幸福に生きたい (さよならフレンズ)
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新たな神殺し 波乱

―――余命二ヶ月。

 

 それが十八歳の誕生日を迎えた、少年が病院で知らされた余りにも重過ぎる現実だった。

 原因不明の奇病で、手術によって寿命が延びることは絶望的である。

 

「ちょっとだけでいいから、海外に行きたい」

 

 今まで少年は、日本の外を知ることはなかった。

 死ぬ前に一度でいいから広い世界を見てから死にたかったのだろう。

 両親と少年は医者の反対を振り切ってイタリアに飛び立った。

 ちっぽけな少年の、命が尽きる前のちょっとした我侭、贅沢。

 二泊三日、死ぬ前のあまりにも僅かな時間。それが少年の生死を分けた。

 

 まつろわぬ神が地上に現れたのは、イタリアの首都、ローマ。

 ヴェネツィア広場に両親と共に居た少年のすぐ傍だった。

 

「……」

 

 車輪の輪を模した小さな武具を手に現れた女神は、戯れに、己の存在を誇示するかのように神力を解き放つ。

 美しいという人間の範疇すら超えた女神の姿を見る、それだけで人々は狂っていった。

 眼球は神経の集合体と言われている。現代学でも第一印象は見た目で9割決まると言われている。

 ヴェネツィア広場は観光名所の一つであり、車の往来が激しい場所であり、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の祈念堂の全景を拝むことができる。

 人は多く、それ故に被害は大きかった。

 バスを運転していた車掌は大勢の人々を乗せ、哂いながら建物に衝突する。

 身近で神の気を浴びた少年の両親は完全に壊れた。弱っていたこともあったのだろう女神の影響を受け女神に土下座するようにその場で自ら頭を何度も地面に叩きつけている。女神は満足気ににっこり群集に微笑みかけると全ての人間が頭を垂れる。

 

「愉快よな」

 

 女神は口数少なく心情を表したが、その声に反応し、向かってくる人影があった。

 

「ほう」

 

 どんな愚か者だろう、と視線を巡らせるとそれは間近にいた少年であった。

 

「――――!」

 

 少年は僅かながらその身に呪力を宿して女神に突進してくる。

 稚拙な動きだった。何か武術を極めたものの動きではない。少年は呪術の家系でもなく、その身に宿す呪力は僅かなものだ。

 女神からしてみたら、人に蟻が一匹向かってくるようなものである。

 しかし人の身で神に歯向かっているということ、それ自体が不愉快であることもまた事実だった。

 故に女神は神力を向けることに躊躇いはなかった。

 

「手招きされて彷徨う旅人は太陽に逆らえぬ、因果のままに」

 

 厳かに宣言する言霊が少年に向かい、神の権能が放たれる。

 太陽は全ての生命の源である。あらゆる生命の運命を歪ませ、対象を不幸にする権能。

 女神が少年に向けたそれは人間一人のものに向けるには分不相応なものである。

 少年はすぐに死ぬ、そのはずであった。

 

「何!?」

「――!」

 

 少年は声にもならぬ声を上げ、真っ直ぐ女神に向かってくる。

 女神は訳が分からなかった。己の権能は絶対である。

 少年はすぐに息絶えるはずだ!そもそもどうして自分を目にして平伏していない!?

 

――女神が少年の傍に現れた理由は単なる偶然である。

 

「世界を呪う、神を呪う。俺は自分より幸せなものが許せない!」

 

 少年が女神に向かいながら言葉を紡ぐ。少年の両目は女神が現れた衝撃で飛来したアスファルトが突き刺さり、失明している。

 そう、近距離でも、呪術を知らない一般人であっても女神を視界に入ることがなければ、頭を垂れることはない。

 

――少年が失明したのは単なる偶然である。

 

 女神の権能は生命の寿命を操ることで、間接的に生命を操る力だった。

 しかし少年は自らの僅かな寿命を対価に世界を呪うことで僅かな呪力を得ている。

 言葉は言霊とも言い魂が宿るという。少年の呪いは心底からのものだった。

 死に行く少年の僅かながらの呪い。

 元々全身を蝕んでいた病に加えて眼球を貫き脳にまで達したコンクリート。

 女神の権能は『余命30秒の』少年には通じなかった。

 

――少年の余命が少なかったのは単なる偶然である。

――少年の世界を呪った言葉が命を対価に僅かな呪力を纏ったのは単なる偶然である。

 

 だから、きっと。

 

 ついに半死半生の少年が女神に到達する。女神は権能を無効化されたことに呆けており

自分の頬にめり込む少年の拳を信じられなかった。

 仰向けに倒れた自分の神格に、自分の武具である車輪が突き刺さり破壊したことはさらに信じられなかった。

 

 神はしぶとく、まして自分の武具で死ぬなどということは普通在り得ない。

 地上に姿を現したばかりで不具合が生じたのか、それこそ定かではなかった。

 ただ幸運の女神であるはずの自分が『運で敗北した』という、そのショックだけが女神を襲っていた。

 心身ともに神の神格を奪ったそれは、正に立派な神殺しであり。

 パンドラが現れ、新たな神殺しの王として転生させるに相応しいものではあっただろう。

 

「名も知らぬ新たな神殺しよ、何者よりも運命に縛られ、何者よりも幸運であれ!」

 

 それは祝福であると同時に呪いの言葉。死ぬはずだった少年は新たな神殺しとして生まれ変わる。

 

――少年が女神フォルトゥーナを殺したのも、『単なる偶然』に他ならなかった。

 

 

 

 カタカタと、パソコンのタイピング音が部屋の中に響く。

 何か興味があって調べものをしている訳ではない。これは意味もない常同行動。

 白を基調とした豪邸の中で、照明に照らされながらボサボサの髪を整えもせず青年はガリガリと頭をかいた。

 年は二十歳頃だろうか。髭は剃られておらず、顔つきは生気のないものだ。彼の顔を見る者がいればそれだけで駄目人間、覇気がない者だと思うだろう。

 青年は何かの職業訓練を受けている訳でもなく、就職もしていない。

 凡そ『普通の社会人』から離れていることは間違いなかった。

 生憎注意する両親も、2年前の事件で死んでいた。

 

「もう朝か」

 

 徹夜した青年は大きく両手を頭の上に持っていき伸びをして、青年は自室から出てリビングへと歩を進める。

 青年の視界に、椅子やソファ等、いずれも数百万円は下らない周辺の豪勢な家具が入ってきた。

 青年は冷蔵庫からパンを出し、無言で頬張る。

 一人暮らしでだだっ広い豪邸に住んでいるが何の心配はない。税金の管理は自らがする必要もなかった。

 空ろな目をした青年の耳に、室内電話の鳴る音が響く。電話番号を確認した瞬間覇気のない青年の瞳が僅かに細くなった。

 

「甘粕さんか……」

 

 甘粕冬馬。日本の呪術士の元締めである組織、正史編纂委員会の使者である飄々とした掴みどころがない彼のことを、青年は気に入っている。

 青年が苦手な女性ではないという点と、膨大な知識を雑談で披露してくれる点、組織の人間としては堅苦しくない所。

 青年は冬馬のそのような性格が好きだった。

 受話器を手に取ると、早朝だというのに溌剌とした冬馬の声が流れてくる。

 

「もしもし、何か御用でしょうか」

「お早う御座います。ちょっとばかし、御身にお伝えしたい事件がおきましてね」

「なんですかね、まつろわぬ神でも襲来しましたか?」

 

 冗談めかしているが、単刀直入にぶしつけに聞き返す青年の声は弾んでおり、まるで僅かに期待しているかのようだった。

 これは普通の人間にとって在り得ないことである。呪術師、魔術師の全てが畏怖する存在がまつろわぬ神。

 時たま地上に顕現し、戯れのように厄災を振り撒く。まつろわぬ神とはそのような存在なのだ。

 それの出現に『どこか心躍らせている』青年もまた、普通の存在ではないのだろう。

 受話器の向こうから冬馬のどこか困ったような声色が聞こえてくる。

 青年は頬をかく彼の姿が容易に想像できた。

 

「ある意味、それより困った事態になるかもしれませんね――――この国出身の八人目の神殺しが誕生した、という噂がありまして」

「……この国出身!?本気で言っているのですか?」

「正誤ははっきりしているようです。ローマの魔術組織である赤銅黒十字からのお墨付きですね」

 

 青年は頭を抱える。日本は世界的に見れば先進国ではあるものの、極東の島国であることもまた間違いない。だからこそ信じられなかった。

 神殺しはまたの名をカンピオーネという。先程述べたまつろわぬ神は基本、絶対的な存在であり。それは魔術師を含めた只人の及ぶものではない。

 まつろわぬ神は手を叩いて蚊を殺すかのように絶大な力を振るう。しかしそれを殺し、あろうことか力の一部を簒奪するに至った者。

 人の身から外れた常識に捕らわれない王者。それがカンピオーネであるのだ。

 

「名は草薙護堂という高校生らしいですね。大騎士であるエリカブランデッリを愛人として迎え入れているらしいですな」

「何ともそれは、若いうちから人生楽しんでますね」

「御身もまだ二十になったばかりでしょうに」

「私は人生を楽しんでいませんから。それで、私の仕事はその新たな王と話し合うこと、でいいですか?」

「それは――」

 

 青年の言葉に冬馬は固まる。大方もう少し間を空けてから会談させようと思っていたのだろう。

 強大な力を持つ『二人』が会談する。場合によっては都内が火の海に陥ってもおかしくはない。

 青年に先んじて報告をしたのは、正史編纂委員会が青年と協定を結んでいるからに他ならない。

 

 偶然にも、二人の神殺しが東京都在住なのが一番の理由だった。

 

「勿論何が人の地雷になるか分かりませんから、草薙さんのプロフィールや人柄は紙面ででも事前に確認しておきますよ」

「穏便に済ませて頂けると助かりますよ」

「話をお聞きする限り、将来有望そうな少年で普通に嫉妬しますが私情は交えませんよ。安心して下さい」

「……正直安心するどころか不安でしかないですが、頼みましたよ清水さん」

 

 青年、七人目の神殺し、清水勇(しみずいさむ)はどこか皮肉じみた、歪んだ微笑を浮かべて甘粕に返事を返す。

 

「どう転がるか。宝くじでも引いてからお伺いしたいものですね」

 

 日本にて二人の神殺しは邂逅する。その先にあるのが、どういう出来事なのか。

 少なくとも、運命の女神にも分からないことであるのは事実だった。




7人の資料を読んでいるとどちらかというと護堂やヴォバンが例外であり
やはり何か特化したものがないと神殺しにはなれないんじゃないかと思って執筆しました。
本編を読んでいるとカンピオーネや神々は幸運程度、皆持っている標準装備であり
軽々と打ち破ってきそうですが
神々や英雄すらも運命には逆らえない、とも神話では言われているのが面白いですね。


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予兆

 清水勇がカンピオーネになった切掛けであるヴェネツィア広場での惨劇は、イタリア国内の一般人だけではなく魔術界においても衝撃的なものであった。

 女神が降臨した一日で数々の富豪が凋落し、一部の貧民が突如道が開けたかのように

富や地位を得た。

 フォルトゥーナは幸運の神であり、運命の神でもある。

 かの女神が地上に顕現したことに起因する影響なのは明らかだが魔術師にとって厄介だったのは、どこまでがフォルトゥーナ神の影響かが分からない、という点であった。

 貧富がひっくり返った誰からも、呪力の影響を見出すことができなかったのだから。

 事件当時、素手であっけなく女神を滅した清水勇が余命2ヶ月であると発覚した魔術師の間でまことしやかに囁かれている噂がある。

 

『清水勇が神殺しになり生きのびるためだけに、幸運の神は地上に舞い降りた』

 

 その後に清水勇の命を狙う魔術師は、彼が権能を使うまでもなくいずれもが不運に巻き込まれて五体満足の存在はいない。

 

 清水勇が幸運である王であり、運命を操る王と呼ばれている所以であった。

 

 

 

 八人目の神殺しである草薙護堂が腰までかかる長い金髪と青い瞳、青い髪飾りが特徴の溌剌とした笑顔眩しい少女、エリカ・ブランデッリを伴ってイタリアから日本に帰国したのは彼女と決闘してすぐのことだった。

 

「ここが護堂の生まれ育った地ね。時間があれば護堂の親族に是非ご挨拶したいものなのだけれど。」

「勘弁してくれッ!俺とお前は恋人関係になったつもりはないからな!?」

「本当に珍しい人ね。この私から傾慕されることを望む男は多くても、拒絶する男はいないでしょうに」

 

 いきなり自宅にこの悪魔が現れたら妹の静花が何を言うか分かったものじゃない!

