隣人は学園の人気者だったようです (☆さくらもち♪)
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新春始まるは雨の色

オリジナル小説となります。
不定期更新ながらも、投稿していく感じですので見ていただけると幸いです。


新春の季節は新たな門出の一つ。

社会人としての新生活。

新入生としての入学式。

様々なイベントがあるも、それは人間全てには当てはまらない。

 

「……ねむい」

 

ベッドの中で眠り続けるのは、本来であれば新入生として高校に行くはずの少年。

一目見れば美少女と勘違いされる事間違いなしの見た目の持ち主である釘宮(くぎみや)悠紀(ゆき)は、世間で言う引きこもりに当たる人物だ。

誰かと会話する際に何を喋ればいいのか、その内容と早く話さなければという焦りで会話をするのが苦手になってしまっていた。

また悠紀自身が自分以外に興味を持たない事が周りとの関わりを絶っていた。

親しい友人はおらず、家族は仕事の都合により離れて暮らしている。

恋人など周りに興味を持たなかった悠紀に居るはずもない。

 

「ん……お腹空いた」

 

人生に飽きたような生活を送っているが、好きなことは勿論あった。

 

「冷蔵庫……なにがあるかな」

 

台所にある冷蔵庫を開けて中を見ると充分と言える材料が入っていた。

それらで何を作るか考え決めると早速行動に移る。

 

「〜♪」

 

鼻歌を歌いながら手際よく動かされる手は料理慣れしていることが分かった。

悠紀の趣味の1つ。

それが料理。

スープとサラダとフレンチトーストがあっという間に出来上がると、それを食べながらスマホを弄る。

 

「あ、今日入学式……」

 

朝ご飯を食べている途中に気づいてしまうも、気がついた時には10時を過ぎていた。

 

「……いいや」

 

諦めてご飯をすぐに食べ終えると、食器を洗って自室に戻る。

悠紀の部屋には3枚あるモニターとパソコン。

そしてゲーミングチェアといった、快適空間があった。

パソコンの電源をつけると、ヘッドホンを装着する。

 

「……よし」

 

深呼吸をし、力を抜くとマウスの左クリックがカチッと鳴った。

 

「あーあー……テステス」

 

悠紀の目の前に置かれたマイクのテストをしながら、モニターに流れるのは大量のコメント。

 

「おはようございます!今日も配信始めていきますよー!」

 

引きこもりになった代わりに悠紀が始めたのは配信。

それも数年ほどで名を上げた超有名配信者としての仕事が悠紀の本業。

 

「今日入学式だっけ?いやー新春はいいですよね」

 

数年も配信者として活動していればやがては慣れてくるもの。

送られてくるコメントの相槌をうちながらも、両手はずっと動いていた。

 

「お!『クルミ』さん1万スパチャ、ありがとうございます!」

 

悠紀が配信しているサイトは『mooTube』。

世界的動画サイトでありながらも、生放送も行えるサイトで、悠紀はその配信者。

登録者が一定以上いれば《スーパーチャット》という視聴者から有料チャットが行えて、その収入で生活をしていた。

登録者も100万人を超えており、超有名配信者として様々なサイトに取り上げられている。

 

「そうですね、今日はゲームしながら雑談していこうかなと。今回参加は出来ないんですよー、次の配信では参加企画にしたいと思います!」

 

有名FPSゲームの配信をしながら雑談をしていると、突如としてメールが届いた。

それに気づいてはいたが、対戦中だったので対戦が終わってから届いたメールを確認する。

 

「えっとー……?」

 

悠紀に届いたのはチェスゲーム。

どっかの最強ゲーマー兄妹みたいな感じだなと思いながらも、その相手を見た。

 

「『ココア』さん……ですかね?とりあえず対戦は受けますが……」

 

一旦FPSゲームを終えて、チェスに集中する。

最初こそ雑談出来ていた悠紀だったが、途中から口数が減っていった。

 

「ここは……いや違う……」

 

