうおういい声出しじゃねーか帯島!で、そこのメガネが新しい隊員か-----」

また更に。隊室の後ろ側からどすの効いた女の声が聞こえてきた。

そして、現れる。

その女は何もかもが大きかった。

声も大きい。身体も大きい。起伏も大きい。もうその存在感だけでのび太を後ずさらせるには十分な迫力であった。

 

「こんなメガネがうちの隊長から八本取るなんてなぁ。見た目だけじゃあ人は判断つかねぇんだな。――あたしの名前は藤丸ののだ。これからびしばし隊長がお前の面倒を見てやるからな。覚悟を決めやがれ」

凄く優しい目をしている。

なのに------なのに------何故にこんな風に、言葉も、態度も、突っ張っている風なのだろう。のび太はもう別世界に足を踏み入れたような感覚が全身を襲って行った。

 

野比のび太。

現在地獄の一丁目。

 

 

「――野比。お前、まだチームで戦ったことないんだったな」

「-----はい」

弓場はのび太を改めて隊に紹介すると、すぐさまその足で訓練用ブースに向かった。

「まあそいつは仕方ねェ。誰だって最初は一人だったんだからよォ。だがな、野比。上に上がりたきゃ、一番必要なのは連携だ」

何もない空間の中、複数の人型の的が現れる。

「明日、俺達は二宮隊とやる。二宮隊は元A級で、かつ隊長が射手No1の実力者だ。まともにやりあったらかなり厳ちぃ相手だ。――だが、やるぞ。俺と、お前。二人で二宮サンを落とすんだ」

「射手No1------」

のび太は、射手と一度相手をしたことがあった。

トリオンキューブを分割し射出することで戦う射手は、銃手よりも遥かに攻撃のバリエーションが豊富であった。身にまとわせたトリオンキューブを時間差で射出する事も出来るし、威力や射程の調整も可能ときている。とかく利便性が非常に高いトリガーだ。

「おう。あの人は本当に強い。だが俺とお前二人で、しっかり連携をとれたら勝てない相手でもねえ。――その為に、連携の練習はしておくぞ」

「連携の練習って?」

「これから、俺とお前で対二宮サンを想定した訓練を行う。耳かっぽじってよく聞けよ野比ィ」

 

弓場はブースの中心に立つと、的をぽんぽんと叩く。

「二宮サンの強さってのはな。攻防共に質量が半端じゃねぇ所にある。単純な話だ。馬鹿火力と馬鹿堅ぇ防御が両立してる。こっちの攻撃は弾かれるのにあっちの攻撃は防げねぇという理不尽を効率的に押し付ける強さがあっちにはある」

「-----そんなに凄い人なの?」

「おう。――で。俺は二宮サンと戦うときは、基本的にバイパー弾でシールドを拡大させてからアステロイドを放つ戦術を取っている。二宮サンのシールドは俺の弾丸でも貫けねぇからな。お前もその戦法は使っているだろう?」

「う、うん」

「まず大前提。正面からの撃ち合いではまず勝てねぇ。よっぽど条件が噛み合わねぇ限りな。シールドも張れねぇくらいの距離感での撃ち合いに持っていければ勝機はあるが、まあそんな都合よくはいかねぇからな。基本的にシールドを広げさせてようやくまともに撃ち合えると考えておけ」

バイパーによる多角的攻撃とアステロイドによる直線攻撃を組み合わせ相手のシールドを割る。それはのび太の得意戦法でもあるが――二宮を相手にするには、その戦法は必殺技というよりマストアイテムのようなものなのだろう。

「バイパーを撃つ。んで、アステロイドを撃つ。この二つの手順をクリアしなければまず二宮サンに俺達は勝てねェ。だが一人で二つその役割を担ってちゃその間に削り殺されちまう。――だから。俺達のどちらかが、どちらかの役割を担うんだ」

「バイパーを撃つ役とアステロイドを撃つ役を僕等二人で分けるって事?」

「そうだ。理想は俺がアステロイドでお前がバイパーだな。中距離でお前がバイパーを放って二宮のシールドを広げさせて俺がアステロイドで仕留める。中距離での射撃が正確なお前と近距離での火力に秀でた俺。基本線はこの役割分担で行きたいが――無論、状況によっちゃあ逆になる事もある。俺が近距離から二宮サンの防御をバイパーで崩して、お前のアステロイドで仕留める。そんな可能性もあり得る」

弓場のアステロイドは火力に秀で、弾速も速い。だが射程が短い。

のび太のアステロイドは火力に秀で、射程も長い。だが弾速が遅い。

だからこそ近距離での戦いにおいて速さも火力も兼ね備えた弓場が担い、防御を崩す役割をのび太が担うのは一番合理的な役割分担だ。弾速の遅いのび太のアステロイドだと、二宮が足を止めているタイミングでなければ防がれてしまう可能性が高い。

だが、その合理的な戦術は二宮にとって簡単に思いつく戦法であり、対策の取りやすい戦法でもある。

 

「だから。両方やる。お前が崩し俺が仕留める訓練も、俺が崩しお前が仕留めるのも。両方だ。ちゃちゃっと息を合わせるぞ」

 

 

それから。

「野比ィ!一拍タイミングが遅い!いいか、俺が懐に入ってアステロイドを構えた瞬間には、バイパーが相手に到達していなきゃいけねぇ!二宮サンはシールドの切り替えも滅茶苦茶速ぇからそれじゃ間に合わねぇ!もう一回だ!」

「野比ィ!気張れ!正面に俺がいても構わず撃て!視界だけじゃなく、オペレーターが転送するデータからも相手の位置を把握して弾丸を置けるようにならなきゃ、直線での援護が間に合わねぇぞ!訓練の間は俺に幾ら誤射っても構わねぇから思い切りやってみろ!お前なら出来る!もう一回だ!」

「いいぞ!野比ィ!やっぱり俺が見込んだ通りだ!思い切りやっても敵に当てるつもりの弾丸はそうそう仲間には当たらねぇんだよ!特にお前くらいウデがあればな!さあ、もう一回――」

 

ある意味で、弓場は優しい――という菊地原の感想がのび太には最初理解できなかった。

だが、訓練を通してその意味をようやく理解できた。

 

この人は怖い人じゃない。厳しいだけだ。

求めるハードルが高いだけで、そのハードルを越えるまでしっかりと最後まで面倒を見てくれる。

最初は怖かったが――だが、その根気強さの底にある優しさを次第に理解できるようになり、訓練にしっかりと入る事が出来た。

 

そして。

「――よし。かなり出来るようになったな。なら、次のステップに行くか」

 

三時間ほど訓練を重ね。

弓場はそう言った。

 

「上からこいつのデータを各隊に送られてきた。せっかくだから使わせてもらおうじゃねえか。――今度、近界民の侵攻で現れるとされる新型のトリオン兵だ」

 

弓場はオペレーター室の藤丸に指示を送る。

その瞬間――ブースには二足歩行のトリオン兵が現れる。

 

両腕が肥大化し盾のように側面を埋め、顔面の中心に丸い眼球のような球体が埋め込まれたそれは、ブースの中心に鎮座していた。

 

「こいつ相手に、さっきの訓練と同じことをするぞ。――気張れ、野比ィ」

トリオン兵が駆動する。

その瞬間に――弓場は睨みつけるように目を細め、銃を抜いた。




この時点における原作との相違点は、今のところ大きく
①大規模侵攻時に出撃しなかった(もしくは招集できなかった)部隊が参加する事。
②ラービットの情報を先んじてボーダー内で共有している事。
③合同訓練の実施によってアフト人型勢の対策を講じる事
の三つです。
これがどう戦いに影響を与えるかは、今後のお楽しみと言う事で。


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弓場拓磨②

犬型改め、匿名解除し丸米となりました。再びよろしくお願いします。



ぐぇ、という声が漏れ出る。

 

それは――新型トリオン兵(試作)の巨腕から放たれた打撃によるものであった。

頭部についた眼球のような部分が弱点であろうと放たれたのび太のバイパー弾を腕部の装甲で弾き、瞬時にのび太の間合いを詰め打撃を行使した。

 

堅い。そして速い。

耐久性も速度も、今までのどのトリオン兵よりも強力だ。

 

 

「野比ィ!早く立ち上がれ!そいつに捕まれば終わりだ!」

弓場はそう叫ぶと、新型のトリオン兵に寄り、アステロイドを放つ。

一発を弱点の眼球に放ち、腕で防がせる。

同時に放たれた二発目を、長く垂れ下がった耳に。

耳が吹き飛ぶと同時、のび太はその隙を見て立ち上がり、グラスホッパーを利用しその場を脱出する。

 

「ここからだぜェ、野比ィ。――息を合わせろォ!」

「はい!」

 

のび太はアステロイドとバイパーを構え、引鉄を引く。

上下左右に全身に散らばるバイパー弾と、眼球に真っすぐに放たれたアステロイド。

新型トリオン兵は頭部を下げて眼球を隠すと同時に、頭部を庇うように腕を掲げる。

 

頭部。両腕。双方を防御に使用したことを確認すると、のび太はグラスホッパーを用いてトリオン兵の側面へ横切る。

横切りながら、アステロイドを放つ。

その動きに合わせ弓場はトリオン兵の背後を取り、ほぼほぼ同時にアステロイドを放つ。

 

両腕が封じられがら空きになった脇と背後に、のび太と弓場の高威力のアステロイドが放たれる。

ほぼほぼ一点へ集弾されたアステロイドはトリオン兵の装甲を引っぺがし、装甲内部へのダメージを与え始める。

 

トリオン兵はそれを判断したのか、頭部を抱えていた体勢を整え、体軸をくるりと回しながら両腕を振り、背後と脇を守りながらのび太と弓場に迎撃する。

 

頭部が解放された瞬間に、のび太はバイパーを解除しグラスホッパーを再度セット。二枚発動し、一枚を自分に、一枚を弓場の前に置く。

 

それを用いてのび太は頭部の上に飛び上がり、弓場は正面へと移動する。

 

「――撃てェ、野比ィ!」

「はい!」

 

頭頂部からのび太が。

正面から弓場が。

 

上下から息を合わせた同時射撃が、再度行使される。

 

頭頂部と腹部に直接叩き付けられるアステロイド。

トリオン兵はまずは正面の弓場を迎撃せんと、左腕を振り上げ叩き付ける。

 

それをステップを踏むように避けると同時、飛び上がったのび太が地面へ着地をする。

サブをグラスホッパーからバイパーに切り替え、のび太は更に背後からの射撃を行う。

 

アステロイドを撃ち込むと同時――弓場へ行使された左腕の打撃の隙を縫うような弾道を引いて、バイパーを放つ。

 

バイパーは、眼球へと向かって行く。

それを頭部を下げ防ごうとするが――。

 

「完璧だぜェ野比ィ」

 

頭部を下げた瞬間――弓場が足元まで更に距離を詰めていた。

 

「あばよ」

弓場のアステロイドが真上に打ち上げられ、トリオン兵の眼球を撃ち抜く。

 

「――よし」

崩れ落ちるトリオン兵を背後に弓場はのび太に近づき、拳を合わせた。

「こんなもんだな。三時間ちょっとの訓練でここまでできるなら上出来も上出来だ。――明日の二宮隊との戦いも楽しみになってきたじゃねぇか」

 

 

「――なァ、野比ィ」

「はい」

訓練が終わり、トリオン兵のデータも消えたブース内。

弓場はのび太にねぎらいの言葉を投げると同時、言葉をかける。

 

「お前、どうしてボーダーに入った?」

「え------」

「単なる俺の興味だ。答えたくなければ答えなくていい」

のび太は、割とびっくりした。

弓場は――何というか、のび太の射撃技術に興味はあっても、のび太のパーソナルそのものにはそんなに興味を持っていないと思っていた。

だって。-----まあ明らかにこう、性格もノリも正反対な人間であるし。

だからこそ以外というか。弓場のような人間がのび太に興味を持ってくれた----という事実が、少しだけ嬉しかった。

 

「そんなに珍しい理由じゃないです。------自分が住んでいた街が壊されて、そのまま何もしないままじゃ嫌だったんです」

「------大規模侵攻で被害にあったのか。家族は無事だったのか?」

「はい。------その時、ちょうど県外に出る用事があって」

「------そりゃあ本当に運がいい」

「はい。------でも、皆が皆、運がよかったわけじゃなかったんです」

 

のび太は、伝えた。

大規模侵攻の後。自分の周囲の人々がどういう風に人生が狂わされてしまったのか。

弓場はジッとのび太を見つめたまま、拙いのび太の話を聞いていた。

 

「------無力、か」

「はい」

「------成程な」

 

一つ頷くと、弓場はそう呟いた。

「野比ィ。一つ教えておいてやる」

「はい」

「ここじゃあ、色んなものを背負った奴がいる。あの侵攻で肉親を失った奴もここじゃあ珍しくない」

「------はい」

「そういう奴等は、無力な自分のままじゃ背負いきれないからボーダーに来ている。無力な自分を変えて、無力なままの自分を許せなくてよォ。背負ったもんを背負いきれる力を得たくてな」

「-------」

「文字通り、そういう奴等の思いが支えでボーダーは成り立っている。------で、俺が言いたいのはな」

ガシガシと頭を掻きながら、弓場は言葉を続ける。

「お前が背負っているものも、ボーダーの連中はちゃんと理解してくれるってことだ。そういう背負っているものでボーダーは成り立っているからな。無論俺も、俺の隊もな。だから、何でも一人で、って思う必要はないんだぜ、野比ィ。ボーダーがお前の力を必要としているように、お前もボーダーの力を必要としていいんだ」

ぽん、と肩に弓場の手が置かれる。

「――明日。二宮隊をぶっ飛ばすぞ。そんで、隊の全員で上手い飯でも一緒に食おうや。期待してるぜ、野比ィ」

「――はい!」

弓場はそう言うと、それじゃあ訓練は終わりだと告げ、ブースから出ていく。

 

やっぱりだ。

――なんだかんだ言っても、弓場さんは優しいんだ。

それが解って、少しだけ嬉しかった。

 

 

「――さて。皆集まったかな」

本部作戦会議室内。

以前、A・B級隊の隊長が集められた部屋の中。

忍田本部長を中心に、幾人かの隊員が集められていた。

 

A級1位太刀川隊 隊長太刀川慶、出水公平

A級2位冬島隊 隊長冬島慎次、当真勇

A級3位風間隊 戦闘員総員

A級 玉狛第一 戦闘員総員

A級 迅悠一

B級1位二宮隊 二宮匡貴

B級2位影浦隊 影浦雅人

B級7位東隊 東春秋

 

全員が集められた作戦室内。忍田は彼等を全員を前に、言葉を続ける。

 

「今日集まってもらった皆にはある役割がある」

「------黒トリガーの撃破。そして()()ですね」

「その通りだ」

 

忍田は――東の言葉に頷く。

 

「今回、我々は近界民の襲撃を予め準備できる。相手は話を聞く限りでも相当に厄介な相手であるが、対策を事前に打つことが出来れば――相手の黒トリガーを回収できるかもしれない」

「相手も迂闊だよなぁ。こんな重要な情報を載せたトリオン兵をこっちに寄こすなんてなぁ」

現在。大規模侵攻の”予定”が判明したのは相手の戦術トリオン兵を解析したことによるものと説明がなされている。侵攻前にスパイ活動をしていたトリオン兵を捕らえ、そこから情報を引き出した、と。

実際にはドラえもんによってもたらされたものであるのだが。

 

「今回判明している黒トリガーは四つ。星の杖、泥の王、窓の影、卵の冠。この四つの黒トリガーの使い手がこちらに襲来する。このうち――最低でも“星の杖”を手に入れる」

「------何故ですか?ボーダーの中で適応者が見つかったのですか?」

「いや。現物がない限り適応するかは解らない。それよりも――この黒トリガーが、襲い掛かってくる近界国家にとっての“国宝”であることが重要なのだ」

「------どういうことですか」

「簡潔に言えば、今回の襲撃は近界国家の領主の一つが執り行っている。襲撃の為に持ち出した黒トリガーの中で、――この星の杖だけが、領主自身の所有物ではない。国宝として、国家そのものが所有している黒トリガーを拝借して持ってきている形だ」

「------成程。国家から持ち出してきたその国宝を奪えば、襲撃してきた勢力にとって一番の大打撃を与えられるという事ですか」

「その通りだ、風間。その上で、国宝の黒トリガーは近界に対しての交渉カードにも成りうる。――だからこそ、回収しなければならない」

「-----国宝、って言われるくらいだ。ただの黒トリガーじゃねぇんだろ?」

「-----影浦の言う通り。この国宝は性能も使い手も段違いに強力だ」

忍田はその後、各黒トリガーの性能を説明する。

星の杖――複数の円周上に高速で剣を走らせ、相手を切り裂く黒トリガー。

泥の王――使い手を固体・液体・気体に変化可能なトリオン物質を纏わせ、自在な攻防を可能とする黒トリガー。

窓の影―ー空間同士を繋ぎ使用者を自在に動かしながら、攻撃性能も持ち合わせている黒トリガー。

卵の冠――生物状のトリオン物質を無数に動かし、触れた人間をトリオンキューブに変換する黒トリガー。

 

「各々弱点はあるが、強力な黒トリガーであることは変わりはない。対策を事前に練っておかねば、すぐにやられてしまうだろう」

「-----我々が主導となって、この黒トリガーへ対処を行うのですね」

「ああ。――大変な任務になると思うが、皆であれば十分に可能であると考える。――新型のトリガーも、これに合わせ作成したことだしな」

 

「一つ質問してもいいですか?」

木崎レイジは、忍田に挙手をしながら忍田にそう言った。

「何だい、レイジ」

「-----相手の国宝を奪う事で、回収の為に本格的な侵略をされる可能性はないのですか?」

その質問に、皆が少しだけ静まった。

その可能性は、十分にある。

国宝を奪われる、となったら国そのものの威信が失墜する可能性があるのだ。そうなれば、今までの比ではない程の兵力をもって、戦争を仕掛けてくる可能性もあるのではないか?

その疑問は、当然のものだった。

「君の懸念はもっともだ。だが、今回相手となる近界国家は特殊な事情を抱えていてね。その可能性は低いと考えている」

「特殊な事情?」

「一つ。その近界国家は“トリオン”によって国家を維持させている事。二つ。現在その国家は領主間による派閥争いが激しい事。――そして、我々が住むこの世界は、トリオン回収のための餌場である事。この三つの事情を鑑みれば、本格的な占領・侵略のための戦争は起きる可能性は低いと想定できる」

「――ああ、成程。“国宝が奪われた”という事は、今回侵攻してくる領主以外にとってはその領主を叩き潰す好機でもあるのか」

東がそう言うと、忍田は一つ頷いた。

”国宝が奪われた。だから取り返す為に戦争を仕掛けよう”

よりも。

”国宝が奪われた。だからそんなヘマをした連中のおかげで領主を叩き潰す名目が出来たから戦争を仕掛けよう”

となる可能性の方が高い。

その上で、玄界は――遺憾であるが、連中にとってはいまだ安定してトリオンを回収できる餌場である。その餌場を荒らした事で玄界に黒トリガーが増え、更に攻めにくくなってしまえばそれはそれで彼等にとっては危機に直結する。

「そうなれば、連中は戦争を仕掛けてここを荒らすよりも、交渉によって国宝を取り戻す事が合理的だと判断する可能性もある。そうなれば――攫われた人々を取り戻すための交渉が可能になるかもしれない」

「成程-----」

「さて。ではこれより作戦会議を開始する。それでは、皆の役割分担をこれから伝える。よく聞いてくれ――」

 

会議は、続く。

着々と、対策が練られていく。

 

会議の中――迅は一言も発さず、皆の顔をそれぞれ見ていく。

 

「--------」

少しだけ、顔を顰め――、そして向き直った。



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剛田武②

ちょっとした息抜き。


のび太と弓場が訓練をしている、その一方。

剛田武もまた、合同訓練の為B級部隊に派遣されていた。

 

「いいか、ジャイアン君」

「うっす!」

「いつ、いかなる時でも俺達ボーダー隊員は、冷静に、かつ覚悟を決めていなければならない」

「あったぼうよ!」

「いかなる死地に赴こうとも------泣くことは、許されない」

「俺はガキ大将だぜ!泣くなんてことはしねーよ!!訓練だろうと何だろうと、何だって乗り切ってやるぜ!」

「----そうか。君は、強いな。ジャイアン君」

 

彼が派遣されたのは、B級中位諏訪隊の一室であった。

ソファに本棚が脇に設置されている隊室の中央に、麻雀卓がでん、と鎮座されているその部屋は――かなり散らかっていた。

そんな事を気にも留めることなく、隊室の脇でマンガを読んでいた少年に、金髪の男が近づいていく。

 

「おい。日佐人。堤の様子がおかしいぞ。どーなってんだ」

「-----触れないでおきましょう、諏訪さん」

「あん?どうしてだ。------つーかおサノはどうした。おサノは」

「“万が一”の為に逃げる、って言ってました」

「あん?何じゃそりゃあ」

「------」

「------あ」

その瞬間、諏訪は何かに気づいたようだった。

「おい。まさかあの馬鹿。()()()に新入りを連れて行く気か?」

「------多分。堤先輩の意思じゃない。でも、連れてこいといわれたんだと思います」

「いやいやいやいや!あの女、ついに小学生まで殺しにかかってんのか!」

 

諏訪が叫ぶ中――堤大地の細められた瞼が、歪む。

 

「――いや!ダメだダメだ!」

「ど-----どうしたんだよ!堤先輩!」

「俺は正気じゃなかった----!あんな、あんな所に------新入りの子を連れて行くなんて、バカげている!絶対にやっちゃいけない!」

 

堤大地は頭を抱え、眼前にいるジャイアンの両肩をがしりと掴む。

 

「ごめん。ジャイアン君。――やっぱり君を連れて行けない」

「何でだよ!俺じゃ力不足だっていうのかよ!」

「力があるとか、そういう問題じゃないんだよ。――これは一人で受けなきゃいけない地獄なんだ」

 

悲壮な決意。

無惨な現実。

地獄の業火。

 

「――行ってくる」

堤はそれら全てを閉じられた瞼の裏側に押し込み、震える膝を叱咤して隊室から出ようとする。

ジャイアンは、思った。

――なんて。なんて悲しい背中なのだと。

それは、かつて。自身の雑貨屋が半壊した様をただ見上げていた、父の背中を思い起こすほどに――寂しく、哀愁を感じさせるものであった。

 

「待てよ!俺は地獄なんかじゃ怯みやしねぇ!このジャイアン、仲間を見捨てて地獄へ送るなんてマネはしねぇぞ!――皆も、そうだろ!」

 

「え?」

「は?」

 

部屋の隅でひそひそと話していた――そばかすの少年と金髪の男は、思わず投げかけられた言葉にそんな反応を返した。

 

「何だか解らねぇけど------仲間が今、とんでもねぇ場所に行こうとしているんだろ?だったら、一緒に付いていかなきゃそいつは男じゃねぇ!」

 

「ジャイアン------」

「-------」

「-------」

 

さて。

困った。

 

――どう収集をつければいいんだ。

 

 

 

 

 

などと。

 

 

 

思っていたが。

 

 

 

収束は、一瞬。

 

 

 

「――こんにちわ」

ソレは現れた。

ヒ、と短く小さな悲鳴が堤の喉奥から漏れ出る。

 

「全く、堤君ったら遅いじゃない。この前双葉が世話になった新入りの子が合同訓練するっていうから、挨拶がてらご馳走を振舞おうと思っていたのに。あんまり遅いんでこっちから出向いちゃったわ」

ソレは、腰までかかる鮮やかな金髪と、上品かつ野性的な雰囲気を醸しだした女だった。

口元のほくろを純粋な笑みと共に歪ませ、後ろ髪を搔き上げて。

 

「冷めちゃう前に、いらっしゃいな」

「加古ちゃん-----この子は、この前双葉と個人戦した子じゃないんだ-----」

「あら?そうなの?――こんにちわ。私の名前は加古望。A級隊の隊長をしているわ。貴方は?」

「俺の名前は剛田武!三門市のガキ大将、人呼んでジャイアンだ!」

「あらそう。ジャイアン君。――身体が大きいわね。いっぱい食べそう」

「加古ちゃん!」

「一緒においで。ご馳走を振舞ってあげるから。勿論、堤君もね」

ふふ、と微笑む。

その笑みは、何処までも子供らしい好奇心とか、純真さとか――そういう無垢な代物を彼女自身の雰囲気で包んだような。美しさの中に可愛らしさを少しだけブレンドさせたような、そんな笑みだった。

 

その笑みの意味を、堤大地は知っている。

 

「さあ」

 

堤大地は、知っている。

 

「私と一緒に」

 

知って、いる。

 

「――ご馳走を食べましょう?」

 

そう。

知って、いるんだ。

 

「ご馳走だって!?何だそりゃあ、そんな事言われちゃ行くしかねぇ!」

「ふふ。そんなに喜ばれちゃ、作り甲斐があるわね。じゃあいらっしゃい」

「おう!――で、ご馳走って何だ?」

 

それは地獄の第一歩。

一度で終わる地獄は、地獄にあらず。

 

「ああ、言ってなかったかしら」

 

地獄とは。

終わりのない終わりを、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し。

 

「炒飯よ」

 

堤大地。

本日、通算三度目の死を迎えることが決定された瞬間であった。

 

 

「------」

「------」

ところ変わって。

弓場隊隊室内では――隊全員を集めてのミーティングが行われた。

 

過去の二宮隊のログを見ながら。

そのログは、弓場隊のミーティングの為、というよりも新入りののび太に二宮隊をレクチャーする為であるのだが。

 

「-----昨シーズンの三戦。二宮サンがバトってるものをピックアップして見せたが。どうだ、野比?」

「-----A級って、この部隊よりも強い人が集まっているんですか----?」

「いや。二宮隊は規定違反を起こしたペナルティとしてBに落とされているだけで、A級でも実力は上の方だ。実質、A級との戦いと思えばいい」

規定違反でB級に落とされるって。

そんなの、B級隊にとって災害以外の何物でもないじゃないか。

「何がきついって、今回隊同士の戦いだからなぁ。他の部隊と二宮隊を食い合わせる、って方法が使えないんだよなぁ。正面からぶつかり合うほかない」

「------二宮先輩だけじゃなくて、辻先輩・犬飼先輩もマスタークラス。ここ二つを倒すのも、そうそう簡単にいかないんですよね」

弓場隊狙撃手、外岡一斗と万能手帯島ユカリはそれぞれそう感想を告げる。

 

「一番どうにもならない展開は、この三人が俺達よりも早く合流して、こっちを分断しにかかる場合だ。辻と犬飼が組んで各人の足を止めて、二宮サンがハウンドをバラまいて各個撃破。これが一番やられちゃきつい」

「だったら合流を優先するか?だとしても、合流に手間取っている間に、多分犬飼辺りがこっちの動きを把握して二宮サンと組んでぶつけてくるぞ。特に、その過程でトノの位置が把握されちゃもうウチ等はお終いだ。合流の為に動き回っている間に、トノが援護する必要性が出てくるかもしれねぇ。そうなったら、二宮サンが出張ってトノぶっ殺して終わりだ」

 

のび太は、考える。

どうするべきだろうか。

 

――正直、チームとしての総力は負けている。

二宮というボーダー全体を見渡しても実力が抜きんでた圧倒的なエース。脇で支えるサポーターの二人も、マスタークラス。この圧倒的なチームの厚みに、勝てる絵図はどうしようもなく限定されてしまう。

 

合流しようが、しまいが。総力戦で真正面から二宮隊とぶつかって勝てる道理がそもそもない。

 

「------」

もし、勝てる道筋があるならば。

二宮が戦況を把握する前に――辻・犬飼を速攻で落とす事。

 

「-----あの」

「何だ、野比ィ」

「僕は合流よりも――僕と弓場さんで、辻さんと犬飼さんを倒すことを優先した方が、いいと思います」

「ほぅ。――いいぞ野比。遠慮するこたねぇ。意見はばしばし言っていい。じゃあ、根拠を話してくれ」

「------二宮さん単独を落とすことを考えた時に、僕と弓場さんが組んで、それでいてしっかり連携が決められることが勝つために必要だ、って弓場さんは言っていたじゃないですか」

「言ったな」

「その条件を満たすためには------連携を分断してくる辻さんと犬飼さんは、何か行動を起こす前に落とす必要があると思うんです」

「簡単に言うが、ムズイぞ。あの二人は実力もそうだが、状況判断が鋭い。俺とお前で分かれて各個撃破する動きを見せたら、その狙いはすぐに看破されるぞ」

 

「-----弓場さん」

「何だ?」

「ちょっと、僕に考えがあるんです」

 

のび太は、皆に考えを伝える。

 

「------成程な」

弓場は一つ、頷く。

「確かに。これは俺とお前がいるからこそ成り立つ作戦だ。-----だが、俺はいいが、お前の役割は滅茶苦茶重いぞ、野比ィ。いいんだな?」

「はい」

その返事に、迷いはない。

 

その迷いのなさに――弓場は、一つ微笑んだ。

 

「よっし。方針は決まったな。――それじゃあ、明日しっかりキメるぞ!二宮隊をぶっ潰す!」

 

ッス!

 

短く、明瞭な声が隊室に響き渡った。



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弓場拓磨③

「もう一度状況を確認するぞ。今回の試合は俺達と二宮隊との試合だ。マップは市街地B。どっちかのチームが全滅すれば負け。タイムアップは無し。簡単なルールだ。マップも慣れている場所だ」

「うっす」

「手はず通り。帯島は転送後から俺と合流する事を優先。外岡は俺に近い方角の狙撃地点につけ。その上で、野比。お前は基本的には単独行動からの巣を張りつつの遊撃。距離が近ければ俺と合流する動きをしつつ、犬飼・辻のどちらかが近ければそちらに迎撃。――野比。お前は最悪、単独で辻・犬飼両方とやりあうことになる。しっかり準備しておけ。いいか。辻・犬飼が合流している時は倒そうと思うな。その時は俺達側に相手を誘導しつつ、引きながら戦え。その動きは、お前は得意なはずだ」

「はい」

「それじゃあ――もう時間だな。いいか。今回は二宮隊相手だ。強敵故に、転送位置によって大きく作戦が異なってくる。落ち着いてそれぞれ役割を果たせ」

「ウッス!」

「それじゃあ、やるぞ!」

野比のび太。

――人生初の、チーム戦に挑みます。

 

 

転送が行われ、試合が開始される。

――どうだ。

のび太は、祈るような気持ちで仲間の転送位置を確認する。

 

――よし。

ほぼほぼ、理想通りの転送位置となった。

弓場と帯島は西側の近い位置に転送され、外岡は弓場の位置から見て北方に寄った場所にいる。あの位置ならば、外岡は少し移動すれば弓場・帯島を援護できる。

 

そこから反対側の場所に自分が転送されたのも――それも含めて、理想的だ。

 

「スパイダー」

のび太は建物の間を縫うようにスパイダーを張っていく。

一つの通りを張り終えると、素早く次の場所へ。

 

今回ののび太の役割は、犬飼と辻の迎撃及び合流の妨害である。

 

犬飼・辻を見かければ撃つ。それまでの間は、スパイダーを張り続ける。

 

市街地Bは建築物の高低差が大きく、射線が通りにくい。狙撃手のいない二宮隊は、当然射線を避けながら移動をしつつ、索敵に努めるであろう。

ならば、そこを埋める。

二宮隊が通るであろうルートを想定し、そこにスパイダーを張っていく。

射線が通らない。かつ現在ほぼ位置が固まっている弓場・帯島・外岡の居場所へと伝わるルート。

 

そこを埋めていく。

そうすることで――二宮隊全体の移動を鈍くさせる。

二宮隊の合流を遅らせ、駒を浮かせ、単独で狩れる好機を作る。

 

それさえ、出来れば。

勝機は――。

 

 

「――野比ィ!気をつけろォ!」

唐突に、藤丸の声がのび太の脳内に送り込まれる。

 

「二宮サンだ。――来るぞ!」

 

移動するのび太の上空から、鳥の群れが襲い掛かるが如くトリオン弾の雨あられ。

それはハウンドだ。

だが――威力も射速も段違いの、ハウンドが。

 

のび太はそれを見かけた瞬間に、瞬時に両トリガーをシールドに切り替え逃走を開始する。

 

抉れるコンクリ。破砕されていく建築物。

張ったスパイダーは無惨に散り散りになっていく。

 

何とか弾雨を防ぎ切った、その背後を振り返る。

 

そこには。

「――野比を捕捉した」

黒のスーツを全身に纏った、冷たい表情をした男が一人。

ポッケに両手を入れ、身体全体に三角錐状のトリオンキューブを纏わせ、男はのび太を見ていた。

何の感情も浮かんでいない、それを見て――のび太は思った。

 

これは魔王だ、と。

 

 

「――隊長!野比が二宮サンに捕まっちまった!」

「――了解!外岡ァ!野比への援護、間に合うか!?」

「移動すれば何とか-----隊長!犬飼先輩と辻先輩が合流してこっちに向かってきてます!」

「位置は!」

「弓場さんの位置から東南に三百メートル弱っす!かなり近い!」

 

「------チッ」

ここで、この戦いの絵図が大方決まった。

のび太と二宮。弓場・帯島と犬飼・辻。

 

「――隊長!どうしますか!?」

このどうしますか、は――つまるところのび太か弓場・帯島か、どちらを援護するか、という意味だ。

二宮に捕まったのび太は、このまま時間がたてば落とされる。

そして、外岡が援護をした所で助かる保証はない。更に言えば、のび太が落とされれば、援護によって位置が判明した外岡は確実に二宮に落とされることになる。

 

ならば。

のび太に二宮を釘付けにしてもらっている間に、外岡と連携して犬飼・辻を落とし、二宮と相対した方がいいのではないか。

 

弓場の判断は、早かった。

「外岡ァ!野比の援護に向かえ!」

「了解です!」

 

迷うことなく、弓場はそう判断した。

「-----帯島。多分あの二人は本腰入れてこっちを撃退しようとはしねぇ。俺達をこの場に釘付けにして、のび太を落とした二宮と合流する心づもりだろう。そっちの方がやり易い」

「-----はい」

「外岡ァ。お前は二宮の()()()を塞いでいけ。藤丸は野比に逃走経路を指示。こっちは二宮サン側に寄りつつ、犬飼と辻を迎撃する。援護、しっかりキメろよ帯島」

「はい!」

「――さて。それじゃあ相手してやろうじゃねぇか」

目視範囲に、辻をまず見つけた弓場は――瞬時に引き金を引いた。

 

 

二宮隊の最初の方針はこうだった。

転送位置上、のび太と二宮の位置が近ければ――迷わず二宮はのび太を真っ先に落とす。

 

「恐らくあの新入りが駒として一番機能するのは、攻撃面では弓場との連携。補助面ではスパイダーによる移動妨害。合流されても面倒で、放置していても面倒だ。真っ先に落とすに限る。――奴と俺は恐らく相性が悪い。落とすのにそう時間はかからんだろう」

「二宮さんよりも俺たち二人の方が新入り君との距離が近い場合はどうします?」

「その場合は、二人がかりでやれ。単独で接敵された場合は無理して相手をするな。射線を切りながら足止めをしておけ」

「了解」

「基本的な流れは、新入りを撃墜してから連携しての弓場の撃退だ。俺が新入りの所に向かっている場合は、恐らく弓場と帯島が合流しているだろう。二人揃っている時は無理に相手をするな。足止めをしておけ」

 

そして。

転送位置はのび太にほど近い場所であった。

周囲を索敵していた二宮はのび太が設置したスパイダーを発見。「狙撃手の射線が封じられる」条件を満たす周辺ルートをオペレーターの氷見と連携して炙り出し、のび太を発見するに至った。

 

その後は――張り巡らしたスパイダーごと吹き飛ばす目的でフルアタックハウンドを放ち、現在に至る。

 

「------ く!」

のび太はバイパーを放ちながら、二宮から逃げる。

当然のことながら――分厚い二宮のシールドを貫けるわけもなく、背後から襲い掛かるハウンドの猛襲から逃げ続ける。

 

――逃げるにしても、バイパーは撃ち続けなければだめだ。

二宮がシールドを解除し、フルアタックでこちらに攻め入った瞬間――それがのび太にとっての終わりであることが如実に理解できてしまう。

片手でハウンドを撃ち続けられるだけでも、もう何も手出しできないほどの威力がある。あれが二倍になって、逃げきれる自信がない。

 

「――野比君!」

死ぬ思いで逃走をしていると――狙撃手の外岡の声が聞こえてくる。

 

「野比君!足はまだ削れてない?」

「はい!大丈夫です!」

「解った!送信されるルートに沿って逃げて!」

 

のび太は言われるまま――脳内に送られてくるルートに沿いながら、走っていく。

そこは、比較的建造物が少なく、開けた街路。

 

――ここじゃあ、ハウンドからの逃げ道が。

建造物によってハウンドの軌道を制限する場所がない。これでは、避けられない。

 

二宮もそれが解っているのか、建造物の陰に隠れハウンドを生成する。

 

「-------」

が。

それは放てなかった。

 

彼方から飛来した銃弾によって。

二宮はシールドを張り、それを防ぐ。

 

「成程――。野比の援護に来たか」

のび太はそのまま銃弾の軌道とは逆方向に逃走をはじめ、その先にある建物に入っていく。

 

「――狙いは解った。ならば」

二宮の視線は、のび太から――弾道の先にある、外岡へ向けられる。

 

「まずは外岡を落とす」

二宮は、そのまま――外岡の方向へと、走り出した。

 

 

「-----トノ!二宮サンが向かってきているぞ!」

「はい----。つっても、あとやる事って粘るくらいしかないっすよね」

「おう!出来るだけ粘って死にやがれェ!」

「そんな気合入れて言わなくたって-----。まあでも、本当にそれしかないもんねぇ」

外岡は、接敵してくる二宮に、せめて足止めせんと足元へ弾丸を放っていく。

無情にも、シールドに阻まれていく。

「それじゃあ、出来るだけ粘るんで――あとはよろしくっす」

そう表情を変えぬまま呟き――向かい来る魔王に向け、弾丸を放っていた。

 

 



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弓場拓磨④

考えるな。感じるんだ。


嚥下されていく物質が喉を通り胃へと下る。

 

その瞬間に、全身を駆け巡る。

 

駆け巡る。

駆け巡る。駆け巡る。

駆け巡る。駆け巡る。駆け巡る。

 

灼熱が。極寒が。上半身を焼き尽くし下半身を底冷えさせる混沌の権化が。

胃液が氾濫する。血液が悲鳴を上げる。泥土を積み上げ、蚯蚓を埋め込み、蛞蝓を塗り固めたような、じめっとしたイメージが想起されたその瞬間、それら全てが全身からぞわり、ぞわり、と身体を埋めて這いまわっていく。

 

横隔膜に始まり、各内臓器官及び筋繊維の一本に至るまで、まるで出来の悪い体鳴楽器のように震えだす。震え出した全身は骨を響かせ、痙攣という形となって全身を蝕んでいく。

 

痺れる。

気持ち悪い。

痛い。

怖い。

焼ける。

溶ける。

寒い。

苦しい。

震える。

 

脳内に氾濫する感覚質の暴力が感情を震わせ、血沸かせ、汗と涙を押し出していく。交感神経の狂いによって起きたパニックの断続的発生により鼓動の音すら明瞭に聞こえてくる。底冷えする氷枕は足元に積み上げられ、腐葉土の如き生暖かさが内臓に氾濫し塩に溶けた蛸の粘液のような()()()を発生させ、灼熱の如き痺れが脳内に電気信号として叩き込んでいく。

 

ねちゃり。

ぐちゃり。

 

かみ砕く。

嚥下する。

 

ぷちゅ。

ぐちゅ。

 

感じる。

ナニカをかみ砕く音が。

そこに付随する感覚質が。

 

狂わせていく。

狂わせていく。

 

酸いも甘いも。

痺れた舌の先。そこに何かを感じ取る余裕なんてない。舌先三寸の感覚を超え、現在はその果てにある闇の底に足を踏み入れた。

仮想空間の中。頭の先にあるリングの果て。一つ目のモンスターが頭上を駆け巡り空へと向かう。

暴走する意識に縫い付けられていく感情と感覚質。

正気と狂気の飽くなきタップダンスの果て、見つけ出せる意味を探る。

 

血が。

意識が。

幕を閉じていく。暗黒色の感覚質が意識の大海を駆け巡って、叡智とか哲学とか、そういうイデーの集合体を超えた、その先へ――。

 

 

 

 

声が、聞こえた。

 

 

 

 

「あら――。残念。()()()()()()()()()()()()()

 

失敗。

失敗。

 

俺は、失敗。

 

「本当にごめんなさいね。せっかくのご馳走を――。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

今度?

今度、とは。

 

見える。意識を走る列車の車窓から。

繋がれた円環状のレールの上。もくもく煙を上げてぐるぐる列車は回っていく。

 

は。

はは。

 

今度。

今度とは次だ。

終わりなき次が紡ぐ暗黒が、また始まるというのか-------。

 

「か-------」

輪廻の回転の中、再構築された精神から引っぺがされた魂が死に絶えるその瞬間。

垣間見たその笑顔を――言葉にして、呟いた。

「かあ------ちゃん-------」

 

見た。

そして、

 

 

「こちら二宮。外岡を捕捉。排除する」

「犬飼、了解」

「辻、了解」

 

のび太を狙っていた二宮が、援護に来た外岡に狙いを変えたことにより、戦況に変化が起きる。

 

これにより弓場隊は、二宮隊が持っていない「狙撃手」の駒を失う事となる。

今まで、二宮隊の動きは狙撃を警戒し移動・戦闘に大きく制限を受けていた。特に、外岡は単独行動によって一人をマンマークしながら援護を可能とする狙撃手だ。逃走・隠蔽が非常に上手く、動きが読みにくい。その為、二宮隊は隊の動きを大きく制限せざるを得ず、二宮も常に防御に思考を割かざるをえなかった。

 

外岡という、この戦いにおいて一番遠くから攻撃を可能とするカードを失ったことにより――戦況が大きく二宮隊に傾く。

 

「帯島ァ!こっちだ!」

「はい!」

 

弓場は二宮が外岡に狙いを変えたタイミングで、帯島と共に市街にある施設の中に入る。

建物に入った瞬間に、両者ともバッグワームを起動。姿をくらます。

 

「氷見さん。中のデータお願い」

「はいはい」

 

犬飼は即座に氷見から、施設内のデータを貰い、確認する。

恐らくは博物館か何かであろうか。中央にぽっかりと空いた空間があり、その周辺を螺旋状の通路が上階に続いていく形をしている。

 

「あー。これは先に入った方が有利な建物だね。入口が少ないし、入ってくるとすぐに位置が捕捉されるわ通路で待ち伏せされるわ。こりゃ面倒だね」

 

犬飼がそうぼやくと同時、

 

「とはいえ、隠れてくれるのならばこちらとしては好都合では?」

「うん」

二人が二宮に出された指示は、弓場・帯島の足止め。

建物の中で籠城してくれるのならば好都合も好都合。後は外岡を狩った二宮を待ち、連携して叩き潰せばいいだけだから。

周囲を見渡しても、建物周辺は広い駐車場と広場が多く、全体的に開けている。建物の外に出ればすぐにオペレーターが捕捉してくれるはずだ。

このまま犬飼と辻は、建物の外に張り付き弓場・帯島が出てくるか、二宮が到着するのを待っておけばいい。

 

が。

 

「――二人とも、気を付けて!西側から野比くんが撃ってきている!」

「え?」

その瞬間。

 

「――っ」

「おっと!」

辻は犬飼の前に身体を割り込ませ、シールドを張る。

――突き刺さる、アステロイドの弾丸。

 

「おいおいどこから-----」

「西南およそ百メートル先にある三階建ての建物!マーカーを付けとくからすぐ確認して!」

「百メートル------」

 

辻は信じられない、といった様相の表情を浮かべる。

周囲は開けているとはいえ、それでも百メートルの距離は銃手にとっては非常に遠い距離感だ。それもハンドガン型のアステロイド弾で――寸分違わず、犬飼の脳天へと弾丸を到来させていたのか。

 

「ここからじゃ迎撃は不可能だね。ちょっとビックリ。噂には聞いていたけど、あの子、マジで射撃に関しては化け物なんだね」

「弾速はさすがにあんまりない。だから防ぐのは難しくない。------だけど」

張り付いている建物の中には、弓場がいる。

一方的に弾丸が浴びせられるこの状況下で、弓場に襲い掛かられたらひとたまりもない。現在建物の中に身を潜めている弓場は、どのタイミングでもこちらに襲い掛かる事が出来る。

のび太の援護を背後に帯島と連携した弓場を撃退することの難しさと、建物に潜む弓場を警戒しながら建物に入る難しさを天秤にかけ、

 

「しょうがないか。入ろう辻ちゃん」

「仕方ないですね------」

 

二人は意見の一致により、建物に入る事を選択する。

辻は張り付いた壁を弧月で斬り裂き、入り口を作る。

 

二人は周囲を警戒しつつ、建物の中に入り――じわじわと、通路を上っていく。

 

その瞬間、銃声が聞こえた。

「!」

身構え、互いの背を預けあう体勢を取る二人。

 

そこに。

 

「――旋空弧月!」

 

螺旋通路の上側から――通路を斬り裂き、上空から奇襲をかける帯島ユカリの姿が見えた。

辻、迎撃せんと弧月を振るが。

 

「-----っ」

 

――辻は一瞬躊躇を覚えてしまい、シールドで応対する。されど、旋空の威力を殺しきる事は出来ず、右腕を切り落とされる。

犬飼は瞬時にアステロイド突撃銃を帯島に向け、撃つ。

前進に弾雨が襲い掛かる中、それでも帯島はアステロイドを発動させ、辻の足下を削る。

 

――帯島、緊急脱出。

上空からの急襲により、辻は右腕を失い足が削れた。

その代わりに帯島を撃退したものの。

 

「-----が---!」

上空からの急襲の後、今度は通路の足元から弾丸が襲い掛かる。

高威力の弾丸が足元の床面を砕き、アステロイド弾を辻の肉体に叩き込む。

 

――辻、緊急脱出。

そのアナウンスが響く中、犬飼は通路を駆けながら下階にいる弓場にハウンド突撃銃で応対する。

 

この建物は、上階に行けばガラス張りになる。上階から射角を保ちハウンドを撒きながら、時間を稼ぎ、のび太がこの建物で弓場と合流するタイミングで建物を脱出する心持ちであった。

 

犬飼はのび太とも弓場とも、タイマッチすることは二宮に許可されていない。辻が落とされた今、弓場とのび太との合流を嫌うよりも、二宮と孤立させないことを優先すべきであると即座に思考を切り替える。弓場とのび太の連携は未知数であるが、最悪自身が盾になってでも連携を分断させ二宮に二人を撃退させればいい。とにかく、のび太・弓場VS二宮単独の図式を作ってはいけない。その図式が出来てしまえば、弓場隊にも勝ち筋が見えてしまう。

 

ガラス張りの窓がある上階まで螺旋通路を辿り、着く。

その瞬間。

 

「――あ、マジかー」

狙いすましたように――外から襲い掛かるバイパー弾が、横殴りの雨のように雪崩れ込んでいく。

全身を穿たれた犬飼は、それでも通路から身を投げ出し何とかその場を脱出する。

 

が。

 

「-------」

「お疲れ様でーす。弓場さん-------」

地面に叩き付けられ、尻もちをつくその眼前に。

細められた目が恐ろしい、弓場の銃口があった。

 

銃声が、一発鳴り響いた。

 

 

――野比ィ!気張れ!正面に俺がいても構わず撃て!視界だけじゃなく、オペレーターが転送するデータからも相手の位置を把握して弾丸を置けるようにならなきゃ、直線での援護が間に合わねぇぞ!

 

弓場を前衛に、自身が後方の援護を前にする連携の訓練中。

そう弓場は言っていた。

弓場の身体で相手の位置を把握できない時――オペレーターが送る位置情報から、位置を読み解け、と。

 

その応用だった。

――弓場さん!あそこのガラス窓の所まで誘導してください!

