Fate/stay ナイトミュージアム (三流笛吹き)
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『吹幸市自然博物館』編
stay.zero


 吹幸(ふゆき)市。

 

 その都市は、周囲を山と海に囲まれた自然豊かな日本の地方都市である。冬は比較的温暖でありながら、一年を通して降雪量が多いという特殊な気候をしている。名前の由来は、その特徴的な気候から、廃藩置県以前に『吹雪(ふゆき)』と呼ばれていたものが転じ、『この場所に住む人々に幸せが吹き渡るように』との願いが込められ、今の名前となった。

 中央の未遠川を境界線に西側が市の半分を占める古くからの町並を残す『深山町』と、中央の未遠川を境界線に東側が近代的に発展した『新都』の二つの町と街で構成されている。

 

 ある日の満月の夜、深山町の住宅街の一画にある特に広大な面積を持つ純和風建築の屋敷の縁側に、その屋敷の住人が二人座っていた。

 

「アイリとイリヤがこの家を出て、もう一週間か⋯⋯」

 

 黒いぼさぼさの髪に黒い瞳を持ち、灰色の浴衣姿をした男性=衛宮切嗣が、溜息を吐きながらそう呟く。

 

「ホント、アハトじいちゃんもひどいことするよなー。リストラされたのは父さんのせいじゃ無いのに」

 

 浴衣姿の男性の隣に座っていた赤毛の少年=衛宮士郎が、切嗣の言葉に答える。

 

「だが、自分の娘と孫を無職の旦那と一緒にさせてはおけないという父親の気持ち⋯⋯悔しいが僕にも分かる」

 

 切嗣はそう言うと顔を上げ、夜空に浮かぶ満月に目を向ける。

 

「今日で10回目だっけ? 面接落ちたのは。あんまり無理はするなよな」

 

「⋯⋯大河ちゃんから聞いたんだが、次の小学校の授業参観で『両親の仕事について』のスピーチをするんだろう?」

 

 切嗣の言葉を聞き、わざとらしく目を逸らす士郎。

 

「藤ねえ〜⋯⋯」

 

「大丈夫だよ士郎。父さん、次の授業参観までに必ず、仕事を見つけるから」

 

 切嗣は静かに目を閉じると、力強くそう言った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 翌日の早朝。

 切嗣は黒いスーツに限りなく黒に近い灰色のコート姿で、新都にある吹幸市職業斡旋所を訪れていた。

 

「⋯⋯またですか」

 

 切嗣の対応をする吹幸市職業斡旋所の職員が、苦虫を噛み潰したような表情をしながら呟いた。

 

「えぇ、またです」

 

 それに対し切嗣は、毅然とした態度で言葉を返した。

 

「えー確か今まで面接を受けてきた場所が⋯⋯コペンハーゲン、ヴェルデ、ファンシーショップ、鍾馗、わくわくざぶーん等々⋯⋯。ここまで連続不採用は当斡旋所でも初めてですよ。ホントついてないですねー。やはり資格が何も無いというのが問題なんですかねー」

 

 職員は切嗣の履歴書を見ながら話す。

 

「そこをなんとかお願いします! このままじゃ、息子が授業参観で『自分の父親はリストラされて今は無職です』なんて事を同級生やその両親や先生の前で発表する羽目になるんです! 息子にそんな恥はかかせられません! どんな仕事でもしますから!」

 

 そう言うと切嗣は、職員に深々と頭を下げた。

 

「そう言われましても⋯⋯あっそうだ! 丁度昨日、新しく求人採用を始めた所があります」

 

「! 本当ですか!? ⋯⋯それで、そこは一体⋯⋯」

 

「吹幸市自然博物館ですね。もしかしたら、あなたはついてるかもしれないですよ」

 

 ・

 ・

 ・

 

 その日の昼頃、吹幸市職業斡旋所の紹介状を手に、深山町の西側郊外に広がる森の中にある吹幸市自然博物館を訪れた切嗣。

 

 切嗣は館内へ入ると、入り口の直ぐ目の前にある3mを超す巨大な狼王ロボの剥製のレプリカに目を奪われながらも、受付のカウンターに向かいそこにいた一人の女性に声をかけた。

 

「すみません、衛宮切嗣です。仕事の面接で、レフ・ライノールさんと約束があるのですが」

 

「ライノール氏ならオフィスにいる筈です。私が案内しましょう」

 

 黒いサラサラの髪を短く刈り込んだその女性は、そう言いながらカウンターの席を立った。

 

「久宇舞弥です。此処ではお客様のガイドをしています」

 

 黒髪の女性はそう言うと、軽く会釈をした。

 

「へぇーそれはそれは。⋯⋯でも、結構暇そうですね?」

 

 客の影も形もない館内を見渡しながら話す切嗣。

 そこへ、

 

「おや、中々手厳しい事を言ってくれるね」

 

 と、切嗣のの背後から、赤い紳士服を着た男性が声を掛けた。

 

「えっと、あなたは⋯⋯」

 

 突然現れた紳士に困惑している切嗣にすかさず舞弥が説明をする。

 

「遠坂時臣さんです。吹幸市のセカンドオーナーでこの博物館の館長も務めています」

 

 舞弥の言葉に少し顔を青ざめる切嗣。

 

「あー⋯⋯。これはとんだ失礼を」

 

「構わないよ。見ての通り、閑古鳥が鳴いているのは事実だからね。それに館長と言っても名ばかりで仕事らしい仕事はしていないのだよ。今日みたいに暇な時に博物館の様子を確認するくらいでね。だからこの博物館の事はレフ君に全て任せている。では舞弥君、私はそろそろお暇させて貰う。後は宜しく頼んだよ」

 

 話が終わると時臣は、さっさと博物館から出て行ってしまった。

 

「では、オフィスへ案内します」

 

 舞弥はそう言って博物館の奥へ向かおうとしたが、

 

「あぁ、ちょっと待って」

 

 と言い、一体の蝋人形の前で立ち止まった。

 

「何か?」

 

「これって⋯⋯」

 

 切嗣が目の前の蝋人形を指差す。

 その蝋人形は、白銀の鎧に覆われた白馬に跨り、金髪の髪を後ろで結い上げ、蒼のドレスの上から白銀の甲冑を身に纏い、翠緑の瞳をした10代半ばの美しい少女の姿をしていた。

 

「あぁ、それはアーサー王ですね。彼女が乗っている馬はドゥン・スタリオン、右手に持っているのはエクスカリバーです」

 

「でも、アーサー王って男なんじゃ⋯⋯」

 

「恐らく、この蝋人形を製作した人の趣味でしょう。さぁ、行きますよ」

 

 切嗣は舞弥の言葉に呆気にとられながら、舞弥の後をついて行くのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 舞弥の案内により無事に博物館の奥にある警備室まで辿り着いた切嗣。役目を終えた舞弥は受付に戻って行った。

 一人取り残された切嗣は、警備室のドアをノックした。すると、ドアの向こうから、

 

「どうぞ」

 

 と穏やかな低い声がした為、切嗣はドアを開け部屋の中に入る。

 

「初めまして。衛宮切嗣です。レフ・ライノールさんですか?」

 

 目の前の椅子に座っていた警備員の制服姿の男性に、切嗣が尋ねる。

 

「やぁ、待っていたよ。堅苦しいのは抜きにしよう、レフで良い。よろしく切嗣君」

 

 そう言うとレフは切嗣と固い握手を交わした。

 

「さぁ、そこへ座って、早速話を進めよう」

 

 そう言い、自らも椅子に腰を掛けるレフ。

 

「館内の客の少なさを見て分かると思うが、この博物館は財政難、火の車だ。ただでさえ今の子供は蝋人形や剥製など見向きもしないというのに、この博物館があるのは町の端だ。客足も遠のくというものさ。それでこの博物館でもリストラが始まった。要するにクビ切りだ。私達三人の警備員はクビ。新しく一人雇う事になった」

 

 特に悲壮感も無く語るレフ。

 

「あー。それは、すみません」

 

 反面、切嗣は恐縮したように顔を下げる。

 

「なに、君のせいじゃ無いさ。さて、紹介しておこう、私の同僚だ。アトラム! コルネリウス!」

 

 部屋の隅に居た二人の男性を呼ぶレフ。

 

「んあぁ⋯⋯折角良い夢見てたのに⋯⋯」

 

 警備服を着崩しソファで横になっていた金髪で中東風の美青年が、欠伸をしながら起き上がるとレフの元へやって来た。

 

「はっ! 随分と陰気臭い奴を連れてきたなレフ!」

 

 もう一人、警備服を着た金色の長髪の西洋風の美青年が、声を上げながらレフの元へ来た。

 

「コルネリウス、彼が衛宮切嗣君だ。ここで働きたいらしい、『夜警』として」

 

 レフの言葉に切嗣は大きく目を見開いた。

 

「え、ちょっと、斡旋所の人は博物館の仕事だって⋯⋯」

 

「夜警は博物館で一番大事な仕事だよ根暗くん」

 

 中東風の男性=アトラムが軽快に話す。

 

「いや、でも⋯⋯」

 

「なんだ? 仕事が欲しく無いのか?」

 

 たじろぐ切嗣に西洋風の男性=コルネリウスが言葉を強くして詰め寄る。

 

「そりゃあ勿論仕事したいですy」

 

「警備員の世界へようこそ根暗くん」

 

 そう言うとアトラムは困惑気味の切嗣と握手を交わす。

 

「切嗣君、二階で待っててくれ、今作業中の事務仕事が片付いたら中を案内しよう」

 

「はぁ⋯⋯じゃあ⋯⋯」

 

 困惑した表情をしながら警備室を後にする切嗣。

 レフとアトラム、そしてコルネリウスの三人は、そんな切嗣の背中をまじまじと見つめていた。

 

「なぁレフ、本当にあの男でいいのか?」

 

 切嗣の後ろ姿に目を向けながらレフに尋ねるアトラム。

 

「あぁ、決まりだ」

 

 レフはそう言うと、微かに笑みを浮かべた。

 

 ・

 ・

 ・

 

「ここがジオラマコーナーだ。どれも精巧だろう?」

 

「えぇ、本当に。お、これは古代ローマ帝国かぁ。へー、ネロ・クラウディウスの時代の。で、コッチは⋯⋯戦時中の日本?」

 

「時代も地域もバラバラ、この博物館の創設者は本当に変わった趣味をしている。さぁ、次はこっちだ」

 

 スタスタと歩いて行くレフと、それに着いて行く切嗣。

 

「左にあるのはフン族のアッティラと羊の群れ。等身大と言われているが、見た目は恐らく製作者の趣味だろう。⋯⋯そしてここがアフリカ哺乳類のホールだ」

 

 そう言うとレフはホールの中へと入っていく。

 

「へぇー凄い⋯⋯? レフさん、アレは何です?」

 

 切嗣が指差した方向にあったのは、狐と羊を足して二で割ったような外見の小動物の剥製らしき物であった。

 

「あぁ、それはプライミッツ・マーダーだ」

 

「プ、プラ?」

 

「私はフォウと呼んでいる。実に面白い奴だよ。そうだろう、フォウ?」

 

 まるでその剥製のような物に話し掛ける様に喋るレフ。

 

「⋯⋯レフさん?」

 

「さぁ、次へ行こう」

 

 レフはそう言うとまた、スタスタと博物館の奥へ進んで行く。

 そしてレフが向かった先にあったのは、博物館内でも一際大きな部屋であった。

 

「そして、最後がここ、エジプト王・ラムセス2世の神殿だ」

 

 懐中電灯を取り出し、明かりをつけるレフ。その明かりの先には巨大なスフィンクス像が顕在していた。

 レフは、懐中電灯の明かりでその部屋の奥を照らす。そこには、ファラオの棺が置かれ、奥の壁には黄金の石版が飾ってあった。

 

「あの棺の中にあるのは、王のミイラだ。そして奥の壁にあるのが、王の最も貴重な遺品、ファラオの石版だ。24金で出来ている。値打ちものさ」

 

「へぇーそれは、見事ですね」

 

「あぁ、その通り、実に見事だ」

 

 そう言うとレフは暫くの間、喰い入るような目付きでその石版を見ていた。

 

「あのー、レフさん?」

 

「さて、では明日の十七時に来てくれ。引き継ぎをする」

 

 ・

 ・

 ・

 

 その日の夕方。

 切嗣は学校から帰ってきた息子の士郎と、士郎の夕飯を口実に切嗣目当てで遊びに来た近所の女子高生の藤村大河の二人に、自分が博物館で働く事が決まった事を伝えた。

 

「はぁー良かった! 切嗣さんの仕事が決まって。あぁ、安心した⋯って感じですよね〜。あ! せっかくだから今度博物館の特別ツアーして下さいよ!!」

 

 陽気な口調で切嗣にそう話しかける大河。

 

「ハイハイ。お互い暇が出来た時にね?」

 

 一人で興奮している大河を宥める様に切嗣は言った。

 

「でも父さん、警備員の仕事なんてできるのか?」

 

 夕飯の用意をしていた士郎が、訝しげに切嗣にそう尋ねた。

 

「大丈夫。前任者の話じゃ、夜の博物館の中を見て回るだけの簡単な仕事らしい。きっと上手く出来るさ」

 

 そう言うと切嗣は呑気そうに笑った。



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stay.one

 太陽が沈み始め、辺りが薄暗くなり始めた夕方五時頃。

 

「すみません、お待たせしました」

 

 警備制服に着替えた切嗣は、吹幸市自然博物館の入り口付近に居たレフ達三人に声を掛けた。

 

「いや、時間ピッタリだ。やはり君を選んで良かった。さて、これが博物館内の鍵、そして懐中電灯だ。どちらもベルトにぶら下げておくんだ。後、これは私達三人の電話番号だ。何かあったらそこに電話をかけてくれ。恐らく、夜は少々気味が悪いだろうからいくつか電気を点けておくと良い」

 

 レフはにこやかにそう言うと、鍵と懐中電灯と電話番号が三つ書かれたメモ用紙をそれぞれ切嗣に手渡した。

 

「そしてこれがマニュアルだ」

 

 そう言うとレフは右手で持っていた鞄から、B5程の大きさの紙を十数枚束ねた物を取り出し、切嗣に手渡す。

 

「分からない事は無いね?」

 

 切嗣から見てレフの右隣にいたアトラムが切嗣に尋ねる。

 

「えぇ、多分大丈夫ですよ。恐らく」

 

「おいおい、もっとハッキリと答えられ無いのか?」

 

「よせコルネリウス、彼も初めての事で不安なんだ、仕方ないさ」

 

 切嗣の態度に苛つき、声を荒げるコルネリウスをなだめるレフ。

 

「切嗣君、マニュアル通りに手際良く手順をこなすんだ。そしてこれだけは絶対に覚えておいて欲しい。『何も中に入れない』、そして『何も外へ出さない』、分かったかな?」

 

「ん、出さない⋯⋯?」

 

 レフの言葉に一瞬、顔をしかめる切嗣。

 

「それじゃあ、後は宜しく頼むよ」

 

 レフはそう言葉を残すと、アトラム、コルネリウスと共に博物館を後にして行った。

 

 そうして切嗣はポツンと一人、博物館に取り残された。

 

 ・

 ・

 ・

 

 太陽は完全に沈み、博物館の周りは暗い夜の闇に包まれた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 手持ち無沙汰な様子の切嗣はしばらくホールを歩いた後、受付のカウンターに向かいそこにある椅子に座った。

 そして、椅子の背もたれに深く寄りかかり深く溜め息を吐くと、次第に目蓋が閉じていき⋯⋯。

 

「⋯⋯はっ!? 危ない、もう少しで完全に眠る所だった。⋯⋯?」

 

 切嗣は、怪訝そうな顔をしながら椅子から立ち上がると、受付のカウンターから出て、博物館の入り口にある台座の前まで向かった。

 その台座にはつい先程まで、3メートルを超す巨大な狼王ロボの剥製のレプリカが鎮座していた筈だった。

 しかし今では台座を残して、そのロボのレプリカは、影も形も無く消えていた。

 

「おいおい⋯⋯何の冗談だ? もしかして、僕は夢でも見てるのか?」

 

 台座の上に何も無い事を確認しながら、顔をしかめる切嗣。

 その時。

 

「◼️◼️◾️◾️◾️!! ⋯⋯」

 

 博物館の奥の廊下から、動物の呻き声のようなモノが切嗣の耳に聴こえてきた。

 

「⋯⋯何か居るのか? いやまさか」

 

 苦笑いをしながら顔を横に振る切嗣。それでも気に掛かるのか、様子を確認しようと恐る恐る廊下に出た。

 すると、暗がりの廊下には、何か大きなモノがモゾモゾと動いていた。

 切嗣は、腰のベルトに引っ掛けていた懐中電灯を手に取ると、その何かがいる廊下の奥を照らした。

 懐中電灯の明かりの先に居たのは、廊下の吸水機から出る水を飲んでいるロボのレプリカであった。

 

「っ!?」

 

 驚きのあまり左手に持っていた懐中電灯を落としてしまう切嗣。

 廊下に懐中電灯が落ちる音が響く。

 

「◼️◾️◾️⋯⋯」

 

 その音で、ロボは切嗣の存在に気付くと、

 

「◼️◼️◾️◾️◾️◼️◼️◾️◾️◾️!!!!」

 

 と大きな咆哮を廊下に響かせながら切嗣の元へ向かって来た。

 

「⋯⋯うわぁぁぁあぁ!!??」

 

 落とした懐中電灯も拾わず、その場から全速力で逃げ出した切嗣は、そのまま博物館の玄関まで走った。

 

「はぁはぁ! クソッ! なんで開かないんだ!?」

 

 なんとか玄関まで辿り着いた切嗣だったが、鍵が外からかかっているのか、玄関のドアを開ける事が出来なかった。

 

「あぁもう!」

 

 玄関のドアが開きそうにも無い事を悟った切嗣はその場を離れ受付の方まで走ると、カウンターに身を潜め、懐からスマートフォンとレフの電話番号が書かれたメモを取り出し、急いでレフに電話をかける。

 

「早く出ろ! 早く出ろ! 早く出r、あ! もしもし!?」

 

『なんだ切嗣君か。何か問題でも?』

 

「大問題!! 狼が動いてるんです!! どうすれば!?」

 

 電話口の向こうで呑気そうな声をしているレフに憤りながらも、助けを求める切嗣。

 

『マニュアルを読みたまえ。そこに方法が書いてある』

 

 レフの言葉を聞いた切嗣は、急いでカウンターに置いてあったマニュアル書を掴む。

 

「あった! マニュアル!!」

 

『それではまた明日。まあ頑張ってくれ』

 

 一言労いの言葉を残してレフは電話を切った。

 

「もしもし!? もしもーし!!?? 嘘だろ⋯⋯っとにかくマニュアル」

 

 手元にあるマニュアルの一ページ目を凝視する切嗣。

 

「えーと、『その1.ボールを投げる』? でもボールなんて何処に⋯⋯! あった!!」

 

 切嗣が身を隠していたカウンターの内側に5号サイズのボロボロのサッカーボールが置かれていた。

 切嗣がそのボールを手に取った瞬間、

 

「◼️◼️◾️◼️◼️◾️◾️◾️!!!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁあ!!??」

 

 今まで切嗣が身を隠していたカウンターがロボに弾き飛ばされてしまう。

 カウンターを弾き飛ばしたロボは、唸り声を上げながら切嗣をじっと睨みつけていた。

 

「あー! こうなったら一か八かだ!」

 

 そう言うと切嗣は、右手に持ったサッカーボールをロボの後方へ向かって投げた。

 

「◼️◼️◾️◾️◾️!!!」

 

 するとロボは、飛んで行くサッカーボールを大きく吠えながら追いかけて行った。

 

「よし!」

 

 ロボが遠くに行くのを見計らい、急いでその場を離れる為に走る切嗣。

 しかし、

 

「◼️◾️◾️◼️◾️!!! 

