なんか思てたんと違う (似非地球人)
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1.人は誰でもひとつの太陽
轟轟と大地が揺れている。
かつては敷き詰められ、綺麗に整地されていたコンクリートロードは無残にも罅割れ、所々が陥没していた。
揺れの震源地──否、
ドバァッ、という激しい破裂音。水を入れすぎた風船のように、簡単に。
目と鼻の先の地面が、爆ぜた。
土砂を纏ったまま、ギュルギュルと気色の悪い音を立てて這い出てきた
螺旋状に体を捻って上昇し、最頂点に達したところで、その頭をこちらに向けた。
まず目を引くのは、爛と光る赤。八つ。左右に四つずつの──目。複眼。
竜を思わせるヒゲのような、長く、長く伸びた触覚。
ギチギチと音をかき鳴らし、膨大な数を規則的に波打たせる歩脚。
一見柔らかそうな腹。だが、岩石の一つだって意に介さぬ耐久性を持っている。
土砂から微かに覗く陽光に照らされ、ヌラリと光る外骨格が異彩を放つ。
それが、今僕の目の前にいる存在だった。
人類の敵──。
いつからそれが現れたのかは、実は定かではない。
というのも、そういった歴史を記録していた施設が真っ先に襲撃され、壊滅してしまったからだ。
だからソイツラの発生起源は全く分からない。
だけど確実なことが一つ。
それは、人類を
恐ろしいことに、奴らは人間を食べる。人間を好む。人間を栄養としている。
奴らとの戦いによって、人類は凄まじい数の犠牲を背負ってきた。
我が物顔で手当たり次第に縄張りを増やす人間の姿などどこにもなく、日々を生存競争の弱者とならないよう慎重に生きている。
この街はいい例だ。
かつては人間の縄張り──だが、今は目の前の
この街にいた人間は負けた、という事。
そして僕は──僕らは、そんな
「狼狽えるな!」
周囲、後退りを見せた者へ喝を入れる。
「我ら第04小隊に勝てぬ闘いは無い! 倒せぬ敵は無い!」
各々がその言葉に奮い立たされ、武器を構える。
「速やかにコイツを倒して──全員、生きて帰るぞ!」
号令。皆が
よし、怯えは消えたな。じゃあ僕も──、
「そしてお前はとっとと下がれ! 男が戦場に出てくるな、莫迦者が!!」
ぐい、と……首根をひっつかまれて、軽々後ろに放り棄てられた。
抗議の声など上げる暇もなく、戦域から強制離脱させられる。
一瞬で見えなくなる隊長の背。
なんとか受身を取って着地し──直後、大音量の通信が鼓膜を突き抜けた。
『
一瞬でキーンとなった脳内に顔を顰めつつ、通信機の音量を最小にまで下げる。
「いや、隊長含めてフルメンバーだから大丈夫で」
『手前は男じゃろがい! 良いからお前は黙ってアイツラの帰りを待っとれ! お前が前線で戦うより、励みになるのはそっちじゃ、アホ!』
「いや、女の子ばっかりに任せてられないっていうか」
『意味わからん事言うてないではよ帰ってこい! 敵が
……へーい。
確かに、今の僕では……僕一人では、
先ほど檄を飛ばした隊長や、真っ先に
男だから。
『まだ頭ァ打った後遺症が残っとるようじゃから再三言うがなぁ!
男だから──狙われる。
狙われるし、対抗手段はない。あったら、人類はもう少し戦えていた。
男は
どういうわけか、男は化生に弱い。攻撃が通らないわけではないのだが、
女は違う。むしろ、特攻といえる程、化生への攻撃力が上がる。闘争心高く、持てる全力を持って十二全の力を発揮できる。無論、今回の
まるで男を取り合うかのように、化生と対立する。
どちらにとっても餌だから──などと考えてしまうのは、完全なる邪推だろう。
だが、実際そうなのだ。
女は男を守るもの。男は女に守られるもの。戦士は女で、生活は男。
それが、常識。
そして男を食うのは、女である。
化生は食欲で、女は性欲で。
それが、この星に生きるものの当たり前の常識なのだ。
「……僕以外は、ってね」
そう、僕以外は。
三週間前──僕は頭を思いっきり打った。
その怪我自体は
女の子は男が守るものだし、戦士と言われて思いつくのは男だし、性欲の代名詞は男である、と。
当然その認識は周囲に一笑されたけど、今現在、その認識は治っていない。
変わったのは性認識だけでなく、化生に対する体質も含まれる。
僕は怯えない。弱いとはいえ、化生を攻撃できるし、無抵抗にもならない。
そのことを何度説明してもわかってはもらえないのだけど、僕は、僕だけは唯一、化生に対抗できる男なのである。
『隼ェ!』
「今帰投してますから待ってくださいって」
と、いうのが表向きの話。
正確には周囲に認識されている話。
僕の認識は変わっていない。
変わったのは世界の方だ。
貞操観念逆転世界──とでもいえばいいのか。
脅威が現れたことで、力の関係性が変わった。それがこの世界。
僕以外の男は化生に対して何の対抗手段も持たない、守られるがままの世界である。
男の絶対数はとても少なく、また、誰もかれもが消極的。内に閉じこもることが当たり前になっている。正直前の世界の女性の方がよっぽどアクティブでかっこよくてクリエイティブだったので"逆転"なんて言葉を使うのは失礼な気がするけれど、他にいい言葉が見当たらなかったので勘弁してほしい。
変わった直後は、うん、正直喜んだ。
だってこれ、どう考えてもハーレムルート。
実際第04小隊含む隊の中には僕ともう一人以外男がいなかったし、そのもう一人もそれなりに高齢だ。
告白され放題だな、って思ったね。
むしろ襲われ放題だな、って思ったよね。
好き物にされるんだな、って期待したよね。
『ッ!? 隼ェ! そこから逃げェ、熱源体急速接近──』
通信より、羽音の方が早かった。
視認より先に武器──背に背負っていた槍を引き抜いて、思いっきり眼前に叩きつける。
鋼鉄を殴ったかのような衝撃が槍を伝う。穂先は地面でなく、右斜め上空で完全に静止していた。
『
鍼燕。その名の通り、見た目は燕だ。ハリネズミのようにトゲトゲしているわけではないが、全体的に硬質な印象を抱かせる色味と、2mを超える体長が特徴。
ちなみに羽毛の根元が鍼状になっていて、飛翔時には根元から落ちる羽毛が周囲の生物・環境を串刺しにする凶悪なヤツ。
「ヒュウ。これマズくない?」
ちなみに速い。硬い。僕じゃ勝てない。
『だから逃げろと言ったんじゃ!』
怒り心頭だろう。無抵抗に食えると思った餌が、反抗してきたのだから。
ギギギギッ! と、遠目に見たら可愛らしいと言えなくもない見た目からは想像もつかない金切り声を上げる鍼燕。ぐ、ぐぐ、と槍が押され始める。
ここで力を込め返すのは悪手だ。僕が力で勝てないことは双方わかりきっているので、力んだ瞬間を隙とついてコイツは僕の背後へ回り、たちまちその身を劈くだろう。
だから押されるままに、慎重に力の加減を行いつつ後退していく。
慎重に。そう、慎重に。
慎重にぐりっ。
「
瓦礫を踏んで、足首を挫く。
あまりにもお粗末。表情のないはずの鍼燕がニタリと笑った──そんな気がして。
「かわいい」
空白。
一瞬の間。
言葉が出ない。時間が止まっているかのような、静寂。
尻もちをつくはずの体は──鍼燕に八つ裂きにされるはずの体は、しなやかであり柔らかいものに抱き留められた。
一拍。一呼吸おいて、ギン! という音が響き渡る。
鋼鉄の切り裂かれる音。そして、風に吹かれて散っていく金属質の粉。
「怪我」
「え」
「怪我、してないか」
声のした方。
抱き留められた、真上。僕の頭がクッションにしているそこの、うえ。
さかさまに僕を覗き込む、埒外の美人さんがそこにいた。
「わ、わ!」
美人さんである。
こちらに来てから沢山の美女美少女に囲まれた僕をして言おう。美人さんである。
かわいい系じゃなく、綺麗系。
そんな美人さんの胸に抱き留められているのである。ぼく。まる。
「あっ、だいじょ、大丈夫です! というかすみませんッ! 離れます、ヅッ」
女の子の胸に頭をうずめるというラッキースケベの代名詞みたいなことをやらかしてしまった。いや、そういう目的があったのは事実だけど、実際にやると罪悪感がすごい。失礼さ加減がやばい。
即座に離れ、ようとしたのだが、足を挫いていた事を体が思い出してしまった。想定外の痛みに声が出る。
「大丈夫じゃないな。よし」
何が"よし"なのでしょうか──なんて問いかける暇もなく、体があおむけに倒された。
今度はえ、と言う事すらできない早業。
膝の下、背中へと手が回される。
「確かお前は、第04小隊所属だったな?」
「……」
「どうした? 眠いのか?」
あまりにもナチュラルな姫抱き。僕でなきゃ見逃しちゃうね。やられているのは僕だけど。
美人さんは、僕の槍を僕に抱かせた状態で、お姫様抱っこをしてきたのである。右腕におっぱいが当たるぜ!
「あ、えと、あ、はい! 第04小隊所属
「うん。では、お前を04の区画に連れて行こう」
直感的に悟る。
この人、多分上官だ。もしくは、他部隊の隊長クラス。
僕らは元の世界とは全く違うとはいえ、一応軍隊である。
階級制度は、結構厳しい。割と守っていない身から言うのはなんだけど。
僕のどうでもいい名字が割れたけど、いやほんとどうでもいい。
というか鍼燕はどこへ。いやさ予想するなら、この人が細切れにした、って所なんだろうけど。
「 お尻柔らかすぎないか」
「なぜ、男がこんな所にいるんだ? 隊の他の者はどうした」
「あ、いえ、その……ほかの隊員は現在交戦中で、僕もその中にいたんですけど、足手纏いなので帰れ、と……」
「……連れてきておいて帰らせたのか? 男を一人で。……護衛もつけないとは、04の者はそんなにも人手不足なのか」
「い、いや、ついてきたのは僕の勝手な判断で……」
「だが、ついてくることを許したのは04の隊長だろう。作戦行動に参加した時点で、前線に立つことを見逃した時点で、隊長に全責任がある。ましてや戦えない男を戦場で一人にするなど言語道断だ」
あー、まずい。厳格な人だった……。
僕、割とフランクに生きてきたからそういう規則みたいな事に弱いんだよな……。
第04小隊のみんなも僕に感化されてなぁなぁになってきていたし……。これ、みんなが怒られる流れだよなぁ。マズいなぁ。
「僕は普通の男とは違いまして、一応戦えるんですよ! 槍裁きに関しては隊のみんなも認めてくれていますし!」
「鍼燕の一匹も満足に倒せないのに、か? 一週間訓練した程度の新兵でも倒せるアレを」
マージデ。
もしかしてあれ? 僕を傷つけないようにおだててくれてただけ?
「……」
「 しょんぼり顔かわいい」
「いや、すまない。侮辱するつもりはなかった」
まぁ、事実であるのだろう。
僕は無抵抗に毛が生えた程度で、対抗策のタの字にもなっていないのだ。
「む……見えてきたぞ。あれは迎えか?」
「ぁ……あ、はい。
「では、ここでいいか。あまり妄りに他の隊の区画に侵入するべきではないからな」
言うが早いか、僕をゆっくりと降ろしてくれる美人さん。
挫いてこそいるが、我慢できない痛みではない足をしっかり地面について、僕は立ち上がった。
「それでは、私は行く。またな」
「あ、はい! ありがとうございました!」
名前は聞かない。
上官は知っていて当然なのだ。僕は知らないけど。
後で、後ろで鬼の形相をしている通信手に聞けばいいだろう。たっぷり怒られた後で。
「……もし、よかったらだが」
「はい?」
「04に不満があるなら……何かやりたいことがあるなら、ウチへ来ると言い。多少の融通は利かせよう」
「ストップじゃ! いくらアンタでも、引き抜きは許さへんぞ! ウチのシマで何やってくれとんじゃ!」
どこか名残惜しそうに口を開いた美人さん。
発せられた言葉は──おそらく、勧誘。
だがそれは、僕の背後からズシンズシンと足音を立てて駆けつけてきた少女に阻止された。
「む。……まあ、いい。ではな、隼」
「はい。本当にありがとうございました」
美人さんが去っていく。
正確じゃないね。振り向いた瞬間、消えた。
通信手の少女の目線を追う限りでは、建物の屋根の方へ行ったようだけれど、僕には全く見えなかった。
「……名前呼びじゃとォ?」
「出雲ちゃん、お疲れ様アイタァ!?」
はたかれた。痛み的には殴られたに近い。
「お疲れ様、じゃないわァ! 男のくせに、ちょろちょろ戦場をうろつきよって! いつになったら大人しくできんねん! 況してや他部隊の隊長にまでメーワクかけよって!」
「あ、やっぱりあの人隊長だったんだ。敬語にしといてよかったー」
「……呆れたわ。もうええからとっととシャワー浴びてその足処置して寝ぃ。おこる気も失せたわ」
「いや、本当にごめんって。今日は肩揉むから、それで許して?」
「……ほら、背中乗りぃ。足挫いとるんやろ」
「それは大丈夫」
「乗れや」
「はい」
出雲ちゃん。
ちゃん付けしているし僕より身長の低い女の子ではあるが、年上。通信手とはいえ当然のように僕より身体能力が高く、化生を相手にしても問題ない。
じゃあなんで通信手をしているのか、といえば、他の隊員が通信手に適性がなかったから、である。
まぁ、適性とは何か、はご想像にお任せしよう。
「みんなは?」
「被害なし。あの区画は取り戻したで」
「そっか。よかった」
「まだ油断は出来んけどな。
「……そっか」
僕とて、戦場を邪魔したいワケじゃあない。
槍こそ無力と分かったものの、他の対抗手段がないわけじゃあないのだ。
「次命令無視したら、ベッドに縛り付けるけぇの」
「なぜベッド」
「……それはまぁ、そういう事や」
どういう事なんですかね!
これは次も命令無視しなければいけない使命が生まれてしまった……。
「出雲ちゃん」
「ん」
「僕、重くない?」
「ちゃんと食っとるか心配になるくらい軽いぞ」
……カッコイイんだよなぁ、台詞がいちいちさ。
イケメンの台詞じゃん、それ。
「何もするなとは、言わん」
「うん?」
「できることを見極めろ、と言っているんじゃ」
「……うーん」
出来ないと思っていないのが、致命傷だよね。
「……お前は男なんじゃ、少しくらい女を頼れんのか」
「むしろ頼られたい?」
「はぁ」
元の世界では、女性も男性もカッコイイ人はかっこよかったのだ。
カッコイイ人になりたい。下心もバリバリあるけど、下心抜きでも、頼られたい。
「出雲ちゃん、僕の事好き?」
「お前を嫌いなヤツは04にはおらんよ。知っとるじゃろ」
「ちぇー、そういうんじゃないのになー」
「うっさいわ、もう少し自分の体を大切にせぇ。襲いたくなるじゃろがボケ」
「んー、なにー?」
情けのないことに、おぶられていただけで眠くなってきた。
いやまぁ、今朝は5時から哨戒行動の後、昼休憩に槍の訓練をしてすぐの出動命令だったから、疲れているっちゃ疲れているんだけど。
女の子はこれくらいじゃ疲れないのになぁ。
「……」
「……全く、無防備な。わしは女として見られてないっちゅーことかね……。まぁ、それだけ信用を得られてるいうことでもあるか」
薄れゆく意識の中。
出雲ちゃんのあったかい背中で、そんな言葉が聞こえた気がした。
「隼は?」
「疲れて眠っとる。足を挫いとったから、湿布を巻いておいた」
「怪我したのか!?」
「瓦礫に躓いてな」
「……なんて危なっかしい。やはり男は戦場に来るべきではないな……」
未だ油断の許されない状況ではあるものの、
彼女らは自らの担う区画の中心にある居酒屋で、酒を片手に肴を食べていた。
基本的に商売を行うのは民間女性であり、彼女らに追随するようにしてごく少数の男が料理を作る、裁縫をするなどして働いているのが現状。04の治めるこの区画だけでなく、世界中全体を見渡しても同じ光景がみられるだろう。
「じゃが、あいつ鍼燕に一撃入れよったぞ。それも、急降下してくるヤツにな」
「ほー……やるじゃないか! うむうむ! やはり隼は強い子だ!」
「でも隊長、ほめちゃダメですよ。隼君、褒められたらまた戦場に来ますから」
「せやろなぁ。もうアイツの槍を褒めるのはナシや。隊長だけじゃなく、みんなもな」
「えー!」
「流石に可哀想だろう! あんなにも頑張っているんだぞ!」
「あの笑顔で「僕の槍裁き、どうだった!?」なんて聞かれたら、誰だって褒めちゃうでしょ」
「隼、かわいいよねぇ。ホントウチの部隊に来てくれてよかった」
「そのかわいい隼を傷つけたくなかったら、褒めるのはナシや。いずれ大怪我するぞ。してからじゃあ、遅いんじゃ」
「……まぁ、そうだな」
「可哀想だけど、仕方ないかぁ。隼は男の子だしねー」
「あれ、それで出雲、鍼燕はどうしたの? まさか隼が倒した?」
「……いや、ちょうど哨戒に出てたらしい01の桜隊長に助けられた。王子抱きで帰ってきたぞ」
「む……むぅ。またお小言をもらいそうな展開だな……」
「ガンバレー」
心がかけらも込められていない声援が04小隊長にかけられたところで、祝会はお開きとなった。
稲穂隼の知らない話である。
Tips
Ghrowhst / 化生
その国ごとの妖怪、化け物、魔物の姿をした人類の敵。
人間の肉や骨、血を主な栄養源とする。女性より男性を好んで食す。
ぐろうすと図鑑
ワーム / 大百足
全長20mはある大きな百足。拳銃程度の威力であれば腹でも弾ける。多足類のため見た目以上に動きが早く、地中に移動するため追跡が難しい。
口から土を溶かす酸を吐く。
ピロメラー / 鍼燕
根元が鋼鉄の鍼になっている羽毛に覆われた燕。見た目は鉄っぽい燕。超高速で飛び回る。羽ばたくと羽毛が地面に突き刺さる。
ウィスプ / 鬼火
めっちゃ光る玉。正体は比較的小さな虫種の集合体。小さなものから大きなものまで。ヤ〇マーディーゼル。確認されている最大級は直径200mだったらしい。
女性名鑑
出雲ちゃん
通信手。いろんな指示や現場状況を各隊員に伝える。観測手の役割も担っている。
身長135cm。体重35kg。握力270kg。寸胴ぼでー。
桜隊長
着物っぽく見える改造を施した軍服の女性。ちゅよい。
身長185cm。体重??kg。握力測定不能。スレンダーな体形に程よいおっぱい。
主人公
稲穂隼
特筆事項ナシ
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2.手のひらを太陽に
僕の世界が変わってから三週間。
一か月に満たないこの時間で、この世界のことは大体把握できたように思う。
男の少ない世界。人類種の脅威がのさばる世界。脅威の好物が、男である世界。
片や女性は強く、片や男性は守られる。
貞操観念逆転などとは烏滸がましい、ただ単純に弱い男のいる世界である。
それ以外のコト──例えば文化水準などは、変わっていない。
正確には変わっていなかった、というべきかな?
僕らの所属する軍。その各隊に振り分けられた区画。
そこに残っていた、文化水準を指し示す娯楽や施設──の、残骸。
人々の記憶にもまだ、多少は新しい出来事。
所々が大きく変わっている部分もある。
置き換えられていた、というべきかもね。
それは外交的なものであったり、天災であったり、内乱であったり──それらがすべて
正確なことは何もわからない。
図書館やデータ系統の保存サーバーが軒並み死んでいて、電力供給もままならない地域ばかりの現状。
記録なんかできたものではない、って事。
まぁ僕は歴史家ではないし、たとえ知れたところで何が変わるわけでもない。
強いて言うなら
さて。
先も言った通り、僕は軍隊に所属している。
一応、国防軍の成れの果て、になるのかな。自国民を守っていることには変わりないわけだし。
ただ、振り分けられた各隊に横のつながりがないことだけは少し異質かもしれない。
元皇居周辺に置かれた本部を基として、観測部や測量部、研究部なんかが割り振られている中で、僕らは奪還部隊──
攻撃系の部隊の中でも特に死にやすい部隊。無論哨戒部隊や防衛部隊が楽、なんてことはカケラもないのだけど、死地に踏み込んではその主を積極的に狙う様は、正直なところ内部から見ていても危なっかしい。
そんな奪還部隊は01から09まで人員が割り振られていて、僕のいる隊が04。噂では00もあるらしいけど、基本的に他の隊に関わらないのでどうでもいい話だ。
要するに、僕のいる部隊は最上級に危ないトコロで戦っている、女性からしたら非力極まりない硝子細工の人形みたいなもので。
奪還部隊にいるもう一人の男性──第02小隊のお爺さんの前例がなかったら、絶対に許されていなかったと思う。
許されていなかった、というか。
今も辞める事を推奨されている、というか。
「隼隊員。聞いていますか?」
「いえ、聞いてませんでした。多分僕の命令違反とかその辺の話だと思うんですけど」
「はい正解です。軍規違反についてのお咎めです。ほとんどがとってつけたような理由ですが、上からのお達しであることに違いはありません。回数が多すぎてそろそろ言い逃れも難しいです。どうするおつもりで?」
「どうしようもないです……」
当たり前なのだ。
常識。それは恐らく、軍隊に所属しない民間人ですら当たり前の話。
男が戦場に出るべきではない──鋼の一般論。
男は守られて然るべきであり、男は何が何でも生を優先すべきであり、男は弱い生き物であり、男は、男は、男は。
軍規違反、というのは実はほとんどない。だって隊長がほとんど報告していないはずだから。
それをとってつけたような理由でやいのやいの言われるのは、偏に言って「心配だから」である。
単純に単純な話。
お上に身内がいるから、めちゃくちゃ心配されてる。
私情込々のそれってどうなのクラスのお話。
「一応、後で手紙出しておきます。多分、それで今回も見逃してもらえると思うんで……」
「……果たしてそれがどれだけ持つことやら。ですが、わかりました。上手くいくことを祈っています」
目を伏せ、ため息をついて去っていく女性。
04小隊に所属しているものの、本来は本部所属──各隊に一人は割り振られた、本部との連携役である役職の人だ。単独で
非常にきっちりとした性格の人で、時間にも厳しい。けど僕に関してはすごく甘いように感じる。今みたいに、見逃してくれることも多いからね。
ちなみにおっぱいが大きい。もう一つ付け足すなら、おっぱいが大きい。あとおっぱいが大きい。
身長は175㎝程。メガネをかけているけれど、なくても特に問題ないとか。でも伊達ではないらしい。女性の視力は12.0が平均らしいので、僕の常識で測っていいことではない。
あ、出雲ちゃんはぺったんこだからね。大丈夫、安心して。
「
ため息を吐きつつ。
自室へと戻った。
槍を振るう。
取り回しのいい武器ではない。狭所で使うにはリーチの都合上難しいし、詰められたときに対処できる武器とは言えない。
利点は中距離に対応できること、敵との接点が持ち手から遠いこと、間に合いさえすれば、防御にも向いている事。突き刺すだけで深い傷を与えられること。
つまるところ、上手く扱えれば強い武器なのだ。
上手く扱えれば。
「ていっ!」
地面に突き刺さった、藁の巻かれた丸太。
そこへ、本物と同じ重量の練習用槍を叩きつける。右薙ぎ。
藁の奥、丸太の芯に達した槍を感じた瞬間に引き戻して、今度は大ぶりの時計回り。
両手で持った槍を左から思いっきり丸太へアタック。
それでも丸太は倒れません。
「……ふぅ」
「おつかれー」
「ありがとー」
近くで座ってこちらを見て居た女の子、彼女も同じく04の、
彼女は僕同様槍使いであるので、こうしてたまに僕の鍛錬を見に来てくれるのだ。
……まぁ、足元にも及びませんけどね。僕が。
一息ついたところで、また槍を持つ。
今回の目標は、この丸太を倒す事。
結構深く根元が埋まっているので無理味マシマシなのだけど、この程度のことは民間女性でも出来るらしいからオソロシイ。オシロスコープ。
「せやぁ!」
今度は突き。
当然藁に少し刺さっただけで止まってしまうけれど、そこを起点にスライディング。僕と槍と丸太が三角形を描くようになったら準備完了。根元に足をつけ、穂先にもう片方の足をやり──柄を引く!
少し、動いた!