 

自らの意思でそう隊長である弓場に指示を出し、弓場はそれに応えてくれた。

実戦の場で、初めて――連携によって敵を落とした瞬間だった。

 

「------」

「よくやった、野比ィ」

 

弓場はニッと笑うと、のび太の頭をぽん、と叩く。

 

「色々あったけどよぉ-------これで二宮サンと俺たち二人の戦いができるってもんだぜ」

「はい」

「――ここまで来たんだ。さっさとやっちまおう」

 

その瞬間に、響き渡った。

 

――外岡、緊急脱出。

 

「――外岡の粘りと帯島の犠牲を無駄にできねぇ。野比ィ、気合入れていくぞ」

 

のび太と弓場は走り出す。

――本日対峙する、魔王に向かって。



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弓場拓磨⑤

決着。

はじめて整形フォームを使ってみました。


外岡を狩り、残すところ二名。

弓場と、のび太。

 

――考えうる俺の負け筋は、弓場の間合いに入っての急襲。新入りと弓場が連携しての全方位攻撃。この二つだろう。

 

二宮にとって弓場は、力勝負の土俵に立てる相手だ。

弓場が最大限活きる間合いで勝負を仕掛けられれば、二宮とて負けてしまう。

最大火力を最速で叩きこむ。

高威力のアステロイドを早撃ちによって叩き込むあの技巧は、二宮とて準備がなければ防ぐことはできない。

 

その上で、――新入りの野比のび太。

辻・犬飼が倒されたのは、二つこちらが認識していない要素があったからだ。

一つ。のび太の遠方からの射撃能力。

二つ。弓場とのび太の連携の練度。

のび太の射程が辻・犬飼を大きく超える能力だったため、二人は弓場が待つ施設の中に入らざるを得なかった。その為、帯島と弓場の待ち伏せによって辻が落とされることとなった。残る犬飼も、弓場とのび太の変則的な連携によって倒された。

 

今までの情報を鑑みるに、のび太の援護を受けた弓場が相手との距離を詰め、仕留めるという形が基本だろう。

 

二宮は火力では二人に勝てる。しかし二人揃っての攻撃の手数においては負けている。

射程は弓場には勝つ。のび太とは互角。

 

恐らくは二宮とのび太が撃ち合っている間に、弓場が二宮に接近。そこからのび太のバイパー支援と弓場の高火力アステロイドの連撃によって、仕留める。

 

「成程」

要は。

弓場を近づけなければいい。のび太の支援が受けられぬように分断していけばいい。

 

二宮は無言のまま、ポッケに手を入れ歩いていく。

残る標的を仕留めんと。

 

 

二宮に、一発の弾丸が向かう。

それは、およそ七十メートル先にある高層建築物の中層から放たれたアステロイドの弾丸だった。

 

街路を歩く二宮はそれを当然の如く防ぎ、返す刃でトリオンキューブを作成し、その半分ほどでハウンドを放つ。

建造物が爆散する中、二宮は更に残るキューブの方向を変え自らの左手側に放つ。

 

街路の先。路地の間に身を潜めていた弓場は、付近の建物に逃げ込み二宮のハウンドから逃れる。

潜んだ建物でバイパーにトリガーを切り替え、二宮へ放つ。

曲線による弾道を視認した二宮は、シールドを広範囲に拡げそれを弾き――反対側へ移動していたのび太のアステロイドを瞬時にシールドを展開する事によって防ぐ。

 

弓場はそれを見つつ、バイパーからアステロイドに切り替える。二宮のシールドが背後に位置する事を確認し、拳銃を撃ちながら二宮との距離を詰める。

二宮は弓場との距離が縮まる事を嫌い、ハウンドから切り替えたアステロイドを細かく分割し、三回に分けて放射を行う。

一射目で弓場の足を止めさせ、二射目で弓場の足元へ。それを防がんと足元にシールドを広げた弓場に三射目はシールドの隙を縫うように。

一射目で生成した弾の三分の二程を使用し、弓場の足を止め、二射目で足元へシールドを集めさせ、残る弾で弓場を削る。

足を止めた弓場を確認しつつ、二宮はまた更にアステロイド弾を生成する。

それと同時。

のび太はグラスホッパーによる高速移動で、二宮の側面を横切り、移動しながらアステロイドを放つ。

シールドで弾く。

と同時。その奇襲と合わせアステロイドを放とうとする弓場に向けアステロイドを少し放射し牽制を入れつつ、グラスホッパーの使用後着地したのび太に向け残る弾を断続的に放っていく。

 

のび太はすぐさま近くの裏路地へ逃げ込み難を逃れるものの、その動きすら見透かされていたのか。逃げ込むまでは小型のキューブを放出し、路地に隠れた瞬間に大きく分割し、遮蔽物ごと圧し潰すようにアステロイドを放つ。

「------ふん」

圧し潰された遮蔽物の更に裏。路地のフェンスに飛び込み死を逃れたのび太は完全に視線を切った二宮の場所をレーダーで確認。その後バイパーに切り替え、――視界に映らぬ二宮に向け、弾丸を放っていた。

流石に、レーダー頼りの瞬時の射撃では一点に集弾する事は叶わずそれは二宮の周辺に面攻撃となって降り注ぐ。二宮はシールドの展開が間に合わなかったのか、弾丸の一部を身体に受け、トリオンの煙が肩口より舞い上がる。

 

――これで。

いける、と弓場は判断した。

上空からのバイパーでダメージを受けたその瞬間。弓場は瞬時に二宮との距離を詰め――アステロイド拳銃を、向ける。

 

が。

 

「――あ、がぁ---」

 

拳銃を向けたその瞬間――放たれたアステロイドが、弓場の胸を穿った。

――クソッタレ。シールドが間に合わなかったんじゃねぇ。二宮サンは、あの時点でシールドは解除してアステロイドに切り替えていやがったんだ。

 

のび太の――レーダー頼りのバイパー攻撃を冷静に予測したうえで、更にその威力と正確性まで読み切った上での選択。

シールドを解除し、アステロイドをセット。バイパーと連動して動き出す弓場の動きに合わせアステロイドを生成。そのまま弓場を撃ち抜いた。

 

「-------」

無言のまま、二宮は両手にハウンドを展開する。

 

そのままそれを上空に放ち――。

 

 

――弓場、緊急脱出。

――野比、緊急脱出。

 

 

こうして。

弓場隊とのび太の合同訓練は――二宮隊に敗北、という形で終了を迎えた。

 

 

「どうだった、野比ィ」

「どうだった、って-----?」

「この二日間だよ。今日の敗けも含めてなァ」

 

弓場は隊室内のソファで少し目を瞑り、ぐっ、と悔しさを飲み込んだ後――のび太に、尋ねた。

 

そうだ。

今日で――弓場隊との合同訓練は終わるんだ。

 

「ちったぁ成長できたか?」

「それは------勿論です」

弓場からこの二日間で教わったことは、数え切れない。

最初はとにかく怖かった弓場という男は、――今のび太には確かな感謝の対象として変化していた。

 

連携の基礎を叩きこんでくれた。その上で、のび太の意見をしっかりと聞き、応えてくれた。

厳しくも、目線も、立ち位置も、対等だった。対等の人間としてのび太を認めてくれた。

だから――のび太も手を抜けなかった。

手を抜いてしまったら、対等の目線を維持してくれている弓場の立ち位置まで、下げてしまうような気がして。

 

だから成長できた。

そう、素直にのび太は思った。

 

「――野比ィ。連携ってのはな、仲間のことを理解する事だ」

「------仲間を、理解する」

「おぅ。お前は俺がどういう動きをするか。俺はお前がどういう動きをするか。それを理解してからが連携のスタートだ。それから、お前が基本的にどういう思考で戦っているのか。こういう状況になったら、お前はどう動くのか。――それが解ってくればな、おのずと取るべき行動が解ってくるのさ」

「------」

「お前は俺を理解しようとしていた。だから俺も腹ァ割ってお前に全部言うべきことは言ったつもりだ。俺を理解したことで、お前も理解できたことがあるだろう。それが、成長ってやつだ。――二宮隊もな。個人プレーだけで勝っているわけじゃねェ。全員が全員、ちゃんと互いがどう動くか解っているから強いんだ。まあ、つまりさ」

 

弓場はソファから立ち上がり、のび太に近づく。

 

「これから強くなりたきゃ――自分の仲間のことを、全力で理解する努力をまず始めてみろ。それが、今回の訓練で俺がお前に伝えたかったことの全てだぜ、野比ィ」

 

弓場がすっと差し出した手を、全力でのび太は握り返した。

 

「これで俺達との合同訓練は終わりだ、野比ィ。お疲れさん」

 

 

その後というか。

あの事の顛末。

 

「――堤の兄貴、こんな感じですか!?」

「そうだジャイアン君!俺が向かう先にまず掃射を行って、道を切り開くんだ!その後、諏訪さんと俺で組んでの一斉掃射をするから!」

「おうよ!――堤の兄貴、絶対に次の対戦相手ぶっ潰してやりましょうや!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「なあ日佐人-----」

「何ですか諏訪さん------」

「あの新入り、何であんなに堤と仲いいの-----?いや別に悪いことじゃねーけど」

「-----一緒に地獄に落ちたら、仲良くなれるんじゃないですか?」

「------」

「------」

 

 

「すげぇ!すげぇぜ堤の兄貴!息ぴったりだ!がはははははは!」

「ああ。この調子で頑張っていくぞ、ジャイアン君!」

 

同類、相憐れみし。

友情の土壌は、熱だけでなく地獄の果てにある艱難辛苦の中にもあるものなのだと。

そう学んだ、二人がそこにいた。




ドラフトは森君取れてすっきり。
けど奥川君欲しかったなぁ-----。


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太刀川慶①

「それで」

「うん」

菊地原士郎は、眼前ののび太に向け――特に変わらぬ表情で言葉を投げる。

二日間の弓場隊との連携訓練。恐らくは、思い切り合うか思い切り合わないかのどちらかであると踏んでいたが――どうやら話を聞く限りにおいて、かなり弓場との相性はよかったみたいらしい。

そのことに安心しつつも、菊地原は尋ねる。

「――その髪は、なに?」

「弓場さん」

「は?」

「だから、弓場さん」

 

のび太は短い髪をかき集め、その全てを前に引っ張り上げている。

だが髪のボリュームが悲しいほどに足りない為、逆ちょんまげの如き――何となしに、絶妙な情けなさを湛えた風貌の少年がそこにいた。

 

「僕が今まで会った人の中でも、弓場さんは一番カッコいい人だった」

「うん」

「だからまずは言葉遣いから真似しようと思って、ポン吉おじさんを“ポン吉ィ!”って言ってみたんだ」

「ああ-----うん。で?」

「思い切りチョップされて、説教された」

「やっぱり君、馬鹿だろ」

「言葉を真似できないなら、だったら髪型だけでも真似をしようと思って」

「こうなったの?」

「うん」

 

菊地原はじっとりとのび太を見る。

何度か目を瞑って、まっさらな状態で見直す。

 

うん。

やっぱり。

 

「本当馬鹿だよね。のび太君」

「何でそんなひどい事を言うんだ?」

何でそうなるんだって。

何でそうならないと思えるのかこちらに説明してほしいくらいだ。

 

「取り敢えずとてつもなく変な見た目だから、元に戻そうよ」

「うん」

のび太は割に素直にその意見を受け入れると、すぐに元の髪型に戻した。

「僕もそれとなく気づいてたさ。僕は弓場さんにはなれない」

「よく解っているじゃないか」

「無理に人に合わせる必要はないんだ。僕は僕の道を僕なりに歩いていく」

「多分その道の先は落とし穴ばかりだと思うけど-----」

「という訳で僕はこれから帰るんだ」

弓場隊での二日間の日々は、確かにのび太の中で大きな財産となった。

だがこの財産のありがたみというのは、どこかで振り返って再認識すべきものであると考える。

怠け者ののび太が、あれほど頑張った姿。

その素晴らしさは、もう一度本来の在り方を見つめなおした先にあるものだ。

 

だから、帰ろう。

冬休みの宿題も終わっていないし。何なら手を付けてもいないし。これから手を付けるつもりもないし。

帰ろう。帰ろうよ。

温かく穏やかな惰眠が待つあの家へ。

 

「それじゃあ菊地原さん、さようなら――あの。何で僕の肩を掴んでいるんですか?」

本部を背に歩き出したのび太の肩に、菊地原の手が乗せられる。

「え?訓練だって言ってなかったっけ?」

「聞いてない」

「耳が悪いんだね」

「僕は寝たいんだ」

「そんなの知らないよ」

流れるような動きで肩から首元へ手を移動させると隊服を掴んで菊地原はのび太を引っ張る。

引き摺られる、のび太。

 

「僕はこれから何処に向かうんだ?」

「行けば解るよ」

 

 

菊地原に連れられ、向かうは開発室。

扉を開くと、いつもの不機嫌そうな顔をした鬼怒田がいた。

「鬼怒田さん。連れてきましたよ」

「おお。連れてきたか」

のび太を一瞥すると、鬼怒田はそう呟いた。

いつもの説教かと身構えていたのび太の前に、鬼怒田は近づく。

「野比。お前に是非とも協力してほしいことがある」

「協力?」

「そうだ。――ついてこい」

鬼怒田に連れられ、菊地原とのび太は部屋の奥に存在する仮想空間ブースの中に連れて来られる。

 

「皆、野比を連れてきた。これで最後か」

 

ブースの中には、様々な人間がいた。

 

黒のロングコートを着込んだ、キツネ目の人

背が小さく、目つきが鋭い人。

その人と同じ隊服に身を包んだ、つんつん頭の人。

弓場よりもボリューミーなリーゼント頭をした人。

白いパーカー状の隊服に身を包んだ、活発そうな印象を受ける人。

マスクをつけた、ボサボサ髪の人。

ゴーグルを装着して、ずっと目線を何処かに固定されている人。

 

そして。

「あ」

見覚えある人も。

 

弓場に、黒江に、木虎に、二宮に――そして。

「------遊真君?」

「よ、のびた。元気にしてたみたいだね」

「あ、うん。------それで、その姿は?」

遊真は以前の隊服姿ではなく、黒一色の服に身を包んだ姿となっていた。

「ん?ああ、これはおれの黒トリガーだ」

「あ、そうなんだ。それで-----この集まりは何なんだ。僕は寝たかったのに」

「ん?何か、迅さんから説明があるみたいだぞ」

 

「やあやあ皆、集まったかな」

ブースの入口から、迅悠一が顔を出す。

そして、

「皆、俺の為にわざわざ集まってくれてありがとう。うわははは」

「あ」

ダンガーさんだ、とのび太は思わず頷いた。

モジャ毛に髭、そして全身を包む黒のロングコート。忘れる訳もない風体の男が、そこにいた。

 

「-----で。太刀川さん。何で俺等集められたんですか?」

「私も暇じゃないんですからね」

「------何でもいいからよぉ、早く説明しろよ」

 

周りからも何やら文句がぶぅぶぅと漏れている。

のび太と同じく、緊急で呼び出されたのだろうか。周りの人間も何で集められたのか解っていないようだった。

 

「まーまー皆さん。俺から説明しますから。静まれ静まれ~」

迅は両手を前に差し出しながら、そう言う。

 

「今回皆に協力してほしいのは――眼前にいる太刀川さんの訓練だ」

「そう。俺の訓練だ」

 

「太刀川さんに------?」

「訓練だァ------?」

木虎と弓場が、不可解とでも言うかの如くそう声を漏らす。

 

「そう。――まあ、ここに集められている人たちにはちゃんと言っとくね」

迅は表情を変えずに、言う。

 

「太刀川さんは今回の拿捕目的になっている“星の杖”所有者であるヴィザ、という人型近界民と戦うために――新しく開発された新型トリガーを使う」

迅の説明に、太刀川は頷く。

「そして、その新型トリガーには何と――緊急脱出機能が付いていない」

太刀川が特に表情も変えずに、そう呟いた。

 

「は?」

 

真っ先に木虎が、声を上げた。

「緊急脱出がついていないって-----」

「黒トリガーと同じ。緊急脱出機能がついていないトリガーを使って、太刀川さんは――黒トリガーと、戦う」

「何でそんな事を!あまりにも危険すぎます!」

緊急脱出機能が無ければ――換装体がなくなれば、後は生身の肉体が戦場に放り出されることになる。

もし黒トリガーとの戦いで太刀川が敗北すれば――それ即ち、死と同義の戦いになるわけだ。

「------上がよく認めたなァ。そんな事」

「まあ俺がやらなきゃ忍田さんがやることになるからな。それ位なら、って事で俺にさせてもらえることになったのさ」

「-------」

太刀川がそう言うと同時、のび太はひょこひょこと弓場に近づく。

「-----弓場さん弓場さん」

「何だ野比ィ」

「------あの髭のおじさん、凄い人なの?」

「おう。太刀川サンは――今のところ、ボーダーの個人ランキング一位だぞ」

「え」

え。

あの――餅を食べながらダンガーなる言葉を教えてくれたあの人が、一位?

 

「という訳で。太刀川さんはマジでとんでもない一発勝負に出るので――それまでに出来るだけ訓練はしておかないといけない訳です」

「という訳だ。解ったか出水」

「何で俺に振るんですか。――解った?木虎----」

「--------」

木虎はまだ納得いっていないのか、思案顔を浮かべながら首をひねっている。

 

「で、今回の訓練内容は、単純明快。――あ、銃手の人はちょっと弾丸の設定を弄ってもらっていい?」

「どんな風に?」

「弾速にトリオン全部振って。射手の人も。速度全振り」

「-----何故ですか」

「今回の訓練はね――太刀川さんと俺以外の人が太刀川さんを攻撃。それを太刀川さんと俺が全部弾く。この訓練を行ってもらう」

え、と声が漏れる。

ここにいる、全員。

 

のび太は周囲を見渡す。知っている顔ぶれを見るだけでも、それぞれがそれぞれの分野でエキスパートとして君臨している人たちばかりだ。

 

「今回は、出来るだけ攻撃の出が速い、もしくは機動力がある面々を集めさせてもらった。――今回の相手であるヴィザという近界民は、ぶっちゃけボーダーの黒トリガー全部集めても勝てるかどうか解らないくらい強い」

「らしいぞ。俺は知らんけど」

「なので、その攻撃に対処する為に――皆さんには太刀川さんを全力で攻撃してもらいます。出来るだけ早い攻撃をね。で死角からの攻撃は、俺が風刃使って弾く。で、皆はそれにめげずに太刀川さんを攻撃してもらう。一発でも太刀川さんに攻撃が当たれば皆の勝ち。十分以上粘れたら太刀川さんの勝ち。で、基本太刀川さんは防御だけど、攻撃手の攻撃は訓練の一環としてキッチリ反撃する。まあここ、自動的にトリオン体再構築されるからめげずに攻撃してね」

 

それじゃあ、と迅は言うと。

 

「早速――始めようか」

 

――と、いう一連の流れにより。

唐突に、“太刀川慶強化訓練”が開催されたのであった。

 

一番、輝き弾ける笑顔を浮かべていたのは――その当の本人である太刀川自身であった。

 

 



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太刀川慶②

避ける。

防ぐ。

 

全方位から襲い掛かるアステロイドを。ハウンドを。バイパーを。合成弾を。その間隙から襲い掛かる攻撃手の襲来を。

その全てを両手に持つ弧月に似たトリガーで弾き、避け、攻撃手を凄まじい速度で斬り裂いていく。

弓場とのび太のアステロイド――それも、トリオンのほとんどを速度に割り振った銃弾すら、太刀川に掠る事はなかった。

 

銃弾の支援を背に受け、影浦が二対のスコーピオンを連結させた”マンティス”が太刀川に襲い掛かる。

されど。

その刀身ごと圧し潰す旋空により、影浦はその身を両断される。

それと同時、刀を振り切った太刀川の懐に入り込むように、黒江が“韋駄天”を発動する。

太刀川は斜めにステップを一つ踏んで黒江の”韋駄天”の軌道から距離を取り、側面からの斬撃によりその首を刎ねられる。

 

その斬撃の勢いにより太刀川は瞬時に背後を振り返り――“カメレオン”を解き、今まさに襲い掛からんとしていた風間・歌川・菊地原の三名を、二つの旋空により斬り裂く。

 

――一連の攻撃手の対処を、全方位から暴風のように襲い掛かる最速のトリオン弾への対処を正確に行いながら、太刀川慶は行使していた。

 

「のびた。――たちかわさんの三方位に弾を撃って」

「解ったよ、遊真君」

のび太は遊真の指示通り、正面、左右にそれぞれアステロイドとバイパーを撃ちこむ。

太刀川は当然、空いた背後に向け引き、その弾丸を避ける。

 

「『弾』印+『強』印 二重」

その動きに合わせ――遊真は儀式で使われる円陣のようなものを空間に描きだし、それを踏む。グラスホッパーのように、自らを弾丸のように打ち出すと、足を背後に動かしていた太刀川へ飛び蹴りを行使する。

 

「おお。これが噂の黒トリガーか」

わははと笑いながら、太刀川はその攻撃を避けることは諦め、刃で受ける。

そのまま蹴りの威力で足を止めさせんと更に遊真は力を籠める――が。

 

刀身に蹴りを行使した瞬間、ふわりと自らの身体が浮く感覚があった。

「おお」

蹴りの勢いを殺すのではなく、体幹の押し出しと同時に行使された刀身の返しによって流す事で――足を止めず、遊真の急襲を防いだ。

 

「――うっわ。なにこれ。うっわ。えぐいわ」

 

ゴーグルを装着した男が、のび太の隣に立つとそんな事を言い始める。

 

「いや、太刀川さんえぐすぎひん?反則やん?なあメガネ君」

「うん」

「あ、自己紹介まだやったなぁ。俺は生駒達人いうねん。よろしく」

生駒は――旋空を放ちながら、のび太に声をかける。

その旋空は――今まで見たことのないほどの距離を駆け抜けていた。

何あれ、と思いながらものび太は言葉を返す。

「うん。よろしくお願いします」

「君の早撃ちもえっぐいなぁ。君と木虎ちゃんがやりあっていたの見たで。ええ感じやったなぁ。ええなぁ。女の子にモテそうや」

「モテるんですか!?」

のび太、驚愕の事実に思わずそう返してしまう。

「おう。なんせガンマンやガンマン。女の子の憧れやでガンマンなんか――あ」

が。

先程の旋空よりも長射程のそれが、生駒の首を刎ね飛ばしていた。

 

「お喋りとは余裕だな、生駒」

太刀川の言葉が聞こえると同時――生駒は生首のまま、思わず呟く。

「------え?マジ?俺の旋空、負けたん?」

「おう。すまんな。これも新しいトリガー能力のおかげだよ」

 

トリオン体が再構築されると同時、生駒は特に表情を変えずに嘆く。

 

「そんな。旋空の距離で負けてしまったら、もう俺の特徴なんかこのゴーグルしかないやん。女の子にもモテへんし」

「安心しろ。俺も大してモテない」

「くそぅ、隠岐め-------」

何やらこの場にいない名前を吐きながら、生駒はまた太刀川の下へ向かう。

 

「-----あのトリガー、予想以上だな。神経伝達機能が向上するだけで、旋空の距離すらも変わるのか」

「旋空の起動時間を短くすればするだけ、距離が延びますからね。神経が発達している分、振りと軌道を合わせる事は容易になっているのかもしれないですね」

 

旋空は、起動時間が短ければ短いほど射程が伸びる。

太刀川は現在、トリオン体の神経伝達機能を極限まで拡張されており――剣の振りと旋空の起動を合わせることが、いとも容易く出来ているのだろう。

 

「いいな。成程、こういう感覚か――。これで」

 

太刀川は二刀を構えると、全方位から向かってくる攻撃手たちを――。

 

「忍田さんの真似ができる」

 

断続的に行使される旋空の連撃によって――その全員を斬り裂いた。

その全てが、生駒以上の旋空の射程を持ち、また凄まじい連続性のある斬撃であった。

 

「――じゃあ、これまで」

 

迅がそう宣言したと同時。

十分の時間が終了し、戦闘が終わる。

 

「――楽しいなぁ、迅。もっとやろう!」

「そりゃあ太刀川さんは楽しいでしょうよ------」

出水公平はため息混じりにそんな事を呟いた。

 

「千発百中が聞いてあきれる-----一発も当たらんかった」

「------ヴィザって近界民は、これでも倒せないの?」

 

ボーダーきってのトリガー使いが集結し、行使された攻撃の数々を一発も被弾することなく防ぎ切った太刀川慶。

正直、黒トリガーよりもよっぽど反則じみた強さを手にしているようにも思えるのに、まだ足りないというのか。

 

「足りない。というか別に太刀川さん単独で倒そうなんて思っていない。本当に、この太刀川さんと、俺と、ある程度の戦力を集中させてようやく勝ち筋が見えるか、ってぐらい」

「何じゃそりゃあ」

「という訳で、まだまだ鍛えるよ。――それじゃあ、これからもう一度再開するね。皆、配置について―」

 

こうして。

太刀川慶への訓練は、続いていった。

 

 

「よし。太刀川さんの訓練終わり。僕はもう帰る」

「はい。まだまだだよー」

ずるずると引き摺られるのび太。

その先には、また違ったブースに。

 

「今度は、全方位から唐突に“窓”が現れるから、それに反応して弾丸を撃ち込む訓練ねー。頑張れーメガネ君」

 

 

「よ---よし。六回連続で、成功したぞ------。もう、もう終わりだ-----」

「残念。メガネ君。今度はこっちだ」

 

「今度はこの自動追尾してくるトリオンキューブを避けながら標的に弾丸を撃ち込む訓練ね。ちなみにこのキューブに触れると、弾丸消されるから、ちゃんと間を縫うように撃つんだよ。頑張ろう、メガネ君」

 

 

「もう帰る」

「帰さない」

 

「今度は、この移動する黒いトリオン物質に弾丸を撃っていく訓練ね。この中に的があって、それをオペレーターがデータ解析して送るからその的に向かって撃ってね。あ、あとこのトリオン物質ブレードに変換されながら君を襲ってくるし、時々気体化して君の中にトリオンを仕込んでくるから、オペレーターの指示に従ってちゃんと距離を保って戦ってね。はい、じゃあスタート」

 

 

 

 

 

「今日は頑張ったな、メガネ君」

「うん。――焼肉食べれるなら何でもいいや」

そして、現在。

のび太は迅と、途中で合流した髪の長いおじさん――名前は東という人らしい――に連れられ、焼肉屋にいた。

おじさんはどことなくあんまり感情が感じられない目をしているが、常に笑顔を浮かべている。何というか、妙な底知れなさみたいなものが溢れていて、のび太は少しだけあった瞬間に後ずさった。だが、この人が焼肉を奢ってくれると言う事で一気に掌を返し”いい人”認定に至ったのであった。まる。

 

「今日は俺の奢りだから。好きに食べなさい」

東は、のび太にそう優しく声をかけた。

「ありがとうおじさん」

「おじさんかぁ。ああ、もうそんな年か----」

「二十五でしょ、東さん」

え?

二十五?

「うそだぁ!忍田さんだって三十歳でしょ!?」

「残念。嘘じゃないんだなぁこれが」

「あっはっは」

何だか腑に落ちない顔をしていたのび太だったが、――そういえば、と思い迅に尋ねる。

 

「ねえ迅さん」

「何だい?」

「ドラえもん、何処にいるか知ってる?」

最近、ドラえもんの顔を見ない。

ずっと嫌味を言ってくる奴ではあったけど、こうも顔を見ないとちょっと不安になってくる。

 

「ドラえもんは、次の大規模侵攻に備えてちょっと特別に改造されているんだ。――あの子も、大規模侵攻で戦ってもらうことになるから」

「え、でも」

ドラえもんはロボットであって、トリオンはないはずだ。

トリオンを持たないドラえもんが、どうやって敵と戦うというのか。

「トリオンは無くても、戦う事は出来るんだよメガネ君。――その時になれば、解るから」

「-----解った」

腑には落ちないけど、ここは無理やりに納得する事にした。

 

そして――東(25)からも幾つか質問が飛んでくる。

 

「君は今隊にいないんだね」

「うん。――誰からもスカウトされないもん」

「あっはっは。大丈夫。今は皆余裕がないだけだからさ。大規模侵攻が終われば、君は人気者になれる」

 

東はそう言うと、目を細める。

 

「――野比君」

「ん?」

「多分、この前訪れた弓場辺りにも言われただろうけど――ボーダーは君の味方だ」

「------」

「今度の大規模侵攻。――一緒に、危機を乗り越えて行こう」

そういう東の声は、ほんのりと温かかった。

 

――そうだ。

ここで頑張らなければ、危機を乗り越えられないんだ。

 

焼肉を頬張りながら、のび太はそう思った。

 

 

「――じゃあ、メガネ君。じゃあね」

「うん」

夜遅く。

のび太は自宅まで迅に連れられ、家に届けられた。

 

家を、見る。

 

今パパとママが、ここにいる。

その幸運が、今なら解る。

 

――大規模侵攻。

今度の戦い。

のび太には、誓った約束がある。

 

「頑張ろう」

そう心に一つ誓い、彼は玄関を開いた。



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大規模侵攻①

ちょい文字数多め。すみません。


時は、訪れる。

1月20日。

 

ボーダー隊員全員が、その日ボーダー本部に集まっていた。

 

「――そろそろかね」

 

”門”の発生が、断続的に入っていく。

かつてないほどの多さで、空が黒く染まっているようだ。

 

「――それでは、皆。それぞれの役割を果たしてくれ」

転送されるトリオン兵の位置情報が、各隊に送られる。

それに合わせ――雪崩のように本部から部隊が送られていく。

 

第二次大規模侵攻の、始まりであった。

 

 

・ ・ ・ ・大規模侵攻における、敵勢力の戦略予想。

 

・各地域にトリオン兵を分散し、ボーダー戦力を分断させる。

・分断後に敵主戦力である黒トリガー並びに特殊トリガー使いを派遣。ボーダー勢力のかく乱並びに戦力の分断・低下を図りつつ、C級隊員並びに雨取千佳の拉致を狙ってくると考えうる。

 

先兵で勢力を分散させ、後に主戦力によって目的を遂行する。敵勢力は非常に有用なワープ機能を持つ黒トリガー使いがいることで、戦力の分散→集中の速度が速い。市街地への被害を出すわけにはいかない以上、勢力分散の敵の戦略を無視するわけにもいかず、用兵戦術に大きな制限をもたらすと考えられる。

 

よって、以下の指示を下す。

・各部隊の狙撃手総員並びに指示を受けた隊員は新型試作トリガー“ユビキタス”のセットを命ずる。冬島隊、冬島慎次隊長は試作トリガー遠隔制御・補助の為開発室待機。

・各隊指示を受けた者は新型試作トリガー“スケーリングライト”のセットを命ずる。使用に関しては、現場指揮官並びに本部司令部の承認によって使用する事。

・太刀川隊太刀川慶隊長は特殊拡張機能機能を持つ弧月の使用を許可。本トリガーには緊急脱出機能が付いていない為、慎重な立ち回りを求める。

・本侵攻における雨取千佳C級隊員の重要性を鑑み、特例として緊急脱出機能付き正隊員用トリガーの所持を許可する。ただし、雨取隊員には作戦に随行してもらう事とする。

・A級隊員、迅悠一を特例として作戦日のみS級に戻し、黒トリガー“風刃”の保持を認める。

 

以上。

健闘を祈る。

 

 

「――何故ですか、城戸司令!」

鬼怒田本吉は珍しく怒りを顕にし、城戸に食いかかっていた。

「何故雨取隊員を作戦に随行させるのですか!」

城戸は表情を変えずに、鬼怒田の叫びに応える。

「緊急脱出機能の付いたトリガーを雨取隊員に持たせるべき――そう主張したのは貴方だったはずだ。鬼怒田開発室長」

「それは彼女が連中にとっての目的であり、他隊員よりも危険な立場にあるからだ!――新型トリオン兵は緊急脱出機能を無効化する機能もある!攫われるリスクがあるのに、何故作戦に随行を!」

「だからだ」

城戸は、変わらない。

鬼怒田の怒りに。何の変化も示さない。

変わらない声音。変わらない表情で。

言う。

「彼女がそこに居れば、敵勢力はある程度彼女を中心に動いてくれると言う事だ。今回の侵攻に関して、敵勢力との大きく差があるのは用兵の速度だ。そちらをコントロールできる武器があるのならば、積極的に使うべきだ」

「しかし――」

「今回の侵攻に際して――市民へ被害を加えない為、C級にはこの侵攻を伝えないという決定を下したのは我々だ」

その言葉に、鬼怒田は押し黙る。

「C級を敵の釣り針として使うのだ。――そこまでやるのだ。雨取隊員だけを特別扱いするわけにはいかない。トリガーを渡したのだ。ならば戦ってもらう」

「------」

鬼怒田は、表情を崩し、怒りから――自分の発言と相手の発言の正当性の差への悔しさへ転嫁させる。

 

「――それに、これは雨取隊員の希望でもある」

「なに?」

「戦う手段を貰うのならば、戦うと。そう彼女は言っていた」

「-----」

「今回は彼女は作戦の要であるからこそ、ボーダーきっての戦力を付けている。これでも不満かね」

そうだ。

少し話しただけでも、解る。

雨取千佳という子は、何処まで行ってもいい子なのだ。

自分だけが特別扱いされて、安全地帯にいることをよしとする人間ではない。

感情を理論で覆いつくしただけの自分の論理が、何処までも理を通している相手の論理に打ち勝てるわけもない。

解っている。

解っているのだ。

----それでも、鬼怒田本吉は。

あれくらいの子供を持つ、一人の親なのだ。

 

「-----無事を祈るぞ。千佳ちゃん」

あんないい子が。あんなに素晴らしい子が。

敵勢力の手に渡るなど、もってのほか。

 

――そうだ。城戸に文句を言う前に。やるべきことがあった。

「------開発室に戻ります。邪魔をした」

 

鬼怒田本吉は自分の職場に戻る。

そうだ。

今行っている仕事だって、一人でも多くの命を救うために必要な事なのだ。

 

ならば。

自分は自分の役割を、果たそう。

 

 

「――という訳で」

「――呼び出された訳だ」

「よろしく、チカ」

「えっと----よろしくお願いします」

 

現在。

雨取千佳の眼前には、三人の男がいる。

 

太刀川慶。

迅悠一。

空閑遊真。

 

「あの------何で私に」

護衛なんか、と言おうとして

「うん?そりゃあ、君につられて敵で一番強い奴が来るから。俺はそいつを迎撃する為に来てる。迅もな」

「だから、実質的な護衛は遊真と言う事になるな。――遊真、頼んだぞ」

「任された。――狙撃手隊の人も、よろしく」

そう遊真が言うと、彼方から通信が入る。

「あいよー。隊長取られて暇だからよ。きっちり頼まれてやるよ」

「------よろしく。こっちも隊長とゾエさんが別の隊と組んでいるから、手を貸すよ」

冬島隊隊員、当真勇

影浦隊隊員、絵馬ユズル

現在この二人が、千佳を中心に、狙撃体勢に入っている。

 

「それじゃあもう一回作戦を確認するぞ。――まあ至極簡単な作戦だ。アメトリを餌に新型をおびき出す」

「あまとり、ね。太刀川さん」

「お、すまんすまん。――んで、それを俺達でぶった切っていく。ぶった切っていくうちに、何処かのタイミングでアメトリを捕まえようと黒トリガー使いが出てくると思うから、俺と迅でそいつの迎撃。そんで空閑と狙撃手二人は援護をしつつ、アメトリの離脱のお手伝い。そんで、当真はこっちに残ってもらって黒トリガー使いの迎撃の手伝い。ユズルはアメトリの護衛を続行。――これでいいな?」

「OK。――そんで、俺は基本的に射程がギリギリ保つ距離で撃っとかなきゃいけねぇんだな」

「おう。今回の黒トリガー、無茶苦茶射程長いからな。普通の狙撃手の範囲で戦ってしまったらぶった切られるらしい」

「あいよ」

「そいじゃあ――こっちも頼むぜ」

「りょーかい。取り敢えず、まあ――」

 

“門”が開かれ、大量の新型トリオン兵が落ちてくる。

 

「――雑魚共をぶった切ろうかね」

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

重く、弾けるような――大砲のような銃声が響き渡る。

 

新型トリオン兵と、モールモッドが集まる地区の中。

剛田武はレイガストを構えながら――重機関銃を脇に抱え、ぶっ放していた。

圧倒的威力・速度を誇る弾雨で面制圧を行使する一方で。

 

「ジャイアン君、援護するよ!」

「気持ちいいぶっ放しようだな!じゃあこっちも――ギムレット!」

「-----ハウンド」

「------影浦先輩、俺こっち側やるっす」

「好きにしやがれ。俺は俺で勝手にやってやるからよ!」

 

北添、出水、二宮、緑川、影浦がその弾幕を縫うように、援護をしていく。

ジャイアンの面射撃によって足を止めたトリオン兵を、余ったところを北添と出水が埋め、新型を攻撃手である緑川と影浦が狩っていく。

 

「おー、すげぇ弾幕!剛田君、その調子!」

「お前が何処を狙っているかは解っているからよぉ。好きに撃ちまくれ」

 

機動力に富み、乱戦が得意な攻撃手である緑川と影浦は――弾幕の援護の中好きに動ける環境において、十全な働きを期待できる。

「おっしゃ―!!このままぶっ壊しまくってやるぜ!近界民共!」

 

 

 

「それじゃあ、犬飼先輩、野比君。タイミングを合わせてね」

「了解」

「------はい!」

 

白磁のような白い肌を持つ細身の女性隊員――那須玲の声に犬飼とのび太が応えると、三人はそれぞれバイパーとハウンドを放つ。

頭頂部に向かう弾道によって一番堅い両腕を頭に掲げていた新型の眼球部分に―ー曲がりながら弾が集まっていく。

 

「いくよ、辻君」

「は、は、はい------」

 

熊谷の言葉に辻が少し動揺しながらも――一連の弾幕を張り終えたトリオン兵の群れに対し、両者は踏み込んでいく。

弾丸の間隙を突き、襲い掛かろうとする新型の動きを旋空によって牽制を入れ、射撃陣の第二掃射の時間を作る。

 

「――絶対に、通さない」

 

のび太はそう呟くと――また銃を構え、弾丸を撃ち放つ。

 

 

 

各々、それぞれの部隊が新型に対処しながら、戦況は続いていく。

――事前にしっかりと新型トリオン兵”ラービット”の存在を共有していたからであろう。

 

未だ、トリオン兵によって戦闘不能となった隊員はいなかった。

 

初動において――ボーダーはかなり理想的な展開となった。

トリオン兵の分散を想定した配置によってスムーズに排除を行う事が可能となり、未だ被害は出ていない。

 

「思った以上に、玄界の戦士たちは優秀ですな」

ヴィザは少しばかり表情を緩めて、そう呟いた。

アフトクラトル艦内の作戦室。

人型近界民の六人――ハイレイン、ランバネイン、ヒュース、ミラ、エネドラ、ヴィザが盤面を見つめる。

「分断の作戦を読み取って配置が決まっている。各地域、ラービットを単独で倒せる主戦力を一定数固めておき、連携して戦っている。いやはや。まさかここまで作戦が読まれようとは」

「------初動が思わしくないな。少しばかり駒の動きの調整が必要だろうな」

 

ふむん、と――ハイレインは呟く。

「金の雛鳥の居場所は掴めたか?」

「ええ。ですが」

 

金の雛鳥――雨取千佳の周辺には、大量の残骸と化したトリオン兵の山が積み上げられていた。

「玄界側もどうやらこちらの狙いは解っているようですな。――手練れを固めて警護している」

「------」

「如何しましょうか?ランバネイン殿とエネドラ殿でかく乱している中で、私とヒュース殿で金の雛鳥を捕獲する手はずでしたが----」

 

「-----作戦を変更する」

「どのように?」

「ある程度戦力を削りたい。こちらの戦力の分散に合わせて敵勢力もきれいに分散されているなら、そこに戦力をある程度集中的につぎ込めば区画に“穴”を開けることが可能だろう。よって。ヴィザ。エネドラ」

「はっ」

「おう。俺の出番かァ」

 

「――二人には、区画の“殲滅”を命令する」

「-------ほう」

「簡単な話だな。要は全員ぶっ殺せってことだろ?」

 

そうだ、とハイレインは呟く

「金の雛鳥の捕獲は、まずは敵戦力を一定程度削ってからだ。――区画の殲滅が済み次第、そこを起点に兵を集中させ、敵配置を乱す」

「了解いたしました」

「おう。やってやるぜ」

ヴィザは表情を変えず、エネドラは嗜虐の笑みを浮かべながら。

 

「では、行ってまいります」

ヴィザ。

紛うことなきアフトクラトル最強の老剣士。

――そんな彼が“殲滅”の命令を受け、動き出した。

 

変わらぬ、笑みのまま。




次話。おじいちゃん頑張る編。


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大規模侵攻②

ごめんなさい。
前話のあとがき通りおじいちゃん書きたかったんです。
------思った以上に、その、あのぅ-----何というか。文字数がかさんじゃって。
すみません。


恐らくは、この襲撃を玄界は「読んで」いたのではないか。

ハイレインはそう推測を立てる。

 

今まで玄界側に一度たりとも派遣していない新型トリオン兵ラービットの対策が立てられていた、というのも有力な証拠であるのだが。

金の雛鳥の配置。

そして、整然と配置された玄界の兵士たち。

断続的に行われたラービットの襲撃によって「駒を増やす」のではなく、「駒を配置する」動きで対処したこと。

それぞれの兵士がラービットの特性を理解し、効率的に排除している様子も見えた。

 

――最悪の場面を、想定しておかねば。

ここにおける最悪の場面とは黒トリガーの情報までも玄界側に知られている状況だ。

 

玄界側にどれだけの上方が出揃っているのか。

その試金石を、放つ。

 

「ミラ」

「はい」

「エネドラを――そうだな。この地域に送ってもらおう」

ハイレインは――基地周辺の一区画を示す。

 

「基地が近い事もあり、兵同士が区画同士で連携がしやすい場所だ。兵が密集しやすい。奴ならばさぞ喜ぶだろう」

「――了解しました」

 

 

「――黒トリガーが出たぞおめーら!気合入れろ!」

影浦隊オペレーター、仁礼光の活発な声が響くと同時――。

“窓”が開かれた。

 

「――よぉ、玄界の猿共。遊ぼうぜぇ」

 

空間上に刻まれた黒色の穴から、這い出てきたのは――黒い蜃気楼とでも言うべきトリオン物質に身を包んだ、角を生やした男であった。

黒く変色した片目を、ぐぃ、と吊り上げ笑みを浮かべる。

兵士、というよりも、快楽殺人者といった風情の様相の男は黒いトリオン物質を、周囲に巻き上げる。

 

「------おーおー。随分と不愉快なもんをぶつけてくるじゃねぇか」

そんな男の前に。

影浦雅人は、一歩踏み出す。

 

「よぅ黒目野郎。相手してやるよ」

恐れもなく。

影浦もまた――楽し気な笑みを浮かべ、エネドラの懐へ入っていった。

 

 

「北添と剛田は左右に散会し影浦を援護。緑川は黒トリガーの背後を取りつつ、影浦と連携を取れ。俺と出水のハウンドでポイントまでの誘導路を作る。波状攻撃で影浦を援護しつつ、奴を指定ポイントまで追い込め」

「了解!」

二宮の指示に、北添、緑川、出水の返事を聞きながら、ジャイアンは尋ねる。

「ゾエさん!あんな所で弾幕張っちまったら、カゲさんが巻き込まれるじゃねぇか!」

「大丈夫!カゲはこういう乱戦は大得意だから!」

どういうこった――そう思いながらも、ジャイアンは北添の対角線上に位置取り、挟撃の準備を行う。

 

トリオンが収束し、ブレードを形作る。

作られたそれらが、弾き出されるように影浦へと向かう。

身に纏う黒色のトリオンは、攻防一体の性質を持つ物質。液化させ自らの肉体ごと流動性を持たせ、それらを固体化させることも、気体化させることもできる。

その質量は通常のトリガーの比ではない。揺らめく蜃気楼から吐き出される硬質化されたブレードの山は、必殺の面攻撃として影浦に襲来する。

 

されど。

影浦は至極当然とばかりに、それを避ける。

 

「どうしたぁ?その程度かぁ黒トリガー」

ニヤニヤと笑みを浮かべながら、影浦は右手からマンティスを出す。

左右それぞれのスコーピオンを数珠繋ぎしたそれは、蜃気楼の間隙を縫うようにエネドラの体内に突き刺さっていく。

「ち。ダミーか」

影浦はそう毒づく。

――エネドラは全身を黒トリガーの液状化トリオンでトリオン体を構成しており、攻撃のほとんどを無効化される。

その中に存在するトリオン伝達脳及び供給機関という明確な弱点をカバーする為に、彼は体内の至る所にそれらのダミーを形作り、液状トリオンの流動によって本物ごと動かしているのだ。

今影浦はそのダミーを断った。

本物の反応は、まだ見えていない。

「――カゲ!足元気をつけろ!」

オペレーターの仁礼の声に、影浦はバックステップでその場を離れる。

瞬間、その場にブレードが生え出る。

液状化したトリオン物質を地面に潜らせ、硬質化させて串刺しにするつもりだったのだろう。

 

「手の内はバレてんだぜ。どうした?もっと別の手を見せてみろ」

影浦は、楽し気に挑発していく。

「------ピョンピョン飛び跳ねるだけが脳の猿が----!」

「ならこっちも別の攻め口を見せてやるよ」

そういった瞬間、影浦はぐっ、と足先に力を入れ――エネドラに飛び掛かるかと思いきや、サイドに飛び去る。

「あん?」

そうエネドラが口に出した瞬間。

ジャイアンと北添の集中砲火がエネドラに突き刺さる。

機関銃特有の、ど、ど、ど、という振動のような音と共に弾幕が張られていく。

 

「――は。無駄だぜこのデブ共!」

エネドラがその方向へブレードを出した瞬間、

 

「緑川。やれ」

二宮の指示が飛ぶ。

「りょーかい」

 

背後より――緑川より急襲される。

グラスホッパーをエネドラの円周上にグラスホッパーを多数設置し、高速で跳ね回る。

跳ね回る動きの中で、エネドラの肉体にスコーピオンを潜らせる。

「うーん。四つかぁ。全部ダミーだった」

グラスホッパーからグラスホッパーへ高速移動しつつ跳ね回る技法――“乱反射”を使用し、攻撃を完了した緑川は、影浦と合流しつつエネドラに向き合う。

 

「------鬱陶しい!」

エネドラは――内心手応えがなく気に入らない攻撃方法へ変える。

トリオンを気体に変え、ガスとして分散させる。

 

「出水。トリオンが気体化している。――メテオラだ」

「了解っす。二宮さん」

 

すると。

出水と二宮はトリガーを切り替え、互いにメテオラをセット。エネドラの前にそれを落とし――爆風を発生させる。

爆風に撒かれ、気体化した泥の王のトリオンは背後に吹き飛んでいく。

 

「バーカ」

「ほい隙あり」

パキン。パキン。

 

その隙に間を詰めた影浦のマンティスと緑川のスコーピオンにより、また一つずつダミーが潰される。

「------」

エネドラは、怒りに身体を震わせる。

手の内はばれており。

攻撃はどれも対策がなされ。

――これをコケにされていると言わず何という。

「この------クソ小癪な猿共がァァァァァァァァ!」

ブオン、と音を立てて黒いトリオンを身に纏い。

影浦と緑川に向け、動き出す。

「報告にあった通りだね。本当に頭が悪いや」

「------挑発すれば乗って来るなんて冗談かと思っていたがなぁ。刺さる感情の強さが明らかに変わっていた。こんなバカもいるもんだな」

緑川と影浦は、せせら笑い――怒るエネドラの向き合いながら、引いていく。

「俺と出水で援護する。ポイントまで奴を誘い出せ。剛田は中衛だ。弾幕を張りながら、あの黒トリガーの余波が来たならレイガストで防げ。北添はグレネードにトリガーを変更し、黒トリガーが気体化したタイミングで撃て」

「あったぼうよ!」

ジャイアンはしっかり返答をしながら、指示通り出水と二宮の前に立ち、レイガストを構え、機関銃を構える。

 

影浦が。

緑川が。

ハウンドが。

アステロイドが。

メテオラが。

 

エネドラが持つ黒トリガーの特性を潰していく。

様々な特殊機能を持ち、初見での対策が難しいという特性を持つ泥の王が――完全にその性能が潰されていく。

 

影浦も――ずっと前衛に立っているからか、やはり無傷とはいかないものの、それでも致命傷は受けていない。死角からの攻撃も――彼が持つ特殊機能によって全て察知し、一足早い回避行動がとれる。

影浦が前衛に立っている間に弾幕を張り、ハウンドによって側面を潰す。気体化すればメテオラを使用し爆風で吹き飛ばす。

 

影浦が持つ特殊機能――感情受信体質という副作用を利用した戦術だ。

彼は自身に向けられた感情を感じ取れる。

エネドラの殺意も。背後から援護をされる際に北添から発せられる合図代わりの視線に込められた感情も。その全てを感じ取れる。

だからこそ。いくらでも乱戦状態を作れる。気体化した瞬間に迷うことなくメテオラを叩き込める。その瞬間にその場を離れる事が出来る能力を、影浦が持っているから。

 

「――ポイント、とうちゃーく!」

こうして。

影浦と射手二人組の誘導によって――オペレーターが指示したポイントまで到着する。

 

そこは。丈の高い壁に高層建築物が周囲に存在する地域。

コンクリの山に阻まれ、エネドラは笑う。

 

「は。こんな障害物塗れのところに追い込んでどうするつもりだ猿共」

障害物が増えれば、それだけ死角が増える。泥の王を持つエネドラにとっては非常にやり易い条件だ。

 

「緑川」

「わかってますよ二宮さん。――“スケーリングライト”!」

ここで。

緑川は――新型のトリガーを使用した。

 

「あん?」

それは、光だった。

エネドラごと照らしたその光は――されどエネドラを除いた全てを、()()()()()()()()

 

壁が巨大化し、厚みが増していき――エネドラの身体を押し込んでいく。

 

「――冬島さん!“ユビキタス”で本部に待機している射手か銃手をこっちに持ってきて!二人くらい!」

出水の声に、はいよ、という声が響く。

 

すると。

ガトリングを構えた木崎レイジに、加古望がその場に出現する。

 

「あら。便利ねこのトリガー。――じゃあ、ちゃちゃっとやっちゃいますか」

「ああ」

壁に挟まれたエネドラは、身体を液状化させその場から離れようとする。

が。

それよりも速く。

 

その標的に向け。

ジャイアン、北添、二宮、出水、木崎、加古の一斉放射が――エネドラに襲い掛かる。

「あがああああああああああああああこの猿がああああああああああああ!」

穿たれていく穴。砕かれていくダミーの山。

それらを実感しながら、エネドラは叫ぶ。

 

「氷見さん。供給体の場所の解析お願い」

ばきばきと大量のダミーが砕かれていく音を聞きながら、出水がそう言う。

 

砕かれていくダミーの反応を探る。

その中に含まれている本物を探さんと。

 

「――ここよ」

オペレーターは、唯一硬質化された反応を発見する。

本物の供給体を硬質化させ、ダミーから隠したうえで、更に守っていたのだろう。

 

「くたばれ」

 

その反応を見ながら――影浦が背後からマンティスを突き刺す。

「あ------が-------」

 

その瞬間、トリオン供給体が砕かれる音が――エネドラの体内に、脳裏に直接響いた。




次こそ。おじいちゃん超ハッスル編になるはず。


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大規模侵攻③

ユビキタス→移動用トリガー。このトリガーを使用すると、本部開発室に存在する“どこでもドア”の前へワープする事を可能とし、また“どこでもドア”からあらかじめマーカーがセットされた場所へワープする事も可能。前話においてエネドラが追い込まれたポイントは、このマーカーが置かれている場所であった。簡易的な緊急脱出としても本部に待機している部隊の派遣にも使用できる利便性の高いトリガーであるが、トリオン消費量が非常に激しく連続の使用が難しい。

スケーリングライト→物質干渉トリガー。使用すると物質を大きくする/小さくする光を発生させる。ただし、この光はトリオンやトリオンで構成された諸々には干渉できず、一定時間後に大きさも元に戻る。

ドラえもん派生の新型トリガー解説でした。


トリオン供給体が破壊されると同時。

エネドラは、トリオン体が砕け散り、生身の肉体がそのまま晒される事となる。

 

「二宮ァ。こいつどうすんだ?」

「黒トリガーを回収しろ。その後、ユビキタスでこいつを移送する」

「ああん?――あのトリガー、アホ程トリオン食うんだろ?何でこんなカスの為に使わなきゃいけねぇんだよ」

「どうせ黒トリガーは本部にもっていく必要がある。そのついでだ。それに敵に回収されても面倒だ」

「殺せばいいじゃねぇかこんなカス」

「あんなのでも、人質位の価値はある。いいから黒トリガーを回収するぞ」

「へいへい」

 

――クソが。やられちまった。ったく。早く回収しに来やがれミラの野郎。何の為にてめぇがいると思ってやがる。

エネドラは待つ。

自陣には、自在に空間を操る味方がいる。

 

窓が、開かれる。

 

「――あ?」

影浦が、そんな声を上げる。

黒トリガーを回収せんとエネドラに近づいたその瞬間。

 

ビキ、と。

自身の身体が砕ける音が――聞こえた。

 

影浦は愕然としながら――自らが攻撃を受けたことを、少し遅れて気付いた。

――何だってんだ。俺のクソ副作用が、全く反応しなかった。

 

――影浦。戦闘体活動限界。

そんな音声もまた、同時に。

 

「――回収に参りましたぞ。エネドラ殿」

一瞬にして、影浦の胴が真っ二つに断ち切られたその後――そんな声が聞こえた。

少ししゃがれた、されど明瞭な声。

ふっ、と宙に浮いた老人が――杖を手に現れた。

「-----遅いぞヴィザ」

「ええ。申し訳ありません」

「------さっさとこいつら片付けて、俺を回収しろ」

「いえ。そうは出来ませぬ」

「あん?」

「私が回収を命ぜられたのは――泥の王()()でございます故。――なので、申し訳ありません、と」

 

エネドラはその言葉の意味を理解するよりも早く。

 

手首が断ち切られ。

 

首が斬り飛ばされる。

 

「――ああ。そうでした」

そして。

「ハイレイン殿が、玄界のデータ解析能力を非常に警戒されておりましたな」

斬り飛ばされたエネドラの頭部にくっ付いたトリガー角もまた――粉々に斬り飛ばす。

 

一瞬の間に行われた凶行に――皆が皆、息を飲む。

血に染まった街路を前に、――特にジャイアンがショックを受けている。

 

「ミラ殿。回収が済みました。次の場に移りましょう」

「ご苦労様でした、ヴィザ翁」

黒トリガーを回収すると、老人はすぐさまに窓に移る。

 

その場に残されたのは――無惨に斬り殺されたエネドラの死体と、隊員のみであった。

 

「-----報告。黒トリガー、“ヴィザ”を確認。”エネドラ”を殺害後に泥の王を回収。“ミラ”の黒トリガーによってその場を離れました」

皆が動揺する中、二宮は冷静にそう本部に報告を行う。

 

びゅう、と一つ風が通り過ぎる。

やけに辺りは静かだった。

 

 

「玄界とエネドラとの戦いで確信した。玄界側はこちらの黒トリガーの情報も入手している」

ハイレインは、そう呟いた。

少しばかり表情を訝し気に歪めるが、それもすぐに切り替える。

「如何いたしましょうか?」

「こちらの情報が何処から漏れたのかは気にかかるが、今は置いておく。――情報が筒抜けならば、黒トリガーを小出しにするメリットはない。私も動こう」

「承知いたしました」

「――今の一連の戦いの中で、玄界側の戦力が割と安定して動きているのに対し、雛鳥の動きは非常に密集していっている」

「はい」

「恐らく。こちらの襲撃は読んでいたものの、末端である雛鳥までは情報を与えていないのだろう。好都合だ。まずは確実に雛鳥を抑え、この遠征の最低条件をまず満たす。――ヒュース。ランバネイン」

「おお。隊長。出番か」

「お呼びでしょうか」

「――初動のかく乱はランバネイン単独で行う予定であったが、こちらのトリガーが相手に知られている事が確定した。ヒュースはランバネインのサポートに付け」

「承知いたしました」

「では。――ヴィザ。共に行くぞ」

「ええ」

一つ微笑み。

ヴィザは、ミラが開く窓の中に入り込んでいった。

 

 

その時。

三雲修は多くのC級隊員と共に市民の避難誘導を行っていた。

隊に所属していないB級隊員は、主に警戒区域に近い区域でC級と共に避難誘導を行う指示が出されていた。

 

三雲修は、現状を理解している。

空閑遊真及び雨取千佳が作戦の基幹となる役目を負っている事。新型トリオン兵と黒トリガーが発生する可能性がある事を。

 

それ故に。この区画にも多くの隊が集まっている。

木虎含むA級嵐山隊や、B級上位の王子隊に東隊、下位の茶野隊------等々。

彼等は避難誘導の手伝いをしつつ、周囲を警戒し新型含むトリオン兵の排除も行っている。

 

市民の誘導を終え、トリオン兵の排除も大方終わった

その、瞬間。

 

「――では」

それが――突如として現れた窓の中から、出てくる。

 

杖を持った、老人。

その老人は――自らの周囲に、生物を象った大量のトリオン体を纏って、集まるC級の中心に、立った。

 

「始めましょうか」

 

そして。

「う----うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

響き渡る、C級隊員の悲鳴。

老人が身に纏った様々な生き物が、ぱっ、と弾けるように周囲に飛び散り、身体に触れる瞬間――ぐにゃあ、と崩れ落ちるように、その身体が変形していく。

崩れ落ちた身体は一瞬輝き、――四角形のキューブに変形する。

老人が身に纏った分がなくなると、上空に開いた窓から更に流れるように追加されていく。

 

「――く」

周囲にC級が大量に存在する関係上、弾トリガーは使いにくい。一足先に異変に気付いた嵐山はすぐさまその老人を撃とうとするものの、撃てない。

 

「――この野郎!」

茶野隊が、すぐさま果敢にも老人に突っ込んでいく。

 

が。

斬り裂かれる。

 

老人は一つたりとも、挙動らしい挙動を行っていない。

なのに自らが何をされたのか認識も出来ぬまま――茶野隊は、緊急脱出をした。

 

その後。

老人は偶々近くで巡回していた二人組――奥寺・小荒井の二人組を視認する。

恐らくは指示が飛んだのだろう。すぐに脱出せんとその場から離れる動きを見せるが、それよりも速く見えない斬撃が二人を切り裂き、更に緊急脱出の数を増やしていく。

 

「――あれが“ヴィザ”か」

王子は、特に表情を変えずにその様子を眺めていた。

 

「――見えない。あれに対応するのは難しそうだね。東さん。どうします」

「------手が空いている狙撃手を、全員ここに集める。アレは、現状太刀川か迅がいなければ歯が立たない」

「------C級は?」

王子は、――確認の為に、そう東に尋ねる。

答えは、解り切っているのだが。

「――後回しだ。現状、あの黒トリガーを止める方法がない」

「了解です。じゃあ東さん。こっちも少しだけ時間は稼ぎますので。狙撃地点まで逃げてください――おっと」

 

その時。

攫われるC級目掛けて走っていくB級隊員が王子の横を通り過ぎていく。

 

「はい。ダメ」

「ぐ-----!」

 

王子は、そのB級隊員――三雲修の襟首を掴んで、引き倒す。

 

「何でですか!今、皆が-----」

修は襟を引っ張った王子に向け、焦りの表情を浮かべながら王子を見やる。

「今君が向かって行っても、ただ倒されるだけだよ」

「でも------!」

「――君が今やるべきことは自殺しに行く事かい?」

「-------」

修は、押し黙った。

「ここから脱出するんだ。君では足止めも出来ないだろう。ならば別の役割を見つけるんだ」

修は-----表情を思い切り歪めながらも、その言葉に一つ頷いて、その場を離れていく。

 

「タイムリミットは-----あのキューブを全部回収し終わってからだろうね」

この場にいたC級隊員は全員キューブ化され、――上空の窓へ送り込まれていく。

ヴィザは、その警護を行うべく、その場にいるのだろう。あのキューブが完全に回収されるまでは、あの場に動かずにいてくれる。

 

「-----あの子にあんな風に言ったけど、僕等も僕等で出来ることは少ないんだけどね」

「-----動き出したと同時に、引きながらハウンドを撃とうか?」

同隊の、蔵内は尋ねる。

「うん。出来るだけ断続的に、時間差を生みながら撃とう。今回はあの標的に当てるんじゃなくて、ハウンドを防ぐためにリソースを割かせて足止めする事が目的だから。――カシオも、頼むよ」

「了解」

王子隊、樫尾も頷く。

 

「嵐山隊が中距離での弾幕。僕らがサイドからのハウンド。――それが通用できるかはわからないけど、でもやるしかない。何とか、太刀川さんが到着するまでの足止めをするんだ」

 

 

「――終了しましたな」

キューブは回収され、窓は閉じる。

残されたのは、老人が一人。

 

「――まずは、二隊」

 

老人は王子隊、嵐山隊の二隊を確認すると同時――動き出す。

 

「――星の杖」

そう呟くと同時。

 

迫りくるハウンドも。

張られていく弾幕も。

それら全てを当然の如く弾き返して――キン、という音だけを残す。

 

風景を絵に収めて、そのままカッターで切り落とすように。

周囲の建築物含め、障害物諸共風のような自然さで斬り落としていく。

 

――王子隊、総員緊急脱出。

――嵐山、時枝、緊急脱出。

 

「二人逃がしてしまいましたか。一人はワープで脱出し、もう一人は星の杖の有効範囲外に逃れましたか。はてさて」

 

ヴィザは表情を変えない。

ただ、只管に、淡々と。

戦場である事の特異感すらも発することなく、あくまでも自然な足取りで――進んでいく。

 

「では。まずはこの区画の戦士たちを排除致しましょう」

声音すら変えることなく。

そよ風のような処刑宣告を、ただ一人呟いた。




おじいちゃん書くの楽しい。
まだまだ書きます。


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大規模侵攻④

筆者の痴呆により、大規模侵攻①における二宮の立ち位置が完全に間違っていました。修正しました。本当にすみません。反省しています。本当です。


「-----隊長!隊長、逃げ――」

 

 

 

――巴、緊急脱出。

 

 

 

「-----文香!逃げるんだ!この先に香取隊がいる。そっちと合流――」

 

 

 

――柿崎、緊急脱出。

 

 

 

「うく------!弾丸が当たらない----!」

 

 

 

――照屋、緊急脱出。

 

 

 

「ああぁ!くそ-----!」

 

 

 

――若村、緊急脱出。

 

 

 

「葉子ちゃん!危ない!」

 

 

 

――三浦、緊急脱出。

 

 

 

「何よコレ-------!こんなの--------!」

 

 

 

――香取、緊急脱出。

 

 

 

「----すみません、隊長!ミスしてしまいまし――」

 

 

 

――帯島、緊急脱出。

 

 

 

「外岡ァ!お前は一旦ユビキタスで本部に戻ってろ!――すまねぇな。俺はここまでだ」

 

 

 

――弓場、緊急脱出。

 

 

 

続く。

 

続く。

 

緊急脱出の音声が、続いていく。

 

 

 

――漆間、緊急脱出。

 

――秦、緊急脱出。

 

――鯉沼、緊急脱出。

 

――間宮、緊急脱出。

 

――月見、緊急脱出。

 

――北添、緊急脱出。

 

――吉里、緊急脱出。

 

 

 

鳴り響く緊急脱出の音声。

 

全て見通す。

 

全て斬り裂く。

 

全て防ぐ。

 

 

 

何処に隠れようと看破される。

 

防御しようと、斬り裂かれる。

 

迎撃せども、どんな攻撃も見えない刃に斬り裂かれるのみ。

 

 

 

幾重にも展開された高速の刃が円周上に展開され、それらはバターにナイフを通すように、滑らかに万物に刃を通していく。

 

老人が歩けば、その周辺はすべからく刃が通っていく。

 

その度に、響く音声は実に虚しい。

 

 

 

「あらかた、終わりましたかな」

 

老人は一つ息を吐く。

 

