光子、神皇宮へ行く (黄錦龍)
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前編

長くなりそうなんで前編。
妄想と勢いが産んだ駄文。
暇つぶしに見てくだされば幸いです。


これは、もしかしたらこの先起きるかもしれない物語。

これは、有り得たかもしれない未来を描く物語。

これは、機械から降りた超人達が誤解する物語。

 

 

 

 

さて、語り部となる人物である指揮官様はとある少女をまるで侍らすかのように寄り添いつつ、毅然とした面持ちで視線を前方に向けていた。

その指揮官様は厳かな雰囲気で腕を組み、それでいて物静かに前方を見据えている。

 

 

「やぁやぁご両人。相も変わらず迸る殺気を放つものだねぇ」

 

 

ーーーあの時と同じじゃないか、と言葉を締めつつ視線を傍らに向ける。

指揮官様の語りにあるとおり、視線の先にいるのは2人の『門番』。あの時指揮官様が初めて2人と会った時と変化がない状況を、飄々とした態度で喜ぶ。

これがこの指揮官。喜怒哀楽をしっかりと分別し、メリハリ効かせては数多のパイロットや機体を魅了してきた。あの門番2人も、そして常に傍らに寄り添うように立つ少女も。

 

 

傍らにいる少女、佐々木光子は少々不安げな面持ちで指揮官様と目を合わせていた。それもそのはず、訳もわからず理由の説明も詳しく受けずに、所詮は学生の身分でしかない彼女が訪れている場所に問題があるから、不安を拭えないでいるのだ。

 

 

神皇が住まう皇居。豪奢、絢爛、その言葉が波動の重圧としてのしかかるように存在感を与えてくる施設。今まさにその門前に、指揮官様は光子を連れてきているのだ。

この先には、日の丸を代表とする少女がいる。それだけでも緊張しないわけが無い。だがしかし、緊張の原因は別にあるのだと言うのは指揮官様にも読み取れている。

 

 

先述した通り、指揮官様はここを以前も訪れている。あの時と変わらず、神皇様を守護する『門番』が如何なる来客をもってしても立ちはだかる。光子は、その門番2人が放つ威圧的な波動に、気圧されてしまっているが故に緊張を着込んでしまったのだ。

 

 

門番の1人である、物静かで清廉な雰囲気の男が、指揮官の言葉に真っ先に反応を示した。

腰に提げた刀に、手を伸ばしながら。

 

 

「貴殿も変わらぬ様子。安心しました」

 

 

そう語るこの男は、神志名蒼司。

誠実で寛大なる人物だが、少々武士道精神に傾倒しているためか現代に合わない言動と見た目をしている。一言で表すなら、堅物武士といったところだろう。

表情は指揮官の語りを聞くなり、微笑むように崩れたがそれも一瞬ーーー依然として警戒の糸を指揮官様を前にしても緩めはしない。

 

 

それでこそ立派な門番。だからこそ神皇様は安心できるのだろう。

 

 

「面会の件ならば神皇陛下からお話は伺いしておりまする。どうぞ、中へ」

 

 

と、刀から手を離し誘導するかのように指揮官と光子を手招きする蒼司。

 

 

だがーーーパシンッと。そのジェスチャーを叩き落とした人物がいた。

もう1人の門番、奈鬼羅カルマ。蒼司とは正反対に野蛮で闘うことを嬉々とした鬼の如き風貌の人物。一言で表すならば、風来坊といった所か。

 

 

「待てよ大将。俺としちゃよォ、隣にいる別嬪な嬢ちゃんが気になるわけよ。前来た時はいなかったろ?」

 

 

「待てカルマ、今回彼は客人としてーーー」

 

 

「テメェは黙ってろ。俺の話を最後まで聞けや」

 

 

蒼司が光子に注目するのは如何なものか、と忠告しようとしたがカルマが双眸をギラギラと鋭くして遮った。

 

 

思わず蒼司が気圧されてしまったのを他所に、相棒のことを気にもとめずカルマは表情を次第に微笑みで歪ませていく。

 

