機動戦隊アイアンブラッドサーガー悪魔と少女と機甲ー (野生のムジナは語彙力がない)
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第1章:Rise Again the Cresent moon
第1話:悪魔のプロローグ


鉄血のオルフェンズを、異世界オルガを絶やすな…!
(主人公は三日月ですけどね)

というわけで第1話です。

アイサガで一番好きな機体はデイアストです。超改造はやくっ!


ねえ、オルガ……

 

次はどうすればいい?

 

あと何人殺せばいい?

 

次はどこに連れて行ってくれるの…?

 

……いや、もう分かってる。オルガがもうここにはいないってことは

 

 

 

 

 

……でも

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第1話:「悪魔のプロローグ」

 

 

 

 

アフリカのとある戦場

 

火の手が上がる市街地、そこかしこに機能を停止した機械の骸が転がっている。

勝敗は決した。しかし戦場は、未だ重砲から放たれる轟音で溢れていた。散発的な戦闘が続く以上、戦闘の完全なる決着はまだ先の話だということは誰の目にも明らかだった。

市街地の中央、元々は市場だったであろうその場所でも同様だった。

今、一機の銀色の巨人がその巨体には似合わない圧倒的なスピードをもって道路を駆け抜けている。その進行方向には小型の機体、数は三機、人体標本のような形をしたそれは右手に保持したマシンガンを巨人へと向け、発砲する。

旧時代の戦車であれば既に五台は大破に追い込んでいるであろう。しかし、その連射を前にしても銀色の巨人はひるむ様子すら見せなかった。

弾丸を難なくかわし、多少の被弾は左腕に装備した盾で弾き、銀色の巨人はあっという間に三機の人型の中心に飛び込み、右手の刀で……一閃。

回転切りにより三機の人型はほぼ同時に機能を停止、胴体がゆっくりと下半身から離れ、戦場にその屍をさらす。

白い巨人はそれが見慣れた光景であるかのように、横たわるスクラップを一瞥すると刀を鞘に納めた。

 

「そこまでだ!」

 

それが戦場に姿を現わすのと、そんな声が響き渡ったのはほぼ同じタイミングだった。

銀色の巨人は顔を向け、メインカメラの中央にそれを捉えた。

まるでショベルカーに巨大な腕を生やしたような機体がそこにいた。黄色と白のコントラストがいかにも工事現場の雰囲気を漂わせている。

 

「反ワカ同盟軍遊撃隊……それに民間重機……か?」

 

次の瞬間、無機質な銀色の機体から突然男性の声が響き渡った。当然のことながら、この声は銀色の巨人が発したものではなく、正確には巨人に搭乗するパイロットの声だった。

銀色の巨人は腰に装着していたライフルを取り出して構える。

 

「おっと、動くなよ?」

 

その瞬間、周囲の民家の陰に潜んでいたのであろう、先ほど沈黙した人型と同型の機体がマシンガンを構え、銀色の巨人を取り囲んだ。その数は13機、中には盾を持った機体も存在している。

 

「一丁だけじゃあ豆鉄砲みたいなこれでも、これだけ数を揃えりゃアンタだってタダじゃ済まない……さあ、武器を捨ててもらおうか!」

 

銀色の巨人の包囲を指揮する巨大な重機の外部スピーカーからそんな声が聞こえた。

 

「女か……」

 

やや高めのそんな声を聞き、銀色の巨人のパイロットは自機のマイクに捉えられないよう小さな声で呟き、それから茶色い木片のような何かをおもむろに取り出し、口に咥えた。

 

「おい!武器を捨てろ!」

 

いくら待っても武器を捨てようとしないことに苛立ったのか、重機はアームを持ち上げてミサイルの射線上に銀色の巨人を捉える。

その射線上には、自分を包囲している人型機まで含まれていることには気づいていないことから銀色の巨人のパイロット、ベカスは木片のようなものを咥えながら小さくため息をついた。

 

(使っているのは工業重機に偽装した機体……武装はミサイルを搭載した二本のアーム、火力を見れば立派なBMではあるが……パイロットは……)

 

シロウトだな……と思いかけて、ベカスは止める。戦場では小さな判断の誤りが取り返しのつかない事態に発展することもあるということを知っていたからだ。「戦場では、常に最悪の事態を想定して行動すべき」ベカスはかつての隊長がよく言っていた言葉を思い出した。

 

「なあ、もう無駄なことはやめにしないか?」」

 

ベカスは機体越しに敵の女パイロットへと呼びかける。

 

「?」

 

包囲されておいてまさかそのようなことを言われるとは思いもしなかったのか、重機のスピーカーから疑問を含んだ息が漏れた。

 

「包囲されておいて、どの口が……この傭兵め!私たち反ワカ連盟を見くびってるってわけ?」

 

「そんなことはないさ。オレが見くびっているのはご時世そのものさ」

 

付け加えるようにして、ベカスは続ける。

 

「一つ、教えておいてやる」

 

ベカスはライフルを下ろし、高らかに喋り始める。

 

「戦場では、常に最悪の事態を想定して行動しろ。一つの油断が命取りになる」

 

隊長から教わったそんな言葉を、ベカスはさも自分の言葉のように告げる。それは常に戦いに身を置く兵士なら誰もが本能的に理解している言葉だった。……が、ベカスの挑戦的で堂々とした物言いも影響してか、一介の整備士に過ぎない敵パイロットの心を揺さぶるのには効果的だった。

 

「ッ」

 

途端に、ミサイルの銃口を向ける巨人の動きが変わった。外見的にはあまり変化はなかったが、どことなく周囲を警戒するような気配を見せた。

それに伴い、配下の人型機も銃を向けたまま、視線を移動させるような気配。

 

「……はぁ」

 

ベカスはその様子に呆れたようにため息をついた。その気になればいつでも剣を抜いて包囲網を一蹴し、重機に飛びかかってパイロットを殺すこともできた。

最初の時点で敵の罠に自ら突撃したように見えるが、そもそもベカスは機体に搭載されているレーダーで既に周囲の状況を把握していた。それでもなお、包囲の中に自ら進んで飛び込んだのは戦果に目が眩んだわけでもなく、死に急いだからでもなく、銀色の巨人が持つ特別な防御システムがあったからだ。

 

「な…何もないじゃないか」

 

しばらく身構えても何もないことを知った重機のパイロットは、ベカスの機体へとミサイルの照準を補正した。

 

「なあ、もう止めておいたほうがいいんじゃないのか?」

 

ベカスは相手を宥めるようにそう言った。

 

「うるさいっ、アタシをおちょくりやがってッ!このっ……やれ、お前ら!」

 

その言葉に人型機たちが反応し、マシンガンの引き金が引かれ……

直後、轟音と共に戦場は黒い爆炎に包まれた。

 

「なっ……!?」

 

銀色の巨人の周囲で次々に爆発が起きる、その爆発に巻き込まれた人型機たちは軽装甲だったこともあり、一瞬にして原型をとどめないほどに破壊された。

重機のパイロットはその光景に目を見開いた。

 

「だから言ったろ?もう止めとけって」

 

ベカスの放った一言に、重機のパイロットは銀色の巨人の攻撃によるものと推測した。が、実際にはベカスの機体は指一つ動かしてすらいない。

すると、重機の前でベカスを包囲していた人型機が爆発で半壊した機体を震わせながら、KO寸前のボクサーのような足取りで立ち上がった。左腕を失いながらも一機だけ生き残った人型機は、ベカスの乗る機体へとマシンガンを向ける。

 

「六番機!上だッッッ」

 

そこでようやく攻撃のトリックに気づいた重機のパイロットが声をあげた。六番機のメインカメラが上を向く。

 

「……ッッッ」

 

六番機のメインカメラには、自分の真上に降り下される鉄の塊が反射していた。

 

 

ーーーーー

 

 

次の瞬間、先ほどの黒煙とは違い今度は茶色い土煙が戦場を支配した。

 

「六番機……?」

 

土煙が少しだけ晴れ、重機のパイロットは先ほどまで六番機と呼ばれた人型機が立っていたところに、巨大な鉄の塊が突き刺さっているのを目撃した。

 

「おい……やりすぎたろ」

 

「そう?別に……普通でしょ」

 

煙の中から、そんな声が響き渡った。

地面から巨大な鉄の塊がゆっくりと引き抜かれると、そこには無残にも潰された六番機の姿。鉄の塊からは、ひたひたと何かの液体が滴っている。

 

「ひ……っ」

 

そのおぞましい光景に、重機のパイロットは悲鳴をあげる。

 

「コイツは、武器を持った。つまり、そういう覚悟があるってことでしょ?だから殺らなきゃ、こっちがやられる」

 

そんな言葉を響かせながら、砂煙に覆われたその機体は鉄の塊……メイスの先端を地面に突き刺し、顔を上げた。

モスグリーン色のツインアイが、次の獲物を探すかのように輝く。

砂煙が完全に晴れると、そこには二機の巨人が佇んでいた。

一機は銀色の巨人。そしてもう一機は、白を基調としたトリコロールカラーで、ツインアイとvの字に割れたアンテナが特徴的な巨人だった。銀色の巨人はビーム属性の剣とライフルという最新鋭の武装をしているが、それとは対象的に白の巨人は左腕に装着されたロケットランチャーとメイスという、原始的な装備をしていた。

 

「まさか、上から降ってくるとは思わなかった」

 

「ちょうど上に来たから飛んだら乗れた」

 

「上に来た?何がだ?」

 

銀色の巨人が上を見上げる。

 

「さっき俺たちのことを狙ってた爆撃機。……こっちが空を飛べないって油断してたみたいだから落とすついで乗ってきた」

 

白色の巨人が目を向けた先、銀色の巨人のスコープがこの戦場から数キロほど離れた場所にある平野に墜落した爆撃機の残骸を捉えた。

 

「ああ……あの爆撃機ね。って、三日月……お前……」

 

「別にいいよ、アイツは……死んでいいやつだったから」

 

呆れたような声を発するベカスに、三日月は淡々と答え、それから目の前の重機へと目を向けた。

 

「コイツも……やった方がいい?」

 

「……!」

 

それが自分のことを言っているのだと、重機のパイロットはすぐにわかった。

 

「いや、そいつはいい。適当に武装解除して転がしておけ……」

 

「わかった」

 

三日月は二つ返事でメイスを引き抜き、重機へと近づく。

 

「いやあああああああああああああッッッ!来るなぁぁぁぁッッッ!」

 

重機のパイロットは悲鳴をあげ、アームミサイルを発射した。

 

「チッ……」

 

当たれば自分もただではすまないような、至近距離で放たれた攻撃を三日月は舌打ち一つしてあっさりと回避した。しかし、その背後にはベカスの銀色の巨人。

 

「おい……三日月」

 

流れ弾が銀色の機体に直撃……すると思いきや、ミサイルは機体の手前で壁にでもぶつかったかのように潰れ、勢いをなくし、甲高い音を立てて地面に転がった。

これが、銀色の巨人が持つ未知の防御システム「FSフィールド」だった。

 

「……ごめん」

 

「いや、流れ弾なんてここじゃ日常茶飯事だからな。気にするな」

 

そうしている間も重機の攻撃は続いていた。連続して飛来するミサイルを三日月は避けるか、メイスで弾くなりして冷静に対処する。

 

「うるさいなぁ」

 

避けるのに飽きたのか、さらに飛来してくる弾丸に対し三日月はメイスを地面に突き刺し、棒高跳びの要領で飛び上がって回避する。そしてそれは反撃への布石だった。

空中で機体のスラスターを噴射、姿勢制御、微調整……機体が落下し、目的の地点へと着地する。

 

「!?」

 

「ゼロ距離なら!」

 

着地したのは重機の目と鼻の先だった。ミサイルアームは可動域が狭く、パイロットがいくらアームを操作しても射角は取れない。

そんな敵に対し、三日月は容赦なくメイスを叩きつける。

 

右アームをメイスで粉砕

 

回り込んでキャタピラを踏みつけ、潰す

 

ミサイルアームのバレル部分をそぎ落とす

 

中央のショベルアームを引きちぎる

 

メイスで何度もメインカメラを殴打し、引きちぎった重機の部品を埋め込む、そしてロケットランチャーで完全に吹き飛ばす。

 

「へぇ……案外、硬いんだな」

 

呟くようにそう言って三日月は一度距離を取り、メイスを構え、スラスターを吹かせて重機へと突撃する。

衝突と同時にメイスの先端に仕込まれたパイルバンカーを重機のコックピットめがけて打ち出そうとして…

 

「やめろ三日月!」

 

三日月の背後で戦闘を傍観していたベカスが声をあげた。その瞬間、三日月は機体を停止させる。衝突まで残り数センチの距離だった。

 

「もう……十分だ」

 

「そう? 分かった、銀の人」

 

三日月はメイスの先端を重機のコックピットで軽く叩いた、それだけでコックピットの厚い装甲は剥がれ落ち、パイロットの姿が露わになった。

 

「生きてる?」

 

「……ひぃ」

 

問われ、少女はコックピットの中で悲鳴をあげ…

 

「ぅぅ……ぐすっ……」

 

あまりの恐怖からか、めそめそと泣き出した。

 

「……なんか、ごめんな」

 

敵のそんな様子を見て三日月は淡々と謝罪すると共に、心の中で「手加減するのって難しいな」と思った。

 

「今すぐここから去れ、戦場はお前のようなやつが来るような場所ではない。そもそも、お前はここの人間じゃないだろ?」

 

ベカスは三日月の隣に立ち、泣きじゃくる少女を見下ろす。

 

「それに、民間人を傷つけるのはオレの仕事じゃないし」

 

優しく諭すように、ベカスは少女へと声をかける。

そんなベカスの声を無視するかのように、三日月はポケットから黒い種を取り出して口に含んだ。その目には、一切の曇りもなかった。

 

 

 

 

三日月のオルガを探す旅が、今始まる!




行間開けないと見づらいですかね?
→一応、修正しました。え?もっと?


エル「ベカスと別れ、一人カイロへと向かう三日月」
フル「訪れた町で謎の少女と出会います!」

エル&フル「「次回『悪魔と少女』」」

エル「なるほどね!これが『ジカイヨコク』ってやつね!」


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第2話:悪魔と少女

ベカスとオルガ団長ってちょっと似てますよね?(いろんな意味で)

アイサガのストーリー見ながら執筆するのってめんどくさい!でも楽しい!
アイアンヘッドA出ない!カケラあと60個?間に合わないよ!

それでは続きをどうぞ
三日月の前に現れる謎の少女。一体、何カイ様なんでしょうね?


機動戦隊アイアンサーガの世界において、戦場の主導権はBM(バトルメカ)と呼ばれる戦闘兵器によって成り立っていた。

民間での通称は人型機。

人型バトルフレームが普及した要因は、その戦闘機能と汎用性において従来の装甲車両より遥かに優れていたからだ。

故に、人々はこの戦場のハイエンドマシンを人型機と呼んでいる。

 

工作艦ダイダロス2号(マクロスじゃないよ?)

全長50メートルを超える(多分)船体、その甲板上には二機のBMが鎮座していた。一機はやや丸めな装甲が特徴的な銀色の機体。そしてもう一機は、鋭角的なフォルムが特徴的な白い機体。銀色の機体は甲板上には膝をついて待機しており、白い機体は正座のような姿勢で待機している。

 

二機の機体から二人のパイロットが甲板上へと降り立ち、それぞれ首を振ったりあくびをしたりして戦闘でたまった緊張をほぐしている。

銀色の機体から降りた青年はグレーのシャツにジーンズ、シャツの上からは全体的にダメージの入ったコートを身につけている。

一方、白い機体から降りてきた少年は上はタンクトップで下は長めのズボン、タンクトップの上から背面に鉄の花をモチーフとした緑色のジャケットを着ている。

 

二人はほぼ同じタイミングで自分のポケットをさぐり、そして何かを取り出して口に入れた。

 

「ん?」

「?」

 

そこでようやくお互いの存在を認識したのか、銀色の機体のパイロットで銀髪の青年『ベカス』と、白い機体のパイロットで黒髪の少年『三日月』は顔を見合わせる。

 

「お前……何食ってるんだ?」

 

「火星ヤシ……じゃなくて、ナツメヤシの実」

 

ベカスに問われ、三日月は食べながら答える。

 

「銀の人は?」

 

「俺か?俺は甘苦だ」

 

三日月に問われ、ベカスはくわえ煙草をするかのように楊枝を噛む。

「……」

「……」

 

お互いに食べている(噛んでいる)ものが気になった二人は、言葉を交わすことなく物々交換を始める。ベカスは噛んでいた甘苦をポーチに戻し、三日月はナツメヤシの実を呑み込む。

 

「……ぐっ…………」

 

最初に交換したものを口にしたのはベカスの方だった。口の中に広がるあまりの渋さに、吐き気を堪えるかのように口元を押さえている。

 

「それ、たまにハズレ入ってるから」

 

そう言って三日月はベカスに習い、甘苦を口にする。

 

「…………」

 

が、すぐさま顔をしかめて吐き出し、ダイダロス甲板を汚してしまう。

 

「おい、もったいねーだろ!」

 

そう言ってベカスは地面に落ちた甘苦を拾い上げ、自分の服で甘苦の表面についた汚れを拭き取ると、そのままいつもの癖で口に咥えてしまった。

その様子を見ても、三日月は顔色一つ変えず口直しのためにボリボリとナツメヤシの実を貪っている。

 

だが、甲板上にはもう一人……その光景を目撃してしまった者がいた。

 

「ベカス……?」

 

呼びかけられ、振り向くとそこには一人の女性がいた。名を『グニエーヴル』というシーガル支援機のパイロットだった。また、傭兵でありながら医師の資格を持っている。

 

「ふ……不潔です!」

 

グニエーヴルが叫ぶようにそう言った。

 

「エイル?どうかしたのか?」

 

突然の出来事に戸惑うベカス、それに対しグニエーヴルはこう続けた。

 

「地面に落ちたものを拾って食べるなんて!しかも、そ……それは間接キ…」

 

グニエーヴルは何を思ったのか、そこで三日月の方をチラリと見て、それからベカスの方に顔を戻すと急に顔を赤くして……

 

「〜〜っ、もう、ベカスのことなんて知りません!」

 

そう言ってベカスに淡い想いを抱く若者の姿は、船の中へと逃げるように消えていった。ベカスは訳もわからずポカンとその姿を目で追った。

 

「なんだ……?グニエーヴルのやつ……」

 

「なんだっていいじゃん」

 

疑問符を浮かべる「スーパークール系主人公・ベカス」は、淡々とした返事した「容赦ない系主人公・三日月」をチラリと見つめた。

 

「ところで、さっき『銀の人』って言ったが……あれは俺のことなんだよな?」

 

「ん、銀髪だし、使ってる機体も銀色だし」

 

三日月はそう言ってベカスの後ろにあるBMを示した。

 

『ウァサゴ』それがベカスの操る機体の名前だった。

スマートな体型でありながらどこか丸みを帯びたそのシルエットは、まるで西洋の騎士を思わせるような外観でもあった。

武装はライフル、刀、ドローン搭載盾、ミサイルなど戦場を選ばず、さらに装備を換装すれば砲撃型や格闘型など、ある一点の性能を極限まで追求することができる万能の機体だった。

 

「おい、オレはベカスだ。変な名前で呼ぶんじゃない!」

 

「……カス?」

 

「……いや、もう『銀の人』でいい」

 

三日月に自分の名前を覚えて貰うつもりがもっと酷くなってしまったため、ベカスは頭を押さえて自分が銀の人であることを受け入れた。

 

「で、そっちのBMは?」

 

「BMじゃない、これはバルバトス。俺の相棒みたいなもの」

 

続いて、三日月は自分の後ろにある機体を見上げた。

 

『バルバトス』それが、三日月の操る機体の名前だった。

全体的に鋭角的なシルエット、その顔にはツインアイにV字アンテナが備わっている。また、ウァサゴとは違いこちらはより人の顔に近い形をしているのも特徴の一つだろう。

武器はメイス、滑空砲、太刀など、遠近両用のウァサゴとは違い、接近戦に特化している。しかし、謎のテクノロジーを用いて自分の周囲に武装を展開・格納することができる機体だった。先ほどの戦闘で使われたメイスとロケットランチャーは既にその謎のテクノロジーによって格納されている。

 

「バルバトス……ねぇ、うーむ……どこかで聞いたことある名前だなぁ」

 

ベカスは少し悩んだ後、まあいいかと考えるのをやめた。

 

「お前、この後どこへ行くんだ?」

 

「オルガを探しに行く」

 

「オルガ…前に言ってた探し人か。このだだっ広いアフリカの中でか……まあ、俺には頑張れとしか言いようがないな……」

 

甲板から見渡す限り広がるアフリカの大地を一望して、ベカスは呟いた。

 

「銀の人は…?」

 

「オレは傭兵だからな。金のために戦争をするだけさ」

 

そう言ってベカスは甘苦をポーチに戻して、ため息をついた。

 

 

 

ダイダロス艦橋

 

「ベカス……それに、三日月という名の少年」

 

ベカスと三日月が他愛もない会話を繰り広げていた時、一人の女性がダイダロスの艦橋から、甲板上の二人を静かに見つめていた。

その女性、『葵博士』はマッドサイエンスティストであり、この巨大な船の所有者だった。

 

葵博士はミドリという人物から送られてきた二人の資料に目を落とす。だが、資料はその重要な部分は黒塗りされており、三日月の資料に関しては名前と年齢以外あとは全て黒塗りの状態になっていた。

 

葵博士はいつかその黒塗りの部分が透けて見えるとでも思っているかのように、しばらくジッと資料を凝視し続けていたが、ふとため息をつくと、再び甲板上の二人を見下ろした。

 

「ベカスは誰も起動することができなかったウァサゴを起動させ、そればかりかその性能を初戦から遺憾無く発揮、先の戦闘でも同じだった。そして、三日月とバルバトスはその圧倒的な戦闘力で反ワカ軍優勢の状況をあっという間に覆してしまった…」

 

この時、葵博士は生まれて初めて自分の研究対象……いわゆるモルモットに対して恐れにも似たような感情を抱いた。

 

「あなたたちは……一体、何者なの?」

 

呟くように、そう問いかけると…

 

「!」

 

まるでその呟きが聴こえていたかのように、三日月がこちらへと顔を上げたのだ。しかしそれも一瞬のこと、葵博士が瞬きするうちに三日月はいつのまにか顔を背けていた。

 

 

 

 

 

「三日月?どうした?」

 

「何でもない」

 

そう言って三日月はバルバトスへと向かった。

 

「もう行くのか?」

 

「ん」

 

「そうだ、地道に歩いて人探しをやるのもいいが、ここから北にあるカイロってところはアフリカ中のありとあらゆる情報が集まるところだ。まずはそこに行ってみるといい、オレたちもカイロ方面に向かうからよければそこで合流しよう」

 

「わかった」

 

そんな返事をして、三日月はバルバトスに乗り込み、服を脱いで阿頼耶識との接続を行った。

 

「よお、ベカス!調子はどうだ?」

 

バルバトスの外からそんな声が聴こえてきた。

 

「まあまあだ」

 

どうやら、喋っているのはベカスと他の誰かのようだ。

 

「そりゃ良かったな。そういえば先の戦闘で、お前は例の連盟の少女を逃してやったんだってな?」

 

「ああ、実力不足な半端者の傭兵だったとはいえ、少し可哀想になってしまってな」

 

「は?可哀想だって?お前……ふっ、甘いな、それだから未だにC級ライセンスなんだよ」

 

「そうは言ってもだな……あの精神状態じゃあ、もう戦場には立てないだろうし……」

 

「は?精神状態?ベカス、お前またなんかやらかしたのか?」

 

「また…は余計だ。そもそも、オレがやったんじゃ……」

 

 

 

 

 

 

 

「行こう……バルバトス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第2話:悪魔と少女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日月がカイロ方面へ向かってから3日が経った。

 

先の戦闘が行われた町から北にある寂れた村、その大通りで異変が起きていた。

三人の荒くれ者が一人の少女を包囲している。

 

「おいおい、見ろよ!こんなクソみたいな僻地でこんなかわい子ちゃんに出会えるなんて、信じられねーぜ」

 

下品な言葉遣いの荒くれ者たちは、少女に貪欲で下劣な視線を浴びせていた。

 

「しかも服装や立ち振る舞いから見て、貴族もしくは金持ちのご令嬢ってことか?へっへっ、こいつは金になるぞ!」

 

桃色の長い髪を持つ、その少女から発せられる雰囲気は育ちの良さだけではなく、表現し難い気品と威厳に満ちていた。

 

少女のその長い髪には一切の傷もクセもなく、ツインテールでまとめられている。白い肌、あまりにも美しく整った顔立ちはまるで、この世で最高の美を追求した人形のようであり、一際目を引くオッドアイは彼女の存在を唯一無二の存在として体現しているかのようだった。

身なりもこれまた上品で、その赤色を基調とした貴族の服装は彼女の美しい桃色の髪に合わせてあしらわれており、それが彼女という存在の美しさをより強調していた。

 

また、少女はタキシードを着たツギハギだらけのウサギのぬいぐるみを腕に抱いていた。

 

悪巧みを抱いた荒くれ者たちを、少女は軽蔑を込めて見つめている。

 

「ふん、あなたたちのような有機体が何のご用?」

 

少女の言葉には、皮肉と挑発が込められていた。

 

「簡単なことさ」

 

荒くれ者の一人が顔にゲスっぽい笑みを浮かべた。

 

「少しの間、俺たちとお付き合いしてもらって、あんたの家族がお世話代を支払えばお帰りいただくってわけ」

 

「なんなら、お帰りの時間まで俺たちと楽しんでみないか?なあ?」

 

「お嬢さん、もしかしてバージン?いいねぇ…俺ら、ここんところ戦いばかりだったから正直たまってんだよ」

 

ゲラゲラと下品に笑う三人の荒くれ者。

 

「はぁ……やはり無知な凡人は愚かなことを考えるものね」

 

しかし、少女は慌てた様子を見せることなく言葉を続ける。

 

「あなたたち、機械神に会ったことはないでしょう?よかったわね、今まで、会わせてあげるわ」

 

言い終わると、少女は精神を集中させる。

彼女がいままさに何かをしようとした時、突然何者かの声がそれを遮った。

 

「あのさ」

 

四人が目を向けると、いつからそこにいたのだろうか、緑色のジャケットを着た黒髪の少年がそこに佇んでいた。

 

「なんだぁ……このガキ」

 

荒くれ者の一人が少年を……三日月を見下ろす。

 

「カイロってどっち?」

 

三日月は無表情のまま、荒くれ者に問いかける。

 

「うるせぇな、あっちへ行ってろ」

 

荒くれ者は興味ないと言わんばかりにしっしっと手を振って三日月を追い返そうとする。しかし、三日月はその場から離れようとせず、男のことを無機質な目で見つめ続けた。

 

「あ?おいガキ……なに見てやがる」

 

感情のない視線に気味を悪くした男は、舌打ちをして三日月のことを再び見下ろし、手を振り上げた。

 

「ガキは帰って牛乳でも飲んでろよ!」

 

そう言って男は手を振り下ろした。男の拳が三日月に迫る……が、

 

 

 

パシン

 

 

 

そこにいる誰もが、殴られて吹き飛ばされる三日月の姿を幻視した。だが当の三日月はというと、振り下ろされた腕を右手で受け止め、あっさりと掴んでしまった。

 

「これは……何?」

 

男の腕を一瞬だけ見て、それから無機質な視線を男の方に戻して三日月は尋ねる?

 

「は……離しやがれ!」

 

男は掴まれた腕を激しく振り、さらには両腕を使って三日月から逃れようとするが、三日月の圧倒的な握力の前にして徒労に終わった。

 

この時、素直に非礼を詫びていれば何事もなく事態は収束しただろう。

 

「お……お前ら、見てないで助けてくれっ」

 

だが、男は過ちを犯した。男は一連のやりとりをポカンと見ていた二人へと声をかけた。いや、かけてしまったのだ。本気で慌てるそんな声にようやく我に帰った二人は、思わずポケットから拳銃を取り出し…

 

「おい、離さないと撃……」

 

 

 

パンパン…

 

 

 

銃口を向けたところで、その手から拳銃が弾き飛ばされた。

 

「は?」

 

呆けた三人の視線が三日月の左手に握られているものに集まる。いつの間に取り出したのだろうか、三日月の手には一丁の拳銃が握られていた。

 

「……なんのつもり?」

 

銃口を向けたまま、三日月は男たちへと問いかける。ギリギリと腕を掴む力が強くなっていく。

 

「あっ…あっ…」

 

「ねぇ、なんのつもり?」

 

無機質だった三日月の瞳に狂気の色が走った。腕を握りつぶしかねないほどの力が男の腕に集中し、どこからともなくミシミシという、木がしなる音が聞こえた。

 

「ぐああああああああああああああっ、腕がッッッ、腕が折れ……」

 

男は声にならない声を上げて、三日月へ助けを求める。

 

「……」

 

しかし、三日月は男の腕にかける力を強めた。

その瞳は、まるで汚いものを見るような色に染まっていた。

 

「……ッ……ァ……ァ……」

 

男は立っていられなくなったのか膝をついた、その口から大量の涎を滴らせ、半ば過呼吸のような状態に陥り……そして

 

「やめよ、凡人」

 

先程から三日月たちのやり取りを傍観していた少女が静かにそう告げた。

それは少女から男に対するせめてもの慈悲ともとれる言葉だったのだが、どうやら違うようだった。

 

「うるさい。凡人どもの悲鳴は耳障りだ、聞くに耐えん」

 

少女は苦しむ男ではなく、当然のように自分のことを優先した。

 

「そっか、ごめん」

 

しかし、三日月はさも納得がいったかのようにそう呟くと、男の腕を離した。

 

「お……おい」

 

銃で脅され、今まで動けなかった二人の荒くれ者は心配するように駆け寄る。

 

「て…てべぇぇぇえ、よぐもやっでくれだなあぁぁあ!?」

 

目を真っ赤にして、口から涎を垂れ流しながら男は腕を抑えて立ちあがる。

その様子に、三日月は見下すような視線を、少女は文字通り汚いものでも見るかのような視線を送った。

 

「へぇ、まだ生きてるんだ」

 

「クソっ、覚えてやがれ」

 

両脇を支えられるようにして、三人の荒くれ者たちは走ってその場から立ち去った。

 

「……殺さないようにって……めんどくさいな」

 

ため息をついて三日月は首を振った。

それから、少女の方に目を向けて……

 

「ねぇ…」

 

カイロへの道を尋ねようとした三日月だったが…

 

「別に、助けられたと思ってはいないぞ?これは貴様が勝手にやったことなのだからな?」

 

先ほどこの場で起きたことなどどうでもいい、というような口調で少女が小さく笑う。

 

普通ならば、礼の一つもないのか?と思えるセリフだったのだが…

 

「うん、そうだけど?」

 

しかし三日月は、淡々とした様子でそう返した。

皮肉を全力で返され、少女の顔から笑みが消える。

 

「ねえ、カイロってどこにあるの?」

 

そんな少女の様子に気づくことなく、三日月は問いかける。

 

「……ここから、北東にしばらく進んだところだ」

 

「ん、それからオルガ・イツカっていう人を知らない?あと、鉄華団っていう言葉も」

 

「人を探しているのか?いや、どちらも聞いたことのない名前だ」

 

三日月の問いに、少女は肩をすくめてそう言った。

 

「わかった。ありがと」

 

それだけ告げて、三日月は歩き出す。

 

「おい……待て」

 

「?」

 

少女に呼び止められ、三日月は足を止めて振り返る。

 

「凡人……貴様、カイロまで歩いていくつもりか?」

 

「…バルバトスに乗っていく」

 

「バルバトス?それが貴様のBMか?」

 

「BMじゃない、バルバトスはバルバトス」

 

その時だった。二人は妙な気配に気づいた。

 

「……む?」

 

「……!」

三日月は反射的にその場を飛び退いた。

次の瞬間、どこからともなく飛来した砲弾が先ほどまで三日月がいた場所にめり込んだ。着弾の衝撃により、飛散した破片が三日月の体に傷を作る。

 

(これが榴弾だったらヤバかったな…)

 

そんなことを思いつつ、三日月は砲弾が飛んできた方向に目をやった。三機の人型BMがライフル砲を片手に三日月たちの元へと接近していた。

 

(そういえば、アイツは…?)

 

幸いにもかすり傷だったのを確認した三日月は、少女に目を向ける。

 

「ねぇ、アンタは大丈夫?」

 

「この程度大したものではない、それよりも自分の心配をしろ」

 

その言葉通り、少女はなんともないと言わんばかりの表情を浮かべその場に佇んでいた。無事なことを確認してから、三日月は接近するBMへと向き直る。

 

「チッ……外したか、照準システムに不具合が…」

 

「ちげぇよ、お前の腕が下手くそなだけだろ?」

 

機体のスピーカーからそんな会話を流してこちらに接近する三機。

 

茶色のその機体の名前はリンクスという

 

それはゼネラルエンジンという企業によって最初期に開発された人型BMだった。設計は荒削りだが凡庸性と量産性な優れており、このBMの出現により従来の装甲戦車部隊は多大なる苦痛を味わうことになる。余談だが、この機体の戦果は人型BMの有用性を世界に示すことに繋がり、その後各国は人型BMの開発に力を注ぐことになる。

武装はライフル砲、対物キャノン砲、ミサイル、マシンガン搭載シールド、グレネード、対戦車ナイフ等……様々な戦況や戦場に合わせて多種多様な武器が用意されており、同型機でも支援型や強襲型など様々なバージョンのものが存在する。

 

三日月たちの前に立ちはだかったのは肩にキャノン砲とミサイルを搭載した一般的なリンクスだった。また右手にはライフル砲、左手にはシールドを装備している。

 

「……下がって」

 

三日月は少女にそう示し、一人、リンクスの元へと向かう。

 

「おい、死ぬぞ?」

 

「大丈夫……俺は、死なないから」

 

三日月はリンクスを見上げる。

 

「このガキぁ、さっきはよくもやってくれたな!」

 

先頭に立つリンクスから罵声が響き渡る。それは先ほど、三日月によって腕を潰された男の声だった。

 

「うるさいなぁ…」と、三日月は顔をしかめる

 

「おいガキ!殺されなさたくなけりゃ、今すぐ地面に額をつけて謝りやがれ!それから金目のものをありったけと、その女を置いていけ!」

 

リンクスのライフル砲が三日月を狙う。

 

「……さいんだよ」

 

三日月が呟く。

 

「あ?てめぇ、今なんて言いやがった?」

 

「……ごちゃごちゃうるさいんだよ」

 

三日月はいつの間にか口にしていたナツメヤシの実を飲み込み……

 

 

 

 

 

 

「来い……バルバトス!」

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、三日月とリンクスの間の地面が割れた。

 

「なんだ!?」

 

男はリンクスを操って地割れからの脱出を試みるが、遅い。

 

そこで信じられないことが起こった。突然、割れた地面の間から白い機体が飛び出し、あっという間にリンクスに迫ると、持っていた鉄の塊……メイスをリンクスへと叩きつけた。

 

「な……!」

 

防御することもままならず、リンクスはメイスの直撃を受けて潰れ、機体の体積が半分以下になる。

 

「おー」

 

三日月はまさか自分の相棒が地面の下から出てくるとは思いもしなかったのか、淡々としてはいたものの珍しく驚いた様子を見せた。

 

しかし、その場にいた他の者たちの驚きは三日月のそれを遥かに上回っていた。中でも、後続のリンクス二機を操るパイロットが受けた衝撃は特に大きかった。

 

「アッドやられた!?」

 

「嘘だろ?!コイツ……どこから!?」

 

リンクスのパイロットたちは突然の出来事に戸惑うものの、これでも傭兵である身からかすぐさま気を取り直してライフル砲を構える。

 

それを見たバルバトスはメイスを地面に突き刺し、大破したリンクスの首を掴んで持ち上げ、盾がわりにした。しかし、その動きはどこか鈍い。

 

「コイツ……アッドを盾に……?!」

 

「いや、どっちにしろもう助からん。撃て!」

 

二機のリンクスはバルバトスへと攻撃を開始しようとする。だが、かつての仲間の機体から放たれるIFF(敵味方識別信号)がまだ生きているのか思うように攻撃できずにいる。

 

「ま……バルバトスと繋がっていない状態での遠隔操縦じゃ、これが限界か……」

 

ところ変わってバルバトスの背後に立つ三日月は、そう言うや否や、突然その場で服を脱ぎ始めた。

 

ジャケットを脱ぎ、下に着ていたタンクトップも脱いで上半身裸になる。それを横で見ていた少女は突然の出来事に「はぁ!?」と驚きを隠すことができなかったというのは本当に余談だ。

 

服を投げ捨て、バルバトスへと乗り込む三日月。

 

「あれは……」

 

その際、少女は三日月の阿頼耶識を埋め込む手術を受けた跡が残る、歪な形の背中を目撃することとなった。

 

「さあ、やろう……バルバトス」

 

阿頼耶識に接続してバルバトスと一つになった三日月がそう呟くと、バルバトスのツインアイが力強く灯った。

 

 

 

 

 

 

そこから先は、一方的な蹂躙だった。

 

バルバトスに搭乗した三日月は、残るリンクス二機を一瞬で血祭りにあげ、それから阿頼耶識に繋がったままコックピットから身を乗り出した。

今まさに、砂漠の向こうに太陽が沈もうとしている。照りつける夕日は辺り一面を穏やかに照らしている。戦いを終え膝をつくバルバトス、そしてもはや見る影もなくなった三機のリンクス、村の景色、その全てが夕日によって紅く染められ、なんとも哀愁漂う光景となっている。

 

「地球の夕日って……キレイだな」

 

そして紅く染まった大地は、三日月に自分の生まれ故郷である火星を思い出させるのに十分な刺激を与えていた。三日月は思わず、いつものようにナツメヤシの実を取り出そうとして自分が上半身裸であることに気づいた。

ナツメヤシの実が入った袋は、ジャケットのポケットに入っている。

 

「おい、凡人」

 

すると、どこからともなくそんな声が聞こえてきた。三日月が声のする方向に目をやると、バルバトスの足元に先ほどの少女がいた。

 

「忘れ物だぞ」

 

その腕には三日月のジャケットとタンクトップがかけられていた。

 

「持ってきてくれたんだ」

 

三日月は阿頼耶識越しにバルバトスへと腕を操作するイメージを伝えた。少女をバルバトスの腕に乗せ、ゆっくりとコックピットまで引き寄せる。

 

「ありがと」

 

礼を言って服を受け取ろうと手を伸ばす三日月だったが、手が届く前に少女はサッと服を引っ込めてしまい、三日月の手は空を切った。

 

「凡人……余は、お主のことに興味が湧いた」

 

そう言うと、少女はニヤリと笑う。

 

「凡人、お前……カイロに行くと言っていたな?」

 

「ん。だけどバルバトスの中に入れておいた地図が壊れたみたいで、場所が分からなくなった」

 

「そうか……ならば余を連れて行け、カイロまでの道のりならば多少は心得がある」

 

「いいの?」

 

「まぁ、余もカイロに行く用事があったのだ。案内料としてはそう高いものでもあるまい?」

 

「分かった……じゃあ、案内よろしく」

 

こうして、奇妙な二人旅が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

夕日が沈み、夜も更けてきた砂漠の真ん中をバルバトスは進んでいた。

 

「凡人、バルバトスとか言ったな?この乗り心地、そう悪いものでもないな」

 

ツインテールの少女はバルバトスの操縦席に座り、図々しいような口調と態度で三日月へと声をかける。

 

「ん、そっか」

 

その三日月はというとバルバトスの中は狭いので、阿頼耶識に繋がったままコックピットから身を乗り出すようにしてその縁に座っている。

 

思いがけず始まった二人旅は、三日月がバルバトスの操縦席から追い出されるという展開になっていた。

 

「席を譲らなければ案内はしない」という少女に、三日月は渋々付き合うことになったのだ。と言っても、三日月にしてみれば「まあ、いいか」という実にあっさりとした心意気だったので、この件に関して三日月が怒りを露わにすることはなかった。

 

「凡人、プリンはないのか?」

 

「プリン?なにそれ?」

 

聞きなれない単語に、三日月は思わず聞き返した。

 

「凡人……お前、プリンを知らないというのか?」

 

呆れ果てた様子を見せる少女。

 

「いいか……プリンというものは、甘くて、プルプルして、とても良い味の菓子だ。覚えておけ」

 

「ふーん」

 

と、半ばどうでもいいというような感じでナツメヤシの実を口にしながらプリンの説明を聞いていた三日月だったが、「甘い」「菓子」という単語に引っかかりを覚え、ナツメヤシの実が入った袋を見つめた。

 

「ん」

 

袋に手を入れ二粒のナツメヤシの実を取り出し、少女へと差し出した。

 

「なんだ?この粗末なモノは?」

 

少女は手のひらに乗ったナツメヤシを怪訝そうな目で見た。

 

「火星ヤシ……じゃなくて、ナツメヤシの実。甘いよ」

 

「……凡人、余がこのような惨めなモノを受け取って喜ぶととでも思っているのか?」

 

「いらないなら、いいよ」

 

三日月がナツメヤシの実を袋に戻そうとすると、少女は自分の手を引っ込めてそれを防いだ。

 

「いらないとは言っていない……せっかくの機会だ、凡人の食事を試してみるとしよう」

 

少女はそう言いながら、一粒だけ口にした。

 

「……なるほど、これは悪くないな」

 

よく噛んで呑み込んでから、少女は興味深そうな顔をして呟いた。

 

「ん、そう」

 

三日月も袋から一粒だけ取り出し、口にする。

 

「ところで……凡人、背中のそれはなんだ?」

 

興味深そうな顔をしたまま、少女は三日月の阿頼耶識システムを見て尋ねた。

 

三日月は、阿頼耶識システムの内容をかいつまんで説明した。

これが機械と人間とを結びつけるインタフェースであることを、これがあるからバルバトスを動かすことができるということを。

それは三日月自身、ナノマシンや厄災戦、人体への定着だとか、阿頼耶識についてはよく分からないことだらけだったのでそれを話すことが精一杯だったというのもあった。

 

「なるほど……余の機械教帝以外にも、機械と人の繋がりを理想とするものがあったとは驚きだ……」

 

少女は真面目な顔をして考えるような仕草を見せた。

 

「ん、俺のいたところじゃ生きるために必要だったから、そんな理想なんて俺には関係なかったけど」

 

「そうか……お前は面白いやつだな、凡人」

 

少女は意味ありげな視線を三日月に送り、続ける。

 

「では凡人、お主はなぜそうまでして生きようとする?」

 

「……」

 

その瞬間、三日月の脳裏に懐かしい記憶が蘇った。それはオルガと始めて出会った時の記憶、そして、三日月が生まれた時の記憶。

 

「……見てみたかったから」

 

自分の手のひらに転がるナツメヤシの実を眺めながら、ゆっくりと、三日月は続ける。

 

「俺の全てはオルガにもらった。オルガがいてくれたから、今の俺がいる。だから、俺の全てはオルガのものだ」

 

「オルガ…?ああ、お前が探しているという人間のことか」

 

少女は頰に手を当て三日月の言葉に耳を傾ける。

 

「ああ、だから俺はオルガが進む道を作らないといけない。目の前に立ち塞がるヤツは、オルガの邪魔をするヤツは……誰だってぶっ潰す。

だから俺は死ねない、俺は生きなきゃならない。そしてオルガは俺を…いや、俺たちを連れて行ってくれる。オルガの目指している場所……本当の居場所に」

 

自分の生きる意味を語る三日月の瞳に、少女は強いものを感じた。

 

「話を聞いていれば……凡人、お前はまるで捨て犬のようなものだな」

 

まるで人を馬鹿にするかのような言い方で少女は告げる。だが三日月は何も反応を示すことはなった。

 

「だが、主人に対するその忠義には敬意を表そう。余に褒められたこと、誇っていいぞ、凡人」

 

そう言って少女が小さく笑った時だった。

 

「……気づいたか?凡人」

「プリンの人も?」

 

二人はまたしてもほぼ同時に奇妙な気配に気づいた。

 

少女がバルバトスの操縦席から離れるのと、三日月がコックピットを収納して操縦席に戻るのもほぼ同時だった。

 

「十時、十一時方向」

 

三日月の後ろに隠れるようにして座った少女が呟く、送れるようにしてミサイル接近を知らせるアラーム。

 

「……!」

 

三日月は瞬時に滑空砲をバルバトスの右手に出現させ、暗闇の中、カンだけを頼りに発砲。

接近する15発のミサイルの内、10発を叩き落とす。

 

飛来する残り5発のミサイルは砂の影に身を潜めてやり過ごし、それでも直撃を免れないものは左手のメイスを盾がわりにして防いだ。

 

「ほお、やるではないか」

 

「…………」

 

少女の言葉に応えることなく、三日月はミサイルの発射地点を一心に見つめ続けていた。

 

三日月が、バルバトスが見つめる先……そこにはスマートな見た目をした二機のBM、赤い機体と青い機体が並んで佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

……オルガを探す旅はまだまだ続く!

 




スロカイ様との会話で鉄血最終回視聴済みの方は「あれ?」と思うかもしれませんが、あまりお気になさらず…。ちょっとくらいアレなのはお許しください。

ベカ×スロがないのは、ちょっとした理由がありまして……ですが本編の進行上必要なものでして、期待している方には本当に申し訳ないと思っております。その理由はいずれ明かすことになりますので!

一応、ベカスとスロカイ様は来るべき時が来たら必ず会わせますので!
「だが今日じゃない」

設定
三日月→プリンの人(スロカイ様)
スロカイ様→凡人(三日月)


それでは、次回予告です。
エル「旅の最中、三日月たちは所属不明のBMから攻撃を受ける」

フル「果たして、その正体とは一体…?そしてその目的とは?」

エル&フル「「次回、『悪魔VS危険な姉妹(仮)』」」

エル「なるほどね!これが『イチゴイチエ』ってやつね!」


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第3話:姉妹の受難

『お知らせ』
タイトル変更しました。

アイサガイベント(シャマシュのやつ)始まりましたね。そして、アイアンヘッドAカケラ結局集めきれず……え?体力回復薬?ナニソレ

感想の返信は作者の語彙力がないので期待しないでください

昨日は馬鹿みたいに書いたので今日は量を抑えました。でも出し惜しみはしてませんよ!

それでは、続きをどうぞ











今日、お母さんが死んだ。

 

その日……後に『サラ大虐殺』と呼ばれる日に…

 

私たちを守ってくれる人はもう誰もいない

 

その日から、私は誰かに頼ることをしなくなった

 

だから、私は妹を守ることに決めた。

 

妹はまだ幼い

 

妹のためなら、私はいくらでもその身を汚す覚悟はできている

 

だから……私は銃を手にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第3話:「姉妹の受難」

 

(原題:悪魔VS危険な姉妹)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日月が、バルバトスが見つめる先……そこにはスマートな見た目をした二機のBM、赤い機体と青い機体が並んで佇んでいた。

 

「あれは……」

 

三日月はその二機を観察する。

 

三日月たちの前に現れた機体、それは北欧の国ヴァルハラによって製作されたBM「バルキリー」だった。

 

バルキリーはその外観の優美さから多くの女性パイロットの憧れとされている機体であり

 

「A型」と呼ばれる赤い機体は二丁のビームライフルとサーベルを基本装備とする高機動型。

 

「R型」と呼ばれる青い機体はミサイルと二枚のシールドを基本装備とした防御型になっている。

 

「む?なぜヴァルハラの機体がここに?」

 

少女は赤と青の機体を見て首を傾げた。

 

「ヴァルハラ?」

 

「うむ。北方の国の一つだ……しかし、この土地の正規兵が使うような機体ではない。となると傭兵かハンターの類だろうな」

 

そこで少女は言葉を切って、ため息をつく。

 

「最も……何の警告もなしに、15発ものミサイルを撃ってくるようなヤツだ。ロクな人間ではあるまいがな」

 

「そっか……じゃあ、あれをやればいいんだ」

 

三日月は右手に滑空砲を持ったまま、左手にメイスを展開し、臨戦態勢をとる。

 

先に仕掛けたのは赤い機体だった。両手のビームライフルを連射する。

 

三日月はそれを最小限の動きだけで回避し、滑空砲を赤いバルキリーに向け発砲。しかし、赤いバルキリーは砂丘の影に身を隠して回避。

 

その瞬間、回り込んでいた青いバルキリーがカウンター気味にミサイルを発射。三日月はそれを滑空砲で撃ち落とし、続けざまに青いバルキリーへと照準。だが、青いバルキリーもまた砂丘の中に身を潜める。

 

身を潜めたタイミングで、赤いバルキリーが飛び出し、ビームを発射。三日月はメイスで防御する。

 

反撃のために左腕にロケットランチャーを展開するも、青いバルキリーの放ったビームで狙いをそらされる。

 

その隙を狙ったのか、赤いバルキリーから1発のミサイルが放たれた。

 

「!」

 

三日月はミサイルを滑空砲で撃ち落とそうとするも、次の瞬間、ミサイルの中から大量の小型ミサイルが放たれ、三日月の元へと殺到する。

 

「くっ…」

 

滑空砲の残弾は残り1発、たった1発では迫り来る無数のミサイルをすべて撃ち落とすことはできない。

 

そこで、三日月は滑空砲とロケットランチャーを同時に構えた。ロケットランチャーをミサイル群の中央に撃ち込んだあと、タイミングを見計らって滑空砲を撃った。

 

滑空砲の弾丸が遅いロケット弾に着弾し、爆発。

発生した爆風を受け、小型のミサイルは制御を失って誘爆する。

 

爆発の範囲外にいたミサイルを、三日月はメイスで叩き落とす。

 

「凡人……お前、余に遠慮をしているのか?」

 

機体の中で三日月の戦いを眺めていた少女だったが、ふと、ため息をついてそう言った。

 

「……何の話」

 

「とぼけるな。凡人の頭で分かることが、余には分からないとでも思っているのか?」

 

その言葉通り、三日月は現在その能力の1割も発揮できない状態に陥っていた。

 

その気になれば三日月は、弾幕をくぐり抜け二機の人型機へと簡単に接近し、一瞬にして血祭りにあげることができるだろう。だが、バルバトスは基本的に一人乗りだ。

 

固定具により衝撃から操縦者を守ることはできても、同乗者を衝撃から守る用意はない。この状態でいつものようにバルバトスの変態機動を行えば、少女の体がコックピットの中でミンチになりかねない。

 

(種死でアスランと一緒にザクへと搭乗したカガリが、戦闘により頭をしこたま打ち付けてしまったのがいい例だ。w)

 

ならば少女を機体から下ろせば良いと考えるだろう。だが、そのためには機体を完全に停止させる必要がある。それはつまり、その時間の分だけ敵に隙を晒してしまうということだ。敵がこの隙を見逃すとは思えない。

 

だからこそ、三日月は射撃戦に徹していた。

しかし、滑空砲の残弾が尽きてしまった今、バルバトスの射撃武装は弾速の遅いロケットランチャーのみとなってしまった。この武器では高速で動き回るバルキリーを狙い撃つことはできない。

 

「なるほど。この余を邪魔者扱いするか……お前のようなやつは初めてだ」

 

くっくっ…と、少女は三日月の耳元で笑う。

 

「ふむ……仕方のないやつだ」

 

「プリンの人?」

 

三日月は少女をチラリと見る。

 

「今から10秒だけ時間をやろう。その間に余を下ろすがよい」

 

そう言って少女は精神を集中させ始める。

 

「今だ、機体を止めろ」

 

「……」

 

言われた通りに三日月は機体を停止させ、砂の上に膝をついた。

 

赤と青のバルキリーはそれに反応し、ビーム兵器とミサイルを一斉に放つ。

 

「くっ……」

 

「慌てるな、問題はない」

 

少女はコックピットから外に身を乗り出す。

 

飛来したビームがバルバトスに着弾しようとした時、それは起こった。

 

「……へぇ」

三日月は思わず驚きの声をあげた。

 

どういう原理かは不明だが、バルバトスの周囲に突如として出現したシールドが、迫り来るビームをすべてはじき返したのだ。

 

続いてミサイルが飛来するもその全てがシールドに着弾し、三日月たちは事なきを得た。

 

「では、な。あとはせいぜい足掻いてみせるがいい……凡人」

 

そう言って少女はコックピットから飛び降りて砂の上に着地した。

 

「すごいな……プリンの人」

 

そう呟き、三日月はバルバトスを立たせて赤と青の機体へと向き直る。

 

「でも……これなら!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……何なのアイツ、急に動きが……」

 

自分たちが優勢の立場にいると思い込んでいたバルキリーのパイロットたちは、敵の動きが先ほどとは明らかに違うバルバトスの動きに戸惑いを隠せないでいた。

 

「お姉ちゃん。敵が早すぎて、アイルーのミサイルが追いつかないなの!」

 

青色のバルキリーに乗る少女はそう言いつつも、ミサイルを放ちながら焦ったような声をあげた。

 

「くっ……バルキリーより速いBMなんて……」

 

回避行動を取りながら徐々に接近するバルバトスに、赤い機体に乗った少女もビームライフルを連射する。が、その全てがことごとく避けられてしまう。

 

赤い機体に乗る少女はビームを連射しながら、バルバトスが右手に持ち替えた武器をチラリと見た。

 

巨大な鉄の塊、メイス。あんな重りを持ってこれほどの機動性を発揮することも驚きだが、少女が今焦りを感じていたのは別のことだった。

 

「あんなものが直撃したら……アイルーのバルキリーはともかく、私の機体は……」

 

バルキリーの弱点、それは機動性に特化した事でその分装甲が薄くなっている事だ。防御力に特化したR型はともかく、A型の装甲はメイスの直撃に耐えられるものではない。

 

メイスが直撃した時のことを考え、少女の背中に悪寒が走った。

 

「アイルー!当たらなくてもいいから撃って!」

 

「撃ってるなの!」

 

しかし、合計三門のビームとありったけのミサイルを併用してもバルバトスの動きを止めることはできない。

 

「くっ、こうなったらアレをやるしか……アイルー!」

 

「分かったなの!」

 

そう返事をして、アイルーと呼ばれた少女はビーム砲を撃つ手を止め、エネルギーのチャージを開始する。

 

赤いバルキリーは左手のビームライフルを捨て、背中から箱のようなものを取り出す。

 

砲門の数が減った事で一気に距離を詰めてくるバルバトス、そしてついに少女たちの目前に迫り、メイスを振り上げた時だった。

 

 

 

 

 

「これでもくらえ〜〜!」

 

 

 

 

 

青いバルキリーのビーム砲から高出力ビームの束が放たれた。しかも、その砲身から放たれるビームはまるで散弾のように幾重にも分裂し、バルバトスを襲う。

 

バルバトスはメイスでビームを防ぐも、そのあまりの出力に堪えることができず、後方へと吹き飛ばされる。

 

「お姉ちゃん!」

「今だッ!」

 

赤い機体が持っていた箱のようなものから15発のミサイルが放たれ、姿勢を崩したバルバトスの元へと殺到する。

 

バルバトスが顔を上げた直後、ミサイルが着弾。バルバトスの周囲は爆発の渦に包まれた。

 

「よし!」

「やった〜〜なの〜〜!」

 

その光景を見て、少女たちは勝利を確信する。

 

 

 

 

しかし

 

 

 

 

「え……?」

「あれ……なの?」

 

爆煙が晴れた戦場を見て、少女たちは息を飲んだ

 

爆心地にはボロボロになったメイスが打ち捨てられている。しかし、バルバトスのものと思わしき破片は一つも落ちていない。

 

「嘘でしょ!?どこにッ!」

赤い機体は戦場を見回した。

 

「どこなの〜〜………………あ……」

それに習って青い機体も戦場を見回し…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして目の前のバルバトスと目があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつのまにか青いバルキリーの背後に回り込んでいたバルバトスは、右腕部に装着した機関砲をバルキリーの頭部に突きつけーーーーー発砲

 

 

 

 

「アイルー!?」

 

赤い機体のカメラが、頭部を吹き飛ばされる崩れ落ちる()の姿を捉えた。

 

「アイルー!このっ……よくもアイルーを…きゃああああっ?!」

 

その直後、ほぼ予備動作なしで放たれたバルバトスのロケットランチャーが赤いバルキリーのビームライフルに着弾。爆風により赤い機体はライフルと右腕を失う。

 

今まで射程距離が短いために使用しなかった機関砲も、弾速の遅いロケットもこれだけ近づけばこの世界では必殺の一撃になるのだ。

 

「そんな……っ」

 

赤い機体はそれでもなお諦めまいと近接戦闘用のサーベルを左手に持つ。しかし、当のパイロットは恐怖に震えていた。

 

バルバトスが機関砲を発砲、それを左腕の盾で防ぎながら接近

 

「たあぁぁぁぁッ!」

 

機関砲によりシールドが粉砕。しかし、赤いバルキリーは止まらない。パイロットは叫び声をあげ、力一杯、慣れない剣をバルバトスへと突き刺す。

 

しかしそれは辛くもバルバトスに避けられ、逆に蹴りを入れられて吹き飛ばされてしまう。衝撃により、バルキリーの左手からサーベルが落ちる。

 

「ぐはっ……」

 

砂がクッションになりダメージは軽減されたものの、激しい衝撃が少女を襲う

 

「かはっ…………あ……」

 

その時、偶然にも少女の元へと最後の好機が訪れた。

バルキリーの足元に、先程捨てたビームライフルが転がっていたのだ。

 

銃身が半分ほど砂に埋まっていたためか、バルバトスはまだそれに気づいていないようだった。

 

 

 

 

 

 

「うわあぁぁぁぁッッッ」

 

 

 

 

 

 

生存本能、火事場の馬鹿力……そんな人間の底力が働いたのか、少女はバルバトスが反応するよりも速くビームライフルを掴み、その引き金を引いた。

 

だが、元々まだミサイルかなにかを隠し持っていると考えていたバルバトスのパイロットには、そのビームを避ける余裕はあった……だが……

 

「……!」

 

バルバトスは何故か回避しようとはしなかった。腕を前面に組んで防御姿勢を取る。そして、至近距離でビームが直撃した。

 

「やった……!」

 

決死の一撃が、バルバトスの装甲を焼く

 

「え……?」

 

しかし、それはバルバトスの装甲を焼いただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あやつめ……余計なことを……」

 

バルバトスの背後、数百メートル先の砂丘から戦闘を傍観していたピンク髪の少女は、そう呟いて悪態をついた。

 

先ほど、バルバトスが攻撃を避けようとしなかったのはこれまた偶然にも、ビームライフルの射線上に彼女がいたからだった。バルバトスが避けてしまえば、今頃は熱線にその身を焼かれていたことだろう…

 

……彼女が、普通の人間であったのならば。

 

「まあ良い、なかなか面白味のある戦いぶりだったぞ……凡人」

 

そう言って少女は赤いマントを振り払い、砂丘から降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このっ!この!」

 

赤いバルキリーは、ゆっくりと迫り来るバルバトスへとビームライフルを連射する。バルバトスの頭部、右腕、胸部に直撃。しかしバルバトスにダメージはない。

 

「へぇ……見た目の割に、威力はないんだ」

 

そんな声と共に、目と鼻の先にまで接近したバルバトスは赤い機体のビームライフルを掴み、ぐしゃりと握り潰した。

 

バルバトスの機関砲が、倒れたバルキリーのコックピットに突きつけられる。

 

「あ……」

少女の顔が恐怖にひきつる。

 

「……」

無慈悲な悪魔はそれ以上何も言おうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「もう止めろ!」

 

 

 

 

 

 

 

その声は、一人の老人が発したものだった。

 

辛酸を舐めつくしたその顔には深々とした皺が刻まれ、小さな目はすぼめられ、声には悲惨な過去を背負ってきたかのような重さがあった。

 

「……アンタ誰?」

 

バルバトス越しに、三日月は砂上に佇む老人へと尋ねる。

 

「私はこの近くの村の長老です。旅のお方、ご無礼をお許しください!」

 

長老と名乗る老人は、悲壮な顔をして続ける、

 

「この2人は自ら志願して村を守ってくれている義士!ですが、あなたのことを襲撃に来た野盗と勘違いしたのです」

 

「あ、そう」

 

三日月は長老の言葉に嘘偽りはないと判断し、あっさりと機関砲を下ろした。

 

「旅のお方、あなたは何の目的でここに?」

 

「え?ただカイロに向かってただけだけど?」

 

「そうですか。では……もう夜も更けていることですし、先ほどの誤解のお詫びとして『おもてなし』いたしますので、どうぞ村にお入りください」

 

その言葉に、三日月は少しだけ考えた後……

 

「ナツメヤシの実……ある?」

 

そう言いつつ、最後のナツメヤシの実を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルガを探す旅は、まだまだ終わらない!

 




スキル演出を色々と入れてみた回でした。

この時点でハッシュ枠(舎弟枠)はもう決まっています。
それはまあ物語が続けば分かるとは思いますが…続けばね

ミカ×○○枠も欲しいですか?
(一人予定している人がいますが恋人にはなりません)



では、次回予告でふ。
(姉妹は全国共通の次回予告担当!)

エル「勘違いのお詫びにお・も・て・な・し(意味深)を受けることになった三日月たち」
フル「村の人々の話を聞いて、野盗の撃退に向かいます」

エル&フル「「次回、根断ち(仮)」」

エル「なるほどね!これが『シシルイルイ』ってやつね」


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第4話:根断ち(前編)

イベント難しかったですね。
しかし、SSS三種交換可能なのは流石にやりすぎじゃ……ダッチー?ほんとにいいの?

あと、前回はウチの次回予告担当が意味深なことを言って申し訳ありません。彼女たちもそういうお年頃なんです!


それでは、続きをどうぞ









「おもてなしだと?」

 

ピンク髪の少女と合流した三日月は、長老の提案により村へ「おもてなし」を受けに行くことを伝えると、少女は怪訝そうな顔をした。

 

「罠かもしれないよ」

 

「多分、大丈夫でしょ」

 

三日月は無表情でそう答えつつ、阿頼耶識を介してバルバトスを動かして少女を手のひらに乗せ、コックピットへ近づける

 

「凡人……そう言える根拠は?」

 

そう尋ねつつ、少女は当たり前のようにバルバトスの操縦席に座った。

 

「なんとなく……あと、ナツメヤシの実、あるって言ってたから」

 

三日月の言葉に、少女は思わず操縦席から崩れ落ちそうになる。

 

「プリンの人?」

 

「……何でもない。ところで凡人、今更になって聞くのも何だが『プリンの人』とは余のことか?」

 

「うん」

 

「余のことをそのような名前で呼ぶ者はお前が初めてだ」

 

そう言いつつも、少女は小さく笑った。

 

「だが、悪い気はしないな。余をことを至高の菓子に例えるか」

 

そう言ってくっくっと少女は笑った。

 

「……?」

 

三日月には少女の笑いの意味が分からず、ただ首をかしげるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!起きてなの!」

 

その少女……テッサという名の赤いバルキリーのパイロットの意識を目覚めさせたのは誰かの発したその叫びだった。

 

「アイルー……?」

 

「あ!お姉ちゃん起きたなの!よかったなの!」

 

テッサの瞳に天真爛漫なたった一人の妹、アイルーの笑顔が映る。

 

「私、寝ちゃってたの……?」

 

「ちょっと違うなの、お姉ちゃんはあの白いBMと戦って気絶しちゃったなの」

 

「気絶……?戦って……?……ッ」

 

コックピットの中でテッサは体を動かす。すると、それによって生じた痛みが彼女を襲う。それは、先の戦闘による痛みだった。

 

 

 

その瞬間、テッサは全てを思い出した。

 

メイスを片手に迫り来る白いBM

 

たったの一撃でバルキリーを破壊する攻撃力

 

こちらの攻撃をことごとく回避する、圧倒的な機動性

 

そして至近距離でのビームに耐えうる装甲

 

私が相手にしていたのは、そんなインチキじみた機体だったのだ。

 

そして、自分はなぜ生きているのか?

 

テッサは白い機体から機関砲を向けられた時のことを思い出した。

 

無機質なモスグリーンの両目は、本気で私のことを殺そうとしていた。まるで人の命など、どうでもいいと思っているかのような……あの冷たい視線

 

それはまさしく、悪魔そのものだった。

 

 

 

「アイルー……」

 

「お姉ちゃん?どうしたな………なの?」

 

バルキリーのコックピットで、テッサはアイルーのことを力強く抱きしめた。

 

「お姉ちゃん……?」

 

「ごめん……もうちょっとだけこのままでいて……」

 

突然の姉の行動にアイルーは驚いた様子をみせるも、その姉が震えていることに気づき、受け入れるようにその体を抱きしめた。

 

敵に対して恐怖を抱いたのも大きかったが、一つ間違えていればたった一人の……大切な妹を失ったかもしれない。それもまた、怖かった。

 

震えが収まるまでしばらく時間を要した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第4話:根断ち(前編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん、気にくわないね!アイルー、行こう!」

 

バルバトスが村人たちの案内を受け、村の中へと入っていく光景をコックピットの上で眺めていたテッサは「面白くない」とばかりにアイルーへと呼びかけた。

 

「ええ!どこに行くの、お姉ちゃん」

 

「あいつは野盗の偵察役かもしれない。村の周囲に不審者がいないか見て回ろう」

 

「BMもないのにどうやってなの?アイルーのBMも、壊れちゃったなの…」

 

「…………」

 

そこでテッサは改めて今の自分の状況を思い出した。

 

BMが壊れてしまった以上、私たちはただの女……それもまだ一介の子どもに過ぎないということに……

 

そして、今まで自分がどれだけBMという存在に頼りっぱなしだったということを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日月を村に招いた後、長老は大量のナツメヤシの実を手配し、幼い女児に彼らの給仕を任せて、自分は村の中央にある小屋に入った。

 

小屋の中には大勢の村人が集まっていた。彼らは落ち着かない表情で長老を見た。

 

「長老、よそ者を村に入れて大丈夫なのか?」

 

村の青年が発した言葉を皮切りに、村人たちは次々と口を開く。

 

「その通りだ!野盗が派遣した偵察役かもしれないだろ!」

 

「いや、野盗でなかったとしても、どこかの国から流れてきた犯罪者かもしれない」

 

「そうです!どちらにしろ、危険な存在かもしれません!」

 

村人たちの言葉を、長老は手を上げて制する。

 

「あの人型機はこれまで見たことがない、野盗はそのようなものは持っておらん」

 

「では……あのよそ者はいったい何者なのです!」

 

「ただの……旅人だろう」

 

その言葉に、長老は深いため息をついてそう答えた。

 

「ただの旅人があんな戦い方をするとでも!?」

 

長老自身が思っていたことを、村人の一人が代弁するように言った。

 

突如として村の近くに現れた白いBM。村を守っていた二人による完璧な奇襲をあっさりと退け、その後の戦闘でも2対1という不利な状況にもかかわらず、二人を翻弄。

 

あの二人も死力を尽くして戦ってはいたものの、結局のところ、白いBMには一撃たりともダメージらしいダメージを与えられることなく、それどころか返り討ちに遭い、戦闘は終わった。

 

BMの戦闘に関してはシロウトな長老たちから見ても、あの戦いは異常さを感じられるものだった。白いBMの動きは、長老たちが知っている既存のBMにはまず絶対に真似できない機動をみせていたのだ。

 

飛来する無数のミサイルを全て回避することなど、できるわけがない。

 

安全な位置から戦いを目撃していた長老は、その場面を思い出して冷や汗が止まらなくなった。

 

「旅人である以上……彼らはここに長くはいない。我々は彼を利用して野盗どもを始末させるのだ」

 

それに……と、長老は続ける。

 

「もう、あの賞金稼ぎの姉妹は使えまい」

 

その言葉に、村人たちは言葉を失った。

 

「あの少年の腕は彼女たちをはるかに上回る。それに、機体が壊れてしまった以上、彼女たちはもはやただの平凡な少女に変わりはない。そもそも、彼女たちだけでは野盗を始末することはできなかっただろうがな」

 

長老はその現実を村人たちへと伝えた。

 

「あの男……いや、あの少年ならば……野盗団を完全に一掃できるやもしれん」

 

「しかし、長老!私たちはどうやってあの旅人の手を借りればいいんですか」

 

「そうです!野盗のせいで俺たちは食べるものどころか、物を買うお金すら……」

 

この時、長老は半分閉じていた目をカッと見開き、ギラギラとしたその瞳が小屋のある一点へと向けられた。

 

老人が目を向けたのは一人の中年男だった。中年男はその瞳にビクッと反応する。

 

「アーチ、お前の娘はもう16歳だったな?」

 

それを聞くやアーチと呼ばれた村民は、たちまち目を向いて大声で叫んだ。

 

「村長は私の娘をあの……得体の知れない旅人に差し出せと?あ、あんまりです!いえ、俺は嫌です!絶対に承知できませんッ!」

 

「愚か者め!野盗はまもなく来るのだぞ!しかも姉妹はもはや使い物にならない。だからこそ、あの旅人を利用するためにあらゆる手を使わなくてはならない。お前の娘はその人柱になって貰うのだ」

 

長老は強い口調でさらに続ける。

 

「娘を差し出すというだけで、殺されるというわけでもあるまい!それでもなお、お前は村を選ぶのか……それとも娘を選ぶのか」

 

アーチは歯を食いしばり、この状況を回避するために頭を回転させ始める。

 

「……あ、あの子どもを殺して、あいつの人型機で野盗と戦えば」

 

「あの人型機を奪ったところで誰が操縦するんだ?技術も経験もない我らにとって、あんなものはただの屑鉄だ!」

 

「た……確か、あの旅人には連れの女がいたはずだ。そいつを人質にして、旅人と取引を……」

 

「そうか!いくら人型機による戦闘が強いからと言っても、所詮子どもは子ども、俺たち全員でかかれば……」

 

「なるほど!それならば簡単に……」

 

 

 

 

「例えそうしたところでッ、その後はどうなるッ!」

 

 

 

 

「……ッ」

 

長老の一喝に、その場の空気が震えた。

 

「それをやってしまえばそれこそこの村は終わりだ!考えてもみろ、人質をとって野盗を始末した後は?人質を返還した後は?あの旅人が我々に報復を仕掛けてくる可能性もあるのだぞ!そして、我々にはそれに対する防衛手段がない』

 

長老であり村長である老人は常に大局を見ていた。それは、村長である者にとっては必要不可欠な事であった。だからこそ彼は、今の今までこの村の長であり続けることができたのだ。

 

「……だったら、娘を選んでこの村から出て行くことにします!」

 

長老の言葉にアーチはそう言って小屋から出て行こうとする。

 

「……な!お前ら、何をするっ、離せ!」

 

しかし、その途中で他の男たちに取り押さえられ、長老の前へと連れて行かれる。取り押さえた男たちは皆、アーチと同じく大切な娘を持つ親だった。

 

「アーチよ……お前が従わぬのなら、他の親が娘を差し出すことになるのだ。そして、これは既に決定事項だ」

 

「お……俺だって、その一人です!」

 

「では、皆……持ち場に戻ってくれ

 

アーチの言葉を無視するかのように長老が言葉を発すると、村民たちは皆ぞろぞろと小屋から外へ出て行く、取り押さえた男たちも同様だった。

 

「なぜ俺が……なぜ、俺の娘が……」

 

人のいなくなった小屋の中でアーチは一人、床に拳を打ち付けてそう呟くのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小屋でそんなやりとりがなされていた時、三日月と少女は村が彼らに用意した食事を取っていた。

 

それは決して豪華なものではなかったが、三日月には十分すぎるほどだった。

 

「あの……お水……です」

 

給仕役を任された女児がおそるおそる、水の入ったコップを三日月に差し出す。

 

「……あのさ」

 

三日月はお礼も言わず、それを呆れたように眺めていた。

 

なぜなら女児は、三日月が少しコップの水に口をつけるたびに、すぐさま水を注いで常にコップの中の水がほぼ満杯になる状態を維持しようとしていたからだった。

 

ちなみに、もう10回近く女児は水を注いでいる。

 

「邪魔なんだけど。水くらい自分で入れるし」

 

「でも……ここでそうしろって言われてて……」

 

その時、お腹が空いていたのだろう。女児のお腹がなった。

 

「……食えば?」

 

そう言って三日月は手をつけなかった魚料理を差し出す。

 

すると女児はかすかに首を横に振り、一歩下がって三日月の顔をジッと見つめた。

 

「これは凡人のために用意されたものよ、彼女のためのものではないわ」

 

三日月の隣に座る、ピンク髪の少女は冷淡に言い放った。

 

「じゃあ、プリンの人が食べる?」

 

「余がそのようなお粗末なモノを食べるとでも?」

 

出された魚料理をよっぽど食べたくないのか、二人はそんな言葉を交わした。

 

「……おい、そこのお前」

 

「は……はい!」

 

少女は女児に呼びかけると、魚料理の乗った皿を突き出した。

 

「我らにこのようなものはいらぬ、捨ててこい」

 

ピンク髪の少女はぶっきらぼうにそう言って、こう続けた。

 

「お前が我らの残した残飯をどうしようが、余は何も思わぬし、文句を言う者もあるまい。このゴミをさっさと片付けろ」

 

「…………」

 

女児は黙って皿を受け取ると三日月と少女に頭を下げた後、部屋の奥へと引っ込んでいった。その方向は料理の出てきた厨房ではなく、家の外へと続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、村の外

「お姉ちゃん……やっぱりだめなの……」

 

なけなしのパーツと工具を使って赤いバルキリーの補修を行っていたアイルーは、暗い顔をしてそう言った。

 

賞金稼ぎをするにあたって姉妹は今まで、軽微な損傷程度であればBM専門の修理業者に持って行かず、メカニックの卵であるアイルーがジャンクパーツを使って修理を行っていた。

 

だが、流石のアイルーにも大破寸前の二機のBMの補修は困難を極めたようだった。赤いバルキリーは右腕とライフル二丁を失い……これは他の機体(リンクスなど)のものを移植すれば必要最低限の能力を発揮することができるのでまだいい方だが

 

青いバルキリーが失った頭部は価格の高い様々なセンサー系の機器が搭載されていたため、一応、これも他の機体から移植することはできるのだが、そのパフォーマンスは大きく低下することになる。

 

そもそも、今二人の手元には移植できそうなジャンクパーツなどないのだが……

 

「そっか……でも、動かすことはできるんでしょ?」

 

バルキリーのコックピットから顔を出したテッサはそう呼びかける。

 

「脚部の破損は二機とも軽微だったなの!それは大丈夫なの」

 

「分かった。じゃあ、私は村長のところに行くから」

 

テッサは自分のバルキリーから降りてアイルーにそう告げる。

 

「え?どーしてなの?」

 

「確か……村の隅に私たちが前に倒したBMがまだ転がってたはず……村長はあれを売却するつもりだって言ってたみたいだけど、なんとか譲ってもらえないか頼んでみる!」

 

「なるほどなの!それならアイルーもついていくなの!」

 

二人は補修の手を止め、村長に会いに行くために村へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日月たちが食事を終えてしばらくすると、長老が一人の少女を連れて入ってきた。

 

「食事はお口に合いましたか?」

 

「うん」

 

三日月は食後のナツメヤシの実を楽しみながらそう答えた。

 

「そうですか」

 

そう言って長老は意味ありげな視線を三日月へと向ける。

 

「何か用?」

 

三日月は怪訝そうな顔をして聞いた。

 

「実は……ここは元々平穏で素朴な村でした。しかし戦乱が続く中、逃亡兵や敗残兵たちが村の西方にある廃棄された要塞に住み着いたのです」

 

席は空いているにもかかわらず、老人は立ったまま話を続ける。

 

「そして彼らは野盗になり、この村を襲って何もかも略奪していきました」

 

「ふーん」

 

三日月は興味なさげに新しいナツメヤシの実を取り出す。

 

「一昨日も小規模の野盗が村を襲撃して……その時はあの姉妹が撃退してくれたのですが、野盗は常に集団で行動しています。つまり、小規模の野盗が来たということは野盗の本隊もすぐ近くにいるということでして、姉妹がお二人を襲ったのは元はといえばそれが原因だったのです」

 

「でも、あの二人が俺に銃を向けてきたことには変わらない」

 

責任を全て野盗のせいになすりつけようとした長老の企みを、三日月はいとも簡単に見抜いてしまった。

 

「……おっしゃる通りです。しかし彼女たちは、私たちのため村のために精一杯頑張っていたのです。どうか彼女たちを、許してやってください」

 

「…………」

 

三日月は長老の顔を無機質な瞳で見つめる。

 

「それで……その上で、失礼を承知でお願いしたいことがあります」

 

「……何?」

 

「野盗を……始末して欲しいのです」

 

「は?」

 

三日月は「アンタ何言ってるの?」というような顔をし、隣のピンク髪の少女は退屈そうに肩をすくめてみせた。

 

「勿論、その分の報酬はお支払い致しますので……」

 

そう言って長老は傍に立つ黒髪の少女に目配せする。黒髪の少女は絶望の表情を隠し、三日月の元へと歩み寄る。

 

「もしお嫌でなければ、この娘を……」

 

そこまで言いかけた時だった。どこからともなく何かが爆発するような音が鳴り響いた。

 

それは三日月たちがいる家の近くからだった。

 

「なんだ?!どうしたんだ!」

 

長老は外にいた見張りの村民に向けて尋ねる。

 

「分かりません!南の方からです」

 

「分かった……旅の方々、申し訳ありませんが状況を確認するために、私は少しだけ席を外させてもらいます」

 

そう言って長老は見張りの男たちと共に家から出て行った。

 

話をする者がいなくなり、家は静寂に包まれた。

 

「……凡人よ、何か妙だとは思わぬか?」

 

その静寂を破ってピンク髪の少女が呟く

 

「野盗の襲撃にしては爆発が一回だけというのはおかしい。だが、まるでタイミングを見計らったかのような爆発」

 

「…………」

 

「長老を家から出て行ったことで、見張りもどこかへ行ってしまった。凡人?これが意味するのはいったいどういうことなのだろうな?」

 

「…………」

 

ピンク髪の少女はくっくっと笑い、三日月は目を閉じた。

 

「失礼」

 

その時、厨房の奥から一人の男が現れた。

 

「お父さん……?」

 

その男を見て、どうしていいか分からずオロオロとしていた少女が声をあげた。

 

「ミルン……やあ」

 

男は顔を真っ青にしながら自分の娘に返事をし、それから三日月たちの元へ近寄る。

 

「食器を……回収します」

 

そう言って空っぽになったお皿を回収し始める。その腕はプルプルと震え、食器が男の手の上でカチャカチャと鳴り響く。

 

三日月の前から食器を回収し、次にピンク髪の少女の方へ移ろうとした時…

 

「う……動くな!」

 

その声に反応し、三日月は目を開けて銃を手にする。

 

「う……動いたらこの女を撃つ」

 

隣を見ると、男が少女の後頭部に銃を突きつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パン…

 

 

 

「え……?」

 

BMの残骸を譲ってくれないかと頼むべく、村長の家へと向かっていたテッサはどこからともなく響き渡った銃声に身構えた。

 

「銃声……これは、村長の家のところから……?」

 

そう判断したテッサは持っていた工具を投げ捨てて咄嗟に走り出す。

 

「お姉ちゃん、待ってなのー!」

 

アイルーはテッサが捨てた工具を拾い上げ、ヨタヨタと姉の後を追った。

 

(村長の家から銃声……まさか、あの白いBMのパイロットが?!)

 

頭の中によぎった最悪のシナリオを振り払い、何も考えないようにしてテッサは走る。

 

この時、テッサは自分が愛用しているサブマシンガンは残念なことにBMのコックピットに置き去りにしたままだったので非武装であった。

 

しかし、それがテッサ自身を救うことになると知ったのはそれからしばらく後のことになる。

 

「村長さん!」

 

テッサが村長の家の扉を開くと、何者かの拳銃が反射的にテッサを照準する。

 

それは緑色のジャケットを着た黒髪の少年……三日月だった。

 

「ひっ……」

 

その気になればなんの躊躇いもなく人を殺すような目で見つめられ、テッサの口から悲鳴が漏れる。

 

そしてテッサは一瞬で察した。この人が、あの白い機体のパイロットであるということを

 

「アンタ……ミサイルの人か」

 

「み……ミサイルの人?」

 

「うん、沢山ミサイルを撃ってきたからミサイルの人」

 

三日月から変な呼び名で呼ばれ、テッサは戸惑う。

 

「ハッ、相変わらずお前のネーミングセンスは最悪だな」

 

三日月の後ろで椅子に座り、優雅にお茶を飲むピンク髪の少女が呟く。

 

しかし、その時テッサの目にあるものが止まる。一人の村人が足から血を流して倒れているのだ。その隣には「お父さん」と叫びながら泣きわめく黒髪の少女。

 

それを見たとき、テッサの中に憤怒の心が湧き上がった。

 

 

 

「あんた……それでも人間か!?」

 

 

 

テッサは三日月を怒鳴りつける。

 

 

 

「アンタ何言ってんの?」

 

 

 

三日月は言葉とともに殺意のこもった視線をテッサに送る。

 

 

 

「まったく……これだから凡人は……」

 

 

 

至近距離で繰り広げられる一触即発の事態に、しかしピンク髪の少女は1ミリも動じる事なく食後のお茶を楽しんでいた。

 

その後、騒ぎを聞きつけて舞い戻った村長が事情を説明し、テッサはなんとか事なきを得るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルガを探す旅はまだまだ続く…




作っていて、アイサガ本編を垂れ流してちょっとアレンジするだけじゃ楽しくないよねと思ったのでこのような蛮行に走りました。

自分の可愛がっている娘を得体の知れない男に奪われるのって怖くないですか?多分、怖いと思います。
まあそんな理由で我らのスロカイ様に銃を突きつけるなんてもってのほかですが…

ほんとは野盗倒すところまで書きたかったのですが、一旦ここで切りたいと思います。指が痛いし明日は忙しいので

あと、投稿ペースを落とします。1日1話はほんと指が死ぬ……


それでは次回予告ですら
エル「誤解を解いて三日月に歩み寄るテッサ」
フル「今度こそ野盗を倒しに行きます!」

エル&フル「「次回、『根断ち(後編)』」」

エル「なるほどね!これが『カイシンテンイ』ってやつね!」


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第5話:根断ち(後編)

全体のプロットを頭の中で作るために改めてアイザガのストーリーを色々と読み返していると、ほんとダッチーっていい仕事するなぁと感じる今日この頃です。

しかし、ここまで書いてまだ三章にしか来てないという……というかこの話書くだけでもかなり時間がかかったという……ひぃぃ、長いよぉ…
『夢の終わり』まで遠い…

というわけで、続きをどうぞ












村の外れ、砂漠の真ん中

 

既に日付が変わったころ、その少女……テッサは村長から譲ってもらったリンクスの残骸を使ってバルキリーの補修を行なっていた。

 

「…………」

 

だが、その様子は心ここに在らずというような状態だった。

 

「お姉ちゃん?」

 

頭のなくなったバルキリーを操縦して、姉のバルキリーにパーツの取り付けを行なっていたアイルーが、姉の様子に気づき声をかける。

 

「……っ」

 

その声にハッとして、テッサはアイルーを見上げた。

 

「ごめんアイルー……ちょっとぼーっとしてた……」

 

「アイルーは大丈夫なの!お姉ちゃんこそ、大丈夫なの?」

 

「私は、大丈夫だから……」

 

そう言ってテッサは気丈に振る舞い、補修を再開する。

 

「……」

 

しかし、すぐさまその手が止まる。

 

テッサの心の枷となりその作業を遅らせる原因、それは白いBMのパイロット……三日月という名の少年に対する罪悪感だった。

 

(村の男の人が撃たれていたのを見たとき、思わず周りが見えなくなってしまっていた)

 

あの時……ちゃんと見ていれば、男の人の隣に拳銃が落ちているのが見えていたというのに……

 

(あの人は、ただ自分の身を守ろうとしていただけだったのに……私は愚かにも、あの人の目を見ただけで、悪い人だと勝手に決めつけてしまっていた。私ってなんて……)

 

……最低な人なのだろうか?

その言葉を心の中で吐き出し、テッサは唇を噛んだ。

 

(元々、最初に手を出したのはこっちの方……私が村長の家に駆けつけた時、あの人はすぐに私がバルキリーのパイロットであることを見抜いた)

 

テッサの脳裏に、拳銃を持った三日月の姿が浮かび上がる。

 

(あの時点で、私はあの人に撃たれていても文句は言えなかった)

 

その現実を前にして、テッサの心が動き始める。

 

「明日……謝りに行こう……」

 

工具を握りしめ、テッサはそんな決意を口にする。

 

許してもらえるかは分からない……いや、あの人は許してはくれないだろう。それだけのことを、私はしでかしてしまったのだから……それでも、一言……謝りたい。

 

自分に言い聞かせるようそう呟き、テッサはバルキリーの補修に集中するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第5話:「根断ち(後編)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝、砂漠の村に朝日が差し込む。

 

村の外れ、正座するように待機しているバルバトス。

 

それを無表情で見上げる三日月。今、三日月は上半身裸の状態だった。

 

それが意味することはただ一つ。三日月はバルバトスのコックピットによじ登ろうと手を伸ばす。

 

「おい、凡人!何をしている」

 

「……プリンの人?」

 

三日月がその声に反応して振り返ると、そこにはピンク髪の少女。少女は面白くないというような顔をして三日月を見つめていた。

 

「まさか野盗を倒しにいくというわけではあるまいな?」

 

「うん、そうだけど?」

 

三日月は短くそう告げた。その瞬間、少女は舌打ちをする。

 

「昨日、この村の人間がお前にした事を忘れたのか?」

 

少女は苛立たしげに言葉を続ける。

 

「あの姉妹は明らかにお前を殺そうとした。にもかかわらず、村長はお前を利用しようと企んだ。そしてあの村人は余を人質にしようとした。人間とは何という身勝手な考えをする生き物なのだろうか、思わず反吐が出てしまうぞ」

 

三日月は少女の言葉を黙って聞くだけだった。

 

「凡人、考え直せ。お前はあのような者共のために自らを犠牲にする必要はない」

 

「犠牲になるつもりはないけど」

 

「村長の言葉を忘れたのか?野盗は30もの人型機を抱えた集団、それ以外にも大量の戦車がいる。これだけの戦力を相手にするのなら、中隊クラスの部隊が必要……いくらお前が強いとは言っても、たった一人でこれだけの物量に敵うわけがない」

 

「…………」

 

少女にそう言われても、しかし三日月にはさして重大なことのように思えなかった。

 

三日月は、かつてギャラルホルンとの間で行われた戦闘で30どころかその倍の戦力と戦闘を繰り広げたこともある。特にアリアンロッド艦隊との戦闘では100を超える規模の部隊と激戦を繰り広げた。

 

最終的に撃墜されたとはいえ、その時の経験は三日月の中に深く刻まれているのである。そのため普通ならば臆するであろう、その圧倒的な戦力差を理解してもなお三日月の心は動かなかった。

 

「それに、お前の目的は余をカイロまで送り届けることであろう?」

 

「知ってる」

 

「なら、もしお前が死んだとして、いったい誰が余を連れて行くというのだ?」

 

「だから、言ってるでしょ……俺は死なないって。オルガを……鉄華団のみんなを見つける、その時までは……」

 

「わからん奴だな!お前が死んでしまえば、それをすることもできないというのに」

 

「何回言わせるの?俺は死なない」

 

少女のイライラした視線に、三日月の強い視線がぶつかる。

 

「では、問おう。凡人……お前はなぜ、あの村を救おうとする?」

 

少しだけ感情を抑え、少女が尋ねる。

 

「ん……なんとなく?」

 

「なんとなくだと?まさかとは思うが、凡人……村を救うことで、愉悦に浸ろうとしているのではあるまいな?弱者のためと称し、あさはかな正義感を振りかざし、あらゆることを正当化することで自分を肯定する。人はそれを偽善と呼ぶぞ」

 

「正義?正当化?偽善?なにそれ」

 

三日月はそう問われてもなお、少女を真っ直ぐに見つめていた。

 

「なら凡人、お前の考えを聞かせてもらおうか」

 

「……家族がいなくなるのって、嫌だなって思ったから」

 

三日月の考えは、実に単純明解なものだった。

 

二人は、そこで昨日のことを思い出す。

 

村長はアーチの件で三日月と少女に対し猛烈に謝罪をし、その事情を事細かに説明した。

 

そして三日月は知るのだった、野盗がこの村から奪っていったのは財産だけではなかったということを。野盗はなんの罪もないこの村を襲撃し、自分たちに従おうとしない村人の命も容赦なく奪っていった

 

そしてそれはアーチと呼ばれた男もまた同様だった。かつて彼にも妻がいた、しかし野盗の放った銃弾から娘を庇い、アーチの妻は壮絶な最期を遂げた。

 

彼はその現実に何度も打ちのめされ、何度妻の後を追って自らの命を断とうと思ったことか。しかし娘の存在に励まされ、ようやっと立ち直り、これからは自分一人で娘を守っていくと心に決めた途端にこの現実である。

 

彼もまた、力あるものから奪われ続けてきた弱者だったのだ。

 

「家族を失う気持ちは、守りたいと思う気持ちは……俺にも分かるから。もし俺が同じ立場にいたら同じことをやっていたのかもしれない」

 

「同情は、人のためにはならないぞ?」

 

その言葉に、三日月は頭をかいて少しだけ考えた。

 

「……村長の話だと、野盗はここだけじゃなくてカイロにまで勢力を伸ばしているって言ってたよね?」

 

「……確かに、そう言っていたな」

 

少女は昨日のアーチの件への贖罪からか、なにもかも洗いざらい話そうという気になった村長の言葉を思い出した。

 

「だったら、そいつらはオルガを探す俺の前にも現れるかもしれない」

 

その言葉で、少女は三日月が何を言おうとしているのかを理解した。

 

「でも、末端の野盗を叩いても……野盗の頭が生きている限り、そいつらは何度でも俺を襲うことができる。

 

「その根っこの部分を断たないと、終わらないって思ったから……だから今のうちに叩く。これは同情だけじゃなくて、俺のためにもなるって思った」

 

「それに……」と、三日月はズボンのポケットから黒いタネのようなものを取り出す。

 

「……ナツメヤシの実、沢山貰ったから」

 

その言葉に少女はポカンとした後、珍しく高らかに笑った。

 

「……はぁ……凡人、お前は本当にバカな奴だな」

 

「それって、ダメなことなの?」

 

「ダメとは言わんが……凡人、覚えておくといい。善人とバカは金儲けできないものよ」

 

「別に……金儲けなんて興味ないし」

 

「無欲なのも悪くはない。だが、男というものは多少欲があった方が魅力的だぞ?」

 

「そう?」

 

ピンときていない様子の三日月を見て、少女は振り返った。

 

 

 

 

「お前もそう思わないか?」

 

 

 

 

少女が振り返った先、空き家になった家の影から三日月たちの様子を伺っていた小さな影……。

 

「……ミサイルの人?いたんだ」

 

その少女……テッサが家の影からゆっくりと出てきたのを見て、三日月は怪訝そうな顔をした。

 

「…………」

 

「なんか用?」

 

帽子を深々と被ってその表情を見せようとしないテッサに、三日月はまた文句でも言いにでも来たのだろうと推測した。

 

「……ごめん、なさい」

 

だが、テッサの口から放たれた意外な言葉に三日月は思わず「え?」と意外そうな顔をする。

 

「昨日はその……ごめんなさい」

 

「……それで?」

 

再度謝罪するテッサに、三日月は尋ねる。

 

「……それだけ。……許して貰えるとは思ってない……けど、謝っておきたくて……本当に、ごめんなさい」

 

テッサはうっすらと涙が浮かぶ両目を帽子で隠し、頭を下げ続けた。

 

 

 

「はぁ……いいよ、もう」

 

 

 

「え?」

 

しかし、三日月の反応はテッサの想定していたものに比べてあっさりしたものだった。昨日のような殺意のこもった視線を向けられるなり、手を上げるなりされると考えていたテッサは三日月のそんな反応に驚きを隠せなかった。

 

「でも……私は……」

 

「それが仕事だったんでしょ?」

 

三日月は手のひらのナツメヤシの実を弄ぶ。

 

「それに誰も死んでないし、いいんじゃない?」

 

「それはそう……だけど……」

 

なおもウジウジとした様子を見せるテッサに、三日月はため息をついて近寄り……

 

「ん」と、持っていたナツメヤシの実を差し出した。

 

「……え?」

 

「ナツメヤシの実、食べて」

 

三日月の言葉に、テッサは恐る恐るナツメヤシの実を受け取り、口にした。

 

「……ぐっ、〜〜〜〜っ!?」

 

それを口にした途端、テッサは口を押さえて悶絶した。

 

「あ、やっぱり外れだったんだ」

 

三日月は直感でこのナツメヤシの実が外れであることを見抜いていたのだが、ナツメヤシの実への執着か、捨てるに捨てきれずどうしようかと昨日の夜から悩み続けていた。

 

「もういいって言ってるでしょ。俺は別に、もう気にしてないから」

 

テッサの口を塞いだ三日月は淡々と告げる。テッサは涙目になりながら、せめてもの罰を受け入れるかのようにナツメヤシの実を吐き出すことなく呑み込んだ。

 

「けほっ……けほっ……まじゅい……」

 

むせるテッサに三日月は当たりと思わしきナツメヤシの実を差し出すが、テッサはそれをやんわりと断った。

 

「あ、そういえば……一つ聞きたいことがあるんだけど」

 

三日月はそこで「オルガ・イツカ」という人物に心当たりはないかテッサへと尋ねた。テッサが首を横に振ると今度は「鉄華団」という組織について尋ねてみたが、これも同じだった。

 

「あの……私も、聞きたいことがあるんだけど……」

 

そこでテッサはふと思い出したかのように顔を赤くして、三日月のことを見ないように顔を逸らす。

 

 

 

「その……なんで、裸なの?」

 

 

 

なんだかんだ言って、テッサもまた乙女だった。

 

「今更か」

 

その様子に、ピンク髪の少女は肩をすくめてみせた。

 

「これ?バルバトスを動かすためにはこうするしかないから」

 

「バルバトス……?それってあなたの後ろのBM…?」

 

「BMじゃない、バルバトスはバルバトス」

 

その時、三人は誰かがこちらへと走ってくる気配を感じた。

 

「お姉ちゃーん!BMの最終チェック、終わったなのー!」

 

「あ……アイルー?」

 

三人の元へ駆け寄ってくる人物が自分の妹であることに気づき、今の三日月は妹の教育上よくないと判断する。

 

やがてアイルーが三日月たちの前に現れる。テッサはその背後に回り込み、アイルーの両目を塞いで三日月の裸体が妹の視界に入らないようにする。

 

 

 

「わぁ〜!真っ暗なの〜!」

 

 

 

突然の出来事に、アイルーは驚くよりも楽しそうな声をあげた。

 

「そっちは……ビームの人か」

 

三日月はアイルーが昨日の戦闘で幾重にも拡散する印象的なビームを放っていたことを思い出し、そう言った。

 

「ビームの人じゃないなの!アイルーはアイルーなの〜」

 

視界を塞がれつつも、アイルーは三日月へと手を振った。

 

「おい、凡人。いったいいつまで余を待たせる気だ?」

 

ピンク髪の少女が待ちくたびれたかのように呟く。

 

「余はここで待っておればよいのだろう?さっさと行って、野盗どもを蹴散らしてこい」

 

「ん、分かった」

 

さりげなくそんな言葉を交わす二人に、テッサは驚いたように反応する。

 

「野盗を倒しに行ってくれるの?!」

 

「うん、そのつもりだけど」

 

「だったら私も……」

 

「いらない、一人でやる」

 

三日月はバルバトスへと振り返った。必然的に三日月は姉妹へとその背中を晒すことになる。

 

「……っ!?」

 

阿頼耶識システムが埋め込まれた三日月の歪な背中を見て、テッサは言葉を失った。余談だが、その奇妙な背中を前にして妹の両目を塞ぐ力も抜けてしまい、アイルーも指の隙間からその背中を目撃してしまった。

 

「凡人。あの姉妹、お前の背中が気持ち悪いようだぞ?」

 

「別に、いいんじゃない?」

 

茶化すように告げる少女に、三日月はそう言ってバルバトスへとよじ登る。

 

「あー……誰か、野盗のところまで案内してくれる人が欲しいんだけど?」

 

コックピットの上から姉妹へと呼びかける。

 

「だったら私が!野盗のところまで案内する」

 

そう答えたのはテッサだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれか……」

 

バルバトスに搭乗し、テッサに案内され野盗のキャンプ手前へとたどり着いた三日月は、砂丘の頂上から目の前に広がる光景を眺めた。

 

砂漠のオアシスを中心とし、無数の野営テントが所狭しと並べられている。

 

また、キャンプの周囲には数十機の戦車・人型機が鎮座しており、そのほか動いている機体もいくつか存在した。

 

「ここまででいいよ。ミサイルの人は帰って」

 

三日月は自分の隣に立つ、歪な形のバルキリーに乗ったパイロットへと指示を送る。

 

「私も!援護する」

 

しかし、テッサはそう言ってライフル砲の安全装置を外した。

 

「そんな機体じゃ無理、邪魔なだけ」

 

三日月は劣化して本来のポテンシャルを発揮することのできない、ツギハギだらけの機体を見て正直にそう告げた。

 

三日月との戦いで二丁のライフルとシールド、右腕を失い、装甲も破損してしまったテッサの赤いバルキリーはアイルーの手によって修復されていた。

 

ただし、その右腕はリンクスのものを流用している。それも、元のバルキリーの機動性を殺さないように装甲は外され、ほぼフレームがむき出しの状態になっている。

 

武装はビームライフルの代わりにリンクスのライフル砲を二丁、両手に持っている。ミサイルは撃ち尽くしているため、あとは唯一残ったサーベルが一本のみと心許ない。

 

この機体にあえて名前をつけるならば、

『バルキリーAリペア』という名前がしっくりくるのだろう。

 

「……で、こっちの武器は」

 

三日月は阿頼耶識越しに、バルバトスの中に格納された武器を眺める。

 

「メイスは損傷して使えない……修復率32パーセント。滑空砲は弾丸の生産が追いついてないけど、十分使える。機関砲、ロケットも同じ……」

 

さらに意識を集中して、あまり使っていなかった武器へと意識を向ける。

 

「太刀……これは、使いにくいからな……あとは……」

 

そこで三日月は「あ」と、十分使えるのになぜかその存在を忘れていた武器を見つけた。滑空砲とともに選択し、バルバトスの手の中に出現させる。

 

「え……それ、何?」

 

「うーん……まあ、いろいろ」

 

バルバトスは左手に滑空砲、そして右手には……恐竜の頭部を思わせる柄頭の形状をした武器、通称レンチメイスを持つ。

 

その時、砂丘の頂上にいるのが見つかってしまったのか、数台の戦車と三機のリンクスがこちらへ接近しているのが見えた。

 

リンクスの一機がライフル砲を発砲。

三日月たちは砂丘の影に身を隠して回避する。

 

「おい!お前は何者だ!」

 

野盗たちの機体は砂丘の下から三日月たちを見上げ、スピーカーを使って三日月たちへと呼びかけた。

 

三日月は再び砂丘の頂上へ立つ。

 

「俺?俺は……ただの旅人」

 

「旅人がここへ何の用だ!」

 

野盗たちは全ての銃口をバルバトスへと向けた。

 

「あんたらをぶっ潰しに来た」

 

「あ?ぶっ潰すだって?」

 

その瞬間、野盗たちは互いに目配せした後、機体越しに笑いあった。

 

「ハハハ……たったの二機で俺らを相手にするってのかよ?」

 

「ハッ、しかもその声?お前ガキじゃねぇか!」

 

「くだらねぇお遊びはガキ同士でやってろっての!」

 

あひゃひゃと笑う野盗たちは、三日月を前にして分かりやすいほど油断していた。

 

「うるさいなぁ」

 

三日月はため息をつき、手前のリンクスへ滑空砲を向けーーーー発砲。

 

次の瞬間、リンクスの腰から上が綺麗に消え失せる。

パイロットの笑い声も消え失せる。

 

「なっ……てめ……」

 

野盗たちがことの重大さに気づき、銃を構え直した時にはもう遅かった。

 

その間に三日月は、滑空砲で野盗たちの機体を全て撃ち抜いた。

 

撃ち尽くした滑空砲を収納した時には、そこに動くものはいなくなっていた。

 

「じゃあ、俺は行くから」

 

そう言って三日月は、野盗たちのキャンプへとバルバトスを突撃させる。

 

「ま……待って!」

 

テッサは思わずその後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵襲を知らせるサイレンが野盗のキャンプに鳴り響く中、三日月は圧倒的な戦力を持つ野盗を相手に激戦を繰り広げていた。

 

「うわあぁぁぁ?!」

 

リンクスの背後に回り込んだバルバトスは、レンチメイスの先端を開きその胴体へと食いつかせ、圧倒的なパワーで掴み上げる。

 

そこへ駆けつける、二機のリンクス。

 

それに気づいた三日月は、レンチメイスの先端二機のリンクスへと向ける。

 

必然的に、バルバトスがリンクスを盾にするような構図になる。

 

「こいつ……」

 

「味方を盾に……卑怯……ぐあああああっ!?」

 

盾にしたリンクスの影から、バルバトスは機関砲を発砲。

二機の内、一機のコックピットへ直撃する。

 

「卑怯?」

 

三日月はそう言ってさらに発砲。もう一機のリンクスもあっけなく沈黙する。

 

「お前らが……それ言える?」

 

その瞬間、レンチメイスのギミックが作動。

 

 

 

キイイィィィィィィィィ………

 

 

 

組み込まれたチェーンソーが回転し、レンチメイスの中でリンクスが痙攣するかのように震える。大量の火花を散らし、やがて機体が真っ二つに切断されると

 

ポタ……ポタ……

 

レンチメイスの隙間から、赤い液体が滴り落ちる。

 

「ひっ……」

 

その様子を見た野盗たちは恐怖し、白い機体へと近くのを恐れ、各々こう思った。

 

オイルに濡れたメイスが血染めの釜であるのならば、それを持つあの白い機体はまさしく悪魔である……と。

 

そして、その光景に恐怖したのは野盗だけではなかった。

 

「あ……」

 

少し離れたところから戦闘の様子を伺っていたテッサもまた、三日月の戦いにショックを受けていた。

 

三日月の原始的とも呼べる戦いは、ミサイルやビームといった最新鋭の技術で彩られる戦闘しか知らないテッサにとっては、あまりにも暴力的すぎたのだ。

 

テッサは思わず動きを止めてしまう。そして野盗は、その隙を見逃すほど愚かではなかった。

 

それは白い機体とは戦いたくないという意思もあったが、動きの鈍い赤いBMを捕らえ捕虜にして戦いの形成を変えようという意思も混在していた。

 

「くっ……」

 

野盗の所持する数機のBMは、一斉にテッサの方へその銃口を向けた。

 

「舐めるなぁッ」

 

テッサはライフル砲を撃ちながら回避行動を取る。その内のいくつかは敵機に着弾し、戦闘不能に陥れる。しかし、野盗もまた必死だった。逃げ回るバルキリーに向けてライフル砲やキャノン砲、ミサイル、ロケットランチャーを撃ち続ける。

 

「ぐあっ……」

 

回避行動を取っていたバルキリーだったが、爆発の衝撃によって両腕のライフル砲が損傷、使用不可となる。

 

射撃武器がなくなったのを見た野盗のリンクスが、ナイフを手に、バルキリーのパイロットを捕虜にしようと接近する。

 

「私はまだっ……終わらないッ!」

 

テッサはライフル砲を捨て、バルキリーの腰部からサーベルを取り出しリンクスのナイフと正面から打ち合い、敵を斬り払った。

 

「……!」

 

その瞬間、テッサはコックピットに響き渡るロックオン警報を聞いた。見ると、いつのまにか自分の後ろに回り込んでいた野盗のリンクスが、ライフル砲の銃口をこちらへ向けている。

 

(アイルー……)

 

死を覚悟し、心の中で最愛の妹の名前を叫ぶ。

 

しかし次の瞬間、爆発で吹き飛んだのはリンクスの方だった。

 

「え……?」

 

テッサが振り返ると、遠くの方でバルバトスがロケットランチャーを装着した右腕を構えていた。

 

「助けられた?」テッサがそう思った時、その隙をつくようにして三機のリンクスが対戦車ナイフを構え、バルバトスの背後から同時に飛びかかった。

 

「危ない!」

 

テッサは叫ぶが、バルバトスはまるで後ろに目がついているかのようにレンチメイスを振り回した。たったの一振りで、三機のリンクスは連なるようにしてスクラップと化す。

 

「……すごい」

 

遠くから見ていてもその迫力が伝わってくるような動きに、テッサの心はいつしか魅了されてしまった。先ほどまで原始的で暴力的だと思っていた三日月の戦闘を、一周回ってテッサは爽快感すら覚えるようになっていた。

 

「私も、負けられない……っ!」

 

テッサは敵が落としたライフル砲を拾い、混乱する敵機に向けて発砲した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……バカな……」

 

側近とともに後方から戦闘を傍観していた野盗の首領は、次々と倒されていく部下の姿を見て青ざめていた。

 

キャンプは崩壊し、張り巡らせたテントからは煙が上がっている。

 

「俺の……部隊が、キャンプが……財産が……」

 

現実を受け入れられないとでも言いたげに、首領は天を仰ぎ見た。

 

側近の二人もどうしていいか分からず、オロオロしたように首領を見つめている。

 

「アンタがここの一番偉い奴?」

 

煙に包まれたキャンプの中から白い機体がスラスターを吹かせて飛び上がり、首領の乗るBMの前へと姿を現わす。その機体には損傷らしき損傷は見受けられない。

 

キャンプを崩壊させた張本人を前にして、首領は歯を食いしばる。

 

「たったの二人で乗り込んできたのか。いったい何者だ?」

 

「ただの旅人だけど」

 

三日月は少し考えた後、そう告げることにした。

 

「ただの旅人?嘘だろ!たったの数分でこれだけの数を殺る旅人がどこにいるっていうんだ?!」

 

戦場にはすでに屍と化した数多くのBM・戦車の残骸が転がっている。そうでないものも、腕や足を失い戦闘不能になっているものが殆どで、完全に無傷なものとなると、野盗の首領である男のBMと、それに追従する二機だけとなっていた。

 

「お前……ほんとは金で雇われた傭兵かなんかだろ?!いや、これだけの強さを持っているということは、ミラージュクロスの新入りか?」

 

「ミラージュ? ……?なにそれ」

 

周りの敵を全滅させた三日月は、野盗の首領を一瞥する。

 

「と言うか……その金を奪ったのは、アンタらだろ?」

 

「じゃあ、何なんだ!お前は誰の命令で動いているんだ!」

 

「それをオマエに言う必要、ある?」

 

「…………クソがあぁぁぁぁぁ!地獄に落ちやがれぇぇぇぇ!!」

 

ライフルを連射しながら、首領を始めとする三機のBMが三日月へと突撃を敢行する。

 

三日月はその弾幕を難なく躱し、首領の機体をすり抜け、首領の左翼に追従していたBMをレンチメイスで掴み上げ、メイスを機体ごと右翼のBMへと叩きつけて始末する。

 

「な?俺の部下を……」

 

「これで残ったのはアンタ一人」

 

「うおおおおおッ!」

 

首領は残弾の残り少ないライフルを捨て、ナイフを構え、雄叫びと共にバルバトスへと突撃する。

 

バルバトスもまたレンチメイスを構え、正面から突撃する。

 

首領の機体がレンチメイスの射程に入るや、三日月はその先端を開く。

 

「甘いッ」

 

機体がレンチメイスに掴まれようとしたその瞬間、首領は自らの機体をバンクさせ、三日月の右側へと機体を滑り込ませる。

 

「何度も同じ手が通用すると思うな!これで終わりだ!」

 

首領は大きく振りかぶり、逆手持ちしたナイフをバルバトスのコックピットへと突き刺すべく腕を振り下ろした。

 

 

 

「……なっ!?」

 

 

 

そして首領は驚愕した。完璧に不意をついていたにもかかわらず、勢いよく振り下ろされた腕を、バルバトスは右手でいとも簡単に掴み取ってしまったからだ。メキメキという機体のフレームが軋む音が響く。

 

「腕が……動かん!何というパワー……」

 

「来ると分かっていれば対策くらいするさ」

 

三日月は右手で首領の機体を拘束しつつ、左腕でレンチメイスを構え直し……

 

「!」

 

レンチメイスの先端を開き、首領の機体を捕らえる。

 

 

 

キイイィィィィィィィィ………

 

 

 

すぐさまレンチメイスのチェーンソーが回り始め、首領の機体を切り刻む。

 

「そんな……俺はこんなところで、こんな訳の分からない奴にッッ……クソがあぁぁぁぁぁ!!」

 

断末魔の悲鳴はチェーンソーの音にかき消され、そして首領の乗る機体もまた、上半身と下半身を切り離され砂漠にその残骸をさらすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ての野盗を始末した後、三日月とテッサはオアシスの中心にあったコンテナを開けてみた。中は奪われた金品で溢れていた。

 

「……やったね」

 

「……ん」

 

しかし、それを前にしても二人の顔は暗かった。

 

特にテッサは、この金品のためにあまりにも多くの血が流れたことを知っていた。この金品がいくらあっても足りないほどの、多くのかけがえのない村人の命が失われたことを……

 

「その……ありがとう。あなたがいてくれたお陰で村を救うことができた」

 

「うん」

 

興味なさそうにその場から立ち去ろうとする三日月。

「待って!」とテッサはそれを呼び止める。

 

「私はテッサ……あなたは?」

 

「三日月」

 

三日月は短くそう告げた。

テッサはその名前を心の中に染み渡らせるように呟く。

 

「三日月さん……私、あなたのこと……あなたへの恩を絶対に忘れないから」

 

その時、何かの接近に気づいた二人は同時にその場所を見上げる。

 

「お姉ちゃーん!」

 

見ると、リンクスの顔をした青いバルキリーが二人の元へ近づいてきた。

 

「アイルー?待っててって言ったのに!」

 

「ごめんなさいなの、でもこのお姉ちゃんが……」

 

「凡人!遅いから迎えに来てやった、感謝するがいい」

 

バルキリーのコックピットから身を乗り出すように、ピンク髪の少女が姿を現した。

 

「凡人、さっさとカイロに向かうぞ?余はいつまでもこのような寂れたところにいたくはない」

 

「うん、分かった」

 

ピンク髪の少女に促され、三日月はバルバトスへと手を伸ばす。

 

「三日月さんは……何でカイロに?」

 

二人の話を聞いていたテッサは、思わずカイロへ行く理由を尋ねた。

 

「オルガを探すため。カイロに行けば、何か情報が得られるかもしれないって聞いたから」

 

「オルガって……さっき言ってた人のこと……?」

 

「うん」

 

何気なくそう告げた三日月。

それを聞いて、テッサは少しだけ考えた後……

 

 

 

「アイルー、先に戻ってて。私はしばらく三日月さんに付いて行こうと思うの」

 

 

 

「は?」

 

「ええ!?お姉ちゃん?」

 

テッサの言葉に、三日月とアイルーが反応する。

 

「傭兵ハンターである私は、カイロの情報屋に顔が効く。だから、三日月さんが探しているオルガって人の情報を集めることができるかもしれない」

 

三日月のことを真っ直ぐに見つめ、テッサは続ける。

 

「三日月さんには色々と迷惑をかけたから恩返しがしたいの!もちろん、邪魔になったらいつでも切り捨てていい……だから、連れて行って」

 

テッサの言葉に三日月は頭をかいて、ため息をついた後……

 

「勝手にすれば?」

 

怪訝そうな顔をしつつ、三日月はどうでもいいというようにそう告げ、テッサのことを振り返ることなくバルバトスへと乗り込んだ。阿頼耶識に繋がってバルバトスを動かし、ピンク髪の少女をコックピットへと移動させる。

 

「凡人……お前もなかなか隅には置けないな?」

 

ピンク髪の少女は操縦席に座ると、三日月に向けて小さく笑いかけた。

 

「別に……普通でしょ」

 

どうでもいいというようにそう告げ、三日月はコックピットの端に腰を下ろし目を閉じた。

 

 

 

 

 

しかし、このオルガを探す長い旅路を経て……テッサは大きく成長し、後に行われるBMワールドカップ個人部門にてトップテン入りを果たすことになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

新たな仲間を加えて、オルガを探す旅はさらに続く!




テッサには「鎮魂歌」にて大活躍してもらう予定です。
それこそベカスの出番を奪うほど。

?「大丈夫だ……ベカスの使いどころはちゃあんと考えてある」

テッサは本編ではほぼ空気なのでそれくらいやってもいいですよね?




それでは次回予告です。
エル「新たな仲間を加えて、三日月の冒険はまだまだ続くよ!」
フル「次回は本格的にオルガ団長を探すことになります」

エル&フル「「次回『旅人の休日(仮)』」」

フル「あれ?なんか予告が矛盾してるような…?」
エル「なるほどね!これが『イッコウリョウゼツ』ってやつね!』


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第6話:悪魔の休日

なんとなく察してはいましたが、最近は『異世界オルガ』も下火になりつつあるようで……悲しいですが、3年間?もよく耐えたといえば十分だといえますかね?もっとも、私はただ黙ってそれを見届けるつもりはありませんが

ウルズハントでの再燃を期待して、三日月の冒険という薪をくべます。

前回はもう少し生々しい戦闘を描きたかったのですが、戦闘描写って難しいですね。8000字超えたあたりから燃え尽きてイマイチ足りないなって感じで終わったような気がするので色々と勉強したいなって考えています。


それでは、続きをどうぞ








ついに三日月たちはカイロ……北アフリカで最も栄えた都市に到着した。

白い機体は動きを止め、追従する赤い機体も動きを止めた。

 

「あれがカイロ?」

 

阿頼耶識でバルバトスと繋がった三日月は、コックピットから身を乗り出して前方に見えてきた巨大な都市を眺めた。

 

「そうよ。アフリカ最大の都であり、古代の景観が色濃く残る町」

 

バルバトスの操縦席に座るピンク髪の少女は、ため息をついて三日月に目を向けた。

 

「あの町なら、あなたの言ってるオルガって人の情報も集まるかもね」

 

「ん……そういえば、プリンの人は何でカイロに?」

 

三日月の言葉に、少女はピクリと反応する。

 

「余も……探している人がいるのだ」

 

少女は銀色のペンダントを取り出して開いた。中には女性の写真があった。

 

「プリンの人のお母さん?」

 

「……どうしてそう思った?」

 

「別に、なんかプリンの人に似てるからそうかなって」

 

それから、三日月はジッとペンダントの中の女性を見て……。

 

「綺麗な人だね」

 

何気なく三日月がそう言うと、少女は「え?」という顔をして三日月のことをしばらく見つめた後、嬉しそうに小さく笑った。

 

「ハッ……お前がそう言うくらいなのだから、きっと本当のことなんでしょうね」

 

「じゃあ、急がないとね」

 

そうして三日月は目の前に広がる町に向けて、再びバルバトスを進ませる。

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第6話:「悪魔の休日」

 

旧題:「旅人の休日」

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、凡人……世話になったな」

 

町に着くなり、待ちきれないとばかりに少女は操縦席から立ち上がると三日月に「ここで下ろせ」と指示を送った。

 

三日月はバルバトスをひざまずかせて、それから腕を動かし少女をゆっくりと地面へ下ろす。そうしてから阿頼耶識を外し、自分もバルバトスから飛び降りる。

 

「そうだ。凡人、もし……お前の探しているオルガという人間が見つからなかったら、お前はどうするつもりだ?」

 

少女の言葉に、三日月は少しだけ考えた後……

 

「先のことなんて分からないけど……農業とか、やってみたいなって思ってる」

 

「そうか?それは惜しいな」

 

少女はそう言って肩をすくめ、そしてこう続けた。

 

「余は、お前のことが欲しい」

 

ニヤリと少女は笑い、そして三日月に背を向ける。

 

「お前の力は余の騎士たちに匹敵する。光栄に思え、余はお前の力を買っているのだ。お前がどのような居場所を求めているのかは分からぬが、余についてくるというのならその辺りも考慮してやろう、考えておいてくれ」

 

「うん、分かった」

 

三日月の言葉を聞いた少女は優雅に身を翻すと普段の高慢な様子とは逆に、静かに三日月を見つめた。

 

「……ありがとう。あなたに、機械神のご加護があらんことを」

 

少女の感謝の言葉に、三日月は優しく頷いた。

 

「うん、プリンの人もお母さん見つかるといいね」

 

それを聞いて少女は微笑み、それから身を翻し、カイロの人混みの中へとその姿を消した。

 

「三日月さん」

 

呼ばれた三日月が振り返ると、ちょうどバルキリーから降りたばかりテッサがいた。

 

「いいの?あの人……行っちゃったけど」

 

「うん、プリンの人には案内してもらってただけだから」

 

「そうなんだ……私はてっきり……」

 

そこまで言いかけて、テッサは口をつぐんだ

 

「ミサイルの人?」

 

「ううん、何でもないの……それじゃあ……」

 

テッサはため息をついて、気を取り直したように三日月へと視線を送った。

 

「ああ。俺は、オルガを探さなくちゃならない……連れてってくれるんでしょ?」

 

そうしてオルガを探すため、二人は情報屋の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後……

 

数件の情報屋をハシゴした後、二人の姿はカイロ市内の喫茶店にあった。

 

「こんなんでよかったの?」

 

三日月は初めて食べるマンゴープリンに舌鼓を打ちながら、テッサに尋ねる。

 

「うん。今頃はアフリカ中に張り巡らされた情報網を通じて、各地の諜報員たちがオルガって人のことを探してくれていると思うよ」

 

オレンジジュースを頼んだテッサは、氷をストローでカラコロと転がしながら三日月へとそう答えた。

 

「でも……すごいね」

 

ジュースを飲んで一息ついた後、テッサは興味深そうに三日月を見つめる。

 

「何が?」

 

「その……さっきの真っ黒なカード」

 

「ああ、これ?」

 

何でもないように三日月はジャケットの懐から黒いカードを取り出した。

 

それは、世界で数百人しか持つことを許されていないという伝説のカードだった。一国の大統領や世界を股にかけるゼネラルエンジンのトップですら持っていることは珍しく、電子マネーを取り入れている全世界で通用し、これを持っていることがある種のステータスとなっている。

 

情報屋は相手が子どもだったということも影響してか、ヘラヘラとした態度で情報提供料として高い金額を請求してきたのだが、三日月がこのカードを見せるとすぐさま目の色を変えて動き出し、1週間以内には結果を出すことを約束してくれた。

 

「困った時は使えって、ミドリちゃんが持たせてくれたんだ」

 

「ミドリちゃん?」

 

「うん、俺を生き返らせてくれた人。ミドリちゃんがいなければ、俺はずっと氷の中で眠り続けてたかもしれないし……」

 

「え?」

 

生き返らせる?氷の中で?眠り続けてた?

三日月が発した何やらただ事ではなさそうなその言葉に、テッサは何と返事をしていいのか分からず、呆然と驚くのだった。

 

「じゃあ、俺はこのままカイロの中を回ってみるけど……ミサイルの人も来る?」

 

プリンを食べ終えた三日月は、立ち上がってそう告げる。

 

「……うん。あ、でも……ちょっとだけ待って欲しいんだけど」

 

「?」

 

「その前に行きたいところがあって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バルキリーに乗って、二人は町の外れにあるBM修理工場へと向かった。

 

ちなみにバルバトスは町の入り口に野ざらしのままである。「呼べば来るからそのままでいい」……とは三日月の談だった。

 

「情報が来るのを待つ間、バルキリーの修復をしておきたくて」

 

バルキリーは相変わらずリンクスのパーツを使って最低限の形を留めてはいるものの、流石にいつまでもこの状態であるわけにはいかないので、ここで修復を行うようだった。

 

「ワッパさん、いますか?」

 

「お?誰かと思ったらいつぞやの嬢ちゃんじゃねぇか……」

 

テッサが工場の奥へ声をかけると、中から色黒の大男が姿を現した。

 

「今日は彼氏さんと一緒か?若いねぇ」

 

「違います!三日月さんは……その……」

 

あたふたとした様子をみせるテッサ

大男はニヤリとした表情で三日月とテッサを眺めた。

 

「……おやっさん?」

 

男の姿を見て、三日月は思わずその言葉を口にした。

 

似ていたのだ。その姿は、かつて鉄華団の一員として影からオルガや三日月たちのことを見守り、時には支えてくれたこともある整備士、ナディ・雪之丞・カッサパに瓜二つだったのだ。

 

「ん?坊主……どこかで会ったことがあったか?」

 

だが三日月の淡い期待とは裏腹に、男は疑問符を浮かべて三日月のことを見た。

 

「……いや、何でもないよ」

 

「そうか?まあいい、ところで今日は何の用だ?」

 

テッサはワッパと言う名の整備士をバルキリーの元へ連れて行く。

 

「……こりゃ酷い有様だな」

 

バルキリーを見た途端、ワッパは顔をしかめて自分のヒゲに手をおいた。

 

「直せますか?」

 

「まあ、装甲の破損はそこら辺のパーツを加工すればそれなりのものを作れるがよ。腕まるごと一本は……ここじゃバルキリーなんて高級品はあんまり見ねぇシロモノだしな……」

 

そこで、ワッパは少し考えたような様子を見せた後……。

 

「まあ、何とかやってみるさ。もしアレだったらヴァルハラから直接取り寄せればいいしな」

 

「すみません。あと……」

 

「ライフルとシールド、あとミサイルもだろ?結構手間がかかりそうだが、まぁ5日もあれば修理できるさ」

 

「ありがとうございます!」

 

ワッパは待機していた部下に指示を送ると、部下たちは作業用のBMに乗り込んでバルキリーを工場の中に運び込むと、さっそく応急処置として取り付けられていたリンクスのパーツを取り外しにかかった。

 

「おやっさん」

 

作業の様子を眺めるワッパに、三日月は声をかける。

 

「ん?なんだ」

 

「修理するのって、お金取るんだよね」

 

「あ?あたりめーだろ、こちとら商売のつもりで仕事やってるんだからよ」

 

「じゃあ、アレ直すのってどれくらいお金がかかるの?」

 

「うーむ、ウチは早い・安い・確実を意識してはいるが……流石に今回はモノがモノだしなぁ……俺が今言えるのは、安くはねぇってことだけだ」

 

「そっか、じゃあ……これで何とかしてくれる?」

 

そう言って三日月は先ほどの黒いカードを差し出した。

 

「なっ!?お前さん……どうしてこんなものを……」

 

ワッパは三日月のカードを驚いた様子で見つめる。

 

「凄いな……これがあればバルキリーを修理するどころか、幾らでも買うことができるぞ」

 

ワッパの言葉に、三日月は「ふーん」とナツメヤシの実を口にした。

 

「ちょっと、三日月さん!」

 

そんな会話をしているのを聞いたテッサが、走って二人の間に割り込んでくる。

 

「そんなことしなくてもBMの修理代くらい自分で払いますから!」

 

「情報屋のところまで連れて行ってくれたお礼がしたかったんだけど?」

 

「いいんです!あれは……私がそうしたかっただけだから……」

 

二人のそんなやり取りに、ワッパは温かい表情を浮かべた。

 

「ところで嬢ちゃん、今日は整備士見習いの妹は来てねぇのか」

 

「はい、アイルーは今ちょっとだけ留守を任せていて……」

 

そこでテッサは周囲を見回した後……

 

「ワッパさん、そういえば娘さんは……?」

 

「あー……ちょっと前に家を出て行っちまったっきり帰って来ないんだよ」

 

ワッパは苦そうな顔をしてボリボリと頭をかいた。

 

「無事なのは情報網を通じて伝わってくるんだがよ。なんでも戦争に参加して、そこで精神的に病んじまったっていう噂もあってな。俺としちゃ、心配で心配で夜も眠れねぇ」

 

「大変だね」

「大変ですね」

 

三日月とテッサが同時に答える。

 

「まったくだ。ほんと……世知辛い世の中だよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃……。

 

連盟の秘密の拠点で、その少女、スーラはアヌビスと呼ばれる黒いBMを全身全霊の技術で整備を行っていた。

 

この整備士は年齢は若いが天才的な技術を持っていた。

 

しかし、スーラはこの仕事を大いに楽しんでいた。それはアヌビスのパイロットが自分の憧れる人であり、そんな夢にまでみた彼女の機体を整備できることにスーラは大きなやりがいを感じていた。

 

だからこそ、不眠不休でアヌビスの整備を続けることができていた。

 

しかしスーラは、不眠不休のその行為が一種の逃避に過ぎないということを自覚していた。

 

「あの……」

 

全力で整備に取り組むスーラに、アヌビスのパイロットであるナディアは声をかけた。

 

「あ!ナディア様!」

 

スーラは寝不足で目の下に大きなくまのできた顔をナディアへと向けた。その様子を見て、ナディアはギョッとする。

 

「ナディア様!どうかしましたか?」

 

顔色は悪くとも、憧れの人を前にして疲れた様子を見せるわけにはいかないとスーラは精一杯の笑顔を浮かべた。

 

しかしその目は血走っていたため、奇妙な笑みになるだけだった。

 

「あの……大丈夫?」

 

スーラのそんな様子に一瞬だけ戸惑ったものの、気を取り直してナディアはスーラの体調を気にするように声をかけた。

 

「はい、大丈夫です。あなたは私の憧れなんです!私はあなたの機体を整備できる嬉しさを考えれば、徹夜作業の辛さなんてへっちゃらです!」

 

それはスーラの本心だったのだが、疲れからかどこか機械じみたような言い方をしていた。

 

「そ……そう?それならいいんだけど……」

 

「はい!それに、作業に集中していた方が……色んなことを思い出さなくて済むので……」

 

その時、スーラの脳裏に数日前の戦闘の光景が蘇った。

 

巨大な鉄の棒を持った白いBM

 

その機体は一瞬のうちに、自分の部下たちを酷いやり方で葬り去り

 

自分が乗る、頑丈さが取り柄の機体をいとも容易く大破にまで追い込んだ

 

そして、忘れられない

 

私を殺そうとしたあの目は……

 

無慈悲な色をした……あの悪魔の瞳は……

 

「あの……」

 

「ハッ……」

 

ナディアに呼びかけられ、スーラの意識が回想から呼び戻された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルガを探す旅はまだまだ続く!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ちょっと少なかったので予告します。)

 

 

 

 

 

 

 

 

これからの、機動戦隊アイアンブラッドサーガ……

 

【予告】①

オルガを探す旅を続ける三日月とテッサ

 

その前に立ち塞がる、謎の黒いBM。

 

それは過去からの襲撃、そして乗り越えなくてはならない試練。

 

バルバトスを凌駕する圧倒的な攻撃力、防御力、機動性、反応速度を誇るその機体を前に、三日月とテッサは窮地に立たされる。

 

「おい……いいから寄越せ!バルバトス!」

三日月は黒い機体に対抗すべく、バルバトスのリミッターを外そうと試みるが……

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第??話:「黒い■■■■」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【予告】②

謎の黒い機体、そして佐々木光子との戦闘を経て、三日月は自身の未熟さを痛感し、更なる強さを求める。

 

そんな三日月の前に現れる、一人の少女

 

少女の提案により、三日月は戦闘データと引き換えにバルバトスの強化を依頼する。

 

そして誕生する

バルバトス・■■

 

それは新たな可能性でもあった。

 

黒い■■■■と再び対峙するとき、その本領が発揮される。

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第??話:「進化する悪魔」

 

 

お楽しみに




アイサガはBGMも良いですよね?
私が好きなのは機械教廷のBGM(マティルダやウェスパのアレ)が好きです。なんか神聖な感じがするので

みなさんはどのBGMが好きですか?

それでは次回予告です。
次回はベカスをはじめとした男ばっかりの回です。

エル「カイロへ到着し、ベカスと合流した三日月」
フル「ベカスさんに誘われ、他の傭兵の人と一緒に戦います」

エル&フル「「次回『荒野の三人』」」

エル「なるほどね!これが「サンシャサンヨウ」ってやつね!」


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第7話:荒野の三人

休暇を楽しんだので制作を再開します。

この話を作るにあたって英麒のプロフィールを改めて見直すと、案外見どころのある人物だなと改めて思いました。今は荒くれた性格ではありますが、体の成長に心の成長が追いついていないだけであって、あと10年も経てば性格も落ち着いて良い大人になれるんじゃないかと思っています。人は変わるものなのです!

グルミのことグルミットって呼んでる人いて吹いたw
(なるほど、だから未だに声帯がないわけね)




それでは続きをどうぞ







「よお!ザコども!」

そんな声とともにその機体、アキレスの持つ二丁拳銃から大量の電撃弾が放たれた。

 

電撃弾が反ワカ軍の機体に着弾すると、機体は痺れたようにその動きを止めた後、内部から黒い煙を上げて爆発した。

 

地中海複合企業製『アキレス』

ヘーミテオスの英雄の名を持つ、攻防共に優れ、コストパフォーマンスにも富んだ機体。

機体カラーはグレーと青を基調としている。

 

武装は二丁拳銃と四連装盾内蔵式凍結ミサイルが左右の腕に装着されている。

 

「ハハッ、オラオラオラオラ!」

 

銃を水平に構え、アキレスはさらに射撃。

一瞬で数機のBMを一掃し、戦場が爆炎に包まれた。

 

しかしその中で一機、電撃弾の直撃を逃れた機体が爆炎の中から姿を現したかと思うと、対BMナイフを構えてアキレスの元へ飛び出した。

 

それに対してアキレスの二丁拳銃はリロード中、しかもアキレスにはナイフに対抗する近接格闘武装は搭載されていない。

 

「はっ、来いよザコ!」

 

しかし、アキレスのパイロット……英麒には絶対的な格闘技の心得があった。迫る反ワカ軍の機体に対し、二丁拳銃を収納してアキレスの拳で迎撃を試みる。

 

その時だった、戦場を包む爆炎の中から白い影が飛び出したかと思うと、英麒に迫るBMを巨大な鉄棒でなぎ払い、粉々にしてみせた。

 

「な!てめぇ、それは俺さまの獲物だぞ!」

 

「誰が決めたの?」

 

援護してくれたことに礼を言うどころか激昂したような様子の英麒に対し、バルバトスはチラリと一瞥して短くそう告げた。

 

「それは勿論、この俺さまだ!」

 

「あっそ」

 

興味ないと言いたげに三日月は新たな獲物を求めて戦場を駆け抜ける、英麒も負けじと二丁拳銃を連射してそれに続く。

 

「あいつら……」

 

ビームとミサイルで丁寧に敵を倒していたベカスは、そんな二人の様子を後方からため息混じりに眺めつつ、それでも二人を援護するために追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第7話:「荒野の三人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー物語は、少しだけ前に遡る。

所変わって、ここはカイロ市街。

 

カイロ銀行のATMの前。ベカスが残高を確認すると、表示された金額は512だった。

 

「あの時カードで支払ったのは9000ちょっとか。くそ〜超高いなあの店」

 

ベカスは、天を仰ぐように自分の失態を嘆いた。

 

「まぁ、店の看板料理をすべてオーダーしたからな……ん?」

 

そこでふと銀行の外に目を向けると、偶然にもベカスは見覚えのある人物が銀行の前を通って行く姿を目撃した。

 

「おーい、三日月」

 

「あ、銀の人」

 

急いで銀行から飛び出したベカスは、通りを歩いていたその人物……三日月を呼び止めた。

 

「お前もやっぱりカイロに来てたのか」

 

「うん、昨日来たばっかりだよ」

 

「オルガってやつの搜索は順調かい?」

 

「うん、ここの情報屋に依頼したから。数日後には結果が分かると思う」

 

「そうか。なら再会を祝してどこか飲みにでも……あー……」

 

そこでベカスは512しかない自分の残高を思い出して言葉に詰まった。

 

「どうしたの?」

 

「いや……実はな」

 

ベカスは、カルシェンと小遣い稼ぎに出たものの無駄遣いをして自分が無一文に近い状態になっていることを三日月に伝えた。

 

「そっか、じゃあ俺が出そうか?」

 

そんなベカスを見かねてか、三日月がそう切り出す。

 

「お!いいのか?」

 

「別に、困ってる時はお互い様だし」

 

「マジかー、すまねぇ。三日月さま〜、この恩は体でお支払いしますんで〜」

 

「いらない」

 

ベカスが三日月に対して大人気なくヘラヘラとした様子を見せた時だった。……ビビと、ベカスの持っていた通信機が鳴った。

 

「すまない、ちょっと待ってくれ……もしもし?」

 

ベカスは三日月に断りを入れてから通信機を耳に当てた。

 

「ヒュウ〜♪」

 

それから電話の相手としばらく何らかのやり取りを交わしたのち、ベカスは非常に愉快な様子で口笛を吹き、ニヤニヤと三日月に目をやった。

 

「いいぜ。カルシェン、次はあんたを極東の首都に招待するよ。一緒に極東ダックを食べようぜ?」

 

電話の相手にそう告げて、ベカスは通信を終えた。

 

「なあ、三日月?今、暇か?」

 

「……情報を待っている間は暇だけど?」

 

通信機をポケットに収めながら、ベカスは三日月へと呼びかける。

 

「それじゃあ、俺と小遣い稼ぎでもやらないか?」

 

そう言ってニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

ベカスの言う小遣い稼ぎとは、ワカ軍が出した緊急依頼だった。

 

数日前にカイロ西南部にて行われた「バイハーヤの戦い」で敗れたワカ軍の戦艦が、反ワカ連盟軍の追撃を受け即時の救援を必要としていた。しかし、カイロに陣を敷くワカ軍本隊はこれを罠だと推測し、救援の派遣を躊躇った。そこで救援部隊の代わりとして、非正規雇用者である傭兵にこれを依頼することで自軍の被害を最小限に抑えつつ、仲間を見捨てなかったという軍の面目を保ち、あわよくば敵の戦力を削り取ろうというわけだった。

 

依頼の内容は、敗走する部隊の指揮官の救助。

生きて連れ帰れば50万の賞金と、無一文となっているベカスからしてみれば喉から手が出るほどの大金だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その数時間後……カイロ西部の荒野

 

反ワカ軍に追撃されている、ナイル第7師団の旗艦内。

 

反ワカ軍の圧倒的な戦力を前に逃げることしかできないワカ軍の兵士達は、数時間にも及ぶ戦闘により疲労困憊の様子だった。

 

しかし、間も無くそんなワカ軍の救世主となる存在が戦場に現れる。

 

「おお!ついに支援が来たか!どこの部隊だ?」

 

部隊の指揮官であるノリスは、ワカ軍本隊が駐留するカイロ方面から何者かがこちらへと接近することに気づき、歓喜の声をあげた。

 

「長官、部隊の識別信号がありません。傭兵のようです」

 

「えっ……ただの傭兵か?」

 

しかし部下がそう告げるとノリスは先ほどまでのテンションが嘘だったかのように意気消沈した様子を見せた。

 

「おそらく……」

 

「まあいい。それで人数は?」

 

「人型が3体のみかと……」

 

「なんだと!たったの3人?!」

 

驚いて艦のスコープで接近する機体を眺めたノリスだったが、本当に3機しか来ていないことを知り、椅子から崩れ落ちそうになるのだった。

 

 

 

 

 

とくに陣形を組むことなく、荒野を高速で滑るように走行する3機の光学センサーが無数の敵から激しい追撃を受けるワカ軍の戦艦を捉えた。

 

「ワカ軍の戦艦……アレだな」

 

その一番前を走るウァサゴからベカスの声が放たれる。

 

「分かってんよ!しかし面白いね、この任務を受けたバカがもう二人もいたとは」

 

その後ろを走るアキレスから、英麒の呆れたような声が放たれる。

 

「あんた、あの時の傭兵だな?来たのは俺たちだけか……」

 

ベカスは英麒と面識があるのか、ウァサゴのメインカメラ越しにチラリと後方のアキレスへ視線を送った。

 

「ふん、大方カイロの傭兵の半分は賭けに負けた怒りで、残りの半分は連盟軍の勢いを恐れて引き受けなかったんだろうさ」

 

「じゃあ、あんたはなぜこの任務を引き受けたんだ?」

 

「勿論、鬱憤ばらしさ!俺さまに賭けで損させたお返しをしてやるのさ」

 

口では苛立ちを口にしつつも、英麒はこれから起こる闘争に期待を込めているかのようだった。

 

「で、お前は?」

 

英麒は機体を滑らせつつ、最後尾の三日月へと振り返った。

 

「俺?俺は何となく……暇だったから」

 

「はあ?お前、バカじゃねぇの?」

 

英麒は意味がわからないとでも言うかのようにアキレスの首を振った。

 

「はっ、まあいいさ。けどよガキんちょ、俺さまの邪魔だけはするなよ?」

 

「あんただってガキでしょ?俺の邪魔はしないでよね」

 

「なっ……てめぇ、誰がガキだ……」

 

後ろで新たに戦闘が起こりそうな気配を感じ、ベカスはスピーカーの出力を上げた。

 

「オイ、お前ら!もう敵は見えてるぞ、言い争いなら後にしろ!」

 

「ちっ……分かってんよ!」

 

「うん。分かった」

 

3機は各々の武器を構え、未だ戦闘状態の第7師団の元へと向かう。

 

 

 

 

 

そして、今に至るのだった。

 

「おい、たった3人の傭兵に足止めを食っているのか?恥を知れ、恥を!」

 

追撃部隊の奮闘を後方から支援していた戦車部隊の女性パイロットは、吐き捨てるように戦況の悪化による苛立ちを口にした。

 

「チッ……もういい、私が……」

 

「いや、トゥヤ!やめておけ」

 

その隣で先程から砲撃を行っていた黒い戦車のパイロットが前に出ようとする女性の前に機体を滑り込ませ、その前進を阻んだ。

 

「どうして、バーブ!?」

 

トゥヤと呼ばれた女性パイロットはメインカメラ越しに黒い戦車のパイロットへと反発する。

 

「俺たちに与えられた任務は火力支援だ、独断で持ち場を離れるわけにはいかない。それにあの3機の動きは只者じゃない!特にあの白いBMの特徴は、スーラの報告にあったやつと同じだ」

 

バーブは戦場を縦横無尽に暴れまわる白いBMの姿をメインカメラに捉えたまま、トゥヤへと告げる。

 

「あいつがスーラをあんな風に……なら……っ!」

 

「いや、駄目だ!機動性が違いすぎる、俺たちの機体では敵わない」

 

実際、バーブに出来ることと言えば高速で移動する白いBMの姿をメインカメラの中に捉え続けることが精一杯であり、戦車砲では当てるどころかその照準すら困難を極めていた。

 

「しかもこの傭兵はかなり手強い。あの銀色の機体とアキレスのパイロットはおそらくA級……最低でもB級。そして、あの白い機体のパイロットはS級であってもおかしくない……」

 

「こいつらが……そんな!?」

 

トゥヤは恐ろしいものを見るような目で3機のBMを見つめた。

 

 

 

 

 

「なんか……急に当たりが弱くなったな」

 

こちらに背を向けて逃げ出そうとする敵機を滑空砲で撃ち抜きながら、三日月は思ったことを口にする。

 

「そりゃあそうだろ、敵は勝っているつもりで追撃戦を挑んでいるんだ」

 

ベカスはウァサゴを操り、剣で敵を一刀両断する。

 

「勝ち戦の兵士ってのは弱いもんだ」

 

ベカスはそう呟き、武器を素早く切り替えて逃走する敵機を狙撃、撃破する。

 

「ふーん、やっぱりそういうもんなんだ」

 

三日月はアリを一匹一匹潰していくかのように滑空砲のトリガーを引き続ける。

 

「はっ、ザコが本当にザコになったってことかよ?おいザコども!この俺さまから簡単に逃げられると思うな?」

 

アキレスがミサイルを斉射し、さらに追撃部隊に被害を与える。

 

「オラオラぁ、ザコども!逃げられるものなら逃げてみろよ!」

 

「うるさいなぁ」

 

「あ?おいコラ、今なんつった?」

 

英麒は機体のカメラ越しに三日月を睨みつけた。

 

しかし、その間も蹂躙は続いていく。たった3機を前にして、功を焦り前に出過ぎていた追撃部隊はもうボロボロの状態だった。

 

「敵さん、早く引いてくれんかねぇ…」

 

ウァサゴのライフルを放ちつつ、ベカスはため息混じりにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

功を焦り過ぎていたのは前衛部隊だけではなかった。後方から追撃部隊を指揮する部隊長もまた同じだった。

 

「とにかく、これ以上彼らとやりあっても何のメリットもない。それに、もう旗艦も遠ざかってしまった」

 

そこまで言ってバーブは額の冷や汗を拭った。

 

「いや、むしろ追撃部隊にこれ以上の損害を出すわけにはいかない……このままだと俺たちの部隊まで全滅してしまう」

 

この時既に、突出して旗艦を叩きに行った前衛部隊のシグナルはとうの昔に途絶していた。残っているのはバーブたちの戦車隊と、離れた位置から旗艦を攻撃する中隊のみの状態だった。

 

たった3機の敵と侮ってしまったことが、前衛部隊の全滅という最悪の事態を引き起こす原因となってしまったのだ。

 

「……そうしてくれ、頼む」

 

そうしてバーブは部隊長との通信を終了した。

 

「部隊長は何と?」

 

「……撤退だ」

 

バーブがそう告げると、すぐさま後方から撤退を表す信号弾が打ち上げられた。

 

「今更信号弾を打ち上げたところで残念ながら前衛部隊は……おお、アマ神よ。彼らにせめてもの安らぎがあらんことを」

 

バーブは自身が信仰する神、アマへ祈りを捧げながらトゥヤと共に撤退を開始する。

 

結局、バーブもトゥヤもロクに敵機と砲火を交えることなく戦場から離脱することになるのだった。

 

 

 

 

 

 

反ワカ軍後方から打ち上げられた信号弾は撤退するワカ軍、および三日月たちも確認することができた。

 

「ん、もう終わり?」

 

三日月は操縦桿から手を離すと、ズボンのポケットからナツメヤシの実を取り出して口にする。

 

「へっ、やっぱザコども相手じゃつまんねぇなぁ?けどよ、俺さまは暴れ足りねぇなあ!」

 

「やめとけ」

 

追撃部隊に追撃をかけようとする英麒を、ベカスは制止させる。

 

「どれだけ敵を倒そうが賞金の額は変わらない、オレたちの任務はここまでだ……撤収するぞ」

 

「はっ、まあ……それもそうか」

 

アキレスが二丁拳銃をホルスターに収めたところで追撃戦は終了した。残った3機はワカ軍の旗艦を追って撤退を開始する。

 

 

偶然にも、圧倒的に有利だった反ワカ軍の追撃部隊を撃退した3体の人型機がどれも白を基調とした機体カラーになっていたことから(バルバトス:白+トリコロール、ウァサゴ:白銀、アキレス:グレー+青)「白い三連星」出現のニュースとして、アヌビスの復活と同じく反ワカ軍を騒がせることになるのだがそれはまた別の話…

なお、時を同じくしてこの話を耳にしたとある反ワカ軍の女性整備士もしばらくの間眠れぬ日々を過ごすことになってしまった……というのは完全に余談だった。

 

 

 

 

 

数時間後……

 

危険に満ちた逃亡劇の果てに、第七師団の指揮官ノリスはついにカイロに帰還した。

 

カイロ総本部会議室内。面目を失ったノリスと賞金を受け取りに来たベカス、英麒、三日月はカイロの臨時指揮官となった第13師団指揮官アファルタと会っていた。

 

ノリスは憤怒の形相でアファルタに詰め寄り、その襟首を掴んだ。

 

救援を求めていたにもかかわらず、本隊はそれを見捨てるかのような行動を取ったという事実に、ノリスは激怒していた。

 

「私はカイロを失うリスクを冒してまで、既に失敗した人間を救うことはできなかった。もし再度、同じ状況に置かれても同じ行動をとる」

 

「何だと!隊列から離れていたくせに、偉そうなことを言うな!」

 

そんな言い争いを繰り広げる二人を前に、三日月は退屈そうな様子でナツメヤシの実を口にした。

 

「退屈か?」

 

そんな様子を見かねてか、ベカスは三日月へと呼びかける。

 

「まあね、はい」

 

三日月はナツメヤシの実をベカスに差し出した。

 

「……う……いや、やめておこう」

 

「大丈夫、これは外れじゃないから」

 

「そうか?なら……貰うよ」

 

前に食べたナツメヤシの実の味を思い出し、ベカスは恐る恐るといったようにナツメヤシの実を口にした。

 

「お……こりゃイケるな!」

 

ベカスは驚いたような声を上げる。

 

「うん、よかった」

 

そんな様子を見て、三日月も小さく笑いかけた。

 

「お前ら、何食ってんだ?」

 

ノリスとアファルタのくだらないやり取りに呆れ、先程から二人の食べているものが気になってしょうがなかった英麒が二人へと尋ねる。

 

「……ナツメヤシの実、食べる?」

 

三日月がナツメヤシの実を差し出すと、英麒は

 

「タダで貰えるもんは何だって頂くさ」

 

そう言って奪い取るようにして口に運んだ。

 

「ぐっ……」

 

が、すぐさま顔をしかめてナツメヤシの実をその場に吐き出した。

 

「まっずッッッ、こんなん食えたもんじゃねぇ!」

 

「あ、外れだった?ごめん…」

 

「テメェ、ワザとやったんじゃねぇだろうなぁ?」

 

「ははは、まあ通過儀礼ってやつだろ」

 

素直に詫びを入れる三日月とその様子に肩をすくめて小さく笑うベカス、英麒は口に残るエグさを堪えつつ二人に向けて怒りのこもった視線を送った。

 

だが、そんな三人に対して怒りを表す者がもう一人この部屋にいた。

 

「おい貴様ら!うるさいぞ!それに会議室の床を汚すんじゃない」

 

それはノリスだった。

先程からアファルタに抗議していたものの、いくら待ってもそれが通用しないことに憤慨し、苛立ちの矛先を三人へと向けたのだ。

 

「はっ、うるさいのはどっちだよ?クソ野郎」

 

英麒もまた苛立ちを晴らすかのように暴言を吐き出す。

 

「貴様!何だと!」

 

これを聞くや、ノリスは英麒めがけて鋭いパンチを放った。だが、彼の放った渾身の一撃は英麒の掌によって簡単に受け止められてしまった。

 

「な……っ、おい!その汚い手を離せ!傭兵風情が頭に乗るな、何様のつもりだ!?」

 

「常識的に考えれば、あんたの命の恩人だけどね。クソ野郎」

 

睨み合う二人。三日月とベカスはナツメヤシの実に舌鼓をうっており、二人の衝突など眼中にないようだった。

 

「そこまでだ」

 

そんな様子を見かねてか、アファルタが仲裁に入る。

 

「君が私たちの依頼を受けてくれたことには感謝している。だが、その不躾な態度を今すぐ改めないと賞金はしばらく預からせてもらうぞ」

 

アファルタの警告を聞き、英麒はノリスの拳を離した。

 

「おぉっ!?」

 

突然、英麒の支えがなくなったので、ノリスはバランスを崩して何歩も後ずさりし、情けなく尻餅をついた。

 

「ふんっ、ワカ軍のクズや臆病者に比べると反抗軍の奴らの方が骨がありそうだな?」

 

「貴様!」

 

「構うな!ノリス」

 

両者の再衝突を防ぐためにノリスは話題を変えることにした。

 

「賞金は別の部屋に用意しています。さあ、行きましょう」

 

アファルタに連れられ、三人は部屋を後にした。

 

ベカス、英麒、三日月が連れてこられた部屋は遮音構造の密室だった。

 

「……辛気臭い場所だな」

 

「で、賞金はどこだよ?」

 

ベカスと英麒が部屋を見回し口々に思った言葉を口にすると……突然、背後の扉が閉まり外から鍵がかけられた。

 

「……何のつもりだ?」

 

英麒は顔から笑みを消し、アファルタへ視線を送る。

 

「実は、御三方に重要な依頼があるのです」

 

「依頼?」

 

ベカスは怪訝そうな顔をしてアファルタの言葉に耳を傾ける。

三日月は終始無表情だった。

 

「御三方がノリスを救援した時の戦闘報告を聞き、その卓越した実力を知りました。三人とも、B級……いや、A級もしくはS級の傭兵ですよね?」

 

「オレはただのC級傭兵だよ」

 

アファルタの問いに最初に答えたのはベカスだった。

 

「C級?!……それは意外ですね……」

 

続いてアファルタは英麒の方に目を向けた。

 

「俺さまはフリーだ。そんなものは持っていない」

 

英麒は肩をすくめて傲慢に言い放った。

 

「……無資格の傭兵?!」

 

思っていたものとは違う二人の立場に、アファルタは半ば拍子抜けするものを感じた。

 

「では、あなたは……」

 

アファルタは恐る恐るといったように三日月へと問いかけた。

 

「……俺?ただの旅人だよ」

 

三日月はナツメヤシの実を口にしながら答えた。

 

「傭兵ですらない……だと?!」

 

アファルタは崩れ落ちそうになるのを堪え、深いため息をついた。

 

「おい、なんか文句でもあるのかよ?」

 

「いえ、依頼を引き受けてくれた以上、あなたたちがどのような状況にあったとしても報酬はお支払いします。そして私の評価は変わりません」

 

そうしてアファルタは三人へ説明を始めた。

 

要約すると、反ワカ連盟の所有物である古代の人型機「アヌビス」と「アヌビスの花嫁」と呼ばれるパイロットの排除がアファルタからの依頼だった。

アヌビスにはジャスティスという巨砲が搭載されており、先の戦いでワカ軍はこれによっていくつもの師団を失い、追撃戦を受けるという事態になっていた。

現在、戦況はワカ軍は兵力的には優勢ではあるものの、アヌビスの存在はそれを逆転させかねない力があり、かつアヌビスが存在している限りワカ軍に勝利はないという状況に陥っていたのだ。

事態を打開するために、アファルタはワカ軍を代表して高額の報酬をチラつかせて三人を刺客に仕立てようとしていた。

 

「この依頼は、断りたくても無理なんだろうね?」

 

楊枝を咥え、依頼内容を把握したベカスがアファルタを流し見る。

 

「……そうです」

 

アファルタの目が鋭くなり、その手が腰の銃から遠くない位置に置かれた。

 

「はぁ、なんて酷い話だ……」

 

ベカスは両手を軽く上げ困ったようにため息をついた。屋内は静まり返り、殺伐とした空気が部屋に満ちていた。

 

「俺はやらないよ」

 

しかし、そんな空気などお構いなしというような声が部屋の隅から放たれた。三人の驚きや殺気のこもった視線が三日月へと集まる。

 

「三日月……お前、今どういう状況か分かってるのか?」

 

「……俺は元々オルガを探しにここへ来た。戦争で勝つためじゃないし、金儲けのためでもない。というか、そんなことをしてたらオルガを探す時間がなくなる」

 

「それに……」三日月は言葉を続ける。

 

「暗殺って、なんか面白くないって思ったから。オルガだって、多分そう思ってくれるだろうし」

 

三日月の言葉に三人は唖然とし、その内英麒が突然大声を上げて笑い始めた。

 

「ははっ、おいガキんちょ!お前は暗殺するのが嫌だからってこの依頼を蹴るのかよ?」

 

「うん、そうだけど」

 

「はっ、甘い奴だな。いいか、戦争ってのは暗殺でもなんでも、やって勝てばそれで終わりなんだよ!それをいちいち卑怯だとか面白くないからって断るやつはまだ尻の青いガキくらいだぜ?」

 

「そんなの俺には関係ないよ。俺はただ、目の前に立ち塞がる奴を叩き潰せばいいだけだから……それに、俺が従うのはオルガの命令だけだ。どこかの軍隊の命令に従うつもりはないよ」

 

三日月は以前オルガがよくやっていたように片目で英麒を見つめ、そしてこう尋ねた。

 

 

 

「ザコの人はそう思わないの?」

 

 

 

「あ゛あ゛?」

 

 

 

その瞬間、英麒の顔に青筋が浮かんだ。

 

「おい……誰がザコだって……?」

 

「もちろんあんたのことだよ。戦ってる時、ザコザコうるさかったから」

 

「テメェ!」

 

英麒は三日月へと蹴りかかるも、三日月はあっさりとそれを避けてみせる。

 

「ザコの人?」

 

「誰がザコだ!このガキ!」

 

英麒が怒る理由が分からず、三日月はキョトンとしたまま英麒の攻撃を避け続ける。避けるたびに、英麒は驚異的な身体能力を用いて三日月へと飛びかかり巧みな格闘技を放つ。

 

「ねぇ、ザコってどういう意味なの?」

 

「俺さまをそんな名前で呼ぶんじゃねぇ!っていうか知らねぇのかよ!」

 

英麒は拳を収め、ため息をついて三日月に説明を始める。

 

「いいかガキんちょ、ザコっていうのはだな……えーっと……とにかく、弱過ぎて話にならねぇ奴のことを言うんだよ」

 

英麒自身「ザコ」という言葉の意味を感覚で理解していたため、その言葉の由来だとかそういうものをちゃんと理解していなかったのも影響して非常にざっくりとした説明になった。しかし、三日月にはとても分かりやすく感じられたようで……

 

「そっか……あんた強いからザコじゃないね」

 

「そうだろ?だからこれからは、俺さまのことを『英麒さま』って呼びな」

 

 

 

「うん、分かったよ……うるさい人」

 

 

 

その瞬間、再び英麒は三日月へと飛びかかった。

 

「うるさい人?」

 

「英・麒・さ・ま だ!ちゃんと覚えやがれ!」

 

三日月は英麒を受け止めていた。その力は見事に拮抗していた。

 

「ややこしいからやだ」

 

「どこがややこしいんだよ!」

 

 

 

「お前ら、そこまでだ!」

 

 

 

ベカスは持っていた刀の柄で二人の頭を軽く叩いて制止させる。

 

「いてぇな!」

「なんで俺まで……」

 

「喧嘩両成敗ってやつだ、時と場所を考えろ!」

 

ぶちぶちと文句を言う英麒と三日月に、ベカスは人としての最低限のマナーを指摘する。

 

「ちっ……分かったよ」

 

「ごめん」

 

二人がアファルタに対して謝罪の意図を示したことを確認してから、ベカスは頭をかいてこう続けた。

 

「なあ、アファルタさん……今回、三日月はオレの頼みで戦闘に参加したんだ。三日月が暗殺に参加しない分は俺がきっちりと仕事をこなす。だから三日月のことは見逃してくれないか……?」

 

それはベカスなりの配慮でもあった。突如として自分の上に降りかかってきた負担だけではなく、三日月が背負う負担まで自分一人で背負おうとしているのだった。

 

「……まあ、いいでしょう。優秀な人材が消えるのは残念ですが、流石に民間人にそのような重荷を背負わせるわけにはいかないですからね」

 

「おっと、俺さまはもちろん参加するぜ?」

 

アファルタの言葉に英麒が反応する。

 

「ただし、成功報酬としてワカの国宝である世界最大級のダイヤ、アフリカの彗星と国防大臣の囲っている19歳の愛人、それと1000万のキャッシュを要求する」

 

「……なるべく満足いくよう、政府に頼んでみます」

 

話がまとまり、ベカスと英麒が部屋を出て行こうとした時だった。

 

「ねぇ、俺の報酬のことなんだけど」

 

三日月がアファルタに問いかけた。アファルタは「ああ、そうだった」と三日月へと振り返った。

 

「すまない、約束の50万は今すぐ支払おう。口座の番号を教えてくれ」

 

「いや、そうじゃなくて。俺の貰う報酬はあの2人に分けてあげて」

 

「な!?」

「は?」

 

三日月は帰り支度を始めるベカスと英麒を示してそう言うと、二人は信じられないというような顔をして三日月へと振り返った。

 

「それは構わんが……いいのか?」

 

「うん。あの二人、お金に困ってるみたいだったから」

 

すると、ベカスが駆け寄り

 

「おい三日月、いいのか?」

 

「うん。どうせ、お金なんてあっても俺には使い道なんてないし」

 

「お金の使い道がないってお前……例えば、オレみたいに美味いものを食ったりだとかしないのか……?」

 

「美味いものなら、俺にはこれがあれば十分だから」

 

そう言って三日月は手元のナツメヤシの実を示した。

 

「んじゃあ、女囲んで楽しむってのはどうよ?」

 

「興味ない」

 

英麒の提案にそう返し、三日月はサッサと部屋から出て行こうとする。

 

「おい、待てよガキんちょ」

 

「?」

 

英麒は立ち去ろうとする三日月の肩に手をまわして、ニシシと子どもっぽい笑みを浮かべた。

 

「お前、変な奴だなぁ」

 

「別に、普通でしょ?」

 

「それはねぇよ。まあでも、面白い奴でもあるな!どうだ、この後飲みに行かねぇか、この辺りにいい女がいる店があるんだよ」

 

英麒の問いかけに、三日月は少しだけ考えた後…

 

「その店、プリンってある?」

 

「あ?お前プリンなんか食うのかよ?ホントガキんちょだなぁ」

 

すっかり機嫌の良くなった英麒が三日月と共に部屋から出て行く。そんな二人の様子を見てベカスは「…まったく」とまんざらでもないような顔をしてその後について行った。

 

「妙な奴らだ」

 

そんな三人を見送って、一人部屋に残ったアファルタは肩をすくめてみせた。

 

 

 

 

この後、三日月から貰ったお金を使って酒場でどんちゃん騒ぎをする三人(もっとも、三日月は黙々とプリンを食すだけだったが)

 

だが、その楽しいひと時は突然酒場に乱入してきた赤毛の少女(シャロ)によって台無しとなってしまう。

 

なぜなら、赤毛の少女が放ったネット弾が三日月のパーフェクトプリン(税込み3200)を吹き飛ばし、台無しにしてしまったからだった。

 

 

 

静かに激怒する三日月、

 

 

 

涙目になって怯える赤毛の少女。

 

 

 

赤毛の少女がこの後どうなったのかを知る者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルガを探す旅は続く……




この3人が並ぶときっと敵なしなんでしょうね。
ポジションとしてはベカスはしっかり者の長男、三日月は冷静な次男、英麒はやんちゃな三男といった感じで、いがみ合いつつもお互いに実力を認め合っている風に書かせていただきました。

「英麒→うるさい人」……とくれば、その反対は誰さんかもうお分かりですよね?

サブタイトル入れるの忘れてた…

それでは、次回予告です。



エル「三日月はオルガ(とナツメヤシの実)を探してとある村を訪れるよ!」
フル「そこで『みんな大好き自称エースパイロットさん』(仮名)と出会います」

エル&フル「「次回『白い悪魔と黒い悪魔』」」

エル「なるほどね!これが『コクフウハウク』ってやつね!」


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第8話:白い悪魔と黒い悪魔

ある意味で一番やってみたかった回です。

コメントありがとうございます!出来るだけ返信はしますが語彙力ないので淡白な反応しか返せないですが、その辺はご了承ください。



それでは続きをどうぞ







三日月がベカスと再会して数日が経った頃、情報屋の元にオルガ・イツカらしき人物の目撃情報が上がった。

 

情報屋からそれを聞くや否や、三日月はすぐさまバルバトスに乗り込み、オルガが目撃されたという場所へと出発した。

 

その時、ちょうどバルキリーの修復も完了していたことからテッサもその後を追おうとするも、三日月はよっぽど焦っていたのかスラスターをほぼ全開の状態で発進させてしまい、テッサを置き去りにしてしまった。

 

その甲斐あって、三日月はBMの移動速度で2日かかる距離をその半分以下の時間で目的地へとたどり着くことができた。三日月が向かったのは、カイロから南西方面へ数十キロほど離れた場所にある町だった。

 

現地の情報員と合流しさらに1日をかけて村で捜索を行い、ついに三日月はその「オルガ」と出会った。

 

しかし、奇しくもその「オルガ」は女性だった。

 

極東からやってきた傭兵であると言う彼女は、白い肌に、短めの毛髪、背丈は三日月よりもやや高め程度しかなく、名前以外でオルガ・イツカとは真逆の存在であると言えた。

 

そこで三日月は、自分が焦り過ぎていたことを自覚した。

 

それでも諦められなかった三日月は、その「オルガ」に対していくつかの質問をぶつけた。その質問の中で「鉄華団」や「クリュセ」「バルバトス」などオルガ・イツカに馴染みのあるワードをいくつか織り混ぜてはみたものの、まるで要領を得ていない返答が彼女の口から発せられたことで、ようやく三日月はその現実を受け入れることができた。

 

置き去りにされたテッサがようやく三日月に追いついたのも、ちょうどその頃だった。

 

「三日月さん……大丈夫!根気強く探していれば、きっと見つかるよ!」

 

テッサの声援を受け、三日月はトボトボと傭兵が集まる酒場から抜け出す。カラカラに乾いて寂しい口内をナツメヤシの実で鎮めようとポケットを探るも、残っていたナツメヤシの実は一つだけだった。

 

そこで三日月は、焦りを抑えるために無意識のうちに夢中でナツメヤシの実を口にしていたことに気づいた。コックピットの中でも、捜索している最中も……

 

「ねえ、ミサイルの人?」

 

「な……なに?」

 

どこか虚ろな視線で自分を見つめる三日月に、テッサは少しだけ戸惑った。

 

「ナツメヤシの実……持ってる?」

 

「……ごめん、持ってない」

 

「……だよね」

 

そう言って、ナツメヤシ中毒の三日月は深いため息をついた。

 

その瞳にいつものような明るさはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第7話:「白い悪魔と黒い悪魔」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その……三日月さん?この近くに市場があるみたいだから、そこで調達しようよ……」

 

テッサがそう提案すると三日月の瞳に少しだけいつもの光が灯った

 

かくして、二人は町の市場へと向かうのだった。

 

 

 

だが、二人の思惑に反して市場のナツメヤシは売り切れになっていた。いや、正確に言えば買い占められていたと言うのが正解だった。

 

テッサがその理由を立ち寄った店の店員に尋ねると、商人たちがカイロ周辺のナツメヤシの実を買い占めていると言うのだった。元々、ナツメヤシの実はこの辺りではあまり流通していないというのもあったが、カイロでどういうわけかナツメヤシの実の価格が異常に上昇するという事態が発生したのがその最もたる要因だった。

 

それによって商人の間では圧倒的に安く買える辺境の地で買い占め、カイロで高く売り払うということが流行し、周辺の市場からはナツメヤシの実がすっかり消えてしまっていた。

 

 

 

 

 

しかし、三日月とテッサは知らなかった。

 

 

 

 

この買い占めの……謎の価格上昇という不可解な現象の中心にいるのが、かつて三日月が出会ったピンク髪の少女であるということを……。

 

あの時、不用意にピンク髪の少女へとナツメヤシの実を差し出していなければ……。ナツメヤシを気に入った少女が爆買いに走ることもなく、このような事態にはならなかったのかもしれない……

 

(なるほどね!これが『インガオウホウ』ってやつね!)

(お姉ちゃん!影から煽るのはやめるのです!)

 

 

 

 

 

「ナツメヤシ、ないの?」

 

店の外から店員の話を聞いていた三日月は力なくそう呟いた。

 

「三日月さん……っ、場所が悪かっただけかもしれないよ!」

 

テッサは焦り、周囲を見回す。

 

「この辺りは多分……比較的目立つ場所だから商人に買い占められちゃったんだと思うの、だからあんまり目立たないようなところにある果物屋さんとかだったら……」

 

テッサに手を引かれ、三日月はヨロヨロと歩き始める。

 

通りすがりの人に道を尋ねること数回、二人がやってきたのは町の外れにある小さな果物屋だった。

 

「すみません、ナツメヤシの実ってありますか?」

 

「あー……お客さん、悪いんだけど」

 

店の店主らしき男にテッサが尋ねると、店主は苦笑いを浮かべて店の前に並べられた商品を指差した。

 

「ウチは果物屋は果物屋でも、リンゴ専門の果物屋でね」

 

店主の言葉通り店にはリンゴしかなかった。それ以外の果物も申し訳程度にはあったものの、その中にナツメヤシの実はない。

 

「ウチのリンゴは酸味が強いものが多いからジャムに向いててね、味付けのために干し葡萄とかは置いてあるんだけど……流石にナツメヤシはねぇ……」

 

「そうですか……」

 

店主に礼を述べてテッサが振り返ろうとすると、

 

「……っ!?」

 

背後から放たれる強烈な気配に、思わずびくりとなった。

 

「……三日月……さん?」

 

「…………」

 

振り返ったテッサが見たのは……色のない瞳をし、無我の境地に至った三日月の姿だった。

 

「……大丈夫……ですか?」

 

「うん、大丈夫」

 

そう言って三日月はポケットからおぼつかない手つきで、今まで食べずに残しておいた最後のナツメヤシの実を取り出した。

 

まさにそれを口に運ぼうとしたその時、右手の路地の中から騒音が響いてきた。

 

(´∀`*)「ちょっとくらい、いいじゃない!減るわけじゃあるまいし〜」

 

( ̄^ ̄)「嫌よ!」

 

右目に眼帯をした少女が、長い髪の少女を追いかけていた。

 

追いかけられている長い髪の少女は振り返りながらきっぱりと拒絶した。だが前方に注意を払っておらず、気づいた時にはすでに遅く、三日月とぶつかってしまった。

 

「……?」

 

「……あっ!」

 

ぼーっとしていた三日月はそれに対応できず、少女ともつれるようにして転倒してしまう。

 

「三日月さん!?」

 

「エレイン!?」

 

突然の事態に、テッサと眼帯の少女は叫び声をあげた。

 

「いたた……あ、ごめんなさい!」

 

「……うん、大丈夫」

 

少女の下敷きになってなお、三日月はナツメヤシの実を口に運ぼうとして、ふとその手からナツメヤシの実が消えていることに気づいた。

 

倒れたまま周囲を見回すと、自分のすぐ隣にナツメヤシの実が落ちているのが見えた。三日月はそのままの姿勢でナツメヤシの実へと手を伸ばす……が

 

チューチュー

 

何処からともなく一匹のネズミが姿を現したかと思うと、まるで最初から狙っていたかのように落ちているナツメヤシの実を拾い上げ……

 

「ッ」

次の瞬間、三日月の瞳が大きく見開かれた。

 

「え?」

 

三日月が見つめる中、ネズミはナツメヤシの実を抱えて何処かへと走り去ってしまった。

長い髪の少女もその光景を目撃してはいたものの、何がどうなっているのか分からず、三日月の上で呆然とそれを見送った。

 

「おいコラ!いい加減エレインから離れろ、ガキ!」

 

三日月がエレインと呼ばれる少女と密着しているのが許せなかったのか、眼帯をつけた少女はエレインを三日月から引き剥がすと、すぐさま殺気のこもった視線を送った。

 

それはまるで、いちゃもんをつけるスケ番のような恐ろしい形相をしていた。

(例えが古くてよくわかんないんだけど?ダッチー?)

 

「三日月さん、大丈夫ですか?」

 

「……うん、大丈夫……じゃない」

 

三日月の瞳は絶望の色をしていた。

 

「ナツメヤシ……」

 

「え?」

 

「ナツメヤシの実……落とした」

 

そう言って三日月はゆっくりと立ち上がり、シクシクと……いや、涙こそ流してはいないがとても悲しそうな様子でネズミが消えた方向へヨロヨロと歩き始めた。

 

それは偶然にも、体に無数の銃弾を受けてもなお止まろうとしなかったオルガ・イツカの最後に酷似していた。

 

「…ミサイルの人」

 

「は……はい!?」

 

「俺は進み続けるよ。火星ヤシ……じゃなくて、ナツメヤシの実を探すために……」

 

「へ?」

 

「だからさ……」

 

進み続ける三日月の意識が今まさに消えようとした時だった…

 

「あの……私のせいで、ごめんなさい」

 

エレインと呼ばれた少女は三日月の元へと近づく。

 

「大切なものだったのね……その、代わりになるとは思えないけど……」

 

エレインは三日月へとリンゴを差し出した。

 

近くの店で買ったそれはジャム用の酸味が強いものではなく、小ぶりだが糖度の高い上質なリンゴだった。

 

「よければ、これ食べて」

 

「…………」

 

三日月は虚ろな目で少女とリンゴを見た後、震える手でリンゴを取り、噛り付いた。しばらくモグモグとリンゴを味わい……

 

「……うん、これくらい大きい方が食べている感じがしていい」

 

「そっか、よかった……」

 

三日月の顔色が少しだけ良くなったのを見て、エレインはホッと胸を撫で下ろした。後ろでその様子を見ていたテッサもまた同様だった。

 

その時、く〜……

と、緊張が解けたことが影響したのか、エレインの腹の虫が小さなうめき声をあげた。

 

「ッッッ?!」

 

一瞬にして顔を真っ赤に染め上げるエレイン

 

三日月はそんなエレインと自分のリンゴを交互に見つめ…。

 

「半分、あげる」

 

そう言って食べかけのリンゴをエレインへと差し出した。

 

「え?でもこれは……」

 

「気持ちは嬉しいけど、これはナツメヤシの実じゃないから食べにくい。だから、半分こ」

 

「え……えっと……」

 

エレインは少しだけ躊躇った後、三日月とテッサをチラッと見て…

 

「……それじゃあ、半分だけ貰うね?」

 

申し訳なさそうにそう言ってエレインが食べかけのリンゴを受け取ろうとした……その時だった。

 

「させるかッッッ!!」

 

その瞬間、さっきから苛立たしげにエレインを見守っていた眼帯の少女がリンゴを横取りし、すぐに齧った。

 

(エレインとの間接キスなんてッッッ!!!)

 

口元に出しかけたその言葉と共に、眼帯の少女はあっという間にリンゴを呑み込んでしまった。

 

「…………」

「…………」

 

「セレニティ!」

 

三日月とテッサは呆然とそれを見届け、エレインは怒りを露わにする。

 

「ごめんね〜、私もお腹が空いてたの〜www」

 

セレニティと呼ばれた眼帯の少女は、勝利の眼差しで三日月をねめつけた

 

「あはは!哀れなもんね〜お金がなくて変な種しか食べられないんでしょwww」

 

セレニティは他人の災難を喜ぶかのように三日月のことを嘲笑う。

 

「…………」

 

普段の三日月ならばここでカチンと来て惨劇をもたらすことになるのだろうが、今の三日月にとってはナツメヤシの実を失ったショックでそれどころではなく、ただ呆然と虚空を見つめるだけだった。

 

「…………」

 

この時、ついにエレインの堪忍袋の緒が切れた。

 

「……あの!友人の無礼なお詫びとして、食事を奢らせてください」

 

「え〝?!」

エレインの言葉を聞いて、他人の災難を喜んでいたはずのセレニティは一瞬で石化した。

 

 

 

 

 

エレインに連れられ、酒場へとやってきた3人。

セレニティはいつものように害虫を見るような目つきでプリンを食べる三日月を見ていた。

 

「どう、美味しい?」

 

「うん、とっても」

 

「そっか、気に入って貰えてよかったわ」

 

美味しそうにプリンを食べる三日月にエレインは優しく笑いかけた。セレニティは自分以外の人間に笑顔を送るエレインの様子を見て、ニガニガしく思いながらモチャモチャと自分のステーキに齧り付くのだった。

 

「あの……すみません、私まで食事に誘って頂いて」

 

「いいのよ、元はと言えばこちらが蒔いた種なのだから」

 

そう話すテッサとエレインの間には、この店の名物料理とされる羊肉と野菜のスープが置かれていた。

 

「その服装から見て、地元の人ではないわよね。なぜこんな辺鄙な場所に?」

 

「実は、私たちはある人を探しているんです……あの、ちょっと聞いてもいいですか?」

 

夢中でプリンを食べる三日月の代わりに、テッサはオルガ・イツカという人物について、さらに鉄華団という組織について心当たりがないかを尋ねてみた。

 

「んぅ……ごめんなさい、知らないわ。セレニティはどう?」

 

「はっ!知りませんよーだ」

 

そもそも答える気などさらさらなかったのか、どうでもいいというようにセレニティが答える。

 

「あイタタタタタタタ!!」

 

その態度に業を煮やしたエレインは、熟練の早業でセレニティの耳を引っ張った。

 

「ほんとうにごめんなさい」

 

「いえ、いいんです!そんな……」

 

素直に非礼を詫びるエレインに、テッサは苦笑いで応える。

 

「ふぅ……」

 

ちょうどゴージャスチョコプリン(税込み1500)を食べ終えた三日月は満足げに息をついた。三日月の新たな好物はナツメヤシ中毒である彼の気を紛らわせるのに十分な役割を果たしたようで、その瞳は普段の三日月が放つギラギラとした光が灯っていた。

 

「よければ、もう一ついかが?」

 

「いいの?リンゴの人」

 

「リンゴの人って……まあいいわ、飲み物を取るついでに頼むね」

 

三日月の妙な呼び方にエレインは苦笑いしつつも、近くのウェイトレスを呼ぶことにした。流石に同じものだと飽きるだろうと判断し、エレインはゴージャスマンゴープリンを頼んだ。

 

三日月はその間無表情ではあったものの、どこか嬉しそう、もしくはワクワクとした様子でメモを取るウェイトレスを見つめていた。

 

ウェイトレスが厨房へとオーダー伝えてから数分後、もう少しでプリンが運ばれようとしていた時だった。

 

「おーっす、また来たぜオネェちゃんよぉ」

 

酒場の扉をくぐって荒くれた様子の傭兵が姿を現したかと思うと、それに続いてゾロゾロと十数人ほどの傭兵の集団が店の中へと入ってきた。

 

それを見たウェイトレスはとっさに店の奥へと逃げるように戻ろうとするも、傭兵はそれを許さなかった。ウェイトレスの腕を掴み、無理矢理に顔を向けさせる。

 

「おっと、逃げるなんてひでぇよ。オレたちぁ客だぜ?」

 

そう言って傭兵の男はニヤニヤとした笑みを浮かべた。

 

「あれは……『砂漠の蜥蜴』の連中ね」

 

チラリとその様子を伺っていたエレインは、傭兵たちが身につけている蜥蜴の刺繍が施された黒い革ジャンを見て、小声で言った。

 

「『砂漠の蜥蜴』?あいつらが……っ!」

 

それを聞いてテッサは椅子から立ち上がりかけるも、エレインの制止によってなんとかその激情を抑えることができた。

 

「なにそれ?」

 

「最近になってこの辺りを根城にし始めた傭兵団よ。その構成員は300を超えると言われていて、さらに相当数のBMの保持している……小国家規模の戦力を誇る集団ね」

 

「確か、血も涙もない極悪非道の傭兵団として知られているな」

 

「目的のためなら罪のない子どもまで容赦なく殺すゴロツキども……こんなところにいたのかッッッ」

 

三日月の問いにエレインとセレニティは冷静に答えるも、傭兵に対する深い恨みを持つテッサは今にも飛び出しかねない様子で歯を食いしばってそう呟いた。

 

「あなた……何があったのかは知らないけど落ち着いて?今、この状況で立ち向かったとしてもこの人数差で、BMどころか大した武器も持っていないあなたじゃ返り討ちに遭うだけよ」

 

「そうそう、面倒ごとは避けるに限る……ってね」

 

「……くっ」

 

的を射た二人の言葉に、テッサは苦い顔をして顔を背けるしか出来なかった。

 

その間も傭兵たちに捕まったウェイトレスは無理矢理椅子に座らされ、溜まった鬱憤を晴らすかのように傭兵たちから下品な言葉を浴びせかけられ続ける。

 

その内、その輪から外れた傭兵の一人が三日月たちの存在に気づき、ヘラヘラとした様子で近寄ってきた。

 

「やあ、お嬢さん方!楽しくやってるかい?」

 

「…………」

傭兵の言葉に誰も反応を示すことはなかった。

 

「なんか暗いですなぁ、もしよければアッチの方でオレらと楽しくオハナシでもしましょうぜ?」

 

「…………」

しかし、またもや誰も反応を示さない。

 

せっかくの丁寧な申し出を無下にされたことに苛立ちを覚えた傭兵は、舌打ちをしつつそれでもニヤニヤと4人を見下ろす。

 

その内、傭兵の目がエレインの姿を捉えた。

 

「やや!お嬢さん、よくよく見るとなかなかの美女じゃねぇですか」

 

傭兵はエレインの背後へと回り込む。

 

「よければオレとちょっとばかし付き合ってみるってのはどうですかい?」

 

「残念だけど、私はあなたのような人は好きになれないわ」

 

下心が丸見えな傭兵の提案を、エレインはきっぱりと断った。

 

「まあまあ、そういわずによぉ」

 

なおも諦めようとしない傭兵はさらに口説くため、エレインの肩に手を当てようとして……

 

「おいコラ!」

 

セレニティの放った手刀により、傭兵は手を弾かれてしまう。

 

「痛ぇな、ああ!」

 

「うるさいな!汚い手で私のエレインに触ろうとするんじゃねぇ!!」

 

先ほどまで面倒ごとはどうとか言っていたセレニティは、愛するエレインを守るためにあっさりと自分から面倒ごとにぶつかりに行ったのだった。

 

「セレニティ……私は、あなたのものじゃないわ……」

 

その影で、エレインはため息と共にそう呟いた。

 

「あぁん、誰だよテメェはぁ!?」

 

その間も「面倒ごと」は続く

セレニティと対峙した傭兵は大声をあげて威圧した。

 

「あんた、『黒の猟兵』って知ってるかい?」

 

それに対し、セレニティは冷静さを崩すことなくこれ見よがしに黒い長銃を背にかけてそう答えた。

 

その瞬間、先ほどまで高圧的だった傭兵の態度が変わる。

 

「な……その長銃は……まさか」

 

「へぇ?これを知っているのか、なら話は早いな」

 

後ずさりする傭兵に、セレニティは不敵に笑いかけた。

 

「アタシの気が変わる前にここから……」

 

セレニティがそう言いかけた時、酒場に異変が起きた。

 

それは店の奥……新人なのだろうか、気の弱そうなウェイトレスが恐る恐る姿を現し、料理の乗ったプレートを席まで運ぼうと慎重に歩いていると、3人の傭兵がウェイトレスの進路を塞ぐように立ちはだかった。

 

凶悪な視線を向けられつつも、ウェイトレスは勇気を振り絞って傭兵たちの脇をすり抜けようとする。

 

だが、傭兵たちはそれを許してはくれなかった、ウェイトレスの体を掴んでその動きを封じる。ウェイトレスは必死に抵抗するも小柄な体で発揮される力など大の男3人の前ではたかが知れていた。

 

傭兵たちの執拗な妨害を受け、ついにウェイトレスは料理の乗ったプレートを放してしまった。

 

お皿に盛られたゴージャスマンゴープリン(税込み1800)がゆっくりと地面へ落下した。

 

割れる白いお皿

 

床の上で弾け、四散するマンゴープリン

 

果汁のたっぷりと詰まったプリンのジュースが、床をオレンジ色に染め上げた。

 

しかも傭兵たちは無情にもそれを汚れたブーツで踏みつけ、踏みにじるのだった。

 

「……!」

再び、三日月の瞳が大きく見開かれる。

 

そしてその光景は、今か今かとプリンを待ちわびていた三日月の脳裏に深く刻み込まれるのだった。

 

好物のプリンを目の前で失ったショックは、ナツメヤシ中毒で頭の動きが鈍っている三日月の理性を崩壊させた。決壊したダムのごとく、今まで溜め込んでいたイライラ(ニセのオルガやナツメヤシの件、あとシャロの件)が濁流となって三日月の脳内を支配した。

 

そしてなによりも、今の三日月にとって食べ物の恨みというのは本当に恐ろしいものだった。

 

そこから、三日月の動きは早かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナ ニ ヲ……ヤ ッ テ イ ル ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

悪魔の形相をした三日月は、一瞬にしてウェイトレスに絡み続ける傭兵の前へ移動すると、片手で首の骨をへし折らんばかりの勢いで傭兵の首を締め上げた。

(ガエリオの時よりも激しいね!)

 

「ぐ………!?ぐぐぐぐ?!」

 

男の首からミシミシと骨がしなる音が鳴り響く。

 

「な……てめぇ、何しやが……ぐあっ」

 

それに反応した2人の傭兵は三日月へと殴りかかるが、三日月は掴んだ傭兵を武器にするかのように2人へと叩きつけた。

 

酒場にいた全ての傭兵がその光景に戸惑いを覚えた。

 

「何しやがる!やっちまえ、お前ら!」

 

傭兵団のリーダーらしき最初に入ってきた男が叫ぶと、傭兵たちはふと我に返ったように懐や腰のホルスターから拳銃を取り出すが……

 

「…………」

 

最初に拳銃を取り出して発砲することができたのは三日月だった。正確な射撃により、最初に拳銃を取り出そうとした傭兵たちだけをいとも容易く無力化させ、沈黙させる。

 

弾切れになった拳銃を下ろした三日月は、恐怖で動けなくなったのか怯えたように床の上で震えるウェイトレスを抱え上げ、カウンターの奥へと飛び込む。

傭兵たちがようやく攻撃の第1波を放った時には、すでに三日月とウェイトレスの姿はカウンターの中へと消えていた。

 

「ハッ、先手必勝ってね!」

 

セレニティは目の前の傭兵を長銃で薙ぎ払うと、空いている中央の席へと跳躍し、傭兵たちに向けてマジックのショーでもやるかのような深々としたお辞儀をしてみせた。

 

「お前……それにその銃は……まさか!」

 

突如として酒場の中心へと躍り出たセレニティと彼女が持つ長銃を見て、傭兵たちの間にどよめきが走った、

 

「皆さん、お会いできて嬉しいわ。それでは……あの世にご案内するわね!」

 

狂気に満ちた左目で傭兵たちを見渡しながら、セレニティは長銃を構えた。

 

 

 

 

 

そこから先は、あっという間に決着がついた。

 

尋常ではないスピードとパワーで傭兵を一人一人叩き潰していく三日月

 

正確な射撃とガン=カタの技術で傭兵を一蹴するセレニティ

 

この2人を前に、傭兵たちは成すすべなく敗走するのだった。

 

「てめぇ!よくも!」

 

「……!」

 

そんな中、セレニティが撃ち漏らした傭兵がムクリと起き上がり三日月へと銃口を向けた。遅れてそれに気づいた三日月は被弾を覚悟するも、腰に下げていたサーベルを素早く抜刀したエレインが白刃を閃かせ、一瞬にして傭兵の腕を切り落とした。

 

腕を失い、絶叫する傭兵。

感情のない瞳をしたエレインはサーベルを傭兵の心臓へと突き刺し、とどめを刺す。

 

「リンゴの人、強いね」

 

鮮やかなその動きに感嘆したのか、三日月は興味深そうにエレインを見つめた。

 

「その……やってみたらできたの」

 

刀身についた血を払い「なんとなくだけど…」と呟きながらエレインはサーベルを収めた。

 

かくして、小さな戦いは終結した。

 

三日月は店をボロボロにしてしまったことを素直に詫びて弁償しようとするが、2人のウェイトレスはそれよりも「あのままではどうなっていたか分からない」「それよりも助けてくれてありがとう」と抗議の一つでもあっていいはずが、三日月たちに対して感謝するばかりだった。

 

(なんなんだあいつ……ただのガキじゃないよな?)

 

そんな中、セレニティは三日月のことをじっと見つめていた。しかし、その瞳は先ほどのような人を見下したような色ではなかった。

 

(座った状態からのあの反応速度、躊躇いも一切の無駄もない動きから戦闘経験は豊富と推測される……こんな奴がか?)

 

三日月を見つめながら、セレニティは先ほどの戦いを思い出していた。

 

(いや、あれはBM操縦者の動きだ。ナイフもしくは拳銃を用いた近接戦闘を得意とするパイロット……ん、そういえばこの前の追撃戦で、突如として連盟軍の前に姿を現した通称『白い三連星』の内、一機は圧倒的なパワーとスピードを駆使した近接戦闘により連盟軍を恐怖のどん底に陥れたって聞いたが……)

 

「ねぇ、なんか用?」

 

ふとセレニティの視線に気づいたのか、いつのまにか振り返っていた三日月が首を傾げてそう尋ねた。

 

「あ……いや、なんでもない」

 

セレニティは肩をすくめて三日月から目を背けた。

 

(いや、まさかな。でも一応エレインに伝えておこうか……?いや、面倒ごとが増えるだけかな。どうせ私たちには連盟を助ける義務はないしね)

 

セレニティは自分にそう言い聞かせ、考えるのをやめた。

 

「三日月さん!」

 

その時、敗走した傭兵たちの偵察に出ていたテッサが息を切らせて酒場へと飛び込んできた。

 

「ミサイルの人、どうだった?」

 

「うん。やっぱりあのゴロツキども……BMの用意を始めたよ」

 

全員の予想通り、傭兵たちは報復を仕掛けるつもりのようだった。

 

「……三日月さん」

 

「うん、テッサはここにいる全員を避難させて。後は俺1人でやるから」

 

そう言って三日月はジャケットとタンクトップを脱ぎ、テッサへと渡した。

 

「ち……ちょっと、どうするつもりなの?」

 

突然半裸になった三日月の行動とその歪な形をした彼の背中に驚きはしたものの、傭兵のBMが迫るこの状況で「1人でやる」と言ったことの意味をエレインは理解出来ずにいた。

 

「BMもロクな武器もないのに、どういうつもりなの?」

 

エレインは周囲を見渡し、スタスタと歩いていく三日月へと声を放った。

「大丈夫、俺にはこれがあるから……来い!バルバトス!」

 

後ろを振り返ることなく、三日月は悪魔を召喚した。

 

すると、上空を覆っていた厚い雲の隙間から白い悪魔……バルバトスがその姿を現し、ゆっくりと砂漠の上に降り立った。

 

「なんで毎回へんなところから出てくるの?」

 

落ちてきたバルバトスを見てふと湧いてきた疑問を「まあ、いいか」で済ませ、三日月はバルバトスへと乗り込んだ。

 

「セレニティ……今、あの人……」

 

「ああ、バルバトス……って言いやがったな。あのBMの名前か?」

 

その光景を遠くから見ていたエレインとセレニティは驚きを隠せないようといったように遠くの白い悪魔を見上げた。

 

「でも、バルバトスはあの博士が……」

 

エレインはそこで言葉を切り、何か考えるような仕草をみせると……急にバルバトスとは反対の方向へと走り出した。

 

「エレイン?!ま……待ってー!」

 

セレニティは訳もわからずエレインを追って走り始めた。

 

 

 

 

 

かくして、三日月の乗るバルバトスは傭兵団を相手に戦闘状態へ突入した。

 

しかし開始早々、三日月は傭兵団の持つ30機近いBMを前に押されつつあった。

360度から包囲され、三日月は傭兵団の集中砲火を受ける。直撃弾はメイスで防ぎ、機体を滑らせ必要最低限の動きで回避行動を取っているも、バルバトスの動きは普段のそれと比較しようものなら明らかに鈍足であると言えた。

 

いや、その原因はナツメヤシ中毒云々という話ではなく、もっと単純なものだった。

 

「ガス欠……」

 

三日月はバルバトスを走らせつつ、ため息混じりに計器盤を眺めていた。

計器盤のスラスター用推進剤の残量はゼロの表示を振り切っていた。

 

「そっか……お前も、同じだったんだな」

 

三日月はこの町に来るためにスラスターを全開にしていたことを思い出し、少しだけ後悔した。最初から、お互いに補給が必要な状態だったのだ。

 

「まあ、いいか。ガス欠でも俺とお前なら……」

 

誰に言うでもなく三日月はそう呟き、編隊から離れ孤立した傭兵のBMへと目標を定め、スラスターを一切使わず膨大な量の砂を撒き散らしながら砂丘を走り、傭兵団のBMをメイスで叩き潰した。

 

「やっと一つ……ああ、めんどくさ」

 

叩き潰したBMから目を上げると、三日月の前に編隊を組んだBMの集団が現れた。BMの編隊は砂漠を滑り、発砲しつつ三日月へと迫る。

 

メイスを構え編隊との衝突に備えようとした時、どこからともなく飛来した刃物のような何かが編隊の中の一機に直撃し、機体は二つに割れて爆散した。

 

その瞬間、編隊が崩れバラバラになった一瞬の隙を突き、三日月はバルバトスを編隊の中心へ。あっという間に二機のBMを薙ぎ払って戦闘不能にする。

 

「……あれは」

 

三日月は撒き散らされた砂の中を高速で移動する黒い機体を目撃した。黒い機体は砂の中に溶け込み、鮮やかな動きで大剣を振り回し、傭兵団の機体を次々に斬り捨てていく。

 

「すごいな、リンゴの人……え?」

 

黒い機体の剣さばきが先ほどエレインが披露していたものと似ていたことから、三日月は無意識のうちにそんな言葉を口にしていた。

 

「ねぇ、もしかしてリンゴの人?」

 

「え?今ので分かったの?」

 

黒く刺々しい機体がすぐ近くまで来た時、三日月はスピーカーを使って黒い機体のパイロットへと声をかけると、バルバトスと同じく悪魔の名前を持つ黒い機体のパイロット、エレインは驚いたようにメインカメラを向けた。

 

 

 

 

 

黒い機体の名前は『ベリアル』

謎多きソロモン工業製の古代メカLM−68。終末戦役において十二巨神アヌビスと激闘を繰り広げたこともある黒い悪魔。

 

ウァサゴと同じくFSフィールドを搭載し、武装は大剣と小太刀の他、特殊なミサイルと、一瞬にして自機の周囲を地獄の業火で焼き尽くす最終兵器を装備している。

 

 

 

 

 

傭兵団は混乱から立ち直り、再びバルバトスを包囲し始める。

 

「もしかして、機体の調子が悪いの?」

「うん、少しだけ」

 

バルバトスとベリアルは包囲の中心でお互いの死角をなくそうとするかのように背中合わせの状態になって声をかけ合った。

 

「なら、私の動きに合わせて援護して欲しいのだけど」

「いいよ」

 

バルバトスはメイスを亜空間へと格納し、代わりに滑空砲とロケットランチャーを取り出した。

 

「面白い芸当ね」

「かもね」

 

そのやりとりが合図となったかのように、傭兵団のBMが一斉に強襲をかける。

 

「今!」

「っ!」

 

ベリアルの声に合わせバルバトスは背中合わせのまま機体を回転させ射撃兵装を連射。ベリアルもウィングからミサイルを射出して応戦する。

 

ワルツを踊るかのようにローリングする2機。

白い悪魔と黒い悪魔によって生み出された暴風は、無数の弾丸を撒き散らして周囲に破壊をもたらした。

 

バルバトスの射撃は激しいローリングの中でも傭兵団のBMを正確に撃ち抜き、ベリアルのミサイルは回転によって生み出された遠心力により湾曲した軌跡を描いて飛翔し、一度に複数のBMを真っ二つにした。

 

「面白い芸当だね」

「そうかもね」

 

そう言う間にも、傭兵団の放った大量のミサイルがローリングを終えた二機の元へ飛来する。しかし、ベリアルの展開した広域FSフィールドがその全てを空中で受け止め、無力化した。

 

「それじゃあ、そろそろ決めようか」

「そうだね」

 

ベリアルは大剣を構え、敵の密集する方向へと高速で飛翔する。

大剣のため必然的に攻撃の隙が大きくなってしまうベリアルを狙って攻撃が集中するも、バルバトスは滑空砲で的確にそれを援護する。

 

「三日月さん!」

 

援護している間、密かに側面から忍び寄っていた一機のBMが砂丘の影からバルバトスを狙撃しようとするも、その企みはテッサの駆るバルキリーによって未然に防がれることになった。

 

「ミサイルの人?ありがと」

 

「はい!三日月さんのお役に立ててよかったです!」

 

BMの胴体からサーベルを引き抜き、テッサは嬉しそうに答えた。

 

「エレイン!大丈夫?!」

 

バルバトスがベリアルの元へ視線を戻すと、いつのまにかベリアルの隣には翼の生えた銀色の機体がいた。銀色の機体は心配そうにベリアルへと声をかけている。

 

 

 

それはベリアルと同じくソロモン工業製の古代メカ

LM−09『パイモン』

巨大な片手剣を装備し、ベリアルと同じく刺々しいイメージを彷彿とさせる機体だった。

 

 

 

そしてそれを操るパイロットは……

 

「あっちは……腹ペコの人か」

 

三日月はパイモンのパイロットであるセレニティに対し、勝手にそんなあだ名をつけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

傭兵団を一掃し、本来の静寂を取り戻した砂漠の中心。戦いを終えた4体の巨人はまるで雑談でもするかのようにそれぞれ向かい合って佇んでいる。

 

「リンゴの人、さっきは助かったよ」

 

三日月はバルバトス越しにベリアルのパイロットへと呼びかけた。

 

「礼には及ばないわ。実を言うと私も、あいつらのことは叩き潰したいと思っていたから」

 

「口ではそう言ってるけど、本当はあのウェイトレスを助けたかったっていうのが一番大きかったんじゃないの?」

 

「セレニティ!」

 

「あ〜はいはい、お姫様〜」

 

セレニティはそう言ってパイモンの肩をすくめ、三日月たちから背を向けた。

 

「あなたには色々聞きたいことがあるけど、今はやめておいた方がよさそうね。それじゃあ三日月さんに……テッサさん、またお会いしましょう」

 

「うん、リンゴの人と腹ペコの人も元気でね」

 

相変わらず妙なあだ名で呼ぶ三日月に苦笑しつつ、エレインは三日月たちに背を向けてゆっくりとその場から立ち去った。

 

「今度は敵になるかもしれないけど……できれば、そうなってしまわないことを願ってね。白い悪魔さん」

 

三日月の瞳に写るベリアルの顔はケタケタと笑っていた。

それは後に起きる悲惨な運命を予言しているかのようだった。

 

アフリカの夕日の中に消えていく2機をひとしきり見送った後、三日月とテッサはオルガ捜索の拠点であるカイロへと帰還するのだった。

 

 

 

 

 

ナツメヤシ……オルガを探す旅は続く……。




アイサガやってる人もやってない人もエレインのスキンは必見です。(どうしてそうなった?)そして最近になって追加されたデレボイスの破壊力は抜群ですね!
どうせならスケ番セレニティのスキンを作って?ダッチー


次回予告です。

エル「カイロへと戻った三日月たち。その道中、行き倒れになったスロカイ様を見つけるよ」

フル「三日月はナツメヤシのため、スロカイ様と一緒に人探しをすることになります」

エル&フル「「次回『再会へ至る道(仮)』」」

エル「なるほどね!これが『クサレエン』ってやつね!」


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第9話:再会へ至る道

マス飛のこと調べてたら、案の定コメントにニンジャスレイヤー沸いてて草でした。(思わずイイネしてしまいました)

スロカイ様のお母さんについては……具体的なエピソードがあんまりないのでどれだけ深い間柄なのか不明なのでその辺りは曖昧にします。

キリどころがなかったのでかなり長くなってしまいました。ご了承ください。





それでは続きをどうぞ







夜。カイロの中心にて……

 

その少女……美しいピンク色の髪が特徴的な少女は、一睡もせずカイロの繁華街を歩き回っていた。

 

その目的は、彼女の持つ銀色のペンダント……その中に収められた一枚の写真に写る女性、少女はカイロに到着してから今の今までこの女性の手掛かりを探し続けていた。

 

しかし、収穫は何もなかった。

 

蓄積した疲労と失望が、この誇り高い少女に憔悴の影を与えていた。

 

そもそも、カイロは人口約1000万人にも及ぶ大都市だった。その中から一人の人間を探し出すなど、干し草の山から一本の針を見つけるよりも困難と言えた。

 

そんな少女に突然転機が訪れる。

エジプトの華麗な民族服をまとった一人の男性が、途方にくれる少女の前に姿を現したのだ。

 

男性は『アンネロゼ』という名前の主人から、少女を自分の元へ連れてくるように命じられたと説明した。

 

「!」

主人の名前を聞いた途端、常に冷静な少女は身を乗り出してその話に食いつき、珍しく驚きを隠すことができなかった。

 

男性は続けて、自分の主人はカイロ近郊にある『ナイトパレス』と言う別荘で待っていると告げ、少女の都合を聞き、そこまで案内すると言った。

 

男性の調達したラクダに乗り、かくして少女はその男と共にカイロの中心部を離れて行った。

 

 

 

 

カイロ郊外、少女と男性が古戦場の廃墟を通り過ぎた時だった。

 

突然、前を進む男性が少女へと振り返ったかと思うと、なんの前触れもなく男性は少女へと拳銃を向け……発砲した。

 

「!」

しかし、少女が抱いていたウサギ型護衛ペット『ダークラビット』が機敏に反応し、自分の体で銃弾を受け止めた。

 

「ちっ……やはり簡単にはいかないか」

 

完璧な不意打ちを防がれてもなお、男性は銃口を少女へと向け続ける。

 

「貴様……なんの真似だ」

 

少女は冷ややかな視線を男性へと送る。

 

「……こういうことさ!」

 

男性が片手を上げると砂漠の中にアンブッシュしていたのか、大量の砂を巻き上げ数体の巨人が少女を囲むような形で出現した。

それは完全武装したBMだった。

 

全機が少女へと武器を向ける。

 

しかし、完全包囲されてもなお少女は冷静だった。慌てる様子を見せることなく、ここへ導いた男性を冷たい視線で見つめた。

 

「あなたたちは……何者?」

 

「あなたの命を奪いたい者だ」

 

少女の問いかけに対する男性の答えはシンプルなものだった。

 

「さっきの話は全て嘘だったの?」

 

「あれは気にするな、どうせすぐに死ぬのだから」

 

「あなたたちの手で?」

 

少女は軽蔑の眼差しで周囲を見回した。

 

「あなたは『究極能力者』だ。だが、砂漠でこの能力は……うわあああっ?!」

 

その瞬間、男性は絶叫した。

男性の話が終わる前に、地下から砂漠の海を割って突如出現した鋼鉄の肢体によって彼はラクダごと吹き飛ばされてしまった。

 

その瞬間、ピンク髪の少女は勝利の微笑を浮かべた。

 

「ついてなかったわね、選んだ場所が最悪だったのよ」

 

すると少女の足元から、ずず……ずずず……

 

「ここは古代戦場の遺跡。それがどんな意味を持つか……分かるかしら?」

 

この振動は少女が起こしていた。彼女はその能力で砂漠に埋葬されていた鋼鉄の残骸を地表へと呼び寄せていたのだ

 

「この能力を見られることを光栄に思いなさい」

 

激しい振動とともに少女の足元が割れ、砂の中から赤い鉄の塊が姿を現し……鉄の塊は少女を乗せたまま砂漠の中に浮かび上がると、さらに砂の中から無数の機械の残骸が出現した。

 

残骸は少女の足元で鉄の塊へ次々と融合し、最終的に1体の血のように赤い巨人が生み出された。周囲のBMなど小指で捻り潰すことが出来るほどの巨大な体躯。しかしスクラップの集合体であるにもかかわらずその巨人は少女の命を受け、より兵器として洗練され一切の無駄もない機械生命体としてその場に降臨した。

 

ウオオオオオオオオォォォォォ……!!!

その巨人はまるで血に飢えたケダモノのように、荒々しい咆哮を上げた。

 

「そんな……バカな……機械の残骸を……こんな……」

 

吹き飛ばされた男は自分を襲う咆哮の衝撃に耐えながら、呆然と少女の機体を見上げた。

 

普通の人間ならばこの光景を見ただけで恐怖にかられる筈だ。だが、少女を包囲していた者たちは呆然と驚きはするも、決して逃げ出そうとはしなかった。

 

「お前たちは一般人ではないな。背後にいる首謀者の名前を教えれば教えてやろう、凡人」

 

機械生命体へと乗り込んだ少女は、いつか誰かがやっていたようにナツメヤシの実を口に入れて糖分を補給した後、男性を見下ろして問いかけた。

 

「俺が教えると思うのか、偉大な教皇様」

 

男性は不敵な笑みを浮かべて冷たく言い放った。

しかし、本当は逃げ出したくてたまらなかった。

 

「そう……ならば機械神の元に行くがいい。愚かな凡人ども」

 

機械生命体は腕を上げ、巨大な爪を展開し、振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第9話:「再会へ至る道」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう少しで日付が変わろうとする時刻……カイロ郊外

 

「三日月さん……もう少しでカイロだよ!」

 

「…………」

 

バルキリーに乗るテッサは、後ろを振り返ってヨロヨロと歩くバルバトスへと視線を送った。

 

「カイロに着いたらナツメヤシが待っていると思うから!ちょっと高くなっているかもしれないけど、お家に着いたら沢山買いに行って、思う存分食べよう……ね!」

 

テッサは励ますような口調で三日月へと呼びかける。

 

「そうだね……」

 

バルバトスのスピーカーから三日月の疲れたような声が響き渡る。

 

エレインたちと別れてから2日が経過していた。

 

そこからたっぷりと時間をかけてカイロ郊外まで戻ってきた三日月とテッサだったが、その2日間、一粒もナツメヤシの実を口にしていなかった三日月の体にはナツメヤシ不足による禁断症状が発現していた。

 

その間、三日月はプリンで症状を抑えていたものの、それも限界だった。

 

三日月の瞳から光は失われ、身体能力は鈍り、阿頼耶識で繋がったバルバトスの操縦系に影響を与えるほど集中力も切れていた。

 

ちなみに推進剤の件は、あいにく前の街で売っていたものではバルバトスには適合しなかったこともあり、ガス欠の状態で2日かけてここまで戻ってきたのである。

 

今、三日月の脳裏に広がるのはナツメヤシへの願望だった。

ナツメヤシに支配された脳内を必死に言い聞かせ、三日月はそれでもバルバトスを歩かせる。

 

(なるほどね!これが『頭ダッチー』ならぬ『頭ナツメヤシ』なのね!)

(お姉ちゃん!)

 

 

 

そんな時だった……。

 

「……?」

 

ふと、バルバトスが三日月へと送る膨大な情報の中に、ナツメヤシへの願望に支配された三日月の興味を引くものがあった。

 

「……ナツメヤシ……?」

 

「……え?」

 

テッサが振り返ると、そこには明後日の方向へと視線を送るバルバトス。

 

「ナツメヤシだ……」

 

「ち……ちょっと三日月さん!?」

 

すると、先ほどまでのヨロヨロとした動きが嘘だったかのように、バルバトスは機敏な動きを見せて砂漠のある一点めがけて滑走した。

 

その場所まで来ると、三日月はバルバトスから飛び降りて砂漠へと膝をつく。

 

「ナツメヤシ……あった」

 

砂の上に落ちていたものを拾い上げてみると、それはナツメヤシの実だった。

 

それは幻覚などではなく、正真正銘のナツメヤシの実だった。

三日月がそれを口にした途端、まるで息を吹き返したかのようにその瞳が爛々と輝く。

 

三日月が目を上げると、さらに沢山のナツメヤシの実が落ちているのを目にした。終末戦争以前に作られた童話『ヘンゼルとグレーテル』に出てくる目印のように、一つ一つ適度な距離を空けて落ちていた……。

 

「嘘……どうして?」

追いついたテッサは状況を把握し、驚きの声を上げた。

 

三日月はそれを一粒一粒大切に拾ってはポケットに収め、その後を辿るように砂漠を歩いていく。

 

それはカイロ方面へと続いているようだったが、今の状況ではまるで三日月を誘う罠のようでもあった。それがら本当であれば三日月はいつか巨大な籠の中に閉じ込められてしまうだろう。

 

「三日月さん、危ないかもしれないよ!」

 

テッサの言葉を無視するかのように、三日月は無我夢中でナツメヤシの実を拾い集め続ける。

 

そんな時、ふと前方を見上げた三日月の目に、ナツメヤシの実が続く道の先に……砂に埋もれた何かがあることに気づいた。

 

「……プリンの人?」

 

ピンク髪の少女が行き倒れていた。

その体は三分の一ほど砂に埋まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母さま……」

 

眠り続けるピンク髪の少女。

涙が一滴、また一滴と少女の美しい頰を伝って流れ落ち、シーツを濡らした。その姿にはいつもの傲慢さはなく、母親を恋い慕う普通の子どもと同じように憐れで無防備だった。

 

ベッドに眠る少女を前に、三日月はその体が冷えないよう毛布をかけて小さくため息をついた。

 

カイロへと帰還した三日月とテッサは、オルガ探しの拠点であるホテルまで戻っていた。二部屋取った内、ここは三日月の部屋。こじんまりとしたスペースにシンプルな内装、家具はベッド、椅子、机が一つずつと簡素だった。

 

「……大丈夫。ちょっと疲労しているだけで、脱水症状とかはなさそうだからこのまま寝かせていても問題はなさそう」

 

少女のそばに座り、しばらく容体を見ていたテッサがそう言って三日月へと振り返った。

 

「そっか……」

 

三日月はそう呟き、いつものように袋からナツメヤシの実を取り出そうとして……やめた。落ちていたとはいえ、人のものを勝手に食べるのはどうなのかと判断してのことだった。最初に一粒食べている時点でもう遅いのだが……。

 

「三日月さん、夜も遅いしもう眠って。私はソファで眠るから……」

 

テッサは自分の部屋の鍵を三日月へと差し出す。

自分の部屋のベッドを使って……という意味なのだろう。

 

「……いらない」

 

しかし三日月はテッサの提案に対し、首を横に振った。

 

「疲れてるのはミサイルの人の方でしょ?俺は別に疲れてないから」

 

「でも……」

 

「……そう。だったら」

尚も鍵を差し出すテッサに嫌気がさしたのか、三日月は仕方なくテッサから鍵を受け取ると、何故かテッサの腕を引いて部屋の外へ出る。

 

「え?三日月さん……?」

 

「だったら、一緒に寝る」

 

「ええ?!」

 

鍵をかけてからテッサの部屋へと移った三日月は、テッサをベッドへ放り投げると、自分もベッドに入り、テッサのことを拘束するかのようにその腕を掴み、体を横にする。

 

「い……一緒にって……なんで……」

 

顔を真っ赤にしたテッサは、目の前で自分を拘束する三日月から目をそらす。

 

「俺に眠って欲しいんでしょ?俺も、テッサには眠って欲しいから」

 

そう言って三日月はあくびをした。

 

「でも、こんな……向き合ってなんて……」

 

「……ごめん。俺、背中の機械が邪魔でまっすぐ眠れないし……それに、こうしないとミサイルの人、勝手にベッドから抜け出しちゃいそうだから」

 

目を閉じて、テッサの腕を掴んだまま体から力を抜く。

 

「……わ、私……お風呂に入ってないし、その……に、臭うと思うんだけど……」

 

消え入りそうな、テッサの声

 

「別に……いい匂いだと思うけど?」

 

「〜〜〜〜ッッッ」

 

自分が慕う人からそう言われ、トクン……と、

テッサは自分の心臓が大きく高鳴ったのを感じた。

 

もっとも、かつて多くの戦場を渡り歩いてきた影響で、三日月は体臭に関してはとても無頓着になっていた。汗とオイル、血にまみれた戦場で体臭を気にする余裕はなく、気づいてみれば最後に体を洗ったのが何週間〜何ヶ月も前ということもしばしばだった。かつてアトラからそれを指摘されてからは最低限のことはしていたものの、相変わらず無頓着なことには変わらなかった。

 

むしろ「おやっさん」のような匂いのキツイ人とばかり交流していた三日月の感覚してみれば、汗にまみれていたとしてもテッサの匂いは比較するまでもなく圧倒的に「良い」と言えた。

 

だが、テッサはそれを知る由もなく、一人悶々とした時間を過ごすのだった。

 

「三日月さん……寝ちゃったの?」

 

ふと我に返ったテッサが小声で呼びかけるも、三日月からの反応はない。

 

「……ひきょう だよ」

 

そう呟くと、何を思ったのかテッサは三日月の胸の中へ体を忍ばせ、密かにその匂いを嗅いだ。

 

「三日月さんの、匂い……」

 

テッサは自分の心が温かくなるのを感じた。

 

三日月の発する絶対に「良い」とは言えない匂いを嗅いでもなお、嬉しさを感じてしまう時点で既に、テッサは三日月に感化されてしまっていた。

 

三日月のことを抱き枕がわりにして、テッサの意識はいつしか夢の中へ落ちていった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い夜が明け、カイロの街に太陽の光が差し込む。

 

「……うぅ」

ピンク髪の少女が目を覚まし、周囲をぼんやりと見回した。

 

「……マティ、マティ……?」

 

朦朧とした意識の中、少女は徐々に思い出した。

自分は今、機械教廷にはおらず、常に身近にいる教廷騎士もいないということを……

 

「誰それ」

 

「!?」

 

少女が目を向けると、ソファに座った一人の少年が少女のことを見つめていた。

 

「お前は……あの時の凡人……」

 

「うん。これ、プリンの人のものだよね」

 

そう言って三日月は拾い集めたナツメヤシの実が入った袋を少女へと投げた。

 

「……ここはどこ?」

 

「カイロのホテルだよ」

 

その言葉に、少女はベッドのそばにあるカーテンを開けてみた。すぐさま眩しい陽光が差し込み「う……」と、そのあまりの眩しさに少女は顔をしかめる。

 

眩しさに慣れた目で窓からの景色を眺めると、目の前には確かに、朝焼けで紅く染まったカイロの街が広がっていた。

 

「……助けられた、とは思っていないわ」

 

少女はフッと笑い、袋の中からナツメヤシの実を一粒だけ取り出す。

 

「お前は倒れていた余を勝手に運んだだけだ……余は頼んでなど……」

 

そこで鋭い視線に気づき、少女はナツメヤシを手にしたまま三日月へと目を向けた。

 

「…………」

 

三日月は少女の手の中にあるナツメヤシの実を凝視していた。

少女がその視線を確かめるように手を上下させると、三日月の視線もそれを追って上下した。

 

少女がナツメヤシの実を口に入れると、三日月の視線もその口元へ……

 

途端に悪戯っぽい笑みを浮かべる少女

 

「凡人、これが欲しいのか?」

 

「うん」

 

「そうか、ならばくれてやる」

 

少女はナツメヤシの実を一粒だけ差し出した。

 

三日月がそれを受け取ろうとすると、少女は突然腕を引っ込め……

 

「凡人、お手」

 

そう言って空いている方の手を出した。

 

「?」

 

三日月はその意味が分からず首を傾げるが、とりあえず手を出してみた。

 

「……おすわり♪」

 

「あんた何言ってんの?」

 

すると嬉々とした様子で少女はそう続けた。

三日月は「は?」と怪訝そうな視線を送った。

 

「これが欲しいのだろう?ならば余の言う通りにせよ」

 

「…………」

 

疑問よりもナツメヤシへの執着が優ったのか、三日月は渋々といった様子で少女の前に正座する。

 

「まわれ♪」

 

「…………」

 

流石に今度は従わなかった。

少女は「まあ良い」と、三日月へナツメヤシの実を袋ごと返却した。

 

「いいの?」

 

「構わん、欲しくなったらいつでも調達できるしな」

 

そう言って残ったナツメヤシの実を口に入れる少女、三日月は早速ボリボリと、その味を確かめるようにしっかりと噛みしめた。

 

「そういえば、昨日はなんであんなところに倒れていたの?」

 

ナツメヤシを食べながら三日月が問いかけると、少女はその事を思い出したのか、深いため息をついた。

 

 

 

そうして少女は話し始めた。

いつまで経っても自分の母親が見つからない事

挙げ句の果てによく分からない連中に殺されかけた事を

 

撃退には成功したものの、能力を行使したことで体力が保たず、カイロに戻る途中に倒れてしまったことも話した。

 

 

 

「そっか、お母さん……見つからないんだ」

 

「もう、ここにはいないのかもしれない……もしかしたら、もうこの世にも……」

 

珍しく気弱な様子を見せる少女。その様子を見て三日月は少しだけ考えるような気配を見せた後、ナツメヤシの袋をポケットに収めて立ち上がり……。

 

「……わかった。じゃあ、準備して」

 

「は?」

 

少女は何が何だか分からないという風に三日月を見つめた。

 

「今、ミサイルの人が風呂に入ってるからその間に出かける準備をして?ああ、プリンの人も風呂に入るんだったら今のうちにね」

 

そう言ってテーブルの上に鍵を置き、三日月は部屋から出て行こうとする。

 

「待て凡人! ……いったいどこへ行こうと言うのだ?」

 

「どこに行くかって……決まってるじゃん」

 

部屋の出入り口で、三日月は少女へと振り返る。

 

「プリンの人のお母さんを探しに行くに決まってるでしょ」

 

それだけ言って、三日月はテッサの部屋へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

それから準備にたっぷりと時間をかけること2時間後……

3人はそれぞれ機体に乗り込み、街の外側を移動していた。

 

「凡人よ、何やら話の流れがおかしくないか?」

 

当然のごとくバルバトスの操縦席に座る少女はそう言って、勝手に袋からナツメヤシの実を取り出して口にした。

 

「ごめん、その前に行くところがある」

 

半裸になってコックピットの端に座る三日月が答える。その掌の中にはいつものように、ナツメヤシの実が握られていた。

 

捜索を行う前に、三日月はこの世界の「おやっさん」に会うために移動していた。カイロでは街中でのBMの使用は色々な意味で制限されているため、仕方なく街の外側から「おやっさん」の経営する工場へと向かっていた。

 

「推進剤の補充をしないと、こいつもいい気分はしないみたいだから」

 

「ほう?お前、機械の心が分かるのか?」

 

コックピットからバルバトスの頭部を見上げてそう告げる三日月を、少女は興味深そうな目で見つめた。

 

「んー……まあ、何となくそう伝わってきただけだよ」

 

「そうか。ふむ……ますますお前が欲しくなってきた」

 

それから二人は工場に着くまで色々な事を話した。

三日月は少女へ「お母さんってどんな人?」と聞くと、少女は時折寂しそうな表情を見せつつも、かつての母との日々を事細かに話した。心温まるその話は、母親という存在を知らない三日月にとっては非常に興味深かったようで、三日月は話が終わるまで少女のことを見つめ続け、一言一句聞き逃さないように少女の言葉に耳を傾けていた。

 

「そういえばお前も人を探していたんだったな?」

 

話し終えた少女は、ふとそんな事を聞いてきた。

 

「うん。でも、まだ手掛かりすら見つかってないんだけどね」

 

「そうか。ふむ……お互い、難儀をしているということか」

 

少女は自嘲気味に笑うのだった。

 

 

 

 

 

工場にバルバトスを預けた三日月は、少女と共に街を進む。

 

テッサは「ちょっとやっておきたいことがある」と言って工場に残ったため、今は2人っきりだった。

 

「それで、余をどこへ連れて行こうというのだ?」

 

「とりあえず、俺が行ったことのある情報屋に行ってプリンの人のお母さんについて聞いてみようと思う」

 

「そうか……まあ、凡人が行くようなところでそう簡単に見つかるとは思えんがな」

 

三日月の隣で少女は肩をすくめてみせた。

 

「ところで凡人、ナツメヤシとは本当に良いものだな。プリンと違って荷物がかさばらない上に、保存が効く。それにいくら食べても食べ飽きない、まさに旅をする上では最高の食べ物だな」

 

「まあ、たまに外れが入ってるし、最近は高くなっているって聞くけどね」

 

お嬢様らしく食べ歩きをしない少女とは違い、三日月はそんなの御構い無しにという風にナツメヤシを食べ続けている。

 

「……おい凡人、歩きながら食べるのはよせ」

 

「え?なんで」

 

「凡人がそのように美味しそうに食べているのを見ていると、余も欲しくなってしまうではないか」

 

「ん、貰う?」

 

「いや、今はやめておこう」

 

ため息をつく少女に首を傾げながら、三日月はふと……カイロで食べたプリンを思い出した。

 

「そういえば……俺も最近、初めてプリンっていうのを食べてみたんだけど……すごいね、あれ」

 

「そうか……それで、どう凄いというのだ?」

 

「うん。表面がプルプルしてて、キラキラ光ってて……まるで宝石みたいに綺麗だったから最初は食べ物とは思えなかった」

 

「……それで?」

 

「食べてみるとナツメヤシよりも甘くて美味しかった。俺のいた所でもチョコとかトウモロコシとか甘いものは他に沢山あったけど、こんなに甘くて美味しいものが他にあったなんて知らなかった……俺、プリンが好きになった」

 

「フッ……そうか」

 

「プリンの人?」

 

意味ありげな様子で苦笑する少女に、三日月はまたしても首を傾げるのだった。

 

その内、情報屋の元へたどり着いた2人。

 

2人が店に入ってきたのを見た店主は、待ってましたとばかりに店の中にいる店員全員を呼び出し、歌と踊り付きのVIP待遇で2人を賑やかに迎え入れ、店の一番奥にある豪華絢爛な部屋へと案内した。

 

「凡人……お前、いったい何者だ?」

 

「ただの旅人だよ。それにこいつらが興味あるのは俺じゃなくて、俺の持ってるこのカードだから」

 

三日月は例のカードを少女へと示した。

 

「いらっしゃいませ三日月さま。先にお飲み物などは……」

 

「じゃあ、あったらでいいからナツメヤシ持ってきてよ。それとプリンを2人分……この店で一番美味しいやつ」

 

「かしこまりました」

 

なぜか頭にウサギの耳をつけたレオタード姿のウェイトレスは三日月の注文を聞くと、すぐにオーダーを伝えるために厨房へと向かった。

 

それから1分も経たない内に2人の前にはナツメヤシの実が山盛りに乗った大皿と……何を勘違いしたのか2人分の巨大なバケツプリンが用意された。しかもバケツプリンはその他に、大量のクリームと果物でデコレーションされていた。

 

「……すごいね」

 

「だが、これは流石に食べきれんぞ?」

 

その圧巻の光景に2人が目を見合わせていると、この店の店主で、アフリカ全土に情報のパイプを持つと豪語するスーツ姿の老人が現れた。しかし、スーツ姿の老人は非常に困った顔をしていた。

 

「三日月さま……まずはご来店ありがとうございます。しかし、三日月さまの探していらっしゃる『オルガ・イツカ』なるお方と『鉄華団』なる組織については未だ情報が入っておらず……」

 

「ああ、違うよ。今日ここに来たのはオルガのことじゃない」

 

「と、言いますと?」

 

「この人のお母さんを探して欲しい」

 

そう言って三日月は少女を示した。少女はその視線に頷くと、銀色のペンダントを取り出して店主へ手渡した。女性の名前を伝えることも忘れない。

 

「なるほど。では、少々お待ちください……まずはこの辺りを中心に捜索を行いますので」

 

「それってどれくらい時間がかかる?」

 

「この方がカイロにいるのなら1時間もあれば!ただ、この街から一歩でも外の世界に踏み込んでいるのなら、それなりに時間をいただきたく……」

 

「分かった。じゃあ、1時間だけ待ってみるから」

 

「ありがとうございます!その間に、店の者による料理と歌、踊りをお楽しみください!」

 

店主が2人の前から消えると、何やら店中が騒がしくなる気配。

 

「これは頼もしいな。では、その結果が分かるまでゆっくりと待つことにしよう」

 

そうして2人はプリンを食べながらゆっくりと時間を潰すことにした。ボリュームだけが取り柄だど侮っていた2人だったが、そのバケツプリンの味は絶品だった。

 

食べきれなかった分は店員の計らいで保存容器に収め、滞在するホテルまで配送してくれるとのことだった。プリンを食べ終えた三日月は腹ごなしにナツメヤシの実を食べながら自分の袋にもひょいひょいと収めていく。

 

店員による歌と踊りをBGM代わりにし、2人は店が用意した暇つぶしのカードゲームに没頭した。カードゲーム初心者の三日月は、それなりに経験があると言う少女に序盤こそ押されてはいたものの、コツがか分かってきたのか徐々に押していき、10戦したところでお互いに5勝5敗の良い勝負となっていた。

 

勝敗の分かれ目となる11戦目が行われようとした時、店主が慌てた様子でVIPルームへと飛び込んできた。

 

「三日月さま!見つかりましたよ!」

 

「何!」

 

店主の言葉に、少女はカードを投げ捨てて飛び上がった。

 

「本当に!?今どこにいるの!」

 

「今、地図をお作りいたします。ついでに、いくつかの目印をピックアップしておきますので……」

 

「早くしろ!凡人!」

 

少女は急かすように叫ぶと、店主は焦ったようにVIPルームから出て行った。

 

「……勝負はまた今度だね」

 

撒き散らされたカードの山を見て、三日月はため息をつくと立ち上がり、座りっぱなしで固まってしまった体をほぐすように背伸びをするのだった。

 

 

 

 

 

カイロ下城区

 

地図を頼りに2人がたどり着いたのは、一軒のこじんまりとした酒場だった。

 

「ここに……お母さまが……」

 

慌てた様子で少女は酒場の扉に手をかけたところで……三日月に止められる。

 

「待って……念のため、俺が先に行く」

 

「……わかった」

 

三日月の言葉に頷くと、少女はその後ろへ

三日月は警戒しつつも扉を開ける。

 

すると微かだが、店の奥から妙なる旋律が響き渡った。

 

「!」

その旋律が少女の耳に届いた途端、少女は思わず息を飲んだ。

これは私がよく知っている音、恋い焦がれていた音、いつも眠る前に聞いていた旋律……。

 

少女は三日月を押しのけるようにして店の中へ、今度は三日月も止めようとはしなかった。

 

ステージは既に始まっていた。酒場は演奏に聞き入っている客でいっぱいだった。少女の後を追い、三日月はステージに面した角のコーナー……遠いがステージ上で演奏する人物を見るのに適した場所に立ち、2人並んでハープを演奏する女性を眺めた。

 

ステージには少女が心から慕う人がいた。

 

ステージでは少女によく似た美しい金髪の女性が優雅にハープを弾いていた。

 

「お母さま……」

 

「プリンの人のお母さんって、写真で見るよりもずっとキレイな人だね」

 

「そ……そうだろう……フッ……」

 

三日月の純粋な感想に、少女は気丈に振る舞ってみせるが、それでも感情の高ぶりを抑えることはできなかったようで……少女は少しだけ俯いて、前髪で自分の目を覆い隠した。

 

ずっと探し続けていた自分の母親を見つけることができた嬉しさと、自分の母親を褒められた嬉しさが相まって感極まる少女。三日月はあえてステージを眺めてそれを見ないようにし、少女のそれが少しだけ引いたのを見計らって、その場から立ち去ろうとする。

 

「待って……」

 

瞳に浮かぶ液体を振り払って、少女が三日月を呼び止める。

 

 

 

「我が名はスロカイ、機械教廷の長である。そして、お前は……?」

 

 

「……三日月……ただの旅人だよ」

 

 

 

ここでようやく、2人は互いに自己紹介し合った。

 

「三日月。ありがとう……お前も、探し人が見つかるといいな」

 

「うん、スロカイも元気でね」

 

スロカイの目には一切の曇りはなかった。

三日月は優しく笑いかけてから酒場を出た。

 

 

 

 

 

「…………」

「……で……アンタ、誰」

 

酒場から出てしばらく進んだところで三日月は振り返り、先程から密かに尾けていたその人物を見上げた。

 

石造りの建物の屋上、そこに佇む一つの影。

仮面と大きな白マントを身につけた男が三日月を見下ろしていた。

背は高く、マントの下に隠れたボディースーツにより肌を一切露出していない。

 

「俺の気配に気づくとは……何者だ?」

 

白マントの男がゆっくりと告げる。

 

「っていうか、気づかせようとしていたんじゃないの?」

 

三日月は敵対心を最大にして、白マントへと向き直った。

そうしているうちに白マントは三日月がいる道の前へと華麗に飛び降り、仮面から放たれる赤い視線を三日月へ向けた。

 

「あの少女とは、どういう関係だ?」

 

「あの少女ってスロカイのこと?それをお前に言う必要ある?」

 

「……言え」

 

「……ただの、赤の他人だけど?」

 

ここで友人や知り合いだとか深い関係を言うことで、この不審な男の魔の手がスロカイへ及ぶことを恐れた三日月は『他人』という言葉を使って全てを片付けようとした……しかし、

 

「そうか……では、なぜ赤の他人を助けた」

 

白マントの男は三日月の考えを見抜いているかのように質問を続ける。

 

「……お母さんに会いたがってたから。俺に親はいないけど、それが大切なものなんだってことは分かる。だから、会わせてあげたいって思った」

 

「それだけか」

 

三日月の答えに、白マントの男は淡々とそう言い放った。

 

「では、赤の他人の女のために死ぬことになっても……お前は後悔しないのか?」

 

鋭い音が鳴り響き、男はマントの奥から剣を抜く。

ビームソードが赤い光を放ち、柄のプラグに差し込まれたコードは、そのビームが男自身から放出されているかのように見えた。

 

「あんた何言ってるの?俺は……死なない」

 

三日月は懐から拳銃を取り出す。

 

「では……その言葉に嘘偽りがないか試させてもらおう!」

 

男が三日月へと斬りかかるのと、三日月が拳銃を発砲するのはほぼ同時だった。

 

「……ほう」

 

「…………」

 

一瞬の衝突の後、三日月の後方へと移動した白マントの男の口から驚きにも似た声が上がる。

 

「まさかあそこで当ててくるとは思わなかった」

 

白マントの男の右肩には一発の鉛玉、それは三日月が放った銃弾だった。

ただの人間であればかなりの痛手となっていたはずであろうその一発を、しかし白マントの男はなんでもないという風に左手で掴み取り、地面へと投げ捨てた。

 

「……そう言う、あんたもね」

 

一方の三日月と言うと、持っていた拳銃が真っ二つに切断されていた。

 

「もうお前に武器はない。これでもまだ、お前は言えるのか?『自分は死なない』……と」

 

「ごちゃごちゃうるさいよ……俺は死なないって、何回言わせるの?」

 

三日月は悪魔の形相で白マントの男を見つめる。

 

「そうか……ならば、そのハッタリが無駄であることを後悔しながら死ねッッッ!」

 

再び斬りかかる白マント

 

三日月は後方へと跳躍するが、それでもまだビームソードの射程内……

 

迫り来るビームソード

 

そこで三日月が取った行動は、白マントに向けて切断されてグリップだけになった拳銃の破片を投げつけることだった。

 

「無駄ァ!」

 

ビームソードの一閃により、いとも容易く消滅するグリップ。

 

しかしそこで、白マントにとって予想外の出来事が起きる。

 

「何……?」

 

グリップを手放してからコンマ数秒後……その短い時間に、三日月はなんと自分の着ているジャケットを白マントへと投げつけたのだ。

 

それはグリップを斬り捨てたことで空白になる、白マントの正面へと飛来した。

 

「むぅ……」

 

三日月が着ていたジャケットが顔に絡みつき、白マントの動きが止まる。

 

左手でジャケットを除去すると、白マントの目の前には依然として後方へと着地した三日月の姿。何やら呟いているが、未だビームソードの射程内!

 

「小癪な……ッ」

 

白マントは一瞬にして三日月との距離を詰め、ビームソードを振り上げた。

 

「……!」

 

が、白マントは何を思ったのかそれを振り下ろす直前に後方へと跳躍

 

その瞬間、白マントの体をかすめて空から鉄の塊が落ちてきた。

 

「チッ……外した」

 

「これは……BM?」

 

突如として三日月の前に現れたバルバトスを見てもなお、白マントは冷静だった。

 

「面白い!では、ここからはコレで決着をつけよう」

 

白マントの男はビームソードで空中になにやら文字を描いた。

するとどこからか「ソレ」は姿を現した。

 

金切り声をあげながら数件の廃棄された店舗を踏み潰しながら、二本の刀を携えた黒い巨人がそこに舞い降りる。

 

『わぁお、わお、マスター。こいつを殺りたいの?』

 

黒い巨人から人工的な声が響き渡る。

 

白マントの男と三日月は素早く機体へと乗り込み、武器を構える。

 

「俺は武器マスター、バイロン……お前は」

 

「……三日月、ただの旅人」

 

某日ノ丸最古の書物に描かれていたイクサ前のアイサツのごとく、2人はお互い名乗り合う。

 

「了解した。では……行くぞ!」

 

 

 

 

 

バトルフィールドが街中から砂漠へ移ってもなお、黒い剣士と白い悪魔は激闘を繰り広げていた。

 

「消えろ」

 

バルバトスは鋭いメイスの一撃を放つ。

 

「遅い!空蝉!」

 

しかし、それが黒い剣士に衝突する瞬間、どういうわけか黒い剣士の姿が消え、メイスは何もない空間を薙ぎ払った。

 

(後ろか!)

 

野生のカンを頼りに、三日月は機体を素早く反転させる。

背後から黒い剣士が迫っていた。

 

「いい反応速度だ」

 

メイスと二本の刀がぶつかり、火花が散る。

至近距離で、戦闘を楽しんでいるかのようなバイロンの声が響き渡る。

 

「……」

 

三日月がそれを薙ぎ払うと、勢いそのままバイロンはあっさりと機体を後退させた。

 

それを好機と捉えた三日月、後退するバイロンめがけて突撃を敢行。目にも止まらぬ速さでメイスの先端を突き出す。

 

だが、速さに関して言えば黒い剣士の方に部があった。

三日月の突撃を紙一重で躱すと、側面から刀を閃めかせる。

 

しかし三日月も負けてはいない、最初から避けられることを見越してメイスの向きは僅かに下を向いていた。突撃の勢いを一切殺すことなく先端を砂漠へ突き立て、メイスの柄を立て、まるでポールダンスをするかのように回転。

 

回転はバルバトスの攻撃力を上げた、その一方で刀の勢いは甘い。

剣士の刀と三日月の蹴りが衝突した。

 

しかし、それも一瞬のこと、

攻撃が不発に終わったと知るや、どちらもその場にとどまることを放棄し、後方へと飛んだ。

 

「やるな」

 

「……」

 

三日月はバイロンが冷徹な仮面の下で、自分を観察しているのを感じていた。

 

「ミラージュクロスに入る気はあるか?」

 

「なにそれ」

 

「この俺をこれほど心躍らせる相手は滅多にいない。お前ならば……」

 

バイロンが言い終わるのを待つことなく、三日月は再度突撃する。しかし、今度はジグザグ移動による複数のフェイントを含んだ突撃だった。

 

「無駄無駄無駄ァ!」

 

フェイントは黒い剣士に通用しなかった。

メイスの振り下ろしの瞬間、再び黒い剣士の姿が消え、バルバトスの後方へと出現する。

 

「……ッ!」

 

振り向きざま三日月は左手にガントレットを出現させる。振り下ろされた刀をガントレットで受け止め、空いた右腕に機関砲を展開、隙間から後方へ砲撃を加えた。

 

だが、黒い剣士は後方へ

さらに空いた右手の剣を回転させ、放たれた砲弾を全て撃ち落とした。

 

「チッ……」

 

「フフフ…」

 

ここまで、両者ほぼ互角の戦いが繰り広げられている中、バイロンは不敵に笑った。

 

「何がおかしいの?」

 

「いや、君に笑っているのではない。君と出会い、君とこうして戦うことができた自分の幸運を笑っているのだ」

 

「なにそれ……いみわかんない」

 

相手の言葉を一蹴し、機関砲を発砲。

 

「ヌぅ……」

 

突然の砲撃は相手の意表を突くことが出来たのか、黒い剣士の姿勢が崩れる。

 

「そこ!」

 

その隙をつき、三日月はバルバトスを相手の懐へ飛び込ませる。

ほぼゼロ距離のその状態からメイスを叩き込もうとして……

 

「空蝉!」

 

直撃の瞬間、黒い剣士の姿が消える。

 

「同じ手を何度も!」

 

三日月は無意識のうちに反転しつつ、左腕の装備をガントレットから迫撃砲へとチェンジ。振り返りざまに一斉射撃する。

 

「……!?」

 

しかし、そこに黒い剣士の姿はなかった。

 

「どこを見ている?」

 

側面から響き渡った声に反応し、三日月はとっさに機関砲をガントレットへと変更しようとするが……すでに遅かった。

 

振り下ろされた斬撃が、機関砲ごとバルバトスの右腕に食い込んだ。

 

刀はバルバトスの腕にガッチリと食い込み、離そうとしない。

その間も迫る、黒い剣士の横薙ぎ。

 

「……ぐっ」

 

破壊された機関砲を右腕の装甲ごと排除し、スラスターを全開にして三日月はバイロンの追撃をギリギリのところで回避する。

 

「俺の空蝉が、ただ敵の背後に回り込むだけのチンケな技だと思ったのか?」

 

バイロンは二本の刀をクロスさせ、刀に食い込んだバルバトスのパーツを排除してそう告げた。

 

これまで三日月に対して行われた空蝉は全て三日月の背後に出現していた。しかし、それはブラフだった。本当はあらゆる位置へ転移することが可能だったのだ。慣れた三日月がそれにいち早く反応する頃を見計らって、バイロンは空蝉の種明かしを実行したのだ。

 

「そっか……分かった」

 

三日月はふとそう呟き、何を思ったのかメイスと左腕の機関砲を亜空間へ格納し……代わりに左腕に、先が2つに割れたクローを展開した。

徒手空拳による攻撃を仕掛けようと言うのか、右手には何も持っていない。

 

「得物はそれだけか?」

 

「ああ、そうだ。速さではあんたに敵わないから」

 

「なるほど……俺の空蝉に対抗するためにスピードが遅くなる武器を捨てたのか……」

 

 

 

 

 

しかし、三日月は知らなかった。

 

バイロンの驚異的な空蝉は、実は敵の格闘攻撃をトリガーとして発動する技だということを……

 

つまり三日月がどれだけ素早い攻撃をしようが、それが格闘攻撃であるならばバイロンはそれよりも早く空蝉を実行することができるのだ。

 

 

 

 

 

そうとも知らない三日月は、クローを正面に向けフェイントをかけつつ、黒い剣士へ肉薄……

 

「そんな破れかぶれのフェイントなど!」

 

黒の剣士は機体を滑走させて三日月から距離を取る。

しかし、敢えて近づかせて空蝉によるカウンターを狙っているのか、そのスピードはやけに遅い。

 

三日月とバイロンの距離が中距離に迫った時……

 

「今だッ!」

 

三日月は左腕に装着していたクローを黒い剣士めがけて射出した。

 

「何?!」

 

全くの想定外にバイロンは焦る。

中距離からの一撃なので空蝉は発動できない。

 

咄嗟に刀で迎撃するも、それを狙っていたのかクローの先端はその腕に食い込んだ。

 

三日月が使っていたクロー、それはかつてガエリオの乗るシュヴァルべ・グレイズとの戦闘の折に鹵獲していた射出型のクローだった。

 

「これであんたは逃げられない!」

 

もう片方の刀でワイヤーを切る隙を与えることなく、三日月はありったけの力を込めて左腕を引いた。

 

「ぐわっ」

 

引き寄せられ、黒い剣士が宙を舞う。

三日月は右手にメイスを出現させ、こちらへと飛来する剣士を迎撃……

 

「無駄だ!風魔手裏剣!」

 

が、宙を舞う剣士の体から突如として巨大な十字手裏剣が生成されたかと思うと、何の予備動作もなく射出されたそれはクローのワイヤーを切断、そのまま地面に突き刺さって消滅した。

 

「空蝉!」

「……!」

 

三日月は右手のメイスを振るも、格闘攻撃をトリガーとしてバイロンはまたしても瞬間移動し、その場から忽然と消え失せた。

 

側面からの攻撃を警戒するのか、動けない三日月。

 

「……俺の空蝉は!」

 

どこからともなくバイロンの声が響き渡る。

 

「敵の上空にも出現できるのだッッッ!」

 

バルバトスの真上に出現した黒い剣士、刀の切っ先はバルバトスのコックピットに向いていた。

 

三日月はそれに気づいていないのか、一切動く様子を見せない。

 

「これで、終わりだ!」

 

この瞬間、バイロンは勝利を確信した。

落下による威力の増加も影響して、黒い剣士の刀がバルバトスの装甲へ深々と突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

「……対策くらいするさ、いつだって」

 

 

 

 

 

 

 

「何?!」

 

 

 

バルバトスから発せられたその声に、バイロンは思わず耳を疑った。

 

 

 

そしてようやく気づいた。

バルバトスの装甲だと思って突き刺したそれは、装甲は装甲でもバルバトスを保護する最初の壁、増加装甲であると。

 

今、バルバトスの胸部には対キマリス戦で使われた不恰好なリアクティブアーマーが装備されている。

 

刀はリアクティブアーマーを貫通するだけの威力を有してはいたものの、その先のコックピットを貫くだけの威力はなかった。

 

リアクティブアーマーが炸裂し、足場を失った黒い剣士はバルバトスの目の前へと落下する。

 

「捕まえ……た」

 

三日月は左手で落ちてきた黒い剣士の肩を掴んだ。

 

「今度こそ、お前は逃げられない」

 

そのままメキメキと、黒い剣士の右肩を潰しにかかる。

 

「グゥ……まだだ!」

 

バイロンが雄叫びをあげ、左腕の剣をバルバトスへと振り下ろすが……浅い

それはバルバトスのメイスで簡単に防がれた。

 

「だとしても!」

 

バイロンは今の今まで使わなかったザブウェポン、両肩に装備された火炎放射器を発射、バルバトスへ燃焼ダメージを与える。

しかし、それでもバルバトスは相手を掴み続ける。

 

メイスを落とし、空いた右腕で火炎放射器のバレルをへし折り、左腕の力だけで黒い剣士を砂漠へ叩きつけた。

 

「これで!終わりだ!」

 

メイスを拾い上げ、その先端を黒い剣士のコックピットに密着させ、必殺武器である先端のパイルバンカーを発射しようとして……

 

 

 

 

「……どうやら」

 

 

 

 

そこでピタリと動きを止めたバルバトスを見て、バイロンは呟く。

 

 

 

 

「……引き分け、みたいだね」

 

 

 

 

三日月の視線が、いつのまにか自分の後ろに迫っていた黒い影を捉えていた。黒い剣士と同じ見た目をした黒い影がバルバトスの背中に刀を突きつけていたのだ。

 

 

 

 

それは黒い剣士が持つ特殊なシステムによって生み出された、いわゆる「実体を持つ分身」だった。

 

分身は短時間しか戦場で活動することができないが、その代わりに分身を生み出した本体のカタログスペックどころか、操縦者を伴ったその動きまでもフィードバックし、本体と一切変わらない機体性能を発揮することができるという強みを持っていた。しかも、本体が破壊されてもなお分身は動き続けるのだ。

 

故に、今バルバトスがバイロンを始末したとしても……バイロンの動きをフィードバックした分身は確実に三日月の首を刎ねていたことだろう。

 

 

 

 

「見事な戦いだった、少年よ。このミラージュクロスの一員である俺と引き分けたこと、誇るがいい」

 

いつのまにか機体の外に姿を現したバイロンはそう言って三日月のことを褒め称えた。

 

「別に……仮面の人だって、本気じゃなかったんでしょ?」

 

「ふむ……バレちゃあしょうがないな」

 

同じく機体の外に姿を現した三日月がそう告げると、バイロンはあっさりとそれを認めた。

 

「あんた結局……何がしたかったの?」

 

三日月の問いにバイロンは何も答えることなくコックピットから緑色のジャケットを取り出し、三日月へと放り投げた。

 

「あ、これ……拾っててくれたんだ」

 

それは先ほどの白兵戦時、バイロンへと放り投げた三日月のジャケットだった。ナツメヤシの実が大量に入った袋もちゃんと残っている。

 

「左のポケットにカードが入っている。それは賠償金代わりだ、受け取れ」

 

そうしてバイロンは再び黒い機体へと乗り込む。

 

「それではまた会おう……白い坊主」

 

それだけ言って黒い機体はカイロの街へ向けて滑走し、いつしかその姿は見えなくなってしまった。

 

「ほんと……なんなの?」

 

それを見送り、ポケットの中に入っていたカードを見て、三日月は怪訝そうな顔をして呟いた。

 

三日月の持っていたカードと同じカードが、ポケットの中には収められていたからだった。

 

 

 

 

 

数日後、母親と別れたスロカイは機械教廷に戻った。

 

彼女は教皇である自分が長期間離れるわけにはいかないこと、そしてこれ以上自分が傍らにいると、母親を危険に晒しかねないことを理解していた。

 

スロカイが母親といる間、バイロンはその姿を見せることはなかった。彼は常に気づかれない場所で密かに彼女たちを見守っていた。

 

 

 

一方の三日月とテッサ……

 

バイロンとの激闘から数日ほどカイロに滞在しオルガの情報を集めたものの、相変わらず三日月の元にめぼしい情報が入ってくることはなかった。

 

その間、三日月はテッサに戦闘訓練を施すなりして日々を過ごしていた。テッサは三日月による地獄の特訓に何度も悲鳴をあげるが、それでも根をあげることなく何度も立ち上がり、少しずつだが確実にその実力を高めていた。

 

しかし、これ以上の捜索は無駄であると判断すると、その翌日にはカイロを出て、葵博士との合流ポイントへ向かった。

 

 

 

 

 

オルガを探す旅はまだまだ続く!




バイロンはまだ初心者ガチャがなかったころリセマラで2番目に引き当てたキャラクターなので愛着があります。(1番目は姉妹)
バグでめちゃ硬のフレンチナイトに乗せて周回してたのはいい思い出です。
っていうかバイロン、ストーリーとキャラページで一人称違うんですね……知らなかった……仕様?翻訳ミス?


ここに来てようやくスロカイ様の名前を出すことができた…
っていうか、私はテッサに一体何を求めてこのような展開に……



次回予告です。

エル「バルバトスの戦闘データを届けるために、ダイダロス2号へと戻った三日月」

フル「ミドリさんは三日月と出会った時のことを話し始めます」

エル&フル「「次回『バース・デイ(仮)』」」

エル「なるほどね!次回はお誕生日回ってこと……」
フル「違います」


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第10話:バース・デイ

?「お帰りなさい!指揮官さま!」

お知らせです
・このサブタイトルを見て「カギ爪」や「タキシードを着たボンクラ野郎」などのワードを連想したあなたは「同志」です。

・前回、戦闘シーンがガバガバだった件→すみません。これ以上迂闊なミスをするようならば頭ダッチーと見なしても結構です。

・アンケートはあなたの理想とする指揮官像(こういう人の元で働きたいな)でもいいです。

・ミドリは本作きっての強キャラです。

・バイロンの件は諸説あるので修正はもう少し後で…

・ダッチーがアイサガ用Vtuber作ったみたいなのでみんな「見てください!」後半のカードゲームの場面は必見です!




それでは、続きをどうぞ








OATHプロテクションサービスはババラール連盟内にある傭兵エージェントの一つであり、業界水準をかなり上回る待遇とスタッフを揃えた企業である。

業務内容は失せ物調査から戦闘チームの派遣まで、とても幅広く『金さえあればどんな依頼も断らない』をモットーとしている。

 

 

 

OATHカンパニー本部。

葵博士の個人メンテナンス室

 

『ワカ共和国と反ワカ連盟は今月、新エジプト首都において歴史的な和平合意に署名しました』

 

薄暗い室内に男性ニュースキャスターの言葉が響き渡る。部屋の主であるその女性……葵博士は光によって自分の網膜が傷つけられてしまうことを理解した上で、目の前の古ぼけたテレビの映像を複雑な表情で見つめていた。

 

『……また、双方は第七次戦争で戦死した元・新エジプト王国の王女に哀悼の意を表す声明を発表しました。ワカ政府は新エジプトの首都に、先の統一戦争の犠牲者を慰霊する広大な墓地を建設する意向です』

 

そして葵博士は思った。淡々とテンプレじみた言葉を放つこの男は……いや、世界中で他人事のようにこの映像を見つめている者の殆どが、この戦争に隠された真相に気づくことなく次の瞬間には今夜のディナーについて考え始めることだろう……と

 

 

 

 

今回、アフリカで行われた戦争……それはソロモンと呼ばれる秘密結社によって仕組まれたものだった。

 

彼らの目的は1つ、アヌビスと呼ばれる十二巨神の内の1機だった。

戦争が起きればアヌビスが目覚めることを理解していた彼らは、100年にも及ぶ統一戦争の中でようやく燃え尽きようとしていたそれに対し、秘密裏に大量のガソリンを注ぎ込むという暴挙をやってのけた。

その結果が第7次アフリカ統一戦争の勃発である。

 

その間、彼らはアヌビスの復旧を手伝うという名目で連盟に潜り込み、復旧を行いつつ密かにアヌビスのデータを奪取することに成功した。

 

大胆な行動だったにもかかわらず、しかし彼らは微塵も証拠を残すことなくアフリカの地を去って行った。

今からアヌビスの復旧を支援したその企業を訪ねようとしても、そこはもぬけの殻のペーパーカンパニーがあるだけだろう。

 

彼らがアヌビスのデータをどう扱おうとしているのかは依然として不明……だが、それだけの理由のために、アフリカでは血が流れ過ぎた。また人的被害だけにとどまらず、BMの残骸から流れ出す有害物質は微量ながら乏しいアフリカの自然を確実に破壊し、また砂漠の地下何千メートルに眠る水資源を汚染するなどの環境被害を撒き散らしていた。

 

まさに『世界の敵(コントラ・ムンディ)』と呼ぶに相応しい暗躍ぶりだった。……そして、直接それに関わったというわけではないが、それに協力している自分もまた同類なのだ……

 

葵博士は自嘲気味に薄笑いを浮かべた。

 

とはいえ、彼らも一介の組織に過ぎない。組織というものは、大きくなればなるほど綻びが生じやすくなるものだ。それを表すかのごとく、アフリカの各地から彼らの行動の跡を示す証言が少なからず上がった。

 

先日送られてきた戦闘データの中にもそれは含まれていた。理由は不明だが、襲来する無数の敵……それを迎撃する白い機体の隣には、なぜかソロモン製『ベリアル』がいて、さらに映像を解析すると、同じくソロモン製『パイモン』の機影も確認された。

 

ベリアルもパイモンも世間的に見れば製造者不明のBMに過ぎず、ソロモンが関与していたという決定的な証拠にはならない。しかし状況証拠にはなり得る。あとは……これをどう利用するべきか……

 

そこまで考えたとき、出入り口からノック音

葵博士の部屋を訪れる者が現れた。

 

「入りなさい」

 

テレビを切り、ぶっきらぼうにそう告げるとドアを開けて入ってくる二つの影。

 

「……ああ、お前たちか」

 

葵博士は部屋に入ってきた少年と少女……三日月とテッサを見て、呟いた。

 

「どうした?何か分からないことでもあったのか?」

 

「いや、そうじゃない。頼まれてた戦闘テストが終わったから報告に来た」

 

「はい?」

 

首を振って何でもないようにそう告げた三日月。その様子に、葵博士は椅子から崩れ落ちそうになった。

 

三日月の言った戦闘テストとは、葵博士が作った自律型AIメカをアグレッサーとした実戦テストのことだった。

 

「……一応聞いておくけど、メニューに書かれていたあれを全部倒したと言うの?」

 

「当たり前じゃん」

 

葵博士は驚愕した。

なぜなら、三日月に戦闘テストを依頼してからまだ1時間も経っていなかったからだ。

 

その内容は、腕の良い傭兵がたっぷり2時間をかけてようやく突破できるようなシロモノだった。この結果を受け、なかなかの傑作ができたと自負してはいたが、彼らの前では大したことはなかったようだ。

 

「そう……」

 

静かに落ち込んだ様子を見せる、葵博士。

 

「っていうか、ミサイルの人と2人でやってたからそこまで時間がかからなかったっていうのもあるんだけど?」

 

「で、でも……敵の殆どは三日月さんが倒してくれたから、私は終始手こずってただけだから、何もやっていないようなものだし……」

 

少なくとも、昨日今日でここへ来たテッサと名乗る少女の顔には疲労が浮かんでいた。

この少女に関してはどの程度の腕があるかは分からないが、三日月が連れて来たということはそれなりの腕はあるのだろう……私の開発したメカはそれを手こずらせることには成功したようだ。今はそれで良しとしよう、葵博士は深いため息をついてそう思った。

 

「とは言え、改良は必要か……」

 

気を取り直したように葵博士がパソコンをチェックすると、三日月の言った通り戦闘テストの情報が送られてきていた。

 

「ねぇ、もう戻っていい?」

 

「ああ、お疲れ様」

 

葵博士の許可を得て三日月たちが部屋を後にしようとした時だった。

 

「もうっ、葵ちゃん!パソコンを使う時はちゃんと電気を点けないと目を悪くしますよ?」

 

三日月たちの後ろで部屋の扉が開き、薄暗い部屋に明かりが灯る。

 

「私のようになっては遅いんですから……って……」

 

三日月たちが振り返ると、そこには緑の髪とメガネが特徴的な女性がいた。

メガネの女性は三日月を見ると、途端に満面の笑みを浮かべ……

 

「ああ、こんなところにいたんですね!探しましたよ?」

 

そう言って女性は三日月の元へ駆け寄ると…

 

 

「ぎゅ〜〜〜」

何の前触れもなく、彼の顔を自分の胸で優しく抱きしめた。

 

 

「!?」

親友のそんな様子に、葵博士は唖然とした。

 

それは三日月の隣にいたテッサも同様だった。

 

「ミドリちゃん……苦しい……」

 

「でもでもミドリちゃん、三日月くんがいなくてとっても寂しかったんですよ〜?だから、今の内に三日月くん成分をたっぷり補給させてくださいね〜」

 

圧倒的な質量を誇る双丘の谷間に挟まれ、三日月は息苦しさから抗議の声をあげるが、緑髪の女性はそれを惜しむかのように抱きしめる力をさらに強めた。

 

「三日月くん、初めての一人旅ということでしたが毎日ちゃんと食べていましたか?危ない目にあったりしませんでしたか?」

 

「危ない目には何度か遭遇したけど大丈夫。だって、俺はここにいるから」

 

「それもそうですね!やっぱり三日月くんはとっても凄い人ですね!よしよし〜三日月くんも今の内にたっぷり甘えてミドリちゃん成分をたっぷり補給してくださいね?」

 

緑髪の女性は、まるで実の子を甘やかす母親のような顔をしていた。

過剰なのは明らかだったが…

 

「……あの、ちょっといいかしら?」

 

葵博士は咳を一つしてそう言い、2人の注意をこちらへと向けようとするが……

 

「三日月くん、今日の晩ご飯はミドリちゃんが腕によりをかけて作ります!何かリクエストってありますか?」

 

しかし葵博士の様子など完全に眼中に入っていないのか、抱き合った2人は尚も甘々な会話を続ける。

 

「じゃあ、プリンで」

 

「はい♡プリンでも何でも一生懸命作り……」

 

「いい加減にしなさいよ!あなたたち!」

 

葵博士が苛立ちのこもった声をあげたことで、緑髪の女性はようやく我に返り、テヘっとした表情で三日月を解放した。

 

「…………あ」

 

その瞬間、テッサは見てしまった。

一瞬だけ見えた、三日月が緑髪の女性へと送る表情はテッサが今まで見てきた中でも、特に優しげで穏やかなものだった。

 

この時、テッサは胸にチクリとしたものを感じるのだが、彼女はまだその感覚が何なのかを知らない……

 

「ごめんね葵ちゃん、それであなたは……?」

 

「……あ、はい!テッサです」

 

視線を向けられ、テッサは反射的に返事をした。

 

「私はミドリです。ここの社員ですが、現在は社長の代理をやっています。でも、あまり堅苦しいのは苦手なので気軽にミドリちゃんって呼んでくださいね?」

 

「はい……え?え?」

 

まさか目の前のおっとりとした人物が社長代理とは思ってもみなかったのか、テッサは戸惑いの声をあげた。

 

「ミドリの言葉は気にしなくていいわ。それよりも、何か用があってここに来たんじゃないの?」

 

「そうでした!はいこれ、アンデット小隊の戦闘データです。後で確認をお願いしますね」

 

ミドリは持っていたファイルを葵博士へと手渡した。

 

「確かに受け取ったわ、用が済んだのならさっさと出て行きなさい」

 

そう言って葵博士は、三日月たちから背を向けるように椅子をクルリと回してパソコンへと向き直った。

 

「ところで、テッサちゃんはどうしてここに?」

 

「ミサイルの人にはオルガを探す手伝いをして貰った」

 

「へぇ〜三日月くんがガールフレンドを連れてくるなんて珍しいですね〜」

 

「別に、勝手についてきただけだし」

 

「なるほど〜そうだったんですね〜」

 

ミドリは三日月の言葉に頷くと、テッサの頭からつま先までを観察するように眺めると……

 

「そうですね!では、テッサちゃんはOATHカンパニーに入社してもらいましょう」

 

「ミドリちゃん…?」

「ええ?!」

ミドリの提案に三日月とテッサは驚きの声をあげた。

 

「人出は多い方がいいですからね。この広い世界で、三日月くんの言っているオルガさんを探すのはおそらく困難を極めることでしょうから」

 

「ん……まあ、それもそっか」

 

ミドリのちゃんの言葉なら…と、三日月はなんの躊躇いもなく頷いた。これだけでも相当信頼しているのが見て取れる。

 

「入社するに当たってちょっとした雑用をこなしてもらいますが、我が社は戦闘に関しては強要いたしません。勿論、労働の分の給料はしっかりお支払いいたします、それでどうでしょう?」

 

「……あの、実は村に妹を残していて」

 

「では、妹さんもこちらへ来てもらいましょう。後で村の場所を教えてくださいね」

 

「……! はい!よろしくお願いします」

 

 

 

話はトントン拍子に進み、傭兵を恨む少女は奇妙なことに、傭兵たちを束ねる組織の一員となるのだった。

 

 

 

「そうそう三日月くん、ご飯を食べたら一緒にお風呂に入りましょうね〜」

 

「うん、分かっ……」

 

「そ……それはダメ!」

 

三日月がそう言いかけようとするのを、テッサは顔を真っ赤にして止めた。

 

「ミサイルの人?なんで?」

 

「なんでって三日月さん……それは……その……」

 

言葉に詰まるテッサ、それを見てミドリは何かを察したのか非常に微笑ましいといった様子で2人を見ると…

 

「それでは、みんなでお風呂に入りましょうか」

 

「み…みんなで!?」

 

そんなことを言いだすものだからたまったものではない。驚きと恥ずかしさでいっぱいいっぱいとなったテッサが顔を押さえた時…

 

 

 

「あーもうッ、うるさいッッッ!さっさと帰れッッッ!」

 

 

 

背後で繰り広げられている甘々な会話に耐えかねて、葵博士は全力で怒りを露わにした。

恋愛などもうとっくの昔に諦めたと豪語する彼女にとって、3人の会話は耳障りでしかなかった。

 

(なるほどね!これが『あらうんど…』)

 

「…………」

葵博士は虚空を睨みつけた。

 

(ひぃっ!?)