 

 ボールを咥えたロボは、遠回りをして再び切嗣の目の前に現れた。そして、咥えていたサッカーボールを離すと鼻先を使って切嗣の足元まで転がし、

 

「◼️◾️!! ◼️◾️◾️!!」

 

 伏せをしながら尻尾を大きく振った。

 その様子を見た切嗣は、ある事に気付く。

 

「もしかしなくても⋯⋯ただ遊びたいだけだな? よーし⋯⋯そりゃあ!!」

 

 切嗣は、足元で転がっているサッカーボールを今度は足で蹴り、博物館の奥まで飛ばした。

 

「◼️◼️◼️◾️◾️◾️◾️◾️!!!」

 

 再びロボは、遠くへ飛んで行くサッカーボールへ向かって走って行った。

 

「ふぅ⋯⋯今の内に逃げy!?」

 

 二階へ目を向けた切嗣が見たのは、廊下を悠々と歩くマンモスや、群で宙を飛ぶ鳥達であった。

 

「一体、何がどうなってるんだ此処は!?」

 

 ・

 ・

 ・

 

 二階の廊下は、様々な動物や人が動き回っていたが、それらは全て、博物館の展示品であった。

 

「全く! こんな話聞いてないぞ!?」

 

 憤慨しながら廊下を歩く切嗣。すると突然、切嗣の後方が騒がしくなった。

 

「ん? 今度は何だ?」

 

 切嗣が後ろを振り返ると、その先に居たのは、

 

「文明発見!! その文明を破壊する!!!」

 

 褐色の肌に白い礼装を纏う銀髪紅眼の女性=アルテラと羊の群れであった。

 アルテラは、右手に持つ三色の光で構成された刀身の長剣=軍神の剣(フォトン・レイ)を振り上げ、羊達と共に切嗣に襲いかかる。

 

「何でだよぉぉぉ!!??」

 

 それを見た切嗣は廊下の奥にあったエレベーターに向かって急いで走った。

 

「開け開け開け開け!」

 

 エレベーターの前に辿り着いた切嗣は、エレベーターのボタンを連打して扉を開けると勢い良くエレベーターの中に入り込み、急いでエレベーターの中にある『閉』ボタン押して扉を閉めた。

 

「ふぅー、危なかった⋯⋯」

 

 切嗣を乗せたエレベーターはその後、三階で止まり、扉が開かれた。

 切嗣は恐る恐る周りの様子を見渡し安全を確認すると、急いで近くのホールまで走り、そのホールの出入り口の扉を閉める。

 

「⋯⋯はぁー」

 

 大きく溜め息を吐き、自分が居るホールを見渡した切嗣は、ホールの壁際にガラス越しで展示されているあるモノに目が留まった。

 

「『シャーロック・ホームズとその自室』? って事はそこで一人で座っているのがホームズ? これは良い。おーい! ホームズさん! 頼むから教えてくれないか? この博物館で何が起こってるんだ?」

 

 ガラス越しで一人椅子に座りチェスをする長身痩躯で白い肌の青年の蝋人形=ホームズに、必死で語りかける切嗣。

 しかしホームズは、

 

「⋯⋯すまないが、ガラス越しで声が聴こえないんだ」

 

 とガラスを叩きながらジェスチャーで切嗣に伝える。

 

「え? 声が聴こえない? はぁー」

 

 落胆した様子でその場を後にする切嗣。

 

「やっぱり、このマニュアル通りにしないといけないのか?」

 

 そう言うと切嗣は、右手で持っていたマニュアルの一ページ目を改めて見直した。

 

「えーと、『その2.ライオンを閉じ込めないと喰われる』? ⋯⋯!?」

 

 切嗣は青ざめた顔をしながら、急いでアフリカ哺乳類のホールへ向かって走って行った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 アフリカ哺乳類のホールへ向かう為に廊下を走る切嗣は、突き当たりの丁字路を右へ曲がった。するとその先の廊下では、

 

「俺達が……、新選組だあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 特徴的な浅葱の羽織を身に纏い日本刀を手にした男=土方歳三と、

 

「疾く、鋭く! こふっ!?」

 

 同じく浅葱の羽織を身に纏い日本刀を手にした白っぽい髪の少女=沖田総司の二人が、

 

「はぁ、折角隠れてたのに、こいつは参ったね、どうも⋯⋯!」

 

 白い軍服を着た青年=坂本龍馬と

 

「っ! ⋯⋯本当にしつこい奴らだ」

 

 彼の隣で浮いている黒い長髪の女性=お竜に襲い掛かっていて、廊下の通り道を塞いでいた。

 

「せぇやぁぁっ!」

 

 土方は目にも留まらぬ速さで、龍馬に向かって刀を振り下ろすが、

 

「ぐっ!」

 

 すんでの所でお竜が土方の剣撃を受け止めた。

 

「お竜さんっ!?」

 

「心配するな龍馬! 今度こそ、必ずお前を守ってやる」

 

 維新志士と新撰組の戦いは、その場の空気を完全に張り詰めさせていた。

 が、

 

「あのー、お取り込み中のところ悪いんだけど⋯⋯」

 

 緊迫した空気感の中の四人に、切嗣が恐る恐る話し掛ける。

 四人はそれぞれ動きを止め、切嗣の方へ視線を向ける。

 

「あー初めまして。僕は衛宮切嗣、この博物館に新しく勤める事になった警備員。実は、今からアフリカ哺乳類のホールの扉を閉めに行かないといけないんだ。だから、大変申し訳ないんだが、どうかここを通して貰えないか?」

 

 切嗣の話を聞いた四人は、それぞれ顔を見合わせて、

 

「それは悪いことしたね。さぁ、どうぞ」

 

「お竜さんは優しいからな、カエル10匹で手を打ってやる」

 

「なら俺は沢庵だ。樽で買ってこい」

 

「もー土方さんそういうの良いですから。ささっ、どうぞ、お仕事頑張って下さい!」

 

 廊下の端へ寄ってくれた。

 

「あぁ! ありがとう! カエルと沢庵ね? 分かった、今度持ってくる!」

 

 そう言って切嗣は四人に別れを告げ、アフリカ哺乳類のホールへ急いだ。

 

 ・

 ・

 ・

 

 紆余曲折してアフリカ哺乳類のホールに辿り着いた切嗣。

 そこでは、アフリカゾウやシマウマの剥製などがまるで生きているかのように動いていた。

 そして、ホールの中央には数匹のライオンの剥製が遠吠えを上げ、切嗣を睨みつけていた。

 

「はぁーあ嘘だろ⋯⋯。取り敢えず喰われる前に」

 

 切嗣は、自分が入ってきたホールの入り口の扉を閉め鍵を掛けると、

 

「後は、奥にあるもう一つの扉を閉めれば任務完了⋯⋯。ふぅー⋯⋯」

 

 切嗣を凝視しながら徐々に近づいてくる動物達。

 

「⋯⋯、!!」

 

 覚悟を決めた切嗣は、全速力で奥にある入り口まで走り、ホールの外へ出ると急いで扉を閉めた。

 

「Guuuaaaa!!!」

 

 扉に勢い良く飛び掛かり、噛み付くライオン。

 

「ぐぅうう!」

 

 何として扉を開けさせまいと切嗣は懸命に堪えた。

 

「Guuu⋯⋯」

 

 諦めたのか、ライオンは扉から前足を離し、その場を後にした。

 一安心した切嗣は鍵を掛けようと鍵が付いている筈であるベルトのレールを引っ張る。しかし、

 

「後は鍵を掛けるだけ⋯⋯!?」

 

 ベルトに付けていた筈の鍵はリールを残して影も形も無く消えていた。

 

「とりあえずマニュアル⋯⋯、えーと『ベルトを確認しフォウに鍵を取られるな』? ⋯⋯まさか!」

 

「フォウ、フォーウ!」

 

 切嗣が動物の様な甲高い鳴き声のする方向を見ると、扉の上方の鉄格子に掴めって、右足に鍵を引っ掛けている白い小動物=フォウが居た。

 

「あ! そこに居たか! えーと、フォウ? 頼むから鍵を返してくれないか? ここ閉めるから。な?」

 

 フォウにそう懇願する切嗣。

 

「フォウフォウ」

 

 切嗣の気持ちが届いたのか、フォウは鉄格子をつたい切嗣の元へやって来た。

 

「は〜お利口さんだ。良いぞー。さぁー鍵を渡しt」

 

 切嗣が鍵に手を触れた瞬間、

 

「フォ──ーウッッッッ!!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 フォウは切嗣の鼻に勢い良く噛み付いた。

 突然の出来事に、後ろへ転がり込み、痛みに悶える切嗣。

 

「〜〜!!!」

 

 赤くなった鼻を抑えながら立ち上がり、扉の鍵を閉める切嗣。

 そこへ、

 

「フォーウ、フォウ」

 

「ぬわぁ!?」

 

 フォウが切嗣に小便を浴びせた。

 

「なんて酷い奴だ!! どうしてこんな事する!? え!?」

 

 そう言ってフォウを右手で指差す切嗣だったが、

 

「フォフォーウ!」

 

 急にフォウが切嗣の右手で飛びかかり、右手に持っていたマニュアルを噛んで奪い取ると、

 

「あぁぁ!!??」

 

「フォウ、フォウ、フォ──ーウ!!」

 

 ズタズタにマニュアルを引き裂いてしまった。

 

「⋯⋯頼むから嘘だと言ってくれ⋯⋯」

 

 ・

 ・

 ・

 

 博物館のジオラマコーナーにある横長のベンチに座って深い溜め息を吐く切嗣。

 

「はぁー参った⋯⋯。もうどうすれば⋯⋯」

 

 頭を抱える切嗣。そこへ、

 

「ノッブ!」

 

 と甲高い声が、何処からともなく聴こえてきた。

 

「今度は何だ!?」

 

 急いで辺りを見回す切嗣。すると、その声の主は、切嗣が座っているベンチの背もたれの上に居る事に気づいた。

 

「ノブノブ!」

 

 その声の主は、人差し指程の大きさで二頭身の銀色のマスコットキャラクターの様な物体であった。

 

「⋯⋯なんだコレ?」

 

「ノブゥ!」

 

 その物体は突然、困惑する切嗣に向かって、手にしていた火縄銃を撃った。

 

「熱っ!? なんだ本当に!?」

 

 それを皮切りにそこら中から突然、同じ様な物体が現れ、切嗣に向かって火縄銃を発砲した。

 

「熱っ! 痛っ!? なんなんだよ!?」

 

 たまらず、ベンチから立ち上がり、その場を離れようとする切嗣。しかし、

 

「ノブー! ノブブノブー!」

 

 いつに間にか切嗣の足元に居た大量の謎の物体が、ロープを取り出し切嗣の足を縛り上げる。

 

「え! お、うわぁあ!!」

 

 バランスを崩した切嗣は、そのまま、あるジオラマの中に倒れ込んでしまう。

 

「うげっ!」

 

 切嗣の頭が、ジオラマの線路にぶつかる。

 

「良いぞ!! そのまま縛り上げるんじゃ!!」

 

 丁度、倒れ込んだ切嗣の顔の近くに居た、輝く木瓜紋をあしらった軍帽と黒の軍服を纏った少女が声を高らかに叫んだ。

 

「「「「ノッブ!!」」」」

 

 大量の謎の物体は、切嗣の体に大量のロープを展開すると、そのまま切嗣を縛りあげた。

 

「おい!? 一体何だコレは!?」

 

「わしの秘密兵器、『ちびノブ』じゃ!!」

 

 困惑する切嗣に、少女は勝ち誇った声で言う。

 

「さぁ、鉄の馬を走らせるんじゃ!!」

 

 少女の一声の後、ジオラマの奥にあるトンネルの方から、汽笛と共に列車が走り迫って来る音が聴こえてきた。

 自分の身の危険を感じた切嗣は目の前に居る少女に助けを求める。

 

「ねぇ、そこのお嬢さん?」

 

「わしに向かってお嬢さんとは、随分舐めた口の利き方じゃな?」

 

「だって名前知らないし、それよr」

 

「そんなにわしのことを知りたいなら教えてやろう。わしこそは! 天魔轟臨! 戦国の風雲児にして第六天魔王こと、そう、わしじy」

 

「織田信長か、でもなんで軍服の女性なんだい?」

 

「それは製作者の趣味じゃ!」

 

「兎に角、あの列車を止めろ! 早く!!」

 

「それは無理じゃな鉄人28号」

 

 信長は切嗣の言葉を一蹴する。

 

「何でこんな事をするんだ!?」

 

「償ってもらうのじゃ」

 

 切嗣の問いに信長は声にドスを効かせて返す。

 

「何の償いだ?」

 

「知らん! その場のノリと空気じゃ!! ま、是非もないヨネ! 」

 

 列車は汽笛を鳴らしながらトンネルを抜け、切嗣の眼前に迫っていた。

 

「そんな訳の分からない事でここまでするか!? 早く列車を止めろ!!」

 

「仕方ないのう。列車を止めさせよ」

 

「⋯⋯おお、ありがt」

 

「今じゃ! 全速力でこやつの頭に突っ込むんじゃあぁぁ!!」

 

 煙を上げ、猛スピードで突っ込んで来た列車は、勢い良く切嗣の顔面に衝突した。

 

「痛っっ!?」

 

「なんじゃそれだけか、つまらんのう」

 

 切嗣のリアクションが気に入らなかったのか、不満そうな顔を浮かべる信長。

 

「いい加減にしろ!!」

 

 堪忍袋の尾が切れた切嗣は、周りにいた二頭身の物体を四方へ吹き飛ばしながら、力任せに自分の体を縛るロープを引きちぎり体を起こす。

 すると、切嗣の眼前に広がっていたのは、

 

「投石機を用意せよ!!」

 

 綺麗に陣形を整えたローマ帝国の軍勢と、それを指揮する赤い舞踏服(ドレス)に身を包んだ少女剣士=ネロ・クラウディウスのミニチュアであった。

 

「待てぇい赤セイバー! じゃなくてネロ!! この巨人はわしの陣地におるのじゃぞ!!」

 

 突然現れたネロに向かって大声で叫ぶ信長。

 

「ちょっと待て信長。言っておくが僕は巨人じゃない。普通サイズ」

 

 信長にそう反論する切嗣だが、信長は気にもしない。

 

「上から目線でモノを言うでないデカ男」

 

「だから僕は巨人でも何でもない! ソッチがちっこいだけ」

 

 切嗣の言葉に反感を買ったのか、ネロが高らかに叫ぶ。

 

「例え体は小さくとも、余が至高にして至上の花である事に変わりは無い!! 例えて言うなれば⋯⋯」

 

「別にバカにしてるんじゃない。ただ君達はミニチュアだt」

 

「そのへらず口を閉じよ巨人!! 我らローマ帝国は留まることを知らない!!」

 

「ネロ! まさか、アレをやる気ではあるまいな!?」

 

 ネロの言葉に言葉を強くする信長。

 

「アレって何だ?」

 

「地獄を放てぇ!!!」

 

 ネロが右手に持った原初の火(アエストゥス・エストゥス)を振り上げると、陣形を展開していたローマ軍が、弓を使って火が付いた矢(ミニサイズ)を、更に投石機を使って燃え盛る岩石(ミニサイズ)切嗣に向かって放った。

 

「熱っ!! 痛っ! 熱っ!!」

 

 堪らずその場から逃げ出す切嗣だったが、ローマ軍の攻撃は終わらない。

 その時。

 

「さぁ、此方へ」

 

 と切嗣の前に、白銀の手甲に覆われた掌が差し出された。

 

「え?」

 

 切嗣が差し出された手の方を見上げると、其処に居たのは、

 

「どうぞ、手をお取り下さい」

 

 白馬に跨る、蒼いドレスと白銀の甲冑を身に纏った金髪碧眼の少女であった。

 

「っ!」

 

 少女が差し出した右手を掴む切嗣。

 すると少女は、右手だけで切嗣を引っ張り上げ、自分の後ろに乗せた。

 

「しっかり捕まっていて下さい!」

 

 少女がそう言うと、白馬が声高らかにいななきながら屈とうし、猛スピードで博物館の廊下を駆け抜けて行った。

 

「尻尾を巻いて逃げるかデカ男!? だが覚えておれ!! その青セイバーは、いつもおまえを守ってくれる訳では無いんじゃぞぉ!!」

 

 信長の叫び声がジオラマコーナーに響き渡った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 白馬は、一階の玄関前広間まで来ると徐々にスピードを落として行った。

 白馬が完全に立ち止まったのを見計らい、白馬の背から降りる切嗣。

 

「いやぁ、助かりました。あなたは⋯⋯」

 

「ブリテンの王、アルトリア・ペンドラゴン。貴方の助けに応じ参上しました」

 

 蒼銀の少女騎士は、穏やかな笑みを浮かべながら、切嗣に自らの名を伝える。

 

「⋯⋯どうも、僕は衛宮切嗣、新入りの警備員です」

 

 切嗣は、アルトリアの荘厳な雰囲気にたじろぎながら、彼女に自分の名を伝える。

 

「成る程。⋯⋯切嗣、そう畏まらないで下さい。確かに私は王ですが、貴方は私の臣下では無い。寧ろ貴方は、この博物館の展示物を束ねる役目を担っているのですから、もう少し堂々としていなければ」

 

 そう言いながら、白馬=ドゥン・スタリオンの背から降り、切嗣の前に立つアルトリア。

 アルトリアの身長が切嗣の想像より一回り低かった為、切嗣はアルトリアに対する緊張が少し解けた。

 

「私のことは『アルトリア』と呼んで下さい。敬語も使わなくて結構です」

 

「そういえば、さっきもそう名乗ってたが⋯⋯あなたは『アーサー』王なんじゃ⋯⋯?」

 

「その名は、私が王として起こってから名乗ったモノです。それ以前は『アルトリア」と呼ばれていました」

 

 切嗣の疑問に、アルトリアは落ち着いた声で答える。

 

「そうか⋯⋯じゃあアルトリア。教えてくれ、この博物館では何が起こってるんだ? その⋯⋯言い方は悪くなるが、ただの展示物がこんなに自由自在に動き回ってるなんて普通じゃない」

 

「⋯⋯分かりました。着いて来て下さい、切嗣」

 