 

「……良いな、テメェ。ぜってぇ強いだろ?」

 

 

カルマの視線の先は指揮官の傍らにいる、佐々木光子しか映し出されていない。

彼は強者を前にするといつも視野が狭くなり、注目を一切合切崩したりはしない(というか出来ない)性分にある。

 

 

指揮官様や神皇もそれが分かっているくらい、カルマという男は単純なのだ。

 

 

光子は自分がカルマに見詰められている事を察してか、表情を真剣なものとする。程よい緊張感で冷や汗を垂らしながら。

 

 

「拙者、でございますか?」

 

 

「拙者! 拙者ときたか。テメェもコイツと同類かよ笑えるわ」

 

 

何をしでかすのか、と警戒する蒼司よりも前に出つつカルマは盛大に笑いあげた。

だが、『先程よりも殺気が強烈になった』のを指揮官様は肌で感じとった。

 

 

それを狙い通りであるが故に指揮官様はほくそ笑むのだが、その笑みにはこの場にいる誰も気づかない。

 

 

一方で光子は、指揮官様の前に立ちーーーまるで殿様を守る側近であるかのように、重心を落として腰に携帯している刀の柄を掴む。

 

 

「お主、何を……?」

 

 

「あァー……俺はよ、強そうなやつを見ると身震いしちまうみたいでよ。大将が連れてきたアンタが直感でそうだと告げてるんだわ。で、だ」

 

 

ぶっきらぼうに返答しつつ、背負った竹刀を抜き取るやいなや乱暴に振るって。

 

 

「ちょっくら、ひと試合やらせてくれよ」

 

 

「おいカルマ、彼等は客人でーーー」

 

 

「なぁ大将、良いだろ? 最近刺客が来なくて身体がなまってんだよ。運動、付き合ってくれよ」

 

 

「はっはっは、光子……相手してあげてくれ」

 

 

「よろしいのですか?」

 

 

「うん、護衛と神皇様に紹介も兼ねて連れてきたんだけど……折角なら打ち合い、見てみたいなって」

 

 

朗らかな表情で語り合う。

しかし空間は剣呑な舞台と様変わり。

 

 

カルマは笑う。久々の強敵と試合出来るから。

指揮官様も笑う。『思った通りの展開にことが運んでいる』から。

 

 

「ではカルマ殿、お手合わせ願います」

 

 

「逆だ。俺が手合わせ願うんだよ」

 

 

反対に。

光子は表情を引き締める。指揮官様が見てくださる手前、無様さ見せられないから。

蒼司は溜息を吐く。またカルマの癖が出てしまい、こんな状況を止められない自分の不甲斐なさを理由に。

 

 

カルマ、光子。

両者ともに前へ出る。

方や竹刀、方や日本刀。それぞれの愛刀を握り締めて。力が込められて、しかし表情は力まず落ち着いていた。

 

 

「なんか悪いねぇ蒼司くん」

 

 

「いえ、貴殿は悪くない。……またカルマの悪い癖を見せてしまい、こちらが謝罪を」

 

 

「堅苦しくしないで。これからが楽しみだよ」

 

 

「楽しみ、とは?」

 

 

「……光子、強いよ?」

 

 

「ほう、カルマが負けるとでも?」

 

 

「んー、それを楽しみにしてるんだよね」

 

 

「貴殿は読めないな……全く」

 

 

「よく言われ……るのかな、分かんないや」

 

 

そんなやり取りをしている最中。

蒼司の呆れた表情と指揮官様の物静かな雰囲気を他所に。

 

 

向き合うは、桃色の武士と鬼。

両者ともに、剣を構える。

カルマは型がないのか、軽く素振りでもするかのように待ち構えていた。

一方で光子は、抜刀術の型を選択しカルマ同様に相手の出方をうかがっている。

 

 

ーーー静寂な時間、わずか数秒。それを打ち破ったのは………!!!

