fate/Dendrogram (ジェノサイダーわさび)
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1-1

 私、アルトリア・ペンドラゴンは広がる景色を前に、私は呆然と立ち尽くしていた。

 何処までも広がる草原。吹くそよ風は草花の匂いを運んでくる。遥か彼方には高く聳える山々も見える。

 背後には見上げる程巨大な城壁。街へ繋がる門は解放されており、多くの人々が行き交っている。見張りらしい二人の騎士は特に出入りの手続きをしていない。恐らくはそのまま入って問題ないだろう。

「なんとも……凄まじいリアリティですね」

 思わず、感嘆が漏れた。

 人々の表情、朝露に濡れた足元の草、空を流れる雲──これらが、なんと全てゲームの映像だ。

 これはinfinite Dendrogram。つい数日前サービスが始まった、ゲームの世界。

 

 

 

「兄さん、これは一体?」

「見たらわかるだろ? VRゲームの機器だよ」

 7月20日。通っている全寮制の中学校も夏季休暇に入り、久々に自宅に帰った私は、制服から着替える間も無く箱を押し付けられた。

 玄関からリビングルームに入って早々、VRゲームの機器(infinite Dendrogramと言うらしい)を手渡したのは、兄であるケイ。ひょろりと長く伸びた背丈に、オーダーメイドのスーツを纏っている。そしてもう大学生であるというのに、悪戯に成功した子供のようにニヤニヤと笑っている。

「そんなことはわかります。私が聞いているのは、なぜこれを私にくださったのか、です」

 再度問えば、ケイ兄さんはようやく説明を始めた。

 これは5日前発売されたばかりのゲームだと言う。cmで開発者が語った内容はどれも現行の他のVRゲームを置き去りにするものであり、信用はならないものの試しで買ったらしい。

「面白そうだから買ったはいいものの、俺はやらなければならない仕事が忙しくてな。ゲームをする暇がなさそうだ。だからといって放っておくのも勿体無い。そんなわけでお前にくれてやることにした」

 ペンドラゴン家は代々UKに根を張り、複数の地元中小企業から成る企業連合の会長を務めてきた。しかし、今は古くからの系列企業も、海外の進出してきた同業他社にシェアを奪われつつあり、かつての繁栄も翳りをみせている。未だ学生のケイ兄さんも、そういった理由から既に挨拶回りを始める必要があった。

 ただし、次期会長としてではない。

 次期会長は私。兄さんはあくまで代理人で、将来は私の秘書となる予定だ。

「すみません、兄さん。頂けるのは嬉しいのですが、私も勉強をしなければなりません。どなたか別の人へ……」

 兄の心遣いは嬉しい。しかし次期会長として学ぶべきことが多々ある現在、遊ぶ時間が作りづらい。

 断ろうとすると、ケイ兄さんは眉を顰め、

「まだジュニアハイの2年だろ。少しくらいサボっても変わりゃしない。子供は子供らしく、喜んでゲームでもしていろ。俺はこれから服飾部門と会合だ、余計な問答をする暇はない。じゃあな」

「あ、兄さん!」

 早口でまくし立て、逃げるように出て行った。扉をすぐ閉めたせいで追いかける間も無い。私は1人、どうしたらいいのかわからない機材を抱えて立ち尽くした。

「兄さん……全く」

 いつまでも制服のままで居る訳にもいかない。自室に戻り、私服に着替え、infinite dendrogramを机に置いて悩んだ。

「どうしたものでしょう」

 彼は時折、こうしてわたしを遊ばせようとする。悪意はないだろうが、困ったものだ。

 

 アルトリア・ペンドラゴンは、厳密に言えばケイ・ペンドラゴンの実の妹では無い。

 斜陽を迎えつつある企業連合を守るため、病により死期を悟ったウーサーは、次代へ望みを託すことにしたらしい。それは自身のの胤と、優秀な遺伝子を持つ卵子を用いて子を造り、幼少から教育を施すことで理想の統治者とする。余人には明かされていない計画。

 それが私、アルトリア。現在は14歳。

 長男ケイにとっては、自身の将来を1つ奪ったと言ってもいい関係でありながら、それでも口下手に愛を向けてくれている。

 こうして勉強を邪魔する理由も、私に自由にしていて欲しいからだ。

 時計を確かめれば午前10時前。家庭教師が来るのは午後2時ごろ。ケイ兄さんは時間が空くのも把握していたのだろうか。

 ゲームハードを箱から取り出す。正直に言えば、初めて見る物に好奇心が湧いたのだ。

 説明書を読み、指示の通りに操作、ゲームをスタート。

 

 

 

 そこは木造洋館の一室のようだった。毛足の長い絨毯、床から天井まで本が詰まった本棚、正面には机と、椅子に腰掛けた猫。

「ようこそー、infinite dendrogramへー」

 ゲームを起動していきなり現れた光景に面食らっていると、その猫が流暢に喋りだした。

「は、はい。こんにちは。アルトリア・ペンドラゴンと申します」

「うん、よろしくー。僕は管理AI13号で、君のチュートリアルを担当するチェシャだよー」

 自己紹介をすると、チェシャはゲームシステムについて説明を始めた。

 3種類の視界、3倍で進む内部時間、そしてその人物に合わせて変化する固有アイテム〈エンブリオ〉。ゲームはあまり詳しく無い身だが、それらが現行のVRを置いて行く性能である事はわかる。信じがたいことではあるが、サービス開始から既に5日が経ち、大きな問題も発生していないとチェシャは付け足した。

 私は素直に感嘆した。許可を得て触れた本は、紙の質感も重さも、リアルそのもの、としか言いようがない。

 早速、チェシャの誘導に従ってキャラクターメイクを行う。現在の自分を10年程成長させたアバター。背も伸び、体つきも女性らしく変化した物をベースに、髪と肌の色を白く変える。設定する視点はリアル視点。初期装備は木刀を持つ。

