番外個体の獣は少女と旅す (星の空)
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プロローグ ー1ー

「はぁ………はぁ………はぁ………もうッ!何がどうなっちゃってるのー!?」

 

小学6年生辺りの少女は今、必死に走っていた。その訳は背後にいる(・・)

 

カラカラ、カラカラという音を響かせながら、骸骨の集団がワラワラと追って来ていたのだ。

まぁ、炎に包まれた町中を喚きながら走り回っていれば、徘徊していた骸骨達が彼女の声に反応していつの間にやらこんな大部隊となっていたのだ。

少女は逃げ続けるが、所詮は人間。もう限界はとっくの昔に過ぎている。

少女はとにかく、骸骨達を撒く策をパニックの最中僅かに残る理性で試行錯誤していた。そして、守りに丁度よさそうな武家屋敷を発見。兎に角助かる為に駆け込んだ。

そしたら直ぐに門を閉じて見つかりづらそうな蔵に逃げ込んだ。

蔵の扉を閉じ切ると同時に武家屋敷の門が崩壊して骸骨達が雪崩込んだ。

数十秒後には骸骨で武家屋敷の庭が埋め尽くされてしまった。

ちなみに、少女を殺そうとした何処ぞの暗殺者(アサシン)が骸骨達の雪崩に巻き込まれて今も下敷きになっていたりする。

蔵に籠った少女はこの地獄のような街や、人が一人もおらず石像しかないことにも精神を擦り減らし、あの骸骨達によりとうとう泣き出してしまった。

 

「どうなってんだよぅ…………父さんも母さんも消えちゃうし……変なことには巻き込まれるし………………もう嫌だよぅ。いッ…………手の甲も怪我で痛いし………………。」

「ならば一思いに楽にしてやろう。」

 

すると、その少女の悲しみに1人の人物が声を掛けてきた。それは先程雪崩に巻き込まれて今さっき中に侵入してきた暗殺者であった。

 

「ヒィッ!?!?」

 

急に声をかけられたことに驚き顔を仰け反らせた。それが幸を為し、頬に一筋の切り傷が出来たが交わすことが出来た。

本来なら今の一言を最後に聞いた声として脳天に飛来物が刺さって少女が死ぬ算段であった暗殺者は声を出したことが仇となったことに失敗したと悔やんだ。

 

「だ、誰ですか貴方は!?!?!?」

「…………我は暗殺者。主の命令により貴殿を殺す。」

「こ、殺す?わ、わわ私を?」

「………………」

 

沈黙は肯定。つい最近見た土曜夜の刑事ドラマでのセリフの1部を鮮明に思い浮かべた少女は先程の気配の無さや頬を裂いた刃物を手に持っているとこを見て………

 

「嫌アァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」

 

………反撃した。

そこかしこにあるダンボール箱の中から適当な物を投げ始めた。その中には目の前の暗殺者を殺せたであろうコンテンダーの銃もあったが今の少女に余裕は無く、投げた。

とにかく投げる。ダンボール箱の中身が無くなるとダンボールそのものを投げて次のダンボール箱を開けて中身を投げる。

 

「え、ちょ、待っ、アダッ」

 

この暗殺者は物理が一切聞かないのだが、ここの元住人は偶然か、あの魔術師殺しのものなので、地味に魔力が篭っている物がちょくちょくある。それが暗殺者には地味に痛かった。

 

「グッ……………………………死ね。」

 

とうとう投げれるものが尽き、少女は尻もちを着いた。それを後期とみた暗殺者は手に持つ黒塗りの刃を投げた。

少女の脳天に突き刺さろうと、少女が死んだと認識した瞬間、少女の足下の消え掛けの魔法陣が突如輝き、蔵の天井に謎の穴が開き、同時に少女の手の甲も輝き出した。

 

「ッ!!!!不味い!!!!!!!!」

「へ、何!?」

 

突然の事に少女は戸惑い、暗殺者は投擲による殺害ではなく直接手を下しに飛び掛る。

少女にもう少しで刺さるといったところで、暗殺者の後頭部に何かが落ちてきて、同時に腹にダメージを負って吹き飛ばされた。

 

「グァッ!?!?!?」

「あたっ!!!!!!!!!!!」

「ふぇっ!?」

「…………………………」

 

暗殺者がよろめきながら目を少女に向けて、失敗したと認識した。

それは先程まで少女と二人っきりだったのだが、2人の人物が暗殺者と少女の間にいたためだ。

 

「痛たたたた、ん?何処だここ?」

「え、あれぇ?誰ぇ?」

「………………何がどうなってやがる?」

「「「こっちが知りたい。」」」

 

少女と暗殺者、そして上から落ちてきたであろう女剣士の声が重なり、暗殺者を蹴ったであろうギリシャ系の鎧に身を包む翡翠色の髪と紅い瞳を持った少女じみた日本人の青年の問いに問を返した。

だが、青年は周りを見回して目を閉じた後、直ぐに目を開けてから成程、と呟いた。

 

「マスター、事情は後で説明するから移動をする。そこの女剣士(セイバー)もだ。まぁ、移動前に暗殺者(こいつ)を仕留めないとな。」

 

「へっ?」

「ぬっ!?」

「あら?」

 

皆が瞬きをした瞬間に、暗殺者の首は撥ね飛ばされていた。そして、魔力化して霧散してしまった。

青年が光速で槍を手に取り撥ねて消したのだ。

少女からしてみれば急に今まで殺しに来ていた者の首が急に撥ね飛んだのだ。

 

「え…………嘘………………」

「あんた、良い腕してるねぇ。1戦しない?」

「その様な余裕は無い。マスターに酷なもんを見せた後だ。それに、ここを移動しないとそろそろ扉が持たんぞ。」

「扉?」

「…………………………あ、骸骨の集団。」

 

暗殺者に襲われてすっかり忘れていた存在のことを思い出した少女。外の様子を調べた青年はまだしも、何も知らない女剣士は頭上に疑問符を浮かべる。

それと同時に扉が壊れ、骸骨達が蔵に雪崩込んだ。

 

「「ヒィッ!?!?!?!?!?」」

 

唐突なホラーな光景だったため、少女と女剣士は飛び上がった。

そんな光景に青年は溜息を着きつつも素早く2人を抱えて骸骨の波を越え、外に脱出。

そのまま安全な場所に移動をするのであった。

少女と女剣士が見たのは、骸骨のカラカラ音につられてどんどん集まって行く骸骨達と、それにより出来たかなりの大きさを誇る白い山であった。

 

::::::::

 

「…………落ち着いたか?」

「う、うん。」

「ねぇねぇ、戦おうよぉ!!!!」

「少し黙ってろ。」

「ハイ」

 

学校らしき建物に3人は避難していた。

青年は外を警戒しつつも少女の身を気にして、騒ぎ立てる女剣士をガチトーンの一言で黙らせた。

 

「マスターに現状を教えるが、人理が滅んだ。」

「へ?」

「はいぃ?」

 

青年の一言の意味が読み取れなかったのか、聞き返す2人。青年はわかりやすく2人に教えた。

 

「こう言ったら分かるか?人類はマスターを除いて絶滅した。」

「ちょっと待って、それって………………」

「酷な話だが、マスターの両親や兄弟姉妹、学校の友人。その他の人類が死滅したんだよ。マスター以外はな。」

「そんな………………」

 

青年に突き付けられた事実に少女は絶望し、女剣士は思案する。

そして、女剣士は青年に問いかけた。

 

「ねぇ、それって誰も戻って来ないの?」

「あぁ。だが、何事にも例外が存在する。そしてそれはマスター自身が決めろ。己の父母らの後を追うか、未来を取り戻す長く険しい道のりを歩むか。」

 

青年は己の主たる少女を見定める。それは少女の覚悟を知ろうとしているのが丸分かりであった。女剣士もそれが分かったのか黙りを決め込む。

 

「さぁどうする?」

「私は……………………まだ間に合うのなら…………………………前に進む!」

「おぉ。」

 

少女は決意した。全てを取り戻すために修羅の道を歩む決意をしたのだ。少女が絶望から直ぐに立ち直ったことに女剣士は驚嘆した。

少女の決意が仮初の言葉でもなく本心からくる言葉であったのを汲み取り、青年は宣言した。

 

「その決意承った。我が剣は何時と共に、我が命は汝に託そう。我が名は星穿時音(ほしうがちしおん)、戦女神アテナの擬似英霊。クラスはランサーとして現界した。我は我が主の手足となろう!」

「乗りかかった船だし、私も手伝うよ。」

「女剣士は召喚された訳では無さそうだが?」

「見て見ぬ振りが出来ないだけ。あと女剣士って言ってるけど私にも名前があるの。新免武蔵守藤原春信って言うね。ランサーは分かるだろうけど君には宮本武蔵といった方が分かるかもね。」

「えっ、宮本武蔵ってあの二天一流の!?」

 

少女の決意に青年……時音は忠誠を誓い、女剣士……宮本武蔵は少女に協力することを決めた。そして、女剣士の正体が宮本武蔵と知った少女は驚愕していた。

 

「む、事情説明は後だ。ここから移動する。移動後にこの世界で何が起きているのかを説明する。」

「うわわっ!お、お姫様抱っこ!?って何処に行くの!?」

「武蔵、何処でもいいから掴まれ。この空間が崩れる。」

「そうみたいだね。それで、何処に向かうんだい?」

 

時音は少女を抱え上げ、武蔵に鎧の1部を掴ませると単独顕現(・・・・)の力を使い、崩壊していく世界……特異点から脱出する。

 

「何、人理焼却の基点の1つである1431年のフランス。百年戦争終戦直後だ。」

 

少女……谷口鈴12歳は大切なものを取り戻すために進む。その先で何を見て何を知り、何を成し遂げるのかは、全てあずかり知らぬものである。



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プロローグ ー2ー

月曜日

 

それは日曜日と火曜日の間にある一週間の始まりであり、殆どの人間を憂鬱にさせる1日である。

 

そんな憂鬱な日に少女、谷口鈴(たにぐちすず)17歳は久々の帰省であり月に1度しかない登校週間だからか、物凄いはしゃぎ様である。

疑問点が多々あるのは、鈴が唯の一般人では無いからだ。

今では「空白の3年間」と言われている3年間にある種の大冒険をしたのだ。

その大冒険についてはおいおい話すとしよう。

 

「それじゃあお父さん、お母さん。行ってきます!!!!」

「あぁ、行ってこい。」

「あらあら、気をつけてらっしゃい。」

 

鈴は久々に会った父と母に挨拶をして、▪▪高校に通う。▪▪高校には、15歳の頃に出会った今尚親友関係にある友達が通っているのだ。

大冒険時に培った技術を駆使して▪▪高校までの最短距離を通り、その途中で親友達を見つけたら、先回りしてゆっくり歩く。

そうすると、あたかも先行していた鈴に親友達が追い付く構図が出来上がった。

 

「あ!あれって、鈴ちゃんじゃない?おぉい!!」

「ん?あ!かおりん!!久しぶり!!!!」

 

鈴に声を掛けてきたのは▪▪高校の二大女神と呼ばれる同クラスのマドンナ兼天然の白崎香織(しらさきかおり)

彼女に声をかけられたら鈴は振り返り、香織だと気づいたら飛び込んで抱き着いた。

 

「…………何さ。」

「?どうかしたの?」

「ううん。なんでもないよ。皆もおはよう!そして久し振り!!!!」

 

鈴が声をかけたのは、香織と共に登校していた所謂いつものメンバーとなる、鈴と香織の親友である二大女神の片割れ兼苦労人の八重樫雫(やえがししずく)と雫の幼馴染である子供(・・)天之河光輝(あまのがわこうき)、そして光輝の親友である脳筋の坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)である。

 

「……えぇ、おはよう。久し振りね。」

「あぁ。鈴はいつも元気があっていいな。俺も明るくなるよ。」

「逆に有り余ってんじゃねぇか?よくそれで疲れねぇな。」

 

雫は慈愛の目で挨拶し、光輝はキザな言葉を発し、龍太郎は元気な点を疲れないのか心配する。

鈴はそれらを気にすることなく香織を抱き締めたまま香織の邪魔にならないよう器用に後ろ歩きをしながら光輝に返答した。

 

「それが私の取り柄だからね。それよりも私のいなかった間のことを教えてよ。」

「うん。鈴ちゃんの土産話も聞きたいかな。」

「それは後でちゃんと話すよ。」

 

和気藹々と話しながら歩く。横断歩道や通行人がいるのに後頭部に目があるのではないか?そう思わせるような器用な歩き方をしながらいつの間にやら▪▪高校に到着していた。

ちなみに鈴の行動を皆注意するのは諦めていたりする。

2ーAの教室に入り、荷を降ろした後は久し振り2に会ったクラスメイトたちと会話の花を咲かせる。

ホームルームまであと5分といった所に、1人の男子生徒が溜息を吐きながら入って来た。

その男子生徒の名は南雲(なぐも)ハジメ。某ゲーム制作社社長の一人っ子で跡取り息子。今はその台固め中といったところだ。

入ってきたハジメの姿を見たクラスメイトの殆どが侮蔑の視線を送った。大半の男子はあること(・・・・)での嫉妬、女子はあること(・・・・)に対する軽蔑である。そして、4人の男子がハジメを取り囲んだ。

それはリーダー格の檜山大介(ひやまだいすけ)と下っ端Aの斎藤良樹(さいとうよしき)と下っ端Bの近藤礼一(こんどうれいいち)と下っ端Cの中野信治(なかのしんじ)の4人はいつもハジメにつるみ、虐めているのだ。

そして、4人は言葉責めを始めた。

 

「よぉ、キモオタ!また、徹夜でゲームか?どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 

このようなことは不快に思う。しかし、大半の者が高みの見物か無視を決め込む。

鈴に関しては制服に仕込んだマイクロカメラとボイスレコーダーで諜報していた。

後で教師に渡すつもりなのだ。

 

「…………全く、何が面白いんだか。」

 

鈴はホームルーム前なので席に着いてのらりくらりと大介達を躱して席に着くハジメを遠目に見る。

男子達が嫉妬し、女子達がハジメを軽蔑する主な要因は彼女である。

 

「南雲くん、おはよう!今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

クラスのマドンナである香織がハジメにいつも声をかけているのだ。それが原因で男子達はハジメに嫉妬して、その香織の親身な態度を聞く素振りの無いハジメに女子達は軽蔑しているのだ。

そしてそこに光輝が入り込むせいでやや混沌としてくるのだ。

事態が悪化する前にチャイムが鳴り、皆が席に着いて担任の葛城宗一郎(かつらぎそういちろう)先生が入って来てホームルームが始まった。

その時点でハジメは夢へと旅立ち、それを香織は見て和み、雫は苦笑い、光輝はムッとして、龍太郎は無視を決め込み、大介達はイライラしていた。

高校卒業という功績があればハジメはどうでもいいと教師陣には通達されているため、葛城先生は気にせず話だした。

 

:::::::::

 

時間は経ち、今は昼休み。鈴は親友の1人である中村恵里(なかむらえり)と昼食を取っていた。

恵里が光輝に病んだ恋心を抱いているところは既に知ってはいるが、隠している様なので此方から明かす様なことはしない。

 

「ハムハム…………ゴクンッ。珍しいねぇ。南雲君が出遅れるとは。」

「確かにね…………………。何時もは鳴った瞬間に何処かに行って香織ちゃんがしょんぼりしながらこっちに来るんだけど。」

「あ、かおりんが突った。」

「…………天之河君も行っちゃったね。」

 

事態が混沌とし始めた時、それは起こった。

光輝の足元を中心に魔法陣が展開され始めたのだ。

 

「ッ!!!!!!!!」

(セイバーは待機して!ランサーはカルデアに報告した後追って来て!)