 




続くかもしれないし続かないかもしれない


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2話

長いので中編。


先手、動いたのはカルマだった。

前傾姿勢となり竹刀は大振りの型、勢いよく肉薄しつつ武器を振り上げる姿はまさに野蛮人の突進。無策に突っ込んでいくカルマに対して、光子は冷静にカルマを見据えていた。

 

 

抜刀術の型。佐々木家秘伝の巌流剣術には当然継承システムというものがあり、初代である佐々木小次郎から現代まで延々と語り継がれ、その度に剣術の型は枝分かれのように広がりを見せた。

 

 

ーーーその全てを網羅したと言っても過言ではない光子は、無数の型の中から最初に選んだのが抜刀術の型。相手の攻め手に合わせて反撃の機会をうかがう型。

 

 

故に光子は、突貫を仕掛けるカルマを軽くいなすように刀を横凪に振り抜く。

 

 

ギリィッ!ーーー金属が擦れるような音が拡散した。竹刀であるはずのカルマの武器は、傷一つつかず光子の抜刀と鍔迫り合いをしていたのだ。

 

 

「なっーーー」

 

 

「驚いたかよ、特別製なんだよ……俺のはよォッ!!」

 

 

裂帛の如き叫びをそのままに、力任せに反撃を仕掛けた光子を押し飛ばすように竹刀を振り回した。

 

 

拮抗出来るはずもないーーーカルマの出で立ちからして、筋肉は隆々としており無駄がない。対して光子は鍛えているとはいえ女子の細腕。華奢な身体は容赦なく後方に押し飛ばされてしまう。

 

 

「くっ…!」

 

 

体勢を立て直すために、着地のまま再び刀を鞘に収めーーーる事が出来ず。

 

 

理由は明白。鬼を彷彿とさせる夜叉が、目前にいたのだから。

 

 

ーーー圧倒的腕力、そして速度。カルマだからこそ為せる暴れん坊の動き。咄嗟に光子はしゃがみ込みカルマの脇をすり抜けると同時に、カルマの横凪が風塵を舞わせた。

 

 

滑り込んで回避した光子はその最中に鞘に刀を収めて。

 

 

「取った!」

 

 

「ーーーって、思ったか?」

 

 

勢い良く振り抜かれた刃は、カルマがすかさず背を向けたまま竹刀を斜めに構えて防いだのだ。

振り向くことなく防いだ=どこに刀が迫ってくるか先読みした予測と反応速度。先程の腕力や速度と言い、どれを見てもトップクラスな実力に、光子は驚愕を隠せなかった。

 

 

その隙が命取り、と言わんばかりに。

 

 

「遅ェぞ嬢ちゃん!!」

 

 

言いながら、カルマはその身を勢い良く反転させ、勢い殺さずに回し蹴りをかましてきた。

 

 

光子は瞬時に鞘を盾の要領で構え、その蹴りを防ごうとしたーーーが。

 

 

ドゴォッ、と。華奢な肉体ではその蹴りをいなすことは出来ずに鞘が光子の身体まで押して、実質直撃してしまった小さな体はくの字に折れ曲がり10メートルほど後方に吹き飛ばされてしまう。

 

 

「が、はっ」

 

 

血反吐を撒き散らしながら吹き飛んだ光子は、容赦なく地面に叩きつけられその勢いのまま指揮官様の真横を横切り、門の戸に激突。

 

 

圧倒的なまでに、光子とカルマの実力差は開いているのはここまでの剣戟光景を見た蒼司は察しただろう。

これでも共にカルマと共に神皇様を守護する門番だ、カルマがどれだけ強いかは身をもって把握している。こうなるのはある程度予想ができていた。

 

 

方や、ACE学園の女学生。

方や、数々の刺客を撃退してきた夜叉。

潜り抜けてきた場数からして雲泥の差なのだ。

 

 

だが。

蒼司すらこうなることを予想していたにもかかわらず、指揮官様の表情は明るかった。

光子の不利、それは明白のはず。だというのに、腕組を崩さず余裕を消さず。光子に駆け寄る動きもなく、動揺すら現れてこなかった。

 

