シスコンでブラコンなお姉さま セリーヌたん物語 (uyr yama)
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幻燐戦争編
prologue


 

 

燃え盛る炎。

崩れ落ちる天井。

愛しい弟の手を引き、必死で炎の中を逃げ惑う。

 

せめて、せめてこの子だけでも助けてくれ……

まだこの子は6歳なんだ! だから、だから……

 

煙に塗れ、呼吸も苦しく、炎に炙られた皮膚がジンジン痛み、それでも、決して生を諦めたりはしない。

 

だって、今の自分は、大切な弟の命を背負っているのだ。

だから最後の最後まで、決して諦める訳にはいかない。

 

そう思いながら、一歩、また一歩。

炎の紅に彩られている窓のない廊下。外すら見えず、視界の全ては炎に焙られる。

そんな場所を、ひたすらに歩いた。

 

どうしよう……どうしたら……このままでは焼け死んでしまう……

 

絶望という名の死神の鎌が見えた気がする。

心が挫け、諦めそうになる。

喉の奥から、「う゛~」と負け犬のような声が漏れだした。

 

と、その時。

窓ガラスが割れる音が聞こえた。

 

もしかしたら、もしかするかも……!

挫けかけた心が、絶望の淵から這い上がる。

希望が見えた。

最早意識なくグッタリする弟を背負い、音の聞こえた方へと重い足を動かした。

熱のある煙に焙られ、もう、目は殆ど見えなかった。

グラリと身体がよろけ、灼熱の壁に手をつける。ベリっと剥がれる手の皮。でも、もう痛くはなかった。

ただ必死だった。必死に……愛する弟を、この場所から逃がしたかった。

ブン、と顔を振る。霞む視界に抵抗し、目を大きく見開いて。最後の気合を入れる。

 

「まけない、まけない、まけない……まけて……たまるか……ッ!!」

 

その時、炎に包まれた建物に、一瞬だけ風が吹き抜けた。

煙が、少しだけ晴れる。その先に、微かに見えた外の風景。

歓喜が胸を過ると同時に、そこに行くまでの炎の壁、少しだけ怖気ついた。

 

ここで躊躇したら助からない。助けられない。

 

でも、背負っている弟の苦しげな息遣い。

段々と小さくなっていくその息遣いに、焦りと焦燥に心が支配された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、大学を卒業する自分、その産みの母、そして母の再婚相手である義父、最後に愛する弟を連れての温泉旅行。

自分は弟大好き人間である。意気揚々と楽しい家族旅行だ。なのに、こうなった。

 

ある意味、自分のせいなのだろう。

 

社会に出る前に、家族で旅行に出かけたいなどど我侭を言ったのだから。

義理の父はとても良い人で、母の連れ子であった自分を、その母との間に産まれた子と分け隔てなく愛情を注いでくれるような人だった。

 

その人も、もう、自分と弟を救う為に炎に包まれ……

 

そして、母はどうなったか分からない。

 

こんな場所に来なければ……っ!

自分が我侭をぬかさなければ……っ!!

 

煙に燻られ痛む目から、涙が溢れる。

 

「分かってる。ここが、命の捨て場所だ」

 

小さく決意の言葉を口にする。

背負った弟を降ろし、覆うように胸に抱いた。

そして、目の前の炎の壁に向かって……ダッ! と床を蹴った。

最後の力を振り絞って煙の中を走り抜け、炎の壁に頭から突っ込んだ。

 

肉の焼け焦げる匂い。

髪が燃え、肌が焼け爛れていく感触。

瞼が焦げ、視界が赤白く染まる。

咽が熱で焼け、呼吸もまともに出来ないでいた。

 

バフッ!!

 

炎の壁を突きぬけた時、霞む目に映るのは、天空に広がる星々の煌めきだった。

 

「キレイだ……」

 

その美しいまでの煌めきに心を奪われながら、その星にむかって、跳んだのだ。

僅かに残った窓ガラスを破り、その先は……

 

浮遊感。

 

そして、落下する。

 

自分は、建物の3階から、落ちたのだ。

 

聞こえるのは悲鳴。

 

たぶん、自分達を見ての悲鳴だろう。

どこか他人事の様にそれを聞きながら、地面に衝突した。

グシャリ、そんな音が自分の身体から聞こえた気がした。

痛みはあまり感じなかった。

ただ、腕の中の弟の安否だけが気になって、遠ざかる意識を必死に繋ぎ止めた。

 

「……じょうぶかっ! キミッ!!」

 

酷い耳鳴りの中、漸く聞こえた誰かの声。

もう、何も見えない目を、その方向に向け、

 

「お、とうと……は、……ぶじ……ですか……?」

 

「ああっ、大丈夫、大丈夫だぞっ! だから君も頑張るんだっ!」 

 

「ああ、よかった……」

 

そう思ったら、急速に眠気が来た。

弟の先行きが不安ではあるけれど、きっと大丈夫だと信じよう。

もしも、出来る事ならば、死んだ後も、ずっと見守ってあげたいとは思うけど。

 

でも、その時、

 

「沙希っ! 死なないでっ、沙希っ!!」

 

自分の名を呼ぶ声。

母の、声だ。

だったら、弟は本当に大丈夫だね……

頬が自然と緩み、もう、思い残す事は本当になかった。

 

「……ーちゃん、……ちゃんっ!」

 

しかも、弟の声まで……聞こえ……

 

「……だい、すき……だよ……、私の、愛しい、おとうとくん……」

 

心地好い眠気に身を委ね、自分の意識は、世界に包まれ、拡散した。

 

 

 

 

 

 

 

魂は流れ、世界を漂う。

 

辿り着く先は、近い未来か並行世界か。

 

いいや、かの魂の逝く先は、遠い、遠い、果てしなく遠い……の……世界……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな、遠い、遠い前世の記憶……

 

それを思い出したのは、3歳になった誕生日のこと。

でも、それはあまり意味を成すことはなく、ただただ自然に身を委ね、新しい生を夢中に貪る。

 

その罰が下ったのだろうか?

 

母が、死んだ。

 

何か怖い顔をしている父と宰相。

そして何処となく嬉しげに顔を歪める父の妾……

いいや、いずれ王妃となるであろう、ステーシア様。

最後に厳しい顔で何事かを決意している姉を遠く見ながら、自らの護衛騎士であるギルティン・シーブライアに手を引かれる。

悲しそうな顔をしている自分に気づいたのか、遠くで父と話していた姉がこちらへ歩いてきた。

 

 

「お姉さま……」

 

「大丈夫よ、セリーヌ。アナタと、そしてイリーナは私が守るわ。そして、この国も……」

 

幼い顔を、大人顔負けの決意の表情を浮かべ、彼女は天を仰ぎ見た。

でも、ふるふると微かに震えているのに気づいてしまえば、それは涙をこぼさないためなのだと分かる。

 

自分は、馬鹿だ。大馬鹿だ。

認めようとしなかった、過去の自分がとても憎い。

こうなるって知ってた筈の自分が、とても、憎い。

 

だって、お姉さまは……姫将軍エクリアとなるのだから。

この世界は、18禁なエロゲー、幻燐の姫将軍だったのだから!

 

ああ、どうしよう!? どうすればいいのだろう?

 

このままでは、愛しい妹は愛する姉に殺され……

 

いいや、下手をすれば、自分は弟であるレオニードに呼び出され、輪姦されて殺される運命。

 

でも、自分にはどうしようも出来ない。

だって、原作と同じで病弱である自分は、王宮にて無価値なのだ。

この先、権力に手を染める事もないだろうし、肉体が虚弱なせいで、武力を手にする事もない。

だから当然に、発言権が生まれるわけもないだろう。

 

「ねぇ、ギルティン。貴方は、ずっと私の傍にいてね?」

 

「はい、セリーヌ様。命の限り、貴女様をお守りしてみせます」

 

母が死んで、不安に怖気づく幼児の言葉とでも思ってるのだろうか?

 

それでも良い。

今の自分に出来るのは、せめて目の前の騎士を失わない様にすることだけだろう。

何とかして、この亜人種の騎士を、ずっと自分の傍に置きたい。

 

そうすれば、少しは何とか出来るかも……

 

 

腕の中でキャッキャッと笑うイリーナをあやしながら、自分はこの先、大切な家族と共にある世界を、夢見るのだ。

 

記憶が曖昧で、原作開始がいつなのか分からない。

 

そんな不安な心を、押し隠して。

 

 



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1話目

 

あれから幾年月……

 

自分はこの間、どれだけ考えても、どうすれば愛しい家族が幸せに過ごせる様になるのか分からないでいた。

やったのなんざ、精々がよちよち歩きだったレオニードを愛で尽くした事ぐらいか?

ゲーム中の彼は、気位高く顔色悪い、どちらかと言えば嫌われ役ではあったが、あんなんでもルートによって男をみせるナイスガイなのである。

そんな彼にもっとも酷い目に遭わされる可能性があるのが、自分こと、セリーヌ・テシュオスだった。

いくら命が短いだろう自分でも、ごろつき風情に輪姦された末の死は御免被りたい。

それにだ、弟萌えの妹萌えである自分でも、あんな顔色悪い茸カットな弟に酷い目に遭わされるのは本気で嫌だった。

だから、どんなに邪険にされても、せめてそんな扱いは受けない程度に好感度を上げとこう。

邪な想いから始まったこの行為。ステーシア様の嫌がらせを何とかかんとか受け流しつつ始めたのだけども……

ああ、自分は自分のブラコン魂(スピリッツ)を甘く見ていました。

もんの凄い勢いで絆されましたよ。

 

 

「ねー」「ねぇね」「ねえちゃま」「あねしゃま」「姉さま」

 

そして、「姉上」

 

慣れてくると、あんな茸で顔色悪いのも、とても愛らしく見えるから不思議だ。

呼ばれる度に、背筋が歓喜にゾクゾクする。

 

そうしている内に、自分の溢れんばかりの

 

     弟愛(ラブラブラザー)

 

が分かってくれたのか、ステーシア様との関係も良好になった。

人懐っこく、愛され属性のイリーナも、気づけばお義母様(ステーシア)と普通の親娘みたいに仲良く笑い合っている。

ゲーム中では、レオニード以外には本当に嫌な奴だと思っていた彼女も、こうなってみたら母性溢るる良い人にしか見えないから不思議だ。

何がどうなってこうなったのかさっぱりだけど、本当に、本当に幸せな光景。

愛らしいイリーナが声を上げてきゃらきゃら笑うと、それに続いてお義母様までもがお声を上げて笑っている。

それに釣られて周囲の侍女達まで楽しそうに微笑み、護衛騎士ギルティンだけがしかめっ面だけど、よーく見れば彼も相好を崩していた。

 

本当に、幸せ……

 

前世の最後で、おとうとくんを身をもって守ったご褒美なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

「姉上、風も冷たくなってきました。そろそろ寝台へとお戻りなさい」

 

急ぎ足でやって来た茸カットの愛しい弟が、キツイ口調でそう言ってくるけれど、自分には彼の優しい心遣いが良く解る。

 

「ねえ、レオニードくん。もう少しこうしていたいの? ダメ……?」

 

上目遣いで可愛くおねだり。

今自分が居るのは王宮中庭の中央。

今度メンフィルへ嫁ぐことが決まったイリーナと、そしてお義母さまとのお茶会。

これを逃したら、もうこんな機会は訪れないかもしれない。

 

自分は知っている。

この先、目の前で愛らしく笑うイリーナの試練が。

 

半魔人に浚われ、そして……

ゲームのハッピーエンドみたいに、上手い具合に話が進みさえすれば、初めは辛くても、きっとこの娘は幸せになれる。

半魔人リウイ・マーシルンは、イリーナの運命の相手だから。

でも、その後に始まる幻燐戦争のことを思えば、決して、決して安心は出来ない。出来るはずもない。

 

「姉上。貴女がここで体調を崩し、命を短くしても、むしろ我がカルッシャにとっては厄介払いが出来るというもの」

 

「レオニードッ!」「レオニード様ッ!!」

 

お義母さまとイリーナが怒声を上げた。

でも、レオニードくんは何処吹く風と、余裕綽々。

 

そう、そうなのだ。

 

身体が弱く、政略結婚の駒に使う事も出来なければ、臣下の貴族へと降嫁させることも出来ない。

ただ居るだけの無駄飯喰らい。いいや、生きるのに高価な薬を必要とする分、本当に厄介なお荷物なのだ。

なんせ、10日の内、9日はベッドで臥せっているような自分……

本当に役立たずで、邪魔な存在。

 

「ですが、貴女が身体を損なえば、こうして悲しむ者が居るのだと知りなさい」

 

機嫌悪そうに唇を尖らせ、明後日の方を見ながら、自らの豪奢なマントで姉である自分を包み込む。

 

ああ、なんてツンデレ!

 

可愛い! 可愛い! 可愛い!!

 

見れば色の悪い顔も、どことなく赤く染まり、イリーナも、お義母さまも、それに気づいてクスクス笑う。

この弟は、どれだけ自分を萌えさせれば気がすむのだろう?

前世のおとうとくんも大概可愛かったモノだが、今生のレオニードくんも負けてないよ!

 

 

 

萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~

萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~

萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~

萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~

萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~

萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~萌え~

 

 

 

「いい加減になさいっ!!」

 

……お義母さまに怒られました。

気づけばレオニードくんのお腹におでこを押しつけ、グリグリしまくってましたよ。

 

「ほんとう、セリーヌ姉様ったら相変わらずなんですから」

 

ああ、イリーナたんも本当に可愛い……!!

 

萌え~萌え~もえ……

 

「いい加減にしなさいっ!!」

 

イリーナの柔らかい胸に顔を埋め、グリグリした瞬間に、レオニードくんに首根っこひっ掴まれて、めっちゃ怒られる姉であるはずの自分。

 

お義母さまとレオニードくん、ホントそっくりな親子だよ。

怒り方が一緒だもん。

 

「姉上っ!」

 

しゅーん。

 

うなだれる自分。

そんな自分を見て、お茶会は終わりだと思ったんだろう。

テキパキと片付け出す侍女達。

そしてお義母さまとイリーナもまた、部屋へと戻るのだろう。

腰を上げて椅子から立ち上がった。

それを見て近づいて来るギルティンに、自分は立たせて貰おうと手を伸ばし……

 

「よい。下がれ、ギルティン」

 

「……はっ」

 

レオニードくんは姉である自分の背中に手を回し胸元に引き寄せると、そのままフワッと持ち上げた。

 

お姫様だっこ……だと!?

弟であるレオニードくんにお姫様だっこして貰えるなんて……

もう、思い残すことはない……ことはないけど、幸せだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然だけど、このカルッシャには3つの勢力がある。

 

一つは言うまでもない。姫将軍エクリアを支持する軍部勢力。

そして宰相サイモフが率いる官僚勢力。

最後に、皇太子レオニードと周囲に侍る王族・貴族に、レオニードの後見人である宮廷魔術師テネイラ・オストーフの連合勢力である。

 

変われば変わるモノだ。

自分は特に何もしていないと言うのに。

 

レオニードは原作とは違い、やる気のない王に代わり、国政にキチンとした態度で臨んでいる。

そんな彼に宰相サイモフも好意的であり、もしかしたら……と思ってしまう自分がいるのだ。

このまま自分が何も出来なくても、優秀な宰相と宮廷魔術師に補佐されたレオニードくんが、全てを守ってくれるんじゃないかと……

亜人種に寛容な宮廷魔術師を後見人としているせいなのか、ギルティンを初めとする亜人種の騎士達を国から追い出すこともなかった。

 

これには姉であるエクリアが、最後まで強硬に追い出しキャンペーンを張っていたが。

まあ、姫神フェミリンスに引きずられているんだろう。

そうじゃなきゃ、お姉様がギルティンを追い出そうとするなんて考えられないからだ。

 

だから大丈夫。お姉様は、きっと優しいままだ。

 

なんの根拠もなく、姉であるエクリアを信じる自分。

いいや、逃げていたのかもしれない。

お姉様を縛るフェミリンスの呪いから。

自分にはどうにも出来ない事だからと。

だからあれほど思い悩んでいた未来に、無責任にも、もう大丈夫かもと。

 

自分は、何もしていないと言うのに……

そう、この先の暗い未来から、目を、背けたのだ。

 

「レオニード。このような事をしている暇があったら、他にする事があるだろうに」

 

「そのようなこと、姫将軍殿に言われる筋合いはないな」

 

部屋まで送ってくれる途中に現れたお姉様と、レオニードくんの暗く濁った口論。

それを自分は、耳に入れようともせず。

 

大丈夫、きっと大丈夫……

現実から、目を、逸らす。

 

愛する姉が、病弱である自分に嫉妬の念を募らせているなど、露とも思わず。

少し考えれば解ったことなのに。

フェミリンスの呪いに苦しむお姉様は、幸せだったイリーナに対し、どのような感情を持っていたかなんてことを、知っていたはずの自分には。

だから、平気でこんなことを言ってしまったのだ。

 

「お姉さま、見逃してください。だって私、こんなに幸せなんだもの……」

 

愛する弟の胸の中、惚けるような笑みを浮かべる。

それがどんな意味をもたらすのかも解らずに。

だから、お姉さまの被る仮面の奥。

その目が、キツク自分を睨みつけているなんて、思いもよらず……

家族から孤立してしまったお姉さまの気持ちにも、気づかなかった。

 

「……そう。ならば好きにするといい、レオニード。そして、セリーヌ……」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、この時をきっかけに、悲劇の幕が開く。

 

 

 

 

 

 

 



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2話目

 

 

 

王都ルクシリア。

 

その王宮大会議場で、皇太子レオニードは苦い顔で目の前の女を睨みつけていた。

彼女の提案する内容が、彼には到底受け入れる事が出来ない内容だったからだ。

 

「ふむ。反論ある者が居ないのなら、これで決定と言うことでよろしいな?」

 

よろしい訳があるかっ!