 

唐突な事態だが、大冒険時に培った技術のうち1つで瞬時に指示を出して不測の事態に警戒をする。

この教室に残っていた社会科の担当の葛城先生と副担当の畑山愛子(はたやまあいこ)先生……通称愛ちゃん先生が対処に当たるが時既に遅し。

魔法陣がカッ!!!!と光り輝いて、収まった頃には人1人おらず、食い掛けの弁当や散乱した机椅子しか2ーA教室には残ってなかった。

 

この事件は、政府が隠蔽しようとしたが間に合わず世間に晒され、集団神隠し事件として挙げられることとなった。

そして、鈴の言うランサーがカルデアというところに報告したことで、ある組織が動き出すこととなった。

 



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第1話 異世界トータス

魔法陣がカッ!!!!と光り、教室に残っていた大半の生徒達は余りの光量に思わず両手で顔を庇って目を瞑る中、鈴は慣れていたため(・・・・・・・)そのようなことをせず、いつも感じていた邪悪な気配を見つけて睨めつけていた。

その間に光が収まったため周囲を見るが、2ーA教室ではなく見知らぬ教会らしき場所であった。

そして、1番目に付くものを見る限り胡散臭いのがよく分かる。

それは縦横約10メートルあり、後光とそれを背負うように長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれており、その人物の背景には草原や湖、山々が描かれていて、その全てを包み込むようにその人物は両手を広げている巨大な壁画であった。

壁画に内包された神秘が意外と大きく、教会内部も相応の神秘に包まれていた。だが、その神秘に隠しようのない邪悪が潜んでいるのを確かに見て取れた。

 

(…………第4異聞帯に近いね、セイバー。)

(そうよね。もしかしたらクリプターも何処かに居たりしてね。)

(現実味がありすぎるからやめて。)

 

壁画から視線を他に見やると自分たちが立っている場所が儀式における台座であり、その下の方に儀式を執行下であろうこの教会信者であろう魔術師達がいた。

その中でとりわけ目立つ姿をしたご老体が錫杖を響かせながら階段を登って台座上にまで来た。

そして、名乗りあげた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

とある女神を連想して吹きかけた鈴だが、なんとか堪えて着いてこいというイシュタルについて行くのであった。

しばらく歩くと大きなテーブルが幾つも並んでいる大広間に通され、上座側に巻き込まれた教師陣2人をはじめ、光輝や香織といったいつものメンバーが座る。

鈴は上座から7番目に座ることが出来た。

中間地点に大介達虐め組がいて最後尾にハジメが座っていた。

ここに案内されるまで誰も騒がなかったのは未だ現実に認識が追いついていないのがよく分かる。その上イシュタルが事情を説明すると告げたことや、葛城先生が落ち着かせたことも理由だろうが。

全員が座り終わるとタイミングを見計らっていたのか、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。

それも、メイド喫茶の似非メイドや欧米にいるであろうおばちゃんメイドではなく、若々しく男子達の夢であろう少女そのもののメイドである。

こんな状況でも思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在でクラス男子の大半がメイドさん達を凝視している。鈴は黒い何かがあると冷めた思考をしていたが、それを見た女子達の視線は氷河期もかくやという冷たさを宿していた。

ハジメも興味があったのだろうが香織の雰囲気を悟ったのか我慢しているようだ。

 

(うん。香織ちゃんの背後に龍のス○ンドがいるのは気の所為。)

 

鈴も香織の隣だからかビンビン伝わって来るし、実際幻視すらしている。

全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

そこから語られるのはこの世界が地球では無いことと住んでいる人種、国同士の政治的関係、そして戦争中であること。後は人族が優れており、他の種族は異端であり悪逆非道何をな存在だと延々と言い聞かせていた。

固定観念を抱かせようとしているのが丸分かりであり、イシュタルが何が言いたいのかを鈴は悟った。

 

「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

イシュタルは最後に鈴の悟った通りのことを言った。

要するに戦争に参戦して他種族を滅ぼせと言っているのだ。

この教会内にいる者のほぼ全員が狂信者であり、断ると未知の大地に置かれる状況なのが分かる。

これでは拒否が出来ない。ある意味脅迫そのものであろう。葛城先生も悟ったのか表情が優れないし諦念の溜息を吐いていた。

しかし、そこに待ったをかけたものが1人。愛ちゃん先生である。

 

「ふざけないで下さい!結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい!きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

ぷりぷりと怒る愛ちゃん先生。彼女は今年二十五歳になる社会科の副担当教師で非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。

無論、鈴も庇護欲を掻き立てられている。

セイバーが今、欲しいと言ったのにも頷ける可愛さがあるのだ。

〝愛ちゃん〟と愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ばれると直ぐに怒る。なんでも威厳ある教師を目指しているのだとか。

今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーと立ち上がったのだ。「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛ちゃん先生を眺めていた生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

(あぁ、やっぱりか。ランサーが船乗り英霊(・・・・・)を連れてきてくれたら良いんだけど……)

 

空気がホンワカとしたものから重苦しいものに変わったのが直ぐに分かる。愛ちゃん先生が帰れない事についてイシュタルに突っかかるが、イシュタルの話によると「神が行ったことだ。我々人間には出来ない。帰れるかどうかは神の意思次第。」というもので、その意味を理解した生徒達は納得が出来ずに騒ぎ立てる。

その騒ぎ立てる生徒達をイシュタルが目で確認していることもそれに侮蔑が混じっていることも分かり、鈴は目をつけられない為にも身に付けた演技力で目を付けられることを避けた。

未だに生徒達が騒ぎ立てる中、光輝が立ち上がりテーブルをバンッ!!と叩いた。その音にビクッ!!!となり注目する生徒達。

光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。イシュタルさん、どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。

 

(あぁあ、光輝君やっちゃったねぇ。自分のエゴに皆を巻き込んだ(・・・・・・・・・・・・・)。光輝君イシュタルさんの術中に嵌ったし、皆も吊られて賛同しちゃってるし、1度離れた方が身のためかなぁ。)

 

生徒達が光輝を囃し立て、葛城先生がコミュ障を発症して上手く話せず参戦することとなったことに溜息を吐き、愛ちゃん先生が駄目だとオロオロしている中、1人思案しているハジメに疑問を持ったがこれからの事を思うといつの間にやら消え去り、鈴はセイバーと脳内で予定を立てつつ終息するのを待つのであった。



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第2話 ステータスプレート

戦争に参戦する以上は自衛と戦う術を体得して磨かなければならない。

イシュタル曰くこの世界の一般人とは隔絶した力を秘めているそうだが、それで鼻を伸ばすのは些か傲慢であろう。

それにいきなりナイフを渡されて抵抗する相手を殺せと言われても不可能そのものだ。

イシュタルもそれはわかっていたようで、この教会のある山の麓の国が鈴達を受け入れるそうだ。

麓の国に行くには下山しなければならなくて、そのために今は教会の出入口にいた。

教会の正式名称は聖教教会と言って、山の山頂に建っているそうだが山特有の息苦しさがなく、鈴からしてみれば魔力の流れ(・・・・・)が感じるため強制的に住みやすい環境にしているのが分かる。

教会の外に出てまず出迎えたのは太陽の光を反射してキラキラと煌めく雲海と透き通るような青空という雄大な景色であり、鈴でさえ思わず見蕩れてしまった。

自慢気なイシュタルに促されて先へ進むと、柵に囲まれた円形の大きな白い台座が見えてきた。大聖堂で見たのと同じ素材で出来た回廊を進みながら促されるままその台座に乗る。

台座には巨大な魔法陣が刻まれていた。教室で見た魔法陣と似ているが違うものだ。

柵の向こう側は雲海なので大多数の生徒が中央に身を寄せる。それでも興味が湧くのは止められないようでキョロキョロと周りを見渡している。鈴はその様子をケラケラと笑いながら柵の上に座った。危ないと思われているようだがこれ以上に危険な目にあっているため気にすることはない。

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん――〝天道〟」

 

皆が乗り切ったらイシュタルが何やら唱えだした。その言霊をキーとして台座にある魔法陣が輝き、滑らかな動きで地上に向けて動き出した。

イシュタルが唱えたのはこの魔法陣を起動させるための詠唱らしい。

ある意味初めて見る魔法に興奮し出す生徒達。それを横目に鈴はこんなことを思い、セイバーに窘められていたりする。

 

(シングルアクションの方が直ぐに起動するのになぁ。詠唱って面倒臭いじゃん。)

(こらこら、そう言いなさんな。出来ないからこれであって出来てたらやってる筈さ。)

(むぅ)

 

やがて、雲海を抜け地上が見えてきた。眼下には大きな町、否、国が見える。山肌からせり出すように建築された巨大な城と放射状に広がる城下町。

国名はハイリヒ王国と言うそうだ。

台座は、王宮と空中回廊で繋がっている高い塔の屋上に続いているのが魔力の線(・・・・)で分かり、これが雲海を抜け天より降りたる〝神の使徒〟という構図そのままである演出であったため、王国すら狂信者で埋め尽くされているのではないかと鈴は心配をした。

王宮に着いた後、直ぐに玉座に招かれて国が教会の下についていることが発覚したり、王国の重鎮との顔合わせがあったがなんとか乗り越えて、今は宛てがわれた部屋にて鈴は横になっていた。

盗聴器や隠しカメラが無いか隈無く探し、最後に防音の魔術(・・)を使用してからたっぷりと溜め込んだ溜息を吐いた。

 

「うはぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!何なんだよもう!!!!特異点(・・・)異聞帯(・・・)の次は異世界とかどんだけ運が無さすぎるんだよぉぉぉぉ!!!!そういうのってオカン(エミヤ)兄貴(クー・フーリン)の専売特権でしょぉ!!!!」

「荒れるねぇマスター。 取り敢えず明日に備えて寝なよ。その間にこの城の見取り図は作って置くからさ。」

「はぁい。それじゃあ後はよろしくね、セイバー。」

 

鬱憤を晴らした後は窘めてきたセイバーに情報収集を任せて眠る鈴であった。

次の日の朝までの間にセイバーは城の見取り図を作ったり、図書室からこの世界の常識本や確認と討伐されている魔物の図鑑、この世界の歴史書、世界地図を鈴の部屋に運んだりしていた。

 

:::::::::

 

翌日

 

王国騎士達の訓練場に集まった生徒達に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。鈴は咄嗟に4、5枚程抜き取ったがあまり気にされはしなかった。

不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

騎士団長が直々にする訳は執務からの脱出と対外的対内的にも〝勇者様一行〟を半端な者に預けるわけにはいかないということらしい。

執務からの脱出とも言うようにメルドの性格は豪放磊落な性格で、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらい気さくな人物である。

おかげで生徒達はある程度リラックスが出来ているため、此方としては有難いものだ。

 

「よし、全員に配り終わったな?このプレートはステータスプレートと呼ばれている文字通り自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな。失くすなよ?それじゃあ説明を始める。プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう?そこに一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。あぁ、原理とか聞くなよ?そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ。」

(アーティファクト…………ヴィマーナとかの類かな。)

「アーティファクト?」

 

アーティファクトという言葉を聞いて何処ぞの金ピカの空飛ぶ舟を連想する鈴とは反対に、聞き慣れない言葉だからか生徒達を代表して光輝が聞き返した。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つで、複製するアーティファクトと一緒に昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通はアーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

メルドの説明を後目に鈴は親指を前歯で切って魔法陣に塗り着けた。すると魔法陣が一瞬淡く輝き、小さく呟くとステータス表が現れた。

 

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谷口鈴 17歳 女 レベル:1

天職:結界師・【魔術師】

筋力:50【1050】

体力:40【6640】

耐性:85【5585】

敏捷:74【7974】

魔力:92【9892】

魔耐:65【7576】

技能:結界術適性・光属性適性・【魔力操作[+魔力放出(跳躍)][+魔力圧縮][+遠隔操作]】・天歩【[+縮地][+瞬光]】・夜目・遠見・直感・気配感知【[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]】・気配遮断【[+幻踏]】・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・【令呪】・【魔術[+強化][+ガンド][+治癒][+ルーン][+支配][+置換][+解析][+流体操作][+▪有▪界]】・詠唱【[+高速神言][+洗礼]】・【逸話昇華[+神速][+中国武術][+忍術][+勇猛]】・【宝具[+破滅の黎明(グラム)]】・言語理解

====================================

 

「あるぇ?おっかしぃなぁ?」

 

見た瞬間に隠蔽してもおかしくないだろう。そんな数値とスキルの羅列が鈴のステータスプレートに表示されていた。

数値はあの大冒険のせいだろうからまだいいが、問題は技能だ。

問題あるかないかを確認するべく今尚説明をしているメルドに耳をやる。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」

 

ステータスの上げ方は分かった。あと、装備を選ぶと言われても鈴には彼の竜殺し(戦士の王)から4本の短剣と1本の直剣を継承しているため必要は無い。

技術について聞きたいのと、周りにバレたくない一心で少しソワソワし出す鈴。それを見ているセイバーは鈴の珍しい姿を見て和んでいたりする。

 

「次に〝天職〟ってのがあるだろう?それは言うなれば〝才能〟だ。末尾にある〝技能〟と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは数少ない戦闘系天職とそれなりに少ない非戦系天職に分類されるんだが、数少ないというように戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

鈴は天職を2つ持っているが、魔術師というのは元からで結界師というのがこの世界での職種であろう。技能の始めに書かれている2つは知らないものもある。想像するだけで動きの幅が広がるものだ。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな!全く羨ましい限りだ!あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

この世界のレベル1の平均は10らしい。見事にオーバーだ。数値も数値でかなりいけない。まぁ、今から見せるであろう光輝のステータスを参考にすればいっか。

 

============================

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

==============================

 

技能の数は大体同じ位でステータスの数値は隠蔽した時のままでいいだろう。

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

「いや~、あはは……」

 

メルドの称賛に照れたように頭を掻く光輝。

ちなみに参照として提示されたメルドのレベルは62。ステータスは平均300前後、この世界でもトップレベルの強さだそうだ。

鈴があっさり超えてしまっている件にはセイバー共々唖然とした。

それにしても光輝はレベル1で既に三分の一に迫っている。成長率次第では、あっさり追い抜きそうだ。

光輝のステータスが分かった時に聞きたかったことが聞けた。

技能は才能とイコールの関係らしく、これ以上増えることは無いそうだ。

しかし、例外が1つだけあり、それは派生技能というもので長年磨き続けた末に〝壁を越えた〟者が取得する後天的技能だとか。

これで、本格的に隠すものと少々暈すもの、そのまま出しておくものが選べる様になった。

魔術師という天職と派生技能は全て隠し、あのバケた数値は100以下になるようにして、見つかるとやばそうなものは全面的に隠す。

その結果は

 

====================================

谷口鈴 17歳 女 レベル:1

天職:結界師

筋力:50

体力:40

耐性:85

敏捷:74

魔力:92

魔耐:65

技能:結界術適性・光属性適性・天歩・夜目・遠見・直感・気配感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・詠唱・言語理解

====================================

 

誰も違和感を覚えないであろう状態となった。メルドに見せてもなんの警戒や羨望もなくするりと通り、他の者を待つだけとなった。

自分の後にハジメに関する件でひと騒動起こるのだが、巻き込まれてステータスがバレないようにするので精一杯であった。



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第3話 情報収集と虐め

ステータスプレートの騒動と王宮の宝物庫から(いかにも見つけました感を出しながら)武器を選んで(グラムを持って宝物庫の奥から出て)から早2日。

皆が王国の騎士達や宮廷魔道士達に師事を仰ぐ中、鈴は基礎的なものを初日だけ聞いて以来自室で思考錯誤を繰り返していた。

 

「うぅん。ねぇセイバー、これさ絶ッ対に何かあるよね?」

「うん。あるね。魔人族二に関する情報をほぼ途絶して、あるとしても洗脳教育を施そうとする魂胆が丸わかりの内容ばかり。」

「これ、光輝君絶対に魔人族のことを人じゃなくて魔物と同一視してるよ。」

「あの勇者君か。あれは挫折を1度も味合わずに生きてきた子だよ。そもそも人を疑う事すら知らない。その分赤ん坊の方がマシだと思えるよ。赤ん坊は本能的にいい人(家族)悪い人(他人)を見分ける力があるからね。」

 

鈴が今悩んでいる所は敵である魔人族についての情報がこれっぽっちも無いからだ。

魔人族に関しては聖教教会に行かないと分からないため、他のことを考える。

 

「話変える。皆成長してるけどさ、1人だけ遅い子がいるじゃん?」

「あのハジメって子のこと?」

「うん。あの子………化けるかもね。」

「うーん…………素質はあるよ。それも思考的には俺様思考の。英雄王が道化と笑うか雑種と蔑むか興味を持つかで賭けが出来るね。」

「確かにあの人なら見定めれるけど、滅多に動かないじゃん。」

 

セイバーと問答している間、他の2つの思考(・・・・・)では初日に教えて貰った結界魔術の術式を自分に適するようにアレンジしているのと、適当に集めたまん丸の小石にこの世界の結界魔術をルーンにして刻み、同時に一工程(シングルアクション)で発動出来るように詠唱文を改良している。

所謂多重思考(マルチタスク)を無意識に平然と行っている鈴にセイバーは呆れつつも時間を教える。

 

「考えるのもいいけど…………時間大丈夫?」

「時間?………………ヤバっ!!!!もう訓練開始前じゃん!?セイバーはバレないように世界地図以外全部仕舞っといて!!!!」

 

鈴はセイバーにそう言い残して部屋を飛び出すのであった。

少し駆け足をして着いた時には殆どの人が集まっており、いつも遅れてくるハジメより来るのが遅かったようだ。

息を整える間ハジメの精神状態を軽く見ようとしたが、あの虐め組の4人がハジメの元に向かい出したので袖に潜めてあるルーン刻み済みの小石を手にして様子を伺う。

ハジメは西洋剣を手に取り、離れた場所で1人で剣を振ろうとしたが虐め組のリーダー格である檜山がハジメを蹴ったせいで出来なかった。

そして、その事を周りは気にしない。

それをいい事に檜山達は騒ぎ立てる。

 

「よぉ南雲。なにしてんの?お前が剣持っても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ~」

「ちょっ、檜山言い過ぎ!いくら本当だからってさ~、ギャハハハ」

「なんで毎回訓練に出てくるわけ?俺なら恥ずかしくて無理だわ! ヒヒヒ」

「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから俺らで稽古つけてやんね?」

 

一体なにがそんなに面白いのかニヤニヤ、ゲラゲラと笑う檜山達。中野の提案により益々雲行きが怪しくなる。

 

「あぁ?おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね?まぁ、俺も優しいし?稽古つけてやってもいいけどさぁ~」

「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」

 

尻餅を着きっぱなしにしたハジメを無理やり立たせて馴れ馴れしく肩を組む檜山。ハジメはやんわりと断っているようだが、檜山達は耳を貸さずに逆ギレして腹を殴り、そのまま引き摺って訓練場から死角になる場所に移動する一行。

鈴は徹底的な証拠を掴む為にある暗殺者(アサシン)直伝の気配遮断を使い、ハジメ達の後を追った。そのついでに紙に死角となっている場所を書き残して置くのも忘れない。

死角に来た時にハジメは檜山に突き飛ばされており、檜山は何かをハジメに言っていた。

その間になるべく早く割って入れる様に近くの木の葉の中に潜む。

そして、檜山、中野、斎藤、近藤の四人がハジメを取り囲み、ハジメは悔しそうに唇を噛み締めながら立ち上がった。

 

「ぐぁ!?」

 