 

「……なぜです?」

 

 

思わず、傍らに立つ指揮官様に怪訝の意志のまま蒼司は尋ねた。

 

 

問いに対して、指揮官様が口を開こうとしたーーー刹那。

 

 

「まだ、です……!」

 

 

光子の声が、劈くように響き渡る。

 

 

光子が、立ち上がっていた。

カルマの猛激を受けて、未だに闘志を失うことなく。

 

 

「拙者はまだ、参ったとは言わない!!」

 

 

「……そうこなくっちゃなァ」

 

 

光子の意思に呼応するように、カルマもまた笑みを歪ませる。

 

 

再び向き合う光子の姿に唖然とする蒼司を横目に、指揮官様は言おうとした言葉をそのまま告げる。

 

 

「そう、光子はまだ参ったと言ってない。言ったろ、強いって」

 

 

「……なるほど。意志の強さ、と。若いですね」

 

 

「そりゃまだ女学生だしね」

 

 

「だからこそ伸び代がある、と。毎度ながら着眼点が優れている、流石は伝説のーーー」

 

 

蒼司が最後まで言い終える前に、光子が『鞘を左手に持ち構えて、二刀流の型』を取りカルマに肉薄を仕掛けに向かう。

 

 

「はぁっ!!」

 

 

「面白ェぞ嬢ちゃん!!」

 

 

迎え撃つように袈裟斬りで立ち向かうカルマに負けじと、光子の二刀が拮抗する。

そう、拮抗しているのだ。先程まで押し負けていたはずの光子が、力任せの薙ぎ払いを受け止めており、さらに押し返そうとしているのだ。

 

 

「な、に……!?」

 

 

「まだ、まだぁっ!!」

 

 

その様子を見て、指揮官様は蒼司に解説するように言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「これには諸説あるんだけど。鞘ってのは、刀を中身から裂け出るのを防ぐために『刀と同じ強度』で仕上げてるんだってさ。だから、刀と鞘で二刀流なんて芸当も別段不思議じゃないよね?」

 

 

「……抜刀術に、二刀剣術。巧みですね、彼女は」

 

 

力のカルマならば、技術の光子。

うら若き乙女武士が鬼人(カルマ)を、ずりずりっと押し返そうとしている。

 

 

褒めちぎられて感嘆する蒼司の双眸は、劣勢になり始めたカルマに向けられていた。

 

 

カルマは、笑っていた。

闘う前に彼は言った、強者を前にすると云々と。その言葉通り彼は強者を求めて門番をやっているようなものだ。目的は邪だが、蒼司や神皇様が認める程に実力は確固たるものなのだ。

 

 

信頼しているカルマが、若さと技術を武器にした彼女に負けるなどとーーーそう思った矢先。

 

 

「……むぅんッ!!」

 

 

技術を力で捩じ伏せるかのように、地面がめり込むほどの脚力を頼りに光子の二刀を跳ね除ける。

 

 

押し飛ばされた光子だが、反撃をさせないと言わんばかりに着地後前傾姿勢でカルマに飛び寄る。

 

 

カルマの頭上を飛び越えつつ、頭目掛けて斬撃

→横に構えたカルマが交差斬りを防ぎ

→カルマの背後に着地した光子は果敢に攻めるために突貫

→凄まじい反応速度で光子と視線を交差したが、光子はそのまま横切り

→横っ飛びしてカルマの死角に回り込んで

→それを追うカルマは、次は何処に斬撃が飛び込んできても良いように身構える。

 

 

ーーーファニーの反復横跳びを彷彿とさせるように、光子の動きが少しずつ早くなり、やがてそれはカルマの目に捉えられない速度となる。

 

 

「……撹乱か。どっからでもーーーッ!?」

 

 

きやがれ

 

 

と、言葉が紡がれるより先に。

カルマの後方に鞘が激突し、よろめいた。

 

 