穏やかな表情は何一つ変わることなく、辺りの惨状を一つ見渡す。

 

切断されたビル群はまるでバラバラに崩されたブロックのように、無造作かつ無機質に打ち棄てられていた。

 

されど、その身に一つたりとも傷は無し。

 

緊急脱出の憂き目に遭った隊員たちの何百、何千というトリオン弾の雨すらも――その黒トリガーは使い手の下まで届かせることはなかったのだ。

 

「ではミラ殿。大窓を開いてください。モッド体をこちらに投入します」

 

文字通りの廃墟の上空に、闇色の大穴。

 

開かれたそれから落ちてくる――異形の化物。

 

 

 

「ではここからは手はず通り。――ヒュース殿とランバネイン殿のかく乱に乗じて、金の雛鳥を捕らえましょう」

 

ここで倒され、緊急脱出していった者たちは、そのほとんどがこの黒トリガーの効果を知っていた。

 

円周上に高速で回転する刃。

 

ただ――その回転する刃の主は、何十年と鉄火場の最前線に立ち続けてきた戦士としての経験が付与されていた。

 

戦を知り、鉄火の予感を知覚し、己そのものも一つの兵器として完成された老兵。

 

 

 

――ヴィザ。

 

――星の杖。

 

回転する衛星のようなそれらは、巨大な処刑器具のようであった。

 

 

 

省みることもなく、ヴィザはミラの窓に入り込みその場を去った。

 

落ちてきた色違いのラービットもまた、各々別区画に向かって行き――そこには、何物も残る事はなかった。

 

 

 

 

 

 

「------狙撃班を向かわせなかったのは、正解でしたな」

 

「------」

 

本部作戦室には重苦しい空気が流れていた。

 

A級、B級合わせて六隊を配置した区画が――たった一人の黒トリガー使いによって、完全に壊滅していた。

 

兵がいないまっさらな場所に、新型の色違いを集中投入し区画の外側へ向けて圧力を強めていく作戦だろう。

 

東は即座に倒された王子隊と嵐山隊を見て、その足で狙撃地点まで逃れることを諦め、ユビキタスで脱出を行った。

 

その後忍田に報告を行った後、本部に待機している狙撃手を投入しヴィザの足止めをするつもりであったが――。

 

城戸によって、それは止められた。

 

理由としては実に簡潔なものだった。

 

――ここで狙撃手をいくら投入しようと、時間稼ぎにもならない。狙撃手はヴィザの攻撃範囲外から攻撃できる唯一の存在であるが、――あの様子を見る限り、全て弾かれるだけで終わるだろう。ヴィザの懐に入り込んで斬り結べる攻撃手がいて、初めて狙撃手は効果を発揮できる。

 

「――全て、想定はしておりました。実際に、もう一体の黒トリガー使いは対策通りに倒すことが出来た。だが、あの人型近界民は黒トリガーそのものもそうですが、明らかに持ち手の性能が段違いだ」

 

実際に、星の杖という黒トリガーの対策は、B級隊全てが共有していた。

 

構造物の高低差を利用し、建物の中に隠れ距離を取り、弾丸を放っていく。

 

構造物に隠れ、高低差があれば、姿の見えない相手に対して刃を通すことはできないだろうと。所詮は、回転するだけのものだ。対象を自動追尾するような機構はない。バッグワームを使用して建物に隠れれば、運が余程悪くなければ見つかる事はないだろう。

 

だが。

 

使い手そのものが、非常に高性能なレーダーであり制御装置であった。

 

 

 

恐らくは、建物が密集している場所と、自らのトリガーの特性を鑑み、建物に隠れるという特性を理解した上で――ヴィザは虱潰しに建物を切断していくという手法を取っていった。

 

隠れやすい建物程、細切れに。

 

経験則に従い行使された解体作業によって、そこにいた隊員のほとんどを蹂躙する事となった。

 

 

 

「------城戸司令。まだ、あの者から黒トリガーを奪うという方針を変えませんか」

 

忍田は、城戸に尋ねる。

 

最早、撃破はおろか足止めすらも危うい状況に置かれている。それでもまだ方針は変えないのか、と。

 

「無論」

 

そして、城戸もまた当然とばかりにそう答える。

 

「――方針には、従います。ですが、一つだけお聞かせ願いたい。――その方針を曲げるならば、どの時点で曲げますか」

 

忍田は目を苦し気に細めながら、更に城戸に言葉を投げかける。

 

城戸は――忍田に目線を合わせ、

 

「そうだな。――太刀川。空閑。両名が倒されることがあれば、方針を転換しよう」

 

「------城戸司令。慶が倒されるとは、つまるところ――彼が死ぬことを意味する事をご存じですか?」

 

「ああ」

 

太刀川慶は、現在緊急脱出機能を持つトリガーを装備していない。

 

負ければ、死だ。

 

その事実を前にしても、城戸は折れない。

 

「何にせよ、あの老人が一番の脅威である事には変わりない。そこにこちらが持つ一番のカード------太刀川と迅をぶつける方針は間違っていない。一区画が全滅しただけで引かせては太刀川も納得はせんだろう」

 

「-------」

 

「方針は変えない。雨取隊員に迅と太刀川、空閑を張りつかせヴィザを釣る」

 

城戸の言葉は、正しい。

 

ここで及び腰になったところで、ヴィザの脅威が取り除かれるわけではない。

 

――太刀川とぶつけなければ、黒トリガーうんぬんよりも前にこの侵攻自体を防ぐことが難しいのだと。

 

 

 

「――そもそも、もう止められん」

 

そう城戸が呟いた瞬間。

 

報告が入る。

 

 

 

――対象“ヴィザ”出現。出現地点は――。

 

 

 

大量のラービットの屍が積み上げられた、地点。

 

――雨取千佳の、地点へと。

 

 

 

 

 

 

はじめて戦場に立った時は、いつだっただろうか。

 

老いたこの身体は、積み上げてきた屍と経験の証。

 

 

 

斬り捨てようとも斬り捨てられなかった証。

 

踏み越えてきた屍に足を取られなかった証。

 

証を、積み上げてきた。

 

自分が――より強い兵士として何かを残してきた証を。

 

 

 

積み上げるたびに、頭によぎる。

 

踏み越えていく屍の道すがら。

 

その道の果てが、見えるようになっていった。

 

踏み越えてきた道だけ、重なる道もある。

 

ああ、こんな道もあったなぁと。

 

 

 

こんな踏み込みをしてきた者はかつていたな、とか。

 

こんな太刀筋の者が確かあの時いたな、とか。

 

こんな戦況に陥った時がかつてあったな、とか。

 

 

 

その時自分はこうしていたな、とか。

 

 

 

既知が増えていく。

 

戦場に身を運ぶたびに、かつて感じた――身震いするような感覚が消えていく。

 

戦場で見つかる山のような目新しいものも、経験則として取り込まれていく。

 

積み上げていく経験。

 

その経験は、戦士としての自らを徐々に徐々に最適化していった。

 

 

 

今の自分は、過去を踏襲して戦っている。

 

これを経験としての強みとして見るか、目新しさが消え去ったつまらないものとして見るか。

 

 

 

どうであれ、自分はそういう存在になってしまった。

 

踏み越え、積み上げ、証を立てたその先。

 

目新しさのなくなった自らの生きる場所を、目新しかったころの記憶を頼りに悠々と歩く老兵に。

 

 

 

されど。

 

どれだけ既知に満たされた世界であろうとも。

 

かつてのように。

 

身震いするような未知に、その足を取られることがある。

 

かつてのような世界じゃない。全てが踏みつくされ、色あせた景色の中。

 

そんな景色の中に、一つ輝くような未知に遭遇した時。

 

老いた心が、奮い立つ。

 

 

 

そう。

 

だから。

 

老人は――戦いをやめることはできない。

 

これだから。

 

どれだけ経験という糧を食らいつくしても、それでも――戦いという土壌は新たな未知を芽吹かせる。そんな素敵な瞬間が、そこにあるから。

 

これだから。

 

――戦いはやめられない。

 

 

 

 

 

 

窓を通って、金の雛鳥の下へ向かう。

 

その眼前には、こちらを見据える青年が一人。

 

二刀を佩いて、恐れすら浮かべずこちらを見ている。

 

いい眼をしている。

 

 

 

今日も。いい戦場になりそうだ。




次話。おじいちゃんわくわく編。


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大規模侵攻⑤

――ロボットは何のために生まれてきたか、と問われたなら。始まりは間違いなく人間に奉仕するためだろうな。

 

ロボットもまた、人間という生き物が発達させてきた技術という枝葉の一つだ。

人間は、効率化の為に技術を発達させてきた。

棒を尖らせると殺傷力が上がる。そうすると狩りがやり易くなる。だから槍が生まれた。

動物を狩るよりも自ら食料を育てた方が安定して食料が取れる。だから農業・畜産が生まれた。

 

技術は、人間に奉仕する。

ロボットもまた技術故に、人間に奉仕する為に生まれてきた。

 

――だが私はそう思いたくはない。私はロボットたちは自分の子どもだと思っている。

 

奉仕、ではない。

誰かにデザインされたプログラムで誰かの役に立つことを実行するだけの無機物ではない。

たとえそれが人工物だとしても――誰かを愛し、誰かの為に泣き、笑い、怒る。環境によって思考に変化が起き、性格すらもそこに生まれる。

 

――私はそれを与えたかった。

自らの意思。

そこに付随する諸々の感情。

 

――人間の技術によって生み出されたものたちが、人間の手によって幸せになる。そういう世界が実現したら、きっと――。

 

そんな未来が。

何処かに――。

 

 

「――こいつが、ヴィザか」

太刀川は、眼前に現れた老人を眺める。

至極自然体のまま、その老人はそこに立っていた。

「如何にも。私がヴィザです。――ふむん。私の名前が何故に玄界に知られているのでしょうな」

「さあな」

「さて。――そこのお嬢さん」

ヴィザは、遊真の背後で身構える千佳に、声をかける。

その落ち着いた声質にもかかわらず、千佳はビクリと身体を震わせる。

「我々の目的は貴方の身柄だ。だが、残念ながら貴方はいざとなればあの脱出機能が使えるようだ。――ここで一つ忠告しておきましょう。貴方が脱出をすれば、私はどんな手段を用いてでも、あの砦の中まで攻め込みましょう。その上で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、生身の貴方を連れ去りましょう」

「チカ!耳を貸すな!」

「耳を貸さずとも大丈夫ですぞ。――あくまでこれは忠告。その上でどのような行動を取るか、それは自由ですからな」

 

ヴィザは、読んでいた。

雨取千佳という少女が抱える、性質を。

彼女は恐らくは戦場慣れしていない――というよりも、恐らくははじめてだろう。彼女をこちらを釣り出すための餌だ。そして餌になる事を――戦慣れしていない身の上で自ら承知できる肝と責任感がある。

 

そういう人間には、自分以外の他者の死を強く意識させるのが効く。

自分の行動一つで他者の生死が決まる――そういう状況に立たされた瞬間、この手の人間は必要以上に身構える。そして、自分を安全圏に置こうという意識が薄れていく。

 

無論、ヴィザのこれは脅しだ。本当にボーダーを壊滅状態に陥れようなどとは思っていない。

 

()()()()()()()()()

 

だが。これまでのヴィザの戦いによって――それを本当に実行できるだけの力があると相手は思っている事だろう。

単独で区画を撃滅できる能力があるのだ。ボーダー本部に攻め入り、大規模な被害を引き起こすことは可能だ。

この余程の事、というのは。ヴィザ自身が頭の中で設定しているわずかながらの可能性だ。

こうして頭の中で条件をそろえて行動をすることで――相手方にその可能性を否定できない状況を作る。

 

――その可能性がある故に。

 

「-------」

迅は、少し顔を顰める。

本当に。本当に僅かながらであるが――ヴィザが本部に攻め入り、職員を虐殺する未来が見えた。

僅かであるが実現する可能性があるのなら――捨て置けない言葉だ。

 

「成程ね」

太刀川はそう呟く。

「アメトリ。安心しろ。――要は、この爺さんをぶった斬ればボーダーに攻め込むような奴はいねぇってこった」

太刀川は二刀を構える。

「――ほぅ。それはそれは」

あれだけの大暴れを見せた後でも。

眼前の青年は、微塵とも自らの勝利を疑っていない。

 

「楽しみですな」

 

星の杖、とヴィザは呟く。

その瞬間に、火蓋は切って落とされた。

 

 

時は、少し前後する。

ヴィザが大暴れしていた地区より東に少しずれた場所で。

「-----た、助かった----?」

「な-----何が起きたの」

 

その頃。

三雲修と、木虎藍は――双方ともが別の場所へといつの間にか移動していた。

 

ヴィザの猛威を一身に受けた地区の中。修はひたすらにその場から離れ、木虎は狙撃手の佐鳥を逃がす為にその場に留まった。

されど、二人とも何故か、全く違う地区へと移送されている。

 

「------全く。本当にどうにもならない」

 

その傍ら。

そこには、丸っこい青い――ロボットがいた。

そのロボットはプロペラを頭に付け、その全身にマントを羽織り――袈裟に大きな傷痕を残していた。

 

「-----ドラえもん!」

その姿を、修は知っていた。

幾度か玉狛支部に出入りしていた、猫型ロボットだ。

 

「どうしたんだ!」

「-----ヴィザの出現地点を、迅が未来視で推測していたから来てみたらこの様だ。マントで隠れていても、斬撃に巻き込まれた」

「-----貴方が、トリオン型ロボットね。会うのははじめてね」

「そうだね、木虎藍。――まあ、僕トリオンなんかないんだけどね。ロボットだし」

「――何をしていたの?」

「ユビキタスのマーカーを移動させていたのさ。――黒トリガーを自由に動かす“ミラ”に対抗するには、こちらも隊員の移動をスムーズにさせなきゃいけない」

「-----僕たちがここに移動できたのは?」

「僕はユビキタスのマーカー設置機であり、同時にもう一つのどこでもドアだ。――君たち二人を回収して、マーカーが置かれている場所まで移送した」

 

――ドラえもんは、一つ息を吐く。

 

「貴方ロボットでしょう?どうやってトリガーを使ったの?」

「外付けのトリオンエンジンと制御装置を使った。僕の身体の中にはトリオン器官はないけど、ユビキタスを応用して本部にあるトリオンエンジンからエネルギーを引っ張り上げているんだ」

「------なら、もう一度それを使って私を黒トリガーの交戦地帯に送って」

「あと十五分はできない。制御装置は一度使用するとクールダウンが必要なんだ。まだ出来て一週間の試作品だしね」

そう、と木虎は呟く。

「なら仕方がないわね。――一つ借りが出来たわ。貴方の任務は何?私が出来る事なら引き継ぐわよ?」

「僕の任務は指定された三つの場所にマーカーを置くことだ。――そして、マーカーを移動させて、設置させる機能は今のところ僕にしかない」

「でも----貴方、ボロボロじゃない」

「問題ないよ。――僕はロボットだ。ボロボロになっても、痛覚はシャットダウンできる。足も削れていない。この程度で任務を放棄できない」

 

さも当然、とばかりにドラえもんは言う。

その覚悟に、修と木虎は息を飲む。

といのも――機械であるはずのその目に、ありえざる力があったから。

 

「------なら、せめてマーカーの場所まで護衛するわ」

「僕も、付いていく」

「------ありがたい。これからの道には新型の新型がいる。こっちも護衛は本部に要請するつもりだった」

「新型の新型----ああ。相手の黒トリガーの要素を埋め込んだトリオン兵の事ね」

「そう。流石にA級隊員といえど、三雲君との連携だけじゃあ厳しいだろう。――という訳で、一人ここに護衛を追加させてもらう」

ドラえもんが本部に要請を出し、承認を受ける。

ユビキタスを通し、やってきた隊員は――。

 

「こんにちわ」

 

こんな緊迫した状態でも特に変わらない。

ゴーグルがふてぶてしい、生駒達人の姿があった。

 

「------」

木虎、沈黙。

「-----あ、はい。こんにちわ」

三雲。見知らぬ人間であるが取り敢えず挨拶は返す。

 

「------え?なにこの状況やばない?何か凄く俺がいたたまれない感じになってるんやけど?――おーいドラえもーん?何でこんなアウェーに俺を呼び出したん?あ、くそ。もう少しボケとかんと、こう、つかめへんかったんか。くそぅ。隠岐くらい顔がイケてたらもっとスムーズにお喋り出来てたやろうに」

「うるさい。一定以上の実力のある攻撃手が必要だったから呼んだんだ。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「本部に待機している時あんまりにも暇で-----作戦室のモニターが繋がってたから、それ見ながら海と城戸司令の傷がどこから発生したのかを色々は話してたんや。色々話していた結果、忍田さんか太刀川さんのチャンバラごっこによって斬り裂かれたものやって結論が出た瞬間にこっちに呼び出されたもんやから。俺も顔を切り裂かれるんちゃうんかってちょい内心びくついてたんや。そして違って安心したと思ったらこの空気やろ?泣きそうや」

「生駒先輩。真面目に仕事してください」

「はい」

木虎に言われた瞬間、瞬時に生駒は口を閉じた。

----素直というか。マイペースというか。

何だか、不思議な人だった。

 

「――これから南部・東部・北部のこのポイントにマーカーを置いていく」

「意図は?」

「南部は敵が発生していないから、安全に隊員を送り込めるスペースを確保するために。東部は今敵の精鋭二人組んでワープしてきたから、支援できるポイントを増加させるために行う。北部は、ヴィザを釣り出している場所だ。ここは、ヴィザを撃退したのちに、スムーズに太刀川慶を移送させる為にマーカーをつける」

「-----成程」

うんうんと木虎が頷く中――戦況をいまいち飲み込めていない修と、今日の夕飯を真面目に考えていた生駒は生返事を返すほかなかった。

 

「じゃあ、頼むよ。――僕は空から隠れながら行くから」

 

そう言うと同時。ドラえもんはマントを全身にくるむと同時、頭の上のプロペラを回転させる。

その瞬間ドラえもんは空を飛び――その姿を消した。

 

「――動きは君たちに合わせるから、道中の敵の排除をお願いする」

「了解」

「了解!」

「何やあれ何で空が飛べんねん。くそ、俺も空を自由に飛びたいんや。――あ、了解」

三者三様の返事を聞き、動き出した。

 

 



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大規模侵攻⑥

「――メガネ君の今のトリガー構成ってどうなってんだっけ?」

合同訓練終了後二日後くらい。

のび太は迅にそう尋ねられた。

 

「えっと----」

のび太は、トリガー構成を迅に見せる。

メイン:アステロイド(拳銃) シールド カメレオン スパイダー

 

サブ:バイパー(拳銃) シールド グラスホッパー バッグワーム

 

「-----成程ね。ねえ、メガネ君。ぶっちゃけ、カメレオン今までまともに使ったことある?」

「うーん-----」

正直、そこまでない。

以前遊真と戦った時に、逃走用に使った時くらいだ。

 

「逃げるのに使えそうだから組み込んだんだろうけど、レーダーには映るし、使用している間他のトリガーは使えないし。中々使いどころが難しくない?」

「うーん-----」

そもそも。

のび太はここ最近――「自分が生き残るために」逃走をするというよりも、「スパイダーの設置による相手の動きを妨害するために」逃走をする方向に変わってきている。

 

個人戦を積み重ね、弓場隊との連携訓練で如実に感じたこと。

それは――自分の強みは、攻撃手の間合いでも戦える早撃ちの技術と、通常の銃手よりも長い距離感で戦える読み撃ちの技術である事の自覚。

部隊戦において、この技術は逃走よりも、支援・迎撃でのほうが光る事。

それを積み重ねていくうちに、カメレオンはいつの間にか使う事がなくなってた気がする。

 

「それでね、メガネ君には是非とも導入してほしいトリガーがあってね」

「何?」

「テレポーター」

にっこりと笑いながら、迅はそう言った。

 

 

という訳で。

現在、のび太はカメレオンの代わりにテレポーターを入れている。

 

それから迅をはじめとした色々な人と訓練を重ね――テレポーターの活かし方が理解できてきた。

 

例えば、

 

「――テレポーター」

のび太はそう呟くと同時、ラービットの側面へと移動しバイパーを放つ。

 

放たれた全方位攻撃にラービットの腕を開かせる。

その瞬間に――辻と熊谷の二つの旋空がラービットの腹を斬り裂く。

 

発動すれば、対象の側面を取れるという解りやすい性能が、今ののび太にとっては非常に重要な機能となっていた。

攻撃手を支援・援護する手段が、攻撃手という壁の隙を縫うように撃つだけではなく、攻撃手の壁を利用して側面へと移動しての挟撃という選択肢も増えた。

 

「野比君。今度はこのポイントに弾を置いて」

「解りました」

那須玲の指示が飛ぶと同時、のび太はグラスホッパーで移動を行い、ラービットの背後を取る。

頭部にある電磁波発生装置に撃ち込むと同時、犬飼の援護と共に那須のバイパーがラービットの眼球へ襲い掛かる。

当然頭を伏せ、空いている手を使いそれを防ごうとするが――那須のバイパーはくるり、と螺旋状に弾道が変わり、ラービットの防御をすり抜け眼球を貫いていた。

 

「――おおかた仕留めたかな」

ふぅ、と一つ息を吐き熊谷はそう呟く。

 

「-----南東の地区が黒トリガーで壊滅させられたみたい。そこから新型の新型――各黒トリガーの性質を受け継いだトリオン兵が大量に投入されたみたいです。それが今、ここに来ている」

「了解氷見さん。本部に増援要請お願い」

「もうしている。村上君と風間隊がここに来ている」

「ありゃ?風間隊も?」

「――迅さんからの報告で、この周辺が“人型近界民”が投入される可能性が高いらしいの」

「-----了解。こりゃちょっと気合入れなきゃだね。狙撃手の増援は?」

「今各地に飛んでいて、あまり数がいないらしいの。茜ちゃんが落とされたら追加補充するって」

「うん、了解。――って話しているうちからかぁ」

 

黒の“窓”が開く。

「皆――黒トリガーじゃない方の角つき人型近界民だ」

 

現れたのは。

「では――援護を頼むぞ、ヒュース」

「了解しました」

大砲じみた大型のトリガーを持った、大柄な男。

黒い塊を山の如く身に纏わせた青年。

 

「――では、ゆくぞ」

トリオンが噴射され、欠片は磁力を纏う。

ランバネインとヒュースが、――のび太の眼前に現れた。

 

 

感じる。

見えなくとも、感じる。

空気の揺れが。

斬撃が通り過ぎる風圧の変化が。

感じた時には、斬り裂かれている。

 

「ほう」

 

太刀川はバックステップによってヴィザの斬撃を避ける。

その動きすらも―ーヴィザには意外なものだった。

 

「――迅!」

「あいよ!」

太刀川が迅の名を呼ぶと同時、迅もまた風刃を構える。

黒トリガーを構えられた瞬間、ヴィザの意識がわずかながらそちらに流れる。

 

されど、それは囮。

本当の狙いは――。

 

「――ハウンド!」

雨取千佳から発せられる――黒いハウンド。

 

巨大な正方形のそれが細かく分割され――ヴィザに襲い掛かる。

 

「------成程。よく練られている」

 

ヴィザはそう呟きつつも、その全てを星の杖で防ぐ。

されど、防いだ結果。

”鉛弾”のオプションが付いたハウンドによって、星の杖の刃には幾つもの黒い重しが乗っかる事となる。

 

「アメトリ、十分だ!離脱しろ!」

「はい!」

千佳はハウンドを射出し終えると同時、その場より離脱する。

 

そして――重しをつけて初めて、その姿の視認が可能となる。

幾重もの回転する刃。

まるでヴィザを中心に回る衛星のようなそれらが――これまで視認すら不可能なほどのスピードで回っていたのだ。

 

「――忍田さん。指定したポイントに狙撃手を配置して」

 

迅がそう指示すると、ヴィザを四方から囲むように、外岡、奈良坂、穂刈、半崎がユビキタスで転送される。

「じゃあ皆、太刀川さんを援護して」

 

狙撃手はそれぞれの配置につくと同時、ヴィザに向け狙撃を開始する。

狙撃は星の杖により弾かれる。

だが、そうして狙撃のタイミングと合わせるように、太刀川が星の杖を掻い潜りながらヴィザの懐へと入っていく。

 

「――ヴィザ翁。援護します」

狙撃地点を確認したミラが、窓を開く。

上空よりそれぞれの地点でラービットを投入し、狙撃手の無力化を図る。

 

が。

 

投入されたラービットは、即座に粉々に打ち砕かれる。

 

「-------」

全身黒ずくめのトリガーを身に纏った空閑遊真の襲撃によって。

窓が開かれた瞬間には高速移動によってポイントを移動しつつ、ラービットを無力化していく。

 

「いいぞ、遊真。このまま狙撃手の援護をよろしく頼む。――あ、次はこっちのポイントっぽいね」

「了解」

迅のサイドエフェクトによりポイントを先読みし、遊真はそちらに移動する。

狙いすましたラービットの投入は、常に遊真が先回りし瞬時に撃退する。

 

――十分に、対策がされている。これはこれは。

ヴィザは、内心驚嘆していた。

――少しばかり、本腰を入れなければなりませんかな。

 

放たれていく弾丸を弾き、迅の黒トリガーを警戒しつつ――眼前の青年に刃を走らせる。

踏み込み、弾かれていく。

本来ならば、耐久力の高い弧月の耐久性でも、星の杖を弾くことは出来まい。

だが――ドラえもんがもたらした名刀雷光丸の性質を受け継ぎしこのトリガーは、違う。

刃を通す相手によって、その強度や切れ味が変わっていく。

 

例え万物を斬りとおす星の杖の刃であっても、この刀は、折れない。

 

――ほぅ。相手によって強度が変わるトリガー。このようなものは、黒トリガー以外では初めてですな。

 

「よぅ。爺さん。――アンタ、滅茶苦茶強いじゃないの」

「そちらこそ。多少の重しをつけていたとはいえ、星の杖を斬り抜けられたのは今まで数えるほどしかいない」

「――やべぇ。ちょっと、本気で滾ってきた」

 

太刀川は身震いする。

こんな感覚になったのは、――はじめて忍田と戦った時以来かもしれない。

 

太刀川は、戦いに勝つためになら自分を駒として運用できる冷静さを持っている人間だ。

バトルジャンキーであることも間違いないのだが、それよりもこの男は戦況を理解し、適正に自分を動かす術もしっかり持っている。

星の杖の回転刃を潜り抜け、目の前に立つ老人の佇まい。

理解する。

自分が戦ってきたどんな人間よりも――この老人は、強い。

 

「では、手並みを見せていただきましょう。私の全霊をもって相手を致しましょう」

ヴィザは変わらぬ表情のまま――剣を、抜いた。

 

 

「――雷の羽!」

大柄な男は身に着けた手甲と肩口から、大量の火砲を撃ち放つ。

 

「――く」

狙いを定められた熊谷は、シールドを展開するも簡単に貫かれ緊急脱出する。

 

「――くまちゃん!」

那須玲はそう叫びながらも、迫る弾雨を避けていく。

那須は、機動力に富んだ射手だ。

横殴りの雨風のような火砲放射を障害物を利用して避けながら、バイパーを放つ。

 

ランバネインはそれを幾つも発生させたシールドで防ぎながら、那須に狙いを定め集中砲火を放っていく。

 

路地に紛れ、一旦弾道から逃れる動きを那須が行う。

その瞬間――上空からヒュースが現れる。

 

「――く」

黒の結晶体が降り注ぎ、それにより発生した磁場により身動きが取れなくった那須の頭上に――ランバネインの弾雨が降り注ぐ。

 

――那須、緊急脱出。

 

「――きっついなぁ。あの二人が完全に役割分担している」

弾雨により足が削れた犬飼は、そうぼそりと呟く。

 

今の一連の動きだけでも、二人の近界民がどういう動きをしているのかが解った。

ランバネインが火砲の一斉放射を行い、散らす。そうして単独で袋小路に逃げ込んだ隊員を、ヒュースが狩る。

威力・弾速・射程・連射性全てを兼ね備えた弾丸を四方に撒き散らされるのだ。当然固まって行動するわけにはいかない。だが単独になると、応用性が豊富な“蝶の盾”を持つヒュースに狩られる。

 

「こっちも役割分担しないとね。――まずは木虎ちゃんの真似をしてでもここを逃げなきゃね」

削れた足をスコーピオンで補強し、犬飼は立ち上がる。

 

「――あ、野比君?生きてる?うんうん、生きてるならいいよー。一先ずだけど、あの飛び跳ねてる黒い奴を足止めするから、指定するポイントに来てくれる。――うんうん。そう。俺死に体だから、前に出てあいつを引き付けるから、その隙にあいつを撃って頂戴。よろしくー」

 

とはいえ、犬飼は木虎程スコーピオンの操作に慣れてはいない。スコーピオンで補強しようとも、機動力は幾らか削れてしまう。

すぐさま自らを捨て駒にする方向に頭を切り替え、犬飼は走り出した。



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大規模侵攻⑦

「――生駒先輩。私がアレを引き付けておきますから、旋空で叩き切ってください」

「木虎ちゃんが引き付けている間に旋空で叩き切る。了解」

「一々反芻しないで結構です」

 木虎が前に躍り出る。

 ラービットの攻撃を掻い潜り、取り巻き型のスパイダーによってぐるりと周囲を回るその瞬間。

 木虎に気を取られ、脇の防御を見誤ったラービットに、生駒旋空が叩き付けられる。

 

 べらぼうに長い射程を誇る旋空は、ラービットの腹を側面から叩き割る。

 木虎がラービットの視線と防御を誘導し、高射程かつ高威力の攻撃手段を持つ生駒がその隙をつく。

 

 ――そうか。ラービットの視線を誘導するだけでも、木虎と生駒先輩には十分な隙となるんだ。

 修は一連の動きから、そう思考を働かせる。

 

「アステロイド」

 彼は木虎がまた次のラービットの懐に入ったタイミングを見計らい、眼球に向けてアステロイドを撃つ。

 木虎への迎撃とそのアステロイドから防御する動きの両方を行使した結果――両腕が、防御から離れる。

 

 生駒の旋空が、ラービットを斬り飛ばした。

 

「何というか。アレやな。俺攻撃手なのに、万能手の木虎ちゃんの方がバリバリ前に出とるやん」

 生駒は二度目の旋空を放った後、一人ごちる。

「女の子の尻ばっか追ってるダメ男みたいやん」

「聞こえてますからね生駒先輩」

「すみません」

 生駒もそれ以降は口を開かなかった。

 生駒達人。

 後輩女子に一切の頭が上がらない男であった。

 

 ――これが、上位トップランカーの動きなのか。

 修は内心舌を巻いていた。

 恐らく修が木虎と同じ動作をしようとしたならば、十数回は殺されているであろう。生駒の滅茶苦茶な高射程を持つ旋空にも完全に対応して、その軌道から完全に逃れている。

 

「ドラえもん。排除したわよ」

「ありがとう。それじゃあここにマーカーを設置するから」

 

 上空からドラえもんが降り、マーカーを設置する。

 

「――忍田さん。マーカー設置した」

「ありがとう。すぐに増援を送る」

「――忍田本部長。戦況はどうなっていますか?」

「この地点から西南方向に角つきが二人出た。――あまりいい状況とは言えないな」

「-----私も増援に行った方がいいでしょうか?」

「いや。君と生駒と三雲君はこのままドラえもんの護衛を継続してくれ。増援はもうその場所から呼び出している」

 マーカーが、輝く。

「------」

「------」

「おお。こんな感じか、新トリガー」

 

 いつもと変わらない表情の二宮と、目が幾らか据わっているジャイアンに、ワープの感覚に純粋な感想を述べている出水の三人であった。

 恐らくは、トリオンが十分に存在している人間を固めて、増援用に編成しているのであろう。

 

「マーカー設置ご苦労。後は任せろ」

 そう二宮は言うと、ポッケに手を入れたまま二人を引き連れその場を離れた。

 

 

「あのジェットゴリラ君は面攻撃を無差別に撒き散らしている関係上、あの黒い奴がいる限りは建物の中に入ってこないと思う。だったら、手っ取り早く分断するには建物の中に入った方がいい」

 犬飼は、のび太含む複数人の隊員に指示を告げる。

「面攻撃→分散→仕留めるっていう一連の流れを見る限り、建物に立てこもる隊員に対してはあの黒い奴が迎撃に入ると思う。――ポイントはあの小学校跡地ね。既に何人かあっちに入ってるから、俺達で追い込んで戦うよ」

 犬飼は路地から出ると、その瞬間に走り出す。

 ――釣りだすのは難しくない。

 ランバネインは言わば自動追尾ミサイルのようなもの。標的を見れば単独であろうが、開けた場所に出た標的は火砲の標準を合わせる。

 

「じゃあ皆――撃っちゃえ」

 その瞬間。

 犬飼の近くまで寄ったランバネインに、ポイントとして指定された小学校跡地から大量のトリオン弾が襲い掛かる。

 それを空中機動を駆使し避けながら、ランバネインは小学校のポイントを認識する。

 

 当然そちらにも“雷の羽”の弾雨を飛ばしていくが、――さすがに幾つもの障害物が立ちはだかる建物の中まで正確に当てるだけの精密性はない。

 

 その瞬間に、犬飼は小学校とは逆のポイントへ走り出す。

 

「今だ野比君。釣りだすぞ」

 犬飼を追おうと視線を向けるヒュースに、逆方向から弾丸が向かい来る。

 百メートル程離れた、小学校に近い建造物から放たれる、のび太の弾丸であった。

 狙撃を警戒してたヒュースは“蝶の羽”で難なくそれを防ぐが、――のび太の位置は、自身の射程範囲外であった。

 

 ここで、ヒュースの頭の中には二択が発生する。

 射程圏外からチクチク撃ってくるのび太と、その付近でランバネインを撃っている小学校に潜伏する隊員を狩るか。

 もしくは、足も削れ死に体の犬飼を追うか。

 

 犬飼は、恐らくヒュースがわざわざ手を下さずともランバネインの手で狩る事が出来る。連携をするまでもない相手だ。

 ならば、選ぶべきは当然のび太であろう。

 

 ヒュースがのび太に向け方向転換した瞬間、のび太はグラスホッパーを利用し小学校へ向かう。

 迫りくる蝶の破片を必死に躱しながら、破片の隙間を抜くようにアステロイドを撃ち込んでいく。

 どうやら、破片を操作し、角度を変え、磁力の力を用いて“逸らす”防ぎ方をしているようだ。

 ならば。

 

「――やるな」

 ヒュースはポツリと呟く。

 一発、被弾していた。

 のび太は弾丸を防ぐのではなく、磁力で逸らし防御をするという蝶の羽の特徴を逆手に取り――欠片の方向に合わせ丁度ヒュースへ逸れるように、直前にバイパーの軌道を変化させ、被弾させたのだ。

 欠片の方向に合わせ正確に弾丸を放ち、その上で角度を合わせバイパーを曲げる――という二段階の離れ業を披露し、のび太は小学校の中へ向け走っていく。

 のび太が何とか小学校へと入った瞬間、ヒュースはランバネインと通信を取る。

 

「――ランバネイン様。あの建物の中を排除します」

「こちらランバネイン。了解した」

 ランバネインの了承を得て、ヒュースは小学校の中へ窓を叩き割り、入る。

 

 その、瞬間。

 

「――なに!?」

 ヒュースは、驚愕に表情を染める。

 小学校跡地に存在していた外壁が、光と共に巨大化し――建物を覆いつくした。

 周囲の光が遮断され、建物の中は暗闇に包まれる。

 

「――分断成功しました」

 

 声が響く。

 声の主が、ヒュースの眼前に立つ。

 

「これより、戦闘を開始します」

 眠たげな眼を細め、黒い盾に黒い剣を構える、野武士のような雰囲気を持つ男が。

 その目に、確かな意思を湛えて。

 

 

「成程。――確かに。お前は愚か者ではなかったな」

 開けた場に躍り出て、ランバネインの前を通り過ぎた、黒装束の男。

 ただの蛮勇かと思いきや。――死に体の身体一つを犠牲に、ヒュースとの分断を成功させた。

「-------」

 一つ静かな笑みを浮かべ、犬飼は緊急脱出した。

 

「とはいえ、ヒュースがいなくなろうとも幾分効率が落ちるだけだ。――そう簡単にこの雷の羽が落ちると思うなよ、玄界の戦士たちよ」

 

 次なる標的を見つけ出さんと、飛び立とうとしたランバネインは、

「むぅ」

 頭上に降りかかる弾雨を見つけた。

 その弾雨は――自身を囲むような軌道のものと、自身の身体へ向かうものとに綺麗に分かれていた。

「おお!」

 自らの左右に落ちた弾は着弾と共に爆発し、そこから少し遅れて自身の肉体の一点に集中して降りかかる弾雨が降り注ぐ。

 

「やるではないか!」

 その変則の全方位攻撃は、さしものランバネインといえ完全には防げず、手足と、体の一部に損傷が走る。

 

「――活きのいい得物が来たな。このまま仕留めさせてもらおう」

 その表情を一気に破顔させ、ランバネインは飛び立つ。

 

「――あれで仕留められないか。やっぱりつえーな角つき近界民」

「-----出水。お前は"ランバネイン”の背後の位置につけ。俺のハウンドで奴を動かす。その軌道上に、バイパーを置いていけ。まずは奴を下に降ろす」

「うっす。――風間さんたちはもう来てるんですよね」

「ああ」

「了解っす。――風間さんたちに仕留めてもらうにも、まずはあのクソロケットマンゴリラを下に引き摺り降ろさねぇとなー」

 そう言葉を交わしあい、両者は分かれる。

 

 そして。

 

「--------」

 ジャイアンもまた、バッグワームをつけ所定の場所でジッと待っていた。

 

「-----あの野郎共。仲間を殺しやがった」

 今、彼は純然たる怒りが心に充満していた。

 自分たちの街をぶっ壊した連中は。

 ――自分たちの仲間すら、平然と殺すことが出来る程の糞野郎共だったのだと。

 そう理解して。

 ただただ、許せなくなった。

 

 ――いいか武! どれだけ頭が悪くたっていい。けどな、仲間を裏切るような奴だけにはならないでくれ。

 

 かつて言われた、親父の言葉が頭の中に反芻する。

 そうだ。

 あの言葉があったから。あの教えがあったから。自分はあの時に誰かを守る選択が出来たんだ。足が潰れても腐る事もなかったんだ。

 故に。

 許せない。

 

「――絶対にぶっ潰してやる」

 早くここにこい。

 あらん限りを――ここでぶつけてやる。



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大規模侵攻⑧

 鈴鳴第一は、早い段階から小学校付近のポイントでラービットを狩っていた。

 ラービットのモッド型が現れたと報告を受けてから、本部の指示により角つき人型近界民の出現地点へと向かう事を命ぜられ――現在分断されたヒュースを討たんと小学校の中へ入り込んだ。

 

 準備は、済んでいる。

 

 ――人型近界民及び新型トリオン兵の対策を念入りに行った恩恵を一番受けた男は、恐らく村上鋼であろう。

 彼もまた、副作用を持つ。

 

 強化睡眠記憶。

 彼は睡眠時の学習機能が異常なほどに高い。

 体験した事象を、一度眠る事で脳味噌に経験として刻み付ける。

 

 故に。

 既に彼は――ヒュース含め、侵攻時に発生する敵対勢力の対応をしっかりと頭に刻んだうえでこの場に立っている。

 今ここにいる彼は、完成された状態だ。

 

「-----」

 無言のまま、彼はヒュースに向かって行く。

 光を遮られた真っ暗闇の中。

 黒く染められた刃を用いて。

 

「-------く!」

 唐突に真っ暗闇に放り出されたヒュースは、村上の攻撃に対応が遅れる。

 蝶の盾の欠片を集合させ初撃を何とか避けながら、生成したブレードによる刺突を行使する。

 それら全てを掻い潜り、村上の連撃が襲い掛かる。

 欠片を弾く。攻撃を防ぐ。そうして出来た間隙に、正確無比な旋空を叩き込む。

 暗闇という環境を利用した村上の連撃により、ヒュースの肩口から袈裟まで薄く攻撃が通る。

 

 ヒュースは何とか暗視の設定に自らを切り替え終えると、対象を確認する。

 

 欠片を集合させ、飛ばす。

 村上はそれらをレイガストによって防ぎ、一歩後ろへと引く動きをヒュースに見せる。

 

 ――逃がすものか。

 

 ヒュースはレイガストに付いた蝶の盾の欠片から磁力を発生させ、自身の方向へと引き戻すように力を加えていく。

 

 村上はその瞬間、スラスターを発動させる。

 

「ぐ------!」

 引く動作はフェイント。磁力による引力を逆利用し、スラスターを起動しレイガストをヒュースに叩き付けると、今度こそその場を離れた。

 

「――やはり、情報が玄界に知られていたか。それも、ここ最近の話じゃない------!」

 この侵攻全体を見て、そして一連の相手の動きを見て、ヒュースはそう確信した。

 内通者か、密通者が祖国にいたのだろう。

 

 ヒュースは愚かではない。自身のトリガーをエネドラのように過信しない。

 情報が知られ、今相手の型に嵌められた。ここまでの状況を用意しているのならば、相手もそれなりにこのトリガーの対策を講じられていると考えるべきであろう。

 

 ならば、まず自身が考えるべきは――この場から一刻も早く離れる事だろう。

「蝶の盾!」

 欠片を集め、車輪状に拵え、外壁へと飛ばす。

 肥大化した外壁は脆くもガラガラと崩れ、暗闇に光が灯す。

 スケーリングライトはあくまでトリオンの通っていない物質を肥大化させるだけのものだ。トリガーの攻撃を耐えうるほどの強度を生み出す事は出来ない。

 ヒュースは空いた穴倉からその場を離れようとして、

 

「-------ッ!」

 漏れ出た光で目が眩む中――予期せぬトリオン弾が自身の身体を貫いた。

 

 ――外に狙撃手も配置されているのか! 

 撃たれ、足踏みする間に、外壁はまた再生され光が消えていく。

 

 そして。

 

「なに-----」

 

 足元が。

 横の壁が。

 

 肥大化してくる。

 まるでヒュース自身を圧し潰さんとしているように。

 

「――この程度!」

 

 蝶の盾の迎撃により、当然の如く自らを圧し潰さんと肥大化していくそれらを斬り裂いていく。

 

 ――足を止めたままでは危険だ。

 

 ヒュースはそう確信し、蝶の盾の機動力を存分に使用し移動していく。

 肥大化していく外壁を斬り裂き、磁力のレールを敷きながら滑るように動いていく。

 

 移動の最中、暗闇に浮かぶ蛍のような――トリオンの光を見た。

 

 心中舌打ちしながら、ヒュースはレールの軌道を変える。

 あれは、低速のトリオン弾だ。あの中に入っていったらたちまちハチの巣になる事請け負いだ。

「――ミラ様。敵の反応を掴めませんか」

 彼は暗闇と肥大化する壁に紛れ身を潜める敵影を警戒し、ミラに通信を入れる。

 だが――その返答は、期待に沿う内容ではなかった。

「――ごめんなさい、ヒュース。恐らく玄界側のかく乱用トリガーね。あまりに中のトリオン反応が多すぎて、どれが敵なのか判断がつかない」

 ヒュースは、背筋が冷える思いがした。

 玄界は――本気で自身を狩るつもりなのだ。

 ヒュースは何とかこの場を離れる為思考を巡らす。何か、何か打つ手はあるか――。

 

「――はい。こっちのルートに来ましたよ。ちゃちゃっとやっちゃいましょう」

 そんなやる気のない声と共に。

 ヒュースの左右からハウンドが襲い掛かる。

 

 ――そこか。

 その弾丸を防ぎながら、暗闇に潜む二人の姿を見る。

 ゴーグルを首元に下げたもさもさ髪の男と、気の弱そうな顔で突撃銃を構える男の二人。

 

 迫りくる弾丸を避けながら、欠片を収束させ二人を仕留めようとする。

 

 ――攻撃の為に収束させたその隙に、また弾丸を叩き込まれる。

 その弾道の方向へ振り返る。

 ――背後から、威力のあるアステロイドで脚が削られる。

 

 ヒュースはあくまでも冷静に周囲の敵影を確認しつつ、欠片を全身に収束させ防御を固めながら一人ずつ仕留めていく方針に転換する。

 

 視線を敵に向ける。

 すると、その視線を切るように、床面が肥大化する。

 

 叩き切る。

 そして、

 

 眼前に。

「――グラスホッパー!」

 斬り裂かれた床面から、現れたのは――先程ヒュースをここまで誘導したメガネの少年。

 彼は片手にカプセルのような球体状のトリガーを左手に抱え、――右手で拳銃を構える。

 

 攻撃に利用した欠片の再編が整わぬうちに――少年は弾丸をヒュースに叩き込む。

 全身を穿たれながらも、ヒュースは眼前の少年を倒さんと欠片を集めていく。

 

「――韋駄天」

 

 そして。

 ヒュースは――背後からたった今球体状のトリガーを投げ捨てた少女に瞬時に間を詰められ、斬撃を浴びせられた。

 

「-------」

 彼は心底悔し気に歯噛みし――トリオン体が崩れていく音を聞いていた。

 

 

 事前に“ユビキタス”が設置されたマーカーの一つが、この廃小学校の裏庭であった。

 ここは本部に近く、周囲が開け中に潜伏できるメリットが非常に大きな場所であったことから戦力を送り込むには非常に有用な場所であると判断されていたのだ。

 

 本部で待機していた東と黒江、生駒隊(生駒抜き)がそれぞれ校内に侵入。先行していた村上が時間稼ぎをしている間に、東が校内に大量のかく乱装置であるダミービーコンを設置し、鈴鳴の太一と生駒隊の隠岐がスケーリングライトでヒュースの壁越し・床越しに地形を変形させていく。その後、移動経路に合わせ生駒隊水上が低速弾道のアステロイドを置いてヒュースを誘導させ、鈴鳴の来馬・東・隠岐と連携してヒュースの足を止めさせる。足を止めたヒュースを、ダミービーコンを抱え隠れていたのび太と黒江の連携で仕留めた。

 

 犬飼の意図を汲んだ東が即興で作戦を立て、各自がそれを実行し――一連の流れが組み立てられ、無事ヒュースを撃破した。

 

「-----こいつ、どうします?」

 水上が、生身の姿になったヒュースを見ながら、東に言う。

 

「-----俺が本部に連れて行こう。二回分のユビキタスの使用とダミービーコンの設置で、もうトリオンがすっからかんだ。このままこいつを連れて本部に行って、本部長の補佐に入る」

「了解っす。じゃあこのまま俺達であのデカブツジェット叩きの援護に向かいますわ」

「ああ。頼んだぞ」

「じゃ、太一。外壁を元に戻して」

「うっす」

 太一が、外に向けまたスケーリングライトを浴びせる。

 学校を覆っていた外壁は元のサイズに戻り、光がまた戻る。

 

「まぶし――あ」

「あ」

「え?」

 

 太一は――外壁がなくなったことでいきなり現れた光に軽く目を背けた。

 その、一瞬の間であった。

 ――外から撃ち込まれた雷の羽の弾丸が顔面にぶちあたり、緊急脱出した。

 

 総員、近くにランバネインがいるのか、と警戒を強めるが――その後一発として弾丸が来ることはなかった。

 

 レーダーを眺める。

 ランバネインの位置は、随分と遠い。

 

 つまり。

 

「--------」

「------まあ、うん。こんな事もあるさ」

「何処の漫才やねん」

 流れ弾にぶち当たり――完全な運により太一は撃破されたのであった。

 痛まし気に表情を沈ませるのは来馬と、精々村上くらい。他は-----何とも言えない空気を醸成し、空へと飛んでいく太一の姿を見届けていた。

 

「------太一の死を犠牲にするわけにもいかんだろう。速やかにあの人型近界民を排除する」

 

 応、と答え――隊員は各々散っていく。

 

「何というか-----まあ、いいや」

 のび太はこの一連の不思議な出来事に――太一、という名前だけは脳裏に深く刻んだ。

 

 



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大規模侵攻⑨

ヒュースは。

何となしに感づき始めた。

 

ことここに来て、――ランバネインとの交戦が続いているこの状況下で、ミラが自分を回収しに来ない意味を。

まだ戦況は続いている。撤退しているわけではない。それでも回収に来ない。

自分をもう回収するまでもない戦力であると判断されたか。

もしくは――そもそも自分は初めから邪魔者として処分される予定であったか。

 

エネドラは死んだ。

それはもう事前に知らされていた。ここで人格の変質が取り返しのつかないレベルになってしまったエネドラを処分する予定であることは。

------では、自分は?

「-------」

連行される中、ヒュースは――一つ、歯噛みした。

 

 

「――ヒュースがやられたか。存外にあっさりだな」

ランバネインはミラの報告を受けた後に、そう呟いた。

 

「――だが、問題ない。なに。少々手間が増えるだけだ」

 

ランバネインは一つ笑みを浮かべると、全身にトリオンを収束させ、全方位に向け放っていく。

それはまるで空爆のように、障害物諸共打ち砕き隊員を追い込んでいく。

 

「――うひぃ。恐ろしい。ありゃあ食らったら一撃で死ぬな。二宮さん、大丈夫ですか」

「何も問題はない」

「そりゃあよかった。――今玉狛第一と諏訪隊、そんで加古さんが到着したみたいっす」

「そうか。ならば一旦合流するぞ、出水。作戦を伝える」

 

お、と出水は声をかける。

今のところ――ランバネイン相手に手立てがない状態であった。

何にせよ、火力差が大きすぎる。現在までの手札としては、二宮・出水・ジャイアン・風間隊といった具合であったが、対空の勝負を仕掛けられる手札がこの中では射手である二宮・出水だけだ。隠密戦主体の風間隊は当然として、ジャイアンは近距離での火力勝負で活きる駒だ。地面に引き摺り降ろさないと、そもそもこの手札を使えない。

ボーダーでも屈指の射手である二人の攻撃であっても、ランバネインの牙城は堅い。

 

そもそも、攻撃が面射撃・爆撃に特化している故に雑に見えるが、むしろその分防御に思考を割ける為かランバネイン自体の動きそのものは非常にクレバーなものであった。

全方位攻撃と高機動、更にシールドの多重展開までできるランバネインの“雷の羽”。二宮・出水は互いにその合間合間で攻撃を行い、残りは防御一辺倒のまま終わってしまっていた。

 

「で、作戦ってのは?」

「俺とお前で役割を分け、そして適時交代していく」

「-----どういう役割ですか」

「単純だ。片方がフルガード。片方が合成弾を放つ」

「合成弾ですか?普通のフルアタックじゃダメですか?」

「奴の機動力を考えると射程が足りん。だからといって射程にトリオンを振りすぎると今度は威力が足りない。射程も威力もカバーするためには合成弾がいい」

「-----成程ね」

「奴が空にいるうちは、自由に軌道を変えられるバイパーと合わせられるお前の方がいいだろう。ある程度距離が詰まれば、俺が交代しよう」

「了解!」

合成弾のメリットの一つは、一発に込める上限を超える機能のトリオン弾を放つことが出来る点だ。

二つ分のトリオンキューブを合わせることで、単純に威力も射程も速度も上がる。

二宮がフルガードを展開すると同時――出水は合成弾を練り上げていく。

「それじゃあ――いい加減お空から降りてきやがれマウンテンゴリラ野郎」

 

 

「――ほお。弾丸の威力が上がっているじゃないか」

感心したようにランバネインは自らを追尾してくる弾丸の変化を感じ取る。

 

「――軌道が随分と複雑だな。ふむん」

円弧を描いて追いかけてくる弾丸ではなく、直線から曲線を繰り返して空飛ぶランバネインを追いすがる。軌道が読めない分、機動力を活かした回避が難しくなってくる。

 

「成程。あの戦士二人か」

黒ずくめの装束に身を包んだ男と、キツネ目の男。

二人を視認したランバネインは、――脅威と彼等を認識した。

 

「邪魔だな。排除させてもらおう」

ニッと笑んで、ランバネインは地上までの距離を詰めていく。

地上に近づき、二人を殲滅にかかる。

その時。

 

 

「全武装、起動」

「ガイスト起動。射撃戦特化」

「接続器、ON」

 

 

それぞれの声が、聞こえる。

 

二方向から様々な種類の弾丸が襲い掛かると同時、ビルの屋上から大斧を振りかぶる女が頭上から現れる。

「ほお!」

ランバネインは大斧による斬撃を機動力を活かし避けながら、――弾雨の発生源へと向かう。

高層建築物の群れの中、レーダーが示す場所には、端正な顔立ちをした青年が一人、建物の間に紛れランバネインに向け大型の銃を向けていた。

 

それを認識し、仕留めんと雷の羽を向ける。

 

その、瞬間。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

だみ声混じりの掛け声とともに。

横殴りの暴風が、自らを襲う。

 

「――おおぅ!」

その暴風は、凄まじいまでの威力を誇る。

凄まじい勢いで吐き出されているはずのその弾丸の群れは、二発も食らえば確実にシールドすら破壊する。一旦ランバネインはその場を離れる。

 

「逃げるなこのクソ野郎!テメエ等絶対にぶっ殺してやる!」

ジャイアンは再度上空へと撤退せんとするランバネインに向け――飛ぶ。

レイガストを装備し、スラスターを起動。ジェットを噴射するランバネインの頭上に叩き付けるように、襲い掛かる。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

レイガストで身を守りながら、アステロイドの弾丸を討ち放つ。

雷の羽の弾雨を一身に受けながらも、それでも中々崩れない。

スラスターがランバネインと衝突しながら、その身体を地上付近に押しとどめる。

ランバネインも上空への撤退よりも、ここはジャイアンの撃退を優先する。ジェット噴射を取りやめ、地上へ降り、その分迎撃と防御へリソースを回す。

超近距離での弾丸の応酬は、金切り声のように周囲に音を撒き散らしていく。スラスターの背後から弾丸を撃ち鳴らすジャイアン。真正面から多種多様な弾丸を弾き出すランバネイン。息もかかるほどの距離で、行われる応酬は、互いの身体を容赦なく削っていく。

――ジャイアンのレイガストも砕け散る。

それでも一発でも多くの弾丸を撃ち込まんと、最後までジャイアンは引鉄を引き続ける。

致命傷に繋がる部位を的確にカバーしながらも、さしものランバネインもその全てを防ぐことはできず、幾つか削られていく。

 

「――諏訪さん!堤の兄貴!ここだ!俺ごとぶっ飛ばせェ!!」

弾雨を一身に受け、崩れかけるその直前。

そうジャイアンは叫んだ。

 

「――よくやったぜ、剛田。ゴリラの足をしっかり止めてくれたな」

「あとは任せろ、武君!」

その両脇から。

散弾銃型のトリガーを抱えた二人組――諏訪、堤が、ランバネインを挟み込む。

 

「ぶっ飛ばしてやるぜ人型ァ!!」

近距離からの、高威力の面攻撃が今度は両脇より放たれる。

ある程度シールドでカバーしながらも、それでもランバネインの身体は着実に削れて行く。

――剛田、緊急脱出。

その音声が切れるその瞬間までも、ジャイアンは敵意を切らすことなく、最後まで引鉄を引き続けていた。

 

「――やるではないか」

削れた身体のまま、ランバネインは笑う。

「だが、まだまだ甘い!」

ジェットを次に横方向に推進させ、ランバネインは一旦諏訪側へ突っ込む。

その突進をまともに受け、諏訪は体勢を崩す。崩されたその身体に的確に弾丸を撃ちこまれる。そして振り返り様にまた弾丸を撃ちこまれ、諏訪と堤の双方が緊急脱出する。

 

「――旋空弧月!」

その、更に背後。

諏訪隊笹森が、カメレオンを解除し、弧月で斬りかかる。

 

「甘い!」

切っ先が届くよりも早く、ランバネインは弾丸を撃ちこむ。

 

「――やはり」

その瞬間、気付く。

笹森に弾丸が撃ち込まれたその瞬間、三方向から更にトリオン弾が襲来する。

それはランバネインに撃ち込まれるかと思いきや――周囲の建物に衝突し、爆風と共に煙を巻き上げる。

 

――煙幕代わりの爆弾!ならば!