 アバターネームはアーサーと入力した。アルトリアの、名前の由来だ。

 こうしてinfinite dendrogramの世界へと行く寸前、聞き忘れたと言うより、説明されていなかった事柄を思いついた。

「すみません、そういえばご説明がありませんでしたが、このゲームは何をすればよろしいのでしょう?」

「ないよー。君の自由さー」

「自由、ですか?」

「そう、魔王でも勇者でも、王様でも奴隷でも、善人でも悪人でも。君の心の赴くまま、何をするのも自由」

 それは予想していなかった答えだ。自由、と、口の中で呟いた。

 なにをすればいいのか。私は……なにをしたいのか。

 

「ああ、そういえば」

 

 1つ、昔の夢を思い出した。

 旅をしてみたい。他国を巡ってみたいと、たしかケイ兄さんに語ったことがあったはずだ。

 infinite dendrogramはサービス開始から5日。ケイ兄さんがいかに忙しくとも、その間1度も調べなかったはずがない。

 知っていたのだろう。そして、覚えていてくれた。

「ありがとう、兄さん。……わかりました。それではチェシャ、よろしいお願いします」

「うん、じゃあ行ってらっしゃい。君の選択に幸あれー」

 チェシャは笑って、手を振った。

 

 

 そして……私はinfinite dendrogramの世界へ降り立つ。

 騎士であるアーサー王にあやかって選んだ、アルター王国へ。




某サイトでエンブリオの設定について質問しました。決してアイデアの盗作ではありません。


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1-2

なにぶん見切り発車かつ処女作ですので、至らぬ点もございます。
三人称を試します。


 あれから7日が過ぎた。

 王都へ入ったアーサーは、まずジョブに就くため、いくつかの施設を見て回った。冒険者ギルド、教会、そして騎士団の詰め所。

 考えた末、選んだのは、一時期習っていた剣道を活かせると見た【騎士】だ。

 なお転職の際、簡単な質問に答えて契約書にサインしただけで許可が下りたことに「ゲームとはいえこれでいいのですか政府!」と頭を抱えたりもしたが。

 家庭教師が来るまでの間にエンブリオも覚醒した。名を【不可侵幻想 アヴァロン】。形状はシンプルな装飾の鞘。エンブリオは当人のパーソナルに応じると聞く。街を眺めていただけで何に呼応したのか、興味は尽きない。

 ログインとリアルの生活をするうちに、アルトリアの1日は流れが出来ていた。

 朝は5時に起床。軽い運動をした後、朝食。10時頃まで自主学習をして12時までinfinite dendrogramへ。

 昼食の後、今度は家庭教師と共に17時まで各科目の勉強。夕食の後はこの日教わった内容を軽く復習して、入浴を済ませ、22時までinfinite dendrogramを再度プレイする。1日でログイン時間は4〜5時間ほど。

【騎士】のレベルも成長し、41となった。他者と比べてもいささか早いペース。これには当然カラクリがある。

【不可侵幻想 アヴァロン】のスキルは、触れている相手のHP、MP、SPを回復し続けること。

 狩場は〈旧レーヴ果樹園〉。適正レベル25の自然ダンジョン。虫型エネミーが麻痺や毒の状態異常を多用するのが特徴で、耐性や解毒薬を用意する必要性と得られる素材の利益が釣り合わないことから競合相手の居ない地域でもあった。

 アーサーの場合、第2形態となり毎秒5%回復するようになった【アヴァロン】のおかげで、毒の継続ダメージは余程深刻にならない限り無視できる。麻痺耐性のアクセサリーを購入するだけで誰もやる気の出ない狩場が独占できてしまった。

 しかし入れ食いの状況も長続きはしない。

「そういえば伸びが悪くなってきましたし……場所を変えますか」

 レベルの上昇による必要経験値の増加。自身も他の街に興味があった事から、アーサーは河岸を変える事にした。

 腰に佩いた剣と、買って間もない皮鎧。アイテムボックスの回復薬その他。わずかばかりの手荷物を確かめながら街を歩く。

 向かう先は南のギデオンだ。間にはサウダ山道とネクス平原が広がっている。王国でも有数の大都市であり、施設による決闘が盛んに行われていることから冠する名は決闘都市。次の活動地として選んだ理由も、そこでなら安価で新しい武器が入手できるのではないかとみたからだ。

 南門に着くと、infinite dendrogramにやって来た日と同じく、出入りする大勢の人で賑わっていた。門の向こうには整備された道路が延び、平原の彼方には緑に覆われた山が見える。

 リアルの時刻は午前10時50分。購入した地図によれば、ギデオンまでそう距離は無いものの、アルトリアは一度ログアウトを挟まなければならない。11時50分にアラートが鳴るよう設定をしたため、それまでは道程を楽しむことにした。

 晴れ渡る空の下、風は涼やかに森をそよぐ。鳥と虫の鳴き声を聴きながら、木漏れ日に照らされたなだらかな坂道を行く。

 実のところサウダ山道に来るのはこれが初めてのアーサー。低レベルの時代は主に北のノズ森林と東のイースター平原で、レベル15になってからは旧果樹園でレベリングを行なっていた。それ以外は王都の散策を中心に過ごしてきた。

 ノズ森林もイースター平原もそれぞれに魅力ある風景だったが、ここサウダ山道もまた素晴らしい。穏やかな日差しの下、清浄な空気に包まれて、心が洗われるようだ。中腹に至り、一休みに眼下を望めば、遠くに王都アルテアの街並みが見えた。

 こんなに良い場所ならば、もう少し早く来てもよかったかもしれない。柔らかな心持ちでそう考えたところで、終了時刻を告げるメッセージを受け取り、ログアウトした。

 

 

 