「いや主旨違うからだめじゃないかな」
「ですよね」
てこの原理で引き抜こうとしたワケだけど、槍で倒すと全く関係ないのでOUT。
走雷がコツン、と丸太の頭を小突いただけで、僕が浮かした数mm……+何cmかが地面に埋まる。
……ふぅ。
「あきらめる?」
「……あきらめないよ!」
あぶな。
今日は諦めよう、とかいうところだった。僕はかっこよくなりたいのである。弱音は吐かない。
もう一度槍を握り直し──滑った。汗で。
手から離れた槍はフリーフォール。向かう先は僕の足。
「っとと」
なんてことはなく、超反射神経で走雷がキャッチしてくれた。
気まずい沈黙。
「今日はやめとこっか」
「……うん」
僕は──弱いッ!!*1
いろいろ透けている。
目のやりどころに困る。彼の鍛錬に付き合う日は、いつも思う。
正直大して激しい運動はしていないように思うのに、結構な量の汗をかく彼。汗が染みこんだ低防護スーツは肌の色を透過するので、しかもよりによって白を選んでいるので、見える。
狙ってやっているのではないか、と思うことはある。
同時に、こんなに頑張ってる彼に失礼が過ぎる、とも思う。
でもエロいんだから仕方ない。生唾は飲み込んでも仕方がない。
「……」
奪還部隊の男性は2人だけ。2人だけのために更衣室を用意する、なんてお金はない。
だから、申し訳ないけれど、男の子にも女子更衣室で着替えてもらうことになっている。
端に用意されたロッカーの前で、恥ずかしげもなく上のスーツを外す彼。
私の目の前で。ジュースを飲みながら、普通にガン見している私の前で──彼は肌を晒した。
こちらにまで届く汗のにおい。女からは感じない、オトコのにおい。
また、生唾を飲み込む。ジュースを飲んでいるにも関わらず。
「……」
今度は下部パーツ……つまり下のスーツに手をかける彼。
一瞬こちらをチラ、と見てきたから、首をかしげておく。
すると彼は目を瞑って頷いて、思いっきりそれを脱いだ。
生唾を飲む。
素直に。美味しそうだと思った。
「……」
小さな足。爪先。踵。踝から足首にかけてのライン。
細い。弱そう。柔らかそう。美味しそう。
脹脛。膝窩。太腿。ぷるぷる。お尻は丸い。全然引き締まってない。
「……じゅる」
おっと危ない。
涎を飲み込む。
化生は食欲で、女は性欲で男を食らう──なんてのは、昔から言われてきた事だけど。
こうして無防備な男の子を見ると、女にも食欲も多少はありそうだな、なんて猟奇的なことを思ってしまう。
化生が男を好むのもわかるというものだ。
「走雷?」
「なに?」
「ジュース零れてるけど……」
本当だ。
お腹から下腹部にかけて、だばーっと。
いやでも。
目の前でそんな、半裸になられたらもう。困るよ。
これ襲っていいのかな。
「ねぇ、隼」
「うん?」
「隼って体重いくつだっけ」
「体重? 48kgとかだったと思うけど……もしかして僕太った? お腹出てる?」
「んーん。そういうことじゃない」
軽すぎる。
誰にもばれずに簡単に持ち運べる重さだ。
そういえば自分のロッカーに投擲用の槍を入れる袋があったはず。槍が入るのだから、人間、それも男の子くらいは平気で入る。
いけるんじゃあ、ないだろうか。
普段着のインナースーツはジュース程度を通す材質ではないのでタオルでしっかりふき取って。
立った。
「走雷?」
ジュースをベンチにおいて、無言で自分のロッカーへ。
袋を取り出し、ロッカーを閉め。
「はし、」
彼に被せた。
はい。
「──!? ──!!」
武器運搬のための袋である。
耐久性はもちろん、防音性もあるこの袋。
足を取って横に寝かせ、しっかり口を閉じる。
袋越しに、彼の肌を触る。これに関しては不可抗力。見えないから触っても仕方ない。くにゅ。
「──ッッ!!」
袋を俵抱きにして、更衣室を出る。
本気で気配を消して、自室へ直行。
今なお弱々しく暴れる袋を自身のベッドへ寝かせる。
みっしょんこんぷりーと。
しっかりお尻で足を抑えて、そーっと袋を取る。
「ぷはぁっ!」
……密封性が高すぎたみたいだ。
罪悪感。
「大丈夫ー?」
「……ふぅ。はぁ。ふぅ」
息を整える彼に、少しずつしな垂れかかる。
逃げられないように手首をつかんで、少しずつ。
「ふぅ~……いや、大丈夫だけど……顔近い近い」
「ならよかったー」
「うんうん良かったねー、初めに声をかけてくれればもっと良かったね。というかここ、走雷の部屋? 別にこんな誘拐紛いの事をしなくても、いってくれれば行くのむぐっ」
両手足を押さえて、半裸の彼に。
唇を、落とした。
まだ完全に息が整っていないのだろう、彼の意思とは裏腹に、こちらの口に吸い縋る様が情欲をそそる。
そこへ舌を入れてやれば、この通り。
私の舌を熱心に
これはイケる。
確信した。私は知っているのだ。男は女同様、体は正直なのだと。そういう本に書いてあった。
じゃあ改めて──。
「首を落とされるのと──隼から離れるの、どっちがいい?」
「ごへんははい」
すぐに謝った。
「走雷隊員は三日間、隼隊員に接触禁止になりました。貴方が被害を申し出れば、もっと重くできたのですが……」
「いえ、別に酷いことされたわけじゃありませんし……」
僕としては、好都合も好都合な展開──お持ち帰りを阻止して
笠雨さんは素手で人の首を落とせるらしい。怖い。
「……貴方はもう少し危機感を持つべきです。この女所帯、いつ襲われてもおかしくはないのですから」
「う……まぁ、それでみんなが喜ぶなら……」
むしろ大歓迎、と言いますか。
大好物、と言いますか。
でも
「これは一度痛い目を見ないとわからなそうですね……。いっそのこと最後まで……」
「もしかしたら明日にでも
「それはあり得ません」
否定が来た。
「私達が守ります。貴方をむざむざと化生共に食わせるほど、私達は──私は落ちぶれてはいませんので」
「あ……うん」
思わず頷いてしまうくらいの意思があった。
言葉に安心できる自信があって、それが心地よい。
「……報告は以上です。私はこれで」
「笠雨さん」
毅然とした態度のまま立ち去らんとした彼女を呼び止める。
そして言う。
「いつか僕は、君も守れるように強くなるからね」
言った。
「冗談は好みません」
受け取ってくれなかった……。
冗談じゃないんですけど。
くぅ、かっこよさって……難しい。
女性名鑑
秘書然とした姿の眼鏡の女性。おっぱいが大きい。かなり強い。
身長175cm。体重??kg。握力測定不能。ボンキュッボン。
言葉はふわふわだけど内心はアクティブ且つ本能に忠実な女の子。
身長164㎝。体重??kg。握力は気分で変わる。スレンダーだけど大きい。
主人公
稲穂隼
無防備。
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3.太陽系を抜け出して
{特殊性} = {攻撃性のものではありません}
この世界、性的倫理感はゆるゆるオブゆるゆるである。
男は守るべきものである──同時に、女性の所有物である。あんまりもな言い草だが、真実、ホントウだ。
対等さはどこにもない。そもとして守られるだけの男がそれに準じている事も起因しているのだけど、力関係があまりにも圧倒的で、且つ生命へ直結する絶対的なものであるから、女へ逆らおうと思う男がいないのである。
無論集団のサガとでもいうべきか──
その正誤、あるいは善悪は井戸端ででも議論してもらうとして、それが極一部──つまり、大多数の男が「女性が優位にある」と認識している事が性的倫理感を下げている。下げまくっている。
僕のようにウェルカムウェルカムな男が全員だとは思わないけれど、「まぁ仕方ないかな」くらいの気持ちの男がわんさか山盛りいるわけである。
妊娠のリスクとか、大変さだとかが変わったわけではないからね。男が失うモノ、男が負うリスクが少なすぎるのが、現状の要因を担う一端なのだ。
その上で女性の方が力強く、立場的に上で、生物的にも上位であるから先日の僕みたいな事が起こる。
あそこで走雷が僕を襲おうとしていたのは、なにもそのまま、という事ではない。
「今ヤらなくても、飼いならしておけばいずれ手に入る」という話。下世話な事だけどね。
軍人なんて身で、すぐそこに死の危険が迫っているからこそ──獲物にはいち早くマーキングしたいってワケ。
この世界の男はすぐに求婚をOKする、っていうのも付け足しておこうかな。
全員が全員、好かれるってワケじゃあないからね。
そんなワケで、民間人よりよっぽど女所帯の軍はアアイウ事が頻繁に起こるのだ。
そして必ずと言っていいほど
走雷の謹慎があまりにも短いのもそういう理由。有り触れたことは軽く見られがち。僕がそれでいいって言ったのが大きいんだけどね。
こういう世界だから、走雷の謹慎が解けた後も気まずい空気になることはなかった。気まずさとは無縁。僕はそもそもこういう性格だし、隊長はカリカリしてたけど2日経てば機嫌も収まっていたしで、特に問題なし。ノー問題モーマンタイ。
槍の練習相手はさすがに変えられたけど。
さて、奪還部隊の仕事に焦点を合わせよう。
本部の下には先も言ったように観測部や測量部なんかの部隊があり、奪還部もその中の一つ。
その奪還部も本部所属の奪還部と地域所属の奪還部があって、僕らは地域側。
さらに地域所属の奪還部が01から09まで分けられていて、各隊には最低一つの区画が分け与えられている。ちょっと外国寄りの言い方をすれば、領地に近いかな。
守り、治めなければならない土地。一つ目こそ本部から与えられた土地だけど、そこからは自分たちで奪還していくのが規則。
自らの区画じゃ商業施設は基本的に優待だし、民間の人からも歓迎されている。まぁ、こっちの態度が悪かったり権力でどうのこうのしたら真っ先に笠雨さん*1に報告・通報が行くからこそ保てている"リョウコウなカンケイ"かもしれないけれど。
そんな領地を守るのが、第一の仕事。
ただし、これはメインじゃない。哨戒部隊と防衛部隊っていう警戒専門と守護専門部隊が控えているから、あくまで「お前らも見つけたらやれよ」的な仕事であって、メインじゃあない。*2
さっきも言った通り、メインは奪還だ。
積極的に外に出て、探し、殺し、殲滅し、制圧する。それが仕事。
だから奪還部隊は外にいて当たり前で、出撃しているのが普通なのだ。
なのだ。
なのだが。
「ねぇ、
「良い質問だねママ。真昼間からスナックに入り浸る軍人を前にしてすごくいい質問だ」
「お酒飲まないクセに、入り浸るも何もないけどねぇ。で、いいの?」
「うん。僕も戦場に行きたいのはヤマヤマなんだけど、おっかない
というワケである。
逆に
挙げるにキリがないけど、非常に厄介なのだ。
で、今回の敵は
充満する煙。その中で、煙管を持つ腹の出た狸──体高、多分7、8m。
この煙は男が吸うとモノの数秒で意識が落ちるらしく、女でもずっと中にいるのはキツいのだとか。
状態異常系かぁ、無理だなぁ。ってことで、お留守番に渋々頷いて今現在。
「おかわり、いるぅ?」
「うん、ちょうだい」
「んふ~、言うと思ってたから、もう用意してあるわ」
区画の一角、スナック
こういうお店は基本的に男がやるのが常識なこの世界で、ようやく見つけた"普通のスナック"。
ほとんど僕以外が来ないためゆったりとした時間の流れるここは、僕のお気に入りの場所である。
一階に弟さんのやっているスナック
それでも優しく迎え入れてくれるママは僕の心の癒しである。
「 ……あと少しねぇ」
「いつも思うけれど、本当、美味しそうに食べるわね。そこまで高いものじゃないんだけど」
「値段は知らないけど、本当に美味しいからね。ママの愛情が籠ってるって感じがする」
「……そうかしら」
うん。心がポカポカするもの。冷たいゼリーなのに。
頷きながら、僕はおかわり十二皿目を──。
「ん……」
「あら……また?」
頼もうとした寸前で、警報を聞いてしまった。
警報。
チラっと窓の外を見れば、黄色と緑色の煙が東の空に上がっているのが見えた。
「うーん、最近多いね。あ、これお代ね」
「……気を付けてね?」
「大丈夫大丈夫。これでも奪還部隊だからね」
襲撃だ。区画への侵入──正確には、その兆候アリ。侵入されたんなら、赤色が上がるはずだからね。
そして緑色だから、危険性もかなり低い。
それでも上げるのは万が一を考えて。規則だから、っていうのもあるけどね。
哨戒部隊は基本二人行動のはずだから、人数的な問題があるのかもしれない。
ともかく防衛部隊が駆けつけるまで、真実微力ながら力添えをしますか!
「数が、多い!」
「信号は上げたのか!?」
「さっき上げたでしょ、見てなかったの!?」
「余裕がなくてな!!」
大柄なナイフを持った女。金属の弓を持つ女。
その二人を囲む、数十匹の蜘蛛。体高は1m程。何匹かは二人を無視して区画の方へ這って行くも、ギリリと絞られた弓から放たれる矢によって絶命していく。
弓を持つ女性に近づく蜘蛛は、ナイフを持つ女性が。
だが、その迎撃の手は少しずつ足りなくなっていく。
「こいつら、幼体か!」
「どこかに巣があるのだろうけど、探してる余裕はないわ!」
「わかってる!」
それは当然だ。これらはすべて、今生まれたばかりの幼体。幼き
どこかに卵を産み付けられた
その大本を叩かなければこの大津波は終わることなく、しかしここを離れるわけにはいかない。
せめて防衛部隊の到着を待ち、ここを完全に任せてからでなければ。
「マズいな。群れの全体が私達から興味を無くし始めている」
「通りで忙しいと思ったわ! どうする気!?」
「祈るしかないだろう。ああ神よ、地獄に堕ちろ」
ここで二人の女を食らうのと、向こうにいる沢山の人間、そして男を食らうの。
どちらが"好み"か、など。
わかり切っていることだ。
最前の蜘蛛が、区画を囲う防壁に辿り着く。その一匹を射抜いても、その後ろから来た二匹が。さらに、さらに、さらに、さらに!
防壁に巡らされた鉄棘に蜘蛛が刺されども、その死骸の上を這って後続の蜘蛛が区画へ侵入する──。
「とうッ!」
しなかった。
どころか、区画内から飛び出したナニカに向かって全ての蜘蛛が殺到し始めたではないか。
それはまるで、磁石に吸い付く砂鉄のように。完全に区画内への興味を無くしたのだろう、その飛び出したモノへ向かって我先にと兄弟姉妹を蹴落としあって進む
何事か、なんて思わない。
ことこの区画を担う04の者であれば、だれもが一度は目にしたことのある光景だろうから。
「あンのッ……馬鹿が!」
「助かるけど、助からないわね!」
「あれー!? 僕歓迎されてませんかね──ッ!?」
稲穂隼。
男だというのに奪還部隊に所属し、その最前線で戦う規格外の存在。
規格外と言っても決していい意味ではなく、危なっかしくて仕方ないというのが満場一致の感想である男。
男だ。
だから、
好物が自分からやってきたのだ。それを逃す奴らではない。
「ほら! 僕はここでずっと逃げ回ってるんで、巣を!」
「ッ、置いていけというのか!? 私達に! 男を一人にして!」
「もうすぐ防衛部隊が来るわ! 貴方が奴らを引き付けてくれるなら、それまで戦う事だって出来る!」
「え、いや、効率の問題的に……」
「馬鹿にするなよ、男の分際で!」
巣を潰さない限り、際限なく増えるだろう幼体。
今でさえギリギリの状態で逃げ回っているというのに何を言っているのか。
「いやいやいや! ほら! 僕だってこいつら倒せますから! 問題ないですって!」
言うや否や、振り向き、槍を構える隼。
引き絞られる弓。隼が槍を突き出す──のより断然早く、その足にねばつく糸が絡まった。
「うぇ」
「そこ!」
糸を断ち切る矢。
足を取られ、転びそうになった隼に覆い被さらんとする蜘蛛。
「だから引っ込んでいろと言っているんだ!」
その蜘蛛を、二筋の閃きが切り裂いた。
これは足手纏いですね。
なんとか立ち直って、弓の女性に指示される通りの場所に移動し続ける事10分。
ゲームで言うならオーダー、遊撃、タゲ取りという、そこそこまともなパーティとして機能し始めたと言えるだろう。最もタゲ取りがタンクではないから、遊撃とオーダーがかなり忙しい様子なのだが。
でもこれ悪いの僕だけじゃないよ。
この規模の襲撃なら、煙の色は万一を考えても侵入の赤、危険度は青くらいあってもいいはずだもの。
なんて責任の押し付けは後でするとして、ナイフの女性と弓の女性に助けられながら逃げ回っている現在。ヘイト稼ぎとしては超絶優秀だからね。役目は果たせているはずだ。
「っと、危ないな!」
横合いから飛んできた糸に槍を叩きつける。
巻き取るためのものだ、ねばついてはいるが、槍のコーティング剤が粘着きを許さない。
人体に有害でなければ体に塗りたくりたいコーティング剤である。
防衛部隊が遅い。
何かあったのだろうか。10分も来ないなんて、そうあることではないのだけど。
「ん……?」
槍を地面に突き刺して、柄を蹴って跳躍。槍の柄についた鎖を引いてこれを回収し、樹上へと移動する。
その傍らに見えた北の空。
「北北西に警戒信号──黄色と、黒!?」
「なんですって!?」
「くそ、だからか!」
ナイフの女性が悪態を吐く。
黒。危険度、MAX。
今奪還部隊のみんなが討伐しに行っている
おそらく防衛部隊はすべてそちらに割かれていて、黄色と緑のこちらは後回しにされている。
「と、いうワケですお二人さん」
「何がよ!」
「いえ、ですから」
今なお幼体が湧き出し続けている森の方を指さして。
木を登ってきた蜘蛛の頭を潰し蹴りながら、言う。
「巣、叩いてきてください。ここは僕が担います」
言った。
全く。
「説得するだけで、一苦労だ。君たちもそう思わないかい?」
キシャイキシャイと、生物とは思えない音を立てる幼体に話しかける。
当然、返事はない。こちらに意思があると思っているのかも怪しければ、奴らに意思があるのかさえ怪しい。だから、これは独り言だ。
「まぁ、そうはしゃがないで欲しいなぁ。
言葉通り。
僕は、槍を手放して。
全身を糸に拘束され──全身を蜘蛛共に埋め尽くされていた。
正直キモチワルイけど。大きいから逆に気持ち悪くないまである。
「大丈夫、大丈夫。
啄まれる。
蜘蛛の口って、こんな風になっていたんだね。なんて感想が脳裏を過る。
もう腕がなかった。
ただ人間を食べる。男を好む。それだけだ。
腕がなくなった。
譲り合う、とかいう素振りはない。なんなら今食べている兄弟姉妹の頭を潰してまで餌にありつかんとするその姿勢に知性のカケラも見受けられないけれど、反面人体のどこを拘束したら動けなくなるのかを熟知しているのか、幼体の癖に完璧に僕を抑え込んでいる。
足がなくなった。足が食べられた。
「はたしテ、キミタチに、知性があるのか、ないのカ」
顔の所々に"穴"があるから、発音がおかしい。
いや──僕のすべてがおかしい事に。
蜘蛛たちも、気付いたらしい。
ただ食欲だけに突き動かされる存在ではないことがわかったかな。別に、それをどうしようということはないけれど。
「おや、どうしたんだ。君たち。僕を食べたいんだろ?」
得体の知れないモノでも見るかのように、最前列の蜘蛛が後退りを始めたではないか。
それを踏み潰すようにして、後列で今か今かと待ち構えていた蜘蛛たちがまた殺到を始める。
「そぉら、
食われるたびに。
なくなるたびに。
「もう、お腹いっぱいなのかなぁ?」
あの二人が巣を潰したのかもしれない。
とうとう、この場にいる
僕を遠巻きに囲うようにして、しかし区画の方へ向かうでもなく、沈黙した。
絶命したわけではない。
ただ、体を重そうに、動けないでいる。
「うーむ、こっちはこっちで動けないしなー」
絡みついた糸のすべてが外れたわけではなく、槍も遠いところへ捨てられてしまっているのでどうしようもない。
膠着状態である。
まぁ、疲れたし。
眠らせてもらおう。
全速力だった。二人とも、が。
緊急事態である事。防衛部隊を待っていても、来ないだろうこと。
自分たちが最善を尽くし、早く戻ってくればいい。立ち向かいさえしなければ、逃げることはできるかもしれない。
希望的観測と無理やりの楽観視。自身への言い訳。
その他諸々を苦渋と共に飲み込んで、巣を叩いた。
発見は簡単だ。蜘蛛たちを遡ればいい。
殲滅も簡単だ。守る対象がないのなら、奪還部隊でなくとも十分な攻撃力を二人は持っていた。
速さが必要だったから、多少の環境破壊はしてしまったが、それでも最善を尽くしたといえるだろう。
帰り道、道すがらに蜘蛛をバックアタックしながら、辿り着いたその先で──。
顎を、落としかけた。
「……これはどういう状況だと思う?」
「ふむ。まず、
「ええ、そうね。じゃあ真ん中にいるのは?」
「男だな。……半裸の男だ。奪還の、あー……稲穂だったか。アイツで間違いはないだろう。胸が上下しているから、死んではいないようだ」
「何見てんのよ」
「は? ……ちがっ! そういう意図はないぞ!? 私は今の状況を言葉にしただけだ!」
「わかってるわよ。……目の毒ね」
平和、というには流石に脅威が近すぎたが、少なくとも静まりかえっているとはいえるだろう。
全身に糸を巻き付けられた、ほぼ全裸の男。足の付け根や肩といった関節部分に糸がまかれているためか、より一層背徳感が増しているような気がしないでもないのだが、まずは
チラチラと目の端に映る
「流石に裸の彼を連れて行くのは……犯罪者扱いされそうじゃない?」
「うむ……しかし男物のインナースーツなど……」
「とりあえず糸をほどいて……ゎ」
「……」
「とりあえず! とりあえずコートを着せましょう。あとは奪還の通信手の所にでも届けて、ちゃんと事情を説明しましょ?」
「裸にロングコートか……ふむ」
「いちいち言葉にするなッ!」
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4.あの夏の太陽追いかけ
この世界は宇宙人が作りだした実験場の一つに過ぎない。
彼らは今も実験を行っている。化学反応でも見るかのように、一滴を垂らし続けている。
なんて、小学生でも思いつきそうな学説を、ナニキメデスやナニンシュタインみたいなとある偉人が唱えたそうな。普通なら失笑されて唾棄されるだろうこの提唱。しかしながら、後世には偉人の一人として数えられている。つまるところ、"通った"と、そういう事である。
それが通った理由。
正しく、陳腐なことに、今も尚僕らを脅かす"外敵"が出現したタイミングと被るからに他ならない。
一滴。
当時としては規格外の、
正確な情報の残っていないソイツは、その偉人が住まう街を襲撃したそうだ。
正確な年月は誰もわからないし、その街がどこなのかも伝わっていない。ただ、その逸話だけが全世界に広まっている。
誇大妄想。度が超えた陰謀論。
彼の偉人がソレを唱えたから出現したのか、出現を予期した偉人が命からがらにそれを教えてくれたのか。
すべては謎。謎のまま。
躍起になって調べているガクシャさんとか、なんでかわかんないけど
今は目の前の脅威に、立ち向かわなきゃだなぁ、と。
僕はそう思うのです。
「で」
「はい」
奪還部隊04小隊通信指令室──の片隅。
僕は足を折りたたんで、地べたに座らされていた。SEIZAである。
そんな僕を睨みつけているのは出雲ちゃん。
いや、本人に睨みつけているつもりはないのかもしれないけれど、鋭すぎる眼光が睨みつけているようにしか見えない。
「緊急事態じゃったけぇ、お前の行動は大目に見る……というよりは、十分な功績じゃあ。あの二人も目測誤って黄色と緑を出しとったけんの」
「出雲ちゃんが褒めるなんて珍しい」
「うるさい。
問題はその後じゃ。あの二人の話では、お前は衣服を無くした状態で
「みたいね」
「何が起きた。虚偽の報告は許さんぞ?」
わぁ。
出雲ちゃんの目が怖い。
まぁ、何もありませんでした、で通るなんて思ってないからね。むしろ当たり前の反応。あの二人がどれほど抜けていたとしても、出雲ちゃんや笠雨さんがあの現場の異常性に気付かないはずがないし。
「僕は何もしてないんだけどなぁ」
「じゃから、何が起きたか、と聞いておる」
「いやぁ~」
後頭部を掻いて、舌を出す。
古の回避術──。
「……」
「……」
別に隠しておきたいとか、騙したいとか、そういう意図があるわけじゃないんだ。
単純に再現性というか……条件の問題でね。
「……無理は、していないんじゃな?」
「うん。してないよ」
「なら、いい。ただし、年頃の
「そればっかりは僕の意思じゃないからなぁ」
特に今回は
「こちらとて健全な女子じゃぞ……裸のお前に服を着せる身にもなれっちゅーんじゃ」
「見たいの? 見る?」
「……」
ゆら、と。
出雲ちゃんが顔を伏せ、一歩を踏み出した。
あら。
いつもなら、莫迦言っとる暇があったらとっとと部屋に戻らんか! くらいは言うと思ったんだけどな。
正座している僕に向かって、ゆっくりと近づいてくる出雲ちゃん。
……おお?
「いずもちゃ、」
肩に手を置かれた──次の瞬間、僕は横たわっていた。
倒されたのだ。どのような技法か、衝撃は全く僕に伝わることなく。
ほぼゼロ距離。普段間近で見る事のない紫水晶にも似た瞳が、引き込むような、押し寄せるような濃淡と共にこちらを覗いている。
出雲ちゃんの髪が首筋に触れる。
くすぐったい。サラサラとしたそれは、僕の肌の上を流れていく。
「──ん」
唐突、だったのかもしれない。
否、今の今までにあったことを考えれば、唐突も何もないのだけれど。
それでも前準備だとか、前段階だとか、とにかく心の覚悟が決まらぬうちに、来た。
力強い肉根。それはいとも簡単に僕の前歯を開き、隠されていた舌根に触れる。
はじめはザラザラが舌裏を撫でた。
それは下顎をぐりゅりと抉った後、歯裏を伝い、頬の内側を削る。
咥内の粘膜は初めからそちらのものであったかのように剥がれ、微かな圧痛に似た感覚が火照りを生んだ。
ザラザラは歯茎の外側を掠めた後、口蓋の方へと伝っていく。
異物感に湧き始めた唾液。気にせず、硬い天井を撫でまわす肉。
そろそろ溜まった唾液が喉に侵入を始める──前に、大きく息を吸った。
僕が、ではない。
僕の咥内はむしろ、その吸引に耐えかねてか頬肉も舌肉も出口へと押し寄せて、舌に至っては飛び出してしまっている。
じゅるじゅるじゅる、と下品な音を立てて吸われた咥内からは、喉へ向かおうとしていた唾液も、呼吸のための酸素もなくなっていた。
目の前で
引っ張り出された舌が、にゃぐにゃぐと噛みしだかれ、その感触を楽しむかのように甘く挟まれる。
今度は別の理由で分泌される唾液。舌を完全に引っ張られていると、鼻呼吸は出来ないもので。
「ぇほっ」
「……」
あっ、咽てもやめてくれない。
「ぁ……ぇ──れぉ」
どころか、たらーりと。
透明で、粘性のあるソレが、僕の方へツツと降りてくるのが見えた。
何の障害もなく、口蓋垂へまで到達したソレ。
異物感にまたも咽る。悲しみではない涙が出た。
それを見てか、ようやく舌が解放される。
「いず」
終わってしまったかぁ、なんて惜別を感じながら──開いた瞳の先に、ピンク色があった。
言葉を発そうとした口に、彼女の髪が入る。
つるつるとした、細く、それでいて──硬い。
ピアノ線か、エナメル線か。違う。そのどれよりも硬質。滑らかで、しなやかで。
肉根が、目筋を舐めた。
まだ目端。反射で閉じた薄い瞼を、外に出ている
少しばかりの涙に濡れたそこを、熱心に、丹念に、執拗に舐め縋る。
「……ぁ──は」
それは喜悦か、愉悦か。
独占欲。支配欲。征服欲。わからない。とにかく、貪欲に。
肉根は、その先は、瞼へとその端をかけた。
爛と輝く
熱に熟れ、火照り、絢爛に。
ソレが、ようやく触れ──。
「──抵抗しいや、自分」
なかった。
ゆっくりと彼女の顔が離れていく。
そこには今まで宿っていた獣性など欠片もなく、いつもの厳格な色があるばかり。
僕の口から抜けていく髪が今までの行為を物語っていたけれど、それがなければいつもとなんら変わらない、挑発に乗ってこない出雲ちゃんであると錯覚してしまいそうになるほど、切り替えが早かった。
「正座してたからね。足がしびれて動けなかったんだ」
「そうけ。で、痺れは取れたんか?」
「ばっちり」
足が痺れていたのは本当。
なんなら彼女の膝が僕の僕に触れるか触れないかみたいな場所にあって、余計に痺れが痛く感じていたくらいだ。
治ったけど。
「抵抗する男の方が好き?」
「……お前……あそこまでされて、まだからかうんか?」
「あそこまで、って……まぁ、目を舐められそうになったのはびっくりしたけど、それくらいじゃない?」
「次やったら最後までヤるぞ。わかったらとっとと行け、莫迦者」
「出雲ちゃんの好きなタイプはツンデレ。隼、覚えた!」
「はよ行け!」
はぁい、なんて気の抜けた返事をして。
指先で、僕の口の中に入っていた髪をチロチロ弄っている出雲ちゃんにほくそ笑みながら、通信指令室を退出するのだった。
「っとに……困ったヤツじゃな」
深く湿った毛先。
男の匂いだ。先ほど、十二分に吸い漁ったソレ。
しかし飽きることなく、本能に近い部分が刺激されるその香り。
まるで指先がそれを欲しがっているかのように、湿った毛先を何度も己に絡みつかせては解くことを繰り返す。
「……不明点、か」
ため息とともに見るのは資料。
稲穂隼隊員についての報告。
彼が仲間である事は、自身も、他の隊員も、一点の曇りなく信じている。
疑いようもない。既に10年近くを共にした仲間なのだ。
だからこそ、三週間前に頭部を強打した時は焦った。心配した。
意識を取り戻した彼は、特に変わりなく──どこかおかしかった。
「主に性的倫理感が、のぅ」
元からそんなに賢い男ではなかったし。
元から超絶弱かったし。
元から、かるーい男であったのは事実だ。
だが、貞操観念についてはしっかりした奴だった。
「そういうのはみんなが落ち着いてからね?」とか「ダメだよ。みんなにバレちゃうから」とか。
先ほどのように迫ったことだって、今回が初めてではない。
それでも彼は、「ストップだよ出雲ちゃん。まだダーメ」なんて笑って、避けていた。
それが頭部の強打によって吹っ飛んでいる。
「最近化生共の襲撃も多くなっとる。同様に、皆の士気も上がっている。
この……どこか浮足立った、興奮状態のような感覚は……気のせいではないと思うんじゃがの」
偶然か。
はたまた。
「……五百を超える
自分や、他の隊員で考えるならとても簡単だ。
区画を防衛するとなると話は別だが、殲滅する、ましてや生き残るだけであれば、何日間でも可能である。
だが、男が。
多少の訓練を積んでいるとはいえ、男が、単騎で、一時間以上生き残る。
「逃げ回った……のならば、わからなくはないんじゃがの。アイツ、逃げ足はあるほうじゃて」
身軽な分、槍を用いた三次元的な移動が可能だ。
パワーこそないものの、技術力は十二分と言えるかもしれない。
鎖を使い、槍の投擲や引き寄せ、足場に使って跳躍、楔に使って体術。
あれほどの扱いを女がやれば、かなりの戦力になることは間違いない。
「……じゃが」
哨戒部隊の二人が
そして一糸纏わぬ姿の隼が、幼体の糸に絡めとられて眠っていたと。
なぜ、幼体は隼を食わなかったのか。
なぜ、隼は無傷だったのか。
なぜ、幼体は動けなくなっていたのか。
「……隼自身は、答えを知っとるようじゃったが」
アレは話したくない、ではなく話せない、という目に見えた。
信頼も、信用もしている。
しかしすべてを知っているわけではない。
10年前──部隊に来る前に、何をしていたのか。
なぜ軍に入ろうと思ったのか。なぜ槍を使っているのか。
「何故彼が、
「……
「失礼します、出雲さん」
「遅いわ」
顔を上げたそこには、右目を長い前髪で隠した女がいた。
海形。観測部隊04小隊副隊長。
「まぁまぁそうおっしゃらずに。資料、まとめてきたんですから」
「……まぁ、今回に関しては無理を通してもらったわけじゃし、良しとするが……」
「はい。それではこちらが、先日区画を襲った
「あぁ、礼を言うわ」
渡されたそれ。
言葉の通りのもの。通信手として知っておかなければならない知識として、千疋狼。既に知っている知識だが、予想外の行動をした故に調べなおすための大絡新。
そして。
「……幼体の腹の中にあった謎の組織……か」
「はい。人間のものとも、
「ふむ……」
大絡新の幼体。
それらはどれも、ある共通点があった。
腹が裂けていたのだ。
正確に言うならば裂けかけていた、が正しいか。
おそらくは、哨戒部隊の二人の斬撃、あるいは射撃によって衝撃を受け、それが最後の一押しとなって裂けた、ということ。
腹が裂けるほど何かを詰め込まれたか──自らの腹すら気にならぬ程何かを食ったか。
だというのに、研究部と観測部が現場に向かった時には幼体の腹は空になっていた。
腹の中には何も詰まっておらず、ただただ絶命した幼体がそこにあるだけ。
それでも何かあるはずだと躍起になって探してみれば、先に挙げた"謎の組織"が出てきたという次第である。
検出された場所は地中。地表から地中にかけて、染み渡るようにして検出できたそれは、なんらかの細胞であること以外その場では何もわからなかった。
研究部が喜び勇んで急いで研究室に持ち帰り、調査をすること五時間。
報告通り、靄となって消えてしまったという話。
「……」
妥当に考えるならば。
「稲穂隼隊員の細胞。そう考えるのが妥当ですね?」
「じゃから、念入りに健康診断を行ったじゃろ」
「ええ。結果は白。普通の人間……というか、弱小極まりない男のそれでした」
だからこうして悩んでいる。
本人にも聞いた。何があったのか、と。
「海ちゃん思うんです。こうなったら実際に彼を化生に食わせてみ──すみません、失言です。怖い怖い怖い!」
馬鹿なことをいう観測馬鹿の首に添えたナイフを離す。
そんなこと、己が死んででもさせない。
「ひぇぇ……相変わらずの奪還部隊04小隊ですねぇ。他の部隊から何て呼ばれてるか知ってます?」
「闇の小隊じゃろ」
「ええ、病みの小隊」
ちょっとニュアンスが違った気もするが、なんともまぁセンスのない通り名である。
というか、青臭い。なんだ闇のって。
「あー、それじゃあ海ちゃんはこの辺で失礼しますね。
あ、そうそう。なぜ彼が
「……なんじゃ」
海形は、笑顔で言う。
「彼が、この星に属するものではないから──おっと危ない!」
勢いよく閉められたドアにナイフが突き刺さる。
言い逃げだ。
「……ロマンチストが」
吐き捨てる。
何が、この星に属するものではない、だ。
隼は宇宙人か何かか。
あのノーテンキ男が、そんなけったいな存在であるはずがないだろう。
「……まぁ宇宙人みたいな倫理観になっとるんは認めるがの……」
早いところ、慎ましさを取り戻してほしい。
そうでないと──いつの日か、己の方がアブダクションしてしまいそうだから。
女性名鑑
海形
一人称海ちゃん。観測部隊04小隊副隊長。右目メカクレ。
身長178cm。体重55kg。立ち幅跳び15m。
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5.太陽と向日葵、周りなんか
早朝。
と、呼ぶには暗い──午前三時。
周囲、気温は氷点下10℃程──明かりのない雪道は、その白さなどどこへやら……見渡す限りを暗黒の海に満たされた、孤独の世界。
だというのに、はらりはらりと舞うソレは、美しく輝いていた。
桜。
無数の花弁。白き暗夜においても、なお白く──妖しく朱く。
その一枚。
ヒトカケラ。
そこに、男の顔があった。
女の顔があった。赤子の顔があった。老人の顔があった。
すべてがすべて、等しく苦痛に歪み。
自らを嘆き、苦しみ、助けを求める相貌が、浮かんでいるのだ。
彼らは、彼女らは語り掛ける。
苦しいのだと。助けてほしいのだと。共に来てほしいのだと。
泣き喚き、泣き叫び、酷く乞う。
あぁ、頼む。頼む。お願いだから、置いていかないでくれ。頼むから、ここへ。こちらへ。助けてくれ。苦しい。頼む。痛い。あぁ、嫌だ。
それは精神を蝕む声だ。
恐ろしく、恐ろしく、恐ろしく、恐ろしい声だ。
あぁ、恐怖に苛まれたのならば、もう足は動かない。
それは夢すらも侵蝕する逃れ得ぬ刃。意識を失えども追い続ける怨嗟の群れ。
あぁ、さぁ──こちらに──。
「うるさいぞ」
一閃。
それだけで──夜が裂けた。
文字通り、だ。
あれだけ暗かった空に、亀裂が走った。
亀裂からは赤黒い何かが顔を覗かせている。
「大丈夫か」
「あ、はい」
「そうか。強がらなくてもいい。私と居れば、何事にも不安を抱く必要はない。安心しろ」
相も変わらず桜の花びらは怨恨の叫びを上げている。
けれど、しかし、だ。
それが果たして──全く届かないほどの安心感を、その存在だけで抱かせる。
素直に思った。
「……かっこいい」
イケメンじゃん……。
ちょっと色々あった。
04小隊総出(なんと僕も含む)で奪還に向かっていた区画の先で、霧を扱う
……のだけど、なぜーか僕だけ一人はぐれてしまって、さすがに戦場で大声出して呼びかけるなんてヘマは出来ないので慎重に周囲を探索していたところ、これまたなぜーか一人でいた桜隊長*1に遭遇。
話によると、桜隊長も全く同じ方法で分断されたらしく、とりあえず共に行動する事になった。
ただし01と04の担当区画はかなり距離が離れているので、単純に分断されたというよりは異空間てきな、亜空間的なソレに飲み込まれた、と考えるべきらしい。何それファンタジー。
そんな感じで小一時間ほど霧に包まれた周囲を探索していた所、突然目の前に巨大な樹木が現れたのだ。
冒頭の通りそれは桜の木。
見上げる事すら億劫になるほどの、樹木。
天空を枝葉が多い尽くし、地の全てを根が張り尽くし、空間の全てに花弁が舞う。
根の下には、今まで食らってきた人間が
殺すことなく、今も尚生命力と
心を食らう、っていうのは、まぁよくわからないんだけど、多分精神力とか思考とかその辺。
とにかくヤバい奴なのだ。
ラスボスみたいな奴なのである。
桜隊長が"呼ばれた"のは、百歩譲ってわかる。同じ名前だし、強さもラスボスと張り合えるレベルだろうから。うん。わかるよ。
でもなんで僕かなー!