 

そう口に出来ればどれほど良いだろう。

しかし、それは決してレオニードの口から出して良い言葉ではなかった。

彼はこの国の次期王。

少なくても5年の内には王位に即くことが約束されている身である。

未だ王成らぬ身なればこそ、軽々な発言など出来はしない。

だからこそ、例え大切な人であろうとも、それが国の利益に繋がるというならば、否定なんで出来よう筈もなかったのだ。

 

しかし感情は別である。

勝ち誇りもせず、淡々と話を進める仮面の女、姫将軍エクリア。

憎しみで人を殺せるならば、間違いなく殺しているほどの眼光で、レオニードは彼女を睨んだ。

ただ、それだけしか出来ない自らを同時に憎みながら。

 

「いや、少し待つのだ」

 

と、その時だった。

宰相であるサイモフが口を開いたのは。

 

「確かに姫将軍殿の言うことは否定できん。使い道のない王女の処分の仕方としては、これ以上は望めないでしょうからな」

 

瞬間、レオニードの眼が、カッと大きく見開いた。

わなわなと怒りで身体が震える。

 

(くたばりやがれクソジジイ!!)

 

と、思わず口にしてしまいそうになる、王として相応しくない言葉。

手が腰に吊されている剣の柄を弄り、今すぐにでも抜刀して斬り捨ててやりたい気持ちをグッと抑える。

しかし、続くサイモフの言葉を思えば、それらは全て杞憂だった。

サイモフは、姫将軍ではなく、皇太子レオニードこそが、この国の未来を切り開くと信じてる。

であれば、ここで彼の気持ちを蔑にするのは後々のことを考えれば悪手だ。

 

サイモフは椅子から立ち上がると、バンッ!っとテーブルを叩く。

視線と意識の全てがサイモフに集中し、ここぞとばかりに正論を口にし始めた。

 

「だが、一度こちらからイリーナ王女を嫁がせると通達しているのだ。なのに今更病弱なセリーヌ王女にしますでは、メンフィルに対して申し訳が立たぬであろう」

 

しかしその正論は、強国であるカルッシャにとってみれば些末にすぎない。

国にとって最も大切なのは、正論などではないのだ。

そう、

 

「メンフィル如き小国に、なんの配慮が必要かっ!」

 

という訳である。

姫将軍のシンパである将軍の一人が怒声をあげるのも当然だろう。

これこそが、レスペレント最強国家に相応しい自負と矜持。

示し合わせたように協調の声をあげる騎士達は、そうだそうだと囃したてる。

こうしてこの場は、完全に姫将軍有利となった。

サイモフの援護(?)射撃は軽くいなされたのだ。

レオニードは歯軋りを鳴らすことしか出来ない。

しかし、彼にはもう一人味方がいた。

 

「なんの配慮をと申されますか?」

 

静かだが、反論の許さぬ口調で語り出す宮廷魔術師テネイラである。

ここに来て、ようやくの彼の発言に、レオニードはホッと胸を撫で下ろす。

王と臣民から強い信頼を寄せられ、尚且つ、すでに国政の場に出なくなって久しい王の、忠臣中の忠臣だった男。

彼に勝るとすれば、同じく忠臣である宰相サイモフを置いて他ならない。

サイモフ自身は先程いなされたとはいえ、目の前でがなり立てる姫将軍シンパの騎士達なんぞ、2人が揃えば簡単に蹴散らすことさえ可能だろう。

 

「簡単です。我がカルッシャの外交の誠が問われるではありませぬか。一度約定したと言うにあっさり翻すのでは、この先、我が国の言葉など他国に聞いては貰えません」

「ふむ、確かにな」

 

テネイラの発言に、素早く自分の言葉を重ね合わせる。

 

(これで流れが変われば良いのだが……)

 

レオニードはそう思いながらも、現状に対して唾を吐き捨てたい気分を隠しきれないでいた。

姫将軍が掌握している騎士達は、全軍の大よそ6割に当たる。

上級将校に到っては、優に7割に迫るかも知れない。

これでは、もしも反乱なんぞ起こされたら一溜まりもない。

ただでさえ臣民の中には、次期王を皇太子レオニードではなく姫将軍エクリアに、なんて言葉が囁かれていると言うのに。

そんな彼女の発言力は、当然に皇太子であるレオニードより勝っており、その事実が腹立たしいにも程がある。

大体、目の前の女がセリーヌとイリーナの姉だとは思えない。

『あの』セリーヌが、『愛しい姉』などと言って信頼を寄せる相手だとは、けして、けして、思えないのだ。

 

「そうは言っても、イリーナとセリーヌでは存在価値が違いすぎる」

 

このような事を平然と言ってのける女だ。

 

(それなのに、なぜ姉上は……!?)

 

レオニードは、酷薄なエクリアの言葉に、ギリリと歯を鳴らした。

苛立ちに、無意識なのか指でコンコンとテーブルを叩く。

 

「イリーナは臣民から愛される存在。むざむざ他国にやるよりは、精々我が国で役に立ってもらう方がいいだろう。それに引き換え、セリーヌは……」

「どの道、かの姫は余命幾許もないのだ。他国に嫁がせても役に立つどころか……」

「フフフ、それでも、あと4~5年は生かせられましょう。その間に御子を生せばよし。そうでなくても、それだけの時が流れれば、我が国は十分に義理を立てたと言えましょうに。イリーナはレオニード王子に嫁がれればよろしいのだ。あの者の臣民から寄せられる親愛。その全てを、次期王であるレオニード王子に……」

 

その言葉に、僅かの間を置き、まばらにパチパチと手を叩く音が響き、次第にそれが会議場中からの一斉の拍手に変わるのに、そうたいした時間は掛からなかった。

姫将軍エクリア傘下の者だけでなく、自らの派閥の者達までもが加わったのだ。

 

レオニードは目を大きく見開く。

 

ふざけるなっ!

姉上は身体が弱いのだ。

それが、どうして余所の国になどやれようものかっ!!

あの虚弱な姉は、それだけで命を儚くしてしまうだろうに!

だから王宮深くに匿い、その短いだろう命を、幸福のまま、静かに終わらせてあげたかったのだ。

 

だが、皇太子としてのレオニードには、その案は確かに頷くしかなかった。

なんせイリーナが臣民に寄せられる人気は凄まじい。

それは、皇太子レオニードにとって、咽から手が出るほど欲しいものだ。

 

イリーナは、それ程大きな存在である。

下手に国内の大貴族に嫁ぐとなると、それだけで王位継承に問題が出そうなほどである。

だからこそ、国の外に出すのだ。メンフィルなどという小国に。

レオニードとて、イリーナを愛していない訳ではない。

大体、あれでも一応姉である。その姉を自らの妃に迎えたいなどと、どうして思えようか。

 

怒りと屈辱に視界が紅くそまった気がする。

 

(あの姉に嫌われない様に女遊びを控えても、結果がこれならな……)

 

皮肉気に口角をあがった。

 

(もう、どうでもいい……)

 

そんな捨て鉢な気分に囚われてしまいそうだ。

だがその時だった。彼の手が2つの暖かい皺手に覆われたのは。

 

「落ち着かれよ」

「そう、ドンと構えるのです。貴方は、次期国王なのですよ」 

「サイモフ、テネイラ……」

「王子よ、我等にお任せあれ」

「ですが、姫将軍殿の案。真にカルッシャの繁栄を考えてのものだと言う事は、お忘れなきよう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンフィルの王子との政略結婚の相手を、イリーナからセリーヌに置き換える。

そしてカルッシャの次期王妃としてイリーナを。

その他、細々とした案件を全て終え、会議は終わった。

 

 

 

 

レオニードの胸に、姫将軍エクリアへの確かな敵意を芽生えさせて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの様に、いつもの如く……

 

熱にうなされ、ベットから立ち上がることさえままならない。

意識が朦朧とし、原作とは違い、幻燐戦争まで生きられないのでは?

そう思いながら、激しく咳き込む毎日。

 

だけども、それもいいのかも知れない。

 

そう思う自分が居る。

 

だって、そうしたら、怖い未来を見ずにすむでしょう?

 

熱のせいだろう。

いつもと違い、弱気な心が顔を出してしまうのは。

前世の健康な身体と違い、常に病魔に脅かされる虚弱な体質。

成人するかどうか解らないとまで言われた命。

王家に生まれなければ、とっくの間に第2の人生も終わっていたに違いない。

そんな感じで不幸ぶっていると、最近には珍しい客が訪れた。

ベッドから身を起こし、満面の笑みで彼女を迎える。

 

「お姉さま……っ!」

 

声が弾んだ。

弟であるレオニードくんなんかは心底毛嫌いしてるみたいだけど、私は大好きなのだ。

この厳しく、だけれど、とても分かり難い愛情を示してくれる姉が……

 

「そのまま寝ていなさい、セリーヌ」

 

フェミリンスの呪いを抑制する仮面を外し、お姉さまも一杯の笑みで私を見る。

傍まで来るなり、起き出そうとしていた自分をベットに横たえ、乱れたシーツを丁寧に直していく。

 

「加減はどう……?って聞かない方がいいわね。セリーヌは大丈夫です、としか言わないもの」

 

そう言うと、お姉さまはその冷たい両手で、熱をもっている頬を優しく包む。

ヒンヤリとした感触に、心が蕩けそうな程の快感。

 

「お姉さま……気持ちいい……」

 

冷たいけど、本当に優しい手だ。

普段は恐ろしい姉だが、こうして2人きりになると、途端に甘い素顔を見せてくれる。

でも、今日のお姉さまは、ちょっとだけ怖い顔をしていた。

いつもはただただ優しい顔しか見せないというのに。

 

「セリーヌ……」

「なんでしょうか?」

 

きっと、何かあったんだ。

そうでなければ、こんなに言いづらそうにはしないから。

 

「……イリーナがメンフィルに嫁ぐの、知っているわね?」

「はい」

 

知らない訳がない。

愛する妹の結婚だ。

それに、これが幻燐の姫将軍の始まりの合図なのだから。

 

「取り止めになったわ」

「……はい?」

 

今、なんて言ったんだろう?

取り止め……?

って事は、メンフィルに行かないって事だから……

 

「代わりにセリーヌ、貴女が行くのよ」

「はぁ……………はい?」

「貴女が、メンフィルに、嫁ぐのよ」

「えぇぇぇぇ──────ッッ!!!」

 

こんな大きな声を出したのは、何時ぶりだろう?

混乱し、困惑し、何が何やら解らない。

驚きに目を瞬かせる自分だったけど、お姉さまはそんな私を許しはしなかった。

 

「これは、国のためです。解るわね、セリーヌ」

 

いつに無く、厳しい声色。

2人きりでこんな声色を聞いたのは、初めてかもしれない。

だから、自分はすぐに正気に戻った。

前世はともかく、今の自分は一国の王女。

拒否は出来ない。

 

「病弱の身ではありますが、それでもよろしいのですか?」

「ええ、メンフィルには貴女を。そして、イリーナは……」

「イリーナは?」

「レオニードの妻になります」

「そう……ですか……」

 

ほ~っと、安堵の溜息がこぼれた。

訝しるお姉さまの前で、心底、安堵したのだ。

原作がどうこう言い訳をしながら、イリーナが酷い目に合うのを容認していたから。

それが、なくなった。これでイリーナは、平穏に過ごせるかもしれない。

 

前世での近親相姦的な常識はともかく、レオニードくんなら、きっとイリーナを幸せに出来るから。

運命であるリウイ・マーシルンとはまた違った意味で、きっと幸せに。

 

ただ、これでリウイ・マーシルン『の』メンフィルは終わった。

 

最早原作と言うより、原作(笑)になってはいるが、それでも先を予想するのなら、リウイが率いる軍勢に襲撃され、浚われ、犯され、侍女の真似事だろうか?

 

侍女になれるのは、もちろん全てが上手くいった時の話。

でも、『そう』でも『そうでなく』ても、どちらにしても、自分は死ぬだろう。

長旅に何とか耐えただろう身体も、そのような陵辱行為に耐え続けるなんて不可能だからだ。

 

そうして、イリーナではない自分は死に、リウイは人の心を取り戻す事無く覇道を進み、わりとあっさり滅びるのでは?

イリーナが居たからこそ、新生メンフィル王国建国による混乱期を、大封鎖と言う形でなんとか国体を護持できたのだし。

 

でも、イリーナがいなければ、周辺諸国も容赦はしない。

 

特に、我がカルッシャ王国は。

 

自惚れではないけど、自分は確かに愛されている。

その自分が、浚われ、殺されたのだ。

レオニードは怒りに駆られ猛然と攻め立てるだろう。

姫将軍エクリアを尖兵として、『魔物』の軍勢を滅ぼすのだ。

 

これでこの国は本当の意味で一つになる。

 

魔王を滅ぼした英雄、レオニードの名の下に。

 

そして、王妃イリーナが王の心を支え、

内政と外交を宰相サイモフ、宮廷魔術師テネイラが仕切り、

軍勢を率いるのはチートパワー全開の姫将軍エクリア。

 

あれ? 無敵だよね?

 

もしもリウイが決起しなくても、長旅に疲れた自分はすぐに死ぬだろうから、カルッシャにこれ以上の迷惑をかけることもないだろう。  

自分が知る『歴史』とはまったく違うけれど、もしかしてもしかすると、家族皆が幸せになれるんじゃないだろうか……?

ただ一人、お姉さまが心配ではあるけれど、この流れでいけばお母様の死の真相を知る事も無く、カルッシャに一生を捧げて終わってくれるかもしれない。

それに、孤独なお姉さまを包み込む誰かが現れてくれる可能性だって有る。

 

神殺しセリカではなく、平凡な幸せを与えてくれる誰かが……

 

 

目をつぶり、祈る。

大切な姉の幸福を。

自分がまったく知らない未来を歩む、大切な家族達の幸せと共に。

 

「セリーヌ……、私が憎くないの……?」

「……?」

 

言葉の意味が分からない。

首を傾げ、不思議そうな顔でお姉さまを見た。

でも、お姉さまは何も言わない。

ただ少し驚いた顔で私を見ている。

 

「お姉さま、なぜそのような事を聞くのです?」

 

するとお姉さまは眉根をピクリと上げ、激昂する。

 

「なぜ……って、貴女は……っ!! イリーナが憎くないの? レオニードと結婚するあの娘がっ!? それをさせた私がっ!!」

「……はい? もしかしてお姉さま? 私がレオニードと恋仲とでも……?」

「違うの?」

「違いますよ! 私は、ブラコンでシスコンなだけですっ!」

「ぶら……? なんなのそれ?」

 

疑問の声を上げながら、軽く首を傾げる様が、イリーナにそっくりである。

はっきり言って、ちょっと可愛い。

そんなお姉さまに頬笑みを向け、

 

「ブラコンは弟大好きの意味です。もちろん家族的な意味でですよ?」

 

そう言って手を伸ばす。

お姉さまは私の手を……指を絡め取るように握りしめた。

ヒヤリとする冷たい指が、火照った私の指と指の間を優しく撫でる。

それがなんとも心地よく、私はうっとりと目を細めた。

 

「だったら、しすこんは妹大好き……?」

 

最近聞かなくなって久しい、少し嬉しそうな声色である。

私はふふふと笑うと、

 

「違いますよ、お姉さま。シスコンは……」

「ん……?」

「姉妹が大好き、って意味ですっ! お姉さまも、妹のイリーナも、だーいすき!」

 

目をパチクリさせるお姉さま。

何をそんなに驚くのだろう?