その瞬間に近藤が剣の入った鞘でハジメの背中を殴り、耐えることができずに前のめりに倒れ込んだ。それだけでは終わらず、更に追撃が加わった。

 

「ほら、なに寝てんだよ?焦げるぞ~。ここに焼撃を望む〝火球〟」

 

中野が火属性魔法〝火球〟を放つ。

倒れた直後であることと背中の痛みで直ぐに起き上がることができないハジメは、必死に横へ転がることで避ける。だが、それを見計らったように今度は斎藤が魔法を放った。

 

「ここに風撃を望む〝風球〟」

 

風の塊がもう少しで立ち上がれたハジメの腹部に直撃し、ハジメは仰向けに吹き飛ばされた。そして、プロボクサーのブロウが決まった感じなのか、「オエッ」と胃液を吐きながら蹲る。

魔法自体は一小節の下級魔法だ。プロボクサー以上の威力が出ているのだが、それは彼等の適性の高さと魔法陣が刻まれた媒介が国から支給されたアーティファクトであることが原因だ。

 

「ちょ、マジ弱すぎ。南雲さぁ~、マジやる気あんの?」

 

そう言って、未だに蹲うずくまるハジメの腹に蹴りを入れる檜山。ハジメは込み上げる嘔吐おうと感を抑えるので精一杯なのがよく分かる。

その後もしばらく、稽古という名のリンチが続く。

ある程度の言い逃れ出来ない証拠を捉えたため、割って入ることを鈴は決めた。

手に握る小石を蹲るハジメと剣入りの鞘で殴ろうとする檜山達の間に投げ込んで一言呟く。

 

「聖絶。」

「んなッ!?」

 

それだけで、絶対防御の聖絶が発動した。いきなり展開された魔法に焦る檜山達。まぁ、この魔法を使えるのは限られているからである。

焦る彼らを後目に隠れていた木から飛び降りてハジメの元に鈴は着地をした。

 

「ごめんね南雲君。はいこれ、回復ポーションだよ。それとアーティファクト。これにいまさっきのリンチを記録しといたからメルドさんに渡したらいいよ。」

「谷口…………さん?」

「うん。会話出来るなら大丈夫そうだね。」

 

ハジメの安否を確認した鈴は檜山達に向き直り、魔術師としての(・・・・・・・)顔を見せる。

 

「なんでこんなことをしたのかな?」

「な、何のようだ谷口、俺らは南雲を鍛えてただけだっ。」

「嘘。始めから力に溺れて下しか見てなかった。南雲君をリンチしてたのもただ弱いものいじめをして遊悦に浸りたいだけだから。じゃなきゃ南雲君はここまで傷付かないよ。」

 

遊悦に浸ろうとする4人にその事実を突き付けたと同時に小石に詰めた聖絶の効果が切れる。すると、怯えていた檜山達は一斉に鈴へと襲いかかった。

 

「ここに焼撃を望む〝火球〟!!!」

「ここに風撃を望む〝風球〟!!!」

「らぁ!!!!」

「せいっ!!!!」

 

中野が火球を放ち、斎藤が風球を放つ。近藤と檜山は抜剣して(・・・・)から鈴へ攻撃した。この4人は鈴がまた聖絶で防ぐだろうと同じ考えであったため、若干の加減はあれど本気で攻撃をしたのだ。

そこに、

 

「貴方達、何してるの!?!?」

「鈴ちゃん!!!!」

「なアッ!?」

「やべっ!?!?」

 

二大女神の2人の声と4人の足音が聞こえた。鈴の置き手紙を読んで急いで来たのであろう。

しかし時既に遅し。4人はハジメを守る鈴に(・・・・・・・・)攻撃をしている(・・・・・・・)のを香織と雫、光輝と龍太郎にバッチリと見られたのである。

檜山達が鈴を襲っていることに驚愕して、鈴が聖絶を使えることを知らない香織は心配する。

しかし、香織のそれは杞憂で逆にここにいるものを驚愕させた。

 

「アンサズ!」

 

鈴はいつの間にか碧く仄かに光る小太刀を両手に逆手で持っており、パルクールをしながら檜山と近藤の剣戟を逸らし、空中で逆さになった時に両手で左右にルーンを空中で刻み、中野と段違いの火球(・・)を中野と斎藤の火球と風球にぶつけて無効にした。

その一部始終が映画のアクションシーン以上の出来栄えだったため、皆は驚愕したのだ。

 

「置き手紙見てくれたんだね、カオリン。あぁ、ハジメ君を回復して。」

 

香織の手に握られている紙切れに目をやりなが、未だ起き上がってないハジメを起こしてから香織に預けた。

 

「はっ!南雲君、大丈夫!?」

 

回復ポーションでは回復しきれなかったのか咳き込むハジメを回復魔法で回復を始める香織、残りの3人は檜山達を睨む。

 

「いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺達、南雲の特訓に付き合ってただけで……」

「嘘つきは泥棒の始まりって聞いたことない?さっき嘘着いたばっかじゃん。」

「…………何があったかは後で鈴に聞くけど…………訓練にしては一方的過ぎないかしら?」

「いや、それは……」

「言い訳はいい。いくら南雲が戦闘に向かないからって、同じクラスの仲間だ。二度とこういうことはするべきじゃない」

「くっだらねぇことする暇があるなら、自分を鍛えろっての」

 

未だに言い訳をしようとした檜山に光輝はピシャリと言い切り、龍太郎は上を目指せと指摘をする。

言い返せなくなったからか、舌打ちをしながら4人は立ち去る。その時に4人が鈴を睨んで来たが大冒険時に得た殺気を放つと顔を青くしてそそくさと立ち去った。

少ししてハジメは回復し、回復魔法を使っていた香織はハジメを心配する。

 

「あ、ありがとう。白崎さん。助かったよ」

 

苦笑いするハジメに香織は泣きそうな顔でブンブンと首を振る。

そして、怒りの形相をして檜山達を睨むが、それをハジメは止めた。

 

「いや、そんないつもってわけじゃないから! 大丈夫だから、ホント気にしないで!」

「でも……」

 

それでも納得できなそうな香織に再度「大丈夫」と笑顔を見せるハジメ。渋々ながら、ようやく香織も引き下がる。

 

「南雲君、何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。香織もその方が納得するわ」

 

渋い表情をしている香織を横目に、苦笑いしながら雫が言う事にも礼を言うハジメ。しかし、そこで水を差すのが勇者クオリティー。

 

「だが、南雲自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう?聞けば、訓練のないときは図書館で読書に耽っているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も鍛錬にあてるよ。南雲も、もう少し真面目になった方がいい。檜山達も、南雲の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろ?」

 

何をどう解釈すればそうなるのか。光輝の思考パターンはセイバーの言う通りである。しかし、光輝の言葉には本気で悪意がない。真剣にハジメを思って忠告しているのだ。

そのせいか、ハジメは既に誤解を解く気力が萎なええている。

ここまで自分の思考というか正義感に疑問を抱かない人間には何を言っても無駄だろうと。

そこで鈴は問題を出した。

 

「問題!!!灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光って二足歩行で上半身がムキムキな魔物はなぁんだ!!!!」

「ムキムキ?」

「魔物?」

 

いきなりの問題とその内容にちんぷんかんぷんとなる4人。ハジメは既に分かってはいるようだが、答えていいのか分からず挙げあぐねる。

 

「あと30秒!!物怖じするくらいならとっととあげて!!!!」

「は、はい!!!!」

 

残り少ない時間を設け、挙げあぐねるハジメに殺気込で大声を上げる鈴。その殺気に当てられたハジメは言われた通りに手を挙げた。

かなりえげつない行為である。

 

「それじゃあ南雲君!!!!」

「え、えと…………オルクス迷宮1階層に住み着くラットマンだよね。」

「正解!!!!次はカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物は?」

「20階層に居るロックマウント!」

「お米のある街は?七大迷宮の正式名称は?中立商業都市の名は?」

「お米はウルの街に在って、七大迷宮は発見されてるものでオルクス大迷宮とライセン大峡谷、ハルツェナ樹海、グリューエン大火山とシュネー雪原後2つは未だに不明。中立商業都市はフューレンって言って王国とヘルシャー帝国の間に位置してる。」

 

鈴が問うてハジメが答える。それはハジメ自身が鈴の意図に気づいて順応しているだけである。

ある程度の問答が終わると、鈴は光輝に問いかけた。

 

「光輝君はどれくらいこの世界の常識を知ってるのかな?」

 

この問に光輝は応えようと躍起になり思案し始め、意外なことに脳筋な龍太郎が鈴の質問の意図に気づいた。

 

「ん?あぁ、南雲は図書館で常識を知ろうとしてたのか。」

「!!!!!!!!」

 

彼のソクラテスの名言「知らない事を知る」所謂「無知の知」を鈴は光輝に叩きつけ、ハジメに対する誤解を認識させたのだ。

 

「済まない南雲!!あの言葉は軽率だった!!」

 

あの偽善と自己中の塊である光輝が謝った。その事に雫は驚愕し、ハジメの誤解を解いた鈴はいつの間にかそこから消えていたのであった。

この後、5人は訓練に参加した。鈴は隅の方で淡々と想像した動きをしたり、1人で自主訓練を行っていた。

訓練が終了した後、いつもなら夕食の時間まで自由時間となるのだが今回はメルドから伝えることがあると引き止められた。何事かと注目する生徒達に、メルドは野太い声で告げる。

 

「明日から実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ!まぁ、要するに気合入れろってことだ!今日はゆっくり休めよ!では、解散!」

 

そう言って伝えることだけ伝えるとさっさと行ってしまった。

鈴は部屋に戻り次第荷造り(・・・)をして、ある事をするために動き出したのであった。



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第4話 迷宮前夜とトラップ

【オルクス大迷宮】

 

それは、全200階層(・・・・・・)からなる大迷宮。

七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。

要するに魔石を使う方が魔力の通りがよく効率的ということだ。その他にも、日常生活用の魔法具などには魔石が原動力として使われる。魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

ちなみに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。固有魔法とは、詠唱や魔法陣を使えないため魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。魔物が油断ならない最大の理由だ。

何故オルクス大迷宮についての説明をしているのかと言うと、今現在葛城先生と愛ちゃん先生を除いた生徒達だけが皆、入口にいるからだ。

名前だけしか知らなかったため、鈴は洞窟の入口を想像していたのだが、博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口があり、受付窓口まであった。

制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。

なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。

戦争を控え、多大な死者を出さない措置だろう。 

入口付近の広場には露店なども所狭しと並び建っており、それぞれの店の店主がしのぎを削っている。まるでお祭り騒ぎだ。

その騒ぎの輪を潜り抜けて、迷宮の中に入るのであった。

迷宮内は外の喧騒が嘘のように静かである。その静かさに生徒達は無用の緊張をするが今は逆にその方が有難かったりする。

 

(ねぇセイバー、それとランサー(・・・・)。昨日の事なんだけど……)

(あぁ、あの檜山っていう虐め組の主犯格のこと?)

(何か心配することがあるか?)

(大有だよ。多分だけど、南雲君が殺されるかもしれない。)

 

鈴がハジメを心配する訳は昨日見てしまったからだ。

昨日、オルクス大迷宮の入口がある街ホルアドに着いて、ある宿で1日休む事となったのだ。

その時に、鈴の所属する組織(・・・・・・・・)がシャドウ・ボーダーで虚数海を超えてこの世界に来たのだ。

今はホルアド近郊の山にシャドウ・ボーダーを置いて鈴を待っているそうで、ランサーは一言ことわってから鈴の元に来た。

鈴はランサーから渡された腕輪を着けて久々に会った組織の者達と現状を軽く説明した。

その後、夜中にランサーとセイバーが軽く打ち合った帰りに香織がハジメの部屋に入るところと、それを見て憎悪を膨らませる檜山を見たのだ。

 

(セイバーは不測の事態に備えて、ランサーはトラップを要警戒。私はどうにかして皆とはぐれてからカルデア(・・・・)と合流する。)

((了解))

 

一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。

しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは7、8メートル。

物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけ!あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいがたいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

メルドの指示により、鈴のいる班……勇者パーティが最初に相手取ることとなり、飛びかかってきたラットマンに備える。

「無知の知」を叩きつけられた勇者はあの後、時間の有する限りオルクス大迷宮にいる魔物だけでもと知識を詰め込んだ。無論それに付き添った他の3人も知識を詰め込んだため、ラットマンのあの容姿を見ても動じることは無かった。が、6人目の少女、恵里は調べてなかったため、ラットマンのあの姿を見て気持ち悪がっていた。

 

前衛に光輝と龍太郎と雫が出て、鈴が遊撃、香織と恵里は詠唱を開始した。

周りが絶技だと言う程速いらしい光輝の剣がラットマンを次々と倒していき、龍太郎は一撃一撃を重くして確実にラットマンを仕留めながら、雫は抜刀から流れるように剣術を扱い急所を突きながらラットマンを駆逐して行き、鈴は3人の手が届かない場所にいるラットマンを片っ端から片して行く。

そうする内に2人の詠唱が最後に入る。

 

「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ「〝螺炎〟」」」

 

2人が魔法を放つのに合わせて鈴も一工程で放つ。三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。「キィイイッ」という断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命する。

気がつけば、広間のラットマンは全滅していた。他の生徒の出番はなしである。

 

「あぁ、うん、よくやったぞ!次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

あまりの呆気なさにメルドは苦笑いになり、褒めつつも指摘をする。

指摘されたことに思わず後衛2人は頬を赤く染めていた。

鈴は元から魔石に興味が無かったため、そこまで恥ずかしがらなかった。

そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調よく階層を下げて行った。そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。

道中メルドに教えられたのだが、現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしい。しかしそれは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。

段々弱くなって行っているのは気の所為なのだろうか?

そんな疑問を持ちつつも前に進んでいく。ハジメ以外はチートを有するからかどんどんと進んでいく。

もっとも、迷宮で一番恐いのはトラップである。場合によっては致死性のトラップも数多くあるのだ。だが、トラップ対策として〝フェアスコープ〟というものがある。

これは迷宮内の魔力の流れを感知してトラップを発見することができるという優れものだ。それに迷宮のトラップはほとんどが魔法を用いたものであるから八割以上はフェアスコープで発見できる。

ただし、索敵範囲がかなり狭いのでスムーズに進もうと思えば使用者の経験による索敵範囲の選別が必要だ。

従って、生徒達が素早く階層を下げられたのはひとえに騎士団員達の誘導があったからだと言える。メルドからもトラップの確認をしていない場所へは絶対に勝手に行ってはいけないと強く言われているのだ。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ!今日はこの二十階層で訓練して終了だ!気合入れろ!」

 

メルドに喝を入れられて、より一層士気を高める。

鈴自身も問題は無いし、後方から迫り来る魔物もランサー達が片してくれているため問題は今のところ一切起こっていない。

 

(………………南雲君は鋼錬の主人公ですかな?)

(いや、この世界に鋼錬はなかったから違うだろう。)

(そっかぁ。ま、いいや。)

 

ハジメの某錬金術師の動きに鈴は戸惑ったが、結局気にすることなく前に進んだ。

小休止に入り、鈴は一人一人のメンタルを確認して行く。特に問題は無かったが、あるとすれば昨日からずっと引きずられている痴情のもつれであろう。

何かしらの進展があったのか、ハジメと香織がアイコンタクトで何かしていた。それを遠くから檜山が見つめており、未だに膨れ上がる憎悪をハジメに向けていた。

ウザったらしいため、憎悪を越える殺気を放ち半強制的に止めさせた。

一行は小休止を終えて二十階層を探索する。

今回の目標地点は21階層に続く階段の前までだそうで、そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。神代の転移魔法の様な便利なものは現代にはないので、また地道に帰らなければならない。一行は、若干、弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。

少ししたらメルドが立ち止まり、そうすると必然的に皆も立ち止まった。訝しそうな生徒達を尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。

 

「擬態しているぞ!周りをよ~く注意しておけ!」

 

メルドの忠告が飛ぶ。

その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。

以前問答したロックマウントであった。

 

「ロックマウントだ!二本の腕に注意しろ!豪腕だぞ!」

 

メルドの声が響く。そして、今回は光輝達が相手をする。

飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返して光輝と雫が取り囲もうとするが鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。

その代わりに鈴が先行して背後に陣取って首を掻っ捌く。

しかし、そこで別の個体……龍太郎が相手取るロックマウントが後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

直後、

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 

体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。

そのせいで前衛3人が硬直し、後衛2人も硬直した。唯一動けるのは咆哮をした個体の後ろにいた鈴だけであり、鈴はすぐさまその個体を仕留めた。

そして一息着いたのだが、その隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ後衛2人に向かって投げつけた。咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が香織達へと迫る。

香織達が、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないからだ。

しかし、発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的光景に思わず硬直してしまう。

なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。

その姿は、さながらル○ンダイブだ。「か・お・り・ちゃ~ん!」という声が聞こえてきそうである。

しかも、妙に目が血走り鼻息が荒い。香織も恵里も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。

 

「こらこら、戦闘中に何やってる!」

 

慌ててメルドがダイブ中のロックマウントを切り捨てる。

香織達は、「す、すいません!」と謝るものの相当気持ち悪かったらしく、まだ、顔が青褪めていた。

そして光輝がそれを「気持ち悪かった。」ではなく「死への恐怖」と捉えて1人でに怒り、それなりの火力を持つ天翔閃を放って丸ごとロックマウントを倒した。

しかし、それは危険だったため、メルドが拳骨をしてまで説教していた。

その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな?キラキラしてる……」

 

その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

グランツ鉱石とはこの世界では宝石の原石として扱われているそうで、特に何か効能があるわけではないがその涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気故に、加工して指輪やイヤリング、ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。