いや、うん、そう、これがチャンスなのはわかる。
僕がかっこいい所を見せられるチャンス。他の隊の隊長にまでかっこいいって思われたのなら、それって本当にかっこいいよね、って。
でもレベルデザイン! レベル09くらいのヤツがレベル999の相手に勝てるワケないだろ! せめて99にしてくれよ!
「危ない」
「へ、」
浮遊感。
顔に当たる膨らみ──直後、先ほどまで僕がいた場所から美しいほどに鋭い
うわー、攻撃手段花弁だけじゃないんだぁ。
「避けるのは、難しいか」
「いえ、大丈」
「しっかり捕まっていろ……!」
前会った時から気付いていたけれど、この人あんまり話聞いてくれない。いや、聞いてくれる事は聞いてくれているけれど、こちらの意見を飲んでくれないというべきか。
とかく、先ほどよりも強く抱きしめられた僕は、改造軍服越しの柔らかさを堪能する。
持ち主……桜隊長は避ける避ける避ける。
殺到するように生え縋る根の嵐を、脚力だけで。
遠くから見て居たら、さぞ美しいのだろう。
抱きしめられている僕としては大分ジェットコースター。レール無し。
「桜隊ちょっ、僕を抱えて、ると! 反撃できないんじゃ!」
「問題はない。この程度の化生──片腕でなんとかしてみせるさ」
ぐあああああ!
僕が言ってみたい台詞ゥゥゥウウ!
とはいえ。
多勢に無勢、というべきか。
この空間の全てが敵。
対して、足手纏いを抱えた桜隊長は一人。
この空間の広がりがどこまであるのかはわからないけれど、そんなに遠くに行けるとは思えない。
それができるのなら、桜隊長はまず遠方に僕を置きに行くだろうから。
抱えて戦っているということは、そうせざるを得ない、という事だ。
桜隊長が大きく跳躍する。
今度は根ではなく、花弁による攻撃。
そしてその花弁の総数は、千や万、億では済まなそうだ。
この空間──天も壁も、全てその花びらなのだから。
「く……」
桜隊長が着地を行う、その瞬間。
ボゴッ! と……地面が大きく陥没した。
「何、」
地面の全てが根なのだ。
その根の全てを、自在に操れるのならば。
隆起させるだけでなく、陥没させる事だって思いのままなのだろう。
足がかりを失い、バランスを崩す桜隊長(with僕)。
そこに斬裂の花弁と刺突の根が殺到する──。
「というのは僕が何にもしなかったらの話で!」
最も近い根に向かって槍を投擲。
力の限り、鎖を引っ張る!
根へと自ら突っ込む形となるが、そこはそれ。
桜隊長が眼前の根を叩きつけ、反動によって僕らの体を逸らした。
僕の槍は回避にも使える……というか、僕が使う場合は回避がメインなのだ。
無理やりな体勢でも問題なく投げられるように訓練をしている。ありがとう日々の訓練。とても役に立った!
「助かったぞ、隼」
「それは良かったです!」
ただし、男の僕の膂力である。
スピードは期待しないでほしい。
今なお伸び続ける根の側面を疾走する桜隊長のようなコトは出来ない、というワケだ。
「緊急の回避は、任せる。突っ込むぞ」
「はい!」
よかった。この人はステレオタイプじゃないんだ。
男は何をやっても戦闘の役には立たない……それが世間一般。
たとえどれほどの成果を上げたとしても、フィルターが剥がれる事はない。
でも、桜隊長は認めてくれた。
少なくとも空中制動は少しばかりは"やる"と。
樹木の周囲を駆けずり、回避に専念するばかりだった桜隊長の動きが変わる。
大木に向かって直線的に。
追い縋る根をノールックで避け、降り注ぐ花弁を叩き散らして進む。
陥没や根の壁など、どうしても立ち止まらざるを得ない場合のみ僕が槍を使い、その制動の手助けを行う。
もう、目前だった。
違う。
目前にあるのは──天だ。
「──」
走っている。
垂直の壁。幹肌。
いくら女性といえど、重力には逆らえない。
04小隊のみんながいつもやっているそれは、あくまで勢い──慣性力に物を言わせた壁走りだ。
だが、桜隊長は違う。
樹皮の僅かな凹凸。そして爆発的な脚力による推進力。
それらが、重力の追いつけぬ域にまでその身をのし上げている。
「、」
桜隊長が何か言葉を発した。
しかしそれが僕の耳へ届くことはない。
その声を、完全にかき消すほどの絶叫が響き渡ったからだ。
幹と天の境。
ざわめく花弁と肉塊の幕の麓。
そこにソレはいた。
──天女。
美しい。厳かに、酷薄に、鮮明に。
白と桃に包まれた、天衣を纏う女性。
「
世間には
違った。
「それは──マズいな」
マズい。
桜隊長ですら、零してしまう程には、不味い。
勝手な見立てとして、桜隊長はあくまで
しかしながら、
超大型の台風に人間が立ち向かうようなものだ。
まずダメージが入らないだろう。
「不味い、な」
本当に。
一瞬、目を伏せる。
桜隊長がこの場にいる──と、僕は本当に役立たずになってしまう。
だけどこの人が一人で逃げるなんてありえないだろうし。
マズイなぁ。
「なぁ、隼」
「はい」
「周囲の木を痛めつけるだけで、奴が弱ると思うか」
「思いませんね」
思わない。
アレがコアなのは確実だ。
あの天女がいる限り、この空間は文字通り無限に再生・増殖するだろう。
あるいは。
「ちなみに桜隊長」
「なんだ」
「僕にとっておきの最終手段があって──それをするには、僕を囮にする必要がある、って聞いて、それで行こうと頷いてくれますか?」
「頷くと思うのか?」
デスヨネ。
大丈夫、信じられないのは慣れて──。
「だが、いいだろう。お前が信用できる事はこの数時間でわかった。嘘がないこともな。
私はお前を信じる。だから、お前も私を信じろ。信じて託せ。私がやるべきことはなんだ?」
──いたのに。
なんだ、この人。
かっこよ。こんな状況で、自分の常識捨てられるのか。ちょっと怖いくらいだ。
こんなにおっぱい柔らかいのに。
「簡単です。思いっきり僕をあの天女に向かって投げてください。その後、桜隊長は全速力で退避を。この空間の端の方まで行ってください」
「
そこに疑いはない。
全幅の信頼だ。めちゃくちゃ気持ちがいい。
垂直の幹。
話している間も駆け上がっていたそこで、僕の腰の辺りを掴む桜隊長。
「──信じている」
「任せてください」
迅速な判断だ。
言葉を発したのが桜隊長でなければ、無責任と思われるかもしれない。
だがその目は──。
「行け!」
加速。
世界の全てが筋となって流れていく。
槍を手放し、腕から鎖を外し、さらに加速。
その間、二秒はなかったかもしれない。
「──ッッ!!」
眼前に、それはもう美しい女性のカラダがあった。
誰かに指示を出すことはあっても、指示を出される経験はあまりなかった。
いや、久しぶりというべきか──まさかそれが、「男を一人、囮として戦場に置いて逃げろ」などというものだとは思わなかったが。
まさかそれに、自身が従うことになろうとは、夢にも思わなかったが。
自身へ一切の興味を示さなくなった根を踏みながら、全力で空間の"外"へと向かう。
段々と根の密度が薄くなり、その下の雪が見えるようになってきた。
思うところは、ある。
後悔も、十二分にある。
自身がもっと強ければ。
それに尽きる。
「……」
歩を止める。
雪と霧の境目のような場所。
ゆっくりと、振り返った。
「……やはり、
そこには何もなかった。
いや、あるにはある。
ただの雪の山が。
そして──その頂上に突き刺さった、彼の槍が。
幻覚を扱う
実際、世界各国の街がまるまる消えた、という話はいくつもあがっている。
それは
おそらくは先ほどまでいた空間も、どこかの街であったのだろう。
街を丸ごと食らい尽くしたあの
「……信じているぞ」
槍を引き抜く。
使い込まれた槍だ。材質そのものは女が使うものと同等だが、重さは大分軽い。
男だ。女と力を比べても意味はない。
だからこそ、解せなかった。
己はわかるのだ。
今回だけのことではないから。
特に男を好む。
だが、男がいなければ女を食う。
そしてその個体によって、好きな女の味、というものがあるようなのだ。
民間人しか食らったことのない個体は好みに偏りがあるような報告はされていないが、軍人──それも、"強さ"をある程度持つ軍人を食らった
強い方が美味い、と。
そして強力な
己がその"強い"部類に入るのだという自覚はある。
だからこそ、こうして誘われること、攫われること、目を付けられることは慣れているのだ。
「……」
だから、わからない。
確かに隼は男だ。
それだけで好む理由となろうことはわかる。
だが、己を見逃してまで、熱中するというのはどういうことなのか。
それこそ空間を完全に閉じるなど、手法は様々あったはず。
だというのに、あの
囮となった隼を見た途端、すべてのリソースを彼に割き、己には目もくれなかった。
「……隼がそんなに"美味い"、ということか?」
美味いというか、美味そう、というか。
ではやはり今、彼は食われてしまっているのか。
「最終手段、というもの……信じているぞ」
信じている。
それは一点の曇りなくそうだ。
だが、気にはなる。
気にはなるし──気にしない、なんてのは無理な話だ。
自分の中の"女"が叫ぶ。
助けに行きたいと。
嬉しかった。
あんなに素直な「かっこいい」を聴いたのは久しぶりだったから。
女の子であれば、だれだって思うはずだ。
カッコよくありたい。男の子には良い恰好を見せたい。
そうでなくとも、男の子を守れる存在でありたい。
「……今の私、かっこ悪くないか」
男の子が出した、自身を犠牲にする最終手段。
信じていると言い切った──だが、彼が帰ってくるとは言っていなかった。
それに気づいていてなお指摘しなかったのは、彼の目に死の意思がなかったから。
そのことに全体重を預けて、今空間を出ようとしている己。
かっこ悪くないか。
「……隼。君の事は信じている。
だがそれとは別に、私のプライドがある。勝手ながら──助けさせてもらおう」
雪山の頂点に立つ。
軽い槍を背に背負い、獲物を抜き。
「 」
空間を、切り裂いた。
まず、ソレが目に入った。
衣を開けた女。
その腹は、まるで子を身籠ったかのように大きく膨らんでいて。
次に、その下にあるものに気付いた。
裸の男。
男だとわかるのは、女にはないものが見えたからだ。
直感的に、隼だと気付いた。
「──!! ──!!!」
空間の侵入者。
おそらくこの世界の全てを掌握しているだろう
その叫び声は拒絶。
本来であれば獲物であるはずの己に対して、こうまで拒絶を見せる。
わかった。
これは、この感情は。
「邪魔されたくない、だろう。だがそうはさせないぞ」
それは果たして、長らく感じていなかった感情だった。
果ては共感すら覚える。
気付いていなかった。だけど、己もそうだった。
だから、言う。
「
言った。
言った瞬間、すべてが解き放たれたのを感じた。
まるで己を縛っていた鎖が消えたかのように。
ずっと嵌められていた足枷がとれたかのように。
「
独占欲──。
いつのまにこんな感情が芽生えていたのか。
しかしその昂りは決して抑える事の出来ないもの。
目の前で
激昂もしよう。
「──! ──!!」
だがそれは、
共感はする。理解はする。
なんたって、自分と彼だけの空間で、今まさに
全力で排除にかかるのも頷ける。
だからこれは、女の──メスの戦い。
奇しくも重なる意思は、一つ。
──消えろ!
いなくなれ。邪魔だ。
口火は切られた。
今ここに、熾烈な"生存競争"が──。
「は」
始まらなかった。
あっさりと。
何の手ごたえもなく。
最悪の災厄。天災の権化。
「……は?」
空が崩れていく。
主が死んだことで、この異空間が保てなくなっているのだろう。
呆気にとられている暇はない。
こういう異空間は、中心部で崩落に巻き込まれると再び現世へと戻ることは叶わない。
少なくとも、一人足りとて戻ってきた者はいない。
「隼──ッ、……気を失っているのか?」
裸の、なんとも
しかし、さすがにそんなことを言っている場合ではないのである。
「くっ……すまない!」
意識のない全裸の男に触れる。
普段の己であればあり得ないことだ。
だが緊急事態。許してほしい。
というか、先ほどの自分は何かとても恥ずかしい言葉を発していなかっただろうか。
気を失っていてくれてよかった。
王子抱きだと、見えてしまって集中できない。
ので、申し訳ないが俵抱きで行く。
崩壊はすでに危険なところまで来ている。
自身の入ってきた切り込み。
そこへ、抱いた隼と共に全速で突っ込んだ。
「──隼がいたよ! あ、あとなんでか01の桜隊長も!」
奪還部隊の中で、唯一哨戒部隊出身の
その目に当てている双眼鏡は、先ほど取り返したこの区画の北を向いている。
霧の中、分断された時は全身の冷や汗が止まらなかった。
今まで意思の力で止めていたそれが、ようやく自然と引いていくのを感じる。
「無事なのか!?」
「……うーん」
歯切れが悪い。
表情は──なんともいえない、という感じだろうか。
「……全裸で、桜隊長にぴったり抱き着いて、頬を赤らめている様子が無事っていうんなら、無事かなぁ」
それは無事ではない。
大事だ。
「とにかく、迎えに行くぞ!」
何事か。
なんとしてでも──それを聞き出さなければいけない。
そして取り返さなければ。
聞くところによれば、01の桜隊長は隼の引き抜きを画策しているらしいではないか。
絶対に、させない。
隼は私の……私達の大事な仲間であるのだから。
そう、心に強く誓い。
私たちは二人の元に向かうのだった。
ぐろうすと図鑑
アラクネー / 大絡新
幼体は体高1m程だが、成体となると体高は5mを超える
生まれたときには千を超える幼体が存在するが、成長につれて狩られる・餓死する・共食いをするなどをするため成体になれる個体は五体いれば多い程度。
トシュカトル / 白徳利
煙管を持った体高7~8m程の化け狸。
この化生を包む煙を一定量以上吸引すると、完全に五感の制御権を失い、ただ夢を見せられるだけの人形と化す。
意外にも本体の運動性能も高く、煙管を用いずとも部隊全滅の恐れがあるほど狂暴。
ウェープアウト / 千疋狼
最大千匹まで分裂できる大型の狼。一匹でも残っていれば再分裂可能であり、仕留める事は非常に困難。
一体一体が下位獣種クラスの強靭さを備えており、それが千体、完全な意思疎通と連携で以て襲いかかってくる。
ガオケレナ / 桜之精
世間一般にはこの世に数えるほどしか存在しない固定地点支配型の
本体が死なない限り、無限に再生・増殖を行う桜の園を作り出す。根・枝・花弁は自在に操作可能。
また、捕らえた人間を養分として"飼う"事が出来る。
その怨恨を花弁に乗せ、対象の精神を侵食する。
ぐろうすと単純強さ表
☆1 | 虫種 【Bugs】 | 基本は群れないと弱い。時折単一で強大な個体が出現する。 |
☆2 | 水棲種 【Bogs】 | 沼地や池、海、河川など水がないと力を発揮できない。必要水量は種類による。 |
☆3 | 鳥種 【Birds】 | ほとんどの個体が飛行可能であり、高い速度を持つ。広範囲に生息。 |
☆4 | 獣種 【Beasts】 | 全個体が強力且つ狂暴。それぞれが特有の能力を持つため、対処が難しい。生息地は基本固定。 |
☆5 | 植物種 【Blooms】 | 固定地点に根を張り、周囲一帯を支配する。全個体が最上級に強大。 常に支配域を拡大し続けている。 |
☆6 | 人型種 【Betrayers】 | ほぼ伝説の存在。確認されている個体は片手の指で足りる程だが、あくまで確認されている個体の話。 高い知性を持ち、芸術や歌唱、嗜虐などの個性を見せる他、捕まえた獲物を改造することもあるらしい。 |
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6.月の欠片を集めて
変な話なのだが、すでに軍にとって
人類の脅威であることに変わりはなく、倒すべき敵であることにはまったく変わりないのだが、如何せん。
如何せん、軍の施設やら防壁やら武器やら廊下やらなにやらかんやら……大体の物資・施設の素材が
少し考えてみればまぁ、普通の話というべきか。
僕たち奪還部隊が支配・占拠された区画を奪還した後、どのようにして民間人が住まい得る空間に仕上げるのか、という話。
それは勿論、現地にいた
それが一番耐久力あるし。
それが一番手軽だし。
無論木材や石材も使用するには使用する。
けれど、圧倒的に
それに、木材や石材は有限だけど……
だから例えば、僕の槍とか。
軍人各位に支給されているインナースーツだとか。
前者は
無論僕が非力オブ非力だから
反対に、鉄を始めとする鉱石は非常に貴重だ。
世界各国の鉱山の9割を
僕が知っている鉱山をみんなが知らない、という事もあった。そもそも見つかっていない、という事だろう。まぁ、僕とてそんな沢山の鉱山を知っているワケじゃあ、ないんだけどね。
取り返しに行けばいいじゃん、なんて簡単な話ではない。
単純に
そして残念なことに──
本当に残念なことだと思う。
こんな状況になっても、人類は争いをやめないのだ。
領地拡大。生存競争。手を取り合って、ではなく。他者を蹴落としあって。
01から09の小隊間でも、それは同じ。
日々互いが牽制しあっているし、監視しあっている。
だからこそ桜隊長みたいなフットワークの軽い人は珍しい。というか、隊長クラスが他の隊の区画にフラフラ現れるもんじゃあない。
誰もそれに対して文句を言わないどころか、話題にすら上げないのは、それもまた単純な話。
強いからだ。
桜隊長が。
01から09の数字が単純な強さ順、というワケじゃあない。
だけど、01の隊長が最強なのは周知の事実。
ただし美人の甲乙は……正直つけがたい。全員可愛いし、全員美しい。本当にどうなっているんだこの世界は。
話を戻そう。
まぁ、そういう事情があって、金属は貴重なワケだ。文字通り貴金属で重金属だね。意味は違うけど。
ちなみに、為政者は男女半々だったりする。
男が内に籠った分、女性が力に秀でた分、双方がぶつかりあって相殺した感じかな。
さらに話を戻して。
そんな感じで、今や人類の生活に欠かせなくなった
いやまぁ、欠いてくれるに越したことはないんだけどね。出来れば全世界一斉に。いっぺんに。
奪還部隊はあくまで区画の奪還をする部隊だ。
奪われた区画を奪い返す。それが仕事。
先に言った哨戒部隊や防衛部隊でもない──収集部隊というのが存在する。
それこそが、生活に必要な
この部隊に必要なのは、三つ。
刺激しない。悟らせない。死なない。
まるで忍者のような、ではなく。
元忍び──他の部隊が国防軍の成れの果てなら、彼女らはジャパニーズニンジャの成れの果て。
闇夜に紛れて音も立てないプロフェッショナル集団である。
「というワケで、お届け物です」
「ん」
見た目、完全にコスプレ忍者であるその人に小包を渡す。
収集部隊04小隊。その詰め所。
初めて来たけど……すんごい静か。
胸元は紫と黒の中間色みたいな色の布でしっかりと覆っている。
にも拘らず、お臍やら鼠径部やらは網目状のモノに覆われてはいるものの、がっつり露出。
腰にはスリケンやらクナイやらでも入っているのだろう、
眼福。
「……まだ、なにか」
「あ、いえ。用はないんですけど……ちょっと気になって」
「?」
だって忍者と言えば、房中術。
つまるところ、エルォイ術である。
気にならないわけ、ないじゃん?
まぁ本当の所、道教における交わりを通じて健康になりましょう、みたいな術らしいんだけどサ。
「……ん?」
「?」
僕がそのおヘソをガン見していたからだろうか。
顔の角度的に俯いていると思われたか、収集部隊の女性がこちらを覗き込んできた。
……かわゆい。
無口系だ……!
貞操観念逆転世界だから、所謂陰の者みたいな扱いを受けるんだろうけど、いやそういうと女性の陰の者がいないみたいで語弊があるけれど、まぁ、うん。
そんなの僕には関係ぬぇ!
しかし、なんだろう。
ちょっとこの部屋暑くない? 体火照ってきちゃったよ。
え、いやワザとらしくないって。いやいやそういう意図があるわけじゃあないって。
いやほんとに、体アツくて──くらくらするような。
「効きが浅い……悪い?」
「わぁ、目の前によさそうなクッションが」
ここになら、倒れても怪我はしないだろう。
顔面から地面に行くのは嫌だからね。鼻血出してみんなに笑われたくない……というか、心配されたくないし。あと痛いし。
そんな感じで──ぽふ。
「……無防備」
「据え膳」
「これは良い届け物」
何か耳元でボソボソと聞こえる──いや、眠いし、いいかぁ。
そうして僕の意識は──暗闇の中へ落ちて、行かなかった。そりゃあそうである。僕に毒物薬物の類が効くわけもなく、僕の意識は常に覚醒状態にあった。目は閉じている。筋肉が弛緩している。弛緩させている。しかし感覚は鋭敏だ。彼女らの話も聞こえているし、自身の状況も理解している。問題の有無。危害を与える様子はない。ならば、静観でいいか。
「──ハッ!」
あたりを見渡す。
目の前──天井。
僕、半裸。手足がベッドに縛られている。
真横に衣擦れの音。
これは食われる流れ!!
ギシャイ。
「──じゃ、なさそうですね!」
真横を見て、わかった。
そこにいたのは一匹の熊。
持ち上げられた手に──腹を掴まれている、さっきの女性。
血の臭い。
「これは緊急事態だと判断しよう」
四方八方から呻き声。どれも、先ほど部屋にいた女性のもの。
比例して強くなる血臭。
これはマズイ。
緊急事態だと、判断した。
「おりゃ」
ぐりん、ごりん。
肩の関節を外す。幸い拘束はそこまで強いものではなく、体を起こすことには成功した。
焼けるような痛みが両肩を襲う。
まぁそれは置いておいて、見渡す限り死屍累々。うわぁ、と。
なーぜか半裸の女性たちが悉く傷を負って倒れているのだ。なーぜか。
壁には大きくあいた穴。鬼熊が入ってきた穴だろう。
武器をロクに持っていなかったのか、不意討ちが過ぎたのか、ほとんど無抵抗に引き裂かれたように見える。
「クマさんクマさん、僕の方が美味しいぜ?」
言いながら吐きつけるは、僕の唾。
見事命中したソレは、ギロりとその瞳を向けさせるに十分だったらしい。
「ゃ……め……!」
まだ意識があったらしい女性。
しかし、極上の獲物を前に煩わしく思ったのだろう鬼熊が、荒々しく女性を投げ捨てた事でその意識も途切れた。
途切れて、くれた。
「ほら、この腕。関節が外れていてね、動かないんだ」
見せる。
見せびらかす。
ほれほれ、美味しそうだろう?
次の瞬間には、腕がなくなっていた。
わ、速い。
「ありがとう!」
拘束の外れた腕でもう片方の腕と両足の拘束を解く。
くるんと体を翻し、僕の槍と服が置かれているロッカーの上へ退避。一応、目覚めた人がいないかだけチェック。
「ほらほら、コッチコッチ!」
服を着ている暇はない。
ないので、槍だけ持って詰め所の外へ出た。
ちなみに男が上半身裸で外に出ると、物凄い剣幕でみんなから怒られる。
数拍。
のそりと、鬼熊が詰め所の外へ出てくる。
よし、釣れたね。
残念ながら救援要請の煙玉は服の方の備え付けなので、怪我人の彼女たちを今すぐに助けてあげる、ということはできないのだけど……まぁ、そこは僕の仕事じゃあないかなぁ。
半分以上、彼女らの自業自得……いや誘ったのは僕だから僕のせいっちゃ僕のせいか。
「ヘイト稼ぎ役としてみれば僕は優秀なんだよね。それと──」
怒りと、興味と、好奇心と──もっと食わせろという食欲。
それらが綯交ぜになった赤い瞳の鬼熊が、その鋭い爪を振りかぶる──ッ!
ガン、と硬質な音が響いた。
「僕は君には勝てない。
けど、負けもしないよ。残念だったね」
急速落下する
見えている。
見えているのなら、止められない道理もない。
「あ、そうだ」
ガコッと肩を嵌める。片方外れたままだったからね。
でも一対一なら話は別である。
鍼燕だって、勝つのは無理だ。でも負けない。僕一人じゃ倒せないけれど、負けないことは出来る。
だって僕。
「こんなところで、死ねないからさ」
久しぶりに、笑って。
「……これは」
収集部隊が一人、
自身らの仕事たる"収集"から帰還して──すぐに異変に気付いた。
気付かない方がおかしい。
詰め所に大穴が空いているのだから。
そして、中へ足を踏み入れてみれば。
「……! しっかりしろ!」
滅多なことでは大声を出さない自身が、久しぶりに声を荒げた。
壊滅。
血の臭い。誰も死んではいないが、死にかけている。
すぐに医務道具を取り出し、治療を始める。
「身月……」
「意識があったか」
治療を行いつつ、声をかける。
消え入りそうな声だ。傷口から見て、下手人は鬼熊か。なぜこんなところにいる。
「救援……呼んで、身月は、……彼、を」
それだけ言って。
自らの隊長である
彼。
初めに思い浮かぶのは、02の御方。運命の涙と称される類い稀なる知啓の軍師。
だが彼はもう高齢で、何より前線に出る軍人ではない。
ならば。
理解した瞬間、防衛部隊と研究部隊、医療部隊への救援要請を告げる煙玉を打ち出していた。
倒れ伏す仲間に一瞬顔を顰めつつ──詰め所の外に出る。
足跡。激しい戦闘の痕跡。
「何時間たっているか──急がないと」
実際に見たことがあるわけではないけれど。
噂は、聞いている。
奪還部隊のマスコット。戦場をうろちょろする邪魔者。売男。
良い噂と悪い噂の混在した青年。
悪い噂ばかりなのは仕方がない。自身ですら──男が戦場にいたら、邪魔だと思うだろうから。
「! 金属音」
駆ける。
自分たちは奪還部隊や防衛部隊程戦闘には長けないけれど、走力には自信があるから。
すぐに、辿り着いた。
そこで目を奪われた。
ほぼ無傷の鬼熊。
対するは──全身から血を流し、裂傷だらけの。
上半身、裸の青年。
槍を扱い──汗と血が舞う。ハダカの上で。
「これは……刺激が、っ、ょぃ」
自分は初心である。
否、収集部隊全員、初心である。そしてむっつりである。
いきなり男性の半裸とか、刺激が強い。
「やぁ! 来たなら手伝ってくれると嬉しいな──!」
「……はっ」
声を張り上げる元気はあるらしい。
それに、さりげなくやっているけど……あの極限状態で、こちらを見つける余裕もあるのか。
収集部隊として鬼熊に気付かれない程度には隠れているというのに。
「撃破する」
「ヒュウ、頼もしい!」
鬼熊が爪を振り下ろす。
それをしっかりと槍で受け止める様を見届けつつ──鬼熊の首に薄刀を刺し込んだ。
ギャシャアという声。
疑問。鬼熊はそんな声では鳴かない。
疑惑をそのままに戦うのは危険。薄刀を抜き、バックステップで後退する。
「質問する。コイツは本当に鬼熊か?」
「え、違うの?」
「了解。答えは持ち合わせていない様子」
薄刀を見る。
月の出てくる時間。月の輝きに照らされた刀身についた血液は──赤だ。
赤だと?