不思議そうにそんなお姉さまを見つめていると、

 

「もう、行くわね……」

 

急に疲れたようにそう言って、背を向けた。

自分はここで一つ大切な事を思い出し……

 

「あっ、ちょっと待って! お姉さまっ!」

 

振り返るお姉さま。

自分は、そんなお姉さまの目を、しっかりと見つめ、最後の願いを口にするのだ。

 

「ギルティンをお願いします。彼は、ここで死なすには惜しいですから……」

 

小さく、だけどしっかりと頷き、そして部屋の扉を開け、外に出た。

パタン、と優しく閉められた扉を、いつまでも見続ける。

 

 

静かになった部屋。

誰もいない、部屋。

 

身体が震えだす。

 

ガタガタ、ガタガタ……

 

顔色を失くし、目の前に迫ってくる恐怖に震える。

前世の様な、勢いで死んだ時には感じなかった恐怖。

真綿で首を絞められるように、ジリジリと死に近づく病の恐怖とも違った、女としての恐怖。

 

見知らぬ男に好きなように肢体を嬲られ、蹂躙され、犯され尽くして、そして、死ぬ。

 

……怖い、怖い、こわ、い……こわい、よぉ……

 

ポタリと、涙が一滴、頬を伝う。

そして、自分の醜さに、気づいた。

 

そんな恐ろしい場所に、愛する妹を行かせようと思っていたの……?

 

死への恐怖と、何より自らの情けなさに涙が止まらなくなった。

涙を乱暴にふき、布団のシーツで顔を覆い隠すと、そのまま無理矢理に目をつぶって眠りに入った。

これで自分の傍からは、お姉さまも、お義母さまも、イリーナも、レオニードも、ギルティンまでもが居なくなる。

 

幸せで、暖かかった風景が、終わりを告げた。

 

だから、せめて心はここに置いていこう。

 

淡々と自分の運命を受け容れる為に。

 

 

 

 

 

 

それでも、夢の中だけでは、あの幸せな風景を、見たい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話目

 

 

 

 

 

憂鬱な気持ちのまま目が覚めた。

悪夢にうなされ、涙でも流していたのだろうか?

頬が、しっとり濡れている。

 

お姉さまから嫁に行くようにと宣告されてから、3ヶ月あまりの時間が過ぎた。

精神的なものもあるのだろう。その間、体調は常に最悪で、大切な家族との触れ合いもままならず。

お義母さまが毎日のようにお顔を見せてくれる位で、他は忙しいのか、レオニードも、イリーナも、そしてお姉さまも、あまり顔を見せてはくれなかった。

 

ギルティンは、もういない。

 

新しく新設される軍団の長へと、大抜擢されたのだ。

皇太子レオニードが直轄する、人間族『以外』の騎士で結成された軍団。

自分の知る幻燐の姫将軍では聞いた事もない部隊。

カルッシャには人間族以外で構成される部隊など、なかったはずなのに。

本当にこの世界は、『幻燐の姫将軍』なのだろうか……?

もしかして、復讐と憎悪に燃える半魔人が率いる集団に、襲われるなんてことは無いかもしれない。

そんな淡い期待を捨てきれない自分は、なんて情けなく、弱いのだろう。嘆くばかりでなく、動けばいいのだ。そう思う。

……思うけど、なんだろう? 何もする気が起きなかった。本当、情けない……

 

「セリーヌ様、どうぞこちらへ」

 

ベッドから身を起こすと、言われるままに、気だるく重い体をおして準備を進めていく。

今日、この王都ルクシリアを出る準備である。

そんな自分の準備を手伝ってくれるのは、何年も自分の面倒を見てくれていた侍女達だ。

当然だけども、自分は嫁ぎ先に彼女達を連れて行こうとは思わない。

 

当たり前だ。

 

魔族に襲われる可能性が高いというのに、連れて行ける訳がない。

下手をすれば命を奪われるのだ、彼らが現れると言う事は。

いいや、例え命が助かったとしても、貞操の保障はまずない。

間違いなく犯される。あの、復讐心に駆られたリウイ・マーシルンとその一党に。

だったら、どんなに寂しくても、連れてなんていけやしない。

そうでなくても、すぐ死んでしまうだろう自分についてきては、その自分が死んだ後、メンフィルなどと言う異国に取り残されてしまう。

 

彼女達も大切な家族。

そんな目に、会わせたくなんてない。

どんなについてきたいと願われても、不幸になるのが分かっていて、連れていける訳なんてないではないか。

 

「今まで、ありがとう……」

 

最後に髪を梳かれながら、囁くような小さな声をもらす。

それは心からの言葉だった。

身体が弱い自分が、最も沢山の時間を共に過ごした人達への、お礼の言葉。

侍女達の啜り泣きが部屋に響く。

彼女達も解っているのだ。

これが今生の別れになる可能性が高いのだと。

そして、自分もまた、そうだろうと思う。

彼女達に別れの挨拶をしていると、扉をコンコン、と叩く音が聞こえた。

恐らくは、メンフィルへの護衛を勤める騎士が迎えにきたのだろう。

侍女頭が扉の前に立つと、恭しく礼をして、騎士を部屋の中へと導いた。

そして、自分は騎士の顔を見て、大きく目を見開く。

それは、騎士が自分の良く知る男だったからである。

 

「そろそろお時間です、セリーヌ様」

 

自分の護衛騎士だったギルティン・シーブライア。

彼は先ほど言った様に、新設された軍団を任された将軍。

自分なんかの相手をしている暇なんて無い筈だ。

 

なのに、何故……?

 

疑問が脳裏を駆け巡る。

彼と会えたのはとても嬉しいはずなのに、なんだろう?

 

この嫌な感じは……

 

「ギルティン? どうして……」 

「セリーヌ様のメンフィルまでの護衛を仰せつかりました」 

 

恭しく頭を下げる。

目に映る、ギルティンの頭頂部。

そしてゆっくりと顔をあげ、満足そうに微笑んだ。

いつもはムッとした表情を崩さない彼が、こうして満足そうに笑う姿を見たのは、初めてかもしれない。

 

「ギ……ギルティン……貴方は軍団長を任されたと聞いたのですが……? それが何故、私の護衛などを……」

 

震えそうになる声を必死に抑え、どうにか平然とした調子を繕った。

メンフィルへの随行は、近衛騎士団から5分の1ほどの人員。

嫁ぎ先から護衛と案内役として遣わされた、メンフィル王国の騎士達。

それに同じくメンフィルから遣わされ、この後、何事も無ければ自分に仕えることになるだろう侍女が数名。

犠牲となるのは、それだけのはずなのだ。

それでも、知りながら何も出来ない。そして、犠牲にしてしまう彼らに対し、罪悪感に苛まれていたというのに。

もっとも、メンフィルの者達に限っては、そうでもなかったけれど。

彼ら(彼女等)にとっては、自国の支配者の怠慢である。

メンフィルにとっては内乱なのだ。

カルッシャは巻き込まれた被害者であると思っている。

 

姫将軍の暗躍と策謀がなければ、だけど……

 

「皇太子殿下とエクリア様から是非にと言われまして」

 

自分の疑問に、嬉しそうにそう返すギルティン。

 

 

ド……クン……

 

心臓が、跳ねた。

 

今、何て言った……?

 

あの人の名前を聞いた瞬間、視界が紅く染まり、急激に頭に血が上る。

怒りに駆られ暴発しそうになるも、虚弱な体質のせいか、ふらぁっと眩暈がしてお終いだったけど。

 

だけども、本当に、どうして……?

お姉さまは約束を守ってくれなかったのか?

ギルティンはここで殺すには惜しいと言っておいたのに。

それとも、また何か勘違いをしているのだろうか?

自分と、レオニードくんとの関係を誤解したみたいに。

それとも、姫神フェミリンスの呪いで……か?

 

だったら、どうすれば彼を救えるのだ……

 

何て言えば、いいや、何を言ってもダメ。

だってギルティンは、皇太子と、国内の軍権の殆どを握る姫将軍の命でこうしているのだから。

それを、社交界に出ることすら出来ない病弱な姫が、何の権限があって皇太子の命を反故することが出来ようか?

 

「セリーヌ、大丈夫なの?」

「お、お義母さま……、わたし……」

 

いつまでも部屋から出てこない自分。

そんな自分を心配して、扉の向こうから顔を出したお義母さま。

自分の辛そうな顔を見るなり、駆け寄り、抱きしめてくれる。

暖かい彼女の腕の中に抱きしめられ、思わず震える言葉で助けを求めてしまいそう。

 

自分が知る知識を、ここでバラせば楽になれる。

でも、なんの根拠もない話なのだ。

言った所で、どうにもならない。

そう、この瞬間まで、思っていた。

 

バカな自分は、思っていたのだ!

 

「大丈夫、大丈夫だから、セリーヌ。イリーナがメンフィルに一足先に行ってますからね」

「えっ……? ど、どう……いうこと……ですか……お義母さま……?」

「セリーヌ姉様になにかあったら、メンフィルに宣戦布告ですって息巻いて……」

 

とんでも無いことを軽~い口調で笑って言うお義母さま。

多分、ここは笑う所なのだろう。

自分も何も知らなければ笑ったに違いない。

事実、周囲の侍女達に、ギルティンまでもが楽しそうに相好を崩していた。

 

「私がメンフィルに行って、セリーヌ姉様が過ごしやすい環境を作りに行ってきます……ですって。あとは、結婚式に出席するカルッシャの代表としても、なのかしらね?」

「あ、あの子は我が国にとって、大切な未来の王妃なのに……なぜっ!?」

「だからこそよ。そうしたら、メンフィルもアナタを粗略に扱えないでしょ?」

 

お義母さまが、近くに待機しているメンフィルの騎士や侍女に向けて笑って言った。

脅しをかけているのだろう。

メンフィルの者達は、緊張に身体を強張らせた。

なんせメンフィル王国は小国だ。

下手を打って大国であるカルッシャと敵対すれば、メンフィルに明日はないのだ。

 

でも、そんな事はどうでも良かった。

そう、そんな事よりも、イリーナが!!

 

「ですがっ!」

「……何を心配しているの、セリーヌ?」

「お、お義母さま、わたし……」

 

なぜ言わなかったのだ! 私はっ!!

 

例え胡散臭い前世の記憶だろうと、話してしまえば良かったのだ。

これが父やサイモフといった者なら、私たち姉妹の命が脅かされる事になったろうけど。

イリーナやレオニード、それにお義母さま、そしてギルティンにだったら言っても大丈夫だったはずだ!

そして誰よりも、エクリアお姉さまに話せば良かったのかも知れない。

そうすれば、実母であるリメルダのように、自重したかもしれないのに……

いいや、更に絶望の度合いを深めるか?

なんせ、フェミリンスの呪いを解くには、彼女の力だけではどうにもならないのだから。

 

そこまで考えていたら、顔が真っ青になった。

寒くないのに、ガタガタ震えが止まらない。

 

今からでも言ってしまおうか?

そうすれば、まだ間に合うかも……

 

だけども、

 

「セリーヌ、そろそろ時間よ」

 

姫将軍エクリア……これから起こる戦乱の立役者の一人。

 

「姫将軍よ、少し待ってたもれ。セリーヌの様子が……」

「怖じ気づいているだけでしょう。さあ、行くわよセリーヌ。貴方の役目を果たしなさい」

 

この状況を作り出したのはアナタなのですね、お姉さま……

幸せなイリーナが、そんなに憎いのですか?

 

姉に視線を固定させたまま、絶望に心が軋んだ。

 

 

お姉さまの言葉に従い、ゆっくりとした歩調で、王宮から外へと続く道を歩く。

周囲をギルティンを始めとする騎士たちに囲まれながら。

 

胸が……キシキシ痛む……

目から涙が溢れ、止まらない。

 

そんな自分に駆け寄ろうとし、そして止められるお義母さま。

少し離れた場所で、こんな自分を見て苦い表情を浮かべるレオニード。

そして自分は、臣民達の歓声の中、ギルティンに手を引かれて豪奢な馬車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうすればいいのだろう?

 

どうしたら良かったのだろう?

 

  ぐるぐるぐるぐる……

 

沢山の案が脳裏を過ぎり、否定する。

 

そしてまた、何度も何度も考える。

 

  ぐるぐるぐるぐる……

 

脳を回転させ、何とかしよう、今からでも何か出来るかもしれないと、考え、考え、考え続ける。

 

  ぐるぐるぐるぐる……

 

 

イリーナは大丈夫。

だって、リウイ・マーシルンが狙うのは、『メンフィル王国はカリアス王子の婚約者』

カルッシャの皇太子の婚約者ではない。

それにここでイリーナに手を出せば、原作以上にカルッシャと関係が悪化する。

他国に嫁に出した王女と、次代の王妃が奪われたでは、問われる国の威信が違いすぎだ。

もしもイリーナが奪われ陵辱されたのならば、カルッシャは全力でメンフィルに派兵し、リウイ率いる『魔族』の軍勢を滅ぼすに違いないから。

そうなれば、リウイは終わりだ。だから、きっと大丈夫なはず。そんなバカな行いはしないはず。

もっとも、原作とはあまりに違いすぎる我がカルッシャ。

私が浚われ、そして犯されて死んだとしても、やはり全力で攻め立てるだろうけど。

 

だから、もしかしたら大丈夫なのでは……

 

ううん、ギルティンのことがある。

自分がああ言って、こうなったのだ。

今になって思えば、あそこで、

 

『ギルティンをお願いします。彼は、ここで死なすには惜しいですから……』

 

などと言うのは不自然だった。

お姉さまは、自分が何事かを知っている。

そう思ってしまったのかも知れない。

だから、必ず来る。

惨劇の……幕開けが……っ!!

 

でも、もしかしたら、本当にお姉さまは自分を心配して……

 

いいや、でも、ううん、きっと……

 

 

ぐるぐるぐるぐる……

 

終わらない思考の迷路に迷う。

 

そしてぐるぐると答えのでないままに、時は瞬く間に過ぎ去っていく。

 

数日後、この後ミレティア保護領として独立する可能性が高いペステを抜け、メンフィルにほど近いレスペレント都市国家郡はラクの街の手前に到達した。

 

 

急ぎイリーナに追いついて欲しい。

そう、ギルティンを始めとするカルッシャの騎士達に命令を下す。

 

それは、イリーナ一行がメンフィルに入った。そう報告を受けたからだった。

 

イリーナ一行との距離は大分縮まった。

 

急げば、事が起こる前に追いつくかもしれない。

 

 

そう、自分は覚悟を決めたのだ。

 

リウイ・マーシルン!

 

大切な妹に、指一本触れさせはしない!

 

シスコンなお姉さまの名にかけてっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャラクター・データ(戦女神VERITA風味)

 

 

セリーヌ・テシュオス

 

 

LV.1

 

 

HP 12/12

MP 50/50

TP  0/ 0

 

 

熟練度

 

小型武器 E

 

 

スキル

 

病弱 Ⅴ  常時衰弱状態、及び、HP,MP,TPが75%低下

虚弱 Ⅴ  経験値及び熟練度の入手が不可、及び、全パラメーターが75%低下

復活 Ⅴ  戦闘不能になった時点で発動し、発動するとHPが50%で復活

臆病    レベル差が高いほど、回避率が上昇

自己憐憫  常時、肉体戦速と精神戦速が75%低下

妹が大好き パーティ内に妹がいる場合、攻撃力と防御力が10%上昇

弟が大好き パーティ内に弟がいる場合、攻撃力と防御力が10%上昇

姉が好き  パーティ内に姉がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇

義母が好き パーティ内に義母がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇

父が嫌い  パーティ内に父がいる場合、攻撃力と防御力が5%低下

血縁の絆  パーティ内に『血縁の絆』を所持しているユニットが複数いる場合、所持者の攻撃力と防御力が10%上昇

 

 

 

称号

 

病弱の姫君  レスペレント地方最大の大国カルッシャの第2王女セリーヌの初期称号

 

 

 

プロフィール

 

病弱で成人まで生きられないだろうと言われているカルッシャ王国第2王女。

その中身は、現実→ディル=リフィーナへの転生人である。

持っているだろう原作知識は、VERITAを除いた全て。

ただし、既に可也の量の原作知識を磨耗させている。

この先の戦乱を乗り越えるのに、あんまり意味がないと思っているからだ。

VERITAは、エウの3ヵ年計画のEPISODE-4での概要のせいで、エクリアをメイドに調教なエロゲーだと思っている節が有り。

原作のセリーヌ同様、一日の殆どをベッドの上で過ごしているせいか読書が趣味。

その知識の量は、学者顔負けである。

だが、その知識を活用する気は一切なく、もしも次の転生があるならば、その時に活用できたらいいなって思ってる。

それは無意識下で、病弱な今生に対し凄まじいまでの不満がある証拠。

 

 



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4話目

 

国を出るときは泣き濡れていた姫君。

悲しみに顔を曇らせていた王女の姿は、見る者にチクリとした胸の痛みを与えたものだ。

しかし、今の彼女はどうだろう?