 

その狙いは、ランバネインは気付く。

だが。

 

「ぐぉ-----」

その切っ先が届くにはあまりにも、早かった。

爆炎が上がり、煙も撒き散らされている。そんな事は関係ないとばかりに――三つの斬撃が、ランバネインの身体を斬り裂いていた。

 

「ふ-----ふははは」

トリオン体が崩れ去るその直前――ランバネインの姿が、消える。

爆風が消え、現れるのは風間隊の三人であった。

 

「-----こちら風間。人型近界民、対象“ランバネイン”を排除しました。身柄は、“ミラ”の黒トリガーにて回収され、ここにはありません」

「こちら、忍田。よくやった。――被害は八名か」

「これからどう致しますか?」

「-----まだ、対象“ハイレイン”が出現していない。もう一人の黒トリガーに注意しつつ、周囲の新型を狩ってくれ」

「了解です」

 

現在、エネドラ、ヒュース、ランバネインを撃退し、残すところはヴィザとハイレインを残すところとなった。

風間は一つ息を吐く。

 

――ここまで来てなお、本来の目的はまだ叶っていない。

黒トリガーの奪取。

まだヴィザの撃退が報告されていない以上、油断はできない。

 

「-------」

今は、とにかく太刀川と迅を信じるほかない。

風間は瞬時に思考を切り替え――新型の反応がある場所まで、動き出した。




次話。
多分おじいちゃん出るよ。


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大規模侵攻⑩

「――ランバネイン殿も仕留められましたか」

ヴィザはミラからの報告を受け、そう呟く。

「しかし、ランバネイン殿のおかげで優秀な射ち手が集まってくれたのはいい事です」

 

正面から。

側面から。

斬撃が入ってくる。

 

それはす、と入ってくるそよ風のような斬撃。

自然な所作から放たれるそれらは、見えない。

斬撃そのものが速いのではない。斬撃が放たれるまでの所作の部分が、極限に無駄が削がれすぎて、斬撃の発生源が見えない。

 

いや、斬撃そのものも速いはずなのだ。だがその速さは鋭敏化された神経組織によって、反応が追い付いている故にそう見えているというだけで。

 

それよりも、タイミングが取れない。

老人が斬りかかる予備動作が全く見えない。踏み込みも腰の回旋も手首のスナップに至るまで――斬撃を構成する要素から極限に無駄を省いている。

その分、防御が一拍遅れる。

遅れた分、太刀川のトリオン体に傷口が増えていく。

 

「どうやら、貴方と攻防の速さの面で競い合おうとするのは厳しいようですな。ならば別の切り口でやっていくほかない」

 

どれだけ攻撃のスピードが速かろうが、今の太刀川はそれに対応できる反射神経を持っている。

故に、重し付きとはいえ“星の杖”の高速回転する刃をすり抜けて来れたのだから。

 

よって。

ヴィザは――神経が攻撃を捉えるまでのスピードを遅らせる方針を取った。

予備動作のない斬撃。

神経組織すらも反応できぬ、異様なタイミングから放たれる斬撃。

 

「------解らん。何だこれは」

太刀川は笑みを浮かべながらも、そう呟いた。

現在、星の杖は狙撃手の対応のために使われており、太刀川との攻防には一切使用されていない。

更に、目に映る範囲で――黒トリガーを持つ迅の姿もある。

 

周囲を取り囲む狙撃手。そして効果の解らない黒トリガーを持つ迅。ヴィザはこの二つにしっかりと意識を割きながら、太刀川との剣戟をこなしている。

 

ことこの剣戟に関して、ヴィザは旋空もシールドも持っていない。単純な手数ならば太刀川が上回っている。神経機能拡張の影響により、トリオン体そのものの性能も上回っている。

 

なのに。太刀川の攻撃は通らずヴィザの攻撃は通っていく。

 

斬撃が走る。

防御せんとその斬道に刀身を挟むが、まるですり抜けるように胴へ斬撃が通る。

 

二対の旋空を放つ。

最小限の足運びでそれを避けつつ、自然な体裁きで太刀川に返し刀を打ち込む。

 

――旋空は、起動時間によって斬撃範囲が異なる。ヴィザは一連の攻防の中でその特性に気づき、起動時間を読み切った上で回避を行っている。

 

通常の太刀筋を超える斬撃である旋空ですら、その効果範囲を読み切り対応する。リーチの差すら、積み上げてきた経験によって埋められていく。

太刀川は、ボーダーに入って以降――それこそつぎ込めるだけの時間を、戦いに費やしてきた。

幾千幾万という戦いを積み重ね、時間を忘れ、遂には自身の単位事情までも棚に追いやって、自身が強くなることに全てをかけてきた。

それでも。

届かない。

 

老人が放つ攻撃を読めない。

 

「------仕方ないか」

太刀川はポツリと呟いた。

「こりゃあ、――文字通り、命を張ってやるしかない」

 

太刀川は、台詞に見合わぬ――恐ろしく楽し気な笑みを浮かべていた。

楽しい。

楽しくて楽しくて仕方がない。

この戦いは、負けは死だ。緊急脱出機能はないのだから。

 

そして、眼前には自身を大きく上回る剣の使い手。自身よりも――そして、間違いなく師よりも遥かに超えた実力の老剣士。

死の予感が、よぎる。

されど――その予感で恐怖を感じるよりも前に、奮え立つ。

身を竦ませるのではない。

何処までも、背筋に走るスリルに身が奮え立つ。全神経が集中する。笑みが零れる。この戦いが――楽しくて楽しくて仕方がないと脳味噌が叫んでいる。

 

これだ。

これだ。

自分は、こうだ。こういう生き物だ。

 

戦いそのものが、脳味噌を刺激する。

戦いとスリルの前では、死の恐怖なんざ握り潰せる。

 

太刀川慶という男は、そういう在り方の人間であった。

 

 

「-----太刀川さん、厳しそうだね」

ヴィザと太刀川の戦いは、外側から見る分においては歯がゆい思いで見守るほかない。

本当は援護してやりたい。

だが――弾丸は星の杖の壁に阻まれ弾かれる。

 

どうにか、とは思う。

どうにか戦況を変えられる一発を撃ち込めれば、と。

 

「------雨取さん、離脱しないの?」

絵馬ユズルは、隣にいる雨取千佳に尋ねる。

「しない」

千佳は、はっきりとした声でそう言った。

 

「------私は逃げたくない」

「逃げじゃない」

ユズルはヴィザと太刀川の戦況を見つめながら、隣にいる千佳に言う。

「志願して、ここに来たんでしょ?B級に上がってもいないのに。それに------黒トリガーを釣りだすための餌にするだなんて」

 

ユズルは表情を変えずとも――内心、非常に憤っていた。

非常に高いトリオンを持つというだけで、こんな所に餌代わりに連れ出した上層部を。

千佳は、役目を果たした。

黒トリガーを釣りだし、鉛弾ハウンドを撃ち込み、太刀川を援護した。ここで終わりで良かったはずだ。そのまま予定通り緊急脱出して、本部に戻ればよかった。

 

それでも、彼女は拒否した。

 

「------あの人。私が緊急脱出したら本部に攻め込むって、言ってた」

「そんなの脅しだよ」

「脅しじゃ、ない。------脅しだったら、迅さんがあんな顔をしない」

「------」

「私は嫌だ。――私のせいで、誰かが連れ去られたり死んだりするのは、私が連れ去られるよりずっと嫌だ」

「-----絵馬君、でよかったですか?」

「うん----雨取さん」

「絵馬君は------片腕が動かせない状態で、狙撃できる?」

「------できない事はないと、思うけど。どうしてそれを?」

現在、ユズルはビルの上のフェンスからヴィザを見下げる形で狙撃地点にいる。フェンスを片腕代わりに支えとして置き、撃つことは可能だろう。

だが、どうしてそんな事を。

 

「――私のトリオンを使ったら、あのトリガーを突破できないかな-----って」

 

つまりは、こういう事。

狙撃を完全に封じ込めているあの黒トリガーの刃。回転する刃を自在に動かし、現在あの老人は周囲から受ける狙撃を完全に無効化している。

雨取千佳が、ユズルに臨時接続を行い、ライトニングにて狙撃を行う。

ライトニングは、トリオンが多ければ多いほど、射速が上がる狙撃銃トリガーだ。

もしそれを千佳のトリオンで撃つことが出来るならば――成程、あのトリガーを超えられるかもしれない。

あの老人は、戦慣れしている。狙撃のスピードもしっかりと頭に入れているだろう。そこで――トリオンを増した超高速の弾丸を叩き込めば、一発だけならば当てられるかもしれない。

 

「------」

 

千佳の提案に、ユズルは頷いた。

 

「わかった」

「あ-----でも、あの状況だと----」

太刀川とヴィザが激しい攻防を繰り広げている中、ただでさえ片腕が使えない状態で当てられるだろうか。

多分、そう言いたいんだろう。

 

「大丈夫」

ユズルは、珍しく力強く言い切った。

 

「乱戦時の狙撃には慣れているから-----絶対に当てて見せる」

 

ユズルは、左手を千佳に差し出した。

「――ありがとう。お願い、します」

まるで祈るように千佳はユズルの手を握る。

 

その手は、震えていた。

 

「------」

左手からの振動をしっかりとユズルは受け止め、照準を合わせる。

大丈夫。この程度。もっとひどく震える足場で、片手が吹き飛ばされた状態で狙撃をしたことだってある。片腕。震え。この程度で狙撃を外すなんて狙撃手の名折れだ。

 

――だって。

こんな女の子が、何とか状況を打開しようと自分を頼ってきたんだ。

別に漢気だとか、そこに意気を感じるようなキャラクターじゃないけど。

それでも、この女の子だけは色んな意味で特別なんだ。

 

外さない。

絶対に。

 

 

「ここが、最後だ」

ドラえもん、修、木虎、生駒は――最後のマーカー設置地点に到着する。

 

「――この先で、ヴィザと太刀川慶が戦っている。出来る限り、多くの戦力をここに集める」

「今ユビキタスで送り込める戦力はどれだけあるの?」

「------三輪隊と何人かの狙撃手が“ユビキタス”経由でこの地点に来れる。それと、のび太、黒江双葉、加古望、そして風間隊がこちらに向かってきている」

ランバネイン撃破の報告を受け、集まった隊員は二手に分かれる。新型を駆逐する為に留まる隊と、ヴィザの下へ向かう隊の二つ。

 

「今-----狙撃兵が孤立している。遊真君一人でカバーしているけど、あと一人黒トリガーが残されていることを考えると、攻撃手と前線で戦える銃手が欲しい」

現在。

ヒュース・ランバネインの二人組に対抗する為に、射手・銃手を数多く集めてしまった。

二人の性能を考えると、中距離での撃ち合いが出来る駒を多く配置せねばならなかった為、こうなってしまうのは仕方がない。とはいえ、二宮・出水はユビキタスを複数回使った上でランバネイン戦において相当に消耗しており、残りトリオン量を鑑みても流石に動かせない。トリオンに富む銃手、射手も多く犠牲が出た。

今、太刀川を援護するために多くの狙撃手が集まっている。

だが、それを護衛する隊員が圧倒的に足りない。

 

 

「――ここからがギリギリの攻防になる。多分、これが狙いだったんだ」

狙撃手が孤立し、中距離で戦える隊員を一点に集める。

この状況下は――。

 

 

“窓”が開かれる。

 

「――よし」

開かれた暗い空間から、一人の男が出現する。

 

「まずは――狙撃兵を片付ける」

ハイレイン。

――卵の冠を持つ、侵攻軍の総隊長が。

 

ここが、最後の攻防だ。

そうドラえもんは確信する。

負けはしない――絶対に。

そう思いながら――周囲を飛び回る生物の群れを睨みつけた。

 




多分、次か、次の次くらいで大規模侵攻編終わり。


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大規模侵攻⑪

「ご苦労。ヴィザ。――()()は成功した。このまま金の雛鳥を捕らえる」

分断。

それは、ランバネインとヒュースを固めてかく乱に利用したことによって――弾幕を張る事の出来る銃手・射手を多くそちらに割かせ、釘付けにする事が出来たという意味だ。

当初報告のなかったワープ機能を持つトリガーに面食らったものの、序盤のヴィザの区画殲滅とかく乱によって多く使用させた事で、この局面で使用を制限させる事が出来るようになった。

ワープは、黒トリガーの補助を受けるミラであっても相当な消耗を強いられる。そう何度も使用はできない。

よって、この局面で

「承知いたしました。――金の雛鳥が砦へと脱出した場合は如何いたしますかな?」

「その場合は私とお前で雛鳥をかき集める。徹底的にだ。――今回は十分な雛鳥を捕らえることが出来た。ならば、次回の侵攻で容易に脱出させられないよう、布石を打つ」

「成程」

 

雨取千佳が緊急脱出すれば、根こそぎC級隊員を拉致する。

――ヴィザによって金の雛鳥の人格部分の報告を受けていたハイレインは、その性質を鑑みた作戦行動を取る事を決めた。

今回の侵攻における目的は果たした。ヒュースとエネドラを排除し、十分な数の雛鳥も捕らえる事が出来た。

 

この侵攻で金の雛鳥たる千佳を捕らえることが出来ずとも、その精神面に深い楔を打つ。

 

すなわち。

“お前が逃げたせいで犠牲が増えた”という事実を、突きつける。

 

その楔を打ち込むことが出来れば。

今回の侵攻で捕らえることが出来ずとも、次に繋がる。

 

「では。私が邪魔な狙撃兵を排除していく」

 

ハイレインは、卵の冠を胸の前に掲げる。

生物を象ったトリオンが、渦巻くように蠢いていく。

鳥が。虫が。蜥蜴が。魚が。

空間を飛び、跳ね回り、泳ぎながら。

 

眼前には、奇妙な髪型をした男がいた。

星の杖の防壁を唯一突破する弾丸を放った男がこの方向にいるとヴィザから報告を受け、最初の転送先をここに選んだ。

当真はほぉ、とか、へぇーとかその動物の群れを眺めながら呟き、ハイレインに笑みを浮かべる。

その笑みは、何処かまだ余裕を感じさせるものだった。

 

「そう来ると思っていたぜ」

 

当真はそうハイレインに告げると地に手をつける。

その瞬間、当真の姿は――紋章が地面に刻まれると同時に、消えた。

 

「――ワープか」

ハイレインは一つ頷く。

「恐らく距離は然程稼げまい。ミラ。狙撃兵の動きをマークし、連携して仕留めていくぞ」

「了解です」

ハイレインは焦ることなく、ミラに指示を飛ばす。

この程度の距離など――窓の影と卵の冠の前では時間稼ぎにしかならない。

 

黒の窓に再度戻る。

身に纏わせた動物共が付き従うように窓の中に入っていく。

それは――巣穴に戻り、餌を持ち帰る親鳥そのものだった。

 

 

「なあ、爺さん」

「どうしましたかな?」

太刀川は、二刀で鍔競る中ヴィザに語り掛ける。

恐らくは時間稼ぎのための手段であろう、とヴィザは推測しながらも、それでも言葉を返す。

この局面に至れば、別に時間がかかっても構わない。ハイレインが狙撃手を排除するまでこの男をここに釘付けにできるのならば、それもそれでヴィザは自身の役割を徹する事が出来ているのだから。

 

「――そんな歳まで生きて、何でアンタ戦場にいるの?」

「はて?不思議な問いかけですな。戦場に年齢は関係はないでしょう?」

「老い先も短いだろうに」

「先など解りませぬ。良くも悪くも、戦場とはそういう場所でしょう。老いようが、若かろうが、平等に死にゆく。昔の私も、今の私も、先があると考えたことはないですから」

「――俺は、解らないんだよなぁ。死ぬか、生きるかの瀬戸際の怖さってのが、どういうものなのか」

「でしょうな」

玄界には緊急脱出システムがある。

倒されようと、時間を経れば戦場に復帰できる機構。

何度倒されても復帰できるからこそ、自らの死をも厭わず戦闘をすることが出来る。訓練をすることが出来る。戦場から死を排除できる故に、その恐怖を切り離して戦える強さが玄界にはある。

故に、そんな事は知らないだろう。知る機会もないはずだ。

 

「――だからさ。もしかしたらそいつを知る事が出来るんじゃないかって、わくわくしてんだよ」

「ほぅ」

「だって、今の俺は――」

 

太刀川は鍔競りの状態から一歩引くと、二対の旋空を放つ。

 

「死ねば、終わりだからさ」

当然のようにそれら二つを身を翻し避けるヴィザに、そう太刀川は言った。

 

その言葉の意味を、――知る直前。

 

「------む」

左足に、一発。

歴戦の老兵であるヴィザの目にも止まらぬ速度を以て、弾丸がその足を貫いた。

 

 

「――着弾、確認」

ビルの上。

ユズルがそう呟くと同時、すぐさま千佳と共に立ち上がる。

千佳のトリオンを借りたうえでの弾丸は見事星の杖の防壁を超え、無事着弾に成功させた。

 

「――対応が速いな」

狙撃手の位置を把握したうえで、付近のラービットが動き出していた。

「ラービットは捕獲機能がある。雨取さんも早く――」

「ハウンド」

 

ユズルが呟く前に。

千佳はハウンドを生成し、ラービットに向け射出していた。

 

あまりにも巨大なその弾丸は、ラービットの強靭な装甲ごと叩き壊していた。

 

「――雨取さん」

「私も、戦う」

千佳はそう口に出す。

その顔は深く、深く――恐怖に歪んでいる。

それでも。

彼女は、自分の意思を通している。

 

「解った。――でも、危険だったらすぐに緊急脱出してね」

「うん」

「出来るだけ----その、僕も、援護するから」

守るから、と言おうとしたその口は、余りの照れくささとクサさに喉奥に封じ込まれ、代わりの言葉が紡ぎ出される。

それでも封じ込めた言葉には、一切の嘘はない。

ユズルは一つ心の奥で気合を入れると、狙撃銃をラービット撃退用に高威力のアイビスに切り替える。

 

その瞬間。

 

「――流石と言うべきか。このトリオン量は」

窓が、開く。

「狙撃兵をあらかた片付けてから確実に捕獲しようかと思ったものだが------あれだけの力があるのならば、無視は出来ん」

様々な動物型のトリオンを身に纏った男が、その場に君臨する。

 

「お前を早々に確保し、速やかに退却しよう」

 

わざと聞こえるように、ハイレインはそう言葉を口にする。

言外に、こう言っているのだ。

――お前さえ早く捕まれば、こちらはすぐに撤退すると。

その言葉に、千佳は実に解りやすく表情を変える。

――やはり、ヴィザの分析は正しかった。

この金の雛鳥の精神面は、何処までも脆弱だ。

――ならば。

 

「ぐ-----!」

ユズルは鳥の群れに襲われる。

トリオンで出来たその鳥は、――触れた存在を、キューブ化させる。

手足が歪んでいく中――ユズルは緊急脱出の選択肢が頭に浮かぶ。

 

が。

そうなれば。

 

――雨取さんはどうなる?

 

また。

また自分は。

――誰かを失うのだろうか?

そう思った瞬間、取るべき行動を瞬時に理解する。

 

「-------」

歪んだ手足で、それでも銃を構える。

あのトリガーの正体は知っている。

簡単だ。あの身に纏う動物に触れないように――弾丸を撃ち込めばいいだけだ。

 

「----おお!」

ユズルは――ハイレインの足元にアイビスを叩き込む。

その弾丸はハイレインの足を削りながら――足元のコンクリを破砕し、瓦礫を巻き上げる。

巻き上げたそれらが動物達に衝突し、霧散していく。

 

ハイレインの機動力を奪い、かつ卵の冠の弾丸を削る。完璧な最適解ともいえる弾丸であった。

 

「――絵馬君!」

その一発の代償に、ユズルは緊急脱出を使う事が出来ず――完全なキューブと変化した。

「――絵馬君!絵馬君!そんな----!」

ユズルは。

――千佳を逃がす為に、緊急脱出せずにハイレインを撃つ事を選んだのだ。

 

――私の。私の、所為だ。

――私が、絵馬君の言う通りに緊急脱出していれば。絵馬君は------!

 

自分の、所為。

自分の所為で、また人がいなくなる。

 

こんな時でさえ。

――自分は、ユズルの事ではなく、“自分の所為である事”を強く、強く、意識している。

それを自覚して、また大きく感情が揺さぶられていく。

 

「――ハウンド!」

千佳は、表情を大きく歪めながら――ユズルのキューブを脇に抱え、ハウンドを生成する。

 

眼前には人の姿をした、敵。

嫌悪感が沸き上がる。

その嫌悪感は、――先程キューブ化したユズルを見た時と、全く同じ感情から発生したものであった。

 

――私の、所為だ。私の所為だ。

 

そうだ。

――全て私の所為だ。

 

青葉ちゃんがいなくなったのも兄さんがいなくなったのも修君がボーダーに行ったのもユズル君が今キューブ化しているのも。

全て。

全て全て全て。

全部が全部。何もかも。

――私の所為だ。

私の-----所為なんだ。

私がここにいる所為なんだ。私が自分のことしか考えない嫌な奴だからだ。

いつもいつも。------自分の事しか、考えていない。そんな奴だからだ。

 

だから。

沸き上がる-----罪悪感とか、呵責とか、そういうもの全てを飲み込んだ上での、嫌悪感から全力で目を背けて。

 

ハウンドを、放った。

人に向けて。

 

ぷつん、と。

何かが切れる音が――千佳の中で、聞こえた。

 

 

「――三輪隊到着」

ドラえもんにより設置されたマーカーの上。

そこには――三輪秀次と米屋陽介の二人が、転送されてきた。

 

「うひぃ。やっぱりこのトリガートリオンの消費がキッツいなぁ。あんまり俺は戦えないから、ごめんな」

「そればかりは仕方がない。――あと黒トリガー二人を仕留めれば終わりだ。さっさと終わらせるぞ」

 

「――黒江、野比。到着」

「------よくここまで生きていたね、のび太」

「ドラえもん-----何をしていたのさ。いきなりいなくなって」

「うるさい。僕にだって色々事情があるんだ。――ここからだ。ここからで全てが決まる。――踏ん張るぞ」

「うん!」

久方ぶりの再開に、のび太とドラえもんは拳を合わせる。

 

「この大規模侵攻を、終わらせる。――さあ、総力戦だ」

 

 




次で多分大規模侵攻編は終わり。


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大規模侵攻⑫

「――無事ですかな、当主殿」

「ああ。問題はない。------だが、予想以上の脅威だな。アレは」

全方位から襲い来るトリオンの暴力。

身に纏った卵の冠によるトリオン生命体の全てを使い、どうにか無力化したものの――その出力は黒トリガー並であると言わざるを得ない。

先程交戦したビルは千佳のハウンドによって屋上ごと上階が粉々に砕かれ、ハイレインはそこから弾き出された。

地面に降り立ったハイレインは、消耗したトリオン生命体を再生成しつつ、言葉を続ける。

 

「とはいえ、問題ない。むしろあれだけの力があるが故に容易に逃げられぬであろう。――ミラ。お前のトリオンはどうだ?まだやれるか?」

「------大窓を開くにはもうかなり厳しいですね」

「そうか。-----仕方ない。ここまで来れば搦手はなしだ。周囲の狙撃手を無力化した後に、金の雛鳥を捕らえる。――だが、その前に」

 

 

「――対象“ハイレイン”を発見。このまま排除します」

 

 

四人と一体が、眼前に現れる。

三輪秀次、米屋陽介、黒江双葉、野比のび太、そしてドラえもん。

 

「黒江は陽介と連携して前線でハイレインを挟め。俺と野比で奴に弾を撃ち込む。――そこのトリオンロボット。お前も働くというならばしっかりと働け」

「ふん。言われるまでもない。――それじゃあ、行くよ」

それぞれが、自らの得物を構える。

 

「行きます」

のび太は、銃を構える。

 

「――む」

その弾丸は、丁度浮かぶ生命体共の間を縫うように曲がり、ハイレインの肩口に着弾する。

着弾と同時、三輪と米屋が動き出す。

 

三輪は“鉛玉”オプションの付いた拳銃を手にハイレインに向け弾丸を撃ちこみ、米屋と黒江は旋空を用いて攻勢をかける。

「-----成程」

卵の冠の防壁を通過する黒い弾丸。離れた場所から斬撃を伸ばすことのできる近接武器。

触れた瞬間にトリオンキューブ化する卵の冠の性能を鑑み、トリオン透過機能を持つ武器と近づかずに迎撃できる手段で戦う事を選択したのだろう。

 

だが。

この程度では、卵の冠を防げはしない。

まずは、前衛の二人を潰す。

 

鳥型と魚型のトリオン生命体を、ハイレインは差し向ける。

 

「おっし、このタイミングだ。――黒江、行くぞ」

「はい」

その瞬間、黒江は韋駄天を発動し、米屋は背後へと飛びのく。

 

この時点で、二人を追う卵の冠のトリオン弾は二手に分かれる。

 

米屋の得物である槍型の弧月の穂先にシールドが展開されると同時、細分化したシールドが周囲を取り囲む。

韋駄天によってハイレインから遠ざかる黒江の頭上には、タケコプターを身に着けた、――懐中電灯を持つドラえもんがいる。

「ビッグライト」

ドラえもんは――スケーリングライトの原型となった懐中電灯を黒江の周囲にかざし、壁を出現させる。

地面から這い出たそれらはハイレインの生命体型の弾丸を打ち消す。

それでも打ち消せなかった弾丸は、自らの身を挟み込むことで消し去る。

ドラえもんは、ロボットだ。トリオンで作成されている訳ではない為、卵の冠の弾丸を食らおうと何も影響はない。

 

 

二手に分かれ卵の冠の生命体がシールドと壁にぶつかり消えていく。

その瞬間、のび太と三輪も拳銃を構えハイレインを挟み込む。

 

のび太はバイパーを。三輪は鉛玉を。

のび太は自らの射撃技術を用いて、三輪はトリオンを透過する鉛玉の特性を用いて。ハイレインに弾丸を届かせていく。

 

「野比!後ろだ――()()()()()、撃て!」

三輪の指示が飛ぶ中、のび太は変わらずバイパーを撃つ。

しかし、ハイレインに向かっていた弾丸のうち一つが、弾道を変え自身の背後へ向かわせる。

そこには――

「く-----!」

"窓”の出現と共に、ミラが出現していた。

出現場所に吸い込まれるように向かい来る弾丸が、ミラの腹部に叩き込まれる。

 

――やっぱりだ。

のび太は、確信する。

――無駄じゃ、なかった。

 

あの時。

空閑遊真に敗北し、強くなることを決意した日から。積み重ねてきた諸々。

弾丸を置きに行く技術と立ち回りを個人戦で学んだ。連携の仕方を弓場隊との合同訓練で学んだ。そして――今ここで戦っている黒トリガーの対応も、訓練をし続けてきた。

 

だから――今、間違いなくのび太はハイレインを相手に立ち回れている。

 

撃つ。

撃つ。

ここで負ければ、今までの日々は全くの無駄になる。だから、撃つ。

 

雨取千佳は攫わせない。それが、ここにのび太がいる意味だ。

だから、負けはしない。

 

「のび太。迅の指示だ。僕は太刀川慶の所に行く。――最後に」

ドラえもんは各隊員の前に、高低差をばらけさせた壁を幾つか出現させ、ハイレインの四方を高い壁に取り囲ませる。

「――必ず。必ずヴィザを太刀川慶が打ち倒す。だから――それまで、持ちこたえてくれ」

そう言い残し、ドラえもんは戦列から離れ、遥か上空へと飛んでいく。

「――わかったよ、ドラえもん」

のび太は息を吐き、眼前を見据える。

――せめて、時間を稼ぐ。

 

しかし。

ハイレインの四方に壁を作った意図は何なのだろう?

 

そうのび太が疑問に思った瞬間。

 

「ハウンド」

四方に囲まれた壁の中。

身を潜めていた千佳のハウンドが、叩き込まれていた。

 

 

足が、削れた瞬間。

太刀川は――師匠の技を、再現した。

 

息を吐く間もない、旋空の連撃。一太刀振るごとに発生するそれは、かまいたちの集合のようにヴィザの眼前に迫る。

ヴィザは。

削れた足を盾に、身を翻し、幾重にも重なる旋空の連撃を止めると同時に――瞬時の体勢の立て直しから、太刀川に一太刀浴びせる。

袈裟から、大きく太刀川の身体に斬り込まれる。

それでも太刀川は攻め手を止めない。旋空を纏わせた斬撃をヴィザに叩き込んでいく。

「――攻め気を出してきましたか。足が削れて、少しばかり強気になったのでしょうか」

連撃は、一太刀で止められる。

下から這い出るかの如き切り返しにより、太刀川の体勢が大きく崩れる。

 

気付けば。

手首が落とされ、右足が斬り飛ばされていた。

「――貴方は、強かった」

そして――守るもののなくなった太刀川の胸部に、太刀を浴びせる。

 

ビキビキと壊れ行く太刀川の表情は。

 

「いや。本当に強かったぜ爺さん。――けどな、このタイミングを待っていた」

 

変わらず、笑っていた。

その瞬間。

ぱ、とヴィザの周囲が照らされると同時に――壁がせりあがっていく。

上空のドラえもんが――太刀川が最後に一太刀を食らい、倒される瞬間にビッグライトを浴びせ、ヴィザの周囲に壁を作ったのだ。

「エネドラ殿に使った手ですな」

ヴィザは焦ることなく、星の杖のブレードを呼び戻し、壁を斬り裂く。

 

「――」

斬り裂いた壁の、狭間。

ガラガラと落ちていく欠片から――イタチが飛び出すように、幾重もの刃が襲い掛かる。

 

完全なる予想外である眼前の刃を片足にも関わらず、ヴィザは背後へのステップで避ける。

とん、と背後にぶつかる。

それは――斬り裂いてなお、光を浴びせられ続けた壁であった。

 

自身の胸部にもまた。

壁から飛び出した刃が、貫いていた。

 

「-----なんと」

 

ヴィザの視線の先には。

迅悠一の姿が、あった。

 

「ここまで------読まれていましたか。いやはや。こればかりは――」

完敗です、という言葉と共に。

ヴィザのトリオン体も、砕け散った。

 

 

その光景を見た瞬間に、ミラはすぐさまヴィザ及び星の杖の回収行動に入る。

しかし。

 

「――く!」

回収しに開いた窓に、狙いすましたような弾丸が撃ち込まれる。

この瞬間――実は周囲に展開している狙撃手全員が、それぞれ別方向に弾丸を撃ち込んでいる。

これは、事前に迅の未来予知によって、ミラが出現する可能性が高い場所にそれぞれ狙撃手をマークさせており、ミラが出現する直前に合図とともに撃ち込ませていたのだ。

 

――ならば。

ミラは瞬時に――生身となった太刀川へと、矛先を向ける。

太刀川を負傷させ、その手助けに手間をかけさせているうちにヴィザの身柄を確保せんと。

 

「――させるか!」

太刀川の背後に現れたミラの窓の影の刃に、盾が挟み込まれる。

――マーカーの設置場所から、ドラえもんの指示を受けやってきた三雲修のレイガストであった。

 

ビキリ、と容易くヒビが入るレイガストの背後から弾丸が飛ぶ。

一緒に来た、木虎のアステロイドだ。

 

「――く」

そうこうしている間に、上空を飛んでいたドラえもんがヴィザから"星の杖”を回収していた。

――させない。絶対に星の杖は、相手に渡さない。

 

そうして、上空から降り立ったドラえもんの前に、またワープを行う。

 

「かかったな、ミラ」

 

ドラえもんはほくそ笑む。

「――僕がこれを持てば、こうしてくれると信じていたよ。だが僕は、ロボットなんだよ」

 

ドラえもんの腹部が貫かれる。

それと同時に、星の杖を回収する為に手を伸ばす。

 

その瞬間。

ドラえもんから生み出された“刃”が、ミラの手を斬り裂いていた。

 

「ぐ-----」

「ふ----ぐふふふふ。こ、これで」

体内のメイン機器が壊れきる前に、ドラえもんは搭載されたトリオンエンジンを用いて、ユビキタスを使用し、本部開発室まで飛ぶ。

 

――これで、星の杖は-----こちらの、ものだ。

ふふ、と内心笑いながら――ドラえもんは、意識を手放した。

 

 

「-------」

ハイレインは、一瞬思考が纏まらなかった。

 

ヴィザが、やられた。

そして――その回収も、失敗した。

ハイレインは、ヴィザの実力を知っている。その上で判断した。――奴が敗北する事は、あり得ないと。

次善策を常に用意している。だがその策の中に、ヴィザが敗北した場合は、存在しない。

 

ハウンドを撃ち込まれ、またもや瓦礫の山によって卵の冠の弾丸を失ったハイレインは、今置かれている状況を見る。

 

「『射』印」

玄界の黒トリガーがいつのまにか合流し、こちらの上を取り、弾丸を放っている。

 

-----ヴィザがやられたことを知り、狙撃兵の護衛をする必要がなくなりこちらにきたのだろう。

 

作戦は、――失敗だ。

ミラも大きく損傷し、撤退用のトリオン程度しか残っていない。もう退却しか道はなかった。

トリオンを持つ人間の回収には成功した。エネドラとヒュースの斬り捨ても。

その代償に――あまりにも大きすぎる、代償を払う事となった。

 

国宝の、喪失。

 

「--------」

ハイレインは瞠目しつつ、ミラに指示を飛ばす。

 

「撤退だ」

静かに。

そう、命令を下した。

 

 

「-----撤退、した」

のび太は、呆然としながらそう呟いた。

 

「終わった、の?」

「まだだ。まだトリオン兵が残っている」

立ち尽くすのび太の前に、三輪がそう声をかける。

 

「-----しかし、よくやった」

そう呟いて、ぷいと顔を背け、背中を向けた。

 

眼前には、様々な破砕の跡が残る風景が広がっている。

 

「----やるじゃない、野比君」

黒江は、ぶっきらぼうな表情のまま、のび太にそう声をかけ歩き去っていく。

 

そうか。

やったんだ。

 

雨取千佳は攫われなかった。

未来が分岐する一つの局面を――しのぎ切ったんだ。

 

かつて。

無力だった自分が、色んな人の助けを得て。

少しだけかもしれないけど------この未来を得るために、力になれたんだ。

 

かつて見た、街の景色と今の景色は似ている。

破壊しつくされ、荒々しく崩壊した景色。

 

でも。

かつてのような無力感は、ない。

 

――ママ。パパ。

――今、ほんのちょっとだけど。僕は自分で、何かを変えることが出来たよ。

 

一つの思い。そこから生み出される、ちっぽけな誇り。

それを胸に、のび太はまた前を向いた。




大規模侵攻、終わり。

長かったぁ。


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野比のび太⑧

今回ちょい長いっす。


「-----終わったかぁ?」

「終わったよ、太刀川さん」

「結局お前、最後に風刃飛ばす以外だったら俺とあの爺さんの戦いを見物しているだけだったなぁ」

「仕方ない。一度でも風刃の性能を披露したら、あの爺さんはすぐ対応しちゃうだろうし。ここで未来をみながら戦わなきゃいけなかったし」

「------で」

太刀川は背後を振り返る。

そこには、風間隊に捕縛されている――ヴィザがいた。

ヴィザは終始穏やかな表情を崩さず、素直に捕縛されている。

ミラは周囲をがっちり囲まれているヴィザの回収を諦め、ここに置いていったのだ。

 

「あの爺さんどうするの?」

「そりゃあ本部に連行するよ。あれだけの腕前があって、国宝だって使っていたんだ。人質としての価値も計り知れないだろう」

「-----場合によっては、近界に返すのか?あんな危険人物を」

「うん。だろうね」

「そりゃあ――」

太刀川は、ニッと笑む。

そして

「また戦える機会があるかもしれない訳だ。――滅茶苦茶楽しみだ」

そう、呟いていた。

 

 

「で、さ」

「うん」

「ぶっちゃけ。――俺が死ぬ可能性ってどのくらいだったの?」

「------死ぬ可能性が三十パーセント。重傷で病院に担ぎ込まれるのが五十パーセント。そのまま無事なのは二十パーセントくらい」

「おお。七割位は生き残れたのか俺」

「ヴィザ自身が太刀川さんを殺す気はなかったみたい。――もうちょっとあのミラが余裕をもっていれば、大きな瓦礫を上空から太刀川さんに落として病院に運び込まれるみたいな可能性はあった」

その可能性は、迅は常に想定していた。

故に、迅は太刀川の傍で常に目を光らせ、太刀川が死ぬ要因を潰す必要があった。

 

「まあ、いいや。俺はこうして生き残れたわけだし。――しかし、早く訓練してぇ」

「ちょっとは休みなよ。大金星上げたんだから」

「あの爺さんとの戦いと、あのトリガーのおかげかね。今、どうすればもっと腕が上がるかが理解できてんの。――鉄は-----何だっけ?冷める前に折れ、だっけ?」

「熱いうちに打てね」

「おお。そうだった。――さあて、休んでいる暇はねぇ」

「そうだね。――そろそろ試験だもんね太刀川さん」

「さあ特訓するぞ」

「俺は太刀川さんがいくら留年したってかまわないけどさ。大学行ってないし。多分忍田さんが黙ってはいないと思うよ」

「俺の功績に免じてきっと許してくれるさ」

「許すわけないでしょ」

 

こうして。

太刀川慶としての一世一代の挑戦が、ここに幕を閉じた。

――比類なきボーダーのトップに君臨するランカーは、更なる成長の切っ掛けを手に入れ、大規模侵攻を終えた。

この後、彼は更なる訓練に明け暮れることになり、遂に全試験のサボタージュを行う事となる。それが切っ掛けで何処かの虎の尾を踏むことになるのだが――それはまた、別のお話。

 

 

その後の顛末。

 

野比のび太。

一級戦功を取得しました。

 

「----は、八十万!?」

うひゃあ、と叫びながらのび太はその金額の内容を見ていた。

 

「やった!やったよ!頑張ってよかった-----!」

 

野比のび太。

新型トリオン兵ラービット四体を那須隊・二宮隊と合同で撃破し、人型近界民の撃破に大きくその力を寄与した事を称え、以下の戦功を与える。

 

「うひひ。これで、新しいゲームも買えるし、ラジコンだって買えるぞ。夢はいっぱいだ!」

今まで一万円札すらろくに握ったことがない男だ。それが、八十枚。

スキップしながら賞状を手に、のび太は本部に行く。

彼は太刀川隊との防衛任務を終え、ほくほく顔で任務の報告へと向かう。

「おお、野比君。一級戦功おめでとう」

「ありがとう忍田さん!――それで、八十万円はいつ貰えるの?」

「ん?今月の給料と一緒に振り込むつもりだ」

「え?振り込み?」

「ああ。君のご両親の口座にだ」

のび太。

夢破れる。

 

 

「そりゃあ当たり前だぜのび太君。小学生に八十万円握らせるわけがねぇだろ」

笑いながら、同じく任務の報告に来ていた出水がそう言った。

「まあ、母ちゃんに交渉するこったな。――まあ、頑張ったんだし、新型のゲーム位買ってくれるだろ」

「そんなことする訳がない」

きっと将来の為だとか言って口座に眠らせるだけだろう。

ママは解っていない、とのび太は思う。

大人になってからの八十万円の価値と、子供にとっての八十万円の価値は大違いなのに。今眠らせておいてどうするんだ。

「んー-----じゃあ、そうだ。俺達の隊室に来るか?」

「え?」

「うちのオペレーターの柚宇さんがゲーム大好きでさ。よかったら、ウチに来ない?」

「え、いいの?」

「おう。丁度隊長も今特訓室に引き籠っているし。一緒に来いよ」

「うん!」

こうして彼は、太刀川隊の隊室へ向かう事となった。

 

「――出水さん!このちんちくりんの子供は誰ですか!」

で。

隊室を開くとそこには――何やら奇妙な髪型をした男が一人、何事かを喚いていた。

「この格式あるA級1位部隊の室内に、何故こんな部外者を呼んでいるのですか!」

「うるせぇ。お前と同じ銃手の子だよ」

「――ねえ、出水さん。この変な髪型の人は誰?」

「へ、変だと!?」

「ああ。この変な髪型のパッとしねぇ男は唯我っていうんだ。一言でいえば、ウチのお荷物」

「お荷物!?」

「太刀川隊の人なの?------どこにも見かけなかったけど」

「うん。だってお荷物だもん」

「違う!違うぞ君!僕は秘密兵器として本部に待機していただけだ!出撃するまでもなかったようだがあばばばばばばばばばば」

台詞の途中、唯我は出水に背後を取られ、ヘッドロックを掛けられる。

「うるせぇ。単にお荷物だから出撃したくなかっただけだろうがこのアンポンタン」

「ひどい!」

「いいから早くそこのけ馬鹿。――おーい、柚宇さーん」

出水が隊室に向けそう声をかけると――部屋の奥でヘッドホンをしながらゲームにいそしんでいた女性が、振り返る。

「ん?何かね公平君や。――おー、噂のメガネガンナー君じゃないか。いらっしゃい~」

「この子が一緒にゲームしたいらしくてさ。ちょっと携帯機借りてもいい?」

「うん。い~よ~」

にこやかに女性が許可を出すと、いそいそと出水は携帯型ゲーム機を取り出す。

「はい。のび太君のはこれな。それじゃあ、一緒にやろうか」

「うん!」

「ちょ、僕だけ仲間外れですか」

「あ?何だ仲間に入れてもらいてぇのか?百年早い。仲間に入れてもらいたければジュース買ってこい」

「あ、僕コーラ飲みたい」

「ええい!くそぅ!解りましたよ!その代わり、絶対に僕も仲間に入れて下さいよ!」

こうして。

のび太は太刀川隊の面々と、ゲームをする事となった。

 

「でさ。のび太君」

「うん?」

現在、出水・唯我と共にゲームに勤しむ中。

出水が声をかける。

 

「何処の部隊に入るかとか、決まった?」

尋ねる内容は、何処の部隊に入るのかどうか。

とはいえ、そう言われてものび太は困る。

「ううん。だって、何処からも誘いが来ないもん」

「あー。そういや、最近B級に昇格したばかりだっけな。多少声を掛けずらい所もあるかもなー。ほら、弓場隊とかはどうだ?弓場さんかなり良くしてくれてたみたいじゃん?」

「弓場さんは-----元々は四人部隊で、今は一時的に人が抜けているだけでしょ。最初、入れてほしいって言おうと思ったけど----」

「-----まあ、そうだな。ま、あんまり心配はしてないさ。メガネ君レベルだったら、ランク戦始まる前に絶対に声がかかると思うからさ」

「そうかな?」

「この馬鹿でさえA級1位にいるんだぜ?銃手のマスターランク行った君が欲しくない所なんてないって」

「出水さん!一々僕を引き合いに出さなくていいですから!――それはそうとのび太君だったかな」

「うん。唯我さん」

「ゆ、唯我さん----。そうだな。おいしいケーキ屋が近くにあるんだ。後で一緒に食べに行かないか?」

「いいの!?」

「おう!この唯我、小学生相手にけちけちしたりなどしない!」

「小学生相手に財力で点数稼ぎをするな」

 

とはいえ。

どうしようかはのび太自身迷っているところもある。

ドラえもんとの約束であり、自身が決意していることはA級に上がり、遠征部隊に選ばれる事だ。

その為には――まずは部隊に入らなければならない。

何処に入ろうか。

これから――色々本格的に考えないといけないなぁ、と思った。

 

その後。

ジャイアンがB級2位部隊、影浦隊に入った事を聞かされた。

 

 

「------ドラえもんは、どうなってる?」

迅悠一は本部開発室内の鬼怒田に尋ねる。

 

「メイン回路が完全にいかれとる。------ドラえもんはトリガー技術ではなく、純粋なロボット工学の分野だからな。少しばかり畑違いじゃ」

「だろうね-----」

ドラえもんは大規模侵攻の後、機能を停止した。

人工知能自体は保護機能が発動したことにより、エネルギーを外部供給する事で生かすことが出来るが――エネルギーの生成と循環を司るメイン回路が壊されたことにより、現在機能が停止している。

 

「――だが。必ず復活はさせる。ここまで来たんだ。こいつにはボロボロになるまで馬車馬の如く働いてもらう」

「-----だね」

実際の所。

ドラえもんから見た”未来”を観測しなければ、未来の分岐がどうなっているのかが解らないのだ。ドラえもんからでしか、二二世紀の未来が見えないのだから――復活してもらわないと、困る。

 

「元々はワシが作った技術だろう。解析すれば、同じもの位作れるわい。――舐めるなよ」

「舐めてないよ」

鬼怒田から、実に不器用な愛情が感じられる。

――ドラえもんは、鬼怒田一族のロボット工学の果てにある技術結晶体だ。

知らず知らずのうちに----鬼怒田はドラえもんに対して我が子のような感情を、抱き始めたに至ったのかもしれない。

 

「まだ働いてもらわなきゃね。――ま、ちょっとくらい休んでもバチは当たらないよ」

 

 

絵馬ユズルが目覚めた時。

そこには――開発室の隣にあるベンチに座り眠る、千佳の姿があった。

 

「-----」

歯噛みを、一つ。

――自分があの時、キューブ化してしまったから、こんな事になってしまったのだ。

ベンチで眠る彼女をそっと横たわらせ、開発室の毛布をかける。

 

――理解した。

今自分が何をするべきか。

何をしなければいけないのか。

 

――きっと雨取さんは、何かしらで遠征に関わる事になる。

あの時に垣間見た、膨大なトリオン量。そして、近界に狙われ続けているという特異性。

どのような形であれ――彼女の持つ力を、ボーダーは無視はできない。

 

今の自分に何が出来るのか。

それを考えれば。

――雨取さんを、守らなきゃいけない。

今回、自分は守られた側だ。

開発室の人が言っていた。キューブ化した自分を抱えながら、今にも泣きそうな顔で開発室に来たのが----千佳だと言う事を。

 

「おかえりー!ユズル!何も痛い所はない?大丈夫?」

ユズルが隊室に戻ると真っ向一番に北添がユズルの肩に手を置き、心配げにそう言ってきた。

いつもの感じに、少しだけ安心感を覚える。

「大丈夫だよゾエさん」

「おう!――お前、女の子庇ったんだってな!よくやった!怖かったろ、ヒカリ姉さんが抱きしめてあげるからこっちこい!」

ゴロゴロとコタツの中で寛ぎながら、影浦隊オペレーター仁礼光はそうユズルに呼びかける。

「いいよ別に-----」

「そんな事言うなよー!ほらほら」

そうして結局何も言ってないのに彼女はコタツから出ると背後からヘッドロックのような形で、抱きしめた。

全然気持ちよくない。むしろ痛い。

「-----無事だったかァ」

その奥。

影浦がソファに座りながら、そうユズルに呟く。

 

「うん」

「そりゃあよかった。――ちょい、面構えが変わったじゃねえか」

「うん。――あのね、カゲさん」

「あん?」

「俺――遠征に、行きたい」

影浦隊の全員が、息を飲む。

――それもそのはず。

ここまで明確に、ユズルが自分の意思を示すことは珍しかったから。

 

「------そうか」

ならば。

隊から脱退する、と言う事であろうか。

今、影浦隊は隊務規定違反で降格している。B級二位以内に入ったところで、A級に上がれる保証はない。

影浦は少しだけ歯噛みする。

------自分の短慮の所為で、今可愛い弟分のやりたいことが阻害されてしまっている。

だが、その予想は、

「――俺は、影浦隊にいたまま遠征に行く」

「-----」

きっぱりと。

そう、宣言した。

 

「個人選抜でも、何でもいい。――俺は、影浦隊から出ていくつもりはないから」

「-----」

「だから。――その、これからも、よろしく」

 

こうして。

絵馬ユズルもまた、一つの決意をした。

この決意が、影浦隊全体のチーム方針がガラリと変わる事となる。

その一つが、――ジャイアンの加入と繋がる事になる。

 

 




中途半端ですみません。次のお話はジャイアン影浦隊加入までの流れの説明となるかと。


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影浦雅人①

「---それで、どうしてここに来たんだ?影浦」

「アンタに聞きたいことがあるからだ」

「ふむん」

珍しい事もあるものだ、と忍田は思う。

影浦雅人。

彼はボーダー屈指の攻撃手であり、そして屈指の問題児でもある。

彼が持つ副作用――感情受信体質によって、あらゆる悪意をその身をもって感じとる難儀を抱えているが故に。

悪意を向けるC級隊員の首を幾人も狩るばかりか――ボーダー幹部である根付メディア対策室長にアッパーカットをくらわすというとんでもない事件を起こしてしまったのだ。

舐められるのは我慢できない。

仲間を馬鹿にされるのはもっと許せない。

そういう人間だ。故に影浦は人に頼るという行為を余程の事がない限り行う事はない。

 

ボーダー作戦室。相談があると影浦に呼び出され向かった先。影浦は実に珍しい神妙な表情を浮かべながら忍田を見ていた。

 

「何だ?」

「単刀直入に聞くぜ。――俺達がA級の昇格条件を満たせば、遠征に行く事が出来るのか?」

「------」

何と。

まさかこの男から、遠征の二文字を聞くことになろうとは。

 

影浦を筆頭に、基本的に影浦隊は遠征には無関心であった。いや、遠征どころか自身の立ち位置さえもどうでもいいとさえ思っているのであろう。影浦が起こした事件によってB級に降格したとて、特に彼等は何も変わることなく日々を過ごしていた。だというのに、今更どういう風の吹き回しであろうか。

その訝しげな視線に気づいたのか。鼻を掻きながら、ばつの悪そうに影浦は言う。

 

「俺はどうでもいいんだよ、正直。――だが、ユズルが行きたがってやがる」

「------」

「そのくせアイツは隊から出ていく気はねぇんだと。だったら。まずは確認だ。――そもそも俺等はA級に昇格できるのか?まずはここを知らなきゃ話になんねぇ」

「結論を言おう。――無理だ」

忍田がそう言うと、影浦は、だろうなと呟く。

「まだ見せしめには十分じゃねぇって訳だ」

「------私自身はお前の気持ちは十分に理解できているつもりだ。何故あんな事件を起こしたのかも、な」

「------」

「だが。お前がやったことは、そう簡単に撤回できる事じゃないんだ影浦。根付室長はボーダーという組織にとって最重要の歯車だ。お前の事件の所為で根付室長が辞められたら、この組織は崩壊する可能性だってあるんだ」

隊員がボーダー幹部を殴りつける、という事はそういう事だ。それは、個人個人の問題だけでは収まらない問題だ。

戦闘員の機嫌を損ねれば、自分が害されるかもしれない。

そんな環境の中、非戦闘員であるボーダー職員がまともな精神状態で働けるか、といえば否だろう。

だからこそ決定された罰であり、それは容易に撤回できるものではない。

忍田の言葉を聞き、影浦は首を傾げながら言う。

「俺は説教されに来たわけでも、許してほしくて来たわけでもねぇ。――なら今回の大規模侵攻で俺に与えられた戦功全部返上してもいい。それでどうだ?」

「-----そこまでして、遠征に行きたいのか?」

「俺じゃねぇよ。ユズルがだ。――ま、ダメならダメでいいわ。その時は別の方法を探すだけだ」

「別の方法?」

「隊を解散してユズルを何処か別のA級部隊にねじ込めばいい。どうしても無理だってんなら、その方法しかねぇ。――俺もゾエもヒカリもフリー隊員に戻る。ゾエもヒカリもあれで腕はいい。新しい隊を見つけるのも苦労はしねぇだろ。ま、俺もここいらで気楽なフリー隊員に戻るってのもまあアリだとも思っている」

忍田は、目頭を押さえ、――内心、頭を抱えた。

影浦雅人という人物は、問題児である。が、それと同時に優秀な隊員である事も厳然たる事実であるのだ。彼がいなければ、大規模侵攻時におけるエネドラの撃破はあれほどスムーズに行えなかったであろう。そして、隊があるからこそ、彼は自分自身を抑えることが出来ている。

影浦隊というチームが彼をしっかり押さえているのだ。その枷を外したとあらば――ボーダー全体にとっても不利益であることは間違いない。

一つ、忍田は思案する。

思案し、一つ影浦に問いかけることとした。

「影浦」

「何だよ」

「誓えるか。――もう二度と、あんな問題行動を起こさないと」

「誓ったら、どうなるんだよ?」

「条件を出す」

「条件?」

「一つ。影浦隊は一旦解散扱いとする。A級で培った実績は無くなり、隊章もボーダーに返却」

「で?」

「その後始まるランク戦は、君たちは0からのスタートとなる。そこから這い上がってA級昇格条件を満たす。――この条件と、お前がこの後一切の問題行動を起こさない事。これが守れるのならば、私が城戸司令に話を持っていこう」

「-------」

「解ったか?」

こくり、と一つうなだれながら影浦は頷いた。

 

別に。今までの実績が抹消されようがどうでもいい。それは紛うことなき本心だ。

だが。

ただ、自身の考えなしの行動で――可愛い弟分の行動が大きく阻害されてしまっているという現実に直面し、初めて自身の行動の責任の自覚と、後悔の念を抱いていた。

ただ、それだけだった。

 

 

「――つーわけだ。お前ら。次のランク戦は最下位からのスタートだ」

「成程ね。――まあ妥当な落としどころじゃないかな?」

「--------」

ユズルも、ユズルで。

申し訳ない気持ちでいた。

影浦が、ボーダー上層部に掛け合うなんてたとえ地球が裏返ったとしてもやりたがらない事だろう。

誰の為にそんな事をしたのか。

 

「今回は上位連中とバチバチやる以前に、雑魚共から点をかっぱらって行かねぇととても上にはいけねぇ。下位は問題ないとしても、中位にはそこそこの連中が揃っている。――これから一つのラウンドも落とせねぇ」

「ねえカゲ」

「なんだゾエ」

「――本気で、上を目指すんだよね」

「ケっ。ガラじゃねーがな」

「だったら。打てる手は打とう。――この前の侵攻で、一緒にいた子、覚えてる?」

影浦はその姿を思い浮かべる。

最近北添が世話を焼いていた、新人B級隊員の一人だ。腹の出っ張り具合だけは北添によく似ていたので、影浦は何となく記憶に留めていた。

「ああ。あいつか。――中々いい筋をしていたな」

 

「あの子、今フリー隊員なんだ。今はまだ結構未熟な面があるけど、それでもあの子の火力はボーダー屈指だ。――下位からのスタートになるなら、点数を稼げる人が一人でも欲しい」

「で、そいつを入れるつもりなのか」

こくり、と北添は頷く。

「弾幕をバラまいての面制圧が得意な銃手で、盾役も出来る。カゲとの相性を考えても、かなりいいと思う」

「――隊員増やすのか?それはいいけどよ、カゲは大丈夫なのか?」

仁礼ヒカリは、訝し気に尋ねる。

影浦隊の隊員になるにあたっては、戦術の兼ね合いよりも余程重要な条件がある。

それは、影浦の副作用を受け入れ、その上で彼を嫌わない事。

この条件が揃わない限りにおいて、隊員は増やせない。

 

「――その辺は大丈夫だろ」

影浦は一つ頷く。

「俺とゾエがぶん殴りあっている時によ。――こいつの敵意ばかりがぶっ刺さりまくっている時、別の感情が刺さっている感じがしたんだよ」

影浦はその時のことを、覚えていた。

いつかの日。北添と互いに本気の殴り合いを行っている時だった。

北添の敵意ばかりが身体に突き刺さる中――確かに、別の感情が刺さった気がしたのだ。

それは、憧れの人間に向ける感情。いわば敬意と言われる代物であろうか。

「あの殴り合い見て敬意を払うような馬鹿だ。――俺の普段の姿見て下らねぇ事を思う事はないだろう」

 

 

「という訳だけど。――どう?」

北添尋は、今までの経緯を全てジャイアンに話した。

元A級部隊から最下位に転落。もう一度ここから這い上がる。

その話を聞いて、ジャイアンは――。

 

「----ゾエさん。影浦さんがその根付ってヤローをぶっ飛ばした理由は?」

仲間の為だね、とゾエは言う。

「もう一度最下位に戻っても、遠征を目指すのは?」

仲間の為だね、ともう一度言う。

 

その答えで、十分だった。

 

「――上等じゃねーか!」

燃える。

これは、燃える。

仲間の為に何もかもを捨てた人間が、それでも諦めずに仲間の為に上へと這い上がろうとしている。

ジャイアンは理解した。

これは自分好みの状況だ。

 

「ゾエさん!俺も影浦隊に入れてくれ!――ぜってーに、上に行ってやるからよ!」

「――よかった。ゾエさんも安心したよ。それじゃあ、これからよろしくね。ジャイアン君」

 

 

「――ってな訳でよ。俺は影浦隊に行く事になった」

「へー」

何というか。

本当にジャイアンにお似合いのお話というか。

本部ブース内でばったりと出くわした二人は、互いの近況を話し合った。ジャイアンは、どうやら影浦隊に所属する事が正式に決まったようだった。

 

「いいチームだぜ、あそこは。カゲさんはああ見えてお好み焼き奢ってくれるし、ゾエさんはゾエさんだし、ユズルはああ見えて結構熱いもの持っているし。ヒカリのねーちゃんは鬱陶しいけどな!」

ふふん、とジャイアンは鼻を鳴らす。

 

「いいかのび太。――お前がどこの隊に所属しようが、絶対にぶっ飛ばしてやる!覚悟しておけ」

そう言い残し、ジャイアンは訓練へと向かっていった。

 

「所属-----かぁ」

自分は何処に所属するべきなのだろう。

そんな事を考えながら、のび太も訓練を終えて家路へと急ぐ。

帰り道。何処かの店に置いてあったテレビから聞こえてきた。

――ぼくはヒーローじゃない。

 

その姿が、見えた。

 

三雲修だった。

かつて、同級生を守るために規則違反を犯した男が、そこにいた。

 

その姿を、見る。

ボーダーの記者会見の中。彼はマスコミの糾弾に怯むことなく嘘のない言葉を返していた。

 

いつか。ドラえもんと話した事。

――各々が、各々。掲げたい正義を掲げる権利があるという話。

 

記者会見を見ながら、のび太はその意味が――ようやく理解できたように思えた。

今、彼は彼の正義を掲げて戦っているのだ。別の正義を掲げる人間と。

彼が掲げる正義は、あんなにも――人に責められる類の、正義なのだ。

それでも彼はその事を省みない。

 

――おれよりも、のび太よりも弱いくせして無茶する奴がいる。

遊真が言っていたことは、本当だったのだ。

 

「――そうだった」

のび太には、いつか交わした約束があった。

その約束は、空閑遊真と交わしたものだ。

 

「-------」

僕がやるべきこと。

それは約束を守る事。そして――未来を守る事。

その未来を守るには、雨取千佳にも、空閑遊真にも、そして――三雲修にも。死なれてもらっては、困るのだ。

 

「------遊真君に、会おう」

一先ず。

のび太は、まずは遊真に会う事を決めた。

 



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玉狛第二①

ランク戦開幕
段々文字数が増えていく-----。

修正。
のび太の射程二百メートル→百メートル。
さすがにこれは自分も夢とロマンを追いすぎたなぁと反省しております。


「やぁ、のびた。――あの時の侵攻以来だね」

「うん。遊真君」

 のび太は帰路に付くその足で、再び玉狛支部を訪れていた。

 -----確認を、しなければならない。

 これから、彼等がどうするつもりなのか。

 そして、自分が何をするべきなのか。

 

「遊真君は------何処の部隊に所属するか、決めた?」

「ああ。――俺は、玉狛第二っていう、新しい部隊に所属する事になった」

「そっか。――隊長は、三雲修君?」

「よくわかったな」

「だって。遊真君は、隊長って感じしないもん」

「------言うようになったな、のびた」

 本当に。

 よく言うようになったと思う。

 それだけ、のび太は遊真の事を知る事が出来たように思えたから。

 

「ねえ遊真君」

「うん?」

「あの時、遊真君との勝負で約束した事。まだ、有効だよね?」

「おおう。――うん。そうだね」

「僕も、玉狛第二に入りたい」

 

 のび太は、告げた。

「------流石に所属まであの賭けで縛るつもりはないぞ?」

「うん。でも――僕はやっぱり、これが自分のやるべきことだと、思う」

 

 自分がやるべきことが何なのか? 