悠紀の頭の中で次の一手を探す。

チェスとは『二人零和有限確定完全情報ゲーム』という分類のゲーム。

常に勝利への最善手を打ち続けると先攻が勝てるゲーム。

しかしそれはチェスの盤面である10の120乗という膨大な盤面を完全に記憶していれば。

 

そう、していていれば。

勝てるのだ。

 

チェスは圧倒的な先手有利のゲーム。

後手は引き分けに持っていければ上々と言われる事が多い。

 

「……ひっかけ」

 

そして悠紀は1つの賭けに出る。

完全な悪手でも、善手でもない。

中途半端な()()として処理されるぐらいの一手を打った。

その結果によって負けたとしてもカバーしきれるぐらい。

しかし勝てれば必勝出来るだろうと踏んだ。

 

(どう来るかな)

 

お互いの持ち時間は一手30秒。

そのギリギリで対戦相手であるココアが、置いた。

悠紀の想定した未来であり、完全なる必勝の手。

 

「ふふ……」

 

そして悠紀が進めた駒によって、勝敗が決まった。

 

「チェックメイトです。ココアさん」

 

《You Winner》と表示されたモニター。

悠紀が気がつくとチェスにかけていたのは3時間ほど。

 

「えーっと……『対戦ありがとうごさいました!急なメールでしたが、対戦出来てありがたかったです!』、はい!こちらもかなり緊張しましたが、楽しかったです!対戦ありがとうございましたー!」

 

送られてくるコメントには、絶賛の嵐。

チェスを知らない視聴者ですら、対戦画面を魅入ったほどのプレイだった。

大量のスパチャとコメントで溢れる。

 

「いやー……結構いきなりでしたけど良い経験にはなりましたね。身内以外とチェスを差したこと無かったんで」

「では今日の配信はここまでにさせていただきたいと思います!皆さん、お疲れ様でしたぁー!」

 

配信を終えてもなお流れ続けるコメントはやはり有名配信者だからだろう。

スパチャも流れていたが、配信が止まったのでお礼も言えなかったがこれはいつもの事だった。

 

「チェス……か」

 

どっと疲れた悠紀だったが、飲み物が切れていた事に気がつくと着替えて買いに行くことにした。

しっかりと鍵をかけて外に出ると雨が降っていた。

 

「結構降りそうだなー……」

 

傘をさして外を歩いているとチラホラと制服を着た学生が帰り始めていた。

その制服は悠紀も持っている高校の制服。

すぐに帰りたくなった悠紀は早歩きでスーパーに着くと飲み物を適当にカゴに入れる。

 

「これ……お願い、します」

 

少し喉が詰まる感覚になりながら、レジをして買い終えると家路を急いだ。

悠紀の家はマンションで、セキリュティ対策のオートロック有り。

なので不審者などはそんなに入らなかったりするのだが。

 

「……?」

 

悠紀の家の隣の玄関前で座り込む女の子の姿が写った。

制服も先程見ていたものなのですぐにどこ高校なのかも分かったが。

 

「……えっと、何かあった、んですか」

 

隣人ならば話を聞くぐらいなら良いだろうと、声をかけた。

 

「いえ、何も」

 

しかし返ってきたのは冷淡な言葉。

拒絶しているのがはっきりと理解出来た。

 

「はあ……」

 

生きている上で1人になりたいのだろうと、すぐに思考から消え去る。

女の子の前を通り過ぎて自分の家の鍵を開ける。

 

「……風邪、引きますよ」

 

「知ってます」

 

「……家、入らない、んですか」

 

何となく、女の子が玄関前にいる理由が分かったような感じがあった。

このマンションはその号室にあった家の鍵がなければ電気やガス、水道が使えない。

鍵と共に渡されるカードキーがその役割を果たしているため、カードキーがなければ家の電気もガスも水道も、何もかも使えない。

 

「……お風呂、ぐらいなら、貸しますけど」

 

お風呂という単語に女の子の身体が少し反応した。

よく見ればびしょ濡れで、近くに傘も見当たらない。

学校から家まで濡れて帰ったのだろう。

 

