空振り三振 (T-)
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一話

心操と同じように、入試向けじゃない個性持ちだったら。と考えていたら、思いついた話です。駄文ですが、温かい目で見てくれれば幸いです。


殴る。

殴る。

殴る。

目の前の動く鉄の塊を必死に殴る。

殴って、殴って、手の皮膚が破れ、骨の軋む音が聞こえてきても殴って、硬く冷たい腕に吹き飛ばされ、口元を紅く染めてもまだ殴る。

殴って。殴って。殴って。ようやく動く鉄の塊が動かない鉄の塊と化した所で、また新たな動く鉄の塊が現れる。

それを殴って、殴って、殴って。動きが鈍ってきてもまだ殴って。トドメにそれの精密そうな首めがけて、拳を振り下ろそうとして

 

 

 

ジリリリリリリリリリリリ…

 

 

 

 

「……………」

 

布団から腕を伸ばし、目覚まし時計(ヴィラン)めがけて振り下ろす。メキィ、と決して時計という精密機械から出ては行けないような音がして、目覚めを報せる騒音が鳴り止んだ。

 

「……………」

そのまま流れるように二度寝に移行する。当たり前だ。まだ四月の上旬、しかも朝だ。長い長い冬が明け、草木が芽吹き、アリが社畜の如くせっせと働く季節になったとしても朝は寒い。

 

そんな中、布団に湯たんぽ(エデン)から抜けろという方が酷な話である。つまりこれから二度寝をすることは悪いことではない。むしろ正義。神聖ニシテ犯スベカラズ。そもそも春とは出会いの季節。

入園式、入学式、入社式…沢山のライフイベントがあり、新しいことに期待と不安を馳せるだろう。新しい友達できるかな、女の子と話しちゃったりして、あわよくばそのまま…と。

 

生まれてこのかた、他人と目すら合わせたことのない俺には関係ないことである。はい証明終了(Q.E.D)。さて、説明も終わったことだし、夢の世界にさあいkーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「全然関係あったッ!?」

 

冷や水を掛けられたかの様に、全身のあらとあらゆる器官が目を覚ます。そうだよ!四月!?今日入学式じゃん!全然関係あったわ!むしろ出会いの季節謳歌するべき人側にいたわ!

 

「二度寝してる場合じゃねぇ!今何時だ!?」

 

布団の側に置いてある目覚まし時計“だった”物に目を向けると

 

 

 

 

 

目覚まし時計「8時だヨ!全員集合〜!」

 

 

 

 

 

「シャレにならん!」

 

急いでクローゼットから新品の制服を取り出し、袖を通す。

 

「ここから駅まで歩いて15分…チャリで行けば間に合う!」

 

本当は朝飯食っていきたいが、入学式当日に遅刻する方がヤバイ。チャリの鍵はどこに置いたっけ…?いつもの定位置には無いし……あんまり朝から起こしたくは無いが仕方ないか。

 

「おじいちゃん〜俺のチャリの鍵知らなiーー」

 

「朝からドタバタうるさいぞ!まず起きたら爺ちゃん挨拶しなさい!その次は婆さんに挨拶だ!だいたいなんだ高校生にもなって。朝食は食べたのか?どうせ食べてないんだろう?いつも言ってるじゃないか!朝食は1日の始まり!これを食べなければ1日を始める資格なんてないぞ!爺ちゃんはな、どんなに寝坊したとしても、朝食は食べたもんよ。婆さんと爺ちゃんの出会いは朝食があったからこそと言っても過言ではない。そうだなあれはある…」

 

そう、お気付きの方も多いだろうが、おじいちゃんは堅いし頑固者だ。

朝起きたら真っ先に挨拶しに行かないと行けないし、新しいものを進めても、俺には必要ない!と言ってすぐ捨てるし、朝昼晩全部和食だし、最近の若者は…ってすぐ言うし、何より話が長いし説教をする。孫だぞ。もう少し甘くしてくれてもいいだろ。

 

「…てな?そしたら婆さんがこう言ったんだ。」

 

「おじいちゃん、本当に学校遅れるから。入学式遅刻はシャレにならんから」

 

「コレッ!人の話は最後まで聞け!えっとどこまで話したっけ…。そうだそうだ婆さんの話か。それでな婆さんがこういったん」

 

「行ってきます!」

 

これ以上長話されたら本当にマズイ。チャリが使えなくなった今、俺の脚を信じるしかない!

俺は仏壇に向かい、線香をあげた後、荷物を抱え全速力で駅まで走った。

 

 

 

 

 

 

「な、なんとか間に合った…」

 

後1分遅かったら危なかった…しかも乗ってから気づいたけど、一時間早く家出てるじゃん…。あのヘッポコ目覚ましめ…!帰ったら捨てよ。←既に亡き物にしてる

 

しかし、早い時間に乗ったおかげか、席に座れるほどではないにしても車内はそこそこ空いている。これならあまり人とぶつからずに学校へ行けそうだ。ぶつかったら一々めんどくさいからな。っとと。

 

「すいません」

 

「いえこちらこそ」

 

早速人にぶつかったよ。高速フラグ回収しちゃったよ。これ満員電車の中だったら俺疲労で倒れる自信しかないな。対策練っとかないと。

……しかしこの人、ジロジロと制服見てくるな。なんかついてる…わけでもないし。

 

「何か?」

 

「いえいえ何も。失礼しました。」

 

そう言って、何かを確認した会社員はまあそうだろうな、という顔をして、スマホに目線を移した。車内をよく見れば同じように制服を見て、何かを確認しては興味を失ったかのように別のことをする人達がいる。

 

同情、呆れ、嘲り、反応は違えども受けてとても気持ちの良いものではない。何処を確認してるのか気になって目線を追ってみると、特に制服の肩辺りに集まっていることがわかった。

 

「…………」

 

ふと、今朝の夢を思い出す。

 

…切り替えろと何度も自分に言い聞かせたはずなのに、まだ引きずっているらしい。そんな憂鬱な気分の中、声を聞き取り易くする個性であろう車掌の気だるげな声が聞こえてくる。どうやら駅に着いたらしい。

 

駅に着いたことを報せる車掌の声が無性に煩わしく感じて。

そんな自分に嫌気がさした俺は逃げるように車内を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらずでっかいな〜。」

 

入試の時もきたが相変わらずでっかいな。ドアもでかいってどういうこと?ってなった覚えがある。確か異形型の個性の奴を配慮して〜とか行ってたような気がしないでもない。

 

「いっち年C組ど〜こだっと。…あったあった。」

 

いやしかし早いところ校内のとか覚えておかないと本格的に迷うな。さっき職員室まで行って場所聞いちゃったし。開けた瞬間目の前に寝袋入ったオッサンがいたことにはビビったけどな。ここの教員はプロヒーロって聞いたがあのオッサンもプロヒーローなのか?…まさかな。

 

「俺がいっちばーん!…あれ?」

 

俺が一番だと思ったらどうやら上には上がいたらしい。思いっきり扉を開けた際に発生した大きな音にビクついたそいつは不機嫌そうな顔しながらこっちを睨んできた。驚かせちゃったかな。

 

「すまんすまん。ちょっとはしゃぎすぎた。びっくりした?」

 

謝りながら、これから級友になるであろう彼を覚えるべく、席に近づいていく。ちょうど俺の席隣だし。

手入れはあまりしていないであろう紫色の癖っ毛に、さも不健康ですと周りにアピールするかのごとく、目の下に拵えた大きなクマ。それ以外では特に言うこともなく、強いて言うならちょっとだけ筋肉がついてるかな〜くらい…って!

 

「心操じゃないか!」

 

「相変わらず朝からうるせーなお前」

 

「そう言うなよ〜また俺と同じクラスになれて嬉しい癖に〜。しかし久しぶりだなぁ。二ヶ月ぶりくらいか?」

 

「うるさいよ。まぁ大体それくらいだな」

 

こいつは心操人使。俺の幼馴染その1でガキの頃から付き合いがある。いやぁ〜てっきり他の学校に行ったと思ってたから、最初わからんかったわ。

 

「お前も雄英に入ったんだな。」

 

「……普通科だけどな」

 

さっきまでの再開を喜ぶ空気がガラッと変わり、一気に重くなる。

 

…まぁ気づいていると思うが、俺たちはヒーロー科の試験を受けて、見事に落ちた。雄英の普通科はヒーロー科に落ちた人がよく入る。入れるから入ったとか、学力が高いからとか、人によって理由は異なるが、ヒーローがいる学校に通っていたら、何かチャンスがあるかもしれないと、淡い希望と諦めきれない夢を持って入る人が大半だろう。

 

少なくとも俺は身の丈に合わない夢を諦めきれず、なんとかなるんじゃないか、と未練タラタラな気持ちでこの科に入った。多分朝見てきた人たちは制服の肩にある意匠の違いを確認していたのだろう。

 

あぁ、こいつヒーロー科落ちて普通科入ったんだなと。

 

失礼な。俺が第一志望で普通科受けてるかもしれないだろ。いや合ってるけど。第一志望ヒーロー科だよ。試験受けて物の見事に落ちちゃったよ。

 

『お前はヒーローになれるような資格を持っていない。』

 

まだ北風が身に染みるあの日、震える手で開けた封筒の中にそう書いてあったことを思い出す。

 

「そ、そうだ!お前入試で何ポイント取った?因みに俺は」

 

「取れるわけないだろ。あんな入試内容じゃ。」

「…まぁそうだな」

 

昏い空気を吹き飛ばそうと話を変えようとしたんだが、普通に話変わってなかったわ。むしろ話を掘り下げてどうすんだ。バカなのか。バカだったわ。

 

「俺がいた会場でさ」

 

ウンウンと俺がこの昏い雰囲気を吹き飛ばす最高に面白いネタを考えていたら唐突に心操が話を振ってきた。

 

「ウン?」

 

「0ポイントの奴が出たんだよ。あのでっかい奴。」

 

あー、なんかそんな奴いたな。他のロボ壊すので精一杯だったからどんなもんだったかあまり覚えてないけど、とにかく大きかったとは聞いている。

 

「そいつをさ。たった一発のパンチでぶっ壊した奴が居たんだよ。」

 

……は?

 

「え、えっ?ちょっと待て。あれめちゃくちゃでかいんじゃなかったのか?それを一発?」

 

嘘だろ?増強型の個性にしても規格外すぎる。ちょっと盛ってない?と心操の顔を見るが…嘘を言ってるような顔じゃないな。

 

「…すごいな。とんだ当たり個性じゃん。」

 

そんな個性を持っていたら当然撃破ポイントもすごいんだろう。あの0ポイントを倒したってことは救助(レスキュー)ポイントもガッポリ貰ったに違いない。

当たり前だ。あのデカブツに立ち向かったのだ。まさしくヒーローになれる資格を持っている。

 

「力が上がるってだけでも羨ましいよな…」

 

「ホントだよ。増強型の個性か〜シンプルだけどいいよな。俺も欲しかった。」

 

無い物ねだってもしょうがないが、こればっかりは言ってないとやってられない。俺だって貰えるなら、もっと派手でかっこいい個性が欲しかった。

 

「そういえばあいつらも普通科に入ったらしいぞ。木津はワンチャンありそうだと思ったが、やっぱりダメだったらしい。」

 

個性の話で昏くなりかけた思考が心操の声により遮られる。

 

「へぇ〜あいつらも他のとこにはいかなかったんだ。」

 

「体育祭に賭けてるんだと。まぁ大半の理由はお前がいるかーーーー」

 

ガラガラ。と扉が開く音がして振り返る。

 

「お、久しぶりだな。」

「………」

 

そこには、ガキの頃から見慣れた顔触れが並んでいた。

 

 

 

 

「というわけで、君たちは雄英生として誇りを持ち、勉学に励みつつ青春を謳歌して欲しいのさ!一度きりの高校生活、やはり〜〜」

 

何故校長の話とは長いのか。かれこれ8…10分は経っている気がする。おじいちゃんの説教の長さといい勝負だ。中学生の時は前に心操がいたから、駄弁ってれば良かったけどあいつ三個も前にいるんだよな。

移動したいが初日から先生に目をつけられたくないし、何よりあそこにいる犬の先生まじ怖いし。横通りかかった時、ちびりそうだったもん。危なかった。

 

(そういえば、A組いなくね?)

(え?確かに…何してんだろうな。)

(もうヒーローになるための訓練してるとか?)

(まさか。初日でしかも入学式だぜ?)

 

後ろからヒソヒソと話し声が聞こえてくる。

…確かに列が一つ少ないな。ヒーロー科は別のところで入学式をやってるのか?いやでもB組はいるしな。

 

(ヒーロー科が何しようが俺らには関係ないだろ)

(まぁ俺たち落ちたしな。)

(俺の会場、爆破の個性を持ってる奴がいてさ。どんどんロボ壊してたよ。ああいう恵まれた個性持ちが、ヒーローになるんだろうな。)

(所詮、俺たちみたいな凡人が努力しても、ああいう才能マンには敵わないんだよ。)

(違いない。)

 

後ろからまた話し声が聞こえてくる。あいつらもヒーロー科受けて、落ちてしまったのだろう。

 

恵まれた個性持ち。

 

才能マン。

 

凡人が努力しても敵わない。

 

そんな言葉が頭の中を反芻する。

 

『お前はヒーローになれるような資格を持っていない。』

 

その事実を改めて突きつけられた気がして。

 

昏く濁っていく思考を振り払おうと、強く拳を握りしめた。

 

 

 

 

「校長の話長ぇ〜」

「俺貧血でぶっ倒れそうだったよ」

「しかもあれで短くした方なんだろ?」

 

 

入学式も終わり、ぞろぞろと自分の教室に戻っていく。

 

しかし本当に長かった…。30分も話されるとは普通思わないだろ。

 

「いやぁ〜校長の話長かったな。あたし寝ちゃったよ。」

 

「え?立ちながら?すげぇなお前。」

 

俺の横に並んで歩いている幼馴染その2こと彼女は木津 創(きず つくる)

 

肩に掛かるかどうかというくらいまで短く切られている薄紫の髪に、ツリ目気味な紫紺の眼。背は174㎝ある俺とそんなに変わらない。一目で鍛えられているとわかる体に、女性とかろうじて分かる…かも怪しい大きさのナニか。

 

「おい今失礼なこと考えなかったか?」

 

「全く?」

 

男勝りな口調にサバサバした性格。ボーイッシュと言うには少し大人びている彼女は何系女子と表せばいいのだろうか。

まぁ俗に言う男っぽい女というやつである。

こいつ女子にモテるし。男子と普通にサッカーしてたし。バレンタインでもらった本命チョコの数は学校一だった気がする。因みに俺は爺ちゃんから飴詰め合わせ(ハッカ味)をもらった。ハッカが美味いかどうかは戦争に発展するので明記は避けておく。

 

「いや〜、心操も不和もいっしょのクラスになれて嬉しいよ。今年もまたみんなでどっか行こうぜ?去年はプールだったから今年は海に行きたいな。」

 

「海か。いいな。」

 

プールも中々眼福だったが、海はもっと気持ちの良い光景が広がっているだろう。待ってろ、水着のお姉さん達!

 

「あたし釣り道具一式持ってるからさ。みんなで朝から夜まで釣りして、何匹取れるか勝負しようぜ!」

 

「あ、海ってそっち?」

 

てっきり泳ぐ方かと思ったが釣りだったか…。グッバイ水着のお姉さん…。

 

「急だけど今日みんなでラーメン行かね?」

 

妄想の中のお姉さん達に別れを告げていると、彼女が不意に話題を変えてきた。釣りからラーメンって。共通点何もなくね?

 

「本当に急だな。別にいいけど…何でラーメン?お前ラーメン好きだっけ?」

 

「いや、そんなに」

 

「なんだよ。じゃあなんでラーメン?」

 

「いや、お前確かラーメン好きだったろ?」

 

「え、俺?」

 

ラーメンは大好物だが…わざわざ俺の好きな物にしなくていいのに、本当にどうしたんだろうか?

 

「何か…思い詰めてるって言う程でもないけど、難しいこと考えてるだろ、お前。」

 

……え?何で分かったの?いや確かにさっきまで考え事してたけど…エスパー?エスパーなの?あなたそんな個性じゃなかったでしょ。

 

「よく分かったなって顔してるな。何年幼馴染してると思ってんだ。どんな気分かくらいは顔見ればわかる。」

 

「……」

 

「あたしはバカだから相談には乗れないが、飯くらいには誘えるさ。パーとやって、難しいことなんて忘れちまおうぜ?」

 

「……お前本当に女?」

 

「ぶん殴られたいか?」

 

…多分こういった、一々男らしい言動ばっかりしてるから、女子からモテるんだろうな。正直俺、キュンとしたもん。

 

「バカなこと言ってないで、さっさと行くぞ!」

 

「待て待てまだホームルーム終わってないから。このまま行ったら無断早退になっちゃうから。」

 

まぁお陰で少しは気分が楽になった。お礼と言っては何だが、今日の飯代は俺が持とう。

 

 

 

そのあと、木津がアホみたいに食いまくって俺の財布が寒くなったのはまた別のお話。

ラーメンそんなに好きじゃないって言ってたじゃん。

こいつ本当に女かよ。

 

 

 




幼馴染って…いいよね…


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二話

「あー、寝みぃ〜」

ガタンゴトンと小さい頃から聞き慣れた音を立てて揺れる電車の中、欠伸を咬み殺す。

今日も今日とて俺は時間を間違えて朝早くに登校していた。

二日連続で時間間違えるとか、そろそろやばいな。

しかし怪我の功名というか不幸中の幸いというか、早く登校した分、車内はそこそこ空いていた。俺の個性上、満員電車だといろいろキツイからな。これくらいの時間がちょうどよいのかもしれない。やだな。俺一日十時間寝ないとダメな人種なのに。もう学校行きたくなくなってきた。

 

「しかも今日から授業あるとか勘弁してくれよ…」

 

そう、ヒーロー科が目立ちがちな雄英高校だか普通科も県内屈指の偏差値を誇る。そんな進学校である雄英では、入学二日目からガッツリ授業あるのだ。教材めちゃくちゃ重いし。

置き勉ってダメなのかな。ダメだろうな。

しかしヒーロー科はどうなんだろ?やっぱ教材とかめちゃくちゃ多いのかな。っとと。

 

「すいません」

 

電車が揺れた拍子にバランスを崩し、後ろにいた人にぶつかってしまう。昨日に引き続き今日もかよ。不注意すぎるだろ、俺。しかし、反応がない。もしかしてぶつかったことにめちゃくちゃ怒ってるとか?それで無視されてるのかな?俺ビビりだからなんか言われたらチビる自信あるよ?

 

「あの〜先程はすいません。わざとじゃないので許してくれませんか?」

 

おそるおそる相手に向き直り、もう一度謝る。これで反応がなかったら、俺明日から電車乗れなくなっちゃう。

 

「……」

 

あ、俺明日から電車乗れないわ。社会怖い。人間怖い。

もうずっと家の中で…って

 

「なんだ不和か。驚かせんなよ。」

 

「……」

 

この無口マン…もといウーマンこと彼女は不和 愉花(ふわ ゆか)。俺の幼馴染その3である。腰まで伸びた黒曜石のように滑らかで輝いている黒髪。つり上がっていなければ垂れているわけでもない青緑色の瞳。絹のように白くきめ細やかな肌。俺より一回り二回り小さい背に、力を入れれば折れてしまいそうなほどに華奢な体。そして、そんな身体に反し異形型の親から受け継いだのであろうガントレットのように黒く大きな左腕を持つ姿は不思議な魅力を秘めている。え?ナニはどうだって?夢と希望が詰まってる。あとは察しろ。

 

「……」

 

「バッカお前公共の場でそれはやばいすいませんすいません俺が悪かったです許してくださいなんでもしますから」

 

俺の視線に気づいたのか、ジト目で左腕を構えてくる。こいつの左フックは本当にシャレにならん。昔、何が原因かは分からなかったが一発殴られたことがある。俺のネックがサヨナラbye byeしたかと思ったもんねあの時。木津といい、こいつといい、なんでそんなに力あるの?俺もおじいちゃんが教えてくれた古武術、‘ジュードー‘や‘アイキドー‘をやっているからそこそこ筋力は付いているはずだけど、まだ一回も二人に腕相撲勝ったことないからね?

 

「し、しかし不和も朝早いんだな!いつもこれくらいに出てるのか?」

 

「……」

 

俺の分かり易すぎる話題転換にわざわざ乗ってくれるのか、コクリと頷く彼女。てか嘘だろ?まだ7時ちょい過ぎだぞ?こいつの家、駅から少し離れてるし、バスは一時間に一本しか来ない。腕のこともあるからチャリは乗れないし、徒歩で駅まで行くしかない筈なんだが…こいつ何時に起きてるんだ?

 

「お前今日何時に起きたんだ?6時?」

 

「……」

 

「違う?じゃ6時15分だ」

 

「……」

 

「え?違う?じゃあ…6時半か。結構ギリギリに起きてるんだな。」

 

「……」

 

「え…もしかして6時45分?」

女の子って色々準備があるんじゃないの?知らんけど。

 

「……」

 

俺の答えに首を横に振り続ける彼女。こいつもしかして何十何分レベルの細かい時間で起きてるのか?

 

「……」

 

そんな、中々答えに辿り着かない俺に痺れを切らしたのか、彼女は片手の指を全て立てて見せてくる。

 

「…え?お前五時に起きてんの!?」

 

早っ!?え?え?女の人ってそんなに早く起きれんの?俺初日の出見るときぐらいしか五時なんて時間に起きたことないよ?

 

「…ちなみに何時に寝た…?」

もしかしたら、めちゃくちゃ早寝早起きなのかもしれない。俺はいつも十時には寝ているから、九時…いや八時半には寝ていると見た。

 

「……」

 

構えていた左腕をあげ、五本の指を立てる。右手と合わせて十本、十時か。

 

「しかしお前七時間しか寝なくて」

そのあと、全ての指を下ろし俺に向かってピースをしてくる。

十二時…だと…!?

 

「お前いつも五時間しか寝てないの…?」

 

寝不足はお肌の大敵じゃなかったの?もっと早く寝ようよ!?

…衝撃の事実は発覚したが、お陰で構えていた左腕を下ろしてくれた。作戦は成功したと言えるだろう。

 

「しかし…お前、」

 

この時、殴られる心配が無くなり安堵した俺は油断していたのかもしれない。

 

「そんなに睡眠時間が短いとか」

 

普段は心にしまっておくような言葉がポロっと口から漏れてしまった。

 

 

 

「おばあちゃんみたいだな」

 

 

 

「……!」

ドパンッ!っと彼女の拳が俺の鳩尾に炸裂した音が、痛々しく車内に木霊した。

 

 

 

 

 

 

「アイタタタッ…。」

 

「まだ痛いのかよ。情けねぇな。」

 

「お前には分かるまい…。あいつの拳にどれだけの威力があるなんて、お前には分かるまい…!」

 

「泣、泣くなよ。そりゃ俺は殴られるようなことしないからさ。」

 

「俺もねぇよ…!」

 

「いやあるだろ。今日のはガッツリお前が悪い。」

 

ダルい授業も全て終わり、ホームルームも終了した放課後、部活動に入っていない俺と心操は帰路に就こうとしていた。

しかしあいつも容赦ないな。歩く度に重く鈍い痛みが襲ってくるんだが、ワンチャン骨折れてるんじゃなかろうか。ないな。折れてたら、歩くのすらきついだろうし。折ったことないから知らんけど。

 

「そういえば明日委員会決めるらしいけど、お前どうする?」

 

「イテテ…え?あー、まぁ適当な委員会に入るよ。」

 

「学級委員になったらどうだ?推薦してやるよ。」

 

「そうなったら委員長権限でお前を副委員長にしてやるよ。」

 

「笑えないな。」

 

そんな軽口を叩きあいながら、校舎を出て校門に向かう。

しかし前歩いてるツンツン頭、なんかめちゃくちゃ落ち込んでんな。制服を見るに…ヒーロー科か。訓練でヘマでもしちまったのか?っうぉ!?

 

「すいません!」

 

そんなツンツン頭を追いかけてきたのだろうか、左腕腕にギプスを嵌めたモジャモジャ頭が走ってくる。怪我してんのにそんな走ると危ねえぞ。転ぶなよ。今転ばれたら俺が足引っ掛けたみたいになるから。

 

「あいつ…」

 

「ん?なんだ知り合いか?」

 

「いや…あいつだよ。」

 

「何が?」

 

「入試でゼロポイントをぶっ飛ばした奴だ。」

 

「え、あいつが?」

 

俺はもっと筋骨隆々とした大男を想像していたんだが…あんな気弱で優しそうな奴とは…人は見かけによらないんだな。

 

「なんか言い合ってるが…喧嘩か?」

 

「喧嘩にしてはちょっと雰囲気が違うような気がするが…」

 

しかし校門のところで始めないで欲しい。なんか、すごい横通るの気まずいじゃん。向こうも気にしちゃうだろうし。

 

「早く終わんねーかな。俺腹減ったから早く家帰りたいんだが。」

 

「まぁそう言うなよ。もし殴り合いの喧嘩になったら、先生呼びに行かないといけないんだからさ。」

 

だんだんエスカレートしてきたのか、ツンツン頭が怒鳴り始める。そろそろやばいんじゃないのか?

 

「どうする?先生呼びに行くか?」

 

「いや、なんかあいつ帰るみたいだし…大丈夫じゃないか?」

 

見ると、決着がついたのかツンツン頭が帰っていく。よかった。殴り合いにならなくて。って今思ったらモジャモジャ頭怪我してるからそんなことにはならないか。流石に怪我人に手を出すような奴じゃないだろう。

そんなことを考えていると、物凄い勢いで俺たちの横を何が通り過ぎた。風圧でよろける。モジャモジャ頭もよろける。本当に大丈夫かあいつ。駅の方向が同じだったら一緒帰るか。ヒーロー科のこともよく知りたいし。

 

「おー!オールマイトだ!雄英で教師やってるって噂は聞いていたが本当だったんだな!サイン貰えないかな!?」

 

どうやら俺たちの横を通り過ぎた何かはオールマイトだったらしい。すげぇ…!テレビでしか見たことないから感動して鳥肌が…!

そんなオールマイトはツンツン頭の肩に手を掛け、何か話している。が、ツンツン頭が直ぐに切り上げて帰っちまった。すげぇなあいつ。オールマイト相手に堂々とし過ぎだろ。その後、オールマイトはモジャモジャ頭に話掛け、何かを咎めて帰っていった。

あ、サイン貰い忘れた…まぁまた今度会った時に貰えばいいか…。

 

「あ、あの。さっきはぶつかりそうになってしまってすいません。」

 

「ん?あぁ大丈夫だよ。こっちも道を塞いじまって悪かった。」

 

「そ、そんな走っていた僕の方が悪いので…」

 

サイン貰い損ねてシュンとしていた俺に同じくシュンとしたモジャモジャ頭がわざわざ謝りに戻ってくる。礼儀正しくて優しい人なんだな。強個性を持っている筈なのに全然驕っている雰囲気が感じられない。

 

「しかし怪我大丈夫か?ヒーロー科って結構危ないんだな。」

 

「い、いやヒーロー科が危ないというか、なんというか…恥ずかしい話ですが、僕まだ完璧に個性をコントロールできなくて。発動した時に、その部分が壊れてしまうんです。」

 

「それは…すごいリスキーな個性だな。でも制御できたらオールマイトみたいになれるんじゃないか?聞いてるぜ?お前ゼロポイントをぶっ飛ばしたんだろ?」

 

「え…!?あ、いや、その、オールマイトみたいなんて僕みたいのが烏滸がましいし他にもみんなすごい個性持ってるしまだ制御できてない僕はダメダメというか……」

 

「あ、おう、そうか。そ、そういえば自己紹介が遅れたな!俺は感野。感野 障助(かんの しょうすけ)。こっちは心操ってんだ。よろしくな。」

 

「……であるから僕なんて全然…え?あ!ぼ、僕は緑谷 出久って言います。こちらこそよろしくお願いします!」

 

「俺もこいつもヒーロー科には興味があるんだ。どうだ?怪我も辛そうだし、よかったら駅まで一緒に帰らないか?」

 

「あ、あの…とても嬉しいんですが、皆と今日の訓練について反省会をするので…」

 

「そっか。用事があるならしょうがないな。じゃ、これ俺のケータイのメールアドレス。気が向いたら登録しといてくれ。」

 

そう言って、メールアドレスが書かれた紙を渡す。ヒーロー科に在籍してるんだ。悪用はしないだろう。しないよね?

 

「じゃ、頑張れよ、未来のヒーロー。腕、お大事にな。」

 

「え?あ、ありがとうございます!」

 

そのまま緑谷と別れ、校門をくぐる。腹減ったなー。ラーメン食いてえ。でも金ないからな〜。

 

「…おい」

 

「ん?」

 

「何考えてんだ?」

 

「何とは?」

 

「惚けんな。お前初対面の人にグイグイいくタイプじゃないだろ。」

 

「そんなことねぇよ。俺は友達百人作るのが夢なんだぜ?」

 

「…まぁ何か企んでんのは分かった。あんまり羽目を外しすぎるなよ。」

 

そんなに俺分かりやすいかな?

 

「…やっぱ俺お前を委員長に推薦するよ。」

 

「おう頼むわ。ちょっとやりたいことができた。」

 

ふわりと暖かい風吹き、飛んできた桜が肩につく。

入学式の時は満開に咲き誇っていた桜は、今はもう散り始め、道に桃色のカーペットを作りあげていた。

 

もうすぐで体育祭か。

 

そんな事を考えながら、俺たちは駅に向かって歩き出した。

 

 

 

「なぁ心操、お腹へら」

「奢らねぇよ?」

 

ですよね〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーンっと昼休みを告げるチャイムがなる。その鐘の音を区切りに、授業という呪縛から解き放たれた生徒達は、疲れ切った心身にエネルギーを補給する為、食堂やら購買やら、各々の目的地に向かっていった。

ちなみに俺達は食堂に向かっている。なんで食堂かって?安いし美味いし、なんか高校生って感じがするだろ?

 

「今日は何食おうかな〜。」

 

昨日はラーメンだったが、今日は無性に米が食いたい。

天丼にするか、カツ丼にするか、はたまた親子丼か…ランチラッシュの作るご飯はなんでも美味いから迷うところだ。

 

「腹減ったな〜。早く飯食いに行こうぜ。あたし天丼頼むから、障助はカツ丼頼んでくれよ。そんでもってシェアしようぜ。愉花は何食べる?」

 

なんか木津に決められた。米食いたかったし別にいいけどさ。

 

「……」

 

「親子丼ね。オッケー。」

 

え?なんでわかるの?今不和一言も喋ってないし、ジェスチャーすらしてないよ?エスパー?エスパーなの?だから貴方の個性はそんなんじゃないでしょ?

 

「いや顔見ればわかるだろ。幼馴染だし。」

 

いやわかんねぇよ!幼馴染だからていう次元超えてるよそれ!しかも今さらっと心読まれたし!

 

「どういう原理だ?俺が鈍いだけなのか…?」

 

「心配すんな障助。あれは俺でもわからない。」

 

そう、言いながら中華丼を頼む心操。俺のカツ一切れあげるから、一口頂戴?

 

「安心しろ。二切れで考えてやる。」

 

「何をどう安心すればいいのか全くわからないんだが。」

 

お前もさらっと心読むなよ。

 

「お前結構顔に出るからわかりやすいぞ。」

 

「え、そんなにわかりやすい?」

 

「少なくとも俺たちにとっては。」

 

マジか…顔出ないタイプだと思ってたから結構ショックだ。

 

「おーい、ここに座ろうぜ〜。」

「……」

 

そんな落ち込んでる俺に、席を取ったのか木津たちが呼んでくる。向かうと、しかっりお冷まで用意されていた。こういう所を見ると、やっぱ女の子なんだな〜と思う。

 

「カツもーらいっと。」

 

席に着いた途端にカツ取って来やがった。しかも一番大きいやつ。前言撤回、本当にこいつ女かよ。

まぁいいか。あとこいつのエビ天取ってやる。

 

「じゃ、食うか。頂きまsーーーー」

 

ウウーーーーーーーーーー!!!

 

和気藹々とした食堂内に突然警報音が鳴り響く。びっくりしてカツ落としちゃったよ。俺のカツ…。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難したください。』

 

「セキュリティ3?」

 

「校舎内に誰か侵入してきたんだよ!君たちも早く逃げろ!」

 

え?そんな奴いんの?ここ雄英だぜ?プロヒーローがいつも在中してるのに…さてはそいつバカだな?しかし向こうもそんな事は分かっていて入って来てるのだろう。相当自分の個性に自信があるんだな。ちょっと心配になってきた。

 

「だ、大丈夫だと思うが一応避難しておくか。」

 

「ん?まぁ慌てんなって。もうちょいゆっくり食わしてくれよ。」

 

木津さん!?こんな時まで男気溢れなくていいから!?逃げよ!?

 

「……」

 

不和さん…黙々と食べてないで逃げようよ…。危機感持と?ほら、左腕が重いならおんぶしたあげるから。

 

「お、おい、早くしないとまずくないか?なんか非常口詰まってるし…。」

 

心操、お前はいつも通りで本当よかった。

しかし不味いぞ。こんな事始めてなのか、パニックを起こしてる。こんな所でコケたら…ゾッとするな。

 

「みんな落ち着いてー!ゆっくり避難!おかしも守ろうぜ!」

 

そんな呼びかけなど虚しく、パニックはどんどん大きくなっていく。本格的に不味くないか?このままじゃ怪我人が出るぞ。

 

『大丈ー夫!!!』

 

なんとか落ち着かせる方法は無いものか…そう考えていたら、頭によく響く大きな声が聞こえてきた。声の方向を見ると、非常口の上にビターっと張り付いている。あれだ、非常口の上についてる人のマークに似ている。しかしどうやって登ったんだ?

 

「唯のマスコミです!何もパニックになる事はありません!ここは雄英!!最高峰の人間に相応しい行動を取りましょう!!」

 

そんな呼びかけに、さっきまで大パニックだった食堂が静まり返る。すごいな。制服を見る所に…アイツもヒーロー科か。やっぱり人を助ける立場になる人間は俺みたいな凡人と一回りも二回りも違うんだな。そりゃそうだ。あの入試をくぐり抜けているんだ。こんな騒ぎを纏められるアイツもまさしくヒーローになれる資格をもっている。

 

『お前はヒーローになれるような資格を持っていない。』

 

ぞろぞろと散っていく人々に紛れて、そんな考えが浮かんできてしまった俺は、昏い思考を振り払おうと、すっかり冷めてしまったカツ丼を頬張った。

 

 

 

冷めても美味いな。流石ランチラッシュ。

 

 

 



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三話

きっとこれは夢なのだろう。

 

僕、大きくなったらヒーローになるんだ!

 

目の前にいる鼻垂れ小僧は確かに…個性が発現する前の俺だった。

 

障助君は優しいから、きっといいヒーローになれるよ〜。

 

そう言って、俺を抱きかかえてくれたのは、父だったか、母だったか、はたまた幼稚園の先生だったか。

 

そしたら俺、障助のサイドキックになる!

 

そう言ってくれたのは誰だったか。

 

じゃあ私、障助のお嫁さんになる!

 

そう言ってくれたのは誰だったか。

 

障助、俺たちずっと友達だぜ。

 

何故だろう。

 

障助、遊ぼ!

 

何故だろう。

 

障助、ご飯食べよ!

 

どうして、

 

 

 

 

 

皆の顔に黒い靄がかかっているのだろう。

 

 

 

『お前はヒーローになれるような資格を持っていない。』

 

本当にこれだけだっただろうか。

 

『何故なら、お前は』

 

本当に、合格通知に書かれていただけだっただろうか。

 

『ーーーーーーーーー』

 

だって、これを、この言葉を最初に言ったのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッ!!!」

ベットから跳ね起きる。酷い夢を見た。なんだってこんなタイミングで悪い夢見るんだよ。なんで…あれ?俺どんな夢見てたっけ?確かに嫌な夢は見た筈なんだが…。

まぁ忘れるって事は脳が記憶に残したくない、残す必要がないってことだろう。だから暗記で点数が取れないのは、俺が悪いんじゃない。脳が残す必要がないって勝手に忘れたんだ。

なんか自分で言ってて虚しくなってきた。

 

「今何時…五時ちょっと前くらいか。」

今日は臨時休校。学校はない。どうやら昨日A組が敵に襲撃されたらしい。幸い、重軽傷者は数人出たが死人はいないそうだ。新聞を見ると、『奇跡の生還』やら『A組生徒、敵を撃退!』やら、世間はA組を褒め称えている。

ヒーロー科とはいえ、まだ入学したての高校一年生だ。

そんな人達が、敵を撃退し、なおかつ死人を出さなかったのだ。それはとても凄いことだし、実際伝説に残るだろう。

もし、自分がそこにいたら…怖くて、震えて、足手まといになってるに違いない。

 

「同じ高校一年生なんだが、一体全体何が違うんだろうな…」

 

複数の敵を撃退できるほどの戦闘力か。

 

どんな窮地に立たされても、冷静に行動出来る判断力か。

 

怖くても、自分を、他を助けようと一歩踏み出せる勇気か。

 

全部だ。全部当てはまる。

 

俺には複数の敵を薙ぎ倒せるような戦闘力などない。

せいぜい一人か二人、それを倒してもじわじわと嬲り殺されるのがオチだ。

 

俺には窮地に立たされても、冷静に行動出来るほどの判断力などない。

せいぜいパニックを起こして周りの足を引っ張るのがオチだ。

 

俺には恐怖の中、他を助けようと一歩踏み出せる勇気がない。

むしろ俺は助けられる側にいる人間だ。

 

俺には無いものを、凡人には無いものを持っている奴の事を

才人(ヒーロー)と言うのだろう。

 

「…走るか。」

 

努力でどうこう出来る話じゃない。そう分かっていながらも、何かをしないと自分の中の決定的なモノが壊れる気がして。

まだ寒い春の明け方、しっかりと準備をした俺は暗い道に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「はーい出席とるぞ〜」

 

担任ののんびりした声がまだ騒がしい教室に響く。しかし体が痛い。昨日無理して、体動かしまくったからどっか痛めたのかもしれない。慣れない事はするもんじゃ無いな。

 

「はーい全員いるな。さて、皆も知っているだろうが先日、A組が敵に襲撃された。幸い大事に至った人はいなかったが、皆も充分気をつけるように。話は変わるが、ニ週間後は体育祭がある。各々体を作っといて。もしかしたら、ヒーロー科に上がれるかもしれないからな。」

 

体育祭という言葉に何人かの生徒が反応する。俺もその内の一人だ。そうか、あと二週間か。そろそろ行動に移した方がいいな。

 

「後は…まぁ特に無いな。じゃ今日も一日頑張って。終わります。」

 

そう言って担任は教室を出て行く。生徒達は、それぞれの用事で席を立つか近くの奴と駄弁り始めた。今しかない。

 

「よ〜し。ちょっと皆聞いてくれ〜。体育祭のことで話がある。」

 

そんな俺の呼びかけに対し、クラスにいる奴らがこっちに注目する。半分は面倒そうに、半分はほぼ興味を持っていない。人徳ねぇな俺。

 

「早くしてくれよ。俺トイレ行きたい。」

「私もちょっと友達と廊下で話たいんだけど。」

 

「まぁそう言うなよ。委員長が話すんだ。ちょっとだけでも聞いておこうぜ?」

 

そう言って教室を出ようとする奴を止めてくれる木津。

俺あんたに一生頭が上がらない気がする。

 

「じゃ、単刀直入に聞くけど

 

 

 

 

こんなかにヒーロー科落ちた奴、何人いる?」

 

 

 

「「「は?」」」

 

 

空気が凍りつく。さっきまで興味を持っていなかった奴らも、今は敵意を孕んだ目で此方を睨んできていた。

そりゃそうだ。わざわざ時間をとったのに、聞かされた第一声が「あなたは受験に落ちましたか?」だったら誰だって怒る。俺だったらふざけんなと突っかかるところだ。

そう思うと皆優しいな。

 

「すまん。言い方が悪かった。こんなかにまだヒーローになる事諦めきれてない奴、何人いる?」

 

「…そんな話をする為に、わざわざ呼び止めたのか?」

 

「え?うんそうだけど。」

 

俺の質問に対し、クラスの男子の一人が皆の気持ちを代弁するかのごとく俺に非難の声を掛けてくる。

 

「やってられるか。じゃあな。」

 

そう言って、教室から出て行こうとする。

 

「お前、ヒーロー科受けて落ちたか?」

 

「あ?」

そんな、奴の背中に再度質問を投げつける。めっちゃ睨まれた。怖い。しかし今は耐えなければ。

 

「いや、あの入試を受けてどう思った?」

 

「…もう終わっーーー」

 

「あんな入試内容じゃ、点数取れないって思ったんだろ?」

 

「!」

 

俺の言葉に、そいつを含め何人かが反応する。

 

「そりゃ…」

 

「あいつらはロボを薙ぎ倒せるような強個性だが、俺たちみたいな個性じゃロボをポンポコ壊せないもんな?」

 

「……」

 

「あいつらは食堂で警報が鳴った時、パニックだった皆を冷静にまとめあげていたもんな?あの時、凡人(俺たち)才人(ヒーロー科)の差って奴を体感しちまったよな?」

 

「……」

 

「あいつらが敵に襲われて、死人を出さず撃退したって聞いた時、考えちまったもんな?自分だったら絶対に無理だって。思っちまったもんな?俺らがダメなんじゃない、あいつらが凄いんだって。

 

 

 

 

 

 

ヒーローになれないのも仕方ないって。」

 

「……ッ!」

 

もう少し、もう少しだ。

 

「そんなロボを薙ぎ倒せる程の戦闘力を持ち、パニックを抑え込める程の統率力を持ち、尚且つ敵の襲撃を耐えきった。そんな奴と体育祭で勝負しても、勝てっこない。そう思ってんだろ?正直俺もそう思う。」

 

「じゃあどんすんだよ!お前もそう思うんだろ?俺たちなんてあいつらの引き立て役でしかないんだって!」

 

釣れた。

 

「お前の個性、確か『安全歩行』だったよな?」

 

「あぁそうだ!崖っぷちにあるような危険な道でも、暑い所でも寒い所でも、歩いてさえいれば安全に移動出来る!それがなんだよ!?」

 

「良い個性だよな。山岳救助とか、都市災害で活躍しそうだ。」

 

「ハァ…?何言って…。」

 

「お前は確か…『体温』だったか?」

 

「え?俺?」

 

目の前にいる奴からから目を逸らし、そいつの後ろにいた奴に声を掛ける。

 

「あ、あぁ。確かに俺は触れた物体の温度を自分の体温と一緒にすることが出来るが…」

 

「お前も良い個性だ。雪山で遭難してる人に自分の体温を移したら、低体温症解決だな。」

 

「それまでに俺の体が冷えていそうだが…」

 

「そしたら、お前とお前が組めば、安全に遭難者の所まで行けて、尚且つ低体温症を解決できるな。災害救助に引っ張りだこ、最高のタッグの出来上がりだ。」

 

「そ、そうかな。」

 

二人が顔を見合わせる。あ、照れた。

 

「こ、個性を褒めてくれるのは嬉しいが、結局何が言いたいんだよ?」

 

「んー…まぁ要するに…

 

 

 

 

 

 

なんでヒーローになるのに戦闘力の高い派手な個性が必要なんだ?」

 

「「「!!!」」」

 

俺の言葉に顔を伏せていた何人かが反応する。

 

「いや、そりゃ必要だよ?敵と戦うんだ。戦闘力が高ければ高い個性ほど有利だし、ヒーロー飽和社会の今、派手ならば派手な程、注目度が上がって有名になれる。」

 

俺の言葉にまた何人かが顔を伏せる。

ごめん上げて落とした。

 

「でも今言った通り、戦闘力が無くても災害救助等で活躍出来る個性持ちはいる。一人でなんでも出来るスーパーヒーローにはなれないけど、チームを組めば大抵の敵には対抗出来るような個性持ちもいる。なんだったら、ロボなどの対機械に弱いだけで、対人には最強の効果を発揮する個性持ちもいるはずだ。」

 

「……」

 

「元々体育祭の結果によるヒーロー科編入は俺たちみたいな個性持ちへの救済処置だ。勝てないかもしれない。いや、きっと勝てないだろう。向こうは経験も、地力も、何もかも上だ。」

 

拳に力が入る。そうだ、勝てる訳がない。

 

「けど」

 

でも、どうせ勝てないなら

 

「せっかくど真ん中にボール(チャンス)が来たんだ」

 

せめて、一発当たることを願って

 

「見逃し三振じゃ、かっこ悪いだろ?」

 

思いっきり振り抜こう。たとえ、ボール(勝利)が速くて見えなくても、振ったらバット()にぶち当たるかもしれない。

 

「もし、今の話を聞いて、ダメ元でやってみようと思ったら昼休み食堂に来てくれ。付け焼き刃だが作戦を話したいと思う。じゃ、時間を取って悪かったな。」

 

そう言って教室を出て、トイレに向かう。

一体何人、この話に乗ってくれるだろうか。

 

「おい」

 

「ん?」

 

振り返ると心操が立っていた。やばい、今来られると…

 

「さっきの演説、かっこよおおおおい!?どうした!?」

 

「す、すまん。緊張が解けたら、腰が…」

 

俺は別に人前で話す事に慣れてるわけじゃない。今でも心臓がバクバク言っている。今思うとよく耐えられたな、俺。

 

「……本当お前って奴は、最後の最後で締まらねぇんだから。ほら。」

 

「す、すまん。」

 

地べたに座り込んでいる俺を見かねて、心臓が手を差し出してくる。そのままその手に捕まり、ゆっくりと立ち上がろうとするが、中々足に力が入らない。

 

「……なぁ障助」

 

「ふっ…くっ!ん?どうした?」

 

「実際、勝機はあるのか?」

 

「……皆で力を合わせたらきっと勝てる。っと言ったら嘘になるな。」

 

「…そうか。」

 

「さっきも言ったが、経験も、地力も、何もかも向こうが上だ。俺やお前、不和や木津に、クラスの数人はヒーロー科に対抗出来るような個性を持っているが…それでも、奴らは今まで訓練してきて、敵を相手どった。その差はでかいと思う。」

 

「…まぁそうだろうな…」

 

心操の頬に影が差す。しかし、こればかりはしょうがない。下手に誤魔化すより、はっきりと伝えた方がこいつのためだ。

 

「まぁそんな落ち込むなよ。それに、それこそさっき言ったじゃん。」

 

「え?」

 

「こんな一年に一回しかない大チャンスがきたんだ。見逃し三振じゃカッコつかないだろ?」

 

「…そうだな。思いっきり振っていくか。」

 

「そうそうその意気その意気。思いっきし振って、空振り三振バッターアウトだ。」

 

「なっちゃダメだけどな。」

 

そんな事を話しながら教室に戻る。しかしこいつめ、すっかり覚悟の決まった顔しやがって。ホント、頼りにしてるぜ?お前の個性、めちゃくちゃカッコいいんだからよ。

 

「しかし…皆来てくれるかな?」

 

全然来てくれなかったらどうしよう。あんなに威勢の良い啖呵を切ったのに、誰も来ないって…ただのうるさい奴だ。軽く死ねる自信がある。

 

「その事なら心配ないと思うぞ。」

 

「?」

 

「今、木津と不和が皆に呼びかけている。実際、お前の言葉に動かされたのか、数人は既に自分達の個性について話しあっている。良かったな。お前の演説、無駄にならなくて。」

 

「…そうか。」

 

友達って暖かいな。

そう思った俺は、絶対にヘマはしないと心に誓い。

キーンコーンカーンコーンっと、無情にも一時限目を報せるチャイムが廊下に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

時は放課後。俺と心操は敵情視察をするべくA組の前に来ていた。え?昼休みはどうだったって?殆どの皆来たよ。俺は一生木津と不和に頭が上がらない気がする。何かお礼をしないとな。

しかしすごい人集りだな。入り口が見えない。やはり皆考えることは同じか。

 

「意味ねぇからどけ。モブども。」

 

なんとか前に出ようと体をよじっていると、どこかで聞いた事のある声が聞こえてくる。てか口悪いな。モブて。本当にヒーロー科かよ。ってあの時のツンツン頭じゃねぇか。

 

「どんなもんかと見に来たがずいぶん偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?こういうの見るとちょっと幻滅するなぁ」

 

「ああ!?」

 

そんな中、心操がツンツン頭に話し掛ける。いいぞ心操。ガツンと言っちまえ。

 

「普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって人、結構多いんだ。知ってる?」

 

「?」

 

「体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科の編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ。」

ツンツン頭の後ろにいた緑谷が反応する。そうか。お前個性制御できてないもんな。

 

「敵情視察?少なくとも普通科(俺たち)は、

 

 

 

調子のってっと、足元ごっそり掬っちまうぞっつー宣戦布告にきたつもり。」

 

よく言った!でも敵情視察は本当だからね?宣戦布告の方が俺初耳だよ?まぁ別にいいけどさ。

 

「すまん。カッとなってつい言っちまった。」

 

「全然大丈夫だ。遅かれ早かれ、あいつらにアピールするつもりだったし。カッコ良かったぞ。」

 

「…そうか」

 

「照れんなよ〜」

 

「うるさいよ。そんな事より何か分かったのか?」

 

「全然?」

 

「ダメじゃねぇか!?何しに来たんだよ!?」

 

「冗談だよ。少なくとも、あのツンツン頭はどんな奴か分かった。」

 

ありゃ自尊心の塊だな。ああいうタイプは会話である程度コントロールできる。不和や心操だったら簡単に倒せるだろう。

 

「ったく…ホント、頼むぞ?」

 

「あぁ任せろ。お前こそ後二週間、しっかりと体作っとけ。」

 

さぁ、残り二週間、俺の働きにより勝てる確率が変わってくる。気張らなくては。待ってろヒーロー科。油断してっと本当に足元ごっそり掬っちまうぜ?