激痛に表情を曇らせるカルマは驚愕する。

激突しめり込んできた鞘は、なんと宙を舞っていた。そう、『いつの間にか背後に回り込んでいた光子が投げ飛ばしていた』のだ。

 

 

カルマがよろめいて。

それこそが一瞬、けれど好機と光子は踏み込んで。

 

 

「巌流、燕の閃き……!」

 

 

叫ぶ光子の肉体が加速し、いよいよカルマは光子の姿を捉えることが出来ない領域となった。

 

 

高速で縦横無尽に周囲を駆け回る姿はまさに閃光の如き速度。目にも止まらぬスピードで振り抜かれた鞘が、カルマの筋骨隆々な肉体をじわりじわりと痛めつけていく。

 

 

「ぐ、ごォ!?」

 

 

苦悶、悲鳴、そして『歓喜』。

 

 

光子は、カルマを本気にさせるに値する人物だと。

 

 

「や、る、じゃ、ねぇかァッ!!!」

 

 

野獣の如き絶叫が辺りに撒き散らされる。

 

 

燕の閃き、その最後の一撃を放つ刹那ーーーカルマの肉体が赤く染まった。

 

 

「!?!?」

 

 

まずい、と踏んだ光子は放つ一撃→回避に専念して距離を取った。

 

 

その選択をしなければ、光子は『焼けていた』だろう。

 

 

轟々ッ!!!

 

 

と、カルマを中心に焔が拡散し始めたのだ。

赤く激しく、カルマの性格を表すようにその炎は猛り滾っていた。

 

 

「……今のは?」

 

 

「秘剣・彼岸花。ーーーこれを発現したのは久々でな、火加減がガチにやっちまった」

 

 

不吉な言葉として印象のある実在の華を技にしているカルマの焔が、その言葉を皮切りに収まっていく。

 

 

辺り一面を焼け野原にしてもおかしくないその火力、それこそがカルマの真骨頂。

 

 

「嬢ちゃんを怖がらせちまったな……」

 

 

厳つい表情から何処と無く申し訳なさそうな声色、というギャップ萌えでも狙っているようなカルマだが。

そんなものに疎い光子は真剣な眼差しと、冷や汗を拭う動作をしながら首を横に振る。

 

 

怖くなどない、と。

女は度胸あるのみと言わんばかりに。

 

 

その姿に、カルマは更に歓喜する。

 

 

「嬢ちゃんみたいな女の子は久々だ……久々に本気でやれそうだ!」

 

 

「さようですか。ならば拙者も、貴殿に喰らいつかねば!」

 

 

互いに闘志を燃やし、血気盛んに。

 

 

もはやこの戦いは試合の次元を超えてしまった。

2人はこれから、殺し合いでも始めかねないほど剣気の風が漂い始めてしまっている。

 

 

「(これ以上はさすがにヤバい、か?)」

 

 

これまで見守っていた指揮官様だが、その顔つきがようやく焦りを浮き彫りにし始めた。

 

 

カルマの本気を、指揮官様は目にしたことがあるからだ。それは相棒である蒼司も同様であり、彼は腰に提げている刀に手を伸ばしていた=いつでも止めに入れるという明確な意思表示だ。

 

 

だが、そんな彼等の気持ちなど→言葉にしていないのだから届くはずもなく。

 

 

光子、カルマ。

両者ともに真っ向から突撃してーーー!!

 

 

 

 

 

「そこまでにせよ」

 

 

静かで、それでいて凛とした女の子の言葉が割って入ってきたのだった。



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3話

「おや、この声は神皇ちゃまかな?」

 

 

『……誰がちゃま、だ』

 

 

聞こえてきた声の主は神皇様。元より指揮官様が光子と共に皇居へ訪れた理由の張本人にあたる人物であり、この厳かな建造物の主であり、日の丸を代表とする存在。

 

 

だが指揮官様とやり取りしているであるはずの少女の姿はどこにもいない。

カルマと光子の激戦を止めに入ったはずの声の主は明らかに神皇様のもので間違いないはずなのに。

 

 

