King of chicken (新藤大智)
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第一話で最終話

タグ通り色々とあれな設定ですが、頭を空っぽにして楽しんでいただければ幸いです。

それから原作重視、また王様好きの方は見ない方がブラウザバック推奨です。


 NGL(ネオグリーンライフ)自治区

 

 ヨルビアン大陸バルサ諸島の南端にミテネ連邦がある。その中の最西端にあるのがネオグリーンライフと呼ばれる国だ。

 

 この国の理念は機械文明からの解放。つまり全ての機械を捨てて自然の中で人間の営みを行っていこうというもの。それはかつて強力な伝染病が蔓延した時でさえ、自然のままにと言って国際医師団の入国を拒否するほどの徹底ぶりである。

 

 人口はおよそ200万。交通手段は徒歩か馬であり、通信手段はもっぱら手紙が主流となっている。また、着ている衣服も石油製品等は禁止であり、完全に天然素材の物でないと持ち込むことすらできない。仮に意図的に文明の利器を持ち込んだ場合は極刑すらあり得るとのこと。現に潜入取材を試みたTVクルーがいたがその内の一人は既に処刑され、残る二人も拘留中だ。

 

 ここまでが表の顔の話。NGLには裏の顔が存在する。

 

 その実態は、飲む麻薬D2の製造工場を隠し持ち、違法薬物を製造している麻薬国家でもあった。無論、NGLの構成員の大部分は表の顔に共感しているだけで裏の顔など知る由もない。極々一部の上層部が自然調和の名のもとに文明を廃棄して、自らの違法行為を行いやすくするための隠れ蓑にしていた。

 

 そんな国だからこそ、キメラアントの女王にとってはまさしくうってつけの土地だった。

 

 キメラアントは、第一級隔離指定種に認定されている非常に危険度の高い昆虫だ。非常に貪欲で凶悪な攻撃性を持つ。 この蟻は摂食交配という特殊な産卵形態をしている。簡単に言えば、他生物を食べることでその生物の特徴を次世代に反映させることが可能。この時次世代の蟻には、外見的特徴や習性などの他に前世とも言うべき記憶が残ることもある。

 

 キメラアントはただでさえ厄介な生物であるが、さらに厄介な事に種の繁栄をはかるために、より強くより栄養価の高い生物に目をつけて捕食しようとする傾向がある。各個体の中でも好き嫌いは出るが、餌として気に入った種は徹底的に喰い尽くす恐れがあり、気にいられた種は絶滅の危機に晒されることさえあった。そのことから別名グルメアントとまで呼ばれていたりする。

 

 人を喰らう事例も報告されているが、基本的にキメラアントは普通の蟻よりも多少大きい程度の個体が殆どだ。故にそのような事態が起きることは本当に極稀なことである。だが、仮にキメラアントが何の問題もなく人を食える大きさになってしまったらどうなるだろうか?

 

 答えは簡単。そこかしこに居て栄養価の高い人間に目を付けない訳がない。常識では考えられないが、体長2メートルを超えるキメラアントの女王がNGLに流れ着いていた。

 

 女王がここまで大きくなった原因は不明。突然変異なのか異常気象による生態系の変化なのか分からないが、重傷を負いつつも、流れ流され辿り着いた場所はNGL。そこで彼女は人間という好物を見つけてしまった。グルメアントとも呼ばれる彼女はすぐさま人間を大量に連れて来るように、産み出した下級兵に指示を出す。

 

 結果、誰一人残らず消え去ってしまう村が続出するも、通信手段がほぼ手紙だけということもあって異常事態に気が付く手段がなかった。いや、仮に誰かが異常事態に気が付いても自然のままにで終わってしまうかもしれないが。

 

 もし、これがV5のような現代国家であったならばこうはいかない。行方不明者が出れば通報が入り、捜査が開始され直ぐに異常に気が付く。犠牲者はある程度出るだろうが、比較的初期の内にハンター達や現代兵器で処理されて終わっていただろう。

 

 だが、NGLの環境がキメラアントを育てるのに絶好の揺り篭となった。純粋に自然の中で生きている人々は碌な抵抗手段もなく、村単位で次々にキメラアントの餌として生きながら巣に運ばれて王を産み落とすための栄養源にされていく。上層部は銃火器による武装により多少は抵抗できたものの、生来のスペックの差と物量により圧倒され、結局は同じ運命を辿ることとなる。

 

 上層部の死亡により、キメラアントによる蹂躙はますます加速。幾人かのハンター達が異変を察知して調査に乗り出すが時すでに遅し。雑兵や兵長クラスならばまだ勝ち目はあったものの、師団長クラスであれば勝ち目は薄く、王直属の護衛軍には成す術もない。女王の食欲は留まるところを知らず、我が子に栄養を注ぎ込むために一日に数百もの人間を食し、最終目標である王の誕生の時が間近に迫っていた。

 

 女王は肥大化した腹を慈しむように撫でながら思う。我が子はきっと世界の頂点に立つ。それは過去を思い出すがごとく鮮明なビジョンで女王の脳裏にイメージされていた。

 

 その予感はある意味で正しかった。女王の期待通りに王は世界の頂点に立つことになる。しかし、またある意味において女王の期待は裏切られる事にもなるとは、この時はまだ知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギィィィ──!!!?』

 

 

 それは女王の悲鳴と共に始まった。

 

 尋常ではない叫び声を聞きつけて、巣にいたキメラアントたちはすぐさま女王の下へと駆けつける。そして、何が起ころうとしているのかすぐさま把握する。

 

 待望の王の生誕。

 

 女王が何よりも待ち望んだ瞬間は、しかしあまりに早く訪れる。出産予定はまだ先であると言うのに、王はあろうことか女王の腹を破って無理やり出てこようとしていた。

 

『待って、まだ早っ───』

 

 女王は予想外に早い王の誕生に。焦りを見せる。決して自分の身の心配をしての事ではない。腹を破られて死のうが、王が無事に生まれてくるのであれば自分のことなどどうでもいい。心配していることはただ一つ。早産によって王の体に何らかの不具合が生じることだけだった。種族は違えど親が生まれてくる子の健康を願うのは、人もキメラアントも変わらない。

 

「黙れ」

 

 しかし、そんな思いを一蹴すると、王は無造作に腹を突き破りその姿を現した。その様子を周囲の師団長達は、ただただ唖然として見ていることしか出来ない。いや、そればかりかキメラアントという種として王の誕生を喜ぶべきであるはずなのに、何故か薄ら寒い悪寒を感じてしまう。例外は護衛軍のみ。

 

 現れた王は、一見して小柄な人間のような風貌をしていたが、やはりキメラアントというべきか、臀部から鋭い針の付いた尻尾が人ではない事を示している。そして何より、その身に纏うあまりにも莫大かつ濃密なオーラが彼をキメラアントの王であると証明していた。

 

 生れ出た王は、傲慢とも思える尊大な態度で周囲をゆっくりと見渡す。そして、死に体となっている女王に目を向けた。

 

「余を生んだこと褒めて遣わす」

 

 投げかけられた言葉には暖かさの欠片もない。どこまでも傲慢な言葉。

 

「だが、貴様はもう用済みだ。余の糧となることを光栄に思うがいい」

『あぁ………ぁ………』

 

 そして、そればかりでなく、あろうことか女王を“喰った”。正確に言えば尾の先端に付いた針を女王の首に突き刺し、オーラや生命力そのものを喰らったのだ。

 

 喰えば喰うほど強くなる能力。

 

 それこそ王が生来持つ念能力。キメラアントという種の王として、これ以上に相応しい能力などありはしない。オーラを根こそぎ吸収された女王は、瞬く間に干乾びてしまう。そして、それとは逆にただでさえ莫大な王のオーラはさらに力強さを増してゆく。

 

「………な、何故、女王様を!?」

 

 絶句する周りを余所に、いち早く正気に戻ったペンギン型のキメラアント、ペギーが叫ぶ。キメラアントの中でも同族食いに対する禁忌の感情は存在している。ましてや生みの親たる女王を食すなど想像の埒外であり、どうしてこのような事になったのか理解できなかった。

 

「用済みだと言ったであろう。二度言わすな」

 

 それに対する返答は尻尾での一撃と共に返って来た。ペギーは腹部に違和感を覚えて視線を下に向ければ、針が突き刺さっているのが見える。そして僅か一秒にも満たない時間で女王と同じ末路を辿ることとなった。女王を助けるべく動こうとしたキメラアントは他にも存在したが、ミイラになったペギーを見てそのまま動き出せる者はいなかった。

 

 暴虐の王。

 

 純粋な暴力を以って世界の頂点に立つであろう王の誕生に護衛軍は歓喜の感情を抱き、一方で護衛軍ほどの忠誠心を持ち合わせていない師団長達は戦慄の表情を浮かべる。いや、もはや恐怖を抱いたといってもいい。少しでも機嫌を損ねれば捕食される。正常な思考を持っていればその事実を前にして恐怖を感じるのも無理はない。今までは捕食する側だった自分達が、王の気分次第で何時でも捕食される側になる。これほど理不尽なこともないだろう。

 

 師団長達は王の一挙手一投足に注目、とにかく機嫌を損ねないようにと微動だにしない。息すら最小限に留めてその場をやり過ごそうとする。

 

「………足りぬ。これでは満足に程遠い」

 

 王から出たその言葉と“獲物を狙う眼光”を向けられるまでは。師団長の全員が事ここに至って、ようやく先程感じ取った悪寒の正体に気が付いた。

 

 

 

「献上せよ。貴様らの全てを」

 

 王にとって自分以外の者は全て餌でしかない。

 

 

 

「ふ、ふざけっ───」

 

 最初に反抗の意を示したのは、師団長の中でも特に強い我を持つレオル。ライオン型のキメラアントであり、野生で王として君臨していた記憶を持つ。それ故に、いつの日かまた自らが王に返り咲くという野望を心に秘めていた。

 

 その野望が、献上せよの一言であっけなく潰えようとしている。彼の中にあるキメラアントとしての意識は喜んで差し出すべきだと言っているが、野生の王だった頃の記憶と人としての部分がそれを拒絶する。無論、実力差があることなど百も承知。だが、このまま座して喰われるのを待つくらいならばと牙を剥く。

 

 だが、

 

「王の言葉に異を唱えるなど不敬」

「ガッッ!!?」

 

 いくら覚悟を決めたところで王は疎か護衛軍の一人であるネフェルピトーにすら遠く及ばない。猫型キメラアントとして異常なまでに俊敏性に優れているピトーは、残像すら残さぬ速度で背後に回り込むと一撃で意識を刈り取り、恭しく王に献上する。

 

「ほう、中々の速度だ」

「お褒めに預かり光栄です。王に反逆した痴れ者ですが、どうぞご賞味ください」

「うむ」

「………あぁっ」

 

 レオルを喰らったことで王の圧力がまた少し増す。これで三人のキメラアントを喰らったが、しかしこの程度で満足するはずもない。レオルだった物を投げ捨てると今一度命令を下す。

 

「三度目はない。献上せよ」

「………ぅっ」

 

 師団長達は、まるで異形の何かを見る様な目で王を見る。

 

 無論、彼等も生きる為に他の生物を喰らう事はあるのでそれはいい。しかし、用済みの一言で躊躇なく生みの親を喰らい、当たり前のように部下を貪る目の前の生物に恐れを抱いてしまった。生きる為でなく、遊びとして殺しをする奴等でさえもそれは同じだった。

 

「………ぅ、うああああああ!!」

 

 そして、誰かの悲鳴を合図に師団長達は弾かれたように一斉に逃げ出す。

 

 悲鳴を上げたのが誰であるのかは分からない。もしかしたら自分かも知れないし、隣にいる奴かも知れない。恐怖と混乱でまともな思考が働かない中で分かることはただ一つ。ここにいたら喰われる。ただそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギィッ………」

「こいつで最後か」

「「「はっ」」」

 

 蟻塚を数百倍巨大にしたような巣を背景に、護衛軍の三人は王に跪く。

 

 現在、四人の周囲には万を超える夥しい数のキメラアントの死体で溢れかえっている。師団長、兵隊長、戦闘兵、雑務兵まで一匹残らず全てのキメラアントが集められ、そしてその全てが王の贄となった結果だ。

 

 強い我を持たない代わりに数だけは多い雑兵をプフが麟粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ) で暗示を掛けて集め、逃げる師団長達はユピーとピトーが死なない程度に痛めつけて王へと献上した。その結果が文字通りの死体の山である。現在生存するキメラアントは王と護衛軍の4名だけとなった。

 

「ふむ、そこそこに力は満ちたか」

 

 王は確かめるようにオーラを少しだけ解放。ただそれだけで護衛軍が気圧されるほどの莫大なオーラが溢れ出す。

 

「おおぉ!」

 

 30体近い師団長達をまとめて護衛軍一人分、さらに兵隊長以下のキメラアントをまとめて護衛軍一人分。都合二人分の護衛軍を喰らった王の力は世界最高レベル、いや、それどころか歴史上ですら類を見ない程に高まっていた。

 

 念能力者同士の闘いはオーラの多寡のみでは決まらない。念での戦闘は勝敗が揺蕩ってて当たり前。

 

 プロのハンターの間でよく言われる言葉だが、その言葉はもはや王に対しては当て嵌まらない。体調によるオーラの増減や念能力の相性がどうこうというレベルではなかった。本気で討伐を考えるのならば国家戦力が必要になるであろう力を身に着けていた。

 

 しかし、

 

「………足りぬな」

 

 まだ足りない。王は個人で国家クラスの力を手にして尚も満ち足りることがなかった。何がそこまで駆り立てるのか貪欲に力を求め続ける。

 

 故に、さらなる力を求めて目を向けるのは、目の前の三人であった。それぞれが世界でも有数の力を持つ化け物達。それを喰らえば一体どれほどの領域に到達できるというのか。V5の中どころではなく、暗黒大陸の中ですら頂点に近い存在になれるかもしれない。

 

「我らに否はございません」

「元よりこの世の全ては王の所有物」

「望むのであればこの身を喜んで王にお返しする所存にございます」

 

 跪いたままの三人は、王の視線に微動だにせず答える。師団長達と違い、護衛軍の忠誠心は何があろうとも決して揺るがない。そうなるべくして生まれて来た。例え命を差し出せと言われようとも、王が望むのであれば喜んで差し出す。

 

「しかし、恐れながら申し上げさせていただきますれば、私達の誰か一人だけでもお傍に残し───」

「いらぬ」

 

 王の言葉はほぼ全て全肯定するプフだったが、一つだけ王に対して意見を述べようとするも、セリフの途中で遮られる。

 

 決して保身から出た言葉ではなく、王の供が一人もいないのでは恰好が付かないためだ。そればかりか雑事をこなす者すらいなくなってしまう。それではあまりにも不都合であり不便。せめて一人だけでも護衛や雑務を引き受ける者がいたほうがいいだろうとの判断だった。

 

 しかし、極々当たり前の意見は王自身の手によってバッサリと切り捨てられてしまう。

 

「貴様等が糧となれば余は何人たりとも到達できぬ領域に立つことになる。さすればこの世に存在する遍く全てが自然と余に首を垂れるであろう。貴様らはその礎となり、余と共に悠久の時を生きよ」

「おおぉ………っ!」

 

 ユピーはその言葉に心酔し切った表情を浮かべる。種としての頂点を超え、この世の全ての上に立つ王。その王と自らが一体となり、役に立てる甘美な時を思い浮かべているのだろう。それは意外と単純な思考回路をしているピトーも同じようだった。我慢できないように尻尾を左右に振り、喜々として王に喰われる時を待っている。プフとしても王に身を捧げることに異論はない。王の役に立つことこそが己が使命であり、王と一体化する誘いに甘美な響きを覚える。

 

 だが、たった一つだけ小さな心残りがあった。

 

 それは、雑務兵達に暗示を掛ける為に使った麟粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ)が、王の心の奥底にある『とある感情』にほんの少し触れてしまったことによるものだ。ほんの一瞬だけ感じた感情であり、何かの間違いだと思って記憶に蓋をしたが、やはりどうしても脳裏にチラついてしまう。

 

「………王がそう仰るのであれば」

 

 しかし、プフは心残りを口に出すことなく王に身を捧げる。それを口に出すことはあまりに不敬。いや、それどころか王があのような感情を抱いているなどと思うことすら万死に値する罪だ。

 

「貴様等の忠誠心は忘れぬ。余の糧となれ」

「「「はっ」」」

 

 跪くピトーとユピーを次々に喰らい、最後にプフの番となった。首筋に針が付き刺さり、オーラごと生命力を根こそぎ喰われる。死へ向うプフの心に恐怖の感情は微塵もない。だが、喰われている最中、再び王の心の一端に触れてしまったことで、先程の感情がやはり本物だったと感じてしまった。

 

 あり得ない。そのような事があっていいはずない。

 

 プフの本能はあり得ないと否定するが、同化の影響のためか王の心に近づく事に確信は深まるばかり。不敬だと思いつつも、薄れゆく意識の中でプフ声にならない声で王に問う。

 

(ああ、王よ。万物の頂点である貴方様が一体何を恐れているというのですか?)

 

 王の心の奥底のさらに奥底に押し込められていた感情、それは───恐怖。

 

 王が恐怖を抱いているなどあってはならない。仮に万が一、億が一、そのような事があったとしたらそれを取り除くのは自分の役目のはずだった。しかし、それももはや叶わない。

 

(口惜しや。出来る事ならその恐怖を取り除いてから王に身を捧げたかった。ただそれだけのこと………)

 

 プフはその不安や恐怖を取り除くことが出来ない自分に、激しい怒りと失望を抱きながら意識を闇に手放す。そして、王を除く全てのキメラアントは一人残らず死に絶えることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キメラアントを喰い尽し、超越者となった王。

 

 もはや国家クラスの戦力どころか、V5が軍事同盟を組んでも対抗できるか分からないほどにその力は高まっていた。纏のままの通常攻撃が小型ミサイルと同等と言われるビッグバンインパクトと並ぶ威力となり、堅をすればミサイルの直撃でさえその防御を貫くことは出来ない。さらには飛行能力すら獲得し、100kmを飛ぶのに10分と掛からない機動力まで兼ね備えている。まるでお伽噺のような存在だ。伝説や神話に登場する怪物達に何ら遜色ない。

 

 しかし、望んでいた到達点に辿り着いたはずの王に喜びの感情は見受けられなかった。油断なく周囲を見渡し、さらに円を用いて周囲10km内に誰もいないことを確認する。

 

「………もうよいか」

 

 そして、王はボソリと呟いてとある念能力の行使を止めた。

 

「“王の尊顔”解除」

 

 瞬間、気配が豹変する。気の弱い者ならばそれだけで気絶してしまいそうな圧倒的な圧力は消え去り、まるで一般人のそれと見まがうばかりの気配へと変化。そして、疲労した様子で地面に体を放り投げると深いため息を付く。

 

「キメラアント、まじで怖かったぁ………」

 

 漏れ出た言葉は、およそ王のものとは思えない一言。王以外のキメラアントが聞いたならばまず間違いなく幻聴だと思ったことだろう。しかし、幻聴などではない紛れもない本心だ。それもそのはず、王の体には本来の王の精神とは似ても似つかない、小心者の人間の精神が宿っていたのだから。皮肉な事にプフが感じ取った恐怖、その一部はキメラアントそのものに向けられていた。

 

 原因は不明だが、女王が身籠って直ぐにその人間の精神は王の体に入り込んだ。本来の王の自我がほんの少しでも芽生えていれば、脆弱な人間の精神など容易く塗りつぶされていただろうが、精神が形成される前ではさしもの王もどうすることも出来ない。結果、体を乗っ取られ、王の精神は芽生えることが無かった。

 

 王になってしまった彼は、女王の腹の中でひたすらパニックに陥っていた。自分が生まれ変わった状況もそうだが、何より漫画で見たことのある世界に来てしまったことを知って何より驚いていた。生前に毎週読んでいた週刊少年ジャンプ。その中でも特に人気漫画であるハンターハンターの世界に転生してしまうなど誰が想像しようか。ましてやメルエムに憑依するおまけつきである。

 

 幸い生まれてくるまでにある程度の猶予があったのでなんとか落ち着きを取り戻し、必死に頭を捻って幾つかの念能力を作って今後に備えることにした。

 

「いや、本当に作って良かったわ“王の尊顔”。じゃないとボロを出しまくりだっただろうなぁ」

 

 その一つが“王の尊顔”だ。その能力は、彼の記憶にある王の言動を真似てそれっぽくするだけ。はっきり言って他の念能力者からすればメモリの無駄遣いもいいところだ。だが、彼にとってはかなり有力な効果を発揮した。

 

 まず、彼がこの能力を使用しないで生まれ出た場合、女王を見た瞬間に無様に腰を抜かして悲鳴を上げていただろう。一般人の目の前に体長が2mを超える女王蟻がいたら、なんらおかしくない反応だ。特に小心者の彼なら卒倒してしまってもおかしくなかった。

 

 原作知識から相手が自分を傷つけないと分かっていても、その外見だけで恐怖の対象となる。周りの師団長達に関しても同じだ。ワニだのライオンだの猛獣の姿をしたキメラアントにビクつく王など冗談にもならない。

 

 護衛軍は比較的人に近い姿をもっているので大丈夫だが、彼等はその精神性が恐ろしい。王のためであれば文字通り何でもする。人間の精神が王の体を乗っ取ったと知られればどんな目に合わされるのか分かったものではない。体は正真正銘の王の物であるため何もされなければいいが、最悪プフ辺りが心に作用する念能力を作り出して精神的に殺される可能性も捨てきれない。そんなバッドエンドはごめんだった。

 

 そして、二つ目に作ったというか、原作同様に元々持っていた喰えば喰うだけ強くなる能力だ。

 

 これは、もう一つの恐怖の対象である薔薇を装備したネテロと遭遇した時の為に強くなる為であり、またキメラアントを絶滅させるためでもある。原作ではプフとユピーを食べる前からネテロを圧倒した王だったが、中身が一般人の自分に同じ事が出来るなどとは微塵も思わなかった。体のスペックに差はないだろうが、精神的な部分で原作の王に遥かに及ばない。いや、比べる事すら烏滸がましい程の差がある。

 

 そのためにせめてオーラ量と肉体スペックだけでも原作の王を超えておきたかった。まあ、ぶっちゃけネテロと出会った時点で尻尾を巻いて逃げる気満々なのだが、それ以外にも危険に満ち溢れるこの世界では強さは幾らあってもいい。ちなみに経口摂取ではなく、尻尾の針の先から○ルのように吸収する形に改造したのは、単純に口から食べるのに抵抗があっただけだったりする。

 

 また、キメラアントをそのまま放置しておけば、ザザンやレオルのように派手にやらかす奴も出て来る。そうなれば全世界でキメラアントを討伐すべしと声が上がり、その先に待っているのは逃亡生活だ。常に追われてビクビクして過ごす日々など冗談ではない。

 

 だから自身のパワーアップと平穏の為に他のキメラアントを全て喰らったのだ。コルトやメレオロン、イカルゴ等の比較的穏やかな奴等は生かしても良かったかもしれないが、ここから自分の情報が漏れる可能性を考えるとやはりいないメリットの方が高い。特にメレオロンの能力は自分の脅威にもなり得るかもしれないので尚更だ。

 

 そして、三つ目は作るだけ作ったが、女王の胎内では試すことが出来なかった能力。

 

「上手く出来てるといいんだけど………」

 

 おもむろに地面に手を当てるとイメージする。別の位相空間へと通じる穴。自分だけの空間。何物にも侵されない聖域。やがてイメージは現実へと反映され、王が手を当てた地面が黒い穴のように広がる。おっかなびっくりその穴に入り、そしてまたその穴から出て来た彼は思わず小躍りして喜んだ。

 

 この光景を黒のスーツに身を包んだとあるハンターが見たらすぐにこう言っただろう、まさか四次元マンション!?と。

 

 元々小心者かつ小物な彼は安心できる秘密の場所が欲しかった。その想いと馬鹿みたいな大量のオーラにより強引に能力を発動させることが出来たのだ。誓約と制約はノヴとほぼ同じだ。ただ彼ほどの部屋数はない。全部で6室程度なので四次元アパートといったところか。元々他の誰かを招待するつもりもなかったのでこれで十分だ。

 

「さて、それじゃとっとと逃げよっと。会長達もまだいないみたいだし、今がチャンスだな」

 

 能力が無事に発動できたことを確認すると、早速とばかりに逃走に移る。

 

 本来であれば王が誕生する時期には、会長達は削りに入っているはずだった。ノヴの四次元マンションとモラウの煙幕による凶悪なコンボにより、キメラアント達は成す術なく分断され、かなりの数のキメラアントが会長に葬られていた。だが、ここではそのような事態は起きていない。一応ハンターは来ているみたいだが、雑魚が数名殺された程度でしかない。ということは、まだ調査が終わっておらず会長達は来ていないのだろう。これだけ派手に死体の山を積み上げても視線や円に反応がないこともそれを証明していた。

 

 原作とのズレに少しばかり違和感を覚えるが、そもそも彼が王に成り代わっている時点で既に破綻している。本来いるはずのレイナやカイトの存在も見受けられなかったし、会長達の到着の時期が少しくらい遅れたとしても不思議ではないかと結論付ける。

 

 その後、ユピーから得た形態変化を使い、翼を生やすとゆっくりと空高く舞い上がった。

 

「貴女の望んだ王でなくて申し訳ないですが、生んでくれてありがとうございました………さようなら」

 

 巣に向って一礼すると、手にオーラを収束させる。念を感じることが出来る者ならば、寒気すら感じたことだろう。中堅のプロハンターが死ぬ気で絞り出してもまだ全然足りないほどのオーラを念弾に変え、それを巣に向かって打ち出す。

 

 直後、まるで薔薇を爆発させたかのような衝撃が辺りを襲う。暫くして煙の晴れたその場には、巣や死体の山は消え失せ、すり鉢状のクレーターしか残っていなかった。

 