 そう言うとアルトリアは、切嗣を連れ博物館の奥へ向かった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 アルトリアが向かった先は、エジプト王・ラムセス2世の神殿を模した部屋であった。

 そこでは、部屋の奥に置かれている棺桶が、中から大きな喚き声を上げながら、ガタガタと激しく揺れていた。

 

「御安心を。アレは特に此方へ危害を加える事はありませんので」

 

 不気味な棺桶に少し怯える切嗣へ、アルトリアは優しく声を掛けた。

 

「⋯⋯あぁ、そうか。そりゃあ良かった」

 

「さて、この博物館で起きている騒動の原因ですが、アレを見て下さい」

 

 アルトリアの目線の先には、壁の奥に飾ってある黄金の石版があった。

 

「『ファラオの石版』、アレがこの騒動の原因です。エジプトで見つかり、紆余曲折を経てこの博物館に納められたのですが、それ以来、夜になるとこの博物館にある全ての展示物が、まるで命を吹き込まれた様に動き出しました。そして今でも、それが繰り返されているのです」

 

「⋯⋯どうしてそんな現象が?」

 

「原理は私にも分かりませんが⋯⋯石版に書かれている文字には、『月』、『聖杯』という単語があります。我々には想像も出来ない神秘的な仕組みが働いているのでしょう」

 

「⋯⋯成る程。で、僕は何をどうすれば?」

 

 アルトリアの説明を聞いて納得した切嗣はアルトリアに、自らの役目は何か尋ねる。

 

「貴方は夜間の警備員です。非常に重要な立場にいます。⋯⋯それよりも、まずは此処を出ましょう。あまり長居して良い場所では無い。横に居るスフィンクスとは、目を合わせ無いように」

 

 そう言うとアルトリアは、さっさと部屋の出口へ向かって歩く。

 切嗣は、急いでアルトリアの後を追った。

 

「貴方の役目は、展示物全てをこの館内に留めて置く事です」

 

 部屋を出て突き当たりの廊下を歩きながら、アルトリアは切嗣に言う。

 

「へぇー。もし、展示物が外へ出たら?」

 

「館内の展示物と同じです。夜間は動き続け、夜が明けると、また普通の展示物に戻ります」

 

「⋯⋯それだけ? 特に灰になるとかは⋯⋯」

 

「ありません。しかし、展示物が外へ出てしまっては、街の人に迷惑を掛けてしまうでしょう?」

 

「確かに」

 

「直に夜明けです。この騒ぎを収めるのに手を貸しましょう。しかし、私が貴方を助けるのは今夜だけです。良いですね?」

 

 歩みを止めて、切嗣の瞳をじっと見つめながら話すアルトリア。

 

「え、どうして?」

 

「最初に言った通り、この博物館の展示物を束ねるのが貴方の役目なのです。それは私が代わる事は出来ません」

 

 ・

 ・

 ・

 

 博物館の玄関ホールで、ドゥン・スタリオンの側に一人で立っているアルトリア。

 

「アルトリア! ⋯⋯」

 

 そこへ切嗣が駆け寄ってくるが、彼はアルトリアの様子を見て、少しだけ怪訝な顔を浮かべた。

 

「あぁ、切嗣。⋯⋯どうしました?」

 

「いや⋯⋯何でもない。爬虫類のホールも片付いた。これで全部終わりだ」

 

 すぐに表情を戻し、仕事を終えた事を伝える切嗣。

 

「そうですか。⋯⋯貴方はこれから夜間の警備員として、この博物館とその展示物を守っていくのです。また明日、会いましょう」

 

 アルトリアはそう言うと、自らの手を差し出し、切嗣に握手をを求める。

 

「いや⋯⋯どうだろう。多分、今日限りで辞めると思うが」

 

「辞める? 何故?」

 

「だって、まさかこんな仕事とは⋯⋯。僕には荷が重過ぎる」

 

 顔をしかめながら、アルトリアに自分の本心を話す切嗣。

 

「⋯⋯切嗣。貴方になら出来ます。少なくとも私はそう信じている。明日、貴方とこの博物館で会う事を楽しみにしています」

 

 アルトリアは、微笑みながらそう言うとドゥン・スタリオンに跨り、自分が展示されていた場所へ戻って行った。

 

「あ⋯⋯。はぁ、参ったなぁ」

 

「わぁぁぁぁ!!!!!」

 

 切嗣の着ている警備服の胸ポケットから、突然信長が現れた。

 

「うわぁぁ!?」

 

「わしから逃げ切れると思ったか! 全く! 勝手にアルトリア先輩と話を進めおって。折角、貴様を脅かそうと隠れていたわしが出辛くなっていたではないかってぬわぁ!?」

 

「何してるんだ⋯⋯」

 

 切嗣は、自分の胸ポケットで騒ぐ信長の襟を、人差し指と親指で摘んだ。

 

「何をする!? 降ろすんじゃ! このデカ男!! 人を指で摘むでない!!」

 

「まぁ落ち着けって」

 

「⋯⋯情け無い気分になるのう。何故わしがこのような扱いを受けねばいかんのじゃ!!」

 

「気は済んだか?」

 

「どこまでもわしを馬鹿にしおってぇ⋯⋯調子に乗っていられるのも今のうちじゃ! 今から目に物見せてくれるわ! 喰らえ! これが魔王の三段撃ちじゃぁ!」

 

 信長はそう言うと、自身が右手で持っていた火縄銃を切嗣の顔に向け、引き金を引いた。

 しかし、

 

「ん? どうした? 撃たないのか?」

 

 信長の持つ火縄銃から弾は発射されなかった。

 

「⋯⋯どうやら火薬を入れ忘れたようじゃな、是非も無し⋯⋯。元の場所に戻しておくれ」

 

「ハイハイ」

 

 信長に言われるまま切嗣は、指で摘んだ信長をジオラマへ戻す為ジオラマコーナーへ向かった。

 

「そもそも何でわしがジェデダイア役なんじゃ!? 西部劇ならビリーが適役であろう!? わしは大統領役が良かったというのにぃ!それに!青セイバーは原作で充分活躍したではないか!? ⋯⋯わしだって馬持ってるんじゃぞぉぉ!!」

 

 信長は、切嗣に摘まれながら虚しく叫び声を上げた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 夜が明けた。

 それぞれが展示されていた場所に戻り、動かなくなる展示物達。

 博物館は、先程までの騒ぎが嘘の様に静まり返った。



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stay.two

「やぁ、無事でなによりだよ切嗣君」

 

 朝の吹幸市自然博物館の玄関ホールで、私服に着替えた切嗣に向かってにこやかに語りかけるレフ。

 

「⋯⋯あなたには言いたい事が山程あるが、⋯⋯やめときます」

 

 切嗣は、レフに罵詈雑言を浴びせたい気持ちを押し殺し、努めて冷静な態度をとった。

 

「この仕事が嫌になったかな?」

 

「えぇ、まぁ。でも息子の為、家族の為、また無職に戻る訳にはいかない。もう一日頑張ってみますよ。それで仕事が務まらなければ辞めます」

 

「素晴らしい、やはり君を選んで良かった。⋯⋯そういえば、遠坂さんが君の事を呼んでいたよ。ジオラマコーナーで待っているそうだ」

 

「ジオラマコーナー? ⋯⋯まさか」

 

 ・

 ・

 ・

 

「さて、説明してくれるかな衛宮君。これはどういう事かな?」

 

 時臣が右手で指し示す先にあったのは、ローマ帝国のジオラマ内で取っ組み合いをしている最中に固まったと思われるネロと信長の姿であった。

 

「あぁ、これは⋯⋯何でしょうね?」

 

 笑って誤魔化そうとする切嗣に、時臣は淡々と話を続ける。

 

「いくら形だけの館長と言っても、私にはこの博物館を管理する責任がある。この様な悪戯は、二度としないでくれ給え」

 

 そう言って時臣はその場を後にした。

 

「⋯⋯はぁ、全く。困った二人組だ」

 

 その場に一人取り残された切嗣は、取っ組み合いをしながら固まっている信長とネロを、それぞれ指で突きながら呟いた。

 

 ・

 ・

 ・

 

「すみませんレフさん!」

 

 玄関ホールに戻って来た切嗣は、博物館を出ようとするレフに向かって駆け寄った。

 

「おや、何か?」

 

 走ってくる切嗣の方へ振り返り、用件を尋ねるレフ。

 

「さっき訊きそびれてしまって。昨日貰ったマニュアルってまだありますか?」

 

「いや、済まないがあれだけなんだ。さては、フォウにやられたのだね?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「大丈夫、手はある。マニュアルなら君が作り直せば良い」

 

「? それって⋯⋯」

 

「歴史を勉強し直すんだ。私も初めはそうした。では、私はこれで失礼するよ。この後予定があってね」

 

 レフはそう言って笑うと、博物館の外へ出て行った。

 

「勉強か⋯⋯。! そうだ、彼女に訊こう」

 

 何か思いついた顔をした切嗣は、受付に向かう。

 

「すみません、舞弥さん。ちょっと良いですか?」

 

 ・

 ・

 ・

 

 曇天の昼下がり、切嗣は、舞弥の住むアパートの部屋の本棚の前にいた。

 

「どうですか? 一応、吹幸市自然博物館にある展示物に関係する書物は、殆ど揃っていると思うのですが⋯⋯」

 

「いやー助かります。しかし、すみませんね。自宅までお邪魔してしまって⋯⋯」

 

 右手を頭に乗せ、舞弥に対して申し訳なさそうに頭を下げる切嗣。

 

「いえ、お構いなく。今は子供も学校に行っている時間ですし」

 

 舞弥の言葉に、切嗣は目を丸くした。

 

「舞弥さん、お子さんいたんですか!?」

 

「えぇ、七歳の息子が一人。訳あって私一人で育ててるんですが⋯⋯」

 

「それは⋯⋯大変ですね」

 

 デリケートな問題だと感じた切嗣は、慎重に言葉を選ぶ。

 

「時臣さん家族の支援があるので大丈夫です。こうして博物館の仕事も紹介して頂けましたし」

 

「へぇーそうだったんだ。あの人も結構良い人なんですね」

 

「えぇ、とても。⋯⋯では、私は博物館に戻ります。その本棚にある本は自由に読んで頂いて構いませんので」

 

「本当ありがとうございます。僕も閉館少し前には博物館に向かうので、鍵はその時返します」

 

「分かりました。では⋯⋯」

 

 舞弥は、切嗣に軽く頭を下げると、部屋の外へ出て行った。

 

「さてと⋯⋯」

 

 目の前の本棚から、『サルでも分かるアッティラ』という題名の本を手に取ると、その本を読み始めた。

 

「えーと。『アッティラは【神の鞭】と呼ばれ、彼が率いるフン族は、無力な敵の手足を引き裂いた。⋯⋯アッティラは迷信を信じたと言われている。取り巻きとして魔術師や妖術師の一団を侍らせ、黒魔術による助言を受けていた』⋯⋯成る程。これは使えそうだ。この調子で他の本も読んでみよう」

 

 ・

 ・

 ・

 

 一度帰宅した切嗣は、自宅にある土蔵で探し物をしていた。

 

「父さん、何してるんだ?」

 

 学校から帰ってきた士郎が、土蔵の外からその様子を見て切嗣に尋ねる。

 

「ちょっとね。仕事で使えるかと思って。お! あったあった」

 

 そう言って土蔵から出て来た切嗣が手にしていたのは、大きめのラジコンカーとそのリモコンでだった。

 

「仕事中にラジコンを使うのか?」

 

 そう言いながら訝しげな顔をする士郎。

 

「そうだけど⋯⋯って、遊びじゃなくてちゃんと仕事だからね?」

 

「はいはい。あ、そうだ。そう言えば藤ねえが前、父さんに博物館を案内して欲しいって言ってだろ? それ、明日して欲しいんだってさ。ほら、明日土曜日だから。それに珍しく藤ねえ部活の休み取れたらしいんだ」

 

「へぇー。分かった、多分大丈夫だって大河ちゃんに伝えといて。⋯⋯それにしても大河ちゃんって本当に歴史に興味があるんだなぁ」

 

「いやあの様子だと、ただ父さんとデートしたいだけだと思うけど⋯⋯」

 

 そう小声で呟く士郎。

 

「ん? 何か言ったかい?」

 

「いや、なんにも。⋯⋯大丈夫か父さん、仕事、無理してないか?」

 

 少し顔色が悪い切嗣に心配そうに声を掛ける士郎。

 

「そう心配しなくても大丈夫さ!」

 

 何処か空元気気味に切嗣は答えた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 吹幸市自然博物館が閉館する少し前。

 博物館の警備室で警備服に着替た切嗣の元に、レフ、アトラム、コルネリウスの三人がやって来た。

 

「やあ、切嗣君。後はよろしく頼むよ。私達は今日限りで退職だ」

 

 にこやかにそう言いながら切嗣の肩を叩くレフは更に話を続ける。

 

「今夜にはこの街を出て、地元に帰らせて貰うよ」

 

 そのレフの話を聞いた切嗣は、ロッカーの中の荷物を整理していた手を止め、レフに向き直る。

 

「え!? じゃあ僕がトラブルを起こしたらどうするんです?」

 

「利口な君なら問題ないさ」

 

 不安がる切嗣に対して、アトラムは笑みを浮かべながらも素っ気ない態度で言葉を返す。

 

「まあ、何かあれば私達に電話をすると良い。⋯⋯さて、折角だから見送ってくれないか?」

 

 そう言うとレフは切嗣の肩を押す。

 

「あぁ、先に行っててくれ。僕はもう少し⋯⋯此処で想い出に浸ることにする⋯⋯」

 

 何処かわざとらしく、右手で目頭を押さえながら声を震わすアトラム。

 

「では、私達は先に行こう」

 

 レフにそう言われた切嗣は、レフ、コルネリウスと共に警備室を後にした。

 

「⋯⋯」

 

 警備室に一人取り残されたアトラムは、切嗣が警備室を出て行った事を確認すると目頭から右手を離し、澄ました顔をして半開きになった切嗣のロッカーの前に立った。

 そして彼は切嗣のロッカーのドアを開け、中にかけてある切嗣のコートのポケットから切嗣の自宅の鍵を取り出すと、懐から出したステンレス製の小箱に入った粘土にその鍵を押し付けて型をとった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 吹幸市自然博物館は閉館時間を迎え、館内にいる人間は衛宮切嗣ただ一人となった。

 

「よーし、ここをこうして⋯⋯」

 

 玄関ホールにある狼王ロボの剥製のレプリカの前にいた切嗣は、雑貨屋で買った縄を使って、狼王ロボが気に入っているボロボロのサッカーボールを、自宅の土蔵から持ち出してきたラジコンと結び付けた。

 

「これで完璧だ」

 

 両手でリモコンを持ち、ラジコンを動かす切嗣。

 丁度その時。

 

「◼️◼️◾️◼️◾️◾️!!!!」

 

 日が完全にくれた為、狼王ロボを含む博物館の展示物が、次々と動き始めた。

 それを見計らい、両手でリモコンを持ちラジコンを動かす切嗣。

 

「◼️◼️◾️◾️◼️◼️!!!!」

 

 ラジコンに引っ張られるサッカーボールを見て、意気揚々とそれを追い掛けるロボは、そのままラジコンと共に博物館の奥へ消えていった。

 

「さぁ、思いっきり遊んで来いロボ」

 

 切嗣は、手にしていたリモコンのホイル部分をゴムバンドを使って固定して受け付けのカウンターにリモコンを置くと、黒い大きなバッグを抱え、急いでアフリカ哺乳類のホールに向かった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 アフリカ哺乳類のホールの前に辿り着いた切嗣は、ホールの出入り口を閉じようとする。

 そこへ、

 

「フォウフォウ」

 

 と鳴き声を上げながらフォウが廊下を走って切嗣の元までやって来た。

 

「おぉ! フォウじゃないかぁ! 今からここ閉めるんだが入るか?」

 

「フォーウ!」

 

 フォウはそう鳴きながら切嗣の体に飛び乗り頭まで登ると、そこからホール内にある扉近くの木に飛び移った。

 

「それじゃあ閉めるか」

 

 そう言って扉を閉めようとする切嗣だったが何かに気づいたのか、ふとフォウの方へ目を向ける。

 

「フォウゥ~」

 

「おや〜どうしたんだいフォウ? あ、まさか〜」

 

 そう言い、鍵が付いている筈のベルトのレールを引っ張る切嗣。

 しかし、そのレールに鍵は付いていなかった。

 

「嘘だろ、また鍵を盗ったのか」

 

「フォウ、フォーウ!」

 

 切嗣から奪った『カラフルな』鍵を、前足を器用に使って持ち、切嗣に向かって勝ち誇る様に掲げるフォウ。

 ところが。

 

「残念でしたぁ〜」

 

 切嗣は警備服の胸ポケットから『博物館の』鍵を取り出し、フォウに見せ付ける。

 

「フォー……? 」

 

 困惑した様な鳴き声を出すフォウを尻目に、切嗣はさっさと扉を閉め鍵を掛けた。

 

「僕、衛宮切嗣は見事にフォウに一杯食わせましたぁ〜。それは赤ん坊用のオモチャの鍵。赤ん坊のフォウゃんはオモチャで遊びまちょう。明日はオムツ持って来ましゅよ。うんちしたら交換してあげまちゅ。その後は毛繕い、可愛いがってあげまちゅ。あ〜あ何とも可愛そうなフォウちゃん、おじさんにまんまと騙されて一晩中悔しがるかなバブ〜?」

 

 長々とフォウを煽り続ける切嗣。

 

「フォウフォウフォ──ーウ!!!!!」

 

 怒りを滲ませた叫び声を上げ悔しがるフォウに、切嗣は一言、言葉を残してその場を立ち去った。

 

「卑怯と思うか? なら、それがお前の敗因だ」

 

 ・

 ・

 ・

 

「おーいリョーマ、お竜さんは絶賛暇を持て余し中だ」

 

「だからってまた新撰組の二人に喧嘩売らないでね?」

 

 博物館の隅で会話している龍馬とお竜。

 そこへ、

 

「お! やっと見つけた。おーい」

 

 黒いバッグを抱えた切嗣が走ってやって来た。

 

「おや、君は昨日の。僕達に何か用かな?」

 

 爽やかな笑顔でそう切嗣に尋ねる龍馬。

 

「あぁ、まあどちらかと言うとそこのお嬢さんに用があるんだけど」

 

 そう言って切嗣は、龍馬の隣で浮いているお竜に顔を向けると、黒いバックから袋を取り出しお竜に渡した。

 

「はい。昨日言ってたカエル十匹」

 

 袋の中には、生きたアマガエル十匹が動き回っていた。

 

「おぉ! すごい、カエルだ! リョーマ! カエルだぞカエル!」

 

 袋の中を覗き込んだお竜は目を輝かせ、龍馬にも袋の中身を見せた。

 

「はいはい、分かった分かった。でも本当に申し訳ないね。この時期にこんな数のカエルを獲るのは苦労しただろう?」

 

 申し訳なそうな顔をして切嗣に謝る龍馬。

 

「柳洞寺の周りで冬眠中の奴を捕まえるのは骨が折れたよ。でも約束したから」

 