しかして、理由は明白。神皇様の元には『門番』二人以外にも多種多様な人材が控えており、門番はあくまで外側からの攻めを守るための存在でしかない。ゆえに内側を守る人材の中に一人、念能力に秀でた人物がいても不思議ではない。

 

 

この展開もおそらく、神皇様は一部始終を観察していたに違いない。でなければ、念能力での会話を通じて二人の試合を止めに入ることなどできないのだから。

 

 

『まったく、子供扱いするなと言っておろうに』

 

 

凛としていて、それでいて幼さが残った声色の少女の言葉は。

指揮官様とのやり取りを聞く限り、呆れているようにも感じ取れる。

 

 

そんな溜息交じりの呟きに、真っ先に歯向かうように声を荒げたのはカルマだった。

 

 

「ちょっと待ってくれよ神皇様、せっかくこれからって時に―――」

 

 

『そのこれからを大事にするためにも、カルマよここで引いてはくれないか。でなければ、そこな少女の身がもたなくなるのは必定だ』

 

 

「……けどよォ」

 

 

『良いな? 我はそこまでにせよ、と申したはずだ』

 

 

「チッ、わかったよ……」

 

 

性格や能力通りにヒートアップしたカルマの言葉を遮った神皇様のお言葉に、不服の表情を浮かべるカルマ。無理もない、久々の好敵手(エサ)を前にお預けをくらったのだから。

猛犬、飼主(しんのうさま)に躾けられるとはまさにこのこと。これには蒼司も苦笑いし、同時に指揮官様は安堵したように吐息を漏らしていた。

 

 

あれ以上やれば、実力差的に確実に光子は『自信喪失させかねないほどに潰されてしまっていた』に違いない。

指揮官として観察眼を鋭くしていたつもりだったが、門番との試合を是非とも良い糧にしてほしいと願っていたがゆえに、少々光子に厳しくしてしまったのは明白。そこは光子に対して申しわけなく思う指揮官様は、神皇様の声が響いてから沈黙=困惑を貫いていた光子に駆け寄った。

 

 

「大丈夫か光子、痛むところは?」

 

 

「は、はぁ……拙者はまだまだですね。全身、悲鳴をあげておりまする」

 

 

「でしょうね!」

 

 

カルマの猛撃をあそこまで食らいついたのだ。無傷であるはずもなく、簡易的に言えばぼろぼろの状態なのだ。身動きを取るたびに肉体が軋むように痛むのも、当然のことだと指揮官様は同情心を露わにしていた。

 

 

そんな光子に寄り添うように、指揮官様は光子の肩に手をかけて微笑みを向ける。

 

 

「無茶をさせてすまない、折角の綺麗な肌に傷を―――」

 

 

「いえ、貴殿は悪くない。拙者は……良い経験をさせてくださった指揮官に感謝しております。拙者の剣技、今後も磨きをかけていき」

 

 

そしていつか、と光子は指揮官に向けて満面の笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

 

「……いつか。巌流剣術の秘奥義、佐々木小次郎の燕返しを会得してみせます!」

 

 

「おぉ、よく言った光子。やっぱりお前は最高の女だ!」

 

 

向上心剥き出しの光子の頭を乱暴にナデナデ→やめてくださいませ、と困惑する光子を気にもせずひたすらに撫でまわす。

 

 

『……ハァ』

 

 

か細く、とてもか細く少女の溜息が聞こえた気がした。まぁ所詮空耳か何かだろうと指揮官様は思っているのだが、実際には神皇様が呆れの吐息を漏らしているのだ。

 

 

その理由は指揮官様が知ることは勿論ないのだが、門番二人は刺客撃退の為ありとあらゆるモノが敏感になっているためか、神皇様の小さな声を聞き逃すことはなかった。

 

 

故に双方、指揮官様を見つめつつ―――これは神皇様も大変だなぁ、と心を通じ合わせたのだった。

 

 

ゴホン、と神皇様の念能力を通じた咳が聞こえてきた後に。

 

 