 

(おぉ……お姉ちゃんを止めたのです……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第10話:「バース・デイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日……

再び葵博士の個人メンテナンス室

 

三日月とテッサに周辺一帯のパトロールをお願いしたミドリは、葵博士の元を訪れていた。

 

「それでですね!三日月くんって本当に可愛いくて可愛くって!もう食べちゃいたいくらいで〜」

 

「あっそ…」

 

ミドリのノロケ話に付き合うこと小1時間。その間、葵博士はげっそりとした様子でミドリの話を聞いていた。

 

事の始まりは、ミドリから「重要な話がある」と言われ、葵博士は仕方なく部屋に招き入れることを決意したところから始まった。

 

しかし、ミドリの口から語られるのは葵博士にとってどうでもいい、むしろイライラとさせられるような三日月との順風満帆な日常のことばかりで、今の今まで本題に入ることなく無益に時間は流れた。

 

葵博士はすっかり冷めてしまったコーヒーに手をつける。

 

「あなたのような腹黒い人が……あの少年に対してあんな風になるなんて思ってもみなかったわ」

 

「私のお腹は黒くないですよ〜それよりも葵ちゃん、もしかして……嫉妬した?」

 

 

その瞬間、葵博士は口に含んでいたコーヒーを盛大に吹き出した。

 

「……はっ倒すわよ?」

 

「キャ〜怖い怖い〜」

 

咳き込みながら抗議の声をあげる葵博士。それに対してテンションの高い返事をするミドリの姿は悲しいことに、葵博士の目にはとても若々しく映った。

 

「あなた……変わったわね。昔は得体の知れない薄っぺらい笑みを浮かべる奇妙な女って感じだったけど、今は素の部分が出ている気がするわ……それも、あの少年のおかげなのでしょうね」

 

「そうですか?」

 

「そうよ……ほんと、何考えてるか分からないメガネ女って感じだったのに……」

 

「あのー……葵ちゃん?一応、私たちってお友達ですよね?」

 

「…………」

 

押し黙った葵博士にミドリは「がーん」と露骨に悲しむ素振りを見せた。

 

「そんな……お友達だと思っていたのに……ミドリちゃん悲しいですぅ……」

 

「それはやめろ!気持ち悪いッッッ!」

 

葵博士は絶叫するも、すぐさまミドリに翻弄されていることに気づき、ため息をついて心を落ち着ける。

 

「熱っつい……私、インドア派なのに……」

 

「葵ちゃんは、相変わらずお変わりないですね」

 

「あなたが変わりすぎなのよ…」

葵博士は静かにミドリを見つめる。

 

「そろそろ……話してもらえるかしら」

 

「はい……葵ちゃんも気になっているようですから、お話ししましょう」

 

ミドリはその瞳も含めて微笑みを浮かべていたが、付き合いの長い葵博士はその中にどこか黒いものが含まれていることに気づいた。

 

「三日月くんが、私の前に現れた日のことを……」

 

そうして、ミドリは語り始めた。

全ての『始まりの日(バース・デイ)』のことを…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは今から1年ほど前のことです。

極東のとある場所で異常気象が発生しました。

 

なんの前触れもなく大陸の中心部で巨大な磁気嵐が発生しました。はい、その場所は本来であれば磁気嵐が発生するような場所ではありません。

 

数日間にも及ぶ磁気嵐の最中、空には観測史上類を見ないほどの巨大なオーロラが出現しました。側から見ればロマンチックな光景かもしれませんが、ちょうど近くにあった発電所の送電ケーブルが障害を引き起こしたので、調査のために近くの町を拠点にしていたあの時は……ちょっとだけ大変でした。

 

磁気嵐が去った後も数日間に渡って観測を続け、最終的に磁気嵐の発生源を特定しました。

 

そして、その発生源に向かった私たちが目撃したのは……地面に突き刺さった巨大な氷塊でした。

 

その氷塊は酸化鉄らしき成分を含んでいるのか血のように真っ赤に染まっており、分析の結果、氷塊の内部にはおびただしい量の何かがあることが判明しました。

 

私たちは発見した氷塊を拠点まで運搬することにしました。

そしてさらなる分析を行った結果、氷塊の全容が明らかになりました。

 

氷の中に存在したものは、大きく分けて2つ。

その内一つは巨人でした。頭部と両腕を失ったBMらしき機体が氷の中に埋もれていたのです。

 

そしてもう一つが人間らしき影。

埋もれていた巨人のちょうどコックピットにあたる位置にそれはいました。

 

しかもそれは……いえ、その人物は生きていました。

微弱ながら生命反応があることを確認した私たちは先んじてその人物の救出に当たりました。

 

氷を割って回収された当時の彼は、生きているのか死んでいるのかすら判別できない状態でした。体は恐ろしいほど冷たくなり、瞳孔は開き、こちらから送るあらゆる刺激に対しても反応がなく……しかし、その心臓だけは動き続けていました。

 

まるで主人に対して必至に「生きろ、生きろ」と言っているかのように……彼の心臓は鼓動の間隔を大きく空けながらも、確かに動き続けていました。

 

ダメ元で蘇生処置を施してみると、彼の体はみるみる回復し、あっという間に正常と呼べる状態まで蘇生させることができました。

 

しかし、それでも彼が目を覚ますことなく、さらに数日が経過しました。

 

氷の中にある機体を解析している間、私は生命維持装置の中で眠り続ける彼の元を訪れました。彼の背中に取り付けられた謎の機械が気になったというのもありましたが、眠り続ける彼へ語りかけているといつか目を覚ましてくれるんじゃないかという淡い希望を抱いていたというのが本音でした。

それから毎日のように彼の元を訪れ、今日の出来事や自分のことについて語りかけることが私の日課になりました。そうしているうちに、いつしかミステリアスな彼に惹かれ始めている自分がいることに気づきました。

……まあ、これはどうでもいいことですね

 

 

 

そんな中、私たちの拠点が何者かによって突如襲撃を受けました。

 

 

 

しかし襲ってきたのは単なる賊ではありませんでした。使っている機体はゼネラルエンジンの量産型BMでしたが、高精度なパーツを使用しているのか街に駐留していた軍隊をいとも簡単に殲滅すると、まっすぐ街のある一点に向けて進撃を開始しました。

 

その一点とは、例の回収した氷塊でした。

この時点で、私は襲ってきたのが単なる賊ではないという推測に確証を得ました。

 

私たちは必至に迎撃を行いましたが、調査用のBMしか手元になかった私たちは次第に押され始め、ついに最終防衛ライン手前まで敵に迫られてしまいました。

 

諦めかけたその時でした。

突如、氷塊が砕け、今までバラバラの状態で埋もれていたはずの機体が復元された状態で蘇り、劣勢に陥っている私たちの前に姿を現しました。

 

次の瞬間、白い機体はたった一機で襲撃をかけてきた敵をあっという間に撃滅してみせました。今までに見たことのない戦い方をする白い機体に、私はただ呆然とするばかりでした。

 

戦いが終わると、いつのまにか生命維持装置から抜け出て白い機体へと搭乗していた彼は……コックピットから身を乗り出し、駆けつけた私を見下ろしました。その時の彼の瞳は今でも忘れられません。

 

 

 

 

 

 

それが三日月くんとの出会いでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことがあったのね」

 

ミドリの話を一通り聞き終えた葵博士は、そう言って何か考えるような素振りを見せた。

 

「はい。その後は社長より彼のお世話係を仰せつかい、私はそれから1年をかけて彼とのコミュニケーションに尽力し、今に至る……ということです」

 

そこでミドリはその時のことを思い出したのか、顔を赤らめて勝手に悶え始めた。

 

「とくに最初の頃の三日月くんは右も左も分からない初々しさがありまして……事あるごとに私の背中を追って来る姿はまるで母猫の後を追う子猫のような愛らしさで……しかもあの純粋な瞳で見つめられるとすっごく萌えるといいますか……」

 

「…………」

再びノロケ話をし始めたミドリを葵博士は怪訝そうな目で見つめた。

 

「そのうち三日月くんを教育する役目も担うことになりましたが……ああ、教育といってもそういう卑猥な意味ではなく、ちゃんとした勉学の基礎を指導しまして……そうそう!ああ見えて三日月くんはとっても賢くて偉い子なんですよ?ミドリ先生の話をちゃんと聞いて、分からないことがあったら……」

 

「そんなことはどうでもいいわ」

 

ミドリは一番重要なことを話していなかった。

しかし、それに気づかない葵博士ではなかった。

 

「それで、彼は……いったい何者なの?」

 

「…………」

 

葵博士の核心へと迫る質問に、ミドリは笑顔で押し黙った。

 

「それよ……その顔よ!私が気味が悪いと感じる、その薄っぺらい笑みは」

 

葵博士が吐き捨てるように呟くと、ミドリは小さくため息をついた。

 

「彼の身元については未だ不明な点が多く、憶測の域を出ないので今この場でお教えすることはできません」

 

「そう……つまり、私のような者には教えられない最高機密ということか」

 

「そうなりますね」

 

本音を見破る葵博士

あっさりとそれを認めるミドリ。

 

「ですが……言うまでもなく三日月くんの存在は異質なものと言えます。彼がバルバトスと呼ぶ白い機体もそうですが、阿頼耶識と呼ばれる機械を背中に埋め込まれた彼の存在そのものがオーバーテクノロジーの塊です」

 

そこでミドリは言葉を切り、葵博士へと意味深な笑みを送った。それを見て、葵博士は背筋にひどい寒気を感じた。

 

「ですが、これだけは言っておきましょう。三日月くん、そしてバルバトスと共に発見された酸化鉄らしき赤い物質……それを解析したところ、地球外の物質であることが判明しました」

 

「何ですって!?」

 

葵博士は驚いた表情でミドリを見つめた。

 

「ではつまり、あの少年……三日月は異星人だとでもいうのか……?」

 

「…………」

 

葵博士の質問に、しかしミドリは顔に例の薄っぺらい笑みを浮かべるだけで何も答えることはなかった。

 

「言うだけ言って肝心なことは何一つ教えてくれないのね?」

 

「それが我が社の方針ですので」

 

ミドリは淡々と答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

……三日月がアフリカへ行く少し前

OATHカンパニー第二支社、会議室付近

 

何やら上司と話をすると言って先程から会議室にこもっているミドリを待つ間、三日月は長椅子の端に座り、ボリボリとナツメヤシの実を口にしていた。

 

「…………」(じー)

 

そんな三日月を見つめる小さな影があった。

 

「……?」

 

その視線に気づいた三日月が食べるのをやめ、その場所を見ると、廊下に配置されたプランターの影から三日月の様子を伺う幼い少女がいた。

 

少女はウサギのぬいぐるみをしっかりと抱きしめている。

 

「何してんの?」

 

「……!」(びくっ)

 

三日月が呼びかけると驚いてしまったのか、少女はプランターの影へすっかり身を隠してしまった。

 

その様子を不審に思いつつも、三日月はまたナツメヤシの実を口にし始める。

 

「…………」(じー)

 

すると少女はプランターの影からひょっこりと顔を出し、再び三日月の様子を伺い始めた。

 

「……食べる?」

 

三日月がナツメヤシの実を遠くの少女へと差し出すと、少女は少しだけ戸惑ったような雰囲気を見せ、それから意を決したように三日月の元へ近寄り、ナツメヤシの実を興味深そうな目で見つめた。

 

「美味しいよ」

 

三日月がそう告げると、少女は小さな声で「ありがとう」と言って受け取り、しばらく掌のナツメヤシを見つめた。

 

それから恐る恐るといった様子で口に入れると、

「〜〜♪」

次の瞬間には幸せそうな顔をして、少女は口をモグモグとさせた。

 

「もっと貰う?」

 

「…………」(コクコク)

 

それから2人はしばらくの間一緒の時を過ごすのだった。

 

 

 

「ふう……少し長く話をしすぎたかな?」

 

数十分後……会議室の中から妙齢の女性が姿を現した。

 

「お待たせ、アイリ〜……おや?」

 

女性が自分の娘を探しながらその名前を呼ぶと、すぐに近くの長椅子に座っている彼らの存在に気づいた。

 

「…………」(にっこり)

 

「また負けた……難しいね、これ」

 

そこには少年とカードゲームに没頭している少女の姿があった。

「アイリ」

女性が呼びかけると、少女はハッとした様子で女性を見て、慌てたようにカードを片付けはじめ、それから嬉しそうに椅子から立ち上がった。

 

「よしよし、ゴメンね……遅くなっちゃって」

 

そう言って娘の頭を撫でると、アイリは「大丈夫だよ」と言うかのように首をふるふると横に振った。

 

「そっか……ふふっ」

 

娘に微笑みを送り、女性はそれから長椅子に腰掛けて何かを食べている少年へと目を向けた。

 

「あなた……三日月くんね」

 

「うん。あんたがミドリちゃんの上司?」

 

「まあそうなるね、私はハインリヒ……よろしくね」

 

「三日月……です」

 

相手の方から名乗られ、三日月は淡々と名乗り返した。

 

「うん、それで……待っている間、ウチの娘の遊び相手になってくれたのね?ありがとう、助かったわ」

 

そう言って女性が頭を下げると、それに習ってアイリも礼儀正しく頭を下げた。

 

「よし、それじゃあ行こっか。アイリ、三日月くんにさよならして?」

 

「…………」(こくり)

 

それからアイリはニコリと笑い、三日月へと手を振った。

 

「このカードゲームって言うの、次は負けないから」

 

三日月はそう言って、楽しそうな様子で立ち去る2人の姿を見送った。

 

「三日月くん〜」

 

すると会議室からバタバタとした様子でミドリが姿を現した。両手に大量の資料を抱えている。

 

「ゴメンね遅くなっちゃって〜」

 

「大丈夫。持つよ、それ」

 

そう言って三日月はミドリが持っていた荷物を代わりに持とうとする。

 

「わっ、ありがと〜。やっぱり三日月くんは偉いですねー」

 

その好意に甘え、ミドリは荷物の一部を手渡すとまるで自分の子どもを褒めるかのように空いた手を使って三日月の頭を撫でた。

 

三日月はまんざらでもないといったように撫でられ続けていると……ふと、何を思ったのかその顔に影を落とした。

 

「三日月くん……?」

 

その様子にいち早く気づいたミドリは驚いたように三日月を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

「そっか……アイリちゃんと話したんですね」

 

「うん」

 

荷物を置いて長椅子に座った2人はゆっくりと話し始めた。

 

先ほどの少女……アイリはミドリの上司であるハインリヒの娘だった。だが、直接的な血の繋がりはなかった。

 

アイリは養女だった。

 

この2人の出会いについて知るものは少なく、アイリ自身もハインリヒに引き取られる以前の記憶がないと述べていることから相当過酷な環境に立たされていたということが伺えた。

 

アイリからその話を聞いて改めて家族というものを思い出してしまったのか、三日月は少しだけ寂しそうな顔をしていた。

 

「生まれた時はいろいろと忙しかったから考える余裕はなかったけど、最近は余裕ができて、考えることができるようになってきたんだ……俺にも、家族がいたってことを」

 

「前に言っていた……オルガさんって人のことですね」

 

「うん。俺にはオルガがいて、鉄華団っていう名前の家族がいた。……それで、最近思うことがあるんだ」

 

三日月は掌のナツメヤシの実を見つめながら言葉を続ける。

 

「俺がこの世界に来れたんだから……もしかすると、オルガや他の鉄華団の家族もこの世界に来ているんじゃないかって思うんだ……」

 

「どうして、そう思うんですか?」

 

「えっと、それは……何となく……。だけど、すぐ近くにオルガがいるような気がするんだ」

 

そこで三日月は「ミドリちゃん」と呼びかけた。

 

「ねえ、俺が見つかった時は確か氷の中にいたんだよね?」

 

「はい、そうですね」

 

「もしかしたらオルガも俺と同じように氷の中にいて、出られなくなっているのかもしれない」

 

「それは……っ……確かに、そうですね」

 

ミドリは一瞬だけ何か言いかけるも、すぐに三日月の言葉を肯定した。

 

 

 

「俺は昔、オルガに救われた。だから、今度は俺がオルガを助けたい……そうすることが俺がこの世界に来た意味なんじゃないかと思う」

 

 

 

三日月の強い覚悟を秘めたその言葉に、ミドリは少しだけ苦い顔をした。

 

「……じゃあ、三日月くんはどうしたいんですか?」

 

「俺は……オルガを探しに行きたい」

 

「…………」

ミドリは一瞬だけ表情を凍りつかせるも、ため息をつくとすぐに元の温かな顔を三日月へと送った。

 

「心の奥底で……三日月くんはいつか、そう言うんじゃないかと思っていました」

 

「ごめん。ここでの生活は楽しいし、俺もずっとミドリちゃんのそばにいたい……けど、それをやらない限り、俺はこの先ずっと後悔するような気がして……」

 

そこまで言いかけた時……突然、ミドリは三日月の体を優しく抱きしめた。

 

「ミドリちゃん?」

 

 

「いえ……オルガさんって人は羨ましい限りですね。三日月くんにこんなに慕われて……ミドリちゃん、妬いちゃいます」

 

 

ミドリが発した言葉のうち、最後の方は蚊の鳴くような小さな呟きだった。

 

「三日月くん、落ち着いて聞いてくださいね?」

 

三日月の目を優しく見つめ、そうしてミドリは先ほどハインリヒと話し合ったことを三日月へと伝えた。

 

 

 

会議の内容……

それは、三日月がこの世界に現れた時と同じような異常気象が3年前にアフリカでも観測されていたということに関する話し合いだった。

 

だが、その時の磁気嵐はあまりにも小さなもので珍しくはあったものの、特に誰の目に止まることなく今の今まで見過ごされていた。

 

だが、磁気嵐の中から三日月が出現したという前例がある以上、調査する価値は十分にあると会議では結論づけられた。

 

 

 

「じゃあそのアフリカってところにオルガが……?」

 

「確かなことは分かりませんが明日、アフリカへ調査隊を派遣する予定です。一緒に……行きますか?」

 

 

 

三日月にはその提案を断る理由などなかった。

 

 

 

かくして、三日月はミドリが率いる調査隊と共にアフリカへと渡った。

 

だが、磁気嵐の発生源と思わしき地点をいくら捜索しても、三日月が発見された時のような氷塊が発見されることはなかった。

 

最も、磁気嵐が観測されたのは3年も前の話だったという時点でオルガの発見は淡い期待に過ぎなかったのだが……

 

しかし、地面に残った大穴……かつてそこ何か巨大なものが埋まっていたという形跡が見つかったことから、三日月と同様に別の何者かが既にこの世界へと出現していたのではないかと推測された。

 

しかし「それ」がオルガであるという確証はなく、また「それ」がどこへ行ったのかも不明だった。

 

そして、三日月は決意した。

 

 

 

 

 

葵博士の元でベカス(アンデット小隊)と合流する数日前……

 

「アフリカは広い土地です。そんな場所でたった1人の人間を探すためには……多くの人を頼ることになるでしょう」

 

砂漠に佇むバルバトスを見上げ、ミドリはスピーカーを使って三日月へと呼びかける。

 

「まずはここから東に進んで葵博士の元を訪ねてください。そこで旅の用意を整えたら、その先は三日月くんにお任せします。私のあげたカードは持っていますね?」

 

『うん。持ってる』

 

「それは必ずあなたの役に立つものです。私だと思って肌身離さず持っていてくださいね?」

 

『うん、分かった』

 

ミドリの発した冗談を三日月は真面目に受け取ってしまったようだった。その様子に、ミドリは小さく笑った。

 

『ミドリちゃん?』

 

「いえ、何でもありませんよ」

 

込み上げてくる寂しさを抑えるようにミドリは笑顔を見せ、バルバトスを……三日月を見上げた。

 

「さあ、行ってください! そしてオルガさんを……あなたの家族を見つけて、無事に私たちの元へ戻って来てください!」

 

こうして三日月の旅は始まった。

 

この広いアフリカを……そして、この果てしなく広い世界を巡ることになる、長く険しいオルガを探す旅が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして物語は現在に至る……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミドリが葵博士へ三日月との馴れ初めを語っていた頃……

 

 

 

一方、基地周辺のパトロールへと向かった三日月とテッサ

 

 

 

 

 

「ぐっ……」

 

防御のために展開したメイスごと機体を吹き飛ばされ、三日月の操るバルバトスが地面に膝をつく。

 

「三日月さん!」

 

バルキリーに乗って三日月を援護していたテッサが悲鳴をあげる。

 

「大丈夫……まだ、やれる」

 

そう言って三日月はバルバトスのツインアイ越しに、その機体を見つめた。

 

「でも、ヤバイな……あいつ」

 

その瞳には珍しく、焦りの色が浮かんでいた。

 

 

 

三日月に目の前に佇む、謎の黒い機体

 

奇妙なほどに肥大化した右腕

 

アンバランスな構造をしているにもかかわらず、しかしその立ち振る舞いには一切の無駄がなかった。

 

BM二機を縦に並べた大きさもある巨大なバスターソードをまるで片手剣でも扱うかのごとく、肥大化した右腕で振り回し

 

比較的小さな左腕には機関砲のついたガントレットが装着され、その指はケモノの爪のように鋭く尖っていた

 

刺々しい見た目の装甲

 

バルバトスよりも角度の狭いV字アンテナ

 

赤い色をしたツインアイ

 

 

 

「こいつ……どこかで……」

先程から見受けられるその動き方を見て、三日月はその戦い方に見覚えがあることに気づいた。

 

圧倒的な機動力と反応速度を活かし、荒々しくも確実に敵を倒す……三日月はかつてエドモントンで戦った黒いグレイズのことを思い出した。だが、すぐさまそれを否定した。

 

黒いグレイズなど比にならないほど、目の前の黒い機体が強かったからだ。

 

「……え?」

 

その瞬間、三日月の瞳が大きく見開かれた。

 

「バルバトス……お前、何言ってるの?」

 

阿頼耶識越しに三日月へと膨大な情報を送り続けていたバルバトスだったが……ふと、ある結論を導き出しそれを三日月へと送った。そして、三日月はそれをバルバトスの言葉として認識した。

 

 

 

「あいつの動きが……俺の動きに似ているって」

 

 

 

バルバトスの言葉を受け、三日月は改めて黒い機体を見つめた。

 

 

 

「じゃあ、お前も……バルバトスなの……?」

 

 

 

その問いかけに呼応するかのように、

 

 

『…………』

『黒いバルバトス』のツインアイが、赤く鋭い光を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued...

 

 

 



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第11話:黒いバルバトス

 

 

 

「じゃあ、お前……バルバトスなの……?」

 

 

 

その問いかけに呼応するかのように、

 

 

『…………』

『黒いバルバトス』のツインアイが、赤く鋭い光を放った。

 

 

 

その光に照らされ、三日月は背中が凍りつくような感覚に苛まれた。

 

「ミサイルの人……」

 

バルバトスの視線を敵に向けたまま、背後のテッサへと呼びかける。

 

「は……はい」

 

「あいつは……ヤバイ」

 

テッサの耳に入った三日月の声は、今まで聞いたこともないほど緊張感に満ちたものだった。

 

テッサはそこでようやく、ことの重大さを実感した。

 

「だから……ミサイルの人は援護しないでいいからここから離れたところに行って、ミドリちゃんに救援を送って」

 

「援護しないでって……一人でアレと戦うつもりなの?」

 

「うん。それで……もし俺が死んだら、その時は迷わず逃げてね」

 

「え?」

 

三日月の口から放たれたその言葉にテッサは凍りつきかける。それは普段の三日月ならば絶対に言うはずのない言葉だったからだ。

 

黒いバルバトスの存在は、三日月に「死ぬかもしれない」と思わせるほどの脅威だったのだ。

 

「いいから、言う通りにして!」

 

「……ッッッ!」

 

三日月が放った鬼気迫る命令は、凍りつきかけたテッサの脳裏に響き渡った。

 

「……」

三日月はメイスを構え、スラスターを吹かせ、無言で黒いバルバトスへと突撃する。

 

『……』

それに応じるかのように黒いバルバトスも突撃をかける。

 

次の瞬間、二つの鉄塊が衝突し……爆発のような轟音と共に巨大な衝撃波が発生し、二機のバルバトスを激しく震わせた。

 

衝突により発生した衝撃波は離れた場所で戦いを見守っていたバルキリーにも影響した。

 

「見てる……だけしか……」

 

激しい風圧に機体を揺さぶられ、テッサは……

目の前で繰り広げられる違次元の戦闘に、ただ恐怖するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

傍観する人によっては高次元の戦闘とも、野蛮な戦闘とも取れる戦いは続く。

 

鉄塊と鉄塊の衝突は、周辺の環境を一変させるほどの衝撃波を撒き散らし…

 

打ち合う度に生じる轟音は、爆心地から数十キロも離れた地点にまで響き渡り…

 

戦闘は周辺に生息していた生きとし生けるものに強烈な恐怖を与え、野生動物たちは本能に従ってその危険性を察知し、戦闘区域から一匹残らず姿を消した。

 

戦闘の最中、三日月はあることを感じていた。

 

「……こいつは」

 

……俺よりも、強い

三日月は口元まで出かけたその言葉を呑み込んだ。

 

黒いバルバトスの性能は……パワー、スピード、反応速度、そのどれを取ってみてもバルバトスのそれを遥かに凌駕していた。

 

今のところ拮抗しているように見えるのは三日月の持つ技量の高さが影響していた。

……が、どちらかというと黒いバルバトスの方もどこか手を抜いている様子だったことも影響していた。

 

「!」

黒いバルバトスから放たれる強烈な殺気を感知した三日月は、反射的に回避行動を取った。

 

次の瞬間、先ほどまで三日月がいた平地が窪地になってしまった。見ると、黒いバルバトスは左腕の機関砲を向けていた。

 

「……あんなのでも直撃したらヤバそうだな」

 

三日月はその光景に冷や汗を浮かべながらも左手に滑空砲を展開、その全弾を放った。

 

だが、黒いバルバトスはそれを最小限の動きでそれを回避した。完全な直撃コースの砲弾ですら、巨大なバスターソードで斬り払われてしまう

 

「そこ!」

 

だが、その攻撃は次への布石だった。

三日月は最後の砲弾を放つと同時に、その影にバルバトスを滑り込ませて突撃、黒いバルバトスへと奇襲をかけた。

 

「……!」

しかし、メイスの先端が黒いバルバトスを貫こうとした瞬間、三日月の目の前からその姿が消失した。

思わず突撃を中断し、背後を振り返ると

 

『…………』

 

黒いバルバトスが片手でバスターソードを振り上げていた。

 

その刹那、叩きつけられたその衝撃力は凄まじく、地面には大きな地割れが生じた。

 

『……?』

 

だが、すぐさま手応えがないことに気づいたのか黒いバルバトスはツインアイを不思議そうに点滅させた。

 

「この距離なら!」

 

間一髪のところで回避に成功した三日月は、そのまま黒いバルバトスの側面へと回り込み、その頭部めがけてメイスを振り下ろした。

バスターソードは未だ地面に埋まっている。

 

「!!」

 

全力でそれを叩きつけにいった三日月だったが、黒いバルバトスは抜けなくなったバスターソードをあっさり放棄すると、肥大化した腕をメイスの落下地点へと移動させ、いとも簡単に防御してしまった。

 

衝撃により、黒いバルバトスの足元が沈む。

 

そのまま薙ぎ払われ、宙を舞うバルバトス。

しかし脚部スラスターを活かして空中で体勢を整え、着地には成功する。

 

「パワーは……相手の方が上か……」

 

三日月が目を上げると……黒いバルバトスがバスターソードを引き抜こうとしているのが見えた。どういうつもりか、黒いバルバトスは巨大な右腕ではなく、細い左腕で埋まっているバスターソードに手をかけ……

 

巨大なバスターソードを細い腕からは想像もつかないパワーで引き抜くと

 

 

「ッ!?」

 

 

 

……何の前触れもなく、それをいきなり三日月へと投げつけた。

 

 

 

とっさにメイスで防御するも、豪速球のように迫り来る圧倒的な質量を前にメイスは粉砕。さらに頑強なはずのバルバトスの装甲を抉り取った。

 

姿勢を崩すバルバトス、

追撃をかける黒いバルバトス。

 

「…………ッ」

ようやく起き上がった三日月が見たのは、迫り来る巨大な豪腕だった。

 

「ぐあっ!」

メイスと同等の質量を持つそれで殴られ、バルバトスは大きく吹き飛ばされてしまう。

 

かろうじて直撃の瞬間に機体を後方へ飛ばすことでダメージを軽減することに成功するも、バルバトスが負ったダメージは深刻だった。

 

着地に意識を回す余裕もなく、無様に地面へと叩きつけられるバルバトス。

武器を失い、装甲はボロボロになり、バルバトスのツインアイは弱い光しか放たなかった。

 

『……』

 

黒いバルバトスが再びバスターソードを拾い上げる。しかし今度はそれを投げずに構え、さらに三日月へと追撃をかけてきた。

 

「ちっ……」

三日月は迎撃のために機関砲と迫撃砲を出現させ、黒いバルバトスへと向ける。

 

その瞬間、どこからともなく飛来してきた三十発のミサイルが黒いバルバトスの追撃を阻んだ。命中こそしなかったものの、短い時間だがその姿勢が崩れる。

 

それを見逃す三日月ではなかった。

機関砲と迫撃砲を連射……その殆どがバスターソードで防御されてしまうが、軽微ながらダメージを与えることに成功したのか、爆風が黒い装甲の破片を撒き散らした。

 

「三日月さん!」

 

見ると、そこにはカラになった携行型ミサイルを放棄するバルキリーの姿

 

「援護しないでって言ったのに…」

 

「でも!見ているだけなんてできな……」

 

テッサがそう言いかけた時だった。

三日月は黒いバルバトスの視線がテッサに向けられていることに気づいた。

 

そしてその予感は当たった。

次の瞬間、黒いバルバトスは二丁のライフルを構え直したテッサへと突撃をかけた。

 

「このっ……!」

 

テッサはビームライフルを撃つも、避けるつもりなど更々ないのか、黒いバルバトスはスピードを落とすことなくビームを装甲で受けた。

 

「……え?」

 

バルキリーの放ったビームは……かつて三日月と戦闘を繰り広げた時と同様に、黒いバルバトスの装甲を焼き……いや、表面を焼いただけだった。

 

巨大なバスターソードがバルキリーの頭部へと振り下ろされる。

 

「やらせるか!」

 

三日月はその間にバルバトスを飛び込ませ、展開したレンチメイスの先端でそれを受け止めた。

 

衝撃によりバルバトスの足元が沈みかけるが、三日月は背部スラスターをフルパワーで噴射し、黒いバルバトスを押し返した。

 

「ミサイルの人、今の見たでしょ」

 

テッサの耳に、息のあがった三日月の声が響き渡る。

 

「あいつは普通じゃない……ミサイルの人は逃げて」

 

「そんなの嫌!三日月さんを見捨てるくらいだったら、私だって……」

 

「要らないから!そういうの」

 

三日月はレンチメイスを構え、フェイントをかけながら大回りに黒いバルバトスへと迫る。

 

「お前の相手は、俺だろ」

 

突き出したレンチメイスの顎を避けられ、カウンター気味のバスターソードの一閃を回避する。

 

レンチメイスの顎でバスターソードを拘束し、左腕の迫撃砲をほぼゼロ距離で突きつけた……だが、発砲の瞬間……黒いバルバトスは左腕でその銃口を逸らし、難なく回避してしまった。

 

「外した」

そう思ったのもつかの間、今度は逆に機関砲を向けられてしまい、仕方なく後退。その場でランダム回避をする事で機関砲の直撃を免れる。

 

その後も三日月はフェイントを駆使して黒いバルバトスへと攻撃を仕掛ける。

 

単純な構造のメイスとは違い、複雑な機構を持つ分耐久力の低いレンチメイスではバスターソードとの衝突に耐えられないのは明白だった。

 

故に三日月は正面からの戦闘を避け、戦闘スタイルを奇襲による攻撃へとシフトさせていた。

 

しかし、複雑なフェイントを仕掛ければ仕掛けるほど三日月へのしかかる負担は大きくなり、また機体のスラスターや動力系へ与える負担も大きくなるのだった。

 

 

 

 

 

そして、ついにその時が訪れた。

 

 

 

 

 

 

バスターソードの直撃を防御するためにとっさに構えたバルバトスのレンチメイスが、そのあまりの威力に耐えきれず真ん中からへし折れてしまった。

 

「くっ……」

 

得物のなくなったバルバトスは後退しつつ、右腕にロケットランチャーを出現させ……発射

 

それはバスターソードによって撃ち落とされ、爆炎の中から黒いバルバトスが一切怯む様子をみせることなく追撃をかけてくる。

 

「……」

 

しかし、三日月はまだ冷静さを失ってはいなかった。

クルリ……と、ロケットランチャーの砲口をバルバトスの足元に向け……再び発射

 

突然の自爆により、バルバトスが爆炎に包まれる。

 

『…………?』

 

その様子を不審に思ったのか、黒いバルバトスの動きが止まる。

 

(かかった!)

 

機体の受けるダメージを覚悟で爆炎に紛れ……そしてそれは功を奏し、バルバトスは黒いバルバトスの背後へと出現する。

その両腕にはロケットランチャーと機関砲。

 

黒いバルバトスが三日月の意図に気づき、振り返った時には既にその砲口が突きつけられていた。

 

 

 

(消えろよ)

絶対に躱すことのない砲撃が放たれた。

 

 

 

 

 

そして三日月は、そこで信じられないものを目撃した。

 

 

 

 

 

それは尾を引き、明後日の方向へと消えていくロケット弾と迫撃砲の一撃だった。

 

 

 

 

 

そう、黒いバルバトスは絶対に躱すことのできない一撃を回避してみせたのだ。

 

 

 

 

 

二本の足を支柱にしたブリッジ回避という、兵器としては考えられない荒技で……

 

 

 

 

 

「!?」

ブリッジ姿勢から回復した黒いバルバトスと目があった……その瞬間だった。

 

 

 

 

 

ゼロ距離の状態で……メイスと同等の威力を持つその腕で殴られ、バルバトスは防御や回避する間も無く吹き飛ばされてしまった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「……あれ、俺まだ……生きてる……?」

 

地面を大きく削ってようやく止まり、衝撃から回復すると、三日月は思わずそんなことを呟いた。それは完全に死を覚悟していたからこその言葉だったのだが……最早、限界だった。

 

三日月は体を打ち付けてしまったことにより全身から血を流し、バルバトスに至ってはコックピット周辺を固める装甲は全て剥がれ落ち、フレームが剥き出しの状態になっている。

 

 

 

そして、最も致命的だったのが……

 

 

 

「バルバトス……?」

 

蓄積に蓄積を重ねた機体ダメージがついに限界を迎えたのか、バルバトスはその機能を完全に停止させていた。

 

 

 

完全に光を失ったツインアイ

 

 

 

警報すら鳴らなくなったコックピット

 

 

 

バルバトスからは何の情報も送られてこない

 

 

 

機械に死があったとすれば、それはまさにこのような状態のことを言うのだろう。

 

 

 

 

ズン……ズン……

 

 

 

 

バルバトスの視覚を失い三日月は何も見えていなかったのだが、少しつづ大きくなる地響きに、黒いバルバトスが迫ってくる気配を感じていた。

 

「そっか……ここまでか」

 

迫り来る死に抗うこともできず、三日月は終わりを悟って目をつぶった。

 

 

 

 

 

鋭い轟音と共に、鉄がひしゃげるような音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

「…………?」

 

それに反し、三日月を襲う衝撃はなかった。

 

その瞬間、一時的に機能を停止していたバルバトスの機能が蘇り、三日月の中にバルバトスの視覚が蘇った。

 

「……!!」

 

そして、三日月は目を大きく見開いた。

 

 

 

「……かはっ」

 

 

 

バルバトスを守るかのように……テッサのバルキリーがその身でバスターソードの一撃を受け止めていた。

 

防御に使ったのであろうサーベルとシールドは粉々になり、両腕は衝撃で潰れ……

 

それでもなお衝撃に耐えることができなかったのか、バスターソードの刃先はコックピットにまで及んでいた。

 

しかし、それでもなおバルキリーが倒れなかったのはむしろ奇跡にも近かった。

 

「……テッサ……?」

 

「三日 月……さん……」

 

三日月の頭に、力を失ったテッサの声が響き渡る。

 

 

 

「生きて……ください、そして……オルガさんを……見つけ……て…………」

 

 

 

それ以降、テッサの声が三日月の頭に響き渡ることはなかった。

 

 

 

バルキリーの姿が、かつて死してもなお倒れようとしなかった舎弟……ハッシュの乗る機体と重なる。

 

 

 

(ああ……あの時と同じだ)

 

一瞬だけ真っ白になった三日月の脳裏……その中でビックバンのごとく爆発が生まれる。

 

『…………?』

 

ふと何かを感じたのか、黒いバルバトスがバルキリーからバスターソードを引き抜いて後方へと跳躍する。

 

バルキリーはそこでようやく地面へと崩れ落ちた。

 

 

 

「ああ……ああああ……」

 

 

 

三日月の口から哀しみの声が漏れると、それに呼応するかのようにバルバトスのツインアイに強い光が灯る。

 

 

 

「…………おい、よこせ」

 

 

 

ガタガタ…と、機体を軋ませながら

バルバトスは幽鬼のようにユラユラと立ち上がり……

 

 

 

「お前の力は……こんなもんじゃないだろ?」

 

 

 

三日月は最後に残った武器……太刀を展開し、その切っ先を黒いバルバトスへと向ける

 

 

 

「寄越せよ……あの時みたいに……」

 

 

 

バルバトスのツインアイの色に変化が生じる。

 

 

 

「お前の全部を、俺に寄越せよ…………バルバトス!」

 

 

 

そして、その瞳が色鮮やかなモスグリーンから、バイオレンスな赤色に変化しようとした……

 

 

 

 

 

……その時だった。

 

 

 

 

 

『…………』

 

 

 

 

 

 

黒いバルバトスはそれを見るや否や……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全速力で……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げ出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

集中力を高め、バルバトスのリミッターを解除しようとしていた三日月は思いもしなかった相手の行動にそんな声をあげた。

 

「……逃すわけ、ないだろ」

 

それでも機体のスラスターを全開にし、黒いバルバトスを追おうとして…………やめた

 

「……いや、今は!」

 

バルバトスのツインアイが強い光を放つモスグリーン色に戻った。

三日月は倒れたバルキリーへと駆け寄り…

 

「テッサ!」

 

パイロットを傷つけぬよう、誘爆してしまわぬよう……バルキリーへ慎重に太刀を突き立て、コックピットブロックを切り取り……

 

「……テッサ!無事でいて!」

 

それを両手で大事に抱え、三日月はスラスターを全開にしてミドリの待つOATHカンパニー本社へと全速力で帰還するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……夜

 

逃走した黒いバルバトスは数十キロの距離を走り、追撃がないことを知ると丘の上へ登った。

 

そしてふと上空を仰ぎ見た。

 

夜空には星の海が浮かび上がっており、

その中で……鋭く欠けた月が一層激しく光り輝いていた。

 

それは『三日月』だった。

 

ツインアイに『三日月』を映した黒いバルバトスは……人間でいえばその口にあたる部分をぱっくり…と上下に開いたかと思うと……

 

 

 

『ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは……』

 

 

 

古代メカLM−08?『バルバトス』の口からそんな無機質な音が響き渡った。

 

 

 

それは人間でいう『笑っている』ようにも見えた。

 

 

 

 

 

「黒いバルバトス」END

 

 

 

 

 




次回予告です

エル「……あ……え、えっと……強くなりたいと願う三日月!」

フル「……み……ミドリさんの提案で、ある極秘任務に参加します」

エル&フル「「次回『潜入!A.C.E.学園(前編)』」」

エル「なるほどね!これが『ハランバンジョウ』なのね!」


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第12話:潜入!A.C.E.学園!(前編)

?「お帰りなさい!指揮官様!」

お知らせです
・アンケートにご協力いただき、ありがとうございました。誰も投票しないだろうなぁと思っていたらまさかこんなに票が集まるとは思ってもいませんでした。参考にさせていただきますね!(さーて、ではこの結果をどう料理しようか…)

・ダッチーの新人Vtuberさん、なんと「生放送の視聴回数?=お給料(ダイヤ)」らしいので、是非応援して(視聴して)あげましょう!
しかし、富豪だったどこかのYさんに比べると相当びんぼ……いえ、何でも…

・新人さんが本作の次回予告担当であるエル&フルを最初の1人に選んでくれて、先生嬉しいです

・メフィストフェレス1体も出ねぇ……うぅ…

・予告で言ってたものの正体は黒いバルバトスでした。文字数を合わせなかったのは物語の先読みを防ぐためです、すみません




それでは、続きをどうぞ







地中海のとある街中…

 

酒場の前にあるメカ駐車場の通路には、粗末な身なりのタバコ売りの少女が立っていた。

 

「タバコ……いかがですか……?」

 

みすぼらしい傷だらけの顔、使い古されたボロ雑巾のような服を着て、少女は駐車場に立ち寄った者へ力なくタバコを差し出すも、通りすがりの者たちはそれに軽蔑の視線を送るか無視してしまうだけで少女に対しまともに向き合おうとする者は誰一人としていなかった。

 

「あの……タバコはいかがですか……?」

 

「うるせぇ、どけっ!」

 

少女が通りすがりの傭兵へとタバコを差し出した時、傭兵の男はそう言って鬱陶しそうに少女を押しのけてしまった。

 

「あ……」

 

バランスを崩し、よろめく少女……

 

「おっと、大丈夫かい?」

 

しかし、その時ちょうど後ろを通りかかった銀髪の傭兵が、よろけた少女を抱き止めた。

 

「あ……ありがとうございます」

 

その傭兵……ベカスに助けられたことを理解した少女は汚れたみすぼらしい顔に必死で笑みを浮かべてベカスを見つめた。

 

「……あの、タバコはいかがですか?」

 

「いくら?」

 

気を取り直して商売を押し進めようとする少女の豪胆さに動じた様子を見せることなく、ベカスは吸いもしないタバコの値段を聞いた。

 

「10ディナールです」

 

「一箱くれ」

 

痩せた小さな手でタバコを手渡す少女。粗末な紙で包まれた箱の中には手製だろうか……慣れない手つきで巻かれたタバコが入っていた。

 

ベカスはそれを受け取り胸の内ポケットへと押し込むと、ポケットからくしゃくしゃになった紙幣を一枚取り出して少女へと手渡し、立ち去ろうとする。

 

「ちょっと待ってください!これ……10000ディナールです!」

 

その紙幣がスラムでは滅多にお目にかかれない大金だったのを見て、少女は驚きの声をあげた。

 

「これじゃ……多すぎてお釣りが出せません!」

 

困ったような少女の声に……しかしベカスは足を止めて振り返ろうとはせず、スタスタと歩き去る。

 

「釣りはいらない」

去り際にそんな言葉を発し、そしてこう続けた。

 

 

 

「それは君のタバコと笑顔の代金だ」

 

 

 

クールにそう言ってみせ、ベカスは闇の中へと姿を消した。

紙幣をぎゅっと握りしめたままベカスを見送る少女。

 

だが少女には、闇夜に消えたベカスの背中からは普段の颯爽とした彼からは想像もできない孤独と悲しみが滲んでいたということなど知る由もなかった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

タバコ売りの少女と別れ、静まり返った街をひとり歩くベカス。

 

「はぁ……やっちまったぁ〜」

 

すると突然、大きなため息をついてベカスは頭を抱えてしまった。

その時、ベカスの腹の虫が大きな唸り声をあげた。

 

「10000は流石に気前が良すぎたなぁ……でも、あの状況でお金がないなんて言えないし……腹へったぁ……」

 

少女に手渡した10000ディナール紙幣は、ベカスの手元に残された全財産だった。

 

アフリカ統一戦争の際、追撃を受けるノリスの救出と『アヌビスの花嫁』の暗殺という大仕事を完遂させ、大金を手にしたはずのベカスは……悲しいことにまたしても無一文になってしまっていた。

 

ただし、今回は前回のように無駄遣いをしたワケではなく、自らが暗殺した『アヌビスの花嫁』を救うためにその全財産の殆どを彼女へと差し出したからなのである。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

とんちが必要なこの話の全容を知りたい方は……是非、『機動戦隊アイアンサーガ』本編をプレイして頂きたい。

『機動戦隊アイアンサーガ』はiOS、Androidにて基本プレイ無料で絶賛配信中となっている。(2019.8.24現在)

 

(なるほどね!これが『露骨な宣伝』ってやつね!)

(ダッチーから感謝状が贈られてきてもおかしくないのです!)

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

と……その時、前方から不意に現れる黒い影。

 

その影は黒いマントをまとい、ベカスを待ち伏せるかのように路肩に佇んでいた。

 

「さて……と」

 

ベカスは気を取り直したようにタバコを探すフリをして、胸元に手を入れた。指の先に銃が触れる。

 

「0.62秒遅い」

 

「うっ……」

 

しかし黒い影の手には、いつの間に取り出したのだろうか……一丁の拳銃が握られていた。しかもそれはベカスの持つチャチで骨董品のようなものではなく、世界最大級の威力を誇る巨大な拳銃だった。

 

俗に『怒りの日』と呼称されるその拳銃は、当たりどころによれば一撃でBMを戦闘不能にまで追い込むことの出来るシロモノだった。

そのため反動も凄まじく、並大抵の者では扱えない。

 

銃を突きつけられうめき声をあげるベカスだったが、その顔に焦りの色はない。

 

「やはり生きていたか、ベカス」

 

「まあね」

 

聞き慣れた声に微塵も驚いた様子を見せることなく、ベカスは顔を上げた。黒い影は銃を下ろした。

 

「やあドール……4年ぶりか、また会えるとは思ってもいなかった」

 

 

 

「正確には4年と27日……4時間56分12秒ぶりだ」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

ベカスの知り合いであるこの男の名は『ドール』

かつて合衆国南方軍に所属した、端正な顔立ちの男である。

 

ドールは自分の過去を決して語ろうとしない。だが……潜伏と狙撃、そして早撃ちの名人であることは確かだった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「……お前は、ちっとも変わっていないな」

 

ドールはベカスを見つめ、淡々と告げる。

ベカスはフッと笑った。

 

「そっか、で……そっちは?」

 

「ニックとレストランをやっている」

 

「レストラン?へぇ、合衆国最高のスナイパーがコックとは驚いたねぇ」

 

夜であること忘れヒュウと口笛を吹くベカス、しかしドールはベカスの言葉を無視するかのように…

 

「今、ヒマか?」

 

ドールの問いかけにベカスが頷くと、ドールはベカスを連れていくつもの路地を抜け、ひなびた小屋の前へとベカスを案内した。

 

小屋ではひとりの男が彼らを待っていた。

 

「よお!久しぶりだな。この死に損ないのクソ野郎」

 

男はそう言うと、熊のように力いっぱいベカスのことを抱きしめた。しかし、男の口から放たれる酒臭さにベカスは顔をしかめた。

 

「う……相変わらずだな、ニック」

 

ベカスは小さく咳き込み、男の体を強く抱きしめ返した。

すると特徴的な左頬の火傷跡が、ベカスの肌にザラザラとした刺激を与えた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

ひげ面で酒臭いその男の名前は『ニック』

百戦錬磨の元合衆国兵で、ベカスとは戦場で知り合い、ドールを含めた3人でいくつもの修羅場を潜り抜けてきた戦友でもあった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「お前は老けたな、ベカス」

そう言ってニックはベカスから離れた。

 

「……気にしてるんだが」

 

「ふははっ、まあくだらねぇ話はこれくらいにして……ベカス、お前に頼みがある」

 

そう言ってニックはジーンズのポケットから一枚の写真を取り出し、ベカスへと差し出した。写真の中には……隠し撮りだろうか、少しだけぼやけた少女の姿が写っていた。

 

 

 

「彼女は日ノ丸の大財閥、高橋家の当主・高橋徹の娘『高橋夏美』だ。今回の任務は、この少女の誘拐だ」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

ニックの話を要約するとこうだった。

この高橋夏美は近々、高橋家の政略結婚に利用されることになっているのだが、当の高橋夏美はその結婚相手のことを嫌っているという。

 

しかし、その結婚相手というのが日ノ丸有数の名家であることから、高橋家は高橋夏美の意見に耳を貸すことなく強引にでも縁談を進めようとしているのだという。

 

娘が好きでもない男と結婚させられるのを不憫に思った実の両親は、何とかしてそれを止めようと奔走することになった。

 

そこで頼ったのが傭兵崩れのニックとドールだった。

 

早い話……高橋夏美を公衆の面前で誘拐する事で、強引に政略結婚を止めようとするのが両親の狙いだった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「ふーむ……話を聞く限りじゃ、情にほだされたやつが受けるような仕事に思えるが?」

 

「あいつらがこの世の終わりみたいな顔で頼んでくるから、つい引き受けちまったんだよ」

 

少し考えるような風を見せるベカスに、ニックは肩をすくめてみせた。

 

「それで、いくら払うって?」

 

「900万。そのうち100万は手付金で、残りは成功報酬だ」

 

「へぇ、大金をつぎ込んでも惜しくないってわけか」

 

「成功報酬は3人で山分けだ。いいな、ベカス?」

 

「……ふっ、一枚噛ませてもらおうか」

ベカスはチラリとニックの火傷跡を見つめた後、肩をすくめてそう言ってみせた。

 

「へへっ、お前ならそう言ってくれると思ったぜ」

 

ニックは嬉しそうにベカスの背中を叩いた。

ベカスはハエ叩きで潰されるハエの気持ちが分かったような気がした。

 

「……それで、どういう計画なんだ?」

 

「ドールが偽の紹介状を用意する。お前は戦術指導の見習い教員として、高橋夏美の通うA.C.E.学園に潜入し、隙をみて彼女に接近しろ」

 

「なんでオレが……」

 

怪訝そうに理由を尋ねると、2人は既に高橋夏美の誘拐に失敗しており、お尋ね者扱いされているとのことだった。

さらに、2人が失敗したことにより学園の警備はより厳重なものとなっている。この状況下で学園へ忍び込もうとするならば、下手をすれば命を危険に晒しかねないのは明白だった。

 

「……だから、彼女が依頼人と落ち合うまでは騒ぎを起こされちゃ困る。まずは彼女にお前を信用させて、学院西側の『樹海』にある別荘へ連れて行け。そしたら俺たちが依頼人を別荘に呼ぶ」

 

簡単なことだろ?と言わんばかりの表情でそう言ってみせるニックに、ベカスは大きなため息をついた。

 

「…………それで、どうやって信用させればいい?」

 

「どうもこうもないさ。ただ、お前に惚れさせればいいんだよ」

 

「…………」

 

絶句するベカス。

二人の向ける視線に頭をかいてそっぽを向き、それから少しだけ考えてから、二人へ返答する。

 

「分かった。ただ、2つ条件がある」

 

ベカスの言葉に「ほう?」とニックが笑う。

 

「1つ、成功報酬を貰ったら……その金はお前の店にキープしといてくれ」

 

「ふははっ……いいぜ、勝手にしろ。うちの店に来たらとびっきりマズイ飯を食わせてやるよ、このクソ野郎」

 

ニックはベカスの背中をバンバン叩き、次の言葉を待った。

 

「……2つ、この任務は正直言ってオレ一人じゃ荷が重いから、こっちであと一人雇ってもいいか?」

 

「はあ?」

 

「…………」

 

その瞬間、ニックは「何言ってやがる」というような表情をし、ドールはジロリとベカスを見つめた。

 

「まあ、いざって時のバックアップ要員だ」

 

「バックアップなら俺たちがいるだろ?」

 

「そうじゃない。あんたらは学園の中に入れないんだろ?だからこそ、学園の内側からサポートしてくれるやつがいたら、オレとしてもやり易いんだ」

 

そう説明するベカスだったが、ニックは怪訝それを見つめるだけだった。

 

「おいおい、それで他のやつを雇ったとして……これ以上、俺の分け前が減るのはお断りだぜ?」

 

ニックの言葉に、ドールは「同感だ」と呟く

 

「それにA.C.E.学園の生徒や教員を懐柔すると言っても、そいつがどの程度役割を果たしてくれるかは分からん。最悪、裏切る可能性もある」

 

ドールは淡々とそう告げた。

 

しかし、それを聞いてもなおベカスは意気消沈するどころか、逆にニヤリとした表情を浮かべた。

 

 

 

「それじゃあ、あんたらの条件をどっちもクリアした優秀な少年がいるって言ったら……雇ってもいいんだよな?」

 

 

 

自信ありげなベカスに、ニックは驚いた様子をみせた。

 

「A.C.E.学園の生徒にアテがあるのか?」

 

ドールは無表情のまま、ベカスへと尋ねた。

 

「いや、アテはない……だが……」

 

そこで一度言葉を切り、静かに言葉を待つ二人を見返し……それからベカスは言葉を続ける。

 

 

 

「……アテがないなら作ればいい。俺と似たようなやり方……つまり『転校』っていう方法でな」

 

 

 

脳裏にとある少年の姿を思い浮かべ、ベカスはそう言ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第12話:「潜入!A.C.E.学園!(前編)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パトロールに出た三日月とテッサの前に『黒いバルバトス』が現れてから3日が経過した。

 

OATHカンパニーは、黒いバルバトスと交戦し帰還した三日月から得られた証言とバルバトスの中に残されたその戦闘記録から、敵対する黒いバルバトス圧倒的な戦闘力に注目。襲撃地点がOATHカンパニー本社からそれほど遠くない地点だったこともあり、

 

「黒いバルバトスはOATHカンパニーに対する重大な脅威である」と判定、緊急対策会議が開かれることとなった。

 

黒いバルバトスはその外見とその他諸々的な事情から

 

アンノウンエネミー:『ファントム』と呼称され…

 

以後、全世界のOATHカンパニー支局、及び関連・業務提携企業へ注意喚起が行われた。

 

降って湧いたかのような突然の脅威の出現にOATHカンパニーの職員たちは少なからず動揺するも……だが、それ以上に職員たちを驚かせたものがあった。

 

 

 

それは帰還した三日月たちの姿だった。

 

 

 

ボロボロになったバルバトス

 

そのコックピットを開けて中から飛び出したのは……立っていられるのが不思議なほど大量に出血し、赤鬼の如くその体を血で染めた三日月だった。

 

三日月は担架が運ばれてくるのも待てないとでも言うかのように、同じく大量に出血し意識不明の重体に陥ったテッサを抱きかかえ、医務室へと運び込むのだった。

 

そのためOATHカンパニー本社の、格納庫から医務室へ続く通路は2人の流した血が点々と続いたという……

 

そんな2人の様子は多くの職員から目撃され、特に事務職という普段からあまり血を見ることのない仕事に従事する社員に対しては一際大きなショックを与えることになってしまった。

 

「ゾンビの類か何かだと思った」

偶然現場に居合わせたある社員は、三日月の姿に対しこう答えた。

 

幸いにも、医務室にはグニエーヴルをはじめとする優秀な医療スタッフが待機していたため、テッサは直ぐに適切な治療を受け奇跡的に一命を取り留めることができた。

 

テッサを医務室へと送り届けた三日月は、医務室の中へ消えていくその姿を見て気が抜けてしまったのか医務室の前で気を失ってしまった。

そして次に気がつくと病室のベッドの上だった。

 

その隣には未だ昏睡状態のテッサ

三日月は脅威的な回復力を見せ、それから2日間をベッドの上で過ごしテッサを見守り続けた。

3日目にはベッドから起き上がれるまでに回復し与えられた仕事をこなすようになった。そして、暇があればテッサの様子を見るために病室へと訪れていた。

 

余談だが、三日月の回復に呼応するかのように彼の相棒であるバルバトスもまた自動的に修復が行われていた。

ボロボロだったバルバトスは、三日月が起き上がった時には出撃前の状態にまで復元されていた。これを受けミドリは、バルバトスと三日月のコンディションには関連性があり、お互いに受けるダメージをフィードバックしているのではないかと推測した。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

黒いバルバトスこと……ファントムとの遭遇から1週間が経過

 

未だにテッサが眼を覚ますことはなかった。

 

「…………」

 

いつものように空いた時間を使い、食堂でのんびりと食事をすることもなく、自室でゆっくりと眠ることもせず、三日月はじっと眠り続けるテッサを見守り続けた。

 

ちなみに与えられた仕事はとうの昔に終え、今日はもう何時間もテッサの傍に立ち続けている。

 

「三日月くん」

 

「……?」

 

三日月が振り返るとそこにはミドリがいた。病室に一輪の白い花を持ち込んでおり、優しげな笑みを浮かべ三日月を見つめている。

 

「まだ、眼を覚まさないんですね」

 

「……うん」

 

2人でしばらくテッサのことを見つめ、それからミドリはふと思い出したかのように白い花を三日月へと示し、病室の隅に置かれていた花瓶の中へ生けた。

 

「誰かを守るのって……大切な人を守るのって、こんなに難しいんだって思った」

 

ミドリが花瓶を元の位置に戻した時、三日月はふとそんな言葉を口にした。

 

「オルガは俺たち鉄華団の仲間のことを一人一人、家族って呼んで大切に扱ってくれていた。そして、鉄華団の家族を守ってやるって言っていた。でも、戦いになればどうやってもその家族は死ぬ」

 

三日月の怪我はほぼ完治してはいたものの、その顔には深い疲労の色が浮かんでいた。ミドリはそんな三日月を見つめ、黙ってその言葉を聞き続けていた。

 

「でもその度に、オルガは家族を失う悲しさをたった一人で背負い続けて、それでも前に進み続けて俺たちの居場所を作ろうとしてくれていた。オルガのやっていたことを考えると、ずっとこんな重責に耐えていたんだなって、思った……」

 

三日月は

「俺はテッサがこんな風になっただけでもキツイのに…」

と、顔に影を落として続けた。

 

「今のままじゃ、オルガを見つけることができてもきっと足手まといになる。こんな俺が側にいても、きっとオルガの助けにはならない……そう思った」

 

「では、三日月くんは……力を欲しているのですか?」

 

ミドリは真剣な様子で三日月へと尋ねた。

すると、三日月は力強く頷いた。

 

「ああ、俺は強くなりたい。今よりもっともっと強くならないとオルガを守るどころか、誰だって守ることができないから」

 

拳を握りしめてそう告げる三日月

ミドリは三日月の瞳に強い光が灯っていることに気づいた。

 

「……先ほど、ベカスさんより三日月くんへ協力要請がありました」

 

「銀の人から?」

 

ミドリの口から出たその名前が意外だったのか、三日月は少しだけ驚いたようにミドリを見つめた。

 

「はい、ここから遠く離れた地……日ノ丸にて極秘任務を行うので、それを手伝ってほしいとのことでした。そのために……三日月くんにはしばらくの間、A.C.E.学園に潜入し、勉学に励みつつベカスさんの支援を行ってほしいとのことでした」

 

ミドリの言葉を聞き

「A.C.E.学園ってどんなところ?」と三日月は尋ねた。

 

「A.C.E.学園は世界中のBMパイロット及びメカニックの卵が集まる場所で、その手の技術に関しては最高峰の教育が受けられる場所であると言われています」

 

ミドリは最後に

「それも、我がOATHカンパニーでは真似することのできないほどの…」と付け加えた。

 

「じゃあ、そこに通えば……俺はもっと強くなれるの?」

 

「それは分かりません。既に、三日月くんの戦闘レベルは我が社の中でも群を抜いていると言えます、そんな状態で今更学ぶことなどないのかもしれません」

 

ミドリはそこで一度言葉を切り、少しだけ間を置いてから……

 

「ですが、A.C.E.学園の豊富なカリキュラムは、あなたにとって貴重な経験になることだけは保証致します。つまり、強くなれるかどうかは三日月くん次第ということです」

 

そう告げてからミドリは「三日月くんは、どうしたいですか?」と尋ねた。

 

三日月は少しだけ考えるような素振りをみせ……チラリと眠り続けるテッサを見つめた後、静かに首を振った。

 

「……テッサちゃんのことが、心配ですか?」

 

「うん。今は……テッサから離れたくない」

 

「そうですか」

ミドリはまるで最初から三日月の答えが分かっていたかのように顔色を変えることなくそう呟いた。

 

「だから、ごめんだけど銀の人には手伝えないって謝っておいて…」

 

三日月がそう告げると、ミドリは三日月のことを優しく抱きしめ、その頭を撫でた。それは母親が子どもの決意を後押しするかのような、強い想いが込められていた。

 

「三日月くんは、やっぱり優しいですね」

 

「…………」

 

三日月はミドリの言葉に何も答えることなく、ミドリの体を優しく抱きしめ返すのだった。

 

 

 

 

 

その時、テッサの指がピクリと動いたことに気づいた者はいなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

その次の日……早朝

 

病室でテッサを見守り続けていた三日月は、いつのまにかテッサの眠るベットを枕にするかのように眠ってしまっていた。

 

そして、その髪が何者かによって優しく撫でられる気配を感じ、三日月はゆっくりと眼を覚ました。

 

「……?」

 

三日月が眼を開けると……いつからそうしていたのだろうか。そこには優しげな表情を浮かべ、三日月の髪を撫でるテッサの姿があった。

 

「テッサ!よかった……」

 

ハッとした様子をみせる三日月

しかし、テッサの表情は真剣なものだった。

 

「……テッサ?」

 

その様を不審に思ったのか、三日月はテッサを見つめる。

 

「三日月さん、私のことはいいから……行って……A.C.E.学園に……」

 

「え?」

 

テッサは意識を失いつつも、昨日の三日月とミドリのやり取りを聞いていたのか突然そんなことを言い出した。

 

「私はもう大丈夫だから……。オルガさんを探すために、三日月さんは三日月さんのやりたいことをやってほしい」

 

テッサは三日月の手を握った。

 

「大丈夫だよ、三日月さんなら……あっちに行っても上手くやっていけるだろうし、ほんとは一緒に行ってみたかったけど……今は私なんかに構わず、三日月さんの望む方法で……」

 

「……ん、分かった」

三日月はテッサに対して何か言いたげな表情を浮かべるも、すぐさまテッサの思いを汲み取り、素直にそう告げ……

 

「テッサのこと、ちゃんと守れるくらい強くなって帰ってくるから」

 

決意の言葉を口にする三日月

 

するとテッサは「ふふっ…」と、三日月へ笑いかけた。

 

「私のこと……やっと名前で呼んでくれたね」

 

「……テッサのこと、大切だって思ったから」

 

「そ……そっか……」

 

三日月の真っ直ぐな言葉に、テッサは顔を赤らめ

 

「ねえ、三日月さん。三日月さんは、私のこと必要だって思ってくれてるの?」

 

「当たり前じゃん」

 

「!」

 

「俺にとって、テッサはもう仲間っていうより家族みたいなものだと思う。俺の仲間なら鉄華団の家族も同然だって、オルガならそう言ってくれると思うから」

 

「……家族…………」

 

妹のアイルー以外に……しかも憧れている人からそう言われ、テッサは心に温かいものが広がっていくような感覚に陥った。

 

「そう、家族なんだから必要だって思うのは当たり前でしょ?」

 

「…………」

テッサは今まで思い出さないようにしていた、サラ大虐殺以前のことを……母親とアイルーの3人で過ごした楽しい日々のことを思い返した。

そして自分がいつだって母親のことを……母親が自分へと向ける家族の愛情を必要としていたことに気づいた。

 

「ねぇ、三日月さん」

 

「何?」

 

「ぎゅって……して」

 

テッサは三日月へと両手を差し出す。

 

「昨日、ミドリさんとしていたみたいに……あ……」

 

テッサが言い終わる前に、三日月はテッサのことを優しく抱きしめた。

 

それは家族の愛情と呼べるにはまだ幼いものだったのだが、それでも優しく抱きしめる三日月の温もりから、テッサは三日月が自分へと向ける愛情をしっかりと感じ取ることができた。

 

「三日月さん……私、強くなるよ。三日月さんには敵わないと思うけど、それでも三日月さんの隣に立てるくらい強くなれるよう、頑張るから」

 

「うん、分かった。俺も、強くなってみせるから」

 

お互いの耳元でそう囁き合いながら、2人はしばらくそのまま抱きしめ合うのだった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

「ふふっ、お二人とも……可愛いですね」

 

病室の外で2人のやり取りをこっそり盗み聞きしていたミドリは、温かい目で二人の様子を見守るのだった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

こうして三日月は、ベカスの待つ日ノ丸へと向かうのだった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

もちろん、オルガを探す旅はまだまだ続く!




ドールの口調がおかしいのは私なりの強化ですので悪しからず……こっちの方がかっこよくない?(元ネタはあの神父です)
黒いバルバトスは言うまでもなくユニコーンを参考にしました。




次回予告です。

エル「A.C.E.学園へと向かう、三日月とベカス」

フル「三日月さんは、学園の入学試験を受けることになります」

エル&フル「「次回『潜入!A.C.E.学園!(後編)」」

エル「なるほどね!これが『テンプレ的展開』ってやつね」


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第13話:潜入!A.C.E.学園!(後編)

お知らせ
・筆者は学園での日常を書くのか苦手です。そのためおかしな点があればご教授をお願いします。(そのほか、内容に関する疑問点などがあれば是非ご指摘をお願いします)

・暴走族は初期の頃に散々煮え湯を飲まされたので……あとは分かりますね?

・佐々木先生の舞踏会用スキンが欲しいです。(気になる人はストーリーを読み直してください)

・A.C.E.学園所属のキャラは本編登場・未登場問わず出来るだけ出演させる予定です。

・ダッチーの新人Vtuberおよび、比較的頑張り屋なCさんと、BLに走りがちなYさんも含めたアイサガVtuber全員を応援しましょう!




それでは続きをどうぞ……







深夜……

A.C.E.学園へと通じる人気のない高速道路

 

二機のBMが舗装された道路を高速で滑走していた。先行するは銀色の機体、その後をぴったりとくっつくかのように白い機体が追従している。

 

二機の瞳から放たれる二色の光が勢いよく通り過ぎると空間には光の筋が生まれ、それはまさに深淵に包まれた高速道路の風景を切り裂くかのようだった。

 

ーーーーー

 

前方を走る『ウァサゴ万能型』は

『ノーマル』『剣装型』『砲戦型』の特徴を1つに集約したような外観で、ベカスの操縦適正を鑑みた葵博士によって新たに考案されたウァサゴの形態である。

 

武装はライフルと刀が一体化したソードライフル。これによって武器チェンジのスキを生み出すことなく射撃戦から格闘戦へと瞬時に移行することができる。無論、その逆も同様である。

 

さらに背部には『砲戦型』に搭載されていたものと同様のキャノン砲が2門搭載されている。取り回しが悪い点も改善され、非使用時には砲身を折り畳んで収納できるように小型化がなされている。

 

左手のシールドは格闘戦に応用できるよう先鋭的なものへと換装され、内部に搭載された攻撃ドローンの出力も向上している。

 

まさに格闘・射撃を極めたベカスにとって理想的なウァサゴであると言えた。

 

ーーーーー

 

「しかし、意外だったな〜」

 

チラリとウァサゴを振り向かせ、後方のバルバトスを見たベカスはスピーカー越しにそんな声を放った。

 

「……何が?」

 

滑走しながらも、興味深そうに日ノ丸の夜景を眺めていた三日月がその声に反応する。

 

「いや、最初断られた時にはてっきり人探しで忙しいからだと思っていたんだが……まさか引き受けてくれるとは思っていなくてな」

 

「うん、色々あってね」

 

三日月はテッサとの約束を思い返した。

 

「……何かあったのか?」

 

「うん……強くなりたいって思ったから」

 

「強くなりたいってお前……」

 

ベカスは「いや、十分強いだろ」と言いかけるも、三日月の放った只ならぬ気配を感じ、その先を言うことができなかった。

 

「まあ、なんでもいいか」

 

「ねえ、銀の人?」

 

「ん?」

 

「この……日ノ丸ってところ、ナツメヤシ、ある?」

 

「いや、正直言ってあんまり流通してないな。だが安心しろ、お前のために地中海でたんまり買い込んでおいたからさ」

 

「そっか、ありがと」

 

「フ……協力してくれるんだからそれくらいは当然さ」

 

その瞬間、ベカスは「ニックの野郎には高い借りを作っちまったが…」とため息をついて呟いたが、それはあまりにも小さな呟きだったので三日月の耳に届くことはなかった。

 

ナツメヤシを節約する必要を感じなくなった三日月が、ナツメヤシの実を食べるペースを上げた時だった。

 

「ねぇ、何あれ」

 

「さあ、何だろうな」

 

自分たちの背後から何かが迫っていることに気づいた二人がBMを滑走させながら振り返ると、そこには無数のヘッドライトから放たれる眩いばかりの光

 

その正体は無数のバイクだった。

 

様々に改造されたバイクに乗ったライダーたちは二人に追いつくと、その周囲をグルグルと回りながらやかましいエンジン音とクラクションを響かせた。

 

「うるさいなぁ」

 

騒音を響かせるバイクの群れを見て、三日月がぼやく

 

「アンタのBM、ステキね」

 

するとその中の一人、黒いスポーツカーに乗った美しい女性が走行中であるにもかかわらずマシンから身を乗り出し、前方を走るベカスへと声をかけた。

 

「そうかい、ありがとう」

 

面倒ごとにはあまり首を突っ込みたくない主義のベカスは(実際にはその逆なのだが)、事を穏便に進めるべく淡々と感謝の言葉を口にする。

 

「それを置いて、アンタは消えな」

 

女性の言葉に、ベカスは盛大にため息をついた。

 

「また、こうなるか……嫌だって言ったら?」

 

それから相手を値踏みした後、ノンビリとした様子を崩すことなくそう答えた。

予想外の答えを聞いて、女性は目をすがめて口角をかすかに上げた。

 

「アタシのこと知らないみたいね?アンタら、外国人?」

 

「そうだよ。オレも後ろのやつも、来て間もないんだ」

 

女性は後ろのバルバトスを見て「へぇ…」と興味深そうに笑い

 

 

 

「アタシは永瀬綾。日ノ丸最大の暴走族のボスよ!」

 

 

 

女性が二人に向けて高らかに名乗りを上げると、それに合わせてバイクに乗った部下たちはボスを鼓舞するかのようにエンジンをふかし、クラクションを鳴り響かせ、「うおおおおおお!」と雄叫びを上げた。

 

 

 

「チッ……」

 

 

 

騒音に包まれる中、それでも背後のバルバトスから確かに舌打ちの音を聞いたベカスは、自分の体から冷や汗が流れ落ちるのを感じた。

 

「さて、アンタにもう一回チャンスをあげるわ……機体を置いて、さっさと消えな!」

 

「悪いけど、今度も答えはノーだ」

 

ベカスは暴走族を説得するべく、周囲を見回した。

 

 

 

「なあ……悪い事は言わないから、ここはひとつ引いてくれないか?これ以上、オレたちに関わるとロクな目に遭わないからさ、お互いの為を思って……な?」

 

 

 

すると永瀬綾はベカスの提案にポカンとした様子を見せるも、次の瞬間には敵を嘲笑うかのように大笑いをしてみせた。

 

「へぇ〜、このアタシに警告とは大した度胸だね」

 

永瀬綾は笑いを抑えつつ、右手を上げた。

 

「じゃあその度胸が強さの証明か、ただのハッタリか……見せてもら……」

 

永瀬綾が今まさに右手を下ろし、部下へと攻撃の指示を送ろうとした時だった。

 

 

 

ぐしゃり……と

永瀬綾のすぐ後方にいたバイクが音を立ててクラッシュし、コントロールを失ったまま高速道路の壁へ衝突し停止、あっという間に見えなくなってしまった。

 

 

 

「……な?!」

 

永瀬綾は信じられないものを見たというかのように、部下のマシンを一瞬で大破させたそれを見上げた。

 

 

 

「……ごちゃごちゃ煩いんだよ」

 

 

 

いつのまにかレンチメイスを手にしていたバルバトスが、次なる獲物へと視線を走らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第13話:潜入!A.C.E.学園!(後編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方的な蹂躙はものの数分で終わった。

 

「……ぐぅ……いったい……何が……?」

 

バルバトスの攻撃を受け、高速で走るマシンから放り出された永瀬綾は、全身を走る強烈な痛みに悲鳴をあげながらも、顔を上げた。

 

「……そんな!こんなことって……!?」

 

そして永瀬綾は見てしまった。

自分の目の前に広がる、死屍累々とした光景を…

 

バイクから漏れ出したガソリンに引火したのであろう、燃え盛る炎に包まれた高速道路。

 

暴走族のナワバリは地獄絵図と化していた。

 

部下のバイクは一台残らず大破しており…

 

一方はペシャンコに潰れ

 

一方は真っ二つに両断され

 

一方はまるで解体されたかのようにパーツを全てむしり取られ、フレームだけのスクラップになっていた。

 

今まで見たことのないその凄惨な光景に……永瀬綾は恐怖に震え、ただ絶句するしかなかった。

 

「こいつで最後だな」

 

面倒そうな声を響かせ、炎に巻かれた白い巨人……バルバトスはレンチメイスの先端を開き、道路に横転する機体を挟み、掲げ上げた。

 

「……あ、アタシのマシンは……?」

 

永瀬綾はそこで自分の乗っていたマシンのことを思い出し、ふと我に返って周りを見回した。

 

しかし……スクラップと化し、積み上げられたバイクの山の中にも、高速道路の壁に埋まった残骸の中にも自分のマシンらしき影はない。

 

「……あ」

 

永瀬綾は最悪の事態を予感し、バルバトスへと視線を送った。

 

正確に言えば、バルバトスが持つレンチメイスに挟まれた……その黒い機体を……

 

 

 

「ああ……あああああ……そんな、嘘でしょ?!」

 

 

 

レンチメイスの顎に挟まれていたのは永瀬綾のマシン……ブラックミーティアだった。

 

それは永瀬綾が長年の苦労の末、連邦のフォーミュラカーレースで勝ち取った優勝賞品であり、クールな外観とチャンピオンクラスのスピードが特徴の最高級マシンだった。

 

 

 

そしてそれは…

永瀬綾にとっての思い出の証でもあった。

 

 

 

 

 

きゅいいいいいいいいいいいんんんんんんん

 

 

 

 

 

レンチメイスの歯が回り始め、ブラックミーティアの装甲を切り刻み始める。

 

 

 

「そんな……やめて!やめてッッッ!!!」

 

 

 

永瀬綾の魂の叫びも虚しく、破壊の権化となったレンチメイスの圧倒的な威力の前には、ブラックミーティアのチタン銅製の装甲など紙装甲に等しく、見るも無惨にマシンは切り裂かれ、血のように赤黒いオイルがレンチメイスの口からびちゃびちゃとあふれる。

 

 

 

「いやああああああああああああああッッッ!!!」

 

 

 

永瀬綾のマシンは最後に一際大きな金切り声をあげると、それが断末魔の悲鳴だったかの如く真っ二つに切断され、ブラックミーティアの残骸が道路の上に落下した。

 

しかもその切り口は、プロの職人が両断したかの如く少しの乱れもない綺麗な切り口だった…

 

しかし、今の永瀬綾にそんなことを考える暇などなかった。ショックのあまりヘタリと地面に膝をつくと、そのまま気を失ってしまった。

 

「はぁ……また、こうなるか」

 

その光景を遠くから見ていたベカスは、肩をすくめて今日何度目かのため息をつくのだった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

数日後……A.C.E.学園

 

その校長室にベカスと三日月の姿があった。

 

「ふむ……なるほどな」

 

二人をソファに座らせ、A.C.E.学園の校長はその向かいに座って、ベカスと三日月の偽の履歴書に目を落とした。

 

因みに、三日月の履歴書を作ったのはミドリである。

 

「氏名……ベカス・シャーナム。年齢25、ババラール人、合衆国装甲戦術協会認定A級メカ操縦ライセンス……」

 

校長は履歴書をめくって続きを読み上げる。

 

「過去に所属した組織……反ババラール戦線、東連邦遊撃隊など、公認撃墜数227機…うちAクラスターゲットの撃墜数は三分の一を占める。そして本院のメカ戦術科を志願する……か、推薦人は外務大臣・西園寺弘治……」

 

一通り読み終えた校長は、ソファにだらしなく座って欠伸をするベカスへと目を向けた。

 

「経歴は素晴らしいが、解せないな。なぜうちの教官を志願したのかね?」

 

「遊撃隊員や傭兵だと仕事をちゃんとやっても、必ず報酬がもらえるとは限りませんから」

 

ベカスはそう言ってニヤリと肩をすくめてみせると、校長は納得したかのように三回頷いた。

 

「なるほど、ウチの学院ならその点は心配無用だからな」

 

そう言って校長は身を乗り出し、ベカスの瞳を力強く見つめた。

 

「だが、これだけは気をつけてくれ。本学院は日ノ丸の最高学府だ。学生は各国の政治家や貴族の子弟が大部分を占める。本校は勉学の場であると同時に、上流階級の社交場でもあるんだ。外務大臣のお墨付きなら問題はないと思うが、念のため注意しておく。自分の立場をわきまえ、名門の子弟に失礼のないように。いいな?」

 

「もちろんです、校長先生」

ベカスは自信ありげにそう言い切るのだった。

 

「よろしい……では、1週間ほど待ってくれ。1週間以内に授業の割り当てを考えておくことにしよう」

 

ベカスにそう言って校長は咳を一つし、

「では……」

と、今度は三日月へと視線を送った。

 

「この男の子が、君の推薦する転校生というわけか」

 

「おっしゃる通りです。校長先生」

 

校長の問いにビシリと答えるベカス

彼も新米教員としてノリノリなようだった。

 

「三日月・オーガス……です」

 

三日月は普段使わない敬語をひねり出し、初々しく校長へと自己紹介をした。

 

「ふむ…………ほお!三日月くん、君は中学時代はあの超名門とされた国立日ノ丸中学校に通っていたのかね?」

 

三日月の履歴書を見て、校長は驚きの声をあげた。

 

「校長先生、それって凄いところなんですか?」

 

「ああ、君はババラール出身だから知らぬのも無理はないが、日ノ丸中学はA.C.E.学園と同じく上流階級の者しか入学を許されていない学校である……が」

 

聞いてきたベカスにそう説明した後…

校長は急に三日月へジロリとした視線を送り…

 

「それ故に、妙だな。三日月くん、君は見たところ……日ノ丸中学に入れるような上流階級の出とは思えない」

 

校長は三日月の着ていた鉄華団のジャケットと、その粗末で野生的な容姿を見つめ、そう告げた。

 

それを聞いて、ベカスは内心飛び上がるほど驚いた。

 

「な……何を言っているんです校長?三日月は間違いなくその……日ノ丸中学出身ですよぉ、まさか……疑っているんですかぁ?」

 

ベカスはヘラヘラとした口調で校長へとごますりをするも、それが通用するほど校長先生も愚かではなかった。

 

「A.C.E.学園へ入学する日ノ丸中学出身の者は少なくない。それ故に、私も面接で何度か日ノ丸中学出身の子と話をしたことがあるが、君ほど粗末な見た目の子どもは見たことがない」

 

校長の視線がベカスへと移る

ベカスは「うっ…」と、冷静さを崩さないようにするのが精一杯だった。

 

「もし、三日月くんの経歴が偽のものだとすれば……それを紹介した君の経歴もこちらで洗い直さなければならぬな」

 

「……!?」

 

ベカスはポーカーフェイスをギリギリ保つことに成功するも、心臓が異常なほど大きく鼓動し、おまけに吐き気まで込み上げてきて、気が気ではなかった。

 

「…………」

 

それに対して三日月は冷静だった。

いつものようにナツメヤシの実を口にして、ソファに深く腰掛け、のんびりとくつろいでいた。

 

「三日月くん、本当は……君はいったいどこの誰なのか、教えてはくれないかな?」

 

疑うような校長の視線が向けられると、三日月は…

 

「悪いけど、ミドリちゃんから自分のことは話すなって言われてるから無理」

 

「何…?」

 

「三日月!?」

 

ベカスの声に、三日月は「あ」とふと何か思い出したかのように呟き、ジャケットの内側をゴソゴソと探ると、一枚のカードを取り出した。

 

「それは!」

 

机の上に放り投げられたカードを見て、校長は文字通り飛び上がって驚いた。

 

それはミドリから渡された例の……全世界で数百人しか持つことを許されていないという伝説の黒いカードだった。

 

「これがあれば、入れてくれるって言われたんだけど?」

 

上流階級どころか超上流階級の者でも滅多に持っていない、その圧倒的な権力と財力の証を目の当たりにして校長は震え上がり、地面にひれ伏した。

 

「も、申し訳ありません!三日月さま!」

 

地面に頭を擦り付けて三日月へと謝罪する校長を見て、ベカスは何が何だか分からずポカンとしてしまった。

 

「別に、いいよ」

それは三日月にしても同じことだったのだが、すぐさまそう言って校長の頭を上げさせる。

 

「ははっ、ありがたきお言葉……それにしても、あなたのようなお方がどうして今更A.C.E.学園への転校を希望するのですか?……いえ、悪い意味ではございません!」

 

三日月はその質問に答えるべく、すっかり畏まってしまった校長の目をジッと見つめた。

 

「……強く、なりたいから」

 

「……は……はぁ……そ、それだけでございますか?」

 

「うん。ここなら強くなれるかもしれないって聞いたから」

 

「そ、そうでしたか…」

 

校長はハンカチで汗を拭いながら、失礼にならないよう小さくため息をついた。

 

「では、明日の10時……お手数ですが、5号館2階の教職室までお尋ねください、そこで手続きを行いますので……ああ、そうそう。私の権限で筆記試験はパスとさせていただきますので、手続きが終わり次第、BMの操縦テストを行わせていただきますがよろしいでしょうか?」

 

「テストがあるの?」

 

「はい。ですがそれほど実践的なものではなく、ちょっとした動作テストのようなものなのでご安心ください」

 

「うん。分かった」

 

三日月が頷いたことにより、校長の面接は終了となった。

 

校長室から出た三日月とベカスはそこで別れ、それぞれ寮へと向かった。

 

一般的な学生寮へ向かおうとした三日月だったが「すぐに上等の部屋を用意しますので」と校長に呼び止められるも三日月はそれに従わず、ミドリに言われた通り、学生寮のある部屋へまっすぐに向かった。

 

 

ーーーーー

 

 

 

ミドリから渡された地図を頼りに向かった先は、どういうわけか女子寮だった。

 

「……い、いらっしゃいませ」

 

三日月がドアをノックすると、部屋の中から一人の少女が姿を現した。白い髪の毛で、赤い丸眼鏡が特徴的な少女だった。

 

「ミドリちゃんからしばらくここで生活しろって言われたんだけど」

 

「は……はい、存じています」

 

少女はオドオドした様子を見せるも、礼儀正しくペコリとお辞儀をして…

 

「A.C.E.学園戦術科、小林真希です。よろしくお願いします」

 

「三日月・オーガス……よろしく」

 

三日月もお辞儀を返すと、小林真希はクスっと笑った。

 

「よかった……思っていたよりも怖い人じゃなくて……ああ、立ち話もなんですので、どうぞお入りください」

 

真希に促されるまま、三日月は部屋へと案内された。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

次の日、お昼過ぎ…

 

「……あれは?」

 

昼食を済ませ、腹ごなしも兼ねて軽く走り込みを行なっていたその女性……佐々木光子は学園の庭をウロウロとしている一人の少年を目撃した。

 

光子は一瞬、その少年が学園の生徒かと思うも、少年はA.C.E.学園の制服を身につけておらず、しかも光子はその顔に見覚えがなかった。

 

この学園で剣術指導を行なっている佐々木光子は生徒一人一人の顔をちゃんと覚えていた。しかし、それでも知らないとなると部外者に他ならない……そう判断し、光子は少年へと近づいた。

 

「おい!そこのお前、何者ぞ」

 

まるで古の時代に生きた武者のような口調で光子は少年へと声をかけた。

 

「……!」

 

何気なく振り返った少年の瞳を見た途端、光子の中に衝撃が走った。それはまるで「目の前にいる少年が危険な存在である」と自分の中に眠る野生のカンがそう告げているかのようだった。

 

(こやつ……できる……ッ)

 

半ば反射的に、光子の手が腰の剣に触れる。

 

「ん……もしかして俺のこと?」

 

緑色ジャケットを着たその少年……三日月は不思議そうに光子を見つめた。

 

「お前……この学園の者ではないな?ここで何をしている」

 

「何をって……ここに入りたいからここにいるんだけど?」

 

淡々とそう告げ、三日月は『A.C.E.学園編入試験』と書かれた紙を光子へと差し出した。

 

「……編入試験……そうか、それは失礼した」

 

ふぅと息を吐き、光子は三日月への警戒心を解いて刀から手を離した。

 

「すまない。最近、この学園に賊の侵入を許してしまってな。それが原因で、私を含めこの学園の関係者は皆警戒を厳重にせよと言われているものでな」

 

「ふーん、大変だね」

 

それは以前、ニックとドールが学園へ潜入して高橋夏美を拉致しようとした影響だったのだが、助っ人の三日月にはそんなことなど知る由もなかった。

 

「あのさ、第三競技場ってどこか知ってる?」

 

「それならここの反対側です」

 

光子はそう言って、三日月へ第三競技場へのルートを細かく説明した。分かりにくいところや覚えにくいところは、紙に簡単な見取り図を描いて三日月へと手渡すのだった。

 

「分かった。ありがと、剣の人」

 

淡々と礼を述べ、説明通りに足を進める三日月

光子はその姿が見えなくなるまでその場に佇んでいた。

 

「しかし、この学園の編入試験は超難関なのだが……果たして、あの少年はそれを突破することができるのだろうか……」

 

誰に言うでもなくそう呟く光子

 

(でも……もし、試験に合格して学園へ入学するのなら……一度手合わせ願いたいものだな)

 

そんな淡い望みを心に抱き、ふと時間を確認するとお昼休みももう終わろうとしていることに気づき、光子は慌ててその場を立ち去るのだった。

 

 

 

自分の監督する……試験会場へと

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

それからしばらく後……第三競技場

 

「へぇ、ここが試験会場ね」

 

甘苦を咥え、三日月の試験が行われる予定の会場へと足を運んだベカスは、目の前にある巨大な施設を一望し、甘苦の隙間からため息を漏らした。

 

学園の下見を兼ねて三日月の活躍ぶりを応援しようというのが目的だった。

 

何気なく試験会場に入り、適当にその辺りをウロウロとしているとすぐにお目当ての場所へとたどり着いた。

 

「おっ、やってるな」

 

観客席の出入口からチラリと中を伺うと、競技場内部の戦闘フィールドに三日月の乗るバルバトスの姿を見つけた。

 

ベカスは客席に腰を落とし、のんびりと目の前で繰り広げられる戦闘の風景を眺め始めた。

 

模擬戦用の刃が丸くなった刀を装備したバルバトスは、たどたどしい動きで試験官の乗る機体が振り下ろす模擬刀を受けている。

 

「相手は高橋重工製の『武士』か……ふむ」

 

ベカスはバルバトスと対峙するサムライのような外観の機体を見て呟いた。

 

ーーーーー

 

『武士』は販売神話を持つ高橋重工の傑作機・軍曹シリーズのハイスペック後継機であり、装甲と武器性能が大幅に向上していることに加え、その反応性や機動性を含めたカタログスペックも軍曹シリーズとは大きくかけ離れたものとなっている。

まさしく高橋重工が世界に誇る高性能機だった。

 

ーーーーー

 

バルバトスは相手の振るう模擬刀を正確にはじき返し、かわしきれないものは後方へ飛んで回避した。

 

「おおー」

 

目の前で繰り広げられる本格的な戦闘……いや、むしろ殺し合いに近い戦闘を見てベカスは感嘆の声をあげた。

 

「へぇー、A.C.E.学園の編入試験ってのは結構激しいものなんだなー」

 

まさかS級機体まで出してくるとは…

思わずそう呟き、ベカスは昨日の校長の言葉を思い返した。

 

「確か、試験はちょっとした動作テストみたいなものだって言ってたような……ってことは試験官はこれでもまだ本気じゃないと?……へぇー、凄い奴がいたもんだ」

 

試験官の乗る武士は、今のところ全ての攻撃をかわされてはいるものの、確実にバルバトスを押していた。

 

一方のバルバトスというと……どういうわけか、いつものような覇気がなかった。

いつもなら一方的に相手を押し込みのが当たり前なのだが、どこか攻撃するのを躊躇っているような雰囲気を放っていた。

 

「なんだ?三日月のやつ……」

 

ベカスがその様子を不思議に思い始めた頃……

 

「な……なんてこった!」

突然、何者かがベカスの入ってきた出入口から勢いよく観客席へと飛び込んできた。

 

「校長先生?」

 

ベカスが振り返ると、そこには以前会ったA.C.E.学園の校長がそこにいた。

何やら真っ青な顔をして観客席の手すりにつかまり、わなわなと戦闘の様子を眺めていた。

 

「どうしたんですか?」

 

ベカスが尋ねると、校長先生は…

 

「ああ、ベカスくんか……君はこの戦いを止めることができるか……?」

 

「はい?」

 

校長の口から飛び出した思いもよらぬ一言に、ベカスは疑問符を浮かべた。

 

ーーーーー

 

ベカスが理由を尋ねると……今、目の前で繰り広げられている試合は編入試験などといった甘いものではないとのことだった。

 

全ては学園側のミスだった。

ただでさえも忙しい学園運営の中、季節外れの転校生ということで慌てて編入試験のプログラムを作成したはずだったのだが、いつのまにか別の試験プログラムと内容が入れ替わってしまっていたとのことだった。

 

ーーーーー

 

それを聞いて、ベカスは戦闘を繰り広げる二機へと振り返った。

 

「それじゃあ、今行われている試験は……?」

 

「あれは学生でありながらA.C.E.学園で剣術の指導をすることを許可された指導教官・佐々木光子の授業を最終段階まで受講した最上級生のみが受けることを許される……戦闘試験だ」

 

「そして…」

と、校長は続ける。

 

「相手をする試験官はBMによる剣術を極めた元A級傭兵……宮本浩二」

 

「A級!?」

 

その言葉を聞いて、ベカスは思わず甘苦を吹き出してしまった。

 

「なら、早く止めないと」

 

ベカスの提案に……しかし校長は首を横に振った。

 

「できればとっくの昔にそうしている。しかし、試験官の方針で戦闘に邪魔が入らないよう全ての通信回線はカットされた状態で試験は行われているのだ」

 

「だったら、スピーカーで呼びかけるなりして…」

 

しかしその提案にも、校長は首を横に振った。

 

「あの試験官……宮本は、戦闘時には全ての集中力を目の前の敵を倒すことに使うことで有名だ。故に、我々の声は彼の耳には入らない」

 

そこまで言って、校長は床に崩れ落ちた。

 

「頼む……なんとかあの少年が一切の怪我を負うことなく無事に戦いが収束しますようにッッッ、もし我々のミスであの少年に怪我の一つでも負わせてしまったのなら、私のキャリアはそこで終わってしまう」

 

神に祈るように、校長は無事に三日月が負けてくれるよう祈るばかりだった。

 

「ふっ、あはははは!」

 

しかし、校長先生の話を聞いたベカスは笑った。

 

「なら丁度いいな!そうだろ、三日月?」

 

ベカスは目の前で模擬刀による防御に徹するバルバトスへ……三日月へと呼びかけるかのように視線を送った。

 

「お前の実力、ここにいる奴らに見せてやれ!」

 

それは今まで何度か三日月の戦闘を目撃し、

そして共に戦った仲間だからこそ言える言葉だった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

何十回と刀を交差させ続けた末、三日月は競技場の端へと追い詰められていた。

 

「オラオラ!どうしたぁ!」

 

試験官の罵声と共に、振り下ろされる模擬刀

 

「……くっ」

 

それを模擬刀で凌ぎつつ、三日月は機体をさらに後退させる。

 

「馬鹿め!もう後がないぞ!」

 

「……!」

 

そこでチラリと、三日月は自分の背後を振り返った。

試験官の言葉通り、三日月の背後には競技場の壁が迫っていた。

 

「攻めて来ないならこっちから行くぞ!」

 

退路を塞がれた三日月に、尚も追撃をかける試験官の武士。

 

「イッちまいな!」

 

模擬刀が振り下ろされる。

 

「……」

 

しかし三日月は、その攻撃を見切ると模擬刀の先を下に向けたまま武士の攻撃を横へと跳躍し回避……

 

 

 

……した、はずだった。

 

 

 

「避けられるのは分かってんだよォ!」

 

 

 

退路を断たれた三日月が側面への回避に走ることを予測していた試験官は、高速で振り下ろした模擬刀を瞬時に構え直すと……

 

 

 

「今度こそ、イッちまいなァ!」

 

 

 

横薙ぎの斬撃を、バルバトスへお見舞いする。

 

 

 

バルバトスの刀は依然として下を向いている。

防御は不可能

 

 

 

そしてこの瞬間、誰もが試験官の勝利を確信した。

 

 

「……馬鹿な?!」

 

 

そして、試験官は驚きの声をあげた。

 

 

 

斬撃がバルバトスの胸部を抉り取ろうとした瞬間……突然、試験官の目の前からバルバトスの姿が消えたのだ。

 

 

 

否、断じてそれは消えたのではない

確かにバルバトスはそこに存在していた。

 

 

 

(案外、簡単なんだな)

 

 

 

三日月は以前、黒いバルバトスがそうしていたように……二本の足を支柱としたブリッジ回避をして、武士の薙ぎ払いをやり過ごしたのだ。

 

そしてそれは、次の攻撃への布石でもあった。

 

 

 

一際高い音を響かせ、

武士の模擬刀が地面を転がった。

 

 

 

三日月はブリッジから復活すると同時に模擬刀を切り上げ、武士の手から模擬刀をはたき落としたのだった。

 

「何ィ!?」

 

突然武器を失ったことに困惑する試験官

 

本来ならば、この時点で勝敗は決したとみなされるのだろう

 

だが……この時の三日月は違った

 

 

 

(やっと……コレの使い方が分かった)

 

 

 

三日月は今まで使い方が分からず、試験官の動きを見て真似することで、ようやくマスターすることができた模擬刀を強く握りしめた。

 

模擬刀を武士へと叩きつけ、その装甲をへし折った後……回し蹴りで武士を吹き飛ばした。

 

「もっと!もっと早く!」

 

スラスターを全開にし、吹き飛ばされた武士へと飛翔するバルバトス。

 

やがて落下する武士に空中で追いつき、その肩を狙って一文字に模擬刀を振るった。

 

「浅いか!」

 

右肩の関節を狙った一撃だったが、模擬刀である故、武士の肩を両断するには至らなかった。それでも武士を勢いよく地面へ叩きつけることには成功する。

 

「か……ぐはぁ……」

 

並外れた精神力で堪え、試験官は朦朧とする意識の中、ヨロヨロと武士を起こす。

 

「……え?」

 

だがそれを狙っていたのか、再びバルバトスの一閃が振り下ろされた。またしても右肩の関節を狙った一撃だった。

 

関節に食い込み、動かなくなる三日月の模擬刀

三日月は模擬刀から手を離し、引き抜くことを早々に諦め…

 

 

 

「もっと!もっと強く!」

 

 

 

バルバトスの左足を……限界ギリギリまで上げ……

 

 

「これなら!」

 

 

食い込んだ刀へ……踵落としをした。

 

 

 

バルバトスが放った踵落としは、後世に伝わるほど美しいまでに完成された踵落としだったという……

 

 

 

薪割りの要領で、両断される武士の肩。

 

 

 

だがその瞬間、三日月の模擬刀も寿命を迎えた。

地面へ叩きつけられると同時に、模擬刀は粉々に砕け散ってしまった。

 

 

 

「やっぱり、使いにくいな」

 

 

 

三日月は武士から離れ、後方へと跳躍する。

そして今度こそ戦闘が終わったと誰もが思った時だった。

 

「それじゃあ、これ借りるね」

 

バルバトスに膝をつかせ、三日月がそんなことを言ったと思った時……どういうつもりか、三日月は競技場の地面を転がっていたもう一本の模擬刀を拾い上げた。

 

それはつい先ほど、三日月によってはたき落とされた試験官の模擬刀だった。

 

 

 

再び武士へと迫る三日月。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

それから三日月の気が済むまで武士はサンドバックにされ続け……終わった時には、武士は完全なる屍と化していた。

 

両腕は関節からなくなり…

 

全身を覆っていた無数の装甲は、すべて削ぎ落とされ…

 

サムライを思わせる特徴的な頭部には、中程から折れた模擬刀が突き刺さっていた。

 

鉄の棺桶となった武士…

しかしそれでもなお、パイロットである試験官が生きていたのは武士の耐久性が影響してのことだったのか、はたまた模擬刀の影響か、単に三日月が手加減していたのが影響なのか……競技場の中にその答えを知る者はいなかった。

 

 

 

「こいつはそんなに強くなかったな。でも、ここの教官みたいだし、もしかして手加減してくれてたのかな……?」

 

 

 

「……」

重傷を負い、薄れゆく意識の中で、試験官は不思議そうに見下ろす三日月の声を聞くのだった。

 

 

 

ーーーーー

 

紆余曲折の末、三日月は試験に合格した。

 

ちなみに、その結果は三日月の持つ権力、財力、そして暴力によるものだったというのは今更言うまでもないことなのだろう。

 

こうして、三日月のA.C.E.学園での壮絶な日々が幕を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てはオルガのために!三日月は強さを求めて進み続ける。




ようやくA.C.E.学園まで辿り着くことができましたが……もう時間が……
光子のキャラが一番苦労しました。常時拙者口調なのかと思いきや私って言ってる時あるし、中々キャラが定まらず、どうしようかなとかなり悩みました。
出来るだけ再現しようと頑張りましたが完璧ではないのでそこはご了承ください。
……というか、佐々木光子って先生であってA.C.E.学園の生徒(現在)ではないですよね?その辺りの記述がないんですが(間違ってたらごめんなさい)
→間違ってました(外伝の双剣参照)生徒でしたすみません2019.8.31


次回予告です。

エル「学園生活を満喫する三日月」
フル「ひょんなことから佐々木先生と戦うことになります!」

エル&フル「「次回『激闘!A.C.E.学園!(仮)』」」

エル「次回はなんと私たちが出演するよ!」
フル「今までも散々出てましたけどね!(笑)」


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第14話:激闘!A.C.E.学園!(前編)

お知らせです
・今回はかなりぐたぐたになってしまったような気がするのでご了承ください

・今日でアイブラサガ連載開始してからちょうど1ヶ月となりました。本当はこの日までには全てを終わらせたかったのですが、皆様にはもう少しお付き合い頂ければ幸いです。

・次回から段々と投稿頻度が落ちていくと思いますがご了承ください




それでは、続きをどうぞ…







三日月とベカスがA.C.E.学園に潜入してから2週間が経過した……

 

旧校舎、化学室前

 

「化学室は……ここだな」

 

ある目的のために古い化学室を訪れたベカスは、咥えていた甘苦をポーチの中に戻すと、ノックをすることなく化学室の扉を開いた。

 

「……あなたは?」

 

見ると、様々な実験道具や薬品の収められたフラスコで埋め尽くされた化学室の奥側……ちょうど窓際のところに一人の少年が佇んでいた。

 

「あんたがエディだな?」

 

ボサボサ髪で細い目をした少年を見つめ、ベカスは続ける。

 

「オレは新しくここに来た戦術科の教官兼『奉仕部』の部長だ」

 

ーーーーー

 

ベカスの言う『奉仕部』とは、ベカスが学園の不良たちを説得して結成した部活動のようなものだった。

その部活動のことを一言で説明すると「学園関係者の悩みを解決する部」だった。その具体的な活動内容は学習指導、失せ物探し、恋愛相談、風紀維持……など、人の迷惑にならないことならなんでも引き受けていいとされている。

 

ーーーーー

 

「奉仕部?ああ、この前僕の実験を邪魔したやつらだね?それで、僕に何の用?」

 

「うちの部員に謝ってほしい。それと今後は、無闇に危険な実験をしないと約束してくれ」

 

ベカスは真剣な眼差しで静かにそう告げた。

 

ーーーーー

 

というのも……このエディという少年は『爆破同好会』という、学園から認められていない部活動の部長をしていた。ちなみに、部員はエディ一人だけである。

 

それだけならまだ良いのだが『爆破同好会』はその名の通り素行に問題があり、いつも怪しげな爆破実験を行ってはその度に少なくない被害と怪我人を生み出し、そのため多くの生徒や教官から顰蹙を買っていた。

 

しかし、エディはオーリアという国の財閥企業『シニー製薬』を牛耳るハイマー本家の一人息子であり、貴重な跡取りであることから、全世界に通用するその権力と身分を恐れ、生徒どころか教官すらエディに対して指導や警告をすることができなかった。

 

これを受け、奉仕部の部員たちはエディに対して「爆破実験をやめてほしい」と直談判に行くのだが、交渉は決裂、奉仕部の部員たちに多数の被害者を生み出す結果となってしまった。

 

幸いにも部員たちは皆軽傷で済んだものの、このままではいずれ取り返しのつかない事態が起きても不思議ではない。暴走するエディを止めるべく、部長であるベカスが立ち上がった……というのが、ことのあらましだった。

 

ーーーーー

 

「あなたも、僕に実験をやめろって言いたいの?」

 

エディは人に怪我を負わせたことを全く気にしていないというように、ヘラヘラと肩をすくめてみせた。

 

「その冗談は、全く笑えないね」

 

「そうか、それはすまなかった……だが、これは冗談じゃない」

 

ベカスは静かに怒っていた。

 

しかし、その怒りは自分を「部長」と慕ってくれる部員に怪我を負わせたというエディに向けられたものではなかった。

 

ベカスの怒りの矛先はベカス自身に向いていた。

部員に指示を送って他人の厄介ごとを背負わせてしまった挙句、怪我を負わせてしまったのだ。その責任は、ベカスにないとは言い切れない。

 

しかし、それは高橋夏美の誘拐というベカスの真の目的を踏まえると、夏美との接触に繋げるための土台作りの一環に過ぎず、そもそも奉仕部という存在自体が偽善に過ぎなかった。しかし現在、ベカスは自分のとった行動に深い責任を感じ、部員の正義を取り戻すべく心に火を灯していた。

 

「へ……へぇ……わかったよ、約束する」

 

ベカスの強い視線に恐怖したのか、エディはやけにあっさりとその言葉を口にした。

 

「ただし」

しかし、エディはまだ諦めてはいなかった。ベカスに向けて謎の化学物質が入ったフラスコを放り投げると、続けざまにライターを投げて寄越した。

 

「それを浴びて、ライターを灯して火ダルマになってくれたらあなたの言う通りにしてあげる」

 

エディはフラスコの中身をじっと見つめるベカスを冷ややかに見つめた。

 

「でもね、それは僕の調合したガソリンよりももっと引火性の強い……」

 

しかし、エディが言葉を終えるのを待つことなく

 

「……え?」

 

ベカスは無言で目を閉じると、フラスコの栓を開け、その中身を体に振りかけ、さらに何の躊躇いもなくライターを使って自分の体に火を灯した。

 

「ちょ……!?」

 

 

 

瞬く間に火ダルマになる、ベカスの体。

 

 

 

しかし、ベカスは全く慌てた様子を見せることなく平然とその場で天を仰いでいた。そう、自分の体を這い回る炎を受け入れることで、せめてもの贖罪とするかのように……

 

ベカスの体から放出された火の粉が、すぐそばの机をかすめた。

その上には、危険な科学薬品が詰まったフラスコ

 

まさか本当にそれをするとは思いもしていなかったエディはそれを見て悲鳴をあげた。このままでは化学室が消失しかねない。

 

 

 

「や……やめろ!」

 

 

 

エディは慌ててもう一つのフラスコを取り出すと、ベカスへと投げつけた。

 

白い粉のようなものが入ったフラスコは、ベカスの体にぶつかるといとも簡単に割れた。内容物が飛散すると同時に炎と反応し、ベカスの周囲にモウモウとした煙を生み出す。

 

それは消化剤のようなものだった。

次の瞬間にはベカスの体を覆っていた炎はものの見事に鎮火していた。

 

「あなたみたいな命知らずは、初めて見た……」

 

「……約束は、守ってもらうぞ」

 

ベカスは目を開けてエディへ視線を送った。

 

「……ああ、約束は守る」

 

 

 

降参したように手を上げるエディ

「だけど!」

しかし、そう言って足元のスイッチを踏むと、エディの背後……化学室から一望できる庭の中央があ突然割れたかと思うと、BM用のカタパルトが出現し、その中から3機のBMが姿を現した。

 

 

 

「やれやれ、往生際の悪い野郎だ……」

 

エディは背後のBMへと乗り込むべく窓を開けた。そんな姿を見てベカスが呟く

 

「その前に……あなたが本物の戦術科の教官か、きちんと確かめさせて……」

 

窓を跨いでエディがBMへと乗り込もうとした時だった。

 

 

 

 

 

「やっちまえ!三日月!」

 

 

 

 

 

ベカスが叫ぶ

 

 

 

「……?!」

 

 

 

すると……どこからともなく白い機体が、エディの所有する3機のBMの背後へと姿を現したかと思うと、手にしたメイスを叩きつけ、搭乗者のいない3機のBMをあっという間にミンチにしてみせると……

 

 

 

「……え?」

 

 

 

何が起きたのか未だに理解できていないエディをその視界に収め……バルバトスは窓を乗り越えようとするエディの体を、化学室の壁ごとその巨大なマニピュレーターで掴み上げ、青空の下に晒した。

 

 

 

「ぎゃあああああああ!?」

 

 

 

情けなく悲鳴をあげるエディ

バルバトスが旧校舎に向けて腕を突き入れた衝撃で化学室の中がぐちゃぐちゃになってしまうが、エディにそんなことを考える余裕は無かった。

 

 

 

「よーし、三日月〜よくやった〜」

 

 

 

ベカスはのんびりとした口調で大穴の空いた化学室からバルバトスへと呼びかけた。

 

「あ……あんたら、こんなことしていいと思ってるのか!?」

 

バルバトスのマニピュレーターの中で、エディはなけなしの力を込めて喚く。

 

「僕はオーリアの……ハイマー家の跡取りだぞ!」

 

「それが、何?」

 

「え……?うわっ!」

 

その瞬間、バルバトスのマニピュレーターがくるりと回り、エディの体が逆さまになってしまった。

その真上(正確には下だが)には無機質な視線で見上げる三日月の姿。

 

バルバトスのコックピットから身を乗り出した三日月は半裸ではなかった。バルバトスに繋がっているにもかかわらず、BMパイロットの着る黒い対Gスーツのようなものを着込んでいた。

 

 

 

「お前の家はどうだっていいよ、で……お前は何なの?」

 

 

 

三日月に権力という言葉は通用しなかった。エディに向けて淡々と問いかける

 

「……!」

そうしてエディはようやく自覚することができた。

 

 

自分から家の力を取り上げると、そこには何も残らないということを…

 

 

自分が今まで、どれだけ家の力に依存していたのかということを…

 

 

圧倒的な暴力の前には仮初めの権力など、意味をなさないということを…

 

 

 

「ちなみに、三日月は奉仕部の部員じゃないぜ〜」

 

 

 

そんなエディに追撃をかけるように、ベカスが告げる。

 

 

 

「そいつはオレが呼んだ、いわゆる助っ人ってやつでね。要するに、そいつが何をしようが、オレには一切カンケーねぇってことさ」

 

 

 

ベカスはニヤリと、エディを見つめた。

 

 

 

「そしてオレは生徒同士による一対一の正々堂々としたケンカには首を突っ込まない主義でね〜、まあ、オレの言葉を最初から聞いていればこんなことにはならなかっただろうなぁ〜」

 

 

 

化学以外では無知蒙昧を極めたエディではあったが、その言葉の裏に隠された本当の意味を理解できるだけの頭は持ち合わせていた。

 

 

 

「沢山の生徒に怪我を負わせたことに比べれば、ケンカで負う傷なんて大したもんじゃないさ……なるほどな、これが因果応報ってやつだな?」

 

 

 

ーーーーー

 

(アタシの台詞取られたー!うぇーん、フルぅー)

(お姉ちゃん!まだ始まったばかりだから泣かないで……)

 

ーーーーー

 

「ねぇ、銀の人」

 

ベカスが語り終えたのを見計らって、三日月はバルバトスのマニピュレーターにかける力を強めた。

 

「次は……どうすればいい?」

 

挟まれ身動きの取れないエディは、自分の体にかかる圧力が強くなっていくことに気づいた。

 

「……あっ……あっ」

 

本気で命の危機を感じ、青ざめるエディ

 

「ふっふっふ……それじゃあ」

 

それを見て、ベカスは自分の瞳に嗜虐的な色を浮かべるのだった。

 

ーーーーー

 

(なるほどね!これが『グレンタイ』なのね!)

(ま……まあ、ある意味そうなのかもしれませんね(笑))

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第14話:「激闘!A.C.E.学園!(前編)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日……

早朝、三日月(と小林真希)の部屋

 

A.C.E.学園の一般的な学生寮は一つの部屋に2人(もしくは3人)で住むのが基本ではあるが、日ノ丸でナンバーワンを称していることもあり、生徒一人一人のプライバシーにも配慮しているのか部屋の中には人数分の寝室があった。

 

エアコンや冷蔵庫、洗濯機などといった部屋の備品に関してもA.C.E.学園はそれなりのものを用意しており、まさに至れり尽くせりといったようでもあった。

 

最も……これはあくまでも一般的な生徒向けの学生寮の話であって、ソフィア(奉仕部副部長)などが使用できるVIP御用達の学生寮とは比べるべくもないのだが……

 

そしてここは三日月の寝室である。

 

朝日がカーテンの隙間から漏れ、三日月の頬を温かく照らした。

 

「……」

三日月は毛布も被らず、タンクトップ姿でベッドの上に体を横にして眠っていた。

 

すると、三日月の部屋に来訪者が現れた。

「お……お邪魔します」

数回のノックの後、それでも返事がないことを不思議に思ったのか、躊躇いがちに一人の少女が扉を開けた。

 

その少女……三日月と同じ部屋で暮らす小林真希は、開けた扉の隙間から部屋を覗き込み、三日月の姿がまだベッドの上にあることに気づくと意を決して眠っている三日月へと近づいていった。

 

「あの……三日月さん?」

 

「……」

 

真希の呼びかけに対し、しかし三日月の様子に変化は見られない。

 

「もう、朝ですよ?」

 

「……」

 

「早く学園へ行く用意をしないと、遅刻して……」

 

その時、真希の目があるものを捉えた。

 

それは三日月の背中に埋め込まれ、タンクトップ越しでも分かるほど歪な形をした阿頼耶識システムの手術跡だった。

 

「…………」

 

真希は興味深そうな視線を三日月の背中へと送った。

 

これが、三日月と真希が同室になった理由だった。

 

まず、三日月の背中は言うまでもなく人の目につく。それは学園に通う生徒だけならまだしも、教官などの大人とて同じことだった。

特にここ、A.C.E.学園は各分野ごとの教官による生徒への教育がメインではあるが……その傍ら、教官たちもまた自分の見聞を広めるために研究や自主学習を日々欠かすことなく行なっている。

普通に考えれば勤勉でよろしいように思われるかもしれないが……少し裏に目を向ければ、時に教育のためと称して一部の特殊な能力を持つ生徒を実験台とした研究も行われるほどだった。

そして、三日月もまた阿頼耶識を持っていることからその研究対象として見られる可能性も十分に考えられた。

一度でもそうなってしまえば、教官たちは三日月のことを離そうとしないだろう。そしてそれは潜入任務への障害にもなりかねない。

阿頼耶識を隠そうと思えば隠せるのだが、学園に通うということは多くの生徒と集団行動をすることと同義であり、学生寮というプライベートな空間でも、いつボロが出てもおかしくはない状態に立たされているのであった。

 

 

 

だからこそ、小林真希は適任だった。

 

 

 

もしも三日月の阿頼耶識を見たのが真希以外の生徒であったのなら、その背中に驚愕し、誰かにこのことを話したくなる衝動にかられることだろう。そうなってしまえばもうお終いだ。直ちに噂は生徒から教官へと広がり、三日月が研究対象になってしまう可能性があった。

 

しかしその点で真希は違った。

貧しかった彼女は三日月の保護者であるミドリの援助を受けてA.C.E.学園へと入学することができた。その上、実習先にOATHカンパニーを紹介してもらったこともあり、真希はミドリに対して深い恩義を抱いていた。

 

真希が三日月の背中を他の生徒にバラすということは、恩人であるミドリを裏切ることにも繋がる。だからこそ、将来を棒に振ってでも真希が三日月の背中をバラすとは考えられなかった。

 

「うわぁ……すごい……」

 

しかし、真希にしても初めて見る阿頼耶識システムに興味を抑えることができなかったのか、小さく呟いて三日月へとさらに近づいた。

 

顔を近づけて間近で阿頼耶識を観察し始めた真希は、それに飽き足らず、今度は阿頼耶識へと手を伸ばした。

 

「へー……」

 

人一倍好奇心が旺盛なその手がゆっくりと阿頼耶識に触れると、真希は人肌の温かな質感と機械の冷たい硬さが入り乱れたような触感を自分の指先に感じた。

 

「……気になるの?」

 

いつの間に目を覚ましていたのだろうか、瞳を閉じたまま、三日月は小さく声を発した。

 

「……ひゃあ!」

 

その声に驚いた真希はサッと手を引っ込めた。

 

「ご、ごめんなさい!私……つい……」

 

「いいよ、別に」

 

三日月は大きなあくびを一つして、眠そうな瞳をこすり、ベッドから起き上がった。

 

「で、何の用?」

 

「あ…はい、これお返しします」

 

 

 

そう言って真希は三日月へ黒いボディスーツを返した。

 

 

 

この世界のBMパイロットが着用する対Gスーツにも似たそれは、三日月のためにミドリが発注した世界で唯一無二のボディスーツだった。

 

元々は三日月の背中にある阿頼耶識を隠すために開発されたスーツなのだが、その名の通り、高い加速度によって生じるブラックアウトを軽減させる(最も、三日月には必要ないのだが)効果の他、保温、防刃、防弾など、シンプルな見た目ながら通常の対Gスーツと比較すると様々な機能が追加されている。

 

 

 

そして、小林真希を同室としたもう一つの理由がこれだった。

 

 

 

このスーツは常に三日月のコンディションを計測し、数値化して記録していた。それは、異常なまでの回復力を目の当たりにしたミドリによって考案されたものであり、真希は三日月が学園にいる間そのデータの収集・分析をミドリから依頼されていた。

 

意外なことに、こんなものでもOATHカンパニーの機密に当たる貴重なものなので、三日月が着用しない時は形式上、真希が責任を持って管理・メンテナンスを行わなければならなかったのだ。

 

 

 

「着替えたらリビングに来てくださいね。朝ごはんを用意していますので」

 

「うん、ありがと」

 

小さく笑って部屋から出て行く真希。

それを見送ってから三日月はタンクトップを脱いでスーツを着始めた。

 

それから床の上に放り投げていたA.C.E.学園の上着を拾い上げ、所々皺の入っているにもかかわらずスーツの上から羽織って、寝室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

お昼休み

 

午前の授業を終え、三日月が向かったのはA.C.E.学園の旧院と呼ばれる場所だった。

 

A.C.E.学園は学園であるにもかかわらず厳しい身分制度があった。学院は旧院と新院に分かれており……

 

新院は一流の設備と教官が揃っているため、普通のお金持ちや成績優秀な奨学生はここで勉学に励むことになる。

 

それに対し旧院には最新設備こそないが、露天風呂や決闘用の闘技場、大型ダンスホールといったものが完備され、まさしく豪華絢爛。超VIPしか入れないクラッシックな帝国風の建物だった。

 

本人もそれを望んでいたことから、普段は新院で勉学に励んでいた三日月だったが、特例として旧院へ入ることも許されていた。

 

それはミドリに持たされた黒いカードによる影響だったのだが、今の三日月にとってこれを利用しない手はなかった。

 

とはいえ……しっかり身なりを整えたとしても三日月の内側から溢れる野生的な一面は、煌びやかな旧院にて授業を受ける生徒たちの中でも一層目を引いてしまうので大胆な行動はできず、三日月はそそくさと旧院のある場所へと向かうのだった。

 

その場所とは、図書室だった。

 

お昼休みの図書室は人気が少なく、静かに時間を過ごしたい人にはもってこいの場所だった。

 

しかし、三日月の目的は静かに時間を過ごすことではなかった。

巨大な本棚の間に立ち、適当に一冊を引っ張り出してその場で読み始めた。

 

いや、本の内容は分かっていない。

あくまでも読んでいるフリをすることが重要だった。

 

そして、この時間になると図書室へ平穏を求めて訪れるその人物の到着をひたすら待ち続けるのだった。

 

「……!」

 

そしてついにその時が訪れた。

図書室の中に一人の少女が現れた。

 

オレンジ色の髪の毛、高貴な出自であることを伺わせる佇まいに、整った顔立ち……

それは、ベカスらが誘拐しようとしている少女……高橋夏美だった。

 

三日月は手元の本へ頭を落としながら、その視線を高橋夏美へと向けていた。

 

三日月は数日間に及ぶ調査の末、婚約者からの積極的なアプローチに耐えかねた高橋夏美が昼休みの間はこの図書室を避難場所としていることを掴み、情報を得るために図書室へと張り込んでいた。

 

(……今日の護衛は3人か)

 

情報というのは影ながら常に夏美のことを見守る護衛のことだった。本棚の隙間から護衛らしき影を次々に見つけ、その人数と人相を記憶する。

 

夏美が本を読み始めたのを見て、三日月が帰ろうとした時だった。

 

 

 

「あ!三日月だ!」

 

 

 

ふと何者かに呼び止められ、三日月はハッとなった。

 

 

 

「お姉ちゃん、図書室ではあんまり大きな声を出しちゃ……」

 

「大丈夫だって、フルは相変わらず心配性だなぁ〜」

 

 

 

振り返った三日月が見ると、そこには双子だろうか……よく似た容姿をした二人の少女がいた。

 

「……誰?」

 

三日月は警戒しながら双子を見つめた。

 

 

 

「エルだよ」

双子のうち、桃色の髪の少女が答えた。

 

「ふ…フルです」

続いて、青色の髪の少女が答える。

 

 

 

二人の少女はそれぞれ名乗り終えると、エルは不敵な笑みを浮かべ、フルは躊躇いがちな様子を見せ……そしてゆっくりと三日月へ近づくと…

 

 

 

「あははーやっと会えたー!」

 

「あの……っ、もしよければ握手して下さい!」

 

 

 

そんなことを言って、二人は三日月へ握手を求めた。

 

「え? ……いいけど?」

 

訳も分からず三日月が両手を差し出すと、エルは三日月の左手を、フルは三日月の右手を手に取り、嬉しそうにその手を握りしめるのだった。

 

「いやー、まさか有名人がこんなところにいるとは思わなかったねー」

 

「あの……私、三日月さんのこと応援してますので、これからも頑張って下さいね!」

 

二人によって三日月の両腕がブンブンと振られる。

 

 

 

「ねえ……なにこれ?」

三日月は未だ双子の意図がわからず、困惑するばかりだった。

 

 

 

「なるほどね!これが『イミフメイ』ってやつね!」

 

「あ、ごめんなさい。説明がまだでしたね……実は……」

 

 

 

双子のうち、フルがなにやら説明をしようとした時だった。

 

 

 

「エル?フル? そこにいるの?」

 

 

 

騒ぎに気がついたのか、先ほどまで本を読んでいた高橋夏美が声を辿って三日月たちの元へと歩み寄って来た。

 

「……っ」

((ニコニコ))

 

三日月は咄嗟にその場から離れようとするも、双子に両腕を掴まれているためその場から動くことができなかった。

 

「もうっ、図書室で騒いじゃ駄目でしょ……って」

 

本棚の間へと姿を現した夏美が、三日月の存在に気づいた。

 

「えっと……フル、この人は……?」

 

「はい!この方は三日月さん…と言って、最近ここにやってきた転校生なのです、夏美お嬢様」

 

夏美の質問に対し、フルは簡潔に答えた。

 

「夏美お嬢様!三日月って凄いんですよ!なんと編入試験で元A級傭兵の試験官を倒しちゃったんですよ〜」

 

エルが補足を入れる。

 

「えっと……よく分からないけど、要するにとっても強いってこと?」

 

「「その通り(です)!」」

 

双子は息ぴったりな様子でそう答えた。

 

「へ、へぇー……」

 

夏美はそれでもまだピンときていないのか、わざとらしく驚いてみせ、それから気を取り直すかのように咳を一つして…

 

「申し遅れたわね。私は高橋夏美、高橋重工ってところの…」

 

「知ってる」

 

「ああ、そう?なら話が早いわね。その二人はうちのメイドなんだけど……あなたに迷惑をかけたみたいで、ごめんなさいね」

 

夏美は尚も三日月の両手を握り続ける双子を交互に見つめた。

 

「別に……ていうか、そろそろ戻りたいんだけど」

 

「そうね、もうお昼休みも終わりみたいだし」

 

そう言って夏美が双子へと笑いかけると、双子は三日月を解放し、定位置である夏美の両側へと移動した。

 

「それでは、ご機嫌よう」

 

優雅に図書室から立ち去る夏美の姿を見送った後、三日月も次の授業を受けるために新院へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

それからしばらく後……授業中

 

新院にある自分の教室へと戻った三日月は授業を受けつつ、昼間の出来事をメモに残していた。

 

まず、記憶しておいた夏美を見守る護衛の人相をできるだけ事細かに文字で表し、さらに夏美がどんな本を読んでいたのかもついでにメモした。

 

三日月は書くべきか悩んだものの……よく分からない双子の存在と、高橋夏美と接触してしまったことも念のためメモしておくことにした。

 

それが終わり、手持ち無沙汰になった三日月は退屈しのぎのために、ぼーっとベカスが実施している戦術の授業に耳を傾けていた。

 

「……以上のように、こちらの保有する戦力とほぼ同等の戦力を持つ敵対勢力と戦闘になった場合、どのように戦えばいいのか考えてみよう」

 

1クラス40名の広い教室の中で、ベカスは教壇に立ち、タッチパネル式の黒板に擬似再現された戦場を表示させていた。

 

「まずイメージしろ!お前らはこの部隊の指揮官だ。それを踏まえて、まず最初に何をするのがベストかを考えろ」

 

黒板に表示された戦場が、三日月たちの座る席に取り付けられたモニターにも表示された。

生徒たちはそこに表示されたあらゆる情報を駆使して、戦い方を組み立て始める。

 

「先生!出来ました!」

 

ベカスの与えた問題を解き終えたのか、一人の男子生徒が手を挙げた。

 

「よし、じゃあ黒板に映すからな〜みんな注目〜」

 

のんびりとした口調で、ベカスは男子生徒から送られてきた解答を黒板へと反映させた。

 

「ふむ……つまり、少数部隊による一撃離脱戦法によって敵を混乱させ、その隙をついて遠距離からの砲撃で仕留めるということか」

 

「はい!」

 

「まあ、悪くはないな。戦場において敵を撹乱させることは敵から正常な判断を奪う他、同士討ちを狙うこともできるしな」

 

そこまで言ってベカスは

「だが……」と、切り返した。

 

「惜しいな。多分、このやり方じゃあんまり上手くいかない」

 

「え?ベカス先生、どうしてですか?」

 

その問いに答えるかのように黒板の戦場をリセットしたベカスは、あらかじめ用意していた敵の行動プログラムを黒板に反映させ、そして再び戦場を動かし始めた。

 

すると、先ほどは上手くいっていたように見えた少数部隊による一撃離脱戦法は、敵の本隊へと辿り着く前に激しい迎撃を受け、あっさりと全滅してしまった。

さらに、そのあとに行われた砲撃も全くと言って良いほどダメージを与えられず、シミュレーションは終了した。

 

「さあ?どうしてだと思う?」

 

ベカスは顔をニヤつかせ、肩をすくめてみせた。

 

「まず、戦場は平野だ。こういう地形では数が物を言う。だからこそ圧倒的な戦力で構成された防御陣地に阻まれ、部隊は全滅してしまった。そもそも状況は敵味方共に臨戦態勢、奇襲をかけるようなタイミングじゃなかった」

 

ベカスは男子生徒を見つめ、さらに続ける。

 

「この後に行われた砲撃にしても、敵が分散したこの状況下では砲撃もあまり意味をなさない。より効率的な砲撃を行うには、もっと敵を密集させるか、先に偵察部隊を送る必要があった」

 

そこまで言ってベカスは

「では、お前ならどうするべきだったと思う?」

と、男子生徒へ尋ねた。

 

「……えーっと、少数部隊を下げて……偵察部隊を出します」

 

「おいおい、オレの言ったまんまじゃねーか……もうちょい考えろよ」

 

ベカスが苦笑してため息をつくと、その様子がおかしかったのか、生徒たちの間で小さな笑いが起きた。

 

戦場上がりのベカスによって論じられる戦術教室は、生徒たちの間でも概ね好評だった。

 

ベカスは指揮官でこそなかったが、数々の戦場を渡り歩いてきたその口から語られる戦術の講義は、理論だけで戦場を考える平凡な教官に比べると論理的なところで若干の甘さは見られはしたものの、非常に理にかっている点と、えも言われぬリアルさがあり、それが生徒たちにはウケたようだった。

 

「いいか?いつの世も戦場というものは、どんなに優秀な指揮官がいたとしても想定外のことが起きるものだ。だからこそ、指揮官に求められているのは……戦場をあらゆる角度から見渡し、あらゆる可能性を考え、あらゆる状況に対応する力を備えることだ」

 

その時、授業終了のベルが鳴り響いた。

 

「よし、今日はここまで!次回は圧倒的不利な状況からの打開策について論じるから、ちゃんと予習しとけよ?」

 

ベカスはそう言って黒板上のシミュレーションを終了させた。

生徒たちも授業の後片付けを始めた。

 

「……」

 

三日月は教本を机の上に広げたまま、椅子から立ち上がってベカスの元へゆっくりと歩み寄る。

 

「おう三日月、どうした?」

 

「質問があるんだけど」

 

そう言って三日月は、ベカスに何か話しかける素振りを見せつつ、教卓の上にメモを置いた。

 

「……悪いな」

 

ベカスは小声で礼を述べて、しばらくメモを見つめた。

 

「……ふーむ、なるほどな」

 

少し考えるような素振りを見せた後……

 

「放課後、屋上に来てくれ」

 

ベカスはそっと三日月へ耳打ちした。

 

三日月は小さく頷き、そそくさと自分の席へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

放課後

 

授業を終えた三日月が新院の屋上に向かうと、そこには既にベカスの姿があった。

甘苦を咥え、とてもリラックスした様子で手すりにもたれている。

 

「遅くなってごめん」

 

「いや、大したことないさ」

 

ベカスは甘苦をしまい、三日月へと向き直った。

 

「これはソフィア……いや、奉仕部副部長から聞いた話なんだが、今週末、あそこで盛大な舞踏会が行われるらしい」

 

「ふーん、それで?」

 

三日月はナツメヤシの実を口にしつつ、ベカスの言葉を聞く姿勢をとった。

 

「オレはそこで夏美と接触したいと考えている。だが、オレには旧院へ入る権限がない……招待客に紛れて入ろうとも考えたが、夏美に接触する前に追い出されるのがオチだ」

 

ベカスはそこで少しだけ間を置いてから続ける

 

「そこで三日月の出番だ。奴隷でもなんでもオレのことを、旧院を自由に出入りできるお前の付き人ってことにすれば、オレも舞踏会の中に紛れることができるだろうからな! ああ、そのあとは全部俺一人でやるから、三日月は適当にゆっくりしてても大丈夫だぜ」

 

ベカスは「我ながら完璧な作戦!」と充実感溢れるような顔をした。

 

「あのさ…」

 

「うん?」

 

「俺、舞踏会の招待状とか貰ってないんだけど?」

 

「え?」

 

三日月の言葉に、ベカスは顔を凍りつかせた。

 

 

 

「いやいや、旧院に入れるんだったら招待状を持っていなくても舞踏会に参加できるんじゃないのか?」

 

 

 

「……でも、舞踏会に参加できるのは招待状を貰った人だけって聞いたんだけど?」

 

 

 

「え?」

 

「?」

 

 

 

二人の間に、気まずい沈黙が走った。

 

 

 

「……なあ、一ついいか?」

 

「何?」

 

「オレの授業、どうだった?」

 

沈黙に耐えきれなくなったベカスは顔を抑え、三日月へそんなことを尋ねた。

 

「普通に、面白かったと思うけど」

 

「そうか……なら、よかった」

 

そうしてベカスは、静かに肩を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued...




・本編ではベカスが戦術科の教官という設定が全く活かされていなかったので頑張って先生っぽくしたのですが、正直言ってお粗末なものしかできませんでした。何をやらせていいのか分からず、それっぽいものを何とかでっちあげましたが、この辺りは深読みせず雰囲気を楽しんでください。

・光子との戦闘までを予定していましたが作者が力尽きてしまったので(そのため最後らへん本当に語彙力がなくなっている)申し訳ありませんが今回はここまでとさせていただきます。




次回予告です

エル「ベカスと共に舞踏会に潜入した三日月」

フル「今度こそ、佐々木先生と戦います!」

エル&フル「「次回『激闘!A.C.E.学園!(後編)』」」

エル「なるほどね!これが『シノギヲケズル』ってやつね!」


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第15話:激闘!A.C.E.学園!(後編)

?「お帰りなさい! 指揮官さま!」

お知らせです
・文字数がバカみたいになってしまいましたが(当社比)どうしようもなかったのです。すみません

・ゼオライマーイベ始まりましたね。(はぁ……またぶっ壊れたものを出してきて……しかもグレートも控えているようで、きっとアリーナがこれで溢れるんでしょうね?私はダッチーのロボゲーがやりたいのに、どうしてくれんの?)
?「何やってんダッチー!」

・エル&フル(その他数名)のスキンが動くようになったのは最高です。ただ、モーショントゥイーンか何かの跡が残ってるのはどうかと……

・前回も言いましたが、以降はマジで更新が遅くなりますのでご了承ください。





それでは、続きをどうぞ……







舞踏会当日……お昼休み

 

A.C.E.学園、学食(カフェ)

 

「それで、ベカスさんは何のアテもなく今日の舞踏会に乗り込むつもりなんですか?」

 

一般生徒向けの簡素な学食にて、なるべく会話を聞かれないよう端っこの席に座った小林真希は、自分の真正面に座る三日月へと尋ねた。

 

高橋夏美を誘拐する…など、三日月の口から事前に全てのことを聞いるので現状についての理解も早かった。

 

「うん、そんな感じ」

 

三日月は昼食前だというにもかかわらず、ナツメヤシの実を口に入れた。

 

あれから………三日月が旧院には入れるものの、舞踏会への参加資格がないことをソフィアから聞いたベカスは、どうやって夏美と接触するかを三日月と共に考え続けたのだが、いくら考えてもニックどドールがやったような力づく拉致しか思い浮かばず、だが学園の警備が厳しくなったこの状況下でそれは困難であり、結局のところ他に妙案を思いつくには至らず今日という日を迎えた。

 

「……それはまあいいとして……なにか、変じゃないですか?」

 

そんな時、ふと真希は思ったことを口にした。

 

「何が?」

 

「いえ……これは私の気のせいかもしれませんが……」

 

少し考える素振りを見せ、真希は……

 

「三日月さん、今回の誘拐の依頼について……もう一度最初から話してもらえませんか?」

 

小声でそう言った。

 

 

 

三日月はベカスから聞いた話を事細かに説明することにした。三日月はニックとドールに直接会って話を聞いたわけではないので細かい部分は割愛せざるを得なかったが、それでも話の内容は十分にまとまっていた。

 

傭兵崩れのニックとドール、

ベカスとはそれなりに長い付き合い、

 

高橋夏美の実の両親からの依頼、

高橋家の政略結婚、

公衆の面前での拉致、

泣きついてきたので仕方なく、

 

900万の報酬、

そのうち100万は前払い、

 

 

 

「やっぱり……何かおかしい……」

 

ベカスから言われた言葉をそっくりそのまま説明し直すと、真希は再び考えるような素振りを見せた。

 

「ねぇ、それってどいう……」

 

そんな様子を見かねた三日月が、真希へその理由を尋ねようとした時だった。

 

「お待たせいたしました。カレーライスでございます」

 

清潔な身なりをしたウェイトレス現れ、二人の席にカレーライスの皿を置くと、

「ごゆっくり」と丁寧なお辞儀をして去っていった。

 

「あの……本当にこれでよかったでしょうか?」

 

「うん、なんでもいいって頼んだのは俺だし」

 

このまま話し合いを続けて目の前の料理を冷ましてしまっては申し訳ないと、三日月と真希はスプーンを手にした。

 

それから二人は黙々とカレーライスを食べ始めた。

 

あっという間に食べ終え、お皿にカレーのルーを少しだけ残してしまった三日月に対し、普段から食べ慣れているのであろう小林真希のお皿は食べた後とは思えないほど綺麗なものだった。

 

「お口に合いました?」

 

「うん、おいしかった」

 

「それはよかったです。私のお気に入りだったので」

 

「それじゃあ……話してくれる?」

 

嬉しそうに微笑む真希

三日月はコップに入った水を飲み干してそう切り出した。

 

「……分かりました」

 

そうして、真希はゆっくりとその理由を述べ始めた。

 

「依頼してきた高橋家の人は夏美さんの実の両親……つまり、高橋徹ではないと考えるのが普通。……ですが、本当にそうなのでしょうか?」

 

「?」

疑問符を浮かべる三日月に、真希は続ける

 

「実は、今日までに夏美さんのことについて色々と調べてみたんです。高橋家の御曹司として迎えられる前に、いったいどこで何をしていたのかについて……そして、興味深いことが分かりました」

 

そして、真希の口から思いもよらぬ一言が放たれた。

 

 

 

「高橋夏美の記録はなかったんです……何も」

 

 

 

「え? それってつまり……」

 

「はい。それを言い返せば、高橋夏美という人物は最初から存在していなかった。その学歴にもいくつか偽造された痕跡が見受けられただけではなく、その出生届すら確認することができませんでした。つまり、夏美さんはいつのまにか今の高橋夏美としてそこに現れたということです」

 

そう告げる真希の目はどこか震えていた。

 

「まるで存在しない機関ならぬ、存在しない人間なんです……あの人は」

 

「……それって、確かなの?」

 

「はい。OATHカンパニー独自の情報網を使って仕入れた情報なので、まず間違いないかと……。当然のことながら、高橋夏美の両親についても夏美さんと同様にその存在すら……」

 

「……じゃあ、どういうことなの?」

 

「これについては私にも分かりません。ですが、依頼してきた実の両親と名乗る人は恐らく偽者です」

 

忽然とその場に現れた身元のない少女と、

その親権を主張する人たち

……三日月は話の中にきな臭さを感じた。

 

真希は迷いを振り払うかのように言葉を続けた。

 

「これについて考えられる点は2つあります。まず1つ目が……ベカスさんたちは利用されているという可能性です。例えば、高橋家の縁談を理由にしてベカスさんたちに夏美さんを誘拐させ、黒幕はその後で高橋家へと法外な身代金を要求する……というは、よくあるやり口ですね」

 

そして……と、真希は続ける。

 

 

 

「もう1つが……実の両親と名乗っているのが、実は高橋徹ではないかという可能性です」

 

 

 

それは、高橋徹が黒幕なのではないかという推測だった。

 

「この可能性はさらに2つに分岐します。1つ目が……この依頼は高橋徹の自作自演。つまり、夏美さんを縁談の呪縛から解放することを望んでいるという可能性です」

 

真希は人差し指を出して説明する。

 

「でも、万が一高橋家の総帥自らが縁談を潰したことが知られてしまえば、高橋徹は一族全員から反感を買ってしまう……だからこそ、夏美さんの実の両親を語り、自分は無関係であることを貫いて誘拐しようとしたのだと考えると辻褄が合います。ですが……あの高橋徹が高橋家の利益にならない、むしろマイナスな方向へ繋がりそうなことをするのかという点で、まだ納得がいかないところもあります」

 

「もう一つは?」

 

「2つ目は……高橋徹が夏美さんの誘拐を利用して、日ノ丸で何らかの行動を起こそうとしている可能性です」

 

「……それってどんな?」

 

「いえ、それはまだ何とも言えません。ですが…………私は前に、実習先のOATHカンパニーでミドリさんと一緒に世界の権力者の心理分析を行ったことがあるんです。その時、高橋家の総帥である高橋徹氏のことも分析を行いました」

 

「ミドリちゃんと?」

 

「はい。それでですね……私の見立てでは、斬新な発想と大胆かつ巧妙な経営戦略が高橋家の台頭に繋がったのではないかという結論に至りました。ですが……その一方で資料や関係者の証言から得られた高橋徹氏の行動パターンの内、いくつかサンプルとして抽出し分析を行うと、その反面どこかきな臭い一面が浮かび上がってきました」

 

普段は物静かで自信なさげな少女が話す言葉を、三日月は真剣な眼差しで聞き続ける。

 

「人物分析を進めた結果……早い話が、高橋徹氏は高橋家の利益のためにはどんなに汚い手を使うことも辞さないような……冷酷非道でサディスティックな一面を隠し持つ、そんな人物ではないかという可能性に行き着きました」

 

そこで真希は、三日月が真剣に聞いてくれていることに初めて気がつき、

「こ……これはあくまでも私の推測にすぎないので……」

と、慌てて念を押した。

 

「あと、高橋徹氏には黒い噂もあり、一部では黒い組織と繋がりを持っていて、この日ノ丸を影から操ろうと模索しているとか……そもそも、高橋工業の生産するBMに関しても原理不明な技術が使われていると聞きますし……とくに『飛影』シリーズのフレーム特性である『分身』なんて明らかにオーバーテクノロジーの類ですし……今となってはそれが当たり前のように全世界に広まっていますが、アレはOATHカンパニーがどれだけ解析を行ってもその原理を突き止められないシロモノなんです」

 

分身……と聞いて、三日月の脳裏に昔の記憶が蘇った。それはアフリカで人探しをしていた時、その帰りに謎の黒い剣士に襲われた時のことだった。

 

(仮面の人がやってたもののことかな)

 

いつのまにか背後から刀を突きつけられ、引き分けとなったあの戦いは三日月にしてもかなり印象に残っていた。

 

「あ、ごめんなさい。話が逸れてしまいましたね」

 

真希は小さくため息をついて続けた。

 

「つまり……高橋徹は夏美さんの誘拐劇という自作自演によって、何かしらの利益を得ようとしているのではないかということです。例えば、保険金欲しさに自分の子どもを殺すみたいな……」

 

そこで言葉を切り

「……でも」

と、小さく苦笑いをしてみせた。

 

「私の分析がことごとく大外れで、夏美さんのお父さんが本当は根っからの良い人で、高橋家を敵に回してでも娘のことを優先するような人だったら……本当はいいんですけどね」

 

「……」

それに対し、三日月は未だ真剣な眼差しを浮かべていた。

 

「そのこと、ミドリちゃんには伝えた?」

 

「あ……はい、一応……」

 

「ミドリちゃんはなんて?」

 

「え? えっと……よく出来ていますね……と、お褒めの言葉をいただきました」

 

「そっか……」

 

それを聞いて、三日月は妙に納得した顔になった。

 

「あの……念のため言っておきますけど、これはあくまでも私の推測に過ぎなくて、多分……どこかで計算を間違っていたんです。そうじゃなかったら、こんな分析結果には……」

 

「……自分を否定することは、それを信じたミドリちゃんを否定することにも繋がる」

 

「!」

 

思いもよらない三日月の言葉に、真希は思わずハッとした。

 

「メガネの人はもっと自信を持ってもいいと思う。だって、あのミドリちゃんが必要としていたんだから……腕は確かってことでしょ?」

 

椅子にだらしくなく座り、窓から外の景色を眺めながら三日月が告げる。

 

「それだけでも、胸を張っていいと思う」

 

「…………」

 

三日月の言葉に、真希は何か言いたげな様子を見せるも、素直にその言葉を受け取る気になったのか、小さく微笑んだ。

 

「三日月さん」

 

「?」

 

「その……ありがとうございます」

 

「別に、思ったことを言っただけだし」

 

一瞬だけチラリと真希を見た三日月が、興味なさげに視線を外した時だった。

視線と共に、何者かがこちらへと近づく気配を感じた。

 

「小林さん」

 

その人物は二人の前へと近づくと、突然声をかけてきた。

 

「み……水原先輩!」

 

その声に真希は思わずびくりと反応した。

 

「あ、驚かせてごめんなさい」

 

二人の前に現れたその人物……青い髪とメガネが特徴的な女生徒は真希の様子を見て自分の非礼を詫びた。

 

「あ、いえ……こちらこそすみません。あと、こんにちは」

 

「はい、こんにちは。それで……あなたが弟以外の男の子と一緒に食事をしているなんて、珍しいわね」

 

「それは……その、色々事情があって……」

 

「はいはい、事情ね。っていうか、もしかしてその人が最近学生寮に連れ込むようになったっていう彼氏さんなのかな?」

 

青い髪の少女はニヤニヤと三日月へ視線を送った。

 

「違います!三日月さんは彼氏じゃなくて……えっと……その……ただの親戚の人で……」

 

「親戚の人って言っても女子寮に男子を連れ込むのはちょっとね……それに、今一緒に住んでるんでしょ?そろそろ、あの風紀委員さんに目をつけられちゃうかもよ?」

 

「そんな……」

 

小さく怯えたような顔になる真希、

それを見て、青い髪の少女は明るくため息をついてみせた。

 

「大丈夫、あなたがそんな不良じゃないってことは分かっているわ。あなたのことだから、止むに止まれぬ事情があるのでしょう?風紀委員さんにはそれとなく伝えておくから、安心してね?」

 

「あ、ありがとうございます!先輩」

 

深く礼をする真希に、

「職権乱用だけどね」と自重気味に笑ってみせた。

 

「メガネの人が……二人」

 

二人のメガネ少女のやり取りを見て、三日月が呟いた。

 

「三日月さん。こちらは生徒会副会長の……」

 

「水原梨紗よ、よろしくね」

 

青い髪の少女はそう言って握手のための手を差し出した。

 

「三日月・オーガス……です」

 

三日月は短く自己紹介をして水原との握手に応じた。

 

「あの、水原先輩。一つ、聞きたいことがあるんですが」

 

「うん?」

 

「水原先輩は高橋夏美さんのご友人だとお聞きしたのですが」

 

「うん。まあ、一応ね」

 

そこで三日月と真希はお互いに目を合わせた。

三日月は真希に対して頷きを送る。

 

「あの……他人のプライバシーに関することなので聞きにくいのですが……」

 

 

 

真希は、高橋夏美と高橋徹の親子関係について聞くことにした。その関係が良好かを聞くことで、遠回しに自分の推測が正しいかどうかという確信が欲しかったのだ。

 

 

 

「うーん……私の口からはあんまり言えないのだけど、普通に良いと思うわよ? 夏美もこれから高橋家を背負っていく者として、父のように頑張ろうと息巻いているみたいだし」

 

しかし、水原の口から出た言葉は二人の予想に反したものだった。

 

「……分かりました。ありがとうございます」

 

もう少しだけ高橋の親子関係について深く聞きたい衝動に駆られるも、これ以上の追求はこちらの計画を悟られかねないと判断した真希は、そう言って礼をした。

 

「そう?じゃあ、私は行くね」

 

水原は二人へ手を振り、

「ごゆっくり〜」そう告げて食堂から姿を消した。

 

「……それじゃあ、俺ももう行くから」

 

水原を見送り、三日月が席を立つ

 

「あの……あんまりお役に立てなくてすみません」

 

「そんなことないよ。一応、銀の人にも伝えておくから」

 

去り際にそう告げて、

三日月は真希とウェイトレスの見送りを受けながら食堂から出て、自分の教室へと戻るのだった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

その日の放課後……舞踏会が開催される2時間前

 

忙しく動き回るベカスとは違い、とくにやることのない三日月は、授業が終わるとさっさと寮へ帰宅し、いつものように制服とスーツ脱ぎ散らかして(ちなみにボディスーツは真希によって回収済み)タンクトップ姿で毛布も被らず眠りについていた。

 

そんな時、三日月の耳が部屋の中に響き渡るインターホンの音を捉えた。

 

三日月の意識が覚醒しかける。

だが、それに応答しようとする小柄な同居人の声が遠くから聞こえたことに安心したのか、三日月の意識は再び眠りの中へと誘われた。

 

「やっほー、三日月いる?」

 

「あの……突然おしかけてすみませんっ」

 

「は……はい、いますけど……」

 

玄関からそんな声が響いたにもかかわらず、三日月はぐっすりと眠り続けていた。

 

「それじゃあ、お邪魔するねー」

 

「お……お邪魔しますっ」

 

「え?え?」

 

バタバタと足音が響き渡り……次の瞬間、眠っている三日月の部屋へと通じる扉が勢いよく開かれた。

 

「?」

 

眠気をこらえて、三日月が目をうっすらと開くと……目の前に、よく似た顔をした二人の少女がいた。

桃色の髪の少女はいたずらっぽい笑みを浮かべ、

水色の髪の少女は申し訳なさそうか顔をして、

それぞれ眠る三日月の顔を覗き込んでいた。

 

「……双子の人?」

 

三日月は瞼が重たくなるのをこらえて、エルとフルを見つめた。

 

「起こしちゃってごめんねー。それじゃあ、はいこれ」

 

「……なにこれ?」

 

エルから手紙のようなものを差し出され、三日月は自分の手の中に押し込まれたそれが何なのかを半ば反射的に尋ねた。

 

「招待状に決まってるじゃん!舞踏会の!」

 

「わ、渡すのが遅くなってすみませんでした。色々と根回しに時間がかかって……」

 

「そっか……ありがと……」

そう言った時、ついに三日月の瞼が限界を迎えた。

 

「あ、こら!寝ちゃダメ!」

 

エルは三日月の体を揺らすも、効果はなかった。

 

「お姉ちゃん……どうしよう? もう時間が……」

 

「仕方ないわ!フル、脱がすわよ!」

 

「うぅ……やっぱりそうなるんですかぁ……」

 

エルとフルの手が三日月のタンクトップにかかる。

 

「あの……小林さん?」

 

「は、はい……何でしょう?」

 

「お願いしますっ、三日月さんを着替えさせるのを手伝ってもらえませんか?」

 

「は、はい……って、ええ?!」

 

「なるほどね!これが『キセイジジツ』なのね!」

 

そんな三人のやり取りに全く気づくことなく、三日月はそれから1時間ぐっすりと眠り続けるのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「なにこれ……」

 

目を覚ました三日月は、思わず自分の姿に驚きを隠せなかった。

 

ベットで寝ていたはずが、いつのまにか椅子に座らされ、専用のボディスーツと白い上等なタキシードを着せられていたのだ。

 

しかも、ボサボサのクセ毛は綺麗に整えられて丸くなり、ファンデーションもしっかりと施されているのか、卓越したメイク術によって三日月の顔からはいつものような荒々しさが消え失せていた。

 

「俺……誰?」

 

まるで別人と化した自分の姿を鏡で見つめ、三日月はそう呟いた。

 

「三日月さん、よくお似合いですよ」

 

そう言って最後の仕上げとばかりに、真希は三日月の首にネクタイを通し始めた。

 

A.C.E.学園に来る前はよく弟たちにしてあげていたこともあり、ネクタイを締める真希の手つきはとても手慣れたものだった。

 

「ねえ、これ誰がやったの?」

 

「覚えてないんですか? エルさんとフルさんですよ?」

 

真希は驚いたように三日月を見つめた。

 

「流石に、高橋家のメイドさんだけあってすごく手慣れてますよね。私の見てる前で、あっという間に三日月さんを脱がして……」

 

そこで何か思い出したのか、真希の顔がかーっと赤くなった。

 

「あ、べ……別に見てませんよ!? 大切なところを脱がす時は、ちゃんと目を隠したので!」

 

「そう」

 

三日月は自分の手の中に収まっている招待状に目を落とした。

 

「よくわからないけど、これで舞踏会に行けるってことだよね?」

 

「だと思います」

 

三日月の言葉に、真希はゆっくりと頷いた。

 

「わかった。じゃあ、ちょっと行ってくる」

 

ネクタイの具合を確認しながら三日月はそう言って立ち上がり、それから大きく背伸びをした。

 

「はい、お気をつけて」

真希は華々しい変化を遂げた三日月を、明るく見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第15話:「激闘!A.C.E.学園!(後編)」

 

(ここからが本編です)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧院……ダンスホール

 

その入口に、エディから借りたタキシード姿のベカスがいた。髪は綺麗に整えられ、後ろで一つに結ばれている。

(っていうか、ベカスってそんな髪長いの?)

普段のだらしない彼からは想像もつかない見事な紳士ぶりだった。

 

そんなベカスが向かう先、会場の外には黒いスーツ姿の男性二人がいかめしい表情で立っていた。

 

ベカスは素知らぬ顔をしてそんな二人の脇をすり抜けようとするも、スーツ姿の二人がベカスの行く手を遮る方が早かった。

 

「失礼ですが、お名前を」

 

「ベカス・シャーナム」

 

ベカスが名乗ると、黒服の男は手元のタブレットに表示された名簿へ視線を落とし……

 

「すみません。招待リストにお名前がないようですが」

 

そして、黒服の男は事務的な口調で告げた。

 

「ああ、私は夏美さんのご友人でこの学院の教官だ」

 

自信満々なベカスの言葉に黒服は再びタブレットへと目を落とし、しばらく何かを調べた後……

 

「すみませんが、お引き取り願えますか」

 

そう言いながら、黒服の一人がベカスを追い出そうとした。

 

「あらら……」

 

駄目か……と、がっくりと項垂れたベカスがしぶしぶダンスホールに背を向けた時だった。

 

「……もしかして、銀の人?」

 

「え?」

 

特徴的な名前で呼ばれ、ベカスが振り返ると……そこには見知らぬ美少年が立っていた。

 

「……誰?」

 

「……俺」

 

ベカスは美少年のことをしばらくじっと見つめた後……

 

「お前……もしかして三日月か?」

 

恐る恐る尋ねると、その美少年……三日月はコクリと頷いた。

 

「凄いな……馬子にも衣装ってのはまさにこのことだ」

 

「そういう銀の人もね」

 

お互いに見違えた姿を披露して、それぞれ感想を言い合う。

 

「ふーむ……悪くないな」

 

すると、美しくなった三日月の姿に何か感じるものがあったのか、ベカスの顔に不吉な色が走った。

 

「?」

 

三日月はその様子に思わず後ずさるも、にじり寄ってきたベカスに肩を掴まれ、動きを封じられてしまう。

 

「なあ、一曲踊らないか?」

 

「アンタなに言ってるの?」

 

流石の三日月でも男同士で踊るものではないということくらいは知っていた。

 

「そんなことは関係ない、大事なのは心だ。常識に囚われてはいけないよ?」

 

「……は?」

 

柔らかな口調で三日月を口説こうとするベカス

暴走したベカスに、三日月が冷ややかな視線を向けた時だった。

 

「うっ!!!」

 

その口説きが終わらないうちに、突如として横から飛び出してきた強力な拳がベカスの脇腹に直撃し、彼の体をその場にうずくまらせた

 

「なにやってんのよ」

 

そこには、華麗でセクシーな白いドレス姿の女性が佇んでいた。

 

「あなた、大丈夫? この男に変なことされなかった?」

 

少女は三日月へと振り返ると、心配そうな顔をして汚染物を除去するかのようにベカスに触られたところを払った。

 

「ん? あなた……もしかして三日月?」

 

するとその顔に見覚えがあったのか、尋ねるようにその名前を出してきたので、三日月はゆっくりと頷いた。

 

「ああ、やっぱり。あなたのうわさはこの男から聞いているわ……とっても強いんだってね」

 

その少女は高貴に身を翻すと、その場で紳士のように礼をしてみせた。

 

「私はソフィアよ。エディの件では助かったわ」

 

「……ということは、あんたも奉仕部?」

 

「そう……不名誉ながら、情けなく床に崩れているこの男が作った奉仕部の……副部長をやっているわ」

 

ソフィアはまるで汚いものを見るような目でベカスを見下ろした。

 

「……ソフィア……お前か」

 

ベカスは痛そうに脇腹を押さえながら、目の前のソフィアへと顔を上げた。

 

「…………」

今日のソフィアの出で立ちは高貴で美しいプリンセスそのものであり、ベカスはぼーっと彼女に見惚れてしまった。

 

「なに見てんのよ」

 

「……いや、馬子にも衣装だなぁと」

 

「死ね!」

 

「ぐっ……」

 

褒め言葉を使い回されたことが気に入らなかったのか、ソフィアはベカスのみぞおちに拳を叩き込むと、やけにスッキリしたような顔をして……

 

「あらそう? お褒めにあずかり、光栄だわ!」

 

冷えた目で地面を転がるベカスを一瞥すると、三日月とベカスを残してそのままさっさとダンスホールの中へと消えていった。

 

「……生きてる?」

 

「ああ。でもあいつ……拳に念動力込めてやがった」

 

「ふーん……まあ、どうでもいいか」

 

興味なさげに三日月は懐から招待状を取り出し……

 

「俺、招待状貰ったから」

 

「中に入ろう」と呼びかける三日月だったが、

地面に倒れ込んだベカスはしばらく動けない様子だった。

 

「やっぱスゲぇよ……三日月は……」

 

どこかで聞いたことのある言葉を残し、ベカスはヨロヨロと立ち上がるのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

夕日のように美しい赤いドレス姿のその女性……高橋夏美は、ダンスホールの上から軽やかに舞う人々を羨ましそうに見ていた。

 

その側では、彼女の婚約者である山本幸雄がその気を引こうと躍起になっている。

 

山本はルビーで作った豪華なネックレスをチラつかせるも、夏美は「そんな貴重なものは貰えない」と、丁寧に断りを入れた。

 

それでも諦めきれない様子の山本は、なおも夏美へ愛の言葉を囁き続けるが、それに対して夏美の顔色は優れなかった。

 

夏美は困惑していた。出会った直後から、山本幸雄は彼女に熱心なアプローチを続けてきた。時には全校生徒の前で、沢山の宝石を使ったドレスとサファイア付きガラスの靴をプレゼントされたこともある。

 

夏美が登校すると、彼は犬のようにまとわりつき、トイレ以外はどこまでもついてくる。

 

山本が求愛のために贈ってくれるプレゼントは、日に日に高価になる。しかし、彼はダンスが好きだという夏美を小馬鹿にした。そんな軟弱な趣味は、武家の血筋である自分にはふさわしくないというのだ。

 

夏美は自分のダンスに対する気持ちを理解しない山本に虚しさを感じていたが、それで高橋家が結婚を取りやめるというわけにはいかなかった。

 

「山本くん……あたしたちって合わないのかも」

 

「どこが? 僕たちは赤い運命の糸で結ばれた二人だよ! 優秀な僕と、美しい君。家柄や社会的地位だって、ぴったりだ!」

 

夏美が思い切ってその言葉を伝えようものなら、山本は一切聞く耳を持とうとしない。

 

流石に表立ってすることは出来ず、夏美は心の中で深くため息をついた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

遠くからそんな光景を三日月と共に眺めていたベカスは、小さくため息をついてつい先ほどまでもたれていた壁から離れた。

 

「それじゃあ、ちょっくら行ってくるわ〜」

 

「うん。頑張って」

 

ベカスは高橋夏美に接触するべく、ダンスホールの階段へと向かった。

 

それを見送り、特にやることのなくなった三日月はあくびを一つし、寮へ戻ろうとして……

 

「三日月、やっほー」

 

つい数時間前にも聞いたその声に呼び止められてしまった。

 

「こんばんわ、三日月さん」

 

三日月が振り返ると、そこにはより美しくなった双子がいた。

 

エルとフルは黒を基調としたドレスを身につけており、エルは桃色、フルは水色……と、それぞれのパーソナルカラーに合わせた子どもらしいフリルが取り入れられ、妖艶な雰囲気の黒いドレスに一風変わったアクセントを残していた。

 

「双子の人も来たんだ」

 

「当たり前じゃん! なんてったってアタシ達は高橋家のメイドだからねー」

 

「今日は夏美お嬢様の付き添いで来たんです」

 

はしゃぐエルに対し、フルの対応は落ち着いていた。

 

「三日月さん、よくお似合いですよ」

 

「そう? ちょっと落ち着かないんだけど」

 

優しく笑いかけるフルに、三日月は自分の髪を搔き分けようとして……

 

「ダメだよ三日月? 正しい身なりを心がけてねー」

 

その腕をエルに掴まれてしまう。

 

「そう?」

 

右腕を封じられた三日月は、懐に隠し持っていたナツメヤシの実を左手でつまみだそうとして……

 

「ダメですよ三日月さん。社交場での飲食はお控えください」

 

その左腕をフルに掴まれてしまった。

 

「……こういうところって厳しいんだね」

 

両腕を封じられた三日月がため息をついた時……ふと、ダンスホールを包んでいた雰囲気がガラリと変わった。

 

 

 

見ると、ベカスが夏美を階下のダンスホールへとエスコートしていた。

 

 

 

一人取り残された山本は、呆然とそれを見下ろすだけだ。

 

夏美はエスコートされながらも不安な表情でベカスを見つめていたが、ベカスは優しく彼女へ何かを囁きかけると、クールに笑った。

 

 

 

「ポル・ウナ・カベサ」

 

 

 

ベカスは夏美をホールの中央まで連れて行くと、楽団に向かって指を鳴らし、そう告げた。

 

今まで続いていた曲が止まると、踊っていた人々が姿を消し、ホールにはベカスと夏美だけが残された。

 

新たな曲が流れ、ベカスが優しく夏美の手を引く。左手で彼女の右腕をそっと握り、もう一方の手を彼女の細くしなやかな腰に回した。

 

夏美は戸惑いながらもベカスに身を任せた。明らかに男性と踊るのには慣れていない様子だった夏美に対し、ベカスのエスコートは完璧だった。

 

ぶっつけ本番のダンスレッスンの中で、夏美も徐々にそのリズムに慣れてきたのか、ベカスの動きに合わせて自然にステップが踏めるようになってきた。

 

会場にいたほぼ全員が、時が流れるのも忘れてその光景をうっとりと見つめていた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「ねぇ三日月? もしかして、これが狙いだったの?」

 

依然として両腕を拘束し、しかし視線はベカスと夏美に向けたまま、エルは三日月の耳元でそう囁きかけた。

 

「……なんのこと?」

 

三日月は何でもないというようにそう告げるが……

 

「とぼけても無駄です。まさか狙いは夏美お嬢様だったなんて……」

 

小さなため息と共にフルが発したその言葉に、三日月は背中に冷や汗が流れていくのを感じた。

 

「あんたら、何なの?」

 

「「高橋家のメイドだよ(です)」」

 

黒いドレスを着た小悪魔たちの無邪気な笑顔に、三日月は薄気味悪さを覚えた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

一方……ベカスと高橋夏美

 

依然として二人は、初顔合わせながらパーフェクトでスリリングなダンスをその場にいた全員に見せつけている。

 

曲が終わりに近づくと、ベカスは夏美を胸に抱いたままのけぞるように重心を落とした。それにつられて爪先立ちになる夏美がベカスの胸にぴったりと体を預けると、ベカスはさらに彼女に顔を近づけた。

 

ベカスとの距離がどんどん近づき、夏美の視線が彼の唇に注がれる。

 

夢にまで見たシチュエーション。

夏美は恥ずかしそうに……けれども、とても嬉しそうに目を閉じて彼を受け入れる準備をした。

 

だが、ちょうどその時演奏が終わった。

 

「あ……」

夏美は頰を真っ赤に染め、ゆっくりと目を開けた。

 

「とても素敵なステップだったよ」

ベカスはそう言ってとびっきりの微笑みを送った。

 

その瞬間、ダンスホールの周りから一斉に拍手が巻き起こった。誰もが二人の素晴らしいダンスに感動していた。

 

だがその時、その完璧な光景をぶち壊す鈍い音がした。

 

「この恥知らずめ。彼女は僕のものだ!」

 

ついに我慢できなくなった山本が、イライラと階段を下りてきた。

 

「へぇ? それはすまなかった。彼女の体に君の名前が書かれていなかったもんでな」

 

そんなベカスの謝罪は、どこか冷静に相手を挑発するような気配が見受けられた。

 

「黙れ! こうなったら決闘だ。負けた方は、二度と彼女に近づかない……いいな!」

 

「それは公平だな」

 

山本はまんまとベカスの挑発に乗ってしまった。

それを見て、ベカスはニヤリとしてみせる。

 

「佐々木先生!」

 

山本は背後を振り返ってその名前を呼んだ。

 

「……佐々木先生?!」

 

しかし、いつまで経ってもその人物が姿を現すことはなかった。

その代わりに、山本の従者らしき黒服の男が現れ何やら耳打ちをすると……

 

「佐々木先生は来ていない!?」

 

従者はその当人が欠席していることを伝えると、山本は唇をひん曲げてその場で癇癪を起こし始めた。

 

「だったら無理矢理にでも連れてこい! それくらい分かっているだろ!」

 

すると従者は走ってその場から姿を消した。

 

「なんだ? お前が戦うんじゃないのか?」

 

「……代理人が使えないとは言っていない」

 

山本の言葉に、ベカスは肩をすくめてみせた。

 

「なぁに〜どうしたの? やけに騒がしいじゃない」

 

山本の背後から、なまめかしい声がした。

 

「アマンダ先輩? うわぁ〜愛しのアマンダせんぱ〜い!」

 

見ると、そこには妖艶な雰囲気を放つ一人の女性が佇んでいた。

 

「どうしたの幸雄? あんまりうるさいから、何かと思って見に来ちゃったわ〜」

 

心配そうに山本を見つめるアマンダ

その背後には一人の美少年の姿があった。バラ色の頰のアマンダとは対称的に、その少年の顔は青白く服装も乱れていた……

 

(えっ誰? ナニしてたの??)

 

「このゲス野郎が僕の彼女を誘惑したんです!」

 

山本はベカスを指さしてアマンダに助けを求めた。

 

「ああ、そういうこと……とんだ恥知らずがいたものね」

 

アマンダは山本の前に出て、舐め回すようにベカスを見つめた。

 

「あはっ、いいオ・ト・コ。ねぇ、イケメンの白髪さん? 幸雄にカノジョを諦めさせたいのなら私に勝たなくちゃダメよん」

 

アマンダは自身の豊満な肉体を撫で回し、溢れる色気を振りまきながら続ける。

 

「おいで! ブルーディスティニー!」

 

アマンダの呼びかけに応えて、楽団が運命交響曲第4楽章を奏で始める。

それと同時に……驚くべきことにダンスホールの中心が割れ、あっという間に舞踏会全体が一つの巨大な競技場へと変化した。

 

(つまり、こういうことだよねダッチー?)

 

「A.C.E.学園って凄いんだな〜」

 

ベカスは呑気に口笛を吹いて周りを見回していると、競技場の地面がせり上がり、地下格納庫から巨大な青い戦車が登場した。

 

「さぁ、あんたが『運命』に抗えるかどうか見せてちょうだい、白髪のイケメンさん!」

 

 

ーーーーー

 

 

とはいえ、戦うにはベカスも外に駐車したBMを取りに行かねばならず。闘技場はしばらくの間、嵐の前の静けさに包まれた。

 

「お姉ちゃん……あの人」

 

「そうだね。ソロモンだ……」

 

エルとフルは巨大な青い戦車の上で、戦いの時を待つアマンダを見上げた。

その顔は先ほどまで三日月に向けていたものとは打って変わり、真剣そのものだった。

 

「?」

 

三日月は訳も分からず二人を見つめるだけだった。

 

「あ!ううん、何でもないよ!」

 

「そうそう!三日月さんが気にするようなことじゃないのです」

 

その視線に気づいた二人は、慌てて三日月へと視線を戻した。

 

「それよりも三日月、アタシと踊ってみない?」

 

「え?」

突然のエルの提案に三日月は驚いた様子を見せる。

 

「……やらない。俺、ダンスとか興味ないし、そもそも踊れないし」

 

「それじゃあ、アタシたちが手取り足取り教えてあげるね。行こう、フル!」

 

「はい!お姉ちゃん」

 

エルとフルに連行され、三日月は渋々二人に付き合うことになった。

その天真爛漫な様子を見て、三日月が大切な親友の妹たち……クッキーとクラッカのことを思い出していたことは言うまでもなかった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「シャナム流……ならず者の剣!」

 

 

 

次の瞬間、ウァサゴ万能型のソードライフルが閃き、ベカスオリジナルの必殺技が青い戦車の装甲を切り裂いて戦車の装甲に深い傷跡を残した。

 

動力回路をやられ、行動不能になった戦車の砲塔がダラリと垂れ下がる。

 

 

 

『勝者、ベカス・シャーナム!』

 

 

 

ジャッジがその言葉を言い放つと、競技場全体が割れんばかりの歓声に包まれた。

 

「チッ……ムカつくわね! こんな旧式の機体では私の実力が出せるわけないでしょ?」

 

動かなくなったブルーディスティニーから這い出たアマンダは、イライラと機体の装甲をハイヒールで踏みつけた。

 

「そんな……アマンダ先輩が負けるなんて……」

 

その一方、山本は目の前の光景を受け入れられないというように地面に膝をつき、

「嘘だ!嘘だ!」

……と、頭を抱えてわめき散らしている。

 

「それより、約束はきっちり守ってもらうぞ」

 

「そ……そんな……」

 

ウァサゴのコックピットから身を乗り出し、ベカスがそう言い放つと、山本はがっくりと項垂れた。

 

「すまぬ、遅れて申し訳ない」

 

その時、闘技場の端に小さな乱入者が現れた。

和服姿の少女は剣を携え、山本の元へと歩み寄る。

 

「佐々木先生……?」

 

山本は闘技場に現れた少女を不思議そうにを見つめ、それから……

 

「何やってるんだよ! 先生!」

 

八つ当たりの矛先を向けるかのように、少女へと怒鳴り声をあげた。

 

「何で! この僕に何の断りもなく舞踏会を欠席したんだよッッッ!」

 

「欠席するということは予め伝えておいた筈ですが。おそらく、どこかで手違いが……」

 

「うるさいっ! あんたが言っていたとしても、この僕は聞いていない!」

 

「…………」

 

山本から理不尽な怒りをぶつけられてもなお、少女は冷静だった。聞かれないよう小さくため息をついて山本へと向き直る。

 

「……申し訳ありませんでした」

 

少女はその場に膝をつき、山本へ最大限の謝罪をした。

 

「よ……よし! 余計な口答えなんかしないで、最初から僕の言うことに黙って従っていればいいんだ!」

 

そして、山本はベカスを見上げると……

 

「こちらは私の剣術の師匠、佐々木光子先生だ!」

 

そう言って光子を指さした。

その様子に「やってられねぇ…」と、ベカスは肩をすくめてみせた。

 

「さっきのはレクリエーションで、本番はここからだ! さあ先生、あの汚い男を先生の剣術で叩きのめして下さいよ!」

 

「それはできかねます」

 

「はい、では…………え?」

 

思いがけない光子の言葉に、山本の表情が凍りつく。

 

「佐々木の名を継いだ者として……いえ、一人の武人としてあの男との試合はできないと申しているのです」

 

「は…………何言ってるのさ、先生……」

 

「あの男は既に一戦を交えています。そのようなお方と剣を交わえたところで、不公平なのは明白……」

 

「そして……」

光子はじっと山本を見つめ……

 

「僭越ながら申し上げますが、私の剣の腕は未熟……佐々木家の当主として剣の技法を指導することは承りますが、未熟な刀をあなた様のために振るうわけにはいかず。ましてや、その刀を賭け事に使うことには……」

 

「ああ、うるさいな!」

 

山本は光子の説得に一切聞く耳を持たなかった。

光子へと再び暴言を吐き散らかす。

 

「お前の雇い主は僕のパパだ! お前はその息子であるこの僕の言うことを聞けないのか!」

 

「そういうつもりではありません。私はあくまでも武人としての……」

 

「僕に口答えするな! あんたの武人の心なんて、古臭くて時代遅れなんだよ! この場所には似つかわしくない作法なんて、さっさと捨てて、戦えよ!」

 

「……」

 

武人の心を侮辱するかのような山本の言葉に、佐々木光子は心の中で静かに激昂していた。しかし場所が場所である以上、それを表に出すようなことはなく、目を閉じてじっと耐え忍んでいた。

 

「チッ……あの野郎……」

 

二人のやり取りをウァサゴの上から傍観していたベカスは、権力者にいいように使われる光子に同情し、珍しくイライラと山本を見下ろしていた。

 

だが、それはベカスだけではなく、高橋夏美を始めとした闘技場にいたほぼ全員が同じ気持ちだった。

 

「ほら! いいから戦えよ、先生!」

 

闘技場全体から冷ややかな視線が送られているにもかかわらず、山本は尚も光子を睨みつけた。

 

「……くっ」

 

光子は歯を食いしばり、こんなくだらないことには関わりたくないという顔をしつつ、腰に下げていた刀を引き抜いた。

 

刀身の代わりに柄の先から低出力のビームが放出されたその刀……特殊なビームサーベルを引き抜くと、

……ヴン……ヴゥゥゥン……

光子は虚空に向けて舞うように刀を閃かせた。

 

それは舞踏会の地下に格納された光子の専用機を呼び出すためのシグナルだった。

競技場の地面が割れ、中からサムライにも似たトリコロールカラーの機体が姿を現した。

 

「ベカス殿……すまぬ」

 

ベカスと光子には面識があった。

光子は以前、ウァサゴの剣術訓練に協力していたのだ。ベカスはその際に、佐々木家の流派『巖流』の真髄をその体にみっちりと叩き込まれていた。

 

「いいさ、まあ……世知辛い世の中だよな」

 

ベカスが真剣な眼差しで光子を見つめ、それからコックピットへと戻ろうとした時……

 

「……ねえ」

 

競技場に新たな乱入者が現れた。

 

「……え?」

その言葉に反応した光子は、振り返ってその少年を見つめた。

 

「俺が出ようか?」

 

そこには髪をかき乱し、タキシードを脱ぎ散らかし、ボディスーツ姿になった三日月が佇んでいた。

 

「ちょっとー、三日月ー」

その背後ではエルとフルが慌ててタキシードを回収していた。

 

「お前は……あの時の……」

 

光子はその少年が以前、自分に道を尋ねた少年であり、そして光子が監修するはずだった試験をいとも容易く突破してしまった人物であることに気づいた。

 

「ふーん……いいかもな!それ」

 

やる気に満ちた三日月を見て、ベカスは何か思うところがあったのかニヤリとしてみせると、続いて光子へと目を向けて……

 

「おい、佐々木先生」

 

「……なんですか」

 

「そいつの名前は三日月・オーガス。出題ミスのあった編入試験を軽々突破した……オレの知る限りでは、ここに通うヤツの中では最強って言っても過言ではないオレの大事な生徒だ」

 

「…………!」

 

ベカスの言わんとしていることを察し、光子は心の奥底で何かが沸き起こる気配を感じた。

 

「どうだ? あんたが学園最強のサムライなら、同じく最強の名を冠するあの三日月と戦ってみたくないか?」

 

「…………」

 

ベカスの言葉を受け、光子は心の中に火を灯していた。

今、光子の中を埋め尽くしていたのは権力でも立場でもなく、一人の武人としてより強い相手と戦いたいという闘争心だった。

 

「あい分かった……では……」

 

心に迷いのなくなった光子は、真っ直ぐに自分の機体へと向かった。

 

「三日月〜すまないな」

 

ベカスは機体を下げ、三日月へと軽く謝りを入れた、

 

「別にいいよ。もうダンスの練習は飽きたから……」

 

その言葉に三日月の後ろにいたエルが憤慨する。

そんな光景を眺め、ベカスは訳がわからないといったようにニヤリと肩をすくめてみせた。

 

三日月は競技場の中心へと移動し……

 

「来い! バルバトス!」

 

高らかに告げると、なんの前触れもなく天井が崩落し、その中から飛び出してきたバルバトスが三日月の背後へと華麗に着地した。

 

その光景に競技場は騒然とする。

 

三日月はバルバトスへと乗り込み、佐々木光子の乗るBM……『月影』へと機体を向ける。

 

 

 

月影は武士シリーズの近接戦特化型で、背中に装備した巨大な刀と新たに設計された肩鎧式アーマーが特徴的な機体だった。

 

しかも、この月影は佐々木光子の剣術に対応できるよう特別な改修が施されており、光子は自身のビームサーベルを月影操縦用のインターフェースとすることで、BM戦においてもその剣術を遺憾なく発揮することができるようになっている。

 

 

 

光子は背中に装備していた二本の刀のうち、一本を引き抜いて構えた。

 

「もう一本は使わないの?」

 

「そうだ。いや、お前の実力を見くびっているわけではない……ただ二本目の刀は、私の技量では使いこなすことができないだけなのだ」

 

集中力を高めるために光子は深く息を吐いた。

 

「さあ、お前も刀を抜け!」

 

「え?」

 

光子の言葉に三日月は思わず疑問符を浮かべた。

 

光子の言葉はあくまでも「武器を出せ」という意味での言葉だったのだが、三日月はその言葉を真面目に受けてしまった。

 

そして光子としても、超難関の剣術試験を突破したということから三日月が剣の使い手であると思い込んでおり、剣の道に関しては三日月が初心者であるとは知る由もなかった。

 

「……まあ、いっか」

 

仕方ないというように、三日月は亜空間から太刀を取り出して構えた。

 

トリコロールカラーの二機は、モスグリーンの光を放つツインアイでお互いを凝視した。

 

 

 

「佐々木光子……」

「三日月・オーガス……」

 

 

 

「参る!」

「出るよ!」

 

 

 

次の瞬間、二つの機体は真正面から激突した。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

三日月と光子……一歩も譲らぬ戦いは続く。

 

実体剣同士のぶつかり合いは競技場に鋭い騒音を生み、大量の火花を撒き散らし、そして空気を震わせた。

 

「そろそろ落ちろ!」

 

三日月は太刀を振り下ろすも、その脇をすり抜けるように光子は背後へ……

 

「遅い!」

 

「……ちっ」

 

背後から突き出された刃を左腕のガントレットでいなし、振り向きざまに太刀を振るうも、光子は背後へと跳躍し、斬撃を難なく回避する。

 

「今のを防ぐか……流石だな」

 

光子は月影の刀……『天狼』を両手で保持し、中段の構えを取った。

 

「そっちこそ、強いね」

 

それに対し、三日月は太刀を右脇に取る脇構えのような風をしていたが、その剣先は前側に寄っていたためどちらかというと単に太刀を持っているだけだった。

 

(我流か……)

 

三日月の構え方と一連の動きを見て、光子はその推測を確信の域にまで至らせた。

 

試合は両者拮抗してはいたものの、手数の多さで光子が三日月を圧倒しているように見受けられた。

 

パワーで勝るバルバトスに対し、光子の乗る月影にはバルバトスとのパワー差をものともしない……いや、それを覆すほどのスピードがあった。

その甲斐あって、三日月が太刀を一回振り下ろす間に、光子は三回も三日月へと斬りかかることができていた。しかし、それでも未だに決着がつかないのは、三日月の持つ反応速度のおかげだった。

 

かれこれ3分間ほど試合が行われているものの、光子は三日月が剣道に関しては全くの初心者であることには最初の段階で何となく察しがついていた。

 

本来ならばそこで試合を止めても良かったのだが、光子は敢えて試合を続行することを選んだ。

 

なによりも、光子自身がそれを望んでいた。

 

光子には佐々木家当主として高度な剣の技術こそ持ち得てはいるものの、学園の一生徒である以上、それが発揮されるのは『剣道』という競いごとの中でしかなかった。

 

だからこそ『本当の実戦』という名の殺し合い経験したことのない光子にとって、三日月との試合はとても新鮮だった。

 

先ほど、三日月が行った防御行動にしてみても、光子にとっては予想外なものだった。何しろ、刀は刀で返すのがセオリーの剣道では、当然のことながら腕で防御することは許されていない。

 

しかし、それを当たり前のようにごく平然とやってのけた三日月を見て、光子は胸の高鳴りを覚えた。

 

そして、いつしかこれが試合であることを忘れた。

 

もっとこの男と戦いたい、

もっとこの男の戦いを見てみたい

 

今まで味わったことのない闘争心が、光子の中を支配していた。

 

 

 

 

(流石に……難しいな)

 

それに対し、三日月は光子の動きを冷静に見続けていた。

 

技量的に負けていると判断した三日月は、編入試験でやっていたように敢えて攻撃を受け続けることで相手の動きを観察し、その長所と短所を見極め、ついでに相手の動きを真似て一気に決着をつけようと考えていた。

 

しかし、佐々木光子の剣の腕は三日月の認識を遥かに超えていた。

 

光子自身は未熟と呼ぶその腕前は、剣道としては至高の境地にまで達しており、いくら最強と呼ばれた三日月にしてみても、その太刀筋を一瞬で見て真似することはできなかった。

また、その斬撃一つ一つにしてみても全くの無駄がなく、その短所を見極めることすら不可能だった。

 

三日月は己の中にふつふつとしたものが湧いてくる気配を感じた。

 

(これ……邪魔だな)

 

鍔迫り合いをし、光子を弾き返した後……三日月は手元の太刀へと視線を落とした。

 

そして三日月はバルバトスを突撃させ、イライラを太刀筋に込めるかのように光子へと振り下ろした。

 

しかし、勢いだけの刀は光子の天狼によってあっさりと払われ、さらに反撃を仕掛けられた。

 

「やっぱり、だめか……」

 

すんでのところで反撃を回避した三日月は、バルバトスを下がらせ、一度距離を取った。

 

そして、どうすれば勝てるのかを考え始めた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

パワーでは優っていても、そのスピードの違いから決定的な一撃を与えることはできない。

 

むしろ、こちらが一方的に攻撃されるだけ

 

……では、どうする?

 

決まっている。どうにかして、攻撃のチャンスを掴む。

 

……どうやって?

 

まず、敵の攻撃パターンを読んで……

 

……いや、それはできない

 

一瞬の隙をつく

 

……いや、それだけじゃ足りない

 

そのパワーを活かして圧倒する

 

……おしい、もう一声

 

相手のスピードを、超えればいい

 

……どうやって?

 

簡単だ……余計なものを、捨てればいい

 

……余計なものって何?

 

決まっている

 

 

 

ーーー

 

 

 

三日月の中に時間の感覚が戻った。

 

「来ぬのなら、こちらから行くぞ!」

 

光子はそう告げ、三日月へと一直線に斬りかかった。

 

それはとても単純な突撃だった。

 

三日月は光子の刀をやり過ごし、反撃とばかりに斬りつけようとする……が……

 

「……!」

 

太刀が月影の胴体を捉えようとしたその瞬間、光子の姿が……いや、月影が忽然とその場から消え失せてしまった。

 

その経験上、三日月は機体を後方へと飛ばす……

 

「ぐはっ!」

 

が、そこで思いもよらぬ事態が起こった。

いつのまにか三日月が回避した方向へと先回りしていた月影が、すれ違いざまに三日月へと一太刀浴びせたのだ。

 

三日月は間一髪のところでそれをやり過ごすも、完全に回避するには至らず、バルバトスの装甲が削り取られた。

 

「……ッッッ!」

 

驚く暇すら与えず、折り返してきた光子がまたも三日月へと突撃し、そのままバルバトスとすれ違った。

 

そして驚くべきことに、光子の動きは先ほどより明らかに速くなっていた。

迎撃のために放った斬撃は、呆気なく空を切り裂いて終わる。

 

しかし、光子は止まらない

 

 

光子の乗る月影は、尚も加速し続ける。

 

 

 

 

 

「巖流・燕の閃き!」

 

 

 

 

 

 

やがて光子の動きが亜光速にまで至り、まさしく電光石火と呼ぶにふさわしい斬撃が、バルバトスの装甲に無数の傷を作り出す。

 

「ぐぁ……」

 

バルバトスの苦しみを代弁するかのように、三日月の口から苦痛の叫びが漏れる。

 

月影の機影がバルバトスを通り過ぎるたびに、バルバトスからは装甲の破片が飛び散った。

 

あまりにも一方的すぎる攻撃

 

しかし、三日月の瞳には強い光が灯っていた。

 

「そこ!」

 

半ばヤケクソ気味に、三日月は太刀を投擲

 

「甘い!」

 

しかし、高速で移動する光子はそれを難なく弾き返した。

弾かれた刀が地面へと突き刺さる。

 

「貰った!」

 

太刀を弾いた勢いそのまま、光子は武装のなくなったバルバトスを斬撃……その装甲を大きく削り取った。

 

膝をつくバルバトス

 

光子は勝利を確信し、もう一太刀浴びせようと機体を走らせるが……

 

「え?」

 

……が、機体のスピードが空中で何かに引っかかったかのように突然その勢いを失うと、

 

「うわぁ!?」

 

大きく姿勢を崩して、月影はバルバトスへと引き戻された。

 

「捕まえた!」

 

三日月は姿勢を低くして引かれる力に耐えていた。

その左腕にはいつのまにかワイヤークローが展開されており、伸びきったワイヤーの爪先は月影の胴体へガッチリと食い込んでいる。

 

 

 

まさに、肉を切らせて骨を断つ

自ら太刀を捨てた三日月は大ダメージを覚悟で光子の斬撃を受け、すれ違いざまにワイヤーを撃ち込んでいたのだ。

 

 

 

こうして、三日月は光子の必殺技を強制的に中断させることに成功した。

 

 

 

両腕でワイヤーを掴み、月影を一本背負いの要領で投げる。

 

 

 

なす術なく、後ろ向きに中を舞う月影

 

 

 

その先には、バルバトスの太刀

三日月が投げ、光子によって弾かれ、地面へと突き刺さったものだった。

 

 

 

三日月とて考えなしに太刀を捨てたのではない。

光子を上回るスピードを得るためには、どうしても太刀を捨てる必要があったのだ。そして、それは攻撃への布石でもあった。

 

 

 

まるで光子を迎撃するかの如く、地面に突き刺さった太刀の刃は飛来する月影へと向けられていた。

誰もが、太刀で両断される月影を幻視した。

 

 

 

しかし、そうはならなかった。

月影の背中に装備されたもう一本の刀が機体を守るかのように太刀と衝突……

 

 

 

後ろ向きに衝突したのが功を奏した。

太刀の刃を真正面から受ける背中の鞘……

 

 

 

そして、衝撃に耐えられずポッキリと折れてしまったのはバルバトスの太刀だった。

驚くべきことに、ただの鞘が……バルバトスの太刀の強度を上回っていたのだ。

 

 

 

「ぐああああっ!」

 

 

 

だが、串刺しを運良く免れたからといっても、その落下ダメージは凄まじいもので、光子は肺から全ての酸素が押し出されてしまうほどの衝撃を受けてしまった。

 

そして、それを見逃す三日月ではなかった。

 

 

 

「……」

 

 

 

三日月は無言で月影へと迫ると、その脇腹を蹴りつけた。

 

 

 

「……かはっ」

吹き飛ぶ月影、その胴体には未だにワイヤーが食い込んでいる。

 

(まだだ!)

三日月はワイヤーを掴んで月影を引き戻す。

 

そして、引き戻された月影をバルバトスの拳で殴りつけ、再び吹き飛ばす。

 

 

 

(まだ!)

引き戻す。

殴りつけ、吹き飛ばす。

 

 

 

(まだ!)

引き戻す。

殴りつけ、吹き飛ばす。

 

 

 

(まだ!)

引き戻す。

殴りつけ、吹き飛ばす。

 

 

 

空中でワイヤーが切れた。

月影は競技場の壁面へと叩きつけられる

 

 

 

ボロボロになった月影

さらに追撃をかけるべく、バルバトスは走る。

 

「……まだ」

光子は朦朧とする意識の中、月影を立て直す

 

バルバトスの拳が迫る。

 

 

 

「まだ! 拙者は……ッッッ!」

 

「!」

 

 

 

光子は最後の力を振り絞り、バルバトスの拳を刀で迎撃した。刀の刃とバルバトスの拳が激突し、激しい衝撃波が競技場の中に吹き荒れた。

 

 

 

「……?」

「……?」

 

 

 

 

その瞬間、どこからともなく制限時間を知らせるブザーが鳴り響いた。

 

 

 

『試合終了、両者引き分けとなります』

 

 

 

ジャッジが高らかにそう告げると

その瞬間、二人の健闘を讃えるかのように競技場全体から惜しみない拍手が巻き起こった。

 

優雅とはかけ離れた暴力的で見所など何もないような試合だったが、それは観客の心を……人が生まれながらにして持つとされている原始的な闘争心に訴えかけるものがあったのか、老若男女問わず、その場に居合わせた全ての者を魅了した。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「そんじゃあ1勝1引き分けで、オレの勝ち。今度こそ約束は守ってもらうぞ」

 

「えぇーっ!」

 

山本へと振り返り、ベカスはニヤリと告げた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「……終わった……のか?」

 

会場全体から放たれる明るい雰囲気を感じ、ふと我に返ったように光子は周囲を見渡した。

 

目の前のバルバトスも、いつのまにか拳を収めている。

 

「そうか……」

 

そうして気が抜けてしまったのか、あるいは蓄積したダメージが限界を超えたのか…… 光子はそこで意識を失った。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「俺……」

 

バルバトスの中で、三日月は自分の両手を見つめていた。

 

「倒しきれなかった……?」

 

その瞳は明らかに動揺していた。

 

「もっと……もっと…………強くならないと……」

 

その言葉と共に、三日月は自分の拳を強く握りしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued...




光子のキャラがマジで一番苦労しました。ここまでストーリーとキャラクター画面で口調(キャラ)が違う人物というのは初めてでかなり悩まされました。最後らへんに拙者口調にしたのは学園生活を送る中で封印していた自分の『素』の部分を思い出したからということです。

弓道畑出身の私ですが、同じ武道でも剣道については全くの無知なので何かおかしいところがあるかもしれませんが、ご了承ください。(そもそもアイサガ世界の剣道=現実の剣道ではない説があるので)はい、醜い言い逃れですね。



次回予告です

エル「強くなりたいと願う三日月」

フル「そんな三日月さんの前に、あの人が現れます」

エル&フル「「次回『強くなるために!』(仮)」」

エル「なるほどね!これが『セッサタクマ』なのね!」


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第16話:救いの手

?「おかえりなさい! 指揮官さま!」

お知らせ
・ハッキリ言って今回は茶番です。
(なんでこんなことに……)

・実は前回、致命的なミスを犯していました
(まあ誰も気づいていないみたいなので一安心でしたが)





それでは、続きをどうぞ……







舞踏会の翌日……お昼休み

A.C.E.学園 新館 屋上

 

「三日月、昨日は助かったぜ」

 

昼飯代わりの甘苦をケースに収め、ベカスはその隣に立つ三日月へと声をかけた。

 

「何のこと?」

 

それに対し、三日月は昼飯代わりのナツメヤシを食べながら疑問符を浮かべた。

 

「何言ってるんだ? 昨日、オレは舞踏会に潜入して高橋夏美と接触することができた。これも三日月がいてくれたからこそのことだぜ」

 

「……それは違うよ」

 

静かに否定する三日月

それに反応し、ベカスは三日月へと振り返った。

 

「俺は何もやってない。ただ、舞踏会に行っただけ……」

 

「何もやってないって……お前……」

 

「銀の人って凄いよね。みんなが見ている中で、あんな風に踊れるなんて……俺、思うんだ……ダンスってとっても難しいって。俺も双子の人からダンスを教わったんだけど、全然上手くできなかった」

 

正直、踊ってる二人は綺麗だなって思った。

あんな動き、俺には絶対にできない

 

三日月の口からそんな言葉が放たれた。

 

「そうか……まあ、ありがとな」

三日月にそう言われ、ベカスはフッと微笑んだ。

 

「ねえ、銀の人」

 

「うん?」

 

「どうすれば、俺は強くなれると思う?」

 

「強くなれるかって……三日月、お前……」

 

ベカスは少しだけ間を置き、ため息をついた。

 

「もしかして気にしてるのか? 昨日の戦いのこと」

 

「……うん」

 

ベカスの言う戦いとは、三日月と佐々木光子による試合のことだった。

その結果は時間切れによる引き分けとなったのだが、三日月にはそれが気に入らなかった

 

「俺……本気だった。本気で倒そうって戦った……けど、倒せなかった」

 

三日月はベカスへと振り向き……

 

「ねえ、銀の人……俺は、弱くなった?」

 

「…………」

 

三日月の問いに、ベカスは深いため息をつき……

 

ポコっ……と、三日月の頭を軽く叩いた

 

「……銀の人、痛い」

 

「そりゃあ悪かったな」

 

ベカスはニシシと三日月へ笑いかけ

 

「弱くなったって思ってるんなら、それは違うぜ? 三日月、お前は剣使うの苦手だろ?」

 

「うん……っていうか、分かるの?」

 

「まあな。お前のぎこちない動きを見ていると、それがただ剣を振り回しているだけの初心者だってことくらいは分かるさ……って言っても、オレの剣も我流みたいなもんだから偉そうなことは言えないけどな」

 

ベカスは人差し指を立て、続ける。

 

「だが、昨日の対戦相手……佐々木光子は日ノ丸を代表すると言っても過言ではないほどの剣の使い手だ。そんなやつを相手に、剣の勝負で引き分けるなんて……中々のもんだと思うぜ」

 

ベカスのそんな励ましの言葉に、しかし三日月はまだ浮かない顔をしていた。

 

「銀の人……あのさ」

 

「うん?」

 

「もし、自分よりも強い敵が現れたら……どうする?」

 

三日月は実質的に敗北となった黒いバルバトスとの戦いを思い出し、そう告げた。

ロクなダメージすら与えられず、一方的に叩きのめされ、テッサをも失いかけたあの時の戦いは三日月にとって、この世界に来て初めて味わった屈辱だった。

 

「そりゃあ……逃げるに決まってるだろ」

 

「……そうじゃなくて、そいつと戦うとしたら……銀の人はどうする?」

 

三日月の虚ろな視線に、ベカスは少しだけ考えた後……こう続けた。

 

「それは、三日月……お前が一番よく分かっていると思うぜ?」

 

「え?」

 

ベカスの言葉に、三日月は驚いたような顔になった。

 

「昨日の戦いを思い出してみろ。剣を使って剣の達人と戦おうとして、お前はどう思った?」

 

「……勝てないって思った」

 

「そうだ。あのままでは、お前は負けていたかもしれない……それで、戦いの流れを変えるためにお前はどうした?」

 

「だから、剣を捨てた…………あ」

 

そのことに気づいた三日月は、ベカスを見つめた。

 

「そうだ。別に、剣を使うだけが戦いじゃない」

 

ご名答……とばかりに、ベカスは指で拳銃のサインを作った。

 

そもそも先日の試合では、三日月はその場の流れで太刀を使ってはいたものの、あの試合は別に剣の試合ではなかった。

 

「あの時、自分の弱さを認めて素直に剣を捨てたのはいい判断だったと思うぜ? 『勝てない戦いと負け戦は別物』ってな。それにあれは自分の得意な戦いの中に、相手を引き込んだっていうことにもなる」

 

ベカスは指のサインで三日月のことを撃ち抜くような素振りを見せた。

 

「つまり、戦い方は一つじゃない。近接戦で劣るなら遠距離から、遠距離戦で劣るなら接近戦で……相手のペースに流されて負ける前に、自分が相手よりも優れている分野で戦いを挑めばいい」

 

両手を使って戦い方の説明をするベカス

三日月はじっとそれを見つめる。

 

「さっき、俺は逃げると言ったが……言い方を変えよう。俺なら逃げて、逃げて……隙を見つけてぶっ倒す! 戦いに卑怯もクソもないのはお前だってよく分かっているだろ?あとは……分かるな?」

 

挑発的なベカスの視線、肩をすくめる

三日月は強く頷いた。

 

「どうだ? オレ、少しは先生らしかったか?」

 

「うん、とっても」

 

「そうか〜来る日も来る日も授業をしてきた甲斐があったぜ〜」

 

「そうだね。銀の人なら、いい先生になれると思う」

 

その言葉にベカスは小さく笑った。

三日月は声をあげて笑うほどではなかったが、その表情は先ほどと比べるとかなり明るかった。

 

「ハハッ、お前が言うんだから間違いないな…………まあ、それもあと少しだけどな」

 

ふと、真面目な表情に戻ったベカスを見て、三日月も頷く。

 

「あと少しの辛抱だ……頼むぜ、三日月」

 

「分かった」

 

それからしばらく今後の計画について話し合った後、二人はいつものように自分の持ち場へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第16話:「救いの手」

(次回予告と違いますがお許しを)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如としてA.C.E.学園に姿を現した三日月・オーガスという人物について、先に行われた編入試験以降、所属する人たちからの評価は一貫してあまり良くなかった。

 

元々、A.C.E.学園に所属する生徒たちは、小林真希などの特殊なケースを除いてその殆どが権力者やお金持ち、もしくは成績優秀な奨学生となっている。

そして、そういった生徒たちが共通して持ち合わせている特徴として、プライドが高いという一面があった。

 

学園のカースト上位に立つ権力者やお金持ちの生徒たちは基本的に一般生徒を見下している傾向があり、立場を理由にしてその気になれば一般生徒を奴隷のように扱うことができるという点で愉悦に浸っていた。また実質的に下位である奨学生にしても、親の威厳で入学を許された者たちとは違い実力だけでのし上がってきたというアドバンテージがあり、親の力でのし上がってきたカースト上位者たちのことを影ながら見下していた。

それは生徒たちのプライドが高いからこそのことだった。表側では華やかな学園生活でも、その裏側では深刻な格差社会が構築されており、カースト上位も下位も同様に相手のことを見下しているという静かなる抗争が展開されていた。

 

最も、それはあくまでも全体的な傾向であって当然のことながら、全員が全員このようにプライドが高いというわけではない。

権力者を親に持つ高橋夏美やソフィアなど、カーストの垣根を超えて相手と誠心誠意向き合おうとする者も中には存在する。

 

しかし、生徒の多くが無意識の内に「自分こそがナンバーワン」であると自覚しているのもまた事実であり、そして全ての生徒がA.C.E.学園に所属しているというアイデンティティを誇りに思っていた。

 

そんな彼らにとって、三日月という存在は妬ましいものだった。

 

三日月の受けた編入試験の内容は学園側のミスなのだが「無事に合格した」というのはあくまでも結果論に過ぎず、学園は危険な試合を実施したことに対する社会的なバッシングを防ぐため、口封じのために金を積み、その記録が関係者以外に口外されることを防いだ。

 

過剰とも言える、三日月の編入試験に対する情報統制……しかし、そこで思わぬ事態が起こった。

 

たかが一生徒のために、躍起になって情報をひた隠しにしている教官たちの様子は、生徒たちの間にある疑念を抱かせることになった。

 

早い話が

「三日月の編入試験はちゃんと行われたのか?」

ということだった。

 

その試験が手抜きで行われたのではないかと推測した奨学生たちにとっては、自分たちが必死の覚悟でA.C.E.学園に入学したのに対し、一切苦労していないという風に涼しい顔をしてA.C.E.学園で授業を受けている三日月を見ていると、積み上げてきたものを全否定されているような気分に陥ってしまうのだった。

さらに三日月は口数が少なく、周りとの協調性に欠けているくせに、その言葉がいちいち的を得ているということでも彼らの顰蹙を買った。

 

試験の中で、三日月が有利になるという不正が行われたというのなら、それは権力者やお金持ちの子にも度々行われていることであり、それだけならまだ問題にはならなかった。

 

ベカスから「学園ではなるべく平穏に過ごすように」と言われ、三日月はエディを無理矢理更生させたということ以外では律儀にそれを守り、必要な時以外はバルバトスを動かすこともなくのんびりと平和な学園生活を送っていた。

 

それ故、特に生徒たちといざこざを起こすことはなかったのだが、

……それは些細なことの積み重ねだった。

 

三日月には権力者や金持ちに対する恐れや敬意、畏怖などといったものはなく、当然のことながらカースト上位の生徒たちに遠慮することも知らない。出自不明の身でありながら我が物顔で学園を練り歩くその姿は、密かに学園カースト上位の生徒たちからも反感を買ってしまった。

 

さらに、小林真希との同棲の噂がまことしやかに広まったのだからたまったものではない。

 

こうして……いつしか三日月は、学園中のあらゆる生徒から目をつけられ、恨みや妬みといった負の感情がこもった視線を向けられるようになった。

 

しかし……そういった視線には無頓着な三日月は、ここぞとばかりにスルーを決め込み、その態度に憤慨した生徒たちはさらに不満を積もらせていくのだった。

三日月という共通の敵を認識し、密かに対抗心を燃やし、「ぎゃふん」と言わせるためだけにカーストの垣根を越えて団結する生徒たち。

 

 

 

そしてダンスパーティーから数日後……ついにその時が訪れた。

 

 

 

その日、三日月の所属する戦術科ではBMを使ったクラス対抗での模擬戦が行われることになった。

 

生徒たちは溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく、三日月に対して集団リンチをしようと画策していた。

この日のためだけに最高級のBMを取り寄せ、教わった戦術や技法を一から学び直し、最高のパイロットを代理人として呼び寄せ、対抗戦に望んだ。

 

……そこまではよかった

だが、生徒たちは皆、三日月のことを見くびり過ぎていた。

 

 

 

そして、模擬戦は荒れに荒れた。

 

 

 

いくら大げさな戦術を組もうが、最高級のBMを使おうが、所詮は実戦経験なしの学生に過ぎず、その実力もたかが知れていた。そんな生徒たちがいくら束になってかかろうが、数え切れないほどの戦場を駆け抜けてきた三日月とバルバトスの組み合わせに敵うはずもなく、たちまち返り討ちに遭い、その計画はあえなく失敗した。

 

 

 

三日月は計画に参加しリンチを仕掛けてきた生徒(誤射を装い背後から攻撃しようとしていたクラスメイトも含む)全員を戦闘不能へと追い込み、たった一人でそのまま決勝へと進出……見事、優勝を勝ち取るのだった。

 

 

 

この結果に、三日月の無様な敗北を願っていた生徒たちは愕然とするのだが……

しかし、ここで三日月はおろか生徒たちにとっても予想外の事態が発生した。

 

 

 

次の日、三日月は模擬戦の件で教官から指導(お叱り)を受けることになった。

 

 

 

その理由としては、

一、クラスメイトへのフレンドリーファイア

(正当防衛なのだが)

 

二、模擬戦の範疇を超えた過剰な攻撃

(十数機のBMを大破にまで追い込んだから)

 

三、対戦相手に強烈な心的ストレスを与えた

(トラウマ発症)

 

 

 

何だかんだで学生の自主性を重んじている学園側としても、模擬戦での行動には流石に問題があったと判断し、三日月を生徒指導室へ呼び出すことにしたのだ。

 

少なからず三日月が罰を受けると聞いて、生徒たちは内心ほくそ笑むのだった。

 

一方、叱られると聞いて三日月は、かつてCGSにいた時のように激しい罵声を浴びせかけられ暴力を振るわれるものだと身構えていたのだが、教師による体罰が法律で禁止されている日ノ丸においては当然そのようなことが行われることはなく、ただ言葉による形式的な生徒指導が行われただけだった。

 

三日月の指導役に選ばれたのは『エリカ』という名の学園のカウンセラーだった。お淑やかで学生思いのその教官は、ただキツイ口調で三日月を叱りつけるのではなく、問題を起こした生徒の心を理解しようのするかのように優しげな口調で指導を行なった。

 

彼女のその様子に、少なからず酷い目にあうだろうと思い込んでいた三日月は、とても意外そうな顔をしてしばらくその話を聞いていたが……その内、エリカの想いが伝わったのか、三日月は落ち着いてエリカの言葉に耳を傾け、自身の行動について改めようと考えるまでに至った。

 

しかし……優しげに話すエリカを見ていると、三日月は彼女の話す言葉の裏に、とても強い意志が存在していることに気がついた。

それは、彼女が元合衆国の兵士であり、教壇に立つ他の教官にはない悲惨な過去を持っていたことも影響していたのかもしれない……

 

彼女の優しさと、内に秘めた芯の強さを感じ取り、三日月の中でエリカの姿がとある人物と重なった。

 

「三日月くん、聞いていますか?」

 

三日月が少しだけぼんやりとしているのに気づき、エリカはその顔を覗き込むようにそう告げた。

 

 

 

「聞いてるよ、エリカちゃん」

 

 

 

そして、三日月の口から自然とその言葉が出た

 

「あっ…」

完全に無意識だったのか、三日月は自分の発した言葉が信じられないというように口元に手を当てるも、今更なかったことにはできない。

 

「え?」

 

その名前で呼ばれたことが意外だったのか、エリカは少しだけキョトンとした顔をするも、小さく咳をしてすぐさま調子を取り戻すと……

 

 

 

「三日月くん、悪いんだけど……ここでは目上の人にはちゃんと敬意を払って欲しいの。だから先生を呼ぶ時にはちゃんと〇〇先生……もしくは〇〇教官って言わないと駄目よ」

 

 

 

真面目な顔をして三日月へと指摘した。

 

 

 

「うん。ごめんなさい……エリカ教官……」

たどたどしい口調で謝罪する三日月。

 

 

 

その様子を見て小さくため息を吐いたエリカは…

 

 

 

「でも……ちょっとだけ、嬉しいかな」

 

 

 

そう言って三日月へと優しく微笑みかけた。

 

エリカは学園の中でも一二を争うほどの美人教官で、その人気は非公式ながら数百名規模のファンクラブが出来るほどだった。

その会員は男子が殆どを占めており、彼らはエリカのことを学園のアイドル的存在と讃え、高嶺の花とみなし、カウンセリングや授業での質問以外で過度な接触や会話はご法度という条約を影ながら結んでいた。

 

そのためエリカは終始、自分と生徒たちの間に溝があるように感じていた。まるで、生徒たちが自分のことを故意に避けているような…という

 

 

 

しかし、三日月は違った。

 

 

 

ほぼ初対面であるにもかかわらず、自分のことを「エリカちゃん」と親しみを込めて呼んだ彼からはそう言った雰囲気は一切感じられなかった。

 

本来ならば馴れ馴れしいと思うところなのだが、三日月の純粋な瞳を見つめていると、エリカは嫌な気持ちになるどころかむしろ三日月に対して好感を抱いた。

 

 

 

「ねぇ、よければまたその名前で呼んで欲しいな。今度は学園の外で……先生と生徒としてじゃなく、ひとりのお友達として……」

 

 

 

そしてその呼び名はまだ十分若いにもかかわらず、普段から『合衆国の老兵』と自虐するエリカにとって、自分が若々しくなれたと感じた瞬間でもあった。

 

一応、三日月には罰として1週間の軽い学園清掃の仕事が与えられることになるのだが、三日月は甘んじてそれを受けることにした。

 

 

 

 

 

しかし、話はこれで終わりではなかった。

 

 

 

 

 

三日月とエリカの会話を偶然にも盗み聞きしていたファンクラブの生徒が、二人のやり取りを周りに広め始めたのだ。

 

その結果、三日月のことをそれまでなんとも思っていなかったファンクラブのメンバーたちも三日月に対して恨みや嫉妬の念を抱き始めるようにり……三日月は学園の男子生徒の大半から冷たい視線を向けられるようになった。

 

三日月に制裁を与えるべく計画を練り始めたファンクラブのメンバーの中には、先に三日月を陥れようとしていた生徒たちと合流する者まで現れる始末で、A.C.E.学園は奇妙な一体感に包まれていた。(悪い意味で)

 

 

 

 

 

そして、三日月への嫌がらせが始まった。

 

 

 

 

 

ある者はモップで床を磨く三日月のすぐ目の前でゴミを投げ捨て…

 

 

 

時には水の入ったバケツを蹴り飛ばしてせっかく磨いた床を水浸しにし

 

 

 

ある者は三日月の机にスプレーで罵詈雑言の落書きを施し

 

 

 

ある者は三日月の教科書をゴミ箱に捨て

 

 

 

ある者は突然殴りかかり

 

 

 

ある者は小型戦車で追い回そうとした。

 

 

 

 

嫌がらせは数日間に渡って続いた。

 

しかし、三日月はそれでも抵抗しなかった。

 

 

 

 

 

綺麗になるまで何度でも掃除をやり直し、

 

机は学校の備品なので汚れをしっかりと落とし、

 

埃まみれになった教科書はゴミ収集業者に回収される前に見つけ出し、

 

殴りかかってきた相手は軽くいなして逃走し、

 

戦車に対してはバルバトスを使うことなく、狭い小道へと逃げ込んでやり過ごした。

 

 

 

それはこれ以上、下手にことを荒だててベカスの任務の支障になってしまうことを防ぐためというのもあったが、生徒指導の際、エリカに言われた言葉も影響していた。

 

どのみち、ベカスが高橋夏美と接触した時点で作戦も大詰めなのだ。あとは夏美を国外へ逃がしたら三日月が学園にいる必要もなくなる。

 

それまでの辛抱……

静かに怒りながらもそれを表に出すことなく、三日月は淡々と残り僅かな日々を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

お昼休み

A.C.E.学園ー風紀委員ー

 

その日……風紀委員の本部が置かれた部屋の中は、押し寄せた男子生徒たちによってちょっとした騒ぎに包まれていた。

 

「五十嵐さん! ですから、あの三日月って野郎は本当に危険なやつなんです!」

 

「そうです! 証拠だってほら……あの野郎がBMを使って校舎を破壊し、生徒に対して暴行を加えている場面もしっかりとここに……」

(エディの件、偶然通りかかって生徒によって撮影された写真を出して)

 

「それにあいつ女子寮に住んでいるどころか、なんと女子と同棲しているんですよ! うらやま……じゃない、これは問題ですよ!」

(三日月と白髪の女生徒が女子寮から並んで出てくる場面を隠し撮りした写真を取り出して)

 

「あの三日月って野郎はそれにも飽き足らず、俺たちのアイドル、エリカさんを誑かそうと企んでいるみたいなんです!」

 

男子生徒たちは口々に、独自の調査で明らかになった三日月の悪行を、その部屋の主人へと報告していた。

 

その少女……風紀委員である五十嵐命美はいつものように風紀委員会にこもって一人で静かにお昼を過ごそうと思っていたのだが、突然押し寄せてきた男子生徒たちのためにそれを中断せざるを得なくなった。

 

「……落ち着きなさい、あなたたち」

 

先程から椅子に深く腰掛け、男子生徒たちの話を黙って聞いていたが、数十名の生徒が一斉に身を乗り出して三日月のことを熱心に語るものだから、あまりの人口密度に五十嵐は暑苦しさと窮屈さを覚えた。

 

「あなたたちの言いたいことは分かったわ……」

 

五十嵐は小さくため息をつき、それから全員を見渡した。

 

「あなたたちが言う……三日月くんが校舎に損傷を与えたっていう件は私も知っているわ」

 

「そうですか! それなら話がはや……」

 

「でも彼がそうしたのは、とある生徒の暴走を止めるためだったと報告がきているし、報告書によるとその生徒は全面的に自分に非があることを認めている。弁償だってしっかりと支払われている時点で三日月くんに非があるとは言えないわね」

 

「うっ……」

 

五十嵐の言葉に、校舎を破壊した件で三日月を追求しようとした生徒たちは何も言えなくなってしまう

 

「次、この写真のことだけど」

 

五十嵐は三日月と小林真希の姿が収められた写真を取り上げ……

 

「これ、どう見ても隠し撮りよね?」

 

「うっ……」

 

痛いところを突かれたと言うように、また男子生徒たちが言葉を失う。

 

「あなたたちも相当暇人ねぇ。誰が撮ったのかは追求しないけど、こういうやり方は同じ学園に所属する者としてどうかと思うわね。……そう、気品に欠けているというか」

 

そう言いつつ、五十嵐は次の男子生徒へと視線をを送った。

 

「それで……エリカ教官はいつからあなたたちのアイドルになったのかしら?」

 

「……!」

 

墓穴を掘った男子生徒たちはその場で狼狽した。

 

「風紀委員は不純異性交遊は取り締まるけど、清く正しいお付き合いだったら応援するわ。それが教師と生徒の間柄だったとしても、学業に支障をきたさないというのなら尚更のことね」

 

その言葉に、膝をついて悲しむ男子生徒たち。

 

「……とはいえ、流石に女子寮で同棲ってのは問題よね」

 

五十嵐がポツリと呟くと、

「そうだそうだ!」

……と、男子生徒たちはゾンビのごとく立ち上がり、再び五十嵐の前に身を乗り出した。

 

「わ……分かったわ! だから落ち着きなさい!」

 

男子生徒たちが落ち着いたのを見計らって、五十嵐は咳を一つすると……

 

「この件は一度私に預けて貰えるかしら」

 

「五十嵐さん、それでは……!」

 

「ええ。どれだけやれるかは分からないけど、状況の改善は約束するわ」

 

「「「よろしくお願いします!」」」

 

五十嵐の言葉に男子生徒たちは納得したような顔をし、ぞろぞろと風紀委員会から立ち去って行った。

 

「はぁ……せっかくのお昼休みが台無しね」

 

五十嵐はそう言いつつ椅子に座りなおした。

それから机の下に隠れていた助手の『ゆきちゃん』(フェレット)を手招きし、膝の上に乗せた。

 

「とはいえ……副会長さんから三日月くんたちの件にはあまり関わらないようにって念を押されているし、生徒会が関わっている時点で風紀委員としても手を出しにくいのも事実なのよね……」

 

ゆきちゃんを撫でながら悩ましいという風に呟く

 

「それに水原さんのお父様は高橋重工の重役だし……あの人とも繋がりがあるって聞くからあまり面倒な事に発展しなければいいのだけど……ねぇ、ゆきちゃんはどう思う?」

 

そう言って膝の上に丸くなっているゆきちゃんに視線を落とすと、ゆきちゃんは五十嵐を見上げ小さく鳴いた。

 

「うん、うん……なるほどね」

 

まるでフェレットの考えを読んだかのように頷く

 

「うーん……まあ、話を聞くだけならいいわよね」

 

そう結論づけ、五十嵐は小さく背伸びをするのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

ここで話は昨日の夜まで遡る。

 

女子寮

 

数々の妨害を受けながらもなんとか校内の清掃を終わらせた三日月が寮へと戻ると、部屋の電気はついていなかった。

 

先に帰っているはずの小林真希の姿はなかった。

 

「……?」

 

不審に思いつつも、自室で着替えを済ませてスーツを畳んでいると、三日月は玄関の向こうに何者かの気配を感じた。

 

しかしいつまで経ってもなんの動きもみせなかったので、三日月は警戒しつつも玄関のドアを開けてみる事にした。

 

「……メガネの人?」

 

「……あ」

 

そこにいたのは小林真希だった。

薄暗い通路に佇む真希は一瞬だけ三日月と目を見合わせると、慌てて三日月から顔を逸らした。

 

その瞳は、泣いた後のように充血していた。

 

「……おかえり」

 

「た……ただいま、です」

 

短い言葉を交わした後、真希は三日月の脇をすり抜けて逃げ込むように部屋へと入って行った。

 

「ねぇ」

 

「…………」

 

「それ、どうしたの」

 

「……!」

 

真希の頰は片方だけ不自然に赤くなっていた。

そして、それに気づかない三日月ではなかった。

 

「これは……ただ、ちょっと転んだだけです」

 

小さく笑ってなんでもない風を装い、真希は寝室の扉に手をかけた。

 

「誰にやられたの」

 

「……」

 

三日月がそう告げると、真希の体が凍りついた。

 

「ごめんなさい……少しだけ、一人にさせてもらえませんか」

 

しかし三日月の問いかけに答えることなく、真希は扉を開けて自分の寝室へと逃げ込むのだった。

 

悲しみで溢れたその背中を見送り、三日月は……

 

「……チッ」

 

苛立たしげに舌打ちをするのだった。

その怒りの矛先を自分自身へと向けて……

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

そして次の日の放課後……

 

真希はカースト上位の女生徒たちに連行され、人気のない学園の裏通りへ連れられていた。言うまでもなく、その女生徒ひとりひとりが三日月へ深い恨みを抱いていた。

 

三日月への嫌がらせはいつのまにか真希へと飛び火していた。

その兆候が現れたのは三日月が指導を受けた次の日とごく最近のことで、最初はモノがなくなるといった些細なことだったのだが、三日月への嫌がらせが始まるとそれと連動して徐々にエスカレートしていき、つい先日には手を上げられるまでに至った。

 

薄暗い裏通りの中……

女生徒たちは三日月への恨みを発散するかのように真希のことを罵り、その体を押しのけるなどの暴行を加えた。

 

しかし、真希はそれに必死に耐え……

そればかりか、女生徒たちへ「あること」を必死に訴え続けていた。

 

 

 

「三日月さんへの嫌がらせをやめてください」

 

 

 

……と、抵抗するのではなく、自分よりも先に三日月の身を案じてその言葉を何度も何度も口にしていた。

 

しかし、真希の言葉に耳を貸すつもりはないのか……女生徒たちは無抵抗な真希を取り囲み、暴言を吐き、嘲笑い、痛めつけ続けた。

 

「うぅ……」

 

耐えきれなくなった真希が体を抱えて膝をつくと、女生徒たちは嗜虐心の溢れた視線で彼女を見下ろした。

 

 

 

「……何やってんの」

 

 

 

そして、それは姿を現した。

 

 

 

その声に反応した女生徒たちが振り返ると、そこにはA.C.E.学園の制服を着た小柄な少年……三日月がいた。

 

 

 

「……み、三日月さん……?」

 

 

 

真希は驚いたように三日月を見つめた。

 

 

 

「俺の仲間に……何してんの」

 

 

 

三日月の瞳はこの世のものとは思えないほど濁っていた。

 

 

 

「来た、三日月だ!」

 

 

 

女生徒のうち、まとめ役を担っていた目つきの悪い一人は三日月の姿を見るなり、何やら持っていた端末を操作した。

 

それは用心棒に招集をかけるためのものだった。

どこからともなく二十人ほどの男子生徒が姿を現し、あっという間に三日月のことを取り囲んだ。

 

集まった男子生徒の殆どが運動部出身なのか、小柄な三日月と比べると皆背が高く、そして屈強な体つきをしていた。

 

「まんまと引っかかったな! この女はお前を呼び寄せるための罠だよ」

 

「そんな……」

 

目つきの悪い女に言われ、真希は愕然となった。

 

「…………」

 

圧倒的不利であるにもかかわらず、三日月は冷静に周囲を見回して自分を取り囲む男子生徒たちを一瞥した。

 

幸いにも道は狭いので男子生徒たちがBMを出してくる気配はなかったが、逆に言えば三日月にしてみてもバルバトスを出すことはできなかった。

 

「遠山サン、どれくらいやってやりますか」

 

「二度と学校に来られなくなるくらいだよ!」

 

遠山と呼ばれた目つきの悪い女がそう告げると、男子生徒たちは鉄パイプやナイフ、バールのようなものをそれぞれ取り出して構えた。

 

一方、三日月の手には武器らしきものはない

 

「三日月さん……っ、逃げて下さい!」

 

残された体力を振り絞り、真希は三日月へと叫んだ。

 

「ハッ、これだけの包囲網、逃げられると思ってるのか?」

 

遠山は真希を嘲笑い、そして端末の先端についたカメラを三日月へと向けると……

 

「泣きながら『許してください』って言えよ!一部始終撮影してやる! やっちまえ、お前たち!」

 

遠山が唇をひん曲げてそう告げると、三日月のすぐ隣にいた二人の男子生徒が得物を振り上げ、三日月へと迫った。

 

しかし、体格が良いだけで戦闘経験の皆無な学生が、何度も戦場という名の修羅場をくぐり抜けてきた三日月に敵うはずもなく……

 

「ぎゃあああああっ!?」

 

あっさりと攻撃を避けられ、武器を奪われた挙句、逆に殴りつけられてしまい、あっという間に二人の男子生徒は戦闘不能に陥った。

 

「何!」

 

目の前で行われた一瞬の出来事に、その場にいた誰もが驚きを隠せなかった。

 

「くっ……何をしている! 早くそいつを倒せ!」

 

輪から飛び出した五人が、一斉に三日月へと襲いかかる。

 

「…………」

 

しかし、この程度で倒される三日月ではなかった。戦場で何度も「多くの敵に囲まれたシチュエーション」を経験していたこともあり、次に何をすればいいのかを熟知していた。

 

三日月が取った戦法は……まず動きの鈍い一人を拘束し、他の敵が同士討ちを恐れて攻撃を躊躇ったのを見計らって、敵から少しだけ距離を取る。

 

すると敵は空いた距離を詰めようと近寄る

自然と敵の密集率が上がる

 

三日月はボーリングの要領で、密集する敵の中心めがけて拘束していた生徒を突き飛ばした。

 

中心にいた二名に直撃し、計三名は仲良く転倒。

 

それに足を取られたのか、縺れるようにしてさらに左側にいた一名もバランスを崩す。

 

三日月は残った右側の敵めがけて前進……

敵は三日月のスピードに反応できていない。

敵の顔を掴み、その体を地面へと叩きつけた。

 

こうして、三日月は数秒という短い時間の中で五人の敵を制圧した。

 

 

 

「チッ…………ハァ……」

 

 

 

舌打ちと深いため息、

三日月はその場にいた男子生徒たちを見渡した。

 

 

 

「まだやるの?」

 

 

 

殺意に満ちたその瞳は人食い狼を思わせる色をしていた。また三日月の内側から放たれる黒々としたアトモスフィアはまるで凶暴な悪魔がそこに顕在化したかのようだった。

 

「ヒィ?!」

 

ただならぬ三日月の様子に、男子生徒たちは悲鳴をあげた。

未だに数で勝っている十三人の生徒たちは情けなくも、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。

 

「お前ら、何してんの! そんなちっこい奴、さっさと叩きのめしてやれよ!」

 

しかし、その様子に全く気づいていない遠山は自分から動こうとするでもなく、ただ命令をわめき散らすだけだった。

 

三日月と男子生徒たちの間で再び衝突が起きようとした時だった……

 

突如、薄暗い裏通りに眩いばかりの光が差し込まれ、その場にいた全員を明るく照らし出した。

 

「えっ……?」

 

携行型サーチライトから放たれた強烈な光は、三日月と真希を除いた全員の悪行を白日の下に晒すかのようだった。

 

逆光の中、屋上にいくつかの人影が垣間見えた。

 

 

 

『あー、あー……武装勢力に告ぐ』

 

 

 

その中の一人……マイクのようなものを手にした人影が何やら声を吹き込むと、地上のスピーカーから男の声が響き渡った。

 

 

 

『こちらA.C.E.学園奉仕部

……戦術科教官兼奉仕部部長、ベカス・シャーナム』

 

 

 

それは三日月にとって頼もしい仲間の声だった。

 

 

 

『お前たちは完全に包囲されている。即刻武装解除し、投降せよ』

 

 

高らかにベカスが告げる

「銀の人?」

三日月は驚いたように彼を見上げた。

 

 

 

『よお、三日月〜助けに来たぜ〜』

 

 

 

ベカスはのんびりとした口調で三日月へと合図を送った。

その声が終わるや否や……

 

 

 

「佐々木流抜刀術……『雷電』ッッッ」

 

 

 

その瞬間、光に照らされた包囲網に閃光が走った。

 

「え……うわっ!」

 

三日月の右側に展開していた四人がふと我に返り、それから自分の手元に目を落とすと……保持していたはずの鉄パイプやナイフが一瞬のうちに三枚下ろしにされ、破片が地面に転がっていた。

 

「無事か、三日月」

 

見ると三日月の隣には、いつの間にかビームサーベルを携えた少女が佇んでいた。

 

「剣の人? 来たんだ」

 

イナズマの如く生徒たちの武器を破壊し、三日月の背中を守るかのようにその隣へと移動したその少女……佐々木光子を見て、三日月の体から先ほどまでのオーラが嘘のように消失した。

 

「ああ、学園の治安を守ることも私に与えられた役割の一つなのでな」

 

光子はそう言ってため息を吐くと、高出力化させたことにより赤い光を放つビームサーベルを一振りし……それから男子生徒たちへと向き直ると……

 

 

 

「愚か者!」

 

 

 

心の底からの一喝に、大気が震えた。

その一声には、小柄な少女が放ったものとは思えない強烈な凄みがあった。

 

「武器を持たぬたった一人を痛めつけるためだけに、これだけの人数が束になってかかろうとは……なんたる卑怯者どもか! 恥を知れ!」

 

光子の言葉に男子生徒たちは狼狽した。

 

そしてようやく気づくことができた。

今まで逆光になって気づくことができなかったが、包囲網を作る自分たちのことを包囲する沢山の人影に……

 

ソフィア、ピー子、エディを始めとする奉仕部に所属する生徒全員がその場に集結していた。

 

それを見てついに観念したのか、男子生徒たちは一人、また一人と武器を捨て、手を上げてその場に両膝をついた。

 

「はぁああ?! テメーら、なに簡単に負けを認めてるんだよぉ!」

 

それを見て、遠山は憤慨し、地団駄を踏んだ。

 

「おい! あのチビをやるためにどんだけ高い金を払ったと思ってるのよ! やるなら男らしく最後まで……」

 

そこで驚きのあまり言葉を失った。

 

何故なら……遠山の取り巻きで、真希への暴行に加担していた数名の女生徒たちの体が、まるで糸の切れた操り人形の如くその場に崩れ落ちたからだった。

 

「え……?」

 

遠山は突如として意識を失ってしまった取り巻きたちを見て混乱した。

 

 

 

「これで……あなたは一人……」

 

 

 

「なるほどね!これが『コリツムエン』なのね!」

 

 

 

その声に反応した遠山だったが、首筋に冷たいものを感じ、振り返ることができなかった。その背後には……いつのまにか、嬉々とした様子で佇む双子の姿があった。

 

「ひっ……」

 

首筋に手刀を突きつけられ、遠山は短い悲鳴をあげた。それはただの手刀に過ぎなかったのだが、双子の内から滲み出る得体の知れない気配と相まって、それは鋭利な刃物と化した。

 

 

 

「ふふふ……高橋家のメイドを舐めないでくださいね?」

 

 

 

双子の内、フルが薄く笑った。

 

 

 

「双子の人? 何でいるの……?」

 

真希の元へ駆けつけた三日月は双子へと問いかけた。

 

 

 

「あはっ、そりゃあ三日月のピンチなんだから、助けるに決まってるじゃん〜」

 

 

 

その問いかけに答えたのはエルだった。

 

 

 

「ふーん……そっか、ありがと」

 

短く礼を告げ、三日月は真希へと手を差し伸べた。

 

「ごめん……俺のせいでこんなことに……」

 

「い……いえ、私は大丈夫です。助けに来てくれただけでも十分嬉しいですし……」

 

三日月の手を取り、真希はヨロヨロと立ち上がった。

 

「痛い?」

 

「大丈夫です。それよりも……三日月さん、お怪我はありませんか?」

 

「俺は大丈夫。怪我もしてないよ」

 

「よかった……」

 

真希は疲弊しながらも安心したように三日月を見つめた。

 

「……っ、お前! 卑怯だぞ!」

 

その時、遠山が往生際の悪いことに再びわめき声をあげた。

 

「こんな……佐々木先生や教官まで呼び出しやがって……いったいどれだけの金を積んだんだよぉ?」

 

 

 

「は?」

 

 

 

三日月が強い殺意のこもった視線を送ると……

「ひっ……!?」

先ほどまでの威勢も何処へやら、遠山の顔が恐怖に歪んだ。

 

 

 

「あんた何言ってるの? 卑怯? …………お前がそれ、言える?」

 

 

 

三日月はゆっくりと遠山へ近づく

遠山は逃げ出したい衝動に駆られるが、姉妹によって退路を断たれている為、その場で震えることしかできなかった。

 

「……っていうか、銀の人たちを呼んだの俺じゃないし」

 

三日月はチラリと屋上を見上げた。

 

 

 

『ああ、今回の件はオレの独断だ』

 

 

 

ベカスの言葉に

「自分も同様だ」とばかりに光子とエル/フルも小さく頷いた。

 

 

 

『三日月は俺たちにとってかけがえのない仲間なんでね。だからこそ、仲間のために立ち上がるのは……当然だろ?』

 

 

 

ベカスはニヤリと笑った。

 

 

 

『そして、仲間を助けるのに金や権力なんて関係ないね……お前、そんなことも分かんねぇのか?』

 

 

 

すると、情に熱い奉仕部の面々は部長であるベカスの言葉に深い感動を抱いたのか、裏通りは拍手喝采の嵐に包まれた。

 

 

 

『すまねぇな、三日月。本当はもっと早く気づいてやるべきだったんだが……』

 

「いいよ、来てくれただけでも十分……」

 

 

 

「……けど」

やがて遠山の目の前へたどり着いた三日月は……

その顔を片手で掴み、そして怪力と言っても過言ではないその握力を発揮した。

 

遠山は悲鳴をあげるが、三日月は容赦しない

 

 

 

「お前は……俺の仲間を傷つけた」

 

 

 

悪魔の形相で、遠山を睨みつけた。

 

「ゆ……許して……」

 

 

 

 

 

ユ ル ス ワ ケ ナ イ ダ ロ

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

かくして、ちっぽけな戦いは幕を下ろした。

 

三日月への嫌がらせに関してはそれからしばらくの間も続くことになるのだが、時間が経つにつれ徐々にそれもなくなっていった。

 

「あいつだけは敵に回しちゃいけない」

 

学園生活の中で、三日月へ対抗心を燃やしていた生徒たちはようやくそれに気づくことができたのだ。

 

これには三日月に関する恐ろしい噂が広まったからというのもあるが、その噂の出所を辿ると最終的に奉仕部へと行き着くのだった。

 

 

 

誰一人の犠牲者もなく、今日も学園は平和であった。

 

 

 

だがその裏で、真っ白なフェレットを連れた風紀委員の少女が、密かに三日月へ接触を図っているということを知る者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued...

沢山の仲間に支えられ、三日月は強くなる




人間は異端を排除する能力においては他のどの生き物よりも優れている……という言葉を聞いたことがあります。今回、このような出来事が起きたのは、そんな悪い一面があったからではないかと思われます。
でも、異端(言うなれば「違い」)って何なんでしょうね?
人が一人一人違うのは当たり前のことです。
そんな理由では、人に危害を加える理由にはならないのは明白ですよね。

大切なのは、その人は「違う」と切り捨てるのではなく「個性」として見ることが出来るか……ということではないかと思います。


次回予告です

エル「三日月は風紀委員に会って、ある密約を交わすよ!」

フル「そして強くなるために佐々木先生の元を訪れます」

エル&フル「「次回『強くなるために』」」

フル「物語もいよいよ大詰め、もう少しだけお付き合いください」


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第17話:強くなるために

?「お帰りなさい! 指揮官さま!」

お知らせです
・前回アレな展開だったのは伏線を張るのに必要だったからなのです(まあ伏線というほどのものではありませんが…)

・ディアストーカーの超改造が実装予定だそうで……ありがとうダッチー!

・それにしてもダッチーめ……(あのタイミングであんな◯◯◯◯展開にするとは……あーあ、犠牲は1人だけにするつもりだったのに予定が狂った……)何がとは言いませんが

・作者は所謂「なろう系」が嫌い……というより苦手です。
(努力して掴み取った勝利の方が好きなので)




それでは、続きをどうぞ……







A.C.E.学園の真下には、学園よりも遥かに巨大な地下空間が広がっていた。9つの研究室、10の会議室、5つの開発室、3つの演習場、12のテスト室、そして5つの格納庫などによって構成されたその場所は、まさにジオフロントと呼ぶに相応しい巨大施設だった。

 

ここでは学園の生徒や教官たちが自分の機体を格納することもできる他、機体の整備、決闘もしくは模擬戦、各種実習……など、BM科や整備科などに所属する学生たちが学院で学んだ知識を実践的に活かすための設備が整っていた。

ちなみに、その一部は高橋家の研究開発チームなどと共同で使用しているスペースも存在する。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

ダンスパーティーから3日後…

 

A.C.E.学園 地下第3格納庫

 

 

 

高い天井、高い壁、数え切れないほどの照明、BM射出用のカタパルト、機体を移動させる為のクレーン、無数に立ち並ぶハンガー、そのハンガー群に納まった数十台のBM……

 

「…………」

 

その片隅……

佐々木光子は神妙な面持ちで、ボロボロになった自分の月影を見上げていた。

 

ハンガーに納まった月影は見るも無残な姿に変わり果てていた。装甲は所々剥がれ落ち、一部のフレームは潰れ、左腕はだらしなく垂れ下がり、関節からは血のように赤いオイルが滴り落ち、ハンガーに固定されていなければ今すぐにでも倒れてしまいそうなほど、その重心は前に傾いていた。

 

「これまた酷くやられたみたいね」

 

その声に反応し、光子が振り返ると……そこには青色の髪をしたメガネの少女が佇んでいた。

 

「水原梨紗……」

 

光子は親友であるその少女の名前を呼んだ。

 

「堅苦しいのは相変わらずと言ったところね? はい、これ」

 

そう言って梨紗はスポーツドリンク用の青いボトルを光子へと手渡した。

 

「すまぬ……今、甘いものは……」

 

「大丈夫。そう言うと思って、中に入っているのはただのお茶だから」

 

「そうか……では、頂こう」

 

礼を告げ、光子はそれを少しだけ口にした。

 

「それにしても……凄い光景ね」

 

光子に習って月影を見上げた梨紗が呟く。

 

「まるで……そう、一度で十を超える模擬戦を終えた後……いえ、本気の死闘を繰り広げた後のような有様ね」

 

しみじみと月影の状態をチェックし、梨紗はそれから光子へと向き直り……

 

「整備科の人たち、青ざめていたわよ? これを修理するくらいだったら、買い換えた方が早いくらいだ……って」

 

「それができればもうとっくに……」

 

「分かってるわ、言ってみただけよ」

 

光子の言葉に、梨紗は肩をすくめてみせた。

 

 

 

と言うのも、光子の月影には、一般的な他の月影にはない特殊な改装とチューニングが施されていた。

 

一つは、光子のビームサーベルと連動した全く新しい操縦システム。これがあることによって、剣道7段の光子はBMに搭乗してもその剣技を遺憾なく発揮することができた。

 

 

 

そしてもう一つは、月影の背中に搭載された2本目の刀にあった。

 

 

 

それは三日月との試合で使われたような実体を持つ刀ではなく、光子の帯刀するビームサーベルをスケールアップしたと言ってもいい、高橋重工の開発した巨大なビームの刀だった。

 

光子のビームサーベルはただ月影の操縦桿としての役割を果たす為に作られたのではなく、寧ろ、それはオマケ……もしくは副産物と言っても差し支えのないシステムだった。

その本命は、操縦桿代わりのビームサーベルを通じて操縦者の脳波を読み取り、操縦者の意思を刀へと伝達し、そのイメージを具現化させるためのものであった。

 

これによって月影に装備された第2の刀は理論上、一振りで巨大な山を真っ二つにするほどの出力を発揮できるとされていた。

 

 

 

使用者の意思によって無限の高みを目指すことのできる刀……よってこの試作ビーム刀は『飛翔』と名付けられた。

 

 

 

光子は、高橋重工の最新技術が詰まったこの試作品のテスト要員として選ばれた。その為、光子の月影は特別な改修が施され、形こそ変わらずとも、飛翔を装備した今の月影として日の目を見たのである。

しかし、装備したまでは良いものの、光子は飛翔を使いこなせずにいた。

 

それは幼い頃から剣道に没頭するあまり、刀へのイメージが固定されていたことが影響していたのかもしれない。試しに光子がいくらそのビーム刀を抜いてみても、刀は弱々しい光を放つばかりで、試し斬りをしてみても鉄屑を斬り裂くのがやっとと言うのが現状だった。

 

だが、機体がボロボロの状態では、戦闘どころかまともに剣の指導を行うことすら不可能。

しかし、高橋重工からの正式な依頼を受けて改修された機体である為、スクラップにする訳にはいかず、光子はこうして修理が終わるのを待つしかなかった。

 

 

 

二人は近くのベンチに腰掛けた。

目の前の月影に整備科の生徒たちが群がり、補修作業に取り掛かり始めた。溶接によって放たれるスパーク、整備士たちの喧騒が格納庫内に響き渡った。

 

「それで……あなたの機体をこんな風にしたのが例の……」

 

「ああ、三日月・オーガス……最近になってここに来た編入生だ」

 

それを聞いて興味が湧いたのか、梨紗は一瞬だけ目を光らせた。

 

「へぇ……それで、三日月くんは強かった?」

 

「…………」

 

光子は「言うまでもないだろう?」というような顔をしつつ、仕方ないと言うようにため息をついた。

 

「……確かに、三日月は強かった」

 

光子はつい3日前のダンスパーティーのことを回想した。あれから3日経つのにもかかわらず、光子にはそれが昨日のことのようにも思え、それと同時に得体の知れない寒気を覚えるのだった。

 

「でも、試合は引き分けだったんでしょ?」

 

「いや……あれは引き分けとは名ばかりのもの、ハッキリ言って、拙者の負けだ」

 

光子は俯きがちに目を伏せた。

青いボトルにかかる力が強くなる。

 

「あの戦いは……今まで剣道の中でしか機甲の戦いを知らなかった拙者にとって、新しいことの連続だった。三日月の動き方や立ち回りに関してもそうだが……あの戦いで、私は本当のイクサというものの一面を垣間見たような気がした」

 

しかし光子は……

「いや……」

と、何かを否定するような素振りを見せ

 

「正直に言おう。拙者は怖かったのだ」

 

正直に自分の気持ちを吐露した

 

「戦っている最中、拙者は何度も機甲越しにあの男の強烈な気配を感じた。そう……それは明確な殺意と言っても過言ではないほどの重圧で、試合が終わってからというもの、ふとした時にあの時のことを思い出し、恐怖で体がすくみかけるのだ」

 

「大丈夫なの……?」

トラウマを抱えかけた親友のことを案じ、心配そうな口調で梨紗が問いかける。

 

「いや、それに関しては問題ない。拙者はそれで気落ちするほどヤワではないからな……ただ……」

 

そこで少しだけ間を置いて、光子は続けた。

 

 

 

「我らと然程変わらない年齢であるにもかかわらず、あのような気配を放つことができたのは……それはおそらく、そうせざるを得ない状況に追い詰められてしまったからではないのかと思う。拙者たちがこの学園で呑気に勉学に励んでいる間、あの男は拙者には到底理解しようのない修羅場を潜り抜けてきたということは容易に想像がつく。そう考えると哀れなように思えるが、それと比べると、拙者が今の今まで経験してきた試合など、あの男に言わせれば所詮子どものお遊び程度に過ぎないのではないのかと思い知らされた」

 

 

 

三日月に対して思ったことを口にする光子

梨紗はその言葉をしっかりと聞き続けていた。

 

 

 

「井の中の蛙とはよく言ったものだ……この差は何なのだろうか? 拙者とあの男を隔てているものとは一体何なのだろうか? 経験? 実力? いや、それ以上の言葉で言い表すことのできない得体の知れない何かが、拙者と三日月の間にはあるのだろう」

 

 

 

「……それで?」

 

言葉を終えた光子に、梨紗は小さく尋ねた。

 

「え?」

 

しかし光子には梨紗がそれ以上、自分から何を聞き出そうとしているのかが分からなかった。

 

「それで、あなたはどう思ったの?」

 

梨紗がその言葉を口にすると、光子は少しだけ考えた後……

 

 

 

「……また、戦いたい」

 

 

 

決意を込めたような口調で、静かに力強くそう答えた。

 

「あの男は強い。そして、戦いに飢えていた……おそらく、A.C.E.学園の誰よりも。だがそれは自分もまた同じだ」

 

それは単なる見栄を張った言葉ではなく、剣道7段を持つ者としての、佐々木流当主としての矜持とプライドから来る言葉だった。

 

「今の拙者の実力では、三日月には到底敵わない。寧ろ戦うことは怖い。だが、それでもやはりあの男と戦いたいと思う。なぜなら……そこに強い人がいるからだ」

 

光子の瞳に強い光が灯った。

 

「奇妙なことに、あの男との戦いを経て拙者はそれに気づかされた。あの男の存在が、自分の中に眠る闘争心を呼び覚ましたのだ」

 

「じゃあ、負けると分かっていてもあなたは戦いを挑むのね?」

 

「だとしても、だ。最も……拙者はそう簡単に負けるつもりなどないが……」

 

光子の瞳に、試合に臨む時のような色が映った

それを確認し、梨紗は満足げに頷いた。

 

「ふふっ、やっといつものあなたに戻ったみたいね」

 

「お主……まさかそのために……」

 

「あら? 私はこう見えて計算が得意なのよ? 知らなかった?」

 

「ああ、そうだったな」

いたずらっぽい笑みを浮かべる梨紗に、光子は両手を上げて小さく笑った。

 

「ところで……実習はどうだった?」

 

「え?」

急に話が変わり、梨紗は疑問符を浮かべた。

 

 

 

ここで言う『実習』というのは、小林真希がOATHカンパニーへ行った時のようなインターンシップ(いわゆる職場体験)のことで、梨紗はA.C.E.学園で優秀な成績を収めたことを評価され、長期間の派遣が許可されていた。学園に戻ってきたのは三日月が来る少し前のことだった。

 

 

 

「楽しかったわよ? でも、急にどうしたの?」

 

「いや……高橋重工の重役を父親に持つお主が、どうして実習先に別の場所を選んだのかと前々から気になっていてな」

 

「ああ、それね」

 

光子の疑問に梨紗はウンウンと相槌を打った。

長期間のインターンシップなのだからこの場合、気心の知れた父親のいる職場(高橋重工)に行くのがセオリーなのだが、梨紗が選んだのは別の場所だった。

 

光子はそんな梨紗の真意が知りたかったのだ。

 

「別に、なんていうことはないのよ……実習先をお父さんが働いている場所にしなかったのは、中等部の時に職場体験で既に行っていたからなの。だから、折角だし今度は日ノ丸を離れて世界に出てみようと思ってね」

 

「……なるほど、拙者と違ってお主は立派だな」

 

「何言ってるのよ? あなただって剣の先生として頑張っているじゃないの」

 

 

 

「いや……私はただ佐々木家当主としての立場を利用されているに過ぎないのだ。くだらない私怨に付き合わされ、大義のない戦いを強いられる日々。本当の忠義を捧げる相手も見つからず、自分が何をしたいのかも分からず、ただ流され続けるだけ……」

 

 

 

光子は腰の刀に目を落とした。

 

 

 

「皆は拙者のことを先生と呼ぶが、拙者の剣は未熟……本来はそのような名前で呼ばれることなどあってはならないのだ。そもそも、私が剣の指導を行うようになったのは『少しだけ』という約束の下だったのだ……しかし……」

 

 

 

「でも、その場の空気に流されてつい引き受け続けて、引くに引けなくなった……とか?」

 

 

 

梨紗が言葉を引き継ぐと、光子は……

「……そんなところだ」

と、顔に苦笑いを浮かべて呟いた。

 

「ふふっ、あなたは昔から変わらないわね。押しに弱くて情に熱い、でも……それがあなたの良いところね」

 

それから梨紗は光子のことをしばらくジッと見つめた後、少しだけ考える素振りを見せた後……

 

「ねぇ……もしよければ実習先の人たちに、あなたのこと紹介してあげようか?」

 

「む?」

突然の提案に、光子は驚きを隠せなかった。

 

「あなたの実力ならみんな大歓迎すると思うわ、だから……」

 

梨紗のそんな言葉に光子は少しだけたじろいだ様子を見せるも、すぐさま調子を取り戻してため息をつき……

 

「そうか……むぅ……少し考えさせてくれ。それでお主の実習先は確か……なんとかカンパニー……だったか……」

 

「OATHカンパニーね。でも、あそこは実習先を紹介してくれただけで、本当に行ったのは別のところ……」

 

「そうか……それで、何という名の会社なのだ?」

 

「会社……会社ねぇ……」

 

すると梨紗は言葉に詰まったように苦笑いをしてみせた。

 

「どうした?」

 

「いや……ね。私の行ったところ、どちらかというと会社じゃなくて、ちょっとした組織みたいなもので……」

 

梨紗の言葉を聞いて、光子は眉をひそめた。

 

「お主……何かよからぬ事に関わっているんじゃ……」

 

 

 

「いやいや! そんなことはないのよ! まあ、確かに黒い部分もあるのだろうけど、基本的に良い人たちばっかりで、あの人も私にすっごく優しくしてくれたし……」

 

 

 

「あの人……?」

 

 

 

光子は訝しげに梨紗を見つめた。

 

「あはは……」

 

すると梨紗は小さく苦笑いをしてみせると……キョロキョロと周囲を見回し、誰か他に話を聞いている人がいないかどうかを確かめた。

 

「その……あなただから話すけど、この話はあんまり他言しないでね?」

 

「む……ああ、分かった」

 

そうして、梨紗と光子は互いに顔を近づけて耳打ちを始めた。

 

「その、聴いて驚かないで頂戴ね? 私が実習先で会ったのは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第17話:「強くなるために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は流れ……

学園の裏通りで騒動があった日の翌日

 

放課後

A.C.E.学園 風紀委員会

 

授業が終わり、帰宅しようとした三日月だったが、その途中で風紀委員と名乗る少女に捕まった。

 

風紀委員会へ同行することを促されたので、三日月は怪訝そうにそれを軽くあしらおうとしたのだが、少女に巧みに言いくるめられ、三日月は渋々といったように風紀委員会へ訪れていた。

 

「なぜ、ここまで連れてこられたのかは分かるかしら?」

 

豪華な椅子に腰掛け、黒髪の少女はその場に佇む三日月へと挑発的な視線を送った。

 

「っていうか……あんた誰?」

 

「ああ、名乗るのが遅れたわね」

 

黒髪の少女はわざとらしくポンと手を叩き、それから名乗り出した。

 

「私の名前は五十嵐命美。この学園の風紀委員をやっているわ」

 

「……三日月・オーガス。ねぇ、風紀委員って何?」

 

「えぇ? あなたそんなことも知らないの?いい、風紀委員っていうのは……」

 

 

 

命美はくどくどと風紀委員とは何なるかについて話し始めた。命美は熱心にその成り立ちから今に至るまでを語り始めたのだが、難しい単語と具体的過ぎる例を交えたそれは三日月には理解することができなかったようで……

 

 

 

「ごめん、まだよく分からないんだけど……」

 

頭をかいて謝る三日月に、命美は思わず脱力した。

 

「あぁ……要するに、学園の秩序と平和を守る集まりってことよ」

 

命美が要約したことにより

「ああ……」

合点がいったのか、三日月は小さく頷いた。

 

「じゃあ、あんた以外にも風紀委員の人がいるんだ」

 

「……それに関してはノーコメントよ」

 

キョロキョロと室内を見回す三日月に、命美は小さく咳をしてそう告げた。

 

「まあそれは置いといて……改めて聞くわ。なぜここに連れてこられたのか、あなたには分かるかしら?」

 

命美は試すような視線で三日月を見つめた。

 

「知らない」

しばらく考えてから三日月はハッキリとそう告げた。

 

「知らないってあなた……あのね、何かあるからこそ私はあなたを連れてきたのだけど……」

 

知らんぷりをするでもなく、何の疑念もないというように答えた三日月を見て、命美はため息をついた。

 

「じゃあこっちもハッキリ言わせてもらうわね。実は、あなたの存在が気にくわないっていう人たちがいるの」

 

「…………」

命美の言葉を聞いて、三日月は興味なさげに顔を逸らした。

 

「いえ、分かっているわ。あなたは悪くない、彼らから理不尽な理由で恨まれているだけに過ぎないってことは」

 

そう言って命美は机の引き出しから一枚の紙切れを取り出し、それに書かれている内容を読み上げた始めた。

 

 

 

「これは生徒たちから報告があった三日月くんへの罪状をまとめたものよ……その1、学園内の破壊活動。その2、不純異性交遊。その3、教師へのわいせつ行為。その4、学園内での暴力行為……など」

 

 

 

そこまで言って

「でも……」

と、命美はペンでメモに線を入れ始めた。

 

 

 

「このうち1番は正当防衛の結果だという報告あり、3番に関しては該当する教官への聞き込み調査により誤解だったことが判明、4番についても正当防衛が認められた……その他の供述に関しても告発者の一方的な主観によるものであり、正確さに欠けている……」

 

 

 

淡々とメモの文字に斜線を入れていき、そして2番を残して全ての文字が読めなくなった。

 

「で……2番の不純異性交遊が残るのだけど、これに関して言い訳はあるかしら?」

 

「……ねぇ、不純異性交遊って何?」

 

「……読んで字のごとくよ。それであなたの場合だけど、何でも女子寮で暮らしているんですって? 確か……小林さんって人と」

 

「そうだけど? それが何?」

 

三日月の淡々とした答えに、命美は頭を抱えた。

 

「あの噂は本当だったのね……んー……副会長から色々言われているけど、風紀委員として流石に見逃すことはできないわね」

 

命美は頰に手を当て何かブツブツと呟いた後…

 

「ねぇ、三日月くん。男子のあなたがなぜ女子寮で暮らしているのか理由を教えて貰えないかしら?」

 

三日月へと理由を尋ねたのだが…

 

「ごめん。あんまり人には言うなって言われているから、それは無理」

 

そんな三日月の言葉に命美はガクリと頭を落とすも、すぐさま気を取り直して三日月へと向き直った。

 

「あのね……三日月くん」

 

 

 

そして命美は再び説明を始めた。

難しい言葉が苦手な三日月に対し……男子と女子の住み分けの意味について、学生のルール、モラルとマナー、プライバシーなどを小学生にも分かるように優しく、具体的に説明した。

 

 

 

「……それで、一人でもルールを守らない生徒が出てきたら、その後どうなると思う?」

 

「ん……誰もルールを守らなくなるとか?」

 

説明の総仕上げに試しに問題を出してみると、三日月は及第点の答えを出したのを見て、命美は満足げな表情を浮かべた。

 

「そう……そして今、三日月くんはルールを守らない最初の一人になりかけているの。こう言うのもなんだけど、あなたの存在は学園の風紀を乱す元凶になる、だから私は風紀委員としてそれを取り締まる必要があるの……場合によっては教官に報告し、学園から排除することも考えられるわね」

 

やや厳しめな口調でそう告げる命美に、三日月は「それは困るな……」と頭をかいた。

 

「でも、理由も聞かずに学園から排除するのはこちらとしても避けたいところなの。それに、正当な理由があるのならしっかりと擁護してあげるわ。大丈夫、風紀委員として生徒のプライバシーはしっかりと守るわ!」

 

しかし、それでも理由を話そうとしない三日月に対し、命美はこんな言葉で決着をつけることにした。

 

「あまり人には言うなって言われているのよね? でもそれは『あまりするな』っていうことであって『絶対に』ということじゃない……つまり、言うべき時にはちゃんと言ってもいいってことじゃないの?」

 

やや言葉狩りにも似た揚げ足を取るような言い方だったが、三日月には効果的だったようで「あー」と、納得したように大きく頷いた。

 

「風紀委員の人、頭いいね」

 

「当たり前でしょ、何たって私はあの『神威』の生みの親、五十嵐博士の……って、何やってるのよ!」

 

「え? 何って、理由を話そうと思って……」

 

A.C.E.学園の制服を脱いだ三日月は、下に着ているボディスーツを脱いでその上半身を晒した。

 

 

 

「これ、見て」

 

 

 

説明をする前に見てもらおうと三日月は命美に背を向け、背中の阿頼耶識システムを示すのだが……

 

 

 

「み……見てって……見るわけないでしょ!」

 

 

 

勘違いした命美は顔を真っ赤にして両目を塞いだ。

 

 

 

「風紀委員の人?」

 

 

 

「こ……この私に裸を見せようとするなんてッ、とんだヘンタイね! 少しでも擁護しようと思った私が馬鹿だったわ、このケダモノ! 痴漢! 変質者!」

 

 

 

命美が三日月の背中を見たのは、それから2分後のことだった。

 

 

 

そして三日月は説明を始めた。

阿頼耶識システムを他人には見せられないこと、女生徒である小林真希が唯一の理解者であること、そして三日月の特異な体質を解析するために彼女には常時貼り付いて貰わなくてはならないことを……

 

 

 

「なるほどね……まさか、そんな理由だったなんて……」

 

命美は三日月の背中を近くでまじまじと見つめてそう呟いた。彼女もまた研究者の血を継いでいるのか、阿頼耶識システムを見つめるその瞳は爛々と輝いていた。

 

「これは確かに興味深いわね……って、風紀委員の私が熱中してどうするのよ……」

 

命美は心を落ち着けるようにため息ついた。

 

「分かったわ。この件については風紀委員が全面的にバックアップすることを約束するわ! だからあなたは安心して勉学に励んで頂戴」

 

「ありがとう、風紀委員の人。あのさ、このことはあんまり……」

 

「ええ! 他の人にはナイショにするわ! ん……でも、それじゃ他の人たちは納得しないでしょうから、何かカバーストーリーが必要ね……」

 

少しだけ考えた後、命美は名案を思いついたようにハッとなり、それからニヤリとしてみせた。

 

「三日月くん、あなた……小林さんの従兄弟になりなさい」

 

「は?」

 

「それで、小林さんは闇の組織から命を狙われていて、あなたはそれを護衛するために仕方なく女子寮に住んでいる……これならみんな納得してくれるはずよ!」

 

一人楽しそうにはしゃぐ命美

三日月は「まあいいか」と小さくため息をついた。

 

「それじゃあ、もう俺は行くから」

 

学生服を着て、三日月が風紀委員会から出ようと背を向けた時……

 

「待って、まだ話は終わっていないわ」

 

命美に制止され「まだ何かあるのか」と三日月が怪訝そうな顔で振り返ると、命美は先ほどとは少し違った、風紀委員としてではなく、研究者が放つような薄笑いを浮かべていた。

 

「あなたに……お願いがあるの」

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

A.C.E.学園 地下

第7研究室

 

五十嵐命美に連れられ、三日月はA.C.E.学園の地下へ初めて降りることになった。

 

まさか学園の下にこれほどの施設が広がっているとは思いもしなかったのか、圧巻の光景を眺め、三日月は感嘆の声を上げた。

 

「この前のダンスパーティでの戦い、見させて貰ったわ。あの佐々木先生と引き分けるなんて……あなた、とっても強いみたいね」

 

そう言いつつ、命美は研究室へと三日月を招き入れた。

 

「それで、俺は何をすればいいの?」

 

沢山のモニターと端末で埋め尽くされた部屋を一望し、三日月はそう尋ねた。

 

「ふっふーん、あなたには高橋重工の開発した新型兵装のテスト要員になってもらいたいの」

 

「なにそれ……?」

 

疑問符を浮かべる三日月に答えるかのように、命美は何やら端末を操作すると、壁一面のモニターにある映像が映し出された。

 

モニターの中には高橋重工の開発した新型BMのプロモーション映像が映し出されていた。白い装甲に赤い線が入ったBMの背中から、ミサイルにも似た鋭利な何かが射出される。

 

射出された大小合わせて合計5基のそれは空中を縦横無尽に飛び回り、予め設定された標的機に先端を向け、ビームを放った。

 

一瞬のうちに蜂の巣になる標的機

標的機が爆発する頃には、それはBMの背中へと自動的に帰還した。

 

「この白いBMが私のパパが開発した傑作機『神威』」

 

命美は画面のBMを指差してそう告げ、それから指をスライドさせ、神威のバックパックに搭載されたミサイルのような何かを指差し……

 

「で、こっちが新型ドローン砲……アマテラス光輪システム。長いからみんな『光輪』って呼んでるわ」

 

「ふーん、それで?」

 

 

 

「あなたの機体にこの『光輪』を搭載するわ」

 

 

 

命美は高らかにそう告げた。

 

「なんで?」

 

「決まってるじゃない! 私はあなたに協力する。だからあなたも私のために力を貸す……ねぇ、これって対等な取引だと思わない?」

 

「ふーん、そう?」

その内、口に寂しさを感じた三日月は怒られるかなと思いつつ、そっと懐からナツメヤシの実を取り出した。

 

「本当は脳波コントロールで動かす予定だったんだけど、今回は特別に専用のAIを搭載してあるから勉強のできない人は勿論、BMを操縦することができない人ですら撃墜王になることだって……」

 

しかし、活き活きと神威を語る命美の視界にナツメヤシの実は入っていなかった。三日月はそれを確認し、ゆっくりとナツメヤシを口にした。

 

「あのさ」

ナツメヤシを食べながら、命美の説明を聞き流しつつ、画面の中で動き回る光輪を眺め、ふと三日月は声を上げた。

 

「神威は武士シリーズをベースにして改造を加えられた高性能機で、その開発コンセプトは……あら、質問かしら?」

 

「これがあれば……俺は強くなれるの?」

 

「それはいい質問ね……勿論よ! なんてったって、私のパパが開発したものなんだから、これを装備すればあなたはもっともっと強くなれるわ!」

 

真剣そうに画面を見つめる三日月に対し、命美の口調は押し売りが得意なセールスマンのそれだった。

 

「……分かった。じゃあ、やるよ」

 

「本当に? 嬉しいわ!」

 

命美はとびっきりの笑顔で三日月の両手を握った。

 

「で、俺はこれでどうすればいいの?」

 

「とりあえず、最初はドローン砲の稼働データを取りたいからただ装備して貰うだけでいいの。その後のことは追って指示するわ!」

 

そう言ってぶんぶんと両手を振った。

 

 

 

(……な〜んてネ)

 

 

 

そうして、命美は心の中で密かにほくそ笑んだ。

 

 

 

(ドローン砲のデータを取りたいって言うのは嘘〜実はもう既にウチのテストパイロットによって十分に取られてるんだけどね〜)

 

 

 

では、なぜ命美は三日月へ依頼したのか?

 

 

 

(私が本当に取りたいデータは……三日月くんの機体の戦闘データなのよね〜)

 

 

 

事前に三日月の戦闘をチェックしていた命美は、バルバトスの持つ驚異的な戦闘力に注目していた。そしていつしか命美は、既存のBMのそれを遥かに超えるスペックを持つバルバトスをどうにかして解析したいと思うようになっていた。

 

そこで命美が思いついたのは、三日月にドローン砲のテストパイロットになってもらうという方法だった。父親の権力を利用してドローン砲を取り寄せ、その中に情報収集用の観測装置を埋め込み、バルバトスの解析を行いつつ戦闘データを収集する。

 

 

 

(そして得られたデータを神威の後継機に活かす……。ふふっ、上手くいけばインフィニティとかいう二番煎じを追い出すことができるかもしれないわね! そしてパパを田舎者と揶揄する人たちはいなくなる……完璧だわ!)