「いやー、お前は良い奴だな。うんうん。お竜さんが頭なでなでしてやろう」

 

 そう言ってお竜は切嗣の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「ははっ、これは光栄だね。⋯⋯じゃあ僕は行くから。二人とも、あまり館内で暴れないように」

 

 切嗣は、そう言葉を残してその場を後にした。

 

 ・

 ・

 ・

 

 博物館の一角にある新撰組コーナーで、

 

「おい沖田! 見回り行くぞ!!」

 

「はい!」

 

 と、刀を携え警察活動に繰り出そうとする土方と沖田。

 そこへ切嗣が

 

「ちょっと待った!」

 

 と、大声を上げながら二人の元へ駆け寄って来た。

 

「ん? なんだお前!」

 

「あ、昨日の新米警備員さんじゃないですか。どうかしましたか?」

 

 切嗣の声を聞いて、歩みを止める二人。

 

「あぁ、そこの新選組副長に用があってね。はい、昨日言ってた沢庵。流石に樽の量は難しかったけど、味は保障するよ」

 

 切嗣は、黒いバックからプラスチック製の容器を取り出すと、容器の蓋を開け土方に差し出した。その容器の中には、容量いっぱいの沢庵がぎっしり入っていた。

 土方は、その容器を黙って受け取ると自分の鼻に近づけ匂いを嗅いだ。

 

「⋯⋯上物だな。お前、中々気が利くじゃねぇか。⋯⋯沖田! 今から茶にするぞ! お前も一緒にどうだ?」

 

「折角のお誘いありがたいけど、生憎まだ仕事が残っていてね。お茶は二人で楽しんでくれ。それじゃあ失礼!」

 

 そう言って切嗣は新撰組コーナーを後にした。

 

 ・

 ・

 ・

 

 続いてジオラマコーナーへとやって来た切嗣は、ローマ帝国が再現されたジオラマの元へ向かう。

 そのジオラマの端では、十数人のローマ兵が丸太を抱えて、壁を突き破ろうとしていた。

 

「おい、そこで何してる?」

 

 訝しげに切嗣が尋ねると、

 

「我らがローマ帝国の領土を拡大させる為に、憎っくき信長の領土へ進行するのだ! 皆の者、突けぇぇい!!」

 

 と、ローマ兵達の近くにいたネロがそう答え、ローマ兵らを鼓舞する。

 切嗣は溜め息を吐きながらネロ達がいるジオラマの隣のジオラマへ向かうと、そこでは信長が大勢のちびノブを引き連れて、ネロ達と同じくジオラマの壁を壊そうとしていた。

 

「行けぇ! ちびノブ達よ! あの悪趣味な赤セイバーの陣地へ攻め入り、わしのNEW尾張帝国の領土を拡大させるのじゃ!」

 

「おい、やめろ信長。博物館を壊すな」

 

 そう信長を諌める切嗣だったが、

 

「喧しいのう! このデカ男! よく言うじゃろ? 『我の生き様! 桶狭間!』とな! つまりそういうことじゃ。邪魔をするでない!!」

 

 と信長は切嗣を一蹴した。

 

「分かった。君達がそういう態度ならこっちも手がある」

 

 そう言うと切嗣は、左手の人差し指と親指でひょいと信長を摘んだ。

 

「ぬぉう!? 止めろデカ男!? またそうやって人を物みたいに摘むでない!!」

 

「さーてと」

 

 切嗣に摘まれ喚く信長だったが、切嗣は一切気にせず再び隣のローマ帝国のジオラマへ向かうと、

 

「ちょっと失礼」

 

「ほわ!? 何をする!? 離せ! 余は皇帝であるぞ!?」

 

 今度は右手の人差し指と親指でネロを摘み、

 

「こっちでゆっくり話し合いをしよう」

 

 近くのベンチまで二人を持って行くと、そのベンチの背もたれにそれぞれ二人を降ろした。

 

「前にも言ったはずじゃ! 人を指で摘むなとな!!」

 

 切嗣に対して怒りの声を上げる信長。

 

「必要なら何度でも摘むぞ。⋯⋯教えてくれ、何故そうやっていがみ合うんだ? どうして折り合えない?」

 

「わしとこやつはどちらも支配者じゃ! 折り合えるわけなかろう!」

 

「その通り! 余は偉大な皇帝! まかり間違ってもこんな極東の蛮族に頭を下げるわけにはいかぬ!」

 

「なんじゃと!? このアルトリア擬き!!」

 

 切嗣の問いかけに信長、ネロの二人はそれぞれ声を上げる。

 

「スペースがあるんだ、お互い離れれば良いだろ?」

 

 そう呆れた顔で言う切嗣。

 その切嗣の言葉を聞き、信長とネロは目を丸くする。

 

「それはつまり⋯⋯わしらをジオラマから出してくれるのか?」

 

「⋯⋯部屋の中を自由に動ける?」

 

「あぁ、大人しくしてるならな」

 

 恐る恐る尋ねる信長とネロに、切嗣はそう言葉を返し更に話を続けた。

 

「つまり、火の矢は駄目、火縄銃も禁止。理解してくれたか?」

 

「おぉなんと、余は間違っていた。貴殿のその大きな体の奥には、優しいローマの心があったのだなっ!」

 

 ネロはそう言いながら瞳を輝かせた。

 

「あぁ、わしも文句ナシじゃデカ男」

 

「僕は切嗣だ。デカ男じゃない。信長、僕は君のことを『チビ』って呼ばない。いいか?」

 

 切嗣は、淡々とした口調で信長の言動を注意した。

 

「それはどう言う意味じゃ?」

 

「チビ娘! ⋯⋯どう聞こえる?」

 

「⋯⋯なんかバカにされてるみたいじゃ。それに、ちびノブと若干被るのう」

 

「デカ男って言われるのも一緒だ。まるで怪物扱いされてるみたいであまり良い気分じゃない」

 

 切嗣は、信長に自身の心情を説明した。

 

「余はそんな風には言わないぞっ! ちゃんとケリトゥグと呼ぶ!」

 

 横からネロがそう口を出した。

 

「止せ、媚びるんじゃない。後、僕はケリトゥグじゃなくて切嗣。⋯⋯兎に角、約束は守るんだぞ? 羽目を外すな。じゃあ、僕は行くからな、後はよろしく」

 

 そう言うと切嗣は、信長、ネロをその場に残し、ジオラマコーナーを後にした。

 

 ・

 ・

 ・

 

 一通り博物館を見て回った切嗣は、玄関ホールへ戻って来た。

 するとそこには、一人でドゥン・スタリオンの世話をするアルトリアの姿があった。

 

「アルトリア!」

 

 切嗣の呼び声を聞いて、アルトリアは切嗣の方へ振り返る。

 

「切嗣! やはり戻って来てくれたのですね」

 

 嬉しそうな笑顔を見せ、切嗣の元へ歩み寄るアルトリア。

 

「取り敢えずやってみようと思ってね。⋯⋯アルトリアは⋯⋯」

 

 アルトリアに対し何か言おうとするが、言葉を詰まらせる切嗣。

 

「? ⋯⋯どうしました切嗣?」

 

「いや、何でもない。取り敢えず僕はもう一回博物館を一回りしてくるよ」

 

 そう言って切嗣は、そそくさと博物館の奥へ走って行った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 その頃、切嗣の邸宅では寝室で士郎が深い眠りについていた。

 その為士郎は、何者かが邸宅に侵入し、切嗣の自室に忍び込んだ事に気付かなかった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 博物館の廊下を歩いていた切嗣は、廊下の真ん中で羊達と戯れるアルテラを見つける。

 

「お! いたいた。おーい! アッティラ!!」

 

 切嗣は右手を大きく振りながらアルテラに向かって大声で呼び掛けた。

 すると、それに気付いたアルテラは憤怒の表情を浮かべながら切嗣の元へ走って来る。

 

「よーし、アッティラ。聞いたところによると君は魔法に興味g」

 

「破壊する!!!」

 

 アッティラは、切嗣が話に一切耳を貸さず、右手に持っていたフォトン・レイを切嗣に振りかざした。

 

「おわ!?」

 

 すんでの所でアルテラの剣撃を避ける切嗣だったが、その拍子に後ろへ尻餅をついてしまう。

 

「ちょっと待てアッティラ! 今からマジックをするから! ホラ見て! 何も無い所から──ー花!」

 

 切嗣は急いで立ち上がると、アルテラに右手から赤い薔薇を出すマジックを披露したが、

 

「破壊する!!!!!!」

 

 アルテラはそれを気にも留めず、再び切嗣に向かってフォトン・レイを振り下ろした。

 

「うわあぁぁっ!!」

 

 切嗣の叫び声が館内に響き渡った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 何とかアルテラから逃げ切る事が出来た切嗣は、安堵の溜め息を吐く。

 

「⋯⋯全く、どうしてアッティラはあんなに僕を襲ってくるんだ?」

 

 そう言いながら頭を抱える切嗣。

 その時、博物館の奥から何やら騒がしい音が聞こえて来た。

 

「ん? ⋯⋯一体どうしたんだ?」

 

 気になった切嗣は音のする方へ目を向けると、

 

「「「Gyaaaaaa!!!!」」」

 

 アフリカゾウやシマウマ、ダチョウ、ライオン等、アフリカ哺乳類のホールに居た動物達が勢い良く走って来た。

 

「⋯⋯嘘だろ?」

 

 ・

 ・

 ・

 

 アフリカ哺乳類のホールの出入り口前にやって来た切嗣。

 そこで彼が見たのは、先程鍵を掛けた筈の扉が大きく開かれている光景だった。

 

「一体何が起こったんだ?」

 

 首を傾げる切嗣。そこへ、

 

「フォウ、フォ──ーウッッッッ!」

 

 と聞き馴染みのある鳴き声が切嗣の背後から聞こえて来た。

 切嗣が、その鳴き声のする方へ振り返ると、そこにいたのは、切嗣が持っていた筈である博物館の鍵を咥えたフォウの姿があった。

 

「そんな!? まさかっ!?」

 

 急いで、鍵が付いている筈のベルトのレールを引っ張る切嗣。しかし、当然ながらそこに鍵は付いてなかった。

 

「フォウフォウフォウ」

 

 切嗣に対して挑発的な態度をとるフォウ。

 

「止せ、そこまでにしとけよフォウ! まさかっ!?」

 

 切嗣の不安は的中し、フォウは鍵を咥えたまま博物館の廊下を走って行った。

 

「フォォォォォォウ!!!!」

 

 切嗣は急いでフォウの後を追いかける。

 

 フォウが逃げた先にはジオラマコーナーがあり、そこでは

 

「うおぉぉぉぉぉ!!!」

 

「でりゃあぁぁぁぁ!!」

 

 ジオラマの人形達が信長軍、ローマ軍のそれぞれに分かれ、阿鼻叫喚の争いを繰り広げていた。

 そしてフォウは、その間を軽快な足取りで渡って行き、奥へと消えて行ってしまう。

 

「何やってるんだ!?」

 

 怒りと呆れの感情が混ざった声を上げる切嗣。

 彼は、足元の人形達に気を付けながら、近くにあるベンチの背もたれの上で殴り合いをしている信長とネロの元へ向かった。

 

「そこの二人! これは何の騒ぎだ? 約束はどうなったんだ?」

 

 切嗣の問い掛けに信長、ネロの二人はそれぞれ声を上げる。

 

「余はこんな愚か者と共存出来ん!」

 

「それはこっちのセリフじゃ!! あまり舐めた口を利いてるとわしの火縄銃が火を噴くぞ!!」

 

「どうせ飾りであろう!?」

 

「それはどうかな? ほれ!!」

 

 そう言うと信長は右手で持っていた火縄銃でネロを殴り付けた。

 

「痛っ!? ⋯⋯もう余は我慢ならん!!」

 

 そう言ってネロは信長の顔面にグーパンを喰らわせた。

 

「グホッ!? ネロ、お前もかぁぁ!!!」

 

 切嗣を放って再び取っ組み合いを始める二人。

 

「あぁ、もう!」

 

 切嗣は、一先ず彼らの騒動は置いておき、鍵を咥えたまま闘争するフォウの追跡に戻った。

 

 ・

 ・

 ・

 

「フォウフォウ」

 

 鍵を咥えたフォウは博物館の展示スペースの一つに逃げ込んだ。

 そこへ、

 

「そこまでだこのっはぁー、泥棒猫、はぁ、はぁ、そこから先は行き止まりだ。はぁ、はぁ」

 

 急な運動で息も絶え絶えになりながらやって来た切嗣。

 

「さぁ、鍵を返すんだ」

 

 切嗣はそう言いながらじわりじわりとフォウの元へ近づいた。

 

「よーし、そのまま動くなよ。じっとしてろぉ」

 

 切嗣が、フォウの咥えている鍵に手を触れたその時、

 

「フォ──ーウ!!!」

 

「へぷしっ!?」

 

 フォウが前足を使って切嗣の頬を引っ叩いた。

 

「フォウ!」

 

「はぶっ!」

 

 更に続けて切嗣の頰を叩くフォウ。

 

「このっ!!」

 

「ドフォウ!?」

 

 怒った切嗣は右手でフォウに平手打ちを喰らわせる。

 

「フォウ!」

 

「げふっ!?」

 

 間髪入れずフォウが再び切嗣の頰を叩く。

 

「またやったな!? このっ!」

 

「ベフォウ!?」

 

 切嗣もまたフォウに平手打ちをする。

 

「フォウ!」

 

「うぐっ!?」

 

 すかさずフォウがまた切嗣の頰を叩く。

 

「うぐぐ⋯⋯⋯そらっ!」

 

「ブフォウ!?」

 

 それに対して切嗣もフォウに平手打ちで仕返しをする。

 

「フォウ!」

 

「どふっ!?」

 

 フォウが切嗣の頰を叩く。

 

「そりゃ!」

 

「ビャフォウ!?」

 

 切嗣がフォウを平手打ちする。

 

「フォウ!」

 

「ひゃぐっ!?」

 

 フォウが切嗣の頰を叩く。

 

「おらっ!」

 

「フォブウ!?」

 

 切嗣がフォウを平手打ちする。

 

「フォウ!」

 

「がぐっ!?」

 

 フォウが切嗣の頰を叩く。

 

「とらっ!」

 

「フォベウ!?」

 

 切嗣がフォウを平手打ちする。

 

「フォウ!」

 

「べぐっ!?」

 

 フォウが切嗣の頰を叩く。

 

「はあっ!」

 

「ギョフォウ!?」

 

 切嗣がフォウを平手打ちする。

 

「何事ですか!?」

 

 ちょうどそこへ、ドゥン・スタリオンを引き連れたアルトリアが通りかかった。

 

「何故、キャスパリーグを叩いているのです!?」

 

 いつもよりも声を大きく上げながら切嗣とフォウの元へ近づいて来るアルトリア。

 

「コイツに散々振り回されたんだ! もう我慢の限界だ!!」

 

 アルトリアに対して切嗣はフォウに非がある事を訴える。

 

「だからと言って冷静さを欠いてはいけません。貴方らしくもない。キャスパリーグとは張り合おうとするだけ無駄です。⋯⋯さぁ、キャスパリーグ、鍵を返して頂けないか?」

 

 アルトリアはそう言うと、フォウに向かって右手を差し出した。

 

「フォー⋯⋯フォウ」

 

 するとフォウは大人しくアルトリアの右手の上に、自らが咥えている鍵を置いた。

 

「ありがとう。⋯⋯さぁ、切嗣」

 

 アルトリアはそのまま鍵を切嗣に手渡した。

 

「⋯⋯僕よりよくご存知みたいなんで、後は任せる」

 

 切嗣は若干声を荒げながらアルトリアから渡された鍵を再びアルトリアに突け返し、その場から離れた。

 

「切嗣! 駄目だ! この様な時に逃げ出しては! このままでは博物館が大混乱のままですよ!?」

 

 アルトリアはそう言って切嗣の元へついていく。

 

「努力はした。それで結果がこれだ。僕はこの仕事には向いていない。他にもっと、僕より有能な警備員が勤めた方が良い」

 

「たった一日で投げ出すのですか!?」

 

「普通の仕事なら投げ出さないさ。でもこの仕事は⋯⋯僕には無理だ!」

 

 切嗣は玄関ホールの受付のカウンターへ戻ると、荷物をまとめ始めた。

 

「切嗣、貴方なら出来ます。ここの者に共に生きることを教えれば、毎晩閉じ込め無くて済むのです。そうすれば⋯⋯」

 

「おぉ、説得力があるなぁ。毎晩玄関ホールで一人寂しそうに佇んでいる孤独な王様の言葉は!」

 

 切嗣は勢い任せにそう言った後、アルトリアの顔を見て、自らの発言を後悔した様にはっとした顔をした。

 

「⋯⋯すまないアルトリア。少し頭に血が上って⋯⋯決して君を傷付けるつもりは⋯⋯」

 

「いえ⋯⋯構いません。切嗣、貴方の言う通り、私は貴方に偉そうに説教を出来る立場では無い。しかし、それでも貴方の力が必要なのです」

 

 アルトリアはそう言うと切嗣へ、右手に持った鍵を差し出した。

 

「⋯⋯卑怯だな。そんな顔されたら、断れないじゃないか」

 

 そう言って切嗣は、アルトリアが差し出した鍵を受け取った。

 

「でも、もし明日も今日みたいにしくじったら、その時は僕はこの仕事を辞めさせて貰う。それが僕なりの、君たちこの博物館の展示物に対する責任の取り方だ。⋯⋯勿論、明日は今日以上に、仕事が上手く出来るよう努力するさ、君の言う通りに」

 

「⋯⋯ありがとう、切嗣。やはり貴方は、私が思っていた通りの人でした」

 

 アルトリアはそう言いながら穏やかな笑みを浮かべた。

 

「君は僕の事を買い被り過ぎだ⋯⋯」

 

 切嗣は、アルトリアの言葉に対して自身を頼ってくれる嬉しさと自身への過度な期待に対する重圧感が入り混じった複雑な思いを抱きながら、そう呟いた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 切嗣が吹幸市自然博物館の夜警を始めて二回目の夜明けが訪れた。

 同時に、博物館の展示物は再び動かなくなり、博物館は静寂な空気を取り戻した。



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stay.three

 早朝、間も無く開館時間を迎える吹幸市自然博物館の玄関前に私服姿で訪れた士郎と大河。

 

「なぁー藤ねえ、何もこんなに早く来なくたって良かったんじゃ⋯⋯」

 

「良いじゃない! 昔から『善は急げ』って言うでしょー?」

 

 そんな風に言葉を交わしながら博物館の玄関の扉を開ける二人。

 

「あ! あれ切嗣さんじゃない?」

 

 そう言って大河が指を指した先には、館長の時臣と、私服へ着替えた切嗣の姿があった。

 

「本当だ⋯⋯ってあれ叱られてないか?」

 

 難しい顔をしている時臣とペコペコと頭を下げている切嗣の様子を見てそう言った。

 大河と士郎はこっそりと受付のカウンターの影に隠れ、その二人の話を盗み聞きする。

 