 それが、はっきりした。

 迅は遊真に、修に、千佳に------彼ら三人の現在が、未来を変えていくのだと確信をしていた。

 

 あの大規模侵攻で、三人の役割が終わるとは思えない。

 

 そして――やっぱり自分は、遊真に死んでもらいたくない。

 

 何もかも本心だ。そして、何もかも自分がやるべきことだ。

 だから。

 のび太は石に縋りつく思いを以て、――何としても、遊真をA級まで押し上げるのだと。

 そう覚悟もした。

 

「そっか」

「うん」

「了解。――のびたがいてくれるなら、百人力だ。早速じゃあ、隊長に紹介してあげよう」

 遊真は――何処となく楽しそうに、そう言うと支部の中に手招きをしながら入っていく。

 

 のび太もその手招きのまま、入っていった。

 

 

「という訳で隊長。玉狛第二に所属希望の隊員がこちらになります」

「野比のび太です」

「え-----」

 修は、冷や汗を掻きながら眼前の少年を見る。

 その少年の事は、今でも覚えている。

 かつて、この玉狛支部のブース内で遊真と戦っていた銃手の隊員。

 

 あの遊真を相手に、尋常ではない早撃ちを武器に最後まで拮抗した戦いをしていた。大規模侵攻でも1級戦功をあげた隊員名前に入っていたはずだ。

 あの後、凄まじい数の個人戦を潜り抜けて、今や銃手のマスターランクまで上り詰めたというではないか。

 

 そんな大型新人が、何故かここに。

 

「不足かな? オサム。腕は保証するよ」

「いやいや。不足なんてものじゃない。――当然歓迎するよ」

 

 遊真に匹敵する実力を持ち、更に銃手。遊真は攻撃手で、千佳は狙撃手。中距離でしっかりと戦えて、かつ攻撃手の間合いでも遊真に追い縋れるほどの腕を持つのび太は今の部隊の編成上、垂涎物の掘り出し物だ。

 修は諸手を上げて、のび太を歓迎する。

「じゃあ野比君。よろしく」

「はい」

「チカにも紹介したかったけど。ちょっと今体調を崩しててさ。今度必ず紹介するから」

 

 こうして。

 玉狛第二は予期せぬ追加増員を得ることが出来た。

 これがどのような結果をもたらすかは――未だ、解らず。

 

 

 雨取千佳は大規模侵攻が終わり、その一週間後。

 インフルエンザの診断を受けた。

 

 大規模侵攻における活躍が認められ、千佳はB級への昇格が認められた。

 その後、体調の悪化を隠しながら必死に訓練を積み重ねている中、師匠のレイジに見抜かれ、即座に病院に連れて行かれ――その時は、重い風邪という診断であった。

 仕方なしに自宅療養を続けていたが、療養の中更なる高熱が出始め、もう一度病院に行くと――今度はインフルエンザにかかってしまったとの事だった。

 

 ------今が、一番大切な時期なのに。

 こんな時に体調を崩して、自分は何をしているのだろう。

 

 は、は、と鼓動が速くなる。早くなるそれはきゅぅ、と空気を肺から咳と共に吐き出される。なくなった空気を得ようと、必死に呼吸する。苦しい。

 -----もうじき、ランク戦が始まるというのに。

 

 今自分は何をしているのか。

 ――体調が悪いことを隠して訓練して、より重い症状になって。

 

 ああ。

 自分の、所為だ。

 

 修と遊真が見舞いに来た。

 ごめんね、と呟いて気にすることはないと返された。

 

 そうだ。

 そういう、人たちだ。

 なにがあっても。何をやっても。きっとあの二人は、自分を許してくれる。

 

 -----多分、ユズル君も。

 

 あの時。

 キューブ化するユズルを見て、はっきりと自覚した。

 

 自分は。

 自分は、何処まで行っても自分勝手な人間なんだって。

 自分の事しか考えていない奴なんだって。

 

 あの時。

 何で自分は大規模侵攻にやってきた? 

 皆に必要とされたから? 

 じゃあ、何故皆から離脱していいと言われて、まだそこに残っていた? 

 あの人型近界民に、緊急脱出したら本部の人間を殺すと言われたから? 

 

 全部、正しい。

 必要とされたから、脅されたから、自分はそこにいたんだ。

 

 正しいけど。

 

 でも。

 それを言い訳に――もっと大きな理由を、覆い隠してなかっただろうか。

 

 簡単だ。

 必要とされたから、発奮した――わけじゃなく。

 脅されたから、使命感を感じた――わけじゃなく。

 

 ただ。

 自分は。

 ――その場から逃げることで、皆から卑怯者だと後ろ指を差されたくなかっただけなんだ。

 

 もしみんなの言う通りに侵攻の時に出て来なかったら。――皆が戦っているのに、何もやっていない卑怯者だって責められるかもしれない。

 もし自分が緊急脱出したら――あの老人によって非戦闘員が殺されて、お前の所為だと言われるかもしれない。

 ユズルがキューブ化した時――まさに自分のこれまでの行動の所為で、誰かの人生を滅茶滅茶にしてしまうかどうかの瀬戸際だった。

 

 全部。

 全部。

 自分の、所為。

 

 自分が責任を取りたくない。誰かに責められたくない。誰かに責められるくらいなら、自分がどうかされるほうが何倍もいい。

 -----そんな、自分勝手な奴なんだ。

 

「早く------治さなきゃ」

 そうだ。

 早く治さないと。

 治さないと、自分は役立たずだ。

 修に、遊真に、ダメな奴だって思われてしまう。そんな事思うような人間じゃないけど、でもそう思われてしまうかもしれない。

 

 涙は、流れない。

 泣くわけにはいかない。

 もっと。もっと。修と遊真は苦境の中で戦っているんだ。自分が涙を流すわけにはいかない。こんな、こんな、自分勝手な思いで泣くわけにはいかない。

 

 咳を吐く、

 喉が渇いて、手許にあるスポーツドリンクを、飲んだ。

 

 味なんて、何も感じなかった。

 

 

「そうか。----インフルエンザか。ああ。こればかりは仕方ない。――この前の侵攻の疲れもあったんだろう。体調のことならしょうがない。気にせず、ゆっくり治してくれ」

 修は千佳の報告と、謝罪の言葉を聞き、そう呟いた。

 千佳が体調を崩すとは、かなり珍しい。余程あの大規模侵攻は千佳にとって心労がかかるものだったのだろうか。

 

「千佳がインフルになった。多分序盤戦は千佳抜きで戦う事になると思う」

「病気か?」

「うん。インフルエンザっていう――まあ、流行り病みたいなものだな。この前見舞いに行ったときはただの風邪だったけど」

「あちゃあ」

 のび太は実に素直な声を上げる。

「病気はしょうがない。取り敢えず序盤はこの三人で切り抜けて行こう」

「だな」

「だね」

 

「それじゃあ、二日後の吉里隊と間宮隊のランク戦の作戦を伝える。今回は――」

 

 

「皆さんこんにちわー。今ラウンドの実況を務めさせて頂きます。武富桜子です。どうぞよろしく。そして、解説席には」

「柿崎隊、巴虎太郎です。今季初解説を務めさせて頂きます。精一杯やりますので、よろしくお願いします!」

 2月1日、土曜日。

 ランク戦のシーズンが、開幕したのであった。

 B級下位ランク戦、夜の部。実況は武富、解説は巴虎太郎でお送りいたします――。

 

「巴隊員、昼の部はお疲れさまでした」

「武富先輩こそ、海老名隊のオペレーションお疲れさまでした」

「いやー。本当にお疲れさまというか。----今季のランク戦は非常に見どころが多い要素が多いと実感させられるような試合でした。――なにせ、前季B級2位の影浦隊が、今季剛田隊員を一人迎えて最下位からのスタートという幕開けとなりましたが」

「------影浦隊の凄さが如実に解るような試合展開でしたね」

 B級下位、昼の部はまさしく虐殺ともいえる内容の試合であった。

 新たに部隊再結成という形でスタートを切った影浦隊は海老名隊・茶野隊・常盤隊との四つ巴戦を行った。

 それはまさに蹂躙ともいうべき内容であった。

 北添によるグレネードの爆撃の中、絵馬の狙撃と剛田の弾幕で相手を追い込み、影浦が仕留める。

 その連携の前に三隊が自然とほぼほぼ合同で影浦隊に向かって行ったが、歯牙にもかけられず、何もできずに敗北。

 影浦隊は総合計7ポイントを取得し、生存点含め9ポイント。

 暫定であるが、中位への昇格をほぼほぼ決めた。

 

「そして、今回の夜の部では更に新規の隊である玉狛第二が登場しました。巴隊員は、この隊について何か印象などはございますか?」

「まだ部隊としての運用は試合を見るまでは判断できませんが、ただ強いのは間違いないと言い切れます。野比隊員と空閑隊員に関しては、それぞれ以前の侵攻においても戦功があげられるほどの実力者ですし」

「個人ポイントでいえば、野比隊員はここ一カ月でかなりの個人戦をこなし、早々とマスターランクまで上り詰めています」

「僕も野比隊員とは個人戦で戦ったのですが、手も足も出なかったです」

「実際に戦ってみた巴隊員から見て、野比隊員の強みは何処にあると思われますか?」

「射撃の速さと正確さが尋常ではない所ですね。構えてから撃つまでのスピードが非常に速く、こちらが攻撃態勢に入る瞬間にはもう弾丸が放たれているという感覚がありました。その上で、離れればしっかりと当ててくる。中距離でも近距離でも戦える非常に稀な能力を持つ銃手です」

「成程。射撃の速さと正確さを両立している銃手が野比隊員である、と。そして、空閑隊員は以前A級緑川隊員と個人戦で勝ち越した実力者。この二人を迎えた玉狛第二は、大きな期待がかかります。――さあ、カウントが開始されました」

 

 カウントが鳴り響き、転送開始のアナウンスが響き渡る。

 

「転送開始。――ランク戦、スタートです!」

 

 

 そして。

 蹂躙は、この戦いにおいても起こった。

 このラウンドは、玉狛第二、間宮隊、吉里隊の三つ巴戦。

 当然――警戒されるのは、大型新人二人を抱えた玉狛第二。

 片やマスターランクの銃手。片やA級レベルと名高い攻撃手。目下の敵として最も警戒しなければならないのは玉狛第二である。

 こうなれば、玉狛第二を除く二隊は、位置が判明しても接触はしない。――残る二隊が潰しあって最大に警戒している玉狛第二に漁夫の利を漁られては堪らない。

 この状況も、玉狛第二にとって望む展開である。

 ――取れるポイントは、取っておかねばならない。敵同士で潰しあう展開は、御免被る。

 

「――あの野比とかいう隊員、確か木虎と五分だったやつだったな。位置が近いぞ。転送開始時点から、バッグワームをつけていない」

 間宮隊、鯉沼がそう呟く。

「まともにやりあうには分が悪い。幸いこちらは三人で合流できた。――位置が近くなれば、ハウンドを合わせて一気に攻め込むぞ」

「了解――あ」

 

 されど。

 のび太は百メートル近く離れた建造物の上で動きを止める。

 そして――拳銃を、構えた。

 

「あいつ、何であんな所で」

 

 そう呟いた瞬間、鯉沼の頭部が撃ち抜かれる。

 緊急脱出のアナウンスが鳴り響くと同時、玉狛第二にポイントが追加される。

 

「ウソだろ! あんな距離普通に狙撃手の距離じゃないか!」

「くそ! ひとまず建物の中に入るぞ!」

 

 そう言うと、生き残った二人は張り付いた建物の中へと入っていく。

 

「――こんにちわ」

 

 入った建物の壁が、斬り裂かれる。

 そこには。

「二点、もらい」

 

 二刀を構え、微笑む白髪の少年がいた。

 

 

 ――間宮、緊急脱出。

 ――泰、緊急脱出。

 

 

「ああっと―――! ここで間宮隊、全員が緊急脱出―――! 野比隊員の長距離での射撃、空閑隊員の急襲により、玉狛第二が鮮やかに三ポイントを先取しました―――!」

「間宮隊は基本線が合流してのハウンドフルアタックが武器の部隊ですので、恐らく野比隊員を待ち伏せての攻撃を待っていたのでしょう。けど、明らかに野比隊員の射程を見誤っていましたね」

「しかし、銃手であれだけの距離からの精密射撃が出来るとは-----この一カ月でマスターランクまで上り詰めた実力は伊達ではない!」

 観覧席は、まさしく度肝を抜かれたのだろう。ざわめきがあちらこちらで起こっている。

 それ程に今の一連の攻撃は鮮やかだった。

 間宮隊の射程圏外からの射撃で建物の中に追い込み、そこに攻撃手である遊真を送り込む。至極当然とばかりに追い込んだ両者の首を切断し、玉狛第二は即座に三ポイントを先取した。

 

「ただ、その動きを見て吉里隊が動き出します! 野比隊員のいる建物を取り囲むように向かい、このまま野比隊員を捕捉するつもりでしょうか!」

「銃手である吉里隊員が野比隊員の射角範囲内を動き回り、その隙にバッグワームで身を隠した残る二人が野比隊員に肉薄し仕留めるつもりなのでしょうね。野比隊員のアステロイドは射程と威力に振っている分、速度はそれほどない。離れた位置から防ぐだけならば、それほど難しくないのでこれは正解だと思います」

「まさにチームがかりで野比隊員を潰しにかかっているという様相ですが、やはり今の射撃で警戒度が増したのでしょうか! 吉里隊員がアステロイドを牽制代わりに放つ中、徐々に残る北添・月見隊員が距離を詰めていきます」

「ただ。――野比隊員は、近付けば簡単にどうこうできる隊員ではありませんから。ここからが注目です」

 

 

 足と肩口が削れる。

 ――威力がある分、ある程度シールドを絞らないと砕かれる。けれど、狭めるとシールドで守り切れない所を着実に削っていく。

 恐るべきは、その射撃の正確性。至極当然とばかりにあの距離感から弾丸を当ててくる。

 

 ――瞬間、オペレーターからの警告が入る。

「あ-----」

 野比への牽制を入れている合間。

 背後に近づいていた三雲修のアステロイドが、自らの身体を撃ち抜いていた。

 

「-----のび太君。そっちに二人近づいているから、警戒してね」

「はい! ――こっちも見えました」

 そう言うとのび太は建物から降りる。

 二人とも居場所は把握できた。ならば後は射角に入れて撃ち抜くだけだ。

 

 その動きに気づいたのか、両者ともバッグワームを解除し、得物を構える。

 最初に接敵したのは、吉里隊万能手、北添。

 彼はのび太を視認すると、突撃銃を構え迎撃の体勢に入る。

 が。

 その体勢にはいる時、既にトリオン供給体を撃ち抜かれていた。

 ――速い。

 そう感想を抱くその瞬間には、緊急脱出のアナウンスが流れていた。

 

 その瞬間、のび太は即座にグラスホッパーを起動。攻撃手の月見の射角範囲まで高速移動によって近づくと、グラスホッパーを解除しバイパー拳銃を起動。建物の軌道沿いにバイパーを射出する。

 頭上から落ちてくるバイパーを避けるように路地から飛び出た、その先に。

 頭頂部を貫く、アステロイドが一発置かれていた。

 

 最後の緊急脱出のアナウンスが、響いた。

 

 

「試合終了――! 何と何と、玉狛第二、両チームを全滅させました――!」

 こうして。

 玉狛第二は、相手撃破数に生存点二点をプラスした八ポイントを取得した。

 

「では巴隊員。この試合の総評をよろしくお願いします」

「はい。この試合、まずは玉狛第二が地力を活かした非常に貪欲な戦略を立てていたように思います」

「貪欲、と申しますと?」

「野比隊員を中継役に使い、両隊に警戒を促す役割を持たせたあたりが、そのように感じました」

 そこで言葉を切り、巴は言葉を続ける。

「このラウンドにおいて、どの隊にも狙撃手がいません。なので、卓越した射撃技術を持つ野比隊員が最も射程を持つ隊員と言う事になります。野比隊員は開幕からバッグワームをつけず、自身の位置を把握させたうえで間宮隊への射撃を行い、吉里隊を呼び込んでいます」

 間宮隊に対しては、範囲外からの攻撃を行う役割を。

 吉里隊に対しては、敵を自身へと集める役割を。

「本来は役割を一人に二つ集める戦術は非常にリスキーですが、それが出来る地力があると踏んだ上での決断でしょう。それに、ここで野比隊員が倒れても、空閑隊員がいる。十分にリカバリが可能だと、僕も感じます。そうしてでも、このラウンドでは点を取りたいという意図を、僕は感じました」

「――成程。影浦隊と同じく、点を取る事をかなり重視している戦略と言う事ですね」

「はい。――これから戦う上で、かなり警戒しなければいけないと、十分に感じられる試合となりました」

 

 これから、戦う。

 そう。

 この試合で――影浦隊も、玉狛第二も、中位入りを果たす事となったのだから。

 

 こうして、ランク戦下位グループの試合は終わった。

 まるでサイクロンが通り過ぎた後のような――猛威を殴りつけられたような、惨状だけが残されていた。




千佳ちゃん曇らすのたのちい。


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影浦雅人②

「玉狛第二初勝利おめでとう。今回は大勝だったが、次からはここまで上手く試合運びは出来ないだろう。気を引き締めていけ」

ランク戦を終えると、木崎レイジが料理を揃え迎え入れ、すぐさま食事が始まった。

 

「どうだ。のび太?初めてのランク戦は?」

「――うーん」

鳥丸にそう問われ、のび太は料理を自由に取りながら、一つ首を傾げる。

今回のランク戦は、そこまで連携という連携を行わなかった。

今回、狙撃手がいなかったためにのび太が一番射程のイニシアティブを握っていたため、かなり自由に行動できる部分があった。

次回。自身よりも長い射程を持つ相手が現れたら、こうも上手く行かなかっただろう。

 

「上手く行きすぎた、って感覚です」

故に。

のび太はそう答えた。

今回は、少々玉狛第二にとって有利な条件が揃いすぎていた。エースとしての実力は遊真が抜きんでており、射程ものび太が一番長かった。ここまで有利な条件を揃っていた為に作りだせた勝利ともいえる。

 

「だろうな。――次からは、何処かでお前らが負けている要素が出来てくる」

「負けている要素-----」

「そう。狙撃手が現れれば射程では負けるだろう。もしかすると、遊真を上回るエースだって現れるかもしれない。この場合、勝っている部分を活かして戦う方法を取らざるを得なくなるだろう」

成程、とのび太は頷く。

それはチーム戦だろうと個人戦だろうと同じ。

勝っている部分を抽出し、そこを活かす為に戦術を作らなければならない。

 

「――アンタら次もちゃんと頑張りなさいよ!千佳が帰ってくるまで負けるなんて許さないんだから!」

ふんす、と鼻息を鳴らしながらも何処か誇らしげに、小南がそう言う。

 

「----中位で気を付けなければいけない隊って、どこなんですか」

「中位になると全部気を付けなければならないだろうが----単純にぶつかりたくないのは影浦隊だろうな。あの隊は実質A級だ」

木崎は野菜をあからさまに取り分けていないのび太の皿に強制的にニラともやしを入れながら、そう呟く。

影浦隊は、のび太も話を聞いていた。

乱暴者の隊長のトラブルによりB級に落とされ、その後再度A級に挑戦する為に隊を解散・再結成。実質A級、という木崎の評は何も間違ってはいない。

「トラブルでB級に落とされて、遠征に行くために一度隊を解散して最下位に落とされただけですもんね。――それに」

「それに?」

鳥丸の言葉に、遊真が反応する。

「今回の影浦隊は、本気だ。本気で点を取りに来ている」

「――元々は全力じゃなかったんですか」

「全力だったとは思う。でも良くも悪くも点数の多寡とかランクに対して執着をしていなかった。だから、各々がかなり自由に動いて、その中で全力を出しているという感じ。特に隊長の影浦先輩は、基本的に強い攻撃手と戦いたがる傾向があった」

「今は、違うの?」

「ああ。昼の部の観戦をした印象なんだが――」

 

 

「9ポイントか。――まああと一回か二回で上位には入れるか」

「だねー」

影浦の発言に、北添がうんうんと頷く。

その陰で、ユズルは実に神妙な表情で影浦を見ていた。

 

「――その、カゲさん」

「あん?何だユズル」

「いや、何というか----」

「-----ケッ。お前が気にするこっちゃねーよ。俺が、自分でこうするって決めたんだからよ」

ユズルが言葉にする前に、影浦はその真意を察する。

――申し訳ない、という感情が刺さっていたのだろう。その事すら、ユズルには申し訳なかった。

 

初戦前。

影浦自身が、隊としての方針を決めろと北添に投げ、その結果として――"ポイントを取る事”をまずもって最優先に行動する事を、方針として定めた。

 

その結果。

隊の基本的な動きとして――影浦が狙撃手を狩り、その後ユズルの狙撃と北添・剛田の面制圧によって敵を分断し追い込みをかけるという一連の方針が定まったのだ。

 

影浦の副作用である感情受信体質。

その機能を最大限に活かせる場面は、対狙撃手との駆け引きの中にある。

 

今まで影浦が狙撃によって落とされた回数は数えるほどしかない。感情受信体質により、狙撃した瞬間の相手の感情を読み取り、事前に察知する事が出来るからだ。

狙撃手にとって、間違いなく影浦は天敵である。

寄られれば勝つ手段はないが、攻撃は事前に感知される。そして一度攻撃しようものなら、すぐさまに狩られる。

影浦は、トップクラスの攻撃手であると同時に、狙撃手にとっての理不尽なまでの天敵であるのだ。

 

故に。

影浦隊は、隊長である影浦を”狙撃手を無効化する手段”として運用する方針を打ち出した。

 

影浦は序盤に狙撃手の居所を偵察し、発見次第即座に狩り出す。

狙撃手を狩り終えた後にユズルを狙撃地点に着かせ、北添・剛田の面攻撃で敵に追い込みをかけ、分断され浮いた敵を影浦が狩っていく。

この作戦は狙撃手を運用する部隊にとって大きな負担になる。影浦が索敵をかけている環境下でおちおち狙撃は出来ない。――序盤にユズル以外の狙撃手の動きを鈍化させる効果も存在するのだ。

 

だが。

この方針を取ると言う事は、影浦のランク戦への楽しみを奪い、そして何より――影浦の副作用を、隊として積極的に運用していく、という事にも他ならない。

隊の全員が、影浦が副作用にどれだけ苦しみながら生きているかを知っている。

だから。その副作用を前提とした作戦を組み込むことそのものに抵抗感があったのだ。

 

その方針は、影浦と最も古い付き合いである北添が打ち出したもの。

北添が、影浦に了承を取ることなくそんな方針を出したとは思えない。

――つまり、影浦は。

 

「――久々に、やりてー事が見つかったんだろうが。だったら、手段なんざ選ぶ余裕なんてねー。今期だけの話だ。重くとらえる必要なんかねーよ」

 

――ユズルの為に、自分が忌み嫌う副作用の力すら積極的に頼る事を決意したのだ。

 

その決意の重さを、感じられないユズルではない。

知っている。

あの影浦が、下位相手でもしっかりと記録を見ていることを。

特に狙撃手に関しては、B級全ての隊員の動きをしっかりと頭に叩き込んでいると言う事を。

 

本気なのだ。

自分の我儘で――影浦は自身を律し、我慢する事を選んだのだ。自分がやりたくもない事をして、嫌いで嫌いで仕方のない副作用すらも利用し尽くして上に上がる事を。

それが、申し訳ない。

 

「――おい、ユズルっ」

いつまでも表情が変わらないユズルに、後ろからジャイアンが腕を首にかける。

呼び捨てでいい、といった日からこの調子だ。――成程、これは影浦隊にくるべくして来た人材なのだろうな、とユズルは思ったものであった。

 

「シケた面する必要なんかねーよ!――上に上がるんだろ?だったらさっさと一位になっちまえばいい。そうすりゃ、影浦の兄貴がこんなことする必要もねぇんだよ」

「剛田君------」

「そんで――今度また、隊の誰かが何かをやりたくなったら、本気でその手伝いをすればいいだけだ!」

ジャイアンは、そう言うとユズルの両肩を掴んでガタガタと揺らしていく。やめてほしい。

そのセリフに乗せられるように、他の隊員の声も乗っかっていく。

「そうそう、ユズル。別にね。カゲもやりたくない訳じゃないんだよ。――むしろ初めて頼ってもらって内心滅茶苦茶喜んでいるよ。心の中で嬉し泣きしているよ多分」

「うるせぇ」

「そうだぜユズル。私はむしろお前に感謝しているんだ。このやる気のない馬鹿が久しぶりに本気の目をしているんだからな。珍しすぎて変な笑いが出てしまった。よしよし。この調子でどんどん私に頼ってこい」

「だー!テメェ等好き放題いいやがって!いい加減シメんぞ!」

ぎゃいぎゃいと叫びながら、隊員が影浦を弄っていく。

この一連の流れですら、ユズルの心理的負担を少しでも減らすためのものだと、理解できる。理解できて、しまう。

きっと――この隊に入らなければ、解らない事なのだったのだろうなと。

 

我儘を言う自分。

それを受け入れてくれる人の温かさ。

 

そういう居場所が、ここにあるのだと。

 

 

そうして。

ランク戦第二ラウンドの組み合わせが、公表される。

 

昼の部:漆間隊 影浦隊 荒船隊 諏訪隊 

夜の部:玉狛第二 那須隊 柿崎隊

 

「――僕たちの相手が決まった。那須隊と柿崎隊だ」

「ふむん」

「那須さんか-----」

のび太は、大規模侵攻の記憶を辿る。

――あの時、一緒に新型トリオン兵を倒していた人が、今度は敵として戦う事になるのか。

ランク戦というものの不思議さを感じた。

「那須隊は、前衛、中衛、後衛がバランスよく配置されている隊で、柿崎隊はチーム全員が前衛も中衛もやれる編成の隊。どちらも方向性は違うけど、合流させたら厄介であることは共通していると思う」

「のびた。確かあの侵攻の時、那須隊の人と組んでいたよね?」

「うん」

「強かった?」

「強かった。熊谷さんっていう人が敵の足を止めて、那須さんが仕留めるっていう連携が凄かった」

「成程ね。攻撃手が足止めしての、バイパーか----」

ふんふむと頷きながら、遊真はそう呟く。

 

「取り敢えず、皆の意見を出来るだけまとめたいから、記録のチェックを頼む」

「了解、隊長」

「わかりました」

「次のラウンドまでには千佳が戻ってこれると思う。――それまでは、この三人で出来るだけポイントを取っていこう」

 

作戦会議を終え、のび太は早速記録を見ようと宇佐美の下へ向かおうとするが――。

 

「ん?」

携帯に、通知が一つ。

 

――黒江です。個人戦を行いませんか?

実に簡潔な文章が、メールで送られていた。

 

「うーん」

のび太は一つ考え、――那須の機動力を思い出し、一度機動力の高い人と戦っておいた方がいいだろう、と了承の返事を送った。



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生駒達人①

特に意味のないイコさんがのび太たちを襲う。


「なあ」

「何すかイコさん」

「ヤ-----」

「や?」

「ふう。危ない。俺は今マリオちゃんからある言葉が鬱陶しいからと、禁止令が出されていたんやった」

「ああ。ヤバいですね。それは」

「せやろヤバいやろ!?」

「秒で禁止令破ってるやん。何やってんすか本当」

「この前俺が香取隊の隊室の前を通り過ぎた時の事を話してん。マリオちゃんに」

「はぁ」

「この前のランク戦-----俺は香取隊の三浦君を狙って旋空を放ったんやけど、三浦君や無くてグラスホッパーで移動してきた香取ちゃんが斬られてたやん。もうあの子からしてみればすんごい不幸や」

「でしたねぇ」

「その後、偶然香取隊の部屋の前を通り過ぎてたら、泣きながら俺の悪口を叫んでいる声が聞こえたねん。もぎゃあ、って悲鳴みたいな声も聞こえた」

「うわぁ」

「ほら。大学生が女子高生泣かしたとかバレたら一発お縄やんか。せっかく大学までいかしてもうてんのに。俺は焦って部屋に戻ってマリオちゃんに泣きついたんや。やばい。俺女の子泣かしてもうた。このままじゃ逮捕されるヤバいヤバいって」

「で?」

「落ち着けアホ、って頭シバかれて。そのまま正座させられてマリオちゃんに説教されて。その時に俺は多分二万回くらいヤバいって言葉を繰り返してもうて」

「嘘つけ」

「そのままヤバい禁止令が出てもうたんや。ヤバない?」

「うん。もう早速破ってる辺り全くヤバくない話でしたやん。――で、イコさん。俺をここに連れてきての何でなん?」

「ん?」

「いや、何戸惑ってる感じ出しているんですか。何で、俺を、呼んだんですか」

「暇やから」

「寂しがりやか!」

 

ボーダー本部、ブース内。

生駒達人と水上敏志は何となしにそこにいた。

 

生駒は暇だったのだろう。

暇故に、個人戦したくここに来たのだろうが、残念ながらめぼしい友達がいなかった為こうして水上を捕まえてその場で佇んでいた。

 

「太刀川さんがこのタイミングでいないとは-----」

「いてたまるか」

「何でや」

「もうあの人のレポート手伝うのいやや」

「ああ。そうか。そろそろレポート提出の時期やな。うん」

「イコさん余裕そうっすね。もう終わったんすか」

「あ、この前俺の家の周辺で変質者でた話したっけ」

「してないすけどしなくていいっす。で、イコさん。マリオちゃんに散々言われたやん。レポートどないしてん?」

 

「――お」

「間を開けて話題逸らししようとすんな」

「あそこ、この前ド派手に活躍したのび犬くんやん」

「ん?」

 

ブースの入口、そこには玉狛第二の隊服を着たメガネの少年がいた。

「で、駆け寄ってきてんのは――おお、黒江ちゃんか。相変わらずヤバいくらいかわいいな」

「イコさん。それ、さっきの香取の件よりはるかに犯罪くさい台詞っすからね」

「で何してんねん――おお。個人戦するみたいやな。ブースに向かって行っとる」

「前、あの新人君が七三で勝ってるみたいやから、黒江にとってはリベンジでしょうね」

「よっしゃ」

「何すか?」

「一緒に行くで」

「何処に?」

「あのブースに」

「何の為に?」

「そりゃあ一つしかないやろ」

「はぁ?」

「観戦させてもらうんや。生で」

 

 

「という訳で。よろしく。黒江ちゃん。のび犬君」

「------」

「よろしくお願いします。――あとのび犬じゃなくてのび太です」

「なんやて。自分、太刀川さんの訓練を終えてL〇NE交換したら、自己紹介でのび犬って書きよったやん。のびいぬ、なのか、のびけん、なのか必死に考えとったんに。ただの誤字かい」

「のび太です------」

「何で自分の名前間違えてるのよ------」

「何でだろ----。間違いなく僕はのび太って打ち込んだはずなんだけど-----」

「そんな訳ないでしょ-----」

「やっばいわぁ。マジやっばいわぁ。イコさんレベルがもう一人増えたらツッコミが追いつかん。マジやっばいわぁ」

のび太と生駒は何やら色々とずれた会話を繰り返し、黒江と水上は同時に頭を抱えていた。

色々と混沌とした状況の中――取り敢えず水上が仕切り直す。

「はいはい。――取り敢えず二人ともすまん。本当にすまん。ウチの隊長の突然の思い付きで個人戦邪魔してしまって。いや、マジですまん。でも、どうしても見たいって」

「そう。どうしても見たかったんや」

「もう俺等二人はただの石ころや思うて。絶対に邪魔だてせぇへんから、存分に戦ってくれや」

「おう。俺もあいつも石ころや」

「イコさんに言われると死ぬほどムカつくの何でですかね。まあ、でも邪魔したついでや。審判は俺がやるから。――それじゃあ、位置について。はじめ!」

 

そうして。

何とも言えない空気の中――のび太と黒江の二度目の一騎打ちが始まった。

 

 

のび太の中で、黒江への対策は明確に出来ていた。

それは以前から変わらない。

 

――直線行動を、阻害する。

 

黒江が持つ、韋駄天というトリガー。

発動すれば、一瞬にして相手との距離を詰められるそれは、非常に厄介であると同時に大きな弱点も抱えている。

一度発動すれば、方向の転換が出来ないという弱点が。

故に。

 

――使ってきたか。

のび太は黒江が韋駄天を使うタイミングを見計らい、そのコース上に銃弾を撃つ。

 

しかし。

 

黒江はのび太へと直線に向かわず、左斜め側に移動していた。

 

「もう同じ手は食らわない-----!」

 

銃弾を撃つタイミング。

銃弾の軌道から、黒江は逃れる。

 

のび太は、すぐさま黒江の移動方向と逆に引きながら、アステロイドを放つ。

黒江は韋駄天からシールドに即座に切り替えそれを防ぎながら、弧月を構える。

 

その時、のび太の足元に旋空を走らせる。

のび太はたたらを踏みながら足元への斬撃を避けながら、変わらずアステロイドを放ち黒江へ向け弾丸を撃っていく。

 

黒江も、また。

のび太が銃弾を撃つタイミングというものを、見切る事が出来るようになってきた。

 

のび太の早撃ちは、構えられてから対処しようとすれば間に合わない。そういう意味では、対処法は韋駄天と同じ。撃つアクションではなく、撃つタイミングを見切り、対処する。

黒江は先程のタイミングで韋駄天を使用したが、ここでは使わない。

その動きでフェイントをかけ、足運びにより弾丸の軌道から身を逸らす。完全には避け切れず、肩辺りが削れるがそれは問題ない。

 

そのタイミング。

黒江の足運びにより微妙に目線と銃口がズレるその瞬間。

「――韋駄天」

ここで、黒江は韋駄天を使用する。

その軌道上に銃弾を置こうとするが――ズレた目線を修正するという行為がそこに介在したことにより、黒江の韋駄天の発動の方が早い。

 

眼前に、黒江の姿。

 

それを収めた瞬間、問答無用の一撃が脳天に叩き付けられた。

 

 

結果。

5:5の結果で終わった。

 

「――まだ、五分か」

「------」

のび太は、正直なところ――かなりギリギリの攻防だった。

黒江は韋駄天というカードを用いて常にのび太に三択を迫る戦いを挑んできた。

 

①韋駄天を使い、のび太との距離を詰める

 

という従来の使い方とは別に。

②韋駄天を弾道から回避する手段として用いる

③韋駄天を使うタイミングであえて使わず、時間差で韋駄天を使用する

 

という二択を、黒江は手段として追加したのだ。

韋駄天という諸刃を持っているからこそ、その脆さを利用すれば勝てる。故に、その脆い部分を狙うであろうという心理を想定し、黒江は対策を打ってきたのだ。

 

韋駄天を使って、直線に向かうか回避に用いるか、もしくは使うふりして使わないか。

こういう揺さぶりをかけるだけでも、撃つタイミングに迷いが出る。

 

のび太は故に、バイパーと組み合わせ②を選択させ続ける方法を取ったが、それで削りきれるか切れないかの勝負に持ち込み、何とか五本を取ったというのが実情だ。

次にまた対策をされれば、今度は負け越すだろう。その確信があった。

 

「でも黒江さん、凄い。あんな風に韋駄天を使えるなんて」

素直に、のび太は賞賛を浴びせる。

まさか、あんな風に韋駄天を使うとは。全く想定すらしなかった。

「------まあ、ね」

「あの-----どうしたの?」

その賞賛に、黒江は少しばかり反応に困っているように見えた。

「何でもない」

言えるわけがなかった。

 

――木虎さんは、のび太君が銃を撃つまでの動作に余計な負荷をかけることで銃撃の対策をしているんだ。

 

かつて巴虎太郎から教わった、木虎の技法。

それを見て着想を得たなどと。

黒江は、言えるわけがなかった。

 

 

 

「うっわえっぐ。何でこんな頭おかしい戦いできんねん。なぁイコさん。――あれ、イコさん。どうしたんですか。イコさーん」

「--------」

その時。

生駒の腹部に、一つ小さな穴があった。

のび太の流れ弾が、当たったのだろう。

それを見ながら、生駒はただ黙っていた。

「うわ撃たれとりますやん。あんな近くで見物しようとするからや。――で、何で黙っているんですか」

「-------」

腹部に手を添え、その手を眼前にかざす。

そして、ばたん、と倒れる。

「な-----」

「な?」

突然の奇行に首を傾げながら、水上は生駒の言葉を反芻する。

そして、

 

「何じゃあこりゃあ」

と呟いた。

 

「--------」

「--------」

「------何か言ってや」

「言っていいっすか。あの、イコさん。先輩すけど――アステロイド顔面にぶち当ててもいいっすかね?」

 

こうして。

のび太と黒江の個人戦が、終わった。



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~閑話休題~ 天国へと至る階段編

本編とは関係あるかもしれないし、そうじゃないかもしれない
そんなお話。ちょっと息抜き。

とある切っ掛けで、ちょっとだけ天国に触れる話。


地獄とは空想にあらず。

苦痛あるところ、そこは地獄。

地獄は地獄。果ての先にあるは生き地獄。死に地獄は誰も知らぬ。味わわされるは生き地獄。

辺獄。地獄。それらは夢に同じ。誰かの妄想。

だが。

生き地獄だけは。

存在するのだ。

 

皆々方。

地獄とは、ここだ。

生き地獄は、天に通ずる通り道。

 

地獄を抜け、辺獄へ上り、天へと突き抜ける。

獄を味わい川流れ。天翔ける箒星に乗り、いずれ天へと向かう物語。

 

 

これは。

とある日の物語。

 

「――加古望と」

「――ジャイアンの!」

 

――合同料理祭、開催いたします。

 

わーわー。

ぱちぱち。

 

貸しきり状態の厨房の中、二人は声を合わせて――そんな事を口走っていた。

今にも沈殿しそうな重い、重い、空気の中。

楽し気で軽快で、そしてからりとした手拍子が生まれていた。

加古は実に楽しそうにジャイアンの目線に合わせ腰を下ろし、二人でハイタッチをする。

そこから発せられる音は――静寂に鳴り響くお鈴の如く、乾き、無機質なものであった。

 

「------」

「------」

「------」

「------?」

 

集められた四人は、互いを見やり、そして各々が各々の反応を返す。

例えば、二宮匡貴はただ静かに瞠目し精神を統一していた。

例えば、三輪秀次はひたすらに加古を睨みつけていた。

例えば、堤大地は両手をそれぞれの指の間に通し、そこに自らの額を乗せ、神に祈るかの如き必死な形相でただでさえ細い眼を更にきつく瞑り、深く、深く、息を飲んでいた。

例えば――。

 

「ねぇジャイアン」

「何だのび太」

「これは何?」

「知らねぇのか。――加古の姉御からお呼ばれしてだな。一緒に俺たち二人で飯を作るんだよ」

野比のび太は、状況を飲み込めず辺りを見渡していた。

 

「ふふ。はじめまして野比のび太君。双葉からいつも話を聞いているわ。随分とあの子が世話になっているみたいじゃない」

「あ、加古隊長ですか」

「如何にもそうよ」

ふふ、と茶目っ気ある笑みを湛え、加古望はのび太に声をかけていた。

 

「――茶番はいい。さっさと始めろ」

「あら。二宮君。どうしたのかしら?手が震えているわよ。武者震いってやつかしら?」

「加古さん-----。俺は、まだやらねければならないことが------!」

「解っているわよ三輪君。だから、その為に精をつけなきゃ、でしょ?」

「加古ちゃん------」

「堤君-----いつも私の手料理を食べてくれて、ありがとうね」

 

それぞれの抗議・懇願の言葉を、実に前向きな解釈へと転化させ、加古望はうっすらと微笑む。

 

「今回の企画はね。私と、ジャイアン君。それぞれが持ってきた食材を合わせて――絶品炒飯を作ろう、という企画よ」

「だぜ!」

もう一度、二人はからからと陽気な様子でハイタッチをする。

 

「じゃあ、それぞれの食材を見てみましょうか。まずは、ジャイアン君から」

「おう!こんな感じだ」

そこには。

牛ロース百グラム、ポテトチップスに、バニラアイス、ツナ缶、そして――

「あら。立派なアジね」

「おう。父ちゃんが釣ってきたんだ」

脂の乗った、アジが一匹。

 

「いいじゃないの。好奇心がくすぐられるラインナップじゃない。私は――」

そうして、加古の食材が公開される

「まず、これ。二宮君の好物のジンジャーエールでしょ。そして今度はカレー炒飯風味にしようと思って、カレー粉。そして――」

続々と食材が出されていく。

生クリームに黒糖、冷凍エビにホタテ、紫蘇にわかめ。

 

食材が出現するたびに、並べられた男共の表情に確かな焦燥が宿りだし、最後辺りでは光無き絶望が焦燥すらも圧し潰していく。

能天気な表情を崩さないのは、のび太位だ。

 

「これらの食材全部を使って――絶品炒飯を作るわよ。手伝ってね、ジャイアン君」

「あたぼうよ!」

 

そして理解する。

これから始めるもの――それは、生と死との狭間にある世界への、小旅行であると。

 

 

そうして。

調理が始まった。

ジャイアンが持ってきたアジを手早く三枚におろし、切り身を叩き切りし身をほぐす。

その手際を見ながら、のび太はおお、と声を上げる。すごく鮮やかな手際であった。

 

他の男共は、皆が皆下を向いていた。

 

「じゃあこの切り身を――そうね」

すると、加古はミキサーを取り出す。

 

「まずは下味をつけるためのソースを作ろうかしら」

 

ミキサーの蓋を開け、そこに生クリームと紫蘇、黒糖を入れていく。

「そして――」

「この、ジンジャーエールだな!」

ジャイアンが勢いよくジンジャーエールを入れようとする手を――加古が制する。

「姉御-----?」

「ダメよ、ジャイアン君。――料理は、事細やかさが必要なの」

 

加古はそっとジャイアンの手に自らの手を添えると――ゆっくりとジンジャーエールを注がせた。

 

「ジンジャーエールは結構強い炭酸飲料なの。あんまり勢いよく入れると、泡立ってソースの出来が悪くなるわ」

「おお----。すまねぇ、姉御」

「いいのいいの。料理というのは心よ。誰かにおいしい、って言ってもらいたいとちゃんと思っていれば、自然と上達するものだから。そういう気持ちを忘れずに、ね?」

しゅわしゅわと穏やかに泡立つ炭酸の中、生クリームが浮かんでいた。

 

加古望は、大真面目である。

彼女は本気なのだ。本気で、この与えられた食材で、美味なものを作ろうとしているのだ。

それはまるで探偵のように。

眼前に与えられた食材という名のカードを組み合わせ、最適・最善の炒飯を探求しているのだ。

世の中。食材は数え切れないほど存在する。

その組み合わせを数えれば、まさしく無限に近い解が得られる。

加古望は探す。探し続ける。

――まだ見ぬ食材の組み合わせを。

――未だ見つからぬ、至極の味を。

 

そうして。

ミキサーが起動する。

紫蘇・黒糖の紫と焦げ茶色が白色の生クリームとジンジャーエールに合わさり、ごうごうとした音と共によく解らぬ色に変色していく。

白と黒が混じり合わず分かれていたそれらが、徐々に混じっていく。その果てにできた色は、解らない。本当に解らない。比喩すらも思いつかない。黒にしては濁っていて、茶色にしては褪せていて、紫にしては禍々しい。そんな色であった。

そうして出来たソースの中にアジの切り身を漬け、そのまま真空パックの中に放っていく。

 

「これで――これを十分くらい漬けておく。その間に他の準備をするわね」

 

額に汗を浮かべながら、それでも加古は楽し気にエプロンを翻し、別の作業に入る。

 

冷凍ホタテとエビを流水に溶かし、煮沸沸騰した調理酒が入った鍋の中に放り込み臭みを消すと、ポテトチップスの袋を開け、袋を絞り、麺棒で叩き粉々に砕く。

フライパンに油を敷き、切り分けたロース肉を焼き、別皿に映す。

 

「――ここからは、スピード勝負よ」

加古は冷蔵庫から真空パックを取り出すと――フライパンに米と溶き卵を入れる。

しゃ、しゃ、と卵と米を合わせながら塩コショウを振る。

その手際は実に鮮やか。溶き卵が固まる頃にはしっかりと米と調和しており、もうこの段階で非常に美味しそうであった。

そこにカレー粉にホタテとエビ、を入れる。

ほのかなカレーの匂いも混ざり合い、食欲をくすぐる匂いがパッと厨房から拡がっていく。

ここまでならば、本当に、本当に――。

 

そして。

投入される真空パックのアジ。

溶かされたバニラアイス。

砕かれたポテトチップス。

湯に戻されたわかめ。

ツナ缶。

 

「--------」

「--------」

「--------」

「--------え?」

遂には。

のび太すらも、困惑の声を上げる。

 

「完成――加古・ジャイアンのスペシャル炒飯よ。たんと、召し上がれ」

夢の世界への、ご招待。

 

 

――俺は、何処にいる。

 

――ここは、何処だ。

 

男は、揺蕩う意識の中――自らの存在が何者であるか、それを探す。

今意識は世界とは別の次元に飛ばされてしまったようだ。

自分の存在はおろか。

自分の名前すらも曖昧な中。

 

「------あ」

思い出す。

自身の名が、――三輪秀次であることを。

その記憶は一瞬にして思い出された。

海に浮かぶ気泡のような、記憶の欠片を辿っていって。

 

――秀次。

 

その姿を、見てしまったから。

 

「ね-----」

その姿は。

 

「姉さん-----」

 

そう。

それは――かつて、大好きだった人。その人が。

 

「姉さん!姉さんなのか!」

叫ぶ。

眼前に浮かぶシルエットに手を伸ばす。

届かない。

 

その姿は青空に漂う浮雲のように、その手にはあまりにも遠くて。

 

――秀次。

言葉が。

もう随分と色あせていた声音が。

耳朶を打ち、脳味噌にかつての感覚を呼び起こさせる。

 

――ねえ、秀次。

 

「姉さん!姉さん-----!」

涙を流し、叫ぶ。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

あの時。力がなかったせいだ。俺に力がなかったから。だから、だから、俺は。俺は――。

 

――私、一つだけ言いたいことがあったの。秀次。

 

「姉さん-----!」

 

――私は、――

 

 

地獄がせり上がっていく。

全身を覆う鈍痛。頭を焼く灼熱。舌先がちぎられるような痺れ。震える掌。

 

痛い。

何でこんなに苦しいのか。

 

体の中から何かが這い出て行っているかのような、そんな感覚質に襲われながら、のび太もまた地獄の中へ。

 

 

――のびちゃん。

誰かが、手を差し伸べる。

 

その時。

のび太は意識を失った。

 

 

「ここは------?」

そこは、地平線いっぱいに広がる夕焼けと、田んぼの風景。

この場所を、のび太は知っていた。

 

「――久しぶりね、のびちゃん」

そこには。

家の縁側に腰掛ける一人の老婆。

 

「おばあちゃん-----」

それは、――数年前に息を引き取った、自らの祖母の姿であった。

 

「うん。君のおばあちゃんだよ」

「そう、なんだ」

唐突すぎて、声が出ない。

自分は、今どこにいるのだろう。

 

「――どうかね。のびちゃん。最近は」

声がかけられる。

何を言えばいいのか。

そうだ。確か自分はボーダーに入ったんだった。ならばそのお話をすればいい。

 

そう考え、話そうとして――。

 

「おばあちゃん------」

 

でも。

その前に。

 

「僕は----おばあちゃん以外も、大事な人が、たくさんなくなっちゃった」

 

いつものように。

あの時のように。

 

弱音を、吐きたかった。

 

「すごい化け物が、僕の街を襲って。僕は何もできなくて。目の前にいることも出来なくて。――だから」

ボーダーに、入った。

無力だった自分を許せなくて。

 

「ねぇ。のびちゃん」

祖母は、ゆっくりとのび太の目を見る。

庭先に咲いた彼岸が、風に揺れる。

 

「生きているとね。楽しい事ばかりじゃない。うんと、辛い目にも遭う。それはね、のびちゃんだけじゃない」

「――うん」

そうだ。

ジャイアンも。遊真君も。

皆――辛い思いを乗り越えて、ここにいる。

 

「――辛い目に遭ってきて。ここまでそれでも前を向き続けて。偉かったねぇ。のびちゃんは、本当に優しい子だよ」

「そんな事-----」

「あるんだよ。――のびちゃんの事は、ずっと見ていたよ。いい友達に恵まれているじゃないか。辛い目にあっても、のびちゃんは笑っている。素敵な人たちに囲まれて、笑っている」

「------」

「ねぇ。のびちゃん。――君はね」

「うん----」

「幸せになるために、生まれてきたんだ」

「------うん」

「だから。ここに来るのはまだ早いよ。――いつかおばあちゃんみたいにしわくちゃになって、満足に体も動かせなくなって。それでも笑える事が出来たなら、こっちにおいで。一緒に、昔ばなしでもしましょう」

 

庭先の風景に、ぱっと花が咲く。

縁側に座る祖母の姿が、滲んで、消えていく。

 

「行っておいで。――おばあちゃんは、いつでものびちゃんを見守っているからね」

 

 

 

 

「――目覚めたかしら」

その声に目が覚める。

目を開けるとそこには、加古望の姿があった。

心配そうにこちらを見据えるその顔が、何故か懐かしいように感じる。

 

「うーん。やっぱり生クリームとアジは取り合わせが悪かったかしら。皆して、倒れちゃった」

 

厨房に敷かれたマットの上。

のび太他二名-----二宮と堤が、壁によりかかりぐったりと倒れている。

その隣を見ると。

ジャイアンも、うつぶせでくたばっていた。

「三輪さんは?」

「先に起きて、もう出ていったわよ」

加古はそう言うと、厨房出口を指差す。ドアは開けっ放しになっていた。

 

「――でも目覚めは良さそうね」

「え?」

「満たされた表情をしているわ」

加古はうっすらと微笑むと、のび太に告げる。

 

「そう、かな」

 

のび太は何とか、先程見た光景を思い出そうとする。

が、思い出せない。

でも――まるで波風が引くような、爽やかさが心中に在った。

 

何が、あったのかな。

忘れた夢を回顧して、もう一度記憶の縁を辿っていく。

思い出せない。

でも温かい。

ならいいかな、とのび太は思えた。

 

 

「――ひどい夢を見た」

 

三輪は。

覚えていた。

 

「――解って、いるさ。何を望まれているか、なんて」

 

解っている。

あの人が何を望んでいるか、なんて。

 

「でも、止まるわけには、いかない。俺は、殺す。一人残らず。近界民を」

 

何のためか。

決まっている。

――何もないからだ。

何もなくしたのは、誰の所為か。

それを、知っているから。

 

止まれないのだ。

 




ちなみに二宮もとある夢を見ています。
書こうと思ったけど、まあいいや、ってなったので書いてません。


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黒江双葉①

ブースから、遅れて生駒と水上が出てくる。

生駒は実に満足げに一つ伸びをし、出迎えてくれたのび太と黒江を見る。

 

「今日はありがとう。のび太君に、黒江ちゃん。ホンマ楽しかったわ」

「本当に、スマン-----」

満足げな笑みを浮かべる生駒と綺麗に直角に頭を下げる水上が対比的にそこにいた。

 

「――確かに、暇つぶしに私達の個人戦が使われたのは何か納得がいかないですね」

「ヴぇ?」

「何変な鳴き声あげてんすか――そうよなぁ。ほんまそうよなぁ」

 

元々黒江は、自身の手の内を晒すことをよしとしない人間であった。

のび太との戦いの経験で自身の成長を促すことができたため、その考えが次第に弱まっていっているのは実感している。だが、流石にブースで間近で見られてハイサヨナラは納得できない。

その考えは、水上には理解できるものなのだろう。黒江の言葉に、うんうんと頷く。

 

「――イコさん」

「何や水上様」

「何やねんいきなり様付けして」

「俺を----殺さないでいてくれて、ありがとう-----」

「ホンマにアステロイドぶつけたろか?――ほら。アンタ、そもそもここに何しに来てん?」

「個人戦やりに来たんや!」

「やったら丁度いい。――黒江ちゃん。この隊長貸したるから、好きなように使いや」

 

水上はぽん、と生駒の肩を叩くと黒江にそう提案した。

黒江は一つ頷く。

 

「じゃあ」

「うん?」

 

黒江は水上と、のび太も指差す。

 