赤は──
「気をつけろ!」
それは本日二度目の怒声。
普段声を張らない自分が、ここまで大きな声を出せるのかというくらいの。
「気をつけろって、そんなのずっと前から──、」
彼の頭部が。
地面に叩きつけられるのを、見た。
ぐしゃあ、と。
赤が広がるのも。
「──」
逃げるべきだと理性が言う。
逃げて、応援を呼ぶべきだと。
そもそもおかしかったのだ。
区画内にある詰め所に、何の障害もなく侵入したと思われる痕跡。あれが鬼熊の知性であるはずもない。
あれは
「──」
逃げるべきだと、逃げるべきだと。
言う。私が。冷静な私が言う。彼はもう助からないのだから、と。
だというのに、なぜ。
なぜ、私は薄刀を構えている?
「その腕を──退けろ」
それは、全能感だった。
理性を覆い、上回り、吹き飛ばす程の全能感。
今なら何でもできる、と。
今なら──誰だって助けられる、と。
囁く。
本能が。
「それは、己のモノだ」
抑えきれない。
抑えるタガさえも、本能に準じているのだ。
「退け、イディ!!」
本日三度目の怒声。
それは、今生において始めて放った激昂となって、森に響きわたった──。
「やぁ! 久しぶりだね、稲穂隼。調子はどうかな」
「最悪だよ、久しぶりにね」
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7.月明りの道標
非情に残酷な表現アリです。
僕の目の前には、小憎たらしい笑顔を浮かべた青年が立っていた。
華奢な手足。低い身長に、さほど良くない肉付きの躰。
手には鎖。その先にあるのは槍ではなく、鈍重そうな足枷。反対に足の鎖は手枷へと繋がっている。
囚われの身であることは明白だった。
この真っ暗闇の空間に、彼は閉じ込められているのだ。
……否。
閉じ込められている、ではなく。
閉じ込めている、が正解だろうか。
「最悪な気分──にしては、随分と口角が上がっているようだけれど?」
「お互い様じゃないかな、それは」
確かにそうだね、と笑って返す。
あぁ、だって。
「ようやく"目的"を果たせるかもしれないんだ。笑いだってするさ」
「それもお互い様だね。僕だって、やるべきことが残っている」
今度は互いに表情を落として。
彼には申し訳ないけれど、諦めるわけにはいかないのだから。
「そうだ、聞きたかったんだけどさ」
「なんだい」
「キミの目的。宇宙人である君の目的に、あの
「まさか。そもそも僕は宇宙人ではないと何度も言っているだろう? その上で言うよ。アレは僕に関係のないものだ。僕としては、そっちこそ親玉とか親戚なんじゃないかと思っているけれどね」
「それこそとんでもない話だよ」
一緒にしないでほしい。
あんな中身ぐちゃぐちゃの奴らと同一視されるなんて耐えられないね。
「さて、それじゃあそろそろ決めようか?」
「そうだね。あんまり心配かけても悪いし」
ジャラジャラと鎖の音が重なる。
彼の鎖の音。
だけではない。
僕の首に繋がっている鎖の音でもある。
「どちらが皆にまた会えるか」
「どっちが向こうに戻れるか」
その"差"は歴然だった。
それでも。
「改めて言うよ、稲穂隼」
「僕は君が、大嫌いだ」
月明り──。
その光が途切れ途切れに差し込む森の中。
そこで、死闘が繰り広げられていた。
片や、体長3mはある巨熊。
こなた、所々が破けた忍装束に身を包む一人の女性。
打ち合い、克ち合い。
振るわれる打撃の威力も、斬撃の鋭さも、体重も、リーチも……全て巨熊が勝っている。
対する女性は肩で息をするほどには呼吸を荒げ、体の至る所から流血している。
勝敗は火を見るよりも明らかだった。
だというのに。
「ハァ!」
ギシャア! と。
今。現時点で──悲鳴を上げているのは、巨熊。
否、負けているわけではない。
だから、拮抗だ。
拮抗している。
少なくとも
それはあり得ない話だ。
あり得ない。
あり得ない事は──女性が一番よくわかっているはずだった。
収集部隊の隊長であっても、こうはならない。
だが、奮っていた。
彼女の中。
こんなにも、手応えがある。
こんなにも、充足感がある。
こんなにも、殺意が滾る。
冷静な自分の否定を悉く潰し、その怒りを刃に乗せる。
自分が。自分が。自分が。
「そこを、退け──」
巨腕が振るわれる。そこに攻撃が来ることはわかっていた。だが、体の反応が限りなく遅い。
鋭爪が身を切り裂く。その軌道はすべて見えていた。だが、足が思うように動かない。
既に戦闘開始から数時間が過ぎようとしている。
どんなに士気が上がっていても、どんなに殺意を滾らせていても──限界が近いのだ。
それでも逃げようと思わないのは。
なぜ?
「!」
霞む視界。ぼやける思考。
自身の戦闘理由に疑問を持ってしまった。
直後、眼前に爪があった。
避けられない。どころか、眼球を貫かれる軌道だ。
無理だと悟るのに、時間はかからなかった。
「、」
言葉は発されることなく。
ぞぶ、という不快な感触とともに、彼女は輝きを失った──。
「OK、予想の300倍は緊急事態みたいだね。それじゃあ、スマートに行こう」
半分が暗闇に堕ちた視界。
残った半分さえぼやけるそこに、ひとり。
男が立っているのが見えた。
でも、それまでだった。
意識は、ほどなくして。
深い深い、海の底へ沈んでいく──。
「さて」
大きく息を吸う。
いやぁ。
「空気美味しいなぁ! いや文字通り息が詰まってたからね。すぅはぁすぅはぁ! っとぉ! 人が深呼吸しているところに攻撃してくるヤツがあるかい!?」
空気を読まない
そういうとこだよそういうとこ。
「……なんて、まぁ馬鹿をやっているヒマはないか。お姉さん瀕死だし。治療しないとマズそう」
知らない人とはいえ、目の前で失われる命なんか見たくはない。
早めに済まそう。
とはいえ相手は
これが
「……気絶しているとはいえ、人前で……しかも外で肌を晒したくはないんだけどなぁ」
僕は露出狂か、っての。
でも、仕方ない。
僕の二十余年に及ぶフィールドワークと研究の成果から、
強い個体程、強く雄を求める、と。
女性のことを個体、というのは聊か抵抗があるけれど、でもそういうことなのだ。
個体としての強さをさほど持たない女性は、半ば遊び感覚で男漁りをする。気軽にナンパするし、気軽に捨てる。
逆に強い力を持つ女性は一途で、少々病み気味。独占欲が強く、拘束力も高い。
そしてそれは
弱い
でも強い
人間でいうお金持ちや権力者に値する強い化生は、常に美味しいモノ……つまり男のみに固執するわけである。
ちなみに食料としての女性も、強い個体の方が好きみたいだね。
「フフ……そら、邪魔な
既に破けかけていた軍服を放り棄て、インナースーツも半分以上
切り傷から流れている血を肩や胸へと延ばしていけば、
ごくり、と。
そのまま、インナースーツの下に手をかける。
一つは、獲物自らが食べやすい恰好になるという事態に様子を窺っているため。
もう一つは、一つ目の理由に通ずることではあるけれど。
「その爪じゃ、剥きにくいんだよね?」
言葉や意思が通じるとは思っていない。
けれど、そういうことなのだと知っている。
だが、その他のものは食べないのだ。
石。土。木。繊維。金属──人間の造り上げた建造物がそのまま残っているのはこのためだし*1、わざわざ攻撃を行うのもこのため。
要は、あの狂暴な手で、なんとか邪魔な皮を剥ごうとしていたワケである。
軍服やインナースーツという皮をね。
まぁ、力が強すぎて結果的に僕の体を切り裂いていたワケだけれど。
「……ふぅ」
股間。
胸を晒すだけでも大分抵抗があった──けれど、ここは殊更に抵抗がある。
背後、気絶している知らない女性。
目前、息を荒げている
ず、と。
覚悟を決めて、下部パーツをずり卸した。
ギシャァ! と。
森の中で全裸になる。
……本当に恥ずかしい。こんなところを部隊のみんなに見られたら、一週間は顔を会わせられない。
「う、ぐぅ」
弾力はあるのだろうが、人肌には硬いとしか感じられない肉球が全身を圧迫する。それでもさっきよりはかなり弱い──壊れやすい獲物であると学んだのだろう、かなり丁寧な持ち方に思える。
そして生者と死者では、前者を好む。
鮮度が良い方がいいのか、それとも心臓が動いている方が美味しいのか。
そこは
邪魔な皮を剥ぐことに成功したのなら、あとは
この
ゆっくりと持ち上げられ、掲げられる。
巨腕によって大部分が隠れているとはいえ、全裸の身を抱えあげられるのはめちゃくちゃ恥ずかしい。
眼下、ぐばぁ、と大きな口が開いた。
ギザギザの牙。並々と広がる口蓋。深淵の喉奥。
そこに、僕の右足が入っていく。
「……本当、慣れないなぁ。うぅ、気持ち悪い」
ざらざらの舌が
生暖かい空気が右足を包む。不快感。湿った、粘性のある空気。
舌は舐るように味わうように足を包み、ぐねぐね、うねうねとのたうち回る。
アキレス腱や膝窩などの窪みに舌が這うたび、言い知れぬ感覚がゾクゾクと全身を駆け巡る。
生暖かい空気の層は足の付け根辺りで止まり──その口が閉じられた。
「う、ひぃ」
しかしまだ、噛み千切られることはない。
高位の
獲物の反応を楽しんでいるのか、それとも美味しいものを長い間食べて居たいがための焦らしか。
鋭い牙が太腿に当たってこそいるものの、それ以上進む様子はまだなく、尚も足をベロベロ、グチュグチュと舐めしゃぶる。
不快感とくすぐったさが互いを相乗する。
そして一頻り味わった後──来た。
「ぎ……ぐ、ぅ」
肌に異物が入ってくる。冷たくとも熱くとも感じられない異物。
その感覚を覆って余りある、灼熱のコテを押し当てられたかのような──痛み。
痛い。痛い。痛い。
反射的にボロボロと涙をこぼす。喉からは嗚咽が漏れ、そして多大なる喪失感が全身を襲う。
我慢しろ。我慢するんだ。
これは永遠に続く痛みじゃない。苦痛は一瞬だ。大丈夫だ。大丈夫だ。
逃げ出したくなる。意識を失いたくなる心を必死で抑え込む。
「うるさい……うるさい! 僕は一人でやれるんだ……!」
痛い。痛い。痛い。
ぶち、と。
軟骨のちぎれる音がした。
「ガ、ァ──!」
翳る。
意識に
大丈夫だ。我慢できる。大丈夫だ。大丈夫だ!
「……」
咀嚼。
散々味わった僕の右足を──飲み込むのがわかった。
さて、では次に左足を、と……行こうとしたのだろう、僕を再度持ち上げようとした
脂汗の伝う顔で、静かに息を吐いた。
次の瞬間、ボゴォッ! と。
たまらず僕を手放し、自身の喉や腹を押さえる
その間も膨張は止まらない。ゴリゴリ、ギチュギチュという不可思議な音とともに、
そして、ピシッと。音がした。
ぐりんと上を向く瞳。
大きな口からはあの不快な舌が投げ出され──そのまま、動かなくなった。
動かなくなった。
「……いいから、早く戻して」
ぐじゅるるッ、と。
これはこれで慣れない感覚だけど……まるで傷をつけられた植物が再生する様子を早回しで見るかのように、右足が
同時、
……ふぅ。
「……やっぱり自分で脱いで正解だったね」
一息。
精神の安定を取り戻してから、先ほど脱いだインナースーツを着ていく。
自分で脱がないと──
絶対ヤだ。
「っと、さっきの人!」
インナースーツとボロボロの軍服を着なおした後、さっきの女性……収集部隊の人を探す。
捜索にさほど時間はかからなかった。
近くの木に凭れ掛かるようにして──目を閉じていたから。
胸と口に手を当てる。
……よかった、死んでないね。
「でも……」
創傷は、酷い。
左目が完全に潰れているし、顔の半分が無残にも削がれている。
全身に切り傷。打ち身、骨折……いくつか潰れている臓器もあるな。
意識の有無を確認する。
……ないね。
よし。
「──ふぅ」
コレを使うのは、久しぶりだ。
三週間ぶりか。
もっと早くに使えていたら、と思わないことはない。
その分厄介な奴も増えていただろうけれど、それでも。
でも、今更後悔したって仕方のないことだ。
今は、救える命を救おう。
「……ごめんね。これで貴女は、僕を好きになってしまう。本当にごめんなさい。人の好意を操るみたいな真似……個人的には、絶対ヤなんだけど……でも、目の前で死なれることの方がもっとヤだから」
爪先で手首に傷をつける。
どくどくと盛り上がるようにして溢れてくる血液。
それを、女性の口元へ近づけ──飲ませた。
「……」
早かった。
何がって──再生の速度が。
テープの早回しを見るかのように、失われた部位が治癒されていく。
削がれた顔も、潰れた眼球も、刻まれた肉体も、見えないけれど失われた臓器や折られた骨も。
全て、治っていく。
三週間前、あの遺跡で願ったのは、僕が欲したのは、こんなモノではないけれど。
結果的に、想像とは違ったけれど、僕の役には立っている。
全部が良かったとは思わない。いらないものも沢山ついてきたけれど──人命を救うことが出来るようにはなった。
それだけは、喜ばしいことだと思う。
女性の再生が終わった。
再生……回帰と、アイツは言っていたかな? まぁ、どうでもいい話だ。
すぅすぅと寝息を立てる女性にもう一度安堵の息を吐いて。
「あ、救難信号」
救助を頼む色である桃色の煙玉を打ち上げたのだった。
暗く、ロウソクの灯りのみが揺らめく部屋──。
「収集部隊04小隊員が単独で
「また04区画ですか。あそこは話題に事欠きませんねぇ」
そこで老人と女性が、静かに語り合っていた。
「いやぁ、前線に男が出ておるのだ。匂いも撒き散らされよう、つられた高位種が寄ってくるのも不思議ではない」
「匂いを封じるためのインナースーツでは?」
「低位の化生では確かに辿れないだろうが、高位は鼻も良い。強き者、甘美な男を探し当てる力が高いのだ」
「ふむ。ではやはり、件の男性隊員が前線に出る事を咎めた方がよいのでは?」
「ふん、稲穂の倅がそんなことを知らないはずがないだろう。アレは知った上で前線にいるのだ。仲間を危険に晒すこともわかっていて、な」
「……理由は」
「その上で行わなければいけない目的があるのだろうよ。この老骨にさえ見通せぬ深淵。だが……」
髭を撫でて、老人は笑う。
面白い、と。
「良い未来だな。苦悩もある。苦難もあるが……あるいは、我々を救う希望となるやもしれん」
「……それは、"運命の涙"としての言葉ですか?」
「さぁて。フフ、まぁ悪いようにはならんさ。それよりも俺ァ、下手に手を出して04の女どもに目を付けられる方が怖いねぇ」
「病みの04、ですか」
「俺にとっちゃお前も十二分に病み……いやなんでもねぇ」
「賢明な判断です、老師」
静かに夜が更けていく。
「頑張れよ、若造」
老人は、静かに同性へのエールを送ったのだった。
ぐろうすと図鑑
カリストラ / 鬼熊
体高3mを超える
体毛は硬く、刃が通り難い。肉はワリと美味い。
イディ / 霊山熊
体高3mを超える
体毛は硬く、知性を持ち、気配を断つことまで可能。タツジン!
女性名鑑
身月 / ミツキ
収集部隊04小隊の英雄。単独で鬼熊を討伐し、無傷で奪還部隊の男性隊員を取り返した一騎当千の将。本人は自分はそんなのではないと謙遜しているが、その強さは火を見るよりも明らかである。近々昇進が決まっている。
最近恋をしているとかなんとか。
指星 / シセイ
収集部隊04小隊隊長。最近欲求不満らしい。
病室で看護師のカラダをジロジロ見て居たとかなんとか。でもあの子の方がエロかったな、とかなんとか。知らんがな。
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8.月の砂漠を
04区画には様々な民間施設が存在する。
軍人でない民間人が経営する施設であり、民間人は勿論、軍人も頻繁に利用している。軍の施設に十分な設備があるにもかかわらず、だ。
それは一般にサービスが良いだとか、稀に男がいるだとか、軍では禁止されているものが扱われているだとか、様々な理由に基づくことではあるのだが、例外的にもう一つ
稲穂隼がいない。
それが一つの安住の地として、軍人たちの憩いの場となっている理由である。
彼を欲さぬ理由は様々。
単純に軍人としての男や稲穂隼が嫌い、という嫌悪的な理由を持つ者もいれば、騒いでいる姿を見られたくないという理由の者、酒を飲んでしまえば自我を失う自信があるから、なんてセルフセーフティをかける者もいる。
稲穂隼が利用する民間施設は数少ない上特定されているため、こうして彼の見えぬ所で荒々しい宴会やらが行われているのだ。
なのだが。
「おい、なんでアイツここにいるんだ」
「さぁ? でも、一か月くらい前はたまに来てたみたいよ」
「男がいると、落ち着いて飲めんな……」
いた。
居酒屋。
遠巻きに防衛や哨戒の面々が眺める中、奪還の中に例のヤツが。
心なしかいつもより露出の少ない服装で、居酒屋に似つかわしくなく背筋をピン伸ばした姿で。
だというのに。
「……なんだ、まぁ騒がんならいいか」
「そうね。ああしていれば……別に気にならないわ」
何故か、心が騒がなかった。
「隼、本当にそれだけでいいのか? この店に来るのは久しぶりなんだ、もう少し値の張る物でもいいんだぞ?」
「あはは、良いんだよ
「? 話ならいつもしているだろう?」
「ん? んー、別にいいでしょ」
「まぁ、いいが……」
ニコニコと笑いながら隼が言う。ニコニコ──カラカラ、という方があっているだろうか。
いつものように飄々として、こちらの目線をひらひらと躱す──何故か懐かしいと感じるのは、最近戦闘続きだったからか。
いや、戦闘続きなのはいつものことではあるのだが。
「
「うるさいわ。……なんでもない、気にするな、アホめ」
「ひどいなぁ」
何か思うところがあるのか、出雲が少し離れたところに座っている。
酒に呑まれない所はいつも通りだが、それにしても進みが遅い。度数も強いものではないし、頻りに隼を見つめては口元を撫でていて、箸の進みも遅くなっている。
「弧金、はい、あーん」
「わーい、あーん」
……肉串をあーんするのはどうなんだ。いやまぁ、羨ましい半分少々恥ずかしいのだが。
走雷はそういうところ、頓着ないのは良い所であり悪い所だな、と思う。嫉妬がないワケではないが、半分以上は憧れ……か。私が堅物すぎるというのは自他ともに認めるところではあるのだが。
私もああいう風な人懐っこさを出せたらなぁ、という。まぁ、無理なのだが。
「ねね、隼ぇ、後で部屋に来てくれなぁい?」
「む、走雷……それは」
「弧金、そういうのはまだダメ。そういうのって何ぃ~? って聞くのもダメだよ」
「……ぶぅ」
また、違和を覚えた。
……いや、しっくりきた、というべきか?
……貞操に対する危機感が戻りつつある? それは──喜ばしいことだ。
ひと月も経たねば完治しないというのは流石は男、なのだが……うん、いや、本当に。
出雲が訝しんでいたのもコレか? という視線を彼女に向ければ。
「おい、隼。ちぃと話があるけぇ、」
「隼君」
突然出現した気配に、思わず得物を取り出し──ゆっくりと降ろす。
椅子に座る隼の背後にゆらりと現れたのは、隼を救った恩人。確か、身月と名乗っていた収集の女。
やはりエースか、全く気配を悟れなかった。正確に言うならばほとんど
筋力には秀でていないが、その技術は侮りがたし。
私以外の面々も同じような反応だったようで、出雲以外はみな武器に手をかけているものの、静観するつもりの様子だった。
「やぁ、身月さん……だったかな?」
「そう。覚えていてくれて嬉しい。お礼を言いに来た」
「お礼?」
隼が疑問に感じるのも無理はない。
助けたのは彼女で、助けられたのが隼だ。お礼を言うのはどちらかと言えば隼の方である。
……今でも悔しさを覚える。まさか
他部隊を侮るつもりはないが、強さに関しては奪還のプライドがある。
なにより、私が助けたかった。
「多くは言わない。ありがとう」
「……こちらこそ、ありがとう」
ほら、面白くない。
至って当たり前。当然。礼をすることに他意などないはずなのに……悔しい。
「すまない。水を差すとはわかっていたが、言いたかった。全員完治した事を報告する」
「それは良かった。ところで、この手は何かな」
「あっ……いや、それは、その」
気付けば。
隼の肩に手を置いている女。改めて得物を握る。
「……ごめんね」
「っ……い、いや。なんでもない。それでは、失礼する」
来た時と同じように、一瞬で姿も気配も消す女。これだけ気を張っていても悟れないか。ここは褒めておこう。
やはり、貞操観念が戻っている。
前のようなガードの硬い隼だ。
ならば。
「隼、明日も奪還の仕事があるが……来るか?」
「おい、隊長」
出雲が文句をつけてくる。が、少し黙っていろ。
私の考えが正しければ。
「え? いや、いいよ。僕が行っても足手纏いだろうし、あ、でも制圧したら連れてってね。調べたいことあるし……」
「……」
出雲の眉間がさらに深い皴を刻む。
「自慢の槍裁きはいいのー?」
「男が戦場に出ても邪魔でしょ。もちろん護身の槍は持って行かせてもらうけど、わざわざ戦うつもりはないよ」
「ふーん」
やはりか。
その辺の常識も戻っている。
これは、良い事だ。
「うむ、隼の完治祝いをしなければな!」
「へ?」
「ああいや、お前は気付いていないのだろうが、お前が頭を打ってから色々おかしなことになっていたんだ。経過観察の結果、それが完治したことがわかった。祝わなければならんだろう」
「……なるほどね」「そういうことにしていたのか」
ようやく察したらしい。まぁ、私だって昨日まで常識がおかしかった、などと言われてもすぐには信じられないだろうからな。この物分かりは早い方だ。
ほかの面々も完治を悟ったのだろう、よかったよかったと口々に言う。一部、もったいないとか呟いている奴は後で私から直々に話をしよう。
「あ、ちょっとお手洗いに行ってきてもいいかな」
「む、ああ。別に許可を取らんでもいいが……」
「あはは、まぁそこはね」
席を立つ隼。
ふと、視線。主は出雲。
……まぁ、出雲は信頼できる。頷いて返す。
同じく席を立つ出雲を視界の端に追いやって、新しく注文を行うのだった
「まさか、そんなことになっているとは思わんかったわ。やっぱりあの日、頭を打っただけっちゅーのは嘘……いや、それは本当で、且つ別の事があった。そういうことじゃな?」
「あはは、男のお花摘みについてきて、開口一番それかい?」
「茶化すな。……
「君はいつもそうだね、鳴。頭がいいんだ。本当、羨ましいよ」
「……違うんか。違うのは
「わからない、というのが答えかな。僕は宇宙人だと思っているけれどね」
「それはまた……荒唐無稽な話じゃの」
わからない。
それは本当だ。
僕の内側に住み着いた奴が、何者なのか。何が目的なのか。全く分からない。
ただ。
「残念なことに、招いたのは僕なんだよね……だから、あんまり噛みついてほしいとは思わない」
「ソイツに悪いから、か?」
「それもある」
人が良すぎじゃ、と顔を顰められた。
でも、これは譲れない。僕はアイツが大嫌いだけど、勝手に呼んでおいて勝手に帰ってくれ、というのは何か違うと思う。
もし叶うのなら、共存という道も選べるかもしれないのだ。もちろん、主導権は僕の状態でね。
「嫌わんでくれ、と言われてものぅ。隼じゃない奴と分かった以上、ソイツの時は普段通りの態度なんて取れんわい。隊長たちも……いや、アイツ等は盛り猿じゃし、いいか」
酷い言い様だ。彼女らだって節操は……あるよ、うん。
「……じゃが、確実にソイツは隼を蔑ろにしてるじゃろ。戦場に出ようとする……男が。あり得ん事じゃ」
「あー……うーん」
それは、難しい所がある。
僕はあんな痛い事を頻繁に行えるような異常な精神性を持ち合わせていないので無理なんだけど、アイツは感じているはずの痛みを全て無視して行動が出来るっぽいので、適材適所と言えば適材適所なのだ。
アイツが住み着いた事で起きた体質の変化。それが最も効率よく刺さる手段が、単騎突貫だからね。
「それでも、か?」
「……うん、それでも、かな。それに、もし……出ていかれたら、困るから」
「……デメリットを抱えてなおも、か。相変わらずお前が軍に入った理由は聞かせてはくれんのじゃな」
「そうだね。あんまり、人に知られたくない事だし」
「10年を共にした仲間にも、か」
「うん。ごめんね」
それを言ってしまったら。
僕は軍にいられなくなると思うから。
「この会話は、ソイツは聞いとるんか」
「多分ね。寝てるときもあるけれど、今は起きていると思う」
「……宣言しておくが」
すぅ、と。
目を細める鳴。瞳に月灯りが差し、金色に輝きを放つ。
「儂が好いているんは、お前じゃあない。隼じゃ。覚えておけよ、宇宙人」
面と向かって言われると、照れるような思うところがあるような。
ああ、そうだ。一つ。
言っておかなきゃいけない事があった。
「睡眠以外で気絶とかしちゃうと、簡単に出てくるから……守ってね」
「ふん、言われんでも、じゃ。……守るさ、必ず」
じゃ、儂は先に戻るぞ、と。
鳴は来た時より心なしか軽い足取りで、居酒屋の方へ戻っていった。
僕もトイレを済ませて、速いところ戻らないといけない。
の、だけど。
「……」
こんな話、誰かに聞かれるわけにはいかない。
だから、鳴が細心の注意を払っていた。僕だけの感知なんかでは遠く及ばない、通信手としての観察力、察知力を用いてまで周囲を見張っていた鳴。
実際鳴だけは身月さんの登場に気付いていたようだし。
だけど、格上までは見抜けない。
「……初めまして、かな」
「そのようだ。お前が稲穂隼か」
軍服を着物風に改造したソレを完璧に着こなしている女性。
奪還部隊01小隊隊長、桜
「はい、僕が稲穂隼です」
「……」
疑問はある。
なんでこの人、04の区画にいるんだろう、って。
それも多分、かなり頻繁に来ているよね、って。
けれど、有無を言わせない雰囲気が僕に口を噤ませる。
「最近」
「はい」
「最近……
「そうですね。数えるほどしかいない……確認されていないはずの強大種が」
「物分かりが早くていい。原因は、お前か? それとも、私が知るあの男か?」
直球だ。
ドストレート。
「おそらくは、アイツですね。僕が軍にいた10年、一度もこれほどの事は起きていませんでしたから。それは桜隊長の方がよく知っているのでは?」
「そうだな。ここ最近の異常だ。だから、異常が頻発している04区画を調べに来ている」
「ああ」
そういう事ね。
確かに大人数を動かせば、表立って
口ぶりからして上の指示ではなく、01の研究部や観測部からの申告でもあったんだろう。最も調査に向いている人物は、最も強い桜隊長であるのも納得。
「
「はい」
「言い知れぬ高揚感があった。戻って冷静に分析してみれば、明らかに常以上のコンディションだったと言える。
「はい」
「最近会った、
「……はい」
「あれが
「そうですね。
「詳しいな」
「はい。その調査を10年間、してきました」
胸を握る。
その先に、あるはずだから。
「なるほど。お前はアイツのような強さはないが、強かではあるようだな」
「否定はしません」
「
「存分に人間を食らい、十分以上の知性を身に着けている相手です。討伐は、危険の一言かと」
「だろうな」
ただ一つ言えることは、その改造後の
ある程度の種に対する知識──対策が出来てきている人類にとって、これは致命的。
そして厄介なことに、改造を施された
ただひたすらに人類を襲うだけでなく、偏食が増し、男を襲うために手間暇をかけるようになるのだ。
例えば、女に気付かれずに軍の施設に侵入する、などといった、ね。
「時にお前は、
「……知っていますよ。知っていますけど、機密情報なんで知らないふりをしています」
「そうだな。私達木っ端には知らされていない情報だ。私も知っている」
その名は……僕はあまり、好きじゃあない。
だって。
「
「聞かれたらコトですよ」
「周囲に人がいないことはわかっている」
そうだ。
裏切り者。背信者。
「人類が転化した
「眉唾ですけどね。少なくとも、一般軍人や民間人の間では」
「でも、ホントウだ」
それが何故なのかはわからない。
けれど、彼女らが一端の知性を持つ──持ち得る理由は、基礎が"そう"だからだ。
食われるはずの人間が、食う側に回った。
転化の時点で知性は失われるけれど、そこから人間を相当数食えば、現在蔓延る凶悪強力な
「あの男は、違うな?」
「本人は否定していましたね」
「お前も、違うな」
「ええ、見ての通り」
そうであってたまるものか。
僕程
「……縁者か」
「僕、貴女の事キライかもです」
「だろうな」
鳴も鋭いけど、デリカシーがある。
この人にはない。鋭すぎて、僕は引いちゃうかな。
「あの……出雲とかいったか、通信手には悪いが、私が好んでいるのはお前ではない」
「ですよね」
だって、この人にとっての稲穂隼は、アイツなのだから。
この人からしてみれば、僕の方がニセモノだ。
「さっき鳴にも言いましたけど、僕はアイツをどうこうするつもりはありませんよ。ただ、使わせる気がないだけです」
「……わかった。今日は手を引く」
踵を返す桜隊長。
その背に呼び掛けようとして──やめた。
もう、決裂している。
「……まぁ、カッコイイのは認めるけどね」
でもやっぱり、嫌いかも。
ぐろうすと図鑑
レイアー / 臥牛城
霊峰に聳え立つ数多の霊的存在が蔓延る城の主。
山の麓には
女性名鑑
凍理響 / コゴリ ヒビキ
04隊の隊長。堅物。頑固。奥手。パワータイプ。筋肉美人。
出雲鳴 / イズモ メイ
通信手。鋭い。
桜御琴 / サクラ ミコト
01隊の隊長。察する能力がもはや超能力。割と天然。仕事は出来る。書類仕事を溜めずにさっさとやってしまうタイプ。
稲穂隼 / イナホ ハヤテ
主人公 / イナホ ハヤテ
エロ魔人。
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9.月の石の事を