 リアルの天気はデンドロ内とは正反対だった。曇った空、夏だというのに冷えた風。涼しく過ごせるのはいいが、ゲームと現実の気温差に背を震わせた。

 12時となり、昼食を報せに来た女中とともに食堂へ。パンやスープを摂りながら、今日の授業内容を頭の中で確認した。

 今日は学校の授業の復習と応用、及び経営学。ただし経営学とは言うものの、未だハイスクールにも通っていないアルトリアが受けるのは基礎中の基礎でしか無い。

 経営学の講義について、アルトリアは嫌っていないものの、複雑な感情を抱いていた。家庭教師の表現は婉曲だが、鋭く重く現状を突きつけてくるのだ。

 現実は厳しいのだと分かってはいる。直視しようとと覚悟もしている。が──。

 食事が終わった後、トイレを済ませて自室へ戻る。デンドロへとログインする前に教材の用意はしてていたため、僅かな待ち時間に自分の小遣いで買った本を読む。未だ起こる宗教間の軋轢についてを各々の視点で綴った本。

 やがて教師のジョージ・マリンが扉の外からノックし、アルトリアはページに栞を挟んで棚へ仕舞った。どうぞ、と返して招く。

 教師のジョージ・マリンは、白髪の目立つ年齢でありながら何処か軽く、他者と分け隔てなくフレンドリーに接する。時に子供のように無邪気な、それでいて何処か底知れぬ老人。

 中学校の授業のおさらいをして、午後4時。ここからが経営学となる。

 ジョージは遠回りに言う。多くの人を背負うリーダーは、時に冷徹に、部下を切り捨てなければならないと。

 アルトリア・ペンドラゴンは同意している。数百、数千の生活を負う以上、時として数十の犠牲は納得しなければならない。でなければより多くの犠牲を払うこととなる。

 切り捨てられる側にも苦しみはあろう。

 全て……そう、『全て』を救い上げるのが理想だろう。

 だがそれは叶わない。どれだけ腕を広げようと、どれだけ人と手を繋ごうと、溢れるものが必ず出る。

 

 重責、結構。担う決意はとうにしている。

 それは父たるウーサーの遺志からではなく、自身の心から生まれた感情ゆえに。

 ああ、でも──。

 

 窓の外、曇天はまだ晴れない。

 

 

 

「くぅ……やはりこのくらいの天気の方が気分はいいですね」

 アルトリア……アーサーはログインしたサウダ山道で、背をぐっと伸ばして呟いた。

 現在、リアルは午後8時。夕飯を摂り、自習の後シャワー浴び、再びinfinite dendrogramへ。時間加速のためこの世界ではまる1日経ったことになる。

 サウダ山道は前回のログアウトの際と同じく快晴。温暖な陽光と微風が快い。それはそれとしてリアルとゲームでこれだけ体感気温が違うと、健康は心配になるが。

 現状確認のために地図を取り出した。ギデオンまでの道のりはおおよそ半分まで来た所か。これならば着いた後、寝る前に暫く街を観光する時間が残るだろう。アイテムボックスに地図を仕舞った後、意気揚々と歩き出した。

 山頂を少し降りた所で奇襲を仕掛けてきたリトルゴブリンを斬り、以降特に問題無くネクス平原に着いた。

 膝丈に広がる草原、大小の丘。高い位置に日が登っており、予定通りの進行が出来ていると満足する。

 アーサーはそこで簡易ステータスを見た。アバターがもうすぐ空腹状態になると告げていて、アイテムボックスからサンドウィッチを取り出して、はしたないと思いながらも二個三個と摂取しながら歩いて行く。

 視線の先に城壁が見えると、アーサーの足は知らぬうちに速くなった。

 ギデオンに近づくにつれすれ違う馬車が増える。商人や護衛に挨拶を交わし、早足で追い越して行く。

「……ほう、これは」

 やがて大きな門をくぐり、ギデオンへ入ったアーサーは感嘆の溜息を漏らした。

 ギデオンの雰囲気はアルテアとは大きく違った。道端では芸人や露天商、あるいは商店の呼子が大声でアピールし、それに負けない声量で野次や歓声が響いてる。あたかも祭日のようだが、聞いてみればどうやら一桁ランカー同士の決闘が行われるらしい。

 踏み入れるとあまりの人の波に右へ左へ押し流されて、たまらず脇道へと逃げるように駆け込んで行った。

 アルトリアは祭りというものに興味を持ちながらも、今まで数えるほどしか参加したことはない。慣れない身でいきなりこの熱狂は少々早かったみたいだ。

 裏道を奥へ奥へと進む。遠くに人々の賑わいを聴いている今の状況こそ、アルトリアは心が和んだ。

 しばらくして再び表の道へ出た。どうやら決闘が開催される地区から抜けたらしい。こちらにら冒険者向けの宿泊施設が多く軒を連ねていた。

 丁度いい、とアーサーは目についた宿へ足を向けた。活気に当てられて少しばかり疲れた。本来ゲームを中断する予定時刻より10分ほど早いが、今日はもうログアウトすることにした。

 受付に聞くと、丁度一部屋空いていると案内された。鍵を受け取り、入室。

 剣帯と皮鎧をアイテムボックス仕舞い、棚に置く。

 窓の向こうには働く住人達の活気が見て取れた。

 明日からはここで活動する。街並みをしばらく見つめて、アーサーはログアウトした。

 



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1-3

 彼女の背は170ほどか。白銀の髪が朝日を浴び、きらきらと輝く。

 鋭い目付きはの奥には穏やかな色が見えた。

 きっと自分は、この出逢いを地獄に落ちても忘れない。

 

 

 