しかし、鈴が感じたのは別のことであった。直感的に悟ったのだ。あれに触れてはならないと。

 

「でも、あぁ言うのって大抵転移系のトラップじゃない?」

「む、鈴の直感か。フェアスコープで調べろ。」

 

鈴の直感が働いているのをメルドは悟り、直ぐに調べるよう指示を出す。

 

「トラップだとしても、素敵………………」

 

香織が、メルドの簡単な説明と鈴の忠告を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、鈴と雫ともう一人だけは気がついていたが……

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。檜山はトラップの可能性が高いものに故意的に触れに行ったのだ。

 

「こらっ!勝手なことをするな!安全確認もまだなんだぞ!」

「団長!初の(・・)転移系トラップです!」

「「っ!?!?」」

 

フェアスコープで調べた結果が鈴の懸念した転移系トラップだったため、メルドは檜山を追いかけ、鈴は念話でセイバーとランサーを呼び戻していた。

メルドが檜山を取り押さえようとしたが、時既に遅く檜山はトラップに触れていた。それによりトラップが発動して見た事のある魔法陣が展開された。

魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」

 

メルドの言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。

部屋の中に光が満ち、生徒達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

転移先は巨大な石造りの橋の上だった。ざっと100メートルはありそうな橋に天井も高く二20メートルは。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

橋の横幅は10メートルあり、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。転移に巻き込まれた者達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

それを確認したメルドが険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

しかし、迷宮のトラップはそれだけに留まらず、階段側の橋の入口に魔法陣が出現してそこから大量の魔物が出現した。

更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……

その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルドの呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

――まさか……ベヒモス……なのか……



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第5話 少年と少女の離脱

檜山の手により発動したトラップにより、65階層に強制転移させられた挙句、前門の虎後門の狼状態となってしまった一行。

その中で自然と2つのグループに別れてしまった。

1つは前門の虎ならぬ前門の骸骨が集団となって隙間無く密集する方へ駆け出すパニック状態の生徒達。

その直後に後門の狼に値するベヒモスという魔物が咆哮した。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

「ッ!?」

 

その咆哮で正気に戻ったのか、メルドが矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「アラン!生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル!全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう!俺達も……」

「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ!ヤツは六十五階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

メルドはベヒモスの咆哮で正気を取り戻し、生徒達をパニックから立ち直らせるためにアランという若騎士を遣わした。

もう1つはベヒモスを足止めしようとするメルドを含める騎士達と力量差を理解していない光輝と龍太郎、彼らを引っ張って行こうとする苦労人の雫、前門後門どちらにつこうか迷いオロオロとする香織だ。

鈴はハジメと共に危機に陥った生徒を助けて冷静にさせている。

メルドの威圧に臆しながらも「見捨ててなんてなど行けない!」と我儘を言う光輝。

行け嫌だの応酬をしている間にベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。

そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず〝聖絶〟!!」」」

 

二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。

更に生徒達の元からいつの間にやら鈴が来ており、聖絶がルーンで刻まれた小石を投げて発動させた。

重ねあうことでできた純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ。衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。

 

:::::::::

 

橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

何とか立ち上がった生徒達は隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。

その内、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体の骸骨……トラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あ」

 

そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。

死ぬ――女子生徒がそう感じた次の瞬間、目の前に大きな盾が1つ現れてその一撃を防ぎ、そのまま崖下に押し飛ばした。

 

「えっ……」

「ふむ、立てるか?」

 

よく見てみれば大盾より小柄な少女が盾を右腕に取り付けていた。左には流水を乱流して鋭さを持った水刃の槍を持っていた。

伸ばされた右手を握って立ち上がり、困惑した。

 

「あぁ、気にせずとも良い。冷静さを取り戻したのならば疾く行け。パニック状態の生徒達を冷静にしたら巻き返せるはずだ。」

「は、はい!」

 

女子生徒は有無をも言わさないその気迫に返事をして駆け出した。

少女は女子生徒を見届けたら、ベヒモスの方を向いて一言。

 

「あとは貴方次第だ、マスターよ。」

 

そう言い残して、霊体化をするのであった。

 

:::::::::

 

ベヒモスは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。

障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルドも障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。

 

「ええい、くそ!もうもたんぞ!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!」

「嫌です!メルドさん達を置いていくわけには行きません!絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

メルドは苦虫を噛み潰したような表情になる。

メルド自信にはこのベヒモスから逃げ切るプランは立っているのだが、それを味方である光輝が妨害をするせいで出来ないでいた。

雫が撤退を促すが、龍太郎共々力を過信して攻撃色の輝きを秘めた瞳をしていた。

イラつく雫を香織は心配していたが、そこに意外な人物が飛び込んで来た。それは最弱と言われているハジメであった。

驚く一同にハジメは必死の形相でまくし立てる。

 

「早く撤退を!皆のところに!君がいないと!早く!」

「いきなりなんだ?それより、なんでこんな所にいるんだ!ここは君がいていい場所じゃない!ここは俺達に任せて南雲は……」

「そんなこと言っている場合かっ!」

 

今までに無いほどの怒り様で光輝の胸倉を掴みあげ、捲し立てる。

いつも苦笑いしながら物事を流す大人しいイメージとのギャップに思わず硬直する光輝。

 

「あれが見えないの!?みんなパニックになってる!リーダーがいないからだ!」

 

即席の聖絶を作りながらハジメの話を聞く鈴。ハジメが指を指しているほうを見れば未だに生徒達はパニック状態で、事態を重く見た光輝は頭を振って思考を切り替えた。

 

「ああ、わかった。直ぐに行く!メルド団長!すいませ――」

「下がれぇーー!」

 

〝すいません、先に撤退します〟光輝がそう言おうとしてメルドを振り返った瞬間、メルドの悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った。

暴風のように荒れ狂う衝撃波がハジメ達を襲う。

 

「聖絶!!!!」

 

そして、即席の聖絶を惜しみなく鈴は使い、暴風のように荒れ狂う衝撃波から皆を守る。が、即席なため、本来の効果を発揮せずに直ぐに割れた。多少の威力は和らげたが…………

舞い上がる埃がベヒモスの咆哮で吹き払われた。

そこには、倒れ伏し呻き声を上げるメルドと騎士が三人。衝撃波の影響で身動きが取れないようだ。光輝達も倒れていたがすぐに起き上がる。メルド達の背後にいたことと、鈴の聖絶とハジメの用意した石壁が功を奏したようだ。

光輝が雫と龍太郎に時間稼ぎを頼み、香織にメルドの回復を頼む。ハジメは騎士3人を後退させ、鈴はルーン聖絶の作成に取り掛かっていた。

光輝は、今の自分が出せる最大の技を放つための詠唱を開始した。

 

「神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ!神の慈悲よ!この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!〝神威〟!」

 

詠唱と共にまっすぐ突き出した聖剣から極光が迸る。

先の天翔閃と同系統だが威力が段違いだ。橋を震動させ石畳を抉り飛ばしながらベヒモスへと直進する。

龍太郎と雫は、詠唱の終わりと同時に既に離脱している。ギリギリだったようで二人共ボロボロだ。この短い時間だけで相当ダメージを受けたようだ。

放たれた光属性の砲撃は、轟音と共にベヒモスに直撃した。光が辺りを満たし白く塗りつぶす。激震する橋に大きく亀裂が入っていく。

 

「これなら……はぁはぁ」

「はぁはぁ、流石にやったよな?」

「だといいけど……」

 

龍太郎と雫が光輝の傍に戻ってくる。光輝は莫大な魔力を使用したようで肩で息をしている。

先ほどの攻撃は文字通り光輝の切り札だ。残存魔力のほとんどが持っていかれた。背後では、治療が終わったのか、メルドが起き上がろうとしている。

そんな中、徐々に光が収まり、舞う埃が吹き払われる。

その先には無傷のベヒモスがいた。

低い唸り声を上げ、光輝を射殺さんばかりに睨んでいる。と、思ったら、直後、スッと頭を掲げた。頭の角がキィーーーという甲高い音を立てながら赤熱化していく。そして、遂に頭部の兜全体がマグマのように燃えたぎった。

 

「ボケッとするな! 逃げろ!」

 

メルドの叫びに、ようやく無傷というショックから正気に戻った光輝達が身構えた瞬間、ベヒモスが突進を始める。そして、光輝達のかなり手前で跳躍し、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下した。

 

「出来た!!!!はい、聖絶!!!!!!!!」

 

光輝達が避けるのと同時に完成し、ベヒモスの着弾と同時に聖絶を使用した。

そのおかげか威力の殆どを削ぎ落としてあまり被害を受けずに済んだ。

 

「お前等、動けるか!」

 

何とか動けるようになったメルドが光輝達に近づいて確認をとる。

皆が動けるのを確認したら、皆に指示を出した。

 

「坊主、光輝、龍太郎はそいつ等を抱えろ!香織は回復を続けて雫と鈴は警戒しろ!今の間に撤退するぞ!!!!」

 

何とか立て直して撤退を開始する。そして、1人の騎士をメルドと共に抱えるハジメはとある提案をする。それは、この場の全員が助かるかもしれない唯一の方法。ただしあまりに馬鹿げている上に成功の可能性も少なく、ハジメが一番危険を請け負う方法だ。

メルドは逡巡するが、既にベヒモスは復帰してあの攻撃を繰り返そうとしていた。

殆ど時間が無い。

 

「…………やれるんだな?」

「やれるやれないじゃない。やるんです。」

 

決然とした眼差しを真っ直ぐ向けてくるハジメに、メルドは「くっ」と笑みを浮かべる。

 

「まさか、お前さんに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

「はい!」

 

活きのいい返事をするとハジメは騎士をメルド1人に任せて準備に入った。

ハジメの意図を知った鈴は出し惜しみをやめた。1本の直剣を手元に呼び出したのだ。

そして、赤熱化していくベヒモスに向けて小太刀全てを上に投げて柄を殴る。手持ちの小太刀の柄を殴る殴る殴る。

ひたすら殴り、最後に直剣その物を殴る。小太刀が全てベヒモスに命中し、ベヒモス自身は跳躍。着弾直前に直剣とベヒモスの角が接触。

 

壊劫の天輪(ベルヴェルク・グラム)!!!!!!!!」

 

その瞬間に鈴はベヒモス手前までに位置を換えて(・・・・・・)真名《な》を叫びながら柄を殴った。

太陽の性質を持つ魔剣の……今の鈴の全力解放した力である。

それによりベヒモス自慢の角が溶解し、ベヒモスの力を相殺した。

 

「今だよ!!!!南雲君!!!!」

 

鈴はそう叫んだ。それを聞いたハジメは唯一の魔法を発動した。

 

「〝錬成〟!!!」

 

それに伴い、地面に着いたベヒモスの顔を地面がせり上がって包み込んで行く。

石中に埋まっていた頭部を抜こうとしたベヒモスの動きが止まる。周囲の石を砕いて頭部を抜こうとしても、ハジメが錬成して直してしまうからだ。

ベヒモスは足を踏ん張り力づくで頭部を抜こうとするが、今度はその足元が錬成される。ずぶりと一メートル以上沈み込む。更にダメ押しと、ハジメは、その埋まった足元を錬成して固める。

ベヒモスのパワーは凄まじく、油断すると直ぐ周囲の石畳に亀裂が入り抜け出そうとするが、その度に錬成をし直して抜け出すことを許さない。ベヒモスは頭部を地面に埋めたままもがいている。中々に間抜けな格好だ。

 

「谷口さんは行かなくていいの?」

 

ハジメは錬成をしつつ隣でルーン聖絶を量産している鈴に問いかけた。鈴はルーン聖絶を作りなが、錬成されて固まった地面の強度を強化し、ハジメの治癒をしながら会話を続けた。

 

「別にいいかにゃぁ、なんつって。できる限りの事はするよ。皆頑張ってるんだもん。うん、外側は弾いて内側は透過する聖絶の完成。あ、マナポーションあげるよ。」

 

魔力回復に必要なポーションを全てハジメに渡す鈴。その鈴の万能っぷりには戦々恐々としながらも己の目的を曲げないハジメの精神的胆力は如何程だろうか。

数分後には鈴がハジメに渡したポーションも尽き、ハジメ自身の魔力も尽きた。

その時にはベヒモスは5分の4ほど身体を埋めており、尽きたのが分かったハジメは立ち上がり、階段に向けて駆け出した。

 

「谷口さん、行くよ!」

「OK!!!それじゃあ聖絶!!!!!!!!」

 

50個以上あるルーン聖絶を1分置きに投げ続けながら走る鈴。聖絶のおかげで、地中から脱出したベヒモスは確実に遅れており、更に生徒達からの支援砲撃が始まった。このまま行けば全員撤退が完了できる。

 

…………………………………………ハズだった。

 

支援砲撃のうち一つである火球がハジメに直撃してハジメは元の場所に向かって吹き飛ばされたのだ。

そのせいでハジメは三半規管をやられて上手く立てず、戻って来た鈴が肩を貸して前に進む。前に進めず苛立ったベヒモスが橋の上で駄々を捏ねるように大暴れを始めた。

そして、更にもう一撃火球が迫り、それを防ごうとしたがうっかりをやらかして使おうとしたルーン聖絶を落としてしまったのだ。

そして、その火球が鈴に直撃してハジメと鈴は橋上に取り残され、ベヒモスの大暴れにより橋は完全に崩壊。

ベヒモスと共に2人は奈落の底に落ちることとなってしまった。

 



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第6話 奈落の底と報告

「あんにゃろぉっ!!!!!!!!!!」

 

鈴はハジメと己に火球を放ってきた檜山を恨みながらも落下し続けていた。

 

「って、南雲君は何処行った!?!?!?」

 

落下直前まで隣にいたはずのハジメの姿が無くなっており、落ちながらも周囲を見回し、背後に自分より速く落ちていく滝を見つけた。

 

「えぇと…………これってまさか…………」

「南雲とやらは先程この滝に呑まれてマスターより先に落ちたぞ?その上気絶していたが故に叫ぶことも出来ずにな。」

「なんでそれを先に言わなかったのランサー!!!!」

「なんでと言われても………………俺の方がマスターより落下速度が速いから届かないし。」

「大盾えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

そう、謎の少女ことランサーが言う通りハジメは滝に呑まれて鈴より先に下へ落下して行ったのだ。抵抗力が無い分早く落ちるのは道理だろう。

そして、ハジメの保護を出来たであろうランサーは鈴の真下にいて大盾により段々落下速度が上昇していってるのがよく分かる。

セイバーはと言うと………………

 

「おぉい!鈴!!!ランサー!!!ここなら大丈夫だよ!!!!!!!!!!!!」

 

……………………落下中のベヒモスの腹の上でお茶をしていた。

 

「「誰がギャグ噛ませっつった!?!?!?!?!?」」

「えぇと、ノッブ!!!!!!!!!!!!!!!!」

「おいこらノッブうぅぅぅぅぅぅぅぅぅう!!!!!!!!!!!!」

 

セイバーは以前アーチャーの織田信長ことノッブに長距離落下をすることになったら正座してお茶を飲めと言われていたのを律儀にこなしていたのだ。

それに鈴は怒鳴ったがどうにもならず、更に地面が見えてきたのだ。

 

「それよりマスター!」

「何さ!!!!」

「早くしねぇとあと100メートルで地面だ!!!!」

「はぁ!?!?あぁもう!!!!令呪を以て命ずる、ランサーは宝具を発動して落下を止めて!!!!!!!!!!!!」

「了解!!!!宝具開帳、神殿掲げる都市の守護(ポリウーコス・パルテノーン)!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

ランサーは令呪によるブーストを受けるとあの大盾を地面に向けて真名を解放した。それにより大盾は消えて代わりに薄水色のバリアが鈴とランサー、セイバーを包み込んだ。セイバーのついでにベヒモスまで入ったが別に問題はないだろう。

そして……………………

 

 

ズンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

バリアと地面が衝突した。だが、物理法則を無視して衝撃は0となり、皆は無事に着地出来た。

 

神殿掲げる都市の守護(ポリウーコス・パルテノーン)

 

とはランサーが神霊としてパルテノーン神殿に祀られ、パルテノーン神殿のあった都市を守護していた逸話が宝具として昇華したものである。

 

パルテノーン神殿でランサーが何者かは大方分かったであろう。それはさて置き、無事に着地した3人は立ち去るベヒモスを見届けてから適当な場所に身を潜めた。

 

「ふぅ、マスター。」

「はぁ………………何?」

「いや何、クラス呼びに慣れてないから前みたいに名前で呼んでくれねぇか?せめてこういう時ぐらいはな。」

「うん、そうね。私もセイバーって言われるより武蔵ちゃんって呼ばれてたいかな?気に入ってるし。」

「分かったよ。詩音と武蔵ちゃん。それでいいね?」

「あぁ。」

「にししっ」

 

鈴の使役するサーヴァントは十数騎存在する。そのうち上位5人のうち2人がこの2人なのだ。

セイバーは宮本武蔵。空位に至る為に度をしていたのだが、なんやかんやあってサーヴァントとなり、鈴と最初期から共にいる。

ランサーはアテナ。あのギリシャ神話に登場する戦女神で、鈴が1番最初に召喚したサーヴァントなのだ。が、神霊は本来ならばサーヴァントになれないため依り代を得てから現れることがある。まぁ、アテナの依り代が主人格であり、その依り代自体が爆弾そのものなのだが鈴がいるか怒らせない限りは爆破しないのだ。

 

「休憩もできたし早く南雲君を探さないとね。私はこの辺を探すからセイバーとランサーは中の方探してくれる?」

「了解したぜ鈴。」

「うん、行ってくるね鈴。」

 

鈴の指示を聞いたアテナの依り代こと詩音と武蔵は霊体化をして迷宮内の詮索に出た。

指示を出した鈴は鎧を脱いで服をこの世界のものからカルデアから支給されている制服を着込んだ。

そして、魔術で身体強化をして天歩で中を移動しながらすぐそこの水辺にハジメが漂流していないか捜索するのであった。

しばらくしてから痕跡だけは見つけることが出来た。

 

「………………うん。使われたばかりの火種の魔法陣だね。てことはこの辺の何処かに南雲君はいるはず。」

(詩音、武蔵ちゃん。南雲君の痕跡を見つけた。まだ暖かいからあまり遠くには行ってない筈だからこの階層を中心に探して。)

(分かった。感覚的に壁側にいるからそっちに向かいつつ探すよ。)

(…………………………鈴。)

 

ハジメの痕跡を見つけたため捜索範囲を絞るように伝え、武蔵は隈無く探しながらこちらに向かって居るようだが、詩音からの返事が遅かった。というより呼んでいた。

 

(どうかしたの詩音?)