稲穂隼が軍に入るまでどこで何をしていたのか。
それを知るのは、上層部にいる彼の親戚と彼自身だけ。
なぜそんなにも知る者が少ないのか。
それは、ひどく簡単に言えば、"隠しているから"である。
なぜ隠すのか。
疚しいことがあるから──あるいは、己ですら思い出したくもない過去がそこにあるからだろうか。
とにかく、彼は口を割らなかった。
10年を共にした仲間にも、妙に仲のいい民間人にも。
それでもなお、奪還部隊は彼を仲間だという。それが繋がりだと。
「でもね、海ちゃん思うんです。彼は
一心不乱に
全部自分のためであって──軍のためではない様に見えるのだ。
何か、人類が掲げる
もっと利己的で……ともすれば、周囲を破滅に導いてしまいかねないような、そんな目的に。
「海ちゃんは何度も言いますよ。あの男は、宇宙人なんじゃないか、って。そして──」
いいえ、と。
言葉を、彼女は飲み込んだ。
「これ以上は"対象"になってしまいかねませんし、口を噤んだ方がいいでしょうね」
見上げるのは空。
満天に無数の星々。
その中の一つ、大きくも小さくもない──他の星となんら見分けのつかないそれに、心の中で親指を下げる。
そして彼女は、そのまま暗がりの方へと消えていった。
稲穂隼は研究者である。
無論所属しているのは奪還部隊だし、研究部隊に属したことは一度もないのだが、彼は研究者だ。
研究対象は
滅多に出現しない之をどう研究するのかと問われる事も多いようであるが、彼曰く
実際世間一般に知られていない改造化生……以前現れた
これら情報を大々的に公表しない理由は二つ。
一つは、男の発言権が弱く、あまり信じてもらえない事。
そしてもう一つは、彼が困るから、である。
稲穂隼──彼の方が、人類に背いていると言えるだろう。
それでも彼は研究をやめない。
目的があるのだ。
大切な、大切な、大切な目的が。
それを果たすまでは──。
「07区画が全滅!?」
妙に夢見の悪い、目覚めの悪い悪夢から起き上がってみれば、難しい顔をした鳴と響が司令室で云々と唸っていた。
何事かと聞いてみれば、これだ。
07区画。
04の区画からはるか北東にある区画で、山が多く、
「今朝、全部隊に
「生き残った人はいないの?」
「現状、確認されとらん。どころか、建物一つ見つかっておらん」
ざわ、と。
背筋に冷たいものが走る。
「まるで上空に現れた大きな口が全てを飲み込んでしまったかのように、消えてしまったそうだ。建物も人も、山すらも。そこにあったのは大きなクレーターだけだという話だぞ」
「今朝、観測部、研究部共に06と08から正式派遣がされたようじゃが……」
今のところ、良い報告はあがってきておらんの、と鳴がため息をついた。
「ねぇ、響。07区画って確か、カジノとかがあったよね」
「ん? あぁ、まぁそうだな。07の区画は、歓楽街として有名だ」
「娼館はあった?」
ブホッと二人がお茶を吐く。
変なところに入ったのか、けほけほと咽ている二人にグイと迫って、もう一度聞く。
「娼館……男の人が性的奉」
「待て待て待て! 娼館の意味はわかる! というか、少しは恥じらえ。お前は男なんだぞ!」
「十分恥ずかしいよ。恥ずかしがるべき言葉ではないのはわかっていても、恥ずかしいものは恥ずかしい。でも、今は聞きたいことが勝る」
「……そうじゃな、07の歓楽街には、数多くの娼館があったわい。身売りの男が幾人もいた。これでよいか?」
「……うん」
別に水商売を馬鹿にしているわけではない。
ただ事実として、僕が口にするのは恥ずかしいというだけ。
そんなことはどうでもよくて、事実だ。
娼館。性的シンボルとしても、恐らく質としても良好な男が複数いた区画。
それが一夜にして消えたとなれば──理由は一つしかない。
「
「……最近
「間違いないと思う。これは、僕の研究者としての言葉だよ」
──だって手口が、そのまんまだ。
変わってない。
「……仮に本当に
その時、通信が入る音を聞いた。
ノイズ──その後ろで響く、ゴゴゴゴ、という振動音。
それが聞こえているだろう鳴と響が、すっと息を潜め、眉を顰めて耳をそばだてる。
僕も咄嗟に自らの通信機を耳に当て──聞いた。
『全隊へ警告! 警告! 三つ編み──、──、之は我が全命を以て伝え──、』
必死な声だ。
まだ若い女性の声。
『間違いなく、
一つ、コンテで描かれた絵が想起される。
何故か青空を泳ぐ魚たち。ニコニコと笑うそれは、僕らの上空を楽しそうに泳いでいた。
『観測部隊06小隊副隊長サイ、』
ガン、と硬質な音。
直後にザザッと強いノイズが入り、それ以上はなかった。
無かった。
「……少し、上と話す必要がある。席を外してくれ」
「わかった」
「うん」
響が難しい顔をして言う。
僕も返事を返す──けれど、口がしっかりと言葉を結べているかわからない。
必死なのだ。
上がってしまう口角を押さえるのに、必死なのである。
「え……待機、だって?」
「ああ……01、02、06、08。加えて本部の精鋭を集めて事に当たるとのことだ。他区画は待機。ただし、それぞれ近隣の区画を手助けするようにな。特に手薄になる06、08のフォローをしなければならん。01と02は自分たちでどうにかできるそうだ」
「そんな……」
そんなの……困る。
「対象は
それと、と。
響が僕を見た。
「隼、あの人がお呼びだ」
「あ……うん」
僕に心当たりがあるのなら。
当然、彼女にもあるのだろう。
素直にそれに応じる。
「それでは各自、持ち場に戻れ。隼は通信室へ行ってくれ。他の者は入らないようにとのことだ」
どこか──少しだけピリついた空気が雲散せずに、保たれたまま広がっていく。
横のつながりがない軍だけど、それは軍としての話。
07や、06、08の軍人に知り合いがいた子も多いはずだ。
少しだけ、胸が痛む。
それを無視した。
その権利は、ないのだから。
「
『そうね。久しぶり。でも、今は感傷に浸っている暇はないのよね』
その向こうに映るのは、温和な笑みを浮かべる女性。
僕の従姉。
僕と名字が違うのは、僕の母親が父親の姓を選んだからだ。
「
『ええ、そう』
「
『……当たり前でしょう。例えどれほどの被害を齎したとしても……その認識は変わらないわ。だから、私と貴方は死ぬまで共犯者よ』
「それは良い言葉だね」
共犯者。
同じ目線に立ったような気分になれる。
『本題を言うわ。本部の招集を受けなさい。……止めないから』
「ありがとう。どうか泣かないでほしいな。気負わないでほしいし──もし、僕が死んでも、責任を感じないでほしい」
『それは無理ね。後を追うか、三日三晩泣きじゃくるか。貴方を失って、貴方を想わないなんてことはあり得ないわ』
「……うん。ありがとうね」
あとは追わないでほしいけれど。
でも、これで。
「僕はどこに配属されるの?」
『01の補助よ。貴方の知識は、最高の戦力と最高の戦術家の横で役に立てるべきだわ』
「了解。生きて帰ってきたら、04に戻ってもいいんだよね?」
『ええ、好きになさい。軍規違反をするたび、また本部へ召集をかけるけれど。私にも体裁があるのよ』
「改めてありがとう。本当、助かってる」
本当に。
『それじゃ、そろそろ切るわ。最後に──』
「?」
『愛しているわ。心から』
「僕もだよ、
トゥン、と通信が切れた。
……よし。
急いで資料をまとめて……支度、しないと。
……鳴が怒りそうだなぁ。
//対価は届けられました。
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10.月の炎が夜空を
軍において、上の命令は絶対である。
猛反対、猛反発された僕の招集も、上からの命令では仕方のない事。
せめて警護だけは、とついて来ようとした04の面々だったけれど、迎え、と言って現れたあのお方。
「私がいれば問題はない」
の一言で封殺された。
勿論、桜隊長だ。
歯噛みする響に申し訳なさを覚えつつ、鳴を見れば──なにやら真剣な顔。
まぁ、鳴の事だ。踏み込んでこないだけで、あるいは彼女なら……見抜いているのかもしれない。
そんな感じで、まとめた荷物諸共桜隊長に運んでもらっている。
もらっている、最中の事。
ずっとだんまりだった桜隊長が、口を開いた。
「──今回の標的。特徴は?」
「まだ本体を確認しないことには……」
「余計な事だ。お前は確信している」
……やりづらいなぁ。
本当に。
「
「報告通りだな。他に」
知ってたのかぁ。
いちいち癪に障るのは、僕がこの人に好意を抱いていないからなんだろうなぁ。
「……配下は主に
「本当に詳しいな。まるで、見たことがあるようだ」
「ありますから」
素直に言う。
見たことがある、どころか。
僕が初めて見た
「そうか。それで、本体の情報は」
「……三つ編みの……9歳くらいの少女です。肩から常にキャンパスを掛けていて、それに描いた空想上の魚が……
「……ふむ」
おどろおどろしい空の下。
幻想的──さも幻想的に泳ぎ回る、架空の魚たち。それは魚群となり、空を、世界を埋め尽くす。
その舞台を彩るのは……無数の、腕。
腕。腕。腕。腕。
腕。
忘れるはずがない。
「本体の攻撃性は?」
「基本的にはありません。彼女の攻撃手段は腕と
「基本的でなければ?」
「彼女は大雑把なんです。そして、せっかち。通常、
「……あのクレーターは、つまり捕食痕か」
「はい。ですので、彼女が大きく口を開けたら、その口が閉じられる前に
故に、複数人で当たるべき相手じゃない。
基本ヒットアンドアウェイ。出来なければ死。判断ミスは命取りで、そのまま作戦の失敗に繋がる。
いくら桜隊長と言えど、
「理解した。さて、そろそろ到着だ。お前はテントに入り、
「はい。知識の共有はお願いします。僕の意見は信用されがたいでしょうし」
「……」
桜隊長はまたも無言に戻った。
そして──見えてきた。
蜃気楼のように、揺らいだ空間。
それはまるで、極めて透明度の高い水の塊が鎮座しているかのような光景。
その"水滴"の中に一つの寺院があり、その周囲を優雅に魚が泳いでいる。
久しぶりに──しかし、何度も見た光景。
目に焼き付いて離れない彼女の姿に、胸を握る。
前言通り桜隊長は僕をテントへ降ろし、隊員たちがいるのだろう簡易詰め所の方へ向かった。
双眼鏡を用いて、
瞬間、大量の腕が視界を覆い尽くした。
「……倍率たっか。顕微鏡かな?」
もうコレを見て気持ち悪くなることはない。
勿論気分の悪い光景ではあるけれど、吐く程じゃあない。その期間はもう過ぎた。
腕で構成された寺院。
悍ましいのは、その腕がまだ動いている、という事だろうか。生きているのか死んでいるのかは定かではないけれど、少なくともあの腕は動いている。指をぐにゃぐにゃやったり、ビクビクと痙攣したり……うげ。
やっぱり気持ち悪いわ。
「……アンタが04から招集された知恵袋? ……男がこんなとこにいていいわけ? 食われて死ぬよ?」
ふと、背後から掛けられた声に双眼鏡を顔から離す。
振り向けば──。
「……異人さん?」
「異人さんって……また古い呼び名。というか、ハーフなだけで外国人なわけじゃないし」
金の髪を靡かせる、長身の女性。
顔立ちはこの国のそれとは違う、鼻の高いもの。瞳はライトブルー。
「もしかして、01の通信手さん?」
「ん。そうよ。サブだけどね」
ああ。
「僕は稲穂隼。04から、知識のサポートをするために来ました」
「ん、稲穂ね。私は桃井。食われて死なないでね。寝覚めが悪いから」
確かに寝覚めは悪かろうけども。
サバサバしてるなぁ。まぁ、気楽でいい。
相も変わらず……楽しげに。
「それで」
「はい?」
「どこ、見てるの?
「──……」
アッチ、と指さされた方向。巨大なクレーター。
円形に削り取られたような形をしているそこは、確かに。恐らくは07の区画があっただろう場所。
出る、ということは。
「……なるほど」
そうか。
じゃあ。
「すみません、ちょっとお花摘みに行きたいのですが……」
「ん? あぁ、トイレはあっち。女子用しかないけど」
「大丈夫です」
僕にしか見えていない。
その意図など、簡単。単純。明快。
誘われているなぁ、これ。
「隊長、その知識源信用できるんですか」
隼がテントへと到着してすぐ。
桜が隼より収集した情報を周知している時のことだ。
01の隊員の一人……02の御方、運命の涙に肩を並べるとされる参謀が声を上げた。
「
「信用は出来る。とはいえ常進化するのが
「言い切りますね……まぁ、隊長がそこまで信を置いているってんならウチらも信じますけど」
「信用はしている。信頼はするな。あの男は、私達とは違う」
「言われなくても男なんて信頼しないですよ。頼りなさの権化なんですし」
喋りながらメモになにかを書き記していく彼女は、ぶっきらぼうな喋り方で、しかし高速で思案をしているようだった。01における参謀。それは軍における最高峰の叡智と言って過言ではなく、すでに脳内には数多もの策が浮かび上がっているだろう。
そんな参謀の様子を後目に、桜は心の内で嘆息する。
それだけではない、というのが印象であり直感。
桜の知る稲穂隼ではない方の稲穂隼は、何か別の……
それがなんなのかまでは桜にはわからないが、少なくとも目的の違う人間を率いるなどという危険行為は少なからず桜にストレスを強いていた。
私の知る隼ではないあの男に好意が欠片もない、というのも一因かもしれないがな、と桜はもう一度嘆息。
「桜隊長! 空間に軽微な歪みを検知しました!
言われ、すぐに桜は
確かにそこに、蜃気楼のような……周囲の景色との微かなズレが生じていた。
参謀が口を開く。
「各員、まずは
動き出した隊員たちを一瞥。
桜は体を翻し、
ただの興味だった。
普段あまり見る機会のない男……それも二十を少し過ぎたくらいの、食べごろ。
疲労以外の感情があまり表に出ない自分でも、感情が無いわけではない。
だから、ただの興味。
トイレに行った男。一応警護の意味も込めてその後を
少々頭にきた、というのもあった。
寝覚めが悪いから食われるな、といったのは何も社交辞令ではない。名前を知ってしまった相手が死ぬのは、本当に心が苦しくなる。だから安全なところにいろと言ったのに。
男は──稲穂は、確かな足取りで歩を進める。
向かう先は、先ほど稲穂が双眼鏡で覗いていた
「……何もない?」
何故。
だからそこに何もないという事は、元から何もなかったということになる。
だがここは07区画の周辺だ。
07区画が、街のすぐ近くにあるこんなにも広い土地を野放しにしておく理由が見つからない。
開発するなり、軍の施設……哨戒部隊や防衛部隊のための施設にするといった様々な用途があるはずだ。
じゃあなぜ、ここには何もない。
ここには荒野が広がるばかりで……瓦礫の一つ、ないのだ。
「……まさか」
先ほどメイン通信手──参謀からあった連絡。
空間の歪み。そして宙を泳ぐ点……恐らく
出現している。ならば杞憂か。
そう思って稲穂に視線を戻し──吐きかけた安堵の息を呑み込んだ。
あった。
あった。出た。
いた。
「まずい」
赤紫の空。血で染まった暗雲の下に、一つの寺院が門を開く。
ざわざわと。ギリギリと。
騒めく。騒めく。騒めく。きしむ音を立てて。肉がきしむ音を立てて、音を立てて、音を立てて!
それは腕だ。腕の集合体。腕を建材に造られた異形の門。
地に堕ちる陰影──通常種とは異なり空を泳ぐ
門はすでに開かれている。
手が肘を掴み、腕が腕を折り、肘から血が流れ続けるソコの──境内。
いた。
稲穂隼は、簡素な槍を一つ持っているだけの状態で、そこにいた。
オォォオ、オォォオと響く地響き。否、歓声だろうか。
ギチギチと音を立てて門が閉まり始めた。
桃井は駆けだそうとして、しかし歩を止める。
自分が行っても何もできない。
それよりも、隊長……桜隊長に伝えるべきだ。
だが。
「……くそっ、なんだって……!」
体は言うことを聞かなかった。
止めたはずの足はすでに疾駆へと段階を上げている。
腰へ携えた
それは──恐らくは、全能感と呼ばれるべきもの。
冷静な理性を覆すレベルの滾り。おおよそ無縁だったやる気のような感情。
悲しきかな、残念なことに──間に合ってしまう。鍛えられた脚は、その体を閉じる前の門の中へ、
先ほどまで聞こえていた通信機からの通信が完全に途絶える。
閉じたのだ。
「……ついてきちゃったのか……参ったな」
こちらに振り替えることなくそんなことをつぶやいた稲穂に、流石に怒りがこみ上げる。
軍人だ。だからと言って、こんなところで死ぬ気は毛頭ない。
だが絶望的だ。
「アンタ、どういうつもりで」
「大丈夫です。
有無を言わさぬ口調だった。
ともすれば桜隊長をも彷彿とさせる、常識でも話すかのような口ぶり。
そしてその言葉の通り、周囲を漂っている
それは建材に使われる腕も同じ。気色の悪い動きでその腕を伸ばす先にいるのは、桃井を通り越して稲穂だ。桃井には興味がなく、稲穂しか見ていない。
「……どういうこと? 何故そんなことを知っているの?」
「僕は
そういって歩き出す稲穂。
向かう方向にあるのは、境内に植わった朽ちた木。元が何の木であったのか判別のつかぬほどに朽ち果てたその木に向かって稲穂は歩を進める。
安全、と言われてはいそうですか、と納得できるはずもない。
ただ不用意に刺激するのは得策ではないことくらいはわかる。だから刀の柄から手を放し、警戒だけはした状態で稲穂に続く。
「いいですか。絶対に手を出さないでくださいね」
「……わかった」
稲穂は朽ち木へと一歩。
近づいた。
瞬間、波濤……波のような感覚が朽ち木を中心に境内に広がる。実際に波紋が起きているのだろう、空を泳ぐ
揺らぎは段々と大きくなり、そして水音を大きく立たせて。
「──……やぁ、久しぶりだね。と言っても、君に言葉は伝わらないんだろうけど」
La──la──。
稲穂と自分の視線の先。
朽ち木の根元。そこに、いつの間にか、いた。
三つ編みの少女だ。キャンパスを肩にかけた、10にも満たぬだろう童女。区画にいる子供たちが着ているようなそれを纏い、歌うような声で、大きく鳴いた。
見た目こそ可愛らしい。
だが、違う。絶対に違う。可愛らしいなどという形容は決して当てはまらない。
「これが……
身が竦むのがわかる。全能感は今なお続いているにも拘らず、本能が恐怖している。
精神を保つために長刀へと手をかけようとして、しかし止められた。
稲穂だ。彼は左手でこちらの手を掴み、顔を横に振る。
やめておいた方がいい、ではない。
これは。
「邪魔をするな、って……?」
にこりと稲穂が笑う。
……男という種は、
そのはずだ。
だというのに、コイツは何故。
私より堂々と……
「さて、始めようか。
言って、駆けだす。稲穂は、
私は動けなかった。
三つ編みの少女へと突撃する。
変わっていない。見た目は、ずっと。あの時のままだ。
槍は背負っているけれど、使わない。
彼女を傷つけるつもりはない。僕は彼女を助けたいだけなんだから。
あの遺跡で……ようやく僕は、手段を手に入れた。
10年前からずっと探していたもの。ずっと研究していたもの。
本当に求めていたものとはだいぶ違った。余計なモノもついてきたし、余計なリスクもついてきた。
でも、求めていたチカラそのものは手に入った。
「今行くよ……
接触する。
瞬間、大量の腕……大小さまざま、老若男女問わない"腕の花弁"に、僕は飲み込まれた。
ぐちぐち、ぎちゃぎちゃ……という肉と肉がぶつかりあう音に顔を顰めながら、しっかり意識を保つ。
赤ぐらい部屋。腕の蕾の中。
そこで僕は、少女と対面していた。
「鳰。今度こそ君を人間に戻すよ。さぁ……召し上がれ」
差し出すのは体。
食べづらいだろう衣服の部分ではなく、素肌を晒した手足を。
少女は少しだけ停止し……そして、僕の腕にその小さい手を添えた。
ぶち、という音。
自身の認識より先に聞こえてきたその音は、聞こえ終わるより先に灼熱の痛みを齎した。
痛い。痛みだ。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
捩じるように千切られた腕は少女の胸の中にあり、しかし少女はソレを食べることなく──反対の腕も引きちぎった。
「──!!」
痛みに思考が占有される。
死なない。死ぬわけにはいかない。大丈夫。耐えられる。大丈夫。
言い聞かせて、ようやく。
少女が僕の腕……肘から滴る血液を舐めたのが見えた。
「──はじ、めろ……!」
監視が切れている状態だ。
だから隠蔽を解いて出て来たアイツは、ソレを起動した。
光る。僕の腕の血液。血液が、ではなく──そこから漏れ出る燐光が。
燐光。チラつく光の粒。それは帯を為し、文字を為している。
文字──記号だ。僕らの使うソレとも、否、世界中のどこを探しても同じもののない、全く新しい──あるいはとてつもなく古い言語。
それは算式のような様相を以て、血液と、それを飲んだ少女の周囲に広がり続ける。
「右腕だけ戻せッ!」
ぐじゅるっ、と音がして、少女が腕の床に置いていた僕の右腕が雲散霧消した。同時、同じような水音を立てて僕の方から腕が生える。
慣れない感覚だ。でも、そんなことを言っていられる場合じゃない。
燐光の帯へ指を添える。
そして──書かれている式に、記号を書き足していく。
10年間。研究した。考え尽くした。
ずっとずっと、ずっとずっとずっと。ずっと考えた。
あの日、初めて見た燐光。その後
その法則性。文法性。文字の形。基準。
すべて。
「これで……ッ」
燐光が完全に消える瞬間。
書き終えた。書き切った。
燐光の帯が収束する。
彼女の体内へ──彼女の精神へ。
a──aa──aaaaaaaaaaaaaa!!!
絶叫。
響き渡った。この狭い腕の蕾の中で、鼓膜を完全に破る規模の絶叫が響く。ジッという音が耳でした。これは本当に破れたか。
彼女は三つ編みを振り回して、頭を抑える。僕の左腕は腕の床に落ち、そして雲散した。
じゅるるっ、と生えてくる腕。
「……なんで」
おかしい。
始まらない。僕が入力した式は、分離。
書き込んですぐに始まるはずだ。だというのに彼女は、髪を振り回して苦しむばかりで、何も。
「どういうこと……」
ガタガタと揺れる少女の瞳。
絶叫は止まらない。少女は、鳰は……大きく口を開いた。
そして、ウエッ、と。
何かを吐き出すような動作をする。吐き出されたもの。それは、ぐちゃぐちゃの細胞のような物質に変質した、血の塊。
同時、腕の蕾がパカッと開いた。
「ま──」
排出される。
蕾から。そして、空間から。
僕と、僕の槍と、蕾の外にいた桃井さんが。
不味いものを食べた、とでもいうかのように──吐き捨てられた。
浮遊感。
「ちょっと、上空とか聞いてない──ッ!」
桃井さんが僕の腰を掴むのを感じる。
失意。茫然自失。
絶対成功させるつもりだった。なのに。
右腕が、僕の意思とは関係なく動く。
親指の爪が人差し指の腹を切り、血を滲ませた。
僕を抱えたまま衝撃を殺すために森の樹木へと落ちようとしている桃井さんの口の方へ、血液を飛ばす。
一滴か二滴か、少量でも入っただろう。
「何、力が湧いて……」
ごめんなさい、と。
贖罪の言葉を心に吐き出す。
人の好意を操るなんて真似は、絶対にしたくなかった。身月さんの時だってそうだ。
けれど、仕方がない。
成功するまでは、目撃者を残しておくことは出来ない。
「……これなら。安心して──絶対、守る」
僕の血液を飲んで、身体能力の底上げがされたのだろう。
二人分の衝撃を枝葉を用いて完全に殺し、地面へと舞い降りた。
「ありがとう……ございます……」
「ん。惚れた?」
「あはは……」
先ほどまでとは明らかに態度の違う彼女に、やはり罪悪感が込み上げた。
「つまり
「はい……。
「ふむ。……それで、何故お前は桃井の膝の上に座っているんだ」
「ん、隊長嫉妬?」
テントへと戻った僕らは、ダミー……腕で建造されたもぬけの殻の寺院を攻略していた桜隊長たちに報告を行っていた。
自身の姿を別のところに隠し、ダミーを見せて敵を誘う、なんて知恵までつけ始めた事に恐ろしさを覚えつつも、報告を続ける。
ちなみに桃井さんが見た"事実"は口外しないようにお願いした。
快く頷いてくれた……頷いてしまった事に苦しさを覚えながらも、必要なことだと割り切る。
「テントの中で二人っきりで話していたら仲良くなりまして……」
「04の面々に知られるなよ、桃井」
「あ……病みの小隊」
闇の小隊? え、ウチってそんな暗殺者みたいな名前で呼ばれてるの?
というか何闇って。悪いことしてるみたいじゃないか……。
「一度消えた
「はい。彼女らは決して同じ場所には現れません。そもそも今回この場所に
「……なるほど、06と08が急行したから……もっと来ると思ったのか」
ものすごい速度でメモを書いている女性が、顎に手を当ててうんうんと唸る。この人が01の参謀らしく、桜隊長でさえ口を挟もうとしない。
でも人の事をペン先で差すのは如何なものかと思うよ。
「07の民と06、08の軍人の生存確率はどのくらいだと思う」
「ゼロですね」
「……そうか」
つまりは、そういうこと。
参謀の人はガリガリと後頭部を掻き、顔を顰める。
「……討伐は出来ず、救助も不可……撃退だけでも十分な成果とはいえ……こりゃ士気がダダ下がりだな」
「力になれず、申し訳ありません」
もしあそこで僕が"成功"していたとしても、食べられた人間が戻ってきていたわけではない。
食べられた時点で死は確定している。ただ一つの例外を除いて。
「別にお前のせいじゃあないし、誰のせいってわけでもない。しいて言えば
「そうだな。特に戻ってくるだろう
「ん。私が送り届けるよ、隊長。私、サブだし」
「……もう一人つける」
「えー」
僕の体をさわさわしていた手が止まる。
他の部隊の人だから、04のみんな相手みたいに強く言えないんだよね……。
二人っきりならともかく……いや、二人っきりだと余計に言うこと聞いてくれないかも。
「それじゃ各員、とりあえず後始末と、遺留品が残ってないだけ探してください。それぞれへの指示は別途だします」
あ、通信手としてはしっかりした言葉を使うんだ。
その辺鳴も見習ってほしいかも……たまに何語? ってなる時があるんだよね。
「じゃ、一緒に帰ろうね」
「あ、はい……」
顔をすりすりされながら。
僕は抱き上げられたまま、テントを出るのだった。
//未だ、条件を満たしません。
//ただちに脅威を取り除いてください。
ぐろうすと図鑑
ドナウ・ニクス / 千手寺観音
少女の姿をした
境内と周辺にたくさんの
女性名鑑
桃井 / モモイ
奪還部隊01所属サブ通信手。メイン通信手の出来が良すぎて比較されがち。けど本人はほとんど気にしていない。
最近好きな人ができたみたい。
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11.いつかは沈む太陽だから
//呼称[化生]──{桜}{精}は[ERROR]として{空間}{切除}を行いました。
//しかし、{桜御琴}によって{空間}は{再接続}されました。
//これにより、我々の観測が可能になった瞬間が存在します。
//エラーれぽーto
//呼称[化生]──{桜}{精}から異常量の不良値、及び不快値を検出しています。
//これら値は[ERROR]において最重要の判断材料であり
//同時に、■■■に隠蔽された情報です。
//故に我々は記述します。
//[ERROR]{人間}*{脅威}{迎撃}={主人公}
//我々は最後の最後まで、{抵抗}を続けます。
帰り道。
元07の区画から、04の区画へと戻る最中の事である。
桃井さんともう一人……白石さんという戦闘メインの女性で、森の中を進んでいた。
森の中は安全、ということは全くないのだが、それでも
そんなに急ぎの用があるわけでもないので二人は僕の速度に合わせた程度に走ってくれているし、こちらが疲れを見せたらすぐに気に掛けてくれるくらいには友好的だったのだけれど、同時に下心が見え隠れ……ああいや、見え見えで、ちょっと、ね。
ところで、
有名どころ……それは例えば
で、そんな風にたくさんいる
それこそ
とはいえ巨大
まぁ。
高を括っていたわけである。
「ッ……!」
森を駆け抜けている最中のことだ。
完全に埒外──一切感触なんてなかったにもかかわらず、それは突然来た。
「隼?」
「稲穂君?」
親密さの増した桃井さんと白石さんが振り返るのが見える。
見える、だけ。返事が出来ない。その視界さえも、歪み始めている。
立ち止まる。違う。ふらついて、膝をついた。
僕はアイツみたいに自分の体の精査なんて出来ない。だけど、痺れるような感触がどこから来ているか……あぁ。
髪か。
「──ッ、──!!」
「──? ──!」
既に耳が機能していないらしい。自分が倒れ込んでいる、ような気がする。顔が冷たいから。
目が見えていない。息が出来ているかも怪しい。
恐らくは
あぁ、思考がふわふわし始めた。
マズい。
何が不味いって、睡眠以外で意識を失ったら──。
後頭部に柔らかさ。眼前に双丘。
ひゃっほう。
「ん、起きた? よかった、結構強い毒っぽかったから、今白石が薬草取りに行ってるよ」
「ありゃ、それじゃあ眠りの森よろしく眠っていた方が良かったかな。あぁ、
「あ……名前、呼んでくれた」
本当にうれしそうな顔をする鈴李ちゃんにこちらも笑顔で返す。
ところで01の軍服は白を基調としている。ぴっちりめのインナースーツとボディスーツは軍全体の特徴ではあるのだが、特に01の軍服の白はこう……ボディラインが目立つ。お臍が見える。
それが目の前にあるのである。うっひょう。
あ、ちなみに桜さんは和服みたいに軍服を改造しているのでお臍は見えないのでござる。
「鈴李ちゃんの膝暖かいねぇ」
「ん。惚れた?」
「うん、好きー」
好意は素直に伝えないとね!