『ともかく、客人二人は中へ。カルマと蒼司は引き続き役目を果たせ。くれぐれも、粗相はないように』

 

 

「「御意に」」

 

 

こうして。

多少の寄り道をした指揮官様と光子だったが、本題である神皇の住まう皇居=本題へと足を運ぶのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

所変わって、広大な敷地面積を誇る日の丸の看板=皇居内部にあるとある書斎。

 

 

外に出ることがほぼほぼ禁じられている神皇様は、この書斎が自室のようなものであり、唯一自由に出来る場である。寂しい、と彼女は弱音や不安を告げることはあまりしないがーーー状況的には誰がどう見ても、本が友達とか言う人物でもない限りは寂しさを募らせるのは分かりきっている。

 

 

だが、ここに永遠に1人である訳では無い。時には神皇が客人を招いたり側近を呼び寄せたりする機会があり、今回のように指揮官様がこうして訪れることこそがまさにその機会に当てはまる。

 

 

「……はじめまして、だな。佐々木光子よ」

 

 

「はっ、神皇様」

 

 

部屋に入るなり、難しそうな分厚い本を片手に出迎えた神皇様を前に、光子は丁寧なお辞儀で応えた。

 

 

「そう畏まらずとも良い、楽にせよ」

 

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 

「だが、そこな指揮官殿は逆に崩しすぎだ」

 

 

「ん?」

 

 

神皇は光子から指揮官様に視線を移したのだが、指揮官様は光子とは対極的に神皇様に挨拶もせず膨大な量が陳列している書籍棚を見上げていた。

→つまりは、礼儀作法がなっていないと神皇様はツッコミを入れたのだ。

 

 

これでも日の丸を代表とする存在、威厳ある存在、だからこその発言だったのだろうが。

指揮官様はその言葉に対して、ニヒルに笑みを浮かべながら言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「今更神皇ちゃまに畏まるのもーーー」

 

 

「……」

 

 

「おっと、神皇様に畏まる必要は無いくらいに親しくなれたと思っていましたが」

 

 

膨れっ面になった神皇様の睨みに耐えきれず、咄嗟に言い直した指揮官様は言葉を続ける。

 

 

「親しき仲にも礼儀あり、か。申し訳ない、神皇様」

 

 

「うむ、分かればよろしい。では座るが良い、楽にして構わぬ」

 

 

開いたままの本を閉じ、応接間も兼任した対面席に誘導する神皇様に従うように。

指揮官様と光子は座り、向かい合うように神皇様もゆったりとした動作で着席する。

 

 

普段着でもある着物は何重も重なって、重たそうだなーと呑気なことを指揮官様は考えて。

放たれる厳かな風格が緊張感を漂わせて、息苦しく感じますると光子は表情を強ばらせて。

そんな2人を交互に見ながら、まだまだ光子の方が大人びているではないかと神皇は何度目か忘れた呆れた溜息をついた。

 

 

「悩み事かな?」

 

 

「楽にせよ、と申した手前強くは言えぬが。指揮官殿はもう少し威厳とやらを持たぬか」

 

 

「……ふむ」

 

 

神皇の言葉を皮切りに。

指揮官様の纏う空気が変わる。

 

 

その面持ち、雰囲気、物腰。

隙が全く見えない。仮に背後から刺客が不意打ちをかまそうものなら、空気感だけで返り討ちにしてしまいかねない程に。

 

 

やれば出来るではないか、と神皇は感嘆しつつ言葉を続ける。

 

 

「では本題に移ろう。汝から直接提案を物申したいと伺っておるが、何事だ?」

 

 

「あぁ、まぁなんだ……神皇様」

 

 

言い淀みながら、指揮官様は隣に座る光子の肩を叩きながらーーー

 

 

「ーーー彼女をここに、インターンさせてやれないか?」

 

 

「なっ!?」

「……ほう?」

 

 

同時に、ほぼシンクロで、光子は唖然で絶句し神皇は感嘆の息を漏らした。

 

 