厳しく顔を引き締めて、瞳を決意の色で遠くを見つめる。

ギルティンは、そんな王女に呼ばれたとき、ただそれだけで胸に熱いモノが込み上げてくる己に気づいた。

聞かされた話は、他の者から聞かされたのなら一笑に付す馬鹿げた話。

だが、彼にとって目の前の王女は、全てを捧げると誓った3人の姫の一人だ。

いいや、第一王妃リメルダが死んだあの日、目の前の少女に誓ったあの言葉、一生忘れる事はない。

セリーヌが嫁ぐこととなり、もう自らがお守りする事が出来なくなると嘆いたあの時の辛さも。

 

「……ですからギルティン、私のために死になさい」

 

この方は、紛うことなく姫将軍エクリアの御妹君。

その無情な命を発するセリーヌの眼光はどこまでも厳しく、そして鋭い。

心臓を鷲掴みするような視線を受けて、だがしかし、ギルティンの心は歓喜に包まれるのだ。

 

「お忘れですか、セリーヌ様。あの日私が誓った言葉を。命の限り、貴方をお守りしますと誓った言葉を」

 

誇らしげに胸を張る。

小さく聞こえた、

 

「忘れるわけない……」

 

その言葉を聞いただけで、この先何があろうと笑って死ねる。そう思えるのだ。

ギルティンは最後に深く頭を下げ、部屋を出た。

急ぎラクの街を出てイリーナ一行に追いつかなければならない。

セリーヌの話が真実となるなら、半魔人率いる集団に襲撃されてしまうかも知れないからだ。

 

いいや、間違いなく、来る。

 

鍛え抜かれた戦士の予感か。

ギルティンは全身に闘気を張り巡らせて、凄惨なる戦いの匂いにブルリと武者震いに身体が震えた。 

彼は騎士溜まりに行くと、セリーヌから聞いた話を元に次々と他の騎士達に指示を出していく。

王都ルクシリアに、『メンフィルにて内乱の兆し有り!』の報を送ると同時に、先行しているイリーナ一行へも同じ内容の報を送る。

最後に、メンフィル領に入って以降は魔族の襲撃に備えるよう指示を出す。

 

それを聞いて、ざわめき出す同僚の騎士達。

 

だが同時に、彼ら近衛騎士団の面々は、王家に対しての忠誠心ならば全騎士団中最大だ。

そして、そんな彼らが忠誠を誓っているのが、王……ではなく、皇太子レオニードであり、そのレオニードと仲睦まじいセリーヌとイリーナの危機に直結するのである。

ギルティンがレオニードの婚約者でもあるイリーナの安全のため、急ぎ出発して合流すると伝えられれば、彼らが闘志を漲らせない訳がない。

ただ、彼らにとっての任務はセリーヌを守る事にあった。

軽々しくそのセリーヌを、危険なメンフィルへと連れて行くわけにはいかない。

 

セリーヌ王女は、このラクの街で、完全に安全が保障されるまで静かに待っていればいいのだ……

 

それについてはギルティンも賛成したかった。

 

だが同時に、これはメンフィルの面子に関わる問題でもある。

何より、メンフィル国内で自由に動き回れるだけの大義名分がなかった。

しかもこのメンフィル内乱の一報は、今の時点では何の証拠もない話である。

セリーヌの前世からくる知識で得た胡乱な情報。ソースを明かしても、気が狂ったと思われて終いだ。

 

だがギルティンは確信している。

半魔人リウイ・マーシルンの決起を。

万が一それが無かったとしても、ギルティンは自分の皺首一つで全てを済ませるつもりだ。

セリーヌのために死ぬ。

どちらにせよ良き死に場所だ。なんの不都合があろうものか。

 

そして、その覚悟は、同僚の騎士達を遂には動かした。

 

 

 

時に、リウイ・マーシルンがイリーナ一行を襲撃する、数日前の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レスペレント都市国家群と、メンフィルとの間にある国境線を越えてすぐにある開拓民の村。

 

住民達は素朴であり、牧歌的雰囲気の溢れる和やかな村だ。

時折現れる魔物との戦いが有るものの、住民達は一致団結をして危機を潜り抜ける強さを持っている。

 

こんな場所に騒乱の種を持ってきてしまったのが、自分ことセリーヌ・テシュオス。

 

住民達は、災厄が降り注ぐ予感に怯えている風に、自分には見えた。

それは、これから起きることに対する罪悪感から見えたのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

そんな自分の目の前に、血塗れの近衛騎士が跪いていた。

彼は数日前にイリーナの下へと送った騎士の一人。

 

「イリーナ王女から……必ず……お伝え、しよ……と……」

 

流した血の所為なのか、レオニードとタメ張る程に血の気のない顔。

このまま手当てをしなければ死んでしまう。

 

「彼奴等の目的は……カルッシャの王女である。その身を持って、メンフィルの騒乱に手を出させない質と…………っ……」

 

血を吐き、地面に倒れ伏す。

だが、他の騎士達が彼を起こし、続きを促すのだ。

それを止めたいと思うのだけど、立場上それをする訳にはいかない。

何より、彼自身がそれを求めていないのだ。

ここで彼を止めてしまえば、彼の誇りを傷つけてしまうのだろう。

 

「この、忌まわしきメンフィルから、即刻の退去を……魔族……が……どう……か、お逃げ……さ……」

 

ヒュー、ヒュー、と異常な呼吸音を鳴らし、必死の視線をむけてくる。

彼の手を握りしめ、

 

「わかりました。もうお休みなさい……」

 

そう言って、涙をこぼした。

 

「は……い……、私など、のため……涙……ありがたき……し……わせ……」

 

ビクンッ! 最後に身体を痙攣させた後、彼は……旅立った。

周囲からギギギギ……といった歯軋りが聞こえてくる。

 

騎士達の……?

 

ううん、それとも自分か……?

 

どちらにしても、いつまでもこうしている訳にはいかない。

命がけで知らせてくれた彼の為にも、速く決断をしなければ。

イリーナを助けに行くにしろ、逃げるにしろ、だ。

 

「ギルティン、イリーナを助けに行くとして、間に合いますか?」

「……セリーヌ様を置いて、我等だけで駆けるのならば、ギリギリ間に合う可能性もありましょう」

「間に合うのですね?」

「五分といった所です。しかしセリーヌ様を置いては……っ!」

「ならば命じましょう。カルッシャの騎士達よ! 未来の王妃殿下を護り参らせよっ!!」

 

ザザッ!! 役立たずと罵られる自分なんかに、一斉に傅くカルッシャの騎士達。

すまないと思う反面、誇らしげに口角を緩める彼らを見て、これで良かったのだと無理矢理に自分を納得させた。

果たして、この中の何人が生き残れるのだろう?

このままメンフィルを出てしまえば、誰一人として死なせずにすむと言うのに。

でも、弱気な素振りは見せられない。

ただでさえ、自分は病弱で虚弱で軟弱な深窓の姫君。

キリキリと胃が痛むのを堪え、最低でも毅然と佇んでいなければ……

 

そして、次に居心地悪そうにしていたメンフィルの騎士達に向き直る。

不安そうなのは、さっきからカルッシャの騎士達に眼光鋭く睨みつけられているからだ。

何故ならば、カルッシャはメンフィルのゴタゴタのせいで、自国の未来の王妃が危険に晒されている。

 

これを怒らずにいられようか……!

 

そしてメンフィルの者としては、カルッシャなどという大国に睨まれた瞬間、国が滅ぶ。

直接攻められでもしたらプチッと踏みつけられてお終い。

そうでなくても、原作の幻燐の姫将軍2みたく経済封鎖されたら、これまた国は滅ぶだろう。

原作のリウイ・メンフィルが国体を護持するどころか、更なる発展までさせられたのは、ぶっちゃけチートだ。

 

なんて言うか……、現実的にありえない。

だから、チート足り得ないメンフィルの騎士達は恐れるのだ。

 

この状況を。

 

このまま下手をすればカルッシャとの国交断絶、即開戦。

そうでなくても、内乱に介入されて、国そのものをジワジワと乗っ取られるかもしれない。

ただでさえ次期王の妃が、そのカルッシャの王女なのだから。

 

そう、イリーナが未来のカルッシャの王妃殿下なら、自分は未来のメンフィルの王妃。

 

彼らと、そしてこの村の住民に対して責任がある。

まあ、全てが上手くいったのなら……だけど。

それでも、最良の未来を目指して、メンフィルの騎士達に命を下す。

 

最良の未来。

 

それは、自分とイリーナが無事にリウイ・マーシルンとケルヴァン・ソリードの魔手から逃れること。

そうしてイリーナとお姉さま、最後にレオニードくんが幸せになれれば、何も言うことなく遠い異国で死んでいける。

だから自分はここから退去するのが一番だろう。

自分と言う足手まといが居なければ、ギルティン達も心置きなく戦えるのだから。

 

「メンフィルの騎士達よ、あなた方には我が身をお預けします。念のために国境を越えレスペレント都市国家郡へと……」

「それは困りますな、セリーヌ王女。アナタに逃げられでもしたら、主に申し訳が立ちませんのでね」

 

だけども、自分の言葉を最後まで言わせずに、見知らぬ男の声が遮った。

少し離れた場所からでもはっきりと聞こえてくる、覇気のある声。

短く逆立った血色の髪。

狡猾で知識走ったその顔に、やたらと長い耳……、恐らくは魔族。

ビリビリとした強大な魔力を纏い、手に血に塗れた抜き身の剣。

薄くいやらしい笑みを浮かべ、我がカルッシャとメンフィルの騎士達を、まるで塵芥の様に見下していた。

 

ゾクリ……緊張が走る。

 

カタカタと震えそうになる身体を抱きしめ、それを必死で抑える。

意地でも恐怖を見せてたまるかと、ギンッとした視線で魔族の男を睨みつけた。

 

「良いことをお教えしましょう。イリーナ王女は、今頃我が主の腕の中……」

「薄汚い魔族が!」

 

激昂した一人の騎士が、その魔族の騎士に斬りかかった。

ダメだ! そう思ったものの、声が出ない。

なんせ目の前の魔族は、自分が知る幻燐の姫将軍の中で、最強を名乗れる3人の内の一人。

 

一人は言うまでもない。

 

最強素敵お姉さまである姫将軍エクリア。

続いてルートによって差があまりに激しい魔王リウイ・マーシルン。

最後に目の前の男、混沌の策士ケルヴァン・ソリードである。

 

このままいけば、この3人がこの先のレスペレントの歴史を創ると言っても過言ではない。

そんな時代を動かす一人に、適うはずがない。

ケルヴァンは薄ら笑いそのままに、僅かに身をよじって騎士の剣をかわすと、すれ違いざまに血濡れた剣を軽く一振り。

ただそれだけで、我がカルッシャの近衛騎士の首が、胴体から永遠の別れをした。

 

ドサッ! ゆっくりと地面に倒れる首を失くした身体。

血で大地が赤く染まり、自分の周囲の時間が凍りついたみたいに止まった。

目の前の魔族から発せられる鬼気のせいだ。皆一様に恐怖で顔を引き攣らせている。

我が騎士ギルティン・シーブライアは、恐怖でこそないものの、やはり身体を緊張で凍らせている。

そして自分も、身体がピクリとも動かない。動けない。

 

 

怖い……

 

 

目の前の男が、とても怖い……

 

 

 

でも、安堵した。

 

ああ……

 

これで……

 

イリーナは大丈夫だ……

 

幻燐の姫将軍におけるイリーナの危機は2つ。

 

一つは勇者ガーランドに浚われ、リウイ・マーシルンが破れた時。

そうなったらイリーナは磔にされ、命を儚くしてしまう。

それより先に訪れる危機が、目の前のケルヴァン・ソリードに浚われ、犯されるエンド。

 

それが否定されたのだ。

 

イリーナはリウイに浚われ、犯され、でも……彼を愛し、愛され、幸せになるのだ。

 

きっと……

きっと……

信じたい……

 

2人の運命を……運命を超える【絆】を信じたい。

 

こうまで変わってしまった周囲の状況。

それでもリウイの下へといった、まだ結ばれていない絆を。

 

 

イリーナと結婚する予定だったレオニードくんには悪いけどね。

 

 

そして、代わりにケルヴァンに浚われる役が自分……か……

 

「フ……フフフ……フフフフフフフフフ……」

「恐怖で気が可笑しくなりましたかな? 深窓の姫君では仕方……」

「黙れゲス」

 

先程までとは違った意味で凍り付く周囲。

皆、驚いた顔で見つめている。

それはケルヴァン・ソリードも同じ。

深窓で病弱の姫君が、あり得ない言葉を発したと。

 

「ギルティン。ここに来る前に言ったこと、覚えていますね……?」

「ハッ!」

「私のために、死になさい」

 

見たこともない凶暴な笑みを浮かべるギルティン。

 

期せずして訪れた千載一遇のチャンス。

ここで目の前の男を殺す。

そうしたら、この先に訪れる悲劇の歴史。その大部分を消してしまえるのだ。

 

前世の最後、自分は弟を守るために命をかけ、そして死んだ。

あの時と同じ覚悟と、そして高揚感に身を包まれる。

 

身体の奥から熱い何かが込み上げ、その熱い想いをそのままに、腕を高々と振り上げた。

 

「目の前の汚らわしい男を……」

 

そして、周囲の騎士達に向かい命ずるのだ。

 

「討て!」

 

腕を振り下ろす。

私の命に、文字通り命をかけろと。

 

 

 

 認めよう。

 

 もう、認めなくちゃ。

 

 『自分』じゃなく『私』を。

 

 これから死ぬ者達は全て私が殺すのだ。

 

 この、セリーヌ・テシュオスが。

 

 前世の沙希なんかじゃなく、このディル=リフィーナに生きる一人の人間である『セリーヌ』が。

 

 特にギルティンは……

 

 

 

───ギルティン、この先、ケルヴァン・ソリードという魔族の男を見つけたら、必ず殺すのです。

例え私がどうなろうとも。貴方がどうなろうとも。必ず、その命を奪いなさい。

そうすれば、お姉さまにイリーナ、それにレオニードが幸せになれる可能性が高まるのですから。

それが私の望みで願い。誰にも譲れない、たった一つの願いです。

 

ですからギルティン、私のために死になさい─────────

 

 

ラクの街で言ったこの言葉に従い、命を掛けるのだろう。

 

「ウオォォォォォッッ!!!」

 

大気を震わす程の雄叫びを上げて、ケルヴァンに突撃するギルティン。

その雄叫びに呼応する様に、他の騎士達もまた、ケルヴァンに向かって突撃した。

いいや、良く見れば、何故かこの村駐留の騎士達に、戦える住民達まで。

ケルヴァンは僅かに頬を引き攣らせたあと、私と同じように腕を上げ、下ろした。

彼の背後から現れる魔物の軍勢。

 

 

でも、誰もそれに恐怖ぜずに、剣で、槍で、魔法で、戦うのだ。

 

そして死んでいく。

 

剣で斬られ、槍で突かれ、魔法で、牙で、爪で……

 

何より、私の命で。

 

これまで何もしようとしなかった、私の命令で。

 

でも、私は謝らない。

 

だけど、決して忘れないから。

 

一緒に……逝くから。

 

絶対に、絶対に。

 

 

 

「だから、私と共にここで死ね! ケルヴァン・ソリード!!」

 

私の叫びは戦場中に響き渡る。

自分の名を叫ばれて驚きを見せるケルヴァン。

でも、すぐに興味深そうに笑うのだ。

 

面白いモノを見つけたケダモノの笑みで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘開始(戦女神VERITA風味ステータス)

 

セリーヌ・テシュオス

 

LV.1

 

 

HP  9/12

MP 18/50

TP  0/ 0

 

 

高揚 (永続)

回避5(永続)

運5 (永続)

衰弱5(永続)

シスコン(永続)

ブラコン(永続)

 



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5話目

 

 

 

 

 

 

素朴な開拓民の村は炎に包まれ、戦えない女子供が逃げ惑う。

 

私はせめてとばかりに、村人と侍女達を連れて逃げるようにと、傍を離れなかった騎士達に命令を下す。

数瞬迷ったあと、同僚達に促された騎士が3名、私が差し出した王家の証を受け取ると、村人達を守るために駆け出した。

 

どの道、誰かは生きて帰らなければならないのだ。

 

私の祖国、カルッシャに……

 

私と、私と共に死ぬ騎士達の最後を伝える為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣戟と魔法の爆音が響く中、私はイリーナの下から命懸けで戻ってきた騎士の帯剣を手に取った。

 

前世を含めても、ただの一度も手にした事がない凶器。

まともに扱うことなど出来よう筈もない。

しかもだ、今生は文字通り『箸より重い物』を持ったことが無かったりする。

それでも私はソレを手に取るのだ。

騎士達が片手で軽々と振り回すその剣を、両手で引き摺るようにして。

 