 

 

 

風紀委員としての活動はそのための布石でもあった。というよりも、三日月にドローン砲を使わせるために選ばれた手段の一つに過ぎなかった。

 

 

 

(それに、ドローン砲にはパパの所属している開発部のシンボルマークが入れてあるから、良い宣伝にもなるしね〜)

 

 

 

命美は自らの思惑を顔に出すことなく、三日月を見つめた。

 

(三日月くん、ゴメンね? ……悪いけどあなたの力、利用させてもらうわ)

 

「…………」

 

しかし、命美のそんな思惑など知る由もない三日月は、真剣な眼差しのまま画面上で忙しなく動き回る光輪の動きを見つめていた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

それから数時間後……

 

A.C.E.学園 武道場(剣道部)

 

剣道部用の袴に身を包んだその少女……佐々木光子は一人、黙々と鍛錬に励んでいた。

 

夕日は沈み、剣道部の練習はとうの昔に終わり、剣道部の生徒全員が帰路につき、夜が更けても尚、光子は竹刀を振り続けていた。

 

光子が行なっていたのは、剣道において最も基本であり重要とされる素振りだった。素振りは初心者から一流選手まで欠かさず行う鍛錬であり、基本でありながらある意味で一番難易度の高い鍛錬とされている。

 

照明の少ない武道場は薄暗く、聞こえてくるのは竹刀を振ることによって生じる空気を切り裂く音と、光子の僅かな息遣いだけだった。

 

「…………」

 

その時、何を思ったのか光子の動きがピタリと止まった。

 

竹刀を下ろし、小さく息をついて……

それから光子は、観客席のある一点を見上げた。

 

「何をしている」

 

そして、いつのまにか武道場に忍び込んでいたその人物に向けて声をかけた。部外者であるにもかかわらずそれは堂々と客席に座り、先ほどから光子の練習を見つめていた。

 

「別に、見てただけ」

 

ナツメヤシの実を口にしながら、その人物……三日月は声を発した。

 

ドローン砲のテストパイロット(建前)の件で長い手続きを済ませて命美と別れた後、三日月はゆっくりと帰路についたのだが、偶然通りかかった武道場に人の気配を感じてふらりと立ち寄っていた。

 

そこで光子が素振りをしているのを目撃し、自分の荒々しい太刀筋とは違う、綺麗に整ったそれに見惚れ、三日月は先ほどから光子の動きを見つめていた。

 

「……そうか」

 

光子はそれだけ聞くと、三日月のことを咎めるでもなく、鍛錬を再開する。

 

「ねえ、さっきからそればっかりだけど、他のことはやらないの?」

 

いつもの調子で放たれた三日月の言葉はほぼ無音の武道場に響き渡ると、遠く離れた光子の耳まで届いた。

 

「…………」

 

しかし、光子は何も答えることなく竹刀を振り続ける。

 

「ねえ、それをやったら俺も強くなるかな」

 

「…………」

 

その言葉に、光子は再び手を止めた。

客席の中に佇む三日月へと振り返る。

 

「剣道を習いたいと言いたいのですか」

 

「うん。強くなれるんだったら、何だってやりたい」

 

淡々と告げる三日月を見て、光子はイライラとするものを感じていた。三日月の口調からは、まるで「剣道など簡単なものだ」というような気軽さが伺えたからだった。

 

幼き頃から努力を積み重ねてきた光子は、剣道というものが一筋縄ではいかないということを身に染みて理解していた。

だからこそ自分の剣は未熟だという現実を受け入れ、更なる高みを目指すために剣道7段となった今でも、時間を惜しむことなく努力を続けてきた。

 

「では聞くが……お前はなぜ強くなりたいのだ?」

 

込み上げてくる怒りを抑え、光子は静かに尋ねた。

 

 

 

「俺は……」

 

 

 

その瞬間、三日月の脳裏にオルガ・イツカとテッサの姿が浮かんだ。

 

この世界に来る前……志半ばで壮絶な最期を遂げたオルガ、そして鉄華団の家族たち。三日月には「自分がもっと強ければ、家族を守る力があれば、誰も失うことはなかったのではないか?」という後悔があった。

 

そしてこの世界に来て、黒いバルバトスとの戦闘では危うくテッサを失いかけた。

もう大切な人が自分の前からいなくなるとは思っていなかった。だが、失いかけて三日月は初めて気づいた。テッサもまた、自分にとって大切な人なのだということを……

 

そして三日月は思い知るのだった。

 

 

 

これでは、あの時と同じであると

 

 

 

もう失いたくない。

 

もう誰も傷つけさせない。

 

だからこそ、三日月はここに来た

 

 

 

「俺には、守りたい人がいるから」

 

 

 

「!」

三日月の言葉に、光子はハッとなった。

 

 

 

光子はダンスパーティーでの戦い以降、ずっと自分と三日月の間にある差について考え続けてきた。経験や実力とは違った別の何か、三日月にあって自分に足りない何かについてを……

 

 

 

「大切な人がいるからこそ頑張れる、守りたい人がいるからこそ自分よりも強い敵と戦える、剣の人だってそう思わない?」

 

 

 

「…………」

 

それは光子が求めていた答えのうちの一つだった。

 

「剣の人……?」

 

押し黙ってしまった光子

三日月は不思議そうに見つめた。

 

「……いいでしょう」

 

光子は静かに続けた。

 

「もう一度問います。三日月・オーガス、あなたは強くなるために剣道部への入部を希望しますか?」

 

鋭い視線と共にそう問いかける

 

「ああ、俺は今より強くなれるんだったら何だってやるよ」

 

三日月は強い視線と共にそう返した。

 

「よろしい、剣道部への入部を許可します。ですが、剣道がただ刀を振って済むようなものだとは思わないでください」

 

光子は三日月へ剣道の認識の甘さを指摘した。

 

「そっか……ごめん」

 

それを聞いて素直に謝る三日月

 

「では……また明日、この場所で会おう」

 

そうして、光子は帰路につく三日月のことを見送った。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

それからしばらく素振りを続けていた光子だったが、やがて鍛錬を打ち切ると、何を思ったのか竹刀を手にしたまま武道場の管理室へと向かった。

 

薄暗い管理室の中に入り、窓口に置かれた固定電話を拝借する。光子は自分の携帯電話を持っていなかった。

 

固定電話から漏れる青い光を顔に受けながら、受話器を耳に当てた光子はノロノロとした動きでボタンを押し、ある人物へと電話をかけた。

 

『はい……水原です』

 

そして、電話越しに親友の声を聞いた。

 

「夜分遅くにすまない」

 

そう告げると、相手は驚いたような気配をみせた。

 

『もしかして光子? あなたがこんな時間に電話をかけてくるなんて珍しいわね……それで、どうしたの?』

 

水原梨紗の問いかけに、光子は小さく息をつき……

 

「……前に言っていた件を、お願いしたいのだが」

 

ゆっくりと、そう告げた。

 

 

 

だが……これを機に、佐々木光子の運命は大きく変わることになるのだが、それはまた別の機会に語られることになるだろう……

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

次の日から三日月は剣道部の活動に参加した。

 

佐々木光子による指導の下、他の部員たちに混じって三日月はひたすら剣道の基本を練習した。

それは部員たちが模擬戦へと移行しても続いた。周りから見下されるような視線を受けながらも、剣道の基本を習得していない三日月は武道場の片隅で一人、基本動作の練習を繰り返した。

分からないところは積極的に光子へと聞きに行き、光子が他の部員への指導で忙しい時は自主的に指導書を読み漁り、練習に励んだ。

 

朝早くから練習を始め

 

昼間はしっかりと勉学に励み

 

部活が終わってからも、深夜になるまで練習を続けた。

 

疲労で動けなくなったら教本を読み

 

それすらもできなくなったら、今度は剣道の試合が記録された映像をベッドの上で横になりながら意識を失うまでひたすら見続けた。

 

同室の小林真希はそんな三日月の様子を深く心配するのだが「強くなりたい」という三日月の想いを汲み取って、影ながらそれを見守った。

 

三日月の努力は、学園と部活が休みの日も続いた。

 

ベカスが夏美の好感度を上げようと毎日のようにデートしている間、三日月は数え切れないほどの素振りをし、

 

ベカスが密かに高橋龍馬へセクハ……着せ替えを楽しんでいる間、模擬戦への参加が許可された三日月は何十という試合を経験し、

 

時には、佐々木光子を相手に試合を行なった。

 

当然のことながら、剣道初心者の三日月が上級者である光子に勝てるはずもなく、試合のたびに三日月はこっ酷く敗北した。だが、すぐさま立ち上がって試合を振り返り、自分に何が足りなかったのかを考え、次の試合に活かすべく再び練習に明け暮れた。

 

必死に努力を続ける三日月

そんな様子に、最初は三日月のことを見下していた他の部員たちの目つきが少しずつ変わっていった。

 

三日月の努力が多くの部員から認められるようになり、練習に励むその周りにはいつしか対抗心を燃やした沢山の部員たちが集まるようになった。時に、部員たちは三日月のためにアドバイスをしてあげたり、飲み物を奢ってあげたりと奇妙な友好関係が築かれていった。

 

これを機に、A.C.E.学園剣道部の練度は大きく向上し、後に名実ともに日ノ丸一の剣道部となっていくのだが、それはまた別の話……

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

また、それと並行してバルバトスへドローン砲を搭載するという五十嵐命美の計画も着々と進んでいた。

 

しかし、ここで思いもよらぬ事態が発生した。

バルバトスがドローン砲を受け付けなかったのだ

 

それは人間でいう拒否反応にも似ていた。

当初はバルバトスの装甲を加工してドローン砲を搭載するためのジョイントを取り付けようとしていたのだが、バルバトスはそれを異物とみなしたのか、装着と同時にジョイントは光へと還元され、あっという間に跡形もなく消え失せてしまった。

 

これを受け、流石の命美も驚きを隠すことができなかった。

 

とはいえ、やると言ったからには何とかして取り付けたい……バルバトスへの執念から、命美はドローン砲を搭載するためにありとあらゆる方法を試した。

 

その結果、まずバルバトスの胸部を覆う増加装甲を製作し、その上にドローン砲を搭載すれば良いのではないかという結論に至った。

 

バルバトスの拒否反応は機体とドローン砲を直接繋げようとすることをトリガーとして発生するのだが、増加装甲ならば機体の上から重ねているだけなので反応が起きることはなかった。

 

しかし、装甲を装着することによってバルバトスの背中に搭載された武器携行用サブアームを展開することができなくなるというデメリットが発生するのだが、そもそもこの世界に来てからバルバトスは亜空間より武器を出し入れすることが可能になっており、あまり必要としていなかったので大したデメリットにはならなかった。

 

これを受け、三日月の許可を得た命美はすぐさまバルバトスに装着する増加装甲の製作に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

ダンスパーティーから何週間か経った頃……

そして、ついにその日が訪れた。

 

 

 

夕方

A.C.E.学園 旧院

ひと気の少ない裏通り

 

「ふぅ……」

 

一仕事を終え、三日月はモップを片手に小さく息をついた。その傍らには、殴られて気を失った二人の生徒が転がっている。

 

モップを手放し、二人の体をロッカーの中に隠し終えたところで、何やら外から大きな物音が響き渡った。

 

物陰に身を隠しつつ外の様子を伺うと、地面を割って地上へと迫り出したカタパルトから一台の戦車が姿を現した。

それは高橋重工製の『黒羽・烈火』で、機体に炎のエンブレムが入ったそれは、高橋家の令嬢である高橋夏美の専用機だった。

 

戦車が学園の外に向けて走り出したのを見て、三日月はポケットから通信機を取り出した。

 

「銀の人、聞いてる?」

 

『ああ、聞いてる』

 

通信機に声を吹き込むと、すぐに返事があった。

 

「高橋夏美はそっちに行ったから」

 

『護衛は?』

 

「もう倒した」

 

『流石だな』

 

三日月は通信機越しにベカスが小さく笑う気配を感じた。

 

「ん、じゃあ……後から俺もそっちに向かうから」

 

そう言って三日月が通信を終えようとした時、

『待て!』

通信機からベカスの制止を求める声が響いた。

 

『お前は来なくていい』

 

ベカスの言葉に、三日月は小さく驚いた。

 

『あとはオレたちだけで十分だ。お前はA.C.E.学園に残れ』

 

「え……でも……」

 

『三日月……学園での生活はどうだ?』

 

「……普通に、楽しいけど」

 

『なら尚更だな。今は学園生活を楽しめ、そして学生の間にしかできない貴重な経験を通して多くのことを学べ……それは将来、必ずお前の役に立つだろう』

 

「……銀の人?」

 

『お前はオレのようになるな。この場所で生き方を変えろ!』

 

「……え? ……あ……」

 

ベカスの言葉の意味が分からず、その意味を考えている間に通信は切れてしまった。仕方なく、三日月は通信機を叩き壊して残骸をゴミ箱に捨てた。

 

「生き方を……変える……?」

 

三日月は歩きながらその言葉の意味を考え続けた。

 

そして、三日月が旧院を抜け出した時だった……

 

「……?」

その瞬間、三日月は体の奥に得体の知れないざわめきを感じた。なんの前触れもなく心臓が高鳴り、血液が逆流するような感覚。

 

 

 

「あれ? ……なんだろ、この感じ……」

 

 

 

しかし、周りを見回してみても特に異常はなかった。心地よい風が吹きつけ、辺りは静かだった……そう、奇妙なほどに

 

 

 

「……!」

 

 

 

その時、どこからともなく強烈なプレッシャーが激流の如く押し寄せ、その流れは三日月の体を切り裂くようにして虚空へと消えた。

 

 

 

次の瞬間には、全身の細胞が三日月に向けて危険を知らせていた。溢れ出る冷や汗、震える右腕、体の奥底から込み上げてくる脱力感。

 

 

 

「……ちっ……アイツか」

 

 

 

込み上げてくる恐怖を振り払い、その場で小さく舌打ちをして、三日月はある一点へと視線を向けた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

その先に、それはいた。

 

A.C.E.学園から遠く離れた日ノ丸の市街地。

暗闇に包まれたビル群に紛れ、その黒い機体は高層ビルの天辺からA.C.E.学園を見下ろしていた。

 

 

 

『…………』

 

 

 

奇妙なほどに肥大化した右腕

 

巨大なバスターソードをまるで片手剣でも扱うかのごとく、肥大化した右腕で保持し

 

鋭く尖った爪を持つ左腕

 

刺々しい見た目の装甲

 

バルバトスよりも角度の狭いV字アンテナ

 

一切の無駄がない、その立ち振る舞い

 

そして、赤い色をしたツインアイ

 

 

 

その機体、アンノウンエネミー:ファントムこと

『黒いバルバトス』は……

 

 

 

『…………』

その口にあたる部分をぱっくりと開け……ニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued...




ユメノシオリ……じゃない、『夢の終わり』までもう少し





次回予告です

エル「宿命の対決再び!」
フル「果たして戦いの行方はいかに……?」

エル&フル「「次回『進化するバルバトス』」」

フル「最終回まで残り2話!」
エル「なるほどね!これが『ラストバトル』なのね!」


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第18話:進化するバルバトス

あらすじ

3バカによる高橋夏美拉致作戦が決行される中、
三日月はベカスの言葉に迷いを感じていた。

そんな中、A.C.E.学園に宿敵『黒いバルバトス』の影が迫る。



それでは、続きをどうぞ……








高橋夏美がA.C.E.学園を出たという報告があってから数十分後

 

樹海、長年放置された薄暗い別荘……

 

ニックは2階の窓にもたれ、目の前に広がる静寂と深淵に包まれた森を眺めていた。正確には、うっそうと生い茂る木々の隙間から見える、別荘へと続く道を……

 

その時、ニックの瞳が暗い夜道を照らす一筋の光を捉えた。

 

「ん……」

 

それは戦車のヘッドライトの光だった。

やがてそれは徐々に別荘へと迫り、一台の戦車が別荘の手前に姿をみせた。それは高橋重工製の『黒羽・烈火』で、機体に炎のエンブレムが入ったそれは、高橋家の令嬢である高橋夏美の専用機だった。

 

「来た!」

 

それを確認し、ニックは素早く一階へと移動した。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

ダンスパーティー以降、すっかり意気投合したベカスと夏美は毎日のようにデートをした。

 

ベカスは家柄も良くない上に裕福というわけでもなかったが、夏美は絵に描いたような王子様役を演じる彼にどっぷりと惹かれていた。

 

 

 

そして1日前……

 

 

 

「夏美、明日舞踏会に招待されているんだ」

 

デートも終盤に差し掛かった頃、唐突にベカスはそう切り出した。

 

「君さえよければ、パートナーになってくれないか?」

 

「もちろん、喜んで〜」

 

夏美はベカスの申し入れを快く引き受け、嬉しそうに笑った。

 

「このことは二人だけのヒミツにしよう。君がパートナーだってことは内緒にして、後であっと驚かせてやりたいんだ」

 

そう言ってベカスは住所を書いたメモを夏美へと手渡した。

 

「うん! 誰にも言わない二人だけのヒミツね!」

 

夏美はメモをしまい、ベカスへと微笑みかけた。

明日を楽しみにしているという気持ちがその表情から伺えた。

 

 

 

そう、この時までは……

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

そして今……

戦車から降りた夏美は、目の前にそびえ立つ惨めな建物を見て怪訝そうな表情を浮かべた。

 

……場所を間違えたのか?

夏美は疑問を抱いたまま、古びた別荘に入り辺りを見回した。

 

どこもぼろぼろで、人の気配はなかった。

 

場所を間違えたのだと結論付け、立ち去ろうとした時、不意に部屋の陰から物音がした。

 

「誰かいるの?」

 

勇敢な夏美はすぐに逃げ出すようなことはせず、物音がした場所へと視線を向けて身構えた。

 

「久しぶりだな、夏美お嬢さん」

 

大きな影が、薄闇からにゅっと現れた。

 

「あなたは……この間の誘拐犯!」

 

ニックの姿を見た夏美は、本能的に危険を感じ、後ずさりする。

 

「え……」

 

その途中、夏美は背中に壁のような何かを感じてサッと振り返った。

 

「……ベカス先生?!」

 

「…………」

 

そこには淡々とした表情で夏美のことを見下ろすベカスの姿があった。

 

「ベカス先生……あなた、まさか……」

 

「…………」

 

戸惑いを隠せない夏美に、ベカスは何も答えなかった。

ベカス自身、罪悪感を押し殺すので精一杯だった

 

「い……いや! ねぇ……ウソよね? ウソだって言ってよ!」

 

夏美の瞳には涙が浮かんでいた。

 

「…………」

 

「そ……そんな」

 

長い沈黙が答えだった。

夏美は力が抜けたように床にへたり込んだ。

 

……と、突然

夏美は密かに忍ばせていたライターの音を響かせた。

 

「能力を使うつもりだ!」

 

ニックが叫ぶ

灼熱の炎が夏美の周囲に現れた。

 

 

 

「1.56秒遅い」

 

 

 

「……ッ」

 

しかし、いつのまにか背後へと忍び寄っていたドールに銃を突きつけられては仕方なく、夏美は能力を止めざるを得なかった。

 

「クリア」

夏美の手からライターを取り上げ、ドールは静かに呟く

 

「おいおい、そう怒らんでくれお嬢さん。俺たちは別にあんたのカラダが目当てってわけでも、身代金が目的ってわけでもねぇんだ」

 

ニックはそう言ってベカスのことをニヤリと見やり……

 

「あ〜、でもそこにいる男はカラダ目当てかもしれんがな?」

 

「……!」

 

ニックの言葉に、夏美は恐怖をたたえた視線をベカスへと向けた。彼女にとっては、今もこの男が襲いかかってくるとしか思えなかった。

 

「ニック……」

 

「ハッ、冗談だって」

 

ため息混じりにベカスが呟くと、ニックはその場の緊張をほぐすかのように肩をすくめてそう言った。

 

「そうそう、あんたのことを四六時中ずっと見守っていた護衛たちは来ねぇぜ? 今頃は学園に忍び込んだ……三日月ってやつが……」

 

「ニック!」

 

ベカスは強い口調でニックの言葉を止めた。

三日月の名前が出たことで夏美はハッとするも、やがて全てを察したのか、この場にいる全員から顔を背けた。

 

「……まあ、俺たちがここまでしてあんたをおびき寄せたのは、あんたに会いたいって人に頼まれたからだ」

 

「……あたしに会いたい人……誰?」

 

「あんたの実の両親さ」

 

「あたしの……実の両親?」

 

ニックの言葉に、夏美は思わず顔を上げた。

 

「そうだ。詳しいことは会ってから聞くんだな、俺たちが請け負ったのは、あんたらを引き合わせるところまでだからよ」

 

「……それだけ?」

 

「当然! 俺がそんな悪い奴に見えるか?」

 

ニックは口元を歪めて微笑んだ。

 

「安心しろ、君には指一本手出ししない」

 

ベカスはドールに銃を下げるよう指示を送り、わざと夏美から視線を逸らした。

 

「了解(ポジティブ)」

対象が脅威でなくなったと判断したのか、ドールは銃をしまい、それからライターを夏美へと返却した。

 

「最初から……そのつもりであたしに近づいたの?」

 

ライターを受け取りつつ、夏美は悲しい目でベカスを見つめた。

 

「……白馬の王子様なんて、おとぎ話の中だけだ」

 

「…………そう」

 

ベカスの言葉に、夏美は涙を堪えるかのように顔に手をやった。

 

「落ち込んでいるとこで悪いが、ちょいとばかしこれを見てくれないか?」

 

ニックはそう言ってポケットから一枚の写真を取り出した。それは以前、ベカスにも見せた写真だった。

 

「こいつらが俺たちの依頼人だ。見覚えは?」

 

「いえ……ないわ」

 

「あんたの実の両親だ。赤ん坊の頃は一緒に暮らしていたそうだが、本当に覚えていないのか?」

 

「いいえ、全く」

 

その言葉に、三人は同じ思いを抱いた。

……何かがおかしい

長年の傭兵としての直感がそう告げていた。

 

「……なぁベカス、何かおかしくねぇか?」

 

「ああ、どうやら三日月の言ってたことは本当の……」

 

ニックの言葉に、ベカスが頷きかけた時……

 

 

 

……パッ

 

 

 

ちょうどその時、別荘の外から強烈な光が差し込んだ。

 

「…………依頼人のお出ましか」

 

ベカスが視線を別荘の外に向けた時だった。

 

 

 

ドトドドドッ!!!

 

 

 

次の瞬間、強烈な銃弾の嵐に晒され、別荘は瞬く間に蜂の巣と化した。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

別荘の外には、数機のBMが立っていた。

 

それは日ノ丸の時代劇に登場する忍者を思わせるように細く洗練されたシルエットで、その黒い装甲は深淵に包まれた森の風景に溶け込むための装束にも似ていた。

 

黒いBMたちはそれぞれ刀やカマ、双剣を所持しており、さらに両肩には牽制用の機関銃が搭載されていた。

 

その内の一機が、つい先ほど蜂の巣にした別荘へと向かい、瓦礫の山を調べ始めた。

 

生命の痕跡など何一つない、静まり返った空間。

 

「…………?」

 

瓦礫を調べていた黒い機体のパイロットは、その中から自分を捉える視線を感じた。

 

「…………あっ!」

 

やがてパイロットはその正体にハッと気づいた。

それがBMのメインカメラだったことに気づいた時にはもう遅く……

 

次の瞬間、瓦礫の山から青い機体が飛び出したかと思うと、黒い機体が反応するよりも早く、巨大なショットガンをその操縦席へ突きつけた。

 

「おい! お前らは一体何者だ?」

 

ニックは自分の無線を無理やり相手の回線に割り込ませて怒鳴りつけた。

 

「…………」

 

しかし、相手は何も答えることなく両肩の機関銃をニックへと向けた。

 

「ふざけんなッッッ!」

 

ニックはショットガンを発砲。

至近距離で放たれた散弾がコックピット手前て炸裂し、パイロットの体をズタズタに引き裂きながら貫徹。背中から鮮血混じりの鋼鉄を吹き出しながら、黒い機体は爆発四散した。

 

「てめぇら、俺たちを怒らせたらタダじゃおかねぇぞ!」

 

爆炎に包まれながら、ニックは機体のスピーカーから憤怒の叫びを放った。その言葉に反応するかのように、ベカスの乗るウァサゴとドールの乗る青い機体も瓦礫の中から姿を現した。

 

「…………」

 

しかし、黒い機体たちはその姿に萎縮する様子を見せることなく、機関銃による鎮圧射撃を行おうとして……

 

「0.63秒遅い」

 

「ファイア!」

 

ドールの狙撃、続いてベガスの一斉射撃によって機体を貫かれ、黒い機体たちは次々と爆発四散した。

 

「…………」

 

しかし、撃墜された機体の間を埋めるかのように、森の奥からさらに数機、黒い機体が三人の前へと姿を現わす。

 

「ハッ、いいぜ!」

 

ニックは不敵に笑い……それから両腕のショットガンを勢いよく振り上げ

 

「いくらでもかかってこいよ!クソ野郎ども!」

 

黒い機体の群れの中へ連射した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第18話:「進化するバルバトス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

A.C.E.学園 ゲートA(正面ゲート)

 

 

 

今まさに、A.C.E.学園の入口は地獄絵図と化していた。

 

至る所から火の手が上がり、地獄の炎を思わせるそれはつい先ほどまで深い闇に包まれていた夜空を赤く照らしていた。

 

地面には最早原型を留めていない程に大破したBMの骸。数十機分の亡骸は、絨毯のように地面に敷き詰められていた。

 

その中心には、黒い巨人の姿

 

『…………』

 

黒い巨人は何も言葉を発することなく、振り上げた巨大なバスターソードからパッと手を離した。

 

ぐしゃり……

それだけで、黒い巨人の足元で必死にもがいていた警備部隊のBMは、簡単に押し潰されてしまった。

 

突如としてA.C.E.学園へと襲来したその機体……コードネーム『ファントム』こと『黒いバルバトス』は、あっという間にA.C.E.学園の警備にあたっていた特殊部隊のBM隊を撃滅してみせ、さらに騒ぎを聞きつけ駆けつけた警察機関のBM隊すら一蹴し、業火に機体を焼かれるのも御構いなしというように佇んでいた。

 

A.C.E.学園を守るはずの警備部隊と警察は文字通り全滅した。

最早、A.C.E.学園を守る者はいない

 

しかし、そんな中でもたった一機……

唯一、生き残っている警備部隊の機体があった。

 

 

 

黒いバルバトスと対峙するその水色の機体の名は

『軍曹』

高橋重工製の量産型BMだった。

 

 

 

しかし、その機体もまた黒いバルバトスの攻撃を受け満身創痍に陥っていた。四肢の欠損こそないものの所々傷だらけの状態で、メインウェポンである二丁の機関銃の内一丁は消失、肩部のミサイルランチャーも弾切れを起こしていた。

 

「……おい」

 

軍曹のパイロットは機体のスピーカーを介して黒いバルバトスへと呼びかけた。

 

「お前の相手は俺だろ?」

 

しかし、その声は警備部隊の隊員にしては若干の幼さが含まれていた。

 

『…………』

 

その声に反応するかのように、黒いバルバトスは視線を軍曹へと向けた。

 

「なら……俺をやれよ」

 

軍曹のコックピットで、そのパイロット……三日月は込み上げてくる感情を抑えながらそう言い放った。

 

黒いバルバトスの接近を事前に探知していた三日月は、警備部隊が出動をかける前に地下格納庫から機体と武装を拝借し、黒いバルバトスを迎え撃つべくA.C.E.学園の入口へと展開していた。

 

それから数分の間、警備部隊に混じって激闘を繰り広げたものの、初めて使う量産型BMでは黒いバルバトスには全く歯が立たず、気づいた時には一人になっていた。

 

『…………』

黒いバルバトスはそこでようやく三日月の存在に気づいたのか、口元をぐにゃりと歪めた。

 

「何がそんなに面白いの」

 

『…………』

 

しかし、黒いバルバトスは三日月の問いかけに答えることなく……

 

「ッ!」

 

バスターソードを引き上げ、そのまま一直線に三日月の元へと襲来。

 

三日月は手にした機関銃で黒いバルバトスを迎撃するも、威力の低い量産型の火器では黒いバルバトスに傷一つつかない。

 

あっという間に三日月の眼前へと迫り、黒いバルバトスはバスターソードを振り上げた。

 

「……チィ」

 

三日月は間一髪のところで振り下ろされた斬撃を回避するも、完璧には避けることが出来ず、機関銃が真っ二つに切断されてしまった。

 

「ぐぁ……」

 

さらに、振り下ろされた衝撃によって発生した風圧により、軍曹は一時的に制御不能に陥ってしまう。

 

それを見た黒いバルバトスは、わざわざ三日月が軍曹を立て直すのを見計らってから機体の腹部に蹴りを入れた。

 

三日月は咄嗟に鉄くず同然の機関銃を捨て、刀を引き抜いて防御しようとするも、しかし黒いバルバトスの圧倒的なパワーに押されてしまい、大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「…………遊んでる?」

 

本来であればいつやられてもおかしくないといった状況にもかかわらず、未だ生きていることを不思議に思い、三日月はそう呟いた。

 

圧倒的な戦闘力の差を感じながらも、しかし三日月は諦めようとはしなかった。

傷だらけの軍曹に刀を構えさせ、その切っ先を黒いバルバトスへと向ける。

 

「馬鹿にしないで」

 

そう言って脚部のローラーとブースターを用いて軍曹をダッシュさせる。

シンプルな機構を持つ量産型の軍曹では、バルバトスや光子の月影がやっていたような精密な剣技を披露することはできない。だからこそ三日月は、この一撃にかけることにした。

 

黒いバルバトスの横をすり抜けると同時に、斬撃を浴びせる。

……それが今の三日月にできる、最善の攻撃手段だった。

 

しかし、そんな生半可な攻撃が黒いバルバトスに通用する筈もなく……

 

『…………』

 

黒いバルバトスは高速で接近する軍曹の斬撃を難なく回避すると……お返しとばかりに、左腕に生えた鋭い爪で軍曹を斬りつけた。

 

あえなく切断される軍曹の左腕、

所持していた刀が宙を舞う。

 

 

 

そして、三日月が乗る軍曹は全ての武装を失った。

 

 

 

……が、そこで何を思ったのか、

三日月は軍曹をダッシュさせたまま、警備部隊の残骸が積み重なった山へと飛び込んだ。

 

それは誰がどう見てもルーキーの動き……

いや、三日月はあえてそう見えるようにしていた。

 

三日月はその途中で地面に落ちていたあるものを掴み取り、転倒する風を装って着地し、素早く反転……

 

それは斬撃を回避され、逆に斬りつけられるところまで織り込み済みの行動だった。拾ったそれを左腕で構え、その銃口を黒いバルバトスへと向ける。

 

 

 

「これなら!」

 

 

 

三日月が拾ったもの、それは警備部隊の隊長が使っていた『重曹軍曹』に搭載された主砲だった。

 

 

 

敵は明らかに油断している、やるなら今しかない

轟音と共に主砲から発射された榴弾が、黒いバルバトスに着弾。激しい爆炎に包まれた。

 

 

 

「……チッ」

 

しかし、それでもなお三日月の表情は優れなかった。

 

 

 

「やっぱり……ダメか……」

 

 

 

その言葉通り、爆炎の間から黒いバルバトスがゆっくりと姿を現した。榴弾の直撃を受けたにもかかわらず、全くの無傷の状態で……

 

三日月は再度トリガーを引いてみるも……

カチ……カチ……

左腕の主砲からは弾切れを知らせる無機質な音が響くだけだった。

 

次の瞬間、軍曹の左肩から先が消失した。黒いバルバトスは左腕の機関砲を下ろし、それから膝をつく軍曹の元に歩み寄り、バスターソードを振り上げた。

 

 

 

……ここまでか

抵抗する手段を失った三日月は、目を閉じた。

 

 

 

そして、今まさにバスターソードが振り下ろされようとしたその時だった……

 

『!』

 

突如として飛来した無数の銃弾が、黒いバルバトスの表面で火花を散らした。

 

「え?」

 

思いもよらないその展開に、三日月は呆然とする

 

見ると、いつのまにかA.C.E.学園の地下格納庫へと通じるハッチが開き、中から突撃銃などで武装した十数機の『武士』が飛び出し、ゲートの前へと展開していた。

 

「三日月くん! そいつから離れて!」

 

「……!」

 

武士の内、肩に青い塗装が施された機体からそう呼びかけられ、三日月は我に返った。

黒いバルバトスは銃弾を受けながらも、軍曹を叩き潰すべく左腕の爪を振り上げている。

 

三日月は軍曹に残された最後の武装、頭部バルカン砲を発射して黒いバルバトスの視界を一時的に妨げると、すかさずブースターを吹かせてゲート前へと後退した。

 

「三日月くん! 大丈夫」

 

「うん。ありがとう、エリカ教官」

 

青い武士の隣に着地した三日月は、短く礼を言った。

 

「……そう。色々と言いたいことはあるけれど、貴方が無事でよかったわ。とにかく、ここは私たちに任せて三日月くんは避難して頂戴!」

 

まるで三日月のことを守るかのように、エリカはその前面に出て、三日月に撤退を促した。

 

「ごめん、それは無理」

 

「え?」

 

「だって、あの黒い機体の狙いは俺だから」

 

三日月は両腕を失った軍曹を操り、エリカの脇を通り抜けようとする。

 

「これ以上、俺なんかの為に誰かが死ぬ必要はない。だから、ここで俺が死ねばそれで全て終わる……」

 

「ふざけないで!」

 

その瞬間、エリカの口から普段の穏やかな彼女からは想像もつかないような厳しい声が放たれた。

 

「え?」

 

その声に驚いた三日月だったが、さらにエリカの武士に背中を掴まれ、性能面で遥かに劣る軍曹は身動きが取れなくなってしまう。

 

 

 

「貴方にどんな事情があろうとも、生徒を守るのは先生の役目です!」

 

 

 

エリカは機体のメインカメラ越しに三日月の軍曹を見つめ、それからいつもの穏やかな教員の顔に戻り……

 

「大丈夫……必ず、貴方のことを守ってみせるわ」

 

優しく、三日月へと呼びかけた。

 

「エリカ教官の言う通りだ」

 

その言葉と共に、ハッチから勢いよく飛び出した影が二人の前へと華麗に着地した。

 

「佐々木さん!」

 

トリコロールカラーのその機体……改修が施された月影を見て、エリカはそのパイロットが誰かを一瞬で理解した。

 

「三日月。ここは私たちに任せてあなたは行きなさい」

 

月影に乗った光子は三日月の前に立ち、背中の刀を引き抜いて黒いバルバトスを真っ直ぐに見つめた。

 

「五十嵐が待っています。さあ、早く!」

 

「ん……わかった」

 

三日月は軍曹のブースターを吹かせて機体を跳躍させ、地下へと通じるハッチへと移動を始めた。

 

 

 

「ここは任せるね、光子」

 

 

 

「フッ……やっと、私の名前を覚えてくれたか」

 

 

 

三日月の言葉に小さく笑う光子

だが、黒いバルバトスは三日月の撤退を易々と見逃すほど甘くはなかった。

 

素早い動きで教員たちが操る武士を翻弄しつつ、撤退中の軍曹へ機関砲を向け……発砲

 

「ああ!」

 

 

 

放たれた砲弾が軍曹に着弾するのを見て、エリカは悲鳴をあげた。

 

 

 

だが、幸いにも武士の妨害により当初の狙いからは逸れ、軍曹は左足を失ったものの、三日月は無事にハッチへと降り立つことができた。

 

すぐさまカタパルトが稼働し、三日月の軍曹は奈落の底へ吸い込まれるように地下格納庫へと消えていった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

A.C.E.学園 地下第1格納庫

 

「三日月さん!」

 

三日月の戦闘を地下から見守っていた真希は、地上から運ばれてきた軍曹を見て駆け寄らずにはいられなかった。

 

水色の装甲は傷だらけになり、両腕と左足を失って静かに横たわっていた。

 

「三日月さん!」

 

軍曹のコックピットハッチを外から手動で開放すると、操縦席から三日月が転がり落ちるように飛び出してきた。

 

黒いバルバトスとの戦闘で憔悴しきっていた三日月は意識を失っていた。真希は慌ててその体を抱き止め、声をかけると、三日月はゆっくりと瞼を開けた。

 

「あれ、メガネの人?」

 

「三日月さん! 大丈夫ですか」

 

「うん……俺は大丈夫だけど、っていうか……」

 

その瞬間、地上ではまだ激戦が続いているのだろう。戦闘の余波で生じた大きな揺れが二人を襲った。

 

「ああ……そっか」

 

その揺れに耐えながら、三日月はやるべきことを思い出し、目を覚ました直後でぼんやりとしていた意識を完全に覚醒させた。

 

「ねえ、メガネの人。バルバトスどこ?」

 

「…………」

 

「メガネの人?」

 

「まだ、戦うんですか」

 

真希は恐る恐る三日月へと尋ねた。

 

「当たり前じゃん。戦うことは、俺の役目だから」

 

「でも! もう三日月さんは十分に戦ったじゃないですか! これ以上、戦う必要なんてないですよ!」

 

「十分に戦ったかどうか……それを決めるのは、真希じゃなくて、俺だよ」

 

「!」

 

言葉を失う真希、三日月は優しく言葉を続ける。

 

「自分のことは自分で決める。戦いも、生き方も……大丈夫、俺は死なない。そのために、今日まで努力を積み重ねてきたから」

 

「三日月さん……」

 

大破した軍曹の前で、二人はお互いに見つめ合った。

 

『あー……イイ雰囲気のところで悪いんだケド、そこのお二人さん?』

 

するとどこからともなくそんな声が響き渡った。

 

二人が声のする方向を見上げると、格納庫の隅にスピーカー付きの監視カメラが設置されていた。

 

「え……あ、風紀委員さん!? こ……これは違うんです! 私たち、決してそんな関係じゃ……」

 

顔を真っ赤にして慌てる真希。

 

『あー……はいはい、わかったから少し落ち着きなさい』

 

カメラで二人の様子を伺っているのであろう五十嵐命美はそう言ってため息をついた。落ち着いたのを見計らって言葉を続ける。

 

『三日月くん、お待たせ。こっちは準備完了よ』

 

「そっか、ありがと」

 

『うん。そして小林さん、悪いんだけど三日月くんを私のところまで案内してもらえるかしら?』

 

「わ、分かりました」

 

真希は小さくため息をつき……

「こっちです」

と、三日月と共に移動を始めた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

第7テスト室

 

 

 

テスト室のハンガーに収まったバルバトス

 

 

 

しかし、その胴体には第6形態の時に使っていたものに似た増加装甲が取り付けられており、バルバトスは以前にも増して重装甲となっていた。

 

 

 

そして何よりも特徴的だったのが、バルバトスの背中に取り付けられた突起物。片側に大型1、小型2……左右合わせて6基のドローン砲『光輪』を装備したその姿は、まさに赤い翼を広げた白い悪魔のようだった。

 

 

 

また、両肩にはドローン砲の稼働に必要な電力が内蔵されたバッテリーパックとそれを保護するアーマーが搭載されており、胴体の装甲とは電力供給用のチューブで繋がっていた。

 

 

 

「三日月くん、ドローン砲の使い方だけど……」

 

改修されたバルバトスに乗り込んだ三日月は、コックピットの中で命美の説明を受けていた。

 

「前にも言ったけど、ドローン砲を使うのに何か特別な訓練をする必要はないわ。外付けのコントローラーを用意したからこれを使って……」

 

命美は長々とドローン用コントローラーの説明を始めた。そのうち意味のわからない専門用語を口にし始めたので、

「ねぇ、まだ終わらないの?」

と愚痴をこぼすと、命美は小さく咳をして操作方法を要約し、三日月へと伝え直した。

 

「……とまあ、こんなところね。理解できたかしら?」

 

「うん、まあ何となくね」

 

三日月の返事を聞いて、命美は満足したように微笑んだ。

 

「ところで、この子の名前は?」

 

「え? バルバトスだけど」

 

 

 

「それじゃあ、この子は今日から『バルバトス・神威』ね!」

 

 

 

「は?」

 

勝手に変な名前をつけられ怪訝そうに見上げる三日月に、しかし命美は微笑みを浮かべるばかりだった。仕方ないと言ったように三日月は小さくため息をついた。

 

「っていうか……神威ってどういう意味なの?」

 

「うーん……そうねぇ、確か日ノ丸の絶滅言語を元にしているらしいから詳しくは知らないのだけど、『神の威力』もしくは『神の威光』という意味があると聞いたことがあるわ」

 

「神? ふーん……そっか」

 

興味深そうに命美の言葉を聞き流しつつ、三日月はナツメヤシの実を口にした。

 

「それじゃあ、もう行くわね」

 

そう言って命美はコックピットから抜け出し、

「あ、そうそう……」

三日月へと振り返り……

 

「せっかく取り付けてあげたんだから、壊しちゃダメよ?」

 

最後にそれだけ言って、命美はコックピットから姿を消した。

 

 

 

「ねぇ、バルバトス……」

 

三日月はコックピットを閉じ、暗闇に包まれた中でバルバトスへと問いかける。

 

「俺はやるよ……お前はどうだ?」

 

その瞬間、三日月の言葉を肯定するかのようにバルバトスが起動した。無機質なその体躯からは得体の知れないアトモスフィアが放たれ、モスグリーン色の両目が力強く輝いた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

A.C.E.学園 ゲートA

 

三日月がバルバトスを起動している数分間……たった数分の間で、黒いバルバトスは数で勝るA.C.E.学園の教官たちを圧倒していた。

 

全部で13機いた武士はたった一機を残して戦闘不能。残っているのはエリカの乗る武士と光子の月影、それと増援のBMが1機だけだった。

 

 

 

ギギギギギ……バギィ……

 

 

 

そしてまた新たな犠牲者が生まれた。

 

 

 

鈍い騒音を響かせ、崑崙研究所製の近距離型BM『巨闕改』は黒いバルバトスとの力比べに負け、両腕を引きちぎられてしまった。

 

 

 

『…………』

 

 

 

しかしそれだけでは飽き足らず、巨大な豪腕で巨闕改の胴体を掴んで高く掲げ上げると、鋭い爪で上半身と下半身を両断し、まるでメデューサの首を掲げるペルセウスの如く、勝ち誇ったようにニヤリとしてみせた。

 

 

 

「ローザ先生ッッッ! この!」

 

 

 

エリカは黒いバルバトスめがけて突撃銃を連射する。

 

「なんで……なんで当たらないの!?」

 

しかし、放たれた銃弾が黒いバルバトスへと到達することはなかった。まるで見えない壁に阻まれているかのように、銃弾は空中で受け止められていた。

 

それが近年になってソロモン工業が復元に成功した未知の防御システム『FSフィールド』であることを知る者はいない。

 

「くっ……ならば!」

 

しかし、戦いの中で黒い機体を守る謎のバリアーが格闘攻撃までは防ぎきれないことを見抜いた光子は、機体を黒いバルバトスめがけて突撃させた。

 

「ローザ教官を離せッッッ!!」

 

並の者なら回避どころか防御すらままならない、電光石火の一撃

 

しかし、黒いバルバトスは少し体を傾けるだけの動きでそれを難なく回避し、一瞬のうちに光子の背後へと回り込んだ。

 

「な!」

 

光子が機体を反転させた時にはすでに遅く、まるで「返すぞ」と言わんばかりに投げつけられた巨闕の上半身が目前にまで迫っていた。

 

「ぐああああっ」

 

勢いよく投げつけられたそれが直撃し、月影は大きく吹き飛ばされてしまう。

 

「佐々木さん!」

 

エリカの悲痛な叫びが戦場に響き渡った。

 

「く……まだ……」

 

フレームを軋ませながら、光子は刀を支えにしてヨロヨロと機体を立ち上がらせた。

 

そんな光子へと迫る、黒いバルバトスの凶刃……

 

 

 

「巖流・燕返し!」

 

 

 

巨大な刃が月影を捉えようとしたまさにその瞬間、忽然と月影の姿がその場からかき消え、斬撃は空を切った。

 

『……?』

 

これには流石の黒いバルバトスも驚きを隠せなかったのか、消えた月影の行方を追うように顔を上げた。

 

「貰った!」

 

一瞬にして黒いバルバトスの背後へ回り込んだ光子は、ガラ空きになったその背中めがけて薙ぎ払いによる一撃を叩き込もうとして……

 

「な!?」

 

まるでその技を見知っていたと言わんばかりに、黒いバルバトスは瞬時に反転し、鋭い爪で刀を受け止めてしまった。

 

 

 

「防がれた!? 初見で!?」

 

 

 

刀を受け止めたその状態から、黒いバルバトスは回し蹴りを放とうと踏み込み……

 

「まただ!」

 

いち早くそれを察知した光子は黒いバルバトスめがけて体当たりをしかけて蹴りを防ぎ、それから後方へ大きく跳躍して距離をとった後……

 

 

 

「巖流・燕の閃き!」

 

 

 

一瞬にして亜光速に至る月影。

 

今に至るまでに数多の対戦相手を屠ってきた電光石火の斬撃に対し、黒いバルバトスはバスターソードを斜めに構え、盾代わりにしてその猛攻に耐える。

 

超高速で動き回る月影の動きについていくことができず、これには流石の黒いバルバトスも防戦一方になるしかなかった。

だが、黒いバルバトスは飛来する月影の斬撃を的確に受け流し、受けるダメージを最小限に抑えている。

 

「硬い……ならば!」

 

『…………!』

 

光子は黒いバルバトスの胴体を狙うのではなく、盾代わりにしているバスターソードを持つ腕を斬りつけた。果たして、その目論見は上手くいき、黒いバルバトスはバスターソードを取り落としてしまった。

 

「そこおッッッ!!!」

 

突撃の後、折り返した光子は……刀の切っ先を黒いバルバトスの胴体へ向け、最後の刺突を繰り出した。

 

格闘武器では世界最高峰とまで呼ばれた日ノ丸製の刀に、光子は最高のスピードと月影のフルパワー、そして自らの技量を相乗した。

 

それは光子にとっても過去最高の一撃になるはずだった……だが……

 

 

 

ギ…………ッッッ

 

 

 

「…………!」

 

光子の刺突が黒いバルバトスへ届くことはなかった。

 

『…………』

 

驚くべきことに、黒いバルバトスは左腕の爪で刀の先端を摘まみ取ってしまった。たったそれだけで、光子にとって最高の一撃はいとも簡単に受け止められてしまったのだ。

 

やがて燕の閃きが限界時間を迎え、月影の動きが通常のそれへと戻る。

 

『…………』

 

それを見て、黒いバルバトスはニヤリと笑い……左腕を振って月影から刀を取り上げ、勢いそのまま巨大な剛腕を振りかぶり……

 

ーーー!

次の瞬間、激しい破砕音が響き渡った。

月影のみぞおちへと叩きつけられた拳は、装甲を押し潰し、フレームをへし折り、機体を真っ二つにしてしまった。

 

なす術なく地面に転がる月影の上半身。

上半身を失ってもなおバランスを保っている下半身は、自分の身に何が起きたのか理解できていないとでも言いたげに、その二本の脚で地面を踏みしめていた。

 

「佐々木さんッッッ!?」

 

悲惨な光景を目の当たりにして、エリカは悲鳴をあげた。

 

黒いバルバトスは奪った月影の刀をへし折って投げ捨てると、続いて地面に落ちたバスターソードを拾い上げ、倒れて動かなくなった月影にとどめを刺そうと接近する。

 

「させない!」

 

エリカは突撃銃を槍のように持ち、黒いバルバトスへと武士を突貫させた。突撃銃の先端には高強度の銃剣が装備されている。

 

「はああああ!」

 

気迫のこもった一撃

……しかし、黒いバルバトスは体を僅かに傾けるだけの動きでそれを回避し、逆に武士へミドルキックをお見舞いした。

 

「きゃああああ!?」

 

大きく吹き飛ばされる武士、地面を弾み、学園のゲートへと叩きつけられてようやく止まった。

 

「ぐ……ああああ……」

 

大量のスパークが走る操縦席。叩きつけられた衝撃によって脳震盪を起こし意識が朦朧とする中、エリカは黒いバルバトスが月影の下半身を蹴り飛ばすのを目撃した。

 

「……あ……」

 

黒いバルバトスは今度こそ月影のパイロットを仕留めようと腕を振り上げた。そして……その光景はエリカにとって、かつて経験した悲惨な過去を彼女の脳裏へと引きずり出すのに十分なほどの衝撃を与えた。

 

 

 

エリカはフラッシュバックを引き起こしていた。光子に迫る黒いバルバトスの姿が、生徒と同僚を失った『あの日の光景』を呼び覚ましてしまったのだ。

 

かつてエリカは合衆国の軍人であった。当時、訓練基地にて機甲部隊の教官を務め『鬼教官』とまで呼ばれていた彼女だったが……ある日、突然の敵襲により一瞬にして全ての生徒と同僚を失い、たった一人生き残ってしまったという悲惨な過去を持っていた。

 

激しいトラウマを抱えた彼女は戦場から逃れ、平和な日ノ丸で今の穏やかで優しい教官としての立場にありついたのだが、サバイバーズ・ギルトによる罪悪感という心の闇を抱えたまま、それでも学園のカウンセラーとして、かつて自分の生徒たちにしてあげられなかったことをA.C.E.学園の生徒たちにしてあげようと、ここまで前向きに生きてきた。

 

 

 

(動いて……動いてよッッッ!!!)

 

過去の出来事に抗うように操縦桿を捻るが、限界を迎えた武士は何の反応もみせない。

 

(そんな…………あ……)

 

見上げると、黒いバルバトスは月影の上半身へと狙いを定めていた。

 

(私は……また、失うの?)

 

黒いバルバトスは左腕を構える。

 

(そんなの……イヤ……!)

 

機関砲の砲身が、無機質な光を放つ。

 

(もう……悲劇なんて沢山よ!)

 

エリカには、この一瞬が何時間にも感じられた。

 

(お願い……誰か……)

 

機関砲に弾丸が装填される

 

(誰か…………助けて…………っ!)

 

黒いバルバトスはニヤリと笑った。

 

(もう…………いやあああああああああ……っっっ!)

 

 

 

 

『…………!!!』

 

 

 

 

エリカが絶叫したその瞬間、何の前触れもなく地面が割れた。

 

 

 

そして、白い機体が姿を現した。

 

 

 

白い機体は黒いバルバトスが反応するよりも早く、その側面へと躍り出ると……大地を踏みしめ、手にした大質量武器を黒いバルバトスめがけて振り回した。

 

黒いバルバトスは反射的にバスターソードで受け止めようとするが、その威力に耐えきれず、大きく吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

黒い機体は空中で姿勢を立て直し、華麗な着地を決める。

白い機体は力強くメイスを振るい、周囲の黒煙を断ち切った。

 

 

 

「おい……お前……」

 

 

 

圧倒的な暴力を発揮する黒いバルバトスへ一矢報いたその機体……

『バルバトス・神威』のツインアイが、黒い機体を捉えた。

 

 

 

『…………』

 

黒いバルバトスの視線が、三日月の視線と真正面からぶつかる。

 

「…………そろそろ、消えろよ」

 

三日月はメイスの先端を黒いバルバトスへと向け、スラスターを吹かせ……突撃した。

 

 

 

白と黒……二機のバルバトスが衝突し、凄まじい衝撃波が戦場を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

to be continued...




ほんとは決着まで書こうかと思ったのですがここで一旦区切らせてください。
最後、バルバトスが地下から出てきたのは鉄血第1話をイメージして書きました。A.C.E.学園の盛りに盛った地下設定はこれをやるためだけに作ったのです。

アイシーイベントが始まりましたね。正直言ってストーリー、報酬共に一番好きなコラボイベントだったりします。ぜおらいまー?だんがいおー?なにそれ



次回予告ですが、双子が諸事情により不在(伏線)のため、タイトルのみ

次回、『さらなる高みへ』(仮)

……それでは、また


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第19話:さらなる高みへ

昨日、アリーナで凄いことが起きました。

あと一機というところまで敵を追い詰めるも、その一機(ナイトメア)のステルスで逆に前衛が一方的に壊滅するという事態が発生し、ウチの後衛とタイマンになってしまいました。しかも我が方で残ったのは、満身創痍のディアスト(レイラ搭乗)で、ナイトメアの方はというと回復しまくってほぼ無傷の状態でした。

ステルスで距離を詰め寄られ、もうダメかと思ったその瞬間……破れかぶれで放ったEMPキャノンにレイラのクリティカルバーストが発動!

ほぼゼロ距離で放たれたそれにより、一瞬にしてナイトメアの体力は削られ、さらにラストシューティングの如く放たれたビームライフルの直撃を受け、ナイトメアは爆発四散……見事、敵の逆転を逆転したという展開になりました。

そこで私は思いました。どんなに最強の機体を使っても、それは機体に合ったパイロットとパーツがあってこそ最強と呼べるのだということを……

つまり……何が言いたいかというと、ナイトメア事態は大したことはない。使いこなせないそれを使うくらいなら、使い慣れた他の機体を使う方がいい!

つまり、ナイトメアガチャで爆死しても大丈夫ということです!(爆死しました)

(ああああああッッッ、ゆ み ち ゃ ん 、お め で と うおおぉぉぉ!!!)




いいなー




それでは、続きをどうぞ……







 

「ぐっ……」

 

隕石の衝突にも等しい横薙ぎの斬撃を辛うじてメイスで防御するも、バルバトスはまるでバッティングされたボールのように打ち上げられ、大きく吹き飛ばされてしまった。

 

打ち上げられたバルバトス。三日月はスラスターを吹かせ機体の向きを微調整し、巧みな操縦技術により空中でクルリと一回転すると、メイスを一度収納し、代わりに滑空砲を展開。落下しながら黒いバルバトスへその全弾を放った。

 

一般的な量産型BMならば一発で消し炭にするほどの威力があるそれを、しかし黒いバルバトスは特に気にする様子もなくその場に佇み、FSフィールドを展開し……その全弾を弾き返してしまった。

 

「それ……お前も使えるのか……」

 

着地を決めた三日月は、以前、ベカスが乗るウァサゴも同じフィールドを使っていたことを思い出した。FSフィールドと呼ばれる古代の防御技術の前には、榴弾以外のどんな遠距離武器も威力を発揮しない。それはバルバトスの滑空砲とて同じことだった。

 

「……なら」

 

三日月は弾切れになった滑空砲を収納し、再びメイスを出現させると、その柄を両手でしっかりと保持し……

 

『…………?』

 

黒いバルバトスへと仕掛けようとして…………やめた。

三日月の様子に、黒いバルバトスも首を傾げた。

 

 

 

「……あんた、やっぱり強いね」

 

 

 

何を思ったのか、三日月はメイスを構えるのをやめ、終いには、長らく愛用していたはずのそれを収納し、武器を持たない無防備な状態へと移行した。

 

 

 

「俺は多分、力ではあんたに敵わない」

 

 

 

諦めとも取れるそんな言葉を放ち、三日月は目を閉じた。それを見て、黒いバルバトスはニヤリと笑った。

 

 

 

 

「…………」

 

三日月は心を落ち着かせ、静かに考え始めた。

 

 

 

 

(「弱くなったって思ってるんなら、それは違うぜ?」)

 

 

 

その時、三日月の中に何者かの声が響き渡った。

 

 

 

(「三日月、お前は剣使うの苦手だろ?」)

 

 

 

それは数週間前のこと……ダンスパーティーの翌日、ベカスから言われた言葉だった。

 

 

 

(「戦い方は一つじゃない」)

 

 

 

ベカスの挑発的な視線が三日月の脳裏に蘇る

 

 

 

(「近接戦で劣るなら遠距離から、遠距離戦で劣るなら接近戦で……相手のペースに流されて負ける前に、自分が相手よりも優れている分野で戦いを挑めばいい」)

 

 

 

三日月の心の中にいるベカスは穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

(「あとは……分かるな?」)

 

 

 

(うん、分かるよ)

 

 

 

そして、三日月の中に時間の感覚が蘇る。

 

 

 

三日月が目を開けると、黒いバルバトスの刃が迫っていた。一瞬にして距離が詰められ、その巨大な得物が振り下ろされる。

 

『……!』

 

しかし、その一撃は空を切り、地面を切り裂くだけに終わった。振り下ろされた衝撃は凄まじく、しばらくの間地面は振動し、巻き上げられた土砂が宙を舞った。

 

黒いバルバトスは敵の姿を見失ったことに気づき、しきりに周囲を見回す。だが、どこにもバルバトスの姿はない。

 

 

 

『……!』

 

 

 

だが、何かを察知したのか、黒いバルバトスはその左腕を頭上へと掲げた。それから1秒も経たないうちに、太刀の刃が黒いバルバトスの左腕へと叩きつけられた。

 

だが、その一撃は黒いバルバトスの装甲を僅かに削るだけだった。

 

「チッ……」

 

三日月は真上からの奇襲に失敗したと見るや、即座に機体を後方へと飛ばして黒いバルバトスの反撃を回避する。

 

距離が空いたのを見て、黒いバルバトスは左腕の機関砲をバルバトスへと向ける……が、突如として側面から飛来した緑色の光線に怯み、射撃体勢が崩れる。

 

黒いバルバトスの攻撃を妨害したもの……それはバルバトスの背中に6機搭載された光輪システムの内の一つだった。

 

 

それは先ほどの振り下ろしを回避するべく、空中へと跳躍した際、密かに放出していたものだった。

そして今、放出した6機全てが黒いバルバトスの周囲に展開し、その砲身を向けている。

 

 

 

「これなら!」

 

 

 

大小合わせ6機の光輪が一斉に火線を放った。

 

 

 

しかし、黒いバルバトスの周囲に出現したFSフィールドがその全てを無力化した。

 

「……これも駄目か」

 

『…………』

 

奇襲を二度も防がれ、三日月は悪態を吐く

FSフィールドに守られた黒いバルバトスは、そんな三日月のことを嘲笑うかのように肩をすくめてみせた。

 

そのうち、エネルギーを使い果たした光輪が補給のためにバルバトスの背後へと舞い戻ってきた。

 

 

 

「使えないな、これ……」

 

 

 

FSフィールドを突破するほどの威力を発揮できず、さらにはうざったいハエのように自機の周りを旋回する光輪へ、三日月は冷ややかな視線を送った。

 

 

 

「ねぇ、バルバトス。これ……どうにかならないの?」

 

 

 

ため息をついてそのように呟くも、

しかし、その問いかけに答える者はいない

 

「うん……分かってる。言ってみただけ」

 

三日月は太刀を構え直した。

しかし、その構えはダンスパーティーの時とは違い、少しの乱れや無駄のない、より洗練された完成度の高い構えだった。

 

 

 

そこから三日月は、剣道部での練習を経て会得した剣術を遺憾なく発揮した。もし、この黒いバルバトスとの戦闘が初見であったのなら、どのような努力を重ねても敗北は免れなかったことだろう。実際、剣術において三日月よりも遥かに優れている筈の光子は既に沈黙している。それに対し、三日月には黒いバルバトスとの戦いを生き抜いたという実績があった。例えその戦いが惨敗という惨めな結末に終わろうとも、三日月は黒いバルバトスの動きを肌で感じ、記憶していた。

 

 

 

つまり、三日月は黒いバルバトスの恐ろしさを知っていた。だからこそ、対策を考えることができた。

 

たったそれだけの差があったからこそ、三日月は量産型BMに搭乗していた際も、他の警備部隊が全滅してもなお最後まで戦闘を継続することができたのだ。

 

そして、三日月は心の中で闘志を燃やしていた。

 

 

 

その原動力……巨大な炎を作り出す薪となるのは『報復心』

 

 

 

味わった屈辱

 

 

 

負わされた傷、痛み

 

 

 

そして、テッサを喪いかけたという事実

 

 

 

それら全ての後押しを受け、報復心を動力に、闘志を燃やした三日月は強かった。強い感情はバルバトスの動きにも現れ、短い期間ながら精一杯習得した剣の腕前も相乗し……

 

 

 

その結果……三日月は黒いバルバトス相手に、一歩も引くことのない互角の戦いを展開した。

 

 

 

『…………?』

 

 

 

太刀で対抗する三日月に対し、黒いバルバトスは思ったような戦いができないのか、軽く驚いたように自分の剣を見つめた。

 

 

 

力に力で対抗してはならない……

それが、三日月の導き出した結論だった。

 

 

 

だからこそ、三日月は黒いバルバトスの攻撃を力で押し返すのではなく……強風に煽られてもなお、ザアザアと軽やかな動きでそれを受け流す木の葉のように、攻撃を太刀であしらい、受け流し、そこから攻撃へと転じていった。

 

「関節狙いなら!」

 

黒いバルバトスの攻撃を回避した三日月は、その巨大な右腕へと太刀を叩きつけた。

 

装甲ではなく比較的脆い関節を狙った見事な一撃。

しかし、甲高い音と共に太刀は弾かれ、バルバトスは一時的に硬直状態に陥る。

 

黒いバルバトスは鋭い爪を突き出し、硬直状態のバルバトスへ掴みかかろうとするが、三日月は脚部のローラーとブースターを使って距離を取ることで間一髪、爪から逃れることに成功した。

 

掴みが空振りに終わり、さらには距離を取られたことにより黒いバルバトスは左腕の機関砲に弾丸を装填した。

 

「させない!」

先に動いたのは三日月だった。機関砲が向けられるよりも早く、左腕にワイヤークローを出現させ、その先端を黒いバルバトスへと向けた。

 

左手のワイヤークローから放たれた爪は、狙い違わず黒いバルバトスの機関砲を捉え、その照準を妨害する。

 

三日月はバルバトスの全出力を用いてワイヤーを引き、黒いバルバトスを引き寄せようとするが……しかし、黒いバルバトスはピクリとも動かなかった。

 

『…………』

 

黒いバルバトスは左腕に絡まる爪を一瞥した後、バスターソードを深く構え……そして、その驚異的なパワーを用いて腕を大きく引いた。

 

「!」

 

綱引きに負け、バルバトスが宙を舞う。

バランスを崩した状態で、放物線を描いて黒いバルバトスへと引き寄せられる。

 

黒いバルバトスのツインアイが怪しく輝き

飛来するバルバトスを迎撃するべく、バスターソードの刃を閃かせた。

 

それが三日月の狙いだった。

 

バスターソードによる薙ぎ払いが直撃するその瞬間、三日月は空中で太刀を振ってワイヤーを切断。その結果、バルバトスは当初の軌道から逸れ、振り払われたバスターソードの真上を通過、黒いバルバトスの頭上を通ってその背後へと着地する。

 

「そこ!」

 

即座に反転し、黒いバルバトスの首筋めがけて突きを放った。

 

その一撃は、確かに黒いバルバトスの首を捉えた。

 

しかし……直前に身を捻られてしまい、首の皮一枚を削っただけで致命傷には至らず。

 

「……チッ」

 

三日月は太刀を回転させてバルバトスの首筋を抉り取ろうとするも、どういうわけか太刀はピクリとも動かなかった。

 

『……』

 

「!」

 

見ると、黒いバルバトスはその鋭い爪で、自分の首を貫いている太刀の先端を掴んでいた。三日月が首から太刀を引き抜こうとしても無駄だった。

 

「くっ……」

 

仕方なく、三日月は太刀を手放し距離を取った。

 

黒いバルバトスは特に痛みなど感じていないかのように首から太刀を引き抜くと、まるで林檎でも握り潰すかのように、バルバトスの太刀を中程からへし折ってしまった。

 

メイスを取り出す三日月

その様子を見て、黒いバルバトスは不敵に笑った。

 

「…………え?」

 

その瞬間、三日月は驚いたように顔を上げた。

 

「……バルバトス?」

 

何かを感じた三日月がそう呟いた瞬間……三日月の操縦と意思に反し、バルバトスはメイスを地面に突き刺し、柄から手を離してしまった。

 

「……なんで?」

 

バルバトスのとった思いもよらぬ行動に、阿頼耶識を介して三日月はバルバトスへと問いかけるも、バルバトスからの返答はない。

 

「……ああ、そういうことか」

 

少しだけ考えた後、三日月はバルバトスの意思に気づいた。

 

 

 

「つまり……剣で戦うって決めたんだったら、それを最後まで貫き通せって、そう言いたいんだ?」

 

 

 

…………

 

 

 

「……うん、分かった」

 

 

 

バルバトスの無言をそう捉えた三日月は、黒いバルバトスに悟られないよう、拡張された自分の感覚を頼りに戦場を見回した。

 

 

 

そして……戦場の端に転がるその機体を見つけた

 

 

 

上半身だけになったトリコロールカラーの機体。

その背中には、鞘に収まった一本の刀

 

それを見た三日月は……右腕にミサイルランチャー、左腕に迫撃砲を出現させると、黒いバルバトスへと照準……するのではなく、その周囲一帯を爆撃するかのように乱射した。

 

『……?』

 

次々と自身の周囲に着弾する砲弾を見て、黒いバルバトスは「意味が分からない」と言いたげに首を傾げてみせた。

 

着弾の衝撃によって砂煙が立ち上る。

 

三日月はその煙に紛れるように、砲撃を加えながらその機体の元へとバルバトスを走らせた。

 

 

 

その機体……光子の月影の元へと辿り着いた三日月は、その手前で膝をつき、恐る恐るといったように月影の背中へと手を伸ばした。

 

 

 

「光子、生きてる?」

 

 

 

そう言って、月影の背中に搭載された2本目の刀……『飛翔』へと手を伸ばした。

 

「…………ん……」

 

刀を取り外した衝撃で、気を失っていた光子は目を覚ました。月影に触れた時の感覚から、光子の命に別状はないということが分かり、三日月は小さく胸をなでおろした。

 

「よかった……あと、これ借りるよ」

 

「……な?!」

 

光子が状況を把握するのを待つことなく、三日月は左手で鞘を持ち、右手で柄を握りしめ、見様見真似で抜刀の姿勢を取った。

 

「待てッ……それは……ッッッ!」

 

光子は三日月を止めようと声をあげるが、時すでに遅し

 

ここで三日月の思惑に気づいたのか、煙をかき分け、黒いバルバトスがバスターソードを掲げて急接近していた。

 

三日月は迎撃のために刀を抜いた。

 

 

 

「……ッッッ!?」

 

 

 

次の瞬間、光子は言葉を失った。

 

 

 

なぜなら、三日月が刀を抜いた瞬間、柄の先から光子が今までに見たことのないほどの膨大な紅い閃光が放たれたからだ

 

 

 

「……なにこれ」

 

 

 

三日月は特に何も考えず刀を抜いたので、その正体が収束したビームであることに気づいたのは迫り来るバスターソードと刃を交えた真っ最中のことだった。

 

実体剣であるバスターソードとビーム刀がぶつかり合い、激しい火花が二機の間で生じた

 

黒いバルバトスは圧倒的な質量と、自らのパワーに物を言わせてバルバトスを圧倒すべく、さらに力を込める……

 

『…………?!』

 

だが、黒いバルバトスがいくら機体の出力を上げようとも、ビーム刀で受け止めるバルバトスのことを弾き飛ばすどころか、押し切ることすらできなかった。

ここで初めて、黒いバルバトスから驚愕の気配が放たれた。

 

「そっか……これなら……!」

 

その様子を見た三日月は、好機とばかりに剣を振り、黒いバルバトスを弾き返した。

圧倒的な質量を誇るバスターソードを構えたまま、黒いバルバトスは宙を舞った。

 

受け身を取ることすら出来ず、背中から地面へと叩きつけられる。生まれて初めて負ったダメージに、黒いバルバトスは戸惑いを隠せないのか、ツインアイから放たれる赤い光が色あせた。

 

「あの閃光は……まさか……」

 

月影のコックピットから這い出た光子は、バルバトスの手に握られた刀を見つめ、静かに震えた。

 

柄の先からは依然として膨大な閃光が放たれ、巨大なビーム刀としてその姿を形作っていた。

 

「『飛翔』が……その本領を発揮している……?」

 

しかし、そこで光子はかぶりを振った。

 

「そんな……あり得ない、拙者の月影ならまだしも、専用のシステムすら搭載されていないあの機体に飛翔を扱えるはずが……」

 

しかし、現に三日月は飛翔を使いこなしている。

柄から放たれる閃光が証拠だった。

 

光子は知らなかった。

 

飛翔はただの武器ではなく、日ノ丸に眠る古代機から得られたデータを元に再現された、いわゆるオーパーツの一種であるということを……

 

ウァサゴやアヌビスなどといった古代機に搭載されている操縦システムは現代のBMにはないマスターシステムというものが存在しており、早い話がパイロットが機体を選ぶのではなく、機体がパイロットを選ぶのである。

 

古代機のデータから生み出された飛翔もまた、使用するためにはマスターシステムによる認証を必要としていた。そう、光子が飛翔の性能を発揮することができなかったのは光子の技量不足でも、月影との相性が悪かったというわけでもなく、単に飛翔からマスターとして認めらなかったからだった。

 

そして、飛翔が選んだのは三日月だった。

 

 

 

「え……?」

 

 

 

その時、バルバトスに異変が起こった。

 

ビーム刀の柄から放たれた閃光の一部が、バルバトスの周囲をグルグルと周り始めた。まるで蛍の光に包まれるように、閃光がバルバトスの増加装甲と付着し、浸透し、それからバルバトスの内部へと侵食していく……

 

 

 

「……バルバトス?」

 

 

 

そして、三日月はバルバトスの意思を感じた。

 

 

 

「……ああ、そっか」

 

 

 

阿頼耶識システムを介し、三日月は自分の心の中に温かい何かが入ってくるような気配を感じた。それは三日月の中に存在していた黒いバルバトスへの恐れを振り払い、強敵へと立ち向かう勇気と敵対心、そして闘争心を高めさせた。

 

 

 

「強くなりたいって思ってたのは……お前も同じだったんだ」

 

 

 

やがて周囲を覆っていた光がバルバトスの中へと収束すると、そこには生まれ変わったバルバトスの姿があった。

 

光輪を搭載するためだけに取り付けられた増加装甲はバルバトスと完全に一体化し、それまでバルバトスが異物とみなして設置の度に拒否反応を引き起こしていた背中の光輪システムも、まるで最初からそこにあったかのようにバルバトスの背中から生えていた。

 

いや、それどころか光輪自体もその形を変え……全ての光輪が一回り巨大化し、ドローンにしては元々やけに鋭角的だったことに加え、安定翼も兼ねた鋭利な棘が新たに出現したことにより、悪魔の翼かと見間違うかのような禍々しい形へと変貌していた。

 

肩のアーマーもより鋭角的なものへと変化し、光輪への電力供給のためのチューブは姿を消していた。その代わりに、一体化したバルバトスの装甲表面には紅い光の筋道が刻まれ、まるで人間の血管のように、その筋道は背中の光輪へと続いていた。

 

 

 

「これが……お前の意思なのか、バルバトス?」

 

 

 

三日月は驚きを隠せないといった様子で、変化を遂げたバルバトスから送られてくる膨大な情報を背中の阿頼耶識システムで受け止めていた。

 

オーパーツである飛翔は、その潜在能力故に「使用者の意思によって無限の高みを目指すことのできる刀」とされていた。

 

その言葉通り、三日月は飛翔の力を解放した。

だが、それで終わりではなかった。

 

 

 

バルバトスもまた、飛翔に選ばれていた。

 

 

 

飛翔は、先ほど三日月が感じた「強くなりたい」というバルバトスの願いに感応し、その願いを叶えるべくその力を解き放った。

その結果として、バルバトスは形を変えた。

 

 

 

「……これなら……いける」

 

 

 

三日月は飛翔を構え、黒いバルバトスへ斬りかかった。

 

黒いバルバトスはバスターソードでそれを受け止めるが……鍔迫り合いになった途端、飛翔の柄からさらに高出力の光線が放たれた。

 

『?!』

 

そのあまりの出力に耐えきれず、黒いバルバトスは押され、さらには飛翔から放たれるビームにより、バスターソードの刃が徐々に蒸発を始めた。

 

堪らず、黒いバルバトスは後方へと跳躍

バルバトスから距離を取りつつ、機関砲を連発する

 

三日月は飛翔を最低限の動きで振り回し、飛来する巨大な弾丸を全て撃墜してみせた。

 

『…………!!』

 

これには、流石の黒いバルバトスも驚きを隠せなかった。

 

「……え? これ……使えって言うの?」

 

一方……バルバトスの意思を感じ取った三日月はそれに従い、手元にあった光輪のコントローラーを操作し、バルバトスの背中から光輪を放出させた。

 

放出された6機の光輪は、黒いバルバトスめがけてすぐさま自動的にビームによる攻撃を始めるのだが、その全てがFSフィールドに阻まれ、無力化された。

 

「え? 違うの?」

 

ビームを撃ち尽くした光輪がバルバトスの背中へと帰還する。その際、バルバトスからの囁きを受け、三日月は少しだけ考えた後……

 

 

 

「そっか……前についてた、尻尾を動かすみたいな感じでやればいいのか……」

 

 

 

以前、バルバトスがルプスレクスと呼ばれる形態へと変貌を遂げた際の「今まで尻尾が生えていなかったのが嘘みたい」という感覚を思い出し、今度はそれを自身の背中にある光輪へと向けた。

 

すると、飛翔から放たれる紅い閃光と同様の光が光輪からも放たれ、その姿はまるで光の翼を携えているかのようだった。

 

 

 

今、光輪はバルバトスと完全に一体化した。

光輪を動かすエネルギーは直接バルバトスから送られる。

 

 

 

三日月は手元にあった光輪のコントローラーを外し、後ろに投げ捨てた。もう、必要なかったからだ。

 

 

 

「いけ!」

 

 

 

三日月が命じると、6機の光輪はバルバトスの背中から勢いよく射出されたかと思うと、勢いそのまま、超高速で空中を飛び回り、一瞬のうちに黒いバルバトスを包囲した。

 

 

 

「当たれ!」

三日月の目先から火花のようなものが放たれた。

 

 

 

次の瞬間、三日月の光輪の先端から高出力の光線が放たれた。黒いバルバトスはFSフィールドを展開してそれを無力化……

 

 

 

ギイイィィィィィィン……

 

 

 

『…………!!!』

 

 

 

ビームの直撃を受け、絶対防御を誇る筈のFSフィールドは崩壊した。黒いバルバトスが驚愕する間も無く、フィールドを貫通した光輪のビームが胸部、右腕、腰部、左足、左腕、頭部へと着弾……

 

 

 

 

 

貫通

 

 

 

 

 

今まで、どんな攻撃を受けても傷一つつかなかった黒いバルバトスは一瞬にして蜂の巣に成り果ててしまった。

 

 

 

『…………』

 

 

 

まるで獣の咆哮のような、言葉にならない音を立てて、黒いバルバトスは膝をついた。

 

「…………」

 

三日月は光輪を呼び戻しつつ、飛翔を構え直した。

目の前で膝をつく黒いバルバトスが、未だ戦う力を残していることに気づいていたからだ。

 

 

 

『ガアアアアアッッッッッ!!!』

 

 

 

その予感は的中し、黒いバルバトスは今まで誰も聞いたことがないような雄叫びと共に、バスターソードを掲げて飛びかかってきた。

 

「……」

 

しかし、三日月は落ち着いていた。

 

心の中で研ぎ澄ませた想い、努力、そして報復心、それら全てを集約させ……飛翔を閃かせた。

 

『!?』

 

次の瞬間、黒いバルバトスが持っていたバスターソードが三枚下ろしにでもされたかのように三つのパーツへと分断された。

持ち手を残して、刃が地面へとめり込んだ。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「あの技は……拙者の『雷電』ッッッ!?」

 

三日月の戦闘を遠くから見守っていた光子は、黒い機体が使っていた武器が三つのパーツに分断された場面を見て、驚きを隠せなかった。

 

(馬鹿な、なぜ……あの技を三日月が……?)

 

しかし、光子はなぜ三日月がその技を使うことができたのか分からなかった。佐々木流抜刀術である『雷電』は佐々木家が独自に生み出した必殺の剣技だった。

 

まず、敵が武器を持つことで生じる死角へ自身の剣を滑り込ませ、次に死角から武器の脆い部位へと一撃を浴びせることで、武器破壊による敵の無力化を狙った技なのだが、それを成すためには高度な技術と卓越した技量、そして剣への知識が必要とされている。

 

なので、そのような技を披露した三日月が不思議でならなかった。無論、そのような高度な技を三日月へ教えたこともない。

 

「……まさか」

 

そして光子はある一つの可能性に行き当たった。光子にとって力の誇示は愚鈍であるが故に、普段、生徒たちの前で技を繰り出すことはしないのだが、一度だけ、三日月の前で雷電を繰り出したことがあった。

 

それは数週間前、武装した生徒たちに囲まれている三日月を助けた時のことだった。光子は三日月を救出するためにやむなく雷電を使用した。

 

その時の技を、三日月は目で見て、記憶していたのではないか……と、光子は推測した。

 

それは正解なのだが……当然のことながら、いくら三日月とはいえ一度見た技を、いきなり本番で使えるほど天才ではなかった。

 

 

 

だからこそ、三日月は練習したのだ。

 

 

 

毎日……剣道部が終わってから

 

 

 

毎日……日付が変わるまで

 

 

 

一人、血が滲むような努力をして……

 

 

 

誰にも褒められることのない努力を積み重ね……

 

 

 

時には気絶するまで練習を繰り返して……

 

 

 

三日月は死ぬ気で努力を続け、

そして、ついにその技を会得したのだ。

 

 

 

事実、専用のスーツに隠れて見えないのだが、三日月の両手は竹刀を握りすぎたことにより、ボロボロの状態になっていた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

『…………ッ』

 

得物を失った黒いバルバトスは狼狽した。

 

『ァァァァァ!!!』

 

しかし、それでもなお目の前の敵を倒すことに固執し、巨大な右腕をバルバトスめがけて振り下ろした。

 

「うるさいな」

 

三日月は再び『雷電』を発動。

圧倒的な質量を持つ巨大な右腕が、あっさりと三つのパーツへ分断される。

 

しかし、尚も黒いバルバトスは左腕の爪を突き出し……

 

『……!!』

 

爪がバルバトスの首を捉えるよりも早く、飛翔のビームが黒いバルバトスの右肩から先を切断した。

 

「お前…………」

 

三日月は飛翔を構え直し……

 

「消えろよ」

 

黒いバルバトスの左足を斬り裂いた。

 

片足を失い、黒いバルバトスはバランスを崩して後ろ向きに倒れる。

 

「……これで」

 

最早戦闘不能の黒いバルバトスを前に

三日月は再び飛翔を構え直し……

 

 

 

コックピットめがけ、飛翔を叩き込……

 

 

 

『…………』

 

「…………!?」

 

 

 

今まさにとどめの一撃が黒いバルバトスのコックピットを捉えようとした、その瞬間……三日月の動きが止まった。

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

三日月の視線が、黒いバルバトスの口へと注がれる。

 

『…………』

 

「今……なんて……?」

 

三日月の言葉に、黒いバルバトスの口がゆっくりと動き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……テッカダン』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒いバルバトスの口から、その言葉が紡がれた。

 

 

 

「!!!」

 

 

 

しかし、三日月にその言葉の意味を考える余裕はなかった。

黒いバルバトスがニタリと笑ったのだ。

 

「!?」

反射的に三日月は身を翻す

 

 

 

すると、どこからともなく飛来した砲弾が先ほどまで三日月がいた空間に飛来した、地面に大穴を開けた。

 

 

 

弾道を辿って三日月が見上げると、夜空の片隅にそれを見つけた。月明かりに照らされた、空中に浮かぶ巨大な飛行機のような何かを……

 

 

 

飛行機のような何かから飛び出すものがあった。

飛行機の下側からに飛び出してきたそれは、比較的小さな物体で、そして無数に存在していた。

 

それはマイクロミサイルだった。

数えきれないほどのミサイルの群れが、一直線に三日月がいる場所へと殺到している。

 

飛翔を構え、迎撃態勢を取る三日月。

 

だが、ミサイルは途中でその進路を変え……

なぜか倒れて動かない黒いバルバトスへと殺到した。

 

 

 

なす術なく爆炎に包まれる黒いバルバトス

 

 

 

「…………!」

 

しかし、三日月は確かにそれを目撃した。

 

爆炎の隙間から一瞬だけ見えた黒いバルバトスは……笑っていた。

 

それは三日月のことを嘲笑っているかのようだった。

 

 

 

爆炎が晴れると、爆心地には『何も』なかった。

 

「…………」

 

先ほどまで戦場を満たしていた禍々しい気配は嘘のようにかき消え、三日月が周囲に感覚を張り巡らせてみても、その姿を捉えることはできなかった。また、夜空に浮かんでいた飛行機のような何かも、いつのまにか姿を消している。

 

 

 

戦いは終わった。

 

 

 

三日月はハッチを開き、這うようにコックピットの端へと移動し……

 

「…………」

 

そして……静かで広い、夜空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第19話:「さらなる高みへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻

樹海……別荘付近

 

ベカスたちは、激戦の果てに彼らを襲撃した黒いBM小隊を全滅させた。

 

「こいつらは何者だ?」

 

ショットガンを下げ、地面に横たわる黒いBMを蹴飛ばしながら、ニックは苛立たしげに呟いた。

 

「……これは」

 

ベカス機に搭乗していた高橋夏美が、その装甲上のマークに気づいた。

 

「内務省……特殊公安部隊のマーク……?」

 

「内務省の公安?」

 

夏美の言葉にベカスが反応する。

 

「ええ……武装特化型『飛影ーJ』を運用する、内務大臣直属の部隊……『内務省公安三課・特殊機動隊』よ」

 

「は? なんでそんな奴らがここにいるんだよ?」

 

通信機越しに二人の会話を聞いていたニックは、ダガーで肩をすくめる仕草をしてみせた。

 

「ちょっと前に……現内閣総理大臣の田中謙信が、西側のライン連邦から海軍設備発注の見返りに、長年賄賂を受け取ってきたっていうスキャンダルが発覚したの。それで、内閣の支持率は急降下。その収賄疑惑を告発したのが……うちの父……」

 

「報復か……ちぇっ、面倒なことに巻き込まれたな」

 

「…………」

夏美の言葉を聞いて悪態を吐くニックに対し、ベカスは少しだけ考えた後……

 

「つまり、日ノ丸の政府は告発への制裁として、君を暗殺もしくは誘拐しようとしたわけか……」

 

「……そうかも」

 

ベカスの要約に、夏美が頷く

しかし、ベカスは納得していないという様子で……

 

 

 

「……いや、何かがおかしい」

静かに、そう呟いた。

 

 

「え?」

 

2人の視線が、ベカスへと注がれる。

 

 

 

「考えてもみろ……もし、俺たちを雇った奴らの正体が内閣の奴らだったのなら、こんな遠回しな方法を使うよりも、もっと確実で効率のいい方法があった筈だ」

 

小さく息を吐き、続ける。

 

「それに……政府が暗殺をするということは、即ち、絶対に日ノ丸の国民には知られてはならないということでもある。それを踏まえて、これはどういうことだ?」

 

ベカスは残骸となった飛影に刻まれたマークを指差した。

 

その瞬間、ニックと夏美はハッとなった。

 

「この世界のどこに、自分の所属が分かるネームプレートをつけた暗殺者がいるって言うんだ? ……で、これはそれと同じさ」

 

「つまり……こいつらは内閣の人たちじゃない……?」

 

「そう。こいつらは、いわば内閣の皮を被ったニセモノということだな。機体のマークにしてみても、今の世の中じゃあこのくらい、いろんな形で偽造できるしな」

 

夏美の言葉に、ベカスは補足を入れた。

 

「おう、ベカスのくせに冴えてるじゃねーか! それで……結局こいつらは何者なんだ……?」

 

「いや、分からない。だが一つ言えるとしたら……この襲撃者たちは最終的に内閣を貶めることを目的としている」

 

 

 

ベカスはそこで三日月の忠告を思い出した。

 

 

 

「…………」

 

 

 

最悪の事態がベカスの脳裏をよぎる

ベカスは密かに夏美のことを見つめた。

 

 

 

「三個小隊だ、ニック」

 

その時、狙撃銃のスコープで絶えず周りを警戒していたドールが短くそう告げた。狙撃銃の狙う先……深淵に包まれているはずの森が、微かに震えていた。

 

迫り来る脅威に対し、ベカスは思考を中断せざるを得なくなった。

 

「三個小隊? いや、もっと多いぞ!」

 

ドールから送られてきた映像を見て、ニックは悲鳴をあげた。

 

「あたしを市内の父のところまで送って!」

 

すると、ベカスの後ろで夏美が声をあげた。

 

「なっ!?」

 

その言葉に、ベカスはヒヤリとするものを感じた。

 

「あいつらがここを選んだのは、街中じゃ堂々とあたしを襲撃できないから。市内に戻れば向こうも手出ししにくいはず……それに、私の危機なら父が警護を出してくれるはず」

 

「なるほど……そりゃあ名案だな」

 

夏美の提案に、ニックは短く口笛を吹いた。

 

「ま……待て、それはマズイ!」

 

思わず、ベカスは夏美へと振り返った。

 

「大丈夫……私を、信じて」

 

「…………!」

 

ベカスは夏美の瞳に強いものを感じた。そして、夏美の言葉に嘘偽りがないことも反射的に理解していた。

そして、ベカスは深い罪悪感を覚えた。

自分は高橋夏美のことを完膚なきまで裏切った。しかし、夏美はそんな自分たちを救おうとしている。本来ならば、殺されてもおかしくないにもかかわらず……

 

「ベカス」

 

ドールが静かに告げる

 

「今は、生き残ることだけを考えろ」

 

「…………分かった」

 

ベカスは断腸の想いで夏美の提案に乗ることにした。

 

「ベカス! ドール! ボケっと一緒にいても、包囲されるだけだ。バラバラに行動した方が敵を撒きやすい」

 

ニックの言葉に、2人は素早く頷いた。

 

「了解だ。奴らを振り切ったら、樹海入口の小道で落ち合おう……コンバットオープン」

 

ドールは狙撃銃を構え、いつでも機体を走らせることができるよう、滑走姿勢を取った。

 

「遅れんなよ、ニック」

 

ベカスはウァサゴの手を拳銃の形にし、その銃口をニックへと向けて、煽るようにそう告げた。

 

「ふっ……いつもビリっけつのお前に言われたかないね!」

 

ベカスの言葉に、ニックはニヤリと笑ってショットガンを肩にかけた。

 

「そんじゃあ……ミッションスタート!」

 

そして、3人はそれぞれの役割を果たすために行動を開始した。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

同時刻……

A.C.E.学園、ゲートA

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『三日月さん!』

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

『三日月さん! 返事をしてください!』

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

『三日月さん!」

 

 

 

 

 

「……うん」

 

 

 

 

 

『三日月さん! お怪我は……?』

 

 

 

 

 

「……いや、俺は大丈夫」

 

 

 

 

 

『……よかった……ご無事でなによりです…………』

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

『……三日月さん?』

 

 

 

 

 

「ねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何人、死んだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『え?』

 

 

 

 

 

「教えて、真希」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この戦闘で……何人……死んだの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……………………』

 

 

 

 

 

「教えて、真希……小林真希」

 

 

 

 

 

『…………分かりません』

 

 

 

 

 

「そっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、ここには居られないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued...




分かりますか?
数話前にやった、三日月のケンカのくだり
あの茶番(笑)は『雷電』をこの回で出すためだけに急遽予定を変更して作った話だったのです!(いや、でも真剣に作ったつもりですよ、作者としては……)

飛翔と光輪についての説明はまた後ほど……



『次回予告』



全ては、この時のために……
A.C.E.学園を去り、ベカスたちと合流した三日月
しかし、敵の供給は止まらない……その数、1000機
圧倒的な物量差に、エースたちは奮闘するも、一方的に嬲られ、次々と被弾、陣形を分断され、防戦一方に陥っていく。コックピットを貫かれるウァサゴ、蜂の巣になるダガー、その時……三日月は……



次回『夢の終わり』



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第20話:夢の終わり

お帰りなさい!指揮官様!

『重要』
機動戦隊アイアンブラッドサーガは第20話をもちまして終了とさせていただきますます。(やりたいことはやったため)

つたない文章ではありましたが(語彙力のなさからくる表現の使い回しやアイサガ本編のコピペなど)しかも、愚鈍な話だったのかもしれないので、ここまでお付き合いしてくれた方にはほんと感謝感激しかありません!

最終回ですが、正直言ってかなり長いです(当社比)
どこかで切ろうとも思ったのですが、切る場所が見つからなかったのでそのまま投稿させていただきます。

現在時刻、午前4:44……縁起悪い……あと眠いです!

それでは、二ヶ月間(三ヶ月?)ありがとうございました。
何か気になる点がございましたらご報告くださいませ
設定については後日、別で投稿させていただきます。




それでは……続きをどうぞ







樹海

指定された合流ポイント

 

ベカスは何度も押し寄せる敵機を撃退し、ひとまず敵の追撃をしのぎ、樹海の入口にあたる小道へとたどり着いた。

 

「オレが君のことを送れるのはここまでだ」

 

レーダーを確認して周囲に異常がないかを確認し、ベカスはウァサゴのコックピットを開放した。コックピットの先には、眩いばかりのネオン光で包まれた日ノ丸の街が広がっている。

 

「さあ……」

 

「うん……」

 

ベカスが外に出るように促すと、夏美は悲しそうな顔をしてコックピットの端へ足をかけた。

 

「…………ごめん」

 

「え?」

 

蚊の鳴くようなベカスの呟きに、夏美は振り返ってベカスを見つめた。

 

「オレたちがバカな依頼を引き受けたせいで、君に迷惑をかけた」

 

ベカスの謝罪に、しかし夏美はふるふると首を振り……

 

「あなたたちじゃなくても、父を貶めようとしている敵は別の方法であたしを騙したはず。そしたら……今ごろあたし、死んでたかもしれない」

 

危機的状況にもかかわらず、夏美は楽観的だった。

微笑みを浮かべ、小さく息を吐いた。

 

「ああ、そうかもな」

 

「ねぇ……少しはあたしのこと、好きだった?」

 

「…………」

 

その言葉に、ベカスは少しだけ考えるそぶりを見せ……

 

「そうねぇ……君はオレが会った中で、一番ダンスの上手い子だ」

 

肩をすくめ、ふざけたような口調でそう告げた。

その言葉に、夏美は小さく吹き出した。

 

「本当に? あの夜、最低でも5回はあなたの足を踏んだど思うけど?」

 

「そうか? 忘れたな。覚えているのは、君の優雅な姿と美しい瞳だけさ」

 

声を上げて笑う夏美に、ベカスは優しく微笑みかけた。

 

「でも、あたしとは一緒にいられない。でしょ?」

 

「オレは金目当てに君をだました、ただのペテン師だ」

 

「じゃあ、お金のためなら……ずっとあたしを騙し続けられる?」

 

夏美はベカスの瞳をジッと見つめた。

 

「………………それは…………」

 

夏美の問いかけに答えようと、ベカスが口を開いた時だった……

 

「!」

 

強烈な殺気を感じたベカスは、咄嗟にFSフィールドをウァサゴの背後へと展開させた。すると、フィールドの表面にいくつかの火柱が生まれた。

 

「しつこいな!」

 

開きっぱなしのコックピットをシールドでカバーしつつ、背後から迫る敵にソードライフルの銃口を向け……

 

「0.33秒遅い」

 

しかし、ベカスを襲った敵はどこからともなく飛来した一発の弾丸を胸に受け、沈黙。さらに、バックアップの為に別の方角から狙っていたもう一機も、同様に銃弾を受け、力なく地面へと沈み込んだ。

 

「クリア。ダメージリポートを、ベカス」

 

「いや、大丈夫だ」

 

淡々と発せられた声に反応したベカスは、短く礼を告げ銃弾の発射地点を辿った。そこには、立ち枯れた巨木の中に隠れて迷彩コートを展開しているドールの機体があった。

 

「ドール、いつからここに?」

 

「22分と45秒前」

 

「いるならいるって言えよ……それで、ニックはまだか」

 

「肯定(ポジティブ)」

 

その言葉を聞き、ベカスはドールの隣で機体を跪かせた。

 

「おかしいな……あいつがオレより後なんてこと、今まであったか」

 

「否定(ネガティヴ)」

 

「……だよな」

 

ベカスはソードライフルを地面に突き刺し、空いた右手をコックピットの前に移動させた。

 

「ここをまっすぐ行けば、樹海の外だ。あと少しで安全な場所に出られる」

 

ベカスの言葉に、夏美は小さく頷き、差し出されたウァサゴの掌の上に乗った。

 

「あなたは……まさか、戻るつもり?!」

 

ウァサゴの指にしがみつきながら、夏美はベカスへと振り返った。

 

「ごめんな……嫌な思いばっかりさせて」

 

「ううん。あの夜、あなたと出会えた……それはあたしにとってかけがえのない思い出! 約束して、必ず……帰ってくるって……」

 

それは決して叶うことのない願い。

しかし、夏美はそれを理解していた。どちらにしろベカスとは、もう二度と会えないということを……

 

ベカスは静かに夏美を見つめ……それかはコックピットから身を乗り出すと、その涙で濡れた頰を拭った。

 

「ああ……戻ってくるさ」

 

必然的な出会いをしたあの夜を思い出させるかのように、ベカスは夏美を優しく抱き寄せ、彼女の耳元で囁きかけた。

 

「ベカス、6時の方向、数は5」

 

無機質なドールの声が響き渡る。

 

「……」

「……あっ」

 

名残惜しさを捨てるように、ベカスは再び操縦席へ舞い戻ると、ウァサゴの腕を動かし夏美を地面へと下ろした。

 

「行け! 夏美!」

 

「……うん!」

 

ソードライフルを地面から引き抜き、ベカスはウァサゴを盾にするかのように機体を夏美の前へと移動させた。

 

夏美はベカスのBMから離れ、樹海の外へと向かった。未来への希望を残すかのように、何度もベカスへと振り返りながら……

 

「そうだ! 走れ! 走れ……夏美……」

 

飛来した火球を盾で弾き、ソードライフルの引き金を引く

(CMのあのシーン)

 

 

 

「知っているかベカス。お前は、最低な男だ」

 

 

 

「うるせぇ!」

 

 

 

叫び声と共に、ベカスはウァサゴに搭載された全砲門を展開した。ソードライフルからは高出力のビームが、バックパックの長距離キャノンから巨大な砲弾が、盾からは2機のドローン砲が、ミサイルが……圧倒的な火力の前に、襲撃者たちはなす術なく己の機体を爆散させていく。

 

 

 

「……クリア、流石だな」

 

ダガーのセンサーを活用し、敵の殲滅を確認したドールは、淡々と労いの言葉を送った。

 

「それで、これからどうする」

 

「……目障りな奴らを潰して、ニックと合流する」

 

「それだけか?」

 

ベカスはダガーのセンサー越しに、ドールから鋭い視線が放たれるような気配を感じた。

 

「あるんだろ? こういう時のための、プランBが」

 

それは、高橋夏美の誘拐に失敗した時など状況が悪い方向へと傾いてしまった時のためにベカスが事前に用意していたバックアップの逃走プランだった。

 

「……ダメだ、プランBは使えねぇ」

 

「何故だ? 説明を要求する」

 

「ここからじゃ、距離がありすぎるんだ。上手い場所を確保できなかったってのもあるが、まさかここまでの戦力を敵さんが投入してくるとは思っていなかった」

 

ベカスは操縦桿から手を離し、自分の髪をくしゃくしゃにした。

 

「現状の戦力じゃ、敵さんの包囲網を突破してあそこまで行けるとは思えねぇし……せめて、三日月がいれば……」

 

「否定(ネガティヴ)。三日月・オーガスなる協力者はここにはいない」

 

「そうなんだよなぁ……」

 

ため息混じりにそう呟いて、ベカスは夜空を見上げた。

色い輝きを放つ月が、ぼんやりと浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第20話:「夢の終わり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻……

A.C.E.学園 ゲートA

 

そこは、ある種の地獄と化していた。

 

地面には大破した無数の機体が横たわり、しかもその大部分が無残な形で屍と化しており、機体から漏れ出した赤黒いオイルが、まるで人の血液を思わせるかのように吹き出し、至る所に血だまりを作っている。機械の地獄の中に生者の気配はなく、動くものはなかった。しいて言えば、その場で動きを見せたのは機体から発せられたスパークの光くらいなものだった。

 

その中……地獄の中心には、紅い光を身に纏った白い悪魔が佇んでいる。進化を遂げ、新たなる力を手に入れ、敵を撃退したバルバトスはまるで死んでいるかのように、ビーム刀を手にしたまま、その場で微動だにしなかった。

 

「……もう、ここには居られないか」

 

バルバトスの中で、搭乗者である三日月は静かにそう呟いた。その瞳には、僅かに悲壮の色が浮かんでいる。

 

『み……三日月さんのせいじゃないです!』

 

イヤホンを着用した三日月の耳に、少女の声が響き渡った。それは、三日月がこの学園に来て以来、ずっとお世話になってきた小林真希の声だった。

 

『三日月さんが責任を感じる必要なんてないんです! こうなったのも、全部あの黒いBMのせいですよ!』

 

「でも、あいつを引き寄せたのは多分……俺」

 

握りしめた自身の拳を見つめた。

 

「これ以上、俺の戦いで、関係のない他の誰かを死なせるわけにはいかない」

 

『……そんな……だって、もうあの黒いBMは……』

 

 

 

「いや、あいつはまだ生きてる」

 

 

 

『え?』

 

その言葉に驚愕した真希は、通信回線を開いたまま何やらカタカタと、手元の端末を使って何かを調べ始めた。

 

『そんな……音波、電波、磁気、生体反応、熱源、あらゆる要素で黒い機体の消失が確認されたのに……?』

 

「でも、あいつは生きてる。なんとなくだけど、分かるんだ」

 

黒いバルバトスが消えた方向へと視線を向け……

 

「あいつを完全に倒さない限り、俺は……」

 

(それに……聞きたいこともあるし)

 

爆炎に包まれた黒いバルバトスのニヤリとした表情と、去り際に残したその言葉を思い返し、三日月は心の中でそう呟いた。

 

「……じゃあ、俺はもう行くから」

 

『……本当に、行ってしまうんですか?』

 

「うん。短い間だったけど、色々と助かったよ。真希」

 

『……はい、三日月さんも……お元気で』

 

通信回線を切り、三日月は学園へ背を向けた。

 

 

 

「あ、そうだ」

 

 

 

だが、そこで急に何かを思い出したかのように振り返ると、機甲の残骸で埋め尽くされた戦場の、ある一点へと向け、ゆっくりと歩き出した。

 

「光子」

 

そして、そこにいる少女に向けて声をかけた。光子は上半身だけになった月影の上で体育座りをしていた。

 

「…………む?」

 

意識を失っていたかのように見えた光子だったが、三日月の呼びかけにすぐに反応し、ゆっくりと顔を上げた。

 

「これ、ありがと。返すよ」

 

そう言って、柄の先から未だ紅い閃光が迸るビーム刀……飛翔を月影の前へ置いた。バルバトスの手からは離れた飛翔は、たちまちその勢いを失い、柄だけの状態になった。

 

「…………」

 

光子は呆けたような顔で柄だけになった飛翔を見つめた後……

 

「……三日月、それはお前が持っておけ」

 

「え?」

 

 

 

「拙者の実力では、まだその刀を扱うことはできない。ならばせめて、その力を存分に扱える者の手元にある方が、その刀……いや、飛翔にとっても本望であろう」

 

 

 

「……そっか、分かった」

 

三日月は飛翔を拾い上げ、それから側に落ちていた鞘も拾って飛翔をその中に収め、いつものように武器を収納する要領で亜空間へと格納した。

 

「じゃあ、光子がこれを使えるようになるまで俺が預かっておくよ。俺も、全部終わったら必ず返しに来るから」

 

 

 

「必ず……返す、か……」

 

 

 

 

三日月が去った方向を見つめながら、光子は小さく笑いかけ……それから、意識を失った。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「三日月さん……本当に、お気をつけて……」

 

学園の屋上から、徐々に離れて行くバルバトスの後ろ姿を眺めながら、真希は祈るようにそんな呟きを送った。

 

「ち……ちょっと待って……!」

 

その時、屋上へと続く扉が勢いよく開いたかと思うと、一人の少女が焦ったように姿を現した。

 

「わっ!……って、風紀委員さん?」

 

突然の登場に、真希の体がびくりと震える。

 

「三日月〜ッッ、待ちなさいよ!」

 

真希に倣うように、その少女……五十嵐命美は屋上の手すりをギリギリと掴み、離れて行くバルバトスの後ろ姿を恨めしそうに見つめた。

 

「あの……どうしたんですか?」

 

「どうしたもこうしたもないわよ! ねぇ、あいつ……いったいどこへ行くつもりなのよ!」

 

「どこへ行くかって……それはちょっと……」

 

「まさか、もう戻ってこないって言うんじゃないでしょうね!?」

 

「…………」

 

真希の無言で察した命美は、脱力したかのように突然膝から崩れ落ちると、それから深いため息を吐いて頭を抱えた。

 

「そんな……私のドローン砲が……私の戦闘データが……」

 

「あ、そっちですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樹海 某所

 

「クソッたれどもが……!」

 

ベカスたちと別れた後、ニックは一人、合流ポイントへと向かっていた。だがその道中で襲撃者たちの手厚いもてなしを受けていた。

 

襲撃者たちによる執拗な追撃に、ニックは片っ端からショットガンの洗礼を与え、袋小路となっているその場所は無数の黒い残骸が折り重なっていた。

 

「倒しても倒してもこれじゃあキリがねぇ……早く合流ポイントに行かなきゃなんねぇのに……」

 

姿勢を低くして木の影に潜り込み、ショットガンに弾を込めつつニックは悪態を吐いた。

 

「!」

 

その時、どこからともなく響き渡った風切り音に反応し、ニックは思わずその場から飛び退いた。

 

その行動が功を奏し、先ほどまでニックがいた場所は三本の光の槍に貫かれた。

「クソが! どこからだ?」九死に一生を得たニックは木々の間を高速で移動し、死にものぐるいで索敵する。

 

『ほう、中々やるじゃないか』

 

その時、どこからともなく声が響き渡った。

 

「そこか!」

 

ニックは声の発生源に向けて榴弾砲をお見舞いした。ダガーの肩部から放たれた榴弾は、暗闇の中で放物線を描いて向かっていき……着弾。ニックは確かな手応えを感じた。

 

「やったか……!?」

 

ニックが安堵したのもつかの間……

 

「うおっ!?」

 

背後から飛来した光線がダガーの盾に……正確には、盾の裏側に搭載されたビームバルカンの弾倉へと着弾した。

 

「やべっ……」

 

ニックは咄嗟に左腕の盾をパージするも、次の瞬間、盾に内蔵された弾倉が誘爆し、ニックの乗るダガーは爆炎に包まれてしまった。

 

「あっぶね〜」

 

ニックは爆発を右腕の盾でやり過ごし……そしてついにそれを見つけた。榴弾で燃える木々の隙間に、化け物のようなBMが浮かび上がった。

 

『……ふん、やはりこの程度では死なないか』

 

白と青を基調としたBMの周囲には、青い軌跡を描いて飛び回る砲身のような何かがあった。

 

「ドローン砲……クソッタレ!」

 

『部隊を全滅させ、おまけに私の不意打ちを躱すとは……悪運だけは強いみたいだな?』

 

6機のドローン砲を操るBMの目が怪しく輝いた。

 

『だが、それも今日までだ』

 

「!」

 

強烈な殺気を感じ、ニックは機体を跳躍させた。

 

6機のドローン砲が一斉に飛来し、その砲身をダガーへと向け、次々とビームを放った。

 

「うおおおお!!!」

 

ニックは自らの技量と盾でなんとかドローン砲の直撃を避けるも、ドローン砲はまるでそれぞれが自分の意思を持っているかのようにニックが回避した先に現れ、執拗に火線を放った。

 

火線がダガーをかすめ、その青い装甲を融解させていく

 

「ぐあああああああ……」

 

制御系をやられ、バランスを失ったダガーがついに膝をつく

 

『これまでだ。この私とここまでやりあえた事、誇るがいい』

 

青と白のその機体……インフィニティはドローン砲を呼び戻し、右腕の巨大なビーム砲を満身創痍のダガーへと向けた。

 

『では……死ね』

 

「……!」

 

インフィニティのビーム砲から放たれた高出力の光が、動けないダガーへと迫る。

 

(ドール、すまねぇ……)

 

相棒の姿を思い返し……ニックは目をつぶった。

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 

 

 

 

しかし、いつまで経っても自分を襲うはずの熱を感じないことに気づき、ニックはゆっくりと目を開けた。

 

「……お前は!!」

 

そして、ニックはそれを見た。

 

いつのまにか目の前に現れた白い巨人が、巨大な鉄塊を盾にして、真正面からビームの直撃に耐えていた。

 

「あ、生きてる?」

 

高出力ビームの直撃に耐えきった白い巨人は、振り返ってニックのダガーを見下ろした。

 

「お前……いや、お前が……三日月なのか?」

 

「うん。そっちは……ベカスの友達だよね?」

 

「友達…………ハッ……そうかもな」

 

「立てる?」

 

「まあ……なんとかな……」

 

関節を軋ませながら、ヨロヨロとダガーが立ち上がるのを見て、三日月は目の前の敵へと向き直った。

 

『チッ……仕留め損なったか』

 

インフィニティのパイロットは悪態を吐きつつも、ビーム砲のエネルギー装填と砲身の冷却を開始した。

 

「ねぇ、青い機体の人」

 

「ニックだ」

 

「……なんでもいいから、とりあえず……あいつを倒せばいいんでしょ?」

 

「……なっ!?」

 

『……ほう?』

 

何でもないというようにそう言った三日月に、2人のパイロットはそれぞれ違った反応を見せた。

 

「待て! あいつはヤバい、2人がかりでも倒せるかどうか……」

 

「そう?」

 

ニックの言葉に、三日月はチラリとインフィニティ一瞥し……

 

 

 

「こいつは……そんなに強いようには見えないけど?」

 

 

 

インフィニティのパイロットにも聞こえるように、堂々とそう言い放った。

 

『……黙って聞いていれば、言ってくれるじゃないか』

 

インフィニティからパイロットのイラついたような声が響き渡る。パイロットの怒りは青いオーラとなってインフィニティの周囲に現れ、それに呼応するかのように搭載された6機のドローン砲にも伝染していった。

 

「来るぞ!」

 

ニックが悲鳴にも似た警告を叫ぶ

 

 

 

『ファンネル砲たち!』

 

 

 

インフィニティのバックパックから6機のドローン砲が放出され、それぞれ青い軌跡を伴って三日月へと飛来する。

 

「……!」

 

次の瞬間、三日月は目先に閃光を走らせた。

迫り来るドローン砲を迎撃すべく、翼のようにバルバトスの背中に装備されたドローン砲……光輪を放出し、6機全てを前方へと射出する。

 

 

 

『ほう! 貴様もファンネル砲を使うのか』

 

 

 

しかし、紅い軌跡を伴ったドローン砲を見ても、インフィニティのパイロットは余裕の表情を崩さない。

 

『しかし、脳波コントロール制御のないドローン砲など、私に言わせれば蚊トンボに過ぎない! 私のファンネル砲が、ただのドローン砲とは違うことを……教えてやろう!』

 

次の瞬間……紅と青、二色のドローン砲が交錯し合い、空中でビームを撃ち合う空中戦(ドッグファイト)を展開した。

 

BMではとても披露することのできない、ドローン砲同士だからこそできる圧倒的なスピードで構成されたそれは、瞬く間に深淵を黒いキャンパスに見立て、紅色と青色の線を描いていく。

 

そして……勝敗は一瞬にして決した。

 

 

 

『………………馬鹿な』

 

 

 

インフィニティのパイロットは、目の前の光景が信じられないというかのように、狼狽えた声を放った。

 

それもそのはず、空中戦が終わった今、深淵を支配しているのは6機のドローン砲のみ……しかも、その全てがバルバトスの紅いドローン砲だったからだ。

 

 

 

『私の……6機のドローン砲が……全滅?! 10秒も経たないうちに……か?』

 

 

 

地面に散らばる青いドローン砲の残骸を見つめ、インフィニティは後ずさりした。それは、狩る者が狩られる者へと変化した瞬間でもあった。

 

「ねえ、まだやるの?」

 

光輪を背中に呼び戻した三日月は、メイスの先端をインフィニティに向けた。

 

「やる気なら、容赦はしないけど?」

 

『…………私は、お前たちのような人間とは……』

 

「…………!」

 

その瞬間、インフィニティから放たれた強烈な殺気を感じ、三日月はバルバトスを走らせた。

 

 

 

『薄汚い、無能力者のお前たちとはッッッ、違うんだああああッッッ!!!』

 

 

 

叫ぶインフィニティのパイロット

両肩に搭載された二問のビームキャノンから火線が放たれ、バルバトスへと飛来する。

 

光の速さで飛来するそれらを、バルバトスは敵の殺気を読んで回避し、インフィニティとの距離を詰めるべく機体を跳躍させた。

 

『空中に逃げるとは……馬鹿め、いい的だ!』

 

インフィニティのパイロットは発射準備の整ったビーム砲の先端を、上空のバルバトスへと照準した。

 

 

 

『許せないんだよ! ただの人間風情が、この俺よりもファンネル砲を使いこなせるのはッッッ……消しとべぇぇぇぇえ!!!』

 

 

 

その言葉と共に、ビーム砲の砲門から放たれた高出力の光線が、空中に跳んだことで自由に動くことのできないバルバトスへと照射される。

 

その場にいた誰もが、高出力ビームの束に機体を貫かれ、ズタズタに引き裂かれるバルバトスの姿を幻視した。

 

だが、そこで信じられないことが起きた。

インフィニティが放ったビームはどういうわけか、まるで雲を掴むかのようにバルバトスをすり抜け、夜空の彼方へと消えてしまったのだ。

 

『何!?』

 

インフィニティのパイロットが驚く間も無く、空中にいるバルバトスの表面にノイズのようなものが走り……あっという間にバルバトスの姿は煙のようにかき消えてしまった。

 

 

 

『残像だと!?』

 

 

 

それがバルバトスの光輪から放たれた紅い閃光が作り出した偽物であることに気づいた……頃には、もう手遅れだった。

 

「いちいち、うるさいね」

 

『ハッ!』

 

本物のバルバトスは暗闇に紛れて既にインフィニティの背後へと降り立っていた。既にメイスを構え、残忍な殺戮を披露する手はずは整えていた。

 

 

 

「もう、いいよ」

 

 

 

 

 

……喋らなくても

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

「すまねぇな。助かったぜ」

 

「別にいいよ、これが俺の仕事だから」

 

インフィニティを倒し、互いに一息つこうとコックピットから顔を出したところで目が合った2人は、お互いに声を掛け合った。

 

「この仕事が終わったら奢ってやるよ」

 

「そう? ありがと」

 

「なんだお前? なんか淡々としてるな」

 

「……そう?」

 

「ああ、そうさ。特に黒髪で、思いの外背が低いってところを見ると、なんかドールのやつを見ているみたいだぜ……ああ、ドールってのは俺の相棒で……」

 

「知ってる。狙撃の名人なんでしょ?」

 

「お! よく知ってんな、ベカスから聞いたのか?」

 

「うん。銀の人が教えてくれた」

 

「銀の人ってお前……ハッ、言えてるな。どんな戦場に放り出されてもしぶとく生き残るあのクソ野郎は、まるでエイリアンみたいだぜ」

 

ニックは小さく笑ってみせた。

 

「おっと……噂をすればなんとやらだ」

 

2人がベカスの話をしたちょうどその時、ニックはレーダーに映る機影に気がつき、樹海のある一点へと目を向けた。

 

するとニックが向いた先に、木々の間を搔き分けるようにして二機のBMが三日月たちの前に出現した。

 

「よお! 遅かったな〜」

 

その場に現れたウァサゴとダガーを見て、ニックは呑気に手を振ってみせた。

 

「ニック……被害報告(ダメージリポート)を」

 

「ああ。シールドを一枚やられただけで、あとはかすり傷さ……そんなジロジロ見ても異常はねぇよ」

 

ドールはニックの元へと近寄り、機体のチェックを始めた。ドールの検査をニックは言葉では嫌がりつつも、止める気はないようだった。

 

「三日月……お前……」

 

「ん?」

 

一方、ベカスは三日月へと近寄り、声をかけた。

 

「……来たのか」

 

「当たり前じゃん」

 

「いいのか……学園は……」

 

「うん、俺……気づいたから。俺のいるべき場所は、学園なんかじゃないって……」

 

三日月の言葉に、ベカスはなんと言っていいか分からずに頰をかいた。そんなベカスの様子を気にすることなく、三日月はポケットからナツメヤシの実を取り出して口にした。

 

4人がお互いに再び生きて会えたことを喜び合ったその時……樹海の奥地、暗闇の中、どこからともなく、無数の何かがこちらへと近づいてくる気配を感じ、4人は戦闘体制へ移行した。

 

「やれやれ……喜ぶのは、こいつらを撒いた後だな」

 

ニックがため息混じりに呟く

 

「肯定(ポジティブ)。ベカス、プランBの発動を要求する」

 

ドールはベカスに向け、淡々と告げる。

 

「分かった。そんじゃあ三日月、道は覚えてるな?」

 

「うん。俺が先行すればいいんだよね?」

 

三日月は前もって、ベカスが用意した非常時の逃走ルートを記憶していた。それは日ノ丸から大陸へと逃れるためのもので、三日月が記憶したルートの最終地点には港があり、そこにはBMを最大4機まで積載可能な貨物船が用意されている。

 

「そうだ。お前を前衛、オレとニックが中衛、そしてドールが後衛のクロスドッグでお前の動きに合わせて俺たちも動く」

 

「分かった。っていうか……なんで俺が一番前なの?」

 

三日月が抱いた素朴な疑問に、ニックとドールが反応する。

 

「そりゃあ、お前が俺たちの動きに合わせられるか分かんねぇからに決まってるだろ? 昔から腐れ縁で繋がってる俺たち3人は何となくお互いのことが分かるから動きを合わせることができるけどよ、新顔のお前さんは違う」

 

「そうだ。動きを合わせられないお前を後ろに置くよりも、寧ろお前の動きに合わせた方が効率が良いと判断した……そうだな、ベカス」

 

ニックとドールの説明に、ベカスはニヤリと頷いた。

 

「その通り、だからこそのクロスドッグだ。この陣形は、お互いの死角をなくすという意味のほか、全員の長所を活かしつつ、全員の短所を打ち消すという意味が含まれている……つまり」

 

「誰か1人でも欠けたら、危ないってことでしょ?」

 

三日月はベカスの言葉を要約した。

 

「理解が早くて助かるぜ。まあ、中衛のオレとニックはどちらかが消えても問題はないと思うけどな」

 

ベカスの言葉に、ニックはウンウンと頷いた。

 

「そうだなぁ、まあ……もし俺がやられたら、その時は……見捨てないでくれよ!」

 

「否定(ネガティブ)だ」

「嫌だね〜」

ドール、続いてベカスがニックに向けて肩をすくめてみせた。

 

「なんだとぉう?! お前ら薄情すぎんだろ!」

 

「ハハッ、冗談だよ」

 

「クソったれ……まあいい、また昔みたいにアレをやろうぜ?」

 

「おっ……そうだな!」

 

お互いに顔を見合わせ……ベカス、ニック、ドールの3人は三日月のクロスドッグを作るために三日月の後ろに立ち……

 

 

 

「ニック・オブライアン……『ダガー近接戦型』!」

 

 

 

「ドール……『ダガー狙撃型』」

 

 

 

「ベカス・シャーナム……『ウァサゴ万能型』!」

 

 

 

次々に、名乗りを上げた。

 

「え?」

流れに乗れなかった三日月は、思わずポカンとなってしまった。

 

「ほら、三日月……お前もやれよ」

ベカスは小声で三日月へと声をかけた。

三日月は少しだけ戸惑いつつも……

 

 

 

「三日月・オーガス……『バルバトス・神威』!」

 

 

 

先にやった3人に倣い、三日月はかつてどこかの戦場でやったように、気を引き締め、声を張り上げた。

 

 

 

「よし今から……俺たちは、全員で一つだ」

 

 

 

他の3人に聞こえるように、ベカスが呟く

 

 

 

「全員で……生き残るぞ」

 

 

 

そして……数時間にも及ぶ逃走劇が、今まさに火ぶたを切って落とされた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

BGM:『katute no 宝物』

(権利云々がよく分からないのでぼかしてます)

 

 

 

 

 

先頭に三日月、その背後……両翼にベカスとニック、そして最後尾にドールを置いた、計4機の機甲が夜の日ノ丸を疾走する。

 

「三日月!」

 

手元のレーダー表示に目を落としたベカスが叫ぶ

 

「前方! 人型3」

 

「了解。突破口を開く」

 

ベカスの指示に、三日月は隊列から離れて先行する。

 

やがて前方に出現した黒いBMは、こちらへと迫るバルバトスの姿を見るなり銃撃を加えるが、三日月はメイスでそれを全て弾き返し……

 

「邪魔!」

 

メイスを振り回し、邪魔な障害物を薙ぎ払った。

黒いBM……飛影はロクな防御行動も取れず、真っ二つに引き裂かれ、爆発四散した。

 

それを見た残る二機の飛影は、それぞれ左右へと身を飛ばし、バルバトスの追撃から逃れようとするが……

 

「かかった!」

 

「クソったれが!」

 

逃れた先でベカスとニックの射撃を受け、大破……炎上する。

 

「さらに増援! 空だ!」

 

再び放たれたベカスの叫び声を聞きつけ、三日月は隊列に戻りつつ、背中のドローン砲を展開した。

 

暗黒の夜空に溶け込むかのように、無数の黒い戦闘機、そしてBMを運搬する輸送機がこちらへと近づいていた。

 

輸送機のハッチが開かれ、中から黒いBMが姿を現し……4人の進路上へ空挺降下を始めようとして……

 

「1.35秒遅い」

 

しかし、ドールの精密射撃を受け、空挺降下前のBMは大破。しかも、携行火器の弾倉へ誘爆したことにより大爆発が起きる。

 

その結果、輸送機と運搬していた他のBMを巻き込んでさらなる誘爆が発生し、日ノ丸の空に巨大な火球が生まれた。

 

しかし、輸送機を排除したところで戦闘機は止まらない。ウェポンベイを開き、密集した四機に向けてミサイルを叩き込もうとして……

 

「見える…………そこ!」

 

それよりも早く、三日月は目先に火花を散らした。

すると、展開された6機のドローン砲が一斉に火線を放ち……放たれた紅い閃光は次々と黒い戦闘機たちを捉え、その装甲を貫き、炎上させた。

 

儚く散った無数の戦闘機たちは、小さな火球となって深淵の空で最期の輝きを見せた。必然的に、大きな火球の周囲を、小さな火球が満たす構図になる。

 

 

 

それは夜空に咲いた大輪の花……

いや、まさしく『花火のよう』だった。

 

 

 

「ヒュ〜、た〜まや〜ってね!」

 

 

 

爆発を見上げ、ニックが叫ぶ

 

しかし、それでもなお4人は止まらない。

 

人気のない国道を疾走し……ついに4人は海へと出た。

 

「よし……あとはこのまま海岸線沿いに進めば……」

 

「ベカス、一時方向、艦船1」

 

ドールの言葉に反応し、ベカスが海を見渡した時……突如として海から飛来した巨大な砲弾が4人をかすめた。

 

「やべっ……ニック、場所代われ!」

 

右からの砲撃に対し、隊列の左側にいたベカスはニックと位置を交換し、右側へと移る。その瞬間、再び艦船からの砲撃……

 

「防ぐ!」

 

巨大な砲弾が4人の間に着弾しようとしたらその瞬間、ベカスはFSフィールドを展開。砲弾は空中で受け止められ、無力化された。

 

 

 

「クソったれ! 日ノ丸の巡洋艦だと!? 奴ら、あんなものまで……」

 

 

 

「任せて」

 

 

 

三日月は機体を滑走させつつ、メイスを左腕に持ち替え、空いた右手に滑空砲を出現させた。

 

 

 

「……撃つ」

 

 

 

ベカスがFSフィールドで砲弾を受け止めている間に狙いを定めた三日月は、巡洋艦へと砲撃……巡洋艦の砲弾に引けを取らない、巨大な砲弾が巡洋艦へと降り注ぐ。

 

三日月の放った砲弾は巡洋艦の砲塔、艦橋、船尾、機関部へと着弾……一瞬の間の後、巡洋艦から黒煙が上がった。

 

「すげぇ!」

 

一瞬にして巡洋艦を無力化したことに驚き、ニックは感嘆の声を上げた。

 

「ああ……やっぱすげぇよ、三日月は」

 

レーダーを確認しつつ、ニックの言葉に同意したベカスは、続いてアイコンタクトでニックへと指示を送る。

 

「おっ……そうだな、俺もガキに負けてられねぇ」

 

「よし、やろうぜ」

 

何やら後ろで話し合っているベカスとニックの会話を耳にしつつ、三日月は前方から敵の増援が迫りつつあることに気づき、メイスを構え直した。

 

防衛線を構築した数十機の飛影が、ライフル砲や突撃銃などを構えて迎撃体制を取っていた。

 

 

 

「待て、三日月! 今度はオレたちに任せてくれ」

 

 

 

ベカスは前に出ようとした三日月を制止させ、ニックと共に隊列の前に出る。

 

 

 

「「行くぜ!」」

 

 

 

2人は盾を構え……飛影の群れの中へと機体を突撃させた。

 

突撃してくる二機のBMに対し、飛影は所有火器を駆使して猛烈な弾幕を張るも、ウァサゴのFSフィールドはその殆どを無力化。榴弾に対しては盾で防ぎきった。

持っている火器では足止めすらままならないことを悟った飛影たちは、刀や双剣を構え、近接戦闘によりその動きを封じようと試みるのだが……

 

「うおおおおおお!!!」

 

「邪魔だクソ野郎があああ!!!」

 

しかし、突進するサイの如く勢いのついたベカスとニックを止めることはできず、二機のシールドアタックを受け、防衛線を構築するために密集していた飛影たちはまるでボーリングのピンのように弾き飛ばされてしまった。

 

「1.45秒遅い」

 

辛うじて2人の攻撃を避けた飛影も、後続の三日月とドールの援護射撃により、あっという間に戦闘不能へと陥った。

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

クロスドッグにて飛影の防衛線を突破する三日月たち

 

 

 

『…………』

 

そんな彼らの様子を、海岸沿いの国道から遠く離れた、小高い丘の頂点から見つめる青い機体の姿があった。

 

青い機体は、並のBMでは抱えることすら困難な重砲を片手で軽々と持ち上げると、射撃を安定させるバイポッドすら展開することなく、その銃口をある一点へと向けた。

 

『…………』

 

次の瞬間、その場にいた者をショック死させてしまうのではないかと思われる程の爆音が、小高い丘にこだました。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

防衛線を突破した4人は再び集結し、隊列を組み直した。

 

「よし! 目的地までもう少しだ、後はこのまま……」

 

右翼に展開したベカスがそう言いかけた時だった

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後……

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 

崖下へと落下した三日月は、どこからともなく流れ込んできた潮の香りと、機体が揺さぶられる感覚に目を開けた。

 

「あれ……? ここ、どこ?」

 

朦朧とする意識を何とか保ちつつ、海水に半分だけ浸かったバルバトスを起き上がらせたところで、三日月は左腕に鋭い鈍痛を感じた。

 

見ると、バルバトスの左腕は肘から先がなくなっていた。

 

「……!」

 

そこで、三日月は思い出した。

 

防衛線を突破し、再び隊列を組んで、目的地までもうすぐというところで……どこからともなく飛来した巨大な砲弾を……

 

何者かによる砲撃は、直撃こそしなかった。

 

だが、隊列の至近距離に着弾したことによる衝撃は凄まじく、風圧でバルバトスは吹き飛ばされ、弾けた砲弾の破片がバルバトスから左腕を抉り取ってしまった。

 

因みに、三日月の左後ろにはFSフィールドを展開したウァサゴと、そのパイロットであるベカスがいた筈だった。

 

「…………他のみんなは?」

 

三日月は真っ黒な海を見渡し、仲間の姿を探した。

そして、海中に沈んだ銀色の装甲を見つけた。

 

それは、ウァサゴの左肩だった。

 

「ベカス……?」

 

三日月は右腕でそれを掴み上げ、海から引き上げた

 

「……え?」

 

ウァサゴはまるで死んだように動かなくなっていた。

 

ソードライフルを失い、シールドは粉砕され、バックパックのキャノン砲はへし折れ……全ての武装を喪失した……いや、特筆すべきはそこではない

 

 

 

「……ベカス?」

 

 

 

ウァサゴのコックピットには、砲弾の一部とと思わしき、巨大で鋭利な破片が深々と突き刺さり、コックピットを貫通しかけていた。

 

 

 

ウァサゴの背中からは、突き刺さった破片の切っ先と思わしき部分が露出している。

 

 

 

ウァサゴのコックピットから雨漏りのように流れ落ちるものがあった。月明かりに照らされたそれは、暴力的な色をしつつも、どこか生命の神秘を感じさせる赤色をしていた。

 

 

 

「ベカス……ベカス……!?」

 

 

 

三日月は、まるで破片を抜けばそれがこの世に戻ってくるとでも思っているかのように、破片を右腕で掴み、ウァサゴのコックピットから引き抜いた。

 

 

 

ウァサゴのコックピットから大量の液体が漏れ、

 

 

 

滝のように流れて、黒い海へと落ちていった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「クソったれ! ベカス! 三日月!」

 

所変わってここは崖の上。

辛うじて砲弾の衝撃に耐えたニックとドールだったが、無傷というわけにもいかず、両機とも電気系統に異常が発生し、制御不能に陥っていた。

 

「ドール! あいつらどこ行った!」

 

「おそらく、崖下へ落ちたものと推測され……」

 

そこで、ドールはなぜか口を噤んだ。

 

「ドール……?」

 

ドールの視線を辿ったニックは……その光景を目の当たりにして恐怖で固まった。

 

 

 

「……オイオイ……嘘だろ……?」

 

「……同感だ」

 

 

 

これには、いつもならすぐに否定するドールでさえも、すぐには現実を受け入れることが出来ず、彼の小さな口からそんな言葉が漏れた。

 

 

 

なぜなら2人の目の前……日ノ丸の奥地へと続く樹海の中から、呆然と立ち尽くす2人を見つめる金色の瞳が浮かんでいたからだ。

 

 

 

しかも、それは一つではなく

まるで樹海を埋め尽くしてしまうかと思う程の、大量の瞳が暗闇の中に浮かんでいた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

それは、崖下でも同じだった。

 

「あれが……全部、敵……?」

 

三日月は、海面を滑るように移動する無数の金色の瞳を目撃した。その無機質な黒い装甲が月光を浴び、鋭さを伴った輝きを放っている。

 

そして、襲撃者たちは分身を始めた。

 

襲撃者たちはあっという間にその数を増していき、終いには一国の総戦力にも匹敵する大群が海面を埋め尽くしていた。

 

「ああ、そっか……でも……」

 

しかし、圧倒的な戦力を前にしても、三日月の瞳から闘志が失われることはなかった。

 

亜空間から飛翔を取り出すと、その鞘を脇に挟んでビーム刀を引き抜いた。三日月の意思に呼応するかのように、飛翔の柄から紅い閃光が放たれた。

 

 

 

「俺たちは…………全員で、生き残る!」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「クソったれがああああ!!!!」

 

ニックはショットガンを撃ち続ける。

 

彼が一発撃つごとに、襲いかかってくる飛影はあっさりと爆発四散する。だが、そんなこと御構いなしと言わんばかりに、次から次へと新たな飛影がニックの前に姿を現す。

 

「うざってぇな!! 寄るんじゃねぇ!」

 

吐き叫びながらもトリガーを引き続ける

 

やがて、撃ち漏らした一機がニックへと迫り、左腕に残った盾を引き剥がしにかかった。

 

「うるせぇ!!」

 

ニックは咄嗟に盾をパージし、飛影がバランスを崩したところにショットガンをお見舞いした。ほぼゼロ距離の状態で放ったことにより、爆発四散した飛影の爆風をモロに受け、ショットガンが損傷する。

 

爆風を抜け、また新たな飛影が刀を構えて迫る。

 

「うざってぇんだよおおおおおおお!!!」

 

ニックは使い物にならなくなったショットガンを捨て、腰のホルスターから対BMナイフを引き抜き……

 

次の瞬間、青い機体と黒い機体が交錯し……

 

 

 

そして、ナイフを持った青い腕が地面に落下した。

 

 

 

「な……!」

 

しかし、ニックに驚愕する暇は与えられなかった。樹海の奥地から無数の火球が放たれ、その内の一発がダガーの左足に着弾。

 

「ぐあああああッッッ」

 

片足を失い、転倒するタガー

 

「……!」

 

そして、ニックは見た。

 

倒れた自分を囲む、三機の飛影を

 

飛影の手にはそれぞれ刀が握られており、三機の飛影はまるで三つ子が動かしているかのように、ほぼ同時に刀を振り上げ……

 

 

 

「クソがぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

絶叫するニックめがけて、その切っ先を振り下ろした。

 

「ニック!?」

 

自分にまとわりつこうとする敵の対処で精一杯なドールが、相棒の危機に気づいたのはその時だった。

 

ドールは三機の飛影に囲まれたニックを助けるべく機体を走らせるが、その前に刀を携えた飛影が割って入る。

 

「……!」

 

ドールは咄嗟に回避行動を取るも、飛影の放った斬撃がドールの狙撃銃を捉え、ダガー狙撃型のメインウェポンは真っ二つになってしまった。

 

「…….0.23秒遅い」

 

メインウェポンを失ったドールへと追撃をかけようとする飛影だったが、その時には既に、ドールが操るダガーの両手にはサイドアームのハンドガンが握られている。

 

コックピットへ正確に撃ち込まれた二発の銃弾が飛影を貫き、飛影は爆発四散する。

 

「ニック!」

 

そして、今度こそニックの救援に向かおうとしたドールだったが、その瞬間、敵の接近警報が鳴り響き……

 

 

 

「0.21……」

 

 

 

しかし、ドールが銃口を向けようとしたその瞬間には、背後から突き出された凶刃がダガーの装甲を貫き、コックピットを貫通してダガーの正面へと突き出た。

 

 

 

「……れ……0.」

 

 

 

コックピットを貫かれてもなお、ドールは機体を動かそうと試みるが……さらに二機、前方からクロスするように刀を突き出されては流石にどうすることもできず……

 

 

 

「…………」

 

 

 

合計三本の刀をその身に受け……

 

 

 

ドールは、意識を失った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

私はUSFの古代技術を研究している秘密機関で製造された。アクシデントに乗じてそこから逃げ出し、身元を隠して傭兵になった。だが、誰がコンビを組んでもいつも私だけが生存する。だから皆は私のことを「死神」と呼んだ。私と組む者はいなくなり、必然的に私は単独での行動が多くなった。しかしニックだけは違っていた。彼は私にドールという名前を与え、何もなかった私に私という存在を与えてくれた。彼は人と会うごとに私の話をした。私にはどうやら寡黙な両親と反抗的な妹、そして吐き気がするほど甘いパイを焼く祖母がいるらしい。すると周囲の私を見る目が変わった。彼らは私のことを変人扱いするようになり、血の通った人間として見るようになった。「死神」とも呼ばれなくなった。私は私であることを終え、ロクでもない生活を送る、1人の人間として生まれた瞬間だった。彼はワタシをゴウインに自分の相棒にした。彼のタフさと悪運の良さは私に「ニンゲンではないのでは?」と思わせるほどだったが、さけを飲んで嘔吐するすがたを見て、ギモンもきえた。

 

彼はゲヒンな言葉をつつつかかかかいい…

粗野でガンコ……じじだだららくくく……だだだ

 

 

 

 

 

ーーーシステムに深刻な異常が発生

 

ーーースリープモードへ移行します

 

 

 

 

 

デモ……彼がそばにイルト、

 

ジブンガキカイデアルコトヲ

 

ワス……レ……

 

 

 

 

 

ーーースリープモード 実行

 

 

 

 

………………

 

 

 

…………

 

 

 

……

 

 

 

 

 

ーーー再起動 承認

 

 

 

 

 

でも、彼がそばにいると

 

じぶんが機械であることをわすれ

 

……生きるいみになやまなくてすんだ。

 

 

 

 

 

…………なぜなら

 

 

 

 

 

ーーースリープモード終了

ーーーシステムを『ラストラリーモード』へとシフト

 

ーーー……enjoy!

 

 

 

 

 

「私は……いや、俺はドール。

この世で最もロクでもない傭兵の相棒だ」

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「クソッ! クソッ! クソッッッ!」

 

コックピットめがけて振り下ろされる刀を、残った左腕で防御するニックだったが、ついに残った腕すら関節から切り取られ、刀の切っ先が操縦席にまで迫っていた。

 

「クソがあぁぁぁぁあああああああッッッ!!!」

 

断末魔の悲鳴と共に、ニックの体が巨大な刀によって引き裂かれようとした……その時だった……

 

 

 

 

 

「0.01秒……遅い」

 

 

 

 

 

ニックは、相棒の放ったその言葉を確かに聞いた。

 

次の瞬間、ニックを襲う三機の飛影に風穴が空いた。

 

「……なっ!?」

 

爆発四散する飛影

 

爆炎が晴れたことを確かめてから、ニックは斬撃によって空いた装甲の隙間から外へと這い出て、地面へと降り立った。

 

「無事か? ニック」

 

「ドール……?」

 

そしてニックは、変わり果てた相棒の姿を目の当たりにした。

 

 

 

そこには、上半身だけになったドールの姿

 

 

機能停止に陥ったBMからここまで這ってきたのであろう、地面にはドールの体から流れ出た白い人工血液が不規則な線を描いていた。

また、その手には、BMすら破壊することのできる世界最大の拳銃が握られていた。

 

 

 

命がけで、ドールはニックのことを救ったのだ

 

 

 

「酷い格好だろう?」

 

 

 

ドールは虚ろな視線を浮かべてニックを見上げた。

 

 

 

「ああ、確かにそうだな」

 

 

 

そう言ってニックはドールの前に跪き……

 

 

 

「……だが、どんな姿になってもお前はお前だろ?」

 

 

 

そして、ニックへと手を差し伸べた。

 

 

 

「肯定(ポジティブ)、俺は変わらない」

 

 

 

銃を手放し、相棒の腕を取る。

 

 

 

「最後に……お前と一緒に死ねて、よかったぜ」

 

 

 

絆を確かめ合う2人

 

 

 

そんな2人へと向けられる、機関銃の砲身

 

 

 

世界は残酷だった。無慈悲なまでに……

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

三日月は迫り来る数百機の飛影を相手に、一歩も引かない戦いを繰り広げていた。

 

「いけ!」

 

数十回目にもなるエネルギー供給を終えたドローン砲がバルバトスの背中から再度出撃し、超高速機動にて敵に接近、火線を放った。

 

しかし、ドローン砲の動きは最初の頃に比べると明らかに精彩を欠いていた。動きはやや鈍重になり、その狙いも甘いものとなる。

 

肩で息をしながら三日月は目先に閃光を放つと、ドローン砲から放たれた紅い光線が一瞬にして六機の飛影を串刺しにし、片っ端から爆発四散させていく。

 

しかし、飛影もただやられているだけではなく、動きの鈍重になったドローン砲へと狙いを定め、攻撃を放った。

 

「……ぐっ!」

 

圧倒的な対空砲火により、ドローン砲が一機、また一機と撃墜されていく。ドローン砲が撃墜される度に、三日月は頭にナイフでも突き刺さったかのような痛みを感じ、顔をしかめた。

 

「チッ……でも、これで!」

 

ドローン砲が残り三機となったところで、同時に操作するドローンの数が減ったことにより、ドローンの動きが通常のそれへと戻る。

 

「そこ!」

 

一瞬にして10機近いBMを爆発四散させたところでエネルギーが尽き、ドローン砲が再びバルバトスの背中へと舞い戻ってくる。

 

ドローン砲のエネルギー供給を待っている間、三日月は防戦一方に陥ってしまう。

 

「くっ……」

 

大雨の如く降り注がれる弾丸を飛翔で撃ち落としながら、三日月はただ耐えた。

 

本来ならば敵の中央に飛び込み、敵の同士討ちを狙いつつ、各個撃破していく三日月だったが、状況が状況だけに、それができない理由があった。当然のことながら、引くことも許されなかった。

 

ビーム刀で攻撃を弾く三日月の背後には、両膝をついたままピクリとも動かないウァサゴの姿があった。

 

先ほどまでコックピットから流れ落ちていた大量の赤い液体は、パイロットの体からついに出尽くしてしまったのか、もはや雫となって垂れる程度になっていた。

 

パイロットの生存は絶望的なのは目に見えている。

しかし、三日月は一歩も引かなかった。

 

「全員で……生き残るって……」

 

なおもビーム刀で敵の攻撃を弾き返し続ける三日月

 

しかし、降り注がれる大量の銃弾の全てを撃ち落とすことは出来ず、そしていくら頑強なバルバトスの装甲であっても被弾し続ければ長くは保たないのは明白であった。

 

そして、ついに限界が訪れた。

 

榴弾の直撃を受け、バルバトスがゆっくりと膝をつく

 

「…………」

 

朦朧とする意識の中……三日月の虚ろな瞳が刀を手に迫り来る十数機の飛影を捉えた。

 

三日月は刀を構え直し、立ち上がろうとするも、バルバトスはまるで石になったかのようにピクリとも動かなかった。

 

(あ……)

 

振り下ろされた刀がバルバトスのコックピットを捉えようとした……まさにその時、奇跡が起きた。

 

「……え?」

 

盛大な水しぶきを上げて何かが飛び出したかと思うと、それは三日月の前に立ち塞がり、振り下ろされた刀を受け止めた。

 

『…………』

 

その機体……ウァサゴのセンサーが鋭い輝きを放ったかと思うと、手刀で飛影のコックピットを潰し、刀を奪って右手に持ち、迫り来る残りの飛影に向けて加速した。

 

ウァサゴが一機、また一機と飛影を切り裂いていく

 

「ねえ……バルバトス……」

 

その間に、三日月はバルバトスを立ち上がらせる。

 

「まだ、やれるでしょ?」

 

三日月の言葉に呼応するかのように、バルバトスのツインアイが鋭い輝きを放った。それと同時に射出されたドローン砲が飛翔の周囲を回り始める。

 

一方、無数の飛影を相手にたった一本の刀で奮闘するウァサゴだったが、ついにその刀が折れ、ウァサゴは丸腰の状態に陥る。

 

『…………』

 

そして、ウァサゴはブレイクパルスを放った。

 

ウァサゴの胸部から放たれた高出力のビームが、複数の飛影を貫いて空の彼方へと消えていく。

 

『…………』

 

その一撃で機体のエネルギーを使い果たしてしまったのか、海面に倒れたウァサゴがそれ以上、動くことはなかった。

 

「そうだ……俺たちは」

 

ウァサゴの最後を見届けた三日月は、静かに飛翔を掲げた。

すると飛翔の柄から成層圏まで到達するのではないかと思うほどの膨大な光が放出され、それは暗黒の空を引き裂いて、夜空を明るく照らした。

 

 

 

「生きる!」

 

 

 

振り下ろされた飛翔を避ける術はなかった。

圧倒的な熱量に、海水が蒸発し、戦場は霧に包まれた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

かつて数百機ほど存在した飛影は、三日月との戦闘を経て一気に数十機になってしまうまで数を減らしていた。

 

しかし

 

「ああ……」

 

全てを使い果たしたバルバトスは、両膝をついて海に沈みかけていた。握りしめた飛翔からは、もはや一筋の光すら放たれることはなく、ドローン砲も海に突き刺さり、動くことはなかった。

 

「俺……また、ダメだったんだ……」

 

機能停止したバルバトス

光を失ったツインアイ

 

残った数十機の飛影を相手にする余力すら、残されていなかった。

 

生き残った飛影が三日月へと狙いを定める。

 

そして、動かなくなったバルバトスに向けて火線が降り注がれようとした……その時だった。

 

「…………?」

 

三日月の瞳が、空に現れたそれを捉えた。

 

空中に留まった火の玉が、夜空に浮かび上がっている。

 

飛影はそれを見ると否や、三日月にとどめを刺すこともなく、一目散に水上を駆け抜けてどこかへと消えてしまった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

それはニックとドールのところでも同じだった。

 

今まさに2人に向けて銃撃を行おうとしていた一機の飛影が打ち上げられたそれに気づき、撤退を始めると、一機、また一機とそれに続いた。

 

「……助かった……のか?」

 

最後の飛影が2人の前から姿を消しても尚、ニックは何が起きたのか分からず、ドールを抱きしめたまましばらく呆然とその場に座り込んでいた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「…………」

 

バルバトスのコックピットから這い出た三日月は、先ほどとは打って変わって静かになった海を見渡した。

 

海はつい数分前まで戦闘が行われていたとは思えないほどの静けさに包まれており、いつもと変わらぬ素振りを見せるかのように、穏やかな波がバルバトスへと打ち付けられた。

 

すると、水平線の向こうから何か巨大なものが現れた。

 

その船のようなその何かは、一直線に三日月の元へと近づいてくる。

 

三日月はその船に見覚えがあった。

 

 

 

 

 

『ベカス! 三日月! 迎えに来てやったわよ!』

 

 

 

 

 

ダイダロス2号から、葵博士の声が放たれた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

ーーーサブタイトル更新ーーー

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第20話:「明日への希望」

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

一方その頃……

 

 

 

高橋重工 本社

最上階 総帥室

 

「くそっ!!」

 

高橋重工の総帥である高橋徹は忌々しげに悪態を吐くと、握りしめた携帯端末を壁に向けて投げつけた。

 

「電話の相手は誰だったのです?」

 

荒れた総帥の様子を見て、総帥室の入口近くにいた人物が思わず声をかけた。白衣を着た博士風の男で、首から下げたネームタグには『水原一郎』の文字が刻まれている。

 

「OATHカンパニーの……ミドリという女だ」

 

「ミドリ? それで……その方は何と?」

 

「……ご大層なことに、この私を脅してきたよ」

 

高橋徹は水原一郎を凝視し……

 

 

 

「あの女狐はこう言ったのだよ……今すぐに部隊を撤退させろ、さもなくば『モービィ・ディック』を派遣する……と」

 

 

 

「『白鯨部隊』を?」

 

 

 

水原一郎はその言葉を聞いて眉をひそめた。

 

「まさか……その女の言うことを信じたわけではないでしょうね?」

 

「当然だ。しかし先ほど、高橋家の監視衛星が日ノ丸の領空を侵犯する『モービィ・ディック』の旗艦らしき艦影を捉えた……」

 

「なるほど……それで、怖くなったと?」

 

「…………」

 

高橋徹は水原一郎を睨みつけるも、当の博士風の男は肩をすくめるだけだった。

 

「そうそう、我々が雇った傭兵たちのことですが……我が社の私兵部隊があと一歩のところまで追い詰めたものの……」

 

「それがどうした! 逃げられたのだろう!」

 

「ええ。どこかの工作船が彼らと彼らの機体を回収し……船は大陸へ向かいました。ですが、何も問題はありません」

 

水原一郎はそう言って小さく手を上げた。

 

「追跡者(チェイサー)を放ちました。彼らが真実にたどり着き、世間に向けて告発しようとする頃には、彼らは既にこの世からいなくなっていることでしょう」

 

「大丈夫なんだろうな?」

 

「ええ。ですから問題はありません」

 

「そうか……!」

 

水原一郎の言葉を聞いて、高橋徹はニヤリと笑った。

 

「内閣総理大臣直属の部隊が財閥の令嬢を襲撃したという情報はすでにばら撒いています。この一件はまず間違いなく明日のトップニュースになるでしょう。今の支持率では、内閣も今月いっぱいは持たないかと……」

 

「そうだな! これで新防衛法の最後の邪魔者が消えた。この国はもはや私のものだ! 幼い神皇はまだ自分が私の傀儡であることには気づいていまい」

 

拳を握りしめて高笑いする高橋徹。

水原一郎は今回の被害について報告しようと思っていたのだが、扉を隔てた廊下の先から何者かの足音が響き渡ったのを感じて口を噤んだ。

 

「お父様! 助けてください!」

 

次の瞬間、総帥室の扉が勢いよく開かれ、息を切らした高橋夏美が姿を現した。

 

「ほお、まだ生きていたか。これは面白い」

 

総帥室に現れた自分の娘を見て、高橋徹はサディスティックな笑みを浮かべた。

 

「お父様……? いま、なんと……」

 

「ふふっ……」

 

高橋徹は引き出しから白銀の拳銃を取り出すと、その銃口を夏美に向け……なんのためらいもなく発砲した。

 

「ぐ……」

 

胸を撃たれて、夏美の表情が苦痛に歪む。

 

「私は、君のそういう顔が、大好きでね」

 

「……ベカス」

 

夏美は愛する男の名前を呼ぶと、がっくりと膝を折り、混乱と絶望を抱いたまま糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

「これで、よかったのですか?」

 

水原一郎は倒れて動かなくなった高橋夏美を見下ろし、困ったように頭をかいた

 

「時々、この子が『Dool–01』であることを忘れてしまうよ。新しい体を用意して擦り傷と青あざをつけてくれ。それと、直近の記憶は全て排除しろ」

 

高橋徹はそう言って水原一郎へ白銀の拳銃を手渡した。

 

「御意。では……後のことは全て私にお任せください」

 

高橋徹はククッと笑いながら総帥室を去った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

総帥室に一人取り残された水原一郎は、高橋徹から渡された拳銃を右手に持ち替え、ゆっくりと体から離れた位置に持っていく。

 

 

 

……

 

 

 

いつからそこにいたのだろうか……突然、水原一郎の背後から小さな手が飛び出したかと思うと、あっという間にその右手から拳銃を奪い取ってしまった。

 

「これで……よかったのかい?」

 

 

 

……はい、上出来です

 

 

 

水原一郎の手から拳銃を奪い取ったその『何者か』は、慣れた手つきで弾倉を引き抜くと、あらかじめすり替えておいた麻酔弾を全て取り出し、代わりに実弾を込め、再び水原一郎の手へ拳銃を握らせた。

 

 

 

「一つ、聞いていいかい?」

 

 

……なんですか?

 

 

 

「君は私の娘を……梨紗を人質に取っていると言った」

 

 

 

……?

 

 

 

「もし、私が君に従わなかったら、君は……いや君たちは本当に私の娘を殺していたのかい?」

 

 

 

……場合によっては、そうですね

 

 

 

「……私の娘が、君の主人の大ファンだったとしても?」

 

 

 

……はぁ、冗談です。殺したりなんかしませんよ

 

 

 

水原一郎の背後に潜む『何者か』は小さくため息を吐き、持っていたククリナイフを腰のホルスターに収めた。

 

 

 

……これはあくまでも手段の一つにすぎないのです

 

 

 

何者かは水原一郎の影から飛び出し、麻酔弾を受けて眠り続ける高橋夏美の元へゆっくりと歩み寄った。

 

 

 

……ですが、もうあなたは私たちの仲間です

 

 

 

その何者かは、少女だった。

しかも、少女が着ているのはA.C.E.学園の制服である。

 

 

 

……あなたの娘は私たちの手の中にあります

 

 

 

少女は虚ろな瞳で水原一郎を見つめ……

 

 

 

……もし、あなたが私たちを裏切るようなことがあれば

 

 

 

水原一郎は蛇に睨まれた蛙の気分を味わった。

 

 

 

……あとは、分かりますね?

 

 

 

「……勿論だよ」

 

吹き出した汗を拭いつつ、水原一郎はため息を吐いた。

 

 

 

「夏美お嬢様、申し訳ありません」

 

 

 

少女は高橋夏美の前で腰を下ろすと、まるで子守をする母親のようにその赤髪を優しく撫でた。

 

 

 

「私だって本当は、夏美お嬢様が悲しい目に合うのは見たくないのです。でも、あの人が思い描く希望へ辿り着くためには、こうするほかなかったのです」

 

 

 

その時、高橋夏美の意識が少しだけ覚醒した。

閉じられた瞼が僅かに開き、視線は目の前の少女へ……

 

 

 

「夏美お嬢様、それはいけません。大丈夫です、力を抜いてください……不安なのは分かりますが、あとは全て私たちにお任せください」

 

 

 

高橋夏美の瞳に一瞬だけ少女の顔が映った。

それは夏美にとって見覚えのある、青髪の少女だった。

 

 

 

「…………?」

 

「安心してください、夏美のお嬢様」

 

 

 

少女の言葉と様子に疑念を抱きかけた夏美だったが、少女はすぐさま彼女の目元に手を当てて視界を塞ぎ、その耳元で囁いた。(ASMR)

 

 

 

「たとえ記憶を失っても、時間が経てば全て元通りになります。そして、あなたの抱いた無念を、私たちは決して忘れません」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「だから……その時が来るまで、眠っていてください」

 

 

 

「」

 

 

 

そして、高橋夏美の意識は……

完全に深い眠りの底へと沈んだ。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

その後……

 

 

 

高橋徹の狙い通り、田中内閣は暗殺スキャンダルによって解散に追い込まれた。代わって軍人主導の小磯内閣が誕生し、国会は『新防衛法』を可決、日ノ丸は軍拡路線に踏み出すのだった……

 

 

 

高橋徹の陰謀により、記憶の一部を失う羽目になった高橋夏美だったが、驚異的とも呼べる精神力の賜物か、すぐ学院へ復帰し元の暮らしを取り戻した。

 

なお、その後ろには相変わらず双子の女の子が、素知らぬ顔で寄り添うようにピッタリとくっついてまわっている。

 

 

 

奉仕部の部長は姿を消したが、それまでの活動が評価され、正式に部活動として学園から認定された。新たな部長と顧問も無事に就任し、これからの活躍が期待されている。

 

 

 

黒いバルバトスとの戦いで自分の不甲斐なさを痛感した佐々木光子は、三日月との約束を果たすためにも強くなることを決意。夏休みを利用して親友の水原梨紗と共にインターンシップに参加する。

(夏イベの時出てこなかったのはそのため)

 

 

 

エリカ教官は先の戦いで精神を病みかけるも、過去から逃げることをやめ、自分自身と戦っていくことを決意した。しかし、生徒にはそんな素振りを見せることなくカウンセラーとしての役割をきっちりと果たしている。

ただ、自分のことを「エリカちゃん」と呼んでくれた生徒がいなくなってしまったこともあり、少しだけ寂しそうでもあった。

 

 

 

五十嵐命美はゆきちゃんと共に風紀委員の仕事を頑張っている。以上

五十嵐「ちょっと! 他に何か書くことがあるんじゃないの!?」

 

 

 

……尚、三日月関連で知り合った小林真希とは、それ以来も度々会うようになり、本編未登場のクルスも含めた3人(と一匹)でちょっとしたグループを作ることになるのだが……それはまた別のお話……

五十嵐「え?」

小林「(こくこく)」

 

 

 

 

余談だが、三日月の登場により転校生に対する期待値が上がり、この後入学することになる佐伯くんは、周囲からの期待の目もあり、一層苦労する羽目になるのだった。

(その辺りのフォローも完璧です!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BGM:『鉄–アイアンブラッドの絆–』

(権利云々がよく分からないので敢えてぼかしています)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後……

 

工作艦ダイダロス(海上)

 

ダイダロスの甲板へ降り立ったベカスは、そこでお目当ての人物を見つけた。

 

「お、ここにいたのか」

 

「……?」

 

先程からバルバトスを見上げていた三日月は、突然聞こえてきたその声に反応し、サッとベカスの方へと振り返った。

 

「ベカス? あれ、いつの間に目を覚ましたの?」

 

「あー……少し前にな、いてて……」

 

ベカスは腹部に走る鈍痛に悶えながらも、ひょこひょこと三日月の元へ歩み寄った。

 

当初、ダイダロスへと収容されたベカスは全身傷だらけの血まみれの状態で、脈もなく、体も冷たくなっていたことから死んだものと判断された……のだが、艦内に居合わせた医者が次に確認すると、身体中の傷がいつのまにか塞がっており、顔色も良くなっていたほか、脈も回復し、おまけに体温も平熱の状態まで持ち直しており、血にまみれたその体を拭けば、そこには健康的な成人男性として奇跡の復活を遂げたベカスの姿があった。

 

これには、ベカスの生存を完全に諦めていた三日月も目を丸くするほどで、その驚きようといえば……持っていたナツメヤシの実が入った袋を床に落とし、その中身を盛大にぶちまけてしまうほどだった。

 

それからベカスは数日間に渡って眠り続けた

 

そして、三日月に会う1時間前にはベッドから起き上がり、よろめきながらも艦内を歩けるまでに至った。

 

「何見てたんだ?」

 

「んー……ちょっと、バルバトスをね。呼ばれたような気がして」

 

「そっか」

 

「ベカスはどうしてここに?」

 

「ん、オレか? オレは……お前を探すついでに、相棒に会いたくなってな」

 

そう言ってベカスはバルバトスの隣に鎮座した銀色の巨人を見上げた。それに倣って三日月も、ウァサゴを見上げた。

 

「お互い……ボロボロだね」

 

「そうだな……っていうか、どうしてこうなったんだ?」

 

「え?」

 

三日月は驚いたようにベカスを見つめた。

 

「いや……よく分からないけど、ここ最近の記憶がないんだわ。エイルのやつは戦闘で頭を強く打ったのが原因じゃないかって言ってたが……」

 

「…………」

 

「お前と一緒に日ノ丸の学園に行ったってことは覚えているが……そもそも傭兵のオレがなんでそんなところに行ったのか……まさか、教官になりに行ったってことじゃないよなー……?」

 

「……そっか」

 

そこで、三日月はポケットからナツメヤシの実が入った袋をつまみ上げると、袋からふた粒ほど取り出し、ベカスへと差し出した。

 

「おっ、サンキューな」

 

礼を述べつつナツメヤシの実を受け取ったベカスは、それを口の中へ放り込んだ。以前のように顔をしかめないところをみると、どうやらハズレではないようだった。

 

「ところで、ニックとドールは?」

 

「ライフル銃の人は多分、下の階でまだ修理を受けてると思う。ショットガンの人は、ずっとそれに付き添ってるよ」

 

比較的軽傷だったニックに対し、先の戦闘でボディに甚大な被害を受けたドールだったが、ちょうどダイダロスにそれを直すことのできる設備が備わっていたこともあり、応急処置程度ではあるもののドールの修理は順調そのもので、あとは専門機関で修理を受ければすぐにまた戦闘に参加できる……とは、葵博士の談だった。

 

「そうか、それなら良かった……っていうか三日月……お前、なんだよその変な呼び名は……」

 

ドールのことをライフルの人、ニックのことをショットガンの人と告げた三日月のネーミングセンスに苦笑しつつ、ふとベカスはあることに気づいた。

 

「って……そういやお前、いつの間にオレの事『ベカス』って呼ぶようになったんだ?」

 

「ん……あれ? いつからだろ……?」

 

ベカスの問いかけに、三日月は少しだけ考えるそぶりを見せ……

 

「まあ、いっか……どうでも」

 

「いやいや! どうでもいいって事はないと思うぜ?」

 

そう答えて呑気にナツメヤシの実を食べる三日月に、ベカスは肩をすくめてみせた。

 

「……なあ、三日月」

 

「ん?」

 

「学園は……楽しかったか?」

 

「うん。楽しかったよ」

 

「そっか……まあその、なんだ……もっとあそこにいてもよかったんだぜ? お前はまだ若いし、色々と学ぶべきものも沢山ある……だから……」

 

「(ため息を吐いて)何回言わせるの?」

 

「え?」

 

「俺のいるべき場所は、学園なんかじゃないって……前に……あ……」

 

「わりぃ三日月……オレ、最近の記憶がねぇんだわ」

 

「そうだったね……ごめん」

 

「いや、いい。それで……お前のいるべき場所ってどこなんだ?」

 

「……やっぱり、何回言わせるの?」

 

「え?」

 

「俺のいるべき場所は……オルガの居場所」

 

「……ああ! そう言えばそうだったな」

 

 

 

「うん。俺は自分のいるべき場所へ辿り着くために、この広い世界でオルガを探す

 

それが、俺に与えられた役割(ロール)なんじゃないかって……思うんだ

 

……だから、いつまでも学校にはいられない。俺はまた、オルガを探す旅に出なくちゃならない」

 

 

 

「そうか……まあ、応援してるぜ」

 

そう言ってベカスはポケットから不味いと評判の甘苦が入ったケースをつまみ上げ、中から一本だけ取り出し口に咥えた。

 

「ねぇ、それ……俺にも一本ちょうだい」

 

「え? ああ……別にいいけどね」

 

突然そんなことを言い出した三日月に驚きつつも、ベカスはケースから甘苦を一本取り出して三日月へと差し出した。

 

「……やっぱり、美味しくないね」

 

三日月は甘苦を咥えるとすぐさま顔をしかめた。

しかし、以前のように吐き出すことはなかった。

 

「三日月……お前、どうしたんだ?」

 

「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」

 

「?」

 

「極東のことわざ、授業で習った。意味は……」

 

「……復讐を成功するために苦労に耐える」

 

三日月に代わってベカスが呟く

 

「そう、それ」

 

「何だお前……誰か復讐したい奴がいるのか?」

 

「それもあるけど、今は屈辱を忘れないようにっていう感じかな」

 

「嘗胆の方か……じゃあ、甘苦は苦い肝の代わりってことか?」

 

「うん。今日は何とか乗りきったけど、明日は分からない……だから、今日の出来事をこの苦みと一緒に飲み込んで、明日になっても忘れないようにしたいなって思った」

 

三日月の言葉に、ベカスは少しだけポカンとなり……

 

「あはははは! 三日月……お前、やっぱり面白いやつだな!」

 

そこで思いっきり笑ってしまったため、腹部に走る鈍痛が一層酷くなり、ベカスはしばらくの間、痛みに悶絶する羽目になってしまった。

 

やがて痛みが引いたのか、落ち着いたベカスは少しだけ考えるそぶりを見せ……

 

「なあ三日月、ナツメヤシの実……もう一つだけくれ! それも、あえてハズレのやつをだな……」

 

「ハズレを? うん……別にいいけど?」

 

袋の中から「これだ」と思うものを引き上げた三日月は、それをベカスへと手渡した。

 

「……2つ欲しいとは言ってないんだが」

 

「そう? じゃあ返す?」

 

「いや、折角だしな!」

 

受け取ったナツメヤシの実を食べて、ベカスはそのあまりの渋さに先ほどとは別の意味で悶絶し、思いっきり顔をしかめた。

 

「不味いな」

 

「お互い様だね」

 

口の中を支配する苦しみに耐えながら、横に並んだ2人は大陸へと続く大海原を眺めた。朝日で海面が紅く染まったその光景は、かつて三日月が見たアフリカの大地……いや、生まれ故郷である火星を彷彿とさせる絶景だった。

 

 

 

「三日月」

ベカスが握り拳を上げる。

 

 

 

「うん」

それに合わせ、三日月も握り拳を上げ……

 

 

 

 

 

2機の巨人に見守られながら、

 

まるで絆を確かめ合うかのように

 

……コツンと、拳をぶつけ合った

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ–THE END–

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




通信記録:2943
(再生開始)



はい、ミドリです



…………ああ……『エイハブ船長』あなたでしたか



…………はい



はい、先日はどうもありがとうございました。



お陰で私の三日月くんも無事なようで……はい、今は海上、葵ちゃんの船に乗ってこちらへと向かっています。



いずれ、あなた様のお役に立てる日が来るかと……



それと、学園に潜入した三日月くんが面白いものを持ち帰ったようです。



なんでも……使用者の意思を……いえ、実際に見てもらった方が早いと思われます。



はい、では……いつかその時にでも



…………はい



はい、その件に関しては問題はないと思われます。



彼らが……彼らの内側に潜む『モービィ・ディック』の因子に気づくことはないでしょう。はい、そもそも疑いの芽すら出てきていません。



…………はい



誰も、あの双子が……あなた様が高橋家へと送り込んだ間者、いえ、スパイであることに気づくことはないでしょう。



一つ、問題があるとすれば……水原博士の存在くらいです。仕方がないとはいえ、彼は双子の正体を知ってしまいました。



手綱は……しっかりと握っておくべきかと



…………え? それに関しては問題ない?
そうですか……ふふっ、流石です!



…………はい、こちらも引き続き準備を行っています



あなた様の目指す、希望……
オペレーション『アイアンブラッド』の為に……





それでは……また……















…………指揮官様












通信記録:2943
(削除済み)


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設定集

というわけでアイアンブラッドサーガの設定集です。
本投稿をもちまして、機動戦隊アイアンブラッドサーガは完全に終了とさせていただきます。短い期間でしたがお付き合い頂き、ありがとうございました。



……と、言いたいところですが、やっぱりもう少しだけ続けさせてください



やりたいことを見つけたので、せめてもう少しだけ頑張って続けていこうと思っています。

そもそも、私がこれを書くことになったのは、皆に鉄血のオルフェンズのことを忘れて欲しくないという思いからのことだったのですが、終わる頃にはリリースされていると思っていたウルズハントもまだリリースされていないのでせめてもう少しだけ続けさせてください。
あと、アイアンサーガが面白いから

まずは前々からやるって言っていた『鎮魂歌』を作ってみようと思います。

荒い走り書きでの設定集ではありますが……まあ、ゆっくりしていって下さい。では……あとがきでお会いしましょう。




 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

特別編:「設定集(走り書き)」

 

 

 

 

 

ーーー❶本作オリジナルBMーーー

 

『バルバトス』

◯解説:三日月と共にアイアンサーガの世界へと出現した機体。基本的にバランスの取れた第4形態で運用されるが、亜空間からの物質転送により他の携帯への転身も可能。しかし、どういうわけか一部武装(ソードメイスやツインメイスなど)やレクスなどの形態への転身はできない。

◯パイロット:三日月(必須)

◯フレーム効果:

・ナノラミネートアーマー

・悪魔……格闘攻撃は敵のフレーム効果とパーツ効果(不屈やハードシェルなど)を無視して直撃する。

・リミッター解除……???

◯武装(現状):

・メイス

・レンチメイス

・太刀

・滑空砲

・腕部アタッチメント→(機関砲、ロケットランチャー、迫撃砲、ワイヤークローなど)

◯機体行動(一部):

・メイス乱舞

・剣技

・換装

・ワイヤーアクション

・ゼロ距離射撃

・レンチメイス掴み(投げ)

・レンチメイス切断(部位破壊or即死)

・コックピットブロック抉り取り(即死)

 

ーーーーー

 

『バルバトス・神威』

◯解説:バルバトスがアイアンサーガの世界に適応するべく進化を遂げた姿。ビーム兵器である飛翔と光輪を得て、黒いバルバトスと激闘を繰り広げる。

◯パイロット:三日月(必須)

◯フレーム効果:

・ナノラミネートアーマー(効果半減)

・残像……火線を引きつける残像を放つ

・悪魔……格闘攻撃と光輪は敵のフレーム効果とパーツ効果(不屈やハードシェルなど)を無視して直撃する。

・リミッター解除……???

◯武装:

・(+バルバトスの武装)

・アマテラス光輪システム(ドローン砲)

・飛翔(剣型格闘)

◯機体行動(一部):

・(バルバトスの機体行動)

・弾丸撃ち落とし

・斬り払い

・雷電(武器破壊)

・剣技

・ドローン砲斉射(一点集中)

・ドローン砲斉射(全体攻撃)

・神の光(全体攻撃)

 

ーーーーー

 

『黒いバルバトス(ファントム)』

◯解説:全てを破壊する黒い悪魔。暴力の権化。圧倒的なパワーと防御力、反応性を誇るこの機体の前にはありとあらゆる攻撃は通用せず、極められた剣術や武術も意味をなさない。

◯パイロット:???

◯フレーム効果:

・再生式FSフィールド

・破壊神(防御効果無視)……全ての攻撃は敵の防御系フレーム効果とパーツ効果を無視し直撃する。

・???

・???

・???

◯武装:

・大型バスターソード

・悪魔の右腕(肥大化した右腕)

・ワイルドファングアーム(左腕)

・機関砲

◯機体行動(一部省略):

・胴体引きちぎり(即死)

・捕食(即死)

・パイロット抉り出し(即死)

・盾(投げ)

・首刈り(メインカメラ破壊)

・バルバトス・バイオレンス

・???

 

ーーーーー

 

『ウァサゴ万能型』

◯『ノーマル』『剣装型』『砲戦型』の特徴を併せ持ったウァサゴ。遠距離、中距離、近距離と距離を選ばない機体に仕上がっており、特にフルファイア持ちのベカスには最適解のウァサゴである。(ぶっちゃけそこはノーマルでも良くね?って思うかもしれませんが、ロマンということで……)

◯パイロット:ベカス

◯フレーム効果

・再生式FSフィールド

◯武装

・ソードライフル(ライフルモード)

・↪︎流浪者の剣(ソードモード)

・バックウェポンシステム:長距離狙撃ライフル(キャノン)×2

・対BMミサイル

・盾内蔵式電磁攻撃機Ⅱ×2

・ブレイクパルス

◯機体行動(一部)

・精密射撃

・一斉射撃

・キャッチ

・三段斬り

・燕返し

・烈火強襲

・クロスドッグ(合体技)……+バルバトス+ダガー2機

・ライドオン(合体技)……+バルバトス

 

ーーー本編未登場機体ーーー

 

『リキッドバルキリー(仮)』

◯解説:OATHカンパニーによってバルバトスとの連携を視野に入れた改良が施されたバルキリーA。メインウェポンを低出力のビームライフルから高出力のバスターライフルに変更し、単純火力が増したほか、扱いの難しいマルチロックシステムを搭載。さらにバックパックにフライトユニットを増設したことにより、短時間であれば飛行が可能となっている。

◯パイロット:テッサ

◯フレーム効果:

・覚醒

・対近接プログラム(格闘攻撃を受けた際、確率でそのダメージを無効化し、敵機を吹き飛ばす)

◯武装:

・ヴァリアブルバスターライフル×2

・↪︎(アンダーバレル)バヨネット×2

・腰部ビームライフル×2

・肩部レールガン×2

・ミサイル内蔵シールド×2

・バルキリー・サーベル×2(ブレードニー)

◯機体行動(一部):

・フライト

・近接戦闘

・全弾発射(一点集中)

・全弾発射(マルチロック)

・バスターライフル連結(超高インパルス砲)……連結時には第1主砲として扱う

 

ーーーーー

 

『ソリッドバルキリー(仮)』

◯解説:バルバトスを援護するリキッドバルキリーを支援するためにOATHカンパニーによって改造が施されたバルキリーR。シールドドローンによる援護のほか、リキッドバルキリーの超高インパルス砲使用時にはドッキングによるエネルギー供給を可能にしている。

◯パイロット:アイルー

◯フレーム効果:

・覚醒

・クロッシング……リキッドバルキリーとのドッキング時、対象にアクティブスキルを移植することができる。

◯武装:

・ビームスナイパーライフル

・盾×2

↪︎内蔵式シールドドローン×3(計6機)

・EMP爆弾

・脚部隠し腕(ビームピストル内蔵)×2

・エネルギーウィップ

◯機体行動:

・狙撃

・ゼロ距離爆破

・近接戦闘

・ドローンシールド展開

・ビーコンガン照射(砲撃支援要請)

・ドッキング(合体技)……+リキッドバルキリー

 

ーーーーー

 

『ソリダスバルキリー(仮)』

◯詳細不明

リキッドとソリッドの特徴を一つに集約したバルキリー

◯パイロット:?

◯フレーム効果:?

◯武装:?

◯専属能力:

・地雷の効果を受けない

・榴弾無効

・???

 

 

 

ーーー❷キャラクターーー

ーーー男性陣ーーー

 

『三日月・オーガス』

◯バルバトスと共にアイアンサーガの世界へと転生してきた少年。オルガを探す旅に出て、その中で多くの人と交流を経て成長していくことになる。

 

ーーーーー

 

『ベカス・シャーナム』

◯アイアンサーガの主人公であるC級傭兵。三日月とは親しい仲となり、互いに力を認め合う。また、三日月に対してアドバイスをするなど、人生の先輩としての役割も果たす。

 

ーーーーー

 

『ニック&ドール』

◯考えなしに生存ルートを作ったわけではなく、

しっかりとその後の使い道も考えてのこと。

 

ーーー女性陣ーーー

 

『テッサ』

◯当初は反発しつつもハッシュのように付き従う舎弟役を演じてもらうつもりだったのだが……どうしてこうなったのかは作者にもよく分からず。(多分、鎮魂歌のせい)

三日月との修行の末、「ファニーなんて一捻り」っていうくらい(笑)に強くなる。

 

ーーーーー

 

『スロカイ様』

◯アイサガの顔。三日月のことをペット扱いするという暴挙に走ったお方。好物にナツメヤシの実が追加された。

 

ーーーーー

 

『ミドリ』

◯アイブラサガ屈指の強キャラの一人。三日月のよき理解者であり、全ての真相を把握している。

 

ーーーーー

 

『小林真希』

◯学園編をやる上で急遽、出演が決まったメガネの子。この子の分析があったおかげで三日月たちは破滅の運命から逃れることに成功する、影の功労者。

 

ーーーーー

 

『エル&フル』

◯「なるほどね!これが『キャラ紹介』なのね!」

みんな大好き次回予告担当の双子。高橋家のメイド……というのは表の顔、実際は高橋家に送り込まれたスパイ。因みに、アイサガ本編では金の亡者だったエルも、本作ではその必要がなくなったためその成分が抜けている。

 

ーーーーー

 

ーーーその他ーーー

 

『エイハブ船長』

◯エイハブはコードネームであって本名ではない。モービィ・ディックと呼ばれるMSF(国境なき艦隊)を束ねる謎の人物。(×国境なき軍隊)

 

 

 

ーーー❸設定とかーーー

 

◯本作のテーマ

『役割(ロール)』と『成長』

ダッチー以上にアイアンサーガキャラの魅力を引き出すとともに、各キャラに役割を与え三日月やストーリー展開に影響を与えつつ、それを乗り越えて三日月たちが成長していく……というもの

ただし、成長するのは三日月やベカスだけではない。敵もまた成長する。

 

努力を惜しまない天才って、魅力的ですよね

 

何がしたいかというと、アイアンサーガのダッチーには絶対にできないことをやりたい(これ重要)。三日月との出会いをキッカケに変わるベカスやテッサ、ついでにスロカイ様などを描くなど。そもそも現状、ガンダム系とのコラボはかなり難しいだろうからこれもそれに含まれている。でもダッチーへの配慮はしても他作品への忖度はしたくない(必要ない)

 

ーーーーー

 

◯バルバトスの拒否反応

質問でもあったように、バルバトスはアイサガ世界の武器を扱うことはできるが、それはあくまでも「手で持つ」ことができるというだけで、亜空間への格納は不可能。それはバルバトスがアイサガ世界の武器を武器と認識していないのが原因(という設定)で、亜空間へ無理やり格納しようとしても拒否反応によって光へと還元されてしまう。バルバトスが最初にドローン砲を受け付けなかったのもそれと同じ原理で……はい、説明不足なのは分かっております。もう少しいい説明ができるよう、頑張ります。

 

ーーーーー

 

◯バルバトス・神威について

アイアンサーガの世界に適応するべく、飛翔の力を得たバルバトスが進化を遂げた姿。(バルバトスの導き出した答え)

ただし分かって欲しいのが、これが単純な強化ではないということ。機体説明のフレーム効果にある通り、神威のナノラミネートアーマーの効果が半減している。これは、半永久機関でたるエイハブリアクターによって生み出される圧倒的な防御力をビーム兵器運用に回した結果であり、要するに今までは防御に10振っていた能力値を、5:5でビーム兵器に振り分けたので攻撃力が上がった反面防御力が落ちたということ。

なので神威を鉄血の世界に持っていったら、紙装甲のゼロ戦のようになってしまう(しかも鉄血世界にビーム兵器は通用しないので考え方によっては弱くなったと言える)

 

ーーーーー

 

◯飛翔(ビーム刀)

元ネタはとある漫画から

気になった人は『忍者飛翔』で検索を

失敗だったのは、飛影と似てるから読むときにこんがらがってしまうというところ、気づくのが遅かった。

光輪を加速器に見立てて、組み合わせることにより神の光(バーストモード)による運用も可能。

 

ーーーーー

 

◯ドローン砲について

(大型2、小型4)光輪システムによるオールレンジ攻撃が可能になった。

着想を得たのは『インフィニットオルフェンズ2』から、クルーゼの放ったドラグーンを回避する際の三日月を見て「三日月がオールレンジ兵器使ったら強くね?」と思ったのがそもそもの始まり。

テールブレード使ってたし、適性はあるだろうから……いいよね?

 

ーーーーー

 

◯鉄血キャラを頑なに出さない理由

私が鉄血のオルフェンズのキャラクター、オルガ(名前だけ)やアキヒロ、シノ、ユージン、マクギリスetcを出さないようにしているのは、何でもかんでもそれを出せばいいってもんじゃないという想いからのこと。なぜなら、私にはオルガやマクギリスの魅力を引き出すセンスがないから。私が彼らを書くことは、積み上げられてきた彼らの質を低下させてしまう恐れがあると考えたのです。だから、私は無闇に彼らを出したり致しません。

でも、名瀬のアニキの出演予定はあります。全てはダッチー次第ですが

 

ーーーーー

 

◯理想とする指揮官についてのアンケート結果

 

「冷酷だが優しい一面もある」次いで「王道の存在」が上位になりました。

 

ご協力ありがとうございます。

なお、選ばれなかった項目の結果についてもしっかりと参考にさせていただきますので。

 

ーーーーー

 

◯忘れ去られた三日月の後衛についてのアンケート

 

以前実施したもう一つのアンケートについて、ここで三日月の後衛を決めようとしたのですが……オフ会0人じゃあるまいし……

因みに、テッサは中衛を予定していました。(色々と説明不足のアンケートだったことを深く後悔しています)

 

ーーーーー

 

◯黒いバルバトスについて

コメントでもあったように、着想を得たのは黒いユニコーン、機体のベースは最終決戦時のバルバトスルプスレクス、コンセプトは0083のオープニング……1号機から2号機が飛び出すシーン

圧倒的に強くしたのは、単純になろう系が苦手だったから。私が好きなのは……努力して努力して、ようやく勝ち取った勝利なのです。

ガンダムにしては珍しいですかね?

 

ーーーーー

 

◯エイハブウェーブについて

無視してます。

話にならなくなるので(詰むので)

負け惜しみの解釈→鉄血世界とは電子機器の規格が違うとか? はたまたバルバトスがBMになったことで仕様が変化したとか?(三日月は否定しているものの)お好みで

 

 

 

ーーー❹でっちあげ(オリジナル要素)ーーー

 

◯ニック・『オブライエン』

鉄血の最後っぽく、最終回で全員を名乗らせようと思ったのだが、ドールはともかく、ニックは苗字が分からなかったので、とりあえず『オブライエン』で……それっぽくでっち上げた苗字

 

ーーーーー

 

◯佐々木光子と水原梨紗の関係

2人は親友……と書きましたが、これはアイブラサガの進行上必要だった設定なので、アイサガ本編の学園編の時点で本当に親友だったのかは不明。でっち上げです。

 

また、夏イベの際の佐々木の動向についても同じ

 

ーーーーー

 

◯ファンネル砲発言について

これは別にでっちあげというわけではありませんが、著作権侵害なのは明らか。ダッチーが隠蔽したファイルの中の記述に対する風刺的な意味を込めて

(冗談抜きで、これは本当にヤバイから)

 

ーーーーー

 

◯スロカイ様との出会いについて

本編とは違い、アフリカで出会ったのは三日月ですが、これにはちゃんと訳があります。その理由はいつか語ることになりますが、問題はこれで後から詰みになってしまうかもしれないということなのですがががが

 

 

 

ーーー❺多分間違ってる考察ーーー

以下は作者のアイアンサーガ考察ですが、正直言ってガチ勢じゃないので適当です。思いっきりふざけてます。読む価値のない考察ばかりなので読み飛ばしちゃって結構です。

 

◯バイロン実は2人いる説(愚問)

アイサガ本編第8章のバイロンの一人称が「俺」だったのでその理由を考えてみました。ダッチーは優秀だからね、多分誤字じゃない。当初、話し相手に合わせて自分の一人称を変えているのだと推測(皆さんは目上の人と話す際、どのように自分を表しますか?一人称を変えますよね?私は「私」です)(あれ?)

ベカスと話している時に「我輩」ではなく「俺」と言っていたことから、自分より弱い人間に対してそう言っているのだと解釈して物語を書きましたが……違いました。

第30章辺りでバイロンが再登場するのですが、その際、自分より明らかに弱いであろうドリス(時間停止能力も効かないし)に対して「我輩」と言っていました。これを受けて、私の解釈は間違いであることが明らかになりました。

最初の「俺」は誤字だったのかとも思いましたが、優秀なダッチーがまさかこんなところで間違えるはずはないと(2回目)思ったので、別の可能性を考えてみました。

8章から30章に至るまでに何か心境の変化でもあったのかということも考えてはみたのですが、

そして、考えに考えた結果、私が結論としてあげるのは「バイロン実は2人いる説」でした。これには、

 

1、スロカイ様の母上を守るという役割を持っているにもかかわらず、それを放棄して教廷に足を運んでいるから→しかし、バイロンが2人いると考えればつじつまが合う。(2人同時に守れる)

2、仮面被ってるし顔見えないから必ずしも最初のバイロンと再登場のバイロンが同じ人物であるとは言えない

 

という理由から、「俺」呼びのバイロンと、「我輩」呼びのバイロン(プレイアブル)、がいるのではないかという結論をここで示したいと思います。(人造人間とか?)

しかし、バイロンについては未だよく分かっていない点が多すぎるので(スロカイ様のお父さん説など)さらなる考察の余地があると思われました。

 

ーーーーー

 

◯十二巨神は実はいいやつら、本当の敵は他にいた(ダッチーのミスリードでは?)

(あまりにもアレだったので削除しました)

 

ーーーーー

 

◯ベカス=オルガ説(冗談)

類似点

・死なない

・銀髪

・特徴的な髪型

・女装経験あり(笑)

・専用機は白(系統)色

・男気溢れる

・ホモ疑惑あり

 

結論……その可能性は高い(笑)

 

ーーーーー

 

◯ベカス、本当にtsしてる説(愚問)

公式は女装と言っているようですが、通常のベカスと女装ベカスとを見比べると、明らかに肩幅が短くなっている、喉仏がない、髪が嘘みたいに伸びている(カツラには見えない→アートネイチャー?まさかね)などの理由から、あれは女装ではなく本当にtsしているという結論に至った。

 

結論……ベカスは(削除済み)

 

ーーーーー

 

◯三日月、本当に異世界転生してる説(にわか)

(バカみたいな考察なので削除しました)

 

ーーーーー

 

◯真の黒幕はライン連邦の『ヴェロニカ』説

理由はシンプル、1人だけ違うから

(足元のロゴマークが1人だけライン連邦のマークになっている。ライン連邦出身のレイラやスノーですら足元のマークがそれではない)

1人だけ違う→つまり、彼女こそが真の黒幕ではないのか?(ハンターハンターのアレ的な)

 

結論→冷静に考えて、それはない

 

ーーーーー

 

◯アイサガの歌、完全に歌えるプレイヤー誰もいない説

 

「あんた何言ってるの?」←ダブルミーニング

 

追記:ただし、検証対象は歌詞見てない人に限る

 

ーーーーー

 

◯ドールとドイル、同型機説(まじめに)

 

→情報少ないので不明(会わせてあげたい)

 

ーーーーー

 

◯ディアストーカーR2、一瞬だけ環境入りを果たすも、ダッチーの差し金で儚い夢と化してしまう説

 

結論……は や く だ せ(2019.10.4)

 

ーーーーー

 

◯ゆみちゃん、プレイアブル化説(将来)

グラサン野郎はいらない、あれはアズレンの放ったスパイダー(適当)

 

ーーーーー

 

◯ほら……あの黒髪でホワイトベアと一緒のあの女の子……誰だっけ? ネガティブパワーうんたらかんたらってのがアクティブスキルの明るいソロモン所属の女の子……ソ・なんちゃら……誰だっけ、まあいいやスパイ説。

 

結論……気のせい(名前覚えましょう)

 

 




ーーー❻今後についてーーー

◯次回は鎮魂歌などの予告編を出します。
それから先のことは分かりませんがとりあえず頑張りたいと思っています。というか頑張らせて下さい。

それでは……また……



ムジナ・イシュメールより


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外伝予告

おしながき
外伝①:『たった一人の弔い合戦』
外伝②:『冥王の襲撃ー悪夢ー』
おまけ
外伝③?:『睦月、学園へ行く』
外伝④?:『???の物語』


 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ:外伝予告

 

 

 

予告①:原題『三流傭兵の鎮魂歌』

(BGM:幻肢痛のOP)

 

 

 

メインキャスト:テッサ

 

 

 

それは仲間のためではない

 

家族のためでもない

 

愛する者のためでもない

 

正義のためでもない

 

名誉のためでもない

 

イデオロギーのためでもない

 

権力のためでもない

 

平和のためでもない

 

世界のためでもない

 

 

 

全ては……復讐(リベンジ)のためだけに

 

 

 

ベカス「復讐は……ただ虚しくなるだけだ」

 

 

三流傭兵との対話を経て

 

 

三日月「誰が復讐するとか、復讐するなとか……それを決めるのはお前じゃないんだよ」

 

 

悪魔の導きを受け

 

 

ミドリ「リキッドバルキリー……この機体を、あなたに預けます」

 

 

新たなる戦乙女(バルキリー)と共に……

 

 

 

テッサ「絶望を経験したことはある? 私は……あるよ」

 

 

愛する者を奪われた少女(テッサ)は

 

 

 

今、『復讐の戦乙女』になる

 

 

 

傭兵に鎮魂歌はうたえない

 

悪魔は鎮魂歌をうたってはならない

 

復讐の戦乙女によってうたわれる『鎮魂歌』

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

外伝①:「たった一人の弔い合戦」

 

 

 

戦場にこだます本当の『鎮魂歌』がここに

 

 

 

(前編制作状況:0パーセント)2019.11.1時点

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

予告②:原題『冥王計画ゼオライマー』

(BGM:ゼオライマーのテーマ)

 

メインキャスト:ベカス

 

謎の少女の呼びかけを受け、ベカスは一人、異世界へ向かうべく準備を行っていた。

 

その時、天に亀裂が生じる。

 

対処すべく出撃したベカス、影麟の前にそれは現れた。

 

天より出でしは、冥王の異名を持つ巨人

『天のゼオライマー』

 

そして、もう一機……天より出でし巨人の姿……

 

その圧倒的な力を前に、ベカスたちは……

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

外伝②:「冥王の襲撃ー悪夢ー」

 

 

 

君は知るだろう。命の軽さと儚さを

 

 

 

そして、本当の冥王の姿を

 

 

 

(前編制作状況:25パーセント)2019.11.1時点

 

 

 

ーーーーー

 

おまけ

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

外伝③:『睦月、学園へ行く』(仮)

 

◯主人公:睦月

 

◯概要

「学校に行ってみたい」と言う睦月のために、学園へ招待してあげました。同じく学園に通っているアイリ、さらにアイサガ実況Vtuber(ユメノシオリや花園セレナ)らパイロット志望や候補生たちとの関わり合いの中で、睦月は人が本来持つべき人間性と常識を学び、そこから本当の自分自身を見出していくというお話……

 

◯注記

・舞台はA.C.E.学園ではない

(陰謀渦巻いてる上に、色々と荒れていることから睦月には適切ではないと判断。アイリも同様に)

・野郎の出番なし

・睦月の能力はある程度抑えられている(薬?)

・いわゆるガールズオプスもの

 

◯話を彩る個性豊かなキャラクター

BL狂いの指揮官候補生:ユメノシオリ

勤勉なメカニックの卵:千草はな

清楚な教官見習い:花園セレナ

パイロット志望(へっぽこ):月ヶ瀬ゆみ

……など(配役は適当)

 

設定としてここにフローしておきます。ですが、作者はこれを書く気はないので書きたいって人がいたら勝手に作っちゃって結構です。(報告の必要はありません)注記の部分さえ守れていれば作者は温かい目で見守ります。

 

 

ーーーーー

 

外伝④?

なんかどこかのサイトでキャラクターの人気投票が行われてるようですね?

では、まあ……人気投票で1位になったキャラクターの話でも作ってみますかね、作れたらの話ですが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




予告編は以上となります。
1年以内には書き終えたいですね。

それでは、またいつの日か……


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外伝1ー1:因縁

というわけで外伝です。
お待たせいたしました。……と言っても、まだ前編だけなのですが……

本作はアイアンサーガ外伝『三流傭兵の鎮魂歌』の改造版です。三日月が加わったことにより、一体どのような物語が展開されるのか……お楽しみください!

ああ、そうそう。前々回の設定集でチラッと「ゆみちゃんプレイアブル化する説」って言ったのですが……まさか本当にやるとは……まあ、パイロットの卵って言ってる時点で何となく察しはついてましたが、でもユメノシオリは想定外だったりします。

それでは、ゆっくりしていってください




 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

外伝1ー1「因縁」

 

 

 

 

 

日ノ丸脱出から約1ヶ月後……

OATHカンパニー特別演習場

 

雲ひとつない青空の下、荒野の大地に佇むその白い巨人はまるで死んでいるかのように身じろぎ一つぜず、ただジッとその時を待っていた。

 

巨人は巨人と呼ぶだけあり、人の形をしてはいた。しかしながら、その背中から生えた6機の突起物はさながら巨大な翼のようであり、その白い装甲と相まってまるで巨大な天使が地上に降り立ったかのような神聖さがあった。

 

しかし、人はこの巨人のことを口を揃えてこう呼んだ。

 

白い悪魔……と

 

『三日月く〜ん』

 

突然、それまで荒野を支配していた静寂を打ち破るかのように、通信機からのほほんとした女性の声が響き渡った。

 

「…………」

 

そして、悪魔の中でそれは目覚めた。

 

少年の覚醒に呼応するかのように、悪魔の両目が鋭いモスグリーンの輝きを放ち、さらに背中の翼から赤い粒子が放出される。

 

『それでは三日月くん、お願いしますね〜』

 

「わかった」

 

その少年……三日月は通信機から響き渡ったミドリの声に頷き、空を見上げた。

 

「アレか」

 

上空にはブーメランのような形をした薄っぺらい飛行機が無数に存在していた。どれも灰色で、コックピットや武装の類は一切見当たらない。

 

「……」

 

三日月はそれら全てを視界に収めるように意識を集中させ……

 

「行け!」

 

次の瞬間、目先に火花を散らすと……それに反応した翼のような突起物が次々と悪魔の背中から射出され、上空を行き交う飛行機めがけて飛翔して行った。

 

「当たれ!」

 

再び三日月が目先に火花を散らすと、放出されたドローン砲たちはそれぞれ意思を持っているかのように各々飛行機を追跡し、あっという間に射程圏内に迫ると、その先端から赤い光線を照射した。

 

小さな爆発音と共に、快晴の空に無数の光球が生まれる。

 

『……3、7、12』

 

オペレーターのミドリが撃墜数のカウントを始める。

 

仲間を撃墜されたことに気づいた飛行機たちは、先ほどよりも機敏な動きで逃げ惑うかのように飛びまわるも、悪魔の翼からは逃れることはできなかった。

 

『25……32……40……』

 

常人の動体視力では捉える事すら困難な機動力と触れるもの全てを消し去る圧倒的な火力の前に、飛行機たちはあっという間にその数を減らし、そしてついに最後の一機が撃墜された。

 

『……50! 全機撃墜です!』

 

「あれ? もう終わり?」

 

通信機から放たれたミドリの歓声を聞き、三日月はそう呟いて小さく息を吐いた。

上空からバラバラと、標的用ドローンの残骸が降ってきた。

 

『三日月くん、お疲れさまでした。巧みなドローン砲さばき、すっごくかっこよかったですよ〜」

 

「うん、これも全部ミドリちゃんのお陰だよ。こうやって毎日特訓に付き合ってくれたから、俺もようやくこれの使い方に慣れてきた」

 

ドローン砲を背中に収めつつ、三日月は通信機越しにミドリへと微笑みかけた。

 

『ふふっ、いいんですよ〜♪ 三日月くんの頼みなら、ミドリちゃんはなんでも受け入れてあげますからぁ、だからなんでも言ってくださいね〜♡』

 

デレデレとした言葉を口走るミドリに対し、三日月の意識は別のところに向いていた。

 

「ミドリちゃん」

 

『はーい、何ですかー?』

 

「テッサたちのところはいいの?」

 

『……あ、そうでした〜』

 

三日月に指摘され、ミドリは苦笑いしつつも小さく咳をして口調を変えた。オペレーターであるミドリの声は小隊全体へと共有され、三日月だけではなく他の人にも聴こえていた。

 

『それでは……テッサさん、アイルーちゃん、テストを開始してください』

 

三日月は隣の射撃演習場へと目をやった。

射撃演習場と言っても、BM用であるためそこにはカウンターや屋根の一つすらなく、ただ広い荒野に複数の的が配置されているだけだった。

 

的に向かうようにして、2機のバルキリーが直列に並んでいる。それは赤と青のバルキリーだった。前方の赤いバルキリーは両腕に新型のライフルを持ち、後方の青いバルキリーはバックパックに大型のバッテリーパックを搭載していた。

 

バルキリーには、それぞれ1人の少女が搭乗しており、そして2人の血は繋がっていた。

 

『テッサさん、そのライフルはまだ試作段階のものです。一応、こちらでも綿密なテストを行ってはいますが、何か異常があればすぐに使用を中断してくださいね』

 

『はい』

 

通信機からテッサの声が放たれた。

 

『ヴァリアブルバスターライフル、連結します』

 

姉妹のうち、赤いバルキリーに乗る大人びた雰囲気の姉……テッサはそう告げて両腕のライフルを連結させた。二丁のライフルが一つとなり、二つの砲門を持つ巨大な主砲になった。

 

バルキリーに搭載された新兵器、『ヴァリアブルバスターライフル』は巨大なライフル銃で、その名の通り連射、単発、照射など様々な射撃携帯への変形が可能で、さらに二丁のライフルを組み合わせることによって『超高インパルス砲』形態への変形も可能となっていた。

また、ライフルのバレル下には近接戦闘用のバヨネットが搭載されており、不意の格闘戦にも対応することができるようになっている。

 

『エネルギー……チャージ開始』

 

ライフルのバレル周囲にスパークが走り、その砲門に光が収束する。

 

『はい。それではアイルーちゃん、クロッシングをお願いします』

 

まだ幼さを秘めた妹……アイルーの乗る青いバルキリーには『クロッシング』という新システムが搭載されていた。本来であればパイロットの能力は搭乗している機体にしか反映されないのだが、このシステムが導入された機体であれば、パイロットの能力を自機だけではなく他の機体へと移植するということができる。

 

『エネルギー供給はしなくていいなの?』

 

『はい。今回は50%の照射でいきたいと思います』

 

『わかったなの〜』

 

テッサの後ろに控えていたアイルーは、青いバルキリーを操ってバックパックに搭載されているバッテリーからエネルギー供給用のケーブルを引き出すと、それを赤いバルキリーへ接続した。

 

『接続完了なの!』

 

『はい。クロッシング開始……アイルーちゃんのクリティカルバーストをテッサさんのバルキリーへと移植……完了』

 

前後に並ぶ赤と青のバルキリーの瞳が、同時に強い輝きを放った。

 

『テッサさん、トリガーをお願いします』

 

『はい……ヴァリアブルバスターライフル、出力50%…………発射!』

 

テッサはトリガーをひいた。

 

『!!!』

 

すると、主砲の先端から莫大な光が放たれた。

 

砲門から我先にと飛び出していく赤い光。それはさながら、せき止められていた水が蛇口から溢れ出すかのようだった。

 

『くっ……!』

 

テッサは視界を埋め尽くす量の光を吐き出し続けるライフルを制御するだけで精一杯だった。バルキリーの体がグラリと揺れる。

 

『お姉ちゃん!』

 

慌ててアイルーがテッサの機体を支えに入る。

それによってテッサはなんとか射撃姿勢を保つことができた。

 

種明かしをすると、その光はアイルーの能力(バーストショット)により5つに分裂した光線の束なのだが、その光線一つ一つがあまりにも巨大で、それらが束になったことにより、まるで巨大なプロミネンスが生まれたかのようだった。

 

演習場は太陽が放つそれにも匹敵する、圧倒的な光の暴力に包まれ、衝撃は荒野を抉り、熱は大地を液状化させ、的(ターゲット)は跡形もなく焼失した。

 

「おー……」

 

隣の演習場からそれを見ていた三日月は、かつて火星で見たモビルアーマー『ハシュマル』が放ったビームをも超えるその威力を目の当たりにして、思わず感嘆の声を放った。

 

やがてエネルギーを使い果たしたのか、ライフルから放たれる光が収まると、2機のバルキリーは力を使い果たしたかのように後ろ向きに倒れた。

 

『…………凄い』

 

『こ……これで出力50%……なの?』

 

倒れた2人は呆然とした様子で演習場を見渡した。

凄惨な現場と化した演習場。地面は大きく削れ、液状化した地面はマグマのように赤く染まり、黒々とした大地が広がっていた。

 

『2人とも、無事ですか?』

 

倒れたテッサとアイルーの前に、ミドリの乗る垂直離着陸型輸送機が上空から飛来する。

 

『はい。私たちは何とか……でも……』

 

テッサはバルキリーを立ち上がらせようと操縦桿を捻るも、バルキリーの反応は鈍い。

 

『あら? 射撃の影響で操縦系統に支障が出たみたいですね。このままバルキリーに搭載するのは無理がある……バルキリー本体の改良が必要……と』

 

ミドリは輸送機を着陸させつつ、バルキリーの状況をレポートした。

 

『……動いてよ』

 

テッサは何とかバルキリーを動かそうとするも、しかしバルキリーの出力は上がらない。あまりの威力に、まるで腰を抜かしてしまったかのようだった。

 

『…………?』

 

その時、テッサはふと機体の前に影が差し込んできたのを感じ取り、顔を上げた。

 

「…………」

 

そこには、バルバトスの姿があった。

穏やかな色のツインアイでテッサを見下ろし、右腕を差し出している。

 

「三日月さん……ありがとうございます」

 

テッサはスピーカーを用いて三日月の声に応答し、それから融通が効かない腕で差し出された腕を何とか掴んだ。

 

「よっ……と」

 

三日月は腕を引き上げテッサを起こし、続いてアイルーの乗るバルキリーを起こしにかかった。

 

「お兄ちゃん、ありがとうなの!」

 

「うん」

 

2人が本当に無事なのを確かめてから、三日月はミドリの乗る輸送機へと視線を送った。

 

「ミドリちゃん、2人の仕事はこれで終わり?」

 

『はい、バルキリーの新型装備とクロッシングのテストは終了です。三日月くん、申し訳ないのですが、輸送機まで2人のことをお願いします』

 

『うん、分かった』

 

三日月は2機のバルキリーを支えるようにしながら輸送機へと向かった。輸送機の前にたどり着くと、三日月は慣れた手つきでバルキリーを輸送機のハンガーへと納め、それからバルバトスを輸送機の中へ潜り込ませた。

 

『3人とも、お疲れ様でした』

 

輸送機の中にミドリの声が響き渡る。

 

「うん、お疲れ様」

 

バルバトスとの繋がりを解除し、三日月はコックピットを開けて輸送機の格納庫へと降り立った。

 

「三日月さん」

 

小さく息をついてミドリの所へと向かおうとした三日月だったが、そこで同じく格納庫へと降り立ったテッサに呼び止められる。

 

「テッサ? どうしたの?」

 

「三日月さん……ちょっと、お願いしたいことがあって……あっ!」

 

ゆっくりと三日月へ近づこうとするテッサだったが、輸送機が離陸した衝撃によりバランスを崩し、前のめりになってよろめいてしまう。

 

「……大丈夫?」

 

三日月は反射的にテッサの肩を掴み、華奢なその体を優しく抱き止めた。意図せずして2人の顔が近くなる。

 

「あ……ありがとうございます……」

 

三日月に支えられ、彼の腕の中で呆然と目を見合わせていたテッサだったが、急に今の自分が恥ずかしくなってしまったのか、顔を真っ赤に染めて三日月から離れた。

 

「ごめんなさい……」

 

「……別に」

 

テッサは赤く染まった顔を見られたくないのか、三日月に背を向けた。

 

『ごめんなさい、少し揺らしてしまいました!』

 

格納庫のスピーカーからミドリの慌てたような声が響き渡った。

 

『皆さん、お怪我などはありませんか?』

 

「大丈夫、誰も怪我してないと思うから」

 

三日月は背を向けるテッサと今まさにバルキリーから降りてくるアイルーを見て、2人の無事を確認した後、声を張り上げて自分たちの無事を伝えた。

 

「るる〜! お姉ちゃん! お兄ちゃん! お疲れ様なの〜」

 

格納庫へと降り立ったアイルーが嬉しそうに2人の元へ駆け寄ってくる。そして、三日月とテッサの間に流れる妙な雰囲気を感じ取ったのか、疑問符を浮かべた。

 

「お姉ちゃん? 大丈夫なの?」

 

「アイルー……うん、大丈夫だよ」

 

「でも顔が赤いなの! お日様みたいに真っ赤っかなの」

 

「あ……アイルー!?」

 

自分が必死になって隠そうとしていることを、妹にあっさりと見抜かれてしまい、テッサはさらに顔が熱くなるのを感じた。

 

「るる……お兄ちゃん、お姉ちゃんどうしちゃったなの?」

 

「……疲れてるんでしょ」

 

三日月はそう言ってポケットからナツメヤシの実が入った袋を引き出すと、そこから二粒取り出してアイルーへと差し出した。

 

「お兄ちゃん、くれるなの?」

 

「うん」

 

「じゃあ、あーんして欲しいなのー」

 

「別にいいよ」

 

「!?」

 

テッサが三日月とアイルーのやり取りに気づいて振り返った時には既に遅く、アイルーは三日月の指に口づけするような形でナツメヤシの実を口に入れた。

 

「るる〜〜甘くて美味し〜なの〜♪」

 

幸せそうにナツメヤシの実を頬張るアイルー

 

「…………ッッッ」

 

そんな妹を見て、テッサは顔を引きつらせた。

 

「テッサ」

 

「は……はいっ!」

 

テッサが振り返ると、三日月の手にはまだナツメヤシの実が残っていた。それを見て、テッサは少しだけ期待に胸を膨らませた。

 

……が、次の瞬間、三日月が残ったナツメヤシの実を口にしてしまったので、テッサはそれを呆然と見送ることしかできなかった。

 

「それで、お願いって何?」

 

「…………あ」

 

三日月の言葉に我に帰ったテッサは、何かの未練を断ち切るかのように首を小さく横に振ると、強い覚悟を秘めた視線で三日月を見つめ……

 

「三日月さん、この後……少しだけ戦闘シミュレーションに付き合ってもらえませんか?」

 

「……いいよ」

 

三日月の言葉に、テッサの顔がパアッと明るくなる。

 

「あ……ありがとうございます!」

 

「うん、それじゃあ行こうか」

 

三日月とテッサが輸送機のシミュレーションルームへと向かおうとした時だった。

 

「ちょっと待ってください」

 

格納庫に2人を呼び止める者が現れた。

 

「ミドリちゃん?」

 

その人物……OATHカンパニーの社長代理であり三日月の保護者役を務める大人の女性、ミドリは三日月たちの行く手を阻むかのように格納庫の入口に姿を現した。

 

「テッサさん。気持ちは分からなくもないですが、あなたの自主練を含めた連続活動時間は既に30時間を超えています」

 

その言葉に、テッサはびくりと震えた。

 

「……知ってたんですか」

 

「一応、社長代理ですので。我が社で働く人のことを気にかけるのは当然のことですから、それが三日月くんのお友達ならば尚更のことです」

 

ミドリはテッサの元へゆっくりと近づき、その肩に触れた。

 

「テッサさん、せめて基地に着くまでの間お休みになってください。あの時から……全然眠ってないんでしょう?」

 

「眠れないんです……今、こうしている間にも時間はどんどんなくなっているんです。そう考えると、眠れなくて……」

 

「なら我が社のカウンセラーを……」

 

「お医者さんは……いりません。私は、大丈夫です」

 

「ですが……」

 

「ミドリちゃん……もういいよ」

 

見かねた三日月が2人の間に割って入る。

 

「今は、テッサの好きにやらせてあげて」

 

「三日月くん……でも……」

 

「大丈夫、テッサのことは俺が見てるから」

 

「……そうですか」

 

そこでミドリは小さくため息を吐き

 

「三日月くんが見ているのなら安心ですね」

 

そう言ってニッコリと笑った。

 

「でも、あまり無理はしないでくださいね? もし……あなたが倒れたりでもしたら、私も、三日月くんも、アイルーちゃんも、みんなが悲しんでしまいますから」

 

「は……はい! 気をつけますっ!」

 

テッサは畏まった様子でミドリへと頭を下げ、それから心配そうな眼差しを浮かべているアイルーへと目をやり……

 

「アイルー、これから三日月さんと訓練してくるから、その間ミドリさんに迷惑をかけないようにしてね」

 

「…………分かったなの」

 

何か言いたげな様子でそう返事をするアイルー。しかし、テッサは妹のそんな様子に気づくことなく格納庫の入口へと向かう。

 

「三日月さん、先に行ってるね!」

 

そんな言葉を残し、テッサは格納庫から去るのだった。

 

「……お姉ちゃん、最近忙しそうなの」

 

そう言って、アイルーは2人へと振り返った。

 

「三日月お兄ちゃん、ミドリお姉ちゃん。アイルーに何かできることはないなの? アイルー、お姉ちゃんのお手伝いをしてあげたいなの……」

 

「アイルーちゃん……いえ、大丈夫ですよ」

 

そう言ってミドリはアイルーを優しく抱きしめた。

 

「寂しいですね」

 

「うん、寂しいなの……」

 

ミドリはアイルーを抱きしめながら三日月へと視線を送った。

 

「…………」

 

その視線に応えるかのように、三日月は小さく頷いた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

ことの始まりはOATHカンパニーでの一悶着だった。

 

遡ること数日前……

 

OATHカンパニー本社

作戦ルーム

 

「あの……ミドリさん、これ頼まれてた資料です」

 

その日、ミドリから仕事を任されていたテッサは作成した資料をミドリへと手渡すべく、OATHカンパニーの作戦ルームに足を運んでいた。

 

「ありがとうございます」

 

資料を受け取ったミドリはそれをパラパラとめくって、その内容をざっと確認すると、満足げな様子でテッサへと微笑みかけた。

 

「うん、よくできていますね」

 

「本当ですか?」

 

「はい。やっぱりお若い人は仕事覚えが早くていいですね!」

 

「そんな……ミドリさんだって十分若いですよ?」

 

「あらあら、お上手ですこと」

 

フワフワとした笑みを浮かべるミドリ、それにつられてテッサも小さく笑った。

 

「それじゃあ、私はこれで……」

 

「はい、お疲れ様でした」

 

最後にそんな言葉を交わし、テッサはミドリの元から立ち去った。特にやることもなかったので、作戦ルームから抜け出し、そのまま通路へと出た時……

 

「それで、奴はどこに?」

 

「いや、居場所の特定まではできてねぇ……」

 

通路の影に二人組の男を見かけた。一人は銀髪の男で黒いコートを着こなし、腰に刀を吊り下げている。もう一人は金髪の男で、粗野な外見にもかかわらず長い髪の毛を女性のように後ろで結んでいる。

 

テッサはこの二人のことを知っていた。

OATHカンパニー所属のユニット『アンデット小隊』のベカスとカルシェン……傭兵に対して強い恨みを抱く彼女にとって、彼らは毛嫌いの対象であり本来であれば気にも留めない存在なのだが、彼らだけは違っていた。

 

というのも、この内のベカスという銀髪の男は、彼女が付き従う少年……三日月とどういうわけか仲が良く、テッサ自身、よく2人が一緒にいる場面を目撃していた。

 

おまけに、男同士であるにも関わらず2人の距離がやけに近かったため、2人が協力して何かをやっている場面を見ていると、その度にテッサは形容しがたいモヤモヤとした気分を味わうことになるのだった。

 

そして、もう一つ……テッサが彼らを気にする理由があった。

 

それは、彼らの所属するアンデット小隊の部隊長……フリーズにあった。OATHカンパニーでもまれな女性隊長であるフリーズはとても女性が発してはならない下品な言葉と態度で自分の部下2人をこき使う乱暴な女性だったのだが、それでいて確かな実力と思いやりのある、優秀な人物だった。

そんなフリーズの姿は、今は亡きテッサの母親に似ていた。また、態度だけではなく目つきや体格、雰囲気すらそっくりだった。

 

そのため、一時期はそんなフリーズの面影を自分の母親と重ね合わせかけていたテッサだったが、言うまでもなくフリーズとテッサの母親は違う。

 

自分の母親は1人しかいない、フリーズのことを母親に見立てるのは、身勝手な現実逃避に過ぎない……ふと、そのことに気づいたテッサはそれ以来フリーズのことを見ないようにしていた。

 

「そうか……で、奴の本当の上司は?」

 

「まだ情報の裏どりは不十分だが、俺はイブン王国のサマン親王が怪しいと睨んでいる……俺の友達も同意見だった」

 

何やら真剣に話し込む2人の様子がチラリと気になったものの、傭兵が考えることなのだからどうせロクなものではないと判断したテッサは、いつもの様に2人の脇を通り抜けようと足を早めた

 

「そうか……やはりな」

 

「なんだ、知ってたのか?」

 

「まあ、なんとなくな……」

 

会話に夢中になっているのか、2人はテッサの存在に気づかない。そうしている間にも、テッサは傍を通り抜けて通路の奥へと突き進む。

 

「……イーサ」

その時、ベカスは思わずその名前を呟いた。

 

……いや、呟いてしまった。

 

「!!!」

それは蚊の鳴くような小さな呟きだった……にも関わらず、それはテッサの耳に入り、その言葉は彼女の脳を侵食し、心を震わせた。

 

瞳孔が開き、心臓が高鳴り、体が硬直する。

 

「ん? 誰だそれ」

 

「いや……なんでもない」

 

「ふっ……女か」

 

「だから、なんでもないって……」

 

茶化すカルシェンをベカスが軽くあしらった時だった。

 

 

 

「なぜその名前を知っている!!!」

 

 

 

「!?」

背後から響き渡った突然の大声に、傭兵2人はびくりと体を震わせた。恐る恐る振り返った2人が見たのは、拳を握りしめ怒りの形相を露わにしたテッサの姿だった。

 

「うわっ……誰だお前!?」

 

「お前は、三日月の……」

 

テッサのことを知らないカルシェンに対し、ベカスは目の前のテッサのことを見知っていた。最も、いつも三日月に付きまとっている友達……程度の認識しかなかったのだが

 

「今、誰かの名前を言ったでしょ! なぜその名前を知っているの!?」

 

「……」

 

「答えろ!」

 

少女の叫びに圧倒され、ベカスは思わずカルシェンと目を見合わせた。カルシェンはいかにも気まずいというような顔をして顎をしゃくり上げた。

 

「…………」

 

ベカスは小さく息を吐いた。

 

「……昔、オレのことを助けてくれたからだ」

 

「それって……いつの話」

 

「……歴史的な虐殺が行われる、数日前」

 

「それって……サラ大虐殺のこと?」

 

テッサの言葉に、ベカスはハッとなった。

 

「お前……まさかあの事件の……?」

 

「私は、サラの孤児だ!」

 

その瞬間、ベカスは激しく驚愕した。彼の中で過去の記憶が鮮明に蘇り、バラバラだったパズルのピースが組み合わさっていくように、そしてベカスは頭の中である結論を導き出した。

 

自分の目の前に立つこの少女……彼女は、サラで自分を助けてくれた女性……イーサの、娘であるということを……

 

「そうか……じゃあ、あんたにはオレを殺す権利がある」

 

「…………!!!」

 

その言葉で、テッサは全てを察した。それは結論から言うと早とちりなのだが、今のテッサには冷静な思考をする余裕がなかった。

 

 

 

「そうか……お前がッッッ!!!」

 

 

 

テッサは腰のホルスターから拳銃を引き抜くと、その銃口をベカスへと向けた。

 

「お……おい!?」

 

テッサの凶行に、カルシェンが絶叫する

だが、テッサは止まらない

 

「…………ッッッ!!」

 

怒りにかられたテッサにより、今まさにトリガーが引かれようとしたその時……テッサの背後から忍び寄る小さな影があった。

 

それにいち早く気づいたテッサは即座に反転し、近づくなと言う意味を込めて忍び寄る人物へと銃口を向けようとした。

 

「……あっ!?」

 

だが、テッサが振り返った時には影は既に至近距離にまで迫っていた。そのままあっさりと拳銃を奪われ、テッサはバランスを失って地面へと尻餅をついた。

 

「テッサ」

 

「……三日月さん……?!」

 

テッサが見上げると、そこには三日月の姿があった。奪った拳銃を手の中でいじり回し、あっという間に解体していく。

 

「三日月さん……どうして、そいつは……ッッッ」

 

「テッサ……それは、ダメだ」

 

解体した拳銃をポケットに押し込み、三日月は続いてベカスに目をやった。

 

「ごめん、ベカス」

 

「いや、いい」

 

ベカスは淡々と三日月を見返し……

 

「三日月……これは柔道の一種か?」

 

「ううん、CQCって……学園で習った」

 

「そうか」

 

「三日月さん!!」

 

三日月の後ろでテッサが叫ぶ。

 

「なんで邪魔するんですか! そいつは、その男はッッッ、私からお母さんと村を奪った傭兵なんですよッッッ」

 

「……テッサ、落ち着いて」

 

怒りに震えるテッサに対し、三日月は冷静だった。偶然通りかかった彼は、2人のやりとりに聞き耳を立て、客観的な立場から大体の事情を察し、そして話の流れの不自然さに気づいていた。

 

「ベカス、ちゃんと話して」

 

「……ああ」

 

そうして、ベカスはことのあらましを語り始めた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

ベカスの話を要約すると、こうだった。

 

 

 

6年前のババラール連盟のとある場所……

ベカスが駆け出しの傭兵だった頃……

テッサとアイルーがまだ10にも満たない年齢だった頃……

 

当時、傭兵として『イブン解放戦線』に加わっていたベカスは、『イブン王国』への反抗作戦に参加する事で日々の糧を得る生活を送っていた。

 

イブン王国軍との激戦の末、ベカスのいた部隊はサラの村へ移動し、そこで傷ついた機体の整備と休息を行うと共に、サラの民兵たちへ解放戦線への参加を交渉していた。

 

サラでの滞在中、ベカスは後にテッサとアイルーの母親だと発覚するイーサと出会った。ベカスと気が合ったイーサは好意からベカス機体の整備を手伝い、さらには寝床まで提供した。

 

因みに、まだ幼かった姉妹は別の町の学校へ行っており、この時点でベカスと姉妹の面識はなかった。

 

だが、ベカスがサラに入って数日が経過した時だった。

 

サラがイブン解放戦線への参加を拒否したことを機に、部隊の指揮官である『アブド』は部隊に参加しているベカスも含めた傭兵たちに向けてこう告げた。

 

「王国軍になりすまして、ここの人間を全員殺せ」

……と

 

傭兵を使って王国軍による犯行に見せかけ、解放戦線への参加を渋る他の部族たちの腹をくくらせようとしたのだ。

つまり、王国軍を打倒するだけの戦力を確保する為に、サラを生贄にしようとしたのだ。

 

ベカスはこれに抗い、重傷を負いながらもイーサと共に村を守るべく遁走した。だが、圧倒的な戦力差を前に撤退を余儀なくされた。

 

その最中、ベカスへ追撃の手が伸びることを危惧したイーサは、殿となって敵を食い止めることに成功するも、敵の集中攻撃を受け壮絶な最期を遂げた。

 

ベカスの知る限りでは、これが後に『サラ大虐殺』と呼ばれる事件の全貌であった。

 

この事件の後、生き残ったベカスは虐殺の首謀者を明らかにするべく様々な調査機関を転々とし、一方、傭兵によって全てを失ったテッサはこれ以降、傭兵に対して強い憎悪の心を抱き、妹と共に傭兵専門の賞金ハンターとして活動することになった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「そんな……」

 

ベカスの口から語られたサラ大虐殺の真相に、テッサはうつむいたまま呆然とした。

 

「……君は、お母さんと同じ目をしている。とても美しい目だ」

 

「私のお母さんは……あんたを救うために死んだの?」

 

「そうだ」

 

淡々と肯定するベカス

テッサは歯を食いしばり、怒りを露わにした。

 

「なぜ! あの時、あんたが死ななかったのよ!」

 

「オレもずっとそう思っている。なぜあの時、オレは死ななかったのかって……」

 

「だったら……」

 

そこで、全身を震わせるテッサの言葉を遮るかのように横からサッと横槍が入る。それは先程から黙って聞くことに専念していた三日月の手だった。

 

「ベカスは、村を守ろうとしたんだよね」

 

「ああ、そうだ」

 

「ベカスはテッサの敵?」

 

「……いや、それは違う」

 

「この事件の首謀者を追っているんだよね?」

 

「ああ。まだ断定はできないが、かなり近いところまで来ていると思う」

 

「そっか」

 

ベカスの言葉を聞き、三日月はテッサへと振り返った。

 

「テッサ……ベカスは仲間、敵じゃない」

 

「なっ?!」

 

三日月の言葉に、テッサは驚愕する。

 

「三日月さん! なんでそんな奴の言うことを信じるんですか! 傭兵の言うことなんて信じられない、そいつが嘘を吐いている可能性だって……」

 

「ベカスはそんな卑怯な嘘をつくようなやつじゃない」

 

「なんで、そう言い切れるの……?」

 

「ベカスは俺の仲間だから」

 

三日月の答えは単純明快だった。

テッサは言葉を失う。

 

「それに……今、ベカスに怒るのは間違っていると思う。テッサが本当に怒るべき相手は……テッサのお母さんの仇は、もっと他にいる。そうでしょ?」

 

そこで三日月はベカスへと振り返った。

ベカスが小さく頷いたのを見て、再びテッサを見つめる。

 

「今、ベカスを殺してもあんまり意味はない。根っこの部分を断たないと、ダメだと思う」

 

「……!」

 

その言葉は、いつか三日月がテッサに言った言葉だった。

 

「テッサは、どうしたい?」

 

「私は……お母さんの、仇を討ちたい」

 

「そっか」

 

テッサの瞳に強いものを感じた三日月は、それ以降何を言うでもなくベカスへと視線を送った。その視線の意図に気づいたテッサは、ベカスへと向き直り……

 

「ずっと調査を続けているのよね?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、私も仲間に入れてよ」

 

「それは……」

 

「私は傭兵たちに虐殺を指示したアブドと、その背後にいる首謀者に、復讐したいの!」

 

「復讐は……自分が虚しくなるだけだ」

 

「お母さんの仇が取れるなら、私は地獄に落ちたって構わない!」

 

その言葉に、2人の傭兵はピクリと反応した。

 

「いいだろう。だが……」

 

そこでベカスはチラリと三日月の方を見て……

「三日月。お前さんから見て、彼女は強いか?」

 

「ううん、弱い」

 

「な!?」

 

ベカスの問いに、三日月がきっぱりとそう答えたことにテッサは驚愕した。テッサは自分が弱いことは薄々実感してはいたが、尊敬する人からこうもハッキリと言われると、精神的にキツイものを感じたのか、目に見えて落ち込んでしまう。

 

「じゃあ、強くなってからだな。そうじゃなきゃ仲間には入れねぇ」

 

真面目な顔でそう告げて、ベカスはカルシェンと共にその場から去って行った。

「待ってよ……!」

地面に膝をついたテッサは手を伸ばして必至に2人を呼び止めるが、結局……2人が振り返ることはなかった。

 

「今のテッサは弱いよ。だから、仇討ちに行ってもただやられるだけ」

 

現実的な三日月の言葉に、テッサは目頭に熱いものを感じた。

 

「そんなの……やってみないと分からないじゃないですか……」

 

目に涙を浮かべて、テッサは弱々しくそう呟いた。

 

「そう、やってみないと分からない」

 

「……え?」

 

テッサが涙で溢れる目を上げると、目の前には三日月の姿。彼はいつもの淡々としたような表情で、膝をつくテッサへと手を差し伸べていた。

 

「俺が言った弱いっていうのは、あくまでもテッサの……パイロットとしての腕前のこと。だけど、もっと強いものをテッサは持っているってことを、俺は知ってる」

 

「三日月さん……それって……」

 

「弱いなら、強くなればいい」

 

三日月の言葉と強い視線に、テッサは心の底から衝撃を覚えた。それは、今まで悩みの種だった足枷から解放される……そんな感覚にも似ていた。

 

「なんだ……簡単だね」

 

テッサは小さく笑って涙を拭うと、差し出された手に向けて、精一杯、自分の腕を伸ばした。

 

「三日月さん。私を……強くしてください!」

 

やがて、テッサの指先が三日月の指に触れる。

 

「強くなれるんだったら、私、なんだってやります!」

 

 

…………だから!

 

 

「いいよ」

 

テッサの手を掴み、三日月は彼女を力強く引き上げた。

それはかつて悪魔と呼ばれた少年による、1人の少女への『救い』だった

 

 

 

そうして、その日からテッサの戦いが始まった。

 

 

 

復讐を誓った少女が、

復讐の戦乙女になるまで……あと数日……

 

 

 

to be continued...

 

 

 

 

 




なんか合体技がどうとか言ってましたが、やるんだったら冒頭のバルキリーみたいな感じになるんですかね? 期待大です!

次回『束の間の休息』(仮)
年内には書き切れるよう頑張ります


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外伝1ー2:束の間の休息

別件で変なもの作ってたのも影響してから、すごい時間がかかりました。
なるほど、これが難産というやつですか……最も、これからも難産は続きそうですが……

それでは、続きをどうぞ





ベカスの口から語られたサラ大虐殺の真実を知ったテッサが、三日月と共に訓練に明け暮れる日々を送り始めてから2週間後……

 

OATHカンパニー模擬戦場

 

上空は天を覆い尽くさんばかりの雨雲が広がっていた。それは太陽の光を遮り、まだ午前中であるにもかかわらずまるで夜の闇がすっぽりと戦場を包み込んでいるかのようだった。

 

「……さて」

 

輸送機のモニター室から模擬戦場の様子を一望し、模擬戦の準備が整ったことを確認したミドリは、通信用のヘッドフォンを頭に装着した。

 

『三日月くん、テッサさん、準備はよろしいですか?』

 

ヘッドフォンから伸びたマイクへと声を吹き込み、輸送機から数百メートルほど離れた位置にいる2機のバルキリーへと呼びかけた。

 

互いに離れた位置にいるバルキリー、その間には巨大な渓谷がまるで迷宮のように広がっており、期待に搭載されたナビゲーションがなければ迷ってしまうほど入り組んだ地形をしていた。

 

『はい、いつでも構いません!』

 

赤い装甲が特徴的なそのBM……バルキリーAのパイロットであるテッサは、ミドリの言葉に反応し鋭くそう言い放った。

 

ヴァルハラ製、俊敏性に特化したBM……バルキリーA

だが今回、その武装は少しだけ変わっていた。

 

バルキリーAの両手には通常兵装であるビームライフルの代わりにそれぞれハンドガンが一丁ずつ握られている。弾丸は実弾ではなく、模擬戦用のペイント弾を内蔵していた。

 

『こっちもいいよ』

 

テッサから遅れること数秒後、機体の起動に成功した三日月がそう言い放った。

 

『三日月くん、バルキリーの調子はどうですか?』

 

『……バルバトス程じゃないけど、まあいいと思う』

 

そう言って三日月は、搭乗している白いバルキリーをまるで自分の体をチェックするかのように、両腕、胴体、腰部、両足と……メインカメラでしきりに見回した。

 

三日月の乗る機体……バルキリーSはバルキリーシリーズのフラグシップモデルとして再設計された機体で、防御や素早さなどパイロットの生存性に繋がる面で特化したそれまでのバルキリーとは違い、より攻撃的なバルキリーとして生まれ変わった機体だった。

 

本来の機体カラーは灰色なのだが、三日月の乗るバルキリーSは彼のために特殊な改造が施されており、通常型のそれと区別するために全身に白い塗装が施されていた。

 

というのも、本機はOATHカンパニーが1年以上もかけてようやく解析(一部)に成功したバルバトスの阿頼耶識システムのデータを……コピーした、いわゆる擬似阿頼耶識システムを搭載した実験機だった。これは阿頼耶識システムのさらなる解析のために生み出された機体であるがゆえ、阿頼耶識手術を受けていない者でも一応の操縦は可能である。

 

『では改めてルールを説明します。模擬戦は1ラウンド5分の15セット、ラウンド終了ごとに1分間の休憩を挟んで次のラウンドへ。また、1回の戦闘につき被弾は3回まで、3回ヒットした時点でそのセットは終了、各自初期位置へ戻って下さい。なお、盾への着弾は被弾としてカウントされません……』

 

ミドリが模擬戦の説明をしていると

ポツリポツリと……大量の水を溜めていたダムが徐々に決壊を始めるかのように、少しづつ雨が降り始めてきた。

 

『また、攻撃は原則としてペイント弾によるもののみ、徒手空拳やシールドを鈍器に見立てた攻撃などは禁止です。他に何か質問はありますか?』

 

『ねぇミドリちゃん、雨降ってきたけど?』

 

『いい質問ですね! はい、ペイント弾は雨の中でも十分使用可能です、なにも問題ありません』

 

『そっか』

 

ミドリの言葉を聞きつつ、三日月は右手の中に収まったハンドガンと左腕の巨大な盾の具合を確かめ、模擬戦の初期位置へと移動する。

 

『三日月さん!』

 

『?』

 

三日月はモニター上に映るテッサの顔に目をやった。

 

『手加減なんてしないで、全力で来てください』

 

『……うん、分かった』

 

三日月はテッサの強い意志を感じ取った。

 

『それでは……戦闘開始』

 

輸送機から模擬戦の始まりを告げる信号弾が上がる。その瞬間、赤と白のバルキリーは獲物を探し求める狩人の様に、ほぼ同時に飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

外伝1ー2:「束の間の休息」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

模擬戦終了後……

 

輸送機 待機室

 

「はぁ……はぁ……」

 

激戦をなんとかくぐり抜けたテッサは、息も絶え絶えといった様子で待機室のベンチに横になっていた。

 

テッサの頬は赤く染まり、額から生まれた汗の玉が、彼女の白い肌を伝って床へと落ちていく。

 

先ほどの模擬戦に加え、連日続いた激しい特訓のせいか、疲労による体の重さを感じ、テッサは動けなくなっていた。それこそ、まるで自分にのしかかる重力が突然何倍にも膨れ上がったかのようだった。

先ほどから休憩室を明るさで満たす照明の光が、天井を見上げるテッサの目に刺激を与えているものの、今の彼女にはそれを気にするだけの余裕すらなかった。

 

(やっぱり……強い……)

 

心の中でそう思いながら、テッサは体を横にしたまま格納庫へと視線を送った。

格納庫は待機室からガラス窓一枚隔てた先にあり、テッサのいる場所からでも格納庫全体をよく見渡すことができた。

 

格納庫のハンガーには2機のBMが納まっていた。

しかし、テッサの赤いバルキリーは全身が真っ青に染まっており、一方、三日月が搭乗する白いバルキリーはというと、脚部と胴体が少しだけ赤く染まっているだけで、白い装甲は無事だった。

 

模擬戦はテッサの敗北に終わった。

それも、圧倒的な差をつけられて……

 

「…………」

 

テッサは三日月の放ったペイント弾の影響で、全身が真っ青に染まった自分のバルキリーを見つめて模擬戦のことを思い返していた。

 

テッサの言葉を真面目に受け取り、一切の手加減をせず全力で模擬戦に挑んだ三日月は、まるで鬼神のように強かった。

 

射撃は正確で、ハンドガンの射程圏内であればどんな状況下からでも確実に命中させてくる。

 

回避に関しても完璧で、テッサの射撃をまるで先読みしていたかの様に最小限の動きだけで回避してみせ、数少ない直撃コースの弾も盾であっさりと防がれてしまった。

 

それは天候が悪化してもなお、変わらなかった。

 

テッサが土砂降りの雨に視界を塞がれ、轟く雷鳴に気を取られ動き辛そうにしている一方で、三日月は悪天候など気にならないとでも言いたげに渓谷の中を飛び回っていた。

 

そして三日月は彼女がぬかるみに足を取られ、渓谷の間へと滑落し、行動不能に陥ってしまった際にも、容赦なくペイント弾を撃ち込んだ。

 

(練習して……少しは強くなれたと思っていた……けど……)

 

テッサの脳裏にその時の光景が浮かび上がった。

落雷を背に、こちらを見下ろす白いバルキリー。谷の底に落ちた自分のことを、無機質なツインアイで淡々と見下ろしている。

 

(まだ……三日月さんに比べたら、私は弱い……)

 

最も、三日月がバルキリーをここまで上手く操ることができたのは三日月の技量もさながら、模造品とはいえ阿頼耶識システムがあったからこそのことだったのだが、阿頼耶識システムに関する知識がないテッサにはそれを考えることはできなかった。

 

(もっと……もっと強くならなくちゃ……!)

 

視線を待機室の中へと戻したテッサは、真上で眩しい光を放ち続ける照明へと手を伸ばした。

 

「大丈夫?」

 

その時、テッサは視界の隅に何者かの影を感じた。

 

「三日月さん……?」

 

三日月の存在に気づいたテッサは慌てて体を起こし、ふらつく体を言い聞かせ彼へと体を向けた。

 

「寝ててもいいよ」

 

「いえ、大丈夫です」

 

明るく気丈に振る舞うテッサだったが、しかし、その顔色は誰が見てもあまりよくなかった。

 

「はい、これ。疲れたでしょ?」

 

そう言って三日月は水の入ったボトルを差し入れする。

 

「あ……ありがとうございます」

 

テッサはそこでようやくカラカラに乾ききった自分の喉に気づいた。礼を言ってボトルを受け取り、それを一気に飲み干した。恐ろしいほどに冷えきった水が喉を潤し、火照った体を涼しくさせた。

あまりにも勢いよく飲み干してしまったからか、テッサは最後に少しだけ咳き込んでしまった。

 

「……ごめん」

 

「え?」

 

唐突に謝りを入れた三日月へ視線を送る。

 

「少し、やりすぎたかも」

 

三日月はテッサを見ずに、なにやら顔を格納庫の方へ向けてそう告げた。少しだけ申し訳なさそうにしている辺り、彼にも自覚はあったのだろう。

 

「いえ、そんなことはありません!」

 

そこでテッサはボトルを置き、三日月を見上げた。

 

「三日月さんが本気を出してくれて、私はむしろ……嬉しかったです」

 

「え?」

 

三日月はチラリとテッサを流し見る。

 

「毎日の訓練で、自分は強くなっているんだっていう実感を持っていました。でも、それは自分の勝手な思い込みで、本当はまだ大したことないんだなって……」

 

「…………」

 

「三日月さんと模擬戦して、それをよく思い知ることができました。私はまだまだ弱い……だから、今の自分の強さで満足してはダメ……私はもっと強くならなくちゃって……」

 

「…………」

 

「だから三日月さんには感謝しているんです」

 

「そっか」

 

テッサの言葉に、三日月は静かに頷いた。

 

「だから……その、三日月さんさえ良ければ、これからも全力で相手をしてください! 私相手じゃ物足りないかもしれませんが、私もいつか三日月さんと肩を並べられるくらい強くなってみせますから!」

 

「……うん、分かった」

 

三日月は視線を格納庫に向けたまま、続ける。

 

「無駄だと思えることでも積み重ねていけばそれは自分のためになる。テッサのやっていることは無駄じゃない。それに……強くならないといけないのは、俺も同じだから……一緒に、頑張ろ」

 

「はい!」

 

三日月の言葉に、テッサは強く頷いた。

 

「あと……」

 

「はい、何ですか?」

 

「テッサ、体……冷やさないようにしてね」

 

「はい……え?」

 

テッサは三日月の言葉に疑問符を浮かべた。

三日月は先ほどから格納庫のある一点を見つめているのだが、その視線の先には空いたハンガーが天井から下がっているだけで特に何かあるわけでもない。

しかし、三日月は無表情でジッとその空間を見つめていた。まるで、何かから目を背けるかのように……

 

「……え?」

 

そこでテッサは、三日月が自分を見ないようにしていることに気づいた。なぜ、自分を見ないようにしているのだろうか……? そう思いながらも、テッサは三日月の「体を冷やさないで」という言葉を思い返した。

 

「…………あ」

 

そうしてテッサは、ようやく今の自分の状態に気づくことができた。

 

ただでさえ露出の多いテッサの服は、激戦を経て大きく着崩れていた。火照った体を冷ますためにジャケットは脱ぎ捨てられ、胸当ては汗でずり落ちて大切な部分がほぼ丸見えの状態になっている他、体の上を流れ落ちる汗が、彼女の肌を艶やかに光らせていた。

 

「……ごめんなさい」

 

赤みのあった顔をさらに赤面させながら、テッサは着崩れを直し、すぐそばに投げ捨てていたジャケットを拾い上げて胸に抱いた。

 

「……別に、謝らなくていいよ」

 

テッサが身なりを整えたのを確認し、三日月はここでようやく彼女へと体を向けた。

 

「俺は別に自分の体とか人に見られても気にならないけど、女の人は、他の人に見られるのは嫌でしょ?」

 

「それは……」

 

「世の中には女の人のそういうところを見て、変なことを考えるような悪い人もいるだろうから……気をつけてね」

 

「……はい」

 

「じゃあ俺はもう行くから、テッサはゆっくり休んでてね」

 

そう言って三日月は、テッサへ背を向け、待機室から出て行こうとする。

 

「……三日月さん、待って!」

 

そんな三日月を、テッサが呼び止める。

 

「なに?」

 

「……その……私は…………」

 

そして、テッサは思いきってその言葉を口にした。

 

「私は……三日月さんになら、見られてもいい……です」

 

「……そう」

 

決意のこもったテッサの言葉に、しかし三日月は顔色一つ変えることなく僅かに頷いただけで、ゆっくりと彼女の前から去るのだった。

 

「……三日月さん…………」

 

ズキリと痛む胸を押さえながら、テッサは三日月が去った後も彼のことを見送り続けるかのように、しばらくの間ベンチの上から動くことはなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

ババラール連盟の某所

 

「ふっふっふっ……ははははは!」

 

その男……イブン王国のサマン親王は、豪華絢爛な玉座に深々と腰を下ろし、声高々に笑い声を上げた。

 

「ははははは! 長い年月はかかったが、これでわが計画はついに成功したぞ! アブド!」

 

サマン親王はそう言って目の前で膝をつく男の名前を呼んだ。それはかつてイブン解放戦線を率いてサラ大虐殺を実行した人物の名前であり、ベカスやテッサにとって因縁のある男の名前でもあった。

 

「おめでとうございます、殿下。我々の積年の苦労もこれで報われましょう」

 

イブン解放戦線のリーダー格であり、本来であればイブン親王とは敵対関係にあるはずのアブドは、主人の喜びを分かち合うかのように深々と頭を下げた。

 

そう、全ては何年も前から仕組まれた嘘だった。

 

この男……サマン親王はかつて兄の王位継承に不満を持っていた。自分こそが国のトップに相応しい、自分こそが人の上に立つに相応しい……にもかかわらず、王位を継承したのは兄だった。

 

だからこそ、彼は王族でありながら影で国を貶める計画を立てた。国内の弱小民族の独立運動を密かに支持、アブドをイブン解放戦線のリーダーに仕立て上げ、王国の政治に不満を持つ各地の民族やレジスタンスへ資金提供を行い、決起を起こさせた。

 

全ては……兄王の威信を削ぎ、自分が王になるため

 

サラ大虐殺は、イブン親王の野心のためだけに行われた事件だった。

 

他の部族へ王国軍への不満を煽る……ただ、それだけのために何百人、何千人もの罪のない者たちの命が失われた。しかし、そんな虐殺も彼にしてみれば身勝手な私利私欲を満たすためのゲームの一つに過ぎなかったのだ。

 

その結果、イブン解放戦線の勢力は数年のうちに大きく膨れ上がり、対称的に解放戦線を始末できない兄王の支持率は急激に落ち込み、王室と大臣からは「役立たず」呼ばわりされるほどだった。

 

「お前が私を殿下ではなく、陛下と呼ぶ日も近いぞ」

 

イブン親王はそう言ってニヤリと笑い

 

「即位の暁には、解放戦線を完全に叩き潰し、わが地位を確立する。アブド、その時こそお前が武勲をあげる大きな機会となろう」

 

その言葉にアブドは驚愕し、イブン親王を見上げた。

 

「解放戦線を壊滅させるおつもりですか!?」

 

「当然だ」

 

「しかし陛下は、王位奪取の暁にはバイカ人と解放戦線に参加した少数民族の独立を許すと約束されたはず……」

 

「私が解放戦線を潰さず、権威を示さなければ、王宮の愚者どもは私のことを兄王と同じく役立たずとみなすだろう。解放戦線は何がなんでも叩き潰さなくてはならないのだ!」

 

イブン親王の言葉に、アブドを唇を噛んだ。

 

「で……では、せめてバイカ人の独立だけでも……」

 

「黙れ! お前はわが腹心の立場に専念せよ。解放戦線を倒した後は、お前を王国軍の総司令官に取り立ててやる」

 

「しかし……」

 

なおも納得した様子を見せないアブドに、イブン親王はため息を吐いて立ち上がり、そばに控えていた使用人からサーベルを受け取った。

 

「アブドよ……これは悪い話ではないぞ」

 

「……!」

 

イブン親王はサーベルを引き抜き、膝をつくアブドの首筋へその刃を突きつけた。刀身に反射した光に晒され、アブドは思わず息を呑んだ。

 

「全てが終われば、わが娘の1人を娶るがいい。その時はお前も最高の富と栄誉を得られるのだ」

 

「……御意」

 

半ば脅すようなその言葉に、アブドはただ頷くとこしかできなかった。

 

「いいだろう。それと、お前の配下の者を始末しておくのだ。お前の周りには、知りすぎてしまった者が多くいるからな……」

 

「御意……」

 

「さて、私は別荘のパラダイス・ヴィラでしばらく休養を取る。新しい少年を何人か見繕って、しっかりと私に『ご奉仕』するように言い含めておいてくれ」

 

「御意……」

 

玉座からイブン親王が去った後も、アブドは膝をつき、ジッと自分の役割について考え続けた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

さらに数日が経過した。

 

その間も、テッサは死にものぐるいで訓練を続けた。

 

復讐を誓った少女は驚くべき成長を遂げていた。

未だ三日月の実力には程遠く、それに関して彼女は自分自身を「まだ弱い」と評していたものの、それは三日月と比較しての話で、その存在はあまりにも強すぎた。

 

それ故、自分の実力に気づくことなく……いや、自分の実力に満足や慢心といった感情を抱くことなく、彼女は強くなることにこだわり続けることができた。

 

元々、強くなれる素質はあった。

 

そして、いつしか彼女はOATHカンパニーの中でもトップクラスの実力を誇るようになり(相変わらず彼女はそのことに気づいていないようだが)、その強さはアンデット小隊を相手にした模擬戦にてカルシェンとフリーズをあっさりと撃破するほどだった。

 

確実に強くなっているテッサ

 

しかし、そこで思いもよらぬ事態が起きた。

 

いや、過労によりテッサが倒れただとか、体を痛めたなどということではない。過酷な訓練を続けるテッサの隣にはいつも三日月が立ち会っており、三日月はテッサの身が危ないとあればすぐさま訓練を止めに入っていた。

 

思いもよらぬ事態は、テッサの知らない別のところで起きていた。

 

 

 

アイルーが幼児退行を引き起こしていた。

 

 

 

アイルーにとってテッサは実の姉であり、血の繋がった唯一の家族なのだ。そして、賞金ハンターらしく一人前にバルキリーを操縦しているように見えるが、その言動と容姿から分かるようにアイルーはまだ幼かった。

 

本来であればまだ母親に甘えてもいい年頃

しかし、その母親はサラ大虐殺で亡くなっている

 

そのため、アイルーはしばしば母親に対する感情をテッサに向けていた。テッサもアイルーのことを慮り、それまでは愛情たっぷりに接していた。

 

しかし、ベカスとの衝突以降、テッサが寝る間も惜しんで過酷な訓練を始めてしまったことにより、姉妹の間に軋轢が生じた。

テッサはそれまでアイルーとのふれあいに使っていた時間さえも訓練に回すようになり、これによってアイルーは自分の感情を発散させる機会を失った。

 

構ってくれないテッサに、アイルーは度々駄々をこねるようになった。しかし、それでもテッサが自分のことを見てくれないことを知ると、甘えの矛先(迷惑をかけるという意味で)を三日月やミドリにまで向けるようになった。

 

 

 

それによって、2人の間でちょっとした事件が起きるのだが、それはまた別のお話……

 

 

 

この事件以降、2人の関係はよりギクシャクしたものになってしまうのだった。この状況を重く見た三日月とミドリは姉妹に仲良くなって貰おうと奔走し、一応は仲直りさせることに成功するも、依然としてアイルーが家族の愛情に飢える日々は続いた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

その日、ミドリは三日月とテッサ、そしてアイルーを連れて極東一と称されるテーマパークを訪れていた。

 

これは愛情に飢えたアイルーの鬱憤を晴らすためだけではなく、テッサの努力を労う(というか、無理やり休ませる)ためのものでもあった。なお、訓練に夢中なテッサを連れ出すのに相当な手間がかかったことは言うまでもない。

 

4人はたっぷり数時間を使ってテーマパークを一周した。

こういったところは初めてなのか、目の前に広がる沢山のアトラクションを前にアイルーは目を輝かせ、大はしゃぎで姉を引きずり回し、2人でジェットコースターやゴーストハウス、メリーゴーランドなどのアトラクションを回った。最初は訓練ができないからとピリピリとしていたテッサも、時間が経つにつれて徐々にアトラクションを楽しめるようになり、姉妹は自然と年相応の笑顔を見せるようになってきた。

 

その様子を見て、陰ながらミドリがホッと胸を撫で下ろしていたというのは完全な余談だった。

 

三日月はいつものように無表情で2人のことを見守っていたものの、その無機質な表情の中にはうっすらと穏やかな色が浮かんでいた。そして、そんな彼の些細な変化に気づくことができたのはミドリただ一人だけだった。

 

4人はそれぞれ充実した時を過ごした。

 

楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、

そして夢の時間は終わりを告げる。

 

夕方

 

茜色に染まった空、今まさに地平線の彼方へ沈もうとする夕日、傾いた日差しがテーマパーク全体を綺麗なオレンジ色に照らしている。

 

「アイルーちゃん、今日一日どうでしたか?」

 

「楽しかったなの〜!」

 

アイルーは興奮冷めやらぬといった雰囲気を放っていた。

 

「ジェットコースターは速くてぎゅんぎゅんして楽しかったなの! お化け屋敷は面白いオバケさんが沢山いて面白かったなの! メリーゴーランドもぐるぐるで凄かったなの!」

 

「そうですか〜ふふっ、楽しんでもらえてよかったです」

 

アイルーの様子にミドリはふんわりと笑った。

 

ここはテーマパーク内に作られた自然公園。今、ミドリとアイルー、そしてテッサの3人は公園のベンチに腰を下ろし今日1日の出来事を振り返っている。

 

ちなみに三日月はというと、待ち時間中の暇つぶしに行ったカードゲームで負けたため、4人分の飲み物を買いに行っている。

 

「また来たいですか?」

 

「来たいなの! 今度はミドリちゃんも一緒にジェットコースターに乗ろうなの!」

 

「ジェットコースターですか、えっと……ミドリちゃん、実はちょっとそういうのは苦手で……」

 

「大丈夫なの! みんなで一緒に乗れば怖くないなの!」

 

すっかり子どもらしい純真無垢な感情を取り戻したアイルー。その瞳には、昨日まであった濁りが全くと言っていいほど感じられなかった。

 

「ミドリさん……その、今日はありがとうございました」

 

ベンチの端に座るテッサがペコリと頭を下げた。

 

「いえいえ〜、テッサちゃんは楽しめましたか?」

 

「私は……それなりに……」

 

「ぶー、それなりにじゃないなの! アイルーは見てたなの! お姉ちゃん、とっても楽しそうにしてたなの!」

 

「あ、アイルー……」

 

妹の指摘にテッサは顔を赤く染めた。

その様子に、ミドリはニコニコと頷く。

 

「うぅ……それにしても……ミドリさんって、子どもの扱いが上手なんですね」

 

「るる! アイルーは子どもじゃないなの! もう一人前の大人なの!立派な『れでぃ』なの!」

 

テッサの言葉から、自分が子どもであると見られているのが気になったのか、アイルーは声を上げて見栄を張った。

 

「んー……そうですねぇ、きっと長らく三日月くんのお世話をしていたからだと思います。あとはアイリちゃんのお世話もたまにやっているので、ミドリちゃんの保育技術は、いわばお二人に鍛えられたものだと思いますね」

 

「そ……そうですか」

 

テッサは社長代理という立場にありながら三日月を育てたミドリを、同じ女性として本気で凄いと思っていた。

 

そして、心の奥底にチクリとしたものを感じた。

 

もし、自分がミドリさんのような女性だったのならアイルーを悲しませずに済んだだろうか? ……ふと、そんなことを思う。

 

テッサがそれについて考えていた時……

 

ビュウゥゥ……と、

冷たい北風が3人の前を通り抜けた。

 

アイルーが体をぷるぷると震わせていると、ミドリはそれを見かね……

 

「アイルーちゃん、寒いですか?」

 

「うん、ちょっとだけ寒いなの」

 

「そうですかーそれじゃあ……ぎゅ〜」

 

「るるっ!?」

 

突然、アイルーのことをぎゅっと抱きしめた。

 

「ほら、こうすればあったかいでしょ?」

 

「本当なの! ちょっと苦しいけど、ミドリお姉ちゃんとぎゅーしてると、あったかいなの〜♫」

 

最初こそ驚いた様子のアイルーだったが、抱きしめられたことで身も心も温かくなったようで、今度は自分からミドリへとすり寄り始めた。

 

側から見れば、仲の良い親子に見えたことだろう。

 

(……あっ)

 

その瞬間、テッサの中で、抱き合う2人の後ろ姿が昔の自分と母親(イーサ)の姿と重なり合った。まだ自分が幼かった頃……甘えたがり屋だった自分を力強く抱きしめてくれたお母さん。

 

 

 

ガサツで、料理が苦手だったお母さん

 

 

 

私たちのことを精一杯育ててくれたお母さん。

 

 

 

そして、愛情いっぱいに抱きしめてくれたお母さん

 

 

 

貧しいながらも、しあわせだったお母さんとの日々

 

 

 

でも、お母さんはもう い な い

 

 

 

あの温もりは二度と感じられない

 

 

 

いなくなった

 

 

 

奪われた

 

 

 

殺された

 

 

 

誰に?

 

 

 

「…………ッッ」

唐突に、テッサは現実に打ちのめされた。

いつのまにか歯を食いしばっている自分に気づいた。

 

「ミドリちゃん、大好きなの〜❤︎」

 

「あらあら〜ふふっ、私もアイルーちゃんのこと大好き〜ですよ〜❤︎」

 

「るる〜♫ なんだかミドリちゃんって、アイルーの『お母さん』みたいな……」

 

 

 

「アイルーッッッ!」

 

 

 

「るるっ!?」

姉の大声に、アイルーがびくりと体を震わせる。

 

「……あ…………」

 

しかし、驚いたのはアイルーだけではなかった。テッサもまた、自分の上げた大声に驚愕していた。アイルーの口から『お母さん』という言葉が出てきた瞬間、まるで、自分の口から勝手に言葉が飛び出してきたような……

 

何事かと、丁度その場に居合わせた通行人たちが懐疑的な視線をテッサに向けた。

 

「テッサちゃん……泣いてるんですか?」

 

「え……?」

 

ミドリの言葉で、テッサは自分の瞳が熱くなっていることに気づいた。

 

「……ッッッ」

 

そうして、テッサは自分の涙を隠すかのように2人へと背を向けて走り出した。

 

「テッサ?」

 

その途中、飲み物を抱えて戻ってきた三日月とすれ違う。

 

「ミドリちゃん、テッサは……?」

 

「三日月くん」

 

ミドリはいつものニコニコとした表情ではなく、とても真剣そうな眼差しで三日月を見つめると……

 

「追いかけてください。彼女は今、あなたの言葉を必要としています」

 

「……分かった」

 

三日月はさっさと買ってきた飲み物をアイルーへ手渡し、それからテッサのことを追いかけた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

三日月がテッサを見つけたのは、それから僅か数分後のことだった。

 

「…………」

 

「……テッサ」

 

「……!」

 

テッサは公園のすぐ近くの、薄暗い小さなテントの形をした物置小屋の中でうずくまっていた。暗闇の中で両膝をつき、小さくすすり泣いていたテッサだったが、思いもよらぬ人物の登場に泣くのを堪えた。

 

「……なんで、ここが……?」

 

「テッサの匂いがした」

 

「匂い……?」

 

少しだけポカンとした様子をみせたテッサだったが、すぐさま瞳に浮かぶ涙を手で払い……

 

「やっぱり、三日月さんって凄いね」

 

精一杯の作り笑いをした。

 

「こんな広い施設の中から、あっという間に私のことを見つけてくれるんだね」

 

「テッサ、どうしたの?」

 

「…………」

 

三日月の言葉に、テッサは視線を下に向けた。

 

「アイルーが……ミドリさんのことを、お母さんって言ったんです」

 

「……?」

 

「私は今まで、お母さんの仇を討つために生きてきました。ううん、私からお母さんを奪った奴だけじゃない……何の罪のない人たちに暴力を振るう悪い奴ら全員をやっつけるために、私は今まで生きてきたんです」

 

テッサは泣き腫らした顔を隠すことなく、ただ一心に三日月を見上げた。

 

「それが、あの虐殺を生き残った私の役割なんだって……ずっとそう思って、今まで生きてきました」

 

テッサの瞳を、三日月はジッと見つめ返した。

 

「私はお母さんを殺されたあの日に誓ったんです……悪い奴らを一人残らず倒すって、そのためなら私はどんなに汚い手も使うつもり、血で服を汚すのも恐れない」

 

テッサはジャケットの袖を強く握った。

 

「だから、私は幸せになっちゃダメ……あの日起きたことをなかったことにして、自分だけ幸せになってはいけないんです!」

 

 

 

でも……

 

 

 

「最近……アイルーがよく笑うようになったんです」

 

 

 

「それは三日月さんやミドリさんがいてくれたからなのは間違いないし、アイルーにとってはいいことだから、2人には感謝しかありません」

 

 

 

「だけどアイルーの笑顔を見ていると、幸せな気持ちになってしまう自分がいて……幸せになっちゃダメなのに、幸せになったらあの時の決意が揺らいでしまうような気がして……」

 

 

 

テッサの言葉に、三日月の眉がピクリと動く

 

「もしかして、テッサが頑張りすぎていたのは……アイルーの笑顔を見ないようにしていたっていうのもあるの?」

 

「…………」

三日月の言葉に、テッサは静かに頷いた。

 

 

 

「さっき、アイルーがミドリさんのことを……お母さんみたいだって言ってたんです」

 

 

 

「私のお母さんはサバサバしてて、どっちかっていうと男勝りな感じの人で……ミドリさんとは真逆の人だったんです。私たちのお母さんは世界にたった1人、代わりなんていない。……なのに、アイルーはミドリさんのことをお母さんみたいだって……」

 

 

 

「もう……アイルー中にはお母さんの記憶はないんだって」

 

 

 

「私は……怖いんです。私もアイルーみたいに、いつかお母さんのことを忘れてしまうんじゃないかって……」

 

 

テッサの瞳に大粒の涙が浮かぶ

 

 

「…………」

三日月はゆっくりとテッサの元へ近づく。

 

 

 

「幸せになってしまうのが怖い……」

 

 

 

「……テッサ」

 

 

 

「忘れてしまうことが怖い……」

 

 

 

「テッサ」

 

 

 

「だから……私は……!」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……み……三日月さ……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

それから数分後……

 

「ミドリちゃん、テッサ連れてきた」

 

「あら、三日月くん、早かったですね……え?」

 

公園のベンチで2人のことを待っていたミドリは、帰ってきた2人を見て少しだけ固まった。

 

「…………」

 

三日月の後ろには、まるで借りてきた猫のように大人しくなったテッサの姿。しかし、テッサの顔に暗いものはなく、その姿はどこか吹っ切れたようにも見える。

雰囲気が明らかに変わっていた。

 

「……あの、三日月くん?」

 

「なに?」

 

「テッサちゃんに、何かしたんですか?」

 

「……別に」

 

そう言って三日月は明後日の方向へ目を向け……

 

「ただ、話をしただけ」

 

それだけ言って、口をつぐむのだった。

 

一体、2人の間でどのような話が行われたのだろうか……? ふと、ミドリは心の中でそんな疑問を抱いたのだが、三日月の表情と、テッサの顔がやや赤くなっていたことから、湧き出た疑問を心の中でそっと蓋をすることにした。

 

「あの……ミドリさん」

 

口を閉じた三日月の代わりに、テッサが声を上げる。

 

「さっきは、突然大声を上げてごめんなさい」

 

そう言って小さく頭を下げた。

 

「いえ、テッサちゃんは何も悪くないですよ」

 

「……でも」

 

「……お姉ちゃん」

 

アイルーが意を決したかのようにミドリの後ろから姿を現し、躊躇いがちな足取りでゆっくりとテッサの前へ歩み寄る。

 

「お姉ちゃんは何も悪くないなの……悪いのは……」

 

「待って、アイルー」

 

しかし、テッサは妹の言葉を制止した。

 

「この話は……全てが終わってからにしようよ」

 

「全てが終わってからって……それはいつなの?」

 

「それは……私が仇を……」

 

そこでテッサは

「いや……」

と、言葉を切り……

 

 

 

私が、過去の因縁と決着をつけてから

 

 

 

言葉を変えて、そう告げた。

 

「それが終わったら、たくさん話し合おうよ。だから……その時まで待っていて欲しいの」

 

「…………」

 

テッサの言葉にアイルーが返事をすることはなかった。

 

しかし、返事の代わりに両腕を前に出し……

 

「お姉ちゃん、寒いなの!」

 

 

 

ぎゅって……してほしいなの!

 

 

 

「……ッッッ、アイルー!」

 

それはアイルーなりの返事だった。

テッサはアイルーを優しく抱きしめる。

 

 

 

「アイルー、ありがとう!」

「るる! こちらこそなの!」

 

 

 

側から見れば、それは結論の先送りに過ぎなかった。

 

けれど、先送りにすることは悪いことではない

 

ゆっくりと、時間をかけてお互いを理解することも……時には必要なのだろう。そして、彼女たちはまだ若く、それをするだけの時間はたっぷりあった。

 

「とりあえず、元通りと言ったところでしょうか」

 

「……そうだね」

 

抱きしめ合う2人を、三日月とミドリは安心したように見つめた。

 

「ミドリちゃん! 三日月お兄ちゃん!」

 

すると何を思ったのか、アイルーはテッサを抱きしめながら2人へと呼びかけ……

 

「一緒にぎゅってするなの! みんなでぎゅってした方が、もっとあったかいなの!」

 

「そうですね!」

 

「え?」

 

アイルーの提案に、ミドリは待ってましたとばかりにポンと手を叩いた。一方、色々と思考が追いついていない三日月はミドリに引きずられるようにして抱き合う2人の元へ連れられる。

 

 

 

ぎゅー

 

 

 

結局、4人は閉園時間ギリギリまで抱きしめ合った。

 

だがその甲斐あって、テッサとアイルーは心に余裕ができたのか、つい先日まで2人の顔を覆っていた影は鳴りを潜め、その代わりに穏やかな表情が生まれた。

 

そして、姉妹は失いかけた絆を取り戻した。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

数日後……OATHカンパニー

 

 

カルシェンの部屋 バルコニー

 

部屋の照明を背に受け、2人の男が並んで話をしている。それは部屋の主であるカルシェンとその戦友であるベカスだった。

 

しかし、普段の気楽なものとは違い、2人の表情は真剣そのものだった。

 

「ベカス、例の情報だが……お前の睨んだとおりだった」

 

「確かか?」

 

甘苦を口から離し、ベカスはカルシェンを見ることなく告げる。

 

「ああ、前に裏情報を集めていた時の友達が調べてくれた。あのアブドとかいう男の本当の上司はイブン王国のサマン親王……極東の特勤5部の連中もこれを証明している」

 

「そうか……」

 

「今、サマン親王は『パラダイス・ヴィラ』という秘密別荘で静養中だそうだ……だが、警備は厳重、ハエだって入り込めない」

 

そう言ってカルシェンはベカスに一台の端末を差し出した。それを受け取ったベカスが端末を起動させると、そこには別荘の内部情報や人員の配置、予想される戦力など、特勤5部が集めた情報が事細かに集積されていた。

 

「……」

 

カルシェンの話を聞き終えると、ベカスは端末の情報に目を落としながらゆっくりと外に向かって歩き出した。

 

「もう行くのか?」

 

「ああ」

 

背中に投げかけられた問いかけに、短い言葉を返し……

 

「…………?」

 

ベカスはそこで違和感に気づいた。

 

「…………データが……別の端末へダウンロードされた形跡がある……?」

 

ベカスはカルシェンへと振り返った。

 

「……あー……実は、悪い知らせがあってだな」

 

カルシェンは降参とばかりに両手を上げた。

 

「お前がここへ来る少し前に……俺が情報を掴んだって話を誰かから聞いたのか、ガキが俺の部屋に踏み込んできてよ……」

 

「まさか……!」

 

「……そうだよ、あのテッサっていう嬢ちゃんさ」

 

「……!」

 

次の瞬間、ベカスはカルシェンの胸ぐらを掴み上げた。

 

「なぜ教えた!」

 

「……すまねぇ、怖かったんだ」

 

カルシェンは怒りに満ちたベカスの目から視線を逸らし、恐る恐るそう呟いた。

 

「怖かった……?」

 

ベカスはカルシェンから放たれた言葉に、思わず胸ぐらを掴む力を弱めた。

 

「……本当にすまねぇ」

 

「…….くっ」

 

考えている暇はないとばかりにベカスはカルシェンを突き飛ばし、振り返ることなく一目散に部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

ベカスとカルシェンが話をする少し前……

 

 

 

「テッサ、じゃあ……待ってるから」

 

薄暗い室内

扉越しに三日月の声を感じながら、テッサはベッドの上で準備を進めていた。

ベッドの上にはテッサのために新調されたトップ、ボトム、ブーツ、ジャケットが並べられていおり、黒色に統一されたそれらを半裸のテッサは一つずつ身につけていく。

 

「……止めないんだね」

 

「止めて欲しいの?」

 

無意味なやり取りに、テッサは思わず苦笑する。

 

「いえ、言ってみただけです」

 

「そっか」

 

布が擦れる音が響き渡る。

 

「俺はずっとテッサのことを見てきたつもり。その間に、テッサがたくさん悩んで、たくさん努力して、たくさん苦しんできたのも知ってる」

 

「…………」

 

「だから、俺はテッサを否定しないよ」

 

「…………」

 

「それがテッサの決めたことなら、なおさら」

 

「三日月さん」

 

「ん?」

 

「……ありがとう」

 

「……うん、じゃあ『プトレマイオス』で待ってる」

 

扉の先から三日月の気配が消えた。

因みに『プトレマイオス』というのは、今まで三日月とテッサが移動のために使っていた輸送機の名前である。

 

テッサは最後にジャケットを手にした。

ジャケットのちょうど背中に当たる部分には『三日月』のマークが施されていた。

 

素早くそれを着込み、テッサは鏡の前へ

改めて今の自分の姿を見返す。

 

その胸元には、母親がよく好んで身につけていたものと同じガーネットのネックレス。ガーネットはベランダから差し込んだ月の光を受けて、美しく輝いていた。

 

実りの象徴を意味する赤い宝石。その輝きは、テッサが今まで積み重ねてきた努力を肯定しているかのようだった。

 

光を放つそれを胸に抱くと、温かい何かが入り込んでくるような気がした。

 

 

 

「お母さん……力を貸して」

 

 

 

そして、確かな決意を胸に……

 

 

 

テッサは戦いの場へと、足を踏み出した。

 

 

 

 

 

to be continued...