 護堂が公衆の面前で頬を擦り合わせて愛情表現してくるエリカを慌てて引き剥がす。

 ここはイタリアではない。エリカの過激すぎるスキンシップも、淑やかであることが美徳とされている日本では場をわきまえる必要がある。

 

「相変わらず自信満々だなお前……」

「あら、自分に確りとした自信が持てないような女では護堂の相手は務まらないでしょう?」

 

 臆面なく言い放つエリカは、挑発的に右瞼を閉じてみせる。

 麗しい美人でありながら、どこか子供染みたその仕草さえエリカがすれば絵になるものだった。

 

「というか、エリカが日本にまで着いてくるとは思わなかったんだけどなア」

「本当は私も日本に来日するのはもう少し後になる予定だったのだけれども、ここで先に済ませなくちゃならないことがあるのよね。あなたにとっても大事なことだから」

「大事なことって何だ?」

 

 また何か企んでいるのかと、戦々恐々とする護堂に対し

 エリカは一転して端正に所作を改め、護堂に向き直り改めて日本に来日した目的を打ち明けた。

 

「私たちは日本人にして7人目の神殺しである清水勇様と、話をつける必要があるということよ」

「確か同じ日本人の神殺しだったよな。その清水って人は、フォルトゥーナって幸運の女神を倒したんだよな?」

「ええ。太古の豊穣多産の神……『蛇』の神格を持つと同時に一部の地域では太陽とも深い繋がりがある神」

 

 地母神の象徴とも言われているのが『蛇』である。

 古くから鼠や蝗等の作物を荒らし、疫病を齎す害獣を捕食し寄せ付けない蛇は大地の神の象徴であった。

 脱皮を繰り返し、冬は冬眠し眠る蛇は生と死の循環を示す生物である。

 地母神は実りの神でありながら、冬は死を齎す冥府の神でもある。

 そうでありながらガリア人は太陽を運命の車輪と見立てていた為、太陽の神格を持つに至ったのである。

 

「予言の神であり、戦争の勝利の神、即ち軍神でもある、様々な側面を持つ神よ。複雑な神格を持ち三相一体の神と扱われた理由の一つは、かの女神が皇帝から市民にまで崇拝されていた神であることが挙げられるわ」

 

 ローマの年に一度の祭りでは、奴隷と貴族が共に宴に参加することを許されたという。

運命の力は身分差に関係なく訪れる。

 その信仰は受け入れやすく、貧富の差に関係なく大衆に受け入れられたのであった。

 

「護堂も運命の車輪、という言葉は聞いたことはあるはずよ」

「確か、タロット占いだったよな」

「ええ。正位置の意味は幸運、チャンスの到来。フォルトゥーナは今から500年近く前の16世紀には既にヨーロッパ人の間で幸運の女神として親しまれていたのよ」

「幸運の女神……か」

 

 フォルトゥーナはアメリカで『富、出世』の意味となったフォーチュンの語源になった神でもある。

 運命を操ると言われている神は少なくないが、フォルトゥーナは正に幸運が概念化した神なのである。

 しかしエリカの説明を真剣に聞きつつもどこかピンときていない護堂の様子に、エリカは苦笑する。

 

「まあ、神殺しが幸運の神に好かれているとは思えないわね」

「まあ、そうだなア……」

 

 神殺しになってまだ数ヶ月も経っていないにも関わらず、トラブル続きの護堂は心の底で同意した。

 

 

 とある東京都内のホテル。

 煌びやかなシャンデリアが燦爛と輝く中、護堂と清水勇は対面することになった。

 護堂の傍にはエリカ、清水には甘粕冬馬がそれぞれ従者のように付き従っていた。

 

「草薙護堂様、御身に謁見でき恐悦至極に存じます。そちらの方は赤銅黒十字のエリカ様と存じ上げます」

「赤銅黒十字所属の草薙護堂の騎士、エリカ・ブランデッリよ。清水様にお目にかかることができて光栄です」

 

 エリカと冬馬がお互いに深く頭を下げる中、護堂は同郷の王をぶしつけに観察する。

 

(あんまり神殺しって感じがしないな)

 

 護堂から見た清水の第一印象は、どこにでも歩いていそうな一般人というものだった。

と言っても神殺しと会うのはサルバトーレ・ドニに続いて二人目であるのだが

 護堂の直感が、眼前の王を『戦士』と思えなかったのだ。

単なる感覚とはいえ神殺しの直感は、馬鹿にできるものではない。

 とはいえ、戦士でない存在が神を殺せるとは思えないのだが……?

 

(なんか違和感があるんだよなあ)

 

 護堂の胡乱気な様子に気づいたのか、清水はどこか曖昧な笑みを浮かべた。

 その微笑のなかに、隠しきれない敵意を感じ取った護堂は軽く緊張する。

 幾何化の沈黙の後に、清水が口火を開いた。

 

「草薙王、だったか。王様同士お互い敬語抜きにして話さないか?」

「俺は構わないぞ。勇って呼んでいいか?」

「じゃあ俺も護堂って呼ばせてもらう。お互いその方がやりやすいだろう」

 

 エリカと冬馬が背筋を正す。

 二人の王はお互い名前で呼ぶことを許可したが、護堂と清水の間の空気は間違いなく友好的なものではない。

 本来護堂は目上の人には敬語を使う、礼儀正しい少年だ。

 しかし護堂の中に湧いて出た謎の敵愾心が、清水に対して敬語で話すことを許さなかった。

 清水もそれは同様である。同じ日本人にして神殺しの後輩である草薙護堂と直に接して話してみたが、負の感情のみが自然と強まっていくばかりだった。

 

(戦士でもない奴に喧嘩を売られる謂れはない筈だ。こいつが『神殺しの先輩と認めたくない』)

(こいつには俺と違い王としての貫録がある、親族も存命、人生順風の神殺し。

神殺しの自分と同格であり、なおかつ『幸運なのが気に食わない』)

 

((こいつには負けたくない))

 

 両者が睨み合う中、冬馬が頭を抱える。

 恐れていた事態であったが、やはり神殺し同士が友好関係になるのは難しい。

 そんな中エリカがこの空気を壊すかのように咳払いをし、爆弾を投下する。

 それは都内を戦火に巻き込みかねない、文字通りの核爆弾。

 正史編纂委員会と清水との関係がうまくいっていないからこそ打てる手である。

 

「清水様に単刀直入に申し上げます。イタリアで出土した地母神の象徴である神具、ゴルゴネイオンを日本に持ち込むことをお許し頂きたいのです」

 

 護堂ですら驚き、清水は憤り、冬馬は白目を向く。

 エリカは可憐でありながら苛烈さすら持った、妖しい微笑みを浮かべる。

 

 紅き悪魔と8人目の神殺しによって日本に齎された戦乱の訪れ、その序章であった。

 



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思惑

民についての情報が少なすぎるので前話の最期を少しだけ改定しました。


「草薙王は日本に厄災を齎すおつもりなのでしょうか?」

 

 真っ向から護堂を見据えて問いただすのは清水の信頼を得ている冬馬だ。

 正史編纂委員会に所属している以上、代表として護堂とエリカの思惑を見極めなければならない。

 確かに日本の呪術師を束ねている正史編纂委員会と清水との関係はうまくいっていない。7人目の王となったばかりの清水に愛人とばかりに数々の美しい巫女を送り込んでみるも興味は薄く、しかし清水は男色の気がある訳でもなかった。

 人間不信となっている清水は王としての威厳が欠如しており、古老との話し合いも上手くいかなかったという。

 だが今まで数々の神獣や神と戦い、日本を守護してきたこと、それも事実。

 

「そんなこと、誰がするかッ!どういうことなんだよ、エリカ!?」

 

 護堂のエリカを糾弾する声を聞いて清水は呆れたように溜息を付く。

 どうやらこれはエリカの独断行動らしい。正確にはこのゴルゴネイオン案件は赤銅黒十字の意向ということだ。自分の愛人の手綱ぐらい握っておいてほしいものだが、神殺しとなったばかりの清水も最初は組織の事情を知らなかったことも事実。護堂もそうなのであろう。

 だから愛人であり騎士であるエリカが政治面でサポートしているのだ。

 

「これは私達の今後の行動に必要なことなの。どうにかするわ」

「大丈夫なんだろうな……」

 

 制止するエリカに愚痴を言いつつ護堂が渋々引き下がったのを見て、清水はますますその確証を強めた。このままでは主導権を握れないと見た清水は、エリカを真っ向から非難することに決めた。

 

「で、イタリアの魔術師は自分の尻を自分で拭けないような奴らなのか?」

 

 あまりにも品がない罵詈雑言。国際問題にまで発展しそうな粗暴な言い方であるが、実質いつ爆発するか分からないミサイルが持ち込まれたようなものである。

『イタリアに被害を齎したくないから、日本に持ち込めばいいか』

 赤銅黒十字の言い分は、無茶苦茶なこれなのだ。確かに日本は神殺しが2名存在するが

だからといって日本に神具を持ち込む必要は皆無である。護堂か清水のどちらかをイタリアに招集すれば済む話である。これで憤らないほうがおかしい。日本としてはいい迷惑だ。

 エリカは清水と交渉を開始する。実際に清水は政治や交渉ごとに疎い。

 彼を言い負かすことができればエリカの目的は完遂する。

 

「御身の品格をご自身で貶めるような言動はお慎み下さい。イタリアでのサルバトーレ卿と清水王の決闘の結果は聞き及んでおります。御身に助けを求める訳にはいきませんでした」

 

 言動を窘められると共に1年前の事件に対して言及されては、清水も己を頼らなかった理由を納得せざるを得ない。

 日本がイタリアに対して強く出れない理由の一つがこれだった。

 あの決闘でイタリアに多くの死傷者が出たのは間違いないのだから。

 

「破壊活動に対してはそちらの王も負けてはいないようだがな。しかしどうする?都内に神具を持ち込むわけにもいかないんじゃないか?」 

 

 嫌味を交えながら清水は問いかける。

 まつろわぬ神を呼び寄せるかもしれない神具を東京都に持ち込むのは危険すぎる。

 とは言え日本近海のど真ん中に放り投げたり、無人島に置いておくのも不安が残る。

 神が襲来した場合、次は本土に襲い掛かることになりかねない。

 

「護堂には、転移の権能があります。媛巫女にゴルゴネイオンを持たせ、助けを呼ばせれば権能が発動いたしますわ」

「成程な……」

 

 清水はエリカの狙いを察した。日本で護堂が神を弑逆することで、護堂の権威を高めようとしているのだ。態々化身の一つを明かしたのもそれが原因だろう。

 つまり正史編纂委員会に自分と護王は有能である、清水に頼らなくても神を追い返せるとアピールしているのである。

 転移の権能を使えるのならゴルゴネイオンは北海道等の人が少ない荒野にでも配置すれば大丈夫、という算段であった。

 隣の冬馬もそれに気づいたのだろう、清水を擁護するために反論しようとするも清水は目配せして止めた。

 

「構わない。こちらは東京の守護に回らせてもらう。護堂もそれでいいか?」

「俺もそれでいいぞ。……後で説明しろよエリカ」

 

 清水の確認に、護堂はどこか不満げに頷く。

 双方の王が納得したことで秘密裏に行われた会談は、こうして終わりを告げたのであった。

 

 

 両者の会談後、清水と冬馬は車内で改めて今後について話し合う。

 日はすっかり暮れていた。

 

「清水さん、あれで本当に良かったのですか?」

 

 エリカの策謀が成功すれば相手の欲求を通すがままにしていた清水の立場は危うくなるだろう。正史編纂委員会としては問題ないのだが、清水に絆され入れ込んでいる冬馬個人の立場としてみては不味い展開なのは間違いない。

 今後を鑑みる冬馬に、優しいですねと清水は僅かに口角を上げる。

 

「日本が無事ならば、それが一番いいことですから。私が日本代表のカンピオーネであるという責務である権威を放棄したことが今回の原因ですから、仕方ないですね」

 

 儚げなその表情を間近で捉えた冬馬が慌てて元気つけようとするも、数秒の後には清水の表情は一転していた。

 どうやら冬馬をからかっていただけのようだ。

 清水は悪戯好きということはないが、ユーモアは嫌いではない。

 

「冗談です。私の直感ですけど、多分大丈夫ですよ。これはブランデッリにとっても賭けの筈です」

 

 確かにエリカの思い通りになれば日本での清水の権威は多少貶められるかもしれない。

 だが清水はエリカよりも、当事者でありながらどこか納得していない護堂の様子が気にかかった。

 護堂は神殺しになったばかりであり、数ヵ月前までは普通の高校生だった。

 そんな護堂の力が舞台が他人に用意された状況で十全に発揮できるとは、清水には思えなかった。

 まつろわぬ神はそんな事情など知ったことではない。必死に神具を取り戻しにくる筈である。この意識の差は大きい。

 そしてエリカの思惑が失敗すれば、それは己にとっては有利に働くだろう。

 

「護堂にはブランデッリがいますが私にも甘粕さんがいますし、何とかなるでしょう。神具を霊視して、襲来するまつろわぬ神の正体だけは確かめておく必要はありますが」

「勿論です、承りました。清水さんの仰せのままに」

 

 冬馬は恭しく清水に頭を下げ、清水は顔を綻ばせる。

 他人からすれば堅苦しいやり取りかもしれない。しかし清水にとっては冬馬との時間は嫌いではなかった。

 異性と違って決して自分のパーソナルスペースに踏み込んでこないのが一番の理由である。

 

 清水は自宅に送ってくれた冬馬と別れ、独り言のように自らを鼓舞するような呟きをする。

 

「ブランデッリの企みが成功しても、条件がイーブンに戻っただけだ。

それに天運が護堂を選ぶか俺を選ぶかなら、俺が負ける筈はない。

俺は誰よりも幸運でなければならないからだ」

 

 春風が夜の都内を吹きすさぶ。

 清水は巷では運命を操る王だとも言われているが、清水はそれが嫌いだった。

 しかし幸運の王、という呼び名は清水も気に入っている。

 運命を操ることなどできない。清水は自分に襲いかかる幸運を信じているだけだ。

 

 果たして、数日後。まつろわぬアテナが襲来し北海道に転移した護堂が体内に死の息吹を吹き込まれ、敗走する。アテナは、己の権威を示すためもう一人の神殺しを求めて清水の護る東京都に侵攻するのであった。

 