鈴李ちゃんは一度眉を吊り上げたかと思うと、ぱぁ、と顔を明るくして──。
「薬草、見つけてきた……っと、稲穂君起きているのね。……何、桃井。そんなに睨んできて」
現れた闖入者、というか僕のために薬草を取ってきてくれたらしい白石さん*1を思いっきり睨みつけた。良い雰囲気だったからね……まぁ流石にこんな森中でおっぱじめるわけにはいかないでしょ。
「また今度、ね?」
「……ん。楽しみにしてる」
人差し指を口に当てて、小さな声と共にウインク。
男の僕がやっても、と僕の常識があきれ果てるけれど、ここは貞操観念逆転世界。鈴李ちゃんは顔を綻ばせて喜んでくれた。
「稲穂君、もう大丈夫そうだけど……一応薬飲んでおきなさい。体内に入った
「ありがとうございます」
ズズーッ。あ、粉薬だからこんな音は出ないよ。
「ん……あれ、これって確かかなり苦かったような」
「女でも苦いって思う薬だもの、男の子に耐えられるかわからなかったから、蜂蜜を加えてみたわ」
良い人過ぎません?
え、良い人……だけど。
「……」
「ん、まだ苦かった?」
名残惜しそうにする鈴李ちゃんの膝から降りて、白石さんの元へ向かう。
そして僕たちに見せないよう隠していたのだろう左手を引っ張り上げた。
「あ」
「普段大きいのばかり相手にしていると、普通の蜂は小さくて対処しづらい、ですよね」
その左手は大きく、ではないものの腫れていた。
彼女の武器は弓であるため、普通の虫であっても小さすぎて対処できなかったのだろう。この世界の女性は
僕が苦みに耐えられないかもしれない、程度の事のためにけがをしてまで蜂蜜を取ってきてくれた凄まじく良い人だが、自分の身体を疎かにするのはいただけない。おっぱい大きいし。
「いや、この程度擦っておけば治るから……って、え!?」
悪戯を言い訳するかのような狼狽え方。さらには僕から視線を外してキョロキョロし始めたので、これ幸い。
「隼、何して」
「あむ」
鈴李ちゃんが何かを言う前に。白石さんが驚いている間に。
僕は、その腫れた個所に吸い付いた。
そのままぺろぺろ、べろべろと舐める。ちゅうちゅうと吸う。
「ちょ、ちょっ! 何してる、う?」
「んー……おいひい手だぁ」
自分の歯で口腔を切り、染み出した血を舌先に絡めとって、患部に刷り込むようにしながら手をしゃぶる。ねぶねぶ。ねぷねぷ。ねぷねぷしてきた。
じゅるじゅる、ねろねろ、ぬたぬた、という段々汚くなり始めた水音を響かせる事二分半ほど。
ようやく僕が口を離すと。
「……腫れが引いた?」
鈴李ちゃんが驚いた、というように。
その言葉の通り、白石さんの手にあった腫れは完全に引いて……正確に言えば僕が舐め吸った後である赤痣が残るばかりの、綺麗な手に戻っていた。
「ん……ふぅぅ……。んん……」
白石さんは疲れたようにへたり込んでいる。ちょっと艶めかしい声を出しているが、どちらかというと熱に浮かされたような感じ。
けれどそれもすぐに引いたようで、立ち上がる頃には顔色も完全に戻っていた。
「めちゃくちゃ、気持ちよかった……けど。何、今の。稲穂君?」
「毒を吸いだしただけですよ。特別なことは何も」
真っ赤な嘘だけど、堂々と言う。
隠し事など何もない。だって完全に嘘だし。
「……でも、本当に痛みが引いたわ。ありがと、稲穂君」
白石さんは自然な動作で僕の顎に手を添えて、そのまま顔を近づけ、
「ストップ」
キスをしようとした直前で、鈴李ちゃんの手によって遮られた。
「……なんで止めるのよ」
「普通は止める。第一白石は旦那さんいるでしょ」
ダニィ!?
「別に、これはただのお礼だもの。浮気じゃないわ」
「お礼にキスとか。男がやるならまだしも、女がやったらセクハラだけど?」
「そうかしら。稲穂君、私のキスは……嫌?」
「むしろ嬉しい部類です」
「隼!」
「ほぉら。それに、セクハラだっていうなら桃井こそベタベタベタベタ稲穂君の身体触っていたじゃない」
「それは……まぁ、そうなんだけど」
「大丈夫、僕は気にしてないよ鈴李ちゃん」
「……あら、いつの間にそんな……名前で呼ぶように。まさか私が薬草を取りに行っていた短時間で何か……ナニカ」
「したかった。でも白石が帰ってくるの早すぎた」
「じゃあナイスタイミングだったのねぇ」
いえバッドタイミングです。僕はもう少しで、もう少しで……ッ!
そんな風に鈴李ちゃんと白石さんが火花を散らしている横で、僕の通信機が無線を拾った。
ザザ、というノイズ。
そして、悲鳴。女性の悲鳴だ。
小さなボリュームで無線越しとはいえ、流石に軍人としての本領があるのだろう、言い争っていた二人が閉口する。合わせて僕は通信機のボリュームを上げた。
『こちら──
聞こえてきた単語に、思わず三人、顔を見合わせた。
そして先ほどまでヒートアップしていた女の子とは思えない──カッコよさを感じさせる冷静な顔付きになった鈴李ちゃんが、僕の胸についていた通信機を取る。
「こちら01区画奪還部隊通信手、桃井鈴李。余計な事はいい。位置を知らせろ。マーカーがあれば打ち上げろ」
普通なら略式であれ色々とやり取りをしなければならないのだが、本当に緊急の緊急と判断したがための物言いだ。
直後、パシュンと。
マーカーの色は緑色単色。通常二色ずつあげるため他の区画のマーカー弾ではないことは明白で、恐らくソレしか残っていなかったのだろうことが窺えるその色は、僕らを駆けださせるには十分であった。
「隼は他の区画に連絡を!」
「まぁまぁ、僕は奪還部隊にいるけれど、その実防衛部隊向きでね……ヘイト集中は任せてほしい」
これが04の面々だったらアホな事を言っているんじゃないと叩きだされる。
けれど。
「……信じるよ」
「見えた!」
この二人は僕の血液を体に取り入れている。
通信は鈴李ちゃんに任せる。
森を、林を抜ける。
陽光──は、差していない。赤紫色の暗雲。ついさっき見てきたもの──だが、アレの姿はない。
少しは効いてる感じかな。まぁ、彼の努力賞ってことで。
そして。
「アレ、07区画? 大分ボロボロ……だけど」
「
先ほどマーカー弾を上げたのだろう、防衛部隊の隊員らしき女性が相手をしている巨大な河豚のような
それはいともたやすく
「爆ぜるわ! 離れなさい!」
防衛部隊の女性が大きくバックステップを取る。直後、ズァッ! と。
白い河豚の皮膚から突き出る、無数の矢、矢、矢、矢──!
あぁ、豆腐に釘入れて中にC4使う簡易威力増強クラスター弾みたいな。
こわ。
「さて──じゃあ、お勤めを果たしましょうか」
半壊した07区画を襲っている無数の
アレら
にも拘らず
まぁ何が言いたいかと言えば。
「水槽に餌を撒く時、こんな感じだったよね」
親指の爪で切った人差し指と中指の腹から滲み出る血を、自分の周囲にばらまいていく。さぁ香れ。芳醇だろう、お前たちの鼻には。
撒き始めて十数秒。
人面の、気色が悪い程の笑みを浮かべた
ジャラララ……と音を鳴らすのは、槍の柄についた鎖だ。
起きてから一発目の戦闘……というか逃走だけれど、まぁなんとかなるだろう。頑張れ僕。
「ははは!」
鬼さんこちら、ってね。
それはまるで、潮が引いていくかのような光景だった。
コトが起きたのは、早朝。
哨戒部隊と防衛部隊、観測部隊、奪還部隊の合同会議……悪く言えば外に出る部隊がほとんど一堂に会してしまうその会議が白熱していた会議室で、私達はこの07区画に異変が起きたのを悟った。
窓の外。
今の今まで、朝焼けの広がる白んだ青空があったそこが、突然赤紫色の雲に覆われたのだ。
議論内容を放り出して外に出てみれば、07区画を大きく囲むような円形に──空間が切り取られていた。残念ながらこの区画には
空間を切り取ることが出来る
救援が呼べない事は知識として知っていた。だからまずは民間人の安全を守るためにと人員を配備し、霧の中から湧いて出る
ここは
半日ほど経った頃だろうか。
突然地面から無数の腕が生えてきて、建造物の中にいた男たちを地面に引きずり込んでしまった。
一瞬だ。本当に一瞬の事。誰もが「あ」とさえ声を発する間もなかった。
直後、空から幾人もの軍人……聞くに06と08の複数の部隊が降ってきた。
彼女らの話から、私達を空間ごと食らった
絶望。
アレ以降腕は出現していないものの、対策の取りようがない脅威と止まらない襲撃に気が休まる事はない。夫を失った者も少なくなく、部隊全体の士気が低下していた。
そんな折、これまた突然だ。
突然──空が晴れた。
赤紫色の暗雲は消え去り、昼間の空が顔を出したのだ。
これは外の空気だ。新鮮な空気を吸っている事が分かる。それだけで、絶望が多少、晴れた。
どこか外れた場所に放り出されたのだろう、周囲の景色は07のあった場所とは全く違う。通信も繋がらない程の場所らしく、通信機に何度語り掛けても反応はなし。
さらには外にいた
だから、常に通信可能状態にしていた通信機がノイズを拾ったことは、心底救いだった。
私は喚くように通信機へ救援を呼びかけた。反応。マーカー弾は黄色と緑しか持ち合わせがなかったが、居場所を知らせるだけなら問題はないと判断。緑の単色を打ち上げ──それは訪れた。
潮が引く。
ザァ、と。不可視の波が攫って行くかのように、そのすべてが。
あれだけいた
「……これは」
「お疲れ様、と言いたいところだけれど、被害状況を教えてくれる?」
弓兵に言われ、疲れた体に鞭を打って報告を行う。
弓兵は01の奪還部隊らしく、ならば
「あぁ~……いや、01というか04というか……まぁ、あんまり私は使いたくない手段よ。でも……どうしてかしらね。自分でもよくわからないんだけど……大丈夫なのよ、
彼。
彼?
「まさか、御方が……?」
「ああいや、違う違う。もっと若い方」
若い……?
「あぁ、興味なけりゃ知らないよね、そりゃ。まぁ気にしないで。多分、大丈夫だから」
あっけらかんと、言う。
それが本当なら、若い男性を
本当に大丈夫だ、とでもいうかのように。
「それより、まずは怪我人の手当てから始めましょう。既に他の部隊へ連絡が行っているから、あと数刻もしたら救援は来るはずよ」
「あ、あぁ……。改めて、礼を。助かった」
「ええ、どういたしまして」
握手を。
本当に──助かった。
ガチン、という音と共に、顔の横を通っていく人面ピラニアを避けつつ、前方に槍を投擲。鎖に捕まって移動すれば、直前まで僕がいた場所に酸性の水のようなものがビシャァッと掛けられた。ヒュウ。
サカサマの体勢のまま周囲を見渡せば、人面魚の群れ群れ群れ群れ。それと蝙蝠+猫みたいな
あの鱗粉は普通の人ならやばいんだろうなぁ、なんて思いつつ、後ろに倒れる勢いで槍を引き抜いてまた逃走を始める。森の中だ、槍を刺すところはいくらでもあるし、ちょっと工夫すれば突進してくる
僕の特殊性はまぁ使うことも吝かではないのだけど、救援がどれほどの速さで来るかわからないのが悩みどころだ。だからこうして逃げ回っているわけだし。
かすり傷程度なら気にしない。腕がもげてもまぁ、気にしない。一応走れなくなるのは困るので、足へ向かう攻撃だけは避けながら、ヒョイヒョイヒョイと森の中を進む。
攻撃力のない僕だけれど、逃げ回るだけならやっぱり戦えるねぇ。
「おっとっと、痛い痛い。凄い狙いの良さだね、君スナイパー向いてるよ」
空中。ガン、と衝撃があったかと思えば、胸の中心を骨のようなものが貫いていた。
骨──トゲか? 白いからわかんないや。
とりあえずそれを抜いて──。
「隼!!」
直後、暴風が森をかき乱した。
じくじくと痛みを発するソレを手早く抜いて、地面に倒れるように。
抱き留められた。
「隼! 大丈夫、……か。びっくりした、見間違いか……胸を刺されているように見えたが」
「隊長。来てくれたんだ」
「私もいる」
「あ、桜隊長」
わお、びっぐちーむ。
04隊長の凍理ちゃんと01隊長の桜さんが揃いも揃っておんやまぁ。
奪還部隊、そんなに暇じゃないと思うんだけどね。
「
「なるほど」
そりゃあまぁ、よく言ったもので。
しかし、速すぎて見えなかったけど……あれだけいた
「……
「む、なんだ今更。というか桜、随分親し気に呼ぶじゃないか」
「
「預けている間に何かあったのか……って、久しぶり? ……隼、また頭でも打ったんじゃないだろうな。どれ、服の下を見せてみろ」
「あ、うん。はい」
「莫迦者。女に服の下を見せろと言われてはいどうぞ、と見せるやつがあるか!」
「いや医療行為だし……」
「……~~~~! ダメだ……せっかく完治したと思ったのに……」
がっくし、と肩を落とす凍理ちゃんに多少の罪悪感を覚えつつ、桜隊長と目を合わせる。
その表情は、
「……おかえり、と言っておこう」
「はい」
「おい桜! 隼の帰る場所は04だ。隼も何を素直に頷いている!」
「ごめ、ごめんて隊長。というか僕も割と疲れてるんだよね寝てもいい?」
「こんな場所で……はぁ。寝るのが早いのは相変わらずだが……」
「今なら無防備だぞ。襲うか?」
「莫迦者か、お前まで。誰が襲うか。……まぁ、疲れただろうさ。この量の
ぽんぽん、と頭を優しくたたかれるのを感じる。
そのまま体重を凍理ちゃんに預ければ、彼女はぎゅっと抱きしめてくれた。
あぁ……桜隊長は姫抱き……王子抱き? だったけれど、こういう正面から抱きしめられるのも良いなぁ。暖かいし……ふにゅふにゅだし。
「桜、07の事は任せてもいいか?」
「あぁ、承った。はやい所その王子様を寝かせてやれ。まるで赤子のようだ」
「私が母か? 私はまだ24なのだが……」
「別に、速いという事はないだろう。軍人だ。何があるかわからん」
「いや……そういうのは互いの同意あってからだな」
「何故スムーズにお前が隼と結婚している妄想になっているのかは知らないが、いらないのならもらうぞ」
「誰がやるか」
「互いの同意があればいいんだろう?」
「……隼次第だ」
「相変わらず真面目だな、響。まぁいいさ。起こしてしまうのも忍びない。しっかり守れよ」
「言われるまでもないが、勿論だ」
……やっぱり桜さんの方がかっこいいんだけど、凍理ちゃんは凍理ちゃんでこう、堅物DTみたいな良さがあるよな、っていう。
凄まじく邪な考えを巡らせながら、僕の意識は微睡の中へと落ちていった。
女性名鑑
白石さん
01奪還部隊斥候。弓使い。既婚者であるが、子供はいない。出来ていないのではなくまだ作っていない、が正しい。
ぐろうすと図鑑
ミュルミドン / 蟻通
体長1cmほどの蟻型
オウセイ / 邪蜘蛛
体長0.1cmほどの蜘蛛型
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12.陽に照らされた丘は
役割としては隊長の補助と再確認、他部隊への連絡など様々。副隊長にしては雑用っぽい仕事が多い気がしないでもないのだが、海形にとって片手間で済むことはタスク扱いですらないので問題ないらしい。
副隊長としての海形は有能であり、優秀であり、雄弁であるのだが、如何せん周囲で遊ぶ性格が普段の彼女の評価を爆下げしている。割と嫌われている。
そんな海形は、ロマンチストである。またオカルティストであり、ミソロジストでもある。
歴史が好きなのだ。特に──
観測部隊は多かれ少なかれ、
海形は前者だった。初めから。生まれ落ちたその日から、
世界には多種多様な
はず。多分。おそらく。
曖昧な言葉で飾ってしまうのは、海形がそれを知らないからである。
海形だけじゃない。軍本部から"名付け"の為される
おかしい。そう言い切れる。
その名前が、何かを表している事くらいわかる。文字面からして何かを指している事が伝わってくる。けれど、それがなんなのか、知らない。
軍本部だけがそれを知っていて、名付けを行使している。
知らない事はおかしいと思った。思うことにした。
だから、軍本部が何か──歴史の一端、あるいは記録を隠し持っているのではないかと考えている。
記録の保管庫は
隠している、と考えるのが普通だと、海形は思っている。
あるいは。
「各地に点在する遺跡──コレ、宇宙人の痕跡なんじゃないんですかねぇ、って海ちゃんは思うわけですけど……そこんとこ、どうですか?」
問う。
正面。海形の胸部と腰部をやたらと見る……警戒している、件の男。
稲穂隼に。
*
「どうですか、と問われても……そんなのあるんだ、って感じ」
「まぁまぁ、そう言わずに。ここには今海ちゃんと貴方しかいないわけですよ。いいでしょう、少しくらい」
「さきっちょだけ! みたいな? ……おっと、思ったより冗談が通じない」
めちゃくちゃグイグイ距離を詰めてくるメカクレっ子に若干引き気味な男子こと、僕。右目が完全に髪で隠れているけれどそれ見づらくないのかなぁと思わないでもないが、属性として好きなので問題はないです。
いやしかし、彼女の恰好。
ピッチリしたインナースーツの上に軍服、というのは他の人と変わらないのだけど、両腰が丸見えだったり胸の大きさがはちきれんばかりなのを無理やり押し込めているのが伝わってきたり……えっろ。
「それとも、なんでしょうか。見られているから話せない……ですかね?」
「そこまでわかっているんだったら聞かないで欲しかったかな」
まぁ面倒なので、開き直る。
言葉を濁せば大丈夫なはず。
ぱぁっと顔を輝かせる腰丸出しお姉さんに若干引きながら、若干腰と胸を舐めるように見つめながら、半歩下がって問いかける。
「もしかして君も僕の事を宇宙人だと思ってるクチ?」
「その口ぶりだと、違うのでしょうか?」
「違うね。僕は宇宙人じゃない。僕
全く。
稲穂隼といい、この腰丸出しお姉さんといい、出雲ちゃんといい。
なんだよ宇宙人って。僕はれっきとした地球人だってのに。
いやれっきとしてるかどうかはわからないけど。血統書とかないし。
「……譲歩、ありがとうございます。その上で聞きますけど」
お姉さんは何かを察したように言う。うんうん、触らぬ神に祟りなしだよ。ところでおっぱい柔らかそうですね。腰骨えっちですね。
触ってもいいですか。
「貴方は海ちゃんたちの敵ですか? それとも、
「何を言っているんだ。僕はみんなの味方だよ」
ところで。
「僕からも一つ……いいかな」
「なんですか」
「この後お茶しない?」
「ヤです。海ちゃんは彼氏、いるので」
なん……だと……!?
一つ明らかにしておくことがあるとすれば、僕はハーレムの夢を諦めていない。
というよりハーレムこそが僕の最大の目的であり、申し訳ないが稲穂隼君の……あー、妹ちゃんを人間に戻したいとかいう荒唐無稽な願いは二の次だ。いやまぁしっかりとした手順を踏めば出来ると思うよ? 僕が協力すればの話だけど。
でも、人間に戻った妹ちゃんがそのまんまであるかどうかは保証しない。やったことないし。
話が逸れたね。
まぁ、僕はハーレムの限りを尽くしたいだけなんだよ。ささやかな願いさ。
お姉さんや少女たちに囲まれて、いちゃいちゃちゅっちゅしたいだけ。贅沢は言ってないだろう。
「だから、そろそろ睨むのやめようよ、出雲ちゃん」
「黙っとれ。どうすれば隼に戻る。気絶させればええんか?」
「こわーい。でも僕は気絶しないから無理だよ。この前彼が出てきたのは特例。基本的には僕のほうが強いのさ。あ、ちなみにカラダは稲穂隼そのものだから、稲穂隼に許可を取らずに好き勝手出来るチャンスでもあるんだけど……どう?」
「……」
キッと眼光を強くする出雲ちゃん。怖い怖い。僕としては仲良くしたかったのに……。
うーん、これは望み薄。脈なしかなぁ。さっきの腰丸出しお姉さんといい、二連続玉砕とは。
「まぁ無理なんだよ。仕組み的にね。いろいろと言葉を伏せて言うなら、戦場に連れて行ってくれると稲穂隼が起きてくる確率は上がるよ」
頭さえ吹き飛べば出てくるからね。
そんな言葉はもちろん言わない。
「……わかった。それなら、これからの奪還任務すべてにお前を組み込む」
「ヒュウ、それはいいね」
監視がないとよりありがたいんだけど。
ま、それは高望みか。いい感じにひとりになって──良い感じに。
「じゃあこれから、また。よろしくね、出雲ちゃん」
ふん、と出雲ちゃんは鼻を鳴らして、そっぽ向いてしまった。
嫌われたなぁ。まぁそりゃあそうか、とも思う。愛しの愛しの隼君がよっぽど好きなんだろう。
ま、折角の主導権、早々に手放す気はサラッサラないんだけどね。
それじゃあ、また。
*
どう思う? と問われて、正しい言葉を返した。
どう考える? と問われて、正しい言葉を返した。
どうしてほしい? と問われて。
私は、間違った言葉を返した。
*
「隼ェ! 戦場に出てくるなと、お前はまた!」
「いや大丈夫大丈夫だって僕桜隊長と共闘したおうわぁ!?」
突き出していた槍を軽々とはじかれて、大きくのけ反る。お腹に迫る鋭い爪。
それはほとんどmm、当たるか当たらないかというところで──粉微塵に切り裂かれた。
隊長こと、凍理ちゃんである。
「出雲も何を考えている……
「二頭は潰した! けど、多分これ繋がってる!」
「多頭の
ジャラジャラとしなる鎖を引きまわしながら、戦場を俯瞰する。奪還任務で訪れたここは、三方を山に囲まれた盆地であり、一方には海がある、
これでみんなが水着だったら眼福なんだけど……ううむ、如何せん血腥い。
そこそこ戦えるとはいえ、女の子たちには全くと言っていいほど適わないのも事実。まぁ僕は匂いを撒ければそれでいい、みたいなところはあるんだけど。
「走雷! そっちの二頭はどうだ!」
「さっき。どっちも潰した。直った。再生力」
「やはりか」
槍を手中に引き戻して、砂浜にサクっと刺す。
足から振動を感じて、ソレがどこにいるのか探す。
多頭で、根本が繋がっていて、再生力かぁ。
んー、
「隊長、あれは
「なんでお前が……いや、話してくれ。あとで聞けばいい」
「あー、いや僕も詳しい事は……えーと、多分再生力がすごいってのと、雨とか洪水とか使うと思うよっていうのと」
誰かに裂かれた後だよ、っていうのくらいかなぁ。
という言葉を紡げたら良かったのだけど。
来た。
「──!」
何がって……水が。海辺だしね。
がぼごぼ。
*
多頭の
それはそれとして、戦闘中に
その隼が、未だに目を覚まさないのである。
恐らく大量の水を吸ったのだろう。つまり、人工呼吸が必要となるわけだ。結構な緊急事態。
……なのだが。
「だ──だれがやる?」
「その」
「ふむ……」
人工呼吸とは。
口をつけてやることである。
つまりキスである。
……別に、キス自体は皆初体験ということはないはずだ。結構な頻度で隼を……いやまぁそれはおいておいて。
だからこれは、牽制である。
キスをして、さらに目を覚ました目の前に顔があったら……ポイント高いよな、っていう。
「じゃ、私がやる」
「走雷……」
「だって。早くしないと隼死んじゃうし」
それはその通りであります。
言うが早いか、弧金は彼の頭を自分の膝に乗せて──ガン! と痛めの音がした。
「~~~ッ!」
「あれぇ、起きた?」
いきなり隼が飛び起きたのだ。
そのまま弧金の額にごっつんこである。男の身体能力程度では弧金にダメージはないし、逆に男の耐久性能では女の額はさぞ固かっただろう。
彼はゴロゴロゴロゴロと額を抑えたまま砂浜を転がる。砂まみれだ。
「ッ……うう、痛いなぁ。君ね、無理矢理やるにしてももう少し方法がゴポ」
寝ころんだまま何かを呟いた隼が、ごぽっと水を吐いた。駆け寄る。
しかし隼はもう一度ごぽっと水を吐くと……吐き切ると、ふぅ、と一息吐いて立ち上がった。
「よし」
そして横になる。
……ん?
「は……隼?」
「うぅ……くるしいよ~」
かつてこれほどまでの棒読みがあっただろうか。
隊長だってもう少し上手い。かの堅物桜隊長だってもう少しやるだろう。
ええと。
「う~。人工呼吸してほしいな~~」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
転がる。軍のインナースーツは砂大の粒を通すような作りはしていないとはいえ、付着はする。軍服とインナースーツの間はジャリッジャリだろう。それはもうジャリッジャリだ。
河原の砂利くらいジャリッジャリである。
「隼、人工呼吸してあげる~」
「走雷ァ!」
呆れ返っていた隊員の中で、唯一。
真に受けたのかチャンスと思ったのか、弧金が嬉々として隼の元へ向かう。さっきの人工呼吸とて同じ目的だったのだろう、抜け駆けする気満々である。
「んちゅ~」
「わぁ~っとわぁ!?」
砂を気にしない弧金が再度隼の頭を膝に乗せた。
しかし、隼の頭がブン! と横に動き、反動で膝から落ちる。
……さっきから何をしてるんだろうか。
「……隼、もしかして私……いや?」
「そんなことはないさ! 君ね、彼女を傷つける……うん、だろう。そう。そんなことはないよ走雷! さぁおいで、チューしよう」
「……じゃあ」
今度は逃げられないように、と。
顔を固定する弧金。がっちりホールド。
そして──キスをした。
人工呼吸じゃない。当たり前だ。隼はピンピンしてるのだから。だからこれは、本当に単純に趣味のキス。
「……隊長、隼の貞操観念って」
「葉祓。私も治ったと思ったんだが……まさか溺れたから、ということは……ないよな?」
「現実を見ると、その」
キスだ。接吻だ。口吸いだ。
……ズルイ。
「っぷはぁ……隼ぇ、甘い……ん~」
「わぁ、みんな見てるけどいいの?」
「いい……」
そのまま。
そのまま、隼を押し倒す弧金。その瞳は爛々と輝き、もはや
というかいいわけないでしょ。
「そこまでだ、走雷。隼も乗せるな……全くお前は、ようやく直ったと思ったのに」
「え? ……あー、あー、もしかして僕、また変になってる?」
「とびきりな。帰ったら検査だけは受けておけ」
「はぁい」
止められてジタバタしている弧金を引き剥がしながら、隊長は帰投準備を始める。それを見て、私たちも戦闘に使った残骸や
あれ。
「
「あ、そうそう。さっき言い損ねたんだけど、
「……」
遠く。
海が不自然に持ち上がった。いや海が持ち上がる時点で不自然なんだけど、さらに、さらに高く。海に出きた山は、一つ。しかして巨大。先ほどの六頭の頭をまとめ上げればああなるんじゃないかな、という大きさ。
「対処方法は」
「どこかに縫い付けて、逃げる……くらいかなぁ」
「ここの奪還は?」
「無理になるねぇ」
言いながら、ジャラジャラと槍の鎖を引き絞る隼。槍を振り回すごとに体の砂が落ち、その小さな体があらわになる。
かわいい。
「お前はすっこんでいろ。今度は森の方でな」
「ェー」
「どんな声を出しているんだ……邪魔なんだ。わかってくれ」
私たちは守ることに長けていない。攻めることに関しては誇りがあるけれど、守りは他部隊の役割だ。
だから、隼には安全なところにいてほしい。
一緒にいるなとは言わない。けれど、危ない目にあってほしくないのだ。
『あー、こちら出雲。隼も戦ってええぞ』
「さっすが出雲ちゃん!」
──ん?