「これで、5体目!」

 大きく踏み込み、剣を鋭く一閃。

 断末魔は無かった。

 振るった刃はアーサーの最大の威力を叩きつけ、相手を両断。ドロップアイテムを残して光の塵と消えた。

 ギデオンへ来た翌日、ログインしたアーサーは早速ギルドへ向かい、討伐依頼を受注した。

 対象は歩き葡萄を5体。それ以上は討伐数に応じて報酬が加算される。

 歩き葡萄とはその名の通り葡萄の木のエレメンタルだ。攻撃は葡萄の実を飛ばすだけだが、その甘い香りで周囲のモンスターを呼び寄せるという、危険性の高いモンスターだ。

 しかし歩き葡萄自体に大した戦力はない。奇襲によって反撃する間も無く、あるいはモンスターが集まる前に倒してしまえば割りのいい報酬を得られる。

 ゲーム内時間で30分ほどネクス平原を回り、サウダ山道の近くまで来たこの時点でノルマ達成。ドロップアイテムの葡萄を食べて一息つく。

 ふと見渡せば平原のそこかしこで他のマスター達が戦闘していた。

 燃え盛る大剣でゴブリンと斬り合うモヒカンの男性。

 狼の群れと戦う少女達。

 一際目立つのは奇怪な出で立ちの三人組か。

 鎖を振り回す青年は何故か半裸にコート。相対するのはハルバードを担ぐ二足歩行の犬。側では赤い外套の青年が周囲を警戒している。

 半裸の青年の攻撃を犬が防ぎ、時折反撃する。模擬戦の最中だろうか。

 どう見てもネタキャラ集団だが、立ち居振る舞いは熟練のもの。初日からプレイしていたか、リアルで武術を習っていたのかもしれない。

 グッと背を伸ばし休憩を終える。あとは帰還しながら、その途上で歩き葡萄を数体倒してクエスト達成とする。

 残りの時間、ギデオンで何をしようか。簡単な依頼をもう一度受けるのもいい。それとも商店街で武器、防具を新調しようか。

 剣の状態を確認すれば、薄い傷が目立つようになってきた。予備を買って置くべきだろうか。商店巡りで決定だ。

 探索しながらの帰路、歩き葡萄は頻繁に見つかった。依頼書の備考欄には『目標は大量発生中のため注意』とあったが、これは確かに多い。

 ギデオンまではあと500メートルほどの地点。小高い丘で発見されないようにしゃがみ、周囲を索敵した。

 ほんの少し離れた位置に歩き葡萄が2体。比較的大柄で、今まで倒した個体と比べるとやや体力がありそうだ。時間をかければそのぶん周囲のモンスターが集まるだろう。

 合計ですでに9体を撃破している。安全を考えれば無視してもいい。

 しかし、アーサーは立ち上がり、2体へ向けて駆け出した。

 第1の理由は、単純に放置出来る相手ではないこと。

 第2の理由は、レベル50を目前ととした現在の自分にどれだけの力があるのか試すため。

「スピードアップ」

 走りながら呟くと、アーサーの動きが加速した。

 右手の指輪は王都で購入したマジックアイテムだ。秒間SPを1消費することで、AGIを10%上昇させる効果がある。

 そしてエンブリオのスキルが相乗効果を生む。【アヴァロン】の秒間回復量が装備の消費量を上回り、永続的なバフを可能とした。

 歩き葡萄達がアーサーに気付く。反応が早い。応戦に放たれた葡萄をあえて掴み取り、握り潰した。これでモンスターが寄ってくるが、それも一つの目的だ。

 手前の歩き葡萄へ接敵と同時にアクティブスキルで一撃。振り回される枝を避け通常攻撃を連続して叩き込む。最後は半ば体当たりするかのような斬撃で致命の傷を与えた。

 光の粒子となるのを見届ける時間が惜しいと、即座にもう片方へ向かう。この時点で視界の隅にモンスターの群れが見えた。

 同胞を倒したアーサーを危険とみて、残る片方が背を向けて遁走する。

「逃すか!」

 アイテムボックスから取り出したのは、リトルゴブリンのドロップ品でもある石器の短槍だ。

 勢いをつけて投擲。狙い違わず突き刺さって、動きが鈍ったところを背中から斬る。なおも逃げようとするのを一気呵成に撃破。

 短槍を引き抜き、風を切って飛来する矢を回避。40メートルほど先のゴブリンアーチャーが次弾を構えていた。狙いを定められないようジグザグに走りながら、集まってきたモンスターの群れへ突撃する。

 先頭はティールウルフが2体だ。飛び掛かってきたところをすんでで見極め、すれ違いざまに首を断つ。続く2体も胴を槍で貫き、頭を割る。

 短槍が抜けなくなったが、死体が塵になるのを待つのが惜しい。放置し、剣を両手持ちに。

 横合いからゴブリンウォリアーが棍棒で殴りかかってきたのを、アーサーはあえて剣で受け、鍔迫り合いにもちこんだ。

 視線を巡らせる。ゴブリンは棍棒で武装するウォリアーが3体、アーチャーが1体。

 矢の弾道が常に敵同士で重なるように、ウォリアー達とアーチャーの位置を調節する。

 ウォリアー達の連携は上手いが、ステータスはギリギリでこちらが上回る。

 大きく振りかぶった所に全力で飛び込み、ショルダータックルで後方の敵に吹き飛ばした。

 2体がもつれ合い、これで実質1対1。慌てて大振りになったゴブリンの胴を断つ。さらに味方を失い、浮き足立つ2体をそのままの勢いで撃破した。

 残るはアーチャー1人……もはや敵ではない。遅過ぎる逃走を始めようとしたのを背中から斬る。

 ほんの1分ほどでモンスターの群れを全滅させたが、油断せず周囲を睨む。

 数秒の静寂。増援が無いのを確認したアーサーは、ここでようやく剣を【アヴァロン】に収めた。

 完勝だ。得られた戦闘能力に満足感とともにうなずき、

 

 ──直後に、左側からの強烈な衝撃に吹き飛んだ。

 

 突然のことに思考が停止し、受け身を取ることもできないまま地面を跳ねてゆく。

 立木に叩きつけられて停止するまでに20メートルも転がっていた。

 何者かの攻撃とわかるが、一体どこから? 困惑しながらも立ち上がろうとして、力なく膝を落とした。

「──ぁ?」

 左半身に違和感がある。身体を見下ろし、余りの惨状に後悔した。

 皮鎧が裂け、左脇腹に肉が見える程の深い裂傷。大腿は青黒く大きい内出血。

 特に重篤なのは左腕。肘から千切れて骨が露出していた。

 簡易ステータスウィンドウには数えるのも億劫になる傷痍状態異常が記されている。左大腿、肋骨、鎖骨骨折。左肺、胃損傷。左前腕喪失。その他。HPが数パーセント残っていたのがむしろ不思議だ。