「………こ、今度はもうちょっと抑えよう」

 

 自分の砲撃の凄まじさにビビリながら、彼はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 NGLから旅立って数週間後。

 

「やっと着いたな、ザバン市」

 

 彼はザバン市に訪れていた。忙しそうに行き交う人々に紛れて辺りをキョロキョロと見渡している。

 

 現在の彼を見てキメラアントだと気付く者は誰もいない。元々人間社会で生きるつもりだったので、ユピーの肉体を変化させる能力を使用し、尻尾を体内に収納して何処からどう見ても人間に見えるように変装、いや、変身していた。外見はそれなりに整った容姿をしている。元々端正な顔立ちをしていたので、それほどいじることなくキメラアントの特徴を消しただけ。結果、目付きの鋭さが印象に残る青年の出来上がりとなった。

 

 ちなみに、金に関してはNGL内で秘密裏に存在していた工場から、貴金属をかっぱらっている。それを換金してそれなりに潤沢な資金があるのでホテル暮らしで各地を転々としていた。

 

「おお、あった。ここか」

 

 そして、何故ザバン市に訪れたのかというと、とある定食屋を探すため。ぶっちゃけ、ステーキ定食を弱火でじっくりと、をやりたかっただけとも言う。

 

 キメラアント編の後はアルカ編と選挙編と暗黒大陸編(会長がいるのであるのか分からないが)へと続いているが、彼はそのどれにも介入するつもりはなかった。何故と言われれば、いやだって危ないし、怖いし、としか言えない。暗黒大陸出身のナニカの力も怖いし、旅団やらヒソカとかイルミも漫画で見ている分にはいいが、実際に会いたいかと言えばノーサンキュー。主人公組には会ってみたい気持ちもあるが、下手に接触してなんらかの厄介ごとに巻き込まれるのは勘弁願いたいとの考えだ。

 

 しかし、せっかくハンターハンターっぽい世界に来たのだから、一ファンとしては何もしないのは勿体ないとも思ったのだ。だから原作が終わった場所を観光がてら巡ってみることに。その第一歩として、ハンター試験編のあの有名な定食屋に来たというわけだ。

 

 お店は巨大なビルのすぐ隣にあり、入ってみるとお昼時を過ぎた頃だったので客もまばらだ。いや、本当にこんな定食屋さんの地下にハンター試験の第一次試験会場があるなど一般の人は誰も思わないだろう。どうやって地下にあんな空間を作ったのか気になるが、その前に店員が来たので早速注文することにした。

 

「いらっしゃいませ、ご注文は?」

「ステーキ定食で」

「焼き加減はどうしましょうか?」

「弱火でじっくりお願いします」

「かしこまりました、それでは奥へどうぞ」

 

 少し緊張しながらも、言ってやった、言ってやった、と内心でニヤついていると店長と思しき中年男性がピクリと反応して奥の席へと案内された。おお、何かこのへんも原作っぽいな、とちょっぴり感動しながらステーキ定食が出て来るのを待つ。やがて店員が定食を持ってくると、ごゆっくりと言って去って行った。

 

 弱火でじっくりと焼いたステーキは柔らかく、ナイフを入れると肉汁が溢れ出て来る。なんというか普通に美味しそうだった。食欲を誘うタレの匂いに我慢できず、早速実食に移る。

 

「さて、それじゃいただきま───あ?」

 

 切った肉をフォークで突き刺し、口に運んだその瞬間だった。僅かな振動音と共に部屋自体が下へと動いているのを感じた。

 

「………………………え?」

 

 フォークを口元に運んだまま固まる。正直、訳が分からなかった。ただの定食屋にこんなギミックはありえない。いや、もしかしたら世界中探せばあるかもしれないが、少なくともこんな普通の店でこの仕掛けはあり得ないだろう。

 

 ハンター試験の会場は毎年変わる。同じ試験会場を使うなんてことはないはず。なのに何故地下へと向かっているのか。ちょっとしたパニックに陥るが、生まれ持った優秀な頭脳は一つの仮説を浮かび上がらせる。彼はそんな馬鹿な事あるかと感情で否定するも、状況的にそれしかないと理性が主張している。

 

「いや、まさか、そんなこと………」

 

 恐る恐るほんの一瞬だけ円を展開。結果、地下百メートルほどに無数の反応あり。さらにその先には細長い道が延々と続いていることが判明した。思わずテーブルの上に突っ伏して頭を抱える。

 

「どう考えてもハンター試験です。本当にありがとうございました」

 

 彼の脳内では、どうしてこなた!どうしてこなた!とセーラー服を着た小さな女の子が軽快に踊っていた。いや、それは置いといて、事実は事実として認めなければならない。王が生まれる時期が早まったのか、それとも試験の時期が遅れたのか、どちらなのか分からないがこの会場が使われるということは、ハンター試験の第287期が始まろうとしている。

 

 つまり、ゴン達に会える可能性が高い。

 つまり、イルミに会う可能性が高い。

 

 つまり………ヒソカに会ってしまう可能性が高いということ。

 

 それを考えるだけで胃がキュウっと締まる思いだった。イルミもちょっと怖いが、彼は依頼でもない限り積極的に敵対することもないだろう。しかし、ヒソカは此方が強いと分かれば、何時如何なる時でも平気で喧嘩を売って来るかもしれない。肉体的なポテンシャルだけを見れば、歴史上でも並ぶ者など居ない彼に目を付ける可能性は非常に高いと言える。

 

 ゴン達に会えるかもしれないのは正直かなり嬉しい。だが、同時にヒソカに会ってしまうかもと思うと嬉しさを打ち消すどころか完全にマイナス。もう既に逃げ出したい気持ちで一杯だった。

 

「………いや、でも待てよ?」

 

 会場に着いたら多分ビーンズがいるだろうから、事情を説明して速攻で会場から出させてもらおうと思ったが、ふと思いつく。今の彼は当然だが戸籍が存在しない。つまり身分を証明出来る物が何一つないのだ。でも、ハンターになればそれが解消することになる。今はまだどうしても欲しいという訳でもないが、何時かは必要になる時が来るかもしれない。なら試験内容が分かる今期の試験を受けたほうがいいのではないか?とも思う。

 

「………よ、よし!ヒソカがちょっと、いや、かなり怖いけど頑張ってみようかな」

 

 まあ、ハンター試験に応募してないので試験を受けさせてもらえないかも知れないが、その時はその時で素直に諦めればいい。ハンターの資格はかなり魅力的だが、ないならないで今の内はまだどうにかなるし、ヒソカと一緒の試験を受けないで済むというメリットもある。それに、よくよく考えれば四次元アパートがあるので何時でも、なんなら今すぐにでも逃げられることに気が付く。そう考えると少しだけ気分が楽になった。

 

「そうと決まれば早速腹ごしらえだ!そもそもこの肉体があればハンター試験だってきっと余裕!余裕!」

 

 少し冷めてしまったステーキを頬張る。期待通りに美味しかったステーキをぺろりと平らげるとようやく会場に到着を知らせるブザーが鳴り響く。扉が開くと同時に、彼はパシンと顔を張り、気合を入れて一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、待ってたよ♦歓迎するよ♥」

 

(もうお家に帰りたいぃ………)

 

 

 即落ち2コマだった。

 出迎えてくれたのはビーンズではなく、笑顔と下半身の一部がとてつもなくやばい事になっている一人の奇術師、つまりヒソカだった。

 

 彼が先程一瞬だけ展開した円。並みの能力者なら気づきもしなかっただろうが、ヒソカとイルミは到底並みとは言えない。瞬きの数十分の一に満たない時間だけ展開された円を敏感に察知。そして、本能で悟る。

 

 上から規格外の化け物が来る、と。

 

 イルミは感知した円から最大級の警戒心を抱き、最悪の場合は試験を降りることも既に検討している。対するヒソカは、歪んだ笑顔を浮かべて下半身の一部が【表現規制】な状態になっていた。【表現規制】ヒソカはそのままエレベーターの前に陣取り、下りて来る人物を今か今かと絶頂寸前の状態で待ち構えていたのだった。

 

 完全にヒソカにロックオンされた彼は無事に(色んな意味で)明日を迎えることが出来るのか。それは神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




勘違い物は難しそう。続きが書けるどうか分からないので短編かつ一応完結。上手く書ける人は本当に裏山。


ついでに僕の考えた最強のoh様スペック

キングブレイン! 見た物をそのまま記憶に留めておける瞬間記憶能力とスパコン以上の演算能力を持つぞ!
キングアイ!   一キロ先の米粒に書かれた文字を読むことが出来るぞ!
キングイヤー!  蚤の心臓の音も聞き逃さないぞ!
キングナックル! 纏をしたただけのパンチがビッグバンインパクトに匹敵する威力を出すぞ!
キングボデー! 全力で堅をしていれば貧者の薔薇の直撃を受けても43℃の温泉に入った時の、あっつ、ってくらいで済むぞ!さらにクマムシの力取り込んだことによりにより放射能対策も完璧だ!
キングレッグ!  軽いジョギングのつもりで走ればヂートゥの最高速度に匹敵するぞ!
キングメンタル! くそざこナメクジ


主人公───小物界の大物。道端に落ちている財布を拾って中身を抜き取るか迷いに迷った挙句、ビクビクしながら120円だけ抜いて缶ジュースでグビグビしてから交番に届けたり、スーパーのお惣菜を買った時に貰える醤油の小袋を5個くらい持って帰ってきちゃうような精神力の持ち主


適当念能力設定

“王の尊顔(キングスフェイス)”
記憶にある王の言動をなんとなく再現する能力

“暴飲暴食(トリコ)”
食べれば食べるほど強くなる能力。
相手が食われることを心底受け入れていれば、その能力も再現可能。

“四次元アパート(ハイド&シーク)”
四次元マンションのパ○リ
部屋数は全部で6室
ヤバい奴から逃げたり、落ち込んだ時に引き篭もるための聖域。

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強化系能力


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続いてしまった第二話

お気に入りや評価、感想をして頂きありがとうございます。こんな思い付きの設定ガバガバな作品ですが、続きを望んでくれている方々がいらっしゃるようなので、更新頻度は富樫仕事しろ状態になると思いますが、ちまちま書かせてもらおうかと思います。

※ヒソカ設定捏造、及び技のみクロスオーバーが入ります。


「やあ、待ってたよ♦歓迎するよ♥」

 

 第287期ハンター試験会場。

 ザバン市にある定食屋の地下深くに作られた会場は、現在物々しい雰囲気に包まれていた。元々ハンター試験を受ける者達は全員が競争相手であり、敵とも言える間柄なので和気あいあいとした雰囲気とはかけ離れているのだが、例年と比べても明らかに空気の質が異なっている。

 

 その原因はたった二人の受験生。受験番号44番、奇術師ヒソカとそれに相対する目付きの鋭い青年、メルエム。ヒソカが放つ禍々しい気配とそれを真っ向から受け止めるメルエムの間では、まるで空間が歪んだ様にすら見える。もはや物理的な圧力すら感じられる異質な空気に、周囲の受験生たちは可能な限り二人から距離を取り、固唾をのんで事の二人の様子を窺っていた。

 

「………失せろ。道化に用はない」

 

 暫し対峙していた両者だったが、メルエムが言い放つ。温度を一切感じさせない冷たい声に凍えるような視線。周囲の受験生達は、ただそれだけで気温が急激に下がったかのような感覚すら覚えた。しかし、それを真っ向から受けているヒソカは全く動じない。

 

「そんなこと言わずにさ、今すぐ戦ろうよ♦そんな力を見せつけられて僕が我慢出来る訳ないだろ?」

 

 いや、むしろ余計にその禍々しいまでの気配を滾らせ、今にも襲い掛からんばかりの狂相を浮かべる。

 

「見せつけた覚えなどない上に、貴様の趣味趣向など知った事ではない。余はここに試験を受けに来ただけだ」

 

 ふん、と鼻を鳴らして視線を切る。そして、ビーンズを探しに歩き出すが、その行く手を遮る様に数枚のトランプが彼の目の前を通り過ぎた。ただの紙であるはずのトランプは、目の前を横切ると通路の壁に容易く突き刺さる。

 

「………道化とは言え戯けが過ぎるぞ?」

「くく、ごめんごめん♠君が遊んでくれない所為で悲しくてつい手が滑ってしまったみたいだ♦」

 

 返ってきたのは見事なまでに謝罪の気持ちが込められてない謝罪。無論、挑発だという事は分かり切っているので、それに容易く乗るつもりはない。だが、このまま無視を決め込んだところで、ヒソカが諦めることはまずないだろう。試験の道中ちょっかいを出され続けるのは、火を見るより明らか。それでは余りにも鬱陶しい。故にメルエムは一つ提案をする。

 

「いいだろう。それほど涅槃に行きたいのであれば送ってやる」

「いいね。やっとその気にな───」

「ただし、それは試験が終わってからだ」

 

 戦うのは構わないが、それは試験が終わった後。それを条件としてヒソカに提示する。

 

「今ここじゃ駄目なのかい?」

「余はライセンスを取りに来たと言ったはずだ。余計な雑事で試験官に悪印象を与えて落ちたらどうしてくれる」

「んー、確かに僕も三度試験を受けるのはだるいかもね。でも、試験終了後か………♦」

 

 考え込むヒソカに、これが飲めないようなら貴様を相手にすることは一生ないと思え、と言って話を打ち切る。

 

「………分かった。それじゃあ、試験が終わるまで君との逢瀬を楽しみにしているよ♥」

 

 出来れば今すぐにでも戦いたいヒソカだが、変にゴネて戦いそのものがなくなるよりかはマシだと判断する。それに、よくよく考えれば、ここで戦闘を開始すれば試験官が邪魔に入りかねない。ただのイザコザならまだしも、念での戦闘となれば黙って見過ごす試験官はいないだろう。ならば余計な横槍で興ざめするよりも、美味しい物は最後の最後に取っておくのもまた一興かと戦意を収める。

 

「虫唾が走る。試験中は近づいてくれるなよ?」

「くく、酷いなぁ。くれぐれも約束を忘れないでね♦」

 

 粘着質な笑みを浮かべるヒソカを心底気持ちの悪い物を見た、と言った表情で一瞥するとメルエムはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験会場に設置されたトイレの一室。そこに先程までヒソカと対峙していたメルエムの姿があった。胸には406番のナンバープレートが付けられている。そんな彼は王の尊顔を解除し、便座に深く腰掛けて疲れ切った様子でぐったりしている。

 

「あのマジキチ試験中に死なないかなぁ………無理か」

 

 肉体的な疲れとは無縁だが、精神的な疲労から死んだ魚のような目をして呟く。先程はボロが出る前に反射的に王の尊顔を発動させたお蔭で、無様を晒すことなく切り抜けることが出来たが、ヒソカに完全にロックオンされてしまうという恐れていた事態が起こってしまった。まあ、これに関しては同じハンター試験を受ける以上、遅かれ早かれ同じような事態になっていただろう。ただ、会場入りして一歩目とは流石に思いもしなかったのでダメージが大きかったのだが。

 

「………でも、やってやった」

 

 彼の精神はヒソカとのやり取りで試験が始まる前からボロ雑巾のようになっていたが、一つ大きな収獲があった。戦闘は試験終了後と約束を取り付けたこと。これがかなり大きい。ヒソカの他にもイルミといった脅威はいるが、寝込みを変態に襲われる心配が減っただけでもかなり違うはずだ。代わりに試験終了後にヒソカの相手をしなくてはいけないが、これに関しては考えがあった。

 

「四次元アパート最強説。ライセンス貰ったら速攻逃げよう」

 

 この男、貰う物を貰ったら四次元アパートで別大陸に高飛びを決める気満々だった。いや、約束を破る気はない。基本的に臆病者かつ小物根性全開な彼だが、約束したことは守ると心に決めていた。だから、ヒソカの相手は勿論するつもりでいる。

 

 ただし、それは数十年後の話だ。

 

 彼は試験終了後と言ったが、期間は指定していない。つまり1年後でも10年後でも100年後でも試験終了後に変わりない。どこぞの帝○グループ最高幹部のような理屈だが、嘘は吐いていないので彼の中ではセーフ。で、逃げ回っている間にゴンやらイルミやら旅団がヒソカを始末してくれれば万々歳、という訳だ。

 

 もっとも、いくら言葉の上でその通りであったとしてもそれでヒソカが納得するはずもなく、将来クロロを狙う事すら放り投げ、彼に執着するとは想像もしていなかった。

 

 ちなみに、出会った時に王の尊顔を発動させなかったら情けない姿を見たヒソカが幻滅してロックオンしなかった可能性もあるのだが、幸か不幸か本人は気づいていなかったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジリリリ、と試験開始を知らせるベルが鳴り響く。受験生達は、一斉にベルが鳴った方に顔を向け、試験官であるサトツの後に付いて行く。

 

 試験内容は至ってシンプル。第二次試験会場までサトツに付いて行く事。これだけである。内容は簡単なように思えて難易度は決して低くない。当たり前だが、これはハンター試験。生易しい試験があるはずがなかった。

 

 移動を始めてすぐに受験生たちが異変に気が付く。サトツはただ歩いているだけのはずなのに、何故か徐々に追いつかなくなってくる。早歩きからジョギング、そして完全に走り出すまで時間はかからなかった。第一次試験はどれほど走ればいいのか先が見えない中でのマラソンであり、持久力は勿論のこと精神力も試される試験となっている。

 

 試験が始まって二時間ほどが経っただろうか。既にフルマラソン以上の距離を走っているが、脱落者はゼロ。ハンターを目指しているだけあり、全員がプロアスリート以上の身体能力を持っているため、ギブアップするものはまだ居ない。もっとも、レオリオを筆頭に辛そうにしている者がチラホラと見受けられるのだが、彼等はなんとか踏ん張って走り続けている。

 

(やっぱり、お家に帰るぅ………)

 

 メルエムもその中の一人だった。もっとも体力的に辛い連中とは違い、彼の場合は精神的なダメージが原因だったりする。王の尊顔を発動させているため、表面上は息一つ乱さないで余裕に見えるが、その心は折れ掛けていた。

 

 無論、先の見えないマラソンに精神を消耗した訳ではない。数時間ほど走り続けないといけない事は知っているし、無尽蔵の体力を持つメルエムの肉体であればどうとでもなるのでその辺は全く心配していない。

 

 原因は試験開始時から彼を中心にポッカリと空いた空間の所為だ。まるで小魚の群れに突っ込んだサメを避けているかのように、周囲数メートルに渡り空白地帯が出来上がっていた。彼が左に視線を向ければビクッとしたように慌てて目を逸らされ、右を向けば左に同じ反応が返される。ちょっと左側に寄ればその分彼等も左に寄り、右に寄れば右に寄る。決して彼等との距離が縮まることはない。完全にアンタッチャブル扱いだった。

 

(イジメ………いくない………)

 

 正直この反応にはちょっと泣きたくなった。原因は分かっている。十中八九試験開始前の騒動の所為だ。あ、アカン奴や、と一発で分かるヒソカと、そいつに目を付けられたこれまたヤバそうな奴。ただでさえ超難関の試験中だというのに、そんな厄い連中に一体誰が近づくというのか。

 

 結果、触らぬ神に祟りなし、とばかりに近寄る事すら避け、目も合わせようとしない。肉体面では紛れもなくチートスペックでも、メンタル面くそざこナメクジの彼にとっては思わぬ大打撃となっていた。

 

「あの、すみません」

 

 もういっそのこと全てぶん投げて、四次元アパートに引き篭もろうか本気で考え始めた時だった。背後から突然声を掛けられる。何処かで聞き覚えのあるような少年の声。まさかと思い、振り返ってみればそこにはツンツン頭の少年の姿。見間違うはずもない。我らが主人公、ゴン=フリークスがそこにいた。

 

「………なんだ?」

 

 内心で盛大に驚きながら尋ねる。この状況でわざわざ声を掛けて来るなど一体どんな用件だろうか。

 

「はい、これ。お兄さんのだよね?落したみたいだよ」

 

 差し出されたのは見覚えのある長財布。ブランド物でもなんでもない1000ジェニーのワゴンセールで適当に購入した物だ。後ろポケットに入れておいたはずだが、どうやら心が折れそうになっていた時に落としたようで全く気が付かなかった。

 

「………どうやら考え事が過ぎたらしい。礼を言う」

「いいえ、どういたしまして」

 

 一点の曇りもない純粋な笑顔でニカッと笑うゴンに、なんやこの子は天使なんやろか?と思わずエセ関西弁になる。

 

 あれだけ周囲から避けられているのを見れば、普通は近づこうなどとは思わないだろう。財布だってそのまま放っておくか、中身だけ抜き取って捨てればいいだろうにわざわざ届けてくれるなんて、と感動に打ち震える。

 

 ただ財布を拾って届けただけなのに大袈裟なと思うかもしれないが、この状況はヤクザが女を惚れさせる手法に近かったりする。わざと暴力を振るい、その後に優しく接するとマイナスの感情とプラスの感情の落差が激しくなり、相手に好感を抱きやすくなるとかなんとか。今の状況やヒソカと言う特大のマイナスに打ちのめされたメルエムが、ゴンという究極のプラスに触れたせいでそれと似たような事が起きているのだ。

 

「余の名はメルエム。少年、名はなんという?」

「俺?俺の名前はゴン、ゴン=フリークスっていうんだ」

「ゴンか。よい名だ。この借りは後で返す」

「え、別にいいよ。俺は財布拾って届けただけだし、借りなんて思わなくて大丈夫。それよりも後ろポケットに財布を入れておくと危ないからせめてこの糸で服の何処かと結んだ方がいいよ」

 

 言いながら釣り糸を差し出してくるゴン。やはり天使、いや大天使であると確信を深める。もはやゴンに対する好感度は鰻上りを通り越して鯉の滝登りレベル。一瞬でメーターを振り切って天にまで届いていた。好感度ランキングぶっちぎりの1位である。………メルエムと名乗ったが、チョロエムに改名したほうがいいのかもしれない。

 

「いや、余の矜持の問題だ。受けた借りは必ず返す」

「うーん、そこまで言うなら、なんか困ったことがあったら助けて貰おうっかな」

「ああ、困り事があればすぐに駆けつけよう」

 

 その後、ゴンは遠巻きに見ていたキルア達と合流すると、じゃあねーと手を振りながらペースを上げて前の方に行ってしまった。それを一つ頷いて見送る。

 

(あぁ^~荒んだ心が癒されるんじゃぁ^~)

 

 今までキメラアントのやばい奴とか表現規制の奴とか、ちょっとあれな連中としかまともに会話をしてこなかったので大天使たるゴンとの触れ合いはメルエムの心を大いに癒した。つい先程までは割と真剣に引き篭もろうと考えていたが、ゴンのお蔭でもうちょっと試験を頑張ってみようと考え直す。

 

 もっとも、この後ヒソカがゴンにちょっかいを掛ける場面があることを思い出してすぐに頭を抱える羽目になるのだが、それに気が付くまでもう少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザバン市の定食屋の地下から走り続けること数時間。地下道の長い階段を昇り切ると、そこはヌメーレ湿原と呼ばれる湿地帯が広がっていた。ここがマラソンの第二ステージとなる。

 

 この湿地帯は、僅か数メートル前を走る人の背中も見えなくなるほど濃い霧が一年を通して多発しているので、遭難者が後を絶たない。また、何より人間をも欺いて食料としてしまう狡猾で貪欲な動物たちが数多く生息している。そのことから詐欺師の塒と呼ばれるほどだ。

 

 実際、湿原の危険性をサトツが説明している最中に人面猿という肉食の猿の乱入があり、一部の受験者は騙されかけるというハプニングもあった。とっとと試験を終わらせたいヒソカが邪魔だと言わんばかりに瞬殺して事なきを得たが、ヌメーレ湿原ではこうした命がけの騙し合いが日夜行われている。

 

 ちょっとしたハプニングもあったが、その後も休む間もなくマラソンが再開される。湿地に足を取られながら走るのは、地下道を走るのとは比べ物にならないほど体力を消耗し、体力の消耗は判断力の低下を招く。ただでさえ濃い霧の所為で前がよく見えない受験者達は、判断力の低下も相まっていつの間にか詐欺師達の罠に嵌ってしまう。結果、気が付けばあちらこちらで悲鳴が上がり、あっと言う間に百人単位で受験者が減っていた。

 

(………そろそろだよなぁ。どうしよう)

 

 そんな危険地帯を内心でビクつきながら走るメルエムは、悩んでいた。原因はヒソカの試験官ごっこである。

 

 原作でヒソカはこの霧に乗じて試験官ごっこと称し、大量殺人を行っていた。はっきり言ってそれ自体は別に構わない。薄情かも知れないが自分に害がなく、関係のない人間が死のうともお気の毒にと思う程度でしかない。問題はそれにゴンが巻き込まれる、というかわざわざ首を突っ込んでしまうことだ。

 

 原作通りに事が進めば問題ない。ゴンはヒソカという高い壁を意識し、それが後の成長に繋がるのだから必要な事でもある。しかし、所謂虫の知らせという奴だろうか。どうにも嫌な予感が纏わり付いて離れなかった。

 

(………すげー嫌だけど、念のためにちょっと様子を見に行くか)

 

 ヒソカはゴンを青い果実と称し、熟れるまでは本気で手を出すことはないはず。だが、万が一という事もあり得る。メルエムは自分の勘に従って、何時でも介入できるようにその時が来たら近くで見守ることにした。

 

「いってえええええっ!」

 

 そろそろかと身構えていると、後方から幾つかの悲鳴が上がる。その中にはレオリオと思わしき声もあった。それを聞いたゴンが弾かれたように元来た道を引き返して行くのを確認。戻ってこられる保証もないのに無謀としか思えない行為だが、こういった行動を迷いなく出来るからこそのゴンなのだろう。メルエムも集団から少し外れると、反転。悲鳴のする方へと向かう。

 