 

そう意気込み、俺たちは各々の準備を開始した。全ては、ヒーローになる。その夢のために。

 

 



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四話 初陣

昨日初めてきた感想を見て、朝からニヤニヤしてました。
やはり自分の作品に興味を持ってもらえるってのは、中々嬉しいものですね。
拙い文ですが、これからもよろしくお願いします。
今回のは特に駄文なので何卒ご容赦ください。


チュンチュンと雀の囀る音が聞こえてくる。

 

「…朝か。」

 

ベッドから体を起こし、カーテンを開ける。眩しい光が俺の目を焼くと共に、雲一つない青空が広がっていた。

 

「しかし目覚ましを使わずに起きれたのは久しぶりだな。」

 

相当緊張しているのだろう。昨日も興奮やら不安やらで中々寝付けなかった。俺は遠足前日に眠れない子供か。子供だったわ。

そんな事を考えながら洗面台に向かい、顔を洗う。脳内で自分に対してツッコミを入れられるんだ。緊張はしているが動けないって程でもない。寧ろ、諦めの気持ちが強いのか楽しんでいこうという自分がいる。きっと大丈夫だ。

 

「おばあちゃん、応援しててな。」

 

仏壇に向かい、額縁に飾られている祖母の写真に話し掛ける。心なしか、いつもより笑っている様に見える。気のせいか。

そのまま朝ごはんを食べ、歯を磨き、制服に身を包む。

 

「じゃ、おじいちゃん行ってくるね。孫の見事な負けっぷりをテレビの前で見といてくれ」

 

まだ寝ているであろう祖父に対し、そんな言葉を残して家を出る。外に出た途端、五月特有の生温い風が吹いた。

そんな風に行ってらっしゃいと言われた気がして。

 

「…よし!」

 

自分の頬を叩き、気合いを入れ、俺は駅まで走り出した。

今日は体育祭。俺たち普通科(凡人)

 

初陣だ。

 

 

 

 

 

「うぉー!緊張してきた〜!?」

「俺、この二週間言われた通りに練習してきたが大丈夫かな…」

「私結構個性上達したよ!もしかしたらいけるかも知んない!」

「せめて2ndステージには行ける様に頑張るわ。」

「まぁどうせ勝てる訳ないんだから、気楽にいこうぜ〜」

 

控え室に着くと、もう殆どの人が集まっていた。皆早くね?俺今日6時に家出たんだけど?

 

「よっ!障助!おはよう。遅かったな。」

 

「あぁ木津か。おはよう。お前らが早すぎるんじゃねえか?」

 

「まぁ皆緊張して、寝られなかったんだろう。」

 

「おぉ心操。いつもに増してクマがすごいことになってるぞ?」

 

「……」

 

「おはよう不和。今日も平常運転だね。」

 

近寄ってきた幼馴染達と挨拶を交わし、控え室を見渡す。

 

緊張を紛らわす為、声を大にして叫ぶ者。

 

個性練習が上手くいってるか不安な者。

 

逆に個性練習が上手くいって自信を持つ者。

 

せめてどこどこまでは…と目標をたてる者。

 

勝てる訳がないと、皆を落ち着かせる者。

 

人によって様々だが、やはり前例が無い分、皆不安なんだろう。こればっかりはしょうがない。誰でも初めてってのは、怖いし緊張する。俺だって力を入れないと脚が震えてしまう。

 

『ーーーーーーーーーーー!!!』

 

外から大歓声が聞こえてくる。大方、A組が入場したのだろう。そろそろか。

 

「よーし皆、そろそろ入場だ。その前にちょっといいか。」

 

外の大歓声を入れ聞いて萎縮してるクラスの奴らに声を掛ける。

 

「始まる前にあれこれ言うとあれだから簡潔に言うわ。

 

 

 

思いっきり空振っていこう。」

 

俺の声が控え室に響く。

 

「たとえ当たらなくても、あぁ普通科(こいつらは)、いいスイングしてるなって思わせよう。」

 

皆の拳に力が入る。顔つきも変わった。

 

凡人(俺たち)も頑張れば、ここまでやるんだって才人(ヒーロー科)に見せつけてやろう!」

 

頭が、火を付けたエンジンの様に熱い。気分がグングン高まっていく。

 

「よし!一年C組、いくぞ!」

 

『オォー!!!』

 

さぁ始めよう。俺たちの戦いを。

 

 

 

 

 

 

 

「選手宣誓!!選手代表、爆豪勝己!!」

 

おぉ、18禁ヒーローのミッドナイトだ。相変わらずエロいな。子供に見して大丈夫なのか?

 

「……」

 

「イテテっ!?」

 

不和が俺のケツを抓ってくる。女の人って視線に敏感なんだな。でもあれは反則だろ。健全な男子ならついつい見ちゃうでしょ。

 

「せんせー」

 

そんな事をしてると、ツンツン頭が朝礼台に上がり、選手宣誓をする。あいつ爆豪勝己って言うのか。初めて知った。

 

「俺が一位になる」

 

「絶対やると思った!!」

 

爆豪に対しブーイングの嵐が巻き起こる。

え?え?あいつ凄いな。自信過剰どころの話じゃないだろ。

 

「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」

 

クソムカつくなあいつ!誰が踏み台じゃボケェ!大方合ってるから全然言い返せねぇし!っといかんいかん。弱気になるな俺。こいつらを見返すんだろ。

 

「さーて早速第1種目いってみましょう!毎年ここで多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!!」

 

主に俺たちがね。

 

「運命の第1種目は〜コレ!障害物競争!!」

 

モニターに大きく障害物競争と出てくる。良かった。これなら作戦を活かせる。あとは…

 

「我が校は自由さが売り文句!フフフ…コースさえ守れば〝何をしたって〟構わないわ。」

 

よし!

 

「きいたか、皆。コースさえ守れば何してもいいってよ。作戦通りにいくぞ。」

 

「わかった」

「よーし」

「了解!」

 

「さぁ位置に着きなさい…」

 

ゲートが開き、スタート信号が点滅する。多分きっと最初は…

 

『スタート!!!』

 

「グッ…!」

 

スタートの合図が鳴った途端、足が凍りついて動かなくなる。

やはり氷結がきたか…だが!

 

「体川!!」

 

「任せろ!」

 

体川が手を強く擦り、氷を触る。全てを凍てつかせる氷はあっという間にちょうどいいお湯に変わった。

 

体川 移(からだがわ うつす) 個性『体温』

自分の体温と触れたモノの温度を同じにすることができる!

彼といれば冬でもあったかいぞ!

 

やはり体の一部の温度だけでも移せることが出来たらしい。

この二週間で自分の個性の出来る範囲を調べておいてくれと言った甲斐があった。

 

「金子!」

 

「よしきた!お前ら全員…」

 

耳を塞ぐ。C組以外の奴は何やってんだという目で見てくるが気にしない。

 

「『動くな!!!』」

 

「!?」

 

彼の声を聞いてしまった人は、まるで金縛りにあったかの様に動けなくなる。

 

金子 禁太郎(かねこ きんたろう) 個性『禁止(タブー)

彼の言葉を聞いてしまった者は行動を制限されてしまう!

制限される行動は、彼の発した言葉に左右されるぞ!かなりの強個性だが、自分は必ず声が聞こえてしまうため、彼自身も個性にかかってしまう!使い所には気をつけよう!

 

「なんだコレ…!?」

「体が…!」

 

他の普通科はほぼ行動不能にできた。ヒーロー科は…B組は何人かいるが、A組は殆どのいない。ベルトつけている奴と透明な奴だけだ。やはり、向こうのほうが一枚上手か…。

 

「足遅い奴はどんどん先行って!飛石!金子と不和を担いで走れ!」

 

「オッケー。よいしょっと」

 

「すまん助かる!」

「……」

 

二人を担いだ彼は、ものすごい速さで走って行く。

 

飛石 腱(とびいし けん) 個性『飛脚』

ものを持った状態に限り、脚がとても速くなる!持つものが重ければ重い程、それに比例して脚の速さも上がっていくぞ!

ただし、身体能力が上がる訳ではないため、個性を扱うためには物を持つための筋力と長時間走るための体力が必要だ!頑張れ!

 

本来の作戦は、金子がスタート直後に個性を発動し、皆を止めた後、飛石が固まっている金子と腕のことがあり速く走れない不和を持ってトップへ…という感じだったんだが、そう簡単には勝たせてくれないらしい。

 

『さぁいきなり障害物だ!まずは手始め…』

 

どうやら先頭が障害物のある所に着いたらしい。遅れて俺たちも追いつくが…

 

『第1関門 ロボインフェルノ!!』

 

入試の時にあった仮想敵がウジャウジャいる。まじかよ…だから対物戦は苦手だといってるだろ。金子はまだ個性発動したばっかりだからインターバルがあるし…1、2、3ポイントは何とかなるが、0ポイントはどうしようもない。早速詰んだか?

 

「あいつが止めたぞ!あの隙間だ!通れる!」

 

ふと顔を上げてそちらを見ると、先頭の奴があの0ポイントロボを凍らしていた。まじか。

 

「やめとけ。不安定な状態で凍らせたから」

 

グラッとロボが傾く。

 

「倒れるぞ」

 

もの凄い地響きを鳴らして、ロボが倒れてきた。あぶねぇな!普通に死ぬぞコレ!

 

『1ーA 轟!攻略と妨害を一度に!こいつはシヴィー!コレはあれだな!もうなんか…ズリィな!』

 

クソ、やっぱりA組か…

 

「おい!だれか下敷きになったぞ!」

「死んだんじゃないのか!?死ぬのか!?この体育祭!?」

 

え?本当に死ぬの?嘘だろ!?

 

「死ぬかぁ!」

 

そんな、死ぬ可能性がある体育祭に戦慄していると、ロボの中から人が出てくる。どういう個性だ?見るからに…自分の体を硬くする系か?あ、もう一人出てきた。あいつら個性ダダ被りじゃん。

 

「いいよなぁあいつらは…。潰される心配ないもんなぁ」

 

「とりあえず俺たちは一時協力して道をひらくぞ!」

 

そう言ってヒーロー科の奴らが主導でドンドンロボを壊していく。俺たちは…どうするか。

 

「おい障助どうする?俺たちこのままじゃ…」

 

クラスの奴らが不安そうに声をかけてくる。

…仕方ない。とてもヒーロー科志望がやることじゃないが、背に腹は変えられないか。

 

「俺に考えがある。」

 

 

 

 

「オラオラ、クソロボット供!こっち来い!」

 

広場を駆け回り、ロボット供を挑発する。

 

『標的発見!ブッ殺ス!!!!』

 

なんかブッ殺スの部分だけ強くない?俺の気のせい?

まぁいい。俺の安っぽい挑発に乗ったのか、複数のロボが追っかけてくる。お陰で道が空いた。クラスの奴らにはそこ通って先に行けと伝えてある。木津や心操もいるし、統率の面では大丈夫だろう。

かくして、俺はクラスの勝利の為、皆の犠牲となったのだ……

 

 

 

 

 

まぁそんないい奴じゃないんだけどね、俺。

スタートから遅れちまった今、形振りなんて構ってられない。

強く想う将来(ビジョン)があるなら、手段なんて選んでられない。例え、それがヒーローらしからぬ行動だとしても。

全てはヒーローになる。その為に。

 

「そーら、お届けものでーす!」

 

「うお!?こっち来んな!?」

 

近くにいたヒーロー科の奴に、ロボットを押し付ける。

いわゆるゲームでいうタゲ移し行為だ。やり過ぎると友達無くすからやめようね?ソースは俺。

作戦は成功し、ロボは標的をそいつに変えた。そのまま俺は第2関門に向かって走り出す。随分と遅れちまった。あいつら大丈夫かな?

 

 

 

 

 

 

 

「障助の奴、大丈夫かな…」

 

障助の囮お陰で無事に第1関門を突破し、あたし達は底が見えない崖に細いロープが吊るされた第2関門、『ザ・フォール』に来ていた。

 

「さぁ…でもあいつが言ったことだし、何か考えがあるんだろ。そんな事よりもコレどうすんだ…?底見えないんだが…」

 

「そんな事って…そりゃないだろ心操。あたし達の為に囮を買って出てくれたってぇのに」

 

「あいつなら大丈夫だと思って言ってんだ。お前はいつもあいつの事になると頭まわんなくなるんだから。もう少し信用してやれよ」

 

「グッ……そうだが」

 

しかし心配だ。あいつの個性は対人には物凄く有利だが、ロボ相手には全く効果を発揮しない。本当にどうするんだろうか。まさか本当にあたし達を行かせる為だけに、自らを犠牲にしたんじゃ…あいつならあり得る。今からでも戻ろうか。

 

『木津ちゃん。もう大丈夫だよ!』

 

過去の昏い記憶が呼び覚まされる。

だってあの時もあいつは自分を…

 

「おい。」

 

「!?」

 

不意にかけられた心操の鋭い声に、昏い思考の海から引きずり上げられる。

 

「ボサッとすんな。障助がいない今、俺たちでクラスの皆を纏めないと行けないだ。しっかりしてくれよ。」

 

「…そうだな、悪かった。」

 

そうだ。今はあたし達がリーダーだ。しっかりしなくては。

 

「ったく、世話の焼ける奴だ。あいつにうつつを抜かすのは構わないが、今は勘弁してくれよ。」

 

「べ、別にそんなんじゃねぇよ!」

本当だぞ!?本当だからな!?

 

 

 

 

 

「や、やっと追いついた…」

 

皆速いな。きっと木津達が迅速に指示を出したに違いない。

 

「しかしお前の個性って便利だよな。あんな細いロープの上も歩けるなんて羨ましいぜ。」

 

「まぁな。俺はコレくらいしか活躍できないから。」

 

「そういうなよ、安藤。自信持てって。」

 

安藤 歩(あんどう あゆむ) 個性『安全歩行』

歩く事に限り、どんな道でも安全に移動することができる!近くにいるだけで他人にも効果があるので、山登りの際、一緒にいてくれると心強いぞ!

 

しかし、第3関門は…コレまたきつそうだな。一面地雷原か。

踏んでも命に別状はないが、派手な音と衝撃がくるらしい。大丈夫かな。失禁しないように気をつけないと。

 

「こっからは各自で進んでいるらしいが…」

 

「まぁ集団だと不利だからな。体川や金子、飛石とかは木津達がゴールできるように他の奴らを妨害して回ってるぞ。なんでも、『俺たちじゃ2ndステージ行っても活躍できないだろうから』だそうだ」

 

「あいつら…」

 

「2ndや3rdからは戦闘系の競技が出てくる可能性が高いんだろう?まぁ木津や不和、心操にお前の方が戦闘に向いてる個性だし、個性抜きでも身体能力高いからな、お前らは」

 

「けど…」

 

「それにお前らが良い成績取れば、間接的に俺たちの活躍も目立つんだ。本当、頼むぜ?」

 

「あ、あぁ任せろ。」

 

「個性の効果はまだ残ってるだろうから、有効活用してくれ。じゃ、俺も妨害に混じってくるから。」

 

そう言って目の前の地雷を踏み抜き、自分諸共周りを巻き込んで吹っ飛んでいく。すげえなお前。

 

「本当は自分も勝ち上がりたい癖に…」

 

安藤も、金子も、体川も、飛石も、他のクラスの皆だって本当は勝ち上がりたいに決まってる。自分の手でヒーロー科を倒したい、そう思ってるに決まっているのだ。

そんな中、俺に、俺たちに任せてくれるなんて、

 

 

「頑張っちゃうしかないだろ!」

 

皆の気持ちを、期待を、想いを背負ってしまった。もう下手な事はできない。

 

「なんとか先頭に追いつかなくては…!」

 

何位までが上のステージに上がれるかわからない。

前には、皆が妨害してくれるとはいえ、まだかなりの人数がいる。何か、何か方法は……

 

ボンッ!!!っと一際大きな爆発が起こる。

何事だと後ろを振り返ると、緑谷が鉄板に乗って吹っ飛ばされているところだった。そのまま先頭二人を追い越し、一位に返り咲く。そんなのありかよ。

 

「クソ、ヒーロー科の奴らは一々やる事がカッコいいな!」

 

このままだと、皆の頑張りを無駄にしちまう。

こうなったら俺も、賭けに出るしかない!

 

そう、一気に抜かされたことを焦った俺は。

目の前地雷を思いっきり踏み抜いた。

 

 

 

 




個性の出し方やら、戦闘描写?やらを書くのって難しい〜!


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五話

お待たせしました。今回のも中々の駄文です。
戦闘描写ってやっぱり難しいですね。


ボンッという音ともに体が宙に放り出される。

視界がぐるぐると回り、空と地面を交互に映してきた。どっちが上でどっちが下なのか、そんな事も分からない。やがて体は物理の法則に従い、だんだんと落下を開始する。そんな一時の浮遊感を感じて、

 

「ガァッ!?」

 

背中から思いっきり地面に叩きつけられた。肺から空気が抜ける程の衝撃に息ができなくなり、鈍痛がジンジンと身体の損傷を伝えてくる。しまった、着地の事考えてなかった。なんとかジュードーの受け身で頭を守ることができたが…

 

「くっ…そ!」

 

脚やら腰やら、他の部分を痛めてしまって上手く立ち上がることができない。まるで産まれたての子鹿の様だ。そんな俺を嘲笑うかの様に、地雷原を抜けた奴らはどんどんと俺を抜かしていく

クソ…せっかく時間を稼いで貰ったのにこのままじゃ…

 

「障助!大丈夫か!?」

 

痛みをもって休めと警告してくる身体に鞭を打ち、なんとか走り出そうとすると、後ろから安否を確認する声がかかる。振り返ると、クラスの奴らが数人こちらに向かって来ていた。

 

「すまん、お前rーーーー」

 

「今度はしっかり受け身取れよ!!!」

 

「へ?」

 

男子の一人に持ち上げられる。

そのままそいつは野球のフォームの様に振りかぶり、

 

「ッラァ!!」

 

「え、ちょ、待ってェェェェ!?」

 

俺をぶん投げた。

 

肩石 剛(かたいし つよし) 個性「遠投」

遠くまでものを投げることができるぞ!

コントロールがないのが玉に瑕だ!

 

やばいやばいヤバイ!お陰でどんどん抜かせているが、このままじゃコース外に出ちゃう!俺失格になっちゃうから!

 

「クソ…!空中じゃ身動き取れないしどうすうおおお!?」

 

今まさにコースアウトしようとしていたところで、軌道が急に変わる。

後ろを振り返ると、パントマイムの如く何も無い空中を思いっきり引っ張っている女子が見えた。

 

「よしいいぞ!そのままもうちょい右!」

 

「わ、わかってるよ…!き、きつい…!」

 

軌堂 楓(きどう かえで) 個性『軌道変更』

動いている物体の軌道を変えることができる!動いている物体が速ければ速いほど、重ければ重いほど変更できる範囲が狭くなり、身体に負荷が掛かりやすくなってしまうぞ!踏ん張れ!

 

よかった…これで失格は免れた。けど空中でブンブン振り回されたから…

 

「めちゃくちゃ気持ち悪い…ウプッ」

 

ヤベェ酔った。吐きそう。今吐いたら本当にヤバイ。主に社会的に終わる。

しかしそんな状況でも世界の理とは残酷で。

地球の重力に引っ張られた俺は、吸い込まれる様に地面へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、危なかった…!」

あの後、何とか前回り受け身を成功させた俺は、そのまま上位の奴らに追いつき、第1種目を突破することが出来た。

しかし、今思うと…何やってんだ俺。下手な事できないって言ったそばから運任せとか頭沸いてんだろ。しかもちょっと失敗気味だったし。ホント、肩石達が居なかったらどうなってたことやら…

 

「ようやく終了したわね。それじゃあ結果をご覧なさい!」

 

どうやら全員走り終わったらしい。モニターに順位が映し出される。俺の順位は…12位だ。皆が妨害してくれたお陰か、中々高い順位に着くことができた。流石にこれなら切り捨てられる事はないだろう。ないよね?これで俺切り捨てられたら皆に合わせる顔ないよ?

 

「問題は俺たちから何人2ndステージに上がれるかなんだが…」

 

心操や木津、不和は8、9、10位と高順位だ。落とされる心配はない筈。俺も多分大丈夫だと思う。てか思いたい。他は…四人くらいなら上がれそうな気がする。

 

「予選通過は上位42名!残念ながら落ちてしまった人も安心しなさい。まだ見せ場はあるわ。そして次からいよいよ本戦!ここからは取材陣も白熱してくるよ!気張りなさい!」

 

よかった、全然余裕だった。これで2ndステージ、所謂本戦に出場できた普通科は、全部で8名。最初と比べて随分人数が減ってしまったが、ヒーロー科相手に本戦の六分の一を占めることが出来たと考えたら、中々上出来じゃないか?

 

「さーて第2種目よ。私はもう知ってるけど…これ!」

 

モニターに騎馬戦という文字が出てくる。騎馬戦?どうやるんだ?

 

「参加者は2〜4のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ!基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど一つ違うのが…先程の結果にしたがい各自にP(ポイント)が振り当てられること!」

 

なるほど。つまり組み合わせによって騎馬のP(ポイント)が変わってくると…

 

「ポイントは一番下から5、10…と5Pずつ上がっていくわ!」

 

え、まじか。じゃあ仮に俺、心操、木津、不和の四人で組んだら…645…645!?めちゃくちゃ高いじゃん!?嘘だろ!?いや高い事は嬉しいんだけどね!?

 

「そして一位に与えられるPはなんと1000万!上位の奴程狙われちゃう下克上サバイバルよ!」

 

皆一斉に緑谷の方に向く。よしよし、俺たちよりめちゃくちゃ目立ってるぞ。絶対狙われるなあいつ。基本的に俺とか心操の個性はバレると対策されちまうから目立たない方がいいんだよな。

 

「制限時間は15分。騎手はP数が表示されたハチマキを装着!終了までにハチマキを奪い合い保持Pを競うのよ。取ったハチマキは首から上に巻くこと。取れば取るほど管理が大変になるわよ!そして重要なのはハチマキが崩れても、また騎馬が崩れてもアウトにはならないってところ!」

 

おぉ、ってことは一回取られちゃってもチャンスがあるし、逆に持ってる奴は常に敵がいる状態になるのか。考えられてるな。

 

「個性発動アリの残虐ファイト!でも、あくまで騎馬戦!悪質な崩し目的での攻撃等はレッドカード!一発退場とします。それじゃ、これより15分、チーム決めの交渉スタートよ!」

 

「15分!?」

 

ちょっと短くない!?まぁどうせ普通科の皆と組むから別に良いけどさ。 しかしちょうど8人…4、4で分けられる。問題はどう組むかなんだが…

 

「おーい障助ー!」

 

「おぉ木津。予選突破お疲れさん。」

 

「お前もな!」

 

騎馬の組み合わせを考えていると、木津がこちらに向かって駆けてくる。他の皆も一緒だ。

 

「もちろんあたし達で組むんだろ?」

 

「あぁそのつもりだが…」

 

「?どうした?まさかヒーロー科の奴らと組むのか…?」

 

木津さん?目が笑ってないよ?

 

「いや、ヒーロー科にそんな知り合い居ないし、居たとしても一位の奴だから組めない。」

 

「じゃあどうしたんだよ?組み合わせの事で考えてんのか?そんなもんパパッとお前が決まれば良いじゃん。お前に限って思いつかないなんて事は無いだろ?」

 

「いやそうなんだが…」

 

思いついてはいる。いるんだが…この組み合わせだと完全に俺、心操、不和、木津がメインになっちまう。つまり他の四人は…

 

「俺たちのことで何か思う事があるなら全然気にしなくていいぞ。」

 

そんな俺の考えを見抜いたのか、四人が断りを入れてくる。

 

「けど…」

 

「普通科の俺たちがヒーロー科を差し置いて、ここまで来れたんだ。悔いはないさ。」

 

「それに作戦やらなんやら考えたお前らが勝ち上がらないと締まらないだろ?」

 

「大体君は優しすぎるんですよ。もっと自分の夢の為に私達を利用して良いんですから」

 

「お前ら…」

 

俺の言葉を遮り、尚言葉を重ねてくる。

なんでこいつらこんなに良い人なの?普通に泣いちゃいそうなんだけど。

 

「じゃあ…」

 

考えていた組み合わせ、作戦を伝える。

そんな良い人達がヒーロー科に入れる様にする為にも、俺たちが必ず勝たなければならない。

 

例えそれが、どんなに汚い方法だとしても。

例えそれが、ヒーローらしからぬ行動だとしても。

 

今だけは心を鬼…いや敵にして、勝ちにいこう。

 

全てはヒーローになる。その為に。

 

 

 

 

 

 

 

「15分経ったわ。それじゃあいよいよ始めるわよ。」

 

話し合いの時間が終わり、各自組んだ人と騎馬を作っていく。

 

「じゃ、後は作戦通りに。頼んだぞ。」

 

「あぁ任してくれ。お前らを必ず勝ち上がらせて見せる。」

 

そう言って、騎馬を作り配置に着く濃家達。

 

『さぁ上げてけ鬨の声!血を血で洗う雄英の合戦が今!狼煙を上げる!いくぜ!残虐バトルロイヤルカウントダウン!』

 

プレゼントマイクの声が会場に響き渡る。

さぁ、やるか。

 

『3…!』

 

「木津」

 

「おう!」

 

正面にいる木津を呼ぶ。元気な声が返ってきた。

 

『2…!』

 

「心操」

 

「あぁ」

 

右にいる心操に声をかける。気ダルそうな声が返ってきた。

 

『1…!』

 

「不和」

 

「…」

 

左にいる不和を見る。やっぱり君は平常運転なのね。

 

「いくぞ!」

 

『スタート!』

 

俺たちの戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

開始の合図が鳴った途端、皆一斉に緑谷達の騎馬へ距離を詰めていく。やはり1000万の魅力には誰も抗えないらしい。

そんな中、俺たちはというと…

 

「オラッ!」

 

「右に避けて、そのまま距離をキープ!濃家達は逆に相手に詰めてって!」

 

「了解!」

 

絶賛逃走中だった。まぁ元の点数が高かったし、今は濃家達のPも追加されてるから800近くまで上がっている。

 

最初に濃家達のPを貰い、点数を合格圏内までもっていく。その間、身軽になった濃家達を盾に終了時間まで逃げ続ける。

作戦をざっくりいうとこんな感じだ。我ながらセコすぎる作戦だと思う。まぁ後悔はしてないが。

 

「クッ…!共闘とは卑怯な真似を…!お前、男として恥ずかしくないのか!」

 

そう言って大きくした掌を振り回してくるポニーテール女。

なんとでも言え。今の俺たちにはこれくらいしか方法がない。

毎日訓練してるお前らとは違うんだ。

 

「天野!」

 

「任せてください!」

 

そう言って俺たちの前に出てくる濃家騎馬。

その中の一人、天野が個性を発動する。彼女の手から白い煙が吹き出て、ポニーテール女の騎馬を包み込んだ。

 

「な、なにこれ!?」

 

「慌てないで!唯の煙だ!何も気にすることはない!前進んで!」

 

そう言って俺たちを追うため、前進しようとするポニーテール女達。だが…

 

「!?何やってんの!?前に進んでって!」

 

「ち、違っ!?足が勝手に!」

 

そのまま後ろに下がっていってしまう彼女達。ザマァみろ。

別に普通科だからって、弱い個性とは限らないんだぜ?

 

 

天野 鬼子(あまの おにこ) 個性『天邪鬼』

彼女の掌から出てくる白い煙を吸うと30秒間、前に行こうとしたら後ろに、右に行こうとしたら左になど、行動が反対になってしまう!なんか、ゲームのデバフでありそうだな!

 

「ナイス天野。助かった。」

 

「お安い御用です!」

 

お礼を言うと、向日葵のような笑顔を向けてきた。可愛い。結婚しよ。

 

『七分が経過した!現在のランクを見てみよう!』

そんな天野の笑顔で心が浄化されていると、モニターに現在の順位が映し出される。俺たちは…四位か…。微妙な範囲だ。一応合格圏内には入っているが、勝負は何が起こるかわからない。それこそ、五位や六位あたりが一組でもPを奪ったら簡単に抜かされてしまう。

 

「しかし…A組パッとしてるの緑谷しかいなくね?」

 

爆豪の奴、何したんだ?いや…B組の奴らが組んでんのか。

あのアマ…!人の事はズルいって言いながら、自分はしっかりクラスの奴らと組んでんじゃねぇか…!許せねぇ…!

 

「どうする?俺たちもそろそろ取りに行くか?」

 

俺がさっきの奴らにヘイトを向けまくっていると、心操がそう提案してくる。確かにそろそろ動いた方が良さそうだが…

 

「いや、もう少し待とう。木津や不和は未だしも、俺たちの個性がバレると不味い。」

 

「しかし…」

 

「そう慌てんな。わざわざ俺たちが動く必要はない。なんの為にこんな汚ねぇ作戦立ててると思ってんだ。」

 

「汚ねぇって自覚あったんだな…」

 

当たり前だろ?俺を誰だと思ってんだよ。

 

「楽しげに話してる所悪いがくるぞ!」

 

周りを警戒していた木津が警告を飛ばしてくる。前を見ると、個性ダダ被りの内の一人、鉄っぽい奴の騎馬がこっちに向かって来ていた。

 

「オラァ!拳藤の仇だ!ハチマキ寄越せ!」

 

そんな事を言いながら硬化した腕を振りかぶってくる。拳藤…さっきの奴らのことか!別に俺あいつのPとった訳でも無いし、仇でもなんでも無いからね?

 

「天野、煙出せ!」

 

「了解!」

 

掌から出された煙が相手を包み込む…が。

 

「効くかァ!吸い込まなければ問題ねぇ!」

 

突破して来た。後ろに下がる気配もない。どうやら個性のネタが割れたらしい。あいつチクリやがったな!

 

「これだからヒーロー科は…!」

 

一回食らっただけでネタ割ってくるんだから、こっちからしたらたまったもんじゃない。

 

「濃家!守野!」

 

「クソッ!」

「止まりやがれ!」

 

濃家が思いっきり息を吸う。その瞬間、視界がグニャリと歪んだ。呼吸がし辛い。頭が割れるように痛くなってきた。

そんな中、守野が何かを生成し、飛ばしてくる。飛んできたそれは俺たちの前で広がり、透明な壁を展開した。

いくらか呼吸が楽になる。た、助かった…!

 

濃家 酸士郎(こいけ さんしろう) 個性『酸素濃度低下』

思いっきり息を吸うことで周りの酸素濃度を下げることが出来る!吸う時間によって、下がる酸素濃度率は変わるぞ!火事現場には引っ張りだこだ!

 

守野 構清(もりの こうせい) 個性『個性防御』

彼が体から出す物体は、個性による攻撃や効果などを防ぐことが出来る。大きさや形は彼の思い通りに変更出来るぞ!しかし個性とは全く関係ない攻撃には滅法弱い!気をつけよう!

 

「な、なんだ、これ…!」

「い、息が!」

 

よしよし、あいつらの足が止まった。今の内に…っ!?

 

「危なっ!?」

 

咄嗟に頭を下げる。先程まで頭があった所を、茨の鞭が通り過ぎた。

見ると、鉄野郎の後ろにいる女が、茨の髪の毛を伸ばし、濃家の口を縛っていた。うわぁ痛そう。

 

「ムー!ムー!」

 

「先程の行動を見たところ、息を吸うことがトリガーになっていると考えました。少し苦しいかもしれませんが、我慢してください。」

 

嘘だろ…?あの一瞬でバレたのか…?

 

「ほんと…未来のヒーロー様は一々かっこいいなぁ!気楼!」

 

「濃家を離せ!」

 

気楼が茨に向かって手を伸ばし、個性を発動する。

濃家を縛っていた健康そうな茨はみるみる内に枯草色へ変わっていき、やがて塵となって崩れ落ちた。

 

気楼 水次(きろう すいじ) 個性『水分吸収』

その名の通り、水分を吸収できる!吸った水分は体内で保管、放出することができるぞ!但し、吸えば吸うほどその分体重が増えるので、動き辛くなる!

 

「いいぞ気楼!そのままそいつを牽制しといてくれ!」

 

今度こそ逃げようとする…が。

 

「うぉ!?なんだこれ!?」

「クソ…!動き辛い…!」

 

突如足場が緩くなった。

足を取られた木津と心操から悲鳴が上がってくる。

次から次へと…うぉ!?

 

「不和!何とか耐えてくれ!」

 

「…!」

 

急に騎馬がバランスを崩し、傾く。左を見ると、不和が片膝をついていた。しかし困ったぞ…。ただでさえ不和は左腕の事があってバランスを取りにくいのに、足場も不安定にされたら…もう立て直すのは難しいかもしれない。

 

「クソッ、濃家達もやられた!来るぞ!」

 

心操が声を荒げる。前を見ると、同じ様に足を取られてバランスを崩した濃家騎馬を茨で拘束してるところだった。畜生、どうする。あんだけガッチガチに拘束されたんだ。木楼の個性でも抜けるには時間がかかるだろう。つまり、濃家達のサポートを受けれない。そして俺たちは絶賛バランス崩し中だ。焦って無理に逃げようとしても、騎馬が崩れる心配がある。

そんな今の状況では逃げ切る事なんて出来やしない。

まぁ所謂危険(ピンチ)と言うやつだ。

 

「ンノヤロォ!いい加減ハチマキ寄越しやがれ!」

 

どんどんと鉄野郎の騎馬が近づいて来る。何か、何か方法は…

 

「障助!」

 

木津が個性を使えと目配せをしてくる。

…仕方ないか。バレたくないから個性を温存して負けましたってなったら笑い話にもならないからな。

個性を発動するため、鉄野郎と茨女に意識を向ける。

カチリと体の中で何かが噛み合った音がした。よし、掛けれる。

 

「なぁお前ら…」

 

「?」

 

急に話しかけられて怪訝に思ったのか、奴らの足が止まる。

こっちとしては好都合だ。

そのままそいつらに意識を向け続けて、

 

 

「綺麗な目、してるよな」

 

 

発動した

 




次回、心操vs緑谷を予定しています。



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六話

遅くなってすいません!
せ、戦闘描写が難しかったんや…。
次からはもっと早く出来たらなと考えています。
あくまで考えているだけですが。


 

『Time UP!!さぁ早速順位を見てみよう!』

 

プレゼントマイクの終了の合図が会場内に響く。つ、疲れた…。ほんとに疲れた…。俺の個性は燃費が良い訳じゃないから、あんまりポンポン使いたくないんだよなぁ。

 

「とりあえず皆お疲れ。怪我した奴とかはいるか?」

 

「俺はない」

 

「あたしもない」

 

「…」

 

皆に労いと安否を確認する言葉を掛ける。

どうやら俺の騎馬には怪我人はいない様だな。濃家達は割と強く縛られて結構血が出てたから、既にリカバリーガールの方に行かせた。あれまじで痛そうだったからな。

 

『早速上位4チーム見てみようか!一位は…轟チーム!』

 

そのまま結果発表に移行する。雄英って早速よく使うよね。てか、あれ?緑谷ハチマキ取られたのか。こっちはこっちで大変だったから全然気付かなかった。可哀想に…。

 

「2位、爆ご…あれぇ!?おい!!感野チーム!?いつの間に逆転してたんだよオイオイ!!鉄哲チームは!?』

 

「どうなってんだ…?あいつらの騎馬を追いかけてたと思ったら急に視界が暗くなって、そのまま終わっちまったぞ…」

 

「これも小人の人のハチマキを穢らわしい取り方で取ってしまった天罰でしょうか…」

 

 

落ち込んでるあいつらには悪いが、Pは美味しく頂かせてもらいました。いやぁあいつら中々持ってたからな。お陰で2位。余裕で合格圏内だ。問題は個性がバレてないと良いんだが…てか爆豪がめちゃくちゃ睨んでくるんだが。やめて?怖いから。目ぇ凄い事になってるよ?

 

『3位、爆豪チーム!4位は…緑谷チーム!以上4チームが最終種目へ進出だ!』

 

あっ、1000万Pのハチマキが取られただけで、普通に何個かハチマキ取ってたんだ。なんかめっちゃ泣き崩れてる。爆豪も凄かったが、お前の目も中々凄い事になってるよ?

 

『一時間程昼休憩挟んでから午後の部だぜ!じゃあな!』

 

そう言って飯に行ったプレゼントマイク。あの人本当に元気だよな。

 

「じゃ、俺たちも飯行くか。」

 

正直飯を食う気分ではないが、流石に何も食わないのはマズいだろう。とりあえず早く食堂にいって休みたい。今寝ろって言われたら俺多分寝れるよ?