そうして足を前に出し、一歩一歩、ゆっくりではあるけど歩き出した。

ギルティン達が死兵となって剣を奮う、その背中を目指して。

 

そう言えば私、セリーヌになってからは走ったこともなかったっけね。

 

私は場違いにもクスクス笑い、そして、キッと正面を睨みつけた。

目が合った。あの男、ケルヴァン・ソリードと。

憎たらしい事に、死兵と成ったギルティンの剣を軽くあしらいながら、私にいやらしい笑みを向けてくる。

余裕綽々と、私の身体を上から下まで舐め回すように見ながら舌なめずり。

ナメクジに体中を這い回れるより気持ち悪い。こっちみんな。

 

「くっくっく……」

 

 

そんな私の様子に、忍び笑いをこぼすケルヴァン。

ギルティンとの力量の差が隔絶している証拠だろう。

ほんとムカつく野郎である。

 

だけども、舐めるなよ、ケルヴァン・ソリード。

これはゲームなんかじゃないんだ。

私とギルティンの命の刃。

たった一度でもその身に受けさせれば良いだけなんだ。

そう考えれば、何て簡単なことだろう。

 

「この戦いは私の我侭。目の前のあの男を殺すまでは止められない私の私戦」

 

視線をケルヴァン・ソリードに固定したまま、私は周囲の騎士達にそう囁いた。

既に私の居る場所は、魔物の爪や牙が容易に届く範囲。

剣や槍は言うまでもない。

魔法とて、先ほどから私を掠めて爆炎をあげている。

弓矢が飛び交い、その一矢が私の肩に突き刺さる。

高揚しているせいだろう。痛みは余り感じない。

それでもドレスを真っ赤に染め上げてはいるのだが。

 

でも、私も、そして私の護衛をしている騎士達さえも最早何も言わない。

みな、判っているのだ。

ここで私達が終わる事を。

そして、私の覚悟を。

 

「何たる名誉か! 美しき姫君の私事(わたくしごと)の為に剣を振るえるとは!!」

「ふふふ、その様なことを仰っては、奥方様に怒られますわよ?」

「セリーヌ殿下、ご安心を。その者はもとより細君の尻に敷かれておりますれば、今更どうということはございませんよ」

 

豪快に笑いながら、私に近づいてきた魔物を一刀の下に斬り伏せる。

血臭が舞い、返り血が私に降りかかった。

普段だったら、吐き気を催す匂いが私を包み、でも、それは逆に私の闘士をみなぎらせる。

 

もう、この村の自警団の者達は、一人残らず息絶えた。

今、メンフィルの最後の騎士が魔物の爪の餌食に倒れる。

その魔物を、私の傍に居る騎士の一人の魔法が燃やし尽くす。

これで残る敵は、ケルヴァンを入れて大よそ30か?

そして我が方の戦力は、ギルティンと、未だ魔物と死戦をしている4名。

最後に私と護衛の騎士7名を加えると全部で13人。

 

「一人が3体倒せばお釣りがきますね?」

 

一人の若い騎士がうそぶく。

 

「ならば命じます、我が騎士達よ。その大言、嘘ではないと証明してみせよ!」

 

私の護衛の7名が「ハッ!!」と剣を掲げると、一斉に魔物の軍勢を屠る為に駆け出した。

 

 

───オイ! 聞いたか! 我が騎士だってよ!

 

ああ、これであの世に逝ったら自慢出来るってもんだぜ!!

 

見ろよ! 俺なんかセリーヌ殿下の血を浴びちゃったぜー!

 

変態がいます、隊長!

 

分かっている。あの世に着いたらソイツは逆さ磔だ─────────

 

 

 

 

…………バカばっかりだ。

 

ホント、バカばっかり……

 

頬が熱いのは気のせいだ。

私には、涙を流す資格なんて無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

亀のように遅い私の歩み。

 

それがようやくギルティンとケルヴァンの一騎打ちの傍まで到達すると、その時にはもう、生き残りの騎士はたった一人。

 

隊長であるハーマン・ベルドーただ一人。

今更だけどこの人、確かお姉さまの腹心じゃなかったか?

なんで近衛騎士に混じってるんだろう?

 

魔物の最後の一頭を斬り裂いた彼に、心の中で称賛しながら本当に今更なことを思うのだ。

 

「ありがとう、お姉さま……」

 

最後のお礼の言葉。

別れの言葉。

それを呟いたその時、ギルティンの身体を剣が貫いた。

血を滴らせる剣先が背中から飛び出し、しかしケルヴァンはその剣を引き抜けない。

 

ニヤリ。壮絶に嗤うギルティン。

 

初めて焦りの表情を浮かべたケルヴァン。

 

ハーマンが駆ける。

ケルヴァンを斬るために。

そして私もまた、駆ける。

今生で初めての走りをみせて。

だがその走りは、私の全ての生命力が込められた走り。

 

病魔に犯され、それでも残された全ての命をこめて地を蹴る。

剣を水平に掲げ、ただ狙うはケルヴァン・ソリードの命。

ハーマンが剣を振り上げ、ケルヴァンを背中から切り裂こうと振り下ろす。

だが寸前、ケルヴァンの暗黒の魔法の一撃で吹き飛ばされる。

 

ズザザザザァァァッッ!!!

その勢いでハーマンは地面を削りながらゴロゴロと転がり倒れ、周囲に自らの血を撒き散らす。

勢い、残酷な笑みでそれを見やり、そしてギルティンに止めとばかりに剣に込めた力を強めた。

だがその瞬間、盗った! 私は確信する。

 

彼は、ケルヴァン・ソリードは、私に注目はしていても、注視はしていなかった。

彼ならば、私の事など調べきっていたはず。

剣を持ったこともなく、また、魔法を使うことさえ出来ぬ、王宮の奥で匿われている病弱の王女。

そして彼自身は一騎当千の強者。

たとえ魔物の軍勢が全滅しようと、自分一人だけで私達など殲滅できると思っていたのだ。

 

それは真実だ。

 

騎士達が命を惜しみ、功名を欲してならば、そうなったと疑いはない。

だからこそ私に対しての無防備な姿。

人を見下し、またそれだけの実力を持っていたがために出来た、たった一つの、隙。

 

だけども、

 

「私を! カルッシャを! 舐めるなぁぁぁぁぁあああああああああッッッ!!!」

 

ケルヴァンの想像を超える速さと力で、私は奴の懐近くに身体を滑り込ませた。

身体から湧き上がる高揚感! 魔力! 生命力!

その全てを込めて、水平に掲げられた剣先が、目を大きく見開いたケルヴァンの心臓を……

 

 

 

 

 

ゾブッ!

 

肉を貫く感触。

顔にかかる大量の熱い血。

 

 

冷たい剣先が、私の胸から、飛び出した。

 

 

 

な……んで……?

私……が……?

 

 

 

咽から込み上げてくる熱い塊。

 

「カハッ……!」

 

血を口から大量に吐き出した私は、引き抜かれた剣の勢いそのままに、地面に両膝をつき、続いて身体をうつ伏せに倒れこんだ。

 

「セリーヌ様(殿下)!!」

 

ギルティンとハーマンの声が私の耳に届く。

そしてすぐ後に、ギルティンが斬り倒される。

これで生き残ったのはハーマンただ一人。

結局、皆無駄死にさせてしまった。

 

それにしても、何故?

確かに私の剣が、ケルヴァンの胸に吸い込まれたはずなのに……

 

「あ~ら。腹黒でいけ好かないアンタの、こ~んな焦った顔が見られるなんてね~」

「カーリアン、キサマ、なぜここに……?」

「リウイがさー、アンタが帰ってくんの遅いから迎えに行けって煩くって。これで、貸し一つよん」

 

ビシュッ!

剣を振りぬき血を振り捨てる音。

あはは。敵に援軍が来るなんて、考えてなかった……

 

ダメだなぁ、わたし……

ホント、ダメダメだ……

 

「んで? どーすんのこいつ?」

 

倒れ伏す私。

その長い髪を掴まれ、グイッと上体を持ち上げられる。

霞んだ瞳に映る、やたらと露出の高い女の姿。

この人がカーリアン……

 

「その女がリウイ様ご所望のカルッシャ王女だ」

「えっ? マジ? あっちゃー、やっちゃったぁ」

 

胡散臭い言い方。

私の事、分かっててやったでしょ、アンタ?

大体、こんなドレス着てる女が、お姫様かどうか分からない訳ないじゃない。

もう、睨みつける力も無く、私は虚ろな瞳で目の前の女を見た。

私の返り血で真っ赤に染まった女。

残酷な笑み。それがとても艶かしい。

腰まで届く赤いサラサラな髪が、風に吹かれ私の顔を撫でていた。

 

「でもま、やっちゃたのは仕方ないわよね~? 怨むんなら、ポカやったケルヴァンを怨みなさいよ? ケルヴァンがアホやんなかったら、私がこうしてアンタを殺さなくてもすんだんだからさ」

 

そう言って、私の血で濡れた剣を、首筋に押し付ける。

肌を斬られる痛み。

流れる冷たい血の感触。

でも、恐怖は感じなかった。

それよりも、悔しさで泣いてしまいそうだ。

みんなの命を無駄にした。

この村の住民の、騎士達の、ギルティンの……

 

「バイバイ、お・ひ・め・さ・ま!」

 

剣に込められた力が増し、いよいよ私の命もこれまでか……

そう思った瞬間、ビリリッ!! 

私にでも解る程の強い殺気が、この周囲に満ちた。

私の髪を掴んでいたカーリアンは、私を盾にする様に持ち上げると、その殺気の方に強い視線を向ける。

そして、それはケルヴァン・ソリードも同じようだった。

 

 

 

 

「汚らわしい魔族がッ! 私の妹から、その薄汚い手を放せッ!!」

 

 

 

 

怒りのこもった女の声が辺りに響く。

 

美しい顔を仮面で隠した女。

後ろで結い上げられた髪が、横殴りの風になびいている。

その身にまとう怒りの波動。

溢れんばかりの強い魔力。

 

この世界でも一握りしか到達しえない高みに立つ、超絶的な力。

 

「エクリア様……」

 

憧憬が入り混じった声で呟くハーマン。

 

そして、慌てふためくケルヴァンとカーリアン。

カーリアンはともかく、ケルヴァンも長いギルティンとの戦いで消耗していたみたい。

だとしたら、少しは報われたのだろうか?

上手くいったら、お姉さまの手によってケルヴァン・ソリードは討たれるかもしれない。

 

「退くわよケルヴァン!! あんな化け物相手に出来るわけないじゃない!!」

「チッ、仕方あるまい」

 

逃げる算段を進める2人。

だがしかし、お姉さまは2人を逃がすつもり等ないようだ。

怒りと憎悪がこもった魔力が、お姉さまの身体の奥から吹き上がり、

 

「逃がすと思うか! 死ねぇっ! 下郎がッッ!!」

 

両手を前に突き出し、合わせ、そして、開く。

開いた手の中から、一点に集中された破壊の魔力が溢れ……

 

「喰らうがいい、我が爆裂の煌きをッ!!」

 

シュバァァァァァァァッッ!!!

目映いばかりの閃光! 

耳を劈くような轟音! 

カーリアンの甲高い悲鳴!

圧倒的な、力だ。

私とギルティンと騎士達が束になっても叶わないほどの、力。

 

そのまま私は地面に倒れ伏し、意識が途切れた。

 

 

 

 

 

そして次に気づいた時には、泣きそうなお姉さまの膝の上。

いつものように、優しく頬を撫でるお姉さまの冷たい手。

 

とても、気持ちいい……

 

うっとりと目を細める。

だって、これが最期だから。

それでも、その幸せな感触を振り払って、あの男がどうなったか、聞かなくちゃいけない。

 

「ケルヴァンは……あの魔族の男は……」

「逃げられたわ」

「そう……ですか……」

 

大きく息を吐いた。

ああ、私は……失敗したのだ……

それでも、最後の力を振り絞り、震える手を頬を撫でるお姉さまの手に重ねた。

 

「ごめん……なさ、い……」

 

私は、私が信じ切れなかったお姉さまに、謝罪の言葉を伝えた。

 

「何を謝るの、セリーヌ。ううん、もう喋らないで。治療すれば、まだ間に合うのだから」

 

私はゆっくりと頭を振った。

 

「いいえ、いいえ、お姉さま。私は、ここで、死にます。みんなと約束したの。ここで、一緒に逝くと……」

 

それに、どの道永くはない。

もう、私は全てを使いきったのだ。

 

 

 

 

炎が見える。

 

私が来るまで平和だった開拓民の村を燃やす炎を。

 

こんな私と共に戦ってくれた、みんなを燃やす炎を。

 

私の我侭に付き合わせてしまった、みんなを燃やす炎が。

 

これじゃ、前世と一緒だ……

 

疫病神なのかな? 私……

 

「勝手に……なさい……」

 

くぐもった声。

涙声だ。

 

「泣いて、くださるのですね……?」

「何をバカな……! 勝手な妹に付き合わされるこちらの身にもなりなさいっ!」

「レオニードと、お義母さまには……、うまく……伝えて……」

「ええ、アチラは私の顔なんか見たくもないでしょうけどね」

「ハーマン……」

「ハッ」

「お姉さまを、よろしく……」

「ハハッ!」

 

後は、時代の流れに任せるしかない。

このお姉さまは、幻燐の姫将軍のエクリアとは違う。

 

だって私を、助けに来てくれたんだもの……

 

だから、きっと……

 

ハーマンが私の身体に自らが纏うマントで身を包めると、お姉さまが最後に私の頬にキスをする。

そして、優しく地面に横たえると、背を向け、カルッシャの方へと向って歩き出した。

 

この後、2人とも大変だろうな。なんて思う。

 

自らが護衛した王女を守りきるどころか、死なせた上に遺骸すら持ち帰れなかったハーマン。

わざわざメンフィルまで妹を助けに行ったのに、やはり遺骸を持ち帰ることさえ出来なかったお姉さま。

どちらも、立場を危うくするだろう。

ギルティンや、騎士達に、それに自警団を始めとする村の方々。

彼らに謝る言葉はない。

それは、向こうでするのだから。

でも、お姉さまとハーマンには謝らないと……ね……

 

「ごめんなさい……」

 

今日、2度目の謝罪の言葉。

ピタリと足を止める2人。

でも、振り返らないで、そのまま私の視界から消え去っていった。

 

「さようなら……ありがとう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれだけの時間、こうしていたのだろう。

バチッ! バチッ!! 火の粉が私の身体を包む。

豪奢な、でも血塗れでボロボロなドレスが、ジリジリと焦げて黒ずんでいく。

それでも私は身動き一つせず、ただただ空を見上げていた。

命の灯火が消える、その瞬間まで……  

 

 

 

 

ああ、そう言えば、こうなったらお姉さま、怒り狂ってメンフィルを滅ぼしたりして。

ちょっとマズイかな?