 清水とアテナ。両者の激突の時は間近だった。



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呪縛

 草薙護堂が北海道でまつろわぬアテナに敗北した、命こそあるが暫く再起不能らしい。

 正史編纂委員会の重役に慌てながらそう聞かされた清水は驚くほどに冷静だった。

 日本でも有名な戦神であるアテナは、心身が万全の状態でない神殺しが勝てる相手ではない。

 ゴルゴネイオンを手に入れたアテナは北海道から日本を南に下り、周囲に被害を撒き散らしながら真っすぐに清水の居る東京都に向かってくる。

 アテナが通過した場所は昼間にも関わらず暗闇となり、ありとあらゆる光源が消滅していく。それは女神が立ち去っても直らなかった。

 更に近くで女神に相対してしまった者は死の息吹を当てられ死亡している。

 電気は消え、自動車は止まり発電所も停止した民衆は明かりのない暗闇の中、右往左往することしかできなかった。

 文明の利器を奪われた人類は脆弱な獣でしかない。このままではまつろわぬ神が日本を壊滅状態にするのに時間はかからないだろう。

 

 国家存亡がかかるこの一大事の中、清水は媛巫女と接吻を交わしていた。

 この行動は別に清水が王としての特権を悪用して淫行に耽っている訳ではない。

 清水の権能である『情け深い幸運』には複数の能力がある。

 その中には神々の情報が必要なものがあるが、清水は神話の知識には疎いのだ。

 神殺しの体には呪いが聞かないため口径接種の『教授』の術で媛巫女から直接神話の情報を叩き込む必要があるのである。

 

「……」

 

 ディープキスをすると共に、脳内にアテナの知識が次々と入ってくる。

 接吻をしている相手は可愛らしい少女ではあるのだが、清水は情欲の炎を燃やすことはない。清水の表情はどこまでも乾いており、瞳は凪いでいる。

 この後のアテナとの戦いに集中しなければならないという使命感が清水を支配していた。

 

 行為が終了すると、清水の方から深々と媛巫女に頭を下げる。

 

「有難うございました」

 

 清水の礼を受け取ると共に、無言で立ち去った媛巫女の瞳の端には雫が光る。

 少なくない罪悪感はあったが、清水がそれについて深く考えることはなかった。必要なことであったと割り切る努力をする。そうでなければ護堂の二の舞になるだけだ。

 ここで敗北すれば先ほどの媛巫女との行為も、涙も無駄になってしまう。

 

「そろそろか。……必ず勝つ。俺のやるべきことはそれだけだ」

 

 清水は周囲への被害を恐れ、広大な空き地に移動した。

 アテナの気配が近づいてくるのを感じて清水の心が沸騰するかのようになり、全身に闘志が張り巡らされる。

 これは神殺しに成功したものの共通の体質であった。

 初めて神の弑逆に成功してから、清水は様々なものを犠牲に生き残ってきた。

 しかしそれはいずれも彼の周囲の者達を不幸にする代償としてでのものである。

 最初に犠牲になったのは清水の両親の命であった。

 次に犠牲になったのはイタリアの多くの民衆の命であった。

 それからも戦闘が起こる度に、時には清水の権能に関係なく、幸運に巻き込まれて清水一人の命とは釣り合いが取れていない多くの人間が犠牲になっていった。

 だからこそ清水は誰よりも幸運でなければならないし、まつろわぬ神に勝利しなければならない。

 

「そうでなければ、俺だけが生き残った意味がない」

 

 それは清水の使命感であり、責任感であった。

 清水は迫りくる暗闇を睨み付ける。数瞬の後に、空き地にアテナが姿を現した。

 アテナは己の半身であるゴルゴネイオンを取り戻したばかりであり、全身には力が滾っている。

 

「もう一人の神殺しよ、名を問おう」

「清水勇だ」

「ふむ、勇……やはり異国風の聞きなれぬ響だ。あなたの名前、しかと覚えたぞ」

 

 尊大に清水に頷いた銀色の長髪を靡かせた女神は、人間の年齢に換算すると18歳程度だろう。

 頭に豊穣神の象徴である花冠を被り、妖精のような長い耳を尖らせている。

 清水は静かに女神に問いかけた。

 

「お前は俺と戦うためにここまで来た、という解釈でいいのか?」

「妾は三位一体の姿を取り戻した故に、遊びたいのだ。神殺しであるあなたなら、良い退屈しのぎになろう?」

「それだけのために日本を機能不全寸前に追い込んだのか。やはりお前たちとは分かり合えないな」

「小さな島国だ。仕方あるまい」

 

 やはりまつろわぬ神には人間の常識は通用しない。

 元より言葉のやりとりで追い返せる相手でもないとは思っていたが、清水は一層敵対の覚悟を強めた。

 鋭くアテナを睨む清水の眼光は、並の人間が見たら震え上がるに違いない威圧を伴っていた。

 

「つまりお前は敵でいいんだな。なら話すことはない!」

「うむ、語らいはここまでとしよう、妾の闘神としての心も戦えと荒ぶっておる!雌雄を決する時は来た!」

 

 すっと、手を挙げるとアテナの背後に大量の梟と蛇が出現し、襲い掛かってくる。

 合計数百はいるだろう。梟は鋭い爪を武器とし、蛇は4メートル程の体長を持っていた。

 暗闇の中を襲い来る群れに対して、清水の右手に棘のような輪がついた武具が現れ聖句を呟く。

 

「俺は神を呪う。旅人は定めに逆らえず流るるままに!」

「む!?」

 

『幸運』の聖句を唱えると梟は蛇の体に嘴を突き立て、蛇は梟に齧り付き共食いを始めた。

 アテナの指示に従わず、互いに血肉を貪りあっている。

 梟や蛇は目の前の相手を襲えるという多幸感に酔いしれ、本能のままに暴走しているようであった。

 幸運であることが必ずしも幸福であるとは限らないという清水の考えが、捻くれて現れた力である。

 智慧の女神であるアテナは、一瞬で清水が殺した神の名を推察する。

 

「あなたが殺めた神はテュケーなのではないか?ギリシャの豊穣の女神にして運命の神、都市の守護神」

「どうだろうな」

 

 確かにフォルトゥーナはテュケーと同一視されており、半分は正解と言ってよい。

 実際アテナが清水に引きよせられたのはテュケーがギリシャ神話の豊穣神であり、アテナと同郷の神であるからだ。

 清水がフォルトゥーナから簒奪した権能、『情け深い幸運』は7つの能力を持つ汎用性の広い力である。

 古代ローマでは、フォルトゥーナが崇拝された影響でありとあらゆる物事が運命と結び付けられて考えられていた。

『幸運』『悪運』『物語』『皇帝の運命』『支配権』『女たち』『初子』

 この7つが、清水の力である。

 清水はその中の一つ、『幸運』の手札を切った。

 

「あなたが殺めた神が妾と同じ豊穣神———冥府の神であるのならば、支配力を競ってみるのも一興か!」

 

 アテナは黒い鎌を構えて清水目掛け走り出す。同時に死の息吹が清水に襲い掛かった。

 鎌を無視するわけにはいかないが、危険なのはあらゆる生命を冥府に送る死の息吹のほうだ!

 そう直感した清水は迷わず力の同時行使を行うことを決めた。

 

「剣には剣を持って、盾には盾を持って侵略する。俺は自分より幸運な者が許せない!」

 

 基本的にまつろわぬ神や、神殺しに対して呪いの類は効果が薄い。

 しかし全く効果がないわけでもなかった。

『悪運』にかかり、アテナの全身が倦怠感のようなものに支配され鈍る。

 幸運である者の傍に居るということは、不幸に見舞わられるという清水の性格が表す力だ。

 

「「……!」」

 

 アテナが鎌を振りかぶる。

 動きが鈍ったアテナの鎌が清水の輪と打ち合うが、それでも武力の心得がない清水はアテナの腕力に押されて徐々に追い詰められていった。

 しかし清水に死の息吹が吹きかかることはない。清水は打ち合いながらも『支配権』の力を行使する。

 清水は抜け目なく武具をアテナと交えながらも、アテナが作った闇の領域を押し返し始めていた。

 やがて清水の周辺の空気から闇が消えていき、いつの間にか闇の領域を払う太陽が現れ周囲が燦爛と輝きだす。

 力の同時行使により清水を激しい頭痛が襲うが、清水はそれを無視した。

 アテナの支配を打ち返すことができたのは、フォルトゥーナが地母神でありながら太陽の神性も持っているからに他ならない。

 漸くアテナが清水が弑逆した神の名前を察するも、もう遅い!

 

「……そうか、あなたが殺した神はテュケーではなく、テュケーと同一視された神!」

「そう、フォルトゥーナだ!そしてこの神はお前の言う通りテュケーと同一視された、アテナと深い関係がある神でもある!」

 

 清水は闇の世界から抜け出し、『悪運』も解除する。

 しかし清水が暗闇から逃れ、支配権を取り戻したのは一時的なものでしかない。

 清水の決断は早かった。アテナの影響力と呪力が衰えている今のうちに勝負を決める!

 神と神殺しの戦いはお互いの意地の張り合いだ。

 アテナの鎌が首を刎ねるか、清水の『物語』が完成するのが先か。

 

 アテナの鎌が振るわれ、一瞬にして清水の武具が叩き落される。

 

「アテナとテュケーは同じ地母神、そしてテュケーはゼウスの妻であるヘラの娘であると言われた。

ここまではアテナと同じ、貶められた神であるということには他ならない!」

「黙れ、裏切り者を殺めた神殺しめ!あなたの言霊は汚らわしい!」

 

 母なる地母神は貶められ、王の時代が始まる。

 それと同時にアテナやテュケーは王である神に凌辱され、妻や娘にさせられた。

 

「しかしフォルトゥーナは、依然として太陽神の神格を持ち続けた!

大昔の人々は、運命の車輪を太陽に見立てていた、それが全世界に広まったからだ!」

 

 清水はアテナの鎌をカンピオーネの直感に従い避け続けるも、鋭く振り下ろされた鎌に右腕を切り落とされた。

 激痛が走る、だが挫けてなるものかと清水は前を向いた。

 

 フォルトゥーナが太陽の神格を持ったのは、ガリアでのことだった。

 ガリアの人々は太陽を車輪に見立て、時間の運航を車輪の回転に見立てていた。

 他の豊穣神が死の象徴として扱われていた中、太陽の神として崇められていたのである。

 そしてその信仰は、世界中に広まっていった。タロットカードの誕生だ。

 古くは同じ豊穣の神ではあるが、フォルトゥーナとアテナは決定的に違う部分がある。

 

「だから今でも運命の女神である、フォルトゥーナは幸運の象徴であり、太陽そのものだ!

 従属させられ、貶められたままのお前が『運』そのものに抗える筈がない!」

 

 清水の言霊は完成しフォルトゥーナとアテナの『物語』は完成する。いわばこれは疑似的な神話である。

 地上のまつろわぬ神が影響を受けるのは道理であった。

 物語の中での格付けがはっきりし、同時にアテナの鎌は深々と清水のわき腹を切り裂き清水の臓物が落ちた。

 同時に関東全土を包むアテナの暗闇も晴れていった。

 

「危なかったぞ、だが勝利したのは妾だ」

 

 日光が差し込む中、倒れ伏した清水が血だまりに沈むのを見ながらアテナは肩で息を切らす。

 再生と死の神格を持つ地母神を殺した神殺しだ、故に油断はしない。

 呪力を大幅に減らしたアテナが、ゆっくりと清水に向け鎌を振りかぶった。

 

「さらばだ清水勇よ……!?」

 

 アテナを襲ったのは、春風……春一番だった。強風が吹き荒れ都内を襲う。

 強風に煽られ呪力が大幅に減ったアテナは耐え切れず盛大に転んでしまった。

 

「俺は生まれいずるものなり。俺は再生する者なり」

 

 それと同時に、清水がゆっくりと立ち上がる。『初子』の能力だった。

 これは生まれ変わりの力ではない、赤子は回復力が高いことに由来する力である。

 アテナが懸念した通り、清水は地母神としての再生能力を持ち合わせていた。

 身体の欠損から回復したのである!