 

「そうだな。疲れたし。」

 

「…」

 

「あたし腹減ったー!今ならカレーライス三杯はいける気がする!」

 

「食い過ぎじゃね?」

 

そんな会話をしながら、食堂に向かう。

向こう着いたら、とりあえず水飲んで寝よ。

 

 

 

 

 

「お疲れ!」

「凄かったな!」

「俺ついつい叫んじまったよ!」

 

食堂に着くと、C組の皆が既に席を取って待っていた。

有難い。これで寝れる。

 

「あんだけ動いたんだ、喉乾いただろ?待ってろ今水取ってくるから!」

「何食べたい?なんでも奢るよ!」

 

「え、悪いよ。それくらいは自分でーーー」

 

「じゃあたしカレーライス大盛りで!」

 

「木津?少しは遠慮というものを知ろうな?」

 

「良いじゃん別に。厚意ってもんは貰っておくべきだぜ?」

 

確かそうだが…まぁいいか。寝よ。

 

「なぁ障助」

 

「んぁ?」

 

いざ夢の中へ!というところで心操に声を掛けられる。頼む寝かせてくれ。

 

「なんだよ。今すげぇ眠いから後にしてくんね?」

 

「最終種目までの間、お前はどうする?」

 

「無視かよマジか。どうするとは?」

 

「いや、レクとか出んのかなって」

 

「いや、寝るつもりだが」

 

「そうか…」

 

心操が顔を下げる。さっきから空のコップを仰いでは置き、仰いでは置き…なんだ、もしかしてこいつ…

 

「一緒にレク出て欲しいのか?」

 

「は?」

 

「なんだお前〜俺と一緒にレクやりたいなら最初からそう言えよな〜。可愛い奴め〜」

 

「な訳ねぇだろ。お前と一緒に出るくらいなら最終種目辞退するわ。てかそうじゃねぇよ、緊張してんだよ。お前はしないのか?一番すると思っていたんだが。」

 

「割と失礼な事言うよなお前。結構ショックだったんだけど。で、緊張?いやまぁそりゃさっきまでしてたよ?してたけど…」

 

「けど?」

 

「なんか…なんて言うんだろな。諦めてる、っていう訳じゃないし、自信がある、っていう訳でもない。なんか、もっとこう…なんだ?分かんなくなってきた。」

 

「なんだそりゃ」

 

そうなのだ。確かに俺はこんな大舞台の前で一眠りしようなんて考えるような男ではなかった。プレッシャーに弱く、肝っ玉も据わってない。本来ならば、今頃トイレにこもって上からも下からもブツを出しまくっている、そんな男なのだ。それが何故今こんな落ち着いていられるのか俺にも分からない。さっきも言ったが、別に諦めている訳じゃない。かといって勝ち進む自信がある訳でもない。こう…高揚感?があるかも知れないかも知れない。なんか煮え切らないな俺。自分の感情ぐらい分かっとけよ。しかしそんな事言っても心操の緊張を解く事は出来ない。今、こいつに言葉を掛けるとしたら…

 

「うーん。まぁ要するに…深く考えんなって事だよ。俺たちは別に弱い個性じゃないんだから、絶対勝てるとはいかなくても、瞬殺される事はないんじゃないか?ここまで来れたんだ。楽しんでいこうぜ。」

 

「…」

 

「それに例年通りなら形式は違えどタイマンでやるはずだ。お前の個性なら無双出来るんじゃないか?」

 

「…そうだな。」

 

心操の顔が幾らか柔らかくなる。よしよし、少しは緊張解けたかな?じゃ、そろそろ俺寝たいから。おやすみなさーー…

 

「おい障助!このカレーめちゃくちゃ美味しいぞ!一口食べてみ!」

 

……頼むから寝かせてっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ〜、眠みぃ…」

 

結局あの後、木津やら不和やらが絡んできて一睡も出来なかった。クソォ…あいつら眠くないのかよ。騎馬やったんだから俺より疲れてる筈だろ。なんでそんなに元気良いの?マジで次絡んできたら一緒にお昼寝(物理)してやる。なんかヤラシイな。

そんなバカな事を考えながら廊下を歩く。今、俺は第一回戦から試合に出ることになった心操を励ますべく控え室に向かっているところだ。いやぁあいつ一回戦目から出るとか運悪すぎだろ。しかも相手はあの緑谷。

 

制御できないと言っても入試の0ポイントを吹っ飛ばす程の個性。

 

相手の特徴や弱点を見抜き、勝ち筋を見出す洞察力と考察力。

 

重い鉄板を長時間運び続ける筋力と持久力。

 

そしてどんなに危険でも、目標を達成する為には自損も厭わず行動できる勇気。

 

まさにヒーローになれる資格をバッチリともっているような奴だ。俺たちとは圧倒的に何かが違う。勝てるところがあるのかすら分からない。敷いてあげるとしたら個性か。確かに個性の強さなら心操も負けてはいない。寧ろ優っていると言って良い。しかも、今年も例年通り総勢16名からなるトーナメント形式のガチバトル、つまり一対一(サシ)だ。外的要因が解除のトリガーになってしまうあいつからしたら、確実に有利と言えるだろう。言えるのだが…

 

「あいつ別に体鍛えてる訳でもないからな…大丈夫か?」

 

そう。いくら心操の個性が強力でも、心操自体はそんなに強くはない。身体能力はごくごく普通の男子高校生より少し上か…というぐらいだ。木津や俺の様に何か格闘術を習ってる訳でもないし、不和のように異形の腕による一発がある訳でもない。

緑谷に発動条件を見破られ、個性を使われず身体能力のみでごり押し…全然あり得そうで怖いな。

 

「お、ここが選手の控え室か。意外と立派だな。」

 

長く薄暗い廊下を歩き続け、ようやく選手控え室に到着する。そのまま中に入ると、椅子に座ってコップを傾けている心操がいた。中身は空に見える。

 

「…ノックぐらいしろよ。もし女の人が着替えていたらどうすんだ?」

 

「脳裏に焼き付けるけど?」

 

「うるさいよ。お前一回親しき仲にも礼儀ありって言葉辞書で調べてこい。」

 

そう言って立ち上がる心操。そろそろ時間か。

 

「心操」

 

「ん?」

 

「ーーー頑張れ」

 

部屋を出て行こうとした彼の背中に投げ掛ける。

たった四文字。短すぎる上に何も凝られていない言葉だ。

もっと他に言うべき事があるかもしれない。いや、実際あるだろう。あるだろうが…

 

「生憎俺は気を使える様なタイプじゃないし、試合前の選手の心を軽くする様な言葉を考えられる程の脳味噌を持ち合わせていない。」

 

「うん知ってる」

 

「そこは否定してくれよ。まぁそんなんだから、ウジウジ難しい言葉を並べずに簡潔に言うわ。ーー頑張れ。」

 

敢えて簡潔な言葉にしよう。俺たちならそれだけで大丈夫、そう信じて。

 

「…ま、勝ちに行くんだ。頑張るのは当たり前だけどな」

 

「まーたそんなに捻くれたこと言って…」

 

「それよりお前は大丈夫なのか?決勝で当たるかもしれないんだ。それまでに見っともない負け方はしないでくれよ。じゃな。」

 

そう言って控え室を出て、心操は入場口に向かっていった。あいつ…中々言うね…。

 

「さ、俺も応援席に向かうか。チンタラしてると試合始まっちまうしな。」

 

そんな格好いい背中を見送った後、俺は心操を応援すべく観戦席に向かって走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

控え室を出て、入場口に向かって廊下を歩く。

入り口に近づくにつれ、五月特有の暖かい風が吹き抜けてきた。そんな風を受け、あいつ、障助とあった時の事を思い出す。あの日もこんな気持ちの良い風が吹いている日だった。

 

「確かあの時あいつは、教室で寝ていた俺に話しかけてきたんだっけな。」

 

小学生の…低学年くらいか。あの時の俺は自分の個性の事でかなり参っていた。

ヒーローより敵向けだねと間接的に言われる日々。

それをタネに、喋んなやら近づくなやらの罵倒を投げかけてくるクラスのやんちゃ組。

相談しようにも担任は苦笑いをしながら話をそらしてくるし、そもそも人が近づいてこないのでろくに友達もいなかった。

しょうがないっちゃあしょうがない話だ。受け容れるべきなのだろう。しかしそんな事を齢九才にやれと言われても酷な話だ。

そんな、何が楽しくて生きているのかわからなかった俺の日々をあいつは何の前触れもなくぶち壊した。

 

『おい、心操ってお前のこと?』

 

机に突っ伏していた俺にあいつは声を掛けてきた。また誰かからかいに来たのかと思った俺は無視してやり過ごそうとしたが、あいつはめちゃくちゃしつこく絡んできたのを今も覚えている。

 

『お前の個性って敵向けなんだろ?俺といっしょだな!』

 

あいつはいつも物事をドストレートに聞いてきた。ぶっちゃけ失礼な奴だった。初対面の奴にいきなり敵向け個性なんだろと聞いてきたのは、後にも先にもあいつだけだと思う。

 

『へぇ〜すげぇな。』

でも

 

『お前の個性、答えたら終わりなんだろ?』

 

俺の個性を説明した時に

 

『ーーめちゃくちゃカッコいいな!』

 

カッコイイと言ってくれたのは、後にも先にもあいつだけだった。

 

『きっとお前さいきょーのヒーローになれるぜ!』

 

ヒーローになれる、なんて親にすら言われたことない。いつもごめんごめんと俺に謝るだけだ。自分ですらどうせ成れないと諦めていた。そんな、凝り固まった俺の心をあいつはほぐしてくれたんだ。

正直、あの言葉を言われなかったら、今頃俺はどうなっていたか分からない。もしかしたら本当に敵になっていたかもしれないし、そもそもこの世にいないかも知れない。

あいつはもう忘れているだろうが、あの何気ない一言に俺は確かに救われたのだ。

こんなこと、恥ずかしいから言えないが、俺が最初に憧れたヒーローって奴は、オールマイトでもなく、エンデヴァーでもない、そこら辺にいるような一般人であるあいつだった。

 

『ヘイガイズアァユゥレディ!?色々やってきましたが!結局これだぜガチンコ勝負!』

 

プレゼントマイクの声が響いてくる。気がつけばもう入り口付近まで来ていた。

 

『一回戦!!成績の割に何だその顔、ヒーロー科緑谷出久!!対、ごめんまだ目立つ活躍なし!普通科心操人使!!』

 

入場する。しかしひでぇ説明だな。確かに目立つ様なことはしてないが。まぁ目立ってたら今までの苦労が水の泡になるから別にいいんだけどな。

 

『ルールは簡単!相手を場外に落とすか行動不能にする、後は「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ!ケガ上等!こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから!道徳倫理は一旦捨て置け!だがまぁもちろん命に関わるよーなのはクソだぜ!アウト!ヒーローは敵を捕まえるために拳を振るうのだ!』

 

「まいった…か。わかるかい緑谷出久。これは心の強さを問われる戦い」

 

個性を発動する為、緑谷に話掛ける。大丈夫。急に話始めた俺にびびってるだけで、気づいてはいない。

 

「強く想う〝将来(ビジョン)〟があるならなり振り構ってちゃダメなんだ…」

 

ホントにそうだ。俺たちはもう既に何歩も遅れている。手段なんて選んで入れない。だから、汚い手もどんどん使っていく。

 

「あのツンツン頭…爆豪だっけ?あいつは一番がどうとかほざいてたけど」

 

爆豪と言う単語を出した途端、緑谷の顔が強張る。何だ、別に仲良しって訳ではなさそうだな。そりゃそうか。なんか喧嘩してたし、あいつの性格は多分人と仲良く出来るようなもんじゃないだろうし。

 

「結局、障害物競走も騎馬戦も一位になれないとか滑稽過ぎて逆に笑えないよな。ああいう時ってどういう気持ちになるんだろうな?お前あいつの幼馴染なんだって?ちょっと聞いといてくれよ。あんだけデカイ啖呵切っといて、何一つ実現出来てないのに恥ずかしくないのかってさ。」

 

「…なんて事言うんだ!」

 

仲良くないと、貶しても意味ないんじゃないかと心配だったが、まんまと引っかかってくれた。俺の言葉に怒った緑谷はそのまま掴み掛かろうと走ってくる。まぁ何をしようと勝手だが、もう遅い。

個性を発動させるために意識を集中させる。

 

「俺の勝ちだ」

 

掛けた。

 

 

 

 

 

『おいおいどうした、大事な緒戦だ盛り上げてくれよ!?緑谷、開始早々ーーーー完全停止!?アホ面でビクともしねぇ!心操の個性か!!?全っっっっっっっ然目立ってなかったけど彼、ひょっとしてヤベェ奴なのか!!?」

 

今にも心操に掴み掛かろうとした緑谷が、寸前で止まる。

よし、無事に掛かった様だな。いやぁ緑谷があいつに迫っていった時はヒヤッとしたけど、予想通り個性は使わないで勝ち進む気だったらしい。考えが甘いよ。

 

心操人使(しんそう ひとし) 個性『洗脳』

彼の問いかけに答えた者は洗脳スイッチが入り、彼の言いなりになってしまう!本人にその気が無ければ洗脳スイッチは入らないぞ!

 

心操が緑谷に対して何かを話す。その言葉を聞いた緑谷はクルリと後ろを向き、場外に向かって歩き出した。

 

「これは勝ったな。次の試合の相手は…轟か…。緑谷がタネをばらさなけれーーーー」

 

ドンッと音がして、緑谷を中心に暴風が吹き起こる。

見ると、場外まで後一本という所で緑谷が踏み止まっていた。

 

「…は!?あいつ…暴発させて洗脳を解いたのか!?そんなのありかよ!?」

 

そもそも心操の個性に掛かったら、体の自由は聞かなくなる。それが例え暴発だとしても、頭にモヤが掛かって発動までもっていけないのだ。そんな中、あの野郎は…本当に何したんだ!クソ…!確かに心操が個性を掛けて、勝てる筈だったのに…こんな有利な状況を一瞬でひっくり返すなんて…!

これじゃあ、これじゃあまるで…!

 

「物語の主人公(ヒーロー)じゃねぇか…!」

 

主人公はどんなにピンチでも、決して負ける事はない。土壇場で奇跡やら何やらを起こして勝ってしまうのだ。

そして、そんな主人公と相対してるこの構図は…

 

「クッ…心操…!」

 

負けるなよ心操…!決勝で会うって約束しただろ…!

 

 

 

 

 

 

あまりの暴風に、体が吹き飛ばされそうになる。目の中に塵が入らない様に腕を目の前に掲げて、下ろすと緑谷が場外一歩手前で踏み止まっていた。

 

『これは…緑谷!!とどまったぁぁぁ!?』

 

見ると、指が腫れ上がっている。あいつ…個性使ったのか…!

 

「何で…体の自由は効かない筈だ!何したんだ!?」

 

俺の問いかけに緑谷は口を押さえて此方を見てくるだけだ。

クソ、ネタ割れたか…!?また口を開かせるしか…!

 

「何とか言えよ。」

 

「ーーーー…」

 

答えない。ジリッと足を下げ、走りやすい様に半身になる。

 

「〜〜〜…!指動かすだけでそんな威力か、羨ましいよ。」

 

「ーーー…!」

 

答えない。一歩踏み出してくる。それに合わせて、俺は一歩足を後ろに出した。

 

「俺はこんな個性のおかげでスタートから遅れちまったよ。恵まれた人間には分かんないだろ。」

 

答えない。何か思う事があるのか、顔つきが変わるが走り出してくるだけだ。

 

「誂え向きの個性に生まれて、臨む場所に行ける奴らにはよ!!」

 

心の底に沸々と貯めていた黒い感情を、奴にぶつける。

それでもーーー答えない。

苦しそうな顔をした緑谷が俺にぶつかってきた。

 

「なんか言えよ!!」

 

そんな緑谷の左頬に目掛けて拳を振り抜く。ゴッと骨と骨がぶつかり合う音がして、奴は鼻血を出した。それでも答えない。

 

「ぁぁあ!!」

 

衝撃で仰け反った緑谷だったが、尚も奇声を上げながら俺を押してくる。

 

「押し出す気か…?フザけた事を…!」

 

奴の手を払い、体制を崩させる。そのまま無防備な彼の横っ面に張り手を食らわせ押し出そうとして、

 

『俺アイキドーっていう昔の武術を習っててさ』

 

「ッ!」

 

「グッ!?」

手を引っ込め、膝蹴りを放つ。膝は奴の横っ腹にめり込もうとして、寸前で防がれた。ゴロゴロと受け身を取りつつ、距離を取る緑谷。あ、危なかった。張り手を顔面に叩きつけようとした瞬間、あいつの構えがどこか障助の習っているアイキドーなるものに似ているという事に気づいた。昔あいつの稽古を見ていなかったら。今頃俺は場外に叩き付けられていただろう。

 

「どうした?随分と指痛そうだが、棄権した方がいいんじゃないか?」

 

「ーーーー…」

 

なんとか個性を発動しようと、声を掛け続ける。しかし、完璧にネタが割れたのだろう。応える素ぶりすら見せない。障助が緑谷は勘が良いから気をつけろと言っていたのを思い出す。

 

「ーーー!」

 

そんな話掛けている最中に、緑谷がまた俺に向かって突進してきた。やっぱり答えないか。

 

「バカの一つ覚えかよ。どこまでもフザけた真似を…!」

 

そう言って逆に緑谷に詰めていく。どうせこいつは個性を使ってこない。使ったら体を壊してしまうんだ。そりゃ誰でも一回戦目には使わず、温存を考える。

つまり俺は舐められているのだ。個性を使わなくても勝てると。だからこんなに突っ込んでくるのだろう。

 

「体が壊れるのが怖くて使えないならご愁傷様!その間に勝たしてもらう!」

 

そう、ちょくちょく煽って言葉を引き出そうとしつつ、拳を放つ。そのまま頭を下げて躱した緑谷目掛けて蹴りを繰り出そうとして

 

 

 

 

左腕の指が赤く稲妻の様に光っている事に気がついた。

そんな驚愕に染まる俺を、緑谷は覚悟を決めた顔で見てきて。

 

 

瞬間、爆風と衝撃が放たれ、至近距離でモロに食らった俺はそのまま場外に吹き飛ばされた。



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七話

遅れてすいません。コミケの、コミケの魔力には敵わなかったんや…。
今回は原作キャラである芦戸と切島が相手として出てきます。好きな人は少し苦手に思うかもしれません。特に芦戸。それでも良いよと言う人は楽しんでくれると幸いです。


カツカツと靴音を鳴らし、廊下を進む。

俺は今、己が試合の準備をする為、控え室に向かっていた。結局、あの後接近戦に持ち込んだ心操は、緑谷の自損覚悟の吹き飛ばしにより呆気なく場外負けとなってしまった。

 

『すまん障助、負けちまった。』

 

そう、悔しさを堪えた顔で言ってきた先程の光景がフラッシュバックし、唇を噛み締める。ほんのりと鉄の味がした。

あいつは、心操はよく頑張った。緑谷(ヒーロー科)相手に自滅と言えど、個性を使わせ損傷を与えたのだ。 実際、観客席にいたヒーロー達が心操の事を賞賛していた。これは普通科として恥じない、いや寧ろ誇りに思って良い戦果と言えるだろう。だから、だから決して心操は勝てなくなかった。あれは緑谷がラッキーだっただけだ。きっと偶々偶然が重なって、個性を発動出来たのだろう。そうに違いない。

 

「クソッ、弱気になるな俺…!大丈夫、大丈夫…」

 

さっきはあんなに大丈夫だったのに、脚が小刻みに震えだす。心臓に鎖を括り付けられているのではないかと錯覚するほど、胸が重く、苦しい。濃家に個性を使われている訳でもないのに、呼吸が難しくなる。

なんとか己を鼓舞しようと吐き出した言葉も、暗く長い廊下に木霊したと思えば一寸先の暗闇に吸い込まれて消えていく。こんなにも廊下は暗く長いものだったか。いや、実際ここまでは暗く無かっただろう、ここまでは長く無かっただろう。きっと、緊張がそう周りを見えるようにしているだけだ。そうに違いない。この現象が唯の緊張による一時的な視覚障害だと、そう勘違いをしてしまおう。

だって、そうでもしないと、

 

 

 

 

 

 

 

ヒーロー科に恐怖の念を抱いてしまったと自覚してしまうから。

 

 

「…ッ!」

あまりの不快感に壁に手をついてしまう。胃から込み上げてくる物を床にぶち撒けようとして、必死に堪えた。

あんなに個性を個性で捩じ伏せられている所を俺は初めて見た。

あんなに全てを理不尽な一撃で無に還された所を俺は初めて見た。

あんなに頑張って勝ち上がってきたのに、呆気なく才能あるものに蹴落とされる所を俺は初めて見た。

少なからず、俺は自信があったのだ。俺たちの個性ならきっと勝ち進めると、油断とも傲慢とも言える、そんな自信が。自分で言うのもなんだか、無理もない話だ。

俺、心操、不和、木津。この四人は対人なら凄まじい威力を発揮する個性を有している。

特に俺と心操の個性は一発掛かったら抜けるのは至難の技、所謂初見殺しという奴だ。

 

 

そんな個性を緑谷(ヒーロー科)が打ち破ったとなって、恐怖しないことがあるだろうか。

心操の個性が打ち破られた時、自分も同じ目にあうんじゃないかと恐怖した。

心操が指一本で場外に叩き出された時、どうやって抗えば良いのかと恐怖した。

心操の試合を見て、今までの努力が水の泡と化してしまうのではないかと、勝てないのではないかと恐怖してしまった。

 

「大丈夫、大丈夫…」

 

そう言い聞かせても、人間の脳とは不思議なもので一回悪い事を自覚してしまうとずっと頭にまとわりついてしまう。

そんな恐怖に染まっていく心を誤魔化すように、カタンカタンと靴音を大きく鳴らして控え室まで走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁどんどん行くぜ!第5回戦、酸という強力な個性の上に軽やかな身のこなし!ヒーロー科、芦戸 三奈!vs心操と同じく目立った活躍は無しだがその本性は…?普通科、感野 障助!』

 

控え室で少し仮眠を取ったら、大分良くなった。これなら皆、いつものおちゃらけ障助と認識できるだろう。

 

「よろしくね!」

 

そう言って俺に、手を差し出してきた桃色肌&黒目の女の子は芦戸三奈と言うらしい。なんか木津と若干オーラが似てる気がする。しかし実況から察するに酸を操る系の個性なのか?かなり手強いが俺の個性なら

 

 

『緑谷!(とど)まった〜!?』

 

 

……油断は禁物か。女の子とはいえ、立派なヒーロー科。さっき(緑谷)みたいな事が起きてもおかしくない。

…しょうがない。さっきまであんなに弱気になっていたんだ。今更形振りなんて構っていたら、さっきのお前はなんだったんだとなってしまう。

 

「あぁ、此方こそ宜しく!」

そう上部だけの笑顔を貼り付け、握手を交わす。

普通の人なら、この光景を見てスポーツマンシップがどうたらこうたらと賞賛するだろう。

 

 

 

 

 

しかし前も言ったが俺はそんなに気持ちの良い人間ではない。

個性を発動するため、彼女に意識を向ける。

カチリと体の中で何かが噛み合う音がした。

 

 

『さぁ、互いに握手を交わし挨拶をしたところで早速行ってみよう!第5回戦、レディー…』

 

あぁ怖いと先程の感情が滲み出てくる。

一撃で仕留められないだろうかと、個性を打ち破られるのではないかと、そんな不安が俺を蝕む。

 

 

『スタート!!』

 

 

ーーだから、この感情を克服する為、遠慮はしない。

 

個性を掛ける。途端、さっきまで笑顔を見せていた彼女の顔が驚愕に染まった。

 

「な、何こーーー」

 

何が解除のトリガーになるかわからない。その為考える暇を与えない方が良さそうだ。

言葉を告がせないように、彼女の鳩尾に右腕を叩き込む。

突然の激痛に腹を抑えてうずくまろうとする彼女の頭を掴み、額目掛けて膝を振り上げた。

ゴッという鈍い音を立てて、彼女の額から鮮血が散る。

そのままふらりふらりとよろけながら、背中から倒れていった。頭に重いの一発食らったんだ。脳震盪を起こしたんだろう。これだけやったなら流石に大丈夫だと…

 

 

 

 

本当に?彼女はヒーロー科、しかも敵の襲撃を耐え抜いたA組だ。心操の試合みたいに、勝ったと思っていたら急に…なんて事は十分あり得る話だ。

それに、いくら急所を狙ったとはいえたった二発で戦闘不能に陥るだろうか?もしかしたら、先程の倒れる前までの行動は俺を油断させる為のフェイクである可能性もある。

…もう二、三発は叩き込んだ方がいいかな。

そう不安と焦燥に駆られた俺が、追撃しようと倒れている彼女に向かって一歩踏み出そうとして

 

「あ、芦戸さん…行動不能。よって二回戦進出は感野障助くん!」

 

審判であるミッドナイトの声が俺の足を止める。

あ、本当に戦闘不能になってたんだ。俺を油断させる為やらなんやらは、俺の考えすぎか。あんまり考えすぎるってのもダメなもんだな。

担架で運ばれていく彼女を見送り、控え室に戻ろうと踵を返す。

 

『開始瞬間に芦戸が混乱していたがあいつの個性か!?遠慮なく攻撃を加えた感野、一回戦突破だ!てか本当に容赦ねえな!女の子だぜ!?』

 

(あいつ人の顔目掛けて躊躇なく攻撃したぞ)

(戦闘能力は高そうだが…個性を見せてない分判断がしづらいな。しかしエゲツなかった。)

(女の子を甚振って何が良いんだろうな。あんなに力があるんなら場外に持ってけばいいのによ。)

(騎馬戦の時は、普通科にしては面白い奴だと思ったんだがな…)

 

そんなブーイングが俺の背中に投げつけられた。まぁ言われてもしょうがない。それぐらいエグい事をやった自覚はある。

ただ話を聞くところ、個性を把握出来た奴は居ないっぽい。

一回戦目にバレなかったのはかなりデカイな。芦戸も気絶していたし、次の奴に伝える事は出来ないだろう。

これなら二回戦もかなり有利に戦いやすくなった。

そのまま控え室に戻り、顔を洗おうと洗面所に向かう。

 

「…しかし酷ぇ面だな。」

 

備え付けの鏡に自分の姿が映る。15年も見続けてきた己が顔は対して汗もかいていないはずなのに、酷く昏く汚れているように見えて。

 

「……」

 

そんな汚れを落とそうと俺は手に水を掬い、パシャリパシャリと顔に打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

『カァウゥンタァ〜!』

 

「クッ…!」

 

「効かなぇってのこのボーイッシュ女が!」

 

観客席に戻ると、歓声と共に戦闘音が聞こえてくる。見ると、個性だだ被りの内の一人、切島と木津が殴り合っていた。

そっか、俺の次の試合って木津の奴が出る試合だったっけ。

 

「お疲れ。しかしお前本当に容赦なかったな。ちょっと引いたぜ?」

 

「うっせ。こちとら普通科、余裕がねぇんだ。お前だって分かるだろ?」

 

「まぁ確かにな」

 

横から心操が労いの言葉を掛けてくる。容赦ねぇ容赦ねぇと厳しい言葉ばっかだな。そりゃ俺だって少しやり過ぎたと思っているさ。少しだけな。

 

『切島の攻勢に木津、全く手が出せない!これは勝負あったか!?』

 

視線を木津達に戻す。どうやら木津は切島の攻撃に手をこまねいているらしく、防戦一方だ。今も飛んでくる拳を、腕を交差させ、必死に受け止めている。真っ正面からとかあいつ凄え根性だな。怖くないのか?それにしても痛そうだ。

切島の奴は鉄野郎こと鉄哲と違い、ガチガチに体を角ばらせている。そのため硬く尖った角が出来上がり、攻撃力が上がってしまう。

それこそ、唯のパンチが肌を掠めただけでもまるでナイフで切り裂かれたかのような裂傷を生んでしまうのだ。

そんなものを受け止め続けているあいつの体は最早ボロボロだった。服は破け、体中に裂傷を刻んでいる。あいつの攻撃を受け止めている腕は赤黒く腫れ上がり、血が滲んでいた。

手の甲は皮が破け皮膚下の肉が露わとなっており、反撃した証拠と結果を示している。うわぁ痛そう。

 

「クソッ、しぶとい!はよ倒れろ!」

 

「グゥ…!」

 

そんな状態にも関わらず、倒れる気配がない木津に対し痺れを切らした切島が殴打の回転数を上げる。

凶器とも呼べる拳の嵐を食らった木津の腕がメキィと音を立て、ダランと垂れた。え?折れたんじゃね?まだ粘るかあいつ。もうそろそろいいだろ。

 

「これで終わりだ!」

 

『圧倒的に攻め続けた切島、腕が使えなくなった木津に今留めの一撃を…!」

 

ヒーロー科がこんな絶好のチャンスを見逃す筈も無く、ガードが出来なくなった方の体に向かって渾身の一撃を繰り出す。

ゴキッとまた鳴ってはいけない様な音が会場に響いて、

 

 

 

 

 

 

「ガァァ…!?!?」

 

『エ!?何だ!?攻撃した切島が急に膝をついたぞ!?しかもボロッボロだし!what's!?」

 

攻撃を放った筈の切島が脇腹を抑え蹲る。よく見ると、体中に裂傷や打撲を拵えていた。どうやら腕も折れているらしく、必死に腕を上げようとしているがピクリとも動かない。

そんな、それらの傷は何処かで見たことある様な傷ばかりで。

 

『てか木津!お前なんでそんなピンピンしてんだよ!怪我はどうした!?』

 

「ふぅ〜痛かった〜」

 

攻撃を食らいまくってた木津は傷一つない姿で立っていた。

 

木津 創(きず つくる) 個性『傷操作(ダメージコントロール)

 

あらとあらゆる傷を操作することが出来る!自分にできた傷を相手に移すことも可、相手の傷を好転、悪化することも可、特定の傷を無効化することも可だぞ!しかし、痛覚などの体の機能は正常に働き続けるため、衝撃による脳震盪や激痛のショックによる気絶等は普通にする!顎を狙われない様に注意しよう!

 

いやぁ個性が個性とはいえ、骨折られた所を見たときは流石に冷やっとした。いくら操作出来るとはいえ、まだ真っ正面から攻撃を食らい続けるとかあいつ根性ありすぎんだろ。ホントに女か?

 

「チクショウ!」

 

そう言って、移された傷たちを庇いながら切島が立ち上がり、木津の横っ面に硬化した拳を叩き込んだ。あいつもあいつで根性あるな。

本来ならば肉が裂け、骨が砕け、鮮血が舞う程の威力がある一発だが

 

「…!?」

 

「どうした?なんかしたか?」

 

切島の顔が驚愕と絶望に染まる。

確かに叩きつけた拳は、衝撃で仰け反らせただけで、傷一つない澄まし顔がそこにあった。

肉弾戦になった時、もっとも怖いのはあいつだからな。

その気になれば、銃弾でさえ耐えぬくことが出来る個性だ。

まぁ、一発や二発だけだろうが。

 

「さっきはどうもありがとう!お礼と言っちゃあなんだが、きっちりともらった分は倍にして返してやるよ」

 

「グッ…!?」

 

先程の状況が一転、切島が防戦に回り、木津が攻勢に出る。

思いっきり硬化されている所を殴りまくっているが、手の皮が破けていない所を見ると、今はそういう傷を無効化するように個性を発動しているらしい。さらに殴った所にできた小さな傷を悪化させている。うわぁ酷い。可哀想に。

まぁなんにせよ、今回は相性が悪すぎたな。モロあいつの得意な絡め手少ないタイプの奴だったし。

 

『圧倒的に攻められていた状況を一転させ、個性を使って反撃に出た木津、切島を打ち倒して逆転勝利ィ!二回戦進出だぁ〜〜!』

 

「ヨッシャァ!!」

 

わっ、と歓声が上がる。見ると切島の顎に木津の繰り出した右ストレートが綺麗に決まっていた。脳を揺さ振られた切島はそのまま倒れこみ、戦闘不能に陥る。

 

「俺、あいつだけは怒らせない様にする…」

 

横を見ると心操が自分の顎を抑え、青ざめていた。

当たり前だろ?あいつの一発を女子のものと思っちゃダメだから。もう男というか、最早ゴリrやめとこう。めちゃくちゃ殺気を感じた。あのまま続けていたら俺の命はなかっただろう。

 

「何はともあれ、あと試合に出てないのは不和だけか。相手は…爆豪…爆豪!?」

 

あの派手な個性に戦闘力、騎馬戦でみせた技術力にセンス。

非の打ち所と言えば性格ぐらいしかねえ、あの爆豪と!?

まじかこいつ初戦からやばい奴と当たるとか運ねぇな!

いや、寧ろあの性格の方が不和の個性だと有利に立てるのか…?うーん分からん。しかしまぁ何にせよ、

 

「波乱の予感がする…!」

 

そんな準備をするため控え室に向かう不和の背中を見て、一抹の不安どころではない量の不安を抱えながら、不和の勝利を祈る。どうか、無事に終わりますように。

 

 

 

 

 

 

 




熱中症には気をつけよう!


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八話

なんか気づいたら、お気に入り数と評価バーがエグいことに…!こりゃ下手な事書けないぞ…!
今回はみんな大好き、爆発三太郎こと爆豪君が出てきます。俺の知ってる爆豪きゅんはこんなんじゃねぇ!と思うところもあると思いますが、暖かい目で見守ってくれるとありがたいです。
では、どうぞ。


「あぁ疲れた〜」

 

不和の勝利と安全を祈っていると、入れ替わりで木津が観客席に戻ってきた。余程疲れているらしく、顔には疲労が浮かんでいる。チャームポイントであるツリ目も、心なしか垂れているように見えた。無理もない。こいつの個性は強力だけど、かなり体力も使うし、神経も使う。寧ろあれだけ派手に個性を使っておいてここまで普通に戻って来れる力があるとか、そろそろこいつに対する認識を改めた方が良いかもしれない。

 

「お疲れさん。しかしお前凄かったな。骨折れるまで相手の攻撃受け続けるとか、男より男らしいよ。もしかしてマゾh」

 

瞬間、俺の顔の横を木津の腕が通り過ぎる。

 

「なんかいった?」

 

「な、何でもありません」

 

え?初動が速過ぎて見えなかったんだが。こんなパンチを打てるんだったら試合で使えよ。てか怖っ!まだ心臓がバクバク言ってんだけど!尿意があったら大変な事になってた。さっきトイレ行っといて本当によかった…。

 

「ったく、煽る相手はちゃんと選べよな。いい加減学習しろよ。あぁ今ので余計に疲れたぜ。易辺、頼めるか?」

 

「う、うん。じゃ、こっち来て」

 

一連の流れを見て顔を青ざめさせた易辺が木津の肩に手を乗せ、個性を発動する。途端、易辺の手から淡い緑色の光が溢れ出す。その光に包まれた木津は見る見るうちに顔色を良くした。

 

易辺 柊(やすべ ひいらぎ) 個性『疲労回復』

彼の掌から出る光は、疲れを癒す効果がある!但し、怪我は治らないので、勘違いしないようにしよう!

 

「あぁ〜効く効く〜。毎度毎度悪りぃな。」

 

「いや大丈夫だよ。僕の個性が皆の役に立っていると思うと嬉しいからさ。」

 

「役に立つも何も大助かりさ!お前がいなきゃ、訓練して体力とか増やしてるヒーロー科に追いつけないからな!」

 

「そ、そうかな。」

 

まぁ実際彼の個性は俺たち普通科が行動する時の要でもある。彼がいなければ、木津も最初からフルスロットルで個性発動出来なかっただろうし、予選でも無茶な事は出来なかった。

普通科割とヒーラー系の個性持ち結構いるんだよな。

体温がおかしくなれば体川に調整して貰えば良いし、安全に患者を運びたければ、安藤を頼れば良い。もしそれが個性による症状ならば、守野の個性を発動すれば良いし、大きな怪我をしたならば、木津に怪我を良くして貰える。万が一リカバリーガールを頼って体力がごっそり持ってかれても、易辺の個性がある限り、万全の体制で競技に臨める。

あれ?結構最強じゃね?他にも病気に効く個性持ちとかいるし、リカバリーガールに売り込めばそっち方面でヒーローになれるかもしれない。もし今回駄目になってしまったら、こいつらだけでも何とかならないか先生に打診してみようか。

 

『さぁ次で一回戦最後の組だな…』

 

そんな事を考えていると、プレゼントマイクの声が聞こえてくる。そろそろ不和の試合が始まるのか。

 

「うわぁ〜緊張してきた〜!」

 

「いやなんでお前が緊張してんだよ。気持ちは分からなくもないが…」

 

「だって相手はあの爆豪だぜ?心操は心配じゃないのかよ。」

 

「そりゃ心配だけどさ…あれお前、前に不和の個性なら爆豪完封出来るとか言ってなかったっけ?」

 

「いや、言ったよ。言ったけども…」

 

障害物競走と騎馬戦の時、チラッとあいつの行動を見たが、あれはセンスの塊だ。それに加えて派手で強力な個性を持っているときた。悔しいが、選手宣誓の時に大口叩くだけはある。

そんな所を見てしまえば、誰だって考えを改めるだろう。

ただ確かに不和の個性は爆豪に対して有利ではある。後は個性が上手くかかる事を祈るだけなんだが…あ、そうだ。

 

「守野、今個性発動出来るか?出来るなら俺たちの前に壁型の奴を貼って欲しい。」

 

「ん?あぁ別に大丈夫だが…何でだ?」

 

「直に分かる。香川、皆に個性を掛けといてくれ。うんと強く頼む。」

 

「え、私?皆に掛けるの?不和ちゃんにじゃなくて?」

 

「あぁ不和じゃなくて皆にだ。頼んだぞ」

 

「は、はぁ?まぁ貴方の事だから何かあるんでしょうけど…」

 

そう言って、守野は俺たちの前に個性を防ぐ壁を作り、香川は肩甲骨辺りにある排気口のような突起から良い匂いのする風を送り出す。その匂いは何処か懐かしい感じがして、忽ち皆の心を落ち着かせた。

 

香川 あろは(かがわ あろは) 個性『アロマセラピー』

彼女の肩甲骨にある突起から出る風は、嗅いだ者の心を落ち着かせる効果がある!人によって落ち着く匂いはバラバラだが、彼女の風はその人に応じた匂いになる為、心配は無用だ!

 

「うんと強く掛けたけど、大丈夫?このままだと皆寝ちゃうんじゃない?」

 

確かに、幾人かは既にコックリコックリと船を漕ぎ始めているが…

 

「いやこれくらいで大丈夫だ。寧ろ今回は寝てくれた方が良いかもしれない。」

 

「はぁ?貴方何を言ってーー」

 

『さぁ8回戦目やっていくぞ!中学生の時からちょっとした有名人!堅気の顔じゃねぇ!ヒーロー科 爆豪 勝己!vs俺こっち応援したい!綺麗な顔におっきな左腕!喋ってる所見たことないけど大丈夫?普通科 不和 愉花!』

 

香川の言葉を遮るように、入場を報せる声が響いてくる。見ると、不和と爆豪が向かい合って開始の合図を待っていた。

 

「お前、騎馬戦の時ニ位の奴の所にいたな。退くなら今退けよ。この先は痛いじゃ済まされねぇぞ。」

 

爆豪が不和に降参するように呼びかける。馬鹿にしている訳では無い。彼なりの優しさなのだろう。相変わらず態度はデカイが、相手の事を気遣っての言葉だった。

『レディー…』

 

「……」

 

「おいテメェ聞いてんのか!」

 

そんな呼び掛けに対し、不和は答えないどころか表情一つ変えない。左腕をゆっくりとあげ、顔の前に持っていく、彼女特有の構えを見せただけだ。

それだけで戦闘の意思有りと判断できるが、彼の事だ。反応を示さない不和に対し、苛立ちを覚えているのだろう。

 

「……」

 

「…ッ!馬鹿にしてんのか…?なんか言えやこのデカ腕野郎!」

 

『スタート!』

 

そんな呼び掛け虚しく、開始の合図が下される。

チッと舌打ちをした爆豪は、このまま会話を試みても無駄だと判断し、動きやすいように構えを取り、

 

 

 

「一々怒鳴らないでくれ、全て聞こえているよ。あと私は女だ、野郎ではない。訂正したまえ。」

 

 

鈴の様に凛とした声が会場内に響き渡る。

それは聞いた者が惚れ惚れする様な美しい声色で、ヒーローよりも歌手や声優などに向いているんじゃないかと思わせてしまう程の魅力を秘めていた。

しかし、そう思えるのも今の内だけ。

 

 

 

 

 

 

同時に心臓を圧迫されている様な不快感が身体を駆け巡った。

 

不和 愉花(ふわ ゆか) 個性『負の感情』

彼女の声には負の感情を引き出す特殊な音波が含まれている!どの様な感情を掛けるかは本人のイメージに依存するが、一番掛けやすい感情は不快感だ!相手が負の感情を抱いていればいるほど、効果は長く、強く掛かってしまうぞ!

 

「うぉ…!なんだこれ…!」

「なんか気持ち悪い…」

 

不和の声を聞いてしまったクラスの数人が、体調不良を訴えてる。守野の防御があり、香川の個性をもってしても完全に防ぐことが出来ない。モロ聞いてしまっている爆豪や、闘技場近くの人達は大変な事になっているだろう。

 

「相変わらず結構くるものがあるな…」

 

「そうか?あたしはもう慣れたぜ。」

 

「強くない?いや余り掛からないって事は心に何も抱えてないって事だから別に良いんだけどさ。」

 

相変わらず木津さんは化け物じみた能力を発揮するよね。

しつこい様だけど、お前本当に女?

しかしそう考えると今体調不良になっている人は何かしら良くない感情を抱えてるって訳か。リカバリーガールってメンタルケアも出来るっけ?まぁ出来ると思うが、もしダメだったらクラス総出で相談会でも開くかな。

 

「それはさておき…音山、不和の声が聞こえ難い様に出来るか?」

 

「あぁ…任せてくれ…」

 

不和の個性に掛かり、暗い雰囲気を纏った音山が思いっきり手を叩く。パンッと小気味好い音が鳴ったと思えば、不和の声が聞こえづらくなった。

 

音山 量斗(おとやま りょうと) 個性『音量』

音量を変える事が出来る!手を叩く事が発動のトリガーだ!

 

「よしよし、これで少しは効果も和らぐだろう。」

 

代わりに不和達の会話が聞こえづらくなったが、背に腹はかえられない。あのまま聞き続けてクラスの皆が行動不能ってなってしまったら目も当てられないからな。特に易辺と香川にはもう少し頑張って欲しいし。

 

「ーーーーー」

 

「ーーーーー!」

 

試合に目を戻すと、不和が何かを言いながら、爆豪に近づいてってるところだった。爆豪は蹲り、喚き散らしている様だがやはりどちらの声も聞こえて来ない。

 

「爆豪の奴は色々闇抱えてそうだからなぁ。掛かり具合も凄いことになってそう。お、いった。」

 

話はついたのか、不和が重い左腕を打ち出せる様、ゆっくりと引き始める。あいつの一撃は見た目通り遅いが高威力だ。1発でもモロに食らえば、即戦闘不能なんて事はザラにある。そんな危機が迫っているのに、爆豪は一歩も動かない。

ーーいや、動けない。

よっぽど心に溜めていたものが大きいのだろう。不和の個性がねっとりと、まるで蜘蛛の巣にかかった蝶の如くあいつを絡め取り、離さない。

これは…ちょっと気の毒だ。不和とは長い付き合いだから、個性の事はある程度把握している。あいつの個性は解除方法がない。俺や心操の様に、意図的に個性が掛からない様にする、という事が出来ないのだ。まぁそれで昔一悶着あったんだが…詰まる所、自然治癒しかあいつの個性の効果を失くす方法が無い。あいつ大丈夫か?もしかしたらこれがトラウマになり、このまま立ち上がれなくなるかも知れない。

本気でメンタルケアの事を考えとくかな。

 

「ーーーーー!」

 

そんな俺の考えを尻目に、力を充分に溜め込んだ不和がその凶腕を解き放ち、容赦なく爆豪に叩きつける。

ドパンッ!という空気が破裂する様な音が、音山の個性を持ってしても俺たちの所まで響いてきて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一々怒鳴らないでくれ、全て聞こえているよ。あと私は女だ、野郎ではない。訂正したまえ。」

 

「は?」

 

いつでも動けるように構えていると、さっきから一向に喋らなかった目の前のデカ腕野郎が、急に口を開く。なんだ喋れんじゃねぇか!てことはさっきまで俺の事無視してたのかよ!

 

「テメェ、舐めてんのか…?シカトかますとかいい度胸…!?」

 

突っかかろうとした途端、心臓を圧迫されている様な不快感が身体を駆け巡る。

視界が暗く、褪せて見える。底なし沼に囚われているのではないかと錯覚する程、体が重い。心をぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、思考が定まらない。呼吸が苦しくなる。

なんだ。なんなのだこれは。

 

「うわぁ、君かなり掛かりが良いね。相当心に何か溜め込んでないと最初からここまで症状出ないよ?ハッキリ言ってドン引きだ。」

 

「だま…れ!殺…すぞ…!」

 

こいつが喋る度に、苦しさが、苛立ちが、不安が、恐怖が、不快感が、怨嗟が、嫉妬が、憎悪が、破壊衝動が、あらとあらゆる負の感情が溢れ出てくる。最早気を保つのが精一杯だ。立っていることさえままならない。割れる様に痛い頭を抱えて膝をついてしまう。

 

「喋れと言ったり黙れと言ったり、コロコロと意見が変わる奴だなぁ。口も悪いし、君本当にヒーロー志望かい?」

 

「……ッ!」

 

そんな俺に追い打ちをかけるが如く、デカ腕野郎が近づいてくる。その声が大きくなるにつれ、感情の流出に拍車がかかった。

 

「口もきけなくなったのか。全く、この程度でこんなになるとは情け無い。ヒーロー目指す為に戦闘力を磨くよりも、まず自分の感情をコントロール出来るようにしなよ。まぁ私が言うのもなんだけどね。」

 

そう言って蹲っている俺に目線を合わせてくる。手を伸ばせば届く、それ程までに近い。いつもなら遠慮せずに即横っ面に爆破を叩き込んでいるが、今はピクリとも体が動いてくれない。

まるで、蛇に睨まれた蛙のように、ピクリとも。

 

「あーあー濁ってるねぇ。目が濁ってる。どれどれ、今君が抱いている感情は…私に対する怒りや不快感が大半を占めているのか…おや?意外だな。君、今怖いと思っているのかい?それに随分と焦っているようだ。それもこの危機的状況に対してのものでは無い。これは…そうだな…自分の成長具合を他者と比べ、劣っていた時に感じる焦燥感かな?どうしたんだい?そんな気にすること無いじゃないか。安心しなよ、君より上の人なんてそこら中にいるんだから。」

 

ここまでコケにされたのは初めてだ。俺が恐怖を、焦りを感じているだって?そんな馬鹿な事があるわけない。

こんなになっているのは、テメェの個性の所為だろうが…!

 

「あ、因みに私の個性は確かに負の感情を意図的に操作して植え付けるものだけど、そこまで万能って訳でも無くてね。その人が心の底に溜めている感情にどうしても引っ張られ易くなってしまうんだよ。やはり本物の感情に偽物(ハリボテ)を押し付けても敵わないって事だね。」

 

「何、が…」

 

「何が言いたいかって?それくらいは分かりなよ。君も薄々気がついているんだろ?

 

ーーーつまり君のその感情は本物なんだよ。

 

君は本気で何かに焦り、誰かに恐怖している。私はこんな個性だから他人のそういう感情はよく分かるんだ。外れているなんて事はあり得ない。」

 

そんな俺の心を読んだかの様に、つらつらと言葉を並べられていく。ガンと頭を殴られたかの様な衝撃が、俺の身体を包み込んだ。

 

「大方…障害物競走で一位の奴かな?それとも騎馬戦の氷使い?……両方か。特に…あの緑谷って言う子に対しての感情が強いね。風の噂で幼馴染って聞いたけど、これを見る限りあまり仲が良いって訳じゃ無さそうだ。そこんところどうなんだい?」

 

「…!デクは関係…ねぇだろうがァ…!」

 

緑谷という単語が耳朶を打った瞬間、頭が沸騰したかの様に熱くなる。体の奥底で、抑えていた感情が爆発した。

怖がっていると思われているだけでも屈辱なのに、寄りにも寄ってクソナードに対してと言われるとは…!本気でこいつぶっ潰す!俺が、この俺がクソナードに…そんな事があるはずがない!