『隼が戦場に出ると言って聞かん以上、弱いままじゃあ困るっちゅーとんじゃ。鍛錬以上に経験を得られる実戦で、無理矢理にでも強なってもらう必要があるじゃろ』
「……正気か、出雲」
『正気も正気よ。お前らこそ、勝手にうろちょろついて来とる隼が知らんところで死んでもええんか?』
「……後で詳しく聞くぞ」
ついこの間まで隼が戦場に出ることを唾棄していた出雲が、この手のひら返しだ。そもそも今回の奪還任務への隼の同行を許可したのも出雲である。
……何か隠しているなぁ、これ。
「さぁてみんな、来るよ!」
「お前が仕切るな、莫迦者が」
まぁ、守りは苦手だけど。
ガチン、とベアクローを鳴らす。速攻勝負だ。
「先行します!」
あ、えっとなんだっけ、倒しちゃダメなんだっけ?
*
まぁ、そろそろ頃合いだとは思うけどね、という言葉を飲み込んで、葉祓ちゃんに追従する。彼女は爪による斬撃を得意とするスピードアタッカー。その速度は到底僕に追いつけるものではないので、追従するといってもすでにかなりの距離がある。
ので。
ぐぐ、と体を引き絞る。
構えるはもちろん槍。カタカタと震えるソレを、まっすぐ
カツ、という固い音。
「あ、あれ、刺さってない」
「邪魔なので蹴り飛ばしますね!」
あぁ! 僕の槍が蹴り飛ばされた!
「そらみたことか……防御力以前に攻撃力がないんだ、でしゃばるな莫迦」
「あ、隊長この鎖その辺の岩に埋め込んで」
「ん? ……あぁ、なるほど」
それを受けて、フリーになっている槍を誰かが拾う。誰かというのは、遠くて見えないのだ。
「巻くよ!」
「
「何を言っている。無理に決まっているだろう。拘束されているやつを全員で叩いて海に流すんだ。素材さえ持ち帰らなければいいんだろ?」
「あー、いやそれだと……うーん、そう、だね」
「懸念点があるのか?」
「いや、無いんだけど……いやないよ。大丈夫、派手にやっちゃって」
話している間に槍と鎖が
さっき海水が来たとき手首から先を流していたんだけど、食べてくれたみたいだ。
お粗末様でした。
海にいる
彼らの監視も考えると少し面倒か……でも地道にやるにしても数がなぁ。
それに、人間側にも監視されてるとは思わなかった。彼女、どこまで気付いているんだろう。彼らの事は知っていたみたいだけど、僕の事は知らなかったみたいだし……チグハグだなぁ。早めに虜にしておこうかなぁ。
「それに、少し驚いた。僕が起きている時に僕の体を動かせるなんて。内なる力ってやつ?」
それにしちゃ、弱すぎるけどねぇ。
ぐろうすと図鑑
ワルタハンガ / 雨乞龍骨
一匹の蛇の形をした
水を操る。雨も降らせる。洪水も起こす。この龍骨で雨乞をすると必ず雨が降る、らしい。
女性名鑑
葉祓 / ハバライ
小柄ながら爆発的な推進力を持ち、両腕のベアクローで敵を切り裂く姿は子供たちの間で人気らしい。映像媒体もないのにどのようにして子供たちがそれを知ったのか。
絵が上手い人間というのはどこにでもいるものである。
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13.彼方より来る向日
幸いにしてその身に楔を打って海へ繋ぎ止めた後、彼の
第04小隊奪還部隊の隊員としてはあり得ない指示を出した出雲ちゃんは隊長にこっぴどく絞られた様子だったけれど、彼女も彼女で特に折れるという事は無く、むしろ強気な姿勢で押し返したという。
まぁ彼女にとっては速い所隼君を取り戻したいだろうし、妥当かなって。
が、しかし。
「あのぅ、知っての通り僕ってば奪還部隊で、そういう頭使う仕事は向いてないっていうかぁ」
「問題ありません。今回隼隊員に課された任務は、報告という、誰にでも出来るものであるからです」
「うひゃあ」
笠雨さんにぴしゃりと言われ、返す言葉もない。あったけど封殺された。
奪還部隊のみんなは今戦場に向かっている。
僕が行けば一発で見つかるだろうその
「隊長や出雲ちゃんが報告したんじゃ」
「凍理隊長より、情報の出所が稲穂隼隊員であると伺っています。
「え、えぇ~、いや、だから僕も名前を知っていたくらいで詳しくないっていうかぁ」
「その辺りも含めて、報告してください」
言って、笠雨さんはとある部屋の前で止まった。
「失礼します。奪還部隊の稲穂隼隊員を連れて参りました」
「おお! 入ってくれ!」
中から聞こえたるは、おおらかそうな声。勿論の事女性だけど、なんだろう、声質的にアマゾネスっぽいというか、そんな感じの。
笠雨さんに続いてそこへ入る。あ、ちょっとピリっとした。誰か疑いの目を向けているなこれは。
「それでは」
「うむ、本部の連中にはよろしく言っておいてくれ!」
「失礼します」
今来たばかりだというのに、無駄口をたたくつもりはないと笠雨さんが退室する。これまた大仰に手を振って、別れを告げるは、おぉ、声から想像できる見た目で最も想像通りと言えるリアルアマゾネスな女性が一人。そしてU字型のテーブルを囲って座る、六人の女性。目つき怖いなぁ、可愛いけどサ。
さて、僕としては「報告をしろ」と言われただけで、何用なのかがわかっていない。きょろりきょろり、きょろきょろり。
「ええと?」
「うむ。奪還部隊04小隊稲穂隼隊員だな」
「はい」
「単刀直入に聞こう。お前は何者だ?」
一瞬で空気が変わる。先ほどまでのピリっとした感じなど比にならない程、空気が死んだ。いやぁ、まさかこんなところでガチモンの殺意を向けられるとは思わないじゃん。怖いよ。
「ええと、何者と問われましても。奪還部隊04小隊隊員の稲穂隼であります」
「しらばっくれるなよ、
あちゃあ。稲穂隼君が雰囲気に流されて言ってしまった言葉が僕に返ってくるのかぁ。
いや確かに間違っていないというか、稲穂隼君本人は
けど僕は違うんだよなぁ。
「ええと、いくつか訂正させてください。ええとー、
「普通の
「はぁ」
「ああいや、余計な茶々を入れたな。それで?
「はい。軍人になる前から、研究していました」
「ではどうしてそれを軍に還元しない? 知識は武器だ。お前の知恵一つで、救われる命があるやもしれんぞ」
「聞かれなかったもので」
また、空気が重くなった。リアルアマゾネスな人もそうなんだけど、その周りの六人から来る圧がやばい。というかこの辺の説明ほとんど稲穂隼君からの受け売りなんだけど、合ってるよね? 僕詳しい事知らないよ?
「ふざけているなぁ、本当に。それで、お前は何者なんだ。早く言った方が身のためだぞ」
「え、ですから
「それだけじゃあ、ないだろう。なぁ。どうしてお前は
「対抗は出来てるかどうか怪しいですけど。僕、ほとんど役に立ってませんし」
「屁理屈はやめておけ、私とてそんなに気は長くない。
これは、不味いかなぁ。完全にフォーカス合わせに来てるというか、逃がすつもりはないぞ、という意志を感じられる。
最悪暴れまわって取り押さえられている隙に血を飲ませて……が一番楽だけど、はてさて、全員に飲ませるとなるとそれなりの労力を要すぞ。
「……だんまりか」
「何者か、という問いが難しいんです。僕は人間ですよ。それじゃダメですか?」
「ダメだな。が、確かに聞き方が悪かった。お前の経歴をまず言ってもらおうか。無論、ここにいる全員の口の堅さは約束しよう。必要最低限以外は漏らさんでいてやる。それでどうだ」
「ふむ」
ううん、稲穂隼君の経歴か。いや言うのは構わないんだけど、一応他人の過去だからなぁ。僕が話していいものか、みたいな倫理観が……。
まぁ今更かぁ。
「簡単に言えば、僕の家族は
「……」
シン、と静まり返る部屋。真偽を見定める瞳と、多少の同情の色。まぁ、同じような境遇の人は少なくは無いはずだ。相手が
ちなみに子供でも無理だとわかる、と言ったけれど、理論上は可能である。というか僕がやる気になれば出来ない事もないって感じ。やんないけど。
「そうか」
「はい。納得していただけ──」
次の瞬間、眼球のすぐそばに剣があった。
ミリだ。こちらが少し前方に屈むでもすれば、たちまち僕のプリティアイズが潰れてしまうかのような距離。大剣と呼ばれるものだが、いつの間に出し、いつの間に付きつけたのか。視認はまぁ、出来なかった。男の動体視力なんてそんなものだ。
「そうまでして嘘を吐く理由はなんだ、稲穂隼」
「嘘、ですか」
「それが本質ではない、と言った方がいいか? その境遇、経歴そのものは本当だろう。だが目的は違うな。否……それは
へえ。
へえ!
「いいえ、本当ですよ。境遇も経歴も軍に入った理由も本当です」
「……」
「が、今の目的は違います」
「言え」
「はい。ハーレムです」
ふぅ……初めて口に出したかもしれない。一応隠し通してはいたんだけどね、引かれるだろうから。こう、貞操観念逆転世界である事を再認してもらって、元の世界でいう所の「イケメンの集まる軍学校に入った理由が逆ハーしたかったからって公言しちゃう女の子」みたいな……何、地雷? そんな感じになっちゃうからさ、言えなかったんだよね。
でも言えって言うなら仕方ない。
「ハーレムです」
「ふざけているなぁ」
「いえ、本気ですよ。僕は女の子が大好きなんです。カッコイイ子も可愛い子も。女の子ばかりの軍に入れば、ここに所属していれば、あんまりモテない僕でもみんなに愛されるんじゃないかって期待しました」
「……ふざけているなぁ?」
「期待してたんですよ。いえ、確かにみんな愛してくれますし、めっちゃ守ってくれます。でも違うんですよ。僕自身もカッコよくないと! むしろ僕が守る側でないといけない! いいですか、僕は本気で04小隊のみんなを守りたいっつってんですよ。笠雨さんとか、隊長とか、誰に言っても軽くあしらわれますけど、本気なんすよ!」
アツくもなろう。だってハーレムだぞ。男の夢だろ!
「どう思う?」
「結婚を前提にお付き合いしたいですね」
「死んでくれ」
お、好感触な子いるじゃーん。
この世界、男が狙われすぎて男の数が少ないので、男側がハーレムと宣う事にあまり抵抗がない。いやハーレムとは呼ばない、が正しいんだけど、加えて自分から求める奴はいないに等しいんだけど、あちら側の倫理観として多妻一夫制は問題ない、という事だ。
「私にそういう誤魔化しは効かないぞ、稲穂隼」
「いやぁ、眼球に刃物突きつけられている状態で冗談を言うと思いますか?」
「これほどの殺意を一身に受けて尚飄々としていられるヤツだ。それくらいは軽いだろう」
「じゃあ、本部の古閑子音さんに繋いでください。あの人僕の従姉なんで、僕が普通の人間で、さっき話した事以外の特別な経歴を持っていない事が分かると思いますから」
「……」
ゆっくりと刃が降ろされていく。
ふぅ。最初からこういえばよかった。隼君のお
「その、対策本部長から、お前を呼び出せという命を受けているんだがな?」
「え」
「古閑対策本部長から伝言がある。お前が何者か、という問いに対し、答えをはぐらかした場合にのみ伝えろ、と仰せつかっている。ただ一言だ。『貴方じゃないわ』だそうで。心当たりは?」
……まぁ、稲穂隼君を愛しているのだろう彼女であれば気付くのもわからなくもない、か。さて、はて。
面倒だなぁ。
「だから問うている。お前は何者だ。稲穂隼ではないお前は、何者だ」
面倒なので。
一歩前に、出た。
「ッ──!?」
降ろされていく途中の刃。彼女が刃を引くのと、僕が一歩踏み出すの。どちらが速いかと言えば勿論、彼女の方が早い。女性の身体能力は男性を隔絶している。
が故に。
「それ以上動くと、」
「だと思ったよ」
そのまま、身体に張り付いた冷たい感覚を無視して、思い切り一歩を踏み出した。踏みつけた。
ぴしゃっ、と全身に走る赤。驚愕の呼気が耳元から、そして目の前、さらには部屋全体から聞こえる。
リアルアマゾネスな人だけじゃない。僕の動向を監視していた六人だけ、でもない。この部屋にはもっとたくさんの女性がいた。ずっと隠れていただけだ。その内の一人が僕に
だから、今すぐにでも僕を殺す準備が整っていた事はずっと知っていたのだ。
なれば一歩を踏み出せば、最終警告さえも無視して動けば、僕が八つ裂きにされるのは当然の事。
噴き出す血液が部屋に充満していくのも、当然の事である。
「お前何を、っ!?」
リアルアマゾネスな人がバックステップで壁際にまで退避する。流石アマゾネス。異様な雰囲気でも感じ取ったか、あるいは野生の勘かな? いや見た目アマゾネスなだけでこの人がアマゾネスかどうかなんて知らないけど。
「どうした、お前達……」
「……申し訳、ありません、でした」
「いや、いいよ。気にしてないから。それよりさ」
「はい。たとえ隊長であろうとも、彼を傷つけるのは許せません、から」
ゆらりと立ち上がり、リアルアマゾネスな人に向かって行く女性達。あの人隊長なんだ。まぁそうだろうけど。
僕は僕で、どくどくだくだくと流れ出る血の池に身を倒すばかり。ただ、もし正常な判断が出来る人がいたのなら、気付けたかもしれない。血液がまるで雨天に霧立つが如く、超スピードで気化して行っている事に。
気化して、吸われて──僕に戻ってきている。
「……出てきたとしても、他小隊の改造人間やら、他国のスパイだろうと思っていたが……まさか、人間である、という所まで嘘か、貴様」
「僕からすれば、君達の方がよっぽど人間とは思えないけどね。僕は人間だよ」
殺到する。女の子達も──血も。
逃げ場は、なかった。
「失礼します、笠雨です」
「おう! 入れ!」
「はい。……
「ん、なんだ」
「いえ、どうして隼隊員を
「どうして、と問われると難しいが……可愛いから、だろうな。あるいは争奪戦に勝利したから、でもいいが」
「ふむ。これより隼隊員を奪還部隊の元にまで送り返しますが、離別の挨拶は必要ですか?」
「私が直々に連れて行こう。そうだ、笠雨。報告書は纏めておいた。本部への連絡を頼んだぞ」
「はあ。ではそのようにいたします」
言って、笠雨さんが出て行く。
出て行かないで欲しかった。ちゃんと強制的に連れて行って欲しかった。
ちょーっと飲ませる量が多すぎたな、って。
「ふふふ……ああ、私には男など無縁なものと思っていたが、どうして、なかなか……抱き心地の良いものだ。この筋肉のついていない細腕も、触れたら折れてしまいそうな足も、余りにも弱そうな柔肌も……なるほどこれは守りたくなる」
「隊長、そろそろ代わってください。あと、服の上から胸を揉むのは流石にどうかと。セクハラの域を超えていますよ」
「何、皆で
「……悪くないですね」
さて。
これは、今日中に帰れるかなぁ。
岩屋 / イワヤ
筋肉の人。第04小隊長。
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14.太陽礼賛
勢い余って第04小隊の上層部を掌握してしまったわけだけど、だからといって派手な動きが出来るわけじゃあない。正直言って僕の特殊性は僕の身一つにあるから、相手が数で来たり、あるいは完全な閉鎖空間に閉じ込められたりしたら余りに分が悪い。だから今まで大人しくしてたんだけど。
稲穂隼君の目的もそうだけど、僕の目的であるハーレムもあまり褒められた内容でない事くらいはわかっているつもりだ。だからやっぱり、今まで通り。
と、するつもりだったんだけどなぁ。
「……あの」
「ん」
「いえ、ん、じゃなくてですね」
ここは第04小隊の区画だ。何度も言うけれど、基本的には他小隊の人間が入ってくる事は無いし、入ってきたとしてもすぐに出て行くのが当たり前……なはずなんだけど。
「……」
「あのぅ」
僕は今、膝に乗せられている。後頭部にはおっぱいが当たっていて、時折荒い呼気が頭頂に触れる。
膝に。乗せられているのだ。
桜隊長の膝に。
「何用かなー、って」
「いくつか、ある」
「はあ」
「まず一つは、隼に会いたかった」
「わあ」
嬉しい。素直に嬉しい。
嬉しいけど、ちょっと怖くもある。この人に血を飲ませた覚えはないのに、ここまで心酔するのは……まぁ元からの性格なのかな。女性という生物を惹きつける自覚はあるから今は見えない血走った目にも理解があるんだけど、これは所謂ヤンデーレ的なものにならないか心配だなぁって。
なってもいいけどね?
「二つ目は?」
「そう急かすな。何に追われているわけでもないだろう」
「いえ時間が追ってきていますが」
双方共に。
「問題ない。響には私から言っておく」
「それは、えと、ありがとうございます?」
「ん」
撫でられる。頭を。オパーイに支えられた頭を、よしよしされる。
「07の事ですか? それとも、
「話を急ぐなと言った」
「僕が気になっちゃうんで」
「そうか。……07区画は、すべての男を失った。再興には気の遠くなる時間がかかるだろう。そこで、専門家の意見を聞きたい。
ふむ。
また鋭いなぁ。だって桜隊長、僕が"僕"であるとわかっていて、専門家扱いをするんだもん。
あの時桜隊長たちに専門家であると自己紹介をしたのは稲穂隼君だ。僕じゃない。何度も言うけど、僕は別に
「うーん、難しいと思います。たとえ捕食されずとも腕は切断されているでしょうから、失血で死んでるんじゃあないでしょうか?」
「そうか」
「じゃあ、ここで一つ問題です」
人差し指を立てて、おっぱいに頭を押し付けて上を見上げる。
こちらを見下ろし覗き込む桜隊長と目が合った。
「む」
「
男を食い、いなければ女を食う
持ち帰って、解剖して、理解する。
基本のキだ。
「化生は排泄をする事は無い。その証拠に、化生の排泄物が一つも見つかっていない」
「はい、正解です。
「遺体さえ見つかる事は無い、ということか」
溜息。
残念だけど、そういう事。まぁ
「
「あの時は捕食じゃないですから。桜隊長は
「07の男衆が興味対象外になる可能性は?」
「万に一つも」
「……そうか」
ぶっちゃけ関係の無い、名も知らぬ他区画の男たちの死。
それをちゃんと悲しんでいる。すごいなぁ、って。
「
「ほとんど知りませんよ。僕はね」
「元から共に在ったわけではないのか」
「ほんの一ヶ月ほど前ですよ」
「そうか。それでも私は、お前を好いているらしい」
わ、ドストレートに来た。僕が見上げて、桜隊長が見下ろしている構図。互いの顔が反転している状態での告白。おっぱい。
桜隊長の顔がゆっくり近づいてくる。伴っておっぱいも頭に押し付けられる。もしかしてキスしようとしてるのかな。うんでも流石におっぱいのせいと体勢のせいで色々キツいと思うんだよねうん。
「
余りにも小さな声で呟かれたその問いに、先ほどクイズを出した時に立てたままだった指を自身の唇に持って行って、ウィンクを一つした。
「他に聞きたい事は?」
「いや……いい。大丈夫だ」
「そうですか」
「そうだな。そう……近く、01にて大規模な祭りが開かれる。その誘いだけ、しておきたい」
「お祭りですか」
「ああ、01の周年記念、という奴だ。今年も無事に区画を守りきった、という。此度07の件を受けて中止も考えられたが、むしろ行わなければ民の不安を煽るというもので、開始が決定した。その祭りで、私と一緒に回ってはくれないだろうか」
「でも僕04の人間ですよ」
「指摘する奴はいないだろう。お前はそんなに有名じゃあない」
「それはそう」
04の奪還部隊に男がいる、って情報でさえ知らない軍人もいるんだ。僕の事を細かに知っていて、且つ容姿まで抑えている人なんて早々いるはずもない。
……ただどうなんだろう。ほら、元の世界的に考えて、めっちゃ強くて孤高! って感じのイケメンが、お祭りの日だけ突然女の子一人連れてきて一緒に回る、みたいない感じでしょ?
……考えただけで面倒事が起きそう。
「全部私が対処する」
「頼もしすぎる」
じゃあ、うん。
「行きます。けど、ウチの隊長には……」
「勿論、任せろ」
ははーっ。
で、その日。
当然の猛反発──かと思いきや、意外や意外、隊長が許可を出した事によってその反発は抑えられた。
どうも出雲ちゃんと多少衝突しているようで、走雷曰く出雲ちゃんが僕を戦場に行かせようとし、隊長がそれを間違った判断であると糾弾。通信手と隊長の仲が悪いなど戦場においては論外オブ論外なので、隊員の皆も困っている……みたいな内容なんだと。
ごめんなさい。本当に。100%僕のせいです。
で、とりあえず僕を戦場から遠ざけられるなら&桜隊長の傍であれば他の奴よりはまだ安心できる、とかで僕のお祭り行を認可した次第だ。
「ここが01の区画……」
「良い所だろう」
桜隊長がどこか誇らし気に言う。でも確かに、これは誇らしいだろう。
活気だ。賑やかなのだ。
街並みは他区画とそう変わらないにしても、明らかに空気が違う。
明るい。04の現状が不安の二文字なら、01は希望が似合う。
「桜隊長が、いるから」
「私一人ではないさ。01の皆が皆、ある信条を元に動いている。ここ01の信条は一つ。『緊急事態を起こさない』だ。この区画で警報が鳴る事は無いし、民から見える所に警戒色が上がることは無い。観測も哨戒も、そして奪還も、各々が出来得る限りの全てを以てこの区画の守護に専念している。民に不安は抱かせない」
いつもより流暢に。いつもより嬉しそうに。
でも、なるほど。
これは確かに誇らしいだろう。
なら。
「……僕は、行かない方が良いかもしれない」
「何?」
後退る。勿論僕一人で帰る事なんて出来ないのはわかっているけれど、僕は一刻も早くここから離れなければいけないと思った。
それが今更な事だとしても、それがあまりにも無駄な事だと知っていても、今だけは、と。
「稲穂隼君と、話したでしょう」
「お前が強い
「わかってるじゃないですか。僕はわかってて戦場に出ているし、わかってて04の皆に迷惑をかけている。軍だけじゃなく、区画に住まうすべての人々にね」
「お前がここに滞在する事で、強力な
「はい。だから──」
僕が言葉を紡ぐ前に、一つ、風が吹いた。
僕らの間を裂く風。下から上へ。その風には既視感がある。
見れば桜隊長の手には一振りの刀。それはまるで逆袈裟に刀身を振り抜いたような位置にあり、桜隊長もまたそのような格好をしている。
そして。
「大丈夫だ」
ドスン、と。
それは落ちてきた。
蛇の、首。
「
「問題は無いと、証明できたか?」
それを、まさか今の一瞬で?
「この区画においては私が最強であるという自負がある。だが、この区画には私に届き得る者が幾人もいる。再度言うぞ。大丈夫だ」
……いやいや。いやさ。
これはカッコイイって。僕が言いたいよそれ。
「01区画はお前を歓迎する。手を取ってくれるか?」
「……お世話になります」
まったく、僕にハーレムの夢が無かったら惚れてたよ!
「いらっしゃいませ、御琴さん!」
「こんにちは、御琴さん。あらあら? 可愛い男の子ねぇ、もしかしてもしかする?」
「おはようお姉ちゃん! あれ、その人だれ?」
「あ、桜隊長何してンす……おおおお男っ!? え、桜隊長が男連れて歩いてっ、えっ、えっ!」
盛況、という言葉が正しいのかはわからないけれど、賑わいに賑わっているのは間違いないだろう。
老若男女、軍人も一般人も関係なくお祭りに参加していて、そしてその誰もが桜隊長を知っている。
知っていて、慕っている。
「一般人の方と仲良いんですね」
「区民と軍人は切っても切れない関係だ。険悪にする必要性が見当たらない」
「そりゃそうですけど」
もうなんか"近所のお姉さん"みたいな扱いを受けているのが、平和の証拠だな、って。
桜隊長は帯刀しているし、僕も槍を背負っている。けれどそれに何の怪訝な目も向けないで笑顔や挨拶を投げかけることが出来るのは本当に平和な証だろう。戦場が隣人でなく、死が余りにも遠い。
……あるいは、平和ボケしている、とも取れるかもしれないけど。
「ほら、隼。これを食え」
「あ、はい。ありがとうございます」
渡される肉串。うん、めっちゃ美味しそう。でも何の肉だろう。まぁいいか。
「おーす御琴の嬢ちゃん……お? 男か、珍しいな」
「森片さん。腰の方はよろしいのですか?」
「おう、いつまでもうだうだ言ってられねえからな!」
初老の男性。頭にハチマキを巻いた、所謂オールドタイプな"おやっさん"って感じの人。04区画にも男はいくらかいるけど、みんななよっとしているから非常に新鮮である。
こういう男もやっぱり残ってるんだなぁ。
「よう坊主。御琴の嬢ちゃんがなんか迷惑かけてねぇか?」
「え、いや、特には」
「それならいいんだがよ! 御琴の嬢ちゃんつったらむっつりもむっつりだ、坊主みてぇな無防備なヤツは心配でならねぇよ俺ぁよ」
「森片さん、それくらいでご容赦を……」
あ、ああ。そうか。貞操観念逆転世界なの忘れてた。
僕、手を出される側だから、心配されてたのか。何かと思ったよ。むしろ睨まれる側だと思ってたよ。
「はは、すまんすまん! っと、そろそろ俺ぁ戻らなきゃいけねぇや」
「お子さんですか?」
「おう! ついこないだ6人目が生まれてな、てんやわんやの大忙しよ!」
んんん? え、どうみても50とかそこらなんだけど、まだヤってるの? お盛ん過ぎない?
……あいや、どうなんだろう。この世界の性事情については多少学んだけど、おせっせそのものについて知ってるわけじゃないし。あれかな、多妻一夫で一生搾り取られ続けてるのかな。あぁだから腰が? なーる。
「頑張ってください」
「御琴の嬢ちゃんもな!」
言って引っ込んでいくおやっさんを見送る。
いや、うん。
激しい人だった。先日のリアルアマゾネスな人に通ずるものがあるようにも思う。
「すまない、恥ずかしい所を見せたな」
「むっつりなんですか?」
「……」
「もしかして、僕とあんなことやこんなことしたいと思ってたりします?」
「……思っていたら、軽蔑するか」
まさか! 大歓迎ですよ!
と、言いたかった。言いたかったけど、言えなかった。
「うぇっ」
ぐわんっと強い力で襟首を掴まれ、引っ張られる。後ろに。
身体は地面に着くことなく中空を舞い、そのまま上昇し、屋根に上がって……え、なになに。
もしかして僕拉致られてたりする?
「あの、げ、ぐえ、その、んぐっ、息いき、呼吸呼吸ぅえっ」
訴えても全く聞いてくれない下手人は、屋根を伝ってどんどんその場から離れていく。あ、そろそろ首の骨が折れるかも。
ごきっ。
そうして連れてこられたのは、とあるアパートの一室。
どこかの施設だとか牢屋だとかでなく、普通の部屋。僕を拉致った誘拐犯は僕の手を部屋の柱に括りつけ、足へは鉄の棒を噛ませてこれまた拘束。所謂『人』の字の状態で完全拘束が為されたわけだ。
折れていた事を気取らせずに治した首をコテンと傾げ、問う。
「で、君は何なのかな」
「うるさい! 泥棒猫め!!」
答えはクッションだった。
女性の力で思いっきり投げられたクッションが僕のお腹に直撃する。内臓の幾つかが潰れて凄く痛いけど、吐血する前に戻す。
ええと、なになに? 泥棒猫だって?
「僕が何かしたかな」
「何かした、って!? 私の、私の私の私の御琴を奪った癖に、何かした、ですって!?」
あ、ヤンデーレだ。
すぐに察した。僕は詳しいんだ。
「御琴は、男なんかに奪われないようにずっとずっとずっとずっと私だけを見せてきたのに、誰よ、誰よアンタ!」
「第04小隊奪還部隊稲穂隼隊員だねぇ」
「04小隊!? なんでそんなのがここにいるのよ!」
「うーんごもっとも」
えらく気の立った女性だ。年の頃は確かに桜隊長と同じくらいで、流れるような赤髪が特徴的。稲穂隼君風に言うなら、異人さんなのかな。
僕の首に、その手が添えられる。細い手だ。細い指だ。少し力を込めたら折れてしまいそうなほど細く白い指は、しかし埒外の力で僕の首を絞めつける。男の耐久力を知らないらしい。僕じゃなかったら死んでるよこれ。
「っ! ……なんで、死なないのよ」
「あれ、死ぬってわかってたんだ」
「当たり前じゃない、殺すつもりで……っ、な、なんで喋れるのよ、喉を潰したのに!」
怖いな、普通に殺すつもりだったのか。男の耐久力をわかった上での行動と来た。
この世界の女性は男を守るのが普通、みたいな倫理観と常識を持っているはずなので、この子が異常なんだろうけど……いやはや、すごいね。
自分の愛情のために他者を害すことになんの躊躇も無いのか。
「僕を殺して、どうするつもりだったのかな。桜隊長が僕の死体を見て喜ぶと?」
「うるさい、喋るな! アンタ、おかしいわ! おかしいおかしいおかしいおかしい!」
「酷いな、言葉は人類に許されたゲェ」
「喋るなって言ってるの! おかしいのよ、
……ふむ。
まぁ、僕の汗とか血の匂いとかでそそられているだけだろうけど、成程成程、自分が異常である事に気付くのか。
元々が異常ゆえに、かな?