次いで、慌てふためいて言葉を告げ始めたのは光子だった。

 

 

「お言葉ですが指揮官様! 貴殿は何事も急ぎ足すぎまする! 起承転結、もう少し準備などをーーー」

 

 

「準備ならカルマとの試合で見せた。神皇様、光子は心身ともに学園でも秀でた実力者だ」

 

 

「そ、それにここは皇居、インターンなどーーー」

 

 

「よかろう」

 

 

「受け付けーーーえ?」

 

 

「良かった、引き受けてくれるか?」

 

 

「ただし、だ」

 

 

神皇と指揮官様の間でやり取りが進む一方で、光子は1人あわあわと狼狽えている。

 

 

神皇はそれを横目にしつつ、話を続ける。

 

 

「近々、日の丸最強武士を選ぶための御前試合が行われる予定だ。現神教の民は勿論、政府も注目する大事な催し物なのだが……佐々木光子よ、そこで優秀な成績を収めよ」

 

 

ーーーそれが出来なければ。

 

 

「インターンの話は無効だ。なに、皆の前で先程のような剣さばきを披露するだけでも充分だ。そこまで身構えるほどのことではないとも」

 

 

「皇居での、御前試合……でございます、か?」

 

 

光子の問いに、神皇は微笑みながら頷いた。

 

 

皇居での御前試合と言えば、全国各地の英傑たちがこの催し物に備えて準備をして『死闘』を繰り広げるーーー血腥い、そして白熱するイベントだ。

 

 

その中には当然、かの剣聖で有名なあの方も参加したこともあるとの噂もある。それが仮に真実なら、剣聖クラスの実力者が数多く集まることを意味している。

 

 

当然それは、門番であるカルマと蒼司にも匹敵するはずだ。俄然燃えないはずがない、光子は次第に表情を柔らかく崩して言った。

 

 

「よろしいのならば、是非!」

 

 

巌流剣術の現使い手としては、この機会を逃さない手はないーーー光子の瞳はギラギラに輝いていた。

 

 

インターンがどうのこうのはきっと抜け落ちたろうな、なんて間抜けだなと感じつつ指揮官様は『いつの間にか用意されていた(念話の人かな?)お茶』を啜った後に

 

 

「じゃあ俺宛に、御前試合の詳細を頼む。光子の引率者として」

 

 

「あいわかった。……では後日使いの者を送ろう」

 

 

ーーーこうして、神皇宮でのやり取りは幕を下ろした。

 

 

帰り際に、指揮官様の背中を見詰める神皇様がやけに寂しそうにしていたのを、当然ながら指揮官様は知る由もなかった。

 

 

戦術や見極め、観察眼などなど。

いくら感覚は鋭く敏感でも、女心までは察しが悪い。よくいる鈍感な人物なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、指揮官様」

 

 

「ん?」

 

 

「……何故に酒場へ拙者を?」

 

 

「まぁ、ヴァネッサ姉さんに『お悩み相談』しようかなって」

 

 

「は、はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余は基本、皇居から出ることは出来ない。

不安や不満がない訳では無い。外の世界へ行く機会も限られているが故に、余は他者と触れ合う機会が滅多にない。

 

 

だからこそ余は、指揮官殿を……汝に会えるのを楽しみにしておるのだ。

 

 

唯一、心を開かせてくれる友として。

余を、『神』ではなく『人』として見てくれた汝を。

 

 

だからこそ、どんな理由であれ接点は残しておきたいのだが。

この感情を、民たちは『恋だの愛だの』と指摘してくるのだがーーー果たして、恋愛とはどんなものなのだろうか、余は知りたいのだ。

 

 

 

 

「なるほど〜なかなかに可愛い娘じゃない」




次回があるとすれば
①ヴァネッサのお悩み相談酒場(最後のやつ)
②佐々木光子の御前試合(カルマVS光子決着編)
③日時的orラブコメ的な何かしら

のどれかを書く予定。機会があれば書くかもだし、書かないかもしれないから期待はしないでね!


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