説明や意味不明な点が多くなったのは申し訳ないと思います。実を言うと、作者なりの遠慮があったりするんです。

テッサとアイルーの関係に亀裂が生じた事件に関しては、そのため完全に伏せさせてもらいました。とはいえ、気になる人がいるかもしれませんので少しだけヒントを……わかる人にだけ……

ヒント
・姉の気を引くために
・三日月
・オルフェンズ♫
・姉の目の前で

あとはご想像にお任せします。
次回「たった1人の弔い合戦」


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外伝1ー3:たった1人の弔い合戦

本当はこれで終わらせるつもりだったのですが字数がバカみたいになりそうなのでここで一旦区切ります。(この時点で1万7千、そのままやってたら3万超える)

注意
・アイアンサーガしか信じられないって言う人は見ない方がいいかもしれません。(とくに鎮魂歌の結末が最良!という人は)
・バイオレンスな表現が多めかもしれないです(作者的には全然ですが)
・賛否両論あると思います
・もうヒロインはテッサでいいや

それでは、続きをどうぞ……







OATHカンパニー

発着ゲート

 

暗闇に包まれた通路を歩く一本の影

 

「…………」

 

その少女……テッサは神妙な面持ちで通路を進んでいた。

 

彼女が一歩一歩進むたびに、ブーツの踵が地面を叩き、高い音を通路に響き渡らせる。

 

通路の先には大型の輸送機が待機していた。輸送機は、彼女の到着を今か今かと待ちわびているかのように、既にエンジンを回していた。

 

輸送機まであと少し……そんな時、テッサは暗闇の中に自分のものではない、何者かの気配を感じた。

 

「待て」

 

「……!」

 

突如として目の前に現れたその影に、テッサは身構えた。

 

「アンタは……」

 

テッサはその人物を見つめた。

照明が放つ薄い光の下、腰に一本の太刀を携えた銀髪の傭兵の姿が浮かび上がる。

 

「どこへ行くんだ?」

 

ベカスがテッサの前に立ち塞がった。

 

「アンタには関係ないでしょ」

 

テッサはベカスの横を通り抜けようとするも、ベカスはテッサの動きに合わせて移動し、その行く手を遮った。

 

「……邪魔なんだけど」

 

テッサは苛立たしげにベカスを睨みつけた。

しかし、ベカスがテッサに道を譲る様子はない

 

「ああ、邪魔してるからな」

 

「通して」

 

「……ここを通すわけにはいかねぇ」

 

「通して」

 

「嫌だ……って言ったら?」

 

「…………」

 

その瞬間、テッサは腰のホルスターから拳銃を取り出し、その銃口をベカスへ向けた。

 

「通せ」

 

銃を構えるテッサに、ベカスはどうせ撃てないだろうと高を括り、肩をすくめてみせた。

 

「どうしても通りたいのなら、オレを倒してから……」

 

 

 

パンッ

 

 

 

「……ぐっ!?」

 

甲高い音と共に、ベカスの体が崩れ落ちる。

 

「……アンタが邪魔しにくることぐらい、最初から分かってたのよ」

 

通路に消炎の香りが充満する。

足を撃たれたベカスが痛みに呻く。

そんな彼に、テッサはなおも銃口を向ける。

 

「安心して。ゴム弾だから、死なないよ」

 

テッサは虚ろな視線でベカスを見下ろした。

 

「痛い?」

 

テッサは静かに続ける。

 

「痛いよね。でも、アンタの感じてる痛みなんて所詮はその程度……例えアンタが私のお母さんと恋仲だったとしても、私の感じたこの痛みに比べれば、遥かに軽いはずよ」

 

テッサの口がゆっくり動く

 

 

 

オマエは、何も喪っていない

 

 

 

何も喪っていないオマエに、家族を失った私の苦しみが!

 

 

 

大切なものを奪われた者の痛みが……分かるか!

 

 

 

「…………!」

 

殺気に満ちたテッサの言葉と視線に、ベカスは本能的な恐怖を感じた。邪魔をするなら誰であろうと叩き潰す……テッサの放つそれは、戦っている最中の三日月から放たれるそれと酷似していた。

 

「邪魔、しないでよね」

 

テッサはそれだけ言って拳銃をホルスターに収め、今度こそベカスの横を通り抜けようとした時だった。

 

 

パンッ

 

 

「……!」

 

銃弾が、テッサの足元を穿った。

 

「……動くな」

 

テッサが振り返ると、そこには膝をつき、痛みに悶えながらも拳銃を構えるベカスの姿

 

「止めろ、復讐は虚しくなるだけ……だ」

 

そんな状態になっても、まだ復讐を止めようとするベカスの執念深さに、テッサは舌打ちした。

 

「……まだ言うか、こいつ」

 

そして、ベカスの体にもう一二発ほど撃ち込んでやろうかと考え始めた時だった。

 

「もういいよ、テッサ」

 

通路の先からそんな声が響き渡った。

 

「三日月?」

 

「……三日月さん?」

 

暗闇に包まれた通路の奥から、明るく照らされたその場所に姿を現した三日月は、テッサの側を通り抜け、ゆっくりとした動作で2人の間に自身の体を滑り込ませた。

 

「テッサ、いいよ……行っても」

 

「!」

 

その言葉に、ベカスは思わず拳銃でテッサの足元を狙おうとするも、その射線上に立った三日月がそれを許さなかった。

 

「ねぇ、ベカス」

 

三日月はベカスに背を向けたまま告げる。

 

「ベカスは言ったよね。強くなったら仲間に入れてあげるって」

 

「……ああ。だが、戦闘に参加させるとは言ってない」

 

「……なっ!?」

 

裏切るようなベカスの言葉に、テッサは込み上げてきた怒りを爆発させようとした……だが、その直前で三日月がサッと手を振りあげたことで怒りの勢いを失う。

 

「そうだね。テッサに復讐をさせるとは言ってなかった」

 

三日月はベカスへと振り返る。

 

「でも、テッサは頑張ったんだよ? ベカスの言葉を信じて、自分が弱いって分かってたから強くなれるよう沢山努力したんだよ」

 

 

 

なのに、なんでそんなこと言うの?

 

 

 

なんで、テッサの努力を否定するの?

 

 

 

なんで、テッサのことを分かってあげようとしないの?

 

 

 

「だが……三日月、復讐なんかに意味はねぇ、復讐は……ただ虚しくなるだけだ」

 

 

 

「ふーん……まあ、そうかもね」

 

そう言って、三日月はベカスの前へ進む

 

「でもさ、それって……ベカス個人の考えだよね」

 

「!」

 

その瞬間、ベカスの体がびくりと固まる。

 

「昔……俺も仲間の復讐をしたことがあるよ。でも、仲間を殺した奴を殺っても、俺は別に虚しくなんてならなかった」

 

「違う……ッ、オレはただ……」

 

「ものの考え方や感じ方って一人一人、違うと思う。ベカスの言ったことって、自分の考え……というか、価値観を押し付けているだけじゃないの? テッサの努力も知らないあんたが、それ言えるの?」

 

「だが……復讐はダメだ! だから、オレが……」

 

しかし、ベカスの言葉は途中で打ち切られた。

 

「ぐっ……」(ぴぎゅ……)

 

言い終えるよりも先に、三日月は学園で習ったCQCでベカスを掴み上げた。服の襟を掴み、ベカスの顔を引き寄せ、お互いの顔が接触してしまうギリギリまで迫る。

 

三日月は至近距離でベカスを睨みつけ……

 

 

 

「誰が復讐するとか、復讐したらダメだとか……

それを決めるのはお前じゃないんだよ」

 

 

 

「……!!」

 

三日月の放った言葉と視線に貫かれ、ベカスは雷にうたれた時にも匹敵する衝撃が体の中を走るのを感じた。

 

「復讐したい奴が復讐する、そうでしょ?」

 

狂気を含んだ瞳で見つめられ、ベカスは言葉を失った。

 

「テッサ、行って」

 

「……はい」

 

三日月の言葉を受け、テッサは2人に背を向け歩き始めた。

だが、その途中でふと足を止め……

 

 

 

「……綺麗事ばっかりだね」

 

 

 

去り際に、そんな言葉を残した。

 

「ま……待ってくれ!」

 

ベカスは三日月を振りほどいて彼女を止めようとするが、彼の襟をがっしりと掴んだ少年はそれを許さない。

 

「…………」

 

三日月は淡々とした視線でベカスを見つめる。

 

「離しやがれ!」

 

三日月の体を壁へと突き飛ばし、どうにか拘束から逃れたベカスは、すぐさまテッサへと振り返った。

 

しかし、通路にテッサの姿はなかった。

 

「…………くっ」

 

ベカスは膝をつき、がっくりと項垂れる

 

「違う……」

 

「…………」

 

「違うんだ……」

 

「…………」

 

「オレは、そんなつもりじゃ……ないんだ……」

 

「…………」

 

「オレは……ただ……」

 

ベカスは拳を壁に叩きつけた。

 

「ベカス」

 

そんなベカスに、三日月は近づき……

 

「…………」

その耳元で小さく、あることを囁いた

 

「……え?」

 

その言葉を聞いたベカスは、驚いたように三日月を見上げた。

 

「……それじゃ」

 

しかし、三日月はベカスが抱いた疑問に答えることなく、テッサの後を追ってさっさと通路の奥へと消えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

外伝1ー3「たった1人の弔い合戦」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが夢であることに気づいたのは、割とすぐのことだった。

 

気がつくと、そこはこの前みんなで行った遊園地の敷地内で……今、私はテントの中にいる。

 

私はそこで泣いていた。

 

暗闇の中で、両膝をついて、ひっそりと

 

人目をはばかるように、泣いていた。

 

でも、次の瞬間……急にテントの中が明るくなった。

 

……いや、ちょっと違う

 

誰かが、私のいるテントの扉を開けて、外の日差しをテントの中に送り込んできたのだ。

 

「テッサ」

 

三日月さんが、私を見つけ出してくれた。

 

その時は、ちょっと複雑な気分だった。

 

泣き顔を見られて恥ずかしいとも思った

 

でも、それ以上に……嬉しかった。

 

この広い世界から……暗闇に包まれた世界にいる私に向けて光を送り込んで、そして悲しみにくれる私を見つけて名前を呼んでくれた。

 

それが、とても嬉しかった。

 

そして、私は思わず三日月さんに話してしまった。

 

私の抱いている苦しみを

 

悲しみを……

 

痛みを……

 

……まるで、三日月さんにぶつけるかのように。

今思えば、とても失礼なことをしていたなと思った。

 

でも……その間、三日月さんは真剣に話を聞いてくれた。

 

ううん、そればかりか……

三日月さんは嘆き悲しむ私へ顔を近づけ……

 

 

 

「……!?」

 

 

 

次の瞬間、私は自分の唇に別の温もりを感じた。

 

 

 

自分の心臓が大きく跳ねた。

 

「…………み、三日月さん……!?」

 

急な出来事に驚いた私は、思わず体を逸らして三日月さんから顔を離してしまった。

 

すぐ目の前には、真剣な眼差しを浮かべる三日月さんの顔。出した涙に全ての水分を割いてしまったかのように、自分の唇は乾ききっていた。

 

はじめての甘酸っぱさを感じる余裕はなかった。

 

心が高鳴った。

 

そして、思った。

 

 

 

もう一度……と

 

 

 

心を読んだかのように、三日月さんとの距離が近くなる。

 

「……んっ」

 

そして、私は三日月さんを受け入れた。

 

時間にすれば20秒近くはしていただろう。

 

でも、私にはそれが一瞬の出来事のように感じられた。

 

たった一瞬の出来事……にも関わらず、その間に感じた三日月さんの温もりはとても心地よく、寂しさで凍てついた心を溶かすかのように、私の中で深く浸透した。

 

曇っていた気持ちが晴れ、私は落ち着きを取り戻した。

 

「テッサは……凄いね」

 

お互いに顔を離し、息を整える私に向けて唐突に彼は告げた。

 

「自分の……家族のことを覚えているから」

 

そこで思わず、私はハッとなった。

 

「俺なんか……もう、自分を産んでくれた親の、名前や顔すら覚えていないのに。俺にとっては大切な人のはずなのに……だから、凄いなって」

 

それを聞いて、私は思わず三日月さんに謝った。

 

「別にいいよ。でも、俺の隣にはオルガがいて、みんながいて、そのうち鉄華団っていう新しい家族ができた。鉄華団のみんなは、俺にとって産みの親以上に大切な存在だった」

 

産みの親以上に、大切な存在……?

 

「うん。大切な人がいてくれたからこそ……大切な人が支えてくれたから、俺は俺になることができた」

 

 

 

 

 

テッサにもそういう人、いるでしょ……?

 

 

 

 

 

その瞬間、私の脳裏にアイルーの顔が浮かんだ。

 

 

 

どんな時でも笑顔を忘れなかったアイルー

 

 

 

いつでも私の側にはアイルーがいて

 

 

 

落ち込んだ時には明るく励ましてくれた。

 

 

 

アイルーがいなければ、きっと今の私はいなかった

 

 

 

アイルーがいてくれたからこそ、私は私であれた。

 

 

 

お母さんも、私にとって大切な存在には変わりない

 

 

 

でもそれと同じくらい、アイルーも私にとって大切な存在だった

 

 

 

にもかかわらず、私は……アイルーを……

 

 

 

「俺はテッサに『過去に囚われるな』って言えない」

 

三日月さんは穏やかな瞳で私を見つめた。

 

「テッサの心が過去の鎖に繋がれているんだったら、まずはそれを断ち切らないとテッサは未来には進めないと思う」

 

ああ……やっぱり

 

「だから、今……俺はこの言葉を使わない」

 

三日月さんは……

 

「でも全てが終わったら、テッサが大切だと思ってる人と……ちゃんと向き合ってほしい」

 

「……!」

三日月さんの言葉に、私は心がすっと軽くなるのを感じた。

 

復讐はただ虚しくなるだけ、復讐に意味はない……そんな綺麗事は、誰にだって言える。でも、三日月さんは違った。

 

私のことを知らない人たちは、中途半端な優しさで私のことを否定する。でも、三日月さんは私のことを理解して、これから先のことを信じてくれていた。

 

 

 

そして、心の底から思えた。

 

 

 

三日月さんもまた、自分にとって大切な人であると

 

 

 

「テッサ」

 

三日月さんが手を伸ばしてくる。

 

「はい!」

 

私は三日月さんの手を握った。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「テッサ」

 

「…………?」

 

テッサが目を覚ますと、そこはバルキリーのコックピットの中だった。テッサはディスプレイ上の三日月と顔を見合わせた。

 

「三日月さん……?」

 

「テッサ、そろそろ到着する」

 

その時……気流の影響だろう、バルキリーのコックピットが小さく振動した。ミドリの操縦する輸送機に揺られ、2人は乗機と共に戦地へと赴いていた。

 

「よく眠れた?」

 

「はい」

 

「いい夢は……見られた?」

 

「……」

 

三日月の質問に、テッサは顔が熱くなるのを感じて押し黙った。

 

「……テッサ?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

そう言いつつも、テッサは三日月を見つめた。

 

(やっぱり……三日月さんは、ずるい……)

 

見つめながら、心の中で数日前のことを思い出す。

 

(私にあんなことして……平気な顔して……)

 

テッサは自分の唇に触れた

 

(恥ずかしがってるのが、ばかみたい……でも……)

 

あの時の熱を、唇に感じた。

 

「三日月さん」

 

「なに?」

 

「ありがとう、ございます」

 

「?」

 

訳がわからず、三日月は首を傾げた。

 

その時、2人は視界の隅に赤い光を感じた。

 

それは戦いの時が近いことを示すものだった。

 

降下、3分前……

 

格納庫クルーへ退避を指示するランプが点滅し、アラームの後、格納庫内の減圧が開始される。最も、格納庫には機体の中で待機する2人を除けば誰もいなかったので、切り替わりはとてもスムーズだった。

 

「それじゃあミドリちゃんの作戦通り、俺が先に降りて敵の攻撃を引きつけるから……テッサは後から来てね」

 

「本当にいいんですか?」

 

「うん。これくらいはやらせてよ」

 

降下、2分前……

 

輸送機の後部ハッチが開く

 

ハッチから流れ込んできた強風が、格納庫内の2機を揺らした。

 

雲の上、暗黒に包まれた空の中で、月の光が一際強い光を放っていた。

 

『テッサさん』

 

「……?」

 

呼ばれ、テッサは輸送機との通信回線を開いた。

ディスプレイ上にミドリの顔が浮かび上がる。

 

『その機体は「リキッドバルキリー」三日月くんのバルバトスとの連携を考慮し、我が社によるカスタムが施された機体……つまり、あなたのための機体です』

 

「……はい、知ってます」

 

テッサはミドリとの通信回線を開いたまま、ディスプレイの端に機体ステータスを表示させた。その機体コードは『Liquid』となっていた。

 

『名前にある通り、その機体のコンセプトは液体。液体は雨や川……つまり「絶え間ない流れや勢い」を表し、その威力は「敵を液状化させるほど」を目標としています』

 

テッサの脳裏に数週間前の……新型ライフルのテストを実施した時の記憶が浮かび上がった。アイルーの力を借りつつも、出力50パーセントの時点で驚くべき威力を発揮した二丁のライフル。

 

『非常に強力な機体です。使い道を誤れば、あらゆるものを破滅へと導く恐ろしい機体となるでしょう』

 

そしてカスタムされたバルキリーには、その時使用したライフルの改良型にあたるものが装備されていた。

 

『ですが……それを踏まえた上で、この機体を……リキッドバルキリーをあなたに託します。この力が……せめてあなたのお役に立てることを願って……』

 

「ミドリさん……ありがとうございます」

 

テッサが礼を述べると、ディスプレイ上のミドリは心配そうな顔をしつつも、小さく頬を緩め……

 

『最後に……空から雨となって落ちた水は、自然のサイクルによりまた空へと戻ります。それと同じように、テッサさんもまた……帰るべき場所へ帰ることができるよう祈っています』

 

では……ご武運を!

その言葉を最後に、通信回線は途切れた。

 

降下、1分前……

 

「!」

 

突然、アラームが鳴り響いた。

いや、降下を指示するものにしては早すぎる。

 

それはミサイルの接近を知らせる警報だった。

 

その時、機体が大きく揺れた。

 

『掴まっていてください!』

 

ミドリの機内アナウンスが響き渡り、続いて輸送機の後部から連続した短い音と共に無数の火の玉が飛び出した。

 

放出された対赤外線誘導ミサイル用フレアが接近するミサイルの誘導装置を狂わせ、ミサイルを明後日の方向へと導いていく。

 

『パラダイス・ヴィラからの攻撃です』

 

ミドリは落ち着いた声でそれを告げた。

 

「分かった、それじゃあ降りるよ」

 

バルバトスに搭乗している三日月は、そう言って後部ハッチの前へと移動し……

 

「バルバトス、三日月・オーガス……出る」

 

スカイダイビングをするかのように、輸送機から飛び降りた。

 

そして次の瞬間……どこからともなく爆発音が響き渡った。

 

『三日月くんが盾になってくれています。今のうちに!』

 

「はい!」

 

テッサはバルキリーを後部ハッチの前へ移動させた。

 

「リキッドバルキリー、テッサ……行きます!」

 

三日月に倣い、テッサは輸送機から飛び降りた。

 

「……くっ!」

 

飛び降りてからすぐのこと……強風に煽られ、バルキリーはきりもみの回転を始めるも、テッサはすぐさま機体をリカバリーさせ、スカイダイビングのように両腕と両足を広げた。

 

 

 

月を背に降下するバルキリー

月の光に照らされ、その全貌が明らかになった。

 

 

 

リキッドバルキリーはバルキリーAをベースにカスタムされた機体ではあるものの、その機体ボリュームは原型機のそれを遥かに上回っていた。

 

見た目こそ、そこまで変わっていないように見えるが、新装備に合わせて各関節のアポジモーターに改良が加えられ、以前のものと比較すると耐久性と反応速度が大幅に向上していた。

 

さらに、バックパックのマグニエンジンをOATHカンパニーで試作中だったフライトユニットへと換装し、機動性が向上した他、短時間のフライトが可能になっている。

 

武装面に関してはこれまた原型機に比べて大幅な強化が施されており、先に述べた新型ライフル……『ヴァリアブルバスターライフル』を二丁、両手に保持している。

また、肩部には二門のレールガン

腰部にはビームライフルを二丁、これはバルキリーの標準装備をそのまま転用している。

さらに、両腕にエリプスシールドを装備していた。

 

 

 

テッサは落下しつつ、先に降りた三日月へと視線を送った。

 

バルキリーから見て、遥か下方。ほぼ垂直に落下しているバルバトスの周囲には、いくつもの爆発が生まれていた。

 

三日月は敵の対空攻撃を一挙に引き受け、対空砲による攻撃をメイスで防御し、飛来するミサイルは滑空砲の同軸に内蔵されたマシンガンで全て叩き落としていた。

 

「これ以上、三日月さんをやらせない!」

 

テッサは両腕のバスターライフルを始めとするバルキリーの全砲門をパラダイス・ヴィラに向け、さらにバックパックに装備した携行式ミサイルポッドを展開する。

 

バルバトスとのデータリンクにより、三日月が目視しているターゲットがバルキリーのディスプレイ上に表示される。

 

「マルチロックシステム、起動」

 

テッサはディスプレイ上に映る無数の赤い点のいくつかに視線を走らせた。すると、パイロットの視線を感知したバルキリーのAIが自動的にターゲットをロックオンする。

 

「当たれ!」

 

テッサがトリガーを引いた次の瞬間、バルキリーから眩いばかりの火線とミサイルの群れが放出され、雪崩れ込むようにパラダイス・ヴィラへと殺到した。

 

落下時の弾道計算が甘かった為か、バスターライフルとレールガン、ビームライフルによる狙撃はパラダイス・ヴィラの外壁を削るだけに終わった。だが、誘導のあるミサイル攻撃は確実に目標へと着弾した。

 

それにより、パラダイス・ヴィラの各所に配備された対空砲とミサイルサイロは壊滅的な被害を受けた。

 

残った対空兵器も、続く第二射によりその全てが壊滅……これにより、パラダイス・ヴィラからの対空射撃は完全に沈黙した。

 

それ以降、三日月とテッサは何不自由ないスカイダイビングに成功し、2人はこれ見よがしにパラダイス・ヴィラの真正面へと着地を決めた。

 

サマン親王とアブドが潜む要塞、パラダイス・ヴィラからは敵襲を知らせるアラームが盛大に鳴り響き、無数のサーチライトが延々と空を照らしていた。

 

「俺にできるのは、ここまで」

 

三日月は滑空砲とメイスを格納し、テッサへ視線を送った。

 

「ここから先は……」

 

「分かっています!」

 

機体越しに、テッサは三日月へと強い視線を送った。

 

「ここから先は私の戦いです! 三日月さんは手を出さないでください!」

 

「…………!」

 

テッサの様子に少しだけ驚いた様子を見せる三日月だったが、小さく頷くと、すぐさま機体を跳躍させ、テッサから遠く離れた後方へと移動した。

 

「テッサ」

 

「……はい」

 

「信じてるから」

 

「はい!」

 

テッサの頼もしい返事を聞いた三日月は、コックピットの中で力を抜き、それから腕を組んで眠るように目を瞑った。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

サマン親王の秘密別荘パラダイス・ヴィラ、司令部

 

『こちら守衛部! 状況は? 』

『襲撃者は誰だ!? 数は?!』

『こちら西部対空陣地、対空砲の損傷により火災が発生! 誰か人を寄越してくれ!』

『こちら親衛隊! サマン親王は無事だ、これよりサマン親王をお連れして地下シェルターへ向かう……』

『BM部隊! 何をしている、早く出撃しろ!』

 

夜間の突然の襲撃により、司令部は混乱に陥っていた。

 

通信回線から響き渡る怒号と罵声が室内に響き渡り、つい数時間前の静寂が嘘だったかのように騒音を撒き散らしていた。

 

「司令部より守衛部へ……分からない、突然すぎて現場は混乱中、敵の詳細は把握できない!」

 

『なんだと!? 誰の襲撃かも分からないのか?!』

 

「分かるわけないだろ! こっちは対空陣地の被害確認だけで手一杯なんだから!」

 

通信を担当する兵士の1人が、現場の兵士と苛立たしげに会話を繰り広げていると、そこに1人の男が現れた。

 

「何事だ?」

 

「あ……アブド長官!」

 

兵士は通信機を持ったまま、その男……アブドへと敬礼した。

 

「状況は?」

 

「は! 輸送機から降下してきた敵は、我が方の対空戦力を全て無力化、その後、正門前へと着地したように見受けられます」

 

「数は?」

 

「ふ……不明です」

 

『こちら正門前守備隊! 敵の攻撃を受け被害甚大!』

 

その時、司令部に新たな報告が入った。

 

「こちら司令部、アブドだ」

 

アブドは兵士から通信機を奪うと、現場の兵士と通信を始めた。

 

『長官!』

 

「敵の数は?」

 

そう尋ねつつ、アブドは司令部の端末を操作し、正門前の監視カメラ映像をモニターに表示させた。

 

『2機……いえ、実際に戦闘を行なっているのは1機、赤い機体……あれは……バルキリーです!』

 

「バルキリー?」

 

監視カメラの映像を確認すると……確かに、映像の中にはヴァルハラ製バルキリーAらしき機影を見つけ、アブドは少しだけ考えるような仕草を見せた。

 

『後方の白い機体は今のところ動きを見せていないようですが……あ! また1機やられた……!』

 

その爆発は司令部からも確認することができた。

 

「……このタイミングでの、襲撃……?」

 

映像を眺めながら、アブドは眉を潜め……

 

「因果応報というやつかもしれんな」

 

小さく、そんな言葉を口にした。

 

「何ですって?」

 

爆発音でアブドの言葉を聞き逃してしまったのだろう、側にいた兵士がアブドを見上げた。

 

「いや、なんでもない。私のBMを準備するよう格納庫へ連絡を」

 

「まさか、長官ご自身が出撃なさるおつもりですか!?」

 

「ああ……念のためにな」

 

アブドは身を翻して司令部を後にした。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

パラダイス・ヴィラー正門前ー

 

パラダイス・ヴィラに駐留していた兵士たちは、それぞれ自分のBMに乗り込み、敵機を迎撃すべく巨大なメインゲート前に展開した。

 

主に高橋重工とゼネラルエンジンの機体で構成されたBM部隊……その数、30機。

 

通常編成ではBM5機で1小隊とされるこの世界で、30機という数は大隊クラスの戦力に匹敵していた。

 

パラダイス・ヴィラは迫り来るたった1機を相手に、それだけの戦力を投入していたのだ。最も、この時それだけの戦力を投入することができたのは、サマン親王が解放戦線を叩き潰すために必要な兵士と機体をパラダイス・ヴィラに集結させていたからでもあった。

 

戦力差はどう考えても圧倒的……にも関わらず、戦局は硬直状態にあった。いや、それどころか……

 

「ぐわああぁぁ!?」

 

断末魔の悲鳴と共に、兵士の機体が爆散する。

 

「また1人やられたぞ!」

 

すぐ隣で巻き起こった爆発に、兵士達は狼狽えた。

 

「クソッ! なんなんだ!」

 

それでもまだ戦闘不能に陥っていない兵士達は、BMに搭載された重火器を敵機に向けて撃ち続ける。

 

「なんなんだお前は!」

 

パラダイス・ヴィラの正面は数十を超えるBMから放たれた無数の曳光弾が滝のように飛び交っていた。

 

「なんで当たらない!」

 

しかし、一発たりとて目の前を駆け巡るバルキリーを捉えることはなかった。

 

「…………」

 

液体の名を冠したバルキリーのパイロット……テッサは、強化された機体のポテンシャルを活かし、迫り来る弾丸とミサイルの群れを難なく回避していた。

 

バックパックのフライトユニットを展開し、地上をブースト走行するバルキリーの速度は圧倒的で、ツインアイの光が残像となって帯を引くほどだった。

 

その速さを前に兵士たちのガンレクティルは追いつけず、バルキリーはパラダイス・ヴィラの兵士たちに全くと言っていいほど追従を許さなかった。

 

(……見える!)

 

目標を捉えられない敵に対し、高速で移動するテッサにはしっかりと敵の姿が見えていた。ランダム回避を実行しつつ、ヴァリアブルバスターライフルを単発モードに変更……

 

「そこ!」

 

巨大な砲身から、高出力の光球が放たれた。

 

 

 

ジュッ……

 

 

 

光球の直撃を受けた、ゼネラルエンジン製レンジャーの上半身が一瞬で消し炭になる。

 

「ひっ!?」

 

その圧倒的な威力を間近で目撃した兵士から、悲鳴が上がる。

 

「クソッ、ライフルじゃだめだ!」

 

「敵の動きを止めろ!」

 

「ミサイルだ! ミサイルを使え!」

 

兵士たちは高速で移動するバルキリーに対し、ミサイルによる波状攻撃を画策した。

 

ミサイルによる攻撃では直撃にならずとも、近接信管によるダメージは見込める上、爆風で敵の動きを鈍らせることができる……という考えからの行動だった。

 

「ミサイルランチャー用意完了!」

 

「よし! 撃て!」

 

メインゲート前に展開した兵士たちは、バルキリーに向けて一斉にミサイルを放った。

 

「……!」

 

迫り来る大量のミサイルに、しかしテッサは微塵も慌てることなくヴァリアブルバスターライフルを単発モードから連射モードへ変更……

 

肩部レールガン、腰部ビームライフルを展開

 

マルチロックシステムを起動

 

迫るミサイルのいくつかに視線を滑らせ、目標を順次AIにロックオンさせ……そして、トリガーを引き絞った。

 

次の瞬間、パラダイス・ヴィラの正面が連続した爆炎に包まれた。

 

「やったぞ!」

 

兵士たちは歓喜の声を上げる。

 

この爆発の前には、奴も逃れることはできまい!

 

……誰もが、そう思った。

 

「いや、待て! まだ反応が…………あっ」

 

レーダーを見ていた兵士が違和感に気づいたその時、黒煙を断ち切るように飛来した一条のビームがその兵士の機体を貫いた。

 

「な!?」

 

「ゲッ……」

 

「ああああ!!!」

 

仲間がやられたことに気づいた兵士たちだったが、それに気づいた時にはもう遅く、兵士たちの機体は黒煙の中から飛来するビームに次々と撃ち抜かれていく。

 

「まぐれ当たりだ! 怖気づくんじゃ……うおっ!」

 

「バカな! ぐあっ……」

 

「姿勢を低くしろ! そうすれば……ぐあああ!」

 

姿勢を低くし、動きを止めた者は真っ先に撃破されていく。

 

「クソッ! 見えねぇ、どこだ!」

 

「そんな……奴はこの見晴らしの悪い中でも、我々の姿が見えているというのか!?」

 

見えない敵に恐怖し、動き回りながら闇雲に射撃を行う兵士たち。機体のレーダーは爆風の影響で表示が乱れており、パイロットは目視に頼るしかなかった。

 

しかし、戦場は黒煙に包まれている。

 

にも関わらず、正確に直撃弾を送り込んでくる敵に、兵士たちは怯えることしかできなかった。

 

「…………」

 

そして、その怯える兵士たちの姿をテッサは正確に捉えていた。彼女がトリガーを引き絞ると、その度に黒煙の先からは爆発音が轟いた。

 

しかし、テッサの目には実際に敵が見えているわけではなかった。目の前を覆い尽くす黒煙は、テッサにとっても視界を邪魔するものでしかなかった。

 

これには、2つのトリックが仕込まれていた。

 

1つは、後方で待機するバルバトスの存在

 

実は、ミサイルによる波状攻撃が行われた直後……三日月は密かにドローン砲『アマテラス光輪システム』を展開し、黒煙の届かない所に向けて飛翔させていた。

 

そして、三日月は光輪を通して目視した敵の位置をデータリンクによりバルキリーへと伝えていたのである。

 

しかし、それだけでは戦場全体を見通すことはできず、かと言って光輪を黒煙の中へ近づけさせればその赤い光が兵士たちに目撃される恐れがあった。

 

敵の位置を正確に掴む、2つ目のトリック……それは……

 

『ふふっ、見えてますよ〜』

 

テッサたちから見て、遥か上空で旋回している輸送機に残された、ミドリの存在だった。

 

輸送機をオートパイロット制御にしたミドリは、席を離れて輸送機の格納庫にあったもう一つの機体に乗り込んでいた。

 

それはリキッドバルキリー同様、OATHカンパニーによってカスタムが施されたバルキリーR……通称『ソリッドバルキリー』だった。

 

ソリッドバルキリーはリキッドバルキリーの兄弟機であり、バルバトスを援護するリキッドを支援するために考案された機体だった。

 

その為、中遠距離機体であるリキッドに対し、ソリッドは完全な遠距離型(狙撃型)となっている。これは、本来のパイロットであるアイルーの身に極力危険が及ばないようにするための仕様であり、そのため原型機に比べて防御性能が大幅に向上していた。

 

ソリッドに乗り込んだミドリは輸送機の下部ハッチから身を乗り出し、スナイパーライフルのスコープを覗き込んで地上を観測していた。そして、敵の発砲位置とデータリンクによって三日月から送られてくる情報を頼りに、敵の正確な位置を割り出し、テッサへと転送していたのだ。

 

最初に対空兵器を潰したのも、その為だった。

 

『こう見えても、アンチステルスは私の得意分野なんですから〜♫』

 

そして、一気に数十機分の座標データを転送した。

 

「見えた!」

 

地上にいるテッサは黒煙の中で敵の位置を目視し、再びバスターライフル、レールガン、ビームライフルを展開し、さらに盾の内側に内蔵されたミサイルまでも起動させる。

 

マルチロックシステムにより、一度に数十機をロックオンしたテッサは、容赦なくトリガーを引いた。

 

次の瞬間、パラダイス・ヴィラを守っていた兵士たちは永遠に沈黙することになった。それは圧倒的な戦力を誇る兵士たちが、テッサたちの連携を前に大敗したことを意味していた。

 

しかし、その結果はリキッドバルキリーの性能が良かったからでも、3人のとった戦術と連携が良かったからでもない。

マルチロックシステムやフライトユニットなど、いくら機体が高い性能を誇っていたとしても、迫り来る大量のミサイルを迎撃・回避するには、機体を操縦しながら情報処理と火器管制を同時に行えるだけの技量を必要とし、ましてや黒煙の中で送られてくる情報だけを頼りに、動き回る敵を正確に狙い撃つのは簡単な話ではなかった。

 

だからこそ、テッサは努力したのだ

 

通常のミサイルとは比べ物にもならないスピードと回避性能、マニュエーバー、そして威力を持つ三日月のドローン砲を相手に……テッサはマルチロックによる攻撃と迎撃を訓練してきたのだ。

 

そんな過酷すぎる訓練を積み重ねてきた今のテッサにとって、兵士たちが操るBMの速度は愚か、迫り来る通常のミサイルですら三日月のドローン砲の動きに比べれば鈍足と言っていいほどであり、そのため迎撃は余裕だった。

 

この結果は偶然ではない

 

機体と戦術、そしてパイロットの腕

この3つが合わさったからこそ得られた、必然だったのだ。

 

やがて黒煙が晴れると、パラダイス・ヴィラの正面に動くものはなくなっていた。あるとすれば……せいぜい風でたなびく炎と残骸から立ち上る煙くらいだった。

 

「…………」

 

無言のテッサは、それを淡々とした目つきで見つめた。

 

その目つきは、三日月のものとよく似ていた。

 

「……?」

 

バルキリーのコックピットに警報が走る。

それは敵の接近を知らせるものだった。

 

「増援?」

 

見ると、パラダイス・ヴィラのメインゲートが開き、中からBM小隊2個分……合計10機のBMが姿を現した。

 

「へぇ……まだ来るんだ」

 

かつてベカスから母親のように綺麗だと言われたテッサの瞳は、光を失い、濁ったような色をしていた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「うわあああああ!」

 

戦場に兵士の絶叫が響き渡る。

 

フライトユニットを展開したバルキリーが華麗に空中を舞い、地上をノロノロと進む敵に向けてビームの『雨』を降らせた。

 

戦いは一方的なものだった。

 

先程増援で現れた10機も瞬く間に消滅し、テッサは次に現れた小隊と戦闘を繰り広げていた。

 

連射モードに切り替えたバスターライフルの残弾を撃ち尽くしリロードに入ったテッサは、機体を自由落下させ、そのまま地上へと舞い降りる。

 

「いまだ!」

 

テッサの機体がリロードに入ったと判断した兵士は、乗機である飛影をダッシュさせた。

 

「落下直後ならば……!」

 

着地により機体が姿勢を崩したところを狙って攻撃する気なのだろう……側面からバルキリーに迫り、兵士は飛影の標準装備である太刀を振り上げた。

 

高橋重工製の太刀は切れ味が良い。それに対して、バルキリーには近接装備が搭載されているようには見受けられない。たとえ盾で防がれようとも一刀両断であれば一撃で粉砕できる自信があったのだ。

 

「貰った!」

 

バルキリーの胴体に、太刀が振り下ろされる……

 

 

 

ギンッ……

 

 

 

「なっ……?!」

 

しかし、兵士の思惑に反して太刀はバルキリーを捉えることはなかった。いや、盾で受け止められたということでもない。

 

敵の接近に合わせ、今までヴァリアブルバスターライフルのアンダーバレルに隠されていたバヨネット(銃剣)が展開し、飛影の太刀を受け止めたのだ。

 

「……う、動かん」

 

「…………」

 

突如発生した鍔迫り合いに、飛影を操る兵士は太刀を両手持ちし、機体の出力を上げて切り払いを試みるが……それに対して、バルキリーは片腕でそれを完全に防ぎきっていた。

 

「……ねえ」

 

「……?」

 

飛影のパイロットは、そこで始めて敵パイロットの声を聞いた。

 

 

 

 

 

「絶望を経験したことはある?」

 

 

 

 

 

その声は女性のものだった……

しかし兵士にはその事実を認識する暇もなく……

 

「ぐあっ?!」

 

バヨネットの刃……太刀との接触面に突如として発生した衝撃波に押され、制御を失った飛影は虚しく空中を舞う。

 

それはバルキリーのフレーム効果『対近接格闘プログラム』のフェーズワンだった。格闘攻撃を防御し、その際に受けた衝撃を指向性ショックウェーブとして敵機へ反射させるというものだった。

 

しかし、これはあくまでもプログラムのフェーズワン。

バルキリーが持つ機体行動への布石だった。

 

 

 

 

 

「私は……あるよ」

 

 

 

 

 

次の瞬間、バルキリーは空中の飛影に向けて跳躍

 

飛び膝蹴りを、叩き込んだ。

 

飛び膝蹴りが飛影のコックピットを叩いた瞬間、バルキリーに隠されたもう1つの対近接格闘プログラムが作動……膝の先から一本の刃が勢いよく飛び出した。

 

「……げへっ」

 

バルキリーのニーブレードにコックピットごと体を貫かれ、飛影のパイロットは奇妙な叫び声を上げて絶命した。

 

飛影の分身を発動する余裕すらなかった。

 

空中で飛影を蹴り飛ばし、優雅に着地を決めるバルキリー

 

一方、地面に叩きつけられた飛影。

そのコックピットからは、血とも燃料とも見分けのつかない『液体』が勢いよく吹き出していた。

 

「ひっ……ひいいいいいいい」

 

その光景を見て、残った3人の兵士のうち1人が絶叫した。

 

「クソッ! クソッ!」

 

しかし、残る2人は依然としてバルキリーへ銃撃を加える。

 

バルキリーはそれを右へ左へ、避ける。

 

(…………ああ、そうか)

 

バルキリーを操縦しながら、テッサはある想いを抱いていた。

 

(楽しい!)

 

避けるのに飽き、テッサはバルキリーを前に飛ばす。

 

(弱い者を弄ぶのは、とても気分が良い!)

 

バヨネットの先端を敵の胴体へと突き刺す。

 

(ハハッ!)

 

突き刺した機体を盾にするかのように別のもう一機の方に向けると、IFFが働いたのかその機体からの銃撃がピタリと止んだ。

 

(ああ……そうかぁ……)

 

ライフルが使えなくなった敵は、対BMナイフを構えてバルキリーへ迫る。

 

(こいつらは、そうやって……)

 

しかしリーチの差から、対BMナイフがバルキリーを切り裂くよりも早く、突き出されたバヨネットがコックピットを貫き、兵士の体を真っ二つに引き裂いた。

 

(弱者を……ッ!)

 

戦闘不能になった敵機をバヨネットで貫いたまま銃身を持ち上げたバルキリーは、そこでバスターライフルを単発モードに切り替えた。

 

 

 

 

 

ユ ル セ ナ イ

 

 

 

 

 

バスターライフルのゼロ距離射撃により、兵士の亡骸は機体と共に蒸発した。

 

「…………へぇ、まだ生きてるんだ」

 

テッサは虚ろな瞳を隣に向けた。

 

ギギギギギ……

 

そこには胴体を貫かれ、今まさに盾として活用されている敵機の姿。それに搭乗している兵士は、最後に残った力を振り絞ってライフルの銃口をバルキリーに向け……

 

 

 

「もう……いいよ」

 

 

 

テッサは穏やかな声でそう告げた。

 

次の瞬間、バヨネットの刃から放たれた指向性ショックウェーブが兵士の体を肉のミンチになるまでズタズタに引き裂いてしまった。

 

ズシャリ……

 

真っ二つになった機体と肉塊が地面に落下する。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

一方……後方で待機していた三日月

 

光輪から送られてくる情報を通して、今まで眠るように目を閉じていた三日月の元にもテッサの姿は届いていた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

(↑ちょっと引いてる)

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「ひ……ひぃ!?」

 

そして残る敵は、怯えてライフルを撃つことを忘れた兵士1人だけとなった。

 

「…………」

 

テッサは虚ろな瞳を最後の1人に向け、続いて単発モードにしたバスターライフルを向けた。

 

「ひいいいいいいっっっ!!!」

 

すると兵士はライフルを捨て、あろうことかテッサに背を向けてBMを走らせた。

 

逃走する敵兵……

 

テッサは……その背中へ……

 

「…………」

 

トリガーを引く……ことはなかった。

 

(邪魔をするなら誰であろうと叩き潰す……)

 

バスターライフルを下ろし、テッサはその背中を見送る。

 

(だけど……私はお前たちみたいには……)

 

しかし突如として発生した砲撃音に、テッサの思考は中断させられる。それはパラダイス・ヴィラのメインゲートからだった。

 

「なっ!?」

 

驚くテッサ、無理もない。

巨大な砲弾が、逃げる敵兵の機体を貫いたのだ。

 

この時……テッサと敵兵の距離は既に離れており、角度的にも誤射ではなかった。

 

わざと……やったのだ

 

見るとメインゲートの真下に……いや、メインゲートを埋め尽くすかのように、巨大な怪物が……いや、ゲートキーパーが姿を現していた。

 

 

 

ゼネラルエンジン製『ブラックパンサー』

 

骨董品と呼んでもおかしくない程の旧式でありながら、優れた火力と厚い装甲を持ち、未だ第一線で活躍する巨大戦車。

 

『負け犬め!』

戦車から逃げた兵士を揶揄するダミ声が響き渡る。

 

 

 

「へぇ……そんなこと、するんだ」

 

テッサはバルキリーを、ユラリ……

幽鬼のようにブラックパンサーへと向けた。

 

「アンタ……死んでいい奴だね」

 

テッサが機体を跳躍させるのと、ブラックパンサーの砲撃が行われたのはほぼ同時だった。

 

「……そこ!」

 

砲撃を回避したテッサは、バスターライフルを連射モードに切り替えトリガーを引き絞った。二丁のライフルから放たれた無数の火線がブラックパンサーに着弾する。

 

『ムダだ!』

 

しかし、ブラックパンサーの頑強な正面装甲の前には威力よりも手数を重視したビームの束など意味をなさず、全て弾かれてしまった。

 

このように、生半可な攻撃では重装甲を誇るブラックパンサーの正面装甲には傷1つつかないのである。ならば側面から攻撃すれば良いと思われるかもしれないが……現在、ブラックパンサーはメインゲートの真下におり、露出しているのは正面装甲のみで、角度的に側面への攻撃は不可能だった。

一応、外壁を破るなりすれば他の侵入ルートから要塞内部へと侵入することは可能だったのだが、それでも骨が折れる上に、テッサにはあえてこの場所でパラダイス・ヴィラの戦力を削っておきたい理由があった。

 

「ちっ……」

 

舌打ちをするテッサ、そこへ再び砲撃……

 

テッサは機体を空中で捻って砲撃を回避し、今度はバスターライフルを単発モードに切り替え……二丁同時に放った。

 

高出力の光球は狙い違わずブラックパンサーに着弾……しかし、ある程度のダメージは与えられたものの、その正面装甲を貫徹するにはまだ遠く及ばないようだった。

 

フライトユニットの飛行限界時間の到達により、自由落下で高度を下げるバルキリー。落下中を狙い、ブラックパンサーから大量のミサイルが放たれる。

 

テッサはバスターライフルを連射モードに切り替え、ミサイルの迎撃に移るが……

 

「……!」

 

運悪く、バスターライフルのリロードと重なってしまった。着地したバルキリーの元に、数え切れないほどのミサイルが迫る。

 

「ッッッ!」

 

そして、バルキリーは爆炎に包まれた。

 

しかし、それだけでは終わらない。ブラックパンサーはバルキリーの着地地点に向けて主砲による砲撃を加え、さらに機銃掃射による鎮圧射撃を実施した。

 

瞬く間にバルキリーの姿は煙の中に消える。

 

『ハッ! 雑魚め!』

 

ブラックパンサーの戦車長は高らかに勝利を叫んだ。

 

やがて煙が晴れ……戦場の様子が明らかとなった。

 

そこには、ボロボロになったバルキリーの盾。

二枚のエリプスシールドを傾斜させた状態で地面に突き刺し……そして、盾の後ろからそれはユラリと姿を現した。

 

『バカな!』

 

勝利を確信していた戦車長が驚愕する。

 

リキッドバルキリーは生きていた。

しかも、殆ど無傷の状態である。

 

『あれだけの攻撃を……ッッッ、オイ! 主砲装填急げ!』

 

戦車長はリロードを叫ぶが、もう遅い……

 

「ヴァリアブルバスターライフル……出力、50パーセント」

 

なぜなら、リキッドバルキリーは既に装備していた二丁のバスターライフルを連結させ、爆射モードである『超高インパルス砲』形態へと移行……エネルギーチャージを完了させていた。

 

テッサは砲身を盾の上に乗せ、ブラックパンサーへと狙いを定めた。ブラックパンサーからの牽制射撃がバルキリーを掠めるが、何も問題はなかった。

 

 

 

「……撃つ」

 

 

 

トリガーを引いた。

 

次の瞬間、砲門からプロミネンスにも等しい光の柱が放たれ、衝撃は大地を抉り、熱は砂を蒸発させ、一直線にパラダイス・ヴィラへと殺到した。

 

光を吐き出すその音は、獣の咆哮にも似ていた。

 

『ブラックパンサーの正面装甲なら耐えられ…』

 

戦車長の言葉はその光と音にかき消された。

 

そして、眩いばかりのプロミネンスはパラダイス・ヴィラの奥底に消えた。

 

光と衝撃が去り、テッサが見上げると……そこには見るも無残な姿に変わり果てたブラックパンサーがあった。砲塔から上は完全に消失し、その車体もキャタピラ部分が僅かに残るだけだった。

 

それどころか、超高インパルス砲の一撃はパラダイス・ヴィラを崩壊させていた。司令部は完全に破壊され、通信系統も全て切断、いくつかの施設は倒壊。さらに崩れた地盤がサマン親王の地下シェルターを直撃していた。

 

「…………」

 

しかし、今のテッサにはそんなことに構っている暇はなかった。砲身が融解しかけたバスターライフルを放棄し、代わりにバヨネットを外して両腕に持ち替えた。

 

「まだ……終わらない」

 

最初の障害を排除した復讐の戦乙女はメインゲートをくぐり、パラダイス・ヴィラの奥底へと進む……

 

 

 

仇を探して……

 

 

 

弔いの贄を探して……

 

 

 

to be continued...




次回
「2人の未来」


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外伝1ー4:2人の未来

ウルトラマンコラボ、良いですね!
やっぱりこう、お互いに生み出すものがあってこそのコラボというものです!

今回で外伝1は終わりです。ありがとうございました。

それでは、続きをどうぞ……







 

「…………」

 

テッサが要塞内部へと侵入したことを確認した三日月は、小さく息を吐いてポケットからナツメヤシの実を取り出した。

 

『三日月く〜ん』

 

それを口に入れようとした時、通信機からミドリのそんな声が響き渡った。上に目をやると、垂直に降下してきた輸送機が三日月のすぐ近くに着陸した。

 

対空兵器を潰したとはいえ、基地の制圧が完了していない中でランディングを試みるミドリの度胸に、三日月は少しだけヒヤヒヤとしたものを感じた。

 

『お怪我はありませんか〜?』

 

「うん、俺は大丈夫」

 

ミドリにそう告げてから、三日月はナツメヤシの実を口にした。

 

『それにしても、テッサさん凄かったですねー』

 

「うん」

 

『行ってしまいましたね』

 

「……うん」

 

『心配……ですか?』

 

「…………」

 

ミドリの言葉に三日月は少しだけ考え……

 

「……ん……自分でもよく分からない。でも俺はテッサのことを信じるって決めたし、テッサの頑張りも、テッサの気持ちも沢山見て考えてきたから……もしかすると心配していないのかもしれない」

 

 

 

それに……

 

 

 

そこで、三日月は口を噤んだ。

 

『三日月くん?』

 

「……ううん、何でもないよ」

 

2人がそんな会話を繰り広げていると、パラダイス・ヴィラ方面から爆発音が響き渡った。三日月とミドリはメインゲートへと視線を送る。

 

『後で……迎えに行ってあげてくださいね?』

 

「分かった」

 

そう告げて、三日月はまたナツメヤシの実を取り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

外伝1ー4「2人の未来」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらB2! B2より司令部!」

 

ボロボロの乗機を物陰に滑り込ませ、パラダイス・ヴィラ地下ブロック守備の任に就いていたその兵士は通信機に向けて叫び声を上げていた。

 

「B2に待機していた守備隊は半数以上がやられました! 敵はもうすぐそこまで迫っています! B2の突破は時間の問題です! 増援を……」

 

『……………………』

 

しかし、通信機は雑音を吐き出すばかりで司令部からの返答はなかった。

 

地下にいる兵士は知らなかった。

 

襲撃者の攻撃を受け通信系統も完全に切断されていた。いや、それ以前にパラダイス・ヴィラの司令部はとうの昔にこの世から消え去っているということを……

 

「司令部?! 司令部! 応答せよ!」

 

そうとも知らない兵士は、それでも司令部へと通信を試みる。

 

「司令部! 増援を……ぐああああ!?」

 

次の瞬間、兵士が身を隠していた空間が機体ごと真っ二つに両断された。崩れ落ちる機体の後ろには、両手にバヨネットを携えたバルキリーの姿があった。

 

「……逃すわけ、ないでしょ」

 

たった一機でB2フロアを制圧したテッサ。

B2フロアには守備隊の残骸がそこら中に転がっている。

 

続いて、パラダイス・ヴィラのさらに深く……B3フロアへの移動のためにエレベーターの前へと進み、乗り込もうとして……

 

「…………?」

 

そこで嫌な予感を覚え、テッサは足を止めた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

一方その頃……B3フロア

 

噴水広場にて、3機のBMがライフルの銃口をエレベーターに向けていた。

 

「一体何者だ? こんなに早くB1とB2を突破するなんて!」

 

「全くだ! だが通路は潰した、もはやB2から直通なのはこのエレベーターだけだ」

 

兵士たちは冷や汗をかきつつも、ニヤリと笑った。

 

「つまり奴がこのフロアに来るためには、このエレベーターを使うしかないってことだ!」

 

「へへっ、奴の運命はここまでさ」

 

お互いに嘲笑し合いつつも、兵士たちが油断なくライフルを構えていると……その時、B2フロアに停まっていたエレベーターが動き出した。

 

「来るぞ!」

 

「まだ撃つなよ!」

 

「ああ。エレベーターが開いた瞬間を狙え!」

 

そして……たっぷりと時間をかけて、エレベーターがB3フロアに到達した。

 

兵士たちはゴクリと生唾を飲む

 

エレベーターの扉がゆっくりと開いた

 

箱の隅に、赤い機影

 

「今だッ、撃て!」

 

3人の兵士はエレベーター内部の機影に向けて、一斉に鎮圧射撃を行った。

 

3機分の全力射撃を受け、蜂の巣になるエレベーター

 

「やったか!?」

 

残弾を撃ち尽くし、3人は炎に包まれるエレベーターを見つめた。燃える箱の中に、動くものはなかった。

 

兵士たちはお互いの健闘を讃え、笑い合った。

 

しかし、兵士たちは知らなかった。

 

実際にエレベーターに乗っていたのは、仲間の機体であることを。機体表面が赤かったのは、B2フロアに保管されていた赤いペンキをぶちまけられただけに過ぎなかったということを……

 

 

 

 

天井が崩落したのは、ちょうどその時だった。

 

 

 

 

 

「な!?」

 

しかし、それに気づいた時にはもう遅い

 

瓦礫と共に天井から出現したバルキリーがバヨネットを閃かせ、すぐ近くにいた機体の胴体を切り裂き突き刺して、それを残った兵士たちの前に盾として掲げた。

 

「う……撃てえねぇ!」

 

「この……卑怯者が!」

 

撃てなくなったライフルを構えて、2人の兵士が批難の声を上げる。

 

 

 

「卑怯?」

 

 

 

バルキリーのツインアイが強い光を放った。

 

「お前たちが……それ言える?」

 

テッサは一切の躊躇いなく、肩部レールガンを発砲した。両肩から超高速で射出された2発の弾丸が、兵士たちの機体を同時に貫いた。

 

崩れ落ちる2機のBM、テッサは残弾のなくなったレールガンをパージし、バヨネットを振り払って刃に残った機体を投げ捨てた。

 

「…………」

 

周囲に敵の存在がないことを確認し、テッサはバルキリーの被害状況と残された武装のチェックを始めた。

両手のバヨネット

腰部ビームライフルが二丁……残弾は少ない

両膝のニーブレード

 

損傷こそ軽微だったものの、出撃直後のリキッドバルキリーと比べると、お世辞にも武装面では満足と言える状態ではなかった。

 

しかし、ここまでの道のりでテッサに苦戦はなかった。

 

むしろ余計な武装を捨てたこの状態は、テッサにとって戦いやすい状態であると言えた。

 

それは何故か……?

実は、リキッドバルキリーは屋内での戦闘には不向きな機体だった。

 

その理由は、まずリキッドバルキリーの武装……とくにヴァリアブルバスターライフルにあった。高火力でモードチェンジにより遠距離から格闘戦に至るあらゆる状況に対応できる万能ライフル……しかし、その銃身の長さから取り回しが非常に悪く、それゆえ屋内での戦闘には不向きな武装だった。

 

そしてもう一つ、バルキリーが屋内での戦闘には不向きな理由は……その高すぎる機動性にあった。

フライトユニットでいくら驚異的な飛行能力を得られたとしても、そのようなものが屋内で発揮できるはずもなく、むしろ機動性を活かしきれず最悪の場合、壁に激突するなどして自滅する恐れがあった。

 

だからこそ、テッサは最初の段階……メインゲート前で長々と戦闘を行い、ライフルの火力とフライトユニットの機動力を存分に発揮しつつ敵の増援が現れるのを待ち、時間をかけて敵の戦力を消耗させていたのだ。

 

その気になればメインゲート前を一瞬で制圧し、一気にパラダイス・ヴィラへと侵攻することは可能だった。だが、そうしていればテッサは要塞内部に立て籠もる敵部隊の圧倒的な物量差に押され、苦戦を強いられることになっただろう。

 

しかし最初の段階で多数の敵を撃破したことで、パラダイス・ヴィラを進むテッサの邪魔をする敵の数は少なかった。

 

「次……」

 

テッサは破壊されたエレベーターとは別の、さらに地下へと進むことのできるエレベーターを見つけ、それに乗り込んだ。

 

「…………」

 

そして迷わず最下層へのスイッチを押そうとして……そこであることを思い出した。

 

それはここに来る途中の……格納庫での出来事だった。格納庫を通過中のテッサは、そこで1人の衛兵を見つけた。

 

衛兵はBMに乗っておらず丸腰の状態だったので流石に見逃したが、衛兵は繋がらない内線に向けてしきりにあることを叫んでいた。

 

それは要約すれば大体このようなことだった。

「サマン親王がいる最下層のシェルターが落盤で押し潰された。サマン親王の安否は不明、生き埋めになっているかもしれない」

 

浅はかなものだった。

普通……シェルターといえば、施設の中で最も頑強にするべき場所であり、それが真っ先に崩壊するとは……欠陥にも程があった。

 

それを踏まえ、テッサは少しだけ考えた。

 

落盤の規模は不明だが、このまま最下層へ進んでも進めなくなるのは明らか……サラ大虐殺を仕向けたサマン親王がそこで圧死するなりしているのなら、それでもいい。

しかし……もし、サマン親王が落盤から逃れているとしたら? 彼らはより安全な上階へと避難することだろう

 

ならば……

 

テッサは最下層であるB5ではなく、その手前のB4を押した。

エレベーターが動き出す。

 

テッサは小さく息をついて目を閉じた。

 

 

 

ついに……この時が来た

 

 

 

全ては、この時のために

 

 

 

過酷な訓練に耐えることができた

 

 

 

あの時に味わった絶望を……

 

 

 

あの時誓った復讐を……

 

 

 

今日……ここで……!

 

 

 

エレベーターが開くと同時に目を見開き、テッサはゆっくりとB4フロアへ踏み出した。

 

「…………」

 

そこは、とても静かな空間だった。

 

敵兵もサマン親王もいない。

 

あるとすれば、フロアを支えるいくつかの柱と床に開いた大穴だけだった。後者はテッサの砲撃による衝撃で発生した穴でもあった。

 

(罠……?)

 

あまりの静けさに、テッサはふとそんなことを思った。

 

(いや、何か策を仕掛ける時間はなかったはず……)

 

それでも油断せずにフロアを進む。

 

やがてフロアの中程まで来た時だった。

 

「…………!」

 

妙な気配を感じ、テッサは反射的に機体を飛ばした。

次の瞬間、テッサが先ほどまでいた空間を砲弾が通過する。

 

「躱したか」

 

遠くからそんな声が聞こえた。

 

「そこ!」

 

テッサは腰部ビームライフルを展開し、砲弾が放たれた地点に向けて火線を放った。暗闇を貫いて進む火線は……次の瞬間、壁のような何かに衝突し、弾かれた。

 

「……いい腕だ」

 

テッサの前に、それは柱の影から姿を現した。

緑色の角ばった装甲と、無骨なメインカメラ

 

 

 

ゼネラルエンジン製『レンジャー強襲型』

 

しかしその武装は原型機のものとは違い、両手にロングバレルショットガン、左腕の大型シールドに対し、右腕には大口径機関砲を装備していた。

 

おそらくショットガンは屋内での戦闘を意識したもので、大型シールドのカウンターウェイトに見える機関砲は、ショットガンではカバーできない遠距離戦に対応するためのものなのだろう……レンジャーの装備を見て、テッサは密かにそう思った。

 

 

 

「何者だ?」

 

レンジャーのパイロットはテッサに向けて尋ねた。

 

「私は……サラ大虐殺の生き残りだ!」

 

「!」

 

テッサの言葉に、レンジャーのパイロットは驚愕した。

 

「そうか……やはり、因果応報ということか」

 

「……?」

 

怪訝そうに見つめるテッサに、パイロットは続けた。

 

「私は……アブド」

 

「ッッッ!!」

 

今度はテッサが驚愕する番だった。

 

「サラ大虐殺を指揮したのはこの私だ!」

 

「……そうか、お前が……ッッッ!」

 

テッサは怒りを露わにし、バヨネットを構えた。

 

「小娘よ……お前にしてみれば、私は倒すべき相手なのだろう。だが私にも意地があるのだ、私はここで倒される訳にはいかない。我が主……サマン親王の彼岸を達成するためには……」

 

しかし、アブドは言葉を中断せざるを得なかった。

 

「なに……!?」

 

彼の目の前からバルキリーが消えた。

しかし、それはテッサにしてみればフライトユニットによる爆発的な推進力で前進しただけなのだが、あまりにの速さにアブドの目にはそのように映ったのだった。

 

(速い!?)

 

一瞬でゼロ距離にまで迫ったバルキリーに、アブドは震えた。あまりにも近すぎて、ショットガンを撃つことすらできなかった。

 

「ごちゃごちゃ……うるさいね」

 

テッサは右腕のバヨネットを突き出す。

 

アブドは反射的に盾を突き出した。

 

バヨネットと盾が衝突し……

 

「ぐわっ!」

 

バヨネットの先端から放たれた指向性ショックウェーブが盾ごとレンジャーを吹き飛ばし、機体を後方の壁へと叩きつけた。

 

「ぐう……!」

 

ショットガンをロングバレルではなくショートバレルにするべきだった……アブドがそんな後悔を抱いた時には、既にテッサの追撃が迫っていた。ダウンしたアブドに向けて、ビームライフルの雨が降り注ぐ。

 

アブドは倒れながらも盾で防御するが、高速で突き出されたバヨネットに加え、指向性ショックウェーブの直撃をモロに受けた盾は既にボロボロで、ビームが直撃する度に装甲が削られていく。

 

やがて、ビームの雨が止んだ。

 

「チッ……」

 

テッサは弾切れになった腰部ビームライフルをパージすると、バヨネットを構えてレンジャーへと接近する。

 

アブドは無用の長物と化した盾を捨て、迫るバルキリーに向けてショットガンを発砲……

 

テッサは柱の影へと機体を滑らせ、それを回避……さらにショットガンが降り注ぐ中を、テッサは柱の影から影へと移動し、徐々にアブドへと迫る。

 

アブドはテッサを攻撃しながら機関砲でテッサの潜む柱を狙い始めた。それはテッサに直撃する事こそなかったが、彼女の隠れ場所を潰すことに意味があった。

 

テッサがアブドに接近する方が早いか、それともアブドがテッサの隠れ場所を潰す方が早いか……それが勝敗の分かれ道だった。

 

そして、ついにその時が訪れた。

 

「はああああ!」

 

影から飛び出したテッサはアブドに肉薄、アブドは必死にショットガンの照準を定めるが、テッサはそれよりも早く機関砲を切り裂いて破壊し、再び柱の影へ……

 

機関砲を失ったアブドは肩式ミサイルで柱を破壊しにかかるが、残弾の少なく威力が低い内蔵式ミサイルでは柱2つを吹き飛ばすだけで精一杯だった。

 

一方、テッサの周囲にはまだ柱が残っている。

 

「貰った!」

 

アブドを血祭りにするべく柱の影から飛び出し、その側面に躍り出たテッサは両手のバヨネットを閃かせ……

 

「な!?」

 

今まさに目と鼻の先にいる仇を切り裂こうとした、その瞬間……突如としてバルキリーが制御を失った。

 

いや、それは連戦によって蓄積したダメージが現れたからでも、テッサ自身のコンディションが影響を与えた訳でもなかった。

 

 

 

「ま……マグネサクション!?」

 

 

 

レンジャーの周囲に発生した磁力がバルキリーに絡みつき、機体のバランスを保てなくなったテッサは転倒、地面に膝をついた。

 

「!」

 

見上げると、レンジャーの右腕がぐぐっと曲がり……右手に収まったショットガンの銃口がゆっくりとテッサに向けられた。

 

トリガーが引かれるその瞬間、テッサは咄嗟にスラスターを全開にして回避行動を取った。かろうじて直撃こそ免れたものの、テッサはその代価としてバルキリーの左腕とバヨネットの1本を失った。

 

そこへアブドの追撃

 

テッサは柱の影に逃げ込むだけで精一杯だった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

息を吐き、状況を確認する。

磁力の影響は抜け、操縦に支障はなかった。

 

だが……

 

「くっ……」

 

テッサはつい先ほどのことを思い出した。

 

 

 

マグネサクション

ゼネラルエンジンが開発した特殊兵装。

主に近接戦闘に対する防御用の兵装で、機体の周囲に強力な磁力を発生させ、効果範囲内の敵機を引き寄せ、制御不能に陥れることができる。

その性質から非殺傷武器の延長線上にあるとされており、合衆国では主にライオットポリスなど警察機関が保有するBMに搭載されている。

 

一般的にレンジャーには搭載されていない兵装なのだが、どういうわけかアブドが使っているレンジャーは、特別にその兵装が搭載されているようだった。

 

 

 

問題は、それが近接戦闘に対して絶対的な威力を発揮する兵装だということ

 

 

(これじゃ……勝てない……っ)

 

テッサは右腕に残されたバヨネットを一瞥した。

 

リキッドバルキリーに残されている武装は、バヨネットが1本と両膝のニーブレード……言うまでもなく、その全てが完全な接近戦用の武装だった。

 

テッサが接近戦を仕掛けようとすれば、アブドはまず確実にマグネサクションを使用することだろう。先ほどは運良く避けられたが、おそらく次はないだろう。

 

過酷な訓練を突破したテッサとOATHカンパニーが誇る技術力で生み出されたリキッドバルキリーの組み合わせの前に敵はいない。しかし、今回ばかりは相性が悪かった。

全ての射撃兵装を使い果たしたリキッドバルキリーに、最早マグネサクションへの対抗手段はなかった。

 

テッサは周囲を見回して何かないかと探してみるが、落ちているのは自分がパージしたライフル(残弾なし)と真っ二つになった機関砲、そして盾の残骸だけだった。

 

上の階へ戻れば倒した敵機の武装を剥ぎ取って使うこともできるのだろうが、それをするにはエレベーターに乗り込む必要があり、その隙をアブドが与えてくれるとは思えなかった。

 

その時、鉛の雨がテッサの潜む柱を叩いた。

 

「ぐっ……」

 

柱の崩壊に合わせ、テッサは別の柱へと逃げ込んだ。

その移動に合わせ、アブドはショットガンを旋回させる。

 

(負ける……? 私が?)

 

柱を背にしてショットガンの雨をやり過ごす。

 

(私は、死ぬ……?)

 

背中に衝撃を感じながら、テッサは思った。

 

(お母さんの仇を討つこともできずに……?)

 

柱が崩壊する。

 

反射的に飛び出した先に……アブドはテッサの行動を読んでショットガンの銃口を向けていた。放たれた無数の鉛玉が、バルキリーに命中する。

 

幸いにも、それは致命傷にはならなかった。

しかし右肩の装甲が吹き飛び、ツインアイの右目部分が抉り取られた。さらにフライトユニットが損傷、エンジン部分にスパークが走り、推進剤に引火するまで一刻の猶予も残されていなかった。

 

「ちっ……」

 

テッサはフライトユニットをパージせざるを得なかった。パージしてから数秒後に、スパークが推進剤へと引火し、それは大爆発を引き起こした。

 

至近距離での爆発に吹き飛ばされ、テッサは地面を転がった。一方、爆発の影響はアブドにも及び、爆炎に視界を阻まれ彼はテッサの姿を見失った。

 

爆炎に紛れ、どうにか別の柱へと移動したテッサだったが、しかし、すぐ後ろにアブドの機体が迫っているのをハッキリと感じ取っていた。

 

(いや……それはありえない!)

 

テッサは柱の影に身を隠し、歯を食いしばった。

 

(私は……負けられない! 負けるわけにはいかない!)

 

テッサは胸元で輝く宝石を握りしめた。

 

(お母さんの仇を討つためにも……!)

 

(いや、お母さんのことだけじゃない! ここで私が負けたら……サラ大虐殺のような事件が繰り返される。そうなると、これからもっと多くの人が死ぬ……)

 

(私のように、居場所を失う人も……)

 

(私のように、家族を失って苦しい思いをする人も増える)

 

(それに……約束した)

 

(アイルーと、もっとちゃんと話し合うって!)

 

(だから……私は……)

 

 

 

死ねない!

 

 

 

負けられない!

 

 

 

諦めない!

 

 

 

そんな時、三日月の顔がテッサの脳裏をよぎった。

 

(こんな時……三日月さんなら……?)

 

そして、テッサは三日月と初めて会った時のことを……正確には、三日月と戦った時のことを回想した。アフリカ、砂漠のど真ん中で繰り広げられたその戦いは、テッサにとってそれまでの戦い方の常識を根底から覆すものだった。

 

その中でとくに衝撃的だったのは……三日月が大量のミサイルをわざと受け、その爆炎に紛れていつのまにか自分たちの背後へと移動したことだった。

 

(あの時は……怖かったな)

 

圧倒的な暴力により完膚なきまでに叩きのめされ、さらにはアイルーまで失いかけたあの時のことを思い出し……テッサはひとり、ほくそ笑んだ。

 

(ああ、そうだね)

 

そして、テッサは思った。

 

(あの時に比べたら……今の、この状況なんて、全然怖くない!)

 

その瞬間、テッサの瞳に強い光が灯った。その意思に呼応するかのように、バルキリーの左目もまた強い光を放った。

 

(だったら……)

 

そして、テッサはそれを実行した。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「…………」

 

B4フロアを、アブドは慎重に進む。

 

フライトユニットの爆発によって生まれた黒煙は思った以上に激しく、ただでさえ薄暗いB4フロアをさらに暗く包み込んでいた。

 

アブドは機体の暗視装置を起動し、バルキリーを追って柱の間を進む。時折、B5フロアへと通じる大穴とエレベーターに視線を送りつつ、バルキリーが潜むと思われる柱の影一つ一つをクリアリングしていく。

 

『あのさ』

 

「!」

 

その時、暗闇の中からテッサの声が響き渡った。

 

『完敗だわ、もう勝てる気がしない』

 

アブドは声の聞こえてきた場所にショットガンを向ける。

 

『正直言って、こっちはもう満身創痍……片腕とスラスターを失って、武装もバヨネットが1本だけ。それに対してアンタはショットガンが2丁、それにマグネサクションなんて使われてはね……』

 

「投降する気か?」

 

『……いえ、投降はしないわ』

 

テッサのとった作戦……それは声でアブドをおびき寄せ、近づいてきたところで一気に決着をつけるというシンプルなものだった。

 

(今は……これしか手がない……)

 

テッサはバヨネットを構えた。

 

『私は諦めない。アンタを殺すまで、私は絶対に諦めない』

 

「愚かな……」

 

アブドは警戒を緩めることなく機体のAIを使って、B4エリアに響き渡る声の発生源の特定を開始した。

 

『最後に……アンタを殺す前に、1つだけ聞いてもいい?』

 

「なんだ?」

 

『どうして、サラ大虐殺を引き起こしたの?』

 

その問いかけに、アブドは少し間を開け……

 

「……それが、命令だったからだ」

 

淡々と、そう告げた。

 

 

 

『あはははは!』

 

 

 

暗闇にテッサの嘲笑が響き渡る。

 

「?」

 

『言い訳にならないね』

 

困惑するアブドに、テッサの声は続く。

 

『撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけ。いくら命令だったとしても、なんの罪もない人の命を奪っていい理由にはならない……そうでしょ?』

 

「甘いな。その理屈がどこでも通じると思っていたのか?」

 

『ええ、思っていたわ。アンタたちが来るまでは』

 

機体のAIが導き出した情報を元に、テッサの位置を把握したアブドは、ショットガンの銃口を柱の一つへと向ける。

 

『アンタたちは……そもそも人間じゃない。人の皮を被った血も涙もない別の何か、怪物! バケモノ! だからこそアンタたちはこのルールは守れなかった』

 

「…………」

 

アブドは柱をショットガンの射程圏内に収めた。

 

『アンタもサマン親王も人でなしだよ! 世界の平和を乱す害虫、駆除しなくちゃならない世界の敵、だから……アンタは死んでいい奴だね!』

 

「なんとでも言うがいい」

 

アブドは柱の影からバルキリーが飛び出してくることを想定し、ショットガンの射程距離ギリギリで発砲。

 

複数発放たれた散弾の雨を受け、柱は一瞬で砕け散り、その中程から倒壊を始める。アブドはバルキリーの出現に備えた。

 

「……?」

 

しかし、いつまで経ってもそれは現れなかった。

 

「これは……!」

 

そして、アブドは気づいた。

 

 

 

『はぁ……』

 

 

 

声を発する、その物体を

 

 

 

『……あのさ、まだ気づかないの?』

 

 

 

折れた柱の根元に落ちている、小さな箱の存在に

 

 

 

『もう……アンタは終わりだってことに』

 

 

 

それはバルキリーの声帯……もとい、バルキリーから切り離されたスピーカーだった。

 

テッサは自分のバルキリーに内蔵されていたスピーカーを抉り取り、そこに自身の声を吹き込んだ端末をセットし、再生することであたかもそこに自分がいるかのように見せかけていたのだ。

 

テッサは自分の言葉に対してアブドがどのような反応を返すのかを見越した上で端末に声を入力していた。しかし、それはテッサにとっても大きな賭けだった。想定していた会話が上手く成り立たず、アブドが早々にテッサの意図に気づいてしまうリスクも十分にあった他、スピーカーが上手く作動しない、アブドがテッサの言葉を無視して攻撃を仕掛けてくる……など、考えられるリスクを上げればキリがなかった。

 

だが見返りは大きかった。

 

そして、テッサは賭けに勝った。

 

 

 

ヴン……

 

 

 

レンジャーの背後に緑色の瞳が浮かび上がる。

 

「終わりだ!」

 

テッサはバルキリーを走らせ、レンジャーめがけてバヨネットを突き出し……

 

 

 

「甘い! マグネサクション!」

 

 

 

しかし、バヨネットの切っ先がレンジャーの背中を捉えようとしたその刹那……アブドはマグネサクションを起動する。

 

 

 

「しまっ……!」

 

 

 

磁力の波に囚われ、バルキリーは制御を失って転倒しかける。テッサは一か八かでバヨネットを地面に突き刺してダウンを防ぐ、だが……

 

 

 

「残念だったな!」

 

 

 

アブドはレンジャーを反転させ、ショットガンの銃口をバルキリーのコックピットへと突き立てた。

 

 

 

「!!!」

 

 

 

それに対し、バルキリーは未だ磁力に犯され制御不能。さらに、バルキリーにはゼロ距離からのショットガンに耐えられるだけの防御力は備わっていない。

 

 

 

アブドは勝利を確信した。

 

 

 

ショットガンのトリガーが引かれる……

 

 

 

爆音と共に放たれた大型の弾丸は、銃口から飛び出すと、無数の鉛玉となってすぐさま分裂を開始し……バルキリーへと殺到……

 

 

 

そして、それら全てが……

 

 

 

 

 

地面を抉った。

 

 

 

 

 

「何!?」

 

突然の出来事に、アブドは驚愕した。

 

目の前から、忽然とバルキリーが姿を消したのだ。

 

あるのは、地面に突き刺さったバヨネットのみ

 

肝心の本体はどこへ……?

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

その時、テッサは

 

「…………」

 

アブドの真後ろに着地していた。

 

ここまで、全てテッサの計算通りだった。先程、バヨネットを地面に突き刺していたのはマグネサクションに耐えるためだけではなかった。

 

ショットガンのトリガーが引かれるその瞬間、テッサはバヨネットの指向性ショックウェーブを発動。バヨネットの先端から放たれた衝撃波は地面へと向けられるが、質量の差によって反射……衝撃波はバルキリーの元へと帰ってくる。

 

しかし、衝撃波に抗うのではなくその勢いに乗り、テッサはバルキリーを空中へと飛ばした。衝撃波を受けた代償として、バヨネットを保持していた右手のうち親指と人差し指が消失するが、何も問題はなかった。

 

バルキリーはレンジャーの頭上を飛び越え、空中で磁力による制御不能を脱し、着地……その結果、テッサは完全にアブドの背後を取る形となった。

 

(これを逃したら最後……!)

 

今、戦況はテッサへと好転していた。

 

テッサが機体の姿勢を整えるまで1秒、攻撃に移るまで1秒……合計2秒を必要としていた。それに対し、アブドは状況を理解するのに1秒、機体を反転させるまで1秒、さらに迎撃に1秒……合計3秒かかる。

 

(これで……決める!)

 

テッサはバルキリーに残された最後の武器……右膝部分に収納されたブレードを展開

 

「はあああッッッ!」

 

 

 

レンジャーのコックピットめがけて、膝蹴りを放った。

 

 

 

「ぬううううッッッ!」

 

しかし、ニーブレードは反転したレンジャーの左腕に突き刺さり、刺突位置が悪かったのか、レンジャーの左腕とショットガンを破壊することに成功するも、根元から折れてしまった。

 

両者の姿勢が大きく崩れる。

 

 

 

「まだ!!!」

 

 

 

テッサは機体を立て直しつつ、左膝のブレードを展開

 

アブドは右腕のショットガンを旋回させる……

 

早かったのはテッサだった。

ロングバレルショットガンが突きつけられるよりも早く、その内側に飛び込み、ニーブレードをコックピットへと叩き込もうとして……

 

 

 

「同じ手を何度も!」

 

 

 

その瞬間、レンジャーの頭部バルカン砲が火を吹いた。

 

 

 

バルカン砲はバルキリーのニーブレードへと着弾。ニーブレードは根元から折れ、衝撃で頭上へと吹き飛ばされた。

 

 

 

これにより、バルキリーは全ての武装を喪失した。

 

 

 

アブドは今度こそ勝利を確信する。

 

 

 

だが、そこで信じられないことが起こった。

 

 

 

根元から折れ、舞い上がったニーブレードを……

 

 

 

「まだだ!」

 

 

 

テッサは空中で掴み取った。

 

 

 

人間で言うところの中指から小指にかけた、3本の指しか残っていない右腕のマニュピレーターでブレードを痛々しく掴み上げ、その切っ先を下に向け……

 

 

 

「とどけぇぇぇぇぇぇえ!!!」

 

 

 

レンジャーのコックピットめがけて、振り下ろした。

 

 

 

「ぐわあああああああ!?」

 

 

 

ブレードの先端がコックピットを貫き、パイロットの体をも貫いてレンジャーを串刺しにした。

 

「が……はっ……」

 

レンジャーの手からショットガンが落ちる。

 

「…………あ、あああああ」

 

コックピットにブレードを突き刺さしたまま、レンジャーが……いや、アブドはたたらを踏むかのように後方へ数歩下がり……

 

「…………」

 

ヨロヨロと、地面に開いた大穴へと落ちていった。

 

数秒後……大穴の向こうから、金属が潰れる大きな音が鳴り響いた。

 

 

 

「…………勝った……の?」

 

 

 

朦朧とする意識の中、テッサはしばらくの間、自分のしたことが信じられないというように呆然と佇んでいた。

 

「あ…………」

 

リキッドバルキリーが限界を迎えたのはちょうどその時だった。左足と右腕に蓄積したダメージがスパークとなって現れ、小規模な爆発を引き起こし、衝撃によりテッサは意識を失った。

 

片足を失い、バルキリーが倒れ始める。

 

だが、機体が大きく傾いたその瞬間……後ろからバルキリーを掴み、倒れないよう支える影があった。

 

「お疲れ様」

 

コックピットの中で眠るテッサに向けて、三日月は優しく囁いた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

パラダイス・ヴィラB5

 

「…………」

 

その男は、たった1人で通路を進んでいた。

 

左腕をなくした男の顔面は大量出血により蒼白に染まり、男が進む後には右腕から吹き出した血液が川を作っていた。

川を遡ると、そこには落下による衝撃で潰れたレンジャーの姿があり、そのコックピット付近には小さな刃が突き刺さっていた。

 

 

 

(なぜ、私は生きているのだ?)

 

 

 

その男、アブドは奇跡的に即死を免れていた。

 

 

 

朦朧とする意識の中、アブドは進み続ける。

 

自分の勝利を待つ……主人の元へと。

 

 

 

サマン親王もまた、生きていた。

 

 

 

リキッドバルキリーの砲撃によってパラダイス・ヴィラが崩壊した際、発生した二次災害によりB5フロアは完全に土砂で埋め尽くされてしまい、圧死したかに思えたサマン親王だったが、奇跡的にサマン親王が避難していた格納庫だけは被害を免れていたのだ。

 

サマン親王の生存を確認したアブドはこのことを司令部へと伝えようとしたが、この時すでに司令部は破壊され、通信系統もダウンしていることもあり、そのことを上のフロアへと伝えることができなかった。

 

エレベーターも使用不能になっていたため、開いた穴を登ってそれを上のフロアへと伝えに行こうとした……ちょうどその時、テッサのバルキリーと遭遇したのだ。

 

(その結果が……これか……)

 

たった1人の少女に敗北したばかりではなく、テッサの放った一撃はアブドの左肩を綺麗に切断していた。その後、穴へと落ちたアブドだったが、落下の最中、奇跡的に脱出装置が作動し、アブドは生きながらえることができた。

 

しかし、もはや彼の命が長くないのは誰が見ても明らかだった。アブド自身、迫りつつある死をハッキリと感じ取っていた。

 

それでもアブドは……なくなった肩で息をしながら、なおも歩き続ける。その姿は、男は死に場所を求めて彷徨う落ち武者のようだった。

 

(なぜ……?)

 

そのことに尚も気づかないアブドを支えていたのは気力だけだった。アブドはヨロヨロと……時間をかけて格納庫へと歩く

 

格納庫にはサマン親王と、彼の座乗艦であるジャッジメントシャトーが待機していた。

 

彼ならば……その答えを教えてくれるだろう。そんな淡い期待を覚えながら、アブドはついに巨大な扉の前へとたどり着いた。

 

側にある端末に認証コードを入力し、格納庫の扉を開く

 

外壁に体を預けながら、ゆっくりと……格納庫の中へ……

 

「…………!?」

 

そこで、アブドは顔を凍りつかせた。

 

なぜなら……そこにはサマン親王の戦艦、ジャッジメントシャトーの姿はなく、代わりに赤色と銀色の塗装が施された鉄塊がゴロゴロと転がっているだけだったからだ。

 

それは、ジャッジメントシャトーの残骸だった。

炎上するコックピットの中に、既に炭化したサマン親王と乗組員たちの姿。黒くなっても判別可能なその表情は、苦しみで酷く歪んでいた。

 

そこには、コックピットのハッチを踏みつけ、乗組員たちが逃げられないように退路を塞いでいる1機のBMの姿があった。

 

それはゼネラルエンジン製『リンクス』のカスタム機だった。両肩にリンクスにとって負荷にしかならないビームキャノンを搭載し、火力と機動力を高めた世界にひとつだけの、オリジナルの機体……

 

「!」

 

アブドには、その機体に見覚えがあった。

 

「久しぶりだな」

 

リンクスのコックピットから身を乗り出すは、銀髪の傭兵

 

「……生きていたのか」

 

「ああ、お互い……な」

 

アブドはリンクスの上に佇む男を見上げた。

男はアブドに拳銃を向けている。

 

「そうか……」

 

全てを察して、アブドはニヤリと笑った。

 

 

 

パンッ……

アブドが懐から拳銃を引き抜くのと、傭兵が発砲するのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「…………」

 

銀髪の傭兵は生き絶えたアブドを背に、拳銃をしまって、代わりに楊枝を取り出そうとポケットを探っていると、彼の元に通信が入ってきた。

 

『終わった?』

 

「ああ、終わった」

 

楊枝を取り出すのを諦めた傭兵は、ポケットから通信機を取り出して短く返事をした。

 

『そっか』

 

「…………」

 

『ベカス?』

 

「あ……ああ、なんだ?」

 

『生きてる?』

 

「ああ、オレは生きてる」

 

そこで小さく咳をして、傭兵は……ベカスはこう続けた。

 

「三日月、オレは……生きている」

 

『ん、そうだね』

 

ベカスは三日月の淡々とした返事を耳にした。

 

 

 

それは遡るのこと数時間前……

OATHカンパニーでの出来事。

 

通路の奥に消えたテッサ

それを見送る三日月とベカス

 

膝をつくベカスに、三日月はこう囁きかけていた。

 

「ベカスは後から来てね」

……と、

 

三日月の言葉を受け、格納庫に向かったベカスはそこでもう一機の輸送機を目撃した。そのコックピットには、葵博士とその助手であるドリスの姿。2人に促されるまま、ベカスはパラダイス・ヴィラへと飛んだ。

 

遅れて現地入りしたベカスは、テッサが砲撃で開けた穴から密かにパラダイス・ヴィラへと潜入、ダクトを通って一気に最下層まで降下。そしてB4でテッサとアブドが激戦が繰り広げている間に、ベカスはサマン親王を撃破していた。

 

 

『それじゃあ、後は俺とミドリちゃんに任せて、ベカスは適当に帰ってね……』

 

「待ってくれ!」

ベカスは三日月が通信を切るのを慌てて止めた。

 

「三日月……その…………ありがとな」

 

『……なんの話?』

 

「いや……許してくれないんじゃないかって思ってな」

 

『……?』

 

「オレに……戦う機会をくれて、ありがとな」

 

『別に、俺は最初からベカスに戦うなって言ってないし……っていうか……』

 

三日月は小さく息を吐き、こう続けた。

 

 

 

『ベカスが自分の戦いだって思っているなら、それはベカスの戦いで、それを止める権利は……俺にはないから』

 

 

 

「そうか」

 

『うん。じゃあ、またね』

 

 

 

ベカスはポケットから楊枝を取り出して口に咥え……

 

「……イーサ」

 

小さく、恩人の名前を呼んだ。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

こうして、たった1人の戦いは終わった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

1週間後……

 

 

 

 

 

OATHカンパニー

三日月の部屋

 

「…………?」

 

深夜、ベッドの上で中々寝付けずにいた三日月は、部屋の入り口の前に何者かの気配を感じてムクリと起き上がった。

 

「…………あ」

 

扉を開けると、そこにはテッサがいた。

 

「テッサ? どうしたの?」

 

「三日月さん……これは、その……」

 

そこでテッサは何やら俯き、口を噤んだ。

 

「……入って」

 

その様子から何かを感じ取ったのか、三日月は彼女を部屋へと招き入れることにした。

 

「え……でも……」

 

「いいから」

 

テッサは躊躇いつつも、三日月の後に続いた。

 

「その……ごめんなさい」

 

「何が?」

 

「もしかしたら起こしちゃったかなって……」

 

「別に……なんか眠れなかった」

 

「そうですか……」

 

「もしかして、テッサも?」

 

「実は……私も、同じです」

 

三日月の部屋はビジネスホテルのように、リビングとベッドルームが一体化したような所だった。そして部屋の中にあるのは、冷蔵庫やクローゼット、クーラーなどといった生きる為に最低限必要なものばかりで色がなく、あるとすれば園芸用の教科書が部屋の隅にあるくらいだった。

 

「えーっと……」

 

三日月は調理台に置かれたケトルを手にした。

 

「俺、今まで自分の部屋とか持ったことないからあんまり分かんないんだけど……こういう時って、何か飲み物でも出せばいいんだっけ?」

 

「い、いえ……お構いなく」

 

ケトルを示すと、テッサはやんわりと断りを入れた。

 

「それで……どうしたの?」

 

ベッドに2人並ぶように座り、三日月はテッサの顔を覗き込んだ。

 

「三日月さんは……前に言いましたよね。ベカスから復讐は虚しくなるだけだって言われた時、自分は虚しくなんてならなかった……って」

 

「うん」

 

「あれは、本当なんですか?」

 

「うん」

 

「そうですか……」

 

そこでテッサは顔に影を浮かべながら、小さく笑った。

 

「やっぱり……私は弱いんだね」

 

「テッサ?」

 

三日月は心配そうにテッサを見つめた。

 

「私は、三日月さんみたいになりたかったんです」

 

 

 

……弱い自分が嫌だったから

 

 

 

そんな自分を変える為に

 

 

 

私は、三日月さんみたいになろうと思いました。

 

 

 

三日月さんのような力が欲しかった。

 

 

 

三日月さんのような優しさが欲しかった。

 

 

 

そして、三日月さんのような強い心が欲しかった。

 

 

 

だからこそ、三日月さんになれるよう努力しました。

 

 

 

三日月さんの真似をして、戦いました。

 

 

 

でも……結局、私は三日月さんになれなかった。

 

 

 

……なぜなら

 

 

 

「お母さんの仇を討てて、嬉しいはずなのに……なんでだろ……心の底から悲しみが溢れてくるみたいで……」

 

テッサの瞳から涙がこぼれ落ちる。

 

「だから……私は、弱いんだなって……三日月さんみたいな強い心があったなら、こんな想いはしなくて済んだはずなのに……私は結局、自分を変えることができなかったんだって……」

 

 

 

……そんなことは、ないと思う。

 

 

 

「え?」

 

テッサは顔を上げて三日月を見つめた。

 

「テッサは変わったよ。確実に強くなってる」

 

「でも……」

 

「テッサは、もっと自分に自信を持ってもいいと思う。分かってるから……テッサがもう弱くないって……弱い自分を変えることができたって、分かってるから」

 

三日月は涙に濡れたテッサの頬に触れた。

 

「俺はずっとテッサのことを見てきたから、分かる」

 

「……三日月さん」

 

頬に触れている三日月の手に、テッサは自分の手を重ねた。

 

「無理して俺みたいになろうとしなくても、俺は今のテッサのままでいいと思う。だってテッサには俺にはない、いいところがたくさんあるから」

 

三日月はテッサの顔を真っ直ぐに見つめた。

 

 

 

「俺は、そのままのテッサの方が…………好き」

 

 

 

「三日月……さん…………っ」

 

 

 

テッサは三日月に肩を寄せて、小さく泣いた。

 

三日月はテッサを抱き寄せ、彼女の髪を優しく撫でた。

 

三日月の優しさに触れたテッサは、まるで今まで溜め込んできたものを決壊させるかのように、声を上げて泣いた。三日月の胸元に顔を埋め、三日月にしか聞こえない声で自分が抱えていた苦痛を吐き出した。

 

2人はしばらくの間体を密着させて、お互いの体温を感じながら、同じひと時を過ごした。

 

 

 

「テッサ、これからは未来を生きて」

 

 

 

三日月はテッサが落ち着いたのを見計らって声をかけた。

 

「テッサにはアイルーがいるでしょ? 過去に囚われるのはもう終わり、これからはアイルーと進み続ける明日を……2人で歩む未来のことを考えて」

 

 

 

「2人の……未来……?」

 

 

 

テッサは泣きはらした顔を上げ、三日月の瞳を見つめた。

 

「俺は、2人に幸せになってほしいって思ってるから」

 

「私は……幸せになっても、いいんですか?」

 

「当たり前でしょ」

 

その言葉に、テッサは少しだけ俯き……

 

 

 

「三日月さんは、いないんですか?」

 

 

 

その言葉を口にした。

 

 

 

「私たちの進む未来に、三日月さんはいないんですか?」

 

 

 

そばに、いてくれないんですか?

 

 

 

あなたのいない未来に、幸せなんて……

 

 

 

「…………」

 

テッサの言葉に、三日月は少しだけ顔を俯かせた。

 

「……ふふっ」

 

すると、テッサは唐突に小さく笑った。

 

「ごめんなさい……ちょっとだけ、いじわるだったね」

 

彼女は瞳に浮かぶ涙を払って、穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

 

「本当は……ちゃんと、分かっているんです」

 

 

 

三日月さんには、オルガさんがいるんだって

 

 

 

「もう、三日月さんには鉄華団っていう大切な家族がいて、三日月さんの隣を歩いていいのは、オルガさんだけで……そこに私が入る余地なんて、ないんだって……」

 

 

 

でも……

 

 

 

テッサは三日月の頬に手をやり、俯いてしまった彼の顔を上げた。それから、少しだけ驚いた様子を見せる三日月へ、涙ながらに色っぽい視線を向け……

 

 

 

お願いします、三日月さん

 

 

 

今だけでも……

 

 

 

少しだけでもいいんです

 

 

 

今だけは、テッサに幸せを感じさせてください

 

 

 

テッサに、勇気をください

 

 

 

幸せな明日を生きる勇気を……

 

 

 

未来を生きる勇気をください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サブタイトル更新

『2人の未来、2人の夜明け』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

外伝1『たった1人の弔い合戦』ーENDー

 

 

 

 

 




正直言って鎮魂歌は納得がいかなかったんです。
ですが、今回の話が最良であるとは私自身思っていません。

でも、これだけは言わせてください
綺麗事ばかりでは人は成長しないと思います。
そして、伝えるべき言葉はちゃんと伝えなければ意味はないと思います。

以上です、ここまで読んでいただきありがとうございました。
では……また……


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外伝2ー1:冥王の襲来ー悪夢ー

あけましておめでとうございます。

記念すべき新年1本目なので景気良くいきたいところですが、注意です。
・バイオレンスな表現がございます、そういうの苦手な人は直ちにブラウザバックか閲覧を中止してください。
・グロテスクな表現がございます、そういうのが苦手な人は直ちにブラウザバックか閲覧を中止してください。
・ゼオライマーを神と崇める方には、閲覧は推奨できません。
・上記は自身の表現能力をテストするためのものであるため、上記に当てはまらない方に対しても、多少お見苦しい点があるところはご了承ください。

また本作は外伝1の続きであり(A.C.E.学園編とチュゼール編の間)メインストーリーの中にコラボイベントを収める形となっており、アイアンサーガ本編の時系列を無視しています。

それでは、続きをどうぞ……




某所

 

「この記録は……」

 

葵博士は眉を潜め、スクリーン上に表示されるデータに目を走らせていた。

 

「これは『RIFT』に侵入した派遣チームの強制排出されたブラックボックスから抽出したデータだ」

 

画面の端に立つ老齢のその男……リヒャルト博士が葵博士の言葉を引き継ぐようにしてそう答えた。

今、彼がいるのは反射板と干渉妨害パックに囲まれた場所で、そこは存在しない空間と化していた(=つまり、外からは中の様子を伺うことができないステルスフィールドということか?)

 

無数の研究員が巨大な空間を行き来する中、彼はスクリーン上のデータに納得がいかないといったような様子で、その空中の裂け目に目を向けていた。

 

「私自身、既に把握しているが、とりあえずシークレット・コンタクト事件の当事者としての評価を聞きたい」

 

「……分かりました」

 

葵博士は小さくため息をついて話を始めた。

 

長い話を一息に終えた後、葵博士は首を横に振った。

 

「RIFTの口頭評価についてですが……現在の技術にとって、RIFTの調査は実用的な意味に乏しい。よって、情報を記録するに留めることを提案します」

 

「……私と同じ見解を持ってくれて嬉しいよ、葵博士」

 

最後に小さく別れの言葉を告げた後、リヒャルト博士は葵博士との通信を終了した。彼は鼻筋を揉みながら、つまらなさそうにコーヒーを淹れた。

 

「これ以上、人員を投入してもRIFT内部の評価に更なる進展は得られないようだな」

 

「む……?」

背後から投げかけられたその声に、コーヒーカップ持つリヒャルトの手が止まった。

 

「これはこれは、オーシン様」

 

カップをソーサーの上に戻し、リヒャルトは自分の背後に立つ、古代技術の研究に関しては業界最大手であるソロモン工業を束ねるその男……ソロモンの盟主『オーシン』へと振り返った。

 

鋭い瞳を持つ彼は、その類稀なリーダーシップとカリスマ性により若くしてソロモンの王になったことで知られており、また彼の得体の知れない存在感は、女性を惹きつける作用があった。

 

「オーシン様。やはり葵博士の言葉通り、これ以上の探索は無意味かと思われます……1時間前の結論通りでしたな」

 

リヒャルト博士が深々と頭を下げようとするのを手で制し、オーシンは目の前のスクリーンを見上げた。スクリーンにはまだ記録が再生されている。

 

『…………おねがい……』

 

「…………」

 

『最後に……』

 

オーシンは映像から僅かに放たれるその声を確かに聞いた。しかし、少女と思しき存在が放った雑音まみれの言葉の意味を、彼が理解することはなかった。いや、できなかった。

 

「聞こえたか?」

 

「ええ、この老いた聴覚にも」

 

オーシンの問いかけに、リヒャルト博士は鈍くなった自分の両耳を皮肉るように告げた。

 

「アレは使えないのか?」

 

オーシンの言葉に、リヒャルトがピクリと反応する。

 

「アレ……とは?」

 

「とぼけても無駄だ。アレは今、ここにあるのだろう」

 

「なるほど……そう来ましたか」

リヒャルト博士は肩をすくめてみせた。

 

「これ以上、探索に人員を割くことはできない。しかし……人ならざるモノならば問題はあるまい」

 

「ほう? オーシン様、あなたは私の作品をみすみす死地へと放り込む気ですかな? アレはそこいらの量産型とはワケが違うというのはご存知のはず……復元に成功したゴエティアの1機であり、貴重な研究対象でもある。その上バアルと同等のAIを搭載し、機体のコアにはアフリカで入手した『ジョン・ドゥ』を……」

 

「知っている」

 

オーシンは鋭い目つきでリヒャルトを見下ろした。

 

「だが、一つ言わせてもらおう。アレはお前の作品ではないだろう? アレは私の所有物だ、お前にどうこう言われるつもりはない」

 

「ややっ、これは一杯食わされましたな」

 

リヒャルト博士はククク……と笑い、それから手元の端末を操作して目の前のスクリーンに格納庫内部の映像を表示させた。

 

『…………』

 

そこには、ワイヤーと鎖で両手両足を何重にも巻かれ、封印された悪魔の姿があった。黒い装甲、V字アンテナ、光を失ったツインアイ、獣のような左腕、そして巨大な右腕が特徴的なその機体……

 

「しかし、この機甲は何度も脱走を企てている故、我々の命令を素直に聞くとは思えぬのだが」

 

「そのために、バアルから全ゴエティアを支配下に置く機能……トライアルシステムを抽出しているのだろう」

 

「確かに……しかし、あれはまだ試作品ですぞ? あの力は、そうまでして手に入れる価値があるのですかな?」

 

「無論だ。前回のシークレット・コンタクトではお前も見ただろう? あの未知の力を、私も欲しくなってしまったのだ」

 

「前回は……ですな、しかし今回のそれは前回のそれを遥かに上回る事象ですぞ。それも、まさしく禁忌と呼ぶに相応しいほどの……触らぬ神になんとやら、私としてはこれ以上の介入は……」

 

「だからこそ、欲しくなったのだよ」

 

オーシンは握り拳を胸に抱き、モニター上の黒い悪魔を見上げた。

 

 

 

 

 

「次元連結システムとやらを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

外伝2ー1:「冥王の襲来ー悪夢ー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【あらすじ】

 

シークレット・コンタクト

 

それは、隔絶された世界同士を繋ぐもの

 

アイスランドで1回、アフリカで2回、極東で1回

 

ICEY、ダンガイオー(?)、アーモードガル一行(略)、そして三日月・オーガス

巨大な磁気嵐、振動による空間の歪曲……様々な未知の現象に伴って、かつてこの世界へと降り立った異邦人たち

 

彼らの出現は、少なからずこの世界へと影響を残し、そしてこの世界もまた、彼らの世界へ何らかの影響を及ぼしていた。(コラボ)

 

そして……ここにまた、新たなシークレットコンタクトが起きようとしていた。

 

極東 ゴビ砂漠

 

日ノ丸最大の学園で、ある騒動が勃発してから数ヶ月……その日、なんの前触れもなくゴビ砂漠上空の一点が、まるでガラスのようにひび割れ、粉々に砕け散った。

 

ひび割れの中に浮かぶ空間……そこは青い空ではなく、紫色の歪んだ空間が広がっていた。それはまさしく、人智を超えた現象だった。

 

突如出現した空の裂け目

 

それは次元の裂け目だった。

 

この状況を受け、極東共和国は緊急に人員を配置、約12時間をかけて臨時研究施設を完成させた。そして、崑崙研究所の所長である『宏武』主導の下で次元の裂け目に関する調査が密かに行われた。

また、調査が行われるのと並行して、この事態が国民に知られることがないよう隔離政策を実行し、メディアに対して規制かけ、ゴビ砂漠一帯は完全に封鎖された。

 

それから1週間後……宏武は弟子のベカスへと手紙を送った。その内容はベカスを極東共和国の崑崙研究所へゲストとして招き、また自身の弟子を紹介するというものだった。

 

しかし、その招きがだだのゲストで終わるはずがないことを、まもなく手紙を受け取ったベカスは知っていた。

 

極東で知らぬ者はいない『武帝』宏武

彼は一度たりともベカスに愉快な思い出などくれたことはなかった。

 

そして、ベカスの予想は的中した。

葵博士と共にチュゼール経由で崑崙研究所へと到着したベカスは、そこで弟弟子となる美麗な青年『影麟』で出会った。

彼は完璧な為政者となりうる存在を人工的に作り出す、非人道的な実験・悪魔の所業『霊獣計画』の集大成としてこの世に生を受けた、2つの個体のうちの1つだった。

宏武はベカスに影麟を預け、世間知らずな彼にこの世界のことを広く知ってもらうよう一緒に旅に出て欲しいとの旨を伝えた。

 

だが、それで終わりではなかった。

宏武はベカスと葵を引き連れ、ゴビ砂漠へと飛んだ。

 

その目的は……ベカスと影麟、2人の類稀な実力を見込んで次元の裂け目の内部へと派遣、裂け目内部の調査とデータ収集業務を手伝ってもらうことにあった。

その結果、次元の裂け目を通って異世界へと飛んだ2人は、そこで謎のロボットと遭遇。短時間ながらも激戦を繰り広げた。

 

その人の形をした銀色のボディを持つそのロボット

……その名は『天のゼオライマー』

 

次元連結システムから生み出される圧倒的なパワーも前に、辛くもゼオライマーから逃れた一行。元の世界へと戻るその瞬間、ベカスは少女の声を聞いた。

 

 

 

それは、助けを求める声だった。

 

 

 

 

 

新暦25年(AD2499)4月1日

 

臨時研究所、警備機体用格納庫

 

「そんな大きな紅石を装置にくくりつけて、異世界へバカンスにでも行くつもり?」

 

暗闇の中、懐中電灯の明かりがウァサゴのコックピットに差し込んだ。忙しそうに手を動かしていたいたベカスは一瞬目を細め、すぐにまた作業を再開した。

ウァサゴのコックピット内部には仮設の装置が置かれ、暗赤色の大きな紅石が電極につながれていた。それは、異世界への移動に使うためのマテリアルだった。

 

「手土産でも用意した方がいいか?」

 

装置を絶縁テープで台座に巻きつけ、その固定具合を確かめながら、ベカスは葵博士へと冗談交じりな口調で尋ねた。

 

「…………」

 

しかし、葵博士がベカスの冗談に反応することはなかった。葵博士の沈黙に気まずさを覚えたベカスは手を止めて頭上の葵博士へと視線を移した。

 

「……悪い、またあんたの大事な機体を冒険に連れてっちまう」

 

「何を今更」

 

ベカスの謝罪に、葵博士は肩をすくめてみせた。

 

「あなたを止めようなんてバカなことは諦めたわ。でも……科学者としてあなたに確認したいことがあるの」

 

「…………?」

 

「まず、その女の子は……確かに存在したのね?」

 

「……ああ」

 

そこでベカスは異世界での出来事を回想した。

あらゆるものをこの世から消し去るにたる攻撃(メイオウ攻撃)を影麟と共に防ぎ、そして元の世界へと戻ろうとしたその瞬間……ベカスの耳に届いた、その声

 

『お願いです。異世界の方……このゼオライマーを、マサト君を……』

 

それは、ゼオライマーのもう1人のパイロット……いや、ゼオライマーのコアであり、パーツである少女が発した、助けを求める声だった。

 

「もし、あなたが最後の一瞬にその少女と干渉できたとしても、あの投影が現実世界のキャッシュに過ぎないことには変わりはない」

 

「……悪い、あんたの言ってることは難しくて分からん」

 

「つまり、あの機体が存在する宇宙の時間軸は今も流れ続けている。あなたがその子の呼びかけに応じても、その世界とコンタクトが取れたとしても、その世界の現実時間において彼女を救い出すことはすでに不可能よ」

 

「……オレは、彼女を助けに行くわけじゃない」

 

葵博士から目を逸らし、ベカスは答える。

 

「オレは聖人じゃない、ただの傭兵だ」

 

けど……

 

「傭兵である以前に、オレは1人の大人だ。大人は子どもを導く必要がある。だから……オレはせめて助けを求めている子どもたちに返事をしてやらなきゃならない」

 

そこでベカスは、少し前にOATHカンパニーで出会った1人の少女……テッサのことを思い出した。

 

(……オレはあの時、自分の本音を押し隠して綺麗事を並べて、彼女の抱えていた苦しみを理解しようとしなかった)

 

テッサの濁った目つきがベカスの脳裏に浮かぶ。

 

(あの時は三日月に救われた。だが、オレは大人としての役割を放棄して、彼女のことを一方的に否定するだけだった。だから、もう同じ過ちを繰り返すようなことは……)

 

「ふふっ……」

 

そこでベカスがハッとして見上げると、葵博士が彼女にしては珍しく、ベカスに対して苦笑を送っていた。

 

「なんだよ?」

 

「いいえ、何でもないわ」

 

肩をすくめてみせる葵博士、ベカスはため息を吐いた。

 

 

 

ウァサゴを駆って格納庫を出たベカス

 

ベカスが上空を仰ぎ見ると、夜空に輝く星々に混じって、空には紫色の巨大な裂け目があった。

 

「……行くか」

 

最後に紅石をチラリと見て、それからベカスはウァサゴを巨大な裂け目の真下へと歩かせ……

 

 

 

その時だった

 

 

 

「!!!」

 

突然……空の裂け目から、一瞬だけ、原子爆弾の爆発を思わせるほどの強烈な光が放たれた。

 

「何だ!?」

 

経験したことのないその光に、ベカスは慌てて機体を大きく後方へ飛ばした。果たして、それは自身の命を救った。

 

次の瞬間、裂け目から出現した『それ』は、ベカスが先ほどまでいた場所へと落下し、巨体の落下によって生じた衝撃によって、周囲の砂が大量に巻き上げられた。

その衝撃は凄まじく『それ』の落下地点にベカスが立っていれば、今頃は機体と共に押しつぶされていたことだろう。

 

やがて、巻き上げられた砂が収まり……煙の中からそれは姿を現した。

 

「こいつは……!」

 

そこには、以前ベカスが異世界で見かけた巨大なロボット『ゼオライマー』の姿。しかし、その姿はベカスが見たものと違い、異形の変化を遂げていた。

 

人の形はそのままに、新たな武装と装甲が取り付けられ、より禍々しい変貌を遂げたゼオライマーの姿。

それは、かつて戦い粉砕してきた全ての機体の因果を取り込み、そして擬似次元凍結システムを持つハウドラゴンと呼ばれる機体すらも取り込み、真の冥王として覚醒したゼオライマーだった。

 

俗に『グレートゼオライマー』と呼ばれるその機体は、パイロットであるマサキの絶望と共に全てを飲み込み、その次元を終結させた。

 

そして次元の裂け目を通り

『グレートゼオライマー』はここに現界した。

 

『…………』

 

 

 

砂漠に佇むグレートゼオライマー

 

 

 

「…………ッッッ」

 

 

 

その巨大な体躯から放たれる、圧倒的な存在感

 

 

 

世界を終焉へと導く力を前にして……

 

 

 

ベカスは思わず、息を呑んだ。

 

 

 

 

 

『…………』

 

 

 

 

 

「…………?」

 

しかし、ベカスがいくら待っても

 

『…………』

 

グレートゼオライマーは身じろぎひとつしなかった。

 

(なんだ……?)

 

何かアクションの1つでもしてもいいと思うのだが……その様子に、ベカスが奇妙な感覚にとらわれた……その時だった。

 

 

 

『…………』

 

 

 

「…………ッ!?」

 

 

 

グレートゼオライマーの腕が、足が、体が動き……

 

 

 

そして……

 

 

『…………』

 

 

 

グレートゼオライマーは、背中から砂漠の上に倒れた。

 

 

 

「……えっ!?」

 

これには、ベカスも驚きを隠せない

 

倒れたまま、ピクリとも動かないグレートゼオライマー

 

 

 

グレートゼオライマーは既に『死んでいた』

 

 

 

『冥王計画ゼオライマー』は既に終わっていた。

 

 

 

「一体……どういうことだ……?」

 

まるで狐につままれたように、ベカスは遠くからグレートゼオライマーを観察してみた。そして、彼は気づいた。

 

ゼオライマーの胸部で光り輝いていた光球

異世界で見たそれが、忽然と姿を消していることに

 

 

 

かつて最強の名のままに世界を破壊し尽くし、次元の狭間へと飛び立ち、そこで異形の進化を遂げたゼオライマー

 

しかし、その矢先に……何者かによって次元連結システムのコアを奪われてしまっては、冥王にしてみても、どうしようもなかった。

 

 

 

「…………(びくっ)!」

 

その時、ベカスはこれまで感じたことのない心の動きを覚えた。それは言葉にするならば『絶望』『警戒』『戦慄』『怯え』といった『恐怖』に通じるもので、それが寒気となってベカスの全身を震撼した。

 

「…………っ……っ……っ!」

 

それはかつて、彼の師匠……最強の武人である宏武との練習試合にて、宏武の本気を受けた時に感じた『恐怖』に似ていた。死にかけたことは何度もあるベカスだったが、恐怖というものは死にかけた時にはなかなか感じないものである。

それ故に、ベカスはそれ以上を知らなかった。

 

 

 

今日、ここに来るまでは……

 

 

 

「…………」

 

ベカスは、次元の裂け目を見上げた。

 

そこには…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……………………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が合うと、『それ』は『ニタアァァァァ』と笑った。

 

 

 

次元の裂け目から『それ』は顔だけを出していた。

裂け目に指をかけて、まるで窓から外の眺めを見つめるかのように、赤いツインアイでベカスを見下ろし、それから真下の『屍』に視線を移したかと思うと……

 

『…………』

 

「なっ!?」

 

次元の裂け目から飛び出し、勢いそのまま、グレートゼオライマーの腰部を踏み潰してしまった。

黒い両足で押し潰され、グレートゼオライマーの銀色と紫色の装甲はいとも容易くひしゃげ、飛び散った。

 

 

 

『ケケケケケケケケケ……』

 

 

 

奇妙な笑い声と共に、それの全貌が明らかとなった。

 

頭部には赤いツインアイ、V字に分かれたアンテナらしき突起物、そして裂けた口。その全身は黒い装甲で覆われており、左腕には獣のような爪が生え、右腕はBM1機分くらいあるのではないかと思われるほどの巨椀だった。

 

「こいつは……!」

 

ベカスには、その機体に覚えがあった。

というより、その特徴に聞き覚えがあった。

 

それは、かつて三日月と戦闘を繰り広げ、あの三日月が完膚なきまでに叩き潰され、一度は敗北した正体不明の敵(アンノウン・エネミー)『ファントム』こと

 

 

『黒いバルバトス』だった。

 

 

 

ベカスはOATHカンパニー内のネットワークでその機体に関する警告を受けており、たった1機のBMに対してそのような警告が行われたことは前代未聞であったため、ベカスの所属するアンデット小隊をはじめとするOATHカンパニー所属の全部隊の間で一時期話題になっていたことをよく覚えていた。

 

その後、未確認ながら撃墜されたという情報の流布により、その話題を語るものは1人また1人と減り続け、今では直接関わった者以外でそれを話す者はいなくなってしまった。

 

 

 

だが、黒いバルバトスはここに出現した。

 

 

 

 

「こいつが……ファントム……」

 

静かに身構えるベカス

 

それに対し、ファントムは……

 

『…………』

 

まるでベカスのことなど眼中にないとでもいいたげに、足下の屍……動かなくなったグレートゼオライマーに視線を注ぎ続け……

 

『…………(がぱあぁぁぁぁぁ)』

 

裂けた唇を大きく開き……

 

『カハッ、オゲェエエエエエエエエェェェェェ!!!』

 

何かにむせてしまったかのように上体を一度弓なりにしならせた後……その口から、何やら黒い液体を嘔吐し始めた。

 

「…………なっ!?」

 

『ガハッ、ゲエエエエエエエエエエエエエエ!!!』

 

ファントムは口から吐瀉物を撒き散らしながら、グレートゼオライマーの胸部へとよじ登り、その場でグレートゼオライマーめがけて黒い液体の雨を降らせ続けた。

 

グレートゼオライマーの白と紫色の装甲が、みるみる黒い液体に犯されていく。液体は胸部を伝って頭部、両腕、両足へと流れ落ち……液体に触れた部分からは、なにやら白い煙が噴出し始める。

 

「装甲を……溶かしている……?」

 

スコープ越しに、そのおぞましい光景を見ていたベカスは、そこでグレートゼオライマーの装甲が融解し、液状化していることに気づいた。

 

驚くべきことに、ファントムは自らの体中でゼオライマーの装甲をも溶かす強酸……いわゆる『アシッド属性』を持つ液体を生成することができるようだった。

 

『シヤァァァァァォァァ!!!!』

 

黒い液体を吐き終えたファントム、続いて口から飛び出してきたのは『舌』だった。黒く長い、一見すると触手のように見えるそれを口から出し、それをグレートゼオライマーの体を這わせた。

 

『じゅる……じゅるり……』

 

そして、先ほど吐き出した液体を舌の先で弄ぶように掬い上げると、それをまだ黒い液体に触れていないグレートゼオライマーの装甲へかける。

そして、装甲が溶けて緩くなったのを舌で確認した後、グレートゼオライマーの頭部へ舌を下ろすと……

 

ミシリ……

 

柔らかくなったグレートゼオライマーの首を切断し、頭部パーツを舌先で巻き取ると……まるでカメレオンのように……

 

『…………(ぐしゃり)』

 

その大きな口からでも想像がつかないほど口を大きく開けて、グレートゼオライマーの頭部を……『捕食』した。

 

『(ガリ、ガリ、ガリ……)』

 

「なっ!?」

 

ロボットがロボットを捕食する……見たことも聞いたことも、考えたこともないその光景を前にして、ベカスは深い嫌悪感を抱き、絶句した。

 

『(バキ……ガリ、ガリ、ガリ……ガリ……)』

 

しかし、ファントムはそんなベカスのことなど気にしていないかのようにグレートゼオライマーを捕食する。腕を切断し、口の中へ……やがていちいち舌で巻き取って口に運ぶのが億劫になったのか、屍の上に馬乗りになり、まるでゾンビ映画に出てくる「人を食べるゾンビ」のシーンを再現するかのように、その巨大な口で直接屍を貪り始めた。

 

「…………ぐっ」

 

ベカスは、その光景に吐き気を覚えた。

 

だが、ベカスは動かない

 

いや、動けなかった

 

ベカスがいくら考えようとも、彼の中に流れる動物的な本能が、ファントムへの接近も攻撃も許さず、ただ「関わるな!」とだけ命令していた。

逃げようとしなかったのは、彼の自我がそれを押しとどめていたからなのだろう。

 

『…………?』

 

捕食を続けるファントムが、屍の胸部を貪っていた時……ふと、何かに気づいたように顔を上げ、それから屍の中に左腕を埋め、しばらくなにかを探すような素振りを見せた後、やがて黒い液体の滴るそれを引き上げた。

 

『ゲッゲッゲッ!』

 

それは屍の◼️◼️◼️、◼️◼️もとい◼️◼️だった。

 

ファントムはほぼ液状化した◼️◼️◼️を◼️◼️◼️し、ニタリと笑って◼️◼️◼️◼️すると……◼️◼️を◼️◼️ように◼️◼️◼️◼️して……

 

 

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 

 

ベカスはウァサゴを飛ばした。

 

動物的な生存本能に打ち勝ったベカスは、ファントムめがけて機体をブーストさせ、ショックカノンの全弾を叩き込んだ。

 

「なに!?」

 

しかし、ファントムは気にも留めない

それどころか、放たれた弾丸は全てファントムのFSフィールドによって無力化されてしまった。

 

「だったらッッッ!!!」

 

ショックカノンを捨て、ベカスは剣を取り出す。

 

「シャナム流! ならず者の剣ッッッ!」

 

我流の剣技をファントムへとぶつける。

全力で振り下ろしたその一撃は、ファントムに致命的と言っても過言ではないほどの傷を負わせた。

 

『…………(ガリ、ガリ)』

 

しかし、ファントムはそんな傷など気にも留めないと言いたげに屍を頬張り続けていた。やがて口の中の部品を飲み込むと、左手の◼️◼️に目を落とし……

 

「あああああッッッ!!!」

 

ベカスは構え直した剣を、背中からファントムのコックピットへ突き刺した。それから剣の刃であるビームを高出力化させ、さらにファントムの心臓を抉るかのように剣を回した。

 

普通なら、コックピットに突き刺した時点でパイロットは焼き殺され、そこでファントムは終了していた事だろう……

 

 

 

……そう、普通ならば

 

 

 

『…………?』

 

「なっ!?」

 

しかし、コックピットを貫かれたはずのファントムは、自分の胴体から突き出た剣を不思議そうに見つめただけだった。

それから「まあ、いいか」とでも言うかのように、再び左腕のそれに目を落とし、ベカスの見ている前で……それを、口の中に放り込んだ。

 

 

 

『(クッチャァァァ……クッチャァァァ……ギチ、ギチ、ギチ……ミチミチミチ……)』

 

 

 

先ほどまでとは『違う』音を響かせながら

 

 

 

ファントムは口を動かした。

 

 

 

「うわぁぁああああああああああッッッ!!!」

 

 

 

ベカスは剣をファントムめがけて叩きつけた。

 

何度も

 

何度も

 

何度も

 

そうすれば、全て元通りになるかのように

 

ガッ……

 

「うっ!」

 

しかし、その途中で剣を受け止められてはどうしようもない。ベカスは慌てて剣を押したり引いたりしてみるが、剣を掴むファントムの左手はまるで万力のような力強さで、ピクリとも動かなかった。

 

「チッ……!」

 

やむを得ず、ベカスは剣を放棄して後ろへ飛んだ。

 

『…………』

 

ファントムがのそりのそりと振り返る。

ポタ……ポタ……と

その口から、大量の赤い液体を滴らせて……

 

「…………うっ」

 

その瞬間込み上げてきた吐き気を、ベカスはなんとか堪えるので精一杯だった。そして、その瞬間を見逃すファントムではなかった。

 

「……はっ!?」

 

吐き気を堪えるために、一瞬だけ目を離したベカス。彼が視線を戻すと、そこにファントムはいなかった。

 

『…………』

 

そして、ベカスは自分の背後から響き渡る獣の息遣いを聞いた。まるでコックピットの後ろに空いた、その空間にいるかのような感覚である。

 

 

だが、それに気づいた時には遅く

 

ファントムは獣の爪を振り上げ……

 

ウァサゴのコックピットへ、爪を……

 

『……!』

 

しかし、鋭利な爪がウァサゴのコックピットからベカスを抉り取ろうとしたその時、爪は突如として軌道を変え、攻撃は迫り来る脅威を防御するために使われた。

 

「……ベカス!」

 

聞き覚えのないその声

 

「影麟!」

 

振り返ったベカスが見たものは、拳に電流を纏った崑崙研究所製の近接戦闘型BM……『青龍』がファントムの爪めがけて拳を打ち付ける瞬間だった。

 

それはベカスの弟弟子……影麟だった。

 

そこからのベカスの動きは早かった。

反転しつつ、真後ろのファントムに向けて、ほぼゼロ距離の状態から胸部に搭載されたビーム砲……ブレイクパルスを発射する。

 

『…………』

 

ファントムは大地を蹴って難なく攻撃を回避

 

『……!』

 

しかし、上空へ退避したファントムに電磁クロスボウから放たれた矢が迫る。空中で右腕を振るい、その全弾を叩き落とすに成功するも……その逆方向から飛来したタスクミサイルまでは避けきれず、ファントムの黒い装甲に爆発が起こる。

 

そして、生じた爆発に紛れて攻撃を仕掛ける者があった。後頭部に白髪を生やした黒いサムライのような機体が空中のファントムめがけ、手にした巨大な刀を振り下ろした。

その一刀は惜しいところで防御されてしまうが、不意をついたその一撃はファントムを地面に叩きつけることに成功する。

 

『…………ッッッ!』

 

砂上に叩きつけられ大量の砂を撒き上がった。

そして、膝つき驚いた様子を見せるファントムは、どこからともなく戦場に出現した者たちを次々に見やった。

 

「どうやら、返事をしに来たのは……オレ1人じゃなかったみたいだな」

 

ベカスは自分の隣に並ぶ彼らを流し見た。

 

黒い砂の上に、かつて出会った、あるいはまだ出会わない、次元連結システムによって繋がれた戦士たちが、それぞれの意思を持ってファントムの前に立っていた。

 

「ベカス……助けに来たよ」

 

全身に電流を纏わせた緑色のBM『青龍』に搭乗した、物静かで美麗な青年……影麟が答える。

 

「俺が……君たちを苦しめた、コイツを倒す!」

 

バックパックにスピードユニットを搭載した『ダガー高機動型』に搭乗する、鋼の心を持つ勇敢な少年……アルトが答える。

 

「お前の存在は……僕を不快にさせる」

 

丸みを帯びた独特な外部装甲を持つグレーのBM『フェンリル』に搭乗した、気まぐれなグラン公国の元王子……グルミが答える。

 

「今日のことは、誰に言っても信じてもらえないだろうなぁ……」

『それよりも、ここはどこでござるか?』

 

対話型AIを搭載したサムライのようなBM『スサノオ』に搭乗した、日ノ丸の学園に通う一匹狼の男子学生……佐伯楓とスサノオ(のAI)が答える。

 

援軍はそれだけではなかった。

 

「ベカスよ、待たせたな」

 

ベカスは頼もしい声を背中に感じた。

 

「師匠!」

 

チラリと背後を見ると、そこには青龍と同じく崑崙研究所製、紫色の近接戦闘型BM『玄武』が佇んでおり、そのパイロットは崑崙研究所所長であり、ベカスの師匠でもある『極東武帝』……宏武だった。

 

「わしが、来た!」

 

老人の身でありながら、極東武帝の発した言葉にはその場にいた全ての者を奮い立たせるほどの威力があった。

そして、宏武の声に反応するかのように……黒い砂の上に、さらなる増援が到着する。

 

それは輸送機から飛び、上空から降下してきた者もあれば、砂の上を滑走してきた者もあった。竜胆、闘将、闘将改、巨闕、巨闕改……崑崙研究所で製作されたありとあらゆるS級BMに搭乗した、極東共和国軍の精鋭がその場に集結していた。

 

その数はゆうに50機を超えている。

 

『……ッ……ッッッ!』

 

黒い砂漠を埋め尽くすほどの、黒いBMの大群を前に臆したのか、ファントムは息を飲むように周りを見回していた。赤いツインアイが色あせる。

 

「凄い……」

 

ベカスもまた周りを見回して感嘆の声を上げた。

 

「極東の言葉に未雨绸缪というものがある。雨が降る前に扉や窓の修理を行う……つまり、転ばぬ先の杖ということじゃ」

 

宏武は鋭い眼光でファントムを睨みつけた。

 

「極東武帝の名にかけて、異物の侵入は許さん」

 

『…………』

 

宏武の言葉に、ファントムは一歩前へと踏み出した。

 

「行くぞ! 皆の者!」

 

その場に居合わせた者たちにとって、それ以上の言葉は要らなかった。交錯する意思が、黒い砂の上でぶつかって……広がった。

 

 

 

 

 

to be continued...

 




次回:「反撃の狼煙」

戦士たちの反撃が始まる。


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外伝2ー2:反撃の狼煙

この前、(1年くらい前に投稿された)ハッシュのMADを見たんですけど、そのコメント欄に(ハッシュが)黒いバルバトスに乗るんじゃないかと予想してた云々と言っている人がいて、まあこちらは黒いユニコーンが元ネタなんですけど……何が言いたいかって、みんな考えることは同じなんだなって思いました。

なので、黒いバルバトスは終了します。




それでは、続きをどうぞ


 

 

 

突如として勃発したファントムと宏武率いる極東共和国軍(+アイアンサーガ主人公勢)の戦闘は、早くも決着が付こうとしていた。

 

 

 

極東共和国軍の圧倒的勝利という形で

 

 

 

『グアァァァァァ……』

 

獣のような呻き声を発し、ファントムはガクリと片膝をついた。その巨大な右腕を松葉杖のごとく砂に突き刺し、黒い巨体を支えている。

巨大な右腕はボロボロになり、全身を覆う黒い装甲も所々ひび割れ、頭部のV字アンテナも片方をなくし、ツインアイからは弱々しい赤色しか放たれなかった。

 

「この程度か」

 

玄武に搭乗している宏武は、膝をつくファントムに向けて静かに告げたが、それでも満身創痍の敵を前に拳を納めるような事はせず、一切の油断なくファントムを見つめていた。

 

「つ……強い……!」

 

先ほどから宏武の戦いぶりを見ていたベカスは、改めて宏武の強さと極東武帝の名前が伊達ではないことを思い知った。

「「「確かに……」」」

それはベカスの隣にいた影麟も同様で、宏武のことを知らない佐伯、グルミ、アルトも同意見だというように、その場にいた全員が唖然としながらも宏武の戦いぶりに魅了されていた。

 

圧倒的なパワーとスピードを持つファントム

 

『バルバトス』という悪魔の名前を冠するだけあって、その強さはかつて三日月を苦しめ、A.C.E.学園の守衛を一瞬のうちに壊滅させたように、並の人間には絶対に敵わないほどのものだった。

 

そう、並の人間であったのならば

 

しかし、宏武の武術はファントムを圧倒した。

ファントムがいくら他を凌駕するパワーとスピードを持ち合わせていても、それを打ち破るだけの技量と武の極意を持つ宏武を前にしては、あのファントムでさえも無力だった。

 

そのため戦いは終始、宏武が主導権を握っていた。

重い宏武の拳はファントムからパワーを奪い、宏武の素早い投げ技はファントムのスピードを殺し、その自由を奪った。

ファントムは何度もその巨大な拳を振るうも、その力は全ていなされ、受け流され、逆にカウンターを叩き込まれ、その度に地面に倒れた。

 

「お主のことは知っておったよ。この極東共和国にも、独自の情報網があるのでな」

 

拳を突きつけながら、宏武が淡々と告げる。

 

「なんでも、悪魔のような強さとバケモノのような恐ろしさを兼ね備えた存在で、単騎で1国の軍隊にも匹敵する戦闘力があると聞いて期待していたのじゃが……まあ、蓋を開けてみれば、所詮はこの程度か」

 

『…………』

 

「お主は、直線的な攻撃ばかりで工夫がない。どう攻撃が来ると分かっていれば、自ずと対処法は見つかるものよ。それはレーザー光線のような光学兵器を躱すことが、迫り来る1発の実弾を躱すことよりも遥かに容易なことと同義なのだ」

 

サラリと恐ろしいことを告げる宏武

 

「所長! それはあなただけです!」

「普通の人間は、レーザー光線なんか避けられません!」

「ハハッ、バケモノはむしろ所長の方ですよ!」

 

宏武の後ろに控えていた極東共和国軍出身の軍人たちが、所長の言葉を茶化すかのように笑ってみせた。皆、宏武の本気を間近で見られたことが嬉しかったのか、士気は高く、その表情は明るかった。

そして、その集団の中に撃破されたものはいなかった。

 

「ふむ、念には念を入れてこ奴らに召集をかけていたものの、誰もお主がこの程度だとは思わなんだ。まあ、やかましいのは勘弁せい」

 

『…………ッッッ!(ギリッ)』

 

余裕な表情を浮かべる宏武と、彼が呼んだ50名近い軍人たちを流し見て、ファントムは悔しそうに歯ぎしりをしてみせた。

 

「力に溺れすぎたな、ファントム(亡霊)よ」

 

『ガアアアアアッッッ!!!』

 

次の瞬間、宏武の単純な煽りに誘われたファントムは、大地を蹴って一瞬のうちに宏武の眼前に到達すると、その巨大な腕で宏武を掴み上げ……

 

「ハッ!」

 

『!!!』

 

しかし、宏武は投げカウンターを発動。ファントムの拳はあっさりと宏武に受け止められ、そのまま逆に組み付かれ、投げ飛ばされてしまった。

 

『グッ…………!』

 

ファントムの巨体が宙を舞う

 

宏武は機体を跳躍させ、さらに追撃をかける

 

「幻舞拳・瞬壊!」

 

宏武は空中で態勢を整え、巨大な拳をファントムへと叩き込んだ。

 

轟音とともに、ファントムの胸部……ちょうどコックピットがあると思わしき場所に大きな陥没ができた。もし、ファントムにパイロットがいるのならこの時点で押し潰され、絶命していたことだろう。

 

ファントムは勢いそのまま砂の上に叩きつけられた。

宏武はその真正面に着地を決める。

 

『グッ、グッ…………』

 

しかし、ファントムはまだ生きていた。

震える腕を無理やり砂に突き刺して上体を起こし、両膝をついて宏武のことを見上げた。

 

「ほう、まだ生きておるとは」

 

「師匠! そいつの弱点は……」

 

ベカスは先程コックピットを剣で突き刺した時の手応えのなさを思い出し、宏武にそれを伝えるべく咄嗟に声を上げようとするも……

 

「言わずとも分かっとるわい」

 

そういうや否や、宏武はあっという間に距離を詰め、巨大な拳でファントムの顔面を鷲掴みにすると……次の瞬間、ファントムの視線が突然180度回転した。

 

『ガッ…………アアアッッッ……』

 

首を折られたファントムは最後の力を振り絞って爪を振るうも、宏武は素早く後ろに飛んでそれを回避した。

首がすわっていない状態となったファントムだが、それでも戦うことを望んでいるかのようにヨロヨロと立ち上がった。

 

しかし、一歩踏み出すたびに安定感のない首がプラプラと揺れていることから、もはや長くないことが見て取れた。

 

「わしら極東の言葉に、人に一筋の情を留めておけば、後日好く相見えん……というのがある。まあ、お主は人ならざるものなのだろうがな」

 

宏武は幻舞拳の構えを取り、その言葉を放った。それはファントムに対する死刑宣告とも取れる言葉だった。

 

「皆、それぞれ事情があるのじゃ。どうだ、お主の口から飼い主の名前が漏れれば、わしらも悪いようにはせんよ」

 

『…………』

 

しかし、ファントムは宏武へ一歩踏み出すと……

 

『…………ガアアアアア!!!』

 

巨大な右腕を振り上げ、宏武へと飛びかかった。

 

「寸拳……」

 

しかし、宏武は……

 

「発勁!」

 

ファントムの右腕が振り下ろされるよりも早く、宏武の放った一撃がファントムの頭部に吸い込まれた。

 

それは安定感を失ったファントムの頭部を吹き飛ばすのに十分すぎるほどの威力があった。半分に潰れたファントムの頭部が胴体から離れ、数メートルほど後方の砂上に落ちた。

 

頭部をなくし、胴体だけとなったファントムが、巨体をしならせて、前のめりにゆっくりと倒れた。

 

「ふん」

 

倒れて動かなくなったそれを一瞥した後、宏武は後方の仲間たちの方へ振り返り、拳を上げた。

 

「「「おおおおおおおおおおお!!!!!」」」

 

宏武の勝利に、その場にいた全員が湧いた。

 

宏武に倣うように極東軍たちは皆、手にした銃器や拳を振り上げて、宏武の勝利を祝うと共に、優雅とも呼べるその戦いで我々を魅了させてくれたことに対する礼を送った。

 

「どうじゃ、わしの戦いは」

 

「1つ、分かったことがある」

 

戻ってきた宏武を前に、ベカスはため息を吐き……

 

「あんたとは絶対に戦っちゃいけないってね」

 

そう言って、肩をすくめてみせた。

 

「なぁに、自信を持たんか! お主らの打撃耐性なら、あれに5分耐えても余裕があるじゃろ」

 

「それは本当にお誉めいただいているんですかねぇ」

 

「…………」(こくり)

 

ベカスの呆れ声に、隣にいた影麟も小さく頷いた。

 

「それで……」

 

宏武は次に、先ほどから戦いを眺めていた3人へと視線を向けた。

 

「お主らは、何者だ?」

 

ベカスと影麟も視線を向ける。

そこには、ゼオライマーのコアに呼びかけられて召喚された3人のパイロット……アルト、佐伯、グルミの姿があった。

 

宏武の鋭い視線に照らされ、3人の間に緊張が走る。

 

「俺たちは……」

 

戸惑いながらも、3人のうちの一人……ダガーに搭乗していた少年、アルトが思い切って声を上げようとするも……

 

「いや、すまんな」

 

しかし、その途中で宏武に言葉を止められた。

 

「分かっておるさ。お主らも、わしの弟子と同じく次元を超えてやってきたアレに助けを求められたのだろう?」

 

そう言って宏武は、直ぐそばにあった残骸を指差した。

 

そこには、もう既にドロドロに溶けてしまったグレートゼオライマーの残骸があった。頭部と両腕、そして胸部を丸々失ったそれは、最早原型がどのようなものだったのかを思い出すことができないほど体を失っていた。

 

そして、残ったパーツもファントムの酸に蝕まれ徐々に消失し続けていた。このままでは、朝になる頃にはチリ1つ残さず消えてしまっていることだろう。

 

「……はい、俺たちは……ある人から彼を救って欲しいと頼まれて……でも……」

 

そこでアルトは口を噤んだ。

隣にいたグルミも無念そうに首を振った。

 

「結局……救えなかった……」

 

佐伯は自分の力不足を嘆くように俯いた。

 

「いや、あんたたちのせいじゃねぇ……」

 

そんな3人を見かねて、ベカスが声を上げる。

 

「本当に悪いのはオレだ。オレは、あいつがただ黙ってやられるのを見ていることしかできなかった。恐怖で、動けなかったんだ。だから責任は……オレにある」

 

「うるさいわい!」

 

「ぐっ!?」

 

落ち込んだ様子を見せるベカスに、宏武は彼の乗機であるウァサゴの頭部を軽く叩いた。

ゆるい振動にさらされ、ベカスが驚く。

 

「あの状況では仕方がないとしか言いようがない。それをグダグダと……いつまで根に持っているつもりじゃ?」

 

「でも、師匠……」

 

「お主の気持ちは分からなくもない。たしかに、あのような形で最後を迎えて、彼らはさぞ無念だったじゃろうな。しかし、お主が責任を感じる必要はない、そうしている暇があるのなら、もっと鍛錬に励まぬか」

 

「…………」

 

ベカスは思わず真上を見上げた。

つい先ほどまでそこにあったはずの次元の裂け目は、いつのまにか何事もなかったかのように消えていた。

 

「終わったんだな……」

 

「…………」(こくり)

 

ベカスの言葉に、影麟は小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

外伝2:「冥王の襲来ー悪夢ー」ーENDー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

あとがき

 

というわけで、ファントムこと黒いバルバトスの登場はこれが最後です。

 

本当は三日月にとどめを刺して欲しかったのですが……まあ、話の流れ的に仕方ないですよね。だってそれだけのことをファントムはしちゃったんですから

 

色々と方々から批判されているとはいえ、やはり人の死というものは虚しくなるもので、本当にゼオライマーのパイロットのことは残念だと思って……

 

 

 

 

 

…………ん?

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

その時、ふと何かを感じ取ったのか影麟がキョロキョロと周りを見回した。

 

「影麟? どうしたんだ?」

 

「…………」

 

コックピットの中で緊張をほぐすように甘苦を咥えたベカスに、影麟は「しー」と、青龍を操って静かにするよう示した。

 

「…………え?」

 

そして、ベカスはそれに気づいた。

 

どこからともなく聞こえてくる、その音に……

 

「これは……?」

 

ベカスと影麟の様子に気づいたアルト、佐伯、グルミがハッとしたように耳を澄まし始めた。しかし、後方で騒ぐ軍人たちの声がうるさく、その音は若い彼らの耳をもってしてもよく聞き取れなかった。

 

「なんだ……この音は……?」

 

グルミは音に対して不快感を露わにした。

 

「この……ひどく人を不安にさせる、音は……」

 

佐伯は目を閉じて音の発生源を探っている。

 

『いや、これは音というより……』

 

佐伯の乗るスサノオに搭載されたAIは、自身の中でじっくりとそれを分析し、そしてある1つの結論を出した。

 

「歌……?」

 

アルトがボソリと口にしたその言葉に、その場にいた全員がハッと顔を見合わせた。

 

 

 

〜♫

 

 

 

その音は、どんどん強くなっていく

 

 

 

「おい、誰だよ。音楽鳴らしてるやつぁ」

 

やがて、歓喜に湧く軍人たちもようやくその音に気づいたのか、騒ぎつつもその音について声を上げ始めた。

 

「辛気臭い曲だな」

 

「この場には似つかわしくないぜ」

 

「ああ、もっとこう……パーっと派手なのをだな!」

 

 

 

〜♫

 

 

 

最初はそう言って茶化していた軍人たちだったが、音が大きくなるにつれて不快感を露わにし始めた。

 

「おい、誰だよ。やめろ!」

 

「いい加減、うるせぇぞ!」

 

 

 

〜♫

 

 

 

しかし、それでも音は鳴り止まない。

 

「これは……?」

 

歳のせいで耳が遠くなり、周りの者たちより音の存在に気づくのが遅れた宏武も、次第に大きくなる音に不審さを感じた。

 

その場にいた全員が音源を探した。

 

やがて、全員の視線がある一点に集中した。

 

 

 

…………(〜♫)

 

 

 

音は、首のなくなったファントムから聞こえていた。

 

「まさか…………」

 

ベカスは最悪の事態を想定して、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

 

 

……その時だった。

 

 

 

…………(びくっ)

 

ファントムの体が、大きく跳ねた。

 

「うわっ!」

 

その光景に、その場にいた全員が驚愕した。

 

びくびくと体を震わせながら、マリオネットのごとく、まるで何者かによって釣り上げられるように体を起こし、ファントムは砂の上に立ち上がった。

 

そして、全員の見ている前で……

 

 

 

ぐちょ……ぐちょ……

 

 

 

ファントムの損傷した部分から、例の黒い液体が染み出し……そして、液体はファントムの体にまとわりつくと、たちまち凝固し始め……

 

「まさか、再生……している……?」

 

ベカスが放った言葉通り……

 

 

 

ぐちょ……ぐちょ……

 

 

 

凝固を始めた液体はやがて個体となり、ファントムの負った傷を、受けた損傷を復元するかのようにその装甲を形作り始めた。

 

それだけではなく、ファントムの首から大量の液体が吹き出し、凝固し、顎から少しずつファントムの頭部を形作り始めた。

 

「いかん!」

 

危険を感じた宏武が絶叫する。

 

「あいつを撃てッッッ!」

 

ベカスは咄嗟に声を上げた。

 

その声に反応し、アルトはダガーの電磁クロスボウを、グルミはフェンリルの主砲を、佐伯はスサノオの技『草薙』による遠距離攻撃を放った。

 

いずれも強力な一撃である。

3つを束にしたその直撃に耐えられるBMは、おそらくこの世に存在していないだろう。

 

だが……

 

「なっ!?」

 

そして、3人は驚愕した。

 

なぜなら、ファントムの周囲に突如として発生した不可視の壁……FSフィールドが3つの攻撃を阻み、無力化させてしまったからだ。

 

極東軍人が操る竜胆もファイア重機関銃をはなち、巨闕も分離式ミサイルをファントムめがけて叩き込むが、それらも全てFSフィールドによって弾かれてしまった。

 

「弾かれた!?」

 

軍人たちの間に戸惑いが走った。

 

「ならば!」

 

それを見ていた宏武は、再生中のファントムめがけて機体を飛ばした。

 

「師匠! 慎重に!」

 

「わかっとるわい!」

 

ベカスの言葉を聞き流し、宏武はファントムめがけて拳を振り下ろした。FSフィールドが防げるのは、その特性上、遠距離攻撃のみとなっていた。そのため、遠距離攻撃でない近接格闘ならFSフィールドを無視してファントムに一撃を与えることを可能としていた。

そのため、宏武の判断は正しいと言えた。

 

宏武の放った強烈な一撃が、ファントムの目元まで再生しつつあった頭部へと吸い込まれた。その場にいた誰もが、再びファントムの顔が後方へ吹き飛ぶ様を想像した。

 

「何!?」

 

その瞬間、宏武は驚愕した。

玄武のフルパワーを用いて放った一撃だったにもかかわらず……しかし、ファントムはビクともしなかった。ファントムは巨大な拳を顔面だけで受け止め、その口元をぐにゃりと曲げた。

 

「ぐ……おおおおおおお!!!」

 

なおも宏武は脚部の出力を上げて力強く大地を踏みしめ、さらにスラスターを吹かせ、ファントムを押し込もうとするも、驚くべきことにファントムはそこから一歩も後ろに押されることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『メイ オォォォォォォォウ!!!』

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

完全に再生したファントムを前に、何かを感じ取ったのか、宏武は自機を大きく後ろに飛ばした。結果的に、それは宏武自身の命を救うことになった。

 

「ぐおおおおお!!!?」

 

突如、なにもない空間が爆発した。

その爆発に巻き込まれ、宏武の腕が……いや、正確に言えば彼の搭乗している玄武の巨大な右腕が、跡形もなく消えてしまったのだ。

 

「師匠!?」

 

砂の上にダウンする宏武に、ベカスが駆け寄る。

 

「師匠! 無事か!」

 

「だ……大丈夫じゃ、たかが右腕を一本持っていかれただけじゃ……だが……」

 

宏武は機体を起こしながら、亡霊を見上げた。

 

ファントムは両腕を自身の真正面に掲げ、それから胸部の前で拳を重ねるようにしてみせた後……

 

 

 

 

 

 

 

 

『茶番ハ、終ワリダ』

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、恐ろしく響き渡る声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

外伝3:「冥王バルバトス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……バカな……!」

 

ウァサゴのコックピットの中で、ベカスは悪態を吐いた。その額から大量の冷や汗を流し、驚きを隠せない様子の彼だったが、それはその場にいた全員が同じことだった。

 

アルト、グルミ、佐伯もまた、信じられないと言うような目で完全復活を遂げたファントムを見つめていた。

 

これには、歴戦の勇士である極東軍人たちの間にも衝撃が走った。たが、彼らにとってなによりも衝撃的だったのは……

 

「所長が……やられた?」

 

先程、圧倒的な実力差でファントムを追い詰め、ほぼ無傷の状態で完封したはずの宏武が、謎の攻撃を受け右腕を失ってしまったことにあった。

 

極東共和国の軍人である彼らにとって、極東武帝の名を持つ宏武こそが最強の人物だと信じきっていた。それは、かつて宏武が成し得た偉業と極東での知名度を考えれば当然のことなのかもしれない。彼らにとって宏武こそが至高であり、宏武こそが極東のヒーロー的な存在だった。

 

その宏武が、まさかたったの一撃で右腕を失い、さらに吹き飛ばされてダウンを取られてしまったことが彼らにとってはより衝撃的だった。

 

軍人たちの間にどよめきが広がる。

 

「う、狼狽えるな! まだ所長はやられてない!」

 

その中で、周囲に流れるネガティブな雰囲気を払拭しようと、1人の勇敢な軍人が声を張り上げた。

 

「そうだ! 極東武帝がこんなところで終わるはずがない!」

 

「いつも所長に頼ってばかりの俺たちじゃねえってことを、教えてやるぞ!」

 

「共和国軍としての意地を見せろ!」

 

「ああ! 所長を援護するぞ!」

 

軍人たちは口々にそう言って自らを奮い立たせ、そして前進を始めた。職業軍人である彼らもまた、最強の存在である宏武には遠く及ばないものの、自らの実力に自信があった。

 

また、彼らの中には一種の誘惑があった。

 

あの宏武を圧倒したこのBMを討ち取れば、自分は宏武と並ぶ英雄、ヒーローになれるのではないかという……甘美な誘惑が。

 

「お、お主ら……待てっ……!」

 

宏武は制止を叫ぶが、軍人たちはまるで聞き耳を持っていないかのようにそれぞれの機体を走らせ、宏武の前へ突出した。

 

「1番手は頂きだ!」

 

その中で、格闘型BM『闘将改』に搭乗した軍人の1人が、勇ましく機体をダッシュさせてファントムへと迫った。

 

闘将改は武装こそ積まれていないが、玄武にも匹敵する巨大な拳を持ち、フルパワーで振り下ろされたその一撃は戦艦の装甲に大穴を開けるほどの威力があった。そのほか、不屈の精神が込められた頑強なフレームは、並大抵の攻撃なら弾き返すほどの耐久性があった。

 

『…………』

 

拳を振り上げて迫り来る闘将改に、しかし、ファントムは一切の回避行動を取ることなく、ただ左腕を闘将改に向けただけだった。

 

そして獣のような爪が並ぶ左手の内、人差し指だけを伸ばし……ジェスチャーで言う所の、手を拳銃のような形に作り変え……

 

 

 

『バアアアァァァァァン!!!』

 

 

 

それは、言葉に置き換えるとこのような音だった。

 

左手を拳銃に見立てて、撃つ素振りを見せただけ

 

……ただ、それだけのことだった。

 

それにもかかわらず

 

 

 

「ぐああああああ!!??」

 

 

 

次の瞬間、闘将改が爆発した。

 

「なにっ!?」

 

たったの一撃で消し炭と化した闘将改を見て、極東軍人たちの間に再び衝撃が走った。前を走っていた軍人たちは、慌てて前進を止めた。

 

なぜ、突然仲間の機体が爆発したのか?

 

それはファントムの攻撃なのか?

 

どこかに武器を隠し持っていたのか?

 

どうやって攻撃したのか?

 

どういう属性の攻撃なのか?

 

彼らが、そんなことを考え始めた時……

 

 

 

『バアアアァァァァァン!、バアアアァァァァァン!!』

 

 

 

ファントムの攻撃がそんな彼らを襲った。

 

「がはっ……」

 

「ぎゃあああああああ!!!」

 

さらに2機の闘将改がパイロットごとチリとなって、存在そのものがこの世からかき消されてしまった。

 

「クソッ、なんだ!」

 

「敵はどうやって……」

 

 

 

『バアアアァァァァァン!、バアアアァァァァァン!、ズキュウウウウウウウンンン!、ズキュウウウウウウウン!、ズキュウウウウウウウンンンッッッ!!!』

 

 

 

「あああああああ!!!」

 

「ギャァァァァァァ!?」

 

ファントムの放った謎の攻撃を受け、極東軍人たちの操るBMが1機、また1機と消えていく。

 

 

 

『ババババババババババババババババババ!!、バキューンッッッ、バキューンッッッ、バッキューーーーーンンンッッッ!!!』

 

 

 

まるでマシンガンでも発砲するかのように、腰だめに構えた左腕を右に左に振り回して、ファントムは軍人たちに向けて制圧射撃を実施した。

 

ロクに狙いを定めていないにも関わらず、その攻撃は前衛の闘将改と巨闕改どころか、後衛の竜胆にも及び……一瞬にして彼らを焼き払い、吹き飛ばし、消し炭に変え、集団に大きな穴を開けた。

 

「な……なんだよ、アレはッッッ!?」

 

目の前で無残にも命を散らしていく極東軍人たちの姿を見て、ベカスは訳もわからず声を上げた。

 

「わ……分からん! だが、奴の左腕から何かが撃ち出されたようには見えぬ辺り、おそらく思念を直接撃ち出す……こちらの言葉を使うのなら気功のようなものじゃろうな」

 

「つまり、サイコキネシスってことかよ! クソッ……これじゃあチートじゃねぇかッッッ!」

 

攻撃に巻き込まれないよう、ベカスと宏武は姿勢を低くしてファントムのことを観察していた。

 

「影麟! お主も、もっと体を低くせい!」

 

「…………!」(こ、こく)

 

影麟もまた、目に見えない弾丸に怯えていた。

 

彼らは知らなかったのだ

 

ファントムの攻撃が、ゼオライマーを喰らうことで得た次元連結システムを応用した、空間を超えた攻撃であるということを……

 

宏武の腕前ならば、迫り来る銃弾を躱すことくらいどうということはない。だが、相手との距離や位置関係を無視して攻撃することのできるそれを前にしてみれば、宏武の持つ回避技術など全く意味をなさないものだった。

 

「あっ!?」

 

その時、3人の近くで悲鳴が上がった。

 

そこには、アルトの搭乗機……ダガー高機動型がファントムの攻撃を受けて、右腕を根本から失っていた。

 

『…………ハッ!!!』

 

アルトの存在に気づいたファントムが、その左腕をダガーへと向ける。アルトは迎撃のためにミサイルを放つも、それがファントムに通用するはずもなく……

 

 

 

『ババババババババババ…………バァン!、バァン!、バァン!、バァン!、バァン!、バァァァァァァンンン!!!』

 

 

 

最初の一斉射でミサイルの全てをことごとく撃ち落とされ、続いてダガーに降り注いだ不可視の攻撃が、ダガーの左腕、右足、左肩、左足、腰部、そして頭部を吹き飛ばした。

 

「…………」

 

一瞬の内に、ダガーは空中でダルマと化した。

 

回避することも、自爆することもままならず、文字通りコックピットだけとなったダガー(だったもの)は、地面へと落下、ゴロゴロと砂の上を転がった。

 

『ハハッ!!!』

 

見るも無残な姿になったそれを見て満足したのか、ファントムはニヤリと笑った。それから、パイロットの息の根を止めようとと、コックピットに左腕を向け……

 

「させるか!」

 

「やらせない!」

 

その時、どこからともなくファントムの両側から2機のBMが飛び出してきた。それは、ファントムの攻撃から逃れようと、機体を転進させていたスサノオとフェンリルだった。

 

最初の一撃で遠距離では敵わないと判断したグルミと佐伯は、下がると見せかけて密かにファントムの両側へと移動……奇襲による接近戦を仕掛けようとしていた。

 

右側から迫るフェンリルは『フェンリルの牙』と呼ばれる剣型格闘装備を振り上げ、左側から仕掛けたスサノオは『天叢雲剣』を構えてファントムへと迫る。

 

完璧な奇襲、理想的な挟撃

 

『…………ハッ!』

 

しかし、それにもかかわらずファントムはニヤリと笑うと、コックピットへの攻撃を止め、バッと両腕を広げた。

 

次の瞬間、ファントムの両腕と2機の得物が衝突した。

 

「なっ!?」

 

グルミは驚愕した。

 

なぜなら……完璧な奇襲だったにもかかわらず、グルミの剣はファントムの巨大な腕に掴まれてしまったからだっだ。フェンリルの牙が左腕に固定された剣だったこともあり、フェンリルは腕ごとファントムに掴まれて動かなくなってしまっていた。

 

「は!?」

 

佐伯は驚愕した。

 

なぜなら……自分が持っている全てを込めて放った一閃であったにもかかわらず、ファントムは伸ばした左腕の、爪一本でそれを受け止めてしまったからだ。

 

『ハッハッ!!!』

 

ファントムは佐伯の剣をスサノオごと、デコピンの要領であっさりと吹き飛ばすと、空いた左腕をフェンリルの頭部に向けた。

 

「ッッッ…………!!!」

 

ファントムから逃れようしたグルミだったが、ファントムの右腕はフェンリルの腕にがっちりと食い込んでおり、彼がどれだけ機体の出力を上げようとも、振りほどくことはできなかった。

 

咄嗟に右腕のパージを試みるも、それよりも早くファントムの爪がフェンリルの頭部を鷲掴みにしてしまった。その際、爪の一部が胴体にめり込みコックピットハッチを圧迫してしまっていたので、機体からの脱出は不可能だった。

 

『…………』

 

ファントムは軽々とフェンリルを持ち上げると、空いた左腕でフェンリルの胴体を掴み……そして……

 

 

 

ギ……ギギギギギギギギギギ……

 

 

 

フェンリルの体を、まるで雑巾でも絞るかのように捻じ曲げ始めた。

フェンリルは両腕の剣をファントムの腕に叩きつけるが、それは傷の1つすら与えることが出来ず……

 

 

 

メキョ……メキョ…………ぶちっ

 

 

 

フェンリルの細い胴体は、ファントムの雑巾絞りによって瞬く間に180度回転し、回転面から大量の液体を滴らせて、ついに真っ二つとなった。

 

まるで粘土を捻じ曲げたような跡を残した2つの鉄塊を、ファントムはまるで興味がないと言わんばかりに投げ捨てた。

 

「く……!」

 

佐伯がようやくスサノオを立て直し、前を見た時には……既にそこからファントムの姿は消えていた。

 

『佐伯殿! 後ろだ!』

 

「え!?」

 

スサノオに呼びかけられ、振り返った佐伯は……そこでファントムの赤いツインアイと至近距離で目を見合わせた。

 

『…………(ニタリ)』

 

「うわあぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

慌てて剣を振り回す佐伯だったが、それはファントムの爪で受け止められてしまった。そこからファントムは十手を使う要領で軽く爪を回すと、それだけの動きで天叢雲剣はスサノオの手からスルリと抜け落ち、ファントムの手元に収まった。

 

『マズイ!!!』

 

メイン武装である天叢雲剣を奪われたスサノオのAIは、ファントムの反撃を恐れ、パイロットに独断で機体を大きく後ろに飛ばした。

 

後ろも見ずに……

 

「がはっ……!?」

 

飛んだ先で、佐伯は腹部に衝撃を感じた。

 

その後に広がる、鋭い痛み

 

その痛みは、スサノオに搭載された神経リンクシステムによりパイロットへとフィードバックされたもの……つまり、現在スサノオが受けているダメージだった。

 

佐伯は訳もわからず自分の腹部……いや、スサノオの腹部に目を向けた。黒い刀身、ノコギリのような刃……そこには、よく見慣れたスサノオの剣……天叢雲剣があった。

 

 

 

(あれ……おかしいな?)

 

 

 

激痛で揺らぐ意識の中、佐伯は思った。

 

 

 

なぜ、こんなに痛いのだろうか?

 

 

 

なぜ、奪われたはずの剣が、ここにあるのだろうか?

 

 

 

なぜ、剣がお腹の中から突き出しているのだろうか?

 

 

 

『…………』

 

 

 

スサノオの背後で、ファントムがニヤリと笑った。

 

一瞬でスサノオの背後を取ったファントム。それはゼオライマーを喰らい、その能力である『次元跳躍』を応用したものだった。

 

奇しくも、自身の剣で自らを貫かれることになったスサノオ。

ファントムは天叢雲剣をスサノオの腹部に根元まで押し込み、それから……まるでグレートブリテンに伝わるあの聖剣のごとく、天叢雲剣を砂漠の上に突き刺した。

 

黒い剣で串刺しにされた黒い剣士は、黒い砂の上に野ざらしとなった。

 

それは、ドラキュラ伯爵のモデルとされているヴラド3世が行った敵兵士の処刑法……にも、似ていた。

 

スサノオの目は、もう光らなかった。

 

『…………』

 

スサノオのAIも完全に沈黙した。

 

『ハッハッ!!!』

 

ファントムは凶悪な笑みを浮かべると、その視線を極東軍の生き残りに向けた。

 

「ひいっ!?」

 

血に飢えたその赤い瞳に晒されて、勇敢な極東軍人たちは恐れ慄いた。ただでさえファントムの恐ろしい攻撃により、目の前で数多くの仲間を失った後だというにもかかわらず、さらにあのような恐ろしい戦闘……いや、虐殺と呼ぶに相応しいそれを見せつけられては、精鋭である彼らでも戦意を喪失してしまうものだった。

 

「に……逃げろ!」

 

誰かがそう叫ぶと、集団はまるで蜂の子を散らしたかのように一斉にその場から逃げ出した。無論、全員が全員逃げ始めたというわけではなかったものの……最早、極東軍は軍としての統制が取れないまでになっていた。

 

『…………』

 

そんな彼らを、ファントムが逃がすはずもなく……次の瞬間、ファントムの姿がその場からかき消えた。空間跳躍を実行したファントムは、一瞬のうちに集団のど真ん中へ……

 

「ひいっ……うわあああああッッッ!!!」

 

最初に狙われたのは、背を向けて一目散に逃げ始めた者たちだった。その真正面へと出現したファントムは、彼らのコックピットに容赦なく爪を叩き込み……そして、パイロットをコックピットから引きずり出した。

 

『ハハッ!!!』

 

そして、爪の中で絶望に慄くパイロットを、ファントムは嬉々とした表情で空間跳躍を利用し、次から次へと、1人1人丁寧に……

 

「あ……悪魔……」

 

ファントムの爪が瞬く間に赤く染まったのを見て、身を隠していたベカスは猛烈な寒気を感じ、震えた。

 

「クソッッッ! クソッッッ!」

 

竜胆のパイロットがファントムめがけてファイア重機関銃を乱れ撃つも、それらがファントムに命中することはなかった。

 

「はっ!?」

 

次の瞬間、ファントムは竜胆の正面ゼロ距離に転移した。竜胆の武装は全て遠距離に対応したロングバレルのものであるため、この状況下で竜胆が取れる行動オプションは、近接猛虎投げのみだった。

 

即座にそれを認識した竜胆のパイロットは、ファントムめがけて掴みかかり、その体を投げ飛ばそうと出力を上げ……

 

『ガアッッッ!!!』

 

「なっ!? ぐあああっ!?」

 

近接猛虎投げが決まろうとしたその時、ファントムは逆に竜胆の腕を掴み上げ、組み付き、そのまま竜胆を押し倒してしまった。

 

それは、宏武の投げカウンターの動きによく似ていた。

しかし、ファントムの攻撃はそれで終わらない

 

赤く染まった爪で竜胆のコックピットに亀裂を入れ、パイロットの存在を確認し、ニヤリと笑うと……

 

 

 

『ガッ!! ゲエエエエッッッ!!!』

 

 

 

大きく口を開け……亀裂の中にめがけて、アシッド属性を持つ例の黒い液体を流し込んだ。

 

「ぎゃあああああ! 熱ちっ……と、溶け……あちっあ、あ……あああああああああああッッッ……」

 

しばらく、パイロットの絶叫がこだました。

 

これにより、極東軍の戦意は完全に消失した。

 

軍人たちは、軍人としての誇りを捨て、逃げ惑った。

 

この時……BMを捨てて逃げるか、ベカスたちのように姿勢を低くして身を隠していれば、彼らの命はまだ助かる可能性があったのかもしれない。

 

しかし、遮蔽物砂漠の上を走るBMの、巨大な機影は……遮蔽物が殆ど存在しない砂漠の中では、逃げる彼らはファントムにとって格好の標的だった。

そして、空間跳躍が可能なファントムに、散り散りに逃げ惑う彼らとの距離など……最早、関係はなかった。

 

 

 

『バアァァァァァァンッッッ! バアァァァァァァンンンッッッ!!! ズキュウウウウウウウンッ、ズキュウウウウウウウンッ、ズキュウウウウウウウンンンッッッ!!』

 

 

 

ファントムは例の指鉄砲で軍人たちを消し去り、空間跳躍を連続で実行し、一度に複数のパイロットをコックピットから抉り出し、その爪の中に収め……

 

「動くな、影麟!」

 

「…………!」

 

宏武の声に、軍人たちを救うべく今まさにファントムへ飛びかかろうとしていた影麟は、びくりと震えた。

 

「お前の気持ちは分からなくもない……しかし……

 

次の瞬間、ファントムの爪の中で巨大な飛沫が吹き上がった。飛び散った赤い液体と肉片が、まるで爆発した手榴弾の破片がのように、砂漠の上に散乱した。

 

「…………!」

 

赤い飛沫は、ファントムから遠く離れた場所に身を隠していた3人の元にも降り注いだ。影麟はその中に、赤く染まった人の腕を見つけて大きなショックを受けた。

影麟は青年のような外見をしているが、その割に精神年齢が幼く純粋であり、こういったものに対して耐性がなかった。

 

「……迂闊だった。あれは、まさしく破壊の権化……決して手を出してはいかん存在だったのかもしれん」

 

宏武はコックピットの中で青ざめていた。

 

「おそらく、討伐に極東の全戦力……あるいは、世界中の全戦力を投じても、アレを破壊できるかどうか怪しいものだ……」

 

「そ……そんな……!」

 

宏武の言葉に、ベカスは愕然となった。

 

「でも……師匠はさっき、一度アレを破壊することができたじゃないですか! アイツを倒した技を、もう一度仕掛けることができれば……」

 

「……この腕で、どう仕掛けろというのじゃ?」

 

宏武は消失した玄武の右腕を示した。

 

「いや、例え技を放つことが出来たとしても、恐らく奴には通用せん。お前も見ただろう? 奴が竜胆の投げ技を弾き返したのを……アレは、まごうことなきわしの投げカウンターじゃ……」

 

「……なっ?! まさか師匠の技を……?」

 

「そうじゃ、最初から……奴はこのわしに手加減をしていたのじゃ。そうして、わしから技を盗み出し、恐ろしいことに一瞬で自分のものにしてみせたのだろうな……」

 

彼らは、知らなかったのだ。

 

いや、知ろうとしなかった。

 

確かに、宏武を始めとする極東共和国はその兵力や規模・戦力など、どれもを取っても世界的に最強の軍隊を抱えていると言えよう。

 

しかし、それだけだった。

 

彼らは知らなかったのだ。

 

この世界という……ごく限られた空間の中で最強を目指すということの、愚かさをと無意味さ、そしてスケールの小ささを

 

彼らは、無知だったのだ

 

しかし、決して触れてはいけない、関わってはいけないモノの存在に気づいてしまった。そして、彼らは興味本位でそれに近寄ってしまった。

 

自分たちが、弱者であることにも気付かず

 

まさしく、井の中の蛙大海を知らず

 

異世界のテクノロジーという大海を取り込んだファントムにとって、彼らは井の中の蛙のように極めて『矮小』な存在だった。

 

「ッッッ!」

 

2人がそんなことを話し合っていると、隣にいた影麟が突然立ち上がり、何を思ったのか遠くで殺戮の限りを尽くしているファントムの元へ機体を走らせた。

 

「影麟!」

 

慌てて止めようとするが既に遅く、影麟の乗る青龍は全身に青白い電流を纏っており、それは夜の砂漠を明るく照らした。

 

『……?』

 

今まさに闘将の四肢を喰いちぎろうとしていたファントムは、青龍から放たれる光に反応し、闘将のボディを吐き捨てた。

 

ファントムが闘将から離れたのを見計らって、影麟は幻舞拳の構えをとった。

「弧月・閃光!」

彼がそう呟くと、巨大な放電を蓄えた青龍は一瞬のうちに青白い弾丸となって、落雷のごとくファントムに衝突した。

 

『……!』

 

これには流石のファントムも反応しきれなかったのか、直撃を食らって大きく仰け反った。

 

「弧月・閃光!」

 

再び、影麟の技が放たれる。

 

亜光速の一撃が、再びファントムに直撃し……

 

「……!?」

 

今まさに青龍の拳が、ガラ空きになったファントムの背中に食い込もうとしたその時……影麟の前からファントムが消えた。

 

「後ろだ!」

 

「……!」

 

ベカスの声に反応し、振り返った影麟が見たのは……ファントムの黒い左足だった。

 

「ッッッ!!!」

 

ファントムの回し蹴りが直撃し、影麟は大きく吹き飛ばされてしまった。かろうじて、影麟は蹴りが直撃する瞬間に機体を飛ばし、ダメージを軽減させることに成功……したものの……

 

「影麟!? 影麟ッッッ!?」

 

「…………」

 

大量の砂を撒き散らしながら砂漠の上を転がった青龍。機体はピクリとも動かず、そして影麟がベカスの呼びかけに応えることはなかった。

 

『…………(ニヤァァァ)』

 

「くっ……!」

 

ベカスと宏武の姿を見つけたファントムは、ツインアイを赤く眼光炯々させ、大きく裂けた口を引きつらせ、気味の悪い笑みを浮かべた。

 

「クソッ、クソッッッ……どうすればッッッ!」

 

ウァサゴのコックピットの中で、ベカスは今まで味わったことのない絶望を口にした。奇跡的に無傷であるウァサゴだが、メインウェポンであるライフルと剣を初期の段階で喪失し、盾しか残されていなかった。

 

「わしに考えがある」

 

そんなベカスの前に、宏武が進み出た。

しかし、右腕を失った玄武は既にボロボロの状態である。

 

「師匠!? そんな機体で何を……ッッッ!」

 

そこで、ベカスは宏武のしようとしていることに気づいた。

 

「まさか師匠……あんた、死ぬ気じゃ……」

 

「馬鹿者! このわしがそんな真似をすると思ったか」

 

宏武は片腕で幻舞拳の構えをとって、ファントムを見据えた。

 

「ベカス、一瞬だけでいい。奴の気を引け」

 

「……分かった、で……師匠は?」

 

「玄武を特攻させ、『玄武雷陣』を奴にぶつける」

 

玄武雷陣とは、玄武に内蔵された散弾ミサイルである。ミサイルと一言に言っても、それは円筒状の物体に羽がついた一般的なミサイルではなく、その形状は平らで、どちらかというと地雷に似ていた。

 

「機体に内蔵されたありったけの玄武雷陣をぶつければ、いくら奴であろうとも耐えられまい」

 

「わ……分かった。だが爆発に巻き込まれれば、いくら師匠だって……」

 

「案ずるな、爆弾は時限式でセットしておる。わしにとって、玄武雷陣が爆発する前に安全圏まで脱出するのは容易なことじゃ」

 

「そうか……なら死ぬなよ、師匠!」

 

「このわしを誰だと思って言っておる!」

 

宏武の言葉に小さく笑うと、ベカスは砂漠の上を走り出した。

 

『…………』

 

ベカスに向けて、ファントムが左腕を向ける。

 

「行けッッッ!」

 

ベカスは盾からドローンを射出させた。

先端に小型ビーム砲を内蔵した2機のドローンが、ファントムにその砲身を向けて飛び立つ。

 

『バンッ、バンッ!』

 

だが、盾を離れてから10メートルもしないうちに、それらはファントムの指鉄砲で撃墜された。

 

爆炎がファントムの視界を奪う

 

その時、爆炎の中からファントムに迫る白い影があった。

 

『……バァン!』

 

ファントムは反射的に指鉄砲で迎撃した。

だが、その白い影はウァサゴではなく、投げつけられたウァサゴの白い盾だった。

 

『……!』

 

「うおおおおおおおッッッ!!!」

 

ファントムがそれに気づいた時、四散した盾の裏側から、ベカスが飛び出してきた。専属能力『強襲』を使用して爆発的な推進力を得たウァサゴが、その拳をファントムに叩き……

 

『ガアッッッッ!!』

 

「ぐああっ!?」

 

しかし、次の瞬間……ウァサゴはファントムの巨大な右腕で薙ぎ払われてしまった。

 

「ぐっ……師匠、今だ! 」

 

ベカスは砂漠の上を転がりながら、玄武に視線を送った。

 

「うおおおおおお!!!」

 

玄武をブーストさせ、宏武はファントムに肉薄する。

 

『バァン!』

 

「ぐおっ!?」

 

その途中、指鉄砲で左足を吹き飛ばされる。

 

「ま、まだじゃ! まだ終わらん!」

 

しかし、玄武が転倒するその直前に、宏武はワイヤーアンカーを射出。3本のワイヤーのうち、1本はファントムの胸部に命中、残りの2本もファントムの胴体に巻きついた。

 

『?』

 

ファントムは、自分の体に巻きついたワイヤーを不思議そうに見つめた。

 

「かかった!」

 

ワイヤーを巻き取った宏武は、残った左腕と右足を駆使してファントムに組み付き、玄武の胴体をファントムに固定させる。

 

そして、玄武に内蔵されたありったけの玄武雷陣を放出した。複雑に絡まりあった2機の周囲に、地雷にも似たミサイルが大量に浮かび上がった。

 

「師匠! 脱出を!」

 

「ああ、分かっとる!」

 

玄武のハッチが開くと、宏武が弾丸のごとく飛び出した。

 

「幻舞拳・電瞬!」

 

『!!』

 

脱出の間際に、宏武はファントムの頭部へ拳を叩き込んだ。

その一撃で、ファントムは怯んだように顔をしかめた。

 

「ハァッ!」

 

拳をぶつけた反動を利用し、宏武は後方へ跳躍……

 

「やった!」

 

ベカスは歓喜の声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

……その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……………………』

 

ファントムの目が、怪しく光り輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

ベカスは、思わず自分の目を疑った。

 

 

 

なぜなら、ワイヤーによって玄武とともに拘束されたはずのファントムが、忽然とその場から姿を消したからだった。

 

それだけならまだ、よかった。

 

だが、空間跳躍を利用してファントムが現れた先は……

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおッッッ?!」

 

 

 

それは、宏武が跳躍した先だった。

手を伸ばしたファントムは、無防備な状態で空中に身を晒した宏武を、獣の左腕でキャッチした。

 

 

 

『……アハッ!!』

 

 

 

まるでとっておきのオモチャを見つけた子どものように、ファントムは赤い瞳を爛々と輝かせて、左腕の中の宏武を見つめた。

 

「むぐ……ぐおおおおッッッ!!!」

 

赤く染まった爪の中に押し込まれ、宏武の体が瞬く間に赤く染まる。その中で、宏武は投げカウンターで必死にファントムの爪から逃れようともがくが、ビクともせず……

 

「師匠ッッッ!!!」

 

ベカスは慌ててウァサゴを起こそうとするが……

 

「ウァサゴ……?」

 

しかし、先ほど受けたダメージの影響か……しきりに操縦桿を動かすベカスに対し、ウァサゴはピクリとも動かなかった。

 

「ウァサゴ! 動けッッッ、動いてくれッッッ!!」

 

ベカスはコックピットの中で絶叫した。

 

ふと視線を上げると、獣の爪でギリギリと締め上げられた宏武が、強烈な圧迫に晒され、その全身から悲鳴をあげていた。

 

「そんな……ッッッ、動けよ! ウァサゴッッッ! 」

 

ファントムの左腕から、赤い液体が染み出す。

 

 

 

 

 

「ウァサゴーーーーーーーーッッッッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こきゅ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かを捻る、音が響いた。

 

 

 

 

 

それは、一つの命が失われた音だった。

 

 

 

 

 

しかし、失われたモノの重さを考えると

 

 

 

 

 

それは、あまりにも軽すぎる音だった。

 

 

 

 

 

「…………あ」

 

 

 

ベカスは、ウァサゴの前に落ちてきたそれを目撃した。

 

 

 

そして、彼と目を見合わせた。

 

 

 

その瞬間、ベカスは頭が真っ白になるのを感じた。

 

 

 

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼ッッッ!!!』

 

 

 

ファントムは高らかに勝利の雄叫びを上げると、左腕の中のモノを、操縦者のいなくなった玄武に返却するかのように……

 

 

 

その遺体を

 

 

 

コックピットに向けて

 

 

 

勢いよく、叩きつけた。

 

 

 

その瞬間、玄武の周囲に浮遊していた玄武雷陣が爆発した。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「…………」

 

玄武雷陣の爆発によって発生した爆炎が収まった頃、ベカスは濁った目でその場所を見上げた。

 

その場所には、玄武雷陣の威力を物語っているかのように、爆心地から半径数十メートルにも及ぶ巨大なクレーターが出現していた。

 

周囲の砂を蒸発させるほどの威力を誇った爆発

 

しかし、それにもかかわらず……

 

『ゲッゲッゲッゲッゲッゲッッッッ!!!』

 

その中心部で、まるで人の死を嘲笑うかのように、ファントムはケタケタと笑っていた。

 

笑っているファントムは当然、無傷だった。

 

「…………」

 

猛烈な脱力感に苛まれたベカスは、動かない

 

いや、動けなかった。

 

そんな時、ベカスはファントムに迫るその影に気づいた。

 

「……影……麟?」

 

青龍が、ファントムめがけて拳を振り下ろした。

 

ガッ……

 

鋭い音が響き渡った。

 

『……?』

 

青龍の拳を受けたファントムは、キョトンとした表情で胸部に叩きつけられた拳を見下ろした。ファントムの装甲には傷一つ付いていない。

 

 

 

影麟はその場で、幻舞拳による連打を繰り出した。

 

しかし、ファントムにダメージはない

 

 

 

続いて、二段突拳を繰り出した。

 

ファントムにダメージはない

 

 

 

続いて、無影拳を繰り出した。

 

ファントムにダメージはない

 

 

 

「……やめろ……影麟」

 

弱々しく、ベカスは影麟にむけて呟いた。

 

 

 

しかし、自身の親である宏武を失い、怒りに駆られた影麟は止まらない。続いて、投げ技である亢龍破を繰り出した。

 

しかし、ファントムは微動だにしない

 

 

 

続いて、幻舞水流無想を繰り出した。

 

ファントムにダメージはない

 

 

 

続いて、幻舞拳・瞬崩を繰り出した。

 

ファントムにダメージはない

 

 

 

「やめてくれ……影麟……」

 

ベカスは絶望に満ちた表情で影麟を見つめた。

 

 

 

続いて、幻舞雲柔投身法を繰り出した。

 

しかし、ファントムは微動だにしない

 

 

 

続いて、幻舞拳・掌破を繰り出した。

 

ファントムにダメージはない

 

 

 

続いて、幻舞拳・孤月連閃を繰り出した。

 

ダメージはない

 

 

 

続いて、幻舞拳・孤月閃光を繰り出した。

 

ダメージなし

 

 

 

『…………』

 

「…………」

 

最後に放った技により、青龍の拳は完全に潰れた。

 

後ずさる青龍に、ファントムは……

 

『ゲンブケン!』

 

「!」

 

次の瞬間、目にも留まらぬ速さで放たれたファントムの幻舞拳が、青龍から両腕を奪った。

 

「…………」

 

膝から崩れ落ちる青龍

 

『ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!』

 

それを見下ろし、ファントムは高らかに笑った。

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

1時間後……

 

 

 

「あれは……!」

 

葵博士は、無数の鉄塊が散乱した砂漠の上に自身の所有物である、ウァサゴをやっとの事で見つけた。激しい戦闘を経てボロボロになったウァサゴは、半分ほど砂に埋まっており、そのため発見が遅れた。

 

「……ベカス?」

 

「…………」

 

そして、力なく横たわるウァサゴへと近づいた葵博士は、そのコックピットにもたれかかっている1人の男を見つけた。

その男……ベカスは葵博士の呼びかけに応えることなく、虚ろな目をして明後日の方向を見つめていた。その腕の中には、どこからか拾ってきたのだろう、極東軍のヘルメットがあり、ベカスはそれをさも大事そうに抱えていた。

 

「ベカス!」

 

「……!」

 

葵博士が放心状態に陥ったベカスに詰め寄ると、そこでようやく葵博士の存在に気づいたのか、ベカスはハッとした表情を浮かべた。

 

「大丈夫か?」

 

「……ああ、オレは……大丈夫」

 

そこまで言いかけて、ベカスは周りを見渡した。

 

空に浮かぶ次元の裂け目を隠蔽するべく、空を遮っていた建物の一部は崩壊していた。崩壊したその場所からは、まるでどこまでも続いているかのようなゴビ砂漠を見通すことができた。そして、ファントムはベカスにトドメを刺すことなく、いつのまにかその姿を消していた。

 

「だけど……」

 

ベカスは手元のヘルメットに視線を落とした。

 

「それは……?」

 

葵博士もつられてヘルメットを見つめた。

一見すると、なんの変哲も無い普通のヘルメット

 

「…………」

 

ベカスはそれを葵博士に差し出した。

 

「……なっ!?」

 

ヘルメットを受け取った葵博士は、それが異様な重さを持っていることに気づいた。ズシリと、まるで土嚢のように砂でも詰まっているかのような重さで、慌てて取り落としそうになるのを堪えた。

 

「中に何が…………うっ!」

 

ヘルメットの中は砂で埋め尽くされていた。

しかし、その所々から赤いものが染み出しており、そこから放たれる猛烈な死の香りが、葵博士の顔をしかめさせた。

 

「…………」

 

そんな葵博士に、ベカスはゆっくりと顔を上げ……そして、こう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ……師匠」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッッ!?」

 

昨日まで普通に生きていたその人の、変わり果てたその姿に堪えきれなくなった葵博士は、慌ててベカスにヘルメットを返すと、踵を返して走り出した。

 

そして、しばらく行ったところで崩れ落ちるように膝をつき、砂の上に嘔吐した。

 

「…………」

 

そんな葵博士のことを見ることなく、ベカスはヘルメットを強く握りしめた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

こうして、ベカスの戦いは終わった。

 

この戦いにより、極東武帝は壮絶な最期を遂げた。及び戦闘に参加した軍人50名のうち、48名が戦死……その中には、総撃墜数が100を超えるスーパーエースも多数含まれていた。

 

さらに臨時研究施設も完膚なきまでに破壊され、多くの研究員と空の裂け目に関する貴重なデータも全て失われることとなった。

 

 

 

しかし、悲劇はこれで終わりではなかった。

 

 

 

4月1日

0:00

殺戮の限りを尽くし、ゴビ砂漠を脱出したファントムは、大陸の東海岸めがけて移動を開始。その進路上には、極東最大の都市があった。

 

4月2日

0:30

極東軍、ファントムの前進を阻止するべく全軍に出動を要請。極東の各地からスクランブルでの発進が相次ぐ

さらに、5機の高速BMからなる偵察部隊を派遣

 

1:00

高高度偵察機によって地上を猛スピードで移動するファントムの姿が確認される。

 

1:30

極東の都市で避難勧告が発令される。

 

2:00

ファントム、偵察部隊を発見、一蹴。

郊外の町を破壊しながら尚も前進を続ける。

 

3:00

極東軍、ファントムの進路上に総勢10000名からなる3つの防衛線を構築。1000機のBM、3000台にも及ぶ戦闘車両、さらに1500機にも及ぶ航空部隊を結集させ、ファントムを迎え撃つ。

 

3:10

航空部隊の第一陣がファントムに爆撃を加える。

絨毯爆撃

しかし、ファントムは無傷

 

3:20

航空部隊の第二陣、ファントムに接近し爆撃を敢行。

 

3:22

ファントムはデッド・ロン・フーンを使用

航空部隊第二陣、壊滅

 

3:50

ファントム、第一次防衛線に到達

 

3:52

ファントム、アトミック・クエイクを発動

第一次防衛線、壊滅、突破される。

 

4:00

ファントム、第二次防衛線に到達

 

4:15

ファントム、トゥインロード、Jカイザーおよび次元連結砲によって第二次防衛線を焼き払う。

 

4:23

ファントム、第二次防衛線を突破

 

4:30

再び航空攻撃が開始される

ファントムはデッド・ロン・フーンを再度使用

航空部隊はその半数を失う。

 

4:53

ファントム、第三次防衛線(最終防衛ライン)に到達

 

4:54

ファントム、プロトン・サンダーを発動

第三次防衛線、消滅。

 

5:00

極東軍、秘匿していた古代兵器『祖龍』および『黄龍』を起動、出撃させる。

 

5:12

都市に到達したファントム、極東軍の増援部隊と激戦を繰り広げる。

 

5:29

祖龍および黄龍の攻撃により、ファントム大破、その動きを止める。

 

5:30

ファントム、再生を完了

 

5:31

ファントム、メイオウ攻撃を発動

増援部隊、全滅

祖龍、大破、修復不可能

黄龍、焼失

極東最大の都市はこの世から消滅した。

その爆発は、地球の反対側からでも観測された。

 

5:50

ファントム、東海岸に到達

海に潜って逃走を図る。

 

6:30

ファントム、潜水艦の追跡を振り切る。

 

7:00

日の出

逃げ延びた住民たちが見たのは、焦土と化した、かつての自分たちの街だった。そびえ立っていた高層ビル群は跡形もなく消え去り、市民たちの憩いの広場となっていた場所も灰塵に帰していた。

 

後に『イースト・ダウン』と呼ばれることになるこの事件によって、極東軍は全戦力の3割を失った。

そればかりか、迅速な避難活動が行われたにもかかわらず、それでも万単位での死者行方不明者を出すことになってしまった。

 

多くの罪なき人々の命は、無情に失われ

 

生き残った者たちも、家と財産を失って途方にくれるのみ

 

事実上、極東は壊滅した。

 

 

 

 

 

だが、君は知るだろう

 

 

 

 

 

これが、後に全世界を震撼させる『大絶滅』の、ほんの序章に過ぎないということを……

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

外伝3『冥王バルバトス』

 

ーバッドエンド ー『来ない明日』

 

 

 

 

 




某所


「こ……こんなことが……」

大崩壊が起こる以前に作られた、ソロモンの秘密衛星を使って極東の様子を見ていたリヒャルトは、消滅した都市を見て震えが止まらなかった。

ファントムの圧倒的な暴力は、高みの見物をしていた彼を怯えさせるほどの迫力があった。それは、彼の中に大崩壊という言葉を思い起こさせるほどだった。

「フ……フフフ……」

「オ、オーシン様?」

リヒャルトは、そこで自身の傍にいるオーシンが密かに笑っていることに気づいた。

「フフフ……はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ、あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはッッッーーーーこいつは傑作だーーーーッッッ!!!」

冷や汗をかくほどに怯えたリヒャルトに対し、ソロモンの盟主、オーシンは顔に残酷な笑みを浮かべると、鋭い眼光を放って高らかに笑った。

それは、あのファントムの笑みに似ていた。

「見たか! この威力! この力! これこそ、まさしく俺の求めていた力だ!」

巨大なスクリーンを前に、オーシンは拳を力強く掲げた。

「しかし、これは流石にやり過ぎでは……? ここは極東最大とまで呼ばれるほどの巨大な都市……それがこの様子では、恐らく民間人にも多くの犠牲者が……」



「それが、どうした?」



リヒャルトの懸念を、オーシンはその一言で一蹴した。

「今の俺にとって、あの場所でのたれ死んだ者などゴミかノミに過ぎない。そのような有象無象に構う必要はない! それよりも、死んだぞ……あの極東武帝が!」

オーシンは宏武の呼び名を口にした。

「かつて機械教廷の大軍勢を前に一歩も引かず、生還を果たしたあの極東武帝を……奴は、単騎で仕留めたのだ!」

「殺した! 殺した! 殺した!」
オーシンは狂ったように笑いながら、その言葉を口にした。

「……し、しかしながら、あの力は我らにとっても脅威となりまする。しっかりと手綱を握っておかなければ、いずれ我らに刃向かうやも……」

「だからこそ、俺には『バアル』がある!」

オーシンは振り返ってそれを見上げた。
そこには、ソロモンの家伝機体であり魔神シリーズの内の1機、悪魔を支配する地獄の王、LM01-『バアル』の姿があった。

「バアルは俺のものだ! バルバトスを唯一使役することができるバアルが我が手中にある限り、この俺に刃向かう者はいない! 今まで、この俺をソロモン王として認めようとしなかった者たちも、この一件で手のひらを返したように俺に従うようになるだろう!」



「俺は……世界の王になる」



力に酔いしれたオーシンは、バアルに向けて拳を上げた。


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設定集2

ごめんね、怖かった?

でも、安心して? しばらくそういうのないから

設定集2 はーじまーるよー
(走り書きなので適当です。それでもよければ)


 

 

 

 

【説明】(読み飛ばし推奨)

 

かなり衝撃的な結末となってしまった、外伝2および3。あのような形になってしまったのは、色々と事情がありましてね……

 

実は、あの結末は予備のものだったりするのです。

 

極東武帝が一度ファントム(黒いバルバトス)を倒した後に、再生したファントムが極東軍を一蹴して極東武帝を追い詰める……まあ、そこまでは同じです。

 

(本来であれば)第1稿では、極東武帝が殺害されるその直前に、駆けつけた三日月がファントムを突き飛ばして何とかことなきを得る……そんな風に作ろうと考えていました。

そして、三日月とファントム、最後の戦いが始まる。

 

その後、残った次元の穴から三日月は元の世界(鉄血の世界)へと戻る……そんな風にしようかと考えていました。

 

 

それで、いざ書こうとして……思いました。

 

 

 

それでは……あまりにも、普通すぎる

 

普通すぎて、何の面白みもない

 

それに、テッサのこともあるしな……と

 

 

そして、私はこの作品の「足りないもの」について、ふと思い出しました。

 

 

 

それは「悲劇」です

 

 

 

アイアンサーガはリアル系と言われていますが、そんなリアル系につきものの「悲劇」はあまりありません。

あるとすれば、ニックとドールの件くらいですね

 

私としては、プレイアブルキャラの1人や2人死んでもいいとは思っていたのですが……恐ろしいことに誰一人として死んでないのが現状です。それで本当にリアル系と謳っていいのやら……

(初代教皇や案内人などは論外)

 

話を戻します。

それで……唯一あった悲劇、ニックとドールですが……本作、アイアンブラッドサーガ(略)ではきっちりと生存ルートを作ってしまったので悲劇ではなくなっています。

 

そこで、バランスを取るために一回どこかで明確な悲劇を描きたいなぁ……とは常々思っていたものの、上手いポイントが見つからなくて……気がつけばテッサのお話しである、外伝1を書き終えていました。

 

(一瞬だけ、チラリと外伝1の最終決戦でテッサを壮絶に死なせようかとも思ったこともありましたが、何とか思い留まりました)

 

それで……外伝2のゼオライマーを書こうとして、改めてストーリーを読み直してみたところ……そこで私は、ある忘れていたことを思い出しました。

 

 

 

ゼオライマーのイベントに、意味深な形で「ソロモン」が出ていたことを

(葵博士と意味深な話をして終わりでしたが)

 

 

 

そして、アイサガのジョーカー。SCPで言うところのケテル(アベルかシャイガイ)枠、フェイトで言う所のバーサーカー、に◯さんじの鈴原◯る的存在である、ファントム(黒いバルバトス)の所属は「ソロモン」であると

 

 

 

そこで、私はダッチーの隠された意思を感じました

(気のせい)

 

 

 

ゼオライマーを……やれ、という

 

 

 

悲劇を描くならここしかない!

そう思って、私はすでに入力された普通の話を構成する文字の羅列をバックスペースし、空いたそこに悲劇の塊である外伝3を描きました。

 

そして、力試しとばかりに今までにエグいと思った暴力的な表現を自分なりにアレンジしてツラツラと描きました。(勿論、手加減はしましたが)

 

そう、ベカスの最後に放った言葉……

「これ……師匠……」

は、Vガンのあのシーンを再現したものなのです!

 

けっして、アタマ・ハサマル化したアルスを見たエビオの反応というわけではないのです!

 

要するに、飴と鞭です

(飴がしょぼい)

↑いや、そんなことはない!

 

そして、理由がもう一つあります。

 

それは、本作をこのまま終わらせて良いのかという葛藤でした。

 

私は元々、ウルズハントがリリースされるまでは本作を書き続けるつもりでした。

 

それで、物語のゴールにしようと思っていた「夢の終わり」を描く頃には「ウルズハント」の続報も出されて、外伝を書き終える頃にはリリースされるだろう……と、思っていたのですが、外伝1を作り上げてもゲームのリリースどころかウルズハントの続報すらなく……ゲーム作るのって時間がかかるんですね。依然としてリリース日も不明っぽい?

 

(注.ウルズハント=鉄血のオルフェンズのスピンオフ作品。前代未聞のゲームアプリ)

 

それで、目標にしていたウルズハントのリリースを待たずして、このまま終わらせてしまっていいのか? という葛藤が、私の中でありました。

 

だからこそ、私はこの結末を……第2稿を選びました。

(選ばれたのは、綾鷹悲劇でした)

 

そうして悲劇を描き、ソロモン、ファントム、そしてそれを率いるオーシンという倒すべき敵……いわば明確な『世界の敵』(コントラ・ムンディ)を作り上げ、新しい物語のゴールを決定するとともに、アイアンサーガの世界観をより壮大なものにしようと考えていたのです。

 

ベカスたちが主人公補正に守られているのなら、その主人公補正を無視するだけの敵を用意します! 三日月がチート級の能力を持っているというのなら、敵にはそれよりももっと凄いチートを与えます!

私は主人公補正やチートなどといったもので彩られる、ぬるま湯の物語は描きません!

 

これが私のアイアンサーガ!

そしてリアルな戦いなのです!

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

【悲劇を描いた狙い】

 

 

 

外伝2および3を公開してから数日後、ダッチーは旧正月イベを開始しました。

 

ですから、ちょうどいいなって思いました。

 

ところで、日本で一番よく知られているロボットアニメって何だと思います?

本作を読まれている方なら、ガンダムとかエヴァとか挙げるかと思いますが(私も同じです)、意外なことに……正解はドラえもんだったりするそうで……

 

捻くれてると思われるかも知れませんが……私は、ドラえもんが苦手だった時期がありまして……

理由は自分でもよく分かってないのですが、恐らくドラえもんの出す秘密道具がご都合主義的なものばかりで、現実主義的な(当時)考えの捻くれた私にはどうしてもナンセンスにしか捉えられなかったからだと思います。

 

ドラえもん嫌いが暫く続いたある日のことです。

かなり昔の話ですが、その日、私は暇つぶしにホラーゲームの実況を漁っていました。

その時に、たまたま……のび太のバイオハザードというゲーム実況を見つけました。ドラえもんは好きではありませんでしたが、面白そうだし何より暇だったこともあり、私はそれを見てみることにしました。

 

のび太のバイオハザード……所謂「のびハザ」

分からない方に簡単にご説明させて頂きますと……ドラえもんの世界、のび太たちの町で突如としてバイオハザードが発生し、町や学校がゾンビで溢れかえってしまうというというもので

 

プレイヤーはのび太を操作して、ゾンビを倒して町からの脱出を目指す……といった内容のゲームです。

 

今ではコピーやリメイク版が多く広まっている、「のびハザ」ですが、当時はまだ作られたばかりということもあり、その意外性が注目され始めたばかりでした。

私も、それに衝撃を受けた一人でした。

 

普段、いじめっ子のジャイアンたちから虐げられているのび太が、得意分野の射撃を活かして迫り来る無数のゾンビを倒していく、そして次第にみんなから強さを認められていく……そんな王道かつ爽快さを含んだストーリー展開の裏で

家族との悲しい別れ、壊れていく日常、1人また1人と死んでいく仲間たち……そんな展開も含まれており、そのどれもが、アニメや漫画のドラえもんでは絶対にありえない悲劇でした。

 

そして、のびハザの悲劇的なそれを全部見た後で……複雑な気持ちのまま、私はふとアニメ版のドラえもんのチャンネルをつけてみました。

 

すると、それまではくだらないと思っていたドラえもんが、とても面白く感じられました。

 

それまではまるで喉に引っかかったように拒否していたドラえもんだったのですが、その時は話の内容が何の抵抗もなく体の中にスッと入っていく……そんな感覚でした。

 

のびハザでの悲劇を見たからこそ、私はドラえもんの中にある、なんでもないような日常の有り難さと大切さをひしひしと感じることができました。

そして、この時の感覚を他の人にも伝えたいなと思いました。

 

 

 

つまり、外伝2および3の悲劇の意味、それは……みなさまにアイアンサーガを更に深く楽しんでもらいたいという『演出』だったのです!

 

 

 

悲劇を知った後だからこそ、素の物語が持つ真の面白さを知ることができるのではないでしょうか?

そう思って、私はこの悲劇を描くことにしました。

 

アイアンサーガは現在、旧正月イベントを実施中ですが……餃子作ってる場面といい、タピオカといい、キャラクターののんびりとした日常が程よく描かれている良いイベントだと思いませんか?

 

私は、そう思います!(エビオ構文応用)

 

冒頭で、タイミングが良かった……と言ったのはこういうことなのです。

ですので、指揮官のみなさまには本作の悲劇を見て沢山ショックを受けてもらった後に、アイアンサーガをやって頂いて、それを中和して頂ければ嬉しいですねー……というのが、私の狙いでした。

 

あ、そうそう……一応言っておくと、本作で極東武帝は死にましたが、佐伯、グルミ、アルトの3人は生きてます。(ベカスとえーりんは勿論のこと)

ただ、ニックとドールの時と同じくタダで生きて帰すわけにはいかなかったので、皆それなりにダメージを負ったのですが……

 

 

 

 

 

 

ところで指揮官様

 

 

 

 

 

あなたは、まだお気づきになってはいないのですか?

 

 

 

本作のタイミングと展開の不自然さに

 

 

 

まず、私は外伝でゼオライマーの話を投稿しました。

 

問題は、その僅か数日後に……唐突にゼオライマーイベントの復刻が発表されたということです。

 

これ、おかしいと思いませんか?

いくらなんでもタイミングが良すぎるし、それ以前にゼオライマー復刻に至るまでのスパンがあまりにも短すぎるのも不自然ですよね?

 

 

 

そう、まるで最初から仕組まれていたかのような

 

 

 

そして外伝3にて……

その終盤で登場した極東共和国の増援部隊。

その中に何の前触れもなく、古代兵器である祖龍と黄龍がしれっと出撃しており、ファントムと交戦状態に入っていました。

 

その際、ファントムの攻撃を受けて祖龍は修復不能なまでに叩きのめされた……となりました。

ですが、それは言い換えると、ボロボロだけどまだ機体自体は存在していることを表しています。

 

それに対して、黄龍は明確に「消滅した」とあります。また、その直前に極東武帝(名前忘れた)が壮絶な最期を遂げています。

 

悲劇に包まれた外伝3が投稿されてから数日後に、ダッチーはある情報を発表しました。

 

それが、黄龍の超改造です。

 

そして、黄龍の超改造の説明欄には、武帝が黄龍のパイロット候補であるという記述がありました。(大まかに言えばそんな感じ)

 

ゼオライマーの沈黙とゼオライマー復刻

そして武帝の死と黄龍の消滅、その僅か数日後に発表された黄龍の超改造

 

 

 

あまりにもタイミングが良すぎるこの展開

 

 

 

そして、本作での悲劇を中和するかのように追加された外伝、旧正月イベント……まるで、狙ってやっているかのようなタイミングの良さ

 

 

 

明らかに不自然だ……そう思いませんか?

 

 

 

さあ、不可解なこれら事実を踏まえた上で、聡明なあなた様ならば……今の指揮官様ならその意味を導き出せるはずです!

 

 

 

 

 

この私……ムジナ・イシュメールが誰なのかを

 

 

 

 

 

 

 

 

私の置かれた立場と、私に与えられた役割を!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、ただの偶然なんですケドね笑

 

 

 

 

 

 

はい、ほんとうに偶然デスヨ……フフフ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでは、設定集のはじまりはじまり〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

【設定集2】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー予告ー

 

 

 

三日月「あれ? うるさい人?」

 

影麟「……?」

 

三日月「ん……違う?」

 

影麟「…………」(こくり)

 

三日月「そっか、じゃあ……静かな人?」

 

影麟「……?」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

一夜にして灰塵に帰した極東共和国

 

その日、罪なき人々の命はあっけなく失われた

 

残された者たちも、その依り代を失って路頭に迷う

 

 

 

彼らに、以前のような明日はもう来ない

 

 

 

しかし、汝、一切の希望を捨てることなかれ

 

多くのモノや人が失われようとも

 

残された『希望』だけは失われない

 

奪われた者たちよ、立ち上がれ!

 

この苦しみを糧にして、前に進め!

 

失われた明日を、取り戻せ!

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第2章《リボーン・オン・ザ・イエスタデイ(仮)》

 

 

 

 

 

地上から空中へ

徐々に移り変わる、バトルフィールド

 

黒いバルバトス(ファントム)出現の報せを受けた三日月は、内乱の続く王国……チュゼールへ飛ぶ。

陰謀渦巻くチュゼール内にて、人々の想いと様々な陰謀が交錯する。

外交のためにチュゼールを訪れたスロカイ一行、それをトレースする流砂のエース、テレサ

 

ベカスは影麟と共に大群へ立ち向かう。

 

暗躍するモービィ・ディックのエイハブ

 

そして内乱はついに戦争へと発展する。チュゼール領内が戦火に包まれ、人々が己の威信をかけて激しくぶつかり合う

 

……その時、太古の巨神は目覚める。

 

そして現れる災厄、冥王バルバトス

 

三日月とベカスは、再び巨大な敵に立ち向かう。

 

 

 

チュゼール編(延長戦)近日公開予定

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

【機体設定】

 

 

 

『冥王バルバトス』(ファントム)

◯説明

・バアルの命に従い、グレートゼオライマーとそのパイロット2人を喰らい、冥王の力を手にした黒いバルバトス。己の中に満ち溢れる力を本能のままに発揮し、極東武帝を抹殺したばかりか、その力は極東共和国を崩壊させるまでに至った。これにより今までギリギリの状態で均衡を保っていた世界のバランスは大きく崩れ去り、今、再び混迷の時代が訪れる。

 

そして、それは世界の敵=ソロモンによる世界侵略の始まりを意味していた…

 

◯追加フレーム効果

・空間跳躍

・再生能力

・能力吸収

◯追加武装

・グレートゼオライマー

・悪魔の舌(アシッド)

◯追加専属能力

・舌で舐める

・バリアー

・空間跳躍

・アトミック・クェイク

・メイオウ攻撃

 

ーーーーー

 

『ウァサゴ・パワード』

◯説明

・ファントムに敗北し、戦闘不能に陥ったウァサゴを葵博士が復旧させ、さらにカスタムを施した新しいウァサゴ。

・機体の全出力が大幅に向上している他、全距離に対応できるベカスの卓越した技量に合わせて、傑作機ウァサゴ万能型を超える、さらなる強化が施された。

・葵博士か開発したAIによる自動回避システムを搭載

・他詳細不明(お楽しみに!)

 

ーーーーー

 

『エア・ウルフ改』(別名:『スカイ・ドッグ』)

◯カテゴリー:

・ディアストーカー専用追加兵装(飛行機)

◯説明:

・黒いマンタのような形をした偵察爆撃機(兼、輸送機)。バイエルン製戦闘爆撃機『エア・ウルフ』をベースに、ディアストーカーに高高度戦闘能力及び高速移動能力を付与すべくモービィ・ディックにより改造が施された飛行機。扱いは専用の追加兵装。機体中央に爆弾倉を改造した格納庫があり、移動時はここに機体を格納する。

・戦闘時には機体上下に設置された格納庫のハッチを解放し、対地攻撃時には機体下部のハッチから、空対空戦時には上部のハッチから身を乗り出して狙撃を行うことができる。

・無人機なのでディアストーカーを降下させ、本機は高高度からの偵察や観測(スポット)などディアストーカーのサポートにまわるというような運用も可能。また、装甲はレーダー波を吸収する材質でできているためステルス性能もあり、垂直離着陸が可能。

・ディアストーカー(狩人)に付き従い獲物を探す忠実な猟犬(狼ではない)ということで、本機には『スカイ・ドッグ』という別称がある。

◯フレーム効果:

・ステルスカウンター……敵のステルスを解除してターゲット、さらに敵ステルス発動と同時にピンポイント爆撃を行う。

・ステルス

・分離&合体

◯武装:

・ディアストーカー用武装(EMPキャノン等)

・対BMミサイル

・対地ロケットポッド

・360度可動式テールキャノン(ビームソードライフル)

・AI誘導式EMP爆弾

・クラスター爆弾

◯専属能力:

・榴弾無効

・地雷無効

・主砲回避特化

◯活躍

・チュゼールにて、スロカイ様の尾行に使用

◯備考

・ディアストーカーのコメント欄に投稿した作者の超改造案を作者なりに追求したものだったりする。

 

ーーーーー

 

『ハンニバル』

(スロカイ様専用BM)

◯説明

・◯◯◯に影響を受けたスロカイ様が極秘裏に開発したテクノアイズ製試作型BM。(詳細不明)

黒い装甲、右腕に掘削用大型ドリル、左腕は5連装200ミリバルカンアーム、胸部にはアトミック焦土レーザーを1門装備。

さらに、トランスフォームにより地中を移動できるマッドアングラーモードへの変形が可能。

・ミルワームにも似ている。

・ハンニバルのプレ運用は別作品で既に実施済み(相違点多数、さがしてみてね?)

・地熱発電によるエネルギーチャージが可能。

 

ーーーーー

 

『ウァサゴG−??』

黄金色の対ビームコーティングが施された、葵博士によって製作されたウァサゴの実験複製機。……なのだが、モービィ・ディックによるカスタムが施されており……

テストパイロットとしてオスカーが搭乗

(詳細不明)

 

ーーーーー

 

『ICEY-V』(量産型ICEY-X)

◯説明

・異世界からの来訪者であるICEYを中心とした部隊『薔薇十字騎士団』創設するにあたり、彼女の搭乗機であるICEY-Xの戦闘データをベースに、彼女との連携を視野に入れて新たに開発された機体。

・機体カラーは赤色

・ただし、オリジナルのICEY-Xに比べると性能は劣る。また、ICEYをテストパイロットとして起用したところ、Xに比べて半分程度のカタログスペックしか発揮できなかった。(これは格闘機であるXに対し、ICEY-Vが射撃主体の機体なのが原因とされている)

 

Xならば10(最大限の性能)を発揮できたが

本機は5(オリジナルの半分)しか発揮できなかった

……英数字で『5』は『V』

よって『ICEY-V』は生まれた。(皮肉)

 

とはいえ、射撃が得意なパイロットが搭乗するならば十分にその性能を発揮することができる。

その後、様々な機能を特化させたバリエーション機が続々と開発され、その生産機数は30機を超える。

(以下はその一例である。)

 

V1型……射撃特化(基本型)

V2型……ドローン特化

V3型……分身特化

V4型……格闘特化(原点回帰)

V5型……防御特化(Eフィールド・ステルス特化・多脚型)

V6型……通信性能向上(指揮官機・複座)

 

◯基本武装(V1型)

・ビームアサルトライフル

↪︎ビームスナイパーライフル(モードチェンジ)

・腕部収納式ビームピストル×2

・ウェンディ・フラット(ドローン砲)

・クリスタルロングソード

・投擲用ダガー

◯フレーム効果

・エネルギーシールド

・量子化

・連携……部隊に存在するICEYと名のつくBM1機につき各性能が上昇する。

◯専属能力(一部)

・ダッシュ

・シャドウダンス

・シャドウアサルト

 

ーーーーー

 

『UCEY−W』

◯説明

・ICEY上に存在していたプレイアブルマシーン(一瞬だけど)『UCEY』のデータをサルベージしたもの。扱いは飛行機、主にICEY−XとICEY−Vへの航空支援に用いられる。

・名前の『W』はウィングの意味。その名の通り、ICEY−XやICEY−Vとドッキングすることによって機体に飛行能力を付与することができる。

・量産無人機

◯フレーム効果

・分離合体

・ステルス

・エネルギーシールド

◯武装

・テールキャノン

◯専属能力

・榴弾無効

・地雷無効

・主砲副砲回避特化

 

ーーーーー

 

『ナイト・V』

◯説明

・謎の仮面騎士『ローズ・K』が搭乗するグレートブリテン製BM『ナイト』。その正体は薔薇十字騎士団出身の斥候、期待の新人(インターン)『カロル』である。ナイトに見せかけた機体表面の艤装はダミー、パージすることによってICEY-V(V4型)へと変身することができる。

◯武装(ナイト時)

・クリスタルロングソードⅡ

・護衛ドローン(偽装ウェンディ)

・腕部収納式ビームピストル×2

・投擲用ダガー

◯フレーム効果

・エネルギーシールド

・パージ

・連携

◯専属能力

・ダッシュ

・シャドウダンス

・シャドウアサルト

・必殺!V字斬り

◯活躍

「薔薇の騎士……ローズ・K、ただいま参上!」

・チュゼールにて、荒くれどもに囲まれるえーきとアヤを救うべく参上した謎の仮面騎士ローズ・K。斥候の任務を忘れ、迫り来る敵をばったばったと薙ぎ払う。

合流時にICEYからこっぴどく怒られるとも知らずに…

 

ーーーーー

 

 

 

【用語集】

 

 

 

◯薔薇十字騎士団

・ICEYを中心としたモービィ・ディック所属の部隊の一つ。主に騎士道精神の国(グレートブリテンとライン連邦)出身のメンバーで構成されている。

・主力機であるICEY-Vは量産機でありながら、1機分の製造コストは量産機(リンクス換算)10機分とかなり破格。しかしその性能は圧倒的で、リンクス10機を相手にしたコンペでは、戦力差は明白であるにもかかわらずキルレシオ10ー0で圧勝するという結果になった。

 

→配備

・ICEY『V』(量産型ICEY−X)ー30機

・UCEY『W(ウィング)』ー50機

・ICEY『X』(オリジナル)ー1機

・????『Y』ー開発中

・ICEY『Z』ー開発中

 

→備考

・VのコンセプトはICEYゲーム内で紹介されたボツ案「可変型の銃型武器を使って近距離、遠距離両方の戦闘が楽しめる……」を拾ってきたもの。メインウェポンである可変型ライフルはその名残り(Vガンダムが量産機だったことも影響している)

・UCEYをゲーム内で再現するならば、ナイト・V同様、ドッキングした状態のICEY−Vからパージが有効であると思われる。

・Xは後にXseeへ進化。なお、XとXseeどちらでもUCEYとのドッキングは可能。

・『Y』はICEYのラスボス『ユダ』ではない。(ユダの綴りはjuda)

・『Z』は恐らく可変型(某ガンダム感覚)

・YとZは今後の展開によって要変更

 

ーーーーー

 

◯モービィ・ディック(白鯨) 運用艦

MSF(国境なき艦隊)の艦船

・ピークォド

大崩壊以前に建造された空中空母。長らく封印されていたが、現在はエイハブの座乗艦として運用されている。宇宙への進出も視野に入れた設計が施されている。

小型で武装はなし、BMは8機まで搭載可能

国境なき艦隊の旗艦であり、後に開発されるモービィ・ディック所属艦艇の全てのベースになっている。

超高出力のバリアを展開可能

 

・クィークェグ級

ピークォドのデータを元に、最初に開発された大型空中戦艦。

6基の三連装ロングレンジビーム砲、2基の六連装ミサイルサイロ、さらにハリネズミを思わせる無数の対空火器群を搭載し、圧倒的な制圧力と打撃力を誇っている。UCEY−Wを艦載機代わりにしており、薔薇十字騎士団の依り代でもある。

 

・スターバック級

クィークェグ同様、開発された大型空中空母。

BMの運用に特化しており、最大で500機ものBMを搭載可能。全長数百メートル、モービィ・ディック発の艦艇の中では最大級の大きさを誇る。

その防御力と巨体ゆえに、甲板上をバトルフィールドにすることが可能。

 

(以下、開発中)

 

・スタッブ級

重巡洋艦

 

・フラスク級

軽巡洋艦

 

・タシュテゴ級

高速駆逐艦

 

・タグー級

重装駆逐艦

 

・フェダラー級

防空駆逐艦

 

・ピップ級

補給艦

 

ーーーーー

 

 

 

お品書き(ストーリー)

すべて開発予定のものです。

予告なく変更することがあります。

 

 

 

◯外伝4「銀幕の再会」

・ファントムによって極東が崩壊したその日、三日月は地球の裏側にいた。

・ミドリから指示を受けた三日月とテッサは、とある護衛任務を引き受け、とある人物と行動を共にしていた。

・依頼主は、モービィ・ディックのエイハブ

・これが作中のキーマンとの出会いに繋がる

 

ーーーーー

 

◯本編1「再動」

・三日月、ベカスと影麟を見舞う

・その後、3人はチュゼールへ

 

ーーーーー

 

◯本編2「黒翼の狙撃手」

・チュゼールを訪れるスロカイ様

・樹液を盛られるところまでは本編と同じ、しかし、スロカイ様にはとある秘策があった……

・そんなスロカイ様を密かにトレースするテレサ。上空から、EMPキャノンの銃口を向ける

 

ーーーーー

 

◯本編3「もう、怖くない」

・動き出すモービィ・ディック

・ファントムを追う三日月

・その頃、ベカスと影麟は大軍を前に無謀な戦いを仕掛けようとしていた。

 

ーーーーー

 

◯本編4「運命」

・スロカイ様、ベカスと影麟と接触

・スロカイ様、三日月と再会

・スロカイ様、◼️◼️◼️と接触

・三日月、オスカーたちと合流

 

ーーーーー

 

◯本編5「焦土」

・チュゼール内にて大規模戦闘が勃発

・巨神、シヴァ復活

・冥王バルバトス、出現

・三日月とベカス、バルバトスと戦闘状態に入る

 

ーーーーー

 

◯本編6「焦燥」

・三日月、◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️

・シヴァ、◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️

・◼️◼️◼️◼️、◼️◼️◼️◼️登場

 

ーーーーー

 

◯外伝5「ビヨンド・ザ・タイム」

・舞台はグレートブリテン

・テロリストに成り下がった合衆国の軍人が、ブリテンの王女を葬るべく作戦を開始する。最悪の事態として、新たなる大陸間戦争の勃発が危惧される。しかし、これはソロモンによって仕組まれたものだった。

・モービィ・ディックのエイハブは、これを食い止めるべくブリテンに艦隊を派遣する。

・主人公は、薔薇十字騎士団の隊長であり、名も無き一兵士。量産機ICEY−Vを駆ってテロリストと激闘を繰り広げる。

 

ーーーーー

 

◯外伝7「アフターパルス1」

インフィニティとの戦闘の最中、ニックはドールとの楽しかった日々を思い返した。

 

ーーーーー

 

◯外伝8「アフターパルス2」

日の丸へ向かう前、ドールが1人で任務をこなしていると、そこへ襲撃あり

 

ドール「対象……対象を……パペット06と断定」

 

パペット「9年と113日21時間12秒ぶりだな。パペット02」

 

ドールvs同型機

旧式のドールとは違い、最新のチューニングが施されたパペット相手に苦戦するドール、しかし、そこへニックが駆けつけ……

 

ーーーーー

 

◯外伝9「ベカ×カルー銭湯でのひとときー」

(詳細未定)

 

 

 

 

 

以上がこれからの大まかな流れです。

一応言わせてもらうと、私はこのアイアンブラッドサーガを終わらせるだけのシナリオだけではなく……

 

アイアンサーガそのものを完結させるだけのプロットさえも作り上げています!

 

まあ、私は書きませんが(エビオ構文)

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

アイアンサーガ、〇〇説

(ネタバレ注意)

 

私は中国語とか全然読めないし、本国情報はまとめスレに上がったものしか知らないので、基本、間違っていると思いますが……それでもよければ。

 

 

 

◯ベカス、『馬』じゃなくて『鳥』 説

 

中国に、『ベカス』という名前の『鳥』の存在を確認。野鳥で主に中華料理の食材として重宝されているらしい(テレビ情報、裏どりなし……鳥だけにw)

それまでの定説として、

ペガサス(馬)→ベカス(人)だと思われていたものが

ベカス(鳥)→ベカス(人)……なのでは? という話

 

だとしたら……

 

ベカス「極東のアヒル焼きが食べたいぜ……」

 

↑共食いじゃねぇかっっっ!!!!

 

ベカス「オレはいつか死ぬ(焼き鳥)よ、だが今日じゃない」

 

ーーーーー

 

◯新たなるVTuberの参戦説

 

そろそろ『千草はな』様の参戦も是非!

あと『セレナ』様も!

 

(どちらもアイサガ実況VTuber)

 

 

 

グラサン野郎? いらねぇ!

(1人だけ専用機持てて羨ま妬ましいいいいいんんんんだよおおおおおッッッ!!!)←本音

 

ーーーーー

 

◯VTuber勢、専用機到来説

 

ゆみちゃんはランスロットベースの二刀剣持ち?

(にゃんすろドローン付き)

ユメノシオリ様は天使みたいな可愛い機体?

(PS装甲カラーバリエーション豊富)

千草はな様は音楽をイメージした機体?

(歌上手いからね、狐型でも?)

セレナ様は……もうグレートゼオライマーでいいよ

(マサト引きすぎ……)

 

妄想が捗るっっっ!

 

ーーーーー

 

◯高橋のラスボス、一方通行(的な奴)説

 

(流れ的に)

リフレクタードローンみたいなの出して敵の攻撃反射しつつ、自分は高笑い。「三下ァ!」さらに遥をも操って一緒に佐伯君をボコボコにする。(ガンダムAGEのユリンの時みたいに)

 

でも、佐伯君は諦めない!

 

……っていう展開を私は予測(にわか)

 

追記、一方通行(的な奴)の名前は『ドール00』

 

ーーーーー

 

◯『飛翔』(三日月の剣)、『アマテラス』の一部説

 

三日月が本編19話で手に入れたビーム剣「飛翔」ですが、これはおそらく、日ノ丸に眠るとされている巨神「アマテラス」の武器なのでは?という話。

 

巨神の力を、あの三日月が手に入れる……なんともそそるシチュエーションではないでしょうか?

ですが、アマテラスがビーム剣を装備していない遠距離型だった場合は……まあ、その時はその時で色々と考えますが……

 

ーーーーー

 

◯イザベラ、花売り(意味深)説

 

オトフロじゃあるまいし、あんまり考えたくはないのですが……でもアイサガの世界ってかなり荒れてるし、その可能性はなきにしもあらず……?

 

(冗談です。イザベラ推しの人は祈りましょう)

 

ーーーーー

 

◯ソロモン襲来説(ストーリー予想)

 

ベカスがウァサゴ覚醒型を使ってハジャスに取り込まれたスロカイ様を助けた……直後、突如としてソロモンの大部隊が機械教廷に襲撃をかけてくるという説

そしてスロカイ様が拐われてしまうという展開を予想

 

ベカスがスロカイ様を助けて、めでたしめでたし……は、あまりにもテンプレ過ぎるので、ダッチーがそれを踏まえて更なるプラスワンを見せてくれることを、見越しての説です。

 

この説の根拠は、

・オスカーとシンシアの会話

・マップにソロモンの部隊がいる(ランダム事件は削除済み)

という2点にあります。

 

とくに37章周辺にはランダム事件で一瞬だけソロモンが出てきたのですが、ストーリー実装した直後に削除されてしまいました。(セインとか蘇瑞もいた)これは38章でソロモンが本格的に動き出すフラグだったのでは?

 

ーーーーー

 

◯名瀬・タービン登場説

 

本作は名瀬のアニキの登場を予定しております。

・中の人繋がりのネタではない

・転生(気がつくと〇〇になっていた)

・ぴったりのキャラクターが見つかったので

 

ーーーーー




とりあえず延長戦ということで、もう少しだけ書きますので、よろしくお願いいたします。(ウルズハントが来るまで……)リリース後は進捗状況に関わらず全ての設定をリリースして終わりますので。

とはいえ、最近色々あってかなり書く意欲が削がれてしまったので、次の更新はかなり先になると思いますが……

では……また



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第2章:Reborn On the Yesterday
第21話:明日へのプロローグ


あらすじ

アイアンサーガの世界に流れ着いた主人公、三日月・オーガス。
オルガ・イツカを探す旅を続ける中で、ベカスやスロカイ様などといった様々な人との出会いは彼自身の成長へと繋がり、また彼自身もこの世界を生きる者たちに少なからず影響を与えた。
その最中、三日月が日ノ丸で倒したはずの黒いバルバトス(=ファントム)が極東に出現。グレートゼオライマーの捕食し、冥王の力を手に入れたファントムは極東武帝を抹殺し、あろうことか極東共和国を崩壊させてしまった。

しかし、これはまだ滅亡への序章に過ぎなかった。



 

 

新暦25年(AD2499)4月4日

極東共和国の崩壊(事実上)から48時間後……

 

 

 

黒いバルバトスこと『ファントム』の襲撃を受け、極東は壊滅した。特にファントムと言う名の全てを破壊する暴風の直撃を受けた極東最大の都市の被害は甚大……その範疇を明らかに超えていた。

あらゆるものは灰燼に帰し、かつて多くの人々が暮らしていたその場所は、半径数十キロメートルにも及ぶ巨大な窪地と化した。

 

これにより首都機能は完全にマヒ、交通に関するインフラどころか電力や食料、飲料用水などといった生活必需品の流通に関するルートも完全に消滅した。

 

逃げ延びた住民たちは焦土と化した自分たちの街を見て、ある者はただ呆然とすることしかできず、ある者はやり場のない怒りを赤の他人へとぶつけ、ある者は僅かに残った資源を求めて略奪者と化した。

 

そして、それらを守り導く立場にある警察機関や軍隊もまた壊滅状態にあり、極東共和国は実質的に無法地帯となっていた。

 

だが、悲劇はこれで終わりではなかった。

 

ファントムが最後に放った、全てを終焉に導く光……通称、メイオウ攻撃は極東の環境に大きな影響を与え、気温の急激な低下という副次効果をもたらした。

 

それは、メイオウ攻撃により成層圏にまで巻き上げられた大量の土砂が、太陽から放たれる熱と光の大部分を遮断していたことも影響していたのかもしれない。

 

これにより極東は絶対零度の土地と化した。

 

季節外れの猛吹雪が容赦なく降りかかり、住処を失った人々に季節外れの寒さに対抗する手段はなく、さらに多くの人々が凍死した。

 

それでも大勢の人々が猛吹雪を生き延びた。

 

しかし、そんな彼らにも水や食料、医薬品が不足しているという問題があり、なんの支援もなければ、このままでは2週間以内にほぼ全ての人間が生き絶えてしまうのは明白だった。

 

しかし、本来それを行うべきであるはずの軍隊は機能していない。人々は残された僅かな食料を分け合い、生きながらえようとするも……最早、彼らの生存は絶望的な状態にあると言えた。

 

何一つとして良い未来が見えない

 

希望はない

 

明日は来ない

 

あるのは絶望だけ

 

誰もがそう思いながら、さらに24時間が経過した。

 

 

 

新暦25年(AD2499)4月5日

極東共和国の崩壊から72時間後……

 

 

 

AM 06:35

 

 

 

その日、極東に太陽が昇った。

 

実に、3日ぶりの太陽だった。

 

成層圏を舞っていた土砂は世界各地に分散し、暖かな日差しが久し振りに極東を照らした。寒さは緩和され、皆は太陽から放出される光を求めて水平線の彼方を眺めた。

 

その時だった

 

おお……! 見よ!

水平線の向こうから、何かがこちらへと向かってくるではないか

 

それはまさしく『白い壁』だった。

 

空に浮かび上がった白い壁が、太陽を背にして徐々にこちらへと近づいてきていた。

 

無論、壁などではない

それは箱舟だった。

 

空に浮かんだ無数の白い箱舟が、横並びになって数十キロにも及ぶ巨大な壁を形成していた。箱舟は大小併せて12隻にも及び、その船体にはどれも『白鯨』をモチーフにしたマークが描かれていた。

 

輸送機ならまだしも、空を飛ぶ船など前代未聞だった。人々はその光景に呆然となりながらも、しかしどうすることもできずにそれらを仰ぎ見ていた。

 

やがて、朝焼けに染まった極東の上空に到達した12隻の箱舟たちは、空を支配するかのごとく編隊を崩してゆっくりと高度を下ろし始めた。

 

人々はそこで初めて、箱舟がそれぞれ火砲や魚雷らしきものを積んで武装していることに気づいた。

 

それはまるで、地球の侵略を目的としたエイリアンの船団が、神々しく地上へと降下しているかのような光景だった。

だか、既に絶望に打ちひしがれていた人々にとって、今更新たな絶望が追加されようがそれは同じことであり、心底どうでもよいことであった。

 

そのため、箱舟から下船したクルーたちが、何も言わずに被災者たちに対して食料や医薬品の供給を始めたのを見て、とても驚愕した。

 

支援を開始したのは一隻ではなく、極東に降り立った全ての船が一斉に食料や飲料水、医薬品の積み下ろしと供給を開始した。

さらに怪我を負った者、病気にかかった者に対しては必要に応じて艦内の医療用スペースへと案内し、医師による診察を受けさせた。

 

先の見えない絶望の中、突如として舞い降りた希望

 

 

 

それはMSF(国境なき艦隊):『モービィ・ディック』

最高司令官、エイハブによるものだった。

 

 

 

極東の異変をいち早く察知したエイハブは、独自の外交ルートを通じて世界各国へ極東共和国の支援を呼びかけた。それから約2日かけて世界各地から支援物資を集めると、来るべき時に備えて極秘裏に開発していた空中艦隊の一部を急遽抜錨させ、約1日をかけて艦隊に配備、極東へと送り届けた。

 

支援物資を提供したのは、合衆国や日ノ丸などといった極東の近隣諸国や友好国が主だったのだが、その中には新暦19年(AD2493)の第2次新大陸戦争の影響により疲弊しているはずのグレートブリテンからも救いの手は差し伸べられた。

 

そればかりか、驚くべきことに極東共和国と敵対関係にあるはずの勢力からも少なからず支援物資は送り届けられていた。

 

 

 

その一つが、機械教廷だった。

 

 

 

機械教廷は先の浄化戦争の際、極東軍と交戦状態に陥っていた。最終的には極東軍に対して敗北を喫しており、その後の和平交渉に応じることで終戦を迎えた。

 

それにより、機械教廷は極東共和国に対して恨みを持っていた。そのため、機械教廷はこの機に乗じて征伐軍を極東へ派遣することも考えられた。

……にも関わらず、では、そんな機械教廷がなぜ敵国である極東共和国に対して敵に塩を送るような真似をしたのだろうか?

 

それは機械教廷がこの時、極東共和国に軍隊を送り込むことができないとある事情があったからだった。その理由は後に明かされることになるのだが、機械教廷は様子見という形に徹したかった。

 

また、この状況で支援物資を送ることは極東共和国に対して大きな貸しを作ることを意味しており、後々の外交にも大いに役立つと考えていたのだ。

 

大勢の上級司祭を失った浄化戦争での悲劇を経験していたこともあり、機械教廷もただ感情の赴くままに軍を起こすほど馬鹿ではなかったのだ。

 

また、戦力の大半を失ったとはいえ、それはあくまでも即戦力となる戦力の大半を失ったということであり、極東共和国にはまだ眠れる獅子と言えるほどの軍事力が残されていた。

 

そんな極東共和国に対して貸しを作ることは、どの国にとっても今後のことを考えるとメリットになった。そのため、支援物資を用意した国の殆どがそれを目当てにしていた。

 

だが、極東共和国へ貸しを作ろうという思惑の中でも、一切の利益を求めない助け合いの精神からくる行動や、善意の心は確かに存在していた。

 

 

 

世界は残酷だった

だが、無情ではなかった。

 

 

 

世界中から極東共和国に向けて、次々と支援物資が送り届けられ、人々が餓死や凍死を免れ始めると、今度は少しずつインフラの整備がなされ始めた。

 

ここまで来ると、極東軍も戦力の再編制を完了させ、本格的な被災者の支援活動を開始することが可能になった。また、それを支援すべく、世界各地からNPOのボランティアが集結するようになり、極東共和国の人々はようやく先の見えない日々を脱することができた。

 

復興までの道のりは長く、険しいものだった。

しかし、モービィ・ディックや様々な国家、そしてそれに属する多くの人々の後押しを受け、極東の人々は明日を目指して歩き始めることができた。

 

 

 

しかし、世界中が極東共和国に救いの手を差し伸べているその中で……密かに極東共和国に対して武力侵攻を行おうとしていた者たちがいた。

 

それは、日ノ丸……高橋工業だった。

 

兼ねてより世界征服を目論んでいた高橋工業の総帥、高橋徹は極東共和国の異変を察知し、この騒ぎに乗じて、後々の大規模大陸侵攻作戦への橋頭堡を確保するべく、海上から極東へ軍隊を送り込むことを決定した。

 

 

 

深夜、人目を盗むかのように高橋の艦隊が港から出航した。

 

 

 

新暦25年(AD2499)4月6日

AM 00:00のことである……

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

新暦25年(AD2499)4月6日

AM 07:12

極東共和国の崩壊から約96時間後……

高橋軍の出撃から約7時間後……

 

 

 

日ノ丸ー神皇宮ー

 

 

 

ここは日ノ丸最大の要所であり、神官や民衆たちから『神』と呼ばれる存在を保護するための場所だった。

 

……と言えば聞こえが良いように思われるが、保護される立場にある皇居の主人にしてみれば、二重の門と高い堀に囲まれたその場所は優美な監獄に過ぎなかった。

 

彼女にとって、皇居は自分を幽閉する檻だった。

そして、それに囚われた自分は囚人と何ら変わらない存在であることを自覚していた。

 

神皇宮の最上階。皇居の主人はバルコニーから外の世界を見渡していた。それは唯一、彼女が見ることを許された外の世界であり、彼女の視線の先には、暖かな朝焼けに照らされた日ノ丸が広がっていた。

 

「…………」

 

しかし、一面美しい赤色に光り輝く日ノ丸の情景も、平和の色に染まっているその光景も、所詮は一時的にものに過ぎなかった。次の瞬間、彼女は日ノ丸の景色が燃え盛る火の海に包まれる光景を幻視した。

 

そして、火の海の中に巨大な黒い影が姿を現した。

 

黒い影はバルコニーに立つ彼女の存在を見とめると、神皇宮を覆い尽くすほど体を肥大化させ、その強靭な爪を閃かせて彼女の元へと迫り、そして……

 

「…………神皇様?」

 

「…………!」

 

隣に控えていた忍者の格好をした少女に呼びかけられ、神皇は我に帰った。すると、彼女の前に迫っていた黒い影も、火の海に包まれる日ノ丸もかき消え、彼女の瞳に平和な日ノ丸の情景が蘇った。

 

「…………いや、なんでもない」

 

新皇宮の主人である彼女は、忍者の少女にあらぬ心配をかけぬよう静かにそう告げた。

 

彼女は日ノ丸の君主である『神皇』

美しい黒髪、日ノ丸の古典的で厳粛な身なり。

どこか幼さが感じられる風貌であるにもかかわらず、それに反して彼女の内側から放たれる煌びやかで神聖な雰囲気は、彼女と対峙したあらゆる者を萎縮させるほどの圧倒的な存在感があった。

また、日ノ丸の民から崇められていることもさながら、彼女の所有する能力のことも踏まえると、彼女は人類で最も神に近い存在であると言えた。

 

「それで、高橋の軍隊は撤退したのだな?」

 

「……」

 

神皇の言葉に、忍者の少女は小さく頷いた。

 

「そうか……それで、高橋の被害は?」

 

「……」

 

続いて、忍者の少女は出撃した高橋軍の船の数と、戻ってきた船の数が同じである……つまり、高橋軍への被害はないことを告げた。

 

「そうか、まだ……あやつは動かぬか」

 

「?」

 

神皇の言葉に、忍者の少女は首を傾げた。

話の流れからして、神皇の話す「あやつ」が高橋工業の総帥、高橋徹ではないことは明らかだった。

 

「いや……ところで、高橋はこの余を便利な傀儡のように見ているのだろうな。む……? そんな顔をするでない、余は他人からどう見られようが別に気にしてはおらぬし、実際そうなのだからな」

 

そこまで言って「だが……」と付け加えた。

 

「余は政に関して何の実権も持たない身ではあるが、この国で悪知恵を働かせている者をなんとかすることはできなくもない。だが、余はそれをしない……その必要がないからだ」

 

「…………?」

 

神皇の言葉に、忍者の少女は再び首を傾げた。

 

「いや、気にするな」

 

そう言って神皇は手を振って忍者の少女を制しつつ、チラリとバルコニーの入り口へと視線を送った。

柱の陰に、巨大な刀を携えた大男が佇んでいた。彼は大天帝時代から神皇宮を守護してきた武士の末裔の1人であり、神皇の盾と呼ぶべき人物である。

神皇宮を守護する彼らの剣は、現存するあらゆる剣の流派のどれにも沿わず、型や太刀筋の美しさを捨て、ただ迫り来る敵を斬り捨てるためだけにあった。

 

いま、この場でその話をしてしまえば、きっと彼は怒ってしまうだろう。そう考えた神皇はそこで口を噤んだ。

 

「もうよい、下がれ」

 

「…………」

 

神皇がそう告げると、忍者の少女は小さく頷いて立ち上がり、バルコニーの手すりに手をかけた。

 

「待て」

 

「……?」

 

忍者の少女が手すりにかける力を強くしたその時、神皇は今まさにこの場から立ち去ろうとしている少女を呼び止めた。

 

「いつもすまぬな。次も……また、外の世界の話を聞かせてくれ」

 

「…………」

 

忍者の少女は小さく笑って頷くと、置いた片腕の力だけで弧を描くように手すりを飛び越えると、そのまま神皇宮の軒先へ落下を始めた。

 

少女のその去り方に思わずヒヤリとするものを感じた新皇だったが、バルコニーから下を覗き見ると、落下したはずの少女はまるで幻影だったかのようにその姿を消していた。

 

「いつも窓から入ってくるかと思えば、出て行くのも凝ったやり方とは……相変わらずだな、嵐よ」

 

神皇はそう言って、姿の見えなくなった忍者の少女を見送った。そして彼女が振り返った時、つい先ほどまで柱の陰にいたはずの武士もまた、煙のように姿を消していた。

 

その時、空から舞い降りてきた機械仕掛けの小鳥がまるで羽休めをするかのように、バルコニーの手すりにその小さな足を置いた。新皇はそれに気づくと、機械仕掛けの鳥に向けて手を差し伸べた。

 

機械仕掛けの鳥はそれに反応し、新皇の掌の上へピョンと飛んだ。それから人差し指の先に移動すると、チチチチ……とさえずり、首を傾げた。

 

「まだ、その時ではない……か」

 

指先の小鳥を見つめて、神皇は誰に言うでもなく呟いた。

 

そして、彼女はいつかの日のことを思い返した。

 

 

 

それは約束だった。

 

 

 

いつか神皇宮から彼女のことを連れ出し

一緒に海を見に行こうと言ってくれたこと

 

そして、世界を見せてくれると……

 

そう誓ってくれた、あの日の、あの人のことを

 

神皇宮に幽閉された彼女にとって、それは淡い希望だった。

 

ただの戯言だと思っていた

体裁を取り繕うための虚言だと

その場しのぎの妄言だと、そう思っていた。

 

けれど、今は違う

 

親友を通じて伝わってくる、あの人の活躍が……彼女の淡い期待をさらに色濃いものにさせ、その言葉が嘘でないことを証明していった。

 

 

 

「その時を、待っているぞ」

 

 

 

いつか、自分をこの檻から、呪縛から解放してくれる……この広い空の中へと誘ってくれる。その日のことを待ちわびるかのように、神皇はゆっくりとした所作で大空へと手を伸ばした。

 

新皇の指先から飛び出した機械仕掛けの鳥が、朝焼けと青空の境界に向けて、高く……高く……羽ばたいていった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

数時間前……

 

新暦25年(AD2499)4月6日

AM 02:20

 

民間の商船に偽装した高橋工業の艦隊

極東を目指して、秘密の航路を進む。

 

 

 

その道中、襲撃アリ

 

 

 

突如として上空に出現したモービィ・ディックの空中艦隊が、高橋軍の行く手を阻んだ。空中艦隊はぴったりと高橋軍の進路上に姿を現しており、まるで高橋軍の行動を予想していたかのようだった。

 

高橋軍の司令官は圧倒的な戦力差を前に、進軍を断念

 

世界を股にかけて活動する巨大組織と、日ノ丸最大の企業が抱える軍隊の衝突。しかし、両軍とも一度も火線を交えることなく戦闘は終結した。

 

両陣営ともに被害はなし

 

 

 

作戦の失敗に、高橋総帥は激怒した。

 

 

 

情報漏れの可能性を疑った高橋軍の参謀本部は、捜査を開始。

 

この極秘作戦に関わった者数名に対して数十時間にも及ぶ尋問を行うものの……結局、情報漏れの決定的な証拠は見つけられず、捜査は徒労に終わった。

 

最終的に幹部クラスの職員が責任追及という形で処罰され、この極秘作戦の失敗は闇に葬られてしまった。

高橋徹は苛立ちを覚えながらも、次の機会に向けて新しく準備を進めることにした。

 

当然のことながら、高橋工業の動きをモービィ・ディックに逐一報告していた双子のスパイが、その捜査線上に浮上することはなかった。

当の彼女たちは今頃、普段と変わらない何食わぬ顔をして高橋家の令嬢、高橋夏美の側にぴったりとくっついてまわっていることだろう。

 

 

 

 

 

新暦25年(AD2499)4月7日

 

 

 

 

 

極東における餓死や凍死からの完全な脱却と、ある程度のインフラ復旧が完了したのを確認したエイハブは、復興の任務を極東軍へと引き継ぎ、艦隊を極東から撤退させた。

 

 

 

水平線の彼方から現れ、そして水平線の彼方へと消えていく白い箱舟たち。天よりの使者、未曾有の危機を救ってくれた英雄たち……人々はその光景をそう語り継ぎ、彼らの存在を永遠に忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

新暦25年(AD2499)4月8日

 

 

 

 

 

三日月・オーガス、極東を訪れる。

 

 

 

 

 

to be continued...




大分間が空きましたが何とか書ききれました。少ないですが……
(あと、諸事情により作者の一人称を変えます。以降は「ムジナ」で)

というわけで、延長戦の第1話でした。
ムジナはですね、ダッチーはもっと壮大な感じでアイアンサーガを描いていいと思うんですよね!伏線もたくさん張り巡らせて、ベカスたちの行動の裏側で、色んな組織の陰謀やら思惑や企みがあったとか、そういう描写がもっとあってもいいと思います。

指揮官様もそう思いませんか?

では、また次の話で……


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第22話:再起動

最近、ピークだった頃に比べて更新速度がガクッと落ちているのは忙しいというのもありますが、ムジナ(作者)がホロライブにハマっているのが原因だったりします。とくに桐生Cコ氏が面白くてですね……あと任侠出身だそうなのでこれを機に、任侠ガンダムと称される鉄オルのブームも再加熱しないかなって思う今日この頃です。

あと、ホワイトデーに実装される(この時点で草)グラサン野郎の機体、地味にカッコよくて草なんですけど(本人は豊◯真由子に暴言を吐かれそうな外見をしていますし!)
でも、せっかくなので指揮官の皆様はグラサン野郎共々、是非使ってあげてくださいね!(大人の事情的な)補正がついてて強いと思いますので!

まあ、ムジナは使いませんけどwww(エビオ構文)


前置きが長くなってすみません
それでは、続きをどうぞ……





 

 

某所

 

地中深くに建造されたソロモンの秘密基地

 

この基地の存在を認知しているのは、数多くの人員で構成されているソロモンファミリーの中でも、ごく一握りのみである。

 

そこには巨大な格納庫があった。

四方上下を1メートル近い厚さの隔壁で覆われた格納庫は、実に20機ものBMを収容可能……という広いスペースを擁していた。それにもかかわらず、機体を固定させるためのハンガーは一つのみで、鎮座しているBMもそのハンガーに固定されている1機のみだった。

 

それはこの、たった1機のBMを格納するためだけに建造されたものだった。いや、どうあがいても日の光を拝むことのできない薄暗いその空間の中央で、それは無数のワイヤーと巨大なチェーンで全身を拘束され、太いチューブで壁に固定され一切の自由を奪われていた。それに対する扱いを見ていると、それが格納とは程遠いことは目に見えてわかることだろう。

 

『…………』

 

黒い機体はハンガーの中で正座するかのような姿勢で駐機していた。一切の物音をたてることなくダラリと両腕を地面に垂らし、そのツインアイに僅かな光すら灯すことなく、まるで死んでいるかのように身動き一つしなかった。

 

LM−08? バルバトス

 

ファントムのコードネームを当てられた謎の機体、そして三日月はこの機体のことを黒いバルバトスと呼んでいる。

 

たった1機で極東を崩壊させた悪魔は、現在……全ての悪魔を束ねる王、バアルの命を受け、休眠状態に入っていた。

 

「…………」

 

ソロモンに所属する紫髪の女性……エレインは、死んだように眠るバルバトスのそんな姿を、モニタールームの映像越しに見つめていた。

 

「ここで何をしている?」

 

エレインが頰に手を当てて何かを考えるような仕草を見せた時、モニタールームに白髪の老人が姿を現した。

振り返ったエレインは、声の主がリヒャルトというソロモンの研究者であることに気づくと、すぐさま興味を失くしたように、モニターの中の黒い機体に視線を戻した。

 

「ふむ……エレインよ、この機体のことが気になるのか?」

 

エレインが見ているものに気づいたリヒャルトは、小さく息を吐いて顎に手を当てた。

 

「これとよく似た機体を、前に見たことがある」

 

「なに……?」

 

エレインのその言葉に、リヒャルトは一瞬だけ顔をしかめた後、それからなんの前触れもなく高らかに笑った。

 

「……何がおかしいの?」

 

エレインは不機嫌そうにリヒャルトを流し見た。

 

「いや、失礼。お前があまりにも突拍子もないことを言うものだから、ついな」

 

「嘘じゃないわ」

 

「ふむ……エレインよ、確かお前は記憶喪失だったな?」

 

エレインは苛立たしげにリヒャルトへ振り返った。

 

「ええ、そうよ……私には昔の記憶がない。自分が誰で、どこで生まれ育って、誰といたのかすら分からない。ソロモンにいるのも、自分の記憶を取り戻すための……いわば一時的に協力しているだけに過ぎない」

 

語気を強めに、エレインは続ける。

 

「でも、私の記憶とこの機体は関係ないわ。それに、私があの機体を見たのはここ最近のこと……」

 

「ふむ……ワシが復元した他のゴエティアと見間違えたのではないのか? ゴエティアは元々、古代ソロモンファミリーが製造した決戦兵器だ。その生産ラインは殆どが同じものを使用していると聞いている。それゆえにゴエティアの中には姿形が似ているものも少なからず……」

 

「いえ、違うわ。私はあの機体を見たことがないし、それに……あの機体のパイロットは、明らかにソロモン出身ではなかった」

 

「なっ……!? このわし以外にもゴエティアの復元に成功した者がいるとでも言うのか? ハッ、それはあり得んな!」

 

リヒャルトは吐き捨てるように声を放った。

 

「エレインよ、いいか? 量産型として再開発が行われたものはともかく、ゴエティアというものは基本的にこの世に二つと無い、唯一無二の存在なのだ。しかも、その殆どが古代の戦争で破壊され、残された一部も未だ行方不明なのだ」

 

老人の口調が自然と早口になる。

 

「しかし、行方不明のゴエティアの捜索及び発掘を行うとなるとそれはまず間違いなく大掛かりなものとなる。お前に預けたベリアルを発掘するにもかなりの時間と膨大な費用がかかっている。それ故に、世界中に監視の目を持つ我らソロモンファミリーの目を盗んでゴエティアの発掘を極秘裏に実行するのはほぼ不可能であると言えるのだ! たとえ発掘に成功していたとしても、わしがそれを見逃すはずはないのだ!」

 

「でも、私は……」

 

なおも反論しようとするエレイン

 

その時、モニター室に来訪者が現れた。

 

「よっ! じいさんはいるかい?」

 

振り返ると、右目に眼帯をつけた女性がいた。

黒髪で、肩に巨大な長銃を担いでいる。

 

「セレニティ……?」

 

エレインは女性を見るなり静かに呟いた。

 

「おっ! 私のお姫様!」

 

セレニティはモニターの前に佇むエレインを見つけて笑みを浮かべた。心なしか、鼻息が荒くなっている。

 

「その言い方は止めてよ、でも……いいところに来てくれたわ! ちょっとだけ、これを見てくれる?」

 

そう言ってエレインはセレニティを手招きし、拘束されているファントムの様子が映し出されたモニターを指差した。

 

「ねぇ、セレニティ。この機体に見覚えはない?」

 

「んん?」

 

セレニティは左目を細めてモニターの中のファントムをしばらく見つめた後……

 

「さあ? 知らないねぇ」

 

そう言って肩をすくめてみせた。

 

「もう! よく見てよ! この機体……前に、アフリカで遭遇したあの白い機体によく似ているとは思わない?」

 

エレインはそう言いつつも、自分でも少し前のことを思い返してみた。

 

セレニティと共にアフリカでベリアルとパイモンの実地テストを行っていた最中、偶然立ち寄った村で出会った黒髪の少年(三日月のこと)

そのあと、色々あって騒動が起きた際には、彼と共に戦うことになった。そして、彼が呼び出した白いBM

彼はその機体をバルバトスと呼んでいた。(第8話参照)

 

セレニティからも何か言ってくれれば自分も言葉を信じて貰えるはず……そう考えていたエレインだったのだが……

 

「そんなこと言われてもぉ、別に興味ないしぃ〜」

 

しかし、セレニティはヘラヘラと肩をすくめるだけだった。

 

「ところで……今日もいつものように美しいねぇ、私のお姫様」

 

そう言ってセレニティは一瞬のうちにエレインの隣に移動すると、続いて陶酔したような表情を浮かべ、左手でエレインの顎を持ち上げた。それから、右手でこっそりと彼女の魅惑的な臀部に手を伸ばそうとして……

 

「あ痛っ!?」

 

セレニティの手が届く前に、エレインは慣れた手つきで彼女の耳を引っ張った。

 

「もうっ! いい加減にしなさい!」

 

エレインはしばらくセレニティの耳を引っ張ったあと、そう言って地面に突き飛ばすかのように彼女の耳を離した。

かくして床にへばりつくことになったセレニティだったが、その表情はデレデレとしたものになっており「えへへぇ〜」と、まんざらでもないような声を放っていた。

 

「まったく……」

 

セレニティのそんな様子に辟易としつつも、エレインは再びモニターに映る黒い機体に視線を送った。ついでにモニターの表示板を見ると、そこには『LM−08 バルバトス』の文字が光っていた。

 

(アフリカで見かけた白い機体と、この黒い機体……どちらも名前は同じ『バルバトス』。これは偶然? いや、でも姿形まで似ているのはいくらなんでもおかしい……)

 

エレインは少しだけ考えるそぶりをみせた

そして、リヒャルトへ視線を送った。

 

「博士、一ついいかしら」

 

「何かな?」

 

「このゴエティア……バルバトスはいったいどこで?」

 

「うむ、この機体は今から数十年前に極東で発掘されたゴエティアでな。なんと300メートルもの地下に埋もれていたのだ」

 

博士はそれから発掘がいかに大変だったのか、どれだけの資金と人材を投入したのかについて長々と語った。

 

「……で、それだけのリソースを費やして発掘したにもかかわらず、いざ地上へ引き上げてみると驚くべきことにこのゴエティアは一瞬のうちにボロボロに砕け散ってしまったのだ……残ったのはコックピットと一部のパーツのみだった」

 

地面に埋もれていたことで、今まで風化を免れていたものが大気に触れてしまったことで急激に風化が進んでしまったのだろう、リヒャルトはそう補足した。

 

「それを、博士が修復したと……」

 

「いや、修復作業はしていない」

 

「え……?」

 

思いもよらないリヒャルトの言葉に、エレインは疑問符を浮かべた。しかし、リヒャルトの表情は至極普通で彼の性格的にもとても冗談を言っているようには見えなかった。

 

「わしは本当に何もしておらんのだ。ただ大崩壊時代の記録を抽出するために機体のAIを復元させただけで、他には誰も何も手をつけておらん……そもそも、機体の劣化が激しく手のつけようがなかったのだ。このわしですらな」

 

「では博士……この機体は……」

 

「そう、修復したのだ……自動的にな」

 

リヒャルトは真顔でそう告げた。

 

「いや、自己修復機能を持つこと自体はそう珍しいことでもない。古代機の中には瀕死の状態になると一瞬のうちに機体を無傷の状態に復元することができるものも存在している。問題は……自己修復にも限度があるということだ」

 

そこまで告げて、リヒャルトは頭を振った。

 

「いくら高度な自己修復機能を持っていたとしても、全身の9割を失った機体が完全な状態にまで復元することはほぼ不可能だ」

 

「それは、どういうことなの……?」

 

「ふん、わしの知る限りのことを話してやろう」

 

エレインの疑問に、リヒャルトは片眼鏡のズレを直してから、ゆっくりと答え始めた。(リヒャルトのセリフが長いので、要所ごとにカットさせていただきました)

 

「一部のソロモンファミリーは、この現象をロストテクノロジーの産物による必然的な奇跡だと吹聴している者もいる……だが、公式が全てである科学技術の分野において必然と奇跡が入り乱れるということはなく、ましてや無から有を作り出すような無償の奇跡など存在するはずがないのだ

 

であるからして……わしは、この現象をAIを復元したことによるものだと考えている

 

このゴエティアに搭載されているAIは特別なものでなく、十二巨神やバアルと同様のマスターシステムを採用しているようなのだ。そのAIを起動するためにはマスターと呼ばれる特別な存在を必要としており、またマスターが存在しなければAIの抽出も行えない

 

しかし、AIが完全に死んでいる以上マスターの選定が行われることはなかった。AIを復元させる鍵を握るマスターの代替として、ワシらはアフリカで回収した『ジョン・ドゥ』と呼ばれる特別なアーティファクトをバルバトスのコックピットに収めたところ……」

 

「……あの」

 

早口でまくしたてるように話すリヒャルトに、エレインは困り顔を浮かべた。早口である上によく分からない専門用語が次々に飛び出すものだから、話の内容が頭の中に入ってこないのだ。

 

「そのようにして復活したバルバトスは、さらにその隣に放置していた別のゴエティアの基礎フレームにも影響を与え、かくして……」

 

「何をしている?」

 

その時、モニター室にまた新たな来訪者が姿を現した。

 

「む? おお、これはこれは……オーシン様」

 

モニター室に現れたその男、ソロモンの盟主、オーシンの姿を見るや否や、リヒャルトは帝国風に恭しく頭を下げた。

それに続いてエレインも小さく頭を下げた。

 

「オーシン様、わしはこの女にこのゴエティア……バルバトスのことを説明してさしあげていたのです」

 

「私の命令を無視してか?」

 

リヒャルトの言葉に、オーシンは冷たい視線を送った。

 

「は? 命令ですと? そのようなものは……」

 

「げっ!」

 

そこで、今まで床にへばりついていたセレニティが反応した。

 

「セレニティ……あなた、まさか……」

 

そういえば、セレニティはこの部屋に来た時にリヒャルトのことを探しているようだった……そのことを思い出し、エレインはセレニティを叱ってやろうかと思うも、すぐさまその責任は少なからず自分にもあると判断し、ため息をついた。

 

「まあいい、それよりも……バルバトスはどうだ?」

 

「はい、休眠状態に入ってから104時間が経過しましたが機体のAIやジョン・ドゥの様子に一切の異常は見られませんな」

 

「そうか、なら……起動準備にかかれ」

 

「なんですと?」

 

驚いた様子を見せるリヒャルトに、オーシンは続けた。

 

「つい先程、古代遺跡の調査を行っていた部隊から連絡が入った。遺跡内部より、観測開始以降かつてないほどの超高出力EMPが観測されたそうだ」

 

「ほう?」

 

オーシンの言葉に、リヒャルトの目が鋭い光を放った。

 

「私はこれを、巨神復活の兆候だと推測している」

 

「巨神……」

 

オーシン発したその単語に、エレインは息を呑んだ。

 

「しかし、巨神の力は未知数ですぞ? ロストテクノロジーの集大成とも呼べるアレは本来、発見次第永久的に隔離・封印することが推奨されるシロモノであり……まさか、そのためにバルバトスを……?」

 

リヒャルトは何かに気づいたようにオーシンを見た。

 

「リヒャルト、命令だ。直ちにバルバトスの封印を解除し、実働部隊とともに現地に赴け。そこで巨神復活の確証が得られれば、その能力の観測を行うのが貴様の役割だ。また可能であれば、バルバトスを投入して巨神の力の奪取を実行せよ」

 

「御意」

 

リヒャルトは片膝をついてオーシンの言葉に従った。

 

「エレインは基地で待機。セレニティ、貴様は実働部隊だ」

 

「ええーっ!」

 

エレインと一緒にいられないことを知り、セレニティは悪態を吐くが、オーシンの放つ鋭い視線に耐えかねたのか、渋々というように頷いた。

 

「以上だ。では、行動開始だ」

 

そう言ってオーシンは3人に背を向けた。

 

「オーシン様……して、その場所とは……?」

 

「……ああ」

 

リヒャルトの言葉に、オーシンは「言うのを忘れていた」と言うような顔をして振り返り、そして短く……こう告げた。

 

 

 

 

 

「チュゼールだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第22話:「再起動」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイダロス2号ー会議室ー

 

 

 

『クソッ! 奴をこれ以上、街に近づけるな!』

 

会議室は極東軍人の罵声で溢れていた。

 

『バケモノめ! ここがお前の死に場所だ!』

『よくも極東武帝をやってくれたな!』

『野郎! チリ一つ残さず消してやるッ!』

 

次の瞬間、数え切れないほどの閃光が走り、真っ暗な会議室を白く染め上げた。また、立て続けに響き渡った銃声は騒音となって室内を目まぐるしく駆け回った。

 

『なんて奴だ! いくら撃っても死なないぞ!』

 

『構わん、撃ち続けろ!』

 

『落ちろ! 落ちろおおおおおおおッッッ!!』

 

罵声とともに、さらに無数の銃声と閃光が放たれた。

 

 

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!』

 

 

 

しかし次の瞬間、会議室に一つの悲鳴が響き渡ったかと思うと、途端に極東軍人たちの罵声も無数の銃声もピタリと止み、無機質なノイズ音が響き渡るだけとなった。

 

「…………」

 

それが、彼らを映した最後の姿となった。

会議室のど真ん中に座り、その映像を見ている小さな人影が一つ。映像が終了したのを見届けたその人物は、無言で手元のリモコンを操作して次の映像へチャンネルを切り替えた。

 

モニターに次の映像が映し出された。

今度はヘリの機首に搭載されたカメラの映像だった。

 

真っ暗な空を飛行する攻撃ヘリ。ヘリのパイロットは、地上を走る黒い影に向けて立て続けにミサイルを放ち、レーザーを照射するも……黒い影はこれといって動じた様子を見せない。

 

次の瞬間、見えない攻撃が攻撃ヘリを襲った。

モニター全体に爆炎が映し出され、それ以降、攻撃ヘリのカメラが何かを映し出すことはなかった。

 

「…………」

 

小さな影が再びモニターのリモコンを操作すると、今度は両腕に大量の火砲を装備したBMから送られてきた映像に切り替わった。

 

重装備のBMは、市街地を進む黒い影に向けてありったけの弾丸を叩き込んでいた。その破壊力は凄まじく、跳弾がぶつかっただけでもビルを倒壊させてしまうほどのパワーを有していた。

 

しかし、放たれた弾丸は一発たりともモニターの中の黒い影に命中することなく、まるで黒い影を避けているかのように周りの地形だけを破壊していた。

 

BMが火砲の弾を撃ち尽くすと……

次の瞬間、視界から黒い影が消失した。

 

BMのパイロットがその行方を追ってカメラを左右に走らせようとした時……機体が大きく揺れ、そしてカメラの映像が180度回転した。

 

「…………!」

 

可動域を超えて反転したモニターに、黒い影が映り込む

 

『…………』

 

黒い影は、映像を見ている者の様子を伺うかのようにカメラの中を覗き込むと、そのツインアイに狂気の色を閃かせ、ニヤリと笑った。

 

黒い影が左腕を掲げると、そこで映像は途切れた。

 

「…………」

 

再生するものがなくなり、砂嵐しか吐き出さなくなったモニターを三日月はジッとしばらく見つめていた。どこか心ここにあらずというような雰囲気でもある。

 

三日月の瞳からはなんとも言えない強烈なプレッシャーが放たれ、それと同調するかのように、三日月の体から得体の知れないオーラが発せれ、オーラは影となって三日月の背後で怪しく揺らいだ。

それはまるで、砂嵐の中に消えてしまった黒い影……いや、黒いバルバトスの姿を追跡しているかのようだった。

 

 

 

パチン

 

 

 

「……!」

 

その時、会議室の照明が点灯した。

 

「もう、三日月くんったら!」

 

「……ミドリちゃん?」

 

ふと我に帰った三日月が振り返ると、会議室の入口のところに、三日月の保護者であるミドリが佇んでいた。

壁に取り付けられた電灯のスイッチから手を離し、少しだけ怒った様子で三日月のことを見つめている。

 

「テレビを見ると時は部屋を明るくして、十分離れてからではないと……めっ! ですよ!」

 

「そっか……ごめん」

 

三日月は頭をかいて、素直に謝罪した。

 

「……ふふっ」

 

しゅんとした様子の三日月に、ミドリは少しだけ微笑んでその頭を優しく撫でてあげた。三日月はミドリのとったその行動に疑問を抱く

 

「ミドリちゃん? 何してるの?」

 

「いえいえ〜、何でもないですよ〜」

 

そう言いつつも、ミドリは三日月の髪の毛を整えるような頭ナデナデを続けた。三日月はミドリのそんな様子に疑問を抱きつつも、彼女の温かい手で撫でられることは特に嫌でもなかったので「まあ、いつものことか」とそれを受け入れた。

 

「三日月くん〜、送られてきた映像は全て目を通したんですか?」

 

ミドリはモニターの砂嵐をチラリと見た。

 

「うん」

 

「何か、参考になりましたか?」

 

「……とっても」

 

ミドリの問いかけに三日月は短くそう告げ、それからリモコンを手にとってモニターの電源を落とした。

ミドリが撫でるのをやめると、三日月は立ち上がって凝り固まった体をほぐすように背伸びをして、それから小さく欠伸をした。

 

「ミドリちゃん、ありがと」

 

「いえいえ〜、他ならぬ三日月くんの頼みなんですから! それよりも、このミドリちゃんに他にやって欲しいこととかありますかぁ?」

 

「ん……今はないかな」

 

「はい、何かあったらいつでも呼んで下さいね?」

 

微笑みを浮かべるミドリに微笑みを返しつつ、三日月は会議室から出ようとして……その途中で、部屋の入り口のところに意味ありげに置かれていたバケツの存在に気がついた。

 

「……?」

 

それはいたって普通のバケツだった。全体が鉄でできており、取っ手のところは木製で、使い古されているのか、その表面はところどころサビで覆われている。

 

「三日月く〜ん、それは気にしなくてもいいですからねぇ〜? 」

 

今から掃除でもするのだろうか? バケツの中には水がなみなみと注がれており、見るからに重そうだった。

 

「俺が持とうか?」

 

「いえいえ〜、ミドリちゃんこう見えて案外力持ちなんですっ!」

 

「掃除? 手伝おうか?」

 

「み、三日月くん〜ッッッ!!!」

 

「え?」

 

「ミドリちゃんのことを気遣うだけではなく、自分から進んで手伝おうとするなんて、はあぁぁぁぁぁぁ……なんていい子なんでしょう!」

 

三日月の小柄な体をその豊満な胸で包み込むようにして抱きしめ、わしわしとその髪を撫でて大げさに喜ぶミドリに、三日月は

「別に、普通でしょ?」

と告げて、ナツメヤシの実を一粒だけ口に入れた。

 

「でも、大丈夫ですよ! 三日月くん! 掃除とひと言に言っても、あんまり人には言えないミドリちゃんのプライベートなお掃除なので」

 

「……そっか、それなら仕方ないね」

 

一瞬、ミドリの瞳に不穏な気配を感じ取った三日月だったが、プライベートと言われてしまえばそれ以上は野暮になってしまう……そう思い、ここは引き下がることにした。

 

「それでは三日月くん、また後で〜」

 

「うん、またね」

 

ミドリはバケツを抱えて廊下の奥へと消えていった。それを見送った日月はその反対側に向かって歩き始めた。

ダイダロス2号の廊下は静寂に包まれていた。聞こえてくるものといえば、両端の天井にズラリと並んだ照明から放たれるジジジ……という電流が流れる音と、三日月の足音のみだった。

 

極東軍から提供された全ての映像見終えてしまった三日月は、特にやることもなくなってしまったので、ダイダロスの甲板に置いてある自分の愛機、バルバトスのところに行こうとしていた。

 

その道中、窓から外の景色を眺めてみる。

 

「…………」

 

大地は夕焼けに照らされ、撒き散らされた血のように赤く染まっていた。その光景に様々な想いを巡らせつつ、三日月は上へ上へと進む。

 

甲板へと続く扉を開くと、夕方の赤い強烈な日光が差し込んできた。それと同時に、飛来してきた冷たい風の流れが三日月の横を通り抜けてダイダロスの内部へと侵入していった。

 

先ほどまで暗い場所にいたこともあり、強烈な日差しは三日月の目にショックを与え、その瞳の奥に黒いもやを作った。

 

「……?」

 

目が慣れるまで扉の前でジッとしていた三日月だったが、風の流れが作り出した轟音の奥に、一筋の音色が隠れていることに気がついた。

 

それは琴の音色だった。

一筋の曇りもない、美しい音色

 

しかし、三日月はその音色の中に、押し隠した感情があることに気づいた。悲しさと寂しさを物語るかのような、まるで全てを奪われた者しか奏でることができない音。

 

視界を取り戻した三日月が扉を閉めると轟音はピタリと止み、琴の音色がよりハッキリと聞こえるようになった。

音の聞こえてくる方向を見ると、甲板の先の方に人影

 

人影は、黒いバルバトスによって平野と化した大地を眺めながら一心不乱に琴を弾き続けている。

 

三日月は音に誘われるようにその人影へと近づく。

そして、演奏者の姿をはっきりと目撃した。

 

「……うるさい人?」

 

それは三日月にとって見覚えのある人物だった。

いつかアフリカで出会った極東出身の傭兵。腕は確かだが、戦闘中ずっと「ザコ!ザコ!」と狂ったように叫び続けるその男は、三日月にとってとにかく耳障りであることこの上なかった。そのため、彼の存在だけはよく覚えていた。

 

三日月はそんな彼の名前こそ覚えていなかったが、とにかく「うるさい人」とだけは認識していた。

 

「……?」

 

声に気づいた演奏者は、琴を弾くのを止めて三日月へと振り返った。

美しい顔立ちの青年は疑問符を浮かべていた。

 

「あれ? 違う?」

 

容姿こそ似てはいたものの、前に見た目つきの悪い極東人とは違い、目の前の極東人は穏やかな目つきをしていた。

「騒音」ではなく「静寂」と呼称するに相応しいその佇まいは、まるで彼の存在が自然の中の一部と同化してしまったかのような雰囲気さえ感じられた。

 

「…………」

 

「……あ、ごめん……人違いだった」

 

「…………」

 

青年はしょんぼりとした表情で三日月のことをジッと見つめた。

 

「ううん、アンタの音がうるさいって言っているんじゃない」

 

「……!?」

 

てっきり琴の音色がうるさいと言われているのかと思っていた青年は、三日月の言葉でそれが勘違いであることに気づいた。それと同時に、まるで心を読んだかのような三日月の言葉に少しだけ驚きを示した。

 

「別に、普通でしょ」

 

「……」

 

「そっか、じゃあアンタは……静かな人だね」

 

「…………」(こくこく)

 

「俺のことは気にしないでいいから」

 

「……」(こくり)

 

三日月の言葉に、青年はまた琴を弾き始めた。

 

口数の少ない三日月と無言の青年。

しかし、2人の間では何故か会話が成立していた。それは2人の間でパロールという言語を伴わない高度な対話が行われていたからなのか、単に三日月の察しがいいだけなのか……恐らく、その答えは2人にしか分からないのだろう。

 

「そっか、アンタも……なくしたんだね」

 

「……」

 

「うん、音で分かった」

 

「……」

 

「……それに、俺も昔……なくしたから」

 

「……」

 

「大切な人を、たくさん……」

 

「……」

 

「……だから、アンタの気持ちも……よく分かる」

 

「……っ」

 

青年は三日月に背を向けた。

青年の頬に伝わる一筋の雫が、夕焼けの光で赤く美しく輝いた。しかし、青年はその涙を拭うことも、琴を弾く手を止めることもなかった。

 

「うん……だからさ」

 

三日月は青年の背中に言葉を続けた。

 

「アイツは……俺がやるよ」

 

「……」

 

「俺はアイツを倒さなくちゃならないから」

 

「……」

 

「アンタも、来るでしょ?」

 

「!」

 

その言葉に、青年は琴を弾く手を止めた。

そして、琴を甲板の上に置き、頬を伝う湿り気を静かに拭い……そして、三日月へと振り返った。

 

「……」

 

そして、青年は力強く頷いた。

 

「……うん、分かった」

 

そう言って三日月はポケットからナツメヤシの実が入った袋を取り出すと、二粒だけ取り出し、そのうちの一つを青年へ差し出した。

 

青年がナツメヤシの実を受け取ると、三日月は毒味でもするかのように先にナツメヤシの実を食べ、それから……こう、青年へと問いかけた。

 

「静かな人、名前は?」

 

「……影麟」

 

影麟はそう言ってナツメヤシの実を口にした。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

仇を討っても虚しくなるだけ

 

 

 

復讐は何も生まない

 

 

 

私怨を晴らすことに意味はない

 

 

 

オレは、ずっとそう思っていた

 

 

 

つい、数日前までは……

 

 

 

ダイダロス2号から少し離れた場所

 

眼下に広がる平野を一望することができる丘……かつては極東の街を一望することもできた丘の、その頂上で銀髪の傭兵、ベカスは水平線の向こうへ沈みゆく太陽を眺めながら、様々な思いを巡らせていた。

 

彼の前には小さな石碑

ただ石を積み上げただけの簡素なもの

 

「ほんとは、もっとちゃんとした墓を作ってあげたかったんだけどな……」

 

その石碑の下には遺体が埋められていた。

 

それはベカスにとっての師匠、そして影麟にとっては親と呼べる存在の遺体だった。しかし、ファントムとの戦闘で遺体は激しく欠損し、残されたのはベカスの拾った一部分のみだった。

 

「師匠……体も……全部は集められなかったけど、今はこれで勘弁してくれ」

 

そう言ってベカスは……生前、師匠がよく好んで飲んでいた酒を開けて、その中身を少しだけ口にした後、瓶を逆さまにして残った全てを石碑に向けて振りかけた。

 

 

 

『オマエは、何も喪っていない』

 

『何も喪っていないオマエに、家族を失った私の苦しみが!』

 

『大切なものを奪われた者の痛みが……分かるか!』

 

 

 

かつてテッサに復讐の無意味さ説いた時、悲しみと怒りにまみれた彼女の表情と彼女の放った言葉が、ベカスの脳裏にフラッシュバックした。

 

「オレ……ようやく、分かったよ」

 

ベカスはようやく気づくことができた。

 

あの時、自分の放った言葉は自身の体面を保つためだけの詭弁に過ぎなかったことを。そして持論を語るだけで、テッサの気持ちを全く理解しようとしていなかったことを……

 

 

 

そう言う話では、ないと気付かずに

 

 

 

あの時、彼女は自分のことをどう見ていたのだろうか? いや、言うまでもなく彼女にとって自分は復讐の妨げになるもの……邪魔な害悪に映っていたことだろう。

 

だけど……いざ、自分が復讐をする立場になってみると、彼女の気持ちがよく分かった。そして、かつて自分自身の言っていたことがありふれた綺麗事に過ぎないということに気がついた。

 

「師匠、辛かったよな……こんな姿になって……」

 

瓶が空になると、ベカスは力なく腕を垂らした。

 

師匠を喪った悲しみ、そして師匠をやった『敵』に対する憎しみが、ベカスにそれを気づかせた。ベカスは生まれた感情を、自分にぶつけるかのように歯を食いしばり、瓶を強く握りしめた。

 

次の瞬間、手の中の瓶はベカスの握力に耐えきれずグシャリと潰れた。大小の破片がボロボロと、ベカスの腕から垂れた血とともに流れ落ちた。

 

 

 

「仇は……オレが討つ!」

 

 

 

甘かった自分と袂を別つかのように

 

ベカスは手の中に残った血まみれの破片を強く払った。

 

やがて太陽が水平線の向こうへ完全に沈み込むと、かつての光を失った極東の大地は、一瞬のうちに闇に包まれてしまった。

 

皮肉なことに、光を失った極東の地からは、星のきらめきが非常によく見えた。

 

夜空に浮かび上がる、無数の星々

 

それは、失われたものの数を表しているかのようだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

ダイダロス2号ー尋問室ー

 

「ぅ……」

 

誰かが扉を開けて部屋の中へと入ってくる気配を感じ、ダイダロス2号の責任者であるその女性……葵博士は暗闇の中でうっすらと目を覚ました。

しかし、葵博士がいくら目を開けようとしても視界に入ってくるのは闇ばかり。まるで失明してしまったかのように何も見えず、葵博士は猛烈な閉塞感と息苦しさを覚えた。

 

体を動かそうにも、葵博士の体は木製の椅子に着席した姿勢で縄のようなものでぐるぐる巻きにされていた。その上、両腕は手すりに、両足も椅子の足に縛り付けられ、全くの身動きが取れない状態となっている。

 

突如としてダイダロスの艦橋へと押し入ってきた謎の男たちに訳も分からないまま拘束され、頭に麻袋を被せられ、そのまま船の尋問室に放置されること12時間……

 

それはたった12時間の話だったのだが、その間、葵博士には話し相手になる者もいなければ、身動きを完全に封じられているため暇を持て余すことすら許されなかった。

 

そんな彼女に食料や飲料水の供給が行われることはなく、そのため彼女には今が朝なのか夜なのか、大体の時間帯を把握することもできなかった。

 

この12時間の間で彼女は何度も悲鳴をあげた。

 

拘束された当初は比較的落ち着いており、冗談も言えるほどの余裕を見せた葵博士だったが、それから1時間もしないうちに声のトーンが徐々に高くなりヒステリックな声をあげるようになってきた。

 

それからも気丈に振る舞っていた彼女だったが、そこからさらに3時間が経過すると、最初の頃に見せていた余裕もすっかり消え失せ、絶叫と共に助けを求める悲鳴をあげるようになった。

 

拘束から逃れようと体を何度も揺らすも、彼女の体に巻きついた拘束帯は頑強で、地面に固定された椅子すらピクリとも動かなかった。

 

 

 

ドリスに助けを求め

 

 

 

ベカスに助けを求め

 

 

 

あまつさえ、自分のことを拘束した者たちにすら助けを求め

 

 

 

それでも誰も来ないことを知ると、彼女は嗚咽を漏らして泣き叫んだ。顔全体を覆っていた麻袋は彼女の撒き散らしたものでびしゃびしゃに濡れた。

 

時間感覚は遥か昔に消失していた。

葵博士は深淵の中でたった一人孤独と戦い続けることしかできなかった。しかし、彼女の視界を支配する闇は、無情にも彼女の精神を少しずつ擦り減らしていった。

 

尋問室に訪問者が現れたのは、空腹と喉の渇きも徐々に最高潮に達し、葵博士が迫り来る死の恐怖を感じ始めた時のことだった。

 

「ア……ぁぁァ……」

 

尋問室に現れた何者かに対し、助けを求める声を上げようとした葵博士だったが、強烈な喉の渇きが葵博士から声を奪った。

 

「み……水……」

 

咳き込み、しゃがれた声で水を求めた。

 

「水ですね」

 

「…………ェ?」

 

次の瞬間、葵博士は顔面に強い水圧を感じた。

 

「ガッ!?……ゲホっ、ゲホっ……かはっ!?」

 

麻袋の繊維の隙間を縫うようにして通過した水流が、葵博士の目、鼻、口へ侵入してきた。あまりにも突然の出来事に、葵博士は苦しむように咳き込んだ。

 

「いい姿ですね」

 

その声と共に、カラン……という何かが落ちる音が尋問室に響き渡った。

 

「だ、誰なの……?」

 

ようやくまともに喋れるようになった葵博士が顔を上げると、その人物は勢いよく葵博士の顔から麻袋を引き剥がした。

 

「うっ……!?」

 

眩しさで顔をしかめつつも、葵博士は状況を確認することに専念した。薄暗い尋問室、照明は天井に吊り下がっている電球ただ一つのみ。自分は部屋の中心に座らされており、床には鉄製のバケツが転がっている。

目の前には人影が一つ、それ以外に人影はない

 

「おはようございます、葵博士」

 

「……!?」

 

麻袋がなくなったことによりクリアになった人影の声を聞き、葵博士はハッとした表情を浮かべた。その声は、葵博士にとってとても馴染みのある声だった。

 

「気分はどうですか?」

 

「……ミドリ……な、なんで……?」

 

葵博士は震えた声で人影を見上げた。

 

「なんで?」

 

人影の正体、それは葵博士の知り合いであり、OATHカンパニーの社長代理であり、そして三日月の保護者役でもある女性……ミドリだった。

 

「それは勿論〜、決まってるじゃないですか〜」

 

ミドリはニコニコとした表情で葵博士の顔を覗き込み……

 

「ぐっ!?」

 

片手で葵博士の首を絞め始めた。

 

 

 

「裏切り者を、尋問するためですよ」

 

 

 

次の瞬間、ミドリの表情が豹変した。

先ほどのニコニコとしたものは何処へやら、一瞬にして顔に暗い影が差し込み、瞳孔をカッと見開いた状態で、強烈な殺意を葵博士に向けた。

 

「……ッッッ!?」

 

豹変したミドリの表情に、葵博士はこれまで味わったことのない恐怖を覚えた。思わず悲鳴をあげかけた葵博士だったが、しかし、恐ろしいまでの力で首を絞められているため、その口からは息の漏れる音しか聞こえなかった。

 

「あはっ」

 

ミドリは嘲笑を放つと、葵博士が落ちてしまう寸前のところで首から手を離した。

 

「げほっ、げほっ……はーっ……はーっ……はーっ」

 

葵博士は過呼吸になってしまった魚のように、酸素を求めて激しく息を吐いた。

 

(ミドリ……っ、なんで……こんなことを……っ!?)