「⋯⋯すまないが君には此処を辞めて貰う」

 

 そう言うと、時臣は博物館の奥へ行ってしまった。

 カウンターの影から時臣の言葉を聞いて、丸くした目を見合わせる士郎と大河。

 

「え、ちょっと!? 待って下さい!」

 

 切嗣は慌てる様に時臣の後を追った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 博物館の館長室へ入る時臣。

 

「待って下さい時臣さん! 確かに今回はヘマをしましたが、やっとコツが掴めた様な気がするんです」

 

 後を追って来た切嗣が同じく館長室へ入り、時臣に向かって熱弁する。

 

「⋯⋯廊下は動物の(ふん)だらけ、ジオラマコーナーの床も酷い有り様。そしてその理由を君はまともに説明出来ない。とてもコツを掴んでいる様には思えないが⋯⋯」

 

 時臣は、館長室の椅子に深く腰掛けると、淡々とそう語った。

 

「いいえ、やっと分かったんです! それに約s⋯⋯もう一晩やらせて下さい⋯⋯」

 

 切嗣は訴えかける様な目で時臣を見た。

 目を閉じて溜め息を吐く時臣。

 

「⋯⋯一晩だけだ」

 

「ありがとうございます」

 

「それでもし、またこの博物館に何かあった時は⋯⋯分かるね?」

 

「⋯⋯はい」

 

 ・

 ・

 ・

 

 切嗣が博物館の外へ出ると、玄関前の階段の隅で三角座りをしている士郎と大河の姿があった。

 

「あれ? 士郎に大河ちゃん。どうして⋯⋯ってあぁ、博物館の案内って今日だっけ」

 

「でも、それももう無理なんだろ?」

 

 切嗣に向かってそうぶっきらぼうに問いかける士郎。

 

「え? どうしてだい?」

 

「だって、切嗣さんクビになっちゃったんでしょ!?」

 

 士郎の突然の言葉に困惑する切嗣に対して、大河が若干目を潤ませながら自分達が盗み聞きした内容を話す。

 

「なんだ聞いてたのか。それなら大丈夫だよ、クビにはなってない。少し館長に誤解されただけさ」

 

「どうしてだ?」

 

 切嗣の説明に疑問に思った士郎が更に問い掛ける。

 

「⋯⋯それは、ちょっと説明しにくいな」

 

 そう言い、右手で頭をかきながら言葉を詰まらせる切嗣だったが、ふと、何か思いついたのか、心配そうな顔をしている二人に顔を向けた。

 

「分かった。僕の仕事を見せるよ」

 

 ・

 ・

 ・

 

 その日の午後五時少し前。

 閉館間近の吹幸市自然博物館に再び訪れた切嗣、士郎、大河の三人。

 

「僕は仕事の準備をしてくるから、二人はこの玄関ホールで待っててくれ」

 

 館内へ入ると切嗣は、そう士郎と大河に言い、自らは警備室へ向かった。

 

 ・

 ・

 ・

 

「で、今から何をするんだ父さん?」

 

 受付のカウンター前に立っている士郎が、警備服へ着替えた切嗣にそう尋ねる。

 

「言っても信じないだろうから実際に見せるのさ。後、そうだな⋯⋯二十秒。あそこに馬鹿デカイ狼のオブジェがあるだろ?」

 

 腕時計で時間を確認した切嗣は、そう言って玄関のすぐ前にある狼王ロボの剥製のレプリカを指差した。

 

「あーありますね」

 

 士郎の隣に立っていた大河がそう言いながらうんうんと頷く。

 

「だからそれがどうしたんだ?」

 

「まぁ見てて。今からビックリする事が起こるから」

 

 相変わらず腕時計で現在の時間を気にする切嗣。

 

「もうすぐだ⋯⋯5、4、3、2、1」

 

 太陽が沈み、博物館の外は暗くなった。

 カウントダウンを終えた切嗣は、狼王ロボへ顔を向ける。

 

「⋯⋯何も起こらないぞ」

 

 物音一つしない博物館の玄関ホールに、士郎の言葉が静かに響く。

 

「あれ? ⋯⋯おかしいな」

 

 切嗣はそう言うと、狼王ロボの元へ駆け寄り

 

「おーいロボ、大丈夫か? おーい」

 

 と言ってロボの体をポンポンと叩いた。

 

「え、切嗣さん!? それって触って大丈夫なんですか!?」

 

 切嗣の行動に驚いた大河が、心配そうに切嗣に尋ねた。

 

「変だな。⋯⋯おーい! みんな! どうした?! もう日は暮れた!」

 

 大河の問い掛けにも気を留めず、玄関ホールの中央で何かに訴えかける様に叫ぶ切嗣。

 しかし、変わらず博物館は静然としていて、その切嗣の呼び掛けに答えるモノはいなかった。

 これを不審に思った切嗣は、玄関ホールの脇に置かれたアーサー王を模した蝋人形に駆け寄ると、

 

「アルトリア。もう夜だ、さあ起きて! ドゥン・スタリオンも!」

 

 と必死に呼び掛けた。

 

「父さんは何をやってるんだ?」

 

「⋯⋯さぁ?」

 

 その様子を怪訝な顔をして見ている士郎と大河。

 

「⋯⋯もしかしたら、石版に何かあったのか? ⋯⋯!」

 

 何か胸騒ぎを覚えた切嗣は、士郎と大河を置いて急いでエジプト王・ラムセス2世の神殿へ向かって走った。

 

「⋯⋯はぁ、どうする藤ねえ?」

 

「勿論、追い掛けよ!」

 

 そう言って大河は切嗣の後を追うように走っていった。

 士郎は再び溜め息を吐きながら、同じく切嗣の後を追うのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 エジプト王・ラムセス2世の神殿の前に辿り着いた切嗣は、壁の奥に飾っていた筈の石版が無い事に気付く。

 

「⋯⋯そんな、まさか」

 

「はぁ、はぁ、一体どうしたんだよ?」

 

 大河と共に切嗣の後を追って駆けつけた士郎が、息を切らしながらも強い口調で切嗣にそう問い質す。

 

「⋯⋯石版が、博物館の展示物が消えてるんだ。ここには僕たち三人しか居ない筈なのに」

 

「そう言えば⋯⋯階段を登ってる時、外に人影が見えましたよ。ドアから明かりも漏れてて」

 

 大河は訝しげな顔をしながらそう切嗣に言う。

 

「外⋯⋯ドア⋯⋯そう言えば警備室は、館内に通じるドアの他にも外に出れるドアがあった」

 

「なら行ってみましょう!」

 

 大河はそう言って駆け出した。

 

「え!? あ、大河ちゃん!? ちょっと待って!?」

 

 突然走って行ってしまった大河に驚く切嗣。

 

「大丈夫ですよ! 階段から見て場所は大体分かるんで!」

 

「いやっ、そういう問題じゃなくて!」

 

「はぁ、行くぞ父さん! ああなった藤ねえはもう止められない」

 

 そう言って駆け出す士郎。

 

「士郎はそのまま大河ちゃんを追ってくれ。僕は博物館の中から警備室に向かう!」

 

 ・

 ・

 ・

 

 外側の警備室の扉の前へ辿り着いた大河は、静かに扉を開け警備室の中を見渡す。

 

「えーと、石版石版っと。あ! もしかして⋯⋯」

 

 大河は、警備室の中にあった車輪付きでステンレス製の大きなカゴの中に、黄金に輝く石版が入っている事に気付くと、部屋の中に誰もいない事を確認して、恐る恐ると中へ入って行った。

 

「これが切嗣さんが言ってた石版かなぁ?」

 

 カゴの中に入っていた石版を手に取り、舐め回す様に見る大河。その石版は、本来左右対称になっている筈の装飾が、一部左側がずれていた。

 

「そこで何をしているのかな?」

 

 そこへ、大河が入ってきた扉とは別の、博物館内へ通じる扉から緑色のコートにシルクハット姿のレフと、真紅のコートにシルクハット姿のコルネリウス、そしてアトラムの三人が警備室に入ってきた。

 

「それを返してもらうかお嬢さん!」

 

 そう言いながらアトラムは大河が持っている石版を掴むと、大河から奪おうと強く引っ張った。

 

「え!? ちょっと!! 何するんですか!!」

 

 負けじと大河も石版を強く握り引っ張り返す。

 その勢いで、石版がアトラムと大河の手から離れ、大河が入って来た扉の方まで飛んで行く。

 

「「あっ!?」」

 

「! おっと!?」

 

 ちょうど大河を追い掛けて扉の前にやって来た士郎が、飛んで来た石版をキャッチする。

 

「そこの少年。悪い事は言わない。大人しくそれをこちらに渡すんだ」

 

 士郎の目の前に来ると和かにそう言って自らの右手を差し出すレフ。

 

「士郎ダメ! それを渡しちゃ! この人たち泥棒よ!」

 

「泥棒? それは君達だろう? もう閉館時間だと言うのにこんな所に忍び込んで。我々は警備員だ、君達の身柄を取り抑える事だって出来る。ただ、こちらもわざわざ騒ぎを大きくしたい訳じゃない。大人しくそれを渡せば我々は君たちに何もしない。さあ少年、早くそれを返しなさい」

 

 レフは、和かな表情を崩さずにそう言いながら士郎の背後へ回り外へと通じる扉を閉めると、そのまま士郎へ迫る。

 士郎は、レフの得体の知れない圧に気圧され、レフに石版を渡しそうになる。

 その時、

 

「いいや、もうあんた達は警備員じゃない。ただの泥棒だ」

 

 レフ達が入って来た扉から切嗣が現れた。

 

「父さん!」

 

「おや、少年は切嗣君の息子だったのか。⋯⋯なぁ少年。気の毒だが、お父さんはもうここでは働いていないんだよ。今朝クビになったんだ。仕事が上手くいかなかったからね」

 

「デタラメ言うな。士郎、コイツらに騙されるな。その石版の左の装飾を右と同じにするんだ」

 

「それは博物館の物だ。私に返しなさい」

 

「士郎、早く!」

 

 レフと切嗣に交互に訴えかけられ、思考を混乱させる士郎。

 

「士郎、父さんを信じて」

 

 切嗣の言葉に、混乱していた士郎は我に返ると、切嗣に言われた通りに石版の装飾を左右対称に戻す。

 その途端、石版は強く光輝き、博物館からは様々な動物の鳴き声が聞こえ始めた。

 

「士郎! 大河ちゃん! 早く逃げろ!」

 

「行くよ士郎!」

 

「うわっ!?」

 

 切嗣の言葉を聞いた大河は士郎の腕を掴み、切嗣が入ってきた扉へ突っ走るとそのまま博物館の中へ走って行った。

 

「待てっ!!」

 

 急いで士郎と大河を追いかけようとするアトラム。

 

「待つのはアンタだ!」

 

 そのアトラムの両肩を掴み抑え込もうとする切嗣だったが、

 

「フンッ!」

 

「うおぉああ!?」

 

 レフが片手で切嗣の肩を掴むとアトラムから引き離して、そのまま切嗣を警備室の奥まで投げ飛ばした。

 

「がはっ⋯⋯」

 

 投げ飛ばされた切嗣はその勢いで壁に激突し、その場に倒れ込んだ。

 

「驚いたかな切嗣君? 実は、この仕事を始めて気付いたんだが、私達もここの博物館の展示物と同じ様に石版の影響で、毎晩不思議な力を手に入れるみたいでね。日暮れから日の出まで、私達は生まれ変わる」

 

 レフは倒れ込む切嗣を見下ろしながら変わらない口調で語る。

 

「私は火を出す魔法だって使える様になった。お陰で気分は最高さ!」

 

「この生活は捨てがたいからねぇ。それで、クビになるなら石版を盗もうって事になったんだよ。そして、その罪は新入りの君に全て被って貰う事にしたのさ。勿論、君に濡れ衣を着せる為の仕込みも済んでる。君の部屋にここの博物館の貴重な展示品を仕込ませて貰ったよ」

 

 コルネリウスとアトラムがそれぞれ得意げに話した。

 

「痛たた⋯⋯まさかこんな展開になるとは」

 

 床に倒れ込んでいる切嗣は、そう言って溜め息を吐いた。

 

「話は終わりだ。さぁ、石版を探しに行こう」

 

 レフはそう言葉を残して、アトラム、コルネリウスを連れて博物館の奥へ消えて行った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 石版を抱えた士郎と大河は暫く走った後、ラムセス2世の神殿の中へ逃げ込むと、部屋の端に置かれていた巨大なスフィンクスの影にしゃがみ込み、身を隠した。

 

「とりあえずここで隠れてましょ。⋯⋯あーあ、こんな事になるなら携帯持ってくるんだった〜」

 

「⋯⋯父さん、大丈夫かなぁ⋯⋯」

 

 不安そうな表情を浮かべながらそう呟く士郎。

 

「大丈夫に決まってるでしょ! 切嗣さんならあんな三人コテンパンよ!」

 

 大河はそう言って不安がる士郎を励ました。

 

 ・

 ・

 ・

 

 一方その頃、博物館の裏にある搬入口では、

 

「フォウ。フォウフォウ」

 

 フォウが搬入口の扉を開け、博物館の展示物である動物達を外に出していたのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 

「そろそろここを出た方が良いわね」

 

 スフィンクスの物陰に隠れていた大河は、そう言うといきなり立ち上がった。

 

「え!? もう少しここで隠れてた方が⋯⋯」

 

「ずっと同じ場所に居たら見つかっちゃうでしょ?」

 

「うーん、まあ⋯⋯」

 

 大河にそう言われて渋々立ち上がる士郎。

 二人は神殿の入り口に向かって走り出したが、

 

「おっと、ご苦労だったね」

 

 入り口で待ち伏せていたレフが、士郎から石版を奪うと士郎と大河を神殿の中へ突き飛ばした。

 

「きゃっ!?」

 

「痛っ!?」

 

「士郎! 大河ちゃん!」

 

 廊下の奥から二人の名を叫び急いでレフの元へ走って来た切嗣だったが、レフは自分の足を切嗣の足に引っ掛け躓かせながら、手際良く切嗣のベルトから鍵を奪った。

 

「うわぁった!?」

 

 切嗣は神殿の中へ勢い良く突っ込みながら転んだ。

 

「丁度良かった。今から閉める所だ」

 

 レフはそう言うと、神殿の入り口にある格子状のスライド式扉を閉めると、切嗣から奪った鍵で施錠してしまった。

 

「そこで朝まで寝てるが良い、ハッハッハッハ!」

 

 レフの後ろに居たコルネリウスが扉越しに切嗣達を見下ろして高笑いをする。

 

「折角だ、売れる物は全部盗もう。そうしたら僕達は大金持ちだ!」

 

 目を輝かせながらアトラムはそう言うと、コルネリウスと共に博物館の奥に消えて行った。

 

「それじゃあさようなら、切嗣君」

 

 レフは、いつも通りの笑みを浮かべながら切嗣にそう言うと、アトラム達の後を追って行った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 博物館を脱走した動物達は新都へ繰り出すと、陸上動物は街の道路を、鳥達は空を、我が物顏で動き回っていた。

 

 ・

 ・

 ・

 

「父さん! いい加減何がどうなってるのか説明してよ!」

 

 ラムセス2世の神殿に閉じ込められ訳も分からない状態の士郎は、切嗣に向かってそう声を上げた。

 

「⋯⋯分かった。本当に信じられない様な事だから二人とも落ち着いて聞いてくれ。⋯⋯⋯実は、この博物館の展示物はさっきの石版の力で、夜になると動くんだ。それであの三人の元警備員がその力を狙ってる」

 

 切嗣の言葉を聞いて面食らった様な顔をする士郎と大河。

 

「やっぱり分からないよな。なら実際に見せる。⋯⋯アルトリア! もう動けるんだろ?! 居るなら力を貸してくれ!!」

 

 切嗣は扉の外に向かって大きな声でそう叫んだ。

 すると、廊下の奥からドゥン・スタリオンに跨ってアルトリアがやって来た。

 

「私を呼びましたか?」

 

 アルトリアは切嗣の前でドゥン・スタリオンに歩みを止めさせると、そう穏やかな声で切嗣に尋ねた。

 

「うわぁ⋯⋯」

 

「うそ⋯⋯本当に!?」

 

 生きた白馬に跨る金髪の少女の姿を目にして、呆気にとられる士郎と大河。

 

「アルトリア・ペンドラゴン、ここに馳せ参じました」

 

「アルトリア! ここから出して欲しいんだ!」

 

 切嗣はアルトリアに向かってそう懇願した。

 

「残念ですが、それは出来ません。今この瞬間が貴方の正念場です」

 

 切嗣の懇願にアルトリアはそう言って一蹴してしまった。

 

「説教はもう沢山だ! 僕は君とは違う。僕は王様じゃない! 国を統治する事だって出来ない! お願いだから手を貸してくれ!」

 

「私もですよ切嗣、私はアルトリア本人では無い。マネキン工場で作られたただの人形です。王となり民を率いた事など一度も無い。この博物館で新たなな仲間を見つける事すら出来ない。ですが貴方は⋯⋯今度こそやり遂げなければならない」

 

 澄んだ翠緑の瞳で切嗣を見つめながら語るアルトリア。

 

「御武運を、切嗣」

 

 アルトリアはそう言葉を残してその場を去って行った。

 

「え!? ちょっと!? ⋯⋯はぁ、参ったなぁ、一体どうすれば」

 

 切嗣はそう言って天を仰いだ。すると、

 

「あ⋯⋯」

 

 ちょうど切嗣の視線の先にスフィンクスの目があり、お互いの目が合ってしまった。

 すると突然、二体のスフィンクスは動き出し右前足を上げると、切嗣達に向かって二体同時にその右前足で踏みつけようとした。

 

「うぇ!? なんか動き出した!?」

 

「父さん、これってまずいんじゃ⋯⋯?」

 

 巨大なスフィンクスの像が突然動き出し焦る大河と士郎。

 切嗣は、今自分達が置かれている危機的状況を打破する為の策を講じる為、必死になって思考する。

 

「くそぅ、何か良い手は⋯⋯」

 

 その時、ふと切嗣の視界に、神殿の奥で喚き声を上げている棺が目に入った。

 

「! そうだ、二人共行くぞ!」

 

 そう叫びながら切嗣は、士郎と大河を連れてスフィンクスの前足を避けると、神殿の奥へ向かって走った。

 

「二人共、端の方で隠れてるんだ!」

 

 切嗣はそう言って士郎と大河を比較的安全な場所へ誘導すると、自らはその棺の蓋に掛かっている鍵を解錠した。

 すると棺の蓋は、中に入っていた包帯で全身をグルグル巻きにされた男によって勢いよく吹き飛ばされる。そしてその男は、ゆっくりと棺から体を起こした。

 

「や、やぁどうも、元気?」

 

 切嗣は、恐る恐るその包帯男に話し掛けた。すると、包帯男は切嗣の方へ顔を向ける。

 

「あ、あのー悪いんだけど、そこに居る二匹のデカイスフィンクスに、僕達を襲わないよう言って貰えないかな? 僕が君を襲おうとしてるって勘違いしてるっ兎に角今すぐ止める様に!」