 何とか前方を、先程まで立っていた地点を見ると、居た。

 薄膜が剥がれるように透明化が解除される。現した姿は体長約3メートルのトカゲ。頭上に表示された名前に驚愕した。

 カメレオンバジリスク。付近にある森林地帯の、さらに深部に生息する、この辺りに居るはずのない強力な亜竜級ボスモンスターだ。

 カメレオンバジリスクはのしのしと近づいてくる。高いSTRと透明化による先制攻撃で仕留めるスタイルゆえ、AGIが低いのだ。

 逃げようと這いずるが、彼我の距離はどんどん縮まる。

 なんとかしなければとあがくのはデスペナルティーを嫌ってではない。低レベル地帯に危険なボスモンスター。早くギルドに伝えなければ被害が増える。

 しかし悪あがきは続かなかった。

「ここまでか」

 振り返るともはや数メートルの位置まで接近されていて、鋭い歯の1本まで数えられた。

 タダで死ぬことはできないと剣を抜く。

 せめて道連れにする。狙うのは比較的柔らかそうな眼球と、その奥の脳。

 いざ、と神経を集中し、

 今度はカメレオンバジリスクが真横から攻撃を受ける番になった。

 最初にハルバードが飛来しての横腹を打つ。さらに大木槌、手斧、棍棒、分銅付きの鎖。

 重量級武器の乱打に徐々に後退するカメレオンバジリスク。ENDの高さもあって目立ったダメージにはならないが、鬱陶しそうに唸っている。

「……これは、なにが」

 状況の変化に戸惑うアーサー。

 一先ず離れようとすると、手脚の力が抜けた。

 HP切れではない。ならばなぜ? 

 指先さえ動かないほどの脱力。未だ未体験の現象。

 弱々しくもがいているうちに、アーサーの意識は暗闇へと落ちていった。



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1-4

 いつの間にか、アーサーは真っ暗闇の中に立っていた。

 ここはどこだろう、と思って、すぐに【ヘルプ:気絶・強制睡眠】の項目を思い出す。早く街に報告したいのだが、これではどうしようもない。

 気絶の寸前、誰かが助けようとしてくれていた。人数も練度もわからないものの、カメレオンバジリスクのAGIは2桁しかないため、最悪自分を放って逃げてくれるだろう。

 そう判断して、デスペナルティーか覚醒か、この空間から出られるまで待つことにした。

 

 

 

 草原の一角に、3人の人影があった。

 青いロングコート【絶界布 クローザー】を纏う【狂戦士】フィガロ。

 背中が赤い狼の着ぐるみ【すーぱーきぐるみしりーず ふぇいうる】に包まれた【重戦士】シュウ・スターリング。

 2人は激しい攻防を繰り広げていた。フィガロの放つ鎖分銅をシュウが防ぎ、鈍足の代わりに破壊力のあるシュウのハルバードをフィガロは紙一重で躱わす。

 もう1人は、

「シュウ、フィガロ。そこまでだ。感想を聞かせてくれ」

 赤い外套を纏う青年だ。髪は白く、肌は浅黒。エンブリオ【征炎器官 カンショウバクヤ】の両腕置換の性質もあって、袖口から覗く両手は白と黒のマーブル模様になっている。名はシロウ。

 この3人、なにを言おう先程アーサーが『奇怪な服装』と評価した、模擬戦の3人である。

「僕の鎖分銅はすごくいい感じだ。重さも扱いやすいし、射程延長もいいね」

『俺のハルバードも文句なしだワン』

 2人のそれぞれの返事に、武器の製作者でもあるシロウは満足気にうなずいた。

 

 シュウとシロウの付き合いはゲーム開始にさかのぼる。ある事情で初期資金をほぼ全て使い切り、肩を落として歩いていたシュウに、シロウが声をかけたのが始まり。

 金欠に困っているシュウと、武器生産のエンブリオを持つシロウ。2人はしばらくチームを組んだ。シュウが集めた素材を【鍛治師】に就いたシロウが武器にする需要と供給の相互関係である。

 その後、事件に巻き込まれたシュウが、そこで出会ったフィガロを連れて来たことで、3人は友人となった。

 

 新作武器の試運転を終えた3人は、現在ギデオンへの帰路についていた。

 草原を吹く風を浴び、時々見えるマスターの戦闘風景を評論し、あるいはギデオンの飲食店の情報を交換する。

 その中でも話題になったのは、シュウがまた巻き込まれたある出来事だ。

「それにしても、シュウ。本当に運が無かったな。ゼクスだっけ? その指名手配のマスター」

「第三王女誘拐って、ゲームだと思っていたとしても、よくやるよね」

『ホント困ったワン。アイツのせいで新調した武器は壊れるし、回復アイテム使い切るし、散々だワン』

 シロウの発言に、シュウは憤懣やるかたないといった様子で返答した。これは今回、シロウが初めて無料で武器を作った理由でもある。

 というのもこのシュウ・スターリング。一週間前にはUBMとの戦闘で木槌を紛失したばかりで、先日は凶悪な犯罪者マスター相手に立ち回ってまた武器を失った。あまりに惨事が続くものだから、少し哀れに思ってしまう。