 気づかれないように茂みに身を潜め、絶の状態で潜伏。辿り着いた時には、レオリオがピンチの場面をゴンが釣り竿で一撃入れて助けたところだった。いくら不意打ちとは言え、ヒソカに一発かますとは素晴らしいと感嘆の念を禁じ得ない。出来ればそのまま再起不能になるまでフルボッコにしてくれと願うが、ゴンさんにでもならないと無理だろう。

 

 で、この後は原作通りに事が進めば何も問題はない、はずだった。

 

「仲間を助けに来たのかい?いい子だね、君も合格。試験を頑張りなよ────と言いたいところなんだけど♦」

 

 ヒソカは歪な笑みを浮かべ、一瞬で間合いを詰めるとトランプを振りかざす。

 

「ごめんね、お腹が空き過ぎて青い果実でも食べちゃいたいんだ♠」

「………うぁっ」

「「ゴン!」」

 

 纏わりつく様な殺意と、その愉悦に歪んだ表情から本気で殺す気なのは明白だった。いつの間にか戻って来たクラピカとレオリオが叫びながら助けようと駆け出すが、間に合いそうにない。

 

 あ、これアカンやつや。メルエムはやっぱり嫌な予感が当たりやがったと思わず白目を剥くが、そんな事してる場合じゃねえと一足飛びに両者の間に割って入り、振り下ろされる腕を掴む。

 

「ゴン、少し下がっていろ」

「っ!メルエムさん!?どうしてここに?」

「なに、早速借りを返しに来ただけだ」

 

 ヒソカは一瞬驚いたように目を見開くが、割って入った人物が誰か分かると口角をこれでもかと吊り上げる。

 

「誰かと思えばキミか。やっぱり気が変わって今すぐ僕とシたくなったのかい?それなら大歓迎だよ♥」

(もう、ほんとやだこいつ………)

 

 勢いよく飛び出して来たのはいいものの、至近距離でヒソカのねっとりとした視線をもろに浴びてしまった彼は、またしても心が折れ掛けていた。今日で既に三度目である。

 

「貴様は試験中だけでも大人しく出来ないのか?」

「くく、そんなこと言われても君の所為で色々と滾っちゃってさ、抑制が利かなくなっちゃったんだから仕方ないじゃないか♦」

「………道化ではなく、もはや狂犬か」

 

 メルエムは内心で冷汗が止まらない。バタフライエフェクト。自分という異物が居た所為で危うくゴン達が殺されるところだった。原作の流れは既にぶっ壊れているのでそこまで気にかけている訳ではないが、大天使であり、借りがあるゴンを殺させる訳にはいかない。

 

 目を合わせるだけで精神力とか何かがガリガリと削れていく音が聞こえるが、気にしない、気にしてはいけないと自分に言い聞かせる。深いため息。相手はヒソカだと思わない。相手は犬。それも飛び切りの狂犬だと思い込む。辺り構わず噛み散らかす狂犬には、教え込まなければいけない。

 

「ゴン、お前は犬を飼ったことはあるか?」

「え、ないけど………」

 

 唐突に犬を飼ったことがあるかと聞かれたゴンは、困惑気味に首を傾げる。

 

「そうか、ならば聞き分けのない犬はどうすればいいのか、見ておくといい」

 

 ヒソカの腕を放すと軽くバックステップ。距離を取って軽く重心を落とす。

 

「おや、まさか本当に君が相手をしてくれるのかい?」

 

 禍々しく立ち上るオーラに、内心ではやっぱり逃げようかなと考えが脳裏を過ったメルエムだったが、ゴンに借りを返すと約束したからにはここは引けない。

 

「戯けが。貴様との戦闘は試験の終了後と言ったはずだ」

「じゃあ、一体如何するつもりだい?」

「ふん、これから行うのは───」

 

 ヒソカとの戦闘は試験終了後。故にこれは戦闘行為ではなく、

 

 

「ただの躾だ」

 

 

 そう、言っても聞かない狂犬はどちらが上なのか教えなければならない。どうせやるなら徹底的に。ヒソカですら戦闘意欲を失ってしまう程の差を見せつける。

 

 イメージするは、とある世界で人類最強と言われる英雄。

 

 より正確に言えば、怪人と呼称される化け物共がはびこる世界で地球を滅亡させる“災害レベル:神”の怪人を屑ったと言われる技能の一つ。人智を超えた怪人達ですらその音を耳にしてしまえば戦意を喪失してしまうという。その音を聞いて生き延びた怪人はいない。破滅の足音。終焉を告げる音色。その世界の人は敬意を込めてそれをこう呼んだ。

 

 

 

 

 

 

「“王の鼓動(キングエンジン)”」

 

 

 

 

 

 

 ドクン、と世界が脈動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、ヌメーレ湿原では詐欺師達の異常行動が観測された。その異常行動とは、滅多な事では塒から出ない彼等が湿原から這い出てきたこと。人面猿やキリヒトノセガメ、サイミンチョウ、マチボッケ、その他の夜行性や昼行性を問わず様々な種が数万~十数万単位の数で一斉に移動を開始する。

 

 異様な光景だった。ヌーの大移動のような単一の種による行動ではなく、様々な種が入り乱れ、しかもこれほどの規模の大移動など過去にも殆ど例がない。

 

 その後の調査において、一部からはハンター試験の第一次試験が行われていたこともあり、実力者が大挙して押し寄せたことが原因ではないか?という意見も出たが、この地に詳しい研究者達は寧ろ試験の参加者達を餌にしようと喜々として襲い掛かるはずだと反論し、その意見は否定される。

 

 結局、様々な仮説が提唱されるものの、原因を特定するまでには至らなかった。最終的な見解としては、特殊災害による因果関係が~~~といった曖昧な物に終わるが、それも仕方ないことなのかもしれない。真実は、たった一人の男を恐れ、湿原中の動物達が一斉に逃げ出したなどとは誰も思いもしないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルエムの心臓が大きく脈打つ。

 

 その音を例えるなら削岩機だろうか。ドドドドドと工事現場から発せられたかのような重低音が辺りに鳴り響くと共に、全身から湯気のような水蒸気が立ち上る。

 

「メ、メルエムさん、この音って、それに体から湯気が………」

「案ずるな、ゴン。これは元々こういった技法だ」

 

 “王の鼓動”とは心臓を強化し、血液量及び身体を巡る血流の速さを通常の何十倍にも高め、身体能力を劇的に上昇させる強化系能力。

 

 所謂バンプアップの応用であり、原理自体は単純なので念なしでも肉体操作で似たようなことは再現可能だ。だが、“王の鼓動(キングエンジン)”ほどの出力は素で途方もなく強靭な肉体性能を持つメルエムか、或いは体中がゴムのような柔軟性を持った特異体質でもなければ扱う事はできない。仮に普通の念能力者がメルエムと同じ強化率でこれを行えば、一秒持たずに体中の血管が破裂。真っ赤な風船のようになってしまうことだろう。

 

 ただでさえ隔絶した身体能力を持つと言うのに、これを発動したメルエムの身体能力は圧倒的を通り越してもはや異次元の領域。世界で一番高いと言われる1784mの世界樹を素手で引っこ抜き、それを武器(彼○島的な感じで)にして戦うことも可能。

 

 何故、ただでさえ最強とも言える力を手にしたはずの彼がさらに戦闘力を強化したのかといえば、万が一暗黒大陸の生物に出会ってしまった時の為の備えだ。V5の中では間違いなくぶっちぎりで最強。しかし、広大過ぎる暗黒大陸にはメルエムに匹敵する常識外の化け物が潜んでいるかもしれない。それに、暗黒大陸に行く気などさらさらないが、ナニカのように内側の世界に来ている連中もいる。そんな奴等と偶然出会わないと言う保証もなかった。

 

 本来であれば身体能力は十分すぎるので、メンタル面を強化する念でも作った方がいいのだろうが、精神に作用する念能力ってなんか怖くね?との思いから断念。

 

 どうしようか悩んだあげくに何を血迷ったかネカフェでスレを立てた結果、幾つかのアドバイスを得ることが出来た。曰く、力こそパワー、レベルを上げて物理で殴ればいいじゃない、と。その言葉に感銘を受けて考え付いた能力が“王の鼓動(キングエンジン)”であり、史上最強のフィジカルモンスターの爆誕となった。

 

 仮に今のメルエムが軽く頭を撫でてやればヒソカの首は容易く千切れる。それは纏をしていようが堅をしていようが変わらない。ただでさえ赤ん坊と象程の力の差があったのだ。王の鼓動を発動した今となっては、赤ん坊と戦艦まで差が広がっている。

 

「さて、始める前に一度だけ慈悲をくれてやる。このまま素直に退けば追いはせぬ。だが、暴れ足りないと言うのであればこの場にて余が手ずから躾けてやろう」

 

 僅かに目を見開いて驚いている(であろう)ヒソカに最終勧告。まあ、どうせ退いてくれないんだろうな、と思いつつも可能な限り穏便に済ませたいところだった。

 

 彼はこの世で戦いたくない相手の№1は誰かと聞かれたら、ちょっと悩んだ末にヒソカの名前を挙げる。薔薇装備のネテロも怖いが、あれは周囲に誰も居ない場所だからこそ使う事の出来た禁じ手であり、街中で使うことなど絶対に出来ない。それでも単純な強さで言えばヒソカよりもネテロの方が断然上だが、ヒソカの怖さはその精神性も勿論だが、何をしでかすか分からない所にある。万が一、いや億が一も負ける要素はないと言っても、それでも得体のしれない何かをヒソカに感じていた。

 

「………」

 

 対するヒソカは、僅かに目を見開いたまま無言で佇んでいた。だが、すぐにいつもの薄ら笑いの表情に戻ると両手を上に上げ、思いもよらない言葉を口にした。

 

「分かったよ、今は退かせてもらおうかな♦」

 

 内心で、え、マジで?と思わず素に戻りそうになるがなんとか踏みとどまる。

 

「………ほう、貴様にしては殊勝な心掛けだな?」

「ま、僕にだってそういう時もあるさ♠」

 

 あの戦闘狂が一体どういった風の吹き回しか分からないが、本当に退くようだ。まさか死を恐れた、という訳でもなさそうなのだが、戦わずに済むならそれに越したことはない。

 

「ならば疾く去ね。余の気分が変わらぬうちにな」

「くく、怖い怖い。それじゃあお暇させてもらうよ♦」

 

 またね、と軽く手を振りながら去っていくヒソカ。その背中を見送り、王の鼓動を解除するとキリッとした真顔のまま内心で小躍りする。

 

 最恐たるヒソカを戦わずに退けられたことはかなり大きい。幾ら異次元の身体能力を持っていようとも彼自身は言うまでもなく戦闘のど素人であり、ポッキーの方がまだ頑丈じゃね?と言われる精神力の持ち主である。どうしても引けない理由があったので泣く泣く割って入ったが、戦闘はなるべく避けたいところだった。

 

 今回は何故かヒソカが素直に引いてくれたので万々歳。ゴンにも借りを返せたし、まさしく言う事なしである───と思っていた。

 

 この時彼は浮かれていて気が付かなかった。

 自分がどれだけヤバい地雷を踏んでしまったのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒソカは二次試験会場へとただ一人走る。

 

 つい先程の出来事を何度も反芻しながら、しかしその表情は無だ。喜怒哀楽がすっぽりと抜け落ちたかのような完全なる無表情。まるで針を外したイルミを彷彿とさせる。

 

「メルエム」

 

 微かに呟く。ヒソカをこのような状態にした元凶の名。

 

「………あは」

 

 その名を口にしたと同時、無表情だったヒソカに変化が現れた。口元は異様に歪み、その瞳にはコールタールよりもドロドロとしたどす黒い光が灯る。

 

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

 

 狂ったように嗤い続ける。常人がこの場面に遭遇してしまったら、それだけで卒倒しかねない。プロハンターでも踵を返して全力でこの場を離れるだろう。ただただ狂喜だけがそこにあった。

 

「………見つけた」

 

 それだけヒソカは嬉しくてたまらなかった。なにせずっと探していたものが遂に見つかったのだから。

 

「これで僕はやっと生を感じることが出来る」

 

 ヒソカ=モロウ。

 性格は気まぐれで嘘つき。天才的な戦闘センスを持ち、才ある難敵と殺し合う事で興奮を得る。戦いの中で己が傷つくことや死すら厭わず戦闘を楽しむ生粋の戦闘狂。

 

 ヒソカに対する周囲の認識だ。人によってはそこに快楽主義者や変態、殺人狂なども付くだろうが、彼を知る人物は皆こう語る。

 

 概ね正解である。ヒソカも自身がそう呼ばれても仕方がないことを十分に理解していた。だが、それだけでは彼を語るに足りない。彼の根底にはまだ誰にも知られていない、何よりも求めるものがある。

 

 それは、生への渇望。

 

 ヒソカは、生まれてから今まで自分が生きているという実感を得たことがない。美味しい物を食べても、極上の音楽を聞いても、素晴らしい演劇を見ても、心に響いたことは一度たりともなかった。

 

 無論、彼に全く感情が無いという訳ではない。五感はきちんとあるし、戦闘を楽しんでいるのも本当だ。ただ、言うなれば世界がテレビゲームであり、自分はそのゲームの中の一キャラクターのような感覚が纏わりついて離れなかった。故に生きている実感がない。全てが薄っぺらい嘘のように感じている。

 

 そんな彼に転機が訪れたのは十年以上も前のこと。とある男を戯れになぶり殺しにしている最中に、生きるという事への興味が芽生えた。

 

 その男は何てことない弱者だった。特殊な技能もなければ、ハンター試験に到達できるかどうかという凡百の頭脳に身体能力しかない。しかし、生きようとする意思はヒソカをして驚かせるほど強かった。どれほどの屈辱を味わわせようとも、絶望させようとも生を諦めない。泥水を啜り他者を蹴落とし、石に噛り付いてでも生き抜く意思を感じ取る。その時に思った。

 

(あぁ、なんて綺麗なんだろう)

 

 見苦しいと思う者もいるかもしれないが、そこに生命の輝きがあるのもまた事実。人は死の運命から逃れようとする時に一際大きく輝く。さながら燃え尽きる前の星のように。それだけがこの薄っぺらい世界の中で本物のように感じられた。人は自らにないものを欲する。世界をゲームのように捉えていたヒソカにその輝きは手に入らない。

 

 だからこそ、たまらなく欲しくなるのだ。

 

 それからだ。彼が特に強き者との戦いを望むようになったのは。強者との戦いの中で自らを死の淵へと追い込み、その輝きに触れんが為、そしてこの手に入れる為に。

 

 そして、強者との戦闘を繰り返していく内に何度か死闘になったことはある。能力の相性から負けそうになったこともある。しかし、面白いと感じることはあれど、終ぞ彼に生を実感させることはなかった。

 

 故に考えた。ただの死闘程度では足りない。絶対的な強者が必要だと。

 

 世界でも有数の実力を誇る自分が手も足も出ない化物のような存在が。その化物に死力を尽くして打ち勝った時にこそ自分は生を実感できる。ヒソカはそう考えて、そして見つけた。

 

「メルエム、キミだ。僕の執着点にして終着点」

 

 彼こそが生態系の頂点、生命の極致。自らが求めてやまない絶対者であると先程はっきりと理解した。本来であればハンター試験なんぞ放り投げて襲ってしまいたかったが、惜しむらくは実力差が想定より余りにもかけ離れ過ぎていたことか。

 

 流石のヒソカでも戦闘にすらならない程の実力差では戦いを挑む気にはなれない。万に一でも、いや、億に一つでもいい。勝ち目がほんの僅かでもあれば喜々として襲い掛かっていただろう。しかし、勝ち目が文字通りのゼロ。戦闘にすらならないのでは意味がない。今の自分では、仮に命を賭けた重い制約を課したとしてもそれは変わらないだろう。だからこそ“今は”素直に退いたのだ。

 

 メルエムとの戦いに備えて色々準備をしなくてはならない。

 

 道具を準備し、環境を整え、時期を待つ。そして何より念能力を向上させる必要がある。一朝一夕に行えることではないが、心当たりがないこともない。制約と誓約の見直しは勿論のこと、世界には念に関わる様々な遺物がある。利用出来る物は全て利用して、力を極限にまで高めた時にこそメルエムへと挑む。

 

 もっとも、万全に準備を重ね、もう終わってもいいと命を賭けても、勝ち目は万に一つあればいい方だと予想している。だが、ヒソカにはそれでよかった。否、それがいい。

 

 人の生死の境に命の輝きがある。彼はそれを超越した全てを照らす光のような存在。その光に打ち勝つことが出来たのなら、自分は間違いなく生を実感できる。生きることが出来る。例え負けて殺されようとも、その一瞬だけは自分は生きていると感じることが出来るだろう。

 

「あぁ、もう少し待ってておくれ。キミを殺すのは僕だ。そして僕を殺すのもキミだけ♥」

 

 将来訪れるであろう甘美な逢瀬を思い描くだけで体が震える。感情の抑制が、溢れ出るオーラが抑えられない。

 

 もしこの場にイルミがいたら、その能面のような無表情を僅かに崩して驚愕の表情を見せた事だろう。ヒソカから溢れ出ているオーラは、イルミの知るそれよりも明らかに強大に、そしてより禍々しくなっていた。

 

 メルエムに手が届く領域までは果てしなく遠い。しかし、生を欲する異端の死神は着実に一歩ずつ階段を昇りつめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2話要約

ヒソカ「メルエムゥ!お前はオレにとっての新たな光だ!」
メルエム「」



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ちょいちょい端折り風味な第三話

毎度の誤字報告や感想や評価ありがとうございます。大変励みになります。
今回端折りつつもなんやかんやで1万5千文字に………文章を上手くまとめる力が切実に欲しいです。超絶お暇な時にでも読んでください。


「メルエムさん、ありがとう!お蔭で助かったよ!」

「いや、一時はどうなるかと思ったが、ホント助かったぜ」

「私からも礼を言う。本当にありがとう」

 

 ヒソカを退けた後、メルエムはゴン達を引き連れて二次試験会場へと向かった。最初はヒソカを威圧のみで圧倒したメルエムを警戒していたクラピカとレオリオだったが、ゴンのついでとはいえ助けられた恩を無視するほど無恥厚顔な二人でない。一先ず礼を言って走りながら会話を続ける内に、彼が危険人物ではない事が分かると徐々に警戒を解き、会場に到着する頃にはそれなりに打ち解けることが出来た。まあ、ゴンが全く警戒していなかったというのが一番大きいのだが。

 

「なに、余はゴンからの借りを返しただけだ」

「全然釣り合ってないよ!今度は俺が借りを返すからね!」

「そこまで気にしなくてもいいのだがな(やはり大天使、圧倒的大天使!)」

 

 気にするなと言うメルエムにゴンは借りは絶対に返すと鼻息を荒くする。それは他の二人も同様だ。

 

「いや、流石に命を助けられてお礼だけってのはな。最後まで徹底的に抵抗するつもりだったが、俺等じゃあヒソカを相手にどこまで出来たか分かんねーぜ」

「レオリオの言う通りだ。正直な所三人とも屍を晒していた可能性が高いな。この借りは必ず返そう」

 

 命の借りは命をもって返す、とまではいかないが命を助けて貰った事実は大きい。余程の無茶でない限り三人とも必ず借りを返すだろう。

 

 ちなみにメルエムは表面上はクールに振る舞っているが、内心ではゴン達に恩を売ることが出来てウハウハだ。最初から恩を売るつもりで助けた訳ではないが、結果として向こうが恩を感じてくれるのならば遠慮なく受け取るのが彼だった。もっとも、ヒソカの心情を知ってしまったら白目を剥いて四次元アパートに引きこもり、布団の中でガタガタ震える生活が待っているだろうが。

 

「そうか、ならば期待して待っているとしよう。ではな」

「ありがとう、またねー!」

 

 軽く手を上げて去っていくメルエム。せっかく仲良くなれたのだから一緒にこのまま試験を受けてもいいかなと思ったのだが、やはり厄介ごとに巻き込まれるのは遠慮したいので少しばかり距離を置くことにした。まあ、現状では彼の側にいる方が何万倍も危険なのだが、幸か不幸か本人は気が付いてなかったりする。

 

「ふぅ………」

 

 メルエムの背中が人波に消えるのを見届けると、ゴンは一つため息を吐いた。彼にしては珍しい仕草にレオリオが首を傾げる。

 

「ゴン、どうした?」

「んー、俺は今までくじら島しか知らなかったんだけど、世界って凄く広いんだなって思ってさ」

 

 ゴンの脳裏には、つい先ほどの出来事が鮮明に蘇っていた。

 

 ハンター試験の本試験に残った受験者達は、それぞれ何かしらの武を修めたスペシャリストである。世間一般的に見ればそれぞれが強者であり、誰一人として本当に弱い者などいなかった。

 

 しかし、そんな受験生達を数十人単位で紙屑のように屠ったヒソカと、そのヒソカを威圧のみで圧倒するメルエム。ゴンは彼等を間近で見て、いかに自分が狭い世界で生きていたのかを改めて実感することになった。

 

「いや、確かに世界は広いがあの二人は恐らく世界でも有数の実力者のはずだ。ハンター試験でもなければそうそう出会うことなんてないと思うが」

「そうだぜ。流石にあのクラスがうじゃうじゃ居たらたまんねーっての」

「そっか、そうだよね。あれが世界の頂点にいる人達か………」

 

 ゴンはゾクッと身を震わせる。無論、怯えた訳ではない。メルエムの圧力やヒソカの殺気を受けて恐怖を感じたことは確かだが、それ以上に自分が知らない未知なる世界への好奇心が抑えきれないでいるのだ。

 

「俺も何時かあそこに………」

 

 自らの拳を握りしめ、じっと見詰める。今はまだあの二人の足元にも及ばない。だが、その差はこれから埋めればいいだけのことだ。どれほど時間が掛かるか分からないが、絶対にあの背中に追いついてみせる。世界の頂を垣間見たゴンは、その目に静かな炎を灯して心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し進んで第二次試験終了後。第三次試験会場へと向かう飛行船の一室にて、第一次試験官のサトツと第二次試験官の美食ハンターであるブハラとメンチが食事を取りながら談笑していた。話題は今年の受験生達についてである。

 

「それにしても、今年は豊作よね。一回全員落とした私が言うのもなんだけどさ」

「ええ、本当に粒ぞろいです」

「だよね」

 

 彼等はハンター協会から無償で試験官を依頼されてここにいる。とはいえ、本当に無償といいわけではない。協会から金は出ないが、それ以外に利益があった。それは有望な新人をこの目で見つけることが出来ることだ。

 

 試験を通して有望な新人を見つけたら自らの領分に誘うも良し、また何かあった時の為にコネクションを繋いでおくもよし。この仕事をしていれば単独で手に負えないことなど腐るほど出て来る、そう言った時の為にコネを持っておくことは非常に重要だ。

 

「で、二人は誰に目を付けた?私は294番のハゲなんかいい感じだと思うのよね。馬鹿だけど」

「確かに将来有望そうですね」

 

 メンチが推すのは294番のジャポン出身の忍者ハンゾー。身のこなしやオーラの質から将来性を感じ取ったようだ。実際、念能力なしでの勝負ならメンチともいい勝負が出来るだろう。

 

「俺は新人じゃないけどやっぱりヒソカかな」

「………あいつか」

 

 ブハラも才能ある新人が多い事は認めるが、やはりその中でもヒソカの存在に目が行ってしまう。

 

 彼は一流の美食ハンターだ。美食ハンターは食べるだけが能ではなく、希少な食材を乱獲する密猟者から食材や環境を守るために武芸にも秀でてないといけない。故にその辺の武装集団なんぞには負けない自信はあるが、ヒソカと戦闘になった場合は勝ち目はほぼないだろうと自己分析している。メンチと組んでなんとか勝負になるか?といったところ。プロハンターという職は強さが全てという訳ではないが、それでもやはり一番注目されるのは武力であることは間違いない。

 

「一回メンチが全員落とした時にトードーとかいうレスラーが切れたけど、本当に切れてたのはヒソカだったよね………あの殺意は寒気がしたよ」

「情けないわねブハラ。って言いたいところだけど、正直私も生きた心地がしなかったわ」

 

 メンチは二次試験の最中、自身に向けられたヒソカの殺気を思い出して深いため息を吐く。普段は強気の彼女にしては珍しく弱気な態度ではあるが、それほどまでにヒソカから叩きつけられる殺意は常軌を逸していたのだ。

 

 第二次試験は彼女等が試験官を務めるだけあって試験内容は料理だった。ブハラは豚の丸焼き、メンチは寿司をそれぞれお題にして試験を開始。

 

 豚の丸焼きは71名が合格。簡単に思えるかもしれないが、ビスカ大森林に生息する豚はグレイトスタンプの一種のみであり、大きく頑丈な鼻で敵を叩き潰す凶暴な豚を捕獲しないといけない。下手をすれば自分が豚の餌になるという危険な試験ではあるが、ある程度の身体能力と度胸があれば豚を仕留めることは可能であり、調理は適当に焼けば後はブハラが全て美味いと言って平らげてしまった。

 

 ここまでは良かった。問題はメンチの試験だ。彼女が出したお題は寿司であり、それを知っている者はたったの2名だけ。その内の一人であるハンゾーが料理法をバラしてしまい、さらには料理を軽んじる発言をしてしまったためこれに激怒。

 

 料理を通して観察力や注意力を試すのが試験の本質のはずだったのだが、頭に血が上ったメンチは味のみで試験の合否を判定し始めてしまった。結果、美食ハンターを満足させる寿司など誰も握れるはずもなく合格者はゼロ。

 

 そこで切れて騒ぎ出したのはレスラーであるトードーなのだが、メンチもブハラもそんな小物を相手にしている暇はなかった。なにせヒソカがマジ切れしていたのである。今まで見て来た誰よりも歪なオーラ。一流のハンターである彼女等をして死をイメージさせる異常なまでの殺気。メンチ達にピンポイントで殺気を向けていたから良かったものの、無差別に撒き散らしていたら下手をすれば周囲の受験生達の精神が壊れていたかもしれないほどであった。