「……あ、あの」

 

「はい?」

 

「お風呂……貸していただけますか」

 

「どうぞ」

 

かなり憂鬱そうな表情をしていたが、彼女が家に入るならば最優先である程度の水分を拭き取ってもらわなければ家の中が濡れる。

玄関に入ってもらうと、悠紀は急いでタオルを何枚か持ってくる。

 

「濡れてる状態で、中を歩かれる、のは困るので」

 

「あ……すみません。ありがとうございます」

 

粗方乾いたようで、彼女をお風呂場に案内する。

 

「あ、服あります、か?」

 

「……ない、です」

 

ここまできて重大なる事に気がつく2人。

悠紀は見た目美少女だが、実際は男の子。

持っている普段着などは貸せても下着までは貸せなかった。

 

「……下着、どうしよう……」

 

今のご時世ならコンビニに女性物の下着は売っている。

しかしそれを悠紀が買いに行くにはあまりにも羞恥が勝ってしまう。

かといってタオルで拭いたとはいえ服は雨水を吸いきっている為買いに行かせるのはなかった。

 

「あの……」

 

「は、はい……?」

 

「下着……男性物でも、いいですか?」

 

「……へ?」

 

彼女が素っ頓狂な声を上げた辺で悠紀が察する。

もしかして自分は女の子に見られているのではないか、と。

 

「あの……自分、男なんです、けど」

 

「なっ……あ、わわ……」

 

念の為に服を脱ぎ出した辺りから彼女の身体を見ないようにしていたが、それでも慌てるようで。

そもそも、見た目が女の子なのに男の子だと告げられた時の相手の反応としては何も間違っていない。

 

「と、とりあえず……下着、どうしますか」

 

「え、ええっと……」

 

男物の下着が駄目なら頑張って買いに行こうと、悠紀は考えていた。

 

「お、お貸し、願えますか……?」

 

だが、その心配はなかったらしい。

ホッと一息ついた悠紀は、すぐに頷くとその場を出る。

 

「……真っ白」

 

目を外していたとはいえ、見えてしまう部分はあったわけで。

 

「……綺麗、だった」

 

少し身体が暑いと実感しながら、彼女に渡す服を探し始めた。

 

 

 



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餌付けされる怖がりな兎

雨に濡れた彼女にお風呂を貸して服を置いた悠紀は、パソコンの前に座るとカタカタとキーボードを打つ。

 

「んと……」

 

配信者としての活動で充分生きていける収入がある悠紀たが、個人的な趣味で様々な事をしている。

動画及び配信もまた趣味の1つだ。

 

「ここは、こう……」

 

そして小説を書くのもまた悠紀の趣味だった。

元々SNSにて短文で上げていた軽めの小説が人気を呼び、連載小説として新たに作り直した結果、本にもなるほどになだていた。

その収入もまた計り知れないが、悠紀の趣味故に不定期ではあったため配信者のが上回ってはいたが。

 

「む〜……」

 

悠紀が今書いている小説は恋愛物で、ベタな学園系ではあったがあまり執筆が進んでいなかった。

 

「……分かんない」

 

今まさに行き詰まっているのは主人公とヒロインが想いを交わすクライマックス。

しかし恋愛を一切したことのない悠紀にはとても難しいシーンでもあった。

 

「今日は、やめとこう」

 

これ以上は進まないと判断し、椅子から立ち上がろうと後ろを振り向く。

 

「あ」

 

振り向いた先には天使か女神のような。

とても美しい少女が悠紀の姿を眺めていた。

 

「あっ……お風呂、上がりました……」

 

お風呂上がりだからか、とても良い匂いが漂っていた。

同じシャンプーを使っているのにも関わらずこうも変わるのは男女の違いだからだろう。

 

「そう、ですか。服、合いました?」

 

「は、はい」

 

そして途絶えた会話から気まずさが空気を支配していた。

人と会話するのが苦手な悠紀は自分から話を切り出す事はまずない。

そして彼女も同じなのだろう。

少しばかり喋らない時間が続くと、急にお腹の鳴る音が響いた。

 