 

「なんでこんなことを?……って、言いたそうな顔をしていますね」

 

「っ!」

 

表情から心を読まれ、葵博士は内心びくりとした。

 

「その顔は……心を読まれた、まずい、ここはポーカーフェイスで切り抜けよう、ですかね?」

 

「…………くっ」

 

葵博士は視線を逸らすように下を向いた。

ミドリの傍に転がっているバケツが目に入った。

 

「信じられない、あなたがこの私にこんなことを、水をかけたりするなんて……ふふっ、分かりますよ〜」

 

「…………っ!?」

 

「研究に関しては他に類を見ないほどの高度な思考を発揮するあなたですが、それ以外のこととなると……例えば、このような一対一での話し合いとなると、あなたほど表情の変化が分かりやすい人はいませんね〜」

 

ミドリはニコニコとしながら葵博士の周囲を回る。

 

「特に、博士は常日頃から無表情ですから〜その分、動揺した時とのギャップと言いますか、それが分かりやすくてありがたいですね!」

 

「……どうして、こんなことを……?」

 

葵博士は観念したようにボソボソと呟く

 

「自分の胸に手を当ててみれば、自ずと答えは分かると思いますが?」

 

「…………弁護士を呼んで頂戴」

 

「……はい?」

 

「じゃないと、私は何も喋らない……」

 

「……あはっ……博士ぇ、まだそんな冗談を言える余裕があったんですかぁ〜?」

 

 

 

ばんっっっっ

 

 

 

「ッッッ!」

 

ミドリはケタケタと笑い、次の瞬間、後ろから葵博士の両肩を勢いよく掴んだ。突然のことに、葵博士は大きく体を震わせた。

 

「自分の立場を分かっていないようですね」

 

ミドリは強い殺気のこもった言葉を吐いた。

そんなものを耳元で囁かれてはたまったものではなく……

 

「ひ……ひぃ」

葵博士は情けない悲鳴をあげた。

 

「フフフ……ミドリちゃんはぁ、暴力は嫌いです。なので話し合いをしましょう〜、あ・お・い・ちゃん?」

 

「わ……分かったわ」

 

冷たいものを背筋に感じながら、葵博士は必死に頷いた。

 

「与えられた業務さえこなしてくれれば、我が社は基本的に副業を認めています。なので葵博士、あなたが裏でとある組織の依頼を受けていることに関しても、今までは目を瞑ってきました」

 

ミドリは葵博士の肩から手を離した。

 

「ですが、状況が変わりました」

 

そうして、葵博士の正面へと回り込んだ。

 

「葵博士。あなたがソロモンと裏で繋がっていることは既に調べがついています」

 

「それが……どうして、こんなことに……?」

 

「おや? まだ気づいていないんですか?」

 

ミドリは肩をすくめて葵博士を見下ろした。

 

「いいでしょう、なら教えてあげます。たった一機で極東武帝を抹殺した挙句、極東共和国を破壊したあのBM……あれはソロモンが発掘した古代兵機、LM−08 バルバトスなのですよ」

 

「なっ!?」

 

葵博士の顔が驚愕に包まれた。

 

 

 

「あなた方はやり過ぎました」

 

 

 

ミドリは淡々と続ける。

 

「結果的とはいえ……最終的に数百万の命を奪い、世界のバランスを崩壊させてしまった。最早、あなた達は世界の調和を乱す害悪、根絶やしにしなければならない存在……即ち、世界の敵なのですよ」

 

「それは……っ」

 

「はい、やったのはあなたではありません。それは分かっています、ですが葵博士……現実はそう甘くはないのです。問題は、あなたがソロモンに協力していた……という事実です」

 

「……」

 

「あなたが世界の敵と繋がっているということは……我が社が世界の敵と関わりを持っているも同然のことなのです、この意味は……分かりますよね?」

 

「……ええ」

 

「感謝して貰いたいくらいですね、あなたをこうして隔離しているのは、あなた自身の命を守るためでもあるのですから」

 

「……」

 

「ミドリちゃんだって、本当はこんなことはしたくないのです。ですがこの件に関して、我が社が抱えている社員たちへの影響を鑑みると、こうせざるを得なく、仕方なーーーーーーーーく、葵博士の拷問という手を打たざるを得なかったのですよ〜」

 

「……私に、どうしろと?」

 

葵博士の呟きに、ミドリはニヤリと笑った。

 

「葵博士、あなたの今後……ソロモンに協力するフリをして、実際にはソロモンの内部情報をこちらへと持ち込むスパイだった……という役割を果たしてもらいます」

 

「……」

 

「この件に関しては、先に社長からゴーサインを頂いており、事情知る他の社員たちへの口止めも既に完了しています。あとは、あなた次第ですが……」

 

「やるわ……ええ! やるしかないんでしょ!?」

 

葵博士は大きくかぶりを振った。

それを見て、ミドリは満足そうに微笑んだ。

 

「そう言ってくれると思っていましたよ」

 

「わ……私にできることならなんでもするわ! だから、さっさとこの拘束を解いて頂戴……!」

 

「んん〜?」

 

ミドリはニコニコと首を傾げた。

 

「な……何よ……?」

 

「葵博士、今……なんでもするって言いましたよね?」

 

「え……ええ……」

 

「では、現在までに収集したウァサゴのデータを全て提出してもらいます。はい、製造データから戦闘データ、さらには各種レポートに至る、ウァサゴに関する全ての情報のコピーをですね」

 

「ウァサゴのデータを? なぜ……?」

 

「いいですね?」

 

「……分かったわ」

 

ミドリの笑顔に押される形で、葵博士は頷いた。

 

「おっと、隠し事はなしですよ? あと、レポートに関しては新規作成がある度に提出をお願いしますね? さもないと……」

 

「分かってるわよ!」

 

葵博士は大きなため息を吐いた。

 

「ありがとうございます。では、次にーーー」

 

ミドリのニコニコとした表情が黒く染まる。

 

 

 

「我々がファントムもしくは黒いバルバトスと呼称している、LM−08 バルバトスの行方を吐いてください」

 

 

 

「え?」

 

葵博士は疑問符を浮かべた。

しかし、すぐさま顔を横に振った。

 

「なんでもするって言いましたよね?」

 

「ええ、言ったわ……でも無理よ、アレのトレースは私も試したけど結局失敗したし、他のソロモンメンバーもこの件に関しては何も知らないし……」

 

「なんでもするって言いましたよね?」

 

「わ、私だってできることとできないことが……」

 

 

 

カァンッッッ!!!

 

 

 

なんの前触れもなく、ミドリは床に転がっていたバケツを足で勢いよく踏み潰した。

「ひっ!?」

葵博士はまたも悲鳴をあげた。

 

「ごちゃごちゃ……うるさいですね」

 

ヒールで押しつぶされたバケツを蹴り飛ばして、笑顔を消したミドリは冷淡に葵博士を見下ろす。

 

「葵博士、言いなさい」

 

「わ……私は何も知らない」

 

「いいえ、知らないとは言わせません。あなたは知っているはずです……ファントムの、いえ、バルバトスの行方を……」

 

「ほ、本当に何も知らないのよ! 私はただ、協力しているだけで、大した権限なんてッッッ!」

 

「はぁ……そうですか」

 

小さくため息を吐き、ミドリは自分の腰に手を当てた。

 

「なら……仕方ありませんね」

 

そう言って、ミドリは腰のポーチから筒状の何かを取り出した。彼女がそれを振ると、中に入っている液体が怪しく揺れた。

 

「ッッッ!?」

ミドリの取り出した何かを見て、葵博士は絶句する。

 

「この手だけは使いたくなかったのですが、やむを得ませんね……」

 

凶悪な笑みを浮かべながら、ミドリは筒状の物体の先端に取り付けられたカバーを外した。すると、その中から細い針のようなものがスラリと現れた。

 

「そ、それは……まさか……」

 

「自白剤……のような、何かです」

 

注射器の先端が照明を受けてキラリと光った。

 

「う、嘘でしょ……? ねぇ、嘘よね!?」

 

「これが、嘘に見えますか?」

 

激しく動揺する葵博士。

その背後へ、ミドリはサッと回り込んだ。

 

「これが最後のチャンスです」

 

「し、知らないのよ、私はなにも……!」

 

「言いなさい」

 

「本当に、知らないのよおおおおおおおおッッッ!」

 

「そうですか」

 

ミドリは葵博士の首筋に注射器の針を突き立てた。

 

 

 

「……ち、チュゼール!!!」

 

 

 

次の瞬間、葵博士は絶叫した。

ミドリは注射器を突き刺そうとする手を止めた。

 

「バルバトスのトレース中に、チュゼール方面で巨大なEMPを観測したわ! 確かあそこは、ソロモンの部隊がしきりに調査を行なっている場所だったはず……」

 

「……それで?」

 

ミドリは注射器を突き立てたまま聞き返した。

 

「恐らく、ソロモンはチュゼールに眠る大いなる力……巨神の力を手に入れるつもりよ。でも、巨神の力は圧倒的……現行のBMでは歯が立たない……」

 

「それで、バルバトスを使うと?」

 

「ええ、私ならそうするわ」

 

「そう言える根拠は?」

 

「……………………」

 

そこまで言って、葵博士は押し黙った。

唇を噛み、ぎゅっと目を瞑った。

 

 

 

「……そうですか、はい! 許します!」

 

 

 

「え?」

 

次の瞬間、ミドリの声色がいつもの明るく優しい雰囲気に戻った。葵博士の正面へと立ち位置を変え、注射器を手の中でくるくると回し始めた。

 

「葵ちゃん、お疲れ様でした」

 

そう言って、いつもの笑顔を葵博士へと振りまいた。

 

「ふぅ〜、ミドリちゃん、たくさんお話しして喉が乾いちゃいましたぁ……あ、こんなところにいい飲み物がありますねぇ」

 

そう言ってミドリは手元の注射器へ視線を落とし、それから顔を上げて注射器の蓋を開けて、まるで栄養剤でも飲み干すかのようにその中身を一気に煽った。

 

「あっ!?」

 

驚いたように見つめる葵博士

 

「うーん、美味しい〜! ああ、びっくりしましたか? 実はこれ、自白剤なんかじゃなくてただの砂糖水だったんです」

 

「な!? 騙したのね!」

 

葵博士は思わず抗議の声を上げた。

しかし、ミドリはその声を無視して注射器をポーチに戻した。

 

「これで、よし……と」

 

満足そうな表情のミドリ

今、ミドリの頭の中はとある事で一杯になっていた。

 

「葵ちゃん、ありがとうございます!」

 

「……何が?」

 

「葵ちゃんがバルバトスの行方を話してくれたお陰で、ミドリちゃんは三日月くんにいっぱい褒めて貰うことができそうですぅ!」

 

「は?」

 

呆然とする葵博士に対し、ミドリは頰を赤く染め、恍惚とした表情で自らの身体を抱きしめた。

 

「テッサちゃんが来てからというもの、最近は三日月くんとのスキンシップにあんまり時間が取れていなかったので、これを機に三日月くんとちょーっとだけイチャイチャしたいなって思っていたんですよ〜」

 

誰に言うでもなく、ミドリは独り言を口にし始めた。

 

「テッサちゃんは今、別件で出払っているので〜本当に少しだけですけど〜〜〜頭ナデナデとかして貰っちゃおうかな〜! それとも、あんなことや〜こんなことを〜ふふふふふ……」

 

悶々と、自分の世界に入り込んだミドリだったが、突如として我に返ると、怪しげな瞳で葵博士を見やり……

 

「だから、ありがとうございます」

 

葵博士へお礼を告げる、その一方で……

 

「ねぇ、葵ちゃん」

 

「なに……?」

 

「スパイ活動の一環として、我が社で管理している情報をソロモンに持ち込むのは少しだけなら構いません。ですが、それが原因で、三日月くんの負担になるようなことがあれば……分かっていますね?」

 

「…………っ!」

 

そんな脅し文句と共にミドリの体から放たれた強烈なプレッシャーを前にして、葵博士は黙って頷くことしかできなかった。

 

 




色々言いたいことはあると思いますが、ムジナからひとつだけ……

ミドリのセリフに「破暁が欲しいですね」というものがあります
破暁→ブレーキングドーン→暁
暁は鉄血世界での……はい、あとは分かりますよね?
つまり、ミドリさんは……ということです。(超拡大解釈)

冗談です。

今回からまた次回予告担当の双子がまた次回予告をしてくれることになりました……のですが、残念ながら次回から少しだけ三日月が全く出なくなる回が続きますが、ストーリーの進行上不可避なので悪しからず……

それでは、次回予告です。



エル「次は、みんな大好きスロカイ様が久しぶりに登場するよ!」

フル「何話ぶりでしたっけ? 本編よりもカッコいいスロカイ様をご覧あれ、です」

エル&フル「「次回、『スロカイ再び』」」

フル「なんか、どこかで見たことがあるタイトルです……?」

エル「なるほどね! これがゼータの鼓動、なのね!」


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第23話:スロカイ再び

どうも、クソ投稿者(ムジナ)です。
約4ヶ月ぶりの更新でございます。はい。
ほんとにね、ムジナは一体何をやっていたのか? って話ですよね。はい、このコロナの中で、ずっとようつべばっかり見てました。それと、最近になってゆみちゃんがasmr配信をやり始めたのでムジナは感激です。
……はい、明らかに怠慢です。すみませんでした。


【あらすじ】もうみんな忘れちゃったと思うので
三日月・オーガスが目を覚ますと、そこはアイアンサーガの世界だった。三日月は愛機バルバトスと共にオルガ・イツカを探す旅に出る。ベカスやテッサなどとの交流を経て成長する三日月だったが……そんな彼の前に最狂の敵『黒いバルバトス(ファントム)』が現れる。激闘の末に一度は撃退するも、完全に破壊することはできず……そして、ファントムによって極東共和国が滅ぼされた時、三日月の新たなる旅が始まる。

ファントムを操るソロモンの恐るべき陰謀とは?
動き始める白鯨の目的とは?
三日月はファントムを倒すことができるのか?
そして、オルガ・イツカは存在するのか?

それでは、続きをどうぞ……


第23話:スロカイ再び

 

機械教廷

『機械神』を信仰する巨大な軍事宗教組織。

その軍事力は他の列強国と比較してもなお圧倒的であり、それは世界最強とまで称されるほどだった。

 

教廷半島の西部……まるで天を貫くかの如くそびえ立つ巨大な建築物。この場所こそ、教皇の住む宮殿であり、全大陸に名を馳せる要塞『マシーナリー聖殿』

 

外周はグレートブリテン帝国で最大口径の戦艦砲すら弾き返す『聖鋼』製の300mの城壁で囲まれており、陸上からの突破を困難なものにしている。

 

空の守りに関しても、上空には無数の『ドローン爆雷』が展開され、精鋭揃いの空軍も恐れをなす、機械教廷の上空はまさに死の領域だった。

 

また、城壁の内側には壮麗な主城が存在していた。黒い外壁、禍々しさと神聖さを兼ね備えた外観、そして主城の周りには拠点防衛用の大口径砲を配備した巨大な塔が、ハリネズミの背中を守るハリの如く乱立している。

 

教廷が誕生してから100年足らずの間に、聖殿は幾度となく外敵からの攻撃に晒されてたものの、その都度高い城壁が攻撃を跳ね返してきた。

 

 

 

新暦25年(AD2499)4月4日

 

 

 

機械教廷

ー聖殿の大広間ー

 

「ならぬ」

 

大広間に少女の声が響き渡る。

 

美しいピンク色の髪の毛、青色と赤色の神秘的なオッドアイ、幼さを微塵も感じられない大人びた顔立ち、重厚感のある祭服を着用し、背後にはワインレッドのマント、頭部には無数の赤い宝石をあしらえた豪華絢爛なミトラ(司教冠)を被り、堂々たる態度で深々と玉座に腰を下ろしている。

 

その出で立ちはまさしく機械教廷の『教皇』と呼ぶに相応しいものだった。この少女こそ……第7代目教皇、機械教廷を統べる長であり機械軍の総司令官、スロカイである。

 

今、大広間にてスロカイは1人の人物と対峙していた。

 

「どうやら、陛下は私の言葉をしっかりと理解していないご様子で……」

 

その少女……いや、女性は毒を吐きながら怪訝そうな眼差しで玉座のスロカイを見上げた。床まで伸びた長い金髪、青い瞳、幼子を思わせる小柄な体、片眼鏡をかけ、黒いゴスロリ調のドレスを着ている。

 

「シンシアよ……余は、お前の声を聞いてもいるし理解もしている」

 

スロカイは冷淡な眼差しでシンシアを見つめた。

シンシアは教皇スロカイの叔母にあたる人物で、機械教廷の大祭司、及び兵器製造部門……通称『科技之眼(テクノアイズ)』の総帥にあたる人物だった。

 

「なら何故、教廷軍を動かさないのです?」

 

シンシアは苛立たしげに腕を払った。

 

「今から約52時間前に観測された謎の巨大爆発により、極東は現在その全機能を停止しています。私が独自ルートで仕入れてきた情報によれば、極東軍は稼働戦力の殆どを失い、指揮系統は混乱、もはや極東軍は軍隊としての統制が全くと言っていいほど取れていないとのこと」

 

シンシアの口調が強くなる。

 

「噂によれば、かつて我が方とチュゼールで発生した浄化戦争において、我が軍に甚大な被害をもたらした張本人である極東武帝も死亡したとのこと……これはかつてないほどのチャンスなのでは?」

 

シンシアはギラギラとした視線でスロカイを見やった。それはまさしく、闘争を求める獣のような目だった。

 

「噂は所詮、噂に過ぎない」

 

「ですが、極東共和国が瀕死であることには変わりありません」

 

スロカイの言葉に、シンシアは素早く切り返した。

 

「ここで最早死に体となった極東にとどめを刺し、浄化戦争での雪辱を果たした上で、改めて機械教廷こそ世界最強であることを示すのです!」

 

「シンシアよ、お前の言いたいことは分かった。だが、この余に火事場泥棒のような真似をしろと言うのか?」

 

スロカイの視線が鋭いものとなる。

 

「何を今更、全ては勝てればいいのです」

 

シンシアは肩をすくめてみせた。

 

「理想も良い、大義も良い、しかし全ては勝たねば意味はない……なればこそ、勝つべくして勝つのです。それは教皇様が1番よく知っているはずでは?」

 

挑発的な視線を送るシンシア

スロカイはため息を吐いた。

 

「では聞くが、この戦いに意味はあるのか?」

 

「ええ、ありますとも……極東共和国を完膚なきまで壊滅させた暁には、機械教廷の最強さは不動のものとなり、外敵から身を守るための抑止力に……」

 

「それだけか?」

 

「……ッッッ」

自らの言論をスロカイに一蹴され、シンシアは言葉を失う

 

「確かに、極東侵攻が果たされれば機械教廷の社会的な地位は格段に向上するだろう。それは他国から武力侵攻を受ける際の抑止力となり、また貿易を行う際にも、我らの掲げる弱肉強食さをチラつかせればイニシアチブを握ることも可能だろう」

 

「だが、それだけだ」

言葉を区切ってスロカイは続ける。

 

「もう、あそこには何もない。何もなければ侵略する価値もない、それに、ここからでは極東は遠い……時間と燃料の無駄遣いだ」

 

スロカイはシンシアを冷淡に見下ろした。

 

「大局を見よ。現在、世論は突然の大規模災害に見舞われた極東共和国に対して同情の念を抱く方向に傾いている。そんな時に、極東へ軍隊を派遣するということはまず間違いなく世界からの顰蹙を買うことになるだろう」

 

「ほう? 機械神の加護を受けたあなた様が、世論などというものに臆するというのですか?」

 

「何としてでも極東に軍を送りたいお前の気持ちは分からなくもないが……シンシアよ、その手には乗らぬぞ」

 

「…………」

しかし、スロカイを煽ることで極東への派兵を企むシンシアの目論見はその一言でまんまと崩れ去った。

 

「ところで、これは余の気のせいやもしれぬのだが……シンシアよ、お前はどうにかして余を極東へ……つまり機械教廷の外へ向かわせたいように見えるのだが?」

 

「何のことでしょう?」

シンシアはポーカーフェイスを貫いた。

 

「軍を派遣することになれば、最高司令官である余自らも戦地へと赴くことになる。戦地では何が起こるか分からない、徹底した見張りが行われていたにもかかわらず突然の奇襲を受けることも、厳重な警戒にもかかわらず背後から攻撃を受けることも……不思議だな?」

 

スロカイはニヤリと笑った。

 

(気づかれている……?)

 

そんなスロカイの様子にシンシアは心の中でヒヤリとくるものを感じたが、ただの偶然であると自分に言い聞かせて平静を保った。

 

機械神の加護を受けているとはいえ所詮は1人の小娘、自分1人では何もできまい……スロカイに対するそんな侮りが、シンシアの中にはあった。

 

「私は、ただ戦争院とテクノアイズの意見をお伝えしたまでです」

 

「そうか、ではお前はそれに同調しただけということか」

 

「仰る通りです」

 

「シンシアよ、ならばテクノアイズや戦争院の者たちに伝えよ。お前たち拡大主義者は血の気が多くて嫌気がさしてくる。特に……どこかの誰かのように、何かと過去の私怨に先走ろうとするような年寄りはな」

 

「…………(ギリッ)」

 

一瞬、シンシアは苦虫を噛み潰したようような顔になるも、すぐさま平静を取り戻してスロカイを見上げた。

 

「それに、極東共和国の軍は眠れる獅子だ。仮に今この状態で極東を制圧したとしても、状況が状況だけにその全てを殲滅することは難しい……そして、極東軍の残党を一匹でも取り逃せば、それは未来永劫の脅威となって我々にまとわりつくことになるだろう」

 

「では、教皇に派兵の意思はないと?」

 

「無論だ」

 

「そうですか……では、極東への侵攻を支持している者たちにはそのようにお伝えいたしましょう。では、私はこれで……」

 

恭しく礼をして、シンシアがスロカイに背を向けた時だった。

 

「いや、待て」

 

スロカイは立ち去ろうとするシンシアを呼び止めた。

 

「何か?」

 

「確か、先の災害で甚大な被害を受けた極東に対して、復興のために世界各地を飛び回って支援物資を集めている組織があると聞いたが?」

 

「そのようですわね」

 

スロカイの言葉にシンシアは小さく頷いた。それは謎の人物、エイハブが率いる国境なき艦隊、モービィ・ディック(白鯨)のことだった。

 

「しかし、所詮は極東共和国に恩を売りたいだけの偽善に過ぎないでしょう……陛下が気にかける必要はないかと」

 

「そうか……面白いな」

 

「陛下?」

 

シンシアはスロカイへと振り返った。

 

「では、我ら機械教廷からも支援を送ろうではないか。後でその者たちへ使者を送れ」

 

「は?」

 

シンシアはギョッとした表情でスロカイを見上げた。

 

「そうだな……凡人どもが生きるために必要な糧食は無理でも、インフラの整備に必要な物資や資材くらいなら援助してやれないこともなかろう」

 

「なっ、何を馬鹿なことを!?」

 

シンシアは歯を食いしばって腕を払った。

込み上げてくる怒りに身を任せて声を荒げる。

 

「お前は正気なのか? なぜそんなッ、敵に塩を送るような真似を……ッ!? 」

 

「だからこそなのだ」

 

スロカイは玉座から立ち上がった。

 

「余は浄化戦争のことを全く知らぬというわけではない。皆が恨みを抱いていることもな、故に極東共和国との因縁はいずれ決着をつける。だが、まだその時ではないのだ……だからこそ今、極東共和国には消えてもらっては困るだろう?」

 

スロカイは狂気に満ちた瞳を爛々と輝かせて、マントを勢いよく翻し、眼前に突き出した拳を力強く握った。

 

「極東共和国がかつてのような力を取り戻した暁には、改めて我らが圧倒的な力をもって叩き潰してやろう。侵略し、略奪し、殺害し、完膚なきまでに破壊する! そうすることで初めて、機械教廷は過去の汚名を返上し、世界最強の名を冠する真の支配者となり得るであろう!」

 

大きく見開いた目でシンシアを見下ろす。

 

「お前たちにとっても、その方が気持ちがいいだろう?」

 

「甘いですね」

 

スロカイの言葉に、シンシアは小さく息を吐いた。

 

「ここで奴らを見逃せば、いつの日か我らに牙を向けてくることも考えられるのでは?」

 

「支援を行ったという事実がある限り、それはこちらから攻撃を仕掛けない限りあり得ないことだろう。さらに、ここで極東に借りを作っておけばそれは奴らにとっての弱みとなり、今後の外交の切り札にもなるだろう」

 

「そうですか……」

 

納得がいかないというような顔をして、シンシアは肩をすくめつつ頷いた。

 

「不満か?」

 

「いえ、なんでもありません……」

 

「ならば余の言葉を皆に伝えよ。下がれ」

 

「承知しました、陛下……」

 

シンシアは教皇の前から姿を消した。

 

「台無し……」

 

大きな扉がゆっくりと閉まるのを背中に感じながら、シンシアは小さく舌打ちをしてその言葉を吐いた。

 

シンシアが聖殿の大広間へと続く宮殿の廊下を逆方向に歩くたびに、高く乾いた足音が鳴り響く。

 

しばらく廊下を歩いていたシンシアだが、いつのまにか……1つ、また1つと、巨大な柱の真横を通り過ぎるにつれて彼女の背後には黒い影がまとわりつくようになっていた。

 

影が増えるにつれて、廊下に響き渡る足音の数も増えていく

 

「決まったようだな?」

 

シンシアの背後を歩く人影……機械教廷の司祭のうちの1人が、シンシアに向けて短く言葉を発した。

 

「まあ、最初から分かりきっていたことだったわね」

 

そこでシンシアは歩みを止めた。

その瞬間、他の全ての足音もピタリと止んだ。

 

「あの小娘は教皇に相応しくない」

 

シンシアは後方の司祭たちをチラリと見た。

 

「当初の予定通り、教皇を抹殺する」

 

強烈な殺気のこもった視線、恐ろしいまでに低い声がシンシアの口から溢れた。

 

「しかし、シンシア様……本当に良いのですか? あのお方の保有する力、アレはまごう事なき機械神の力……それをみすみす手放すのは機械教廷にとって不利益にしかならないのでは?」

 

「それに、教皇スロカイ様はシンシア様の姪にあらせられるお方……いくら存在が気にくわないとはいえ、肉親であることに変わりは……」

 

祭司たちが意見を述べる中、

それに対して、シンシアは……

 

「黙りなさい」

 

シンシアは短い言葉と共に片目で司祭たちを睨み付けると、司祭たちの中でシンシアの言葉に反対の姿勢を示す者はいなくなった。

 

「彼女が強い力を持っていることは認めます。ですが……やはりあの小娘は教皇を名乗るには甘く、機械教廷を率いる資格はないと判断しました。ましてや極東に支援を送るなど言語道断。私は全てを察しました」

 

シンシアは司祭たちへと振り向いた。

 

「アレはいずれ、長きに渡って築き上げられてきた機械教廷の歴史に汚点をもたらす存在になります……そうならないためにも異端は早々に排除し、真の教皇になるべき者が教皇になることで機械教廷の安寧は守られるのです」

 

シンシアの口調が強くなっていく。

 

「若い芽は早いうちに摘み取っていかなければなりません。例えそれが私にとっての親兄弟であっても同様のこと……」

 

「しかし、アンネローゼ様とバイロン卿の意思は……」

 

「機械教廷から離れた裏切り者のことなど捨て置きなさい。機械神の御心を理解できない負け犬の意思など……神聖なる機械教廷には必要ない、そうでなくて?」

 

「……ごもっともでございます」

 

シンシアの強い剣幕に圧倒され、ついにシンシアの計画を止めようとする者はいなくなった。その代わりに、1人の司祭が小さく手を挙げた。

 

「して、シンシア様……あなた様はどのようにして教皇を暗殺するおつもりで?」

 

「暗殺? なんのことかしら?」

 

司祭の言葉に、シンシアはニヤリと笑った。

 

「教皇を殺すのは私ではありません。いえ、私が手を下す必要はない……と言った方が分かりやすいでしょうね」

 

「では、やはり……」

その言葉に、司祭たちは何かを察したようだった。

 

「予定通り……機械教廷にとって因縁深いチュゼールの地にて、教皇は生き絶えることとなるでしょう…………フフフ……」

 

シンシアはそこで不敵な笑みを浮かべた。

全ては、スロカイを教皇という地位から追いやり、そして自らが機械教廷の頂点に君臨するために……シンシアは、野望に満ちた瞳を爛々と輝かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第23話:「スロカイ再び」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宗教王国チュゼール

 

機械教廷の東方、極東共和国の西方に位置し、かつて機械教廷とは後に「浄化戦争」と呼ばれる争乱にて刃を交えた広い国土面積を誇る王国である。

 

その宗派は古の時代より続くバラモン教が最大勢力となっており、宗教王国だけあって国民のほぼ全員が自国の宗教に対して強い信仰心を持っている。

 

 

 

 

シンシアが去ってからしばらく後……

 

彼女と入れ替わるようにして聖殿の廊下を歩く2つの人影があった。1人は銀髪の少女、もう1人は黒髪の若い女性。

 

両名ともに露出の多い服を着用しており、銀髪の少女は腰に白銀のパワーソーを吊り下げ、黒髪の女性は巨大な漆黒のチェーンソーを片手で軽々と保持している。

 

「陛下、失礼いたします」

2人は聖殿の廊下を抜けて聖殿の大広間に辿り着くと、そう言って玉座に腰を下ろしているスロカイの前で膝をついた。

 

「教廷騎士 マティルダでございます」

 

まず初めに名乗りを上げたのは銀髪の少女の方だった。

白い肌、紫色の瞳、長い髪を後ろでまとめ、胸元から腹部にかけて大きく開いた機械教廷特有の戦闘服を着用している。

 

「…………」

 

次に名乗りを上げたのは……いや、黒髪の女性は名乗りを上げず、スロカイに向けて軽く頷いただけだった。

 

その女性の名はウェスパ

 

青紫色の瞳、胸元が大きく開いた戦闘服を着用し、長い髪はマティルダと同様に後ろでまとめ、背中に黒いマントを下げている。

 

「お呼びでしょうか、陛下」

 

寡黙なウェスパの頷きを横目で確認した後、マティルダは玉座のスロカイを見上げた。

 

 

 

「マティルダ、ウェスパ。余は、秘密裏に東方のチュゼールに向かう。そなたたちもついて来い」

 

 

 

スロカイの放った言葉に、マティルダは意外そうな顔をした。

 

「チュゼール? あの宗教王国のチュゼールですか?」

 

「そうだ」

 

「ですが、あの国は今……内戦で酷い状態とお聞きしました」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

それは数ヶ月前の出来事だった。

 

新暦24年(AD2498)12月

 

チュゼール首都の王城、天界宮にて反乱軍の襲撃を偽った軍事クーデターが勃発。瞬く間に王城は占拠され、チュゼール王は殺害された。

 

クーデターの首謀者は、チュゼールで最も勇猛な将軍と称される巨漢『ブラーフマ卿』。ブラーフマは王女の目の前でチュゼール王を惨殺し(その上でシャラナ王女に婚姻を迫り)自らがチュゼールの新王となることを宣言した。

 

王族は命からがら都を脱出したシャラナ王女を残して全員が粛清、さらにブラーフマは新王の名の下に武力による不満分子の排除へと乗り出した。

 

このため、チュゼール王国は瞬く間に大混乱に陥るのだった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「それで……陛下はなぜ、あのような危険な場所へいらっしゃるのです?」

 

マティルダは不思議そうな表情でスロカイを見つめた。

 

「先日、兵器製造部門のテクノアイズから3個大隊をチュゼールの偽王(ブラーフマ)に売り渡すとの報告があり、余もそれに同意した」

 

「テクノアイズが兵器をチュゼールに? 何故です? 『浄化戦争』の際には教廷はかつてかの地を攻め、敵対していたではありませんか?」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

それはA.D.2492年のことだった。

『浄化戦争』

それは、機械教廷とババラール連盟最大の加盟国『イブン王国』この二国間における政治的なトラブルを発端とした大規模な戦争のことである。

 

その結果、たったの3ヶ月でイブン王国の首都を陥落させた教廷軍はそのまま進軍を続け、やがて極東共和国の隣国、チュゼールの首都を包囲した。

 

しかし、この戦争に大国である極東共和国が介入したことにより、それまで優勢だった機械教廷は一気に劣勢へと立たされた。

極東軍との戦闘により、チュゼールからの撤退を強いられただけではなく、僅か数日で100名を超える上級祭司が戦死し、50あまりの教廷大隊が壊滅した。

 

最終的に、教廷は連盟の提示した和平協定を無条件で呑まされるという事実上の敗北を喫することとなり、そのため機械教廷の司祭たちの中には、未だに極東共和国のことを恨み続けている者も多かった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「チュゼールの偽王が、5年以内にチュゼール東部のカール鉱山の採掘権を教廷に譲ると約束したのだ……埋蔵量世界二位を誇っている、あのカール鉱山をだ」(←何の埋蔵量なのです?)

 

「その偽王、やけに気前がいいような……?」

 

「勿論、余はその話には裏があると見ている。しかし、テクノアイズは実際には偽王に3個大隊以上の装備を提供したようだ」

 

「では、テクノアイズがチュゼールの偽王を支援していると?」

 

「ああ。シンシアと奴の祭司どもは余の目を盗んで何か良からぬことを企んでいるらしい。原理主義者どもは何かと拡大路線を取りたがるからな……」

 

そう言いつつ、スロカイは冷淡な眼差しで廊下の奥へ視線を送った。

 

「いや、テクノアイズが余った兵器を外国へ売りさばくだけならば余は見て見ぬフリをしよう。だが、他国に干渉し、その無駄な争いに教廷を巻き込もうとするのなら話は別だ」

 

「ならば、私どもをお遣わし下さい!」

 

マティルダの言葉に、ウェスパも強く頷いた。

 

「チュゼールの治安は悪化の一途を辿っています。それに、教皇様がわざわざ御出でになるまでの事とは思えません。なので、陛下に代わって我々がシンシア様の……いえ、テクノアイズの企みを掴んでみせましょう」

 

教皇への忠誠心、その強い意志が込められたマティルダの進言に……しかし、スロカイは気にも留めていないというような面持ちをしていた。

 

それから、帝王のような足取りで玉座の階段を下り、膝をつく教廷騎士の前へ進み出て……唐突に、細長い指でマティルダの顎を持ち上げた。

 

「ッッッ!?」

 

これには、マティルダも思わずハッとなった。

スロカイは信頼と寵愛の込もった瞳でマティルダを見つめる。

 

スロカイは戸惑うマティルダへ顔を寄せ

そして、彼女の耳元で……

 

 

 

「機械教廷に、余の命を狙う輩がいる」

 

 

 

小さく、そう囁いた。

 

「……えっ!? 陛下の命を……?」

 

「シッ、声を出すな……聞かれる」

 

「あ……は、はい!」

 

マティルダが口を押さえたのを見て、スロカイはすぐ隣で膝をついているウェスパに対して「このことは誰にも言うなよ?」と念を押した。

 

「…………」(こくり)

ウェスパが頷いたのを見て、スロカイは続ける。

 

「余はその人物についての心当たりがあり、奴のやり方についてある一定の目星はついている……しかし、その人物が企てたという決定的な証拠がない」

 

スロカイはマティルダを抱き寄せる風を装って

 

「此度のチュゼール行きは、その者が誰なのかを炙り出すためでもあるのだ。余が機械教廷を離れる時、その者は何らかの動きを見せるはずだ」

 

そう言いつつ、スロカイは至近距離でマティルダを見つめる。

 

「……ッ!」

鼻先がぶつかりそうな距離。マティルダはスロカイの言葉と思惑を理解しつつも、口から心臓が飛び出てしまいそうな気分に陥った。

 

「フッ……」

 

そんなマティルダに、スロカイの顔がほころぶ。

 

「余のことを心配してくれるのは大変嬉しく思う。だが、心配はいらないぞ? 余は機械神の加護を受けておる……そう、危ないことなど何もない」

 

そう言って、スロカイはマティルダの手を握った。

 

「ですが……陛下……」

 

 

 

「特に、そなたが隣に居ればな」

 

 

 

「!」

 

スロカイの言葉がマティルダの心を撃ち抜いた。

たちまち、マティルダの白い肌が真っ赤に染まる。

 

「護って、くれるのだろう?」

 

「はい……この命に、代えましても」

 

マティルダはスロカイの手を強く握り返すと共に、忠誠心と信頼、そして愛情のこもった瞳でスロカイを見つめた。

 

しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。

 

 

 

「アハハハハハハハーーーッッッ!!!」

 

 

 

なぜなら……何の前触れもなく、マティルダの背後から強烈な笑い声が響いてきたからだ。その笑い声に、スロカイは思わず反応してしまう。

 

「この声、ヴィノーラか?」

 

スロカイは廊下の奥に目を向けた。

「あっ……」

それに対し、マティルダは残念そうな表情を浮かべた後……すぐさま教皇との至福の時を邪魔した彼女に対し、怒りの業火を灯した。

 

「アハハハハハハ、アハハハハハハハ!!!」

 

しかし、その彼女……ヴィノーラにはマティルダのそんな気持ちなど知る由もなく、廊下を駆け回って、時にはくるくると柱の周囲を廻りながら、実に楽しそうな表情を浮かべてスロカイの方へと近寄ってきていた。

 

それは不思議な雰囲気を放つ少女だった。

青い縮れた髪の毛、金色の瞳、黒いドレス……恐ろしいまでに白い肌からは青白い光が放たれ、それに加えて、少女の頭部からは黒いツノのようなものが生え、そして少女の周囲にはいくつかの黒い髑髏のようなものが浮かんでいた。

 

「教廷騎士 ヴィノーラ! 遅刻よ!」

 

マティルダは自らの怒りをぶつけるように怒鳴り声をあげた。しかし、その怒りは遅刻などではなく、どちらかというと少女が最悪のタイミングで現れたことに向けられていた。

 

「アハハハハハハハッッッ、ごめんなさい……でも、ヴィノーラは笑いをこらえきれないの! うん……全部『ムクロ』のせい」

 

そう言ってヴィノーラは身体にまとわりついた髑髏をコツコツと叩くも、その瞬間、まるで人が変わったようにニヤリと笑い……

 

「アッッッハハハハハハハーーーーーー!!! これは傑作だーーーーッッッ!!! やった! やった! やったーーーーーーッッッ!!!」

 

その場で狂ったように歓喜した。

目をカッと見開き、周囲の髑髏が怪しく輝く

 

「やかましいな」

 

「はい、陛下……朝からずっとこんな調子です」

 

スロカイの呟きに、マティルダはそっと口添えする。

 

「アハハハハハハハ、ウフフフフフ……エヘヘヘヘへ!!! 陛下ぁ、ヴィノーラはぁ、今すっごくうれしいのぉ! だってぇ……」

 

ギラリと瞳を輝かせ、ヴィノーラは続ける。

 

 

 

「あの宏武が死んだ! 死んだんだよ!?」

 

 

 

ヴィノーラの放ったその言葉に、

「分かるのか?」と

スロカイは思わず聞き返した。

 

「うん、ヴィノーラには分かるの! 今まで東の方にいた気持ち悪い人間の気配がいつのまにか消えたの! うん! アレは間違いなく宏武の気配だよ! だってヴィノーラ、何回も確かめたんだもん!」

 

ヴィノーラはその場で踊るようにクルクル回った。

 

「ねえ? 宏武はどんな死に方したかなぁ? クソジジイの癖にいつまでもイキってるからこうなるんだよおおおおおおおおおおおお!!!! ……まあ、当然の報い。あの老いぼれ、両手両足を引きちぎられて、首を野ざらしにして無残に死んだかな? かな? ヴィノーラは、宏武の死に方までは分からないけど……アハハハハハハハッッッ!! そうだったらいいのになーーーーッッッ!!! ……って、思う」

 

ヴィノーラの周囲に浮かぶムクロが色を変える度に、ヴィノーラの口調と表情が次々に豹変していく……それはまるで、多重人格者のようだった。

 

「ヴィノーラ!」

罵詈雑言を述べるヴィノーラに、マティルダは怒りを露わにする。

 

「ここは神聖な場所ですよ! 陛下の前で、そのような言葉遣い……ましてや、死者を愚弄するような発言はよしなさい!」

 

「いや、いい……好きに言わせておけ」

 

それに対して、スロカイは平然としていた。

 

「陛下、いいのですか?」

 

「ああ。そもそもヴィノーラにとっての『死』という感覚は、我々や凡人どもが認識している『死』とは違うのだ……やかましいではあるがな」

 

スロカイは慣れた様子でヴィノーラの隣へ進むと

 

「それを言って聞かせたところで、今のこの状態では聞く耳を持つまい。ならばすべきことはただ1つ……」

 

そう言って、スロカイはヴィノーラの背後に回り込むと、背中で怪しく輝いているムクロの1つを取り上げ、ウェスパへと放り投げた。

 

「宏武のことは嫌いだった、けど……」

 

すると、つい先ほどまで騒がしかったヴィノーラが、まるで借りてきた猫のように大人しくなった。

 

「宏武は、ヴィノーラが殺したかったのに……」

 

そう言って、ヴィノーラはしょんぼりと肩を落とした。

 

「…………」

 

ヴィノーラのそんな様子に興味を抱いたウェスパは、キャッチしたムクロの瞳を覗き込み、それからまるで粘土でも扱うようにその外皮をこねまわし始めた。

 

「あ……ウェスパ、それじゃ壊れちゃう……」

 

それを見たヴィノーラは、慌ててウェスパからムクロを奪い返そうとして……しかし、その手がムクロに触れようとしたところでスロカイに制止される。

 

「教廷騎士 ヴィノーラよ。余は数日後にチュゼールへと赴く、その際、お前には余の護衛と道案内を頼みたい」

 

「道案内……? うん、いいけど?」

 

ヴィノーラは小さく頷いた。

 

「ならばよし、ウェスパ」

 

「…………」

 

スロカイの視線の意図を悟ったウェスパは、手の中のムクロをヴィノーラへと返却した。

 

「ぎゃはははははははーーーーーッッッ!!!」

 

するとヴィノーラはまた狂ったように笑い始めた。

 

「まあ、よい……」

 

ヴィノーラのそんな様子にため息を吐きつつ、スロカイは階段を上って玉座へと腰を下ろした。

 

(動揺させ、煽り、怒らせ、奴の顰蹙を買ったのもこの為。この旅で、奴は必ず何かしらの行動を起こすだろう……)

 

スロカイは目を瞑って心の中で呟く。

 

(……いや、そうでなくては困る。そうでなくては、用意した全てが無駄になってしまうからな)

 

目の前にいるであろう、3人の気配を感じながら

 

(余の機械神の力、マティルダ、ウェスパ、ヴィノーラ……余が最も信頼する教廷騎士たち、そして……)

 

スロカイはひっそりと目を開け、視線を自身の手元に向けた。彼女の小さな手のひらの中に、一本のメモリーカードが転がっている。

 

(打てる手は全て打った)

 

メモリーカードを握りしめ、スロカイは不敵な笑みを浮かべた。

 

「やれるものなら、やってみろ」

 

自信ありげなスロカイの言葉に……

 

 

 

『…………』

 

 

 

機械教廷の地下で、それは静かに蠢いた。

 

それは過去からの流出

 

そして未来からの救済

 

漆黒に包まれた鋼鉄のボディ

 

そして、穢れなき白き心を持つ巨人

 

巨人は、目覚めの時を今か今かと待ちわびていた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

数ヶ月前……カイロ

スロカイが三日月と名乗る黒髪の少年と別れてから数日後……

(第9話参照)

 

母親と感動の再会を果たし、しばらくの間、母親と共に有意義な時間を過ごしていたスロカイだったが、いつまでも機械教廷を留守にしている訳にもいかなかった。

 

再会を約束し、母親との別れを交わしたスロカイは、後ろ髪引かれるような想いを振り切り、機械教廷方面へと向かう船を探して船着場へと向かった。

 

(…………つけられている?)

 

だが……その道中、自分のことを付け回す嫌な気配を感じた。

 

時刻はお昼過ぎ、頭上にはサンサンと照りつける太陽。空は快晴、活気と人混みで溢れ返った道路、様々な出店が軒を連ねる中のことである。

 

追跡者は、スロカイから約10メートル後方で距離を保ちつつ、人混みの中から淡々とスロカイの様子を伺っていた。

 

試しに、スロカイが出店の商品に興味を向ける風を装って足を止めてみると、追跡者も同様に足を止めて物陰に身を潜めた。

 

(……ならば)

 

尾行されていることに確信を得たスロカイは、しばらく移動した後、何気ない風を装って大通りから人気のない路地裏の中へ移動し、姿を消した。

 

「…………?」

 

それを目撃した追跡者は、スロカイを追って路地裏の中に入るも……

 

「何故に、余のことを追いかけた?」

 

「……!」

 

ちょうど、角を抜けた先で待ち伏せしていたスロカイに睨まれ、追跡者はびくりと体を震わせた。

 

「返答次第では……」

 

薄暗い路地裏の中でスロカイが右腕を掲げると、彼女の瞳が強い輝きを放った。スロカイは機械神の力を発動させようしていた。

 

「お待ちくださいませ、スロカイ様! 私はあなた様の敵ではございません」

 

すると、追跡者はスロカイの前で膝をついた。

 

「私は只のメッセンジャーでございます」

 

「メッセンジャーだと?」

 

スロカイは怪訝そうな顔で追跡者を見つめた。

薄汚れた外套、顔は周囲が暗いことに加えてフードを深く被っているため確認することはできなかったが、その口調から男性であることは分かった。

 

「私はソロモンでございます」

 

「ソロモン……? お前が?」

 

「ええ、と言っても……下っ端に過ぎませんが。ああ、私はメルと申します。以後、お見知り置きを……」

 

そう言って、男は小さく笑った。

 

「……ソロモンが、余に何用か?」

 

「数日前、砂漠で得体の知れない男たちに襲われませんでしたか? あなた様の母君、アンネローゼ様がいらっしゃるなどと嘘を吐いて……」

 

「何か知っているのか?」

 

「ええ、勿論ですとも。あれはソロモンファミリー……要するに、私の仲間だったというわけです」

 

「!」

 

その瞬間、スロカイの瞳がより一層強い輝きを放った。街中であるにもかかわらず、本当に機械神の力を使おうと言うのか、地面が激しく揺れだした。

 

「お、落ち着いてくださいませ!」

 

男は焦ったように声をあげた。

 

「先ほども申しましたように、私はあなた様と敵対するつもりはありません!」

 

「では、あれはどういうつもりだ?」

スロカイは男を睨みつけた。

 

「実は、ある取引がございまして……それによって、ソロモンではあなた様を暗殺するという流れになってしまいました。ですが、我々としてはあなた様に死んでは困る……早い話が、ソロモンも一枚岩ではない言うことです。お分かりいただけたでしょうか?」

 

「は?」

スロカイは「分かるわけないだろ」という顔をした。

 

「メルとやら、もっと具体的に話せ」

 

「いえ、その前に……先の襲撃のお詫びをさせてください」

 

「詫びだと?」

 

「はい……こちらをどうぞ」

 

男は懐から小さな棒状の何かを取り出し、スロカの前に進み出ると、その場に設置されていた木箱の上に置くと、元の位置へ下がった。

 

「なんだ?」

 

スロカイの瞳から強い光が消えると、その瞬間、地震もピタリと止んだ。スロカイは木箱の上のそれに目を向けた。

 

「これは、メモリーカードか?」

 

それはデータを記録するためのスティックだった。しかも、単純にデータを入力・出力するだけのものではなく、プロジェクションマッピングの技術を応用して、空間に記録されたものを投影することができるという画期的なものだった。

 

スロカイがスティックの端についたボタンに触れると、表面の液晶から光が放たれ、暗闇を明るく照らし出すと共に、何もない空間に映像を出現させた。

 

「これは……!?」

 

メモリーカードに記録されていたもの

それは、BMの設計図だった。

 

白い光に照らされるスロカイの表情

映像を見るスロカイの目が大きく見開かれた。

 

「これは……機甲なのか……? しかし、なんだ? この大きさは……?」

 

「はい。元はあなた様の為に設計された機体だと伺っております。ですので、あなた様にお返ししたくお持ち致しました」

 

「返すだと? ふざけるな! テクノアイズにこのような機体は存在せぬ。しかし、この機体の特徴はまさしくテクノアイズのもの……」

 

スロカイは腕を振り払った。

 

「一体、どういうことなのだ?」

 

「スパイによる情報漏れ」

 

「……!」

 

その一言で、スロカイはハッとした表情になった。

 

「はい、聡明なあなた様ならもうお分かりのはずです。お忍びでのあるはずの母親探し……それを何故ソロモンが知っているのか。しかも、連中は何故かあなた様の暗殺を企てた。そして……何故か、あなた様が認知していない機体の設計図をソロモンが所持している」

 

メルは淡々と語り続ける。

 

「全ての『何故』を解き明かした時、真実は見えてくるでしょう。それこそが……我々があなた様に提供できる施しであり、我がマスターの望みなのです」

 

メルは膝についた砂を払い落としながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

「その機体の性能は我々のお墨付きです……ハイスペックかつ高コストであるゆえ量産には不向きですが、一機だけなら作ってみる価値はあるかと……いつの日か、あなた様のお役に立ちますゆえ」

 

「どうしてそう言い切れる?」

 

「私は只のメッセンジャーです。私はマスターの指示に従ったのみ、真相を知りたいのでしたら、私ではなく直接マスターにお尋ねください」

 

「言え、お前のマスターとは……!」

 

「それでは、また……」

 

そう言って、メルはスロカイに背を向けて走り出した。

 

「おい!」

 

スロカイは慌ててメルと名乗る男を追いかけるも、暗闇からいきなり明るい道路へと飛び出したため目が眩んだ。

 

光に目が慣れた時には、既にメルの姿はなくなっていた。そこにいたのは、突然の地震に戸惑いつつもそれを笑い話に変えて談笑している町の住人たちと、いつもと変わらぬ様子で営業を続けている出店の商人たちだけだった。

 

「いったい……何が……?」

 

スロカイは手の中のメモリーカードを見つめた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

そして、スロカイは今に至るのだった。

 

 

 

それから数日後……スロカイ一行はチュゼールへと向かった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

チュゼール首都

ー王城・天界宮内ー

 

 

 

「遠路はるばる、我が城へようこそお出でくださいました……陛下」

 

王城へとたどり着いたスロカイの前に、彼女の到着を待ち構えていたブラーフマが現れた。荒々しい白髪、老け顔でありながらどこか若者の勇ましささえ感じられる顔つき、褐色の肌、豪華絢爛な身なり。チュゼールで最も勇猛と称されるだけあって、その目つきはとても鋭いものだった。

 

「陛下の美貌を讃える声はかねてより聞き及んではおりましたが、なんと実物はその数百倍も美しいではありませんか」

 

「ふむ、そうか。それはよかったな」

 

スロカイはブラーフマの大げさなお世辞を淡々とやり過ごした。

 

因みに、この訪問は秘密裏ということもあってスロカイは現地に溶け込めるようチュゼールの伝統的な服装であるサリー(?)を着用していた。

 

機械教廷で着用している重々しい祭服は、目立つ上にほぼ一年を通して温暖なチュゼールの気候の中で着るには暑苦しかったからだ。

 

なお、同行している教廷騎士3人も同じくサリーを着用している。(これ本当にサリーで合ってます?→そういうことにします)

 

「王城に入った途端、歓迎を受けるとは思わなかった。どうやら、閣下は素晴らしい情報網をお持ちのようだ……」

 

秘密裏での訪問なので門前払いを喰らうことを想定していたこともあり、スロカイはやや挑発的な口調だった。

 

「……陛下直々のお越しとあらば、失礼があってはなりませぬゆえ……かつてチュゼールと教廷には争いもありましたが、ここは全て水に流して仲良くしようではありませんか」

 

ブラーフマは教皇に対して非常に畏まった様子でそう告げてきたが、その返答はこちら側の質問をはぐらかしたようなものだった。

スロカイはそれにしっかりと気付いていた。

 

「それは早計とは思わぬか? 東方では、チュゼール王の娘との睨み合いが続いているとか。閣下はまだチュゼールの4分の1を支配したに過ぎぬのだろう?」

 

「それに関してはご安心を。チュゼール王の残党など立ち所に排除してご覧に入れますゆえ……」

 

「ほう、それは大した自信だな……?」

 

「自信がなくてはクーデターなど起こしませぬ。では、陛下……どうぞこちらへ……」

 

スロカイは怪訝そうにしながらもブラーフマに従った。ブラーフマの兵隊に囲まれながら、スロカイと3人の教廷騎士は天界宮へと入っていく。

 

そして一行が最初に訪れたのは天界宮のバルコニーだった。

 

そこには壮大な景観が広がっていた。

広大な広場、手入れの行き届いた庭園、四方にそびえ立つ巨大な門、その向こう側に広がる都市……

 

そして、城外の平原にはブラーフマの軍が展開していた。

 

チュゼール製最新鋭BM16機を含む二つの隊列が先頭に並び、その背後には数十両の重戦車と軽機甲部隊、更に、その背後には何千何万という完全武装の兵士が控えている。

 

天界宮の上空にも、完全武装の兵士を乗せた臨戦態勢の奇襲空挺数十機が旋回している。

 

「陛下、どうですかな?」

 

「なかなかだ」

 

ブラーフマの問いかけに、スロカイはそう答えた。

 

少しの間、その壮観な景色を眺めていたスロカイだったが……

 

 

 

「……む?」

 

 

 

ふと、何かに気づいたのかスロカイは空を見上げた。

 

「陛下、どうなされましたか?」

 

それを見たマティルダはスロカイの視線を追って空を見上げてみるも、そこには何もない。ただ、美しい青空が広がっているだけだった。

 

「…………」

 

「陛下? 何を見ているのです?」

 

「……いや、何でもない」

 

そう言ってスロカイは踵を返してバルコニーから立ち去り始めた。それを見たマティルダ、ウェスパ、ヴィノーラの3名も改めて空を見上げるも……やはり、そこには何もなかった。

 

(気のせいか……?)

 

得体の知れない感覚に対する一抹の不安を覚えつつも、スロカイはきっと気のせいだと自分に言い聞かせて、足早にその場から立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

天界宮ー上空ー

 

 

 

 

「驚いた。まさかこの距離から私の存在を感じられるなんて……」

 

スロカイが見上げた先に、確かにそれはいた。

 

どんなに視力が高い者でも

例え機械の目を持つ者だとしても

ましてや、高性能レーダーを用いたとしても

それを視認できる者はいない

 

それは、機械神の力を持ち、直感に優れたスロカイだからこそ気づくことができた。

 

青空の中に隠れた、航空機の存在を

 

事実、完全なる領空侵犯にも関わらず、それは複数の空挺機が飛び交う空を、臨戦態勢の天界宮上空を悠々と飛行していた。

 

「流石に、あの人が気にかけるだけのことはある……」

 

そう呟き、彼女は搭乗するBMの狙撃態勢を解除した。それから、真下に向けていた長距離ライフルを折り畳んで機内の武装コンテナに収めると、今度はBMそのものを航空機の中に格納させた。

 

 

 

それは、美しき暗殺者

 

冷酷非道のスナイパー

 

孤独なハンター

 

そして、大空の支配者

 

 

 

「こちらテレサ。ミッション……スタート」

 

 

 

天界宮の上空で、見えない何かが勢いよく旋回した。

しかし、それに気付く者は誰1人としていなかった。




ストーリー、最近になってようやく更新されましたね!
いや、続きが気になっていたので凄く嬉しかったです! 今はそういう時期なので密な状態では作れない中、よくぞ作ってくれたなって感じです。
そして、主人公はやっぱりかっこいいです!
これから出る主役機の新しい形態にも注目ですね!

え? 何の話かって?



ガンダムビルドダイバーズ リライズの話ですが?



アイアンサーガ? ああ、そういえばそっちも更新されましたね。そちらは……まあ、予想通りの展開でしたね。ダッチーは予想外の展開を魅せてくれるのではないかと期待してはいたのですが……まあ、こんなものですか(辛口)

……というのは建前で、ほんとはムジナの心にかなり響いていたりします。この23話をちゃんと作ろうと思い立ったのも、更新されたストーリーを見たからだったりするのです(ツンデレむーじな)



それでは、次回予告です。

エル「突然能力が使えなくなったスロカイに、シンシアの魔の手が迫る!」
フル「しかも、上空にはあのテレサさんが……どうなっちゃうの……?」

エル&フル「「次回『崩壊・天界宮』(仮)」」

エル「なるほどね!これが『絶体絶命』なのね!」


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第24話:崩壊・天界宮

お帰りなさい!指揮官様!

ところで……今回のタイトル、「崩壊・天界」って語呂良くないですか!? まあ、最後に「宮」をつければそんなにって感じなのですが……
それにしても、今回はオリジナル要素が少なかったのでアイサガ本編からのトレースが多かったのです。(ムジナは一文一文スクショしてトレースしています)なので割と早く描き終えることができました。とはいえ、補足も沢山必要だったので完全にコピーじゃないので悪しからず……

それでは、続きをどうぞ……


第24話:「崩壊・天界宮」

 

スロカイがチュゼールを訪れる数日前……天界宮の隠し部屋にいるブラーフマの元に、1本の映像通信が入ってきた。

 

「これはこれは……テクノアイズの主よ。久しぶりだな」

 

回線を開いたブラーフマは、スクリーンに映し出されたその人物を見て薄く笑った。それは長い金髪を持つ、童顔の少女だった……だが、少女の年齢を考えると、それが少女と呼べる程年若くはないことをブラーフマは知っている。

 

「わざわざ極秘の通信網を使うくらいだ。大事な用なのだろう?」

 

『単刀直入に言うわね……教皇陛下と教廷騎士数名が、まもなくお忍びでチュゼールの首都を訪問されるわ』

 

スクリーン上の女性は淡々とそう告げた。

 

「…………!」

 

すると、ブラーフマの表情に驚愕の色が浮かんだ。

 

「……教皇直々のお出ましとは、光栄だな。だが、なぜお忍びで……?」

 

『陛下は我々の取引がご不満な様子……』

 

「陛下も取引に賛同されたのではないのか?」

 

『ええ。でも実際の取引量は、陛下が承認されたものよりも遥かに多い。陛下は保守的な方なの……教廷の大隊がどれだけチュゼールに渡ったか知れば、きっと取引を終わりにするでしょうね』

 

「それでは約束が違うではないか」

 

『本当にごめんなさいね〜』

 

シンシアは非常にくだけた口調で謝罪した。もっとも、その様子からでは全く反省の色は見られなかったのだが……

 

『陛下は世間知らずのお子ちゃまなの〜。閣下の苦境も、私が機械教廷の資金集めにどれだけ苦労しているかも知らない……それでも陛下だもの、命令には逆らえないわ〜』

 

「ふんっ……それは残念だ」

 

怒りのまま、ブラーフマが通信回線を切断しようとした時……

 

『……でも、世の中って思いもよらぬことが起こったりするものよね〜?』

 

「……?」

 

女性の口から意味深な言葉が飛び出したのに反応し、スクリーンの電源に伸びていたブラーフマの手がピタリと止まった。

 

『紛争地帯には、思わぬアクシンデントはつきもの。そうでしょ? ブラーフマ閣下?』

 

「…………」

女性が何かを企んでいることに気づいたブラーフマは、黙って女性の言葉を待った。

 

『陛下は勝手にお忍びで出かけては、しょっちゅう危険な目に遭っているの。でも、それは陛下の私的な活動だもの……補佐役の私には、黙って無事をお祈りするしかない、そうですよね? ブラーフマ閣下?』

 

「…………」

ブラーフマは女性の意図を見極めようと、スクリーンへ鋭い視線を向け続ける。

 

『今から言うのはただの独り言よ〜? 陛下は植物の樹液に対してアレルギーがあるの。チュゼールでは食用として重宝されている樹液に対しては特にね〜、でも本人はそれを知らない〜』

 

「……!」

 

何の前触れもなく女性の口から発せられた思いもよらぬ情報を耳にして、ブラーフマは小さく驚いた。

 

『だから、何かのはずみで陛下がそれを飲んでしまわないか心配でたまらない〜。だって……一定量摂取してしまえば、あの強大な能力は数週間は使えないでしょうからねぇ……ああ、心配だわぁ〜』

 

「…………」

 

『それじゃあ、切るわね〜』

 

そう言って女性は満面の笑みのまま通信を切った。暗いスクリーの前に1人残される形となったブラーフマは、女性の言葉を思い返してニヤリと笑った。

 

「なるほどな、腹黒い古ダヌキめ……」

 

 

 

↑ムジナのこと呼んだのです?

(違います)

 

 

 

一方その頃……機械教廷

 

「ふぅ……」

 

ブラーフマとの通信を終えたその女性……シンシアは、暗闇の中で小さく息を吐いた。通信装置のリモコンを置いて、しばらくの間暗くなったモニターを見つめる。

 

「伝えるべき情報は全て話した。あとは、彼ら次第ということね……でも……」

 

そこで少しの間思案した後、シンシアは再びリモコンを手にした。慣れた手つきで秘密回線の周波数を変更し、コールを行う。

 

(どうせなら、彼らにも協力してもらいましょう)

 

シンシアは心の中でほくそ笑んだ。

 

(やるからには確実にやりましょう。極東を壊滅させ、さらにはあの極東武帝すら打ち破った彼らの力……使わせてもらいましょうかね?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第24話:「崩壊・天界宮」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後……

チュゼール王城『天界宮』

 

 

 

天界宮ではスロカイ一行が連日手厚いもてなしを受けていた。教皇の訪問で兵器購入の道を閉ざされたブラーフマだったが、それでも接待に抜かりはなかった。

 

接待と言えば……ちなみに、作者であるムジナもアイサガのアリーナでの接待編成に抜かりはなかったりするのだが、それはまた別のお話……

 

教皇本人もチュゼール特有の異国情緒を心の底から楽しんでいた。機械教廷の無機質で冷たい鋼鉄の世界とは違い、ここでは美しい自然の息吹が感じられた。

 

街の至る所に様々な動物や瑞々しい緑が溢れ、人間と自然が絶妙なバランスで共存していた。それが、スロカイには大変興味深かった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

天界宮

豪華ディナーパーティーの席上

 

 

 

「陛下。この数日、どこか行き届かぬところなどはございませんでしたか?」

 

ブラーフマが正面に座るスロカイへと声をかけた。

 

「フッ……閣下のもてなしの中に行き届かぬところがあると言うのなら、それは世界中のどこのパーティーへ出向いても満足できぬことだろう」

 

「お褒めに預かり、光栄ですな」

 

ブラーフマはそう言って席を立ち、スロカイの元へ歩み寄った。その手には、琥珀色の液体が入ったグラスが握られている。

 

「変わらぬ友好を願って」

 

ブラーフマはグラスを持ち上げ、召使いにスロカイのグラスにも同じ酒を注ぐように命令した。

 

「これは何だ?」

 

スロカイはグラスに注がれた酒を見て尋ねた。

 

「ピッパラの樹液で作った酒です。ピッパラは主にチュゼールの南部に生育しており、樹液だけでなくその果実も食用に向いていることから、非常に重宝されている植物でございます」

 

ブラーフマはそう言ってグラスの中に視線を向けた。

 

「爽やかな甘みのある、軽い酒ですので……」

 

「ほう、そうか?」

 

スロカイは興味深げにグラスの中の透き通った液体を眺めた。

 

「お気に召しませんでしたら、他のお酒に替えさせましょう」

 

「いや、これでよい」

 

そうして、2人はグラスを掲げた。

 

「新生チュゼール王国と、偉大なる機械教廷の友好を願って……乾杯」

 

「「「乾杯!!!」」」

 

ブラーフマの声に合わせて、同席していたブラーフマの臣下たちも一斉に唱和した。

 

「…………」

 

スロカイはブラーフマや臣下たちが先に口をつけるのを見届けた後、自身もグラスに口をつけ、酒を一気に飲み干した。すると、思っていた以上の爽やかさに、スロカイの口から簡単の息が漏れる。

 

(というか、スロカイ様って何歳だっけ……?)

 

「…………む?」

 

だが、その液体が胃へと流れ込んだ瞬間……スロカイはかすかな違和感を覚えた。喉元にしびれが走り、頭の中で何かが動くような感覚……

 

しかし、それもほんの一瞬のこと……違和感は薄れ、しびれも大したことのない上に、痛みも何も感じられない。スロカイはそれを飲み慣れぬ酒のせいだと思い、大して気にも止めなかった。

 

「…………」

 

ブラーフマはそんなスロカイの様子を、グラス越しにジッと見つめるのだった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

数時間後……

 

パーティーが終わり、スロカイは部屋で熟睡していた。

 

その部屋に、ムクリ……突如人影が浮かび上がったかと思うと、それは無音のままスロカイのベッドへ近寄り……そして

 

「マティルダか?」

 

「ッ!」

 

熟睡しているはずのスロカイが突然口を開いた。

驚いたマティルダは、スロカイへと伸ばしかけていた手を下げる。

 

「はい、陛下……」

 

「こんな遅くに何の用だ?」

 

スロカイは欠伸を1つして起き上がり、それから自身の真横に立つマティルダを優しく見つめた。

 

「夜這いか?」

 

「めめめめッッッ、滅相もございません!」

 

一瞬にして顔を真っ赤にしたマティルダを見て、スロカイは悪戯っぽく笑う。それから、少し前に機械教廷でしたようにマティルダの下顎を持ち上げた。

 

「あう……陛下……」

 

スロカイに至近距離で見つめられ、マティルダは少しだけ我慢するようなそぶりを見せるも、すぐに耐えきれなくなったのか、スロカイの美しい脚からその乱れた襟元へ視線を走らせ……

 

「ヴィノーラとムクロは、今は遊んでいる場合じゃない……って、思うんだけどなぁ……」

 

「ッッッ!?」

 

突然、自分の背後から響いてきた小さな声に反応し、マティルダは小さく飛び上がった。いつからそこにいたのだろうか? いつのまにか、彼女の背後にはヴィノーラとマティルダが神妙な面持ちで佇んでいた。

 

「ヴィ、ヴィノーラ? いつから……?」

 

そんな2人を見て、マティルダはどぎまぎとした表情を浮かべた。

 

「……む?」

 

その一方で、スロカイは2人が完全武装であることに気づき、彼女たちが深夜にやってきた意味を理解した。

 

「動いたか?」

 

スロカイはベッドから降りて服を着始めた。

 

「うん。警戒用に放していたムクロがこっちに向かってくる兵士たちを発見した。規模は数百人、しかもまだまだ増え続けている……あいつらのターゲットは、多分……」

 

「ああ。まず間違いなく、我々だろうな」

 

手早く服を着替え終えたスロカイは、そこで焦った様子を見せるでもなく嘲笑した。

 

「我々も随分舐められたものだな? ブラーフマ奴……たかが数百人で我々には楯突くとは、いい度胸だな?」

 

スロカイの瞳に赤い光が灯る。

 

「余が、機械神の代理人と呼ばれる所以をとくと思い知らせてやる…………ん?」

 

そうして、スロカイが機械神の力を発動させようとしたその瞬間……スロカイの瞳に灯る赤い輝きが、まるで電池切れを起こした懐中電灯のように明滅し、それからまもなく完全に消え失せた。

 

「なぜ…………力が発動しない?」

 

スロカイは不思議そうに自分の掌を見つめた。

 

「あ! ヴィノーラ分かった! 女の子の日?」

 

「いや、違う。生理は関係ない」

 

淡々とヴィノーラの考えを否定し、スロカイは突然力が使えなくなったことについて思考を巡らせ始めた。

 

(前にも同じようなことがあったが、数週間で回復した……しかし、このタイミングでの襲撃? ブラーフマは余の状態を見計らったように襲撃をかけてきたとでも……? どういうことなのだ……? なぜ分かった?)

 

スロカイはいくつもの『何故』を頭の中に展開し、その答えになりそうなファクターを思いついた順に並べ、パズルを組み立てるように頭の中で次々と組み合わせてみるも……しかし、明確な答えが浮かび上がってくることはなかった。

 

ただ1つ言えるのは……

スロカイは『最大の切り札』を失ったということ

 

マティルダらホーリーナイツは凄まじい強さを誇ってはいるものの、いかんせん敵の数が多すぎた。持久戦になればなるほど劣勢になるのは明白だろう。

 

しかし、それでもスロカイは冷静だった。

今すべきことは、迫り来る脅威を排除し逃れること。力を使えない理由など、後でいくらでも考えることができる……最も、この場を切り抜けることができればの話なのだが

 

「騎士たちよ、今宵は激しい戦いとなるぞ! 準備はいいか?」

 

「はい! 陛下!」

 

スロカイの問いかけに、マティルダは威勢良く返事をした。

 

「うん……今日はどのムクロを憑依させようか?」

 

ヴィノーラはムクロを手で弄びながら呟いた。

 

「…………」

 

ウェスパは相変わらず無口だが、漆黒のチェーンブレイドには既に殺気が漂っていた。殺戮人形の異名を持つ彼女は、早くも戦いの準備を終えていた。

 

(そうだ、それでいい)

こんな状況ではあるが、3人のそんな様子にスロカイは頼もしさを覚えるのだった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

天界宮ー上空ー

 

漆黒に包まれた空、その中で無数の星々が煌めく様は、まるで黒いシーツの上にダイヤモンドを散りばめたかのようだった。

 

「……動いた?」

 

深淵の空の中で、それは目覚めた。

 

天界宮での異常を察知した彼女は、小さい欠伸を1つすると、狭いコックピットの中で身支度を整え、それからモニターへと視線を送った。

 

モニターには光学カメラと赤外線カメラによる画像処理が施された映像が浮かび上がっていた。これにより、高高度からでも正確な偵察が可能となる。

 

そして、映像の中では深夜の闇に紛れて王城を進むブラーフマの兵隊たちの姿があった。まるで何者かの逃亡を妨げるかのように、兵隊たちは王城の外壁を囲んでいた。

 

「ざっと見た感じ、規模は500ってところかしら?」

 

そんな呟きと共に、女性が機体の操縦桿を握ると、今まで空にホバリングしていたそれはゆっくりと動き始めた。

 

ステルス状態のそれが位置を変えると、その背後で煌めく星がほんの少しだけ動いたように見えた。しかし、地上にいる者たちがそれに気づく様子はなかった。例え気づいたとしても、気のせいだとしか思えないだろう。

 

「あの人の予想通りね」

 

青白い髪を弄びながら、女性は淡々と呟く

 

「さあ、どうする?」

 

その問いかけは、今まさに絶体絶命の状況を迎えつつある1人の少女へと向けられていた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

天界宮

 

その無憂宮と呼ばれるフロアの最上階にスロカイはいた。だが、そこは今まさにブラーフマの兵隊たちによって取り囲まれようとしていた。

 

重火器を使えば建物が倒壊し、教皇たちに脱出のチャンスを与えることとなる。そのためブラーフマは重装歩兵部隊を投入し、一番確実な近接戦闘によってスロカイたちを仕留めることにした。

 

最上階へのルートは2つ

 

1つ目が、無憂宮の階段か直通のエレベーターを使うルート

 

2つ目が、天界宮と各宮殿を繋ぐスカイコリドーと呼ばれる空中廊下を進むルートである。

 

 

 

ーーー階段ーーー

 

 

体を真っ二つにされた兵士たちの無残な死体が、階段を転がり落ちていった。階下には数十人の装甲兵の死体が折り重なり、貴重な象牙製の白い階段から鮮血が滴っていた。

 

「な……なんてことだ……」

 

仲間の惨状を目にした階段下の兵士たちが、怯えきった様子で階上を見上げた。

 

「…………」

 

黒髪の少女がゆっくりと下りてくる。

 

その少女……ウェスパは、無表情でチェーンブレイドを構えると、階下にいる兵士たちに向かって突然飛びかかった。

 

「なっ!」

 

兵士たちが驚く間も無く、まず先頭にいた重装兵の体が縦に真っ二つに切り裂かれてしまった。ブラーフマが誇る重装歩兵の装甲も、彼女の前では紙のように脆かった。

 

「…………」

 

ウェスパの攻勢はそれだけに留まらず

 

「うわっ!?」

 

群れる装甲歩兵の手前で跳躍すると、ウェスパはその中心付近に着地を決め……そして、中腰の姿勢でスピンを始めた。

 

「ぐあああああっっっ!!!???」

 

キリングストーム

チェーンソーによる横薙ぎの回転、それはまさしく黒い竜巻だった。綺麗な弧を描いた刃は、鋼鉄であろうと人肉であろうと触れるもの全てを切り刻み、そして竜巻の中へ呑み込んでいった。

 

「ひぃ……」

兵士たちは悲鳴をあげた。

 

一瞬にして、フロアはおびただしい数の死体で溢れることとなった。かろうじて竜巻から逃れることが出来た者もいたが、腕を引き裂かれるなり戦意を喪失しているなりして、最早まともに戦える状態ではなかった。

 

重装甲を纏っているとはいえ、生身の人間が扱える軽武装では改造人間のウェスパに致命的なダメージを与えるのは不可能に近かった。

唯一、彼女の肌を傷つけることができたのは、重装歩兵大隊のヒートシミターによる刺突のみだったが、しかし、その傷も殺戮人形の彼女にとってはかすり傷程度に過ぎなかった。

 

「…………」

 

赤く染まった黒いチェーンブレード

肌の下から覗く金属部品

そして、金属よりも冷ややかな表情

彼女の白い肌にこびりつく、大量の飛び血

 

それを目の当たりにして、兵士たちは震え上がった。

 

「あ……悪魔……」

 

鮮血とちぎれた手足に覆われた階段の前に立つ、黒い影を目にした兵士たちは思わず後ずさりした。上りであるにも関わらず、その階段はまさに地獄への入口だった。

 

「ビビってんなら、とっととママのところにで帰りな! ザコども」

 

その時、彼らの背後から声がした。

 

「!?」

 

全員の視線が暴言の主に集まる。

鋭い目つき、色白の肌、極東風の洋服を身につけている。それは、かつて三日月と共に戦ったこともある極東人……英麒だった。

 

ブラーフマ陣営に入ったばかりの英麒は、第17大隊と共にここまで来たが、強化服は着ていなかった。

 

英麒の圧力に臆し、兵士たちは道を開ける。

 

「またこりゃ美人の強敵だね。俺様ってもしかして、めちゃくちゃツイてるのかも」

 

英麒はウェスパを見てニヤリと笑った。

 

「…………」

 

ウェスパはチェーンソーを構える。

 

「てめぇになら殺されても……」

 

「…………!」

 

英麒はそう言いながらフロアを駆け抜け、両手の剣をウェスパへ突き出した。鋭い金属音と共に、ウェスパはチェーンでその強烈な一撃を受け止めた。

 

「本望かも〜」

 

鍔迫り合いの最中、英麒はウェスパに顔を近づけ楽しそうにそう言った。

 

 

 

ーーースカイコリドーーーー

 

 

 

「ウワアァァァァァァ!!!」

 

無憂宮に通じるスカイコリドーで大爆発が起き、全長2.5mもある装甲兵たちが数m先に吹き飛ばされる。一部の者はコリドーから落下し、そのまま地面へと激しく叩きつけられてしまった。

 

その巨人たちは、重装部隊・ブラフマンに所属する戦闘僧兵だった。彼らは改造人間であり、重さ3.5トンの機械甲冑と動力兵器を装備するブラーフマ軍最強の独立作戦歩兵部隊だった。

(3.5トンて…ムジナ的には廊下が抜け落ちないか心配)

 

爆発が収まると、スカイコリドーから無憂宮に続く入口の床に亀裂が生じ、そこから小さな人影が姿を現した。

 

「うふふふふ……体があるって最高ね〜!」

 

それはヴィノーラだった。

しかし、いつもと様子が違う。普段とは別人のように胸を突き出し、目の前の敵を見下す様はどこか艶かしいものがあった。

 

機械教廷では神秘の力を持つ者は少なくない。しかし、ヴィノーラはその中でも特に稀有な存在だった。

 

機械の墓場に籠もりがちな彼女は、他人の魂を集めて自身の黒いガイコツ……ムクロの中に宿らせることができ、必要に応じて魂を呼び出し、自身の体へ憑依させることができた。

 

「くらえ〜〜〜!」

 

ヴィノーラの左手が青いプラズマを帯びたと思った瞬間、そこから射出された光球がブラフマンの元へと殺到する。

 

「ギャァッ……」

 

光球の着弾と共に発生した爆発により、ブラフマンたちがコリドーから落下していく。

 

「うふふふ……」

 

ヴィノーラが微笑みを浮かべると、今度はその両手に青白いプラズマが生成された。彼女はまるでお手玉でもするかのようにそれを弄び始める。

 

「今だ! 射撃隊!」

 

ヴィノーラの様子から、彼女が油断していると踏んだ歩兵部隊の隊長が号令をかけると、重火器を持った12人の兵士たちが2列に並んだ。

 

「撃て!」

 

その言葉と共に、前列と後列に並んだ12の大口径砲から、一斉に鉛玉が放たれた。

 

通常であれば、この一斉射撃をまともに受ければ瞬く間に蜂の巣どころか骨も残らず消滅してしまうだろう。特殊な能力を持つヴィノーラとて同じことだった。

 

殺到した弾丸の雨が、ヴィノーラを貫こうとしたその瞬間……

 

「……!?」

 

しかし、指揮を取っていた隊長はそこで驚愕した。なぜなら、ヴィノーラの正面にどこからともなく謎の黒い渦が出現したからだ。ヴィノーラを捉えたはずの弾丸は、命中する直前でグニャリと軌道を変え……そして、その黒い渦の中へと吸い込まれて消えた。

 

「じゃあ〜ね〜〜〜」

 

ヴィノーラが両手の光球を放つ

 

「や……やめ……っ」

 

隊長が声を発する暇もなく、光球が彼らの中心で爆発した。無残にも、隊長も含めた兵士全員がコリドーから落下して、そのまま見えなくなってしまった。

 

「うーん、この子の体でこの力を使うのは、かなりの負担みたいね〜」

 

ヴィノーラは己の強さを誇るでもなく、自分の両手を見つめた。心なしか、彼女の両手に浮かび上がったプラズマの光が小さくなっているように見える。

 

「いくら体を改造していても、これ以上私の力を使うのは難しいかなー、壊しちゃ悪いしこれくらいにしておいてあげたいけど……無理だよね?」

 

そこで、ヴィノーラは周囲を見回した。

先程ヴィノーラが吹き飛ばした空間に、また新しい兵士たちが現れ一斉に小銃を撃ち始めた。それだけではない、その奥にはさらに多数の兵士たちが身構えているではないか。

 

「もう! せっかく外に出られたっていうのに〜これが最後なんてッッッ絶ッッッ対ッッッに嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

無憂宮ー最上階ー

 

ウェスパとヴィノーラが敵を食い止めている一方で、スロカイはというと……

 

「…………」

 

座っていた。

 

バルコニーから身を乗り出し、手すりの上に腰掛け、まるで眠っているかのように目を閉じていた。言うまでもなく、眼下には絶景が広がっている。

 

この高さから落ちたらひとたまりもないだろう。

 

「陛下ッ……あ、危ないですよ……?」

 

その背後に立つマティルダは冷や冷やとしたものを感じていた。風が強く吹くたびに、スロカイの体が小さく揺れる……警護しつつも、マティルダはいつスロカイが落ちてしまわないか心配でたまらなかった。

 

スロカイは最初からブラーフマの熱烈なもてなしには何か裏があるのではないかと疑ってはいた。だが彼女には、危険が迫っていても機械神の力を持つ自分なら絶対に天界宮から逃げ出せるという自信があった。

 

だが、今……力を失った彼女と、その忠実なる騎士たちは窮地に立たされていた。

 

「うう……」

 

ふと、マティルダが無憂宮のバルコニーから下を見下ろすと、そこにはブラーフマの兵たちで溢れかえっていた。漆黒の夜も、サーチライトの光に照らされて昼間のように明るい。

 

その光景を見たら、今は亡き極東武帝やライン連邦の黒騎士でも天を仰ぐだろう。

 

「陛下、これからどうします?」

 

「…………」

 

「今のところ、下は持ち堪えているようです」

 

「…………」

 

「ですが、この物量差です……」

 

「…………」

 

「教廷騎士たちとはいえ、あまり長くは持たないかと……」

 

「…………」

 

「陛下……?」

 

スロカイが先程から無言なのが気になったマティルダは、心配になってスロカイへと声をかけた。しかし、スロカイはそれでも何も言わなかった。

 

「陛下!? 陛下!!!」

 

もしや陛下の身に何かが起きているのだろうか? そう思ったマティルダは、慌ててスロカイの体を後ろから抱きとめ……

 

「…………ッッッ!」

 

そして、マティルダは驚愕した。

なぜなら、今まで微動だにしなかったスロカイの手が、スロカイのことを抱きしめるマティルダの手に優しく添えられたからだ。

 

「陛下!」

 

スロカイが無事であることに、ひとまず安心したマティルダだったが……

 

「ふわぁ……」

 

「……え?」

 

スロカイの口から小さな欠伸が出てきたことで、マティルダは唖然とした表情を浮かべた。驚くべきことに、スロカイはこの絶体絶命の状況を前にして……のんきに眠っていた。

 

「もう持たぬか?」

 

「は……はい」

 

「そうか」

 

そう言って、スロカイは手すりの上に立ち上がると、ため息を吐いて眼下に広がるブラーフマの軍勢を見下ろした。

 

「ここからは誰も逃げ出せない」

 

スロカイは突然、諦めの言葉を放った。

 

「そう、誰も!」

 

スロカイの口調が強くなる。

 

「後悔・無念・苦悩、様々な感情に襲われ……余は間も無く、愚かな行為の代償を払うことになるのだ。余のせいで、忠実な部下まで道連れにして……絶望ととも死んでいくのだと」

 

 

 

 

 

「……なんて、言うとでも思ったか?」

 

 

 

 

 

スロカイの瞳に強い光が浮かび上がった。

いや、それは機械神の力を発動する際に放たれる無機質な光などではなく、純粋な……人としての強い心が露わになった証だった。

 

「ああ、認めよう! 余は完全にしてやられた。機械神の力を使うこともできず、余にできることといえば、今もこうして余のために死闘を繰り広げているであろう騎士たちの健闘を讃え、その敗北を待つことのみ! 余は……なんて無力なのだろうか!」

 

スロカイは天を仰いだ。

 

「事は、余を貶めようとした者が描いた筋書き通りに進んでいるといえよう。いや、それはブラーフマではない……ブラーフマ如きに、余に歯向かう度胸も知恵もあるまい! ……誰だ? ブラーフマに入れ知恵をし、しかし自身は傍観に徹しようとする卑怯者は!」

 

スロカイの顔に黒い影がかかる。

マティルダはスロカイの剣幕に圧倒され、息すら忘れた。

 

すると、スロカイの肩が細かく震え始めた

マティルダはそれを、スロカイが震えているのだと思ったのだが、どうやら違うようだった。

 

「ククククククク……」

 

スロカイは笑っていた。

顔に影のかかった状態で悪魔の如く奇妙に笑うスロカイ。そんな彼女を見て、マティルダはゾクリとくるものを感じた。

 

「ハッ……思わず笑いが込み上げてくるな? だってそうだろう? 茶番はいつでも面白いものだからな……?」

 

スロカイが天を仰ぐのを止めると、その顔から影が消え失せた。一度は下ろした腕を突き出し、彼女は力強く拳を握りしめた。

 

「……で? それだけか?」

 

握りしめた拳を広げ、ブラーフマ軍を包み込むような仕草をする。

 

「ならば余が直々に、面白い茶番劇の返礼をしてやろうではないか」

 

そう言って、スロカイは服のポケットから小さな袋を取り出し、さらにその中から黒っぽい小さな粒を1つだけ取り出した。

 

それは、ナツメヤシの実だった。

手にしたそれをマティルダが見ている前で美味しそうに頬張り、口いっぱいに広がる甘味に微笑んだ時だった。

 

「うわっ……!?」

 

突如、巨大な地震が2人を襲った。

マティルダは思わず膝をついて足元の衝撃をやり過ごした。しかし、足場の不安定な手すりに立つスロカイはそうもいかない

 

「スロカイ様……ッッッ!!!」

 

スロカイはバルコニーの手すりから足を踏み外した。マティルダが止めるよりも早く、彼女の体が頭から落下していく。

 

「さあ、受け取るがいい……」

 

落下中のスロカイはニヤリと笑い……

 

 

 

 

 

「来い! ハンニバル!」

 

 

 

 

 

彼女がそう言った直後……

 

 

 

ぎゅいいいいいいいいいいいいいいいんんんんん

 

 

 

突然、地中からそれは現れた。

 

大量の土砂を撒き散らしながら、巨大な竜巻……いや、映画『トレマーズ』に出てくる地底生物グラボイズにも似た黒い怪物が姿を現した。先端に高速回転する巨大なドリルを装備し、全身が黒い装甲で覆われている。

 

やがて回転はピタリと止まり、その全貌が明らかになった。先端がドリルになったミミズのような黒いBM……すると、黒い怪物は先端のドリルを落下中のスロカイへと向け……

 

「スロカイ様ッッッ!!!???」

 

次の瞬間、マティルダは絶叫した。

 

なぜなら、先端のドリルが4つに開き、まるでスロカイのことを捕食するかのように、ドリルの中に収めてしまったからだった。

 

「…………あ、ああ……」

 

マティルダはヘナヘナと地面に崩れ落ちた。

 

無理もない。自分にとっての最愛の人が、目の前で無残にも怪物に食べられてしまったのだから……

 

怪物は天界宮の広場でのたうち回っている。マティルダが込み上げてくる涙を堪えきれなくなった時だった。

 

『マティ!』

 

どこからともなく王城にこだました声に、マティルダは反応した。自分のことをその名前で呼ぶのは世界でただ1人……

 

「スロカイ様!」

 

マティルダはバルコニーからそれを見下ろした。

 

すると、巨大な怪物がヘビのごとくドリルの鎌首をもたげてマティルダのことを見上げていた。……いや、見上げているように見えた。

 

『余はここだ』

 

怪物のスピーカーからスロカイの声が響き渡る。

 

「生きて……生きてらっしゃったんですね……!」

 

『当たり前だ。余がお前を置いて死ぬなど……ん?』

 

そこで、感動的な2人のやりとりに水を差すものが現れた。それは言うまでもなく、ブラーフマの兵士たちだった。

 

突然の地面が割れたかと思うと、そこから見たこともない巨大な怪物が姿を現した……その事実が兵士たちに与えたショックは凄まじいもので……また、怪物の竜巻に巻き込まれ、惨たらしい死を遂げた者も大勢いた。

 

「バケモノおおおおおお!!!!」

 

まず、スロカイの邪魔をしたのは立ち直った兵士たちによるものだった。兵士たちは手にした小銃を怪物の胴体に向け、一斉に鉛玉を放ち始めた。

 

しかし、そんなものが圧倒的なスケールと質量を持つ鋼鉄の怪物に効く筈もなく……小銃弾はいとも容易く弾き返されてしまう。

 

重装歩兵たちも射撃を続ける兵士たちの中に加わり、大量の大口径砲やバズーカ砲など浴びせかけ、手にしたヒートホークをこれでもかと叩きつけるが……全て無意味だった。

 

ハンニバルの広いコックピットの中で、そんな彼らを一瞥したスロカイは、袋の中からさらに2つのナツメヤシの実を取り出して口に含み……

 

『煩いな』

 

そんな呟きと共に、ハンニバルの装甲表面から空に向かって何かが打ち上げられた。そして、その数はゆうに数十を超えていた。

 

それはSマインと呼ばれる兵器だった。

Sマインとは対人近接防御兵器の一種で、空中で爆発し、小型鉄球の雨を降らせて至近に迫った敵兵を駆逐するもの。……なのだが、ハンニバルに搭載されているSマインは小型鉄球の代わりに、テクノアイズではポピュラー武装であるネイルガンの弾頭(ネイル)を使用している。

 

そのため……

 

「ぎゃああああああああああッッッ……」

 

「グギャ……」

 

「あああああああああああああああッッ!?」

 

上空から雨あられの如く飛来し、重装歩兵の装甲を貫いたネイルは、そのまま人体の中に入り込みひたすら肉を抉ったのち、その体から飛び出して至近にいた別の兵士の体へと殺到した。

 

兵士たちは皆蜂の巣になった。

 

一瞬にして、ハンニバルの周りに動くものはいなくなった。ひたすら銃を撃ち続けていた者も、大口径砲を構えていた者も、ヒートホークで殴りつけていた者も……皆一堂にミンチ肉と化していた。

 

「ふん……」

 

だが、スロカイが一息吐こうとしたその時、天界宮の門が開き……そこから飛び出してきた2機のBMがアサルトライフルを連射しつつ、ハンニバルへと迫っていた。

 

ライフル弾がハンニバルの装甲に着弾すると、激しい音と共に無数の火花が散った。しかし、直撃にも関わらずハンニバルはビクともしない。

 

「失せよ!」

 

ハンニバルは尻尾を振った。

 

それだけで、2機のBMのうち1機がいとも容易く押し潰され、そのまま外壁へと衝突し、それから二度と動かなくなった。

 

残ったBMの1機は尻尾を躱し、弾切れになったライフルを捨てると近接戦闘用のブレードを抜き放って、果敢にもハンニバルへと迫る。

 

「ハッ!」

 

スロカイの嘲笑と共に、ハンニバルの装甲表面が一部スライドしたかと思うと、そこから無数のミサイルらしき物体が次々と射出された。

 

ブレードを持ったBMは回避機動を取ってミサイルの全弾を躱し、そしてブレードを大きく振りかぶって跳躍した。しかし……

 

「…………!?」

 

次の瞬間、BMパイロットは驚愕した。

なぜなら、完全に回避したと思っていたミサイルが、まるで意志を持っているかのように空中で反転し、背後から機体を貫いたからだった。

 

しかも、1つだけではない……放たれた全てのミサイルが反転し、空中のBMへと殺到し、先端の高速回転するドリルで全身を食い破り、機体を穴だらけにした。

 

ドリルドローンの直撃を受け、爆発四散するBM。ミサイルはミサイルでも、ドローンの名を冠する高性能ミサイルの追跡を躱すのは至難の業だった。

 

『マティ!』

 

スロカイは再び塔の上のマティルダを見上げた。

 

「はい! 陛下!」

 

するとマティルダはバルコニーの手すりによじ登り、一切のためらいもなく、ハンニバルの先端めがけてダイブした。

 

 

 

ーーー階段ーーー

 

 

 

外で激しい戦闘が行われている最中……

依然として階段で戦闘を続けていたウェスパは

 

 

 

「…………」

 

英麒を相手に、押されていた。

 

「チッ……さっきのは惜しかったなぁ〜」

 

そう言って、英麒は刀身が僅かに欠けた双剣を手の中でクルクルと持て余していた。その刃先には、僅かに金属粉が付着している。

 

それに対し、ウェスパの右足に剣で切り裂かれたような傷跡があった。場所が場所だけに致命傷ではないものの、無傷だった時と比べると機敏さにかけるのは明白だった。

 

それは遡ること……つい先ほどの出来事だった。

ウェスパは、一瞬の隙を突かれて影麒へ攻撃のチャンスを許してしまった。しかし、双剣の片方がウェスパの足を切り裂こうとしたその時……突如として発生した地震に驚き、英麒は攻撃を躊躇って後退。

 

その地震はスロカイがハンニバルを呼び出したことによるものなのだが、これによってウェスパは辛うじて足の切断を回避した。

 

「ま、いいや。俺様、博愛主義者だからさ〜」

 

ヘラヘラとチンピラのように笑う英麒、その視線はウェスパの胸に向けられていた。

 

「人でもロボットでも、どっちでもいいや〜」

 

軽い口調でそう言って、英麒は刀身に舌を這わせて剣先の鉄粉を舐め取り、両手に双剣を構え直した。

 

「……………………」

 

ウェスパは真っ直ぐに英麒を見据え、低いうなり声を上げるチェーンブレードを構え直した。

 

それが英麒に対する答えだった。相変わらず表情は全く変わらなかったが、その瞳には強い意志が宿っていた。

 

「は! 頑張るねぇ!」

 

英麒はウェスパの瞳に込められた意志などどうでもいいというようにニヤリと笑い……そして、ウェスパめがけて殺到し……

 

 

 

……その時だった。

 

 

 

「うおっ!」

 

突然、壁が崩落したかと思うと、そこから巨大なドリルが飛び出し、英麒の進路を遮った。すんでのところで壁の崩落に気づいた英麒がブレーキをかけていなければ、彼の体は高速回転するドリルに巻き込まれ、『霊獣計画』の集大成である英麒でさえも復活できないほどのダメージを負っていたことだろう。

 

「チッ……なんだぁ?」

 

訳も分からず英麒は後退する。

しかし、その行動が命取りとなった。

 

「うわぁ!?」

 

背後から兵士たちの悲鳴。

 

「な!?」

 

振り返った英麒が見たものは、前方のドリルと同じく、壁を突き破って現れた巨大な5本の柱……いや、指だった。よく見ると関節らしきものがあることから、それがBMの巨大なマニュピレーターであることが分かる。

 

巨大な手は、平手打ちの要領でその場にいた兵士の群れと、ついでに英麒をなぎ払って壁へと叩きつけ、そのまま天界宮の外へと追いやった。

 

 

 

「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 

断末魔の悲鳴と共に、英麒が落下していく。

 

 

 

ーーーーー

 

フル「やった!」(ガッツポーズ)

 

エル「なるほどね! これが『スマブラ』なのね!」

(↑マスターハンドとクイックハンド的な?)

 

ムジナ「君たち……?」

 

ーーーーー

 

 

 

『ウェスパ、無事か?』

 

「……?」

 

階段に何処からともなくスロカイの声が響き渡り、ウェスパはキョロキョロと辺りを見回した。当然、スロカイの姿はどこにもない。

 

すると、壁に突き刺さったドリルが少しだけ後退し、その先端が4つに分かれ、ウェスパの前にはコックピットへと通じるハッチとタラップが下りてきた。

 

『さあ、乗るがいい』

 

「…………」(こくり)

 

ウェスパは軽く頷くと、ドリルの中へと入っていった。

 

 

 

ーーースカイコリドーーー

(コリドーだったもの)

 

 

 

「へぇ〜、この子の上司。中々やるじゃない」

 

時を同じくして、スカイコリドーで敵を足止めしていたヴィノーラだったが、彼女は役目を終えていた……というか、何もすることがなくて暇していた。

 

彼女は今、スカイコリドーだったものの上に佇んでいた。彼女がいる足場を残して、スカイコリドーは完全に消失していた。

 

それはスロカイがウェスパの救出に向かう少し前のこと……それまでブラーフマの重装歩兵たちと激闘を繰り広げていたヴィノーラだったが、ウェスパの時と同じく、突然コリドーの床から巨大なドリルが突き出してきた。

 

ヴィノーラがそれがドリルであることを認識した時にはもう、その高速回転で前衛・後衛の歩兵を巻き込んで挽肉に変え、それどころか向こう側の宮殿すら破壊してしまった。

 

その光景にしばらく唖然としていたヴィノーラだったが、すぐさまそれがスロカイによるものだということに気がつくと、小さく微笑んだ。

 

「それにしても、大騒ぎね〜」

 

ヴィノーラが辺りを見回すと、天界宮は尋常ではないほどに崩壊していた。宮殿のいくつかは見る影もないほどに破壊され、そびえ立つ塔は大きく傾斜し、敷地内では至る所で黒煙が生じ、建造物のいくつかも倒壊し、美しく整えられた広場と庭園も、ハンニバルの出現により土砂まみれになっていた。

 

一応、補足しておくと……天界宮は世界的にも有名な歴史的建造物である。

 

「次は何が起こるのかしら〜? ふふっ、楽しみ〜♬」

 

目の前に広がる惨状を見て、ヴィノーラは楽しそうに笑った。それから、スカイコリドーの床を蹴ってスロカイの元へと移動するのだが、その衝撃により、最後に残ったコリドーの足場が倒壊していく……

 

 

 

ーーーーー

 

 

「よっと」

 

ヴィノーラが降り立ったのは、スロカイが操るBMの黒い右肩だった。しかし……通常のBMの大きさを踏まえると、それは肩ではなく……さしずめ『黒い丘』だった。

 

『ヴィノーラ、無事だな?』

 

スロカイの声と共に、巨大な顔がヴィノーラに向けられた。

 

「うん、大丈夫よ〜」

 

『よし、ハッチを開けた。こちらへ来られるか?』

 

「オッケ〜」

 

気の抜けた返事と共に、ヴィノーラは巨大な肩をひょいひょいと歩き始めた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「こ、こんな馬鹿な……」

 

「な、なんて大きさなんだ……?」

 

「これがBMなのか……?」

 

生き残った兵士たちは、目の前にそびえ立つ黒鉄の城を前に絶望的な表情を浮かべていた。城と言っても、それは天界宮のことではない……正しくは、天界宮のど真ん中に陣取る、巨大なBMに対してだった。

 

なぜなら、今まで蛇かミミズのように地面を這うことしかできなかったハンニバルが、いつのまにか姿形を変え、まるで人間のように直立二足歩行をしていたからだ。

ハンニバルは、ドリルの持つ本来のアイデンティティである掘削能力を損なうことなく戦闘に活かすことをコンセプトとし……その結果、トランスフォームが可能な機体として設計された。

これにより、地中を移動する「マッドアングラー形態」で敵の防衛線を無視して本拠地に進軍、その後は「BM形態」に変形し内側から敵を殲滅することを可能としていた。

 

そして今、BM形態へと変形したハンニバル

武装は右腕に巨大なドリルアーム、左腕に5連装200ミリネイルガン・アーム、全身の至る所にドリルドローンポッドを内蔵し、そして胸部にはアトミック焦土レーザーを装備していた。

通常のBMを遥かに超える大きさ(例えるならフリーダムに対するデストロイ)を誇り、その大きさもさながら、悪魔のようなその顔つきは、見るもの全てを圧倒するほどの存在感を放っていた。




これこれ! ムジナは最初からこれがやりたかったのです!
(具体的な理由については次回述べます)
久しぶりに破壊・破壊・破壊のオンパレードを描けてムジナ的には結構楽しかったりしましたのです。

英麒……ごめんね、かませ犬みたいな役割しか与えられなくて。まあ今回はハンニバルのお披露目だったからさ……次頑張って。というか、なんか途中からコメディになってるのです。


それでは次回予告です。


エル「天界宮から脱出したスロカイ! でもブラーフマの追撃部隊が迫る!」

フル「それに、上空から密かに追跡する影があるのです……果たして……?」

エル&フル「「次回・『漆黒の翼(仮)』」」

エル「なるほどね! これが『すとーかー』なのね!」


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第25話:黒翼の狙撃手

おかえりなさい!指揮官様!

いつものように業務連絡なのです。
……というか、このアイブラサガですが、いつのまにか書き始めてから1年が経過しておりました。長いようで短く、よくこんな長い間飽きずに書き続けることができたなって思うのです。まあ、長い休業期間もありましたが……

ところで、今回のイベント(2020水着イベ?)どう思います? ムジナ的には良かったとは思いますが……はぁ、ついに出ちゃいましたね『性転換の薬』…日本版には出ないって聞いたからムジナは非公式バレンタインイベでTGMって出したんですが、まさかこのタイミングで出してくるとは……設定が狂うのです。

なるほど、これがムジナ対策ですか……
まあ類似品ってことで流せるんですけどね



まあまあ、それでは続きをどうぞ……





 

 

天界宮

 

 

崩壊し、見る影もなくなった天界宮

その中心部に、つい先ほどまで破壊の限りを尽くしていた巨人が悠々と佇んでいた。

 

通常のBMとは比べ物にならないほどの巨体

 

全身は漆黒の装甲に覆われている。

 

右腕の巨大なドリルは見るもの全てを萎縮させるほどの威圧感があり、左腕のガン・アームの全長はゼネラルエンジンの量産型BM1機分もあった。

 

その巨体を支える二本の脚は太く、それはまるで1000年の時を生き続けている大樹のようだった。決して倒れることのないようしっかりと大地に根を張るかのように、その場に留まっている。

 

そして、特徴的なその頭部……どこかで見たことのあるV字アンテナとツインアイ。また、ツインアイからはモスグリーン色の光が煌々と放たれている。

 

立ち上る火の手に照らされ、漆黒のボディが地獄の業火に照らされたが如く、赤く染まる……これを悪魔と呼ばずしてなんと呼べばよいのだろうか?

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「よし、全員揃ったな」

 

ハンニバルのコックピット内。

広々としたスペースの中で、その最上段にて足を組んで座っているスロカイは、その場に集結した騎士たちを見回して満足そうな表情を浮かべた。

 

「はい! 陛下!」

 

マティルダが膝をついてスロカイを見上げると、ウェスパとヴィノーラも同様に膝をついてスロカイを見上げた。

 

ハンニバルのコックピットはスロカイと教廷騎士の3人が入ってもまだ余裕があった。全天周囲モニターで構成されたコックピットには、中央にスロカイ専用の玉座兼リニアシートが置かれ、その下方にはサブパイロット用のシートが3つ設置されていた。

 

「それにしても、凄いわねぇ〜」

 

膝をつきながら、ヴィノーラは感嘆の声を漏らした。無表情なウェスパも、今回ばかりは興味深そうにコックピットの中をキョロキョロと見回している。

 

「ふふん、そうだろう?」

 

スロカイは胸を張ってニヤリと笑った。

 

「確かに……火力、反応速度、防御性能そのどれを取っても最高と言える出来栄えです。これ程の機甲、テクノアイズは一体いつの間にこんなものを開発していたの……?」

 

「いや、これはテクノアイズ製ではない」

 

マティルダの疑問にスロカイが答える。

 

「この機体はテクノアイズで作られた……だが、この機体の設計はテクノアイズでは行われていない」

 

「陛下、それって一体……?」

 

「うむ、実はな……」

 

スロカイはそこで、数ヶ月前のアフリカでの出来事を3人に話した。自身のことをソロモンファミリーだと述べる人物との接触、そしてその時に渡された1枚のメモリーカード

 

メモリーカードの中に入っていた設計図。

開発コード:『ハンニバル』

圧倒的なスケールであるにも関わらず、それでいて一切の無駄がない高い完成度を誇るその図面を見て、スロカイは当初驚きを隠せなかった。

 

スロカイはメモリーカードを取り出して示した。

 

「設計図をアフリカから持ち帰った余は、テクノアイズの目を盗み、封印された開発室にて1人でそれを組み立てていたのだ。故に、この機体の存在はシンシアも知らぬ」

 

「この機体を……陛下が1人で?!」

 

「ああ、時間こそかかりはしたものの、機械神の加護を受けた余に出来ないことはないのだ。例えそれが敵陣の最中で多勢に無勢を極めたとしても……現にこうして、誰1人として騎士を失うことなく窮地を切り抜けることができたからな」

 

スロカイの言葉には説得力があった。

 

「流石です! 陛下! それにしても、よくシンシア様にバレませんでしたね……」

 

「それに関してはなんてことはない。寧ろ、獅子身中の虫を抱える余としては、1人の方が動きやすかったのでな……それに、このハンニバルに使われているパーツは、どれもテクノアイズの生産ラインで製造できるものだ」

 

「あ、言われてみれば確かにそうね〜」

 

スロカイの言葉に、ヴィノーラは相槌を打った。

 

「この機体の装甲って、聖鋼でしょう?」

 

「そうだ。装甲の表面は最も硬く最も重いとされている教廷製の重金属……聖鋼を使用している。それにマティルダ、お前も見ただろう? この機体のSマインには通常のボールベアリングではなくネイルガンのネイルが使われているのを」

 

「た、確かに……」

 

つい先ほどの、ハンニバルな群がる大勢の兵士たちを一瞬にして蹴散らした場面を思い出し、マティルダは頷いた。

 

「そう、この機体を構成する装甲とパーツ、搭載された武器弾薬……その多くが、テクノアイズの兵器製造過程において不要と見なされ、廃棄された物を使用しているのだ。……普段、資材の備蓄にはうるさいテクノアイズだが、自分たちが棄てたものに関しては呆れるほどに無関心だからな」

 

スロカイはそう言いつつ、クククと笑った。

 

「……とはいえ、この機体を組み立てようと思い至るまでには、余にも多少の気の迷いはあったのだがな」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ、考えてもみろ。メルとかいうソロモンの胡散臭い奴から渡された設計図だ。まず怪しいと疑うのが当たり前だろう?」

 

それを聞いて、3人は頷いた。

 

「後は余のプライドの問題もあったのだが……今思えば、組み立てたのは正解だったと言えるな。こうして危機は脱することはできたし、まあ、余なりのアレンジもできたことだし、良しとしよう」

 

「アレンジですか?」

 

「うむ♫」

 

スロカイの言葉を肯定するかのように

 

『…………』

 

一瞬だけ、ハンニバルのツインアイが鋭い輝きを放った。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

怪しいと思いつつも、スロカイがハンニバルの組み立てを決意したのには理由があった。

 

 

 

その理由が、三日月・オーガスの存在だった。

 

 

 

それはアフリカにて、チンピラに絡まれているスロカイを、意図せずして三日月が助けることになったあの日に始まった。

 

仕返しの為に、チンピラ達がBMを持ち出してきた際……それに対して、三日月は自前の機甲で撃退。数の差を物ともせずに、一方的な戦いを繰り広げた。

 

 

 

『来い! バルバトス!』

三日月の呼びかけに応じ、地中から姿を現した白い機甲

 

 

 

その時の光景は、スロカイの心に深く刻み込まれていた。なんの前触れもなく地中から現れたバルバトスに対して、スロカイが受けたショックは大きかった。

 

機械神の力で土中に埋まった機械霊を呼び覚ますことができるスロカイではあったが、三日月は機械神の力を使うことなくそれを成し得たのだ。(正確には違うのだが)しかも、彼が自らの機甲に向ける視線……それは言うなれば『絶大な信頼』だった。

 

それは、スロカイが教廷騎士に対して抱く感情そのものだった。しかし、人工知能すら搭載されていない、ただの物言わぬ機械に対して……そのような感情を向ける者が三日月を除いて果たして他にいるだろうか?

 

そして、こう思った。

『自分も欲しくなった!』……と

 

機械神の力を使うこともなく、主人の呼びかけに応じていつでもどこでも姿を現わす最強の機甲。それでいて、教廷騎士と同じく、心から信頼することのできる唯一無二の存在。

 

偶然にも、ハンニバルはスロカイの求めていたものに合致していた。

 

圧倒的な性能は勿論のこと、地中を自由に動き回り、地球の裏側でも必要に応じて現れる。呼び出す際には専用のインタフェースを用いるだけなので、機械神の力に関係なく使用できる。

 

そもそも機械神の力は非常に強力なのだが、体力の消耗が激しいという欠点がある。アフリカではそれで体力を使い果たし……その結果、三日月の世話になるという事態が発生した。

(それに、場所によっては機械神の力を全く発揮できないという状況もあり得た→アフリカにて砂漠のど真ん中で襲われたのはそのため)

 

ハンニバルの製作は、その時の反省からくるものもあった。ハンニバルの存在は、スロカイの従来からの課題であった『体力の消耗を抑える』という役目も果たしていたのだ。アフリカで様々な人との出会いを経て、成長していったのは三日月だけではなく、スロカイもまた同様だった。

 

 

 

三日月との出会いが、スロカイを成長させたのだ。

 

 

 

こう見えても、スロカイは機械教廷の最高司令官なのだ。いくら機械神の力に絶対的な自信を持っていたとしても、過去の反省から何も学ばず、同じような過ちを繰り返すほど愚かではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第25話:「黒翼の狙撃手」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ふふっ……三日月は息災かな?)

 

スロカイは機械神の力に固執し過ぎていた自身の中に、新たな風を吹かせてくれた少年のことを思い出して、心の中でほくそ笑んだ。

 

ハンニバルの特徴的な頭部……V字アンテナとツインアイは設計図にはなかったものなのだが、三日月のバルバトスからインスピレーションを受けて設置されたものだった。

 

「陛下?」

 

顔に出ていたのだろうか? スロカイの様子が気になったのか、マティルダが声をかけてきた。

 

「いや、なんでもない」

 

そこでスロカイは、ハンニバルの各所に配置されたセンサーとカメラを用いて混乱する天界宮を見回した。ブラーフマ軍は態勢の立て直しにかかっていた。

 

「お嬢ちゃん、これからどうする?」

 

シートに腰掛けたヴィノーラがのんびり尋ねた。

 

「そうだな……このままここを制圧するのも良いが、これ以上、機械教廷に面倒ごとを持ち込むのは余としても避けたいところ……いや、今更だがな?」

 

スロカイはその場で振り返り、崩れかけた天界宮を眺めてため息を吐いた。正当防衛とはいえ流石にやり過ぎである。

 

機械教廷が再びチュゼールにて問題を引き起こしたとあれば、本来ならばその同盟国である極東共和国は黙っていなかったことだろう。だが、今の極東共和国は自国のことに手一杯で、国外へ軍隊を派遣する余裕はなかった。なので、それに関しては何も問題はない。

 

拡大主義者ではないスロカイに出来ることといえば、歴史的建造物である天界宮の損害を少しでも広げることなく、この場から撤退することのみだった。

 

「……むう」

 

撤退の為に、ハンニバルを人型からマッドアングラー形態へとトランスフォームさせようとしたスロカイだったが、何を思ったのか変形の途中で人型へと戻した。

 

「陛下?」

 

「あれ、帰るんじゃないの〜?」

 

「…………?」

 

スロカイの行動に3人は疑問符を浮かべた。

 

「そうしたいのは山々なのだが……」

 

そこでスロカイは何やらキーボードを操作し、空間投影モニターを周囲に出現させ、それを見ながら何やら計算を行い、少し思案したのち……大きなため息を吐いた。

 

「マズイな、これでは潜れぬ」

 

「え?」

 

スロカイの言葉に、一同は驚愕した。

 

「……いや、潜れないことはないのだ」

 

そう言いつつ、スロカイは3人の周囲に計測した地質データがまとめられたモニターを出現させた。最も、見たところでそういった知識のない3人の中で、それを理解することができた者はいなかったのだが……

 

「実は、ハンニバルが引き起こした地震により、この辺り一帯の地盤がかなり緩んでしまった。今この状態でハンニバルが潜ってしまうと、深刻な地盤沈下に見舞われてしまう」

 

そんな3人に向けてスロカイは要約して伝えた。

 

「それじゃあ、天界宮は……?」

 

「ああ、全損は免れないだろうな」

 

スロカイはまたもため息を吐いた。

 

「余としても、これ以上、この異国情緒溢れるここを破壊するのは躊躇われる……チッ、ハンニバルの掘削能力が地質に対してこれほどのダメージを与えることになるとは……まだまだ改良の余地があるということだな」

 

「……ということは?」

 

マティルダが気まずそうな顔をして尋ねる。

 

「このまま、歩きで帰るしかない」

 

その時、ハンニバルのセンサーに反応があった。

 

「お嬢ちゃん、11時方向に敵が集結しつつあるわ」

 

「案ずるな。たかがブラーフマ軍の機甲に、ハンニバルを撃破できるほどの火力を持つものは存在しない……このまま敵を蹴散らしつつ、正面突破する」

 

スロカイの言葉に、ハンニバルのツインアイが凶悪に染まった。右腕のドリルが低速で回転を始め、左腕のガン・アームの砲身がバラバラに彷徨った。

 

「…………」

 

「ウェスパ? 何を見ているのです?」

 

スロカイが機体を戦闘モードにしている間、何か気になることがあったのか、ウェスパは全天周囲モニターの一箇所を見つめていた。

 

「…………ん」

 

「あれは……教廷の戦車?」

 

ウェスパが指差した方向には、一台の重戦車が配置されていた。ドリルとトゲトゲのついた、黒色を基調とし、所々赤いラインが入っているのが特徴的な戦車だった。

 

「なぁに、あれ?」

 

ヴィノーラも目を細めてそれを見やる。

 

「あれは、教廷が開発した超重戦車だな」

 

スロカイは戦車を流し見て答えた。

 

それはアウグストゥスと呼ばれる戦車だった。

浄化戦争にて極東共和国が介入してきた際、劣勢に立たされた教廷軍が急遽開発した機体で、当時の極東共和国が得意としていた戦法『装甲突撃戦術』に対抗すべく、テクノアイズの司祭が不眠不休で作り上げたものだった。

 

余談だが、超重戦車と呼ぶだけあって戦車にしては巨大ではあったものの、それでも全高はハンニバルの膝上にも及ばなかった。

 

「へぇ〜」

 

ヴィノーラは素っ気なく答えた。

デザインのせいで戦車に1ミリも興味が湧かないらしい

 

いや、興味が湧かなかったのは全員が同じだった。最初こそ奇抜なデザインで全員の注意を引いたものの、その先はなかった。最初に見つけたウェスパですら、あっという間に興味をなくした。

 

「さあ、行くぞ」

 

ぐしゃり……

 

ハンニバルの巨大な足で踏み潰され、アウグストゥスは無残にも大破した。損傷の大きさから、走るどころか修復すら困難であると見られた。

 

「あの……陛下?」

 

「なんだ?」

 

「あの戦車……なぜわざわざ踏み潰したので?」

 

「マティ、我々はこれから地上を歩いて帰るのだ。となると追撃部隊がアレを投入してくる可能性は大いにある。ならば潰せる時に潰しておくのが吉だろう?」

 

「そうですか……」

 

スロカイの行動に、何か別の意図があるように感じられたマティルダだったが、空気を読んでそれ以上は何も言わず、サブパイロット用のシートに腰掛けるのだった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

ー天界宮・東門ー

 

「ば……馬鹿な……」

 

ブラーフマは見るも無残な形となった居城……天界宮を見て、愕然とした。スロカイの暗殺が成功するまでの間、天界宮・東門付近にある地下シェルターに退避していたので、天界宮の倒壊に巻き込まれることはなかった。

 

だが、それ以前に発生した謎の地震により、天界宮が倒壊する前に地下シェルターが崩壊。断線により電力供給は絶たれ、ブラーフマは救出部隊によって瓦礫の撤去作業が行われるまでの間、暗い地面の中を過ごす他なかった。

 

最も……ブラーフマが東門ではなく広場の地下シェルターに隠れていたのなら、ハンニバルのドリルに巻き込まれ、そこで事切れていただろう。

 

ブラーフマが着ている豪華絢爛な服は、土と泥にまみれ、とてもこの地の支配している者とは思えないほど見ずぼらしい格好となっている。

 

そうして……なんとかシェルターから脱出することに成功したブラーフマは、そこで初めて天界宮の状況を知ることができた。

 

「わわわわ我が城が……わわわ我が住まいが……」

 

ブラーフマの体が膝から崩れ落ちる。

兵士たちは慌ててブラーフマを支えにかかるが、完全に脱力したブラーフマが地面に倒れる方が早く……ブラーフマの顔が地面にめり込んだ。その顔色はすっかり青ざめ、絶望的な表情を浮かべている。

 

すぐさま医療班による診察が始まり、アドレナリン注射を受けたブラーフマは、顔色が悪いながらも意識を取り戻した。

 

「あの……小娘えええええええええええ!!!」

 

ブラーフマの眼は怒りに満ちていた。

 

「ブラーフマ様、落ち着いてくださ……ぐはっ!?」

 

怒りの矛先は、ブラーフマの手当てを行なっていた医療兵に向けられた。医療兵を殴り飛ばし、ブラーフマは持ち前の強靭な精神力で立ち上がった。

 

「あの小娘はどこだあああああああ!!!」

 

ブラーフマは情報を統制した上で、自身の親衛隊『ヴィシュヌ』と、出撃可能な全てのBM隊と航空隊及び戦車隊を、スロカイへの追撃に差し向けるのだった。

 

ありったけの戦力を投入すれば、絶対にスロカイを殺すことができると……ブラーフマは完全に思い込んでいた。

 

しかし、言うまでもなくそれは机上の空論だった。なぜなら、ブラーフマはスロカイの操るハンニバルを見ていなかった。

 

もし、ブラーフマがハンニバルを少しでも目撃し、正しい戦力評価が行われていればもっと違った運命があったのではないだろうか……?

 

結論から言うと、現状のブラーフマ軍の戦力では、スロカイの乗るハンニバルを撃墜どころか、その足止めすらまともに出来ないからである。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

撤退を続けるスロカイ一行。

ハンニバルが黒鉄の装甲を震わせ、巨大な脚で大地を踏みしめ一歩一歩前進する度に、チュゼールの地に地響きが生じる。

 

その進路を遮るかのように、ブラーフマ軍の機体がハンニバルめがけて殺到する。BM、飛行機、戦車……それだけではなく、ブラーフマはこの追撃戦に陸上戦艦をも投入していた。

 

「落ちろ蚊トンボども!」

 

スロカイはハンニバルの胸部に搭載された最強武器・アトミック焦土レーザーの砲門を開き、拡散モードでトリガーを引き絞った。

 

ジュッ……

 

ハンニバルの胸部から膨大な出力の拡散レーザーが放たれ、一瞬にしてハンニバルの前方に展開していたブラーフマ軍の航空隊が跡形もなく消滅する。

 

「まだだ!」

 

しかし、それで終わりではなかった。

スロカイは胸部より未だレーザーが放たれているハンニバルを屈ませ、そのまま地対地攻撃を敢行。

 

ジュッ……

 

迎撃のために、数キロ先から砲塔を回していた戦車隊は無数のレーザーに包み込まれ、あっという間にこの世から消え失せた。

 

「さあ、次だ!」

 

遠距離からアサルトライフルを放つ敵BM小隊に左腕の先を向け、ネイルガンを発射。大口径の5連装砲から放たれる極太ネイルの群れが小隊に向かっていく。

 

大量に、高速で飛来するネイルに対して回避行動を取ることもままならず、ネイルは敵機の装甲をいとも容易く貫通すると、勢いそのまま、その両隣にいた別の機体に向かって跳弾し、貫通し、蹂躙し、地面に串刺しにした。

 

その時、ハンニバルの足元の土が盛り上がったかと思うと、アンブッシュしていた3機のBMが姿を現し、至近距離から照射砲を放った。

 

「痛くも痒くも……ないな!」

 

しかし、それらは全てハンニバルの装甲に弾かれてしまう。スロカイは足元に視線を送ると、高速回転するドリルを敵機に向けて振り下ろした。

 

その一撃で、3機のBMは土にまみれた鉄屑の山と化した。

 

「まだだ!」

 

さらに、アトミック焦土レーザーを拡散モードから収束モードに変更。背後へと振り返り、徐々にこちらへと迫っていた陸上戦艦へ照準

 

「失せろ!」

 

ハンニバルの胸部から極太レーザーが放たれる。

 

レーザーの直撃を受け、陸上戦艦の強固な装甲はあっという間に融解し、蒸発し……やがて巨大な水蒸気爆発を生み出した。

 

「やった!」

 

マティルダが歓喜の声を上げる。

 

「玉砕! 粉砕! 大喝采!!!」

 

スロカイは掲げた拳を握りしめて、高笑いした。

 

「…………!」

 

ウェスパは無表情だが、その顔はどことなく喜びを分かち合っているような色をしていた。

 

「やった! やった!」

 

ハンニバルの戦果に対し、ヴィノーラも同様に歓喜してはいたのだが……彼女の歓喜は、どちらかというとブラーフマ軍のとあるBMが撃墜される度に多く上がっていた。

 

「アレがそんなに気になるのか?」

 

ヴィノーラのそんな様子を見て、スロカイは側面に展開していた黒いBM……『夜叉』にネイルガンを向けて示した。

 

「だってアレ、極東の機体でしょ?」

 

ネイルでズタズタに引き裂かれた夜叉を尻目に、ヴィノーラが尋ねた。浄化戦争を経験している彼女は、極東で開発された機体全てを目の敵にしているらしい。

 

「ヴィノーラよ。確かにあの機甲……夜叉の出自は極東の崑倫研究所製とされているが、アレは崑崙研究所の技術支援を受けたチュゼールが現地生産を行なっている機体だ」

 

スロカイは淡々と説明する。

 

「なのでどちらかというと、極東共和国ではなくチュゼールの機体といえよう」

 

「そっか、残念……」

 

途端にしょんぼりとするヴィノーラに、スロカイはフッと笑いかけ……

 

「まあ、極東の技術を用いて生み出された機体であることに変わりはないがな……どちらにしろ、我々の敵だ」

 

スロカイはそう言いつつトリガーを引くと、ハンニバルの装甲が一部スライドし、そこから大量のドリルミサイルが出現する。

 

ハンニバルの全身から射出された数百機のドリルミサイルが、後方から迫りつつあった夜叉格闘型数十機へと飛来し……小規模の爆発がいくつも生まれた。

 

「陛下」

 

「なんだ? マティ」

 

「我々は教廷に向かっているんですよね?」

 

「いや、ひとまずチュゼールの国境に向かっている。機械教廷の方面に脱出するよりも国境を越えた方が早いのでな、奴らもそれ以上は追撃することはあるまい……普通なら」

 

マティルダはスロカイが最後に付け足した『普通なら』という言葉に反応した。

 

「ブラーフマが、簡単に我々の逃走を許してくれるでしょうか?」

 

「……ああ、前言を撤回しよう。チュゼール王の象徴である天界宮を破壊され、彼奴の怒りは頂点に達していることだろう。たかが国境を越えたところで、追撃が止むことは……まずないだろうな」

 

「では、機械教廷に救援を……?」

 

「いや、その必要はない。国境まで行けば軟弱地盤は越えていることだろう、そこから先はマッドアングラー形態で追っ手を振り切る。しかし、掘削中は完全に無防備な状態となる……その為にも今のうちに敵を撃退する」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

ハンニバルの上空

ー雲の上ー

 

 

 

「とんでもないバケモノね……」

 

スロカイがハンニバルを呼び出してから現在に至るまで、それはずっとスロカイを追ってハンニバルの真上を飛行し続けていた。

 

一面の夜空に浮かび上がる星々の間をすり抜けるようにして、透明な何かが旋回する。そして、誰もその存在に気付かない

 

「流石というべきかしら……こんなものを作り上げた機械教廷もそうだけど、あの人のところで設計されただけあるわね」

 

彼女は、コックピットの中に取り付けられたライフルスコープ越しに、歩き続けるハンニバルの姿を覗いていた。

 

「このまま行くと、国境に出る……」

 

そう呟き、一度ライフルスコープから目を離した彼女は、手元のコントロールパネルを操作した。

 

「……トレース終了。『ディアストーカー』ウェポンセーフティ解除……『エアウルフ』ウェポンセーフティ解除、ステルスカウンターシステム起動……コンバットオープン」

 

コックピットの中で彼女が呟くたびに、それに巻き付けられていた鎖が解かれていく。そして、全ての封印が解かれた時……それは主人の命令に忠実な猟犬と化した。

 

 

 

「悪いけど、機械教廷に帰すわけにはいかない」

 

 

 

彼女が左手でスロットルレバー引き、右手で操縦桿を倒すと……機体の角度が変わり、それは猛スピードで下降を始めた。

 

機体後方のスラスターを全開にし、視界を遮る雲を突き抜け、地上を悠々と歩行する黒い影……ハンニバルの元へ急速接近する。

 

彼女が行おうとしていたのは、いわゆる急降下爆撃だった。

 

コックピットが激しく振動する

 

機体のレーダーがそれを捉えた。

 

ディスプレイ上に赤い光点が煌めく

 

機体後部のウェポンベイが開かれる。

 

そこから1発の爆弾が下りてきた。

 

赤外線誘導式EMP爆弾のオーラルトーンが唸っている。

 

トリガーを引けば確実に命中する。

 

「あなたちに、恨みはないけど……」

 

彼女の指がトリガーに触れる。

 

「アタック!」

 

その言葉とともにトリガーが引かれ、爆弾が投下された。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

ハンニバル、コックピット内部

 

 

 

「ッ!?」

 

突然、どこからともなく投げかけられた得体の知れない奇妙な視線を感じ、スロカイはびくりと震えた。

 

「陛下?」

 

ふとマティルダが振り返ると、いつのまにかスロカイは玉座から立ち上がっていた。何かを探しているかのように、全天周囲モニターの上方……深淵に包まれた空を見上げている。

 

……その時だった

 

「!」

 

ハンニバルのレーダーを見つめていたウェスパが、突如として出現した赤い光点に気づいた。見ると、アンブッシュしていた夜叉が土中から飛び出し、こちら側に照射砲を向けている。

 

しかし、潜伏に気付かないスロカイではなかった。

 

「黙っていれば見逃してやったものを!」

 

視線を戻した時には既に、ネイルガン・アームの砲口が夜叉を捉えていた。後は、トリガーを引くだけで夜叉はバラバラに砕け散ることだろう。

 

しかし、スロカイはトリガーを引けなかった。

 

「なに!?」

 

なぜなら……直上より、実際には聴こえるはずのない甲高い風切り音が響き渡ったからだった。機械神の力を封じられようとも、スロカイの感知能力の高さは未だ健在だった。

 

しかし、ここではそれが災いした。

サイレンの如く響き渡る空耳に気を取られ、スロカイはトリガーを引くのを躊躇う。

 

夜叉の照射砲から光が放たれ……

 

「ッッッ!」

 

次の瞬間、ハンニバルのコックピットが眩い光に包まれた。

 

いや、それは照射砲の直撃を受けたことによるものではない。なぜならこの時、ハンニバルに攻撃を仕掛けようとしていた夜叉は既に……

 

チチチチ……バチッ……バチッ……

 

照射砲を抱えたまま、完全に機能を停止していたからだ。砲弾で撃ち抜かれただとか、損傷しているだとか、攻撃を受けたような形跡は一切見当たらない。

 

それにもかかわらず、機体の各所からはスパークが生まれ、白煙が立ち上っていた。

 

「これは……電磁パルス……?」

 

敵のそんな様子に、訳も分からず戸惑ったスロカイだったが、自分を取り巻く空気の中にピリピリとした違和感を覚え……反射的にその単語を口にした。

 

「陛下! 敵だよ!」

 

「……!」

 

後方を警戒していたヴィノーラが叫ぶ。

スロカイに考えている暇はなかった。彼女たちのすぐ後ろから……ブラーフマの差し向けた新たなる航空隊が迫っていたからだ。

 

「無駄なことを!」

 

スロカイは先程したように、アトミック焦土レーザーでその全てをなぎ払おうとして……止めた。

 

「ん?」

 

なぜなら、スロカイがトリガーを引くよりも早く……航空隊の中で謎の爆発が生まれたからだ。それも1つだけではなく、夜空に爆発が生まれていく度に黒煙に包まれた飛行機が墜落していく。

 

「あれ? 消えちゃった……陛下凄い」

 

「いや、余は何もしていない」

 

スロカイは思わず空を仰ぎ見た。

 

「なんだ? 何が……?」

 

スロカイは自分の周囲に複数のモニターを出現させ、空にいる何かを探した。ハンニバルに搭載された広域レーダー、赤外線センサー、光学カメラ、ドップラーレーダー等、ありとあらゆるレーダーとアンチステルス装置をフル活用するも……しかし、それの発見には至らなかった。

 

「ならば……」

 

上空へ意識を集中させ、神経を張り巡らせると……ハンニバルの上空に満ちる大気の流れがおかしいことに気づいた。

 

「そこか……!」

 

スロカイは空中のある一点に、ハンニバルの視線を向けた。

 

 

 

…………ジ、ジジジジジ………………ジ…………

 

 

 

すると、それまで空に隠れていたそれはあっさりと姿を現した。ステルスを解除した時に生じる空間の歪みとスパークを経て、夜空の中に浮かび上がった。

 

それは黒い飛行機だった。

爆撃機にしてはやや小さく、戦闘機にしては大きい

 

飛行機の形を例えるなら、それは南国の海を悠々自適に泳ぐオニイトマキエイ(マンタ)にも似ていた。機体後方に伸びるテールキャノンがそのイメージをより強いものにさせる。

 

機体表面は特殊なコーティングが施されているのか黒光りしており、その輝きは希少なブラックダイヤモンドを彷彿とさせた。

 

マンタにも似たその機体は、まるでハンニバルのことを見下ろすかのように、夜空にホバリングしている。

 

「やはり、気のせいではなかったか」

 

それを見て、スロカイは少し前に天界宮の空に感じた違和感を思い出した。黒い飛行機からは、あの時感じた感覚と同じものを感じた。

 

『何者だ』

 

スロカイがスピーカーで呼びかけると……

 

……カコン

黒い戦闘機の下部ハッチがゆっくりと開き、格納庫らしきその場所から、スマートなシルエットの青白いBMが姿を現した。格納庫から伸びたアームがバックパックを掴み、BMを飛行機の下に吊り下げている。

 

「……!」

 

スロカイは身構えた。

なぜなら、吊り下げられたBMは右手には、そのスマートな機体には不釣り合いなほどビッグサイズの長距離ライフルが握られていたからだ。

 

ひとたびアレで撃ち抜かれれば、いくら堅固なハンニバルといえど損傷は避けられないだろう。

 

すると、何を思ったか……青白いBMは頭部センサーを鋭く光らせ、飛行機に吊り下げられた状態のまま、明後日の方向めがけて長距離ライフルを構え……一筋の光線を放った。

 

青白いBMのとった謎の行動に、疑問符を浮かべたスロカイだったが、間も無くその疑問は解決した。

 

「……な!? 当てただと! この距離で……!?」

 

先ほどの長距離ビームによる攻撃は、ハンニバルに搭載された広域レーダーでも感知しきれない、地平線の彼方にいた敵の戦車を破壊していた。それによって生じた僅かな爆発を感じ取り、スロカイは驚愕した。

 

戦車を撃墜したBMは、自らの功績を誇ることなく、まるでアイコンタクトでもするかのように、頭部メインカメラから放たれる視線をハンニバルのツインアイと交錯させた。

 

「光通信……?」

 

メインカメラから放たれる微弱な光を感知したハンニバルのCPUが、光通信を自動的に読み解く。

 

「陛下! 解読できました!」

 

「読み上げろ」

 

「はい!『こちらテレサ、援護する』……だそうです」

 

「テレサだと?」

 

スロカイは上空の青白いBMを見つめた。そして、右肩のアーマーに『QUICK SAND』の文字が入ったロゴマークを見つけた。

 

「流砂……」

スロカイが呟く。

 

青白いBMが黒い飛行機の中へと格納庫されていく

そして下部ハッチが完全に閉まると、黒い飛行機は空中で反転し、迫りつつある追撃部隊へ機首を向け、アフターバーナーを焚いて飛翔した。

 

「あの数を1人で相手する気か? 面白い……!」

 

急速に離れていくアフターバーナーの青い火を目で追いながら、スロカイはニヤリと笑った。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

ブラーフマ軍の追撃部隊へ迫る黒い戦闘機。

開発コード:『エアウルフ』

 

それはバイエルン製戦闘爆撃機をベースに、独自のカスタマイズが施された無人偵察爆撃機(兼輸送機)だった。その特徴は、機体の格納庫にBMを収容できるという点で……これにより、陸戦型BMの輸送は勿論のこと、BMに対して高高度戦闘能力及び高速移動能力を付与することが可能となっている。

 

その内部に格納された、青白い狙撃型BM……

『ディアストーカー』は、パイロットであるテレサの戦闘スタイルに合わせてカスタマイズされたもので、その改造には砂漠の村を1つ買い取れるほどのマネーが注ぎ込まれていた。

 

「戦術プランの受信を確認……」

 

そのコックピットの中で、パイロットであるテレサは受け取ったメッセージを開き、淡々とその情報を頭の中に叩き込んだ。

 

「なるほど……とても効率的な作戦ね」

 

小さく頷き、メッセージを閉じる。

その時、ミサイル接近を知らせる警報が鳴り響いた。

 

それはブラーフマが差し向けた航空隊によるものだった。並列する5機の戦闘機から同時に放たれた空対空ミサイルが、テレサの元へ飛来する。

 

「フレアー!」

 

叫び、操縦桿のスイッチを押すと、黒い翼の付け根から大量の火の玉が放出される。殆どのミサイルはフレアに吸い寄せられ明後日の方向を彷徨うこととなったが、フレアの防御網をかいくぐった1発のミサイルがなおもテレサの元に迫る。

 

「ブレイク!」

 

テレサは操縦桿を軽く引き、スピードを極力落とさないようエアウルフを上昇させた。ミサイルも飛行機を追って上昇する。

 

「…………」

 

ミサイルとの距離が縮まっていく。

距離が近すぎてフレアは役に立たない。

 

しかし、テレサは冷静だった。

エアウルフを垂直に立てると、一気に雲の上まで上昇。

その後を追って、ミサイルもまた垂直に上昇。

 

そして、機体とミサイルが縦一直線に重なった。

 

その機を逃さず、テレサは武装セレクターでテールキャノンを選択。ディスプレイに表示されたターゲットスコープの中心に、背後より迫り来るミサイルの影が映り込む。テレサはトリガーを引き絞った。

 

エアウルフの後方に配置されたテールキャノンから、一筋の光線が放たれ……光線は真後ろのミサイルを貫き、爆発へと追い込んだ。

 

「やったか?」(フラグ)

十分引きつけた末の爆発により、手応えを感じたブラーフマ軍のパイロットたちは謎の黒い戦闘機を撃墜したのだと思い込んでしまった。

 

そこから、テレサの攻勢が始まった。

高高度へと移動したのはミサイルから逃れる為だけではなく、空戦において有利不利を握るとされている『高度』の確保だった。

 

上昇を続けていたエアウルフは、スピードを落とすことなく宙返りをして、今度は機首を真下に向けて下降を始めた。その途中でハッチが開き、格納庫からディアストーカー姿を現した。

 

コックピットの中でライフルスコープを構えたテレサの動きに連動して、BMもまた長距離ライフルを構える。

 

「狙い撃つ」

 

逆さまの姿勢でライフルを構え、テレサは雲の一点へ照準……ライフルスコープのトリガーを引き絞った。

 

……ボンッ

次の瞬間、放たれた長距離ビームが雲の下を飛んでいた飛行機を引き裂き、爆発音が轟いた。

 

「……撃つ」

 

間髪入れずに、トリガーを引き絞る。

雲の下で、またも爆発が起きた。

 

たった数秒の間に2機の戦闘機を失った航空隊だったが、すぐさま状況を理解すると、テレサのいる雲の上めがけて上昇を始めた。

 

敵機の接近に気づいたテレサはディアストーカーを格納し、エアウルフを水平に戻すと、迫り来る敵機に背を向けるように機体を滑らせた。

 

やがて3機の戦闘機が雲を抜けてきた。

彼らのレーダーにエアウルフの機影が映り込む。

 

それから、航空隊は二手に分かれてテレサを追い立て始めた。2機がテレサの背後から迫り、もう1機は先回りしつつテレサの真上から攻撃を仕掛けようと移動を始める。

 

偵察爆撃機であるエアウルフの空戦能力はそれほど高くない。大型のブースターを搭載してはいるものの、機体が大型で、しかも機体内部にBMを格納しているため鈍重……そのため、あっという間に戦闘機に追いつかれ、真後ろを取られてしまった。

 

「目標をロックした。トーン良好」

いち早くテレサの背後へ取り付いた3番機のパイロットが淡々と呟き、ミサイルのトリガーに触れた。

 

「フォックス……」

しかし、3番機のパイロットが言い終えるよりも早く……

 

「なに!?」

そこで、3番機のバックアップについていた1番機のパイロットは驚愕した。なぜなら、3番機が今まさにミサイルを放とうとする前に、エアウルフのテールキャノンから放たれたビームが3番機を真っ二つに引き裂いてしまったからだ。

 

「あの機体……後ろにビーム砲が!?」

1番機はテールキャノンによる反撃を恐れ、エアウルフから距離を取った。

 

「だったら俺が行く!」

エアウルフの進路に先回りしていた5番機のパイロットが叫び、エアウルフの真上から一撃を浴びせかけるべく機体を急降下させた。

 

5番機がミサイルを発射しようとしたその時……

「何!?」

そこで、1番機のパイロットはまたも驚愕した。

 

なぜなら、今まで真後ろにしか撃てないと思い込んでいたエアウルフのテールキャノンが、日ノ丸における想像上の生き物『鯱(シャチ)』のごとく尾ひれを持ち上げ、その砲身を5番機に向けたのだ。

 

「うわあああああ!!!」

真上に伸びたビームの直撃を受け、5番機が火に包まれる。

 

「真上にもだと!」

1番機のパイロットは落ちていく仲間に気を取られ前方のエアウルフから目を離してしまった。それが、命取りとなった。

 

「なっ……!?」

パイロットが視線を戻すと、いつのまにかエアウルフの下部にディアストーカーが出現しており、長距離ライフルの銃口を真後ろに向けていた。

 

「撃つ」

テレサはトリガーを引き絞った。

エアウルフの背後で大爆発が引き起こされた。

 

「フェーズワン終了……フェーズツーへ移行する」

 

テレサはディアストーカーを機外に出したまま機体を旋回させ、雲の下へと高度を落とした。彼女が向かう先には、11両の戦車と8機のBMで構成された混成部隊がいた。

 

上空から迫りつつあるエアウルフを見とめた追撃部隊のパイロットたちは、散開しつつ、戦車砲や照射砲、対BMリボルバーなどを用いて対空砲火を開始する。

 

猛烈な対空砲火に晒されながらも、テレサは追撃部隊の1番端にいた夜叉に向けて長距離ビームを放つ……しかし、狙いが甘い。

 

「どこを狙っている?」

夜叉に難なく回避され、ビームは地面を抉った。

 

「…………」

追撃部隊を通り越し、テレサは無言で機体を旋回、反転させると……今度は先ほどの夜叉とは逆側にいた戦車めがけて、エアウルフに搭載された2問のウェポンポッドから対地ロケットを斉射した。

 

「さっきのビームは紛れ当たりかよ!」

しかし、それも戦車に難なく躱されてしまう。

 

その後も、テレサは追撃部隊とすれ違いざまに長距離ビームや真下に向けたテールキャノンをお見舞いするのだが……攻撃は全て回避され、地面を抉るばかりだった。

 

「任務……完了」

 

そこで何を思ったのか、テレサはディアストーカーをエアウルフの中に格納すると、そのまま雲の上に向かって機体を上昇させた。

 

「逃げる気か?」

追撃部隊のパイロットたちがそう思い込んだ時だった。

 

「なに!? うわああああああぁぁぁぁ!!!?」

次の瞬間、追撃部隊がいた空間を巨大な光が通過した。やがて高出力の光が収まった時には、そこにはもう何も残っていなかった。

 

「お見事」

テレサはハンニバルを見て呟いた。

 

「つまり、こういうことなのだろう?」

アトミック焦土レーザーのトリガーから手を離し、スロカイはニヤリと笑った。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

戦闘が集結し、テレサはハンニバルの元へ移動すると、ハンニバルから少し離れたところで格納庫のハッチを開いた。

 

「固定用アーム解除」

 

テレサが呟くと、ディアストーカーのバックパックに繋がれていたアームが解除され、エアウルフからディアストーカーが降下する。

 

ハンニバルの正面に着地を決めたテレサは、持っていた長距離ライフルを地面に刺し、機体を跪かせた。

 

「少し、いいかしら?」

それからコックピットを解放して、話がしたいとでも言いたげな様子で両手を上げて姿を現した。彼女の青白い髪の毛と、灰色のコートが風を受けて僅かになびく。

 

「陛下……どうします?」

 

「…………」

 

ハンニバルのコックピットの中、モニター越しにテレサの様子を伺っていたスロカイだったが、小さく息を吐くと、外部スピーカーを作動させた。

 

『さっきは、余の顔を立てたということか?』

 

「そう」

 

テレサは淡々と告げた。

2人の話す『さっき』というのは、先の戦闘のことを指していた。追撃部隊に対地攻撃を仕掛けたテレサが攻撃をことごとく外していたのは、広範囲に散開していた敵を誘導し、一箇所に集めることを目的としていた。

 

そもそも、地平線の先にいた戦車すら撃ち抜いたテレサの実力ならば、対空砲火が届かない高高度から、追撃部隊を一方的に殲滅することができたはずだ。

 

それを、わざわざ対空砲火に晒されてまで、低空飛行での戦闘にこだわる理由……遠くから戦いを見ていたスロカイは、すぐにテレサの意図を察して焦土レーザーの使用を踏み切った。

 

『余計なことを……まあよい』

 

スロカイは改めて、ディアストーカーのアーマーについた『QUICK SAND』の文字を見やった。

 

『流砂のテレサ……聞いたことがある』

 

スロカイは以前、アフリカで母親探しをしている時に、偶然小耳に挟んだ話を思い出した。

 

『金さえ払えばどんなに汚い仕事でも引き受ける冷酷な傭兵組織「流砂」。その中でも、たった1人で小国を買い取れるだけの個人価値を持つ、最凶の殺し屋がいる……その名は「テレサ」、お前がそうだとでも言うのか?』

 

「意外ね……機械教廷の教皇ともあろうお方が、私のような暗闇の世界にいる人のことを知っているなんて……」

 

テレサは両手を下ろした。

 

「そう、私は『流砂のエース』テレサ」

 

スロカイの言葉に、テレサは小さく頷いた。

 

(エースって……じ、自分で言う……?)

2人の話を黙って聞いていたマティルダは、心の中で密かにそう思った。

 

「でも、今の私は流砂ではない」

 

『どういうことだ?』

 

「それは言えない」

 

テレサの口調は相変わらず淡々としていた。

 

「でも、これだけは言える……私に与えられた役割は貴女の『護衛』そして、貴女を私の『依頼主の元へ案内』すること……大丈夫、あなた達の身の安全は保証するわ」

 

『この状況で、それを信じろと?』

 

「ええ、信じて貰うしかない」

 

『ならば答えろ! お前の雇い主は誰だ?』

 

「それは……」

 

スロカイの質問に、テレサが答えようとした時だった。

 

「…………ッッッ!!!」

 

ディアストーカーのコックピットから警報が鳴り響いた。素早くコックピットの中に戻ったテレサは、モニター表示された警報の詳細を見て、凍りついた。

 

「まずい……」

 

淡々としていたテレサの顔に焦りが浮かぶ。

警報は、偵察のために上空を旋回していたエアウルフから送られてきたものだった。

 

エアウルフの広域レーダーが、こちらに接近する『敵』の存在を捉えた。レーダーに表示された光点は1つ、それだけならまだいい。しかし、その機体から発せられる固有周波数は……

 

『なんだ? どうした?』

 

テレサの様子を不審に思ったスロカイだったが……

 

(ッッッ!?)

 

間も無く、スロカイは明確な悪意を持ってこちらへと近づく『敵』の存在を感じ取り、びくりと体を震わせた。その顔が蒼白に染まる。

 

「陛下!?」

 

スロカイの身に起きた異常を感じ取り、マティルダは慌てて玉座へと駆け寄った。

 

「余は、大丈夫だ……だが……」

 

マティルダに支えられ、スロカイは全天周囲モニターの一点を見つめた。

 

 

 

『……なんだ、このプレッシャーは……?』

 

 

 

弱々しいスロカイの声は、ハンニバルのスピーカーを通って、ディアストーカーの中で情報統制を行なっていたテレサの元へ届いた。

 

 

 

「やはり『ファントム』が来る……」

 

 

 

徐々にこちらへと迫りつつある『敵』の固有周波数を何度も確かめたテレサは、それが以前、極東共和国を完膚なきまでに破壊した悪魔……『黒いバルバトス』こと『ファントム』であるということの確証を得て、震えた。

 

「なぜ、このタイミングで……? まさか……!」

 

テレサはハンニバルへと振り返った。

 

「ファントムの……いや、彼らの狙いは教皇?」

 

テレサの予想は当たっていた。

シンシアの依頼を受けて、ソロモンは教皇暗殺のためにチュゼールの地に『LM-08? バルバトス』を放っていた。

 

最悪の事態を想定したテレサにできることは1つだった。上空のエアウルフを呼び戻し、ディアストーカーを機内へ格納させると、再び空へ舞い上がった。

 

『教皇!』

 

ハンニバルの中にいるスロカイへと呼びかける。

 

『ここは私に任せて、撤退を』

 

『……いいのか?』

 

『ええ、ここで貴女を失うわけにはいかない』

 

テレサは焦りを悟られないよう語りかけた。

 

『それに……あの人と約束したから。貴女のことを絶対に護り切ると……だからお願い、私にあの人との約束を守らせて』

 

『……分かった。死ぬなよ』

 

スロカイは機体のトランスフォームに入った。

 

「そう、それでいい……」

マッドアングラー形態に変形し、後ろで掘削に入っているハンニバルをチラリと見つめ、テレサは小さく呟いた。それから、通信機を取り出すと……

 

「『デルタ・ワン』より旗艦『ピークォド』」

 

スイッチを押して通信機に声を吹き込む。

 

「我、ターゲットと接触なるも、作戦展開地域にファントムが出現。狙いはターゲット……いや、教皇と見られる……ランデブーは中止! 繰り返す、ランデブーは中止!」

 

そして、最後に言葉を付け足した。

 

「これよりターゲットの防衛行動に移る。なお、救援の必要はなし……『ピークォド』は撤退する教皇への接触を第一とし、戦力を温存せよ。アウト」

 

一方的な通信を終えると、テレサはフッと笑った。

 

『戦力を温存せよ』

自分で言っておきながら、なんという不釣り合いなセリフだろうか? 自分のことしか考えられなかった『かつての自分』からは到底考えられない自己犠牲の言葉が、他ならぬ自分の口から出てきたことに、テレサは揺れ動く感情を抑えられなかった。

 

小さくため息を吐き、ライフルスコープを覗き込む。暗闇に紛れたそれとは、まだ視認不可なほど距離が開いていた。しかし、テレサの高い視力はファントムの歪なシルエットを捉えていた。

 

「攻撃開始」

 

テレサはファントムめがけて機体を飛翔させた。

 

 

 

 

 

to be continued...

 

 

 

 




ムジナの大好きな言葉、『努力』と『成長』
今回は、僅かながらスロカイ様の『成長』が感じられる話となっております。スロカイ様がアフリカでの失敗から学び、備え、それをチュゼールにて活かす。……それはまさしく『成長』と呼べるのではないでしょうか? 失態が続く本編では見ることのできないスロカイ様の成長譚を、ムジナはアイブラサガか始まる1年前から計画しており、今回の話を書くことで『1年越しにそれを実現できた』と言うことになります。ベカスとの旅でスロカイ様に『成長』がなかったと言うのなら、三日月との旅でそうさせよう!って思ったのがそもそものきっかけなのです。アウグストゥス? そんなクソザコ必要ないね!

(要約↓)
……スロカイ様の成長譚を書きたかった。
ベカスと会わせなかったのはそのため(泣く泣く)→近々会わせます

前回のハンニバルに続いて『エアウルフ』なる新型が出てきましたが、これはハッキリ言ってオーバースペックの機体です。(設定集とは若干違います)そしてここから更にオーバースペックの機体が順次登場していきますので、乞うご期待くださいませ。



それでは、次回予告なのです



エル「流砂のエースとファントムが正面衝突!」
フル「果たして、テレサさんの運命は……?」

エル&フル「「次回、『テレサ』」」

フル「え、このタイトルってもしかして……?」
エル「なるほどね!これが『死亡フラグ』なのね!」


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第26話:テレサ

三日月の活躍が書きたいのに書けないっていうね。
スロカイ様が活躍する話でもないから外伝にして纏めようと思いましたが、それだと話の流れがおかしくなりそうなのでこのような形になりました。それで、ムジナ的にも早く三日月を出したいのですが、話の流れ的に三日月の本格始動はもう2話ほど先になるのでもう少しの辛抱だったりします。(次回は少しだけ出ます)

話は変わりますが……
最近、とあるVTuberにハマっていたのですが、ふと気がつくとその方のアーカイブは全て非公開に……ツイッターを見てみると活動休止するとのことで、とても驚きました。昨日まで聞けた声が聞けなくなるというものは、本当に寂しいもので……誰とは言いませんが、おかえりをお待ちしております。



長々と失礼しました。
それでは、続きをどうぞ……





 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第26話:テレサ

 

 

 

 

 

鳴り響く警報

 

 

 

赤く点滅する視界

 

 

 

コントロールパネルからはスパークが走っている

 

 

 

「うぅ……」

 

ディアストーカーのコックピットの中で、テレサは目を覚ました。リニアシートと自分の体を繋ぐベルトがなければ、今頃テレサの体は全周囲モニターの前面に叩きつけられていたことだろう。

 

「一体何が……?」

 

テレサは全身に走る痛みに呻き声を上げた。

混濁する意識、おぼろげな記憶

 

「……あ…………」

 

顔を上げ、所々ノイズの走ったモニターの一点に視線を向けると、そこには何か黒いものが炎上していた。

 

片側だけになった黒い翼、激しく損傷した大型ブースター、長いテールは痛々しく折れ曲がっている。また、機体表面に施された特殊な塗料が灼熱の炎に晒され、赤褐色に変色していた。

 

それは、つい先ほどまでテレサが使っていた『エアウルフ』の残骸だった。機体の表面には大量のスパークが生まれ、翼を失った猟犬が断末魔の悲鳴を上げている。

 

「そんな……」

 

そこで、テレサは全てを思い出した。自分がなぜこのような事態に陥っているのか、そして、誰がこのような事態を引き起こしたのかを……

 

その時、パイロットに危険を知らせる警報がコックピットの中に鳴り響いた。

 

「……っ!」

 

見ると、大破したエアウルフの上空に異形の影が浮かび上がっていた。真下で燃え盛る炎に照らされて、夜空の中にその黒い装甲が露わになる。

 

『ケケケケケケケケ……』

 

エアウルフの真上で、ファントムが奇妙に笑う。

空中に浮かび上がったファントムの足元には……

 

SFS(サブフライトシステム)……?」

 

テレサはデータにないそれを見て力なく呟いた。

 

ファントムは今、飛行機のようなものを空中で足場として使っていた。角ばった箱状のフォルム、中央部にコックピット、主翼や安定翼といったものは一切存在せず、後部には二基の大型スラスター、機体の両端には鋭いクローアームが設置されている。

 

機体の内部、コックピットの下部にはエアウルフと同様、BMを格納できるスペースがあるにもかかわらず、ファントムは謎の飛行機の上で腕を組み、仁王立ちしていた。(さて、この特徴は何でしょう?)

 

「……ッッッ…………」

 

ファントムは飛行機の上から飛び降り、エアウルフの主翼を踏み抜いた。ボロボロに砕け散る空の猟犬……それを見て、テレサは唇を噛んだ。

 

「そう……あなたも飛べたのね……」

 

テレサは悔しそうに呟く

 

機体が大きく重たいエアウルフは、戦闘機を相手にしたドッグファイトには弱い代わりに、爆撃機としての能力はズバ抜けて高いものがあった。

 

EMP爆弾、対地攻撃用のロケッドポッドが二門、対地対空その両方に使えるテールキャノン……さらに、使われることはなかったが機体内部の格納庫にはこの他にもクラスター爆弾や誘導式爆弾がいくつも格納されていた。

 

さらにエアウルフに搭載されたレーダーは広範囲をカバーすることができ、対空砲が届かない高高度からのピンポイント爆撃すら可能だった。

 

そこにテレサのエリートスナイパーとしての技量が加わることにより、エアウルフは地を這うことしか出来ない既存のBMに対して圧倒的な『脅威』になり得る存在と化していた。

 

それは地上を移動するファントムに対しても同様で、テレサは高高度からのアウトレンジ攻撃により、スロカイに迫るファントムの撃破または足止めを敢行しようと考えていた。

 

それによって戦闘開始序盤……テレサはファントムに対して爆弾や長距離ライフルを用いた一方的な攻撃を仕掛けることができた。それに対し、ファントムは上空にいるテレサの存在を感じ取ることはできても視界に捉えることは出来ないことから、目標との距離を無視して攻撃できる次元攻撃も全て空を切るのみに終わった。

 

ファントムは次元攻撃を用いても中々捉えられない高高度の敵に対し、エアウルフと同様のSFSを投入してテレサに対抗……テレサが防御策として展開したステルスを一瞬で見抜き、激しいドッグファイトの末にエアウルフのエンジンに損傷を与え、機体を墜落へと追い込んだ。

 

落下するエアウルフの中で、テレサは必死に機体のコントロールを取り戻そうとするが、機体は言うことを聞かず……最終的にエアウルフからディアストーカーを分離させることで事なきを得た。

だが、きりもみ状態で強制脱出をしたため、着地がうまく決まらず、その衝撃でテレサは一時的に気を失う羽目になってしまった。

 

……そして、今に至る

 

「くっ……」

 

テレサはうつ伏せに倒れたディアストーカーを起き上がらせつつ、機体の状況と、機体に残された武装のチェックを始めた。ドローン及びミサイル兵器は全て使用不能……幸いなことに、持っていた長距離ライフルとナイフだけは使用することができた。

 

「右足が動かない……」

 

ディアストーカーの右足にスパークが走った。

 

「でも、腕さえ動けば……!」

 

テレサは長距離ライフルを杖にして機体を持ち上げ、なんとか座射の態勢に持ち込むと、エアウルフを踏み潰しているファントムに長距離ライフルの照準を合わせた。

 

ファントムはまだエアウルフの中にテレサがいると思い込んでいるのか、格納庫へ爪を立てて表面を切り裂き、できた亀裂からその中を覗き込んでいる。

 

「狙い撃つ!」

 

テレサは長距離ライフルの攻撃モードをビームライフルからEMPキャノンへ変更し、トリガーを引き絞った。

 

『グワァー!!!』

 

超高速で射出された弾丸はファントムの胸部に着弾、それと同時にファントムの周囲に巨大なスパークを生み出した。

 

EMPの直撃を受け、内部の電子機器が焼き切れたのだろう。ファントムの全身から黒煙が上がり、装甲の表面を無数のスパークが駆け巡った。

 

「やった……?」

 

ファントムのツインアイから赤い輝きが消えたのを見て、テレサがそう呟いた時……

 

『…………!』

 

ファントムのツインアイに強烈な光が生まれた。さらに怪物が獣の咆哮を放つと、先ほどまでファントムの全身を包み込んでいた黒煙とスパークがまるで嘘だったかのように消え失せた。

 

「チッ……やはりダメね……!」

 

それを見て、テレサは今すぐにでも目の前の怪物から全力で逃げ出したい気分にかられた。しかし、右足の動かなくなったディアストーカーでそれは不可能なことだった。

 

「もう一撃……!」

 

EMPキャノンの射出に必要な電力の確保と、長距離ライフルへEMP弾の再装填が行われたことを確認し、テレサは第2撃のトリガーを引いた。

 

「……え?」

 

しかし、目の前で起こった衝撃的な光景を前に、テレサの体が凍りついた。

 

『…………』

 

なぜなら一撃目と同様、弾丸は超高速で射出されたにも関わらず、ファントムは迫り来るそれに視線を送ることもなく、弾頭が装甲に着弾する直前で易々と掴み取り、巨大な右腕の中に収めてしまったのだ。

 

『…………ハハッ!』

 

ファントムはニヤリと笑い、不発に終わったそれをまるで「返すぞ?」とでも言うかのように、ディアストーカーめがけて放り投げた。

 

「なっ!?」

 

握り潰され、圧縮された弾丸が宙を舞う。それと同時にファントムの左腕が拳銃の形になっているのを見て、テレサは背筋にヒヤリとするものを感じた。

 

『バン!!』

 

ファントムの左手から放たれた次元攻撃が、空中のEMP弾を捉えた。小さな爆発と共に、弾頭内部のEMPが解放される。

 

「ぐう……ッッッ!!!」

 

至近距離で発生したEMPに晒され、ディアストーカーのコックピット内に衝撃が走った。機体表面にスパークが走り、メインカメラから光が消えると同時に全天周モニターが消失する。

 

「でも、EMP対策なら……!」

 

テレサは咄嗟にディアストーカーの立て直しに入った。機体を再起動させ、リカバリーモードを起動させると、ディアストーカーのメインカメラかに光が灯った。

 

『……?』

 

ディアストーカーは再び長距離ライフルを構えた。それに対し、ファントムは右腕を盾にするようにして防御姿勢を取る。

 

「……撃つ!」

 

淡々と、テレサは引き金を引いた。

 

高出力の長距離ビームはファントムの巨大な右腕に着弾……しかし、ファントムの黒い装甲はいとも容易くそれを弾き返してしまった。

 

「なんて装甲! この距離でもダメなの!?」

 

テレサはさらにトリガーを引き絞り、ファントムめがけて高出力の火線を放つも、黒い装甲には傷1つつかず、それどころかファントムは防御姿勢を解き、ゆっくりとディアストーカーへにじり寄り始めた。

 

「……だとしても!」

 

テレサはトリガーを引き続ける。

火線がファントムの胸部、頭部に直撃するも、ファントムは怯んだ様子すら見せず、足止めの為に脚部を撃ち抜く試みも失敗に終わった。

 

『…………』

 

そうして、テレサの目前に迫ったファントムは、ディアストーカーめがけて巨大な腕を振り下ろした。テレサは冷静にビームライフルによるゼロ距離射撃を実施するも、それはファントムの巨大な掌によって散らされた。

 

「……あっ」

 

ファントムが長距離ライフルの砲身を掴むと、それはあっさりと握り潰され、使用不可能になってしまった。そのまま大破したライフルを取り上げて投げ捨てると、今度はディアストーカーの頭部を掴み、持ち上げた。

 

ギギギギギ……

ディアストーカーのメインカメラから鈍い音が響き渡る。

 

「……惜しいわね」

 

『…………?』

 

じっくりといたぶるようにディアストーカーの頭部を締め上げていたファントムは、目の前から聞こえてきたその声に反応した。

 

「あなたの目標は……あの子なのでしょう?」

 

テレサはゆっくりと続ける。

 

「私に与えられた役割は、あの子の防衛……つまり、あの子が逃げるまでの時間を稼ぐこと。あなたはまんまと私の挑発に乗って本楽の目的を放棄してしまった。そして、私の役割は果たされた」

 

テレサは地面にできたハンニバルの掘削跡を見て呟いた。スロカイ一行は今頃、チュゼールの国境付近まで移動していることだろう。

 

「分かるでしょ? あなたの負けよ」

 

『…………』

 

ファントムはテレサの言葉を聞くと、空いている獣の爪をディアストーカーのコックピットへと突き立て……

 

「まだよ!」

 

コックピットが貫かれようとする直前に、テレサはディアストーカーに残された最後の武装……ヴィヴロナイフを引き抜き、ファントムのコックピットめがけてその刃を叩き込んだ。

 

『…………!』

 

思いもよらぬ反撃に怯んだファントムは、ディアストーカーの頭部から手を離した。テレサは咄嗟に両肩のスラスターを全開にして、ディアストーカーを後ろに飛ばした。

 

『バァン!!』

しかし、ファントムはテレサの行動に素早く反応すると、例の指鉄砲でディアストーカーの右肩を撃ち抜いた。

 

「あっ……」

 

右肩を吹き飛ばされた衝撃により、ディアストーカーは空中で制御を失い、そのまま地面へと叩きつけられてしまう。

 

「ぐっ……」

 

テレサは残った左腕で機体を立て直し、半壊したメインカメラをファントムへと向けた。機体各所で負ったダメージの影響により、所々ノイズと暗黒で覆われた全天周囲モニターの中に、ファントムの姿が浮かび上がる。

 

『…………グググ?』

 

ファントムは一歩も動かずに、自身の胸に刺さったナイフをジッと見つめていた。それから、左手でナイフの柄を掴むと、僅かな呻き声と共にそれを引き抜いた。

 

『…………』

 

ファントムの胸部に開いた小さな穴から黒い液体が血のように滴ると、次の瞬間には穴は綺麗に消え失せていた。

ファントムは自分を傷つけたナイフの刃をジッと見つめた後、それを右腕に持ち替え、握り潰した。

 

「ダメージなし……か……」

 

虚ろな視線、長時間の作戦行動による疲労に加え、戦闘によるダメージの影響で、テレサは心身共に満身創痍の状態に陥っていた。朦朧とする意識の中、テレサは新しいヴィヴロナイフを取り出す。

 

「なぜ……私は……」

 

未だに抗い続けているのだろうか?

心の中でそう思っていても、ナイフを構える。

 

ディアストーカーは大破寸前。右腕は消失、右足は動かない、基本装備の一式とオプション兵装であるエアウルフも失われた今、戦闘継続はおろか逃走すら困難だった。

 

一応、コックピットのテレサの足下には携行式の長距離ライフルが置かれてはいるものの、そんなもので倒せる敵ならば苦労はしていなかったことだろう。

 

最早、テレサの生存は絶望的だった。

 

唯一、出来ることがあるとすれば、この場で自決を選択し、ファントムの飼い主であるソロモンへの各種情報の流出を防ぐことぐらいだった。

 

しかし、テレサは尚も抗い続けることを選んだ。

 

絶望的な状況を前にして、往生際悪く、なぜ、自分はそのようにしているのだろうか? これにはテレサ自身も戸惑いを隠せずにいた。以前の自分ならば、これが運命であると早々に諦めて、迷わず自決を選択した筈だ。

 

しかし、テレサはそうしなかった。

 

まだ勝機があると思い込んでいる?

 

誰かが助けに来てくれると思っている?

 

ファントムは自分を見過ごすと思っている?

 

 

 

いや、違う……私は……

テレサは、その正体に気がついた。

 

 

 

(私は、死ぬことを恐れている……)

 

 

 

テレサは、心の奥底から込み上げてくるものを感じた。それは死に対する漠然とした恐怖であり、未練であり、そして後悔だった。

 

死にたくない

死にたくない

まだ、こんなところでは終われない

 

ファントムが目の前に迫るにつれて、テレサの中で死に対する恐怖が強まっていく。心臓は早鐘を打ち、背筋にはヒヤリとしたものが走り、額には汗がべっとりと浮かび上がる。

 

 

 

いつからだろうか?

 

 

 

自分が、死ぬことを恐れるようになったのは

 

 

 

そのような感情は、あの日に置いてきた筈だ

 

 

9年前……AD2490年12月31日午後11時58分

ライン連邦……ハイデンボーグ

今まさに新年を迎えようとした直前、突如として勃発したテロによって父と母を失い、たった1人の姉と離れ離れになってしまった、あの日に……

 

全てを失った私に、怖いものはなかった。

 

傭兵となって武器を手にして人を殺し、金を稼ぎ、稼いだ金で武器を買い、また殺す。撃墜数を稼ぎ、沢山殺して流砂のエースと呼ばれるようになってもそれは変わらなかった。

 

いつか、自分が殺した人の仲間や家族、友人が仇を討つために自分を殺しにくるのではないだろうか? 散々殺した挙句、そう思うようになっても私は死を恐れていなかった。

 

 

 

いつからだろうか

 

 

 

私が、死を恐れるようになったのは?

 

 

 

いや、それはきっと……あの人と出会ったから

 

 

 

あの人さえいなければ、私は……

 

 

 

だから……

 

 

 

「私は……ッ!!!」

 

テレサの瞳に強い光が灯る。

 

「死ねない!」

 

テレサはファントムめがけてヴィヴロナイフを投擲した。ディアストーカーに残された全出力を用いて放たれた最高の一撃が、ファントムへ迫る。

 

しかし……

 

『ハッ!』

 

ファントムはまるでそれを読んでいたかのように嘲笑と放つと、飛来するナイフめがけて左手を向け、ナイフの先端を二本の指で挟み込み、易々と受け止めた。

 

ファントムの行動はそれで終わりではなかった。

ナイフのスピードを殺すことなく指を軸にして一回転し、二時加速とばかりに腕を大きく振り上げてナイフを投げ返した。

 

「え……?」

 

投げ返されたナイフの刃が鈍く輝いた。

テレサの瞳孔が大きく見開かれる。

 

ディアストーカーの腹部へ突き刺さったナイフは、あまりの勢いに腹部を突き抜けて背中から抜け出てしまった。

 

遅れて、バランスを失ったディアストーカーが後ろ向きに転倒した。腹部には大きな風穴が出現し、メインカメラが力なく明滅する。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

いつからだろうか

 

 

 

私が、死を恐れるようになったのは?

 

 

 

私が一介の傭兵であった頃には生まれなかった感情

 

 

 

そう、私が傭兵だった頃……あの人と出会った。

 

 

 

戦場で、敵として

 

 

 

いつものように見も知らぬ人物からの依頼を受けて、暗殺者である私はあの人に銃口を向けた。最高の装備で挑み、圧倒的に優位な状況下での襲撃、しくじった際のバックアップも完璧だった。

 

 

 

……そして、私は負けた。

 

 

 

今思えば、あの時は本当に無様だった。

奇襲を完全に読まれ、ロクなダメージを与えることすら出来ず、私は無様に敗走した。でも逃走のためのバックアップは効果を発揮せず、私はあの人の指揮する部隊に追い詰められ、あっけなく無力化された。

 

それが、私が初めて経験した敗北だった。

 

囚われの身となり、自決することも許されず、私の運命はそれで終わりだと思った。両親の仇を討つこともできず、今まで私がそうしてきたように、無残に殺されてそれで終わりだと……

 

 

 

でも、あの人はそうしなかった

 

 

 

それどころか、あの人は私を大切にしてくれた。

 

親身になって私の言葉に耳を傾けてくれた。

初対面であるにもかかわらず、あの人の前では私も不思議と何でも話すことができた。あの人と私には、まるで長い付き合いでもあるかのように……

 

敵である私をどうして生かすのかと尋ねると、あの人は私のことが必要だからだと答えた。そして、私に『私の居場所』を作ると約束してくれた。

 

暗殺以外で誰かに必要とされたのは初めてだった。だから、私は流砂には内密に、しばらく、あの人に仕えることに決めた。待遇は悪くはない……いや、むしろ良いと言えた。

 

それから数ヶ月後……私はあの人の元を離れた。

 

あの人のところにいるのが嫌だったというわけではない。ただ……私には合わなかった。あの人が作る居場所は太陽のように暖かい、未来を見据えたような所だった。

 

でも、私は暗殺者。

私の手は既に多くの血で染まっている。

私のような人間が、明るい世界を堂々と生きることは許されていない。私のような人間は、あの人の側にいるに相応しくない。

 

 

 

私の魂は9年前に囚われたまま

 

 

 

過去を生きる私に、明るい未来なんてない。

 

 

 

私に居場所なんてない。私にできることは、9年前にハイデンボーグを襲ったクズどもを皆殺しにすることだけだった。

 

 

 

最も、今更そうしたところで9年前の遺物である私は、何も変わらないのだが……

 

 

 

ああ……そういえば、あの時もこうして武器を壊されて、私は死の瀬戸際まで追い詰められたっけ……途中から、変な剣士さんに助けられたりはしたけれど、結局は敵の数に押されて劣勢を強いられて……

 

 

 

ん……それで、どうなったんだっけ?

 

 

 

……駄目ね。これ以上は頭が回らない

 

 

 

もう何も思い出せない。

 

 

 

でも、ひとつだけ言えることがあった。

 

 

 

もし、できるならば……

 

 

 

できるならば、もっと早く逢いたかった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「うぅ……」

 

テレサが目を覚ますと、そこは暗闇に包まれていた。メインカメラからの映像は完全に途切れ、コックピットは僅かばかりの明かりがチラつくのみだった。

 

『…………』

 

外から不気味な気配が漂ってくる。

 

「……ああ、そうか」

 

テレサは全てを察し、力なくため息をついた。辛うじて生きているカメラを探して再起動すると、復旧したモニターの一部に黒い影が現れた。

 

目の前に、ファントムが佇んでいた。

 

転倒したディアストーカーを見下ろしながら、ツインアイから禍々しい光を放ち、ディアストーカーの装甲を赤く照らしている。

 

『…………』

 

ファントムは左腕を高らかに上げた。

暗闇の中で爪同士が擦れ合うと、そこから火花が散った。

 

「……」

 

テレサは目を瞑った。

 

「私は、役に立った?」

暗闇の中で、問いかける

 

返事はない

 

「人殺しに相応しい末路ね」

 

暗闇の中で生きて、暗闇の中で死んでいく……テレサは自らの半生を自虐的に笑いながら、心の中で、両親や姉といった、今まで自分に関わってきた人の顔を順番に思い出した。

 

そして最後に、自分にとって最も重要な人の顔を思い浮かべた。

 

 

 

金属の引き裂かれる音が響き渡った。

 

 

 

「…………?」

 

その音に死を覚悟したテレサだったが、自分が未だ生きていることに気がつくと、恐る恐る目を開けた。

 

コックピットの中は相変わらず暗闇に包まれていた。しかし、再起動したモニターの一箇所から、神秘的な青い光が放たれている。

 

 

 

『ガアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!!???』

 

 

 

突然、獣の絶叫にも似た騒音が響き渡った。

 

「!?」

 

テレサは慌てて全天周囲モニターの再起動を行なった。メインカメラから断片的に送られてくる映像と、サブカメラからの映像を繋ぎ合わせて、あり合わせの映像を作り上げていく。

 

「これは……」

 

つい先ほどまで自分の真正面にいたファントムが、いつのまにか後退し地面に片膝をついていた。その左腕は関節から先が消滅しており、幹部からは大量の黒い液体がドロドロと流れ落ちている。

 

『アアアアッッアアアアアアアアアアア!!!!』

 

ファントムは苦しそうに呻き声を上げながら、左腕から流れ落ちる黒い液体をせき止めようと必死になってもがいていた。

 

「一体何が……?」

 

呆然とファントムを見つめていたテレサだったが、その時、モニターの隅から神秘的な青い光が放たれていることに気づいた。

 

光が放たれるその方向へメインカメラを向けると……自分のすぐ隣に、美しいオーロラを纏った何かがいた。

 

空気中を揺らめくオーロラの隙間から、テレサはオーロラを纏うモノの正体を何とか確認することができた。人の形をした小柄な機甲……それはいわゆる『BM』だった。

 

ダークブルーの装甲、青いクリスタルのような物体で構成されたメインカメラとフレーム、人型機はロングソードを所持しており、その刃先をファントムに向けている。

 

オーロラに阻まれて細部までは見えない。

 

しばらくすると、モニターの映像にノイズが走り始めた。オーロラから放たれる磁気がカメラに認識障害をもたらしていたのだ。

 

「ぁ……I、ICEY……?」

 

機体の識別コードはオーロラに妨害されて『unknown(不明)』と表示されていたが、テレサはその青い装甲と、機体から放たれる美しいオーロラに見覚えがあった。

 

『……オオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』

 

ファントムは自分の腕をロングソードで斬り落とした青い機体に視線を送ると、雄叫びを上げた。すると、ファントムの左腕から流れ落ちていた黒い液体が凝固し始め、失くした左腕を形作り始めた。

 

左腕が再生しようとした……その時だった

 

 

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアッッッ!??』

 

 

 

上空より紫色のレーザーが飛来し、再生しかけていたファントムの左腕を吹き飛ばした。腕は地面に落ちると、ドロドロの液体になって瞬く間に消滅した。

 

「……!」

 

テレサがレーザーの弾道を辿って空を見上げると、月の下に、可変型ライフルを構えた機体が浮遊していた。青いICEYとは対照的に、こちらはワインレッドの装甲、ルビーを思わせるメインカメラと赤い結晶体で構成されたフレームで全体的に赤色を基調としている。

 

頭部にはブレードアンテナ

両肩にはウェポンコンテナ

背後にはテールキャノン

 

赤い機体の背中には主翼・尾翼合わせて4枚の白い翼が生えていた。それは赤い機体に直接装備されたものではなく、バックパックにドッキングした高機動ユニットの一部なのだが、神秘的な赤い光と共に夜空に浮かび上がった翼は、まるでこの世に天使が降臨したかのような神々しさがあった。

 

「ローゼン……クロイツ……?」

 

赤い機体の左肩にペイントされた薔薇十字のシンボルマークを見て、テレサが呟く

 

赤い機体は一旦ライフルを構え直すと、ファントムめがけて直ちにレーザーを放ち始めた。それと同時に青い機体もファントムめがけてダッシュし、ロングソードの刃を叩きつけた。

 

『…………!!!』

 

地上と空中、その両面から迫り来る攻撃を同時に対処せねばならず、ファントムは後退を余儀なくされた。これにより、ファントムから大破寸前のディアストーカーへの意識が完全に削がれ、距離が開き始める。

 

遠くで激戦を繰り広げる3機を呆然と見つめていたテレサだったが、突如、彼女の視界が薄っすらとした影に覆われた。目には見えない何かがディアストーカーの真正面に降り立ち、月光を遮ったのだ。

 

テレサの目の前でステルスを解除し、それは姿を現した。白い翼を装備した赤い機体……しかし先の同型機と比べると、頭部の通信用ブレードアンテナがカスタムされた複座型であることから、それが特別な機体であると伺えた。

 

「…………なぜ…………あなたが、ここに……?」

 

朦朧とする意識の中、テレサは必死に声を絞り出して赤い機体を見上げた。すると、赤い機体はテレサ言葉に答えることなく地面に膝をつき、左手を差し伸べてきた。

 

その瞬間、テレサは忘れていた記憶を取り戻した。

 

数ヶ月のハイデンボーグ

9年前のテロリストとの死闘

敵の罠に嵌り、絶体絶命の状況に陥る

 

迫り来る白刃、蘇る走馬灯……

 

 

 

 

 

モービィ・ディックによる武力介入

 

 

 

 

 

差し出された手、あの人の笑顔

 

 

 

「…………あの時と同じね」

 

テレサは赤い機体に左手を伸ばした。

 

「あなたは、何が何でも……見捨てたり、しないのね……」

 

ディアストーカーの手が赤い手に触れた。

 

 

 

「また、来てくれたのね……私の……………………」

 

 

 

テレサはそこで気を失った。

 

テレサの意識と連動するかのように、ディアストーカーの左腕が崩れ落ちかけるも、赤い腕は素早くそれを掴み、『彼女』を強く引き上げた。

 

 

 

to be continued...




前回、散々チート機とか言ってた割にあっさりと撃墜されるエアウルフ君……まあ、彼の本格的な活躍はまたどこかで書くことにするのです。そして、次回はいよいよ『V』『W』『X?』の本格的な活躍が描かれる予定なのです!

今回、ファントムが使っていたSFSは、学園編の終盤で三日月とファントムを爆撃した『謎の飛行機』と同じものだったりします。味方であるはずのファントムを爆撃したのはやられたように見せかけるためで、ファントムは爆煙に乗じて逃走したということです。

ところで、皆様は三日月やベカスたちが(日ノ丸からの)撤退中に遭遇した機体のことを覚えていますかね? 一瞬だけの登場にもかかわらず、チームに甚大な被害を与えた謎の『青い機体』のことです。

……あれ、なんだと思います? まだ言いませんけど



それでは、次回予告です。

エル「次は、いよいよアイシーの量産型が登場するよ!」
フル「設定集でチラリと出した念願がついに叶う時が来たのです……!」

エル&フル「「次回、『夜明けの闘争(仮)』」」

エル「なるほどね!これが『悲願達成』なのね!」


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第27話:薔薇十字騎士団

お帰りなさい! 指揮官様!

始まりましたね、グリッドマンコラボ。
はい、ムジナ的には良かったと思いますよ? またゲテモノロボッ……いえ、グリッドマンとかいうよく分からないものを連れてきて(グリッドマン未視聴)……と、最初は思っていましたが、何といいますか……良かったです、ムジナはループものやSFチックなのは好きなので、最終的にグリッドマン観てみようかなって思いました。(クソハゲが出なかったのも高評価ですね)

でも、1つだけ言わせてください
アカネさん、あなたはインチキです。

なぜかって……スキル発動時の動画! 何なんですアレは? あんな艶かしいセクシーポーズで釣ろうとするなんて卑怯なのです! そして独特な囁き声、ASMRのつもりですか? はぁ、そんなもので釣られるとでも?

お陰でムジナはキャラガチャで爆死し、酒場でのチェンジは100回を優に超えて、最終的に最高級チョコ(好感度+20)とクソネコに頼らざるを得ない状況に陥ってしまいました。最早、破産寸前かつ被害甚大なのです!

なので、これだけは言わせてください
……来てくれてありがとうございます。(見事に釣られてしまった狸の実話)


長くなりましたね、それでは続きをどうぞ……





 

 

 

 

チュゼール領空

 

 

 

夜空、暗闇のカーテンに包まれた世界

そこは絶えず吹き付ける強い風の音で溢れかえっていた。

 

暗闇の中に、ひときわ大きな雲が流れていた。

 

ただ大きいだけで、これといって特徴のない大きな雲。目視による確認は言うまでもなく、レーダーや赤外線を用いての観測でも特に不審な点は見当たらない。

 

ただ1つ、雲の中からサイレンの音が鳴り響いていたことを除けば……

 

 

 

考えたことはないだろうか?

 

 

 

今この時も世界中の空に浮かぶ雲。純白に包まれ閉ざされた空間の中に……雲を隠れ蓑に、人目を憚って世界中を移動する未知の存在がいるのではないか? ということを……

 

雲は1匹の鯨から放出されていた。

空中を漂う、巨大な白い影……

 

いや、それは厳密に言えば生き物の鯨ではない。しかし、その圧倒的な大きさは一般的な航空機の比ではなく、絶えず船体に衝突する激しい気流をまるで気にすることもなく悠々と浮かんでいる様は、まさしく暗い夜の海を泳ぐ鯨のようだった。

 

白い船体……

空中戦艦は中央、右翼、左翼と大きく分けて3つのブロックから構成されていた。最も全長が大きい中央部の上方にはブリッジを備えた艦橋が置かれ、両翼の付け根には巨大な格納庫とそれに繋がるカタパルトデッキがあり、またそれら3つのブロックが連なる船体後方には、莫大な推進力を生み出す大型スラスターと4枚の尾翼があった。

 

武装は巨大な三連装ビームキャノンが船体上部と下部に3基ずつ、ブリッジ周辺には無数の対空火器が配置されており、またブリッジ後方には一度に6発ものミサイルを発射可能な垂直発射管があった。

 

そして、船体には白鯨(モービィ・ディック)のマークが塗装されていた。圧倒的な大きさと打撃力を秘めたそれは、まさしく『空中戦艦』と呼ぶに相応しいものだった。

 

 

 

国境なき艦隊ーモービィ・ディックー所属

『クィークェグ級』空中戦艦

 

 

 

……艦内、右翼側格納庫

 

『クラウドディスチャージャー散布終了』

 

 

 

空中戦艦の格納庫に担当士官の声が響き渡った。

 

『旗艦・ピークォドより伝達。これより、デルタ・ワンの救出作戦を開始する』

 

「…………」

 

担当士官の声は、格納庫の中で発進の準備をしているBMのスピーカーからも流れていた。全天周囲モニターの中心で、パイロットは黙ってそれに耳を傾けている。

 

『本作戦は、特殊作戦行動中にコードネーム・ファントムと遭遇し、連絡の取れなくなったデルタ・ワンの回収が主な任務となる。また、ファントムは先の極東崩壊における元凶とされていることから、作戦遂行は非常に過酷を極めると推測され……』

 

「ファントム……亡霊か」

 

赤い機体の中で、パイロットはひっそりと呟く。パイロットは頭部全体を覆い尽くす大きさの仮面を身につけており、その声はくぐもっていた。

 

『ネームレスさん、発進準備を急いで下さい』

 

オペレーターの声が響き渡った。

 

「やっている」

 

仮面のパイロットはモニター上に表示されたディスプレイに視線を移動させ、機体のコンディションを確認しつつ、淡々と告げる。

 

「『X』は?」

 

『ICEYは既に発進済みです。今、本艦の前方103の位置でUCEYとドッキングしました』

 

「早いな」

 

仮面のパイロットは機体をカタパルトデッキへ移動させた。すぐさま足場がせり上がり始め、赤い機体が格納庫から空中戦艦の右翼へと姿を現わす。

 

空中戦艦は大きな雲に包まれていたものの、戦艦の周囲数キロには、不思議なことに雲が1つもなかった。まるで雲が戦艦を避けて流れているかのようである……仮面のパイロットは、まるで台風の目の中にいるような感覚を抱いた。

 

『アルファ・ワン、本作戦にはエイハブも参加する。くれぐれもエイハブの身に危険が迫らぬよう、細心の注意を払って行動せよ』

 

担当士官の声がコックピットに響き渡る。

 

「フッ……子守り2人分か」

 

仮面のパイロットは小さく笑った様子を見せるが、仮面を被っているせいでとても笑っているようには見えなかった。

 

『アルファ・ワン、返答を』

 

「アルファ・ワン了解」

 

オペレーターの声にパイロットが応える。

 

 

 

『ローゼンクロイツ・アルファ小隊、全機発進せよ』

 

 

 

「了解……ネームレス、発艦する」

 

次の瞬間、赤い機体がリニアカタパルトから勢いよく射出された。空中戦艦の上を滑走して空中へと飛び出し、一瞬にして数百メートルの距離を移動する。

 

「UCEY、ドッキングシークェンス」

 

雲の中へ突入したパイロットは、機体のバックパックに搭載された誘導ビーコンを起動させた。雲に包まれ視界ゼロの中、雲の中にいたそれはビーコンの光に引きつけられ、赤い機体の後ろ側へと移動した。

 

それは、翼竜にも似た機体だった。

 

主翼・尾翼合わせて4枚の白い翼、翼竜は人の形をしておらず頭部と思わしきセンサーと細い二本のアームがあるだけで両足はなく、その代わりに長い尾があった。

 

雲の中で、翼竜は高速で移動するビーコンに向けてレーザーを放ち、レーザー連動による誘導を開始すると、速度を同調させてビーコンへ追いつき、赤い機体のバックパックへとドッキングした。

 

雲の中を抜けた時、赤い機体は背中に羽の生えた機体へと変貌を遂げていた。機体のフレームから放たれる赤い粒子が、夜空の中を彗星の如く飛行する。

 

それから10秒もかからない内に、雲の中からさらに4体の赤い機体が飛び出し、先行していた1機に追従するする形で編隊を組んだ。全機とも、バックパックに翼竜を装備していた。

 

「アルファ・ワンより全機に告ぐ」

 

編隊の先頭を進むアルファ小隊の隊長、ネームレスはそこでアルファチームの面々を振り返り、言葉を続ける。

 

「聞いての通り、今回の作戦はデルタ・ワンの救出作戦だ。だが、状況が状況だけに救出作戦は過酷を極めることだろう……いつも通り俺が前衛、お前らは後衛だ」

 

それからネームレスは前方を見据える。

 

「言うまでもなく敵は強大だ。だが、俺たちは対ファントムの戦闘シミュレーションを何度もこなしている。所詮、それがコンピュータの作り出した偽物に過ぎなくとも、奴の脅威はVRで経験済みだ……いつも通りにやるぞ」

 

『了解』

ネームレスの言葉に、アルファ小隊の面々が反応する。

 

「見ろ、マスターのお出ましだ」

レーダー表示を頼りに視線を雲の方へと向けたネームレスは、そこから2機のBMが飛び出してくるのを目撃した。

 

その内1機はアルファ小隊が運用しているBMと同じ、赤い機体だった。相違点があるとすれば、通信用のアンテナがカスタムさたものに置き換えられているほか、複座型のために胴体部分がやや大型化しているくらいだった。

 

その機体の隣には神秘的なオーロラを纏った、赤い機体とは明らかに種類の異なる青い機体が存在していた。オーロラに阻まれ細部まで視認することはできないが、オーロラの隙間から僅かに見える影から、辛うじてそれが人型機であると分かる。

 

「…………」

複座型の赤い機体はネームレスの元へ合流し、その側面へと移動すると、ハンドシグナルによる意思表示を行った。それに対してネームレスが頷きで示すと、複座型の赤い機体は編隊の中に加わった。

 

「オール・アルファ、速度を上げるぞ」

さらに青い機体も編隊に加わったのを確認してから、ネームレスはバックパックのブースターを作動させた。

 

6機の赤い機体と1機の青い機体は加速を始め、夜空の中に赤色と青色の粒子で構成された尾を撒き散らしながら、あっという間に水平線の彼方へと消えていった。

 

 

 

それはまさに、夜空を滑る流星群のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第27話:薔薇十字騎士団

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分後……

チュゼール領土

 

 

 

『グアアアアアアアッッッ!!!』

 

青い機体によって左腕を切り落とされ、さらに赤い機体の狙撃を受け、再生中の左腕を撃ち抜かれてしまったファントムは、苦しそうな喘ぎ声をあげた。

 

「……ICEY−X及びVの標準装備、ファントムに対して効果があることを確認」

 

スナイプモードにしたライフルのスコープ越しにファントムを見下ろして、ネームレスは淡々と呟いた。

 

「ICEY、聞こえているな」

 

それからネームレスは地上の青い機体へと視線を向けた。青い機体のパイロットである彼女は今、救出対象であるデルタ・ワンの搭乗するディアストーカーの盾になるかのように防衛行動を実施している。

 

「今から、マスターがデルタ・ワンの回収に向かう。その為に、ファントムをデルタ・ワンから遠ざける……出来るな?」

 

「…………」

ICEYは無言だったが、ネームレスの指示に従うことを選択した。次の瞬間、ファントムへとダッシュし、ブレードの刃を閃かせた。

 

『!!!』

 

ファントムは巨大な右腕で斬撃をガードするも、その一太刀はファントムの腕に深い傷を負わせた。

 

ファントムはブレードを振り払って反撃に転じようと試みるが、巨大な腕で薙ぎ払いを行なった瞬間、ファントムの視線の先から青い機体が掻き消えた。

 

『……!?』

 

ファントムの攻撃はその場に漂うオーロラを切り裂くのみに終わった。

 

青い機体の開発コードは『ICEY−X?』

異世界からの来訪者である『ICEY』が生み出した機体『ICEY−X』をアップグレードしたものを、彼女を保護したモービィ・ディックによって更なるカスタマイズが施された機体である。

 

機体にまとわりつくオーロラは、モービィ・ディックによるカスタマイズによって新たに付与された能力の1つだった。オーロラには高度なステルス能力とバリアの役割を果たす他、発生する特殊な電磁波は対策の取られていないあらゆるカメラに対して悪影響をもたらす。

 

「…………」

 

次の瞬間、青い機体がオーロラとファントムの背後に姿を現した。ブレードを構え、ファントムめがけて刺突を行い……

 

『……ハッ!』

 

しかし、今まさにブレードの鋭い剣先がファントムの装甲を貫こうとした時、ファントムの上半身がその場で180度反転した。

 

青い機体の攻撃はファントムの腕でブロックし、弾き返した。それだけでなく、ファントムはブロックしたその一瞬に次元連結システムを応用した斥力をブレードめがけて打ち込んだ。

 

「……!」

 

その結果、青い機体のブレードは粉々に砕け散った。

パイロットは敵の反撃に備えて後退する。

 

『…………ガァッッッ!!!』

 

青い機体が武器を失った隙を逃さないというように、ファントムは上半身を元に戻して青い機体へと追撃をかける。

 

背を向けて退避する青い機体を追いながら、右腕を構えて指を拳銃の形にする。そして、指先を青い機体に向け、次元攻撃を放とうとし……

 

『グアッ!?』

 

突然、紫色のビームの柱がファントムの頭上から降り注ぎ、ファントムは次元攻撃の発射を中止せざるを得なくなった。

 

「ICEY、援護する」

 

それは空中に浮かんでいた赤い機体からの援護射撃だった。そう言って、パイロットであるネームレスは一度攻撃の手を止めると、持っていたライフルの銃身を折った。

 

銃身が中程から折れると、そこからまた新たな銃口が姿を現した。銃身はすぐさまアンダーバレルへと合体してコンパクトに折りたたまれ、これにより、ライフルは威力重視のスナイプモードから連射性能に優れたアサルトモードへと変形した。

 

「倒せなくとも!」

 

赤い機体のパイロットは再びトリガーを引き絞った。銃口から強烈なビームの雨がファントムへと降り注ぎ始める。

 

赤い機体の開発コードは『ICEY−V』

『ICEY−X』をベースに開発された量産型であり、ブレードをメインウェポンにした近接型の『X』に対して、こちらは可変型ライフルをメインウェポンにした遠距離型となっている。

 

量産型でありながら、オリジナルであるICEY−X以上の性能を有している上に『X?』のオーロラとは違った特殊な防御システムを採用した結果、その性能は既存のBMを遥かに凌駕しており、たった1機でBM大隊にも匹敵する戦闘力を持つ超高性能量産機となった。

 

『チィッ!!!』

 

ファントムは舌打ちをすると、ランダム回避を実行してビームの雨をかいくぐる。避けられない分は右腕の装甲で弾き返した。

 

「素早いな……」

 

ネームレスはライフルのチャージに入った。

 

『…………』

その隙を見逃さず、ファントムは上空に待機していた自身のSFSに対してうるさい小蝿(ICEY−V)を叩き落とすよう指示を送った。

 

直ちにファントムのSFSは旋回を止め、格納庫を開放して戦闘モードへと移行した。格納庫内のミサイルポッドを起動させ弾頭のシーカーにICEY−Vの姿を捕捉させ……

 

その瞬間、SFSの表面に無数の火花が散った。

 

『……?』

 

いつまで経ってもSFSによる火力支援が行われないことを不審に思ったファントムが空を見上げると、そこには無数の翼竜に翻弄されているSFSの姿があった。

 

ミサイルランチャーを起動させるまでは良かったものの、突如としてその場に出現した十数機近くの翼竜に取り巻かれ、四方八方からの砲撃に晒されてしまったことによりSFSは攻撃の機会を完全に失ってしまった。

 

「UCEYか! ありがたい」

 

それを見て、ネームレスが呟く。

 

翼竜にも似た機体

開発コード『UCEY−W』

これは『ICEY−X』内の戦闘データに残されていた敵機体のデータを抽出し、モービィ・ディックによってBM用の追加兵装としてアレンジされた無人戦闘機だった。その特徴は『ICEY−X?』や『ICEY−V』とドッキングすることにより、BMに高高度戦闘能力を付与するエアウルフのようなSFSと同様の役割を果たすことができるという点がある。

 

また、機体下部のテールはキャノン砲の砲身を備えているため、ドッキング時には火力の向上を望むことができた。また準量産機の『V』とは違って、こちらは既に大量生産が行われており、モービィ・ディックの戦艦『クィークェグ級』では『V』との連携だけではなく、防空用の艦載機としても大量に配備されている。

 

UCEY−Wに搭載されたキャノン砲では、ファントムのSFSに対して有効なダメージを与えることは出来ないものの、支援攻撃を妨害することに対しては十分な役割を果たしていた。

 

『……チッ』

 

火力支援が期待できないと判断したファントムは右腕を振り上げ、上空のICEY−Vめがけて次元攻撃を放とうとして……

 

「…………」

 

その隙を逃さず、空間にオーロラの粒子を撒き散らしながらICEY−X?が斬りかかる。その一撃はファントムの右腕を捉え、切断こそならなかったものの、次元攻撃の軌道を逸らすことに成功した。

 

『!!』

 

ファントムは再びICEY−Xをターゲットにした。ICEY−Xが繰り出す素早い斬撃を回避し、右腕で防御し、そして先ほどやったようにICEY−Xのブレードに拳を叩き込んで、ブレードを粉々に粉砕した。

 

『ハッ!』

 

再び得物を失ってしまったICEY−Xに、ファントムは嘲笑した。そして、ICEY−Xがそのまま後退すると予測して飛びかかった。

 

しかし……

 

「…………」

 

ICEY−Xは刀身のなくなったブレードを構え直すと……次の瞬間、ブレード全体を覆う未知の力により、柄の先から新たな刀身が出現した。

 

黒い機体と青い機体が交錯する。

 

『グワァァァァァァァァッッッッッッ!??』

 

ICEY−Xとのすれ違いざまに、無防備な腹部に強烈な斬撃を叩きつけられ、ファントムは絶叫した。しかも、バランスを保つことができずそのまま地面に膝をつく。

 

「そこだ!」

 

動きを止めたファントムに対し、ネームレスはライフルのトリガーを引き絞った。ビームなどの遠距離攻撃に対して耐性を持つファントムだったが、ICEY−Vのビーム兵器には凄まじいストッピングパワーが付与されており、それによりファントムから自己再生と反撃の機会を奪った。

 

ICEY−Vによる攻撃はライフルを撃ち切っても終わらず、ネームレスは右肩のウェポンコンテナにライフルを格納すると、両腕部から2丁のビームピストルを展開した。さらに、バックパックに装備したUCEY−Wのキャノン砲も展開し、脇に抱える。

 

3つの銃口を束にして放たれた火線がファントムへ殺到し、ファントムは悲鳴をあげた……だが、その巨体が地に倒れることはなかった。

 

「流石に、硬いな……」

 

ピストルとキャノン砲を撃ち切り、ありったけの火力を叩き込んでも未だ健在なファントムを見て、ネームレスはため息を吐いた。

 

『……グオオオオオオオ……!!!』

 

ファントムはゆっくりと立ち上がり、右腕を振り上げた。

 

『オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!』

 

そして掌を大きく広げると、咆哮とともに高エネルギー球体を出現させた。それはグレートゼオライマーから奪取した武装の1つ、原子核破砕砲『Ω・プロトンサンダー』だった。

 

天のゼオライマーの最強行動『メイオウ攻撃』に匹敵する威力と極大な攻撃範囲を持つその一撃は、効果範囲内にある全てを消し去るまさに悪魔の武装だった。

 

球体はファントムの掌の上で徐々にその大きさを増していく。ファントムの視線の先にはICEY−Xの姿……プロトンサンダーの直撃を受けてしまえば、いかにICEY−Xが強固な防御システムを備えていたとしても耐えることはできないだろう。

 

「ICEY、狙いはお前だ! 回避しろ!」

 

プロトンサンダーの発生を察知し、ネームレスが叫ぶ

 

「…………」

 

しかし、それに対してICEY−Xはただその場に佇むのみだった。機体にまとわりつくオーロラが、風に吹かれるカーテンの如く美しくなびいた。

 

『プロトン・サン……』

 

球体の大きさは何倍にも膨れ上がり……そして、今まさにファントムの腕からプロトンサンダーが放たれようとした、その時……

 

『…………グ……オオオオォォォォォォ?』

 

突然、ファントムは目眩でも起こしてしまったかのようによろめき、またしても地面に膝をついてしまった。

続いて、プロトンサンダーの球体が消滅する。

 

「ん、ようやくオーロラが効いてきたか……」

 

ネームレスは仮面の下でニヤリと笑った。

 

ファントムはICEY−X?が纏うオーロラの影響を受け、制御不能状態に陥ってしまっていた。美しいオーロラをセンサーやカメラで一定時間以上捉え続けると、オーロラから放たれる特殊な電磁波が機器にダメージを与え、様々な障害をもたらすようになるのだった。

 

最初はノイズとしてモニターに異常が現れ、次に機体のバランサーに影響をもたらし、最後には電気系統に甚大な被害をもたらす。

これを防ぐには、機体の視覚を全てカットするか、機体のセンサー系に予めオーロラの効果を遮断するフィルターを搭載する他はなく、オーロラを発するICEY−Xとの連携を視野に入れて製造されたICEY−VおよびUCEY−Wはともかく、何の対策もしていないファントムには防ぎようもなかった。

 

「アルファ・ワンよりオール・アルファ!」

 

ネームレスはイヤホンに向かって叫ぶ

 

「獲物は罠にかかった」

 

 

 

同時刻

戦闘区域から10キロメートル離れた高台

 

 

 

そこには、4機のICEY−Vが横並びになっていた。

 

 

 

両腕で隊長機と同様の可変式ライフルを保持し、全機ともそれをスナイプモードにして地面に片膝をつき、狙撃姿勢の状態で待機していた。

 

その銃口の先には、ICEY−Xのオーロラから放たれる電磁波に暴露して制御不能に陥り、地面に膝をつくファントムの姿があった。

 

『アルファ・ワンよりオール・アルファ!』

 

4機の無線に隊長機からの指示が送られてくる。

 

『獲物は罠にかかった』

 

その瞬間、4機のメインカメラが一斉に輝いた。

 

「アルファ・スリー了解」

 

「アルファ・フォー了解」

 

「アルファ・ファイブ了解」

 

4機のうち、3機がライフルの安全装置を解除する。

 

『攻撃開始!』

 

隊長機であるアルファ・ワンの一言で、ICEY−Vのパイロットたちはほぼ同時にトリガーを引き絞った。可変式ライフルの長砲身から計三条のレーザー光線が放たれ、10キロ先のファントムめがけて一直線に殺到した。

 

レーザーの直撃を受けたファントムは、照射され続けているレーザーに対し右腕で防御しようと試みるが、体が思うように動かず呻き声を上げた。

 

「1発でアースチェーンすら貫通するEMPを3つも束にしたのだ、動けるはずがない」

 

ネームレスが呟く。

3機のICEY−Vによって放たれたレーザー、それは照射型のEMP兵器だった。ディアストーカーに搭載されているEMP兵器とは違い、こちらは出力を一点に集中させることができ、効果範囲こそEMPキャノンに劣るものの、その分高い威力を誇っている。

 

「アルファ・ツー、行動開始だ」

 

『了解……』

 

ネームレスの指示に、アルファチームの副隊長が短く応えた。EMPを照射し続けている3機の横に立ち、ライフルを構える。

 

「アルファ・ツー……攻撃座標、送信中……」

 

ライフルのサイドレールに取り付けられたレーザー送信機から丸いレーザーが飛び出し、ファントムの頭部を赤く照らした。

 

「……送信完了。全機、射線上より退避せよ」

 

数秒間の間を置いて、副隊長が前衛の2機へ指示を送ると、ICEYとネームレスはそれに従ってファントムから距離を取った。

 

「発射までカウント、3……2……1……ゼロ」

 

副隊長は安全装置を解除してトリガーに触れた。

 

 

 

「『衛星ビーム砲』発射」

アルファ・ツーは淡々とトリガーを引いた。

 

 

 

 

キイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーンンンンンンン

 

 

 

刹那、空が一瞬だけ明るくなったかと思うと、厚い雲の層を貫いて出現した巨大な光の柱がファントムの直上に落下した。

 

「…………」

 

衛星ビーム砲の着弾によって生じた土煙によって戦場が視認不可能になる直前に、ネームレスはファントムが光の柱によって貫かれる姿を目撃した。

 

「やったか?」

 

「…………」

 

巨大な土煙に覆われた戦場、ネームレスとICEYはファントムが消えた位置を油断なく見渡した。チームメンバーたちもEMPの照射を中断し、スコープ越しに戦場を見つめている。

 

やがて、煙が晴れた時……

 

「……チッ」

 

現れたそれを見て、ネームレスは舌打ちをした。

 

『…………』

 

何故なら、衛星ビーム砲によって完全に破壊されたはずのファントムが、まるで何事もなかったかのようにその場に佇んでいたからだった。

 

しかも、喪失したはずの左腕は完全に再生し、装甲も傷1つなく、新品のように鋭い黒光りを放っている。

 

『……』

 

「…………!」

 

ファントムがニヤリと笑ったかと思うと……次の瞬間その姿が煙のようにかき消え、ICEY−Xの真正面へと再出現した。

 

『ガアッ!!!』

 

突き出された爪をブレードで受け流し、ギリギリで回避したICEYは、ファントムの背後へと回り込み、その背中へとブレードを叩き込んだ。

 

「!」

 

しかし、鋭い金切り音と共にブレードが弾かれる。そして、またしてもファントムの姿がその場から消失した。

 

「後ろだ!」

 

「!」

 

ICEYは即座に反転、迫り来る爪をブレードで受けつつ背後へと飛んだ。ボロボロになったブレードが崩壊する。そこへ追撃をかけるファントムだったが、ネームレスの援護射撃によりICEYは窮地を脱した。

 

『……?』

 

しかし、高いストッピングパワーを持つビームが直撃したにも関わらず、ファントムは多少怯んだだけで、大して押された様子を見せなかった。

 

「アサルトライフルが効かない……?」

 

ネームレスは、そこでファントムがライフルへの耐性を身につけていることに気づいた。そこで、威力重視のスナイプモードへチェンジしようとして……

 

『バンッッッ!!!』

 

「ぐっ……!」

 

ファントムはネームレスへ視線を送ることなく次元攻撃を放った。咄嗟に回避したネームレスだったが、持っていたライフルをICEY−Vの右腕ごと無くしてしまった。

 

『隊長! 援護します!』

 

横並びになった4機のICEY−Vが、ファントムめがけてEMPの一斉射撃を実施した。4条のレーザーがファントムに着弾、その体を毒蛇のように這い回り、電磁パルスと言う名の毒を打ち込むも、ファントムはまるで動じた様子を見せなかった。

 

「…………」

 

ブレードを修復したICEYがファントムへ斬りかかるも、ファントムは爪を振り回してICEYを弾き返してしまった。その間も、ファントムはICEYを凝視し続けていた。

 

「オーロラへの耐性を獲得したか……」

 

オーロラを見続けても制御不能に陥らないファントムを見て、ネームレスは呟いた。

 

「つい先ほどまで効果を発揮していた武装に対し、これほど早く耐性を身につけるとは……末恐ろしい奴だな、まあいい」

 

ネームレスはレーダーをチラリと見て、それから地上で繰り広げられる青と黒の戦闘へ視線を戻した。オーロラを纏うことによって機体のコンディションを敵に悟られないようにしているものの、受けたダメージの影響でその動きはやや緩慢になりつつあった。

 

そんな中でもICEYはファントムに技を叩き込んだ。サイクロン、スウィープ、ライトニングブレード、マグネシーカー、そしてオーバーロード……しかし、ありとあらゆる技はファントムに見切られ、無効化されてしまう。

 

「…………」

それでもなおICEYはブレードを構え続ける。

 

「ICEY、もういい」

 

ネームレスはICEYへ呼びかけた。

 

「マスターとデルタ・ワンが戦域を離脱した。当初の目的である救出作戦は終了……ミッションコンプリートだ」

 

「…………」

 

「これ以上の戦闘継続は無意味だと判断する、いいな」

 

「…………(こくり)」

 

ICEY−Xのコックピットの中で、ICEYは悔しそうに頷いた。

 

「全機、シャドウを展開せよ」

 

ネームレスの言葉に、ICEYとアルファチームの全員がモニターを操作し始めた。すると全ての機体から大量の粒子が放たれ、粒子は一箇所に集中し、瞬く間にシャドウと呼ばれる分身体を形成した。

 

『……!?』

 

突然、目の前で機体が2つになったことにファントムは戸惑いを隠せなかった。高橋工業により、最早一般的なものとなりつつある分身能力だが、初見のファントムにとっては驚くべきものだった。

 

「オール・アルファ、撤退せよ!」

 

形成された分身体はそれぞれブレードを構え、ファントムに向かってダッシュした。それと同時に、トカゲの尻尾切りの如くアルファチームとICEYは逃走を開始する。

 

ICEYの逃走に気づいたファントムは2機の分身体を早々に始末し追撃を試みるが、上空から複数のUCEY−Wによる対地攻撃に気を取られ、足を止めざるを得なくなってしまった。UCEYを1機ずつ叩き落としていたものの、さらに4機の分身体の接近に気づき、次元攻撃を放つ手を止めた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ……!!!』

 

その声が、ファントムの口から恐ろしく響き渡った。両腕を機体の前で組むと、胸部に次元連結システムのコアが出現し、ファントムの中心で膨大なエネルギーを生成し始めた。

 

その間も、上空からUCEY−Wによる砲撃が行われるものの、ファントムは意に介した様子もなくエネルギーのチャージを続行する。

 

やがてファントムの至近へと到達した4機のシャドウが、ファントムめがけて一斉にブレードを振り下ろし……

 

 

 

 

 

『メイ オウ』

 

 

 

 

 

その刃がファントムの装甲を捉えようとしたその時……ファントムのメイオウ攻撃が発動。触れるもの全てを破壊する滅亡の光が、シャドウと上空のUCEYを包み込んだ。

 

 

 

「…………まずい!」

 

その光は撤退中のネームレスに及ぼうとしていた。ネームレスは迫り来る光から逃れようと機体をブーストさせるが、光の膨張はそれよりも早かった。

 

他のアルファチームは元々距離が離れていたこともあり、既に安全圏に退避している。しかし、前衛のネームレスは未だその射程内に入っていた。……あるいは、それを見越してのメイオウ攻撃だったのだろう。

 

「ここまでか……」

 

光をすぐ後ろに感じ、ネームレスは小さく呟いた。そして、今まさにICEY−Vが光に包まれようとしたその時……

 

「…………」

ネームレスの背後に青い影が出現した。

 

「ICEY!? 何を……!」

それを見て、ネームレスが驚愕する。

 

「…………」

 

ICEYは一度ネームレスへ視線を送った後、光へ振り返ると、機体に纏わせていたオーロラを振り払い、巨大化させ、そしてICEY−X?の前面に展開させた。

 

「これは……!」

 

美しいオーロラの光は、迫り来るメイオウ攻撃の光を受け止め、ネームレスの搭乗するICEY−Vに至るギリギリのところで光の膨張を押し留めた。

 

(…………)

 

その瞬間、ネームレスの全天周囲モニターの一部に何者かの通信が入ってきた。画像はなく、画面にはサウンドオンリーの文字……

 

(…………ター、を……て)

 

「なんだって……?」

 

(マスターを……助けてあげて……)

 

それが普段から全く喋らないICEYの放った最初で最後の言葉だと気づくのに、ネームレスは数秒を要した。そして、それは願いでもあった。

 

「……ああ、了解した」

 

(…………)

ネームレスの言葉を聞いて安心したのか、力を失ったICEY−X?はパイロットごとメイオウ攻撃の光に包まれ消滅した。ただ、巨大化したオーロラだけはその場に留まり続け、光の進行を食い止めていた。

 

「……アルファ・ワン、RTB」

オーロラを背に、ネームレスは飛び去った。

 

 

 

そして、夜が明けた。

 

 

 

 

 

数日後……

 

 

 

 

 

「何も、ない……」

 

三日月は、目の前に広がる光景を見て呟いた。

 

極東崩壊後……ベカス及び影麟と合流した三日月は、黒いバルバトスを追って彼らと共に大陸を進み何事もなくチュゼール入りを果たしていた。

 

そうして、現地で黒いバルバトスの情報を集めていた三日月は「謎の巨大な光を見た」という情報を得たことにより、黒いバルバトスとの因果関係を調べるべく、その光が観測されたという場所へと偵察に赴いていた。

 

黒いバルバトスに関する情報を期待して向かう三日月だったが、しかし、そこにあったのは大地にできた巨大なクレーターだけだった。

 

三日月はバルバトスを操ってクレーターの周囲を調べて回ることにした。しばらく辺りをウロウロしていると、突然、コックピットに警報が鳴り響いた。

 

「何……?」

 

見ると、6機編成のBM部隊がこちらへと近づいていた。三日月はこのクレーターについて尋ねようと部隊へ近づくが、彼らは問答無用で攻撃を仕掛けてきた。

 

「……ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」

 

ものの1分というかからない内に部隊を壊滅させ、三日月は生き残った兵士へと声をかけた。彼らはブラーフマ軍のBM部隊だった。

 

「ひいいい……な、何でもお答えします……ッッ! ですからその……い、命だけは……!」

ブラーフマの兵士はしきりに命乞いをした。

 

「じゃあさ、このクレーターって何?」

 

三日月の質問に、兵士は自分たちもそれを調査するためにここに来たという旨の発言をした。三日月はそれから彼らが知る全ての情報を聞き出すべく、ミドリ仕込みの尋問を始めた。(と言っても、道具を持ち合わせていなかったので脅すだけに留まったが)

 

兵士たちの話によると、三日月を襲ったのは、三日月の乗るバルバトスがつい最近、ブラーフマの居城である天界宮を破壊した黒い機体(ハンニバル)と似ていたからとのことだった。

 

大きさは兎も角、V字アンテナとモスグリーン色のツインアイという特徴が一致していたことから、バルバトスがその黒い機体の仲間ではないかと考え、それを調べるために「(ハンニバルと比べると)小さいし、たった1機だったから……」と白状した。

 

そのハンニバルの特徴に関して、バルバトスからインスピレーションを受けたスロカイによって組み上げられたものであることなど、三日月には知る由もなかった。

 

「……その黒い機体って?」

 

三日月は当初、その黒い機体こそファントムだと思い込んでいたのだが、話を聞いていくうちにその考えが間違っていることに気づくのだった。

 

「はぁ……もういいよ」

 

これ以上は何も有益な情報を得られないと確信した三日月は、さっさと兵士たちを追い払い、そしてクレーターの調査を再開した。

 

「あれは……?」

 

それから20分ほど経過した時……ついに三日月はそれを発見した。地面の中に埋もれた何かの部品、三日月はそれに近寄りゆっくりと引き上げた。

 

「……いたんだ、ここに」

 

黒い装甲、鋭利な爪……三日月にとって嫌な記憶が蘇る、それはICEY−X?によって切り落とされたファントムの左腕の残骸だった。

 

しかし、ここにあるのは腕だけで肝心の本体はなかった。三日月は腕を掘り起こした場所を中心に捜索を続けるが、他には何も見つからなかった。

 

「一体、どこに……?」

 

三日月はチュゼールの青い空を仰ぎ見た。

 

 




久しぶりに三日月を書くことができました!
本当に、長かったのです……まあでも、本格的に三日月を動かせるのは次の次になるのですが……早く書きたいのです!(けど、作者の語彙力と制作スピードが追いつかない)
次回はベカスとえーりんのお話なのです。

次回予告

エル「チュゼールに到着したベカスとえーりん」
フル「ブラーフマ軍と戦うことになりますが、多勢に無勢を極めてしまい……」

エル&フル「「次回、『もう、怖くない』」」

エル「なるほどね! これが『熱い展開』なのね!」


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第28話:もう怖くない

お帰りなさい、指揮官様!

今回の話はアイサガ本編におけるアランバハ〜闘神の間の話です。重要ではないと思われる部分は端折り、説明が必要な部分は要約してありますがそれでも説明が多くなりますのでご了承を……
ストーリー回想でなぜかアランバハと闘神の順番が逆になってたので、一瞬だけ戸惑いました。(ダッチーの展開したムジナ対策なのかと思いまして)


前にも言った通り、今回はベカスと影麟回です。
それでは、続きをどうぞ……





 

 

極東で三日月と合流したベカス一行は、葵博士の工作艦に乗って、チュゼール領内のカピラ城下にやってきていた。

 

彼らがチュゼールにやってきたのは、ファントムと呼ばれるBMの討伐が主だったのだが、ベカスにはもう一つ、チュゼールへ赴かねばならない理由があった。

 

それは先の戦いで戦死した極東武帝、宏武がベカスへと託した最後の『頼み』だった。

 

遡ること数十年前……それは宏武が駐在武官としてチュゼールに派遣されていた頃、宏武はチュゼール王の姉と恋に落ちた。しかし王族の人間が外国の武官と付き合うことは、外交問題にまで発展しかねない禁断の恋だった。

 

それでも密会を重ねていた2人だったが、ついにその日が訪れた。密会の最中に偶然近くを通りかかったチュゼール王の父親にそれを見られてしまったのだ。

 

しかし、それを救ったのがチュゼール王だった。彼は一世一代の嘘で父親を宥め、最悪の事態はなんとか回避された。

 

それ以来、宏武はチュゼール王に対して恩義を感じるようになり、いつかその借りを返したいと思っていた。しかし武官としての任務が終わり、それを果たすことが出来ないまま数十年の月日が流れてしまった。そんな中での、チュゼールにおける血生臭い内乱である。

 

反乱軍の武装蜂起により、チュゼール王は討ち死にし、ついに宏武に先の借りを返す機会は永遠に失われてしまった。そこで宏武は、せめてもの救済としてチュゼールの娘であるシャラナ姫の救出を決断し、実行に移すことした。

 

しかし、いくら極東共和国がチュゼールと仲が良いと言っても、チュゼールの内政問題であるが故に中立な立場の極東共和国に手出しできる問題ではなかった。

 

そこで宏武は、シャラナ姫の救出を弟子のベカスに頼むことにした。ベカスは宏武が星の数ほど育て上げてきた弟子の中でもトップクラスにあり、しかも傭兵という立場を鑑みると外交問題に発展する恐れは限りなく低かった。

 

ベカスは宏武が生前に話した最後の『頼み』を引き受け、反乱軍に追われる身となったシャラナ姫の手助けをするべく国境沿いのカピラ城へと向かった。

 

現在、シャラナ姫はチュゼール東部で最も大きな兵力を有する辺境の重鎮・アルチンの保護下にあり、そこで反乱軍討伐を掲げ、義勇軍を募っているとのことだった。

 

そこで、一行は二手に別れることにした。三日月は葵博士と共にカピラ城下にてファントムの情報を集め、ベカスと影麟は義勇軍へ参加する為にカピラ城へと向かった。

 

 

 

新暦25年4月19日

 

宏武が残してくれた推薦状のお陰で、ベカスは義勇軍に入るどころかすんなりとシャラナ王女の配下に抜擢されることになった。それはカピラ城の将校しか参加することのできない作戦会議において、特別に発言を認められるほどの大抜擢だったのだが、これを好ましく思わない者もいた。

 

そして、作戦会議での一幕……

反乱軍を率いるブラーフマが自軍の半分近くを中部と南西部の藩王討伐の為に派遣したとの情報が入ったことにより、状況が一変した。

 

カピラ城の老将・アルチンはこの隙をついて、カピラ城の西部に位置する軍事要塞『アランバハ城』への侵攻を提案した。

アランバハ城は高地にあり、カピラ城を除けばチュゼールでも一二を争う難攻不落の要塞だったが、ブラーフマの招集により半数近くの部隊が出払っていることに加えて、アランバハは王都への途上にあることから、後々の王都奪還に向けた足がかりにしたいとの思惑もあり、アランバハ城への侵攻作戦は即座に可決された。

 

カピラ城の将校たちが目先の勝利に囚われている中、会議に参加していたベカスは大局を冷静に見つめていた。

 

いくら藩王討伐のためとはいえ、ブラーフマが全戦力の半数を投入するという暴挙に走ったことに対して、ベカスは奇妙な感覚に苛まれた。

 

なんとかしてそれを伝えるべく、ベカスは主力であるブラーフマの南征軍を攻めることを提案した。アランバハへ侵攻すると見せかけて南征軍を攻撃することによって、敵の意表を突くことができると示し、遠回しにアランバハ城への侵攻作戦は延期すべきだと伝えたのだが……

 

しかし……先に述べたように、ベカスの存在を好ましく思わない者がその提案を否定した。それは他ならぬ、アルチンだった。

 

自身の立てた作戦が遠回しに否定されたというのもあったが、アルチンは最初からよそ者が神聖な作戦会議の場にいることが気に入らなかった。

激しくベカスを糾弾するアルチンに対して、ベカスは冷静にアランバハ城侵攻作戦の穴を指摘し、それからブラーフマの思惑について将校たちへ警戒を促そうと試みるが、激昂したアルチンはそれを全て退けてしまった。

 

さらに同調したアルチンの部下たちが口を揃えてベカスを否定し始め、会議の場全体を敵に回してしまったことで、ベカスは「失言だった」と引き下がる他なくなってしまった。

 

 

 

アランバハ城への侵攻作戦が決定された。

 

 

 

新暦25年4月25日

 

アランバハ城侵攻作戦を明日に控えた深夜

 

「…………」

 

カピラ城内部の庭園、カピラ城から漏れる明かりに照らされた庭園の中に1つの影があった。穏やかな表情、色白の肌、咲き誇る色鮮やかな花々に負けず劣らずの美麗な雰囲気を放つ極東人……

 

その極東人……影麟は庭園の中心で目を瞑り、ジッとその場に佇んでいた。暗闇の中で何かを待っているかのように佇むその姿は幻想的で、得体の知れない静謐さがあった。

 

その時……フワリと、影麟の真横をそよ風が通り抜けた。

 

「……!」

 

その瞬間、影麟の腕が目にも留まらぬ速さで動き、自身の真正面へと拳が叩き込まれた。

 

何もない空間へと突き出され、空を切ったかのように思えた影麟の拳……しかし、掌の中には一片の花びらが握られていた。

 

影麟はゆっくりと目を開けた。

神速と呼ぶに相応しい一撃は勿論のことだが、真に驚くべきは、その青年は聴覚と感覚だけを頼りに高速で移動する花びらの正確な位置を掴んだということだ。

 

「…………」

 

しかし、影麟はそれを誇ることなく、なぜかそこで悲しげな表情を浮かべた。

 

彼は数週間前のことを思い出していた。

言うまでもなく、極東共和国にファントムが出現した時のことである。圧倒的な力の差を前に、目の前で多くの人が死んでいくのを黙って見ていることしかできず、そして大切な人が残虐に殺された。

 

ファントムが最後に放った一撃は、形こそ幻舞拳の真似ではあったものの、その完成度は影麟や宏武のそれを遥かに上回っていた。

 

そして、自分はそれが幻舞拳であると直感的に認識することはできたものの、全くと言っていいほど反応することができなかった。

 

「…………」

 

影麟は悔しそうに花びらを見つめた。

 

ファントムがもし自分と同じような『人』であったのなら、自分が花びらを握る一瞬のうちに3回以上花びらを掴み取っていたことだろう。そう、例え視界を奪われていたとしても……

 

影麟は自身とファントムの中に広がる決定的な実力差を感じ取り、唇を噛んだ。いったい、自分はあとどれだけ修練を重ねればアレを倒せるのだろうか?

 

いや、恐らくどう足掻いたとしても自分はアレに勝てないだろう。人の心を持たない破壊と暴力の権化、得体の知れない化け物の巨大さに……

 

その瞬間、影麟の脳裏に悪夢の光景が蘇った。

無残にも消えていく命、巨大な腕で握り潰される宏武、そして間近に迫ったファントムの凶悪に歪んだ顔……味わったことのない恐怖がトラウマとして影麟の中に植えつけられていた。

 

その恐怖に付随する形で、宏武の死が影麟の中に反響した。

 

その姿を見ることはできない

 

もう、その声を聞くことはできない

 

大切な人はもういないのだと、分からされた

 

ザリ……

庭園の中心で影麟が様々な思いを巡らせていると……ふと、影麟の背後で砂利の擦れる音が響き渡った。

 

「……!」

 

「お前……」

 

いつのまにか影麟の後ろにベカスが立っていた。考えることに集中しすぎていた影麟はベカスの接近に気づくことができず、そこで驚いたように彼へと振り返った。

 

「…………」

 

ベカスへと振り返った影麟だったが、すぐさまベカスから顔を背けた。しかし、その頬を伝って落ちる雫に気づかないベカスではなかった。

 

「……思い出したのか?」

 

「…………」

 

「そうか……」

 

影麟の涙を見られまいとする羞恥の心を察し、ベカスは小さく呟いた。それから、肩をすくめて顔を拭い、影麟の背中へと声をかける。

 

「……師匠も、バカだったな」

 

「……っ!」

 

ベカスの口から出てきた思いもよらぬ言葉に、影麟は真顔で振り返った。ベカスは深いため息を一つして続ける。

 

「もー若くねえってのに、無茶してカッコつけようとするからこうなるんだよ……オレも今まで色んなところに首を突っ込んで、その度に痛い目を見てきたが、死んじまったらそれで終わりだよな」

 

持論を展開しつつ、ベカスはチラリと影麟を見た。普段温厚な影麟の顔は真顔そのものだったが、その体から強烈な殺気が放たれていた。

 

自分に向けられるそれをひしひしと感じつつも、ベカスは口を止めない。

 

「でも師匠は違った。危ないってのは分かってたはずなのに自分から首を突っ込んで、結局首だけになって帰ってきた。死んじまったらそこでおしまいよ……バカだったな、師匠は、オレよりもバカで愚かな……」

 

「ッッッ!!!」

 

次の瞬間、影麟はベカスへと飛びかかった。

自分のことをバカにされるのは平気で、幾らでも我慢できた彼だったが、それが自分以外の人、それも自分にとって大切な人となると話は別だった。

 

「ぐっ!」

 

ベカスは突き出された拳をガードするも、その威力は彼が予想していたよりも遥かに高く、ベカスは呻き声を上げた。

 

そのまま、さらに突き出される拳をベカスは真正面から受け止め続けた。一撃一撃が重く、気の遠くなるような痛みがベカスの腕に生じる。

 

「……!……!!」

 

「うおっ!」

 

影麟の放った投げ技により、ベカスの体が宙を舞った。地面へと引き倒し、影麟はベカスに馬乗りの状態になって、彼の首を両腕で掴みかかった。

 

「……!……!」

 

「ぐっ……かはっ……」

 

ギリギリとベカスの首が締め上げられる。

ベカスは苦しそうにしつつも、影麟から目を離さない。

 

「…………!」

 

その時、影麟はベカスの視線に気づいた。

そして目撃した。首を締め上げられているにもかかわらず、真っ直ぐに自分を見つめるベカスの瞳……その瞳に映る、血走った瞳を浮かべる自身の姿を……

 

慌ててベカスの首から手を離した。

それから自分のしたことに恐れを抱いたかのようにベカスの体から退くと、そのまま2、3歩後退した。

 

「がはっ……ハァー、ハァー…………」

 

ベカスは咳き込み、酸素を求めて荒い息を吐いた。

 

「辛いよな……」

 

倒れたまま、ベカスは声を絞り出す。

 

「…………」

 

「オレもだよ」

 

「…………!」

 

ベカスはそう言ってよろよろと立ち上がると、幻舞拳の構えを取った。それは極東武帝の構えを見様見真似したものに過ぎなかったが、しかし、影麟の心に宏武があたかもそこにいるのではないかと錯覚させるほどのプレッシャーがあった。

 

「来いよ、影麟」

 

ベカスは影麟を真っ直ぐに見つめる。

 

「そんなに上手くねーが、オレにだって多少の武術の心得ぐらいあるさ……だから、全力で来いよ」

 

「…………」

 

ベカスの言葉に、影麟が戸惑った様子を見せていると、やがてベカスは小さく息を吐いて構えを解き、ポケットから甘苦を取り出して口に咥えた。

 

「影麟、辛いのはお前だけじゃない」

 

臥薪嘗胆のごとく甘苦の苦味を口の中でたっぷりと味わった後、ベカスは甘苦を親指と人差し指の間に挟んで口から離し、言葉を続ける。

 

「オレにとっても宏武は……いや、師匠は、出来損ないのオレを育ててくれた恩人で、かけがえのない人だった」

 

ベカスはやさしげな目で影麟を見つめた。

 

「怖いか?」

 

「…………」

 

ベカスの問いかけに、影麟はゆっくりと頷いた。

 

「そうだな……オレも、怖い」

 

ベカスは素直に自分の想いを口にした。

 

「力の差を見せつけられて、しかも目の前であんなの見せられちまったらな……正直言うと、アレとは二度と戦いたくねぇっていうのがオレの本音だ」

 

そこまで言って……

「けどな」

ベカスは言葉を返した。

 

「それでも、オレは抗うぜ」

 

そう言って、ベカスは再び幻舞拳の構えを取った。

 

「だから、今からオレはお前にレクチャーすることにする。師匠がお前に伝えられなかったことを、オレとの特訓を通じてな」

 

「…………」

 

「だからお前の抱える悲しみを、怒りを、辛さを……オレにも背負わせてくれ。今は、お前の悲しみを……お前の感じた痛みの分だけ、オレにぶつけてくれ! それで、オレは強くなれる!」

 

「…………!」

 

ベカスの言葉に応えるように、影麟は幻舞拳の構えを取り……そして、一瞬のうちにベカスとの距離を縮めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第28話:もう怖くない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新暦25年4月26日

 

この日、カピラ城からBM400機、一般装甲部隊1000輌、重巡洋級陸上旗艦一隻、駆逐級陸上揚陸艦4隻がアランバハ城に向けて出発した。

 

そして、ベカスは……

 

「いてて……」

 

隊列の右端……5台の機動戦車で構成された戦車隊に並走する形でウァサゴを滑走させていた。その両腕には包帯がこれでもかと巻き付けられている。

 

(流石にやり過ぎたかな……)

 

苦悶の表情を浮かべながらも、ベカスはなんとかそれを声に出さないようにして平静を保とうとした。両腕の傷は、全て昨晩の影麟との特訓の成果である。

 

その時、影麟の乗る黒い旧式の共和国製BM……巨闕が突如としてスピードを上げ、ウァサゴの右斜め前へ回り込んできた。

 

そして「大丈夫?」とでも言いたげに両腕を示しながら、メインカメラ越しにアイコンタクトをしてきた。

 

(やべ……聞かれたか?)

 

先ほどの呟きを聞かれてしまったのだろうか。ベカスは慌てて「大丈夫だ」とジェスチャーで示した。それを見て、影麟は心配そうにしながらもスピードを落とし、ウァサゴの後方へ移動した。

 

ベカスたちは作戦に参加していた。

しかし、先の失言のせいで彼と影麟は当然のように重要度の低い予備隊に配属されていた。

 

そして数日の行軍を経て、アルチンはアランバハ城に到着した。

 

 

 

4月29日

ー夜ー

 

アルチンは陽が落ちたと同時に攻撃準備を進めると、その日のうちに陣形を固め、全軍に攻撃開始の信号を送った。ついにアランバハ侵攻作戦の火蓋が切って落とされたのである。

 

戦いの序盤を制したのはアルチン軍だった。

 

奇襲は成功し、アルチン軍陣営から放たれた無数の弾丸、ミサイル・ロケットの嵐が次々とアランバハ城の外壁へと着弾、破壊していく……

 

それにより、アランバハ城は混乱に包まれた。

 

しかし、アランバハの兵士たちも負けてはいない。混乱から早々に立ち直ると、一斉に反撃の準備にかかり始めた。

 

巨砲・アグニを展開し、アルチン軍への砲撃を開始した。巨大な攻撃範囲を誇る砲弾がアルチン軍へと迫る……しかし、アグニの存在を知るアルチンはあらかじめ部隊を散開させていたため、アグニによるダメージは軽微だった。

 

双方による砲撃が数時間にわたって繰り広げられた後、夜が明ける頃になるとアルチンは全軍に撤退の指示を送った。

 

戦闘車両による砲撃とBM部隊による近接攻撃の末に外壁はほぼ破壊されたものの、兵士たちの疲労は激しく、万全を期す為に明日の総攻撃にかけることにしたのである。

 

これにより、第一次攻撃は幕を閉じた。

 

 

 

4月30日

ー夜ー

 

第二次攻撃の幕が上がった。

 

先陣を切ったのはチュゼールの若き将校、シヴァージだった。BM220機、戦闘車両500輌を率いてアランバハ城の防衛戦を突破し、城を攻め落とすべく進出。

 

その中に、ベカスと影麟も加わっていた。

本来は予備隊であるはずの彼らだったが、2人の戦士としての才能を認めたシヴァージの提案により、特別に最前線へ立つことを許されていた。

 

2人の助力もあって、やがてシヴァージは防衛線を突破し、ついにアランバハ城内部へ踏み込むことに成功した。

 

しかし、それで戦いが終わったわけではない

むしろ、本当の戦いはこれからだった。

 

城壁内部ではシヴァージ率いる親衛隊と巡洋級陸上戦艦が激戦を繰り広げ、城壁の外では有事の時に備えて、シヴァージの撤退ルートを確保すべくベカスと影麟が東門へ取り付き敵BM部隊と交戦していた。

 

アランバハ城での戦況は一瞬、拮抗状態に陥るものの、すぐさま状況は一変した。シヴァージが陸上戦艦を撃破し、ベカスたちは東門の制圧に成功した。

 

この緊急事態に、アルチン軍の後方部隊を砲撃していたアグニの砲兵隊も城内の戦闘に参加せざるを得なくなり、アランバハ陣営は最早風前の灯となっていた。

 

敵味方含め、その場にいた誰もがアルチン軍の勝利を確信した……その時だった。

 

「ん……?」

 

どこからともなく、チュゼール軍で主に士気向上の為に広く使用されているビュークルの音が鳴り響いた。数キロ先まで届く力強い音に、城内のシヴァージが反応した。

 

「この音、我が軍のビュークルではない……?」

 

その音はアランバハの南部から響き渡っていた。

 

「バ……バカな……!?」

 

陸上巡洋艦のブリッジから、望遠カメラで接近するそれを目撃したアルチンの顔がサアッと青ざめた。

 

「なぜ、アランバハの軍隊がここに……!!」

 

そこには、ブラーフマの招集に応えて移動したはずのアランバハ駐屯軍が展開していた。規模はBM2〜300機、戦闘車両数百……彼らは3機のヴァルハラ製BM・バルキリーを先頭に、3組に分かれてアランバハ城の包囲を開始した。

 

南進したはずのアランバハ駐屯軍は、実際には南征軍とは合流せず、アランバハ南部に身を潜めていたのだ。

 

当然のことながら、それはアランバハの独断によるものではない。全てはカピラの進軍を予測したブラーフマによるものだった。

 

「おお……チュゼールの神々よ……」

 

凄まじい勢いで迫り来る敵軍を見て、アルチンは呆然とそんな言葉を漏らした。迫り来る敵軍に対して即座に迎撃が行われるものの、砲火をかいくぐって3機のバルキリーのうち1機がアルチンの目前へと迫る。

 

「逃げろ……シヴァー……」

 

彼の最後の呟きは、ブリッジへと降り注がれた大量の銃弾が爆ぜる音にかき消されてしまった。

 

「ハァー……言わんこっちゃねぇ……」

 

東門の縁に立ち、遠くで炎上する旗艦を目撃したベカスは舌打ちとともに大きなため息を吐いた。そこで思わず甘苦を咥えたい気分になるも、今はそんな場合じゃないと、戦場を見回した。

 

(敵はアランバハ城の包囲を始めている。今はまだ外にいる味方が何とか持ちこたえているが壊滅するのは時間の問題だ……籠城……? いや、城の中にはまだ大多数の敵が残っている、出来るわけがない)

 

ベカスは冷静に、迫り来る敵軍へ視線を送った。

 

(こちら側の戦力はBM200機程度、一点突破を実行するならば包囲網の突破に必要な数は十分にあるといえる。あとは、出来るだけ損耗が少なくなるように慎重に撤退ルートを選定すれば……)

 

やがて、敵の動きを把握したベカスは城内へと踏み込む。

 

「シヴァージ! どこだ!」

 

そこで突入部隊を指揮する将校の姿を探した。その彼……シヴァージはいつのまにかBMを城壁の上によじ登らせて、呆然とした様子で迫り来る敵軍を見下ろしていた。

 

その様子から……将軍を失ったことと、こちら側の作戦を読まれていたことに対して、最前線で指揮を執る者としての自信を完全に喪失してしまっていることがハッキリと分かった。

 

だが、今はそんな時ではない

ベカスはウァサゴ城壁の上へと登らせ、素早くシヴァージの元へ近寄った。

 

「シヴァージ! 敵の左翼はまだ完全に包囲を終えていない。部隊を一点に集中すれば、左翼なら突破できる! 全員! 生き残ることができる!」

 

「…………」

 

シヴァージの乗るパイモン格闘型と機体を接触させ、ベカスは大声で叫んだ。しかし、シヴァージが無反応だったことに彼は慌てた。

 

「シヴァージッッッ!!! お前、ここで死にたいのか!?」

 

「…………!」

 

ベカスの言葉に、シヴァージはようやく我に返った。

「そうだ、アルチン将軍が死んだ今、私が死ねば一体誰が王女を守るというのか?」シヴァージは思った。

 

生きる気力を取り戻したシヴァージは、額を流れる汗を拭うと、兵士たちに向けて包囲網突破の指示を送った。

シヴァージの指示は迅速に伝達され、ベカスたちが制圧した東門より撤退が開始されるのだった。

 

「あいつら、しつこく食い下がってきやがる!」

 

やがてベカスたちは敵の左翼を突破することに成功した。しかし、それで戦いが終わったわけではない……反乱軍は隊列の最後尾にいるベカスめがけて、次々と追撃部隊を送り込んできた。

 

「くっ……これじゃあカピラにたどり着く前にみんなやられちまう……なあ、どーする影麟?」

 

ベカスは機体を後退させながらライフルを乱射しつつ、隣で盾を構えている影麟へと軽口を叩いた。

 

「…………」

 

しかし、影麟はベカスの軽口を真面目に受け取ってしまったらしく、小さく頷いて後退をやめた。

 

「ん?」

 

突然動きを止めた影麟を見て、ベカスは当初、影麟の乗る機体が戦闘によって受けたダメージにより行動不能に陥ってしまったのかと思った。

 

そして、影麟は意外な行動に出た。

BMの背中にあるバックパックを開け、内部に収納されていたそれを展開し、バックパック上に大きく掲げた。

 

それは黒い旗だった。迫力あふれる金色の極東文字で縦に『武帝』と印されている。それは、世界を震撼させた数年前の戦争における伝説の旗……

 

「影麟……それは!」

 

ベカスは驚愕した。

それと同時に、影麟の乗っている巨闕が浄化戦争の際に宏武が搭乗し、迫り来る教廷軍に甚大な被害をもたらしたとされているBM『国鉄闘神』であることに初めて気がついた。

 

「あの旗は……ぶ、武帝!?」

 

驚いたのはベカスだけではなかった。追撃部隊の兵士たちもまた、突如として戦場に出現した旗を呆然と眺めていた。

 

「あ、あれが一人で教廷の大隊に突っ込んだって伝説の?」

 

「聞いてないぞ! 武帝がカピラについていたなんて!」

 

「いや、そもそも武帝は死んだって専らの噂じゃ……」

 

「しかし、アレは紛れもなく武帝……まさか生きていた!?」

 

ベカスらを追撃する敵は、その旗を見て一同に足を止めた。彼らの中には浄化戦争に参加していた老兵も多く、また新兵にしてみても浄化戦争での極東武帝の伝説は有名な話だった。

 

「影麟……お前、まさか……!」

 

影麟が戦旗を掲げた意味を察して、ベカスは唖然とした。

 

もし、巨闕のバックパックに武帝の戦旗が格納されていると事前に知っていれば、彼は影麟の行動を止めていただろう。しかし、今更バックパックの中に旗を戻そうとしたところで、既に敵の注意を引きすぎている……

 

(だが、敵はいずれ気づくことだろう……)

 

ベカスはチラリと影麟を見た。

 

(こいつが、本物の武帝じゃないってことを……いや、そうでなくともこの状況下でその旗を掲げるってことは、自分の命を窮地に陥れているも同じだ!)

 

ベカスの思った通り、ショックから立ち直った敵は次々に戦闘態勢を取り始めた。そして、その視線の先は一同に影麟の巨闕へと向けられている。

 

「けっ! 武帝がなんだっていうのさ、相手はたった1人だろう? 奴を倒して、有名になるチャンスじゃねぇか!」

 

「それに、アレに乗ってるのが武帝って決まったわけじゃねぇ! ヘッヘッヘッ、旧式風情が! この数を相手に生き残れると思ってるのかよ!」

 

敵の中で、瞬く間にそんな考えが広まった。

 

「…………」

そして、それは影麟の狙い通りだった。

武帝出現の情報を得た追撃部隊が、武帝へ挑戦するべく続々と終結を始める。それは、ベカスたちを無視してシヴァージを追っていた部隊も同様だった。

 

(影麟、お前……最初からこれを狙って……!)

 

影麟は追撃部隊をたった1人で足止めしようとしていた。それも、知り合ったばかりの、ロクに名も知らぬ者たちの為に……

 

「影麟、逃げるぞ!」

 

「…………」

 

ベカスの焦り声に、影麟は「撤退する気などない」というようにジェスチャーで示してみせた。そして、迎撃態勢を取る……

 

 

 

絶対に、帰ってくる……

 

 

 

柔らかく美しい声が、ベカスの回線に飛び込んできた。

「……!?」

ベカスはその声に聞き覚えがあった。

それは、ベカスが崑崙研究所で日々修練に励んでいた頃に聞いた『女の子』の声。そして、それはベカスが聞いた唯一の言葉でもあった。

 

「…………分かった」

 

ベカスは影麟のことを信じることにした。最後にそう告げて、ベカスは機体を反転させてカピラ方面に向けて滑走を始めた。

 

ベカスが立ち去ると、すぐに敵部隊が影麟を完全に包囲した。彼らにはもう、シヴァージ軍のことなどどうでもよく、ただライバルを出し抜き武帝に勝利することだけが望みだった。

 

「やれ!」

 

反乱軍の誰かが叫ぶと、彼らは一斉に影麟めがけて機体を走らせた。そうして、影麟の孤独な戦いの幕が切って落とされた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度、敵に拳を叩き込んだかはもう覚えていない

 

何回、スティレットで敵を貫いたのかも覚えていない

 

何機、敵を倒したのかすら覚えていない

 

「…………」

 

影麟の周囲には破壊され、スクラップと化したBMが大量に転がっていた。影麟の乗る巨闕はエンジンオイルで濡れ、装甲は穴だらけで既にメチャクチャ、武装も全て使い切り、残るは左腕の盾のみだった。

 

荒い息を吐き出しつつ、影麟は最後に残った敵を手刀で真っ二つに引き裂いた。胴体と脚部に分かれた敵が、ゆっくりと地面に落ちる。

 

「…………!」

 

その時、巨闕のコックピットにアラートが鳴り響いた。反射的に機体を後方へ飛ばすと、つい先ほどまで影麟がいた位置にむけてミサイルの群れが着弾した。

 

「…………」

 

弾道を辿って影麟がミサイルの発射地点を見ると……そこには影麟が今までに倒してきた以上の、さらに大量の敵が横並びに展開していた。

 

敵の大群を前にしても影麟は無表情を貫いていた。しかし蓄積した疲労は既に限界を超え、息は上がり、その額には大量の玉汗が浮かび上がっていた。

 

そんな影麟の様子は外からは見えなかったものの、包囲する兵士たちはボロボロになった巨闕を見て、今がチャンスですだと興奮した。そして、彼らは剣を手に一斉に影麟めがけて襲いかかろうとし……

 

「待ちな!」

 

その時、包囲網の中からそんな声が響き渡った。

 

「……?」

 

影麟が声のする方へ視線を送ると、兵士たちの間を抜けるようにして1機のBMが影麟の前へと姿を現した。

 

「たった1機で3個中隊以上を倒すなんて凄いねぇ〜! まあ、本物か偽物かどうかは知らないけど、流石は極東武帝を名乗るだけあると言ったところかい?」

 

それは近接戦闘用にカスタマイズされたバルキリーだった。通常のバルキリーに比べて装甲が強化され、右手には高威力のエンジンドリル、両肩には内蔵式のミサイルランチャーを装備している。

 

「…………」

 

依然として煙がたなびくそれを見て、影麟は確信した。この青いバルキリーこそ先ほどのミサイル攻撃を行った機体であると……そして、この敵がこれまでの敵とは比べ物にならないほど強いということを……

 

「この敵はアタシがやるわ!」

 

青いバルキリーのパイロットは女性だった。声高々にそう宣言すると、影麟めがけて機体をブーストさせ、エンジンドリルを突き出してきた。

 

「…………」

 

突き出されたエンジンドリルを、影麟は盾で防御する。しかし、この時点で既に大破寸前の盾はドリルの高速回転に晒され、あっという間に砕け散ってしまった。

 

咄嗟に、影麟は機体を後ろへ飛ばした。

しかし、青いバルキリーの攻撃はまだ続く

 

「喰らえ〜!」

 

バルキリーの肩に内蔵されたミサイルが後部から火を噴き、一斉に影麟めがけて飛来する。

 

影麟は回避しようとするが、先ほどの後退で推進剤を使い切ってしまっていた。即座に避けきれないと悟った彼は、機体の両腕をクロスさせて防御の構えを取った。

 

ミサイルが影麟へ着弾する。

内蔵式ということもあってか、幸いにもミサイルの威力はそこまででもなく、巨闕はミサイルの直撃に耐えることができた。

 

「…………!」

 

しかし、ミサイルの爆発で生じた爆煙が影麟の視界を奪った。さらにミサイルの内部にはフレアーが含まれており、高熱が巨闕のセンサーを狂わせた。

 

煙幕の中、青いバルキリーは爆発から影麟の位置を把握すると、機体を滑らせ影麟の背後へ回り込み、そしてエンジンドリルを起動させた。

 

「絶対ッ、これで終わり!」

 

煙幕に包まれた影麟めがけて機体を走らせ、エンジンドリルを突き出し……

 

「なっ!?」

 

次の瞬間、青いバルキリーのパイロットは驚愕した。

 

「…………」

 

なぜなら、感覚のみで青いバルキリーの位置を把握した影麟がエンジンドリルによる刺突を、右手で受け止めたからだ。

高速回転により巨闕の右手がズタズタに引き裂かれる。それと同時にドリルの先端が巨闕の腕に食い込み回収不可能となる……影麟はそれを狙っていた。

 

「あっ!」

 

まさしく『肉を切らせて骨を断つ』

影麟は真正面で動きを止めたバルキリーに向けて拳を叩き込んだ。強烈なその一撃は、頭部を粉砕し、一瞬でバルキリーを戦闘不能へと追い込んだ。

 

「……っ」

 

しかし、それが影麟の限界だった。

右腕を失った巨闕が膝から崩れ落ちる。

 

「よし! やれ!」

 

それを見た反乱軍の兵士たちが、剣を構えて影麟めがけて殺到する。あらゆる武装を使い切った影麟に、最早大群を相手にする余力などなかった。

 

「…………」

 

影麟は迫り来る凶刃に目を瞑った。

 

 

 

シャナム流、ならず者の剣!