あるはずが…

 

「おーおー声を荒げちゃって、一気に感情が跳ね上がったね、図星かい?そういうのは隠しておいた方が良いよ。今の時代、何が弱点になるか分からないしね。しかしそうか〜あの子か〜…。とても冴えている様には見えないけどなぁ。確かに個性は目を見張るものがあるけど、ハッキリ言ってそれだけじゃない?心操の試合の時は驚いたけど、あんなのは唯のラッキーパンチだ。しかも制御出来ていないときた。そんな奴がヒーロー科に入ったとなったら、正直此方からしたら良い気分ではないよね。まぁ…君よりはヒーローぽいけど。」

 

「ッ!」

 

視界が赤く染まる。怒りと悔しさを抑える為に、奥歯を強く噛み締めた。ガリッと音がなり、口内に鉄の味が広がる。どうやら噛み砕いてしまったらしい。

 

「冴えない幼馴染を持ち、その差に優越感を感じる。周りも君を手放しに褒めちぎったんじゃないかい?そこに追い打ちをかける様にヒーロー向けの強個性が発現。ま、齢四歳がそんな事になったら自分が一番と勘違いして舞い上がってしまっても無理はない。そのまま長い年月、格下と過ごしながら優越感を感じ続け満足する日々を送ったんだろ?それで、ここに入った時にいざ広く周りを見渡せばあら不思議。正に井の中の蛙状態だ。自分が大海に属していると勘違いしている、哀れな蛙だよ。君にぴったりな言葉じゃないか。昔の人は良く言ったものだね。井戸の中はさぞ気持ちよかったんじゃない?周りが全員自分より凄く無くて、簡単な事でも褒めてくれるんだからさ。まぁ残念な事に、同じ井戸出身の、しかもそこら辺にいる石っころだと思っていた奴に追い抜かされそうになっているけどね。心操の言葉を借りるなら…一番一番煩い癖に、格下に翻弄される今の君の姿は滑稽過ぎて逆に笑えないな。」

 

「……」

 

「君が今まで周りに言い続けたであろう言葉を、敢えて君に送るよ。

 

 

 

 

『君はヒーローになれはしない』。

 

ここまで見下す様な言動をしてきたんだ。当然の報いだと思い給え。」

 

「……ッ」

 

何も、言い返せない。認めては駄目だと分かっているのに、抗わないといけないと分かっているのに、思考に反して体が動かない。いや、本当はそんな事も思っていないかもしれない。憤怒、諦観、焦燥、安堵、様々な感情が混ざり合い、錆の様に身体を蝕む。自分で自分が分からない。頭がチグハグだ。心が深く昏い思考の海に沈んで行く。あぁ苦しい。あぁ辛い。この衝動に身を投げ出したら、どれだけ楽だろうか。そんな誘惑に、一歩、また一歩と足が進んでしまう。

 

「………そろそろか。悪いね。少し言い過ぎた。しかし私もこれくらいしか勝てる方法がないんだ。まぁ今の君には聴こえていないだろうが。」

 

そう言って、大きな左腕を構えてくる。今の状況も合わさって、それは重機の様に凶悪で禍々しく見えた。

 

「生憎、先の試合を見てしまった後だからね。手加減はしない」

 

一発。その一発に力の全てを込めるのだろう。足を踏みしめ、腰を入れ、腕を目一杯引き始める。

まるで断頭台の上に掛けられ、引かれるギロチンを見ている気分だ。勿論、処刑人は俺で、執行人は彼女。

 

「こんな個性でも夢は見てしまうのさ。さ、負けてくれ!」

 

瞬間、ギリギリまで引き絞られた凶腕が解き放たれ、俺を刈り取るギロチンへと変貌する。眼前に迫る拳、避けなければならない。分かっているが…身体が、心が避けなければ楽になると囁いてくる。そんな、悪魔の囁きが俺を二度と抜けられないであろう泥沼に引きずり入れようとして

 

 

 

 

『かっちゃん、大丈夫?頭を打っていたら大変だよ?』

 

 

 

 

そんな呪詛とも呼べるクソナードの言葉が、脳内に流れてきた。途端、頭にかかっていた靄の様なものが晴れる。先程と違い思考が動けと危険信号を発してきた。血液を熱湯に変えられたのではないかと錯覚する程、身体中が熱い。その熱が、身体中に巻き付いていた蜘蛛の糸を焼き切った。

腕を振り上げる。ドパンッ!という音がなり、身体が吹っ飛ばされた。腕を中心に激痛が走る。きっと左腕の骨が逝ってしまっただろう。それ程の高威力だった。

 

 

だがお陰でもう、動けるようになった。

 

 

 

「なっ!?そ、そんな、君、まだ動けたのか!?」

 

腕を打ち出した格好で彼女の顔が驚愕に染まり、悲鳴をあげる。それが耳に入ってきて、また不快感が込み上げてくるが

ーーーー先程までではない。

 

「ふぅーあぶねぇな。危うく俺が夢を捨てる所だった。さっきまで良くもボロクソ言ってくれたな、オイ。だがもう慣れたし、解決策も見出せた。同じ手は食わないぜ。」

 

「クッ…!何が原因で解けたか知らないが、もう慣れた?解決策?ハッ!随分と分かりやすいハッタリをかますじゃないか!それに話を聞いていたか?私の個性には解除方法なんてない!

闇を抱えていない人間などいない!私の声を聞き続ける限り、昏い感情を持つ限り、必ず私の個性に掛かり続けるんだ!まさか君、耳を塞ぎ続けながら戦うつもりかい?それは面白い、是非やって見せてくれよ!」

 

俺の言葉に対し、声を荒げてくる彼女。その顔には焦燥が浮かんでいた。何だ、顔色が変わらねえ奴だと思ったら、意外と表情豊かじゃねぇか。

そんな場違いな事を考えながら、両手を耳に持っていく。まさか本当にやると思わなかったのだろう。嘲笑と呆れを携えた目で俺を見てきた。

 

「はっはっは!まさか本当にやるとは思わなかった!君、相当バカーーーは?」

 

個性を発揮する。爆発音が耳の直ぐ側で響き、俺の鼓膜を襲った。キーンという音が鳴ったと思えば、歓声が、実況が、彼女の声が、あらとあらゆる音が世界から消え失せる。

 

「ーーーー!?ーーーー!!」

 

俺の一連の行動を見て、奴が何かを喚き立てるが全く聞こえない。血は出ていないから鼓膜は破れていないだろう。直に聴こえてきてしまう。だから、それまでにーーー殺る。

 

「ご自慢の個性も聞こえなくちゃ意味ないって自分で言ってたもんな。ったく、手こずらせやがって…。しかし…不和と言ったか?いいぜ、こっからが本番だ。さっきは情けねぇ姿を見せちまったが、今度はちゃんとぶっ殺してやるからよ!」

 

「ーーーー!」

 

そう言って不和に接近して右の大振りを繰り出す。奴も、巨大な左腕を打ち出してきた。

刹那、互いの腕がぶつかり合い、交差する。

 

さぁ第二ラウンド開始だ。

 

 




誤字や文法間違い、単語の意味違くね?という所がありましたら、作者にそっと教えてくれるとありがたいです。
強い言葉で言われてしまうと、作者が新たな扉を開いてしまう可能性がございます。
お手数をおかけしますが、何卒よろしくお願い致します。


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九話

大変長らくお待たせ致しました。九話です。
今回はバトル漫画でありがちなヒーロー補正などが多く含まれます。予めご了承ください。

また、だむだむ様、麻婆餃子様、萩史利様、何者_様、騒々呻様、誤字修正のご協力誠にありがとうございます。


首に伸びてくる手を払いのけ、爆破を躱す。そのまま爆風を利用して回転、遠心力を乗せた左腕を彼に叩きつけた。

相手の攻撃を利用した完璧な反撃(カウンター)は横腹に着弾する瞬間、腕を組まれ防がれる。

そのまま距離を取る為後退、させてくれる程甘くはないらしい。息を抜く間もなく再突撃してくる爆豪の拳が眼前に迫った。

体を捻り、横に転がる事で一撃を回避し、左腕をチラつかせ威嚇する事で追撃を遅らせる。その間に立ち上がり、次の攻撃に備えて体制を整えた。

 

「ハァ…ハァ…ンクッ…ハァ…」

 

強い。

強すぎる。

負傷している腕を庇いながらも重い一撃を放ってくる攻撃力も。

 

完璧な反撃を見てから躱す反射神経も。

 

爆破を織り交ぜ、目潰しや軌道変更を即興でやってのけるセンスも。

 

一つ一つの行動を瞬時に決められる判断力も。

 

何もかもが強すぎる。

そしてなりより

 

「きーーーーーーーーー」

 

「ッ!」

 

「クッ!?」

 

そしてなりより、私に喋らせない様な立ち回りをしてくるその技術力が彼の強さをより際立たせていた。

 

私の個性のトリガーは声だ。

 

私の声には聞いた人が抱いている負の感情を引き出し、増大させる音波が含まれている。

どんな善人でも、生きている限り心に何かしらの負の感情を抱く。憎悪や嫉妬でなくても、不安や悲しみなどの感情を少しでも抱いていたら、私の個性に掛かるのだ。

 

それこそ全てを司る神か、負の感情を抱かないサイコパスか、そもそも感情というものが無い機械でなければ、少しでも私の声が耳朶を打った瞬間、後は私の思いのまま。

人が行動を起こす原因の大体を占めている感情、その悪い方の半分を操れる私はたった一人でも敵を鎮圧できる。

 

ーーーしかし裏を返せば、どうって事は無い。

少しでも私の声が耳に入らなければいい話なのだ。私の声が聞こえなければ、個性には掛からない。個性を掛けられない私など、大きい腕を持った動きの鈍い唯の女の子だ。所謂、カモ。

 

そしてまさに今、私は現在進行形でカモに成り下がっている最中であった。

 

「ッラァ!」

 

「ッ!」

 

躊躇なく顔に向けられて放たれた爆炎を、左腕を薙ぎ払う事で相殺する。飛び散った火の粉が、自慢の黒髪をチリチリと焼いた。しかし、爆炎を防ぐ事は出来てもその爆炎に乗ってきた熱風までは防ぐことが出来ない。顔が熱い。腕が熱い。

 

 

ーーーー喉が熱い。

 

 

顔を狙ってくる理由の一つはこれであろう。

私の喉にダメージを与え、声を出させない様にする事で、個性を掛けられ無いようにする気なのだ。

一歩間違えれば一生モノの傷となるが、そこは過剰攻撃による失格を配慮しているのか、リカバリーガールの個性を信じているのか、はたまたみみっちいと言うべきか、絶妙な温度の熱風が喉に入り込んでくるように仕込んでいる。

ここでもまた、センスという物を見せつけられた。

 

しかし、悔しながらも実際この作戦は的を得ている。

先程も言った通り、私の個性のトリガーは声だ。

そして、それに関する最も重要な器官は喉。

これがなくては煽って個性を掛けやすくするどころか、そもそも個性を発動する事が出来ない。

私が爆破を発動させない為、彼の掌をそのまま受けず、払いのける様に、彼も私に個性を発動させない為、やり方はあれだが、声を出させない様に喉を熱したり、聞こえなくする為耳の近くでわざと個性を発動して聴覚障害を起こすなど、色々考えて行動しているのだ。

…それでも顔を、それも女の子のを遠慮なく爆破しようとするのはどうかと思うが。特に君の攻撃の余波で自慢の髪が焦げるんだよ戻らなかったらどうしてくれんの?

…話を戻そう。

そんな感じで、爆発音やら増えた妨害を掻い潜り、個性を掛ける為には大きな声を出さなくてはならない。

状況を鑑みるとかなり絶望的だ。

 

しかし不幸中の幸いと言うべきか、幸いにも彼の耳から血が出ていない所を見ると、完璧に鼓膜が破れているという訳じゃないらしい。唇の動きを見ているというのもあるだろうが、私が喋らせない様な立ち回りをしてくるという事は、徐々に聞こえ始めているのだろう。

つまりまだ逆転のチャンスはある。あるのだが…

 

「…ッ…ッ…ッ…!」

 

声が、出せない。

息が整わない。汗が滝の様に流れ落ち、地面に無数の斑点を作り出す。休む暇もなく無理に動いた結果、極度の酸欠状態に陥っていた。目眩がする。足がおぼつかない。

踏ん張っていないと、今にも倒れてしまいそうだ。

 

 

体力が尽き始めた。

 

 

そんな非情な現実が胸に突きつけられる。

無理もない。あれだけ派手に動き続けたんだ。寧ろよくここまで試合を続ける事が出来たなと、我ながら感心してしまう。訓練も何もしていない唯の普通科である私がヒーロー科入試一位相手に、今も二本の足で立てている。最早奇跡としか言いようがない。

 

「フゥ…フゥ…」

 

「……」

 

そんな息も絶え絶え、満身創痍な私に対して、彼は息一つ乱れていない。心なしか先程よりも爆破の威力が上がり動きにキレが出てきた気がする。

 

「……!」

 

「フゥ…フッ!」

 

容赦なく爆炎を放ってくる爆豪。打ち消すため、先程の様に左腕を薙ぎ払う。が。

 

「アツッ!?」

 

相殺できない。飛び散った多くの火の粉は私の右手と首下を焦がした。何とか右手を上げる事で喉へのダメージは避けたが…やはり気の所為ではない、どんどん強くなっている。

君、スロースターターだったのか…!

しかし不味い事になった。ここでのガス欠は正直洒落にならない。

 

声を出すというのは意外と体力を使うものだ。

特に相手にハッキリ聞こえる様な大きい声を出すときは。

しのぎを削る様な戦闘中、しかもこんな爆発音に塗れている中、耳が聞こえづらくなっている相手に聞こえる様な大きい声を出し続けろなど、体力が一般的な私に出来る筈もない。マラソン中に大声出しながら走り続ける人を君は見たことあるか?ないだろ?

 

喋ろうとすれば脳が会話を中断させる程の猛攻を受け。

 

それにビビって立ち止まれば、喉を焼かれそうになり。

 

それを防ぎ、チャンスを伺えば体力が減っていき。

 

焦って攻撃しても躱され、反撃を貰い、返って体力を無駄にする。

 

要するに絶体絶命、所謂危機(ピンチ)と言うやつだ。

 

「シネェ!!!!」

 

「ガハッ!?」

 

熱さに怯んだ隙を見逃さず、避け続けていた彼の拳が遂に私を捉えた。吸い込まれる様に私のお腹にめり込んだ拳は、瞬間、爆発し、勢いを利用して更に深く重い一撃を与えてくる。しかも爆炎で火傷させるというオマケ付きで。

そんな身体が一瞬その場に止まる程のインパクトのある一撃を貰った私は、そのまま吹っ飛ばされ、場外ギリギリまで転がっていく。

 

「カッ…!ハッ…ハッ…!ウ…オェェ!!」

 

胃を殴られた事により、込み上がってきた吐瀉物をみっともなくぶち撒ける。今は女の矜持とか、そんな事を言っている暇はない。冗談抜きの方で呼吸が出来なくなる。視界に火花が散り、身体が全力で警鐘を鳴らす。最早、会話云々の話ではなくなってきた。

 

「…ッラァ!」

 

「アグッ!?」

 

そんな状態でも、彼は容赦なく踵を振り下ろしてくる。

そのまま場外へ蹴り出そうという魂胆なのだろう。

何とか左腕を突き出す事で防ぐが、時間の問題だ。いずれ限界がくる。

どうすれば、どうすれば良い?この危機を切り抜けるには、一体どうすれば良いのだろう。

 

個性を掛ける

 

絶望的だ。まず声を出さしてくれる程、彼は緩くもないし、甘くもないだろう。そもそも、体力やらダメージやらでまともに口を開ける様な状況ではない。それに、さっきの解かれた原因が分からない今、再度個性をかけても唯疲れるだけだ。

 

超近接戦闘(インファイト)に持ち込む

 

現実的ではない。これは向こうの得意分野だろう。爆破を織り交ぜた拳は脅威だし、何より素の身体能力が高いため、攻撃、防御、回避、全てが向こうに分がある。

確かに私の一撃は威力こそ高い。が、小回りが利かない。

振り回している間に懐に潜り込まれ、顎に1発、失神KO、というのが一番怖い。容易に想像出来てしまう。

 

降参する

 

あり得ない。こんな考えが浮かんでしまった自分を殴りたい。

そんな事をするくらいなら前の二つを試して負けた方がマシだ。

 

…こんな時ヒーローなら、いや、障助ならどうするだろうか。

正面突破?倒れた振りをして不意打ち?そもそも彼ならこんな状況にならないか。

考えて、考えて、考える。

この間にも刻一刻と敗退と言う二文字が私に近づいてくるのだ。どうするどうする。彼なら、障助なら…!

 

 

 

『左腕が大っきいって…なんか武器みたいで強そうだな!』

 

 

 

思いついた。確かにこれなら相手の意表もつけるし、体制を立て直す事が出来るかも知れない。

後は、タイミングを見定めて、実行すれば良い。

しかしこれで良いと分かっていても、

 

体が、動かない。

 

怖い。怖い。負の感情を操る私が皮肉にも恐怖を感じてしまう。例え治ると分かっていても、理屈が通っていたとしても、所詮人間、結局は感情で動いてしまうもの。そんなことは個性が発現した11年前から知っていた筈だ。

 

自ら痛みに飛び込むのがこんなにも怖いとは思わなかった。

 

こんなにも二の足を踏んでしまうものだとは思わなかった。

正に今、私は感情に邪魔されて理屈を通せない。

 

そう思うと、あの緑谷とかいう奴は本当に凄い奴なんだな。あんなに躊躇なく激痛に飛び込んでいくなんて、とても出来やしない。正しく障助がよく言ってる『ヒーローになる資格』というものを持っている。

それに比べて私は…グゥ!?

 

「はよ死ねェ!」

 

畳み掛ける様に爆豪が爆破の回数をあげ、絨毯爆撃を開始する。そろそろ限界が近い。喉が焼ける。今まで私の命を繋いでいた左腕が悲鳴をあげていた。もう、一刻の猶予を争う事態だ。覚悟を決めろ、不和。

感情論を是としている私だが、今だけは理屈で行動しようじゃないか。大丈夫…一瞬、一瞬だ。その一瞬さえ乗り越えられれば、なんとかなるんだ。ここでやらなきゃ、もう夢に追いつけなくなる…!よし…よし…今ッ!

 

「なっ!?」

 

防御の為に構えていた『左腕』を下げ、控えていた『右腕』を前に突き出す。

突然の自殺行為と急に小さく脆くなった的に意表を突かれる形となったのか、爆豪の攻撃が数発宙を切り、バランスを崩した。

驚愕で染まった顔で此方を見てくる。

 

「ッァーーーーーーーーー!?!?」

 

あまりの激痛に叫び出してしまいそうになるが、ここで喉を潰す訳にはいかない。拳を固く握り締め、奥歯を噛み砕く事で声の流失を何とか防ぐ。

丈夫に変型している左腕とは違い、右腕は普通の高校女子と大して変わらない。か弱く脆い、唯の腕だ。

そんな普通のものであるにも関わらず、攻撃をモロに受けてしまった私の右腕は、見るも無残な状態であった。

白かった肌は爆炎による火傷と殴打による内出血で、赤黒く染まり、素の色が思い出せない程に酷く汚れている。

火傷で溶け、テカテカになった所からは、血や組織液などの体液が垂れ流され、身体が必死に傷を塞ごうと働いている事が伺えた。

うわぁ気持ち悪い…。やだなぁこれリカバリーガールの個性でも跡残ったりするのかな…?障助にはいつも綺麗な私を見て欲しいんだが…。

 

 

ーーけど、お陰で動けるようになった。

 

 

ボロボロになった右腕を引っ込め、構えていた左腕を打ち出す。先程までなら簡単に躱されていた攻撃だが、決死の作戦の結果、バランスを崩している爆豪には難しい。

回避は無理だと判断したのか、掌を広げて受け止める体制になる。着弾した瞬間に爆破を起こし、軌道を変更させるつもりだろう。この一瞬でそこまで判断出来るとは…悔しいが敵ながら天晴れだ。認めたくないが彼も『ヒーローになれる資格』というものを持っている。

 

 

だから、私も負けられない。

 

 

握り締めていた拳を解き、彼と同じく掌を広げる。

そのままパンチではなく、掌底の様にして打ち込んだ。

少し驚いた彼だったが、どうって事はない。予定通りに受け止め、爆破、軌道を逸らそうとして、

 

そんな彼の腕をガッチリと掴んだ。突然の拘束に驚く彼。

その隙を見逃す程、私は馬鹿ではない。

掴んだ腕を振り上げ、彼の身体を持ち上げる。

そのまま後ろを振り向き、遠心力を利用しながら地面に叩きつけた。

 

「カハッ!?」

 

「それっ、もう一本!」

 

何度も何度も叩きつける。ボコリボコリと重低音が響き渡り、その度に爆豪の苦悶の声が聞こえてきた。

衝撃でむせた拍子に血の混じった唾液が飛び散る。それだけで彼の受けてるダメージの大きさが分かった。

 

「これで終わりだ!」

 

最後に思いっきり地面に叩きつけ、上から鉄拳を振り下ろす。

全体重を乗せ、残っていた力を掻き集めた一撃、骨の五、六本は持って逝くつもりで放った。

そんな攻撃を、彼は折れた方の腕も使って受け止める。

冗談じゃない。あれだけダメージを与えたのに…!

 

「全く、君は化け物か何かか…!?」

 

力が拮抗する。正に剣道で言う所の鍔迫り合いだ。

少しでも気を緩めた方が敗北の谷へと転落するだろう。

しかし、彼は倒れていて、力を受け流す事が出来ない。

私は腕の重さを利用して、プレスの様に力を加えられる。

圧倒的に有利なのは、こちらだ。

 

「グゥゥ…!き、君はさっきどうやって私の個性を振り切ったんだい…!参考まで、に、聞かせて貰って、いいかな…!?」

 

こちらのはずなのだ。

 

「聞こえている、だろう?鼓膜は破れていない。分かっているん、だ」

 

はずなのに。

 

「なぁ、答えてくれよ…」

 

どうして

 

「何で君は、まだ立ち上がろうとするんだい!?」

 

どうして、どうして、こんなにも不利な状態なのに、まだ耐えていられるのだろう。

 

どうして、どうして、こんなにも絶望的な状況なのに、まだ立ち上がろうとするのだろう。

 

どうして、どうして、こんなにも有利な筈なのに、追い詰められている様な錯覚を覚えるのだろう。

 

「答えろ!もう聞こえている筈だ!それとももう個性に掛かってしまったのか?怖くて喋れないんだろう?そうだろう?」

 

恐怖感が湧き出てくる筈なのに

 

彼の目は濁らない。

 

「なぁ!怒ったか?怒っただろう!?気持ち悪くなってきただろう!?」

 

憤怒がこみ上げてくる筈なのに、不快感がへばり付いて来る筈なのに、

 

彼の目は濁らない。

 

「なぁ…そうだろ…?ハハッ、当たり前だ、私の個性に掛かっているなら今君の中は負の感情でぐちゃぐちゃだ…」

 

濁らない。

 

「もう、勝ちは諦めたよな?そうだよな。この状況で勝てるわけないもんな。ほら、何も恥ずかしがる事じゃない。君はよく頑張った。今からでも棄権してくれ、な?」

 

濁らない。

 

「ハハッ…そんな気力も…残ってないよな…フフッ…」

 

濁らない。

 

「ハハハ…」

 

濁らない

 

「……」

 

濁らない。

 

「ッ……」

 

濁らない。

 

「ッ…!」

 

濁らない。

 

「…らぁ…!」

 

濁らない。

 

「頼むから…何か言ってくれよぉ…!」

 

唯、『闘志』が雨でも消えない聖火の様に、瞳の中で揺らめいている。それだけだ。

その炎にジリジリと心を焦がされ、すり減らされていく。

 

「何で!何で倒れない!?何故動ける!?さっきは、さっきは恐怖で蹲っていたじゃないか!?なのに、どうして…ッ!?」

 

憤怒、嫉妬、不快感、破壊衝動、不安、苛立ち、悲壮感、焦燥感、倦怠感、停滞感、諦念、羞恥心、空虚、恐怖、憎悪、殺意、憂鬱、喪失感、落胆、屈辱、失望、戦慄、萎縮、不機嫌、

後悔、罪悪感、乱心、緊張、孤独感、哀感、絶望感。

あらとあらゆる負の感情を与え、引き出し、増幅させる。

本来ならば錯乱してしまってもおかしくない量の感情を、彼の心の中でぐちゃぐちゃにかき混ぜた。

ーーーそれでも尚、止まらない。目の中の炎は、消えない。

 

「〜〜〜…!君、化け物だ…化け物だよ…!図太いなんてレベルじゃない。こんなにも負の感情を、私の声を聞いているのに聞いているのに聞いているのに聞いているのに…!どうしてそんな顔が出来る!?何故そんな目を向けられる!?ふざけるなよ…!私の声を聞いて何もないなんて、そんな、そんなヒーローみたいな事があってたまるか!今までそんな奴はいなかったんだ!みんなみんな!私の声を聞いたら、直ぐに負の感情を抱いてしまう筈なんだ!だから、だからずっと黙って生きてきたのに…街でも車内でも学校でも担任の前でも近所の人の前でも友達の前でも心操の前でも木津ちゃんの前でもおばあちゃんの前でもおじいちゃんの前でも父さんの前でも母さんの前でも、想い人(障助)の前でさえ!ずっと黙って生きてきたのに!」

 

押しつぶす腕に力が入る。最早、この後の事なんて気にしない。

ーーー気にしていられない。

それ程までに焦っている。思考がぐるぐると回って、火を噴きそうだ。余力を残している暇はない。次の試合に出れなくても良い。どうせ次は木津ちゃんだ。元々負けるつもりだった。今、全てをこいつに叩きつけないと気が済まない。

 

「君に分かるか!?友と笑えず、想い人に言の葉を伝えられず、肉親とすら話せない、その辛さが、苦しさが、惨めさが、君に、分かるか!?こんな個性じゃ満足な仕事に就くなんて夢のまた夢だ!喋れないから!日常生活を送るのさえ難しい!喋れないから!

助けを呼ぶ事なんて出来やしない!何故かって?喋れないからだ!あぁ、腹が立つ!君みたいに個性に恵まれ、才能に恵まれ、望む場所に行ける奴を見ると腹が立つ!さぁ、いい加減負けてくれ!!」

 

ミシリと骨が軋む。それが、爆豪の物なのか、私の物なのか、はたまた両方なのか、分からない。唯、何方も限界が近いという事が

 

 

「ワーワー煩ぇな、そんなに喚かなくても聞こえてんだよ」

 

「!」

 

思考を遮る様に、彼の声が聞こえてくる。それはとてもスラスラと口から出てきていて、本当にダメージを受けているのかと疑ってしまうほど流暢だった。

 

「…今更喋り出すとは、随分と舐めてくれるじゃないか。そんなにも弱者()を弄ぶのが楽しいか?」

 

「テメェが怯えた顔して喋れって言ったんじゃねぇか」

 

「わ、私は怯えてなどいない!怯えているのは君の方だろ!さっきまで、緑谷って奴に対して怖がっていたじゃないか!本当に何をしたんだ!?この短時間で感情が、特に負の感情が消える筈が無い!」

 

「…あー、なるほどな。さっきから急に喚き始めたと思えば、テメェの個性をどうやって解いたのか知りてぇって事か。そういや最初に〝私の個性は絶対に解けない〜〟みたいな事自信満々に言ってたもんな。そりゃ焦るか。」

 

「クソ…どこまでも舐めた真似を…!そうだよ、なんで君が私の個性を解いたのか、その原因を知りたいんだ!さっきからそう言っているだろう!?」

 

彼の言葉を聞いていくうちにドス黒い感情が湧き出てくる。思考が激情に流され、どんどん熱が上がっていってしまう。

簡単な煽り言葉にも阿保みたいに反応してしまい、冷静な受け答えが出来ない。会話を武器とする私にとって、有るまじき事態だ。ッ!?

 

「君、まだこんな力があったのか!?腕折れてる筈じゃ!?」

 

倒れている所に全体重を乗せた拳をぶつけたのにも関わらず、彼の腕が浮き上がり、徐々に押し返され始める。当然、力を抜いた訳ではない。寧ろ最初よりも更に力を加えているのだ。いくら私が女子で、体力が枯れ始めているとしても…これは規格外すぎる。まるで、物語のヒーローかの様な…

 

「クゥ…!」

 

「俺も、良く分かりゃしねぇし、詳しく説明する、つもりもないがッ」

 

倒れている状態から、上体を起こし、膝をつき、地面を踏みしめ、中腰の姿勢になっていく。その間、力を入れ続けているが、ビクともしない。

ーーーこれが、文字通り力の差という奴なのか。

 

「テメェの過去やら境遇やら知ったこっちゃねぇ、自分語りなんて、うんなもの他所で、やれ!ここに立つ以上、勝つ事以外考えんな…!ウジウジウジウジ、ムカつくんだよ!ぶっ殺したくなる。何でテメェはここにいんだ?アァ!?」

 

「黙れ…!君、本当にヒーロー志望か!?じゃあなんで…!」

 

じゃあなんで、そんなに『苛立ち』というものを抱いているのに、私の個性に掛からないのか。

なんで、目が濁ってないのか!

「あぁ腹が立つ!デクの野郎も!半分野郎も!テメェも!どいつもこいつも見ていて腹が立つ!」

 

まさか

 

「腹が立つ腹が立つ!」

 

こいつ

 

「腹が立ちすぎて!」

 

感情が

 

 

 

 

「今の俺は頗る冷静だボケェ…!」

 

感情が振り切れたのか!?

 

感情の許容限界(キャパオーバー)

 

悲しみを背負い過ぎた人が、逆に笑ってしまう様に。

 

恐怖を感じ過ぎた人が、逆に肝っ玉が据わり始める様に。

 

緊張し過ぎた人が、逆に楽しくなってくる様に。

 

怒り過ぎた人が、逆に冷静になる様に。

 

短時間で受け取る感情が多すぎた場合、脳が限界を迎えてしまい、本来の感情とは別の感情に入れ替え、若しくは一時的な制限を掛け、精神を守る。要するに一種の防衛本能だ。

また、私が自分の感情を乱してしまったのも、彼の感情抑止の要因に繋がっているだろう。

人は、他人が自分と同じ負の感情を持っていて、それが自分より大きいものだと、落ち着き、冷静になって、物事を客観的に見る傾向にある。

『まぁ俺も気持ちは分かるけど落ち着けって!』という状態になるのだ。

さっきの私は、かなり焦り、怒り、怯えていた。普段はそういうのが怖くて無表情を心掛けているのに、思いっきり顔に出た。

正に自滅。自分で自分の首を締めていたのだ。

 

「なんだそれ!?そんな、そんな馬鹿げた話があって良いものか!」

 

実際あるのだろう。

 

「それだけで私の個性を解くなんて…」

 

それだけで解けてしまう程度のレベルだったのだろう、私は。

 

「こんな理不尽な事が存在するなんて…!」

 

この世は理不尽で溢れかえっている。そんな事、齢四歳の時から分かっていた筈だ。

 

「ハッハッハ!さっきまであんなに感情がどうたらこうたら言ってたクセに、今は自分がその感情に苦しめられてんじゃねぇか!こういうのはなんて言うんだっけ?確か…滑稽すぎて笑えないって言うんだろ?」

 

そんな既視感のあるセリフで煽ってくる爆豪。普段なら気にしないが、状況が状況、ズブリズブリと心に刺さっていく。言い返え、せない。

 

「余りにも惨めだから、もう一つの理由…って言うか信念か、しょうがねぇから教えてやるよ」

 

「な、に?」

 

嵌めた筈の泥沼に引き込まれ、踏み台にされた私が見るに耐えなかったのだろう。情けを掛けたのか、私にもう一つの解いた要因を教えてくれる。いや、これは情けというか、冥土の土産か。

 

「ヒーローってのはよぉ、どういうものだと思う?」

 

「?そりゃあ…人助けをするものだろう?」

 

「笑わせんな。お前の個性じゃ人助けなんて夢のまた夢だろ。」

 

「なんだと…!」

 

挑発に乗るな。落ち着け、落ち着くんだ私。まだ、きっとチャンスはある。

だから今だけは落ち着くんだ。感情を心の奥底に閉じ込めてしまえ。

 

「ヒーローってのはさ、どんなピンチでも絶対にかっちゃうんだよな。分かるか?少なくとも、俺が憧れたヒーローはそうだ。」

 

「…さっき自分語りは他所でやれって言ってなかったか?」

 

「まぁ人の話は最後まで聞けや。でな?そのヒーローが言ったんだよ。

『どんなに怖くても、笑っちまって臨むんだ』ってな。」

 

「ッ!」

 

「どうやら分かったみたいだな。そうだよ、

 

 

 

ヒーローが怖くて止まっちまったら、一体全体どうすんだって話だよなぁ!」

 

「ヒッ…!」

 

想いと共に、とても堅気とは思えない凶悪な笑顔が目の前に浮かぶ。そんな顔に今日一番の恐怖を感じてしまった私は、思わず一歩下がってしまい、

 

その一歩が命取りとなった。

 

力が緩んだ隙を見逃さず、腕を横にずらされる。そのまま逸らされた腕に引っ張られ、身体が開いてしまった私に肺を潰される様な一撃が叩き込まれた。

 

「ッァ…!ーーー…!ッー、!」

 

息が出来ない。意識が朦朧とする。一度地に膝をついてしまった今、脳内麻薬が枯れ始め、色々先送りにしていたもののツケが回ってきた。もう立ち上がる気力すら残っていない。

自分の中の弱い部分が、もうそのまま寝てしまえと囁いてくる。私の個性に掛かった時、彼はこんな気持ちだったのだろうか。

 

「(あぁ、終わった)」

 

決定打になったのは、あの時の一歩。

あの一歩に全てが篭っていた。

 

私という恐怖が立ち塞がった時、彼は弱音も吐かず最後まで抗い、あまつさえ一歩を踏み出して来た。

 

彼という恐怖が立ち塞がった時、私は対して抵抗もせず、弱音を吐き、あまつさえ一歩下がってしまった。

 

彼は恐怖に立ち向かったヒーローで。

 

私は恐怖に縮み上がり背を向けて逃げ出す凡人だ。

 

「(やはり私になんて…)」

 

私になんて、ヒーローという夢は大き過ぎたのだろうか。

気持ちでは負けるつもりはない、寧ろこんな個性上人に役立つ使い方なんてヒーローしかないのだから、人一倍想いは大きかった筈だ。その重みに潰されてしまっては世話ないが。

何もかもが足りなかった。

戦闘力も、判断力も、気力も、体力も。

何より『勇気』が私には不足している。あの試験では、もしかしたらこういう窮地に立たされた時の行動を見ていたのではないだろうか。

そういう事なら、試験官の目は正しい。

私は『ヒーローになれる資格』というものを持っていない。

今日の試合を通して実感した。

 

ザッザッと彼が近づいて来る音がする。顔を上げる事すら出来ない為、正確な距離は分からないが、私の首を刈り取る死神の足音ということは分かった。

 

「(あぁ、悔しいなぁ)」

 

悔しい。とにかく悔しかった。せっかく皆の想いを貰ってここに立っているのに、無様な姿を晒してしまった事もそうだが、何より弱者の、凡人の一撃が届かなかった事が何よりも悔しくて悔しくて堪らなかった。

このまま負けてしまったら、クラスの皆はどう思うだろうか。

 

よく頑張ったと褒めてくれるだろうか。

 

やってくれたなと貶して来るだろうか。

 

皆の事だ。優しく出迎えてくれるに違いない。障助達も色々と手を回しているだろう。これが終わったらお礼に何か奢らないとな。

そんな事を思いながら、深い深い思考の海に沈んでいき、視界がどんどん暗転する。あぁ、もう瞼を上げる事すら限界だ。少し、ほんの少しだけ寝てしまおう。この微睡みに身を委ねてしまおう。きっと大丈夫。また障助が起こしてくれる。

 

薄れゆく意識の中、ミッドナイトが試合を終わらせようと、手を上げて行くのが見えて。

 

刹那、私の視界は闇に呑まれていった。

 

 

 

 




夏季休暇も終わったので、誠に勝手ながら更新速度が遅くなる可能性がございます。申し訳ございません。


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十話

マジですいませんでした。次からは少し早く描ける様に努力します。
また、ジェノ様、誤字修正のご協力誠にありがとうございます。


今の私からは想像出来ないかも知れないが、昔の私は喜怒哀楽の激しい元気な女の子だった。

 

嬉しい事があれば腹が捩れる程よく笑い

 

嫌な事があれば顔が真っ赤になるまで良く怒り

 

悲しい事があれば涙が枯れるまで良く泣き

 

何かがあれば全身全霊で楽しんだ。

 

今みたいに、人の奥底には黒い感情があるなど信じていなかった。

どんな人でも暖かい心があれば、きっと悪いモノなんてやっつけられると疑わなかった。

 

 

人を助けたい、笑顔にしたいと、そう思っていれば誰しもヒーローになれると

 

 

個性が発現するまでは、そんな妄想に想いを馳せていたのだ。

 

 

 

 

あの頃の私はまだ左腕が大きくなかった。

ので、毎日の様に鬼ごっこやかくれんぼ、縄跳びなどの体を動かす遊びをしていたし、おままごとや折り紙などの女の子らしい事も結構していた。

 

『不和ちゃんは本当にお声が綺麗ね〜。とても楽しそうに歌うし、先生、目も耳も幸せになっちゃうな〜!』

 

そんな数多ある遊びの中で、私は特に歌を歌うのが好きだった。

自分で言うのもなんだが、私の声は鈴の音の様に凛としていて、万人を魅了してしまうほど綺麗だ。

男の子でも女の子でも、大人でも子供でも、老若男女が私の声を褒め称える。

それだけは私の数少ない自慢の一つで、誰にも負けないと自負していた。

 

『〜〜〜〜〜♪だからね、だからね!私、大きくなったら歌で皆を笑顔にしちゃう、そんなヒーローになりたいの!私の声さえ聞こえれば、怖さなんて吹っ飛んじゃう、そんなヒーローに!』

 

『そっか〜、それはいい夢だね。不和ちゃんならきっと素晴らしいヒーローになれるよ。じゃ、そんなヒーローになる為にも先生、張り切っちゃうぞ〜!もう一曲歌おっか!』

 

『うん!〜〜〜〜〜〜♪』

 

『しかしあの子は本当に声が綺麗ね〜』

 

『個性は発現しているのかしら?』

 

『まだみたいよ。でも大方あの左腕が個性じゃない?』

 

『なんにせよ、きっと素晴らしいヒーローになるに違いないわ。だってあんなに歌が好きな良い子なんですもの。』

 

そんなんだから、当時の私は自分こそが選ばれた存在だと浮かれていたし、周りも私を囃し立てたんだ。

 

『〜〜〜〜♪ッ、ッ〜〜、??』

 

誰もが私はヒーローになれると、信じて疑わなかった。

 

あの時までは、誰も。

 

 

 

 

 

 

 

 

『これからの人生、喋る…いや、言葉を発する事が出来ない生活になると覚悟してください。』

 

『ーーーー』

 

ある日、いつもの様に歌を歌っていたら周りの人達が急に体調不良を訴え始め、個性が発現したんじゃないかと病院に駆け込んだ矢先。

 

そんな死刑宣告は唐突に訪れた。

 

『そんな…ふ、負の感情、でしたっけ?どうにかならないんですか…?この子、歌が大好きなんです。毎日毎日、歌で皆を明るくするヒーローになるって、一生懸命練習しているのに、それなのに、それなのにこんなことって…!』

 

『そ、そうですよ先生!なんかこう、なんかないんですか!?最新の科学技術を使ってとか…!』

 

『…大変申し訳ないんですが、難しいとしか…。愉花ちゃんが歌を歌って、それを聞いた人が体調不良、若しくは苛立ちや不安などの良くない感情が出始めた、ですよね?

その状況からして…彼女の声に負の感情を増大させるなんらかの特殊な音波が含まれていると考えられます。

先程メガホン、携帯電話、テープレコーダーなど機械を通して聞いてみましたが…残念ながら、彼女の個性は相当に強力な様で…全てダメでした。

補聴器などをつけていても掛かりますし、正直、もう手の打ち所が…。』

 

『そ、そんな…ウゥ…!』

 

『おい!あんた医者だろ!なんとかしろよ!』

 

『む、無理言わんでください!人口の8割が何かしらの異能を持っている現代社会、唯でさえ最近では既存の異能と混ざり合って複雑な個性が出始めていると言うのに、一人一人に対応できる医療なんてあるわけないでしょ!そもそも個性は病気ではなく【個性】なので、医療でどうこう出来るものではありませんよ!何の為に一斉個性カウンセリングが有ると思ってるんですか!』

 

『じゃぁあんたの個性でなんとかしてくれよ!』

 

『私の個性は【集草】です!』

 

『本当に医者かあんた!』

 

『あっ、言ったな!?人の気にしてる事言っちゃったな!?バカにしないでください!医者が皆が皆、医療向けの個性じゃないんですよ!?それに家では庭掃除が捗ると評判です!』

 

『知るかァァァ!?』

 

『どうしたんですか先生!?そちらの方も、病院ではお静かになさってください!』

 

泣き崩れる母、激昂する父、慌てる医者、止めに入る看護士、当に阿鼻叫喚の中、私はずっと黙っていた。

ーーいや喋れなかった、という方が正しいか。

 

『(もう…喋れない…?歌っちゃいけないの…?)』

 

そんな失意と絶望に沈んだ私は、個性云々関係なく、言の葉を告げなかった。

 

明るかった道路は、真っ暗な畦道に変わり。

 

軽かった足は、錆びついた楔に囚われ。

 

華やかな未来は、冷たい冷たい霜に閉ざされて。

 

まるでこれからの出来事(地獄)を歓迎するかの様に、私の左腕は黒く大きく膨れ上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ね、ねぇーーーー』

 

『ふ、不和…!?クソ、頼むから喋るなよ!?イライラする…!』

 

『いや、その…プリントーーーー』

 

『てか近づくな!あっち行け!』

 

『きゃっ!』

 

『クソ…!その声さえもイライラする…!なんで平然と学校来れるんだよ!さっさと声帯取っちまえば…!?』

 

『ちょっと〇〇やりすぎ〜』

 

『ウルセェ!テメェらだって同じようなこと考えてるだろ。』

 

『そんな事思ってないよ〜〜クスクス』

 

『(でも実際、本当に不快だから近づかないで欲しいよな〜)』

『(まぁそれは言えてる。てか学校に来て欲しくない。)』

『(ククッ、お前それは言い過ぎだろ〜〜。)』

『(敵個性とか生まれて来る意味無いよな。)』

『(将来、あいつがなんかしでかした時に俺たちテレビに出るかもよ)』

『(まじか、今の内に考えておこ〜)』

 

『ーー…!』

 

私の個性(死刑宣告)を言い渡されてから五年の歳月が流れて…まぁ色々とあった。

人間とは怖いもので、昨日まで仲良くしていた人でも何かしらの異常が見つかるとすぐ裏切り大衆に付いていく。

この5年はそんな人間の怖さと社会の冷たさを知った5年だった。

そんな事を考えながら、突き飛ばされた拍子に散らかってしまったプリントを集める。

この左腕も随分と大きくなってしまったものだ。

 

『ごめんね…ごめんね…!』

『父さん達は…親失格だ。』

あの日、病院から帰ったら母から泣きつかれたのを思い出す。

 

曰く、普通の個性に産んであげられなかった事。

 

曰く、私の夢を応援出来なくなってしまった事。

 

ーーーー曰く、私の声を聞いて、負の感情を抱いてしまった事。

 

その他色々な事を不甲斐無いと、情けないと、私に懺悔してきた。

 

『大丈夫だよ…パパ、ママ…!私はきっと大丈夫…きっと…私にも素敵なヒーローが来てくれるよ…!』

 

そんな私の言葉も彼らを苦しめる要因となっているんだろう。

あの日から、私の両親は逃げるように、罪を償うかの様に毎日毎日働き詰めだ。もう何ヶ月もまともに顔を合わしていない。

本当に、あの日を境に私達の時間は、完全に狂ってしまった。

 

『(大丈夫…大丈夫…)』

 

そんなんだから、学科でいじめられているなんて話した暁には、心労で二人とも死んでしまうだろう。

だから、私が耐えれば良いのだ。下手に反応しなければ、きっと面白くないと私から皆離れて行くはず。今を乗り越えれば、必ず何かがあると、そう信じて毎日歯をくいしばりながら過ごしていた。まぁ、不登校になったらなんか悔しいという意地もあったんだろうが。

 

『(どうせ先生に言っても、嫌な顔されるだけだろうからな…)』

 

小学生なら絶大な威力を誇る一言、〝先生に言いつけるよ〟すらも喋れない、喋らせてくれないこの現場。

 

孤独。孤独だった。誰か一人でも友達がいたら、何かが変わっていたかも知れない。

しかし、悲しきかな、初対面の人でも個性は普通にかかってしまうし、そもそも根も葉もない悪評が流されているせいか、人が近寄ってこない。

個性が発現するまでは、あんなに人が集まってきたというのに。

 

『(次の時間は…音楽か…)』

 

そんな私は、まだ歌が好きだった。声の綺麗さだけは誰にも負けるつもりはない。なんとかここで挽回しようと、毎回真面目に授業を受けている。

 

受けているが

 

『はーい、じゃあ合唱コンクールも近いので、歌の練習をしましょうか。男子はこっち、女子はこっち、〇〇ちゃんはピアノ弾けたよね?じゃ、あっちで練習して。あと…不和ちゃんか…まぁ適当にそこら辺にでも座っといて』

 

現実は余りにも非常だ。挽回するチャンスすら与えて貰えない。声がダメなら楽器を!と思っていても私の腕ではカスタネットを叩くのが関の山だ。

 

『ダッサ〜そこら辺に座っておいてだってよ』

『当たり前だろ。あいつが歌ったら、それこそ死人が出るわ笑笑。』

『違いない。』

 

悔しかった。憎かった。

私を差し置いて、楽しそうに歌っているのが羨ましくて羨ましくて、どうしようもなかった。

心の奥底で沸沸と昏い昏いヘドロが溜まり始める。

これが解き放たれたら、私は文字通り敵になってしまう。

それほどのものが、徐々に徐々に溜まり始めたんだ。

 

あぁ、もう限界だ。

 

強く握りしめた左腕を振り上げようとして。

 

右手を噛む事で必死に理性を保ち、私は隅で座りながら自分自身と戦っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『〜〜〜〜♪』

 

そんな私にも小さな楽しみという物がある。

それは誰もいない裏山で一人寂しく歌を歌う事。

どんなに辛い事があっても、苦しい事があっても歌は私の心に付着した汚い汚れを溶かしてくれた。

 

『〜〜〜〜♪』

 

ここで歌を歌っている間は、何もかも忘れられる。

まるで、歌手になって舞台で歌っている気分になれる。

虚しい奴だと、いい加減現実を見ろと、そう思われるかも知れない。

ただ、こんな短い時間だけでも夢ぐらい見ても良いだろう?

幻想に身を委ねても良いだろう?

妄想に浸っていても良いだろう?

それぐらいは許して欲しいものだ。

 

『〜〜〜〜♪っと、今日の分はお終いか…』

 

ページをめくると裏表紙が露わになる。

この本に書いてある歌は全て歌ってしまった。

 

『また本屋に行って何か買うかな…』

 

そう言って、今日の数少ない楽しみを終わらせ、誰もいない家に帰ろうとした途端。

 

後ろからパチパチと手を叩く音がした。

 

『!?』

 

驚いて振り返る。そこには同い年ぐらいの男の子が、なんかキラキラした目を向けて来ながら立っていた。

あ、焦った〜!クラスの人かと思った…いやクラスの人じゃなくてもやばいか…!