「……ご飯、食べますか?」

 

「……は、はい……」

 

消え散りそうな儚い声で答えた彼女はあまりの羞恥に顔を真っ赤にしていた。

そんな姿が少し可愛く見えたが指摘するのは酷だろうと、気にしないようにしながら手際良くご飯の準備をするのだった。

 

「んー……」

 

彼女を席に座らせると、悠紀は冷蔵庫を開けて何を作るか考える。

 

「食べたい物、あります?」

 

「なんでも良いですよ。作ってもらう側ですので」

 

「なんでも……むー……」

 

料理を作る側としては()()()()()()というのはかなり難しいお題になる。

冷蔵庫とずっと向かい合っている悠紀に、声がかけられた。

 

「その……さっぱりしたものがいいです……」

 

小さめの声だったが、しっかり聞き取った悠紀は冷蔵庫の中身で何を作るかもう決め終わっていた。

 

「〜♪」

 

料理慣れしているのは彼女でも分かったのだろう。

無駄のない動きにずっと視線が釘付けになっていた。

 

「料理、出来るんですね」

 

「……好きなので。どうしてですか?」

 

「私より料理上手だなって。動きが綺麗でしたから」

 

嘘のない言葉に褒め慣れていない悠紀は少し照れたが、表情に出さないように努めた。

 

「……あの」

 

「はい?」

 

「名前……教えてもらえませんか?」

 

そういえば言ってなかった、と悠紀は思い出す。

お風呂を提供するだけのつもりだったはずなのに、ご飯を作ってあげる事になっていた。

 

「釘宮悠紀、です」

 

「私は天城(あまぎ)雪白(ましろ)です。よろしくお願いしますね、釘宮くん」

 

珍しい名字だなと思いながら、作り終わった料理をテーブルに運んだ。

 

「い、いただきます」

 

「ん、いただきます」

 

パクッと雪白の口に運ばれた料理は、どうやら彼女に合ったようで。

 

「美味しい……」

 

とても至福そうな表情で食べ始めた。

 

「……なら、良かった」

 

人に振る舞う機会などなかった悠紀の料理はちゃんと人に食べさせれる事が判明した良いきっかけにもなった。

それを認識できた悠紀は、料理が好きになれて良かったと感じた。

 

「あっ……」

 

食べていると、途中で雪白が悲しそうな声をあげた。

視線を追うと盛り付けた料理は綺麗さっぱりに完食されていた。

 

「そんな、美味しかった?」

 

「はいっ!」

 

「さすがにおかわりはないかな」

 

「うぅ……」

 

なんだか餌付けをしている気分に陥ったが、実際そうなのかもしれない。

女の子が自分の手料理で釣られていると考えれば、すごい状況だった。

 

「……また、作ってあげるよ」

 

だからだろうか。

普段ならば言わない台詞。

自然と雪白に向かって言っていた。

 

「ホントですか?」

 

ご飯で釣っているのは理解出来てしまったが、自分なんかの料理を食べたいと酔狂な雪白に興味を持っていた。

 

「基本、家に居るから。食べたいとき、来たらいいよ」

 

「行きます。釘宮くんのご飯、とっても美味しいですから!」

 

「……そっか」

 

誰かと食べると美味しいのは本当だったようで。

1人で食べるご飯は味気なくなりそうだと悠紀は思った。

 

「洗っちゃうから。お皿ちょうだい」

 

名残惜しそうに皿を渡す姿が少し可笑しくって。

悠紀は思わずクスッと笑っていた。

 

「また作ってあげるから」

 

渡された皿を回収してすぐに食器を洗い終わると、雪白が座っている反対側に座り込んだ。

今日お風呂だけのはずがご飯を振るうことになった。

しかし雪白は家の鍵を持っていないのであれば外で寝るしかなくなるだろう。

 

「今日、家どうするの?」

 

「……玄関前で寝ます」

 