 

 立ち上がるアテナに向けて走り出した清水。

 清水もまた、権能の同時行使と再生した代償に呪力は僅かなものであった。

 だが戦神であるアテナは、弱っているにも関わらず未だに清水より体術で優っていた。

 

「……勝敗を決する時か、来るがよい!」

 

 アテナには、武術の素人である清水の動きがはっきりと見えていた。

 心眼———先を読む力をアテナは死の淵で獲得したのである。

 そう。向かってくるのならば、その軌道上に鎌を設置すればよい。

 

「おおおおお!!!」

 

 清水が猛々しい雄たけびと共にアテナ目掛け突進する。

 アテナは清水の動きをはっきり捉え、そこに鎌を突き出し……

 

「『跪け!』」

 

 アテナの膝は清水の言霊に応じて曲がり、急激に頽れていった。

 雄たけびはブラフである。態々戦女神と正面から雌雄を決するつもりは清水には欠片もなかった。

『皇帝の運命』……フォルトゥナ・アウグスティは古代ローマの政治基盤の元になったフォルトゥーナの別名。

 弱ったアテナにしか通用しない、明確な命令の力であった。

 崩れ落ちるアテナの脳を、清水が手にする輪をモチーフにした武具が貫く。

 清水の残っていたなけなしの呪力がアテナに流し込まれ、女神は消え去っていく。

 

「俺より不運なもの、俺に勝つにあたわず!」

「清水、勇……そうか、あなたは―――善い戦だった」

 

 神が消え去った後に、清水は地面に大の字になって仰向けに倒れる。

 まつろわぬ神を倒したことで、滾るような力が抜けていく。

 清水は冬馬が慌てて駆け寄ってくる中、吐き捨てるように言った。

 

「残念だがアテナ、俺は幸運に呪縛されてなんかいない」

 

 女神の最期の言葉に反論する清水の言葉はどこか空虚な響きを伴っていた。

 アテナを襲った神風は、清水の権能によって齎されたものではなかったからだ。

 女神さえ凌駕する、単純な『幸運』。

 フォルトゥーナを殺めた時と同じである自身の神殺しと関係ない性質を自覚しつつ清水の意識もまた、闇の中に消えていくのであった。



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結果

 アテナの齎した闇の世界は清水がアテナを討伐したことで終わりを告げ、日本は平穏を取り戻した。

 運休停止になった電車や新幹線、電力がストップした発電所等を加味すると各地の被害は数十億にも上るだろう。

 何より間近でアテナの死の息吹を浴びた人間の命は帰ってこない。

 正史編纂委員会はこの緊急事態に日本政府と協力し、各地の混乱を治めるために全力を尽くした。

 その効果もあってか時がたつにつれ人々の精神もまた、回復していった。

 人間というものは案外たくましいものだ。厄災にあったとしても乗り越えることのできる強さを持っている。

 夜が過ぎた後には太陽が必ず昇るように、日本の人々が活力を取り戻すのは案外近いだろう。

 

「呼び出した形になったな、護堂。それと俺に敬語を使う必要はないからな」

「……尻拭いをさせてしまって悪かったな。流石に俺だって、勇と話す必要があることは分かってる」

 

 護堂は清水に凄んでみせ、清水は負けん気の強い護堂に苦笑いを浮かべる。

 アテナの事件が済んでから数週間後。

 清水と護堂は正午頃、とあるカフェで机を挟んで対面に座り、話し合っていた。

 呪術師が裏で手を回したのか、他に人気はなく貸し切り状態である。

 前回とは違い護堂の近くにはエリカはおらず、清水も冬馬を引き連れていない。

 これから始まるのは従者なしの王と王、二人きりの話し合いであった。

 清水はコーヒーを一口喉に流し込み、話し始めた。

 

「流石にブランデッリから耳にしただろう。正史編纂委員会はアテナの一件を持って、俺の傘下に加わった形になる」

「……」

 

 清水の承諾を得たとはいえ、イタリアで出土したゴルゴネイオンをエリカが日本に持ち込んだことが今回の騒動の切っ掛けとなった。

 そしてエリカの主である護堂は神殺しとしての役目を果たせずアテナに敗走した。

 この一件で正史編纂委員会は同じ轍を踏まないために清水を日本の王と定め清水もまた、それに同意した。

 2年間権力を持つことを拒否し続けていた清水が同意したのも、このまま護堂と自らの立場があやふやなままではまた同じような事件が起こるのではないかと懸念した面が大きかった。

 冬馬が口外していないことだが護堂の敗北を予期しながらも見過ごした責任を取る必要があった、というのもある。

 勿論人間不信気味の清水に権力を持たせるのは不味いので、形式上でのことではあった。

 

「で、俺はお前を永久追放することができる訳だが……護堂、お前はどうしたいんだ?」

 

 護堂が国外に出たとしても、受け入れる国は多いだろう。

 まつろわぬ神による被害を恐れているのは万国共通であるからだ。

 清水の静かな問いかけに、護堂は力強く、横暴に返答する。

 護堂の心中に浮かんだのは妹と祖父、そして最近呪術師の間で肩身が狭い護堂に対して親身になって支えて貰っている万里谷という媛巫女の顔だ。

 

「俺は日本に居る。勇が無理だと言ってもだ」

「……俺とお前の軋轢のせいで日本全土に被害が出た。そのことは理解しているか?」

「俺のせいで死人が大勢出たこともちゃんと分かってる。その上で言ってるんだ」

 

 清水の人称が、自然と『護堂』から『お前』に変化する。快く思わない人間への呼称だ。

 清水と護堂は暫しの間睨み合い、しかしどちらも視線を逸らさない。

 そのまま数分の時間が経った後に、清水は大きく呆れたように溜息を付いた。

 護堂本人が責任感を持ち反省しているのなら、清水はこれ以上責め立てるつもりはない。

 高圧的な態度は清水の癪に障ったが、敵愾心を抱いているのはお互い様である。

 

「このままではここでお前と戦う羽目になりそうだな。

世界各国からも日本からも恨まれるだろうがお前との戦闘の被害を抑えるためだ、仕方がない」

「いや、さすがにそんなつもりはないからな!?」

 

 護堂は慌てたような素振りを見せるが、清水は護堂ならここで暴れかねないと確信していた。

 元より唯我独尊のカンピオーネが、このまま他者に押さえつけられるのをよしとする筈がない。

 たとえそれが同じ立場の神殺しだとしてもである。復興途中の日本に新たなる被害を齎すつもりは清水にはない。

 しかし清水はむしろ安心していた。清水に対して下手に出るようなら、本当に日本から追い出していただろう。

 敵対する相手にこれぐらい威勢が良くなければ、神から日本を守ることなど無理な話だ。

結局はまつろわぬ神から国を守ること、それが神殺しの一番の使命なのだから。

 

 そういう意味で言えば、清水にも責任がある。

 護堂の敗北をよしとしたこと、同じ地母神の性質を持つ清水が離れた場所に居たことによりアテナが清水に吸い寄せられてしまったこと。

 後者は偶然であるのだが、前者は擁護できない。これは国を守護する者としては褒められた振舞いではないだろう。

 

「監視されることは覚悟してもらう。今の日本でのブランデッリとお前の立場は低いだろうし、住み辛いだろうが我慢してもらう他ないな」

「……ああ」

 

 表立って王に逆らう者はいないだろうが、呪術師からの監視と非難の眼差しは避けられない。

 流石に落ち込んだ様子の護堂に対して、ここまで厳格な態度で護堂を責め立てるようだった清水は口元を緩めた。

 

「これはアドバイスだが日本にいられることになったんだ、家族や友人は大事にしたほうがいい」

 

 清水は護堂に嫉妬と敵愾心を抱いている。

 それは護堂が神殺しでありながら家族、友人、恋人と言った清水が持っていない大切なものを既に手にしているからだ。

 同じ神殺しであっても冬馬以外との他者との関わりが薄い清水には持ち合わせていないもの。

 だから清水は、護堂のことをとても『幸運』であり、同時に『幸福』な男だと思っていた。

 護堂も清水の身上を知っているのだろう、真摯に清水を見据えた。

 

「言われるまでもない。……今回は、ありがとうな」

 

 護堂は清水を第一印象で判断したことを恥じ、素直に清水に頭を下げた。

 清水は護堂が人たらしと言われている所以を何となく把握した。

 認めるつもりはないがやはり純粋な王としての器や、人を引き付ける才能では清水は護堂にはかなわないのだろう。

 清水は自然に護堂に右手を伸ばしていた。

 

「俺とお前が和解して仲がいい様子を見たら、正史編纂委員会もお前の周りの人間に迂闊なことはしないだろう」

 

 護堂はきょとんとした顔の様子だったが、すぐに清水の右手をしっかりと握り返してきた。

 

「こう言ったが正直俺はお前が嫌いだ。俺が上でお前が下、それは忘れるなよ護堂」

「俺もあんたが嫌いだ。次はお前ごと日本を守ってみせるぞ勇」

 

 この二人の和解がうまくいくわけもない。どこか歪な形になり、鋭く視線を交わしながら清水と護堂は握手する。

 両者の拳には握力がかかり、骨が軋む音がした。

 清水は護堂への敵愾心は依然としてある。清水は護堂よりも、世界の誰よりも幸運でなければならない。

 王としての実力も負けるつもりはないし、地位を明け渡すつもりもない。

 一方護堂も清水が上の立場という事実が単純に癪に障り、へりくだるつもりは毛頭なかった。

 両者の王の二度目の会談は、このように唯我独尊の二人らしく終わりを告げた。

 

 

「清水さーん!」

 

 清水が護堂と別れてカフェから出ると、冬馬が手を振ってくる。

 見慣れたどこかくたびれたスーツ姿と眼鏡に、清水が顔を綻ばせる。

 長い付き合いが故に、清水は彼だけには心を許していた。

 

「甘粕さん、会談は無事終了しました」

「どうなることかと思いましたが何よりです。預かり物を受け取っています」

「何でしょうか?」

「どうぞ」

 

 清水が冬馬から受け取ったのは、簡素な封筒に入った一通の手紙。

 清水が封を開け内容に目を通すと、それは清水への感謝の手紙だった。

 なぜ態々渡すのだろうかと清水は疑問を持ち読み進んでいく。

 内容は日本をアテナから守った清水への純粋な感謝だった。

 筆圧は小さく、弱弱しい。恐らくは女性の字だろう。

 清水は読み終わっても、冬馬が自分にこの手紙を渡した理由が分からなかった。

 手紙には筆者の名前は書いていない。内容に問題がないとするならば、差出人に何かあるのだろうか?

 

「どうしてこれを……?」

「まあ、単なる感謝の手紙ですので気にしないで下さい。正史編纂委員会が単純に感謝していますというアピールのようなものです」

「ああ、そうですか」

 

 清水本人には伝えていないがこの手紙を書いた人物は、アテナとの決戦前に清水に接吻をした媛巫女からのものだった。

 清水の前で泣いてしまったことを相当に気に病んでいた彼女は深く反省し、人間不信な清水に配慮して匿名で文をしたためたのである。

 

(護堂さんに嫉妬する必要はありません。打算がなくとも清水さんを慕っている人はいるんですよ?)

 

 冬馬は人を自ら遠ざける清水に心中で吐露する。冬馬も、清水を慕っている一人である。

 本当に清水にカリスマがなければ、冬馬が清水に入れ込む筈がないからだ。清水本人が恵まれているそれに気づくのはいつのことになるのやら、それは誰にも分からなかった。

 

「甘粕さん、帰りに宝くじを買ってもいいですか?」

「またですか……了解です」

 

 幸運とは降りかかるものではない。不運と同じく災害のように襲い掛かってくるものというのが清水の人生論である。それゆえに清水にとっては幸運であるということは、義務であり決して幸せなことではない。

 老いた他国の王が日本に近づいてくる。これからも清水は神殺しとして、正史編纂委員会の長として多くの苦境に立たされるだろう。

 そんな清水の隠された望みは、実は普通の人間と変わらないような平凡なものである。

 

「さて、今日も運試しといこうか!」

 

『幸運』ではなく『幸福』に生きたい。

 

 清水勇の切実な望みは、当分叶う見込みがなさそうだった。

 




2巻の構成は考えていますが、カンピオーネ1巻の終わりと似たような形で一旦書き溜めは終了しました。


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三王狂乱 手負

 まつろわぬアテナが襲来してから三ヵ月が経つ六月も終わり頃。

 正史編纂委員会に監視され続け、憔悴した草薙護堂は気の休まらない生活を過ごしていた。

 幸いにも妹や祖父は監視の目に気づいていないが、カンピオーネである自身の直感は他者からの視線、軽い殺気というものを鋭敏に捉えてしまう。

 こればかりは、護堂は神殺しとしての体質を恨まざるを得なかった。

 

 エリカは一時的にイタリアの赤銅黒十字に一時的に戻っており、護堂とは現在離れ離れ。

 護堂もついていこうとしたが、エリカ曰く今回限りは王である護堂に頼らず自分でケリを付けるとのことだった。流石にエリカも責任を感じているのであろう。

 エリカ曰く、すぐ日本に戻ってくるとのことだがいつになるかは分からない。

 自由奔放なエリカに振り回されることがなくなった護堂は、しかし一抹の寂しさと軽い苛立ちを覚えていた。

 とはいえこの処遇は自分たちが日本にまつろわぬ神を呼び込んだのであり仕方ない、自由に動けるだけまだマシだと護堂は切り替え始めていた。

 もし赤銅黒十字がエリカ一人に責任を擦り付けるようなら、また殴り込みにいけるように準備をしてでのことであった。

 

 とある日の夜十時頃、護堂が自室で過ごしていると非通知設定で電話がかかってきた。

 護堂はエリカだろうか、と若干期待しながら受話器を取る。

 

「はい、草薙です」

「その声は護堂か、久しぶりだね」

 

 受話器から聞こえてきたのは金髪碧眼の風貌をした優男、南欧を束ねる6人目の神殺しである『剣の王』サルバトーレ・ドニからのものだった。一度護堂がイタリアで戦い引き分けた相手であり、また護堂が強い敵愾心を抱いている人物でもある。

 護堂の眉間には、自然と皺が寄っていた。

 

「なんであんたが俺の家の電話番号を知っているか知らないけど、切るぞ」

「親友である僕につれない奴だなあ。友達の電話番号を知っているのは当たり前だろう?」

「親友になったつもりはない!悪いがあんたとなんか話すことはないぞ」

 

 護堂の辛辣すぎる返答にもめげることなくサルバトーレの声色は無駄に爽やかだ。

 

「護堂の近況は聞いているよ。知っての通り、僕も赤銅黒十字とは関りが深いからね」

「エリカがどうなっているか、あんたは分かるのか?」

「そこまでは何とも言えないかな。僕はややこしいことは全部アンドレアに任せてるからね」

 

 アンドレアとは、サルバトーレに使える唯一の騎士で『王の執事』と呼ばれている人物である。どうやらサルバトーレがカンピオーネになる前からの親友らしい。

 とはいえ護堂にとっては関係のない話だ。

 