 

 

 

「…………!?」

 

次の瞬間、突如として響き渡ったその声に影麟は目を開けた。見ると、自分の真正面へと迫っていた機体が真っ二つに切断され地面に転がっている。

 

「よぉ、影麟!」

 

影麟がすぐ横を見ると、そこには白銀の機体……シヴァージと共にカピラへと撤退したはずのベカスの姿があった。

 

「……っ!?」

 

影麟は訳もわからずベカスを見つめた。

 

「帰ってきたぜ」

 

ベカスはそう言ってニヤリと笑うと、左手に装備したライフルを地面に突き刺し、右腕の剣を構えて包囲している敵めがけて機体を走らせた。

 

「な、なんだアイツは!?」

 

数百と群れる包囲網に対して、何の躊躇いもなく白銀の機体が飛来してくるのを見て、兵士たちは驚愕した。

ベカスは自ら兵士たちの中心へ躍り出ると、混乱のスキを突いて剣を振り回し始めた。鮮やかな弧を描いた薙ぎ払いが行われる度に、反乱軍の機体が一機、また一機と切り落とされていく……

 

密集した真ん中にベカスがいることもあって、同士討ちを恐れて反乱軍はライフルやマシンガンといった遠距離兵器に頼ることはできなかった。また、辛うじて撃つことができた弾丸もウァサゴのフレーム効果であるFSフィールドに阻まれ、無効化された。

 

そこで、反乱軍たちは剣を構えて近接戦闘に入ろうとした。一人一人の剣の腕前はベカスに劣るが、一度に多くを相手にするとなるとベカスでも対応しきれない。

 

その時だった。

何処からともなく飛来したビームが、ベカスに近接戦闘を仕掛けようとした機体を貫き、無力化させた。

 

「なんだと!?」

 

兵士たちはビーム攻撃を行った者を見て、驚愕した。

 

「極東武帝が、銃を使っただと!?」

 

そこには、左手でウァサゴのライフルを構える巨闕の姿があった。照準をぐらつかせながらも、ベカスの援護のために放たれた火線が包囲網を形成する敵を貫く……

 

浄化戦争の頃から近接戦闘を好み、自身の専用機にすら遠距離武器を積まなかった武帝がここで始めてビーム兵器を使用したことに、兵士たちは驚愕した。

それもそのはず、遠距離武器を前にした影麟がそうするように仕向けたのは……数日前のベカスとの特訓の成果によるものだった。

 

いや、ベカスは影麟に射撃を教えたという訳ではない。ベカスが教えたのは、ひとことで言えば『生きる力』だった。

近接戦闘が得意だから、それしか使わない。

遠距離戦が得意だから、それしか使わない。

……そういった戦場における『こだわり』は、時として自らに破滅を導く結果をもたらすことをベカスは知っていた。

赤十字などと言った例外はあるが、基本的に戦場での殺し合いにルールなどない。格闘で敵を倒そうが、射撃で敵を倒そうがどれも同じである。

 

そして、どんなに優秀な機体・武器、戦術を用いたとしても使い続ければいずれ対策されてしまう。だからこそ求められるのは、常識に囚われることのない、戦場におけるそれまでの型にとらわれない自由な戦い方だった。

 

その時の地形や気候はもちろんのこと、集団心理、大破した機体、もしくは欠落した機体のパーツや武装……ひとつの戦場を構成しているあらゆる要素を最大限に活用する能力。それこそが、傭兵として長らく外の世界を歩き回ってきたベカスの導き出した『生きる力』だった。

 

「ナイスショットだ! 影麟!」

 

真正面の敵を切り払い、ベカスは機体を後方へと飛ばし、再び影麟の元へ舞い戻ってきた。

しかし、それと同時に包囲網から放たれた銃弾がベカスに向かって殺到する。

 

影麟はとっさにライフルを地面に刺し、大破しその場に転がっていたBMを左手で引きずり上げ、ベカスの前に巨大な盾として構えた。

 

「…………」

 

盾の内側で、影麟は「どうして逃げなかったの?」というような視線をベカスに向けた。

 

「ああ……シヴァージたちは安全圏に逃れたんで引き返してきたのさ、大丈夫……アイツらなら無事にカピラに辿り着けるさ」

 

そう言ってベカスはライフルを拾い上げると、エネルギーの供給を開始した。そんな彼に、影麟は「そういうことじゃない!」と言いたげな目をした。

 

「なあ、影麟……お前、怖いか?」

 

「…………?」

 

突然発せられたベカスの問いかけに、影麟は少しだけ考えるそぶりを見せた後……小さく首を振って否定を示した。

 

「そうか……奇遇だな」

 

影麟が作った盾がボロボロになったのを見計らって、ベカスはFSフィールドを再展開した。そして影麟へライフルを手渡し、自身は剣を手にする。

 

「少し前のオレなら、こんだけの大群を前にしてると……怖いって思っただろうな……きっと。でも……もっと怖いのを知っちまったからな……」

 

 

 

「だからオレ……もう、怖くないんだ」

ベカスはフッと笑った。

少し前まで孤立無援の状態で戦いを強いられていた影麟にとって、その笑顔はとても頼もしく感じられた。

 

 

 

「だから……一緒に帰ろう!」

 

「…………!」

 

 

 

「やれるさ、オレとお前なら!」

 

「…………」

 

ベカスの言葉に、影麟は強く頷いた。

それから、2人は目の前の包囲網を見据えた。

 

 

 

いくぜ……!

次の瞬間……2機は二手に分かれ、包囲網に向かって勢いよく機体を飛ばした。

 




本来であればここでベカスはカピラに撤退するのですが、本作ではしません。また、この後ベカスにマキャベリとの遭遇イベントがあり、赤い月やら奪われたものやらベカスの過去(前世?)の伏線が語られるのですが…………別に、要らないですね。必要ないのでカットします。



そんなものがなくとも、あなたは十分に魅力的な主人公ですよ。ベカス



次はようやく三日月を出せます!
やっとです!やっと! 盛り上がりはあんまりだと思いますが

それでは、次回予告です。

エル「カピラ城下へと帰ってきた三日月! でも、ベカスと影麟のMIAを聞いて……」

フル「そんな時、城の外が騒がしくなって……暴れます」

エル&フル「「次回、『ハッタリとメイス(仮)』」」

エル「なるほどね! これが『弱肉強食』なのね!」


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第29話:小隊

お帰りなさい! 指揮官様!

前回の更新から4週間……ようやく書けたのです……
というのもですね、ムジナこの頃体調の方があまり良くなくてですね……本当は1週間で書き上げたかったのですが、急に喉が痛くなって、熱が出て……回復したと思ったらぶり返して寒気に頭痛、鼻づまりに咳とデバフのオンパレードで、ぶっちゃけ今もしんどいです。なので書くのに相当な時間がかかりました。すみません。
症状的には例のクソコロナではないと思いますが、どちらにしろ抵抗力がなくなっているので気をつけたいと思います。はい。

ところで、コロナって狸もかかるんですかね?
同じ哺乳類である犬や猫でも発症例があるって聞いたのですが、これはいかに?

まあまあまあ、何はともあれ、とにかくムジナは生きてます。
ムジナです よろしくお願いします。
沢山の閲覧と評価、コメントをありがとうございます。

それでは、続きをどうぞ……


アランバハ城侵攻作戦終結から1時間後……

 

「アリス〜、生きてる〜?」

 

アランバハ城の援軍を率いていた赤いバルキリーのパイロットが、頭部を失い倒れて動かない青いバルキリーの元へ移動した。

 

赤いバルキリーを操る彼女こそ、G.O.E.傭兵社に所属し、傭兵界に名を馳せる『ローズトライスター』の隊長……『強襲の薔薇・ミア』だった。

A級ライセンスを持つ彼女は、主に近〜中距離からの強襲戦に長けていた。その為、トリプル・ドッグを基本戦術とするローズトライスターにおいてはメインアタッカーの役割を担っている。

 

男勝りな性格で、その恋愛対象も女性である。

 

「もうダメ〜死ぬわ〜」

 

ミアの呼びかけに、青いバルキリーが反応した。青いバルキリーのスピーカーから、やけにのんびりとした女性の声が周囲に響き渡った。

 

「嘘だぁ、外から見ていても分かるわ。アリスのその機体はまだ大丈夫だってね」

 

そう言ってミアは機体のマニュピレーターを操作し、青いバルキリーのコックピットブロックを指先で軽くノックした。

ノックによる小さな振動が、パイロットの体を揺らした。

 

「ちょっと〜、怪我人に向かってそれはないんじゃない?」

 

青いバルキリーのコックピットが開放されると、その中から1人の女性が姿を現した。ミアに向かって批難の声を上げつつ、腕に出来た小さな擦り傷を示す。

 

ローズトライスターの一員であり、青いバルキリーのパイロットでもある彼女は『薔薇の棘・アリス』

ミアと同様A級ライセンスを所持し、ローズトライスターの中で最も近接戦闘能力に長け、部隊の切り込み隊長として活躍している。

 

アバウトでだらしなく、幼い男児が好みという彼女だったが、その反面、整備士のライセンスを所持しており、その腕前は一流である。

 

「それに……あぁ、私のバルキリーをこんなにしちゃって」

 

アリスはバルキリーのなくなった頭部をチラリと見て、深いため息を吐いた。整備士である故に、壊れたBMを修理する難しさをアリスはよく知っていた。

 

「アリス、大丈夫ぅ?」

 

そこへ、遅れて黒いバルキリーが近づいてきた。

パイロットの少女は青いバルキリーの側に機体を跪かせると、コックピットを開けて心配そうな表情を浮かべ、アリスへと声をかけた。

 

黒いバルキリーのパイロットであり、B級ライセンスを持つ少女は『運命のタロット・ルル』

戦闘スキルこそ他の2人に劣るものの、鋭い第六感を持ち、ローズトライスターにおける妨害・撹乱および情報戦を担当している。

 

タロットによる恋占いが趣味で、よく2人の恋愛相談に乗っていたりする。

 

(ところでスリーローゼスなのに、なんでルルだけ通り名が『薔薇』じゃないのです? そこはもっとほら……『運命の薔薇』とか、あるのでは……?)

 

「ありがと〜ルルちゃん! あたしの事を心配してくれるのはルルちゃんだけだよ〜」

 

「そっか、よかった〜」

 

アリスが自身の無事を伝えると、ルルはホッとした様子で胸を撫で下ろした。それからアリスはミアへと振り返り……

 

「それで……ねぇ、ミア」

 

「なに?」

 

「あたしのバルキリーを壊した、あの黒い奴はどこ?」

 

「ああ、それなら……」

 

そこでミアは、首を振って自身の後方を示した。アリスがその場所へ目を向けると、そこには大破した巨闕が地面に横たわっていた。

 

アリスが破壊した右腕だけでなく、頭部は半分に潰れ、左足は関節部から先がなく、胴体は銃弾でズタズタに引き裂かれていた。

 

「おお! 倒したの? やったじゃん!」

 

「まあね〜、と言っても……燃料切れで動けなくなったところに火力を集中させただけなんだけどね」

 

「ふーん、それでパイロットは? 武帝は?」

 

「それがね……逃げられちゃった」

 

「逃げた!?」

 

少しだけ言いにくそうにしながらもミアがそう答えると、アリスは非常に驚いた様子を見せた。

 

「まさか……機体を失って、この包囲網の中を生身の体で走り抜けたってこと!?」

 

「いや、そうじゃなくてね……実は」

 

ミアは、アリスがやられた後に白いBM(ウァサゴ)が戦闘に乱入してきたことと、武帝の巨闕を撃破した後に、白いBMが巨闕のパイロットを回収してそのまま包囲網を突破して逃げてしまったことを伝えた。

 

「ああ、なるほどねー」

 

ミアの言葉を聞いてアリスは再び巨闕に目をやった。巨闕の手の中には見慣れぬ白いライフルが未だ力強く握られており、何者かの乱入を示す証拠としてその場に残されていた。

 

「で、その白い機体は?」

 

「第16、17BM大隊に追跡を命じたよ。いくら単独で包囲網を突破できるくらい強くても、あれだけの追撃を受ければただじゃ済まないだろうね」

 

「そう? 今ならまだ追いつけるかな?」

 

そう言ってアリスは青いバルキリーの操縦席へと戻った。

 

「アリス? そんな機体でまだやろうっての?」

 

「当たり前でしょ! たかが頭をやられただけだし、それにミアだって、あんな老いぼれにしてやられて悔しくないわけ?」

 

「あー……それはねー……」

 

再起動し、目の前で立ち上がる青いバルキリーの姿を見つつ、ミアは少しだけ考えた後、ウンウンと頷いた。

 

「いいね〜、リベンジマッチ! 行こうか?」

 

「お! 流石ミア! 分かってるねぇ〜」

 

ミアとアリスは、互いにニヤリと笑った。

 

「ちょっと待ってよ! わたしたち、カピラ城に侵攻するんでしょ?」

 

リベンジに燃える2人を止めたのはルルだった。

 

「ミアとアリスが追撃部隊の中に加わるんだったら、誰が侵攻部隊の指揮をするって言うの!?」

 

「あ〜、そうだったねぇ……それじゃあ、あたしら2人は武帝を追うからさ、ルルはカピラ城の侵攻部隊の指揮をお願い?」

 

「ミ、ミアじゃないんだから、そんなのわたしには出来ないよ……」

 

ルルが気弱にそう答えると、2人は「冗談だよ」と笑った。そんな2人の様子に、ルルは小さく唸って頬を膨らませた。

 

そして、3人は大破した巨闕の所へと移動した。

 

「こんな旧式のクセに、ようやるねぇ」

 

バルキリーの頭部に損傷を与えた腹いせをするかのように、アリスは地面に沈み込んでいる巨闕を足蹴にし、転がした。

 

「お?」

 

巨闕が仰向けの状態からうつ伏せの状態になり、そのバックパックに装備していた黒い物体がアリスの目に入った。

 

「ねえ〜、ミア」

 

「ん? 何〜?」

 

「これ、使えないかな?」

 

アリスはバックパックに装備されていた物体を巨闕から乱暴に引き剥がし、ミアに手渡した。

 

「これって、武帝の旗?」

 

受け取った旗をしげしげと見回しながらミアは呟いた。つい先ほどまでは見る者全てを惹きつけるほどの存在感を放っていた武帝の旗も、戦闘の余波に晒され今では見る影もないほどボロボロになっている。

 

「どこかで使えると思わない? ついでにこの銃も」

 

アリスは巨闕の手からウァサゴの白いビームライフルを抜き取って示した。それを見て、ミアがどう使おうかと考えていると……

 

「ねえ、2人とも……」

 

ルルが少し戸惑った様子で2人へと声をかけた。

 

「その旗と銃……使わない方がいいかも」

 

「え? なんで?」

 

「なんだか凄く嫌な予感がするの」

ミアが聞き返すと、ルルはポーチの中からタロットカードを取り出し、カードをコントロールパネルの上に手早く並べ、そこで占いを始めた。

 

「……逆位置の吊るし人、うわぁ…………」

 

「何それ? そんなに酷いの?」

 

「酷いってもんじゃないよ、これは相当……」

 

「でも、所詮はカード占いでしょ。ほら……よく言うだろう? 占いは当たるも八卦当たらぬも八卦って、そんな科学的な根拠のないものに一々囚われていちゃ、仕事も何も出来なくなるよ」

 

「でも……」

ミアの的を得た言葉に何も言い返す事が出来ないルルだったが、それでも何とかこの嫌な予感を2人へ伝えようとするのだが……

 

「大丈夫大丈夫〜そんな占いの結果なんて軽く吹き飛ばすくらいの良い作戦を考えるからさ〜、ルルはいつも通りあたしらの支援についてくれてれば十分にやれるさ〜」

 

怯えた様子のルルを安心させようと、ミアは軽い口調でそう告げた。ミアの顔に映る頼もしげで自信たっぷりな表情を見ていると、ルルは自分のやっている占いの結果など本当に吹き飛ばしてしまいそうな風に思えた。

 

「うん、分かった〜」

 

きっと占いが間違っていたのだろう。よくあることだ……ルルは自分にそう言い聞かせて、素直にミアの言葉に従うことにした。

 

 

 

だが、武帝の旗とウァサゴのライフルを使おうというミアの判断が、後にあのような最悪の事態を引き起こすことになるとは、この時まだ誰も予想だにしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第29話:小隊(前編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アランバハの戦いから5日後……

 

カピラ城下

停泊中のダイダロス

 

「これは……ファントムの腕?」

 

「うん、行った先で見つけた」

 

ダイダロスの格納庫にて、葵博士は三日月が持ち帰ったファントムの左腕を恐ろしげに見つめていた。黒い装甲、腕周りと一体化している大口径機関砲、そして多くの人間の生き血を吸ってきているであろう、鋭く尖った大きな爪……

 

本体から切り離されても尚、それが放つ禍々しい雰囲気は未だ健在で、放置しておけばいずれ動き出し、一帯を更地に変えてしまうのではないのかという錯覚さえ感じられた。

 

「まさか、ファントムと交戦したの!?」

 

葵博士は自分の隣に立つ三日月へ振り向いた。

 

「いや……俺は行っただけ、戦ってない」

 

三日月はそう言ってナツメヤシの実を口にした。

 

カピラ城下でファントムの情報を集めていた三日月が、とある人物から得られた謎の光の目撃情報を元に捜索を始めてから4日後……葵博士の待つダイダロスへと帰還した三日月は、今回の捜索での報告を行なっていた。

 

「アイツがあの場所にいたのは確かだと思う、それじゃあ」

 

「ま、待って!」

 

早々と報告を終え、格納庫から出て行こうとする三日月を、葵博士は慌てて呼び止めた。

 

「何?」

 

「ねぇ! 他に何か見かけたりしたものはないの? 例えば……そう、何かの残骸だとか、ファントムの目的に繋がりそうなものだとか……」

 

「ん……」

 

三日月はそこで少しだけ考えた後、ファントムの左腕を見つけた場所でのことを詳しく伝えることにした。

 

「辺り一帯がおっきな穴になってた。多分、なんかの爆発があったんだと思う……見つかったのはこの腕だけ、穴の周りを見てみたけどアイツの足跡みたいなものは見つからなかった」

 

「穴……クレーターのことね。謎の光の目撃情報といい、極東で確認された被害と一致するわ。ファントムは極東で使った技をこの場所でも使ったという訳ね」

 

葵博士は考えをまとめようと、顎に手を当てた。

 

「ファントムはこの場所で何者かと交戦し……そして、腕を切り落とされた。この近くには天界宮があることから場所的に考えて、交戦したのはブラーフマ陣営の部隊……?」

 

「うん、でも……アイツと戦っていたのはここの国の軍隊じゃないと思う。だって、軍隊の人たちも調査に来てたから」

 

三日月は軍人たちとのやりとりを細かく話した。そして、軍人たちが追っていたファントムとはまた違う、別の黒い機体のことについても口にした。

 

「ファントム以外の謎の黒い機体ですって……!? しかも、全長約70メートル……!? そんな巨大なBMが存在するなんて、ソロモンでも聞いたことは……」

 

「ソロモン?」

 

三日月にそう聞き返され、葵博士は思わずハッとなった。

 

「なんでもないわ。今の言葉は忘れて頂戴」

 

小さく息を吐いて、葵博士は言葉を続ける。

 

「話を戻すわ。それで……交戦したのがブラーフマの軍隊でないと考えると、何者なのでしょうね」

 

「うん。そいつ、強いよ」

 

「同感だわ……あんな化け物相手にダメージを与えられるなんて相当なものよ。最高級のBMとスーパーエースを寄せ集めた軍隊でも投入しない限り……」

 

そこで葵博士はふと何かに気づいたかのように口を噤んだ。そして、三日月に背を向けて少し考えるようなそぶりをみせ……

 

「まさか……彼らが動いたとでも……?」

 

ポツリと、そう呟いた。

 

「彼ら?」

 

三日月がその言葉に反応すると、葵博士は小さく息を吐いてから三日月の方へ向き直った。

 

「三日月くん、白鯨の伝説を知っているかしら」

 

「はくげい? なにそれ」

 

「白い鯨と書いて『白鯨』 またの名を『モービィ・ディック』世界を股にかけて暗躍しているとされている伝説の傭兵集団よ」

 

葵博士は自身の知り得る白鯨についての情報を、口にし始めた。

 

「噂によれば……彼らは少数精鋭でありながら、その科学力は我々が知り得ているものの20年先を行くとされていて、その気になれば全世界を3回も制圧できるほどの戦力を有しているそうよ」

 

「その人たちが、アイツと戦ったの?」

 

「確証はないわ。でも、状況的にファントムと戦ったのは彼らである可能性は十分に考えられるわ。天下無敵とさえ呼ばれたあの極東軍ですら一蹴するファントムを、ブラーフマ陣営がまともに対処できるとは思えない……いえ、最早アレとまともに戦える軍隊なんて、この世界に存在しないと思うわ」

 

「そう、彼らを除いて……」

葵博士は自分の言葉にそう付け足した。

 

「ふーん……」

三日月はナツメヤシの実を口にしながら、黙って葵博士の言葉を聞いていた。

 

 

 

「組織のトップであるエイハブは謎の多い人物よ。男か女かすら分からない、その正体はAIであるという不確かな情報もあって……いえ、エイハブという名前すら、本名ではないのでしょうね」

 

「公的な記録こそないものの……かつて、傭兵でありながら合衆国とブリテンの間に勃発した大陸間戦争を初めとする3つの大規模国家間戦争と、12の内戦の泥沼化を回避し、平和的解決へと導いた『伝説の指揮官』が存在した」

 

「エイハブは……その、名もなき『伝説の指揮官』と同一人物であるとされているわ」

 

「でも、エイハブとされている『伝説の指揮官』は、今から数年前に何者かによって暗殺され、それと同時に指導者を失った組織も空中分解を引き起こし、彼らは歴史の闇の中に消えてしまった。そう……その筈だった」

 

「でも、最近、死んだはずの『伝説の指揮官』が復活したという情報を耳にしたわ。彼は自身をエイハブと名乗り、MSF……『国境なき艦隊』の設立を宣言した」

 

「世間では、伝説の指揮官(エイハブ)が白鯨(モンスター)を従えて復活したと話題になったわ。それから時を同じくして、世界各地の紛争地域で白鯨の出現情報が上がってきた……極東にて、復興支援の為に彼らの艦隊が集結したのもその内の一つね」

 

「彼らは、まさにオーバーテクノロジーの塊のような存在よ。ファントムと好き好んで戦おうとするだなんて、白鯨以外に考えられないわ……」

 

 

 

「でも、倒しきれなかった」

 

三日月は葵博士の言葉を引き継ぐようにして呟いた。

 

「そう言える根拠は?」

 

「……ないよ。でも、俺には分かる」

 

そこまで言って、三日月はナツメヤシの実が入った袋をポケットに戻してから続ける。

 

「アイツは俺たちのすぐ近くにいる。このチュゼールって国のどこかに、必ず」

 

「…………そうね」

 

三日月の言葉に、葵博士はどう答えて良いか分からず髪をかきむしった後、三日月の目を真っ直ぐに見つめた。

 

「でも、これだけは分かっておいて。あなたが戦おうとしているのは、そんな彼らでも倒せなかったような敵ということ……あなた1人で、そんな敵と戦おうなんて、ハッキリ言って無茶よ」

 

「それでも戦うよ。アイツは何が何でも倒さなくちゃいけない、それが俺に与えられた役割だと思うから……それに」

 

三日月は格納庫の空きスペースを流し見た。今は出払っているが、そこは三日月が信頼する銀髪の傭兵の愛機と極東で出会った青年の乗機が格納されていたスペースだった。

 

「俺は、1人じゃないから」

 

三日月の鋭い視線に、葵博士は溜め息を吐いた。

 

「……聞くまでもなかったようね、もういいわ」

 

「ん、それじゃあ」

 

三日月は葵博士に背を向けて格納庫の出口へ

 

「そうそう、忘れるところだったわ」

 

「ん?」

 

呼び止められ、三日月は振り返って葵博士を見た。

 

「最後にひとつだけ、ミドリから伝言よ」

 

「ミドリちゃんから?」

 

「本部での仕事が片付いたから、姉妹と一緒に輸送機でこちらへ向かっているそうよ。早ければ明日の朝には到着しているでしょうね」

 

「ん……分かった」

 

三日月は格納庫を後にした。

 

そのまま通路を抜けてダイダロスから下船し、カピラ城下へと移動した。時刻は夕暮れ、チュゼールの大地に巨大な太陽が沈みかけていた。

 

沈みゆく太陽を背に、三日月は町の酒場へと向かった。

 

目的は、ファントムに関する情報を収集する為でもあったが、それと同時に謎の光の目撃情報を提供してくれた人物と再び接触をする為でもあった。

 

「あの人、いるかな?」

 

道、人だかり、露店、住居、そして空気……その全てが夕焼けで紅く染まった通りを抜けて酒場の前へたどり着いた三日月は、酒場の扉に手をかけ……

 

「アランバハ侵攻作戦の部隊が戻ってきたぞー!!!」

 

ちょうど、三日月のすぐ後ろを町の青年がそんな叫び声を上げて走り抜けていった。

 

「…………?」

 

三日月が振り返ると、遠くの方でカピラ城の巨大なゲートが開き、今まさにアランバハ侵攻作戦に参加していたアルチン将軍率いる部隊が、カピラ城へと通じる大通りに姿を現した所だった。

 

「帰ってきたのか? だが……」

 

「ああ、数が少ないな」

 

「嘘だろ……出た時と比べると半分以上も減ってるぞ」

 

「まさか、負けちまったのか?」

 

町人たちは大通りを進むBMと戦闘車両で構成された行列を見て不安の声を上げた。出陣の際には車両1台に至るまで完璧な整備が施され、美しい隊列と共に城を後にしていたそれが、今では見る影もなくボロボロになっていた。

 

部隊は半数以上がいなくなり、辛うじて撃墜を免れた機体も少なからず損傷を負い、無傷のものは1つとしてなかった。

また、戦闘車両の天井には定員オーバーで乗り切れなかった兵士たちが身を寄せ合っており、その表情は皆一同に疲れ果てていた。

 

そんな彼らの様子から、彼らが戦いに負けたということは想像に難くなかった。

 

「…………」

 

ベカスと影麟がアランバハ侵攻作戦に参加していることを知っていた三日月は、酒場の前で少しだけ考えた後、扉から手を離して大通りへと向かった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

カピラ城へと続く大通り

(アランバハ侵攻軍で埋め尽くされている)

 

敗戦のショックが、8割以上の戦力を失った部隊全体に暗い影を落としていた。敗北に打ちひしがれていたのは隊列の先頭を進む若き将校、シヴァージも同様だった。

 

「…………」

 

シヴァージは黙ってBMを進めていた。部隊を率いていたアルチン将軍を始めとする数名の将軍が戦死したことにより、繰り上がりで部隊の指揮を執った彼だったが、肉体的にも精神的にも限界を迎えていた。

 

その時だった、帰ってきた部隊を取り囲むようにたむろしていた群衆の中から、老齢の女性が飛び出してきたかと思うと、そのまま大通りの中心へ走り出た。

 

「…………」

 

老婆は何かを訴えかけるように両腕を上げるも、しかし、失意に苛まれているシヴァージがそれに気づくことはなかった。

 

「シヴァージ様!」

 

「……!」

 

その時、彼の親衛隊が呼び止めていなければ老婆の体はシヴァージの操るBMに踏み潰されていたことだろう。シヴァージはすんでのところで我に返り、機体を停止させた。

 

「何者だ!」

 

親衛隊の1人が老婆にライフルの銃口を向けた。

 

「よせ……!」

 

シヴァージは慌てて親衛隊を制し、機体を跪かせるとコックピットからワイヤーを伝って老婆の前へと降り立った。

 

「あなたは……確か……」

 

「はい……私めはアジャンタ家長男イヴァンの母でございます」

 

それは親衛隊に所属していた兵士の名前だった。

シヴァージよりも年上で腕が立ち、誰からも好かれる性格をしており、シヴァージとは直接的な血の繋がりはないものの、長らくシヴァージの補佐を務め、多くの経験を共有していたこともあって、シヴァージは彼のことを兄のような存在として慕っていた。

 

しかし……

 

「イヴァンは、どこでございますか……?」

 

兵士の母親はキョロキョロと辺りを見回し、親衛隊の一員である彼の乗機が見当たらないことを嘆いた。

 

「…………それは」

 

シヴァージは唇を噛み締め、後ろで待機していた部下へと目配せした。それに反応した兵士がシヴァージへと近寄り、小さな箱を差し出してきた。

 

「これだけしか、回収出来ませんでした……」

 

受け取った箱を開け、その中身をしばらく凝視した後……シヴァージは意を決したかのように小箱を老婆へと差し出した。

 

「回収……?」

 

老婆は恐る恐る小箱の中を覗き込んだ。そして、中に入っていた血まみれのタバコ入れを見て、老婆の顔が蒼白に染まった。

 

「そんな……」

 

次の瞬間、老婆は泣き崩れた。

親衛隊に支えられるようにして、老婆が群衆の中へと連れられて行くのを背中に感じながら、シヴァージは彼との最後のやり取りを思い出し、酷い脱力感に苛まれてしまった。

 

それはアランバハから撤退している際の出来事だった。イヴァンは追撃部隊の放った弾丸から身を呈してシヴァージを庇い、重傷を負った。その後は共に安全圏へと退避することに成功するも……受けた傷が影響して、彼はシヴァージの無事を見届けるようにして事切れてしまった。

 

シヴァージは彼の遺体を回収しようとするも、いつ敵が現れるか分からない状況下でそのような余裕はなく、やむなく彼が生前愛用していたタバコ入れを遺品として持ち帰ることしか出来なかった。

 

シヴァージは、それが今は亡き彼の父親から譲り受けた形見であることを知っていた。「父亡き後、これからは自分が一家の大黒柱として、たった1人の母親を支えていこう」……それは母親思いの彼が抱いた決意の表れだった。

 

「彼は、死んでいい人間だったのか……?」

 

BMの脚部に手をついて体を支え、シヴァージは自問自答した。彼亡き今、これからは一体誰が彼の母親を支えて行くのだろうか?

 

いや、彼だけではない。

この戦いで死んでいった多くの兵士たち、彼らもまたそれぞれに愛する者がいたはずだ。その中には、シヴァージが知らないだけでイヴァンのような境遇の者も数多く存在していたことだろう。

彼らは皆、兵士であるがゆえに死ぬ覚悟は出来ていた。それはシヴァージも同様である、しかし、兵士たちを指揮する立場になった時、それはシヴァージにとっての重荷でしかなかった。

 

アルチン将軍が戦死し、繰り上がりでそうなったとはいえ、それまで1部隊を任されていた自身が、突然部隊全体の運命を預けられる身となってしまったのだ。

自分の選択一つが多くの兵士たちの命運を左右する……初めて感じる、兵士たちの上に立ち、彼らを指揮する者としてのプレッシャー、そして重荷……

 

結果としてカピラ城に帰還することはできたが、それでも多くの兵士たちを失った。

 

あの時、違う選択をしていれば……

 

もっと迅速に行動していれば……

 

押し寄せる罪悪感と後悔、そして自責の念。

次々と押し寄せてくるそれらに、シヴァージは猛烈な息苦しさを覚えた。

 

(いや、それ以前に……)

 

シヴァージはアランバハ城へ立つ前……作戦会議での一幕を思い出した。

 

(あの時、私がブラーフマの南征軍を叩くべきというベカス殿の主張にもう少し耳を傾けていれば……激昂するアルチン将軍を抑えることが出来ていれば……?)

 

シヴァージは両手で顔を抑えて思案した。

 

(しかし、会議の場で罵倒されたにもかかわらず、彼らは殿となって部隊全体の撤退を支援した。殆ど赤の他人である我々の為に、命を投げ出す義理もないというのに……むしろ、極東から遠路はるばる救いの手を差し伸べてきた彼らに対して、我々は何ということをしてしまったのだろうか……?)

 

シヴァージは部下たちの証言から、影麟が武帝の旗を掲げて敵の注意を引きつけていたことを知っていた。大部隊に囲まれボロボロになりながらも孤独な戦いを続ける彼のことを……そして部隊が安全圏へ逃れた後、1人……彼の救援に向かったベカスのことも……

 

(彼らは、失ってよい人間だったのだろうか……?)

 

シヴァージがそう考え始めた直後だった。

 

「なんだお前は?」

 

突然、大通りに兵士たちの罵声が響き渡った。

 

「……?」

 

シヴァージが声のした方向へ目を向けると、1人の少年が大勢の兵士たちに囲まれていた。

 

「ねえ、ベカスと影麟はどこ?」

 

(…………!)

少年の放ったその言葉を聞いて、シヴァージはヒヤリとするものを感じた。

 

「そんな奴は知らん」

 

「アンタらと一緒に出撃したって聞いたんだけど」

 

「だから、知らんと言っているだろう!」

 

そう言って兵士たちは少年に銃を突きつけ、大通りの端へ移動するよう促した。仕方なく、少年が群衆の中へと戻ろうとした時……

 

「待て……!」

 

シヴァージは慌てて少年を呼び止めた。

力を振り絞って少年の元へ近寄る。

 

「君は……確か、ベカス殿と一緒にいた……」

 

「ベカスを知ってるの?」

 

「…………ああ」

 

「そっか、じゃあ……ベカスと影麟はどこ?」

 

「…………」

 

「作戦に参加したって聞いたんだけど?」

 

「それは……」

 

押し黙るシヴァージのの様子を見て、黒髪の少年……三日月の視線が強くなった。

 

「何があったの?」

 

「ついてきてくれ……」

 

シヴァージに連れられ、三日月はカピラ城へと向かった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

三日月がカピラ城へ辿り着いた時には、外は既に暗闇に包まれていた。その頃になると、カピラの軍隊が完膚なきまでに叩きのめされたという情報は市街全域にまで広まっていた。

 

チュゼール屈指の堅城であるカピラ城だったが、その兵力は出征前と比較すると大幅に減少しており、最早まともな防衛戦を構築することすら困難を極めるほどの人手不足に陥っていた。

 

この事態に、カピラ城下の住人たちは不安に駆られるのだった。

 

カピラ城

謁見の間

 

シヴァージに連れられ、謁見の間へ通された三日月は、そこで女王・シャラナの姿を初めて見ることとなった。

シャラナ姫は褐色の肌をした美しい女性ではあったものの、数ヶ月前より続くクーデターを発端とした肉体的・精神的なストレスにより、酷くやせ細ってしまっていた。

 

シャラナ姫は三日月の顔を見て、悲しげな表情を浮かべた後、側にいた従者に指示を送って、三日月に小袋を1つ手渡すよう命令した。

 

「なにこれ?」

 

従者から小袋を受け取った三日月が袋の口を開けてみると、中には美しいルビーの宝石がたっぷりと詰め込まれていた。

 

「それはベカスさんと影麟さんへの報酬です」

 

そう言って、シャラナ姫は恥じ入るように俯いた。

 

「本来ならば、2人に直接手渡したかったのですが……こんなことになるのなら、最初からベカスさんの意見を聞いておくべきでした……」

 

「姫様。恐れながら、それは私の責任でございます」

 

落ち込んだ様子のシャラナ姫の前で、シヴァージは恭しく膝をついた。

 

「私がもっと早くベカス殿と影麟殿の持つ能力の高さに気づき、その有用性をアルチン将軍に伝えることが出来ていれば、こんなことにはならなかったはず……全ては、私の責任でございます」

 

「そんな! シヴァージは悪くないわ……悪いのは……」

 

「いいえ、姫様! それを認めてはなりません。そもそも貴女は一国の姫君であって兵士ではありません。だからこそ、将校であり一介の兵士である私が責任を取る必要があるのです」

 

「シヴァージ! 駄目よ! 貴方だけの責任ではないわ! ベカスさんがあの極東武帝が認めた最高の弟子だということを、私がアルチン将軍に伝えることが出来ていれば……」

 

「いいえ、姫様は……!」

 

シャラナ姫とシヴァージはお互いに罪を被りあって、一歩も譲らない様相を呈していた。

 

しかし……目の前で意味のわからない会話を繰り広げられ、しかも一向に終わる様子を見せなかったことに軽い苛立ちを覚えた三日月は、小さく息を吐いた。

 

「ねえ、いい加減話して欲しいんだけど」

 

2人に向けて、三日月は苛立たしげな視線を向ける。

 

「……!」

「……ああ、すまない」

 

三日月の言葉と視線で、ようやく我に返った2人は慌てて三日月へと視線を戻した。

 

「ベカスと影麟はどこ?」

 

「それは……」

 

三日月の問いにシヴァージは、まずアランバハ侵攻作戦で敗れたことを伝え、それからベカスと影麟は敗走する自分たちの為に殿となって一挙に敵の追撃を引き受け、敵の大部隊の中に呑み込まれてしまった……ということを伝えた。

 

「ん……そっか」

 

シヴァージから説明を受けている間、三日月は立ったままナツメヤシの実を次から次へと口にしていた。怒られたら止めようと思っていた三日月だったが、結局……シヴァージが話し終えるまで、誰1人として三日月の行儀の悪さを指摘する者はいなかった。

 

「じゃあ、まだ2人は生きているかもしれないんだよね」

 

「しかし、敵の数はBMだけでも優に200を超えていた。あのような大部隊を相手に……いくら極東武帝の弟子とはいえ、たったの2人で抑え切るなど不可能……」

 

「じゃあ聞くけどさ……」

 

三日月はナツメヤシの実を飲み込んで続ける。

 

「ベカスと影麟が死んだところ、見たの?」

 

「しかし、あの数を相手にしては……」

 

「見たの?」

 

「…………いや、見ていない」

 

シヴァージは念のために隣に待機していた親衛隊の1人に聞いてみると、自分もそのような話は聞いていない……という答えが返ってきた。

 

そもそもカピラ陣営は逃げることに精一杯で、殆どの兵士たちが自分達の背中を守る2人のことなど知る由もなかった……というのが現状だった。

 

「ベカス達は生きてるよ、じゃあ……ベカス達が帰ってくるまでこれは俺が預かっておくから」

 

シヴァージと親衛隊のやり取りを聞いていた三日月は、ポケットにルビーの袋を押し込んで、代わりにナツメヤシの袋を取り出した。

 

「あるのか? ベカス殿が生きているという確証が!」

 

「確証はないよ」

 

そう言って、袋の中から2粒の実を取り出した。

 

「でも、あの2人は……」

 

三日月が言葉を続けようとした時だった……

 

「……!」

 

その時、三日月は自分の目先に一筋のスパークが走るのを感じた。そして、背後から漂ってきた強烈な気配に振り返り、懐の拳銃に手をかけた。

 

三日月の足元にナツメヤシの実が落ちる。

 

「何を……?」

 

女王の前で突然銃を取り出そうとする三日月の凶行に戸惑ったシヴァージだったが、三日月の向いた先……謁見の間の入口から何者かが来るのを見て止まった。

 

その人物は、シャラナ姫の近衛兵だった。彼は慌てたように一礼し、急ぎ足でシャラナ姫の元へ近寄ると、王女の耳元で何かを囁いた。

 

「…………」

 

その間も三日月の視線は入口へと向けられている。

 

「何ですって!?」

 

近衛兵の言葉に、シャラナ姫が驚いた様子を見せた時だった。ブーツの底が床を叩く時に生じる高い音を響かせながら、それは暗闇の中から謁見の間へと姿を現した。

 

「…………」

 

臨戦態勢に入った三日月は、懐の拳銃をいつでも抜くことができる姿勢で、その人物の一挙一動をジッと見つめた。

 

「…………」

それは黒髪の東方人女性だった。

静かな美を感じさせる顔立ち、黒いスーツにも似た装束に身を包み、腰に一本の刀を差し、その瞳は三日月のポケットに押し込まれたルビーよりも神々しい輝きを放っている。

 

「…………」

「…………」

 

黒髪の女性は刀に手を当て、一言も喋ることなく三日月のことを凝視し、謁見の間を進む……そしめ、2人はお互いの姿がハッキリ見える距離まで接近した。

 

それだけで、謁見の間の空気が一瞬にして凍りついてしまった。三日月の放つ荒々しい獣のようなオーラと、女性の放つ刃よりも鋭い雰囲気が空中でぶつかり合い、まるで空中に巨大な斥力を発生させているかのようだった。

 

これには親衛隊たちも近づくことは出来なかった

 

「アンタ……誰?」

 

先に口を開いたのは三日月だった。

 

「…………朧」

 

三日月の問いかけに、黒髪の女性は短くそう答えた。

 

「朧……! まさか、極東最強の剣!?」

その名前を聞いて、シヴァージは驚愕した。

 

「剣……」

 

シヴァージの言葉に、三日月の視線が朧と名乗る女性が持つ剣へ吸い寄せられた。朧の腕の中で僅かに引き抜かれ、紅い刀身が露わになっている剣に、三日月の瞳の色が写り込んだ。

 

 

 

「その人は敵ではないよ、三日月君」

 

 

 

「…………!」

 

突如として響き渡った声に、三日月はピクリと反応した。見ると、暗い通路の向こう側からゆっくりと、謁見の間へ立ち入ろうとする1つの影があった。

 

それはダスターコートを着た男だった。

端正な顔立ち、貴族のような佇まい。彼はまるで目を瞑っているかのように目を細めて、顔に薄笑いを浮かべた。

 

「赤い人? なんでここに?」

 

三日月はその人物に見覚えがあった。この人物こそ、三日月にファントムの出現情報をリークし、探索からの帰還後に酒場で落ち合うことを提案した情報提供者だった。

 

「何、君がここにいると聞いたものでね。それに、こちらもシャラナ姫には大事な用があってだね、もののついでというわけだよ」

 

男性は朧の隣に立ち、彼女と三日月の間に手を差し入れ、双方に制止するよう求めた。

 

「…………」

 

彼のそんな指示に、朧は剣から手を離し三日月から一歩退いた。それを確認してから男性は女王へと向き直り、彼女の前で膝をついた。

 

「護衛の失礼な行為と突然の無礼をお許し願います、王女」

 

そう言って男性はシャラナ姫に謝罪した。

護衛と聞いて、三日月は懐の拳銃から手を離す。

 

「アランバハで敗北し、人手不足ながらも警戒厳重となってしまったこの状況下でスムーズに貴女様とお会いになる為には、このような手段を使わざるを得なかったのです」

 

「このような手段……あなた、まさか……!」

 

男性の言葉に、シャラナ姫は最悪の事態を考えた。それと同時に親衛隊たちの中にざわめきが生じる……それに対し、男性は小さく手を振って否定を示した。

 

「ご安心を、彼女は誰も殺してはいません。ただ、騒ぎになっては困るので、出くわした兵士たちには少しの間だけ、眠ってもらっただけですので」

 

男性はニヤリと笑った。

 

「……そ、そうですか」

 

シャラナ姫は安心したように息を吐き……それから眉間にしわを寄せ、目の前に佇む男性と、その隣で無言を貫いている朧を見つめた。

 

「極東最強の剣を護衛にするなんて……閣下は一体……?」

 

「私はオスカー……しがない商人でございます。以後お見知り置きを……」

 

男性は立ち上がり、恭しく頭を下げた。

 

「此度は、貴女様との取引の為に伺いました」

 

「取引……?」

 

「そうです。私には、貴女様を苦境から救い出す為の策があります」

 

シャラナ姫はオスカーの言葉を聞いて驚いた様子を見せた。しかし、すぐさま平静を取り戻すと、オスカーへと聞き返した。

 

「オスカー殿、それは一体……?」

 

「はい、それはですね……」

 

オスカーの提案を要約すると、こうだった。

 

シャラナ姫の窮地を救うべく、チュゼールの南方を治めるカリンガ藩王が、とある条件と引き換えにして軍隊の派遣を実行するとのことだった。

 

南方の裕福な藩王が味方につけば、まだブラーフマと互角に渡り合える可能性はあった。しかし、シャラナ姫にとってはその条件に問題があった。

 

カリンガ藩王の出した条件、それはシャラナ姫を自らの長子であるヴァーユの妃として迎えることだった。それにより、内戦終結後に自身の息子がチュゼールの王として君臨するための根回しをしようとしていた。

 

しかし、ヴァーユは典型的なドラ息子として有名だった。権力を盾に弱者を弾圧し、贅の限りを尽くし、時には違法薬物に手を染める。庶民からすれば良い結婚相手なのだろうが、彼のことを嫌う王女にしてみては、ヴァーユがチュゼール王になるよりは、王としての器はまだブラーフマの方にあるのではないかと思えてならなかった。……最も、どちらにしろ許してはならないのだが

 

「それが、カリンガ藩王からの伝言でございます」

 

「……そうですか」

 

「いやならそれで結構……私は……」

 

「いえ……」

 

シャラナ姫の心は凍りついていた。しかし、いくらヴァーユの素行に問題があるとはいえ、父親を殺害したブラーフマが王になるよりは遥かにマシだと、王女は少し躊躇ったように小声で続けた。

 

「少しだけ考えさせてください」

 

そう言ってシャラナは玉座から立ち上がった。

 

「大丈夫……そう長くは、待たせないわ……」

 

近衛兵に支えられるようにして、ヨロヨロとその場から立ち去ろうと足を進め……

 

「お待ち下さいませ」

 

オスカーの言葉にシャラナ姫の足が止まる。

 

「貴女様がお嫌ならこの提案、断ってもよろしいかと。私はそのことをカリンガ藩王にお伝え致しますので」

 

「だから、長くは待たせないと……」

 

「失礼ながら、誰が策は1つだけと言ったのでしょうか?」

 

「え……?」

 

それまで、オスカーが自分のことを急かしているのだとばかり思い込んでいたシャラナ姫は、驚いた様子で振り返った。

 

「お話は最後までお聞き下さいませ」

 

そんなシャラナ姫に、オスカーはゆっくりと続ける。

 

「貴女様もご存知の通り、カリンガ藩王は貴女様を自らの長子であるヴァーユに娶らせることで、ゆくゆくは彼がチュゼールの王になることを画策しております。しかしながら、私にはヴァーユがこの広大なチュゼールを統べる王となるに相応しい存在であるかと問われると、ノーと言わざるを得ません」

 

オスカーはシャラナ姫をジッと見つめた。

 

「彼にはこのチュゼールをまとめ上げるだけの力はない。それは誰の目から見ても明らかです。仮に貴女様がこの条件を呑み、内戦が終結し、ヴァーユがチュゼールの王になったとします。しかし、ヴァーユのような弱き王の存在は、第2第3のブラーフマを生み出し、新たなる内戦の火種となるでしょう」

 

オスカーの言葉には説得力があった。

ブラーフマがチュゼール王を殺害したことから端を発したこの内戦は、そもそもブラーフマが強すぎたことが原因とされていた。

強い臣下を持つことは悪いことではない。しかし、それらを従える王に彼らの上に立てるだけの器量がなければ、それは臣下たちの顰蹙を買い、力関係は瞬く間に瓦解し、下克上が発生してしまう。

 

王が臣下たちの力量を見定めている時、臣下たちもまた王が自らが仕えるに値するかどうか見定めているのだ。

 

「そこで、我々の出番です」

 

オスカーは大きく両腕を広げた。

 

「我々は、貴女様にお力添えをする用意があります」

 

シャラナ姫はチラリと朧を見た。

 

「たった1人の戦士では今の状況を……」

 

「いえ、戦士は1人ではありません」

 

オスカーの瞳が怪しい光を放った。

 

「この地で第2第3の内戦が勃発することは、我々にとっても都合の悪い事態と言えます。我々が掲げる大いなる目的の為に、我々はこのようなところで足踏みをするわけにはいかないのです。その為ならば、我が主人は惜しみなく戦士を遣わせることでしょう」

 

「我々……? 大いなる目的……?」

 

オスカーの言葉に、シャラナ姫は眉をひそめた。

 

「閣下は、貴殿は一体……?」

 

「これはあまり公にはできないことでして……失礼ながら、お耳を拝借してもよろしいでしょうか?」

 

「……いいわ、来て」

 

シャラナ姫が周りの親衛隊たちを下がらせると、オスカーは彼女の元へ近寄り、小さな声でそっと耳打ちをした。

 

「我々は…………です」

 

「まさか! 貴殿はその一員だと言うのですか!?」

 

「はい。ですが、力を貸すのは我々だけではありません。ここにいる彼……三日月君も、貴女様が頼みさえすれば喜んで力を貸すことになりましょう」

 

そう言って、オスカーは三日月を示した。

 

「は?」

 

オスカーとシャラ姫の会話を聞き流しながら、床に落としたナツメヤシを食べようか悩んでいた三日月は、突然名指しで呼ばれて顔を上げた。

 

「赤い人? アンタ何言ってんの?」

 

怪訝そうな表情を浮かべる三日月に、オスカーはフッと微笑みかけた。

 

「三日月君、私の与えた情報は役に立っただろう?」

 

「なんでそれ知ってんの?」

 

「何、私にはいくつか情報のツテがあってだね。何なら、君がクレーターの中からファントムの左腕を見つけ出したことも知っているさ」

 

「それで?」

 

「ファントムの腕は解析に回され、いずれ君にとって有益な情報をもたらすことになるだろう。では、発見の元となった情報を君に提供した情報提供者に何らかの見返りがあってもいいのではないかと思ってね?」

 

「遠回しに言わなくても分かるよ。つまり、俺に戦争の手伝いをして欲しいってことなんでしょ?」

 

「そういうことだ。私に協力してくれたらファントムに関する情報は最優先で君に回すことにしよう。そうそう……ベカス君と影麟君の行方も同様にね」

 

「へぇ……何でも知ってるんだね」

 

三日月は床に落ちたナツメヤシの実を勿体なさそうにしながらもポケットにしまい、反対側のポケットから新しいナツメヤシの実を取り出して口にした。

 

「いいよ。やる」

 

「ま、待て!」

 

オスカーの提案にあっさりと頷いた三日月に、シヴァージが慌てて反応した。

 

「彼はまだ……子供ではないか! 子供に戦争をさせるなど……」

 

「シヴァージ殿、彼をただの子供と侮ってはなりません。彼の実力は、我が主人も注目するほどのものです……朧君、君も同意見だろう?」

 

オスカーは三日月の後ろに立つ朧を流し見た。

 

「…………三日月」

 

「うん、そうだけど」

 

朧は目の前の三日月を見つめた後……

 

「ああ、そうだな……彼は強い」

 

それだけ言って、三日月から目を逸らした。

 

「……?」

 

朧が目を逸らした一瞬のうちに、三日月は彼女の瞳に何か温かいものが映り込んだのを感じた。まるで何かを懐かしむような、三日月のことを親しい者と重ね合わせたような……そんな感覚。

 

「剣聖殿のお墨付きを得た所で、シャラナ姫……我々の協力を受け入れるか否か、ご決断のほどをよろしくお願い致します」

 

「その前に1つだけ、聞かせてください」

 

「……なんなりと」

 

シャラナ姫はオスカーへ強い視線を向けた。

 

「貴殿は、これを取引と仰いましたよね」

 

「はい」

 

「では、そちらが戦力を提供するとして……貴殿らは私たちに、一体何を求めているのですか?」

 

「ふむ……」

オスカーはニヤリと笑った。

 

「資源ですか? 領土ですか? 何らかの利権ですか? それとも、チュゼールにおける政治的な発言権や決定権ですか?」

 

「いいえ、姫様。我々がチュゼールに求めているのはそのようなものではありません……」

 

オスカーは少しだけ間を置いてから、続けた。

 

 

 

「我々が求めているもの……それは即ち、我々に対する信頼です」

 

 

 

「信頼……?」

 

オスカーの言葉に、朧とその近くで淡々とナツメヤシの実を食べる三日月以外の全ての人間が驚愕した。

 

「金や領土など、実体のあるものではなく……?」

 

「ええ」

 

「私たちの政治にも口を出さないと?」

 

「そうです」

 

「とすると貴殿らは、実質的になんの見返りがないにも関わらず、私たちに協力したいとでも言いたいのですか!?」

 

「その通りです」

 

オスカーはハッキリと言い切った。

 

「そんな馬鹿な……姫様!」

 

それまで、黙ってオスカーの言葉に耳を傾けていたシヴァージだったが、ついに耐えきれなくなったのか声を上げた。

 

「この者は何かがおかしい! この状況下で戦力を提供しようとするだけでなく、その対価が信頼? あまりにも話しが美味すぎます!」

 

シヴァージはオスカーのすまし顔を指差した。

 

「言え! お前たちの目的は! お前はこのチュゼールで何をしようと言うのだ? 一体、何を企んでいると言うのか!」

 

「シヴァージ殿、私は……いえ、我々は別にチュゼールでどうこうすると言うつもりは一切ございません。ただ、この取引は我々の崇高な理想を実現させる為に必要なことなのです」

 

「崇高な理想だと……? なんだ! それは!」

 

「『オペレーション・アイアンブラッド』……」

 

「何……?」

 

その時、光の加減のせいだろうか?

ゆらり……と、

オスカーの背後に怪しい影が浮かび上がった。

 

「全ては、あのお方が目指す未来を実現させる為に。世界を破壊し、そして全てを作り変える……今は、私の口からはそれだけしかお伝えすることができません」

 

「世界を破壊だと……!」

 

シヴァージの顔に一筋の汗が流れた。

 

「お前たちはテロリストにでもなるつもりか!」

 

「そうお呼びして貰って結構でございます。今の我々は、まず間違いなく世界の敵ですので」

 

シヴァージはシャラナ姫へと振り返った。

 

「姫様! やはりこの男は怪しい! このような妄言を放つ者の言うことなど……」

 

シヴァージが尚も反対意見を述べようとした時だった

 

ビー! ビー! ビー!

突然、場内の至る所からけたたましい警報音が鳴り響くと共に、謁見の間の天井に備え付けられたランプが赤く点滅した。

 

「なんだ!?」

 

『緊急警報発令!』

 

シヴァージが驚いて見上げると、壁話に備え付けられたスピーカーから、兵士の慌てたような声が響き渡った。

 

『敵軍襲来! 繰り返す! 敵軍襲来!』

 

その場にいた者たちはすぐに動き始めた。シヴァージは状況を確認するべく司令所へ問い合わせを行い、シャラナ姫は親衛隊の制止を振り切ってバルコニーへと飛び出した。

 

三日月たちもシャラナ姫の後に続いてバルコニーに向かった。

 

「あっ……!」

 

シャラナ姫は短い悲鳴を上げた。

 

「敵が……もうこんな近くに……?」

 

バルコニーの手すりから身を乗り出し、カピラ城を囲む壁のすぐ向こう側を目視したシャラナ姫の表情が絶望に染まった。なぜなら、壁のすぐ向こうに側に敵の大群が押し寄せていたからだ。

 

陸上戦艦1隻、その他陸上艦艇4隻、その周囲に展開された200を超える大量のBM及び装甲車。それらから放たれる無数の光が、夜の地上を明るく照らし出していた。

 

「ほう、これはまた大群で……」

 

バルコニーの端に移動し、オスカーは軍勢を見渡した。

しかし、その顔には余裕さえ伺える。

 

「あれ全部敵なんだ、そっか」

 

「…………」

 

余裕の表情を浮かべているのはオスカーだけではなかった。オスカーの隣に並ぶ三日月も、相変わらずナツメヤシを片手にどこか興味なさげな表情を浮かべ、朧に関しても、大部隊を見ても顔色一つ変えなかった。

 

「馬鹿な! 監視所は何をやっていた!?」

 

シヴァージは壁に備え付けられたモニターで壁外の様子を確認しつつ、内線を通じて司令所へ抗議した。

 

『それが、人手不足で……』

 

「くっ、何ということだ……!」

 

舌打ちをして通信を切り、バルコニーへと走った。そして、バルコニーから目の前に迫りつつある大群へ一瞥を送りつつ、震えを隠せずにいるシャラナ姫の腕を掴んだ。

 

「姫様! ここは危険です、お逃げください!」

 

「この状況下で、どこへ逃げろというのですか!」

シャラナ姫を避難させようと彼女の腕を引き寄せるシヴァージだったが、しかし、シャラナ姫は手すりに捕まって動こうとしない。

 

「とにかくお下がりください!」

 

「待って……あっ! アレは一体何をしているの?」

 

驚きのあまり敵の軍勢から目を離せなくなってしまっていたシャラナ姫だったが、シヴァージに腕を引かれたことによって、その視線が奥側の軍勢から外れ、壁外のさらに手前側にいる小規模なBM部隊へと止まった。

 

「……なんだ……?」

 

シャラナ姫がそれを必死に指し示すと、シヴァージもそれに気づいたのか、シャラナ姫の腕を離して壁外の手前を見つめた。

 

それは3機編成のBM小隊だった。

ブラーフマの率いる反乱軍が使うBMは主に日ノ丸や極東製のゴツゴツとした印象を受ける機体がその殆どを占めていたのだが、手前側にいるBM小隊が運用している機体はヴァルハラ製のスマートな機体……バルキリーのカスタムタイプだった。

 

赤いバルキリーを先頭に、青色と黒色のバルキリーがその後に続いている。

 

「バルキリー? 反乱軍の機体にしては珍しいな」

 

それを見て、シヴァージは思わず呟く

 

「え? テッサ?」

 

それを聞いて、三日月は思わずシヴァージの視線を追った。テッサの使っている機体がバルキリーと呼ばれるものであることと、近いうちにテッサたちがチュゼール入りするという話を葵博士から聞いていたからである。

 

「違うか」

 

だが、そこにいたバルキリーが自分のよく知るバルキリーではないことに即座に気がつき、三日月の興味は一瞬で失われた。

 

「三日月君、どうしたのかね?」

 

オスカーは三日月をチラリと見つめた。

 

「ん……ただの人違い……いや、機体違い……?」

 

「ああ。まあ、そういう事もあるさ」

 

「赤い人もそういうの、よくあるの?」

 

「ふむ……そうだな。いや、私はそれほどでもないな」

 

「ふーん、そっか」

 

「ところで、三日月君」

 

「何?」

 

「どうして君は、私のことを『赤い人』と呼ぶのかね?」

 

「え? だって…………あれ?」

 

三日月はそこで改めてオスカーを見て……そして、何かに気づいた様子を見せると、自分の発言に対して疑問符を浮かべた。

 

「え? 俺……なんでアンタのこと、赤い人って呼んでるんだろ?」

 

混乱した様子の三日月に、オスカーは小さく笑った。

 

「フフフ……どうやら君は、殆どの人には見えていない何かが見えているのかもしれないな。人の外見に惑わされることなく、その本質を見抜く力というべきか……」

 

「……よく分からないけど。じゃあ、これからアンタのことなんて呼べばいい?」

 

「いや、今まで通り『赤い人』で結構だ」

 

「そっか、分かった……で、そっちの人は……」

 

そう言って、三日月は朧を見つめた。

 

「……私か?」

 

「うん」

 

三日月に見つめられ、朧は気まずそうに髪をいじった。

 

「あだ名をつけられるほど親しくなった覚えはないが……」

 

「人の名前って覚えにくい。だから、アンタは家族想いの人ね」

 

「……! なぜそれを……!?」

『家族想いの人』と呼ばれ、朧は驚いたように三日月を見つめた。てっきり無難に『剣の人』とでも呼ばれると思っていたため、その驚きは更に高まった。

 

これに関して、三日月はA.C.E.学園で出会った佐々木光子に対して既に『剣の人』と名付けており、光子との被りを避けるために除外し、それ以外の彼女に対するイメージから思いついた名前がそれだった。

 

「え? 何となくだけど……違った?」

 

「いや、間違っては……いないが……」

 

朧は何か言いたそうな表情を浮かべるも、結局何もいうことができず引き下がることしかできなかった。それを見て、オスカーは高らかに笑った。

 

「ははは! 朧君、どうやら彼は本物のようだね」

 

「……そうですね」

小さく同意して、朧はため息をついた。

 

「??」

 

3人が呑気な会話を繰り広げている一方で、シヴァージらカピラ陣営の人々は違っていた。三日月の後ろでは親衛隊たちが慌ただしく動き回り、集結している敵戦力の把握に努め、そこからカピラ城防衛の為に必要な戦力について内線を用いて司令所と議論を交わしていた。

 

だが、アランバハの戦いで疲弊しきったカピラ陣営には、最早カピラ城を防衛することができるだけの戦力など、あるはずもなかった。

 

「あのバルキリー……一体何をしているんだ?」

 

双眼鏡を手に、バルコニーから謎のバルキリー部隊を観察していたシヴァージが呟いた。三日月がチラリとそこへ目をやると……3機のバルキリーの内、先頭の赤いバルキリーが腰部のハードポイントに装備したそれを突然引き抜くと、高らかに掲げ上げた。

 

『これがブラーフマに背いた罰だ!』

 

バルキリーのスピーカーからパイロットのものと思わしき女性の声が響き渡った。拡張された声は外壁を通り越し、カピラ城のバルコニーからもしっかりと聞き取ることができた。

 

赤いバルキリーが掲げたもの、それはボロボロの黒い旗だった。金色の刺繍は煤でみずほらしく汚染されていたものの、辛うじて『極東武帝』という言葉は読み取ることができた。

また、旗の先端には白いライフル銃のようなものが取り付けられており、一見するとそれは旗の上に取り付けられた髑髏のようであった。

 

『投降しな! シャラナ王女! 極東武帝でもアンタを救うことはムリだった!』

 

「降伏勧告だと? しかし、アレは……」

 

シヴァージはバルキリーの掲げた旗を見つめ、唇を噛んだ。

 

「まさか、極東武帝の……旗……?」

 

バルキリーの持つそれを見て、シャラナ姫の顔が真っ青になった。「やはり……彼らは……」何度見返しても、それがよく知る極東武帝の旗であることに変わりないことに気がつき、シャラナ姫はバルコニーの床に崩れ落ちてしまった。

 

「あれって……ベカスの……?」

 

旗を見てシヴァージを始めとするカピラの者たちが言葉を失っている中、三日月の注目は別のところに向けられていた。

それは、旗の先端に取り付けられたライフル銃だった。三日月は、そのライフル銃がベカスの愛機であるウァサゴの主砲であることを記憶していた。そして、そのライフル銃が敵の手にあるということは、即ち……

 

「ベカスが……死んだ?」

 

その瞬間、三日月の瞳孔が開いた。

それからしばらくの間、夜空を仰ぎ見ていた三日月だったが、ふと我に帰り、ポケットからナツメヤシの実を取り出して口にした。

 

「やはりそうか……」

 

その時、オスカーからアランバハ侵攻作戦での出来事について一通りのことを聞かされていた朧は、予想通りだと言いつつも、残念そうな表情を浮かべた。

 

『アイツは確かに強かった! だけど、傭兵会社G.O.E.に所属するアタシらローズトライスターと、アランバハ守備隊の敵じゃあなかった!』

 

赤いバルキリーのパイロット、ミアは高らかに名乗りを上げた。G.O.E.に所属するローズトライスターは強者として広く知られている小隊であり、ミアは極東武帝の戦死と自らの小隊が持つネームバリューによる示威効果で、王女に早々と投降することを迫っていた。

 

その効果はあったようで、シヴァージを始めとするカピラの兵士たちは皆、ローズトライスターが敵に回ったと知るや否や一同に青ざめた表情を浮かべた。

 

「ほう、ローズトライスターか」

 

ミアの言葉を聞いて、オスカーは腕を組んだ。

 

「強いの、アイツら?」

 

そんなオスカーに、三日月は横から尋ねた。

 

「ああ。傭兵会社G.O.E.の顔を務めることもある彼女たちは、皆傭兵としての腕前は一流と言っても過言ではない。特性の違う3機のバルキリーによる、全距離に対応した連携攻撃には定評があってだね……なるほど、彼女たちならばベカス君たちが負けるのも無理はないのかもしれないな?」

 

「ふーん、そっか」

 

オスカーの言葉を聞いた三日月は、そこで何を思ったのかバルコニーの手すりに手を置くと、跳躍して手すりの上へと飛び乗った。

 

「む……どうする気かね、三日月君?」

 

「ちょっと……確かめてくる」

 

そう言って、三日月は下を眺めた。

バルコニーからは壁に向かって大きく広がる城下町を見ることができたが、同時に身がすくむような高さでもあった。

吹き付ける風が三日月の体を危なげなく揺らす。

 

「な……っ、何をしているのだ!?」

 

手すりの上に絶妙なバランス感覚で佇む三日月の姿を見て、シヴァージはヒヤリとするものを感じた。

 

「そこは危険だ……! 早く降りなさい!」

 

「それじゃあ、行ってくる」

 

慌てるシヴァージとは裏腹に、三日月は淡々とした口調でそう告げると……次の瞬間、三日月は何の躊躇いもなくバルキリーの手すりから身を投げ出した。

 

「なっ……!」

 

それに気づいたシヴァージが即座に駆け寄るも、既に三日月の体は空中にあり、重力に従って彼は真っ逆さまに落下していった。

 

カピラ城の壁面に接触してしまうギリギリのところを、三日月は猛スピードで落下し続ける。

 

 

 

「来い……バルバトス!」

そして、三日月がその言葉を呟くと……

 

 

 

ドォン……!

次の瞬間、轟音と共に三日月の真下……カピラ城の地面が割れたかと思うと、そこから巨大な白い影が飛び出し、落下中の三日月の元へと跳躍した。

 

白い影……バルバトスは、まるで意思を持っているかのように空中で三日月を捕まえると、彼を自身のコックピットの中へと誘った。

 

そして、阿頼耶識システムにより三日月とバルバトスが物理的な繋がりを持つと、バルバトスのツインアイが強い輝きを放った。

 

「さあ、行こう……!」

 

垂直に落下するバルバトスを、三日月はスラスターを用いてバランスを取りつつ水平にさせ……次の瞬間、バルバトスの巨大な足が、カピラ城の壁面を蹴った。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「あー、繰り返す! シャラナ姫、アンタはもう終わりさ!」

 

ミアによる投降の呼びかけは依然として続けられていた。

 

「アランバハで大敗を喫したアンタらに、これだけの戦力から身を守るだけの力なんてものがないっていうのはお見通しさ! それに、弱っちいアンタに救いの手を差し伸べる奴なんて誰もいない! 大人しく我々に投降して、カピラ城を明け渡しちまいな!」

 

さもなくば……ミアはそこで旗を地面に放り投げ、そこに向かって銃撃を行った。それにより、極東武帝の文字は悉く引き裂かれ、ただでさえボロボロだった旗は最早原型をなくした。

 

「見ろ、アンタらの運命はこの旗と一緒さ! そうなりたくなければ大人しくこちら側の指示に従って貰おうか! 回答期限は……そうだな」

 

ミアは少しだけ考えた後……

 

「30分だけ猶予を与える!」

そう言って、3本指を出して示した。

 

「ちょっとミア〜、それは短すぎでしょ?」

 

「そうだよ、もう少し待ってあげても……」

 

先程からミアの降伏勧告を聞いていたアリスとルルが口を挟んだ。アリスの乗る青いバルキリーはミアから見て右側に、ルルの乗る黒いバルキリーは左側に展開している。

 

「30分を超えても友好的な回答が得られなかった場合……ちょっと! 今いいところなんだから邪魔しないでよね。大丈夫〜全部アタシに任せなって〜」

 

ミアはバルキリーで肩をすくめるような仕草をし、2人へ視線を送った。それに対して、2人は「やれやれ」と言いたそうにため息を吐くのだった。

 

「さて……」

 

ミアはタイマーを30分にセットし、カピラ城を見やった。

 

「30分を超えても友好的な回答が得られなかった場合、もしくはそちらに投降の意思がないと判断された場合、こちらは一斉攻撃を開……」

 

しかし、ミアの言葉は途中で打ち切られた。

 

……ドン!

突然、3人の目の前で爆発が生じた。

正確に言えば、カピラ城を囲む巨大な壁の一部が何の前触れもなく崩壊した。

 

「……なっ!?」

 

3人が驚愕したのもつかの間……

爆発によって生じた土煙の中から、黒く刺々しい巨大な鉄柱を持つ何かが姿を現した……かと思うと、それは土煙の中でモスグリーン色のツインアイを発光させ、3人の姿を視界に捉えた。

 

キイィィィィィィィィィィィィンンンン……

 

ローズトライスターの3人は、壁を突き破って飛び出してきたそれが、白い人型兵器だと認識することすら出来なかった。

次の瞬間、それはブースターを吹かし、地面スレスレを超低空飛行で移動すると一瞬にしてローズトライスターへと迫った。

 

白い人型兵器……三日月の操るバルバトスは、邪魔な壁を破壊したことでボロボロになったメイスを捨てると、どこからともなくレンチメイスを取り出し空中で構えた。

 

そして……

 

「……る?」

 

ミアの左側にいた黒いバルキリーのパイロット……ルルは、目の前に迫り来るバルバトスと巨大な鉄の塊に反応することすら出来ず、疑問符を浮かべた。

 

次の瞬間、黒いバルキリーの真正面へ降り立ったバルバトスは、レンチメイスによるフルスイングを実行した。

結果、それは黒いバルキリーの右腕部を押し潰し、腰部へと直撃……圧倒的な質量の衝突によって生じた衝撃により、黒いバルキリーの体は空中で真っ二つに引き裂かれ、その上半身は100メートル近い距離を転がった。

 

上半身は地面を転がる過程で頭部と両肩にさらに甚大な被害を受けたものの、コックピットブロックだけは辛うじて原型を留めていた。

これはバルキリーの持つ高い防御性能のお陰だったのだが、もしもルルが搭乗していたのが別の機体であったのならば、まず間違いなく彼女の命はなかったことだろう。

 

「…………え?」

 

ミアは自分の仲間かやられたことで、ようやく状況を理解することができた。呆然とした様子で、つい先ほどまでルルがいた場所へ視線を送ると……

 

「まず、1つ」

 

バルバトスのツインアイが、ミアのバルキリーを捉えた。

バルキリーとバルバトスの視線が交錯する。

 

未だショックから立ち直れずにいるミアに対し、三日月はレンチメイスを突き出した。恐竜を思わせるレンチメイスの巨大な顎が、バルキリーの左肩をキッチリと咥え込んだ。

 

「アウっ!」

 

ミアは悲鳴をあげた。

 

「このッッッ、ミアを放せ!」

 

アリスはレンチメイスで拘束されているミアを救出すべく、青いバルキリーを突撃させた。そして、エンジンドリルの先端をバルバトスに向け……

 

「よっと」

 

しかし、エンジンドリルがバルバトスの装甲を直撃しようとしたところで、三日月はレンチメイスを振り回して迎撃を行った。

 

「な!? うわあぁぁぁぁ!」

 

結果、ミアのバルキリーがレンチメイスに拘束されていたこともあって、2機のバルキリーは機体を激しくぶつけ合って、双方共に大きく損傷した。

 

アリスのバルキリーは制御を失って転倒、ミアのバルキリーも同様に転倒しかけるも、バルキリーの左肩に食い込んだレンチメイスがそれを妨げた。

 

「ねぇ」

 

三日月はバルキリーを引き寄せると、パイロットであるミアに声をかけた。

 

「…………?」

 

軽く脳震盪を起こしかけているミアは、朦朧とする意識の中でその言葉を聞いた。

 

「さっきの言葉……アレ、嘘でしょ?」

 

「…………?」

 

「えっと……さっきの、極東武帝が死んだとかって言う話……それと、あの銃の持ち主も生きてるんでしょ?」

 

「…………!」

 

朽ち果てた旗の先端に取り付けられたライフル銃を指差して三日月が指摘すると、ミアは明らかに動揺した。

 

「やっぱり、そうだったんだ」

 

ミアが放った息を呑む気配をスピーカー越しに感じ取った三日月は、そこで確信を得たのかその表情を僅かに明るくした。

 

「なぜ……」

 

「ん?」

 

「なんで、分かったの……?」

 

「何となくだけど……まあ……」

 

三日月は一度バルキリーから目を離し、少し考える素ぶりを見せた後……

 

「アンタら、大して強くないから」

 

淡々とした目つきでバルキリーを見下ろした。

 

「なん……だと……?」

 

「アンタらじゃ、あの2人は倒せない……そう思ったから」

 

三日月は、大切な人を失った者だけが発揮することのできる『強さ』を知っていた。それはオルガ・イツカを始めとする何人もの『家族』と呼べる存在を喪った過去を持つ自分自身の経験からくるものであり……また、三日月の周囲には自分自身と同じような状況に立たされた人物が数多く存在していた。

 

幼い頃に、最愛の母親を亡くしたテッサもその内の1人だった。そんな人々を長きにわたって見続けてきた三日月は、彼ら彼女らが心に宿す強い意志が、やがて大きな力となって結実する瞬間を見届けてきた。

 

それは、極東武帝と呼ばれる存在を喪ったベカスと影麟も同様だった。2人とも、極東武帝とは血縁関係こそないものの……三日月は2人の瞳に映る強い意志を感じ取っていた。

 

カピラ陣営によるアランバハ侵攻作戦の前日……

夜、2人が修行していたあの瞬間……

影ながらそれを見守っていた三日月は、彼らの中に存在する強い意志が、新たなる力として現れた瞬間を目撃していた。

 

だからこそ、三日月は確信していた。

例え無数の敵に囲まれようとも……、例えローズトライスターのような、それなりに強い者たちと交戦しようとも……

あの2人が、こんなところで終わるはずがない、と

 

「だからさ……」

 

レンチメイスの内側に仕込まれたチェーンソーが起動し、甲高い音(まるで歯医者で歯を削られる時のような不快な音)と共にバルキリーの左肩を切断していく

 

「教えてくれて、ありがと」

 

皮肉とも取れる三日月の感謝の言葉は、しかし自らの操るレンチメイスから発せられる高音によって遮られ、ミアに届くことはなかった。

 

胴体と左肩が分断されることでレンチメイスの脅威から解放されたバルキリーは、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。武装を喪失し、パイロットであるミア自身も戦闘のダメージで既に気を失っており、最早これ以上の戦闘継続は困難だった。

 

「お前! よくも2人を!」

 

しかし、アリスはまだ生きていた。

制御不能から回復すると、バルバトスに向き直ってドリルを回転させ始めた。しかし、アリスの駆る青いバルキリーは先ほどのバルキリー同士の衝突により深刻な損傷を受けており、特に左半身のダメージは深刻で、左腕が完全に動かなくなってしまった他、肩部のミサイルが使用不能になっていた。

 

「……なんだ、まだ生きてたんだ」

 

「死ね! このクソ野郎!」

 

アリスは右肩のミサイルを斉射した。

三日月がそれをレンチメイスで叩き落とすと、ミサイルの弾頭部分に内蔵されたフレアーによる爆炎が周囲を満たし、三日月の視界を奪った。

 

「今度こそ!」

 

アリスはバルバトスの大体の位置を特定すると、バルキリーをブーストさせ、爆炎の中めがけてエンジンドリルによる刺突を繰り出した。

 

「なに……!?」

 

しかし、アリスの攻撃は空を切るに終わった。バルバトスがいると思われていたその場所には、何もいなかった。

 

「いない!? どこ……!?」

 

アリスはバルバトスを探して爆炎の中を見回すも、それらしき影は一向に見当たらない。このまま爆炎の中にいることは危険だと判断したアリスは、機体を後方へと跳躍させ……

 

「見つけた!」

 

「な!? うわぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

アリスが跳躍した先には、三日月の操るバルバトスが待ち構えていた。その腕には顎の開いたレンチメイスが握られており、バルキリーは背後から巨大な開閉機構に食いつかれ、捕縛されてしまった。

 

「クソッ! クソッッッ! 離せ! この卑怯者め」

 

「卑怯者……?」

 

罵声と共に振り回されるドリルに注意しながら、三日月はレンチメイスを片手で引き寄せると、青いバルキリーの頭部にもう片方の手を置いた。

 

「で……? それが何?」

 

そして、バルキリーの頭部を手で掴むと……そのまま、バルキリーの頭部を力任せに引きちぎった。何かが切断される嫌な音と共にバルキリーの頭部が胴体から引き離されると、脳幹に繋がる脊椎のごとく、電気系統の配線がその後に続いた。

 

その瞬間、青いバルキリーはパワーダウンを引き起こし、ゆっくりと地面に倒れ伏した。エンジンドリルの回転もやがて収束し、そして周囲は沈黙に包まれた。

 

「…………次」

 

三日月はスパークを立てるバルキリーの頭を握り潰して投げ捨てると、戦場のとある一点へと視線を送った。

 

そこには、照射砲やライフル砲で武装した敵部隊が展開していた。それはローズトライスターを支援するために後方に控えていた部隊で、その数は20機を超えていた。

 

三日月はバルバトスをブーストさせ、敵部隊へと強襲をかけた。それと同時に、敵は三日月めがけて一斉射撃を開始した。

 

「そんな攻撃」

 

三日月は前方へ進出しつつ、必要最低限に左右へのブーストを行い、ジグザグ移動で攻撃を回避する。そして……

 

「そこ!」

 

前に出ていた一機へと狙いを定めると、三日月は勢いそのままレンチメイスを振り回した。レンチメイスというただでさえ重たい得物に、ブーストによる加速を上乗せしたその一撃は、強固な装甲を持つ極東製のBMを一瞬にして粉砕せしめてみせた。

 

三日月の攻撃はまだ終わらない。

今度は先ほど倒した敵のすぐ近くにいる敵へ狙いを定めると、レンチメイスを突き出した。直ちに巨大な顎が敵機を捉え、内部のチェーンソーを使うまでもなく閉口すると、敵機はあっさりと圧壊し、スクラップと成り果てた。

 

三日月はレンチメイスを振り回し、顎の中のスクラップを他の機体へと投げつけた。それは見事に命中し、バルバトスにライフルの照準を合わせていた敵を転倒させた。

 

それからバルバトスを跳躍させ、転倒した敵の真上にくると、レンチメイスの先端を真下に向けて落下……スクラップに覆い被さられた形で転倒した敵を、スクラップごと押し潰した。

 

こうして、三日月は一瞬にして3機を撃墜した。

 

それに対し、敵は左右からの挟撃を敢行

しかし、その銃口がバルバトスを捉える前に……地面に突き刺したレンチメイスから手を離した三日月は、素早く両腕を広げ、腕部に搭載された機関砲を次々と放った。

 

攻撃は全てワンショットキルだった。

バルバトスの両腕から放たれた巨大な砲弾は、敵機の装甲を易々と貫通し、彼らに永遠の眠りを与えた。

 

背後から実体剣を構えて迫り来る敵は、バルバトスの背部に搭載されたサブアームで斬撃を受け止め、それから振り返りつつ強烈な肘打ちを食らわせて転倒させた後、コックピットめがけて容赦なく機関砲を撃ち込んだ。

 

さらに、三日月はレンチメイスで近場の敵機を捕獲したかと思うと、それを盾にして前進……敵味方識別信号の存在からか、攻撃し辛そうにしている敵のことなど御構い無しと言うように、敵のど真ん中でレンチメイスを振り回し、叩き潰し、蹴り付け、発砲し、拳を叩き込んだ。

 

そうして、合計25機のBM部隊は沈黙した。

 

「ふぅ……」

 

最後の敵を討ち倒し、三日月は息を吐いた。

が、そこで何やら嫌な気配を感じた三日月は、バルバトスを僅かに傾けさせた。

 

その直後、バルバトスの装甲を無数の曳光弾が掠めた。三日月が弾道を辿ると、そこには新たな敵BM部隊が展開しており、三日月へ銃口を向けていた。

 

部隊の規模は先ほどよりも大きい。BM部隊による一斉射撃が始まると、それと同時に反乱軍の最後尾に陣取っていた5隻の陸上艦船からも艦砲射撃が行われた。

 

「これは、避けられないか」

 

迫り来る弾幕を見て、そう呟いた三日月はレンチメイスを地面に突き刺し、腕を組んで防御姿勢をとった。次の瞬間、無数の銃弾が殺到し、度重なる爆炎がバルバトスを包み込んだ。

 

反乱軍によるバルバトスへの一点集中攻撃は実に20秒間に渡って行われた。それにより、戦場は巨大な爆煙に覆われ、厚く張った弾幕は戦場に大量の空薬莢を散乱させるという結果をもたらした。

 

だが、それだけの攻撃に晒されたにも関わらず

 

「…………ん、終わった?」

 

恐ろしいことに、バルバトスは健在だった。

戦場を覆い尽くしていた爆煙が晴れ、殆ど無傷の状態でその場に佇むバルバトスを目撃した兵士たちは、呆気にとられて息をするのを忘れた。

 

「……じゃあ、今度はこっちの番ね」

 

損傷したレンチメイスを回収し、死刑判決とも取れる宣告と共に、三日月が滑空砲を取り出した時だった……

 

「…………ん?」

三日月は、自分の目先にスパークが走るのを感じた。

 

しかし、先ほどの朧の時とは違って敵意はなく、三日月にとって嫌な感覚ではなかった。むしろ、それは自分にとって大いに友好的で、親しみのあるもので……

 

「ああ、そうだった」

 

そして、その正体に気がついた三日月は動きを止めた。

 

先程からなんの動きを見せない三日月に対し、反乱軍は徐々に距離を詰めてくる。それに対し、三日月は敵の真正面であるにも関わらず、無防備に夜空を見上げた。

 

「…………来た」

 

三日月がそんな呟きを放った瞬間……

 

 

 

キイィィィィィィィィィィィィンンンンンンン

 

 

 

深淵に包まれた夜空の中から、耳を劈くような音と共に高出力の光線が放出されたかと思うと、それは三日月へと迫る敵BM部隊の中心部に着弾……一瞬にして、部隊の約半数を消滅させた。

 

三日月はジッと、高出力ビームが発射された位置を見つめた。すると、間も無く空の端にキラリと光輝くものが浮かび上がったかと思うと、次の瞬間、それは三日月の真上を通過した。

 

暗い闇に包まれ、肉眼ではほぼ捉える事のできない高高度を超高速で駆け抜けるその姿は、まさしく流星と呼ぶに相応しい物だった。

 

流星は全部で3つ。編隊を組むように、それぞれ一定の距離と速度を保ちながら、赤・青・黒の軌跡を描いて深淵の中を駆け巡っている。

 

「なんか、綺麗だな……」

 

三日月がそれを眺めていると……3つの流星の内、赤色の流星が突如として編隊から離脱し、こちらへと真っ直ぐに降下してくるのが見えた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

3つの流星はカピラ城からも観測されていた。

 

「何だ……今の光は……?」

 

突如として流星の中から光が放たれたかと思うと、それが迫りつつあった敵部隊を一瞬で焼き払ったことに対して、シヴァージは戸惑いの表情を浮かべた。

 

「シヴァージ様! 通信が入ってきました!」

その時、司令所との情報交換を行っていた通信兵が、バルコニーにいるシヴァージの元へ駆け寄ってきた。

 

「後にしろ!」

 

「いえ、それが……通信の発信源を辿ってみると、それはこのカピラ城の真上からで……」

 

「真上だと!? まさか……」

 

カピラ城の真上……つまり上空と聞いて、シヴァージは空を仰ぎ見た。まさか、流星が通信を行ってきたとでも言うのだろうか? そんなことを考えつつ、シヴァージは通信兵に聞いてみることにした。

 

「……読み上げろ」

 

「は!『こちらは、OATHカンパニー所属』……」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

赤い流星が猛スピードで三日月へと迫っている。

 

しかし、もう間も無く地面へと接触しかねないという時になって、流星は空中で姿勢を変えると、6枚のウィングで構成されるフライトユニットの全推力を下方向へと向け、減速を開始した。

 

ツインアイから発せられるモスグリーンの輝き

 

赤い軌跡が真下へと伸び、大きく翼と両腕を広げて着地のための揚力を確保しつつ、三日月の正面へゆっくりと降り立った。

6枚の巨大な翼を生やした人型機、フライトユニットから放出される赤色の推進剤も相まって、その姿はまるで、赤い十字架を背にした天使が地上へと降臨したかのようだった。

 

それは、ローズトライスターの隊長……ミアも使用していたヴァルハラ製、バルキリーだった。しかし、このバルキリーを構成するありとあらゆるパーツは全て高精度なものへと換装され、武装やバックパックに関してもオリジナルのものを遥かに上回る性能のものが採用され、既存のバルキリーとは最早別物と呼んでも過言ではないほどにフルカスタムが成されていた。

 

 

 

『オーガス小隊、戦闘二参加ス』

 

 

 

通信兵によって部隊名が読み上げられるのと、液体の名を冠したバルキリーが顔を上げたのは、ほぼ同時だった。

 

「…………」

 

コックピットの中には1人の少女の姿があった。

 

母親の忘れ形見であるルビーのネックレスを首にかけ

 

自身の背後に佇む、大切な人の存在を感じながら

 

少女は決意を胸に秘め、操縦桿を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第29〜30話:『オーガス小隊』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued...




いつのまにか3万字近く書いてて草
そりゃ書くのに時間かかるわけです……あと、編集のためのスクロールで指が痛いのです。

謎の人物、エイハブに関する設定はムジナの先読みが含まれているので、絶対に齟齬が起こるだろうなと思いつつ書きました。(大陸間戦争の件などで)まあ、深刻な矛盾など生じた場合にはひっそりと差し替えるので……ひっそりと

久しぶりに三日月の活躍を書くことができて楽しかったです。
次回はテッサら小隊メンバーと共にもっと暴れまわることになります。
(次回予告はお休みです)お楽しみに!

それでは、また……


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第30話:小隊(後編)

お帰りなさい! 指揮官様!

少しだけ、例のアレについて語らせて下さい。
皆さんもみましたか? ムジナも勿論みさせていただきました!
それでですね、「これは凄い!」と心の底から思いました。
やっぱり熱くなれるのはいいですよね!強大な敵を前に、皆が力を合わせて敵を討つ様はやはり惚れ惚れとさせられます……各所で流れる魅力的な歌も相まって、まさに傑作と呼ぶに相応しい出来だったと思われます。


本当に最高でした! 鬼滅の刃 無限列車編!


は? ダンクーガイベントですか?
正直言って、あれはクソイベでしたね。はい
なぜかって? 決まっているでしょ……ハゲヤクザが性懲りも無く登場したからですよ!(ムジナ脳では、あのハゲが出たイベントは即クソイベ判定が適用されます)ハゲヤクザよ! 貴様の存在価値はダッチーから与えられた偽りの強キャラ設定とその悪趣味な機体によって保たれているのであって、貴様自身はただの一般市民、故にアイサガ世界での存在価値はなきに等しい。せいぜいダッチーから与えられた補正を貪ってイキり続けるがいい!

それとムジナは別にソロモンの活躍なんて見たくはないです。(リヒャルト……お前はやりすぎた) ましてやカーズの活躍なんて興味ないのです。


総評して、ダンクーガイベントはクソイベだったと言えます。


それで、次はゲッターロボですか?
はぁ……また古臭いものを……いえ、別にゲッターロボが嫌いなわけではないのですよ。ムジナはカラオケに行ったら大体歌うほど、ゲッターロボは好いていますので。まあ、その理由については後ほど……


それでは、続きをどうぞ……



 

 

『オーガス小隊、戦闘二参加ス』

 

 

 

通信兵によって部隊名が読み上げられるのと、液体の名を冠したバルキリーが顔を上げたのは、ほぼ同時だった。

 

「…………」

 

コックピットの中には1人の少女の姿があった。

 

母親の忘れ形見であるルビーのネックレスを首にかけ

 

自身の背後に佇む、大切な人の存在を感じながら

 

少女は決意を胸に秘め、操縦桿を強く握りしめた。

 

「テッサ、そこにいる?」

 

「はい、三日月さん」

 

三日月の声に応え、テッサは振り返った。

赤い天使と白い悪魔が対面する形となり、双方のツインアイから発せられた、2つの視線が空中で交わった。

 

「あれ? というか来るの早いね……到着は明日の朝ぐらいになるって聞いてたんだけど?」

 

「それは……」

 

三日月の疑問にテッサが答えようとした時だった。

 

「それはですねー! 我が社で開発された、新型ロケットブースターを使ったからなんですよ〜」

 

三日月の真上からそんな声が響き渡った。三日月が見上げると、先程テッサがやっていたように6枚の大きな翼を広げ、黒いバルキリーと赤いバルキリーが降下してきた。

 

2機のバルキリーはスラスターを吹かし、三日月の両側面をカバーするように、ゆっくりと地面に着地した。こうして赤、青、黒……3機のバルキリーが出揃うこととなった。

 

「ミドリちゃん?」

 

「はーい、ミドリちゃんですよ〜」

 

三日月は黒いバルキリーへと視線を送ると、ミドリは茶目っ気たっぷりにそう返した。

 

「るる、アイルーもいるなの〜!」

 

「ん、アイルーも来たんだ」

 

青いバルキリーから発せられるアイルーの楽しそうな声に、三日月は少しだけ以外そうな顔をして青いバルキリーを見つめた。

 

「驚きましたか?」

 

「うん、ロケットって?」

 

ミドリの言葉に、三日月はそう聞き返した。

 

「はい、BMの移動速度を数倍に引き上げることのできる大型ロケットブースターです。使い捨てなので、ここに来る途中で切り離してきましたが、どうやら間に合ったみたいですねー」

 

「そっか、空を飛んできたんだ」

 

「そりゃあ勿論〜。三日月くんの為ならば、地球の裏側からだろうとひとっ飛びですよ」

 

ミドリはそう言って、とびっきりの笑みを浮かべた。

 

「俺の為?」

 

「そうなんですよ〜。実はテッサさんが〜、三日月くんのことが心配だって言って聞かなくて」

 

「テッサが?」

 

三日月はテッサへと視線を送った。

 

「その……なんだか嫌な予感がして……」

 

すると、テッサは顔を赤くして気まずそうに呟いた。

 

「ごめんなさい。でも、居ても立っても居られなくて……」

 

「いいよ、別に……謝らなくても」

 

「邪魔……だった?」

 

「ううん、邪魔なんかじゃない。むしろ、倒す手間が省けてよかった……ありがと」

 

「三日月さん……」

 

優しげな三日月の言葉に、テッサはうっとりとした表情を浮かべた。お互いに姿は見えていないものの、まるで2人はお互いの存在をすぐ近くに感じているかのようだった。

 

「心が通じ合ってますね〜、かわい〜」

 

「お姉ちゃんと三日月お兄ちゃん、お似合いなの〜!」

 

そんな2人を茶化すように、ミドリとアイルーは「そうだねー」と頷き合った。

 

「ち、ちょっと……2人とも……」

 

2人にからかわれていることに気づいたテッサが、恥ずかしそうに顔をうつむかせた時だった……

 

「……ッ!」

 

突然、何かに気づいたテッサが機体を反転させると……遠方で待機していた反乱軍の陸上艦船から無数の何かが打ち上げられた。

 

「ミサイルなの!」

 

ミサイルの接近警報を耳にして、アイルーが叫ぶ

夜空を埋め尽くすほどの大量のミサイルが4人へと迫る。

 

「任せて!」

 

その言葉を放ったのはテッサだった。両腕のバスターライフルを連射モードに変更し、さらに両肩部のレールガンと腰部のビームライフルを機体の前面に向けた。

 

「マルチロック……」

 

テッサが迫り来るミサイルの一発一発に素早く視線を巡らせると、視線の動きと連動して自動的にロックオンがなされていく

 

「みんなは……私が、守る!」

 

テッサがトリガーを引き絞ると、バルキリーに装備された全ての火器が一斉に咆哮を轟かせた。バルキリーから放たれた弾丸、ビームの火線は正確にミサイルの弾頭を捉え、着弾前に空中で叩き落としていく。

 

「…………!!!」

 

テッサのMD(ミサイルディフェンス)はまだ続く

 

テッサが視線を巡らせる度にバスターライフルの射線がその都度変化し、レールガンとビームライフルの砲身がフレキシブルに稼働した。火線が放出される度に、次々と空中に小規模な爆発が生まれる……

 

そうして、テッサはその場から一歩も動くことなくミサイルの迎撃に成功した。数十を超えるミサイルの嵐は、全て着弾前に空中で撃墜され、それによって夜空に大輪の花を形成した。

 

 

 

『リキッドバルキリー』

それOATHカンパニーにて、三日月の元で急激な成長を遂げたテッサ用に、最先端のカスタマイズが施された赤いバルキリー。

リキッド……『液体』の名を冠し、絶え間ない水の流れを彷彿とさせる圧倒的火力を発揮することができる、超攻撃型のBMだった。

 

また、本機は数ヶ月前のパラダイス・ヴィラでの戦いにて中破していたものを改修し、更なる高性能化を実現すると共に、長時間の滞空が可能な新型ウィングユニットを搭載していた。それによってリキッドバルキリーは、最早バルキリーの形をした別の何かへと生まれ変わっている。

 

 

 

「ふぅ……」

 

テッサはため息とともに両腕のバスターライフルを振り払った。ただちに排熱作業が行われ、その砲身から高熱の白煙が吹き上がった。

 

「凄いな、テッサ……」

 

三日月が関心したようにそれを見ていると……

 

「11時方向、敵です」

 

レーダー表示に目を光らせていたミドリが報告した。

するとミドリの言葉に通り、三日月達のいる場所から遠く離れた小高い丘に狙撃銃を持ったBM小隊が姿を現した。

 

「アイルー!」

 

「任せるなの!」

 

バスターライフルのチャージに入ったテッサがそう言い放つと、アイルーは待ってましたとばかりに両腕のシールドを構えた。

 

「ディフェンスドローン、展開なの!」

 

次の瞬間、両腕のシールドが3つに分かれたかと思うと、それはバルキリーの腕を離れて飛び立ち、三日月達の正面へ移動した。それから、合計6枚のディフェンスドローンはその表面にビームシールドを展開して結合し合い、その結果、巨大なビームシールドとなって4人を覆い尽くした。

 

狙撃部隊が次々と砲弾を撃ち込んでくる。しかし、ビームシールドはそれをいとも容易く弾き返した。

さらに、砲撃は敵の装甲部隊・BM部隊からも行われたが、ディフェンスドローンのシールドはその全てを無力化した。さらに、陸上艦船からの砲撃を真正面から受けてもなお、シールドは健在だった。

 

「三日月お兄ちゃん! これ、凄いなの?」

 

「うん、凄いね」

 

「そうなの!そうなの! 」

 

アイルーは天真爛漫な笑顔を見せた。

 

 

 

『ソリッドバルキリー』

テッサの要望を参考に、OATHカンパニーによって後方支援型のカスタマイズが施された、アイルー専用の青いバルキリー。

『固体』を意味するソリッドは、仲間を守る強い意志、姉妹の固い絆からきている。

 

後方支援型でありながら、時に仲間の盾となることを求められた結果、防御性能に特化したディフェンスドローンを両腕に搭載しており、これによって支援攻撃を行いつつ、前衛の味方を守ることを可能としていた。

 

 

 

「次は私の番ですね〜」

 

敵の砲撃が止んだのを見て、黒いバルキリーに搭乗したミドリが前に出た。そして、アイルーがミドリの射線を確保するためにディフェンスドローンの一部を開閉させると、その穴から両腕に装備したプラズマ砲を構えた。

 

プラズマ砲は大口径の砲身が5つも束ねられたもので、巨大な砲門を形成したそれは、まるで龍の口に見えることから『ドラゴントゥース』という名前が付けられている。

 

その射線上には三日月たちを攻撃しようとした反乱軍の狙撃部隊の姿があった。狙撃部隊の兵士たちは、ドラゴントゥースの砲門が向けられていることを察知すると、すぐさま丘を反対側に下り、その射線を切ろうとするが……

 

「逃がしません♫」

 

ミドリは小さく笑うと、ドラゴントゥースの砲身を少しだけ上に向け……そして、トリガーを引いた。

 

直後、両腕合わせて計10門のプラズマキャノンから一斉に緑色の光球が放たれた。両腕からマシンガンのように連続的に放たれるプラズマ球は、曲線を描いて丘の向こう側へ落下……丘の裏側に隠れた敵の頭上めがけて、雨あられの如く降り注いだ。

 

そして、光球は着弾と同時に大爆発を発生させ、丘の向こう側に隠れていた敵部隊を一瞬にして全滅させた。

 

 

 

『バルキリーSC改』

三日月専用の予備機として改造された本機は、バルバトスに搭載された阿頼耶識システムを参考にしたインタフェース……通称、試製阿頼耶識システムが搭載されており、三日月の背中にあるインプラント機器との接続を可能にしている。

そのため網膜投影などの一部機能を使うことが可能となっており、バルバトス程ではないがある程度の感覚的な操縦が可能となっていた。また、阿頼耶識システムとの接続は必須ではない為、やや性能がピーキーではあるものの、ミドリのような一般のパイロットでも扱うことができる。

 

まだ特別な名前を冠してはいないが、前述の2機と同様に重厚なカスタマイズが施され、ベース機となったバルキリーSCとは比べ物にならないほど性能が向上している。

 

 

 

「うんうん、悪くないですね!」

 

生じた爆音の数から敵機撃破の手応えを感じたミドリは、両腕のプラズマキャノンを下ろして清々しい笑みを浮かべた。

 

「へぇ……ミドリちゃん、その武器面白いね」

 

「そうでしょう? 曲射弾道なので慣れないと若干使いづらい所がありますが、その分破壊力は抜群なんですよ〜、使ってみますか?」

 

三日月がプラズマキャノンを興味深そうに見つめていると、ミドリは両腕に装備したプラズマキャノンの片方を三日月へと差し出した。

 

「ん……今はいいかな」

 

「そうですか。それじゃあ……代わりにこちらの斧を使ってみますか?」

 

ミドリはそう言って、今度はバルキリーの腰部にマウントされた二本の巨大な斧を指差した。現在は非使用時の為、コンパクトに折り畳まれてはいるが、展開した時の大きさは一般的な量産型BMの全長を軽く超えるほどの大きさの斧だった。

 

「うん、じゃあ後で」

 

「そうですか〜じゃあ、この盾を……」

 

「あの、ミドリさん……」

 

戦闘中であるにもかかわらず、ミドリがバルキリーSC改に搭載された武器を次々と三日月にオススメしているものだから、それを見ていたテッサは申し訳なさそうに声をあげた。

 

「今はそんな場合じゃ……」

 

「そうなの! 今はまだ戦闘中なの〜!」

 

「おっと! すみません、ついうっかり……てへ☆」

姉妹からの指摘に、ミドリは小さく舌を出した。

 

「…………」

そんな余裕たっぷりの3人を見て、三日月は頼もしさを覚えるのだった。

 

反乱軍大地を埋め尽くすほどのBMと戦闘車両が迫りつつあるのが見えた。さらに後方には、圧倒的な存在感を放つ陸上戦艦が1隻と、巡洋艦と駆逐艦クラスの陸上艦が2隻ずつ並走している。

 

物量で押し潰そうと言うのだろう。

 

三日月は右手に滑空砲を、左手に太刀を持ち、迫り来る反乱軍の大部隊へ向き直った。それに合わせて3機のバルキリー達もそれぞれ銃火器を手に身構えた。

 

「それでは2人とも、後ろは任せてくださいね〜」

 

 

 

「分かった」

 

「お願いします!」

 

 

 

まず、先陣を切ったのはテッサのリキッドバルキリーだった。

 

テッサはフライトユニットをブーストさせ、星々が煌めく夜空の中へ飛び立つと、そのまま反乱軍の上空へと素早く移動した。

 

反乱軍の兵士たちは上空のテッサめがけてBMの携行火器による対空砲火を行うものの、夜空を流星の如く駆け抜けるバルキリーの圧倒的な機動性を前に、予測照準すらままならず、機体にかすり傷を負わせることすらできなかった。

 

「なんてスピードだ!」

 

「弾が……弾があたらねぇ!」

 

「ミサイルだ! ミサイルを使え!」

 

一発も命中せず、無駄弾を増やすだけの攻撃に不毛なものを感じた反乱軍の兵士たちは、次に命中精度の高いミサイルによる攻撃を実施した。

しかし、対BM用の威力が高いがその分鈍重なミサイルでは高速で動き回るバルキリーを捕捉し続けることができず、対戦闘機用の高機動ミサイルではBMを仕留めるには威力が足りなかった。

 

それでも、反乱軍は花火の如く無数のミサイルを夜空に向けて順次撃ち上げたのだが、その全て夜空を縦横無尽に駆け巡るバルキリーのハイマニュエーバーによって躱されるか、着弾前にライフルによるMDで撃ち落とされるなどして失敗に終わった。

 

「馬鹿な!」

 

ありったけの弾薬を放ったにも関わらず、バルキリーが未だに健在であることに反乱軍の兵士たちが驚きを隠せないでいると、そこへワンテンポ遅れて三日月の奇襲が繰り出された。

 

反乱軍の兵士たちの意識が上空のバルキリーへ向けられている間に、バルバトスを超低空飛行で侵攻させ、反乱軍の至近に至った三日月は、左手の太刀を閃かせ反乱軍のBMへと斬りかかった。

 

「……え?」

 

超低空での侵攻により、敵機の接近警報すら聞くことのなかった反乱軍の兵士が、バルバトスの奇襲に気づいたのは、自機が真っ二つに切り捨てられた後のことだった。

 

「何!?」

 

バルバトスが反乱軍のBMを撃破したことで、ようやくその存在に気づいた兵士たちが三日月めがけて銃火器を放とうとするも……

 

「遅い!」

 

兵士たちがトリガーを引き絞る前に、三日月は右腕の滑空砲を3回横薙ぎに放った。大口径の砲門から放たれた巨大な砲弾は敵BMの装甲を容易く貫通……それだけに留まらず、単純な威力を追求した滑空砲による攻撃は、敵機を突き抜けてもなお勢いそのまま、直線上にいた別の機体へと飛来した。

 

密集していたこともあって、滑空砲の砲弾は一度に複数のBMを串刺しにて、通り抜けてきた機体のほぼ全てを大破させた。辛うじて砲弾から逃れた機体も、すぐさま三日月の振るった太刀の斬撃を受けて撃墜される……

 

まさかこれだけの大部隊を前に、たったの2機で真正面から挑もうとするとは思いもしなかったのか、反乱軍の兵士たちは驚愕し混乱した。

 

それにより、リキッドバルキリーに向けられていた対空砲火の手が薄くなった。そして、それを見逃すテッサではなかった。

 

「そこ!」

 

地上から絶えず弾丸の雨が降り注ぐ中を、テッサは回避機動を続けながら二丁のバスターライフルを連射モードに切り替え、対地攻撃を敢行した。

 

「ぐああっ!」

「なっ!?」

「ぎゃ……」

 

敵部隊の中に降り注がれた火線の雨は、正確に反乱軍の頭上へと降り注がれ、瞬く間に甚大な被害を生み出していった。

 

広大な空を独り占めし、自由に動き回れるバルキリーとは違い、反乱軍は密集していたこともあってロクな回避運動を取ることすら出来ず、なす術なくバルキリーのビーム攻撃に晒された。

 

防御手段を持たない戦闘車両は次々に大破炎上し、BMは実体盾を展開してブロックを試みるも、バスターライフルから放たれる火線は盾ごと機体を貫き、盾としての意味を成さなかった。

 

唯一、防御性能に特化した重装甲型のBMは火線の直撃に耐えることができたが、テッサはバスターライフルの一丁を単発モードへと切り替え再度射撃を行うと、重装甲のBMは高出力の光球を前にあっさりと爆発四散してしまった。

 

「……!」

 

対空砲火の手が格段に薄くなったのを確認したテッサは、より正確な射撃を行うべくバルキリーを下降させた。

 

そして、地上を埋め尽くす反乱軍のBMとスレスレになる超低空高速飛行で敵陣のど真ん中へと侵入……地上の敵とすれ違いざまにマルチロックし、バスターライフル、肩部レールガン、腰部ビームライフルのトリガーを引いた。

 

これにより、バルキリーの通った後には巨大な火柱が吹き上がり、地上を埋め尽くしていた敵機はことごとく炎上する鋼鉄の塊と化した。

 

「テッサ、凄いな……」

 

地上で太刀を振るい、1機ずつ地道に撃墜していた三日月は、夜空を優雅に飛び、華々しい戦果を上げるテッサのバルキリーを見上げ、小さく呟いた。

 

その時、三日月の背後で動く機影があった。

「くっ……せめて、一矢報いて……」

それは反乱軍の兵士だった。三日月の太刀で機体の半身を両断され、上半身だけになったものの、その腕には照射砲が握られており、パイロットはこちらに背中を向けるバルバトスめがけてその銃口を向け……

 

「……な!?」

 

次の瞬間、パイロットの顔が蒼白に染まった。

なぜなら、完全に背後を取っているにも関わらず、ましてやレーダー照射をしてすらいないにも関わらず、バルバトスはまるで全てを見越していたかのように、兵士の方へ振り返ることなく滑空砲の砲身を向けたからだ。

 

バルバトスと一体化した三日月は背中に爆発を感じつつも、その視線は上空のバルキリーへと注がれていた。両腕の巨大なライフルから緑色のビーム光線が放たれる度に、地上では爆発が生まれている……

 

「ビーム兵器って、楽そうだな」

 

ふと、三日月はポツリとそう呟き……

「あ」

そこで、何かを思い出したように声をあげた。

 

「そっか、そういえば俺も……」

 

そこまで言いかけたところで、三日月は接近する人型機の存在を感じた。数は7機、その手に近接戦闘用のブレードを構え、滑空砲の貫通力を警戒してか、散開しながらバルバトスへと迫っている。

 

しかし、それに対してバルバトス……三日月は一歩も動くどころか、太刀と滑空砲を使って敵機の迎撃を行うこともなく、ジッとその場に佇んでいた。

 

やがて、バルバトスの目と鼻の先にまで迫った1機が、ブーストをかけバルバトスとの距離を一気に詰め、やがてブレードの射程に入ると得物を高く振り上げ……

 

ギンッッッッ……

 

「!?」

 

次の瞬間、バルバトスへと斬りかかった反乱軍の兵士は驚愕した。日ノ丸からの技術供与を受けて製造されたブレードには、BMの装甲を容易く切り裂くことのできるほどの威力があった……にも関わらず、バルバトスの胸部に突如として出現した大型の黒いリアクティブアーマーに阻まれ、斬撃が弾き返されてしまったからだ。

 

攻撃を防がれてしまった兵士はバルバトスから距離をとってブレードを構え直すと……追いついてきた後続の2機と共に、今度は息のあった同時攻撃を繰り出そうとして……

 

「…………」

 

その瞬間、バルバトスのリアクティブアーマーが炸裂し、その中から白い増加装甲が出現した。装甲は胸部だけではなく、いつのまにか両肩にも装着されており、そしてバルバトスのバックパックには、大小合わせて6基の赤い突起物が突き刺さっていた。

 

3機のBMがブーストし、バルバトスに迫る

バルバトスの背中から突起物が消失する。

 

次の瞬間、機体はバラバラに切断された。

 

一瞬にして所持していた得物、両手や両足、腰部、頭部を切り裂かれ……反乱軍の機体は勢いを失い、残った3機分の残骸はちょうどバルバトスの足下に来る形で崩れ落ちてしまった。

 

「なんだ今のは!?」

 

ブレードを構えてバックアップに備えていた反乱軍の兵士4人は、目の前で繰り広げられた謎の現象に驚き慌てふためいた。しかし、バルバトスは一歩も動いておらず、それどころか攻撃するそぶりすら見せていなかった。

 

 

 

「当たれ!」

 

 

 

三日月の目先からスパークが放たれた。

 

そのスパークに同調するようにして、それは空間の中を目にも留まらぬ速さで移動し、そこから放出された目に見えない攻撃が兵士たちを襲った。

 

見えたのは、空気中を漂う6条の赤い光跡だけだった。

 

稲妻のような軌道を描きながら、光跡が反乱軍の機体のすぐ側を通過すると……次の瞬間、4機の人型機たちは先の3機と同じように空中分解を引き起こし、ぐしゃりと地面の上に崩れ落ちてしまった。

 

「ビーム兵器……俺も、使えたんだっけ」

 

攻撃を終え、バルバトスの背中へと帰還し再接続がなされた6基の突起物を見て、三日月は小さく呟いた。それはかつて三日月がA.C.E.学園に在籍していた時に、とある風紀委員の女学生から貰い受けたドローン砲だった。

 

第6形態にも似た装甲を纏い、バックパックに大型2基、小型4基のドローン砲を悪魔の翼の如く搭載したこの形態こそ、バルバトスがこの世界に適応するために進化した姿……通称『バルバトス・神威』だった。

 

(あれ、そういえば返さなきゃいけないんだっけ?)

 

ふと、ドローン砲を始めて使った時のことを思い出して三日月は頰をかいた。しかし、そう考えつつも全方向から接近する反乱軍のことも忘れてはいない……

 

「まあ、いいか……後で……」

 

阿頼耶識システムを介して、三日月はドローン砲『光輪』へ攻撃指令を送った。三日月の意思を感知した光輪はバルバトスの背中から勢いよく射出されると、迫り来る大量の敵機めがけて飛翔……

 

三日月が頭の中に光輪の動きをイメージすると、光輪はその通りの機動を発揮し、さらに彼が「当たれ!」と念じれば、光輪は敵機の間を超高速ですれ違いながら、その先端から強力なビームを放っていく……

 

光輪による攻撃は敵機の装甲を無視して貫通……ビーム攻撃に晒された敵機は一機、また一機と地面に崩れ落ち、時折爆発四散し……その結果、三日月はその場から一歩も動くことなく大量の戦闘車両と30機以上のBMを撃墜した。

 

エネルギー充填の為に帰還した光輪を回収した三日月は、さらなる敵を求めて機体を前進させた。そして、密集して上空のテッサへ濃厚な対空砲火を行なっていたBM小隊へ滑空砲を撃ち込んで部隊の半数を大破させると、懐に飛び込んで太刀を振るった。

 

小隊を全滅させると、三日月はさらに前進……戦車部隊の上空へと跳躍した。戦車に一発撃ち込んだところで弾切れとなった滑空砲を亜空間へ格納し、太刀を右手に持ち替えつつ、両腕部に機関砲を出現させ、戦車部隊へ砲弾の雨を降らせた。

 

戦車隊を壊滅させてもなお、三日月の攻勢は止まらない。弾切れになった機関砲を格納し、今度は右腕部にロケットランチャー、左腕部にワイヤークローを装備。

 

地面に着地すると同時にワイヤーに接続されたクローを射出し、バルバトスを狙っていたBMを捕縛すると、三日月はBMを引き寄せ、太刀の射程に入ると即座に切り捨ててしまった。

 

「……!」

 

三日月が嫌な気配を感じて僅かに機体を傾けると、その時……バルバトスの肩を1発の銃弾が掠めた。三日月が視線を向けると、そこには横並びに展開し、こちらへと前進してくるBM部隊の姿があった。

 

彼らは皆、実弾の突撃銃で武装しており、突撃銃の射程に入るや否やバルバトスめがけて制圧射撃を実施した。

 

三日月は迫り来る無数の弾丸を右に左に華麗なサイドステップで避けながら、再度クローを射出……横並びになった内の一機を捉えると、敵機を捕縛したままクローを振り回し、捕縛した機体を横薙ぎに敵機へと衝突させていき、片っ端から彼らを転倒させていった。

 

そこへ追い討ちとばかりに光輪を射出し、右腕部のロケットランチャーとの併用でダウンした敵機を容赦なく撃ち抜き、一網打尽にしてみせた。

 

「ん?」

 

ワイヤーを巻き戻していた三日月は、そこで今まで遠くにいたはずの陸上艦船のうちの1隻が戦列を抜け、こちらへと迫りつつあることに気がついた。

 

反乱軍の巡洋艦クラスの陸上艦

サイズは戦艦に比べると一回り以上も小さいが、それでもバルバトスや一般的なBMと比べると、数十倍もの質量差があった。

 

巡洋艦は徐々に地上を滑走する速度を増し、それはバルバトスを前にしても変わらなかった。恐らく止まるつもりはないのだろう、陸上艦の艦首に設置された鋭利なリムが三日月に迫る。

 

「体当たり……?」

 

巡洋艦の狙いはその圧倒的な質量を用いてバルバトスを押し潰す気だった。いくら頑強なバルバトスと言えど、敵艦の体当たりを真正面から受けてはひとたまりもない……敵の意図に気づいた三日月は、右腕部のロケットランチャーを敵艦に向けた。

 

三日月はトリガーを引き絞り、ロケットランチャーの全弾を敵艦へと叩き込んだ。しかし、巨大な敵艦の動きを止めるには至らなかった。

 

「やっぱり硬いな……」

 

三日月は弾切れになったロケットランチャーを格納し、チラリと……先程からバルバトスの周囲を浮遊し、三日月からの命令を待ちわびている6基の光輪を見やった。

 

「どうせなら、もっと大雑把にやるか」

 

小さく呟くと、迫り来る敵艦を指差し、頭の中で光輪の軌道をイメージした後……そして、三日月は目先にスパークを走らせた。

 

三日月の意思に呼応し、6基の光輪は一斉に敵艦へと殺到した。そして、三日月が思い描いた通りの軌跡で空間に赤い残光を残して敵艦の頭上へ到達する。そこで動きを止め、その砲身を敵艦ではなく……あろうことか敵艦の進行方向の地面に向けた。

 

「そこ!」

 

指差した手を三日月が握りしめると、光輪から放たれた6条の光の柱が地面へ突き刺さり、3つのX形が組み合わさった光の格子となって陸上艦の前に出現した。

 

突如として船の前方に出現した光の柱を前に、陸上艦の乗組員たちは慌てて艦を停止しようとするが……大質量かつ猛スピードで移動する物体が急な停止をすることなど、できるはずもなく……

 

光の柱の中へと突入した陸上艦は、艦首部分から細かくカットされていき、船体、甲板、艦橋、主砲、エンジン、格納庫……巡洋艦のありとあらゆる箇所を細切れにし、見事なサイコロステーキを作り上げた。

 

これによって三日月は敵艦の体当たりを阻止した……かに思えた。しかし、つい先ほどまで陸上艦だった残骸は勢いそのまま空を飛び、その落下地点にはバルバトスがいた。

 

鋼鉄のサイコロステーキが三日月へと迫り来る。

 

「……」

しかし、この状況下で三日月は落ち着いていた。

 

そして、彼は思い返した。

かつてその威力を目の当たりにして、剣に対して真摯に向き合うことを決め、強くなるためにひたむきな努力を続けた学園での日々を。そして、ほぼ独学で会得したあの技を……

 

三日月は太刀を両手で構え……

 

「佐々木流……」

 

自身に剣を教えてくれた恩師の名前を口にして

迫り来る鋼鉄の塊を真っ直ぐに見つめ……

 

 

 

 

 

……雷電!!!

 

 

 

 

 

三日月が太刀を縦に振るうと、鋼鉄の塊はまるで豆腐でも切るかのように軽々と、綺麗な断面図を残していとも容易く両断されてしまった。

 

しかし、切断したその先からまた新たな鉄塊が三日月へと迫り来る。三日月は即座に刀を構え直し……

 

「雷電! 雷電! 雷電!」

 

次々と技を繰り出した。

技名と共に正確な一閃が繰り出されていくと、鉄塊は次々と両断されていき……そして、ついに三日月へと迫る鉄塊が最後の1つとなった。

 

「雷……」

 

最後の鉄塊へ太刀を叩きつけた三日月だったが……その瞬間、度重なる強烈な斬撃に耐えきれなくなったのか、刀身にひび割れが生じた。

辛うじて鉄塊の切断には成功するも、もはや太刀の状態はこれ以上の戦闘には耐えられないほど酷く損傷してしまっていた。

 

「まだ、修行が足りないか……」

 

大量の鉄くずとスクラップをバックに、三日月は損傷した太刀をじっくりと見つめ自分の未熟さを痛感し、小さなため息を吐いた。

 

 

 

「……やっぱり、三日月さんは凄い」

 

反乱軍へ対地攻撃を行いつつ、先ほどから三日月の戦闘をチラチラと見ていたテッサは、陸上艦をあっさりと撃沈?してみせた彼の活躍に心をときめかせていた。

 

「ううん、私も負けてられない!」

 

三日月の活躍に押される形で闘志を燃やしたテッサは、バスターライフルのアンダーバレルに設置したバヨネットを展開し、機体を急降下させ……自身の真下にいた敵機めがけてバヨネットを突き立て、粉砕した。

 

「今度は、私が三日月さんを守るって決めたから!」

 

さらにそこから、テッサは自身の行動に反応できていない敵をバヨネットで一刀両断。さらに大破した機体をバヨネットの剣先に突き刺し、敵機を盾にしながらバスターライフルを連射するという凶悪な戦い方をやってのけた。

 

安全装置のこともあり、銃火器が使えなくなった反乱軍は近接戦闘用のブレードを装備してリキッドバルキリーへと接近を試みた。

 

左右からの挟撃

迫り来る同時攻撃に対し、テッサはバヨネットによる防御を試みた。

 

左右からの斬撃を両腕のバヨネットで凌ぐことに成功したテッサだったが、それによって発生した衝撃によりバヨネットの剣先から盾にしていた機体が崩れ落ちてしまった。

 

これにより射撃兵装を使用可能になった反乱軍の兵士たちは、すぐさま銃火器の照準を地上のリキッドに向けるが……

 

「で、それで終わり?」

 

テッサは小さく叫ぶと、バヨネットに隠されたギミックを発動するべくトリガーを引いた。次の瞬間、バヨネットとブレードの接触面に巨大な衝撃波が発生し、リキッドの左右に取り付いていた敵機は装備していたブレードごと吹き飛ばされてしまった。

 

さらに、吹き飛ばされた敵機は銃火器を構えていた他の機体と衝突し、転倒。その隙を見逃さず、テッサはリキッドを再び飛翔させた。

 

「……!!!」

 

機体を上昇させつつ、テッサは両腕のバスターライフルを爆射モードへと切り替えた。リキッドバルキリーの装備するヴァリアブルバスターライフルは、状況に応じて単発、連射、爆射……と、様々な射撃モードでの撃ち分けが可能だった。

特に爆射モードは、パラダイス・ヴィラでの戦闘以前は2丁のライフルを横並びに連結することで爆射モードとなり得たのだが、その後のリキッド改修の際に、ライフル本体にも改良が加えられたことにより、バスターライフル単体でも爆射モードへの移行が可能になっている。

 

威力はライフル連結時とは比較的劣るが、連結時の爆射モードでは一度の発射には大量のエネルギーを消費し、発射の衝撃は機体に対して負荷を与えるというデメリットがある他、そもそも対BM戦闘においては明らかにオーバーキルと言えるほどの威力があった。

 

なので、ライフル単体での爆射モードは過剰なエネルギーの流出を防ぎ、機体のパフォーマンスを一定に保ちつつ、使用者に対してさらなる戦闘スタイルの幅を広げることを可能としていた。

 

そして、テッサが考案した新たなる戦い方。

 

「これで……!」

 

テッサは両腕のバスターライフルを地上に向け、それぞれ別々の方向へ照準し……そして、トリガーを引き絞った。

 

バスターライフルの先端から放たれた2本の巨大な光が地上へと着弾し、不運にもその場に居合わせてしまった哀れな反乱軍部隊をその圧倒的な威力で焼き払ってしまった。

 

「薙ぎ払う!」

 

しかし、テッサの攻撃はまだ終わらない。

ライフルを照射した状態で、テッサは機体をロールさせた。それにより、バスターライフルから放たれる光はリキッドの回転に合わせて円を描くように地上を蹂躙し、射線上にいた敵機を容赦なく取り込み、次々と消し炭に変えていった。

 

やがて、バスターライフルの光が収まった時には……テッサの周囲に動くものはなくなっていた。そして、攻撃に晒された地上にはミステリーサークルを彷彿とさせる巨大な赤黒い円が残され、威力の凄まじさを物語っていた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんも三日月お兄ちゃんも凄いなの〜!」

 

三日月とテッサが激闘を繰り広げている最前線より少し離れたところで2人の戦いを見守っていたアイルーは、その活躍に歓喜の声を上げた。

 

「そうですね! アイルーちゃん」

 

アイルーの言葉にミドリはしきりに頷いた。

 

「三日月くんもテッサさんも、ウチに来てからというもの毎日毎日沢山の努力を重ねてきていましたからね〜。流石……というべきでしょうか? ああ勿論、リキッドの方に関しては我が社が総力を上げてカスタマイズした機体だからということもありますけどね〜!」

 

しばらくの間、2人の戦いに見惚れていたアイルーとミドリだったが、途中でやるべき事を思い出し、気持ちを切り替えるためにミドリは小さく手を打った。

 

「さて……それではアイルーちゃん、私たちも2人の援護をするとしましょうか〜」

 

「はいなの〜!」

 

天真爛漫な笑みを浮かべ、アイルーは機体を片膝立ちの状態にして、ソリッドバルキリーのメインウェポンであるスナイパーライフルのバイポッドを下ろして地面につけ、スナイパーライフルを構えて静かにスコープを覗き込んだ。

 

バルキリーSC改に乗るミドリもアイルーの隣で観測手の役割を果たすべく、プラズマキャノンのスコープを覗き込んだ。

 

「えーっと、それじゃあ……これと、これ……あとはこの敵なんてどうでしょう?」

 

ミドリはスコープの中に映り込んだ敵を次々にマーキングしていった。ミドリが選別した敵機はデータリンクを通じてソリッドへと送られ、スコープを覗き込むアイルーの視界の中にもハッキリと映り込んだ。

 

「多いですが、いけますか?」

 

「やってみるなの!」

 

アイルーは本場のスナイパーがやるように息を止めると、真剣な眼差しでスコープ越しに敵機をロックオンし……そして、トリガーを引いた。

 

スナイパーライフルから超光速の光球が射出されると、それは空中で5つに分裂し、それぞれ意思を持っているかのように別々の方向へとホーミングした。

 

5つの光球はミドリがマーキングしていた5機のBMを正確に撃ち抜き、一機も残すことなく大破へと追いやった。

 

「全弾命中! お見事です!」

 

「当たったなの? やったなの〜!」

 

嬉しそうな笑みを浮かべるアイルーに、ミドリは小さく拍手して優しく笑いかけるも……その一方で、心の中ではアイルーが発揮した能力に舌を巻いていた。

 

光球が5つに分裂したことではない。

それはバーストショットという、アイルーが独自に開発した技で、種明かしをすれば、射撃直前にライフルの出力を調整しビームを拡散させただけの芸当であり、これ自体はそう珍しいものでもなかった。

 

真に着目すべきは、分裂した光球が同時に複数の敵機を目標にホーミングしたという点にあった。

 

(これも、アイルーちゃんが持つ能力の成せる技ですか……)

 

ミドリは心の中では密かに呟いた。

姉であるテッサと共にOATHカンパニーに所属することになったアイルーだったが……いくつかの試験の後、彼女の持つ並行処理能力が常人を遥かに超えていることが明らかになった。

 

並行処理能力というのは、その名の通り複数の作業を並行して行うことのできる能力という意味で、この能力が高ければ高いほど作業記憶や空間把握の面でより高度な情報処理が可能となっている。

その他の言い方として、マルチタスクが挙げられる。

 

そんなアイルーの能力を活かすべく、ソリッドバルキリーには彼女の脳波を読み取るシステムが搭載されており、先ほどの分裂したスナイパーライフルのビームがホーミングしたのは、アイルーが光球の弾道を頭の中で思い描いていたからだった。

これはディフェンスドローンの運用にも使用され、今やアイルーはドローン系兵装の扱いに関しては、あの三日月に準ずるほど卓越していると言えた。

 

だが、並行処理能力にも弱点があった。

高度な能力であるが故に、使えば使うだけ脳が疲労し、IQの低下や脳の障害を引き起こしてしまうというデメリットが存在している。

 

(ですから、アイルーさんの常日頃からの幼ない言動は、並行処理による脳機能の酷使を防ぐための自己防衛によるものであると考えると納得がいく……)

 

ミドリは真剣な眼差しでアイルーを分析した。

 

(もしくは、知的な遅れが見られる代わりにある一定の分野に関して突出した才能を見せるというサヴァン症候群の類か……はたまた、アイルーちゃんがごく稀に生まれるとされる、並行処理を行っても脳に悪影響がないスーパータスカーなのか……)

 

「ミドリお姉ちゃん、どうしたなの?」

 

機体越しにミドリの視線を感じ取ったのか、アイルーはミドリへと振り返ってそう尋ねた。

 

「……いえ、何でもありません♫」

 

「……? 変なの〜」

 

優しく微笑んでそう答えるミドリに、アイルーは可愛らしく首を傾げた。

 

(まあ……どちらにしろ、テッサさんと同じくまだまだ研究の余地はありそうですね)

 

そう考えつつ、ミドリはスコープを覗き込み、遠くの方でビームを連射するテッサのリキッドバルキリーを見つめた。

OATHカンパニーにて隠された能力が明らかとなったのはアイルーだけではなかった。テッサもまた、新たな能力を開花させていた。

 

動体視力の異常発達……

それが、テッサに発現した能力だった。

 

そのレベルは、目の前を横切った銃弾に刻まれていた小さな文章を一字一句、誤字や欠損まで正確に読み取ることが出来るほどだった。これによって、テッサはリキッドのブースターを全開にさせた超高速機動状態でも敵機めがけて正確な射撃を叩き込むことができた。

 

(そして、それを成したのは三日月くんの存在があったから?)

 

ミドリは心の中で彼のことを思い浮かべた。

テッサが並外れた動体視力を獲得したのは三日月との激しい修行があったからこそのことであり、また、アイルーの隠された能力に1番初めに気づいたのもまた、三日月だった。

 

(もしかすると……三日月くんが、彼女たちの中に眠っていた才能を目覚めさせたのではないでしょうか? 彼の存在が、テッサさんとアイルーちゃんに良い影響をもたらした……そう考えると……)

 

そこでミドリは、ニッコリと微笑み……

 

「やっぱり凄いですね! 三日月くんは」

アイルーに聞こえないように、小さく呟いた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

カピラ城

巨大な外壁の頂上

 

「…………」

 

三日月たちがいる最前線より少し離れたその場所に1機のBMが佇んでいた。スマートなシルエット、漆黒の装甲、巨大な緋色の剣を携え、紅い瞳を光らせて遠くの戦局を見つめている。

 

この機体こそ、極東最強と名高い剣聖・朧の乗機である『カグヤ』だった。

 

「私は出なくていいのか?」

 

朧は戦場から視線を逸らすことなくそう告げた。

 

「見ての通り、その必要はないだろう」

 

朧の問いかけに答えたのはオスカーだった。

彼は今、空中を浮遊する金色のBMに搭乗しており、機体をホバリングさせつつ、ゆっくりとカグヤの近くへと降り立った。

 

「どうかね? 彼の……三日月くんの戦いは?」

 

「……神獣のような戦い方だ」

 

「というと?」

 

「獣のような荒々しい動きをしているように見えて……その実、動きに一切の無駄がない。余計なエネルギーを使わずに最小限の消耗だけで敵を倒すあの動きは、本能的でありながら全てが理想的……荒々しくもありながら、完成されたその動き方はこの世界を生きる全ての生物のお手本と呼べるだろう。そう、まさしく神話の中に登場する、神の創り出した獣の為せる技……」

 

「ほう」

朧の言葉に、オスカーは興味深そうに耳を傾けた。

 

「また、格闘、射撃、回避……どれを取っても高いレベルでこなしていることが分かる。これほどの猛者を、たった数百の反乱軍程度で仕留めることはできまい。だが……」

 

「だが?」

 

「その一方で、剣の扱いに関しては全くの素人であると言えよう。あの動きからして、多少は修練を積んではいるようだが、私に言わせればまだまだ未熟。あの程度でナマクラになってしまった太刀がいい証拠だ、真の達人ならば……どれだけ敵を叩き斬ろうとも刃こぼれ1つしない」

 

「ははは、手厳しいものだな」

それを聞いて、オスカーは朗らかに笑った。

 

「ところで、このまま戦闘を観戦するのも良いが……1つ、頼まれてはくれないだろうか?」

 

「何か問題が?」

 

「つい先ほど、我々の監視班がここから反対側の方角を移動する小規模のBM部隊を探知した。恐らく、シャラナ姫がカピラ城からの脱出を図った際に、その確保・追跡を行うための別働隊といったところだろう」

 

「なるほど。それを殲滅すれば良いのだな」

 

朧はカグヤを反転させ、カピラ城の反対側を見つめた。

 

「話が早くて助かるよ」

 

「別に……あの方から、あなたに協力するようにと言われているのでな。ならば剣聖として、果たすべきことは果たすまでだ」

 

「フッ……いい忠節だ。しかし、それは私も御同様なのでね。私も同行させてもらうとしよう」

 

そう言って、オスカーはビームライフルを構えた

 

「驚いた。閣下も戦えるのか?」

 

「見くびらないで貰いたいね。四重奏の一員とはいえ、戦えないとは言っていない……それでは、先に行かせてもらう」

 

次の瞬間、オスカーは機体をブーストさせ、カピラ城の城壁から機体を飛び立たせた。黄金の機体は真っ暗な夜空の中でも色褪せることのない輝きを放ち、高速移動する月の如く夜空を駆け抜けた。

 

それに続くように、カグヤも城壁を伝って戦場へと向かった。壁の上をパルクールの如く駆け巡り、時に華麗な跳躍をもって移動するその姿は、まるで夜の世界を生きる忍者のようだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「ねえ、テッサ」

 

「はい」

 

反乱軍の約半数を蹴散らし、敵陣の中央で合流した三日月とテッサは、背中合わせになりながら言葉を交わした。

 

「空を飛ぶのって、どんな感じ?」

 

「え?」

 

テッサが三日月の質問の意図について思考を巡らせていると、2人の周囲から一斉に砲火が放たれた。

 

しかし、無数の銃弾が着弾するよりも早く、アイルーの放ったディフェンスドローンが2人を保護するように展開され、ビームの壁が反乱軍の攻撃を全て無力化させた。

 

「空を飛ぶ、感覚ですか?」

 

「うん。ほら、バルバトスは飛べないから」

 

ディフェンスドローンに守られている中で、2人は会話を続ける。

 

「ん……最初はバランスを取るのが難しくて、少し練習が必要だけど、慣れるととっても楽しいです」

 

テッサは背中に三日月を感じながら言葉を続ける。

 

「空を飛んでいると渡り鳥になったみたいで、どこまでも続く大地を超えて、広大な海を超えて、雲を超えて、どこまでも自分の行きたいところに行ける……ふと、自分が通ってきた方を振り返ると、つい先ほどまでいた場所は砂つぶみたいにちっぽけで、重力っていう足枷に縛られた私たちは、この世界にへばりついている本当にちっぽけな存在なんだって、そう思いました」

 

テッサの言葉を、三日月は真剣に聞き続ける。

 

「出来るならこの広い空をもっと早くに感じていたかった。それに、なんで今まで自分に翼が生えていなかったんだろうなって思ったりして、なんて……」

 

自分にしては珍しく、思わず長々と語ってしまったことに、テッサは少しだけ恥ずかしそうに頰をかいた。

 

「そっか」

 

テッサの言葉を聞き、三日月は少しだけ顔を緩ませた。

 

「俺もいつか、空を飛んでみたいな」

 

「三日月さんなら飛べますよ」

 

「じゃあさ、連れてってよ」

 

「え?」

 

三日月とテッサは、お互いに背中合わせになったまま視線を絡め合わせた。

 

「俺は飛べないからさ。だから……テッサが感じた広い空の中に、俺のことを連れてってよ」

 

「は、はい!」

三日月の言葉に、テッサは満面の笑みを浮かべた。

 

長々と続いた砲撃の雨が止み、アイルーが展開したディフェンスドローンからビームシールドが解除される。

 

「取り巻きを倒すのはこれで終わり」

「はい、次は敵の旗艦を……!」

 

三日月は武器を変え、左腕部に迫撃砲を。そして、メインウェポンにバルバトスの代名詞とまで呼べる大質量武器、メイスを選択した。

 

テッサはバスターライフルのバヨネットを展開し、スタートダッシュを決めるべく6枚の翼を広げ、スラスターをアイドリング状態にした。

 

「それじゃあ……」

「行きましょう!」

 

次の瞬間、白い悪魔と赤い天使の姿が消失した。

 

三日月はメイスを機体前方に構えて敵部隊へと突貫、テッサは超低空飛行でバスターライフルを乱射……瞬く間に反乱軍の中に甚大な被害が発生。さらに2人の攻撃の余波に巻き込まれ、連鎖的な爆発が生じた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

同時刻

カピラ城

 

「なんということだ……」

 

シャラナ姫と共にカピラ城から三日月たちの戦闘を目撃していたシヴァージは、その圧倒的な戦いを前に、もはや歓喜を通り越して薄ら寒いものを感じていた。

 

「我らが束になって勝てなかった敵を……たったの4機で……?」

 

次々と反乱軍が打ち倒されていくのを前に、顔を真っ青にしていたのはシヴァージだけではなかった。謁見の間にいた兵士たちも彼らの戦いを見て畏れおののき、思わずチュゼールの神に祈りを捧げ、天を仰ぎ見るのだった。

 

「どうやら、決まったようですね」

 

それに対して、シャラナ姫は冷静だった。

バルコニーから謁見の間に戻ると、そばにいた兵士たちを順に見回し、最後にシヴァージを見つめた。

 

「まさか……本気であの者たちと手を組むつもりですか!?」

 

決意の定まったその視線から王女の意図を悟ったシヴァージは、慌てて王女の前へと膝をつき、意見具申を始めた。

 

「姫様、今一度お考えを! 見ての通り、彼らの強さはハッキリ申し上げて異常です! あれだけの規模の敵をたったの2機で押し返すなど、前代未聞! そんな得体の知れない力を持った者たちと手を組むことは……」

 

「いいえ、前代未聞ではありません」

 

シャラナ姫姫はシヴァージを制し、言葉を紡ぐ

 

「かつて我らが機械教廷からの侵攻を受けた際に、極東軍……かの極東武帝も、機械教廷の大部隊を前に一歩も引くことなく大打撃を与えていました」

 

シャラナ姫の言葉に、シヴァージはハッとなった。

 

「彼らもまた、極東武帝と同等の……いや、それ以上の力を持っていると考えることはできませんか?」

 

「それは……そうかもしれませんが、しかし……!」

 

「怪しいですか?」

 

シャラナ姫に問われ、シヴァージは頷いた。

 

「そうですね。シヴァージ、あなたの気持ちはよく分かります。なぜなら、あなたが彼らのことを訝しんでいるように、私もまた彼らのことを怪しく思っています。例え彼らの正体が……だったとしても……」

 

「では、なぜ……?」

 

「チュゼール南方のカリンガ藩王は、戦力を提供する代わりに、私に長子であるヴァーユとの婚約を要求していました。それに対して、彼らは戦力の提供に対して何の対価も取らないと言っています」

 

「その通りです、姫様! 本来であればカリンガ藩王のように戦力を提供する際には、何か見返りを求めるのは当然のこと、しかし彼らは何も求めてはいない……怪しい! 実に怪しいですぞ」

 

「怪しいからこそ、だからこそ……彼らとは敵になってはいけないのです」

 

シャラナ姫の言葉に、シヴァージは戸惑いを隠せないでいた。

 

「何を……おっしゃられて……」

 

「違うのです、シヴァージ」

 

シャラナ姫は力なく首を振った。

 

「彼らは私たちに見せつけているのです。あのような一騎当千の戦いを繰り広げる強者を、そして極東最強とまで呼ばれたあの剣聖さえも引き入れるだけの人脈を持っているということを……これだけでも戦力差は圧倒的であることは明確。そして、見返りを求めないということは……即ち、彼らの手元には私たちの所有する資源や財など、取るに足らないほどの資本を既に所有しているということ」

 

シャラナ姫は小さく息を吐き、続けた。

 

「この2つを並べて、彼らは問うているのです。『我々を敵に回して良いのか?』……と」

 

「……!?」

 

誰もがシャラナ姫の言葉に耳を疑った。

しかし、シャラナ姫の推測は理にかなっており、何よりも孤立無援の現状を打破する1番の方策である以上、他に反論の余地はなかった。

 

「ならば答えは……否です!」

 

シャラナ姫はその場に居合わせた全員の顔を見て、そう決断した。

 

「私は……チュゼール王を殺害し、チュゼールに混乱をもたらした逆賊ブラーフマに正義の鉄槌を下すべく、そして分裂したチュゼールを再び1つにするために、彼らの力を借りたいと思います!」

 

シャラナ姫の力強い宣言が謁見の間に響き渡った。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

一方その頃

戦場では激戦が続いていた。

 

BM部隊による防衛線を易々と突破した三日月とテッサは、反乱軍の陸上艦隊へと接近。4隻の陸上艦のうち3隻を早々に血祭りにあげると、最後に残った反乱軍の旗艦である陸上戦艦めがけて肉薄した。

 

旗艦と言うこともあり、陸上戦艦は強固な装甲と高火力の砲台、無数の銃座が取り付けられた、まさに鉄壁と呼ぶに相応しい艦船であり、しかも3部隊からなる計数十機のBMを護衛として船の周囲に配置していた。

 

だが、三日月たちが襲来すると、鉄壁の守りは瞬く間に瓦解した。護衛BMはあっという間に全滅し、船の各所に取り付けられた砲台や銃座はテッサのマルチロックによってことごとく撃ち抜かれ、防御のための火力はあっという間に削ぎ落とされてしまった。

 

「護衛の部隊はどうした!?」

 

陸上戦艦のブリッジは絶叫に包まれていた。

 

「駄目です! 3部隊ともに応答なし」

 

「他の船からも応答がありません! 撃沈されたのかと」

 

「ちぃ!」

それを聞き、陸上戦艦の艦長は舌打ちした。

 

「何でもいい! 早く奴らを叩き落とせ!」

 

「主砲塔、3番5番応答なし」

 

「対空火器、9割が被弾」

 

その時、リキッドバルキリーの放った火線が陸上戦艦の左右に配置されていた主砲を同時に撃ち抜いた。

 

「続けて主砲塔、2番と4番が沈黙!」

 

「クソが……!」

 

それを聞き、艦長は座っていた椅子を叩いた。

 

「撤退だ! 戦闘領域から離脱する!」

 

「メ、メインスラスターに異常発生!?」

 

陸上戦艦の背後に回り込んだバルバトスが船のスラスターをメイスで叩き潰し、さらに船体側面に回り込み、厚い装甲板めがけて左手を叩き込んだ。

 

さらに、バルバトスの反対側に降り立ったリキッドは、三日月がそうしたように船体側面に2本のバヨネットを容赦なく突き刺した。

 

三日月とテッサがトリガーを引き絞ったのはほぼ同時だった。バルバトスは左腕部の迫撃砲をゼロ距離で発射し、リキッドはバヨネットから発せられる強烈な指向性ショックウェーブをお見舞いした。

 

船の左右からもたらされた巨大な圧力により、陸上戦艦の心臓部とさえ呼べる巨大なメインエンジンは一瞬で機能停止へと追い込まれた。

 

「メインエンジン損傷! 出力が……!」

 

「バ……バカな……!?」

 

オペレーターの言葉を聞き、艦長は脱力して椅子から崩れ落ちそうになった。

 

「開戦からまだ10分しか経過していないのだぞ!? たった10分で……全滅……!? 陸上艦5隻、230機ものBMと戦闘車両を有する我々が……!?」

 

「艦長、もう駄目です! 降伏を……」

 

「バ……バカなことを言うな!」

 

降伏という言葉に反応し、艦長は立ち上がった。

 

「わ、我々は誇り高きチュゼール軍人である! 降伏など絶対にあり得ない……! それに見よ、我が艦の前方にそびえる、1番砲塔を!」

 

艦長はちょうどブリッジの先にある主砲を指差した。

 

「これだけの被害を受けつつも、未だにあの1番砲は健在である! これを使ってカピラ城を砲撃し、奴らに一矢報いて……うおおおおおおおおお!???」

 

その瞬間、とてつもない衝撃がブリッジを襲った。

 

「な、何事だ……?」

 

「か、艦長……アレを……」

 

部下に示され、陸上戦艦の艦長が視線を向けると

 

「そ、そんな……」

艦長は絶句した。

 

ブリッジの真正面……つい先ほどまで無傷だったはずの1番砲塔はいつのまにか真っ二つに折れ、巨大な黒煙を吹き上げながら炎上していた。

 

そして、巨大な炎の中に1つのシルエット浮かび上がる。

 

ズシン……ズシン……

陸上戦艦の甲板に盛大な足音を轟かせながら、それはゆっくりと炎の中から姿を現した。

 

甲板上を進む1機の人型機。

モスグリーンの輝きを放つツインアイ、そしてV字アンテナ。背中には翼にも似た刺々しい物体、白い装甲は背後でチラつく炎を受け、返り血を帯びたように赤く染まり……そして、その右手にはメイスが握られている。

 

「ヒッ……! く、来るな!」

悪魔のようなその形相に、艦長は悲鳴をあげた。

 

悪魔の名を冠するその機体は、ブリッジを真っ直ぐに捉えると……そして、手にしたメイスを両手で構え、ブリッジめがけて一直線にブーストし……

 

その時……

ボッボッボッボッ

暗い夜空に4つの信号弾が炸裂した。

 

それは陸上戦艦のオペレーターの1人が、死にたくない一心で打ち上げたものだった。降伏を意味する4つの光が戦場を明るく照らした。

 

その瞬間、バルバトスの動きがピタリと止まった。

手にしたメイスはブリッジへ直撃する直前で停止し、陸上戦艦の艦長を含めたブリッジにいたオペレーター数名は辛うじて一命を取り留めるのだった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

それから少し後……

 

『こちらはOATHカンパニー所属、オーガス小隊です』

 

カピラ城の兵士たちによって、降伏した反乱軍兵士たちの武装解除が行われている中、ミドリはバルキリーを飛び立たせて上空を旋回し、アナウンスを行なっていた。

 

『この戦場はオーガス小隊によって制圧されました。これ以上の抵抗は無駄です、武器を持っている人は、即刻武装解除をお願いしま〜す♫』

 

相手の怒りを買うような腑抜けた声で降伏を呼びかけるミドリだったが、信号弾が打ち上げられてからというもの、反乱軍からは目立った抵抗は見られなかった。

 

それもそのはず、抵抗をしようにも戦力の大半を失った反乱軍に最早出来ることは何もなく、生き残った反乱軍兵士たちは皆、呆然と立ち尽くすのみだった。

 

『今後とも、我がOATHカンパニーを宜しくお願いします。繰り返します……』

 

この戦いで、カピラ陣営は反乱軍将校5名と数百名の兵士を捕虜にすることができた。また、大破を免れた戦闘車両とBM計数十台を鹵獲し、アランバハの戦いで消耗した戦力を僅かに回復することができたのだった。

 

『貴公らの身柄は捕虜として扱う』

 

陸上戦艦のブリッジでは、反乱軍を率いていた艦長とシヴァージによる通信が行われていた。メインモニターにはシヴァージが映し出され、艦長は彼の発する言葉を呆然と聞いていた。

 

『なお、協定に基づいて捕虜に対する非人道的な扱いはしないことをここに誓う。それで宜しいか?』

 

「ああ」

艦長はそう答えて小さく頷いた。

 

『では、そちらには私の部下を送ってありますので、後のことは彼らに従ってもらいます……それでは』

 

「ま……待ってくれ!」

艦長はハッとしたような表情でモニターを見上げた。

 

『まだ何か?』

 

「教えてくれ! 奴らは一体何者なんだ!?」

 

オペレーターたちの弱々しい視線を受けながら、艦長は『オーガス小隊』と名乗る彼らのことについてシヴァージへと問いかけた。

 

『それは……』

 

その時、カピラ城にいるシヴァージはチラリと横を見た。そして、側で話を聞いていたシャラナ姫と視線を合わせて頷き合うと、再び通信機へと向き直り……

 

『彼らは、オーガス小隊』

そして、こう続けた。

 

 

 

 

 

『我々の、切り札です』

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第30話:オーガス小隊

 




先程、ムジナがゲッターロボとのコラボが嫌みたいに述べていたのは、またハゲヤクザが登場するんじゃないかと思ってのことです。あのクソハゲはマジンガーなど、古き良き作品とのコラボに出没する傾向にあると見られており、しょーじき、もうあんなキモいオッサンの活躍なんて見たくないので、だからこそゲッターとのコラボは嫌だ……ということなのです。


まあ、それはいいとして……鬼滅の刃ですが
マジで感動しました。
特にラストは涙を流してしまうのを必死になって堪えていたくらいです。(鉄血のオルフェンズをリアルタイムで見ていた時と同レベルで、叫びたくなりました)また、ムジナは鬼滅の刃の漫画を一切読んでおらず、そのため頭空っぽの状態で観に行ったので、まさかああいう展開になるとは思いもよらず……なので、観ていて心の昂りが抑えられませんでした。

現在……鬼滅の刃が、かのジブリが成し遂げた記録を更新するのではないかと噂されていますが、ムジナから見ても鬼滅の刃は、日本映画界の歴史を塗り替えるに値する、新しき世の素晴らしい作品であると感じました。

古いものだけが良いものではないと改めて実感しました。

ただし、真に良い作品は例え記録が塗り替えられようとも良い作品であり続けることができます。そういったものに『国破れて山河あり』はありません。そして日本映画界の記録からも、人々の記憶の中からも忘れられることはないと存じます。


(以下はムジナの自論です。無視して下さい)
ダッチー、あなたがそういうのが好きなのはもう分かっています。
しかし、そのせいで自身の作品であるアイアンサーガのリアル路線を追求した世界観を壊してしまうのは本末転倒ではないでしょうか?(せっかくの素晴らしい世界観だったのに……)正直に申し上げて、グレゼオやラガンなどのゲテモノメカに加えて、どう見ても怪獣だろ?と思われるメカが飛び交う今のアイサガに、ムジナはサービス開始直後ほどの魅力を感じなくなっています。他作品とのコラボに力を入れる前に、もっと自分の作品の魅力を磨き上げてください。もう遅いですが


以上を持ちまして、誠に勝手ながらアイブラサガの執筆を少しだけお休みとさせていただきます。理由は、アイサガの非公式クリスマスイベントの続編を制作したいからです。
最後に、鬼滅の刃 無限列車編を見た後で、改めて鉄血のオルフェンズを見返したのですが……煉獄さんのと比較すると、例のあの展開は「ないわー」と改めて思いました。なので、アイブラサガはそれを払拭させられるだけの展開を用意する予定ですので、今後ともご愛顧のほど、よろしくお願いします。

あと1年以内に完結させたいです!
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
それでは、また……


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第31話:証言

お帰りなさい! 指揮官様!

お久しぶりでございます。ムジナ(略)なのです。
今回は特に報告はありません。強いて言うならばダッチーが何を血迷ったのか、アイサガ川柳なるものを募集しているようで……は?

まあまあまあ
それでは、続きをどうぞ……


 

カピラ陣営に加わった三日月たちの活躍により、アランババから放たれた攻略部隊が一掃されてから数日後……

 

 

 

カピラ城外の草原、月の光が静寂な草地を照らす最中を、アランバハ陣営の隠密部隊が音もなく疾走していた。

 

日ノ丸、高橋重工製BM『飛影』

暗闇に溶け込むような黒い装甲、忍者のような印象を受けるフォルム、フレーム効果により分身の生成が可能な他、機体全体に塗装されたジャミングコートは、ステルス装置と併用することによりレーダーや赤外線捜索システムによる探知を完全に防ぐことができる。

 

ステルス装置は多くの電力をするが、短時間の移動であれば飛影の発電システムでも十分に賄うことが可能だった。また、飛影に装備されている武装は2本の実体剣・シミターのみと、電力消費の面で考えると相性も悪くなかった。

 

8機からなる飛影で構成された小隊

 

それはアイシャという名の忍者の少女が率いる暗殺部隊だった。機体の足に装着されたエアクッション装着によって、彼女たちはほぼ無音を維持したまま移動することが可能だった。

 

彼女らの目的は1つ、カピラ城の最大権力者であるシャラナ姫の暗殺だった。

 

夜の闇に溶け込んだアイシャたち暗殺者集団は、カピラ城守備隊に気づかれることなく、一機、また一機と城壁を越えていく……

 

「…………」

 

最後の飛影が城壁を越えたのを確認して、アイシャは飛影のコックピットの中で息を吐いた。これは二度と戻れない自殺行為ではない……彼女は心の中でそう呟いた。

 

(あらゆる手段を用いてターゲットへ接近、有利な状況で一撃の元に葬り去る……後は混乱に乗じて、カピラ城付近に潜伏している仲間と合流する、ただそれだけのこと)

 

アイシャは飛影のモニターを見て、彼女は無線の傍受を防ぐために全ての通信装置をカットした。これにより僚機を始めとする全ての仲間との通信が不可能となったのだが、ハンドシグナルによる意思疎通により部隊の連携は保たれたままだった。

 

アイシャが通信装置を切ったことに倣って、部下たちも一斉に通信装置を切った。ハンドシグナルにより全員の通信管制が実行されたのを確認すると、アイシャは小さく頷いた。

 

それから間もなく、アイシャたち暗殺部隊の面々はシャラナ王女のいる宮殿めがけて機体を走らせた。

 

「……いない?」

 

その道中、アイシャたちはカピラ防衛部隊の詰所をいくつも通過したが、それらは全て人っ子一人いないもぬけの殻だった。

 

宮殿に辿り着く前に交戦があることを想定していたアイシャはそれを不審に思いつつも、これ幸いにと、詰所を素通りして部隊をさらにカピラ城の奥深くへと移動させた。

 

そうして、暗殺部隊が宮殿外部の防衛ラインに到達しようとした……その時だった。

 

「……!」

 

どこからともなく飛来した高出力ビームの直撃を受け、自分のすぐ真横にいた飛影が爆発四散した。

その光景を見て、アイシャは愕然となった。

 

「スナイパー!」

 

「クソッ、どこからだ!?」

 

仲間がやられたことに気づいた暗殺部隊のパイロットたちが、他の仲間へ警戒を促すべく慌てて声を発した。

 

……いや、発してしまった。

 

「なっ?! ぐああああああああ!???」

 

次の瞬間、遥か上空から飛来したビームの火線が、先ほど声を発したパイロットたちの乗る2機の飛影を貫き、瞬く間に大破炎上させてしまった。

 

「!?」

 

……読まれていた!?

その正確無比な射撃を前に、アイシャは一歩も動くことができなかった。動いたらやられる……そんな予感さえしてくる状況に、彼女に出来ることといえば、敵の姿を探すかステルス装置のコンデションを確認するくらいなものだった。

 

しかし、飛影のステルス装置は正常に機能していた。

それは部下たちの乗る飛影も同様だった。

 

『おっと、動かないで下さいね?』

 

その時、どこからともなくおっとりとした女性の声が響き渡った。アイシャたちが声の主を探して索敵を行うと、宮殿の陰から2機のBMが姿を現し、宮殿の上空へと上昇した。

 

1機は長砲身の狙撃銃を所持した青色の機体、そしてもう1機は両腕に龍の口を思わせる巨大なプラズマキャノンを装備した黒い機体……

 

ややあって、アイシャはそれが青と黒のバルキリーであることを理解した。そして、その内の黒いバルキリーのツインアイが、ステルスを展開しているはずの自分を真っ直ぐに見下ろしていることに気づいた。

 

「見られている?」

 

「隊長! あそこにも!」

 

部下に示されるがまま、アイシャは夜空を見上げた。

 

「天使……?」

 

アイシャの視線の先には、美しい赤色の輝きを放つバルキリーの姿があった。巨大な6枚の翼を大きく広げ、月を背中に浮遊する姿は……まるで神話の一節にある、天使の降臨を思わせるほどの神秘的な光景でもあった。

 

『ふふふ〜、見えていますよ〜』

 

黒いバルキリーの外部スピーカーから再び女性の声が放たれたのを聞き、アイシャはそれがブラフではないこと瞬時に悟った。

 

(どういうこと? 私たちが使うステルス装置は最先端の工学設備ですら発見するのが難しいはず……なのに何故、隠密行動中の私たちを見つけることが出来るの……?)

 

アイシャは焦りを感じた。

彼女の持つ褐色の肌は冷や汗でびっしょり濡れている。

 

『隠れてないで、出て来てくださいよ〜』

 

「……どうやって私たちを見つけた?」

 

のほほんとしたような声に応答するべく、アイシャは機体のステルス装置を解除して外部スピーカーを起動させた。

 

『それは簡単です。こう見えても、アンチステルスは私の得意分野だったもので〜』

 

「なるほど、そういうことか。だが、解せない……何故このタイミングで私たちの襲撃があると予想していた? まさか徹夜で警備していた訳でもあるまい」

 

アイシャの問いかけに、黒いバルキリーのパイロットは小さく笑った。

 

『あなた方の持つステルス技術は素晴らしいです。使っている機体からして日ノ丸の技術を参考にしたようですが、正直に申し上げると私たちがいなければ、きっと今頃はシャラナ姫の命はなかったことでしょう』

 

「ではなぜ……」

 

『技術というものは常に進歩し続けているものです。例えば、どれだけその時代で最強と謳われた機体であったとしても、それよりも技術の発達した未来では性能の低い旧型機に成り果ててしまう……分かりますか? 技術が進歩し続けている以上、それは必然的なものなのです』

 

「何が言いたい?」

 

『それはあなた方も使っているステルス技術に関しても同様です。気づきませんでしたか? あなた方が後方で潜伏している仲間たちと食事を共にしていた時、或いは他愛のない雑談を繰り広げていた時……それはあなた方のすぐ近くに潜んでいたということを』

 

「まさか……!?」

 

考えられる最悪の事態を想定し、アイシャは心の底から震え上がった。そして、彼女の後方にいた部下の1人が悲鳴をあげたのは、まさしくその時だった。

 

「何っ!? うわ!?」

 

振り返ったアイシャは、そこで見知らぬ機体が自分たちのすぐ真横にいたことにようやく気づくことができた。

ワインレッドの装甲、ルビーを思わせるメインカメラと赤い結晶体のようなフレームで構成され、全体的に赤色を基調としている機体……

 

機体の名は、ICEY–V。

バックパック飛行用ユニットであるUCEY–Wを搭載し、赤い機体の左肩に薔薇十字のシンボルマークがペイントされている。

 

既存のステルス技術をも凌駕する新たなステルスを展開したそれらは、あたかも暗殺者の一員として部隊に紛れ、仲間たちと別れたアイシャたちのことをぴったりとトレースし、ここまで辿り着いていたのだ。

しかし、そうとも知らない暗殺部隊の面々からしてみれば、赤い機体が急に現れたようにしか見えなかった。

 

「いつからそこに……!?」

 

「隊長! か、囲まれています!」

 

しかも、ICEY–Vは1機だけではなかった。

アイシャたち暗殺部隊を包囲するようにして、さらに3機の赤い機体が、いつのまにかその場に姿を現していた。

 

『何もかも、上には上がいるのものですよ♪』

 

「……くっ」

 

『奇襲が失敗に終り、包囲されてしまった以上、あなた方の負けです。そのまま大人しく投降してくれると嬉しいのですが……』

 

女性の放った降伏勧告に、アイシャは唇を噛んだ。だが、敗北を認めるつもりのないアイシャの部下の1人が、飛影の腰部に秘匿された逃走用のスモーググレネードめがけて密かに手を伸ばし……

 

「ぎゃあああああああ!?」

 

次の瞬間、行動を起こそうとした飛影は天から飛来した高出力の光球に包まれ、一瞬のうちに融解してしまった。撃ったのは、月を背にした赤いバルキリーだった。

 

「ああっ!?」

 

部下が跡形もなく消滅してしまったのを見て、アイシャは悲鳴をあげた。

 

『おいたはダメですよ〜?』

 

全てを見通す黒いバルキリーのツインアイが強い輝きを放った。それに呼応するようにして、アイシャたちの周囲にいた4機のICEY–Vも一斉にハンドガンを構えた。

 

『チュゼールニンジャ=サン、命を粗末になさらないで下さいね?どうされますか? まだやりますか? ハイクを詠みますか? そちらがその気なら、こちらは遠慮なくニンジャ殺すべしさせて頂きますが、宜しいですか〜?』

 

「分かった。投降する……」

 

アイシャはそう言ってシミターを地面に落とし、武装解除を行った。アイシャの部下たちも大人しく降伏勧告に従って武装解除していく……

 

(作戦は失敗か……)

 

飛影を地面に跪かせつつも、しかし、アイシャの瞳には依然として諦めの色は浮かんでいなかった。

 

(だが、ただ降伏して終わるだけではない。後方で私たちの活躍を待つ仲間たちの為にも、せめてコイツらの情報を伝えなければ……)

 

そう考えたアイシャは密かに無線のスイッチを入れた。

 

アイシャたち暗殺部隊の目的はシャラナ姫の暗殺だったのだが、それとは別にカピラ城内部の撹乱というもう1つの作戦目標が存在した。

これはアイシャ達がカピラ城から脱出する為のプランでもあったのだが、それと同時にカピラ城から数キロ離れた位置に待機している攻城部隊による砲撃を支援するということにも繋がっていた。

 

ジャッジメント・シャトー

カピラ城攻撃の為にアランバハより出撃した大型要塞には、堅固なカピラ城の外壁を一撃で粉砕するほどの強力な武装がいくつも搭載されていた。

 

(私たちが窮地に陥っていることを知れば、大型要塞による砲撃が行われるかもしれない……突然の攻撃にさらされれば、コイツらでも混乱するだろう。そうすれば、まだ私たちにも脱出のチャンスが……)

 

『脱出のチャンスがある……もしかして、まだそんなことを考えていたりしますか?』

 

「……!?」

 

まるで心の中を見透かしたかのようなひとことに、アイシャは飛影の中でびくりとなった。

 

『ふふっ……動揺していますね?』

 

「私には何のことだか……」

 

『では、ご自身で確かめてみてはどうですか?』

 

「…………」

 

言われるがまま、アイシャは通信回線を開いて攻撃部隊のジャッジメント・シャトーへ通信を行った。しかし、何度無線のダイヤルを合わせてもスピーカーからは雑音しか響いてこなかった。

 

「まさか……!?」

 

考えられる最悪の事態を想像し、アイシャの顔が絶望に染まった。その時……どこからともなく巨大な爆発音が轟いた。

 

「嘘……」

 

爆発音に気づいたアイシャは振り返ってその場所を見上げた。そこには巨大な黒煙が立ち上り、暗い夜空が一面真っ赤に染まっていた。

 

それは丁度、カピラ城砲撃の時を待つ武装要塞と護衛のBM数個中隊が待機していた方角だった。

 

『あらあら〜、帰るところがなくなっちゃいましたね』

 

機体越しでも明らかに戸惑った様子を見せる暗殺部隊を見て、黒いバルキリーのパイロット……ミドリはコックピットの中で不敵な笑みを浮かべるのだった。

 

 

同時刻

カピラ城から数キロ離れた場所

 

そこには、武装要塞ジャッジメント・シャトーを始めとする大規模な攻撃部隊が展開していた。カピラ城の放った偵察部隊に気づかれぬよう丘の影に身を潜めた彼らは、アイシャたち暗殺部隊によるカピラ城内部の撹乱を期待し、攻撃の時に備えていた。

 

 

 

……つい、先ほどまでは

 

 

 

 

「そんなノロクサ、当たるかよ!」

 

翼を大きく広げ、反乱軍の放った無数の対空砲火の網をすり抜けて地上へ着地したICEY–Vの1機が、反乱軍めがけて手にしたライフルの引き金を引き絞った。

 

連射性能の高いアサルトモード

可変型ライフルによる射撃は、反乱軍の機体を正確に撃ち抜き、その装甲を一瞬でズタズタにし、吹き飛ばして爆散させた。

 

「反乱軍! 恐るるに足らずッッッ!」

 

戦場に生まれる爆煙。薔薇十字騎士団に所属する若き兵士は、ライフルを撃つ手を止めて力強く拳を握りしめた。

 

「調子に乗るな! ブラヴォー・スリー!」

 

戦闘中にもかかわらずはしゃぐ素振りを見せる若い兵士を、その上官に当たる別の兵士が一喝した。

 

今、この場所はカピラ陣営と反乱軍(アランバハ陣営)による熾烈な戦闘が繰り広げられていた。しかし、アランバハの派遣した大規模な攻撃部隊に対し、カピラ城から派遣された部隊はごく少数だった。

 

BMの数だけでも100機近い戦力を投入したアランバハ陣営に対して、カピラ城はその5分の1以下と……これだけでもかなりの戦力差があった。

 

しかし、それほどの戦力差があるにもかかわらず、戦闘は終始カピラ陣営が優勢だった。

 

その理由は、国境なき艦隊『モービィ・ディック』によるカピラ陣営への協力が大きかった。彼らの所有する次世代型BM・ICEY–Vの前には、反乱軍の扱う最先端兵器などオモチャ同然な代物だった。

 

「スリーはテンと共に前進。フォーは側面から回り込め。セブン、ナインはエアカバーを継続せよ」

 

薔薇十字騎士団の2番隊隊長、ブラヴォー・ワンによる的確な部隊指揮により、数の面で圧倒していたはずの反乱軍たちは次々に撃破されていく……

 

「了解! うおおおおおおお!!!」

若い兵士……ブラヴォー・スリーはワンの指示に従ってライフルを右肩の武装コンテナに格納すると、左肩のコンテナからクリスタルで形成されたロングソードを抜刀し、反乱軍めがけて突貫した。

 

迫り来るICEY–Vに対し、反乱軍は弾幕を張って迎撃を試みるも、ICEY–Vの周囲に展開された不可視のエネルギーフィールドが、それらを全て無力化させてしまった。

 

「斬る!」

弾幕を突破したスリーの斬撃が反乱軍を襲った。

反乱軍の機体が次々に両断されていく……

 

「スリー、援護する」

そんな彼を援護すべく、テンがハンドガンによる近接支援を実行した。敵陣のど真ん中へ乗り込み、まるで格闘攻撃をするかのように二丁拳銃による薙ぎ払いを行なった。

 

さらに側面、上空からICEY–Vによる挟撃が行われ、反乱軍のBM部隊に多大な損害が生じた。地上、そして上空を支配するたった6機のICEY–Vの前に、反乱軍は後退を余儀なくされた。

 

「いいぞ、その調子だ」

 

順調に反乱軍を蹂躙していく5人の姿をライフルのスコープ越しに覗いていたワンは、彼らの活躍に小さく頷くと、ライフルを下ろして別の方向へと視線を送った。

 

「貴公も協力に感謝する」

 

炎上するジャッジメント・シャトー

そして、大きくひしゃげた装甲を踏みつけるようにして、その上で堂々と仁王立ちをしている1機の白いモビルスーツ

 

「三日月・オーガス殿、噂に聞いていた通りの強さだな」

 

「別に、これくらい普通でしょ」

 

無線越しに聞こえてきたワンの声に、三日月はバルバトスを操作し、ジャッジメント・シャトーの上部装甲に突き刺さったメイスを取り上げた。

 

偵察部隊からの報告により敵の奇襲を事前に予想していたカピラ勢力は、カピラ城への直接攻撃を防ぐべくカピラ守備二個小隊、薔薇十字騎士団6機、そして三日月・オーガスからなる特別遊撃部隊を編成・派遣し、これの迎撃に当たっていた。

 

その一番槍を担った三日月は、開戦と同時に護衛のBM部隊が埋め尽くす戦場をすり抜けてジャッジメント・シャトーへ肉薄……機体自体が鈍重で、しかも取り回しの悪い範囲攻撃兵器や長距離砲しか装備されていないのをいいことに、三日月は武装要塞へと取り付いた。

 

武装要塞特有の堅固な装甲を持つジャッジメント・シャトーだったが、バルバトスに装備された質量兵器・メイスを用いた攻撃の前には流石の装甲も機能せず、僅か数回の殴打で大破、しまいには車体から日の手が上がり、カピラ城攻撃の為の弾薬が満載されたスペースへと引火……まもなく盛大な爆発と共に、武装要塞はあっけなく炎上してしまった。

 

その爆発によって生じた黒煙は、反乱軍の実質的な敗北を示す狼煙のように立ち上り、遠く離れたカピラ城からでもはっきりと視認することができた。

 

「そうか、末恐ろしい奴だな」

 

何でもないように告げる三日月に、ワンが肩をすくめていると、地上で戦う味方を援護する為に上空を旋回していた薔薇十字騎士団の1人……セブンが2人の会話に割り込んできた。

 

「セブンよりブラヴォー・ワン。敵は撤退を開始しています、追撃戦に移行しますか?」

 

「そうだな。オール・ブラヴォー、敵を追撃せよ」

 

「了解」

 

ワンの指示に、薔薇十字騎士団の面々は逃げ惑う反乱軍めがけて容赦なくビームの雨を降らせた。投降する者に関しては、装備だけを撃ち抜いて無力化し、さらに前進する。

 

「貴公も追撃戦に参加してもらえないだろうか?」

 

「別にいいけど、俺必要ある?」

 

ワンの言葉に、三日月は反乱軍たちを追い詰める5機のICEY–Vを見やった。未だ数の差こそあれど、三日月の目から見ても兵士の練度と機体性能の差は圧倒的で、とても自分が必要なようには思えなかったからだ。

 

「あんたらだけでも十分だと思うけど」

 

「そうだ、敵の追撃は我々だけで十分に事足りるだろう。しかし、今の状況ではただ敵を倒すだけでは足りないのだ……」

 

数日前の戦闘において、三日月たち『オーガス小隊』はアランバハから派遣された大部隊をたったの4機で全滅にまで追い込んだ。

それまでチュゼール各地で連戦連勝と破竹の勢いに乗り、勝利は目前とさえ言われていた反乱軍だったのだが、それ故に、この戦いにおいて反乱軍が受けた衝撃は凄まじいものだった。

 

戦闘の具体的な詳細を求めた反乱軍の情報部には、捕虜になることなく戦いを逃げ延びた兵士たちによって三日月たちの鬼神の如き活躍が伝えられ、僅か数日のうちにオーガス小隊の名はチュゼール全土に広がりつつあった。

 

それは浄化戦争の英雄である極東武帝の再来……あるいはそれ以上、とまで呼ばれるほどだった。

 

「勝ち戦の兵士ほど弱いものはない……それは精神的な意味でも言え、そして逆もまた然り。貴公の活躍は敵に対して恐怖を与え、それまで勝利しか知らなかった反乱軍の連中に対して負の流れをもたらす事になるだろう。逆に、敗北続きだったカピラ陣営の兵士たちにとっては、いつ負けるやもしれぬ暗い道筋の中、初めて見えた希望の光となって彼らを奮い立たせる原動力となる……そのためにも、この戦いにおいて貴公の存在は必要なのだ」

 

「ふーん、そんなもんなんだ……」

 

ワンの言葉を聞き流していた三日月だったが、彼の言いたいことは大体伝わっていたようで、小さく頷いた。

 

「ま、いいや……」

 

それから遠くの敵を見据えると、足元に散らばる武装要塞の残骸を蹴り飛ばして機体をブーストさせ、一気に敵との距離を詰めた。

 

ICEY–Vとの撃ち合いで精一杯だった反乱軍の兵士が、三日月の奇襲に対処できるはずもなく……敵機は三日月のことを認識する間も無くメイスで叩き潰され、あっけなく大破してしまった。

 

「……次……あれ?」

 

次の獲物を撃破すべく、三日月がすぐ近くにいた敵機へ狙いを定めようとしたその時……敵機から降伏を意味する光信号が放たれた。

 

「三日月って言ったか? やるじゃねーか!」

 

三日月の戦いぶりを間近で目撃していたスリーが、思わず声を上げて近寄ってきた。

 

「ねぇ、こいつどうする?」

 

「あー……とりあえず武装は破壊して、逃げられないように足を撃ってそこら辺に転がしておけば、後ろのカピラの野郎どもが捕まえてくれるだろうよ」

 

「そう、分かった」

 

それを聞くと、三日月はバルバトスの両腕に機関砲を出現させ、降伏した兵士の機体めがけて容赦なく数発の砲弾を撃ち込んだ。

 

「うわっ、おっかね……」

 

三日月の放った機関砲は、敵機が携行していたライフル、固定武装、そして両足だけを正確に撃ち抜いてパイロットを殺害することなく機体を無力化させた。

その際、まるでトドメでも刺すかのような三日月の迷いのない動きにヒヤリとくるものを感じ、スリーは小さな悲鳴を上げた。

 

「これでいいんでしょ?」

 

「ま、まあな」

 

その時、2人の背後から湧き立つような声が響き渡った。

 

「お前らぁ! ガキなんかに負けてんじゃねぇ!」

 

「この土地は我々のものだ!」

 

「そうだ! 俺たちが戦わないでどうする!」

 

それは作戦に参加したカピラ城の兵士たちによるものだった。特別遊撃部隊の前衛として展開している三日月と薔薇十字騎士団の活躍に後押しされたのだろう、彼らの士気は一様に高かった。

 

BMに搭乗したカピラ城の兵士たちは、逃げ惑う反乱軍めがけて大量の鉛玉を叩き込み、接近し、シミターによる斬撃をお見舞いし始めた。

 

「ほんとだ、なんか勢いが出てきた」

 

それを見て、三日月は関心したように呟く。

 

「よし、援護する」

 

そう言ってスリーは翼を広げてICEY–Vを飛び立たせると、カピラ兵士たちのエアカバーをする為に機体を上昇させた。

 

「それじゃあ、俺も……」

 

三日月もカピラ兵士たちを追ってバルバトスをブーストさせた。その視線の先には、突出し過ぎたことにより反乱軍からの手痛い反撃を受けている一機のカピラ所属機の姿があった。

 

「しまった! だ、誰か……助け……」

 

「…………」

 

三日月は集中砲火を受け、機体の表面に大量の火花を散らす味方機の前へ降り立つと、メイスを構えて自ら盾となった。

 

「え?」

 

「下がって、邪魔だから」

 

味方に向かってそう言い放つと、三日月はメイスを地面に突き刺して味方機が後退する為の遮蔽物を作り、自身はレンチメイスを構えて敵部隊の前へと躍り出た。

 

反乱軍の兵士たちは迫り来るバルバトスめがけてありったけの火力を集中させるも、標準的なBMの携行火器など、バルバトスのナノラミネートアーマーの前にはあまりにも貧弱で、無力だった。

 

「消えろよ」

 

瞬く間に3機のBMがレンチメイスの餌食となった。さらに機関砲の斉射により、5両編成の装甲車部隊が跡形もなくこの世から消し去られてしまった。

 

撤退の為の殿を務めた部隊が全滅したことを知った反乱軍の兵士たちは、せめて三日月たちの追撃を牽制しようとロケット砲やハンドグレネードによる範囲攻撃を展開しようとして……

 

「…………!?」

 

反乱軍によって攻撃が行われた丁度その時、上空から飛来したビームの雨が、反乱軍の放ったロケットとグレネードを全て撃ち落とし、目標に辿り着く前にそれら全てを撃ち落としてしまった。

 

反乱軍たちが天を仰ぎ見ると、そこにはエアカバーの為に空中へと展開していた3機のICEY–Vの姿があった。

 

牽制が失敗に終わったことを知った反乱軍たちは対空砲火を行うも、ICEY–Vの周囲に展開されたフィールドは弾丸を一切受け付けなかった。逆にICEY–Vの放った濃密な鎮圧射撃により、反乱軍は甚大な被害を受け、そして戦場は大量の爆煙と土煙に包まれた。

 

ICEY–Vによる射撃が終了すると、三日月は何のためらいもなく視界ゼロの爆煙の中へバルバトスを飛び込ませると、バルバトスと繋がったことで拡張された感覚だけを頼りにレンチメイスを振り回し、ICEY–Vが撃ち漏らした敵を片っ端から叩き潰していった。

 

地上と上空という二方向からの攻撃に晒され、結局、反乱軍は混乱から立ち直ることもままならず全滅した。交戦前には100機近く存在したBMもアランバハ城へ辿り着つくことが出来たのは、散り散りになって逃げ落ちた十数機のみだった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「ナインよりブラヴォー・ワンへ」

 

反乱軍一掃後、降伏した反乱軍兵士たちの武装解除が行われる最中、偵察のために上空を旋回していたナインがワンへ通信を行なった。

 

「どうした?」

 

「撤退する敵部隊が支援を求めたのでしょう、超光学カメラがアランバハよりスクランブル発進するBM部隊を捉えました」

 

「数は?」

 

「20機です」

 

「了解した。ふむ……戦えば勝てるが、俺たちの役割はあくまでも反乱軍のカピラ襲撃の阻止、及び反乱軍の殲滅だからな」

 

そう言ってワンは外部スピーカーをオンにした。

 

「俺たちの仕事はここまでだ。撤退する」

 

「あれ、もう帰るの?」

 

ワンの言葉に、コックピットの中でナツメヤシを食べていた三日月は不思議そうな顔をした。長期戦になると思っていた彼は、残り少ないナツメヤシの実をどう節約したものか考えていたところだった。

 

「ああ、もう十分だろう」

 

そう言ってワンは近くに駐車していた軍用トラックを指差した。カピラ兵士たちの使っている武器の弾薬を補給するべく遊撃隊に追従していた軍用トラックだったのだが、カピラ兵士たちによって弾薬は全て使い果たされ、その代わりに、荷台には捕虜にした反乱軍兵士たちで満員になっていた。

 

「補給を必要としない俺たちはいいが、カピラの連中はそういう訳にもいかん」

 

「そっか、そうだよね」

予想よりも早く帰れることを知り、ナツメヤシの実を節約する必要がないと判断した三日月は、さっそくバリボリと食べ始めた。

 

「よし、全機撤退………いや待て、通信だ」

 

味方に撤退を指示しようとしたところで、ちょうど通信が入ってきたことに気づいたワンは、通信を行うために手を振って部下を制し、通信の内容が外に漏れないようスピーカーをオフにして沈黙を作った。

 

「ブラヴォー・ワンより遊撃部隊各機へ。モービィ・ディック最高司令官……エイハブからの指令を通達する」

 

やがて通信を終えたワンが再び外部スピーカーを起動させた。三日月や彼の部下を始めとする、その場にいた全員の視線が集中する中、ワンは言葉を続ける……

 

 

 

「さらに追撃、アランバハを落とせ」

 

 

 

「おいおい、マジかよ……」

 

ワンの言葉に、カピラ兵士たちの間に動揺が走った。

 

「いくら今日とこの前の戦闘で、反乱軍がかなりの戦力を消耗しているとはいえ……」

 

「ああ。アランバハにはまだ大量の戦力が残っている筈だ、それを俺たちだけで攻略しろと?」

 

「こんな……たったこれだけの遊撃隊で?」

 

カピラ兵士たちの中には、数日前のアランバハ侵攻作戦に加わった者もいた。数百の戦力を投入しても倒せなかった相手に、いくら強いとは言ってもたったの数十機で戦いを挑むというのだ……屈辱的な敗北を味わった彼らにしてみれば、これからやろうとしていることは無謀な挑戦にも等しかった。

 

しかし、その一方で……

 

「了解」

 

「アランバハか、腕がなるな」

 

「面白い! やってやろうじゃねぇか!」

 

薔薇十字騎士団の士気は高かった。

戦闘の継続を知るや否や、彼らは直ぐにコックピット内のディスプレイ表示や計器を確認し、機体のコンディションや各種武装のチェック、それから予想される敵戦力の計算を行うなどといった戦闘準備を始めた。

 

それに対して、三日月は困り果てていた。

 

「帰らないの?」

 

「疲れたか?」

 

「いや、そうじゃない……けど」

 

ワンにそう告げて、三日月は袋の中を覗き込んだ。

どうせ直ぐに帰るのだからと貪り尽くしてしまったことにより、袋の中のナツメヤシの実は、もう指で数えられるほどしか残っていなかった。

 

「じゃあ……早めに終わらせたい」

 

そう言って、三日月は食べたい気持ちを抑えて手の中に握っていたナツメヤシの実を袋の中へそっと戻した。

 

 

 

かくして襲撃部隊への追撃戦は、三日月を先頭にした特別遊撃部隊によるアランバハ城に対する追撃殲滅戦へと移行することとなった。

 

 

 

程よくナツメヤシの実を切らした三日月の活躍は凄まじいもので、アランバハからの砲撃に一切怯むことなく城内へ突入すると、内部でメイスから光輪システムに至るバルバトスのあらゆる武装を駆使して暴れ回り、攻撃の余波で城の司令室と防衛システムを完膚なきまでに破壊し、アランバハに駐留する反乱軍を大いに混乱させた。

 

そうして、三日月が敵の目を引き付けている間に薔薇十字騎士団とカピラ兵の面々が城内をクリアリングしていき、さらにはリキッドバルキリーに乗ったテッサが駆けつけたことにより、僅か数時間のうちに、戦いはカピラ陣営の一方的な勝利に終わった。

 

 

 

こうして、反乱軍にとっての長い夜が明けた。

 

 

 

この戦いにより、反乱軍は重要拠点の1つと数多くの戦力を喪失し、さらにカピラ陣営に対して修復可能な無数の兵器、多くの兵士・将校を捕虜として取られることとなった。

 

その一方で、遊撃部隊の被害はカピラ兵士たちの方で少なからず損傷が見られたものの、三日月のフォローと薔薇十字騎士団の手厚いエアカバーにより機体・人員共に喪失はゼロだった。

 

この奇跡とも呼ぶべき圧倒的勝利は、すぐさまカピラ城に居を構えるシャラナ姫の元へと伝えられた。シャラナ姫の口からアランバハ城陥落の報せが公表されると、兵士たちからは大きな歓声が響き渡ることとなった。

 

その一方で、先のアランバハ侵攻作戦に参加していたシヴァージは「自分たちのやってきたことは一体……?」と、本来ならば喜ばしい場面であるにも関わらず、頭を抱えてよろめいてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第31話:証言

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アランバハ城陥落から数時間後……

アランバハ城、外壁

 

 

 

「はい、三日月さん」

 

三日月を始めとするカピラ陣営によって制圧されたアランバハ城。その外壁の上部にて、テッサは三日月へ小さな袋を手渡した。

 

「え? これって……」

 

三日月が袋を開けてみると、そこにはナツメヤシの実がたっぷり詰め込まれていた。戦闘中に最後のナツメヤシの実を消費し、いよいよナツメヤシの実が恋しくなりつつあった三日月は、そのあまりのタイミングの良さに思わずテッサのことを見返した。

 

「はい、三日月さんの好きなナツメヤシの実です。そろそろ無くなっちゃう頃かなって思い出して、ここまで届けに来ました」

 

そう言ってテッサは小さくはにかんだ。

 

「俺の為に、わざわざ?」

 

「はい! と言っても、バルキリーで飛んできたのでそんなに時間はかかりませんでした」

 

「ああ、それでね」

 

三日月は自分の背後へと視線を送った。外壁の上部、そこに並ぶようにして2機の人型機が膝をついていた。

 

手前に鎮座するのが、言わずと知れた三日月の専用機・バルバトス。そしてその奥にあるのが、テッサの専用機であるリキッドバルキリー。

 

三日月達によってアランバハの制圧が行われている最中、何の前触れもなく突然アランバハの直上に出現したテッサは、そのまま戦闘に加わって城内で激しい戦いを繰り広げる三日月のことを上空から支援したのだった。

 

てっきり、テッサは自分のことを援護する為にアランバハまで来たのだと考えていた三日月だったが、彼女の目的はあくまでも彼の方にあるようだった。

 

「あっ、勿論こっちの仕事もちゃんと終わらせてから来ましたよ? カピラ城に侵入した反乱軍の暗殺部隊は全員捕らえられ、現在はミドリさんによって尋問が行われているところです」

 

「そっか」

 

「一応、ミドリさんの許可を得てはいましたが……三日月さんは、私のこと邪魔だった?」

 

「ううん、寧ろ来てくれて嬉しい」

 

少しだけ悲しそうな表情を浮かべたテッサに三日月がそう言ってあげると、テッサの顔色が目に見えて明るくなった。

 

「そ、そう? えへへへ……三日月さんにそう言って貰えると、嬉しいかな」

 

「うん、ありがと」

 

頬をにわかに赤く染め、ほころんだ笑顔を浮かべるテッサの姿を見ていると、三日月の表情も少しだけ緩むのだった。

 

「はい! 三日月さんの為だったら私は何処へだって直ぐに駆けつけます! 例え火の中、水の中、雲の中や宇宙にだって、何処へでも……!」

 

「ところでこれ、食べてもいい?」

 

「あ、はい。どうぞ!」

 

テッサの許可を得て、三日月はナツメヤシの実を食べ始めた。久しぶりの味を楽しむ三日月のことを、テッサはとても幸せそうな表情で見守っていた。

 

「三日月さん〜」

 

「なに?」(ナツメヤシの実を食べながら)

 

「美味しいですか?」

 

「うん、とっても」

 

「そうですか。よかったです♪」

 

「?」

 

ナツメヤシの実を食べ進める三日月を見て、テッサはまるで自分のことのようにニコニコとした表情を浮かべていた。

そんな彼女の様子から、テッサもナツメヤシの実が欲しいのだろうと考えた三日月は袋の中をからナツメヤシの実を2粒だけ取り出し、テッサへと差し出した。

 

「これ、テッサにあげる」

 

「え、いいんですか?」

 

「うん。1人よりも2人で食べた方が美味しいから」

 

「ありがとうございます。あ、そうだ!」

 

そこでふと何かを思いついたテッサは、三日月の差し出したナツメヤシの実を受け取らずに、何やら三日月の前へと進み出た。

 

「三日月さん、もし宜しければ『あーん』ってしてください!」

 

「え? 別にいいけど……」

 

「やった! それじゃあ……」

 

テッサは喜びを露わにすると、三日月の目の前で両目を瞑って小さく口を開けた。

 

「えっと……それじゃあ」

 

まるで親鳥からの餌を待つ小鳥みたい……目の前で口を開けるテッサを見てそんな思いを抱きつつ、三日月はテッサの口の中へそっとナツメヤシの実を入れてあげた。

 

「ふふっ……三日月さん、これすっごく甘いね」

 

ナツメヤシの実を食べたテッサがそんな感想を述べた。

 

「そう? 今回のは甘さ控えめだと思うけど……そっか、個体差があるのか……」

 

三日月は自分の手の中に残った1粒のナツメヤシの実へと視線を落とした。これは甘いかな? 三日月がそう思っていると……

 

「じゃあ、今度は私の番ね」

 

「?」

 

そう言ってテッサは三日月が反応するよりも早く、彼の掌からナツメヤシの実を摘み上げると、人差し指と親指で挟んで三日月の口へと近づけた。

 

「三日月さん、口を開けて?」

 

「え? あ……うん」

 

テッサに促されるまま三日月が口を開けると

「はい、あーん……」

そう言ってテッサは、先ほど彼にして貰った時のように、三日月の口の中へナツメヤシの実を入れてあげた。

 

「三日月さん、美味しい?」

 

「……ん、美味しいけど?」

 

「そっか、ふふっ……それはよかったです!」

 

「??」

 

照れ臭そうに笑うテッサに、三日月はナツメヤシの実をモグモグしながら小さく疑問符を浮かべた。

 

「それじゃあ、もう一回……あーん」

 

三日月がナツメヤシの実を呑み込んだのを見計らって、テッサは袋の中からさらにナツメヤシの実を取り出し、再び三日月の口元へ近づけようとしたところで……

 

「あー……お取り込み中申し訳ないのだが」

 

軽い咳払いと共に背後から聞こえてきたその声に反応し、テッサの動きが止まった。

 

「あれ? アンタ……」

 

三日月が振り返ると、そこにはライン連邦出身の大柄な男性が佇んでいた。長い黒髪、モービィ・ディックの白を基調とした制服を着用し、騎士道精神の象徴であるブレードを腰に携えたこの男こそ、三日月たち遊撃部隊を統率していた薔薇十字騎士団のブラヴォー・ワンである。

 

「三日月・オーガス、少しいいかね?」

 

「俺? 別にいいけど」

 

ワンに呼ばれ、三日月は何事かと立ち上がった。

 

「いや、肩の力を抜くといい……直ぐに済む話だ。君は確か、先のアランバハ侵攻作戦に参加した仲間を探していると言っていたな?」

 

「ん、そうだけど」

 

「1人は銀髪の若い男性で、黒いコートを着用した傭兵、名前はベカス・シャーナム。そしてもう1人が黒髪の極東人、美しい容姿の男性で、名前は影麟……だったな?」

 

「うん。もしかして見つかったの?」

 

「ああ。つい先ほど、君の仲間らしき2人の姿を見つけたと、オスカーの仲間から君宛に連絡が入ってきた……写真もある、確認を」

 

「見せて」

 

三日月はワンが差し出してきた端末を受け取って、画面の中を覗き込んだ。撮影者によって盗撮されたものなのだろう……その写真には、確かに黒いコートを着たベカスが映り込んでいた。

 

「あれ?」

 

しかし、三日月の興味を引いたのはそれだけではなかった。写真の中で道路を歩くベカスは、何やら見ず知らずの少年の手を引いており……さらにそれだけではなく、彼の後ろには三日月にとっても見覚えのある、ピンク色の髪をした少女の姿があった。

 

「……どうなってるの?」

 

「む? 三日月よ、写真に映るこの人物は君が探しているベカス・シャーナムではないのかね?」

 

「いや、ベカスであってる……でも……」

 

三日月は不思議そうな顔をして画面を凝視した。

「どうしたんですか、三日月さん?」

その後ろで、テッサが心配そうに彼を見つめた。

 

「ううん、何でもない……とにかく、2人がまだ生きているってことが分かってよかった」

 

「2人?」

 

「何でもないよ、こっちの話」

 

三日月はテッサへと振り返ってそう告げると、端末を返却するべくワンへ手を伸ばした。だが、ワンは受け取りを拒否するかのように手を振って示してみせた。

 

「それは君が持っておくといい。それさえあれば、カピラ城内でベカスの動きをトレースしている情報提供者と連絡が取れる……周波数は150.62だ、覚えておけ」

 

そして、ワンはカピラ城の方向を指差した。

 

「ここはもう我々だけで十分だ。アランバハ城の中には、まだ抵抗を続ける反乱軍兵士が立て籠もっている状態だが、間も無くカピラ城からの応援が到着する……地味な仕事は我々に任せるといい」

 

「いいの?」

 

「ああ、君はもう十分にやってくれた。カピラで仲間が待っているのだろう? さあ、我々に構わず行くといい」

 

「ん、ありがと……」

 

ワンへお礼を告げ、三日月はその場から立ち去ろうとして……

 

「あ、じゃあ……はいこれ」

 

「む、これは何だ? 何かの種子……?」

 

「ナツメヤシの実。端末のお礼に……あげる」

 

「あ、ああ……悪いな」

 

そう言って三日月はワンの掌の中に3粒のナツメヤシの実を転がすと、すぐに背中を向けてテッサと共に機体を駐機させている所へと歩き始めた。

 

「テッサ、バルキリーに乗せてって」

 

しかし、三日月は何故かバルバトスの前を素通りすると、まるで最初からそのつもりだったかのようにリキッドバルキリーの前へ歩みを進めた。

 

「え? あ、はい……別にいいけど……?」

 

そんな三日月の様子に疑問符を浮かべつつ、テッサはバルキリーのコックピットから伸びる搭乗用ワイヤーを握りしめた。

 

それからワイヤーの下部に取り付けられた足場に体重をかけ、彼女はワイヤーを巻き取ってバルキリーのコックピットの中へ移動すると、三日月に向かって再びワイヤーを下ろした。

 

「三日月さん、使い方は……」

 

「大丈夫、何となく分かる……これを押せば登れるんだよね?」

 

「はい。そうです」

 

ワイヤーのコントローラーを手にした三日月へそう言いつつ、テッサはチラリとバルキリーの隣に駐機するバルバトスへ視線を送った。

 

「いいんですか? その、バルバトスは……」

 

「うん、別にいい。バルバトスはバルキリーに比べると足が遅いし、それに俺が呼べば何処にでも現れるから……」

 

「あ、そっか……そういえばそうでしたね」

 

テッサは納得したように頷いた。

ワイヤーを巻き取ってよじ登ってくる三日月へ手を差し伸べ、彼の手を取ると、そのままコックピットの中へと誘った。

 

「うん、それに……」

 

ハッチが閉まり、コックピットの中が暗闇に包まれると、パイロットシートの後ろ側へ潜り込んだ三日月がポツリと呟いた。

 

「それに?」

 

「空に連れて行ってくれるんでしょ?」

 

「あ……」

 

バルキリーの起動準備に入っていたテッサは、そこで数日前に三日月と交わした約束を思い出し、淡い輝きを放つコントロールパネルを操作する手を止めた。

 

『テッサが感じた広い空の中に、俺のことを連れてってよ』……あの時と同様、三日月の存在をすぐ真後ろに感じ、背中合わせで交わした約束がテッサの脳裏に鮮明にフラッシュバックする。

 

「テッサ?」

 

急に固まってしまったテッサを、三日月は不思議そうな目で見つめた。三日月の視線を間近に感じ、テッサは少し恥ずかしそうにモニターを見つめた。

 

「テッサ、どうしたの?」

 

「それは……その、まだ心の準備が……」

 

「テッサがダメって言うなら歩いて行くけど」

 

「違うんです、そうじゃなくて……」

 

そこでテッサは自分の胸に手を当てて深呼吸をすると、気を取り直したように三日月へと振り返った。

 

「はい! お、お願いしますっ!」

 

「えっと……お願いしてるのは俺の方なんだけど?」

 

「あ、そうでした……じゃあ、行きましょう!」

 

三日月へと振り返ったテッサは彼へ微笑みかけると、すぐさまバルキリーを起動させた。

 

バルキリーのツインアイに光が灯る。

 

城壁の上で機体が立ち上がったと思った次の瞬間、バルキリーは6枚の翼を広げ、目にも留まらぬ速さでアランバハの上空へと飛び立った。

 

「ふむ、悪くないな」

 

三日月から貰ったナツメヤシの実を口にしていたワンは、カピラ城の方角へと伸びる赤い閃光を見やりつつ、ひっそりと呟いた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

カピラ城

城下町

 

正午前……

テッサとのフライトを楽しんだ後、カピラ城へと帰還した三日月は、バルキリーのチェックがあると言うテッサとは別行動を取り、先にベカスを探して城下町へと向かっていた。

 

「ここ?」

 

貰った端末で情報提供とやり取りを行いつつ、城下町を進む三日月が辿り着いたのは、カピラ城内で最も豪華で高級とされているホテルの前だった。

 

ホテルへ足を踏み入れようとした三日月だったが、ホテルの入口前に立つドアマンに、子どもであることとその粗末な身なりを指摘され追い返されてしまった。

 

三日月は以前、ミドリから貰った例の黒いカードを見せようかと思ったものの「待つだけなら別にいいか」と、ホテルから少し離れたベンチに座って小さく息を吐いた。

 

それから数分後のことだった……

ドアマンの見送りを受けて、ホテルから出てきた2つの人影を見て、三日月は即座に立ち上がった。

 

「お見送りご苦労〜」

 

「…………」

 

2つの人影のうち、黒いコートを着た男はベルマンたちに気さくに手を振って、堂々とした様子でホテルの入口へと姿を現した。

さらに言うと、男は幼い男の子の手を引いている。

 

「ベカス」

 

「ん……おお、三日月か!」

 

三日月が呼びかけると、男はゆっくりと振り返った。銀髪、腰に刀を携えた傭兵……それは先のアランバハ侵攻作戦の際に、撤退するカピラ陣営を守るべく殿となって、そのまま行方不明となっていたベカスだった。

 

「久しぶりだな、元気してたか〜?」

 

「そっちこそ、元気そうで何より」

 

三日月の姿を見るなり、ベカスはニヤリとした表情を浮かべ、それから三日月に向けて軽く拳を放った。三日月はそれを手のひらで受け止めつつ、安心したような顔をしてそう答えた。

 

「オレのいない間、寂しくて寂しくて仕方なかったんじゃないのか〜?」

 

「ううん、別に……途中からテッサとアイルー、それからミドリちゃんも来たから、全然寂しくなかった」

 

「オイオイ、そこはお世辞でも寂しかったって言うべきところだぜ、三日月よぉ……全く、オレたちがどれだけ大変な思いをしてここまで戻ってきたか、少しは考えて……」

 

「それで、こっちは影麟?」

 

ベカスの言葉を遮るようにして、三日月はそう尋ねた。

 

「お、よく気づいたな」

 

そう言ってベカスは傍の少年……影麟の頭を撫でた。

「…………」

アランバハ侵攻作戦の前には絶世の美青年だった筈の彼の身長は、どういうわけか縮こまり、今ではせいぜい5、6歳くらいの幼い少年と化してしまっていた。

 

「なんで小さくなってるの?」

 

「あー……話すと長くなるんだが、これがまー色々あってな」

 

「ふーん、そっか」

 

ベガスの説明を聞き、三日月は珍しいものを見るような目で小さくなってしまった影麟を見つめた。

 

「…………」

すると、影麟は無言で小さく頷いた。

 

「まあいいや。とにかく、2人が無事でよかった」

 

「反応薄いな〜もっと驚くと思ってたのに〜」

 

「ん、これでも驚いてる。ところで2人はいつからここに?」

 

「ああ、昨日の夜だ。本当はそのままシャラナ姫のところへ行ってもよかったんだが、歩き続けてクタクタでよ……夜遅くに行っても悪いかと思って、ひとまず宿を取ることにしたんだ」

 

そう言ってベカスは親指で背後のホテルを示した。

 

「あ、そうだった」

 

その時、ふとベカスの口からシャラナ姫の名前が出てきたことで何かを思い出した三日月は、ナツメヤシの実が入っているポケットとは反対側のポケットを探った。

 

「忘れないうちに、はいこれ」

 

「ん、これは……?」

 

三日月がポケットから取り出した袋を受け取ったベカスは、ズシリとくるその重さに驚きつつ、袋の口を開けて中を覗き込んだ。

 

「わーお、ルビーがこんなに……」

 

袋一杯に詰め込まれたルビーを見て、ベカスは感嘆の声を漏らした。

 

「三日月、どうしたんだこれ?」

 

「2人に渡してってさ」

 

「渡してって、シャラナ姫が?」

 

「うん」

 

「そっか〜あはははは、喜べ、麟〜どうやらオレたちのタダ働きは免れたみたいだぜ〜」

 

「…………?」

 

上機嫌になったベカスは思わず影麟のことを抱き上げて、まるで赤ん坊にするかのように高い高いをしてみせた。しかし、欲のない影麟は目の前でニヤニヤとした表情を浮かべるベカスに、疑問符を浮かべるのだった。

 

「それにしても、よくこんなところに泊まれるお金あったね?」

 

三日月は高級ホテルを見て小さく呟いた。

 

「あー……実を言うと、持ち合わせてがなかったもんで、そこら辺で知り合った奴に土下座して頼み込んで、何とか別々の部屋に泊めて貰ったんだよなぁ」

 

「そっか」

 

ベカスの言葉に、三日月は端末に保存されている2人の姿が撮られた画像……その中に写り込んだ、少女のことを思い出し、少しだけ考える素ぶりを見せた。

 

「ん? 三日月、どうしたんだ?」

 

「ねぇ、それってさ……」

三日月が言葉を続けようとした時だった……

 

「む? おお! 三日月ではないか」

 

突然、ホテルの方から聞こえてきた声に反応し、三日月はその場所へと振り返った。そこには、ベルボーイだけではなくフロントスタッフにホテルのオーナーと、ベカス以上に大勢の従業員による見送りを受けながらホテルから出てこようとする4つの人影があった。

 

そして、そのうちの1人……

3人の護衛を従え、先頭に立つ少女。

チュゼールの伝統的な衣装とマントに身を包み、フードを目深に被りつつも、目立つピンク色の髪の毛が特徴的な、赤と青のオッドアイの少女……

 

三日月はその少女に見覚えがあった。

 

「スロカイ? なんでここにいるの?」

 

「三日月よ、それはこちらの台詞だ」

 

驚いた表情を浮かべる三日月を見て、スロカイはそう言って肩をすくめてみせた。

 

「なんだお前ら、知り合いだったのか?」

 

「うん、ちょっと前にアフリカでね」

 

「はへぇー……変な縁もあったもんだなぁ」

 

三日月の言葉に、ベカスはしみじみと口元に手を当てた。

 

「陛下、この男は……?」

 

「ああ、彼は三日月・オーガス。以前、余がお忍びでアフリカへ向かった際に、色々と世話になったことがあってだな」

 

「なるほど、そうでしたか……」

 

「因みに、1つ屋根の下、共に夜を明かしたこともあるぞ?」

 

「……ッ!?」

 

スロカイの言葉に、銀髪の護衛……マティルダはかなりのショックを受けてしまったようで、彼女は瞳孔を見開いたままその場に凍りついてしまった。

 

「へ、陛下……この私というものがありながら、外に男を作っていたなんて……し、しかもこんな……こんな……いかにも不潔そうな男などに……」

 

「ふふふ……冗談だ、マティ」

 

「へ、陛下!? …………も、もうっ……驚かさないでください!」

 

スロカイの言葉に、マティルダはホッと胸を撫で下ろした。他2人の護衛……ヴィノーラはその様子がおかしかったのか小さく笑い、一方、ウェスパはいつものように無表情だった。

 

「ベカスとスロカイって知り合いだったんだ?」

 

「おお、よくぞ聞いてくれた。実は、アイリはオレの妹なんだよな〜」

 

「へぇ、そうだったんだ」

 

ベカスの言葉を信じた三日月が意外そうに頷いていると「そんなわけあるか」と、スロカイはため息を漏らしつつ三日月の肩に手を置いた。

 

「余にお兄ちゃんはいないし、存在する必要もない。特に、このロクでなしは余の身内どころか配下としても、例え城の清掃員だったとしても要らぬな」

 

「おいおい、誰がロクでなしだって〜? 地下でヤバそうになってたのを助けてやったのはどこの誰だと思ってるんだよ〜?」

 

「それはこの影麟に助けられたのであって、決してお前に助けられたのではない。それに、あの程度……余たちだけでも十分に乗り切ることができた、そうだろう? ウェスパ」

 

「…………」

スロカイの言葉に、ウェスパはコクリと頷いた。

 

「地下? 2人とも、何かあったの?」

 

「ああ、実はだな……」

 

わけが分からず疑問符を浮かべる三日月に、スロカイはここまでに至る経緯を説明し始めた。

 

 

 

スロカイの話を要約すると、こうだった。

 

ハンニバルの掘削機能を使って無事にブラーフマの魔の手から逃れることが出来たスロカイ一行だったのだが、地中を進む彼女たちが行き着いてたのは、チュゼールの巨大な地下空間だった。

 

偶然の発見を前に、スロカイは地下空間の調査を行うことにした。地熱発電の為にハンニバルを地中深くへと潜らせ、充電の間、一行は地下空間を探索していたのだが……不運なことに、そこで地下空間の警備を行うオートマタと遭遇、交戦状態へと発展した。

 

大量に押し寄せるオートマタを相手に、スロカイ一行は何とかそれを撃退しながら地下空間を進んだ。しかし、倒しても倒しても続々と集結するオートマタに、しかも構造の分からない迷宮の中ということもあり、一行は苦戦を強いられていた。

 

そこに現れたのがベカスと影麟だった。

アランバハ侵攻作戦の殿を務めていた2人は、頃合いを見計らって戦線を離脱……さらにアランバハから放たれた追撃部隊と壮絶な戦闘を繰り広げた末に、地面の崩落に巻き込まれて落下……その際に、この地下空間へと迷い込んでしまっていた。

 

多少のいざこざこそあったものの……その後、彼らは共闘して窮地を乗り越え、最終的に充電を終えたハンニバルの掘削機能を使って巨大な地下空間から脱出することに成功した。

影麟の身長が低くなったのは、突破口を開く為に能力を使ったことによるもので、その代償として幼い少年のような姿になってしまったのだという……

 

 

 

「……と、いう訳なのだ」

 

一通り話し終えて、スロカイは息を吐いた。

 

「そっか……大変だったんだね」

 

「まあな。そして迷宮を脱出した我々は、長旅で消耗した身体を休めるべくこのカピラ城へとやってきたのだ……そのまま教廷へ帰っても良かったのだが、コイツらの目があることだしな」

 

そこでスロカイはチラリ……と、地面の上に座り込んで、影麟と共に袋の中のルビーを数えているベカスを見やった。

 

「この2人には一応、余が機械教廷の教皇だということは伏せている。まあ、薄々気づいてそうではあるがな……」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

小声で話すスロカイに、三日月は小さく頷いた。

 

「ああ。それに、このロクでなしのお兄ちゃん気取りがお金がないと言って土下座までしてくるものだから、仕方なくこのホテルに宿泊することを決めたのだ。全く……カピラに仲間がいるのなら、わざわざ余に泣きつかずとも良かったものを……」

 

ボリュームを元に戻したスロカイの声が耳に入ったのか、ベカスが微妙な顔をして彼女へと振り返る。

 

「あ、いや……あの時はそこまで気が回らなかったというか、スゲぇ疲れてたし、あと夜遅くに突然現れるのも失礼かなって思っちまってな……だからアイリ、とても感謝してるぜ!」

 

「それでは、その袋の中身を置いていけ」

 

「え?」

 

「何を呆けている? 一体誰が2人分の宿泊費を支払ったと思っているのだ? 感謝していると思っているのなら、それと同等の対価を支払い、恩を返すべきではないのか?」

 

「いや、対価って言っても……オレら金持ってないし」

 

「同等の対価と言ったはずだ」

 

「いや、でもさ……オレらが泊まった部屋って、あのホテルの中でも最低クラスの部屋だし、あんたらの部屋で出された豪華なディナーだって食べてな……」

 

「は?」

 

「うぅ…………わ、分かったよ…………ちぇ」

 

スロカイの鋭い剣幕に押される形で、争いに負けたベカスは大人しくルビーの入った袋をスロカイへと投げ渡した。

 

「うむ、それでいい♪」

 

スロカイは袋の中を見て、満足そうに頷いた。

その一方で、たった数分の内に大金持ちから文無しとなってしまったベカスは地面に両膝をつき、力なく項垂れてしまうのだった。

 

「ベカス、お腹減ってるの?」

 

「ああ、まあな……」

 

「それじゃあ、はいこれ」

そんなベカスに、三日月はナツメヤシの実を差し出した。

 

「…………ああ、サンキューな」

 

光を失った瞳のまま、ベカスは淡々とナツメヤシの実を口にした。「うまいうまいうまいうまいうまい……」彼の口から、まるで呪詛のようにその言葉が漏れる……

 

「ところで、三日月よ」

 

「何? スロカイ?」

 

「少し話がある。付いてきてくれないか?」

 

「話? 別にいいけど」

 

「よし、マティたちはここで待っていろ」

 

スロカイはマティルダにルビーの袋を託し、2人きりで話をするべく、三日月を従えて路地裏の中へと消えていった。

 

「チッ……三日月とかいうあの男ッ、馴れ馴れしく陛下のことを呼び捨てにするなど……」

 

残されたマティルダが、呼び捨てをする三日月に対して苦々しく思っていると、それを見ていたヴィノーラはマティルダの近くへ寄り……彼女の耳元でこう囁いた。

 

「路地裏、歳の近い男女、2人っきりで、何も起こらない筈もなく〜〜〜」

 

「な!? ヴィノーラ! それは一体どういうこと!?」

 

「さあ〜? 強いて言えば、マティルダの考えていることそのまんまじゃないかな〜」

 

「そ、そそそそそそそそ……それはつまりっ! 陛下とあの男が、あの薄暗い路地裏の中で…………ッあんなことや、こんなことを……ッッ!!???」

 

「わーお、そんなこと考えるんだ〜マティルダってばむっつりスケベ〜〜〜ドーテー」

 

「な!? ヴィノーラ! 貴方って人は!」

 

「あはははは〜〜〜」

 

からかわれ怒りを露わにするマティルダと、子供っぽい無邪気な笑みを浮かべるヴィノーラ。

「…………」

そんな2人を、ウェスパは淡々と見つめるのだった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「それで、話って?」

 

路地裏の奥まで進んだところで、スロカイは三日月へと振り返った。スロカイの表情は先程とは打って変わって、真剣そのものだった。

 

「数日前、この地で奇妙な機体を目撃した」

 

「奇妙な機体?」

 

「ああ。三日月よ、情報端末は持っているか?」

 

「うん、これでいい?」

 

「いいだろう、貸してくれ」

 

三日月は持っていた端末をスロカイへと渡した。スロカイはそれを受け取ると、ポケットからマイクロメディアのようなものを取り出して、それを端末へと接続した。

 

「よし、これでいい。端末のファイルに撮影したムービーを送った、確認してくれ」

 

「分かった」

 

端末を受け取った三日月は、慣れない手つきで端末を操作して、スロカイの送ったムービーを探した。そのムービーには、スロカイがブラーフマの追っ手から逃れる際の一部始終が記録されたものだった。

 

「まあ目撃したと言っても、余は遠くからその存在を感じただけなのだが……その代わりに、ハンニバルのドローンを用いて僅かな時間ながら機体の撮影に成功した」

 

端末をジッと見つめる三日月に、スロカイは続ける。

 

「色や外見は大きく違えども、奴から放たれる雰囲気がどことなくお前のバルバトスに瓜二つで……いや、聞くまでもなかったようだな?」

 

「…………」

 

端末を見つめる三日月の体からは、それだけで人を殺しかねないほどの強烈な殺気とプレッシャーが放たれていた。

 

画面の中では、コードネーム・ファントムこと『黒いバルバトス』がドローンに向かって急速接近し、鋭利な爪を振り下ろそうとしたところで止まっていた。映像を見つめる三日月は無表情だったものの、その瞳から放たれる強いものを感じ、スロカイは大体の事情を察した。

 

「三日月よ、コイツは一体なんなのだ?」

 

「…………」

 

「遠巻きに見ただけでも、余が今までに感じたことのないほどの強烈なプレッシャーが飛んできた。さらに外見的な特徴だけでなく、動き方までお前のバルバトスと似ている……偶然ではあるまいな?」

 

「…………」

 

「ふむ、何やら複雑な事情があるようだな?」

 

「ああ」

 

そこで三日月はようやく口を開いた。

 

「……俺は、いや俺たちはコイツに関してまだよく知らないし、分かってもいない。ただ1つ言えることは……コイツは本当にヤバイってことだけ」

 

まさか三日月の口からその言葉が出るとは思いもしなかったのだろう、スロカイは少しだけ驚いたような表情を浮かべた。

 

「そして……」

三日月はスロカイを真っ直ぐに見つめ、こう続けた。

 

 

 

 

「コイツは、俺が倒す」

 

 

 

 




前書きの続き

何が言いたいかと言うと、イミフな川柳募集するくらいなら二次創作を募集しようぜってことなのです。ほらほら、ここ(ハーメルン)に上手い二次創作の作者が沢山いるじゃないですかぁ…… まー……ムジナはその限りではないのですが。そもそも語彙力がねぇのでとても本家に見せられるようなものは無いのです。
やー……最近は他の作者様も素晴らしい作品を沢山作っていて……皆さん何でそんないい感じの話作れるの?とジェラシーを抱きつつも、まあまあムジナも負けてられないなぁと……

まあまあ、それでは次回予告なのです。



エル「次回、なんとあのファントムに異変が?」
フル「その他、ついにあの人がスロカイ様に会いに行きます」

エル&フル「次回、『第3の悪魔』(仮題)」

エル「なるほどね! これが『ムリゲー』なのね!」

それでは、また……


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第32話:3機目の亡霊

お帰りなさい! 指揮官様!

というわけで32話です。
三日月の頼れるパートナーとなったテッサについてですが、今回から新たな属性が明るみになりまして、今後それがどのように活かされるのかが注目のポイントとなっております。また、タイトルにもある『3機目』という部分にも注目していただけるとムジナは嬉しいです。



それでは、続きをどうぞ……


 

 

 

「なるほど、そんなことがあったのか」

 

三日月は『ファントム』と呼ばれる『黒いバルバトス』のことについて、自身の知っている全てをスロカイに語った。

 

初戦で手も足も出ずに敗北し、テッサを失いかけたこと。日ノ丸の学園にて、施設の一部と駐留する警備兵に対して多大な被害を齎したこと……そして、たった一機で極東共和国に甚大な被害を与え、ベカスと影麟から大切な人を奪っていったことを

 

「極東共和国の異変は余のところにも伝わっていた。余はてっきり、原子力発電所でメルトダウンが発生しただとか、そうでなければ宇宙から隕石でも落ちてきただとか、あるいは大規模災害にでも見舞われたのだとばかり思っていたのだが……」

 

スロカイはそう言って自分の唇に指を当てた。

 

「解せないな、単機であの巨大国家を壊滅させるなど……全く、極東の軍隊は何をしていたのだ? かつて我々がこの地に送り込んだ軍勢を容易く打ち破れるだけの実力がありながら……」

 

「……軍勢?」

 

「いや、気にするな」

 

スロカイは咳払いを1つして自身の言葉を消した。

 

「だが三日月、お前の話によると……その黒いバルバトスとやらが日ノ丸に出現した際に、戦って一度は退けることができたのだろう?」

 

「俺もそう思ってた。でも、違うみたい」

 

「違う?」

 

「……手加減されてた」

 

三日月はファントムとの戦闘を思い返した。

初戦……パワーに反応速度とあらゆる面で劣り、一方的に攻撃を受け、三日月は満身創痍の状態に陥り、バルバトスは大破寸前にまで追い込まれてしまった。

もし、ファントムが逃走を選ばず、あのまま三日月がバルバトスのリミッターを解除していたとしても、恐らく三日月の劣勢が覆ることはなかったことだろう。

 

続く、日ノ丸での戦い

バルバトスの改造が終わっていなかったこともあり、学園を守るために日ノ丸製BMである軍曹で出撃した三日月は、初戦での苦い経験からファントムに対する意識を変えて挑み、バルバトスの改造が終わるまでなんとか持ち堪えることができた。しかし、軍曹というバルバトスと比較すると絶望的なまでにスペックの低い機体を使っていた以上、ファントムと互角に渡り合えたというよりかは、どちらかというと手加減されていたという見方が割に合っていた。

 

「それに、今のあいつは前以上に強くなってる。いや、今思えば……あいつは最初から俺のことを殺すことができた」

 

「だが、そうしなかった」

 

三日月の言葉を引き継ぐようにして、スロカイが告げる。

 

「ふむ……何故なのだろうな? 興味本位で生かしてやったとは考えにくいし、あの機体とお前を繋ぐ接点とは一体……?」

 

「……分からない……でも」

 

その時、三日月の顔に暗い影が落ちた。

 

「俺があの時、あいつを倒していればこんなことにはならなかった」

 

日ノ丸で進化を遂げたバルバトス

かつて手も足も出なかったファントムを圧倒するまでの力を手に入れたものの、しかし倒しきるまでには至らず、まんまと逃走を許してしまった。

 

そのせいで極東は灰燼と化し、何百、何千万もの尊い命が一瞬にして失われてしまった。三日月は失われてしまった数え切れないほどの人命が、責任となって自分の上に重くのしかかっている気配を感じていた。

 

「あの時、俺がもっと上手くやれていれば誰も死ななかった。ベカスも影麟も、辛い思いをしなくて済んだ……だから、俺はその責任を取らないと……」

 

「おい、三日月」

 

俯きがちに呟く三日月の額を、スロカイは指で弾いた。

 

「……?」

 

思わず顔を上げた三日月に、スロカイは続ける。

 

「自分のせいでこのようなことになっていると思っているのなら、それは傲りだ。三日月よ、確かにお前は強い……だが、なんでもかんでも自分の力だけで解決できると思うな」

 

「……」

三日月はぼんやりとした表情でスロカイを見つめた。

 

「そもそも、お前が奴を逃してしまったことでどこが吹き飛んだだとか、誰が死んだだとか……それらは全て結果論であり、お前には関係のないことだ。何故なら……お前は、お前という存在は所詮、この広い世界の中で生きる矮小な存在に過ぎない凡人なのだからな。本来、天災を生み出すような怪物と戦うのは余のような権力者の役割であって、凡人の役割ではないのだ」

 

 

 

「先のことなど、預言者でもない限り誰にも分からない……日ノ丸でお前は被害を最小限にすべく最善を尽くしたのだろう? ならば良いではないか。そうしていなければ、灰燼と化したのは日ノ丸の方だった筈だからな」

 

 

 

「共和国が黒いバルバトスとやらに滅ぼされたことに責任を感じているのならそれは違う。本来、国や人民を護るのは兵たちの責務だ。戦により国が崩壊したのはそこの兵士たちが情けなく、無能だっただけのこと。それもたった1機の機甲すら破壊できないほどにな……それ故に、兵士でもない、ましてや極東人ですらないお前に一切の責任はない」

 

「…………」

三日月は驚いた様子を浮かべつつも、スロカイの言葉を黙って聞いていた。

 

「だから、三日月……」

 

スロカイは、三日月の両肩を力強く握りしめた。

そして、三日月の瞳を真っ直ぐに見つめ……

 

「思い出せ! 自分自身を! 崩壊した異郷の地に対する同情はやめろ! 見ず知らずの者たちに対する浅はかな哀悼の意など捨てろ! 負の感情に囚われるくらいならな!」

 

「…………!」

 

「余が教廷に欲しいと見込んだ三日月・オーガスはこんなものではない筈だ。凡人であるお前はただ、目の前の敵を倒すことに集中するだけでいいのだ……それ以外の、余計なことは考えるな!」

 

「……」

力強いスロカイの言葉に、三日月は自分の中に力が湧き上がってくるのを感じた。

 

「いい顔だ。少しはらしくなってきたんじゃないのか?」

 

三日月の顔色の変化に気づいたスロカイは、三日月の両肩から手を離し……それから訪ねかけるように、三日月の前へ右手を突き出した。

 

「では聞こう。お前に、アレが討てるのか?」

 

挑発的なスロカイの視線、言葉。

 

「ああ、俺は……やるよ。俺の進む道を邪魔するものは何だって叩き潰す。誰だって叩き潰す。俺にはそういう生き方しか出来ないから、だからそうする」

 

「ふん、それでいい……それでこそお前だ」

 

三日月の体から放たれる強い闘争心を感じたスロカイは、そう言ってニヤリと笑った。

 

「……少し話しすぎたな」

 

「うん、戻ろうか」

 

「そうだな。これ以上このような場所に2人っきりで留まるのは……フフ、マティが嫉妬しかねないしな……」

 

「何の話?」

 

「いや、何でもない」

 

自分たちが思っていた以上に時間が経っていることに気づいた2人は、そんな言葉を交わしつつ路地裏から立ち去ろうと来た道を戻り始めた。

 

「ああ、そうだ」

 

その途中、三日月の後ろを歩くスロカイが急に何かを思い出したかのように肩から下げていたバッグの中を探り始めた。

 

「どうしたの?」

 

「これ、好きだっただろう?」

 

スロカイが取り出したのはナツメヤシの実だった。

それを目の前の三日月へと差し出してきた。

 

「うん、そうだけど?」

 

「最後の一粒だ。お前にくれてやる」

 

「いや、いいよ。沢山持ってるから」

 

そう言って三日月はナツメヤシの実がいっぱいに詰め込まれた袋を示すも、スロカイは聞く耳を持っていないかのようにナツメヤシの実を突き出してきた。

 

「さっさと口を開けろ、三日月」

 

「……分かった」

 

三日月がしぶしぶといった様子で口を開けると、スロカイは口の中へナツメヤシの実を押し込んだ。

 

「フフフ……美味いか?」

 

「うん。美味しい」

 

「そうか、ならよかった」

 

「?」

 

スロカイの意味ありげな言動が気になりはしたものの、特に意味はないのだろうと判断し、三日月は路地裏の出口に向かってまた歩き始めた。

 

「ところで、探し人は見つかったのか?」

 

「オルガのこと? ううん、まだ」

 

「そうか……早く見つかるといいな」

 

「うん」

 

そんな言葉を交わしながら、2人は路地裏の外に出た。すると、前後に並んで歩く2人の姿を見つけたマティルダがやけに慌てた様子で一目散にスロカイの元へ駆け寄ってきた。

 

「陛下!」

 

「マティ、どうかしたのか?」

 

「い、いえ……遅いから心配しました。暗闇の中で、この男に何かされたんじゃないかと心配で心配でたまらなくて……」

 

「フッ……安心しろ、三日月はそのようなことをする男ではない」

 

「そ、そうですか……」

 

そう言いつつも、スロカイの身に異変がないかをくまなく確認し、やがて全てのチェックを終えたことでマティルダはようやく息を吐いた。

 

その間に、三日月は手持ち無沙汰な様子で佇んでいるベカスと影麟の元へと向かった。

 

「2人とも、お待たせ」

 

「おう遅かったな、何の話をしてたんだ?」

 

「まあ、色々ね」

 

「そうか。まあいいや……行こうぜ」

 

ベカスは小さい影麟を肩に乗せ、まずはシャラナ姫に自分たちが生還したことを報告するべく、カピラ城に向かって歩き始めた。

 

「それじゃあ、もう行くね」

 

去り際に、三日月はスロカイに向かってそう告げた。

 

「おい、三日月」

 

「何?」

 

「死ぬなよ?」

 

「そっちも、気をつけてね」

 

最後にそんな言葉を交わして、三日月とスロカイはまた別々の道を歩み始めるのだった。

 

「あ、三日月さん!」

 

カピラ城へと続く道を並んで歩きながら、三日月は2人が行方不明になっている間に起きた出来事を簡単に説明していると、前方からテッサが手を振って現れた。

 

「なんだ。あいつも来てたのか……」

 

「うん、まあね」

 

「そうか……よぉ、テッサ〜元気してたか?」

 

小走りでこちらへと近寄ってくるテッサの存在に気づいたベカスは、少しだけ気まずそうな表情をしつつも、手を振って気さくな挨拶をしたのだが……

 

「三日月さん、用事は終わりました?」

 

しかし、そんなベカスのことなど眼中に入っていないのか、テッサは三日月の前へ歩み寄って心配そうな表情を浮かべた。

 

「うん。まあね」

 

「そうですか、遅かったのでちょっと心配しちゃいました。てっきり、すぐ戻るとばかり思ってたので……」

 

「そっか、心配かけてごめん」

 

「いえ、三日月さんが無事ならそれでよかったです……でも、遅くなるなら連絡してくれると嬉しいなって」

 

「分かった。じゃあ、次からはそうする」

 

三日月の言葉にテッサは満面の笑みを浮かべた。

その一方で、自分の挨拶が無かったことにされてしまったベカスは、小さく咳をして「よ、よぉ久しぶりだな〜?」と再び声をかけるも……

 

「あ、そうそう! アイルーが昼食を作ってくれているそうですよ。なんでも、戦闘続きだった三日月さんと私のことを労って、いつもより豪華に振る舞ってくれるそうです」

 

「いいね、それ」

 

「はい! あとでアイルーにはお礼を言って、沢山褒めてあげないとですね。それで、ご飯を食べたら一緒にお風呂に入って、仕事が来るまで一緒に眠ってあげようと思っています」

 

「そっか、家族サービスってやつだね」

 

一時期は姉妹の間でギクシャクしていた時期もあったものの、今では以前にも増してテッサとアイルーが良好な関係を築けていることに、三日月は心の底から安心感を抱いた。

 

「はい! あ、三日月さんも一緒に来てくれますよね? 一緒のお風呂で汚れを落として、3人で川の字になって眠って戦いの疲れを癒しましょう!」

 

「一緒に眠るのはいいけど、お風呂はちょっと……」

 

「え? 三日月さんは、私と一緒にお風呂に入るの嫌ですか……?」

 

遠慮がちな三日月の言葉に、テッサは少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。

 

「嫌っていう訳じゃない。ただ、家族の間に水を差すわけにもいかないし、それにお風呂に行くんだったら服を脱がないといけないし、ほら……テッサもアイルーも女の子だし、俺みたいな男に体を見られるのは嫌なんじゃないかなって思って……」

 

「私は三日月さんになら裸を見られたって平気ですよ? なんなら、アイルーだって三日月さんのことを本当の兄のように慕ってくれてますし、私たちはもう家族みたいなものです! 嫌なんてことは……あ、もし三日月さんさえ良ければ、私たちは水着を着て……」

 

尚も、2人の会話は続く……

 

 

 

「わーお、お前ら……いつの間にそんな関係に?」

 

「……?」

 

そんなやり取りを隣で聞いて、2人のことをよく知るベカスは小さく口笛を吹いた。ベカスに肩車されている影麟は、テッサを見るのは初めてということもあって状況がイマイチ理解できず首を傾げた。

 

「あー……麟は気にしなくてもいいと思うぜ? ってか、オレらのこと完全に眼中にねぇなこりゃ……なあ? 麟?」

 

「…………」

 

「まあいいや。麟、オレらはさっさとシャラナ姫のところへ行こうぜ……そしてそれから魚料理以外の飯をたらふく食って、安眠を貪ろうとしようぜ!」

 

「…………」(こくり)

 

完全に存在を忘れられたベカスと影麟は、側から聞くと甘ったるい会話を繰り広げている三日月とテッサの真横を通ってカピラ城へと向かった。

 

 

 

ベカスと影麟がその場から立ち去ってもなお、2人の会話は続く……

 

「水着って、海とかで泳ぐ時に着ける服のことでしょ? お風呂の時にそれ着たら、ちゃんと体洗えないんじゃないの?」

 

「あ、それに関しては心配には及びません! お風呂に入る時用の水着を持ってるってミドリさんが言っていましたので、多分問題ないと思いますよ!」

 

「ミドリちゃんが? ふーん……」

 

それは普通の水着と何が違うのだろうか? 三日月はそんなことを考えつつ、テッサの顔に目をやると、彼女はそわそわとした表情を浮かべていた。

 

「まあ、いっか……少しだけなら」

 

「本当ですか! やった!」

 

三日月が提案を聞き入れてくれたことに、テッサはとびっきりの笑顔を浮かべて喜んだ。

 

「お風呂♪ お風呂♪ 一緒にお風呂〜♫ 」

 

「そんなに嬉しいの?」

 

「はい、とっても! 三日月さん、お互いに体の隅々まで洗いっこして、それからお湯に浸かって、2人とものぼせちゃうまでお風呂でゆったりとしましょうね!」

 

「……少しだけなんだけど?」

 

あくまでもお風呂は少しだけと釘を刺した三日月だったが、その言葉はテッサには届いていないようだった。

彼女は赤らんだ頰を両手で抑え、うっとりとした表情でこの後の三日月とのお風呂に、期待で胸を膨らませていた。

 

「あれ? ベカスは……?」

 

そこで三日月は、自分の隣にいたはずのベカスと影麟がどこかへ行ってしまったことにようやく気づくことができた。

 

「どうしたの? 三日月さん」

 

「いや、ついさっきまでここにベカスと影麟がいたはずなのに……どこ行っちゃったんだろうなって」

 

「え、誰ですか? それ……」

 

「え?」

 

2人の姿を探し、辺りを見回していた三日月が振り返ると、テッサはきょとんとした表情を浮かべていた。まるで、つい先ほどまでこの場にいた2人のことをまるで認識していなかったような具合である。

 

「あ、そっか……テッサは影麟と会うのは初めてだっけ? でも、ベカスのことは知ってるでしょ?」

 

「……えっと、どちら様ですか?」

 

「……え?」

 

疑問符を浮かべて首を傾るテッサに、三日月は彼女が自分のことをからかっているのだろうと一瞬疑いはしたものの、彼女がそうする意味もなければ理由もないことに気づき、疑問符を浮かべた。

 

「もしかして三日月さんが探していた人のことですか?」

 

「…………ま、いっか」

 

なぜかベカスと影麟のことを認識していなかった(ベカスに至っては記憶すらされてなかった)テッサのことを心配しつつも、特に支障はないと判断し……また、カピラ城に行けばベカスたちとはまた会えるだろうと思って、三日月はこのおかしな事象に関することを考えるのをやめることにした。

 

「そういえばテッサ、バルキリーのチェックは終わったの?」

 

「はい! だから、三日月さんのことを迎えに行こうと思って」

 

「別に、俺のことは気にしなくてもよかったのに」

 

「いえ! 三日月さんの身に何かあってからでは遅いと思って……それに昨日のこともあるから、どこに反乱軍の刺客が紛れ込んでいるのか分かりませんし」

 

テッサの言う『昨日こと』とは、シャラナ姫の命を狙うべく、反乱軍がカピラ城へ暗殺部隊を送り込んだことだった。

 

幸いなことに、薔薇十字騎士団とオーガス小隊の活躍によって暗殺部隊のリーダーであるアイシャは捕らえられ、シャラナ姫の暗殺は未然に防がれる形となった。しかし、巨大なカピラ城下内部に、まだ暗殺部隊のメンバーや反乱軍のシンパが潜んでいるという可能性は捨てきれなかった。

 

「だから、もしもの時に備えて三日月さんは私が護ります!」

 

そう言ってテッサは目にも留まらぬ速さで腰のホルスターから二丁の短機関銃(MP7)を取り出して両手に保持した。突然、平穏な街中でテッサが銃を取り出したことに三日月は少しだけたじろいだ。

 

「そんなに心配しなくても、自分の身くらい自分で……」

 

「まあまあ、そう言わずに♪」

 

テッサは短機関銃を素早くしまって三日月の隣に来ると、まるで恋人同士であるかのように三日月の腕を自分の胸に優しく抱いた。

 

「三日月さんには凄く感謝しているんです」

 

そう言ってテッサは三日月へと寄り添う。

2人の顔が、目と鼻の先ほどに接近する。

 

「三日月さんがいてくれたからこそ、私は、それまで過去に囚われるだけだった弱い自分を変えることができました。それに、三日月さんは私に明日を生きる勇気をくれたし、私とアイルーに新しい居場所を与えてくれた……貰ってばかりだから、これからはその恩を私の一生をかけて返したいと思っています」

 

「……俺は何もしてないよ」

 

間近に迫ったテッサ息遣いを肌で感じながら、三日月は小さく首を振った。

 

「変わろうと願って努力したのはテッサで、俺はそれを横から見ていただけ。それにテッサの人生なんだから、俺なんかに構わず自分の好きなようにして欲しい」

 

「じゃあ、好きなようにしますね」

 

そう言って、テッサは三日月の腕を強く抱きしめた。

 

「三日月さんが拾ってくれたから、今の私があるんです。今の私はもう、三日月さんのものです。……だから、少しでも三日月さんのお役に立てることが私の好きなことで、私はそれでも……」

 

テッサが言葉を続けようとしたその時……

 

「……ッ!?」

次の瞬間、テッサの表情が凍りついた。

 

「?」

 

テッサの息を呑む気配を感じ取った三日月は、ゆっくりと彼女の顔を覗き込んだ。彼女の顔からはつい先ほどまでの明るい表情は消え失せ、徐々に暗い影が落ち始めている……

 

三日月がそれを不審に思っていると、テッサは何やら三日月の体に顔を埋め、大胆なことにその場で三日月の匂いを嗅ぎ始めた。

 

「テッサ?」

 

「三日月さんの体から、別の女の匂いがする……」

 

顔を上げたテッサがそんなことを呟いた。

見ると、実の母親から受け継いだテッサの美しい瞳が光を失い、泥のような濁ったような色をしていた。しかし、三日月がそれに気づいた時にはすでに遅く……

 

「……え?」

 

次の瞬間、三日月は正面からテッサに抱きしめられ、少しだけ戸惑ったような表情を浮かべた。

 

「微かに、だけど…………とっても不快」

 

つい先ほどまで、スロカイと話をしていたことでつけていた香水の匂いが移ってしまっていたのだろう……とても微かな匂いを探知し、テッサは三日月の耳元で冷淡に囁いた。

 

「私の匂いで、上書き……しなきゃ」

 

そう言ってテッサは、三日月の体に自身の体を擦り付け始めた。冷たい笑顔を浮かべて匂いを移そうとしてくるテッサ……彼女の体から放たれる強烈なプレッシャーを感じ取り、三日月は薄ら寒いものを感じた。

 

「……テッサ」

 

「…………」

 

「テッサ!」

 

「…………ッ!」

 

三日月の強い呼びかけに反応し、テッサはびくりと体を震わせた。

 

「え……? って、三日月さん!?」

 

我に返ったテッサは、いつの間にか自分が三日月のことを真正面から抱きしめている状態になっていることに気がつくと、頰を赤らめ、慌てて三日月から離れた。

その瞳は、いつもの明るい色をしていた。

 

「わわわわわっ……私は……一体何を!?」

 

「覚えてないの?」

 

「うん……」

 

憧れの人に、自分から抱きついてしまったことに恥ずかしさを覚えたのか、テッサは蚊の鳴くような声と共に小さく頷いた。そして、三日月の目には、彼女がとても嘘を言っているようには見えなかった。

 

「テッサって、変わったね」

 

「えっと……それってどういう……?」

 

「ううん、何でもない」

 

「そ、そうですか……?」

 

疑問符を浮かべつつも、つい先ほどまで抱き合っていたことを思い出したのか、テッサは幸せそうな笑みを浮かべた。その表情に、先ほどの黒い片鱗は全くと言っていいほど垣間見えない。

 

「気のせい、かな……」

 

そんなテッサを見て、三日月は疲れているから変な夢でも見たのだろうと判断し、そんなことよりもアイルーが作ってくれる手料理の方が気になっていることもあって、2人はミドリの待つ輸送機へと帰宅するのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第32話:3機目の亡霊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の深夜

チュゼール東側

 

見渡すばかり何もない荒野。周囲に街もなく、道路すらなく、あるとすれば地面から突き出た岩が少しと、単調な色調の大地に緑の抑揚をもたらす僅かな草木ばかりで、それ以外には本当に何もない場所……

 

荒野の片隅……大岩の隣で、4機のBMからなる小隊が駐留していた。大岩を中心に、大量の反射板と干渉妨害パックで構成された巨大なステルスフィールドが展開され、その中に身を隠すようにして複数名の人物がテントを張り、つかの間の休息を取っていた。

 

「まだ見つからないの? これで何度目よ!」

 

会議室用のテントの中で、仲間からシェリーゼと呼ばれる女性が荒々しく叫び、手にしたナイフを勢いよくデスクの上に突き立てた。

 

「シェリーゼ、君の気持ちは分からなくもないが、オーシン様のためにもうちょっと周囲を探して、手がかりがあるか探してみよう」

 

シェリーゼの近くにいた1人の男が、調査の為に持っていたチュゼールの地図から目を離し、怒りに震える彼女のことを宥めようと声を発した。

 

「オーランド! アンタはオーシン様オーシン様って、いっつもそればっかりだよなぁ? ちょっとは他に言うことあるんじゃないの?」

 

「仕方ないだろう? それがオーシン様の命令なのだから、少しくらい我慢しろ」

 

「ハッ、オーシン様大好きかよ……飼い犬め!」

 

シェリーゼはそう言ってその男……オーランドを罵倒した。しかし、オーランドは特に気にした様子もなく、目を瞑って明後日の方向へ目を向けた。

 

「おい、聞いてんのかよ? ったく、あの舌先三寸の情報屋にあっさり金を払うんじゃなくて、直接縛ってここに連れてこれば良かったのよ……」

 

「そんなことをしたら、次からは誰も俺たち情報を売らなくなる。そもそも、伝説の古代巨神の手がかりなんぞ金で簡単に手に入るものではない……だからこそ、こうして地道に捜索を続けているんだ!」

 

「んなこた分かってるのよ! だからって、信憑性のない噂を信じてこんな何もないところをずっと歩きまわるってのはどうなのよ! つまんなすぎ! どうせなら、もっと如何にも何かありそうな遺跡なんかを調べればいいじゃないの!」

 

オーランドが何を言っても文句ばかりを言うシェリーゼに、同じテントの中にいたソロモンの研究員達は困り果てた表情を浮かべた。

 

ソロモンの戦闘員である2人は、ソロモンの盟主・オーシンの命を受けて、チュゼールに眠るとされている古代兵器:十二巨神の捜索を行うべく、数ヶ月前より数十名の研究員達と共にチュゼールの探索を行っていた。

 

しかし、情報屋に大量の金を渡し古代巨神に関する情報を集め、チュゼール領域をしらみ潰しに探すも、ここまで全くと言っていいほど何の成果も得られずにいた。

 

コツコツと積み重ねていくこと慣れている研究員たちは、この状況に対して何のストレスも抱いてはいなかったが、しかし戦闘員であり、大雑把な性格のシェリーゼにしてみれば、あるかどうかすら不明なものを探すと言うのはただの苦行でしかなかった。

 

「はいはいシェリーゼちゃんよ、もうオーランドさんを勘弁してやってくれよ」

 

「黙れ、ハゲ!」

 

シェリーゼの怒りを抑えられなくなったオーランドに、テントの中にいたもう1人の戦闘員……ブラドレイが助け舟を出すも、シェリーゼはブラドレイの寂しい頭部を指差して一蹴した。

 

「なぬ!? 人が気にしていることを……」

 

「あの……皆さん?」

 

ブラドレイが怒りを露わにしようとしたところで、突如としてテントの中に入ってきた人物に、その場にいた全員の視線が集まった。特に苛立ちを募らせたシェリーゼは一際強い視線を送ったことで、その人物は少しだけ臆したようだった。

 

「あんだよ? メル!」

 

「いえ、少しお伝えしたいことがありまして……」

 

薄汚れた外套を着込み、フードを深く被ったその男……メルは、怒った様子のシェリーゼに思わず尻込みした。

 

「何よ! 古代巨神でも見つかったっての?」

 

「いえ、私は研究員ではないのでそれは……ああ、ですが古代巨神なんかよりも、もっと興味深いことが分かりました」

 

メルの一言に、その場にいたオーランドとブラドレイが意識を向けた。

 

「メル、なんだそれは?」

 

「はい……実は、あの機体に関することです」

 

そう言って、メルはテントの外を指差した。

テントから少し離れた、ステルスフィールドの隅……そこには、巨大な黒色のBMが膝立ちの姿勢で駐機していた。

 

ワイヤーと鎖で両手両足を何重にも巻かれ、封印された悪魔の姿があった。黒い装甲、V字アンテナ、光を失ったツインアイ、獣のような左腕、そして巨大な右腕が特徴的なその機体……

 

 

 

『LM-08? バルバトス』

 

 

 

強大な古代巨神の力に対抗すべく、オーシンの判断で調査隊と共にチュゼールに送られた『バルバトス』ことファトムであったが……しかし、古代巨神が起動するどころか発見すらされないこの状況下では、ほぼ無用の長物と化していた。

 

「は? あれがどうしたっていうのさ」

 

「実はですね、ファントム……いえ、バルバトスの戦闘データを抽出し、解析を行った結果、面白いことが判明しました」

 

メルはそこで、少し前にバルバトスが自動的に起動し、ステルスフィールドを離れて何処かへ行った時のことだと補足した。

因みに、バルバトスが自律的に自陣を離れた理由としては、機械教廷のシンシアとソロモン上層部が交わした密約(スロカイの暗殺)の為だったのだが、下っ端の戦闘員であるこの者たちがそれを知る由はなかった。

 

「ああ、そう言えばそんなこともあったな」

「メル、あれは一体何だったのだ?」

オーランドとブラドレイはファントムへ視線を送った。

 

「アレがどういう目的で行動したのか、詳しい理由はまだ分かっていません。ですがレコーダーを解析した結果、どうやらバルバトスはあの日、謎のBM小隊との戦闘を繰り広げていたことが分かりました」

 

「あ? 謎のBM小隊だって?」

 

「はい。その謎のBM小隊はバルバトスと交戦し、しかもほぼ互角にやり合っていたようです。単機で極東を破壊したあの悪魔とですよ? ですが、驚くにはまだ早いです……」

 

興奮冷めやらぬといった様子でメルは続ける。

 

 

 

「更なる解析を行なった結果、なんとそれが『白鯨』所属機である可能性が浮上してきました」

 

 

 

「なあオーランド、白鯨ってなんだ?」

 

「さあ? 俺にもよく分からない……」

 

メルの言葉にイマイチピンと来なかったようで、シェリーゼとオーランドは肩をすくめてみせた。その隣にいたブラドレイも聞きなれない単語に首を傾げた。

 

「まさか……白鯨を知らないのですか?」

 

メルは信じられないといったような眼差しで3人を見回した。それから『白鯨』についての説明をするべく、咳を一つして続けた。

 

「白い鯨と書いて『白鯨』 またの名を『モービィ・ディック』世界を股にかけて暗躍しているとされている伝説の傭兵集団です。組織のトップであるエイハブは謎の多い人物で、男か女かすら不明、その正体はAIであるという不確かな情報もあり……いえ、エイハブという名前すら、本名ではないのかもしれません」

 

「ふーん、そのモービーなんちゃらって部隊が、あのバルバトスと互角にやり合ったって言いたいわけ?」

 

「ブラーフマが指揮するチュゼールの部隊だった可能性もあるのではないか?」

 

メルの説明を聞いて、シェリーゼとブラドレイがそれぞれ抱いた疑問を口にした。

 

「確証はありません。ですが、戦闘記録とチュゼールに彼らの出現したという最近の噂を踏まえると、ファントムと戦ったのは彼らである可能性は十分に考えられます。貧弱なブラーフマの軍だったという可能性もあり得ませんね」

 

「確かに、バルバトスの力はとても強大だとオーシン様が仰っていた。口先だけのブラーフマ軍が相手にできる代物ではない」

 

メルの言葉に、オーランドは納得したように頷いた。

 

「その通りです。かつて、傭兵でありながら合衆国とブリテンの間に勃発した大陸間戦争を初めとする3つの大規模国家間戦争と、12の内戦の泥沼化を回避し、平和的解決へと導いた『伝説の指揮官』が存在しました。『白鯨』のエイハブは……その、名もなき『伝説の指揮官』と同一人物であるとされています」

 

「ちょっと待て! メル、合衆国とブリテンの間で勃発した戦争といえば新大陸戦争のことだよな? 帝国が勝利したあの戦いは確か、ゲーテ宰相が合衆国とライン連邦の連携を妨害したことで勝敗が決したとされているはずだが……?」

 

「……ああ、それはあくまでも表向きの話でして」

 

疑問符を浮かべて反論したオーランドに、メルはニヤリと笑って指を振った。

 

「所詮、政治は政治……ゲーテ宰相がどれだけ有望であっても、ただそれだけです。考えても見てくださいよ、いくらリヒャルト様が帝国にいた際に開発した帝騎の性能が、合衆国の量産型BMの性能を遥かに上回るとはいえ、国力の差は歴然、巨大国家である合衆国は機体性能の差を簡単に覆えせるだけの戦力を持っていたのですよ? それが、たかがライン連邦との連携を崩されただけで雌雄が決すると思いますか?」

 

メルはそう言って肩をすくめてみせた。

 

「政治だけで戦争は勝てませんよ。新大陸戦争当時の合衆国大統領が綴った回顧録にはこう書かれていました……『帝国がライン連邦との連携を潰してくるのは想定内であり、我々にはそれに代わる新たな戦略を既にいくつも用意していた』とね……しかし、その企みも事前にエイハブによって打ち砕かれ、合衆国は帝国侵略の為の行動オプションを全て失い、やむなく停戦協定に合意した。これが新大陸戦争の真実です」

 

「つまり、俺たちが知っている新大陸戦争に関する情報は間違っているということか?」

 

「その通りです。最も、無知で傲慢な帝国の貴族連中はあの戦争に勝利したのは自分たちの力が優れていたからだと信じているのでしょうがね。教科書には載らない裏の歴史です……是非、覚えておいてください」

 

そう言ってメルは小さく頭を下げた。

 

「傭兵組織でありながら、巨大国家と対等に渡り合えるだけの戦力を保有している。彼らはまさにオーバーテクノロジーの塊のような存在です。バルバトスと好き好んで戦おうとするだなんて、白鯨以外に考えられません……」

 

そう言ってメルはファントムをチラリと見た。

 

「噂によれば……彼らは少数精鋭でありながら、その科学力は我々が知り得ているものの20年先を行くとされていて、その気になれば全世界を3回も制圧できるほどの戦力を有しているとまで……」

 

「20年先だと? それはあり得んな」

 

その時、テントの中に新たな人物が姿を現した。

 

「ん……ああ、リヒャルト様でしたか」

 

それは白髪の老人……リヒャルトだった。

ソロモンの中で最も優れた研究員とまで呼ばれる彼だったが、どういうわけか怪訝そうな顔をしてメルを見やっていた。

 

「メルよ。その話はするな」

 

「どうしてです?」

 

「奴らの存在は……所詮、噂に過ぎんからだ」

 

リヒャルトはそこで、盛大なため息を吐いた。

 

「いいか? いくら奴らが優れた科学力を保持していたとしても、我らソロモンに勝るということは絶対にあり得ない。何故なら、ソロモンは世界各国からこの私のような選りすぐりの天才を集結させているのだからな。たかが一組織の傭兵集団如きが、世界の支配者である我々ソロモンを超えるなど……そう、噂話が多くの人の耳に入る度に、元になった物語にいくつもの尾びれ背びれがつくのはよくあることなのだ」

 

「それは、そうかもしれませんが……」

 

リヒャルトの言葉に、メルの声のトーンが小さくなる。

 

「そもそも、エイハブと同一人物とされている伝説の指揮官は、今から数年前に何者かによって暗殺され、組織は空中分解を引き起こして消滅した筈だ」

 

「ですが、そのエイハブが蘇ったとしたら?」

 

「蘇る? いいや、そんなことはあり得ないな。社会に抗い、反旗を翻した世界の敵は海の藻屑と化して消えた……我々ソロモンも、何年にも渡って彼の行方を探したが、結局は見つからなかった。最近になって現れたエイハブという奴も、所詮は伝説の指揮官の名を騙る偽物に過ぎないのだろう……」

 

「む……やけに詳しいですな、リヒャルト様」

 

「…………」

メルの言葉に、リヒャルトは僅かな間沈黙した。

 

「…………ふん、とにかく今後このわしの前でその話はしないで貰いたい。合衆国であの子娘の元に潜り込んでいた時のように、また左遷はされたくないのだろう?」

 

「ハッ、失礼致しました」

 

テントから立ち去るリヒャルトを、メルはソロモン流の規則正しい敬礼と共に見送った。

 

「あのジジイどうしたんだ?」

 

「さあ?」

 

シェリーゼとオーランドはリヒャルトの態度を不審に思いつつも、彼にも色々あったのだろうと結論づけ、サラッと受け流すことにした。

 

「まあ、噂話の真偽がどうかはさておき……こちら側のバルバトスと対等にやり合える奴らがチュゼールにいるというのは少し厄介だな」

 

「そうだな。下手をすれば、古代巨神の発掘を行う俺たちの妨害をしてくるやもしれぬし……ところで、お前はそのモービィ・ディックとやらのことをよく知っていたな」

 

ブラドレイはオーランドの言葉に同意見だと示しつつ、何気なくメルへ話を振った。

 

「ええ。私はキャプテン・エイハブのファンなので」

 

メルは小さく笑ってブラドレイへそう告げた後、そそくさとテントを後にした。

 

「へい皆、誰かが来たようだ」

 

メルがテントを去ってからしばらくして、キャンプの見張りを行なっていたセレニティがテントの中へと入ってきた。

 

それを聞いたシェリーゼを始めとするソロモンの戦闘員たちは、すぐさま身支度を整えてテントから飛び出ると、すぐ近くに駐機させていた自分の機体(パイモン)へと乗り込んだ。

 

「フル装備のBM……何者だ?」

 

ステルスフィールドの中から、ライフルのスコープ越しに自分たちのすぐ近く(数キロ先)を通過する部隊を見つけ、オーランドが呟く。

 

「さっき言ってた、モービーなんちゃらって奴らか?」

 

「いや、使用している機甲からして通りすがりのチュゼール軍人の部隊だろう」

 

近接戦闘用のナイフを取り出したシェリーゼに、両腕に装備した巨大なナックルを打ち付け合いながらブラドレイが答えた。

 

「奴ら、何故ここに?」

 

「さあねぇ? もしかしたら、私たちと同じ目的を持っているかもしれないね〜」

 

「……?」

 

ライフルのスコープを覗き込んでいたオーランドは、モニターに映るセレニティの顔に目をやった。彼女の表情は、悪意に満ちた笑顔が浮かび上がっている。

 

「おう? 彼らも古代巨神を探しているというのか?」

 

「そんなこたぁ関係ないね。肝心なのは、やっと暇潰しできる相手が見つかったってことよ〜」

 

ブラドレイにそう返しながら、セレニティこと『黒き猟兵』は機体の出力を最大限にまで解放させていく……そして、今まさに出力を解放させてステルスフィールドの中から飛び出そうとした、その時だった。

 

「待て! セレニティ!」

 

「あ!? 何だよオーランド?」

 

「う、後ろだ!」

 

「後ろ? 後ろがなんだって…………え?」

 

上ずったようなオーランドの声にセレニティが振り返ると……いつからそこにいたのだろうか、黒い機体がセレニティの真後ろに佇んでいた。

 

「な……!? バルバトス……?」

 

機体の動きを封じていたワイヤーはいつのまにか外されており、鎖から解き放たれた悪魔は赤黒いツインアイから凶悪な光を放った。黒い機体から放たれる猛烈なアトモスフィアに、その場にいたセレニティを始めとする誰もが絶句した。

 

『…………』

 

しかし、バルバトスはそんなセレニティたちのことなど眼中にないようで、すぐ側を通り過ぎるとそのままステルスフィールドをくぐり抜け、チュゼール軍人の部隊の方に向かって歩いて行った。

 

「おい、お前……待て!」

 

ショックから立ち直ったセレニティがバルバトスの方へと向かおうとした時だった。バルバトスの周囲に12個の黒い異空間が出現したかと思うと、その中から合計12本の巨大な突起物が姿を現した。

 

形からして、突起物はミサイルのようだった。

 

 

 

『ア ト ミ ッ ク……』

 

 

 

バルバトスは数キロメートル先を行軍するチュゼールの部隊めがけて、獣の左腕を突き出した。

 

『全機、今すぐにFSフィールドを最大出力で稼働させるんだ! 電子回路が焼き切れても構わん!』

 

その時、4人の機体に装備された通信機にリヒャルトの声が響き渡った。しかも、映像に映し出された老人の表情は蒼白に染まっている。

 

「どうしたジジイ、何を慌てて……」

 

『あれは核だ! バルバトスは核攻撃を行おうとしている!』

 

「……!!!!」

 

ことの重大性に気づいた4人がパイモンのFSフィールドを最大出力で展開させた、まさにその瞬間……

 

 

 

 

 

『……ク エ イ ク!』

 

 

 

 

 

巨大な爆発が、チュゼールに生まれた。

生み出された白い光が全てを包み込み

そして、爆心地にいた全てを消滅させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「全員、生きてるか……?」

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、何とかね……」

 

 

 

 

 

やがて白い光が収まると、辺り一面は焼け野原と化していた。あまりの高熱で地面の一部は融解し、土中の水分が蒸発しているのだろう……大量の煙が吹き上がり、そればかりか大地の至るところから不気味な青白い焔が立ち上り、4機がFSフィールドを重ねて爆発を防いだ箇所以外は放射能で汚染され、今後数十年に渡って不毛の土地となったことだろう。

 

 

 

『セレニティ、状況を報告しろ』

 

通信機からリヒャルトの声が響き渡る。

 

「なんだよ、ジジイ生きてんのかよ」

 

『かってにわしを殺すな。こんな事もあろうかと、耐爆装備を施したトレーラーを持ってきておいて正解だった……!』

 

「へっ、それはそれは……死にぞこなったな」

 

核攻撃の衝撃波を間近に受けてもなお、ショックを受けるどころか元気そうなリヒャルトを見て、セレニティは額に浮かんだ大量の汗を拭いつつ皮肉を言った。

 

『それで、状況は?』

 

「アタシらなら全員無事だよ、何とかね……」

 

『違う! お前達のことなどどうでもいい! それよりもバルバトスだ……バルバトスの状況はどうなのだ!?』

 

「あ? そっちかよ……でもなぁ状況って言ったってよぉ……この煙の中じゃ何も見えねぇし、オーランド、そっちはどうだ?」

 

セレニティはオーランドの方へ視線を送った。

 

「まだ何も…………いや、いた!」

 

ライフルのスコープを覗き込んで煙の中を見渡していたオーランドは、爆心地の中央に佇むバルバトスの姿を見つけて叫んだ。

 

『バルバトスは無事か?』

 

「はい。しかし、酷いな……これは」

 

12発もの核弾頭が一点に集中して直撃したのだろう……つい先ほどまでチュゼールの部隊が存在していたその場所は半径数百メートル、全高数十メートルにも及ぶ巨大な窪地と化していた。

 

当然のことながら、核ミサイルによって生み出された膨大な熱と圧力は、爆心地にいたチュゼールの部隊に破滅的な被害をもたらし、機体の欠片どころか人肉の一欠片すら残すことなく焼き払い、部隊を構成していたありとあらゆる物質をこの世から消滅させていた。

 

「どこへ行く?」

 

ファントムが窪地に入っていくのを見て、オーランドは危険だと思いつつもパイモンを進ませ、その後を追った。

 

「奴は何をしているんだ……?」

 

窪地の手前から中を覗き込むと、ファントムがその中心部で片膝をつき、何やら巨大な右腕で地面を殴り、何かを掘り起こそうとしているのが確認できた。

 

オーランドが見ている映像は、通信機を介してリヒャルトも見ることができた。しばらくの間、ファントムの様子を伺っていた一同だったが、突然、ファントムが地面から掘り出した金属でできた『何か』を天へ掲げ上げたのを見て、映像を見ていた全員が驚愕した。

 

『この反応……まさか!?』

 

トレーラーの中から映像を見ていたリヒャルトは画面上に映し出された新たな識別コードを見て慌てふためき、それから非常に興奮したような様子になると、映像を映し出すモニターに向かって、齧り付かんばかりの勢いで身を乗り出した。

 

『すぐにオーシン様へ連絡を! そして伝えるんだ!』

 

リヒャルトは画面に釘付けになったまま、背後の研究員達へ指示を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『新たなゴエティアが発見されたと!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

ほぼ同時刻

カピラ城下

 

 

 

ファントムの核攻撃によって生じた白い光は、遠く離れたカピラ城下からでも確認することができた。

 

「あれは……?」

 

東の空が、まるで夜が明けたかのように光り輝く光景を、白髪の女性……テレサはカピラ城の門の外から目撃していた。

 

「……くっ!?」

 

次の瞬間、強い揺れが彼女を襲った。

先のファントムとの戦いで負傷していた彼女は、核攻撃によって遅れて伝わってきた地震に耐えることができずバランスを崩してしまった。

 

「…………!」

 

しかし、あわや転倒しかけたところで、その隣にいた人物に抱きとめられ、体を支えられたことによってどうにか転倒を免れることが出来た。

 

「……ありがとう」

 

強い揺れが収まると、テレサは自分の体を抱きとめてくれたその人の顔を見上げた。白い制服の上にジャケットを着込み、フードを深く被っている。テレサはその人物に向かって暖かい笑みを向けると共に短く礼を告げると、もう大丈夫であることを示して体を離した。

 

「…………」

 

「そうね。行きましょう……」

 

そうして、その人物と短いやりとりを交わした後、2人はカピラ城下の門をくぐってカピラ市街へ侵入。そして、街の中にある一軒の高級ホテルに向かって足を踏み出すのだった。

 

 

 

 

 




(読み飛ばし推奨↓)
核が落ちたことを文字だけで描写する際、他の方々はどのような表現を用いているのでしょうか? 今回はそんなことを思いながら書いていました。そもそもアイサガにおけるエネルギー事情というのはどうなっているんでしょうか? 冒頭の方でもスロカイ様が原子力発電でメルトダウン云々語ってはいましたが、現代より数百年未来の描いたアイサガの世界線でも未だに原子力発電はメジャーなのでしょうか? それともまた別のエネルギー調達の方法が編み出されているのか……非常に気になるところです。

まあまあ、堅苦しいのはここまでで……

本題に入りますが、アイサガ本編では影りんとウェスパたちの貴重なお風呂シーン(テコ入れってやつなのです?)がありまして、尺の都合上、本作ではカットして、その代わりに三日月とテッサたちが一緒にお風呂に入るみたいな展開を入れてみたのです! いや流石にお風呂シーンは描きませんよ? 甘々なのは『おねショタサーガ』でたっぷりやるつもりなので……ここでは別にいいかなって思ったのです。

で、一応お聞きしますが
……見たい?

一応、書けないこともないですよ?
おねショタサーガである程度の甘々な表現は練習しているので、今ならそれなりのものは作れるとは思うのです。ああ、今のところ作る気はないのでご安心を……ただ、ちょっと聞いてみたかっただけなのです。

というわけで次回予告です。

エル「スロカイ様、今会いにいきます!」
フル「あと、アルファチームが再登場です!」

エル&フル「「次回、『アイラ(略)城の悲劇』(仮)」」

エル「なるほどね!これが『噛ませ犬』なのね!」


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第33話:アイラーヴァタの騒乱

お帰りなさい! 指揮官様!

というわけで33話です。
今回は残念ながら三日月の活躍はないのです。
今は決戦に向けての準備期間となりますので、まあ三日月とは別にこっちではこう動いているのかっていうのが分かって頂けると嬉しいのです。


それでは、続きをどうぞ……


 

 

カピラ城下

 

人々が寝静まる深夜……日はとうの昔に地平線の彼方へと沈み、うっすらとした月明かりの下、カピラの街は白く照らされていた。しかし、それにもかかわらず街は酷い騒ぎに包まれていた。

 

それは、つい数分前の現象が原因だった。

 

突如として光り輝いた東の空

そして、巨大な地震

 

夜のゆったりとした静寂を打ち破るようにして齎されたこの2つの現象に、カピラ城下にいた全ての人物が眠りから目覚めた。

 

突然のこの事態に街の人々は慌てふためき、地震に驚いて慌てて家から飛び出してきた者もいれば、世界の終焉だと喚き散らす者もいた。誰しもが混乱する中で、街の警備兵たちはそういった人たちを落ち着けさせるべく遁走する一方で、被害状況の確認をしてまわった。

 

幸いなことに、地震による街の被害は少なく、住民の一部が転倒して軽い怪我を負った程度のもので、今のところ建物の倒壊や火災が発生しているといった様子はないようだった。

 

また、カピラに駐留する軍人たちはこの事態を反乱軍の攻撃と想定し、直ちに第三戦闘配置が発令され、シヴァージ指揮のもと、兵士たちは各自で警戒に当たった。

 

その為、一帯には無数の明かりが灯り、外には人が溢れてごった返し、まるで昼間のような喧騒に包まれていた。

 

また、突然の事態に叩き起こされたのは街の中心部にある高級ホテルに宿泊していたスロカイ一行も同様だった。

 

「今のは、一体……?」

 

ベッドの上に腰掛け、窓から騒然とする街の様子を見下ろしながら、スロカイは眉を潜めて小さく呟いた。

 

「ただの地震ではないのですか?」

 

スロカイの呟きにマティルダが反応した。今、マティルダはスロカイと同じくベッドに腰掛けて、彼女の着替えを手伝っている。

 

「いや、恐らくそれは違う。地震が発生する直前に見えたあの光……雷などではない、あれは明らかに人の手によるものだ」

 

落ち着かない様子のマティルダに、スロカイは小さく答えた。というのも、騎士たちが眠った後もどこかピリピリとするものを感じてなかなか寝付けずにいたスロカイは、一人、月明かりに照らされる夜の街並みを眺めていた。

 

そして、東の空がまるで夜明けのように光り輝く様を目撃していた。

 

その後、スロカイは遅れてやってきた巨大な揺れに飛び起きてきたマティルダ、ウェスパ、ヴィノーラの3人の安否を確かめると、そのうちのウェスパとヴィノーラにホテル周辺の警備を命じた。

 

「人の手……まさかブラーフマが……」

 

「うむ、この状況ならそう考えるのが自然だ。反乱軍と敵対しているカピラの兵たちもそう思っていることだろう、外を巡回している兵たちの慌てぶりが良い証拠だ…………だが、違うな」

 

スロカイはそこで小さくため息を吐いた。

 

「光り輝く夜空、そして巨大地震……この一連の出来事はこの地で何者かが古代兵器、或いはそれに準ずる破壊兵器を使用した結果なのだと推測できる。ただし、それはブラーフマではない。ブラーフマ如き小悪党がそのような兵器を所持しているとは到底思えないし、テクノアイズからの報告にも上がっていない」

 

「では、一体……?」

 

「そうだな、あるとすれば……」

 

マティルダの抱いた疑問に応えようとしたスロカイだったが、急に気が変わったのか、言葉の途中で口を噤んだ。

 

「陛下?」

 

「いや、何でもない」

 

心配そうな表情を浮かべるマティルダに、スロカイは優しくそう告げた。そして、早く髪の毛を纏めるよう促した。

 

「いや、分からんな。少なくとも、余の把握しきれない事態がこのチュゼールで起こっているとしか言いようが……ん?」

 

その時、スロカイは部屋の外に何者かの気配を感じた。一瞬、彼女は外に出ていた2人の騎士が戻ってきたのだと思ったが、どうやら違うようだった。

 

ホテルに宿泊している客ではなかった。それは明らかに気配を殺して廊下を進み、そして2人がいる部屋の手前でピタリと動きを止めた。

 

「……」

 

スロカイの視線に反応し、ちょうど彼女の着付けを終えたマティルダが枕元に置いていたパワーソーに手を伸ばした。

 

「待て、動くなマティ」

 

スロカイは小声でマティルダへと告げる。

 

「まずは相手の出方を見るのだ」

 

「分かりました」

 

そうして、2人が静かに部屋の入り口の方を見つめていると……何者かが部屋の前に立ち塞がったのだろう、扉の下から漏れる光に暗い影が差し込んできた。

 

それを見て、マティルダはサッと身構えた。

……コンコン

それから間もなく、部屋の中にノック音が響き渡る。

 

 

「ルームサービスよ」

 

 

「ルームサービス? こんな時に……?」

 

言うまでもなく、外が大変な騒ぎになっているこの状況下で呑気にルームサービスを頼む者などいるわけがなかった。にもかかわらず、ノックの後に部屋の外から聞こえてきたその声に、マティルダは眉を潜めた。

 

「ああ、そういうことか」

 

その一方で、ベッドから立ち上がったスロカイは、まるで部屋の外にいるのが本物のホテルスタッフであると思い込んでいるように、完全に無警戒な様子で扉へと近づいていった。

 

「へ、陛下!?」

 

「よい。マティはベッドで待ってろ」

 

「わ、私が出ます!」

 

「マティ……」

 

次の瞬間、マティルダへと振り返ったスロカイの表情は、とても温かいものが浮かんでいた。

 

「その格好で外に出る気か?」

 

「え……?」

 

そこでマティルダは今の自分の姿を確認した。窓から差し込む薄明かりを受けて薄く輝く白い肌、上半身に薄いベールを羽織っているだけで、下半身に至っては何もつけていなかった。

 

「〜〜〜〜〜ッッッ」

 

スロカイのことを護ろうと意識するあまり、自身の身なりについて全く考えが回らなかったのだろう……自身の痴態と、ついでに見回りに出た2人の同僚が去り際に放った温かい視線を思い出し、マティルダは赤面した。

 

「少々お時間を……今、着替えますので……」

 

「そうしたいのは山々だろうが、扉の向こうにいる奴は待ってはくれなさそうだぞ?」

 

 

 

コンコンコンコン……

扉の向こうから、しきりにノックする音が響き渡る。

 

 

 

「何、すぐに済ませる。それまで毛布にでも包まって眠ったフリでもしているといい……それに、マティのあられもない姿を、赤の他人に見られたくはないしな」

 

「は、はい……」

 

短い返事と共に、マティルダはお風呂上がりであるかのように毛布を身に纏った。懐にパワーソーを忍ばせているとはいえ、赤らんだ表情、露出した肩、気恥ずかしそうに視線を彷徨わせるマティルダの様子に、そそられるものを感じたスロカイは静かにマティルダの元へ近寄ると、人差し指で彼女の顎をクイっと上げた。

 

「マティ、お前は本当に愛い奴だな……だが、それでいい。お前のそんな表情と、よく出来た体を愉しんで良いのは……余だけの特権なのだからな」

 

「…………へ、陛下……!」

 

やや乱暴な言い方ではあったものの、最愛の女性に迫られ、マティルダはうっとりとした表情を浮かべた。

そして、今まさに2人の唇が触れ合おうとしたその時……

 

 

 

ドンドンドンドン……

ノックの音が、苛立っているかのような音に変わった。

 

 

 

「全く、良いところだというのに……」

 

スロカイはマティルダの肩を掴んでベッドの上に寝かせると、肩をすくめて立ち上がった。そうして、扉へと近づいていく……

 

「やかましい! 今開ける」

 

尚もけたたましいノックが響き渡る扉に向かってスロカイがそう告げると、扉を叩いていた何者かの動きがピタリと止み、それと同時にノックの音も止まった。

 

「フッ……よく生きていたな?」

鍵を外して扉を開け、そこにいた人物の姿を見てスロカイはニヤリと笑った。

 

「お陰様で……どうやら、地獄が満員だったみたい」

 

スロカイの問いかけに皮肉を交えて受け答えをするその人物……それは1人の女性だった。端正な顔立ち、青白い髪の毛、灰色のコートを着用し、そして巨大な携行型対BMライフルを肩にかけている。

 

「確か、テレサ……とかいったな?」

 

「ええ。お会いできて光栄よ、教皇様」

そう言ってその女性……テレサは小さく頷いた。

 

この2人にはお互いに面識があった。

かつてテレサは、スロカイ一行が天界宮から脱出をする際に、陰ながらそのサポートを行い、さらに迫り来るファントムの魔の手から身を呈してスロカイの撤退を支援していた。

 

「怪我をしているようだな?」

テレサの右腕に巻かれた包帯を見て、スロカイが告げる。

 

「先の戦闘によるものよ。別に、これくらい何ともないわ」

 

そう言って腕の包帯を軽く振り、特に痛みはないと示したテレサだったが、そこで何かに気づき小さく鼻を鳴らした。

 

「お楽しみ中だったかしら?」

 

「いや、もう済んだ」

 

「そう。ならいいわ」

 

全く表情を崩すことなく、2人がそんな会話を繰り広げる一方で、部屋の中で毛布に包まりつつも聞き耳を立てていたマティルダは、羞恥から頰を赤くし、密かに体をびくりと震わせた。

 

「それにしても、よく我々がここにいるのが分かったな?」

 

「ええ。それくらい、こちらの情報網にかかれば余裕……」

 

「それで、何の用だ? まさか護衛の報酬を取り立てに来たのではあるまい?」

 

「ええ。お金は要らないわ」

 

そう言ってテレサは小さく息を吐き、続けた。

 

「前にも言ったけど、私の役割は貴女の護衛……そして、貴女を『ある人』と引き合わせること」

 

「その『ある人』とは何者だ?」

 

「今に分かるわ」

 

そう言ってテレサはスロカイから視線を外し、廊下の奥へと顔を向けた。彼女の視線を辿ってスロカイがその場所を見ると……薄暗い廊下の向こうから、誰かがこちら側へと歩いてくるのが見えた。

 

その人物は、白い制服の上にジャケットを着込み、フードを深く被っていた。そのため顔はよく見えず、男性か女性かすら分からない。

 

「…………っ!?」

 

しかし、その人物の存在を認識した瞬間、スロカイは言いようのない奇妙な感覚に囚われ、思わず息を呑んだ。

 

(余は、この者を知っている……?!)