予想していた言葉が返ってきたが、ここまで面倒を見てしまった悠紀は外に放り出すのも目覚めが悪かった。

少しばかり悩んだ後に雪白に向かって告げた。

 

「寝床、貸してもいい」

 

「えっ……?」

 

「襲うつもりもない。僕の邪魔をしないなら、寝る所ぐらいは貸してあげる」

 

玄関前で寝ることになってしまった雪白にとっては有難いが、男女が一緒の床にいるのはそういう行為を詮索される。

悠紀はゲーミングチェアで寝れるためベッドじゃなくとも構わないのでこの提案をした。

 

「襲ってきたら、殴ってもいいよ」

 

「し、しません!」

 

「そう?なら、いいけど」

 

なんだかんだで寝床まで借りることになった雪白の姿が怯える兎のような感じに見えた。

食べるつもりはもちろんない悠紀は、その怯えを和らげようと頭を撫でてみた。

 

「ふぇっ?」

 

急に撫でられた事に反応が遅れるも、髪をぐちゃぐちゃにしないように丁寧に優しく撫でられ続けると不思議と安心していた。

 

「怯えてた、みたいだから。ごめん、変な事して」

 

「い、いえ……」

 

離れていく手が少し残念に感じるも、初めて抱いたそれを雪白は認識しつつも気にしなかった。

 

「今日はくつろいでたら、いいよ」

 

まだ寝るつもりのない悠紀は今から本格的に活動を始める。

パソコンが置いてある部屋と寝る部屋は別々なので雪白の寝姿を見てしまうことは無い。

 

「よし」

 

ヘッドホンを装着して、配信ツールを起動すると、そこは超有名配信者の悠紀だ。

 

「えーあー、テッステスー」

 

普段の変わらない日常が少しずつ変わり始めていた。

止まっていた歯車が段々と動き出す。

それに悠紀は気づいていたのだろうか。

 

 



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人の温もり

窓から差し込む日光によって意識が浮上してきた悠紀。

昨日配信を終えた後、様子見で寝室のベッドを見ると安心そうに寝ていた雪白の姿を見た後にゲーミングチェアで悠紀は寝ていた。

起動しっぱなしだったパソコンの時計を見れば午前の5時。

物音が一切していないことから彼女はまだベッドの住人になっているのだろうと察する。

 

「朝ご飯、作らなきゃ……」

 

まだ眠気が残っており、もう一度寝たい気持ちがあったものの、雪白に朝ご飯を作ってあげなければならないだろうと気づく。

 

「何作ろうかな」

 

台所の冷蔵庫に辿り着き、中身を物色しながら朝ご飯を考えていた。

基本的に和洋中なんでもござれの如く、作れない料理が少ない。

料理の為に調理器具も性能の良いものを買っているだけあって、気持ちだけはプロ精神だった。

 

「ふぁぁ……」

 

朝ご飯を考えている途中、寝室から欠伸をしながら出てくる少女がいた。

彼女こそ、元々お風呂を貸すつもりがご飯まで振る舞い、寝床まで貸していた相手。

天城雪白という、美少女だった。

 

「ん……天城さん、おはよう」

 

「ふぁい……おひゃようございます……」

 

「洗面所は、お風呂場の隣だから。洗っておいで」

 

「ふぁ〜い……」

 

自然と悠紀と会話する彼女の姿を見ていて少し危機感がないな、と思いながらも寝起きの姿が可愛く見えていた。

朝が弱いのか、単純に寝惚けているのか。

 

「可愛い」

 

クスッと笑いながら、朝ご飯を決めると早速作業に入る。

玉ねぎを切って、1番大きい輪っかをくり抜くと、それをフライパンに入れて中に卵を割って入れた。

綺麗な形に目玉焼きが作れる方法で、目玉焼き用の道具無しでもお手軽なこれは悠紀がよく使う手法だ。

空いたスペースにソーセージとベーコンも焼きながら、食パンの準備も同時に行っていた。

 

「いい匂い……」

 

「ん、おはよう」

 