でも、もう、私は何も、出来ないのだ。

 

 

 

 

「イリーナ……レオニード……お姉さま……生き、て……」

 

 

ユラリ……

 

炎に彩られた私の影を覆う、何かの影にも気づけない。

 

私は、セリーヌ・テシュオスは……

 

 

 

 

この日、死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャラクター・データ(戦女神VERITA風味)

 

 

エクリア・テシュオス

 

 

LV.280

 

 

熟練度

 

大型武器  S(連接剣・鞭)

魔術・強化 B

魔術・冷却 A

魔術・純粋 S

 

 

スキル

 

貫通Ⅲ      攻撃時に確率で発動し、発動すると敵の防御力、防御回数を50%ダウン   

魔族殺しⅤ    魔に族する者と相対するに限り、攻撃力が倍増する

賢者の魔力Ⅴ   消費MPが50%軽減される

姫神の守護者Ⅱ  防具の属性に左右されず、常に『神格+2』の防御属性になる

オーバーキル   攻撃時に常に発動し、ダメージMAX桁が一桁上昇

貫通無効     自身に対するスキル『貫通』の発動を無効化

即死無効     自身に対する効果パラメータ『即死』を無効化

セリーヌが大好き パーティ内に『セリーヌ』がいる場合、攻撃力と防御力が10%上昇

イリーナが好き  パーティ内に『イリーナ』がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇

妹が憎い     パーティ内に妹がいる場合、攻撃力と防御力が15%低下

妹が好き     パーティ内に妹がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇

血縁の絆     パーティ内に『血縁の絆』を所持しているユニットが複数いる場合、所持者の攻撃力と防御力が10%上昇

 

 

 

称号

 

カルッシャ姫将軍  姫神フェミリンスの力を押さえ込み、カルッシャ王国の為にのみ生きるエクリアの称号

 

 

 

 

 

           

 

 

 

 

 

 

 

 

この戦いでセリーヌが復活のスキルを発動させた回数……4回

 

ちなみに、ハーマンのレベルは150を想定。

カルッシャ騎士のレベルは80~120。

メンフィル騎士のレベルは30~70。

自警団の皆様方が10~20です。

 

 

次話で幻燐の姫将軍『Ⅰ』の時間軸が終わりです。



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6話目

 

 

 

 

 

 

 

ギルティン・シーブライアからメンフィルに内乱の兆しありとの報が届けられた時、カルッシャ首脳部は楽観視していたのかもしれない。

一応念のためにと、セリーヌはともかく次期王妃であるイリーナの帰還命令を出したのを最後に、そのまま記憶の棚の奥へと仕舞い込んでしまったのだから。

しょせんはレスペレント辺境の反乱勢力。カルッシャでも随一の錬度を誇る近衛騎士団の護衛があれば、どうとでもなると思っていたのだ。

 

だが、

 

 

第2王女セリーヌ・テシュオス

第3王女イリーナ・テシュオス

 

両王女、メンフィル反乱軍に襲撃されるとの第2報に続き、

 

 

セリーヌ王女死亡

イリーナ王女拉致

 

 

と、セリーヌの命により開拓民の村の住人達を警護していた騎士3名及び、姫将軍エクリアと近衛騎士隊長ハーマン等からの第3報が届けられた時には、皇太子や宰相のみならず、完全に国政を放棄していた国王までもが顔色を失った。

 

そう、この時、王都ルクシリアに激震が走ったのだ。

祝福に湧いていた王都は一転、愛されていたイリーナ第3王女を失った悲しみに嘆きの声をあげ、王女たちの護衛という晴れがましい任務に付いた騎士達の家族は怨嗟の声を上げた。

王室でも、第2王妃ステーシアが娘の死に泣き崩れ、皇太子レオニードは怒りに我を忘れた。

すぐさまラッハート・アイゼン将軍が率いる黒雉騎士団にイリーナ救出を命じたのは、そのせいだろう。

後に準備不足であったと批判された黒雉騎士団の派遣は、あえなく失敗。メンフィル反乱軍の攻撃により全滅する。

しかもだ、その後も次から次へと伝えられる様々な報は、カルッシャ上層部の頭を抱えさせた。

 

 

死亡したセリーヌ王女の婚約者、メンフィル王子カリアスの戦死。

 

反乱軍によりメンフィル王都ミルスが陥落。

 

メンフィル国王レノン、反乱軍の首魁リウイ・マーシルンとの一騎打ちの末、壮絶な討ち死に。

 

マーズテリアの聖騎士シルフィア・ルーハンス、反乱軍に膝を屈し、魔王の臣下となる。

 

そして、魔王リウイ・マーシルン、メンフィル国王に即位。

 

 

 

辺境に位置するとはいえ、グルーノに続く魔族国の勃興に恐れ戦くレスペレント周辺諸国。

その頃には冷静さを取り戻していたレオニードは、それ等の国を纏め上げ、連合軍を結成。

魔王に占拠されたメンフィル解放を謳って侵攻を開始しようとするも、更なる報に方針を変えた。

……いや、変えざるを得なかった。

 

 

拉致され、その後の消息が不明であったカルッシャ第3王女イリーナが、新生メンフィル国王リウイ・マーシルンの妃となったのだ!

 

周辺諸国から湧き上がるカルッシャへの不信感は、連合軍の結束力に致命的なヒビを入れた。

これにより信用と面目を失うことになったレオニードは、連合軍を解散する。

しかし宰相サイモフは、それならそれで好都合とばかりに、経済封鎖によってメンフィルを干上がらせる作戦に出た。

 

長い時間はかかるだろうが、確実に彼の国を滅ぼす為に……

 

だが、それこそがリウイとイリーナの目論見であった。

現時点での軍による討伐を避け、地道に国力を回復させるための策である。

そしてその間に、ベルガラードやエディカーヌと言った闇夜の眷属の国と連絡を取り合い、力を蓄え、後の反攻に備えるのだ。

 

しかし、それを見抜いて居た者が、カルッシャには2人いる。

 

セリーヌの件で立場を危うくし、一時的にではあるが発言権を失わせていた姫将軍エクリア。

そして、面目を失ったとはいえ実質的に国を率いている皇太子レオニードである。

 

 

 

2人とも、それぞれの思惑の下に、この事態を受け容れる。

 

連合軍が解散となった今も、復讐心に燃え上がる臣民達の感情を宥めすかし、新たに軍を発することなく、冷徹な目で、新生メンフィルの動向を見守ろう。

 

 

姫将軍エクリア

 

皇太子レオニード

 

 

エクリアの目的はカルッシャによるレスペレント統一への道筋を作るため。

レオニードは復讐心を一先ず仕舞い込み、闇夜の眷属との共存共栄を目指して。

 

2人の出発点は同じだった。

カルッシャの失われた王女、セリーヌの切なる願い。

 

 

 

 

そして、それはメンフィル王妃となったイリーナも同じはず。

 

 

……同じ、はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カツン、カツンと、人気の少ない王宮の廊下に、足音を響かせ一人歩く。

いいや、例え沢山の人に溢れかえっていたとしても、彼は一人で有り続けるだろう。

むざむざと生き残った彼に対する蔑む視線。嘲弄の言葉。何より、セリーヌを守れなかったと罵倒する声。 

それらをカルッシャ中の者達から浴びせられ続ける彼は。

しかし、彼自身もまた、国や皇太子に捧げていた忠誠心を失わせ、今の彼を支えるのはセリーヌの遺命だけであった。

 

 

『目の前の汚らわしき男を討て!』

 

『お姉さまを、よろしく……』

 

 

その言葉だけが、何度も何度も脳裏を過ぎる。

そして倒れていく部下達の無念、彼女の無念。

それら全てが彼を苛み、憎悪を膨れあがらせ……

 

誰よりも篤い忠誠心を王家に捧げていた男は、こうして狂った。

代々続く貴族の名門の名を捨て、ただのハーマンとなった彼は、狂ったのだ。

 

 

セリーヌが汚らわしき男と称した、ケルヴァン・ソリード。

セリーヌを殺した女、カーリアン。

それらの首魁、リウイ・マーシルン。

 

そして、唾棄すべき姦婦、イリーナ・マーシルン。

 

 

婚約者であったレオニードを裏切り、おぞましき魔族と通じた売国奴だ。

あの女の存在が無ければ、カルッシャは面目を保ったまま、メンフィルへと相対する事が出来たのに……

 

 

───この4人だけは、必ずや我が剣のさびにしてくれる!

 

それこそが、あの日散った仲間達とセリーヌ様への何よりの餞(はなむけ)となるのだ!!

 

 

怒りと憎悪以外の感情を失わせてしまった彼が従うのはただ一人。

セリーヌからの最期の願い、姫将軍エクリアである。

あの日見た強大な力は、ハーマンの最も欲するモノであった。

あれほどの力が自らにあれば、『あの日』汚らわしき魔族どもを殲滅出来たというのに。

 

「来たか、ハーマン。セリーヌの騎士よ」

 

生前のセリーヌは勘違いをしていた。

ハーマンが姉であるエクリアの腹心なんだと。

 

だが、それは違う。

 

彼女自身が変えた世界の歪みの証。

彼女が知らないままだった、歪みの象徴。

彼女の存在により、放蕩三昧だったレオニードにはならず、次期王としての自覚と誇りを持ったレオニードこそが、世界の歪みなのだ。

そんな彼に忠誠を誓った、若きカルッシャ貴族の一人。それがハーマン・ベルドーだった。

そして今では、姫将軍エクリアに付き従う、自らを死したセリーヌの騎士と謳うただのハーマンである。

 

「何の御用でしょうか、エクリア殿下」

「突然の話だがハーマン、貴様はセリーヌの願いを知っているのか……?」

「それは、魔族の殲滅……ではないかと」

「いいや、違う。あの優しい妹がその様な物騒な事を願う訳なかろう?」

 

僅かにだが、不快そうに眉を顰める。

ハーマンの脳裏に何度も蘇る、『あの日』の光景がそれを否定する。

 

天上の女神の如き美しさ。横殴りの風になびく金色の髪。

幼さを残した顔が厳しく引き締まり、細められた視線が汚らわしき魔族を射抜く。

振り上げた手の先は、戦神の加護を受けたのか、目映いばかりに輝きを放った。

その瞬間、病弱の姫などというセリーヌの評価は消え去り、戦乙女の如き凛々しい彼女に魂を奪われる。

 

だから……

そう! だからこそ!!

あの場に居た全ての騎士達が、いいや、騎士だけじゃない。

全ての戦士がギルティンを羨んだ。

 

 

───私のために、死になさい

 

 

そう言われたギルティンが、羨ましく、妬ましい。

 

セリーヌ王女の為に死ぬ。ああ、なんて蠱惑な響きか……

 

羨み、妬み、嫉み……

心から欲するその言葉。

我らは一様に期待を込めた視線を彼女に向け、そして叶った!

 

『目の前の汚らわしき男を……討て!』

 

風を切って振り下ろされた手。

その瞬間、歓喜が全身を駆け抜けた。

あの時の高揚感、誰にも否定させはしない。

言ったのだ、あの男……魔族を討てと。あの汚らわしき魔族を滅ぼせと!

何より、あのお方を殺したのは、その汚らわしい魔族の女剣士。

 

魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族魔族!!!

 

 

そう! 魔族だ!!

薄汚い魔族など滅びてしまえばいいのだ!

我が騎士達と呼んでくれたあの方を殺した魔族など、このディル=リフィーナに存在する事自体が間違いなのだ!

 

ハーマンは怒りに震え、目を血走らせる。

放っておけば、今すぐにでもメンフィルへ行って剣を振るいそうだ。

 

「落ち着け、ハーマン。何もキサマの復讐心を否定している訳じゃない」

「……復讐心などと、心外であります」

 

これは、セリーヌ殿下の命。

このハーマン・ベルド―を始めとする【戦士】たちが、あの御方から直々に下された命なのだ!

 

そんな頑なな態度を崩さないハーマンに、エクリアは軽く首を振って否定した。

 

「妹が良くイリーナとレオニードに聞かせていた話、聞くか……?」

「ハッ」

 

セリーヌを何も知らないハーマンである。聞かないわけにはいかない。

だが、それを聞いても尚、彼の憎しみは止まる所を知らないだろう。

それはエクリアも解っている事だ。

だが、一応は言っておかねば。

【それ】は、けしてセリーヌの望む所ではないと。

だがエクリアは、その復讐心こそ必要としていた。

 

カルッシャを、このレスペレントの覇者とする為に。

その時こそ、本当の意味でセリーヌの願いが叶うのだ。

カルッシャの力で平和になったレスペレントこそが、セリーヌが望んだ平和な世界なんだと、堅く信じて……

 

そして、そのセリーヌの言葉こそが、

 

 

 

 

 

 

 

───闇が邪悪だと誰が決めました? 光が正義だと誰が保障するのです?

 

いつの日か、光も、闇も、みんな、みんな、仲良くなれたらいいのにね───

 

 

 

 

 

 

 

イリーナのメンフィル。レオニードのカルッシャ。

双方が憎しみをもって争わないように、2人が小さい頃から、セリーヌが言い聞かせていた言葉だ。

 

セリーヌの転生前の知識で知る悲劇を、少しでも小さくしたいと願っての言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セリーヌ姉さまが、いつも私とレオニード王子に聞かせてくれた言葉です」

「……そうか、会ってみたかったな」

「ええ、本当に。あなたに会わせてあげたかった」

 

国民の感情を落ち着かせるために、とある場所へと慰問に向う途中、馬車の中から笑顔で手を振りながらの会話。

イリーナは、自らの隣で神妙に目をつぶる夫を愛してはいる。

だが同時に、未だ拭いきれない程の憎悪をも持っていた。

 

姉を殺した彼らが、憎くて、憎くて、憎くて……

 

自分の身体を穢したなどという小さいことは全て吹っ飛び、犯されながら寝物語のように聞かされる姉の最期に、どれだけ憤慨したことか。

だけども、知ってしまった。聞かされてしまった。憎い男の憎悪の源泉を。

幼き日のリウイ・マーシルンを。彼がどうして人間を憎んだのかを。

そうしたら、それ以上憎み切れなくなってしまい、憎かったはずなのに、気がついたら心が惹かれていた。

 

「本当に、素晴らしい人だったのだな……」

「それはもう。私が最も敬愛するお姉さまですもの」

 

彼に対する憎しみが完全に消え去った訳ではなかった。

それでも、彼を愛している心は本物なのだとイリーナは思っている。

だからこそ、姉が望んだ光と闇の共存を、彼ならば、半魔人で、人と魔の醜い部分をその目に何度も焼き付けている彼ならば…… 

 

そんな事を考えていたイリーナだったが、不意に視界の端に入った人の影に驚き目を見開いた。

その目に映ったのは……そう! 大好きな姉の、元気な姿!!

 

「セリーヌ姉さまっ!?」

 

馬車から身を乗り出し、身体を捻って後ろを振り返る。

でも、そこに彼女はいなく、いいや、居るわけなどあるはずがない。

彼女は、これからイリーナが赴く場所で、儚く散ってしまったのだから。

顔を力なく左右に振り、どうしたのかと心配そうに自分を見る夫に弱々しく、それでも健気に微笑みかける。

 

「……いいえ、なんでもありませんわ」

「そうか……」

 

そう言って厳しい目で正面を見るリウイ。

イリーナとリウイ。

互いに罵り合い、憎しみをぶつけ合った仲。

汚い部分を見せ合った2人は、だからこそ真に愛し合う事が出来たのかもしれない。

 

「すまない……」

 

リウイの言葉の裏に隠された、姉への真摯な謝罪の言葉。

聞きたくはない。今更なにを言っても無駄なのだから。

でも、こうも思う。

 

「どうしようもなかったのです。巡り合わせが悪かったのだと……ですが、だからこそ、私は……」

 

姉の幻を見たのは、自らの胸に染みついて消せない罪悪感からなのか……?

祖国を裏切り、夫となる筈だったレオニードを裏切り、何より、愛する姉の仇に通じた。

だからこそ、その姉の望んだ平和な世の中を創り上げたい。

輪廻転生、いつか彼女が生まれ変わって来たその時に、平和な世界を見せてあげたいと思うから。

 

 

「光と闇の共存共栄。必ずそれを叶えてみせる。それが、お前と、そしてセリーヌ・テシュオスへの、俺から出来るたった一つの償いだ……いいや、違うな。俺が見たいのだ、償いとか関係なくな。俺とお前と2人で、この夢が現実になる所を見たいのだ……」

 

リウイの言葉に、先程までの弱々しい笑みは完全に消え失せ、イリーナは柔らかく微笑んだ。

そして、ジッと彼の瞳を見つめる。愛する人の、愛した人の、愛してくれる男の瞳を、優しく、優しく……

 

ガタガタと揺れる馬車の中、イリーナは心から思う。

 

(この人ならばきっとお姉さまの夢を叶えてくれる。ですから、見ていてくださいね、お姉さま……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《カヤ嬢ちゃん、どうかしたのかの?》

「う~ん……今のお姫様、なんか妹って感じしない?」

《確かに外見は似ておるが、気品がまるで違うからのー》

「なにその失礼な言いぐさ!」

《事実だの》

「あ~、ハイシェラみたいなお婆ちゃんには分かんないかもね、この溢れんばかりの高貴さがっ!」

《目を開けたまま寝言とは、随分と器用なものじゃな》

「むっかーっ!!」

 

 

端から見れば、旅の連れ合いの懐の小剣に向かってブツブツ怒りの声を出す少女。

正直不気味である。

 

そう、少女と談笑しているのは、旅の連れの男の腰の剣。

魔剣に身をやつす魔神ハイシェラ。

悠久を過ごす男の相棒である。

 

だがしかし、かの魔神の声は、本来、男にしか聞こえないはずの心話。

だからこそ、その声を聞き、そして話す少女の姿は余所から見れば不気味にしか見えない。

ふと気づけば、道行く人々からいた~い視線を向けられる少女だったか、それにも気づかず。

男としても、さほど気にはならなかったのだが、流石に注目が大きくなってしまい、遂には少女を連れてこの場から離れる事を決意した。

 

「カヤ、行くぞ……」

「あっ、うん、ごめんね? 私のせいで迷惑一杯かけちゃってさ」

 

少女の言う迷惑とは、周囲の奇異の視線ではない。

少女の、身体のことである。

 

「気にするな」

 

男の本心からの言葉。

実際、男はあまり気にしてなどいなかったのだ。

 

「うん、実はあんま気にしてない」

 

テヘヘ、と可愛らしく笑う少女。

少女は旅慣れぬどころか、少し歩いただけで息を切らし足をくじく生粋のお嬢様っぽい少女。

っぽいと言うのは、少女自身、自らが何者なのかを知らないが為だ。

そんな少女の体力は、メンフィルのとある滅びた村の跡から、この王都ミルスへの間だけで、3ヶ月あまりの時間がかかるぐらいにまったくない。

男はそんな少女を保護し、彼女の失われた記憶が戻るまでの間、共に過ごすと約束したのだ。

 