 相手の特徴については既にアルターのみならず他国にまで知れ渡っている。

 ゼクス・ヴュルフェル。黒髪の成人男性。幼い第三王女を誘拐。力のない子供を相手にしたのは許しがたい。シロウも見つけ次第監獄に送るつもりでいる。

 下手人の戦法や予測される戦術を3人で考察する。全身スライム化エンブリオ。壁の亀裂を通られるかもしれない。属性攻撃がないと厳しい、など。

「……ん?」

「有効なジェムは高価でだから数を揃えるのが難しい。ブレイズアックスみたいな……シロウ、 どうかした?」

『なにか見つけたワン?』

「ああ、あれだよ。見えるか?」

 会話の最中、ある一点を見つめて立ち止まったシロウに、残る2人が問いかけた。

 指差した先には2体の歩き葡萄と、それに突撃する白い髪の女性。

「クエスト中かな」

『あ、葡萄握り潰した。あれ腕試しのつもりワン?』

「だろうな。危なそうだったら止めよう」

『同意ワン』

「僕は待ってるよ」

 この辺りのモンスターであれば、レベルによっては数的不利で押し潰される。

 シュウはハルバードを地面に突き立て、アームズのエンブリオ【バルドル】を呼び出した。進化段階毎に大砲、ガトリング、トーチカと変化するエンブリオで、今回はガトリングを使う。大砲、トーチカは集まるモンスターの群れを相手するのに不向きなためだ。

 シロウもまた弓矢を装備した。【鍛治師】の他、自力で素材を得るために【戦士】を取っているので、ある程度の戦闘は出来る。

 体質的な問題でパーティープレイの不得意なフィガロを除き、いつでも援護出来る体制が整った。

 しかし、すぐに無用の心配だと悟った。

 大柄でレベルが高めの歩き葡萄へ先制攻撃、振り回す枝を全て回避しながらの連撃、トドメの一撃。

 一連の流れはどれも力押しだが、雑ではない。土台の上に確立した剛剣だった。

 死角から放たれたゴブリンの矢も直感で回避してみせた頃には、既に3人とも観戦ムードになっていた。

 フィガロ以来の逸材だとはシュウの評価。

 この人と闘ってみたいとはフィガロの期待。

 綺麗な剣捌きだとはシロウの感嘆。

 1分程で集まったモンスターをも全滅させた女性へと、声をかけることに決定したのは3人全員だった。

 シュウも【バルドル】を紋章に戻し、揃って彼女の元へ歩き出し、

 

 直後、何者かの不意打ちに20メートル近く吹き飛んだ。

 

「フィガロ、彼女を頼んだ!」

「わかった、シュウ!」

『気にせず先行け!』

 相談は一瞬。フィガロとシロウが、シュウを置いて駆ける。

 シュウ・スターリングはSTR極と呼ばれるステータス傾向。下級職1つをカンストし、2職目の半ばに差し掛かった今でもAGIが101しかなく、2人については行けない。

 フィガロは装備のいくつかを解除、AGI補正を受けられるズボンと鎖分銅、指輪1つを残して半裸になり、彼のエンブリオ【コル・レオニス】の装備品強化によって速度を上げた。

 女性は辛うじて生きており、どうにか逃げようとしている。

 助けたい、と思うが、遠い。

 現れたカメレオンバジリスクは鈍足でこそあれ、STRとENDは低くとも2000を超える。矢では軽過ぎて止められない。

 シュウの【バルドル】なら、と考えたがすぐに否定した。大砲は低速弾のため当たりそうにもない。ガトリングは命中精度が低く、この距離では女性を巻き込む。トーチカの砲弾も、今の女性の状態では着弾の衝撃余波だけで死にかねない。

 間に合わない。ボロボロの女性はもはや相討ちを狙う体勢になっていた。

 シロウの脳裏に過るのは無残な死体だ。潰れ、千切れ、こぼれ、光のない瞳が虚空を見ている。

 ──俺では助けられないのか。

 焼け、焦げ、形を崩した屍の山河。

 それをどうにかしたくて力を求めたのに。

 