 

「◼️◼️!! ◼️◼️◼️ッ⋯⋯」

 

 包帯男は古代エジプト語らしき言葉でスフィンクスに叫ぶと、スフィンクスはその場で立ち止まった。

 

「おぉ、ありがとう! 士郎、大河ちゃん、もう大丈夫だ。⋯⋯いやぁ助かった」

 

 安堵の表情でその包帯男に礼を言う切嗣だったが、

 

「⋯⋯」

 

 包帯男は再びゆっくりと切嗣の方へ顔を向けると、

 

「◼️◼️◼️!! ◼️◼️!!」

 

 呻き声を上げながら棺の外へ出て、

 

「◼️◼️!! ◼️◼️! ◼️◼️◼️!!!」

 

 自らの頭に巻かれた包帯を勢いよく解いていき、

 

「◼️◼️ッ!! ◼️◼️ッ!! ブハァッッ!!!」

 

 中から、褐色の肌と太陽の色をした眼を持つ美しい顔を露わした。

 

「我が名はオジマンディアス。王の中の王。全能の神よ、我が業を見よ──そして絶望せよ!」

 

 褐色肌の男=オジマンディアスはそう高らかに叫んだ。

 

「⋯⋯あぁ、僕は衛宮切嗣。この博物館の警備員。吹幸市出身。それで隣にいるのが息子の士郎と」

 

「どうも⋯⋯」

 

「そして彼女はよく僕の家に遊びに来る」

 

「藤村大河です⋯⋯」

 

 恐る恐る自己紹介をする切嗣達。

 

「切嗣、士郎、そして大河、吹幸の守護者達よ。此度の事は恩に着る。よくぞ! この息の詰まるような棺から余を救い出してくれた! さぁ、石版を余に差し出すが良い。あの石版は其方らの手に余る。余が! 真の王としt」

 

 オジマンディアスの演説最中に切嗣が割って入った。

 

「おぉ! 成る程石版! 出来ればすぐに差し出したいけど、今ちょっと手元には⋯⋯無いんだ」

 

 切嗣の言葉にオジマンディアスは顔を少し顰めた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 けたたましい轟音を立て、神殿の入り口を閉ざしていた格子状の扉が吹き飛ばされた。

 そして神殿の中から切嗣、士郎、大河、そして豪華な衣装に身を包んだオジマンディアスが現れた。

 

「助かった! 王様は僕に任せて! ありがとう!」

 

 切嗣は、扉を破壊したスフィンクス達に向かって礼を言うと、士郎達を引き連れ廊下の奥へ走って行った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 二階の廊下を走っていた切嗣達は、一階に吹き抜けになっている場所へ辿り着くと、玄関ホールを見下ろした。

 

「「「◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!!」

 

 すると、玄関ホールでは動物の剥製や人形等、博物館の展示物が好き放題に暴れ回っていた。

 

「む、何やら強い敵意を持つ者が近付いて来るな」

 

 オジマンディアスの言葉を聞き、彼の目線の先を見る切嗣。その先には、

 

「破゛壊゛す゛る゛!!!!!!」

 

 と雄叫びを上げながら向かいの廊下をこちらに向かって走って来るアルテラと羊達の姿があった。

 

「アッティラだ。話をつけないと」

 

 切嗣はそう言うと、自分の方へ向かってくるアッティラ達に向かって走り出した。

 士郎達もその後をついて走って行く。

 

「う゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 

「うあぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 切嗣とアルテラは、それぞれ相手の方へ向かって叫びながら走る。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 

「ぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 

 お互いがお互いに向かって走り、遂に互いの顔が眼前に迫るまで近づいた。

 

「文明を破壊する!!!」

 

 アルテラは目を血走らせ顔を真っ赤にしながら、憤怒の声を上げる。

 

「あぁ、やっぱりそればっかりだな。理由は分かってる」

 

 目の前で怒りに顔を歪ませるアルテラに対して、切嗣は努めて冷静に語りかけた。

 

「どうしてそんなに文明を破壊したがるのか。それは、元々君がその為に造られた存在だから。⋯⋯あれからネットで調べたんだ。そしたら【新説:アッティラ】って見出しの記事にこう書かれてた。君はその昔、宇宙からやって来た巨神『セファール』として当時の文明を破壊し蹂躙したってね。それが何やかんやあって、赤ん坊になった君をフン族の族長が見つけ育てた」

 

「⋯⋯!」

 

 切嗣の言葉は更に続く。

 

「⋯⋯アッティラ、君は自分の事を破壊兵器だと思ってるのかもしれない。でもそれは違う。それは『過去』の話、君が生まれる前の話だ。今の君が『破壊』に縛られる必要は無い。今の君は『破壊』以外の事をして良いんだ。君だって本当は、それを分かってるんだろ?」

 

「⋯⋯っ!!」

 

 アルテラの顔から憤怒の表情は消え、赤い目からは大粒の涙が溢れ出た。

 

「それで良い。泣けば良い。吐き出せ、楽になる」

 

 そう言うと切嗣は、泣き崩れるアルテラを優しく抱擁した。

 

 

「ほう、手馴れているな」

 

 その様子を間近で見ていたオジマンディアスが、切嗣の事を興味深そうに眺めながらそう呟いた。

 

「うん、手馴れてる⋯⋯」

 

「手馴れてるわね⋯⋯」

 

 士郎と大河も複雑そうな表情を浮かべながらそう呟いた。

 

 

「よーし、大丈夫、大丈夫」

 

 切嗣はそう言ってアルテラの肩を叩き抱擁を解く。

 

「さぁ、深呼吸して」

 

 アルテラは切嗣に促されるまま深く息を吸って吐くと、

 

「⋯⋯ありがとう」

 

 と切嗣に向かって小さく呟いた。

 

「どういたしまして。これで仲直りだ。⋯⋯さぁて、アッチの問題も片付けるか」

 

 そう言うと切嗣は吹き抜けの方へ向かい、一階の玄関ホールを見下ろすと、

 

「みんなっ!!」

 

 と、好き放題に暴れる展示物達に向かって大声で叫び掛けた。

 

「おーい! みんな!」

 

 しかし、切嗣の声は展示物達の騒ぎ声に掻き消されてしまい、展示物達に届かなかった。

 

「みんな! やめろ!! ⋯⋯はぁ、参ったなぁ」

 

 頭を抱える切嗣。その時、

 

「静まれっ!!!!!」

 

 凛々しくも威圧感のある声による号令に、一同は動きを止め、声の主のいる方へ顔を向けると、そこには、ドゥン・スタリオンに跨ったアルトリアの姿があった。

 

「この博物館の警備員! 衛宮切嗣が皆に話をするっ!!」

 

 アルトリアの声が博物館に響いた。

 

「⋯⋯ありがとう」

 

 切嗣はそうアルトリアに礼を言うと、玄関ホールに集まっている展示物達に向かって話を始めた。

 

「僕の隣にいるエジプト王のオジマンディアス、彼の石版がみんなに命を吹き込んでいる。でも前の警備員が石版を盗んだ! 彼らを探し出して石版を取り戻すんだ! 朝までにやらなければならない! 新撰組の二人! プラネタリウムの所に行ってくれ! 龍馬とお竜さんは爬虫類エリアを捜索! 信長とネロ! 彼らの車は裏口だ、足止めしてくれ!」

 

「待てい! わしはこの男装(笑)女とは組めんぞ!?」

 

「余もこんなへんちくりんとは頼まれたって組まん! 余達は単独行動をさせてもらう」

 

「誰がへんちくりんじゃ! この音痴!!」

 

「音痴!? ローマ一の美声を誇る余を音痴とのたまうかこの愚か者!!」

 

 信長とネロがそれぞれ切嗣に反論し、互いに言い争っていた。

 

「おい! いい加減にしろっ!」

 

 二人の態度に業を煮やした切嗣は声を荒げた。

 

「信長! ネロ! 生まれた時代は千五百年も違うけど、君達には共通点がある! ⋯⋯二人とも偉大なリーダーだ! その時その時の時代を切り開いて来た偉大な先人だ! ⋯⋯そこで争ってる幕末組! どっちも掲げる主義は違くても、誰かの為に努力したその気持ちは同じだろう!? そして日本は無事平和な時代になった! もういがみ合うのは止そう! ⋯⋯いいか、あの石版が無いとこれは、この毎晩の奇蹟は起こらなくなる! それを避けるにはみんなの力がいるんだ! これだけの英雄がいれば不可能なんて無い! 団結すれば石版を取り戻せる! ⋯⋯協力するか?」

 

 切嗣の熱弁に展示物達は鼓舞される。

 

「協力をするか?!!!」

 

「「「「うおぉぉぉおぉぉ!!!!」」」」

 

 この時、切嗣と博物館の展示物達は心を一つにした。

 

 ・

 ・

 ・

 

 博物館の裏口にはレフ達が逃走用に使う車が一台、駐車されていた。

 

「あれであるな⋯⋯」

 

 そこへ、ちびノブを率いる信長とローマ兵を率いるネロが現れ、

 

「わしの後に続けぇ!!」

 

 その車の後部右側のタイヤに向かって駆けて行った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 博物館のプラネタリウムエリアの廊下を、両手に宝石を持って歩くコルネリウス。

 

「地方の博物館にしては随分良いモノがあるよなぁ、ココは。たった一日じゃ全部運びきれないぞ、フェン♪ フェン♪ フェーン♫」

 

 そう言い、鼻歌を歌いながら歩くコルネリウスの前に、

 

「気に入らねえな……」

 

「えぇ、全く。チョコレート工場で働いてそうな見た目してますね」

 

 浅葱の羽織を身に纏った二人の侍、土方と沖田が立ち塞がった。

 

「なんだ、展示物の木偶人形が私に何の用だ?」

 

 コルネリウスはそう言って二人に見下した態度をとる。

 

「沖田、あいつはお前に任せる」

 

「え!? さては土方さんサボる気ですね? ⋯⋯まぁいいでしょう⋯⋯速攻で片を付けます!」

 

 沖田はそう言うと刀を抜き、コルネリウスに向かって構えた。

 

「おいおい、木偶人形が今の私に敵うはず無いだろう? 何せ今の私は魔法を使えるんだからねぇ! 私に刃向かった事、灰になった後に後悔するが良い。Go away the shadow.⋯⋯」

 

「三段突き!!」

 

「ゲブホッ!?」

 

 魔術を使う為の詠唱中であるコルネリウスに、何の躊躇いも無く会心の一撃を与える沖田。

 コルネリウスは、沖田の一撃を受けその場に倒れ込み気を失ってしまう。

 

「安心して下さい、峰打ちです。それと戦闘中に長々と喋らない方が良いですよ? 戦場では誰も待ってくれませんからねぇ」

 

 ・

 ・

 ・

 

 爬虫類コーナーの廊下を陽気な様子で歩くアトラム。

 そこへ、

 

「見つけたぞリョーマ、あいつ食っていいか?」

 

「いやいや、食べないでね?」

 

 龍馬とお竜がやって来て、アトラムの前に立ち塞がる。

 

「へぇー、僕を捕まえるのに、そこの如何にも気弱そうな優男と、そこのお嬢さんの二人だけで充分だと。僕も舐められたものだなぁ」

 

 そう言い、二人に対して不敵な笑みを見せるアトラム。

 龍馬は目にも留まらぬ速さで懐から拳銃を取り出し、アトラムの額に銃口を突きつけ、

 

「博物館の展示物だからといって、⋯⋯舐めたらいかんぜよ?」

 

 眼光を鋭くし、ドスを利かせた声を出した。

 銃口を突きつけられたアトラムは、

 

「はぁ、僕にもライノールやアルバみたいに強い魔法が使えたらなぁ⋯⋯」

 

 と、嘆くように呟くと、両手を挙げ降伏の意を示した。

 

 ・

 ・

 ・

 

 その頃、博物館の裏口では信長とネロ達が目的のタイヤに辿り着いていた。

 

「よーし、では行くぞ!」

 

 そう言うとネロは、自分が手に持っていた槍を、タイヤの空気入れに向かって突き刺した。

 

「ぬおぉ!?」

 

「皆でこの槍を抑えるぞ!」

 

 空気圧で吹き飛ばされそうになるネロが持つ槍を信長達は必死になって支えた。

 

「うわあぁぁぁ!!」

 

「ノッブウゥゥゥ!?」

 

 一人、また一人と吹き飛ばされる面々。最後に信長とネロの二人だけが槍を支えている状態となった。

 

「余に任せよぉぉぉ!!!」

 

「見捨てはせぬぞぉぉぉ!!」

 

 ・

 ・

 ・

 

 アトラムとコルネリウスは、博物館のジオラマコーナーにあるベンチに紐で雁字搦めにされた状態で座らされていた。

 

「思い通りの展開だ! みんな良くやった!」

 

 その様子を見て切嗣は、その場に居た功労者達に労いの言葉をかける。

 

「あとでまたカエルだぞ」

 

「俺は沢庵」

 

「本当に、二人とも食い意地が張って⋯⋯ここは僕たちに任せて君は石版を!」

 

 龍馬の言葉に切嗣が頷く。

 

「分かった。本当見事なチームワーク!」

 

 ・

 ・

 ・

 

 石版を抱え裏口から外へ出て来たレフは、駐車してあった車の運転席に乗り込むと、エンジンをかけ車を発車させた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 切嗣、士郎、大河、オジマンディアスの四人は急いで裏口へ向かい、外へ出た。

 すると、そこにはレフも車の姿も無く、既に逃げられた後であった。

 

「父さん、どうするんだ?」

 

 士郎の問い掛けに切嗣ははっと思い出したような顔をして

 

「強力な助っ人がいる」

 

 と言い、再び博物館の中へ戻った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 博物館の一角にある展示スペースの前へ訪れた切嗣達。

 

「『シャーロック・ホームズとその自室』⋯⋯ってまさか!?」

 

 展示スペースの名札を見た大河が目を丸くして驚く。

 

「あぁ、あそこにいるのは名探偵のホームズだ。⋯⋯なぁホームズ! 今、エジプト王の石版を盗んだ男を探しているんだが」

 

「なぁ父さん、ガラス越しじゃ聞こえないんじゃないか?」

 

 ホームズに向かって必死に語りかける切嗣に対して、冷静に突っ込む士郎。

 

「⋯⋯そうだった。確かアフリカ哺乳類のホールに丁度いい岩があった筈」

 

 そう言って切嗣はアフリカ哺乳類のホールのホールまで岩を取りに駆けて行った。

 

 

 手の平サイズの岩を持って戻って来た切嗣は、

 

「ホームズ! 端へ避けてくれ!」

 

 とジェスチャーを交えてそうホームズに伝えると、ガラスに向かって勢い良く岩を投げ付けた。

 岩が当たった瞬間、ガラスは音を立てて粉々に割れ、中からホームズが出て来た。

 

「ホームズ、僕は切嗣。今」

 

 ホームズの元へ駆け寄り事情を説明しようとする切嗣の言葉を遮りホームズが語り出した。

 

「知っている。エジプト王の石版を盗んだ男を探して欲しいんだろう?」

 

「!? 何で分かったんだ?」

 

 困惑する切嗣にホームズが説明を始めた。

 

「なに、初歩的なことだ。そもそも私は、最初から君の話している内容が分かっていたのだよ。読唇術、つまり君の唇の動きを見てね。その上で最初、私は君に『ガラス越しで声が聞こえない』と伝えた。そしてその後君に『この展示スペースから出して欲しい』という事を伝えようとした。流石の私もこれ以上この様な狭い場所でたった一人でチェスを続けていると飽きてしまうからね。だが、それを伝える前に君は私の元から離れてしまった。その時は多少落胆したが⋯⋯まあ良い。今は君のお陰で自由の身だ。礼を言う。⋯⋯話が逸れてしまったが、君の依頼は喜んで引き受けさせて貰うよ」

 

 話を終えるとホームズはスタスタとその場を後にしようとした。

 

「あのー、今回は『今はまだ話せない』っていうのは無いんですか?」

 

 と恐る恐る大河がホームズに尋ねる。

 ホームズは彼女の質問に笑顔でこう答えた。

 

「あまり焦らしていると読者に怒られてしまうからね」

 

 ・

 ・

 ・

 

 裏口の外へ出た切嗣達。

 ホームズは駐車スペースにしゃがみ込み、駐車されていた車のタイヤ痕を調べていた。

 

「ふむ、恐らく犯人は車を使って西へ向かったのだろう。だがその途中、車の制御を失い事故を起こした」

 

 ホームズは立ち上がると、そう自らの推理を披露した。

 

「驚いたな⋯⋯タイヤ痕だけでなんでそこまで?」

 

 切嗣はそう言って困惑の表情を浮かべた。

 

「初歩的なことだ、友よ」

 

 そう言うとホームズは、西の方を指差した。そこには、電柱にぶつかり使用不可となったレフの車の姿があった。

 

「犯人は乗り物を捨てている。そして館内へ戻った」

 

「ここに戻った? ⋯⋯何で戻ったんだ?」

 

 切嗣がそう不審がりながら周りの様子を確認していると、

 

「ヒヒィィィン!!!」

 

 という甲高い鳴き声と蹄の音と共に、レフを乗せ、二匹の馬に引かれた馬車が切嗣の元へ目掛けて突っ込んで来た。

 

「父さん!?」

 

「切嗣さん!?」

 

 

 馬車が切嗣の眼前まで迫るその瞬間、

 

「危ないっ!!」

 

 間一髪、横から飛び出して来たアルトリアに弾き飛ばされた事で、切嗣は場所に引かれる事無く済んだ。しかし、

 

「アルトリア!?」

 

 切嗣を庇ったアルトリアは、上半身と下半身が真っ二つに引き裂かれてしまった。

 

「大丈夫かアルトリア?!」

 

 急いでアルトリアの元へ駆け寄る切嗣。

 

「落ち着いて下さい。私は人形、この程度問題ありません。それよりも石版です。急いで手を打たなくては、直に日の出です。展示物の半分は外にいます。ここまま日の出を迎えれば、街の人々に迷惑をかける」

 

「そう言われても⋯⋯」

 

 レフを追いかける術を思い付けず、頭を抱える切嗣。

 そこへ、

 

「ぎゅわ~ん、ぎゅわ~ん! はっなびがドーン!」

 

「ノーブーナーガー波ァ!」

 

 と声を上げながら、切嗣のラジコンカーの運転席に乗ったネロと助手席に乗った信長が現れた。

 ラジコンカーは切嗣の側まで来ると停止し、中から信長とネロが顔を出す。

 

「今度は何をすれば良いんじゃ?!」

 

「我々に出来ることがあれば何でも申せ!」

 

 信長とネロがそれぞれ切嗣に向かって話す。

 

「ちょっと時間をくれ⋯⋯」

 

 切嗣はそう言って自らの思考を巡らせた。

 

「⋯⋯!」

 

 ふと、ラジコンに紐で結ばれているサッカーボールに目がいった切嗣は、裏口の方へ目を向けた。

 すると、裏口の扉には

 

「◼️◼️◼️◾️◼️◼️!!! 