「2対2で一本やりましょう。――私は、野比君と組みますので」

「げぇ。マジか。――まあ、でも俺も見ちゃったからなぁ。了解や」

「野比君と組んだ黒江ちゃんと勝負。了解」

「何戦闘でもないのに反芻してんねん。――それじゃあ、お互い市街地設定で、転送場所はマップの端からスタート。これでええかな」

「了解です」

黒江は一つそう言葉を返すと、のび太を引き連れブースに入っていく。

「――じゃあさっさとブースに戻りまっせ、イコさん」

「-----」

「何黙ってんねん」

「あ、スマン。かつて木虎ちゃんに同じ感じで言葉を反芻したら、条件反射的に黙れって言われてたから、思わず黒江ちゃん相手にも黙ってたんや」

「あ、成程。合ってますよイコさん。黒江ちゃんは心の中で本気でもう黙れって思っているはずやから」

「なあ水上。ぶっちゃけ俺、中学生女子から嫌われとる?」

「鬱陶しがられているのは間違いないかと。――ほら泣くな。さっさとブースはいるで」

 

 

「――黒江さん」

「なに?」

「いや----。本当は、個人戦見られたくなかった?」

先程、生駒と水上をブース内で観戦させたのは、のび太が安易に許可を出してしまったからだ。

本当は、黒江は嫌だったんじゃないかと。

その辺りが気になり、のび太は黒江に尋ねる。

 

「別に。――気にしてはないわよ。それに、いい機会だと思ったのよ。アンタ、今度那須隊と戦うんでしょう?」

「え。-----うん」

「じゃあ、射手と攻撃手の連携を一度見ておくのも悪くはないでしょ。まあ、那須隊とあの二人は全然タイプは違うけど。何もやらないよりマシでしょ」

おお、とのび太は頷いた。

不器用ながらも、黒江はのび太を気遣ってくれていたのか。

 

「――前の侵攻の時と同じ。野比君は私の韋駄天を使う通り道と、隙を作りだして。」

「解った」

「この辺りの入り組んだ路地にスパイダーを張っていって。韋駄天が使いにくい地形は予めこっちで潰しておくわよ」

 

了解、と呟きのび太は周辺の路地をスパイダーで埋めていく。

――韋駄天は、入り組んだ細い路地では非常に使いづらいトリガーだ。

直線行動を行うというトリガーの性質上、入り組んだ路地では使用に大きく制限がかかる。

 

「そろそろ、ね」

黒江が身構えた瞬間、

「――来るわよ。東南方向よ」

 

黒江はそう言った瞬間、のび太はグラスホッパーを二枚用意し、一枚を黒江に踏ませる。

そのまま――逆方向に、高速移動し離れる。

 

その足元に。

 

「――何度見ても頭おかしいや」

 

地割れのように斬り裂かれるコンクリ面。

延ばされた斬撃が遥か彼方から。

 

「避けられたわ」

「まあこの一撃で仕留められる程甘くはないでしょ。取り敢えず牽制入れて両方の足止めさせとくんで、野比くんよろしくー」

「水上、足止め。俺、野比君、仕留める。了解」

「ロボットみたいな言葉の区切り方しなくていいっすから」

 

黒江と逆方向に分かれたのび太は、水上に向けアステロイド弾を放つ。

それを水上は生駒のシールドに防がせ、自らはアステロイドとハウンドをそれぞれ両手に乗せ、アステロイドを黒江に、ハウンドをのび太に放つ。

 

その瞬間に、生駒が動き出す。

黒江は再度韋駄天による回避行動を取りアステロイドの弾道から逃れ、のび太はシールドで防ぐ。

互いの行動を見やり、足を止めた方――のび太との、距離を詰める。

黒江は再度韋駄天にて距離を詰めようとするが、水上が細かく割ったアステロイドを散弾のように飛ばし、最短距離を潰す。

一つ舌打ちしながら、黒江は韋駄天からシールドにトリガーを切り替え、水上を仕留めんと距離を詰めていく。

 

――凄い。

ここでのび太は両者の連携の練度を思い知った。

 

生駒の長距離旋空によりのび太と黒江の両者を分断し、更に水上がそれぞれに攻撃を仕掛けることで、更に距離を開かせる。

のび太へはシールドの選択を取らせやすい曲線状の弾道を持つハウンドを放ち、黒江には韋駄天による回避を選択させやすい直線状の弾道を持つアステロイドを放つ。

 

開いた距離分だけ、のび太は――水上の援護を受ける生駒と一人で戦わされることになる。

水上は現在、のび太と黒江の両者を射程に収めている。黒江は攻撃手で距離が開かれた分だけ駒として浮いてしまい、のび太は生駒というエースの対処をしなければならない。二人の足を止めさせ、生駒という駒を最大限に活かす動きがしっかりと出来ている。

韋駄天で開かれた距離を、水上がアステロイドで韋駄天の通り道を消していき、残るリソースをのび太へと放っていく。

 

生駒の斬撃が、のび太に迫る。

迫る旋空と斬撃に腹部を斬り裂かれつつ、バイパーを複数撃ち放つ。

 

放つ弾道を二手に分かれさせ、それぞれ生駒と水上へと。

 

そして、片手に持つアステロイドを生駒へ向け、撃つ。

「速っ」

生駒はバイパーをシールドで防ぎ、アステロイドはタイミングを合わせ避ける。

 

水上がバイパーをシールドで防ぐ瞬間、即座にグラスホッパーにトリガーを切り替える。

 

「逃がさへんで」

 

生駒は恐らく水上の方へのび太が移動するものと踏んでいたのだろう。グラスホッパーの足場が形成された瞬間、水上との直線上に自らの身を割り込ませ、弧月を構える。

のび太はその動きを確認しつつ――その逆を突く。

グラスホッパーに左手に置き、生駒と水上から離れる。

 

「なぬ」

逆を突かれた生駒は即座にのび太を追おうとするが――高速移動中に放たれたアステロイドがしっかりと足を削りに来ており、回避動作を取った分だけ初動が遅れる。

距離を取り、更にグラスホッパーを使い建造物の上へ。

そこから――水上へ向けて集中して弾丸を放っていく。

 

「あ、くそ」

水上はその場から離れつつ、シールドを張りながらアステロイドを防ぐ。

が。

その分だけ、黒江に韋駄天を使う隙を作ってしまう。

 

ここで、立場が逆転する。

のび太が、生駒と水上の二人に牽制を入れつつ、黒江を援護できる立ち位置に。

 

「――生駒さんと水上さん。どっちを優先して足止めすればいい?」

「生駒先輩。また生駒先輩が旋空を使ったら、距離を離されるから。旋空を使わせないで。後は私が水上先輩を仕留める」

 

宣言通り。

のび太がアステロイドを集中的に生駒にぶつけていく最中、水上との距離を黒江は詰めていく。

 

「――ああ。こりゃもう仕方ないかー」

これはもう逃走不可能と悟った水上は、即座にシールドとメテオラを入れ替える。

アステロイドの威力を絞り射程に振り分け、半分をのび太に撃ち、そして半分を黒江の上半身に放つ。

そうしてシールドで防がせながら――水上は残る片手でメテオラを発動し、黒江の足元へ放つ。

 

「----っ」

黒江は即座にその場を離れるが、爆撃にいくらか巻き込まれ左足が削れる。

 

シールドがなくなった事を察知したのび太のアステロイドに頭部を撃ち抜かれ、そのまま水上は緊急脱出した。

 

そうして。

生駒と、黒江が向かい合う。

 

「------」

「------」

 

一つ黒江は頷くと、生駒に弧月を構える。

アステロイドが、生駒へ放たれる。

 

それを身を屈ませ避けつつ――その体勢から、生駒は黒江に向け旋空を放つ動作。

黒江もその動きを察知しつつ、韋駄天を発動する。

 

伸びる斬撃。

疾駆する斬撃。

 

二つが交差するその瞬間――刃が到達したのは、

 

「------」

 

――黒江、緊急脱出。

 

アナウンスが響くと同時。

生駒はのび太の方向を見た。

 

とても、とても、凛々しく、引き締まった表情で。

カメラ目線、というのだろうか。

実に堂々とした佇まい。のび太ではなく、その奥にある何かを見据えているかの如く、力強い佇まいであった。

そのままの表情で、ただのび太を見た。

 

眉間を撃ち抜かれ、そのまま緊急脱出した。

 

 

「負けたな」

「負けましたねー。というか、割にシャレにならんくらい野比君強いっすね」

生駒と水上はお互い変わらぬ表情でうんうんと頷きながら、それぞれ感想を述べる。

 

 

「------」

黒江は。

勝ちを拾ったものの――やはり最後の生駒とのぶつかり合いに、悔しさが残るのだろう。

生駒はのび太の弾丸を避ける動作をしながら、それでも旋空を放った。

避ける動作と、旋空を放つ所作が完全に合致した、見事な居合斬りであった。

左足が削れていたとはいえ、あの条件で仕留めきれなかった自分の実力が恨めしい。

 

「にしても――」

水上が、生駒に呟く。

「――やっぱり。黒江ちゃん、ちゃんと周りが見えるようになってんね」

「え?」

「めっちゃ強くなってたわ。――韋駄天の使い方に幅が出てきた。多分その分だけ、仕留めんのに時間がかかって負けちまったっすね」

そう言いながら、生駒とブース出口へと歩いていく。

 

「------」

 

周りが、見える。

それだけだ。

それだけで――確かに、見える世界が違った。

 

「――精進、しなきゃ」

 

そう彼女も呟き。

じっかりとした満足感を得て、のび太に挨拶を告げてブースを去っていった。

 

 

「――ん?」

また次の個人戦相手を探そうかとしていたのび太のスマホに、着信が鳴り響く。

 

「弓場さん?」

そのまま着信ボタンを押す。

 

「――おゥ。野比ィ。久しぶりじゃねーか」

「久しぶりです、弓場さん。どうしたんですか?」

「まァ、まずは初戦勝利おめでとうって事だな。これからも気ィ引き締めて、ここまで上がってきやがれ」

「ありがとうございます」

「で。要件なんだが」

「はい」

「――これから、帯島連れて玉狛に行くからよ。空閑と一緒にそっちに行っててくれねェか?」

 

 




次話。弓場、玉狛に現る。


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三雲修①

三雲修はまるで食い入るように二部隊の動きを頭に叩き込んでいた。

那須隊、及び柿崎隊。

――どう、遊真とのび太を動かすべきか。

 

空閑は押しも押されぬエースであり、のび太は距離を択ばず戦える非常に稀有な銃手だ。

故に基本的にツーマンセルで動かしたいところだが、――合流させたら厄介なのは相手とて同じ。

 

中位の記録を見る限り、確かに下位とは次元が違う練度を持っている。個々の能力は遊真ものび太も負けてはいない。

しかし、ネックになるのは自分だ。

自分は、あの二人が出来ることが何一つできない。近づかれても、距離があっても、今の修には何かできる手段がない。

 

このままならば。

あの二人のうちどちらかが落ちれば、それで一気に手詰まりになる。

 

――どうするべきか。

 

ここを考えるのが、隊長としての修の役割だ。

これは、やるべきことだ。

故に、やるしかない。

 

記録を食い入るように見ている中。

インターフォンが、鳴る。

 

――野比君が個人戦から帰ってきたのかな。

 

修は立ち上がると、玄関へと向かう。

「おかえりなさい、野比君。個人戦お疲れ――」

 

ドアを開けると。

そこにはメガネのリーゼントが顔を上げ腕を組み睨みを利かせそこに立っていた。

 

「――アンタは、玉狛第二の-----」

「あ、はい。三雲修と言います。先程はウチの隊員と勘違いして、すみませんでした」

すぐさま先程の出迎えの挨拶に詫びを入れると、弓場はかぶりをふる。

 

「いや。突然押し掛けたのはこっちの方だからよォ。すまねぇな。――名乗り遅れた。俺はB級弓場隊、隊長弓場拓磨だ。野比には連絡を入れていたが、まだ帰ってきてねぇみたいだなァ」

「あ、はい。先程個人戦が終わったと連絡が入っていたので、そろそろ帰って来るとは思うのですが----そちらは?」

修は、弓場の背後でビシ、と姿勢を正す日焼けした――恐らく、少女、に視線を向ける。

 

「こいつはウチの隊員の帯島だ。――すまねぇ隊長サン。アンタの所の隊員の空閑を、ちょい貸してくれねぇか」

「空閑を、ですか。------あ、すみません。立ち話というのも体裁が悪いですし、中にお入りください」

弓場と帯島は一つ頷くと、邪魔すると一言呟くと玉狛支部に足を踏み入れる。

 

「メガネ君どうした。お客さん?――って、弓場ちゃんじゃん」

部屋の奥から、迅悠一が顔を出す。

「よォ、迅。久しぶりじゃねぇかァ。元気にしてたかァ」

「どったの?うちのメガネ君二号に会いに来た?」

「ま、それもある。けどそれよりも今回は別件だ」

「別件と。ほほう」

 

「――おお、何か見たことのない人がここに来ていますな」

「来ておるなー」

 

更に奥から――白髪の少年と、謎の生物に乗っかる子供が現れる。

「むぅ。きさま、なにものだ。ここでは見たことのない顔だ」

子供――陽太郎は、若干眼前の男にビビりながら、声をかける。

弓場はその様を見て、腰を下ろし、目線を合わせ、言葉をかける。恐らくは子供と目線を合わせて怖がらせないための所作であろう。が、カニ座りでメンチを切られているように見え、陽太郎のビビりは増すばかりなのだが。

「おう。すまねぇな。今日はここに用があってきただけだ。そんな長居はするつもりはねぇ。――そして、お前が空閑か」

「如何にも。俺が空閑遊真です。何か用?」

「-----」

「-----」

一つ、間が開く。

 

すぅ、と息を一つ弓場が吸い込むと、

 

「帯島ァ!」

「ハイ」

「要件を言えェ!」

「ハイ!」

 

帯島もその掛け声に合わせ、すぅ、と息を吸う。

そして、

 

「自分は、弓場隊帯島ユカリっす!」

 

叫ぶ。

 

「この前の空閑先輩の戦いに、シビれました!」

 

叫ぶ。

 

「――どうか、自分に稽古をつけて頂けないでしょうか!」

 

叫び-----終える。

 

反応は様々だった。

迅はとくに何も反応を返さずぼりぼりとぽんち揚げを食らい、修は絶句し、陽太郎は若干頬を膨らませ、

 

「――あ、弓場さん久しぶり」

 

そして。

のび太が空気を読まず、ガチャリとドアを開け、そんな事を呟いていた。

 

 

「しっかし、弓場ちゃんも変わらないわねー」

「ンな事言っているお前の方はどうなんだ、小南ィ。まだ簡単に嘘に騙されてあわてふためいてんのかァ?」

「そんなことしてないわよ!」

「はいはい、こなみも騒がない騒がな~い。――あ、弓場さんどうぞ。お茶で~す」

「ああ。すまねェな。気を遣わせちまって」

そうして。

現在――玉狛支部リビング内のソファに、弓場拓磨が座っている。

「そっかそっか。確か弓場さん大規模侵攻の前にのび太君の面倒見てたもんね~。さっすが、眼鏡仲間の連帯力ってのは強いものがありますな~」

「ああ。その縁でこっちに来させてもらった。ウチの帯島が空閑の戦いにシビれちまったらしくてなァ。あっさり承諾してくれて感謝するぜ」

「いえいえ。感謝するなら空閑君にお願いしますよ~」

「まァ、そうだな。――で、野比ィ。お前も中々の動きだったぜ」

「ありがとうございます」

ずず、と茶を啜りながら弓場は一つ息を吐くと、隣に座るのび太と話をし始めた。

 

――この人が、B級上位の隊長。

修は若干彼自身が持つ威に怯みながらも、しっかりと目を見る。

 

「ま、でもこのまま何もせずに帰るってのも座りが悪い。帯島を鍛えてくれているみたいだしなぁ」

 

これはチャンスだ、と修は感じる。

折角B級上位の隊長がここにいるのだ。

 

「すみません、弓場先輩」

「どうした、隊長サン」

「弓場隊長から見た、那須隊と柿崎隊の特徴を教えてもらえませんか?」

 

 

「那須隊に、柿崎隊か」

弓場は湯飲みを置き、顎先に手をやる。

 

「――そうだな。まずはアンタの見解を聞こうか」

「そうですね-----」

修は、弓場に那須隊、柿崎隊両隊の特徴を話す。

那須隊は近中遠全てが揃った、バランス重視の部隊。その中で、エースと司令塔の両面を射手である那須隊長が務めている。

 

柿崎隊は全員が攻撃手と銃手の両方としての働きが出来ることが特徴の部隊であり、合流して陣形を組んでの連携に定評のある部隊だ。

 

「よく解っているじゃねーか。で、何に悩んでいるんだ隊長サン」

「いえ。――今回はどの隊も、合流してからの総合力が秀でている部隊です。なので-----」

その言葉を聞いた瞬間――弓場は何かを察したのだろう。

 

「すまねぇ。小南、宇佐美、迅。――ちょいと席を外してもらっても構わねェか?」

 

その言葉に一つ頷くと、真っ先に宇佐美が立ち上がり、小南の手を引っ張り、迅も何も言わずに立ち去っていく。

 

残されたのは、修と、のび太。

 

「さて。――アンタの悩みは、何となく解ったぜェ」

「------」

「単純に、アンタ自身が隊でどういう役割を果たさなきゃならんのが解んねぇんだろ」

「そう----です」

え、とのび太は思わず声に出す。

「そりゃそうだ。――動きを俺も見てみたが、よく考えられているとは思う。けど、ちと素人臭い」

「------はい」

「とはいえ、そこはしょうがない。B級上がりたての連中なんてそんなもんだ。――とはいえ、そこらのB級上がりの人間が野比と、空閑を抱えたんだ。当然、それに伴う責任は問われる」

「-----はい」

「聡い奴ならもう初戦の時点で、上位狙いだってことはバレている。――お前もじっくり成長して、って言っていられる状況じゃねぇ」

 

弓場は、厳しい。

怖いのではなく、厳しい。

それがのび太にとっての一貫しての弓場の評価であり、それは今となっても変わらない。

だが――その厳しさが、こういう形になって突きつけられると、確かに怖さを感じるのも、また確かな事実。

 

「------俺からのアドバイスは、隊長サン。アンタ自身が、戦場で何かを変えようとするな。変えようとするなら、戦場の外だ」

「戦場の、外-----」

「そう。アンタは今のところ、点を取る駒としては使えない。現場でアドリブを利かして自在に行動も出来ない。――なら、アンタが考えるべきは、ただ一つ。自分という駒をどれだけ磨り潰して、野比と空閑が点を取りやすい環境を作れるかだ」

「それは、つまり-----」

「アンタという弱い駒を使って、徹底してサポートする。点は取らない。例え死んでも、何か戦場で勝つための材料を残しておく。――それが、今のアンタが、今のアンタのまま、チームに寄与できる唯一の方法だ」

 

厳しい。

怖いくらいに、厳しい。

 

のび太は――そのセリフを受けた修の表情を見る。

 

「------」

修は。

――まるで、憑き物が落ちたように、目を大きく見開き、口を半開きにして小さく、「成程」と呟いていた。

 

今――のび太は、弓場の言葉を怖いと感じた。

だが。

修は、それを全く感じていないようだった。

 

弓場に提示された、事実。

自身は、チームの中でどうしようもない弱者であり、弱者は弱者として自身を磨り潰して他のメンバーをサポートしろ、という残酷なまでに厳しい弓場のアドバイス。

それを修は――至極当然の論理として自らの中に落とし込み、心から納得しているのだ。

 

――ああ、成程。弱い駒は弱い駒として、自分を磨り潰して他のメンバーを活かせばいいのだ。そうか、そうだったのか。

 

多分。

修は、心の底からそう思っている。

だから、アドバイスをくれた弓場に恐怖はおろか、厳しさすら微塵に思っていないだろう。

 

ただ、自身のやるべきことの一つと、その道筋を示してくれた弓場への純粋な感謝しか、ないのだ。

 

「ありがとうございました」

表情ががらりと変わっていた。

弓場はその顔を見て――大きく笑みを浮かべた。

 

「いい顔してんじゃねーか」

 

そう言って、一つ頷いた。

 

 

「ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ」

帯島と遊真は、互いに礼をしていた。

 

「また支部に遊びにおいでよー、弓場ちゃん」

「お前も時々は顔を出せよ。太刀川サンが寂しがってるぜ」

「二日前に個人戦やったばかりなんだけど-----。というか、今太刀川さん死ぬほど強くなっているしなぁ」

弓場と迅は、玄関口で談笑していた。

 

そして、その奥。

修は、

「ねえ、野比君」

「どうしたの、隊長」

「ラウンド2が終わってからでもいい。――僕に、スパイダーの使い方を、教えてほしい」

 

そう、のび太に頼み込んでいた。



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荒船隊①

「-----どうすっかな」

 荒船哲次は――非常に頭を抱えていた。

 

 次回ランク戦。

 荒船隊は影浦隊・諏訪隊・漆間隊の四つ巴戦を行う事となる。

 今回は荒船隊にマップ選択権があるが――こと、ここに来て天敵中の天敵がランク戦に現れることとなった。

 

 影浦隊。

 

 荒船隊は、構成するメンバー全員が狙撃手という実に珍しいチーム編成をしている。

 ここまで極端な編成だと、当然対戦する相手による有利不利は大きく分かれるのだが――影浦隊はその中でも最悪に近い編成の隊だと言える。

 

 隊長の影浦は狙撃が効かない。

 その上で、ユズルというこちらに反撃を加えることが出来る優秀な狙撃手が一人いる。

 

 これだけでも荒船隊の強みが殺される。

 ――だというのに。

 

「――本気なんだな、影浦隊は」

 穂刈がぼそりと、記録を見ながら呟く。

 

「こりゃあダルい。影浦先輩が狙撃手の索敵するとか、もうこっちは一発も撃てないじゃないですか」

「さらに、影浦隊には絵馬君もいるわ。――初動が遅れれば、有利なポイントすら取られるわ」

 半崎も、愚痴るようにそう感想を漏らし、加賀美もそれに続く。

 

 そうなのだ。

 今期、影浦隊は一度チームを解散し、再編成した上でランク戦に臨んでいる。

 今までの実績全てを消し、再度の最下位スタート。

 

 明言はされていないが――恐らく影浦隊は再びA級に戻ろうとしているのだろう。

 

 ランク戦初戦。

 影浦隊は実に容赦のない戦いを行っていた。

 

 序盤、影浦がユズルの援護・索敵を受けながら各々の狙撃ポイントを巡回し、狙撃手の釣りだしを行う。一通り狩りだしが終わったところで北添とジャイアンが組んでの掃討射撃をし、各チームを分断する。分断し、浮いた駒を影浦が狩る。

 

 荒船はこのランク戦の映像を見ただけで頭を抱える事になった。

 影浦隊の戦術は二段階ある。

 一つ。ユズル・影浦が組んでの狙撃手の炙り出しと殲滅。

 二つ。長距離射撃の芽を摘んだところで、重機関銃持ち二人による火力を活かしての掃討・分断。

 

 そして――荒船隊はそのチーム編成によって、第一段階で壊滅的な被害を受けることが避けられない。

 

「影浦隊を無視して、他の隊を徹底して狙いますか?」

「下手にそれをやっても、多分影浦隊につけ狙われるだろうな。あいつらは、とにかく上位に行きたいだろうから」

 

 そして更に厄介なことに。

 影浦隊は今一点でも多くの点を必要としているチーム状況だと言う事だ。

 

 つまり。他の隊同士が潰しあう状況すら嫌がるであろうと言う事。

 

 荒船隊からしてみれば、例えば諏訪隊などは序盤で位置を把握出来れば一気に有利に戦える隊である。諏訪・堤は近距離型の散弾銃持ちで、笹森は攻撃手。射程で荒船隊と戦える駒がいない。

 それはきっと影浦隊も把握している。

 だからこそ、一番目障りでもあるのだ。

 自分が取らなければならないポイントが食われるかもしれない。

 

「――とはいえ、基本線はその方針で行くしかない。影浦隊を無視しつつ、他の隊からポイントを稼いでいく。影浦を怖がって狙撃を躊躇っていても、今度は絵馬に有利な狙撃地点を取られてポイントを稼がれる」

 

 ううむ、と荒船は悩む。

 どうしたものか。

 

「――いっそ諦めないか。自分が有利を取る事を」

「ん?」

 穂刈がぼそりと呟いた言葉に、荒船が反応する。

 

「隊で有利を取る事より――制限をかけていくんだ。影浦隊の動きに」

「ふむん----」

 その後。

 穂刈は自論を隊全員と共有し、幾らか議論を重ねた。

 

「――解った。その方針で行こう」

 と。

 ある程度の戦術の方針が決まった。

 

 

「――次は、那須隊と玉狛第二になった」

「玉狛第二----野比君がいるところか」

 巴は苦い表情を浮かべ、柿崎国治の言葉を聞いていた。

 

「浮かない表情だな、虎太郎」

「以前、野比君とは個人戦で全敗してますからね」

 

 ふむん、と柿崎は頷いた。

 

「――実際に戦ってみて、どうだった」

「何というか------弾速が落ちた代わりに、射程が上がった弓場さんって感じです。早撃ちで近距離戦も戦えて、距離が離れてもバシバシ当ててくる。木虎先輩相手に、五分まで持っていってました」

「そりゃあ強い。その上で、この空閑か-----」

 木虎と引き分けられる銃手と、緑川に勝ち越せるだけの実力を持つ攻撃手。

「まともに当たりたくない相手だな」

「ですね」

 個々の能力に関しては、このランク戦で抜きんでている二枚だろう。

 まともに鉢合わせて勝てるとは思えない。

 

「とはいえ、基本は変わらない。まずは合流最優先。今回はこっちにマップ選択権もある事だしな」

「工場地帯ですよね。――今回は那須隊がいる分、撃ち合いになるとかなり損耗しそうですね」

 工場地帯は、巨大な工場プラントが立ち並ぶマップとなっている。

 大きなプラントが乱立する地形の為、狙撃手の配置が難しいが、いざプラントの内部に入れば開けた場所が多く射撃戦はしやすい。マップ自体も非常に狭く、合流もしやすい。

 全員が近中の距離をカバーできる柿崎隊にとって、一番やりやすいマップだ。

「野比の援護を受けた空閑が暴れまわれる状況を作ると非常に厄介で、那須隊も熊谷と那須の連携が決まりだすと一気にこちらの陣形も崩れる。基本線は、陣形を維持しつつ攻撃手に近づかせない立ち回りをする」

「了解です」

 巴と照屋の返事を聞きながら、柿崎は一つ頷く。

「それじゃあ、一先ずログを確認しておかないとな。特に野比に関しては前回の戦いで疑似的な狙撃手としても動ける。野比はこちらに対して射程でイニシアティブを取れるから、この場合――」

 

 柿崎隊は早めに方針を定め、個々の対策へと移っていった。

 

 

 こうして。

 ランク戦当日へと、日々が過ぎていった。

 

 

「ランク戦第二ラウンド、昼の部。実況は、私月見蓮が務めさせて頂きます。よろしくおねがいするわね。そして解説席には――」

「冬島隊、冬島慎次だ」

「東隊、東春秋です」

「以上。この三名で実況・解説を務めます」

 

 月見が恭しく一礼をし、そう開始の挨拶を締める。

 

「いや。見に来ている皆すまないな。高嶺の花の隣にこんなおじさん二人の解説だ」

「俺は25ですよ、冬島さん」

「この席に座れる奴の中じゃあ俺に次いでおじさんだろうが。なあ、もうちょい華やかな若者を呼べなかったの?」

「あら。だって冬島さん女子高生が隣だと満足に喋れないじゃない。私が解説している時でもないと来てくれないでしょう?」

「そりゃすまんな---。別に気を使って呼ばなくたっていいのよ」

「まあ、こんな感じですがちゃんと解説はしますので、改めてよろしくお願いします」

 

「さて。――今回選ばれたマップは、河川敷A。さて、お二人は今回荒船隊がこのマップを選択したのは、どのような意図があると?」

 ランク戦ラウンド2。

 荒船隊は河川敷Aのマップを選択した。

 河川敷は、河川に分かたれた二つのマップ帯に、大きな架け橋が存在するマップだ。

「まあ、影浦隊対策だろうな」

「ですね」

 冬島と東は、互いに頷きあう。

「今回のランク戦、荒船隊にとってはまさに最悪の組み合わせです。正直、あの隊にとって、影浦隊は二宮隊以上の脅威です」

「だからこそ。影浦の位置は常に把握しとかなきゃいけない。そんで可能なら分断させときたい」

「荒船隊としては、影浦隊の初動が遅れれば遅れる程、有利になります。索敵をするためには影浦が二つのマップ帯を橋で行き来する必要があります。これは非常にリスキー。橋を渡るとなると、影浦の位置が丸わかりになります」

「影浦隊がヤバい、ってのは残る諏訪・漆間隊にとっても同じ事だ。当然、優先度が高い。序盤、人がまだたくさん残っているうちに位置を晒しちゃ、寄ってたかって影浦の周囲に人を集めちまう可能性もある」

「まあ、転送運が悪ければ同じマップ帯で影浦諸共全員同じところに鉢合わせというのも、あり得るといえばあり得ます。ここは賭けでしょう」

「ある程度賭けに出るのは今回は仕方ないだろうな。本当なら、市街地C辺りの狙撃手有利なマップで戦いたかったはずだ。だがその利を捨ててまで、荒船隊は影浦対策に乗り出したって訳だ」

「それだけ影浦隊を近づけさせたくない、という事です。その面から言えば妥当な選択だと思います」

 

「――成程。非常に解りやすい解説、ありがとうございます。さて、残り十秒ほどで転送が始まります。では――」

 

 

 

「河川敷Aか。――市街地C辺りだと踏んでいたが、アテが外れたな」

「多分、カゲの分断が目的だろうね。橋を行き来して索敵するというのも難しいだろうし」

 

「まあ、だったら役割分担すればいいだけだ。――ゾエ。しっかり働けよ」

「了解~」

 

「俺はどうすればいいんだ?」

「ジャイアン君は、今回はゾエさんとは別行動。今回は火力を集中させるより分散してのお仕事が多くなると思うから。転送された後は、ヒカリちゃんの指示に従ってね」

「ちゃんと従えよ~ジャイアン。全く、お前は私がいなきゃダメなんだからよ!」

「ヒカリねーちゃんはいつもそれだな!」

 

「――もう少しで転送が始まるよ」

 

 影浦隊は特段焦ることなく、この条件を飲んだ。

 予め部隊が分断されやすいマップが選択された時の次善案は考えられていたのだろう。

 変わらぬリラックスした様相で、転送を待った。

 

 

「転送が終わりました」

 落ち着いた月見の実況で、火蓋が斬られる。

 

「マップは河川敷A。そして――」

 

 マップが、表示される。

 そこは――。

 

「気候『雪』。時刻は『夜』」

 

 降りしきる白雪が、夜空の光に浮かんで反射する。

 

「――ランク戦第二ラウンド、昼の部。スタートです」

 



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影浦隊①

今回はあんまり動きなし。


「――雪に、夜」

影浦はぼそりとそう呟き、ニッと笑う。

 

「成程。――どう転んだって俺達に索敵をさせない気か」

影浦は隊の転送先を見る。

影浦は西側のマップ帯、橋の近く。

北添は影浦と反対側の東側の高層建築物。ジャイアンは西側最北の河原付近。ユズルは東側の北添の付近。

 

「綺麗に二つに分かれたね。どうしよっか」

橋を挟んで東に北添とユズル。西に影浦とジャイアン。二人ずつが橋を挟んで分断される形の初期配置となった。

このどうしようか、という言葉は。合流か各自行動を行うかどちらかの判断を影浦に仰いでいるのだろう。

北添の声に、影浦は即座に答える。

「ここまではっきり索敵の妨害が入るってなら、俺が索敵に入る必要はねぇな。ゾエ。お前に任せる」

「ん。了解」

「ジャイアン」

「うす!」

「お前は好きに動いて、好きに的にされて、そんで出来るだけ派手に弾をバラまいていけ。――お前が炙り出した敵は俺が残らず狩っていく」

「-----了解っす!」

「――対策なんざ立てたって無駄だ。全員叩き潰してやる」

 

 

「-----夜で、雪か。動きにくい見えにくいクソ仕様。誰だこんな設定にしやがった奴は」

「荒船隊ですよ諏訪さん」

「まあ市街地C辺りで上を取られるよりか遥かにマシな状況だがな」

諏訪隊は東マップ帯に笹森、西マップ帯北側に諏訪と堤が別れる形となった。

 

「堤。お前は割と俺に近いな。合流すっぞ」

「了解です」

「日佐人――は合流は難しそうだな」

レーダーを確認すると、橋付近には影浦がいる。

戦況が動くまでは、各隊の合流を遅らせるために橋付近で門番をするつもりなのだろう。

本来、攻撃手が自身の身を晒しながら足を止めている状況なぞ、たちまち射程持ちに囲まれて狙われて落ちるのが定石なのだが。影浦は狙撃が効かない。その上、中距離から弾幕を張れる隊員が影浦隊に集まっている。それが出来るのは精々漆間位で諏訪隊には誰もいない。

――現在、影浦は近距離主体の隊員を派遣せども瞬殺されるし狙撃も全く効かないという理不尽極まる攻撃手なのだ。そしてこのランク戦で影浦を寄ってたかって潰せるだけの中距離攻撃手段もない。

つまり、影浦が橋にいるだけで、どの隊もマップの行き来が著しく制限されることとなるのだ。

 

「川を渡って向かう事も出来なくはないですけど----」

「やめとけやめとけ。今回狙撃手四人がここにいるんだ。おちおち川なんざ渡ってちゃいいカモになるぜ。――日佐人はしゃーねぇ。そっち側でバッグワームつけたまんま索敵しろ」

「了解です」

「しかし------あの影浦が随分と聞き分けがよくなっちゃってまぁ。"待機”なんて選択肢、以前のアイツの頭の中にはなかっただろうに」

諏訪は一人ごちる。

嫌味っぽい台詞だが、口調は何処か嬉しそうだ。

 

「――ってうお!」

 

諏訪は堤と合流せんと指定された地点まで向かおうとした、その瞬間。

上空の建物が、爆ぜた。

 

「――ゾエの”適当メテオラ”だ!気ィ付けろ!」

 

放物線を描きながら、メテオラの榴弾が上空から降り落ちていく。

爆撃に巻き込まれじと付近の建物の中から中へと、可能な限り障害物を盾に走っていく。

――北添が持つ、グレネード型のメテオラ弾だ。

放物型の弾道から榴弾を飛ばしメテオラと同様の爆撃を空から落とすそれは、弾速が遅い代わりの長射程・高威力の面攻撃として北添に使用されている。

 

「――ああ、クソッタレ。雪がうぜぇ。ついでに夜もうぜぇ」

 

爆撃を避けんと走りたくなるが、足が雪に取られる。爆撃の軌道を見たいが、夜空に紛れ見えにくい。とっさの回避行動が非常に取りにくい。

「諏訪さん!無事ですか!」

「お前はどうだ堤ぃ!」

「こちらも何とか----けど、ああクソ」

 

合流地点としていた場所は、メテオラの集中爆撃を受け建築物ごと圧し潰されていた。

現在爆撃の余波によって障害物は砕かれ、周囲から実に見えやすい場所と化していた。

-----先程自身が言ったように、この場において狙撃手は四人いる。開かれた場所で合流すればたちまち餌食になること位諏訪も堤も理解できている。

 

「しゃーねぇ。合流地点変えるぞ。------チッ。うざってー」

「諏訪さん。――ジャイアン君を確認しました。俺等の合流予定地点よりちょい東から、橋の方向へ走っていってます」

「お。ナイス。――ああ、成程。さっきの爆撃は、ジャイアンの通り道を作る意図もあったわけね」

諏訪はぼそりと呟く。

敵勢力の合流や待ち伏せが出来そうな場所を予め潰しておき、スムーズにジャイアンが移動できるようにしたのだろう。その結果、諏訪と堤がいた場所は爆撃で叩き潰された。

ジャイアンは高火力をバラまけ、防御もそこそこ堅い。その代わりに、機動力はからっきしである。単独で行動させるならば、囲まれないよう配慮する必要がある駒だ。

 

「どうしますか?」

「堤。このままジャイアンの背後から回りこめ。――挟み込んで仕留めるぜ」

「了解です」

 

この短いやりとりの後、諏訪と堤も爆撃の跡地から動き出す。

まずは――合同訓練で面倒まで見たジャイアンに、お灸を据える。

 

 

「要するに」

 

東春秋は――解説席で荒船隊側の意図について説明していた。

 

「荒船隊は、影浦隊の現行の戦術を以前のものに戻させる為に雪を降らせ、時刻設定を夜にしたのだと思います」

「現行の影浦隊の戦術から、以前のものに?」

「はい」

東が実況の月見の問いかけに頷くと、今度は冬島が言葉を繋ぐ。

「夜の降雪環境という『見えにくい』『足が止まりやすい』組み合わせをすることで影浦の索敵の効果を抑える。逆に見えにくく足が止まりやすい環境は北添のメテオラが便利になる。爆撃を避ける為の瞬発力が雪で殺されちまうし、空から落ちてくる北添のメテオラは夜だと見にくい。――”敵の位置を炙り出す”事を目的にするなら、この環境下なら北添の爆撃が最適解になるわけだ。マップが分断されているから、北添に近付きにくいというメリットもある事だしな」

雪と、夜の組み合わせ。

この環境にすることで影浦の機動力と索敵能力に制限をかけ、そして北添が持つ爆撃というカードを大きく向上させる。

そうすることで、自然と影浦隊が北添の爆撃を選択させるよう誘導した。

「では、現行から以前の戦術へと戻させる事で、荒船隊にどのようなメリットがあるのでしょうか」

「影浦隊の現行の戦い方のメリットは、とにかく順序がきっちりと決まっている事なんですよね。①影浦が狙撃手を全滅させる。②北添と剛田の集中火力で敵勢を分断させる。③浮いた駒を影浦が狩る。①で絵馬という狙撃手を唯一の長射程持ちにして影浦隊の動きの制限を解き、②で制限がかけられた他部隊を火力で追い込み、③で確実に駒を沈めていく。3つの流れが綺麗に決まっている分、ポイントの取り漏らしが少ない」

「で、この方法を取られちゃ①の段階で荒船隊は壊滅的な被害を受ける訳よ。現行、B級中位にいちゃいけない最強部隊から集中攻撃を受けることになるから、荒船隊にしてみりゃたまったもんじゃない」

ここで一つ冬島は言葉を切る。

「だから。以前の戦術である、爆撃で敵を炙り出してから影浦が各個撃破する方法に無理やり変えることにした訳よ。こうすりゃ、一番最初の段階で狙撃手が集中的に壊滅させられる事態は防げるし――ほれ」

 

モニターに浮かぶ荒船の姿。

荒船は西側のマップに身を潜め、爆撃の余波から身を守りつつ――いざ爆撃によって居場所を炙り出された漆間の脳天を撃ち抜いていた。

「荒船隊長。漆間隊長を狙撃により撃破。1ポイント先取しました」

 

「ああやって、炙り出された連中に狙撃で先手を取れる可能性だって出る訳だ」

「狙撃手が最初に全滅させられる戦術ではなく、まんべんなくどの部隊も炙り出される方法を環境の変化によって取らせたわけですね。――荒船隊は影浦隊の戦術レベルを読み切り、この選択をしたのだと思います」

 

「成程。流石は、お二方。非常に解りやすい解説をありがとうございます。――さて、では今ここで状況をおさらいしましょう」

 

月見はマップを広げる。

 

「河川を挟んで東側には、北添・絵馬・笹森・穂刈・半崎、以上五名の隊員が、そして残る影浦・剛田・諏訪・堤・荒船のこちらも五名の隊員が、東西に分かれる事となりました」

東側のマップ。

こちらには北添が河川越しにメテオラをぶっ放し、ユズルがその様子をしっかりと狙撃銃で捉えている状況となっている。

恐らくは、爆撃を止めんと近づいてきた隊員をユズルが狙撃で仕留める形なのだろう。

笹森は狙撃を警戒つつ北添の爆撃を止めんとじりじりと近づいてきており、穂刈・半崎両隊員はその反対側の地点で静観を決め込んでいる。

 

西側のマップ。

こちらはジャイアンが橋を向かう途中で諏訪・堤の両者が挟み込む形で近づいてきており、影浦はジャイアンと合流するつもりなのか橋側から北上していく。一方南側に位置している荒船は漆間を仕留めた後に即座にその場から離れる動き。

 

「河川を挟んだ上での戦いは、同時並行的に戦況が変わっていきます。東西それぞれの動きに着目しつつ、動向を見守りましょう」

東がそう締めると、実況・解説席に沈黙が流れる。

 

戦況が、じわりじわりと変わっていく。



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荒船隊②

「――確認した。笹森を」

「了解。――多分ゾエ狙いだろう。そのまま放置。このまま狙撃地点に向かい待機し、笹森が釣りだされた瞬間にお前も動け」

「了解」

穂刈は爆撃の合間を掻い潜るように、徐々に北添へ近づいていく。

 

 

 

「――諏訪さん。ジャイアン君の背後を取りました」

「OK。そのままの位置にいろ。――日佐人、行けるか?」

「大丈夫です。――すみません。雪のマップでちょい遅れてしまいました」

「まあ、そりゃこのマップだししゃーねぇ。おっし。それじゃあ行くぞ。――こっからはスピード勝負だ!」

 

橋へ向かうジャイアンを、諏訪と堤が挟み込む。

 

「よっしゃ、このタイミングだ。――くたばれ、ジャイアン!」

物陰から諏訪と堤が、二人でジャイアンを囲い込むように飛び出す。

 

「――諏訪さんと、堤の兄貴か!」

ジャイアンもまた、レイガストと重機関銃を構え、迎撃の体勢を取る。

 

四つの散弾銃。

重機関銃と盾が、交差する。

 

 

諏訪と堤の動きに連動するように。

笹森は北添の背後を取っていた。

東マップから西マップへとメテオラを放出する北添を確認した笹森は、その時点で非常に距離が近かった為、そのまま回り込むように北添の背後を取っていた。

――この爆撃が続けば、西側の諏訪・堤の行動が著しく制限される。北添の爆撃は狙撃手はおろか中距離の武器すら持たない諏訪隊にとって、最優先で止めなければならない代物だ。

バッグワームを解除すると同時に、笹森はカメレオンを起動。視界より自らの姿を消す。

 

「――ゾエ!笹森が背後を取ってる!」

「うぉ!姿が見えないよヒカリちゃん!」

「カメレオン起動してる!レーダーの位置を転送するから、そこに弾をバラまけ!」

 

ゾエがメテオラからアステロイド機関銃に持ち替えると同時、笹森はカメレオンを解除し弧月を振りかぶる。

「――ここで、ゾエさんを止める!」

 

笹森が旋空弧月を北添に叩き込まんと振りかぶる瞬間。

 

「――あ」

 

その前に、自らの腕が吹き飛んでいた。

手は消し飛び、弧月が虚しく地面に転がっていく。

 

「――絵馬、か----!」

 

そう呟いたその瞬間、第二の弾丸が笹森の脳天を突き刺していた。

――笹森、緊急脱出。

 

北添は通信機越しに、「ナイスユズル」と言おうとした。

 

が。

 

自らの脳天にもまた、弾丸が突き刺さっていた。

 

「あれぇ?」

そんな間抜けな声と共に、北添もまた緊急脱出した。

 

その弾丸の軌跡を追うと。

そこには――荒船隊の穂刈が、イーグレットを構え、そこにいた。

 

 

「――絵馬隊員の狙撃により笹森隊員を撃破し影浦隊が1ポイント取ると同時に、穂刈隊員の狙撃により北添隊員を撃破し荒船隊もまた1ポイントを追加しました」

「今の一連の流れは鮮やかでしたね」

東が一つ頷き、そう言った。

「マップが分断されているとはいえ、あれだけ爆撃を行えば北添は目立つ。だからこそ絵馬は北添狙いの敵を迎撃する目的の位置取りをしていた」

「実際に、カメレオンを用いて北添隊員に奇襲をかけた笹森隊員を狙撃で撃退しました」

「穂刈もまたそれが解っていた。穂刈はメテオラが発射されると同時にマップを移動し、狙撃範囲内に北添を収めていたが、あえて撃たなかった。なぜならば、絵馬の居所が掴めないまま撃ってしまえば、穂刈がカウンターで撃たれて緊急脱出する事になるかもしれない。だから、笹森で絵馬を釣りだし、絵馬の場所を割り出した後に北添を仕留めた――という事でしょうね」

 

北添狙いで近づいてくる敵を撃退する為に配置されたユズル――の場所を更に割り出したうえでの、北添への狙撃。

ユズルという狙撃手の使いどころをしっかり読み切った上での、荒船隊の判断。その判断により、ユズルの居所を炙り出した。

 

「ここで荒船隊は、自分たち以外の唯一の狙撃手の絵馬の位置が判ったからな。ここからはある程度自由に行動できる」

冬島がついでにそのように補足を付け加えた。

現在、絵馬ユズル以外の狙撃手は全員荒船隊だ。その上でユズルの位置が判明したのならば、カウンタースナイプの危険性はぐんと減った。

「――では。北添隊員が緊急脱出したことにより、爆撃が止んだ西マップを見ていきましょう」

月見の言葉と共に、マップが移り変わり――ジャイアン・諏訪・堤の戦況が映し出される。

そこでは――

 

 

諏訪と堤の連携による散弾銃の乱れ射ち。

その威力は、近距離においては絶大な威力を誇る。

 

ジャイアンは――この二人の戦術を予め知っていたし、その対策も知っていた。

奇しくもそれは、かつて味わった戦場での記憶。

それは、かつて共に大規模侵攻を戦い抜いたとき、――ランバネインが行使していたやり方。

 

挟み込まれた時は、一方へ急加速した突進をかませばいい。

 

「うお!」

ジャイアンはスラスターを起動すると同時、アステロイド突撃銃を打ち放ちながら諏訪へと突撃していく。

諏訪が放つ銃弾を真正面で受け止め、堤の弾丸を側面から受けながら――アステロイドを諏訪へと叩き込んでいく。

 

二丁の散弾銃を構えた諏訪はシールドの切り替えが間に合わず、ジャイアンの弾丸をまともに受け緊急脱出。

残る堤の散弾に身を貫かれ、足すらも完全に削れる。

 

――いいか。お前は弾をバラまけ。

 

「了解したぜ――影浦の兄貴ィ!!」

 

堤に砕けかけのレイガストをスラスターを起動したままぶん投げ、ハウンドと切り替える。

片手にアステロイド。片手にハウンド。

両方ともを脇に抱え、ジャイアンは引金を引いた。

 

ジャイアンに二丁の重機関銃を狙いを定め撃ち放つ技術はない。だがそれを腰回転でばらまくだけで、全方位への無差別攻撃と化す。

 

「――うおお!」

堤はハウンドで砕けていく障害物と上空から降り落ちてくる槍のようなハウンドを何とか掻い潜りながら――もう既に全身を幾らか削られながらも――散弾銃を放つ。

 

それはシールドもレイガストもないジャイアンの身体に突き刺さり――そのまま緊急脱出。

 

「――く」

全身が削られた堤が、その場を離れようとするが、

 

「――よーく言う事を聞いていたじゃねぇか、ジャイアン」

 

その上空から。

刃を纏った男が落ちてくると同時、堤の首が叩き落される。

 

「――これで諏訪隊は全滅かァ。後は荒船隊炙り出してぶっ殺せば終わりだな」

 

――堤、緊急脱出。

 

「待ってろよ、あの野郎」

楽し気に笑みながら、影浦はまた動き出した。

 

 

残る隊員は、影浦・ユズル・荒船・穂刈・半崎の五名。

 

「――ここで半崎隊員。川の中に移動し、動き始めました。東マップから西マップへと移動しているのでしょうか。これはどういう意図があると思われますか、冬島隊長」

北添が倒され、影浦が堤を狩った次のタイミング。

半崎が東マップから西マップへと、河を渡っていく動きが見えた。

その動きを見つつ、冬島は口を開く。

 

「タイミングについて解説するなら。単純に絵馬の居場所が判明したのと、影浦が堤を狩りだしに持ち場を離れたから動き出したんだろうな。河を渡っている間に狙撃・奇襲される危険性がなくなったが故だろう。で、意図としては――単純に荒船隊が絵馬よりも影浦を取った、という事で間違いない」

「東マップには絵馬。西マップには影浦。穂刈と連携して絵馬を狩るのか。荒船と連携して影浦を狩るのか。どちらかを選択する必要があって、影浦を選んだという事だと思います」

「------影浦隊長には、狙撃が効きません。今までの荒船隊は、それを前提に戦略を立てていたように思われます」

「でしょうね。――だからこそ、半崎と荒船には影浦に対して何かしら考えがあるのでしょう。見守りましょう」

 

 

「------」

東マップに残されたユズルは、容易に身動きが取れない。

彼の視点から見れば、穂刈の居場所は解っているが、半崎の居場所が解ってないのだから。半崎が今川を渡っているなど、彼には知りようがない。

半崎は自分以上の精密射撃技術を持つ狙撃手だ。彼の居所が掴めず、自分の居所が判明している以上、おちおち身を晒すことはできない。

 

――と。

以前の自分は思っていたのだろう。

 

だが。

知った事ではない。

 

「――オレが穂刈先輩を撃つ」

ユズルはイーグレットからアイビスに持ち替え、移動し始めた。

 

そう。

今のチーム方針は、点を多くとる事だ。

たとえ自分がここで半崎に落とされたとしても――それを切っ掛けに半崎の居場所を割り出せたのならば上々。後は影浦に各自狩ってもらえばそれで十分。

 

今この場。一点でも多く取らなければならないチーム状況の中。

隠れてやり過ごすなんて、あり得ない。

なにせ。

この状況は、自分の我儘から始まったのだから。

いつものように状況に流されたまま、というのは許されない。

 

「――カゲさん。穂刈先輩はオレが仕留める。やられたら後はお願い」

 

「――へぇ。面白ぇ。いいぜ解った。お前が半崎にやられたら、即座にぶっ殺しに行く。好きにしやがれ」

 

隊長からの了承も得た。

ならば、やろう。

 

穂刈が身を隠す建物の中へ、ユズルはアイビスを撃ち放った。

 

 

「――見誤ったか。絵馬を」

壁越しのスナイプをオペレーターの加賀美から警告を受け、たたらを踏んで逃げ込むと――アイビスが建造物を突き破っていた。

 

「あくまで落とすつもりか。俺を」

恐らく、ユズルは半崎の位置は解っていない。

だが、そもそもそんな事はどうでもいいのだろう。

荒船隊にどれだけポイントをくれてやっても構わないのだ。

上位に行く、という目的は失点よりも得点の方がはるかに重要なのだから。

 

だから、ここで失点怖さで身を隠すより、1点でも多く取りに行く方針は何も間違ってはいない。

だが――普段の絵馬ユズルという人間を知っているだけに、その行動に大きく違和感を覚えるのもまた仕方がない話で。

 

「だが、面白い。そちらの方が、な!」

 

穂刈はそのまま建物の上階へと移動すると、移動するユズルの位置を捕捉し、撃つ。

捕捉されると同時にユズルは付近の建造物に逃げ込み、避ける。

そのすぐ後に、自身の居場所にライトニングの弾丸が走ってくる。

 

――狙撃手VS狙撃手。

 

この絵図になるのは、中々に珍しい。

基本的に狙撃手は前線に立つ仲間のサポートをすることが役割であり、狙撃手が二人も孤立している状況そのものがほぼ無いからであろう。

 

今この状況。チームが東西に分断され、影浦以外生き残っているのが狙撃手という状況故に起こった出来事。

 

隠れ、捕捉し、撃つ。

壁が砕かれ、糸を通すような素早い射撃が襲い掛かる。

相手はアイビス・イーグレット・ライトニング三種全ての狙撃銃を持っている。対して穂刈はイーグレット以外持ち合わせていない。

 

ユズルは隠形が上手い。

スナイパー合同訓練においても、絵馬は自身よりも被弾が少なかった。

アイビスで障害物を砕き、ライトニングで緩急をつけながら、穂刈の足を動かし、動かしたうえで自身は捕捉されないよう移動していく。

 

次第に。

距離が詰められていく。

 

「――負けか。俺の」

 

逃げ込んだ建物から次の場所へ移動する際。

穂刈は負けを確信していた。

どの方向へ行こうとも、射線が通る。そういう場所に、いつの間にか自身は追い込まれた。

 

ふぅ、と一つ息を吐き――それでも、足掻く。

バックワームを外し、シールドを装着。そのまま動き出す。

 

弾道方向は解る。後はタイミングさえ合えば。

 

だが。

「――まあ、そうなるか」

襲い掛かる弾丸は、アイビス。

シールドごとぶち抜いてきた高威力のそれをどてっぱらに食らい――穂刈は緊急脱出した。

――そりゃあ、まあ。

――バッグワーム外して狙撃手が装着するもんなんて、シールド以外ないからな。

緊急脱出する最中、それでも思う。

――だがまあ。いいことにしておこう。来たからな。

 

ふ、と笑みを浮かべて。

 

――狙撃手界の、新しい波が。お前のことだ、絵馬ユズル。

 

そう、心中呟いていた。

 




次話で決着。


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影浦隊②

いつからなのか解らない。

 

ただ、自分は常にこういう感覚を覚えながら生きなければならないのだと。何となしの日々の中、徐々に確信を覚えていった。

笑みを浮かべながらこちらを見る連中から発せられる何か。

見えない所でこちらを見ては、ひそひそと何事かを呟く連中から発せられる何か。

 

それが、感情だと知ったのはいつの頃だっただろう。

 

人は擬態する。

人は剥き出しの感情を覆い隠すように薄ら寒い笑みを浮かべるし、感情を隠れて発露する場所を求めて陰口を言い続ける。

 

一枚化けの皮を剥げば、そこは黴の苗床。

身震いするような薄汚れた感情が、こちらを突き刺していく。

 

人の心が解れば優しくなれるのか。

それはある種の真実なのだと思う。

仮に。仮にだ。

ヒカリ辺りにこの性質が付いたら、自分のようになるのだろうか。ゾエなら?ザキさんなら?

人の心が解れば優しくなれる、というよりも。

人の心を知ってなお、優しくなれるか――という方が、この場合適切なのかもしれない。

 

自分は、違った。

そうじゃなかったのだ。

 

守らなければならない。

自分を突き刺してくるこの感情から。

どう守る?