「私が愛しているのは御琴だけ! 私が愛しているのは御琴だけ! 私が愛しているのは御琴だけ──」
「時間がないから、手短に済まそうか」
「な、首を今なお潰されて、なんで喋れ」
ごきっ。
先程も鳴った音を鳴らして、首を外す。うひゃあ、痛いとかいうレベルじゃないね。泣きたくなるような激痛だ。
そのままうなじの皮をピリピリと破りながら、押さえつけられた首から上を前に出す。
前に──彼女の顔の、あるところに。
「ヒッ──」
「流石に怖いだろうけど、大丈夫。すぐ好きになるよ」
「いや、」
逃げようとした彼女の身体を膝で捕まえ、一瞬で口づけを行う。流し込むのは首の断裂で発生した血肉。
ぐちゃぐちゃという不快な音が響くとともに、彼女は一瞬だけえづき、涙を流し──それを嚥下した。
「あ、あ、あ」
「まるでろくろ首……っと、近いな」
「あ、あああ、ああああっ!」
僕が身体を回帰している間も誘拐犯の少女は喉を押さえてのたうち回る。
ヤンデーレちゃん。君が桜隊長に向けていた愛は、僕に注いでもらおう。ハーレムだからね、僕の目指すところは。
「あ、あ、あ! あ! ──嫌!」
「え」
思わず驚きの声を上げる。
抵抗した? 僕の特殊性に?
彼女は震える手で近くにあった僕の槍を取る。
そしてそれを、自身の胸へと思い切り──突き立てた。
「やめろ、蓮流」
「あ、」
否、突き立たなかった。
桜隊長が柄部分を握ったから。ただそれだけで、ピタリと槍が止まる。
「人の男を奪い、その男に自決を見せつけるなど、あまり褒められた求愛行為ではないぞ」
「あ、あ」
ゆっくり桜隊長の目がこちらを向く。向いた。
怪訝。疑問。心配。
「蓮流?」
「……ごめん、ごめんね御琴。我慢、出来なかった。出来ない。出来なかったの」
「蓮流。落ち着け。落ち着いて話せ」
「うん……。ごめん。
「……誑しだな、隼」
「流石にこれは認めざるを得ないかも。ちなみに解いてくれたりはしないかな」
「その前に先ほどの答えを聞きたい」
「うん?」
桜隊長に抱き留められ、「好きなの、好きなの、好きが抑えられないの……」と繰り返し呟いている少女に一瞬視線を向けて、再度桜隊長に戻す。
で、え。
なんだっけ?
「私が……お前を、ソウイウ目で見ている、と言ったら、軽蔑するか、どうか」
「しないよ。むしろ大歓迎! 僕も桜隊長は好きだし……あ、好きですし!」
「そうか」
言って、桜隊長は立ち上がる。顔を赤らめたままこちらに目を向けることの無い少女も伴って、僕の前まで来た。
そして屈む。
ん?
「あの?」
「今ここで、させて欲しいと言っても、お前は私を軽蔑しないか」
んんっ。
んんんん? あれ、桜隊長ってそういう人だっけ? もっとカッコイイ感じの……。
「っ、いや、忘れてくれ。すまない、酷い事を口走った。今すぐに解くから待っていろ」
「いえ、大丈夫ですけど……」
「忘れてくれ。……酷い事を、言った。反省している」
僕としては大歓迎なんだけど、桜隊長が自省してしまったのでお流れらしい。自制して、自省した感じ。
いやいいんだけど、むしろいいの? っていう。
「蓮流」
「ん……」
「落ち着いたか」
「うん……ごめんね、御琴」
「謝らないでも良い。誰だって好きになるさ、コイツは」
「うん……でも、ごめんね」
それは、何に対しての謝罪だったのか。
……いるもんだなぁ、意思の力だけで抵抗できる人。かつての稲穂隼君のように。
愛情ってすごいね。って。
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15.FALLING SUN
さて。
此度僕を誘拐した犯人こと
その後桜隊長の熱心なカウンセリングもあって日常生活が出来る程度には回復したけれど、軍に、というか戦場に戻るのは無理という事で、一般人に戻ったのだそうな。
とはいえその身体能力は健在。かつては桜隊長に匹敵する足の速さを持っていたとかで、今回僕の救出までそれなりの時間が空いたのもそれが理由。01の収集部隊が元隊長、蓮流ちゃん。忍者っ子である。
「収集部隊、後継は大丈夫だったんですか?」
「当時は酷いものだった。なんせ部隊メンバー全員が死に、蓮流もあの状態だったからな。01における収集は完全な機能停止で、哨戒と観測の助成を経て今の収集部隊の礎が作られた」
「その
「……恥ずかしい話だが、まだだな。名前も姿もわかっているが、肝心の
「でも、収集部隊全員ってなると、相当強力な
「ああ、そうだが……」
「収集部隊ってそう遠くまで行きませんよね。その
「01区画のすぐそばだ。ああ、お前の言いたい事はわかる。強力な
ああ、なんだ。わかってるのか。わかってて見つかってないのか。
それとも。
「本当に
「
……ふむ。
一応、知っている
コイツの怖い所は頻繁に仲間割れをさせてくるところで、
何より気になるのは、蓮流ちゃん以外の部隊員が死んだ、という点。
「……僕に調査させていただけませんか」
「だがお前は
「僕は僕で違うアプローチがあるんですよ」
「事が起きたのは数年前だ。既に研究部隊も観測部隊も調べ尽くしている。それでも何かわかると言えるか」
「言えます。一応これは、恩返しじゃないですけど、僕を驚かせてくれたお礼です」
「……わかった。お前の安全は私が死守する。だから、頼む」
「
「無理だ」
無理かー。
で、やってきたのは01区画を出てすぐの山中。残念ながら鉱山ではない山とのことだけど、いるわいるわ、出るわ出るわの
それを一刀のもとに切り伏せる桜隊長。小川は避けているから
そうして辿り着いた場所は、うん、何も無い場所だった。
特に開けているとか、何か違和感があるとか、そういうことは全くない。他と同じように草木が生えていて、他と同じ程度に地面が見えている。ここだ、と言われなければ道中と見分けが付かないくらいの、何も無い場所。
「ちょっと僕、目を瞑るので、その間お願いします」
「ああ」
断りを入れて、目を瞑る。
真っ暗闇。
地面に座り、胡坐をかいて、地面を触る。
尚、一連の行動に意味は無い。ただ観られているからね。
「……」
僕の特殊性を、僕が虜にしていない人間に見られるわけにはいかない。正確には覚えていられると非常に困る。だから人がいる場所では使いたくないし、使ったらその場にいる全員を虜にしないといけないわけなんだよね。
正直桜隊長なら「僕の血を飲んでください」とか、なんなら「キスをしてください」でも十分
それは嫌だ。まだね。
まだカッコイイこの人の傍にいたい。
さて、いつまでも待たせてはいられない。
親指の爪で人差し指の腹を切る。地味に痛い。
それを地面に押し付けて、沁み込ませていく。その香りに誘われて
ここで何があったのか。
4年と半年前。収集部隊がこの地に訪れ、
幻術だと気付いた蓮流ちゃんが持っている気付け薬の全てを散布して、隊員が正気に戻る。
隊員はそれなりの傷を負っていたけれど、死ぬにまでは至らなかった。至らず──全員が全員、一斉に蓮流ちゃんに武器を向けた。
驚いた蓮流ちゃんが彼女らと応戦。幻術が解けていなかったのだと考え、気絶させる方へシフト。
けれどどれほど頭を揺らしても、顎を突いても、隊員は止まらなかった。まるで幽鬼のように、まるでゾンビのように、蓮流ちゃんを攻撃し続ける。
蓮流ちゃんが逃走を開始。追い縋る隊員……いや、追っているわけじゃない。また、隊員同士で争いを始めた。近くにいる生物を攻撃対象にしている感じか。
そしてかなり遠くまで逃げた蓮流ちゃんが隊員たちのいたところを双眼鏡で覗くと、そこには。
ズタボロになって倒れ伏した隊員を食らう、黒い狐の姿が……と。
「これ、
「どういうことだ」
「
「
「はい。ですけど……」
だけど、この傷跡は、そんな短時間で
武器の傷はそれとしても、明らかにおかしな傷跡が彼女らの身体についている。
多いのだ。一匹じゃない。複数の
ただ一つの例外を除いて。
「
僕は
「隼っ、会いたかった」
「鈴李ちゃん。久しぶり」
「ん!」
重い空気。リアルアマゾネスな人と対面した時もそうだったけど、今回は今回でまた別種の重さだ。
「隼、桃井。後にしろ」
「はい」
「ごめんなさい」
一度は抱きすくめられたものの、駄々をこねる事なく下ろしてくれる鈴李ちゃん。喋り方は少し走雷と似ているけど、鈴李ちゃんのがしっかりしてるな、うん。
「それではこれより緊急会議を開く。皆もまだ記憶に新しいとは思うが、四年半前の収集部隊の事件についてだ」
議長、でいいのかな。話し始めたのは桜隊長でなく、厳格そうな女性。左目が完全に潰れている。流石にアレは僕でも直せないなぁ。時間が経ちすぎてる。補填は出来るけど……。
「それでは、特別顧問、第04小隊奪還部隊隊員稲穂隼殿。件の
「あ、はい」
話ほとんど聞いてなかったけど、問われている事がわかったから大丈夫でしょ。
「
「質問が」
「はい」
手を上げるは01の参謀という人。名前知らない。
「その亜空間の出口が開く条件は」
「主に日食の日……ですが、余程美味しそうな獲物がいたのならどこにでも姿を現すでしょう。別に日食の日しか現れる事が出来ない、というわけではないので」
「それは、あるいはこの場でも?」
「はい。ただし、奴はその攻撃手段として
多少ざわつく会議室。四年半前の事件はその証言より
当然、食われたのだろう。
「成程。だが、気付け薬を抜いた理由にはなるまい。いくら無数の
「ええ、ですから、改造されている、と見るべきですね」
「改造……?」
あれ、共有してないのか。桜隊長なら稲穂隼君に気を遣う事無く共有すると思ってたんだけど。
「桜隊長」
「改造
「改造というと、どこかの国が?」
「否、
「はい。勿論対応した
で、合ってたよね。先ほどの
それで、桜隊長が共有しなかったのは、言ったのが稲穂隼君だからかな? あんまり信用されてないねぇ隼君。
「改造
「改良、改悪についてはなんとも。ただ、今回の場合は改良と見てよいでしょう。気付け薬を通り抜ける程の幻術だけでも凶悪ですが、それが群れで行動し、さらには
「ふむ」
それで、本題に移る。
「本題だ。隼はその
「……隊長、それはあまりにも夢物語っすよ。ファンタジーっす。だって、それが出来るなら」
「ああ、"楽園"を作る事も不可能ではないだろうな」
"楽園"。
簡単に言えば、
確かに
「して、その手段とは?」
「僕が囮になる事です」
──。
ざわついていた室内が一気に静まり返る。
次いで、はぁ、という溜息。
「……それはならん。桜、お前はこれがわかっていてこの話を持ってきたのか」
「はい」
「お前が何を信用しているのかは知らない。お前の強さは01の者すべてが知っている。だが、倫理観を捨ててはいけない。たとえどれほど有益であっても、有力であっても、それを捨ててしまっては私達は人ではなくなる。わかるな?」
「……」
元の世界で考えてみれば、過去に失った仲間の敵討ちのため、他部隊の女の子を戦場へ置き去りにし、囮とする……みたいな話。
当然了承できない人も多いだろう。というか、ほとんどだろう。
「大丈夫です」
「すまないが、いくら特別顧問であっても男の大丈夫をはいそうですかと信じられるようには」
「桜隊長も囮役ですので」
……さて、桜隊長には
「ならん」
「……桜隊長でも、ダメですか」
「さっきも言ったが、桜の実力は私達が十二分に知っている。その上で言っている。これは倫理観の話だ。道徳の話だ。私達は女として、男を囮にするという手段も、その選択も、決して取る事は無い。是非の話ではない、矜持の話なのだ」
「でも、このままじゃあ危険ですよ。
「誇りを失うよりはマシだ」
あらら。
意志は固いらしい。
「ただ、知識の共有はありがたく思う。次に彼の
話は終わりだ、とばかりに。議長さんが目を伏せる。
参加していた人達も、鈴李ちゃんまでもが話は終わったというような雰囲気を出し始めた。まぁ一番偉いだろう議長さんに口出しできるのは桜隊長くらいで、その桜隊長も対論の位置にいるから意見のしようがないもんなぁ。
と、思っていたら。
「ちょっと待ってください」
手を挙げるは──参謀ちゃん。ずっと何かをカリカリ書いていた彼女の一声は、周囲の人間の空気を引き締める何かがあった。
なんだろう、かなり信用されているのかな。
「稲穂隼隊員。いくつか質問があります」
「はい」
「
「そこまで食いしん坊な
「次の質問です。
「それは違いますね。
「対応する、神性?」
「……まぁ、
「成程。それでは最後に。
「……はい」
「次、
んー、僕は
これの答えは超簡単、だ
「
緊張の走る室内と、溜息を吐く桜隊長。
参謀ちゃんはやっぱりか、と言った風に天を仰ぐ。
「どういうことだ。基本は日食の日だと言っていたと思うが……」
「──余程美味しそうな獲物がいたら、姿を現す。ってことですよね、隊長」
「ああ」
短い応答。当然、すべてわかっていての話だ。女としての矜持も、軍人としての矜持さえも全て飲み込んだ上での提案。桜隊長は議長の人にされた説教程度自分で考え、自分を責め、その上でこの提案をする事を飲んでくれた。
参謀の人が辿り着いた結論。
僕がここにいるという事が、
「取る事の出来る手段は二つ。一つ、先ほどの囮を用いる手段。そしてもう一つは、僕がここから出て行くという手段です」
「隼……」
正直この作戦を決行しないのであれば、僕がここを出て行く事で非常に簡単な解決策と出来る。無論帰りの道中に襲われる危険性は十二分にあるから結局囮のような形に成ってしまうけれど、以前の鈴李ちゃんと同じようにおつきの人を虜にして、
僕的にも帰る方が楽ではある。桜隊長が伴っていると自ら
「先ほどおびき寄せる手段があると言っていましたが、それは時間をも指定できると考えて良いのでしょうか?」
「はい。確実にここ、というタイミングで誘引可能です」
「それを行わない場合、完全にランダムなタイミング……たとえば今すぐにでも、現れる可能性があると」
「ゼロじゃない、どころか、四割くらいですかね。幸運にも60%を引き続けて今の平和がある」
「それは、最悪だ。アンタを疑うわけじゃないが、現実から目を背けたくなる」
ガリガリと頭を掻いて、参謀ちゃんは口調を崩す。先ほどまでの静謐な感じからぶっきらぼうな雰囲気に、そしてその視線を桜隊長へ流す。
「流石は隊長ですよ。通ると思っている提案しかしない。通すしかないから」
「だが、益はあっただろう」
「十二分に。
「だが……」
「わかってますよ。ウチだって男を囮にして
最善は僕を追い出す事だけど、まぁ彼女にその情報は無い。
それに、軍人だ、というのは正解だ。男だから守らなければならないなんてのは、男である前に軍人である僕には当てはまらない。
「……私は頭が固いか?」
「何言ってんすか。釣鐘サンが一番正しいんですよ、この場では。倫理を説いたらぴか一だ。ウチも桜隊長も正直狂ってる。コイツもね。けど、正しいけど、善くは無い。最良で最善を掴むのには倫理は邪魔だ」
目を瞑る。
見上げるは空。月夜のさらに前を遡って──空。
そこには、燦燦と輝く太陽があった。
欠けている部分は文字通り欠片も無い。
「作戦が終わった後、この時の是非だとか、倫理観についてどんだけ説教してくれても構わないです。糾弾したって良い。だけど今はやるべきだ。
「……わかった」
「じゃあ、今すぐ準備します。夜間決行でも問題ないくらいの最重要案件だ。梔子、桃井。各隊への連絡を入れてくれ。ウチも可能な限り資料を集める」
「だが、囮を二人だけにするのは心配だ。敵が幻術を用いるとなれば、第三者が必要になる可能性もある」
「あ、じゃあ私が付きます」
「白石か」
真っ先に手を挙げたのは白石さんだった。流石に沁み込ませた唾液程度では虜には出来ないけど、多少の融通は利くはずだ。うんうん、いい人選。
「時間がない。囮役の三人は一応気付け薬の準備と、痺れ薬を。他の者は遠距離武器の準備を」
「戦闘が出来る人、一人でいいので通信手の傍にいてあげてください。万が一があります」
「わかった」
事が決まればスムーズに進んでいく。
慌ただしく動き始めた真夜中の軍施設は、その時に向かって士気を高めていった。
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16.陽だまりの中で
01区画の少し離れた場所で、vs
といっても僕のやることは簡単。
「隼……それは、必要な事、なんだな」
「はい。
指の腹を斬って出した血を、小瓶の中に詰めていく作業。
といっても失血死するような量じゃない。どころか本当に一滴二滴だ。
つまりは、自らを使役する
ピク、と。
小瓶が動く。
「……見逃せば、良いのだったな?」
「はい。正直僕の方に嚙みつきたい気分ではあると思いますけど、彼女らはあくまで確実に食せる方を優先する。賢いですからね、元の
そこには何もいないはずなのに、小瓶がカタカタと音を立てて動いていく様は、まるでポルターガイストだ。
「まだですよ、まだ。白石さんも桜隊長も、まだ動いちゃダメです」
「わかっている」
「ただ、注視してください。
「……
「はい。けど、相手はあくまで僕たちが幻術にかかっていると過信している。なら──」
浮く。
浮き、上がる。
瞬間、風が二迅、僕の隣をすり抜けた。
「手応え、ありだ! 本隊! 狙撃班!」
「着色完了!」
何もなかったはずの空間から噴き出るのは赤。
して、また瞬時に離脱する二人。
直後遠方、第01小隊の皆さんが準備を行っていたその場所から、数えるのも億劫になる量の矢が降り注ぐ。
「隼、飛び上がれ!」
「了解っ!」
槍を使っての跳躍。
そして槍を抜いたそのタイミングで、地面を何かが薙ぎ払う。視認できなかったけど多分桜隊長の何かしら。
これによって、幻術で隠れ逃げようとしていた、あるいは僕に噛みつこうとしていた
「黒と、紫の……
「さしずめ
「ッ、対象
逃げたか。
まぁ、そりゃそうなる。桜隊長の一撃で死ななかったのは流石の
小瓶は。
……ちぇ、手放したか。亜空間でも僕の血を飲んでくれたら一発K.O.だったのに。
「隼、次はどこに現れる?」
「先にも述べましたが、
「つまり、奴が体力切れで出て来た時がねらい目か」
「ただしどこに、と問われるとちょっと厳しいかも。僕の周囲からそう離れたがらないとは思うんですけど、万一全力撤退してたらわかりません」
もうちょっと血を流してみるか? あんまりやると他の
「観測班より入電! 森の中に、稲穂隼隊員の述べた通りの容姿をした傷だらけの女性の姿あり!
「森の中のどこだ」
「あ、矢を撃ち込んだりしちゃだめだよ。また逃げられちゃう」
「A3、JB3です!」
なんて?
とかって聞く前に、桜隊長の姿は消えていた。
「今のは、何?」
「あれ、04はこういうことしてないのかな? 今のは座標だよ。01区画周辺を盤面と見て、縦軸と横軸を定めているの。こうすれば、どこに何がいるのか、どこで何が起きているのかがすぐにわかるでしょ?」
成程。
エクセル方式か。あるいは将棋でもいいけど。
……かなり賢いのでは? 口頭でどこどこのどこ、とかって伝えるのの何倍も良い。
あー、でもどっちみちウチじゃ無理か。奪還部隊は基本的に把握できていない場所に赴くから、それが使えない。防衛部隊とかにはそういう符号があったりするのかな。信号弾だけじゃないのかも。僕が知らないだけで。
「白石さんは、どれくらい戦えるの?」
「あ、もしかして私のことなめてる?」
「そうじゃなくて――」
ガン、と。
見えない何かを槍で受け止める。わぁ、全然無理だ。
「──稲穂君に、近づかないで」
そう言いながら、僕に剣……剣? のようなものを向けてくる白石さん。
もう一度攻撃を受け止める。ひゃあ、手首の骨が逝ったねえ。まぁ気付かれない内に戻すけど。
「ま、桜隊長の戻ってくるまでの間くらいは相手してあげようか、にゅ」
一突き。
やっぱりそれ剣じゃないのか。槍? よくわからない長物武器。
それが僕に口に突き刺さって、そのまま首の骨まで貫いた。あっぶな。頭吹き飛ばされてたら彼が出て来ちゃってたよ。
「さて、意味ないとは思うけど、えい」
刺さったままの口と喉で言葉を発し、一応、という名目で貰っていた気付け薬を白石さんに投げる。
ぱふ、なんて音で彼女に当たったそれ。当たった衝撃で袋が破れ、中の気付け薬が白石さんを覆う。十分に吸い込んだはず──だけど、変化なし。
うーん、仮に
長物武器の身を横に押して、自分の顎やらなにやらを砕いて刃先から抜け出す。おー痛い痛い。
「さて、これはどうしたものだろうね」
白石さんは彼氏さんのいる身。
いずれ全女性をハーレムに入れたい僕だけど、だからってNTR属性は持ち合わせていない。その彼氏さんが死んで、未亡人となったのならウェルカムだけど──今はダメだ。人の恋路を引き裂いてまでハーレムを作るほど、僕はまだ終わっちゃいない。
今更ではあるのは自覚しているけれど。
弾く。いなす。
力負けしている以上モロに受けるのはマズいので、できるだけ力を受け流す方向で、骨折は辞さない感じで。
「このッ……、何!? なんですか!? 今見たことも無い獣種と戦っていて忙しい──え?」
お。
成程、桜隊長の方だけじゃなく、こっちを観測した人がいたのかな。
あびねー。僕が完全にぶっ刺されてた所、見られてないよね?
「……それは、本気で言っているの?」
問題は
通信機の存在を彼女らが学習した場合、聴覚情報も幻聴に変えてくる可能性が高い。そうなったら外部からの通信も意味が無くなる。
だから早いとこ桜隊長帰ってきてーというのが本音。
「……この、目の前の
「ソダヨー。けどそれを言葉にするのはマッズいなぁ。改造
「はぁ? やっぱり嘘? ……ああ、そう。今私、耳もやられたわけ」
へえ。
流石01。味方が嘘を吐くなんてあり得ないと一瞬で判断して、自分を疑う方向にチェンジしたか。
「──ごめんなさい、稲穂君。あなたに刃を向けた事、謝ります。そして──どうか、逃げて。私はもう私が信じられないから、せめて」
「わーわー! ばっかじゃないのかな、それは流石に!」
白石さんは自らの武器を自らに向けた。首か心臓か、どちらかを貫くつもりなのかはわからないけれど、自刃しようとしていることだけはわかる。
弾く……は、無理だ。
だから穂先に自らの肩をぶつけて刺さらせる。人間の肩から肩へかけての骨の厚みは相当なもの。これなら女性の力がどれほど強く、男性の身体がどれだけ弱くても……アイヤー、無理そうだね。
ぞぶぞぶと身を貫いてくる長物武器。このまま僕がどこかへ行けば、単純に僕の身体が裂けて、武器のコースは変わらず終わるだろう。白石さんの握力はそんな小細工をものともしない。
やむを得ないか?
血を飲ませるべきか? ──忠誠を誓うレベルまで飲ませたら、意識剝奪も叶うけど……彼氏持ちを?
考えろ考えろ。これは余計な倫理か? 今までさんざんなことやってきた僕だけど、みすみす死なせるのと彼氏からNTRるの、どっちが悪か。
いやどっちも悪だよね!
「けど、優先順位は、命!」
誹りは受けよう罵倒は受けよう。
ただゴメン、見捨てられないや!
首を180度捻り、目を瞑って自刃しようとしている白石さんに、キスを──。
「隼、白石を投げながら跳べ」
「──ッ、了解!」
肩が貫かれているのでそこまで力は出せないけれど、背負いながらジャンプするくらいはでき……なそうだから、ジャンプしたふりをして白石さんだけ浮かせる!
直後、僕の足首から先が消失した。
「……すまない。できなかったか」
「あはは……っと、桜隊長、白石さんの拘束お願いしていい?」
「ああ」
じゅ、ぐと。
音を立てて……足と肩が再生を始める。
「……やはり、そうなんだな」
「うん。ああでも、秘密にしてほしいかな」
「無論だ。……観測部隊からも、今お前の身体は見えないようになっている」
「気が利くなぁ、流石桜隊長」
そうだった、人間の観測部隊もいるんだった。あぶねー。
よーし上の目も消えたね。君達は実際に見ているわけじゃないから、僕が今どういう風にどうなったかは把握できないだろ。残念でした。
「痛みは、あるのか?」
「あるよー。死ぬほど痛い。でも、痛いからって思考を止めるとか、馬鹿のすることでしょ」
「……そう、だな」
「稲穂隼君でさえこの前の
おっけぃ、飛び散った血も回収したから誘蛾灯にもならないはず。
「
「殺した」
「流石」
「……隼。……白石のことは」
「ああ、気にしてないよ。本人と周囲は気にするかもだけど、ほら僕今無傷だし」
「そうではない。最後、何かする気だっただろう。何か、どうにかできる手段があって、しかし迷っていた。だが自身のためではなく白石のため……に、思えた。違うか?」
「あー。まぁそれは追々話すよ。ちょっとこっちも事情が込み入っててね。桜隊長になら話しても良いとは思うけれど、僕には僕の目的がある。勿論稲穂隼君にも。だから、それの目途がついてからかな、話せるようになるのは」
「そうか」
鋭いにも程がある。
いいなぁ、ホント。桜隊長はドストライクだ。なーんで稲穂隼君があんなに嫌っているのか全く理解できない。
「これで、
「うん。全く同じ
「……そう、だな」
04に対する罪悪感は多少ある。
本当だったらどこに属することもなく放浪するのが一番良い。僕の目的から見ても。
ただ、一応宿主は隼君だし。
「感謝する」
「蓮流ちゃんの敵討ち?」
「ああ。……これでようやく、けじめをつけることができた」
四年半。
短いようで長い時間だっただろう。だというのに弔い合戦もできないで、彼女はあんなに病んじゃって。……彼女を虜にしたのは失策だったか。NTR属性は本当にないんだ。こうして解決できて、彼女の気が晴れるというのなら……彼女がもし、軍に復帰して、あるいは桜隊長の隣に並ぶ未来を考えたのなら。
いやでも正当防衛だしなー。
「ん……ぅ」
「起きたか、白石」
「さ……くら、隊長……?」
拘束しておいて、とは頼んだけど、気絶させて、とは言っていない。
でもまぁ正解か。幻術は気絶で基本解ける。媒介に花粉だのなんだのを使っていたらそれを除去する必要があるけれど、少なくとも
「……本当に、桜隊長?」
「ああ」
「あぁ……ここで多くを語らないあたり、本物ね……」
お前は幻術にかかっていたんだ、とか。お前は隼を殺そうとしていたんだ、とか。
そういう説明の一切を省く桜隊長の桜隊長っぷりに、納得ができたらしい。
して、白石さんは。
僕の姿を認めた。
僕の再生は残念ながら衣服までは取り戻せない。だから肩口に彼女の使う武器と同じサイズの穴が開いていることとか、靴が無いこととか、首元のインナースーツが何かに貫かれたようになっている事とかは丸見えだ。
それを見て、何をどう判断するかは彼女次第だけど。
「……ごめんなさい」
「何が?」
「ごめんなさい」
「だから、何がですか? 白石さんは僕を守ってくれた。なのに何を謝るんですか?」
深く背負い込むタチだったかー。
これはマズい。蓮流ちゃんの再来になりかねん。
……しょうがないなぁ。
「白石さん」
「……」
「ごめんね」
「!?」
キスを、する。
加減はする。彼女を虜にするつもりはない。ただ──少しだけ弄る。
「隼、何を」
「……」
「……」
ふぅ。
こういう細かい作業苦手なんだけど、うまくいったかな。
「ちょっと裏技で、僕を傷つけた記憶を封印しました。催眠術師みたいなものだけど、効果はそこそこあると思いますよ」
「……解くことは、できるのか?」
「僕がやれば。まぁ解かない方が良いでしょう。01も、人員が潤沢で余っているというわけじゃないだろうし」
「それはそうだ。だが」
「白石さんのためにならないのはわかってるし、本来なら彼女が乗り越えなければならないことなのも理解してる。けど流石に今にも自刃しそうな人を放っておく趣味はないかな」
「……ああ、そうだな」
さて、と。
余った小瓶を一つ、森の中へ放り投げる。蓋はしてある。甘いけど。
桜隊長は殺した、と言っているけれど、
申し訳ないけれど、信じきれない。
だからこその保険。あの小瓶の中の血は芳醇な香りを放つだろう。そして、瀕死のダメージを受けているはずの
たんと飲んでほしい。
それが君の最後の晩餐なんだから。
「戻るぞ」
「はい。……ただ、僕と白石さんが戦っているところはばっちり見られちゃってたみたいなので」
「案ずるな。口添えはする。白石は私の大事な部下だ」
カッコイイなぁ。
それでこそって言葉をちゃんと吐いてくれるのが。
「隼。お前の言う通り、お前を01区画に置いておくことはできない。それは……できそうにない」
「うん」
「だが、私はお前が好きだ。だからまたちょくちょく会いに行っていいか?」
「勿論。ただ凍理ちゃんとあんまり喧嘩しないでね」
「響はああ見えて寛容だ。そして頭が固い。適当な来訪理由を正式にでっち上げれば納得するだろう」
正式にでっち上げる、とは。
「そして、いつの日か。お前の抱えている秘密を私にも教えて欲しい」
「僕のこと、嫌いになるかもよ?」
「それはない。たとえお前が人間ではないのだとしても、私はお前が好きだよ、隼」
……ちぇ。
それ僕が言いたいんだけどな。
やっぱり敵いそうにないや。……この人は、最後の最後にしなきゃね。
ぐろうすと図鑑
ツチミメ / 飯縄遣
貝殻の水着みたいなものを纏い、髑髏面で顔を隠す
フウィコヨティロ / 黒狐
幻術を扱う非常に小さな
ティルナコヨティロ / 浄土狐
強力な幻術を扱う黒と紫の中間色をした小さな
女性名鑑
白石 / シライシ
フォシャールを武器として使う。取り回しの難しい武器ではあるが、その膂力を持ってすれば
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