 

「下手をすれば我々と彼で殺し合いになっていた可能性も十分ありましたね」

「こっちは三人で向こうは一人なのに?」

「あいつがそんなの気にすると思うの?あのまま不合格だったら十中八九襲って来たわよ」

「ええ、彼は我々がブレーキを踏む場面で躊躇いなくアクセルを踏み込むでしょう」

 

 メンチとサトツにはその場面が容易に想像できる。そして殺し合いになった場合、三人で組んでも勝てたかどうかは分からなかった。仮に勝てたとしても多大な犠牲を払う事になったことは確実だ。

 

「そっかぁ、でも戦闘にならなくて済んで良かったよね」

「まあね、喧嘩を売られたら買うけど流石にこんなところで死闘なんて割に合わないし」

 

 結局、会長の登場と試験のやり直しでヒソカは殺気を収めた。でなければ今こうして三人揃って談笑していることは出来なかっただろう。

 

「あー、もう、ヒソカの話はやめやめ。思い出すだけで飯が不味くなるわ」

「うん、そうだね」

「で、話を戻すけどサトツさんは誰に目を付けたの?」

 

 話を振られたサトツは目を瞑り、少しばかり考える。

 

「そうですね、99番の彼も才能という点では捨てがたいですが、やはり406番が気になりますね」

「406番ていうと………ああ、あのやたら目付きの鋭いやつか」

「十中八九念の使い手だね。今年は彼とヒソカと301番がそうかな」

 

 ハンター試験には時々念の使い手が紛れ込んでくるが、287期はブハラが見た限りで三人だった。44番ヒソカ、301番ギタラクル(イルミ=ゾルディック)、406番メルエムである………多分歴代でもこれほど酷いラインナップはないだろう。

 

「でも、あいつサトツさんが注目するほど?」

「念は使えるけど初心者っぽいよね、色んな意味で」

 

 念の使い手ということで少しだけ気になっていたが、一つ一つの動作が一般人のそれとあまり変わりない。総評としては、多少身体能力に優れているが偶然手に入れた念に胡坐をかいている素人、というのが二人の評価である。とてもではないがサトツほどのハンターが注目するようには思えなかった。

 

「お二人がそう思うのも無理はありません。私も一次試験官でなければ彼の異常性を見逃していたでしょう」

「異常?」

 

 首を傾げる二人にサトツは思い返す。試験開始前にほんの一瞬だけ感じ取った円。そしてヌメーレ湿原で感じた異常な気配。余りに少ない情報ではあるが、ハンターとしての己の勘を交えて推察してみればとある結論に至る。

 

「これは十二支んの方々には内密にして欲しいのですが、下手をすれば彼は会長よりも強いかもしれません」

 

 二人はサトツが何を言っているのか理解できなかったが、一拍置いて言葉の意味を理解すると絶叫する。

 

「はあぁ!?」

「ええ!?いやいや、ありえないよ!」

 

 ありえないと繰り返す二人の気持ちは分からないでもない。半世紀以上に渡って最強の座を守り続けている会長より、十代の半ばに差し掛かった青年の方が強いなど誰も信じないだろう。しかし、本当に一瞬のことだが、触れた円から読み取った力量は自らの遥か上。ともすれば会長すら凌駕しているように感じたのだ。その事を伝えると二人は半信半疑といった表情になる。

 

「うーん、いくらサトツさんの言葉でも、こればっかりはちょっと信じられないかな」

「まあ、確かに私が過大評価している可能性はあります。ですが、少なくとも私よりも強いのは確実ですね」

 

 サトツはネテロの全力を見たことがないのでその部分に関しては完全に推測になってしまうが、少なくとも自分よりも強いという事だけは確信をもって言えた。自身も遺跡ハンターとして戦闘が本分ではないもののそれなりの腕は持っている。しかし、彼と戦闘になれば成す術なく蹂躙されるイメージが浮かんでくる。いや、勝つどころか抵抗できるかも怪しい。

 

「あの初心者丸出しの奴がねぇ………」

「てことは、あれは擬態してるってことか」

「ええ、恐らくは」

 

 初心者のような動きは演技だろうと考える。あれほどの力を持ちながら全くの素人ということはありえない。鍛錬もせず、生まれ持った才能だけであれほどの力を得たと考えるよりは、実力を隠す為に態と演じていると考えた方がよほど筋が通る。まあ、実際にはど素人が最強の肉体を乗っ取ってしまっただけの話なのだが、神ならぬ彼等にそれを推測しろなどとは無理というものだ。

 

「もしかすれば会長よりも強い奴か………近いうちに一波乱あるかもしれないわね」

「副会長あたりが囲い込みに入るかな?」

「可能性は大いにあるかと」

 

 現ハンター協会の副会長にして十二支んの一人であるパリストン。反会長派の急先鋒である彼が強大な力を持った新人の取り込みにかかる可能性は大いにある。長年の功績のある会長がすぐにどうこうなるとは思えないが、彼等が組めば静かだった水面に一石を投じることになるかもしれない。

 

 ハンター協会は武力と規模と信頼性でその辺の国家を大きく上回る力を有するが、会長を凌駕するということはその巨大な組織をたった一人で揺るがしかねない。もっともこれらは全て憶測に過ぎないが。メルエムとパリストンが敵対したり、会長派に入ったりするかもしれない。だが、どちらにせよ何かしらの動きはあるだろう。

 

「ちょっと不謹慎かもしれないけど面白くなってきたわ」

「兎に角、ある意味ヒソカ以上に要注意ってことだね。今後の動向に注目かなぁ」

「ええ、彼がその内に何を思い、そして何を成すのか。我々はその行きつく先を注意深く見定めましょう」

 

 サトツは近い未来に何か大きな動きがあると予想して思いを馳せるが、はっきり言って時間の無駄でしかない。様々な特権を有するプロハンターになろうともメルエムに何かを成すといった考えは微塵もなく、売れば七代遊んで暮らせるハンターライセンスも便利な保険証や運転免許証の代わりでしかないのだから。プロハンターになろうとも、いかに強大な力を有していようとも、中身があれなので宝の持ち腐れもいいところである。

 

「406番、名前は………メルエムか、その名前覚えておくわ」

 

 結局、メルエムはその強大な実力を隠し、腹の底で何かを企んでいる要注意人物であると三人から認識されてしまう。彼の本性を知る者からすれば全米が鼻で笑うような結論であるが、知らなければそう見えるのも無理はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆様お疲れさまでした。第三次試験会場はここトリックタワーです」

 

 飛行船でおよそ半日ほど航行した後、受験生達は第三次試験会場であるトリックタワーの頂上に降ろされた。トリックタワーは、見た目が円柱状の巨大塔であり、その中身は懲役100年を超える極悪犯達を収容する刑務所だ。賞金首ハンターであるリッポーが刑務所長を務めており、第三次試験はこの場所が使用される。

 

「ルールは簡単。72時間以内に生きて下まで降りてくること」

 

 試験内容はシンプルにこの刑務所からの脱出だ。制限時間の72時間以内にトリックタワーの1階まで降りることが出来れば合格となる。しかし、いくら全長数百メートルを超す巨大な塔とはいえ、脱出に三日を想定することを考えれば下まで降りるのは相当な難易度であることが予想される。受験生達は皆一様に険しい表情となった。

 

「それでは皆様のご健闘をお祈りいたします」

 

 本当に簡単に説明を済ませるとビーンズは飛行船に乗り込み去ってゆく。それを見送ると受験生達は、早速とばかりに探索を開始。

 

(さて、どうしようか)

 

 メルエムも他の受験生達に倣ってその辺を適当に歩きつつ床を調べる───振りをする。実は既に円を展開して大体の隠し扉の位置を把握しているのだが、どのルートが一番怖くなさそうか吟味している最中なのだ。素の身体能力で最強に近い力を持つと言うのにあまりに情けない理由だが、蚤の心臓以下の彼はいたって真面目に考えている。

 

「あ、メルエムさん、ちょっとこっちに!」

 

 あっちがいいか、いや、でもこっちの方がいいかも、と悩みつつ中々踏ん切りがつかないでいると、背後からメルエムを呼ぶ声。振り返って見れば、予想通りに元気一杯といった様子のゴンが手を振りながら彼を呼んでいた。犬の尻尾が見えそうなゴンにほっこりしつつ、ホイホイ誘いに乗る。

 

「ゴンか、どうした?」

「実はこの辺に隠し扉が何個かあるんだけど、まだ見つけてなかったらメルエムさんも一緒にどうかなって」

「ま、こんだけ密集してるとどれかは罠かもしれないけどな」

 

 そういえば三次試験は多数決の道だったと思い出して、しまったと内心で思う。ゴンの性格上、それなりに親しくなったメルエムを誘う可能性は十分に考えられたはずだった。基本的にあまり関わらないようにして距離を取って見守るつもりだったが、これではトンパの代わりに5人目となってしまう。

 

(悩んでないでさっさと決めておけば………って、今更か)

 

 どうするか思案するが、結局断る理由もないのでゴンの誘いに乗ることに。というか、よく考えてみれば一人でよく分からない道を進むよりかは、大勢である程度把握している道を進んだ方が怖くないので渡りに船なのかもしれない。そもそもなるべく関わらないようにしていたのも、既に何やかんやでそれなりに親しくなってしまったので今更なのだが。

 

「余は構わぬが、その前にそこの少年は?」

 

 了承しつつ視線を横にずらす。ゴン側にはいつも通りにクラピカとレオリオ、そして短い銀髪を逆立てた少年の姿があった。少年の名をキルア=ゾルディック。暗殺一家であるゾルディック家の三男坊であり、言わずと知れたハンターハンターのもう一人の主人公といっていい存在だ。本当は聞くまでもないが、一応初対面なので尋ねておく。

 

「ああ、そう言えばメルエムはまだ面識がなかったか。こいつはキルア。ちっと生意気だけど中々いい奴だぜ」

「生意気言うなよおっさん」

「お前こそおっさん言うな!俺はまだ十代だと何度言ったら───」

「あはは、まあまあ二人とも落ち着いて」

 

 レオリオとキルアが言い合い、それをゴンがなだめてクラピカが苦笑している。そんな仲のいい4人組にちょっぴり疎外感を感じつつ、無難にメルエムだと自己紹介。

 

「んじゃ、早速だがそろそろ行こうぜ。こうしている間にもどんどん人が減ってるしよ」

「あ、本当だ」

 

 レオリオの言葉に周囲を見渡せば、いつの間にか半数以上が既に屋上から脱出しているようだった。まだ70時間以上あるが、ルートによってはそれでも時間が足りなくなるかもしれないので早速隠し扉に入ることに。ジャンケンで選ぶ順番を決めて位置に着く。

 

「ハズレても恨みっこなしで」

「うむ」

「ああ」

「分かった」

「OK」

「そんじゃ、ここで一旦お別れだけど、皆地上でまた会おうね!」

 

 ゴンのせーのっ!の掛け声で全員が隠し扉を踏んで階下に落ちる。浮遊感は一瞬。軽やかに着地すると暗かった部屋の明かりが自動で点いた。

 

「………なんというか、短い別れだったな」

「………だね」

 

 そこには先程別れを告げた5人の姿。あまりに早い再会に各々苦笑が零れる。

 

「とにかく、罠じゃなくて良かったぜ。んで、ここもまた隠し扉を探すのか?」

「あ、あそこに何か書いてある」

「………ふむ、多数決の道か」

 

 五人が進むルートは原作通りに多数決の道だ。5つの腕輪が台座に設置されており、その腕輪にはタイムリミットと○と×の表示がある。この道を行く受験生達は、その名の通り多数決で全てを決めてこの試験を乗り越えねばならない。指示の通りに全員が腕輪を嵌めると最初の選択肢が現れる。

 

「なになに?この扉を開けるかどうか?って、そんなもん決まってんじゃねーか」

 

 全員がボタンを押す。結果は勿論全員が○だ。

 

 あまりに簡単な二択にゴン達は拍子抜けといった表情になるが、実の所多数決の道はかなりいやらしいシステムとなっている。一見して多数決というのは、公平な意思決定のシステムのようにも思えるが、これは裏を返せば少数意見の抹殺と言っていい。親兄弟や親友同士の親しい間柄ならまだしも、ハンター試験を受けに来たライバル同士に普通は信頼関係はない。多数決により何度も意見を封殺された者は疎外感を抱き、疎外感は不満や不信となって現れる。そうなれば信頼関係がない集団などあっと言う間に崩壊への道を進む。

 

 故にこの多数決の道は、トリックタワーに用意された道の中でもかなりの難易度を誇る試練である───まあ、そのはずだったと過去形になるのだが。実際はトンパの代わりにメルエムが参加していることで難易度は極端に下がっている。

 

 臆病な彼がわざわざトンパのように和を乱すような事をするはずもなく、またここにいる5人は短期間に大なり小なり親しい間柄となっているので多少の不満は出てくるだろうが、それが集団の崩壊に繋がる様な致命傷になることはまずありえない。

 

 事実、彼等はスタートしてから幾つかの選択肢を選んできたが、試験官側が本来想定していたギスギスした空気は微塵も感じられない。まだ序盤ではあるが、試験は極めて順調に進んでいた。

 

「………ん、なんだここは?」

 

 薄暗い通路を進んでいくと、一行はやがて開けた場所に出る。部屋は中央にある約十メートル四方のリングを除き、下が確認できない程の深い大穴が空いていた。対面には5人の人影。その内の一人が羽織っていたローブを脱ぎ捨てると筋骨隆々の大男が現れる。どう見ても堅気ではない。男の名はベンドット。試験の為に雇われた囚人の一人で強盗殺人を繰り返し、懲役199年をくらった超長期服役囚だった。

 

「俺はお前達受験生を試す為に雇われた者だ。ここでお前達は私達5人と戦ってもらう!」

 

 話を要約すれば5人で一対一を行い、3勝すれば勝利となる。戦えるのは一人一回までで戦闘方法は自由。ただし引き分けはなし。どちらかが降参するか死ぬまで勝負が続けられると言った内容だ。受けるか受けないかは多数決で決められるが、そもそも受けなければどうにもならないので全員一致で受けるを選ぶ。

 

「ふむ、ではまずは順番を決めるか。余は最後に出るが構わんな?」

 

 メルエムはまず順番決めを提案し、自分は一番最後に出ることを宣言。一応確認の形をとっているが、有無を言わさぬ強い口調で問いかける。

 

「………まあ、別にいいんじゃない?」

「私も構わない。一番強い者が最後に残るのは妥当だろう」

「うん、メルエムさんなら安心して任せられるね!」

「ま、その前にこっちの三勝で決着がつくだろうけどな」

 

 今回の試験は典型的な団体戦の形だ。故に一番強いメルエムが大将のポジに付くのは極自然なことなので、すんなり受け入れられる。もっともキルアだけは若干怪訝そうな顔をしていたが、結局追及はなかった。

 

(っしゃ!これで戦わないで済む)

 

 内心ゲス顔でほくそ笑むメルエム。彼がなぜ責任重大な一番最後に出ると言ったのか、無論それは戦いを避けるためである。いくら強くても犯罪者を相手にするのは可能な限り避けたかったのだ。だって顔面凶器の人とか人肉が掴みたいとか思考そのものが怖いし。とにかく、今回の多数決の道には足手纏いのトンパがいないので、自分の出番が回ってくる前に3勝出来ると確信してのことだった。その後、話し合いによりキルアが一番手となり、その後にゴン、クラピカ、レオリオの順に決まる。

 

 第一回戦、キルアVSベンドット。勝負方法は単純な殴り合いだ。普通に考えれば軍人上がりの大男と華奢な少年では勝負は目に見えているが、如何せん相手が悪すぎた。ベンドットもかなり鍛えているとはいえ、所詮は一般人レベルでしかない。暗殺一家のエリートであり、元プロのキルアからすれば余りにも温い相手だ。まずは喉を潰そうと殴りかかるが、二人が交差した瞬間にキルアが心臓を抜き取り、彼はそのまま帰らぬ人となった。

 

 その後は概ね原作通りに推移する。ゴンVSセドカンの試合はゴンが自慢の足のバネを活かして勝利。そしてクラピカVSマジタニ戦では地雷を踏みぬいたマジタニが無事死亡(無論本当に死んでるわけではないけど)となった。

 

 これで三連勝。勝利条件を満たしたのでレオリオは意気揚々とここを通すように要求するが、ここで相手側から反論があった。曰くクラピカVSマジタニ戦の決着はまだ付いていないと。

 

「なんでだよ、決着はもうついてるだろうが!」

「そいつは気絶してるだけ。まだはっきりとまいったも言ってないしね。だからまだそちらは二勝」

 

 レオリオが抗議の声を上げるが、確かに最初に提示された勝負方法はデスマッチであり、相手がまいったを言うかどちらかが死ぬまで続けられる。クラピカは相手がまいったを言い切る前に殴り倒してしまったので、勝利条件を満たしていない。強引ではあるが筋は通る。

 

「ち、おい、クラピカ、あいつに引導を渡してきてやれよ」

「断る」

「はあ!?」

「私は逆上して既に戦意を喪失していた相手を殴ってしまった。もうこれ以上敗者に鞭打つ真似はごめんだ」

「じゃあ、一体どうする気だよ?」

「彼に任せる。目覚めれば自ずと答えは出て来るはず。私から何かをする気は無い」

「いや、お前なぁ………ああ、もう!他人の迷惑を考えろよ!」

「悪いが、無理な物は無理だ」

 

 誇り高いクラピカらしい発言ではあるが、団体行動においては我儘とも取られかねない。特に現在は制限時間がある試験の中での無駄な時間の消費なので、レオリオが怒り心頭なのも無理はなかった。結局、キルアが俺が殺してこようか?と発言をするも一対一の勝負なのでクラピカ以外に手出しをすることは出来ず、マジタニが起きるのをただひたすら待つこととなる。

 

 そして、待つこと数時間。

 

「………なあ、あいつもう死んでるんじゃないか?」

「え、死んでる?」

「だって全然動かないぜ?」

 

 一向に起きる気配のないマジタニを眺めていたキルアが呟く。ただ殴られて気絶したにしてはあまりに長い。普通であればとっくに起きているはずだ。ここまで長いとなるとよほど打ち所が悪かったか、気絶している振りをしているのか、はたまた既に死んでいるのか。死んでいるのなら何時まで待っていても無駄でしかない。

 

「おい、そいつが生きてるのか死んでるのか確かめさせてもらおうか」

「駄目よ。さっきも言ったけどそいつは気絶しているだけ。どうしても確かめたいのであれば私と賭けをしなさい。そうすれば確認させてあげるわ」

 

 ここで苛々しながら待っていたレオリオが確認しようと動くが、事態は思いもよらない方向へと向かう。

 

「賭けだぁ?」

「そう、お互いの時間をチップにして私と勝負しましょう」

 

 マジタニの生死を確認したければ、お互いの時間をチップにして賭けをするように言って来たのだ。

 

「賭ける時間は最小で10時間単位。自信があるのなら20時間でも30時間でも賭けていい。残り時間が59時間だから50時間まで賭けられるわ。どちらかの持ち時間がなくなった時点で終了。この勝負に乗るのであれば生死を確信させてあげる」

「いや、ふざけんな!デメリットがでかすぎる上に俺等にメリットがなさすぎるじゃねえか!」

 

 レオリオの言う通り相手からの提案はハイリスクローリターンである。もしも負ければ一気に50時間も時間が失われてしまう。

 

「それに、そもそもそいつが死んでたらこっちの三勝で勝ちが確定だ。それ以上勝負する必要はないだろうが」

「あら、何言っているの?勝ち負けが決まっても全員勝負は受けてもらうわ」

「はあ!?なんでだよ!?」

「………ぇ」

 

 これには余裕の表情で腕組みをして見守っていたメルエムも思わず目が点になる。寝耳に水だった。

 

「これは試験よ。全員の実力を見せてもらうのは当たり前じゃない」

「だが、ほぼ勝ちが決まってるのに俺等にとってデメリットがでかすぎるじゃねーか」

「ふふふ、馬鹿ね。ここでは私達が試験官よ?理不尽な試験でもこの道を進んだ貴方達の運が悪かっただけのこと。プロハンターになるならこの程度の逆境は乗り越えなくちゃ話にならないわね。それに賭けに勝てばいいだけの事でしょう?それとも前の三人は力を証明したのに貴方は自信がないの?」

「ぐっ………くそ、いいだろう、この勝負受けてやるよっ!」

「ええ、そうこなくちゃね」

「………ぇ」

 

 レオリオは理不尽さに怒りを募らせるが、結局クラピカが動かない以上相手に従う他なかった。こうしていてもただ時間を浪費するだけなので渋々ながら勝負を受ける。

 

(………待って、ねえ、待って………え、俺がジョネスの相手すんの?………え?)

 

 一方で小細工が完全に裏目に出たメルエムは白目を剥いていた。どうせ出なくちゃいけないのなら狂った大量連続殺人犯の相手なんぞキルアに押し付け、セドカンかマジタニを相手にした方が全然マシだった。後悔先に立たずとは、まさにこのこと。内心頭を抱えてのた打ち回る。

 

(どうする?どうするよ、俺?もう三勝してるし、試合開始と同時にまいったって言う?いや、ジョネスがそれを許すか?………無理だろうなぁ。あいつ肉を掴みたいだけだし………)

 

 普通に考えれば負ける要素は微塵もない。そのまま戦ってワンパンお見舞いすれば決着は付くのだが、よほど切羽詰まった状況でもない限り彼にまともに戦うと言う思考は存在しない。レオリオとレルートが着々と賭けを進める中、どうにか戦闘を回避できないかと脳をフル回転させる。

 

(………………これしかないか)

 

 戦闘回避の手段は思いついたが、後はそれでジョネスが退くかどうか。ヒソカほどでないにしろ、とにかく人肉を掴みたいとか頭が逝っちゃってるので僅かな理性が働いてくれることを祈るのみ。

 

「すまん、賭けには自信があったんだが」

「………言いたいことはあるが、私も人の事をとやかく言える立場ではないからな」

「どんまい、レオリオ」

「まあ、まだ9時間あるんだからきっと何とかなるだろ」

 

 メルエムがあれこれと悩んでいる間に、レオリオとレルートの勝負はスケベ根性を出してしまったレオリオが手玉に取られてあっさり終了。まあ、レオリオでなくとも元精神科医の肩書を持つレルートが相手ではクラピカしか勝てる者がいないので致し方ないだろう。持ち時間が59時間から9時間に大幅に減らされるといよいよ5戦目に移る。残された最後の囚人の手錠が外され、ローブを脱ぎ捨てた。

 

「ああ、久々にシャバの肉を掴める」

「………っ!」

 

 相手の姿をみてゴンが僅かに息を呑む。現れたのは髭を蓄えた白人の大男。今まで相手にした4人とは明らかに違う空気を纏っていた。

 

『そいつの名はジョネス。解体屋ジョネスだ』

「ジョネス?まさかあの連続殺人犯のか!?」

 

 ご丁寧にもリッポー自らアナウンスでジョネスの名を紹介する。146人もの犠牲者を出したザバン市犯罪史上最悪の大量殺人犯で、異常なまでの握力をもって被害者を50以上のパーツに分解した狂人だ。

 

「俺には試験も恩赦も関係ない。ただ人間の肉を掴みたい。それだけだ」

 

 言いながら石の壁を掴み、素手で握りつぶす。ジョネスの握力は数百キロ、いや、トンに達しているかもしれない。解体屋の異名を持つに相応しい力だ。その力をみてレオリオが顔を強張らせながら提案する。

 

「メルエム。お前が強いのは分かっているが、何も無理することはねえ。試合開始と同時にまいったを言っちまえ。それで試験は終わりだ」

「あ、そっか、こっちはもう三勝してるもんね。ここで負けても───「駄目だ。そいつの降参は認めない」………え?」

 

 ゴンの発言をジョネスが遮る。分かっていたことだが、彼が肉を掴める機会をみすみす逃すはずはない。

 

「おい、コラ待て!最初の話と違うじゃねーか!」

「今この時は俺が試験官だ。この勝負のルールは俺が決める」

「この野郎っ───」

「まあ、待てレオリオ。余は構わん。向こうに従ってやる」

「いいのか?いや、まあ、お前が負けるとは思わないけどよ」

「ああ」

 

 いや、本当は全然よく無い。予想していたので諦めているだけだ。現在の試験官はジョネスであり、受験者に100%勝ち目のない勝負を仕掛ける等よほどの無茶でない限りそれがルールになる。抗議したところで無駄だろう。

 

「さて、ジョネスとやら。最初に忠告してやろう。余はまいったを言うつもりはないが、貴様は遠慮なく使って構わん」

「馬鹿が。これから行われるのはお前の解体ショーだ。俺が降参するなど面白くもない冗談だな」

「ほう、力はそれなりのようだが、その程度で余を解体すると?いいだろう。その強がりが続くのであれば少しだけ遊んでやる。だが」

 

 メルエムは、そう言うなりジョネスに背を向けて出口へと向かう。その先は行き止まりだ。受験者達が後戻りできないように固く施錠された扉があるだけ。

 

「メルエムさん?」

「一体何を───」

 

 不可解な行動に皆が訝しむが、次の瞬間あり得ない光景を目にする。

 

「………なっ!?」

「………嘘だろ、この刑務所内の扉は全部鋼鉄製だぞ?」

 

 何をしたのかと言えば、メルエムは閉ざされた扉に手を掛けると、僅かな出っ張りを持ってそこから扉を力任せに引き裂いてみせたのだ。ただの扉ではない。凶悪犯を閉じ込めるために作られた厚さ10cmはあろうかという鋼鉄の扉をだ。これにはキルアも目を見張る。自身もただの鉄であればねじ切ることも可能だが、あの分厚い鋼鉄を引き裂くことは流石に無理だ。