(喰いかけの人の腕を見つけた。)

((!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!????????????))

(それって何処!?)

(あまり遠くない。魔力放出をするから直ぐに来い。)

 

詩音によると真新しい左腕が血を流して落ちており、半分程食われているそうで、急に発せられた詩音の魔力の元へ鈴は駆け出した。

身体強化と跳躍の魔力放出、天歩の縮地を使ってまで駆け出し、神速も発動して武蔵と同時に辿り着いた。

 

「詩音!!!!その腕何処!?」

「此処にある。残った腕の肉がまだ生暖かいからそこまで時間が経ってねぇ。何処かにいるはずだ。」

「随分と殺伐とした所にあったねぇ。」

 

ハジメはまだ近くにいるそうで探し回るが見つからない。ただし、腕を見つけた広い場所は何かが戦った後なのか狼や兎の食い痕や、斬撃痕が疎らにあった。

纏めて見ると1つだけ分かったことがあった。

 

「これ、魔物同士の縄張り争いに南雲君が巻き込まれて腕を引きちぎられた。そして、南雲君は何とか逃げ出したってことよね?」

「分からん。だが、その線は厚いな。と、カルデアに連絡しなくていいのか?」

「あ。」

 

鈴は詩音に連絡の件を言われ、思い切りド忘れしていたのか慌てて腕輪の電源を入れる。

すると、いきなり連絡が入り込んできた。よく見たら数十件は着信がある。

それを見た鈴はサッと顔を青ざめてからそっと出た。

 

『繋がった!!!繋がりました!』

【本当かい!?鈴ちゃん、大丈夫かなぁ!?】

「はい!大丈夫です!!!!」

【良かったぁ。それで、本来なら合流する筈の時間にいなかったってことは何かあったんじゃないのかい?】

「はい、現状についていえばある男子生徒の嫉妬心から来る憎悪に巻き込まれて落とされました。」

【落とされましたって…………何処に!?】

「オルクス大迷宮の101階層です。65階層からなので危うかったのですが、ランサーの宝具でどうにかなりました。」

【ホッ………………君に何かあったら藤丸兄妹含めて皆が荒れるからいろんな意味で良かったよ。】

「それで、もう1つ報告したいのですが。」

【?なんだい?】

「先程告げた男子生徒の嫉妬心の対象であった子が行方不明となりました。」

『【[〈((はぁ!?!?!?!?!?!?))〉]】』

〈ちょっと待ってくれ。…………………………うん、アサシンが調べたら鈴ちゃんとその子は死亡扱いにされてるっぽい。仮眠中のホームズ呼んでくるから状況纏めといて。〉

((……先輩は呼びに言ったので一先ず纏めましょう。))

「うん、その子の名前は南雲ハジメって言って………………」

 

鈴の安否を明確にし、迷宮内に鈴含めて2人取り残されていることを告げる。そして、ハジメが魔物の縄張り争いに巻き込まれて腕を消失。その消失したであろう腕が取り残されていたことも教えた。

武蔵と詩音は周囲の警戒を続ける。

 

((ありがとうございます。あ、ホームズさん!))

《遅くなったね。それで、行方不明者が出たと聞いたけどどういう?…………ふむ、鈴君。》

「はい?」

《その腕があった部屋におかしな所はなかったかい?》

「それでしたら1箇所だけ。1箇所だけ壁を何度も切りつけてある場所がありますよ?」

《君の話によると南雲何某は錬成術特異が使い方をしていたそうじゃないか。恐らくその壁に人1人分の穴がある筈だ。》

「人1人分の穴ですか?魔物の巣らしきものならありますが…………」

《私の予想が正しいならばその穴の奥に南雲何某はいるはずだ。》

「でもどうやって入ればいいんしょうか?誰も通れませんよ?」

《………………壁を傷つけた魔物に追われていたため穴を狭めて通れなくしたのだろう。彼自身がその中から出てくるまで待つしか内容だ。トラウマを抱えていてもおかしくないからね。》

【……………………なるほどなるほど。そうするともうしばらくは会えないようだね?】

「はい。あ、クラスメイト達のことをお願いしていいでしょうか?特にかおりん……白崎香織ちゃんは前夜に南雲君と何か約束事をしていたようなので精神を病んでないか心配です。」

【うん。それならカウンセリングの出来る子を送っておくよ。ついでにこの世界について調べて回って見るさ。】

「ありがとうございます。」

 

ハジメの居場所は判明したが、助けることが出来ない所にいるためしばらく待つことになり、カルデアのみんなには他のことを頼む鈴。

 

〈鈴ちゃん、ヘラクレス(・・・・・)がそっちに言っちゃったけど大丈夫だよね?〉

「「「………………ヘラクレスが!?」」」

〈うん、なんでもヒュドラの気配がするって。〉

【偉業に入らなかった偉業の相手。ヘラクレス自身になにか思うところでもあったんじゃないかな?】

 

そこに、鈴が二騎目に召喚したサーヴァント・ヘラクレスが此方に向かっていることをちゃっかり告げてきた立香にこの場にいる3人が驚愕した。まぁ、魔獣系に対して絶大な力を持つ大英雄が来るのは有難いことだろう。

 

《うむ。それは置いといて、此方から物資を送るけど他に何か問題があったりするかい?》

「あ、シャドウ・ボーダーでクラスメイト全員を乗せて地球に帰れるでしょうか?」

[それは無理だ。]

 

鈴は皆で帰れることを期待して聞くが、シャドウ・ボーダーの操舵者であるキャプテンに否定された。

 

[シャドウ・ボーダーには機密事項が多い。それに一般人が虚数海を見るとこの船が吐瀉物で埋まる。あと、最大人員数が二十数人のため全員は不可能だ。サーヴァント達にも窮屈な思いをさせている以上爆発されても困る。]

 

最もなことを言われて諦める鈴。そして、1番重要なことを言い忘れていた。

 

「あぁ!!!!要注意人物のこと言い忘れてた!!!!」

《要注意人物?》

【それって誰なんだい?】

「私のクラスメイトにいる檜山大介と中村恵里、聖教教会のボスであるイシュタル・ランゴバルド、唯一神のエヒトです!!!!」

〈教会と神はまだしも…………クラスメイト?〉

「はい。イシュタル・ランゴバルドは神の声が聴けるのと狂信者ですし、神エヒトは依り代を求めてます。問題はクラスメイトの2人です。檜山大介は先程告げた男子生徒のことで、白崎香織を狙っていますし、まだ生きているとはいえ人を殺したという認識があるため歯止めが効かなくなると思います。中村恵里はヤンデレ(・・・・)です。そして、死霊術師の天職を持っていることから王宮にいる騎士達を密かに殺して使い魔にするかもしれません。」

〈ヤンデレ………………うっ、頭が……〉

『ちょ、立香君!?』

《分かった。エヒトとやらは既に私たちを捕捉しているだろうから諦めるしかないが残りの3人は要警戒しておこう。》

 

あと2、3言ほど言葉を交わして連絡を切った。

その数分後に3ヶ月分の物資が届き、更に数分後にヘラクレスも無事に到着した。

シャドウ・ボーダーからオルクス大迷宮まで来たのと、1階層にある奈落の穴からこの101階層まで飛び降りてきたなら妥当な時間であったのは確かだ。

それから1週間と3日後に4人の待機していた場所の真反対から以前の臆病さや優しさを棄てて完全に豹変仕切ったハジメが出てきて、更にその4日後に鈴は豹変したハジメと再会を果たすのであった。



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第7話 再会

カルデアと通信連絡をしてから2週間が経過した。

だが、一向にハジメは穴から出てくることがなかった。

 

「………………ねぇ、流石に不味いよね?」

「うん、ほんとに不味いね。」

「あぁ、不味いな。」

「Grrrrrrr」

「「「2週間も飲まず食わずでは引き籠もれない。」」」

 

そうすると流石に餓死してるのではないかと心配をして、鈴はウロウロし、武蔵はゾロゾロと雪崩込もうとする魔物の大群を両手に持つ刀で切り続けて、ヘラクレスと詩音はパンクラチオンと中国武術で稽古をしていた。ちなみに2人は武器を霊体化中。

最初は皆でどうやって助けるのかを話したりしていたのだが、案を出してもその悉くが却下。今のこのメンバーでは不可能な話だったのだ。

 

「だあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!もおぉぉぉぉぉぉぉう!!!どないせぇっちゅうんじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

とうとう鈴は口調が崩れてしまい、女の子にあるまじき座り方をして、詩音用の酒……ウォッカを呷る。

 

「南雲ハンはどないして出てこぉヘンの!?まさか餓死しとるんとちゃうんか!引き篭ぉとらんでとっとと出てこんかい!!!!」

 

丸々一本を飲み干し、空瓶を穴に向けてぶん投げた。

第3特異点封鎖終局四海にて敵として現れたヘラクレスを500メートル先の海に(・・・・・・・・・・・)ぶん投げた(・・・・・)実績を持つ鈴が本気でぶん投げた空瓶は酔っていたせいなのかかなり精度が良く、見事に穴の中へと入って奥底へと消えていった。

 

「「「………………」」」

「うち、悪ぅなけんけな?」

「じゃあ酒飲むな未成年。」

「むぅ。」

 

その頃穴の先に居たであろうハジメは急な不意打ちに対応出来ず、股間にクリーンヒットし、のたうち回っていたのだがそれを知ることはないだろう。

瓶自体は粉々となったため証拠も残らず、ハジメからしてみれば迷宮入りの謎であった。

 

酒で酔った鈴の暴走は止まらない。

もう待ちくたびれたのか、こんなことを宣ったのだ。

 

「南雲ハン真反対の壁から出たんとちゃうん?せやったらこの2週間無意味なるで。ほな、皆片して行くで!!!」

 

何時もは面倒くさがっていた片付けを率先して行い、まとめた荷物をヘラクレスに預けると武蔵が相手をしていた魔物郡に突撃をかまして火遁や土遁、風遁、果てに中国武術の未だ未熟な无二打で一撃必殺を食らわせながら前に進んで行く。

サーヴァント2人は溜息を吐きながらも続いた。残りの1人は地味にウキウキしていたのだが知る由もないだろう。

進んでいるとその先で本来ならば有り得ない音が鳴り響いてきた。

そう、銃声である。

 

「ッ………………錬成術で!?」

 

鈴はそれが何かを知っており、何故ここにあるのかを一瞬で理解した。ハジメがオタク知識を駆使すれば銃を作ることなど造作もないだろう。逆に魔力量を増やす鍛錬にすらなる。

一向は走って行く。そして、その目に映ったのは黒髪から白髪になって右腕に銃を持って左は魔物の毛皮で覆い隠している南雲ハジメの姿があった。

しかも、壁を何度も切りつけ、傷つけたであろう魔物に圧倒していた。

部屋中を縦横無尽に駆け回り、風の刃で切りつけてくる魔物の攻撃を躱して銃を放つ。

ヒット&アウェイ戦法ではあるが確実に魔物の体力を減らしてゆき、閃光弾で目眩しをしたらレールガンで左腕をぶち抜き、暴れ回る魔物に距離を取らせたら落ちた魔物の左腕を喰らった(・・・・・・・・・・・・・)

 

「「「ッ………………!?!?!?!?」」」

 

3人は驚いた。

 

「うっそぉ、喰ったよ。」

「あ、あぁ。喰ったな。」

「かぶりついてくねぇ。」

「「「落ちたのを。」」」

 

魔物の肉は毒となる。という事ではなく、地面に落ちた生肉を喰らったことに驚いていた。

というより、この4人も既に魔物を喰っていたりする。義手が宝具であるゲテモノ調理師とP氏の合作を何度も食わされている彼らには耐性が着いたせいか一切危機的なことにはならなかったのだ。

 

しかし、そのような経験を一切した事の無いはずのハジメはどうであろうか?

急に蹲り、痛みに堪えるように動かなくなった。それをチャンスと見たのか魔物がハジメに飛びかかった。

しかし、血という液体を通した紅い電流により体の神経を麻痺させて倒れこんだ。

最後に銃を魔物の頭部に付けて一言呟いてから留めを刺した。

 

あの無能というレッテルを貼られた気弱で優しかったハジメはどこに行ったのか。今は真反対の存在と成り果てていた。

それ程辛い思いだったのだろう。

彼にとっての孤独と絶望、恐怖は。

だからこそ生への渇望が強いのだろう。

誰も救いに来ず、見捨てられたと感じた彼は。

そして、周り全てが敵だと認識しているのだろう。

現に

 

「そうだ……帰りたいんだ……俺は。他はどうでもいい。俺は俺のやり方で帰る。望みを叶える。邪魔するものは誰であろうと、どんな存在だろうと……殺してやる。」

 

そう宣言して、ずっと見ていた鈴達にその銃口を向けていた。鈴は詩音達に手出しは無用とだけ告げて前に出ていた。

 

「えらい変うぉうたな南雲ハン。」

「あ?なんで谷口がここにいんだ?」

「んなもん一緒に落ちたからに決もうとろうが。ヒック」

「………………酔ってんのか?」

「なわけあるか。酔っとらせぇへんで。それで?俺のやり方で帰る。なんて言うとるけどどうやって帰るん?」

「は?そんなの探して見つけるだけだ。」

「ふぅん………………無理やね。」

 

酔っ払いの鈴は酔いと共にハジメの宣言を否定した。

 

「あ?てめぇも俺の邪魔をするのか?」

「そんな迷いありありな目したまんま突き進んだってその辺で野垂れ死ぬだけや。それに、女の子にカリを貸したまま行くなんて男の恥っしょ。」

「邪魔をするんなら────────」

 

偏に邪魔をするという鈴に向けてハジメは銃を発砲した。その弾丸は見事に鈴の顔面に当たり、鈴は倒れ込む。

 

「───────殺す。」

 

ハジメは真面目なのだろうが、周りから見るとドヤ顔に見えるその表情は倒れかけたままで止まった鈴を訝しんだ。

そして、撃たれたはずの鈴はゆっくりと元の体制に戻ってハジメを驚愕させた。

 

「ほんはほははほはへへほふんほふひゃあはんはんひほへはへふほ。(意訳:そんなドヤ顔されても分速じゃあ簡単に止められるよ。)」

 

今ので目が覚めたのか口調が戻るが、ハジメを驚愕させたのはそんな事ではなく、明らかに超速……音速の域にあった弾速を分速と宣った挙句に歯で弾丸を止めていたのだ。

自分でもほぼ不可能な芸当を成した鈴にハジメは違和感を覚えた。例え見切れたとしても100を越えるか越えないか辺りの耐久値でも、確実に歯は折れて喉を貫通するはずだと。

なのに受け止めれていたのは何故なのか?その疑問が渦巻き続けた。鈴はその疑問を聞いたかのようにサラリと答えた。

 

「ん?あぁ、銃弾を止めれたわけか。03桁を超えてるからじゃない?」

「ッ…………!?」

 

思考が読まれた事と今の言葉に更に驚愕した。

 

(おいおいおい、03桁を越えてるって…………軽く1000以上のステータス値はあるって事だろ!?なんでそんな馬鹿げた数あるんだよ!?団長なら驚愕して天之河より褒めたはずだッ!?)