 

『……』

 

『ん?』

 

ペコりと頭を下げ、彼の横を走り抜ける。

あぁ、ここで歌えるのも最後か。明日から裏山で歌っていた事をバラされ、より一層いじめられる事になるだろう。

また、人が来なさそうな場所を探さなければ…

 

いや、これを機に辞めてしまおうか。ちょうどこの本も歌いきったし、いつまでも叶わない夢を追い続けるというのも、癪だが現実的ではない。

そうだ、これを機にもう歌うのをやめてーーーー

 

『あれ、どこ行くんだ?もう歌わないのか?』

 

『うわっ!?』

 

そんな思考を、走り抜けた筈なのに並走してくる彼の言葉が遮ってくる。

え?え?私達初対面だよね?なんでこんなにグイグイくるの?

しかしこれ以上一緒にいられても両方嫌な気持ちになるだけだろう。彼の言葉を無視して、走るスピードを上げる。

これだけ露骨に避けていますよとアピールしたんだ。流石にもう追ってこないだろう。

 

『なんだなんだ、今度は鬼ごっこか?けどここら辺凸凹してるから危ないぞ?』

 

!?まだ追いかけてくるのか!?鈍感ってレベルじゃないんだが!くっ、なかなか足も速いし、単純な走力じゃ振り切れそうにもないな…だが!

 

『ん?そっちに道はないぞ?』

 

ここら辺の事は私が一番熟知している。足の速さが駄目なら、障害物を利用すれば良い。草をかき分け、木の枝の隙間を縫い、崖を登って、小川を超える。

走って、走って、走って、息が切れ、手に膝をついてしまうほど走り抜いた所で後ろを振り返る。

そこには誰もいない。どうやら完璧に巻けたらしい。

 

『ふふ、残念だったな名も知らない男の子め。私の方が一枚上手だったようだ。ふふ、ふふ!』

 

そんな勝利宣言をしながら自然と笑みが漏れてしまう。止めようとしても、中々止める事が出来ない。

どうやら自分は先程の事を鬱陶しいと思いながらも、中々に楽しんでいたみたいだ。

まぁ、鬼ごっこなんて久しぶりにやったし…良い運動になったから良しとするか。今日はグッスリと眠れそうだ。

そんな事を考えながら、立ち上がり今度こそ帰ろうとする。

 

『わ!!!』

 

『キャァ!?!?』

 

驚かされた。

 

『あははは!キャァ!だって!あははは!ど、どうやら

ププっ、私の方が一枚、う、上手のようだっはっは!』

 

『…!』

 

悔しさと羞恥心で顔が真っ赤になる。まさか先回りして後ろの草陰に身を隠していたとは…!

 

『ヒーヒーヒー!?息、息できない!』

 

『わ、笑うな!幾ら何でも笑いすぎだろう!?』

 

『だ、だってあんなにドヤ顔で私の方が〜とか言ってたのに、くふ、俺が脅かしたらめっちゃびっくりして尻餅ついたんだもん!ププププっ、ブフーーー!』

 

『ば、バカにして…!』

 

『ふふ、ふふ!し、しかしお前女なのにこんな所に来るんだな!ここら辺は結構段差とかあって危ないのに、急に走り出すし、見てるこっちがヒヤヒヤしたよ。迷子になったらどうすんだ?』

 

『ふ、ふん!私はここら辺の地形に詳しいんだ!毎日来てるし、迷ったりなんてするわけないだろう!』

 

『え?毎日来てんの?なんで?』

 

『そ、それは…』

 

まさかクラスの人に虐められているから、気晴らしに歌っていました〜何て言える筈もない。第一初対面の人にこの話をするのはリスクが高すぎるだろう。

 

『べ、別に君には関係ないだろう!じゃ、私はもう帰るから!』

 

そう言って逃げるように彼に別れの挨拶を飛ばし、走り出す。そのまま、近くの茂みを通り抜けようとして。

 

『え?おま、バカ!?そっちはーーーー』

 

『へ?』

 

踏み出した足が空を切る。目の前に現れたのは、3、4メートルはするであろう崖。どうやらカッカしていて道を間違えてしまったらしい。本当、私って運が無いな、と浮遊感に身を包まれながらそんな事を考える。

どうか、骨折程度で済みますように。そう神に祈りながら、来るべき衝撃に備えて、堅く目を瞑った。

 

 

 

 

 

『…ここら辺の地形には詳しかったんじゃなかったのか?』

 

『ぅ…ぐす…ふぐぅ…すび…』

 

『な、泣くなよ…俺だって結構痛かったんだぜ?』

 

『うぅ…うえぇぇん…いだいよぉ…!』

 

『ま、参ったな…こんな時に木津がいてくれれば良いんだが…よ、よしよーし、泣くな泣くな〜。男だろ?』

 

『わだじば女だよっ!』

 

『突っ込める気力があるならまぁ大丈夫…なのか?でも見たところ擦り傷と打撲、捻挫ぐらいだし、骨折はしてなさそうだからなぁ…もう少したったら降りて木津の所に行こう。きっとあいつなら治せるだろうし…あ、木津ってのは俺の友達な?』

 

あの後、あともう少しで落ちるという所で、この男の子が私の腕を掴んでくれた。お陰で、頭から落ちる心配は無くなったんだが…。

 

『お前、以外と重いんだな…!』

 

『重く無い!』

 

その言葉に切れた私が暴れて、バランスを崩した彼と仲良く転げ落ちてしまったんだ。彼も私ほどでは無いと言え、割と擦り傷が出来てしまったので本当に申し訳ないと思う。だけど女の子に重いって普通言う?言わないでしょ?

 

『…ひくっ…ひくっ…』

 

『……』

 

『…ぐす…ぅぅ…』

 

『……』

 

『…ずびびび』

 

『あ、あーと、えーと』

 

『…?』

 

この静寂?が気まずかったのか、彼が必死に話題を提示しようとしてくる。別に私は気にしてないし、どうせすぐに別れる事になるんだろうから、無理しなくて良いのに。

 

『そ、そうだ!まだ自己紹介をしてなかったな!俺の名前は感野!感野障助!気軽に障助と呼んでくれ!お前は?なんて言うんだ?』

 

『ぐす…私は、不和、不和愉花』

 

『不和愉花な、オッケー!不和、愉花…不和の方がなんか柔らかい感じがするし、呼びやすいから不和って呼ぶな!よろしく!』

 

『…まぁなんでも良いけど…』

 

『はっはっは、テンションの低い奴だなぁ。もっとあげてこうぜ?』

 

『…怪我が痛いんだが…』

 

『あ、そっか。忘れてた。好きなもの何?』

 

『え?今の話の流れで好きなもの聞くの?凄いな君』

 

『君じゃない障助な!因みに俺はゲームと友達と…後ヒーローが好きだ!』

 

ヒーローという単語が出てきた瞬間、ズキリと胸が痛む。

ははっ、最早末期だな。人の好きな物を煩わしく思うなんて、最低過ぎる。

 

『私は…歌を歌うのが好きかな…皆私の歌を聴きたくないみたいだけどね…』

 

『あぁ〜だろうなぁ。さっきめちゃくちゃ歌上手かったしな!俺感動したよ!聴きたくないっていう奴は相当性格捻くれているんだな!』

 

『え…感動?』

 

『あぁ!お前の歌聞いてたら、なんか背中がゾワワってして、気分がぐんぐん上がっていったよ!俺、あんなに綺麗な声初めて聞いたもん!』

 

『…嘘だね。君も私をからかう気なんだろう?』

 

『え?いや嘘じゃないけど』

 

『いいや嘘だ。私の声を聞いて綺麗だけで済むはずがない』

 

『いやだから嘘じゃないって』

 

『ふん、信じないぞ。そうやって私をぬか喜びさせておちょくっているに違いない。今までも何人かいたんだ。もう騙されるもんか!』

 

『だ、騙され…?何言ってんだ不和、本当の事だよ!お前の歌は人を元気にできるって!』

 

『うるさいな!君はバカなのかい!?だって、私の声を聞いたら皆…!』

 

『なんだと〜!?バカって言ったな!?バカって言った方がカバなんです〜!』

 

『くだらないな!全く持ってくだらない!』

 

『くだらないとはなんだくだらないとは!俺は全然くだらなくない!寧ろくだるだろ!』

 

『訳わかんないよ!バーカバーカ!』

 

『く〜!頭にきた!人がこんなに誉めてるのにそんな仕打ちはないだろ!』

 

互いの頬を抓り、引っ張り合う。

くっ…何処までもしつこい奴だ…!いつまで私の声が綺麗だの、歌に感動しただの、嘘をついてくるんだ。

私の個性は負の感動。発動条件は声を聞くこと。

こんなに私の声を聞いている癖に、嫌悪の念を向けて来ないなんてーーーー

 

 

 

嫌悪の念を向けて来ない?私の声を聞いているはずなのに?

 

 

 

『痛タタタタタ!このぉ…?』

 

突然力を緩めて、手を離した私を不審に思ったのか、彼も抓るのをやめ、怪訝な表情を浮かべてくる。

そんな、まさか、ありえない。確かに私達は言葉を交わしていて、それで、彼は私の歌も聞いていて

 

『ね、ねぇ?イライラしないの?』

 

いるはずがない。勘違いするな。

 

『悲しくならないの?』

 

私が願った存在など、唯の幻想に過ぎない。過ぎないんだ。

 

『気持ち悪くならない?怖くなって来ないのか?』

 

だから、もしかしたら…なんて考えるのはやめるんだ…!

きっと彼も、我慢しているだけで、内心では…ーーーー

 

 

 

『はぁ?急にどうしたんだお前。なんでお前にイライラして、悲しくなって、気持ち悪くなって、恐怖を抱かなくちゃならないんだ?そういうお年頃なのか?』

 

すらりと私の心に入り込んでくる、ぶっきら棒ながらも悪意は感じれない言葉。それは、ひび割れた私の心を少しずつ繋ぎ止めていく。

 

『本当に?』

 

『ホントだよ』

 

『本当の本当?』

 

『ホントのホント』

 

『本当の本当の本当?』

 

『ホントのホントのホント!』

 

『本当の本当の本ーーーー』

 

『しつこいな!ホントだって言ってるだろ!』

 

『で、でも今怒ってる…』

 

『これは別にお前の声を聞いてイライラしてる訳じゃないの!お前の声めちゃくちゃ綺麗で感動してるってさっきから言ってるのに、全然認めずウジウジしてるお前にイライラしてんの!過度のけんそう?けんとう?は返って嫌味に聞こえるぞ!』

 

『だって…』

 

すらり、するりと、次から次へと私の中に彼の言葉が入り込んできては、欠けた所を直し、底に溜まっているヘドロを掬っていく。

信じて良いのだろうか。この暗闇で照らされた僅かな灯火を。いや灯火とも言えるか分からない、電池の切れかけた豆電球の様な希望を、私は信じて良いのだろうか。

近づいても消えはしないか。

 

離れては行かないか。目前で吹き消したりはしないのか。

 

『だってもクソもないの!お前の声は綺麗だし、歌は落ち込んだ人を元気にすることが出来るくらい上手くかったよ!お前の周りの人がどう思ってるかは知らないけど、少なくとも俺はお前の声でイライラなんかしない!怖くもならない!寧ろワクワクするよ!

自信持てって!

 

 

 

ーーーーお前、歌で皆を笑顔に出来る、そんな素晴らしいヒーローにきっとなれるからさ!』

 

五年前に言われたきりで、もう二度と聞くことはないと思っていた。友達からも言われない、先生からも言われない、親からさえ言って貰えなかった。

そんな言葉を、数時間前にあったばっかりの男の子が、

 

感野障助が、何の躊躇いも無く私に投げかけてくれた。

 

『ぐぅ…うぅ…!』

 

氷解する。氷解する。私の心に巣食っていた黒い黒い氷が真っ白な純水へと溶けていく。

止まらない。止められない。この光を手に入れてしまったらもう手放す事は出来なくなるだろう。

それでも良い。寧ろそれが良い。

軽い女と思われても仕方ない。悲劇のヒロインぶっているだろと言われても言い返せない。でも、この光がある限り、私は何とか立ち上がり続けられる気がして。

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!』

 

『え!?ちょっ、え!?な、泣くなよ!?ごめんもしかして言い過ぎた!?』

 

そんな光に溶かされた水は身体中を駆け巡って行き、遂に私の涙腺から外に漏れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もう少しで〇〇公園だからな。我慢しろよ。』

 

『…うん』

 

あの後、彼に抱きつきながらずっと泣き喚いてしまい、山を出るときにはすっかりと日が暮れていた。

そんな中私は今、彼におんぶをされながら、自分の家まで送って貰っている。

因みに傷は、木津ちゃんなる人が大体直してくれた。彼に背負われている私を見て、凄い複雑な顔してたが。

 

『ったく、驚かせんなよな〜。急に泣き出して、めちゃくちゃビックリしたんだぜ?』

 

『…ごめん』

 

そして私は、結局彼に私の個性や身の周りのことを話した。

話したら、距離を置かれるんじゃないかと怖かったけど、彼はかなりの変人の様で、笑いながら

 

俺の友達には会話をするだけで洗脳出来る奴がいるから、まだまだだな

 

と謎理論で認められた。ドヤ顔で。何故か少し腹が立った。

 

『ここか。結構大きい家なんだな。』

 

『あ、ありがとう』

 

彼の広い背中に身を委ねて、小気味好いリズムを楽しんでいると、あっと言う間に家に着いてしまった。

 

『じゃ、今日はありがとう。こんな、家まで送ってくれて。楽しかったよ。』

 

『ん、別に大丈夫だよ。流石に怪我人を一人で返す訳にはいかないからな』

 

『そっか。…じゃ』

 

そう言って踵を返し、家に入ろうとする。名残惜しいがもう遅い時間だ。次会えるのはいつだろうか。そもそも次なんてあるのだろうか。そんな考えが頭の中でグルグル回る。

…でも、またあの場所に行けば会える気がしないでもない。

 

『不和』

 

『?』

 

『……』

 

扉を開けようとして、後ろから声がかかる。振り向くと、先程までとは別人と思えるぐらいに真剣な顔をした彼がいて。

何かを言おうとして、口を閉じ、また何かを言おうと口を開き、結局閉めるの繰り返し。

 

『やっぱいいや』

 

『え?』

 

『いや、その、お前が個性関係の事で色々あったって聞いたから、何か元気になる様な言葉を掛けようとしたんだけど…ほら、今夕焼けも綺麗だし、何かこう、な?また次があるよ的な事が言いたかったんだけど…悪りぃかっこつけ過ぎた。俺バカだから全然思いつかないわ。』

 

『…ふふっ、確かにそれは少しかっこつけ過ぎだな。ドラマの見過ぎだ。』

 

『それに俺みたいな奴がうだうだ言っても全然説得力ないし、お前も何知った様な口を…!ってなるかも知れないからな。辞めとくよ。もうお前の周りの奴らの事をうだうだ考えない。もう一切口出しもしない。そうだよな。わざわざ考える必要ないもんな。俺は不和愉花と言う人間が少しでもそんな奴らと仲良くやって行けるようにする事よりも、俺が不和愉花と言う人間と少しでも仲良くなって、一生忘れられない様な思い出を作れるようにするよ。残念だったな、不和!もうお前の友達枠は俺がトッピした!これからは周りが嫉妬するくらいお前を連れ回してやるから覚悟しとけよ?』

 

そんな、側から聞いたら告白とも取れる様な言葉を彼はスラスラと恥ずかしげも無く言ってゆく。クソ、もう涙腺は枯れたと思ったのに、また泣いてしまいそうだ。

 

『くさっい台詞だな〜。それこそちょっとかっこつけ過ぎじゃないかい?それに少しぐらい口出ししてくれてもいいんだよ?』

 

『うっせ!自分でも少しヤバイなって思ったよ!なんだ、もう嫌になってきたか?』

 

『まさか。これから毎日退屈しなさそうだなって思っただけさ』

 

『そうか。じゃ早速明日、学校終わったら直ぐにあの裏山に集合な!合唱コンに出られないんだったら、せめて俺たちだけでもパーと歌っちまおうぜ!な!』

 

『…うん!』

 

『へへっ、じゃ、今度こそ。"また明日"!』

 

『また明日!』

 

そう言って、彼はもうすっかり日が落ちてしまった暗闇の中を走って行き、やがて見えなくなる。

 

また明日、なんて久しぶりに言ったな…。今までは、今日までは、また明日会う様な友達はいなかった。

 

『ふふっ、また明日、また明日!〜〜〜〜♪』

 

けど、やっとそんな事が言える人ができたんだ。

少しぐらい、浮かれ立って良いだろう?

 

そう、初めての友達に喜びを抑えきれなかった私は、そのまま部屋に駆け上がり、本棚に並べてある歌詞表を漁り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

それからは、毎日が楽しくて楽しくてしょうがなかった。

 

『最近不和が大人しいな…』

『身の程を弁えたんじゃね?』

 

学科では相変わらずいじめられたままだが、放課後の楽しみが出来てしまった私には無傷も同然だ。

暴言は聞き流し、嘲笑はガン無視を決め込み、表情はピクリとも動かさない。物を隠されたりしたら問答無用で先生に言いつけ、チクリ魔と詰め寄られても知らんぷり。実力行使に来たら左腕をチラつかせれば皆黙る。

 

そんな過度な反応をしなくなった…この場合はしたというべきなのか?よく分からないが、周りの人があまり関わってこない様になった。別に大丈夫だ。問題ない。

だって私には、障助が、障助達がいるんだから。

 

学校が終わったら即下校し、裏山に向かう。何度も何度も訪れているその場所は、最近障助の友達である木津ちゃんや心操と一緒に整備をして、今ではすっかり立派な秘密基地となっている。

 

『よっ、不和。遅かったな。』

 

『待ちくたびれたぜ』

 

『ごめんごめん!そんなに私遅かったかい?』

 

『心配するな不和。このバカ二人が異常に早いだけだ。』

 

『『誰がバカだ誰が!』』

 

『帰りの会をこっそり抜け出して帰ろうとする奴は誰がどう見てもバカだろ』

 

私が着く頃にはもう皆集まっている事が多い。最初は他愛無い話をして、それから歌を歌って、その後に皆で森の中を走り回って探検する。

 

そんな何気ない小学生の日常、それが堪らなく楽しかった。

 

毎日の様に会っては毎日の様に遊んで、皆で川に行ったり、プールに行ったり、駄菓子屋に行ったり、親も連れて旅行に行ったり…挙げていったらキリがない程私達は長い年月を共にした。

それから、五年、六年、中1、中2と身体と心が成長するにつれて、個性も強くなってしまい、もうまともに会話をする事が出来なくなってしまったけど。

それでもなお、あの三人は変わらず私と関わり続けてくれて…

 

私はとても幸せだったんだ。

 

 

 

 

 

 

「それで今に至るって訳か…」

 

目を開ける。目の前に広がるは真っ白な天井。

この場合はなんと言えば良いって言ってたっけ…確か…

 

「知らない天井だ…」

 

「おや、起きたかい?」

 

ふざけていると横から声がかかる。首を横に動かすと、そこには雄英の屋台骨と言っても過言ではない人物、リカバリーガールが立っていた。

どうやら私はあの後保健室に担ぎ込まれたらしい。あれ程の怪我を保健室で済ませられるって本当に雄英すごいな。

 

「ほら、治癒には体力を使うんだ。ミルキィお食べ。」

 

「……」

 

「…先程の試合は見ていたが、本当に普段は喋らないんだねぇ。辛い事もあっただろうに…せめてここだけでは好きなだけ喋っていいさね。あんたの声は凄く綺麗だったから、挨拶くらいは言って欲しいもんさ。」

 

「…ぁりがとぅ…ござぃます…」

 

「どういたしまして。」

 

そう言って笑いかけてくるリカバリーガール。やはり年の功と言うかなんと言うか…安心感が違う。私の声を聞いても、表情に出ないくらいには自制できる程の胆力も持ち合わせているし、やはりプロヒーローというものは一枚も二枚も上を行くんだな。

 

「し、失礼します!不和!?大丈夫か!?」

 

そんな事を考えていると、ドアを乱暴に開け飛び込み様に安否を確認してくる人がいる。

 

障助だ。

 

何処までも空気が読めなくて、不器用で、気が弱くて、とっても優しい男の子。

 

私を救ってくれた最高のヒーロー(想い人)

 

「先生!怪我は治ったんですか!?跡は!?後遺症は!?」

 

「こらこら病室では静かにするさね!怪我は全部大丈夫だよ。今は体力がないからむりだが、時期に歩ける様になるさ。」

 

「良かった〜!おい皆!大丈夫だってよ!」

 

「ほんと!?」

「良かった良かった!」

「髪は女の子の宝なんだから、ちゃんと家帰ったらケアしなさいよ!」

 

怪我の容態を聞いて安心した彼が外にいるクラスの人達に安否を伝える。皆心底安心したという顔つきで保健室に入ってきた。

 

「へへっ不和どうだ?皆お前の事心配で駆けつけてきてくれたんだぜ?いい奴らだろ?」

 

あぁとっても。とってもいい人達だ。勝てなかった私にもこんなに優しく接してくれる。

なのに私は喋れない。さっきはリカバリーガールだったから大丈夫なだけで、この場で一言でも発したら数人は体調が悪くなってしまうだろう。

 

あぁ嫌だ。お礼すら言えないこの個性が恨めしい。

 

友と一緒に笑い合えないこの個性が憎たらしい。

 

目の前にいる想い人に愛を伝えられないのが堪らなく苦しくて、胸がはち切れそうだ。

 

どうして、どうして、どうして、こんな個性に生まれてきてしまったんだろうか。

 

どうしてどうしてどうしてどうして…ーー!

 

ポンッと頭に何かが乗っけられる。俯いていた視線をあげると、そこには私の頭に手を乗せ赤子をあやすかの様に撫でてくれる彼がいた。

とても優しく、暖かい手つきで私の髪を梳いては離し、梳いては離し…頭を撫でられるのって気持ちが良いんだな。

 

「不和」

 

「?」

 

あの日、玄関の時の様な声色で名前を呼ばれる。それが堪らなく嬉しくて、涙が出そうになる。

 

「まあ、色々言いたい事はあるんだ。いっぱいな。でも俺バカだからさ。上手く纏められなさそうだから一言だけ先に伝えておくよ。」

 

そう言って私の肩に手を掛けて、目線を合わせてくる。出会った時はそこまで変わらなかった身長だけど、今はすっかり差が出てしまった。だから、久しぶりに目線が同じになって、少し懐かしいというか何というか、ついつい小さい頃の障助と私を当てはめてしまう。

あの時玄関で聞いた言葉と同じように切り出した彼は、一体どんな言葉を掛けてくれるのだろうか。

 

頑張った?

お疲れ様?

それとも終わったら一緒に飯行こーーーーーー

 

「やっぱお前めちゃくちゃ綺麗な声してるよな。」

 

目を見開く。息を呑む。時が止まったとはこういう事を言うんだろう。彼の言葉が耳朶を打ち、意味を理解するまでには少し時間を要してしまった。

 

「これが終わったらさ、また皆で歌を歌おう。今回は人数が増えたから、本当に合唱コンクールをやってる気分になれるぞ!」

 

あの時の様に、すらりスラリと私の中に潜り込み、この数年ですっかり引っ付いてしまった心の錆を削ぎ落としていく。

あぁ、やはり君は、私が一番喜ぶモノを無自覚で渡してくるんだから。いつもの不器用と察しの悪さはどこに言ったんだい?

 

「だからさ、今はゆっくり休んでいてくれよ。大丈夫。お前が、歌で皆を笑顔にするヒーローになる為にも、俺頑張るからさ!任しとけ!」

 

あーあーかっこつけちゃって…自分が一番怖くて、今もプレッシャーに押し潰されそうな筈なのに、それでも私の事を励ましてくれる。本当にバカだ。底抜けのお人好し。涙腺が徐々に緩んでくる。

 

「ーー本当、おつかれさん」

 

そう言って、もう一回私の頭に手を乗せ、軽く抱きしめてくる。

そんな事を言われたら、もう任せるしかないだろ。ホント、狡い人なんだから。

なら今だけ、今だけでいい。もう少しだけ甘えさせて貰おう。

ワガママを言わせて貰おう。

重い腕を持ち上げ、彼を抱き返す。強く、強く、私と言う跡が残るくらいに強く抱きしめる。

 

「う…ぐす…うぇぇぇぇぇん!あいつ何なんだよォォォォォォ!?強すぎるでしょ!?」

 

そのまま顔を彼のお腹に埋めて、感情の限りを尽くす。明日から、ちゃんと負の感情を司る不和愉花に戻る。

だから、今は私自身に宿っている負の感情に振り回されよう。

 

お前はきっと素晴らしいヒーローになれる

 

その言葉を、大切な人から貰ったから。

 

今だけ、は…今だけは…

 

普通の女の子に戻っても良いだろう?

 

 

 

 

 

 

 

「あばばばば…!」

 

「障助ェ!?」

「ヤバイへんな音鳴り始めたぞ!?大丈夫か!?」

「あ、でもなんかちょっと幸せそうな顔してる。」

「そりゃあの…ね?が当たってらから…」

 

「今すぐ息の根を止めてやるよ」

 

「木津!?」

「顔笑ってないぞ!?」

「誰か、2人とも止めてくれェ!?」

 

 

「病室ではお静かに!!!」

 

その後、色々阿鼻叫喚だったんだが、その話はまた後ほど話させて貰おうか。

 

めでたしめでたし。

 




急ピッチで書き上げたので、編集する所がある可能性があります。御了承下さい。


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十一話

今回も中々の難産。いつもより暖かい目で見てもらえると幸いです。


「おーイテテ…不和め、強く抱きしめすぎだろ…俺この後試合なんだぞ…」

 

そんな、聞く人が聞く人なら血涙を流す様な独り言が言霊となり目の前の虚空へと消えていく。

不和騒動により、なんやかんやで休めなかった第1試合の休憩が終わった今、俺は選手控え室の椅子に腰掛けていた。

 

いやーしかし凄かったな。2つの意味で。実際クラスの何人か(男ども)は人殺せそうな目付きしてたし、約一名は実力行使にでようとしてたし。しょうがないね。思春期の男子だもの。やっぱ、ね?わかるだろ?夢と希望ってこういう事を言うんだなって思ったもん。まぁあいつは…その、すらっとしててカッコいいと思うぜ。うん。

 

「しかし不和が負けるとは思わなかったな。なんなんあいつ。チートだチート、ご都合主義だ。どうやって勝てってんだよ。不和の個性抜かれるような奴に俺の個性通用すんのかなぁ。怖えぇよ…マジ怖えぇよ。皆の前であんな恥ずかしい啖呵切った手前、下手な試合出来ねぇよ…!」

 

なんであんな事言ったんだ俺…!いやまぁ本心だよ?本当に不和の事を思っていったけどさ?皆が見てる前で?頭撫でて、抱きしめて?後は俺に任せろ?何処のラノベの主人公だよマジ恥ずかしいなヤベェ!?多分久しぶりにあいつの声と大人びた喋り方を聞いて色々舞い上がったんだなそうです女の子の声聞いて舞い上がっちゃう変態野郎はここにいますおまわりさんほんと恥ずかしいこれ絶対黒歴史になるじゃんほんともー!!

 

「〜〜〜〜…!!クッソー!これも全部爆豪のせいだ!あんにゃろう木津にボコボコにされちまえ!そんで準決で木津と当たって俺が負ければ良い!よし、これでいこう!」

 

そんなお門違いと言えるのかわからないが、爆豪に対して愚痴を吐く。結局他力本願かよしまらねぇな。しかも俺が木津に負ける前提だし。しょうがないね。あいつ喧嘩強いし、決勝はあの氷結野郎が来るだろうから、俺だと相性悪いんだ。緑谷と違ってポンポン氷壊せないし、なんか緑谷が煽った所為でトラウマ克服したらしいし。あいつこそチートだろてかヒーロー科チーターしかいねぇのか。

はいそこ、男の癖に情けないとか思わない。俺よりか木津の方がよっぽど男の子してるから。

 

「その為にも、俺がこの試合を勝たなきゃな。」

 

弱音を吐いた所で気分を一心、決意を固める。気を引き締める。いくらその場の勢いとは言え、あんな啖呵を切ってしまったんだ。確かに下手な試合は出来ない。ヒーロー科編入の件も頭に入れると、せめて普通科から2人は準決以上の成績を残しておいた方が良いだろう。

 

不和が取られた(ワンストライク)。まだ二回あるが、油断は出来ない。

 

「それに、あいつらの未来もかかってるんだ。リカバリーガール先生も言ってたし、ショウちゃん、張り切っちゃうぞ〜〜。」

 

ふざけた言葉を吐く事で虚勢を貼る。緊張で固まらないように身体を誤魔化す。

 

あいつらとも約束したんだ。

 

必ず勝ってみせる。

 

例えどんな汚い手を使ったとしても。

 

ヒーローらしからぬ行動だとしても。

 

全てはヒーローになるその為に。

 

そんな決意を再確認し、俺は先ほどの保健室でのやり取りを思い浮かべた。

 

 

 

 

 

時は遡り、保健室での出来事。

 

不和が泣き疲れ、眠ってしまった事により拘束を逃れられた俺は、木津に説教をされながらも、抱き着かれた事により痣を直して貰っていた時だった。

 

「ほぉ、これは凄いねぇ。あんた、怪我を悪化させるだけじゃなくて、治す事も出来るのかい?」

 

「え、あ、あたし?あぁまぁ、単純に傷を塞ぐ事は出来るぜ。これは体内(ナカ)で切れた血管を塞いだだけだし、あたしは悪化させる方が得意だから、リカバリーガールみたいな治癒は出来ねぇけどよ。それにあたしの個性は痛みまでは消せないから、そんな万能って訳でもねぇぜ?」

 

「いやそれでも応急処置としては大したもんだよ。体内で切れた血管を塞ぐという精密なコントロールが出来るなんてね。」

 

「へ、へへっ、そうか?なんか照れるな。まぁ小さい頃からこいつは怪我ばっかしてたし、それのお陰かもな。」

 

そんな様子をリカバリーガールが横から覗いてくる。評価は上々。考えてみれば確かに傷を操れるってなんか攻撃的なイメージがあるけど、こういう使い方も出来ればヒーラーみたいな役職にもつけるよな。木津すげぇ。一生付いて行くっす。

 

ーーってそうだよこれ普通科のヒーラー達を売り込むチャンスじゃね?

 

「先生。先生の個性って治癒力超活性化ですよね?身体の治癒機能を一時的に向上させるっていう…」

 

「ん?なんだい?確かに私の個性は治癒力超活性化。大体の怪我はこれで治せるさね。只、治癒には体力がいるから重症の場合は少しずつ回復しないと疲れすぎて逆に死ぬ事になるよ。」

 

「そうですか!先生、ここだけの話俺たち普通科、C組にはヒーラー系の個性って結構いるんですよ。例えば…易辺!」

 

「へ?僕?」

 

急に呼ばれて驚いてる易辺を引っ張っていき、リカバリーガールの前に持ってくる。そのまま易辺に個性を発動させるように促した。

 

「じゃ、先生。易辺が今から個性をかけますから」

 

「し、失礼します」

 

「何がなんだか良く分からないが、宜しく頼むよ。」

 

易辺の掌から淡い光が溢れ出す。その光を浴びたリカバリーガールは驚いた様な顔をした後、凄いねぇと感嘆の声を漏らした。

 

「先生、どうでしたか?」

 

「いやはや、これは凄いねぇ。みるみるうちに疲れがとれてしまったよ。どういう個性なんだい?」

 

「ぼ、僕の個性は『疲労回復』って言って、僕の掌から溢れるこの光に当たると疲れが回復します。ま、まぁ、その…やっぱり木津ちゃんやリカバリーガールみたいに万能ではなくて…1人つき1日3回までしか回復出来ないし、自分にはかけられません…」

 

「それにしても大した個性だ。これで普通科だなんて、少し惜しいねぇ…相沢先生の言っていた事も中々どうして的を射ていたって訳かねぇ。」

 

そう言って、保健室にいる普通科の面々を眺め始めるリカバリーガール。後もう一足か?

 

「そうなんですよ先生!他の奴らも結構有用な個性を持っていましてね!…ここからが本題なんですが…どうかこの体育祭の間だけでも良いので、こいつらから数人、保健室に置いてくれませんかね?」

 

「「「え!?」」」

 

俺の突然の提案に、数人のクラスメイトが驚きの声を上げる。上げた奴ら全員ヒーラー系の個性か。そりゃ驚くわな。

 

「……いいのかい?ここに易辺坊や達を置くという事は、もれなくアンタ達につきっきりで個性が使えなくなるって事さね。先程の試合で身を呈して削った爆豪坊やの体力も回復する事になる。それは、不和嬢ちゃんの努力を無に帰す事になる。それもちゃんと考えているのかい?」

 

そんな厳しい言葉が俺の身を貫く。確かに、そうだ…。ここで易辺達を置くという事は、もれなくヒーロー科達に塩を送る事になる。ボロボロになってまで戦った不和の努力を無駄にする事になる。それは…余りにも不和が可哀想だ。

けど、普通科から少しでも多くのヒーロー科編入者を出す為には、リカバリーガールの所にヒーラー系の個性持ちを置いた方がいいのは目に見えている。だからーーーー

 

「…おおよそ、私の所で色々働かせて、個性を認めてもらい、私の様にヒーラー系ヒーローとしてヒーロー科編入を検討してもらう、って所かね。確かに私はそういうヒーローに詳しいし、病院との繋がりも深く広い。良く考えられた策だが…ちょっと考えが甘いさね。」

 

「ーーーー」

 

バレていた。余りの考察力に思わずたじろいてしまう。まさか横の繋がりまで当てにしている事もバレるとは思わなかった。

だけど。

 

「残念だが、私の所にいても、ヒーロー科に上がる事は出来ないよ。」

 

「なんでですか先生!?こいつらは確かに有用な個性の筈だ!易辺だけじゃない。香川や消木のような心を安らがせたり、物を消毒したりできる個性の人もいる。ただ、あの試験では相性が悪かっただけでーーーー」

 

「だから自分達だけ依怙贔屓をしろと?」

 

「…!」

 

「アンタの気持ちは分かる。友達の夢を叶える為に、こうして行動を起こし、先生に掛け合うなんて、とても素晴らしい事さね。それは評価出来る。

ーーーーただ、私はヒーローでもあり、教師でもある。

一教師として、アンタ達を特別扱いする事は出来ない。今ここで働いて、応急処置や治療について学ぶ事は全然構わないさね。むしろ大歓迎さ。けど、だからといって私の一任だけでアンタ達をヒーロー科に編入させる事は、出来ない。これだけは覚えておいて欲しいさね。」

 

「そ、そんな…」

 

そう簡単には行かない。行ったら苦労はしない。幾ら自由が売りの雄英とは言え、所詮学校。形式美の塊だ。俺たちだけを特別扱いする事は出来ない。

今までもいたのだろう。俺たちの様に、先生に掛け合った人が。でも、それでもここ数年はヒーロー科編入者の話を聞かないって事は…つまりそういう事なんだろうな…。

 

「い、いいよ障助くん。先生も困っているだろうし…わざわざありがとうね。僕は大丈夫だからさ。」

 

「そうね。確かに先生が言った通り、私たちが保健室に滞在してしまったら、貴方が不利になってしまうし、不和ちゃんの努力が報われないもの。だから私たちの事は気にしなくても良いのよ。」

 

「易辺…香川…そうか…すまん」

 

尚もリカバリーガールに食い下がろうとした俺を、易辺と香川が声を掛けて静止する。本当にもう…俺はどうして肝心な所で使えないんだろうか。俺がもっと口下手じゃなければ、こいつらに気を使わせなくても良かったのに。

 

「先生…無理言ってすいませんでした。じゃ、不和の事、宜しく頼みます…」

 

そう言って詫びを入れ、次の試合を観戦すべく踵を返し、保健室を出ようとして

 

 

 

 

 

 

「どうしてそこで、頑張ると言えないんだい?」

 

 

 

「…ッ!」

 

背中からそんな言葉が掛けられる。振り返り、睨む様な目つきになってしまったままリカバリーガールを見ると、呆れた表情をしながら不和の頭を撫でていた。

 

「何故そこで、怖がって逃げてしまう。何故そこで、俺の事は構わないで良いからと2人をここに留めようとしない。」

 

頭を撫でながら、リカバリーガールは責めるように次々と言葉を吐いていく。いや、実際責めているのかもしれない。あんな事を言っておいて、一歩を踏み出せない、俺を。

 

「怖いのは分かる。保守的に立ち回ってしまう事も分かる。

けど、それでアンタは本当に男かい?何故、ここで食い下がらない。何故、二人の言葉に甘えてしまう。」

 

「そ、それは、先生が、不和が恵まれないって…」

 

「いや違う。それは甘えだ。逃げているだけだ。後は俺に任せろって今もう一度言いなさいな。それとも、さっきこの子に言った言葉は嘘なのかい?」

 

「ち、違う!嘘なんかじゃない!」

 

いやなんなんだこれは。どうすれば正解なんだ。さっき先生はC組をここに置いていくことは不和への冒涜だと言った。そして今は、何故C組を置いて、敵に塩を送るというリスクに飛び込まないのかと叱責してくる。まるっきり矛盾だ。言うことがチグハグだ。いやほんとどうしたマジで。じゃあ、俺はどうすれば良いんだよ。一体全体、どうせれば良いんだよ

 

 

 

「体育祭で結果を残しなさいな。」

 

葛藤と苛立ちが混ざり合う俺に対し、そんな分かりきった答えを提示する。

 

「体育祭で結果を残せば良い。易辺坊や達をここに置いて、不和嬢ちゃんが頑張って分まで勝ち進んで、それで良い結果を残せば、自ずとアンタ以外の人の功績も浮き出てくる。それなら、私も校長先生に胸を張って伝えられる。分かるかい?」

 

…分かる。理解は出来る。元々俺たちはそのつもりでこの体育祭に挑んだ。そして、思った以上にシビアで、しのぎを削る体育祭にびびった俺はこのショートカットとも言える様な策を思いついた。確かに最初は当たって砕けようとした。でも、これは傲慢で貪欲な考えかもしれないが、俺は望んでしまっている。C組が俺たちを信じて、助けてくれた事により。

当たり始めたチャンス(ファール)を、(ヒット)にしたいと、そう、望んでしまっている。だから、俺は少しでも勝率を上げたいんだ。

 

「確かにそうですが…せっかく爆豪の体力を削ったっていうのに…そう簡単に出来るとはーーーー」

 

「よっしゃどんどこい!任せろみんな!易辺はどんどん回復しろ!香川ちゃんはどんどん良い匂いがする空気を出しな!その他医療系の個性持ちはリカバリーガールの指示に従って手伝え!自分が使えるって事を、遠慮なくアピールしろ!」

 

俺の言葉を遮って、隣にいた木津が周りを激励し始める。こいつ…!何やってんだ…!次全回復した爆豪と当たるのはおまえなんだぞ!

 

「おい木津ーーーー」

 

「そぉい!!」

 

「ぎゅぶ!?」

 

そんな木津に声を荒げようと向き直った瞬間、まるで予測してたかの様に、木津が俺の顔を両手で挟んできた。

めっちゃイテェ!?何すんだこいつ!?

 

「ほいきじゅ!なにひゅんーーーー!?」

 

再度詰めようとした俺の顔を挟みながら、木津がぐいっと俺の体を引っ張る。そのままゴチンとおでこをぶつけてきた。視界が紫紺に染まる。彼女の吐息が喉にかかってくすぐったい。いやほんとどうしたんだこいつ。この体勢めっちゃ恥ずかしいんだが。後なんか良い匂いする。

 

「腹くくれよ障助。先生がここまで発破かけてくれたんだ。応えるっきゃねぇだろ。な?」

 

そんなイケメンボイスで俺の耳を蹂躙した後、ニコッと笑い、俺の頭に手を置いてくる。

 

「それにアタシは大丈夫だ!あんなナリヤンヤローに負けなんかしねぇぜ!だから安心しろよ障助。お前はいつも一人で抱え混むんだから。少しは頼れ!」

 

そう言って、顔を離し、背中をバシリと叩いてくる。痛かったが何故かそこまで嫌な気持ちじゃなかった。ヤベェこれが新たな扉の第一歩?こんな一歩踏みたくないんだけど?

…ったく。

 

「本当にお前、女かよ。」

 

「あははは、ぶっ飛ばされたいか?」

 

「勘弁してくれよ…」

 

本当に、男より男すんだからこいつは。俺じゃなかったら今のは落ちてたね。男女関係なく。天野なんてめっちゃ顔赤くしてるし、あいつ惚れたな。本当、木津さんったら、タラシなんだから。お前今年俺よりバレンタインもらったら許さねぇかんな。

 

「さ、こっちの嬢ちゃんはこう言ってるが、アンタはどうするかね?」

 

背中をさする俺に、再度リカバリーガールが問いかけてくる。

 

…迷いはある。自己中心的な考えが消え去ったと言えば嘘になる。爆豪を回復するなんてとんでもないと囁いてくる俺が、まだ俺にいる。

だけど…

 

「?」

 

こうやってこいつの笑い顔を見てると、なんかどうにでもなっちまう様な気がするんだよな。本当、木津さんまじ木津さんだわ。

 

「あーもー!やるっきゃないよな!チクショー!結局これかよ!良いよ腹くくるよ!ショウちゃん、皆の為に張り切っちゃうぞ!リカバリーガール!結果残したらちゃんと報告してくださいよ!それと、皆の事は宜しくお願いします!どんどん使っちゃってください!」

 

「任しておきな。みっちりと叩き込んでやるさね。」

 

「あ、あの…お手柔らかにお願い…!」

 

「易辺ェェ…!お前も道連れなんだよォォ!俺たちゃこっちで頑張るから、お前らもそっちで頑張れやぁぁぁ!」

 

「ヒェっ!?」

 

「あっはっはっは!頑張れよ!」

 

「き、木津ちゃんまで…!?」

 

そんな光景に、障助ザマァ!と煽る者、よし俺たちもと意気込む者、ヒーラー系個性の奴ご愁傷様と哀れみの念を送る者、木津ちゃんカッコいいはぁはぁ一生付いて行きますと木津に惚れる者、その他様々な反応をするが、皆心に抱いているモノは一つ、ヒーロー科に必ず行く。それだけだ。

 

「やはり慣れない事はするもんじゃないさね。余りにも顔に迷いの相が出ていたから、発破をかけてみたんだが…自分でも引いてしまうぐらいには無茶苦茶だったね。やはりこういうのはナチュラルボーンヒーロー様に限るこった。」

 

騒ぐあいつらをみて、心をあっためていると、横からリカバリーガールが謝罪の言葉を吐く。いやまぁ、確かに矛盾していたし、今思うと急だったな。見抜けなかった俺がいけないんだろうが。だが、確りと彼女の発破は、俺のエンジンに火を入れる着火元になったらしい。本当、年の功には敵わないや。

 

「わざわざ俺なんかの為にありがとうございます。すいません。睨んでしまって。」

 

「いや睨んでしまう様な事を言った自覚はあるさね。まぁ…私も一教師。頑張っている子供の背中を押したくなるもんさ。ただ、余り無茶はしないように、発破かけた手前、こんな事言うのもなんだが、体を壊してしまったら元も子もないよ。」

 

そんな俺に対し、最後の最後まで気を使ってくれる。

…本当、年の功には敵わないや。

 

「まぁ…殴り合いしに行くのに怪我するなは無理かもしれませんが、肝に命じて置きます。じゃ、そろそろ休憩終わるんで。…宜しくお願いします。」

 

深々と頭を下げた後、今度こそ踵を返す。ここでも、色々なモノを他人から分け与えて貰った事を自覚して、取手に手をかけ。

 

「頑張りな」

 

そんな先程とは違う餞別が背中に投げつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てなわけで負ける訳にはいかないんだよねぇ!!」

 

迫る黒腕を、体を捻る事により回避する。そのまま体を半開きにし、無防備なソイツの横っ腹に腕を叩き込んだ。腕は見事に相手の横っ腹にめり込む。が、効いているのかわからない。

 

俺は今、絶賛二回戦戦闘中だ。あのまま物思いに耽っていたらいつのまにか試合が始まっていた。いや、考え事してたら試合始まってたって普通に頭おかしいな。気が抜けてるってレベルじゃないんだが。

 

「黒影!」

 

『アイヨ!』

 

「ーーッ!」

 

二回戦の相手は常闇と言う奴だ。体内に、黒影なる生物を宿している。この個性、中々に厄介なもので、サシのバトルになると単純に二対一になる。攻撃力こそそこまで高くはないが、その分汎用性と機動力に長けている様で

 

「シッーー!」

 

「!、黒影!」

 

『アイヨ!』

 

こうして、接近して攻撃しても大抵黒影にガードされてしまう。常闇自体の身体能力は余り高そうではないが、それでもヒーロー科、悪い訳ではない。リーチ長い上に、限界も分からないし、先に黒影を倒そうとしても、何故か単純な物理攻撃では有効ダメージにならない。いや一回戦目に戦っていた八百万とかいう奴もチートだったが、こいつも中々だな。あいつが途端に可哀想になってきたんだが。

 

「ーーーー」

 

個性を発動する為、意識を集中させる。カチリと体の中で何かが噛み合う音がした。かけれる。かけれるが…

 

「くっ…!?またか、奇怪な術師め…!黒影!」

 

『アイヨ!』

 

「アイヨじゃねーよ!そんなのズルだろ!」

 

掛けたところでだ。黒影に守られて、本体に有効打を与える事が出来ない。いやマジチート。ヒーロー科マジチートだわ。二対一とか不平等だろ。なんかハンデくれよ。

 

「ま、そんな事言ったら俺も大概だけど、な!」

 

再度意識を集中させる。カチリカチリと体の中で何かが噛み合う音がした。これならどうだ、ヒーロー科?