 

「脆いな。鋼鉄と言ってもこの程度か」

 

 金属が甲高い悲鳴を上げる音と共に、鋼鉄はメルエムの手により粘土細工のように形を変えていく。やがて、扉はバスケットボール大の球状にまで無理やり圧縮。囚人たちは皆一様に顔を引き攣らせ、まるで化け物を見るかのような目でメルエムを見ている。

 

「余は無駄な事が嫌いだ。降参するのであればそれでよし、でなければ───」

 

 鉄球をリングに放り投げるとドゴッと轟音を立てて床にめり込んだ。

 

「貴様の未来はこれと同じになる」

「………っ」

 

 一歩後ずさるジョネスにメルエムは手ごたえを感じる。もうお分かりだろうが、戦いを回避するための策は、単純に力を見せて脅すこと。つい先日、力を見せつけることでヒソカを撃退することが出来た(と思い込んでる)ので今回もこれで乗り切るつもりなのである。

 

「………………………まいった。俺の負けでいい」

 

 長い沈黙の後、ジョネスは降参を宣言する。彼は狂った思考を持つが、無論の事わざわざ死にたい訳ではない。己も力に自信があったとはいえ、力の差は明白。このまま戦っても相手の肉を掴む前に、自分があの扉と同様に文字通りミートボールにされてしまうだけだ。命があればまた機会は巡って来ると自分に言い聞かせて降参する位の理性は残っている。

 

「賢い判断だ。では通らせてもらうぞ(よっしゃ、上手くいった。やっぱり力を見せつけるのが一番だわ)」

 

 能天気に自画自賛するメルエムだったが、一番の危険人物には全くの逆効果だったことを知れば何と思うだろうか。時として知らないという事は幸せな事である。後で後悔するかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『受験番号301番ギタラクル 第三次試験合格者第2号 所要時間18時間14分』

 

 トリックタワー第一階フロアーにアナウンスが流れる。扉から現れたのは、顔面に無数の針を刺した薄気味悪い大男だった。名をギタラクル。もっともこれは偽名であり、変装した姿。本名はイルミ=ゾルディック。暗殺一家ゾルディック家の長男である。

 

「やあ、久しぶり、ってほどでもないか♦」

「………」

 

 イルミは合格者第1号であるヒソカの問いに、カタカタとどこから発しているのか分からない不気味な音で返す。ヒソカも慣れているのか特に反応を示さず話を続ける。

 

「実はちょっとキミに頼みがあってさ。正確に言えばキミを通して弟君に頼んでほしいんだけど♣」

「………ミルに?」

「そう、彼、調べものとか得意だろ?♦」

 

 ヒソカから出た意外な言葉に喋れない振りをやめる。これまで何度か依頼を受けたが、ヒソカがミルキに頼みごとをするなんて初めてのことだった。

 

「欲しい物と調べて貰いたい事があるんだ。勿論お金に糸目は付けないよ♣」

「………金額は物によるけど何を調べるの?」

 

 ヒソカは薄ら笑いでチョイチョイとイルミを手招きして、彼の耳元で小声で囁く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知りたいことは幾つかあるんだけど、まずは───闇のソナタについて知りたいんだ♥」

 

 

 

 

 

 

 

 




最初に言っておきますが、ヒソカは新たに音楽系の能力を手にしたりしません。闇のソナタに関しては、ご都合主義のタグ通りにご都合主義的な設定になりますので予めご了承くださいm(__)m


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ゲスエムな第四話

誤字報告や感想や評価等々ありがとうございます。m(__)m


 

 

 

「ありえん」

 

 目の前に映る映像に、第三次試験官であるリッポーは思わず呟いた。

 

 映像は多数決の道を行く受験者達を映し出している。彼等は全員がルーキーであり、リッポーの目から見ても破格の才を有しているように見えた。そんな彼等とコレクションの囚人たちを戦わせる様子を楽しんで観察していたのだが、一番のお気に入りであるジョネスの対戦相手が見せた異常な光景に驚きを隠せなかった。

 

 受験番号406番メルエム。彼はあろうことか分厚い鋼鉄製の扉を軽々と引き裂いたかと思うとそれを粘土のように丸めてしまったのだ。そのあまりに非常識な力に、リッポーの後ろにいる囚人たちは声すら出ずに顔を引き攣らせている。

 

(やはり何度見ても練はおろか纏すらしていない)

 

 そして、リッポーが何より驚いたのは、これらの行為が念による強化なしで行われたという事。ビデオを巻き戻し何度も凝で確認をしたが、念による強化は一切行っていない。オーラはごく自然に垂れ流しのまま。つまり素の身体能力でこれを行ったということだ。

 

「………こいつ本当に人間か?」

 

 思わず本音が漏れ出る。そんな事を考えてしまう程あり得ない光景だった。力自慢は非能力者を含めて腐るほど見てきたが、余りにも他と隔絶し過ぎている。

 

 いや、確かに鍛えぬいた強化系の能力者なら再現可能だろう。だが、それも念による強化が絶対条件となる。念なしではどう考えてもありえない。もし念による強化があれば、一体どれほどの化物になるのか見当も付かなかった。

 

「会長に報告を上げておくべきか………」

 

 本来であれば三次試験で一々会長に受験生の情報を送ったりはしないが、メルエムはプロハンターであるリッポーからしてもあまりに不自然な存在に映った。杞憂であればいいが、もし彼が本当に人外で、しかも『あそこ』から来たとすれば人間界に6番目の厄災が発生しかねない。自分でも余りに思考が飛躍し過ぎていると思うが、万が一があれば未曽有の災害になることも考えられる。どんなに低い可能性でも『あそこ』が少しでも絡んでいると思われる案件は用心するに越したことはない。一見して今までは問題行動を起こしていないようだが、一試験官である自分だけで判断するのは危険だ。ここはやはり会長の指示を仰ぐのが正解だろうと判断して、即座に連絡を取る。

 

「もしもし、リッポーだ。ああ、直ぐに会長に繋げてくれ。実は───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三次試験が終了した後、合格者達は再び飛行船に乗って第四次試験会場へと向かう。

 

 第四次試験は無人島であるゼビル島にて行われるルール無用のサバイバルバトルだ。受験生達はそれぞれくじ引きをして引いた番号のナンバープレートが3点、それ以外のプレートが1点の価値を持つ。自分のプレートは3点の価値があり、計6点分のナンバープレートを収集すれば合格となる。簡単に言えばそれぞれが狩る者であり、同時に狩られる者になる。

 

 自分のナンバープレートを狙う者からプレートを死守しつつ、ターゲットを見つけてそれを狩ることができれば合格。仮にターゲットが見つからなくても3人からプレートを奪えばそれもまた合格となる。

 

「それでは第四次試験開始です。三次試験合格者第一号のヒソカさんから順にスタート」

 

 受験生達はトリックタワーを攻略した順に次々と島に足を踏み入れた。その瞬間から各々が狩る者であり、また狩られる者へと変わる。ある者はターゲットが隙を見せるまで尾行。ある者はひたすら罠に獲物が掛かるまで待ち伏せる。そして、またある者はチームを組んで狩りを。それぞれスタイルは違うが、虎視眈々とターゲットを狩る機会を窺う。

 

 第四次試験は、技量は元より状況に応じた判断能力、無人島で生き残るサバイバル能力、誰に狙われているか分からない状況下で如何に冷静に動けるかの精神力、等々ハンターとしての技量が最も問われる試験となっていた。

 

 試験が終了するまで凡そ一週間。

 其れまでの間、一時も気の休まることのない過酷なサバイバルが幕を上げる───

 

「やっぱ、『魔法少女もげか☆モグカ』は面白いな。マミュさんのモゲっぷりなんて流石としか言いようがないわ」

 

 はずだった。

 

 いや、多くの受験者からすれば神経をすり減らす過酷なサバイバルバトルに変わりはない。だが、極少数の圧倒的強者とメルエムからすればなんてことのない試験であった。ヒソカやイルミはともかく、臆病なメルエムがなぜ余裕を見せていられるのか?それは彼のとある能力が関係していた。

 

「いやあ、それにしても四次元アパート便利すぎる。ノヴさんまじリスペクトっす」

 

 この男、試験が始まっておよそ半日程でプレートを集めると適当な洞窟の中に入り、尾行者(ハンター試験の運営側)の目を遮ると四次元アパートに引きこもってアニメやゲーム、映画鑑賞に明け暮れていたのだ。

 

 そればかりか食事は別のドアから出て美味しい外食で済ませ、夜はぬくぬくと温かいベッドでぐっすりと眠る。サバイバルのサの字も感じられない。他の受験生が知ったらぶち切れること請け合いな食っちゃ寝生活を送っていたのだった。

 

 ちなみにプレートは事前にターゲットを確認していたので、円を用いて速攻で見つけると絶で背後から忍び寄り、恐ろしく速い俺じゃなきゃ見逃しちゃう手刀で気絶させることでミッションコンプリート。

 

 まあ、本来なら半日どころか三十分もあればプレート集めは完了するはずだったのだが、中々襲い掛かる決心が付かずに半日がかりとなってしまった。その後は前述の通りに、ハンター試験を舐め切ってるとしか思えないぐーたら生活に突入し、

 

「あぁぁ、このだんだん駄目になる感じが最高だわぁ」

 

 誰よりも四次試験を満喫していたのだった。そして、あっと言う間に一週間が経過。

 

「もう終了1時間前か………そろそろ行かないと」

 

 食っちゃ寝生活を送っていた何処かの誰かさんとは対照的に、キルアがヤモリ三兄弟を相手に無双したり、そのお零れを掻っ攫おうとしたハンゾーが馬鹿をしたり、トンパと協力者がクラピカとレオリオにボコボコにされたり、ゴンがヒソカ相手に奮闘したり、バーボンの罠から何とか脱出したり、様々な出来事がありつつも試験は無事終了。

 

 自堕落な生活を送っていたメルエムは、名残惜しそうに四次元アパートから出ると慎重に身を隠しながら船着き場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『406番の方、応接室までお越しください』

 

 四次試験終了後。最終試験会場へと向かう道中にて、ネテロによる簡単な面接が行われていた。番号の若い順に面接は行われ、残すはメルエムだけとなっている。

 

(やばい、滅茶苦茶緊張する………)

 

 メルエムは面接室の前に辿り着くと顔が引き攣ってないか確認して入室。(原作で)最大の因縁の相手を前にして、腰が引けそうになるのを必死に抑えながらネテロの前に座る。

 

「さて、よく来てくれたの。最終試験の前にちょいと参考程度に聞いておきたいことがあってな」

「余に答えられることならな」

「なに、そんな難しい事は聞かんよ。気楽にしてくれてよい。まず、お主は何故ハンターを志したのか教えてもらおうかの」

 

 初めに志望動機を聞かれて逡巡する。ハンターライセンスを身分証明書の代わりに欲しいだけなんです、なんて馬鹿正直に言ってもいいのかどうか。まあ、そこまで隠す事でもないかと少しぼかして答える。

 

「余はスラムの様な場所で生まれ育ったために身分を証明する物がない。故に身分を証明すると同時に様々な特権を有するハンターライセンスが便利であると思っただけの事だ。それ以上でも以下でもない」

「ふむ、まさか流星街の出身かの?」

「違うが似たような所だ」

 

 まるっきり本当のことでもないが、嘘でもない。NGLはキメラアントが闊歩する危険地帯となっていたのだからスラムのような無法地帯とそう変わりはないだろう。次の質問に移る。

 

「では、次にお主がこの中で一番注目しているのは誰じゃ?」

「405番だ」

 

 最終試験に残った人物の写真が提示され、素直にゴンを指差す。

 

「何故か理由を聞いても?」

「特に理由はないが、強いて言うなら直感だ。ゴンはいずれ世界に名を残すとみた」

「ほほう、随分とあの少年を買っているのう」

 

 ゴンが主人公だからという理由も多少はあるが、短い付き合いの中で空気と言うかオーラが常人とは明らかに違うことを感じている。いい意味でも悪い意味でも何をしでかすか分からない。この世界でゴンが何を成し遂げるのか見届けたい気持ちがある。無論、遠くからこっそり見守る形でだが。

 

「ふむ、それでは最後に一番戦いたくない相手は?」

「………戦う利がなければ全員と戦いたくはない。無駄な争いは好まん」

 

 嘘ではないが、本当の事でもない。どんなに弱い相手でも戦うこと自体なるべく避けたいメルエムだが、特にヒソカとだけは絶対に戦いたくないでござるぅ!と心の中で叫んでいた。次点でイルミ。素直に言わなかったのは、人が悪いと評判のネテロなので馬鹿正直に答えるとヒソカと当てられそうだと思ったからだ。一通り質問をしたネテロは、面接を終了する。

 

「質問は以上じゃ。ご苦労だったの」

 

 無事に面接を切り抜けられたことに、ほっと胸を撫で下ろす。たった三つの質問で時間にして10分と経ってないが、メルエムとしてはもしかしたら自分が人外である事を見破られるかもしれないと気が気じゃなかった。人生経験が豊富過ぎるネテロは、勘やちょっとした仕草から自分の正体を(キメラアントということまでは分からないだろうが)ある程度看破しかねない。いや、既に勘付いて居る可能性も無いとは言えない。まあ、仮に見破られてもいきなり戦闘に突入することはないだろうが、最悪の場合は飛行船から飛び降りるつもりだったので心配が杞憂に終わってなによりだ。

 

「ああ、すまんが、質問を一つ追加させてもらおうかの」

「………なんだ?」

 

 と、思ったら予想外の追撃に心臓がドクンと飛び跳ねる。狙ってやったのか単に思い付きの質問なのか分からないが、酷く心臓に悪い。そんなメルエムを知ってか知らずか、ネテロは質問を投げかけた。

 

「お主はプロハンターになったら何をする?」

 

 その質問に僅かに首を傾げる。先程ハンターになるのは身分証明の為だと言ったはずだ。メルエムはハンターになったからといって何か活動をする気は全くない。今後の予定と言えば四次元アパートに籠って自堕落な生活を送りつつ、気の向いた時に聖地を巡礼や(期待してないが)日本へと帰る手段を探すだけである。

 

「………先程言った通り身分証明の為だが?」

「うむ、そこは特に疑っておらんが、それだけという事もあるまい。でなければそこまで強大な力は必要ないからのぅ。ぶっちゃけまだまだ若い者には負けないつもりじゃったが、こうして対面してみるとちょっとお主に勝てる気がせんわ」

 

 まったく年は取りたくないもんじゃのぅ、よよよ、とわざとらしく目元を拭う仕草をする。だが、その視線はメルエムの真意を見透かそうと刃のように鋭い。

 

 ネテロの言はもっともだ。様々な特典があるとはいえ、本当に身分証明の為だけにわざわざハンター試験を受けるとは考えにくい。他にいくらでも方法はあるのだから。腕試しで参加しに来る者もいないではないが、金や名誉、その他にもハンターでなければ手に入らない特別な何かを目的としてハンターになるのが普通だ。ましてや、リッポーやサトツからの報告とネテロ自身が正面から向き合って感じ取った強大過ぎる力からすれば、とてもではないが身分証明の為だけにハンターになるなど信じられない。

 

「もう一度聞く。お主はその力を持って何を成す?何を望む?」

 

 何かを成し遂げる為にはそれ相応の力が必要であり、故に人は力を求める。しかし、メルエムのそれはネテロをしてあまりに異常と言わざるをえない。まるでお祭りの射的にミサイルを使うかのように、目的とそのための力が釣り合っていないのだ。仮に身分証明云々が本当だとしても、その裏に別の目的があると考えるのが当然だろう。

 

 だが、

 

「………(え、いや、本気で身分証明の為だけなんですけど)」

 

 残念ながらここにいるのは、世界でも類を見ない圧倒的な力を持ちながら、世界でも類を見ない程の圧倒的なチキンでもある超特殊残念個体であった。いかに百戦錬磨、海千山千のネテロであってもその内面は読みきれるものではない。試験官達から挙がって来た情報、ネテロ自身が直接対面して感じ取った力の一端、王の尊顔による隠蔽、それらが残念すぎる中身を覆い隠している。

 

(ど、どうしよう。なんかめっちゃ勘違いされてるっぽいけど、それっぽい大きな目標を言った方がいいのか?でも、下手な誤魔化しは逆効果かもしれないし………)

 

 メルエムは何か物凄く勘違いされていることを悟り、内心で頭を抱える。いっそのこと王の尊顔を解除して、実は肉体が凄いだけで中身は一般人なんですー!と泣きついてみようかとも思ったが、薔薇を発動させる前のネテロのあの顔を思い出すとそれも及び腰になってしまう。

 

 いや、あれは他に手段が無くて追い詰められたが故の行為だと分かってはいるが、どうしても助けを求めようとは思えなかった。平時においてはちょっと性格の悪いお茶目なお爺さんといった感じだが、一度覚悟を決めればどんな手段も辞さない冷酷な側面もあるということを考えると迂闊な事はできない。

 

 メルエムはどう返答するか少し悩んだ末に、本心を交えつつそれっぽい目標を語ることにした。

 

「強いて言うのであれば、この力は平穏無事に生きるためのものだ」

「ふむ、平穏無事に生きるか。およそ大半の人間が望むであろうが………」

 

 とはいえ、それだけではいささか弱いので、そこにもう一つ禁忌と言われる情報を付け加える。

 

「貴様はよく知っているはずだ。この人間界が、いや、メビウス湖の中の小さな世界が存続しているのは単なる偶然に過ぎないという事を」

「………なるほど。外からの厄災を知っていてのことか」

「厄災が人間界にも紛れ込んでいることもな。なれば平穏に生きる為の力は幾らあってもいい」

 

 人間界はメビウス湖に浮かぶジオラマのように小さな世界でしかない。その湖の向こうには遥か広大な世界が広がり、人知を超えた生物や現象が腐るほどある。対抗するには幾ら力があっても足りないくらいだ。護衛軍を5人分喰った現在のメルエムとて、暗黒大陸の深淵では最強とは断言できないほどである。それはネテロも身に染みているので一先ず納得の様子を見せた。

 

「あい分かった。これで質問は終わりじゃ。下がってよいぞ」

「そうか、それでは失礼する」

 

 メルエムは軽く一礼をすると退出。その場にはネテロのみが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(406番メルエムか。リッポーの予想が当たりかもしれんが、当面の危険はなさそうじゃな)

 

 無意識に髭を撫でつけつつ、リッポーからの報告を思い出す。

 

 その報告によれば、メルエムは厚さが10cm以上ある鋼鉄製の扉を紙の様に引き裂き、粘土のように丸めてしまったと言う。極限まで鍛え抜かれた強化系の能力者であれば出来ないことはない。が、それは念での強化が必須。メルエムはそれを素の身体能力でやってのけた。しかも、大して力を入れているようにも見えなかったとも。およそ人の力によるものではないが、彼が文字通り人外であれば納得もいく。

 

(暗黒大陸の住民だったが、絶えぬ争いに嫌気がさして人間界に移住してきた。或いは魔獣の突然変異か、何らかの要因で人から人外になった。限りなく珍しいケースじゃが、こんなところかのぅ?)

 

 いずれにせよ身分証明の為、平穏無事に過ごす為、その言葉に嘘は感じられなかったのでそこまで的外れの推測ではないだろうと判断。

 

 三次試験から監視を強化していたが、仲間と一致団結し、難易度が高い多数決の道をクリアー。四次試験はプレートを集め終わると洞窟に籠りっぱなしになってしまったので監視が途切れてしまったが、プレートを奪う際にも相手を必要以上に痛めつけたりせず極力穏便な形で奪っている。至極真っ当に試験を受けており、危険な行動は見受けられない。なんだったらメルエムよりも、むしろヒソカの方がよほど危険人物だ。

 

(………一先ずは様子見を継続するのがベストじゃな)

 

 現状あがってきている情報、面接で直接対話した感触、己の勘、メルエムの行動、それらを総合すると仮に暗黒大陸の住民であってもそれほどの危険はないと判断する。

 

 人ならざる者がハンターになる事は異例だが、今回の件においてはさして重要ではない。ネテロが何よりも確認したかったのは、彼が6番目の厄災にならないかどうかその一点のみ。その可能性がないのであれば、わざわざ藪をつついて龍を出す真似をするつもりはなかった。もっとも、暗黒大陸の住民は意図せずただそこにいるだけで周囲に甚大な災いを齎す者もいるので、監視は継続する必要はあるが。

 

(さて、ちょいと面白くなってきた。あやつとは誰を当てるか)

 

 メルエムが人間界に甚大な被害を及ぼす存在ではないと判断すると、今度はハンター協会の会長としてではなくネテロ個人としての趣向が顔を出す。

 

 考えている最終試験は、負け上がり式のトーナメント戦だ。それも平等なトーナメントではなく、成績順に戦うチャンスが多く与えられる偏った編成となっている。

 

 恐らく誰と当てようと戦闘でメルエムに勝てる者はいない。今年のルーキー達は豊作で才ある者が多いが、現時点では話にならない。ヒソカやギタラクルでようやく戦いになるかどうかといったところ。自分でもそれは変わらないだろう。

 

 しかし、今回のトーナメントは単純に力が上の者が勝つといった単純な勝負ではない。対戦相手の死は即失格となり、勝利には相手にまいったと言わせる必要があった。強者はいかに相手の心を折るか、そして弱者はいかに耐えて相手を諦めさせるか、肉体と精神面における熾烈な争いとなる。ネテロが人が悪いと言われる所以はここにあるのだが、メルエムの資質をより見極めるためにも今回の試験は丁度よかった。

 

(よし、決めた。第一回戦はあやつと────)

 

 一通り組み合わせを決めるとサラサラと紙に書きあげる。出来上がったトーナメント表を見直し、若干の修正を加えると最終試験の組み合わせが確定した。

 

 その後、飛行船は三日をかけて試験会場へと到着。飛行船の中で最終試験はペーパーテストだという噂が流れるハプニングもあったが、当然そのようなことはない。予定通り相手を死なせること以外は何でもありの真剣勝負。これが最後の試験となる。

 

 

「それではこれより最終試験を始めます。405番ゴン、406番メルエムの両名は前に」

 

 

 その第一回戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終試験の第一回戦はメルエムVSゴン。

 

「お、おい、まじかよ」

「まさか最初から当たるとは………」

 

 組み合わせが発表されると同時、クラピカとレオリオは動揺を隠せないでいた。二人とも両者に対して恩がある。どちらを応援すればいいのか判断が付かなかった。キルアは表面上は淡々としているように見えるが、小刻みに体が揺れるなど落ち着かない様子だ。ヒソカは壁にもたれかかったまま無表情で何を考えているか全くわからず、イルミは僅かに目を細めて興味を示す。

 

 対するゴンはというと一瞬驚いたような表情を見せるも、直ぐに覚悟を決めたのかメルエムを真っすぐ見据えていた。メルエムは視線を合わせることなく指定された位置へと移動。ゴンも無言で後に続いて、部屋の中央で真っ正面から向き合った。

 

「両名とも準備はよろしいですね?それでは───始め!」

 

 立会人の号令と共に試験が開始。しかし、立ち上がりは静かなものとなった。

 

「………………」

「………………」

 

 開始の合図がされたにも関わらず、二人は動かない。いや、正確に言えば一方は動かず、一方は動けない、といったところか。張り詰めた空気が場を支配する。誰もが押し黙る中、沈黙を破ったのはメルエムだった。

 

「ゴン、お前は絶対に余に勝つことは出来ない。今すぐ降参しろ」

「っ………!」

 

 珍しく強い言葉で断言する。実際、言葉の通り現状ではゴンに勝ち目は一つもない。両者の戦闘技術にそれほどの差はないが、身体能力で桁違いの差がある。それに加えて念能力の有無が何より大きい。

 

 賢い者ならば勝ち目のない戦いで無理して負傷するよりも、無傷で次の試合に賭ける選択をするだろう。チャンスが多い利点を存分に使うべきである。しかし、当然のことながら、はい、分かりましたと諦めるゴンではなかった。

 

「それは出来ないよ。正直力では勝てないかも知れないけど、俺全力で行くから!」

 

 ゴンは筋金入りの頑固者だが、決して馬鹿ではない。どう足掻いたところで力で勝ち目がない事は百も承知。その上でメルエムに戦いを挑むつもりでいた。

 

「………どうしても戦うというのだな?」

「うん!」

「そうか」

 

 一点の曇りもない目で頷く。メルエムとしては、組み合わせ表を見た瞬間からこうなることは当然予想していた。ゴンが素直に引くなんてありえない。どれだけ苦痛を与えても時間の無駄だろう。となればゴンを痛め付けたくないし、原作でのハンゾーのように諦めるしかない。

 

(仕方ない、やっぱりあの手を使うしかないか)

 

 ───はずだったが、メルエムには秘策があった。

 たった一つだけ、ゴンにまいったを言わせる方法が存在する。この方法を使うのは彼としてもちょっぴり心苦しいところだが、戦闘を回避するためにも手段を選ぶつもりはなかった。

 

「ゴン、戦う前に聞いておきたいことがある。お前は余と初めて会った時のことを記憶しているか?」

「………え?勿論覚えてるよ。俺がメルエムさんの財布を拾って返した時の事だよね?それがどうしたの?」

 

 メルエムからの唐突な問いにゴンは首を傾げる。質問の意図が見えない。周囲の反応も、試験中だというのに今更何故そんなことを?と、訝し気な様子だ。

 

「そう、余は迂闊にも財布を落としたが、お前は律儀に届けてくれたな」

「落し物を持ち主に届けるのは当たり前だよ?」

「大切な試験の最中に誰とも知らない他人を気遣える人間は中々存在せんのだがな。まあ、ともかく余はそこでお前に恩を感じた訳だ」

 