「……やっぱり切っていいか?」

「まってよ、護堂に耳寄りな情報を持ってきたんだから!ヴォバンの爺様が今東京に居るから、教えておこうと思ってね」

「確かバルカン半島の、狼の権能を持つ最古参の魔王の一人だったよな?」

「ちゃんと知ってるんだね!護堂も段々僕たちらしくなってきたじゃないか!僕は嬉しいよ」

「不本意だけどな」

 

 サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。護堂が最近危機感を覚え、魔術師についての知識を蓄えている中幾度か聞いたことがあるカンピオーネの名前である。狼の権能の他にも町中の人間を石に変える権能、嵐を呼ぶ権能があることを護堂はしっかり勉強していた。

 

「この情報を護堂がどう扱うかは任せたよ。そっちは清水が長になったことだし、色々大変だろうけどね」

 

 護堂はサルバトーレが清水のことを名ではなく姓で呼んだことが意外だった。

 どうやら剣の王は、清水のことを快く思っていないらしい。

 こんなお気楽な男にそんな一面があったことが、護堂は純粋に驚きだった。

 

「そういえばあんたは、勇と決闘して引き分けたことがあったんだったな」

「そうだよ。最初はカンピオーネなのに大したことない奴だと思っていたんだけどね」

 

 護堂はサルバトーレの煮え切らない清水の印象に、自身も初見で清水に対して大したことがない、戦士に見えないと直感したことを思い出した。

 サルバトーレと何となくシンパシーを感じた自らに嫌気がさしつつも護堂は静かに続きを促すことにする。

 

「で、どうなったんだ?」

「難なく追い詰めて、止めをさそうとしたら地面に大きな地割れができて、落ちちゃったんだよ。僕と清水だけじゃなくイタリア全土を巻き込んで、死者が千人以上出て大変だったんだ。しかもそれ、清水の権能じゃなかったらしいんだから驚きだよね」

「あいつ実は幸運じゃなくて、周りに不運を撒き散らしてるだけなんじゃないか……?」

 

 護堂は呆れたように呟く。確かにサルバトーレの権能は、直接的な攻撃しかない。

 護堂も船に乗せて、湖に沈めるという戦略を取ってなんとか攻略したのである。

 だがそこまでの大事になっていたとは……通りで日本がイタリアに強く出られない筈である。

 ヴォバンといい、清水といい、やはりカンピオーネはろくでもない奴しかいないらしい。

 

「もしそうだとしても、今度はその運ごと斬ってみせるさ。まあ清水との決闘はもう禁止されちゃったんだけどね」

「そりゃそうなるよな……というか、あんたならやりかねないな」

 

 護堂も何となくこの『剣の王』なら、清水の幸運ごと斬ることができてもおかしくないと思えた。

 決して口には出さないが護堂も直接戦って、サルバトーレの強さは認めている。

 

「護堂がアテナに完敗したと聞いて不安だったけど元気そうで安心したよ。清水に殴り込みに行こうかと思ったけどね」

「どうしてそこで清水の名前がでてくるんだ?」

「正直僕と引き分けた護堂が完敗したことが、信じられないだけかもしれないけどね。護堂は確か復活する力を持っていただろう?もし清水が居なかったら、どうなっていたんだろうね」

 

 確かに清水がいなかったら、女神は北海道から東京に移動することはなかったし日本に甚大な被害が出ることもなかっただろう。護堂が『風』の転移の力を使うことはなく、リベンジもできた。

 エリカが時間を稼いでいるその間に体制を立て直して、再びアテナに立ち向かった筈だ、とまで考えて護堂はかぶりを振った。そんな無駄なことを今考えていても仕方ない。

 すべては護堂の甘さが引き起こした事態だからだ。

 

「あの敗北は俺が覚悟を決めてなかったせいだ。勇は関係ないだろ」

「そうだね、僕としたことが難しくかんがえちゃったみたいだ。何があったとしても、負けは負けだね」

「……そうだよ、じゃあな」

 

 負けは負け。護堂自身は理解していても他者から改めて明言されると頭にくる。

 それが護堂をライバルと自称するサルバトーレなら猶更だった。

 不愉快になった護堂はプツン、と無言で電話を切った。

何人よりも強く在れ、再び自分と戦う時まで何人にも負けぬ身であれ、という弑逆したウルスラグナの言葉が彼方から聞こえてくるようだ。

 

「俺の敗北のせいでエリカが困っているんだ。まつろわぬ神だろうがヴォバンだろうが、勇だろうがもう誰にも負けてやるもんか!」

 

 護堂は覚悟を決める。平和主義者を自称する護堂の隠された本心であった。

 電話を切った護堂の表情は追い詰められた手負いの猛獣のようにぎらついている。

 勿論自ら喧嘩を売りに行くことはない。しかし護堂は最年長のカンピオーネ相手でも幸運のカンピオーネ相手でも、噂に聞くような暴虐を振るうのなら容赦はしないだろう。

 

 後の世に三王狂乱と言われた日本での出来事、その序章はこうして始まった。



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賭博

 護堂がサルバトーレと電話する前日の正午頃、清水勇は宝くじ売り場の前に来ていた。

 九百円を差し出し、適当に選んだ三枚を購入する。

 清水は色々な宝くじを試しているのだが今回は番号を記入するタイプのものではなく、硬貨で削って当たり外れが分かるスクラッチ式のものである。

 当たっても最大五十万程度、それを清水は運試しに購入したのであった。

 常人ならば気軽に試す程度のくじであるが、清水にとっては幸運を占う大事な機会である。

 幸運を鍛える努力、そしてコントロールする努力を清水は日々怠らない。

 

「まあまあか」

 

 結果は四等が三つであり、清水は三千円の入手に成功する。

 一等でないのは単に清水が生活に困窮していないからだろう。

 仮の立場とはいえ正史編纂委員会の長となった清水は、金銭面に困っていない。

 これまでの経験上、特賞を引かなければ死ぬという事態になれば例え数億分の一であろうが清水は引き当てる自信があった。

 

「他のカンピオーネもこれぐらいはできるだろうな。俺があいつらより幸運な証明はできない」

 

 清水はそう直感していたが、実のところその予感は正しい。

 実際に同郷の護堂はギャンブルがとても得意であり、その才能だけで生きていけると親戚に太鼓判を押されるレベルのものである。

 

「どうすれば俺が誰よりも幸運だと証明されるのか、それが問題だな」

 

 幸運狂と日本の一部で呼ばれている清水の思案が始まる。

 まず清水が運を競う相手は、同格の神殺しに限られる。一番距離が近いのは護堂だ。

 しかし護堂と運を競いたい気持ち自体はあるが、そもそも護堂が嫌いな清水は心情的に護堂を誘いたくなかった。

 護堂も監視されていてストレスも溜まっているだろうし、下手に顔を合わせてしまえば嫌い合っている両者の殺し合いになりかねない。

 第一護堂が絶対に負ける勝負を受ける筈もないだろう。

 

 他に清水には他のカンピオーネとの接触方法がない。

 清水が神殺しとなって二年程だが殆ど日本から出ておらず、まつろわぬ神との戦闘の度に大きな被害を出す性質上他国からも歓迎されてない。

 他国の王で唯一接触したサルバトーレにも、清水は運で作られた頑丈な土偶のように思われてしまっていた。それにあの脳筋のことだ、運試しのかわりに決闘を吹っかけてくるだろう。

 困り果て、八方塞がりな清水の鞄から音が鳴る。中に入っていた携帯電話の音だ。

 

「もしもし清水です。ヴォバン侯爵が来訪……?分かりました、急いで向かいます」

 

 清水は一気に表情を引き締める。日本の長としての最古参のカンピオーネとの会談だ。

 東欧から何が目的で日本に来たのか理解できず、油断できるものではない。

 戦闘になれば最悪日本が沈没しかねず、慎重な対応が求められるだろう。

 清水はしかしこれを、自身の幸運が齎したものではないかと思い直した。

 このタイミングで最古参の魔王……三百年近く生存しているヴォバンとの運試しをする。

 それに勝利することができれば自身が神殺しの中で最も幸運と認められるのではないか?

 思い立った清水は正史編纂委員会に準備をさせ、ヴォバンと会談する準備を進めるのだった。

 

 

 数時間後、清水は正装で冬馬と共にヴォバンが宿泊している高級ホテルの中に歩みを進めていた。

 当然ヴォバンには会談の承諾は取っている。

 清水が中に入ると、大理石で作られたフロントテーブルの受付所の中に巨大な塩の柱が立っていた。清水と冬馬は顔を顰める。ヴォバン伯爵の権能によって人間が塩に姿を変えられたのだろう。

 冬馬は恐る恐る清水に問いかける。

 

「清水さん、本当に侯爵相手にギャンブルを提案するんですか……?」

「ヴォバン侯爵が正規の手続きをしてここにいる以上、まつろわぬ神よりは話が通じる相手でしょう。戦闘を起こす訳にもいきませんし、呪術師に被害を出さないためです」

 

 ヴォバンは無趣味であり、まつろわぬ神や神殺しとの闘争にしか興味がないと世間では言われている。

 清水を出迎えた塩に変えられた人の柱を見て、冬馬は不安が増すばかりであった。

 一方清水が動揺したのは一瞬であり、それほど憤る様子はない。

 それよりもヴォバンとどう会話し、ギャンブルに持っていくのかに集中している。

 清水自身の『幸運』の性質からして、死人が出ることに慣れているとはいえその冷淡さは通常の人間からすると、どこか人としては欠落しているように思えるだろう。

 

「甘粕さんだけ帰ってもいいですよ?」

「最古参の魔王様のお相手ですから、清水さん一人に任せることはできませんねえ」

 

 提案した清水にいつも通りのつかみどころのない表情で返事を返す冬馬。

 清水は打てば響くようなやり取りに安心感を覚えながらヴォバンの待ち受ける大広間に向かった。

 果たして清水と冬馬を出迎えたのは部屋の中央にある赤い椅子に座り、黒いスーツを着こなした老人だった。刈り揃えた白髪、体格は痩せ気味であり綺麗なエメラルドの瞳が光っている。暫し見つめ合っていると、老人が重々しい口を開いた。

 

「出迎えの趣向は気に入って貰えたかな?」

「生憎だが俺には猟奇的な趣味はない。素直に悪趣味だなと思っただけだ」

「まあ許せ。年を取ると気まぐれに力を使いたくなるのだよ」

「傍迷惑なじいさんだな」

 

 立ち振る舞いは教養が見てとれ、どこかの大学で教鞭を取っていてもおかしくない品格。しかし中身は獣そのもの。それがサーシャ・デヤンスタール・ヴォバンという人物だ。

 こんな相手と本当に取引ができるのだろうかと清水は内心思いつつも、口調は暴力的でありヴォバンも特に清水の態度に気を悪くすることはなかった。

 

「勇ましいことだ。確か清水勇……という名前で合っていたかね?」

「覚えてもらえて幸栄だ、ヴォバン侯爵」

 

 冬馬は清水の傍で控えており表情には出さなかったが、清水の名前がヴォバンに憶えられていることに驚いていた。

 神殺しとなって清水はまだたった二年、ヴォバンは神殺しになってから二百数十年。

 それだけの年季の差があるにも関わらず、清水の名前はフルネームでヴォバンの中に刻まれていた。

 

 清水は薄っすらとだが、確実に今まで出会った神殺し二人と違って自身への対応が違うと感じていた。

 護堂やサルバトーレと違って全く侮られている気配がないのだ。

 これは清水が知らないことであったが、ヴォバンがアイーシャ夫人という特殊な神殺しの性質を知っているというのも原因であった。

 

「正直貴様には興味があったのだ。神を超える幸運を持つ神殺しには、このヴォバンも出会ったことがないのでな」

 

 ヴォバンが清水との会談を承諾した理由はここにあった。

 清水は権能とは別の特異な力を持ち、それがまつろわぬ神やカンピオーネを上回っていると言われている。退屈な日々を過ごすヴォバンが清水に興味を持つのは不思議ではなかった。

 清水はヴォバンの感触に手ごたえを感じつつ、ここぞとばかりに取引を持ち掛ける。

 

「さてヴォバン、幸運の王と運試しをするつもりはないか?勿論互いに賭けをしてだ」

「ほう……?いいだろう。中々面白い趣向ではないか」

 

 清水の賭けは当たった。ヴォバンは闘争を好んでいるが、実はゲーム好きでもあったのだ。

 ただの相手と運試しをしても勝敗がはっきりしている。

 しかし『幸運の王』と運試しをしてみるのは良い退屈凌ぎになるだろう。

 ヴォバンがパチンと指を鳴らすと、銀髪をポニーテールに束ねた美しい少女がルーレット台を運んでくる。

 

「用意がいいことだな」

「何となく貴様とはこうなる予感がしていたのだよ。賭けの内容はどうするのかね?」

「お前の用事は聞かないが、俺が勝ったら目的のための正史編纂委員会の被害を最小限に抑えてもらう。戯れに力を使うのも無しだ。お前が勝ったら要望を何でも一つだけ聞こう」

 

 傍にいる冬馬が卒倒しそうだったが清水の顔色は喜色満面であった。

 最古参の格上の魔王との運試しができる。

 自身の幸運を試せるのなら何でもいい、例え何をチップにしても!