 

「さぁ、最終決戦といこうじゃないか、黒の異端者よ!これが最後の攻撃だ。受けてみよ!」

 

「黒の異端者…!」

 

よしなんかソワソワしてやがる。これで間違いなくこの挑発に乗ってくれるだろう。なんか中学二年生時に患う不治の病にかかっている匂いがしたから、やってみたが案の定そうだったな。仕方ないね。男の子は誰もが通る道だもの。

 

じゃ、本当に終わりにしよう。

 

個性をかける。

 

「!?なんだ…!?足に力が…!どっちが上だ…!?どっちが下だ…!?」

 

途端、常闇がバランスを崩し、転げ回る。立とうとしているが上手く地に足をつけないらしい。まるで、()()()()()()()()()()()()()()、そんな動きだ。

そんなチャンスを見逃す程、俺はあまちゃんでもなんでもない。勝てば良い。例えそれが汚い勝ち方だとしても、勝てば良いのだ。

 

「!だ、黒影!」

 

『アイヨ!』

 

流石と言うべきか、俺の足音を聞き、自分の危機を察したのだろう。すぐに黒影に向かって俺を迎撃するように指示を出す。やっぱヒーロー科ってすげぇや。俺たちに出来ない事を平然とやってのけるもん。そこに痺れるし、憧れもするんだよね。

 

 

だけど、これとそれとは話が別だ。

時間がある訳じゃない。早くしなければ個性が解けてしまう。

しかし、それを黒影が許さない。俺の足を止めようと拳を振りかぶりながら突進してくる。一々相手にしていたら、時間を食うが、だからといって無視する事は出来ない。取る選択肢は二つに一つ、回避か防御か。

 

「そんなもん、回避に決まってんだろッ!」

 

防御は一回足が止まってしまう。足が止まってしまっては、相手の思うツボだ。わざわざツボに入っていく必要はない。

しかし、また回避でも、大袈裟にし過ぎると返ってタイムロスだ。相手の攻撃は直線的、威力はそこまで高くない。ならばどうするか。

 

答えは簡単。回避は回避でも、最低限の回避ができれば良い。

 

そのまま相手の攻撃にわざと突っ込む様に走り出す。これには黒影も驚いたが、彼?は命令を遂行するまで。直ぐに気を取直し、迎撃の姿勢を崩さない。

そこそこの距離は、一瞬にして取り払われ、たちまちゼロ距離へと移行する。そのまま黒影の拳が、俺の顔に吸い込まれていき

 

「…ッァ!」

 

僅か首を10センチ傾ける事でそれを回避する。勿論、最小限に最小限を重ねた回避行動、無傷では済まない。黒影の爪が俺の頬を切り裂き、紅化粧を施した。

 

しかし、それだけでは止まるに足りない。

 

そのまま黒影を無視し、全力疾走。向かうはまだ床に伏せている常闇。慌てて黒影が俺の事を追いかけるが、もう遅い。

 

「さぁ、チェックメイトだ」

 

最後の最後まで、彼の好きそうな言葉を呟き、助走に乗せた蹴りを一閃、彼の腹に叩き込む。ドガッという生々しい音が鳴ったと同時に彼はその場から弾かれるかの様に吹っ飛んで行き、場外を超えた所で止まった。

 

「常闇君、場外!よって勝者は感野君!」

 

『またしても何をやったかわかんなかったぞ!?一体あいつの個性はなんなんだ!?感野 障助、二回戦も難なく突破だァ!』

 

「ふー、ひやっとしたぜ。パンチで頬切れるとか怖すぎんだろ。地味にイテェし。」

 

こりゃまた木津のお世話になるかな。

 

そんな事を考えながら、ブーイングも混じる歓声を背中に受け、闘技場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




心操の影がどんどん薄まって行ってる気がする…


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十二話

今回は少し短め。
そして文が荒れる。自分でもなにかいてんだろって思ったもん。多分苦手な人いるかもしれません。
その時は、暖かい目(ry


「ヨォ、お疲れ!今回は割と危なかったんじゃないか?」

 

「木津か。そっか、試合俺の次だもんな。」

 

控え室に戻ると、木津が体を伸ばしている所だった。相変わらず、スポーツマンとしてはいい体してんなこいつ。二の腕まで捲った体操着からは、程よく焼けた筋肉質の腕が伸びているし、確か腹筋も割れていた筈だ。街中で良く男に間違えられる訳だよ。付くもん付いてたら…付いてたら…ウゥ…!

 

「先に準決勝をおっぱじめてもいいんだが?」

 

「ガチですいません」

 

だからなんで毎回毎回心読んでくんの?怖いんだけど。いや失礼な事考えてた俺が悪いんだけどね?お前そんな個性じゃないだろ?

 

「ったく、あんなに言ったのにまだ懲りねぇのかよ。ほれ、顔かせ。」

 

「えぇ俺何処に連れてかれんの!?トイレ!?校舎裏!?いやだまだ死にたくない!!」

 

「馬鹿かっ!傷治すから切れた所見せろっつってんだ!」

 

いやお前に顔貸せって言われたら、大体の人は吊るされるって思うからね?かなり怖かったよ?易辺あたりが聞いてたら泡吹いてるね。心操は多分青い顔して素直に従う。しょうがないね。だって怖いもん。

 

「あーあー結構深く切れてんなこりゃ。ジッとしてろよ。しかしお前って奴は直ぐに怪我すんだからよぉ。さっき治したばっかじゃねぇか。」

 

「不和のやつは不可抗力だろ…。それに試合してんのに怪我すんなってぇのは土台無茶な話さ。」

 

そう言って、木津の前に座った俺の頬を、彼女はゆっくりと撫でていく。そこそこ大きかった裂傷は、彼女のなぞった所から、まるで元々なかったかの様に、綺麗サッパリ消滅した。

相変わらずくすぐったいし、この体勢恥ずかしいんだが。

幾ら男より男らしいとは言え、結構美人な女の子なんだから、距離感考えよ?これ俺みたいな幼馴染だからまだ勘違いしないで済むけど、他の人にやったら即落ちるからね?一回そこの所こいつと話あった方が良いかもしれない。多分言っても別に大丈夫だろ、とか言われて今まで通りになるんだろうけど。いつか悪いお兄さん達に連れて行かれないか心配だ。…ないか。ないな。

 

「良し、オッケー出来たぜ。しかしお前も男とは言え、顔に傷残すのはダメだぜ?跡になったらどうすんだ?」

 

「べ、別に男にとって傷は勲章だからいいんだよ。お前こそ男みたいだけど、一応女の子なんだから気をつけろよ。」

 

「一言余計だ一言。私は大丈夫なんだよ。個性で傷なんか直ぐに治るし、そもそも傷なんか付かないんだからさ。」

 

「それでもだ。例え治るし効かなくても、見てるこっちはヒヤヒヤすんだからな。特にあの傷を相手に移す奴!お前嬉々として相手の攻撃ワザと受けながら、隠しきれない笑みを浮かべんの、割と狂気だからな?しょうがないとは言えあんな事ばっかしてっと、お前お嫁にいけなくなるぞ」

 

「う、ウルセェな!余計なお世話だ!そんなにアタシにあれこれ言うんだったら、まず自分が怪我しないように立ち回れ!」

 

「デスヨネー」

 

いやー俺も人の事言えないんだけど、こいつの戦い方見てて本当にヒヤヒヤするからなーやめてほしいんだけどなー。でも、俺より全然強いし、俺なんて心配するどころかされる立場だけどさー。なんかなーこう、なんかなー。人の事ばっか言って自分が出来てないから言葉に重みがないしなー。

よし、諦めよう。

 

「クソ、お前は毎回毎回、人の心に遠慮なくボディーブロー叩き込んできやがんだから…!」

 

「えっ俺そんなに強い言葉だった?ごめんね?」

 

「チゲェそう言う事じゃねぇよ!もういいから黙っとけ!」

 

「ひ、酷い!木津ちゃん酷い!俺がこんなにも心配しているのに…ショウちゃん悲しい!」

 

「あーもー!アタシもう試合だから行くぞ!じゃまた準決で会おう!」

 

「あ、おい待てよ!すまん悪かったって!何がいけなかったのか分からなかったけど悪かったって!」

 

「そう言う所だよコンチクショウ!」

 

どうやら怒らせてしまった様だ。まぁ昔から何かと怒らせていたし、今回も俺がやらかしてしまったのだろう。

顔を伏せていた木津は、そのまま勢いよく立ち上がり、ぶっきらぼうに挨拶を済ませたかと思うと、そのまま控え室を出て行ってしまった。クソ〜顔ぐらい合わせろよ〜。ショウちゃん寂しくなっちゃうぞ〜。…野郎が言ってもキモいだけだな。うん。やめよう。

 

「…勝てよ、木津。準決で待ってっから。今までお前に喧嘩勝った事ないけど、その借りをここで返してやるよ。」

 

そう、廊下に消えてった木津に、応援の言葉を呟く。

聞こえる筈もないそれは、薄暗い廊下に溶け込んだかと思うと、緩い空気と共に直ぐさま霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あークソッ、まさか試合前にこんな不意打ちが来るとは…」

 

カタンカツンと乱雑で、乱暴な靴音を廊下に響かせる。おおよそ女の子が出す様な代物ではない。こういうガサツな所が、障助にお前女かよと言われる所以なのだが、今は許して欲しい。何しろ今アタシは気が乱れている。足音なんぞに気をつける余裕がないのだ。それに今はジェンダーフリーな社会、こんな女がいてもいいだろう。

そんな言い訳を心の中で反芻させつつ、先程の言葉を思い出す。

 

『例え治るし効かなくても、見てるこっちはヒヤヒヤすんだからな。』

 

「いやなんでそんな事言うんだよォォ…クソォォォ…!」

 

顔が熱くなる。いや何この言葉で顔赤らめてんのと言われても仕方ないほど普通な言葉。しかしアタシにとっては重みが違う。

 

アタシの個性は『傷操作(ダメージコントロール)』。

こんな言い方をすると厨二病みたいになってしまうが、その名通り、肉体に出来ている物に限り、あらとあらゆる(ダメージ)を操作することができる。例え骨折をしようが、擦り傷を創ろうが、アタシにかかればものの数秒で治す事が出来るし、悪化させる事も出来る。そもそも、傷を受けないように設定することさえ出来るのだ。痛みこそ消すことは出来ないが、対人戦ならかなりの強個性だ。つまり、何が言いたいのかと言うと、

 

「アタシは傷なんて受けないんだから、あんなに心配してくれなくても良いだろぉぉぉ…!」

 

これである。要するに、私は緊張でもなく、高揚でもなく、彼の単なる優しい気遣いに心を乱されているのだ。

いやでも優しくない?キュンと来ない?だってアタシ、傷無効化に出来るんだぜ?なのにあんな心配されたら、乙女心擽られるだろ…!自分でもどんだけチョロいんだよと思うが、アタシは個性が個性だし、その分周りの対応も対応だった。小さい頃から、例えその辺で転ぼうと、木から落っこちようと、割と大きい事故に巻き込まれようと、木津ちゃんならあの個性だし大丈夫と、放任されていた。アタシも自分なら大丈夫だと思ってたし、実際大抵のことは大丈夫だった。

 

そこに自分を心配してくれる人が出てきたのである。

いや心にクるでしょ!自分よりも断然怪我する確率が多くて、力も弱い人が、怪我しちゃ危ないよと、怪我しないか見ててヒヤヒヤするよと心配してきたらそりゃ気にもなるでしょ!なんかこう、色々唆られるでしょ!

 

「かーダメだ!熱よ引け!煩悩退散!」

 

必死に頭を振ることで、熱くなっていた顔を風で冷ます。いつもあいつの事を考えると思考が直線的になってしまう。惚れた弱みというのは何よりも恐ろしい。

こんな所、あいつに見られたら誰だお前と言われてしまう。それだけはダメだ。恥ずか死ぬ。

 

「こうやって愉花も落とされたんだろうなぁ…。はぁ…アタシもあんな風に抱きついてみてぇよ…でもなー…イメージ崩れちゃうしなー…何より…ねぇからなぁぁぁ…!」

 

現在進行形でキャラが崩壊しているが、そこは言わないお約束である。

アタシだって、割とそこそこアピールはしているのである。保健室の時のように顔近づけたり、治療の際にペタペタ箇所を触ったり、面倒見を装って味噌汁作ってあげたり。

でもなまじ一番幼い時から付き合いがあるせいか、小さい頃のアタシをみられてるんだよな。一人称がオレだった、あの忌々しき時代を。もうそれで障助の頭ではアタシ=男っぽいって構図が出来上がってんだろうな。だって全部驚くか、擽ったそうにするだけなんだぜ?顔の一つも赤くしねぇの。最後の奴に至っては、お返しにあいつもお味噌汁作ってくれたし。普通にアタシより美味しかった。つい勢いでアタシの為に毎日味噌汁作ってくれって言おうとしたもん。ほんと、自信なくなるなぁ…。

愉花も苦労してんだろうなぁ。この前も登校時間合わせる為に早起きしたけど、心配された挙句、おばあちゃん扱いされたって言ってたもん。あいつマジでヤベェよ。鈍感野郎は度が過ぎると疎まれんだぜ?まぁ、そんな奴に入れ込んじまってるアタシが一番ダメなんだけどな!

 

「ヒーローになるってのも、自分の個性を人助けに役立てたいってのもあったけど、元はと言えば障助がなりたいっていったのが始まりだからなぁ」

 

私の個性は確かに戦闘向きではあるが、それと同時に外科などの医療向きでもある。それでもヒーローになりたかったのは、憧れもあるが、あいつが行く道を共に歩みたかったというのが大きい。あいつの個性と私の個性はめちゃくちゃ相性いいしな。もしこれがサシではなくタッグマッチだったら、障助と無双出来る自信がある。それ程に私の個性とあいつの個性は強力で、馬が合う。出来れば組んで見たかった。二人きりで、苦難を共に乗り越え、勝利の頂きへと至りたかった。だが、まぁそれは

 

「ヒーロー科に上がったら好きなだけ出来るだろうからな。そんなささやかな夢を叶える為にも、負けらんねぇぜ。」

 

この試合の後に好きなだけやれば良い。

 

その為にも必ず勝つ。

 

卑怯な手など使わない。

 

搦め手なんざ必要ない。

 

四人の中で唯一純粋な殴り合いを得意とする私は、倒れる訳にはいかない。膝をつく事は許されない。

 

例えそれが女らしく無くても。

 

全てはヒーローになる、その為に。

 

「しゃぁぁ!行くか!」

 

頬を叩く事で気合いを入れる。声を上げる事で発動機を回す。さぁ、行こう。狙うは真っ向勝負(ピッチャー返し)

 

いざ…尋常に勝負!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チューーーー!」

 

「…」

 

リカバリーガールがオレの腕を治す為に、箇所へキスをしてきやがる。骨折して赤黒く変色していた腕は、瞬く間にはれが引いていき、色も元の健康そうな肌色に戻っていった。

それと同時に、どっと疲れが湧き出てくる。なんだ?個性の副作用か?

 

「治癒には体力を使うからね。だから大きい怪我は一気に治すことができない。ほら、黒飴お食べ。」

 

「いらねぇよ…」

 

「あら、そうかい。そりゃ残念だ。ともかく、骨折してた腕と、ヒビが入ってた胸骨は治したさね。擦り傷とかは…悪いが絆創膏を貼っておくから、自然に治しておくれ。あんまりコレ(個性)を使い過ぎると、疲れすぎて逆に死ぬからね。それに癖にもなってしまうし。消木嬢ちゃん、易辺坊や、頼むよ。教えた通りに手当てをすれば良いからね。」

 

「は、はい」

 

「承知した」

 

そう言ってリカバリーガールが、近くに待機してたモブ数人の内、二人に声を掛ける。誰だこいつら。リカバリーガールのサイドキック…な訳ねぇよな。タメに見えるし、何より雄英のジャージを着てやがる。どういう立ち位置なんだ?まぁ別にどうでも良いか。

 

「では、失礼する。」

 

そう言って女の方が俺に近づき、擦りむいている箇所に手を翳してくる。そのまま包み込む様に、手を這わせているが…何やってんだこいつ?擽ってぇし汗かなんかでベタベタしてきて腹立つんだが。

 

「おいテメェ何してやがる。擽ってぇんだよ。ベタベタ触んなボブヘアーモブが」

 

「上手いこと言ったつもりか?これは私の個性で怪我した箇所を消毒しているんだ。それにしても本当に口が悪いな。貴様、それでもヒーロー志望なのか?」

 

「アァ!?テメェも大概口悪りぃじゃねぇか!喋り方変だしよ、頭まで綺麗サッパリ消毒しちまったんじゃねぇのか!」

 

「ハキハキ喋っているといえハキハキ喋っていると。この程度の口調も理解出来んとは…ハッ、笑わせてくれる」

 

「上等だテメェ…表でやがれぇ…!」

 

「ま、まぁまぁ二人共、お、落ち着いて。病室では静かにしないと…」

 

「ウルセェんだよナヨナヨ野郎!」

 

「ひ、ヒィ…!ごめんなさい、ごめんなさい…!」

 

「貴様、易辺を怖がらせるとはどういうつもりだ。この畜生目が。易辺も易辺だ。こんな奴に態々(わざわざ)頭を下げなくていい。価値が下がる。」

 

「誰が畜生だ殺すぞ!そんぐらいで怖がんなや!」

 

クソ、こいつらと話しているとイライラするッ!擦りむいた所もピリピリ沁みてきやがるし!てかわざと痛くしてんだろこいつ!さっきからメチャクチャドヤ顔で嘲笑(わら)ってきやがって!殺す!

そんな所業に殺気を飛ばしていると、それに気づいたナヨナヨ男がボブヘアーに軽く手刀を叩き込んだ。ザマァ!

 

「アイタッ」

 

「こら、消木ちゃん。彼は患者なんだからちゃんとしてあげなきゃダメだよ?」

 

「…いや易辺、これは必要処置であって決して私情がある訳ではない。断じてない。信じてくれ。」

 

「消木ちゃん…」

 

「いや易辺本当なんだ。だからそんな呆れた目で見てこないでくれ。…おい、貴様のせいで易辺に怒られたではないか。イメージが下がったらどうしてくれる。」

 

「消木ちゃん!」

 

「…」

 

「クプフー!ザマァねぇなおい!ナヨナヨ男に怒られてやんの!クックック…!」

 

「…ッ!」

 

おいおいそんな睨んできてもしょうがねぇだろ。お前がへんなことしなけりゃ良かったんだよ。

しかし…こいつの個性は本当に効いているのか?

消毒時に感じる独特の痛みが有るということはちゃんと効いているということなんだろうが…見た目が見た目だけに汗が入って沁みてるだけなんじゃないかと思ってしまう。

そんな懸念を他所にボブカットは包帯や絆創膏を取り出し、丁寧に箇所に貼っていく。特に可もなく不可もなしって腕前だ。ま、これぐらい出来て普通だよな。いや、モブにしてはやるほうか。

 

「よし終わった。おい易辺、終わったぞ。後は頼む。」

 

「…ちゃんとやった?包帯ぐちゃぐちゃに巻いてない?」

 

「私がそんなことする訳ないだろ?なぁ易辺、さっきの事は忘れてくれないか?」

 

「…確かにちゃんと出来てるね。良かった。では爆豪さん…でしたっけ?お手数かけますが、背中をこっちに向けてくれませんか?」

 

「易辺、無視しないでくれ。」

 

ボブヘアーの言葉を淡々と躱し、背中を向けるよう指示してくるナヨナヨ男。なんだこいつ。背中の傷はリカバリーガールに治してもらった筈だぞ。

 

「オレに指図すんな。お前がオレの背中に回れ」

 

「貴様…どういう神経してるんだ…!?そこは素直に背中を向けないか!」

 

「まあまあ消木ちゃん、僕はいいから」

 

「おい易辺…!?それは違うぞ…!それはもう優しいっていうか最早お人好しの域だ…!…そ、そんな奴の命令に従うくらいなら、私の言うことも聞いてくれるよな!?」

 

「じゃ、いきますよ〜」

 

「あぁ冷たい!易辺が冷たいぞ!だけど少し悪く無くなってきた!」

 

またしても喚くボブヘアーを無視するナヨナヨ男。あいつキモチワリィな…。ここまで見苦しいモブは初めて見た。

そんなボブヘアーを見て、嫌悪と嘲弄の念を抱いていると、ナヨナヨ男が俺の背中に手を翳してくる。途端、こいつの手から淡い緑の光が溢れ出し、俺の体を包み込んだ。なんだこれ。段々と体の疲れが取れてきた。こいつの個性か?

 

「おいテメェ、こりゃなんだ?」

 

「あぁ、すいません。急に出てきて驚いてしまいましたか?これは僕の個性で疲れを取っているんです。まぁ一人一日3回までしか掛けられないし、僕自身には掛けられないんで、僕がダウンしたら終わりなんですけどね。」

 

疲労回復、か。使いようによってはかなり強い個性だ。リカバリーガールの個性とも合ってるし、もしヒーロー科に入れていたら、間違いなくリカバリーガールのサイドキックとして幕を開けられただろう。まぁ個性が個性とはいえあの入試で合格出来ない奴に、ヒーローなれるかって聞かれたら、首を横に振るしかねぇけどな。つまりこれはモブの意地汚ぇ最後の足掻きって訳だ。ここで働いて自分の有用性をアピールする、未練がましく無様な最後の賭け。考えられてはいるが…滑稽極まりねぇな。この体育祭で使えるだけ、まだ他の嫌味ったらしい有象無象とは違うようだが。

 

「…成る程な。だからテメェはリカバリーガールの手伝いしてるって訳か。ハッ、モブの足りねえ頭にしちゃ中々考えたじゃねぇか。使いもんにならねぇ他の奴らとはちょい違うな。」

 

「貴様…!今そこに直れ!うんと痛い消毒液をかけてやる!」

 

「ははは、ありがとうございます。まぁこれ自体は僕たちが考えた訳じゃなくて、僕たちの委員長が考えたんですが。あと消木ちゃん、少し黙ってて。」

 

「易辺ェ…!そんな目で見られると私あ、何をする香川!離せ!離ーーー」

 

そのまま同じく保健室に待機していた肩甲骨女に連れて行かれる。何か喚いていたが、地味男が手を叩いた瞬間、綺麗さっぱり聞こえなくなった。何がしたかったんだあいつは。

 

「…で、僕たちが考えた訳じゃなくて、委員長がわざわざリカバリーガールに頼んでくれたんですよ。ここに僕らを置いてくれないかって。まぁ色々ありましたが、なんとかここでクラスの為に動く事が出来ました。ほんと、委員長には頭が上がりませんよ」

 

どうやらその委員長様とやらは随分とクラスメイトに慕われているらしい。本来ならば使えねぇモブ供を使えるモブにした奴だ。そこそこの肝っ玉と実力、カリスマ性、そしてあの入試では効果を発揮できない個性を持っているのだろう。同情するぜ。

 

「で?その委員長様はここには居ないようだが、お前等を放ったらかしにしてどこで油を売ってんだ?」

 

「え?あー…。ほら、騎馬戦二位で、一回戦目に芦戸さんと戦った人です。覚えているでしょう?」

 

…あーあいつか!心操とか言うモブが偵察しに来た時、横にくっついてこっちを見ていた奴だ。おちゃらけた雰囲気を醸し出しといて、目だけは獲物を狙う獣みたいな奴。そのクソナードと似てるようで全然違う、チグハグな雰囲気が気味が悪くて、イライラするような、そんなモブだった。

どうせすぐ斃れて居なくなる。そう高を括っていたら、騎馬戦でこっそりと此方を上回ってくる。仲間はどんどん個性を暴け出しているのに、あいつだけは尻尾を出さない。いや、オレが掴めて居ないだけか。

チラリと寝台に横たわっている、先程まで拳を交えていた女を見る。確かこいつと騎馬を組んでいた。こんな、敵に堕ちてしまったらぞっとするような、そんな強力な個性を持った奴らの総大将。身震いがする。怖さからではない。只々、己より優位にある可能性の者を叩き落とし、自分の優位を、強さを、誇示したい、そんな傲慢で完璧な欲望が背中を伝う。普通科の落ちこぼれに翻弄されていては、ヒーローで完膚なきまでの一位を取ることなんざ出来やしない。ただでさえ、先程の試合では無様を晒した。つまりこれは挽回のチャンスだ。容赦なく叩きのめし、そのまま半分野郎へとたどり着く、体のいい踏み台にしてやる。気分がアガッてきやがった。

 

「ホォウ…それは是非とも戦ってみたいもんだァ…」

 

「爆豪さん?顔が小さい子には見せられないような感じになってますよ?正直言って怖いです。」

 

「アァ!?オレは怖くなんかねぇよォ!」

 

「自覚なし!?嘘でしょ!?」

 

そいつを叩きのめす為にも、先ずはあの傷女からだ。バカとはいえヒーロー科の中では屈指の格闘戦闘を誇るあの切島が下された。余裕は持って大丈夫だが、油断はしない方がいい。一回戦目の不和は、搦め手全開の相手。しかしそれが崩れたら、1発を注意さえしてればいい雑魚へと成り下がった。

今回は、純粋な格闘派。しかもダメージを自在に操るときた。字面だけ見ると勝てっこないが強力な個性ほど、何処かに必ず穴がある。先程の不和みたく、聞こえなくする事で、確固たる自尊心(プライド)を持つ事で、跳ね除ける事は充分出来た。オレだって、出せる威力には限界があり、それを行うリスクもある。

 

絶対に、何かがある。

 

「ーーん。爆豪さん?もう治療は終わりましたよ。お疲れ様でした。」

 

思考の海を漂っていると、ナヨナヨ男が声を掛け、引き上げてきやがった。クソ、あともう少しで何か思いつきそうだったんだが。

 

「…」

 

「おい貴様!スカすのも大概にしろ!帰るなら、せめて易辺にお礼ぐらい言ったらどうなんだ!?」

 

「…チッ」

 

「あ、おい!…なんなんだあいつは!あんな奴がヒーロー科に入れて、易辺や香川が入れないなんて…!世の中どうかしている…!」

 

そのまま置いておいた上着を手に取り、保健室を後にしようとする。背中に、二人の拘束を解いたボブヘアーの非難の声が掛かるが無視して廊下に出た。

相変わらず薄暗い廊下だ。梅雨も近いからかジメジメしている。さて、怪我は直した。何処でアップをしようか。

そんな事を考えながら、残り少ない休憩時間を試合前のウォーミングアップに当てようと、場所を探すべく歩き出した。

 

「うぉっ。あいつは確か…」

「あぁ騎馬戦3()()の」

「柄の悪い野郎だ。言動も酷いし。素行が悪くてもヒーロー科入れるなんて、今まで真面目にやってた事はなんだったんだろうな」

「結局実力主義って奴か。ヤダヤダ。ほんと、強個性持ち(才能マン)って羨ましいよ。」

「ま、そういうなよ。どうせこの後、木津か障助が倒してくれるさ。さ、行こうぜ体川」

「そうだな。3()()はほっといて、さっさとクラスのみんなを手伝うか」

 

そう言って保健室に入っていく二人組の会話が耳朶を打つ。

 

薄暗かった廊下は、心なしかさらに薄暗くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




爆豪の描写めちゃくちゃ難しい…。ただただ嫌な奴になった気がする…。
後乗せ忘れたんで乗せときます。ごめんね消木ちゃん。

消木花 彼岸(けしきばな ひがん)個性『消毒』
彼女の指先から分泌される粘液は、毒素や細菌を消し去る作用がある!対象の毒素や細菌の事を詳しく知っていなければ、効果が著しく下がるぞ!勉強だ!頑張れ消木花!

割と名前が変になっちゃった。個性を絡ませた名前って考えるの楽しいけど変になってしまいますね。因みにほかのキャラクターも同じように個性を絡ませた名前となっています。時間があったら考察してみてはどうでしょうか?
ちなみに消木ちゃんは

消す 彼岸花(毒がある)です。

え?もう知ってるって?




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十三話

お待たせしました、十三話です。やっぱ戦闘回が一番描いてて楽しいけど、色々ごちゃごちゃになりますね。


防御、防御、防御。例え身体が悲鳴を上げようと、脳が燃料切れを知らせようと、構わず防ぎきる。受け続ける。

 

飛ぶ怒号。沸き立つ歓声。喚く実況。

 

今は全てが煩わしい。集中力を高め、それらをシャットアウトする。気炎が高炉から出る火花のように口から漏れ出した。

身体中の臓器という臓器が酸素を渇望する。文字通り死闘。文字通りしのぎ()を削る戦い。

己の、己のを全てを、血の一滴までを刹那に捧げる。

 

 

そうでもしなければ

 

 

「ーーーシネェ!」

 

 

目の前のヒーロー科(バケモノ)を止められない。

 

ーークソゲーかよッ。

 

そんな言葉は繰り出される爆炎と供に消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、委員長ー。お疲れ様、凄かったなー。おーい皆、委員長戻ってきたぞー」

 

あの後、木津が治してくれた事により保健室に行く必要がなくなった俺は、試合を観戦するべく急いで観戦席に向かった。

戻ってきた俺に気づいた飛石が、労いの言葉を掛けてくると同時に皆に帰還の報を告げる。いや〜委員長ともなると皆に慕われて照れるなぁ。

そのままクラスの奴らから言葉を受けつつ、自分の席に座る。

隣に座っていた心操がナイスファイトと言いながらボガリを渡してきた。ありがてぇ。

 

「…プハァ!いや〜生き返るぜ!すまんな心操、わざわざ買ってもらっちゃって!」

 

「一時間経つごとに百円な。因みにそれ160円だから」

 

「金とんの!?しかも利子高っ!?」

 

「冗談だよ。流石に頑張って試合してきた奴からたかるほど人間終わっちゃいねぇさ」

 

おいおい冗談かよ俺のこのほっこりとした気持ちを返せ。お前知ってんだろ、俺この前木津にたかられて今月厳しいんだよ。しかし…応援の人数少ないな。パッと見、13人ぐらいしかいないんだが…皆保健室にいんのかな。

 

「あぁ今ここにいない奴等のことか?なんでも濃家と気楼が呼びに行ったらしいんだが…どうやら人が来ない合間を縫ってリカバリーガールに色々教わっていたんだと。

きっと木津ちゃんが勝ってくれるだろうから、僕達は僕達で出来る事をするよ。応援、僕達の代わりに頑張って。って易辺が言ってたらしいぜ。ちょっとキレながら」

 

「はっはっは、木津の奴め、めっちゃ期待されてんじゃん。責任重え?易辺キレてたの?なにそれめっちゃ気になる」

 

辺りを見回していた俺の思考を悟ったのか、心操が人数が少ない事に対する詳細を伝えてくる。皆が木津を信頼しているのは嬉しいが、そんなことよりもC組の仏様とも言える易辺がキレていたって情報が頭から離れないんだが。え?あいつキレんの?いつもニコニコしてて?カツアゲしてきた不良の言葉を真に受けて、必要以上のお金渡して帰りの電車賃まで払ってあげて、挙げ句の果てにご家族にどうぞとお土産まで持たせて、罪悪感に耐えられなくなった不良が泣いて土下座したって言う、あの易辺が?やばいどうしようめっちゃ見てみたい。

 

「なんで怒ってたんだ?今から行っても大丈夫かな?」

 

「なんでそんなに興味深々なんだよやめとけよ。理由は知らない。濃家と気楼も聞こうとしたらしいんだが、なんか凄くいい笑顔で、始まっちゃうから早く行ってきて、って言われたらしくて。ビビった二人は理由を聞けずに戻ってきたって訳だ。」

 

「しょうがねえだろあれクソ怖かったんだぞ!?あんな目の笑ってない笑顔始めてみたわ!」

「仏の顔も三度まで、はっきりわかんだね…なんか消木が隅に蹲って不幸オーラダダ漏れにしてたけど、あれ関係あんのかな?」

 

二人共すげぇビビってんな。ちょっと震えてるし。やっぱり普段怒らない人が起こったら怖いって話本当だったんだな。

結構気になるけど俺も気をつけとこう。気になるけど

 

『さぁどんどんやっていこう!第四回戦!圧倒的防御力から繰り出される反撃(カウンター )は何者にも止められない!ぶっちゃけどうやって勝つの?傷を操る漢女!普通科、木津 創!vs全てにおいて抜群の才能を見せつける入試一位の男!やっぱその顔堅気じゃねぇな!ヒーロー科、爆豪 勝己!』

 

「ーーーっと、そろそろ試合か」

 

そんな思考を他所に、実況の声が試合の開始時刻を知らせてくる。闘技場に目を向けると、両者は既にファイティングポーズをとっており、濃厚な闘気が観客席まで漂ってきた。木津は顎を腕で囲うように構え、常に右へ左へとステップを踏んでいる。確かあいつがならっている古武術のボクシングとやらの防御姿勢だったか。いや詳しい事は知らないから合ってるか分からないが。それに対して爆豪は直ぐに爆破を打てるよう掌が木津に向くような構え方をしている。当に一触即発。試合に出ている訳でもないのに緊張が高まっていく。ゴクリと唾を飲んだ。

 

「すいません委員長、木津さんと付き合い長いんでしたよね?木津さんの個性は凄く強力ですが、やっぱり弱点とかあるんでしょうか?」

「あ、それ俺も思った。全ての傷を治し、悪化させ、無効化する事が出来るんだっけ。普通にチートじゃね?爆豪に勝ち目があるとは思わないんだが…」

 

そんな中、天野と金子が最もらしい疑問を投げかけてくる。まぁ一回戦目を見た後なら木津の個性が無敵と思っても無理もない。実際あいつの個性はチート級だし、素の身体能力もヒーロー科に引けを取らないぐらいには高い。ほんと、字面だけ見たならば勝てっこないはずなんだが…。

 

「いや、やっぱり弱点はあるよ。例えばほら、今あいつ顎を腕で囲うように構えているだろ?あいつの個性は確かに強力なんだが、衝撃と痛覚は正常に働くんだよね。顎に1発入れられて失神KOとかは普通にあるからさ。だからああやって顎を守りながら左右にステップを踏んで狙いをずらしているって訳。」

 

「なるほど…あの動きにはそんな意味が…勉強になります。」

「はぁ〜なるほどな。でもそれやってればもう最強じゃん。」

 

「ん〜…そうなんだけどね?いや最強なんだけどさ。」

 

「「…?」」

 

煮え切らない俺の態度に、疑問符を浮かべてくる二人。この中で一番は勿論、下手すれば学年トップクラスの戦闘力がある木津さん。こと守りに関すれば右に出るものは居ないと評される、皆の姉貴的存在、木津さん。

 

 

そんな彼女にも、あるのだ。一個、致命的な弱点が。

 

彼女を倒れぬ者と、()()()()()()と言わしめる、そんな弱点が彼女の個性には存在する。

一朝一夕で見抜けるようなモノではない。そもそも弱点を見抜けるほど、長時間彼女の前に立ち続けられる人など少ないだろう。少ない筈なんだが…もし、木津の相手が普通のヒーロー科だったらここまで心配にする事もなかった。

 

しかし、相手はあの爆豪(才能マン)だ。

 

不和の個性を食らっておきながら初見で突破してみせた彼は確実にその少ない人という部類に入る。油断は出来ない。特に木津は正々堂々を好む傾向にある。そこまで漢らしくなくてもいいのに。

 

「気張れよ、木津…お前が勝ち上がってくれなきゃ、決勝の時に勝ち目なくなるからな…」

 

今だけは、搦め手でもなんでもいい。必ず勝てるように立ち回って欲しい。例え、それがお前のポリシーに反するとしても。

 

全てはヒーローになる、その為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁどんどんやっていこう!第四回戦!圧倒的防御力から繰り出される反撃(カウンター)は何者にも止められない!ぶっちゃけどうやって勝つの?傷を操る漢女!普通科、木津 創!vs全てにおいて抜群の才能を見せつける入試一位の男!やっぱその顔堅気じゃねぇな!ヒーロー科、爆豪 勝己!』

 

「一言余計なんだよな、一言。なぁお前もそう思わないか?」

 

「黙ってろ女野郎が」

 

「お前もかよ…皆ひでぇな。ま、自覚はあるが」

 

そう言いつつも、油断なく戦闘に備え、型に移行し始めた目の前のこいつは、確かに一回戦目(不和)とは格段に違うものを感じる。多分、純粋な殴り合いならヒーロー科にも匹敵する、そんな気配と闘気が俺の肌を掠め、ジリジリと焦がした。気分がアがる。張り詰めた緊張感が、女野郎と俺の間に吐息がかかれば切れてしまう程、細く柔い糸を幻視させた。お互いの圧迫感(プレッシャー)が身を包み込むこの感覚、嫌いじゃない。寧ろ好ましく思えた。

 

「クハッ!いいねいいねぇその殺気!アタシは長らくボクシングって言う古武術をやっていたんだが、アタシの個性上、本気で勝ちにいこうと思って挑んでくる奴は中々居なくてな。ここ最近では…障助と手合わせした時ぐらいか。それに比べて、お前はモロに殺気ぶつけてくるからビビったぜ。こりゃあ楽しい試合になりそうだ!」

 

「殺気ぶつけられて喜ぶとか、テメェの脳みそ腐ってやがるな」

 

「んな白々しい事言うんじゃねえよ。分かるぜ?お前も同類みたいなもんだろ。その悪魔みたいな笑顔が全てを語ってるぜ。早くアタシをぶっ飛ばしたいってな。勝利と言うものを貪欲に追い求めている。最早助けるって事よりも敵ボコして勝つって事しか頭に入ってないんじゃねぇか?お前も大概だな。」

 

頬に触れると、自然に口角が上がっていた。確かに俺も人の事が言えない。この、傷を無効化してくるこいつを、どうやって封じ込め、勝利するか。それを考えているだけでも、心の底から高揚感が湧き出てくる。掌を軽く爆発させた。

 

『レディ…』

 

「さぁやるか。アタシは言われた通り、防御力には自信があってな。蚊が止まる様な生半可な攻撃は、欠伸出ちまうから勘弁してくれよ」

 

「ハッ!テメェのクソみたいなガードに俺が止められる訳ねぇだろボケ。個性切れるまで殴り殺したるわ!」

 

『ファイト!!!』

 

「それは楽しみだ、な!」

 

開始の合図がなった途端、張っていた糸が一瞬にして引きちぎれる。最初に動いたのは向こう。大きく振りかぶった腕を捻りながら打ち込んでくる。余りにもお粗末な初動。隙が多過ぎる。いつもなら直ぐに攻撃を躱し、無防備な体に反撃を打ち込んでいるところだ。

 

こいつが傷を操るなんて言う個性を、持っていなければの話だが。

 

飛んでくる拳を避ける。ヒュゴッと、空気が爆ぜる音がした。そのままバックステップをして距離を取りつつ、牽制として試しに爆炎をお見舞いする。触れた物を焦がし、食らった者の肌を爛れさせる一撃は、寸分違わず女野郎の腕に着弾した。普通なら、これだけでもかなりのダメージになるはずなんだが

 

「おいおい熱いじゃねえか、逃げんなよ。男なら攻撃は回避じゃなくて防御(ガード)だろ?」

 

火傷痕の一つもついていない。めくっていた袖が焼き切れ、健康的な小麦色の肌が覗いただけだ。やはり無効化されるか。

しかし切島戦の時もそうだったが今の攻撃より、痛い、熱いという痛覚が正常に働いている事が分かった。それに食らった時、ほんの少しだけ後退したのを見ると衝撃までは消せないらしい。顎を腕で常に囲っているのも、衝撃による脳震盪を警戒した結果だ。ならばーー。

 

「シィーー!」

 

ガードしてある腕の上から御構い無しに攻撃する。現時点で分かっている唯一の弱点、突かない手はない。

掌を後ろに向け、爆破を放つ。丁度ジェット機みたいな要領で女野郎に急接近し、速度を利用してそのまま顎目掛けてアッパーカットを打ち込んだ。

例え腕で受けたとしても速度を付けた高威力攻撃、そう簡単には衝撃を消せまい。それにこれは、こいつの個性を探る為の一撃でもある。

 

「カハッ、痛ッテェ!!フゥ…フゥ…中々面白い攻撃方法じゃねぇか!お前見かけによらず器用なんだな!」

 

「ーーーチッ、そう簡単にはいかねぇか」

 

放った拳は顎では無く、囲っている腕でもない、奴の横っ腹にめり込む。

こいつ、ワザと前進してアッパーを身体に入れさせやがった。

普通、あの速度が乗った一撃を力がぶつかりあう形で食らったら、まず間違いなく肋は逝くし内臓も傷つく。

しかし、こいつの個性はそんな一撃さえも無効化してしまうのか。痛みや、腹を殴られた事による息苦しさもあるはずなのに、笑いながらこっちを見てくる姿は、当に狂気を孕んでいる。

 

ーーー威力は、関係ない。

 

今の攻撃で分かった事はそれぐらいだ。後は、思った以上に忍耐力、そして衝撃に耐えきる体感があるという事ぐらいか。

 

なら次は…

 

「ん?今度はなんワブッ!?」

 

眉間、顎、鳩尾、脇、その他人体の急所を狙って爆破を繰り返す。威力はそこまで高く設定していない。

速く、細かく、多く。ただただ手数を増やしていく。当てる際に爆煙を撒き散らし視界を遮る事で、反撃を貰わない様にするのも忘れない。

耐えられる威力に上限があるという説は無くなった。

 

なら、能力を行使する回数が決まっているという説はどうだろうか?

 

「ちょこまかとうざってぇなおい!そんなヘナチョコパンチじゃアタシを倒せねぇぞ!」

 

爆煙から飛び出してきた腕を、体制を低くする事で回避。

そのまま伸び上がる勢いを使って、爆破を織り交ぜた拳を腹に叩き込み、離脱する。

立ち込める爆煙。プレゼントマイクが実況出来ねぇとか何とか喚いている。

さて、結果は…

 

「クッソ煙い。こりゃ洗濯大変だぞ〜。ま、こんだけ破れてたらもう買い換えた方がいいけどな!」

 

ーーーーダメか。

 

霧散した煙の中から姿を表したあいつは、ダメージもなけりゃ焦った様子もない。並行して、各急所の内どれかが解除ポイントという説も検証してみたが、効果なしだ。

また、速攻を仕掛けてこない辺り、時間制限があるという線も薄いだろう。もしあったならこんなにも俺が一撃離脱(ヒットエンドラン)をしている事に、焦らない筈がない。

 

後は、何がある?立てた仮説は後幾つだ?そもそも、本当にこいつの個性には弱点があるのか?

 

まだ焦る時間ではないと、逸る気持ちを押さえつける。

込み上げてきた不安を咀嚼し飲み込む。

別にどうという事はない。このまま弱点を見破る事が出来ないのであれば、投げるなり吹っ飛ばすなりして場外に出せば良いのだ。長期戦は俺が最も得意とする流れ、わざわざ相手が作ってくれるなら、喜んで便乗させて貰おう。

 

「フッ!」

 

「ーーー」

 

飛んでくる拳をとにかく躱す。鳴り響く、空気の破裂する音が威力と圧力を引き立たせる。ヒリつく様な闘気が肌を粟立たせた。傷を悪化させる事が出来るのは、切島戦で分かっている。たった1発、掠っただけでも大ダメージとなり得る今、軽い気持ちで受ける事は出来ない。

 

「死ねクソがッ!」

 

「また連打かよ!効かないって言ってるだろ!」

 

よって、攻撃の手を途切れさせる事は許されない。威力が高くても耐えられる。ならば先程の様に、手数を増やし、隙を作らせる事で勝ち筋を見出すしかない。

そのまま殴打を重ね、衝撃で少しずつ白線へと押し出していく。

後少し、後十…いや、五歩前に進めれば、最大火力の衝撃で場外に吹っ飛ばす事が出来る。幸い、こいつは爆煙により後ろの状況を察知する事が出来ていないらしい。やるなら今だ。爆破の回転数を上げる。

一歩…二…三…と牛歩の如く、カタツムリの如くゆっくりと、しかしながら確実に前へと進ーーーー

 

「ガハッ!」

 

「おいおいおい、考えが甘いぜおい。場外を警戒しないとでも思ったか?」

 

突如、今までと反し、正確性を持った手が黒煙の中から伸びてくる。咄嗟に避けようとするも、今当に場外へ吹き飛ばそうと予備動作に入ってしまっていた為、致命的に反応が遅れた。

手は、寸分違わず俺の首を鷲掴みにし、ギリギリと締め始める。必死に掴んできている腕に拳や爆破を打ち込むが、全くの無傷。引っ込める気配がない。

そんな藻掻く俺を、失望の眼差しで覗き混んできたこいつは、後で絶対泣かす。

 

「あーあ、お前なら場外なんて狙わず、殴り合いで勝ちにくると思ったんだが…どうやら期待し過ぎたみたいだぜ。ま、アタシに勝つには、この方法が一番手っ取り早いからしょうがないってのも分かるけどな。」

 

「カ…べ…ッ、だま…れ!は…な、…!!」

 

言い返そうにも、口を開けない。酸素が急速に消えていく。肺が、脳が生命の維持に必要なそれを渇望する。クソ、目眩がしてきた。早く拘束を解かないと、意識ガハッ!?

 

「て…メェ、!オェ、ゴ…!」

 

「え、マジかよ、この状態でも意識あんのか。そんなに弱く殴ったつもりは無かったんだが…お前凄いタフだな。」

 

こ、こいつ、首が絞まっている奴に容赦なく腹パンかましてきやがった…!