「それはね、ステータスプレートって内容隠したり偽造出来るんだよ?」

 

更に思考を読まれた事に驚愕してどんどん沼に嵌って行くハジメ。取り返しがつかなくなる前に鈴は話を切り出した。

 

「南雲君、驚いて思考の波に呑まれたらどんどん読まれてっちゃうよ?」

「ちっ…………ならなんでてめぇはまだここにいる?」

「そんなの2週間前から南雲君が出てくるのを待ってたからじゃん。」

「は?」

「君が左腕を失くした日からずっと穴の前で出てくるのを待ってたの。あの穴の大きさじゃあ私も通れないから待ってた。まさか穴のあった壁とは真反対から出てたとは思わなかったけどね?」

 

ハジメは今世紀最大の驚愕を受けた。自分が空腹と孤独、絶望を感じていた間、ずっといたのだ。起きて直ぐに元の道に戻れば早く助かり飯にありつけていたのだ。

 

「は、はは、ハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!!!!!!!!!!クソがぁッ!!!」

 

なんとも言えない事実に呆気なさとか色んな感情が混ざり合い、地面を踏みつけた。地団駄を踏むと言う奴である。

そして、先程撃ち殺した魔物にやたらめったら銃を乱射し続ける。

しばらく暴れてスッキリしたのかさっぱりしたが、ハジメはその場に座り込んだ。

 

「くそっ…………今までの我慢はなんなんだってんだよ。」

「最初はトラウマでしばらく出そうになかったから待ってたんだけど2週間も飲まず食わずで引き篭もり続けてたら餓死してんじゃないかって思ったよ。まぁそれにヤケ酒をしたのは馬鹿だろうけど。それよりどうするの?」

 

鈴はこれからハジメがどうするのかを聞く。それは進むか帰るかというものである。

それが分かったのか、ハジメはこう返してきた。

 

「俺は止まらねぇ。」

「そっか。南雲君は進むんだね。だったらいつでもいいから生きてる内にかおりんにカリを返すんだぞ?」

「なんの事だ?」

「此処に入る前日の夜に南雲君、かおりんと密会してたでしょ?」

「なぁッ!?!?」

 

迷宮攻略前夜のあの出会いを知られていたことに驚くハジメ。それを見て笑いながら続ける。

 

「私は一旦ホアルドに戻るよ。クラスメイト達の様子も気になるしかおりんに南雲君の無事を伝えないといけない。それにいずれ来る全面戦争に備えないといけない。やることがいっぱいあるからね。」

「?分かった。取り敢えずは此処を脱出した方がいいんだが、それには下層を進まないと出れそうにない。」

「あの高さの崖を登るくらいなら下る方が楽だしね。」

「それはいいんだが………………あいつら誰だ?」

 

今後の予定の目処が立ったのはいいが、ハジメは先程から此方を無言で見つめてくる3人が気になった。

1人は和服に身を包んだ4つの刀を持った身長が割と高い女性と薄碧色(暗いため)に見える長髪を伸ばした身の丈以上の大盾と木の棒を持ったギリシャ風の鎧に身を包む少女。

最後に鉛色の巨人。巨人である。通路が狭いせいかより一層大きく見えるのは気の所為だろう。

 

「あぁ、あの3人か。もう大丈夫だよ。」

「済んだっぽいね。マスターも沼への嵌め方が上手くなったじゃん。」

「あぁ、武蔵に聞いたが勇者君にソクラテスの無知の知を叩きつけたそうじゃないか。手を出せなかったのが悔やまれるな。」

「Garrrrrrr」

 

一向はそのまま迷宮攻略に勤しむのであった。



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第8話 攻略と謎の部屋

奈落の底に落ち、ハジメと再会してからはや2週間。鈴達は150層まで攻略していた。

それまでに何があったのかと言うと、ある意味では苦痛の連続であった。

真っ暗闇でバジリスクが待っていたり、その次には摂氏3000度になるタールで出来た動きづらかったり、気配の掴めない鮫が襲撃してきたり、迷宮全体が薄い毒霧で覆われた階層では、毒の痰たんを吐き出す二メートルのカエルや、麻痺の鱗粉を撒き散らす蛾に襲われた。

密林の階層では身体が分裂するムカデとトレントみたいな魔物に襲われた。ムカデ自体はGの如くで面倒くさかったが、トレントみたいな魔物はピンチなると頭部をわっさわっさと振り赤い果物を投げつけて来た。

1つ取って食えば、外見林檎の西瓜であった。少しこの階層に残ってトレントみたいな魔物を襲撃して林檎西瓜を大量取得したのは忘れまい。

ちなみにトレントみたいな魔物にはまた取りに来ると言って生かしたまま去った。

そんなこんなあって150層まで来たのだが、不気味なものが1つだけあったのだ。

脇道の突き当りにある空けた場所には高さ3メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していたのだ。

既に次層への階段を見つけており、準備満タンの一行はその扉の前にいた。

 

「これ、開けた方がいいか?」

「どうだろ?攻略するんなら開けた方がいいけど…………」

「こういうのって大体はヤバい奴が封印されてるからねぇ。」

「行き当たりばったりだが、開けるか。」

 

代表してハジメが扉を開きに行く。扉に触れて何かを調べた後、錬成を発動させた。それと同時に二対一つ目巨人の彫刻が動き出したのだ。

嵌っていた場所からのそりと出てきて雄叫びをあげる。ハジメがドンナーという銃で脳天をぶちぬこうとしたが、既に詩音と武蔵がそれぞれの首を撥ねていたため、あっさりと終わった。

呆気なさを気にしつつもハジメは以前ハジメの腕をもいだ魔物から得た風爪という固有魔法で巨人2人の魔石をくり抜いて、扉にある窪みに嵌め込んだ。直後、魔石から赤黒い魔力光が迸しり魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。

そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。

 

意外と派手な演出と懐かしい明るさに一同は驚嘆してハジメがそっと覗くように扉を開いた。

ヘラクレス以外の3人も同じように覗き込んだ。

中は真っ暗闇だが、一暗闇に慣れているため見通せた。中は聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。

そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

その立方体に薄らと光るものが生えていることに気づき、近くで確認しようと扉を大きく開け固定しようとする。

扉はヘラクレスが持っててくれるため武蔵が外の警戒をして、鈴と詩音はハジメに続いて中に入った。

3人が入ったと同時にそれは動いた。

 

「……だれ?」

 

かすれた、弱々しい女の子の声だ。ビクッ、としてハジメは慌てて部屋の中央を凝視する。すると先程の〝生えている何か〟がユラユラと動き出した。差し込んだ光がその正体を暴く。

 

「人……なのか?」

 

〝生えていた何か〟は人だった。

上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が某ホラー映画の女幽霊のように垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗のぞいている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。

ハジメがチラリと鈴と詩音を見て、その意図に気づいた2人は合図を待つ。

1度深呼吸をした後に声を合わせて告げた。

 

「「「すみません。間違えました。」」」

 

そう言って外に出てから扉のそっ閉じをヘラクレスに頼むが、少し時間がかかったせいで中の人物に止められてしまった。

本来ならば無視をしていいだろうが、ここに居るのは人間2人と英雄3人だ。

人間2人は無視することが出来るだろうが英雄3人はそうはいかないだろう。

それが分かっているのか、ハジメは溜息をついて鈴はアチャー、と手のひらを額に当てていた。

 

「何故に待てと申す?」

 

ヘラクレスは言語機能を失い、武蔵は未だ外。ハジメは無関心を貫いて鈴は魔術師として立っていた。

なので代表して詩音が問いかけた。

 

「……………………助けて…………欲しい…………の…………」

「何故だ?この様な地で封印されている貴殿のことだ。封印を解かれた果てには我々に襲いかかるのであろう。この地から脱出する術もここにはなく封印されているそれしかない。故に…………」

 

ヘラクレスに目で閉じるように伝え、ヘラクレスはそっ閉じを行う。

すげなく断られた女の子だが、もう泣きそうな表情で必死に声を張り上げる。

 

「ちがう!ケホッ……私、悪くない!……待って! 私……」

 

地面に擦れるせいで少し時間がかかった。そのせいで閉じることは出来なくなった。

何故なら、

 

「裏切られただけ!」

 

その一言で、この場にいる皆は察してしまったのだ。ハジメはクラスメイト達に裏切られたことを内心にまだ燻らせており、鈴は桃源郷のコロンブスを思い出した。

武蔵はどうだか知らないが、ヘラクレスと詩音にはよくあったことだ。

あと少しの隙間を見続け、ヘラクレスが扉を開く。

詩音とヘラクレス、鈴は裏切りについては既に片をつけているため、未だ根に持っているハジメに任せた。

 

ハジメは頭をカリカリと掻きながら、女の子に歩み寄る。もちろん油断はしない。

 

「裏切られたと言ったな?だがそれは、お前が封印された理由になっていない。その話が本当だとして、裏切った奴はどうしてお前をここに封印したんだ?」

 

ハジメが戻って来たことに半ば呆然としている女の子。

ジッと、豊かだが薄汚れた金髪の間から除く紅眼でハジメを見つめる。何も答えない女の子にハジメがイラつき「おい。聞いてるのか? 話さないなら帰るぞ」と言って踵きびすを返しそうになる。それに、ハッと我を取り戻し、女の子は慌てて封印された理由を語り始めた。

 

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

枯れた喉で必死にポツリポツリと語る女の子。

その波乱万丈な出来事にやはり話は重かったと鈴は嘆く。詩音は吸血鬼という所に反応をしていたが今はいいだろう。

 

「お前、どっかの国の王族だったのか?」

「……(コクコク)」

「殺せないってなんだ?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

「……そ、そいつは凄まじいな。……すごい力ってそれか?」

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

 

最後の一言に皆は納得をした。魔力操作はこの世界では禁忌に該当するものらしいが、絶大な力を誇るのは確かだろう。しかも、この女の子のように魔法適性があれば反則的な力を発揮できる。

何せ、周りがチンタラと詠唱やら魔法陣やら準備している間にバカスカ魔法を撃てるのだから、正直勝負にならない。

しかも、不死身。おそらく絶対的なものではないとだろうが、それでも勇者すら凌駕するチートである。

ハジメと少女の視線が交差して数秒後にハジメは立方体に触れて錬成を始めた。

ハジメが全力で魔力を放出しながら立方体を錬成し続ける。

直後、女の子の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。

それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、体の全てが解き放たれ、女の子は地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。

ハジメは魔力を放出し続けたせいか荒い息を整えながら座り込んでいた。

少しの抵抗も出来ずに服を着せられた少女は神水を飲もうとしたハジメの手を握った。

ハジメがそちらに目をやると少女がじっ、と見つめていた。

顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。

そして、震える声で小さく、しかしはっきりと女の子は告げる。

 

「……ありがとう」

 

ハジメがどう感じたかは分からないが再開後からあった眉間の皺が無くなり、目付きは悪いままだが少しだけ穏やかな顔となった。

鈴と武蔵は以前調べていた歴史書に吸血鬼は数百年前に滅んだと記されていたため、それ以前から封印され続けていたであろうこの少女はたった一人、この暗闇で孤独な時間を過ごしたということだ。

しかも、話しぶりからして信頼していた相手に裏切られて。よく発狂しなかったものである。もしかすると先ほど言っていた自動再生的な力のせいかもしれない。だとすれば、それは逆に拷問だっただろう。狂うことすら許されなかったということなのだから。

少女がハジメに名前を問い、ハジメは素直に答えて少女はこう呟いた。「……名前、付けて」と。

つまり少女はハジメに名付け親になれというのだ。

恐らく過去の己と決別するために言い出したことなのだろう。

女の子は期待するような目でハジメを見ている。ハジメはカリカリと頬を掻くと、少し考える素振りを見せて、仕方ないというように彼女の新しい名前を告げた。

 

「〝ユエ〟なんてどうだ? ネーミングセンスないから気に入らないなら別のを考えるが……」

「ユエ? ……ユエ……ユエ……」

「ああ、ユエって言うのはな、俺の故郷で〝月〟を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな……どうだ?」

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

 

一通り終わったのを見て取れた鈴は服を用意して詩音を伴って近づいていく。ユエはハジメを取られまいとしがみつくが、それが可愛く見えるので暖かい目を送りながら声をかけた。

 

「いやぁ、ハジメ君も隅に置けないねぇ。ハジメ君は将来子煩悩になるかもねぇ。」

「うっせ。あぁ、此奴は谷口鈴でこっちは………………なんだっけ?」

「アテナだ。詩音でも構わん。」

 

自己紹介を軽く済ませたら、鈴はユエに持っていた服を着せると抱えて移動する。ハジメも立ち上がって鈴に続くが、詩音はその場に立ち尽くした。というよりユエが封印されていた場所の足元を見ていた。

 

「紋章……同じ紋章を近づけると開くタイプか。…………ほいっ。」

 

詩音はたった一工程で鍵無しで開いた。中には謎のアーティファクトがあり、頭に疑問符を浮かべながらも手に取り移動する。

彼が一工程で開けることが出来たのは神霊としての権限と依り代の力である。

正直に言うと狡をして開けたのだ。

ユエの封印されていた部屋から出ると同時に部屋の天井から突然魔物の気配がした。

 

「「「ッ!!!!」」」

「?」

 

3人は気配を察知して距離をとり、ユエは鈴にしがみついて突然の行動に疑問符を浮かべていた。

が、直ぐに分かった。天井から体長が5メートルあり、4本の長い腕と鋏、8本の足と2本の尻尾を持ったサソリが現れたのだ。

天井から地面に落ちた音で武蔵は戻って来て、ハジメはユエの口に神水の入った容器を口に突っ込んだ。

 

「うむっ!?」

 

ユエは異物を口に突っ込まれて涙目になっているが、衰え切った体に活力が戻ってくる感覚に驚いたように目を見開いた。

それを見届けた鈴は縮地で後退してヘラクレスのもとに着いた。ヘラクレスも参戦するために荷物を置いて扉を引きちぎり、それを武器として持ったまま前に出る。

 

結果から言おう。結果は圧勝の一言。

 

サソリの魔物が尻尾の針から毒液を噴射したのを全員で躱した。その次に音速3.9キロメートルの弾丸をハジメはサソリの魔物の頭部に放った。しかし、一切効いてなかった。

それを証明するようにサソリモドキのもう一本の尻尾の針がハジメに照準を合わせた。そして、尻尾の先端が一瞬肥大化したかと思うと凄まじい速度で針が撃ち出された。避けようとするハジメだが、針が途中で破裂し散弾のように広範囲を襲う。

サソリ魔物とハジメの間に詩音が入って防御する。その隙にヘラクレスが吶喊し、手に持つ扉を叩きつけた。

だが、扉が砕けてしまい下がらざるを得なくなった。

ヘラクレスが下がるのと同時にハジメはサソリ魔物の足元に〝焼夷手榴弾〟を投げ付けた。

これには摂氏3000度のあのタールが入っており、破裂と共にサソリ魔物に引火。少しして鎮火し、サソリ魔物は怒り狂いって突進した。四本の大バサミがいきなり伸長し大砲のように風を唸らせながら迫り来るのを武蔵が二刀流で捌ききる。

異様な程の頑丈さを見せるサソリ魔物の甲殻に秘密があると見たハジメは空中を跳躍してサソリ魔物の背中に飛び乗る。

何をする気かを感じ取った英霊3騎はサソリ魔物に嫌がらせを始めた。

ヒュドラの毒以外はほぼ効かないヘラクレスが2つある尻尾を剛腕で締め上げ、武蔵は8本の足の節目にある筋肉を切ってサソリ魔物の腹と地面をくっつける。4本の鋏は詩音が盾を使うことでヘイトを集めていた。

サソリもそっちに気が向いているため上にハジメが乗っていることを知らない。ハジメはサソリ魔物の頭に手を置いて一言。

 

「終わりだ。〝錬成〟」

 

いきなりの攻撃にサソリ魔物は暴れる。しかし、尻尾はヘラクレスに固定され、4本の鋏は詩音と武蔵に妨害されてハジメを攻撃出来ず、身体をゆさぶろうにも足が全て動かないせいでそれもできず、サソリ魔物は頭部の甲殻を剥がされてハジメのドンナーの一撃で晒された頭を撃ち抜かれて死んだ。

 

「ふぅ、まさか甲殻が鉱石だったとはなぁ。」

「あのどデカい扉が壊された時点でただの甲殻では無いのは分かってはいたが鉱石ときたか。」

「お疲れ様ぁ!」

 

ハジメは錬成で切り取った甲殻を手で踊らせ、これが甲殻ではなく魔力親和の高い鉱石であったことを伝える。近くに来ていた詩音が大盾の素材に使われたミスリルみたいだと呟きながら近づいてくる。

そこにユエを抱えた状態の鈴が近づいてきた。

ヘラクレスと武蔵は出入口で荷物を集めている。

 

「今日は此処を拠点にしてユエちゃんの話を聞こうではないか!」

 

鈴の提案により、ここで1泊してから先に進むこととなった。



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第9話 語り合いと少女の真実

ユエの封印されていた部屋を拠点にしようとしていたがユエが断固拒否したため倒したサソリ魔物と単眼巨人2体を拠点として用意した場所に移動して、そこでユエの話を聞くことにしたのだ。

今、拠点ではハジメがホクホク顔で消耗品の補充と新たな兵器作製を、詩音は夕飯の料理を、武蔵は刀の手入れをしており、鈴は正座したヘラクレスの膝の上に座ってユエを抱きしめていた。

 

「そうすると、ユエって少なくとも三百歳以上なわけか?」

「こら!マナー違反だぞ!」

「………マナー違反」

 

ハジメがユエに年齢を聞き、それを鈴とユエが非難を込めたジト目で見る。

何処も彼処も年齢詮索がタブーなのは変わらないらしい。

ハジメは記憶を回想して、1番尋ねたかったであろうことをユエに聞いた。

 

「吸血鬼って、皆そんなに長生きするのか?」

「……私が特別。〝再生〟で歳もとらない……」

 

聞けば十二歳の時、魔力の直接操作や〝自動再生〟の固有魔法に目覚めてから歳をとっていないらしい。普通の吸血鬼族も血を吸うことで他の種族より長く生きるらしいが、それでも二百年くらいが限度なのだそうだ。

ちなみに人間族の平均寿命は七十歳、魔人族は百二十歳、亜人族は種族によるらしい。エルフの中には何百年も生きている者がいるとか。

ユエは先祖返りで力に目覚めてから僅か数年で当時最強の一角に数えられていたそうで、十七歳の時に吸血鬼族の王位に就いたという。

帰れる方法が何か分かるのではないか?そう期待していたハジメはガックシしていた。

ユエの力についても話を聞いた。それによると、ユエは全属性に適性があるらしい。本当に「なんだ、そのチートは……」と呆れるハジメだったが、ユエ曰く、接近戦は苦手らしく、一人だと身体強化で逃げ回りながら魔法を連射するくらいが関の山なのだそうだ。

〝自動再生〟については、一種の固有魔法に分類できるらしく、魔力が残存している間は、一瞬で塵にでもされない限り死なないそうだ。逆に言えば、魔力が枯渇した状態で受けた傷は治らないということ。