 

「何でもとは大きく出たな小僧!いいだろう、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンの名においてその取り決めを承諾しよう!」

「決まりだな!」

 

 清水とヴォバンは先行と後攻を決めルーレットを始める。

 ルーレットの仕組みは番号の穴にボールが入る古典的なものだ。

 二人とも一点賭けで同じ場所にチップを賭け続け、それがことごとく当たっていく。

 先に痺れを切らしたのは、何とも呆れたことにルーレットを用意したヴォバンだった。このようなちまちまとした賭けは好みではない。

 

「互いに別の場所にベットしようではないか。それで決着がつく筈だ。先に賭けるのは私でいいかね?」

「構わないぞ」

 

 ヴォバンが賭けたのは数字の1であり、清水のカンピオーネとしての直感もそこだと言っている。

 このままいけば敗北は間違いない、しかし清水は躊躇いなく隣の2にベットした。

 ルーレットから球が飛び出し、数字を決定する盤面をぐるぐると回る。

 清水は球が回りながら、なぜか自身の心情が驚くほど冷静なことに気づいた。

 興奮して前のめりにルーレットを見つめているヴォバンと違い清水の脈拍は落ち着いており、顔色も平常時のものだ。

 

―――だって、そうだろう?林檎が地面に落ちるのと同じようなものだ。俺の勝利は確定している。

 

 果たして数秒後何かが起こった訳でもなく、遠心力に導かれて球が止まっていたのは2であった。

 数瞬の後に敗北を理解したヴォバンは苦々し気に清水に言い捨てる。

 

「……よかろう!このヴォバンとのゲームに勝利したことを誇りに思うがいい!」

「俺との約束は守って貰うからな。用が済んだら日本からとっとと帰れよ」

 

 清水も条約を再確認すると、ヴォバンに背を向けた。

 正史編纂委員会としてはこの勝利は大きい。ヴォバンの思惑は知らないが、これで必要最低限の犠牲しか出ないだろう。

 しかし最古参相手の運試しに勝利したにも関わらず、清水の心中はどこか乾いていた。

冬馬の小言を聞き流しながら、清水は足早にホテルから立ち去る。

 

 ヴォバンに運で勝利したにも関わらず、なぜか本当に自分が世界で一番幸運なのかという疑問はずっと清水を捉えて離さなかった。



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誘拐

全話字下げしました。


 会合から二日後の午前11時頃、清水は自宅で依然として掴めないヴォバンに頭を悩ませていた。

 少なくとも日本から立ち去っていない以上、何らかの目的があるのは間違いない。

 まず日本を直接滅ぼすためという考えは無いだろう。

 それならば嵐の権能を使えば済む話であり、清水をホテルに招き入れる必要性がないためである。そもそも日本は先進国ではあるがヨーロッパからしてみたら小さな島国でしかないため、態々滅ぼす理由がない。

 そして清水と戦うことが目的なら二日前に申し込んでいる筈であり、同時に神殺しになったばかりの護堂が標的という線も消える。護堂に喧嘩を売るぐらいなら清水にするだろう。

 最悪まつろわぬ神関係が目的でも、ここには神殺しが3人いるためアテナの時のような被害はないだろう。

 そう楽観視していた清水の元に、正史編纂委員会からの知らせの電話が届く。

 

「清水です……城楠学院をリリアナ・クラニチャールが襲撃、邪魔をする数名が塩の柱に変えられ媛巫女を誘拐した!?」

 

 それは、三人の王の保たれた拮抗を破壊する事件であった。

 リリアナは現在ヴォバンの付き人をしている。加えて数名が塩に変えられた以上襲撃は間違いなくヴォバンの指示によるものである。

 媛巫女の名前は万里谷祐理。日本でトップクラスの霊視能力者だ。

 清水は驚いたが合点がいった。ヴォバンは霊能力者を集めてまつろわぬ神を招来させようとしているのだ。まつろわぬ神の退治が神殺しの使命であると感じている清水には全く理解できない行動だが、それならば日本にヴォバンが留まっていた理由も納得がいく。

 清水は冷酷に万里谷を切り捨てることを決意した。日本が滅びるよりはましだろう。

 幸いにも東欧にヴォバンの信奉者は多い。前回とは違い自分が直接関与していないためリリアナの所属している青銅黒十字に多額の賠償金を取り立てることはできる筈だ。

 

「見逃す方向でお願いします、失礼します」

 

 そこまで考えた清水は返答の電話を切ると同時に、何か引っかかるものを感じた。

決定的に見落としている何か……。

 数時間後にインターホンが鳴り、テレビドアに映るのは怒り狂った表情の見覚えがある『城楠学院に通学している』高校生。

 

「出てこい勇!早くしないとただじゃ済まないぞ!」

「これは気付くべきだったな……」

 

 清水は独り言ち、このままでは自宅を破壊されかねないと慌てて玄関へ向かった。

 

「あんたがヴォバンの住処を知っているらしいな、早く教えろ!」

「落ち着け護堂。……お前が彼女と親しかったことは知っているが万里谷のことは諦めてくれないか?」

「ふざけるな!ここであんたを倒して、それからヴォバンを叩き潰してもいいんだぞ!」

 

 清水はどうしてこうなっているのかと疑問しか浮かばなかった。

 しかし何となくだが、正史編纂委員会の一部が今回の清水の判断に納得ができていないことは理解できた。そうでなければ護堂をわざわざ自分の所まで連れてこないだろう。

 委員会自らがヴォバンに案内させればいい筈だからだ。万里谷ほどの霊視能力者は少ないため護堂に清水を諫めて貰おうとでも考えたのだろうか?余りにも浅はかだ。このままではここで戦闘になる可能性が高い。

 ただ一つ清水が理解できることがあるとすれば、それは護堂の在住を許した自分の失敗である。

 

「やはり温情でお前を日本に住まわせたのは失敗だったようだな!」

「こっちは目の前で教師が塩の柱に変えられたんだ、黙ってられる訳がないだろ!」

「それは不運だったな!……アテナの時を思い出せ、戦いは避けるべきだ!」

 

 護堂は冷淡な態度の清水が信じられなかった。万里谷が酷い目に合っているかもしれないのにこの態度は何だ!しかも犠牲になった民のことをこいつは全く考えちゃいないんだろう。こんな奴が自分より立場が上なんて許せないというドス黒い感情がふつふつと護堂を支配する。

 

 一方の清水も明らかに血走った目の護堂を見て冷静ではいられない。

 正直清水にとってはここで護堂と戦うのも、ヴォバンと戦うのもあまり変わりないことだ。

 都内で戦うことになれば、少なからず犠牲は避けられないだろう。

 ここで戦うくらいなら、二人でヴォバンを叩き潰しに行ってもいいのでは……?

 そもそも清水は考えることが得意な人間ではない。正史編纂委員会の長になったばかりという神殺しとしては無用な雑念が清水を縛っていた。

 清水の本性は自分の幸運を証明するためだけに全てを賭けるような人間であるのにも関わらずである。

 

 護堂は慌てふためく清水の判断を待つことはなかった。

 

「我は最強にして、全ての勝利を掴むものなり!」

「俺は何者よりも幸運なり!俺より不運な者、俺を討つにあたわず!」

 

 護堂が聖句を唱えだし、呼応するかのように清水も聖句を唱える。

 最早激突は避けられないと清水が悟った、その時である。

 

 両者の戦闘を諫めるように制止する男の声が聞こえた。

 

「清水さん、草薙様、少々お待ち頂くことはできませんかね……」

「甘粕さんですか、助かりました……ッ!?」

 

 清水は一緒に護堂を制止しようと冬馬に振り返り、絶句する。

 冬馬の右腕は、右手の指先から徐々にゆっくりと塩に変化しようとしていた。

 その瞬間清水はプッツンと、脳内で何かが切れる音がした。そして再び護堂の方に振り返り、納得する。

 きっと清水自身も今の護堂のように怒り狂った表情をしているのだろうからだ。

 目尻は吊り上がり、口角は歪んでおり、汗は噴出し、声に怒気が混ざる。

 自分にとって大切な人を失う時の苦しみも、悲しみも、痛みも清水は経験している。

 どうして今まで迷っていたのだろうかと清水は疑問にさえ感じていた。

 向こうが手を出してきた以上、そもそも何を躊躇う必要があるのだろうか?

 

 これがもっと日本の長としての責任が取れるような人物ならば、冬馬の犠牲を許容したかもしれない。

 しかし清水という人間は愚者の塊のような存在だった。

 

「いいぜ、案内してやるよ護堂」

 

 冬馬は清水の声色から覚悟が決まったことを読み取り行動方針が決まったことを察し、淡々と報告する。

 

「正史編纂委員会でこうなっているのは、どうやら私だけみたいですねえ」

 

 清水はヴォバンの意図を察した。万里谷を誘拐することだけがヴォバンの目的ではなかったのだ。気まぐれに清水が提案したゲームに乗ったからと言ってヴォバンが戦闘狂であり、獣であるという本質は変わらない。今覚えばヴォバンが清水の本名をフルネームで覚えていたことすらも『獲物』を刈るために過ぎないのであろう。

 

 護堂に喧嘩を売り、手回しをして合流させ、その直後に清水にも喧嘩を売った。ヴォバンにとっての縛りが正史編纂委員会の被害を最小限に抑えることであり、それを今も守っているとするならば話は簡単だ。

 

 清水はこれまでの努力が全て水泡に帰したことを悟りながら、怒りを吐き出すように叫ぶ。

 

「俺達二人を纏めて相手するつもりか、クソジジイめ!」

 

 最早民の犠牲を気にする余裕は清水にはなかった。

 そんなことをしていては、ヴォバンに勝利することはできないだろう。

 

 清水と護堂は大切な存在を害され怒り狂っており、ヴォバンは元々まつろわぬ神を自ら生み出す程の戦闘狂である。

 

 後に三王狂乱と呼ばれるこの騒動の名称には、誰も異論はなかった。



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開戦

 清水と護堂は正史編纂委員会の運転する車に乗り、真っすぐヴォバンの住居に向かう。

 どうやら冬馬の塩と化していた右腕は、三人がホテルに向かいだしてから元に戻り始め今現在は治っているらしい。それはつまり、清水の推測が当たっているであろうという証拠でもあった。

 清水は横目でちらりと護堂を見るが護堂は何も語らなかった。余計なエネルギーを使わず怒りを内に秘め、ヴォバンとの対決に備えているのだろう。

 話し合うにしても、戦うにしても清水はいずれ護堂との決着もつける必要がある。王が日本に二人居るという状況はやはり好ましくない。しかしそれは今ではないだろう。

 

(麻痺していたつもりはなかった、だが……)

 

 いつの間にか清水は、自分にとって大切なものを見誤っていたのかもしれない。

 清水にとっての冬馬のように、護堂にとってのエリカや万里谷のように、誰にだって大切な人はいる。清水の『幸運』に巻き込まれて死亡した人間の親族、親友。ヴォバンの権能によって亡くなった教師にも同じことが言えるだろう。

 清水はゆっくりと、隣の護堂に口を開く。これから護堂と共闘する可能性がある以上、過去の禍根はある程度断ち切る必要はある。それに今の自分の心情の変化をしっかりと伝えなければならない。

 

「俺は自分の幸運によって周囲で人が死ぬのをいつの間にか当然だと考えていたのかもしれない。でも何故か、『冬馬』が死にそうになって始めて心が揺らいだ。そんなに親しく接していたつもりはなかったんだが……」

 

 清水と冬馬との関係は他人から見ればよそよそしく見えるかもしれない。お互い呼び名は名字で、しかも敬語。まつろわぬ神との戦闘時に戦力になる訳でもない、だがいつの間にか清水にとっての冬馬はかけがえのない存在になっていた。清水が護堂に零した理由は今までの己の後悔からくる懺悔もあったのやもしれない。護堂は一旦清水と目線を合わせず返事をする。

 

「あんたにとってその人にどれだけ助かられたかどうか、それが一番大事なんじゃないか?俺も普段エリカにどれだけ振り回されて、助けられているかを皮肉にもあんたのおかげで思い知った。万里谷だってエリカが居なかった二カ月間、俺を励ましてくれた。そんないい奴がこのまま生け贄になるなんて、間違ってるだろ」

 

 それは何とも護堂らしい、義侠心溢れる返答だった。

 護堂はそこで一旦おもむろに言葉を区切ると、清水に振り返る。

 

「この事件が終わったら、日本から出てエリカを迎えに行くよ。監視されるのも、もうまっぴらだしな。それにあいつがいなくちゃやっぱり張り合いがなくてなあ」

 

 苦笑いを浮かべる護堂。護堂もエリカが居ない間に覚悟を決めたということなのだろう。

 今の清水なら、自然と日本を任せてもいいと思えたのかもしれない。

 清水は数年後、イタリアでエリカと挙式を上げる護堂の姿をありありと想像することができた。恐らくその傍には、万里谷もいるのだろう。それはきっと、とっても幸せな光景であるに違いない。

 清水は最初に護堂に嫉妬した理由を思い出した。それは決して護堂がギャンブルに強いからだけではなかった筈だ。護堂の周りの環境が、恵まれているからというだけであったのである。清水は表情を和らげる。少しだけだが、やっと清水は護堂と分かり合えた気がした。

 

「これからの護堂の幸運を祈ってる。ヴォバンに勝って、全てに決着をつけようぜ」

「ああ」

 

 護堂の幸運を祈る、今までの清水とは明らかに違う発言に護堂は何かを察し、軽く清水と拳を合わせた。既にホテル周辺の人民の避難は完了している。戦闘になれば周辺の被害を考慮する余裕はない。だが被害が必ず出る、という呪いのような幸運を清水は今回許すつもりはない。神殺しが自分の力に振り回される等、あってたまるものか!