呼吸困難による苦痛も相まり、簡単に胃の中の物をぶち撒けようとするが、狭くなった食道を通り抜ける事が出来ず、さらに喉を圧迫してくる。僅かに口から染み出した吐瀉物が女野郎の腕を伝い、地面にシミを作り出した。

やば…い、視界が…暗く…

 

「うぉ、きったねぇなお前!クソ、すげぇ気持ち悪い。早く戻って洗いたい…。洗いたいから…」

 

女野郎が腕を振りかぶる。今度は更に力を入れて。これを食らったら間違いなく落ちるだろう。どうにかして避けなければならない。力の入らない腕を、なんとかこいつの目の前までに持ってくる。掌を向けているのに、全く気にすらしてこない。

効かないと油断しているからだ。これが通用するのは今しかない。力を込める。

 

「これで気絶してくれよ!」

 

「『閃こ、…弾(スタングレネード)』!」

 

「ッーー!?」

 

振りかぶった腕を解き放つ寸前、目眩しを放つ。怯んだ隙に全力で爆破し、拘束を解いた。そのまま距離を取り、大きく息を吸う。身体中の臓器という臓器へと酸素を送り込む。

かなり近くで発光させた。まだあいつは目が見えていない筈だ。今の内に、息を整えなくては…!

 

「この…!クソ、前が見えねぇ!『爆破』ってこんな事も出来んのかよ涙とまんねぇんだが!」

 

目を抑え、焦った様子で辺りを警戒する女野郎。どうやらこれは個性で治せる範囲に入っていないらしい。ならばこれはチャンスだ。今の内に何発か叩き込んで場外に出してしまおう。呼吸も落ち着いてきた。倦怠感を携える体に鞭を打ち立ち上がる。

そのまま目を抑えているこいつに爆破の照準を合わせ、爆破ーーーー。

 

()ーー!?」

 

「…!」

 

奴の体に着弾、()()()()()()()()()()()

 

ーー効いた。

 

今までとなんら変わらない唯の爆破、そんな攻撃が彼女の肌を傷つける。

なんだ?何が違う?やはり時間制限というものがあったのか?それとも受けられるダメージ総量に限度が?

いや、あり得ない。ならば何故早々に決着をつけにこなかったのか。ワザと自分が不利になっていく戦いに持ち込むほど、この女はバカじゃない。長期戦をする方が都合良いか、長期戦をしても問題ないか、それ相応の理由と対策があるはずだ。

ならば、一体何が…。

チラリと女野郎を一瞥する。まだ目は見えていないらしい。テメェどこにいやがる!など喚きながら、必死に防御体制を取っている。

個性を使えばあっという間に治せるであろう、火傷という傷を、腕に残したまま。

 

ーーーー攻撃の種類が、傷の状態が、分からなければ個性を発動出来ないのか?

 

これならば、辻褄が合う。確かに今までの攻撃は全て見られている状態から繰り出されていた。連打の時は、爆煙で視界は遮られてはいたが、()()()()()()と種類を断定する事ができる。もし、この仮説があってあるとしたら…試す価値はありそうだ。

 

「オラァテメェの大好きな殴打だ!たんと味わいやがれ!」

 

「ーー!」

 

事前に情報を与えた上で、攻撃を加える。思いっきり振り抜いた拳は、確かにこいつを撃ち抜いたが、傷一つ付かない。

ならば次は…

 

「シッーー!」

 

「グハッ!?」

 

ーーービンゴだ

 

女野郎の腕に、また新たな火傷が生み出される。何も難しい事をした訳じゃない。

事前に情報を()()()()、彼女を爆破した。

たったそれだけ。されどそれだけで、仮説は真実へと昇華する。

 

やっぱり、こいつは何が来るのか分からない状態では、個性を発動出来ないんだ。

 

「はっはっは!やっぱそうだよな!そんな強個性に弱点がない訳ねぇよな!」

 

なら、今の内に攻め落とす。従来の様な、爆破一辺倒の攻撃ではなく、単純なパンチを織り交ぜながら、途切れさせない様に打ち込んでいく。

最初は今までが嘘だったみたいに生傷が増えていったが、だんだんと見えてきたんだろう。徐々にできる傷の数が減っていき、終いには先程同様、攻撃を無効化される。

あともう少しダメージを与えられれば良かったんだがと、惜しい気待ちにもなるが、その時はまた目眩しをすれば良い。

成果は上々だった。

 

上々だったのだ。

 

「お前、一度に防げる(ダメージ)の種類は一つだけなんだろ。だから今までは簡単に無効化していたのに、目眩しを食らった途端、急激に個性の質が下がった。それは何故か。

 

ーー目で攻撃の種類を確認出来なかったからだ。

 

そうでなきゃ、爆破食らって無傷なのに、唯のパンチで痣が出来る筈ないもんな。」

 

「…」

 

俺の言葉に図星を突かれたからか、女野郎はダンマリを決め込む。表情は腕を前に構えているのでよく分からないが、焦っている事には違いないだろう。つまりだ。これから俺は、こいつに攻撃方法を悟らせない様に攻撃すれば良い。簡単だ。爆破と殴打をランダムに打ち出すだけで効果がある。まぁこいつの反射神経にどれ程通用するかの問題になってくるんだが。

 

ーークックックッと、押し殺した笑い声が聞こえてくる。

 

見ると、女野郎が肩震わせていた。次第にその揺れは大きくなり、それに連れて笑い声も大きくなってきた。

 

「テメェ、何笑っていやがる。ついに頭がおかしくなったか?」

 

安い挑発にも反応が返ってこない。ただただ、何がおかしいのか笑い続けるだけだ。クソ気味が悪ぃ。その、何もかも小馬鹿にしているかの様な笑い方に腹がたつ。なんなんだこいつは。

 

「あっはっは!…いやー笑った笑った。試合中に笑わせてくんなよ。面白い冗談を言うんだな。で?なんだ?目で見てないといけない事が弱点?おいおい爆豪、んな訳ねぇだろ。もう、考え方が蜂蜜に漬けた角砂糖レベルで甘いぜ?切島戦(お友達の試合)見てなかったのか?お前、本当他人に興味ないんだな。

ーーーーなんの為に、アタシが傷を治してないと思ってんだ?」

 

「は?」

 

女野郎の体を見る。確かに火傷はそのままだし、至る所に殴られた痣がある。間違いなく、俺が攻撃してつけた痛々しい傷跡だ。それがどうした。それがーーーー。

 

ブワッと体から冷や汗が吹き出る。血の気が引くとは当にこの事だ。真っ青になった俺の顔を、見る人が見たら大抵の人が体調不良を心配してくるだろう。

 

そうだよ。こいつの個性は『傷操作(ダメージコントロール)』。傷を無効化することは勿論、()()()()()()可能な筈だ。なのに、何故か治さない。切島の時もそうだったじゃないか。あいつはあの時、簡単に女野郎を傷つけて、そして…!

 

「クハッ!どうしたんだーい爆豪くーん!顔が真っ青ですよ!何か、重大な事でも思い出したのかーい!」

 

そんな俺を見て、女野郎が嘲笑を送ってくる。ムカつく野郎だ、その舐め腐った顔面に一撃加えたい。だがそんな事をしたら更に被害が悪化する。どうにかして避ける方法は…!

 

「どうかしようなんて魂胆、無駄だぜ。お前があたしにつけた傷だ。何も跳ね返りが無いなんて虫のいい話ある訳ないだろ。やっぱ、人につけた(過ち)ってのは自分も身をもって知らないとな。そうすれば、お前も人の痛みを分かち合う事ができる心優しき人間になれる。そうだろ?

だけど、これだけじゃ少し足りないよな…。仕方ないか。あんまりこれやりたくなかったんだが、まぁアタシん家のモットーは右頬ぶたれたら顎外れるまで殴り返せだからな。しっかりと受けて貰うぜ」

 

そう言って、右手の人差し指と中指を握り出す女野郎。一体何を…と思う間も無く、まるでこれからくる激痛に耐えるかの様に大きく息を吸い、力を込め始め、

 

 

 

ーーーーゴキリ。と、不協和音が会場に響いた。

 

は?

 

「ァーーーーー!?」

 

声にならない絶叫が打ち上げられる。そんな、聴いただけで苦痛を想像出来てしまう音声を発しているにも関わらず、手だけは止めない。

思考が停止する。こいつは一体何をしているんだ?一体何がしたいんだ?いや、したい事は分かっている。が、あまりの奇行に、理解が追いつかない。追いつきたくない。全力で拒絶する。

こいつ、こいつ…!

 

「自分の指を折りやがった…!」

 

狂っている。こいつはガチもんの異常者だ。試合中に、己の武器となる拳を放棄する奴が普通にいるか?そもそも試合でなくても、自分の指を自分の力で折るとか、正気の沙汰じゃない。

脳が理解を拒む。エラーを起こしたコンピューターの様に、次々と、思考が乱雑になる。吐き気がしてきた。

 

「は、はは…クハ…!イッテェなぁ、イッテェなぁ…!痛くて痛くて涙が出そうだぜ。なぁなぁヒーローさん、ヒーローさんならアタシのこの痛み…」

 

折れた指を、俺に向かって突きつけてくる。まるで装填が完了した銃の如く。おい、止めろ。ふざけんな…!

 

「分かち合ってくれるよなぁ!!」

 

引き金を引かれる。

 

ーーーゴキリ。と、不協和音が会場に響いた。

 

恐る恐る右手を見ると、歪な方向に向いた二本の指があって。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 

体中に、激痛が走った。思わず膝をつく。鐘の音の様に鈍い痛みが、大岩を乗せられているかの様な重い痛みが、ナイフで切り裂かれたかの様な鋭い痛みが、俺の神経を焼きにかかる。あまりの痛さに吐き気を我慢出来ず、胃液が逆流する。至る所が、痛々しい色を携えて腫れ上がっていた。

 

「フゥ…フゥ…へへっ、これ結構疲れるんだよな。だが、効果は上々だ。どうだ、他人の痛み、よく分かったか?あぁ指と、その他の傷を悪化させたのはオマケだ。何、お礼は要らないぜ。」

 

このクソアマ…!今すぐその叩き殺す!クソ、体よ早よ動け!

そんな考えも虚しく、激痛に怯んで中々足に力が入らない。幸い足には怪我は無いが、上半身の傷が深すぎてどうにもならん。何故か女野郎は追撃を仕掛けてこないが、倒れている俺を馬鹿にしているだけかもしれない。飽きたら、すぐに俺の腹へと蹴りが飛んでくるだろう。なんとか急所だけは守れる様にしなくては。

 

「おいおいいつまで倒れてんだヒーローさん?みっともねぇぞ男だろ?ほら、立った立った」

 

しかし、幾ら時間が経とうとも女野郎は追撃をしてこなかった。少しずつ痛みがマシになってくる。なんとか立ち上がる事は出来た。せっかくのチャンスだったのに、こいつは何を考えてるんだ?何で倒れている俺に攻撃をしてこない。直ぐに攻撃出来ない程疲れる技だったのか、それともフラフラ立ち上がる俺を嬲りたいのか、単純に正々堂々の試合がしたかったのか…。一番最後は、最早実現出来るか怪しいが。

まぁ、あのしたり顔を見る限り、大体全て当てはまるのだろう。さてどうするか。

 

攻撃しても無効化され

 

傷を負わせても直ぐ様治され

 

かといって攻撃しなかったら自傷からの痛み分けが飛んでくる。

 

正直言って強い。何故ここまでの個性と戦闘技術を持ちながら、あの入試に受からなかったのか、甚だ疑問でならない。ヒーロー科なら、間違いなくトップクラスでタメ貼れただろう。どれもこれもifの話だが。

 

当に今、俺は大きな壁に立たされている。

だが、諦めようという気持ちは湧いてこない。そもそもこの程度で諦める様な夢を持ち合わせていない。

認めよう。不和も、こいつも、そこら辺に転がっている石ではない。こいつは、越えるべき高い壁だ。

気分が上がる。いや、無理矢理上げさせる。ここからは本当の持久戦だ。奴も、やはり個性を使うからには体力が必要になるし、痛覚は正常に働いている。つまり、いかに我慢し、焦らない事が勝敗を分けてくる。要するに先に根を上げた方の負けなのだ。

 

「どうだ?もう立てる様になったか?さっさと始めようぜ?」

 

「ウルセェ黙ってろクソ女野郎」

 

多分校訓はこういう時の事を言うんだろう。

 

更に向こうへ(Puls ultra)

 

行ってやろうじゃねぇか、この壁の向こう側へと。

 

全ては、完膚なきまでの一位を取る、その為に。

 

 

 

 




一応弱点の伏線見たいのは書いてみたけど、上手く表せているか分からないです。
最近寒いですね。


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十四話

ポケモンとか色々魅力的なものがあったので遅れました。(後単純にリアルが忙しかった)本当にすいませんでした。急ピッチで仕上げたので、文が荒いしまとまっていません。よって修正が入る場合が御座います。作者の不手際により、読みにくい小説になってしまった事をお詫び申し上げます。では、どうぞ。


唸る拳を顔を横にずらす事で回避、そのまま爆破の衝撃を利用しバックステップで距離を取る。ズキリズキリと痛む指に油汗が止まらない。服が背中に張り付いて、動きを阻害すると共に不快感を生じさせた。俺の個性的には汗は出た方がいいのだが、この汗の出方は些か頂けないものがある。

 

いつまで続くか分からない持久戦に、継続的なダメージを貰う事は、基本的に痛手だ。しかも指が逝かれてるから、おいそれと防御にも攻撃にも転じられない。不和の時は比較的大丈夫だったのだが…矢張り『傷操作』とは中々厄介な個性だ。

まぁあの時は感情に振り回されていたから痛覚が鈍っていたというのもあるだろうが。

 

「オラオラどうしたぁ!!避けてばっかじゃ勝てねぇぞ!」

 

「チッーーー!!」

 

飛んでくる拳を回避、牽制を兼ねて爆破を行使し、衝撃で距離を取る。実にワンパターンだ。指の傷を移された時から続いている。最早何度繰り返したかも分からない。

それ程までに追い込まれているという訳だ。

 

「ッーーー!?」

 

拳が腕を掠る。本来ならば幾ら威力が強くとも、人から繰り出される殴打、掠るぐらい少し赤くなるだけで済む。

 

だか、何度も言うがこいつの場合は違う。

 

掠った所は、最初はほんのりと朱に浴びていただけだったが、見る見る内に青ざめていき、ものの数秒もすれば立派な痣へと昇華する。

お陰で全身痣だらけだ。一歩踏み出すだけでも厳しい鈍痛が襲ってくる。

 

そんな身体に鞭を打ってでも、次の攻撃に備えなければならない。顔面目掛けて打ち出された拳を逸らし、懐き入り込む。

この近さなら上手く力が乗らない筈だ。直ぐには反撃出来まい。そのままこいつの胸倉を掴み、右脚を引っ掛けるかのように足を出す。クソナードがやっていたような投げ技、所謂ジュードーの大外刈りの体制だ。

あのゴミカスの真似をするのはシャクだが、こいつに勝つにはこれくらいしか方法がない。

 

腕を外されない様にしっかりと力を込め、引っ掛けていた足を思いっきり振り上げようとする、が…

 

「グッーーーーー!?」

 

「クソみてぇにお粗末な掛け方だなぁ!障助と良く手合わせして貰ってるアタシが、こんなん喰らう訳ねぇだろ!」

 

ビクともしない。幾ら見様見真似の即興であろうと、ここまで効果が無いとは思わなかった。腕力には自信がある。今の動作にも相当力を入れた筈だ。それでも倒れないということは、何かしらのコツがあるのか、こいつの体幹が物凄いのか。

 

何はともあれ、脚をクロスさせる形で止まってしまった俺の背中に、肘鉄が叩き込まれる。押し出される空気、軋む骨、広がる鈍痛、本来ならば段々と収まっていくのだろうが、時間が経つにつれ被害が拡大していく。余りの痛さに思わず膝を着いてしまった。急いで立ち上がろうとするが、身体中に広がる鈍痛が動きを阻害して上手く力を込められない。

 

いや、蹴りの一発でも飛んできたら顔面にクリーンヒットしてしまうこの状態、無理に立ち上がろうとせず、横に転がってでも追撃を阻止するべきだった。完璧に判断を見誤ってしまった。

このままじゃ負けーーーーー…?

 

「おいテメェ…なんで追撃してこねぇ…?舐めてんのか…?」

 

「そう思うのは、自分が舐められる様な人間って自覚があるからじゃねぇのか?ん?」

 

倒れた俺を無視して、何故か後退した女野郎。俺と十分に距離を取る。此方からしたらピンチが潰されただけなので有難いのだが…追撃しなかった理由が分からない。思った以上に投げ技に耐えた反動がデカかったのか、それとも倒れたのは罠だと判断したのか、何れにせよ、あの薄ら笑いからして俺を馬鹿にしている事には間違いなさそうだ。

 

ーーー何か、違和感を抱く

 

それが何に対しての違和感なのか、それを深く考える前に立ち上がった俺に向かって殴打の嵐が降り注ぎ、思考が中断される。当てはまりそうなパズルのピースを隠されたかの様な気分だ。モヤモヤする。何か、何かが引っかかる、筈なんだが…。

 

「ーーーーー!」

 

「バカの一つ覚えかよ、効かねぇっつってんだろ!」

 

迫り来る乱撃を潜り抜け、再度投げ技を掛けようとする。今度は別の技、もっともスタンダードでジュードーの基礎と言われている体落とし。先程と同様、胸倉を掴み、脚を掛け、全身の力を振り絞って反転し地面に叩きつけようとする。

 

「ッ…!!」

 

「うっ!?」

 

ほんの少しだけ、女野郎の体が浮く。浮くと言っても地から足が離れた訳じゃない。本当に少し、重心が上がっただけだ。

 

それこそ泥沼を進むかの様に重く短い一歩だったが、それでも今の泥仕合からすれば貴重な一歩だ。人間、矢張りどんなに少なくても希望というものが見えると気が楽になるらしい。解除する為に殴られた脇腹を抑えながらそんな事を考える。

 

「ふぅ〜〜あっぶねぇ!どんな馬鹿力だよもしかして着痩せするタイプ?何にせよ今のは冷やっとしたぜ…!」

 

ーーー何か、違和感を抱く。

 

気のせいではない。確かに俺は一連の行動の中の何かに引っかかっている。何が引っかかる?何処の部分でそう思った?さっきはどのタイミングで感じた?

思考がぐるぐると回転する。喉に物がつっかえている様な焦ったさが体を支配した。あと…もう少しで…。

 

「クッソ〜…全然有効打が入らないなぁ…。流石ヒーロー科、やっぱ戦闘力()()は凄いぜ。見事な避けっぷりだよ、ホント。」

 

()()とはなんだテメェ…他の分野でも一位取れるわ死ね」

 

「あっはっは!さてはお前、寝言は寝ないで言うタイプの人間だな?お前の性格じゃ災害救助なんざ出来っこねぇだろ。精々、被救助者を怖がらせるのがオチだな。『テメェで助かれや!』とか言いそう。」

 

「舐めんなクズカス、助け殺したるわボケ」

 

「…やっぱ寝言を寝ないで言うタイプの人間だなお前」

 

業を煮やしているのは此方だけじゃ無いらしい。向こうも向こうで、決定的な一打を与えられないことに焦れている様だ。急に煽って来たのも、感情揺さぶって乱雑な攻撃を引き出して確実に反撃で仕留めたいという魂胆だろう。露骨過ぎだわ。流石にこのタイミングであんな事言われたら気づくし疑う。どうやらオツムの方はあんまり良くは無いらしい。若しくはそう言う絡めてが得意ではないか。

 

どちらにせよ、場が膠着状態(ジリ貧)になっているのは変わりない。

幾ら持久戦が得意だとしても、体力が無限にある訳では無い。これは相手にも当てはまる事だが、まだ息が上がっていない所を見ると、相当な体力を保有している様だ。個性の詳細が分かっていない今、万が一体力系統を回復する福効果などがあれば、間違いなく詰む。

 

……動く、か。

 

そろそろ変わらない状況(説明)観客(読者)も飽きて来ただろう。焦りは禁物だとは言え、このままこのパターンで行動したら、いつか綻びが出るのは火を見るよりも明らかだ。完璧に流れを持って行かれてる。痛み分けが飛んでくるだろうが、流石に投げ技だけはキツイ。

 

…覚悟を決めるしか無い。

正直言って不安だ。焦燥感と置き換えても良い。普段ならこの俺がそんな雑魚が抱く様な感情を持つ訳無いのだろうが、今は色々と条件が重なり過ぎている。若しくは、一回戦目の個性が抜けきっていないのか。

 

「ーーーーー!」

 

「うぉっ!?どうした急に浮かび始めて!てかやっぱその個性有用過ぎるだろ、腕の負担半端じゃなさそうだな!」

 

両手を高速で爆破し、衝撃で浮かび上がる。この女野郎の個性上、死ぬ事は無いだろうが過剰攻撃になる為、威力はそこまで出さなくていい。そもそも指が折れているので威力を出せない。今こうやって浮かび上がっているだけでも、鋭い痛みが俺の神経を蝕む。

 

それでも、やらねばならない。

 

ある程度の高度を取ったら腕を横に。そのまま体が回転する様に左、右と交互に爆破を繰り返す。爆破の衝撃が物理法則と合わさり、速度が乗り始めた。幻視するのは榴弾砲。短射程ながらも軽量でコンパクトなその兵器は、多くの大戦で使われた。

 

大体、最初から考え方が間違っていたんだ。こいつは超えるべき壁。幾ら踏み台にしようとも、越えようとするからには何かしらのリスクを払わなければならない。こいつは強い。しつこい様だが、明らかにヒーロー科と肩を並べる程の戦闘力を有している。

 

ーーーーだからこそ、全力で潰す。

 

「ノーリスクでテメェに勝とうなんざ確かに虫のいい話だったぜ!ヒーローになって、敵と戦うなら傷なんて恐れてる場合じゃねぇよなぁ!」

 

「クハハっ!?認めて貰えるのは嬉しいが、これはちょっとヤバくねぇか!?」

 

縮む距離、裂ける空気、コンマ零秒の単位で場面が変わっていく。俺の行動の意図に気付いた女野郎が慌て始めるがもう遅い。これは範囲攻撃だ。全てを更地に返す爆撃の如く、今更避けられはしない。せめてもの抵抗と、腕をクロスさせたこいつの腕に、俺の剛腕が迫る。

 

「『榴弾砲 着弾(ハウザーインパクト)』!!」

 

「ーーーーー!?!?」

 

刹那、着弾した。

 

轟音が鳴り響く。爆煙が立ち込める。それと同時に折れた指がびきりと不快な音を立て、一層赤黒く染まった。

チッ…イテェ…。威力を下げたとは言えど、中々体に負荷の掛かる技だ。もしかしたら粉砕骨折してる可能性もある。もう使い物にならないだろう。だから、もう今の一撃で倒れて欲しいんだが…。

 

『クッソ〜爆豪の試合は実況シズレェなマジで!必殺技が炸裂したようだが、これを耐えられていたら割と化け物か何かだぜ木津ちゃん!俺応援してっから!さて、爆煙が徐々に晴れていき…』

 

爆煙が晴れる。そこには、

 

衣服をボロボロにしながらも二本の足で立っている女野郎の姿があった。

 

『耐えたぁぁぁ!?これはヤベェ!木津ちゃん本気でバケモンだ!いいぞそのまま爆豪やっちまえ!』

 

『やるならしっかり実況しろよ…』

 

 

「ごぇ…ッ、…はぁ…うぶ…カハッ、ッ…ー!?お前、人に向けて何て技かましやがった…!?アタシじゃなかったらワンチャン死んでたんじゃ無いのかこれ…!」

 

「チッ…!?テメェ、イカれてやがるよ…!吹き飛ばされない様にワザと重心前に倒すとか、本気で正気の沙汰疑うぜ…!」

 

こいつ、爆速ターボを織り交ぜたパンチを食らわした時のように、後ろに飛ぶのでは無くワザと突っ込んで喰らいやがった。あの速度が乗った一撃をモロに、となればそれこそ気絶しても可笑しく無いレベルの激痛が襲ってくる筈なんだが…

 

それに加えてかなりの衝撃と爆風が襲ったのにも関わらず、膝も付かずに耐えぬく…最早体感があるないって言う問題じゃない気がする。

 

しかしこれはかなりマズイ状況になった。

幾ら威力を下げたとは言え、必殺技を打ち破られたのだ。ヒーローにとって必殺技を打ち破られるって事は、自尊心を殺される事と同義、敗北()を意味する。

そう言う時は大抵良くない事が起こり続けるものだ。

 

例えば、薬指と小指を持ち、不快音を鳴らしている目の前の狂人も、きっと良くない事の一つとして当てはまるんだろう

 

「ッッッアガーーー…!?」

 

そんな思考と同時に激痛が走る。やってる事は丸っ切り一緒、自分の指折って、俺に移してくるだけ。その()()が、俺を苦節の沼に引きずり込む水草と化す。榴弾砲 着弾の反動とも合わさって立ち上がれない。今日膝をつかされるのは何度目だ?かつてこんなにも屈辱を味わった事が有っただろうか。クソナードとの戦闘訓練に勝るとも劣らない。

 

「く…はは…!これでお前はもう左手使えねぇなぁ…!クソ、ここに物がない事が本当に惜しいぜ。石ころ一つ、木の一本でもあったらとっくにカタがついたのになぁ!」

 

そう言ってなんとか立ち上がろうと腰を上げた俺の頬に拳が叩き込まれる。避けきれない。捌ききれない。モロだ。切れた口から血が止まらない。ポタリポタリと留めなく、雨漏りの様に垂れていき、紅花を咲かせる。鼻血も出てきやがった。

 

「おいおい痛そうだなぁ爆豪、どれ、アタシが見てやるよッ!」

 

女野郎が手を向けてくる。何かを思う間も無く鋭い痛みが走る。大方傷口を広げられたのだろう。更に勢いを増した流血量、軽くホラーだ。

 

「フゥ…フゥ…へへ、割と子供に見せられないぐらい血が出てるな。お前、帰ったらしっかりレバーとほうれん草食えよ。」

 

耳朶を打つ。目線を上げると、まるで無駄な努力に憐れむかのような、そんな目を携えて女野郎が見下ろしてきた。激情が膨れ上がる。なんだその目は。やめろ、そんな目をするな。そんな目で見るな。その気遣いが煩わしい。その態度が憎たらしい。それらは全て弱者に贈るべきものだ、俺にそんなもん投げつけてくんじゃねぇ反吐が出る…!

 

「なぁ、そろそろ降参してくんね?アタシも疲れてきたし、お前もさっきから倒れてばっかだし…もう勝てっこないだろ?サシの時にアタシを倒そうなんざ土台無理な話なんだよ。お前が負わせた傷は、ほら、もう元通りだ。そんでもってお前に全て返ってくる。その左手は…まぁなんとも言えないが。

兎に角、このままやってもどうせお前が負けるし、お互い何も得ずに時間の無ーーーーー」

 

セリフの途中だったが、我慢の限界だった。不意を突くように跳ね起き、右腕を爆破込みで打ち出す。まさか不意打ちが来るとは思わなかったのだろう。大して防ぎもせずに、彼女の頬を俺の拳が振り抜いた。

 

「黙れクソ野郎…!そのツラ回復が追いつかないレベルで殴り飛ばしてやるよ…!」

 

「…不意打ちとはやってくれるじゃねぇか。後もう少し反応が遅れたら顔面大火傷だぜ。流石にアタシも女だから、顔の傷は勘弁して欲しいんだが…まぁ今のお前に言っても聞き分けてくれないだろうが、な!」

 

鼻っ面を殴り返される。踏ん張る。腹を殴られる。お返しに米神に肘鉄を入れる。無効化された。

 

殴り、殴られ、防いで、防がれる。最早無効化何て気にしない。傷移しなど思考の隅へと追いやる。ただ、ただ今を、一刹那の時を、殴り合いで蹂躙する。

 

大体、投げ技で場外と言うやり方が俺に合ってなかったんだ。俺はもっと、殴り合いをしたい。相手を完膚なきまでへし折りたい。その為にこの個性を鍛えてきた。ここで殴り合いを満足に出来ず終わるなんて、俺の自尊心(プライド)が許さない。

 

ヒーロー()は必ず勝たなければならないのだ。

 

「クッハッハッ…!お前どんどんボロボロになって行くけど大丈夫か!!さっきまでの威勢はどうしたよ、まだ傷の一つも付けられちゃいねぇぜ!!」

 

「うるせぇ喋んガッーーーーー!?」

 

打ち出した拳と交差する形でカウンターを食らう。たたらを踏んだ隙に、両手の指を噛ませ、振り下ろしてきた。何とか膝を落とす事で威力を軽減する事は出来たが、思いの外衝撃が強く伝わってくる。直ぐには立てない。

 

この位置は、膝を振り上げられでもしたら眉間に直撃してしまう位置だ。さっきは二回も見逃されたが、今回も見逃されるとも限らない。バランスを崩して、攻撃の波を止めようとローキックを放ち、

 

「クっ…!?」

 

「ーー……?」

 

()()()()()。そのまま女野郎は後退していき、距離を取ってくる。その貼り付けた様なしたり顔に心なしか冷や汗が浮かんでいるようだ。

 

ーーーーー何か、違和感を抱く。

 

何故今の攻撃を避けた?威力は今まで通り、特別何かあると言う訳ではない。食らった所で大した怪我にもならないだろうし、こいつに限ってはノーダメージで抑えられるだろう。実際さっきまでそうだったではないか。

 

では尚更、何故今の攻撃を避けたのか。

脳をフル回転させる。走馬灯の様に記憶が浮かんでは消え、浮かんでは消え、この場を変える打開策を導き出そうとしてくる。

 

一回目の違和感は倒れている俺に追撃してこなかった事。

 

二回目の違和感は投げ技を異様に嫌った事。

 

そして今回は、榴弾砲 着弾を食らえる程の耐久を持っている筈なのに、唯のローキックを避けた事。

 

この三つの類似点は何だ?この三つに相違点はあるか?前の二つから読み取れるものは?逆に今回の事で読み取れないものは?答えが出そうで出ない。確かにこの三つには何かしら繋がっている物が有る筈なんだが…。

 

「おいテメ爆豪!いつまで座ってやがるさっさと立ちやがれ!」

 

未だに膝を着いている俺に対し、女野郎が非難の声を浴びせてきたが、無視する。矢張りと言うべきか、今の状態の俺に攻撃を仕掛けて来ようとはしない。違和感の原因が、彼女を留める楔となっているのだろう。

 

ならばそれを利用させて貰うまでだ。この間に息を整える。急速に熱とアドレナリンが引いていくと共に、各所の傷が如実に痛みを訴えてきた。特に左手が凄い。次のリカバリーで全回復するだろうか。それだけが心配だ。

 

「〜〜〜…!!…はっはっは!どうした!もう立ち上がれなくなったのか!ほらほら早よリタイアしたらどうだ?」

 

「……そんな事言って、場外に出そうとは思わないんだな。ほら、俺は今こんなにもスキだらけだぜ?」

 

「チッ……!」

 

悔しそうに顔を歪める女野郎。流石に分かりやす過ぎる。誰があんなカスみてぇな挑発に乗るか。あんな挑発が服着て歩いてる様な友達いる癖に、クソ下手だな。

 

本当に、搦手なんか使った事が無いんだろう。

搦手なんか使わなくても、勝てていたんだろう。

ふざけやがって。今すぐその高鼻ブチ折ってやらぁ。

その為にも…

 

「…漸く立ちやがったァッ!?」

 

「チッ!」

 

立ち上がるフリをして突貫、体制を低くし下半身に蹴りを叩き込む。意表を突く形となった蹴りは、女野郎の肝を冷やし、悲鳴じみた声を捻り取った。

 

だが、矢張り個性が個性だからか反応速度が速い。腿を穿つ筈だった俺の脚は、直前で後ろに飛ばれ、空を切る事になる。しかしこれで、相手は後ろに飛んでいる為、多少重心がズレる事になる。今までこいつの体幹に苦しめられてきたんだ。狙うしか無い。

 

そのまま突っ込んだ勢いを殺さず、少し体が浮いている女野郎の脚を掴もうと手を伸ばす。

 

ーーー俺の仮説が正しければ、こいつは全力で回避に専念する筈だ。

 

「フッッ!!」

 

「ウォっ!?」

 

矢張りと言うべきか、俺の腕を払い除けるかの様にバク宙をされ、後頭部を踏み台にしてきやがった。

そのまま形振り構わず、俺から離れようとする女野郎を見て、仮説が事実へと近づいていく。

 

「おいおい随分必死に逃げるじゃねぇか。あんな綺麗なバク宙を見せてくれるなんて…

ーーーー余程()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ…!?」

 

驚愕の眼差しで睨んでくるが、ここまで露骨に避けられたら猿でも分かる事だ。

今まで感じた三つの違和感の共通点、それは()()()()()()()()()()()()事だ。

 

一つ目、倒れている俺に追撃を放って来なかった事。

 

これは単純に舐められていたと思ったが、もし地面に膝から下が着いた場合、個性になんらかの支障が出ると考えたら辻褄が合う。確かに、膝を着かない様に地面に横たわっている人を殴ろうとすると、中々威力が乗らない。無理に腰を落として殴ろうとしたら、不意打ちなどの反撃で着いてしまう可能性がある。

 

ならば蹴れば良いじゃ無いかと思うかもしれないが、受け止められた時のリスクを考慮すると、攻めに行かない事が妥当だろう。

 

二つ目、投げ技を異様に嫌った事。

 

これは分かりやすい。大外刈りに体落とし、その他力任せの技とも言えない投げ飛ばし、これらは掛かってしまえばな地面に叩きつけられる事になる。

 

最初は怪我しても、直ぐに治せるからと無理にでも耐えていたと思ったが…あんなにも運動神経が良いんだ。無理に投げられるのを耐えるよりも、ワザと投げられて受け身を取った方が怪我も少なくすむ事は分かっている筈。

 

それでも投げられたく無いと言うことは、矢張り地面に膝を着きたくないのだろう。

 

三つ目、榴弾砲 着弾を受けられる程、耐久力がある筈なのに唯のローキックを避けた事。

 

ここまで話せばもう分かるだろう。

バランスを崩さない様に下半身への攻撃を避けた。それだけだ。今思えば、傷を移された時も、下半身には全く傷が無かった。万が一でも怪我が原因でコケるのを避ける為だろう。ワザと威力を分散出来ない形で受けてきたのも、その為か。

 

まぁ要するに…

 

「ッ…!?」

 

低空で凸って下半身に蹴りを入れて行けば良い話だ。

 

再度体制を低くし突進、脚を払うかの様に蹴りをお見舞いする。勿論、簡単に躱されてしまうが、何も一回こっきりで終わる訳じゃない。何度も、何度も執拗に、下半身だけを狙い続ける。

 

「クソッ、ガァァ!!」

 

「フッ!?」

 

しかし相手もカスだが馬鹿じゃねぇ。少しでも体が浮けば、鋭いアッパーカットが飛んでくる。今も腰が浮いた俺の額を拳がカスっていった。

常に体制を低く。簡単そうに聞こえるが、意外と難しいモノだ。苦しいのはお互い様だと言うべきか。

 

「おいお、いッ!そんなにアタシ、の脚が気になるのか、よ!そんな顔、しといて、飛んだムッツリ野郎だなッ!?」

 

「ーーーーー!!」

 

「ダンマリかよふざけやがってッ!下ばっかり狙ってねぇ、で、上にも打ち込ん、で!、こいや!」

 

どんな事を言われても無視、無視、無視だ。ここで挑発に乗ってはいけない。こっちは左手の怪我があって、向こうは個性バレの焦りがある。どちらも苦しいこの状況、つまりこれは耐える戦いだ。どちらが先に、楽と焦ったさが醸し出す甘い罠に掛かるか、強い忍耐力が試される。心を落ち着かせた方が勝ちなのだ。

 

冷静に、平静に、沈着に、但し燃える闘志と怒りを身に秘めて、この攻防を繰り返す。

蹴って、避けて、殴って、防いで…永遠に続くかの様な動作の連続、焼けつく神経、すり減る精神、消える体力、それらが重圧(プレッシャー)となりのしかかってきて。

 

そして、最初に折れたのはーーーーー

 

「チッ!そんなにアタシの脚が好きなら、お望み通りくれてやる、よ!!」

 

女野郎だった。

 

掛かった。焦って勝ちに急いでしまったんだろう。俺の額目掛けて、渾身の膝蹴りをかましてくる。短い付き合いだが、良くも悪くも精神面に対するアクションには弱そうな奴だった。脚を少し張り上げれば済む様な状況が続いて、我慢出来る筈がない。

 

ーーーーー折れてしまえばこっちのもんだ。

 

襲い掛かる鉄槌を最小限の爆破で逸らし、上がり切った所で懐に入り込む。今こいつは脚一本で体を支えている。

この脚を崩せば、こいつを支える物は何もない…!

全ての元凶を打ち砕くべく、腕を引き絞り、体に余っていた力を総動員して、打ち出ーーーーーーー

 

「させ、るかッ!!!」

 

眼前に踵が迫る。一足遅かった…!いや、この場合は直ぐに脚の制御を元に戻せたこいつの実力が凄かったのか。

どちらにせよ、これをモロに喰らったら戦闘不能は免れない。

 

どうする、どうすればこの事態を避けられる。

半端拳を打ち出している状態、止まって避けるには無理がある。そもそも、此処で決めなければ二度とこんなチャンスは訪れない。カスではあるがバカではないんだ。流石に学習する。つまりこれがラストチャンス。後退は許されない。

 

かと言って、無理に攻撃するのも愚策だ。言わば賭けになるだろう。振り下ろすのが先か、俺の拳が届くのが先かと言う、分の悪い賭けに。地面に付ける事が弱体化の条件としているが、何処まで弱体化するかはわかっていない。もしかしたら戦闘能力は残ったままになるかもしれない。その為にも此処で相討ちになるのは頂けないのだ。

 

時間が遅くなる。ゆっくり、ゆっくりと俺の命を刈り取る死神の鎌が振り下ろされていく。猶予は残されていない。早く決めなければ、このまま何も出来ず終わるだけだ。何がある、何がある。どうすれば良い。この状況を打開出来る一打、それは…それは…!

 

「なッ!?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。ふわりと舞う体、空を切る踵、驚愕に染まる女野郎の顔。

それらを全て置き去りにし、空中で反転、女野郎の背後に周ってーーーーー。

 

「ガァァッ!?」

 

踵落としをお見舞いする。落下と共に繰り出された一撃は肩口へと着弾し、膝を僅かに沈めさせる。そのまま勢いを付けるべく、両手を上に上げ、爆破を繰り返した。

此処で、この一撃で、殺す…!

 

「ウォォォ!?!?」

 

「クソがッ…!死に晒せやぁ!!」

 

力が拮抗する。沈んでは浮き、沈んでは浮き…忍耐力の次は持久力かよクソ。こいつどんな力してんだよ女だろうがッ…!?

 

「チッ…!?左手が…!」

 

激痛が走る。とうに限界なんて超えていた左手が、今度こそ崩壊の産声をあげてくる。しかし此処でのガス欠はまずい。こんな時にツケ回ってこなくてもいいだろうがッ!

現に…

 

「負けるかぁぁぁ!?!?」

 

押され始めている…!徐々に、徐々に、着きそうだった膝は、中腰より上の位置に来ている。このままでは負ける。

この、俺が、完膚なきまでの一位を取れず、こんな普通科の奴に負ける。そんな事、俺が許す訳がない。激情が体の奥底で爆発する。意地でも負けるわけには行かない。

 

何が、左手が痛いだ。こんな事で弱くなるのは雑魚の戯言、弱者の言い訳。俺はそんな有象無象共と同じじゃない。プロになりゃ、こんな傷、日常茶飯事だ。そんでもって、プロになったら俺はもっと最強になる。よってこんな怪我はしなくなるから、今無理しても大丈夫に決まっている。いつの間にか見下していた。こいつは超えるべき壁なんだ。踏むべき踏み台なんだ。

 

俺は更に先へ行く。

 

「やっぱ、ノーリスクで勝とう、なんざ甘い話だったんだ、よなぁ。痛感させられるぜ。」

 

「グッゥ…!?何、を…!!」

 

両手に力を込める。これをやったら、次の試合までに全回復は無理かもしれない。だが、今やらなければならない。

 

それが現時点での最善策なのだから。

 

これが、送られた校則の意味なのだから…!

 

「そんじゃあ…

 

 

 

死ねェ!!!!」

 

「ーーーーー!?」

 

 

最大、火力。

汗腺がズタズタになっていく感覚が脳を襲う。激痛が走る。脳汁が大量に生産されるが追いつかない。体の中の大事な物が、一気にぬかれていく、この苦しみ。

 

これを乗り越えてこそ、初めて、Puls ultraと呼べるのだろう。

 

「ェーーーーー!!」

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 

沈んでゆく膝、牛歩の様に遅かった効果速度は見る見る内に上がって行き、そしてーーーーーーーーー。

 

「ぁぁぁーーーーーーーーー!?!?」

 

金属と硝子が粉々にされる様な、不快音が辺りに響き渡った。

 

 

 

 




サイトウちゃんが好きすぎて多分そのうち短編だすと思います。その内リストラされたポケモンと東方をクロスオーバーさせた作品とか書けたら書いて行きたい。
自分、好きなんですよ。他作品の脇役キャラが他作品で強くなるパターン。マリオやカービィの敵キャラでも書いてみたいなぁと思ったり。(尚、駄文になるのは変わりない模様)


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十五話

明けましておめでとうございます。
そしてすいませんでした。

すいません、でした…!