「おはようございます、釘宮くん」

 

「もうすぐ出来るから、待っててね」

 

「はい!」

 

誰でも出来る簡単なものなのに、嬉しそうな声でご飯を待つ雪白の姿。

本当に餌付けしてる感じだな、と思いながら出来上がった朝ご飯を皿に盛り付けてテーブルに運んだ。

 

「じゃ、いただきます」

 

「はい、いただきます」

 

パクッと口に運ばれた途端、至福そうな表情で料理を味わっていた。

味付けは至ってシンプルな塩と胡椒だけなのにも関わらず、ここまで美味しそうに食べてもらえるのであらば料理人としてはこれ以上とないだろう。

 

「こんなの、誰でも出来るのに」

 

「釘宮くんが作ってくれたからです。それだけでも私にとってはすごく美味しいですから」

 

「そっか。良かった」

 

「そういえば……私これから学校に行きますが、釘宮くんは学校あるんですか?」

 

「学校……か」

 

悠紀の活動しているもので充分食べていけてしまう為に気にしていなかったが、一応悠紀は高校に入学は出来ていた。

模試の順位なども出されたらしいが、興味がなかった悠紀は合格していたのを確認して手続きするとすぐに帰ってしまっていた。

 

「……僕、不登校だから」

 

「そうなんですか……」

 

しょんぼりとした雪白だったが、それもすぐに消えた。

名案を思いついたようで、少し怯えながらも提案を告げた。

 

「な、なら。少しずつ学校に慣れるのはどうでしょうか……?」

 

「ん……そもそも学校一緒だったかな」

 

「はい。入学試験の順位は一応上位者なら記憶していましたから。釘宮くんは1位でしたよ」

 

よく記憶していたな、と感心しながらも学校の不登校は陥ると中々行きづらさがあった。

それと同時に悠紀自身の人との絶望的な交流力も合わさって中々行こうと思えなくなっていた。

 

「……人に会うのは、好きじゃない」

 

「でもこうして私と話せていますよ」

 

「それは、待ってくれる。会話しやすいから」

 

焦ってしまわなければ人と問題なく会話は出来た。

相手によっては急かしてくる事もあり、焦ってしまって上手く会話が出来なくなるだけ。

雪白はしっかりと聞きと喋りを使い分けているために悠紀としても会話がしやすかった。

 

「……保健室登校とかなら、まだ行ける……かも」

 

「そうですね……最初は私の下校の時、迎えに来てくれませんか?」

 

「それは……良いけど。どうして?」

 

「釘宮くんの復学の為ですよ?とりあえず私と一緒なら会話もなんとか出来ると思いますから」

 

「ん……分かった。連絡くれたら、迎え行くよ」

 

「じゃあ、連絡先交換しておきましょうか」

 

お互いの連絡先を交換すると、雪白が少し嬉しそうな顔をしていた。

小声で『釘宮くんのだ……やった』と呟いていたが、悠紀は聞き取っていなかったようだ。

悠紀としてはゲーム関係を除けばプライベートとしての初めての連絡先だった。

 

「下校出来そうな感じになったら連絡入れますね」

 

「ん……分かった」

 

「あっ……釘宮くんが無理だったら全然来なくて構いませんので……。その時は連絡してくれれば大丈夫です」

 

悠紀の不登校を治そうと手伝ってくれる雪白だが、結局は悠紀に託していた。

元々本人が治すしかないため、雪白はその支援に過ぎない。

嫌がっている様子がなくても、実際にはと考えて無理して来なくていいように言っている辺り、雪白の優しさが出ていた。

 

「行く、から。ちゃんと連絡入れてね」

 

「はい!」

 

「……時間大丈夫?」

 

そして気がついていなかったが、いつの間にやら7時を過ぎており、ちゃんと登校している雪白に教えると本人も気づいていなかったようで、慌ただしく学校の準備を始めた。

 

「釘宮くん、制服ってどこにありますか?」

 

「あ、乾かし終わってるから、持ってくる」

 