 ヒソカという特大の厄に目を付けられ、周囲から避けられまくっていたメルエムにとって、ゴンの優しさや純粋さはまさしく天よりの助けのように思えたものだ。他の者達にとっては大したことではないかも知れないが、少なくとも臆病な彼が戦闘状態のヒソカを前にして飛び出すくらいには大きな恩を感じた。

 

「うん、でもそれは命を助けて貰ったことで返して貰ったから」

「そうだな。あの時、余が止めに入らねば死は確実であっただろう。それで借りは返した」

 

 十年後、いや、弛まぬ修練を重ねた5年後のゴンならヒソカを相手にしても生き延びることが出来る。いや、もしかしたらヒソカを凌駕する力を手に入れていてもおかしくはないが、念のねの字もしらないゴンでは無残に殺されてお終いだ。メルエムが命の恩人であることに間違いない。もっともヒソカをその状態にしたのもメルエムなので完全にマッチポンプ状態なのだが、それはおいといて、

 

「でだ、あの後何と言ったか覚えているか?」

「えーと、助けてくれてありがとうって、お礼を言ってから今度は逆に俺が借りを返す番だねって」

「そうだ。余は必要はないと言ったが、お前は『絶対に借りを返す』と言っていたな?」

「うん、絶対に返す……………あ……………えーと、もしかしてだけど、メルエムさん?」

 

 ハッと何かに気が付いたようなゴンと満足げに頷くメルエム。もうお分かりだろう。

 

 

「察しが良いようでなにより。さ、今すぐここで借りを返してもらおうか」

「うぉいっ!オメー、ここでそれを持ち出すのかよ!」

 

 

 この男、控えめに言って最低であった。流石のゴンも考えもしなかった展開に口をパクパクさせ、全員の意思を代弁したレオリオからの突っ込みが冴えわたる。

 

「た、確かに借りは返すって言ったけど、それは今この時じゃないっていうか、その………」

「余は今この時に返してもらいたいのだが?」

「え、えーと、でも」

「『絶対に借りを返す』その言葉を信じていたのだがな………………そうか、ゴンは約束を破るのか………命の借りとはそんなに安い物だったのだな………残念だ」

「うぅぅ………」

 

 肩を落として落ち込んだ振りをする“大根役者(メルエム)”。しかし、ゴンは約束を破らないと確信しているのでその口角は僅かに上がっているのが見て取れる。そして、暫し悩んでいたゴンだったがやがて観念したように口を開いた。

 

「………………ま、まいった」

「うむ、ゴンならば約束は守ると信じていたぞ」

 

 いけしゃあしゃあとそんな事をのたまう、メルエム改めゲスエム。周囲も彼の行動に割と引いているが、このまま戦ってもいたずらにゴンを痛めつけてしまうだけなので戦闘を回避するにはこうするしかなかった、というのが彼の言い分だ。それに、次はハンゾー戦が控えているのでゴンの成長の為にも必要な事である。まあ、単純にビビリなので戦闘を避けたかったというのが一番大きいのだが。

 

「えー、本当によろしいのでしょうか?」

「うぅ、正直納得できないけど約束だから………」

 

 ハンター協会からの立会人も少々困惑した様子で一応確認をとるが、ゴンはがくっと肩を落としながらながら頷いた。

 

「そ、そうですか。それではギブアップがありましたので、勝者メルエム!」

 

 今回で第287期と長い歴史を持つハンター試験でも、最初から最後まで殆どまともに戦うことなく合格したのは恐らくメルエム位のものだろう。ある意味偉業と言っていいかもしれないが、会場には祝福の拍手はなく何とも言えない空気が漂っていた。

 

「いや、なんつーか、こう、ゴンに怪我がなくて良かったし、メルエムが試験を合格できたのはいいんだけどよ………もうちょっと、なあ?」

「ま、まあ、次の試合にダメージを持ち越すことが無くて良かった、と考えればいいのではないか?」

「普通に戦えばゴンに勝ち目はないだろうから、その通りっちゃその通りなんだろうけどさぁ」

 

 レオリオ、クラピカ、キルアの三人は言葉では言い表せないほど微妙な表情を浮かべている。(色んな意味で)喜んでいいのか、はたまた呆れたらいいのか分からなかった。極一部を除いて他もだいたい似たような反応だ。

 

 ちなみに極一部であるネテロは思いもよらない結末にポリポリと頬を掻くが、改めてメルエムが無暗に力を振るう事がないと分かっただけでもよしとしたようだ。イルミは試合終了と共に興味を失い、そしてヒソカは不気味な薄ら笑いを浮かべるのみ。

 

「メルエムさん!これで借りはちゃんと返したから、もしまた戦う機会があったら今度こそ真面目に戦ってね!絶対だよ!?」

「ああ、そんな機会があればな」

「約束だからね!」

 

 受験番号406番メルエム。大天使ゴンの良心に付け込んで一切戦うことなくハンター試験を突破。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から捏造設定、独自解釈、ご都合主義、のタグがさらに火を吹くので苦手な方はご注意ください。


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逃げられない第五話

ヨークシン編とかGI編の展開を考えて連載にしようかと思いましたが、ネタがどうしても思い浮かばないので、申し訳ないですがヒソカとの因縁にケリをつけて一応の完結とします。多分次話で決着。続きを望んでくださる方がいらっしゃったらすみません。

※今回から戦闘描写が入りますのでちょいグロ表現が出てきます。苦手な方はご注意ください。後、前回の後書きにも書きましたが、ご都合主義、独自解釈、オリ設定、等が氾濫しております。


 

 

 

 最終試験翌日。

 プロハンターに必要な講習を受講した後、ライセンスを受け取るとメルエムは晴れてプロハンターの一員となった。特にハンターとして活動する予定は全くないが、万一職質を受けた際に困ることが無くなったのは素直に嬉しいようだ。まさしく猫に小判、豚に真珠、メルエムにライセンスであった。

 

「───ともあれ、諸君らの息災を祈る。それでは解散じゃ」

 

 最後に合格者が集められ、ネテロからの訓示が示されるとようやく本当にハンター試験から解放される。念を未修得の者はまだまだ裏ハンター試験へと道は続いているが、メルエムはここまでだ。

 

「じゃあね、メルエムさん!」

「また何処かで会おうぜ」

「それではな」

「ああ、三人とも達者でな。キルアにもよろしく伝えておいてくれ」

 

 ホテルのロビーでゴン達と軽く雑談をした後、別れの挨拶を済ませる。別れは至極あっさりしたもので、各々これから(メルエムを除いて)ハンターとしての道を歩んで行くことになる。

 

 ちなみに、メルエムが試験を合格した後は、殆ど原作と同じ流れとなったらしい。らしい、と伝聞系なのは、合格と同時に会場を後にしてトイレに引き篭もっていたからだ。試験の組み合わせが原作とほぼ一緒であり、差異はハンゾーの位置にメルエムが入ったくらい。となればボドロが死ぬ可能性が高いと考えて、結局その通りになった。

 

 薄情かも知れないが、彼が殆ど面識のない人間のために動くはずもない。そもそもハンター試験は常に死と隣り合わせであり、一次試験から既に何百人と見殺しにしているので今更だ。多少気の毒だと思ったがそれだけ。イルミが見ている前でキルアに対して何かアクションを起こすつもりは全くなかった。作中でも屈指のヤンデレに関わるなどメルエムでなくとも嫌だろう。

 

(さて、それじゃあそろそろ俺も行くか)

 

 これからククルーマウンテンに向かうであろうゴン達を心の中で敬礼して見送ると、メルエムも気持ちを新たに一歩を踏み出す───

 

「や、メルエム。ちょっといいかな?♦」

 

 が、その瞬間、会いたくない人物ぶっちぎりの№1から声を掛けられてしまう。今すぐ四次元アパートに逃げ込みたくなるが、平静を装って振り返った。相も変わらずねっとりとした視線。あやうく蕁麻疹が出てきそうなほどの拒絶反応が出るが、なんとか堪える。

 

「………道化か。何の用だ?」

 

 拒否反応を抑えながら一応何の用だととぼけてみたが、ヒソカの用件など分かり切ったことだ。彼との再戦以外にありえない。

 

「試験が終わったら僕と戦ってくれるって約束なんだけど、それ少しだけ延期してもらっていいかな?♣」

 

 が、予想はまさかの外れだった。あの戦闘狂がどういった訳か延期を打診してきたのである。思わず王の尊顔が解除されそうなほど驚く。

 

「延期だと?どういった風の吹き回しだ?」

「僕としてもキミとの逢瀬がとても待ち遠しいのだけど、ちょっとやらなきゃいけない事が出来ちゃってさ。悪いんだけどちょっと待ってて欲しいんだ♦」

「………いいだろう、余は構わん」

 

 ふん、仕方あるまい、という態度を装っているが、本音は願ってもない申し出だ。この場を切り抜けるための言い訳は山のように用意していたが、ヒソカから言い出してくれるならそれに越したことはない。後は悠々と別の大陸へと逃亡すればいいだけだ。

 

「はい、これ僕の番号。キミの携帯番号とホームコードは?♦」

 

 内心で小躍りをしているメルエムを余所に、ヒソカは自らの携帯番号を書いたメモを渡す。そして、代わりにメルエムの番号を要求するが、これに対しては答えようがなかった。なにせ身分を証明出来る物がないので、ホームコードどころか携帯すら持っていなかったのだから教えようがない。ゴン達からも番号を聞くだけ聞いておいて、後で携帯を買ったら連絡を取るつもりでいた。

 

「そんな物はない」

「嘘………ではなさそうだね。まさか携帯を持ってないとはちょっと驚きだよ♣」

 

 ヒソカも若干驚いたようにキョトンとした表情を見せる。ハンターを志す人間には、いや、そうでなくとも生活する上で必須アイテムだろうに、まさか持ってないとは思わなかった。

 

「じゃ、これあげる♦」

 

 そう言って投げてよこした物はヒソカの携帯だった。仕事用に複数台持っているのでその内の一つらしい。

 

「貴様のなんぞいらぬ」

「そう言わないで受け取って欲しいな。でないと連絡のつけようがないだろ?♦」

 

 反射的に受け取ってしまったが、今すぐ握りつぶしたい衝動に駆られる。ヒソカの携帯なんぞ大金を貰っても受け取りたくはない。何時でも連絡が取れて、居場所もGPSだのなんだのでバレバレ。メルエムにとっては呪いのアイテムも同然。とはいえ、流石に目の前で壊す訳にもいかず嫌々ながら受け取るしかない。勿論、後で偶然を装って水没させるつもり満々だが。

 

「それじゃ、こっちの準備が出来たら連絡を入れるよ。その時は存分に戦おうね♥」

「………用件がそれだけならとっとと逝け」

「くく、つれないなぁ。それじゃあ、またね♠」

 

 背筋が薄ら寒くなる不気味な笑顔のままヒソカはホテルを後にする。メルエムは誰も見てない事を確認すると盛大な溜息を吐いた。

 

(はぁぁぁぁ、やっと終わった。これで後は逃げるだけだ)

 

 ヒソカの用事が何だが知らないが、もう会う事もないだろう。いや、約束を破る気はないので数十年後には会うつもりではいるが、それまでにクロロに殺されたり、どこぞで野垂れ死んでいたらそこまでは責任は持てない。というか、そうなって欲しいと切実に願うメルエムだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れ、ハンター試験から凡そ半年が経過。

 それまでの間にメルエムは各大陸ごとに拠点を幾つか用意し、四次元アパートで各地を放浪する日々を送っている。彼の生活は基本的に4次試験の時と変わらず自堕落の一言だ。まだネット通販などがそれほど普及していないので、食料の買い出しやビデオのレンタルなどちょいちょい外に出る必要はあるが基本的に引き篭もってネットやビデオを見て喰っちゃ寝の生活を繰り返していた。まあ、いずれは聖地巡礼や日本に帰る手段を探したりする予定ではいるが、今はまだ動くつもりはない。

 

「ふむ、そうか。新人潰しの次はカストロが相手か………いや、詳しい事は知らんが、確かフロアマスター候補と聞いたことがある。まあ、それほど気負わずに胸を借りるつもりで行けばよい。お前達の才能は認めるが、念に関して初心者中の初心者ではまだ荷が重い」

 

 ゴン達とはハンター試験以来直接会う事はないが、時々連絡を取り合ってはいる。現在彼等は天空闘技場で念能力を習得、新人つぶしを撃破したようだ。そして、何故か姿を見せなかったヒソカの代わりとも言うべきか、ゴンはカストロと戦う事になったらしい。彼もヒソカに及ばないものの、十分に強者と呼べる部類に入る。今のゴンでは到底勝ち目はないが、格上の念能力者と戦うだけでもいい経験になる。

 

 ちなみに、ゴンとのやり取りは自分で契約した携帯を使っている。ヒソカの携帯は「あー、しまったー、間違えてー水に落としちゃったー、テヘペロ(棒)」と、水没させた上で、思いっきり握りつぶして米粒より小さく圧縮した上で海にポイである。

 

「ああ、応援している。それではまたな」

 

 王の尊顔と電話を切る。メルエムはそのままベッドにダイブ。ゴロゴロしながら何か映画でも見ようかと思ったが、借りて来たビデオを漁ると全て見終わってしまったものばかりだった。仕方なしに返却も兼ねて新しいビデオを借りに行く事に。天気は雨が降りそうな曇り空だ。降られない内に急げと足を速める。

 

「さて、何か期待の新作でもないかな………お、もげモグの劇場版だ。これは是非とも見ないと」

 

 レンタル店に到着すると興味の湧いたビデオを片っ端からカゴに入れていく。基本的に彼は雑食なのでSFやファンタジー、アニメ、ミリタリー、感動物、恋愛物、等々ジャンルは選ばないが、ガチのホラーだけは絶対に借りることはない。30本以上ものビデオをカゴに入れるとレジへと向かう。

 

「ありがとうございました、またお越しくださいませ」

 

 今回は期待できそうな映画が多く、店から出て来たメルエムはほくほく顔でスキップでもしそうな勢いだ。原作を知る人間がいればあまりにシュールな画に自らの目を疑うだろう。ついでに家へと帰るついでに途中のスーパーに寄って一週間程度の食料品を買い溜めする。これで引き篭もる準備は万端───

 

「やあ♦」

 

 のはずだったが、何処か聞き覚えのある不穏な声と共に肩を掴まれる。反射的に王の尊顔を発動させたためビクッと過剰に反応することはなかったが、振り返った先にある顔を見て後悔した。

 

「来ちゃった♥」

「………(白目)」

 

 未だかつてこれほど嬉しくない「来ちゃった(はーと)」があっただろうか。いや、ない。気絶しなかっただけ奇跡と言える。間近で満面の笑みを浮かべたヒソカなんぞ見たら下手なホラー映画よりもよほど恐怖映像だ。

 

「………………………道化、何故貴様がここにいる?そもそもどうやって見つけた?」

 

 たっぷり5秒ほど現実逃避をしていたが、目の前の光景が変わるわけでもないので嫌々ながら現実を認めて問う。ヒソカの携帯は現在見るも無残な姿で海中にある。よってGPSで位置を調べるのは不可能。また、一週間程度で各大陸にある拠点を転々としているので居場所を捕捉することも困難。さらにはビデオ店の会員証もメルエム名義ではなく、他人から買い取ったものなのでそこから調べるのも無理なはず。なのに一体どうやってメルエムを見つけ出したと言うのか。

 

「勿論キミと会うために♣連絡が取れなくて居場所が分からなかったけど、少々お金と時間を掛ければ、特定人物の位置を割り出すのはそれほど難しくないからね♦」

 

 世の中にはハッカーハンターといった分類のハンターが存在する。電脳世界を縄張りとする彼等に掛かれば世界中の監視カメラをハッキングすることなど朝飯前。後はハッキングした膨大な映像の中からメルエムの容姿に似た人物を独自のツールや念能力を使って数十人にまで絞り込み、ヒソカに確認を取るだけ。いかに大陸間を飛び回ろうとも普通に監視カメラに映像が残っていれば特定は容易い。本気で隠れるつもりなら人里離れた山奥に引きこもっているべきであった。今更ながらに後悔するが時すでに遅しである。

 

「で、僕の携帯はどうしたんだい?さっき言った通り音信不通になってたけど♣」

「水没して使い物にならなくなったので捨てた。後で弁償しよう」

「いや、別に構わないよ。こうして会えたことだしね。それより───」

 

 ヒソカの笑みが濃くなる。いや、その表情はもはや笑みとは呼べぬ別物。

 

「あの時の約束を忘れてないよね?♠」

 

 抑えきれないようにヒソカの体からオーラが迸る。人通りが比較的少ない通りとは言え、まだ時刻は昼過ぎ。まばらにいた通行人は、ヒソカから不穏な何かを感じ取ったかのように一目散に逃げて行く。メルエムも通行人に混じって逃げ出したい気持ちで一杯だったが、自らの肩を見てそれは無理だと悟る。

 

「………これが貴様の能力か」

「そう、“伸縮自在の愛(バンジーガム)”っていうんだ。これはガムとゴムの両方の性質を持つ。キミが逃げるとは思わないけど念のためにね♣」

 

 ゴムとガムの両方の性質を持つヒソカの能力、“伸縮自在の愛(バンジーガム)”。どうやら先程肩を掴まれた際に取り付けられたらしい。凝で見ればその存在がはっきりと認識できる。今すぐに外したいところだが、それよりも付けられたバンジーガムを見て違和感を覚える。

 

(赤い?)

 

 それはバンジーガムの色。アニメの知識として知っていたバンジーガムの色は、紫がかったピンク色だったと記憶している。こうして直に見るのは初めてなのでこの世界では元々赤かったのかもしれないが、まるで鮮血のように毒々しい色合いのバンジーガムに何故か寒気を覚えた。

 

「ちなみに、これはキミだけの特別なバンジーガム♦」

「………特別とは?」

「内緒って言いたいところだけど、教えてあげる。僕はキミと戦う目的以外にバンジーガムを使えば死ぬ制約と誓約を組んだんだ♦」

「………なん………だと」

 

 思わずオサレに驚く。感じ取った悪寒は果たして正解だった。王の尊顔を発動させていなければ、あんぐりと口を開けてアホ面を晒していただろう。それほどの衝撃だった。

 

「だからこのバンジーガムはキミから絶対に外れない。例え何万km離れようとも、念の空間に入り込もうとも、何があっても僕とキミを引き合わせる。いうなれば運命の赤い糸だよ♥」

「」

 

 とんだ赤い糸もあったものだ。メルエムは一瞬本気で気絶しかけたが、なんとか意識を保つ。

 

 制約と誓約は諸刃の剣ではあるが、上手く使えば念を覚えて間もないクラピカが緋の目があったとはいえ旅団を相手に出来るほど強力な力をもたらす。それをただでさえ世界有数の強者であるヒソカが重い制約と誓約を課せばどうなるのか?答えは簡単。メルエムでさえ力尽くで外すことが困難な異常に強力な念能力となる。

 

「そこまでして余と戦いたいのか貴様は?」

「勿論♦僕はこの戦いに全てを懸けるつもりだ。この程度はまだ序の口。この半年間、キミとまともに戦えるようになる為に色々と準備してきたからね♣」

「………全くもってご苦労な事だな」

 

 クラピカと同等に重い制約と誓約がまだまだ序の口と聞いて、もうお家にかえりゅのおおおぉぉぉ!と内心で大絶叫を上げるメルエム。だが、赤いバンジーガムがある限り何処に居てもヒソカに捕捉されてしまうので、もはや四次元アパートですら安全とはいえない。目の前が真っ暗になるとはこのことか、と理解したくないのに理解してしまった。

 

「………………いいだろう。約束通り相手をしてやる」

 

 あまりに酷い現実に絶望するも、そうしたところで状況が良くなる訳でもない。ハンター試験すら殆ど戦わずに脅しと口車で乗り切った彼であったが、今回ばかりは戦う覚悟を決めるしか道はなかった。王の鼓動を見てそれでも挑んで来るヒソカにもはやどんな脅しも通用しないだろう。

 

「少し場所を変えるぞ。ここでは目立ちすぎる」

「勿論、邪魔が入ったら興ざめだしね」

 

 二人は街を離れ、人気の全くない場所まで移動する。今日ここでヒソカを倒す。でなければ安息の日々は訪れることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここでよいな?」

「うん♦」

 

 メルエムが拠点を置いていた街からおよそ百キロ離れた場所にある荒野。周囲には所々朽ち果てた巨岩が転がっており、草木も疎らにしか生えていない。そんな荒涼とした大地にて、二つの人影が対峙する。

 

 一方はキメラアントの王として生を受け、生態系の頂点に立つべく生まれたメルエム。そして、もう一方はその頂点に挑むために全てを投げ捨てて刃を極限まで研ぎ澄ませた道化師ヒソカ。二人の視線が交差する地点では、まるで物理的な圧力がかかっているかのように空気が重く張り詰めている。

 

「ああぁ、どれほどこの時を待ち望んだことか、やっとキミと死合える♥」

 

 ヒソカは自らの体を抱きながら喜びに打ち震える。メルエムとの戦いがどれほど甘美な時間になるのか、想像しただけで滾ってしまう。これほどまでに感情が動かされたことは過去にたったの一度だけ。あの生命の輝きを見た時以来のことだ。まだ戦いは始まってもいないが、ヒソカは自らの目的を果たすことが出来ると未来予知にも似た確信があった。

 

「自殺志願者が………」

 

 対するメルエムも王の尊顔の裏側で(ヒソカとは真逆の意味で)打ち震えていた。戦うしかないとはいえ、やはり怖い物は怖い。しかも彼にとってまともな戦闘はこれが初めてなのだ。初戦闘の相手が覚悟ガンギマリのヒソカなど悪夢としか言えない。

 

 さらにいえば、今のヒソカは本当に何をしでかすか分からない怖さがあった。命を懸けた重い制約を序の口と言ったことから、まだまだ隠された奥の手が存在することは明らか。メルエムの肉体と全てのキメラアントを喰らって手に入れた莫大なオーラがそう易々とどうにかなるとは思えないが、ヒソカが全く勝算がないのに挑んで来ることはないだろう。油断は出来ない。

 

「自殺志願者?冗談。僕は生きたいから戦うんだよ♣」

「訳の分からんことを」

「くく、理解してもらえるとは思ってないよ。自分でも特殊だと思うからね………さて、お喋りはここまでにして、そろそろ始めようか♦」

「そうだな。余も暇ではない。速やかに涅槃に送ってやる」

「ああ、楽しみだ♠」

 

 両者は僅かに重心を落しオーラを体の隅々まで行き渡らせ臨戦態勢へと移行。

 

 最強対最狂の戦いが今始まる。

 

「───ふっ!」

 

 最初に仕掛けたのはヒソカ。まずは小手調べとばかりに何処からともなくトランプを取り出すと腕を鞭のようにしならせて射出。常人からすれば目にも止まらぬ凄まじい速度で飛来するトランプだが、メルエムの超人的な動体視力からすれば十分目で追える速度でしかない。余裕を持って躱す。しかし、その後の光景に僅かに目を見開いた。

 

 避けたトランプはそのまま一直線に進み、あろうことか岩を切り裂いた。切り口はまるで鏡面のような滑らかさであり、異常なまでの切れ味。周で強化したトランプであればそれくらい出来ない事もないのだが、問題なのは投げられたトランプが一切念で強化されていなかった点だ。紙でも使いようによっては人の皮膚程度は容易に切れるが、いくなんでも強化もせずに岩を切ることなど不可能。

 

「………そのトランプは一体何だ?」

「いいだろうこれ。ゾルディック特製の合金で出来たトランプさ」

 

 ヒソカはメルエムと戦うにあたって使用する道具も可能な限り強化していた。今までは市販の紙のトランプで十分事足りていたが、化物を相手にそれではあまりに不足。材質から厳選し、紙ではなくミルキが作り出した特製の合金を使う事にした。そのため一枚一枚の重さが3キロを超える馬鹿みたいな超重量となっており(もはやトランプと言っていいのか疑問ではあるが)その分強度と切れ味は折り紙付き。また、ヒソカが全てのトランプに手ずから神字を彫り込むといった力の入れようだ。周で強化すれば鋼鉄すら紙のように切り裂くだろう。

 

「さあ、どんどんいこうか♦」

 

 今度は念を込めてトランプの波状攻撃を仕掛ける。その全てにバンジーガムが貼り付けられているため、指先の僅かな動きで複雑な軌道を描きながらメルエムへと殺到する。

 

 鋼鉄をも軽く切り裂くトランプが数十枚。それが前後左右上下から襲い掛かって来る。逃げる隙間はない。並みの能力者ならば既に詰みの状態。それなりの使い手であっても無傷で切り抜けられる者がどれほどいるだろうか。

 

 しかし、メルエムからすればこの程度は危機とは言えない。纏から堅へ。ただそれだけで溢れ出すオーラが殺到するトランプを弾き飛ばす。

 

 無論、ヒソカもこの程度の攻撃が通用するとは微塵も思っていない。今度はジョーカーを一枚だけ抜き取りオーラを収束。さらに全身にオーラを漲らせると、地面が砕けるほど強烈に踏み込む。そして、弾丸のような速度で突貫。

 

 二人の間合いは一瞬でゼロとなり、激しい攻防が繰り広げられる。ヒソカは手にしたジョーカーで雨霰とばかりに無数の斬撃を繰り出し、さらには先程弾かれたトランプをバンジーガムで引き寄せ死角からの奇襲とする。対するメルエムはその身体能力に物を言わせ、全ての攻撃を目で見てから躱していた。

 

(やっぱり身体能力が桁違いだね♣)

 

 数百、数千に及ぶ攻防の末、身体能力の差を改めて認識する。メルエムの戦闘技能はそれほど高くない。というよりも殆ど素人同然。無駄な動作があまりに多く、こちらが少しフェイントを仕掛ければ面白いように引っ掛かる。

 