精々周りに媚びて、”こんな不快な感情を刺さないでくれ”とでもアピールするのか。

 

下らない。

何であんな連中の為に、自分が媚びなければならないのか。

 

舐めんじゃねぇ。

舐められるのだけは我慢ならねぇ。

知っている。

舐められたら、それに比例するようにこの感情が増えていく。黴共に塗れて自分の心さえも腐らすようなことだけは、我慢ならなかった。舐められまくったその先。きっと自分は自分として成り立たなくなって、死んでしまう。

 

突き刺さっていく感情は、自分という人間から丸みを奪って行った。

自身を守るために、鋭く、鋭く、その人格を尖らせていった。

 

触れれば怪我をするぞ。

関わればロクな事にならねぇぞ。

 

そうやって自身から人を遠ざける事こそが、自分が生きる為に必要な事だったのだ。

 

だが。

それでも。そんな奴にでも。

近付く物好きは確かに存在していて。

自分をぶん殴ってでも心の内側に入り込んでくる馬鹿もいて。

自分を偽る事を知らない大馬鹿者もいて。

 

自分の知らない世界なんて、何処にでも転がっていて。

そんな世界に一つ足を踏み入れれば、こんな自分にも居場所があるのだと知る事が出来て。

冷たく淀み切った腐りきった人の心を知ったからこそ。

その中でも一際輝く温かな場所も確かにある事を知れた。

 

自分は何も疑う事をしなくていい。

人の心が解らず疑心暗鬼になる事はない。

黴は黴だと解るように。

物好きな馬鹿は物好きな馬鹿として何一つ疑うことなく信じることが出来る。

 

そういう意味では、自分は――疑う事を知らない子供で、馬鹿なのだと思う。

 

それでもいい。

馬鹿は馬鹿として、馬鹿の為の居場所がある。

 

-------居心地のいい場所。

ここにいる人間を。

この場所を壊したって大事にしたいと思えるだけの人間に、出会えたのだから。

 

――おい、ユズル。

――お前が何を思って、遠征に行きたがってんのか、俺は知らねぇ。

 

でも。

それでも。

何かをやりたがっている人間がそこにいて。

それでも、この居場所を離れないという覚悟すら持って。

ここにいる。

自分の居場所に。

その価値を理解できない程に、腐った覚えはない。

 

――ここを出て行って、別のA級部隊に入れば一番楽だろうに。あの馬鹿はここを出ていきやがらねぇ。

――だったら。

 

仕方ない。

そもそもは自分が蒔いた種。

刈り取る責任は、自分にある。

 

――何が何でも、A級に上がってやるよ。みっともなく頭下げたって、クソ共に陰口叩かれようが、知ったこっちゃねぇ。

 

不思議と、楽しかった。

好き勝手に暴れまくっていた今までとは違う。自分が部隊の一つの歯車と化す、今の状況も。

明確な目標の先に繋がったレールは、それだけでは確かにつまらないものだろう。

 

でも。

その先に。

仲間がどうしたって果たしたい代物があるというのなら。

この我慢すらも、悪くはない。

 

 

「――よぅ」

「-----」

 

二人が、三階建てのビルの屋上で対峙する。

影浦雅人。

荒船哲次。

 

両者は無言のままお互いを見ていた。

 

「なあ、カゲ」

「あん?」

「――お前。駒として動いてもすげぇじゃん」

 

かける言葉は、賞賛。

それは――本当に、心の底から出た本音であった。

変わらぬ声音で紡がれるその言葉も、本心かどうかは影浦には伝わる。何も飾る事はない。だから荒船は真っすぐに、言葉を放つ。

「お前の対策に心底頭を悩ませて、ここまで来たが――。結局お前は無傷のまま生き残って、ユズルも単独で穂刈を狩りやがった」

「は。お前らが俺を落とせるとでも思っていたのか」

「そこまで思い上がっちゃいない。お前らが昨期あの位置にいたのは紛うことなくお前らの実力だ。それは間違いねぇ」

けどな、と荒船は続ける。

「好きにした中で弾き出された結果と、考えに考え抜いて捻りだした結果。結果は結果だ。何も変わらない。でも――その後に変化を促せる結果は、やっぱり後者の結果だと、俺は信じている」

だからよ、と荒船は続ける。

「お前らは、もっと強くなれる。そう俺は言いたかった」

それは荒船故に弾き出された言葉であった。

思考。思索。それを基にした、挑戦。

その循環の中で、彼は攻撃手から狙撃手へと転向をしたのだから。

思索の中で、また違う結果を出し始めた影浦隊に、自分の思考を映したのだ。

思わず手を叩きたい程に見事。拍手の代わりに荒船は微笑み、影浦に賞賛の言葉をかけた。

 

影浦は、周囲を見渡す。

 

「――で。時間稼ぎは終わったかァ、荒船ェ。半崎をこっちに寄こしてどう使うのか知らねぇが、こっちとしても好都合だ。こそこそ隠れた奴とのかくれんぼは御免だ」

「バレてたか。ま、お前なら解っちゃいると思うが、内容そのものは全部本音だぜ。――俺達も俺達で、やっぱり考え抜いた分だけの結果は欲しいからよ」

 

荒船は、笑む。

先程とは違う――獣のような、挑戦者の笑み。

 

「ぶっ潰す」

「やってみやがれ」

 

バッグワームを外し、シールドを装着。

弧月を装着し、荒船は構える。

 

うにゅうにゅと伸びあがるスコーピオンの刃に目を細め――荒船は影浦に斬りかかった。

 

 

伸びあがるスコーピオンの刃が、縦横無尽に駆け巡る。

それは荒船の左右上下全てから、無軌道に襲い掛かっていく。

 

荒船が斬りかかる。

斬りかかるその先に、もう影浦はいない。

 

解っている。

影浦は――こちらが攻撃するタイミングを、事前に察知できる。

彼が持つ、副作用によって。

 

どうしたって消せない、攻撃する際に強まる感情。それを明瞭に読み取れる影浦の副作用。

それ故の回避能力。それ故に防御をかなぐり捨てたスコーピオンを数珠つなぎしたマンティス。

 

東の狙撃のように。今の手札でこの副作用を打ち消せるだけの手札はない。

 

ならば。

 

マンティスがシールドを突き抜け荒船の肩口を抉り、更に振り下ろされた腕の動きに連動して袈裟状に身体を斬り裂かれる。

 

ここだ。

荒船は、旋空をセットすると同時に、放つ。

斬撃が影浦に向け伸びあがる。

 

「当たんねぇよ」

 

自身が斬られると同時に放つ、捨て身の旋空。

それすらも、影浦は察知した上でバックステップで避ける。

 

「だろうな」

だが、荒船の表情は崩れない。

 

「ここからだぜ」

 

ステップを踏み、足が地から離れたその瞬間。

 

――重い銃撃音と共に、足場が破砕される。

「あん?」

 

それは。

高威力狙撃銃、アイビスの弾丸だった。

 

「最初から決めていた。――お前は、足場を崩して仕留めるってな!」

 

荒船は足元が崩れた分だけ着地が遅れた影浦に、追撃をかける。

――最初から、当てる気でいなければいい。

 

影浦自身ではなく。

影浦以外の要素を崩す手段として狙撃を用いる。

 

普段はイーグレットしか持たない半崎にわざわざアイビスを持たせて。

影浦自身を狙えば、狙撃のタイミングがバレるから――影浦の足元を崩す手段として、それを用いた。

 

斬りかかったその斬撃は、空中で身を捩り避ける。

それでも、荒船は足を止めない。

空中に浮く影浦に身体を突っ込ませ――共に、ビルの上からもんどりうって落下していった。

 

――空中で、地に足がついていないならば。避けられる手段さえなくなれば、お前でも狙撃は当たる。

 

荒船は共に影浦と落ちながらも、必死に腕を伸ばして斬撃を走らせる。次の半崎の狙撃の為に、何としてでも気を逸らせんと。

 

だが。

影浦のマンティスが落下の前に即座に荒船の身体を突き刺す。

 

それと同時。

 

影浦はマンティスを放った体軸の変化を利用し、腰を無理やり建物側に捩じる。

荒船に放ったマンティスを身体に戻し、今度は左足から延ばす。

 

ビルの窓をぶち抜き、マンティスがビル内の床面に突き刺さる。それを縮小させ、その反動で影浦はビル内に侵入する。

放たれた狙撃は影浦の腕に掠るだけで、虚しく過ぎ去っていった。

 

「ああ、畜生-----」

 

考えに考え抜いて、実現した策。

それすらも易々と切り抜いた影浦にリスペクトを送りつつ、だがやはり悔しさを滲ませながら――荒船は、緊急脱出した。

 

 

 

「うーん」

 

半崎はその様子を眺めながら。

はぁ、と一つ溜息。

 

「ダル」

 

そう呟いた数分後。

彼の首もまたマンティスに串刺しとなっていた。

 

こうして。

ランク戦第2ラウンド昼の部は、影浦隊の勝利で幕を閉じた。



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影浦隊③

「ランク戦第2ラウンドは、影浦隊6ポイント、荒船隊2ポイント、諏訪隊1ポイント、漆間隊0ポイント。影浦隊は生存点2ポイントを追加し、合計8ポイントを奪い勝利となりました。――では、解説のお二方。総評をお願いします」

 

月見蓮がそう促すと、東がまず口を開いた。

 

「結果だけを見れば、非常に順当に思えますが。ただ、やはり――『戦術的行動をとれる』影浦隊の恐ろしさをまざまざと見せつけられたような試合でした」

「だな」

冬島も、その意見に頷く。

 

「戦術的行動、と申しますと?」

「序盤。荒船隊が影浦の動きに制限をかけるマップ設定をするや否や即座に北添の爆撃で居場所を炙り出す方針に切り替えた事と、一連の影浦の動きですね」

東がそう言うと、冬島がそれに続ける。

「前回の影浦隊の動きは影浦の索敵から狙撃手を炙り出してからの各個撃破だったが、今回は北添の爆撃。序盤での動きに二つカードが出来たことになる。影浦の索敵を嫌って環境を変えると、今度は北添の爆撃が飛んでくるって寸法だ」

「影浦隊は近中遠全てトップクラスの隊員が揃っている部隊です。なので、序盤に敵の炙り出しが出来ると、それぞれに一番最適な駒をぶつけることが出来ます。――その手段が二種類出来たことは、とても重要です」

 

荒船隊により環境が大きく変えられた影浦隊は、北添の爆撃により敵を炙り出す方策に変えた。

影浦の索敵を嫌がり、行動を阻害するような環境に変えれば、特殊環境で映える北添の爆撃が襲い来る。

 

序盤の環境設定での対策に対しての、対策。

そこまでも、影浦隊は用意していた。

 

「そして、影浦。彼は索敵の役割を北添に任せると、状況が動くまで橋に張り付いていました」

序盤の影浦は、ジャイアンと諏訪隊がぶつかり合うまで、橋で待ち構える態勢を取っていた。

好戦的な性格で知られる彼の動きとしては、信じられない思いを抱く隊員も多かったであろう。影浦が敵影に向かわず、一人ぽつんと立っている姿――そんな光景が、確かに広がっていたのだから。

「個人的にはあの動きが一番驚きだったな。あの影浦が、待機するなんて選択をするなんて中々思えねぇからな」

「北添が爆撃を選択するということは、当然北添に敵が集まる事になる。それ故に、橋に張り付くことにより反対側のマップの敵が北添に近付く事を阻害する為にそこにいたのでしょう。これは、狙撃が効かない影浦だからこそ出来る事です」

「その上で、絵馬を北添に張り付かせ、釣りだしての撃破までさせていた。――今回の影浦隊の動きは、全て戦術的意図がある」

「影浦は終盤までとにかく動かなかったですね。剛田に削られた堤を仕留める以外に、序盤中盤で目立った動きをしなかった。これは影浦の副作用を活かす、という意味でも重要なのですが。それ以外にも大きな効用がある」

「効用とは?」

その問いかけに、冬島が答える。

「――影浦は基本的に生存能力が高いと言う事だな。エースとしての能力と同時に、不意打ちが効かないという性質を持っているから。積極的に戦っても強いが、序盤であまり動かなければ高確率で終盤まで生き残れる」

「終盤で、数が減っている状況であれば影浦を倒す手段が次第に減っていく。狙撃は利きませんし、攻撃手で影浦を倒せるのも一握り。他の隊員が予め数を削り、残った敵を影浦が仕留めていくという流れに乗れれば、確実に生存点を稼ぐことが出来る」

「その点、剛田の加入が大きいわな。破壊力がある銃手が一人入った事で、序盤に無理に影浦を動かす必要性が減った」

 

「では、他の隊の動きに関してはどうでしょう?」

「諏訪隊は、本当にご愁傷さまとしか言いようがない。荒船隊の影浦隊対策は、ほとんど序盤の被害を諏訪隊に押し付けるためのものと言っても過言ではないですからね」

「反撃不能の爆撃に行動が阻害され、剛田によって位置が炙り出され、影浦に仕留められる。基本は近距離主体の諏訪隊には、少しばかり厳しい戦場だったな」

「そして荒船隊ですが。彼等は本当によくやったと思いますね。狙撃手主体の編成で影浦隊に次いで2位につけたのは序盤の戦略のおかげでしょう」

「最後の一手も、惜しかった。アレはほんとに一つタイミングが合えば影浦を仕留めることができたかもしれない」

「荒船隊も貪欲に点を取る姿勢を崩さなかったのは素晴らしい事です。終盤、絵馬に穂刈が仕留められましたが、半崎を残しておけば確実に絵馬を落とすことが出来たでしょう。その選択をせずに、あくまで影浦を落とす為に半崎を利用していた辺りに、本気で勝ちに来ている姿勢が感じられました」

「狙撃を当てるんじゃなく、足元を崩す手段として用いる。簡単なように見えて、影浦の身体を一切対象に収めることなくピンポイントで撃ち抜くのは、相当な技術が必要だ。――な、東」

「ええ。そうですね。だからこそ精密射撃に定評のある半崎にアイビスを持たせたのでしょう」

「最終的には刺さらなかったが、戦術自体は間違いはなかったな」

 

「成程。――お二方共、解説ありがとうございました。では、次は夜の部のランク戦があります。そちらもよろしくお願いします。では――」

 

 

「――負けちまったなー」

「負けましたね―」

「1ポイントだけしかとれてない~」

「うるせ」

諏訪隊は総評を聞きながら、三人ともが実にぐったりとしていた。

彼等は序盤にジャイアンを討っての1ポイントのみで、全滅してしまった。

「クソッタレ------。ジャイアンの動きが予想外に良かったなあんにゃろう」

「あれ-----。多分、大規模侵攻の時の、アイツの動きですよね」

 

諏訪と堤の二人が組んでの一斉射撃。

それを打ち破ったジャイアンの動きは――かつて共に組んで打ち破ったランバネインの動きをそのまま模倣したものだ。

 

「ケッ。あーくそ。――どいつもこいつも-----」

成長がはえぇなぁ、と。

諏訪は火も付けていない煙草を咥えると、そう一人ごちた。

 

 

「やっぱダルいっすね、影浦隊-----」

「まあ仕方ない。最後のも賭けだったしな」

荒船隊は荒船隊で。

最後に刺さらなかった策について話し込んでいた。

 

「あれは半崎のタイミングに俺が完璧に合わせられなかったからだな。捨て身だったが、踏み込みがちょっと足りなかった」

「だが、あれ以上踏み込めば死んでいただろう。隊長が」

「だな。――畜生。やっぱりカゲの壁はたけぇな」

 

だが、荒船はやはり嬉しかった。

何が嬉しいといえば――やはり友達の成長だろう。

 

荒船は知っている。

影浦がどんな人間か。

誤解されがちな彼の人間性の、その本質も。

 

今――彼もまた、何かを得ようと必死になって戦っている。

その事が、やはり嬉しい。

 

負けはした。

それは悔しい。

だが――あの姿を見て、その悔しさは完全に飲み込めた。

 

「ま、俺達もまだまだだって事だな。――次は、もっとしっかりと戦ってやるよ」

 

 

「お疲れ、ジャイアン君」

「うっす、ゾエさん。――序盤で落ちてすみません」

「ううん。あの二人に挟まれて生き残れるのなんて、ウチの隊じゃカゲ位だから。十分十分」

ニコニコと笑みながら、北添はそう愛弟子に声をかける。

隊に所属してから、余計に北添はジャイアンに目をかけるようになった。

トリオンに恵まれ、度胸もあるジャイアンだが、やはりまだ小学生でかつ、まだ正隊員になって数カ月ばかりの新人である。

そんな彼が、こんな現状の影浦隊に入ってくれたことを、――北添だけではなく、他の隊員も言葉にせずとも、深く感謝しているのだ。

「------あの動き、よかったじゃねぇか」

影浦は、そうぼそりと呟く。

「え?」

「挟み込まれたら、即座に片方をぶっ潰す。その行動を迷いなく取れるんだからな。結構筋があるぜ、ジャイアン」

「影浦の兄貴-----」

「ま、でもまだ防御があめぇがな。――それに、せっかくレイガスト持ってるんだ。近接戦もある程度覚えておいた方がいいだろう」

影浦はそうぶっきらぼうに呟くと、ジャイアンを手招きする。

「どうしたんすか?」

「俺が相手してやる。――レイガストを武器モードにして、やってみろ。一撃でも俺に攻撃食らわせたらお前の勝ちだ」

「おお!勝ったら何があるんすか、影浦の兄貴!」

「うちのお好み焼き食い放題」

「おっしゃ!後悔しても遅いっすからね兄貴ィ!勝って店が潰れる寸前まで食い尽くしてやる!」

「ケッ。お前如きに攻撃食らうほど俺は甘くねぇんだよバーカ。いいからとっとと来やがれ」

 

こうして。

ジャイアンもまた、影浦含め――全員の歩み寄りによって、その色に染められていく。

影浦隊もまた――次第に、変化をしていく。

 

 

そして。

 

「――やっぱり、強いな影浦隊」

三雲修もまた、昼の部の結果を受け一つ頭を悩ませていた。

確実に影浦隊は、上位昇格、そしてA級昇格条件に大きな壁となるであろう。それは間違いないと確信を覚えている。

「ま、隊長。今は他の隊を気にしてもしょうがない。作戦を伝えてくれ」

「そうだな、すまない。――それじゃあ、改めて。柿崎隊・那須隊の作戦を伝える」

玉狛第二作戦室内。

三人は寄り集まり――修の言葉に耳を傾けていた。

 



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玉狛第二②

「柿崎隊と那須隊には、今の玉狛第二が持っていない優位点がそれぞれにある」

修は開口一番に、そう言った。

 

「それぞれの、優位点-----」

「うん」

のび太が反芻した言葉に合わせ、修は続ける。

「まずは柿崎隊。この部隊は、合流した時の総合力では間違いなく僕等よりも上回っている」

「だろうね」

遊真もその意見には同意する。

 

「柿崎隊の厄介なところは三人共に射撃・近接の切り替えが出来ることで、その連携の練度が高い」

 

柿崎隊の人員は、

隊長である柿崎国治、照屋文香、巴虎太郎の三名。

柿崎、照屋は万能手。巴は弧月を装備した銃手。全員が全員、あらゆる距離から戦える部隊だ。

 

「三人が集まってしまったら、崩すのが途端に難しくなる。柿崎隊長、照屋先輩が弾幕を張って足を止めさせている間に、機動力のある巴が仕留めるパターン。もしくは巴が斬り込んで残り二人が挟み込んでの一斉掃射で仕留めるパターン――等。様々なパターンが考えられる」

「今回、柿崎隊がマップ選択権があるよな?」

「ああ。だから、高確率で工場地帯のマップになるだろう」

柿崎隊は、マップ選択権がある時、ほぼこの工場地帯のマップを選んでいる。

マップそのものが狭く、背の高い建造物が立ち並ぶ地形の為狙撃手が活かしづらいが、建物内部は開けた場所が多く射線が通りやすい。

合流がしやすく、射撃戦でイニシアティブを取りやすいこのマップは柿崎隊と非常にマッチしている。

 

「そして、那須隊。この部隊は狙撃手というこの試合における絶対的優位点を持っている。そして、那須先輩の存在がかなり厄介だ」

那須隊は、隊長の那須玲に、熊谷友子、日浦茜の三名。

那須は射手、熊谷は攻撃手、日浦は狙撃手。柿崎隊とは対照的に、三人が完全に近中遠の役割分担をしている部隊だ。

「のびたは、このナス先輩に関して、どんな印象を持ってる」

「僕が戦った人の中でいうと、木虎さんに近い感じがする」

「ほほう。キトラか」

「うん。機動力があって、それを活かして全方位から攻撃を加えて相手を削っていくところとか。削り切った後に木虎さんはスコーピオンで仕留める動きをするけど、那須さんはバイパーを集めてシールドを壊してくるんだ」

「----確かに。その動きは何度もあったな」

 

那須玲は、ボーダーでも屈指のバイパー使いだ。

彼女が放つバイパーは幾つもの複雑な軌道を描いて自由に対象へ襲い掛かる。

周囲を取り囲むように全方位からバイパーを襲い掛からせる『鳥篭』と呼ばれる技法を使い相手のシールドを拡げ、削る。

 

それだけでも厄介なのだが、彼女はその『鳥篭』を放つと同時に、『鳥篭』の軌道を途中までなぞりながら途中で軌道修正し、バイパーを集弾させる技法も持っている。

 

「射程を持ったうえで、機動力がある。更に狙撃手の日浦もいるから、那須先輩が機動力で釣りだしたうえでの狙撃も想定される」

「ふむん。――特に俺は攻撃手だから、ナス先輩に接近しようとしての釣り出しはかなり引っかかりそうだな」

 

「以上。二部隊の特徴をふまえて。序盤の作戦を伝える。――野比君は序盤、出来る限り柿崎隊の通り道にスパイダーを張っていってもらいたい」

「ほう。のびたのあの糸か」

「ああ。――マップが狭く合流がしやすい環境だろうから、各隊序盤に確実に合流にかかると思う。特に柿崎隊はその強みを生かすためのマップ設定をしてくるだろうから。初動は確実に合流しにかかる」

「うん」

「合流をする前に奇襲をかけて一人でも脱落させれればそれが一番だけど、マップ条件的にそれは厳しい。だから、合流地点から動きにくさせる」

「その為のスパイダーか。――割とスピード勝負だな」

「ああ。当然、柿崎隊の合流があまりにも早過ぎた場合はこの作戦は破棄する。でも、一人でも合流地点から離れた隊員がいても、柿崎隊は合流優先で動いてくると思う。――通り道を塞いでいって、合流後の柿崎隊の動きに制限をかけていく」

「わかりました。那須隊は?」

「那須隊に関しては、この試合で唯一の狙撃手である日浦が厄介だから、見つけ次第仕留めたい。多分相手も日浦の重要性は解っているだろうから、多分釣りだしての襲撃をかけてくると思う。十分に注意してくれ」

「了解」

「それじゃあ、時間まで皆準備をよろしく。あ、あと」

一つ修は最後にもう一つだけ、報告事項を続ける

「今日、烏丸先輩が解説するらしい」

「ほぅ」

「何か、急遽決まったみたいで。色々実況・解説席がバタバタしているらしい」

「----何で?」

「さあ------」

修は、首を傾げる。

 

では、実況・解説ブースの様子を見てみよう。

 

 

この試合の実況を務める氷見亜季は混乱の最中にいた。

本日、ランク戦第2ラウンド夜の部の解説は本来太刀川慶と木虎藍が行うはずであったのだ。

 

されど。

太刀川は忍田本部長及び風間に、訓練ブース内にて襟首を掴まれそのままボーダー本部の何処か別室に引き摺り込まれるという緊急事態が発生したことにより、太刀川は本日の解説を行う事が不可能になった。

その為代わりの解説を探さなければならない羽目になったのだが、残念ながら彼女の知り合いのほとんどが用事及び防衛任務が入っており、木虎一人で解説することになるかもと思っていた。

 

が。

 

風間が急遽太刀川を解説から外してしまった事に責任は感じていたらしく、代わりの人員は必ず用意する事を約束してくれたのだ。

その結果。

 

「------」

 

もさもさとしたイケメンが、一人そこにいた。

実況の氷見と、解説の木虎を挟んで。

 

絶句。

 

「-----氷見先輩。そろそろ挨拶の時間ですよ」

「ひゃみゃあ!?」

いきなりかけられた声に、変な声が漏れてしまう。

 

何故。

何故。

突如として、何でこんな所に。何で?

――いや。これは無理だ。いきなり心の準備をしろというのは、これは無理。絶対無理。

 

氷見亜季。

彼女はB級1位二宮隊の押しも押されぬオペレーターである。

と同時に。

ボーダー内外を問わず様々いる、鳥丸ファンクラブのうち一人である。

 

「し、し、しつ、失礼しました!私、本日のランク戦夜の部の、じ、実況をさせてい、頂き、ます!に、二宮隊の、ひゃ、ひゃ、氷見です!よろしくお願いします!」

 

彼女は元は非常に緊張しく、あがり症を持った人間だったのだという。

今や克服したものの――憧れの人間を前にして、どうやら再発してしまったらしい。

 

「解説の烏丸です。本部長と風間隊長に連行された太刀川さんの代理で務めさせてもらいます。どうぞよろしく」

変わらぬ表情のまま、鳥丸はさらりと挨拶をした。

 

隣を見る。

 

「-------」

豆鉄砲どころか発砲された後の如く口を半開きにしたまま硬直する木虎が、そこにいた。

A級、嵐山隊所属、木虎藍。

押しも押されぬA級部隊のエースである彼女も――ボーダー内外を問わず様々いる、鳥丸ファンクラブのうち一人である。

 

「おーい、木虎」

「ひゃい!あ、か、烏丸先輩----!」

「挨拶」

「は、はい!――コホン。嵐山隊所属、木虎です。烏丸先輩と同じく、解説を務めさせて頂きます」

 

「い---いじょぅ、三名で---務めさせて、頂きます----」

「よろしくお願いします」

「あの-----何で烏丸先輩が----?」

普段、ボーダー隊員とアルバイトの掛け持ちで多忙を極める烏丸は、解説席に座る事はおろか本部で見かける事すら稀だ。

何故緊急事態とはいえ解説に来ることが出来たのだろう。

「ああ。実は今日日雇いの工事現場の警備のバイトが入っていたんだが。今日予報が外れて雨が降り始めただろ。バイトが出来なくなってな」

「そ、そんな事が----」

「その後にレイジさん経由で風間先輩から連絡があって。ボーダーのスポンサーになってくれている外食チェーンの食べ放題チケットの余りを家族分やるから解説をしてくれと頼まれて。まあ、ものに釣られてって事だな」

「あ、そうなんですね」

何という。

何という千載一遇の好機。

 

――これは気合を入れて解説をせねばならない。

 

鳥丸からすれば、玉狛第二は同じ支部所属の隊員であり、更に隊長は彼の弟子だ。無論、その分贔屓目に見ることは絶対にしないし平等に解説をするが、だがきっと彼自身も気になっている試合には違いない。適切かつ丁寧に、そして自身が持つ慧眼をそれとなく示しながら、そして可能であれば鳥丸のサポートを行いながら――しっかりと自身を見直させるのだ。

たった数十秒前に自分が晒してしまった失態を一先ず棚に置き、彼女は心魂の気合を入れなおした。

 

「本日の、マップは、工場地区です」

氷見は一度自らの心を無に帰し、かつて様々試してみた対策を一先ず実行する。言葉を途切れ途切れに区切り、言葉をどもらせないように。

 

「工場地区か。まあ妥当だな」

「ですね。今回マップ選択権のある柿崎隊は、合流しやすいマップを好みますので」

「その上で狙撃手の射線が通りにくい。オールラウンダーを揃えている柿崎隊としてみれば、一番自身の強みを活かせるマップだろう」

「今回、狙撃手は那須隊の日浦隊員がおりますね。那須隊としても、このマップは那須隊長の強みを存分に活かせます」

「――さて。そろそろ、転送が始まるな」

 

ランク戦スタートまで、残り一分を切る。

 

深呼吸。

すー、はー。

すー、はー。

 

よし。

何かちょっとだけいい匂いがしたような気がするのは見て見ぬふりをして、

 

カウントダウンが、終わる。

 

「ランク戦、第二戦夜の部――スタートでしぅ!」

 

噛んだ。



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那須隊①

「――転送位置は、皆可もなく不可もなく、といった感じだな」

「はい。僕はマップの中央地点にいるので、このままスパイダーを張っていきます」

「了解。――オサム。俺とのびたは割と距離が近いがどうする?」

「空閑はそのまま辺りを索敵しつつ、敵を釣りだしてくれ。野比君がスパイダーを張る手伝いをするんだ!」

「わかった。――とはいえ、ここじゃ中々索敵は難しいな」

 

玉狛第二はマップ中央にのび太、そこから北上した地点に遊真、東の外れに修が転送する形となった。

マップは工場地区。気候も時刻も設定は特に変えられていない。

のび太はバッグワームを起動しながら周囲に動きながら、スパイダーを張っていく。

マップは工場プラントへと続く幾つもの通路と、それらの通路と連結する大きく開いた場所の二つで構成されている。

 

本来玉狛第二には千佳という狙撃手がいるが、今回は不在だ。

それ故に、スパイダーを張った上でそこに待機をする、という選択肢は出来ない。それは、スパイダーの内側でもたついていたり、外周しようとする敵を撃てる人間がいてはじめて出来る事だから。

 

今回のスパイダーはあくまで相手が合流した後に動きにくくするためのものだ。

マップを選択した柿崎隊が合流地点に選ぶであろう地点は、ある程度予想できる。

その周辺にスパイダーを撒いていけば、――柿崎隊の動きに大きく制限をかけることが出来る。

 

「のび太君。マーカーを付けておくから、その場所にスパイダーを張っていってね」

「はい」

 

周囲六方向。

柿崎隊の通り道となる可能性が高い地点を栞の指示に従いながら、スパイダーを着々と埋めていく。

 

その時であった。

のび太は、かつての記憶が回帰する。

 

「のび太君!その場を離れて!」

 

ひゅう、という音。

天から聞こえてきたその音に、脊髄反射的にバッグワームを解きグラスホッパーを装着。そのままそれを発動し、瞬時にその場を離れる。

 

空爆が、訪れた。

それは障害物の間を縫うような軌道の弾丸がゆったりとした動きで訪れ――そのまま降り落ちた。

破裂音と爆音を残し、スパイダー地点を破壊する。

 

「ごめんなさいくまちゃん。仕留めそこなった」

「了解。――このまま連携して仕留めていくよ」

 

のび太は、見た。

色白の美しい女性が、貨物プラントの上からこちらに狙いを定めてトリオンキューブの狙いを定め、刀を構えた女が正面から斬り込んでくるのを。。

 

「――のび太君!後ろ!」

そして。

またその場を離れようとするその方角から。

 

狙撃銃の弾丸がこちらに来る。

シールドで防ぐと同時。

 

――あ、足を止めちゃった。

 

正面から攻撃手の刃。

背後から射手の弾丸。

この状況下で、足を止めてしまうことの意味を、のび太は重々知っていた。防御は不可能。シールドを張ったところで全方位から訪れる那須の鳥篭と旋空のコンビネーションに仕留められる。

 

のび太は通路から斬り込む熊谷にバイパーを撃つ。

こちらも那須と同じように。正面からの弾丸とは別に障害物を迂回するような弾丸も複数発を放つ。

 

――まずは、熊谷さんの足を止めて。

 

そして襲い来る全方位からのバイパー弾。

 

――大丈夫。まだ周囲をあのバイパーが飛んでいるうちに。

 

のび太はトリガーを切り替え、熊谷の左斜め横の地点を目視。

テレポーターを起動する。

 

バイパーの鳥篭がのび太を取り囲む直前、のび太の姿は消え熊谷の横へと移動する。

そして。

 

「-----く!」

移動直後にのび太はすぐさま熊谷へと身体を向け、バイパー弾を撃ち込んでいく。

シールドが正面に張られることまで想定し、足元から背後へと撃ち込む軌道で。

 

が。

 

「――その手は、大規模侵攻の時に見せてくれたわね」

 

正面に張られたシールドとは別に。

足元に張られたシールドが、熊谷の前に生成され、弾丸の通りを塞ぐ。

 

――那須さんか!

そうだった。

テレポートからのバイパーの撃ち込みは、もう那須隊の前で見せていたコンビネーションだ。

 

「-----く」

のび太はテレポーターを切り替えアステロイド拳銃をセット。バイパーを解除しシールドを装着。

放たれる那須のバイパーをシールドで防ぎながら、旋空を放とうとする熊谷へそうはさせまじと弾丸を撃ち込んでいく。

高威力の弾丸を那須のシールドも分け合いながら防ぎ、のび太に斬り込んでいく。

――何という対応力。そして、連携。

のび太の手数と同等の攻撃を放ちながら、前衛の熊谷の防御能力も連携で増加させる。

斬り込む熊谷の防御の硬さに合わせ、那須の援護機能。この二人が組み合わさると、隙が本当に見えなくなる。

 

「のびた。援護に向かおうか?」

 

一連の攻防の報告を受け、北にいる遊真がそう提案する。

が。

 

「――こっちは、大丈夫!遊真君は狙撃手を倒しに行って!」

のび太は、そう主張した。

「――僕が野比君の援護に向かう。空閑は日浦を仕留めてくれ」

そう、修もまたそう指示を出した。

 

「ここで野比君を生き残らせたうえで日浦を倒せれば、一気に僕等が有利になれる。――耐えてくれ、野比君」

「了解---です!」

眼前に、熊谷。

その後方に、那須。

それら全員を見据え、のび太は銃を構えた。

 

 

注:氷見実況は非常に混乱状態に陥っております。実況周辺の描写は敢えてカットとして送らせていただきます。悪しからず。

 

「――スパイダーは便利ですが、同時にこの付近に自身が存在する事のアピールにもなってしまうんです」

木虎は実に得意げな表情を見せながら、そう主張する。

「今回、那須隊の二人の位置関係が近かった為、合流した上で索敵に当たれた。野比隊員はマップの丁度中央に近い場所でスパイダーを張っていたため、居所は掴みやすかったと思いますね」

「ある程度、狙われるのも織り込み済みの上での行動だと思いますね」

「でしょうね。玉狛第二は初戦から、貪欲に点を取っていく姿勢を見せていました。――今回、野比隊員の行動によって狙撃手の日浦隊員も釣りだせました」

「そして、エースの空閑をここで野比に当てるのではなく、日浦に当てていく辺りもかなり攻めの姿勢を感じます。――ここで野比がどうこのピンチを切り抜けるのか、見てみたいと思います」

 

「で、で、では、かか、柿崎隊----に」

 

「柿崎隊は初期位置が巴と柿崎先輩が近く、照屋が反対側に転送されています」

 

柿崎隊の転送位置は、柿崎と巴が東端の位置におり、照屋は西南の貨物コンテナの上であった。

照屋は自らが孤立していると知るや周囲を索敵しつつ、柿崎と巴の歩行に向かう形でじりじりと西へと歩を進めていた。

 

「柿崎隊員と巴隊員が即座に合流し、照屋隊員を迎えに行っているような形となっていますね。――とはいえ、その道中には野比隊員と那須隊との戦いがあっていますが」

「――那須先輩の爆撃が見えた辺りで、迂回していますね。合流までは徹底して交戦を避ける腹積もりでしょう」

「よく言えば慎重、悪く言えば少し消極的ですね。――野比隊員と那須隊がぶつかっている横合いから漁夫の利を取れる可能性もありますでしょうに。その上で反対側の照屋隊員を増援させれば、一気に形勢を取れる」

「それが柿崎隊ですからね。合流してからの多様な陣形が強みの部隊故に、その最初の条件を満たさない限り余計な戦闘をしたくはないのでしょう。ここで玉狛第二と那須隊とが削りあい、お互い消耗させたうえで合流出来たら盤石の態勢を作れますからね。――さて」

烏丸が、ジッとマップ北側を見つめる。

「空閑が、日浦に近付いてきました」

 

 

「――茜!クガ君が近づいてきてる!」

志岐小夜子から、茜に警告が飛ぶ。

「――解った!」

「その場を離れ――」

「ううん!」

茜は、一瞬で理解した。

ここはその場を離れるよりも――。

 

「――那須先輩!一回だけ、フルアタックでの援護をお願いします!」

 

そう茜が那須に告げると同時、那須は瞬時にバイパーのフルアタックをのび太に浴びせる。

そのタイミングと合わせ熊谷も斬りかかり――またのび太は、それらを回避する為にテレポーターを使用する。

 

「――志岐先輩!」

「――了解」

小夜子は、のび太の視線からテレポートの移動先を複数マーキングし、茜に転送する。

 

のび太が、現れる。

 

「――これで!」

瞬時に照準を合わせたため、しっかり急所は狙えない。

だが、構えたライトニングは、しっかりのび太の足先に突き刺さった。

 

「――これ、で----!」

その瞬間。

 

「----一歩遅かったか」

背後から現れた空閑遊真によって首を斬り落とされる。

 

「――オサム。のびた。狙撃手は倒した。すぐに援護に向かう」

 

 

「――りょう、かい!」

のび太は足を削られた事で、この場を逃げ出すことは不可能と悟る。

 

――僕の、ミスだ。テレポーターは狙撃手の射線が通る場所で使っちゃいけないって、迅さんに習ったはずなのに------!

だが、ミスを悔やんだところで仕方ない。

まだ自分は生きている。

 

バイパーを放つ。

那須からも、バイパーが放たれる。

たん、たん、と豊富な障害物の間を蹴り上げ、跳ね回る那須の動きは簡単に捉えられない。

――機動力と射撃能力を併せ持つ、と言う事は、ここまで厄介なのか。

 

射手が銃手に劣っている部分は、弾丸を生成してからそれを放つまでどうしても時間がかかる事であろう。

銃を構えて引き金を引けば撃てる銃手よりも、攻撃にかかる時間が多い。

 

二宮は豊富なトリオン量から来る防御力でその時間を埋め合わせるが、那須は機動力でそれを埋め合わせる。

 

周囲の建造物を盾に攻撃を防ぐ間に弾を生成。機動力で自身の身体を守りながら、変幻自在の弾丸を放ち標的を追い詰める。

銃手ならば射線の邪魔にしかならない障害物が、那須にかかれば自らの心強い味方となる。

 

自在に軌道を設定できるバイパーにとって障害物はむしろ弾丸を視界から隠せる武器ともなる。

 

――足が削れている今、機動力で那須さんに追い縋れる訳がない。

そして、前衛の熊谷が更に厄介。

隙が見えづらく、更に那須の援護によってこちらの足が止まるせいで距離を取る事も出来ない。

――どうにか。どうにか熊谷さんだけでも倒せれたら。

 

「――野比君!」

そして。

バッグワームを解いた修が、交戦地域からほど離れた場所からアステロイドを放つ。

 

それは熊谷の横合いから到来する。

「――く!」

熊谷がその対処の為にシールドを拡げた瞬間、のび太はアステロイドを瞬時に構える。

シールドを収縮させるよりも早く、弾丸を熊谷の懐に叩き込んでいく。

 

「――くまちゃん!」

那須がシールドの補助を行いのび太の弾丸を防ぐ。

それでものび太の銃口は向き続ける。

 

「――先輩!空閑君が増援に来ています!」

 

「-----残念だけど引き時ね」

 

那須はそう言うと、周囲にメテオラを撒く。

のび太も爆発に巻き込まれじと即座にその場を離れ、爆発から身を防ぐ。

その後には――そこに那須隊の二人はいなかった。

 

「――野比君、無事か?」

「うん。どうにか。でもごめんなさい。足が削れちゃった」

「いや。その程度で済んだなら十分。空閑もこちらに向かってきている。――狙撃手の日浦を倒せたから、狙撃の心配はしなくていい。この周辺を、スパイダーで固めよう」

「了解です」

 

ひとまず。

最初の那須隊との交戦を終え、足が削れる程度のダメージで済んだのは奇跡と言える。

 

「――柿崎隊がこちらにやってきている。野比君は指定された場所に向かってくれ」

修の指示に、一つ野比は頷き――走り出した。



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柿崎隊①

ある日のこと。

迅悠一はドラえもんにこんな事を尋ねたことがある。

 

――君が、この時点に訪れた理由はなんだ、と。

 

ドラえもんは、未来からの来訪者である。

過去に遡り未来を変えるためにこの時代にやってきたという。

 

ならば。

何故この時代なのだろう。

 

もっと前に彼が来ていれば。

もっと、救える人間がいたのではないか。

 

「――この時じゃないといけないと、僕が判断したからだ」

ドラえもんは語る。

語る。

 

「城戸正宗が作り出したこの大規模組織が存在しなければ、悲劇の未然防止なんて夢のまた夢だ」

 

解っている。

旧ボーダーでの失敗があって、今の城戸があり。

その城戸があって、今の組織がある。

その因果関係があって、今のボーダーがある事くらい。

 

「それ以上でも、以下でもない」

 

だろうね。

そう、だろうね。

 

当然だ。

 

そもそもドラえもんがもたらす知識や技術が活かされるにも、しかるべき技術や人員、それらを束ねる強固な組織あってのものだ。それが存在している時代に訪れなければ、何も意味がない。きっと自分が同じ立場でもそうしていただろう。

ドラえもんは正しい。

 

――そうだよ。

 

都合のいい夢を見てんじゃない。

あの時。

仲間を失ったあの瞬間の記憶が。

無くなってくれるんじゃないのか、なんて。

 

正しくない道を歩み、正しいと信じる道を邁進する。

正しいかどうかの指針は、自らが見える未来というレールの上。

 

レールは揺らめき、一寸先の闇の中の光を手繰り寄せトロッコを走らせる。

見える光に浮かぶ未来の最善を選んでいく。

 

同じことだ。

最善の為に斬り捨てたレール。

そのレールを幾度も、幾度も、幾度も、迅悠一は見ていた。

 

同じだ。

それと全く同じことだ。

 

ドラえもんが斬り捨てたレール上のトロッコ。

その中に。

――最上をはじめとした旧ボーダーの人間がいた。

それだけの話だ。

 

「-------」

「責めても、いい」

「責められるわけないじゃん」

「そうかな」

「そうだよ」

 

当たり前だ。

同じことを、自分だってやっているんだから。

 

「――それをしてしまった以上、俺等はずーーっとトロッコの乗客でいなければいけない」

「解っている」

「斬り捨てる人間を覚えていなくちゃいけない」

「覚悟の上だ」

 

「なあ、ドラえもん」

「何だい、迅?」

 

「ロボットでも、――こういう合理的な判断ってやつの葛藤って、あるものなの?」

「--------」

 

ドラえもんは、押し黙った。

押し黙って、静かに口を開いた。

 

「――なんで、だろうね」

呟く。

「――こんなの、余計なのになぁ。本来なら、葛藤なんて無いはずなのになぁ」

 

「----そっか」

「----」

 

この時の会話は、特に鮮明に覚えている。

 

機械としての選択。

人間としての感情。

その双方を選び取ったロボットは――同じ苦しみを抱えることとなった。

 

 

 

「鬼怒田さん?ドラえもんはどう?」

「後は神経系の接続回路さえどうにかできれば-----。そこだけが、ボーダーの技術で代替できん」

「そっか----」

 

 

だから。

逃がしはしない。

君には――最後まで、この未来の行く末を見てもらわねばならないのだから。

 

 

のび太は、スパイダーをあらかた張り終えると、東に外れた地点にある螺旋状のスロープが付いた円柱状のコンテナに昇る。

 

スロープの入口、そして周囲を取り囲む建築物で射線が通る場所を徹底してスパイダーを張り巡らせ、迎撃態勢を整える。

 

「――隊長、準備が出来ました」

「解った、野比君。――早速始めてくれ」

「了解しました!」

 

そして。

スロープの上から、――のび太は拳銃を構えた。

 

視線の遥か先に存在する、柿崎隊へ向け。

 

合流地点から、那須隊と玉狛第二との交戦地区に向け動き出していた柿崎隊は、その射撃で足を止め、射線から逃れる。

 

「――予想通りですね。日浦さんが倒されたことで、野比君が疑似的な狙撃手として動き始めました」

現在、狙撃手のいないこの場において、のび太は誰よりも長い射程を持つ隊員となる。

 

「同時に、空閑も姿を消したな」

 

空閑遊真は、レーダー上から姿を消した。

日浦を倒したのちに那須隊に囲まれていたのび太を援護しに戻り、合流し、また散開した。

 

「真登華。この辺りのマップ情報を転送してくれ」

「はい」

 

オペレーターに指示を出し、周囲のマップ情報を確認。のび太の位置からの射角を踏まえ、背の高い建造物に沿うルートを構築する。

大型コンテナが周囲に存在し、狭い路地と広い通りが幾つも集まっている周辺区域。そこには、多くの建物が密集しており高所からの射線が通りにくい。柿崎は即座にルートを構築すると、

「それじゃあ、行くぞ」

構築されたルートを走り出した、――その瞬間。

 

「隊長!」

照屋が柿崎の身体に割り込むと、シールドを張る。

そこには、低威力のアステロイドを撃ち込む三雲修の姿があった。

 

恐らくは射程に大きくトリオンを振り分けているのだろう。弾は遅く、威力もない。遮蔽物に隠れつつ、修はコンテナの上からちびちびと弾丸を放っていく。

 

「――今、三雲がそこにいるってことは」

 

現在、この周囲に、いるはず。

玉狛第二のエースが。

 

背後から、ひゅ、という音。

 

「――こ、の!」

背後から突如として訪れた空閑の襲撃に、巴は即座に反応する。

シールドを展開すると同時、バッグワームを纏った空閑の一撃を弧月で受ける。

 

空閑はそのまま一撃を与えるとすぐに周囲のコンテナを辿り柿崎隊の前から消える。

 

修のアステロイドで誰かが防護をする。

その瞬間に空閑がタイミングを合わせ一撃だけを与えに行く。

修の攻撃は容易に防げる。空閑は完全にヒット&アウェイの動き故に、恐らくダメージを与える気すらない。そのまま交戦すれば、弾幕を張られることが解っているから。修がアステロイドを撃ち、その対応に誰かがしている隙に一撃だけ与えて即座に離脱するという、一言で言えば嫌がらせの如き動きを徹底して行っている。

お互いダメージを与えられない状況。

だが、完全に玉狛が仕掛ける側で、柿崎隊が仕掛けられる側だ。

柿崎隊は緊張を一方的に与えられる側であり、有利不利で言えば圧倒的に不利だ。

 

――どうするか。

 

広い通りに出れば、のび太の射線が通る。

とはいえこのまま一方的に攻撃されるだけの状況を続ければ、何処かで綻びが出る。

 

「――隊長!」

別の通りに移動しようとすると、そこには見透かしたようにスパイダーが張られている。特に――修の現在地に繋がるような通りは、全てスパイダーで埋められている。

――くそ。移動する事すら、選択肢から外される。

 

「――さあて、これからは我慢比べだ」

 

アステロイドと共に攻撃を加える空閑は――表情を変えずに、そう呟いた。

 

 

注:氷見実況は非常に混乱状態に陥っております。観覧席もそろそろ異変に気付き出したりしておりますが、実況周辺の状況と共にその辺りの描写もカットしてお送りさせていただきます。重ねて、悪しからず。

 

「か、かか、柿崎隊!ひょのままきょうちゃく状態に陥りましいた!」

 

「射程のイニシアティブを握ったことで、玉狛第二の動きが一気に自由になりましたね。――狙撃手がいないマップですと、野比隊員の自由度の高さが非常に活かされます」

「三雲の動きがいいですね。見え見えの釣りですが、見え見え故に柿崎隊も下手に手を出せない」

 

現在柿崎隊と玉狛第二の構図は非常にシンプル。

修を倒そうと誰かが向かえば、そこにはスパイダーの山がある。

足を止めているうちに、空閑に各個撃破される。

空中から行こうにも、そうすればのび太の射線が通る。そうなればのび太の援護を受けた空閑に首が刎ね飛ばされる。

 

修は見え見えの釣りだ。

見え見え故に引っかかるわけにもいかない。

 

引っかかるわけにもいかないから、膠着状態のままでいるしかない。

 

「野比と三雲で柿崎隊を一点で封じ込め、空閑が適度に襲撃する。柿崎隊からすればじれったい事この上ないでしょう。ですが、ずっとこのままという訳にもいかない」

「ええ。――那須隊が、動き出しました」

 

マップには。

バッグワームを解いた那須が、真っすぐにのび太の方向に向かい――そして熊谷が戦線へと向かって行く。

 

 

「――のび太君。那須さんがそっちに向かっているよ。気を付けて」

「はい。――あの、那須さん一人ですか?」

「うん」

よし、とのび太は心の中で声を上げる。

那須一人なら――勝負になる。

 

自分をこのままの状況で放置するわけがない。

もし那須と熊谷が組んでこちらに来ているとしても、それはそれで構わなかった。足も削れた自分は落とされるだろうが、それでも那須隊と玉狛第二を完全に分離させることが出来る。そして片方でも落とせれば、一気に玉狛第二に戦況は有利に傾く。

 

メテオラが撒かれ、スパイダーが崩されていく。

 

「――ここから先は、1対1の勝負よ。野比君」

 

相手は、エース。

高い機動力と正確なトリオンコントロール能力を持つ、強力無比な強さを持つ射手。

 

のび太はバッグワームを解き、アステロイドとバイパーをセット。

 

「――もう、好きにはさせないから」

 

キューブを身に纏わせ――那須は走り出した。

 

 

そして。

柿崎隊と玉狛第二との戦いの中でも――変化が起きる。

 

「――那須隊が野比に襲撃をかけたみたいだ。今ならいける!」

 

柿崎隊はすぐさま路地を形成するコンテナ群に昇る動きをする。

 

が。

 

「あ---!」

照屋の足元に、斬撃が入る。

「文香------!」

 

コンテナを挟んだ、向かいの通り。

そこから現れた熊谷の旋空が、照屋の足元を襲う。

 

たたらを踏んで体勢を崩す、その一瞬。

空中より襲来した空閑遊真の斬撃が、照屋の胸元を串刺していた。

 

――照屋、緊急脱出。

 

ここから。

めまぐるしく状況が動いていく。

巴が熊谷に放つハウンドと合わせ、柿崎は遊真に突撃銃を放つ。

建物を沿うように放たれた弾丸をシールドで防ぐ熊谷。

そして弾丸の合間を抜いて遊真は柿崎へ更に斬撃を走らせる。

すれ違いざまの一撃で片腕が飛ぶ柿崎。

それを見ながら、巴は熊谷にハウンドで牽制を入れながら柿崎に襲い掛かる遊真に斬りかかる。

 

熊谷もまたハウンドをシールドで受けつつ、斬り込んでいく。

 

巴、柿崎、熊谷、遊真がその場で入り乱れる。

熊谷の旋空が巴に向かい。

巴の弧月が遊真に向かい。

柿崎の銃口は巴を襲う熊谷に向けられ。

 

そして、遊真は。

 

この乱戦の中――仕留めるべきは柿崎隊であると判断する。

 

柿崎の銃撃は熊谷に向けられ。

熊谷は巴を狙っている。

 

遊真は、斬り込んでくる巴の足元にグラスホッパーの陣を発動する。

踏み込みと同時に縦に置かれたそれは、巴を熊谷側に吹き飛ばす。

 

旋空がその身に届くより早く、熊谷の身体に巴の肉体がぶつかる。

 

熊谷に向けられた柿崎の銃弾は、空を切る。

 

そして。

「が-----!」

 

遊真の斬撃が、柿崎の胸部を貫いた。

 




中途半端ですが、ここまで。


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玉狛第二③

――のび太が銃を構えると同時、那須が動き出す。

 

遮蔽物の間を通り抜けるバイパーが、のび太の周囲を取り囲む。

眼前に迫る、二択。

取り囲むか、一点に収束するか。

 

那須は、バイパーをリアルタイムで弾道を引ける。

周囲を取り囲むような軌道でバイパーを走らせて、結局は一点にバイパーを集める。そういう手法を彼女は、取れる。

 

のび太もまたバイパーを撃ちこみながら、方策を考える。

 

取り囲む。

収束する。

この二択を撃たれた瞬間に判断するのは不可能。それだけ那須が操るバイパーは、自由度が高い。

 

遮蔽物の間を飛び跳ね、自らの姿を巧みに眩ませながらバイパーを走らせる。

のび太は削れた足を庇いながら、コンテナから飛び降りる。

 

那須は、バイパーのフルアタックを敢行している。

 

この場において自身が勝つためには、何が必要か。

 

――足を止めるな。

――攻撃を止めるな。

――そうしなければ、削り殺される。

 

来訪するバイパー弾。

正面から。

障害物を抜けながら。

死角から。

 

通り過ぎる弾丸が軌道を変えてこちらにやってくる恐怖。

追尾ミサイルすらも生温い。これは本当に、明瞭な意思をもって飛来する弾丸だ。

 

――でも。

 

それでも。

那須自身の動きは、追える。

 

大丈夫だ。

自分は、遊真と、黒江と戦ってきた。その経験が、彼女の動きをしっかりと視界に映すことは出来ている。

 

あの動きに追いつくことはできないけど。

あの動きの先に銃口を向けること位は出来る。

 

バイパーに。

バイパーを重ねていく。

 

「-------」

那須の表情に、笑みが零れる。

彼女の肩口にぽっかりと空いた穴。

その弾丸は――彼女が弾き出すバイパーに、のび太のバイパーが沿っていき那須へ到来した代物であった。

 

彼女が引くラインを沿う。

跳ね回る彼女の動きを教えてくれるバイパーの流れ。

その流れに、弾丸を置いていく。

バイパーとバイパーが、交差する。

それらはまるで建物の間を駆け抜ける流星の如く線を描き、それらは銃口とトリオンキューブという点の間を結び繋がっていた。

 

のび太の左腕にも、穴が開く。

 

大丈夫だ。

ここで倒されたってかまわない。

ここで――那須を仕留めれば、後は遊真がどうにかしてくれる。

 

のび太がここで与えられた役割は一つ。

那須の足止めだ。

 

バイパーの弾雨に、バイパーを撃ちこむ。

まち針に糸を通すように。

彼女が放つバイパーの雨の中に、一つ自らの弾道を通す。

 

――バイパーじゃ、火力が足りない。

 

今自身が持つ武器はバイパー銃。

圧倒的な手数を誇る那須を相手するには、手数も火力も何もかも足りない。

随分と削っては来たが、それでも自身のダメージの方が多い。手数の多さだけ、削れて行くスピードが段違いだ。

 

――ここからは、削る意識じゃダメだ。一発で、仕留める意識でいかなきゃ。

 

のび太は、バイパーを解除すると同時にアステロイドをセットする。

 

そして、グラスホッパーを更にセット。

 

――まだ、この周辺にある全てのスパイダーを、爆破できている訳じゃない。

 

はっきりと目に見える色合いのスパイダーは、もうあらかた爆破されている。

でも構わない。

まだ。

隠し場所がある。

 

のび太は、周辺にスパイダーを張り巡らしている。

のび太は、スパイダーを張る区画を二つに分けた。

地面に近い場所でかつ、戦闘の通り道になりやすい場所には黒のスパイダーを。

そして――背の高いコンテナ同士が並列している区画には、透明に近い見えにくいスパイダーを。

 

のび太は、グラスホッパーに足をかける。

 

――僕が扱うグラスホッパーなんかで、那須さんの機動力に勝てるなんて思っていない。

 

でも、ここで”壁”を作れる。

 

グラスホッパーの高速軌道の中、のび太はアステロイドを放つ。

那須はその弾丸をシールドで防ぎながら、のび太を追う。

 

のび太は、コンテナ群の狭間にある――一見すれば透明に見える糸を、その手で掴む。

ぐ、と身体を引き付け、また弾丸を放つ。

那須はそれを防ぎながら、バイパーを放っていく。

放たれた時には、また別のコンテナにグラスホッパーで飛ぶ。そして撃つ。

 

――シールドを使い始めた。つまり、バイパーの手数は減っている。

 

のび太のアステロイドは、破壊力があり射程もあるが、遅い。

その特性とのび太の射撃技術を合わせると、相手に高確率でシールドを使わせるという状況が出来上がる。

 

――ここだ。ここで、戦うんだ。

 

グラスホッパーに足をかける。

透明な糸を掴みながら、アステロイドを放つ。

 

糸がある方向へ高速移動を繰り返しながら、撃つ。

 

その身体に向け、那須はバイパーを放っていく。

のび太の軌道を追うように、変幻自在にバイパーを曲げながら。

 

――ああ、何だか。

 

似ているなぁ、とのび太は思う。

かつて、木虎と戦った時。

スパイダーを扱い飛び跳ねる木虎に、バイパーを撃ちこみ続けたあの図式。

その逆を、今のび太は行っていた。

互いの身体が削れて行く。

のび太の左腕は完全に削られ右手一本でアステロイド銃を構え、必死に那須に銃口を向けている。

那須もまた、全身をショットガンで撃ち込まれたかのように身体が穴塗れになっている。

 

「――いい戦い方ね、野比君」

 

ぽつりと、那須は呟く。

 

「でもね――スパイダーを掴む瞬間の隙が、大きいわ」

 

那須はじぃ、とのび太の削れた足を見る。

グラスホッパーの発動をする時――のび太は、必ず削れていない足を前に出す形でしか高速移動できない。更に言えば、左手でスパイダーを掴めない。

削れた手足で着地したり、スパイダーの糸を引っ掛けられる猛者もいるにはいるが――のび太はその辺りの系統の人間ではない。

 

「だから、見えるの」

 

那須は、自らの足先にバイパー弾を落とす。

足元から模様を描くような綺麗な直線が、幾百も生まれ地面を闊歩する。

闊歩したそれらが地面から地面、そして地から壁に、壁から――コンテナに、弾道がすぅ、と引かれていく。

 

そして。

その線は、のび太の移動先のコンテナの間に、到来する。

 

のび太が糸を掴み、銃を構えたその瞬間。

 

のび太の身体は――左右のコンテナから螺旋状に引かれた幾十もの弾丸に派手に貫かれていた。

 