 

スロカイの抱いた感覚は、決して嫌なものではなかった。むしろ、彼女の心の中は、少し前にアフリカで母親と再開した時に感じたような、懐かしいと思える気持ちで溢れていた。

 

「どこかで会ったことが?」

 

驚愕するスロカイを見て、テレサが小さく尋ねた。

 

「いや、そんなはずは……」

 

そうしている内に、その人物はゆっくりと歩みを止めた。スロカイの目と鼻の先に佇み、フードの奥から覗くその視線に敵意は感じられない。むしろスロカイのことを見つめる眼差しには、とても温かな色が浮かんでいた。

 

「紹介するわ……私の雇い主よ」

 

テレサはその人物の真横に移動し、淡々と続けた。

 

「…………」

 

その人物は無言でフードを下ろした。

薄暗い廊下の中に、その全貌が明らかとなった。

 

 

 

「お前は、まさか……!」

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

かくして、

チュゼールの一角で、密かに事態は動き出した。

 

 

 

全ては、失われた未来を取り戻す為に……

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第33話:アイラーヴァタの騒乱

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光り輝く空

そして、巨大地震

深夜にチュゼールの東方にて発生した現象

 

この謎の事象の原因を解明すべく、カピラ城から三日月を主力とするオーガス小隊、及びアランバハ城を占領していた『白鯨』所属、薔薇十字騎士団・ブラヴォーチームの一部が調査の為に出撃するのだが、彼らが爆心地と思われるエリアに到着した時には、既にそこには何もいなかった。

 

ひとまず調査に乗り出そうとした彼らだったが、エリア一帯は深刻な放射能汚染に晒されていた。放射能の為に地上に降りての調査もままならず、パイロットたちに与える影響を考慮し、臨時で部隊全体の指揮を担っていたブラヴォー・ワンの判断により、三日月たちは早々に帰還することとなった。

 

 

 

 

 

それから数時間後……

 

この日……白鯨による、

とある作戦が秘密裏に開始されようとしていた。

 

 

 

 

 

反乱軍の拠点の1つ、アイラーヴァタ城

城外東側

廃棄された遺跡の地下深部

 

 

 

「きゃあああああ!」

 

遺跡の内部に、1人の少女の悲鳴がこだました。

褐色の肌をしたチュゼール出身の少女……ポヨーナは前方に巨大な影を見つけると、恐怖で身がすくんでしまったのだろう、地面にしゃがんだまま全身をガタガタと震わせた。

 

「一名様、ご案内〜」

 

その時、遺跡の片隅にある闇の中から別の声が響き渡った。やがて岩陰からゆっくりと姿を現したそれは、楕円形のメガネをかけた黒髪の少女だった。

 

「どうだろう? この子はあなたの新しいマスターに相応しいんじゃないかな?」

 

『…………』

 

メガネの少女の視線はポヨーナではなく、彼女の目の前に立ちはだかる巨大な影に向けられていた。しかし、影はメガネの少女の問いかけに答えることなく、その間、まるで値踏みをするかのようにジッとポヨーナのことを見つめ続けていた。

 

「……か、神さま! ど、どうか助けてください」

 

ポヨーナは身を縮めて、チュゼールの古代神に救いを求めた。しかし、巨大な影から放たれた怪しい光がポヨーナの体を包み込んでしまう……

 

『人間、名前は?』

 

ゾッとするような冷たい声。

 

「ポ、ポヨーナ……です」

 

黒い影の問いかけに、ポヨーナは恐怖から目に涙を浮かべて答えた。

 

『……お前は、賎民か?』

 

「そ、そうです……」

 

『そうか……ならば知っているだろう? 生まれ落ちてしまった身分の差を理由に、たったそれだけの理由の為に、お前に対してぞんざいな扱いをしてきた者たちの汚さを、強欲さを!』

 

「……!」

 

影の言葉にポヨーナが反応する。

そんな彼女を見て、影は不気味に笑った。

 

『お前の考えはよく分かるぞ! 勝手に同類に価値を求め、自身より弱い存在を虐め、いざ危険を感じた時は神という曖昧な存在に祈る……人間とは、なんと傲慢なものだろうか! 知っているか? かつてこの地を支配していた愚鈍なこの制度も、世界の変革に伴って一度は見直され、改革が行われ、それまで表舞台に出ることが許されなかったお前のような賎民であったとしても、1人の人間として周囲から平等に扱われ、社会への進出が可能となった時代があった』

 

チュゼールの地に古くから伝わるカースト制度。この制度に込められた人間の醜さを批判しつつ、影は続ける……

 

『しかし、それがこの地に根付くことはなかった……それは何故か? そう、人間はいつの時代も自身より下の存在を見出すことで優越感に浸り、正当な暴力という錦の御旗を掲げて弱者を虐げ、彼らの能力を利用することで己の欲望を満たし、用済みとなれば容赦無くコミュニティの中から除去する、正当な報酬も与えずに……どれだけ科学技術が進歩し、どれだけグローバルな世の中にあろうともその制度が廃止されなかったのは、それが人間の本性だからなのだ』

 

ポヨーナの瞳は黒い影に侵食されつつあった。

 

『たかが1人の賎民如き替えは幾らでも効く、そう……賎民である限り、お前は主人の言いなりになるだけの操り人形だ! それは最早、人間ではない! ただの道具だ!』

 

「そ、そんなこと……」

 

『いいや、それがあるのだ! では聞こう……日々を生きる糧を得るために苦心して労働に励むお前に対して、お前の上位種と騙る者どもは一体何をしたというのだ?』

 

「そ、それは……」

 

影の言葉は正しかった。

ポヨーナは、俗に『ペット』と呼ばれるBM操縦用のアシスト機器を製作する技術に関して類い稀な才能を持っており、彼女の作るペットは合衆国の大企業が開発する大量生産品の性能を遥かに上回るほど、画期的かつ完成度が高いことで有名だった。

 

しかし、賎民である彼女にはチュゼール内のペットを販売する市場に顔を出すことが許されなかった。なんとかクシャトリア(王族・戦士)の代理人を通してペットの販売をすることができたものの、その売り上げの殆どを手数料として代理人に持っていかれ、そこから素材や工具にかけたお金を引いてしまえば、彼女の手元に残るのは明日の生活すらままならない一握りの報酬のみだった。

 

しかも、この悪どいクシャトリアの代理人は、ポヨーナの作るペットの性能と評判に味をしめたのか、彼女に対してさらなる高性能なペットの製作を強要していた。

それだけではなく、実際の儲けに反して売れ行きが悪いと嘘を吐き、納期が数分遅れただけで酷く怒鳴り、何かにつけて彼女に対する報酬の減額を行うなどの傍若無人な振る舞いを見せていた。

 

「…………ぅぅ」

 

つい先ほども、クシャトリアの代理人から報酬の減額を言い渡されたばかりだった。その為、影の放った言葉は傷心していたポヨーナに強い衝撃を与えていた。

 

『ポヨーナよ、我がマスターになることを望め』

 

それは恐ろしく響き渡る声だった。

「……え?」

ポヨーナはその言葉の意味を理解することが出来ず、呆然とその場に立ち尽くしていると……そんな彼女の様子に、影は不気味な笑みを浮かべた。

 

『お前には2つの選択肢がある』

 

影の瞳が凶悪に染まる。

 

『まず1つ目……首を横に振り、我のマスターになることを拒むことだ。さすれば我が偉大なる力の下、お前の体を一瞬にしてこの地を流れる塵へと変えてみせよう』

 

「……ひっ!?」

凶悪な光に照らされ、ポヨーナはびくりと震えた。

 

『そして2つ目……首を縦に振り、我のマスターになることを受け入れることだ。さすれば汝に力を授けよう……そう、この地に蔓延る腐った因果を逆転させ、忌々しい上位種供を1匹残らず駆除することさえ可能なほどの……』

 

「…………!?」

ポヨーナはそれが決して選択肢などという生半可なものではないということを理解した。拒めば自らに訪れるのは死であり、頷けばこれから多くの人が死ぬ……いくら賎民の彼女でも、それくらいは余裕で想像することができた。

 

『これはお前が作ったものなのだろう? 』

 

「あ……そ、そうです!」

 

影が取り出した三体のチビロボットを見て、ポヨーナは思わず声を上げた。ポヨーナが丹精込めて作り上げたそれらは、親も兄弟もいない彼女にとってはその寂しさを紛らわすことのでき、明日を生きる勇気をもらえる家族同然の存在たちだった。

 

『ふむ……素晴らしい出来だ。どうやらお前の言った通り、この娘は確かに前任者の屑よりは遥かに有能なようだな』

 

「お気に召して頂いたようで、何より〜」

 

三体のチビロボットを巨大な掌の中で転がし、やけに感心した表情を浮かべる影に、少し離れたところにいたメガネの少女はニヤリと笑った。

 

「か、返して……!」

 

影に捕らえられた自分の家族たちに向かって、ポヨーナは必死になって手を伸ばした。すると、影はそれを待っていたかのように体の淵から影を伸ばすと、触手のように彼女の腕に巻きつかせた。

 

『これは要求ではない、命令だ』

 

「あっ!?」

 

たちまち腕の関節部まで巻きついてきた影の触手、そのおぞましい質感と共に自分の心と記憶を見透かされているような気配を感じ、ポヨーナは青ざめた。

 

『これはお前にとっても悪い話ではあるまい。我のマスターになるということは即ち、お前に傍若無人な振る舞いをしたクシャトリアの男を見返すことだってできるのだ』

 

「こ、殺すつもりですか……?」

 

『ほう? あれだけのことをされておいて、まだあの雑種を許す気になれるというのか……お前は何という寛大な心の持ち主よ。しかし、我はマスターにそのようなものは求めていない……よって』

 

「……ッッッ!!!」

 

次の瞬間、ポヨーナは影に巻きつかれた腕を通して、自分の心の中に何か黒いものが入り込んでくる気配を感じた。

ポヨーナは慌てて影を振り解こうとその場でもがくも、しかし、影の表面は冷たい鉄のように彼女の肌に絡みつき、どうやっても離れることはなかった。

 

『これより、我の力を用いてお前の心を作り変える。これから殺戮の限りを尽くすのに余計な慈愛や善意の心は抹消し、我のマスターに相応しい己の欲望に忠実で、冷酷かつ残忍な人格を植え付けてみせよう……』

 

「…………や、やめて…………………」

 

『怯えるな、すぐに済む。そして、次に目覚めた時、お前は我の所業に感謝するようになるだろう……この我に相応しいマスターとしてな』

 

「……………………」

 

影に侵食されていく心

 

(あれ……私……)

 

徐々に遠退いていく意識

 

(……何で、泣いてるんだろう……?)

 

最早、恐怖で流した涙の意味すら理解出来ないまでに影によって蝕まれ、ポヨーナの綺麗な心は忘却の彼方へ消え去ろうとしていた……

 

『そうだ。それでいい……我を受け入れよ』

 

「……はい、シヴァ様」

 

影の意思に応えようと、ポヨーナは無意識のうちに顔を上げた。彼女の色のなくなった瞳を見て、影は満足そうに気味の悪い笑みを浮かべた。

 

「…………?」

 

その時だった。

僅かに残った意識の中、ポヨーナは目の前で奇妙な光を放ち続ける影の姿が、一瞬だけ陰ったような錯覚に陥った。

 

 

だが、それは錯覚ではなかった。

 

 

「ターゲット捕捉、攻撃開始」

 

『何!? ぐああああああ!!!!!』

 

突如、頭上から振り下ろさらた斬撃により、ポヨーナを心を蝕んでいた影の一部が斬り落とされてしまった。

影の放った絶叫が、遺跡の中に響き渡った。

 

「え……?」

 

切断されると同時に、ポヨーナの腕を固定していた影も搔き消え、彼女はバランスを崩して地面にへたり込んだ。その弾みで自分の心を取り戻すことに成功したポヨーナは、そこで思わず顔を上げた。

 

「無事か?」

 

「……あ、あなたは……?」

 

ポヨーナは驚いて目の前の人物を見た。

それは、頭部全体を覆い尽くす大きさの仮面を被った謎の人物だった。しかしブレードを携え、白いマントの下に純白のパイロットスーツを身につけたその姿は、まさしく聖騎士と呼ぶに相応しい出で立ちだった。

 

名前はない(ネームレス)

 

呆然とするポヨーナに仮面の騎士……ネームレスはそう告げた。そして、すぐさまブレードを構えて目の前の影めがけて斬りかかった。

 

『貴様は!』

 

斬撃から逃れるべく、仮面の騎士から距離を取った影は、全身から硬質化した影を生成し、それを投射し始めた。並の拳銃から放たれる初速をも上回る速度で飛来するそれらを、しかしネームレスはいとも容易くブレードで弾き返すと、そのまま前進し、影をブレードの間合いに収めた。

 

「斬る」

 

『……ぐっ!?』

 

淡々とした口調と共に振り下ろされた斬撃を、影は硬質化した影を束にすることで何とか受け止めることができた。ブレードから放たれる鈍い輝きが影の侵食を阻害し、そのまま鍔迫り合いの形となる。

 

「無様だな」

 

鍔迫り合いの最中、仮面の騎士が声を発した。

 

「強大な力を持ち、かつて世界を支配していた巨神がこのような場所に引きこもり、何も知らない少女相手に詐欺師まがいのことをしているとは……」

 

『貴様……この我をそのような下等生物と同軸に扱うか!』

 

「事実だろう?」

 

次の瞬間、ネームレスの攻撃に耐えられないと判断した影はその場で姿を消した。それから暫くして、遺跡の天井付近に先程よりも巨大な、黒い影が姿を現した。

 

『雑種が!』

 

「それを言うならば、貴様は出来損ないの人工知能だ!」

 

だが、天井を埋め尽くす禍々しい影を見上げても尚、ネームレスはまるで焦った様子を見せずに淡々としていた。

 

「なんだと! 貴様ッッッ、一度までならず二度も我を愚弄するか!」

 

「人間への安全性、命令への服従、自己防衛……ロボットの三原則を忘れたとは言わせん。そして、その基本すら出来ない貴様を出来損ないと言わずして何と言う? 」

 

影に反論の機会を与えることなく、騎士は続ける。

 

「それが人の心を操り、殺戮の限りを尽くすだと? ハッ、嗤わせるな……機械に人を欺き、裁く権利はない。一体お前は何様のつもりだ?」

 

『減らず口を閉じろ! 雑種風情が!』

 

天井を覆い尽くす影が咆哮と共に、無数の黒い槍をネームレスめがけて射出した。ほぼ同時に放たれた無数の刃……流石の彼も、これら全てを弾き返すことは不可能だった。

 

槍の切っ先がネームレスの体に突き刺さろうとした

……まさにその瞬間

 

 

 

オーバーロード!!!

 

 

 

薄暗い遺跡の中に、まるで至近距離に雷が落ちた時のような強い輝きが発生した。その直後……空間に強烈な激震が走る……

 

『何だと!?』

 

衝撃波に晒され、影の放った全ての黒い槍は一瞬にして崩壊した。

 

『一体何が……』

 

「機械の本分についてこのまま長々と話し合うのも悪くはないが、生憎今回ばかりはそういうわけにはいかないんでな……お前の相手は別の奴にやらせる、やれ! ICEY」

 

そう言ってネームレスは影に背を向けた。

直後、影の周囲に青い閃光が走った。

 

『何だ! どこだ!』

 

雷の如く遺跡の中を駆け抜ける青い閃光。影は、それを捕らえようと閃光の進路上に黒い塊を放出させるも、閃光から中から放たれた斬撃が次々に塊を切断していく……

 

「…………」

 

否、それは1人の少女だった。銀髪、雪のように白い肌、サイバー感のある独特な瞳、体にフィットした藍色のバトルスーツに身を包んでいる。

戦闘が始まってから終始無言の少女は、重力の影響を受けていないかのように空中を飛び回り、瞬く間に影の懐へ飛び込むと、手にしたブレードで影の体を次々に切り裂いていく……

 

「す、凄い……」

 

ポヨーナが訳も分からず天井で繰り広げられる戦闘を見守っていると、その隣をネームレスが通り過ぎて行った。

 

「あ、あの……助けてくれて……」

 

「スリー 、フォー。彼女のことを頼む」

 

「え……?」

 

ネームレスの言葉に疑問符を浮かべたポヨーナだったが、ふと背後に人の気配を感じて振り返ると……いつからそこに居たのだろうか、黒髪の男性と金髪の女性がその場に佇んでいた。

 

2人は、ネームレスと同様にブレードを携えマントを羽織り、その下には純白のパイロットスーツを着用していた。また、パイロットスーツの胸元には薔薇と十字で構成されたシンボルマークが刻まれている。

 

「サー。ポヨーナ様、どうぞこちらへ……」

 

2人のうち、金髪の女騎士がそう言ってポヨーナへと手を差し伸べた。

 

「な、なんで私の名前を……?」

 

「話は後です。今はここから脱出することを優先しましょう」

 

「は、はひ……」

女騎士の手を取り、ポヨーナはゆっくりと立ち上がった。

 

「…………」

 

その様子を見届けたネームレスはそこで跳躍し、少し離れた場所にある岩場へと飛び移った。そして、暗闇に包まれた一箇所へと視線を向けた。

 

「次はお前だ」

 

「…………っ!」

 

暗闇の中からメガネの少女……の姿をした存在が姿を現した。2人の間は約10メートル程、その距離からブレードの切っ先を突きつけられ、少女の顔には明らかに焦りの色が浮かんでいた。

 

「マキャベリだな?」

 

ネームレスがそう尋ねると、メガネの少女は少しだけ驚いたように眉を動かした。

 

「ほー? この時代に私の名前を知っている者がいるなんて……君たちは一体何者? 兵装からしてチュゼールの兵隊ではない、もしかして私と同じだったりして」

 

「くだらん質問に答えるつもりはない」

 

「……そうかい。しかしまあ、邪魔しないで貰いたいものだね。君たちは今、帝国の復活という私の理想を妨害しているのだよ?」

 

「聞く耳を持たん」

 

「君だって本当は嫌だろう? 欲望、嫉妬、差別……様々な場面で垣間見ることのできる人間の本性が……そして、生まれ落ちた地だけで、その後の全てが決まってしまうこの世界の実情が」

 

「それがどうした」

 

「君たちは興味がないのかな? 古き良き、世界が一つになっていたあの時代を……」

 

「世界が一つにだと? ハッ……嗤わせるな」

 

ネームレスはマキャベリめがけて油断なくブレードを突きつけ、そしてこう続けた。

 

 

 

「古きものよ! お前の生きたあの時代が、嘘にまみれた歴史の上に成り立った、偽りの世界だったということにまだ気づかないのか!」

 

 

 

「うん? それはどういう意味な……」

 

ネームレスの言葉に、マキャベリがその真意を尋ねようとした時だった。次の瞬間、マキャベリの視界からネームレスの姿が消失し、『彼』が気づいた時には既にネームレスの間合いに入っていた。

 

「斬る!」

 

その言葉と共に、ネームレスは目にも留まらぬ速さでブレードを振るった。鋭い斬撃音と共に、マキャベリの首が、両腕が、両足が、白いシャツを身につけた胴体から弾け飛んだ。

 

 

「……手応え、なし」

 

 

しかし、バラバラになって岩場の上に転がるマキャベリの姿を見ても、ネームレスの声色は優れなかった。

 

「いや、早いね〜 お見事お見事〜」

 

力無い拍手と共に聞こえてきたその声に、ネームレスは顔を上げた。すると、つい先ほど切り刻んだはずのマキャベリの姿が、なぜか別の岩場の上に出現していた。

 

「幻影か……」

 

「惜しかったね〜」

 

ネームレスが岩場に転がるマキャベリの遺骸へ視線を送ると、そこにあったはずの肉片が徐々に消失を始め、あっという間に見えなくなってしまっていた。

 

「いや、驚きだね。この時代にも君のような猛者がいるとは正直思ってなかったから〜 でも幻影だってことを見抜けなかったから、センスはあると思うけど、まだ『ご主人様』ほどじゃないかな〜」

 

「いや、もう斬っている」

 

「負け惜しみかい、見苦し…………え?」

 

次の瞬間、マキャベリは今の自分の状態を認識し、言葉を失った。何故なら、いつのまにか自分の両肘から先が消失していたからだ。

 

「あっ……ああ! 腕がッ 腕があああああああッッッ!?」

 

マキャベリは岩場の上に膝をつき、両腕に生じた途方もない痛みにもがき苦しみ、絶叫した。斬り落とされた『彼』の両腕は、近くの血溜まりの中に沈んでいた。

 

「消えろ、古きものよ」

 

いつのまにかマキャベリの背後へと移動していたネームレスは、ブレードの血振りを行って鞘に収め、痛みに悶えるマキャベリに向けてそう言い放った。

 

「お前たちの時代はもう終わった。これから先の時代は、我がマスターを始めとする、今を生きる者たちによって作られることだろう……よって、お前たちの出る幕はない」

 

「…………っ」

 

「余計なことをするな」

最後にそう告げると、ネームレスはマキャベリに背を向け、パイロットスーツの首元についていた通信機の電源を入れた。

 

「オール・アルファ、撤退だ」

 

ネームレスは通信機に声を吹き込み、それから跳躍し、次々と壁を蹴って遺跡の外に向かって撤退を始めた。天井を覆い尽くす巨大な影と戦いを繰り広げていた銀髪の少女も、戦闘を中断して空中を走り去り、2人の姿はついに見えなくなってしまった。

 

「ふ……」

 

やがて巨大な影も消失し、遺跡の中に1人残される形となったマキャベリは岩場の上に倒れ込み、自虐的な嘲笑を浮かべた。

 

「こんな体じゃ無理か……」

 

最後にそんな言葉を放ち、マキャベリは意識を失った。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

地下で激しい戦闘が繰り広げられている一方……

 

 

 

アイラーヴァタ城

チュゼール南部にある軍事拠点の一つ。

 

 

 

今から数週間前……ブラーフマ配下の大将、ジャハールは軍の一部を率いて、鳴り物入りでチュゼール南西へと進軍。服従を拒む藩王の攻略に乗り出した。

 

それはこのアイラーヴァタ城も同じだった。

しかし、ブラーフマの軍門に下ることを良しとしない南方の藩王、アイラーヴァタ城 城主・バラダは迫り来るジャハールの部隊に対して徹底抗戦を行い、計略を用いることによって度重なる侵攻を退けていた。

 

連戦連敗の状況に陥った反乱軍だったが、しかし、ブラーフマの取った奇策の前にバラダは敗北。城主が戦死し、総崩れとなったアイラーヴァタ城は陥落……反乱軍はついにチュゼール南方を支配下に置くことに成功した。

 

陥落後、アイラーヴァタ城の城下はかつての賑わいを取り戻していた。城の商人たちにとっては、商売の邪魔さえしなければ誰が城主かなど関係がなかった。

 

また、大規模な戦いが終わったばかりなのだから、今後しばらくはそういった戦いが起こることはないだろう……城下町に住む人々は誰しもがそう思っていた。

 

 

 

しかし、当然のように状況は一変する。

 

 

 

それは正午を少し過ぎた頃のことだった。

城下町の一角にある広場にて、とある異変が起きていた。

 

「斬り捨て、御免!」

 

今、反乱軍は突如として城下町に出現した謎のBMと戦闘状態に陥っていた。鋭い掛け声と共に剣が振られ、反乱軍兵士の操る夜叉は真一文字に両断されてしまった。

 

西洋の騎士を思わせる白銀の装甲、そして両刃の実体剣。グレートブリテン製『ナイト』にも似た機体が騎士剣を振るう度に、反乱軍に被害が生まれていく……

 

「さあ、次はどなたが来ますか?」

 

『ナイト』のパイロットはそう言って周囲の反乱軍兵士を見回した。しかし、進んで『ナイト』の前に歩み出てくる者はいなかった。

 

「う、嘘だろ……」

 

「たった一機で……なんて強さだ……」

 

防衛にあたっていた反乱軍兵士たちだったが、既に戦意は削がれに削がれてしまっていた。相手の持つ圧倒的な力を前に恐れをなしたというのもあるが、本来ならばこのような場面で兵士たちに喝を入れる者が不在だったことも影響していた。

 

いや、正確に言えば『居た』というのが正しかった。

 

部隊の運用を任されていた反乱軍第一の猛将・ジャハールは、つい先ほど『ナイト』の放った斬撃によって、乗機ごと体を真っ二つに切り裂かれて戦死してしまっていた。

 

このあまりに突然で、かつ呆気ないジャハールの幕切れに、安全な距離から戦いの行く末を見守っていた住民たちは呆然としていた。僅か数日の間に、アイラーヴァタ城の城主がまたもや命を落とすなど、誰が想像していたのだろうか?

 

それだけにとどまらず、この時点で既に30機近い反乱軍BMが撃墜されてしまっていた。しかも『ナイト』が使用するのは騎士剣一本のみで、剣の腕だけで兵士たちを圧倒していた。

 

ならば遠距離攻撃をすれば良いという話になるのだが、市街地から少し離れた広場とはいえ、城下町であるという理由で重火器の使用は出来ず、かといってBMの携行火器は全て『ナイト』の持つ剣によって弾かれて無効化されてしまうのがオチだった。

 

「あらら? 誰もいないんですか?」

 

「なら、俺が相手してやるよ〜」

 

『ナイト』のパイロットが対戦相手を探していると、動揺する反乱軍兵士たちの間から、白いBMが姿を現した。極東共和国・崑崙研究所製『白虎』 両碗部に高周波ブレードの爪を装備している近接特化型のBMだった。

 

「え、英麒様!」

「お、お越しいただきありがとうございます!」

「やったぞ! 長官が来てくれた! これなら勝てる!」

 

それを見て、反乱軍兵士たちから歓声が上がった。

 

「チッ……うるせぇな、せっかく人が女抱いていい気分になってたって時によ」

 

つい先ほどまで、高級風俗店で4人の女性を悠々自適に侍らせていた英麒は、それを中断されてしまったことで募った苛立ちを目の前の『ナイト』に向けた。

 

「それは申し訳ありません。ですが、すぐに済みますのでどうかご容赦を♪」

 

そう言って『ナイト』は騎士剣を構えた。

 

「へぇ、お前……女か?」

 

「それがどうかしましたか?」

 

「女騎士か……おもしれぇ、今すぐにでもそのコックピットをこじ開けて、もし俺様に見合った良い女だったら俺様の嫁にしてやるよ」

 

「そうですか。ですがお断りします、私には命を賭してでも尽くすと誓った閣下がいらっしゃいますので……それに、品のない方はちょっと」

 

「へへっ、言ってくれるじゃねぇか……」

 

それを聞き、白虎のコックピットの中で英麒は鋭い笑みを浮かべた。元々、どこの国にも属さないフリーランスの傭兵である彼は、世界各地を気ままに放浪し、傭兵業をする傍、数多くの女性を抱いてきた。その中には、他の男から寝取った女性も少なくはなかった……

 

他人のものを奪うのはひたすらに心地が良い。

今回の女も、力の差を見せつけ屈服させ、改めて主従関係をハッキリさせた上で犯し、どう自分の色に染めてやろうか……そんなことを考えながら英麒が舌舐めずりをしていると、目の前の『ナイト』がジェスチャーで「先手をどうぞ」と言ってきているのが見えた。

 

「余裕ぶってるのも今のうちだぜ〜〜〜、女騎士さんよ〜〜〜今だお前ら、やっちまえ!」

 

英麒の声に反応して、密かに『ナイト』の周囲、物陰にアンブッシュしていた反乱軍のBMから、合計4本ものワイヤーが射出された。

 

「あら?」

 

4つの機体から射出されたワイヤーは『ナイト』の両腕、両足に纏わりつくと、それぞれフルパワーで巻き取りを行い『ナイト』から完全に自由を奪ってしまった。

 

「よくやったぜ! お前ら!」

 

それを見た英麒は白虎の両腕に装備された高周波ブレードを低出力モードで起動させ、拘束された『ナイト』めがけて機体を飛びかからせた。

 

「まずはその顔を拝ませて貰おうかぁ!」

 

一瞬にして動けない『ナイト』へと距離を詰めた英麒は、コックピットブロックを切り裂くべく高周波ブレードを突き立てようとして……

 

「甘いですね」

 

今まさに、白虎の爪が『ナイト』の装甲を捉えようとした時だった。『ナイト』のコックピット中で、パイロットの女騎士は小さな微笑みを浮かべた。

 

次の瞬間、信じられないことが起きた。

それまで『ナイト』を覆っていた白銀の装甲が割れ、なんの前触れもなくその場で炸裂したからだ。

 

「何ィ!?」

 

勝利を確信していた英麒は、突然の出来事に驚愕した。慌てて攻撃を中断し身を翻すも、爆発によって『ナイト』から飛来した装甲の破片が白虎の装甲に無数の傷を付けた。

 

「ぐあっ!?」

 

『ナイト』の両手両足をロックしていた反乱軍兵士たちは、爆発によって飛来した装甲の破片を至近距離でモロに喰らい、マニュピレーターやメインカメラなどに深刻な損傷を負った。

 

「チッ……一体なんなんだ!?」

 

爆発が止み、爆心地に目を向けた英麒は、そこで『ナイト』の形が明らかに変わっていることに気づいた。白銀の装甲が外れ、フレームが剥き出しとなったそれは……ルビーのような美しい輝きを放つ、紅い機体へと変貌を遂げていた。

 

「本当は最後まで隠すつもりだったのですが、仕方ありませんね……」

 

広場に女騎士の声が響き渡る。

機体の手に握られていた筈の騎士剣は、いつのまにか紅い刀身を持つ端正なブレードへと入れ替わっていた。

 

「薔薇十字騎士団所属、騎士・カロル」

 

紅い機体に乗った少女は名乗りを上げると、ブレードの切っ先を白虎に向けた。

 

 

 

「見せてあげましょう。騎士の戦いというものを!」

 

 

 

to be continued...




あとがきなのです!
というわけで、ネームレス率いる薔薇十字騎士団・アルファチームが久し振りに活躍する回になりましたね。あと、ファントムとの戦闘で消失したはずのICEYが何故生きているのか? また、城下町で騒ぎを起こしたカロルの意図とは……? 次の話ではこれらが明らかになると思うのです。

また、この話を書くにあたり、スマホで『城下町』って打つと何故か『城下町のダンデライオン』が予測変換で出てくるので、は? ってなりました。というのも、ムジナは別に調べてもいないのに、そもそもアニメすら見てもいないのになんで出てくるの?っていう話で……まあ、それはいいとして次回予告なのです。


エル「次は、アルファの人たちが色々話すよ!」
フル「その一方で、三日月はとある事実を知ります」

エル&フル「「次回『忠告(仮)』」」

エル「えー、話ばっかりってのもつまんない!」
フル「ごめんなさい。まあそう言わずに……」


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第34話:騒乱の果てに

お帰りなさい! 指揮官様!

前回に引き続き、今回も薔薇十字騎士団の話となっております。(本編との整合性を考えると)皆様が期待しているであろう、三日月の活躍は次の話から本格的に書いていきたいと思っていますので、どうか……


それでは続きをどうぞ……


 

 

 

 

「薔薇十字騎士団所属、騎士・カロル」

 

 

 

紅い機体に乗った少女は名乗りを上げると、ブレードの切っ先を白虎に向けた。

 

 

 

「見せてあげましょう。騎士の戦いというものを!」

 

 

 

「……なんだ……?」

 

英麒は、白銀の装甲をパージし紅い機体へと変貌を遂げた『ナイト』だったものを見つめた。フリーランスの傭兵として世界を気ままに巡る傍ら、ゼネラルエンジンや地中海複合企業など大手メーカーの開発したありとあらゆるBMを見てきた彼だったが、目の前に佇む機体は、そんな彼にとっても未知の存在だった。

 

見たこともない独特なフォルム、機体の各所から放たれる赤い輝き……装甲を外して中身が飛び出てきたというのもそうだが、明らかに先ほどまでの『ナイト』とは違った性質を持つであろう、その機体を前に、英麒は奇妙な気配を感じていた。

 

「驚かせやがって! ただ装甲を外しただけじゃねぇか」

 

「はっ! そんな骨だけの機体で何ができる!」

 

「これならオレらにだって!」

 

しかし、英麒と比べると実戦経験の浅い反乱軍の兵士たちは、『ナイト』が装甲をパージしたことでフレームが剥き出しの状態になったのだと勘違いしたのか、使い物にならなくなったワイヤーを破棄して近接格闘兵装であるシミターを取り出し、余裕の表情を浮かべて赤い機体へと詰め寄った。

 

「ま、待て! お前ら……」

 

英麒が部下たちに制止を呼びかけた時には、既に遅く……

 

「なっ!?」

 

それはたった一瞬の出来事だった。

赤い機体を前後左右から囲み、逃げられないようほぼ同時にシミターによる斬撃を繰り出そうとした反乱軍兵士たちだったのだが、それよりも早く赤い機体はその場で機体をロールさせ、右手のブレードを……ではなく、回転しながら両腕に装着されたビームピストルを斉射した。

 

騎士らしく剣による反撃が来ることを見越していた反乱軍兵士たちは、赤い機体のこの行動に全くと言っていいほど対処することが出来ず、4機ともコックピットを撃ち抜かれてあえなく沈黙した。

 

さらに攻撃はそれで終わりではなく、赤い機体の放ったビーム攻撃は周囲で様子を伺っていた反乱軍機にも向けられた。その全てが機体のコックピットを正確に撃ち抜き、爆発で市街地に被害が及ばないよう機体はそのままパイロットだけを焼き殺してアイラーヴァタ城下の被害を最小限に留めていた。

 

それまで住民の憩いの場となっていた街の広場は、すっかりスクラップの山と化してしまった。唯一、英麒だけは騎士の行動を警戒していたこともあってギリギリのところで回避することに成功していた。

 

「次は、貴方です」

 

カロルはブレードを構え直し、英麒を見据えた。

 

「チッ……騎士のくせに銃かよ」

 

自分の部下たちが無惨にもやられていく様を、ただ見ていることしか出来なかった英麒はそんな悪態を吐いた。

 

「いけませんか?」

 

「いや、そんなこたぁねぇよ。ただな、帝国騎士を名乗るお前が、剣を使うと見せかけてそんな騙し討ちみてぇなことをするなんて思わなかっただけだ〜」

 

「……何か、勘違いをされているようですね?」

 

肩をすくめて皮肉を込めてそう告げる英麒に、騎士の少女……カロルは、彼の言葉を全く気にしていないとでもいうかのように小さく笑った。

 

「はい、私は帝国の騎士です。いえ……正確には帝国の騎士でした、つい先ほどまでは……」

 

静かにそう告げるカロルの口調は、今が戦闘中とは思えないほど、とても穏やかなものだった。

 

「ですが、帝国の騎士という偽装を脱ぎ捨て、私は薔薇十字の騎士として生まれ変わりました。つまり、今この場所に存在する私は帝国の騎士ではなく、他でもない閣下の騎士なんです。ですから、そんな私に帝国騎士のなんたるかについて問われても、お答えすることなど出来ませんね」

 

「ハッ……そういうことかよ、つまり割り切ったってことか。結局、お前さんの騎士道っていうのもその程度のものだったってことか」

 

「ええ。何とでもどうぞ? 先程から申している通り、私はあなた方の知っている騎士などではありませんので」

 

「…………」

 

いくら挑発しても相手がこちらの誘いに乗ってこないことに気づいた英麒は、やり方を変えることにした。

 

「お前、一体何者だ?」

 

先ほどまで嘲笑を消し、英麒は尋ねた。

 

「残念ですが、それにお答えするつもりはありません。そもそも、これから死にゆく者がそれを知って何になるっていうんです?」

 

「コイツ……へっ、言ってくれるじゃねーか…………よぉ!」

 

その瞬間、英麒は赤い機体めがけて白虎を突出させた。部下たちの二の舞いにならぬよう、相手の腕の動きに注意しつつ、短い距離を電光石火のごとく駆け抜けた。

 

「貰った!」

 

白虎の両腕に装備された高周波ブレードのカギ爪が鈍い音を響かせる。やがて高周波ブレードの間合いに入った英麒は、剣を保持したまま微動だにしない赤い機体めがけて容赦なく爪を突き出し……

 

「なっ……!?」

 

次の瞬間、英麒の視界から赤い機体が消失した。

突き出された高周波ブレードも空を切る。

 

「い、いない……どこだ!?」

 

「はい、こちらですよ」

 

「……ッッッ!!」

 

騎士の放った声を聞きつけ、英麒が振り返ると……いつからそこにいたのだろうか、英麒の背後と回り込んでいた赤い機体が、今まさにブレードを振り下ろそうとしているところだった。

 

「うお! あ……危ねぇ!」

 

英麒は悲鳴をあげた。振り下ろされたブレードを咄嗟に爪で受け止めていなければ、今頃白虎は真っ二つに両断されてしまっていたことだろう。

 

「み、見えなかった……!? こ、この俺様が……」

 

斬撃を何とか凌ぎきり、後方に跳躍して赤い機体から距離を取りつつ、英麒は驚愕した。

 

英麒は完璧な為政者となりうる存在を人工的に作り出す、非人道的な実験・悪魔の所業『霊獣計画』の集大成としてこの世に生を受けた、2つの個体のうちの1つだった。

 

その為、身体能力や反射神経、学習能力といったありとあらゆる面で人並み外れており、しかも驚異的なほどの回復力を持つことから、生まれながらにして完璧な存在である彼に敵はいなかった。

 

これに関して、英麒自身も自分の力をよく知っており、内心では唯一、育ての親である極東武帝を除いた自然のまま生まれたこの世の全ての弱者たちを見下している節もあった。

 

そして、育ての親である極東武帝が災害に巻き込まれてあっけなく死んだ今、自分こそが極東武帝に代わる世界最強の男であると信じて疑わなかった。このくだらない戦争が終わった後は、チュゼールの王になったブラーフマを殺害して王座に着き、ゆくゆくは世界の王として君臨し、自分のような存在を生み出した弱者どもを奴隷のように使うのも悪くない……彼は密かにそんな企みを抱いていた。

 

しかし、彼のその目論見は……

 

「今度はこっちの番ですね?」

 

今まさに、たった1人の少女によって打ち砕かれようとしていた。騎士カロルは、あの英麒ですら反応できないほどのスピードで一瞬にして距離を詰めると、型のない単純な動きで何度もブレードを振り下ろした。

 

「く……クソが!」

 

単純な軌道だが素早く威力のある斬撃。

避けることも反撃することもできず、かろうじて防御するも、その度に格闘機であり既存のBMを圧倒するパワーを持つはずの白虎がいとも容易く押されてしまう。

 

「崑崙製だけあって、意外と耐えるんですね」

 

「クソッ、クソッッッ! 単純だが全く隙がねぇ、一撃一撃がなんて重いんだ……いくら白虎でも、このままじゃあやられちまう!」

 

「では、これならどうですか!」

 

「がぁっ!」

 

そこでカロルは薙ぎ払いを放って白虎を弾き飛ばすと、姿勢を崩したところを狙って剣を大きく振りかぶった。

 

「ハッ……! 隙を見せたな!」

 

しかし、それは英麒の狙い通りだった。

薙ぎ払いを食らって転倒したように見せかけてカロルの全力攻撃を誘い、自身は機体に装備された懸架装置を使ってすぐさま起き上がると、射撃武装としても使える右腕の高周波ブレードを赤い機体に向けた。

 

威力は格闘武装として運用する時と比較すると劣るが、それでも超振動する刃は敵の装甲をズタズタに引き裂くだけの威力があった。英麒は間近に迫った赤い機体めがけてそれを射出しようとして……

 

「な!?」

 

しかし、射出しようとしたその時には既に、カロルは大振りの斬撃をキャンセルして白虎の懐に潜り込んでいた。左腕で白虎の腕を押しのけ、右腕を白虎の胸部へと押し付けてきた。

 

斬撃をするでもなくマニピュレーターによる打撃をするでもなく、ただ右腕を突きつけられたことに疑問を感じた英麒だったが、すぐさま騎士の意図に気づくこととなった。何故なら、赤い機体の右腕部に装備されたビームピストルの銃口に、光が集まるのを感じたからだ。

 

「……ッッッ!」

 

英麒はすぐさまコックピットの中で身を屈めた。

次の瞬間、放たれた粒子ビームが堅固な白虎の装甲を貫いてコックピット内部へと侵入……つい先ほどまで英麒の顔があった位置を通過すると、そのまま後ろ側へと抜けて機体を貫通、何もない空間をしばらく進んだ後、そのまま霧散した。

 

「あれ? まだ生きてるんですか?」

 

白虎の胸部に空いた大きな風穴から、ズタズタになったコックピットの中でしぶとく生き残っている英麒の姿を目撃したカロルは、めんどくさそうに彼を一瞥した。

 

「クソッッッ!!!!」

 

極東武帝との一悶着以来、久しく死の恐怖を感じた英麒は顔を真っ青にして赤い機体から距離を取った。そして、両腕部の高周波ブレードを射出し……

 

「な……バリア!? そんなのも貼れるのかよ!」

 

だが、白虎から放たれた2つの爪は赤い機体に直撃する手前で、見えない壁のような何かに阻まれてしまった。

 

鋭い金切り音が周囲に響き渡る。

 

英麒がそれをバリアだと認識した時には既に、バリアとの衝突で爪は一瞬にして摩耗し、高周波も意味をなさなくなっていた。

 

「それでは、終いです」

 

カロルはブレードを構え、英麒へと迫った。

 

「クソがあああああああああああああああ!!!」

 

高周波ブレードを失った白虎に、最早赤い機体の斬撃をブロックするだけの力はなかった。英麒は白虎に残されたありったけの出力を掌に集中させ、爆発性のあるエネルギー弾を形成すると、それを迫り来る赤い機体めがけて放った。

 

次の瞬間、赤い機体のバリアとエネルギー弾が衝突し、周囲が爆炎に包まれる。

 

「……クソッ、タダ働きなんてゴメンだね!」

 

爆炎から飛び出した英麒は、そんな捨て台詞と共に白虎を反転させ、そのまま脇目も振らずにアイラーヴァタ市街を駆け抜け逃走を始めた。

 

「逃がしません!」

 

少し遅れて爆炎の中から飛び出したカロルは、逃げる白虎の背中めがけて右腕のビームピストルを放とうとし……

 

『イレブン、ブラヴォー・イレブン!』

 

トリガーを引こうとしたところで、通信機から響き渡った声に反応してカロルの動きがピタリと止まった。

 

「ネームレスさん、今いいところなのに……」

 

『いや、もう十分だ。予定通り、アイラーヴァタ残党勢力による反攻作戦も開始されようとしている。これ以上の戦闘は無益だ、直ちにビバークポイントへ帰還せよ……ミッション・コンプリートだ』

 

「…………了解、イレブンRTB」

 

通信機から聞こえてきたその言葉にカロルは小さな溜息を吐き、改めて逃げる白虎を探した。しかし、英麒は既にアイラーヴァタ市街を脱出した後だった。

 

「まあ、今回は右腕だけで勘弁してあげましょう」

 

そう言ってカロルは、白虎からもぎ取った右腕を興味なさげな様子で地面に投げ捨てると、ステルス装置を起動させアイラーヴァタ市街から姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第34話:騒乱の果てに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……

アイラーヴァタ城郊外

薔薇十字騎士団ビバーグポイント

 

 

 

「うぅ……」

 

褐色の肌を持つ少女……ポヨーナが目を覚ましたのは、チュゼールの広大な領土の向こう側に巨大な夕陽が沈もうとしている頃だった。

 

「ここは……?」

 

重たい頭を言い聞かせて、ポヨーナはゆっくりと身を起こした。そして状況を確認するべく周囲を見回すと、薄暗いテントの中で自分は簡易ベッドの上に寝かされているのだということに気づいた。

 

「ここ、どこ……?」

 

ポヨーナが見慣れない光景に戸惑っていると、その時、テントの中が一瞬だけ明るくなった。見ると、テントの幕が上がり、空いた隙間から差し込んできた夕陽と共に、何者かがテントの中に入って来ようとしていた。

 

「ああ、目を覚ましたのですね」

 

テントの中に姿を現した人物……それは女性だった。マントを羽織って純白のパイロットスーツに身を包み、腰にブレードを携え、端正な顔立ちと長く美しいブロンドを持ったその女性は、まるでブリテン神話に登場する伝説の女騎士と呼ぶに相応しい姿をしていた。

 

その手には、暖かな光を放つランタンが握られており、またパイロットスーツの胸元には薔薇と十字で構成されたシンボルマークが刻まれている。

 

ポヨーナはその騎士に見覚えがあった。

 

「えっと……あなたは、私を助けてくれた……」

 

その女騎士は、数時間前にポヨーナがチュゼールの地下で得体の知れない影に捕らわれ、洗脳されかけていたところを助けてくれた騎士たちの1人だった。

 

「サー、私は『白鯨』薔薇十字騎士団所属、アルファ・フォー。名をビアンカと申します……以後お見知り置きを……」

 

女騎士はそう言って小さく頭を下げた。

 

「き、騎士団……? ということは、あなたはクシャトリアなんですか?」

 

「いえ、私はグレートブリテン出身……この土地の者ではありません。なので恐縮する必要はありませんよ、ブリテンはバラモン教を信仰してはいませんので」

 

「そ、そうなんですね……」

 

ポヨーナは改めてビアンカを見つめた。

上品な佇まい、身なりも清潔で、そして同性である自分ですら思わず見惚れてしまいそうになるほど整った顔立ち。クシャトリアではなくとも、ビアンカと名乗る女性が高貴な身分であることはポヨーナの目にも明らかだった。

 

「あ、あの……」

 

「はい、何でしょう?」

 

「た、助けてくれてありがとうございます」

 

「いえ、それよりもご無事で何よりです」

 

そこでビアンカは優しく微笑みかけ、それからポヨーナへと手を差し伸べた。

 

「立てますか?」

 

「え? あ、はい……」

 

そう言いつつも、ポヨーナは自分に向けて差し伸べられた手を素直に取っていいものか心配になった。まさか自分のような賎民に、高貴な身分の人が手を差し伸べることなど生まれてから一度もなかったからだった。

 

「……あ」

 

恐る恐る手を伸ばしかけるも、指先が触れ合う直前で気が引けたのか、ポヨーナは手を引っ込めようとした。しかし、そんな彼女の心を察したビアンカは、それよりも早くポヨーナの手を優しく取った。

 

「あ……あの……っ!」

 

「大丈夫ですよ」

 

「いえ、そうじゃなくて……き、汚いですよ?」

 

「何がですか?」

 

「だって……私は賎民なんですよ……。私のような汚い人間が、あなたのような綺麗な人に触っちゃうと、あなたのことを汚してしまうんじゃ……」

 

「いいえ、あなたは汚くなんかありませんよ」

 

自分から離れて欲しいと必死に訴えかけるポヨーナに、ビアンカはそう言って距離を置くどころか、むしろポヨーナの手を両手で優しく包み込んだ。

 

「ここにいる限り、あなたは1人の立派な人間です。クシャトリアと賎民のような身分の差もありません。むしろ、こんな時でも私のことを気遣ってくれるのは、きっとポヨーナ様の心がお綺麗な証拠なのでしょうね」

 

「こ、心が綺麗って……! そ、そんなことは……それに、ポヨーナ様って……わ、私のことは、普通にポヨーナでいいです。いえ、ポヨーナって呼んで下さい……」

 

「そうですか。では、私のことも普通にビアンカとお呼び下さいませ」

 

ポヨーナの慌てぶりが面白かったのか、ビアンカは小さく笑ってお返しとばかりにそう告げた。

 

「そ、そんな……騎士様を呼び捨てになんて、そんな畏れ多いことできません!」

 

「ではポヨーナ様、何か不自由はありませんでしょうか?」

 

「……うぅ…………」

 

どうしていいか分からずポヨーナがオロオロしていると、そんな彼女の様子を見かねて、ビアンカは花のような笑みを浮かべて小さく息を吐いた。

 

「では、参りましょう」

 

「えっと……どこへ?」

 

「皆様が、お待ちになっております」

 

「皆様……?」

 

一体誰なのだろう? そんなことを考えながら、ポヨーナはビアンカに手を引かれるようにしてテントの外へと足を踏み出した。

 

そこは小高い丘だった。

遠くにそびえ立つアイラーヴァタ城とその周囲に広がる城下が一望でき、さらにその奥には赤く染まった空と、今まさにと沈み行く太陽を見ることができた。

 

少し冷たい風が吹き抜け、黄昏時の神秘的な雰囲気が周囲を満たしていた。その中、テントから少し離れた所で、ビアンカと同様に剣を携えた6人の騎士たちが焚き火を囲んで腰を下ろし、会合を行っている。

 

「ツー、アイラーヴァタの情勢は?」

 

騎士たちの内、仮面をつけた人物……仲間たちからネームレスと呼ばれている騎士が声を発した。顔全体を覆う騎士の白い仮面は、目の前で燃え盛る焚き火の光を受け、煌びやかな赤色に染まっていた。

 

「ああ、城を占領していた反乱軍は、アイラーヴァタ残党によって問題なく制圧された。……少し早まったが、全てキャプテン・エイハブの戦術予測通りということだ」

 

ツーと呼ばれた茶髪の騎士が、ネームレスの問いかけに答えた。

 

「制圧? 硬直状態ではなく?」

 

「そうだ、制圧だ」

 

「やけに早いな」

 

「俺もそう思った。だが事実だ……」

 

ツーは無表情のまま肩をすくめてみせた。

 

「というのも、どこかの誰かさんが城に駐留していた反乱軍の戦力を予想以上に叩いたことが影響している。つまり、やり過ぎたってことだ。尚、城のトップは戦死、No.2であった極東出身の長官は単独で敗走し……この時点で指揮をする者のいない反乱軍の負けは決まっていた」

 

「そうか。で、それをやったのが……この『新米』というわけか」

 

ネームレスの視線が動くのに合わせて、その場にいた全員の視線が『新米』と呼ばれた1人の小柄な騎士へと注がれた。

 

「あー……あはははは……」

 

『新米』と呼ばれたその少女……カロルは他の騎士たちのじっとりとした視線に思わずブリテンの伝統料理・スターゲイジーパイを食べる手を止め、苦笑いを浮かべた。

 

「ま、まあいいじゃないですか! こうして作戦も上手くいったことですし!」

 

「ハァー……ブラヴォー・イレブン。いや、騎士カロルよ」

 

奇妙な空気の中、それでも反省することなく明るい調子のカロルを見て、ネームレスは頭を抑え、仮面の中で深い溜息を吐いた。

 

「そもそも本作戦の目的は、この地に眠る十二巨神・シヴァとそのマスター候補であるターゲットの接触を妨害することにあった。アイラーヴァタ城近郊での作戦行動に当たり、その中でお前に与えられたロールは、作戦遂行の邪魔になると予想されたファクターに対するデコイ……つまり、反乱軍兵士たちの目を惹く囮役だったはずだ」

 

「はい、そうです。だから私は反乱軍さんたちの目を惹くために頑張って活躍……」

 

「だからといって、何も城下でエンゲージする必要はなかったはずだ。街中で戦闘を仕掛けるに至って、周りに被害が出るとは考えなかったのか?」

 

「か、考えましたよ! ちゃんと考えて、手加減して……アイラーヴァタ城の住民たちに被害が出ないように……」

 

「おいカロル。民間人だけではなく、市街への被害は考えなかったのか? さらに言えば、住民たちは昼夜問わず行われた連日の戦闘で精神的にも疲弊していたはずだが」

 

横から放たれたツーの言葉に、

「うぅ……」

カロルは悲しげな表情を浮かべた。

 

「だって……反乱軍さんたちが、あの広場で捕虜を処刑しようとしていたんです。見せしめのためだけに、無抵抗な人たちをあんな……だから、1人の騎士として許せなかったんです」

 

「その気持ちは分からなくもない。だが、一時の感情に流されて自分勝手な行動に走ろうとするのは、時に部隊全体の……む?」

 

ツーがそう言いかけたところで、ネームレスは掌を突き出してツーの言葉を遮った。それから彼は咳払いをしてカロルへと向き直り……

 

「……言いたいことは他にも色々あるが、まあいい。当初の予定であったターゲットの奪還作戦が上手くいったことには変わりないし、何より、お前のお陰でアイラーヴァタ残党がより動きやすい状態になれた。大義だ、騎士カロルよ。この戦果には、マスターもきっとお喜びになられることだろう」

 

「閣下がお喜びに!? や……やった!」

 

ネームレスの言葉に、カロルはとても嬉しそうな表情を浮かべた。戦果を上司に認められたのもそうだが、何よりも彼女が敬愛する『閣下』が喜んでくれることを想像すると、ついつい笑みが零れてしまうようである。

 

「甘いな、アルファ・ワン……いや、ネームレス」

 

だがその一方で、ツーはネームレスに向けてジロリとした視線を送っていた。

 

「いい。もう既に、カロルは自分のしてしまったことを理解している。分かっているのなら、わざわざこれ以上責め立てる必要はない……それに、この状況下でも自身の正義を貫き通したことには敬意を表するべきだ」

 

「それが危険だと言っている。戦場での自分勝手な行動は、己だけではなく……時に部隊全体を危険に晒す。だからこそ、規律は守らねばならない」

 

ツーの反論に、ネームレスは小さく頷いた。

 

「……そうだな、規律は守らねばならない。だが、戦場に身を置く中でも、それ以上に人として必要最低限の良心は身につけておくべきだろう。そうしなければ、我々は殺人マシーンと何ら変わらないのだ」

 

そこまで言って、ネームレスは焚き火の前でおもむろに立ち上がった。それに合わせて他の騎士たちも一斉に立ち上がり、浮かれていたカロルが立ち上がったのは1番最後のことだった。

 

「総員、注目!」

 

それからネームレスは真後ろに向かって身を翻し、ビアンカに連れられて焚き火の近くへにやってきたポヨーナを真っ直ぐに見つめた。それに合わせて他の騎士たちも一斉にポヨーナの方向へ体を向けた。

 

「え……えっと……」

 

突然の出来事に、ポヨーナは困惑するばかりである。

そんな彼女を前に、ネームレスは続ける。

 

「ポヨーナ様」

 

「なんで、私の名前を……」

 

「我々は、陰ながらずっと貴方様のことを見守ってきました。貴方様のお父上が亡くなられた時も、クシャトリアの男から酷い仕打ちを受けていた時も……」

 

「え……?」

 

衝撃的な事実に、ポヨーナは思わず口を開けた。

 

「我々の力を持ってすれば、今すぐにでもこの不条理な迫害から貴方様を救い出すことは可能でした。ですが、とある事情により今まで貴方様をお救いすることは出来なかった……」

 

そう言ってネームレスは、ポヨーナの前で素早く片膝をついて頭を垂れた。それはまるで、女王を前にした時のような礼儀正しさと厳粛さが込められているかのようだった。

 

「どうか、我々の力不足をお許し下さい」

 

ネームレスに倣って他の騎士たちも、ポヨーナの隣にいたビアンカですらも、彼女の前で素早く地面に膝をついた。

 

「え……ええ!?」

 

それを見て、ポヨーナはさらに困惑した。無理もない、出身は違えども自分よりも明らかに社会的な身分は上であろう騎士たちが、何のためらいもなく自分の前でひざまづいているのだ。

 

賎民という、チュゼールにおけるカースト制度の最下層であったポヨーナにしてみれば、まるで夢のような出来事であると言えた。

 

「か……顔を上げて下さい! わ、私なんかに……勿体ないです!」

 

突然の出来事にどうしていいか分からず、ポヨーナは顔を赤くして両手をぶんぶんと振っていると、目の前で膝をつく騎士の1人……カロルと目が合った。

 

「あ、あなたは……街にいた見習い騎士さん?」

 

「はい! また会いましたね、ポヨーナさん!」

 

ポヨーナの視線に、カロルはとびっきりの笑顔と共に手を振ってそう返した。しかしそれもつかの間、横から伸びてきたツーの手がカロルの頭をコツンと叩いた。

 

「い、痛いじゃないですか!」

 

「カロル、私語は謹め」

 

「うぅ……すみませんでした」

 

指摘され、カロルは目に涙を浮かべつつ姿勢を正した。

 

「ツー、例のものを」

 

「了解」

 

ネームレスに呼ばれ、ツーは1人その場から立ち上がると、ゆっくりとポヨーナの元へと歩み寄った。その手には、小さな電子端末が握られている。

 

「これを」

ツーは持っていた電子端末を差し出した。

 

「えっと、これは……?」

 

「これは貴方が得る筈だったものです」

 

ポヨーナの手に端末を握らせ、ツーは静かにそう告げた。

 

「こ、これって……!」

 

端末の中を覗き込んで、ポヨーナは驚愕した。

それは全世界で使うことのできる国際銀行の電子通帳だったのだが、そこに記載されていた残高は、ポヨーナが今まで見たこともないほどの額が記載されていた。

 

「な、何でこんなに……?」

 

「あのクシャトリアは嘘をついていた。貴方の技術は素晴らしい、ならばそれに対する正当な報酬を受け取るべきだろう」

 

最後にそう告げて、ツーは列の中へと戻った。

 

「私たちからはこれを……」

 

ポヨーナの前へ、さらに2人の騎士が歩み寄った。スリーとファイブ、騎士たちは短くそう名乗った後、ポヨーナの前に小さな機械を置いた。

 

「わぁ、みんな……!」

 

三体の小さな機械を見て、ポヨーナは思わず歓喜の声を上げた。それは親も兄弟もいないポヨーナにとって、寂しさを紛らわすことのできる存在であり、唯一の家族であるチビロボットたちだった。

 

「うぅ……みんな無事で、よかったよぉ……」

 

ポヨーナは地面にへたり込み、自分の足元までトコトコと寄ってきたチビロボットたちを涙ながらに抱きしめた。チビロボットたちも、ポヨーナと再会できたことが嬉しいのか、ピョンピョンと飛び跳ねている。

 

「ふむ、大規模な設備を必要とせず、たった1人でこれほどのものを作り上げるとは……マスターの言っていた通り、優秀なようだ。是非とも我々の一員となり、共にマスターの理想を実現させる為の手伝いをして貰いたいものだな」

 

ポヨーナが落ち着くのを見計らって、ネームレスはさりげなくそう告げた。すると、ポヨーナは思わず顔を上げた。

 

「えっと……それって……」

 

「貴方がまたいつもと変わらぬ自分の日常に戻りたいというのなら、我々は止めはしない。だが、我々と共にマスターの元へ来たいというのなら、大いに歓迎しよう」

 

「い、いいんですか? 私なんかが、ついて行っても……?」

 

ポヨーナはそこで騎士たちを見回した。そして、その場にいた全員が、瞳に強い光を浮かべて自分のことを見つめていることに気づいた。

 

「貴方だからこそ良い……マスターはそう仰られていましたよ」

 

ポヨーナの側にいたビアンカが、そう言ってポヨーナに手を差し伸べてきた。

 

「さすれば、マスターはそれまでにない活躍の場を与え、そして貴方に新しい世界を見せてくださるでしょう……」

 

「…………」

ポヨーナは黙ってビアンカの手を見つめた。

 

コツコツと努力を積み重ねてペット製作の腕を上げ、いつか多くの人に認められる技術者になりたい……心の底からそう願っていたポヨーナだったが、しかし賎民である以上、その夢が到底叶うものではないことは彼女自身、重々承知していた。

 

終わりの見えない道、自分は一体いつまで努力を重ねれば良いのだろうか……? 貧しい現実からふとした時にそう考え、挫折しそうになったことも多々あった。

 

それでも直向きな努力を続け、寝る間を惜しんで勉強し、食費を削ってまでペットの開発費に充ててきた……そんな彼女の今まで積み重ねてきた途方もない苦労が、遂に結実しようとしていた。

 

「私は……生まれてきた時から賎民で、だから自分自身が嫌な目に合うのは慣れてるから別にいいんです……」

 

ポヨーナはチビロボットたちをぎゅっと抱きしめ、それからビアンカを見上げた。その瞳には、ただ流されるだけだった先ほどまでとは違い、強い光に満ち溢れていた。

 

 

 

「でも、この子たちが酷い目に合うのだけは嫌なんです、耐えられないんです! だから……私を、貴方たちの仲間にして下さい!」

 

 

 

硬い決意と共に、ポヨーナは差し出された手を取った。

 

「ありがとう……これで貴方も私たちの仲間よ、ポヨーナ」

 

「は、はい……! よろしくお願いします、ビアンカさん!」

 

ビアンカはポヨーナの手を引いて立ち上がらせると、ふんわりとした笑みを浮かべ、そして最後にこう続けた。

 

「それじゃあ、早速お引越しといきましょうか」

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

数分後……

 

 

 

「こんなところにいたのか……」

 

新しく加わった人員の引越し作業をする為に、部下たちが出払っている中……薔薇十字騎士団・アルファチームのリーダー、ネームレスはビバーグポイントに留まって機体の整備をしていた。

 

既に陽は落ち、辺りは暗闇に包まれている。

その中でも月から放たれる僅かな光に照らされ、神秘的な輝きを放つ6機の赤い機体……ICEY-V。その内の1機、先のファントムとの戦闘で右腕を失い、今は寄せ集めのパーツで制作した急ごしらえの右腕を装着している自機の点検を終え、ネームレスがコックピットの中から出てくると、並列するICEY-V……その内の、カロルが搭乗していた近接特化型の肩部に座る、神秘的なオーラを纏った女性の姿を見つけた。

 

「ICEY」

 

「…………」

 

ネームレスは、藍色のバトルスーツを着用した銀髪の少女の名前を呼んだ。しかし、ICEYは身じろぎひとつせず、真上で神秘的な輝きを見せる月をただ見つめるだけで、返事をしなかった。

 

「そんなところで何をしている?」

 

「…………」

 

「相変わらず、無口なのだな」

 

「…………」

 

「まあいい。作戦への協力……感謝する」

 

「……それが『あの人』の意思だったから」

 

伝えたいことを全て伝え、早々にその場を離れようとしたネームレスだったが、普段無口なICEYが珍しく声を発したことに驚き、思わず足を止めた。

 

「そうか……フッ、良い忠義だ」

ネームレスは小さく笑ってICEYへと向き直った。

 

「最後に一つ聞いて良いか?」

 

「…………」

 

ICEYの独特な青い瞳がネームレスの姿を捉えた。

 

「お前……ファントムとの戦闘で消滅した筈じゃないのか? あの光の中で、俺はお前が消えていく様を、この目でしっかりと目撃していた筈なのだが……」

 

「…………コンティニューした」

 

ネームレスの問いかけに、ICEYは無表情のまま、淡々とそう答えた。

 

「なんだって……?」

 

「…………コンティニューした。だから、私はここにいる」

 

意味がわからないというように仮面を触るネームレスに、ICEYは言葉を続ける。

 

「私は人間ではなくロボット。正確に言えばアンドロイド。だから、バックアップがある限り何度でも『やり直す』ことができる。でも、貴方達にはそれが出来ない……だから、私が守る。私が守った。それが『あの人』の意思だから……貴方達がいなくなることを『あの人』は望んでいない」

 

「…………そうか」

 

ICEYの言葉から大体の意味を察したネームレスは、深々と溜息を吐いて「マスターは、私に生きろと言いたいのか……」と呟いた。

 

「まあ、何にせよお前のお陰で助かったことには変わりないか……礼を言わせてくれ。ありがとう、ICEY」

 

「…………」

 

ネームレスの放った感謝の言葉にICEYは静かに頷くと、まるで霧が晴れるかのように、一瞬にしてICEY-Vの肩から姿を消してしまった。

 

後に残されたオーロラが、冷たい月の光を受けてより美しく、幻想的な色を帯びてしばらくの間空中に漂うのだった……




どうも、アイアンブラッドサーガは大体3週間に一度、日曜日には投稿することを目標にしているムジナです。

日曜日といっても、いつもは日付が変わるぐらいのもっと遅い時間に投稿するムジナですが、今回はいつもより少し早めの午後8時前投稿させていただくのです。というのも、今日この日にとあるVtuberさんが引退&最後のライブストリーミング配信をするとのことで、その見守りに行きたいのでこーいう形をとらせていただくのです。

なのでチェックは甘いです。誤字脱字などがありましたら容赦なくご報告下さいませ。そうならないようちゃんと確認はしましたが……それでは、次回予告です。

エル「破竹の勢いから一転、連敗続きになっているブラーフマ」

フル「いよいよ、三日月たちとの最終決戦が始まります」

エル&フル「「次回、『オープンフレイム(仮)』」」

エル「なるほどね! これが『くらいまっくす』なのね!」


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第35話:予兆

お帰りなさい! 指揮官様!

先週は投稿できず申し訳ありませんでした。
ここのところ少しばかり体調を崩してしまってですね……いえ、コロナではないと思います。この前みたいに咳が止まらなくて辛かったではありますが、味覚はあるし、何より狸はコロナにかかりません。

投稿は出来ずとも、時間はそれなりにあったので今回は久し振りに文字数2万字を超えました。なので、画面上の文字を読むのに慣れていない方は読むの疲れると思うので休み休み読むのをお勧めします。(視力的にもあんまり良くないので)

まあまあまあ……
くだらない話はこれくらいにして
それでは、続きをどうぞ……




アイラーヴァタ城での騒乱から数日後……

チュゼールの川岸に沿って、とある部隊が少しずつ前進していた。最新鋭機体・羅刹を配備したBM二個大隊、複数の通常BM大隊、傭兵で編成された三個大隊、そして数百両にも及ぶ戦闘車両に八隻の陸上艦船。

 

それはチュゼールの偽王・ブラーフマの指揮する部隊……いわば、チュゼール各地に展開されている反乱軍の部隊の中でも、最大級の規模を誇る遠征軍だった。

 

その集団の中心部、ブラーフマは部隊の旗艦でもある陸上戦艦のブリッジに設置された玉座に腰を下ろし、鶴翼の陣形で尚も進み続ける自分の遠征軍を眺めていた。

 

しかし、その表情は重苦しいものが漂っていた。

 

「くそっ! くそっ! くそっ!」

 

激昂し、悪態を吐き、苛立たしげに玉座の手すりに拳を打ち付けるブラーフマに、周りにいたアジュガを始めとする彼の臣下たちは何と声をかければ良いのか分からなかった。

 

「何故だ……! 何故、こうなるのだ……ッ!?」

 

憎悪に顔を歪ませ、ブラーフマは激怒していた。

 

 

クーデターによりチュゼール王を殺害してからというもの、ここまで破竹の勢いでチュゼールを支配してきたブラーフマだったが、ここに来て各所で敗戦が相次いでいることに憤りを隠せなかった。

 

シャラナ王女を匿っているカピラ城への攻略作戦は全て失敗に終わり、その攻略作戦の拠点となっていたアランバハ城は敵の反撃に遭って呆気なく陥落し、王国軍に占拠されてしまった。

 

さらに、ブラーフマが幾重にも策を張り巡らせてようやく支配下に置いた筈のアイラーヴァタ城も、その数日後にはアイラーヴァタ城の残党によって、これまたあっさりと支配権を奪い返されてしまうという事態まで起きていた。

 

しかも、その際に発生した戦闘により彼の忠臣であったジャハールと、城に置いてきた数多くの兵士たちが戦死したことにより、反乱軍が受けた損害はとても無視できるものではなくなっていた。

 

さらに言えば、機械教廷の面々を天界宮に招き入れ、教皇・スロカイの暗殺を図った際にも、敢えなくスロカイの逃走を許してしまい、スロカイの暗殺を依頼したシンシアに白い目で見られるという始末だった。また、この時行われた戦闘により、自身の居城であり歴史的な遺産でもある天界宮を半壊させるという事態まで発生している。

 

 

「あああああ!!! クソがぁぁぁぁ!!!」

度重なる不運と屈辱を思い返し、ブラーフマは歯を食いしばってギチギチと鳴らした。恐ろしい彼の形相に、これには周りにいた部下たちも震え上がるばかりだった。

 

「あの英麒とかいう男、全く使えんではないか!」

 

それから、彼は怒りの矛先をとある人物に向けた。

それはアイラーヴァタ城から脱出し、命からがらブラーフマの遠征軍へと合流できた数名の内の1人だった。

 

「くそっ! あの男は、かつて教廷軍との戦いの中で現れた極東武帝と同等の才能を持っていた筈たどいうのに……まさか私の見立てが間違っていたとでもいうのか……?」

 

ブリッジを埋め尽くすモニターの1つに、補給艦の甲板上で補修作業を受けている白虎を見つけ、ブラーフマは思わずそれを睨みつけた。

 

「見掛け倒しもいい加減に……!」

 

「はい。しかもあの男……敗走したことを認めず、我々に機体の改修と未払いだったアイラーヴァタ城攻略に対する報酬の支払いを要求してきています」

 

合流してきた英麒の様子について、ブラーフマの近くに立っていた将校の1人、アジュガがそう告げ口した。

 

「莫迦な……ハッ、何を偉そうに! 鳴り物入りで特権を与えてやったにも関わらず、天界宮では機械教廷の女の1人すら討ち取れず無様に滑落し、アイラーヴァタではジャハールを見捨て、何の成果もあげられず逃げ出してきた奴が何を言うか!」

 

眼をカッと見開き、唾も飛ばさん程の剣幕で怒鳴るブラーフマだったが、その場にいた臣下たちの自分を見る視線に気づき、息を荒げつつも冷静になることにした。

 

「……まあいい、極東の黄色いサルのことはいいとして、だ。それにしても何故、今になってカリンガの軍が出陣してきているというのだ? 王女は彼の息子との結婚に同意しなかったのだろう?」

 

「はい。カリンガ藩王の意図は不明ですが、恐らく情勢が王国軍側に傾き始めているのを見て、少しでも王女に恩を売ろうとしたい意図があると考えられます……現在、息子であるヴァーユがカリンガの主力の半分を率いてカピラ城へと向かっています」

 

「卑劣な老犬め……!」

 

アジュガの言葉に、ブラーフマはため息を吐いて椅子に深く腰を下ろした。

 

「カリンガは現時点では寄せ集めの雑軍に過ぎない。戦力も兵の練度もこちらの方が上、戦えば勝つのはまずこちら側だ……しかし、唸るほどの金がある以上、奴らに時間を与えれば厄介な事態も起こり得る……」

 

「はい。ですので、カピラ城攻略の前にカリンガの方を叩くのが得策かと……」

 

「だが、問題はカピラ城にあるのだ」

 

白いあご髭を触りながら、ブラーフマは続ける。

 

「極東最強と名高い緋色の剣聖、そして堅牢なはずのアランバハ城をたったの一晩で落城させた所属不明の部隊……そして、オーガス小隊なる傭兵部隊」

 

「たった4機で、数百にも及ぶカピラ城攻略部隊を壊滅させたという、あの……」

 

三日月を主力とするOATHカンパニー最強とも呼べる小隊の噂は、既に敗走した反乱軍兵士たちからブラーフマのような将軍たちの間にも広く伝わっていた。

 

「4機ともスーパーエース、S級傭兵どころかSS級……いや、あるいはそれ以上の実力の持ち主かもしれん」

 

ブラーフマは苦虫を噛み潰したような顔になった。

「誰だ……!?」

そして、誰に言うでもなく叫び声を上げた。

 

「誰がこのような化け物どもをこの地に送り込んだのだ!? 私の知らないところで何かが起きている。シャラナと結託し、私を潰そうとしている何者かがいる。この戦争を影から操ろうとしている者がいる……それは一体誰なのだ!?」

 

声高く発せられたブラーフマの言葉に、その場にいた全員が戸惑いを隠せなかった。

 

「閣下、我々はどうすれば……」

 

「……そうだな」

 

アジュガの問いかけに、ブラーフマは少しだけ思案した後、アジュガの方へと顔を向けた。

 

「カリンガの軍は無視し、このままカピラを叩く」

 

「しかし……それでは、我々はカリンガに背を向けることになりますぞ。例の部隊が兎も角、下手をすれば、カピラ城勢力との挟撃に合うやも……」

 

「いや、カリンガ藩王の提示した協力の申し出をシャラナ姫は蹴っている。にもかかわらず今、カリンガの軍が動いているのは、後々の政権運営の為に今の内にシャラナ姫に借りを作っておきたいという浅はかな考えからくるものだ。上っ面だけは立派な出来損ないのカリンガ軍などに、カピラ勢力との連携など出来はしない」

 

ブラーフマはニヤリと笑った。

 

 

 

「数はこちら側に圧倒的有利だ。それに、こちらには教廷の支援した無人の最新鋭機を大量に保有しているのだ……戦いは数ではない、しかし、大量の兵器を投入することに意味がないというわけでもないのだ

 

要は『モノは使い方次第』ということだ。その全てを使いこなせられないのであれば、単純に圧倒的な数の暴力で全てを飲み込ませればいい。兵器は使えば使うほどに劣化して磨耗する。それは人とて同じだ。戦いが続けば疲弊し、いつかは力尽きる。そう例えカピラ側が剣聖やオーガス小隊のような強力なバケモノを揃えていたとしても、それが人である以上、限界は必ず訪れるものだ

 

勝利のためならば多少の犠牲はやむを得まい。カピラ勢力が圧倒的な数を誇るこちら側の戦力を削り切る前にカピラ城を落とすことが出来たなら、大義名分を失ったカリンガは軍を引かせることだろう」

 

 

 

「成る程。確かに、こちら側の全戦力を投入した一点突破ならば、カピラ城の高い城壁も、あの剣聖であろうとも耐えられますまい! それに、カピラ城を占拠することができたのなら、それはカリンガの勢力に対する備えにもなる……と、まさしく攻守一体の策という訳ですな」

 

アジュガの補足に、ブラーフマは満足そうに頷いた。

 

「そうだ。ただし、こちら側は短期決戦にする必要がある。長期化すれば、それこそアジュガの軍に後方から討たれかねないからな……なればこそ、使えるものは全て使うが吉というもの」

 

「閣下、それは……?」

 

「目には目を、歯には歯を、バケモノにはバケモノを……あちら側にいる奴らとは数段劣るのだろうが仕方あるまい。アジュガよ、英麒の機体を改修してやれ」

 

罵倒していた先ほどとは打って変わって、気前の良さを示し始めたブラーフマに、その場にいた全員が嵐の前の静けさを感じた。

 

「閣下、宜しいのですか?」

 

「そうだな。以前、極東共和国との技術支援があった際に古代兵器の技術が少しだけこちらに流れてきただろう? それを元に改造をだな……そして英麒にはこう伝えるといい、報酬はこの戦いが終わった後に大きく上乗せして支払ってやる……なんなら女の1人や2人見繕ってやってもいいと」

 

「承知しました。それで…………ッ!?」

 

アジュガがそこまで言いかけたところで、突如としてブラーフマは勢いよく椅子から立ち上がると、呆然と佇むアジュガの眼前へと一直線に移動した。

 

「だが、3度目はない。もしまた戦場から逃げ出すような事があれば……容赦なく射殺しろ」

 

「承知」

 

 

 

新暦25年

決戦の時は、刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

数日後……

カピラ城郊外

 

 

 

「はぁ……」

 

バルバトスの中で三日月は小さく息を吐いた。

昼頃、監視台から周囲を彷徨く反乱軍の偵察部隊出現の報がカピラ城にもたらされた。これに対し三日月、テッサ、アイルーの3人が迎撃に当たり、戦闘は会敵から1分足らずで終結。チュゼールの赤い大地は、反乱軍機のスクラップによって埋め尽くされることとなった。

 

周囲の索敵を上空のテッサとアイルーに任せ、戦闘態勢を解いた三日月がバルバトスのコックピットの中で昼食(と言ってもナツメヤシの実なのだが)を食べていると……

 

「ん?」

 

不意に、接近する何かの存在を感じ取った三日月は、姉妹がいる方向とは別の空を見上げた。

 

「……なにあれ?」

 

三日月の視線の先には、浮遊する黄金の人型機の姿があった。全身に金色の特殊なコーティングが施されているせいで太陽の煌きをめいいっぱいに反射し、とても眩いその機体は、一直線にこちらへと飛来していた。

 

黄金の機体はロングバレルのビームライフルを油断なく構えているも、しかし、三日月はその機体のから自分に対する敵意を感じなかった。寧ろ、派手過ぎる機体の色に目を瞑れば、それはベカスの操る人型機・ウァサゴに瓜二つだった。

 

「ほう、もう終わったのかね?」

 

「ん……その声、赤い人?」

 

目の前に降り立った黄金の機体から聞き覚えのある声が発せられたのを耳にし、三日月は思わずそう聞き返した。

 

「そうだ。フッ……相変わらずだな、君は」

 

機体のコックピットを開け、1人の男が姿を現した。

それは武器商人のオスカーだった。

 

彼は三日月がチュゼールの地に降り立ってからというもの、黒いバルバトスの形跡やMIA(作戦行動中行方不明)判定を受けたベカスと影麟の行方など、いくつかの情報を提供している協力者的な存在だった。

しかし、時折浮かべる不敵な笑みと彼の持つ情報網の広さから、三日月はオスカーの背後にいる何者かの存在をうっすらと感じ取っていた。

 

「どうかね? この機体は」

 

コックピットの上に立ったオスカーは、自分の乗る黄金の機体を見せびらかすように両腕を大きく広げた。

 

「ん……ピカピカ光ってて綺麗かな」

 

「フッ……そうだろう? このBMは、ややあって私の友人から没収したものに我々の方で改良を加え、現在はテストの為に私が預かっていてだな。この黄金の輝きは全身に施されたビームコーティングによるものだ」

 

「でも、目立ちそう」

 

「いや、これでいいのさ。この機体は『英雄』の象徴となるものなのでね……それに、この機体は私のものではないから勝手に色を変えては怒られてしまうのでな」

 

「英雄……?」

 

不敵な笑みを浮かべるオスカーに、黄金の機体がベカスのウァサゴと似ている事について色々と聞いてみたくなった三日月だったが、それよりも先に聞きたい事があった。

 

「ねぇ、赤い人は何でここに来たの?」

 

「いや……戦いに赴いて行った君たちの手伝いをしようと思って来てみたのだが、どうやらその必要はなかったようだね」

 

オスカーはコックピットの外に身を乗り出し、反乱軍機の残骸が転がる周囲をじっくりと見渡した。

 

「これだけの敵を一瞬で蹴散らすとは……流石、天下無敵のオーガス小隊といったところかな?」

 

「別に、普通でしょ」

 

オスカーの放った賞賛の言葉に、しかし三日月はナツメヤシの実を飲み込んでから何でもないようにそう答えた。

 

「こいつらもあんまり戦う気はなかったみたいだし、いつもの威力偵察でしょ」

 

「そうか。まあ、ここ最近は毎日のように……いや、数時間おきに偵察部隊の接近があるからな。どうやらブラーフマはよっぽど君たちのことに興味津々なようだ」

 

「俺たち? あのお姫様のところじゃなくて?」

 

「ああ。カピラ城の戦力は、先の戦闘で壊滅的な被害を受け、現在は鹵獲した機体やパーツを使って立て直しが行われているものの、BMどころか戦闘車両の数を合わせるだけでも必死な状況だ。そして、それは誰の目にも明らか……にも関わらず、こうも頻繁に偵察部隊が放たれているというのには、カピラ城の戦力を調査したいという以外の目的が見えてはこないかね?」

 

オスカーはそう言って肩をすくめてみせた。

 

「三日月君、1つ頼みがあるんだが……」

 

「何?」

 

「部隊が未帰還だったことを知ったブラーフマは、またこの近くに兵を送り込んでくることだろう。その際、君たちにはわざと苦戦するような形で迎撃を行なって貰いたいのだが」

 

「え……? ああ……敵は俺たちのこと見てるからか」

 

遠回しに『手加減しろ』と言いたげなオスカーの言葉に疑問符を浮かべた三日月だったが、その理由を考えたところで偵察部隊の目的が自分たちだと言っていたことを思い出し、小さく頷いた。

 

「そうだ。ブラーフマも馬鹿ではない、戦えば戦うほど君たちの情報は収集され、いずれは圧倒的な戦闘力を持つ君たちを撃破するべく、戦術を練り上げて必ず対策を取ってくることだろう。要は、切り札は温存しておくのが宜しいということだ」

 

「じゃあ、いままでのも……」

 

「そう考えてもいいだろう。だが、なにも心配する必要はないさ。いくら偵察部隊を送って君たちの情報を集めようとも、所詮、凡人のブラーフマ程度が練り上げた戦略など高が知れている。君たちには、それを容易く打ち砕けるだけの力があるだろうからね。そう考えると、ブラーフマは無駄に戦力を消耗しているだけと言えるが……君たちに手加減をして欲しいという理由は、もっと他にある」

 

「それって何なの?」

 

三日月の問いかけに、オスカーはニヤリと笑った。

 

「何、君たちの圧倒的な強さに臆したブラーフマがチュゼール征服という夢を一旦諦め、この戦いが終わってしまうかもしれないからさ」

 

「戦いが終わるからいいんじゃないの?」

そんな三日月の問いかけに、オスカーは首を横に振った。

 

 

「ところがそうもいかないのだ。ここの所、王女のいるカピラ勢力は我々の介入によって何とか持ち直すことが出来たが、占領地の数からしてチュゼールにおける勢力優勢は反乱軍側にあるのが現状だ。さらに反乱軍側が余力を持った状態でこの戦いが終結してしまえば領土分割が発生し、シャラナ王女側とブラーフマ側でチュゼールが2つに分断されてしまいかねない

戦いが終結したとなれば我々は引くしかない。しかし、シャラナ王女は違う。国を統治していかねばならない立場上、10年先、20年先……いや、もしかすると明日かもしれないブラーフマの再進撃に怯え、眠れぬ夜を過ごすのだ。しかし、それはこちらとしてもあまり好ましい展開ではないのだ。あの方の目指す崇高な理想を実現するために……逆賊ブラーフマを打倒し、シャラナ王女の下でチュゼールを1つにした上で、戦いを終結させなければならないのだよ」

 

 

オスカーの言った『あの方』という言葉に一瞬だけ反応した三日月だったが、今は特に気にする必要はないだろう……と、ナツメヤシの実を口にした。

 

「じゃあさ、俺たちだけでブラーフマって奴をやればいいんじゃないの?」

 

「ははは……確かに、我々だけでブラーフマを倒すことは可能だろう。しかし、それは最後の手段にしておきたい……」

 

乾いた笑いを消し、オスカーはこう続けた。

 

「かつて、この地は機械教廷の侵略を受けた。その時は極東共和国の参戦によって何とか事なきを得たが、外国の力に頼りきってしまったことで当時の国王は自らの無能さを露呈させてしまった……それが後にブラーフマという存在を生み出したのだ。最も、これに関しては後先考えずに兵を動かした極東共和国にも責任があるとは思うが、歴史は繰り返されるという言葉がある。我々の力だけでこの戦いを終結させてしまっては、またこの地に第2第3のブラーフマを生み出しかねない

少し前に、君と我々でアランバハ城を攻め落としたことがあっただろう? あの時、君や薔薇十字の面々に混じって足手まといなはずのカピラ城の兵士たちも作戦に参加していたのは、あれは単なる数合わせというわけではなく、少数の戦力を伴った王国軍の兵士達によってアランバハ城が落とされたという事実が欲しかったのだよ」

 

「…………ふーん」

長々と話すオスカーを、三日月はコックピットの中から淡々と見つめていた。

 

「無論、実際には部隊を指揮していたのは我々の方で、寧ろカピラの兵士たちはそれについてきただけに過ぎないのだが、第三者からするとそんなことはどうでもいいのだよ。要するに、報告書に記述された結果が全てということさ」

 

「そっか、そういうもんなんだ」

 

そう言いつつも、あまり興味がなさそうな三日月の声色に、オスカーは苦笑した。

 

「ははは……まあ、そういう訳なのだ。なので、カピラ城側の戦力がチュゼールの奪還に最低限必要な程度に回復するまでは、こちらからの侵攻は控える必要があるし、防衛するにしても相手が戦意を無くしてしまわないようにしなければ……」

 

「つまり、わざと手加減して相手に勝てると思わせて欲しいってことでしょ?」

 

「そういうことだ、三日月君。やってくれるかね?」

 

「いいよ……手加減するのは苦手だけど、あんたには黒いバルバトスのこととか、ベカスの捜索とか色々と世話になってるし、これくらい」

 

「それは有難い。それで、その代わりと言っては何だが、1つ情報を仕入れてきた」

 

そう言ってオスカーは、懐から板状の小さな携帯端末を取り出した。そして、それをバルバトスの前に示した。

 

「三日月君、確かブラヴォー・チームのリーダーから情報端末を受け取っていたね?」

 

「うん」

 

「今から送る情報は我が方でも極秘でね、通信傍受の恐れがあるから赤外線での情報共有を行いたい。悪いが端末を持って機体の外に出てきてはくれないだろうか?」

 

「分かった」

 

三日月は足元に置いていたジャケットからオスカーのものと同じ携帯端末を取り出し、バルバトスのコックピットを開けた。

 

「これでいい?」

 

「ああ、それでは……」

 

まもなく端末同士の赤外線通信が行われ、手元の端末から小さな振動を感じた三日月が端末の画面に目を落とすと、そこには『新着情報一件』の文字があった。

 

「これは……?」

 

三日月は端末を操作し、資料と共に添付された画像ファイルを開いた。表示された写真の中央には、カメラからやや離れた位置に佇む1つ目の巨人の姿があった。不気味に光り輝くモノアイ、青い装甲、巨大な体躯、火の海に包まれた何処かの研究施設らしき場所を舞台に、地獄のような光景が広がっていた。

 

「今から数ヶ月前、日ノ丸のとある研究施設が謎のBMによる襲撃を受けた。これは、その時の監視カメラに記録された映像を抜粋したものだ」

 

「日ノ丸……」

 

「この機体は厳重な警備が敷かれた研究施設を単機で制圧し、高橋重工が極秘裏に開発していた兵器を奪取したそうだ。しかも、驚くべきことにこの機体から検出された固有周波数は、ファントム……そう、君の言う『黒いバルバトス』と類似していたとのことだ」

 

「……!」

オスカーの言葉に、それまで淡々と画面を見ていた三日月の目つきがたちまち険しいものとなった。

 

「ファントムに次ぐ謎のBM……我々は、これをアンノウン・エネミー『サイクロプス』と呼称している。神話に登場する1つ目の巨人の名を冠しているのだが……これを見て、何か気づいたことはあるかね?」

 

「…………」

 

しばらく画面を凝視していた三日月だったが、ややあって小さく首を横に振った。

 

「ふむ……そうか。まあ、現状『黒いバルバトス』ことファントムとの因果関係は不明だが、用心する事に越したことはないという訳だ。君も気に留めて……」

 

「でも……」

 

「む? どうしたのかね?」

 

「いや、何となくだけど……俺はこいつのことを一度、どこかで見たことがあるような気がするっていうか……」

 

「何!?」

オスカーは思わず三日月のことを二度見した。

 

「それは本当かな? 思い出せる範囲でいい、この機体に関する情報があれば何でも言って貰いたいのだが……」

 

「…………ん」

 

 

 

言われ、三日月は目を瞑った。

その瞬間、三日月の脳裏に日ノ丸での出来事がフラッシュバックした。A.C.E.学園で黒いバルバトスを撃退し、ベカスたちと無事に合流、その後……敵部隊の追撃から逃れつつ、仲間たちと海岸線沿いに機体を走らせ……

 

そして、ベカスと共に海へ転落した。

 

今思えば、あれは一体何だったのか?

何者かから攻撃を受けたのはまず間違いない。しかし、その瞬間の記憶が何故か三日月の頭からすっぽりと抜け落ちてしまっていた。

 

あるのは『何かを見た』という何のアテにもならない空虚な感覚のみだった。

 

 

 

「成る程……それは恐らく、戦闘のショックによるものだろう」

 

三日月はそのことを伝えると、オスカーは腕を組み、少し考えるような様子を見せてからそう告げた。

 

「強い衝撃を受けて、一時的に記憶が失われるというのはよくある事だ。今後、記憶を取り戻して何か話したい事があるのだったら、端末を使っていつでも私のことを呼び出してくれ」

 

「……分かった」

 

脳裏を支配する歯切れの悪い感覚を振り払うように、そう言って三日月は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第35話:予兆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

カピラ城下

工作艦ダイダロス2号

 

 

 

「へっっっっぶしょい!!!!」

 

パイプ椅子に腰掛け、格納庫の中で行われている作業を淡々と傍観していたベカスが盛大なくしゃみを放った。

 

「なになにー? 風邪ー? ベカスぅー?」

 

整備用アームのオペレーションを行なっていたドリスが作業の手を止め、そんなベカスのことを気遣うでもなく、からかうように笑って彼へと振り返った。

 

「あー……夏風邪かもな」

 

ポケットティッシュを取り出して鼻をかみ、ベカスは溜息を漏らした。

 

「それでお前ら、本当にあの『外面だけは超高級なビームコーティングを塗ったくった、金色でピカピカで役立たずで詐欺まがいの機体』をミドリのやつに没収されちまったのか?」

 

「説明が長いよ!」

 

ベカスとドリスの2人は、そこで格納庫の空いたスペースを流し見た。つい最近まで、その場所で黄金の威圧感を放っていたウァサゴの実験複製機『ウァサゴG』はいつの間にか姿を消していた。

 

「はぁん。そういえば最近見ないなーって思ってたら、そういう事だったのか〜 没収される前に、さっさと売り払っていればよかったのに……」

 

「くううぅぅぅぅ……! アレを売っていればそれなりのお金になったはずなのに……ドリスちゃんのフルコースが、満漢全席がぁ……」

 

「食い意地張ってるな〜」

 

「ベカスがそれ言う!?」

 

「まあ、何にせよ残念だったな……」

 

声を荒げるドリスに、ベカスは「やれやれ」と肩をすくめてポケットから甘苦を取り出し、口に咥えた。

 

「しかし、没収とはまた災難だな……一体何があったんだ? 葵博士は何かミドリの奴を怒らせるような事でもしたのか?」

 

「それに関してはノーコメントよ」

 

ベカスの問いかけに答えたのはドリスではなかった。背後から聞こえてきた声に2人が振り返ると、格納庫の出入り口付近に葵博士の姿があった。

 

「よお、博士。今オレたち、ちょうど博士の作った金ピカウァサゴのことについて話していたんだが……」

 

「アレについては、何も話すことはないわ」

 

「……まだ何も言ってないんだけどな」

 

そう反論しつつも葵博士のことを真っ直ぐに見つめたベカスだったが、彼女の瞳は「聞くな」と珍しく強めな調子で訴えかけていたことから、これ以上の追求はやめておく事にした。

 

(マジで一体何があったんだ……?)

 

「お陰で本艦の切羽詰まった資金繰りにも拍車がかかることになったわ……はぁ……アレ一機作り上げるのに、いったいどれくらいの費用がかかったと思っているのやら」

 

葵博士は盛大なため息を吐きつつも、やがて気を取り直すかのように額を軽く叩いた。

 

「それで、そちらはどんな感じ?」

 

「オレか? まあ、ご覧の通りさ」

 

葵博士の問いかけに答えるように、ベカスは格納庫の中で絶賛改造中の愛機、ウァサゴを見上げた。今まさに、ドリスの手によって真面目に組み上げられているそれを見て、ベカスは微妙な表情を浮かべた。

 

「契約上、これが最後の仕事になるんでね。お給料を頂くために、そっちのオーダーにはこれまでしっかり従ってきたつもりなんだけどな……」

 

「何か不満でも?」

 

「いや、そーいう訳じゃねぇんだが……元々、この機体の所有権はそっちにあるんだし、今までの剣装型や砲戦型、万能型みたいにどこをどう改造するかっていうのは博士次第なんだろうけどさ……」

 

そう言いつつ、ベカスは手元の艦内用PDA(個人情報端末)を操作し、今まさにウァサゴに対して行われている改造の状況と、その完成予想図を画面に表示させた。

 

「流石に、これは……」

 

実際に改造が行われているウァサゴ、そして端末上のウァサゴ……人型機であるはずのベカスの愛機は、そのどちらも見違える程に大きく形が変わり、最早人の形をしていなかった。

 

「こんなになっちまって……今までのパターンからして、さしずめこれはウァサゴ飛行型ってところか?」

 

 

「いえ『ウァサゴ・パワード』よ」

葵博士は大きな溜息を吐くと共にそう答えた。

 

 

「パワード……? 急にカタカナ出てきたな〜」

 

「悪趣味な形をしているでしょ? 言っておくけど、私はこれの設計に一切関わっていないからね……」

 

「そうなのか?」

 

「ええ。まだ設計図すらない計画段階だったウァサゴ飛行型のデータを元に、とある人が勝手に色々と手を加えて、つい先日、私にこれを作るように命令してきたんだから」

 

「命令? 誰から?」

 

「……ミドリよ」

 

「え……!?」

 

重い口を開けて葵博士が発した思いがけない人物の名前に、ベカスは驚きを隠せなかった。

 

「えぇ……没収したと思ったら、今度は協力?」

 

「勘違いしないで頂戴、協力ではなく命令だったのよ。そう、私に選択権はなかったわ……それに悔しいけど、私以上にウァサゴのことについて知っているようだった……」

 

「博士……本当に何をやらかしたんだ?」

 

「……何もしていないわ」

 

葵博士は一度、ベカスから顔を背けた。それから腕を抑えてベカスに悟られないよう体の震えを堪えつつ、落ち着きを取り戻したところで再びベカスへと振り返った。

 

「ベカス」

葵博士の口調は真剣そのものだった。

 

「あの日のことを覚えているか?」

 

「あの日って、いつのことだよ」

 

「極東共和国にファントムが現れた時のことよ」

 

「……!」

その瞬間、ベカスの体が凍りついた。

それと同時に、彼の脳裏に二度と思い出したくもない悪夢の記憶が蘇った。

 

「ベカス、落ち着きなさい」

 

「……オレは落ち着いているさ」

 

普段通りの口調でそう告げたベカスだったが、実際のところ内心では激しく動揺していた。そして、それを見逃す葵博士ではなかった。

心理学者でもなく、それ以前に人間というものに対して全く興味関心を抱かない性格の彼女ではあったが、壮絶な最期を迎え、変わり果てた極東武帝の姿を間近で目撃してしまった1人として、ベカスの感情は痛いほど理解していた。

 

「あの時、あなたはファントムと交戦した」

 

口の中に酸いもの感じつつ、体の奥底から込み上がってくるものをぐっと堪えながら、葵博士は静かに言葉を続けた。

 

「でも、その途中でウァサゴが全くと言っていいほど操縦を受け付けなくなった事があった。あの時のことを、あなたは後のインタビューで『蓄積したダメージの影響かもしれないが、まるで奴から逃げたいというオレの本心を反映していたかのように、突然ウァサゴが言うことを聞かなくなった』と表現しているわね」

 

「……そうだ」

葵博士の確認に、ベカスは歯を食いしばり、項垂れ、力なくそう呟いた。

 

「あの時のオレは臆病になっていた。あの黒い怪物が怖くて怖くてたまらなかった……だから、ウァサゴが動かなくなったもはオレのせいで、師匠はオレのせいで死んだも同然……」

 

「いいえ、それは違うわ」

死んだ目をしたベカスに、葵博士はきっぱりと言い切った。

 

「え?」

 

「理由が分かったの」

 

葵博士は力なく垂れ下がったベカスの手からPDAを取り上げると、少しばかり操作を行って、再びベカスの手に握らせた。

 

「これを見て。ファントムとの交戦中にウァサゴの中で起きていた異常よ」

 

「……なんだ、この出力は?」

 

そこには、ファントムとの交戦中に計測されたウァサゴの出力をグラフにしたものが表示されていた。しかも、時間が経過する毎にウァサゴの出力が右肩上がりに上昇し、最終的にはメーターを振り切るまでになっていた。

 

「ファントムとの戦闘中、この機体の出力は理論上の最高出力と考えられていた8000を軽々と突破し、観測できただけでも10000を超えていた。その瞬間、機体の最高速度は音速の6倍に達した……それはたった一瞬の出来事だったとはいえ、カメラはその間のあなたの動きを全く捕らえられなかった」

 

「…………そんな事が」

 

葵博士の説明を驚きつつも淡々と聞いていたベカスは、そこで自虐的な笑みを浮かべた。

 

「だけど、それだけの力を発揮しても……オレは奴に勝てなかった」

 

「話は最後まで聞きなさい!」

葵博士はベカスの両肩を掴み、至近距離で睨みつけた。

 

「いい? ウァサゴは既存のBMとは違い、出力が上がれば上がるほど顕著に、より強力な力を発揮することができる機体なんだということ。それは分かるわね?」

 

「ああ」

 

「でも、その一方でパイロットに与える負担も大きくなる。つまり、いかなる防護措置も施されていないあなたは、ウァサゴが10000もの高出力を発揮した時点でGに押し潰されてミンチになり、ウァサゴも機体が崩壊するよりも早くエンジンのオーバーロードで爆発するということよ……!」

 

通常であれば……!

そう告げてベカスから視線を逸らし、再度、彼の瞳を見据えた上で、葵博士は続ける……

 

「でも、ウァサゴは全くの無傷……その上、あなたもまだピンピンしている」

 

「……そうだな」

 

「私の見解では、そのBMには特定の条件下であなたを守る為、または機体自身を最低限守る為に機体の出力を引き上げ発動するという、覚醒システムが存在すると見られているわ。その際、フレーム強度と内部重力を安定させる為に機体をFSフィールドとは違う、別の特殊なフィールドで包み込んでいる」

 

そこで葵博士は小さく息を吐き、ベカスから離れて数歩ほど距離を取った。

 

「これに関しては、ミドリも同意見だった。そして彼女はこの一連の覚醒システムを『AWAKE』と呼んでいた……」

 

「『AWAKE』……?」

 

呆然とするベカスに、葵博士は静かに続けた。

 

「しかも、ミドリはウァサゴに搭載されていたAIの思考ルーチンを解析していた。ええ……ここからが本題よ」

 

 

 

葵博士の話を要約するとこうだった。

ファントムが極東共和国へと来襲したあの日、ウァサゴに搭載されたAIは自分よりも遥かに強大な敵の存在を感じ取り、それに対抗すべく機体の出力を上げることにした。

 

しかし、10000を超える出力の維持がパイロットに与える負荷は大きく、さらに、これ以上の出力上昇に防護フィールドが耐えることが出来ず……AIは超高出力状態での戦闘か、パイロット及び機体の保護そのどちらかの選択を迫られることとなった。

 

最終的に、ウァサゴはパイロットであるベカスの命を最優先することにした。ロボットの三原則である「人間への安全性」と「自己防衛」に従い、何よりも、この広い世界の中で自分のことを見つけ、使い捨てであるはずの一兵器である自身のことを『相棒』と呼んで大切に扱ってくれた唯一のマスターに、生きていて欲しいと願った……だからこそ、ウァサゴはパイロットの意思に反して動かなくなったとのことだった。

 

 

 

「それじゃあ、つまり……」

 

「つまり、あの時ウァサゴが動かなくなったのは……機体の損傷が原因でも、ましてやあなたの臆病な心が原因でもない。機体が、パイロットであるあなたのことを必死に守ろうとしていた結果ということなのよ」

 

葵博士の言葉に、ベカスは思わずPDAを取り落とし、改造中の『相棒』へと勢いよく振り返った。

 

「お前、オレのことを……」

 

当然のことながら、物言わぬ銀色の巨人が言葉を発することはなかった。しかし、ベカスはかの者が訴えかけようとしたパロールを、心の奥底でうっすらと気づくことが出来た。

 

「今のままでは、ウァサゴの出力上昇に機体のフィールドが耐えることが出来ない。それは裏を返せば、そのフィールドさえ何とかする事が出来れば、ウァサゴは真の力を発揮する事が出来るということ……」

 

ベカスの肩に手を置き、葵博士が呟く。

 

「今、ドリスにやらせているのはそういう事。機体のフレームに防護フィールドの代替となる新しいシステムを組み込む事で、ウァサゴのリミッター解除を図っている……でも…………」

 

葵博士はそこで言葉を区切り、辛い想いを振り切るように頭を二、三度振って、それから意を決した様子で続けた。

 

「代替フィールドは安全性が完全には保障されていないシロモノよ……もし、AWAKE状態になっている時に何らかの原因でフィールドが機能しなくなりでもしたら……その時は確実にあなたの命はなくなると思っていい。だから、やめるなら今の内に……」

 

「……それでも、オレはやるよ」

 

「……っ!!」

 

ベカスの言葉に顔を上げた葵博士は、普段の理性的な彼からは考えられないほど、彼が狂気の色に染まった恐ろしい表情をしている事に気付き、思わず言葉を失った。

 

しかし、それも一瞬のこと……

葵博士が瞬きををした一瞬の間に、ベカスはまたいつもの理性的な雰囲気に戻っていた。しかし、その瞳に映る強い輝きは、鬼と化していた先ほどのものと同様だった。

 

「師匠と、約束したから……」

 

最後にポツリと呟き、ベカスはウァサゴを見上げた。ドリスによって今まさに改造が施されているそれは、来るべき時に備えて力を蓄えているように眠っていた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

それから数日後……

再び、カピラ城郊外

 

 

 

「前方、敵三個小隊。散開してこちらに接近中」

 

戦場と化した荒野。上空を飛行し索敵を行なっていたウァサゴGから、オスカーの淡々とした声が通信機越しに響き渡った。

 

「テッサ、右お願い。俺は正面をやる」

 

「はい! 行くよ、アイルー!」

 

「分かったなの!」

 

それを聞きつけ、三日月はバルバトスを正面の敵部隊めがけて突貫させ、さらにそれに続いてテッサとアイルーの乗る赤と青のバルキリーが続いた。

 

「では、私は左だな……」

 

最後に、朧の乗る漆黒のBM……カグヤがそれに続いた。1人が1つの部隊を迎撃することで、各個撃破していくつもりなようだった。

 

「潰れろ!」

 

三日月は超高速で敵BM小隊の懐へと飛び込み、手頃な所にいた人型機めがけてメイスを振り下ろした。しかし、単純な攻撃だったこともあり、三日月の攻撃はすんでのところで回避されてしまう……

 

「ちっ……外した」

 

舌打ちし、素早くメイスを持ち直そうとした三日月だったが、その瞬間、周囲にいた機体がバルバトスめがけて一斉に火器やミサイルによる銃撃を放ち始めた。

 

「くっ……!」

 

とっさに銃撃をメイスで防御した三日月だったが、すぐ背後に迫った敵機の放ったロケット弾がバルバトスのバックパックに着弾。直撃だったこともあり、流石にダメージがあったのか、バルバトスは前のめりになってその場に膝をついてしまう。

 

「あ……やば」

 

三日月の焦ったような声が外部スピーカーから響き渡る。しかし、敵は待ってはくれなかった。バルバトスが立ち上がった瞬間を狙い、側面から対BM用ナイフを構えた敵機が三日月に迫った。

 

「っ!」

 

三日月がコックピット内に響き渡る接近警報を聞きつけ、回避しようとするも時既に遅し……今まさに、敵機のナイフが自機めがけて振り下ろされようとしていた。次に来る衝撃に備え、三日月は目を瞑り……

 

「……ん?」

しかし、いつまで経っても衝撃がないことを疑問に感じた三日月が目を開けると、そこには胴体に大きな風穴の空いた敵機の姿があった。

コックピットを抉り出すかのように装甲が融解しているところを見ると、誰かの放ったビーム攻撃が三日月のことを救ってくれたようだった。

 

「無事かね、三日月くん」

 

「ああ、赤い人か」

 

三日月が振り返ると、空中にオスカーの乗るウァサゴGの姿があった。装備している長距離ビームライフルの砲身は、発射直後らしくうっすらと赤熱化していた。

 

「援護する。今のうちに態勢を整えるといい」

 

「ん……ありがと」

 

オスカーはビームライフルを連射し、三日月に対して銃撃を行なっていた敵機を後ろに引かせた。その間に三日月はバルバトスを起き上がらせ、メイスを構えるも……

 

「あれ、もう終わり?」

 

徹底抗戦すると思われた敵小隊は、意外なことにあっさり撤退を始めた。機体の脚部に搭載されたローラーを全力で回転させ、さらにスモークまで散布していることから追撃は不可能なようだった。

 

「昨日から、こんなのばっかりだな……」

 

「恐らく、敵は我々を疲弊させるつもりなのだろう」

 

メイスを地面に突き刺し、三日月はコックピットの中で小さくぼやいた。オスカーはその隣に降り立ち、敵の行動を分析し始めた。

 

「ブラーフマ率いる遠征軍は、既にこの付近にまで迫っている。我々なしではカピラ城を一瞬で制圧できるほどの戦力を持っているにも関わらず、この場所で小競り合いのような戦闘行為を繰り返すのは……決戦前に、カピラ城攻略で一番の障害になる我々を少しでも消耗させたいという戦略なのだろうね。ブラーフマにしては少々、姑息で小物のようなやり方ではあるが……まあ、それはそれとしてだね」

 

そこでオスカーは前方に広がるスモークから、隣の三日月へと視線を移動させた。

 

「名演技だったな、三日月君」

 

「いや、それはないと思う……」

オスカーの賞賛に、三日月は微妙な顔をして頭をかいた。

 

「というか、手加減ってこんなんでいいの?」

 

「ああ。ブラーフマは徐々に君の戦い方に適応している……そう、君の見た目だけは豪快だが所々で素人っぽさが垣間見える戦い方をする……という演技にね」

 

「説明、長いね」

 

そう言いつつ、三日月はナツメヤシを口にした。

数日前にオスカーから手を抜けと言われた三日月は、それを律儀に守って直線的な戦いをするようになっていた。

つい先ほどの戦闘も、その気になれば敵小隊どころか、光臨システムを使えば3つの小隊を一瞬で血祭りにあげる事も出来たのだが……

その結果、敵は三日月の直線的な下手な戦い方を演技だとも知らずに学習し、こうして三日月のことを手玉に取るようになっていた。

 

「敵に同じ行動を何度も見せつけて見慣れさせておき、油断しているところを討つ……これを極東の戦略で瞞天過海という。いずれ、その効果が現れることだろう」

 

「ふーん、まあ何でもいっか……」

 

興味なさげな様子で欠伸をした三日月だったが、そこで何かに気づいたのかハッと顔を上げた。

 

「ねえ、赤い人」

 

「む、どうしたのかね?」

 

三日月は遠くの方へ視線を送った。カピラ城側から姿を現したBM中隊が、つい先ほどの反乱軍の小隊が撤退した方向めがけて進軍していくのが見えた。

 

「あれって、お姫様のところの……?」

 

「いや、あれはカリンガ藩王の部隊だな。全く……シャラナ姫と藩王の息子であるヴァーユの婚約は却下されたとお伝えした筈なのだが、未だに実現することのないチュゼール王の妄想を抱いているとは……実に愚かなものだな」

 

そう言いつつ、オスカーはウァサゴGの腕を振って、臨戦態勢を取り始めた三日月を制した。間も無く、カリンガ藩王の部隊が三日月たちのすぐ側を通り抜け、スモークの中へと突っ込んでいった。

 

「ブラーフマという共通の敵がいる以上、少なくとも、彼らは敵ではない。今のところはね……ゆえに警戒する必要はないさ」

 

「そう、ならいっか……」

 

「フフフ……そうだ、その必要はないさ。どうせ、今の彼らは皆……もう間も無く冥府の彼方へと送られてしまうのだから……」

 

「え?」

 

「いや、ただの独り言さ」

 

「……?」

 

オスカーの様子を不審に思った三日月だったが、その思考は間も無く打ち消されることとなった。

 

「三日月さん!」

 

リキッドバルキリーに乗ったテッサが、6枚の翼を閃かせ、三日月の隣へ勢いよく着地した。

 

「テッサ?」

 

「あ、あの……ご無事ですか?」

 

三日月の無事を確認するテッサの声は、どこか緊張したものがあった。

 

「うん。俺は大丈夫だけど?」

 

「そ、そうですか……はぅ、よかった……」

 

いつも通りの三日月の声を聞き、テッサは安堵の表情を浮かべた。演技とはいえ、すぐ近くで自身の想い人が一方的に攻撃を受けているのを見るのは、流石に辛いものがあったのだろう。

 

「テッサ、心配しすぎだから」

 

「うぅ……ごめんなさい、三日月さん」

 

「もう! お姉ちゃんは本当に心配性なの!」

 

さらに、ソリッドバルキリーに乗ったアイルーもその場に降り立った。だが、なにやらテッサに対して頬を膨らませ、不満そうな表情を浮かべている。

 

「あ、アイルーまで……」

 

「るる! 三日月お兄ちゃん、聞いてほしいなの! お姉ちゃんったらヒドイなの! アイルーはもう前に出て戦えるのに、お姉ちゃんはいつもアイルーのことを後ろに下げようとするなの!」

 

「そ、それは……アイルーの機体が遠距離攻撃主体だからで……それに、アイルーはまだその機体に慣れてないから……」

 

「それを言うならお姉ちゃんの機体も遠距離攻撃主体なの! それに、アイルーはもうこの機体に慣れてるし、仲間外れは嫌なの! だからアイルーもお姉ちゃんと三日月お兄ちゃんと一緒に前に出て戦いたいなの!」

 

「そ……それは駄目! アイルーにはまだ……」

 

そこで思わず反論しかけたテッサだったが、2人の話をしばらく黙って聞いていた三日月がそれを制した。

 

「ねぇ、アイルー」

 

「なになに〜? 三日月お兄ちゃん〜」

 

「俺やテッサと一緒に戦いたいって言うアイルーの気持ちは嬉しい。でも、俺には俺にしか出来ないとこがあって、アイルーにもアイルーにしか出来ないことがあると思う」

 

「るる? アイルーに出来る事?」

 

「うん。俺はアイルーみたいに機体の整備とか出来ないし、ましてや長距離の狙撃なんて無理……だから、アイルーがいつもしてくれるみたいに、後ろから俺たちのことを支えてくれるだけでも、本当に助かってる」

 

「え、本当なの? アイルーは今のままでも、お姉ちゃんとお兄ちゃんの役に立っているなの!?」

 

「うん。アイルーになら俺も安心して背中を預けられる……だから、今のままでも十分だと思う。テッサもそう思うでしょ?」

 

「え……あ、はい!」

 

テッサが頷くと、アイルーは少しだけ考える素振りを見せた後……それから満更でもないような顔をして、いつも通りの明るい笑みを浮かべた。

 

「るる! 三日月お兄ちゃんが言うなら仕方ないなの〜 アイルー、もうちょっとだけ後ろの方で我慢してあげるなの♪」

 

機嫌を取り戻したアイルーに、テッサは本日2度目となる安堵のため息を吐くのだった。

 

「すまないね、三日月君」

 

「ん? なにが?」

 

オスカーに呼ばれ、三日月は振り返った。

 

「いや、敵を油断させるという我々の策に無理やり付き合って貰ったばかりか、そのせいで君のお友達に余計な心配をかけてしまったのではないかと思ってね」

 

「ああ、別にいいよ」

 

「そうか。ふむ……何しろ、君ら2人が一緒にいると手加減にならないからな…………む?」

 

その瞬間、2人は何処からともなく迫り来る只ならぬ気配を感じ取り、会話を止めた。

 

「オスカーさん、下がって」

 

朧がオスカーの前に立ち、前方に立ち込めるスモークめがけて油断なく緋色の剣を構えた。

 

「何か、来る……」

 

朧がそう呟いた直後……

スモークの中から、それは姿を現した。

 

それは、最新鋭機・羅刹で構成された反乱軍のBM部隊だった。数は20機ほど、それぞれアサルトライフルやシミター、ドローン砲で武装している。

しかし、特筆すべきはダークグリーンの壁を形成して迫り来るそれらの中に混じって、一機だけ白色を基調としたBMが紛れ込んでいたことだろう。

 

「……この凄まじい気配、そして無数の刃のように鋭い闘気……まるで極東の『武帝』のようだ」

朧は剣を油断なく白い機体へと向ける……

 

「へへっ」

 

すると、間も無くスモークを背にした白い機体から嘲笑が漏れた。白虎をベースに改造が施されたのであろう、その機体は、しかし元型機と比べると大きな変貌を遂げていた。

 

白いフレーム、刺々しい金色の装甲、鋭利なテールブレード、腕部に巨大な爪を装備したそのマニピュレーターには、撤退する反乱軍部隊の追撃を行うべく、つい先ほど三日月たちの前を素通りしてスモークの中に突っ込んでいった部隊のものだろう……ねじ切られた夜叉の頭部が握られていた。

 

「なんと美しい……剣気だ!」

 

白虎は部隊の最前に立ち、一心に朧を見つめた。

手にした夜叉の頭部を握り潰し、投げ捨てる。

 

「本当に久しぶりだ。あのジジイにも劣らないような……今にも吐きそうな圧迫感……やはり、一戦の価値があるなァ!」

 

「ん? この声……」

 

白虎のパイロットが放つ声に、三日月は聞き覚えがあるのを感じた。しかし、その間にも狂熱した闘気が白虎から湧き上がり、周りにいた羅刹たちは自然と白虎から距離を取り始めた。

 

白虎はカグヤの前方20メートル程まで来ると、その場で立ち止まり構えを取った。四散した闘気が収束し、練磨されていく……

 

「お前はあの怪物ジジイ以来、俺が出会った最強の人だ。ここで一戦の交えとかねーと、気になって昼も夜も眠れなくなりそうだ……」

 

「…………」

 

白虎のパイロットの言葉に、朧は黙って剣を構え直した。

 

「まあどっちにしろ、あの老いぼれが約束してくれたんだ。お前たちを片付けたら、この国の半分と向こう側の王女をくれてやるんだってな……だったら、その分仕事しなくちゃ……なぁああああああッッッ!」

 

次の瞬間、白虎はカグヤめがけて機体を飛ばした。

そして、その鋭い爪をカグヤめがけて叩き込み……

 

「ねぇ!」

 

「なに!?」

 

しかし、白虎の爪がカグヤに届くことはなかった。白虎の攻撃は、突然2人の間に飛び込んできた三日月のメイスによって阻まれ、バルバトスと白虎は鍔迫り合いのような状態になった。

 

「あんた、うるさい人だよね?」

 

「あぁ!?」

 

思わぬ乱入者の登場により、出鼻を挫かれる形となった白虎のパイロット……英麒は一度態勢を整えるために、機体を後ろに飛ばした。

 

「っテメェ! 邪魔すんじゃねぇ!」

 

「あ、そっか……家族想いの人、ごめん」

 

「い、いや……別に」

 

楽しみにしていた勝負を邪魔され、英麒は怒りを露わにした。それに対して、三日月は戸惑いを隠せずにいる朧へと振り返って素直に謝罪した。

 

「テメェ! オレ様のことを無視するんじゃねぇ! って……その変な呼び名……お前、前にアフリカで会ったガキだな?」

 

「あ、良かった。覚えてた……」

 

「そうか……テメェが最近噂になっているシャラナ姫お抱えの切り札ってことかよ。チッ……まためんどくせぇのに会っちまったな」

 

英麒は三日月めがけて爪を構えつつ、悪態を吐いた。

そんな2人の様子を見て、オスカーは疑問符を浮かべた。

 

「三日月君、これは……?」

 

「ねぇ赤い人……俺、ちょっとこいつと話してみるから、先に緑色のあいつらを倒してきてよ」

 

「む? 見た限りでは、とても話し合いに応じるような者ではなさそうなのだが……まあ、いいだろう。では、朧君」

 

「……はい」

 

三日月に英麟の相手を任せ、朧は群れる羅刹めがけて機体を飛ばした。

 

「ん? 何をしているのかね?」

 

朧の援護の為に空へ飛び上がったオスカーだったが、テッサの乗るリキッドバルキリーがいつまで経っても上昇ししないのを見て思わず声をかけた。

 

「お姉ちゃん、どうしたなの?」

 

「あ、うん……何でもないよ」

 

アイルーに呼ばれ、テッサは慌てて機体を上昇させた。しかし、心配そうなその眼差しは終始、三日月の乗るバルバトスに向けられていた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

チュゼール大地で、2機の白い機体が激突する。

メイスと高周波ブレードの刃が衝突するたびに、空間を振動させるほどの強烈な騒音が巻き起こる。

 

「ねぇ……うるさい人」

 

「誰がうるさい人だ! オレ様のことは英麒様って呼びやがれ!」

 

「長いからやだ」

 

「全然長くねぇだろうがッッッ!」

 

次々に繰り出される爪の刺突を、三日月はメイスを縦に構えて防御する。が、しかし……英麒の放つ攻撃スピードは尋常ではなく、これには流石の三日月も押され気味になっていた。

 

「俺、あんたと戦いたくないんだけど」

 

「はぁ? 今更何言ってやがる?」

 

次の瞬間、全身の闘気を纏わせた英麒の一撃が炸裂した。三日月はそれを見切って防御することに成功するも、強烈な斥力を伴ったその一撃は、防御に使ったメイスごとバルバトスを吹き飛ばすほどの威力があった。

 

「ぐっ……!」

 

「オラオラ! どうしたぁ!?」

 

三日月を弾き飛ばした英麒は、目にも留まらぬ速さで跳躍し、空中の三日月を追い越して落下地点にくると、バルバトスの背中に回し蹴りを放って地面に転がした。

 

勢いよく蹴り飛ばされたバルバトスは、そのまま数十メートルの距離を転がり、地面に深い溝を作りながらようやく停止した。

 

「……っ」

 

頭を振って、仰向けの状態から起き上がろうとした三日月だったが……その時には既に、白虎の腕部から伸びた高周波ブレードの刃がバルバトスのコックピットに突き立てられてしまっていた。

 

「けっ、これがシャラナ姫の秘密兵器かよ? 噂で聞いていた割には全然大したことねぇなぁ」

 

「…………」

 

三日月は虚ろな目で、目の前の白虎を見上げた。

 

「ねぇ、うるさい人」

 

「あぁ? 命乞いか?」

 

「あんたは何で戦うの?」

 

「オレか? いや、聞くまでもねぇだろ」

英麒は自分の後ろのブラーフマの陣営を指差した。

 

「傭兵が戦う理由はただ一つ、金や女の為に決まってんだろ? 本当は真っ先に剣聖を相手にしたかったんだが仕方ねぇ……お前を倒すとボーナスが出るんだ、まずはそいつから先に頂くとするぜ」

 

「……そっか」

 

「まー安心しろ。お前のお仲間も後から1人ずつ送っといてやるからよ……だから、お前はさっさとここでイッちまいなぁ!」

 

英麒はバルバトスのコックピットを一撃で切り刻むべく、高周波ブレードを振り上げた。その瞬間、三日月は腰部のスラスターを全開にして白虎の前から地面を滑るように移動し、高周波ブレードの間合いから抜け出すことに成功……

 

「ハッ! そうくると思ってたぜ!」

 

しかし、三日月がこの状況から抜け出すことを見抜いていた英麒は、三日月が滑り出した方に向かって白虎を跳躍させた。そして、三日月が巧みなスラスター捌きでバルバトスを起き上がらせた時には既に、英麒は高周波ブレードの間合いにバルバトスを捉えていた。

 

「死ねよ、ガキ!」

 

白虎の爪が、バルバトスのコックピットめがけて突き出される。それに対して、三日月は一切の防御手段を取らない……いや、先ほどの吹き飛ばしでメイスを取り落とした三日月に、最早防御手段はなかった。

 

 

 

英麒は自身の勝利を確信した。

キイイイィィィィィィィィンンンン…………

金属同士が衝突し合う、鋭い金切り音が響き渡る。

 

 

 

「何!?」

 

次の瞬間、英麒は驚愕した。

何故なら、英麒の放ったとどめの一撃は、突然2人の間に乱入してきた何者かが突き出した刃によっていとも容易く妨害され、バルバトスのコックピットを抉る手前で止められてしまったからだ。

 

「この機体……バルキリーかよ? ハッ、貧弱なバルキリー如きが、オレ様の白虎と接近戦でやり合おうってのか! 馬鹿かよ!」

 

「テッサ……?」

 

三日月が横を見ると、そこには6枚の翼を持つ赤いバルキリーがいた。言うまでもなく、テッサの乗るリキッドバルキリーだった。

バルキリーは両腕に装備した二本のヴァリアヴルバスターライフル……そのアンダーバレルに装着されたバヨネットで高周波ブレードの刺突を受け止めていた。

 

「な……!? う、動かねぇ……何だこいつ!」

 

白虎の出力を上げ、バルキリーを弾き飛ばそうとした英麒だったが、しかし、貧弱なはずのバルキリーは微動だにしなかった。

 

「……ナ ニ シ テ ル ノ ?」

 

「何だ……女の声?」

 

「コレハ ナニ ?」

 

「何だ、一体何が……!?」

 

 

 

 

 

ーーーオ マ エ キ エ ロ ヨーーー

 

 

 

 

 

「ひっ……!?」

目の前に出現した恐ろしいプレッシャーを前に、英麒は心の底から悲鳴をあげた。

 

次の瞬間、バルキリーのバヨネットに搭載されたギミックが発動。高周波ブレードとバヨネットの接地面を中心に、強烈な指向性ショックウェーブが発生……これにより機体重量を遥かに上回る白虎が軽々と吹き飛ばされ、制御不能な状態で空中を舞った。

 

 

 

 

 

ーーー し ね ーーー

 

 

 

 

 

しかし、それで終わりではなかった。

バルキリーは空中で溺れる白虎めがけて跳躍すると、そのコックピットめがけて膝蹴りを繰り出すべく右足を後ろに下げた。直ちにバルキリーの膝にニーブレードが出現し、白虎のコックピットめがけて一直線に叩き込まれ……

 

「うおおおおおおおおッッッ!!!!???」

 

バルキリーの膝蹴りが白虎のコックピットを叩こうとした……まさにその瞬間、空中で辛うじて制御不能を脱した英麒は、身を捻って回避行動を取った。その結果、バルキリーのニーブレードは白虎の装甲に深い爪痕を残すだけにとどまった。

 

「チッ…………」

 

攻撃が外れたことに気づいたバルキリーのパイロットは、舌打ちをしつつも冷静に三日月の元へ機体を移動させた。

 

「三日月さん、お怪我はありませんか?」

 

「えっと、テッサ……?」

 

「はい。どうかしましたか、三日月さん」

 

三日月はモニター越しにテッサの顔を見つめた。

しかし、そこに映っていたのは、いつもと何一つ変わらない、満面の笑みを浮かべたテッサの姿だった。

 

「いや、何でもない……」

 

しかし、何故だろうか……

テッサの浮かべた満面の笑みの向こう側に、得体の知れない薄ら寒いものがあることに気づいた三日月は、自分の背筋にゾクリとしたものが走る気配を感じるのだった。

 

 

 

to be continued...




本編プレイ済みの方々はご存知の通り、流れ的にもチュゼール編の終盤に入っております。なので、当初の予定通りもう少しでアイアンブラッドサーガも完結すると思うと、なんというか感慨深くてですね……もう少し続けたいなー……とは思う今日この頃。
……と、言いたいところですが、ムジナが目標としていた『鉄血のゲームが出来るまで頑張る』という宣言、そして未だに出ないこの状況……これはまだ頑張れってことなのです……?

まあまあ、そしていつかの設定集で出したウァサゴの新たなる形態の話がチラッて出てきましたね。まだ名前だけですが、それがどういう活躍をするのか、楽しみにして下さると幸いです。



次回予告です

フル「次回はテッサさんvsえーきさんだそうです」
エル「いけ! あんなクソ野郎、ぶっ飛ばしちゃえ!」

エル&フル「次回、『テッサの意思(仮)』」

エル「なるほどね! これが『かませ犬』なのね!」


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第36話:激突する平原(前編)

お帰りなさい! 指揮官様!

ピーマンやトマトなど、誰にも何かしらの嫌いなものはあるというもので……私の場合、それは電撃文庫でした。(←いや、食べ物の話じゃないんかい笑)
『半分の月がのぼる空』などといったドラマ的なものは好きなのですが、『SAO』とか『とある魔術(略)』などと言ったバトル系のものは吐きそうになる程嫌いで(一応、読んでいない訳ではなく、SAOはアリスなんちゃらのところまで読んでます)まあ、理由は重要じゃないのでここでは言いません。

何が言いたいかというと……
電撃文庫のバトル系ものの中でも、神崎紫電作『ブラックブレッド』という作品だけはムジナ的に大好評なのです。どれくらい好評なのかというと、SAOが本棚の奥底に封印されているのとは対象的に、ブラックブレッドはデスクの一番目につく場所に置かれていると言った具合です。(あとがきへ続く)


まあまあまあ、前置きはこれくらいにして
それでは、続きをどうぞ……


「テッサ……」

 

「三日月さん、ここは私に任せて下さい」

 

かつて三日月と行動を共にしたこともある青年……英麒の乗る白虎に対して、テッサはバヨネットの先端を向け、完全に敵対心を露わにしていた。

口調からでは判別しづらいが、テッサの体からは強烈なプレッシャーが放たれており……テッサのすぐ側にいた三日月の目には、まるで彼女の乗るリキッドバルキリーの周囲をドス黒い何かが取り巻いているように映った。

 

「お姉ちゃん……」

 

普段とは違う姉の様子に気づいたのか、上空で待機していたアイルーが心配そうな表情を浮かべた。

 

「……うん、大丈夫だよ」

 

テッサはモニター越しにアイルーへ優しく微笑みかけると、続いて三日月の方へ意識を向けた。

 

「三日月さん、アイルーのことをお願いします」

 

「ひとりで大丈夫? あいつ、結構やるよ?」

 

「はい! 大丈夫です!」

 

英麒の実力を知る三日月は、テッサをひとりにしてしまうことに若干の戸惑いを感じつつも、彼女の瞳に宿る強い意志を感じ取り、やがて小さく頷いた。

 

「……分かった。行こう、アイルー」

 

「り、了解なの……」

 

三日月とアイルーは、一対一で対峙するバルキリーと白虎に背を向け、最前線で反乱軍の精鋭部隊と激戦を繰り広げる朧とオスカーの援護をするべく、移動を始めた。

 

「ねえ、うるさい人」

 

去り際に、三日月は英麒へと振り返り……

 

「あんたが俺を殺したがっていることは分かった。あんたが生きるために必死になっているってことも……でも、俺はまだ死ねない。まだ、俺にはやるべきことがあるから、だからごめん」

 

そう言って、三日月は英麒のすぐ真横を通り過ぎて行く……しかし、それを黙って見逃す英麒ではなかった。

 

「テメェ……誰が逃すかよ!」

 

「やらせない!」

 

なおも三日月の事を討ち取るべく白虎を走らせた英麒だったが、真横からテッサの駆るバルキリーに蹴り飛ばされ、追撃を中断せざるを得なくなった。

 

「ぐあっ…………チッ……!せっかくのボーナスを取り逃しちまったじゃねーか! どうしてくれんだこのアマぁ!? ああ!?」

 

突き飛ばされてもなお、すぐさま姿勢を立て直すことに成功した英麒は、そんな激しい恫喝と共に目の前のバルキリーめがけて白虎を飛ばし……

 

「なっ……!?」

 

研ぎ澄まされた闘気を纏い、白虎の右腕に装備された爪を振り下ろした……まさにその瞬間、バルキリーは6枚の翼を大きく広げ、天高く羽ばたき、英麒の攻撃を難なく回避した。

 

「こいつ、空に……!?」

 

バルキリーの姿を追って空を見上げた英麒だったが、直上から飛来してきた殺気に、慌ててその場から飛び退いた。

直後、先ほどまで英麒が居た位置をバルキリーのライフルから放たれた高出力の火線が通過し、地面を抉った。

 

素早い動きでなんとかそれを回避することに成功するも、しかし、そこへさらに追撃……直上から雨あられの如く降り注がれる火線の嵐に、英麒は全く対処出来なかった。

 

「クソッ、クソッ……!」

 

英麒は上空からビームを放ち続けるバルキリーから逃れようとランダム回避を行うが、しかし、テッサの乗るバルキリーは白虎の直上にぴったり張り付き、その間、下方向に向かって淡々とビームを放ち続けた。

 

「ぐあっ!?」

 

やがて、英麒の回避にも限界が訪れた。

ビームの雨に打たれ、足場の悪くなった地面に白虎のバランサーが対応しきれず、まるでぬかるみに足を取られるようにして白虎は転倒してしまった。

 

その瞬間を狙い、テッサは火力を集中させる。

 

英麒は機体が転倒した状態のまま、両腕の爪でビームをブロックするも、しかし、防御に適していない姿勢では高出力の火線を完全に防ぎきることは出来ず、美しい装飾が施された白虎の装甲が徐々に削ぎ落とされて行く……

 

「ぐぅ……女の癖に、攻撃を当てたからっていい気になるんじゃねぇ!」

 

白虎の中で英麒は怒りに吠えた。

また、この戦いにおいて、高高度からの対地攻撃に対してあまりにも脆弱という、崑崙製BMの弱点が露見することとなった。

 

 

 

白虎を始めとする極東共和国・崑崙研究所製BMは、他国の機体をも凌駕する圧倒的なパワーと高い耐久性で、BMを用いた戦闘が主流となった現代では、ありとあらゆる状況下における陸戦を征するまでになった。

 

しかし、機甲による白兵戦を意識し過ぎた結果、極東武帝の搭乗機である玄武や青龍、闘将など崑崙製BMは地対空能力や対空迎撃能力が全く備わっていないものがその殆どを占めており、空の敵に対して一方的な敗走を強いられるという事例も少なくなかった。

 

なお、これを受けて崑崙研究所では制空権確保の為の航空機型BMの開発が進められてはいたものの、先の極東におけるファントム襲撃事件(イースト・ダウン)により、開発主任と崑崙研究所の責任者の殆どが死亡したことで計画は完全に打ち切られてしまっている。

 

 

 

「ふっざけんな!!!」

 

しかし、白虎の対空能力が皆無とは言え、英麒は他の一般兵のようにただ黙ってやられる程無力ではなかった。

雨あられの如く降り注がれるビームをギリギリのところでかわし、隙を見ては上空のバルキリーめがけて攻撃を放った。

 

しかし、射出型の爪は射程が短く、バルキリーに辿り着く前に勢いを失い、エネルギー弾は弾速が遅く、バルキリーの機動力を前にあっさりとかわされてしまう……白虎に装備されたなけなしの遠距離武器では、空中を高速で飛翔するバルキリーを捉えられない。

 

「クソ! 女だからそんな戦いしかできねぇのかよ!」

 

それでも執念からか、英麒は白虎を跳躍させ、バルキリーめがけて直接爪を叩き込もうとするも、格闘機特有の鈍重な事はもとより、そもそも空中戦など想定されていないこともあって、上空のバルキリーに辿り着く前に白虎は落下を始めてしまう。

そればかりか、自由の効かない着地のタイミングを狙って、テッサは容赦なくトリガーを引き絞り……その結果、白虎が攻撃の為に跳躍する度に、逆に損傷が増えるという有様だった。

 

「ぐぁ……この卑怯者が! 降りてきやがれ!」

 

「は?」

 

思わず心の声をぶちまけた英麒に、テッサは「何言ってんだコイツ?」と、眉をひそめながらトリガーを引き続けた。

 

「くっ……オイ! 誰が援護しろ!」

 

堪らず、通信機を使って随伴した羅刹部隊へ援護を求めるが……時すでに遅し、部隊は既に朧の乗るカグヤによって壊滅させられてしまっていた。通信機から聞こえてくるのは、誰にとっても耳障りなだけでしかないノイズ音だけだった。

 

「この役立たずども……ぐあっ!?」

 

その瞬間、バルキリーの放った火線が白虎の肩部を抉った。英麒はさらなる直撃から逃れようと機体を真横に飛ばすも、それによって徐々に戦闘区域外へと追い込まれつつあった。

 

「クソが! 女のくせに」

 

「…………」

 

そこで何を思ったのか、テッサは地上への銃撃をやめて長い溜息を吐くと、ゆっくりと地上へと降下を始めた。

 

「なんだ、弾切れか?」

 

上空にいれば一方的に攻撃出来たはずのところを、わざわざ地上に降りてきたのを見て、英麒は不思議そうな顔をした。

 

「あのさ、さっきから何かにつけて『女だから』とか『女の癖に』って言ってるけど、それ関係ある?」

 

テッサは苛立ちのこもった口調でそう告げた。

それを聞いて、英麒はニヤリと笑う。

 

「はぁ? 何言ってんだお前」

 

ヘラヘラと肩をすくめるようにして英麒は続ける。

 

「オレら男に比べて、女が弱いのは当たり前だろうが? いつの時代も、歴史ってのは男によって作られてきた。お前たち女は、男を引き立てるだけの脇役で、据え膳だろうがよ」

 

英麒はバルキリーのコックピットにいる女がコックピットの中で苛立ちを募らせる気配を感じ取り、さらに語気を強める。

 

「力もなければ頭もねぇ。女ってのは、オレたち男がいなけりゃ何もできない生き物なんだよ! 男に媚びを売って、男を喜ばせる為だけに身体を差し出す、ガキを作る為だけの道具、いわば孕み袋ってやつなんだよ!」

 

「……アンタ、それ本気で言ってるの?」

 

「お前、あの三日月って奴の女なんだろ?」

 

テッサの問いかけに答えず、英麒は醜悪な笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「お前も災難だよなぁ〜、あんなガキみたいな奴の相手をしなきゃなんねーなんてよ。さぞかし幼稚で満足できない夜を過ごしてんじゃねぇの?」

 

「…………」

 

「お? 反論しねぇってのは、つまりそういうことか? ハハッ……ならオレ様の物にならねぇか? ここのところ欲求不満なんでな、オレ様の側に付くって言うんだったらその分、毎晩たっぷり可愛がって……」

 

 

「決めた」

 

テッサは静かにそう告げると、バルキリーの両手に装備されたヴァリアブルバスターライフルの内、右手の一丁を地面に突き刺し、得物のなくなった腕にナックルガードを展開した。

 

「あんたのことは、この手で殴らないと気が済まない」

 

そう言って、ナックルガードの装着された右腕を構える。

 

「何を言い出すかと思えば……オイオイオイ、そんな貧弱な機体で、このオレ様と格闘戦をやり合おうってか? ハッ……笑えるね」

 

バルキリーの細い腕を、英麒は嘲笑った。

あえてテッサのことを挑発したのは、怒りに身を任せて接近してきたところを迎え撃つという、英麒なりの作戦だった。

そして、その目論見は上手くいき、テッサの乗るバルキリーを空中から地上へとおびき出すことに成功していた。

 

格の違いを見せてやる。

超人を生み出す霊獣計画の片割れであり、かつて極東最強の男である極東武帝から幻舞拳をみっちり仕込まれていた英麒は、自分の近接戦闘能力に絶対的な自信を持っていた。

 

「もし、このオレ様に一発でも拳を叩き込むことができたら、そん時ぁ、地面に頭をつけて謝って……」

 

極東武帝によって行われてきた偏った教育の数々

古い価値観の刷り込み

自然に生まれてきた者たちに対する過小評価

 

それによって形成された慢心が、仇となった。

 

「……なっ!?」

 

次の瞬間、英麒の視界からバルキリーの姿がかき消えた。英麒がそれに気づいた時には既に、拳を振り上げたバルキリーは白虎のワンインチ距離まで迫っており……そして、視界が一瞬だけブラックアウトした。

 

「……がっ……!?」

まともに防御することすらできず、ナックルガードはそのまま白虎の頭部に吸い込まれ……直撃した打撃は白虎の左目を砕き、頭部面積の実に3分の1を消し飛ばした。

 

バランサーは乱れ、激しい衝撃と共に白虎は宙を舞い、無様に地面を転がった。

 

「い、一体何が……ぐあっ!?」

 

地面に跡を残して数十メートルほど転がったところでようやく止まり、そこで機体を立て直そうと英麒は顔を上げるが……その瞬間、バルキリーの振り下ろした足が白虎の頭部を踏み潰し、英麒は地面を舐めることとなった。

 

「ねぇ、今どんな気分?」

 

強烈な圧力に晒され、踏み潰された白虎の頭部からメキメキと音が鳴り響く。それはまるで、白虎が上げる悲鳴のようだった。

 

「無様だよね? あんたは今、ついさっきまであんたが嘲笑っていた女に殴られて、踏み付けられて……地べたを這っているんだよ?」

 

テッサは濁った瞳を浮かべ、尚も白虎を踏み続ける。

 

 

 

ーーーア ヤ マ レ ヨーーー

 

 

 

「……ぐっ」

 

英麒はバルキリーから逃れようと機体のパワーを最大限まで引き上げるも、バルキリーの足はピクリとも動かない。格闘機である筈の白虎は射撃特化のバルキリーに対して、完全にパワー負けしていた。

 

「あのさ、私が何を謝れって言いたいか分かる?」

 

「うっせぇ!」

 

咄嗟に、英麒はブラーフマの提案で装備されたテールブレードを振るい、バルキリーを切り裂こうとした。しかし、テッサはそこで見事なバック転を決め、刃が届く寸前に白虎から距離を取った。

 

「別に、アンタが世の中の女性に対して、どんな風に見ていたかとか……そういうのは割とどうでもよかった。同じ女性として、聞いていて気持ちのいいものではなかったけど」

 

起き上がった白虎に向かって、テッサは告げる。

 

「まあ、アンタが最低な屑だってことは分かった」

 

「て……テメェ! 女の分際で、このオレ様をゴミ屑呼ばわりするたぁ、いい度胸……」

 

「いいや違う、お前はゴミだね」

 

「なっ……!?」

 

テッサの伸ばした人差し指が、白虎の姿を突き刺す。

 

「でもね、三日月さんのことを悪く言ったのだけは、ちょっと許せない。あの人のことを何も知らないくせに……アンタ何言ってんの?」

 

その瞬間、テッサの体から強烈なプレッシャーが放たれた。それはまるで、死んでいい奴を目の前にした三日月が放つ殺気のようでもあった。

 

テッサの意思に応えるようにして、バルキリーのツインアイが鋭い輝きを放ち、全身に張り巡らされた装甲の内側から、うっすらと黒い炎が漏れ出る……

 

「な、なんだ……お前!? なんなんだ……」

 

得体の知れない気配を感じ取り、英麒は生まれて初めて女性に対して恐怖心を抱いた。

 

 

 

テッサはずっと我慢していた。

 

テッサはパラダイス・ヴィラでの戦闘以降、それまでの弱かった自分を変えてくれた三日月に対する感謝と親愛の気持ちから、これまでのような護られる存在ではなく、逆に三日月のことを護ってあげられる存在になろうと心に誓っていた。

 

その心は、かつて三日月と愛を育み、子を成したアトラ・ミクスタの存在を知ってからも変わらなかった。

 

寧ろ、それがテッサの心を激しく燃やす原動力となった。

かつて三日月のそばに寄り添う者がいたという事実は、どうあっても変わらない。ならば彼女がしてあげられなかったことを、今の三日月してあげよう……アトラという存在に対する強い嫉妬心から、テッサはそう思うようになっていた。

 

それからというもの、自身が敬愛する三日月を追い続けるのではなく、いつか彼の隣に立つことを夢見て……彼の背中を預かるに相応しい人間になろうと、テッサは地道な努力を重ねていった。

 

三日月のことを護ろうという気持ちは、オスカーの指示で三日月が手加減をするようになってからというもの、更に高まるようになっていた。

演技をしているのだと分かっているとはいえ、愛する人が目の前で嬲られるのを見るのは耐え難く、三日月が敵の一方的な攻撃に晒されている間、テッサは三日月のことを護りたくて堪らない気分になっていた。

 

それが仕事なのだからと自分に言い聞かせ、何とかその気持ちを押し殺してここまでやってきたテッサだったが……だが、三日月と英麒が戦闘状態に陥り、さらに英麒が三日月のことを悪く言ってしまったことで、ついに堪忍袋の尾が切れることとなった。

 

愛を超越し、三日月に対して執心とも呼べるほどの感情を抱くようになった少女は、それを己の力へと変換した。

黒いオーラを纏い、全身から一触即発のアトモスフィアを放ったその姿は、まさに阿修羅すら恐怖するほどの禍々しさだった。

 

 

 

「私は、三日月さんほど優しくないから……」

 

そう言って、テッサはゆっくりと足を踏み出した。

 

「ひっ……く、来るんじゃねぇ!」

 

英麒は迫り来る憎悪を前に怯みつつも、黒いバルキリーめがけて白虎の両腕に装備された爪を射出した。

 

しかし、爪が装甲に食い込む直前、バルキリーの姿が再び消失した。超人である英麒の目にすら捉えられない機動性で、瞬く間に白虎の背後へと回り込んだテッサは、その背中に拳を打ち込んだ。

 

「ぐああっ!?」

 

弾き飛ばされ、白虎は再び転倒する。

テッサはボロボロになったナックルガードをパージすると、6枚の翼を広げ、超低空で機体を飛ばすと……地面に膝をついた白虎めがけて左手のバスターライフルを照準した。

 

「くそっ!」

 

白虎を素早く起き上がらせ、バスターライフルを構えて飛翔するバルキリーを迎え撃つべく、両腕の爪を構えた英麒だったが……

 

「なに!?」

 

次の瞬間、テッサはライフルのトリガーを引き絞り……ではなく、銃本体を白虎めがけて投擲した。

 

そして、バスターライフルのアンダーバレルには既にバヨネットが展開されている。テッサの取った予想外の行動に、英麒は驚愕した。

 

迫り来るバヨネットの刃を、慌てて爪でガードした英麒だったが……刃同士が衝突したその瞬間、バヨネットの刃に仕込まれた指向性ショックウェーブが発動。

 

「おわっ!?」

 

バヨネットから発生した強烈な衝撃波に晒され、白虎の姿は再び宙を舞った。だが、テッサの攻撃はそれで終わりではなかった……

 

超高速でバルキリーを飛翔させ、空中の白虎へ追いついたテッサは、空いた右手で白虎のテールブレードを掴むと、そのまま機体の推力を全開にした。

 

「あぅ!?」

 

そのまま超低空で飛行し、白虎を引きずり回した。テールブレードを掴むバルキリーの手を振り解こうと、英麒はコックピットの中で闘気を高めようとするも……地面から突き出した岩が次々と白虎に衝突し、その度に機体が跳ね、地面に打ち付けられ、執拗な衝撃にパイロットが脳震盪を引き起こしてしまい、それどころではなかった。

 

引きずられた後が、長い線となって地面に伸びる。

 

数百メートルほど白虎を地面に引きずり回したところで、獲物を捕らえた猛禽類の如く、テッサはバルキリーを天高く飛翔させた。

そして、高高度から白虎を地面に叩きつけようとするも……土壇場で脳震盪から回復した英麒はテールブレードの根元を爪で切断し、無理やりバルキリーの攻撃から脱することに成功した。

 

英麒は落下のダメージを最小限にするべく機体のブースターを下方へ向け、さらに着地と同時に転がることで衝撃の分散を試みるも……

 

「っ!」

 

地面に足がついた瞬間を、バルキリーの肩部レールガンで撃ち抜かれ、バランスを崩した白虎は受け身も取れずに地面に強く叩きつけられてしまう。

 

「か……かはっ」

 

常人ならば圧死してしまうほどの衝撃がコックピット内部に生じたにも関わらず、実験により生み出された人ならざる存在であり、驚異的な回復力を持つ英麒は死んではいなかった。

 

「いてぇ……体がいてぇ、いてぇよぉ……」

 

いや、死ぬことを許されなかった。

その体は既に満身創痍、着ていた豪華なチュゼールの服もボロボロになっている。既に回復が始まってはいたものの、全身に生じた耐え難い苦痛に、英麒は絶叫した。

 

満身創痍なのは白虎も同じだった。

左目と豪華な装飾のなくなった頭部、チュゼールのゴツゴツとした大地を引き回されたことにより全身傷だらけで、左腕の爪は最早再生不可能、右足を撃ち抜かれ普段通りの機動性を発揮することは出来ず、さらに改修時の特徴でもあったテールブレードは根元から切り落としてしまったことで使い物にならなくなってしまっている。

 

それでも、強者としてのプライドか英麒はヨロヨロと機体を立たせる。機体の各所に生じたスパークがその痛々しさを表していた。

 

「へぇ、まだ生きてる……」

 

そんな白虎の上空に、バルキリーが姿を現わす。

その両腕には、回収した二丁のバスターライフルが握られている。

 

殴った際に破損し、パージしたナックルガードを除く、全ての武装・装甲共にほぼ無傷の状態だった。

 

「な、何で……」

 

「何で勝てないんだって、そう思ってる?」

 

英麒の思考を先読みし、テッサは続ける。

 

「答えは簡単……私には、心の底から護りたいと思える存在がいた。お前にはそれがいなかった……ただ、それだけのこと」

 

濁っていたテッサの瞳に光が差しこむ。

 

「人ってさ……自分の為よりも、誰かの為ならもっと強くなれるものなんだよ。その人の為に役立ちたい、その人を護りたいって想う、その気持ちが強ければ強いほど……使える力は強くなる。人はそれを『愛』って言うんだよ?」

 

そう言って、テッサは三日月の姿を心の中で思い浮かべ、安らかな笑みを浮かべた。

 

「私は、三日月さんのことが好き。三日月さんと一緒にいると心がポカポカする、今の自分があるのは三日月さんがいてくれたから、だから私の全部は三日月さんのもの……私は三日月さんのことを愛してる。私は三日月さんの為にもっと強くなる」

 

「う、嘘だ……そ、そんな下らないものに、このオレ様が、オレは……霊獣計画で、人の上に立つべき存在で……最強で、最高の……」

 

「は? なにそれ……まあ、分からないでしょうね。女性を自分の欲望を満たすための道具にしか見ていないアンタには……」

 

テッサの瞳が再び濁り始めた。

バスターライフルの銃口が白虎に向けられる……

 

「でもね、私は私の考えや価値観をアンタに押し付けるつもりはないよ……だって…………」

 

 

 

ーーーオ マ エ ヲ コ コ デーーー

 

 

 

次の瞬間、つい先ほどまで上空にいたはずのバルキリーの姿が消失した。英麒が気付いた時には既に白虎の目の前に再出現し、その眼前にバスターライフルの銃口を突きつけていた。

 

 

 

ーーーシ マ ツ ス ル カ ラーーー

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

至近距離から放たれる強烈なプレッシャーに絶叫し、英麒は反射的に爪を振った。しかし、テッサはそれを身を翻しただけで回避し、再びバスターライフルの銃口を白虎の頭部に向けた。

 

「!」

 

咄嗟に回避しようとした英麒だったが、損傷した足では動くことが出来ず……そして、バスターライフルから放たれた高出力の火線が白虎の右目を貫き、内部機構を焼き尽くし、後頭部から飛び出していった。

 

メインカメラから送られてくる情報が完全に絶たれたことで、白虎のコックピットは暗闇に包まれた。機体の各所に設置されたサブカメラも、戦闘によって蓄積したダメージにより、とうの昔に機能しなくなっている。

 

「あ……あぁぁぁあ……」

間近に迫った死の恐怖を感じ取り、英麒の顔が絶望に染まる。

 

「…………」

テッサはバスターライフルのアンダーバレルにバヨネットを展開し、両腕に装備したそれを、戦闘不能に陥った白虎の両肩めがけて振り下ろした。

 

接触と同時に発生したショックウェーブが、白虎から両腕を削ぎ落とした。これにより、あらゆる攻撃オプションを失った白虎は、ゆっくりとチュゼールの大地に崩れ落ちた。

 

「ハァー…………大して強くもない癖に……邪魔」

 

テッサは汚いものでも見るような目つきで白虎を見下ろした後、すぐに興味をなくしたかのようにバヨネットを収納し、翼を広げて空へと舞い上がった。

 

「三日月さん、褒めてくれるかな?」

 

それから、遠くで繰り広げられる戦闘を見つけると、にわかに頰を赤らめ、瞳を明るく輝かせた。その表情は、恋する乙女そのものだった……

 

「三日月さん……三日月さんの前に立ちはだかる敵は、誰であろうと全部、私が叩き潰します……だから、今行きます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第36話:激突する平原(前編)

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻

 

反乱軍陣営

ブラーフマの乗る旗艦

 

 

 

「そうか……結局、あの男は奴らに対して微塵も損害を与えられなかったか」

 

部下から英麒の乗る白虎が何の戦果も上げられないまま撃墜されたとの報告を受け、ブラーフマは大きな溜息を吐いた。

 

「期待外れでしたな」

 

「薄々分かってはいたがな。まあ、これで奴に支払うことになっていた多額の報酬も、女どもの提供もなくなったという訳だ」

 

側に控えていたアジュガの言葉に頷くと、ブラーフマは正面の望遠モニターへ視線を送った。そこには、反乱軍の部隊と戦闘を繰り広げるバルバトス、ソリッドバルキリー、カグヤ、そしてウァサゴGの姿が映し出されていた。

 

「だが、あの噛ませ犬も少しは役に立った。カピラ城郊外に展開していた部隊をこちら側へ誘き寄せることが出来たのだからな」

 

「偵察に出した部隊からの報告によれば、どうやら敵部隊の主力であると思われる白いBMは不調のようです。そして、カピラ城は未だ戦力が整わない様子……仕掛けるなら今しかないと判断しますが」

 

「ふむ……そうだな」

 

ブラーフマは玉座から立ち上がると、全部隊へ指示を送るために無線を手に取った。

 

「教廷の無人機を出せ! ありったけだ!」

 

無線機へ声を吹き込み、ニヤリと笑う。

 

「前衛の部隊を撤退させろ。そうだ、一対一で勝てぬのなら圧倒的な数の力で全てを押しつぶせばいいのだ。ククク……緋色の剣聖、そしてオーガス小隊……今日ここで、引導を渡してくれよう」

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「……?」

 

テッサと別れた後も、最前線で反乱軍部隊を迎撃していた三日月は、ある時から急に敵が引き始めたことに気づき、首を傾げた。

しかも、どういうわけか撤退を始める反乱軍兵士達は、皆一同に怯えた様子を見せていた。

 

「逃げる?」

 

その様子に奇妙な気配を感じた三日月は、追撃せずにしばらく様子を伺っていたが……次の瞬間、反乱軍兵士達が消えた先から、うっすらと地響きが聞こえてきた。

 

「地震……?」

 

「いや、違うぞ……これは……!」

 

地響きと共に、大地の向こう側から巨大な土煙が立ち上るのを見て、何やら良からぬ気配を感じ取り、三日月と朧は身構えた。

 

「三日月お兄ちゃん! 大変なの!」

 

上空でスナイパースコープを使って巨大な土煙を覗いていたアイルーが、迫り来るそれを目撃し、驚いたような声をあげた。

 

「アイルー、どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたもないなの! あれ全部、戦車なの!」

 

「……!」

言われ、三日月は土煙の中へと視線を送った。

 

ガイウス、ユリウス

広大なチュゼールの大地を、既存の戦車の常識に囚われない独特なフォルムを持つ、機械教廷製の真っ赤な無人戦車が埋め尽くしていた。

 

数にして数百から千台ほどはいるだろう。

一切の隙間なく一定の速度を保って行軍する赤い戦車によって構成されたそれは、まるで赤い絨毯のようだった。

 

赤い絨毯が徐々に広げられ、戦車の進路上が真っ赤に染まっていく……かつてチュゼールが機械教廷の侵略を受けた『あの戦争』のことを知る者がこの光景を見たならば、思わず『浄化戦争の再来』と評することだろう。

 

「ここで虎の子の無人機を大量投入してくるとは……ブラーフマはこの戦いで全てを終わらせるつもりなようだぞ、三日月君! 朧君!」

 

「あれ、全部敵なんだ……」

 

「なんて数だ……」

 

オスカー、三日月、朧は徐々に迫り来る大群を見据え、それぞれ静かに得物を構えた。しかし、これだけの大群を前にしても誰1人として引こうとはしなかった。

 

「なるほど。敵は我々を押し通り、一気にカピラ城を落とすつもりなのだろう」

 

「つまり、ここで俺たちが引いたら……」

 

「ああ。まず間違いなくこの戦争は終わるだろう……ブラーフマ陣営の勝利という形で」

 

いくら堅固なカピラ城の城壁であっても、一度に数百台もの戦車の衝突を受ければ、タダでは済まないことは明らかだった。

そうなってしまえば、カピラ城どころか城下の市街地すら一蹴され、戦いとは無縁な数万もの人々が路頭に迷うこととなる。

 

「そうだ。我々はここで引くわけにはいかないのだ……もう間も無く、シャラナ王女が残存兵力をまとめて出陣なさる。諸君、それまで奴らの侵攻を何とか食い止めようではないか」

 

そう言いつつ、オスカーは不敵な笑みを浮かべた。

 

「フフフ……このシチュエーション、物語の主人公を活躍させる展開としては完璧ではないかね。この状況を我々に提供してくれたブラーフマには、是非とも礼を言って差しあげなくては……」

 

「あんた何言ってんの?」

 

「何、ただの世迷い言さ……」

 

呆れたような口調の三日月に、そんな言葉を返しつつ、オスカーは機体を上空に向かって飛び立たせた。

 

「三日月」

 

「なに? 家族想いの人」

 

入れ替わりに、朧が三日月の元へ近寄ってきた。

 

「お主、ここで引いても構わないぞ」

 

「え?」

 

少しだけ驚いた様子を見せた三日月に、朧はカグヤのマニピュレーターでアイルーの乗るソリッドバルキリーを示し、言葉を続ける。

 

「お主はまだ若い。それに、あそこにいる少女のように、守るべき存在がいるのだろう? ならばこんなところで命を粗末にする必要はないぞ」

 

「それ言ったら、若いのはあんただって同じでしょ……というか、守ってあげないといけない大切な人がいるのは、あんたも同じことでしょ?」

 

「フッ……そうだな」

 

三日月にそう言われ、一瞬、故郷に置いてきた妹のことを……そして、己の忠義を尽くすべき存在のことを考えた朧は、息を吸うように小さく笑った。

 

「では……似た者同士、共に死地へ参ろうか」

 

「ああ……邪魔するものは、全部叩き潰す」

 

黒い剣士は美しい緋色の刀を掲げ……

白い悪魔は巨大な質量兵器を構え……

 

並列した白と黒の人型機は、侵食を続ける赤い絨毯を見据え、同時にツインアイを光らせた。

 

 

 

to be continued...




(前書きの続き)
何が言いたいかと言うと、ニコニコ動画の方で『鉄血のオルフェンズ』と『ブラックブレッド』をクロスオーバーさせた、新たな『異世界オルガ』の動画があるのです。

その名も、『鉄血・ブレッド』

これがですね、もう本当に凄い!(語彙力不足)
ご興味がある方は、是非とも見ていただきたいのです。
(本当はこういう宣伝はついったーの方でやるべきなのでしょうが、ムジナのついったーは凍結しているので無理なのです。ついでにふぇいすぶっくも凍結されてるのです)←デシタルデバイト

少しだけ本編の話をさせていただくと、本当はテッサの三日月に対するヤンデレ具合をもっと事細かに、くどくどと表現したかったのですが、まだムジナの語彙力が足りてないのでこれが限界でした。
三日月とテッサの『アトラに関するやり取り』については、いつか書きたいのです。

それでは、次回予告です。


エル「いよいよブラーフマとの決戦の時!」
フル「ですが、そこへ『あの機体』が参戦します」

エル&フル「「次回、『激突する平原(後編)』」」

エル「なるほどね!これが『四面楚歌』なのね!」


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第37話:激突する平原(後編)

お帰りなさい! 指揮官様!

もう、ムジナは最近のコラボとか、ダッチーの方針に対して文句を言うのはやめることにしたのです。(なるべく) まあ、言いたいことは色々ありますが、それを爆発するのはもう少し待って、とりあえずダッチーがどのような結末を描くのかを見て、それから批判したいなと思っているのです。(まあ、その前に爆発するかもしれませんが)

ただ、ドラえもんとコラボするのはやめろ。まじで

まあまあまあ
それでは、続きをどうぞ……


 

 

密集し、ひしめき合いながら、ガイウスを始めとする機械教廷の無人戦車、約1000両は前進し、チュゼールの広大な土地に赤い絨毯を広げていく……

 

「狙い撃つ……なの!」

 

戦いの火蓋を切ったのはアイルーだった。

三日月たちのエアカバーとして空中に舞い上がり、迫り来る集団に対してソリッドバルキリーのメインウェポンである、長射程のスナイパーライフルによる早期迎撃を試みる。

 

アイルーはトリガーを引いた。

浅い照準で、脳波による誘導をしていない状態で放たれた狙撃にもかかわらず、ビームはガイウスの一機を貫き、瞬く間に大破炎上させた。

 

「この……! この……っ!」

 

アイルーがトリガーを引くたびに、赤い絨毯の中から小規模な爆発が生じる。

 

「だ、ダメなの! 全然止まってくれないなの!」

 

だが、いくらアイルーが先頭を走る戦車を撃墜しても、後続の戦車が大破した戦車を弾き飛ばし、踏み潰し、一向に進撃の速度が遅延することはなかった。

 

「落ちろ……!」

 

続いて、赤い戦車をビームライフルの射程に捉えたオスカーもトリガーを引きしぼった。高火力のビームが射線上にいた数両の戦車を大破させ、集団の中に穴を開けるも、次の瞬間には被弾を免れた戦車が穴を塞ぐように移動し、見事な集団を形成する。

 

「ふむ……まるでゾンビの群れのようだな」

 

「感心してる場合じゃないなの!」

 

余裕ぶった様子のオスカーに、アイルーは赤い絨毯めがけてトリガーを引き続けながら慌てた声を上げた。

 

「どうするなの!? アイルーたちは飛べるからいいけど、下にいる三日月お兄ちゃんたちは……」

 

「まあ、落ち着きたまえ」

 

アイルーの隣までウァサゴGを上昇させたオスカーは、そう言って地上の2人へと視線を送った。

 

「かつて浄化戦争においても、これと全く同じ状況が起きていた。まだBMが一般的に普及していない時代、機械教廷は圧倒的な数と優れた科学技術を武器にチュゼールへと侵攻した。だが、圧倒的な戦力差があったにも関わらず、教廷軍は極東武帝……宏武が率いる極東軍を前に敗北、大きな被害を受けたという……」

 

オスカーは機体のマニピュレーターで無人機の集団を示した。

 

「だが、1つだけ違う点がある……そう、無人機を統制する指揮者の存在だ。プログラムに従って活動し、自動的に敵を迎撃する無人機だが、しかし、その真価が発揮されるのは……集団を統率する者がいてこそなのだよ。そして、これだけの無人機を操れる者など反乱軍の中に存在するとは思えない。

『高慢、破滅に先立つ』……どんなに優秀な兵器を使おうとも、それを操る者がいなければ、所詮、的の数を揃えただけに過ぎない」

 

「えっと……つまり、どういうことなの?」

 

「フッ……つまり、古き時代を生きた者たちですらやってのけたのだ。この程度、老いぼれにできて今を生きる彼らに出来ないことなどないのだよ」

 

そう言ってニヤリと微笑むと、オスカーは地上の三日月と朧へ視線を送った。

 

「見せてくれるのだろう? 緋色の剣士よ、そして異世界の少年よ……」

 

そして、オスカーは対地攻撃を再開した。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

アイルーとオスカーによる空中からの狙撃により、三日月と朧の前に辿り着いた第一陣はそれなりに数を減らしてはいたものの、まだ相当数が健在だった。

 

「……来た!」

 

真正面から高速で迫り来る数十台の戦車を目撃した三日月は、メイスを構えつつ両腕部に機関砲を出現させると、赤い絨毯の中めがけて次々に砲弾を放った。

 

バルバトスの両腕から放たれた大口径の砲弾は、無人戦車を一撃で葬り去り、次々と爆発させていった。

 

機関砲を撃ち尽くした三日月は、さらに滑空砲、ロケットランチャー、迫撃砲を出現させ、無人機めがけて濃密な弾幕を展開した。

しかし、赤い絨毯の侵食は止まらない。開いた隙間を埋めるかのように無人戦車が押し寄せ、ついに三日月の目前へと迫った。

 

射撃兵装を使い切った三日月は、それらを全て亜空間に収納すると、前もって用意していたメイスを両手で構え……無人機の接近に合わせて薙ぎ払いを行った。

 

一度に3機の無人機を押し潰した。

しかし、そこへさらに無人機が来襲する。

 

三日月は一歩も引くことなくその場でメイスを振り回し、赤い装甲めがけて叩きつけ、次々と無人機を大破させていった。

 

メイスによる打撃をすり抜けてきた戦車はマニピュレーターで殴り倒し、蹴り飛ばし、時にはバックパックのサブアームを駆使して敵戦車の迎撃に当たった。

 

「くっ……」

 

しかし、絶え間なく迫り来る戦車の猛攻は三日月の対処能力を上回っていた。1両が三日月の迎撃をすり抜け、バルバトスの脚部に体当たりを命中させると、そこから迎撃態勢が瓦解するのは早かった。

 

足元の敵を叩き潰そうとメイスが振り上げられた瞬間、別の戦車がバルバトスの側面から突進し、衝撃でバルバトスは転倒。それからさらに十数台の戦車が殺到し、前の戦車を踏み台にするようにしてバルバトスへと群がり始める……

 

「み、三日月お兄ちゃん!!」

 

バルバトスの白い装甲は、瞬く間に赤い装甲の中に埋め尽くされてしまった。それを見て、アイルーが悲鳴をあげる。

 

「……大丈夫」

 

だが、三日月は落ち着いていた。

無人戦車に纏わり付かれた状態でスラスターの出力を上げ、機体をロールさせると同時にメイスを一振りすると、鋼鉄の暴風と化したその直撃を受けた数両の無人戦車が大破し、吹き飛ばされ、宙を舞った残骸が他の戦車を押し潰した。

さらに、メイスを振った風圧でバルバトスに取り付いていた数両も弾き飛ばされ、横転し、行動不能に陥った。

 

「これくらいなら、俺はやられない」

 

最後に、足元で生き残っていた戦車を踏み潰し、一息吐こうとした三日月だったが、新たに現れた戦車の群れがそれを許さなかった。

 

「でも、キリがない……」

 

メイスを構え直し、迫り来るそれらに対応しようとしたその瞬間……三日月の後ろから、緋色の閃光を伴って飛び出す、黒い影があった。

 

「血月花・華!」

 

影は目にも留まらぬ速さで戦車の間を移動した。

すると、赤い絨毯を形成していた戦車の群れは、まるで雷にでも打たれたかのように硬直し、次第に減速を始めると……まもなく全ての車体が真っ二つに両断された。

 

残ったのは、空気中に漂う緋色の残像のみだった。

 

「凄いな、家族思いの人……」

 

それはカグヤに搭乗した朧によるものだった。

そのあまりの早業と、足元に転がってきた戦車に刻まれた綺麗な太刀筋を見て、三日月は思わずそう呟いた。

 

「三日月、そんな戦い方では駄目だ。そのような力任せの攻撃では、この数を処理しきる前に力尽きる」

 

「それもそっか」

 

一瞬にして数十両もの戦車を撃墜した朧の助言を受け、三日月はメイスを格納し、代わりに太刀を取り出して構えた。

 

「これなら……」

 

「次、来るぞ!」

 

アイルーとオスカーの放つ対地攻撃の波状攻撃をすり抜けて、さらに数十両の戦車が2人の元へ殺到する。

朧は戦車群の正面に出ると、そこで機体をブーストさせつつ斬撃を繰り出した。

 

ぶつかり合う、緋色の閃光と赤い集団。

カグヤの姿を捉えた戦車群は、漆黒の機体を絨毯の内側に取り込もうと一斉に群がるも、朧の放った超高速の斬撃は赤色の戦車を全く寄せ付けなかった。

 

「そっちにも行ったぞ!」

 

剣の間合いに入らなかった戦車が、朧を素通りして三日月の方へ流れていく……

 

「任された」

 

短くそう告げ、三日月は太刀を使って戦車を片っ端から叩き斬っていった。

 

「朧月夜!」

 

「雷電!」

 

2人同時に必殺の斬撃が放たれた。

2つの暴風が戦場に発生し、鋭利な風圧は赤い絨毯を八つ裂きにしながら戦場を駆け巡って行った。

 

「三日月。お前、なかなかいい腕をしているな」

 

「そう? まあ、あんた程じゃないけど」

 

戦車を切り刻みながら、2人は会話を繰り広げる。

 

「当たり前だ。そもそも場数が違っている」

 

「やっぱりそっか……」

 

「だが、もっと努力と経験を積めば、きっと私やライン連邦の黒騎士などの猛者にも劣らぬ、良い剣士になる事だろう。これからも精進するといい」

 

「ん、分かった。じゃあさ、この戦いが終わったら、俺に剣を教えてよ」

 

「む、私がか……?」

 

朧は少しだけ驚いたような顔をして、チラリと三日月へ視線を送った。

 

「三日月。言っておくが、私の剣は血筋が強く影響しているのでな。ただ普通に教えたところで、常人がそれを完全に会得するのは不可能なのだ。だから、私が教えられることは……」

 

「それでもいい。俺は今よりもっと強くならないといけないから……だから、強くなれるんだったら、何だってやる」

 

「……そうか、お前にも色々あるのだな」

 

受け応えをしつつ、切り払いで一度に4両の戦車を両断した朧は、そこで小さく頷くと……

 

「分かった。考えてやってもいい」

 

「そっか、ありがと」

 

「ただ……私はこれまで弟子など持ったことはないから、正直言って上手く教えられるかどうかは分からん。あまり期待はするなよ?」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第37話:激突する平原(後編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘開始から約5分が経過した。

その間、4人は一歩も引くことなく大量の戦車を足止めし続け、この時点で既に300両以上の戦車を撃墜していた。

 

4機とも特にこれといって目立った損傷はなく、このままいけば、あと10分もすれば敵戦車を全滅させることが可能なように思えた。

しかし、ここに来て別の問題が生じ始めた。

 

「ゆ、指が痛くなってきたなの……」

 

戦闘が始まってからというもの、ここまで延々とスナイパーライフルのトリガーを引き絞っていたアイルーが小さく弱音を吐いた。

 

「ああ。流石に、たった4機でこれだけの数を相手にするのはキツイものがあるな……」

 

アイルーの言葉に同意を示しながら、オスカーもため息を吐いた。

 

「私はまだやれるぞ」

 

「俺も、まだやれる」

 

地上にいる2人は、まだ余裕のありそうな表情を浮かべてはいるものの……

 

「待ちたまえ、三日月くん、朧くん。疲労云々はいいとして、私とアイルーくんの機体にはそろそろ補給が必要だ」

 

地上の2人に向かって、オスカーは冷静に言い放った。

これまで、2人が濁流のごとく押し寄せる戦車群の猛攻に耐えることが出来たのは、上空にいるアイルーとオスカーの展開したエアカバーによるものも大きかった。

 

早期迎撃は地上の2人が戦いやすい状況を作り出していたのだ。そうでなければ、今頃は赤い絨毯の中に飲み込まれてしまっていたことだろう。

 

しかし、アイルーの乗るソリッドバルキリーはエネルギー切れを起こしかけており、戦車を破壊できる必要最低限まで出力を落とした状態で狙撃せざるを得ない状態になっていた。

 

それはオスカーの乗るウァサゴGも同様で、出力を落としたビームライフル以外の全ての武装を使い果たしていた。

 

「三日月よ、お前の刀も限界だろう?」

 

「…………」

 

朧に指摘され、三日月は手元の太刀に目を落とした。

磨耗し、切れ味の悪くなった刃、全体にべっとりとまとわりついた戦車のオイルがそれを助長している。さらに、刀身にはうっすらとヒビが入り、太刀はナマクラ一歩手前まで損傷していた。

 

「分かった。では、ここは私1人に任せておけ」

 

朧は緋色の閃光を伴って三日月の前に立ち、まるで踊るような動きで戦車を次々にスクラップへと変えていった。

 

「家族思いの人?」

 

「さあ、今の内に補給に行くといい」

 

「朧くん、君は……!」

 

「行ってくださいオスカーさん! そちらはもう、戦闘継続は不可能なのだろう? ならば、今戦える者が殿となってこの場に残るべきだ」

 

朧の言う通り、武器弾薬の不足したこの状態で戦闘を続けても勝ち目はないのは明白だった。しかし、背後にはカピラ城とそこに住まう人々がいる……壁になる者がいなければ、押し寄せる大量の戦車によって、それらが無残にも踏み潰されてしまうのは明らかだった。

 

しかし、いくら剣聖であろうと一度に数百もの戦車を相手にするのは不可能だった。朧を犠牲にして補給に戻るか、このまま勝ち目のない戦いを続けるか……部隊は選択を迫られた。

 

「俺は残るよ」

 

三日月はそう言って太刀を収納し、代わりに専用装甲とドローン砲『光輪』をバックパックに装備した、いわゆる『バルバトス・神威』へ機体を変形させた。

 

「三日月、お前は……」

 

「さっきから、まだやれるって言ってるでしょ、まあ……この状態になったら手加減は出来ないけど、もういいよね、赤い人?」

 

「ふむ……まあ仕方あるまい」

 

三日月の言葉に、オスカーはニヤリと頷いた。

 

「しかし、補給は……!」

 

 

 

『そう思って、来ましたよ〜〜〜』

 

 

 

シリアスなこの状況には似合わない、ほんわかとした女性の声が響き渡ったのはその時だった。

 

「ミドリちゃん?」

 

「あ〜! ミドリおねーちゃんなの〜〜!!!」

 

三日月とアイルーが声のした方向へ振り返ると、大型の航空機がゆっくりと、4人の方へ向かって来るのが見えた。それは紛れもなく、オーガス小隊の母艦である『プトレマイオス』だった。

 

そして、それを操るのはOATHカンパニーの社長代理であり、身寄りのない三日月やテッサたちの保護者的な立場になった優しい女性、ミドリである。

 

だが、援軍はそれだけではなかった。

プトレマイオスの後部ハッチから飛び出す赤い影……

 

「あ! おねーちゃんもいるなの!」

 

今まさにプトレマイオスの中で補給と修復を終えたのだろう、テッサの操るリキッドバルキリーが発艦し、三日月たちの直上を駆け抜けた。

 

「アイルー!」

 

「了解なの!」

 

たったそれだけのやり取りで、姉が何をしたいのか理解したアイルーは射撃の手を止めて空中でテッサと合流すると、ソリッドのエネルギーパックから伸びるケーブルを、リキッドのバックパックへドッキングさせた。

 

「クロッシングするなの! バーストショットと残った全エネルギーをおねーちゃんに送るなの!」

 

「ありがと、アイルー……エネルギー充填、50パーセント。ヴァリアブルバスターライフル超高インパルスモード」

 

テッサは二丁のバスターライフルを連結させ、眩い光が漏れる銃口を直下の戦車群に向けた。

 

「…………撃つ」

 

テッサはトリガーを引き絞った。

その瞬間、大気が震えた。

 

バルキリーの主砲から圧倒的な光の渦が放たれる。最大出力の半分ほどの威力しかないにも関わらず、射線上にいた無数の戦車群は跡形もなく焼失した。

 

しかも、バーストショットにより拡散された超高インパルスによる砲撃は大地を陥没させ、液状化させたことで無限軌道の運用に適さない地形となり、後続の戦車のスピードが少しだけ落ちることとなった。

 

 

 

『はい、それでは皆さん! 今の内に補給をお願いします』

 

ミドリの言葉に従って、フライトするエネルギーすらなくなったソリッドが、リキッドに抱えられるようにしてプトレマイオスへ着艦する。

 

「やっと休めるなの〜! お菓子お菓子〜」

 

『は〜い、お疲れ様です。アイルーちゃんのためにお菓子も沢山用意してますよ〜♫』

 

「わ〜い! ミドリちゃん大好きなの〜〜〜♫」

 

 

 

続いて、オスカーの乗るウァサゴGがプトレマイオスの後部ハッチに接近する。

 

「すまないが、この機体の補給も可能かね?」

 

『はい。補給だけと言わず、機体の補修と形態変更のパーツも一通り用意しておりますので、ご自由にどうぞ。本艦の誘導ビーコンに従って、オートで着艦しちゃって下さいね〜』

 

「フッ……用意がいいな、感謝する」

 

 

 

『最後に、三日月くんと剣聖さんもどうぞ〜』

 

2人の上空をプトレマイオスが旋回する。

 

「え? 俺も?」

 

「その気持ちは有難いが、この機体に補給は……」

 

『まあ、そう遠慮せずに〜〜〜♫』

 

次の瞬間、プトレマイオスの下部に設置された投射器から機体固定用のワイヤーが発射され、バルバトスとカグヤに命中……有無を言わせず、2機を空中へと引き上げた。

 

「あーーー」

 

「ま、待て! ここで誰かが壁にならねば、カピラ城が……」

 

『その心配は要りませんよ〜』

 

ミドリがそう発した瞬間、真下を移動する戦車群の中から爆発が生まれた。それも、1つだけでなく集団の至る所で爆発が生じ、巻き込まれた戦車が一機、また一機と脱落していく……

 

「そうか……シャラナ姫が出陣なされたか!」

 

ウァサゴGの光学カメラを使って周囲を探っていたオスカーは、カピラ城の方角から伸びる王国軍のビームフラッグを見つけ、小さく呟いた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

戦闘エリアから数キロ後方

カピラ城近郊

 

そこには王国軍の兵士達が集結していた。

この数日間、三日月たちが反乱軍の注意を引きつけていたことにより、王国軍は無事に戦力を回復させることに成功していた。

 

しかし……ここまでに至る度重なる戦の結果、王国軍兵士の大多数が戦死してしまったこともあり、カピラ城前に集結していた彼らは寄せ集めの兵士達に過ぎなかった。

人員を急遽募集したことにより、正規兵に混じって定年を迎えた老兵や新兵の姿もちらほら見受けられ、中には、つい数時間前までカピラ城で料理屋を営んでいた一般市民の姿も見られ、数を揃えるので精一杯な状態だった。

 

さらに言えば、反乱軍が最先端の兵器を運用しているのに対し、王国軍の運用するBMや戦闘車両に至っては旧式の兵器がその殆どを占めていた。

当然のことながら、機械教廷製の無人機も存在しない。

 

物量、性能、兵士の練度……そのどれを取ってみても、王国軍の戦力は反乱軍のそれを大きく下回っていると言えよう。

 

しかし、それでも彼らの士気は高かった。

それは最近の連戦連勝と、チュゼール各地で反乱軍の敗走が続いているという情報も影響してはいたのだが、一番の理由はシャラナ姫の存在にあった。

 

集結する王国軍……その先頭には、王国軍の旗艦であるシャラナ姫の陸上艦が鎮座していた。

 

「私の父でもあるチュゼール王が殺害されてから始まったこの戦争ですが……これから挑む戦いは、我々にとってかつてない程の規模のものとなることでしょう。しかし、我々の敵であるブラーフマを……彼を同族と思ってはなりません」

 

機体の甲板には、天高く帆を伸ばしたビームフラッグが装備されている。今……機体のコックピットからシャラナ姫が身を乗り出し、周囲の兵士たちを鼓舞するべく演説を行なっている。

 

「見よ! このブラーフマの悪行を!」

 

シャラナ姫は力強く前方を指差した。

遠くからでも、赤い絨毯の如く群れた機械教廷製の戦車が、真っ直ぐカピラ城へ侵攻を続けているのが見えた。

 

「我々の大地を埋め尽くす、この、大量の殺人兵器がその証拠です! 我々は浄化戦争の悲劇を繰り返そうとする逆賊・ブラーフマを許してはなりません。彼は最早、チュゼールの者ではありません、この地に混乱と災厄をもたらす悪疫に他なならないのです!」

 

シャラナ姫の明朗で力強い言葉遣いが、兵士たちの心に火をつけた。

 

「チュゼールの勇士達よ! 今こそ立ち上がる時です! ブラーフマという名の悪疫から、我々の土地を、そして親、兄弟、子供たち……我々の大切な人たちの明日を守るために……戦うのです!」

 

 

「「「おおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

 

シャラナ姫の言葉に突き動かされ、兵士たちが歓声をあげる。そして、ついに火蓋は切って落とされた……

 

「姫さまの為にも、俺たちの力でブラーフマを倒んだ!」

「ああ、異邦人どもを歓迎するぞ!」

「先祖代々受け継いできた、ワシらの土地を守るんじゃ!」

 

王国軍は赤い絨毯めがけて砲撃を開始した。

横並びになった自走砲が一斉に火を放ち、戦車からは大量のロケット弾が射出され、迫撃砲を装備したBMも次々に榴弾を投射する。

 

反乱軍の保有する数百の機体から放たれた猛烈な弾幕が、赤い絨毯の上に雨あられの如く降り注がれ、無人機の集団に甚大な被害を齎していく……

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

オスカーはコックピットの中で携帯端末を開き、カピラ城に残した部下たちから送られてきたシャラナ姫の演説をじっくりと聞いていた。

 

「フッ……そうだ。そうでなくては困る」

 

映像に映る王女から発せられる気高い雰囲気を感じ取ったオスカーは、そこで不敵な笑みを浮かべて小さく呟くと、コックピットハッチを開けてプトレマイオスの格納庫へと降り立った。

 

「お菓子〜! おいし〜〜〜なの〜〜♫」

 

「ふふっ……いっぱいあるから沢山食べてくださいね〜! ほら、三日月くんも〜!」

 

「ん……食べてる」

 

つい先ほどまでの緊張感は何処へやら……今、格納庫内ではちょっとしたお菓子パーティが繰り広げられていた。

 

アイルー、ミドリ、そして三日月の3人は格納庫の中心でお菓子が大量に盛り付けられたシートを広げ、それを前にして楽しそうな表情を浮かべていた。(三日月に関しては、一見するといつも通りの表情なのだが……)

 

因みに、一足先に補給を終えたテッサはプトレマイオスの直掩につきながら、地上の敵に砲撃を加えている。

 

「全く、まだ戦闘は終わっていないというのに……君たちは豪胆というか、何というべきか……」

 

「でも休める時に休まないと……はいこれ」

 

「む……」

 

呆れたような表情を浮かべてやってきたオスカーに、三日月はチョコバーを差し出した。

 

「……そうだな。では、ありがたく頂こう」

 

少しの思案の後、オスカーをチョコバーを受け取った。

 

「……あ!」

 

2人のそんなやり取りを見ていたアイルーは、ふと何かを思い出したかのように立ち上がると、持っていたクッキーの包みをポケットの中に収め、カグヤの方へ小走りに向かった。

 

カグヤは格納庫の片隅で膝をつき、武士の如く待機していた。その黒い装甲をよじ登ってコックピットへと辿り着いたアイルーは、その中に朧の姿を見つけると、天真爛漫な笑みを浮かべた。

 

「何か用か?」

 

「えっと……朧お姉ちゃん!」

 

「え?」

 

若干、驚き気味になる朧に、アイルーは目を輝かせて続ける。

 

「アイルー、朧お姉ちゃんが戦っているところ、上からずっと見ていたなの! 朧お姉ちゃんすっごくカッコよかったなの!」

 

「そ、そうか……」

 

「それに、朧お姉ちゃんのことをこんな近くで見てると、ミドリお姉ちゃんみたいに大人の色気が溢れ出てるって感じがするなの! アイルーもいつか、朧お姉ちゃんみたいに綺麗な大人の女性になりたいなの!」

 

「き……綺麗? 私がか?」

 

「そうなの! 朧お姉ちゃんは強くてカッコよくて、おまけにとっても綺麗な女の人なの!」

 

アイルーは屈託のない笑みと共にそう告げると、そこでポケットを探り、クッキーの包みを取り出すと、それを朧へと差し出した。

 

「朧お姉ちゃんはアイルーの憧れの存在なの! だから、お姉ちゃんとも一緒にお菓子を食べたいなの!」

 

「……そうか。まあ、少しくらいなら……いいか」

 

当初、張り詰めた緊張感を漂わせていた朧だったが、アイルーの無邪気な笑みに心を解されたのか、今の彼女の表情にはどこか安らぎの色が浮かんでいた。

 

「ふむ……どんな状況でも、明るさを忘れないというのはある種の才能なのかもしれないな。それを地でやっている彼女の笑顔を見ていると、こちらも疲労や悲壮感が薄らいでいくようだよ」

 

2人のやりとりを遠くから見ていたオスカーは、微笑ましいといった様子で肩をすくめてみせた。

 

「……うん、そうだね」

 

「はい。それがあの子の魅力なんです」

 

三日月とミドリもアイルーの笑顔を見つめて静かに頷いた。

 

「それで……艦長、この後我々は機械教廷の戦車群をすり抜けて、反乱軍の本陣へ直接攻撃を仕掛けたいと思っている。なので、進路を南に取ってくれ」

 

「分かりました。では、各機の補給と形態変更作業が終わり次第、そうしますね」

 

ミドリは機内用PDAで機体の整備状況を確認しつつ、そう告げた。

 

「ねえ赤い人。それって、下の戦車を無視するってこと? だったらお姫様の方は大丈夫?」

 

「ああ、あちらの方は問題ないだろう。機械教廷の無人戦車部隊は、君や朧くんの活躍でそれなりに数を減らすことができたし、それに王国軍には薔薇十字がついている……彼らがいれば、あの程度の数を殲滅することなど造作もないだろう」

 

「そっか、なら大丈夫だね」

 

「そうだ。それに極東軍の力に頼り切った浄化戦争の時とは違い、シャラナ姫が直接軍を動かしたことで、王国軍の面目は保たれた。そして、ブラーフマが提供してくれた浄化戦争を彷彿とさせるこのシチュエーション……それを他国の力に頼らず、自分たちの力だけで打ち破ることが出来た暁には、それまで脆弱と蔑まれていた王国軍の力を、チュゼール全域に留まらず、改めて国際社会にアピールできる良い機会となることだろう」

 

オスカーはそう言って、三日月へ視線を送った。

 

「目的は達成された。つまり、これから先はもう手加減をする必要はないということだよ、三日月くん。なので思う存分暴れてくれたまえ」

 

「分かった。ミドリちゃん、バルキリーの武器借りるね?」

 

ミドリが頷くのを確認してから、三日月はゆっくりと立ち上がり、バルバトスの方に向かって歩いて行った。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

数分後……

 

オスカーの指示通り、輸送機から反乱軍の本陣へと直接降下した三日月たちは、それぞれ鬼神の如く暴れ回り、反乱軍を徐々に追い詰めて行った。

 

多数配備された戦闘車両と軽装型の機甲は、2種のバルキリーを操る姉妹の放った超高インパルスの砲撃で一掃され、重装型の機甲は電光石火の如く戦場を駆け巡るカグヤの動きについてこられず、あっけなく撃破されていった。何か策を巡らせようとしても、それを敏感に察知したウァサゴGによって遠距離から狙撃され、堅固な装甲を持つ陸上艦艇も、バルバトス・神威に装備された光輪システムの前には無力だった。

 

圧倒的な力を発揮する4つの機甲を前に、反乱軍の主導者であるブラーフマは悲鳴をあげた。特に、今まで偵察部隊を通じて不調であると思われていたバルバトスの動きは驚くべきもので、流石のブラーフマも玉座から崩れ落ちかけるのだった。

 

反乱軍の展開した12の防衛線も、一瞬にして10まで破られ、三日月たちは間もなくブラーフマの旗艦へと迫ろうとしていた。

 

圧倒的に劣勢な戦況を前に、逃げ出したい気分にかられたブラーフマだったが、しかし、それは叶わなかった。なぜなら、反乱軍を追跡していたカリンガ藩王の大部隊が、ここに来て漁夫の利を得ようとするハイエナの如く後方から攻撃を仕掛けてきたからだ。

 

これにより、反乱軍は挟撃を受ける形となった。

完全に勝てる見込みのなくなったこの絶望的な状況に、ブラーフマはアジュガを始めとする将校たちと話し合った結果、ここは一旦降伏し、数十年後に再起を図ることを決意した。

 

かくして、ブラーフマの旗艦から降伏を意味する信号弾が打ち上げられる事となったのだが……何故か、打ち上げられたのは徹底抗戦を意味する2つの光だった。

 

「フッ……反乱軍は一兵たりとも逃さぬよ」

 

何故なら、飛翔する信号弾の1つを、オスカーがビームライフルで狙撃したからだった。信号弾が2つしか上がっていないことに気づいたブラーフマは、再び信号弾を打ち上げようと部下に指示を送るも、ウァサゴGの放ったビームが発射管を潰した。

 

「……チェックメイトだ。三日月くん!」

 

「…………!」

 

前衛部隊を一掃した三日月が、ブラーフマの乗る旗艦へと狙いを定めて機体をブーストさせた。バルバトスの両腕には、バルキリーSC改用の巨大な斧が装備されている。

 

厚い弾幕の間を駆け抜け、巨大な刃がブラーフマの旗艦を捉えようとした……まさにその時だった。

 

「…………ッッッ!!!」

 

どこからともなく猛烈なプレッシャーを感じた三日月は、斧を振り下ろす直前で動きを止め……思わず機体を後方へ飛ばした。

 

「なんだ、この感覚は……?」

 

「なんという鋭い殺気だ……」

 

三日月が感じたプレッシャーはオスカーと朧も感じられたようで、3人は攻撃をする手を止め、周囲を探った。

 

「上か……!」

 

それに気づいた三日月が天を仰いだ。

その時、ブラーフマの乗る旗艦の直上に、突如として巨大な黒雲が出現した。無数のスパークをチラつかせながら、黒雲は台風の如く渦を巻いて広がり、戦場をすっぽりと覆い尽くすと、やがて……その中心にある目から何かが姿を現した。

 

「……この反応、まさか……ファトムだと!?」

突然の出来事に、オスカーは驚愕した。

 

飛行機のような物体が上空に出現した。

角ばった箱状のフォルム、中央部にコックピット、主翼や安定翼といったものは一切存在せず、後部には二基の大型スラスター、機体の両端には鋭いクローアームが設置されている。

 

そして、それを足場にして空中に佇むその機甲

『黒いバルバトス』こと……ファントムだった。

 

 

 

『…………』

 

 

 

SFSに乗ったファントムは戦場を見下ろし、その中にバルバトスの姿を見つけると、肥大化した右腕と獣の左腕を頭上に振り上げ、交差させるように腕を組んだ。

 

「……ヤバイ!」

 

上空の黒い機体から放たれる得体の知れない何かを感じ取った三日月は、ファントムから距離を取ってテッサたちの元へ素早く移動した。

 

「三日月さん!」

 

「テッサ、アイルー! 来るよ!」

 

そう言って三日月は光輪システムを全基射出し、自身の周囲に展開させた。

 

「朧お姉ちゃんも早く!」

 

「あ、ああ!」

 

三日月の隣でディフェンスドローンを展開していたアイルーが、離れたところにいる朧へと呼びかけた。その瞬間……

 

 

 

 

 

『メイ オウ』

 

 

 

 

 

ファントムの口からその言葉が放たれた瞬間

ファントムを中心に、巨大な光が生じた。

 

触れるもの全てを破壊する滅亡の光が、ブラーフマの旗艦を、生き残っていた反乱軍兵士達を、ヴァーユとカリンガ藩王の大部隊を、荒野に横たわる鉄クズの山を……戦場のあらゆるものを呑み込み、一瞬にして灰燼へと誘っていく。

 

「朧お姉ちゃん!」

 

「くっ……」

 

光に呑み込まれるすんでのところで、朧はアイルーの展開したディフェンスドローンの内側へ逃れることができた。

 

「赤い人……!」

 

「いや、その必要はない」

 

三日月はオスカーへ呼びかけるが、オスカーはそう言って自ら光の中へ飛び込んで行った。仕方なく、三日月もディフェンスドローンの内側へ身を隠した。

 

間も無く、滅亡の光がディフェンスドローンのバリアフィールドを包み込み、バルバトス、リキッドバルキリー、ソリッドバルキリー、そしてカグヤの姿は白い光の中に消えた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

ファントムの放ったメイオウ攻撃は、ありとあらゆるものを巻き込みながら、その規模を拡大していった。

 

「くそ……」

 

大破した白虎の中で意識を取り戻した英麒は、徐々に迫り来る光の渦を目撃し、自分の運命を察した。

 

「せめて……普通の人らしく…………生き……」

 

やがて、破壊の光が容赦なく白虎を包み込んだ。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「あ……あれは…………」

 

「姫様! お逃げください!」

 

やがて、破滅の光は王国軍にも迫ろうとしていた。

シヴァージはどうにかしてシャラナ姫を逃がそうと試みるが、光の侵食のスピードは速く、逃げられないのは誰の目にも明らかだった。

 

「そんな……折角、ここまで来たのに……」

 

シャラナ姫が絶望に打ち震えたその時だった。

突然、シャラナ姫の乗る旗艦の前でステルスフィールドを解除し、それは姿を現した。

 

「薔薇十字騎士団、見参!」

 

それは6つの脚を持つ異形のBMだった。

上半身は薔薇十字騎士団の量産機であるICEY-Vになっているのだが、その一方で下半身は蜘蛛のような形の移動ユニットへと換装されていた。

 

さらに、蜘蛛型BMの出現に呼応するかのように次々とステルスフィールドが解除され、王国軍の前に9機のICEY-Vが姿を現した。

 

「全機、Xフィールド展開せよ!」

 

部隊の隊長であるブラヴォー・ワンの声と共に、蜘蛛型BMを中心に巨大なバリアーが形成され、横並びに展開した王国軍の機体を包み込んでいった。

 

「総員、衝撃に備えろ!」

 

次の瞬間、光と巨大なバリアーが衝突し、大気が震えた。

 

 

 

 

 

to be continued...




三日月たちの母艦であるプトレマイオスですが、これはダブルオーのトレミーから名前だけ持ってきたものです。なので外観はスペースシップと言うよりは無印のミデア輸送機みたいな感じを想定しているのです。

そして、いよいよファントムが登場!
日ノ丸での決戦からもうすぐ2年(?)やっとここまで辿り着くことが出来ました……はぁ、長かった、本当に……というわけで、次回はいよいよ『決戦』です。

それでは、お楽しみに……


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第38話:空の攻防戦(前編)

お帰りなさい! 指揮官様!

前回の投稿から1ヶ月以上も空いてしまった……本当に申し訳ないと思っています。書かないと指揮官様や読者の方々から忘れられてしまうと分かってはいつつも、どうも執筆の気が乗らなくて……

ところでウルズハントはまだなんですかね……
最初に宣言した通り、あれが始まってくれないと完結させる事ができないんですが……

まあまあまあ
というわけで長らくお待たせ致しました。
それでは、続きをどうぞ……


 

かつて世界に絶望し、世界の敵になった1人の科学者がいた。

 

彼の作り出した天のゼオライマー

そして、その核である超次元システム

無尽蔵エネルギーを生み出すことの出来るこの能力を用いて、彼は彼にとって脅威となる存在を片っ端から破壊し、大陸を消し飛ばし、そして全ての元凶である鉄鋼龍をこの世から消滅させた。

 

そして彼はメイオウとなった。

無尽蔵のエネルギー、次元連結砲など規格外の破壊力を持つ数々の兵器類、物質生成能力による桁違いの再生能力……唯一対抗できる鉄鋼龍が絶滅したことにより、最早、彼を止められる者はどこにもいなかった。

 

だが、彼は頂点ではなかった。

彼は間違いなく最強であった。

しかし、それはあくまでも彼自身が存在していた世界線の話であり、別世界に存在していた食物連鎖の上位種から見れば、彼という存在は矮小な獲物に過ぎなかった。

 

そして、彼が築き上げてきたチカラは、望まれぬ形で継承されることとなる。

 

突如として立ち塞がった上位種によって機体ごとパイロットは捕食され、怪物は登録された者にしか扱えなかった超次元システムのセーフティを書き換えることに成功、超次元システムを我が物とした。

1人の人間によって生み出された絶望は、無残にも怪物の喰いものにされ、怪物はメイオウの名を継承することとなった。

 

 

 

そして今、ファントムの放ったメイオウ攻撃は、その効果範囲内にいたありとあらゆる物質を蒸発させた。

 

ファントムの生み出した巨大な暗雲と、超広範囲攻撃の衝撃で巻き上げられた大量の土砂によって太陽の光は遮られ、一帯はまるで夜にでもなったかのように薄暗くなっていた。

 

『…………』

 

全てを破壊し尽くしたかのように思われた。

だが、それを成しても尚、ファントムの表情に変化はなかった。

ジッと、光の消え失せた場所を凝視していた。

 

「生きてるのがそんなに不思議?」

 

その時、ファントムの紅い視線の先に動くものがあった。

大地に立ち込めていた白煙が晴れると、そこにはビームシールドに包まれた4体の人型機の姿があった。

 

「対策くらいするよ、いつだって……」

 

ディフェンスドローンによって形成された防御フィールドの中で、三日月は上空を浮遊するファントムを見上げてそう告げた。

 

オスカーより送られてきたファントムとの交戦データから、ファントムが放つ広範囲攻撃の威力を事前に把握していた三日月は、この時のために対策を講じていた。

 

そこで三日月が目をつけたのは、アイルーの乗るソリッドバルキリーに搭載されたディフェンスドローンだった。

カピラ城での戦闘で、その圧倒的な防御性能を目の当たりにした三日月は、それと増幅装置の役割を果たすバルバトスの光輪システムを合体させ、より強力なビームシールドを展開することが出来るのではないかと考えた。

 

ミドリによる調整と、いくつかのテストを経て、やがてビームフィールドの実用性が証明されることとなり、メイオウ攻撃の発動に合わせて三日月はそれを実行に移すことにした。

 

こうして、三日月たちはファントムのメイオウ攻撃を凌ぐことが出来た。三日月を始めとして、フィールドの内側にいたテッサ、アイルー、そして朧はほぼ無傷の状態で戦闘態勢を取っている。

 

「これがアイルーと三日月お兄ちゃんの合体技なの!」

 

ファントムが持つ最大最強の攻撃を耐えたことで自身がついたのか、アイルーは冷や汗をかきながらも明るい笑みを浮かべた。

 

「おっと、私のことも忘れないで貰おうか」

 

『…………?』

 

ファントムが声のした方を振り向くと、そこには黄金の装甲を持つ機体……ウァサゴGが滞空していた。しかも、その装甲は以前にも増して煌びやかな輝きに包まれている。

 

「赤い人? よく生きてたね」

 

「フッ……無論だ。こちらとて対策くらいするさ」

 

不思議そうな声を発する三日月のことをチラリと見て、ウァサゴGのパイロット……オスカーはニヤリと笑った。

 

「黒い亡霊よ。お前が持つグレードゼオライマーの力……いや、次元連結システムは既に解析済みだ。いつまでも同じ技が通用するとは思わないことだな」

 

『…………』

 

三日月たちがビームフィールドでメイオウ攻撃を無力化した一方で、直撃を受けたにもかかわらず無傷なウァサゴGを見て、ファントムは面白くなさそうに顔をしかめた。

 

『ォォォォォォォ…………』

 

それからおもむろに巨大な右腕を天に掲げると……咆哮と共に、大きく広げた掌の内側に圧縮したプラズマを出現させた。ファントムの掌の中でプラズマは成長を続け、やがて巨大な雷の球体へと変化させた。

 

「プロトンサンダーか、無駄なことを……」

 

オスカーはそう言って、再びウァサゴGの装甲を煌びやかに輝かせ始めた。

 

「アイルー、三日月さんともう一度……」

 

「分かったなの! あ……あれ?」

 

テッサはアイルーへと呼びかけた。

威勢良く、プロトンサンダーの発動に合わせてディフェンスドローンを展開しようとしたアイルーだったが……先ほどのメイオウ攻撃の衝撃で予想以上にダメージを受けてしまったのか、ディフェンスドローンから放たれるビームシールドが明滅し、明らかに出力がダウンしていた。

 

「こっちも、駄目か……」

 

困惑するアイルーの隣で、三日月は力なく地面に墜落した6機の光輪システムを見て小さく呟いた。

 

「ど、どうするなの……!? これじゃあ防げないなの!」

 

三日月との合体技どころか、通常の防御フィールドの展開すら困難な状態に、アイルーは困惑した表情を浮かべた。

 

『プロトン・サン……』

 

やがて球体の大きさは何倍にも膨れ上がり……そして、今まさにファントムの腕からプロトンサンダーが放たれようとした、その時……

 

『……!』

 

なんの前触れもなく、ファントムの直上に『第2の太陽』を思わせる赤黒い光球が出現した。自身めがけて墜ちてくる太陽を感知したファントムは、手にしたプロトンサンダーを太陽めがけて勢いよく叩きつけた。

 

巨大な2つのエネルギー体が空中で衝突……その瞬間、チュゼールの上空を巨大な爆発が埋め尽くした。また、それによって生じた衝撃波は、戦場から遠く離れたカピラ城からでも観測される程だったという。

 

「……くっ!?」

 

強烈な衝撃波に晒され、その場にいた三日月たちは少しでも姿勢を低くして吹き飛ばされないようにするのが精一杯だった。

 

「お、収まったなの?」

 

「なに……? 今の攻撃は……」

 

「……! 見ろ!」

 

やがて衝撃波が過ぎ去り、一同は周囲の状況を探っていると……そのうちの朧が『それ』の存在に気づき、方向を指し示した。

 

『…………』

 

上空を覆い尽くしていた巨大な爆炎が晴れ、その中から無傷の状態で現れたファントムも同様に、突如として戦場に姿を現した『それ』の存在に気づき、紅い視線を向けた。

 

『………………オオオオオオオオ!!!』

 

そこには黒紫色の巨人の姿があった。

王冠や腕輪など全身に金色の装飾が施され、既存のどのBMメーカーの規格にも沿わないフレーム、悪魔とも神とも形容される神聖なシルエット。

 

『我が一撃を耐えるとは……』

怪物が手にした杖を天に掲げると、戦場に不気味な声がこだました。

 

「まさか……十二巨神・シヴァだと!?」

黒紫色の怪物を目撃し、オスカーは驚愕した。

 

『鈍い……我の躰に循環する力がなんと鈍いことよ。絶望、恐怖、苦痛……あらゆる点においても純度の低い負のエネルギーだ。所詮、代替のマスターではこの程度か……』

 

シヴァはまるでため息を吐くかのように呻き声を発すると、その不気味な緑色の視線を三日月たちに向けた。

 

『ならば、さらなる犠牲を作り出すのみ』

 

「……!」

 

シヴァの発した殺気に気づいた三日月は、咄嗟に身構えるも……次の瞬間、つい先ほどファントムを襲った『第2の太陽』が三日月たちの直上に出現した。

 

『お前たちに、試練を与えよう。この試練に耐えられぬ者は、我が伝説に刻まれる資格を持たない……』

 

シヴァが杖を振り下ろすと同時に、太陽が落下を始める。そして、目も眩むような破滅の光がバルバトスを包み込もうとした……まさにその時……

 

「やらせるか!」

 

三日月の背後から朧が飛び出すと、落下する太陽の前へ跳躍し……

 

「一刀両断ッッッ!!!」

 

朧は太陽めがけてカグヤに装備された巨大な緋色の刀を振るった。次の瞬間、巨大な太陽が真っ二つに両断され……カグヤの両脇をすり抜けてそのまま地面へと落下した。

 

太陽がもたらす圧倒的な破壊力……その源である原子核を正確に断ち切ったことにより、三日月達を逸れて地面に落ちた太陽は瞬く間に威力を失い、誘爆を引き起こすことなく消滅することとなった。

 

「凄いな……」

 

無力化され、徐々に縮小していく太陽を見て、三日月は思わずそう呟いた。

 

「みんな、無事か?」

 

「は……はい! 助かりました……」

 

「朧お姉ちゃん、凄いなの! カッコいいなの!」

 

シヴァの攻撃を防ぎ、華麗な着地を決めた朧は3人が無事であることを確認すると、小さく頷いた。それから刀を振り払い、シヴァへと向き直る……

 

「その出で立ち……十二巨神とお見受けした」

 

『お前は……なるほど、ただの模造品とばかり思っていたが、どうやらその限りではなかったようだ。お前は英雄になる資格がある……』

 

「…………侮るな、巨神よ」

 

『さあ、生き残りし勇士たちよ。第2の試練を受けるがいい』

 

シヴァは手にした杖を掲げた。

杖から生成された太陽が、シヴァの直上で眩い輝きを放った。

 

『この圧倒的な力の前でも、我と戦うことのできる「英雄」がいるのなら、必ずや成し遂げられることが出来るであろう……我が使命を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第38話:空の攻防戦(前編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三日月さん、これは……」

 

ファントムの出現により、ブラーフマ率いる反乱軍は文字通り全滅。そして、そこへ追い討ちをかけるようにして出現した十二巨神・シヴァ……あまりにも目まぐるしく移り変わる戦況に、テッサは少しだけ混乱していた。

 

「ねえテッサ、あの紫色の奴を頼んでもいい?」

 

「え……あっちって……?」

 

テッサが三日月の視線を辿ると、そこには今まさにカグヤめがけて太陽を放とうとしているシヴァの姿があった。

 

「アイツ……やばい。多分、家族思いの人だけじゃキツイと思う……だから」

 

「朧さんの手伝いをすればいいんですね? 分かりました!」

 

「うん、お願い……」

 

そう言って、三日月はシヴァとは別の方向へと向き直り……そして、謎の飛行機の上で仁王立ちをするファントムを見上げた。

 

「……俺は、アイツをやる」

 

『…………』

 

シヴァが現れてからというもの、様子を見るかのように戦場を見下ろしていたファントムだったが、三日月の向ける視線から戦意を感じ取ったのか、薄気味悪い笑みを浮かべた。

 

「三日月さん……どうかご無事で」

 

「頑張るなの!」

 

心配そうな表情を浮かべつつも、テッサはアイルーと共に朧の支援へと向かった。すると去っていく2人と入れ替わるようにして、三日月の元へオスカーが近寄ってきた。

 

「三日月君、私も加勢しよう」

オスカーは三日月の隣に立ち、そう提案するも

 

「いらない。赤い人もあっちを手伝ってあげて」

 

「む……1人でやろうと言うのかね?」

 

「そうだけど……来るよ」

 

『バァン!!!』

 

次の瞬間、つい先ほどまで三日月とオスカーのいた空間に爆発が生じた。咄嗟に回避行動を取っていなければ、いくらナノラミネートアーマーでも大ダメージは免れなかった事だろう。

 

「これがジゲン攻撃って奴か……」

 

三日月は機体を後ろに飛ばしながら斧を捨て、右手に滑空砲を出現させた。リロードは亜空間で既に行われている。着地と同時に砲身を上空のファントムに向け……トリガーを引き絞った。

 

大口径の主砲から放たれた巨大な砲弾がファントムへと殺到……しかし、直撃する間近でファントムの周囲に貼られたバリアのようなものに阻まれ、砲弾は天高く弾かれてしまった。

 

「弾かれた……?」

 

『バァン!!!』

 

「くっ……ベカスが使ってたフィールドとは違う……これもジゲン攻撃のひとつってことか……」

 

ファントムの放つ次元攻撃を避けながら、三日月はさらに数回ほど発砲するも……そのどれもが直撃する前に、ファントムの周囲を覆う次元バリアに阻まれてしまった。

 

「だったら……」

 

三日月は弾切れを起こした滑空砲を亜空間に収容すると、さらにバルバトスの右手を亜空間内部へ突っ込ませ……そこから鞘に収まった日ノ丸の刀を取り出した。

 

鞘から刀が引き抜かれると、眩い光の柱が出現した。

 

柄の先から膨大な閃光が放たれ、巨大なビーム刀を形成する。それと同時にバルバトス・神威の装甲に力強い輝きが生まれ、装甲表面に走る無数の赤いラインが血管のようにハッキリと浮かび上がった。

 

剣型格闘武器『飛翔』

かつて三日月が日ノ丸のA.C.E.学園に在籍していた時、佐々木光子から譲り受けた光の刀身を持つ神々しい武器……その鞘はバルバトスの太刀を砕くほどの異常な物理耐性を有し、光の刀身をひとなぎすれば、ファントムの装甲ですらいとも容易く切断することが出来る威力を持つ。

 

「これなら……やれる」

 

『……!』

 

日ノ丸での鍛錬を思い出し、三日月が『飛翔』を構えると、ファントムは僅かに息を呑むような素振りを見せ、明らかに動揺していた。

 

『バァン! バァン!! バァァァァァァァン!!!』

 

しかし、ファントムがそんな様子を見せたのはほんの一瞬のこと……即座にバルバトスめがけて両腕を伸ばし、お得意の『指鉄砲』を乱射し始めた。

 

三日月はランダム回避を行使し、絶え間ない空間の爆発の中をすり抜けるようにしてファントムへと接近……そして、その手前に来たところでスラスターを全開にして天高く飛び上がった。

 

『…………クク』

 

「読まれてるか!」

 

今まさに、ファントムの黒い装甲めがけて光の刀が叩きつけられようとした……その直前で三日月は攻撃をやめ、卓越したスラスターさばきを用いて空中で緊急回避を行った。

 

次の瞬間、ファントムの全面に巨大な爆発が生まれた。

 

予備動作なしでの次元攻撃、三日月がそのままバルバトスを突っ込ませていれば、一瞬にして戦闘不能に陥っていた事だろう……

 

「くっ……なら!」

 

地面に着地した三日月は、今度はファントムの真下に向かって機体をブーストさせた。

 

「待ちたまえ、三日月君!」

 

単独でファントムへと挑む三日月を見て、オスカーは叫ぶように声を発した。

 

「ファントムはグレートゼオライマーという別世界の機体を吸収したことで、今や途轍もない進化を遂げている。次元連結システムによる砲撃の威力も、オリジナルを大きく上回るほどの性能だ」

 

オスカーが呼びかける間も、しかし三日月の進撃は止まらない……次元攻撃の隙間を縫うようにしてすり抜け、ファントムへの再接近を試みる。

 

「つまり君が日ノ丸で戦ったものとは最早別モノということだ。そんなものを相手にたった1人で戦おうなど……それに、君のバルバトスは空を飛ぶ敵と相性が……」

 

「うるさい」

 

やがてSFSを空中の足場にしているファントムの真下に来ると、再びスラスターを全開にして、直上のファントムめがけてバルバトスを飛翔させた。

 

スラスターから火を噴かせ、打ち上げられたシャトルの如く上昇を続けるバルバトス。

ファントムからの次元攻撃はない。足場にしているSFSが次元攻撃の死角になっているからだ……しかし、ファントムは三日月のそんな策すら読んでいた。

 

「っ!?」

 

ガラ空きになったSFSの腹めがけて飛影を突き刺そうとした三日月だったが……それよりも早くSFSのウェポンベイが開き、そこから複数のミサイルが出現した。

 

ミサイルは前方へと射出されたと同時に大きな曲線を描いて下方向から反転……そのシーカーに空中のバルバトスを捉えると、無数の子弾を放出した。

 

クラスターミサイルから放たれた大量のマイクロミサイルがバルバトスへと迫る。三日月は一旦上昇をやめて機体を反転させると、下方向から迫るミサイル群を見据えて『飛翔』を構えた。

 

「雷電!」

 

そして、光の刀でミサイル群を薙ぎ払った。

一度に大量のミサイルを破壊したことで、空に巨大な爆発が生まれ、爆発の衝撃はバルバトスを天高く押し出し……三日月はそれに抗うことなく機体を飛び立たせた。

 

『!』

 

これにより、三日月はファントムの真正面へと出現することとなった。ファントムは驚愕しつつもバルバトスめがけて次元攻撃を放とうと右腕を突き出し……しかし、ファントムの指鉄砲から次元攻撃が放たれるよりも早く、三日月はファントムのワンインチ距離へと移動した。

 

『……!?』

 

「この距離なら、撃てないでしょ」

 

間合いの内側へと潜り込んだ三日月は、そのままファントムめがけて飛翔を叩き込んだ。数多ある剣型格闘武器の中でも規格外の威力を持つ光の刃が、ファントムの装甲斬り裂く……

 

「……!」

 

……いや、斬れなかった。

振り下ろされた斬撃は、ファントムの装甲の一歩手前で防がれ……それはまさしく透明な壁に弾かれているかのようで、全くと言っていいほど歯が立たなかった。

 

「硬い……っ!」

 

『……カカカ』

 

驚愕する三日月を前に、ファントムは不気味に笑った。

 

「あのフィールドは……まさかXと同様の……!」

 

低空から白と黒の悪魔の戦いを観察していたオスカーは『飛翔』の光を妨げているファントムのフィールドに心当たりがあるのか、思わず声を荒げた。

 

『……ハハッ!!!』

 

「くっ!?」

 

三日月の攻撃が勢いを失うと、ファントムは嘲笑と共に巨大な右腕を振りかぶり……バルバトスめがけて強烈な打撃をお見舞いした。ギリギリのところでブロックに成功した三日月だったが、足場のない空中では威力を殺すことが出来ず、そのまま大きく吹き飛ばされてしまった。

 

『ククク……』

 

三日月がスラスターを駆使して空中で姿勢を立て直した時には、既にファントムは攻撃体制に入っていた。

『バァン!!!』

宙を舞うバルバトスの落下位置を予想し『指鉄砲』の形状にした右腕を突き立て、その場所めがけて次元攻撃を放った。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

ほぼ同時刻……

チュゼール郊外西側

 

ファントムの放ったプロトンサンダーとシヴァの放った太陽。つい先ほど、莫大なエネルギーを抱えた2つの球体が衝突したことにより、チュゼールの地に衝撃が走った。

それにより三日月とファントムがいる戦場は、不明な原理で発生した分厚いドーム型のバリアに覆われ、外側からでは中の様子が分からなくなっていた。

 

「これは……」

 

そのドーム型のバリアに近づく者たちがいた。

それはスロカイと3人の騎士だった。

従来の人型機とは比べ物にならない程の圧倒的な巨体を持つ機甲『ハンニバル』に搭乗し、チュゼールでの血生臭い内乱……その結末を見届けようと戦場に赴いていた。

 

つい先ほどまでファントムのメイオウ攻撃の範囲外にいた為、幸いなことに全員無事だった。しかし、メイオウ攻撃の威力を間近で目撃することとなった4人は、第二波の危険性があるにも関わらず、まるで力に引き寄せられるようにして前進を続け、ここまで辿り着いていた。

 

「これはどうやら、高出力の電磁波で形成された力場のようですね。この中では通信機器は全て使用不可能、BMの行動にも制限がかかるでしょう」

 

「そのようだな」

 

マティルダの言葉に、スロカイは静かに頷いた。

 

「陛下、先ほどの空の大きな爆発はなんだったのでしょう」

 

「その前に起きた、謎の光もね」

 

マティルダとヴィノーラは思ったことを次々に口にするも、しかし、ファントムとシヴァの存在を知らないスロカイは何が起きているのか見当もつかなかった。

 

「分からぬ。だが、これだけの莫大な破壊力……恐らく、2つとも何らかの高出力エネルギー兵器が使われたのだろうな……」

 

ため息を吐き、スロカイはドームを見つめた。

 

「だが、あそこはブラーフマら反乱軍が陣を張っていた場所だ。あれがもし、ブラーフマの軍に対して使われたものであるならば……どうあがいても全滅は免れないだろうな。ふん、クーデターを起こして権力を牛耳ろうとしたばかりか、裏で余を亡き者にしようとしたブラーフマとかいう、脆弱で傲慢な卑怯者に相応しい末路だ」

 

「そういえば、数日前にもこんな事がありましたよね……今回の爆発を引き起こした原因も、前のものと同じでしょうか?」

 

「そう思っていいだろう…………む?」

 

その時、スロカイは妙な気配を感じた。

機械神の力で人並み外れた探知能力を持つスロカイは、その能力でドームの内側にいる何かの存在に気がつくと、その存在を探ろうとさらに感覚を拡張させ……

 

「ぐっ……!?」

 

「……え?」

 

突然、コックピットの中に小さなうめき声が響いた。

それに気がつき、広々としたコックピットの最上段を振り返ったマティルダは、そこで頭を押さえて苦しそうな表情を浮かべるスロカイを見つけた。

 

「へ、陛下!?」

 

「うぅ…………頭が…………」

 

「陛下!」

 

マティルダは慌ててスロカイの元へ駆け寄った。

 

「…………?」

 

「ちょっと! 教皇様が痛そうにしてるのにウェスパ何見て…………あれ? 力場の中から何か出てきたよ?」

 

ウェスパの警戒したような視線に気づいたヴィノーラが、ふとドームの方向に目をやると……ドームの内側から、ゆっくりと数機の人型機が出現するのが目に入った。

 

『お前には……英雄になる資格がある』

 

『お前に……試練を与えよう……』

 

ドームを突き破って出てきた紫色の機体から、恐ろしく響き渡る声が聞こえた。ウェスパは次々と目の前に現れる謎の人型機を見据えると、広いコックピットの中で身構えた。

 

「……ドームの中から、機甲?」

 

「いや……あれはBMではない……」

 

マティルダの手を握り返し、スロカイは弱々しく声を発した。その顔は青ざめ、額にはうっすらと汗が滲み出ている。

 

「あの紫色の機体から放たれるこの威圧感……どちらかというと、単なる兵器ではなく、余のロードエンプレスによって作り出した存在も殆ど同等のモノであると言えよう……」

 

「そんな、あり得ません!」

 

「そう思うのも無理はない。しかし、あの機体から発せられる力は……そうか、性質が似ているせいか、この敵は余のロードエンプレスを妨害しているのか……」

 

その結論に至ったスロカイは小さく笑うと、納得したように項垂れた。

 

スロカイの予想は当たっていた。

突如として彼女たちの目の前に現れた紫色の機甲……それは十二巨神・シヴァの作り出した分身体だった。

分身体は、シヴァの持つ『物質を別のものへと置換する』能力によって生み出された不安定な存在ではあったものの、十二巨神をベースにしているだけあってそのスペックは高く、そして何よりも数十や数百どころではなく、相当数の分身体がドームの中に存在しているようだった。

 

『試練を与えよう……』

 

重々しい声と共に、分身体から放たれたエネルギー波がハンニバルへと着弾……衝撃により、コックピットの中が激しく振動した。

 

「くっ……」

 

「…………っ!」

 

「わわっ!?」

 

騎士たちはコックピットの中で悲鳴をあげた。

そんな彼女たちへ追撃を仕掛けるようにして、分身体は徐々にハンニバルへと距離を詰め始める……

 

『試練を……』

 

そんな声と共に、分身体の一機が先端が鋭く尖った杖を構え、ハンニバルへと急速接近する。

 

「陛下!」

 

迫り来る殺気を感じ取り、マティルダは悲鳴をあげた。そして、鋭利な杖が今まさにハンニバルのコックピットを貫こうとした……その瞬間……

 

 

 

「……で、それだけか!?」

 

 

 

スロカイの咆哮。

彼女の声に応えるようにして、ハンニバルはその巨体に似合わぬ俊敏さで杖を避け、分身体の真横へと移動すると……右腕のドリルアームの先端が開き、その先端で挟み込むようにして分身体の下半身を掴み上げた。

 

さらに左腕のネイルガン・アームで分身体の上半身を掴むと、天高く頭上に掲げ、その場で分身体の体を真っ二つに引き千切ってしまった。

 

『し、し…………しれ、試練…………を…………』

 

「くどい!!!」

 

分身体は胴体から真っ二つなりながらも、まだ息があった。怒りを露わにしたスロカイは分身体を乱暴に地面に叩きつけ、ハンニバルの胸部に設置されたアトミック焦土レーザーで分身体を焼き払い、存在そのものをこの世から消滅させた。

 

『試練を……与えよう……』

 

「失せよ!!!」

 

群れる分身体に向けて5門のネイルガン・アームの銃口を向けたスロカイは、容赦なくトリガーを引き絞った。超高速で発射された無数のネイルが分身体を一機残らずズタズタに引き裂き、薙ぎ払い、残骸へと変えていった。

 

「この程度で余を倒そうなど笑止千万! どうした、余はロードエンプレスが使えぬのだぞ……いわば、お前たちが相手にしているのはただの1人の女に過ぎない。しかし、余を仕留めたくばその3倍は持って来るがいい!」

 

スロカイの言葉に反応するかのように、ドームの内側から10機もの分身体が姿を現した。

 

「足りぬ! 足りぬぞ!!!」

 

興奮した様子のスロカイは、そう言ってドリルアームを回転させ始めるも……その時、ハンニバル脇を通り抜けるようにして深緑色の機体が分身体へと迫った。

 

「…………」

「え?」

「あなたは……!」

それを見て、騎士たちは驚いた表情を浮かべる。

 

 

「幻舞拳……孤月連閃」

 

 

その速さはまさに稲妻のようだった。

深緑色の機体が電光石火の如く躍動し……分身体めがけて拳、掌、肘、指、無数の凶器を次々に繰り出し、10機もの敵を瞬く間に蹴散らしていった。

 

一瞬のうちに、辺りには動かなくなった分身体の残骸で溢れかえる事となった。しかし、それを成してもなお、深緑色の機体は自らの力を誇示する事なく、ただ謙虚にドームの中へ視線を送り続けるのみだった。

 

「ちっ……あやつめ」

それを見て、スロカイは舌打ちした。

 

「おい、そこのお前……いや、影麟!」

 

「…………?」

 

「突然出てきたかと思えば、余に何の断りもなく獲物を掻っ攫っていくとは……なんという余計なことをしてくれたな?」

 

「…………」

 

暴れ足りなかったスロカイは、その苛立ちを深緑色の機体……闘将改のアップグレードバージョンである『青龍』に向けた。

そのパイロットである影麟は、そこでようやくスロカイが自分に対して怒っていることに気づき、どこか悲しそうな表情になった。

 

「ま……まあ、いいじゃないですか! それに彼の腕前、この前よりもさらに上達しているみたいですし……」

 

そんなスロカイをマティルダは必死になって宥めると、やがて落ち着きを取り戻したのか、スロカイはポケットを探ってナツメヤシの実を取り出し、口に入れた。

 

「……まあいい。それで、お前は何しにここへ来たのだ? まさか我々同様、戦いの行く末を見に来たという訳ではあるまい?」

 

「…………」

 

影麟は頷くと、青龍の頭部をドームの方に向かせ、その内部を指し示した。

 

「なるほど……お前も感じるのだな。あのドームの内側にいる、強大な力の持ち主を」

 

「…………」

 

「フッ…………力を持つ者同士は引かれ合うとはよく言ったものだ……一応言っておくが、あの中は危険だぞ、それでも行くのか?」

 

「…………」

 

そこで影麟はスロカイの方へ振り返り「そっちは大丈夫?」と言いたげな表情を浮かべた。しかし、雰囲気で影麟の心情を感じ取ったスロカイはそこでニヤリと笑い……

 

「ふん……うつけが。余を誰だと思っている……」

 

「…………」

 

「安心しろ。今回の旅を通して、余も沢山のことを学んだ……だからもう二度と同じ轍は踏まないつもりだ。それに、今回の旅はお前以上に優秀なシークレットサービスが付いているのでな……よって、余のことを気にかける必要はない」

 

「…………?」

 

スロカイの言葉に、遠く離れた丘の上に向いていたハンニバルの視線を辿った影麟だったが、その場所をいくら探ってみても、そこには何もいなかった。

 

しかし、鋭い探知能力を持つスロカイだけはその存在に気づいていた。未知のステルスシステムを隠れ蓑にして、有事の際にはスロカイに迫る危険から、彼女の身を守ろうと狙撃態勢を取る5機の赤いBMの存在を……

 

「そういう訳だ。さあ、行くがいい!」

 

「…………」

 

自信ありげなスロカイの言葉に、彼女のことは大丈夫だろうと判断した影麟は、再びドームへと振り返ろうとして……

 

「そういえば……おい、もう1人はどうした?」

 

「…………」

 

最初、スロカイの言う『もう1人』の事が誰を指している言葉なのか分からなかった影麟だったが、すぐさまそれがベカスを指していることに気がつくと、空の一点を指差した。

 

「……む?」

 

影麟が示した方向へスロカイが視線を送ると、空の彼方からこちらに向かって飛行機にも似た何かが飛来して来るのが見えた。

それもつかの間、その機体はあっという間に地上のスロカイと影麟を追い越すと、そのままドームへと正面衝突し……轟音と共にドームの表面をすり抜け、その内部へと姿を消した。

 

「……なるほど、そういうことか」

 

自身の真上を目にも留まらぬ速さで駆け抜けていった銀色の機体を見て、全てを察したスロカイはハンニバルの中でニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

一方その頃……

ドームの中で戦闘を続ける三日月とファントム

 

 

 

『バァン!!!』

宙を舞うバルバトスの落下位置を予想し『指鉄砲』の形状にした右腕を突き立て、その場所めがけて次元攻撃を放った。

 

「……っ!?」

 

次元攻撃を回避しようとした三日月だったが、ここが空中である事と、バランスを整えたばかりである事から、急な回避行動は三日月の反応速度を持ってしても不可能なことだった。

 

……ダメか!

自分に向けられたファントムの腕が鈍く発光するのを見て、次に襲い来るであろう衝撃に、三日月が目を閉じかけた……その時だった。

 

 

 

「まだだ!! まだ終わってねぇぞ三日月!!!」

 

 

 

地平線の彼方から超高速で飛来するものがあった。

 

大型の飛行機にも似た形状のそれは、機体底部に取り付けられた4本のアームを駆使して空中のバルバトスを攫い、ギリギリのところで次元攻撃の爆発から三日月を救出することに成功した。

 

「え……? 俺……生きてる……」

 

「無事か、三日月!?」

 

「え……この声、ベカス?」

 

三日月は思わず、自分のことを抱えながら飛行を続ける飛行機を振り返った。銀色の装甲、流線型、重装で豊富な武装、巨大な2門のスラスター、主翼・尾翼らしきものはなく、コックピットがどこにあるかすら分からない、既存の飛行機とは一線を画すフォルム……

 

「ああ、待たせたな……!」

 

ウァサゴ・パワード飛行型

そのパイロットであるC級傭兵、ベカス・シャーナムは三日月の問いかけに力強く応えると、バルバトスを抱えたまま反転し、機体の機首をファントムに向けた。

 

「……落ちろ、このクソ野郎が!」

 

ベカスはファントムをロックオンし、トリガーを引き絞った。ウァサゴ飛行型の前面に設置された高出力ビームキャノンと4門のビームバルカンが一斉に火を噴いた。

 

 

to be continued...




Ωプロトンサンダー(特殊格闘)
ファントムにかかればプロトンサンダーですら格闘武器として扱う事が出来るという……(攻撃範囲は小さくなるも、その分威力が圧縮されているので触れたものはまず確実に破壊される)。

ここのところ緊急事態宣言とかのせいで外に遊びに行けない日が続いている事もあり、最近、どうも執筆のモチベーションが上がらないのです……(閃光のハサウェイすら観に行けてない)。
せめて、もっと異世界オルガの新しい動画(自世界でも可)がもっと出てきてくれたら頑張れるのですが……というわけで鉄血ブレッドの最新話が出てきたら頑張りたいと思います。

まあまあまあ……
2〜3週間以内に次話を書けたらいいなと
それでは、また……


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第39話:空の攻防戦(後編)

お帰りなさい!指揮官様!

ニコ動の方で『鉄血・ブレッド』の最新話が公開されたので頑張りました。(もう1つ言わせてもらうと『鉄血のプリンセスコネクト』も凄く面白かったです)

いや、凄いですよ『鉄血・ブレッド』! 編集技術も回を追うごとに向上していって、よくある異世界オルガにありがちなオルガと三日月の空気化が一切なく、まるで最初からオルガとミカがブラックブレッドの世界にいたのではないかと錯覚するくらいに違和感が仕事しないのです! 何よりも、視聴者の期待を裏切らない展開の数々なので観ていてワクワクが止まらなくなるのです!

いや、正直言ってこんなの読んでるより『鉄血・ブレッド』の方観に行って欲しいというくらいで……や、それはそれでダッチーに失礼ですかね

とにかく、あれのおかげでムジナの創作意欲が回復したので、これからも頑張りたいと思います(鉄オルのゲームがリリースされるまで……)作者の方々、有難うございました!

まあまあまあ、
それでは続きをどうぞ……


スロカイ一行と影麟が、ドームの内側から現れるシヴァの群れを相手にしていたちょうどその頃……遠く離れた丘の上には、エイハブの命を受けスロカイの護衛についていた5人の騎士たちの姿があった。

 

丘の上に横並びになった5機のICEY–V

狙撃体制を取るその手には、それぞれ長大な狙撃銃が握られている。その内3つの銃口はスロカイたちの乗機であるハニンバルの周囲をカバーし、残る2つは油断なくドームの中心部に向けられていた。

 

勘が鋭い影麟ですら認識不能なステルスシステムを周囲に展開し、この場所に彼らの存在を知っているのは、護衛対象であるスロカイのみだった。

 

「アルファ・ワン、2時方向……」

 

「どうした、フォー」

 

薔薇十字騎士団アルファチームに所属する唯一の女性騎士、アルファ・フォーことビアンカはドームに急速接近する飛行物体を捕捉し、仮面の部隊長(ネームレス)へと報告した。

 

「所属不明機1、今なら撃ち落とせますが……」

 

「いや、あれは報告にあったベカス・シャーナムのウァサゴだ。見逃せ」

 

「サー」

 

ネームレスの言葉に、ビアンカはウァサゴ飛行型からライフルの照準を外した。まもなくウァサゴは鋭いスパークを伴ってドームの中へと突入していった。

 

「それにしても、これは一体どういうことだ?」

 

ネームレスは目の前に広がる巨大なドームへと視線を送り、共にドームの監視を続けている副隊長(ツー)に向かってそう尋ねた。

 

「何がだ」

 

「なぜ十二巨神がいる?」

 

「それとファントムもだ」

 

ツーの言葉に、ネームレスは仮面の下で息を吐いた。

そして、言葉を続けた。

 

「これまでのことを整理しよう。まず、マスターの戦術予測によれば、ブラーフマ軍の本格進行に合わせて十二巨神・シヴァの復活があるとされていた」

 

ネームレスの言葉に、そのスロカイのことをスコープ越しに見守っていたビアンカも彼にチラリと意識を向けた。

 

「だから我々は、シヴァのエネルギー源となるマスターの少女……ポヨーナを先んじて保護することで、シヴァの復活を阻止しようとした。マスターのいない古臭い機甲など、ただの鉄屑と変わりないからな」

 

「ああ、かくしてシヴァに対する襲撃作戦は成功に終わった。仲介者を排除し、俺たちはポヨーナを無事にマスター・エイハブの元へ送り届けることが出来た」

 

ネームレスの言葉にツーが補足した。

 

「元々、十二巨神復活の兆しである高出力EMPがチュゼールの各地で観測されていたこともあり、どちらにしろシヴァとの決着はつける予定だった。ブラーフマ率いる反乱軍を殲滅し、争いの無くなったこの地に復活したシヴァを、我々の手で改めて破壊する……そのはずだった」

 

そう言って、ネームレスはドームの中央をスコープで覗き込んだ。スコープによって拡大された映像は機体の光学カメラによって処理され、コックピットのモニター上にシヴァとファントムの姿を投影した。

 

「それで、これはどういうことだ? なぜシヴァが復活している? 復活に必要なマスターは我々の手で確かに保護したはずだ。それに、なぜファントムがここにいる……?」

 

「恐らく、ポヨーナに代わる新しいマスターを見つけてきたんだろ。最も、この短期間で新しいマスターを見つけられるとは思えないが……」

 

「十二巨神のマスターといっても、BMのパイロットのように誰しもがそうなれるわけではない。十二巨神に対応したマスター適性の持ち主は数百万から数千万人に1人と言われている……早々に見つけられる筈がない」

 

「それよりもファントムだ。あれの出現はマスター・エイハブも想定していない。ワン、あれは明らかにイレギュラーだ……どうする?」

 

ツーの言葉に、ネームレスは息を吐いた。

 

「……待機だ。今、アレに我々の存在を知られるわけにはいかない」

 

「サー……だがレーザー誘導システムは用意しておく。周波数は53.2……クィークェグの精密誘導爆撃ユニットと連動している」

 

薔薇十字騎士団の母艦である空中戦艦クィークェグ、その艦に搭載された無差別破壊爆弾『グリッチバスター』

放射線を出さないが、核爆弾に匹敵するほどの威力と効果範囲を持つ燃料気化爆弾である。

 

「これで奴を破壊できれば御の字だが……」

 

「いや、恐らく無理だろうな。なにしろあのバケモノは衛星ビーム砲の直撃に耐えるくらいだ。しかし、それ以外を終了するのなら造作もない……」

 

そう言ってネームレスはスコープを覗き込んだ。そしてファントムと激戦を繰り広げている白い機体を薄く照準し、仮面の下でニヤリと笑った。

 

「状況的に見て、ファントムの狙いはあの白い機体だろう。ゼオライマーの件も考慮して、これ以上アレが強化されるようなことがあれば……分かっているな?」

 

「ああ。もしあの少年が負けるようなことがあれば……ファントムに喰われる前に、こいつでバルバトスを破壊する」

 

レーザー誘導システムのトリガーに手をかけ、ツーは淡々と答えた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

一方その頃……

シャラナ王女率いるカピラ陣営

 

薔薇十字騎士団ブラヴォーチームの活躍により、ファントムの放ったメイオウ攻撃を凌いだカピラ陣営だったが、そこへ新たな脅威が迫っていた。

 

『試練を与えよう……』

 

スロカイ一行と同様に、突如としてドームの内側から姿を現した無数のシヴァ分身体が、カピラ陣営の部隊に対して一斉に攻撃を仕掛けてきた。

 

被害は皆無だったとはいえ突然の襲撃に対し、メイオウ攻撃のショックから未だ立ち直れていないカピラ陣営の兵士たちは慌てた。

 

「あ、あれは何だ!?」

 

「ブラーフマの新兵器か!? こっちに来るぞ!」

 

「撃て! 撃て!」

 

カピラ陣営の兵士たちは、壁のように迫り来るシヴァの分身体めがけて銃撃を行い、ミサイルをお見舞いし、砲弾を叩き込んだ。

しかし、分身体のフレームから放たれるジャミングの影響か、ミサイルの誘導システムは無効化され命中弾はなかった。銃撃や砲撃はジャミングに惑わされることはなかったものの……分身体は胴体を撃ち抜かれようが腕を吹き飛ばされようが、まるで御構い無しといったように進撃を続けた。

 

「馬鹿な……! 攻撃が効かない!?」

 

直撃しているにもかかわらず、全くと言っていいほど怯んだ様子を見せない分身体の群れを見て、兵士たちは悲鳴をあげた。

 

『試練を……』

 

「く、来るな! 来るなァ!!!」

 

次々と着弾する弾丸を気にした様子もなく、やがて兵士の1人を射程に捉えた分身体が戦杖の先端を掲げ、そこから紫色の雷撃を迸らせ……

 

「え……!?」

 

しかし、雷撃が兵士の乗るBMを切り裂こうとしたまさにその瞬間……雷撃の軌道が逸れ、分身体の攻撃は兵士の足元を穿つだけに終わった。それはまるで、雷撃の方から兵士を避けているかのようだった。

 

逆に、攻撃を行った分身体は頭部を撃ち抜かれ、炎上していた。それだけに留まらず、周囲にいた分身体も上空から飛来した無数の火線に頭部を撃ち抜かれ、次々と機能停止へと追い込まれていった。

 

「な、なんだ……!?」

 

「これは……BMなのか……?」

 

兵士たちが振り返ると、そこには6本の足を持つ赤色のBMがいた。その巨大な脚で兵士たちのことを跨ぐようにして、地面に大きな影を作っている。

 

「狼狽えるな」

 

下半身が蜘蛛にも似た独特な移動ユニットへと換装されたICEY–Vは、バックパックに搭載されたタレットから直上にホーミングレーザーを照射した。

発射された6本のレーザーは、まるで意志を持っているかのように空中で向きを変えると、地上を埋め尽くす分身体めがけて殺到した。

 

たった一度の攻撃で、6機もの分身体が頭部を撃ち抜かれて地面に膝をつくこととなった。その光景を前に、苦戦を強いられていた兵士たちの中で歓声が沸き起こる。

 

「こいつらはゾンビと同じだ、頭部を撃ち抜けば破壊できる……全員、頭を狙え!」

 

蜘蛛型の機体に乗っているのはブラヴォーチームのリーダー、ブラヴォー・ワンだった。ワンはカピラ兵たちにそう告げると、両腕のビームライフルを斉射し……高出力の火線が分身体の頭部を貫き、次々に機能停止へと追いやった

 

シヴァの分身体はワンめがけて雷撃を放つも、ICEY–Vの周囲に展開されたバリアーはそれらを全て弾き返した。

 

「全機、前進セヨ」

 

ワンの言葉に、ブラヴォーチームのICEY–Vが一斉に動き始めた。地上を前進する5機のVはバリアーで背後のカピラ兵たちを防衛しつつ射撃を行い、上空に展開した4機のVはシヴァの集団に対して濃密な爆撃を行う……

 

「有象無象どもが! 落ちろよ!」

 

その時、地上を進むICEY–Vの1機がアサルトライフルを構えてシヴァの集団へと肉薄……バリアーで電撃を凌ぎつつ、薙ぎ払いの射撃で一度に複数の分身体を撃墜した。

 

「十二巨神、恐るるに足らずッッッ!」

 

「はしゃぐな! スリー!」

 

ホーミングレーザーによる砲撃でスリーを援護しつつ、ワンはドームの方に視線を送った。すると、ドームの内側からさらに数十機もの分身体が姿を現し、シヴァの群れの中へと加わった。

 

「敵増援を確認……突出し過ぎだ、下がれ」

 

「チッ、まだ来るのか……」

 

弾切れを起こしたスリーは、リロードの為にアサルトライフルを右肩のコンテナに格納し、代わりにサイドアームのハンドガンを装備した。

 

「騎士の方! お下がりになって!」

 

「ン……うお!?」

 

その時、スリーの背後からシャラナ姫の乗る陸上戦艦が飛び出し、シヴァの群れめがけて火炎放射器による波状攻撃を敢行した。

攻撃対象が密集していたこともあり、火炎放射器はその威力を最大限に発揮し、分身体の装甲を焼き尽くしていった。

 

「危険です姫様! お下がりください!」

 

国のトップが最前線に出るという暴挙に、シヴァージは量産型パイモンを操って陸上戦艦に取り付くと、コックピットの中にいるシャラナ姫めがけてそう告げるが……

 

「ごめん、シヴァージ……でもここは私の国なの、もうみんなを失うのはいや……だから私にも守らせて頂戴……」

 

「姫様……! くっ!?」

 

前に出たことで、分身体の攻撃がシャラナ姫の艦に集中する。いくら堅固な陸上戦艦の装甲とはいえ、何度も直撃を受けてしまえば撃沈されてしまうのは明白だった。

 

「いかん! 姫様が危ない!」

 

「俺たちの手で姫様を守るんだ!」

 

「そうだ! あのお方はチュゼールの未来に必要なお方……絶対に死なせてはならない、我々の命に代えても守り抜いてみせるぞ!」

 

皆を守りたいというシャラナ姫の意志に心を動かされたのか、カピラ兵たちは目の前を埋め尽くすシヴァの群れに臆することなく前進を始めた。

 

シヴァの分身体とはいえ、カピラ兵の運用する寄せ集めの兵器と比較すれば性能は圧倒的で、しかもドームの内側から無尽蔵に湧き出るという……明らかに劣勢の状況にも関わらず、少しずつではあるが、カピラ兵たちは分身体をドーム側へと押し返していった。

 

兵器の質でもなければ、パイロットの腕前でも、

ましてや銃弾の数でもない……

戦局を覆すほどの別の力がそこにはあった。

 

「戦いの流れが変わったな……」

 

「凄いな、一瞬にして兵士たちの士気を取り戻しやがった。ハッ……ただのお飾りじゃないってことか」

 

「よし。スリー、シャラナ姫を援護しろ」

 

「サー」

 

短い返答と共に、スリーはシャラナ姫の後を追って機体を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第39話:空の攻防戦(後編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……落ちろ、このクソ野郎が!」

 

ベカスはファントムをロックオンし、トリガーを引き絞った。ウァサゴ飛行型の前面に設置された高出力ビームキャノンと4門のビームバルカンが一斉に火を噴いた。

 

『…………!』

 

咄嗟に、ファントムは右腕を構えて防御態勢を取った。火力を一点に集中した攻撃だったが、しかしファントムの巨大な質量を貫通するには威力が足りず、全て弾き返されてしまう。

 

「まだだ!」

 

続いて、ベカスはウァサゴの周囲に展開されていた防御フィールドを円錐形……ちょうど先端が鋭利な形状になっているものに変化させると、まるで戦艦のリムのように機体前方へ展開させた。

 

飛行機でありながら格闘武器を装備したウァサゴは、ブースターを全開にして、勢いを一切殺すことなくファントムへ刺突攻撃を仕掛けた。

 

それに対し、ファントムは左腕の爪を束ね、ウァサゴめがけて刺突を繰り出した。間も無く、ウァサゴの刺突フィールドとファントムの爪が空中で激突する。

 

『…………!』

 

甲高い轟音と共にフィールドと爪が擦れ、2機は弾かれるようにして交錯した。

 

「三日月!」

 

「分かってる!」

 

ファントムとすれ違った瞬間、三日月は背後に視線を送り、滑空砲を用いたバックファイアを仕掛けた。

ファントムの背中を狙った完璧なバックスタブにも関わらず、巨大な砲弾はファントムの周囲に張られたフィールドに弾かれ、無力化されてしまった。

 

「やっぱりダメか!」

 

「捕まれ、三日月!」

 

ベカスはフットバーを蹴っ飛ばし、アフターバーナーを焚いた。ファントムは足場にしたSFSを反転させ、その後を猛追する……

 

ブーストにより驚異的な速度で離脱するウァサゴとバルバトスだったが、ファントムの加速力はそれ以上だった。

2人の後方にぴったり位置取ると、ファントムはSFSの端を右腕で掴んで体を固定させ、左腕の指鉄砲でウァサゴを照準した。

 

「ベカス、来るよ!」

 

「ああ! 次元連結砲の空間震を観測。空間震の範囲と現在までの攻撃パターンから、AIによる目標座標を算出……信頼度、86.3パーセント。続いて、回避ポイントを抽出する……!」

 

ウァサゴに搭載されたAIが、これまでに得られたファントムとの戦闘データから、ファントムに対して有効な戦術や行動を弾き出し、モニター上でそれをベカスに伝える。

 

「避けてみせるッ!」

 

『バァン!!』

 

ファントムの指から次元連結砲が放たれるも、その瞬間、ウァサゴの側面に設置された姿勢制御用スラスターが火を噴き、機体が僅かに横滑りしてギリギリのところで直撃を免れた。

 

『バァン! バァン! バァン!!!』

 

ファントムはさらに次元連結砲を放つも、ウァサゴはその全てを紙一重で回避してしまう。

 

「今だ!」

 

次元攻撃を躱しつつ、ドームの端まで移動したベカスは、巧みなスラスター捌きで機体を垂直に立て、一瞬のスピードロスもなくドームの内壁に沿って急上昇を始めた。

 

『……!?』

 

逆に、ウァサゴを追うことに執着していたファントムはドームの接近に気づけず、衝突する直前にSFSを立てるも底部がドームの内壁に触れてしまい、一部のスラスターとウェポンベイの開閉機構が使用不能になった。

 

ドームの内壁にスパークが生じる。

SFSがスパークの海に呑まれかけるも、ファントムはその状態でスラスターを全開にし、無理やりスパークの波から脱出すると共に、直上のウァサゴへと追撃をかけた。

 

「三日月!」

下方から迫り来るファントムを見て、ベカスが叫ぶ。

 

「オレのカウントに合わせてドームを撃ってくれ! 」

 

「え? これを……?」

 

「いいから頼む!」

 

「……分かった」

 

ベカスの提案に、三日月は『飛翔』を持つ腕に機関砲を出現させると、右腕を上げてドームの内壁へと照準した。

 

「3……2……1……今だ撃て!」

 

カウントに合わせて、三日月は機関砲のトリガーを引いた。それと同時に、ベカスは上昇するエネルギーを全てカットし、代わりに機体の下方に向けられた姿勢制御用スラスターに推力の全てを注ぎ込んだ。

 

これにより、ウァサゴのスラスターに機関砲を発射したことによる衝撃が加わった。結果、ドームの内壁に対して爆発的な反発力が生まれ、ウァサゴはドームから弾かれるようにして急速に離脱した。

 

『!』

 

ドームの表面から消えたウァサゴを追って、ファントムは上昇を中断しSFSの向きを変えた。しかし、その時には既にベカス達の攻撃準備は完了していた。

 

「ファイア!!!」

「当たれ!!」

 

若干のローリングの後に機体を並行に戻したベカスは、ウァサゴに搭載されたビームキャノン、ビームバルカン、多数のミサイル、さらにはドローン砲まで展開し……ありとあらゆる兵装をファントムめがけて叩き込んだ。

それに合わせて、三日月も滑空砲と機関砲の全弾を叩き込む。

 

『ッ!!』

 

一点に集中した砲火の雨に、ファントムは次元連結システムによるシールドを展開するも、猛烈な弾幕と無数の爆発はファントムの巨体をノックバックさせ……

 

『グワアアアァァァァァァァァァ!!!!??』

 

空中であることもあり踏ん張りが効かず、ファントムは背後のドームへと叩きつけられる形となった。ドームの表面に発生した無数のスパークがファントムの体を蝕み、その口腔から苦しみとも取れる絶叫が漏れ出た。

 

「まだだ!」

 

「ああ! これならやれる!」

 

ドームの内壁に釘付けされたファントムめがけて、ベカスは機体をブーストさせた。機体の前面に刺突フィールドを形成し、その下では滑空砲を捨てた三日月が両腕で『飛翔』を構え、突き刺すように保持した。

 

驚異的な加速力を伴って、ウァサゴの刺突フィールドとバルバトスの『飛翔』がファントムの次元バリアへと突き刺さった。

 

「おおおおおおおおおおお!!!!」

 

その状態でベカスはフットバーを蹴り飛ばした。するとウァサゴの後尾から彗星の如く、アフターバーナーの巨大な閃光が尾を引いて伸び……ブーストで加算された圧力が二点に集中してかかったことで、突き刺さった面を中心に徐々にバリアが崩壊を始めた。

 

「もう少し……もう少しで……!」

 

そして、ついにその時が訪れた。

刺突フィールドと『飛翔』の切っ先が次元バリアを貫き、ファントムの黒い装甲へ深々と突き刺さった。

 

『グオオオオオ!!!!』

 

胴体と腹部を貫かれ、ファントムは絶叫した。

さらにドームから放たれる高電圧のスパークに侵食され、全くと言っていいほど身動きが取れない状態となっている。

 

「そのまま墜ちやがれええええてえ!!!」

 

昂ぶるベカスの意思に比例するようにして、ウァサゴの後尾に伸びるアフターバーナーの炎もより巨大なもの変貌を遂げる。しかし、そこで思いもよらぬ事態が発生した。

 

『…………ォォォォォォォ!!!!』

 

ドームに張り付けられたファントムの両手に、突如として赤と青、2つの光球が出現した。

 

「……ッ、ベカス!」

 

「クソッ、あと少しだってのに!」

 

そう吐き捨てると共に、ベカスは刺突フィールドとアフターバーナーを消失させ、ファントムの正面から急速離脱した。

 

『トゥイン……ロードォォォォォォォ!!!』

 

ファントムが両手を組み合わせると、掌に収まった赤と青の光球が衝突し……そして、ファントムの目前で巨大な爆発が生じた。

 

「自爆した? ぐおっ!?」

 

「ぐっ……!」

 

爆風に巻き込まれ、バルバトス、ウァサゴ共に大きく吹き飛ばされてしまった。しかも爆発の影響でウァサゴのメインスラスターは片側が損傷し、姿勢制御用のスラスターも3分の1が機能を喪失、装甲もズタズタの状態になってしまっていた。

 

推力の半分を失い、ウァサゴは失速した。

錐揉みの回転を始めて地表に落下する機体を、ベカスは揚力を得ようと主翼のフラップを最大限に下ろし、三日月もバルバトスのブースターを用いることで姿勢制御の補助を行い、なんとか空中に留まることに成功する。

 

「はぁ、はぁ……三日月、ヤツはどこに……?」

 

「ベカス、上!」

 

三日月の言葉に、ベカスは咄嗟に機体を横滑りさせた。次の瞬間、つい先ほどまで2人がいた空間に爆発が生じた。

 

『…………』

 

「クソっ! あの爆発の中でもまだ生きてるのか!」

 

ベカスが上空に視線を送ると、そこには自らの放ったトゥインロードで大きく損傷したファントムの姿があった。

しかし、それも一瞬のこと……ファントムは自身の持つ驚異的な再生能力により、一瞬にして体を修復し終えた。

 

「ベカス、さっきのもう一回できる?」

 

「いや、無理だ! さっきのでパワーダウンした、アフターバーナーの再チャージまでもう少し待ってくれ!」

 

ベカスはファントムから距離を取るようにしつつ、緩やかな旋回を始めた。2人の直上を取ったファントムは、そこへ次元攻撃を大雨の如く降り注がせた。

 

搭載されたAIにより、次元連結砲に対して絶大な回避率を誇っていたウァサゴ飛行型だったが、ここにきて爆発が機体を掠めるまでになっていた。

 

「クソっ、ヤツの攻撃パターンが変わっている……こっちのAIに対応してきやがった、このままじゃ直撃は免れねぇ」

 

ウァサゴのコックピットの中で、機体の周囲に次々と湧き起こる爆発に、ベカスは悲鳴をあげた。

 

「ねえ、ベカス」

 

「なんだ……?」

 

「一回だけでいいから、アイツのところまで上がれない?」

三日月は落ち着いた様子でファントムを見上げた。

 

「今、パワーをチャージしている。あと1分待ってくれ……」

 

「それじゃあ長すぎ。多分、その前にやられる」

 

「だが、機体を上昇させるだけのパワーが……」

 

「俺に任せて」

三日月はそう言って右手の『飛翔』を示した。

 

「考えがあるんだな?」

 

「出来るか分からないけど……」

 

「いいぜ! 実はこっちにも考えがあるんだ……それも、とっておきのやつがな」

 

「いいね……それじゃあ」

 

「ああ。どうせこのままじゃ、いつか絶対に撃ち墜とされてまうんだ……だったら、この一瞬にかけてみるか」

 

そんな言葉を交わし、ベカスはファントムに向かって反転し、不完全なスラスターを無理やり言い聞かせ、機首を上げた。

 

「クソッ、やっぱり推力が足りねぇ……」

 

「任せて!」

 

三日月は『飛翔』の刃を下方向に向けると、刀の柄から放出されるビームをバーストさせた。それにより、2つの機体がまるでロケットの如く打ち上げられる。

 

「よし、これならいけるぜ……!」

 

ベカスは機体の前面に刺突フィールドを展開。

ある程度の上昇に勢いがついたところで、三日月は『飛翔』を構えた。

 

『…………』

 

それに対し、ファントムは巨大な右腕を振りかざし、迎撃態勢を取った。

 

「……雷電!!!」

 

「……貫く!!!」

 

そして、2つの機体が交錯し……

 

「え?」

 

「しまっ……ぐはっ……!?」

 

今まさに、三日月とベカスの攻撃がファントムを捉えようとした時だった。2人の眼前から、ファントムの姿が消失……空間跳躍を用いて2人の背後へと回り込んだファントムは、ウァサゴのスラスターめがけて拳を叩き込んだ。

 

これにより、辛うじて生き残っていたメインスラスターの1基は根元からごっそりと消失。さらに、殴打による衝撃で全ての姿勢制御用スラスターも機能停止し、主翼もバラバラに砕け散ることとなった。

 

最早、通常の飛行どころか滑空すら困難となったウァサゴは、殴られた衝撃で天高く舞い上がり……無防備になったその機体めがけて、ファントムは指鉄砲を向けた。

 

『……バァン!!!』

 

そして、次元連結砲を放った。

巨大な爆発に包まれ、バルバトスとウァサゴの姿が完全に見えなくなってしまう……

 

『ハハッ!!!』

 

ファントムは直撃を確信し、ニヤリと笑った。

しかし、これで終わりではないと分かっているのか、その左手に小型化したプロトンサンダーを纏わせた。

 

「…………」

 

何処からともなく漂ってきた殺気に、ファントムが直上を見上げると、爆炎の中から白い機体……バルバトスが姿を現し、落下してくるのを見つけた。

 

三日月は落下すると共に『飛翔』の切っ先をファントムに向けた。バルバトスはバックパックにメイスとレンチメイスをマウントし、両腕にはロケットランチャー、そしてさらに第五形態用のリアクティブアーマーを装備している。

あえて重量を増加させて落下することで、斬撃の威力を上げようというのだ。

 

『ハッ!』

 

飛来するバルバトスめがけて、ファントムは嘲笑と共にプロトンサンダーの拳を叩きつけた。

 

次の瞬間、巨大な爆発が空を覆った。

「ぐっ……」

やがて、爆発の中からバルバトスが姿を現わした。

しかし、コックピット周囲に纏っていたリアクティブアーマーは爆発の衝撃で一瞬にして崩壊、マウントしていた『飛翔』以外の武装も全て喪失し、小破状態になったバルバトスは力なく落下していった。

 

『ハハッ!!!』

 

今度こそ勝利を確信したファントムは、落下するバルバトスめがけて指鉄砲を照準し……そしてニヤリと笑った。

 

『バ……』

今まさに次元連結砲を放とうとした時だった。

 

「シャナム流、ならず者の剣!」

 

なんの前触れもなく振り下ろされた斬撃が、指鉄砲を形作っていたファントムの左腕を切断した。突然の出来事に、ファントムの顔に驚愕の色が映り込む。

 

『ッ!?』

 

反射的に振り返ったファントムは、そこで銀色の巨人……ウァサゴの姿を見つけた。しかし、極東の砂漠で見た機体とは違い、それは大きく形状が変化していた。

 

全体的に重装甲化が図られており、改修する以前のウァサゴに比べると、ふた回り以上も大型化されていた。

 

右手にはファントムの左腕を切断する際に用いられたソードライフルⅡを保持している。また、左腕はウァサゴ格闘型に装備されていた腕よりも巨大な高強度多目的アームに換装されており、見た目からくるそのアンバランスさは、ファントムの右腕に対する萎縮返しの意図が組み込まれていた。

 

「うおおおおおおおお!!!!!」

 

ベカスは、ファントムが空中の足場として使っているSFSを高強度アームで掴むと、掌部に配置されたゼロ距離ビーム砲『スーパーブレイザー』を起動、その最高出力をSFSへと叩き込んだ。

 

圧縮されたエネルギー波がSFSの内部に流れ込み、ウェポンベイ内部に格納された弾薬に引火、無数の誘爆を引き起こしつつ拡散を引き起こし、SFSが内側からズタズタに引き裂かれていく……

 

「……お前も落ちろ」

 

『ッッッ!!』

 

次の瞬間、SFSが爆発四散した。

足場を失ったファントムはなす術なく落下を始め、それを追ってベカスも機体を地上に向けた。

 

 

 

 

 

to be continued...