 カメレオンバジリスクの横腹に、見覚えのあるハルバードが直撃した。怯んだところへさらに続々と武器が投げつけられる。

 シュウだと察した。高STRを利用した投擲。これならば巻き込まない。

 まず辿り着いたのはフィガロ。気絶した女性にすぐさま回復薬を振りかける。2つ3つ、大量に。

 そしてシロウはカメレオンバジリスクとの間に割り込み、双剣を構えた。

「フィガロ、どうだ?」

「部位欠損はどうにもならないけど、ちょっとずつ回復はしてるよ」

「なら、ちゃんと守らないとな」

 シロウは感情を改めて言葉にし、投擲が終わって自由になったカメレオンバジリスクへ突撃した。

 無論、こんなに硬い相手を正攻法で倒すつもりはない。

 当たれば身体が千切れ飛ぶ威力の攻撃を躱し自身に注意を向けさせる。フィガロが女性を安全域へ運ぶのを待ち、シュウが持つ最大威力の一撃で仕留める。

 フェイントで空振りを誘う。横へ回って適度に切りつけ、再度離れる。鋒を地面に刺し、土を飛ばして目潰しとする。

「シロウ、こっちはもういいよ!」

『聞こえるかシロウ! 俺も完了だ!』

 2人の合図を受けた。時間稼ぎ終了。

 双剣を、顔面めがけて投げつけた。眼を狙われ、反射的に硬直するカメレオンバジリスク。

『喰らえ!』

 大砲型の【バルドル】から発射された光弾が、防御姿勢へ横から突き立つ。

【バルドル】第1形態のスキルはストレングスキャノン。STRに応じたダメージを与える必殺砲。

 倍率は第3形態まで進化した現在、シュウの特化したSTRを15倍に増幅して撃ち出す。

 着弾点からカメレオンバジリスクは木っ端微塵に吹き飛んだ。

 しかしシロウもシュウも肩の力を抜かない。カメレオンバジリスクは複数で行動しないが、今は本来の生息エリア外に出現している状況だ。用心にこしたことはない。

 シュウが【ふぇいうる】のスキルで影狼を生み出し、周囲を索敵させる。

 しばらくして本当に安全を確認できるまで、2人とも武器を構えた続けていた。

『クリア。最低でも影狼に見つかる所には誰もいねえ』

「よし。じゃあフィガロの所に行くか」

 報告を受け、並んで歩き出す。互いをカバーし合う位置どりは慣れたものだ。

『俺は見ていないけど、大丈夫だったワン?』

「……部位欠損だってさ」

『まあ相手を思えば運はいい方だワン』

 回復魔法で欠損を治そうとするとカンストヒーラーが複数人掛かりの作業となる。時間も金銭も掛かるため、デスペナの方が手っ取り早いだろう。

 しかし2人とも、最後まで抵抗していた白髪の女性がその方法を取るとは思えなかった。

 これからさぞ苦労するだろう。なんなら少し手を貸そうか。大きなお世話じゃないか? 話し合いも半ばで、フィガロの姿が見えてきた。

 しかし様子がおかしい。差し迫った雰囲気は無いが、珍しく戸惑っているようだった。

『フィガ公、どうかしたワン?』

 問われたフィガロは眉を寄せ、言うべきか迷った後、横たわる女性を指し示した。

『……これは』

「何が……」

 両者二の句が継げない。

 美しい女性だ。

 白い髪と肌はアルビノに近い。胸は些か盛り過ぎに思うが、それ以外のバランスは良い。一から造形したとしても、フィガロの様に自分をベースにしていたとしても、それぞれに感心する。

 だか問題はそこに無い。

 彼女は無傷だった。完全に。

 肉が露出していた脇腹も、青アザに覆われた太腿も、小さな傷も。──千切れていた左腕も。何事もなかったかのように滑らかな肌を見せている。

 市販の回復薬に、欠損を治療する力は無い。戦闘専門のフィガロにも、そのエンブリオにも無論のこと。

「……傷口が少しずつ盛り上がって、最後にはこうなったんだ」

『この短時間でか。上級カンストより強力な回復だな』

「どっちでもいいよ。取り敢えず治ってよかった」

 感想は三者三様だが、安堵は共通していた。

 とくにシロウは喜びが深い。

 助かってくれた。助けることができた。

 それはシロウにとって、とても重大な──。

 

 ここはまだモンスターの出現範囲にある。またいつ襲われるかわからない場所にはいられない。

 今度はシロウが女性を背負った。シュウはガトリングを構え隣に立つ。フィガロは武装を整え、先行して露払いをする。

 陣形……と言うにはフィガロがかなり離れることとなるが、とりあえず整ったと言えなくもない。

 走り出すフィガロを見送り、シロウとシュウはギデオンへとゆっくり戻った。

 

 彼女が目を覚ましたのは数十分後のことだ。




自己解釈①フィガロが狂戦士。フィジカルバーサークを持っていたから。
②カメレオンバジリスク。レッサーが居るなら多分居る。亜竜級は捏造。STR・END2000オーバー、AGI40〜90。個体によってはもっとタフ。
オリジョブ【重戦士】『アクセサリー以外の防具装備枠を全部使う防具』と『両手の武器装備枠を使う武器』に補正がかかる。着ぐるみも対象。成長はSTR・END特化。

指摘を受け、改行後一文字開ける様にしましたが、表示がうまく変わりませんでした。
8月18日シロウの心情描写追加。


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1-5

遅れて大変申し訳ございませんでした。


 覚醒は水面から浮上するようだ。ゆっくり目を開くと、青空や草原ではなく、天井と壁が見えた。

「目が覚めたか?」

 低く穏やかな声。

 顔を向けると、椅子に座った男性がこちらを見ていた。

 褐色の肌と白い髪、背丈は190前後だろうか。白黒マーブルの手の甲には炎と歯車の紋章。マスターの1人だ。

 前後で変化した状況に少しばかり戸惑いながら、男性に問う。

「……失礼、貴方は? それにここは?」

「はじめまして、俺はシロウ。ここは冒険者ギルドの仮眠室だ。気絶した君を仲間とここに連れてきたんだ」

「はじめまして、シロウ。私はアーサーです。助けてくださりありがとうございます」

 いつまでも寝転がっていては無作法だ。上体を起こして、シロウと視線を合わせる。

 彼の瞳に一瞬おかしなな色が浮かんだ。深い安堵、そして喜びだろうか。

 疑問を覚えたが、その色はすぐに消えてしまった。今度は申し訳無さそうに眉を寄せ、ついでに頬を染めて、そばのテーブルを指す。

「悪いアーサー。勝手に装備品を外した」

 そこにはアイテムボックスと納刀した【アヴァロン】、そして無残な残骸と化した皮鎧が並べられていた。大きく裂けた皮鎧を見ると、よくもまあ生き残ったものだと感嘆する。

「横になるのに邪魔だろうなって」

「構いませんとも。ああ、でもこれは……」

 もはや修繕不能。予想外の出費にため息が出そうになる。買い替え時期の剣と合わせていくらかかるだろうか。

 残念そうにしたアーサーに、シロウは何故か深々と頭を下げた。ごめん、と言って、

「もう少し早く出られればよかった」

「いえ、頭を上げてください! あれは私の責任です」

 責めた訳でもないのに謝罪されむしろ困惑してしまう。

 俺が、いや私がと言い合い、どうにか自己責任として納め、ようやく話題を変える事ができた。

「私が気絶している間の事を聞かせてください」

 シロウの説明を纏める。

 アーサーが気絶した後、仲間の2人(それぞれシュウ、フィガロという名前)とともにカメレオンバジリスクと戦闘した。フィガロがアーサーの回復と避難を担当、シロウはカメレオンバジリスクを足止めし、シュウが倒した。

 その際フィガロは下級回復薬しか使わなかったが、部位欠損が治ったらしい。

「すごいな。やっぱりエンブリオの効果か?」

「……心当たりは、あります」

 思い出すのは数日前のこと。ネットのインフィニットデンドログラム掲示板で自分のエンブリオがどれほどの性能を持っているのかを調べた事があった。

 掲示板には様々な人種が集まる。中にはエンブリオのスキルやステータス補正、何が目的なのかエンブリオの全情報を明かす者も。

 強力な代わりにコストを要求するもの。

 多彩な代わりに補正の低いもの。

 それらと【不可侵幻想 アヴァロン】を比較して、アーサーは愕然とした。

 

 不可侵幻想 アヴァロン 第1段階

 TYPEアームズ アクセサリー5枠・防具1枠 使用

 装備補正ー(無し)