 

 清水と護堂は覚悟を決め、決戦に挑む。

 

「よく来たな小僧ども!」

 

 清水と護堂が踏み込んだのは、以前と同じホテルだった。

 ヴォバンは備え付けられた赤い玉座に座り、両手を広げ尊大な態度で二人を出迎える。

 傍には戦衣装を着用した銀髪の少女、リリアナが携わり清水と護堂に向け腹部に手を添え恭しく頭を垂れている。

 敵側の王相手とはいえど、礼節を忘れてはいないようだが護堂にとってのリリアナは万里谷を攫った張本人である故心を許すことはなかった。

 

「護堂さん、清水様……!どうして御出でになったのですか!?」

「万里谷を助けにきたに決まってるだろ」

「俺はクソジジイに冬馬を傷つけられた借りを返しにきただけだ」

 

 万里谷という少女は巫女装束の衣装を着て、うなだれているように見えた。

 大方アテナの件で覚悟を決め、自分が生け贄になれば丸く済むと考えていたのだろう。

 実際護堂が居なければ、そして冬馬が危害を加えられなければそうなっていた筈だ。

 

 ヴォバンは己を無視して巫女の様子を気遣う護堂に不快感を露にする。

 

「新参者の王といい、清水勇といいやはり礼儀知らずと見える。私は貴様の名を知らないのだ、名乗りたまえ」

「草薙護堂だ。万里谷を返して貰うぞ!」

「貴様は清水勇のついでだが、二人なら私を愉しませる程度のことはできるだろう……条約を守るのはここまででいいかね清水勇?」

「お前の目的が俺と護堂の2人を相手取ることなら流石に手加減をする余裕はないだろうからな、冬馬の分は返させてもらうぞ!」

「貴様も生意気な口を利く!よかろう、開戦といこうではないか!」

 

 ヴォバンは銀色の巨大な狼に変身し、ホテルの窓ガラスを蹴破り外へと突進する。

 獲物を前にして撤退する筈がない、と清水と護堂は身構えた。

 果たして数秒後二人がガラス越しに外を見上げると、天から巨大な焔が落ちてくるのが見えた。

 清水と護堂は背筋が凍るのを感じる。あれはとてもマズいものだとカンピオーネの直感が警鐘を鳴らし続けていた。あれが東京に落ちてきたら、とんでもないことになる!

 

 二人の直感は正しかった。これは着弾後に最高七日七晩燃え広がり、周辺を焼き尽くす『劫火の断罪者』だ。都市一つを焼き滅ぼす権能の中でも凶悪なそれを、真っ先にヴォバンは日本に向け解き放ったのである!どうやら清水にギャンブルで敗北したことが余程腹に据えかねていたらしい。ヴォバンは容赦というものをかなぐり捨てていた。

 

「我が元に来たれ、勝利のために!不死の太陽よ、我がために輝ける駿馬を使わしたまえ!」

 

 咄嗟に唱えた護堂の聖句と共にウルスラグナの化身の一つ、『白馬』であった。太陽の欠片がそのまま降ってきてヴォバンの炎と激しくぶつかり合う。今回は余裕がないため手加減はない。

 今回ターゲットにしたのは周辺にいないヴォバンではなく、清水であった。それしか方法はなかったのである。

 民衆を苦しませる極悪人にしか使えない権能、その条件に見事清水は当てはまっていた。

 全てを焼き尽くす焔と太陽の欠片がぶつかり合い、相殺し、余波が各地に広がる。

 隕石が墜落したような轟音が衝撃波となり大気を揺るがす!そして戦火は東京都内だけではなく、衝撃で日本各地に四散していった。すぐに臨時ニュースが流れ、都心を中心に被害を受けた各所は大慌てになる。

 清水は茫然とする。少し前の自分の覚悟は何だったのだろうか?しかしヴォバンと護堂のせいだけではない。これも、ギャンブルで清水がヴォバンを怒らせた為に巻き起こされた悲劇なのである。

 やはり自分が戦う時には、人災が起こってしまうらしい。

 反省しようとも、意識が変わっても変化しない清水の性質はカンピオーネがどうしようもないろくでなしであることの証明であった。

 

「ヴォバンめ……許してなるものか!」

 

 清水の怒りに呼応するかのように全身に力が行き渡る。

 アテナから奪った新しい権能を掌握したのだ。カンピオーネ二人が手を組んでいるとはいえ、こうなった以上は護堂のことを純粋に味方と思うべきではないだろう。

 神殺し同士の戦いは単純ではない。純粋な二対一かも怪しく勝負はまだまだ分からない。

 

 手加減無しのヴォバンと二人の王の死闘は、こうして幕を開けた。



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相性

 ヴォバンの強大な権能を目の当たりにした清水は、武者震いを起こしていた。闘志が心の内から湧き上がってくるのを感じる。初手から大規模殲滅の権能を使ってくるぐらいだ、最早万里谷の生死などどうでもよいのだろう。明らかに清水と護堂の戦いに全力を注いでいるのならその方が都合が良い、こちらも迎え撃つだけで済む。

 

 とはいえ、取り敢えずは些細な懸念事項を片付けてからではある。

 

「クラニチャール、お前は俺達と敵対するつもりはあるか?」

「最早ヴォバン侯に仕える義理は消え果ました。わたしは草薙様と清水様の命ずるがままに動きます」

 

 こちらに向けて騎士の礼を取るリリアナには邪念が感じられない。

 当然だった。元々万里谷の誘拐ですら全都民の命を引き換えに脅されてのもの。

 そのうえ自分ごと都心を滅ぼそうとしたヴォバンに我慢の限界がきたのだろう。

 

「なら、万里谷を安全な場所まで連れて行ってくれないか?ここはもう危険だろうからさ」

 

 直ぐにリリアナに提案したのは、意外にも護堂であった。ヴォバンの命令で万里谷を連れ去ったのもリリアナなのだが、このあたりの大胆な切り替えはカンピオーネらしいとも言えた。

 というよりも清水との対応の違いを考えるとただ単に護堂が女に甘いだけ、と言われても否定できないだろう。

 頷いたリリアナはすぐに万里谷を抱え上げる。清水は万里谷が消え去る前に護堂の許可を取り、聖句を唱えた。ヴォバンとの戦いには『女たち』の力が必要になってくる。

 

「俺は幸運を届ける者なり」

 

 清水が使ったこの能力は、元々は自分の大切な従者を強化する力であった。

 多少強引だが、清水も生け贄とされかけた万里谷には思うところがないわけではない。

 カンピオーネの権能はある程度融通が利く。清水の場合は二年の歳月が経つにつき、従者以外にも使えるようになった。強大な霊能力者である万里谷に強化を施した結果は覿面であった。清水の脳に万里谷が霊視した、ヴォバンが弑逆した神の膨大な情報が暗記するように入ってくる。

 

「くっ……」

 

 強引に権能を行使したため、負担は大きいが仕方ない。

 清水はアポロンとオシリスの二つの情報を脳裏に刻み込むと、ホテルの窓から飛び降りるリリアナを見送った。これで準備は整った。万里谷を正史編纂委員会に送り届けてくれれば懸念することなくヴォバンと戦える。

 

 清水と護堂もホテルから飛び降りる。まずは視界を確保してヴォバンを発見する必要がある。幸いにもカンピオーネの骨格は頑丈であり、飛び降りた所で大した怪我にもならなかった。

 

 地面からヴォバンが殺した騎士たちが湧き出てくる。

 名実ともにゾンビと言っていいだろう。生前ヴォバンに逆らった騎士たちの表情は何も浮かんでおらず土気色で、意思というものが感じられない。死者の尊厳を貶める、これがヴォバンの悪名高い『死せる従僕の檻』の権能……。自分と護堂が敗北すればこうなるかもしれないと考えると、清水はゾッとするものを感じた。

 

「俺は神を呪う!俺は自分より幸運な者が許せない!」

 

 清水が試しに軽く聖句を唱え、『悪運』により死者達の動きを狭めようとするも掻き消させるように呪力が霧散し通じない。やはりヴォバンと清水の実力の差が大きいということだろう。『悪運』はあくまでも清水の権能の側面の一部分に過ぎないのだから。だが今の清水にとっては想定内だった。

 清水から噴き出た闇の世界が、清水に襲い掛かろうとする死者の足を食い止める。

 アテナも豊穣神であり冥府の女王としての神格を持つ。

 穀物神であるオシリスの権能と、地母神であるアテナの権能が激しくぶつかり合った。両者は拮抗しており、今がチャンスなのは間違いない。

 清水はアテナの権能を使いながら、『物語』を語り始める。

 どこに潜んでいるかは知らないが、余裕綽々のヴォバンの度肝を抜いてやる!

 

「ヴォバン、お前の弑逆した神はオシリス!大地の神であり、冥府の神だ!」

 

 フォルトゥーナとオシリス。片方はローマの神、片方はエジプトの神。

 両者には一見関りがないように思えるが、この二つの神には意外な縁がある。

 

「元々フォルトゥ―ナは固有の神話を持っていなかった。

運命がこの世を支配するという単純明快な図式には、神話が入り込む余地がなかったからだ。だからフォルトゥ―ナは幸運の神でありながら、運命が概念化した神でもあると言われているんだ。その概念はアウグスティ……皇帝の運命を決める、政治の基盤となった!」

 

 やはり年季の差は覆しようもなく、ヴォバンと清水の呪力差は大きい。

 ゾンビの騎士達は緩慢な動きながらも清水に襲い掛かってくる。

 清水は輪のような武具で迎え撃ちながらも、言霊を紡ぐことを忘れない。

 

「だがフォルトゥ―ナと同一視されたテュケーは、固有の神話を持つことになった。

ギリシア神話は各地の様々な概念を取り込んで作られているからだ。テュケーはギリシア神話の中で時には守護神、時には海洋の女神、時には穀物神と結び付けられて考えられた」

 

 幸運の神で運命の神であるならば、様々な神話に無理なく取り込まれるのは必然。

 そしてその影響はエジプト神話にも及んだのである。

 

「オシリスの妻であるイシスも、元々は豊穣の女神だった。だから同じく豊穣の女神であるフォルトゥ―ナやテュケーに影響をうけるのは当然だったんだ」

 

 紀元前323年から紀元前30年までの300年間、ローマはエジプトに侵攻し続けた。

 それによりイシスの姿形は変化していき、次第にフォルトゥーナのような豊穣の角と太陽円盤を持つ女神へと変貌させられていったのだ。

 

「皇帝の運命を支配していたフォルトゥ―ナ、夫オシリスと息子ホルスを護ることで王権そのものとして神格化されたイシス。この関係を見ればフォルトゥ―ナとイシスが同一視されていたのは明らかだ!」

 

 清水に襲い掛かるゾンビの騎士の動きが次第に弱まっていく。

 無理からぬ話だ。エジプト神話で夫であるオシリスと息子のホルスのために心血を注ぎこんだ良妻賢母がイシスであるからだ。ギリシャ神話で生まれることさえ望まれなかったゼウスとアテナの関係とは明らかに違う。

 

「オシリスの従者共、最愛の妻を傷つけずに消え去るがいい!」

 

 清水の『物語』が完成し、疑似的な神話となりフォルトゥ―ナとオシリスの関係が決定する。

 死せる従僕達はヴォバンの制御下を離れ、再び地の底に消え去っていった。

 清水は気を緩めることはなかった。これはあくまでもヴォバンの権能の一つを無力化しただけであるからだ。護堂の方に目を向けると、何の化身を使ったのかは知らないが清水の目にも止まらぬようなスピードで騎士を翻弄しているのが見えた。護堂に襲い掛かる騎士は依然といて存在するが、あれなら暫くは問題ないだろう。清水は何もない空中に呼びかけることにした。

 このままぬるい戦いを続けていても、清水が有利になっていくだけだ。

 

「どこにいるのか知らないが、そろそろ姿を現したらどうだヴォバン。この程度で俺を倒せると思うなよ!」

「それが貴様の権能か。堪能させて貰ったぞ!第二ラウンドといこうかね!」

「望むところだ!」

 

 清水の実力を認めて埒が明かないと感じたのだろう。

 ついに清水の眼前に、地中からヴォバン自らが姿を現し、清水に向けて多数の灰色の狼を解き放ってくる。

 清水は自然に聖句を唱えていた。生物の本能を活性化し、多幸感に襲わせ暴走させる『幸運』の権能がこの状況で効果的なのは間違いない。

 

「旅人は太陽に逆らえず、流るるままに!」

「ぬ!?」

 

 清水の呪力はヴォバンに付き従う狼たちを暴走させ、狼は共食いを始める。

 直接的な力は及ばないが、狼の感覚を暴走させることぐらいは清水にもできる。

 清水はその様子に確かな手ごたえを感じ、そしてヴォバンと清水の両者はほぼ同時にあることを悟った。

 

 直接的な攻撃の権能を持たない代わりに権能が呪いに特化した清水と、集団殲滅用の権能が主な権能であるヴォバン。清水はいつの間にか不敵な笑みを浮かべており、ヴォバンは対照的に苦々しい表情をしている。

 

「俺とお前……幸運にも相性が良すぎるみたいだな!」

 

 それはヴォバンにとっての屈辱でありながら、この状況では歴然とした事実だった。

 清水にとっての天敵は、サルバトーレや羅濠教主のような一騎当千の武力で圧倒してくるような敵である。この両名は集団に呪いをかける清水をしてどうしようもない相手であるからだ。そしてヴォバンの強さはそれとは真逆の集団殲滅に特化したものだ。

 この時、意外にもヴォバンは己の不利をあっさりと認めた。このまま相性が悪い清水と、未知の力を持つ護堂の二名を相手取るのは『命の危機』であると。

 

「よかろう、ならば私も手段を選ぶまい……!」

 

 熟練の戦士であるカンピオーネとしてのヴォバンの直感が、最適解を導き出す。

 狼同士の共食いは続き、皮膚が鋭利な牙や爪で貫かれ血生臭い匂いがあちこちに漂い始める。清水は妙だと感じた。狼の姿が煙のように消え失せないのだ。

 これでは呪力が無駄になるだけの筈なのだが……?