 

 尻尾を大きく振った狼王ロボの姿があった。

 

「良いぞロボ、⋯⋯ホームズ、君はここでアルトリアを治しておいてくれ」

 

 切嗣はそう言ってホームズの方へ顔を向ける。

 

「あぁ、勿論」

 

「アルトリア、君の愛馬を借りても良いかな」

 

「えぇ、貴方に託します」

 

 切嗣の問いにアルトリアは力強く答えた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 博物館の周りに広がる森の中、手綱を引き馬車を走らせるレフ。

 その後ろから、

 

「レフ!!」

 

 颯爽と地を駆けるドゥン・スタリオンに跨った切嗣がレフを追いかける。

 更に、その左隣を、

 

「◼️◼️◾️◾️◼️◼️!!」

 

「行けぇ──!!」

 

「ちょっと藤ねえ!? 危ない!」

 

 信長とネロの乗るラジコンカーが引っ張っているサッカーボールを追って、勢い良く走るロボとその上に乗る士郎、大河。

 そして右隣には、

 

「ファラオの神威を見るがいい! フフフフ……フハハハハハハハハハッ!」

 

 巨大なスフィンクスを駆るオジマンディアスの姿があった。

 

「うっはっはっはっはー! ワシらの速さには誰も付いてこれぬ!」

 

「はしれバラよーバラのようにーつきのうみをーパドるパドる~♪」

 

 ラジコンカーに乗った信長とネロは、それぞれ気分を高揚させながら思い思いに叫ぶ。

 

「⋯⋯!」

 

 レフは両隣を並走するロボとスフィンクスを見て、馬車のスピードを速くさせる。

 一方、ラジコンカーの中では。

 

「⋯⋯ネロ、そなたあの先の角を曲がれるのか?」

 

「余の騎乗スキルを信じよ!!」

 

「ええー? ほんとに是非もなしぃ?」

 

 レフの乗る馬車を切嗣と挟み撃ちする為、ラジコンカーを加速させ突き当たりの角を右へ曲がった。

 ラジコンカーとロボがレフが乗る馬車の前に躍り出る。

 

「くっ!!」

 

 レフは、華麗な手綱捌きで前から向かって来るロボを避け、さらに加速する。

 

「のじゃじゃじゃじゃじゃじゃ!?」

 

「ハンドルが利かぬぅぅぅ!!!」

 

「ま、是非もないよネ!」

 

 馬車を避けるのに無茶な運転をした結果、ラジコンカーはコントロールを失い、

 

「「爆発オチなんてサイテ──!!」」

 

 土手に猛スピードで突っ込み宙高く飛ぶと、一回転してそのまま地面に激突し、爆発した。

 

 ドゥン・スタリオンの歩みを止め、立ち上る黒煙を見つめる切嗣は、遠ざかって行くレフの乗る馬車の方へ顔を向けると、

 

「⋯⋯ケリをつけよう!」

 

 と自らを鼓舞し、再びドゥン・スタリオンを走らせる。

 そして遂に、レフの乗る馬車の隣に着いた。

 

「レフ! 石版を返せ!」

 

 切嗣は、馬車に乗るレフに向かって力一杯に叫ぶ。

 

「いや、それは無理さ!!」

 

 切嗣の言葉を一蹴し、馬車の速度をさらに上げようとするレフ。

 

「馬車を止めろレフ!」

 

「諦めるんだな切嗣君! 歴史を学び直せと助言しただろう? これはかの源頼光が、藤原兼家の二条京極第が落成した際に送った馬三十頭の内の二頭! 忠義高いこの馬達は、騎手である私が命じない限り、絶対に止まらない!!」

 

 レフはそう言って勝ち誇ったような顔を浮かべた。

 

「本当に!? ⋯⋯なぁ、そこの馬達!」

 

 レフの言葉を聞いた切嗣は、馬車を引っ張る二頭の馬に向かって語りかけた。

 

「今止まってくれたら、前見せたグラビア雑誌の来月号を買ってあげr」

 

 二頭の馬は切嗣の言葉を聞いてすぐさま立ち止まった。

 

「ぬわぁぁっ!?」

 

 その反動で、レフは乗っていた馬車から吹き飛ばされた。

 

 切嗣はドゥン・スタリオンから降りて、倒れ込んでいるレフの元へ駆け寄る。

 

「僕からも助言だ、レフ。博物館の展示物をよく知るなら、勉強よりもコミニュケーションを密にした方が良い」

 

「⋯⋯勝ったつもりになるのは早いぞ!」

 

 レフは勢い良く立ち上がり、右手で持った石版を切嗣に見せつけ、歪んだ笑みを浮かべた。

 

「切嗣君! 君はこの石版の本当の価値を知らないだろう? アトラムとコルネリウスもそうだ! 奴らは目先の利益しか見ていない愚か者だからなっ! だが私は違う! 私はこの石版を使い、我らが王の為、人理焼却を」

 

「黙れ」

 

「ずべっ!?」

 

 切嗣に向かって喜々として語るレフの後頭部を、アルテラが背後から軍神の剣で叩きつけた。

 レフはその場で崩れ落ち、意識を失った。

 

「ありがとうアッティラ」

 

 切嗣はアルテラに礼を言うと、レフの手から石版を拾い上げた。

 

「⋯⋯アルテラだ。アッティラとは⋯⋯呼ばないで欲しい。あまり好きな名前ではない」

 

「分かった。でもどうして?」

 

「それは⋯⋯そんな事より、この男、どうするんだ?」

 

 アルテラはそう言って、地面に倒れているレフを見下ろした。

 

「縛ってある他の二人と同じ所に連れてってくれ」

 

「分かった。⋯⋯羊たち!」

 

 アルテラに呼ばれた羊の群れが、倒れているレフを背中に乗せ、博物館へ連れて行った。

 

「切嗣さん!」

 

 大河、士郎、オジマンディアスが石版を持った切嗣の元へ駆け寄ってきた。

 

「オジマンディアス、力を貸して欲しい、この石版を使って博物館のみんなを元の場所へ戻して欲しい」

 

 切嗣はそう言うとオジマンディアスに石版を渡した。

 

「地上に在ってファラオに不可能なし、余に任せるが良い」

 

 そう言って石版を受け取ったオジマンディアスは、石版に向かって古代エジプト語を唱えた。

 すると、石版は光出し、ロボを始め博物館の外へ出た展示物達が、博物館へ向かって進み始めた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 博物館の内玄関前で、次々と戻って来る展示物達の確認作業をする切嗣とオジマンディアス達。

 

「アルパカ」

 

「あぁ」

 

「ラマ」

 

「お帰り」

 

 そこへ、

 

「ヒヒ──ン!?」

 

 と、馬の下半身に人間の上半身、そして馬の頭部をした生き物が玄関の入り口に突っかかっていた。

 

「またか⋯⋯なぁ赤兎馬! 無茶するな、三回言っただろ、このドアはその体じゃ入れない。君とトナカイとヘラジカは裏の搬入口の方に回るんだ」

 

 切嗣の言葉に赤兎馬は、鼻息を荒くしながら言葉を返した。

 

「ヒヒン! しかしこちらからの方が私の展示スペースに近いのです! それと私は呂布ですよ」

 

「分かった赤兎馬、でも諦めて裏の搬入口に回ってくれ」

 

 赤兎馬は再びヒヒン! と鳴きながら、すごすごと戻って行った。

 

「切嗣!」

 

 切嗣の後ろから体が元に戻ったアルトリアが切嗣に向かって呼びかけた。

 

「あぁ! アルトリア!」

 

 切嗣は振り返り、アルトリアの元へ駆け寄って行く。

 

「元に戻って良かった」

 

 そう言い安堵の表情を浮かべる切嗣。

 

「えぇ、ホームズと熱い蝋のお陰です」

 

「そうだアルトリア、遅れてしまったが紹介するよ」

 

 そう言って切嗣は士郎と大河を呼び寄せた。

 

「こっちが息子の士郎、こっちがうちによく遊びに来る大河」

 

「初めまして! いやーまさかアーサー王とお近づきになれるなんてホントビックリですよ!」

 

 大河は陽気にそう言ってアルトリアにすり寄った。

 

「『アルトリア』で構いませんよ大河」

 

 そう言うとアルトリアは大河と固い握手を交わす。

 

「そして⋯⋯士郎、おや、どうされましたか?」

 

 士郎の方へ顔を向けたアルトリア。

 すると、士郎は頰を赤くしながら急いで自分の顔を隠す。

 

「あれぇ? 士郎、もしかして照れてる?」

 

「うるさいぞ藤ねえ!」

 

 士郎の様子を見てからかう大河と、彼女に向かって声を上げる士郎。

 

「なぁ、アルトリア、一つ頼みがあるんだが」

 

「えぇ、貴方の頼みなら何なりと。それで切嗣、その頼みとは?」

 

「この子達の友達になってくれないか? ⋯⋯後、僕も含めて」

 

 切嗣の言葉にアルトリアは一瞬、キョトンとした表情を見せたが、すぐに穏やか笑みを浮かべて

 

「えぇ、喜んで」

 

 と言葉を返した。

 

 ・

 ・

 ・

 

 玄関前で、戻って来る展示物達の確認作業を続ける切嗣とアルトリア。

 

「仏陀、一」

 

「あぁ、チェック」

 

「シマウマ、二頭」

 

「チェック」

 

「フォウ、フォ──ウ!」

 

 そこへ、フォウがトコトコと歩いて来た。

 

「キャスパリーグ、戻って来ましたか!」

 

「フォーウ!」

 

 フォウは甲高い鳴き声を上げながら、アルトリアの肩に飛び乗った。

 

「⋯⋯なぁ、フォウ。良いか? もう水に流そ」

 

「フォウ」

 

 フォウに話をする切嗣にフォウは右足でペシンと音を鳴らして叩いた。

 

「⋯⋯!」

 

「切嗣」

 

 フォウにやり返そうとする切嗣を静かに諌めるアルトリア。

 

「アルトリア! 見ただろ? コイツが先に手を」

 

「切嗣、『やられたらやり返す』を繰り返していてはキリがありません。貴方は大人です。ならば」

 

「分かったよ。やり返さなきゃ良いんだろ?」

 

「えぇ、それで正しい。⋯⋯さぁキャスパリーグ、もう行きなさい」

 

「フォウフォウ」

 

 アルトリアの肩から飛び降りたフォウは、そのままスタスタと博物館の中へ入って行った。

 

「これで全員、中に戻りましたね」

 

 アルトリアの言葉に切嗣が表情を曇らせて言葉を返す。

 

「いや、全員じゃない。小さくても勇敢な二人を失った」

 

 そう言い、切嗣は空を見上げる。

 

「大いなる勝利には大いなる犠牲が伴う、残念ですが⋯⋯! 切嗣、見て下さい!」

 

 アルトリアの目線の先には、ボロボロになりながらも階段をよじ登る信長とネロの姿があった。

 それを見た切嗣は表情を明るくさせて、彼女達の元へ歩み寄る。

 

「いやぁ、本能寺の変以来の危機じゃった⋯⋯残念であったのう切嗣! わしらを厄介払いしようとしてたんじゃろ?」

 

「まぁ、余の皇帝特権のお陰よな!」

 

「わしがおぬしをラジコンから脱出させたんじゃが⋯⋯」

 

「そう固い事を言うでない! 今は共に、生き残った喜びを噛み締めようではないか!」

 

「⋯⋯そうじゃな! (思考放棄)」

 

 以前とは違い、互いに仲良くし合う信長とネロ。

 

「本当に良かった。⋯⋯さぁ、博物館に戻ろう」

 

 ・

 ・

 ・

 

「では切嗣。また、明日の夜に」

 

 そう言ってアルトリアは、展示スペースに戻ったドゥン・スタリオンに跨る。

 

「いや、会えるかどうか分からないな。お咎めなしで済むとは思えない」

 

 切嗣はそう言うと、物が散乱し荒れ放題の館内を見渡した。

 

「ならば、別れを言わねばなりませんね。⋯⋯士郎!」

 

 アルトリアは、散らかった受付を整理していた士郎を呼んだ。

 

「貴方の父親は偉大な人です、私は、その様な人とその息子の友人となれた事を光栄に思います。士郎、これからも貴方の父親を助けて上げて下さい」

 

「⋯⋯はい!」

 

 アルトリアの言葉に士郎は少し照れながらも誇らしげな表情を浮かべて返事をした。

 

「⋯⋯思った通り」

 

 アルトリアはそう呟くと、優しい翠緑の瞳で切嗣を見つめた。

 

「⋯⋯それじゃあ、おやすみ」

 

「いえ切嗣、もう夜は明けた」

 

 切嗣は、静かに頷くと

 

「そうだ、アルトリア」

 

 切嗣が見上げるとそこには、朝日に照らされたアルトリアが元の蝋人形へと戻り、凛々しく佇んでいた。

 

「⋯⋯ありがとう」



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stay.forever

 吹幸市自然博物館の館長室の椅子に座っていた時臣は、リモコンを使いテレビの電源を入れた。

 

『⋯⋯朝のニュースです。今朝は一面の雪に覆われた吹幸市ですが、街は別の話題で持ち切りとなりそうです。雪道に続く様々な動物の足跡です。現場の映像です。ゾウの様に大きな足跡がくっきりと残っています。その他にも、馬の蹄の様な足跡や猛獣のものとみられる足跡が無数にあり、その全てが真っ直ぐ自然博物館へと向かっています。さらに、街では【昨日の深夜に自然博物館の方角から狼の遠吠えの様な音が聞こえた】【空にプテラノドンが飛んでいるのを見た】など様々な情報が飛び交っています。ここ最近来館者の低迷が続く自然博物館に、思い掛けず注目g』

 

 時臣は無表情でテレビの電源を切ると、目の前で立っている切嗣に顔を向け語り出した。

 

「⋯⋯何か言う事はあるかな」

 

 そう言う時臣はいつも通りの落ち着いた表情でありながら、内心では憤激しているだろうと察せられるオーラを放っていた。

 

「いえ、ありません」

 

 切嗣は時臣の問いに観念した様な、そしてどこか達成感に満ちた顔をして答えた。

 

「そうか」

 

 時臣は椅子から立ち上がると切嗣の前に来て、

 

「では、鍵とライトを返しなさい」

 

 と言いながら自分の右手を切嗣の前に差し向けた。

 これに対して切嗣は特に抵抗する事もせず、腰帯から鍵とライトを取ると、大人しく時臣に渡した。

 

 切嗣から鍵とライト受け取るとそのまま館長室の外へ出る時臣。

 同じく切嗣も黙って時臣の後について館長室を後にした。

 

 ・

 ・

 ・

 

 廊下を渡り博物館の玄関ホールへ出た切嗣と時臣。するとそこには、

 

「これが狼の剥製? でっかいなぁ〜」

 

「このお人形さんかわいい!」

 

「あれ、アフリカ哺乳類のホールって何処だ?」

 

 老若男女、沢山の来場者が殺到しており場内は活気に満ちていた。

 この光景を目の当たりにした時臣は、切嗣の方へ向くと無言でライトと鍵を切嗣に手渡し、その場を後にした。

 

 切嗣は来場者でいっぱいになったホールを見渡すと、感慨深かそうに微笑んだ。

 

 ・

 ・

 ・

 

「ただいまー」

 

 夜警の仕事に備えて自宅へと戻って来た切嗣は、先に帰宅している筈の士郎に向けてそう言いながら玄関の扉を開けた。すると、

 

「おとーさん!!」

 

 奥の方から、銀髪赤眼の少女が元気良く声を上げながら切嗣の元に飛び込んで来た。

 

「えっ! イリヤ!? どうして此処に!?」

 

 自分の元へ飛び込んで来た少女を目を丸くしながら受け止める切嗣。

 彼女は切嗣の一人娘のイリヤ。しかし彼女は今、海外にある妻の実家に妻と共に帰省中である筈であり、目の前の出来事に切嗣は驚きを隠せないでいた。

 

 ・

 ・

 ・

 

「あら切嗣、おかえりなさ〜い」

 

 イリヤを抱えながら居間へと入って来た切嗣に、イリヤと同じ銀髪赤眼の女性がくつろいだ様子で和かにそう言った。

 

「アイリ!? ドイツの実家に居たんじゃ⋯⋯」

 

「明日は士郎の授業参観日でしょう? だからあの頑固オヤj⋯コホンッ、お父様に無理言って戻って来ちゃったの」

 

 切嗣の問いに、アイリはニコニコしながら応える。

 

「はは、相変わらず大胆だな。でも、どうして事前に連絡してくれなかったんだい? そうしてくれたら空港まで迎えに行ったのに」

 

 切嗣はイリヤを抱えながらアイリのそばへと寄り、腰を下ろした。

 

「急いでいてそんな暇無かったのよ。それに、驚いた切嗣の顔も見たかったし」

 

 そう言いながらアイリは悪戯っぽく微笑むと、テーブルの上に置いてある煎餅を取り口に運んだ。

 

「全く、君には敵わないな。⋯⋯そう言えば士郎は?」

 

「士郎なら今、この家の案内をしているところよ」

 

「え、誰に?」

 

 二人がそんな会話をしていると丁度そこへ、士郎が二人の少女を連れて居間へと入って来た。

 

「あ、おかえり父さん」

 

 居間で座っている切嗣を見て、そう声を掛ける士郎。

 

「あぁ、ただいま⋯⋯えっと、そちらの二人は⋯⋯」

 

 士郎の後ろにいる二人の見知らぬ少女に困惑する切嗣。

 

「ふふ。私から紹介するわ」

 

 アイリはそう言って立ち上がると、二人の少女を切嗣の前に連れ出し、

 

「はーい、彼女はセラ、そして彼女はリズ。二人ともアインツベルンのメイドで今日からこの家で暮らすことになったの。さぁ二人も、ちゃんと切嗣に挨拶して」

 

 と笑顔でセラとリズの二人に促した。

 

「どうも、リーゼリット、です」

 

「こらリズ、もう少しちゃんと挨拶しなさい。⋯⋯はじめまして。アインツベルンから参りました、セラです。ここでは家事全般と旦那様のお目付け役を本家より命ぜられて来ました」

 

「⋯⋯あぁ、どうも。これからよろしく」

 

 丁寧にお辞儀をするセラとリズに対して、切嗣はセラの最後の言葉に多少引っ掛かりながらも慌ててお辞儀を返した。

 

 ・

 ・

 ・

 

 翌日。

 穂群原学園小等部の5年1組の教室で、子供達が授業の始まりの挨拶をしていた。

 教室の後ろの方では、授業参観に参加している親御さん達が集まっており、その中に切嗣とアイリの姿があった。

 切嗣はこの授業参観の為に買った1200万画素のデジタルカメラを持って行こうとしたのだが、それをアイリに止められた為、手持ち無沙汰な様子で士郎を見守っている。

 

「なぁアイリ、やっぱりカメラを持って来た方が良かったんじy」

 

「キ リ ツ グ?」

 

「⋯⋯はい、マナー違反です」

 

 小声でアイリに話し掛けるも呆気なくアイリに一蹴すされ、項垂れる切嗣。

 