刀の手入れを終えた武蔵と夕飯を完成させた詩音が近付いてきた。

ハジメも夕飯を食べるために1度手を止めて食卓を囲む。

 

「なぁ、ユエは先祖返りの吸血鬼と言っていたが位はどれなんだ?」

「………………位?」

「あぁ。吸血鬼には突然変異の真祖と神の血を引く神祖、死徒があるだろう。ユエはそのどれに属するのか気になってな。ちなみに俺は死徒だ。」

「「ブフッ!?!?!?!?!?」」

 

詩音はユエに吸血鬼の位を聞き、位が何を意味するのか分からないユエは首を傾げた。それを詩音は真摯に教え、己が吸血鬼であることを明かした。

しかも、唐突な暴露にハジメと鈴は噴き出してしまった。

 

「ちょっ、それ私も初耳なんだけど!?」

「何処に吸血鬼の要素があんだよ!?」

「…………貴方も吸血鬼?」

「俺の話はいいだろ。とにかく、ユエ自身がどうなのか。それによってユエが封印された推測が異なって来る。」

「「「!?」」」

 

問い質してくる3人から話を戻してユエが封印されていた訳を推測したと言われて驚く3人。

 

「あくまで推測だぞ?ユエが死徒か真祖ならば話は変わって来るが、もし仮にユエが神祖であれば辻褄が合うんだよ。」

 

ユエが神の血を引いていたら辻褄が合うわけを耳の穴をかっぽじって聞き入る3人。

それを見つつも話を続ける。

 

「いいか?神祖の吸血鬼は神との親和性が高い。

そしてユエは不死で魔法適性も高く容姿もいい。依り代を求めようとする神がいればユエは恰好の的だ。

ユエの叔父自身がその神の存在を認知してからユエを封印したとすれば叔父はお前さんを愛していたはずだ。

そして、吸血鬼の国が滅んだのは素体となるユエを得るために神敵として襲わせた。

それなら辻褄が合うだろ。」

 

ユエが神祖ならば有り得たであろう話をする詩音。神に狙われていた事を信じたくないとでも言うように震えるユエの前にあの謎のアーティファクトを詩音は置いた。

 

「これがなんの道具か分からねぇが、ユエの封印されていた真下に隠されてあった。もしかしたらそれに真実が隠されているやもしれん。」

「あ、これって………………」

「あぁ。王宮の宝物庫にあった映像記録用アーティファクトだ。」

 

謎のアーティファクトが映像を記録するためのアーティファクトだと発覚し、ユエが深く関わるであろうものが記録されているのではないかと皆に緊張が走る。

 

「取り敢えず、これ食い終わってから見ようか。」

 

その一言で話題を他にずらしながら話を咲かせていった。

夕飯を食い終わり、皆が緊張する中でユエは映像記録用アーティファクトの電源を入れる。そして、起動させたら地面に置いて皆に見えるように少し下がる。

アーティファクトが輝き、ふっと映像を映し出す。そこに現れた相手を見て、ユエが驚愕に目を見開き呆然と呟いた。

 

「……おじ、さま?」

 

そう、映像には1人の老体……ユエの叔父に当たる人物のホログラムが現れたのだ。

ユエが無意識に後退りを始めたため、ハジメが捕まえて自分の足に座らせた。抱き締めているため逃走は不可能だ。

そんな2人を他所にユエの叔父のホログラムは話を続けた。

 

『……アレーティア。久しい、というのは少し違うかな。君は、きっと私を恨んでいるだろうから。いや、恨むなんて言葉では足りないだろう。私のしたことは…………あぁ、違う。こんなことを言いたかったわけじゃない。色々考えてきたというのに、いざ遺言を残すとなると上手く話せない』

 

遺言。つまり、自分が死ぬ事を前提としてこれに記しているのだ。そして、ユエの叔父は語る。しかも、元の名前もちゃっかりと分かってしまった。

 

『そうだ。まずは礼を言おう。……アレーティア。きっと、今、君の傍には、君が心から信頼する誰かがいるはずだ。少なくとも、変成魔法を手に入れることができ、真のオルクスに挑める強者であって、私の用意したガーディアンから君を見捨てず救い出した者が』

「「変成魔法?」」

「ちょっと狡して取り出したからな。」

『……君。私の愛しい姪に寄り添う君よ。君は男性かな?それとも女性だろうか?アレーティアにとって、どんな存在なのだろう?恋人だろうか?親友だろうか?あるいは家族だったり、何かの仲間だったりするのだろうか?直接会って礼を言えないことは申し訳ないが、どうか言わせて欲しい。……ありがとう。その子を救ってくれて、寄り添ってくれて、ありがとう。私の生涯で最大の感謝を捧げる』

 

ただ共通することがあって助けたのだが、かなり大層な言い方をしていた。ユエは叔父の言葉に聞き入るため微動だにしない。

 

『アレーティア。君の胸中は疑問で溢れているだろう。それとも、もう真実を知っているのだろうか。私が何故、あの日、君を傷つけ、あの暗闇の底へ沈めたのか。君がどういう存在で、真の敵が誰なのか』

 

真の敵。それが誰を意味するのか分からず疑問を浮かべる地球組。

そこから語られた話は、人理継続保障機関「カルデア」を動かすに値する真実であった。

 

他には、ユエが神子として生まれ、エヒト神に狙われていたこと。

それに気がついたユエの叔父は、欲に目の眩んだ自分のクーデターによりユエを殺したとエヒト神に見せかけて奈落に封印し、あの部屋自体を誰をも欺く隠蔽空間としたこと。

ユエの封印も、僅かにも気配を掴ませないための苦渋の選択であったこと。

 

『君に真実を話すべきか否か、あの日の直前まで迷っていた。だが、奴等を確実に欺く為にも話すべきではないと判断した。私を憎めば、それが生きる活力にもなるのではとも思ったのだ』

 

封印の部屋にも長くいるべきではなかったのだろう。だから、王城でユエを弑逆したと見せかけた後、話す時間もなかったに違いない。

その選択が、どれほど苦渋に満ちたものだったのか、映像の向こうで握り締められる拳の強さが、それを示していた。

 

『それでも、君を傷つけたことに変わりはない。今更、許してくれなどとは言わない。ただ、どうかこれだけは信じて欲しい。知っておいて欲しい』

 

ユエの叔父は表情が苦しげなものから、泣き笑いのような表情になった。それは、ひどく優しげで、慈愛に満ちていて、同時に、どうしようもないほど悲しみに満ちた表情。

 

『愛している。アレーティア。君を心から愛している。ただの一度とて、煩わしく思ったことなどない。娘のように思っていたんだ』

「……おじ、さま。ディン叔父様っ。私はっ、私も……」

 

父のように思っていた。その想いは、ホロホロと頬を伝う涙と共に流れ落ちて言葉にならなかった。

あまりにも壮絶な事実と知りたかったことの事実、そして紛れもない愛情を感じ取ったユエは涙を流した。

 

『守ってやれなくて済まなかった。未来の誰かに託すことしか出来なくて済まなかった。情けない父親役で済まなかった』

「……そんなことっ」

 

目の前のあるのは過去の映像だ。ユエの叔父の遺言に過ぎない。だがそんなことは関係はなく、叫ばずにはいられなかった。

ユエの叔父の目尻に光るものが溢れる。だが、彼は決してそれを流そうとはしなかった。グッと堪えながら愛娘へ一心に言葉を紡ぐ。

 

『傍にいていつか君が自分の幸せを掴む姿を見たかった。君の隣に立つ男を一発殴ってやるのが密かな夢だった。そしてその後、酒でも飲み交わして頼むんだ。〝どうか娘をお願いします〟と。アレーティアが選んだ相手だ。きっと真剣な顔をして確約してくれるに違いない』

 

夢見るように映像の向こう側で遠くに眼差しを向けるユエの叔父。もしかすると、その方向に過去のユエがいるのかもしれない。

 

『そろそろ時間だ。もっと色々話したいことも、伝えたいこともあるのだが……私の生成魔法では、これくらいのアーティファクトしか作れない』

「……やっ、嫌ですっ。叔父さ、お父様!」

 

記録できる限界が迫っているようで苦笑いするユエの叔父にユエが泣きながら手を伸ばす。叔父の、否、父親の深い深い愛情と、その悲しい程に強靭な覚悟が激しく心を揺さぶる。言葉にならない想いが溢れ出す。

 

『もう、私は君の傍にいられないが、たとえこの命が尽きようとも祈り続けよう。アレーティア。最愛の娘よ。君の頭上に、無限の幸福が降り注がんことを。陽の光よりも温かく月の光よりも優しい、そんな道を歩めますように』

「……お父様っ」

 

ユエの叔父の視線が彷徨う。それはきっと、ユエに寄り添う者を想像しているからだろう。

 

『私の最愛に寄り添う君。お願いだ。どんな形でもいい。その子を、世界で一番幸せな女の子にしてやってくれ。どうか、お願いだ』

 

ハジメは逡巡した後に力強く頷いた。それは、ハジメ自身が少なからずユエに救われだからこそなのか、覚悟のある頷きであった。

それが見えている訳では無いだろうが、確かにユエの叔父は満足そうに微笑んだ。きっと遠い未来で自分の言葉を聞いた者がどう答えるか確信していたのだろう。

色んな意味で、とんでもない人だ。流石はユエの父親というべきか。

映像が薄れていく。ユエの叔父の姿が虚空に溶けていく。それはまるで、彼の魂が召されていくかのようで……

彼は最後の言葉を紡ぐ。

 

『……さようなら、アレーティア。君を取り巻く世界の全てが、幸せでありますように』

 

その暖かい声と共にユエの叔父のホログラムは消えた。

少女の声が木霊する。それは愛する者との別れの悲しみと絶対不変の愛情に包まれた寂しくも暖かい声であった。



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第10話 語り合い(その2)と攻略再開

ユエは心の疑念を晴らせたからか、心做しか嬉しそうな顔をしていた。

そして、今度はユエが聞いてきた。

 

「…………皆は、どうしてここにいるの?」

 

こんな奈落の底に来るような人間は居ない。来れたとしても魔物との実力差で殺されて終わりだ。それなのにこんな所にいるのかが、ユエには分からなかったのだろう。

ユエは他にも沢山聞きたいことがあったのだろう。

なぜ、魔力を直接操れるのか。なぜ、固有魔法らしき魔法を複数扱えるのか。なぜ、魔物の肉を食って平気なのか。左腕はどうしたのか。そもそもハジメは人間なのか。ハジメが使っている武器は一体なんなのか。

ポツリポツリと、しかし途切れることなく続く質問に律儀に答えていく。

ハジメと鈴が仲間と共にこの世界に召喚されたことから始まり、ハジメは無能と呼ばれていたこと、ベヒモスとの戦いでクラスメイトの誰かに裏切られ奈落に落ちたこと、魔物を喰ってハジメが変化したこと、爪熊との戦いと願いやポーションのこと、故郷の兵器にヒントを得て現代兵器モドキの開発を思いついたことをハジメがツラツラと話していると、いつの間にかユエの方からグスッと鼻を啜るような音が聞こえ出した。

静聴していた鈴達でさえ、ユエがまた泣き出したことに驚いた。しかも、同情や憐れみなどではなく本心から泣いているのだ。

 

「いきなりどうした?」

「……ぐす……ハジメ……つらい……私もつらい……」

「気にするなよ。もうクラスメイトのことは割りかしどうでもいいんだ。そんな些事にこだわっても仕方無いしな。ここから出て復讐しに行って、それでどうすんだって話だよ。そんなことより、生き残る術を磨くこと、故郷に帰る方法を探すこと、それに全力を注がねぇとな」

 

ハジメが決めたハジメ自身の道を聞いたユエは故郷に帰るというハジメの言葉にピクリと反応する。

 

「……帰るの?」

「うん?元の世界にか?そりゃあ帰るさ。帰りたいよ。……色々変わっちまったけど……故郷に……家に帰りたい……」

「……そう」

 

ユエは沈んだ表情で顔を俯かせる。そして、ポツリと呟いた。

 

「……私にはもう、帰る場所……ない……」

「……」

 

必然的に暗くなり、その空気を変えるように鈴が言い出した。

 

「だったらさ、一緒に来ちゃえばいいじゃん。」

「………………一緒にって?」

「そんなの私たちの故郷の地球に決まってるじゃん!戸籍とかそういったややこしいことはこっちで済ますからさ!」

 

しばらく呆然としていたユエだが理解が追いついたのか、おずおずと「いいの?」と遠慮がちに尋ねる。しかし、その瞳には隠しようもない期待の色が宿っていた。

キラキラと輝くユエの瞳に、鈴は万遍ない笑顔で頷いた。

その事により新たな道が出来たからか、ハジメとずっといられるからか、今までの無表情が嘘のように、ユエはふわりと花が咲いたように微笑んだ。

それにハジメが見蕩れて慌てて目を逸らして新兵器開発に没頭しようとした。

ふと、聴き逃してはならないものを思い出した。そして尋ねた。

 

「……………………なぁ?」

「「ん?」」

「いや、谷口に聞くけど今お前…………戸籍用意するとか言ってたよな?」

「うん。するって言ったよ?」

「聞かれたらどう答えるんだよ?異世界人ってばらすのか?」

「いやいや、私の権限で押し通す(・・・・・・・・・)んだよ?」

「ふぅん………………ファッ!?」

 

納得して作業を始めるが今の発言がバリバリ可笑しいことに気付き、グリンッ!!!!と鈴の方に顔を向けた。

 

「権限ってなんの権限!?!?ってか本当に何者だよ谷口は!?!?」

 

高校でも1ヶ月に5日しか登校せず、いる日に呼べば唐突に姿を現す神出鬼没。体育では脳筋を越えていつも1番で人の内側を見透かし、此方では異様な程の戦闘スペックを誇る。その果てに公務員相手に権限を発動すると豪語。

本当に何者なのかが気になってしまう謎多きロリ元気っ子属性の鈴に驚愕をしてしまうハジメ。

何者かを問われてハジメにまだ名乗ってなかったことを鈴は思い出した。

 

「あ、そういやもう隠す必要なんてないんだった。」

「か、隠すって、どっかの秘密組織所属とかか?」

「正解!!私は世界政府に認められてる特殊組織、人理継続保障機関「カルデア」の第3幹部谷口鈴です。よろしくね?」

「………………………………はは、世界政府容認…………機関の幹部って。一般高にいるような人じゃないだろ………………」

「家が近いってだけで行ってる様なもんだしね。かおりん達もいるしさ。」

 

カルデアの第3幹部な訳は人類の未来を取り戻した功績とサーヴァントを繋ぐ楔であり、殺されない限り死ぬことも無い(・・・・・・・・・・・・・・)から、下からちまちま上げていくより一気に上に上げといて面倒臭い工程をやらないためである。

 

「ん?1つ気になったんだが人理継続保障機関って何すんだ?」

 

幹部であることよりも聞いたことの無い機関だったからか、ハジメは何となくで聞いてみた。

 

「それは文字通り人類が滅亡しない様にする(・・・・・・・・・・・・)ための機関だよ。」

「えらく壮大だな。」

「壮大じゃなくて壮絶だよ。例えば古代マヤ文明に人類滅亡のがあるでしょ?」

「確かにあるな。でも実際には起こらなかった。」

「そう。確かに起こらなかった。でも、過去のその文明時に起こったら人類はどうなると思う?」

「滅亡した後だからいないだろ?」

「そう。そういった滅亡がその時代に唐突におとずれてしまうことがあるの。」

「は?なかったことが起こるのか?」

「起こるの。カルデアはそれを感知発見したら世界政府に許可を取ってからその時代に跳んで修復する。私はそのメインメンバーの1人だよ。」

「「………………」」

 

鈴が過去に飛んで滅亡を阻止するという非現実的な仕事をしていることにハジメも話の内容が読めないユエも絶句する。

 

「ユエには分からないだろうけど南雲君は知ってるよね、空白の3年間って。」

「…………空白?」

「あぁ。忘れるはずもない。瞬きをした一瞬で3年も経ってたんだ。あの瞬間に何があったのか、誰も分からない不思議なものだ。」

 

ハジメは12歳から15歳となって瞬きをした一瞬で身長が10センチも伸びていたし、昼に出歩いていたら夜中になっていたし、そこかしこにいた人間が地面に倒れていた集団怪奇現象を思い出して顔を顰めた。

 

「その空白の3年間は人類が滅亡していた時間帯だよ。」

「…………………………ハヘッ!?」

 

鈴が顔を俯かせながら伝えてきたことを読み取るのに5分も固まってしまった。

実際に人類が滅亡していた事実に驚きを隠せないのだ。誰がなんの目的で滅ぼしたのか、それにも想像がつかなかった。

 

「人類が滅ぼされた訳はやり直すため。つまり地球のリセットが目的だったの。それも人類を愛するが故に人類を滅ぼす決意をした。死後のソロモン王の肉体を奪ってからずっと時を待っていたの。憐憫の獣ゲーティアは。なんの因果か私だけ滅亡を逃れた。その時に武蔵ちゃんと詩音に会ったの。孤独になった私の前に現れた。武蔵ちゃんは偶然だったんだけど、詩音は聞いてきた。このまま滅亡した両親を追うか前に進んで取り戻すか。」

 

憐憫の獣ゲーティアが人類を滅ぼし、人類をリセットしようとしたこと、偶然鈴1人だけ助かったこと、武蔵と詩音に会って進むか止まるかを問われたこと。それらを語る。

 