「んじゃ、行こッか?」

《目的地は、イオメルの樹塔だったかの?》

「うん。なんかさ、そこに行かなきゃー、って気がするんだよね」

《エルフの聖地だからのう。そう容易く入り込めはせんぞ?》

「まあ、入れなかったらそれはそれで良いよ。近くに行くだけで、何か思い出せるかも知れないしさ」

 

姦しく話し続ける2人に、男は無言の抗議として少女を自らの胸に抱き寄せ、外套の中にしまい込んだ。

少女は話を止めると、慣れた調子で腰にしがみつき、男の歩みに合わせて足を動かす。

男もまた、少女の歩幅や体力に考慮しながら、ゆっくりと歩き出した。

 

「ね、ね。お姉ちゃんはー、なんか甘い物が食べたいです!」

「次の街に着いたらな……」

「えへへ~、あんがとね、『おとうとくん』」

 

感情を失わせている筈の男の口元が、僅かに緩んだ。

その事に、男も、少女も気づきはしない。

だが、魔剣ハイシェラだけはそれに気づき、嬉しそうに2人を見守る。

 

少しでも長く、この状況が続けばいいのに……

 

そう、誰とも知らぬ何かに、願いを込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャラクター・データ(戦女神VERITA風味)

 

 

カヤ

 

 

LV.10

 

 

HP  80/ 80

MP 246/246

TP   0/  0

 

 

熟練度

 

小型武器  E

中型武器  E

魔術・強化 E

魔術・火炎 E

魔術・地脈 E

魔術・純粋 E

魔術・招聘 ─

 

 

 

魔術・招聘

 

???招聘 ???の為に命を捨てた英霊騎士を招聘して戦闘に参加。MP50

???騎士団招聘 ???の為に命を捨てた戦士達の英霊軍を招聘して戦場に参加。MP500

 

 

 

スキル

 

病弱 Ⅰ  常時衰弱状態、及び、HP,MP,TPが15%低下

虚弱 Ⅰ  経験値・熟練度の入手が通常の50%、及び全パラメータが15%低下

復活 Ⅴ  戦闘不能になった時点で発動し、発動するとHPが50%で復活

神秘の防護 攻撃対象時に確率で発動し、発動すると味方全員ダメージが半分になる

HP再生Ⅰ 一定フレーム毎or一定歩数毎にHPが回復

MP再生Ⅰ 一定フレーム毎or一定歩数毎にMPが回復

賢者の魔力Ⅰ 消費MPが10%軽減される

テシュオスの守護Ⅰ 防具の属性に左右されず、常に『万能+1』の防御属性になる

弟が大好き パーティ内に弟がいる場合、攻撃力と防御力が10%上昇

 

 

 

称号

 

神殺しの姉気分  枷が外れた衝撃で、前世の『自分』の影響が色濃く出ている記憶喪失の少女の称号

 

 

 



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7話目

目の前の村が、炎に包まれ滅び去るのが見える。

呆れ返る程に何度も見た光景。

でも、何度見ても慣れない光景。

 

感情を失わせた筈の心が、細波のように震えた気がした。

自らが関わって滅んだわけではないのに、何故なのだろう……?

そう胡乱なことを考えていると、ふと感じた。

炎の中に、未だ失われていない命が一つ有る。

そう気づいた時、手に持つ魔剣で前を塞ぐ炎を斬り裂き、失われつつある命の気配の方へと勝手に足が動いた。

 

火の粉を払い、燃え尽き崩れ落ちる家々を避けながら進んでいくと、村の中央に、沢山の騎士達の遺体があった。

それらに守られるように、仰向けで倒れ伏す少女が一人いる。

失われていない命はこれだろう。

着ている物から貴族の令嬢だと目星を付ける。

豪奢なマントで身を包まれ、視線は虚ろに空を見上げていた。

血を出し過ぎているのか。顔色は青く、呼吸も細く不規則だ。

少女の目には力がなく、生きようとする気力を感じられない。

 

ここで助けても、生きてはいけまい。死なせた方が慈悲だろうか……?

 

迷う。

 

生きること全てが幸せには繋がらない。

人によって、死ぬ方が幸せだということもあるだろう。

 

だがその時、少女の唇が僅かに動いた。

 

 

───生き、て……

 

 

瞬間、その言葉に、遠い昔、誰か大切な人とそう約束した気がした。

記憶にはもう残っていない。

だが、間違いない。今の自分を生にしがみつかせている、大切な言葉のはずだ。

 

 

『生きて』

 

 

唇を動かし、その言葉を発してみると、頭にカッと血が上った。

あきらめの良すぎる少女に怒りを感じた。

誰かに生きてと願う。そんなお前が、どうして生きようとしないのだと。

 

男は少女のもとへと駆け寄り素早く抱き上げると、そのまま滅びの炎に燃える村から脱出するための行動にでた。

ぐったりと何の反応も返さない少女の身体は、驚くほど華奢で羽毛のように軽く、このような身分の高そうな少女が、どうして辺境の村にいるのか不思議でならない。

そんな疑問をひとまず頭の隅に追いやりながら、手に持つ魔剣を構え、道を遮る炎の壁を斬り裂いた。シュバッ! と風を斬り、炎を斬る。斬った先に見えるのは村の外。

この道なりに進めば、安全に外に出られるだろう。

 

最後に男は騎士達の遺体にチラリと目をやった。

 

少女を守っていただろう騎士達。

どの騎士も、誇りに満ちた顔をしている。

 

お前は彼らの誇りを汚すつもりか……? 

そうでないと言うのなら、

 

「生きろ」

 

ただ一言、そう呟く。

彼自身が誰かに願われた思いだった。

もう記憶には残っていない、その願い。だけども、その願いの為だけに、生き続けてきたのだ。

その言葉を、自分以外の誰かに願う少女。だからこそ少女を放ってはおけなかった。

 

「お前には、生き続ける義務がある」

 

男は感情のこもらない声で少女にそう言って、割れた炎の道なりに村を出た。

急ぎ安全な場所に行き、少女の手当てをしなければ。

手持ちに有る傷薬で足りるだろうか?

何より、この少女の生命(いのち)の弱さを補わなくてはならない。

 

彼にはその方策が一つだけあり、安全な場所に出るなり、それを迷う事無く少女に使ってみせた。

性魔術。そう呼ばれる儀式魔術。

性交渉による絶頂感から発生する力と、彼の持つ強大な魔力を注ぎ込むことで、少女の生命力を活性化させよう。

 

 

 

 

 

燃えさかる村を出て、男は安全な場所に少女を横たえると、傷薬で傷を癒す。

続いて少女の小さく柔らかい唇を奪った。

舌先で唇を抉じ開けながら、口の中に侵入し、少女の口中を犯していく。

そして魔力を流し、生命力を流し込んだ。

慎重に生命の力を少女に注ぎ込みながら、彼女の中に有った何かの枷を外す。

 

そう、枷だ。

 

とても強固な枷。

 

まるで呪いのように少女の深奥に棲み付く枷。

精神の奥深く、男はそれを外すことが、少女を助ける事に繋がると何故か確信する。

 

舌の動きを尚一層激しくし、更には未だ膨らみきらない少女の胸を大胆に揉みしだく。

少女のあまり肉付きの良くない太腿にも、胸を揉みしだく手とは反対の手を伸ばし、優しく撫でさする。

その手がジリジリと股間へと這い上がるにしたがい、合わさった唇の隙間から甘い吐息が漏れ出した。

すると微かに身体が痙攣しだし、彼は更なる魔力を少女に送り込んだ。

 

ピシ……ピシピシ……ピシッ!! と、彼の脳裏に描かれる枷のイメージが、ヒビ割れる。

ドク、ドク、ドク……ドクドクドク……ドッドッドッドッドッ、ドックン!!

少しづつ鼓動が激しくなり、そして爆発する。

それは小さな身体では消費しきれない程の魔力。

ビクンッ! 溢れ出した魔力の勢いで、背を弓なりに反らせ身体を少し浮かせる。

同時に合わさった唇が離すと、「カハッ……」と肺に溜まった空気を勢いよく吐き捨てる少女。

 

「ん……んん、ぅ……あ……」

 

苦しいのか、小さく悶えるように呻き声を上げ、はぁっと大きく息を吸う。

そして閉じていたマブタがゆっくりと開いた。

莫大な魔力のせいなのか? 僅かに金色が混じった貴色の瞳をこちらに向けながら、パチクリと速いまばたきを繰り返す。

 

「……え?」

 

と驚きの表情を浮かべた思うと、ジッとこちらを凝視してくる。

少女は至近にある男の存在にまず驚き、続いてその男の顔に二度驚いたのだ。

 

女かと見まごう美しい顔。

腰まで届くキレイな赤い髪は、少しだけ羨ましい。

それらを覆い隠すようにボロの外套で全身を隠すのはもったいない。

にしても、なんて無表情な。

 

そして自分の唇を数回さすると、頬を赤らめて顔を俯かせる。

少女は、自分がナニをされたのか解ったのだろう。

男の相棒である剣に身をやつした魔神が彼をからかうと、その声が聞こえたのか、真っ赤な顔をそのままに怒り出した。

 

「乙女の唇を何だと思ってんのよッ!!」

 

顔に似合わない乱暴な口調だ。

女性との経験が豊富だった彼も、その余りのギャップに僅かにだが困った素振りを見せた。

 

「許すまじっ! こんのっ、変態キス魔がぁぁぁッ!!」

 

明らかに鍛えられていない少女の、それでも渾身の力で男の鳩尾を殴打する。

でも、あまりに硬い彼の鉄腹。逆に少女の手が真っ赤に腫れ……

 

「いった~いっ!?」

 

手を押さえ、泣き言を言い始めた。

くるくると変わる表情が、とても面白い。

怒っている少女には悪いが、男は心底そう思う。

もしも感情があるのなら、きっと笑っていただろう。

さざ波のように震える僅かな感情の揺れが、なんだかとても心地よかった。

その少女と言えば、手を痛がりながら思い出したように男に声をかけた。

 

「えっと……アナタは誰? そして、私は……誰なの……?」

 

不安そうに男を見上げる。

自分が何者なのか分からない。

こんな恐怖がどこにあろうか? 

 

湧き上がる良く分からない心の動きに、男は少女を優しく抱き寄せる。

少女は一瞬だけ抵抗しようかと思ったが、

 

エッチな感じはしない。

たぶんだけど、慰めてくれてるんだ。

じゃあ大丈夫だねと、逆に思いっきり抱きつき、

 

「ありがとう……」

 

そう言って、グリグリと男の胸にオデコを押し付けた。

不安な気持ちから人肌を求め、甘えているのだ。

そんな少女の行為と、その少女の溢れんばかりの莫大な魔力が、彼を誘ってしまう。

 

男は血塗れに焦げ付いたドレスに手をかけ少女を押し倒した。

少女の白雪のような清楚な肌に手を触れ、ただそれだけで魔力が自分の中に流れ込んでくるのが解る。

性的な快感を切ってる筈の彼の身体に、なのになぜか快感めいたものまで感じてくる。

 

それがとても心地好く、暖かい……

 

《……随分と相性がいいようだの。それに我の声も聞こえてるみたいじゃぞ》

 

目を細かくパチクリする少女。

どこから声が聞こえているのか解らないでいるのだ。

 

「えっと、どこですか……?」

《目の前の男が持っている短剣があろう。それが我だの。それよりもセリカ。この嬢ちゃん、ナニをされるか解っていないみたいだがの。合意なしはどうかと思うぞ》

「うわ……剣が喋ってるっ!?」

 

傍から見れば、いいや、そうでなくても男に犯される寸前の少女。

なんせ男の腕で足を大きく開かされ、胸はその男の手で形を変えられていた。

しかも首筋を唇で吸われながらである。

なのに少女の反応はあまりに幼く純粋で、セリカと呼ばれた男のやる気を削いでしまった。

軽く溜息めいたモノを吐き出すと、自らの身体で押し倒していた少女の身体を優しく起こし、荷物袋の中から自分の代えの服を取り出した。

少女はそれを受け取ると、ボロボロなドレスを脱ぎ捨て、なのにいつまでもコチラをジッと見ているセリカの横腹目掛けて蹴りを放つ。

 

「こういう時は、後ろを見てなさい!」

 

(押し倒すのは良くて、着替えを見るのはダメなんだの)

 

ハイシェラは《クックックッ……》と心底楽しそうに笑う。

ダボダボの服に身を包んだ少女を見て、街か村に着いたら服を買ってやるようセリカに言わねばなるまい。

放っておけば、この男はそう言う細やかな所には気が付きはしないのだから。

コレから先、少女と共に旅をするのだと、疑いもしない。

ハイシェラはそんな自分に驚きながらも、この少女がセリカの後ろをヒョコヒョコついて来る様が、幻のように見えた。

そして、それは現実となる。

これから先、5年という長いようで短かかった時間を、セリカとハイシェラの2人は、少女と共に過ごすことになるのだ。

 

 

《我の名はハイシェラ。こっちの無愛想なのがセリカじゃ。これからよろしくの》

 

その言葉に、セリカの目が僅かに細められた。

旅慣れた様子もなく、どこかのお嬢様だろう記憶を失くした少女。

家族がいるのなら、そのもとに帰してあげるのが一番だろう。

辺境の開拓村で、このような豪奢なドレスを身に纏い、明らかにどこぞの騎士が用いるだろうマントに包まれていた少女。

 

身元など、真剣に調べればあっという間に見つかるはずだ。

 

「えっ? いいの……?」

 

ちょっとした前傾姿勢でセリカを見上げる少女。

なんだか小動物めいて可愛らしい。

だが、セリカとしても、ここは安請け合いをする訳にはいかない。

それは、少女の為でもあるのだ。

 

「俺は、神殺しだ。それでもいいなら、好きにしろ」

 

その名は忌み名。

 

古神を殺し、その身体を奪った罪人。

現の神々は古神の身体を持つが故に邪神として彼を追い、古の神は同胞を殺した彼を許せず、力有る魔神は更なる力を求め、人は彼の力を畏れる。

彼に安息の地などなく、一つ所に留まるなど許されない。

彼は災厄を運ぶ。彼の通る道は、血と炎によって彩られるのだ。

故に神殺しの名は忌み嫌われ、世界の敵として認識された。

 

だが、

 

「神殺し……なんかカッコイイ響きですねっ!」

 

まだまだ軽いが、急にお嬢様然とした口調になる。

そうして少女は頭を深々と下げると、

 

「よろしくお願いしますね、セリカさん、ハイシェラさん」

 

にっこりと微笑んだ。

 

《うむ。では、そうじゃな、嬢ちゃんの名前、どうしようかの……》

 

ハイシェラと少女、2人の神殺しなど何でもないと言った風に、セリカはなんとも知れぬ気持ちに包まれた。

そう、もう随分と長い間感じてない感覚……とても気持ちが穏やかだ。

 

「カヤ……」

 

自然と口から出た名前。

 

セリカには、その名前の持ち主が誰なのかは分からない。

彼もまた、目の前の少女と同じく過去の大部分の記憶を失わせてしまっているのだから。

それもまた、神殺しとしての業の一つである。

強大な神の力に、元が人間である彼の魂が耐え切れず、記憶が失われてしまう運命にあるからだ。

 

そんな彼の、失われたはずの記憶の奥から出てきた名前。

間違いなく、彼にとっての大切な誰かの名前である。

 

「カヤですか? なんか、お姉ちゃんみたいな響き……うん、いいよ、分かりました! 今日から私が、セリカのお姉ちゃんです!」

 

やたら偉そうに胸を張り、そう言い切った少女に、ハイシェラは一瞬思考が止まった。

 

お姉ちゃん? 神殺しのお姉ちゃん?

そう言ったのか、このお嬢ちゃんは?