 

 ヴォバンを警戒する清水は数秒後自分の体に力が漲るのを感じた。土を踏みしめると、コンクリートの地面が罅割れた。無意識に獰猛な表情を浮かべながら、清水は困惑していた。これは明らかに『強化の権能が施されている』。態々敵を強化する意図が清水には分からなかった。

 

 カンピオーネの鋭い直感が働いたのは、その時であった。

 

「俺を蚊帳の外にするなヴォバン、勇!」

 

 清水に向けて、背後から『煌めく黄金の剣』が襲い掛かってきた。

 

「……!?」

 

 清水は横っとびでかわすのが精一杯だった。あたりを見渡すといつの間にか清水の周囲には、護堂の発現した『戦士』の複数の剣が顕現している。

 基本的にカンピオーネに呪いの類は利かないが、それが同じカンピオーネ同士なら話は別である。ヴォバンと護堂の力量差、そしてヴォバンの権能が護堂の元々持っていた、元来の戦闘本能を刺激するものだったとすれば話は早かった。

 

「このままあっさり終わりたくはないだろ勇、あんたとは決着をつけてから終わりたかったんだ。このままバトルロイヤルといこうぜ!」

 

 獰猛に笑う護堂は明らかに正気を失っており、闘争本能に支配されていた。

 ヴォバンが発動した権能は『血の聖餐祭』といい、血を嗅いだものに剛力を与える代わりに正気を失わせるものであったのだ。

 清水にとってこれは不運だった。ある程度は和解したものの護堂が間接的に清水から受けた仕打ちは護堂にとっては耐え難い屈辱であり、先程戦闘になりかけたことからも分かるように協力関係ではない。ヴォバンとの戦闘で清水と護堂が全く息が合っていないのもこのためである。平和主義者を謳いながら、元来戦闘狂である護堂が狂気を受け入れ清水に刃を向けるのに何の躊躇いもなかった。

 

「ふざけるなよ護堂……!」

「あんたを倒す理由は十分なんだよ勇!」

「今回は貴様との賭けには勝ったようだな!第三ラウンドといこうではないかね!」

 

 清水もまた、護堂に激高し、ヴォバンはこの状況に高揚し高らかに哂う。

 恐れていた事態が起こった。やはり憎み合う神殺し同士が共闘することに無理があったのだ。

 

 こうして戦闘は二対一から一対一対一へと変化し、事態は混迷を極めていく―――。




神話解体は独自解釈が含まれます。


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終戦とエピローグ

 清水の周囲を、数百の煌めく黄金の剣が取り囲む。清水はヴォバンの権能の影響で内から湧き出る殺傷本能に抗いつつ、鋭く護堂を睨み付けた。

 護堂を強引にでも日本から追い出してさえいればと、今となってはそう悔やんだところで最早詮無きことだ。護堂は今までの鬱憤を晴らすかのように、清水に向け聖句を唱える。

 

「これらの呪言は強力にして雄弁なり。勝利を呼ぶ智慧の剣なり!」

 

 似たような権能を持つ清水には分かる。護堂はアテナに敗北した後の二ヵ月の間でいざという時に備えて清水が弑逆した神である、フォルトゥ―ナについて必死に勉強したのだ。

 それはローマ信仰や、ギリシャ神話の細部に至るまでなのだろう。そして護堂の努力は一冊の参考文献並の知識が必要な『戦士』の化身を発動するに足りるものだったのだ。

 それは間違いなく戦いを、ただの喧嘩だと甘く見ておりそれ故に敗北した護堂自身を省みてのものであった。

 

「そうか、それがお前の覚悟なんだな護堂。剣には剣を持って、盾には盾を持って侵略せよ!」

 

 清水の周囲にも聖句と共に黄金の剣が浮かぶ。『支配権』による、同等の力で押し返す。

 それが清水の選んだ選択肢だった。いざという時に備えて、ウルスラグナの知識を蓄えていたのはこちらも同じこと。ここから先の勝敗を決するのは意地の張り合いに勝った者だ。

 

「生憎、言霊の力を使う上でも俺の方が先輩だ。ついてこれるか……?」

「偽物の剣で、本物に勝てると思うなよ!」

 

 清水と護堂、この両者は権能も考え方も実はよく似ている。

 権能の多様さ。誰よりも幸運であると信じつつも幸運を憎んでいる清水。

 自分が平和主義者であると自称するも、戦いを望み待ちわびている護堂。

 だからこそ、両者は初対面で相手に向けて思っていたことを吐き出していた。

 

「どうしてだろうな――――――お前には、始めて会った時から負けたくないと感じたんだ」

「俺もそうだ――――――あんたが先輩で、俺が後輩ってだけでムカついたからな」

 

 清水と護堂は、大きく息を吸って同時に言霊を吐き出す。

 

「お前の殺した神はウルスラグナだ!十の化身を持つ軍神!」

「あんたの殺した神はフォルトゥ―ナだ!幸運を体現する神!」

 

 両者の操る黄金の剣は二人が言葉を紡ぐ度に空中で打ち合い、激しく剣戟を鳴らす。

 ヴォバンが居るにも関わらず清水と護堂はお互いノーガードであった。

 本家であり威力に勝る護堂と、言霊の権能を使い続けてきた清水の戦いは拮抗している。

 僅かでも躊躇ったほうが負ける、そう確信したのであろう。

 この戦いに喜んで参戦しようとしたヴォバンは二人が互いしか見ていない様子に気付くと、大きく舌打ちをする。

 今無防備な獲物二人を狩るのは容易い、だがそうした所で己は満足できないだろう。

 そもそも二対一で新参者二人に勝つという目標が成し遂げられなかった時点でヴォバンの目標は破綻しており、危機を感じて咄嗟に血の聖餐祭を発動したのが過ちだったことを悟った。結局二度目の清水との賭けには勝利できなかったのである。

 ここに日本に来訪したヴォバンの目的は潰えた。

 

「ふん、興が削がれた。戦いは又の機会に預けておくぞ清水勇、草薙護堂!」

 

 己の失態に憤怒の表情を浮かべつつも、ヴォバンは言い捨て地の中に消えていく。

 清水は冬馬を害され、護堂は学校の教師が塩に変えられた挙句万里谷が連れ去られた。

 本来両者が戦うべきなのはヴォバンの筈であり最早戦う理由がない。それなのにヴォバンが消えた後も二人の戦闘は続いていた。護堂は平和主義者で、清水は自分の戦闘による被害を恐れていた筈である。

 それなのに一度始まった戦いを止められないのは、結局はカンピオーネの闘争本能なのだろう。

 

 両者の剣が完全に相殺し合うと同時に清水と護堂は新たな聖句を紡ぐ。

 

「我は鋭く近寄り難き者なり!」

「俺は玉座に座り、頭を垂れるお前を断罪する!『主に逆らえ』!」

「我は最強にして、全ての勝利を攫む者なり!」

 

 護堂により少なくとも全長二十メートルにもなるであろう巨大な猪が東京タワーを標的として召喚されるも、清水の強力な権能である『皇帝の運命』によって猪は召喚した護堂自身に牙を向く。護堂は『雄牛』の剛力の権能を用いて、自ら猪に殴り掛かり消滅させた。

 

「俺は神を呪う!俺は自分より幸運な者が許せない!」

 

 護堂は清水にそのままの剛力で殴りかかるが、清水の『悪運』により動きが鈍り清水にひらりと交わされる。

 その隙に護堂の周囲を清水がアテナの権能で生み出した漆黒の世界が覆いつくした。

 冥府の神の強力な『死』の概念が護堂を襲う。

 

「まだだ!雄強なる我が掲げしは、猛る駱駝の印なり!」

 

 死の息吹を吸い込んだ護堂は重傷を負うも、『駱駝』の生命力で事なきを得る。

 この時点で両者の残る呪力は後僅かである。

 

「「……!」」

 

 ここで勝負がつく!

 

 互いに何も言うことはなく、先手を打ったのは護堂だった。

 清水に向け跳躍し、頭蓋を砕こうと蹴りを放つ。清水は脳天に護堂の爪先がめり込むのを感じながらもあえて前に出て、護堂に至近距離で死の息吹を浴びせ続ける。

 果たして、決着は――――?

 

 

 

 

「ヴォバンのせいとはいえ、本来の目的を忘れて護堂と戦っていたなんて黒歴史にも程があります……」

「戦いで我を忘れるなんて、神話の英雄談にはよくあることですよ……まあ今の日本なら黒歴史と言って差し支えないかもしれませんがね」

 

 三王狂乱から数ヵ月後、清水は自宅で椅子に座り、テーブルを挟んで冬馬と話し合っていた。

 白が基調の部屋の中で清水が肩を落とし、冬馬が言葉尻に棘を交えつつ慰める構図は実にシュールである。

 

「それにしても、あれだけの戦闘で死人が出なかったなんて皮肉ですよね」

 

 そう、ヴォバンと護堂の権能がぶつかり合った衝撃により日本の各地が火災に見舞われたのだが、奇跡的に死人は出なかった。よく考えるのならば、一番間近のホテルが焼け落ちなかった時点で各地の被害が軽微なものであると感付くべきだったであろう。

 

「……清水さん、少しは自信が持てましたか?」

「そうですね。ヴォバンが去ってからも暴れまわったのは反省する他ありませんが、自分の『幸運』に操られるということはもうないでしょう」

 

 冬馬の気遣いを察した清水は、自信に満ち溢れた返事をする。

 清水が全力で戦闘して一人も死亡者が出なかったのはこれが初めてである。

 護堂との戦いでも、結局『幸運』が起こることはなかった。きっと護堂との戦いで邪魔が入らないことが清水の心からの望みであったからだろう。

 ヴォバンと戦う前に己に課した誓いを、清水は達成していた。

 これで清水は、神殺しとなってからの因果を一つ断ち切ったこととなる。

 

「護堂はどうしていますか?」

「赤銅黒十字に乗り込んだ後、エリカ・ブランデッリと万里谷さんを連れて、世界各国を回っているようですね」

「護堂らしいですね……昔のヴォバンにそっくりです。あいつなりに幸せなんでしょうね」

 

 噂ではどこかの国に定住することはなく、台風のように様々な国に現れては破壊の限りをつくしているらしい。清水は正史編纂委員会に手を出すなと釘を刺している護堂の家族が気になった。この様子では、委員会に念を押しておく必要がありそうだが、暴れているうちに護堂を祭り上げる国も出てくるのも時間の問題と言える。

 まあ、様々なことがあったが少なくともこれで一件落着、ということなのだろう。清水はそう安心すると、冬馬に優しく語りかけた。

 

「色々ありましたが、これからもサポートを頼みますよ甘粕さん」

「ジャックフロストのようなか弱い私で宜しければ是非」

 

 冗談交じりに知識を披露する冬馬。フォルトゥ―ナが堕落した妖精であるジャックフロストを例えに出すあたりに、清水は冬馬らしいユーモアを感じ取った。

 とはいえ清水が好みなのは普通に異性である。清水は部屋の窓を眺めて独り言ちた。

 

「そろそろ私も、妻か妾を求める時がきたのかもしれませんね」

 

 清水がそもそも人間不信だった理由は己の『幸運』による被害を恐れた者の腫物に触るかのように接してくる態度と、自分の従者が今まで戦闘に巻き込まれて尽く死んでいったからである。

 自分の殻を一つ破った清水が、改めて自分の幸せを求めるのも無理からぬ話であった。すると早速聞き耳を立てた冬馬が、清水の前のテーブルに媛巫女のプロフィールを纏めた資料の紙束を持ってくる。清水は選ぶ立場である自分に対して、贅沢だと思うばかりであった。

 

「まだ清水さんのお嫁さんを希望する人達、こんなにいますよ」

「この時ばかりは、強大な力を手に入れた自分に感謝ですね……おっと」

 

 清水が手を動かすと、資料の紙が腕に当たりテーブルの下に落ちてしまった。

 結局机に残ったのは、一人の媛巫女の資料だけである。

 清水はその資料を覗き込むと馴染みのある顔と名前を見て、苦笑する。

 

「全部の資料には目を通しておきますが、アテナの件から縁があるみたいですしこの方とお会いすることはできますか?」

 

 了承する冬馬に段取りを聞きながら、清水は思った。

 

 道を切り開くのも、運命に逆らうのも自分の判断で決める。

 永遠の幸せ等存在するものではない。そもそも清水は神殺しとしての使命から逃れたわけではない。

 だからきっと、『幸福でありたい』と思うことが大切なのだろう。

 

「これが俺にとっての幸運になるか……そうでなかったとしても、俺の手でしてみせる」

 

 幸運な神殺しは今日を、そしてきっと明日も幸福を求めて生き続ける。

 




 最後は駆け足気味になりましたが、元々短篇を予定していたので勢いのまま書き上げました。これにて清水勇の物語は終了です。
 カンピオーネの二十九巻にあとがきに、カンピオーネは運命を無視する者という記載があります。拙作の主人公は常に運命に翻弄される側でした。
 いろいろ主人公は苦悩しましたが幸運に支配される、カンピオーネらしくないカンピオーネから自分の力で運命を切り開けるカンピオーネになった、ということで完結させて頂きます。





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