「私は前に進む決意をした。その後にカルデアと接触して人員となったの。そして、必ず滅びを迎えるようになった7つの時代を駆け抜けた。本来いないはずの幻想種である竜種が蔓延るフランスの百年戦争。死したはずなのに再び現れた統括者と奪い合ったローマ帝国。閉ざされた神話の海オケアノスでの海賊争い。宇宙を焼いた雷でのロンドンの爆破。北米で起きたケルトの戦士と米軍、反乱軍の三つ巴の戦争。理想を実現にしたアーサー王を乗っ取った女神による人間の取捨選択。母へと返り咲こうとしたティアマトによる魔獣との戦争。どれも危険な戦いだった。生き抜くことで精一杯な程。その戦いの果てに悪魔の名を冠する魔神の柱とそれを統べる憐憫の獣ゲーティアとの決戦をした。そして勝った。」

 

第1から第7特異点の戦いの壮絶さと最後の戦いを軽く語った。鈴の顔は乗り切ったことへの安堵か知らないが穏やかであった。

 

「………………色々突っ込みたいところだがよく3年間も生き抜けたな。」

「………………ん。よくわかんないけど神と戦って勝ったのは凄い。」

「ありがと。でもこれはまだ前哨戦に過ぎないよ。」

「「は?」」

 

7つの時代を3年間掛けて駆け抜けたと思っていたハジメとユエに前哨戦だと告げた。つまり本番はこれからであるということだ。

 

「ゲーティアとの戦いは1年間で済んだ。でもその後に新たな敵が現れたせいで人類の未来は取り戻せなかった。目的も何も分からないまま2年かけて終わらせたけどね。次の戦場は時代じゃない。なんだと思う?」

「時代じゃない…………宇宙人かなにかか?」

「神話。」

「……………………ちょっと待て。過去の修正ってのは聞いた。フランスとローマと大西洋とイギリスとアメリカとブリテンと中東の過去が歪んだのを戦って直したのは分かるが神話?神話ってギリシャ神話や日本神話の神話か?」

「うん。日本神話はなかったけどね。最初はロマノフ関係だったけどそれ以降は全部神話だよ。北欧神話と中国神話、インド神話にギリシャ神話とあったよ。特にインド神話がヤバすぎた。っと、そろそろ寝ないと明日に響くよ?」

 

鈴は特異点については語ったが異聞帯についてはそこまで語らなかった。それは鈴の心の奥底で踏ん切りが着かないのとこの世界で異聞帯でのあの戦いが再演されると半ば確信していたからである。

その時になったらまた語ればいい、と鈴は眠るのであった。

ハジメとユエは鈴がとてつもなく辛い何かを見て、それを思い出したのだろうと無闇に聞くことはしなかった。

ユエはハジメの足を枕にして眠り、ハジメはまだ途中であった新兵器の完成に急ぐのであった。

鈴が話している間、武蔵と詩音は聞かないように既に寝ておりヘラクレスは空気に溶けて火の番をしているのであった。

 

翌日

 

「アハハハハハハっ!!!!!!!!」

「だぁぁぁぁ、ちくしょぉおお!」

「……ハジメ、ファイト……」

「お前は気楽だな!」

「さっきより増えてるぞ!!」

「対軍宝具持ちいないのかな!?」

 

現在、ハジメ達一行は全力で駆けていた。まぁ、ユエはヘラクレスに荷物と共に抱えられているのだが。

では何故駆けているのか。それは一行の後ろにいる。彼らの後ろには

 

「「「「「「「「「「「「シャァアア!!」」」」」」」」」」」」

 

二百体近い魔物がいて、現に追われているからである。語り合った次の日から攻略を再開して戦力も増えたことから十階層ほどは順調よく降りることが出来た。ハジメの装備や技量が充実し、かつ熟練してきたからというのもあるが、ユエの魔法が凄まじい活躍を見せたというのも大きな要因だ。

全属性の魔法をなんでもござれとノータイムで使用し的確に前衛を援護するからスルスルと降りて現在の階層まで来れたのだ。

まず見えたのは樹海だった。十メートルを超える木々が鬱蒼と茂っており、空気はどこか湿っぽい。しかし、以前通った熱帯林の階層と違ってそれほど暑くはないのが救いだろう。

次の階層への階段を探していたところに見た目がティラノサウルスな魔物と遭遇した所から始まった。

殺気を迸らせながら睨んで来ていたのだが、頭部に着いた1輪の可憐な花がシュールにしていた。

飛びかかってきたティラノサウルス擬きにユエが魔法を放ち、一撃で仕留めた。が、頭の花がぽとりと落ちて結局シュールに終わった。

あとから次々と集まりだして収集がつかなくなって逃げることとなったのだ。

 

「アハハハハハハハハハハハハっ!!!!!!!!!!!!そろそろ壁際に着くよ!!!!!!」

「どっかひび割れた所を探せ!」

「…………ん、〝凍獄〟!」

「Gaaaaa!!!!」

 

鈴はハジメのオタク知識による本体探しが始まって以来シュールに耐えられずずっと笑っている。

ハジメとユエとヘラクレスが殿に立ち、残りの3人が探す。

少し左側に縦割りの洞窟があったため、そこに駆け込み、ハジメが錬成をして穴を塞いだ。

まぁ、ヘラクレスが穴を拡大させたため少し手間がかかったが。

錬成で入口を閉じたため薄暗い洞窟を一行は慎重に進む。

しばらく道なりに進んでいると、やがて大きな広間に出た。広間の奥には更に縦割れの道が続いている。もしかすると階下への階段かもしれない。

警戒しながら進み、中央までやってきたとき、それは起きた。

全方位から緑色のピンポン玉のようなものが無数に飛んできたのだ。皆は一瞬で背中合わせになり、飛来する緑の球を迎撃する。

しかし、その数は優に百を超え、尚、激しく撃ち込まれるのでヘラクレスの大咆哮で全方位の緑の玉を飛ばし、その隙に鈴が聖絶を球状に張り巡らした。

誰も攻撃を受けていないことを確認して先に進む。先にある暗めな縦割りに入るとそこにはアルラウネやドリアード等という人間の女と植物が融合したような魔物がいた。

どうやら派手な演出を譲渡していたようだが、この一行には一切効かなかった。似非アルラウネが動き出す前に詩音が槍の一突きで速攻で仕留めた。

 

「ふぅ、色々と面倒臭い奴だったな。姑息な奴は本当に好かねぇ。」

「まぁまぁ、次の階層に行けるんだから行こうよ。」

 

詩音が直ぐに仕留めたのは思うところがあったのは今の一言で分かった。それを鈴が窘めつつ先を促し、皆は賛同して先に進んで行った。



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第11話 神話の戦い、その先の楽園

あの似非アルラウネのいた階層からかなり進み、今は次で200層になる場所にまで来ていた。

それが意味するのは次の階層を攻略したらこの奈落の底から脱出が出来る可能性が高いのだ。

そのため、戦意も高く不備や漏れのないように準備をしていた。まぁ、マイペースなユエは飽きもせずにハジメの作業を見つめている。

というよりもどちらかというと作業をするハジメを見るのが好きなようだ。今もハジメのすぐ隣で手元とハジメを交互に見ながらまったりとしている。その表情は迷宮には似つかわしくない緩んだものだ。

それはそうと、ここでステータスの確認をしておこう。まずはハジメだ。ハジメは銃技、体術、固有魔法、兵器、そして錬成。いずれも相当磨きをかけた。この時代の人においては相当の修練を積んだ方であろう。最初はステータスオール10という最弱ぶりから

 

====================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:76

天職:錬成師

筋力:1980

体力:2090

耐性:2070

敏捷:2450

魔力:1780

魔耐:1780

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・言語理解

====================================

 

と、ここまで大きく成長を遂げていた。

地上で見せると明らかに可笑しいと目をつけられてしまう数値になったため、鈴が隠蔽方法を教えていたりする。

次にユエだ。ユエの分は鈴があの時に数枚同時に取っていたためそのうち1枚を渡したのだ。

 

====================================

ユエ 323歳 女 レベル:75

天職:神子

筋力:180

体力:310

耐性:74

敏捷:190

魔力:8755

魔耐:8910

技能:自動再生[+痛覚操作][+再生操作]・全属性適性・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換]・高速魔力回復

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ユエは魔法関係がやはり強い。けれど身体的なステータス値が勇者である光輝より低いことを知ったらユエはショックを受けるだろう。言わぬが花である。

最後に鈴である。レベル1の時点で化けていたのだ。レベルが上がったことでどれ程成長したのかが楽しみだ。

 

====================================

谷口鈴 17歳 女 レベル:78

天職:結界師・【魔術師】

筋力:4520

体力:27400

耐性:9458

敏捷:37564

魔力:58440

魔耐:29480

技能:結界術適性[+魔力効率上昇][+発動速度上昇][+遠隔操作][+連続発動]

   光属性適性[+障壁適性連動]

   【魔力操作[+魔力放出(跳躍)][+魔力圧縮][+遠隔操作]】

   天歩【[+縮地][+瞬光]】・夜目・遠見・直感

   気配感知【[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]】

   気配遮断【[+幻踏]】・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性

   恐慌耐性・全属性耐性・【令呪】

   【魔術[+強化][+ガンド][+治癒][+ルーン][+支配][+置換][+解析][+流体操作][+▪有結界]】

   詠唱【[+高速神言][+洗礼]】

   【逸話昇華[+神速][+中国武術][+忍術][+勇猛]】

   言語理解

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結果から言って、数値は化けた上にさらに化けてしまった。それだけならまだしも魔力がある限り好きなだけ聖絶を使えることが判明。しかもある事でほぼ無限に使えてしまう。

それをいいことに鈴は今聖絶をアレンジ中だ。魔力量が増加したことにより、人自体の置換が出来るようになったため、戦闘の幅が広がるばかりだ。

薄らと笑う鈴は何かを企んでいるようだ。

 

しばらくして全ての準備が整った一行は階段を降りて最深層へと降り立った。激闘が予想されるため荷物は1箇所に纏めて置いておくこととなっている。

その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径5メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。

柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは30メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。

ハジメとユエはこういったものが初めてなのか見惚れており、鈴達は警戒を解いてなかった。なぜならヘラクレスが反応しているのだ。

だからこそ油断はならなかった。

足を踏み入れた途端、全ての柱が淡く輝き始めた。ハッと我を取り戻し警戒するハジメとユエ。柱は一行を起点に奥の方へ順次輝いていく。

一行はしばらく警戒していたが特に何も起こらないので先へ進むことにした。ハジメは感知系の技能をフル活用しながら歩みを進め、それ以外は経験から来る気配察知を使う。200メートルも進んだ頃、前方に行き止まりを見つけた。

いや、行き止まりではなく、それは巨大な扉だ。全長10メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

 

「とうとう来たか。」

「…………ん。」

「こりゃラスボス感が半端ないねぇ。」

 

人間2人と吸血姫は巨大な扉を見て瞠目している。一同は警戒を緩めることなく足を進めた。

扉まであと30メートルというところで巨大な魔法陣が展開された。

赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。そしてそれについてハジメと鈴は知っている。自分たちが奈落の底に落ちた要因であるベヒモスが召喚された時の魔法陣と同一のものだからだ。

ただ、ベヒモスの時よりも魔法陣は3倍大きく陣も緻密だ。

 

「おいおい、なんだこの大きさは? マジでラスボスかよ」

「……大丈夫……私達、負けない……」

 

ハジメが流石に引きつった笑みを浮かべるが、ユエは決然とした表情を崩さずハジメの腕をギュッと掴んだ。

それにハジメは微笑ましさを感じつつも目の前の現れつつある化け物を睨めつける。

しかし、英霊3人と鈴の表情は優れなかった。

魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放った。咄嗟に腕をかざし目を潰されないようにするハジメとユエ。光が収まった時、そこに現れたのは……

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

体長は30メートルだが、見た感じ首は100程あり、地龍の様にがっしりとした四つん這いの身体。口から漏れでる紫色の瘴気のようなもの。

嘗てギリシャの異聞帯にて現れたあのヒュドラがミニマム化して此処に現れたのであった。

ミニマム化してはいるが、殺気や気迫は以前と何ら遜色はない。それを直に浴びる一同はと言うと…………

 

「おいおいおいおい…………首多すぎやしません?」

「……………………」(((*>_<)))ブルブル

「はっ、懐かしいなぁ。」

「流石に私は足でまといになるよ此奴は…………」

「やっちゃえ、バーサーカー!!!!!!!!」

「Gaaaaaaaaaaaaaaaッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

ハジメは所狭しと並ぶ首に意識を逸らし、ユエはハジメの背中に隠れて震え、詩音は異聞帯で戦った頃を思い出し、武蔵は以前と同じ様に約立たずでになるためヘラクレスから荷物を受け取って後方に退去。

そして、鈴はヘラクレスに命じて、ヘラクレスは飛びかかった。

それと同時にヒュドラは開幕毒ブレスを鈴達に向けて放つ。

 

「ちっ、神殿掲げる都市の守護(ポリウーコス・パルテノーン)!!!」

 

そのブレス自体は詩音のアテナとして(・・・・・・)の宝具で阻止する。

その間にヘラクレスは天井に立ち足を曲げて天井を蹴る。大英雄の膂力により天井は1部砕けた。膂力と落下速度で勢いをつけて獅子獣轟く威光の豪剣(マルミドワーズ)で十数本の首を搔き切り、回し蹴りでさらに数本を弾け飛ばす。

そのままそれを足場にして飛び立ち柱へ向かう。

しかし、ヒュドラもただ殺られる訳では無い。瞬時に首を再生させ、同時に別の首全てが極光をヘラクレスに向けて放つ。ヘラクレスは空中で方向転換は出来ず柱ごと飲み込まれた。

後には何も残ってない。それをいいことに鈴達を狙おうと其方に向けると目の前にはヘラクレスがいた。鈴が置換魔術で移動させたのだ。

消したはずの存在が目の前にいたためヒュドラは驚くが、ヘラクレスは止まることなくまた首を搔き切った。

再生と切断が繰り返される中、鈴たちの方はヘラクレスと相対していない首の相手をしていた。

結局武蔵も参戦することになり、襲い来る首を二刀流で的確に捌いて細切れにしていく。

ただし、血には決して触れない。血に触れると即死だからだ。ヘラクレスは血に触れて一度死んだため宝具により死ななくなっている。

鈴は自分に襲い来る首の上に乗って同士討ちを行っている。時には他人の援護も忘れない。

ユエは緋槍や凍雨といった魔法をバカスカ撃ちまくり首の数を減らしている。必死に再生力を越えようと頑張っている。

ハジメはシュラーゲンという対物ライフルで遠距離攻撃をしたり近づいて来た首にはドンナーで撃ち抜いて場所を移動する。

最後に詩音だが、とある宝具を解放するために移動していたりする。

ヘラクレスも残った理性でその意図に気づいており、立地を整えながら首を狩り続けた。

 

「Gaaaaaaaaaaッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「ッ!?全員退避!!!!!!!!!!!!」

「うぉわっ!?!?」

 

ヘラクレスが長距離に後退したため、鈴は置換魔術で強制的に全員を後退させた。それと同時にヒュドラは全ての首を再生させてその全てで毒混じりの極光ブレスを満遍なく吐く。

何とか難を逃れたが、また1からヒュドラの首を切らなければならなくなった。

が、ここでヘラクレスがあの宝具を使った。

 

射殺す百頭(ナインライブズ)

 

多次元屈折現象(ゼルレッチ)以下光速以上の無限に等き斬撃を放つ。それによりヒュドラはほぼ全ての首を切り取られてしまい、首の再生を急ぐ。しかし、そこに満を持して待機していた詩音がある宝具を使用した。

 

「らあぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!!!震落するは山の如し(ただの山投げ)じゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!!!!!!!!!」

「「山ぁぁぁ!?!?!?」」

 

そう叫びながら何処かの山を丸々一つヒュドラに向けて投げ込んだのだ。流石のユエもこの驚き様である。

山に吹き飛ばされたヒュドラは巨大な扉前から真横に倒れ、山に潰されてしまった。

これはヘラクレスがヒュドラを討った時のものを再演した事でヒュドラを討つ作戦であり、見事成功したのかヒュドラは一切動かなくなった。

 

「(*`∀´*)ニカッ」

「おぉう、すげぇ笑顔だ。」

「………………勝った。」

「それじゃあ、行こうよ。」

 

ヘラクレスはグッドラックをしながら笑顔を向けた。滅多にない光景を初めて見たハジメは瞠目し、ユエはあの化け物に勝てたことに素直に喜び、鈴は扉の先が気になるのか先を促す。

武蔵と詩音は置いてきた荷物を取ってきており、一同は扉の先に進んだ。

その前にヒュドラの剥ぎ取りも忘れない。ヒュドラの毒血はハジメ謹製のボトルに入れて保管した。

巨大な扉を開いてその先に進むと、神殿みたいな建物と燦々と輝く太陽、マイナスイオン溢れる清涼な風を起こす滝、自炊可能な程の野菜や魚、動物がいないのに家畜がある。

まさに楽園の如き場所であった。

 

「「「ぽけぇ………………」」」

「うっひゃあぁ…………綺麗なもんだねぇ。」

「懐かしいなぁ。ほんと。」

「…………………………」

 

ハジメ、ユエ、鈴はこの光景があまりにも予想外だったからか固まっており、武蔵は賞賛し、詩音はアテナとして懐かしむ。

神殿まで着いたら中に入り、張り詰めた空気から開放されたからか、各自部屋を決めて入り、熟睡を始めるのであった。

ただ、詩音と武蔵はある疑念を語り合った。

 

「何故この世界にあのヒュドラがいた?まさか聖杯ないしはそれに準ずるものがこの世界にあるのではないか?」

「或いはエヒトが地球から無理やり引き抜いたのか?なら何故地球の存在を認知出来た?」

 

疑問に疑問が増えて埒が明かないため、疑念を無理やり振り払って眠り着くのであった。



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