 しかし、問題は引っ掛かったとしてもその出鱈目な身体能力で強引に動きを修正してしまうところにある。しかも今はまだ“王の鼓動(キングエンジン)”を発動させていないにも関わらずだ。世界有数の実力者を自負する自らに対して見てから回避余裕でした、を素で出来る人間がこの世に存在するとは思いもしなかった。いや、ここまでくると本当に彼が人間なのか疑わしい。それほどまでに、生物としての圧倒的な格の違いを感じさせられた。

 

「いいね、そうだよ、そうこなくちゃ♦」

 

 だが、その事実はヒソカにとってマイナスではなく、寧ろプラスにしかならない。メルエムが遥か高みにいるからこそ自分は生を実感できる。精神の高揚からオーラが増大。旅団で随一のオーラ量を誇るウヴォーすら上回る勢い。いや、それだけでは終わらなかった。

 

「………っ」

 

 思わず強引に距離を取るメルエム。その目には今までにはない程の警戒心が見て取れた。

 

 精神状態の変化はオーラに直接関わるので、感情の起伏から戦闘中に多少の増減があったもおかしくない。しかし、ヒソカのオーラはどう考えても感情や精神力でどうにか出来るレベルを超えて上昇し続けていた。

 

 より強大に、より禍々しく。

 

 気づかぬ内にメルエムの額から一筋の汗が流れる。ヒソカの変化は明らかに異常だ。最終的にそのオーラは、護衛軍で頭一つ抜き出たオーラ量を誇るユピーを優に凌ぎ、禍々しさはピトー以上になっていた。

 

「………貴様一体何をした?」

「驚いてくれたようで何より。キミは闇のソナタって知っているかな?♦」

「確か魔王が作曲した独奏曲だと聞いたが………まさか、貴様」

「うん、それは本当だったらしい。あれを演奏したらこの通りだよ♠」

 

 ヒソカはこの半年の間に念に関する遺物を片っ端から集めて試していた。だが殆どは眉唾だったり、効果がなかったりと金と手間をかけた割に成果の無い物ばかりだった。しかし、唯一効果があったと言える物がある。それが闇のソナタだ。

 

 闇のソナタとは、魔王が作曲したとされる独奏曲であり、ピアノ・バイオリン・フルート・ハープの4つからなる。人間が演奏したり聞いたりすると恐ろしい災いがふりかかるとされている。

 

 ヒソカはとある音楽大の名誉教授をあらゆる手段で脅し、バイオリンパートの楽譜を入手するとなんら躊躇いなく演奏した。結果、オーラ量は尋常ではない程に上昇することとなる。もっとも、単にオーラが増大するだけなんて上手い話があるはずもなく、

 

「まあ、この通り代償はそれなりに大きかったけどね♦」

 

 “災い”が今この時もヒソカを蝕んでいた。ヒソカが自身の右腕を一撫ですると、“薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)”が剥がれ落ちる。

 

「………………(───っっ!?)」

 

 ドッキリテクスチャーの下に隠された腕は、まるでゾンビのように爛れて半ば腐りかけているようだった。

 

 ヒソカは腕だけを見せたが、既に右半身が同じような状態になっている。今はまだ精神力とオーラで抵抗しているが、やがてそう遠くない内に全身が侵されるだろう。

 

 ヒソカの推測では闇のソナタとは、魔王を再誕させるための儀式なのではないかと見ている。バイオリンパートを演奏している最中に気が付いたが、これは死者の念だ。自身もこれまでに数多の死に触れてきたが、今まで感じたことがないほど死の気配が強い。

 

 魔王は恐らく“今は”死んでいる。だが、死の間際に闇のソナタを残したのだろう。ピアノ・バイオリン・フルート・ハープの四つの演奏者は生贄だ。演奏した者達は死へと近づく毎にそのオーラを強大にさせてゆく。そして、彼等4人を生贄に捧げることで魔王が再誕する。

 

 もしかしたら的外れの仮説かも知れないが、ヒソカにとってはどうでもよかった。オーラが増大し、メルエムと戦えるレベルになる事実だけが重要なのだ。

 

「………それが貴様の切り札か」

 

 メルエムはヒソカの覚悟を知り、警戒心を最大にまで引き上げる。というか今すぐ帰りたくて仕方なかった。

 

 闇のソナタによりオーラが増大したとはいえ、まだまだメルエムには遠く及ばない。しかし、ハンター試験の時と比べれば雲泥の差だ。その差は確実に縮まり、ともすれば今のヒソカならばメルエムに傷を負わせることも可能かもしれない。と、思っていた。

 

 メルエムはまだヒソカの覚悟を見誤っていた。

 

 

 

 

 

 

「違うよ。これも札の一つではあるけど本当の切り札は───これから」

ヒソカは自らの左胸に手を当てると、あろうことか己が心臓を抉り出す。

 

 

 

 

 

 

 ぐちゃり、ぶちぶち、と肉を引き千切る生々しい音が荒野に響く。メルエムは目の前の光景を理解できず、声も出なかった。

 

 心臓は言うまでもなく生命維持に最も重要な臓器の一つだ。血液の循環を担う心臓がなくなれば、人は数分で死に至る。ヒソカの取った行動は自殺行為に他ならない。

 

 だが、何故だろうか。何もせずとも直ぐに死ぬはずのヒソカを前にして全身に最大級の悪寒がはしる。本能が今すぐにヒソカを攻撃するべきだと訴える。しかし、メルエムは呆然として動くことが出来ず、ただヒソカの凶行を見ている事しか出来なかった。

 

 そして、瀕死のはずのヒソカは口元を自らの血で真っ赤に染め、信じがたい言葉を発する。

 

 

 

 

 

 

 

「“王の鼓動(キングエンジン)”」

 ドクン、とないはずの心臓が脈動。ヒソカの体からゆらりと蒸気が立ち上る。

 

 

 

 

 

 

 

「っっ………!?馬鹿な!?」

 

 我に返り、思わず叫ぶ。あり得ない。ヒソカは確かにメルエムの目の前で自らの心臓を抉り出した。その証拠に彼の右手には心臓が握られており、胸からは血も流れ出ている。

 

 それなのに何故、心臓が脈打つ音が聞こえる?何故、王の鼓動が使える?メルエムは混乱の極致に陥るが、ぽっかりと空いたヒソカの左胸に赤いオーラで出来た何かが蠢いていることに気が付く。それを見て一つの可能性に思い至った。あり得ないと思いつつも、それしか説明がつかない。

 

 ヒソカはメルエムとの隔絶した身体能力の差を少しでも埋める為、脆弱な己の心臓を捨てて念で新しい心臓を作り上げたのだ。

 

 王の鼓動は、心臓を強化することにより血液の循環速度を速め、身体能力を劇的に上昇させるパンプアップの超強化バージョンだ。原理自体は簡単だが、普通のパンプアップならまだしも王の鼓動を使用するには、人間の心臓では圧倒的に強度が足りない。これを使おうとするならば、メルエムのように純粋に強靭な心臓か、もしくは“ゴム”のように伸縮性と耐久性に優れた心臓が必要となる。

 

 そう、ゴムだ。ヒソカはバンジーガムのゴムとガムの性質を利用すれば王の鼓動を再現できないか考えていた。心臓は重要な臓器だが脳ほど複雑怪奇な構造をしていない。極論ではあるが、ただのポンプである。ならば念で疑似的な心臓を作り出すことは難しくない。形を整えてゴムの伸縮により血液を循環させればいいだけ。

 

 そうしてバンジーガムで出来た心臓は、ただの人間の心臓とは比べ物にならない強度と伸縮性を持つ。それこそ王の鼓動を発動できる程に。

 

 ヒソカはメルエムと戦うため、文字通り全てを投げ捨てて力を手にした。

 

 ゾルディック家特製のトランプ。対メルエム用のバンジーガム。闇のソナタによる莫大なオーラ。そして、王の鼓動による身体能力の劇的な強化。ここまでしてようやく勝てる可能性が僅かに見えてくると考えた。常人には理解できない、まさしく狂人の思考。

 

「………………」

 

 メルエムは、ヒソカの凶行を前にただただ絶句するしかなかった。ヒソカの行為は、可能か不可能かで言えば確かに理論的には可能だろう。だが、考え付いても本当に実行するなど正気の沙汰ではない。仮に勝負に勝ったとしても待っているのは確実な死だ。バンジーガムを維持できなくなった時にヒソカは死ぬ。人工心肺という手もあるが、仮にそれが上手くいったとしても闇のソナタの侵食が全身に回ればやはり死ぬ。ヒソカは戦闘が始まる前に生きる為に戦うと言ったはずなのに、あの言葉は一体何だったと言うのか。

 

(………なんなんだよ、こいつ)

 

 分からない どうしてそこまで出来るのか

 分からない 何がヒソカを突き動かすのか

 分からない 何故命をそう簡単に捨てられるのか

 分からない 死は怖くないのか

 分からない ヒソカを理解できない

 

「ゴホッ………ケホッ……ああ………上手くいって良かった♠」

 

 口元の血を拭いながら何でもないように佇んでいるヒソカ。それがいっそう恐怖を引き立てる。

 

 メルエムは根っからの臆病だ。怖いと思う物はこの世に腐るほど存在する。

 

 だが───

 

 

「待たせたね。さあ、楽しいダンスを再開しよう♥」

 

 

 これほどまでに心の底から恐怖を覚えたのは、メルエムとしての生を受けてから初めての事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第五話要約
ヒソカ「僕自身がバンジーガムになることだ」
メルエム「」

流石のメルエムも今回ばかりは逃げられませんでしたという話。
ヒソカの狂気を少しは再現できてるかな?感想があればお願いします。

※以前に感想で教えて貰ったのですが、現実世界のバンプアップは、筋トレ後に一時的に筋肉が膨らむだけで、筋力はむしろ平常時より低下するそうです。なのでここでは、エアギアのブッチャが使うバンプアップやルフィ―のギアセカンド的な感じで使われているとしてください。


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因縁の第六話

今回短いです


 

「あはははははははは!自分の体に振り回されるなんて初めてだよ!♦」

 

 狂ったように嗤いながら距離を詰めるヒソカ。動揺しながらも対抗するように王の鼓動を発動させるメルエム。両者は真っ向から衝突し、戦闘は第二ラウンドへと移行する。

 

 人智を超えた両者の戦いはもはや戦闘と呼べるものではなく、局所的な災害の様相を呈していた。

 

 メルエムの拳が大地に巨大なクレーターを作り上げ、ヒソカの蹴りは遥か上空の曇天の空を引き裂く。二人の拳の衝突は遠く離れた街にまで衝撃が届き、行き場を失った高密度のエネルギーが周囲一帯を吹き飛ばした。

 

 戦場となった荒野は、もはや薔薇の爆心地も斯くやと言った有様となっている。両者が牽制に放つ一発一発の攻撃がビックバンインパクトを超える攻撃ともなればそうなるのも当然だろう。

 

「凄いなぁ!これがキミが見ていた光景か!♣」

 

 興奮したように捲し立てるヒソカ。最初の頃こそ王の鼓動で桁違いに上昇した身体能力に振り回されていたが、持ち前の天才的な格闘センスにより、一挙手一投足ごとに動きを修正。より速く、より鋭く、より正確に。戦いの中で無駄な動きが排除されていく。

 

(やばい、やばいやばいやばい!この化け物もう王の鼓動に慣れてきやがった!は、早くどうにかしないと………っ)

 

 背筋を冷たい汗が伝う。興奮状態のヒソカに対してメルエムは応戦しつつも内心では恐慌状態に陥っていた。ヒソカが王の鼓動を制御するのに掛かった時間は僅か一分に満たない。化物そのものであるメルエムをして、化物と言いたくなる成長速度で迫りくる。

 

 怖い。恐ろしい。この場から一刻も早く逃げ出したい。

 

 メルエムの心情は、大半がそのような思考で埋め尽くされていた。元々絶対に勝てる戦いであっても可能な限り戦いを避けようとする彼が、今のヒソカを相手にすればこの反応も当然である。ハンター試験の際は隔絶した実力差があったため、言い換えれば余裕があったためにゴンを庇う決心が付いた。しかし、その差は着実に縮まって来ている。後ろからメルエムを追うヒソカの足音が聞こえてくるようであった。

 

 無論、縮まっているとはいえ、それでもまだメルエムの方がオーラ量、身体能力、共に大きく上回っている。だが、その差を例えるなら格闘経験がない肉体を鍛え上げた大人と戦闘技術を学んだ小学生だ。素手で真っ向から立ち向かえば子供に勝ち目はないが、ナイフの一本でもあれば話はまた変わって来る。万が一が起きかねない。

 

「ああぁ、楽しいな!キミとのダンスを何時までも続けていたくなるよ!♠」

 

 大地を砕きながら高速移動を繰り返すヒソカ。王の鼓動に慣れてくると、一直線に突っ込んできたかと思えば激突する直前で真横の巨岩にバンジーガムを貼り付けてゴムを収縮、無理矢理直角に曲がってみせるなどトリッキーな動きやフェイントを織り込んでメルエムを翻弄し始める。

 

「ちっ!」

 

 今まではフェイントに引っかかったとしても、身体能力の差で後から回避をしていたメルエムだったが、ヒソカが王の鼓動を取得した今、徐々に対処が追いつかなくなっていく。ヒソカの牙は着実にメルエムへと迫っていた。

 

 

 そして

 

「───あぁ、やっと届いた♦」

 

 

 幾千幾万の攻防の末に、ヒソカの右手に確かな感触が伝わった。

 

 自ら神字を刻み込んだトランプに莫大なオーラを注ぎ込み、人外の力で一閃。空間そのものを断ち切るかのような一撃は遂にメルエムに届く。

 

「………これは………血?………………俺の?」

 

 首筋に手を当てれば、そこには鮮やかな紅。戦闘中にもかかわらず、一瞬だけ呆然と赤く染まった手を見詰める。

 

 傷は致命傷には程遠い。首からの出血とはいえ、軽く表皮を切り裂いただけで頸動脈には全く届いていないのだから。そもそも仮に頸動脈を切られてもメルエムの肉体からすれば大した問題ではない。筋肉を締めて止血すれば後は自己治癒で事足りる程度。しかし、流れ出る鮮血はメルエムに深い衝撃を与えていた。

 

 痛み自体に衝撃を受けた訳ではない。いや、彼は痛い事も勿論嫌いなのだが、問題は全力で堅をすれば薔薇の直撃ですら楽に耐え得る防御を貫いてダメージが入ってしまったことだ。

 

 半年前の実力差なら何をしようともかすり傷さえ付けられなかった。二人の戦力差は象と赤ん坊以上であり、どれほど重い制約と誓約を己に課そうともそれ以上の圧倒的な力で踏みつぶされて、いや、そもそもメルエムの性格からして四次元アパートに逃げ込まれて終わりだっただろう。

 

 しかし、今は違う。半年間の入念な準備、誰もが忌避する外法、命を賭した覚悟。持てる全てをこの一戦に注ぎ込んだヒソカはメルエムに届く牙を手に入れていた。赤いバンジーガムがある限り逃げることも出来ず、ヒソカの手は彼に届く。それ即ち、命を脅かされるということ。

 

 スペックだけでいえば原作の王を遥かに超える自分に、傷を負わせることのできる存在は人間界には殆どいないと思っていた。仮にそんな稀有な存在に出会ったとしても、速攻で逃げて四次元アパートに引き篭もればいいと心の何処かで甘く考えていたのだ。しかし、それがここにきて覆る。その衝撃は動きを止めるに余りあるだろう。

 

「隙だらけだよ♠」

 

 無論、その好機を逃すヒソカではない。猛攻猛打。空を引き裂く蹴撃が、鋼鉄を紙のように切り刻むトランプが、瞬きの間に数百発と打ち込まれる拳が、メルエムを打ち据える。一般的なハンターでは、いや、十二支んクラスのハンターであろうと、軽く数十回は死んで余りある威力が瞬きをする間に叩き込まれた。

 

「………っっ!?」

 

 ヒソカの猛攻に我に返る。戦闘中に隙をみせれば代償を払うのは当然。全身は数百を超える殴打に加え、トランプにより切り裂かれた傷は既に数十ヶ所に上る。

 

「貴様っ!」

 

 防戦一方はまずいと恐怖を押し殺し、強引に流れを断ち切って反撃に出る。だが、メルエムの単調な攻撃は猛牛の突進を避ける闘牛士のように紙一重で躱される。拙いながらフェイントを混ぜて仕掛けてみるが、悉く読まれてお返しにカウンターまで貰う始末。

 

「くく、凄い力だけど当たらないと意味がないね♦」

 

 余裕の表情で指摘するヒソカにメルエムの表情が歪む。実際にはヒソカにもそこまで余裕がある訳ではない。魅せる為にわざと紙一重で避ける闘牛士と違って、神経を極限まで研ぎ澄ませ死に物狂いで避けている。何せ一発でも貰えばそのままお陀仏になりかねないのだから当然だろう。しかし、それをおくびにも出さない。ヒソカとメルエムでは明らかに役者が違った。

 

「………くっ(痛い、痛い痛い痛い痛い!)」

 

 積み重ねられた殴打や切り傷に体が鈍痛を訴える。いずれも致命傷とは言えないが、絶対的な防御力を超えてダメージを蓄積させていく。

 

(ど、どうすれば………どうすればいいっ?)

 

 ヒソカを相手に逃げの一手は許されない。赤いバンジーガムがある限り何処に逃げても地の果てまで追いかけて来る。振り切るにはここで倒すしかないが、そもそも攻撃が当たらなかった。一方的なリンチを受けているのに一体どうやって倒すと言うのか。ならばやっぱり逃げるしかない、しかしバンジーガムがある限り───

 

 逃げることは不可能。さりとて攻撃が一発も当たらないのでは倒すことも出来ない。メルエムは猛攻に晒されながらも何とか現状を打破する方法を考えるが、痛みと恐怖からくる混乱で思考の堂々巡りに陥っていた。怠惰のツケとも言うべきか。戦闘経験が皆無であるということもさらに拍車をかける。

 

 そうしている間にもダメージは少しずつ、だが着実に蓄積されてゆく。その現実を前にしてメルエムの脳裏に一つの最悪な結末が過る。

 

(早くどうにかしないと、このままじゃ、このままじゃ殺され…………………殺される?)

 

 死を意識してメルエムの動きが止まる。

 

 

(………ヒソカに殺される?………俺は………ここで死ぬ………?)

 

 

 今まで無意識に除外していた自分が死ぬという可能性。その可能性を認識した瞬間、頭が真っ白に染まる。

 

 戦闘中に見せてしまったあまりに大きすぎる隙。ヒソカは何らかの罠ではないかとの考えが過るが、それも本当に一瞬だけだった。次の瞬間には、さらなる暴力の嵐が吹き荒ぶ。

 

 メルエムの肉体はまるでピンボールのように空中で弾かれる。上下左右から打ちのめされ、頑強な肉体からもついには悲鳴が上がった。最後は強烈なアッパーを食らって数百メートルの高さに打ち上げられると、回り込んだヒソカの強烈な踵落としで地面に叩きつけられる。耳を劈く様な轟音が鳴り響き、メルエムが墜落した地面には広大なクレーターが出来上がる。そのあまりの威力に局所的な地震が観測されるほどであった。

 

「手応えあり。でも、まだまだこんなものじゃないだろ?さあ、もっとキミの力を見せておくれ♥」

 

 クレーターの底で横たわるメルエムに喜々とした表情で語り掛けるヒソカ。手応えはあったが、生物の頂点たるメルエムがこの程度で終わるはずはない。いや、終わっていいはずがない。メルエムとの戦いは確かに楽しいが、まだ最大の目的は果たしていない。ヒソカには油断も隙もなく、勝負はこれからだとばかりにオーラをさらに滾らせる。

 

 しかし、肝心のメルエムはピクリとも動かなかった。

 

「………」

「メルエム?♣」

「………」

「冗談だろ?キミが今ので終わる訳が───♠」

 

 まさか、そんな馬鹿なと思うが、もう一度呼びかけても微動だにしない。メルエムの目は閉じられたまま。眩いばかりだった命の輝きも今や風前の灯火だ。

 

「………………………………まさか、見込み違いだったとはね」

 

 高揚していた精神が冷めていく。ヒソカの表情から喜が抜け落ち、残ったのは能面のような無。考えたくなかったが、見込み違いだったと言わざるをえない。戦闘それ自体は楽しむことは出来たが、生命の輝きを手に入れるどころか、触れる事すら出来ずに終わってしまった。

 

「………せめて最後にクロロの所に駆け込むか。間に合うといいけど♦」

 

 全てを、文字通り命すら賭けた結果がこれではあまりにやるせない。これからという所で完全に消化不良だ。自分にはもはや時間がない。ならば最後にせめてメルエムと出会う前は最高のご馳走だと思っていたクロロと殺し合って終わるのもいいだろう。十中八九旅団員達の邪魔が入るが、このまま座して死を待つよりは何倍もいい。

 

 もはや輝きを失ったメルエムに用はない。止めを刺そうと歩を進める。そして、トランプを振りかぶった瞬間だった、

 

「………………な」

 

 微かな声に動きを止める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ざけ……な」

 

 人は死に直面した時、およそ二種類に分かれるという。

 

 一つは諦める者。

 死とは忌避すべきものであり、抵抗するのは当然のこと。だが、死に抵抗すればするほど苦痛や恐怖は長引く。逆に諦めて死を受け入れれば苦痛や恐怖から解放される。死は忌避すべきものであると同時に全ての者に平等に訪れる安息と言い換えてもいい。諦めた者が弱い訳ではない。楽な方へ進みたいと思うのは人間のみならずともそうだろう。

 

 そして、もう一つは死に抗う者。

 生きるという事は生物の根底に根差した本能だ。生の先にある終着点は皆等しく死であるとはいえ、だからこそ限りがある命を大事にする。精一杯生きて輝かせる。そのためには泥水を啜り、石に噛り付いても生きようとする者もいる。

 

 では、彼はどちらだろうか?彼は誰よりも臆病だ。ならば苦痛や恐怖が長引くことのない前者を選ぶだろうか?

 

「………ふざけるな」

 

 否。

 

「ふざけるな!お前なんぞに二度も殺されてたまるか!!」

 

 彼は死に抗う者。

 

 感情が爆発する。ただ思いのままに叫ぶ。何を口走ったか彼自身理解していないだろう。そこにある矛盾に気付かぬまま彼は立ち上がり、ヒソカと本当の意味で正面から向き合う。

 

「二度?いや、それよりキミは───」

 

 前世の彼は誰よりも臆病だった。危険な場所には絶対に近寄らず、リスクのある行動は取らない。過剰な程周囲の安全に気を配って生活をしていた。もっとも、いくら本人が気を付けても不慮の事故というものは起きてしまう。前世での死因はトラック同士の正面衝突により、弾き飛ばされた片方に運悪く轢かれてしまったこと。こればかりはいくら気を付けてもどうしようもなかった。

 

 現在の彼も臆病だ。最強に近い力を手にしても微塵も変わらない。可能な限り危険や争いを避け、平穏を求める。

 

 彼は臆病だ。それは前世も現在も変わらない事実。だが、一つだけ言わせてもらうならば、彼が臆病なのは単純に怖がりだからではない。

 

 彼が臆病なのは、誰よりも生きたいと願っていることの裏返しである。

 

 今、彼の中にある感情は死への恐怖ではなく、生存への欲求。誰よりも何よりも生きたいと願う純粋な生への渇望だけだ。彼がそのようになったのは前世での影響───ではなく、さらにその一つ前での出来事に起因する。

 

事の発端は、()()()

 

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ご都合主義「やれやれ、本気を出す時がきたようだな」


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最終話

ご都合主義ここに極まれりな最終話をどうぞ。ちなみ2話目のヒソカの内面を読んでからだと理解し易くなるかもしれません。分かりにくく申し訳ない。


 とある国のとある場所では、この世の何を捨てても許される。

 

 かつて独裁者の人種隔離政策から始まったその地は、1500年以上も前から廃棄物の最終処理場として存在していた。公には無人地帯となっているが、実際には行き場をなくした多くの人々が廃棄物を再利用することで生活をしている。

 

 そんな場所に一人の男がいた。特に秀でた身体能力や頭脳を持たない、どこにでもいるような平凡な男。そんな彼にある最初の記憶は、ゴミ漁りをしている自分だ。物心が付くかつかないかの子供の時に捨てられたが、幸運にもなんとかゴミ漁りで命を繋ぐことが出来た。

 

 ここは様々な理由から数多くの人種が集まっている。犯罪者、捨て子、故郷を追われた民族、等々色々な理由で行き場を失った人々が最後にここに来る。

 

 普通は多くの人種が集まればそれだけ対立も多くなるはずなのだが、ここにおいてはその常識は当てはまらない。全てを受け入れるこの場において、彼等は異様なまでに固い結束で結ばれている。もし、同胞が不当な扱いを受ければ自爆テロで報復することに何の躊躇もないほどに。

 

 一人の為に何十人も人間が笑顔で命を投げ捨てる。昨日までは隣で同じくゴミ漁りに精を出していた人物が、次の日には笑顔のまま物言わぬ肉塊に変わっているのだ。外の住民からすれば異常な精神構造と言わざるをえないが、ここの住民はそれを異常だとも思わない。生と死に対する意識が決定的に違っていた。同胞に対する絆は何よりも重く、命の価値があまりに軽すぎる。

 

 そんな異常の中で育ちながら、彼は至極真っ当な思考のまま育った。仲間への不当な仕打ちに対して報復することは構わないと思う。しかし、同時に報復で命を投げ出すなど正気の沙汰ではないとも思っていた。なぜ彼等は命を簡単に投げ出せる?今まで何の為に生きていたのか?死は怖くないのか?命は一つだ。命を失えばそこで終わり。その先には何もない。だからこそ大切にするし、精一杯生きて輝かせようとするのではないか。

 

 命の価値があまりに軽いその場所で、彼はいつしか誰よりも生きたいと願う様になっていた。自分は絶対に命を投げ出さない。笑顔のまま物言わぬ肉塊になった同胞を見て、彼は心の中で決意する。必ずこの場所から抜け出して、自らの生を全うしてやると。