悠紀が部屋に置いていた服を雪白を渡すと、雪白が驚いていた。

雨に打たれて濡れていた制服は綺麗に乾燥しており、しかもアイロンまでかけられていたからだ。

 

「釘宮くん……ありがとうございます!」

 

「んーん……いいよ、別に」

 

すぐさま制服に着替えた雪白の姿は綺麗で、制服もしっかり似合っていた。

悠紀達が入学した高校は女子生徒の制服が可愛いと評判で、制服も少し種類があったりと中々に手が込んでいた。

雪白の制服も可愛く組み合わされており、本人を引き立たせる素材になっていた。

 

「可愛いね」

 

「ふぇ!?そ、そうですか?」

 

「うん。可愛い」

 

「あ〜……う〜……ありがとうございます。と、とりあえず学校行ってきますね!」

 

「うん。行ってらっしゃい、天城さん」

 

「はい、行ってきます、釘宮くん」

 

ガチャりと開かれた玄関から雪白が出てゆくと、悠紀の家は物静かに変化していた。

 

「……この家、こんな静かだった」

 

一人で暮らすのは慣れていたつもりだったが、天城雪白という少女の存在は悠紀にとってかなり大きなものになっていた。

たった1日だけでこれほど絆されると思っていなかったのだ。

 

「寂しい、な」

 

初めて、悠紀が零した静寂。

先程行ったばかりの彼女が早く帰ってこないかな、と思いながら。

 

「……配信しよう」

 

一生帰ってこなくなるわけじゃない。

そう理解していた悠紀は、気持ちを切り替えてパソコンの前に座った。

 

 

 



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色付いた雪化粧

配信を終えてお風呂も済ませてソファーに座ってくつろぐ姿が一人。

お風呂から上がった悠紀は長い黒髪の扱いにも慣れて、しっかりと水分を拭き取るとドライヤーで乾かしていた。

見た目は美少女だが、髪を切ってすれば女顔の可愛い男の子としても見える容姿。

表情を出さないように努めれば人形にも見られたことすらあった程には容姿が整っていると自覚していた。

それ故に自覚し始めてからは手入れはしっかりとしており、女性が羨むだろう髪質やもちもちの肌を手に入れても怠らずにしていた。

 

「ん……?」

 

服を着ようと立ち上がろうとする際に、悠紀のスマホに通知が入った。

相手は『天城雪白』と表示されており、『お迎えお願い出来ますか?』と送られていた。

 

「了解……っと」

 

返事を返すと、適当に服を選んで着替えると家の鍵をして外に出かけた。

高校への通学路にはもう学生が歩いていた。

 

「……一人で過ごせる気がしない」

 

例え高校に行けるとなったとしても一人で過ごすのは厳しそうだと判断していた。

もし、雪白が一緒ならどうなるのだろうと考えながら。

通学路を歩いているといつの間にやら高校に着いていた。

 

「ん……どこだろ」

 

雪白の姿を探すも、校門前には見当たらない。

意を決して校門をくぐると、校内を散策する。

高校の構造は完全に頭に入ってるため、そのうち見つかるだろうと踏んでいた。

 

「一応、連絡しとこう」

 

今どこにいるか、と送るとすぐに既読がつき、返信が送られてくる。

『校舎の裏です』

 

「校舎裏……告白場所にはうってつけだけど……」

 

想いの丈を伝えるにはかなり立地のいい場所でもあったが、同時に出入りの手段が少ない。

左側は物で塞がっているため通行不可。

右側だけからのみ行ける校舎裏は告白場所だけでなく、男女の行為もするのにも都合がいい場所でもあった。

裏側近くになってから足音を立てないように歩くと、男の声だろうか。

かなりの声で喋っているのが分かった。

 

「俺、本当に好きなんだ!付き合ってくれ!」

 

「好きな人が居ますので……」

 

「その人よりも好きになってもらえるように頑張るから!お願い!」

 