 ステータス補正

 HPー

 MPー

 SPー

 STR-20%

 END-20%

 AGI-30%

 DEX-30%

 LUK-30%

 保有スキル

 夢想の加護

 触れている対象のHP・MP・SPを回復する(毎秒3%)

 末路

 このエンブリオはアイテムボックスに入れられず、紋章に戻せない。

 

 さしたる回復『量』ではないというのに装備枠を多く要求し、ステータスに多大なマイナス補正を掛け、デメリットスキルまで有する。

 進化で多少改善されたものの、当初は「自分以外も対象にできるとはいえ弱過ぎる」と嘆いた。そのリソースが回復『効果』に当てられていたとすれば納得できる。

 エンブリオは独自性が強く、インフィニットデンドログラムもPKなど対人戦要素も含むためか、シロウは詳細を聞かなかった。

 討伐後、3人はギデオンへ帰還。シュウとフィガロはギルドへの報告に向かい、自分は怪我で気絶している人物をソファーに寝かせるのも気が引けると、仮眠室を借りてアーサーを寝かせた。

『目が覚めたワン! オッス俺シュウ・スターリング!』

「フィガロだ。よろしくね」

 報告を終えたらしいシュウとフィガロが加わる。犬の着ぐるみで、平原で模擬戦をしていた集団だと思い出した。

 現在ギデオン周辺の安全確認をクエストとして発令。さらに騎士団が、カメレオンバジリスク本来の生息地を調査するために部隊を編成中とのこと。

 一通り聞いて、アーサーは改めて3人に頭を下げた。

「重ねがさね、助けてくださった事、感謝します。危うく死ぬところでした。ぜひともお礼を」

「そんなの気にしなくていい。本当に、助かってくれてよかった」

 報酬が欲しかった訳ではないと、シロウが返答。残り2人もそれぞれの言葉で同意する。

 しかし、それで納得できないのがアーサーだった。

「そうはいきません。命の恩人に礼の1つもしないのは私の沽券に関わる。あまり金銭は持ち合わせていませんが、何でもします!」

 立ち上がり、腕を組んで言い放つ。

 三者はどうしたものか、と困ったように顔を見合わせた。彼女の表情は分かりやすく「お礼をさせろ」と主張していて、テコでも動きそうに無い。

 妙案は無いか頭をひねって、フィガロが最初に声を上げた。

「なら、僕たちとフレンドになってくれないかな? それで、たまに僕と闘技場で決闘をしたり、シュウやシロウとクエストをして欲しい」

 アーサーは首を傾げた。

「そんなことでいいのですか?」

「そんなことじゃない」フィガロが身を乗り出して否定する。

「何でも無いように聞こえるかもしれないけど、僕にとっては、決闘は大事なことなんだ」

 訴える彼の目に、深い思いの丈を見て取れた。何がそうまで言わせるのかは不明であれ、自分が迂闊な事をしたのはわかった。

「すみません、知らずとは言え悪い事を言ったようだ。それが対価になるなら私としても是非」

「いや、僕も強く言ってしまった。シロウ、シュウ、勝手に決めたけど構わないかな?」

 2人も異議を唱えず、これにて頑固者も満足した。

 メニューを開き、フレンド登録を行う。それぞれの名前が表示されたのを確かめ、4者は握手を交わした。

「ではシュウ、フィガロ、シロウ。御用があれば連絡を。強敵との戦いであれ馳せましょう」

 そう言ってアーサーは荷物をまとめる。破損した鎧をアイテムボックスにしまい、剣が折れていないのを見て鞘に収める。

「な、なあアーサー。これから予定はあるのか?」

 慌ただしく外行きの準備をするアーサーに、シロウが問う。

「ええ、森の調査隊に志願しようと。できなければ、せめて街周辺の確認クエストぐらいは、と」

 そう、何でも無いように答えて。

 

 

 

 その森は鬱蒼と茂る木々が陽光を遮り、快晴であっても気温が低い。

 高レベルのモンスター……特にカメレオンバジリスクが生息するうえに、もっと低いレベル帯に同じ木が生えている。樵ギルドの者達もわざわざ手を出さないため、間伐されずにいるのだ。

 そこにソレは居た。

 視線の先にはティアンの冒険者が9人。後衛を【盾巨人】や【剛剣士】達前衛が固める防御の陣だ。

 いずれの者もレベル250を超え高い技量を持つベテランで、この森にはギルドから発せられた調査依頼でやって来た。

「……たしかにおかしいな。これだけ探索すりゃ、モンスターの数体は襲ってくるんだが」

 中心に立つのは【大狩人】の男性である。今年45歳でレベルは400に迫り、単独で亜竜を撃破したこともあるこの一団のリーダー。手の双眼鏡で遠近を観察し、異常事態に眉をひそめる。

「そっすね。こっちが多いからってわけじゃなさそうだ。小鳥1羽見かけねっす」

「どうします? もっと奥まで調査しますか?」

「いや、もう帰還しよう。これ以上は騎士団と協力するべきだ」

 両隣りの魔法職にきっぱりと答える。

 こういったモンスターの分布変動は、この世界にはままあることだ。災害や〈UBM〉のような上位モンスターの移動で、弱い生物が逃げ出す。

 リーダーは後者、高位のモンスターが原因であると判断しているようだった。

「殺気感知に反応は無いのに背中におかしな汗が流れやがる。こりゃ、昔純竜に奇襲を受けて以来だ」

 全員に撤退を指示する。バックアタックに警戒しつつ近接職半数が先行し、それにリーダー達後衛職メンバー、殿としてもう半数の近接職。

 そうして一行は、ギデオンへの帰路に着いた。

 わずか10メテルの位置に佇んでいたソレに、最期まで気づくこと無く。




時間がかかった理由は、第1に4人一斉の会話が上手く書けなかったこと。第2に原作キャラのセリフに違和感が拭えなかったこと。他にもありますが主な理由がこの2つです。
長い休載明けでも見捨てず読みに来てくださりありがとうございます。


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