 そうこうしていると、士郎が『両親の仕事』についてのスピーチをする順番が来ていた。

 士郎は自分の席から立ち上がると、真剣な面持ちで原稿を読み始めた。

 

「『両親の仕事』。衛宮士郎。僕のお父さんは吹幸市自然博物館で夜の警備員として働いています⋯⋯」

 

 ・

 ・

 ・

 

 その日の夜。

 吹幸市自然博物館の玄関ホールでは、石版の力で命を吹き込まれた展示物達がそれぞれ思い思いに(常識の範囲内で)好き勝手な事をして楽しんでいた。

 

 警備服を身に纏った切嗣は、二階の吹き抜けからそんな彼らの様子を見守っていたのだが、

 

「⋯⋯おや?」

 

 何がきっかけか展示物達の一部が喧嘩をし始め、乱闘を起こしていた。

 そして、その騒動が次第に周りにも広がり、玄関ホールはいつのまにか阿鼻叫喚を極めていた。

 

 その様子を見て切嗣は頭を抱える。

 

「はぁー⋯⋯全く、まだまだ安心出来ないな」

 

 ぼそりと愚痴をこぼす切嗣。しかし彼は、何処か嬉しそうな表情を浮かべながら、展示物達の騒動を落ち着かせる為に玄関ホールへと向かう。



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『東京国立博物館』編
episode.1


 満点の星が煌めく夜空に照らされた、遠い南海の孤島の地。

 

 隣に立つ褐色肌の少女が、こちらへ向かって優しく笑みを浮かべながら語りかけてくる。

 

 ──ケリィはさ、どんな大人になりたいの? ──

 

 ・

 ・

 ・

 

『この飛行機は、ただいまからおよそ20分で大分空港に着陸する予定でございます。ただいまの時刻は午前7時30分、天気は晴れ、気温は9℃でございます。着陸に備えまして、皆さまのお手荷物は、離陸の時と同じように上の棚など、しっかり固定される場所にお入れください……』

 

「ん……うぅぅんっと」

 

 CAによる軽やかな機内アナウンスの声により微睡から覚醒した切嗣は、軽く体を伸ばした。

 

「うぅん、流石に疲れが溜まったか? それにしてもあの夢、⋯⋯あれ? ⋯⋯僕はあの後なんて答えたんだっけ⋯⋯」

 

 そう、夢の事について思いを馳せていた切嗣だったが、暫くして機内アナウンスの事を思い出し、慌てて考えを切り替えた。

 

「っと、そんな事より、早く飛行機から出る準備しないと⋯⋯」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 衛宮切嗣は、大分空港を出た後タクシーを使って、自宅がある吹幸市の深山町へと向かった。

 

 暫くして、タクシーは目的地である切嗣の自宅、純和風建築の屋敷の前に辿り着いた。

 切嗣はタクシーの運転手に料金を支払い終えると、タクシーを降りて、自宅の玄関へ真っ直ぐ向かう。

 

「ただいまー⋯⋯?」

 

 玄関を開け、家の中に居るであろう家族に向けてそう声をかけた切嗣だったが、玄関に置かれた靴の数が一足しか無いことに気付き、不審がる。

 そうしていると、切嗣の声を聞き、屋敷の奥に方から息子の士郎が出てきた。

 

「おかえり。って、その様子じゃ、父さん本当に携帯の履歴見てないのか」

 

「え? 履歴?」

 

「何度も電話したし、メールだって送ったんだぞ」

 

 士郎の言葉を聞き、一気に顔を青くした切嗣は、慌ててスーツケースを開けて、荷物が適当に詰められた中からプライベート用のスマートフォンを探し出した。

 そして、急いでそのスマートフォンの電源を入れようとしたのだが。

 

「⋯⋯あれ、充電切れだ。普段業務用の方ばかり使ってたから全然気付かなかった⋯⋯」

 

「はぁー、そんな事だろうとは思った」

 

「因みに用件は⋯⋯?」

 

「実家に帰るって話」

 

 士郎は切嗣に向かって一言、あっけらかんにそう伝えた。

 

「⋯⋯そんな⋯⋯嘘だろ」

 

 士郎の言葉に切嗣は顔をより一層青くさせた。

 その様子を見て、士郎は呆れた様に言葉を付け加える。

 

「あーそっちじゃなくて。帰省だよ帰省。ほら、もうすぐ大晦日だろ? 俺は部活もあるし、何より、何も知らずに帰ってくるだろう誰かさんの為に残ってなきゃならないから付いて行かなかったけどな」

 

 その話を聞いて、切嗣は胸を撫で下ろすのと同時に、申し訳無さそうに顔を下げる。

 

「あぁ、本当ごめん⋯⋯」

 

「別に俺達の事は気にしなくても良いんだけど⋯⋯何時ものことだしな。それよりも⋯⋯」

 

 ・

 ・

 ・

 

 深山町の西側郊外に広がる森の中にある吹幸市自然博物館。

 その玄関には『休館中』と書かれた看板がかけられていた。

 

 館内には、館長である遠坂時臣が一人、帰り支度をしている最中であった。

 そこへ、玄関のドアを開け、黒スーツに黒いコートを羽織り片手に紙袋を持った男が一人、館内へと入って来た。

 

「あぁ、そこの君。入り口の看板にも書いてある通り今日は休館⋯⋯」

 

 時臣はその男に声を掛けるが、すぐに、その男の顔が見知ったものである事に気付いた。

 

「あぁ、なんだ君か。また、想い出にでも浸りに来たのかな。ここ三ヶ月程見なかったが⋯⋯」

 

「忙しかったんで中々⋯⋯」

 

 切嗣が館内を見回すと、様々な大きさの木箱がそこらに積まれている光景を目の当たりにした。

 

「それより、息子から聞きました、改装するって。どういうことですか?」

 

「言葉の通りだよ。この博物館をリニューアルする⋯⋯上の人間の話によればだがね。まぁ、もっと具体的に言うならば、年末の大掃除さ。古い展示物を一掃し、この博物館は生まれ変わる⋯⋯らしい」

 

「⋯⋯じゃあ、古いのは何処に?」

 

「東京国立博物館の倉庫さ。其処に保管される」

 

「そんな事⋯⋯一体誰が決めたんです?」

 

「勿論、私だ。私と市議会。主に市議会。⋯⋯何故そんなに気にするのかね?」

 

「いや⋯⋯ただその、どの展示物も人気だったから⋯⋯」

 

「人気だったならばこんな事にはなってない。⋯⋯君がここの警備員を勤め始めた頃、ある不可思議な事が起きて、この博物館の来場者数が飛躍的に伸びた。だが結局、それは一過性だ。今では客の入りも以前と同じ、もしくはそれ以下だ。まぁ、そうなる前に君はここを辞めていったがね」

 

「状況が変わったんです。ビジネスが上手くいって、それで」

 

「君を責めている訳じゃないさ。 誰だって高収入かつ高待遇な職があれば、そちらを選ぶだろう。舞弥君だって今では別の職場で頑張っているようだ」

 

 時臣の言葉に切嗣は、暫く押し黙ってしまう。

 

「⋯⋯展示物を移す件、何とか中止に出来ませんか?」

 

「残念ながら無理だ。明日の朝直ぐ、輸送業者が来て送られる。⋯⋯だから今夜は玄関の鍵は掛けない。どうせこんな博物館に盗みに入る者も居ないだろうしね。⋯⋯名残を惜しむなら今夜が最後のチャンスだ」

 

 時臣はそう言い残すと、切嗣を一人残し、正面玄関から外へ出て行ってしまった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 太陽は完全に沈み、博物館の周りは暗い夜の闇に包まれた。

 

 すると、石版の魔力が発動し、博物館の展示物に命を吹き込んだ。

 

 ・

 ・

 ・

 

 玄関ホールで一人たそがれている切嗣。

 突然、その背中を大きな鼻先でつつかれた。

 

「うわ! ⋯⋯あぁ、君か! 久し振りだなぁ、調子はどうだ?」

 

「◾️◾︎◼️◼️!!」

 

 ロボは鼻息を荒くさせながら、切嗣の持つ紙袋に視線を向けた。

 

「おっと、早速興味津々だな。今日は君に良いものを持って来たぞ。そぉれロープだ!」

 

 そう言うと切嗣は、紙袋から大きな縄のロープを取り出し、端の方をロボへ向けて投げる。

 

「◼️◾️◼️◾︎!!」

 

 ロボは、自分の方へ投げられたロープの端を、勢い良く噛み付いた。

 

「綱引きするか?! おっと!」

 

 切嗣とロボで暫くロープを引っ張り合っていたが、

 

「◼️◾️◾︎◼️◾️◾︎!!!!」

 

「おぉっと!?」

 

 ロボは勢い良く顔を振り上げ、ロープを掴んでいた切嗣を思いっ切り吹き飛ばしてしまう。

 

「うわぁぁあ!!」

 

 吹き飛ばされた切嗣は、そのまま荷物が積まれていた場所に頭から突っ込んでしまう。

 

「⋯⋯うぅーん」

 

 荷物がクッションになり、比較的無事に済んだのか、ふらつきながらもなんとか立ち上がる切嗣。

 その途端、館内のあちこちに置かれていた木箱の中から、しまわれていた展示物が飛び出して来た。

 先程まで静かだった夜の博物館が、一気に騒がしくなった。

 

 そんな中、白馬に乗った少女が、切嗣の元へと近付いて来た。

 

「切嗣! 暫く振りですね。また会えて嬉しいです」

 

「アルトリア! あぁそうだな、僕もだよ」

 

 二人はそう言葉を交わすと、固く握手した。

 

「フハハッ! 久しいな! 吹幸の守護者が戻ったか!」

 

 高笑いと共に館内の奥から、オジマンディアスがその姿を現わす。

 

「あぁオジマンディアス! 久し振り!」

 

 その他の展示物達にも一通り挨拶を済ませた切嗣は、真面目な顔に戻りアルトリアに話かける。

 

「そうだ、館長から聞いたよ。驚いた」

 

「えぇ。以前、貴方が訪れた後に色々あり」

 

 切嗣とアルトリア、二人が会話を進めていると突然、

 

「ぉーぃ! ぉーぃ!」

 

 館内にある一つの木箱の中から小さな叫び声が聞こえてきた。

 

「あー待て待て! 今出すから」

 

 その声を聞いた切嗣は、急いでその声がする木箱へと駆けつけ、木箱の蓋を開けた。

 木箱の中から、信長とネロが姿を現した。

 

「やぁ久し振り。調子はどうだ?」

 

「ほほぉう。いよいよ最期という時にようやく顔を出してわしらに言う事がそれかのう。『調子はどうだ?』じゃとう? そなたはわしらの気分が有頂天になっている様に見えとるのか? いや〜金持ちになるとヒトの心が分からなくなるんじゃなぁ〜」

 

「待てぃ! それでは余もそなたもヒトの心が分からない者という事になってしまうでは無いか!?」

 

「その通りじゃろ! 死に様思い出せぃ!」

 

「あーはいはい、そこまで」

 

 勝手に言い争い合う二人をなだめる切嗣。

 

「⋯⋯事情は聞いたよ。どうしてこうなったかさっぱりだ」

 

「そうじゃろうな! そなたは肝心な時に何時も居なかったからのう!」

 

「つまり日中、我らの想いを代弁する者が誰も居なかったのだ」

 

「「「「ノブ! ノブ! ノブ!」」」」

 

 信長とネロの意見に沢山のちびノブが声を合わせた。

 

「落ち着きたまえ。そもそも、切嗣の転職には皆が賛同し、共に祝っただろう?」

 

 その様子を見かねたホームズがパイプを片手に信長達をたしなめる。

 

「ありがとうホームズ。⋯⋯みんな大丈夫だ! 明日市議会に電話するよ。コネが利く、任せろ。元通りになる」

 

「ハッ! 元通り? 何ともお目出度い奴じゃのう」

 

「切嗣。最早、後の祭りである。ローマの栄光さえ終わりを遂げたのだ⋯⋯」

 

 ネロはそう言って遠くの方を見つめた。

 

「ナルシストチックに遠くを見て言うのはやめてくれないか? テンションが下がる」

 

「何を言っているのか余は分からぬ⋯⋯」

 

「どこ見てる? 何見てる? 僕はここだ」

 

 そう言ってネロの視界の前で身振り手振りをする切嗣。

 

「⋯⋯ちょっと、そっちの壁の方をな⋯⋯」

 

「なぁ、そう悪い話じゃないかm」

 

「悪い文明? 破壊する!」

 

【悪い】という単語に反応したアルテラが声を荒げた。

 

「あぁ、そうだな。でも君達が行くのは天下の東京国立博物館だ」

 

「フォウフォーウ!」

 

 一言、物申したそうに鳴き声を上げるフォウ。

 

「フォウ、決めつけるな」

 

「フォーウ」

 

「えぇい! ズレた事言うでない鉄人28号! わしらはお払い箱なのじゃ!」

 

「我らを励まそうとしているのであろう? 僅かだが気に病んでいるのが見て取れるぞ。だがしかし! 環境が変わってしまうのだ! 皆で集まる事が出来ぬ。ここの様にな」

 

「二人共、もうよしましょう。⋯⋯申し訳ない切嗣。皆、感情が昂ぶっているのです」

 

 アルトリアが信長とネロを諌める。

 そして彼女は展示物達に向かって語り始めた。

 

「⋯⋯我々仲間達にとって最後の夜。自らを憐れんで過ごすのは口惜しい。そこで皆に提案です。最後にこの神聖なホールを一巡りしてみるのはどうでしょうか?」

 

 アルトリアの提案に、展示物達の殆どが賛成の意を唱えた。

 

 

「そなたも行くか?」

 

 ネロは隣にいる信長に問いかける。

 

「否、わしはここで、敦盛でも舞っておるよ」

 

「ふぅむ。では、おぬしの舞に合わせ、余が歌を歌おうd」

 

「お断りするでござる」

 

 一部の展示物は玄関ホールに残ったものの、アルトリアを先頭に多くの展示物達が博物館の散策へと向かって行った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 博物館の散策を終えた展示物達は、それぞれ自分がしまわれていた木箱へと戻って行った。

 

「フォーウ!」

 

「おっと、フォウ。大丈夫か、手を貸すよ」

 

 木箱の蓋を閉めようとするフォウの元へ駆けつけ、木箱に手をかける切嗣。

 

「フォウ!」

 

 その途端、フォウは木箱を勢い良く締め、切嗣の手を木箱とその蓋の間に挟めさせた。

 

「あぉう! 痛ッ!」

 

「フォウー」

 

 蓋を開け、木箱の中から切嗣を見上げるフォウ。

 

「そんな怒るなよフォウ。恨みっこなs」

 

 再びフォウは木箱を勢い良く締め、切嗣の手を木箱とその蓋の間に挟めさせた。

 切嗣は、木箱から手を離し、大人しくその場を後にする。

 

「直に日の出です、切嗣」

 

 そんな切嗣の元へ、アルトリアが歩み寄って来た。

 

「あぁ。それで、君の君の箱は何処に?」

 

「私は旅には同行しません。どうやら私とロボ、いくつか特別な展示物は此処に残るようです。一先ず」

 

 アルトリアの言葉に切嗣は表情を変えた。

 

「え? ⋯⋯それじゃあ石版は⋯⋯」

 

「えぇ、ラムセス二世と彼の石版も此処に残ります。つまり、彼らにとっては今夜が『最期』の夜だったのです」

 

「その話、皆には?」

 

「勿論、伝えています」

 

「⋯⋯納得したのか?」

 

「⋯⋯皆、元々自分達がただの展示物である事は理解しています。そして本来、展示物とはこの様に動き回らないという事も⋯⋯それでも、やはり、受け入れ難かったようですが⋯⋯」

 

 ふと、切嗣の顔を見たアルトリアは、彼の不安そうな表情を見て、声のトーンを上げ話を付け加えた。

 

「ですが、大きな変化によって更にチャンスを得る場合もあります。貴方が良い例だ。此処を離れ、自らの力で人生を切り開いた」

 

「⋯⋯そうかな、ただ成り行きに身を任せただけで僕は何も⋯⋯」

 

「謙遜など不用です、友よ。今や貴方は産業界の大物、手に入らないモノなど無い。望みは全て叶えられたのでしょう?」

 

 そう言うと、玄関ホールの端で佇んでいるドゥン・スタリオンに跨るアルトリア。

 

「あぁ、分かってるさ。⋯⋯多分」

 

 切嗣の物憂げな様子を見て、アルトリアは言葉を続けた。

 

「⋯⋯いいえ。その様子では分かっていませんね。余計かもしれませんが、貴方にちょっとした助言を送らせて頂きましょう。幸福の鍵は⋯⋯本当の幸福を得るには⋯⋯」

 

 突然、切嗣の胸ポケットからスマホの着信音が発した。

 

「あ⋯⋯すまないアルトリア。ちょっと待ってくれ」

 

 急いでスマホを取り出し、用件を確認する切嗣。

 

「よーし、これで。それで、幸福の鍵って⋯⋯」

 

 スマホを胸ポケットにしまいながら顔を上げてアルトリアの方を見た切嗣だったが、

 

「⋯⋯」

 

 既に夜は明け、アルトリアを含む博物館の全ての展示物が、元の【ただの】展示物へと戻っていた。

 

「⋯⋯それじゃあ、アルトリア」

 

 切嗣は、一言だけそう残すと博物館の外へと向かった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 その日の夕方。

 

「それで、やっぱり駄目だった? こう⋯⋯なんとか出来ないのか?」

 

 家に帰って来た切嗣に士郎が問い詰める。

 

「父さんだって歯痒いさ。でも出来る事はやったよ。館長と話し、市議会と話した。でも、予定通り今朝送られた。仕方ないさ」

 

 そう言いながら切嗣は、仕事用の書類を纏める。

 

「⋯⋯そうだ士郎、今日、父さんこれから東京の本社に戻らなきゃならなくなったんだ。だから父さんの分の夕飯は作らなくて良いよ」

 

「こんな時に仕事するのか」

 

 呆れ気味に士郎は言った。

 

「前は毎晩、仕事してただろ?」

 

「でも前の父さんはもっと格好良かった」

 

「格好良くても安月給じゃ家族を養っていけないだろう?」

 

 二人がそんな会話をしていた時、突然、自宅の固定電話の電子音が響いた。

 それを聞いた切嗣が固定電話の表示を覗くと、見知らぬ番号からの電話がかかってきた。

 少し不審に思いながらも、切嗣は受話器を取る。

 

「はい、もしもし」

 

 すると返って来たのは、意外な声だった。

 

『デカ男! わしじゃ! 信長じゃ!』




Q.最後の更新から三ヶ月以上経ちました。ある程度ストーリーのプロットなどは完成していますよね?

A.プロットどころか今後の展開すら考えていません。完全な見切り発車です。


Q.ラリーは警備員を辞めた後に発明家になりましたが、切嗣は警備員を辞めた後、何をしているのですか?

A.分かりません。誰かアイデアを恵んで下さい(土下座)。


こんなガバガバ具合ですが、今後もどうか、何卒、よろしくお願いします。
(次回更新時期は未定)


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