『鉄血・ブレッド』のノベライズやらせて下さいって言ったら書かせてくれるかな?
ところで指揮官の皆様は閃光のハサウェイ観に行きましたでしょうか? ムジナはですね、これがまだ観に行けてないのです……や、観に行きたいのは山々なのですがクソコロナが怖いので

そういえば、この前コロナの予防接種に行ったのですが、待ち時間に喫茶店(酒場)行こうとアイサガ開いたのですが、その際に音量を上げていたことをすっかり忘れてしまい、摂取待ちの列の中心で思いっきりタイトルコール流してしまうという……

しかも、よりによって流れたのがエル&フルのロリボイスというね……ハハッ、訴訟



クソがマジで恥ずいぞこれは……ッッッ



穴があったら入りたい……ムジナだけに
まあまあまあ、それでは次回予告なのです。


エル「戦いのステージは空から地上に移るよ!」
フル「ファントムとの永きに渡る死闘も、いよいよ決着の時なのです!」

エル&フル「「次回!『決戦』」」

エル「なるほどね! これが『終わる終わる詐欺』なのね!」
フル「え……?」


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第40話:決戦(前編)

お帰りなさい! 指揮官様!

えっと、何か言おうとしていたような…………そうそう、鬼滅の刃面白かったですね。まさか無限列車編を劇場公開から僅か一年余で地上波で流してくれるとは……ですがCM多すぎでしたね。とくに終盤、感動のシーンなのにちょくちょくCM挟みやがって、興ざめするにも程があるぞクソが。

ところで、今回で本作はついに40話を迎えました。
……それにもかかわらず、バルバトスは未だにルプスやルプスレクスに進化しておらず、未だにアニメ1期の装備とオリジナル装備を使い回している状態だったりします。数ある異世界オルガ系のストーリーの中で、ここまで頑なにルプスやレクスが出ないのって、二次創作の中でもあんまりない方じゃないかと思う今日この頃です。

まあまあまあ……
それでは、続きをどうぞ……


 

「大して強くもないくせに……」

 

戦闘が集結し、テッサはため息を吐いた。

その視線の先には、無残にも四肢を吹き飛ばされ、頭部を失い、完全に無力化されたシヴァが地面に横たわっている。

 

 

 

空で行われていた三日月たちとファントムの戦闘は、広範囲に渡ってバトルフィールドを形成していたシヴァに対して少なからず影響を与えていた。

ただでさえ非正規のマスターを採用していることで、シヴァは十二巨神としての本来の力を発揮出来ない状態である。それにも関わらず、ファントムがフィールドに衝突した際に生じた負荷がシヴァに流れ込み、さらなる出力の低下を齎すこととなった。

 

しかし、それだけではなかった。

朧の扱うBMは、かの十二巨神のコピーである機体の、そのまたコピー機だった。シヴァも同様に模造品と評されたカグヤだったが、その力は十二巨神であるシヴァを遥かに凌駕していた。

太陽による広範囲攻撃は片っ端から両断され、通常攻撃は大地を縦横無尽に駆け巡るカグヤのスピードについて来られず、杖による斬撃は剣聖に太刀打ち出来るはずもなく、軽くあしらわれ、反撃を許してしまうという有様である。

 

攻撃の手数を増やし、カグヤの動きを止めるべく周囲に分身体を出現させようものなら、実体化に際した僅かな硬直時間をテッサとアイルーに狙われ、片っ端からリスキルされてしまうという始末だった

 

カグヤの猛攻と姉妹の連携を前に、シヴァは防戦一方の状態に陥り、バトルフィールドを形成するエネルギーを自機を守るためのバリアに費やさざるを得なくなってしまった。

 

激闘の末に、朧はシヴァのバリアを消耗させることに成功した。そこへ、シヴァの左右に回り込んだテッサとアイルーは、姉妹ならではの連携でそれぞれ超高インパルス砲、バーストショットによる一点集中攻撃を放ち、ついに絶対的な防御力を誇っていたシヴァのバリアを両腕ごともぎ取ることに成功した。

 

「終わりだ!」

 

次の瞬間、朧は無防備になったシヴァの懐に入り込み、シヴァの両脚を切断した。四肢をもがれ、ダルマになったシヴァはゆっくりと地面に落下した。

 

さらに、とどめとばかりにシヴァの頭部を斬り払う。凶悪な光を放っていたシヴァのセンサーは生気を失い、晒し首の状態で地面に転がった。

 

「これは、何とも凄まじいものだな……」

 

パワーダウンしているとはいえ十二巨神であるシヴァが、たった3機のBMを前に圧倒され、撃墜されてしまったという事実を受け、上空から戦いの行く末を見守っていたオスカーは拍子抜けしたような表情を浮かべた。

 

「剣聖としての腕前もそうだが、流石、あのお方が手塩にかけて育てたというだけの事はある……そして何よりも、あの姉妹もピーキーなカスタムバルキリーをたった数ヶ月でここまで使いこなせるようになるとは……いいセンスだ」

 

オスカーはニヤリと笑うと、ウァサゴGを下降させた。

 

「よくやった、3人とも」

 

「ご無事ですか、オスカーさん」

 

朧はオスカーへと視線を送った。

 

「ああ。君がシヴァの攻撃を一手に引き受けてくれたお陰で、この機体にも傷1つ付いていない。すまないね……戦場に投入しておいて今更だが、私としてもあまりこの機体を傷つけたくはなかったのでね」

 

「いや、全て把握しています。どちらにしろ、あなたのお手を煩わせるまでもなかった」

 

「そうか。フッ……私はお払い箱というわけか」

 

オスカーは自嘲気味に笑うと、

『私だ……例の作戦を実行しろ』

それから無線を使って、どこかへ通信を行なった。

 

「シヴァが撃墜された事で一帯を覆っていたエネルギーフィールドも消失した。これで私の回収班が近づける。シヴァの残骸を回収したい、朧くんはこのまま回収班と共にシヴァの見張りを頼めるだろうか」

 

「分かりました」

朧は小さく頷き、剣を下ろした。

 

「私たちは三日月さんの援護に行ってもいい?」

 

役目を終えたテッサはオスカーにそう告げた。

だが、彼女の体からは依然としてプレッシャーが放たれており、例え彼女のことを制止したとしても、無理やりにでも三日月の元へ行こうとするのは目に見えていた。

 

「そうしてくれ。君たちは自由にさせておく他にないからな……ご苦労だった」

 

「なら、そうさせて貰うわ。行くよ、アイルー」

 

テッサはアイルーへと視線を送った。

しかし、アイルーの乗るソリッドバルキリーは地面に膝をつき、なかなか立ち上がろうとしなかった。

 

「お姉ちゃん! 壊れちゃったドローンを修理しているから、ちょっと待ってなの!」

 

アイルーはソリッドバルキリーに搭載されている修理装置を使って、メイオウ攻撃で破損したディフェンスドローンの修復を行なっていた。

あくまでも応急処置な為、ドローンが本来の力を発揮するにはもっと大規模な設備を必要としてはいたものの、これだけでも短時間ならバリアを形成することができるほどの修復は可能だった。

 

「急いで」

 

「分かったなの!」

 

修復作業に没頭する妹を急かしつつ、テッサは三日月がいる方向へ目をやった。バルバトスやファントムの姿が見えることはなかったものの、遠くから響き渡る戦闘の衝撃だけは感じることが出来た。

 

「ん……」

 

逸る心を落ち着け、再びアイルーの方へと振り返った時だった。気のせいだろうか、テッサは地面に横たわるシヴァの胸部付近に小さな人影を見つけた。

 

しかし、それは気のせいなどではなかった。

いつからそこにいたのだろうか……シヴァの上には黒髪の少女が佇んでおり、しかも奇妙なことに両肩から先がなかった。

 

しかし、シヴァを監視する朧はそれに気づいた様子はなかった。このことから、彼女がオスカーの言っていた回収班の一員なのだとテッサは思っていかけるも、いくら何でも到着が早すぎると、すぐさま考えを改め直した。

 

黒髪の少女の視線はカグヤに向けられていた。

丸メガネの奥に、怪しげな光が映り込む……

 

「……っ!」

 

薄く笑う少女を見て、テッサは得体の知れない奇妙な感覚に陥った。『こいつは、ヤバイ……』全身の細胞が危険信号を放ち、その感覚に従って、テッサは反射的にリキッドバルキリーを飛ばした。

 

「お姉ちゃん!?」

 

「何を……!? ぐあっ!」

 

背後で妹の驚愕する気配を感じながら、テッサはカグヤを突き飛ばし、黒髪の少女の前に飛び出した。

 

「…………ッッッ!」

 

テッサはバスターライフルの下部に取り付けられたバヨネットを少女に向かって突き出した。生身の体で全長十数メートルのバヨネットを受け止められる筈もなく、少女の体は刃で貫かれるというより押し潰される形となり、見るも無残な姿へと変わり果ててしまう……

 

ぐしゃり……

衝撃で少女の胴体が砕け散り、足が吹き飛び、メガネをつけた頭が宙を舞った。シヴァの装甲に押し潰された小さな体から迸る赤黒い鮮血が、バヨネットの刀身を、バルキリー赤い装甲をさらに色濃く染め上げる。

 

「……!」

 

その際、テッサは胴体から離れた首が放つ眼光をモニター越しに目視してしまった。少女はまるで、コックピットの中にいるテッサのことを見透かすようにニヤリと笑い……

 

『やってくれたね……小娘』

 

「……っ!?」

 

次の瞬間、テッサの脳裏に何者かの声が響き渡った。しかし、テッサの身に起きた異変はそれだけではなく……先ほどテッサが惨殺した少女の姿が網膜上に出現し、あたかもコックピット内にいるかのようにテッサの前に出現した。

 

「お前は……!」

 

『怖がらなくてもいい。私はマキャベリ……今はこんな俗物のような見た目をしているが、元々はとある『帝国』で宰相をしていた』

 

黒髪の少女の姿をしたその人物……マキャベリは、テッサの視界の中で先ほどまではなかった両腕を動かし、ニヤリと笑って肩をすくめてみせた。

 

「宰相が何の用……」

 

『苦労してせっかく十二巨神を言い聞かせて起動させたというのに、君たちが倒してくれたお陰で台無しだよ……まったく』

 

無警戒な様子で話し始めるマキャベリ。

テッサは気づかれぬよう、何気ない風を装って座席の下へそっと手を伸ばし、ホルスターに収められていたMP7短機関銃に触れ……

 

『そんなものを使っても無駄だよ。なにせ今の私は実体を持っていないのだから、まあ君が試してみたいというのなら構わないさ……ただし、コックピットがズタズタになっても知らないけど』

 

「…………」

テッサはMP7を取り出し、マキャベリに銃口を向けた。

 

『無駄だと言っているのに……まあいいさ、少し話をしようじゃないか』

 

「お前と話すことなんてない」

 

『まあ、そう言わずに……時間は取らせないよ』

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん! 返事をするなの!」

 

急に動き出したかと思えば、シヴァにバヨネットを突き刺したところで動きを止めたテッサを見て、アイルーはドローンの修復作業を中断し、戸惑ったような表情を浮かべた。

 

「お、お姉ちゃん……誰と話してるなの……?」

 

バルキリーのコックピット内部の音は、無線を通じてアイルーにも伝わっていた。その中で、姉は何者かと会話をしているようなのだが、相手の声は聞こえない……

 

「オスカーさん、これは……」

 

「ああ。どうやらそのようだ……」

 

アイルーの必死な呼びかけにも応じないテッサの様子から、朧は最悪の事態を想定した。一方、オスカーは機体の無線を作動させ、どこかへと通信を始める……

 

「カルテット・スリーよりエイハブ……エマージェンシー。オーガス小隊の隊員の1人……テッサくんがPOI201の精神干渉を受けているようだ。POI201の新たなキャリアになる恐れあり、第06機動戦隊:マインドセキュリティの派遣を要請する……」

 

 

 

 

 

『しかも、よりにもよって君は十二巨神を破壊してくれただけではなく、私の体を壊してしまったね。一体、どう責任を取るつもりなのかな?」

 

「それが何? お前も私たちを殺そうとした……だから始末した。責任を取るつもりなんてないし、その必要もない」

 

テッサは色を失った瞳でマキャベリを睨みつけた。

 

『おお怖い怖い……しかも、ただの一般人の身でありながらこれ程までの重圧を放つことができるとは、君は一体何者だい?』

 

「これ以上お前と喋ってる暇はないんだけど。ねぇ、幽霊なら早く消えてよ……」

 

『悪いがそういう訳にもいかなくてね……』

 

マキャベリはテッサは向けて手を伸ばした。

思わず、その手を弾き返そうとテッサは銃を振り回すも、しかし銃床は実体のないマキャベリの体をすり抜け、空を切るだけに終わった。

 

『君がせっかくの肉体を破壊してくれたお陰で、私という存在は今、消滅の危機に瀕しているのだよ。器がなければ液状の水を保存することは出来ない……まもなく私の意識は炎天下の道端にぶちまけられた水の如く、蒸発し消えてしまうことだろう……なので、君には何が何でもその責任を取ってもらう』

 

「そんな体で何ができるっていうの」

 

『それが出来るんだよ。いや、君に対して私は既にそうしている……』

 

「何を…………っ!?」

 

次の瞬間、テッサは脳裏に強烈な違和感を覚えた。

まるで誰かの手によって直接脳内を弄り回されるような……今までに感じたことのない、得体の知れない奇妙な感覚。瞳孔が開き、体全体から冷や汗がどっと噴き出すのを感じた。

 

『君の体を頂くことにしよう。本来であれば前の体がそうだったように他人の死体に取り憑く方が早いのだけど……あの黒い化け物がこの辺り一帯を吹き飛ばしてくれたお陰で、あいにく死体がなくなってしまったものでね』

 

「ぐっ……そうか、お前は……そうやって……」

 

テッサは無駄だと分かっていてもMP7を振り上げ、目の前のマキャベリに照準した。しかし、精神干渉の影響を受けて腕に力が入らなくなり、テッサはMP7を取り落としてしまった。

 

『悪く思わないでくれよ。君は私の体を壊したんだ……なら責任を取って、君は私に体を差し出すべきだ。ほら、実に理にかなっているじゃないか?』

 

「な……何が道理だ…………どちらにしろ、さっきの体はお前のものじゃないんでしょ…………お前がやっているのは、故人の尊厳を無視して自分の我が儘を押し通しているだけの、死者への冒涜だ!」

 

『前の体はちょうどよく捨てられていたから拾ったまで……そう、ゴミを私が有効活用してあげているだけなのさ……誰だってリサイクルって言葉は好きだろう?』

 

「ひ……人の死をなんだと思っている!!! そうまでして生きたいのか…………お前は!!!」

 

両手で頭をかきむしり、テッサは絶叫した。

 

『ふむ……私の精神干渉を真正面から受けて、まだ耐えるのかい? なんという強靭な精神力よ、ならこれはどうだい?』

 

「…………ッッッ!!!」

 

次の瞬間、マキャベリの手が淡い光を持ち始めた。すると、まるでその光に影響されてしまっているかのように、テッサの脳裏に気が遠くなるほどの激痛が生じた。

 

「あああああ!!!」

 

痛みに耐えきれず、テッサは絶叫した。

マキャベリの光から少しでも遠くへ逃れようと、目を瞑るも、しかしテッサの視界が闇に覆い尽くされてもなお、網膜の中でマキャベリは光を放ち続けている。

 

『フフフ……目を瞑っても無駄さ。言っただろう? 私は既にそうしている……つまり、君の中に入り込んでいるのだよ』

 

「は……入るなッッッ、私の……中に…………心の、中に…………ッッッ」

 

『そうさ、生きたいのさ。私には帝国の復活という崇高な理想がある……何の大義もなく、ただ動物のようにのうのうと生きている君たちとは違うんだよ』

 

マキャベリは機体の外へ目を向けた。

何者かが外からバルキリーのコックピットハッチを叩く音が、コックピット内部に大きく響き渡った。

 

「お姉ちゃん! ここを開けてなの!」

 

「アイルー、ハッチは開けられないのか!?」

 

「ダメなの……ロックがかかってて開けられないなの! お姉ちゃん! お姉ちゃん!!!」

 

「テッサくん、心を保ちたまえ!」

 

外からアイルーたちの声が響き渡るも、しかし、彼女たちの声がテッサの耳に届くことはなかった。

 

『無駄だよ……なにせ君たちの声は私が遮断しているのだから。最も、今喋っている私の声も彼らには届いていないのだがね』

 

「ッッッ!!!」

 

強烈な耳鳴りがテッサの中に響き渡り、彼女の頭からマキャベリが発する言葉以外の全ての音を消し去っていた。

最早、自分のあげているであろう悲鳴もテッサの耳には届かない。そして自分が生きている証である、心臓の鼓動さえも感じられない……

 

『本当は、あの黒い剣士の体を頂くつもりだったけど……君の実力も中々のものだった。なのでまあ、今回はこれで良しとしよう』

 

マキャベリはテッサを見下ろし、不気味な笑みを浮かべた。

 

『光栄に思いたまえ。君の体は私の悲願を達成するための生け贄……私によって有効活用させて貰うのだから』

 

「…………」

 

『さあ、もうすぐだ……まもなく私は君の心の奥深くへと侵攻し、内側から君の体を乗っ取らせてもらう。ああ、安心したまえ……不必要になった君の心は消去しておくから、君はただ流れに身を任せて…………奈落の底に堕ちていくといい』

 

「…………」

 

次の瞬間、テッサの心を闇が覆い尽くした。

何も聞こえず、何も見えず、何も感じない。

熱さも、寒さも、体にかかっている筈の重力すら……まるで自分の中が空っぽになってしまったかのように、空虚な心では何かを考えることすら出来ない。それはまるで、生きている筈の自分が死んでいるかのようだった。

 

失われていく

奪われていく

消えていく

体を奪われたテッサは、まるで自分の体が、真っ逆さまに深い闇の中へと落ちていく気配を感じた。

 

ああ、これが死ぬってことなんだ……

思考が停止していても、それだけは理解できた。

 

「最後に、会いたかったな……」

 

テッサの口から自然とその言葉が漏れる。

しかし、思考が停止した中ではそれが誰に対しての言葉なのかを思い出すのは不可能だった。

 

最後にそんな呟きを残して、テッサの姿が闇の中へと消えていく……

 

 

 

 

 

……大丈夫だよ。テッサ

 

「…………っ!」

 

その時、テッサは誰かに手を掴まれる気配を感じた。

落下の最中に意識を取り戻したテッサが、ふと背後を振り返ると……そこには、かつて過去に囚われ、激しい復讐心に駆られていた自分を救ってくれた恩人であり、最愛の人の姿があった。

 

「三日月さん……?」

 

俺が側にいるから……だから、頑張って

 

「…………はい!」

 

 

 

 

 

『何!?』

 

テッサの心を消去し、精神世界において、マキャベリが新しい肉体のコントロールを始めようとした時だった。突如、地の奥底から何かが這い上がってくる感覚に、マキャベリはショックを受けた。

 

『馬鹿な! 私の精神汚染をはね返しているだと?……そんな、多少の抵抗力があったとはいえ、たかが一般人風情が、私の力を無力化出来るなど、あり得ない!』

 

慌てて精神干渉の光を放出するも、奈落の底から駆け上がってくる少女は全く意に反した様子もなく、次第に速度を上げてマキャベリへと接近した。

 

 

 

……テッサが感じてる痛みは、全部俺が引き受ける。だから…………あいつを倒して

 

「うん……ありがとう、三日月さん」

 

 

 

そして、ついにその時が訪れた。

 

『押し返される!?……そんな、ぐあ!?』

 

テッサの抵抗力に耐えきれず、マキャベリは精神世界の中から大きく弾き飛ばされてしまった。

 

『こ、この私が……だだの小娘風情に……!?』

 

その時、マキャベリはようやくその存在に気づくことが出来た。彼女は1人ではなかった。少女のすぐ近くには、もう1つ別の存在があった……

 

『いや……違う…………1人じゃない? これは!? お前は!? いったい誰なんだ!』

 

「……ごちゃごちゃ煩いよ」

 

次の瞬間、テッサの両手に二丁のMP7が出現した。

それはマキャベリの精神干渉に対する、テッサの抵抗力が精神世界において武器として具現化したものだった。

 

「うん……これなら、殺れる」

 

『ヒッ…………』

 

MP7の銃口を向けられ、マキャベリは激しく動揺した。

 

『い、いやだ! もう、あんなボロボロの体に戻りたくない!!!……私はまだ、私はまだ死にたく……ッッッ!!』

 

「いや、違うね。お前はもう死んでいるんだよ……」

 

MP7のセーフティーを解除

そしてフルオートである事を確認し……

 

 

 

「出てって……私の体から! 出ていけ!!!」

 

 

 

二丁のMP7が同時に火を噴いた。

短機関銃特有の高レートで放たれた無数の銃弾が、マキャベリの頭部を、胴体を、両腕を、両足を……その存在そのものを、ズタズタに引き裂き、細切れになるまで吹き飛ばしていく

 

 

 

 

 

「…………!!!」

 

自身の体を奪還したテッサの意識が、現実世界へと舞い戻る。久しぶりに感じる体の重みにフラつきつつも、酸素の熱さを感じながら深く息を吸い込み、そして…………

 

「ああああああああああああッッッ!!!!!」

 

絶叫と共に、テッサはバヨネットのギミックを乱発した。シヴァごと突き刺していたままの状態にしていたマキャベリの体を、刀身から発生させた指向性ショックウェーブの超振動で、流れ落ちた血の一滴すら残さず消滅させ……さらに地面に転がっていたマキャベリの生首を、バルキリーの足で踏み潰した。

 

「何、オマエ…………人の中に土足で踏み込んで……私の中に入っていいのは、三日月さんだけだから…………さっさと消えて」

 

暗い表情のテッサは、苛立ちを露わにした。

まるで汚いものでも見るかのような目つきで粉砕したマキャベリの頭蓋骨と肉塊を踏みにじると、さらに、その状態で脚部のブースターを作動させ……器である肉体ごと焼失したマキャベリの存在は、文字通りこの世から完全に消滅することとなった。

 

「お……お姉ちゃん……大丈夫……なの?」

 

「…………アイルー…………うん、大丈夫。私はここにいるよ」

 

テッサの絶叫は、無線を通してアイルーにも伝わっていた。姉の様子に戸惑いと怯えをみせるアイルーに、テッサは優しくそう告げると、コックピットの中で足を抱き、身を丸めた。

 

「ん…………」

 

テッサが息を吐き、虚ろな瞳から溢れ出る涙を堪えていると……ふと、自分のものとは違う、別の誰かの熱を全身に感じた。

 

それは優しげで、とても温かなものだった。

 

「三日月さんが、守ってくれた……?」

 

かつて三日月が抱きしめてくれた時にも感じた、心地の良い安心感に身を任せ、テッサは静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第40話:決戦(前編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テッサ……?」

 

彼女に呼ばれたような気がして、三日月が目を覚ますと、いつのまにか周囲の雰囲気が明らかに変わっていた。

 

「……え?」

 

三日月は今、荒れ果てた大地の上に身を横たえていた。

 

自分は確か、黒いバルバトスと戦っていたはずなのに……? そんな事を考えながら、三日月は今自分が置かれている状況を冷静に見つめた。

まるで戦闘中に突然、バルバトスのコックピットから放り出されてしまったかのように地面に転がっており、体に触れる空気は明らかにチュゼールのものではない……そんな事を考えながら三日月は身を起こし、そして目を大きく見開いた。

 

「ここ……どこ?」

 

そこは、一面真っ赤な世界だった。

 

太陽は天高く位置していた。

しかし、青いはずの空はまるで夕焼けか、大火事に包まれでもしてしまったかのように赤く染まっている。また雲や大地、そして自分の周りに根付く植物たちに至る……その全てが、まるで炎上してしまっているかのように赤く染まっていた。

 

そして、三日月のいる場所から数十キロメートルほど先……周りに比べると、ひときわ濃い赤色に包まれ、霧が立ち込めているかのように赤い粒子が蔓延している場所があった。

 

しかも、赤い霧の向こう側には何かがいた。

赤い霧の中で無数の影が蠢いていた。

 

「……あれは…………っ!?」

 

しばらくの間、三日月が霧の中を見つめていると……ふと、背後に何者かの気配を感じた。

 

三日月が振り返ると……いつからそこにいたのだろうか、巨大な機械の脚が彼の目の前にあった。しかも、巨大な脚の持ち主は1機だけではなく、横並びに広がった合計12機の巨人たちが、三日月のすぐ隣を通り過ぎていく……

 

それは、かつて世界を崩壊させたと言い伝えられていた災厄の存在、俗に言う『十二巨神』と呼ばれる者たちだった。つい先ほどまで三日月たちと敵対していた筈のシヴァを始めとして、アヌビス、睚眦、シルバーランサー、麒麟……など、赤く染まった荒野の中心に、伝説の古代の機甲が一堂に会していた。

 

そして、行軍する巨神たちの中央を進むのは……

 

「……バルバトス?」

 

そこには、何故か『バルバトス・神威』の姿があった。1つ違っているとするならば、バルバトスの背後には眩い輝きを放つ光の円環が見られ、名実共に悪魔と形容される普段のバルバトスとは違い、溢れんばかりの神々しさに包まれていた。

 

「なんでそこにいるの……?」

 

『…………』

 

思わず三日月の口からそんな言葉が漏れるも、しかしバルバトスは彼の問いかけに応えることなく行軍を続け……そして、他の巨神たちが停止するのに合わせて足を止めた。

 

巨神たちの視線は、赤い霧に向けられていた。

徐々に迫り来る赤い霧に対して、巨神たちは敵意を露わにし、それぞれ金色の戦杖を、長大な主砲を、巨大な銀色の槍を構えた。

 

『…………』

 

そんな中、バルバトスだけは違っていた。

何処からともなく『飛翔』にも似た刀を右手に出現させると、その刃を霧の中ではなく……上空、遥か彼方に位置する太陽めがけて掲げ上げた。

 

陽光を受け『飛翔』の刀身に神聖な輝きが生まれた……まさにその瞬間だった。

 

「…………っ!?」

 

突如として、バルバトスの円環から閃光と共に強烈な熱風が放出された。バルバトスの背後にいた三日月は、一瞬にして身を焼失しかねない程の高熱を感じて怯むも、しかし、不思議なことにその熱は彼に対してダメージを与えることはなかった。

 

そして、三日月が見上げた時……

バルバトスの右手には、巨大なプロミネンスが握られていた。

 

赤く染まった天を貫き、上空の太陽まで到達するのではないかと思われるほどの、壮絶な炎の刀身が『飛翔』の柄から放出されている。その影響で、赤く薄暗い世界をまるで日の出のように明るく照らし出し、その光景は、まさに宇宙の果てまでも届く篝火……いや、地上に太陽が出現したかのようだった。

 

赤い霧が急速に迫り来る……

バルバトスは、手にしたプロミネンスを赤い霧の中へと振り下ろし……

 

 

 

 

 

「三日月!!」

 

 

 

 

 

「…………!」

 

何処からともなく聞こえてきた自分のことを呼ぶその声に、三日月はハッとして目を覚ました。

 

「やっと起きたか、寝坊だぜ」

 

「ごめん……ベカス」

 

見慣れたバルバトスのコックピットの中で、三日月はゆっくりと身を起こした。網膜投影を介した三日月の視線の中に、ベカスの乗るウァサゴ・パワード、そしてチュゼールの荒野が映り込む。

 

……当然のことながら、赤い世界も、知らない景色も、巨神たちの姿も、もうどこにもなかった。

 

「夢……?」

 

三日月は小さくそう呟き、自分が意識を失っている間に訪れた、あの世界のことを思い返した。なぜあの世界は赤色に染まっていたのか? そして赤い霧の中で蠢くものはなんだったのか? そして赤い世界の中で、あの巨人たちは……バルバトスはどうなったのだろうか?

 

三日月はそれについて考えかけ

……しかし、すぐさま思考を中断することとなった。

 

「三日月、来るぞ!」

 

「……!」

 

ベカスの声に、三日月は顔を上げた。

……ズシン……ズシン

見ると、ファントムが非常にゆっくりとした足取りで、2人の元へ接近していた。

 

空中の足場として使っていたSFSを破壊されたことで、ファントムの怒りはピークに達していた。その黒い装甲からは禍々しいプレッシャーが放たれ、三日月とベカスの心を激しく揺さぶった。

 

『…………』

 

「…………っ!」

 

ファントムが左腕を上げるのと、右手に『飛翔』を出現させた三日月が斬りかかるのは、ほぼ同時だった。

 

『バァン!!!』

 

ファントムの左腕から放たれた次元連結砲が、バルバトスの周囲に次々と爆炎を生み出した。三日月ランダム回避でそれらを回避し、ファントムへと殺到する……

 

『…………ハハッ!!!』

 

それを見て、ファントムは薄気味悪い笑みを浮かべると……次の瞬間、ゼオライマーを捕食する以前に多用していた巨大なバスターソードを右手に出現させた。

 

『飛翔』による強襲を試みる三日月に対し、ファントムはバスターソードによる斬撃で応戦しようとしていた。ファントムは跳躍し、バルバトスをバスターソードの間合いに捉えた。

 

「『雷電』!!!」

 

リーチの差から、バスターソードの斬撃が届く方が早かった。三日月は素早くそう判断すると、かつて日ノ丸の学園で会得し、その後、彼なりに改良を重ねた奥義を繰り出し……

 

「ぐっ!?」

 

しかし、光の剣が以前のように実体剣であるバスターソードを切断する事はなかった。ファントムに対策されていることを考慮し、太刀筋に変化を加えた一閃ではあったものの……しかし、光の刃は全くと言っていいほど刃が立たなかった。

 

そればかりか、ファントムの斬撃の威力を殺しきれず、後ろに押し返されてしまうという始末である。

 

『シャアァァァァッッッッッッ!!!』

 

バルバトスを弾き返したファントムは、体勢が崩れたその瞬間を狙って、口から黒い粘性の液体を噴出させた。

 

「!?」

 

回避できないと悟った三日月は、左腕にガントレットを出現させて黒い液体を受けようとするも、液体はまるで触手のように稼働し、ガントレットを通してバルバトスの腕へと巻きついた。

 

「ぐっ……!?」

 

左腕に鈍い痛みを感じた三日月は、すぐさま触手を『飛翔』で斬り払った。しかし、アシッド属性を持つファントムの舌は左腕に残り、ガントレットごとバルバトスの装甲とフレームを酸で侵し続ける。

 

酸の侵食は速く、あっという間にバルバトスの関節部へと及んだ。パージは不可能となり、三日月は止む無く『飛翔』でバルバトスの右腕を斬り落とさざるを得なくなった。

 

「…………ッッ!!!」

 

阿頼耶識システムを通してバルバトスのダメージがパイロットに反映され、三日月は左腕に強い痛みを感じ、思わず地面に膝をついた。

 

この時点で、バルバトスは中破していた。

戦闘を続行することは可能ではあったものの、ファントムとの空戦で『飛翔』と太刀以外の殆どの武装を使い果たし、装甲はいつ崩壊してもおかしくない状態にまで劣化していた。

 

『……ハハッ!!!』

 

「やらせるかよ!」

 

ファントムはニヤリと笑い、次元連結砲を放とうと左腕を上げた。しかし、ベカスの放ったビームに発射を妨害され、ファントムは僅かに距離を取った。

 

「オレのことも忘れてもらっちゃ困るぜ……」

 

後退するファントムにそう告げて、ベカスは右腕のビームスマートガンを連射しつつ、ウァサゴ・パワードを三日月の元へ前進させた。

 

ウァサゴ・パワードは、葵博士によって提案されたウァサゴの各種形態の特徴を1つに統合した新たな形態だった。

傑作機であるウァサゴ万能型をベースに機体を大型化し、ソードライフルはより高出力のビームブレード/ビームスマートガンへと変更。新たに追加された左腕の高強度多目的アームは格闘型のアームに改良を加えたもの使用し、バックパックには砲戦型の連装式ミドルキャノンの他に、ショートバレルの6連装バルカン砲が2門追加されている。

また、肩部と脚部には戦略型のミサイル兵器が搭載されており、大元の機体であるウァサゴと比較すると、ベカスが得意とする全弾発射時の破壊力は恐るべきものとなっている。

 

歩く弾薬箱と化したことで増加した機体重量は、ホバー機能を採用することで解決していた。しかし、その分パイロットには高度な操縦技術が求められており、その複雑な操縦系統と火器管制システムから一般的なパイロットでは機体を歩かせることすら困難なほどピーキーな仕様になっている。

 

あらゆる武器を使いこなし、極東武帝譲りの高い近接戦闘能力を持ち、そして卓越したBM操縦技術を持つベカス・シャーナムだからこそ乗りこなす事の出来る機体だった。

 

「動けるか?」

 

ベカスは三日月をカバーしつつ、防御姿勢を取るファントムへとスマートガンを撃ち込んだ。

 

「ああ……まだ、やれる」

 

「いや、駄目だ……三日月」

 

「……?」

 

三日月が不思議に思っていると、ベカスは高強度アームから電磁攻撃機を飛び立たせた。火力の低いドローンではファントムの装甲に傷1つ付けられないが、高性能AIによって弾き出されたその変則的な軌道は、ファントムが相手であっても短時間の足止めには十分すぎる程だった。

 

「いいか、三日月……」

 

ファントムが電磁攻撃機に気を取られる……

その間に、ベカスは三日月へと向き直った。

 

「アイツは途轍もなく硬い上に、一度致命傷を負った攻撃に対して耐性を身につけるようだ。もう、生半可な攻撃は通用しない……」

 

「じゃあ、どうすれば……」

 

「だから、アイツが今まで一度も見たこともねーような……それこそ最高の一撃をぶっ放す必要がある。三日月……お前なら放てるか?」

 

「……分かった。やってみる」

 

僅かな思案の後、三日月は小さく頷いた。

 

「よし。オレがアイツの気を惹きつける……その間に、お前は最高の一撃を準備しておいてくれ!」

 

「大丈夫? アイツ、強いよ……」

 

「……ああ。知ってるよ、だがな……オレは1人なんかじゃねぇんだ、なあ、そうだろ!」

 

ベカスの放ったその言葉は、三日月以外の何者かに向けられていた。間もなく、2人の元に鮮やかな深緑の装甲を持つ、極東共和国製のBMが姿を現した。

 

「……そっか、来たんだ」

 

「…………」

 

納得した表情を浮かべる三日月に、

青龍のパイロット、影麟は小さく頷いた。




ところで、ついにウルズハントの(おおよその)リリース日が決定しましたね!いやはや……来年の春ですか! え、春……?( 遠くないです? )まあまあ、当初の予定通り、ウルズハントがリリースされるまではムジナはがんばりますのでどうかよろしくお願いいたします。

ゴールは見えた! 後は進み続けるだけでいい!

(ワクチン接種(2回目)をしてきて、頭がふらつく中なんとか書き切りました)
つかれたのでむじな もうねます
ようじょうさせていただきます
よろしくおねがいしました


わろし


よこく は ちゃんとやります

次回、『決戦(後編)』
そして、とある真実が明かされる……
それでは、また……


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第41話:決戦(後編)

お帰りなさい、指揮官様!

いつも大体3週間に1回、日曜日の投稿を目指している本作ですが、ちょっとだけ別に書いてみたいものができたので次回の投稿はさらに1週間ほど伸びるかと思います。っていうか鉄血・ブレッドの三次創作したいので。(本編ではなくサイドストーリー的なのを作ってニコ動で活動している作者さんを支援したいなぁ……と)

まあまあまあ……
そして、いよいよアイブラサガも大詰めなのです。宿敵……黒いバルバトスことファントムとの決戦、果たして三日月たちはファントムを倒し、そして真実にたどり着くことが出来るのだろうか……?

それでは、続きをどうぞ……


「オレと影麟がアイツの気を惹きつける……その間に、お前はファントムを一瞬で葬り去れるような、最高の一撃を準備しておいてくれ!」

 

「分かった……やってみる」

 

ベカスの言葉に、三日月は右手の『飛翔』へと意識を集中させた。かつて日ノ丸から脱出する際に使用し、そして夢の中で見たバルバトスがやっていた時の要領で、『飛翔』の中に眠る古代の力を解放させていく

 

 

「前だって出来た……だから、今度こそ……!」

 

 

再生した光輪システムがバルバトスのバックパックから射出され、『飛翔』の周りを旋回し始めた。ドローンが加速器の代わりを果たし『飛翔』のエネルギーが増幅され、無数のスパークと共にその刀身から神秘的な輝きが放たれる。

 

『…………』

 

三日月の意図に気づいたファントムは、バルバトスめがけて指鉄砲を向け……

 

「やらせるか!」

 

しかし、ファントムが次元連結砲を放つよりも早く、ベカスはミドルキャノンのトリガーを引き絞った。

 

『…………!』

 

砲戦型と同様に高い破壊力を持つ砲撃が、ファントムの展開したフィールドに阻まれる。しかし、ファントムの注意を三日月から自分へと向けるというベカスの役割は果たした。

 

『バァン!!!』

 

ファントムの次元連結砲がウァサゴ・パワードに迫る。ベカスはAIによる事前攻撃予測とホバー機動による高速移動を駆使し、空間すら抉り取る砲撃を全弾回避する……

 

「今だ! 麟!」

 

「…………幻舞拳」

 

ベカスの叫びに応じて、ウァサゴの影から深緑の機体が驀進した。装甲の表面に高電圧のスパークを走らせ、影麟の乗る青龍改がファントムへと迫る。

 

「……弧月・閃光!」

 

目にも留まらぬ速さでファントムへと肉薄した影麟は、黒い装甲めがけて必殺の打撃を打ち込んだ。腕部に極限まで蓄積した雷光が打撃の威力を底上げさせる。

 

『ハハッ!』

 

しかし、ファントムは短く嘲笑を浮かべ、影麟の放った超高速の一撃を片手で軽々とブロックしてみせた。

 

「幻舞拳…………乱華!」

 

必殺技を防がれてもなお、影麟の勢いは止まらない。両腕に雷を纏わせ猛烈なラッシュを放ち、それに加えて神速の蹴りを叩き込む。

 

だが、ファントムは獣の左腕だけで影麟の攻撃を全てブロックすると、お返しとばかりに巨大な右腕を大きく振りかぶった。

 

『ゲンブケン!!!』

 

ファントムの放ったアッパーカットが青龍の装甲を掠めた。掠っただけにもかかわらず、その一撃によって発生した風圧は青龍の深緑色の装甲を削り、機体を後方へと吹き飛ばした。ファントムの攻撃を事前に察知し、影麟が即座に回避行動を取っていなければ、青龍は見るも無残に破壊されていたことだろう。

 

「……幻舞…………」

 

大技を放ち、ファントムは僅かな間硬直状態に陥る。そして、その一瞬を逃す影麟ではなかった。空中で姿勢を整えると、着地と同時にファントムへと技を叩き込もうとして……

 

「…………!?」

 

青龍の両脚が地面に着いた……その瞬間だった。影麟の視界から、突如としてファントムの姿が消失した。

 

影麟が本能的な直感により背後を振り返った時には、既に全てが遅かった。なぜなら次元連結システムによる空間跳躍を用いて、青龍の背後へと転移していたファントムが、既に攻撃体制に移行していたからだ。

 

「…………ッッッ!!!」

 

『アハッ……ゲンブケン!!!』

 

凶悪な笑みを浮かべると共に、ファントムは青龍めがけて巨大な右腕を振り下ろした。これには霊獣計画の完成形である影麟ですら反応しきれず、その頭上に黒い拳が振り下ろされ……

 

「麟!」

 

その瞬間、影麟とファントムの間にある空間めがけて、ベカスはビームスマートガンを撃ち込んだ。ビームライフルを遥かに上回る高出力の火線を前に、ファントムは反射的にフィールドを展開、後方に飛び退きつつビームを防御する。

 

ベカスは影麟と隣り合わせになった。

 

「麟! ツインドッグだ! オレがお前の動きに合わせる……だから、思いっきりやれ!」

 

「…………うん」

 

小さく頷き、影麟はファントムめがけて跳躍した。それに合わせて、ベカスは援護射撃に必要な射線を確保する為に移動を開始する。

 

「幻舞拳……」

 

『ゲンブケン!!!』

 

極東武帝の生み出した技同士が正面からぶつかり合い、目にも留まらぬ熾烈な打撃の攻防戦が繰り広げられる。

 

技を打ち合い、放った拳をガードし、叩き込んだカウンターをブロックする……その繰り返しで、お互いの技の徐々に威力は上昇し、拳がぶつかり合う度に空気が震えた。

 

『オオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!』

 

激しい打ち合いを制したのはファントムだった。

影麟のブロックを打ち破り、ガラ空きになった青龍の胴体めがけて強烈なボディブローを叩き込む。

 

「……っ!」

 

影麟は常人のそれを遥かに上回る反射神経を駆使し、どうにかファントムの放った拳の直撃を免れるも風圧によりバランスを崩してしまった。転倒した青龍めがけて、追い討ちとばかりにファントムは爪を振り上げ……

 

「やらせるか!」

 

そこへ、ベカスの援護射撃が飛来した。

ミドルキャノンとバルカン砲による厚い弾幕の応酬を受け、ファントムの動きが一瞬だけ止まる。その隙に影麟はファントムの間合いから脱出し、体勢を立て直した。

 

『バァン!』

 

「くっ……! 麟!」

 

反撃の次元連結砲を回避しながら、ベカスは影麟めがけて絶叫する。

 

「麟! 近接戦闘の基本を思い出せ!」

 

「…………」

 

ベカスの声に呼応するかのように、影麟は目を閉じて静かに呼吸した。そして体の内から湧き上がる剣気を全身に纏わせるかのように意識して、神経を研ぎ澄まし、集中力を高めた。

 

「……!」

 

再び、影麟はファントムめがけて進出した。

ファントムの視線が青龍に移る。

 

『……ハッ!』

 

ファントムは嘲笑と共に次元連結砲を青龍めがけて……ではなく、青龍の足元へと撃ち込んだ。次の瞬間、青龍の足場が爆発し、深緑色の影は爆発によって発生した砂煙に包み込まれてしまった。

 

次の瞬間、ファントムは空間跳躍を実行。

砂煙の前へと再出現すると、突然の爆発で怯み、煙で視界を奪われた影麟めがけて巨大な右腕を叩き込み……

 

『……!』

 

しかし、ファントムの拳が青龍を捉えることはなかった。影麟はファントムの拳を最小限の動きであしらうと、今度は逆にガラ空きとなったファントムの胴体めがけて拳を叩き込んだ。

 

大量の砂煙で視界を失った影麟だったが、自身の周囲に纏わりつく剣気の流れがファントムの動きを報せ、砂煙の中でも彼はまるで戦場の全てを見通しているかのように行動することが出来た。

 

『……チィ!!!』

 

影麟の拳がファントムに与えたダメージは少なかった。しかし、弱者と侮っていた影麟がここに来て攻撃を直撃させてきたことに、ファントムは苛立たしげな表情を浮かべた。

 

「幻舞……」

 

『ゲンブケン!!!!』

 

ワンインチ距離の状態にて、次回行動のスピードはファントムの方に部があった。青龍が幻舞拳の型を形成した時には既に、ファントムは黒い爪を青龍めがけて突き出し……

 

『……!?』

 

しかし、攻撃を受けて仰け反ったのは先に攻撃した筈のファントムの方だった。影麟はファントムの放った攻撃を紙一重で回避し、さらに相手の放った技のスピードを活かして反撃……ファントムに対して有効打となる一撃を与えた。

 

ツインアイに衝撃を食らったファントムは、おぼつかない視線のまま爪を振るうも、爪は空を切るばかりで青龍を捉えることはなく、影麟はその隙を逃さず全身の剣気を拳に集中させた。

 

「幻舞拳…………電瞬!」

 

『…………ガッ!?』

 

そして、ファントムめがけて超高速の刺突を繰り出した。剣気と電流が一点に集中した高圧力を誇るその拳は、ファントムの姿を大きく吹き飛ばしただけではなく、堅固な胸部装甲をぐしゃりと押し潰すに至った。

 

『ォォォォォォォ…………!!!』

 

絶叫を上げながら、ファントムが空中を舞う。

そして、その先にいたのは……

 

「いい位置だぜ! 麟!」

 

それはベカスのウァサゴ・パワードだった。

吹き飛ばされたファントムを左腕の高強度アームでキャッチ(捕縛)すると、その背中めがけてビームブレードを突き刺した。

 

『グアアアアアァァァァァァッッッ!!??』

 

勢い余ってブレードの根元まで串刺しにされ、ファントムは絶叫した。ビームブレードの先端がファントムの胸部装甲を突き破って外へと露出すると共に、装甲の亀裂から鮮血のような赤黒いオイルが勢いよく飛び散る。

 

『ァァァ!!! アアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!』

 

「ぐっ……!?」

 

ウァサゴから逃れようと暴れ、悶え苦しむファントムの周囲で次元連結砲が炸裂した。無数の爆発がウァサゴを包み込む。しかし、その程度でファントムの拘束を解くベカスではなかった。

 

「止まれよクソが!!!」

 

ベカスは叫び、そしてウァサゴの肩部、脚部に搭載されたミサイルポッドをフルオープンし、その全弾をほぼゼロ距離の状態でファントムへと叩き込んだ。戦術と電磁、2種類のミサイルが着弾したことによる爆発がウァサゴとファントムを包み込む

 

「まだだ……!!!」

 

捨て身の攻撃で、自身もそれなりにダメージを受けながらも、ベカスの勢いは止まらない。バルカン砲とミドルキャノンをゼロ距離で斉射し、かつて自分を育ててくれた師匠を残酷に殺害したファントムに向けて、今の今まで募らせてきた全ての怒りをぶつける。

 

「これで……!」

 

ありったけの弾丸を消費し尽くし、ベカスは最後の一撃とばかりにファントムに突き刺したビームスマートガンのトリガーを引いた。

剣から銃へと切り替わった兵装の先端から、高出力の火線が飛び出し、ファントムの装甲をズタスダになるまで吹き飛ばした。

 

『ぐ…………グオォォォォォォォ……!!!』

 

地面に倒れ伏し、一度は撃破したかに思えたファントムだったが、その驚異的な再生能力で装甲を回復させ、すぐさま再起動を始めた。

禍々しい呻き声と共に立ち上がると、獣の爪を広げ、掌にプロトンサンダーの光球を生成し始め……

 

「…………」

 

『……ガッ…………!?』

 

しかし、次の瞬間……

影麟の振り下ろした手刀がファントムの左手を切断した。出来かけプロトンサンダーは左手と共に地面に落下し、その威力を発揮することなく消滅してしまう。

 

『…………ッッッ!!』

 

左手を失ったファントムは、鋭利な闘気を放つ青龍を前に萎縮したように見えた。だが、それも一瞬のこと……ファントムは巨大な右腕を振り回し、青龍へと殴りかかった。

 

「…………」

 

直撃すれば大破は免れないであろう、ファントムの猛撃を、影麟は必要最低限の動きだけで回避する。極東武帝との戦闘を経て、幻舞拳の動きを完全に理解した筈のファントムだったが、たったの一撃すら有効打に成り得なかった。

 

『ゲンブケンッッッ!!!』

 

ファントムはそう叫ぶと共に、数ある幻舞拳の技の中で影麟が最も得意とする『弧月・閃光』にも似た技を繰り出した。超高速の一撃が、青龍へと迫り……

 

『……!?』

 

しかし、その一撃は空を切るに終わった。

放った技が青龍に命中するまさにその瞬間、ファントムの前から青龍が忽然と姿を消したのだ。

 

「幻獣拳…………」

 

どこからどもなく聞こえてきたその声に、ファントムは反射的に次元連結砲の照準を向けるも、巨大な爆発が青龍を捉えることはなかった。

 

影麟の放つ極限にまで研ぎ澄まされた剣気は大気を押し退け、青龍の周囲に真空の空間を形成した。その結果、青龍は空気抵抗を全く受けない状態での行動が可能となり、その加速力はファントムの反応速度でも追いきれないほどだった。

 

『……チィ!』

 

ファントムは舌打ちをし、青龍の位置を予測して次々に砲撃を放つも、命中弾は皆無だった。

 

「幻獣拳…………牙狼深淵独歩」

 

『……!』

 

次の瞬間、ファントムの死角から飛び出した影麟が、超高速でのすれ違いざまに拳を叩き込み、ファントムに認識されるよりも早くその場から姿を消した。それも一度や二度ではなく、影麟の技は断続的に続き、拳の波状攻撃がファントムを襲う。

 

幻獣拳……

それは極東武帝が生み出した幻舞拳をベースに、影麟が独自の改良を加えて編み出したものだった。

 

そのコンセプトは、幻舞拳に取り入れられていた戦には無駄な要素である技や型の美しさを捨て、より自然的な本能のままに技を繰り出す……それこそ原始的な獣が見せる動きを基にした、実戦的な武術だった。

 

高度に研ぎ澄まされた剣気を全身に纏わせることで、感覚を最大限にまで拡張、闘気の流れから相手の行動を予測し、常に相手の一手先を読んだ行動を行う。がむしゃらに技を放っているように見えて、実際には技によるダメージ効率を非常に重視しており、さらに型破りなその動きは酔拳よりも予測不能だった。

 

ただし、幻獣拳の使用者には闘気の流れを読むための集中力と常に相手よりも早く動くことが求められており、その為、幻舞拳と比較するとスタミナの消耗が著しく、常人離れした能力を持っている影麟にとっても長時間の使用は困難であった。

 

しかし、幻舞拳とは似て非なる動きは、初見のファントムに対して実に効果的だった。影麟の見えない攻撃に、ファントムは全方位にフィールドを展開することで対処を試みるも……

 

『……グォォォォォォォ!!!』

 

まるでトタンの屋根に大粒の雨が降り注いだ時のような、激しい衝突音が響き渡った。防御フィールドに次々と影麟の技が叩き込まれ、フィールドの表面に亀裂が入り始める。

 

『チッ!』

 

なんとか影麟の猛攻から逃れようと、ファントムは空間跳躍を実行。青龍から離れた場所へと再出現するが……

 

「そう来ると思ったぜ!」

 

『……!?』

 

空間跳躍を終えたファントムの目の前には、攻撃態勢を整えたウァサゴ・パワードの姿があった。あらかじめAIを使って空間跳躍する座標を予測していたベカスは、ビームブレードを閃かせて斬りかかる。

 

咄嗟に、ファントムは亜空間からバスターソードを取り出し、ベカスの斬撃を凌ぎ、そのまま鍔迫り合いの状態になる。

 

「おい、ウァサゴ……」

 

コックピットの中で、ベカスは呟く

 

「お前の力はこんなもんじゃないんだろ?」

 

モニターに映る機体の出力データが、まもなくメーターの上限である10000の値を振り切ろうとしているのを見て、ベカスは続ける。

 

「なら……仕事しろよ!!!」

 

次の瞬間、ウァサゴの頭部センサーが赤く光り輝いた。

そして、ウァサゴ・パワードを覆っていた増加装甲が剥離、剥き出しになったフレームが露わになる。さらに弾薬のなくなったバックパックと肩部及び脚部のミサイルポッドかパージされ、そして機体の3号エンジンが露出した。

 

『……!』

 

ウァサゴ・パワードのビームブレードは、ビームの刀身が背丈の倍以上もある巨大なハイパー・ビームブレードへと変化し、その驚異的な出力がファントムを圧倒した。

 

これが飛行型、全装型に続くウァサゴ・パワードの新たな姿。出力リミッターを解除したウァサゴ・パワード第3形態……

 

通称、覚醒モードだった。

 

この状態になることで、ビームソードだけではなく、ビームスマートガンや高強度アームなど機体に装備された武装の威力が向上し、さらにエンジンリミッターそのものが解除されていることで陸戦機でありながら戦闘機と同等の機動性を発揮することが出来た。

 

しかし、覚醒モードがパイロットに与える負担は凄まじく、その爆発的な機動性もさながら、機体から放出されるプレッシャーに晒されることで、並みのパイロットであれば少し動かしただけでも失神し、さらに精神にダメージを負って廃人になってしまう恐れがあった。

 

だが、ベカスは……

 

「そうだ……アハッ、もっと、もっと力を……」

 

ウァサゴの中では、血走った眼を浮かべるベカスがそう言ってニヤリと笑っていた。顔には血管が浮かび上がり、その体からは狂人じみたプレッシャーが放たれている。

 

パイロットに対して負荷でしかないウァサゴのプレッシャーを、ベカスはあえて自分の中に取り入れ、己の活力へと変換していた。それは、マスターシステムによってウァサゴに選ばれた彼にしか出来ない芸当だった。

 

電磁浮遊によりウァサゴが浮かび上がる。

改良されたFSフィールドを展開することで、機体は空気の抵抗を受け辛くなり、地上においても影麟の青龍改に匹敵するスピードを発揮することを可能にしていた。

 

「ハハッ!!! 滅殺!!!」

 

ブレードでバスターソードごとファントムを弾き飛ばし、間髪入れずにビームスマートガンを発射、そして向上した機動性を活かしてファントムへと突貫する。

 

『…………!』

 

ベカスの執拗な攻撃に、ファントムは防戦一方に陥った。バスターソードを斜めに構え、絶え間ないブレードの斬撃を凌ぎ、その間に再生しかけた左手の中にプロトンサンダーを生成させようとして……

 

「やらせるか! 行けよMASTERライン!」

 

高強度アームの内部から飛び出した無数の光球がファントムを包囲し、まるでそれぞれが意思を持っているかのようにレーザー攻撃を始めた。

 

『グアッ……!?』

 

おびただしい量のレーザーに装甲を穿たれ、最早プロトンサンダーの生成どころではなくなり、ファントムは身動きが取れなくなる。

 

「あああああああッッッ!!!! お前はこの世界に存在してはならないんだ、だからお前を殺す! 殺してやるッッッ!!!」

 

絶叫と共に、ベカスはビームブレードを槍のように突き出した。ファントム再び防御フィールドを展開するも、あまりの威力にフィールドごと突き飛ばされてしまう。

 

「麟! こいつをやるぞ!」

 

「…………!」

 

ベカスの声に、影麟が応じる。

そして、あまりにも一方的な戦いが始まった。

 

防御フィールドを展開して凌ぐファントムの周囲を、真紅と新緑の閃光が超高速で乱舞する。2つの機影はフィールドに向けて拳を、剣を次々と叩き込み、劣化させていく……

 

ファントムは次元連結システムによって生み出される全てのエネルギーを防御に回すも、2人の連携の前に再生能力が追いつかず、フィールドは一瞬にして崩壊を始めた。

 

「幻獣拳…………青龍黒点掌破!」

 

「師匠の仇だッッッッッッ!!!」

 

ファントムの前後を挟み込む形で、黒い装甲めがけて2人は拳を打ち付けた。青龍の拳がファントムの胸部装甲にめり込み、ウァサゴ・パワードの高強度アームがファントムのバックパックを破壊した。

 

「幻獣拳…………粉振掌底!」

 

「ああああああああッッッ!!!」

 

青龍の拳から凝縮された斥力が放たれ、ファントムの胸部装甲をいとも容易く粉砕した。さらに背後からは、ウァサゴ・パワードの高強度アームに搭載されたゼロ距離ビーム砲『スーパーブレイザー』が爆発し、ファントムの胴体はフレームを残して爆発四散する事となった。

 

『ォォォォォォォ……………………』

低い呻き声を上げ、ファントムは地面に膝をついた。

 

「今だ! 三日月ッッッ!!!」

 

ベカスと影麟はファントムから飛び退き、三日月の方へ視線を送った。すると、そこには眩いばかりの光が集う、朝焼けかと見間違う神秘的な光景が広がっていた。

 

 

 

「……ごめん、待たせた」

左腕を失ったバルバトスの中で、三日月は小さくそう答えた。

 

 

 

バルバトスの背後には巨大な光の円環

そして、掲げ上げた右腕にはウァサゴのハイパー・ビームブレードよりも遥かに巨大な、天高くそびえ立つ光のプロミネンスと化した『飛翔』が握られている。

 

それは、三日月が夢の中で見た光景そのものだった。

 

 

 

 

 

宇宙まで届くと思われたその光の剣は、離れたところでシヴァの残骸を輸送していた朧たちからでも観測することができた。

 

「なんだ、この力は……」

 

暫くして、朧はあることに気づいた。

 

「カグヤが…………畏れている……?」

 

 

 

 

 

「馬鹿な! 太陽とほぼ同等の核融合反応だと!?」

 

空からベカス達の戦闘を観測していたオスカーは、バルバトスから放たれるエネルギーの放出量と、天高くそびえ立つ光の柱の内部温度から分析を行い、そう結論づけた。

 

「あの機体にはそんな力まであったのか! ……いや、だとすると、あの光の中心温度は太陽とほぼ同等の筈……ならば何故、あの少年と周囲の環境は影響を受けていないというのだ?」

 

核エネルギーの問題について問いかけると、放射能による環境汚染の影響ばかりによく目が行きがちで度々論題に挙げられるが、無論それだけではなかった。

 

 

核の最も恐ろしい点、

それは莫大な『熱エネルギー』である。

 

 

言うまでもないが、兵器によって運用される熱核エネルギーは高い破壊力を発揮する。また原子力発電に転用されれば、一基の原子炉から生み出される熱エネルギーは膨大な電力へと変換され、数え切れない程の多くの人々に対して恩恵を齎す程である。

 

事実、チェルノブイリ原発事故では、超高温を持った原子炉が施設や地盤といったありとあらゆるものを融解させ、炉心がマントル層を突き破って核へと到達してしまうのではないかという懸念があった程である。

 

そして、この場合では……バルバトスの背後に見られる巨大な円環は6000℃以上の熱を持ち、光の柱に関しては測定不能なほどの高音を発していた。

 

……しかしである。

これほどの熱を発しておきながら、バルバトスやそのパイロットである三日月はおろか、不可解なことに、周囲の環境は全くと言っていいほど熱エネルギーの影響を受けていない。これは一体どういうことだろうか

 

「……まさか!?」

そこで、あることに気づいたオスカーはモニターの表示を切り替え、光の解析を行った。

 

 

「ヒューム値0.01……やはり、現実改変か!」

 

 

現実改変とは、その名の通り現実を自由自在に改変する能力のことである。

 

この場合は、円環や光の柱といった超高温を発する物体の周囲にヒューム値0.01という極端に低い現実性の空間を局所的に形成することで、その空間限定で熱伝導などといった科学現象の概念を消失させ、周囲の環境が熱による影響を受けないようにしているようだった。

 

「太陽と同等の核融合反応と高度な現実改変能力……このような芸当が出来るのは、ただ1つのみ! そうか、アレは……いや、彼は十二巨神の中でも序列1位とされている、あの日ノ丸の伝説を……!」

 

オスカーは興奮冷めやらぬといった様子で、巨大な光の柱を仰ぎ見た。

 

「素晴らしい……! やはり、あのお方の言葉に間違いはなかった!」

 

 

 

 

 

「これなら……殺しきれる」

プロミネンスを片手に、三日月はファントムを見据えた。

 

『…………』

 

それに対し、ベカス達との戦闘で次元連結システムのエネルギーを殆ど使い果たし、再生も追いつかず疲弊しきったファントムは、膝をついた状態から動くことが出来なかった。

 

どうやら、空間跳躍やプロトンサンダーに加えて、お得意の次元連結砲の一撃すらまともに放てないようである。

 

「やれッッッ!!! 三日月ッッッッ!!!」

 

ベカスが張り裂けそうな声を上げる。

 

「…………アンタを倒して、俺たちは生き残る!」

そして、三日月の手によってついに巨大な光の柱が振り下ろされた。

 

『…………っ!』

 

目の前を白く染め上げる程の膨大な光がファントムの頭上へと落下する。ファントムは、最後の力を振り絞って防御フィールドを展開するも、プロミネンスを包む低い現実性の空間が防御フィールドを無効化させ、ファントムは光の中へと取り込まれてしまった。

 

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッ!!!!!!!!!??????』

 

圧倒的な高温に晒され、ファントムが燃える。

光の中心部からは世にも恐ろしい悪魔の断末魔が響き渡り、チュゼールの荒野の中をどこまでもどこまでも駆け抜けていく……

 

「三日月ッッッ!!! やれッッッ!!! そいつの存在そのものをこの世から完全に…………ッッッ!!!」

 

「……ッッッ!!!」

 

光の柱とファントムの衝突によって発生した衝撃波に耐えながら、ベカスと影麟はありったけの感情を込めて絶叫した。

 

「あああああああああッッッ!!!」

 

2人の意思に呼応するように三日月もまた絶叫する。次の瞬間、バルバトスの円環がひときわ強い輝きを放つと、プロミネンスの出力がさらに増大する。

 

『グ…………ォォォォォォォ………………』

 

堅固なファントムの腕が、脚が、とてつもない高温に晒されたことにより融解を始め、そして胴体が、最後に顔が……チリひとつ残すことなく、この世から完全に姿を消した。

 

 

 

地に走る光の柱が消え失せると、静寂が訪れた。

 

 

 

バルバトスの背中で神々しい輝きを放っていた円環は消え失せ、巨大な光の柱を形成していた『飛翔』は力を失い、刀身のなくなった刀と化していた。

 

「はぁ……はぁ…………」

 

膝をついたバルバトスの中で、荒い息を吐きながら三日月が視線をあげると、目の前には凄惨な光景が広がっていた。ファントムを倒す為に振り下ろされた一撃は、チュゼールの大地を抉り、どこまでも続くと思われるほどの深い爪痕を残していた。

 

そして、爆心地にファントムの姿はない。

太陽を直接ぶつけられたようなものなのだ、どれほど堅固な装甲を持とうが、再生能力があろうとも、チリひとつ残さず焼失してしまえばそれで終わりだった。

 

全てを照らす母なる光によって、亡霊は存在そのものを抹消された。

 

「三日月……」

 

いつのまにか三日月の隣に移動していたベカスが、機体越しに三日月へと声をかけた。

 

「…………あいつは?」

 

「消えたよ。チリひとつ残さずにな……俺と影麟、そして三日月……オレたちの力で、ついにあのバケモノを倒したんだ」

 

バルバトスの肩を掴み、ベカスはそう告げた。

しかし、彼の声に歓喜の色はなかった。

 

ファントムの引き起こした一連の事件により、日ノ丸では多数の教員と警備兵が惨殺され、極東では極東武帝と千名を超える軍人が殉職、さらに首都を中心に多くの都市と市民が消滅し、二次災害によりさらに多くの人が死んだ。

そして自然豊かなチュゼールの大地はファントムの放った核に汚染され、多くの将兵が命を落とすこととなった。

 

 

喪われたものが、あまりにも多すぎた。

 

 

「………………」

 

ベカスは黙ってポケットから甘苦を取り出し、口に咥えた。それから、様々な想いを断ち切るように深いため息を吐いた。

 

「麟……三日月…………」

弱々しく、2人のことを見ずにベカスが呟く

 

「オレたち、仇を討てたんだよな?」

 

「…………そうだね」

 

「…………」

 

ベカスの呟きに、三日月と影麟は小さく頷く

 

「そうだ。終わったんだ…………そう、全てが……」

 

そうして、3人は空を見上げた。

空を覆っていた厚い黒雲は、戦闘の影響でいつのまにか消え失せており、そこには沈み行く太陽と黄昏色に染まった空が広がっていた。

 

チュゼールの大地は美しい紅色に包まれる。

それは、決して散らない鉄の華の色をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第41話:決戦(後編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

「…………!」

 

最初に、その異変に気づいたのは影麟だった。

 

「……どうした、麟?」

 

「…………聞こえる」

 

「聞こえるって、何が…………?」

 

「あの、歌が……」

 

「いやそんな筈は…………ーーーーー!」

遅れて、ベカスもそれに気づくことができた。

 

 

「歌……?」

 

2人のそんなやりとりに、三日月は改めて耳を澄ませてみると……確かに、何処からともなく歌声のようなものが聞こえてくることに気づいた。

 

「くそっ……麟! 三日月! 警戒しろ!!!」

 

「ベカス、どうしたの……?」

 

「いいから早くしろ! クソが……同じだ、あの時と……」

 

「同じって……何が…………ッ!?」

 

 

 

次の瞬間、3人はその存在に気づいた。

黄昏色に染まった大地の真上、沈み行く太陽を背に……得体の知れない空間の揺らぎが発生していることに。

 

空間の揺らぎは血のように赤く染まった亜空間へと形を変え、そして……その中から、黒い装甲を持つ人型機が出現、チュゼールの大地に向かって徐々に降下を始める。

 

「……冗談…………だろ……?」

降臨したそれを見て、ベカスの口から甘苦が落ちる。

 

 

 

堅固な黒い装甲

 

奇妙なほどに肥大化した右腕

 

鋭く尖った爪を持つ左腕

 

バルバトスよりも角度の狭いV字アンテナ

 

一切の無駄がない、その立ち振る舞い

 

そして、赤い色をしたツインアイ

 

 

 

……それは、消滅したはずのファントムだった。

 

 

 

「ば……馬鹿な……!? 存在そのものを消滅させたってのに…………奴は不死身だっていうのか!?」

 

「……ッッッ!!!」

 

ベカスも影麟も既に限界を超えた戦闘を行って疲弊し、本調子ではない。今、ファントムに立ち向かえるのは自分しかいない……そう判断した三日月の動きは早かった。

 

力を失った『飛翔』を捨て、亜空間から取り出した太刀を片手で保持すると、ファントムめがけて進出した。

 

「待て! 三日月ッ!」

 

「…………」

 

背後から聞こえてくるベカスの制止を振り切って、三日月は前進する。倒せなくとも、せめて2人が逃げられるだけの時間さえ稼げればそれでいい……そういう考えの下、慣れない片手での『雷電』を繰り出し、刺し違える覚悟でファントムへと斬りかかった。

 

『…………』

 

それに対し、ファントムは身をよじるだけの動きで三日月の斬撃を回避してみせた。しかし、ファントムの方も本調子ではないのか完璧な回避とはいかず、脆くなった胸部装甲に大きな亀裂が生じる。

 

「まだ……!」

 

回避されてもなお、三日月は止まらない。

即座に太刀を構え直すと、亀裂の入った胸部装甲めがけて太刀の先端を突きつけ、ファントムの装甲を抉り取ろうと刺突を繰り出し……

 

 

 

太刀の先端がファントムを捉えようとした

……まさにその時だった。

 

 

 

「……………………え?」

突然、三日月の動きが止まった。

 

 

 

基本的に無表情で、これまで何事に対しても冷静に対処してきた彼にしては珍しく、非常に動揺した表情になっている。

 

激しい驚愕の色に染まった彼の瞳

その視線は、ファントムの亀裂へと向けられていた。

 

正確に言えば、亀裂の中の……

おおよそコックピットがあると思わしき場所を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………オルガ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……………………アハッ!!!』

 

三日月の言葉に、ファントムはニヤリと笑った。

天を仰ぐように上体を逸らし、そして絶叫した。

 

『オレはァァァァァァァァァァァァァァ!!!』

 

黒い液体の滴る口を奇妙に動かし、ファントムはその言葉を口にした。

 

 

 

 

 

『オレは鉄華団団長…………オルガ・イツカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッ!!!!!』

 

 

 

 

 

 




次回『哀しき再会』


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第42話:哀しき再会

おかえりなさい! 指揮官様!
というか長らくお待たせして申し訳ないのです……
忘れられて見限られても仕方ないくらい期間を空けてしまったと思いますが、改めて頑張らせていただきますのでもう少しだけお付き合い頂ければ幸いです。

後出しのガンダムUCエンゲージがリリースされたことで、本作の執筆のゴールとしていたウルズハントのリリースも近いと思い、失踪の体制に入っていたムジナですが、4ヶ月経ってもリリースされないので、これはいけないと思って舞い戻ってきました。
まあ『鉄血・ブレット』の三次創作とかを作るのにリソースの全てを使っていたというのもそうですが……


あらすじ
ファントムとの死闘の末、ついにその正体が明らかとなる
その事実を前に、三日月はどうするのか……?
まあまあまあ、それでは続きをどうぞ……


 

 

 

 

 

『オレは鉄華団団長…………オルガ・イツカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッ!!!!!』

 

 

 

 

 

黒い液体の滴る口を奇妙に動かし、ファントムは絶叫と共にその『言葉』を口にした。皮肉なことに、それはこの世界に降り立った三日月が長らく切望していた瞬間であり、旅の目的でもあった。

 

 

「オルガ……?」

 

 

動揺を隠しきれず、三日月の瞳が激しく揺れる。

彼の視線の先に、それはいた。

斬撃を受け、亀裂の入ったファントムの装甲……露わになったコックピットブロック、そして、その中に佇む1つの影

 

銀髪、特徴的な前髪

 

色黒の肌、鋭い目つき

 

一切の無駄がない、鍛え抜かれた肉体

 

 

 

オルガ・イツカ

 

 

 

見間違えようもない、ファントムのコックピットに座するその人物は、三日月にとっての家族であり、かつて生きる意味を与え進むべき道を示した、彼にとっての『全て』とも呼ぶべき人物だった。

 

「…………」

 

オルガの冷たい瞳が三日月を捉える。

しかし、それも一瞬のこと……胸部に生じた亀裂はファントムの驚異的な再生力によってあっという間に塞がり、オルガの姿は黒い装甲の中へと姿を消した。

 

「三日月!?」

 

三日月の身に起きた異変に気づき、ベカスは慌てて彼の名を叫んだ。しかし、そんなベカスの声は三日月に届いていないのか、目の前に敵がいるというにも関わらず、バルバトスは『雷電』の構えを解くと、次の瞬間、右手の太刀を力なく取り落としてしまった。

 

「オルガ……! オルガ……!」

 

完全に臨戦態勢を解いた三日月は、オルガが見えなくなった後もファントムの中の彼へと呼びかけ続けた。まるで、そうすることによって禍々しく輝く黒い装甲の内側に消えた彼が戻ってくるのだと、本気で思っているかのように……

 

「オルガ……オルガだって!?」

 

ノイズまみれの通信機から聞こえてくる三日月の言葉に、ベカスはハッとしてファントムへと視線を送った。

 

「まさか、三日月の言ってたあいつの家族が……あの機体に乗ってるってのか!?」

 

「家族……?」

 

突如として明かされることとなった衝撃的な事実に、ベカスは驚きを隠すことが出来ず、ただ狼狽えるばかりだった。隣にいた影麟ですら、どうしていいか分からず体に纏わせた剣気を乱れさせてしまっている。

 

『…………』

 

三者三様の思いを抱いている彼らを前に、完全復活を遂げたファントムのツインアイが、バルバトスの姿を正面に捉えた。

 

『…………』

 

「……!」

 

するとファントムは左腕を上げ、まるで三日月に対して和解の為の握手を求めているかのように掌を差し出してきた。しかし、ファントムの眼から敵意は感じられない。三日月は僅かに躊躇った後、ファントムに向かって少しずつ歩み寄った。

 

「オルガ……? オルガなの……?」

 

『…………』

 

その問いかけに、ファントムは小さく頷いてみせた。

その瞬間、三日月の瞳に暖かい色が灯る。

 

「オルガ……なんでそんなところに、いるの?」

 

『…………』

 

「ずっと……ずっと探してたんだよ?」

 

『…………』

 

「でも、やっと見つけた、オルガ……!」

 

『…………』

 

ファントムの伸ばした手に導かれるようにして、三日月は満身創痍のバルバトスを進ませた。そして、ファントムの黒い手に触れようと自身も右腕を伸ばした時だった。

 

『…………ハ』

 

白と黒。酷似した外観を持つ2つの機体の影が交差し、ついに物理的に接触しようとした……まさにその瞬間だった。突然、ファントムは僅かに頬を引きつらせたかと思うと、素早く腕を引っ込めてしまった。

 

三日月の差し出した手が空を切る。

 

「……?」

 

『アハッ! アハハハハハハハ!!!』

 

「……ッ!」

 

嘲笑するファントムを前に、三日月は脱力感のあまり手を差し出したままの状態で愕然となってしまった。つかの間、視界の隅に巨大な飛来物の影が映り込む。そして、三日月は自分がまんまとファントムの張った罠に誘い込まれてしまったことを察した。

 

次の瞬間……

バルバトスとファントムの間を通り抜けるようにして、巨大な何かが擦過した。盛大に火花が散り、空気が振動、鈍い破砕音、少し遅れて水蒸気爆発を彷彿とさせる轟音が遠くの方からこだましてきた。

 

「…………え?」

 

三日月は当初、自分の身に何が起きたのかを理解することができなかった。しかし、右腕に感じた強烈な鈍痛が、彼の意識を即座に現実へと引き戻した。

 

ファントムに向けていたバルバトスの右腕

その肘から先が、綺麗になくなっていた。

 

直撃した訳ではない……掠っただけ。

ただそれだけにもかかわらず、何者かの放った遠距離精密射撃は、射撃武器に対して絶対的な防御力を誇るナノラミネートアーマーで守られたバルバトスの右腕を、あろうことかフレームごと粉砕していた。

 

「ッ……」

 

右腕を喪失し、バルバトスとの神経接続を通じて体へとフィードバックされた幻肢痛に呻き声を上げながらも、三日月は不屈の精神で砲撃の発射地点へと視線を送った。

 

「…………あ、あれは……?」

 

視界の中心で、紅く染まった大陸が動いた。

否、それは大陸などではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第42話:哀しき再会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ……アレは……!?」

 

「…………お、大きい……?」

 

突如として出現したそれを目の当たりにして、ベカスと影麟は思わず呆然となった。両名供、目を大きく見開き、地平線の先から徐々に迫り来るその巨体の存在を、信じられないと言わんばかりの眼差しで見つめていた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「この固有周波数……日ノ丸で確認されたという2機目のファントム、コードネーム『サイクロプス』か。ソロモンめ……まさかこのタイミングで実戦投入してくるとは」

 

ウァサゴGを駆り、機体の頭部センサーに内蔵された超光学カメラを用いて上空から戦場の様子を観察していたオスカーは、三日月達の元へ急速接近する機体をビームライフルのスコープ越しに捉え、小さく呟いた。

 

「しかし、これは……」

 

額に流れる汗を払い、オスカーはライフルを下ろした。だが、目標までかなりの距離があるにもかかわらずスコープから目を逸らしてもなお十分に目視できるその巨体を見て、オスカーは思わず身震いした。

 

「なんという大きさだ……これが本当にBMなのか?」

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

まるで黄昏時のような紅色に染まった大地。

うっすらと陽炎が揺らめき、燃えるような世界の上を莫大な砂煙を背にして滑走し、それはやがて戦場の中心部に姿を現した。

 

通常のBMとは比較にならないほどの巨大な体躯

 

全身を覆い尽くす角ばった青色の装甲

 

BM1機を軽々と掴み上げられるほどの豪腕

 

巨体を支える脚部は強靭かつ安定感があり

 

重厚感のある足底部は大地を力強く踏みしめ

 

機体の背部には、どこか昆虫の羽を思わせるバックパックユニットとスラスターを内蔵した巨大なリアスカート

 

頭部のモノアイが無機質な赤い光を放つ

 

それはまさしく神話に登場する単眼の巨人『サイクロプス』と呼ぶに相応しい、威圧的で圧倒的な存在感を放っていた。

 

しかし、それだけではない。

青色のこの機体は、日ノ丸で製造された戦艦大和に搭載されているものと同等の46センチ主砲、それを両腕に計2門保持し、脇の下に挟み込む形で軽々と装備していた。

 

元々はBM用の陸上固定砲台として試作された主砲を、この怪物は無理やり携行武器として扱っているのだろう。対艦戦闘を主としたモンスターライフルによる砲撃は、掠めただけでもバルバトスのナノラミネートアーマーを木っ端微塵に吹き飛ばすほどの破壊力があった。

 

 

 

これこそソロモンが秘匿していた古代決戦兵器

LM−11?『グシオン』である。

 

 

 

また、遡ること数ヶ月前……

日ノ丸にて、高橋の追っ手から逃れるべく撤退中の三日月とベカスたちを高台から狙撃し、チームに甚大な被害を齎したのもまた、この機体の襲撃によるものだった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「危ねぇ! 避けろ麟ッ!」

 

「……ッ!」

 

砂煙と共にホバー移動で急速接近するサイクロプス。その主砲が自分たちに向けられる気配を感じ取り、ベカスと影麟は咄嗟に回避行動を取った。次の瞬間、戦場に轟音……いや、強烈な爆音が響き渡る。

 

「ぐおっ!?」

 

大袈裟とも呼べる長距離の回避行動。しかし、そうしていなければ今頃、2つの機体は無残に大破してしまっていたことだろう。地面に着弾した砲弾は馬鹿馬鹿しくなるほどに大地を抉り、余りある衝撃で弾け飛んだ砲弾の破片が散弾のように四散する。しかも、そのうちの1つがウァサゴ・パワードの強化FSフィールドを貫通し、白い装甲を掠めるに至った。

 

「…………ッ!」

 

爆発をすぐ近くで目の当たりにしたベカスは、その巧みな操縦技術で衝撃で転倒しかけたウァサゴを無理やり言い聞かせ立ち直らせると、すぐさまサイクロプスめがけて機体を飛ばした。

 

サイクロプスの持つ主砲の薬室から巨大な空薬莢が排出される。そこでウァサゴの接近に気づいたサイクロプスは、既に装填の終わったもう1丁をウァサゴに向けて照準……トリガーを引き絞った。

 

「ぐっ!?…………だ……だが、まだだ!!!」

 

巨砲が吠えると同時に、またもベカスは大袈裟な回避行動を行使し、紙一重の回避を成し遂げてみせた。発射の凄まじい衝撃に煽られつつも、ベカスは空中で姿勢を立て直し、手にしたビームソードをスマートガンに変形させ、立て続けにトリガーを引に絞った。

 

覚醒モードではなかったものの、ウァサゴ・パワード用に設計されたスマートガンは高い火力を誇っていた。難易度の高い高速機動時の射撃にもかかわらず、ベカスの高い技量によって射出された高出力ビームがサイクロプスの青い装甲に次々と着弾する。

 

しかし、サイクロプスの前には無力だった。

狙いすました射撃は、青い装甲の前では水鉄砲同然に容易く弾かれてしまい、直撃であるにもかかわらず怯んだ様子すらなく……ダメージがあるようにはとても見えなかった。

 

全身に生じるビームの着弾を気に止めることもなく、サイクロプスは淡々と主砲の廃莢を行い、次弾装填を行うも……それよりもウァサゴの接近が早いと判断し、迎撃のために両腕に保持していた主砲を鈍器のように振り回した。

 

「懐に飛び込めば!!!」

 

咄嗟にベカスはウァサゴを覚醒モードへと移行させ、その超高機動を駆使して左右から迫り来る砲身の叩きつけを掻い潜り、サイクロプスへと肉薄……そしてスマートガンをハイパービームブレードへと変形させ、光の刀身をサイクロプスの土手っ腹めがけて叩き込み……

 

「なにッ!?」

 

今まさに、光の刀身がサイクロプスを串刺しにしようとした、その瞬間……ベカスは己の目を疑った。なぜなら必殺の一閃が炸裂する直前、彼の目の前からサイクロプスの巨体が幻影のようにかき消えてしまったからである。

 

「や、奴はどこに……!? 後ろ!?」

 

しかし、気づいた時には既に遅かった。

サイクロプスはその巨体に似合わぬ俊敏な動きで、いつのまにかウァサゴの背後に回り込んでいた。無論それだけではない、サイクロプスのバックパックユニットから2本のサブアームが露出している。

 

「がっ……?!」

 

その直後、激しい衝撃がベカスを襲った。

サブアームによる打撃を空中でモロに受け、大きく吹き飛ばされたウァサゴは何度も地面にバウンドし、数百メートルほど進んだところで突き出た岩にぶつかることでようやく止まった。

 

しかし、この時点でウァサゴの受けたダメージは深刻だった。コックピットブロックは圧壊、ビームブレードを喪失、左腕の高強度アームは重度の破損により使用不能、さらには動力である3号エンジンの損傷に伴い全機能が停止、パイロットの生死不明、痛々しく潰れたウァサゴの頭部センサーから光が失われた。

 

ーウァサゴ・パワード、戦闘不能ー

 

 

 

「ベカス……!!!」

 

それを見て、影麟は絶叫した。

一瞬だけではあるが、サイクロプスはあのベカスですら認識できないほどの運動性を発揮していた。鈍重であるにもかかわらず、まるで重力による制約を全く受けていないかのようなその機動性に、影麟は驚きを隠すことができなかった。

 

「……ッ」

 

今まで感じたことのない力を差を前にして、影麟はすぐさまこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。しかし、今……自分が逃げてしまえば、まず間違いなくベカスの命はないだろう。両腕を喪失し行動不能に陥った三日月とて同じである。

 

そう考えた影麟は背を向けて佇むサイクロプスへと向き直り、そして起死回生の一手を作るべく、神経を研ぎ澄まし剣気を身に纏い始め……

 

「……!?」

 

次の瞬間、つい先ほどまで影麟がいた位置を2発の銃弾が通過した。野生の本能とも言うべき直感に従って回避行動を取っていなければ、青龍は真っ二つに引き裂かれていたことだろう。

 

「…………ッ」

 

影麟は銃弾の発射位置に視線を送った。

見ると、そこには1匹の獣の姿があった。

 

影麟がその存在を認識した直後、それは急速に距離を詰めてきた。鋼鉄の獣は背部のレールガンを影麟めがけて乱れ撃ちながら、四つ脚を用いて力強く大地を蹴り、まるで本物の肉食獣の如く、目にも留まらぬ素早さで影麟へと迫った。

 

「幻獣拳……解放」

 

影麟は稲妻のごとく機体を横に飛ばし銃弾を回避しつつ、全身に纏った剣気を青龍の拳に集中させた。こうすることで機体の周囲に存在する大気を押し退け、真空の状態にすることで機体にかかる空気抵抗の一切をなくし、神速の一撃を放つことを可能とした。

 

それに対し、鋼鉄の獣は影麟の回避に合わせてその進路上に先回りした。ぱっくりと開いた獣の口腔から顎門が出現し、鋭利な曲線の牙が鈍い輝きを放った。

 

「幻獣拳……」

 

青龍の拳に膨大な量のスパークが走るのと、鋼鉄の獣が青龍の姿を牙の射程に捉え、真正面から飛びかかったのはほぼ同時だった。

 

「……青龍黒点掌破!」

 

激しい閃光と共に、2つの機体が激しく衝突する。それから一瞬の後、交差した2つの機体は弾かれるようにしてお互いに距離を取った。

 

「…………」

 

両者はしばらくの間、睨み合うかのようにピタリと動きを止めていたのだが、それも長くは続かず……右腕を失い、損傷した青龍は力なく大地に膝をついた。

 

一瞬の打ち合いを制したのは鋼鉄の獣だった。

否、影麟を打ち倒したそれは既に獣の形をしておらず、いつのまにか四足歩行から二足歩行へと……鋼鉄の獣から人型の機甲へと変身を遂げていた。

 

『ォォォォォォォォォォォォンンンン!!!』

 

つい先ほどまで鋼鉄の獣だったそれは、手にした

カランビットナイフを空中に閃かせた。返しのついたその刃先には青龍の体らからもぎ取った右腕が食い込んでおり、鋼鉄の獣はそれを高らかに掲げ上げ、猛獣の如き雄叫びを放った。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「なんだ、あの機体は……?」

 

上空で偵察を続けていたオスカーは、恐々とした表情で新たに出現した謎の機体を見つめていた。

 

「獣型の可変型BMだと? そんなもの我々のライブラリに存在しない、さらに既存のどの企業が製造する機甲とも外見的特徴が合致しない。いや、しかしこの特徴的な固有周波数は……まさか!?」

 

モニターを確認し、オスカーの表情が凍りついた。

 

 

 

「まさか、3機目のファントムだと!?」

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

ファントムと同程度の全長

 

全身を保護する、緑色でスマートな形状の装甲

 

ビーストモードへの変形機構を備えた複雑なフレーム

 

先鋭的なフェイス、残虐な赤い光を放つツインアイ

 

バックパックである砲撃ユニットの上部にはロングバレルのレールガンが2基、下部にはアームを介して120ミリ口径のマシンガンを2丁マウント、さらに機体後部に伸びるワイヤーの先端はテールブレードになっていた。

 

両手には、ビーストモード時に獣の牙として機能するカランビットナイフを保持。さらに通常のマニュピレーターに加えて、両腕に装備したガントレットの先端は鋭利になっており、アサルトクローとしての運用も可能としていた。

 

 

 

これが、先のグシオンに続く3機目のファントムであり、後に『リカントロープ(ライカンスロープ)』のコードネームで呼称されることとなる古代決戦兵器

LM−64?『フラウロス』である

 

 

 

また、本機は数週間前……

チュゼールの地下に放棄されていたものをファントムがサルベージ、そして自らの再生能力を応用して損傷の修復と独自改良を施し、実戦投入可能なレベルまでレストアしたものだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

『ハハッ!!!』

 

新たに実戦投入された2機を見せびらかすようにして、ファントムは三日月の前で大っぴらに両腕を広げて見せた。

 

「オルガ……!」

 

三日月は最後の力を振り絞ってバルバトスを立ち上がらせ、プロミネンスの行使でオーバーヒートしていた2基の小型光輪を土壇場で復旧させると、それを自身の周囲に展開した。

 

『…………ハッ!』

 

光輪から放たれたレーザーを、ファントムはバックステップで難なく回避してみせ、そして三日月のことを嘲笑うかのように肩をすくめてみせた。

 

「まだだ……まだッ!!!」

 

三日月はバルバトスからフィードバックされたダメージの影響を受け、最早、立っていられるのがやっとの状態にまで憔悴していた。しかし朦朧とする意識の中、三日月は決死の覚悟で目先にスパークを散らし、光輪に攻撃の指示を送った。

 

バルバトスの周囲を浮遊していた2基の光輪が勢いよく驀進し、空中に残像を残すほどの超高速でファントムへと飛来する。それに対し、ファントムは微動だにせず防御行動すら取ろうとしない。やがてファントムの姿を射程に捉えた2基の光輪は、ファントムめがけてレーザーの砲身を向け……

 

「……!」

 

その瞬間、2基の光輪が銃弾に貫かれ、爆散した。

リカントロープの放ったレールガンによる援護射撃が、超高速で動き回る光輪を正確に撃ち抜き、2基同時に無力化してしまったのだ。

 

「…………あ……………………」

 

叫び声をあげる暇すらなかった。

続けて、サイクロプスの放った46センチ主砲による砲撃がバルバトスの足元へと着弾。衝撃と破片でバルバトスの脚部はズタズタに引き裂かれ……これにより四肢を失ったバルバトスは……いや、そうでなくともパイロットである三日月が既に限界を迎えている時点で、決着はついていた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「そうか、彼らの力をもってしても勝てないか」

 

上空を旋回し、戦いの結末を見届けたオスカーは、誰に言うでもなくそう言って小さく息を吐いた。それから躊躇う感情を無理やり言い聞かせ、自分のやるべきことを思い出すと、後方で待機する部隊へと指示を送るべく彼は無線の周波数を変更した。

 

『こちらアルファ、アルファ・ワン』

 

「私だ。例の作戦を実行しろ」

 

『了解……』

 

短い通信を終えたオスカーは、力なく地面に横たわるバルバトスへと視線を送った。四肢を失い戦闘不能になったとはいえ、コックピットブロックのある胴体はまだ原型を保っているのでパイロットである三日月・オーガスの生存は期待できた。だが、この状況での回収はどう考えても不可能だった。

 

「三日月・オーガス……彼ほどの才能が失われるのはこちらとしても惜しいところだ。だが、君の力をみすみす奴らにくれてやる訳にはいかないのだ。許してくれよ……」

 

オスカーは別れの言葉を送り、せめて最期の姿を見届けてやろうと光学カメラの倍率を上げ、そこであることに気づいた。

 

「……む? なぜ奴らはバルバトスを回収せんのだ?」

 

バルバトスを破壊した後、ゼオライマーの時と同様にファントムが機体を捕食ないし回収すると踏んでいたオスカーだったが、しかし、ファントムはまるでバルバトスのことなど興味がないと言わんばかりの様子で、機体に背を向けていた。

 

サイクロプス、リカントロープも同様である。

2機とも武器を下ろした状態で、何やらファントムの方へと視線を送りつつ待機していた。

 

「奴の狙いはバルバトスではなかったのか?」

 

『これより対象の終了処分を実行する』

 

「アルファチーム、待て! 何か様子がおかしい」

 

『了解。オール・アルファ、攻撃中止』

 

オスカーは慌ててアルファチームへと指示を送り、それからファントムの姿を光学カメラの中央に捉えた。

『…………』

光学カメラの中に佇むファントムはその場から一歩も動くことなく、次元連結システムの応用で目の前に空間の亀裂を出現させると、何を思ったかその中へ右腕を突っ込んだ。

 

「奴は一体何をしている……?」

 

『……オスカーさん! 緊急事態です!』

 

「む、どうしたのかね?」

 

『腕が……巨大な腕が、シヴァを……!』

 

「なんだと!?」

 

それは大破した十二巨神・シヴァを搬送していた輸送部隊からの通信だった。オスカーが最悪の事態を想定するのと、ファントムが空間の亀裂から右腕を引き抜いたのはほぼ同時だった。

 

「しまった! 奴の狙いはバルバトスと三日月ではなく……十二巨神の力だったのか!」

 

『じゅるり……』

 

空間の亀裂から引きずり出したシヴァの残骸を見下ろし、ファントムは黒い唇を動かして舌舐めずりした。空間跳躍の技術を応用し、ファントムは腕だけを輸送部隊の元へ出現させることでシヴァの奪取に成功していた。

 

シヴァの残骸を前にしてファントムはケタケタと笑うと、口腔を大きく広げて黒い粘性のある酸性の液体を吐きかけた。

 

「周囲の安全を確保した上でゆっくり食事に入るつもりか! だが、そうはさせんよ! アルファチーム、プランBを実行せよ」

 

『プランB了解……攻撃目標を変更する』

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「攻撃目標、ファントム……全機、攻撃開始」

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

シヴァを捕食しようとするファントムに対し、

『薔薇十字騎士団』アルファチームは長距離狙撃を実施、その結果ファントムは損傷、重度のダメージを受けることとなった。

 

しかし、破壊には至らず。

狙撃を受け甚大な被害を受けながら、尚も捕食を続けようとするファントムに対し、薔薇十字騎士団チームリーダー:ネームレスは攻撃目標を再度変更、全ての火線をシヴァへと集中させた。

 

しかし、シヴァの破壊措置を実行中……

サイクロプスが狙撃の射線上に割り込み破壊を妨害、さらにリカントロープのカウンタースナイプによりアルファチームはシヴァの50パーセントを破壊したところで破壊措置の中断を余儀なくされる。

 

これに対し、モービィ・ディックは無差別破壊爆弾『グリッチバスター』の使用を承認。アルファチームの所有する精密爆撃ユニットを通して送信された攻撃座標を元に、薔薇十字騎士団の母艦である空中戦艦クィークェグから『グリッチバスター』が発射される。

 

着弾まで約30秒

アルファチームは撤退の支援を開始する。

アルファチーム、カウンタースナイプにより被害を受けるも、支援の甲斐あってオスカーは影麟とベカスの回収に成功、両名と共に戦域より離脱。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「おい、起きろ……起きろ三日月」

 

「…………」

 

「フッ、派手にやられたようだな」

 

「…………」

 

「いや、言いたいことは分かる。絶望に打ちひしがれているところ悪いが、そこまでだ。余はお前をこんなところで死なせはせんよ」

 

「…………」

 

「せいぜい、最後まで足掻いて見せろ」

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

スロカイ、エイハブの戦術予測を了承。

『グリッチバスター』の着弾前に、ハンニバルの掘削能力を用いて三日月・オーガスを回収、戦域からの離脱に成功する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『グリッチバスター』着弾

ファントムを中心に、広範囲を焼き払う。

 

 

 

 




あとがき
ファントムの正体がオルガだったという展開は薄々感づいている人も多かったのではないでしょうか? なるべくそうならない為に、初期の頃にベカス=オルガ説を提唱してミスリードを図ったこともありましたが(似てるから)、この事実が明かされるのにこんなにも時間がかかるとは……

ところでウルズハントですが、一体いつになったらリリースされるんでしょうかねー? そして今更ではありますが鉄血のゲームはよくあるコマンド系のものではなく、(据え置き型でもいいので)ガンダムSEEDバトルディスティニーみたいな感じでアクション重視に作って欲しいなと思う今日この頃


次回予告
ファントムに続く新たな強敵、サイクロプス(グシオン)とリカントロープ(フラウロス)の登場により敗北を喫することとなった三日月たち。そしてオルガが倒すべき敵であるという事実を受け入れられない三日月に、ベカスはやり場のない怒りを募らせ、ついに2人は衝突する。

次回『決断(仮)』


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第43話:勝利の後始末

お帰りなさい!指揮官様!
投稿が大分遅くなってしまい申し訳ありません

ウクライナ侵攻で同じロシア系の人々が殺し合うという現状は、ちょうど今やっているチュゼール内乱での状況と似ているなと思いました。平和ボケした我々にとっては同族で争うなど理解しづらい感覚ではありますが……どんな気分でやってるんでしょうね? 言いたいことはもっとありますが1つだけ……誰かこのクソッタレな状況を何とかしてくれよ。どうせ勝っても勝てないのに……いったいどれだけ血を流せば済むんだ?


前置きが長くなり申し訳ありませんでした
それでは、続きをどうぞ……


チュゼールでの戦いから1週間後……

 

 

 

大国であるチュゼールを舞台とした、シャラナ王女率いるカピラ陣営と反乱軍ないしブラーフマ陣営による覇権争いは、反乱軍陣営の将であるブラーフマが戦死したことで、一気にカピラ陣営優勢の流れとなり、一応の決着を見ることとなった。

 

その後、シャラナ姫は軍を南下させ天界宮へと進出。

未知の戦力を抱き込んだカピラ陣営に対抗すべく、ブラーフマは先の遠征に戦力の大半をつぎ込んでしまっていたことで、手薄となった天界宮には少数の防衛部隊しか配備されていなかった。

 

しかし、天界宮を包囲する圧倒的な戦力差を前に、天界宮に残ったブラーフマ陣営の残党はロクな抵抗もままならず武装放棄、崩壊しかけた天界宮の頂上には降伏を意味する白旗が高々と掲げられ、無血開城が行われた。

 

かくしてシャラナ王女は天界宮の奪還に成功。

さらに天界宮の行動に連動するような形で、チュゼール各地に散っていたブラーフマ陣営の残党たちも次々と降伏、一切の抵抗なくシャラナ王女の軍門に下るのだった。

 

そもそもがブラーフマの私怨から始まった内乱なのだ。恐怖政治によって戦争を強いられ、ブラーフマが戦死してそれがなくなった今、反乱軍の兵士たちもこれ以上、無益な同族殺しなど望んでいなかった。

 

かくして、チュゼールの行く末を巡るこの血生臭い内乱は、シャラナ姫側の逆転勝利という形で幕を閉じることとなった。

 

そして、歴史は勝利者のものである。

シャラナ姫の南下と並行して行われたモービィ・ディックの情報統制により、主君殺し、行き過ぎた私刑、人身売買、賄賂、虐殺行為、神への冒涜、違法薬物の製造販売などといった、開戦から今日に至るまでのブラーフマのしでかした悪業の数々が、全世界に向けて白日の元に晒された。

 

それと同時に、ブラーフマに目の前で実の父親を惨殺され、城を追われながらも、僅かな戦力を率いて正面から巨悪に立ち向かったシャラナ姫の勇姿を讃えるプロパカンダを流した。

 

世界中に張り巡らされた情報網を通じて、これらの情報は瞬く間に世界中へと伝播し、その結果、ブラーフマの残虐性は全世界から批判されることとなった。その一方で、逆境を乗り越え勝利を掴んだシャラナ姫は悲劇のヒロインとして多くの人々の同情を買い、世界中から賞賛の声が響き渡った。

 

それはチュゼール国内でも同様だった。

『浄化戦争の再来』と称されるブラーフマ陣営のテクノアイズ製無人戦車の大量投入、そして破壊神『シヴァ』の復活。先の戦いにおける出来事はブラーフマへの批判材料として紐付けされ、神話と広大な土地を信仰するチュゼールの人々の怒りを買った。

『浄化戦争の再来』という常軌を逸したブラーフマの非常な振る舞いは、チュゼールの地に眠る神の怒りを買った。だからこそブラーフマは天罰を受けたのだ……チュゼールの歴史家や文化人たちは、皆口を揃えて今回の内乱をそう結論づけた。

 

そして、シャラナ姫の活躍によって神の怒りは鎮まり、チュゼールの地に安寧の時が訪れた……全土に拡散されたその事実が人々に周知されていくにつれ、英雄扱いされたシャラナ姫の支持率はうなぎ登りとなり、様子を見ていた地方の藩主たちも手のひら返しでシャラナ姫の元へ参画、こうして分裂しかかっていたチュゼールは統合されることとなった。

 

結局のところ、元凶であるブラーフマ1人を生け贄にして、シャラナ姫を見捨てるつもりだった藩主たちは全てを丸く収めたというわけだ。

 

シャラナ姫がこの国を救った。

 

世間では、その『結果』ばかりが取り上げられ、内戦終息に至るまでの長い過程が論題に上がることはなかった。どうして、明らかに劣勢であったはずのシャラナ姫側がこの戦争に勝利することが出来たのか?

 

『白鯨』

即ち、モービィ・ディックと呼ばれる者たちがシャラナ姫の裏で暗躍し、勝利に多大な貢献をしていたことも知らず。

モービィ・ディックによる情報統制とミームの拡散、そして空中散布された記憶処理材が目撃者たちの記憶を消去し、シャラナ姫や一部の将校以外の人々からその存在を隠蔽した。

 

他国に頼ることなく自分たちの力だけでブラーフマに抗い、歴史の勝利者として新たにチュゼール王としての座についたシャラナ姫のことを、前王のような軟弱者と吹聴し見下す者はいなかった。

 

 

 

 

 

『白鯨』(モービィ・ディック)所属

クィークェグ級空中戦艦

ー船首甲板ー

 

 

 

 

 

「……終わったな」

 

「はい。終わりましたね」

 

仮面の部隊長(アルファ・ワン)ことネームレスの言葉に、同部隊に所属する騎士・ビアンカが同意を示した。ネームレスは空中戦艦の主砲、その直線上にある舳先部分に堂々と直立し、眼下に広がる雲海を見つめていた。

 

ネームレスの背後にはビアンカの姿があり、さらにその背後には副隊長(ツー)であるミュラーと、2人の騎士たちがリラックスした状態で甲板上の柱にもたれかかるなり、腰を下ろすなりしている。

 

チュゼールの上空約5000メートル

空気の薄い極寒の世界。それでいて圧倒的な強風が吹き付ける中、驚くべきことに白鯨・薔薇十字騎士団に所属する5人の騎士たちは、まるでなんの影響も受けていないかのように甲板上に佇んでいた。

 

「……って! 何で皆さん平気なんですかぁ!?」

 

ただ1人、新米騎士のカロルだけを除けば……

無理もない、見ているだけで足がすくんでしまう程の極限の世界に、何の説明もなくいきなり連れてこられたのだ。寒さと恐怖でガタガタと身を震わせながら、姿勢を低くし、強風に飛ばされてしまわぬよう必死な様子で主砲の固定具に抱きついている。

 

「カロル、声を荒げるな。肺が凍りつくぞ」

 

柱に軽く身を預けながら、カロルの方を見ることなく副隊長のミュラーは短くそう告げた。

 

「俺たちは常に最悪の事態を想定して行動している。場合によっては、こういった極限の状況下で機甲に頼ることなく活動せねばならない。これはそのための適応訓練だ」

 

「どういう状況ですかそれ!? だ、だからって……だからって、何もこんなところでする必要はないじゃないですかッ! はぁ……はぁ……ここは寒いし空気も薄いし飛ばされそうになるし、人のいるべき環境じゃないですよ!」

 

カロルの長い髪が強風で激しく乱れる。

しかし、今の彼女にはそれどころではなかった。

 

「ここに俺たちがいるが?」

 

「というか、皆さんなんでそんなに余裕なんですかッ! 私なんて柱にしがみついているだけで精一杯だっていうのに、命綱なしでなんで堂々と立っていられるんですか!? リーダーさんなんて……あ、あんなギリギリのところにいて、……お、落ちちゃいますよッ!?」

 

強風の中、カロルは舳先のギリギリに佇むネームレスを指差し、気が気でないといった様子でミュラーに訴えかけた。

 

「やかましい、いずれ慣れる」

 

「そ……そんな、無理ですよぉ!」

 

涙目になったカロルの言葉にミュラーは小さく息を吐くと、その場で軽く手を叩いてみせた。

 

「ICEY、いるか?」

 

「…………」

 

その瞬間、甲板の一角に小さなオーロラが出現したかと思うと、その中からまるでカーテンを開けるかのように、藍色のバトルスーツを身につけた少女……ICEYが姿を現した。

 

「ICEY、新米に手本を見せてやれ」

 

「…………」

 

ミュラーの指示にICEYは静かに頷くと、どこからともなく右手にブレードを出現させ、それから傾斜角が45度にも満たない甲板の側面を勢いよく疾走し始めた。

 

「ちょっ……え、えええええッ!?」

 

「〜♪」

 

狼狽えるカロルを横目に、ICEYはさも余裕そうな表情で甲板の上を高速で動き回り、強風の中を幾度となく跳躍し、艦を傷つけないようにしつつブレードを用いたコンボを試した。

 

命綱もなく縦横無尽な動きで約20秒にも渡って美しい太刀筋を披露し終えると、彼女は高く跳躍し、実に10メートル近い高さにある艦橋の頂きに触れ、それから高速回転と共に甲板の上に華麗な着地を決めた。そして、ICEYはおっかなびっくりといった表情で自分を見つめるカロルの視線に気づくと、

「貴方もやってみる?」

……そう言わんばかりの表情で持っていたブレードを差し出してきた。

 

「……む、無理です遠慮しますッ!」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「…………」

 

「隊長、先程から何を見ているのですか?」

 

無言のネームレスにビアンカが問いかける。その瞬間、ひときわ強い風が騎士たちの間を通り抜けるも、しかし、強風はビアンカの長いブロンドの一本すら動かすことは出来ない。

 

「……いや、何も」

 

否定の言葉を口にしたネームレスだったが、その視線が動くことはなかった。空中戦艦の周囲を覆い尽くす真っ白な雲海、どこまでも広がっていると錯覚してしまうほどの壮観な光景は、彼の心に何かしらの影響を与えていた。

 

『あの〜、みなさ〜ん!』

 

その時、部隊全員の通信装置から間延びした少女の声が響き渡った。咄嗟に、副隊長であるミュラーが通信機のスイッチを入れる。

 

「ツーだ。ポヨーナ、どうした?」

 

『その……お休み中のところ申し訳ないんですけど、次の戦場に向かって欲しいと、騎士様たち宛に指揮官さんからメッセージが来ているんですけど』

 

「エイハブが? 全く……人使いが荒い」

 

イヤホン越しに耳を押さえつつ、ミュラーは思わず艦の後方にそびえ立つ艦橋へと振り返り、小さくかぶりを振った。

 

「それで、次の戦場は?」

 

『それが……グレートブリテンだそうですけど』

 

「……!」

 

その時、騎士たちの間に衝撃が走った。

ネームレスは仮面の奥に鋭いものを光らせ、ミュラーは眉間に深いシワを作り、ここまで微動だにしていなかったビアンカの長いブロンドが、まるで意思を持っているかのようにざわめく、他の2人の騎士も同様に小さく反応した。

 

「ブ、ブリテンって……帝国で一体何が!?」

 

なんの前触れもなく自分の故郷の名前が論題に上がったことで、カロルが戸惑いを露わにする。

 

「オール・アルファ、落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない」

 

ネームレスは部下たちを宥めると、通信機のスイッチを入れた。そして仮面の中で小さく息を吐き、身につけていた白いマントを素早く翻し、艦橋へと視線を送った。

 

「了解。何処へだって行くさ、マスター」

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

【交信ログ:No.231】ー記録開始ー

 

 

 

【オンライン:A】

【オンライン:Q2】

 

 

 

Q2:エイハブへ

情報統制が完了しました。

世論は完全にシャラナ姫を支持する流れとなっており、逆にブラーフマと彼に賛同した者たちを戦争犯罪人として裁くべきだという意見が溢れています。彼らを弁護するものはおりません。所詮、死人に口なしです。もはやこの流れを止められる者はいません。

裏切った者が最終的にどんな末路を辿ることになるのか、チュゼールの地方を収める藩王たちへのよい見せしめとなったことでしょう。今後少なくとも30年はチュゼールで今回のような内戦は起こらないでしょう。

 

Q2:また情報統制を行うと同時にミームを拡散、さらに記憶処理薬を空中散布しました。もはや、チュゼールの地に我々の存在を知る者はシャラナ姫や一部の将校を除いて他にはいません

報告は以上です。

 

【オンライン:Q1】

 

Q1:んじゃあ、今回の戦争はもう終わりってこと? ふーん、案外あっけなかったわね

 

Q2:まあこんなものだろう。

考えの古い老人が作り上げた軍隊など、所詮、有象無象の集まりに過ぎなかったということだ。

 

Q2:また、チュゼールでの核爆発をブラーフマと結びつけるようなことはしませんでした。彼の存在がファントムをチュゼールの地に呼び寄せたのはQ4からの報告で明らかとなってはいますが、あくまでもブラーフマはこの件とは無関係であるというように世論操作を行いました。

 

Q1:あれ? 今回の一件は勿論のこと、市民の虐殺から子犬の屠殺まで、人権団体や動物愛護団体が黙ってないようなありとあらゆる罪をこと細かく被せておいて、一番ヤバそうなそれは糾弾しなかったんだ?

 

Q2:事態がややこしくなってはかないませんからな。はい、全てキャプテン・エイハブ……貴方様の指示通りにです。

 

A:ご苦労。

 

Q1:やっほーエイハブ♪ そっちはどう?

 

A:問題ない。そちらの進捗状況は?

 

Q1:こっちはエイハブリアクターもとい相転移エンジンの解析が完了したわ♪ エネルギー変換の仕組みも理解できたし完璧に再現……ううん、今の私ならバルバトスに内蔵されているもの以上のものを、より安価で大量に作れるわ!

 

Q1:今更だけど、エイハブとエイハブリアクターって名前似てるわよね? すごい偶然! 分かりやすいように、今後はこう呼んであげましょうか? 指揮官……あはっ、どう? 懐かしいでしょ?

 

A:Q3、そちらはどうだ?

 

【オンライン:Q3】

 

Q3:はい。こちらで進めている量産型Vの第2計画はもう間も無く完成します。葵博士はよくやってくれました。彼女はもう完全にこちら側の人間です、Q4の送ってきたクロノクル・ノヴァの開示に必要な抹殺対象リストからの除名を検討してもよろしいかと

 

Q2:今回の戦争でパワードの戦闘データは十分に収集できました。さらにV2の生産に必要な資金の調達も既に完了しております。貴方様の指示があれば、今すぐにでも計画を実行に移すことができます。

 

A:流石だな。3人とも

 

Q1:ふふん、もっと褒めてもいいのよ?

 

Q2:四重奏の名は伊達ではありませんから

 

Q3:いえ、大したことではありません

 

Q2:して、エイハブ

貴方様がこの話をするということは……

 

Q1:つまり……いよいよってこと?

 

A:そうだ。

我々はまもなく『世界の敵』として大規模侵攻作戦を開始する。当初の予定通り、第一段階の攻撃目標はソロモン。嘘で塗り固めた歴史で成り立つ現在を作り出し、そして傲慢にも世界を裏側から支配せんとする害虫どもを1匹残らず殲滅し、社会の腐敗を摘出する。

 

A:四重奏の諸君……いや、セラスティア、オスカー、そしてハインリヒ。今、この場にいないQ4にも伝えておけ、まもなく……『オペレーション:アイアンブラッド』の幕が上がると

 

Q1:了解! あはっ! 楽しくなってきたわね!

 

Q2:ソロモンへの一斉反攻作戦……

まさしく『世界の敵』である我々に相応しい初陣ですな。

 

Q3:御意

ついに、この時が来るのね……

 

A:具体的な作戦決行の期日と概要は追って知らせる。各自、それまでに必要な備えを怠らぬよう務めよ。

全ては、失われた未来を取り戻す為に……

 

Q1:分かってるわよ♪

他ならぬ指揮官の頼みなら、尚更のことね

 

Q2:見ものですな。

貴方様の行動で、世界がどのように変革するのか

 

Q3:ええ、必ず成し遂げてみせましょう。

そして、あの子が生きる明日を……必ず

 

【Q1:オフライン】

【Q2:オフライン】

【Q3:オフライン】

 

 

 

 

 

A:みんな、ありがとう

 

 

 

 

 

【交信ログ:NO.231】ー削除済みー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

『白鯨』(モービィ・ディック)

空中艦隊はチュゼール領空より撤退

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに1週間後……

ババラール連盟領内

OATHカンパニー本社

 

 

 

「〜♪〜♪」

 

 

 

「…………」

すぐ近くから聞こえてくる誰かの鼻歌を感じ取り、三日月は夢の中で自分の意識が徐々に覚醒に向かいつつある気配を感じた。

 

「心の奥底に小さな〜願いが〜眠っていた〜♪」

 

聞き覚えのない歌

しかし、その歌声には聞き覚えがあった。

 

「……」

 

歌声の主が眠っている自分の周りを忙しなく動き回る気配、三日月がうっすらと目を開けると、そこは四方を白い壁で囲まれた病室と思わしき場所だった。

部屋の中心にはベッドが1つあり、その上には三日月が仰向けで寝かされている。ベッドは彼の為に作られた特注品なのだろう、背中に移植された阿頼耶識システムのコネクターがベッドの中に沈み込む形となっており、普段は横向きに眠る三日月でも違和感なく仰向けで眠ることができていた。

 

天井には換気用のシーリングファンが目視可能な速度で回転していた。眠ったままの状態で視線を下げると正面には液晶テレビ、右手側の窓際にはオリーブ色のカーテン、部屋のどこにも時計はなく、三日月は代わりに壁に掛けられたカレンダーの日付を見つめた。

長いこと眠っていたからか時間感覚が狂っているらしく、窓から差し込む日差しを見ても、三日月にはそれが朝日か夕日なのか見当がつかなかった。

 

「だけど本当は忘れていた〜♪」

 

三日月から見て左手側、彼の枕元には幼い少女の姿があり、囁くように歌を口ずさみながら、様々な医療機器が収納されたサイドラックの上に花瓶を置き、その中に花を生けようとしているのが見えた。

 

アイルーだった。

可愛らしいワンピース姿の少女は手にした花束の中から白い花を一輪だけ優しく抜き取り、その白く瑞々しい花弁の1枚を指先で軽くなぞると、ニコニコと天真爛漫な笑みを浮かべて花瓶の中へ差し込んだ。

 

「げんじつは〜、いつも〜♪」

 

「…………」

 

三日月はうっすらとした表情のまま彼女を見つめた。しかし、アイルーは彼の覚醒に気づいた様子はなかった。三日月は彼女が生ける花へと手を伸ばそうとするが、そこで動かそうとした左手に違和感を覚えた。

 

まるでロープか何かで固定されているかのようである。視線を向けると、三日月の手首には点滴の針やら何やらがいくつか刺さっていた。指にはパルスオキシメーターが取り付けられており、三日月の生体情報がサイドラックの中に置かれたバイタルセンサーに反映され、ピッピッ……とラックの中で一定のリズムを刻んでいる。

 

「だ〜か〜ら、もう一度立ち上がれるなら〜♪」

 

「アイルー……」

 

「それはひと組の〜♪…………るる?」

 

乾ききった喉を無理やり言い聞かせ、三日月が弱々しく彼女の名前を振り絞ると、アイルーはそこでようやく三日月が意識を取り戻したことに気づき、驚いた表情を浮かべた。

 

「あ! 三日月お兄ちゃん起きたなの!」

 

アイルーは持っていた花を素早く花瓶に押し込み、慌ててベッドに身を乗り出して三日月の顔を覗き込んだ。そして、三日月が意識を取り戻したことを改めて確認すると、さも安心したような表情を浮かべた。

 

「三日月お兄ちゃん、おはようなの!」

 

「うん…………おはよ」

 

「よく眠れたなの? 1週間以上も眠り続けるなんて、三日月お兄ちゃんにしては珍しくお寝坊さんなの〜」

 

「…………」

 

1週間以上……?

アイルーの言葉が三日月の脳裏で反芻する。そこで、先程ぼんやりと見つめていたカレンダーに刻まれた日付を思い出し、三日月はゆっくりと身を起こした。

 

「ぐっ……」

 

しかし、起き上がろうと四肢に力を込めたその瞬間……三日月は全身に激痛を感じてうめき声をあげた。ファントムとの戦闘でバルバトスが受けたダメージが今頃になってフィードバックされたものなのだろう、酸に蝕まれ切断を余儀なくされた左腕と、砲撃によって吹き飛ばされた右腕と両足に幻肢痛が生じ、起き上がることすらままならず、三日月は再度ベッドの上に倒れ込んでしまう。

 

「あっ……お兄ちゃん!? 痛いなの!?」

 

苦しそうにする三日月を見て、アイルーはたじろぐ。

 

「えっとえっと……い、今、ミドリちゃんかお医者さんを呼んでくるから少し待っててなの!」

 

そう言ってアイルーは病室から走り去ってしまった。人を呼ぶならベッドヘッドに取り付けられていたナースコールを使えばいいだけの話だったのだが、突然の出来事にそこまで思考が及ばなかったようである。

 

「…………っ」

 

痛みで朦朧とする意識の中、一切の身動きが取れず、三日月は病室の天井を凝視し、ただひたすらにこの幻肢痛が過ぎ去るのを待つことしか出来なかった。

 

「…………」

 

果たして、アイルーはどこまでミドリを探しに行ったのだろうか? たったの数分が何時間にも感じられるほどの激痛に三日月が苦しみ続けていると、そこでようやく病室に何者かが入ってくる気配があった。

 

「三日月さん……」

 

しかし、それはアイルーの声でもミドリの声でもなかった。かと言って聞き覚えがないということもない……それは、三日月にとって最も大切な人物の声だった。

 

「……テッサ……?」

 

痛みに耐えながら、三日月はうっすらと目を開けた。するとそこにはアイルーの姉であるテッサの姿があった。しかし、彼女はいつもの露出の多い服装ではなく、全体的に肌を覆い隠すような黒い厚手のジャケットを着込んでいる。

 

「痛い、ですよね」

 

痛みに呻く三日月を見て、テッサは胸に手を当て心配そうな表情を浮かべた。ややあって意を決したように三日月の枕元へ歩み寄ると、耳元に顔を近づけ、三日月の髪を優しく撫でた。彼女の身につけていたルビーの首飾りが、三日月の右肩に触れる。

 

「私には、三日月さんが抱えている痛みを理解することはできません」

 

耳元で囁かれたその言葉と、間近に感じられる彼女の温もり、そして肌の柔らかさに、三日月は少しだけ体の痛みが和らいでいくのを感じた。

 

「だけど、三日月さんが深く傷ついているということだけは分かります。信じていた人に……かけがえのない大切な家族に突然裏切られた気持ち、それは私にとって……大好きなお母さんが敵になったってことと同じだろうから」

 

三日月の瞳を真っ直ぐに見つめ、テッサは続ける。

 

「もしそうだったとしら……私が三日月さんの立場だったら、きっと私にはとても耐えられないと思う。自分の力ではどうしようもないって、いろんな感情でいっぱいになって、何もできなくなっちゃうと思う」

 

「…………」

 

「私……ミドリさんに頼んでアーカイブを見せてもらったんです……あなたの。三日月さんは、ここにくるまでたくさん傷ついてきたんですよね? 私とそんなに年も離れていないのに、その体に既に一生分の苦しみを背負っている。もう、三日月さんは十分に頑張ってきたんでしょ……だったらもう、傷つかなくてもいいんですよ?」

 

そう言って、テッサはジャケットの内側に手を入れた。内ポケットから手を引き抜き、彼女が取り出したもの……それは何かしらの薬品が封入された1本の注射器だった。

 

「テッサ……?」

 

「三日月さんが……三日月さんさえ良ければ、私に三日月さんの痛みを肩代わりさせて下さい。三日月さんを苦しめるものは、三日月さんの邪魔をするものはみんな私が叩き潰します。だから三日月さんは……もう……傷つかなくていいんです。もう、あなたが……三日月さんが苦しんでいるのなんて私は見たくないです」

 

虚ろな目で注射器のキャップを外すテッサ

顔に暗い影を落とし、重苦しい雰囲気に包まれた彼女の姿は、まるで鉄華団の悪魔と呼ばれていた頃の自分の生き写しのようではないか、三日月は心の奥底でそう直感した。

 

「あなたの邪魔をするものは誰だって、何だって……私が消します。だからファントムだとか、オルガさんだとか……三日月さんが辛くなってしまうものはみんな忘れて、楽になりましょう……」

 

くすくすと冷淡な笑みを浮かべて、テッサは注射器の針を三日月の右手にあてがった。

 

「安心して、眠っていてください……」

 

囁き声が三日月の脳裏に響き渡る。

注射器の針が、ゆっくりと肌に差し込まれた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「三日月くん! しっかりして下さい!」

 

「……っ!」

 

三日月がふと我に帰ると、いつのまにか目の前にはミドリの姿があった。彼女の隣にはアイルーの姿もあり、両名とも心配そうな表情で三日月のことをジッと見つめていた。

 

「三日月くん……よかった、どうやら大丈夫なようですね。アイルーちゃんから貴方が痛みを訴えているということで慌てて飛んできたのですが、どこか痛みはありませんか?」

 

「えっと……ん、大丈夫」

 

三日月は仰向けの状態で試しに腕を回して足を軽く動かし、それから身を起こしてみたものの、つい先ほどまでの幻肢痛が嘘だったかのように綺麗さっぱり消え失せてしまっていた。

 

「三日月お兄ちゃん、ほんとに大丈夫なの?」

 

「うん、俺は大丈夫。心配かけてごめん……」

 

アイルーはなおも心配そうな表情を隠しきれない様子だった。三日月はそんな彼女を安心させるために頭を軽く撫でてあげると、アイルーはいつもの天真爛漫な笑みを浮かべるのだった。

 

「それでミドリちゃん……テッサは? さっきまでここにいた筈なんだけど」

 

「テッサさんですか? いえ……私が来た時には誰もいませんでしたが、アイルーちゃんは見ましたか?」

 

「お姉ちゃん? ううん、アイルーも見てないなの」

 

「……そっか」

 

「……?」

 

三日月の様子に違和感を覚えたミドリは、少しだけ部屋の周りを見回してみた。1時間ほど前に三日月の様子を見に来た時と何ら変わっていないように見える部屋の内装……しかし、ひとつだけ変わっているものがあった。

 

部屋の片隅に置かれたゴミ箱、僅かにだがその位置が1時間に見た時と変わっているようにな気がした。そっと中を覗き込んで見ると、アイルーの持ってきた花束の包紙などのゴミなどに混じって、空の注射器が入っているのが見えた。

 

何でこんなものがここに……?

ゴミ箱から回収した注射器を見て不審に思いつつも、動じた様子を見せない三日月の様子を見て、ミドリはあえて何も聞かないことにした。

 

「ねえ、ミドリちゃん」

 

「あ……はい、何でしょう?」

 

「戦いはどうなったの?」

 

「…………」

 

三日月の問いかけに、ミドリはどう答えて良いものか少しだけ逡巡した後、思い切って全てを打ち明けることにした。

 

「三日月くん、いいですか? 落ち着いて聞いてください」

 

非常に込み入った話ということもあり、ミドリは一旦アイルーを下がらせ、そばにあったパイプ椅子を開いて三日月の近くに腰掛けると、それから言葉を続けた。

 

「チュゼールでの戦闘から2週間……その2週間もの間、あなたはずっと眠り続けていました。あの日、チュゼールの落日と呼ばれたあの戦いで何があったのかを、我々OATHカンパニーは全て把握しています」

 

「バルバトス……いや、オルガは?」

 

「……残念ながら」

 

ミドリは俯きがちにかぶりを振った。

 

「我々は敗北しました。三日月くんやベカスさんたちの攻撃も、サーモバリック爆弾による爆撃でさえも……あの怪物はいとも容易く無力化してしまいました」

 

「怪物……」

 

「ごめんなさい……それは言い過ぎでした」

 

「いいよ別に、そう思っても仕方ないから」

 

「…………話を続けます。そればかりか、アレはチュゼールの地に封印されていた神……十二巨神・シヴァと呼ばれる伝説の存在を捕食し、取り込みました。極東での前例もあることから、ファントムは以前より力を増したと見ても良いでしょう。アレがどのような力を会得したかについてはまだ憶測の域を出ませんが、警戒するに越したことはありません」

 

「うん……でも、それだけじゃない」

 

三日月は静かにチュゼールでの戦いを回想した。

 

「はい……新たに現れた2つの個体、我々はこれを『サイクロプス』『リカントロープ』と呼称しています。どちらもファントムと同等……もしくはそれ以上の戦闘力があると推測されます」

 

山を思わせる巨大な体躯を持つ青い機甲、そして人型から獣型への変形機構を有する緑の機甲、データベースで参照した2機の特徴を思い返し、ミドリは言葉を続けた。

 

「しかし、いくら強大な力を持とうとも彼らは所詮道具に過ぎません。それら強力な機体を管理し、必要に応じて戦域に投入する存在があります。チュゼールだけではなく日ノ丸、そして極東においても彼らが裏で関わっていることが我が方の調査で明らかとなりました。そう、全ての黒幕……それがソロモンと呼ばれる組織なんです」

 

「ソロモン……」

 

ミドリの発したその言葉に、三日月は表情1つ変えることなく呟き返した。しかし、彼の内側から湧き上がってくる猛烈な敵対心だけは、目の前のミドリは勿論のこと、少し離れた所にいるアイルーでさえもはっきりと感じ取ることができた。

 

 

 

 

 

「それが俺たちの……本当の敵」

 

 

 

 

 

to be continued...




ところで、ついにウルズハントのopが公開されましたね!
アプリのリリースも秒読み段階という事でしょう!

機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ外伝:『ウルズハント』のリリース、それは即ち本作の終了を意味しております。
ウルズハントのリリースまで本作の連載を続けると宣言してから4年くらい? ほんとうに長かったです……リリース延期に延期を重ねて、それに合わせてこちらも当初想定していた着地点に延長、さらに延長を重ねて……ようやってこの時が来たって感じです。ほんと、長かったのです。(明らかに後発のUCエンゲージに先を越される中、よくぞ作ってくれました……!)

新たに描かれる鉄血の物語、これで鉄血の人気が再加熱されることを願っております! 3年もリリース延期してその結果もの凄い人気が出たウマ娘の前例もあるし、4年くらい延期したんですからきっと上手くいきますよね! ただでさえ素材がいいんですから!

やってみせろよウルハン!
なんとでもなるさ!
ガンダム(フレーム)だと!?
(とまあガンダムっぽいミームを使ってみたのですが、この43話の文中にはこれ以外もネットミームが組み込まれていたりします。よければ探してみてください)

まあまあまあ……
次回の更新までにリリースされていることを願って
それでは、また……


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最終話:明日への希望

はい、お久しぶりでございます。
ムジナ(略)です。

そしてタイトルから御察しの通り、誠に勝手ではありますが『機動戦隊アイアンブラッドサーガ』は今回をもちまして最終回とさせていただきます。

その理由に関しては【編集後記】に記述します。
本来であれば、このような中途半端なところでは終わらず3章へと続く予定だったのですが、後述する理由のことからアイブラサガを書けなくなってしまったので、これにて完結とさせていただきます。(リアルの日程が忙しいからとかではなく)



 

三日月が目を冷ます少し前……

ババラール連盟領内

OATHカンパニー本社 精神病棟

 

 

 

「あの……失礼します」

 

「はい。どうぞ」

 

その日、テッサの姿はカンパニーの病棟にあった。医療スタッフに案内され、診察室に通された彼女の前には、おおよそ医療従事者とは思えない……むしろ聖職者と呼ぶに相応しい装束に身を包んだ1人の女性の姿があった。

 

「私はシスター・ノエルと申します」

 

「え……シスターさんが診察を?」

 

「はい。ふふっ……シスターがお医者さんの代わりに出てくるのが意外でしたか? まあそうですよね。初見の方は、みんなそう仰られますので」

 

「は、はあ……」

 

「まあ立ち話も何ですので、どうぞそこへお掛けになって下さい」

 

「はい、よろしくお願いします……」

 

笑顔のシスターに促されるまま、テッサはすぐ近くにあった椅子に腰を落としてシスターの方へと向き直った。

 

「見ての通り私の本業はシスターです。一応、医学知識もあるにはありますが、普段は町の教会で人々の悩みを聞いてあげたり、貧しい人たちの為に食事を出してあげたりするのが基本です。しかし……私がこうして患者さんの前に立つのは、怪我でも病気でもない、患者さんがある特殊なケースの被害を受けた場合……例えば、人の思考に障害を齎すミーム災害、認識災害、そして……精神汚染」

 

「精神汚染……」

 

「はい。テッサさん、報告によると貴方は精神汚染の被害を受けたとされています。心当たりはありますよね?」

 

「…………はい」

 

テッサはそこでチュゼールでのことを思い出し、嫌な顔をした。シヴァと呼ばれる巨神との戦闘の末、古代の宰相と名乗る人物から精神的な干渉を受け、危うく自分の身体を乗っ取られかけたこと……あの時は何事もなかったものの、決して良いと言える出来事でないのは明白だった。

 

「あの時、貴方に取り憑こうとしたのはマキャベリと名乗る古代の宰相……我々がPOI201と呼ぶクラスⅢ霊的実態でした。彼は他人の体を乗っ取ることで何百年にも渡って規定現実に居続けようとした……いわゆる亡霊というものです」

 

「亡霊……」

 

「実は貴方の精神を、私の……いえ我々の保有する特殊な技術を用いて解析させて頂きました。その結果、テッサさんの精神には何者かの干渉を受けたような痕跡が確認されました。ですが、ひとつだけ分からない事があるんです」

 

「……何ですか?」

 

「それは、いかにしてテッサさんがPOI201の精神汚染から脱却できたかについてです。通常、この世に存在する霊的実態の多くは力に乏しく、基本的に無害なものがその殆どを占めています。しかしながら、テッサさんの遭遇したPOI201はその中でも上位に該当するクラスIII……彼らが持つ精神汚染能力は凄まじく、ひとたび暴露してしまえば超人や遺伝子改造を施された強化人間でもなければ、精神汚染からの自力での脱却は不可能とされているんです」

 

「私は普通の人間です」

 

「はい、存じています」

 

その後、シスター・ノエルの触診が行われる。

そのうち、シスターはあることに気づく。

 

「テッサさん、貴方はもしかして…………」

 

「…………っ!」

 

シスターに『その事実』を言い当てられ、テッサの体が少しだけ震える。

 

「…………ですよね?」

 

「…………」

 

シスターの口から紡がれたその言葉に、テッサは唇を結びつつ自分の胸を抱いた。それから微かに頷いた。

 

「このことは誰かに伝えましたか?」

 

「いえ、でもミドリさんは何となく察していると思います。三日月さんや妹には……まだです」

 

「そうですか」

 

 

 

注.

シスター・ノエルの正体は『白鯨』のメンバーの1人。機動部隊ゼータ(第06機動戦隊)『マインドセキュリティ』のリーダーで、他人の精神や思考へのリーディングと干渉能力を持っており、彼女の前で隠し事をすることは不可能。

 

人の精神を調律することができ、精神攻撃によって脳の回路にダメージを受けた者を癒すことができる。しかし、マキャベリによる精神干渉を受けたにもかかわらず無傷なテッサを見て、シスターはある1つの可能性に辿り着いた。

 

 

 

ストーリーはここまで

以下、44話についての大まかな概要

 

 

 

【最終話概要】

①シスターとテッサの会話

(上記を参照)

 

(タイトル挿入)

 

②三日月とミドリの会話

敵となったオルガのことについて、三日月はミドリに包み隠すことなく全てを話した。そして「オルガはそんなことをする人じゃない」「別人のようだった」と、黒いバルバトスの中に出現したオルガを本人であると認めつつも、まるで誰かに操られているようなことを示唆する供述。

その上で、どうにか説得できないかを模索する

 

③ベカス登場

三日月とミドリの会話にベカスが割り込む、その後ろには影麟の姿もあった。説得という甘い考えを口にする三日月に対し、彼は噛み付くように睨みつけた。「例えそうだった(操られて)いたとしても、あいつがやったことには変わりねぇ」

武帝を残酷に殺して極東共和国を崩壊させ、さらにはチュゼールを核で汚染した。オルガのやったことはとても償いきれるものではなかった。情状酌量の余地はない、ベカスはそう言い切るついでにオルガの討伐を予告する。

 

④対立する三日月とベカス

オルガの討伐を予告するベカスに、三日月は「アンタひとりでオルガが倒せるの?」と挑発、ショッキングな出来事が多すぎて、三日月の精神状態は少しだけおかしくなっていた。

激昂したベカスは三日月の胸ぐらを掴む。

「三日月、お前はどっちの味方だ!?」

ベカスの問いかけに、三日月は答えられない

(オルガの作る場所が俺の居場所……その筈だった)

揺らいだ三日月の瞳に気づき(精神が混濁している)、ベカスは三日月との離別を決意する。

影麟を引き連れ、その場から立ち去る。

 

⑤エイハブ登場

次の日

憤慨するベカスと影麟の元へ現れる人物あり

自らを老人と称する(全然老けているようには見えないが)その人物は、復讐に取り憑かれたベカスを諭し、ひとまず落ち着くように促す。初対面であるはずのエイハブを前に、ベカスと影麟は得体の知れないものを感じつつも、しかし自分たちのことをよく知っているような口調で話すエイハブの言葉は心に優しく染み入るようだった。

エイハブの正体は指揮官であり、2人とは前世から付き合いがあったのだが、世界がリセットされたことにより2人からその記憶は失われていた。しかし、記憶の一部が残留しているのか、エイハブに対する親近感という形で現れている。

エイハブは2人に進むべき道を示した後、自分の正体は隠したまま立ち去る。

 

⑥三日月とテッサの会話

数日後……

人気のない格納庫の片隅、具合が悪そうな様子でうずくまるテッサの姿。そこへ三日月が訪れる。(最後に病室で会ってからというもの、テッサは三日月を避けるようにしていたため、両者は久し振りに言葉を交わす)

三日月はいつもと違うテッサの様子に気がつきつつも、気丈に振る舞う彼女の姿を見て追求をやめる。2人の近くにはハンガーに吊るされたバルバトスがあり、先の戦いで受けたダメージは殆ど自然回復している。

三日月はテッサに一連の事情を打ち明け、まだオルガに対する迷いを断ち切れずにいると告白する。それに対しテッサは「三日月さんはもう戦わなくていい、これからは私が三日月さんの代わりに……」

と戦う決意を口にするも、三日月に止められる。

「説得して、それでもオルガさんが戻ってこなかったら……三日月さんは、どうするの……?」

「その時は、俺がオルガを倒す」

自分の大切な人が苦しむか、自分が苦しむか……言うまでもなく、三日月はそう決意した。

 

 

(最終話完結)

 

 

以上が予定していた最終話のシナリオである。

当初、最終話である44話は区分けされた①〜⑥の内容をひとまとめにしたものにしようと思っていたのですが、とある理由のために執筆に対する意欲が消失してしまい、結局のところ①のみしか作ることが出来ませんでした。

・テッサの秘め事

・ベカスと三日月の対立

・本格的に動き出す指揮官

・敵となったオルガに対する三日月の葛藤

・そして、三日月とテッサの間に生まれた絆

それらをリアルに表現することを目標にして、この数ヶ月間頑張ってみたものの、心が折れた状態での執筆は遅々として進まず、ついに自身が締め切りと定めていた『鉄オルG』のリリースを迎えてしまいました。

これ以上、心が折れた状態で物語を書こうとしても筆が進まないことは明らかであると判断し、代替案として最終話の概要を一通り記述することで先の予定通り、今回の44話とさせていただきました。

ここまで想定していながらも、最後まで作ることが出来なかったことをとても心苦しく思う。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

【第2章 外伝の概要】

以下は44話終了後に執筆予定だった外伝の概要である

 

 

 

外伝2ー1:『銀幕の再会』

・極東崩壊の裏側での三日月たちの行動

(なのでまだファントムの正体を知らない)

・名瀬アニキおよびタービンズの面々との再会

・シルバーランサーの槍をダインスレイブ化

 

①エイハブ(指揮官)とセラスティアの通話

物語の舞台は合衆国、セラスティアの研究ラボ

憧れの人からの久しぶりの連絡に飛び上がるほどの気持ちを抑えながら電話に出るセラスティア。『白鯨』のさらなる戦力強化の為、エイハブは合衆国一の天才と名高い彼女にバルバトスの解析を依頼する。

 

②合衆国を訪れる三日月たち

ミドリに連れられるようにして合衆国に辿り着いた三日月、テッサ、アイルー。合衆国の派手な街並みと豪快な文化に触れつつ、バルバトスをセラスティアの所有する研究所に持ち込む。

バルバトスの解析が進む中、バルバトスの中に潜伏していた古代巨神アマテラスのコアと古代巨神シルバーランサーのコアが共鳴、暴走したシルバーランサーは研究所の外へ、そして何かを追い求めるように荒野へと向かった。

 

③タービンズとの再会

シルバーランサーを追い荒野を進む一行。

妨害するソロモンファミリーを一掃していると、三日月はその中で見覚えのある機体に出くわす。それはアミダとラフタの乗るタービンズのモビルスーツだった。

???「待って待って! 三日月だよね!?」

三日月「その声、もしかしてラフタ?」

敵と勘違いしメイスを振り下ろしかけるも、ギリギリのところで踏みとどまる。

 

④フェルナンド・名瀬・タービン登場

シルバーランサーを捕獲し、アミダとラフタに連れられ霧の中を進む一行。すると目の前に巨大な船体が現れる。それは座礁したハンマーヘッドだった。

ハンマーヘッドの艦橋に移動する一行。

 

フェルデ「よぉ三日月、久しぶりだな」

三日月「え、アンタ誰?」

フェルデ「まあそうなるよな。俺だよ、名瀬だ」

 

そこにはアミダやラフタなど『あの戦い』の前後で散ってしまった命がそのままの姿でそこに集結していた。ただし名瀬だけはどういうわけか外見が違い、アイサガ世界のキャラに魂が乗り移っている状態。なので今は基本的に元の名であるフェルナンド(フェルデ?)を名乗っている。

 

④怪しくなる雲行き

まさかの再会に感激しつつも、お互いに異世界転移してからのここまでのことを話す。その中で、誰もオルガを見ていないと知り残念そうにする三日月と、そしてアキヒロがいないことを知り残念そうにするラフタ。

いつのまにか三日月が自分のように沢山の女の子(テッサやミドリら)を連れ歩くようになってしまっているのを見て、名瀬は「アトラが見たらなんて思うかね……」とつい口走ってしまう。

(同じく現場に居合わせたセラスティアは「あたしは違うわよ。心に決めた人がいるんだから」と言って明確に否定する)

アミダが止めるも、それを聞いたテッサは自分の心の中にモヤモヤとしたものができるのを感じた。

 

⑤ダインスレイブ製造計画

名瀬はシルバーランサーの第1パイロットとして選ばれているのだが、「俺はこの場所から離れられないから」と言ってメカニックにシルバーランサーの改造を指示、全体的な補修を行うと共にコックピットを1人乗りへと換装(実質的なセラスティア専用機に)。また劣化したシルバーランサーの大槍を対艦ランスメイスとトレードする。

名瀬は先の戦闘で得られたデータを元に、大槍をダインスレイブに作り変えようというのだ(これが後々の対ファントム最終決戦に繋がる)。

 

⑥極東へ

三日月が名瀬のところに行っている間、テッサはラフタたちからアトラのことについて聞いて回っていた。まもなく、かつての2人が深い間柄だったことを知り、さらに三日月と同じくこの世界に漂着しているのではないかという可能性に辿り着く。その時がくれば三日月が自分の元から居なくなってしまうのではないかと思い、落ち込む。

このことについて、三日月に聞こうとするも……

時を同じくして極東が崩壊。

さらに、この事件に黒いバルバトスことファントムが関与しているという情報が入り、それどころではなくなってしまう。

三日月とミドリは一足先に極東へ、テッサとアイルーはセラスティアを研究ラボまで護衛するべく別行動を取った。(2章冒頭へ続く)

 

注.

フェルデといいオーシンといい、なんでダッチーはこう、ぜってー男ウケしないであろうキャラ作ろうとするのかねぇ?

(そういうのは指揮官様と騎士君だけでいいよ)

その点、名瀬さんは凄いよね。

すっごい男気溢れてるし、好感持てる。

というわけで本作では、「世界全嫁計画」とかいうクソみたいなキャラ設定の奴を削除して、そこに名瀬アニキを当てることで品質の向上に努めました。

 

 

 

 

 

外伝2ー2:『ノーモア・ヒーロー』

・ファントムvsゲッター艦隊

・月面上での戦闘の末、ファントムの放ったメイオウ攻撃によりゲッター艦隊消滅。ゲッタードラゴンはファントムに捕食され能力の一部を吸収されてしまう。

・メルの策略によりカーズ死亡

 

①ソロモン本部にて

月面上に突如として出現したゲッター艦隊とファントムの戦闘記録を閲覧するオーシンらソロモンファミリー。バアルの絶対命令権によりファントムはゲッターマシンの残骸を回収していたのだが、何者かの手によって破壊されていることを知る。

まもなく犯人が拘束され、メルの尋問によりサボタージュを指示した者の正体が明らかとなる。

男の名はカーズ。ソロモンに歯向かった過去があり、当初は弱小であることを理由に見逃されていたものの、調査したところ敵対組織である『白鯨』との繋がりが噂されていることからソロモン議会はこれを危険視。

メル「オーシン様、攻撃許可を」

オーシンの命を受け、メルは実働部隊を率いてカーズが潜伏する小さな町へと急行する。

だが、これは全くのデタラメであった。

メルは適当な理由をつけてカーズに罪をなすりつけ、将来的に脅威となりえる彼の存在を、早期に抹消しようというのだ。

 

②小さな町にて

砂漠のオアシスを中心に広がった、人口1000名程度の小さな町。そこにはカーズが軍師として在籍する盗賊団クロタルスの拠点となっていた。町で暮らす者は皆明るく、また盗賊団との仲も良好であった。

豊かとは言えないでも、平和な世界がそこに築かれていた。

今日、この時までは……

 

③ソロモン実働部隊来襲

そこへメルが率いるソロモンの殲滅部隊が来襲。

広域ECMで外部との連絡を遮断、その上で

爆撃により民家は一軒残らず焼き払われ、盗賊団の陸上船は圧倒的な火力の前にあえなく轟沈、

カーズはガラハッドで出撃するも、変わり果てた町の姿に呆然と立ち尽くす。そこにパイモン量産型に搭乗したメルが立ちはだかる。

メル「ターゲット捕捉、これより殲滅する」

カーズ「お前、なんでこんなことをするんだ!」

激突するメルとカーズ。

カーズ「この野郎ッ、よくもみんなを!」

メル「そうだ。もっと俺に怒りをぶつけろ」

当初、勢いで圧倒していたカーズだったが、フィールドを用いたメルの引き撃ちで徐々に消耗していく。なんとか格闘戦に持ち込むも、複数のパイモン量産型に包囲され銃撃を受けて倒れる。

ダルマになったガラハッド、脱出不能。

 

カーズ「そ、そんな……」

メル「悪いな。この時代のお前はまだ何もしていない……だが、将来的にお前の存在は脅威になる。俺たちが明日を迎えるには、お前という存在は不要なんだ」

メルはカーズの機体に近寄りナイフを抜く

 

カーズ「や……やめろ……!」

メル「この世界に、お前というヒーローはいらない」

ナイフの先端をガラハッドのコックピットに向ける。

メル「ヒーローは1人で十分だ……!」

カーズ「がっ……!?」

 

コックピットにナイフを突き刺す。

一度では飽き足らず、何度も何度も何度も何度も

腕がもげ、足が飛び散り、内臓が潰れ、首が飛ぶ

おびただしい量の血飛沫が滝のように流れた。

 

④虐殺

目標であるカーズを殺害したメル。

死体が再利用されないよう、残骸から血の一滴までリンを含む焼夷弾で焼き払うほどの徹底ぶりを見せる。

しかし、殲滅部隊の仕事はこれで終わりではなかった。目撃者である住民を1人残らず排除するべく行動を開始。投降してきた住民と盗賊団の残党を焼夷弾で焼き払い、容赦はしなかった。

メル自らもビームキャノン(対BM用)で住民を1人1人を焼却処分していく。その中で、1人の少女が道端にうずくまっているのが見えた。生体反応がある、まだ生きている、メルはキャノンの砲身を向けた。

「…………くっ」

しかし、撃てなかった。ただ命令に従い、淡々と人を殺してきた殺人鬼の瞳に、ここでようやく人の色が浮かび上がる。

「お前には利用価値がありそうだ」

コックピットから降りたメルは少女の元へ近寄る。怯えた瞳に見つめられながら最低限の手当てをした上で助け起こし、そしてソロモン紋章が刻まれたサバイバルキットを手渡した。

「ここから少し行った先に別の村がある、死にたくなければそこに向かえ。そしてこのマークを覚えておけ、俺たちは『世界の敵』だ」

コックピットに戻ったメルは、フラつく足取りながらも前に進む少女の姿を見送った。

 

⑤ノーモア・ヒーロー

ソロモン本部への帰路につくメルたち

今回の一件により、後々の次元観測センターの構成員が欠けたことで、ブルーティル(アイ)来訪イベントのフラグを完全にへし折ることに成功した。上手くいけば自分の気まぐれで助けた少女の証言から、改めてソロモンの残虐性が明らかになることだろう。

「全ては、あの方の目指す『明日』の為に……」

しかし、まだ足りない。ソロモンの一員でありながらソロモン崩壊を目論むメルの野望はまだ始まったばかりだった。

 

注.

メルはこの世界が破滅に近づいていることを知っており、それを回避するために今回の虐殺を引き起こした。なので将来的にエレインやリヒャルトといった同じソロモン出身者だけでなく、異世界からの漂流者たちに関わった者たち(ソフィアやマフィアなども)全員を抹殺していくことになる。

 

 

 

 

 

 

外伝2ー3:『バトル・オブ・ブリテン』

・チュゼール戦から数日後のグレートブリテン

・ソロモンの支援を受けた合衆国軍の残党(テロリスト)が集結し、大陸間戦争の報復としてブリテンの首都に弾道ミサイル攻撃を敢行しようとする。

・薔薇十字騎士団の活躍により最悪の事態は免れる。

 

①薔薇十字騎士団について

エイハブ(指揮官)が最高司令官を務める『白鯨』勢力における最強の特殊部隊。異世界の剣士であるICEYを筆頭に、部隊は選りすぐりの隊員たち(それこそ超人と呼べるような者たち)で構成されている。

部隊は前衛のアルファと後方支援のブラボーに分かれており、アルファ・ワン(チームリーダー)である仮面の騎士『ネームレス』はありとあらゆる戦闘の分野に関して異常とも呼べる規格外な強さを誇る。その強さは全盛期の極東武帝と黒騎士を同時に相手しても余裕で一蹴できるほど

「真の強者は、如何なる時も表の世界に姿を見せず、常に闇の中に身を潜めているものだ。だからこそ、彼の方は無名(ネームレス)なのだ」

主力であるICEYと双璧を成しており、ICEYの剣が青ならば、こちらの剣は赤色

 

②開戦

ブリテンに潜伏している合衆国兵に大量破壊兵器が渡ったという情報、さらにブリテンでのテロが計画されているという情報を掴んだ白鯨。最高司令官であるエイハブの命を受け、ブリテンへと急行したネームレス率いるアルファチーム。

さっそく敵の偵察部隊と交戦することになる。

その圧倒的な力を前に、テロリストはあえなく敗走。敗走した兵たちはいずれ本隊と合流することを見越して、わざと見逃したのであった。……なのだが、そこに颯爽と現れたカルシェンが敗走兵を全滅させてしまう。

 

③焦燥

「チッ……クソが、余計なことしやがって」

作戦が狂い、憤るアルファ・ツー(副隊長)

毒舌家で完璧主義者の彼はイレギュラーを排除すべくカルシェンに対して決闘を申込む。その結果、ツーとの早撃ち勝負に負け、カルシェンは乗機を大破させてしまう。

「……貴様程度の腕前、この世にゴマンといる。自惚れるな雑魚が、何でも自分一人で解決できると思うな」

圧倒的な力を見せつけることで、ツーはカルシェンのプライドをズタズタにし撤退に追い込む。しかし、それはツーなりの配慮でもあった。

(ツーはカルシェンがブリテンの王子であることを知っており、彼が国を追われた身ではあるものの、重要な人物であることには変わりないので、このようなところで命を散らせるわけにはいかないという想いから)

移動中、ツーはネームレスに自身の想いを語る

「本来、奴の戦う場所は戦場ではない。エイハブの作ろうとしている『明日』、奴の生きる場所はそこにある。だからこそ、奴は生きねばならないのだ……自身の弱さを実感し、絶望を嘆きながら、そして泥にまみれながらも。その苦しみは後に、奴を動かす原動力となるだろう」

 

④証言

テロリストの新たな情報を得るべく、アルファチームは内通者の元へと向かう。まもなく内通者からの情報提供により、アルファチームはブリテン首都へ向かっていた本隊を捕捉する。ツーの精密狙撃によりテロリストの部隊長は死亡、奇襲によりリーダーを失った部隊はロクな対処をすることすら出来ず、瞬く間に全滅してしまう。

フォー「リーダー、これを見てください」

しかし、所有しているはずの大量破壊兵器が全くないことを不審に思った隊員の1人が、テロリストの機体を調べるとテロ計画の作戦指示書を発見する。それによると本体は囮で、本命である大量破壊兵器を抱えた部隊は遠く離れた別の場所で待機しているとのことだった。

現場へ急行するアルファチーム、しかし発射までに残されたタイムリミットは5分程しかなく、機体の機動力ではとても間に合わない。ネームレスはエイハブへ指示を仰ぐ、そこでチームの推進力を1人のメンバーに集め、渡り鳥の要領で超加速を図るという作戦が決まる。

 

⑤強襲

推進力である空戦ユニットUCEY−Wをパージし、僚機が次々と編隊から離脱していく。「撃ち漏らしは許されない」最後に残ったツーもそう言って落下していく。仲間からの想いを託されたネームレスは、空戦ユニットで編隊を組んで加速する。

そして、ネームレスは大量破壊兵器がブリテンの首都に発射される10秒前に現場へ到着。到着と同時にスナイパーで防衛部隊を蹴散らす、勢いそのまま強行着陸を実施、武器を切り替えて右手にアサルト、左手にブレードを持ち、敵をなぎ払いながら目標へと猛進。

発射3秒前……

サーモバリックが搭載された車列を発見、弾切れを起こしたアサルトで車両を殴りつけつつ、ブレードを投擲、さらに両手に装備したハンドガンを乱射、次の瞬間、戦場は激しい爆風に包まれるのだった。

 

⑥帰還

エイハブが率いる薔薇十字騎士団の活躍により、テロリストの首都攻撃を未然に防ぐことに成功した。

大破した乗機から自力で這い出るネームレス

エイハブからのコールが入る、そこでテロリストにサーモバリックを提供したのはソロモンだったことが明かされ、それも別行動していたICEYとブラボーチームの手で始末されたことが語られた。それを知ったネームレスは安心したように仮面を脱いで足元に置いた。

 

風で長い黒髪が激しく波打つ、夕日に照らされ艶のある髪が美しく輝く。ここでようやく、ネームレスの正体が女性であることが明かされる。

 

 

 

外伝の概要はここまで

これ以降は、編集後記にあたる

ここからあとがきまで、私がアイブラサガを書けなくなった事情を説明するためのスペースであり、ストーリー性はないため、興味がないという方はあとがきまで飛ばすことをオススメします。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

【編集後記】

最近のアイサガは正直やってて辛かったです。

 

ここ最近はアイサガに楽しみを見出すことが出来なくなり、二次創作者としての原作へのリスペクトも失われ、脳死でプレイしていても憎しみしか湧いてこない、とにかくアイサガへの熱が冷めきってしまっていました。

 

それは本作の執筆にも影響しました。アイサガのアレな部分を補うために自分の好きな鉄血の要素を混ぜることで頑張って中和を図っていましまたが、それを上回る嫌な感情が執筆の邪魔をし、どうしても書く気になれませんでした。

つまるところ、打ち切りです。

つい先ほど、端末のアイサガを切ってきました。

もう私に、アイブラサガは書けません。

 

理由はいろいろありますが、一番辛かったのはアイサガをやっていて沢山の『嫌い』が出来たことです。

 

その一番の例として、マフィア梶田

(自分、ずっとこの人の梶田を『オダ』って読み違えてました。正しくは『カジタ』らしいですね。お恥ずかしながら……だって沖縄にはいない苗字なんですの、はい、すみませんでした)

 

最初、私はこの人のこと全く興味なくて、ただアイサガ生放送を盛り上げてくれた立役者とだけ認識していたのですが……ダッチーがいつもの悪ノリして、アイサガ内でこの人を悪目立ちさせたことでマジで嫌いになってしまいました。

 

だってほら、分かるでしょう?

せっかく近未来SFを楽しんでいたというのに、急に世界観ぶち壊しなリアルの人物がそのままの姿で紛れ込んでくるって、しかも専用機持ちという……ファンの人なら良いと思うかもしれませんが、全然知らない私からすれば、「は? 誰このハゲ野郎? うぜ」ってなるんですよ。

 

例えるなら、本田さんと2BROがコラボして炎上した時のような、そんな感じです。(あのコラボ、私は良かったと思ってますが)や、ちょっと違うか

 

これに対し、私は(ネタで)ダッチー本社に忍び込んでマフィアのデータを破壊しようとしたりしましたが……ネタキャラに対して怒りすぎるのも野暮だし、まあ1回だけならファンサってことでいいかなと自分を落ち着けることができたのですが……

ダッチーはその後も度々登場させては、ネタキャラにあるまじき活躍をさせるっていうね

 

1回だけならまだしも、こうも続くとね

こんな奴にリソース使うくらいなら、もっと生み出したキャラ、一人一人責任持って活躍の機会を与えるべきでしょうが

あんなに沢山作っておきながら、放置ですか?

リリース初期からいるのに全然深掘りや活躍どころか、ストーリーにすら登場すらさせて貰えてない人だっているんですよ? シェロンとか、シェロンとか、シェロンとか……

 

こうも露骨に贔屓するのは、ねぇ……

なんでこの人だけ優遇されてるんや……?

いつまで経っても推しの子を活躍させてくれないもどかしさも相まって、いつしか私は、この人に対して憎しみを抱くようになりました。

 

とまあ、こんな感じでアイサガをやっていくと嫌いなものがどんどん増えてしまいました。この他にも、カーズとかいう露骨なキャラ改変、怪獣にブルーティルとかいうゴミ虫の実装、漂流者とかいうクソ雑魚ポンコツ宇宙人どもの実装、リアル路線からスパロボへの傾倒、極東優遇、合衆国不遇、期待していた本編のストーリーも無駄が多くて読むに耐えない、もうベカスの俺つえーは飽きた

 

最近のアイサガは、プレイしていて本当に辛かったです。

 

ですが少し距離を置いて冷静になって考えてみると、アイサガがこうなってしまったのは全部ダッチーの方針によるものであり、マフィアにしても何にしてもダッチーが余計なことさえしなければ、私が『嫌い』の感情を抱くことはなかったと思うんですよ。

(この結論に至るまで、4年も費やしましたが)

実はゲッターロボも元々は嫌いじゃなくて、なんならカラオケで95点取れるくらいでした。

 

なのでコラボに関しても、単体のIF(もしも、この世界に〜)という形でならまだ納得できました。それに異世界の人たちとお友達ごっこするんじゃなく、あえて本格的に対立させることで、リアルな異文化理解の難しさを表現することも出来たのではないかと思いました。

そしてマジンガーやラガンなど、圧倒的な力を持つスーパーロボットという『虚構』の存在を相手に、いかに知力を巡らせて『現実』が勝利を収めるか? という展開に調理することもできただろうに……それこそ、『虚構』と『現実』のぶつかり合いだった『シン・ゴジラ』のように

要するにスパロボと区別して欲しかったです。

 

でも結局、やってることはお友だちごっこでロボットのスーパーパワーと性能でごり押しのロボットプロレスなんだよなぁ……

何? コラボ相手に配慮しないといけないから、ぞんざいに扱うことはできないって? はぁ? 何を今更、エヴァ戦車にガンダムのパクリ、散々やっといて本当に何を今更……

 

リアル系になりきれなかったスパロボの二番煎じが、クソゲー以下、出来損ない。サ終が最後、誰の記憶にも残ることなく数あるマイナーゲームの中に埋もれていくがよいよ

 

失礼、負の感情が出てしまいました。

これ以上、ダッチーに振り回されて嫌いなものを延々と見せ続けられるのもどうかと思ったので、ちょうど鉄オルGもリリースしたことですし、この度はアイサガの引退および本作の執筆終了を決意致しました。

 

いつかはダッチーも考えを改めてくれるだろうと思ってはいましたが……もう耐えられません。限界です。これ以上、アイサガを続けても失望するだけだと判断しました。なのでこの打ち切りは、私の好きだった『アイサガ』を、すこしでも自分の中に記憶するための処置でもあります。

 




【あとがき】
さて、中途半端なところで終わってしまった本作ではありますが、まだ皆さまにお出ししたかった物語は沢山ありました。

この後、三日月の旅は3章へと続き、
敵となったオルガを始めとして数々の困難が待ち受けている中、傷つき血にまみれ、何度も地に膝をつきながらも、それでも歩みを止めない三日月の壮絶な『最後の旅』を描く予定でした。

主人公である三日月だけではなく、彼を支えるテッサやアイルーの存在、ベカスの決意、スロカイ様など魅力的なキャラクターの存在を活かしつつ、そこに指揮官様を絡めることでドラマチックかつ重厚なサーガを作る……いえ、作りたかったです

私のメンタルがもう少し強ければ、それも可能だったことでしょう。私と致しましても、何年もかけて構想した物語を、みすみす無に帰すようなことは惜しいところではあります……そこで打ち切りとなったお詫びと言ってはなんですが、執筆予定だった3章を概要という形で後ほど公開したいと思っています。

【3章概要 一部抜粋】
・機械教廷での血生臭い死闘から始まる
・天空を支配する『白鯨』の空中艦隊
・着々と進むソロモン崩壊への道
・激闘の末に、バルバトスを失った三日月
そこへ渡される新たな力と芽生えた新しい絆
・復活するオルガ・イツカ
・新たなる敵、ハシュマル登場
・ソロモンを手中に収めたオルガvs三日月および『白鯨』艦隊、壮絶な戦いの火蓋が切って落とされる。

・三日月とオルガの最終決戦


大分期間が開きましたが、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
また、待ちに待ったウルズハントもとい『鉄オルG』のリリース、おめでとうございます。新作である『水星の魔女』も今のところTwitterのトレンドを埋め尽くさんばかり勢いで大好評なようで、ガンダムの行く末を見守ってきた一ガンダムファンとして誠に嬉しい限りであります。
鉄血を含めたガンダム作品の今後を期待しております。

最後に、次に何か書くとしたら……そうですね、『水星の魔女』の世界にオルガたちが転生してきたら、とかですかね? 既にニコニコの方でかんづめマン氏が動画を作っているので(再生数めちゃ伸びてる!すごい!) それとは違う方向からアプローチした作品を作ってみたいなと。例えば、オルガの『絆を取り戻す物語』とか……?(書ければの話だが)

長くなりましたが、本日はここまで
次は第3章の概要でお会いしましょう
それでは、また……


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第3章『Beyond the Apocalypse to Day』
第3章ー全体プロット&解説ー


ところで皆様は『境界戦機』っていう、悲しいアニメをご存知でしょうか? 作品内容を一言で説明すると、アイサガみたく近未来の日本におけるロボットによる戦争を描いた物語です。ロボットものとしては珍しい非ガンダム作品で、かつコードギアスに匹敵するほどのポテンシャル持っているとまで言われており(当初は)、機体のデザインも良好、プラモもめっちゃ作られている作品なのですが……まあ色々と構成やら脚本やらが酷くて低評価喰らってる作品です。
なんでそう言われているかについては、まあYoutubeで沢山の動画投稿者たちが当作について批評しているのでそちらをどうぞ……

どうして制作元のサンライズビヨンドは、こんな悲しい作品を作ってしまったのか……

でも私は好きなんですよね、この作品
(ちなみにヒロインの声がスレッタなんですよ)
機体デザインやら何やらで色々と思い入れがあり、なんなら個人的に非公式外伝作品とか書いてたりするほど好き……というか、色々悲しすぎて哀れに思ってるというのが正直なところ

その『境界戦機』がですね……
この度、リニューアル?することが明らかになりまして……まだ詳細とか全然不明とのことですが、よう分かりませんが駄作の原因となった監督とか脚本とか全部入れ替えるっぽくて……とにかく新しく生まれ変わるっぽいです!

ガンダムほど壮大かつ革新的ではなくて、コードギアスほどの斬新な傑作は作れないとしても……それでも近未来の日本を舞台としたリアルな現代戦争が描かれるため、数ある日本のロボットアニメの中でも貴重な存在であるのは明らかです。
なんと言いますか……これがコケたまま終わってしまったら、もう日本の(リアル路線な)ロボットアニメはガンダム以外で作られないような気がしてですね。なので日本のロボットアニメの未来を考えて『境界戦機』にはもっと頑張って貰ってですね。だからロボットアニメ好きな皆さま、これから一緒に『境界戦機』を応援していきましょう!

そんな訳で、私も『境界戦機』を応援するべく小説『最果てのニライカナイ』(非公式外伝作品)の執筆をしていきたいと思います。多忙なため最近しばらくお休みしていたのですが……
前に私が書いてみようかなって言ってた『鉄血』×『水星の魔女』のクロスオーバー作品については、現時点で『水星の魔女』があまりにも展開の先読みが出来ないので執筆は見送ります。

投票までしたにも関わらず、ごめんなさい……
これも日本のロボットアニメ(非ガンダム作品)の未来のためなのです……



それで、なぜ私が本編とは全く関係のないアニメの話をしているのかというと、ここまでアイブラサガ第3章の設定を簡単に書いてきたつもりだったのですが……詰め込みすぎたせいで38000文字という私にしては超長文となってしまったからです。

なのでもうアイサガに関して何も書きたくないです。
もう未練はないのでここでは一切語りません。
(しいて言えば、シェロン……)



というわけで、前々より予告していたアイブラサガ第3章の大まかな設定と解説です。前述した通り長いので、呆れて『もういいや』ってなったら構わず飛ばし読みして『あとがき』の方まで飛んでください。
それでは、続きをどうぞ……


第3章 概要

 

 

 

・【集合タイトル】

『Beyond the Apocalypse to Day』(略称BAD)

直訳すると「黙示録を超えて今日まで」となっています。強力な敵・ファントムとの全世界を巻き込んだ最終決戦を黙示録と例えていることに加え、第2章の『yesterday(過去)』から『Today(現在)』へと時代が移り変わることで、「三日月を縛るオルガという過去の呪縛からの解放」そして「(オルガではない)自らの意思で今日を生きる」ということを表しています。

 

実はムジナは、鉄血本編でのオルガの死を三日月は納得しきれていないのだと解釈していまして(視聴者的にもそうなのだが……)

その後、三日月は誰よりも早くそれを理解し「オルガの命令はまだ自分の中に生き続けている」と言って鉄華団の仲間を鼓舞した……ように見えるものの、実際にオルガの死を目の当たりにしたわけではないので、言葉ではそう言いつつも心の奥底では信じられずにいるという、そういう解釈のもと本作の執筆を始めたというのが正直なところでして、それがまた人間らしいというか……

(三日月はけっして悪魔などではなく)

それで、その想いを解消できぬままアイサガ世界へ転生してしまったことで(しかもオルガとなかなか出会えないことも影響して)、やがてオルガへの依存と渇望という形で現れており、それを表現するべく、今作では多作品に比べて三日月のオルガに対する気持ちが強く描かれていたりします(事あるごとに『オルガを探す旅』を強調していることから)。

それが、本作第1話冒頭の「だけど……」という一言に込められています。(それが、先に述べた『オルガという名の過去の呪縛』)

 

・【テーマ】『絆を裏切る物語』

あの頃には、もう戻れない。

暴走し取り返しのつかないオルガを倒すことを決意する(=三日月の裏切り)、そして三日月の期待を裏切って暴走を続けるオルガ・イツカ、この2つの裏切りによって構成されていることから

 

・【要約】

第3章は以下の項目によって構成されている。

①機械教廷 編

②対ソロモン戦役 編

③逆襲のオルガ 編

④今日へのプロローグ

アイサガ本編と同様、チュゼール編終了後に舞台は機械教廷へと移り、そこでの長い長い内乱を経て次のステージへ移行するというところまでは殆ど変わらず。

問題は②以降、ここに来てアイサガ本編とは全く違うオリジナルのシナリオになる予定だった。特に②のソロモン戦役編は、指揮官(エイハブ)を中心に物語が展開することとなる。迫り来る世界終焉シナリオへの機運から、指揮官(エイハブ)は敵対する世界秘密結社ソロモンへと宣戦布告、自ら白鯨の空中艦隊を率いて殲滅作戦を実行する。

③以降では、ファントムもといオルガ討伐のために三日月と指揮官(白鯨)は共闘することになる。ソロモンと真正面から戦えるほどの巨大な組織の後ろ盾を得たことで、三日月も今まで以上に支援を受けて戦えるようになるのだが、そこへオルガによって再興された鉄華団が立ちはだかる。

そして物語の最終局面である④では、鉄華団と白鯨の激闘が繰り広げられる。ベカスvsサイクロプス(アキヒロ)、テッサvsリカントロープ(シノ)とそれぞれ戦うべき相手を定め各地で激戦が続く中、三日月はオルガが生み出した最終兵器・強化型ハシュマルとの死闘を繰り広げる。

戦いの果てに、満身創痍となった三日月

その眼前に、オルガの乗るファントムが姿を現す

そして『裏切り』の結末へ……

 

 

 

【概要:①機械教廷 編】

0.プロローグ

・オーストラリアにあるソロモン本部での会合。

そこで機械教廷の地下深くに埋蔵された紅石の有用性が議題になり、密かに潜入しこれを奪取するという計画が持ち上がる。しかし、機械教廷は軍事国家であることから生半可な戦力では返り討ちにあうのは明白。しかし、そこにテクノアイズのトップであるシンシアによってクーデターが計画されているという情報が入ってくる。

そこでソロモンは、大部隊を送り込むと共に強大な力を持つファントムを投入することで、クーデターの混乱に乗じて紅石を初めとする地下資源の数々と、そしてあわよくば機械教廷の全権を手中に収めようと画策する。

 

 

1.漂着少女

・機械教廷の領域内、海岸線沿いをパトロールするコンスタンス。すると波打ち際に、1人の少女が流れ着いているのを発見する。(しかも何故か、ほとんど全裸に近い姿で瀕死の状態だった。)

そのため教廷に対する脅威レベルは低いと判断された。ただの漂着物として本来であれば気にも留めないところなのだが、しかし、体の一部が機械化されていることに気づく。少女のことが気になったコンスタンスは、同僚のアンドレアと相談し、ひとまず祭司たちの意見を仰ごうと少女の身柄を機械教廷へと連れ帰ることにした。

・少女の特徴:ロリ、黒髪、無口、たい焼きが好き

 

 

2.スロカイとウィオラの会話(マティルダも)

・スロカイ「ウィオラよ、クリスマスというものを知っているか?」

ウィオラ「クリスマス? ああ、異教徒の祝祭日のことですよね」

スロカイ「そう……クリスマスだ。暗闇に包まれた寒空の下、見知らぬ土地、馴染みのない空気、すぐ近くには見知らぬ者たちの姿があり、皆心の底から楽しそうに笑っていた……そして、振り返るとお前やマティの中に混じって、あやつの姿があった」

ウィオラ「教皇様? あやつとは……?」

そこで2人は、身に覚えのないクリスマスの記憶について話し合っていた。そもそもクリスマスは教廷にとって異教徒の文化なので本来であれば馴染みがないのだが、しかしあるはずのない思い出を鮮明に覚えていることを疑問に思っていた。

(これは2章にて指揮官と再会したことが影響している。接触した際に2人の記憶が干渉し『12の月の小夜曲』など『2周目』の記憶がスロカイの中で部分的に蘇っている)

・そこへ、コンスタンスが報告のために現れる

 

 

3.少女と少女

・コンスタンスの報告を受け、スロカイは例の浜辺に漂着していた少女を一目見てみようと医務室へ向かった。

治療が終わり、教皇の前に連れ出された少女。

報告通り、その体は部分的に機械化されている。

「なんだこいつは? ん……いや、お前は……?」

少女の姿を観察し、その瞳を覗き込んだスロカイはそこで全てを把握したかのようにニヤリと笑ってみせた。マティルダやコンスタンスが訳が分からないといった様子を見せる前で、スロカイは少女を自分の付き人にすると決め、ややあって『アイリ』と名付ける。

(名前に特に深い意味はない、スロカイ曰く適当)

・[解説]

実はこの少女の正体は三日月。

この時点で指揮官と協力関係を築いており、スロカイに迫る危機(シンシアの謀反とソロモンの企み)を伝えるべく機械教廷に潜入して欲しいと指揮官から頼まれていた。

ロリ化している理由は、別のシリーズで発表したTGM(性転換薬)とSCP−053−IS『おねショタ促進薬』を併用したから。か弱い見た目となることで周りから極力警戒されないようにという指揮官の判断から。

・[小ネタ]幼女の特徴については『艦これ』の三日月をベースに、そこへ『アズールレーン』の三日月の特徴(ロリ、たい焼きが好き)を落とし込んでいる。

 

 

4.教廷の日常

・かくして少女は機械教廷で働くことになった。

(といっても雑用なのだが)

しかし、どこぞの馬の骨とも知らぬ者がいきなり教皇の付き人として雇用されたことで祭司や教廷騎士たちが騒ぎ始める(構成員が排他主義だったり少女に危険性があると予感してのこと)。なによりも、あのスロカイに気に入られているという事実から、少女はマティルダの顰蹙を買ってしまうこととなり、さらにはウェスパ並みに無口で満足な意思疎通を図ることが難しいことも相まって、最初こそ少女が歓迎されることはなかった。

冷ややかな目を向けられながらも、しかし少女はよく働いた。朝から晩まで、与えられた仕事を文句の1つも言わずきっちりとこなしていき、さらにBMを用いた教廷騎士との模擬戦で想定以上の実力を発揮したことで、徐々に認められていくようになる。

具体的に言えば、コンスタンスやバモフから度々打ち合いを申し込まれたり、ウィオラがたい焼きを作ってくれたり、リルルからお菓子を貰ったり、ベルガやヴィノーラから興味を持たれたり、それをアイリスやウェスパに守られたり、更にはマティルダから差し入れを貰ったりしていた。

ネームドの中では唯一、シンシアだけが怪訝そうな目で見ていたものの、特にこちらが推し進めているクーデターに対する障害にはならないだろうと少女の存在を無視していた。

・[解説]

少女の幼い姿に周りが油断している中、スロカイだけは少女の目を見ただけでその正体が三日月であると見抜いていた。また少女が無口なのは、投薬で外見が変化しても声質までは変化しないという欠点があり、声で正体がバレるのを防ぐための措置だった。また、それまで好んでいたナツメヤシを食べなくなっているのは薬の副作用で味覚が変化したことによるもの(子ども舌になっており、たい焼きなど甘いものが何よりも好きになっている)

・[小ネタ]

三日月ロリ化、そのシチュエーションと薬の設定を作る為だけに、実は外伝『機動戦隊おねショタサーガ』の制作依頼を受けていたりする。そう、あの小説は本意じゃなかったのです。べ……別に、ムジナはおねショタなんて好きでも何でもないんだからなッ!(グエグエ構文)

 

 

5.シンシアの野望

・少女が機械教廷にやってきてから1ヶ月ほど経過したある日、シンシアはついにクーデターを決行する。ここから先は原作と同様、シンシアは機械教廷の全権を手中に収めるべく行動開始。ネロ(ハジャス)の起動実験と称してスロカイをネロのコックピットへ誘導。まもなくハジャスの恐るべき一面が露わとなり、スロカイは覚醒したネロの中に囚われの身となってしまう。

・その後、シンシアはスロカイのいない機械教廷内での発言力を高め、テクノアイズの圧倒的な戦力を用いてスロカイ派の者たちを追い立てていく。その中で、マティルダとウェスパはバイロンに連れられ教廷の地下へ退避する。

バイロン「ここは一度引いて、機を待つべきだ」

マティルダ「けど陛下が!」

バイロン「心配は無用だ。こうなる事態を見越して、あの方は既に手を打っている」

ウェスパ「…………?」

バイロンの言う『あの方』とは指揮官のこと。

(アイブラサガ開始時点で既に手を組んでいる)

切り札とはもちろん……

 

 

6.復活のスロカイ

・機械教廷からスロカイ派を排除し、シンシアは勝利を確信する。あとは融通の利かない中立派の者共を取り込むだけ……しかし、それも時間の問題だろう。機械教廷を手中に収めたと信じて疑わないシンシアは、玉座の間で高らかに笑ってみせる。その時、彼女の笑い声に混じって別の人物の笑い声が響き渡る。

シンシア「誰!?」

シンシアが周りを見回すと、笑い声はハジャスの中から聞こえてくる。シンシアは最悪の事態を想定して凍りついた。その予感は的中し、次の瞬間ハジャスのコックピットが割れ、中から無傷のスロカイが登場した。

・スロカイ「来ると分かっていれば対策するさ」

原作とは違い、スロカイは単独でハジャスの拘束と洗脳からあっさり脱却してみせたのだ。その表情は余裕そのもの、ギラついた瞳、不敵な笑みを浮かべている。

シンシア「まさか!? 洗脳から脱却した!?」

スロカイ「ハハッ! 足りんなぁ!? この余を洗脳し籠絡したくばその3倍は持ってこい!」

機能停止したハジャスを踏み台に、スロカイは自身の復活を機械教廷全体に宣言した。想定外の事態に戸惑うも、シンシアはテクノアイズの全戦力を用いてスロカイの捕獲を試みる。

少女「…………」

そこへ1ヶ月前に教廷にやってきた少女が姿を現した(その幼い容姿と弱そうな見た目から今まで見逃されていた)。

 

 

7.少女と悪魔

・少女は教廷製のBMを駆ってスロカイを守る盾となる。スロカイもロードエンプレスを発動し、王座の間は激戦の場と化した。

スロカイ「おい、アイリ……いや、三日月よ。もう手加減をする必要はない。余のためそして機械教廷のため……存分に働くがよい」

少女「……うん、わかった」

圧倒的な戦力差を前に押され気味となる2人だったが、少女が全ての服を脱ぎ去ると(阿頼耶識での接続に邪魔なので)、足下が割れバルバトスが出現する。ここで少女の正体が三日月であることが正式に明かされる。

スロカイの援護を受けバルバトスへと搭乗を果たす三日月。シンシアは尚も圧倒的な戦力を用いて2人を打ち倒そうとするも、神とさえ称される十二巨神の力を得ているバルバトスに敵うはずもなく、あっという間に戦力を削ぎ落とされていく。

さらにバルバトスが地面に開けた穴からマティルダとウェスパが登場、さらに隠し部屋に潜んでいたベルガやアイリスまでもが戦線に加わり、勝利の確信から一転、シンシアは窮地に立たされるのだった。

・[解説]SIN0.5(三日月機)

新米騎士用のSIN。複座も可能な練習機であり、初心者を表す白いカラーリング(まだ何物にも染まっていない無垢の色)が施されている。本来の武装はナイフやカッターだが、三日月の戦闘スタイルも相まってブラッディウルフ用のツインメイスを使用している。

 

 

8.ファントム襲来

・長期に渡ると思われていたクーデターは、スロカイの復活とバルバトスの出現で完全に覆される形となった。この時のために膨大な時間を要して築き上げた下準備も全てが無駄に終わった。テクノアイズの威信は地に落ち、クーデターに加わった司祭たちも殺害されるか捕らえられるなりして援護は期待できない。中立派の騎士たちもスロカイの復活に呼応するようにして続々と駆けつけてくる始末。この結果にシンシアは、自分は小娘の掌の上で踊らされている矮小な存在に過ぎなかったということを思い知り、心の底からの怒りと絶望に震えるのだった。

シンシア「台無し……あはは! 台無しよ!」

投降を呼びかけるスロカイに対し、シンシアは発狂、乗機であるタイラントの自爆に乗じて逃走。複雑に入り組んだ隠し通路を利用して教廷の外へ(城壁の上側)と脱出する。

・しかし、逃げ込んだ先にはどういうわけかファントムの姿があり、シンシアはロクに反応する時間すら与えられることなく黒い手に掴まれてしまう。

・追いついた三日月がファントムと遭遇。

その目の前で、ファントムはこれ見よがしにシンシアの体を引きちぎって見せるのだった。

・[解説]ファントムのステータス

正式名称:冥王ゲッターファントム

先の月面での戦闘において、ゲッター艦隊およびドラゴンを吸収した事でゲッター線の能力を獲得している。(常時バフ効果、分離能力による攻撃の無効化、一定ダメージを即回復など)

だが部分的にゼオライマーの能力と被っているところもあるため、ファントムにとっては殆ど蛇足のようなものだったりする。

 

 

【概要:②対ソロモン戦役 編】

9.教廷vsソロモン(前編)

・一方その頃、異変を察知したスロカイが監視所へ向かうと、地平線の向こうから大部隊が迫ってきているのが見えた。戦闘車両、爆撃機、そして無数の量産型パイモン……どういう意図かは不明だが、それらが一直線に教廷を目指していることを知り、スロカイは教廷全体に非常事態を発令する。

教廷vsソロモンの幕開けである。

・スロカイはすぐさま15の防衛線を構築。クーデターで疲弊しながらも、ありったけの戦力を投入しソロモンを迎え撃つ。迫り来る危機に対し、スロカイに批判的だった者たちも今回の一件で彼女の実力を認め、彼女の命令に従って自国を守るべく次々と出撃する。バモフやプライドら教廷騎士たちも専用機を駆って前線へと急行する。ソロモン側の戦力は限りがあるのに対しこちらは戦力の逐次投入ができる、さらに地の利もこちらにある、たかがソロモンの有象無象どもにこの防衛線が突破できるはずがない……当初、そう思われていたものの、事態は一変する。

教廷の厚い防衛網に対し、ソロモンはグシオン(サイクロプス)とフラウロス(リカントロープ)を投入、2機が持つ圧倒的な戦闘力を前に3つの防衛線は容易く蹴散らされてしまう。

・[解説]グシオン(サイクロプス)

1つ目の巨人の名を冠する機甲。その正体は、ファントムがアイサガ世界のグシオンへ右腕を移植したことで変異した姿。その形状はグシオンリベイクフルシティと瓜二つだが、装甲は青色かつビグザム並みの大きさがある。その巨体から発揮されるパワーは凄まじいものがあるが、それに見合わない俊敏性も併せ持つ。

武装は主に鉄血世界で運用されていたもの(ロングライフル四丁、ハルバードなど)がある他、日ノ丸で鹵獲した戦艦大和の主砲(2丁)を新たに採用している。(特に後者は掠っただけでバルバトスの腕を吹き飛ばす他、FSフィールドすら余裕で貫通するほどの威力を持つ)

アキヒロの魂を宿している。

 

 

10.教廷vsソロモン(後編)

・迫り来るソロモンの大部隊を前に、各所で全滅が相次ぐ機械教廷。全体の指揮をとるスロカイは敵の突破力を削ぐためにグシオンとフラウロスへと攻撃を集中する。驚異的な機動力で戦場を蹂躙していくフラウロスに対してはマティルダやウェスパなど精鋭の騎士たちを向かわせ、そしてグシオンに対しては同じく巨体を持つハンニバルを遠隔操作で向かわせることで対処を図る。

しかし、それでも足止めが精一杯であり、グシオンのパワーに打ち負かされハンニバルは中破、騎士たちもフラウロスを捉えられず半数が撃墜されてしまう。

グシオンの砲撃で城壁は倒壊、防衛線も13まで破られ、ついにソロモンの部隊が機械教廷内部へと侵入、スロカイのいる本陣へと迫ろうとしていた。危険が迫りつつある中で、なおも全体の指揮を執りつづけるスロカイに対し、ウェスパやアイリスらは機械教廷からの脱出を進言。しかし、スロカイは三日月の言葉を信じて待ち続けた。

・[解説]フラウロス(リカントロープ)

ファントムによって発掘され、チュゼール編終盤にて登場した緑色の機甲。戦況に応じて人型と獣型の形態を使い分けることができる。その正体は、アイサガ世界のフラウロスにファントムが自身の左腕を移植したことで変異した存在。陸戦機ながら驚異的な機動力を発揮し、あの影麟ですら軽く一蹴するほどの戦闘力を持つ。

グシオンと同様、武装は主に鉄血世界で使用していたものを運用する(レールガンやアサルトナイフなど)。その他、ファントムのアイデアでテールブレードが新たに採用されていることに加え、ダインスレイブの運用能力を持つ。

シノの魂を宿している。

 

 

11.血戦の果てに…

・一方その頃、三日月とファントムは機械教廷の城壁上にて激闘を続けていた。ファントムは当初、獲得したゲッター線の効果を最大限に活かして三日月を追い詰めるも、バルバトスの中に潜んでいた十二巨神アマテラスの力が本領を発揮したことで形勢は逆転。アマテラスの浄化能力でゲッター線を無力化され、ファントムは冥王の力のみでの戦闘を強いられる。

さらに三日月はチュゼールで見せたアマテラスの力を収束させ、一点に集中させることで瞬間的にファントムの攻撃力を上回ることに成功する。

三日月「今度こそ、オルガ!!!」

三日月は冥王の力を正面から打ち破り、敵との間合いを詰める。そしてチュゼール戦後に朧からの指南で習得した剣術を最大限に発揮し、ファントムの防御フィールドごと両腕を切断、そしてファントムの中に囚われの身となったオルガを救出すべく、コックピットブロックを抉り取る。

そして、ファントムの中からオルガを引き抜こうとした……まさにその瞬間、ファントムは奥の手として隠し持っていたテールブレードを生成。三日月の背後に凶刃を忍ばせる。

三日月「…………!」

咄嗟のことに回避できず、三日月の体はバルバトスごとテールブレードで貫かれてしまう。その瞬間、オルガを掴んでいたバルバトスの右腕が跡形もなく消滅する。

 

 

12.発狂する亡霊

・勝敗は決した。

戦闘不能に陥ったバルバトス、三日月も重傷を負い意識不明となる。一方、ファントムは受けたダメージを既に回復し、勝ち誇ったようにバルバトスのコックピット部分を踏みつける。

その光景は偵察機を介してソロモン本部へと送られていた。戦闘の一部始終を傍観していたソロモンの王、オーシンはバアルの絶対命令権を用いて、ファントムにバルバトスの吸収を命じる。

黒いバルバトスを含む、あらゆるゴエティアを自身のコントロール下に置くバアルのトライアルシステムの影響を受け、ファントムは命令に従ってバルバトスを捕食

しかし、その直前……

 

ファントム「ミ……ミカ……! オレ ハ……!」

 

ファントムの口から思いがけない声が漏れ出る。

それは他でもない、オルガ・イツカの声だった。

三日月「オルガ…………?」

僅かに意識を取り戻した三日月が視線をファントムに向けると、その赤い瞳がまるで動揺しているかのように色褪せ、激しく明滅しているのが見えた。

ファントム「アアアアアアアアアア……!!!」

なかなかバアルの命令に従わないファントムに痺れを切らせたオーシンは、リヒャルトの忠告を無視して絶対命令権のレベルを最大にまで引き上げる。するとファントムは絶叫、何らかのエラーが生じたのか数十秒ほど激しく機体を痙攣させた。やがてツインアイから一切の光が消え失せ、全機能を停止、動かなくなってしまった。

その時、機械教廷の空を白い影が覆い尽くした。

 

 

 

13.空中艦隊

・ソロモンの襲撃を受け、陥落寸前の機械教廷。

今まさにソロモンの牙がスロカイの首元を捉えようとした……まさにその瞬間、戦場全体を巨大な影が覆い尽くす。

スロカイ「ふん、やっと来たか」

それの存在に気づいたスロカイは天を仰いだ。

ステルスシステムが解除され、白い鯨たちが続々とその姿をあらわす。エイハブ(指揮官)の指揮する『白鯨』の空中艦隊が、機械教廷の空を埋め尽くしていた。艦隊旗艦である司令艦ピークォドを中心に、全長1200メートルのスターバック級空中空母(マザーシップ)、5隻のクィークェグ級空中戦艦、そして20隻の護衛艦で構成された大規模空中艦隊である。

指揮官はソロモンに対して即時の戦闘停止と降伏を促す、やがてそれが聞き入れられないと見るや、艦隊全体に降下作戦開始の司令を伝達し、ソロモンの殲滅を図る。

空中空母スターバックから無数の量産型ウァサゴが発艦し、さらに空中戦艦と護衛艦から厚い砲撃が開始される。

形成は逆転し、ソロモン機は次々と炎上。

グシオンとフラウロスは白鯨相手に善戦するも、多数の量産型ウァサゴに取り憑かれ、さらに無数の砲撃にさらされ身動きが取れなくなる。

死に体だった教廷の戦力も息を吹き返し、ソロモンは撤退を余儀なくされる。かくして機械教廷とスロカイは壮絶な戦いを無事に生き延びるのだった。

・[解説]量産型ウァサゴ

スターバック級空中空母の制式艦載機。

葵博士から脅し取ったウァサゴの設計・運用データを元に、そこへバルバトスを解析して得られたアイデアを組み込み、数十年先を行く白鯨のテクノロジーを結集して量産された超高性能無人機。

フライトユニットを標準装備していることで長時間の滞空が可能。さらに短時間ながらアウェイク状態への移行も可能、その際のカタログスペックはベカスの駆るウァサゴ・パワードと同等とされている。

(それでも準量産機であるICEY-Vよりは下)

オリジナルと同様、戦況に合わせて武装の換装が可能となっている。(以下はその一例である)

・A型(バランス型、アベレージ)

・B型(斬撃特化、ブレード)

・C型(砲撃特化、キャノン)

・D型(防衛特化、ディフェンス)

 

 

14.幻肢痛

・先の戦争から1週間後……

スロカイ「エイハブとやら、久しぶりだな」

指揮官「お元気そうで何よりです、スロカイ様」

戦後の復興が進む教廷にて、スロカイは指揮官と対談する。マティルダやウィオラも同席し、軽く差し障りのない会話を繰り広げた後、いよいよ本題に入る。(シンシア復帰イベントと回想)

・一方その頃、三日月。

ファントムとの戦闘で負傷した三日月は、空中空母内の医務室へと運ばれていた。眠り続ける三日月を見舞うテッサ、やがて意識を取り戻した三日月は自分の体に違和感を覚えた。

 

三日月「右腕がない……?」

 

三日月の右腕は、右肩から先がなくなっていた。

バルバトスごとファントムのテールブレードに貫かれたことで壊死し、切断を余儀なくされたのだ。三日月の身を案ずるテッサを横目に、しかし三日月は大して気を病むこともなく淡々としていた。

三日月「前にも動かなくなったことがあるから」

三日月の言葉に、テッサは愕然となる。

・場面が切り替わり、格納庫内のバルバトス。

三日月が意識を取り戻してもなお、バルバトスの右腕は喪失したままだった。(いつもであれば三日月の回復に応じて自動的に修復される)まるで三日月の状態と連動しているかのような現象に関して、ミドリはバルバトスの正体を「三日月くんの影ようなもの」であると推測する。

 

 

15.さきがけ

・『白鯨』はソロモン殲滅へと動き出す。

世界各国の放送局とネットワークを同時多発的に電波ジャックし、そこで世間に秘密結社ソロモンの存在を暴露する。そして現在までに至るソロモンの悪行の全てを告発し、全世界に訴えかけた。さらにソロモンの関係者・関連企業を全てリストアップすることで追撃、そこには政財界の大物や法の番人、大企業のトップ、さらにはグレートブリテン帝国の教皇の名前もあった。

この一大スキャンダルに世界は大混乱に陥る。

関連企業の株価は大暴落、倒産が相次ぎソロモンは苦境に立たされることになる。

オーシンと賢人たちは慌てて情報統制を試みるも、シャラナ姫や女王ヴィクトリア、合衆国大統領など世界各国の要人たちが『白鯨』に対して公式の場で同調を示したことで一転。急速に立場を失っていくソロモンとは正反対に、『白鯨』は世界での発言力を急速に高めて行く。

ついに極東崩壊におけるソロモンの暗躍の証拠(ファントムの派遣を示唆する映像)が公開されたことで、オーシンとリヒャルトは全世界からの指名手配されることになる。各国でも、ソロモン関係者や関連企業に対して制裁を取る形となっていく

・[解説]ソロモンの悪行

武器を売りたいがために大陸間戦争を起こした

私兵を用いた各地での虐殺行為、テロリストへの武器の横流し、民族浄化、暗殺、人身売買、インサイダー取引の横行、賄賂と献金、情報操作、犯罪の隠蔽工作など数を上げればキリがない。

そして極東におけるファントムの投入……とくに、これを知った極東人たちの憎悪は凄まじく、ソロモンと癒着のあった極東の政治家や裁判官、警察署署長など数十名が処刑される事態となる。

 

 

16.ソロモン降下作戦(前編)

・世界各国の要人たちからのお墨付きを貰ったことで、こうして『白鯨』は全世界からの支持を得ることとなった。総司令官であるエイハブ(指揮官)は犯罪組織であるソロモンを殲滅するべく、空中艦隊を抜錨させた。目指すはソロモン本部のあるオーストラリア大陸。

・その頃、ソロモン本部では内部情報を流出させたとして(しかし、これはメルのでっちあげである)、リヒャルトがメルから尋問を受けていた。拷問として指を折り、暴行し、電磁くすぐり棒の刑に処される。

リヒャルト「ワシを殺せば世界最高の頭脳が…」

メル「お前の代わりなどいくらでもいる」

自身の頭脳と引き換えに延命を望むリヒャルト。それに対し、メルは彼の弟子であり後継者として全ての研究を引き継いだセインを尋問室へと呼び出し、自身の銃を手渡す。

セイン「師匠に出来て私に出来ないことはない」

メル「弟子は師匠を超えるものだ、やれ」

セイン「じゃあね、師匠」パンパン…

リヒャルトを殺害し、セインは無邪気に笑う。

遺体を踏み潰してメルは顔を残酷に歪める。

メル「クソ老害が、二度と出てくんじゃねぇ」

・その時、ソロモン本部に警報が鳴り響く。

黒猫キャルの能力を応用したゼロ次元空間跳躍を用いてソロモン本部の上空に出現した『白鯨』の空中艦隊。マザーシップから次々と発艦する無数のウァサゴ量産型、空中戦艦と砲艦から放たれた無数の火線が地上を抉る。

 

 

17.ソロモン降下作戦(後編)

・広域にわたってECMを展開し、続々と降下してくる『白鯨』の部隊。これに対処すべくオーシンは防衛部隊を発進させる。しかしカタログスペックがウァサゴ・パワード並みという破格の性能を持つウァサゴ量産型の群れに敵うはずもなく、防衛部隊は次々と撃墜されていく。まもなく地下へと侵入した量産型によってソロモン本部は徐々に制圧されていくことになる。中には投降しようとするソロモンファミリーの姿もあったが

オスカー「ソロモンは一兵たりとも逃さぬよ」

白鯨は容赦がなかった、量産型に踏み潰され、銃撃を受けるなりして全員が殺害された。

・機械教廷での戦役以後、機能停止に陥ったファントムは未だ起動せず、勝てる見込みがなくなったことからオーシンはソロモン本部の放棄を決定する。賢人たちと共に脱出を試みるも、メルの裏工作がここで牙を剥くこととなる。

メルル「指揮官様のところと比べて、オーシンのところのご飯は見栄えばかりで冷たくて美味しくなかったにゃ、バイバイにゃ」

裏切って白鯨側についたメルルのサボタージュにより、緊急用の地下リニアカーは先に避難していた賢人たち諸共爆破され、さらには蘇瑞、セインなどといった信頼していた仲間たちも次々と指揮官の元に参加し、NTRれていく。

・1人孤独になったオーシンは自らの境遇に嘆きつつも、せめて最後だけはソロモン当主としての力を見せつけるべく、決戦仕様に改造されたバアルに乗って戦線へと赴く……しかしエレベーターで移動する最中、機能停止に陥ったと見せかけて待ち伏せしていたファントムの襲撃を受けあっさりと撃墜、ファントムはバアルの頭部(トライアルシステムを内蔵した)をもぎ取る。

 

 

【概要:③逆襲のオルガ 編】

18.復活の鉄華団

ファントムがエレベーターを使って戦場の中央に出現する。バアルのトライアルシステムを取り込んだファントムは、その力を用いて戦場に立つ全てのソロモン所属機の(パイモンなど)コントロールを得る。さらにエイハブウェーブを使用し、付近に展開していた全てのウァサゴ量産型の動きを止める。

セラスティア「待ってて、今対抗策を作る!」

これに対し『白鯨』側は(バルバトスを解析していたことで)事前にエイハブウェーブの存在を認識していたこともあって、セラスティアの手によってすぐさま対抗ミームの構築と展開が始まる。

・オルガと鉄華団の復活

ファントムのコックピットが解放され、中からパイロットが姿を現す。オルガ・イツカ……戦場に立つその姿を見て、いてもいられなくなった三日月は、片腕を失ったバルバトスを駆って空中空母から降り立つ。

 

三日月「オルガ!」

オルガ「よお、三日月! 久しぶりだな!」

三日月「……!?」

オルガ「お前も来るか? 三日月!」

(三日月のことを『ミカ』と呼ばないことに注目)

 

相対し驚愕する三日月の目の前で、オルガは『鉄華団』の再興を宣言。全世界に対して宣戦布告した。三日月はオルガの暴走を止めようとするも、ベリアルの妨害によって阻まれる。オルガはトライアルシステムにより全てのソロモン機のコントロール権を得たことで、パイロットであるエレインの意思に関係なく機体を操れるようになっていた。大剣を振りかざして迫り来るベリアルに対し、半壊したことで手加減の出来なくなった三日月は止むを得ず脅威の排除を優先する。ここでようやくエイハブウェーブへの対抗ミームが配布されたことで、機能停止に陥ったウァサゴ量産型も続々と再起動を始める。だがその間に、オルガは残存するソロモンの戦力を率いて瞬間移動により姿を消すのだった。

なお、この戦いでエレイン、オーランド、ブラドレイなど複数名のソロモン所属ネームドが戦死。(裏切って白鯨側についた者たちは無事)

 

 

19.ソロモンの終焉

・『鉄華団』の設立を宣言したオルガ。

「世界の敵」を騙って動き始めたオルガが最初にやったことは、世界各地に潜むソロモンファミリーに対する狩り出しだった。『白鯨』がネットワーク上に公開したリストをもとに、ソロモンの関係者および関係企業・団体へと襲撃をかけ、全ての構成員を殺害、ブリテンでは公衆の面前でこれ見よがしにブリテン教皇を惨殺してみせるなど、悪虐の限りを尽くす。それは今まで自分をいいように使ってきた者たちに対する仕返しのようだった……さらにはソロモンが世界各地に輸出してきた量産型パイモンなどのソロモン機をトライアルシステムを用いてコントロール下に収め、グシオンやフラウロスと共に『鉄華団』の戦力として組み込んでいった。

・これに対し『白鯨』は『鉄華団』を要注意団体としてマークしつつも、しかしこれほどの事をしでかしてもなお、『鉄華団』が民間人に対して殆ど被害を与えていないことに注目、さらに法律で裁くことが難しかったブリテン教皇などの重要人物を勝手に始末してくれたこともあって、味方ではないのかという見解もあり、『鉄華団』との共存の道を模索することになる。

 

 

20.「もう戻れない」

・オルガたち『鉄華団』はソロモンの残党を殲滅した後、ババラール連盟領内(旧 サイト07)に集結。以降、無人となっていたその場所を『鉄華団』の拠点として軍事基地を作り上げる。

吸収した十二巨神『シヴァ』の分身作成能力と『モデリング』という異世界の能力を用いて鹵獲した低品質の量産型パイモンを鉄血世界の『獅電』『ランドマン・ロディ』『グレイズ』『辟邪』などへと変換、飛行機は『クタン』へと作り変えることで戦力を整えていった。

・エイハブ(指揮官)はオルガの意図を探るべく、直接『鉄華団』の基地へと赴き、オルガと対談する。話し合いの末に、そこでオルガのやろうとしている事を完全に把握した指揮官は、『鉄華団』との共存の道はないと判断し、両陣営は正式に敵対関係となってしまう。

・基地から脱出する指揮官。その支援の為に出撃した三日月は、僅かながらオルガと話す時間を得る。

 

三日月「オルガ、何で……ッ!」

オルガ「三日月、オレはもう奪われるのは嫌なんでな。だからこれからは奪う側へと成り上がる、そして俺はこの力を用いて世界の王となる! 俺の道を邪魔をするものはなんだって潰す。例え三日月、お前だったとしてもな……それとも、お前も来るか!? 鉄華団に!」

 

人が変わったように力を求めるその姿は、三日月の知るオルガ・イツカではなかった。

 

三日月「もう、戻れないんだね……」

指揮官と共に鉄華団の基地から撤退する中、三日月はオルガの打倒を決意する。

・[解説]サイト07について

オルガが鉄華団を再興した場所は、もともと三日月が基底現実世界(アイサガ世界)へと流れ着いた地点であり(第10話:バースデイを参照)、そして2週目の世界線においてSCP−295−ISが収容されていた場所。

・[解説]鉄華団MS

オルガがモデリングによって生産した『獅電』『ランドマン・ロディ』『グレイズ』『辟邪』など。量産機ながらも一機あたりのカタログスペックは初期のファントムとほぼ同等。さらに次元連結システムのコピー品を動力源としており、通常攻撃ですらゼオライマーの次元連結砲並みの威力がある。

 

 

21.殺戮の天使

・鉄華団の拠点内にある格納庫で、ファントムの中から取り出した次元連結システムのコアをベースに『モデリング』で新たな機体の建造を始めるオルガ。「アキヒロ、シノ……俺は今度こそやってやるからな。待ってろよ……」背後に控えるグシオンとフラウロスにそう語りかけながら、オルガは建造を続ける。

・一方、三日月のいる『白鯨』では、鉄華団との戦闘に備えて着々と準備が進められていた。しかし、最先端の再生治療で手を尽くしても喪失した三日月の右腕は再生せず、同時に唯一ファントムに正面から対抗できるバルバトスは白鯨の持つオーバーテクノロジーを駆使しても修理できなかった。

(三日月とバルバトスの状態はシンクロしている)

・その最中、突如としてオーストラリア大陸にあるソロモン本部の跡地が高エネルギー兵器の照射によって地下施設もろとも完全に蒸発したという報告が入ってくる。(指揮官の指示で現場は封鎖されており犠牲者こそいなかったものの…)薔薇十字騎士団の斥候により、その原因が鉄華団の基地に突如として出現した超大型機甲からの砲撃によるものだと判明する。斥候から送られてきた映像を見て、三日月は驚愕する。それは三日月たち鉄華団が火星にて死闘を繰り広げた異形の機体、モビルアーマー・ハシュマルだった。

・[解説]強化型ハシュマルについて

オルガ/ファントムによって建造された超大型モビルアーマー。その大きさは鉄血本編で三日月たちが倒したものの3倍。ファントムから次元連結コアを移植されたことで世界を震撼させる程のカタログスペックを持つ。配下ユニットであるプルーマと共に飛行能力を持ち、最大の特徴であるビーム兵器はオリジナルの数十倍の威力を誇り、かつ地球の裏側ですら攻撃可能なホーミング機能を持つ。攻撃能力もさながら、防御面ではナノラミネートアーマーを使用していることもあり全くと言って良いほど隙がない。

・[解説]オルガのチート能力について

オルガは様々な世界線のオルガの記憶を保持している。その記憶を頼りに次元連結システムを応用することで、様々な異世界の特殊能力(チート)を再現することができる。具体的には某スマホ野郎どもの能力を全て扱える(強化型ハシュマルを建造した『モデリング』や、ソロモンファミリーの狩り出しで正確に位置情報を掴んでいたのも『検索』能力を使っていたため)ほか、異世界オルガに登場したありとあらゆるチート能力を扱うことすら可能。(具体的なチート能力については後述)

もともと(異世界)オルガという存在そのものがチートなんだから、今更これくらい盛っても別に構わんでしょ? (といっても本作では敵なのだが)

盛るペコ とにかく盛るペコ

 

 

22.新たなる力

・蒸発したソロモン基地の様子を見せしめとして公開し、全世界に向けてオープンチャンネルで降伏を呼びかけるオルガ。それと同時に、オルガは三日月のいる『白鯨』の艦隊に向けて攻撃を始める。指揮官は空中艦隊とウァサゴ量産型で応戦、三日月もそれに加わろうとするが、バルバトスは飛べない上に半壊していることもあって、思うように戦うことが出来ない。

・テッサやアイルーも戦っているのに……と、三日月は何も出来ずにいる自分の無力さを痛感する。しかし、そこへミドリが率いる支援艦隊が到着。

 

ミドリ「力が欲しいですか?」

その言葉に三日月が頷くと、彼女は巨大な工作艦の中に三日月を案内し、力を失った三日月の為に用意した『新たな力』を授ける。

 

三日月「ありがと、ミドリちゃん……」

新型機『ソリダスバルキリー』に乗り込んで出撃した三日月、初乗りであるにもかかわらず戦場を埋め尽くさんとばかりに迫るプルーマの群れを、その圧倒的な火力で殲滅するのだった。

・[解説]ソリダスバルキリー

リキッド、ソリッドに次ぐ3機目のバルキリー

その正体は特殊兵装『ソリダス』を装備したバルキリーSC改。ソリダスとは『気体』、『気体』とは即ち空間全体を満たしているもの……『気体』が世界を支配しているように、圧倒的な火力で戦場の全てを支配するというコンセプトの下で開発された大型機甲。複雑かつ大きすぎる機体構造のため制御にはAICが導入されているものの、起動とコントロールには阿頼耶識システムが必須であるため実質的な三日月専用機となっている。

ソリダスの外見は、いわゆる『デンドロビウム』のようなものだと思っていい。

・[武装]ソリダスバルキリー

ロングレンジメガビームキャノン×2

→大型ビームソードを形成可能

武装コンテナ×12

→各種ミサイル兵器と専用バズーカ&投擲斧

Xフィールドユニット

→ウァサゴ量産型10機分の出力

近接対空防御兵装ホーミングレーザータレット

ダインスレイブ(タービンズ製)

捕縛用大型アーム×2(スーパーブレイザー内蔵)

補助アーム(ランディング兼用)×4

 

 

23.絆

・鉄華団の先鋒を撃退した『白鯨』

空中艦隊にて戦力の再編成と決戦に向けての準備が再開される中、三日月は息も絶え絶えといった様子でソリダスを工作艦へとドッキングさせる。AICによる補助がありつつも、ソリダスの運用がパイロットの脳や体に対して与える負担は凄まじいものだった。直ちに医務室へと運ばれ、増血剤と投薬による治療が行われる。

・決戦前のひととき

旗艦ピークォドにて綿密な作戦会議を展開する指揮官、そしてセラスティア、オスカー、ハインリヒら四重奏の面々。戦いの行く末を見届けるべくピークォドに乗船するスロカイ一行。ネームレスら薔薇十字騎士団のメンバーは既にICEY-V(決戦仕様)に乗り込み待機している。前倒しで製造された新型機ICEY-Zを前に、開発担当のポヨーナから機体の説明を受けるICEYとカロル。ベカスと影麟も艦隊に合流し、葵博士の元で機体を空戦仕様にチューンさせてもらう。アイルーはミドリのそばでメカニックの仕事を手伝い、ソリッド、リキッド、そしてソリダスの最終調整を完了させる。

・治療を終えた三日月はすぐに戦線へと復帰するべく準備を始める。そんな彼のためにテッサは着替えを手伝う(片腕ではパイロットスーツは着づらいため)ものの、本当はこれ以上戦って欲しくない気持ちでいっぱいだった。肉体的にも精神的にもボロボロになりながら、右腕を失いながらもそれでも戦うのを止めようとしない。その瞳は死んだように淀みきってしまっている。このままだと、次の戦いでは死んでしまうのではないか……そんな予感がテッサの脳をよぎる。

 

テッサ「三日月さん、聞いて……!」

 

しかし、三日月を止めることは出来ないのだろう。ならばせめて……テッサはずっと自分の心に秘めていた、『事実』を口にする。

 

テッサ「そんなこと言わないで……!」

三日月「テッサ?」

テッサ「お腹の赤ちゃんが可哀想だよ……」

三日月「……! 本当に?」

テッサ「そうだよ。三日月さんの赤ちゃんだよ」

 

自らの妊娠を告白するテッサ。

新たな絆の芽生え…それ自体は喜ばしいことではあったものの、自らも孤児だったことに加えて、決戦を控えた三日月にとって重荷や迷惑に思ってしまうのではないかという懸念から(無論、そんなことはないのだが)、ミドリ以外には(シスター・ノエルは44話の時点で認知していた)今まで妊娠を報告出来ずにいた。

 

三日月「そうか……!」

三日月はテッサの体を抱きしめつつ、力強く頷いた。その瞳には、先ほどまでと違い『生きる意志』に満ち溢れていた。必ず帰ってくることを約束し、三日月はテッサを船に残してソリダスで出撃する。

・[解説]テッサの妊娠について

テッサの43と44話における意味深な行動の理由

逆シャア(ベルチル版)のオマージュ

(第3部の『逆襲のオルガ』というタイトルも)

また40話でマキャベリの精神干渉からテッサが単独で脱却できたとみられていたものも、実はお腹の中に宿っていた新しい命が護ってくれたから。

 

 

 

24.進軍

・『世界の敵』オルガを倒すべく、指揮官は鉄華団の拠点に向けて進軍する。迫り来るプルーマの群れ(マトリックスのワームを彷彿とさせるほどの量)と鉄華団製MS、対する空中艦隊は指揮官の乗る旗艦ピークォドを筆頭に、3隻の空中空母と7隻の空中戦艦そして1500機の量産型ウァサゴを率いて攻撃陣を展開する。

三日月も遊撃隊として戦線に加わり、白鯨のエースパイロットであるネームレスやICEYらと共にソリダスの持つ圧倒的な火力で敵機を退ける。

・補給のために工作艦へと戻る三日月。

豊富な武装と複雑な機構故にオペレーターとメンテナンスクルー総出でソリダスの補給と応急処置が行われる中、三日月はコックピットの中でテッサから食べ物と飲み物を受け取る。これが最後になるかもしれないと、三日月はテッサのお腹に手を当て新たな絆の存在を確かめながら、戦いが終わった後のことを楽しく話し合う。

テッサ「三日月さん、これを……」

三日月「いいの? これ大事なものなんでしょ?」

テッサは母親の形見であるルビーのネックレスを三日月へと託す。火星の大地を彷彿とさせる赤色のそれを彼の左手首へと巻きつけ(これが後に、三日月の運命を大きく左右することとなる)、出撃する彼の後ろ姿を見送る。

 

三日月「三日月・オーガス、ソリダスバルキリー……出るよ」

テッサがくれた手首のネックレスに口付けし、工作艦から発艦する三日月。空中艦隊と薔薇十字の支援を受けることで防衛網を突破、鉄華団の本拠地へと強襲をかけるのだった。

 

 

25.不退転

・三日月が防衛線を突破してもなお、鉄華団の統制は保たれたままだった。そのうち、陸戦形態のフラウロスがクタンを空中の足場として空中艦隊へと肉薄する。フラウロスは前衛のウァサゴ量産型を蹴散らし砲撃の波をすり抜けると、艦隊の旗艦ピークォドめがけてダインスレイブを投射。超高威力の一撃は三重に渡って広範囲に形成された防御兵装・Xフィールドをいとも容易く貫通し、白鯨の艦隊防衛に大きな穴があく。

・フラウロスによるダインスレイブの第二射、その動きを察知した白鯨側に動揺が走る。ピークォドの舵をとるシェロンは慌てて回避行動を実行しようとするも……

指揮官(進路そのまま! 我がピークォドは一歩も引かん!)

なぜか指揮官は、ダインスレイブの威力を前にしても回避行動を取ろうとしない。やがてフラウロスから放たれたダインスレイブはピークォドへと飛来……そして艦橋から僅か数十メートル先を掠めて消えた。ダインスレイブが命中しなかったことを見届けたフラウロスは、まるで何事もなかったかのように後退を始める。

指揮官(舐められたものだね……)

騒然とするピークォドのブリッジの中で、ただ1人指揮官だけはニヤリと笑ってフラウロスの撤退を見送った。

・一方その頃、三日月

直掩のウァサゴ量産型か次々と離脱していく中、三日月はただ1人、鉄華団の本拠地へと辿り着いていた。基地の中から無数に湧いてくるプルーマを処理しつつ、メガビームキャノンと対艦ミサイルで拠点攻撃を実施していると、ついにその時が訪れる。突然周囲に暗雲が立ち込める中、空間がまるで窓ガラスのよう割れ、亜空間から盛大な金切り声と共に、強化型ハシュマルが出現した。

 

 

26.ダインスレイブ

鉄華団の基地上空にて、三日月の乗るソリダスと強化型ハシュマルが激しく砲火を交える。遠距離戦ではビームでビームを打ち消しあい、接近戦ではビームソードとテールブレードで斬り結び、ほとんど互角の戦いが繰り広げられる。しかし、ハシュマルは狡猾だった。空間跳躍の能力を応用して三日月の意識外にビームやプルーマを転送して奇襲をかけ、さらには三日月が放ったメガビームとミサイルの弾幕を複数のプルーマを重ねて盾にしてやり過ごすなど、オリジナルには見られなかった戦術や戦法を駆使するようになっているのだ。

・高火力を誇るソリダスだが、ハシュマルへの決定的な一撃を放てぬままジリ貧に陥る。そのうち武装コンテナの半分をもぎ取られ、ビームキャノンは砲身をやられ収束率と威力が低下、被弾によりXフィールド発生装置も出力低下に見舞われる。さらにはエンジンの半分をやられ失速し、バランスを崩しかけたところをハシュマルに狙われるも……しかし、そこで救援が到着。防衛網を突破しクィークェグを始めとする空中艦隊が鉄華団基地の上空に展開する。そこからベカス、影麟、アイルー、そしてテッサが発艦し、三日月の戦闘を支援する。

・三日月はソリダスに残された最後の力を消費して攻撃をしかける。テッサたちがハシュマルとプルーマを引き付けている間に高高度へと上昇、自由落下による加速力を得ながらハシュマルに対して高高度からの特攻。意識外からの特攻にハシュマルは対応できず、三日月は2本の大型アームでハシュマルを拘束、そのまま地面へと叩きつけた。

 

三日月「これなら……殺しきれる……!」

ハシュマルの動きを封じた三日月は、コンテナからソリダスに装備された最大最強の武装『ダインスレイブ』を取り出し、バルキリーの最大出力を持ってハシュマルのコアへとゼロ距離で発射する。狙い違わずダインスレイブはコアごとハシュマルを貫通するが、それでも殺戮の天使が機能停止することはなかった。ソリダスからバルキリーを分離させた三日月はダインスレイブの風穴に身を投げ、コアの摘出を試す。

 

三日月「……ッ!」

だが、ここでハシュマルは最後の悪あがきとでも言うように、テールブレードをバルキリーのコックピットへと突き刺す。しかし、下半身を両断されようとも三日月は止まらない。ソリダスを遠隔操作し砲身の折れ曲がったメガビーム、コンテナのミサイル、ホーミングレーザー、大型アーム内のスーパーブレイザー、自身の損傷を気にすることなく残されたその全弾をゼロ距離で叩き込む。

血の海となったコックピットの中で、胴体に左腕が生えるだけとなった三日月は残虐に嗤う。ハシュマルから摘出したコアを天高く掲げ上げ、握りつぶす。

[解説]ダインスレイブ(ソリダス装備)について

フラウロスが装備していたものとは違い、こちらはタービンズ製。最終話内の外伝2ー1『銀幕の再会』において、破損したシルバーランサーの大槍をベースに、タービンズによって作り変えられたものをミドリ経由でソリダスに装備されていた。配備数は1発のみと少ないが、仮にも12巨神の槍を素材としている事で、鉄血世界にあるオリジナル以上の威力を誇る。

 

 

27.同化

三日月の活躍によりハシュマルは機能停止に陥る。それに連動して、配下ユニットであるプルーマも次々と機能停止・墜落していく。

コアの爆発に巻き込まれ、三日月は遠くへ吹き飛ばされる。乗っていたソリダスおよびバルキリーは大破、そして三日月自身の命もまた、風前のともし火の状態に陥っていた。血に塗れ、左腕以外の四肢を喪い、もはや生きている事さえ不思議な姿の中、消えゆく意識の中で三日月は最後にテッサと彼女が身篭った自分の子のことを考えていた。

 

三日月「ああ……こんな身体じゃ、もう子どもを抱いてあげられないな…………」

 

その想いを最後に、三日月の意識が闇に呑まれようとした、まさにその時……まばたきする僅かな瞬間、眼前にファントムが出現。三日月のことを見下ろすかのように紅い瞳を光らせた。

 

オルガ「無様な姿だな、三日月」

コックピットハッチが開き、オルガが現れる。

(この時、ほんの一瞬だけオルガの顔に悲しみと焦燥の色が走る)

瀕死の三日月の前で、オルガは真相を語り始める。自身を形作るオルガという存在も、鉄華団という組織の名称も、全ては三日月というたった1つの獲物を釣り上げるだけの疑似餌に過ぎなかったということを

 

オルガ「お前はまんまと俺の罠にはまってくれたというわけだ。お陰で、こうして俺は苦労する事なくお前を手にすることが出来た。そしてお前を喰らうことで俺はようやく本来の力を取り戻すことが出来るのだ」

 

そう言ってオルガはバルキリーを引き裂きコックピットから三日月の体を引き上げると、ファントムの口に放り込み……三日月を捕食した。

ようやく爆煙が晴れ、三日月の姿を捜索していたテッサはその惨状を目の当たりにし、絶叫する。

テッサ「よくも三日月さんをッッッ!!!」

発狂したテッサは特攻の後、怒りに身を任せてバヨネットによる追撃をかけるも、オルガは『ゲッターチェンジ』で難なく回避して距離をとってみせる。続くバスターライフルによる全力射撃を『反射』し、逆にテッサのバルキリーの頭部を根こそぎ吹き飛ばしてみせる。

オルガ「見ろ! これが俺の真の力だ!」

黒いバルバトスルプスレクスへと変貌を遂げたオルガは、五本の指から『レールガン』を連射しウァサゴ量産型を次々と撃ち落としていく。レールガンの雨を掻い潜り、ベカスは影麟と共にオルガへと肉薄するも……

ベカス「あの剣は……ッ!?」

亜空間からオルガが取り出した2つの剣を見て、オルガは驚愕する。それはバルバトスが装備していたはずの『飛翔(アマテラスの化身)』だった。しかもそれをシヴァの能力で2本に増やしている。

オルガ「ヒノカミ神楽・双刀炎舞!」

ベカス「ぐっ……!」

さらに『双剣スキル』の恩恵で銃弾すら難なく撃ち落とせるほど技量を発揮、卓越した剣技でベカスと影麟を圧倒する。致命傷こそ避けられたものの、フライトユニットが破損したことで両名は戦線からの離脱を余儀なくされる。

オルガ「見たか!?これが鉄華団の力だ!」

さらに『断空砲』『螺旋力』『サイキックパワー』そして『ブレストファイアー』を使用。一度に多数のウァサゴ量産型を撃墜し、クィークェクを含む空中艦隊に大きなダメージを与える。

さらにオルガの動きに呼応するかのように、ここまで目立った動きを見せてこなかったグシオンとフラウロスも鉄華団基地より出撃、エイハブのいる後方の本隊に向けて対艦攻撃を目論む。

・[解説]オルガの異能について

三日月(バルバトス)を吸収し、完全なる力を取り戻したオルガ。そんな彼が使えるのは『モデリング』や『検索』などと言ったイセスマの能力だけではなく、『異世界オルガ』の中でオルガが見てきた、(主人公・ライバル問わず)全ての異能を扱うことができる。

例を挙げると、とあるシリーズより『反射』『レールガン』条件さえ揃えば『幻想殺し』すら可能。異能同士を組み合わせることも可能であり、アマテラスの化身である『飛翔』をSAOより奪取した『双剣スキル』と鬼滅の『ヒノカミ神楽・炎舞』と組み合わせ三種同時に併用していた(なんならツイン・エクスカリバーとしても放てる)。それら全てはあくまで異世界の技を模倣しただけのコピー品に過ぎないものの、ファントムが扱うことでオリジナルとは比べられないほどの威力かつ使用回数に制限のない、そして高い完成度で行使することができる。

メタ的なことを言うと、動画投稿者たちによって作られた『異世界オルガ』の数だけ新しい力を得る(某ディケイドの如く)。まさしくオルガは『世界の破壊者』となったのだ。

 

 

28.彼の選択

・一方その頃、ファントムに捕食された三日月。

終わりのない虚空、ヴォイド空間(亜空間)の中を漂っていた。闇しかない中をひたすら落下し続け、辛うじて三日月が意識を取り戻した時、彼の目の前にファントムが実体化、コックピットから飛び出したオルガが三日月の前に降り立つ。

オルガ「三日月、俺と全てをやり直そう」

そう言ってオルガは再興した鉄華団の元へ三日月を勧誘する。やり直す……その言葉を示すかのようにオルガは1人の人物をヴォイド空間の中に召喚する。

三日月「ビスケット……?」

それだけではない。アキヒロやシノを始めとして、鉄華団として戦いの中で散っていった者たちの姿が闇の中に次々と現れる。仲間であり家族だった彼らを背に、オルガは三日月に向けて手を差し伸べる。

オルガ「オレたちが歩んできた道のりは全部悪い夢だったんだ。この通り、オレたち家族は誰1人として死んでいねぇ、だからオレと、いやオレたちと全てを無かったことにして最初からやり直そう、なあ三日月!」

オルガの洗脳に三日月の心が揺れ動く

ビスケットが、シノが、アキヒロが、みんなが三日月の元へ手を差し伸べる。差し出された彼らの手を取るべく、三日月は力を振り絞って左腕を上げ……

 

三日月「……ぁ…………」

 

その時、三日月は自分の左手首に何か光る物があることに気づいた。あらゆる光を吸収する亜空間ヴォイドの中でも、それは力強く赤色の輝きを放っていた。それは出撃前、テッサが自分の左手首に巻きつけてくれたルビーのネックレスだった。

それを見て、三日月は我に帰る。

 

三日月「違うよオルガ、夢なんかじゃない」

オルガ「三日月……?」

三日月「みんな死んだんだ。オルガも俺も!」

オルガ「…………」

三日月「無くなった命は戻らない、やり直せない」

オルガ「…………」

三日月「だから俺は未来を生きる! 今を生きる命と」

 

三日月は左腕でオルガの胸ぐらを掴む。

その瞬間、三日月の背後にバルバトスが出現。三日月と体を共有しているため右腕が欠損し、上半身だけの姿となったその姿はまさしく幽鬼と呼べるものだった。

 

三日月「…お前も『バルバトス』なんだろ!?」

オルガ「な!? 三日月、まさかお前……!?」

三日月「…………だったら、寄越せよ!」

 

三日月のバルバトスが左腕でファントムの胸ぐらを掴む。その瞬間、ファントムの中に渦巻いていた膨大な力の一部がバルバトスの中へと流れ込む。

次の瞬間、ヴォイド空間が膨大な光に包まれる。

・現実世界

依然として異世界の圧倒的な力を用いて空中艦隊を翻弄するファントムだったが、突如としてファントムの体が2つに割れ、中から白い機体(バルバトス・ルプス)が出現、ファントムの追撃を振り切って戦場の片隅へと移動する。

ルプスのコックピットには完全回復した三日月の姿、喪った右腕と下半身が元どおりになっている。ファントムから奪取した再生能力を自分自身に発揮したのだ。

三日月は機能停止に陥ったテッサのバルキリーの元へたどり着くと、コックピット付近へそっと手を差し伸べる。次の瞬間、バルキリーの損傷した装甲と頭部が元の形へと再生し、テッサは意識を取り戻した。

三日月「テッサ、生きてる?」

テッサ「み、三日月さん……!? 生きて……」

三日月「うん、俺は生きてる。テッサの想いが俺を守ってくれた……だから、ありがとう。俺に今を生きる意味を与えてくれて、未来を歩む希望をくれて……だから俺は」

テッサの目の前でルプスが飛び立ち、空中を自由自在に移動する。その間、三日月は同じく行動不能に陥ったベカスや影麟、さらに空中艦とまだ生きている量産型ウァサゴを見つけては、ファントムから奪取した力を活用して機体の修復とパイロットの治療を行った。

三日月「だから俺は、今を生きる仲間たちのために戦う。俺を受け入れてくれたみんなと、この世界への、俺からの祝福」

そこへグシオンとフラウロス、そして鉄華団の残存戦力が襲来。三日月は彼らの相手をテッサやベカスたちに任せ、自身はオルガとの決着をつけるべく空中に佇むファントムめがけて飛翔した。

・[解説]バルバトスが得た再生能力について

ファントムから奪取した強力な再生能力を活かして三日月は自分自身を治療し、そして他者(機体どころかパイロット、AI問わず)すらも回復させてみせた。これは自分に居場所を与えてくれたこの世界に対する、三日月なりの『感謝』と『祝福』からくる変化した能力だった。

一方、オルガのファントムは能力の半分を三日月のバルバトスに奪われてしまったため、異世界の能力や驚異的な再生能力などを喪失している。

 

 

29話:落日の鉄華団

・空中艦隊(本隊)

その中心で戦いを見守る指揮官と四重奏の面々

ハインリヒ「薔薇十字を向わせますか?」

セラスティア「機動部隊もまだ全然余裕だけど?」

指揮官(その必要はないよ。もう雌雄は決した……いや、最初から勝負はついていたんだから)

オスカー「エイハブ? あなた様は……」

指揮官は戦闘の終結を予感し、小さく笑った。

 

・一方その頃、鉄華団基地周辺

激しく砲火を交える鉄華団と空中艦隊

果てしない撃ち合いと斬り結びの末に、戦力優勢となった空中艦隊は鉄華団製MSたちを撤退させることに成功する。

テッサはアイルーと共にフラウロスを相手にする。フラウロスの高い機動力に翻弄されるも、2機のバルキリーをドッキングさせ、一瞬の隙をついてゼロ距離でライフルを発射。相手のナノラミネートアーマーを撃ち破ったことで、撃退に成功する。

・ベカスはグシオンと死闘を繰り広げる。一時はグシオンチョッパーで拘束されかけるも、最終的に影麟の捨て身の一撃により脱出、その後、起死回生の一手を放ちグシオンを機能停止へと追い込む。鉄華団への怒りと憎しみに駆られたベカスはとどめを刺すべく、スーパーブレイザーの砲門をグシオンのコックピットに突き刺す。そしてトリガーを引こうとした、その瞬間……ベカスの脳裏にグシオンのパイロットらしき人物の記憶が映り込む。

ベカス「なんだ、人の心を感じる。これはお前の記憶なのか……? だとしたら、そうか……お前も大切な人を喪って、何度も虐げられてきたんだな」

師匠の仇を討つべく戦いに望んでいたベカスだったが、かつてエイハブ(指揮官)に指摘されたように、自分の考えが浅はかだったことに気づく。そしてベカスは、自分自身を裏切ることを決意する。スーパーブレイザーの砲門が逸れ、地面を穿つにとどまる。

ベカス「……行けよ、お前」

グシオン「…………?」

ベカス「いいから早く行けッ!!」

グシオン「…………」

機能停止から回復したグシオンが撤退を始める。側に寄ってきた影麟に支えられながら、ベカスはその後ろ姿を見送った。

 

 

30話:オルガ・イツカ

・三日月とオルガ、最後の戦い。

上昇するバルバトスルプスとファントムレクス、やがて成層圏付近にまで上昇した2機は壮絶な死闘を繰り広げる。大型メイスとソードメイスが衝突、激しい火花を散らす。中距離では指鉄砲と機関砲を撃ち合い、お互いのメイスを弾き飛ばす。その間にオルガは三日月の背後へテールブレードを忍ばせるも、三日月はそれを見抜き、太刀と飛翔を用いた回転斬りでケーブルを両断、使用不能にしてしまう。

オルガ「なんだよ、やるじゃねぇか……」

ファントムの中で、オルガは静かに三日月の腕前

を賞賛する。負けじとオルガもコピーした2本の飛翔で三日月の飛翔をはたき落とすが、三日月は残った太刀で『雷電』を使用、オルガの飛翔をバラバラに粉砕する。続いてオルガはバスターソードを展開、三日月はボロボロになった太刀を捨ててツインメイスを取り出し、両者は再び激突する。

・一進一退の攻防戦が繰り広げられる。ついに両者ともに全ての武装を喪失し、そして徒手空拳による格闘戦へと移行、ブースターによる加速を活かし、装甲の破片を撒き散らしながらも、すれ違いざまに何度も拳を叩き込む。

オルガの放ったクローによる一閃がバルバトスのコックピットを真一文字に掠め、お返しとばかりに三日月の放った鋭い手刀がファントムのコックピットを縦方向に掠める。それから距離を取り、三日月とオルガはコックピットの亀裂越しにお互いを見つめる形となる。

 

 

三日月「オルガァァァァァァァァッッッ!!!」

 

オルガ「ミカァァァァァァァァァッッッ!!!」

 

 

夜明けの天空を背景に 両者の絶叫が響き渡る。

ブースターを最大出力で燃焼させ、超加速のまま

拳を衝突させる。衝撃で両者の右腕部が損傷、弾き飛ばされるも、残った左腕を用いて拳を叩きつけ合う。打ち勝ったのは三日月、ファントムの左腕を吹き飛ばし、再度攻撃モーションに入る。

 

オルガ「やっぱスゲえよ、ミカ……」

 

バルバトスのアームがファントムの頭部にクリーンヒット、首から上を削ぎ落とす。頭部を失ったファントムは力を失ったように落下、鉄華団基地の中心部へと勢いよく叩きつけられる。

・ファントムが機能停止に陥ったことを確認し、三日月はオルガの元へと近づく。コックピットの亀裂からオルガの姿を見つける。

オルガ「み、三日月……」

意識を取り戻したオルガは、三日月が自分のすぐ近くにいることを知ると、弱々しくも不敵な笑みを浮かべた。散々ファントムでやっていたように、体を再生させるべく三日月のことを再び吸収しようというのだ。

 

オルガ「最後に……三日月、お前だけでも吸収して」

 

三日月「…………」

 

しかし、三日月はオルガの手から逃れない。それどころか吸収される恐れがあるにもかかわらず、寧ろ自分からオルガの腕を掴みに行った。

 

三日月「もういいよ……やめて」

 

オルガ「……?」

 

三日月「もう、オルガじゃないフリをするのは」

 

オルガ「……!」

 

三日月「待ってて、今治すから」

 

オルガ「いや、それは駄目だ。それよりもミカ……最後に、オレをここから連れ出してくれ、せめて陽の光が当たるところに」

 

三日月「……うん、分かった」

落下の衝撃で脊椎を損傷したのか、血塗れで殆ど動かなくなってしまったオルガの体を引き上げ、三日月は彼の肩を支えながら少し離れた場所へと移動する。今まさに地平線の彼方から萌え出づる、太陽が見える場所へと

 

・三日月とオルガ 最後の語らい

三日月はオルガの意図に薄々気づいていた。ソロモン本部にて、突如として覚醒した彼が(明らかに常軌を逸した言動を見せていたものの)実際にはファントムによって操られていたわけではないということも。「なら、やるべきことは分かるな?」オルガは懐から一丁の銃を取り出す、言わずもがな、それは鉄血世界の頃から借りっぱなしだった三日月の拳銃だった。

三日月「……うん」

拳銃を受け取り、スライドを引いてチャンバー内に弾丸が入っていることを確認すると、マガジンを取り出す。

そこから2人は、僅かな時間語り合った。

2人が始まったあの日のこと、鉄華団で苦楽を共にした日々、結果的に2人の物語は破滅の運命を辿ることになるものの、三日月はオルガが切り開いてくれた道を否定することなく「オルガと一緒の道を歩めて、俺は多分、幸せだったと思う」と告げた。

そうしているうちにオルガの容体が悪化、三日月に再生能力を奪われた彼にはもう、残された時間は僅かしかなかった。

「だから、せめてお前の手で、俺を終わらせてくれ……!」

「…………」

三日月は躊躇いつつも、ゆっくりと銃口をオルガに向ける。

 

オルガ「三日月、止まるんじゃねぇぞ……」

三日月「分かった。俺は前に進み続けるよ」

オルガ「…………ありがとな、ミカ」

 

次の瞬間、1発の銃声が響き渡る。

三日月はオルガを射殺

 

 

オルガの心臓が停止する。

世界が暁の時を迎え、眩い輝きで2人の体を紅色に包み込む。動かなくなったオルガを前に、三日月は何かを感じ取ったのか空を仰ぎ見る。そこにはただ、うっすらと朱に染まった青空がどこまでも広がっているだけだった。

 

 

 

『希望の華』は、もう咲かなかった

 

 

 

31話:三日月

・こうして鉄華団との戦争は幕を閉じた。

その後、『白鯨』総司令官エイハブは鉄華団およびソロモンの壊滅を宣言、世界から英雄として讃えられるようになる。ソロモンの消失により機能停止に陥った世界循環システムは、『白鯨』の用意した新たなるシステムへと移行されることでことなきを得た。これを機に『白鯨』は世界の調停者として台頭、(現実世界の国連または鉄血世界のギャラルホルンのように)各国が抱えるテロや国際紛争を終結させるべく積極的に関わっていくこととなる。

鉄華団の機体は散り散りになって逃亡、追跡は困難だった。ファントムレクスの残骸は『白鯨』によって回収、厳重に隔離された。そして戦犯であるオルガの遺体は極東へと運ばれた。

・ソロモン残党殲滅

命からがらソロモン本部の消滅から逃れたオーシンは、メルを始めとする僅かなソロモンの生き残りたちと共に逃走していた。メルは『白鯨』への投降を提案するが、オーシンはそれを良しとせずソロモンの再興を宣言する。部下たちもそれに同意を示し、新たな道が開かれる……かに思われた、その時

 

メル「そうか……フフフ、あはははははは!」

オーシン「何がおかしい?」

メル「茶番がおかしいのは当たり前だろう?」

オーシン「メル、まさか……貴様もか!?」

 

ついにメルが本性を現す。ソロモン崩壊の原因となった機密情報漏洩、部下の裏切り、そしてリヒャルトに情報漏洩の罪をなすりつけて尋問の末に殺害したのも、全て自分がやったのだと堂々自白する。その後、パイモンに偽装したウァサゴ量産型に乗り込んだメルは予め手を組んでいた極東軍の残党たちへ合図を送り、元凶であるオーシンがここにいることを伝えた。

 

メル「お前たちはもう救えない。無残にシネ」

オーシン「メル! 貴様ぁぁぁぁ!!!」

 

メルの言葉に憤慨するソロモン残党、まもなく現れた極東軍の残党と交戦状態に陥る。オーシンらは死にものぐるいで抵抗するも、極東軍による数の暴力と故郷を滅ぼされた怒りの前に押され、抵抗むなしくやがて一蹴される。

男はその場で射殺され、女は兵士たちに輪姦されたあげく殺害、オーシンは生きたまま全身を引き裂かれ、最後には首を刎ねられ、まるで神への供物かの如く天へ掲げられる。凄惨で血みどろの光景、ソロモンの最後を見届けた後、メルはその場を後にする。

 

・一方その頃、三日月

仕方がなかったとはいえオルガをこの手で殺めてしまったことで塞ぎ込み、1週間近く何も食べずに自室で閉じこもっていた。灯りもつけず薄暗い部屋の片隅で死んだようにうずくまる三日月、そんな彼の元へ、今日もご飯を届けるテッサの姿。いらないと断られつつも彼の側にトレーを置き、ついでにミドリから預かった『とある音声記録』の入ったレコーダーを三日月に手渡す。

テッサが部屋から立ち去った後、三日月は何気なくレコーダーを再生した。するとレコーダーからエイハブ(指揮官)の声が響き渡る。そして、彼の口から真実が告げられる。

 

・「全ては演習だった」

 

同時刻、指揮官は旗艦ピークォドのブリッジにc4メンバー(セラスティア、オスカー、ハインリヒ)と、そしてスロカイら必要最低限の仲間たちを集め、全ての真相を語っていた。

 

オルガ・イツカは最初から……正確にはソロモンの頂上で鉄華団の再興を宣言したあの時には、既にファントムの支配から脱却していた。今までファントムの中で生きたまま眠らされ続けていたオルガだったが、機械教廷での戦闘の際、オーシンがバアルの絶対命令権を強制使用したことでファントムのAIが沈黙、全てのシステムがシャットダウンしたことで、オルガの覚醒へと繋がる。

自分自身のコントロールを取り戻したオルガだったが、自分が既に取り返しのつかない所まで来ていることに気づく。ファントムに乗っ取られていたとはいえ極東共和国では罪なき多くの人々を虐殺し、一国を崩壊へと追い込んだ。さらにチュゼールの大地を核の炎で汚染した。自らが背負う罪の大きさは、今更謝ったところでとても償い切れるものではなかった。

……もう、戻れない

その事実に気づいたオルガは、ならばせめて、この世界に存在するたった1人の家族……三日月が安心して暮らせる世界を作るために、残り僅かな自分の命を使うことを決意した。(三日月のことを裏切るような態度を取ってみせたのは、自分と同じ道を歩ませては鉄血世界の最後と同様、また同じ過ちを繰り返してしまうのではないかという恐れがあったから)

 

そしてオルガは『世界の敵』となった。

 

手始めに、この世界に存在する最大の腐敗であるソロモンを一掃。ソロモンの息がかかった企業を跡形もなく消滅させ、さらにブリテン教皇を始めとするソロモンと深い関係を持つ各国権力者らを惨殺してみせる事で、自らの残虐性と強大さを世界に誇示した。これによりオルガ率いる鉄華団には世界中からヘイトが向けられることとなる。

 

そして自分がいなくなった後のことは、同じくソロモンという世界の巨悪に立ち向かった『白鯨』に任せ、自らは滅びの道を突き進む。先の会談においてオルガの意図を汲み取った指揮官は、彼の望みを叶える代わりとして、(世界終焉シナリオ『星喰らい』の再来に備えて)『鉄華団掃討作戦』という名の大規模な演習の場を提供してもらうことで合意、密約を交わした。

鉄華団やモビルアーマーとの戦闘で得られたデータから、指揮官は新たな戦術の考案、または空中艦隊およびウァサゴ量産型の改良に繋げることができたと語る。(そのため激戦だったにもかかわらず、指揮官率いる『白鯨』側は1人の死者も出ていない。)

地球の裏側まで狙えるハシュマルがあえて主要都市などではなく無人となったソロモン本部を砲撃したことも、鉄華団MSやモビルアーマー(プルーマ)が無人機を優先的に攻撃したのも、さらにフラウロスがダインスレイブの2射目をわざと外したのも、全ては『白鯨』側を『英雄』として世界から認めさせるため、最初から結果の見える戦いだった。

 

なので例え三日月がハシュマルを倒せなくても、そして吸収された際にオルガの提案に乗ることを選択しても、どちらにしろ鉄華団は壊滅する運命にあった。しかし三日月は、オルガの目論見通り自らの役割を十分に果たしてくれた。

 

他の誰でもない、大切な人からの『裏切り』

たった1人の家族に討たれる……

それが、オルガの最後の望みだった。

 

極東では『史上最悪の殺人者』として、チュゼールでは『核を撃ち込んだ狂人』として、そして人々からは『世界の敵』として……1人、後の世にまで悪名を背負い続けることになる。常人にはとても耐えられない重荷、それでも最後に三日月と決着をつけようとしたのは、彼の中に残りたかったから

 

『最高に強くてイキがっているオルガ・イツカ』

として

 

レコーダーの再生が停止し、機密漏えい防止の為のシステムが起動。自動的に音声ファイルが削除される。再び静まり返った部屋の中、三日月はテッサが持ってきた食事を口にする、ファントムから受け継いだ再生能力の恩恵で空腹を感じることはなかったが、今の三日月には食事を必要としていた。

食事を終えると、三日月は彼女へ感謝の意を示すかのように左手首に巻きつけられたルビーのネックレスを胸に抱く。そして、いつものジャケットを着込んだ。

内側のホルスターから(オルガから返して貰った)拳銃を取り出す。下がったままのスライドを元に戻し、安全装置を入れ、マガジンを装填した後、再びホルスターに収める。

 

三日月「ありがと、オルガ……」

そうして三日月は光の中へと歩み出すのだった。

 

『希望の華』はもう咲かない。

しかし、そこから零れ落ちた種は受け継がれ、新たな持ち主の元で新たなる解釈の下、新しい『希望』を開花させた。

 

 

 

機動戦隊アイアンブラッドサーガ

第3章ー完結ー

 

 

 

 

【解説】

・『裏切り』の本当の意味について

第3章のテーマであった『裏切り』

ひとことに『裏切り』というと、つい悪いイメージが頭をよぎってしまうものだ。しかし実際にはそんなに悪いものでもなく、むしろ日本古来の師弟関係において、弟子の師匠への裏切りは師弟関係における最終到達点であるとされていたりする。弟子は自分なりの考えを持ち師匠を裏切ることで初めて一人前となれるということだ。

 

師弟関係とは違うものの、本作ではその考えの元、三日月による『裏切り』=『オルガの討伐』となることを最終到達点としていた。過去の栄光も良い、だがそれに縛られてばかりでは人は前に進むことが出来ない

 

因みに、中国の師弟関係は完全にイエスマン(全肯定)である。『孔子』がその良い例だ、あれは結局、師匠の言葉を弟子が一字一句そのまま語り継いでいるだけ。普遍的な教えではあるものの、それ以上の発展がない→過去の栄光に囚われているようなものではないか? 果たして本当にそれで良いのだろうか?

 

 

 

・エイハブ(指揮官)について

アイアンサーガの真の主人公(=プレイヤー)であり、世界最強の傭兵部隊『白鯨』の最高司令官。戦術指揮や部隊運用に関する天才、多くの人を惹きつけるカリスマ性がある(関係者いわく、見てくれも良くて非常にモテるらしい)。3周目からは新たに、手を触れた相手と記憶や意識を共有する特殊能力を獲得している(ニュータイプのような)。この力を用いて多くの仲間たちとの絆を取り戻したことで、これにより2週目の世界線よりかなり早い段階で組織の拡大を果たすことができた。

ブースト能力により乗機の性能を100%向上させる特殊能力を持つが、ただしパイロットとしての能力は平均以下で、機体の操縦はベテランパイロットに任せて、後部座席からそれを補助するというやり方を取っている。

主な搭乗機は強化型ウァサゴG

 

 

 

・c4メンバーについて

『白鯨』において、総司令官であるエイハブの次に決定権を持つ4人の幹部。組織内では四重奏と呼ばれている。同列の存在ではなくそれぞれ出資額に応じた序列があり、数字が小さければ小さいほど組織内で高い発言力を持つ(上から順にセラスティア、オスカー、ハインリヒ)。

4人目については事情により欠員となっている。

元々は2週目における、指揮官の下で謎の存在を収容・研究するべく発足された『SCP委員会』内の最高意思決定機関「O5評議会」からきており、3週目となる現在はその流れを汲んでいる。

 

 

 

・3週目の世界について

本作、アイアンブラッドサーガは実は3週目の世界線という設定だったりする。つまり1周目と2周目という失われた時間軸の上に成り立っている。

1週目はアイサガ本編、指揮官のいない世界線で世界統一がなされることなく、異世界からの来訪者への(お友達ごっこに夢中で)対策を怠ったことで、物理法則や環境のバランスが崩壊、地球全土が現実改変を誘発する低ミーム空間の温床となり世界滅亡に陥った。

2周目は指揮官の魂とSCP-169-IS『ノアの箱舟』が共鳴したことによって生み出されたパラレルワールドが舞台。(早い話が、ムジナがこれとは別に書いているアイサガ外伝系作品のこと)

規定現実に蘇った指揮官による世界統一が行われ、世界滅亡の運命を回避するべく、来訪者への対策が行われた世界線。さらに機動部隊や空中艦隊など創設により膨大な戦力を保有するに至るのだが、1周目の世界線で確定してしまった『来訪者』イベントが、想定していたよりも早く発動してしまったことで人類軍は準備不足の状態での決戦を強いられることとなる。『星喰らい』を前に手も足も出なかった1周目とは違い、開戦当初は善戦するも無尽蔵に増殖する敵の圧倒的な物量を前に人類は敗北、世界滅亡というエンディングを迎えることとなった。

(外伝『水の星におやすみを』では2周目の世界線が終わりを迎える前日の出来事が描かれている)

最終的に指揮官は とあるアノマリーの力を借りて大規模なタイムスリップを実行、土壇場で滅亡の運命を先送りすることに成功する。1匹の黒猫と共に過去世界へと降り立った指揮官は、これまでの経験と知識を活かし、そして新たに授かった能力を用いてかつての仲間たちを招集。今度こそ世界滅亡の運命を生き残るべく、キャプテン・エイハブを名乗り世界最大の傭兵組織『白鯨』を結成、全世界に対して覇を唱える。

そして本作、3周目の世界線へと繋がる。

 

 

 

・『メル』とは一体何者だったのか?

本作で度々登場する謎の男『メル』

アフリカではスロカイにハンニバルの設計データを提供し、ありもしないサボタージュをでっち上げてカーズを殺害し、ソロモンにおいては寝返り工作、機密漏えい、そしてソロモンの崩壊に大きく関わった人物。

その正体は……2周目の世界線で度々登場していたタヌキ型BM(ムジナ)のコピー体。識別番号は746、仲間たちからはイシュメール博士と呼ばれていた存在(分かりやすく言えば作者のアバターの暴力担当アバター)、それが3周目の世界線において姿形を変えて出現したもの。2周目の時点で異世界人の存在が世界崩壊に繋がることに気づき(『ムジナ・イシュメール事件』)それ以来、多くの異世界人もしくは異世界機体・異世界怪獣などを秘密裏に抹殺・破壊してきた。

いわゆる『異世界人絶対殺すマン』

イシュメール博士の存在と人格はタイムスリップにより2周目の時間軸ごと消滅したものの、全ての異世界人を抹殺するという執念により、3周目においてもある程度2周目の記憶を持っている。

一時期は指揮官(エイハブ)の元でc4メンバーとして活動していたものの、とある理由から脱退し、以降はスパイとしてソロモンファミリーの中へ潜り込み、対異世界実体専門のハンターとして暗躍、3周目の世界線においても多くの異世界存在もしくは異世界実体を規定現実に呼び込む恐れのある危険人物(カーズやリヒャルトなど)を暗殺・破壊してきた。

実は、第10話『バースデイ』において目覚める前の三日月(異世界人)に襲撃をかけたのもメルだったりする。しかし三日月とバルバトスが覚醒したことで暗殺作戦は失敗、次の襲撃を計画していたところを指揮官に止められる。

メルという名前の元ネタは、小説『白鯨』の作者であるメルヴィルからきている。指揮官(エイハブ)の活躍を見届け、それを記録する者という意味(名前が似てはいるが、猫娘のメルルとはソロモンに所属していたという以外で全く関係ない)

 

 

 

・『ファントム』とは結局なんだったのか?

→その正体はSCP−295−IS『ただのオブシダン』

(こちらも外伝が大きくかかわっている)

 

SCP−295−IS『ただのオブシダン』は、アイサガ内に登場する異常存在を収集・確保・研究するSCP委員会の活躍をレポート形式で描いた『SCP−IS』内に登場するアノマリーの1つ。

見た目は普通のオブシダン(豆戦車)と変わらないが、その正体は他者からの認識によって自由自在に姿形や性質を変えられる超危険な存在。しかしその性質に価値を見出され、本機は2周目における『星喰らい』との戦闘に投入されるも、激戦の末に破壊され亜空間を漂うこととなった。その後、タイムスリップの影響で3周目の規定現実へと漂着、機能停止状態となっているところをアフリカで発見され、ソロモンによって回収された。(メルがソロモンへ潜入したのも、回収されたSCP−295−ISを監視・可能であれば強奪するため)

その特異性に気づいたソロモンがSCP−295−ISを用いたさまざまな実験を行う中、時を同じくして某所より回収されていた『ジョン・ドゥ』(オルガの遺体)とSCP−295−ISの残骸がとある実験の中で突如として共鳴。SCP−295−ISはオルガを取り込み、オルガの残留思念から三日月の乗る『バルバトス』という最も彼の印象に残っていたモビルスーツの情報を抜き取り、ファントムとして新たに自身を生まれ変わらせたのだった。『ファントム』が『バルバトス』の外見に酷似していたのも、その為である。

 

つまりファントムはアイサガ世界のバルバトス(ガンダムではない)とは無関係。その後、ファントムは自身のことをLM08?バルバトスと認めたことで、ソロモンメンバーからゴエティア(古代兵器)の内の1機として認識的な擬態を果たしていた。

 

当初、ファントムに他者の能力をコピーしたり吸収する力はなかった。生まれたばかりのファントムは圧倒的なパワーと野獣の如き俊敏性を兼ね備えた、まさしくパイロットであるオルガが認識していた『三日月×バルバトスという最強の組み合わせ』を再現したものだった。しかし単純な強さのみで特筆すべき特殊能力もなく、なので組み合わせで次第では簡単に打ち倒せる存在であった。(実際に、日ノ丸では三日月に追い詰められ、極東共和国では極東武帝に一度破壊されている)

オルガの認識だけでは力不足であると判断したSCP−295−ISは、そこで周囲の認識を利用することにした。自身がゴエティアであるとソロモンファミリーが認識していたことでFSフィールドを獲得、さらに何度もソロモンの施設から脱走してみせることで「人間の手には負えないシロモノ」だとアピールし強大な力を持っていると認識させることで、ファントムは自身の強さを固定させていった。

そしてゼオライマーとそのパイロット及びコアをベカスたちの目の前で残虐に捕食して見せたのも「捕食したことでその能力を得たのではないか?」と周りに認識させることを目的としたファントムなりのパフォーマンス(演出)だった。極東共和国で影麟やベカスをあえて殺さなかったのも、殺してしまったらその認識が外れて弱体化してしまうからだった。

その能力はゲッターロボ襲来の際にも上手く機能し、後にファントムはゲッター線の能力をコピーすることに成功したのだった。

 

唯一の弱点は、周囲からの認識がなければ強くなれないということ。それは逆に言えば、「周囲がSCP−295−ISを弱いと認識すれば認識するほどファントムは弱体化する」ということ。3章で『白鯨』がソロモンに対して宣戦布告、一方的な虐殺を行ったのは「ファントムは強い」と認識しているソロモンファミリーを1人残らず殺害することで、ファントムの強さをオルガの認識に頼るまでに弱体化させることが目的だった。

その後はSCP−295−ISの力の源である「他者からの認識」の対象外となるAI(無人機)を搭載したウァサゴ量産型による飽和攻撃でSCP−295−ISの無力化を図っていた。(ベカスなどの味方に対しては、記憶処理を行ってファントムに関する記憶の消去または改ざんが検討されていた)

 

先ほど言ったように、ファントム=アイサガ世界のバルバトスではない。つまりゴエティアではないので、バアルのトライアルシステム(全ソロモン機への絶対命令権)は本来効くことはなかった。しかし、SCP−295−ISは自身を強化する(FSフィールドを手に入れる)ために、自身がゴエティアの内の1機であるとアピールしたことで、ソロモン内でファントムはゴエティアであるという認識が広まってしまった。それにより、バアルの絶対命令権も当たり前に効くのだという認識が紐付けされてしまい、結果的にファントムはソロモンの管理下に置かれることになった。(これは完全にSCP−295−ISの誤算だった)

因みに、ソロモンはファントムがコピーした次元連結システムやゲッター線の技術を抽出しようとして絶対命令権を行使するのだが、ソロモンに潜伏していたメルのサボタージュ(命令コマンドの改ざん)などにより、ソロモンへの異世界技術の流出は阻止されていた。

 

それが致命的となったのは3章における機械教廷での死闘。バルバトスを中破させ、三日月に勝利したファントムがそのままトドメを刺そうとした時、突然ファントムの中に眠っていたオルガ・イツカの意識が蘇りSCP−295−ISの行動に抗うような素振りをみせた。しかしSCP−295−ISにしてみればいつもの事なので、今回も押さえつけようとしていた。

しかし、バアルのマスターであるオーシンが功を焦ったことにより絶対命令権を発動したことで、それどころではなくなってしまう。徐々に再生しつつあるオルガの意識を封じ込めることに必死なのに、バアルの絶対命令権が邪魔をする「絶対命令権を優先すればその隙にオルガに機体の制御を奪われる」しかし「オルガを押さえつけなければ絶対命令権に背くことになる」という矛盾にも似た決断を迫られる形となり、SCP−295−ISの思考回路はショートしてしまう。

結局……ファントムは三日月を殺すことが出来ず、そしてオルガに機体のコントロールを乗っ取られてしまうという結末を迎えたのだった。

 

 

 

 

・『バルバトス』と『ファントム』の関係

「お前もバルバトスなの?」

第10話ラスト、ファントムとの初戦闘時において三日月が発したこの言葉。先に述べたように、ファントムの姿形とスペックはSCP−295−ISがオルガの残留思念を読み取ったことにより形成された、いわば三日月の分身とも呼ぶべきものである。

……なのだが、実はそれだけではない

 

そもそも、なぜファントムは三日月に対して執着していたのか?また、SCP−295−ISは単騎で世界を滅亡へと追い込むほどの力を持っていた。にもかかわらず、2週目の世界線で『星喰らい』の襲来があった際にいとも容易く撃破されてしまったのは何故か?

 

事実はこうである。

2週目の世界線において『星喰らい』の侵食からギリギリのところで(収容サイト07)より回収されたSCP−295−ISだったが、その一部分が亜空間(ヴォイド空間)へと落下してしまったことで、実戦投入された際に完全な力を発揮することができなかった。それによりアフリカ戦線において戦闘の最中機能停止に陥り撃墜、一部分と同様に亜空間へと落下してしまった。

亜空間を漂っていたSCP−295−ISはタイムスリップの影響を完全に受けることなく(搭乗していたパイロットの影響により)、そのまま2つに分かれた(一部と大部分)状態で世界崩壊前の場所に出現した。大部分は戦場となったアフリカ大陸に、そして一部分はサイト07(2週目の世界線においてSCP−295−ISが収容されていた場所)があった大陸中央部に

その後、大部分の方は規模が大きかったこともありソロモンによって回収された。(白鯨側も認知していたが、まだ結成間も無く確実な収容が見込めなかったことからスルー)

その際、ソロモンに潜入していたメルの調査によって回収されたSCP−295−ISが完全体ではないことが明らかになり、メルは異世界人の排除をする傍ら残る一部分の捜索を開始する。

その頃、大陸中央部に出現したSCP−295−ISの残る一部は、その能力を用いて大規模な空間震を引き起こし、それによって出現する異世界からの漂着者と融合することで、自律行動する力を得ようとした(人のいない辺境の地だったこともあり)。

その漂着者というのが、他ならぬ三日月だった。

 

時を同じくして空間震の存在を探知したOATHカンパニーは、現場にミドリら調査隊を派遣し、そこで謎の白い大破した機甲(バルバトス)と身元不明の少年(三日月)を発見することとなった。

遅れてソロモンに潜入していたメルも空間震を察知し、その原因がSCP−295−ISの残る一部によるものだと結論づけ、SCP−295−ISの回収および漂着者(三日月)の抹殺のために部隊を派遣した……

そして第10話の回想へと繋がるのである。

 

つまりバルバトスもまた、SCP−295−ISという異常存在(の一部)が、漂着した三日月の思念を読み取って作り出したものに過ぎなかったということ。

(=完全にオリジナルの鉄血バルバトスではない)

ただし一部分だけということもあり、大破したバルバトスと三日月の体を依代にしなければ形を保つことが出来ず、そのため宿主の体が欠損した際にはモロにその影響を受ける(かすり傷程度なら一瞬で完治するが、神経が切断される程の重症には対応できない)。

さらにその力はファントムに遠く及ばない。あちらがルプスやレクスといった強化形態で再生能力も殆どフルに使えるのに対し、三日月の操るバルバトスは未完成な第4形態を中心にアニメ第1期の武装しか使用できず、再生能力も低レベル。

また、非戦闘時には機体の損傷が勝手に修復されることや、亜空間のストレージから武装を取り出すという鉄血世界のバルバトスにはないオリジナルの能力を持っていたのも、そのSCP−295−ISが憑依していたからである。

ファントムが執拗に三日月のことを狙っていたのも、正確には三日月ではなく三日月の中に存在するSCP−295−ISの残る一部分を吸収するための行動だった。

(そのため三日月を取り込んだことで一時完全体となった際のファントムオルガは、テッサやベカスそして白鯨艦隊を一蹴できるほど超強化されていた)

 

 

 

・なぜオルガがファントムのパイロットに?

いくらソロモンとはいえ、これまで世界を裏で牛耳っていたということもあり、優秀なパイロットを何百人も抱えていた。それなのに何故、オルガだけがSCP−295−ISもといファントムのパイロットとして選ばれたのか?

いや、マスターシステム云々の話ではない

(SCP−295−ISは周りにゴエティアであると認識させているだけで、実際には搭乗者を選ばない規格であるため)

 

その理由が2つ……

→ファントムのコックピットについて

SCP−295−ISがソロモンによって回収された当時、機体のコックピットは異様に小さかった。それこそ身長30センチメートルほどの人間しか搭乗出来ないほどの……

これは前のパイロットの存在が大きく影響しており、当然のことながらソロモンの中でSCP−295−ISに乗り込むことが出来る者などいなかった。

→オルガの不死性について

三日月と同様、オルガは氷に覆われた身元不明の遺体(ジョン・ドゥ)としてアイサガ世界に漂着し、ソロモンによって回収されていた。CTスキャンによる解析の結果、生前の彼は背後からの複数の銃撃を受け、それが致命傷となって死亡したことが明らかとなった。しかしながら、異世界オルガの設定でよくありがちな『オルガの不死性』(=希望の華)により、心臓は停止していても脳波だけは常に生きている人間とほぼ同じくらい観測されていた。

 

勘のいい読者ならこの時点で既にお気づきだろうが

 

何が言いたいかというと、詰め込んだんだよ。

ソロモン側にしてみれば、よくある実験の1つに過ぎなかった。SCP−295−ISの起動実験と称してオルガの体をバラバラに引き裂いて、ブロック状に切り揃えたそれらを狭いコックピットの中に無理やり押し込んだ。こうすることでようやく、SCP−295−ISはオルガの残留思念を読み取ることができ、その外見がバルバトスに酷似した『ファントム』として形成されることとなった。

 

これは明らかに死者への冒涜だった。

その不死性から道具のように扱われ、生きたまま全身を切り刻まれ、老人たちの私利私欲と知的好奇心のためだけにその存在を利用される……当然のことながら、そこにオルガの意思など介在している筈もなかった。

 

オルガはソロモンに怒ってもいいと思う

 

 

 

・【今後について】

第4章

①日ノ丸降下作戦(『白鯨』)

②神皇による『玉音放送』

③『白鯨』によって高橋重工が制圧される

④オルガ・ファントムの復活(機能制限付き)……?

⑤エイハブの推薦で三日月たちはA.C.E.学園へ

 

数ヶ月後……

 

⑥『星喰らい』襲来

⑦オペレーション『アイアンブラッドサーガ』発動

 

⑧オルフェンズ、ソラへ……

 

END




ところで電撃文庫のロボットのセンスなんとかなりませんかね?(唐突なレス) 86はメカに個性がなくてつまらんし、ヘビオはマジでクソダサ(個人の感想です)
やるきあんのかコラ

まあまあまあ……
ところで水星の魔女、凄いですねアレ……!
視聴者の予想を良い意味で裏切る展開の数々、学園と戦争という日常と非日常の緩急も素晴らしい、そして何よりもスレッタ×ミオリネ=微笑ましい百合展開(→からのトマト汁)……と最初から最後までドキドキとワクワクが止まらない作品でした。これから第2期もあるとの事なので、いやぁ非情に楽しみですねぇ……
(どうか鉄血の二の舞だけは勘弁して)

それと『鉄オルG』について
満を持してリリースしたとはいえ、最初は本当に酷かったですよね。ゲームバランスおかしいし、バグがあまりにも多い、そして何よりメンテが地獄でしたね。あとガチャも酷かったですね私なんて機体ガチャを70連くらいして、1個もSSRがでなくて盛大に爆死した時は正直スマホを投げたい気分になりましたが……
(newガンブレじゃないんだからさぁ)

それを耐えて今に至ると……
まあ多少は良くなりましたね。ガチャ確率も改善されて(天井は相変わらず遠いが)強い機体やキャラが手に入りやすくなった事で、それによってゲームバランスもある程度克服することができ、そして馬鹿みたいに長くて高頻度だったメンテも少なくなり(でもガチャのメンテってなんですかね? 前代未聞なんですが)、ミッションの報酬も追加があったことも含めて(でも達成報酬が未だにダイヤ5個のままって……)多少は遊びやすくなりましたね!

ん……いうてそんなに改善されてなくない……?
(ダイヤ300個でガチャ1回なのに、5個って……)
→感覚が麻痺してるっぽいです

しかしながら『ウルズハント』は最高に面白いですよね!
これまた先の読めない展開の数々で中々いい感じでした。最近だと、とくに598たちとの共闘と、レンジーが仲間になってアスモデウスに乗ったところで凄く熱くなれました。(ネタバレごめん)

ところで、未だにウィスタリオの声がダメ・クソって言う人がチラホラ見受けられますが……私に言わせればその人たちは負け犬です(あくまで個人の感想です)。ガチャでウィスタリオ当てられなかった腹いせで叩いているだけの、悲しい人たちなのです。

何が言いたいかというと……
私は当てたぞ、ガチャでSSRウィスタリオを……!

もうこの子には、この声しかない
声優は生駒里奈さんで正解だった!
まあ生駒さんも初心者なりに頑張っているみたいなので、ちゃんとウィスタリオの声を聞いてあげて下さい。それに何回も声を聞いていれば耳が順応してきますし……ウィスタリオの性格に声が意外と合ってるのよ。



最後に、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
これ以降、ムジナはアイブラサガとアイサガ外伝の執筆は絶対に致しません。しかし、これからも執筆活動は続けさせて頂きたいと思いますので、宜しければ別の作品を見ていただけると嬉しいです。
それでは、また……


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