「-----くぅ」

 

見抜かれていた。

奇しくも。

攻略のされ方も、木虎との戦いの中で自らがやられたのと同じ形であった。

 

移動先に、弾丸が置かれていた。

 

だが。

あれだけの弾丸を放ったと言う事は――那須は今、シールドを解いていると言う事だ。

 

崩れていく中で、それでものび太は一発を放つ。

 

その弾丸は那須の胸元を見事貫く。

――野比、緊急脱出。

 

「――ごめんなさい。くまちゃん。援護に向かう、予定だったのに-----」

 

ぽつりとそう呟くと――那須の身体もまた崩れていく。

 

――那須、緊急脱出。

 

 

「――」

 

観覧席も、実況も、同じ立場にあるはずの解説席まで。

全員が、息を飲んでその戦いを見ていた。

 

機動に次ぐ機動。

交わる曲線と直線。

そして最後に見せた――那須の大技。

その全てが――少しばかり、視覚的な衝撃が大きかった。

 

「-----の、野比隊員と、那須隊長が相打ち。玉狛第二、那須隊共に1ポイントが加算されます」

 

氷見は少しばかりこの静寂に我を取り戻したのか、多少噛みながらも言葉を繋ぐ。

 

「――凄まじい戦いでしたね----」

「はい。――しかし、ここで那須隊長が落ちるのは、玉狛第二としては大きいでしょうね」

「ええ。間違いなく、野比隊員の役割は那須隊長の釣り出しでしょうからね」

「那須隊としては、大きな賭けでした。――那須隊長と熊谷先輩を分けたのは、あくまで隊がトップに立つためでしょう」

「はい。――あの状況下で、那須隊は三つの選択肢がありました。二人が組んで野比隊員を仕留めに行く選択。二人が組んで、柿崎隊と玉狛第二が戦う地点の戦いに参戦する選択。そして、二手に分かれてそれぞれの地点へ送り込む選択。その中で――那須隊は二手に分かれる決断を下しました」

「結局のところ――あの状況下においては、野比を仕留めに行くというのは大きな貧乏くじなんだ」

「ええ。そうですね。――野比隊員を倒すことは、那須隊だけではなく柿崎隊にとっても大きな恩恵がある」

柿崎隊は、のび太の遠隔射撃と修のアステロイドによって身動きが取れずにいた。

故に、のび太の動きを止めることが出来れば、柿崎隊が玉狛第二と真正面から戦う事が出来るという事になる。

 

「ここで、那須隊が勝ち抜くためには玉狛第二も柿崎隊も削らなければならない。特に柿崎隊に関しては、柿崎先輩か照屋かを絶対に落とさなければならなかった」

 

那須隊にとって、合流した柿崎隊は非常に厄介な存在だ。

特に柿崎と照屋が組んでの弾幕を張られては、それに対応できるだけの手数がない。

特に――狙撃手が狩られている現状であるなら、尚更。

 

「だから、那須隊長が野比に仕掛けたタイミングと合わせて熊谷先輩が横やりを放ったのでしょう」

のび太の射撃が止む、一瞬浮足立つその瞬間を逃さず襲い掛かった熊谷。

その結果として遊真に照屋を討たせ、柿崎隊の射撃性能を大幅に削った。

 

ここまでは、那須隊の思惑通りであったのだろう。

だが。

 

――マップは、乱戦区域に移る。

 

 

胸元を斬り裂くと同時、遊真は柿崎の背後に向かう。

そして、その背中に――グラスホッパーをぶつける。

 

「ぐぁ-----!」

 

緊急脱出前の柿崎の身体が、立ち上がろうとする熊谷の胸元にぶつかる。

熊谷の動きが封じられている間。

遊真の刃が、巴に向かう。

 

弧月でそれを受け、巴はバックステップ。

ステップした状態でハウンド拳銃を放とうとするが。

 

「うぐ-----!」

遊真は、その身体を通り過ぎると同時、修のアステロイドが巴の身体を貫く。

 

「こ----のぉ!」

巴が放ったハウンドは、そのまま修を貫く。

 

両者とも、緊急脱出する中。

 

残るは――遊真と、熊谷。

 

「--------」

「--------」

 

立ち上がりざまに、旋空。

 

その間をすり抜け――遊真の刃が、その首に突き刺さっていた。

 

熊谷の緊急脱出がアナウンスされた瞬間。

――マップには、遊真一人だけが残されていた。

 

玉狛第二の勝利が、宣告された。

 

 




ハーメルン合同ランク戦、あと三日で終いです。
ばしばし作品見てください。面白いっすよ。


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閑話休題 ~ガキ大将の心意気編~

総評思いつかなったんで。
ジャイアンのお話。ちょっとしっとり。


ただただ、痛く。

ただただ、苦しい。

 

その痛みや苦しみは自分が自分に与えているものだ。

 

「うぐ-----うぅおおおおおおお------」

 

喉奥は、絶え間ない絶叫の果てにからからに枯れ果て、力ない音声として出力される。

 

右足に力を入れる。

痛みが走る。

右足に、まるで釘を踏んだかのような痛みが全身に向け走る。

その痛みは足だけではなく、足と繋がる脊髄にまで走る。

 

「------うらぁ!!」

 

気合を入れても、立ち上がれない。

どうやら、立ち上がるにしたってコツが必要らしい。肉も骨も神経もぐちゃぐちゃになったこの右足では、まともに立つ事にだって技術が必要なのだ。

その技術は、幾度となく繰り返される苦痛の中でしか手に入れられない。

 

鼻息を鳴らす。

力が入りすぎて、鼻水が噴き出る。痛みに食いしばる歯の隙間から、涎が零れる。

 

「――お兄ちゃん!もう少し、もう少しで――」

 

おう。

解っているぜ。

 

もう少しで、ゴールだ。

手すりに縋りついてよぅ。足元にへばりついてよぅ。それでも、それでも。

 

――俺様は、歩けているんだ。

 

壊れた足を無理やりギブスに嵌め込んで。

ひぃひぃ痛みに叫びながら。

 

それでも。

それでもよぅ。

 

こうやってよぅ。

 

応援してくれる奴は、いてくれるんだ。

 

それだけでも、もうけもんだ。

そうじゃねぇか。

 

だからよ。もう少し。もう少しだけ、力をくれよ。

あと数歩だ。数歩なんだよ。あとたったこれっぽっちだ。これっぽっちで、妹が喜んでくれる。

二本の足が一本になるだけで、何でこんなに立つのが苦しいんだよ。

 

痛い。

苦しい。

 

痛みや苦しみで、息が上がる。視界が黒くなる。身体全体がキリキリ悲鳴を上げる。

 

根性ねぇな。

もう少しでゴールだぜ。

もう少しで。

 

畜生。

何でだよ。

何で、あと少しがこんなに遠いんだよ。

 

こんなちっぽけな力すら。

無くなっちまったのか。

 

立てよ。

立ってくれよ。

立たなきゃよぅ。俺はまだここに留まるばかりじゃねぇか。

 

進むんだよ。

前に。

前に進まなきゃ、いけねぇんだ。

 

一日でも早く、歩けるようになって――えーと。

何をしようか。

野球してぇなぁ。監督も悪くねぇけど、やっぱり俺はマウンドに立たなくちゃいけねぇ。こんなポンコツの足早く治さねぇと、どうにもならねぇ。

家の手伝いもしてやらなきゃなぁ。雑貨屋、潰れちまったし。

 

だってよぅ。

かっこわりいじゃねぇか。

 

こんな、俺様の姿なんて。

もっと、俺様は俺様として振舞わなきゃよぅ。

 

心配そうな顔なんざさせんじゃねぇ。

いっつもうんざりした顔でこっち見やがる連中が、今やこっちを心配してきやがる。

 

がっはっはっは。

心配なんざ俺には無用だぜテメェ等。

 

今に見てろ。

今に俺は立ち上がれるようになって、驚かせてやるよ。そんで、もう一度俺様のリサイタルにご招待だ。草野球だっておてのもんじゃい。まだまだ。まだまだ俺のこの先には未来が、未来が、

 

おい。

な---なん、で。

 

地面が近づいてきてんだ。

腰が砕けちまった。

膝も、曲がっちまって。

 

 

 

剛田武の、右足は動かない。

関節は砕けて砕けたまま固まって。神経にはびっしり砕けた骨が突き刺さって。

侵攻後、病院に運ばれたジャイアンの右足はそんな状態だった。

 

日々繰り返されるリハビリの日々。

ジャイアンは一つたりとも弱音を吐くことなく、繰り返している。

まずは一人でベッドから立ち上がれるように。

次に車椅子に座れるよう。

立つたびに痛む右足を叱咤しながら、ジャイアンは日々を過ごしていた。

 

「-------」

 

ふと、思った。

もしかすれば、あそこで――ちび共を庇って死んじまった方が、カッコよかったかな、と。

 

「-----まあ、カッコいいけどよ」

 

そんなカッコよさクソくらえ。

死んでカッコつけて何の意味がある。

カッコつけて、カッコつけた自分を見れない。そんなカッコよさ、ジャイアンにとっては何の意味もない。

それに。

そうなったときに、残された人間がどう思うか。

 

雑貨屋が潰れちまったって、それよりも家族全員が生き残れたことの方が何千万倍も嬉しかった。

命があれば、どうだっていい。

この右足がこんなのになってしまった事。それそのものには何ら後悔はない。

 

でも。

それでも。

自分が――今家族が大変な時に、更に負担になっているという自覚もしている。

 

一人で歩けやしねぇ。

車椅子にも乗れねぇ。

しょんべんだって一人で出来ねぇ。

 

全部、家族が手伝ってくれて出来ている。

 

そういう現実を目の当たりにして。

時々、そういう思考に陥る事があるのだ。

死ねば、負担にはならなったのかな、と。

 

「------そんな訳ねぇのにな」

 

ジャイ子が自分と同じ立場になってそんな事を言えば、きっと本気で怒るだろう。

解っている。

解ってはいる。

 

それでも。

――やっぱり、自分は家族の負担にはなりたくなかった。

 

 

 

――だからよ。

――感謝してるんだ。

 

ボーダー。

気に食わねぇ野郎もC級の時わんさかいたがよ。

 

でも。ボーダーは動き回れる代わりの身体と、何より――俺が家族に与える負担を、失くしてくれた。

俺のこの役立たずな身体が、一転して金稼ぎの道具になったんだからな。

 

俺様が重機関銃を最初に手にした理由を教えてやるよ。

一体でも多くあのトリオン兵どもをぶち倒してやりたかったからだ。

 

弾をバラまいて敵をたおせりゃ、それだけ多くの金が入る。そんで、気に食わねぇバケモンどもをぶち倒せる。

簡単な話じゃねぇか。

そうじゃねぇか。

 

 

あの時。

色白のねーちゃんをテレビで見た時。

 

何をすべきか、解った気がした。

 

――だからよ。

――俺はもう、迷わねぇぜ。

 

 

「――ジャイアン君は」

「ん?」

「今更だけど、――何でウチに来たのかな?」

 

ガラガラ。

車椅子の車輪の音と、コンクリが擦れる音が響き渡る夜空の下。

 

ジャイアンと北添が、歩いていた。

車椅子を押すでかい男と、その車椅子に座るでかい男。

何とも暑苦し気な絵面であるが、本日の夜空は実に涼し気な風と静寂を運んでくれていた。

 

静寂を縁取るように、さぁと風が凪ぐ音が聞こえてくる。

 

「んー。ゾエさん俺の師匠だし」

「だねぇ。こんなに体形が似ている弟子が出来てゾエさん嬉しいよ」

「影浦の兄貴、カッコいいし」

「マネしちゃダメだよ?」

「ヒカリのねーちゃんはうるせーけど、コタツ入れてくれるし」

「ヒカリちゃんの評価ポイントそこなんだ?」

「そんで、ユズルは何かほっとけねぇし」

「流石はお兄ちゃんだねぇ。-----年下だよね?」

 

「で-----見返したかったんだよ」

「見返したい?」

 

――おい。やめとけ。あのガンナー、ボーダーの厄介者のチームメイトだぜ。

――C級見るたびに襲い掛かるイカレ野郎がいるチームだ。お前も目を付けられるぞ。

 

「ゾエさんに教わってた時にさ。んなアホの陰口で影浦の兄貴の事を知ったんだよ。で、さ」

 

――へぇ。誰がイカレ野郎だって?

 

「荒船って人が通りかかって、そんな風に言ってくれて。アホな事言ってるバカを追い払ってさ」

 

――ゾエはいいガンナーだぜ。どんどんばしばし吸収して、もっと強くなれよ。そうすりゃ、もうすぐB級だぜ。あんな連中、ゴボウ抜きしてやれ。

 

「で、実際に影浦の兄貴に会ってみて。――俺はやっぱり好きだったんだよな」

 

粗暴、乱暴。

まあ、これは正しい。

 

でも。

影浦は戦いの場でもなければ――自分の友達を傷つけるようなことは絶対にしなかった。

 

「解りやすいじゃん。影浦の兄貴。気に食わなきゃ気に食わねぇ、って言える人。俺は、それを我慢してうじうじ陰口言ってるやつの方が何百倍も嫌いだからよ」

 

まあ、だから。

 

「このチームでよ、俺様も大活躍して――上に行きたい、ってマジで思ったんだよ」

「-------」

 

北添は。

少しだけ面食らった表情しながら――微笑む。

 

「ねぇ、ジャイアン君」

「なんすか?」

「――カゲはさ。色々誤解されやすい奴ではあるんだ」

「だろうなぁ」

「でもさ。その分だけ、仲間のことは絶対に誤解しない奴でもあるんだ」

 

影浦は、感情を受信できる。

その分だけ彼は――人の真心も、疑いなく受け取れる。

 

「あんなキツイ副作用持ってても。それでもめちゃくちゃ不器用ながらもさ、仲間にやさしくあれてるのは――優しさも、普通の人の何十倍も感じ取っているからだと思うんだ」

だからさ、と北添は続ける。

 

「ジャイアン君のその気持ちも、ちゃんと伝わっているはず。だから、もっと頼っていいんだよ。カゲ含め、隊の皆にもね」

「-----おう」

「じゃあ、そうだ。ジャイアン君。何か、やりたいことでもある?」

「やりたい事かぁ。うーん、じゃあ――」

 

 

「それで、何で僕まで連れてくるんだよぅ」

「うるせぇ。人数合わせの為だ。さっさと入れ」

 

ブースを少々改良したその場所には、芝生が生え茂ったフィールドがあった。

それは河川敷マップの端にあった、公園であった。

 

ヘルメット。ボール。バット。

野球道具が持ち運ばれ。

 

そして、数多の人間がここに集まっていた。

 

「ひっさびさだねぇ野球なんて。――二宮さん、何処のポジションやりますか」

「俺は別段動きが速いわけじゃないが、防ぐのには慣れている。ファーストかキャッチャーをしよう」

「お、意外に乗り気。――辻ちゃーん。女子も含まれるからって、固まらないの」

二宮隊。

 

「俺達三人で外野を掌握するぞ」

「何で僕まで------」

「まあ、時々はこういうのもいいでしょう」

風間隊。

 

「俺達は-----く。狙撃手は野球ならどのポジションが花形だろうか?」

「ピッチャーだろう。狙撃手なら」

「三人も無理じゃんそんなの。ダルイ-------」

荒船隊。

 

「ふふ。トリオン体で野球なんて、わくわくしちゃうわ」

「ですね!私、ぴゅーんって飛び跳ねて守備してみたかったんです!」

「野球も時々は悪くないね。一度やってみてみたかったんだ」

那須隊。

 

「-----野球って、なんだ?オサム?」

「野球ってのは-----ああ、なんて説明すればいいんだ。ルールが結構難しい-----」

「------もう、いやだ」

「ふふ。でも、楽しそう」

玉狛第二。

 

そして、

「------いいかお前ら。やるからには絶対勝つからな」

「カゲ、やる気があるじゃない。ゾエさん嬉しいよ」

「------野球かぁ。やったことないなぁ」

影浦隊。

 

「――おお」

ジャイアンの願い。

それは。

もう一度、思い切り野球をしたいというものだった。

 

その願いを聞き届けた北添は、それとなく忍田本部長に根回しをし、許可を取った上で――ブースを草野球に使うという離れ業を実現した。

 

「おっし!」

これから。何年かぶりの草野球が始まる。

そう思うと、わくわくが止まらない。

 

「――ジャイアン君ね」

そうして、ガッツポーズをしている時。

声が、聞こえた。

 

柔らかな、声音だった。

 

「呼んでくれてありがとう。――お姉さん、頑張っちゃうから」

 

それは。

ボーダーに自身が入ろうと思った、切っ掛けの人。

それを目の前にすると、色々な感情が湧いてくる。

感謝の言葉を伝えたい。

貴方のおかげで、ここに来れたと、言ってしまいたい。

でも。

「------よろしくお願いするぜ、那須さん!」

それらを飲み込み。

今は、こう言葉にする方が正しいと、思った。

 

そう言うと、那須はにっこりと微笑み――右手を差し出す。

差し出された手をがっしりと掴んで、ジャイアンもまた、笑った。

 

 

 

何があるかなんて、全く解らない。

先も解らない。

失ったものも、取り戻そうとして取りこぼしてばかりのものも、たくさんある。

 

でも。

それでも。

何かがあると信じて歩いていく道すがら。得られるものもある。

 

そう――眼前に広がる光景を見ながら、思った。



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玉狛第二④

久々にこっちを更新。
オリ主で新しい連載も始めましたので、よければそっちもどうぞ~。


「さ...さて」

「――総評ですね」

 震える口先で何とか総評を口にせんとする氷見に先んじて、木虎が口を開いた。

 それが優しさゆえか、残酷さゆえか。それは解らないが。

 とにかく、この場の話題の主導権を木虎が取る事となった。

 

「今回の対戦――玉狛第二が6ポイント+生存点2ポイント。残る二隊が1ポイントずつという結果となりましたね。終わってみれば、玉狛の圧勝という形となりました」

「6ポイントのうち、4ポイントは空閑によるもの。試合全体で空閑のエースとしての能力が、残る二隊よりもはるかに上回っていた結果だったように思いますね」

 木虎の言葉に、鳥丸も言葉を足していく。

 途中で氷見が何とか「あ、あの」と言葉を放とうとするが、木虎がその役を奪ってしまっている格好だ。

 

「烏丸先輩は、勝負のポイントは何処だったと思いますか」

「第一は日浦が落ちた所でしょうね。間違いなく」

 

 日浦茜はこの試合におけるキーマンだった、と烏丸は言う。

 

「日浦はこの試合における唯一の狙撃手。彼女がいるかいないかで、残る二隊の自由度が大きく異なる事になるでしょう。個人的に、那須隊がこの試合で勝利するためには日浦を最後まで生かし切る事であると踏んでいました」

「日浦隊員は、序盤に野比隊員の足を削り、空閑隊員に仕留められました」

「ここで野比を仕留め切れなった時点で、大分那須隊は苦しい展開となったと思いますね。二人がそこで足止めをされている間に、空閑が日浦を狩る時間を与えてしまった。逆に言えば、ここを凌ぎ切った野比の粘りは素晴らしいものがあったと言えます」

「――玉狛第二も、野比隊員が那須隊に囲まれている状況で、空閑隊員を彼の援護に向かわせるのではなく狙撃手である日浦隊員の撃破に向かわせていました」

「それもかなりリスキーな行動ではありますが、ここは取れるポイントを優先すると同時、野比が生存できることを信頼していたのでしょう。実際、ここで日浦を落とせたことが後々玉狛第二にとって非常に大きな影響を及ぼしますので、個人的には取るべきリスクであると感じています」

 

 烏丸は、そう言い切ると、各隊の勝ち筋についてを説明し始める。

 

「那須隊は日浦を生かしつつ那須隊長と熊谷先輩で浮いた駒を狩る事が出来るかどうか。柿崎隊は他の二隊より先に合流が出来るかどうか。そして玉狛第二は野比を生かしつつ日浦を仕留める事が出来るかどうか。その中で、勝ち筋に乗れたのは玉狛第二だった」

「那須隊は、その条件を初動で失敗しているんですね」

「はい。序盤にスパイダーを張っていた野比はまさしく浮いた駒で、ここで前衛中衛の二人が連携して仕留めにかかった訳ですが。ここで野比が粘りに粘った為、日浦が援護せざるを得ない状況になった。この時点で、那須隊の勝ち筋は非常に薄くなったように思えますね」

「そして、柿崎隊は照屋隊員が大きく離されるマップ配置となっており、合流が遅れる事となり、那須隊に合流が先んじられてしまいました。烏丸先輩の言う勝ち筋が、初めからなかった」

「柿崎隊は玉狛第二と那須隊がぶつかっている中で、この二隊を囲む陣形も取ることが出来ました。合流地点を交戦地区付近に設定し、那須隊と野比がぶつかっている地点で横やりを入れられる立場にもありました。――けれどそうはしなかったし、そうしない事を玉狛第二・那須隊にも見抜かれていたように思います」

「烏丸先輩が、見抜かれていたと思われたポイントは何処でしょうか?」

「一つ。玉狛第二の動きが合流の阻止ではなく、相手が合流した後に妨害する策を取っていた事。野比のスパイダーですね。二つ。那須隊の撤退のタイミングが割に遅かった事。この二つですね」

 

 玉狛第二の初動は、マップ中央地点にいたのび太がスパイダーを張っていきその周囲を遊真が索敵するというもの。

 その中で那須・熊谷にのび太が見つかり交戦。そして釣り出された日浦が狩られる。これが序盤での玉狛第二・那須隊の動きである。

 

「狙撃手がいない上に、完全に部隊が合流できていない状態で張るスパイダーの効果は、移動の妨害以外の効果は然程ありません。それでも野比はスパイダーを張っていった。柿崎隊が合流を優先して動くことを予想した動きであると思います。そして、その場所に襲い掛かる那須隊もギリギリまで野比と交戦し、撤退したのも空閑と三雲が野比の援護に来るタイミング。柿崎隊の横やりを警戒するそぶりはなかった」

 

 事実。

 柿崎隊は二隊の交戦地区を迂回しての合流を目指した。

 この動きの中、日浦が狩られ、野比が遠距離射撃の配置に付き、そしてスパイダー地点に追い込む準備が整えられた。

 合流した後に、しっかり連携を崩す策が形作られていた。

 

「柿崎隊は、合流してからが強いです。なので合流を優先するのは何も間違ってはいないです。ただ、それが読まれているという現状に対する答えが今のところ見つかってません」

「序盤を総括するなら――勝ち筋を整えられた玉狛第二と、勝ち筋を得ようとして失敗した那須隊と、勝ち筋を得るには時間が足りなかった柿崎隊、という事でしょうか」

「それで間違いないですね」

 

 注:氷見実況は何とか各解説員に話題を振ろうとはしております。役割を木虎にとられ涙目になって言葉に詰まっているだけです。悪しからず。許して。

 

「そして、中盤から終盤にかけて、怒涛の展開でしたね。那須隊長VS野比隊員の一騎打ちと、残る隊員による乱戦」

「那須隊長と野比の戦いに関しては、お互い見事としか言えませんね。まさしくお互い全ての手をかけて戦い抜いていました」

 那須のバイパーと、のび太の壮絶な弾丸の応酬。

 思わず解説員すらも言葉を失うほどに壮絶な結末となったこの一騎打ちは、最終的に相打ちという形で終わった。

 

「お互いの本領が出ていた試合でしたね。機動力は那須隊長が勝り、攻撃の速度は野比が勝っているという前提があって、那須隊長は機動力を活かし障害物で射線を切っていき、野比は最終的にグラスホッパーで機動力を埋め合わせながら攻撃を続けていた」

 

 障害物の間を自在に動き回る那須と、それに追い縋りながら銃を撃ち続けてきたのび太。

 この戦いは――のび太の動きを想定した上での那須の大技と、のび太の早撃ちによる相打ちで終わる。

 

「自分の強みをぶつけ合い、最終的な読みあいがお互い噛み合って、お互い倒れた。そんな印象です」

「ここで野比隊員が那須隊長と戦う事で、もう一つの区画では一気に乱戦となりました」

 

 のび太の射撃と、それに連動した修・遊真との連携によって、柿崎隊を完全に封じ込めていた玉狛第二。

 だが、そののび太が交戦に入った事で柿崎隊が動けるようになり、そして那須隊熊谷の乱入によって一気に乱戦と化した。

 

「ここでは、とにかく空閑の乱戦での強さが際立っていた印象です」

「ここだけで、空閑隊員は3ポイントを獲得していますものね」

「乱戦は、攻防入り乱れる中、一瞬浮いた駒がどうしても出てきます。それを察知する能力と、それを狩るための道筋を一瞬で作り出せる判断力がとにかく高い」

「例えば、どのような所でしょうか?」

「序盤。熊谷先輩による乱入という不測事態においても、その状況の変化をいの一番に察知し真っ先に体勢の崩れた照屋を狩った動きもそうですし、その後全員が全員攻撃態勢に入っている中襲い掛かってくる巴にグラスホッパーを踏ませ、全員の動きを封じた上で柿崎隊長を狩りだした動きなんかですね。――乱戦における判断力の高さが、ここに詰まっている」

 

 各隊員が、別々の敵に攻撃せんとする中。

 遊真は、

 ①巴にグラスホッパーを踏ませ、自らの身を守る

 という一つの行動から、

 ②熊谷の動きを巴をぶつけることで封じる

 ③柿崎の銃撃が熊谷に当たる事を封じる

 

 これらの効果を発生させたうえで、

 

 ④銃口を既に別方向に向けている柿崎を狩る

 

 という動きに連動させている。

 

「恐らくは、自身の安全を確保した上で、一点でも多くポイントを取るためでしょう。一つの行動から、この乱戦で自分だけがポイントを取れる状況を整えていた」

「……末恐ろしいですね」

「全くです」

 

 その後は。

 三雲と連携して巴を狩り、そして熊谷を狩り――玉狛第二の勝利となった。

 

「那須隊が、熊谷先輩と那須隊長でそれぞれ人員を分けた意図を、どう烏丸先輩は見ますか?」

「あくまで一位を取るためでしょう。那須隊長が野比を撃退して、熊谷が乱戦を引き起こしてそれぞれの部隊を消耗させたうえで二人が合流出来れば一位が見えていたからでしょう。――しかし、那須隊長が倒れたことでその見込みが潰えてしまった」

 

 那須と熊谷が連携してのび太を撃破しに行った場合。

 のび太を撃破できた可能性は非常に高かっただろう。

 だがそれと同時に、柿崎隊がのび太の動きが制限されている間に大通りに逃げられる可能性もまた高かった。

 そうなると、のび太との戦いで消耗した那須・熊谷コンビで合流した柿崎隊と対戦する可能性があった。それに玉狛第二にも狙われるとあれば、勝ち切る可能性は薄かった。

 それ故に、二人を分けた。

 

「玉狛第二は、この試合で大まかなチーム戦略が見えてきましたね。野比のスパイダーと射撃で相手部隊の動きを封じ込め、封じ込めた場所に空閑を投入しポイントを稼ぐ。今回はその戦略が綺麗に嵌ったように思えます。そしてこの戦略に、初見という事もあるのでしょう。二隊が対応できなかった」

 そう烏丸は、この試合を総括した。

 この言い方には、烏丸なりの隠された配慮がある。

 この試合で、仮に今休んでいる狙撃手が加われば――という部分をしっかり無視したまま玉狛第二の戦術に関して語っているからである。

 

「それじゃあ氷見先輩――第二試合終了時のランキングの表示をよろしくお願いします」

 そう、木虎に言われると、涙目のまま、無言で電光掲示板にランキングを掲載する。

 

 そこには――。

 

「――凄いですね。影浦隊と玉狛第二がもう上位ランクに入りました」

 

 影浦隊が5位。

 玉狛第二6位。

 

「上位ランクに殴り込みをかけた二隊――次もまた、俄然楽しみになりましたね」

 

 

「...」

 柿崎は。

 解説を聞きながら、項垂れていた。

 

 ――柿崎隊は、合流してから強いです。なので合流を優先するのは何も間違ってはいないです。ただ、それが読まれているという現状に対する答えが今のところ見つかってません。

 

 その通り。

 本当に...その通り。

 

「――強かったですね。玉狛第二」

「完全に動きが読まれてましたね。それに野比君だけじゃなくて、もう一人の空閑先輩も...」

「いやー。正直言って空閑君に関してはあの動きをあの場面で対応しろってのが中々難しいでしょ」

 

 同じように項垂れながらも、残る隊員は対策を立てている。

 

「結局、烏丸君が言っていることがすべてだと思います。読まれている戦術以外の引き出しを提示していかないといけない」

 

 照屋のつぶやきに、柿崎はまた胸が刺さる思いを抱く。

 自分が。

 自分の判断が。

 読まれているにもかかわらず、合流に拘った作戦が。

 

 この部隊をここまで徹底した敗北に叩き込んだのだから。

 

「――じゃあ、隊長」

 そんな自分に。

 照屋は、笑いかけた。

 

「話しましょう。――次はこういかないように」

 その笑みは、まるで落ち込んだ自分の心に、一つ波紋を投げかける石のようで。

 

「一緒に考えましょう。――失敗は、するつもりでやっちゃ勿論ダメですけど。それでも、こうして新しい発見をすることは重要な事ですから」

 

 その笑みに、柿崎は思い出した。

 かつてこの年下の女の子に言われたことを。

 

 ――支え甲斐がありそう、と。

 

 かつて柿崎は、現A級の嵐山隊隊長、嵐山准と共に記者会見に出たことがある。

 彼が持つ、異質なまでの覚悟。

 家族さえ無事ならば、後は全力で皆を守るために行動できる。

 そう偽らざる笑みの中言った言葉に――気圧され、眩しすぎると感じたあの日。

 

 その中。

 照屋は、自分に目をかけてくれた。

 照屋だけではない。虎太郎も。

 

 自分の隊員は、自分で選んだ人間じゃない。

 逆だ。

 選ばれたのだ。

 そして、試されている。

 自分は隊長として相応しいのか。

 照屋の眼が間違っていなかったと。そう言って貰えるほどの人間に成れているのか。支えで成長できているのか。

 

 そうだ。

 この部隊は。

 文香は。虎太郎は。それを率いる自分だって

 

 ――こんな所で足踏みしていい存在じゃない。

 

 照屋のその言葉に、

 もう一度気合を入れなおす。

 

「ああ」

 だから、考えよう。

 今度は、チームを生かすためだとか、そう言うのは抜きで。

 勝つために。

 上に上がるために。

 遠慮も要らない。心配も要らない。

 

「よろしく頼む、――文香。虎太郎」

 

 ただただ、進んでいこう。自分の全てをかけて。

 

 

「どぅわ~! すみません!」

 その頃。

 那須隊の面々の中、そこでは元気な泣き声が響いていた。

 狙撃手、日浦茜の声が。

 

「ううん。――烏丸君の言う通り。悪いのは、初動で野比君を狩り切れなかった私だから」

「折角茜が足を削ってくれたのに...もう少し、玲が攻撃できるよう立ち回れたら...」

 

 熊谷の眼には――涙すら浮かんでいた。

 今回、のび太を二人で囲んだ場面。

 熊谷と那須の連携の中――熊谷は那須のシールドの援助を多く受けていた。

 のび太の放つ高威力の弾丸を防ぐため。那須が持つキャパシティーを熊谷の防御に割かせてしまった。

 もしその分を、攻撃に回せていたら? 

 受けた援護の分、自分がもっとうまく立ち回れていたら? 

 結果も違ったものになるのではないか。

 そう――試合の時から後悔が渦巻く。

 

「――もっと。もっと。変わっていかなくちゃいけないわね。私達も」

 そんな二人を見て。

 那須はそう言って微笑みかけた。

 

「――ここにいる、皆で」

 

 日浦茜がいられるのも、今年度まで。

 だから。

 せめて。

 ここで。このチームで。

 上を、目指す。

 

 

 そして。

「...」

 のび太は。

 不思議な感覚を覚えていた。

 

 あの那須との戦いの中。

 何かを。

 相打ちに至るまでの記憶の経緯を辿る。

 

「――何だか」

 

 根拠はないけど。

 自分もこのままではいられない、と心のどこかに感じていた。

 

 変わらなければならない。

 そんな予感を。

 



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氷見亜季①

ボーダーラインの方の大規模侵攻が思いつかんのでこっちを更新。


「.....」

「.....」

 誰か。

 誰か助けてください。

 本当に。

 助けて。

 

 状況をお伝えしたいと思う。

 二宮隊、隊室。

 ここに二人の隊員がいます。

 二宮隊攻撃手、辻新之助。

 そして。

 オペレーター、氷見亜季。

 

 今。

 氷見オペレーター(17)は仮眠用のベッドの上に顔を埋め、窒息した魚よろしく時々電流を流したかのようにぶるぶる震えだす以外の機能を放棄し、そこに存在していた。

 さて。

 氷見亜季は非常に優秀なオペレーターである。

 冷静沈着に的確な指示を出し、機器操作も非常に手早い。

 そう。

 本来ならば、ランク戦の実況なぞ彼女にとってそれほど労苦を伴う仕事ではないはずなのだが。

 

 しかし。彼女とて人間。苦手な事象やどうしても精神が安定しない状況・環境というものが何処かしらに存在している訳で。

 そんな状況が、ふとした偶然で転がり落ちて来たわけである。

 

 烏丸京介。

 彼が──レポートに追われる太刀川の代打で解説に出るという偶然がそこに生じてしまったが故に。

 

 彼女は元々人前で緊張しやすい体質のあがり症を持つ人物であった。

 ある日。元隊員の鳩原のアドバイスを基にそのあがり症を克服したわけであるが。

 そのアドバイスと言うのが「烏丸君相手に比べたら、他の人なんて何も緊張しないでしょ」というものであったものだから。

 ではそこで比較に出された烏丸が隣に座るハプニングが発生。

 それからというもの。

 本当に酷い有様だった。

 本当に。

 重ねて本当に。

 酷い有様だった。

 喋れない。喋っても舌がもつれる。もつれた状況をどうにかしようと更に焦る。あわあわ慌てて話題の提示が出来ない。

 最終的に。

 同じ席に座る木虎が烏丸に話題を振り、そしてそれに烏丸が答え、木虎がその答えに捕捉を加える──という一連の流れが出来上がり。何も仕事が出来ていない有様を観衆のもとに晒してしまったという訳である。

「....」

 言葉は少なくとも。

 氷見が考えていることは、辻にもわかる。

 これからどうなるのか。

 あの試合を見た人間から噂が広まるのだろう。

 あの醜態を面白おかしく話題の種にされ続けるのだろう。

 未来を悲観し、過去を振り返るたび羞恥に悶え、彼女は一切の思考を放棄するようにベッドに顔を埋めているのだ。

 

 辻新之助。

 女性恐怖症の彼にとって──氷見はようやく慣れた女性であるが。

 ここで適当に氷身をフォローできる言葉を言えるような経験は生憎積み重ねていない。

 ──お願いします。早く、早く来てくれ! 

 辻は願う。

 誰を待っているのか。

 犬飼だ。

 ここで、ここで氷見さんに声をかけられる人物は犬飼しかいない。頼む。早く来てくれ。早く、頼む──! 

 

 ドアが開く音がした。

 犬飼が来たか──そう思い、思わず振り返る辻新之助。

 そこには。

「.....」

「.....」

 二分の一のクジは外れた。

 現れたのは、二宮でした。

 

「氷見」

 変わらぬ口調で、二宮は声をかける。

 氷見は、ビクリ、と特段の電流が流されたかの如く、身体を跳ね上げる。

 

「──温い実況しやがって」

 

 ピシャリ。

 冷酷な言葉を一つ彼は言い放ち、そのまま部屋の奥に居座りジンジャーエールを飲み始めました。

 

「....」

「あの、氷見さん.....ほら、ランク戦記録は音声は残らないから」

 辻。

 あまりの哀れさに、思わずそう声をかける。

 そう。

 ランク戦の記録は映像のみが記録されており、音声は残らない。

 そのはずだ。

 

 その時だ。

 

 ──なんやて? 今日の氷見ちゃんの実況死ぬほど可愛かったって!? こんなん俺に音声記録聞けって言うてるようなもんやん! 海老名ちゃんはよ捕まえてはよ聞かなあかんやん! 

 ──さっき海老名ちゃんに聞いてみたんすけど、もう試合終了直後から大人気みたいで。海老名ちゃんもちょっとダビングするので待ってほしいって。

 ──なに!? そんな人気なんや! なら孫音声の孫音声でも構わへん! お前のイケメン力活かしたコミュ力で何とか手に入れてくれや隠岐! 

 

 そんな声が。

 廊下から聞こえてきて、そして遠ざかっていった。

 

「....」

「....」

 

 かける言葉も見つからない。

 そんな一幕。

 

「.....辻君」

「.....はい」

「死にたくなったから、防衛任務までちょっと一人になるね」

「はい。あの、死なないで下さいね」

 眼前の壁は高い。

 頑張れ氷見亜季。

 

 

 ところ変わって、玉狛支部

「成程ね.....」

 遊真はうんうんと頷く。

 眼前には、野比のび太。

 彼の提案に、いいんじゃない、と言った。

 

「オサムがスパイダーを張る役をするから、のびたはその分──スパイダーを外して別の装備をしたいって事だね」

「うん」

「ちなみにそう考えたのはどうして?」

「多分。これからスパイダーを使った戦術は研究されていくと思う。それと。今のチーム編成だと僕が落ちる訳にはいかない」

 

 だな、と遊真は言う。

 

「僕と遊真君。両方で点を取らなくちゃいけないと思う。次のラウンドから来る雨取さん、って人も、連携もまだ出来ていないと思うから」

「だな」

「だから。僕はもう一つ武器を追加しようと思う」

「武器か.....何にするかはもう決めているのか?」

「この中から選ぼうと思っているんだ」

 

 のび太が選んだ武器は、この通り。

 

 突撃銃

 拳銃

 

「拳銃もう一丁持つのか?」

「今持ってるやつが、射程と威力に振ってるから。今度は威力が大きくて速さもある奴にしようかな、って」

「おおー」

 

 今まで。

 のび太の早撃ちは弾速の遅さゆえにシールドで防がれる事が非常に多かった。

 遠近で共に弾速の遅い拳銃を使っていたが故に。

 

「今回、熊谷さんと那須さんに囲まれた時に、反撃が出来なかった。──弾丸の遅さがもうバレているから、対策がされているんだ」

 

 二人で組み、那須がシールドを張りながら熊谷が斬りかかる。

 この連携が来た時に。

 バイパーもアステロイドも両方ともシールドで防がれ、ジリ貧の戦いを強いられることとなった。

 

「どれだけ銃を構えるまでの速さがあっても、弾丸そのものの速さが遅ければシールドの展開が間に合っちゃう」

「成程ね」

「だから。遊真君とのコンビネーションを考えた時、どっちかを追求した方がいいと思うんだ」

 

 どっちか、というのは。

 中距離での弾幕支援。

 もしくは共に近距離で連携が出来るようになった方がいいのか。

 

「中距離か、近距離か.....ね」

「うん」

 

 ふむん、と遊真は呟き、

 

「じゃあ──折角だし、練習してみればいい」

「練習?」

「習うより慣れろ──だっけ。今日は突撃銃使っているとりまる先輩もレイジさんもいないし、本部に行ってみようか」

 

 

「お、早撃ちメガネ君に、空閑じゃねーか。どーした?」

「あ。ランク戦ぶりだね。野比君に、空閑君」

「お。この前は随分とやってくれたじゃねーか」

 

 という訳で。

 本部個人戦ブースに向かうと、そこには米屋、照屋、柿崎の三人がそこにいた。

 

「お。かきざき先輩にてるや先輩。この前のランク戦ぶりですな」

「おーおー。見てたぜ空閑。お前この二人両方ともぶっ倒してんじゃん」

「そういやそうだったなこいつ。この、この」

「いえいえ。乱戦で丁度いい感じだったので」

 空閑は、米屋と柿崎にもみくちゃにされながら、楽しげに笑っていた。

 そして、その後ろで照屋がニコニコと笑い、それを見届けている形だ。

 

「三人ともどうしたの?」

 のび太が尋ねる。

 

「えっと。隊長と私が新しいトリガーを導入したから。その連携の練習を米屋先輩に付き合ってもらってたの」

 のび太の問いに、照屋はそう答えた。

 

「ほうほう。新トリガー」

「お。言っちゃうの。照屋」

「ふふ。確かにここじゃ言わない方がいいですね」

「だねぇ。──で、お二人はここに何しに来たのかね?」

「ん? ああ、のびたの新トリガーの練習に来たんだ」

 ほぅ、と米屋は言う。

 

「なになに? 何を追加するの?」

「拳銃もう一丁追加するか、突撃銃使おうかな、って」

「へぇ。突撃銃か。──じゃあちょっと待ってな」

 

 米屋がそう言うと、別のブースへと走っていく。

 暫し時間が経つと、戻ってきた。

「どうしたのよねやん」

「いやー。今こそ先輩の力添えが必要かと思いまして」

「ほうほう。──あ、侵攻以来だね。こんにちわ野比君」

 

 そこには。

「あ、久しぶりです。犬飼先輩」

 

 丁度ブースをうろついていた、犬飼澄晴がそこに現れた。

 

「ランク戦見てたよ~。相変わらず大活躍じゃないか~。このこの~」

「わぁ。見てくれてたんですね」

「そりゃあねぇ。君たちのチームここ最近で本部でもかなり話題になっていたからね。まさか君が玉狛に行くとはね~」

 

 ニコニコと笑みながら、ばしばしと犬飼がのび太の肩を叩く。

 

「という訳で。突撃銃もちの先輩三人がここに集まりました。ぱちぱち~」

「おお。野比君も突撃銃使うの?」

「拳銃もう一つ追加するかどうか悩んでいて.....」

「ふぅん。じゃあ一先ず、一回使ってみようか。さ、ブース入ってみようか。──よねやんはどうする?」

 犬飼がそう米屋に聞くと。

 米屋は笑いながら、空閑を見やる。

「空閑」

「お。いっちょやっちゃう?」

 空閑もその視線に、自らの拳を合わせることで応える。

「はいはい。君たちは元気にバトルするのね。──二人とも付き合ってもらって大丈夫?」

「俺は大丈夫だぞ」

「私も同じく」

「よしよし。それじゃあ行こうか」

 

 

「じゃあ取り敢えず。突撃銃にもタイプがあるから幾つか紹介しとくね」

 犬飼はそう切り出すと、説明を加える。

 

「まず。ザキ先輩と照屋ちゃんが使っているこの突撃銃ね。多分、一番使われているタイプ」

「そこそこ重く、連射性も威力もある程度担保されているのが、これだ。いわばバランスタイプ」

 で、と犬飼は続ける。

「俺が使っているこれ.....短機関銃っぽい見た目してるでしょ? これは軽いし取り回しがききやすいんだけど、反面威力がそこまでない。動き回って味方のサポートするのに便利なタイプだね。で、ここにはいないけど、ゾエ辺りが使ってる重機関銃もある。こっちは威力も連射性も凄まじいけど、その分取り回しがあんまり効かないしトリオンがどんどん削られていく。大きく分ければ、突撃銃のタイプはこの三つと言う事になるね」

 

 成程、とのび太は呟く。

 重、中、軽、という感じなのだな──とのび太は一人頷く。

 

「さて。まあ色々説明するより実際に使ってみる方がいいだろうね。──という訳で、一回やってみようか」

 

 

「いや。降参。野比君マジでヤバいね。銃だったら何でも使えるんじゃないの?」

 

 ひえーと犬飼がそう呟くと、

「いやいや。訓練して一時間足らずで移動標的全部にぶち当てやがった」

「凄い....」

 照屋、柿崎もまたそう感嘆の溜息をもらす。

 

 訓練して一時間余り。

 この短期間で──移動する標的全てに正確に弾丸を当てるという離れ業をのび太は行っていた。

 

「──決めた」

「お」

「僕、犬飼さんと同じこの軽い奴にする」

 

 ほうほう、と犬飼は呟く。

 

「野比君の強みは照準合わせるまでの異常な速さだもんね。そこを生かすには、やっぱり取り回しが軽いものの方がいい。うん。俺としてもそっちの方がおススメかな」

「そうだな。そっちの方が機動力もある程度ある野比にはあってる」

「ありがとう、犬飼先輩、柿崎先輩、照屋先輩」

「いいよいいよ。──よし」

 

 犬飼はうんうんと頷くと、

 

「じゃあ俺は用事あるから、ここで失礼しちゃうけど。──ザキ先輩、照屋ちゃんとの連携の訓練してたんだよね?」

「ん? ああ、そうだな」

「どうせだったら、今丁度いい感じに恩を売れた子がいる訳だし。練習してみたら? それじゃあね~」

 

 そう言い残し、ブースから退出していった。

 

「.....えっと」

 

 のび太はその言葉に首を傾げるが、

 

「どうします? 隊長」

「.....同じB級だが」

 

 一つ悩み、だがぶんぶんと柿崎は首を横に振る。

 

「いや。今の俺達にとってはライバルに情報が行き渡るかどうかより、一つでも連携の練度を高めることの方が重要だ」

「.....ですね」

 その言葉を待っていましたとばかりに、うんうんと照屋は頷く。

 

「野比。──これから少し手伝ってもらってもいいか?」

 そう柿崎は問いかけ──そして、笑った。



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剛田武③

 そうして。

 のび太は柿崎と照屋と向かい合う。

 

 タイミングを見計らい、のび太は銃口を向ける。

 軽機関銃型の突撃銃を構え──狙うは柿崎。

 

「──文香!」

「はい!」

 

 のび太の射撃が開始された瞬間、柿崎はシールドを展開しそれを防ぐ。

 

 その瞬間。

 照屋がのび太の左側に移動しつつ──。

 

 四角形の陣を、展開した。

 

 ──グラスホッパー! 

 

 彼女は。

 高速移動を可能とするグラスホッパーを使用していた。

 

 彼女はのび太の脇を横切りながら、ハウンド突撃銃を撃ち放つ。

 

 鳴り響く射撃音と共に、追尾弾がのび太の側面から襲い掛かる。

 

 その瞬間、

 柿崎が弧月を構えながらのび太に斬りかかる。

 

「く.......!」

 のび太は。

 旋空を警戒し、ハウンドをシールドで処理すると同時斬撃を避けつつ、突撃銃を撃ち放つ。

 ハウンドの間隙を突く形でタン、タン、と照屋に放ち、斬りかかる柿崎にも同様に牽制目的の銃弾を放つ。

 

 放たれた弾丸は照屋の左足と腹部を貫き、柿崎へ向かう弾丸はシールドで防がれる。

 これでいい。

 両者の足がここで止まった。

 

 のび太はシールドを解除し、片手に拳銃を呼び出す。

 

 柿崎に向け突撃銃の銃弾を出来るだけ広範に散らし、シールドを拡げさせる。

 そうして拡大したシールドの中心点に、拳銃を向ける。

 いつもの戦術だ。広範に散る弾丸でシールドを拡げさせ、威力の重い弾丸でそれを打ち破る。

 

 その狙いに気付いたのだろうか。

 照屋は突撃銃をのび太に向け、撃つ。

 

 ──ここまで、狙い通り。

 

 のび太は柿崎に向けた拳銃を身体を捩じり照屋に向けながら、銃弾を避けるようにステップする。

 銃弾が放たれ、照屋に向かうその瞬間。

 

「今です、隊長!」

「おう!」

 柿崎が。

 ステップを敢行したのび太の背後に──ワープしていた。

 

「──テレポーター!」

 のび太が驚きと共にそう言葉を放つと同時。

 背後から襲い来るアステロイドの弾雨により、──のび太は全身を穿たれた。

 

 

「柿崎先輩がテレポーターで、照屋先輩がグラスホッパー」

 はえー、とのび太は呟いた。

「今回のラウンドで色々と反省点が見えてきてな。その対策として、俺と文香は新しいトリガーに挑戦しようという事になって」

「その中で私がグラスホッパー、隊長がテレポーターという事になったの」

 柿崎隊において長年頭を悩ませていた問題が、

 ①合流するまでの時間の短縮

 と

 ②合流した後に地形を利用され射線を切られ強制的に連携が崩されるような場合はどうするのか

 

 という二点が存在していた。

 合流して近中どちらも高いレベルで連携できる隊だからこそ、その形を中心に据えつつ別の引き出しも追加していきたいと考えた。

 その解答が、このトリガーの追加である。

 

 ①に関しては照屋がグラスホッパーを利用しての高速移動により合流時間の短縮を図る、という解決策を打ち出し

 ②に関しては照屋の高速移動と柿崎の瞬間移動を組み合わせ地形の利を取る事で解決する事を目論んだ。

 

 配置が悪く隊員同士の距離が広がっている場合は照屋側から迎えに行き合流の時間を短縮する。その上で、狙撃手の位置が判明した場合や、浮いた駒がいた場合も照屋がその始末にかかる。

 更に固まった状態からそれぞれがある程度の距離を散開しながら連携する手段として柿崎のテレポーターを利用する。

 

 照屋が高速移動しそちらに視線を誘導させつつ、柿崎がテレポーターで移動し挟撃をかける連携や。

 柿崎が弾幕を張り敵の足を止めつつ照屋がグラスホッパーで急接近し仕留めるという形も出来る。

 

 戦術上の引き出しをある程度増やす形で、柿崎隊はこれまでの課題を解決する事を目論む。

 

「──まあでも、そう簡単に上手く行くとは俺達も思ってないさ」

 柿崎は鼻先を掻きながら、そう苦笑する。

 

「新しい引き出しを増やすって事は、その分隊の練度をさらに向上させなきゃいけないからな。それが一日二日でどうにかなるものとは思っていない」

 

 でも、と柿崎は続ける。

 

「──けど、何も挑戦しなかったら、ここで隊は止まってしまうからな」

 

 挑戦をしなければ、停滞したまま。

 その言葉は、──のび太の胸の内に、すぅと入り込んできた。

 

 その姿を見ながら。

 照屋もまた──笑った。

 

「私も。多分野比君の所の空閑君や草壁隊の緑川君みたいなグラスホッパーの使い方は今のところ使えないけど──でも、いつかは必ず追いつくから」

「文香......」

「だから。私も、隊長も頑張っていくから。──野比君も、頑張ってね」

「......はい」

 

 日々。

 どの部隊も常に、強くなろうと努力し続けている。

 

 それは何処であっても同じ事。自分だけがそうやっているわけではないのだ。

 

「.....」

 

 のび太は、その時に。

 変えるのならば──徹底して変わらなければならないと、思った。

 

 

「──度胸は悪くねぇ」

 

 一方。

 影浦隊隊室でも訓練が執り行われていた。

 

「いいかぁ、ジャイアン。踏み込んで振り回すだけじゃすぐに仕留められるぜ。スラスターの慣性をうまく使え。じゃなきゃ仕留められねぇ」

「慣性.....?」

「──スラスターの勢いをうまく使えってんだ。お前が近接で仕留めるような状況は限られる。最低でもゾエがバックで援護できる位置。そんで相手が地形利用して引っ込んでいる場合とかに限る。そうでなきゃ、お前はアステロイドぶっ放してる方が強いからな」

「......うす!」

「近接に関しては、ここまでかね今のところ。──ほんじゃ、交代。あとよろしく頼むわ」

 

 影浦が隊室から出ていくと。

 代わりに別な男が入室してきた。

 

「はじめまして。俺は村上鋼という。──君にレイガストの使い方を教えてほしいとカゲに頼まれたんでね」

 眠たげな眼に、伸ばされた背筋。

 何処か武士然とした男──村上鋼が、ジャイアンの眼前に立つ。

「うっす、村上さん! よろしく頼むぜ!」

「ある程度記録で動きは見ていたけど。ちゃんと自分の目で動きを知っておきたいから。──まずは五本程度、手合わせをさせてもらおうか」

 

 

「俺が教えるのは、レイガストの盾モードの使い方だ」

 

 五本中。

 五本とも、ジャイアンは負けた。

 

 レイガストであらゆる銃弾を防がれ、寄り切られて敗北。実にシンプルな負け方だった。

 

 その単純さゆえに、ジャイアンでもその敗因は解っている。

 この男の、凄まじいまでの防御能力故だ。

 

「レイガストは盾モードにすればシールドよりも強度は遥かに上だ。それにシールドのように範囲の伸縮で強度が落ちる事もない。硬さ、で言えば最も強度の高いトリガーの一つだろう」

 

 村上は、淡々としつつも落ち着いた口調で説明を続けていく。

 

「だが。シールドと違い目視範囲に自由に出現させる事は出来ない。基本的にこの盾で防げるのは、握り手の可動範囲だけだ。なので、自然とこいつを装備しておくと前に出ることになる。──そう考えれば君のトリガーとこいつは合っている。射程切り詰めて威力を増大させている訳だから、自然と前に出ることは多くなるだろう」

 

 なので、と村上は言う。

 

「君がこれからやってもらうのは、的確な防御をする事。それだけ。まずは俺が基本的な防御するうえでの動きを指導するから、その動きを覚えてくれ」

「動き?」

「ああ。今言ったように、レイガストでは自分の腕の可動範囲しか守れない。だが案外、腕の可動範囲と言うのは広いものでさ」

 

 村上はジャイアンにアステロイド突撃銃を持たせると、自身はジャイアンと斜め後ろに身体を向ける。

 撃ってみろ、という言葉と共にジャイアンはアステロイドを撃ち放つ。

 それと同時。

 村上は背中側に腕を回し、くるりと盾を背後に持っていき──その弾丸を防いだ。

 

「で」

 そこから正面に向き直る体制の動きから、居合斬りの如くジャイアンの上半身に旋空を叩き付ける。

「げえ!?」

「こういう感じで、扱いに慣れてくれば、腕っていう自分の身体の一部を動かして守っていくぶん、攻撃にもある程度転じやすい」

 

 ジャイアンは、おお、と唸った。

 カッコいい。

 ひたすらにその動きがカッコよかった。

 

「という訳で。訓練内容は簡単。俺がある程度距離を取りながら攻撃していくから、ジャイアン君がそれを防いでいくんだ。防ぐために弾幕使ってこっちの動きを制限していくのもアリ。で、その都度動きを修正していくから」

 

 

 その後。

 村上との訓練は三時間にも及んだ。

 

 肩の可動域を意識しつつ、あらゆる体勢からでも反射的に防御が取れるように反復の繰り返し。村上は正面からだけではなく、側面からの斬り込みも行い、体勢移動しながらの防御もジャイアンに叩き込んでいった。

 

「攻撃手に慣れてきたら、銃撃防ぐ訓練もゾエ辺りに協力してもらってやるからな」

「うっす。あの、村上さん」

「ん?」

「その──いいんすか。同じB級チームなのに、俺達に協力なんかして」

 

 村上が所属する鈴鳴第一は、影浦隊・玉狛第一と入れ替わりで中位に落ちた。

 いわば、自分たちを上位から叩き落とした存在であるというのに──何故協力するのだろうか。

 

「そこのところは気にしなくて大丈夫。──近界民と戦う分には、俺も、君も、勿論カゲも。皆味方だ。味方は強ければ強いほど、頼もしい。例えランク戦ではライバルであってもな」

「でも.....」

「──って言葉を、隊長に言われてな。その言葉に俺も救われたんだ」

 

 村上は、ジャイアンの大きな頭に掌を乗せる。

 

「それに。カゲが俺に珍しく頼み込んだんだ。君の世話をしてくれって。──アイツは気難しいけど、根はいい奴だからな。そんな奴が頭を下げてこっちにお願いするなんて、珍しいんだ」

 え、とジャイアンは声を上げる。

 頭を下げたのか。

 あの、影浦が。

 

「アイツが人に頼るのは本当に珍しい。──それだけアイツも切羽詰まってるんだ。助けられるものならば、助けてやりたい」

 

 だから、

「礼を言うなら、俺じゃなくて、影浦に言ってあげな」

 

 そう。

 村上は言い──そして、ジャイアンもその言葉に大きく頷いた。

 

 

 そして。

 次回ランク戦の対戦相手が決定される。

 

 ランク戦、第三試合、昼の部。

 

 ──玉狛第二、影浦隊、二宮隊、東隊による四つ巴戦となった。

 

 




地獄の組み合わせ、再び。


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