やんわりと断られてるのにも関わらず、めげずに縋り付く様は悠紀には滑稽に見えた。

自分本位で相手のことを考えられない時点で付き合ったとしても長続きしないだろうな、と思いながら。

 

「……雪白。迎え、来たよ」

 

「ごめんなさい、来てもらって」

 

「んーん、いいよ」

 

名前で呼んでしまったが、この場を脱するならばその方が都合がいいと考えての事だった。

雪白もそれに気づいているだろうが、気にすることなく受け入れていた。

 

「なんだお前!」

 

「君こそ。誰」

 

「天城さん、こんな奴が彼氏なの!?俺の方が良いって!」

 

男子生徒の台詞を聞いてから、雪白の何かが我慢出来なくなったのだろうか。

纏っていた雰囲気が変わっていた。

 

「こんな奴、と貴方に言うほどよく知っているのですか?よく知りもしないのに悪く言うのは貴方の価値を下げますが。考えもせずに言葉にするのは頭の悪い方ですね」

 

雪白の言葉に何も言い返せなかったのか、言い淀んでいると、ターゲットを悠紀に移した。

そして拳を構えながら真っ直ぐと悠紀目掛けて走る。

いきなりの行動に雪白は対応出来ずに、『悠紀くん』と口を動かしていた。

 

「……つまんないね」

 

失望したように。

なんの抑揚もない声で呟く。

向かってくる拳を受け流すと、その拳の腕を掴んで足を払うとその勢いで地面に投げた。

 

「愚直すぎて、なんの面白みもない。もうちょっと、考えたら」

 

「いってぇ……」

 

「無理やり付き合ったところで、どうせ長続きしないよ。アクセサリーみたいに、女の子を扱うのはゴミクズだよ」

 

雪白に帰ろうと、告げると頷かれた。

帰る途中、雪白が心配そうに悠紀の様子を伺っているのを感じていた悠紀は雪白の手の小指だけ、自分のと絡めた。

 

「名前呼び、ごめん」

 

「へっ?良いですよ。助けてくれましたから」

 

「ん……そか」

 

「これからも、名前呼びで構いませんよ。その代わり私も悠紀くんって呼びます」

 

「うん」

 

通学路を歩きながら、途中ご飯の材料を買わないといけないことに気がついた悠紀は、雪白にスーパーに寄ると伝えた。

大丈夫だと頷かれ、スーパーへの道に切り替える。

 

「ごめんなさい」

 

「……何が?」

 

「本当は私が自分で断らないとダメでした」

 

雪白が謝罪しているのは先程の告白現場の事だろう、と察した。

本来であれば悠紀が手を出さなくとも、付き合えませんと告げるだけで終わったことだった。

 

「あんなにしつこいと思いませんでした。きっちりと断るべきでしたね」

 

「……断るつもりなら、そうしたのが、いいよ」

 

「悠紀くんも、そうだったんですか?」

 

「……女の子は、苦手」

 

小学校の自分はもっと明るかったな、と思い出していた。

容姿はその時から良かったからか、女子からの告白が絶えなかった。

告白ラッシュが始まると同時に悠紀の持ち物が消えたりしてから、人と関わるのを苦手としていった。

学校に行かずに家に引きこもるようになったのは、そういう要因もあったのかもしれない。

思い返すように喋っていると、雪白の表情があまりよろしくなかった。

何か失言したのだろうかと、先程自分の言葉を思い出す。

 

「……雪白は別」

 

悠紀にとっては家族以外での異性に始めて興味を抱いた。

話してみれば、悠紀の言葉をしっかりと聞き取ってくれて、雪白も意識しているのか急ぐように喋りはしなかった。

そんな雪白を苦手になる原因もなく、どちらかといえば好印象だろう。

 

「ありがとうございます……悠紀くん」

 

優しく柔らかい笑顔でお礼を言われた悠紀は、少し照れるように頷いた。

 

「可愛いなぁ……」

 

もしこれが恋というものであるのならば。

幸せで暖かい感情だろうと、思いながら。

それを、表情に出さずに心の内に秘めた。

 

 

 



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