『膝を着くな』

 

親父の、簡潔な教訓を思い出す。小さい、それこそ物心がついた時から言われ続けて来た教え、木津家に代々伝わる戒めを。

 

『早く立ち上がれ。そして構えろ。我が一族に生まれてきたからには、手に膝をつく事さえ許されない禁忌だと思え。例え、それが女だとしてもだ。』

 

親父は厳格な人だ。自他共に妥協を許さないストイックな性格の持ち主。よく早朝に叩き起こされては、グローブを持たせ、近くの武道場まで走らされる。幼かろうが、女だろうが、容赦なくアタシと拳を交え、吹き飛ばし、叱咤し、激励して、己の全てを享受させようとしてくる。ここまでの話だと、人にやっちゃクソ野郎認定されるな、親父。

 

『我が一族、木津家は、遠い昔のご先祖様…それこそかの大戦があった時よりも前から勇猛果敢な武人として一生を迎え、そして終えてきた。唯の一度も無様な屍を見せない、高貴な魂を持ってしてな。中には君主を守り立ったまま死んだ者や、我が身を犠牲にしてまで勝利をもたらそうと散っていった戦士もいたそうだ。いや、そこまでやれと言う訳ではないのだがな?それくらいの誇りと意志を胸に、道を歩める武人となれ、という話だ。ただでさえ創は珍しく女として生まれてきたからな。本当にそこまでやられてしまうと父さん、ちょっと大変な事になってしまうから。』

 

ただ、それなりに愛という物を送ってくれる人でもあった。

代々、不思議な事に必ず健康な男児が生まれてくる木津家。

その為親族に何かと言われたらしい。やれ異常やら、やれ忌み子やら…中には流産しろと言ってきた人も居たそうだ。

そんな猛反対の中、アタシを最後まで育て、立派な武人にすると言ったものだから、こんな辛い練習を毎日毎日繰り返し行いやがる。いつの時代生きてんだよその親族とやら。親父も流石に縁を切ったと言っていた。まぁ自分の子供を流産させようとしてくる奴とは縁切るわな。親父も悔しかったんだろ。女という理由で見限られる事に。だから熱が入りまくるのか。

だが、別に武術を叩き込まれる事を嫌と思った事はない。そこはとことん木津家の血を引いているのだろう。

一つ一つの技が出来ていく度に、高まっていく高揚感、殴り合っている時に騒つく血液の流れ、膨れあがる闘気、士気、そして(野性)の輝きに魅了されるのに、そう時間は掛からなかった。

 

『もし、この家訓の意味が理解できないのなら…何故、自分が立たなければならないのか、それを常日頃から考えて、胸の内にしまっておけ。勿論、その時も立ってな。』

 

何故、立ち続けなければいけないのか。

親父は練習終わりに、いつもそれを提示して、アタシを悩ませてきた。その時は、質問の意味も分からず、個性の性質上立た無ければ発動しない、と結論付けて先送りにして居た。難しい事を考えるのは嫌いだった。アタシは唯々、武術を出来ればそれで良かった。

 

『ん?なんでそれも立たないといけないかって?そりゃあお前…』

 

けど、親父がアタシの頭を、そのゴツゴツに歪んだ手で、

 

『立ってさえいれば、俺が肩組んでお前を支えてやれるだろ?』

 

一日髪型が直らないくらい、クシャクシャに撫でてくるのは、嫌いでは無かった。

 

『創、立て。例え嵐が来ようと、大雪が降ろうと、地震が起きようと、倒れず立ち続ける大木となれ。立ってさえいれば、なんとかなる。立ってさえいれば、きっと仲間が支えに来てくれる。一度折れた木はもう元には戻らないが、倒れず立ち続ければ、その内誰かが補強に来てくれるだろ?父さんも、そうやって立ち続けて居たら、お母さんが支えに来てくれた。

ーーーきっとお前の原点(オリジン)は、上を向かないと見えない高い所にある』

 

言葉の意味は分からなかったが、妙に熱があるその言葉に突き動かされて、ここまで頑張って来れたんだ。打ち込んで来れたんだ。だけど、すまん親父。本当にすまん。

 

「ラァッ!」

 

「グフッ…!?」

 

約束、破っちまった。

 

「…まだ気絶しねぇ。雑魚はねちっこくて惨めだが、強い雑魚はもっと厄介だな。早よ死ね」

 

「は、ッ、はッ…うっ、ぷ。ぺっ、その言葉、矛盾、してねぇか…ッ?」

 

胃から迫り上げてくる鉄分を、口内の分と合わせて外に吐き出す。生臭いペンキが床にぶち撒けられた。あぁ気持ち悪い。胃液と混ざってるから後味最悪だ。切れた傷口からは血が滲み出てくるし、胃も少し傷ついてる。踵落としされた所は脱臼していて、赤く大きく晴れていた。クソッ、こんな傷、個性が使えりゃ直ぐに治せるのに。治せるのに…

 

「やっぱ、膝を着いたら使えねぇって事が弱点か。タネさえ分かりゃあ怖かねぇ、とんだ欠陥個性だな」

 

「馬鹿にするな…!馬鹿にするなよ…!アタシの個性を…代々継いできたこの個性を、馬鹿にすんじゃねぇ!」

 

ーーー倒れちまったから、使えない。

 

あらとあらゆる傷を防ぎ、移し、治して、悪化させる、アタシの個性。痛覚は正常に働くとは言え、銃弾さえも耐え抜いて見せる、初代発現者から代々木津家に渡されて行った、この個性。人によれば、明らかなチートだと妬むだろう。恵まれてる奴だと嫉むだろう。

だが、こんな個性にも弱点と言うものは存在する。

 

この個性を発動している間は、()()()()()()()()()()()()()。椅子に座る事はおろか、手を地面につけることさえ許されない。

つまり、発動中は、どんなに痛くても、苦しくても、辛くても、しっかりと二本の足で大地を踏み締めなければいけない。

そんな、武人の掟や魂、生き様(プライド)と言うものを背負って立たなければならない個性なのだ。

 

「傷も直ぐに治さねぇし、かと言って移すために残してるって訳でもねぇんだろ?さっきはあんなにもボコスカ殴ってきたくせに、今は逃げに徹している。ここまで見たら、ペナルティは一定時間、個性が使えなくなるって感じだと思うが…。

ーーーそこまで長くないんだろ。制限時間。

もしこれが一時間二時間くらい長かったら、テメェはきっと突っ込んで来るはずだ。逃げるって事は、耐えればまだ勝負出来るチャンスがあるからだ。ケッ、面倒くせぇな」

 

「ッ…」

 

…相変わらずの洞察力に脱帽する。一体、こいつはどこまで神に祝福されて生まれたのだろうか。唯でさえこんななのに、ヒーロー科に入って修行を積めるんだから…思わず歯がみしちまう。言い様も無いこの感情を振り払うべく、強く両の拳を打ち付けた。何度も、何度も。鈍い音から水質的な音に変わるまで、体に再度ガソリン注ぎ込む。エンストしそうだが、気合で何とかするしかない。もう一度倒れたらーーー

 

「…ここまで来ても倒れない様立ち回りやがるのは、唯のプライドか、はたまた…()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな所じゃねぇか?そうすっと元となる時間、5、6分だろ」

 

「ーーーキモいなお前」

 

五分、五分だ。

 

膝を着いた回数に尽き、約五分。

 

その間、アタシは無個性となる。

 

「クソッがぁッ!!」

 

飛んでくる爆破の嵐を掻い潜る。チリチリと紫紺の髪を焦がす臭い、頬を鎌鼬が通る感覚に冷や汗が止まらない。蛇口を思いっ切り捻ったかの様に、心が憤怒と憎悪に満たされる。怒号が漏れた。その覇気を、気迫を、ドロドロに溶けた、感情を。燃料タンクにぶち込んで、オーバーヒートしそうな発動機を更に回す。余りにも粗悪な燃料は、機体の性能を著しく下げ、故障させる要因となるがーーーそんなもの知るか。

気合で、根性でどうにかする。なんの為に今まで修行してきた。道を辿って来た。武道は唯力をつける物じゃ無い。どんな時でも、挫けず、立ち向かう精神力を、心を鍛える為でもあるじゃないか。それに、愉花が言っていた。人間所詮、感情論で動くと。どんな理屈があろうと、根拠があろうと、結局は感情に突き動かされ、翻弄される、哀れな操り人形だと。

 

なら、私は喜んでその操り人形とやらに成り下がろう。

 

「…シツケェなぁ…!さっさと死ねよクソがッ…いつまで時間掛けさせやがる…!」

 

「ならお前が先に斃れるんだなッ!ほら、じっとして突っ立ってろよ、そしたら直ぐに終わらしてやる!」

 

外れた肩を無理矢理嵌め、肩の回転数を上げる。飛んでくる爆破に対抗するべく、そっちが爆破の嵐なら、こっちは殴打の嵐だと。激痛が神経を苛むが、踏ん張る。二度と倒れ無い様に、しっかりと地面を踏み締めて。

腕と拳が、爆炎と身体が、額と額が。

力と力がぶつかり合い、軽い衝撃波を生み出す。振動が骨に悲鳴を上げさせる。無視する。今は唯、相手に拳を打ち込む事だけを意識する。

一つ一つに、勝ち上がるという想い(殺意)を込めて、ひたすらに。

 

「うざっ、てぇぇ!!」

 

「アグッ!?」

 

不意に、着弾。

アタシのラッシュを全て往なした爆豪の大振りが、太腿に突き刺さる。迸る電気信号。倒れろと脳が指令を出すがーーー無視する。力の抜ける脚に根性を処方する。嫌がる神経の口をこじ開けねじ込んだ。そのままフラフラと揺れる足元のまま、ボディーブローを叩き込む。防がれ、距離を取られた。間が、生まれる。

 

「ッーハァーッーハァ…!」

 

身体中に酸素を送り込む。何度も、何度も送り込む。しかし器官は満足してくれないらしい。おかわりを所望された。それの対価を払うかの様に、水分が身体から抜けていく。汗が止まらない。ボロボロの体操着はもうぐしょぐしょだ。絞れば多分出てくる。喉が、乾く。腹が、エネルギーを求めて鳴り続けた。

 

「チッ…!」

 

それらの要求を無視ーーー出来ない。

頭が急速に冷えていく。遂に燃料が切れた。先程まで高ぶっていた()が、どんどん小さくなる。必死に薪を焼べようとするが、その薪が無い。視界の明度が落ちる。泥沼に、ハマる。足掻けば足掻く程、深く身体が沈んで行った。

痛い。苦しい。辛い。憎い。悔しい。恨めしい。

冷たい感情が背筋を凍らせる。あぁ寒い。手が震え出す。脚が震え出す。心が、震え出す。世界が揺れた。おかしいな、愉花の個性はとっくに切れた筈なんだが。

 

「…ミッドナイト……試合……ありま…どうします?」

 

「…そう、ね…」

 

審判(ミッドナイトとセメントス)が話合う。なんて言っているか、詳しくは聞き取れないが、きっと試合続行可能かどうかを話しているんだろう。やるに決まっている。判定負けなんて、みっともねぇ事はしない。どうせやるなら、KOのみだ。

ダランと垂れた腕を、上げる。構える。ステップを、足捌きを整える。まだ出来ると言う事を、皆に知らしめる。観客が響めいた。

 

だが、身体の準備を整えても、必ず心が付いてくるとは限らない。

 

どれくらい経った?

 

あと何分、何秒耐え続ければ個性が戻る?

 

耐え続けると言っても、そもそも状況的には不利、逃げ切れるのか?

 

ーーーあんなに殴って、有効打の一つも取れないのに?

 

果たして、果たしてアタシは。

 

個性が戻っても、アイツに勝てるのだろうか?

 

「ッーーー!!」

 

奥歯を噛み締める。勝てるのだろうかじゃない。勝つんだ。勝つしかない。アタシには、勝つ事しか存在価値などない。他の三人の様に、頭の回らないアタシは、闘い続ければいけないんだ。だから、お願いだ。この想いよ、引っ込んでいてくれ。

 

ーーーもう楽になりたいなんて

 

「絶対に、想うかよッ!!」

 

咆哮を上げる。破壊音が身体の中で響きながら、それすらをも推進力にして突貫する。何がなんでも、その澄まし顔に一発叩き込んでやるッ…!!

 

右から飛んでくる爆破を払い、空いた身体にアッパーカットを打ち出す。後ろに飛んで避けられるが、逃がさない。更に踏み込み、フック、ストレート、ジャブと、再度殴打の嵐を巻き起こす。空っぽの燃料タンクに燃料を注ぎ込めないのなら、燃料タンク自体に火をつけ燃料とする。有毒ガスが機関を回した。長くは持たない。だから、早く決着をーーー!

 

するり、と。

 

何かが入り込む感覚がした。

 

五分、経った。

 

「ッし!!」

 

カラダと個性の接続を確認する。電源をフルに入れる。欠けていたパズルにピースを組み込めた。お陰様で傷だらけ。反撃には十分過ぎる力を有している。こっからだ、こっからなんとか勝ち上がる。カウンターの怖さを思い知れ…!

 

腕に力を込める。振り上げる。例え有効打にならなくても、躱されても、防がれても構わない。まだ個性が戻った事は知られていない筈。この一打を振り抜いた時に発動する。自分のを丸々移すのは体力的に無理だ。傷を治せる余力はない。残る選択肢は道連れのみ。この傷をコピーする。お互い大ダメージを負った状態にする。そうなったら、比較的痛みに慣れてるアタシの方が有利になる。さぁ、爆豪。お前はどうくる?

 

「…」

 

避ける動作はなし。回避ではなく防御を選択したらしい。掌を此方に向けてーーー向けて?いや、まてこの動作は…!

 

閃光弾(スタングレネード)

 

腕を振り上げる。光が世界を包み込むがーーー間に合った。

視界は奪われない。止めるに値しない。前に突き進む。

そのまま目潰ししてくる卑怯者がいるであろう所目掛けて、拳を振り抜き、

 

「何度も同じ手食うかーーーよ?」

 

空振った。

 

目の前が晴れる。光の雲が消えて無くなる。眼前に現るは()(爆豪)が居ない。おかしい。あり得ない。奴の個性は姿を消す様な物ではない筈だ。こんな一瞬で移動出来る物でもないし、砂時計の如くゆっくりと動く時間の中、背後に視線を飛ばしても矢張り無しかない。なら何処にいる…!?

探す。探す。見つからない。実際に経った時間は三秒にも見たないだろうが、体感時間では一分以上と錯覚してしまう。焦燥感が滲み出る。目元まで暗幕が垂れ下がった。疲労が、限界だ。

 

だから、気付かない。

 

影法師が、()()()()無い事に。

 

 

「上だウスノロ、やっぱその頭には筋肉しか詰まってねぇな」

 

「ーーー」

 

どっ、と衝撃、肩を掴まれる。いや、押される。意識外からの攻撃に対処出来ず、膝が沈んだ。身体の危険信号を全力で稼働させ、なんとか耐えた所にーーーもう一度、衝撃。空気が焼けた臭いがする。膝が地面に叩きつけられた。

 

一回

 

「ガァァァ!!」

 

再度膝をつかされた事により、頭に血が昇る。ボルテージが上がる。それらをバネに、肩口目掛けて拳を振り抜きーーーまた空振り。まるで予測してたかの様に、肩を離した爆豪と、驚愕に染まるアタシの目線が交錯する。凶悪な笑顔が視界に映し出された。ゾッ、と。長らく忘れていた感情の蓋が外される。

 

「ッァーーー」

 

「は?避けんなよテメェ殺すぞ」

 

また危険信号が仕事をする。頬を穿たれる。元は顎を狙ったんだろうが、直前で顔を傾けた事で着弾点をずらさせて貰った。一先ずブラックアウトは免れる。だが幾ら頬といえ、脳が揺れる事は確かだ。耐えられず肘を着き、横に倒される。

 

二回

 

「ヘブッ!?!?」

 

直ぐに起き上がろうと、血液が垂れ流されたまま上体を起こしーーーた所で、今度は腕を掴まれる。まだ情報を脳が処理出来ていない状態の中、反応が出来ない。そのままされるがままのアタシを、爆豪は爆破の推進力を使って一回転、地面に叩き付けた。火花が散る。肺が潰される。割れる様に頭が痛くなった。

 

三回

 

「カハッ、ケホッ、うぐぅ…い、でぇ…苦しい…!」

 

五分、×…三回。つまり十五分。十五分間、また私は無個性だ。

力が抜けていく感覚に吐き気がする。パズルのピースを隠された感覚に嫌気がさす。あぁ、腹が立つ。なんだ今のコンボは。全く着いて行けなかった。第一バレてたのかよ。チクショウ、1ミリも傷を移せなかった…!クソ、早く、早く立ち上がらなければ。早くしないと4回目に加算されちまう。悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、立ち上がろうとする。が、糸が切れた人形の様に、ピクリとも動かない。盛大にコケた。…後二十分。

 

ミシリと、ヒビ割れる。

 

「…はぁ…はぁ…」

 

「…こんだけやってもまだ立てるとか、普通にクソキメェなお前。もう目が虚になってんぞ」

 

「…はぁ…だから、どうしたぁ…はぁ…!」

 

ミシリと、ヒビ割れる。

 

「もう戦っても無理ってこった、お前に勝ち目はねぇよいい加減諦めろ。こちとらイライラしてきたんだよ」

 

「…さっきの意趣返しかよ…悪かったな、そんな事言っちまって。だが諦めねぇぞアタシゃあ…勝つ為なら、今、この瞬間に命すら燃やして見せるさ。後の事なんて知ったこっちゃねぇ…何度でも立ち上がってやる…!」

 

ミシリと、ヒビ割れる。

 

「さぁ、構えろよ。そんな無防備晒しってっと、その横顔に一発叩き込んで」

 

「ーーー出来ねぇ事宣うんじゃねぇよ踏み台が。ちょっと試合が続けられるからって調子乗んな」

 

「ーーー」

 

ミシリミシリと、ヒビ割れる。間隔が急速に狭まる。

 

「…言ってくれるじゃねぇか。その踏み台に翻弄されてるのは一体全体何処のどいつだよ…!」

 

「黙れクソが。どうせお仲間の為にとか喚くんだろテメェらモブはよぉ…虫酸が走る。ヒーローごっこは他所でやれよ」

 

「んだとテメェ…!!その不協和音しかださねぇ口今すぐ潰してやるよ!オラ、早く構えろよ!」

 

聞こえない。聞こえない。聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない…!意識するな、この音を。響かせるなこの音を。拳をぶつかり合わせる。エンジンを点ける為、何度も何度も、ぶつかり合わせる。水質的な音が生まれた。鈍い痛みが襲ってくるが、ちょうど良い。これを補強材にしてやる。

 

「シツケェなもうテメェとやっても意味ねぇんだよ。もう何も得れねぇ。死体蹴りして何になるってんだ?あぁ?」

 

「んな理由こっちが知るかッ!!良いから早く構えろよッ!?何で構えないんだよッ!?アタシはまだ戦えるッ、アタシはまだ立てるッ!アタシはまだ、立てるんだッ!!」

 

荒ぶる。そんな体力何処に残っているんだってぐらい、喚き散らかす。奥底から冷たい感情が湧き出てきて、留めを知らない。足が凍りつく。エンジン機関を冷やす冷却水が出来上がった。身体中にぶっ掛ける。一瞬で蒸発した。熱は止まらない。

熱気に当てられたのか、パキパキと、さらに音が近づいて、

 

「二十分がなんだ?そんなもの、殴り合ってりゃ直ぐ過ぎんだろ!怪我がなんだ?こんなもん、アタシに取っちゃ武器だ!カウンターへの下準備だ!観客が見てらんねぇから何だってんだ!?この程度でぶるっちまうんだったら、今すぐ帰ってハロワでも見てろよ!もういい、御託はもういいッ!頭につかうエネルギーも惜しいんだ、さっさと構えろこの腰抜けがぁ!!」」

 

 

「じゃあ何で笑わなくなったんだテメェ」

 

 

パキン

 

 

()が、折れた。

 

「は…?」

 

「さっきから全然笑わねぇじゃねぇか。膝着くまでは狂ったようにケラケラ笑ってた癖に。身体がボロボロになっても動ける奴は動けるし、強い奴は強ぇ。それこそ、オールマイトみてぇにどんな時でも笑って望むような奴はな。俺はてっきりお前のソレは、ルーティーンみてぇなものだと思ってた。どんな状況でも、自分を保つ為の儀式だと思っていた」

 

ーーーでもとんだ勘違いだったぜ。

 

「不利になったら途端に暗い顔しやがる。攻める訳でもない。いや、()()()()()としない。防ぐにしても、カウンターを狙った防御じゃない。唯々逃げ切る為の防御だ。なんにしても中途半端で終わらせていやがる。目が怯えてんだよ。身体が震えてんだよ。吐き出す空気が、覇気が、重ぇんだよ。

 

ーーー心が折れたら、どうにもなんねぇんだよ

 

そんな奴甚振って何の得になんだ?あぁ?」

 

嵐が来る。大雪が降る。地震が起きる。

耐えきれず、ガラガラと(ココロ)が音を立てて崩れていく。支えていた物が、壊れていく。揺れる。揺れる。心が揺れる。まるで脳震盪を起こしたかの様に。全てが揺れる。力が入らない。発動機が遂に動きを止め、中から溢れたオイルが機関を絡めてダメにする。膝を着いてしまった。後二十五分。

 

「…ク、ソ…ォ…」

 

深い海に身体が沈む。立ち上がれない。膝に波が押し寄せてくる。水が滴る音を幻視した。このまま濡れたらもう、二度と立ち上がれない。武人としての、人生が幕を閉じてしまう。それだけは避けなくては…

 

ーーーゆっくり休みたい

 

避けなくては…

 

ーーー辛い思いをしたくない

 

避け、なくては…

 

ーーー想い人の帰りを待って、傷だけを治す、そんな人生を送っても、いいんじゃないか?

 

避け、なくて…いいんじゃないかと囁くアタシが、アタシを誘惑して離さない。まるで灯籠に誘い込まれる蛾の様に、光がアタシを魅了する。眠くなって来た。この微睡に身を委ねられたら、どれほど楽なのだろうか。倒れ込みそうなのを必死に抑えながら、そんなことを考える。おかしいな、アタシはこんなにも女々しくて、弱っちぃ人間だっただろうか。こんなもんだったか。元々アタシは…アタシは…ーーーーーー

 

 

「ーーー木津ッ!!!!」

 

 

顔を振り上げる。聴き慣れた声の発信源を探し、見つける。

歓声に会場が濡れている中、目線の先、爆豪よりも遥か先の方に、

 

泣きそうな顔をしながら声を張り上げる、障助が。

 

手摺りを掴む手を震わせながら、声を張り上げていた。

 

…なんでお前が泣きそうなんだよ。今一番泣きてぇのはアタシなのに、まるで、まるで身代わりみたいにベソかきやがって。

心操達も、そんな不安そうな顔すんなよ。ほんとにごめんな。こんな風に、約束も守れず負けちまって。後で好きなだけ責めてくれて構わねぇ。だから、今はもう…障助、後は頼ん

 

「ーーーもう、休めッ!!お前は良く頑張ったよ!誰もお前の事を責めない!責めないから!だから、だからもう棄権しろ!」

 

ーーー怪我が残っちゃ危ねぇぞ!!

 

『木津ちゃん、頭を打っていたら大変だよ。怪我が残ったら危ないから、ね?』

 

「ッーーー!」

 

目が覚める。身体に再度電源が入り、フル稼働させる。顔に冷や水を掛けられた気分だ。先程の冷たい感情とは裏腹に、今度は煮えたぎるような熱い感情がマグマの如く噴き出す。逆鱗(プライド)を逆撫でされた。

危ねぇぞ…?危ねぇぞっつったかあの野郎…アタシに、傷を操るアタシに、怪我が残ってちゃ危ねぇぞ…!?

 

膝を浮かす。

脳が警報を告げる。無視する。

 

ダラリと垂れた腕を上げる。

脳が警報を告げる。無視する。

 

両の拳を力のままに叩きつけ、構える。

脳が警報機という警報機を鳴らしまくる。全部ぶっ壊して薪に焼べてやった。

 

ある。あるじゃないか。燃料となる存在が、確かにアタシの中にあるじゃないか。簡単な事だった。少し考えれば、分かる事だった。矢張りアタシは、言われた通り脳筋の頭デッカチだ。自分で自分が嫌になる。そうだよ。そうだったよ。

 

自尊心(プライド)に火を点ければ、万事解決じゃねぇか。

 

「ッーーー」

 

「…お前馬鹿だな。相手にするだけ時間の無駄だった」

 

脚に力を込め、前に飛び出す。そのまま腕を引き絞り、射出準備を整える。眼前に映るは失望の眼差しを向けてくる爆豪。止める余力はない。唯々素直な殴打をお見舞いする。

そんな攻撃、爆豪が今更になって食らう筈もなく、するりと流され、体制の崩れた所にカウンターをお見舞いしてきて

 

「ガッ!?」

 

殴り飛ばされた勢いを利用して、横っ面を()()()()

意識外の攻撃に対応出来なかった爆豪は、大した受け身も取れず転がっていった。バランスを崩し、地面に手をつく。後、三十分。制限時間が延びる。だが、別に良い。個性の弱点を暴かれてから唯一入った有効打。観客が沸いた。

 

()()()、そんな恨めしそうな顔すんなよ。アタシはキックボクシングも習ってんだぜ?蹴り技が出来ないなんて一言も言ってねぇんだよ」

 

次々に自尊心が燃えカスとなっていく。別に良い。もうパンチャーとして戦わなくても良い。そもそも、一度制約を破った時点でアタシは武人として地に落ちた。ここからは形振り構って居られない。どんな手を使っても、勝ちに行く。

 

「個性?あんなもの、無くても良い。無くても、己の身体さえ有れば闘える。元々そうだった、そうだったんだよ。今まで『傷操作』っていう個性(ハンデ)に甘えて、驕って。

アタシは…()()は、どうやら原点(オリジン)を忘れて居たらしい。ほんと、まだまだ修行が足りねぇな」

 

立ち上がる。拳を握る。最早赤いを通り越して黒くなっているが、構わず折り曲げる。命が悲鳴を上げる音が、身体中に響いた。ニッと笑う。それはもう、不敵に。心からの笑顔を、目の前の好敵手に送りつける。ホラ、お前の大好きな笑顔だ。感謝しやがれ。

 

「さぁ、構えろ。魅せてやるよ。己の全てを賭した、(野生)の輝きを」

 

ステップを踏む。構える。今度は脚も繰り出せる様に、しっかりと。もう弱い所は見せられない。強い所も見せられない。灰しか残っていないオレには、きっと無理だ。

なら、ならば。

せめて、身体を全力でぶつけ合う魅力を残せるよう、最後まで闘い切ろう。それが、約束を破ったオレに出来る唯一の事だから。

 

いつまでも、惚れた(オス)に情け無い顔させられないだろ?

 

「さぁ、勝負だ」

 

目指すはピッチャー返し、ただ一つ。

 

青空に雄叫びを上げ、振り抜いた。

 

 

 




酷すぎる…!


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十六話

はい、どんだけ待たせやがるって話ですよね。そして待たせた割にはなんだこの文字数とクオリティはってなりますよね。色々言いたい事はあると思いますが、作者は今年もチョコ0個だった、それで勘弁してもらえないでしょうか。


友達と友達になった時、どんな場所で、どんな場面で、どんな風にだったか、意外にも覚えていなかったりする。

 

オレもそうだ。

 

愉花と、心操と、障助と、ガキの頃から付き合いがあったという事だけで、どういう経緯で友達になったのかはっきり覚えていない。確か家が近いとかどうとかで知り合ったんじゃなかったか。

 

どちらかというと友達との印象的な思い出は、喧嘩やら、部活動の大会やら、何処かに遊びに行ったやら、そんな近い日常に依存すると思う。

 

あの時アレが原因で血が出る程殴り合いをしたとか

 

あの時みんなで勝ち取った試合は最高だったとか

 

あの時アイツは面白い事を言っていたとか。

 

割と重要な事だったり、思いの外下らない事だったり、そういうものが、案外記憶に残り、一生モンの宝となっていく。

 

障助との印象的な思い出は、主に後者の方が多い。

 

感野 障助

 

最初の印象は、年齢と精神がかけ離れてる奴、だった。

物心ついた時からオレの後ろにいて、それは危険だと注意したりしてくる、うざい奴。いちいち言動が大人びていて、それが何処と無くシャクで、よく喧嘩をしたのを覚えている。

当時は武道を習っている人間などオレだけだったし、元々ガキ大将の様な立ち位置にいたので、直ぐにボコボコにしていた。

 

アイツは男の癖に直ぐ泣くし、腕っ節も弱かった。

その割には毎回毎回突っかかって来て、金魚の糞のようにオレの後ろをつけて来る。

 

その姿がとても滑稽で、自分の出来ない子分として見下していた。たくさん貶したし、たくさん辱めた。今思えば、良くオレと友達を続けてくれたと思う。

 

 

アイツとの付き合い方が変わったのは、大した事があった訳じゃない。

 

 

いつも通りにオレの元で媚び諂ってくる取り巻きと、それについてきた障助とで、入っちゃいけない山の中を探検しに行った時だった。

 

危ない、危ないと言ってオレを心配し引き戻そうとする障助にイラつきながらも、みんなでイビりながら森の奥へと進んで行き。

 

倒木で出来た橋を渡ろうとして、苔で脚を滑らせ落ちた。

 

橋と底までの高さはそこそこあって、突然の事もあり大した受け身も取れず叩きつけられた。齢四歳では経験した事も無い衝撃と、後から追うように痛みが襲ってきて、そこで人生初の大きい怪我を負った。

足を強く捻っていた。腕には深い切り傷が出来ていた。違和感があって、頭を触った掌にはべったりと血がついていた。

 

初めて受ける激痛。

 

初めてみる痛々しい傷。

 

初めて感じる、()()

 

全てが未体験で、どう対処すれば良いのかも分からず怯えた。何せ、怪我の正確な対処など知っている筈もなく、個性が個性だ。普段はちょっとした擦り傷など意識するまでもなかったが、今回ばかりは事情が違ってきた。地面に叩きつけられたから、個性も使えなかった事が、不安を促進させ恐怖へと変えた。

 

年相応に泣きじゃくりたかった。

 

誰か助けを呼んでこいと、誰か助けてくれと喚きたかった。

 

だが、ガキ大将としての立場があったし、変なプライドが邪魔して痛がるに痛がれなかった。

今日は探検を切り上げると言って帰ろう。父さんに、そこらの土手で滑ってコケたとでも言えば、足腰が弱いと叱られるかもしれないが治してくれる。きっと連れの誰かが心配して助けてくれる。その時に、いつも見たいに余裕そうな顔をしていれば全て済む話だ。

 

そう、思っていた。

 

『はっはっは!創のやつ、足すべらしておちたぞ!」

 

『どうする?おとなよぶ?俺たちがたすけるにはすこしきつい。俺どろだらけになるのいやだし、わざわざ下まで下りるのめんどくさい』

 

『けっこう高いところからおちたけど…だいじょーぶでしょ。創ちゃんだもの、いつものこせいでパーってなおすさ』

 

『それにおとなよんだら俺らがおこられるだろ。おい創ー、さきいってるぞー』

 

だが、実際は違った。

 

創にもだせーことがあるんだな。そう言って連れは笑いながら先に進んで行きやがった。

あいつなら大丈夫。あいつなら助けもいらない。だって、あいつだから。自分が助けて、同じような目にあったら大変だ。

 

あったのは、そんな固定概念と保身だけ。

 

 

誰もオレの事を心配している奴なんていなかった。

 

 

思考が停止した。

誰も心配してくれない事に、怒りを通り越して驚愕していた。

 

貼り付けた余裕と魂胆、それが音をたてて崩れていく、その感覚に唯々動揺して、じわりと恐怖が滲み出る。

 

なんで、という言葉は紡げなかった。何故ならこの結果を招いたのは他でもない、オレだった。オレの普段の行いから生み出された、最悪の状況(シュチュエーション)

 

焦った。動揺した。

 

助けが見込めない。自分だけでどうにかしないといけない。でも、どうやって?足も動かない。手も上がらない。頭からは血が出ていて、ガンガン殴られているように痛い。

ジッとして、個性が戻るまで…いやダメだ。このまま地べたに身体を付けたままじゃ個性は戻らない。寧ろカウントが増えてしまう。

 

それに、いつまでもこんな不衛生な場所で傷を晒していたら悪化する。この前テレビで傷から入ったバイキンが脳を壊すと言っていた。

だからと言って立ち上がろうとしても、脚が言うことを聞いてくれない。

 

ーーー詰んだ。

 

どうしたって詰み。死んだ。もう終わりだ。本気でそう思った。助けなかった奴らが憎いとも思った。変なプライド抱えて素直に助けろと言えなかった自分が恨めしいとも思った。

 

このまま個性を発動出来ず、助けも呼ばなければ血が出過ぎて死んでしまう。呆気ない最期だった。

暗くなってきた思考で、そんな事を考えた。泣きたかった。実際泣いた。そこまで、気が滅入っていた。

 

あぁ、死にたくない…死にたくない…なんなんだよあいつら、ちっとは心配して助けに来いよ!どろだらけになりたくないなら山くんな!

 

涙がポロポロと頬を伝い、土を湿らせていく。自業自得の事に一方的に弾糾する。ガキがただこねるように、ずっと。

だんだんと、視界が暗くなっていく。泣き疲れてまぶたが重くなったのか、それとも…なるべく前者の方がいいな。

 

『だれか…助けろよ…!』

 

その言葉を最後に、オレの意識は完全に海の底へと沈んでいき。

 

『木津ちゃん、頭を打っていたら大変だよ。怪我が残ったら危ないから、ね?』

 

直ぐに引き上げられた。小さな小さな手によって。

 

『えっ…』

 

『ほら、おぶってやるから早く帰ろ。おじさんなら傷の手当てぇぇ!?え、ちょ、凄い怪我だな!?急いで降りてきたから全然気付かなかったやばい早く運ばなきゃっ…あ、そうだ個性!木津ちゃん個性発動して少し治しておきなよ!』

 

『オ、オレのこせいはコケたらはつどうできなくなる。たぶんあと10分くらい使えねぇ…』

 

『えぇぇぇ!?アホ、アホだよ!?ちょっと本気でやばいなぁ!?傷に当たらないように持たなくちゃ…!』

 

『あ、あとオレあたまも打って血出てるからあまりゆらすなよ…』

 

『案の定!?馬鹿なの!?もう、しっかり捕まっててね!?』

 

俺言ったよね!?危ないから帰ろって!

 

そう言ってオレを優しくおぶって、急斜面を登っていく。

少ない足場を踏み、生えている木にしがみつき、落ち葉で滑りおちても、オレに衝撃が来ないように止まって、また登る。

 

お世辞でも障助は要領が良くなく、何度も何度も危ない所はあったし、自分だったら登れる場所を迂回したりしたから、もどかしさはあったけど。

 

それでも、枝やら草に引っ掛けて、身体中に擦り傷作りながら、珠のような汗を流しながら、ゆっくりゆっくり、確実に登っていって。

 

途方もない感情が心を渦巻く。

 

『はぁ…はぁ…ようやく上についた…!木津ちゃんって意外に重いんだね…!』

 

『まぁ、きたえてるからな…それより、なんでだ…?』

 

『ふぅ…ふぅ…へ、なにが?』

 

『いや、その、なんでオレを助けた?そんなキズつくってまで、いつもいじめてくるやつのこと。ざまぁみろって笑って、ほかのやつらみたいに、さきにかえっちまえばよかったのに…なんでだ?』

 

だから、そんな疑問が湧くのも無理はなかった。ぎゅっと肩を握る力が強くなる。聞いた手前、こんな事言うのもなんだが怖かった。彼が、あぁそうだなといったらどうしよう。なんてのは、虫の良い話だが。けど、罪悪感を感じているのも事実、言っても欲しかった。

思考がちぐはぐになる。

 

『ーーーいや、目の前でコケた奴がいたらとりあえず起こしに行くだろ?』

 

『ーーー』

 

泣いてんなら尚更、俺はヒーローになりたいからな!

 

だからこそ。

 

なんの迷いもなく言った彼の笑みを見て

 

ーーーカッコいい

 

そう強く思った。

 

それから家について、親父にこっぴどく叱られて、怪我を治して貰った直後に足腰が立たなくなるまで稽古をさせられた。あいつはそばで申し訳無さそうに笑っていた。

次の日も、その次の日も、あいつはそばで笑っていた。笑ってくれた。

 

そのまま小学校に入って、中学校に入って、高校(ココ)に入って。

 

個性の事やアイツの家庭でゴタゴタした時期もあったけど。

それでも変わらずアイツはオレとつるんでくれて。

 

もう、苛立ちを覚える事はなくなった。

 

 

ーーーアイツの様な人間になりたい。

 

 

アイツの様な、コケちまった奴をなんの躊躇いもなく引き上げて運んでやれる、そんな人間(ヒーロー)になりたい。

 

アイツの()を見て暫く忘れちまった、オレの原点(オリジン)だった。

 

「ダ、ラァァアァ!」

 

膝を振り上げる。唸りを上げる空気、音を置き去りにする一撃が奴の土手っ腹に叩き込まれる。

同時に視界が火花で染まり、カウンター気味に出された爆破が延髄に着弾。

二人とも、衝撃に逆らえず弾き飛ばされる。

 

「へへ、あっぢぃ…ゴホッ、フっ…」

 

直ぐ様立ち上がり一呼吸。徐々に減っていたカウントが繰り上がる感覚に反射で不快感を催すが、意志を燃やす事で打ち払う。ふらつく脚に鞭を打ち、必死に大地を踏み締めた。表情だけは余裕そうに。

 

「しかしながらこう見てみると、オレってばチョロいな。あんな単純な理由でオチるとか少女漫画かよ。ま、全然いいんだけどな」

 

「黙っとけはよ死ねや」

 

「ははっ…その言葉、そっくり返してやん、よッ!」

 

拳を打ち出し、横に避けたところを見計らって薙ぎ払い、爆破で往なされる。爆煙と衝撃に視界を殺されるオレの鳩尾に蹴りが叩き込まれるが、そのまま脚を掴んで肘鉄を数発振り下ろした。爆破で拘束を解かれる。

 

奴の動きが鈍くならないのに対し、オレの動きはどんどんキレがなくなっていく。

それは何故か。単純、根本的な資質の差だ。

ヒーロー科と普通科、新型と旧式、男と女。それらが生み出した確実な壁。いやという程経験してきた。

 

その都度、積み上げて来たモノが瓦解する感覚に目眩がするんだ。

生身で壁を登ろうとオレらが汗水垂らして鍛えている中、奴らは壁を登る道具を与えられていて、ちょっとの講習でスラスラ登っていく。

命綱だって備えていて、落ちそうになっても支えられて登り直す事が出来る。

 

それが堪らなく悔しかった。羨ましかった。なんで自分はって恨めしく思った。

 

 

そして何より、オレが一番皆の中でマシな癖に、悲劇のヒロインぶってる事に吐き気がした。

 

 

そうだ、そうだよそうなんだよ。オレが一番恵まれてるんだ。鍛えてくれる親父がいて、支えてくれるお袋がいて、健康にも体格にも恵まれ、何より『傷操作(ダメージコントロール)』という個性を授かった。

心操も、愉花も、障助も、自分の個性で苦しんでいる中、オレだけが違った。オレだけが、()()な『強』個性。汎用性の高い、()()()()()()と言われる個性。

 

弱音なんて、吐ける筈が無かった。

 

必死に自分を強く見せた。常に彼らの前では気丈に振る舞った。馬鹿でガサツで男みたいな女、木津 創。そんなキャラを崩さない様に、不安を飲み込み続けた。

 

愉花の個性だって、全然大丈夫じゃない。見栄を張っていただけだ。本当はドロドロとした感情が胸に溜まってて、抑えるのに必死だった。辛かった。苦しかった。感情のままに蹲りたかった。

 

それでも、立ち続けた。自分は大丈夫だと笑って見せた。蹲る訳にはいかなかった。それは一重にーーー怖かったから。

 

オレみたいに恵まれてる奴が、弱音吐いて、泣き喚いて、蹲ったら。

 

アイツらは、ざまぁみろとオレに愛想を尽くすんじゃないかって。

 

あの時みたいに、倒れたオレを放ったらかして先に行ってしまうんじゃないかって。

 

 

怖くて怖くて、堪らなかった。

 

 

「ブッ…ラァッ!!」

 

 

堪らな()()()

 

 

掌底が鼻頭に突き刺さる。舞う鮮血、霞む意識、褪せる世界。それらを一切合切無視して、返えす刃の要領で回し蹴りを放つ。

苦し紛れに放ったそれは、爆豪に掠る事なく宙を切るが、追い討ちを遅らせる牽制にはなった。沼に足を踏み入れたかの様に重い身体に歯がみ、残りわずかとなった気力を動員させ距離を取る。

 

そう、全ては過去の話だ。確かにオレは、ドロドロとした不安を抱え()()()。認めよう、ここで強がってもしょうがない。

 

あぁ、なんとまぁ自分は愚かなのだろうか。

もっと早くから気付くべきだった。思い出すべきだった。知らず知らずのうちに、オレは仲間を信用してなかったって訳だ。この心に打ち付けられた楔を隠して、虚勢を貼り付けているうちに、本気で自分は護る立場にいると勘違いしてしまった。

 

アイツらが『倒れない木津 創』を求めていると、勘違いしてしまった。

 

それに報いなければ、自分に価値など見出してくれないと勘違いしてしまった。

 

あぁ愚かだ。どうしようもない阿保野郎だ。本当に馬鹿で馬鹿で仕方がない。頭が悪いってのは貼り付けた仮面でもなんでもなく唯の素顔じゃねぇか。

 

あぁ愚かだーーー。

 

「コケたオレを引き揚げてくれた親友(アイツら)が、そんな薄情な訳ねぇわな!!」

 

全部、オレの心の弱さが招いた悪い夢なのだから。

 

現に、アイツらは引き揚げてくれたじゃないか。心が折れかけて、蹲ろうとしたオレを、見捨てなかったじゃないか。

 

もう、何も恐れる必要はない。後は己の力を尽くして、抗うだけだ。何度躓こうが、すっ転んで膝を擦り剥こうが、構わず進む努力を続けよう。

 

きっとあの時の様に笑って引き揚げてくれる、そう信じて。

 

「…なんて、心機一転したは良いものの、肝心の(カラダ)が限界きてるってんだから、全くもって締まらないよなぁ…へへ」

 

しかし、現実は無情かな。

 

オレの肉体は、もうとっくに許容限界を超えていた。

 

腕を上げる。ミチミチと嫌な音がなる。

 

脚を動かす。関節という関節が軋む。

 

頭を回す。故障を知らせるエラーメッセージで満たされた。

 

これ以上、目を背けて動くのは危険だと、本能が伝えてくる。最早根性云々の話じゃない。本気の警告音。当たり前だ。ここまで動けていた事が奇跡に近いんだ。いつ崩れるかわからない崖でタップダンスを踊っていただけ。当然の帰結だ。

 

動けるとして…後2、3手か…

 

それを超えたら、ミッドナイトに強制的に眠らされるだろう。唯でさえ、もう棄権しろだのなんだのとプロヒーローから野次が飛んできているんだ。命の危険を見逃す訳がない。今もセメントスが直ぐに止められるよう構えている。

 

「あぁクソ、どいつもこいつも無粋な奴らだ」

 

ならば、2、3手も要らない。一発で決めてやる。

 

残りカスもない気力を震わせ、身体を奮い立たせる。腕で顎を守るように囲むスタイル、小刻みにステップ。熱量を上げる。

 

集中、集中、世界から雑音を消していく。意識するは目の前の敵を殴る事のみ。深く、深く、必要な情報だけを、瞳の奥へと刻んでいく。

 

「…ッ」

 

明らかに限界を迎えている奴の、醜い足掻きが続く事に顔を歪ませる爆豪。お気持ち察するぜ。重すぎる一撃を食らわせれば、失格の可能性。かと言って手を緩めて一撃が軽すぎれば、反撃を貰う可能性。今のオレは、相手にするには面倒くさすぎるだろう。好都合だ。

 

肺を空気で満たし、排す、顔には笑みを。狙うはカウンターによる一発KO。ピッチャー返し。必然的にとる行動は受け身。それを爆豪も分かっているから、直ぐには攻めて来ない。掌を小刻みに爆破させ、機を待っている。

 

緩慢に時が流れていく。細い糸が、張り詰める。

 

風が吹けば、ぷつりと切れるような緊張が空間を支配する。まるっきり、試合の出始めと同じ状態。忍べなかった方が、負け。特にオレは。

 

じりじりと、精神を削る音が響き渡る。じりじりと、じりじりと、煩わしく感じるぐらい、しつこく響き渡り。

 

風が吹いた。

 

「ーーーシッ!!」

 

先に動いたのは、爆豪だった。

 

掌を後方に向けて、起爆。推進力を活かして空いていた距離を詰めてくる。膨れ上がる闘気殺気、腕に力が籠る。が、まだだ。抑えつける。

 

狙いは顎。鋭いアッパーが意識を刈り取りに空を裂く。囲っていた腕を最小限に薙ぎ払い、軌道をずらし、米神を掠るまでに留める。力の方向を変えられた事により、爆豪の身体が若干開く。無防備に空いた横っ腹、脚が疼く。

しかし攻撃してはいけない。これは誘いだ。まだ、まだだ。逸る気持ちを噛み殺す。

 

「ウッ、ゼェなぁッ!!」

 

そうだろう、そうだろう。今のオレはのらりくらりとしてくる爆弾、うざくて仕方がないだろう。ざまぁみろ、もっともっと苦しめ。その歪んだ顔を、世間様にお披露目してくれ。

 

爆破を防ぐ。殴打を避ける。脚技を受け流す。

少しずつ脆くなっていく防御に、鈍くなっていく回避行動、思考がショート寸前。誰がどう見ようと、オレの劣勢、勝てるわけがないと野次が飛んでくる。

 

それでも、オレは諦めない。諦めたくない。

 

例え現状が、ルールというものに守られて成り立っているとしても、相手が本気を出せば直ぐに捻り潰されるとしても。

 

オレは、勝負を続けたい。抗いたい。負けたくない。

 

 

勝ちたい。なによりも、強く。

 

 

立ち続ける強さを教えてもらった。

 

支えてくれる優しさを教えてもらった。

 

ーーー躓いた人を起こしてやれる、勇敢さを教えてもらった。

 

オレは、多くを貰ってここにいる。

 

そんな、オレに全てを与えてくれた人達の為にも。

 

「負けられッ、かァッ!!」

 

想いを、拳に。

 

迫る右の大振り、業を煮やした爆豪から繰り出される、死神の鎌。本能が、今すぐ逃げろと金切り声、脊髄が無理矢理指令を飛ばそうとする。身体中の機関という機関、細胞という細胞が、これに立ち向かう事を否定する。

 

だけど、原点(ココロ)原点(ココロ)だけは。

 

〝ここで決めろ〟と怒声を上げる。

 

一歩踏み込む。腰を入れる。身体に流れている血液をフル動員、エネルギーというエネルギーを、出し尽くす。

 

この一振りで、全て終わらせる。狙うはもちろんーーーピッチャー返し。

 

「オレも、なるんだッ、アイツみたいな…ヒーローにッ!!」

 

大きく振りかぶって、打ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ク、ハッ、やっぱ、お前、バケモンだよ」

 

爆豪の、掌を。

 

「…」

 

「チッ、わりかし今ま、でで一番、良いパンチだと思った、んだが…話の流れ的に、空気、読めや…」

 

別に悪い策ではなかった。悪いカウンターでもなかった。追い込まれてる状況だったが、それ故に今までで一番、重く鋭い一撃を、叩き込んだ筈だった。全てを乗せて、放ったんだ。

 

それでも、敵わなかった。あの体勢から、ほぼゼロ距離から繰り出されたパンチを受け止められるとは思わなかった。

直前まで、オレの鳩尾を狙っていた。そこから此方の思惑に気付いて、瞬時にどの位置に攻撃がくるかを見抜いて、上手く大振りを合わせてきて。

 

どれほど努力をすれば、奴のような戦闘力を身に付けられるだろうか。

 

いや、きっと努力だけではどうにもならないのだろう。才能(センス)、才能と自尊心の塊。奴を表す言葉はこれしか見当たらない。神から与えられたか、与えられてないか、若しくは与えられた量に違いがあるか。それに尽きる。

 

思えば、こんなにもタイマン性能バリバリな個性を持ってしても、気付けば爆豪のペースに巻き込まれて、試合を運ばれた。

 

あんなにも、有利だったのに。これじゃまるで…

 

「俗に言う、物語の主人公(ヒーロー)じゃねぇか…差し詰めオレはかませ犬、そりゃ敵わねぇわな」

 

今のままじゃ、な。

 

取り敢えず、かませ犬はかませ犬らしく、戦略的撤退でもさせてもらいましょうかね。あーあ、帰ったらみっちり親父にしごかれちまうなぁ…障助も巻き込んでやるか。それなら幾らでもやって良いや。

 

 

「参った」

 

 

巻き起こる歓声の中、焼け爛れた薄汚い腕を、力なく挙げた。

 

 

 




因みになんとか0個を回避しようと、身内を頼った所

「バレンタインってのは愛を伝える為にチョコを渡すだろ?アタシはいつも貴方の事を愛しているから、チョコを渡す必要はない」

との事。皆喜べ、0個は愛されてる証拠だったんだ。

…はい、次回はなるべく早く仕上げられるように努力します…信用性は皆無ですが


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