 

 やがて月日は流れ、ようやくこの異常から抜け出す時が来た。幾ばくかの金と苦労して手に入れた身分証を手に意気揚々と外の世界へと出る。

 

 期待に胸が躍った。新しい生活への一歩を踏み出す毎に力が湧いて来る。戸籍も人脈も金もない。そんな彼が外に出るためには、多くの時間と多大な労力が必要だったが、彼は一心不乱に目標に向かって走り続け、とうとう幸せに生きる権利を掴んだ───と、思っていた。

 

 世界は理不尽で満ちている。

 

「キミ、ちょっといいかい?♦」

 

 最初に出会った人物は、世界でも特級の危険人物であった。自らをヒソカと名乗る人物は、まるでピエロのようなメイクと服装をしていた。嫌な予感。彼は殆ど反射的に急いでいるからと断りを入れ、そそくさと立ち去ろうとする。見知らぬ相手、しかも、あそこの住民達と少しベクトルは違うが、危険な匂いがプンプンと漂っている。そんな人物を相手にほいほい誘いに乗るほど馬鹿ではない。

 

 しかし、ヒソカから逃げることは叶わなかった。見えない何かに拘束されたかと思うと、引きずられるようにして連れ去られてしまう。連れていかれた先は廃工場。嫌な予感が確信に変わる。

 

 そこでヒソカは彼をあらゆる方法で痛め付けた。肉体と精神の両面からじわじわと嬲る。死なないように手加減を加えていたが、むしろその方が絶望が長引くだけであった。ただの一般人では三十分も持たない内に殺してくれと叫んでいだろう。そんな拷問が三日三晩に渡って繰り返される。

 

 ヒソカが彼をターゲットにした理由は特にない。ただ強いて言うのなら、生命力に満ち溢れていた彼が死の恐怖に折れた時、どんな顔をするのか見たかっただけである。

 

 誤算は、彼が決して折れることなく生存への意思を持ち続けたこと。ヒソカの予想では、一時間もしないで心が折れるとみていた。そして、折れた時に素晴らしい表情を見せてくれるだろうと楽しみにしていたのだが、一時間が過ぎ、二時間が過ぎ、さらには一日、二日と過ぎても彼が折れることはなかった。どれほどの屈辱を味わわせようとも、絶望させようとも、見苦しく命乞いをしながらも決して生きることを諦めない。最初は興味本位のただの戯れであったが、いつしか彼の瞳に映る生命の輝きに惹かれていた。

 

 彼が死んだのは四日目の朝を迎える前のこと。ヒソカは彼を殺さず生かさずの状態で留めていたが、如何せん拷問は専門分野という訳でもないので加減を見誤った。冷たくなった彼を前にしてヒソカは初めて喪失の感情を味わう事になる。

 

 そして、彼が死んだ後に事は起きた。死者の念が発動する。無論、彼は念能力者ではなかった。しかし、死にたくない、生きたいという世界中の誰よりも強烈な意志が三日三晩に渡る拷問の中で念を作り上げる。

 

 その能力は、名付けるのであれば憑依転生と言ったところか。簡単に言えば魂を別の器(体)に移し替えることが出来る能力だ。ただし死後の念であるだけに死んだ後でしか発動できず、器を選ぶのは念能力自体が判断をすることになるが。

 

 念能力は発動と同時に、彼の無念を汲み取り行動を開始する。即ち、平和に生きたいとの願いを叶える為、こんな危険極まりない世界にいられるか!とばかりに世界を捨て、次元すら超えて現代の日本にまで辿り着く。そこで極々一般的な夫婦の子供として生まれ変わりを果たすこととなった。

 

 生まれ変わった彼に前世の記憶は殆どない。本来の憑依転生であれば記憶を持ったまま生まれ変わるはずだったが、念能力が意図的に前世の記憶を抹消していた為だ。理由は前世の最後が悲惨の一言に尽きるから。幼い頃に親に捨てられ、苦労して新たな一歩を踏み出した矢先に未来への道を断たれる。そればかりか最後は凄惨な拷問死。こんな悲惨な記憶を覚えていたら碌な人生を送れない。結果、前世の記憶は害悪にしかならないと判断され抹消されることになる。

 

 現代日本での生活は穏やかなものであった。魂の奥底では前世の出来事をほんの僅かながら記録しているため、今の臆病な性格が形成されることになるが、それでも前の世界に比べれば危険が格段に少ないこの世界は暮らしやすかった。無論、平和な日本でも凶悪な事件がゼロという訳でもないが、確率的に殆ど無視できるレベル。友人や家族にも恵まれ、順風満帆とまでは言わないものの平穏無事に過ごしていた。

 

 だが、不幸は再び起こってしまった。事件に巻き込まれることはなくとも、事故に巻き込まれてしまう。臆病な性格ゆえに人一倍安全には気を配っていたが、トラック同士の正面衝突事故に巻き込まれてはどうしようもない。勢いよく弾かれたトラックに逃げる間もなく轢かれてしまう。世界を超えてまで求めた平穏な生活は、僅か十数年で終わりを迎えてしまった。

 

 そして、死をトリガーにして再び死後の念が発動。彼の魂は次の憑依先を探す為に世界を彷徨うが、暫く放浪した後で結局元の世界に戻る決断を下すことになる。

 

 この世界は元の世界よりは幾分か平和だったが、いくら注意していても突発的な事故を防ぐことは出来ない。仮に世界最高の素質を持つ肉体に憑依しても車に轢かれればあっけなく死んでしまう。ならばどうするか?

 

 考えた結果、理不尽な暴力を受けても、突発的な事故に遭遇しても、それらを歯牙にもかけないほど強大な力をもった肉体に憑依すればいいのではないか?そのように結論を出したのだ。

 

 この世界は概ね平和であるが、個人の肉体性能にさほど差がない。プロの格闘家でも10人の素人を相手にすれば成す術もないだろう。それに対して前の世界は個人差が非常に大きい。たった一人で武装した数百人を相手に出来るレベルの人材も珍しくなかった。

 

 ならばその世界で圧倒的なまでの強者の肉体に入り込めば、理不尽な暴力にも事故にも屈することもないはずだと判断した。そして、再び次元を超えて前の世界に舞い戻り、世界中を隈なく探してついに至高の肉体を見つけ出す。

 

 それこそがメルエムの肉体だった。自我が形成される前であり、それでいて最上級の素質をもつ。これ以上の肉体は存在しないと断言できる。念能力は即座に憑依転生を実行し、最高の肉体に臆病な彼が入り込むこととなった。これがメルエムの肉体に憑依した経緯。

 

 そして、前々世での因縁は世界と時を超えて今ここに再びの邂逅を果たすこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あは」

 

 ヒソカは立ち上がった彼を前にして表情を歪める。

 そこにあるのは、歓喜であり狂喜。彼の瞳に宿る光を見て、冷めた精神が再び高揚する。

 

「………あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」

 

 かつて見た命の輝きと全く同じそれを目の当たりにしてヒソカは確信を抱く。

 

「先程の発言は撤回するよ!キミは本当にどれだけ僕を───っ!!」

 

 彼だ。

 

 才能も何もない。平凡な力に頭脳しかなかった、しかし、誰よりも生への執着を見せた男。今のヒソカを作り上げた原点。かつて生命の輝きを魅せた男が目の前にいる。

 

 理由など知らない。どういう訳か分からないが、彼がまたこうして目の前に現れた。それだけで感情が抑えきれない。いや、抑える必要などなかった。ただ感情のままに互いの名を叫ぶ。

 

 

「ヒソカァーーッ!!!」

「メルエムゥーーッ!!!」

 

 

 両者の衝突は激化の一途を辿りつつ、次第に単純な殴り合いへと変化していく。

 

 彼は元々戦闘技能を持ち合わせていないので、真正面からの殴り合いになるのは仕方がない。しかし、本来ヒソカは真っ向から立ち向かう戦闘スタイルではないはずである。

 

 ヒソカの念能力であるバンジーガム。それは、シンプルで応用範囲がとても広い能力であるが故に、敵に能力の内容を知られてもマイナスに働かない。その汎用性及び応用性を活用し、一つ一つの動作や言葉での揺さぶり、ちょっとした仕草などから相手を惑わして意識の虚をつく。天才的な格闘センスと悪魔的な頭脳、狂人の精神性を組み合わせたトリッキーな戦闘スタイルが本来の姿だ。

 

 今のような単純な殴り合いでは、本来の持ち味を半分も生かせない。バンジーガムを心臓からさらに全身に巡らせることにより、幾分か打撃の威力を吸収しているが、それでも肉体的に優位に立つ相手に対してあまりに下策であり、ヒソカらしくない。

 

 だが、それでよかった。

 

 今の彼との戦いで下手な策略など不要。真正面からぶつかり合ってこそ、渇望は満たされる。自らの直感に従い、ヒソカは本来の戦い方を捨てたのだ。

 

 

 そこから先は、技巧も駆け引きも何もない。

 

 拳と拳が、オーラとオーラが、剥き出しの魂と魂が、激突する。

 

 互いに一歩も引かない。

 

 一発殴られれば二発返す。二発殴られれば三発で返す。

 

 殴っては殴られ、蹴っては蹴られ

 

 骨が折れ、血が飛び、内臓が潰れながらも戦う事を止めない。

 

 すでに肉体は限界を超え

 

 意思の力のみで体を動かす。

 

 ベクトルは違えど、生きる為に

 

 全てを振り絞って

 

 生を求める。

 

 

 

 

 そして、その先に

 

 

 

 

 

 

(あぁ、そうか。僕は今この瞬間のために───)

 

 

 

 

 

 

 全てを賭した死闘の中でヒソカの渇望は満たされていた。薄っぺらな嘘のような世界で、ただ一つ本物に思えた光。かつて欲した命の輝き。生と死の狭間にて、ヒソカは求めてやまない輝きを手にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とっとと諦めろや!いい加減しつこいっての!」

「くく、そう言わないで最後まで付き合ってもらうよ♣」

 

 ヒソカが願いを成就させた一方、それに付き合わされている彼としては、たまった物ではなかった。そんなに戦いたいのならば、クロロにでも突撃しておけと声を大にして叫びたい。世界の何処かで逆十字を背負った男が珍しい事に悪寒に身を震わせたが、それは置いておく。

 

(このクソピエロが!)

 

 既にヒソカに対する恐怖はない。と言っても、前々世の記憶が戻った訳ではなく、臆病な性格が根本から治った訳でもないので、正確に言えば別の感情で恐怖心を塗りつぶしている状態だ。つまり、此方の迷惑も顧みず、それでいてこれ以上ない程に生き生きとして挑んでくるヒソカに、彼にしては珍しく本気でキレていた。当たり前だ。彼の願いは平穏に生きる事。ただ普通に生活していればそれで叶うというのに、命を懸けた死闘など冗談ではない。

 

 だが、なぜだろうか?

 

 怒り心頭の感情とは裏腹に、その行動に少しだけ理解を示している自分もいた。ヒソカの行動は彼にとって迷惑千万。ともすれば平穏を乱す敵として憎悪の対象になってもおかしくはない。しかし、怒りの感情はあれど、何故か憎しみの感情は沸いてこなかった。仮に前々世の記憶を全て思い出してもそれは変わらないだろう。本人は認めないだろうが、心の何処かでヒソカと自分はある意味で同類なのだと気付いているのかもしれない。

 

「っ!」

 

 拳と拳が重なる瞬間、空間そのものが弾けたかのような衝撃が辺り一帯を襲う。その反動で数十メートルほど吹き飛ぶが、体勢を崩すことなく着地。そのまま油断なく構える。

 

「ねえ、メルエム。一つ提案があるんだけどさ♦」

 

 軽く乱れた呼吸を整えていると、ヒソカは彼に一つ提案を持ちかける。

 

「………なんだよ?」

「この甘美な時間を終わらせるのは凄く惜しいけど、そろそろ決着を付けないかい?♠」

 

 恐らく碌な提案ではないだろうと、警戒心バリバリで聞き返したが、返答に少し驚く。戦闘狂のヒソカが自ら決着を付けようだなどと言うとは思っていなかった。

 

 というのも、そろそろ限界が近づいてきている。

 

 ヒソカの状態は目もあてられない程に酷い。彼から受けた攻撃の数々、闇のソナタによる侵食、そして王の鼓動による肉体への負荷。本来であれば戦闘どころか、数十回は死んでなければおかしい程のダメージが蓄積されている。今は崩れ落ちそうになる肉体をバンジーガムとドッキリテクスチャーで無理矢理固定しているに過ぎない。精神が肉体を凌駕する事例はままあるが、これはその最たるものだろう。

 

 しかし、いくらなんでも精神力だけで無限に限界を超えられる訳がない。ヒソカの体は持って後数分もあればいい方だ。本当の限界はすぐそこまで迫っていた。

 

 一方で彼にも余裕はなかった。元の強靭な肉体と桁外れのオーラのおかげでヒソカよりはダメージは少ない。だが、致命傷には及ばないものの内臓の一部が潰され、左腕は複雑に折れ曲がっている。また、体の各所からの流血も馬鹿に出来ない。これ以上長引けば遠からず支障が出て来るだろう。彼が有利なのは変わらないが、いまだ勝敗の天秤はどちらにも転びうる。

 

「………分かった。次で終わらせる」

「うん、ありがとう♦」

 

 一つ頷いて了承の意を示す。ヒソカは最後に正真正銘全てを彼にぶつけたい。そして、彼としてもこれ以上戦闘が長引くのは避けたい。

 

 両者の思惑が一致。前々世からの因縁の戦いに終止符が打たれようとしていた。

 

 二人は一気にオーラを練り上げる。あまりに膨大なオーラが干渉し合い、二人の周囲はまるで空間が歪んでいるようにすら見えた。そして、殆ど一瞬でオーラを練り上げると同時。両者は示し合わせたかのように踏み込む。

 

 一歩目から音速の壁を突破、二歩目で百式観音すら超えて、三歩目でその先へ───

 

 ヒソカと彼を除いた全てが緩慢な時を刻む。世界は二人のためだけに動く。二条の閃光が交差する刹那。極限まで引き伸ばされた時間の中で数十メートルの距離は一瞬でゼロになり、最後の一手が繰り出される。

 

 

「「オオォォオオォォ───ッッ!!!」」

 

 

 ヒソカの右拳が彼の頬を捉えた。寒気がするほどのオーラが込められた拳は、奥歯を数本まとめてへし折り、挙句にあごの骨を粉砕してみせる。

 

 しかし、そこまでだった。

 

 トップクラスのハンターですら掠った瞬間に顔が弾け飛ぶであろう一撃を受けてなお倒れない。彼は逃げ出したくなる本能を無意識下で抑え込むと、殴られたままさらに一歩進み、ヒソカの心臓に拳を突き立てる。

 

 バンジーガムで出来た心臓は、ゴムとガムの柔軟性と伸縮性を併せ持つ。その絶大な耐久力はフィンクスの100回転リッパー・サイクロトロンやウヴォーのビックバンインパクトを直で喰らっても平然と耐えるだろう。しかしながら、彼の拳はその比ではなかった。拳の一点に薔薇の破壊力数発分を込めた一撃に耐えられるはずもない。

 

 閃光が交差した後、立っていたのはただ一人。

 

 

(………お見事)

 

 

 心臓に大きな風穴を空けて倒れ込むヒソカ。

 

 そして、口から大量に出血しながらも、しっかりと地に足を付けて立っているメルエム。

 

 前々世から続いた因縁は、今この瞬間をもって決着となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長いようで短かった死闘はメルエムの勝利で幕を閉じる。結果のみを見れば順当な勝利と言えなくもないが、決して楽な戦いなどではない。ヒソカが彼を倒す可能性も確かに存在していた。

 

 身体能力やオーラ量の差も勝敗を左右する要因の一つ。だが、何よりも敗北を決定付けたのは、ヒソカが死闘の中で満足してしまったこと。元々彼に勝つことが目的なのではない。無論、全力を尽して勝ちにいったが、真に重要なのはその過程。生への渇望を満たす事であり、生きる実感を得ること。それが最大の目的だ。ある意味でヒソカもまた勝者と言えるが、それを叶えてしまったことで勝利への執着が薄れてしまった。

 

 元々ヒソカは長く穏やかに生きるつもりなどない。自分の人生は碌な最期を迎えられないだろうと考えていた。なにせこれまで刹那的に快楽的に多くの人を殺めてきたのだ。恨みつらみは死ぬほど買っている。そんな自分の最後は、強敵との戦いの中で死ねたら良い方。あるいは罠に嵌められるか毒で死ぬという線もあるだろう。それでも構わない。好き勝手してきたツケが回って来ただけの事。

 

 そう思っていたのだが、結果はこれ以上ない程に最高の形で終わることとなった。

 

 初めて生きるということを実感し、そして、それを与えてくれたのは誰よりも求めていた彼だった。これ以上の終わり方が他にあるだろうか。いや、そんなもの存在しないと断言できる。

 

(………凄く楽しかったなぁ………でも、出来れば最後に一つだけ………)

 

 無茶の反動が祟り、肉体が崩壊し始めている。あと数十秒でヒソカの命は尽き果てるだろう。いや、そもそも心臓に穴が空き、生命力もオーラも殆ど底を突きかけているのに死んでいない事がおかしいともいえる。徐々に薄れゆく意識の中、ヒソカは最後の気力を振り絞りメルエムへと視線を向けた。

 

(メルエム、僕に止めを………駄目か………もう口すら動かない………)

 

 最後の願い。だが、それを口にするだけの力はもう残っていない。

 

 ヒソカは死へと近づくたびに闇のソナタのオーラが徐々に肉体を侵食してきていることを感じていた。今までは精神力とオーラでなんとか侵食を半身までで抑えてきたが、もはやそれも叶わない。首から下はもはや全滅。このままでは死ぬ前に意識まで侵食されてしまうかもしれない。ヒソカは完全に侵食される前に自分のままで、彼の手により死にたいと願う。だが、それは叶わない。

 

「………わがっだ」

 

 そう、思っていた。

 

 伝わるはずのない願いは、しかし彼に確かに届いていた。砕けた顎を無理に動かして倒れ伏すヒソカにそう言うと、翼を生やして一瞬で天高く舞い上がる。そして、彼の姿が空に消えたかと思えば、曇天の空を切り裂いて目も眩むような極光が現れた。

 

 

 “全てを照らす光(メルエム)

 

 

 それは、彼の莫大過ぎるオーラを絞りつくし、全てを熱と光のエネルギーに変換して作り上げた人工太陽。威力のみを求めて作り上げた念の一つであり、戦闘中に使うにはリスクと隙が大きすぎることから使う事はないと思っていた。しかし、現状でこれ以上の念は存在しない。

 

(あぁ………なんて綺麗なんだろう)

 

 それは、まさしく全てを照らす光であり、かつてみた輝きそのものだ。ヒソカは迫りくる太陽に、己が身を焼かれながらもその美しさに見惚れていた。

 

 そして、あまりに上等すぎる最期をくれた彼に万感の思いを籠めて感謝を送る。

 

 

(メルエム………僕の我儘に付き合ってくれて………本当に………ありが……とう………)

 

 

 太陽が地に墜ち、全てを包み込む。ヒソカを骨どころか灰も残らず焼き尽くし、闇のソナタのオーラすら物理的に滅却する。文字通り全てを消し去り、後には何も残らなかった。

 

 ヒソカ=モロウ。

 彼とは違うベクトルで生を望んだ男は、その死の間際にようやく本当の意味で生きて、そして短い生涯に幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒソカの最後を看取った彼は、上空でただ一人佇む。

 

(………ありがとう、か)

 

 ヒソカの最後の思いは、彼へと届いていた。なにもロマンチックな理由ではない。ヒソカが最初にくっつけた赤いバンジーガムは、蜘蛛の糸よりも細くなりながら死ぬその時まで彼に繋がっていたのだ。そのバンジーガムを通して思いが伝わっていた。

 

(本当に最後まで迷惑かけやがって………我儘って分かってるなら最初から巻き込むなっての)

 

 オーラが枯渇寸前のメルエムはふらつく体を何とか制御しながらヒソカに悪態をつく。彼は覚えていないが、前々世では殺され、さらに今世では望まぬ死闘を強要させられた。悪態の一つや二つでは割に合わないだろう。

 

 だが、やはりというか、憎しみといった感情はこれっぽっちも湧いてこなかった。

 

 彼とヒソカの根源は、ある意味で同じである。ヒソカは、一瞬であっても空に大輪の花を咲かせて輝く打ち上げ花火を望み、彼は細く小さくてもいいから長く輝く線香花火を望む。それだけの違いであり、ヒソカは自らの望みを果たし、そして本望のままに死んだ。好き勝手に生きて彼に特大の迷惑をかけて、しかしそれでもその生き様と死に様はどこか眩しく見えた。

 

(じゃあな、ヒソカ。お前の事は大嫌いだったよ。けど………………いや、やっぱなんでもない)

 

 最後に思った言葉は、胸の奥底に仕舞い込む。少しだけ、ほんの少しだけヒソカを羨ましく思ってしまった等と口が裂けても言えない。

 

 彼は最後にヒソカの居た場所を一瞥すると、踵を返して去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒソカとの死闘から数か月後。

 

 彼は傷付いた体を癒すと元のぐーたらな生活に戻りつつも、少しずつではあるが戦闘訓練を始めていた。また、それと並行して除念用の念能力と、四次元アパートに変わる逃走手段の構築を進めている。

 

 ヒソカとの死闘は、彼の中で決して忘れられない出来事として刻み込まれていた。自堕落な生活のツケとまでは言わないが、きちんと戦闘経験を積んでいればあそこまで追いつめられることはなかっただろう。今でも臆病な性根は変わっておらず、相変わらず戦う事は嫌いだが、時折ゴンやキルアと会って手合わせをして鍛えている。

 

 二人とも会う度にどんどん強くなってその成長率には彼も舌を巻くほど。まだまだ負けることはないが、キルアはゾル家でピカイチの才能と称される片鱗を見せつけ、ゴンはゴンで負けっぱなしなのがよっぽど悔しかったのか負ける度にもう一回、もう一回としぶとく彼に食い下がる。その内this wayだのFIRST…COMES…ROCKとか言い出さないかちょっぴり不安になるほどだ。ゴンには是非とも大天使のままで居て欲しい。

 

 クラピカとレオリオとは直接会う事は稀だが、連絡は取り合っていた。主にレオリオからは取り留めもない無駄話や受験勉強の愚痴などで、何だかんだでレオリオとは結構気が合う仲だ。

 

 クラピカからは緋の目や蜘蛛の情報があれば教えてほしいと言われている。正直、ヨークシンのことを教えるか否か迷ったが、ヒソカがいない影響がどう出るか分からなので胸に仕舞っておくことに。もしかしたらヒソカからの情報がなくても、原作のようにネオンのところに雇われて結局ヨークシンに行くかもしれないが、その時は陰ながら見守って危なくなったら助けるつもりでいる。彼が手伝えばヨークシンで全滅させることも十分可能だろうが、流石にまだ正面切って蜘蛛と戦り合うほど覚悟は決まっていない。

 

 それから意外な事にネテロとも稀に連絡を取り合っていたりする。どこでネテロと彼が繋がったのかと言えば、ヒソカとの一件の所為だ。街から百km以上離れた荒野で戦ったと言っても、戦争も斯くやと言わんばかりの戦闘は遠く離れた街からでも容易に観測できる程だった。当然、このような大事件には原因究明のためにハンター協会が動く。特に今回はネテロが直々に動く事態となった。

 

 そして、様々な状況や街の防犯カメラの映像から疑惑の目を向けられた彼だったが、ネテロの取り調べを受けた結果、無罪放免となる。というのも彼等の死闘の跡地は、どう考えても個人で作り出せる様な光景ではなく、戦争や災害後の有様だったことから隕石や何らかの自然災害が原因であるとネテロが強引に結論付けたからだ。

 

 もっとも、内心では十中八九彼がやっただろうと確信しているので、言葉の端々にこれは一つ貸しじゃ、と匂わせるのを忘れない。彼も一番厄介な人物に借りを作ってしまったことに頭を抱えるが、後始末やら事実隠蔽やらで骨を折って貰っているので嫌々ながら受け入れた。

 

 もっとも、

 

『もしもし、儂じゃ。久しいの、メルエム。一年ぶりくらいか?』

「ネテロか。(とっても嫌な予感がするが)用件はなんだ?」

『まあ、あれじゃ、借りを返して貰おうと思ってな?ちょいと手伝って貰いたいことがある』

「………何があった?」

『それがのう、なにやら暗黒大陸の厄災が人界に紛れ込んだみたいでな、それで───』

「………(白目)」

 

 後にネテロに対して借りを作ってしまったことを盛大に後悔することになるが、それはまた別の話となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の彼がどのような生涯を辿るのかは分からない。

 

 ただ一つ言えることは、彼が寿命以外で死ぬことはあり得ない。

 

 どんな困難があろうとも、どんな厄災が振りかかろうとも、時には逃げて時には逃げ腰で戦って、地を這い蹲ってもしぶとく生き残る。

 

 そして、世界の誰よりも臆病な彼は、今日もどこかで元気にびびっていることだろう。

 

 

 

 

 

(やっぱり借りなんて作るんじゃなかった!もう、お家に帰るぅー!!)

 

 

 

 

 

 だって彼は───King of chicken なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにてKing of chickenは完結とさせて頂きます。
元は息抜きの一発ネタでぶん投げ作品だったので、かなり無理のある念能力の設定やら伏線やら描写不足のところがあったかと思いますが、ちょっとでも楽しんで頂けたら幸いです。一応の完結ですがネタが浮かべば続きを書くかも?多分ないと思いますけど。

それではこれまでお付き合い頂きありがとうございました。感想や評価などあればよろしくお願いします。
最後に誤字脱字報告など凄く助かりました。ありがとうございますm(__)m



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