 

ふつふつと湧き上がる笑いの衝動。

それはけして暗い物ではなく、久々に感じる陽性の愉悦だった。

ハイシェラは、そんな感情を隠すことなく、思い切り吐き出し、笑い声を上げた。

 

《ハッハッハッ! 神殺しのお姉ちゃん……忌み嫌われるコヤツの姉を自ら名乗るか! これは傑作じゃ! のうセリカ?》

 

煩いハイシェラを放っておき、セリカは穏やかな気持ちのまま、カヤとなった少女を自らの外套の中に導くと、未だ炎に彩られる村の近くを離れる。

少女……カヤはチラリと燃え盛る村を見ると、ごめんなさいと、本当に小さな声で謝った。

カヤも、何故、自分が謝罪の言葉を口にしたのか分からない。

それでも、どうしようもないぐらい、罪悪感が彼女の胸を抉った。

 

その痛みに、知らず涙が頬を伝う。

 

そしてもう一度、ごめんなさい……そう呟いた。

なんでそう言ったのかは、本当に分からない。

でも、言わなければいけないのだと、彼女は思う。

 

 

 

───だって、一緒に逝けなかったんだもの。

だから、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい───

 

 

 

 

風にのった言葉は焔をあげる村に確かに届く。

 

 

 

───いいえ、アナタが生きてくださって、本当に良かった。

我らのことなど気にせずに、どうか、どうか、幸せに───

 

 

 

彼女の言葉に応えるように、天高く突く焔が、ゆらりと揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、3ヵ月後……

 

 

メンフィル王国、王都ミルスに2人の姿はあった。

2人は旅のための道具を買い揃え、そうして王都を出る。

目的地であるイオメルの樹塔を目指し、封鎖されている国境線を越えるのだ。

外套で全身を隠した旅の剣士と、旅をしているとは到底思えないほど真っ白い肌に、華奢な肢体を持つ少女。

 

この組み合わせが目立たない訳が無く、一人の男の下にこの2人の情報が届けられる。

とは言え、一見すれば重用度が低い情報ではあった。だがしかし、その男が正に欲していた情報であったのだ。

 

「生きていると確信はしていたが……まさか、な……」

 

口角を上げ、残忍な笑みを浮かべた。

 

「さて、どうするか……」

 

男の名はケルヴァン・ソリード。

この新生なったメンフィル王国の国王、リウイ・マーシルンの股肱の臣である。

 

その彼が、少女カヤに注目する。

自分の望みを叶えるためのファクターとして。

どうにも温い状況に落ち着いてしまった、彼の主を目覚めさせる為に……

光と闇の共存共栄などというくだらない理想を捨て、真の魔王として覚醒させる為に必要かもしれない駒の一つを、確かに見つけた。

 

リウイに理想を与えた王妃イリーナを、闇に堕すための駒。

魔術の大家、カルッシャの王族テシュオスの正統なる後継、セリーヌ・テシュオス。

 

知られていない筈の自分の名を叫んだ女。

自らを、死の淵まで追い込んだ女。

 

 

油断……?

 

 

バカな。その程度で命を危険に晒すなどありえない。

あの瞬間、セリーヌ・テシュオスは確かにケルヴァン・ソリードを凌駕したのだ。

その身に宿る莫大な魔力を全身に巡らせ、予想を遥かに越える速度と力を持って剣を突く。

 

もしもカーリアンが現れなければ、死んでいたのだ、俺は……!

 

「フハハハハハハハハ……」

 

男の笑い声が、主の居ない王城に、高らかに響く。

 

セリーヌ・テシュオスへの、邪なる想いがこもった笑いが、高らかに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャラクター・データ(戦女神VERITA風味)

 

 

セリカ・シルフィル

 

 

LV.350

 

 

熟練度

 

小型武器  A

中型武器  M

魔術・電撃 A

魔術・吸収 S

魔術・招聘 ─

必殺・飛燕 M

必殺・魔剣 M

 

 

スキル

 

見切りⅢ  攻撃対象時に確率で発動し、発動すると攻撃が必ずミス

先手Ⅴ   戦闘開始時に確率で発動し、発動すると開始時の硬直フレームが無効

達人の技力Ⅳ 消費TPが40%軽減される

オーバーキル 攻撃時に常に発動し、ダメージMAX桁が1桁上昇

殺し無効  自身に対するスキル『~殺し』『~破壊』の発動を無効化

反射無効  自身に対するスキル『反射』の発動を無効化

即死無効  自身に対する効果パラメータ『即死』を無効化

捕縛Ⅴ   特定された異性の魔物を捕獲LVⅤまで捕獲可能

魔剣解放  ハイシェラ武具を装備、扱うことが出来る

 

 

 

称号

 

保護者な神殺し カヤを保護して面倒を見まくっている神殺しセリカの初期称号

 

 

 

 

 

注! 熟練度はE~A、S、Mの順に強くなっています。

 

 

 

 

 



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8話目

 

 

セリカとハイシェラと私、3人での旅。

 

一番困ったのは、何と言っても食事。

野宿も初めの頃は身体に堪えたものだけど、これに比べたら微々たるものです。

 

いちおー言っておくと、セリカは食事を必要としない身体らしい。

別に食べてもいいんだけども、特に栄養になったりはしないそうな。

食べなくてもオッケーだなんて、ダイエットに励む女性達の敵なのではないだろうか?

 

それはともかくとして、街や村に着いても、食料を買わずに出てしまう。

旅の途中、私がお腹を空かせて初めて気づく。

 

食べる物がないよーって。

 

その度にセリカが狩りをしてくるんだけど、生物(なまもの)で生物(いきもの)。

記憶を失う前の私は、どうやらそこそこ良い感じのお嬢様だったらしく、とてもじゃないけど料理なんて出来やしない。

火を起こすなんて出来ないし、いわんや、生きているウサギさんを殺して調理するなんて夢のまた夢なのだ。

それでもセリカが食べれるようにはしてくれるんだけど、味付けが、ない。

 

まったくない。

 

野性味あふれるお肉の味しかしない。

生臭いお魚さんの味しかしない。

 

 

まんま焼いただけのウサギさんやお魚さんは、とてもマズイのです。

 

贅沢を言える立場じゃないから黙ってもくもく食べるけど、こんな罰ゲーム的な食生活を続けていたら、そりゃセリカみたく顔の表情がなくなってもおかしくないよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて話を、赤の月ベルーラが出ている夜、とある街の宿の一室にてハイシェラとしていた私。

ケラケラ笑いながら私の話に相づち(?)をうってくる。

 

《そういえば、初めの半年ほどはそんな感じであったの》

 

笑いの感じを残したまま、ハイシェラはしみじみと喋る。

 

 

セリカ達と旅を始めて、もう4年近い時が流れていた。

 

見る物全てが、さわる物全てが目新しかった世界の姿。

記憶を失う前の私は、きっと外に出たことがなかったんじゃないかと思うくらい、とてもキラキラと輝いて見えた。

だけども、同時にあまりにも『使えない』自分に絶望もした。

少し歩いただけで息が切れ、足を挫き、目眩を起こして倒れ伏す。

身体が弱く、すぐに熱を出して数日うなされ、そんな時に見るのは、いつもいつもとても心配そうな空気をまとうセリカの姿。

無表情な顔に陰りを見せて、ずっと私の傍にいてくれる。

起きている間は決して離れず、眠ってる間に甘い果物やお菓子を調達してくるのだ。

それが本当に嬉しいと思う反面、お姉ちゃんとして失格だと胸が苦しくなってしまう。

 

だから、今みたいな状況はグッと我慢しなきゃなんだよね。

 

ね、ハイシェラ?

 

《あ、ああ……そうだのう……》

「そう、私をおいて夜の街に女を買いに行くとかしても、笑顔で帰りを待ってなきゃなんですよね?」

 

うふふふふふふふふふ…………

 

黒い何かが身体の奥からモヤモヤと……

 

その衝動に身をゆだね、とある場所で盗……いやパチッ……じゃなくて落ちてた水晶の剣をブンブン振り回す。

儀式用の剣みたいだから、実用性はとても低い。

とは言え、剣であることには違いなくて、私は頭に描いたセリカの姿に向って剣を振る。

こうやってストレスを発散させ、イライラを解消するのだ。

 

《なあ、カヤ嬢ちゃん。そんなに嫌ならお主が相手をすれば良いのではないかの?》

 

からかう様な口調で、ハイシェラがそう言ってくる。

私とハイシェラは、こんなやり取りを何度も繰り返す。

私の答えはいつも同じで、ハイシェラはそれが面白くない。

 

「セリカは弟なのです。抱かれてしまえば、私はお姉ちゃんではなく、ただの女になっちゃうから」

 

神の身体を持つが故に自らで魔力を生成出来ず、魔物を倒すか性魔術を使うかしないと魔力を回復できないセリカ。

セリカは、そうしないと生きていけないらしい。

彼の身体は、元々は女神アストライアの物で、今も彼の中で生きているのだそうだ。

魔力を失うとアストライアの支配力が強くなり、身体が男性から女性に変化し、下手をすれば『黄泉の眠り』と呼ばれる永い眠りについてしまう。

 

そうなれば、私が生きている内には、もう目を覚まさない。

 

セリカが、弟が居ない生活なんて、私には耐え切る事が出来そうに無い。

ブラコンな私は、心の栄養が足りなくなり、衰弱死するに違いないのだ。

そんな私とセリカは、魔術的な相性がとても好いらしい。

私がセリカの使徒になり、定期的に性魔術を行うだけで、もう魔物を退治したり他の女にちょっかいをかける必要は無くなるそうな。

例え使徒にはならなくても、やはり他の女は必要としなくなるのだろう。

 

実際に、私のオーバーロードしかねない魔力の消費の為に、数日に一度、ちゅーでセリカに魔力の譲渡をしているんですけど……

セリカには秘密です。実は、すんごく気持ち良いのです。

たま~にセリカがそのまま最後まで致しそうになっても、抵抗が上手く出来ないぐらい。

 

でも! でもでも!! 私はお姉ちゃんなのだ!!!

 

最大限許してもチューまで!

それも、私の中の魔力が身体を苛む程に溜まりまくってから、はじめて許されるのだ。

必死に理性を保ち、そうやってセリカを拒否し続ける。

 

……でも、いつまでも拒否し続けたら、ダメだよね?

そろそろ覚悟を決めなきゃダメかな……

 

《まあ、言っておいてなんだが焦る必要はないぞ、カヤ嬢ちゃん。我とセリカは永劫を旅する者だからの。ゆっくり、いつまでもお主を待ち続けるさのう》

 

やたらとババア臭い口調で、しんみり言うハイシェラ。

 

《なにかの? とても不快な気がしたんじゃが……、カヤ嬢ちゃん、何か失礼な事を考えてはおらんか?》

「さあ? ハイシェラがババアだとかなんて、私は思ってないです」

 

しれっとそう言いながら、私は着ている服を脱ぎ捨て、寝間着に着替えた。

ハイシェラがキーキー騒いでるみたいだけど、私は一切気にしない。

着替えを終えると、私はハイシェラを抱えベッドの中に潜り込む。

 

ハイシェラは、セリカが傍に居ない時は、いつも一緒だ。

セリカが言うには、ハイシェラとセリカは心が繋がっているらしく、もしも私に危険が迫ればすぐに駆けつけて来る為なんですと。

大事に想われていると思う反面、信用ないな~って少しだけ気落ちする。

 

でもまあ、いつまでもこうしてウジウジしてても仕方無い。

このまま起きていても、セリカはいつ帰ってくるか分からないのだ。

こんな時は、さっさと寝てしまうにかぎる。

 

目をつぶり、大きく息を吸い込み、吐き出す。

何度かそれを繰り返し、次第に呼吸が小さくなって……

 

まどろみの中、不意に頭を撫でる優しい手の感触。

続いて、私を抱きしめる感触。

暖かい温もり。

とても心地好い。

私は、その温もりに自ら飛び込むように身体を押し付け……

 

うつら、うつら……、すー、すー。

 

夢の中で、私は…………

 

私とそっくりな妹と、顔色がやたらと悪い弟に挟まれ、広く豪奢な庭でお茶を飲む。

その内、お義母さまが私を心配してやって来て、仕方なく私は部屋へと帰るのだ。

部屋へと戻る途中、顔に変な仮面を付けたお姉さまに会い、親しくお話をする。

手をつなぎ、ゆっくりとした歩調でベッドまでエスコートされながら。

 

私は思う。もっと話をしよう。

弟と妹。お姉さまとお義母さまと。

 

ずっと、ずっと、ずーっと……

 

 

きっと、それはとても幸福な私の過去の情景。

 

目を覚ましたら、忘れてしまう夢の出来事。

 

記憶を失ってから、ずぅっと見続けていた夢の出来事。

 

思い出さなきゃ、いけない、過去の私。

 

でも、忘れてしまう、ゆ、めの……私。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《で、キチンと始末はつけたのか、セリカよ》

「ああ……」

《何者じゃ?》

「さあな……」

《地の上級悪魔……グルーノ魔族国か、メンフィル王国。どちらにせよ、カヤ嬢ちゃんを狙う意味が解らぬのう》

「セリーヌ・テシュオスを寄こせとだけ言ってたな」

《嬢ちゃんの本名か? 少し調べてみる必要があるの》

「何にせよ関係ない。カヤを狙うのならば、滅ぼすだけだ」

 

暗がりの部屋。

赤の月に照らされて、一人の男が女を抱きしめる。

幸せそうに眠る女は、よほど男を信頼しているのか、とても穏やかに眠っていた。

 

安息の時などなく、常に修羅の道を歩む宿業。

磨耗した心を、更に磨耗される凄惨な日々。

 

それが、カヤと旅をするようになって以来、穏やかで暖かい色をつけた。

 

セリーヌ・テシュオス。それがカヤの本当の名前。

彼女を、家族の下へと帰せばいいのだろうか?

だが……男は、腕の中の女を覆い隠すように胸に抱く。

 

「俺は、もっとお前と旅がしたい。もっと、お前を感じたい……」

 

4年。

 

男が、女と旅をした時間。

この4年で、記憶を失った少女が大人に、女になった。

どこか幼さを持っていた美しい少女が、華開くような美女に生まれ変わる。

長い金色の髪をなびかせて、ほにゃっと微笑むその姿に、男はどれほど心を癒されてきたか。

その時間は、確かに男の荒涼とした心の一部を、暖かい何かで埋めていったのだ。

 

いっそ、このレスペレントから出てしまえば、彼女を襲う何者かからも、失われた彼女の記憶からも逃げられるのでは……?

 

チラリと頭を掠めた妙案。

だが女はそれを求めない。

何かやらなければならない事があるのだと、記憶を失っているはずの彼女が主張する。

必死に、涙目で、男にそう訴えるのだ。

 

ならば、それを済ませることが先決か。

 

カヤを抱きしめる力を強くして、セリカは目蓋を閉じて意識を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都ルクシリア。

 

そこの王宮奥深く、一人、日当たりの好い部屋に佇む仮面の女。

病弱なカルッシャ王国第2王女セリーヌ・テシュオスが、日がな一日を過ごしていた部屋だ。

 

セリーヌが旧メンフィル王国の王子に嫁ぐ際に撤去される筈だったのだが、その彼女が新生メンフィルの軍勢に襲撃されこの世を去ってしまい、その後、悲しみに暮れる王妃ステーシアのたっての願いで、今も彼女がここに住んでいた頃のまま時間を重ねている。

仮面の女、セリーヌの姉である姫将軍エクリアは、ベッドの脇にある本棚の前に立つと、セリーヌが読んでいたのだろう本を数冊、手に取ってみた。

 

神々について記載されている本もあれば、魔術について事細かに書かれている本もある。

地域の食材についての本、名所や名跡が描かれている本、様々な伝説や伝承についての考察が書かれている本。

そして、エクリアでも読みきれないほどに難しい古語で書かれていた本。

それには、姫神フェミリンスの絵姿があった。

 

パラパラとページを捲る。

 

エクリアには、この本の内容は理解が出来ない。

彼女の知る知識では読みきれないからだ。

 

この本の元々の持ち主であるセリーヌは、この字が読めたのだろうか……?

 

最近の彼女にしては珍しいほどに柔らかく頬を緩め、死んでしまった妹の姿を思い描く。

いつもポワポワ幸せそうなセリーヌ。

愛おしい感情と、それ以上の嫉妬に塗れて彼女を見ていた自分。

 

 

情けない……

 

 

今になって、心の底からそう思う。

だが同時に、だからこそ許せなくなってくるのだ、イリーナが。

 

 

あの妹は、自分以上にセリーヌを愛していたはずなのに、何故?

 

何故あの子を殺した奴らに……!!

 

 

それは身勝手な感情だ。

なんせエクリアは、あの襲撃を予想していたのだから。

ならば、罪は当然エクリアにもあるはず。

 

いいや、むしろ悪辣なのは私か……

 

そう思いながらパラパラ捲っていた本のページが、遂に姫神フェミリンス封印の項に到った時、ガチャリ……静かにこの部屋のドアが開く。

 

入って来たのは第2王妃ステーシア。

ステーシアはエクリアの存在に気づくと、まず驚きの表情を浮かべ、次に嫌悪の表情を浮かべた。

 

「何をしておるのか?」

 

心底嫌そうな声を出すステーシア。

口をきくのも嫌だと言わんばかり。

エクリアも自分が嫌われているのは良く解っている。

 

「これは失礼」

 

一言そう言い、踵を返して部屋を出ようとした。

だが、ドアのノブに手を掛けた瞬間、自分を嫌っている筈の彼女から声を掛けられた。

 

「ここに来るなら、身奇麗にしてから来てたもれ……」

「え……?」

 

思わず振り返ってしまう。

それは未だかつて、エクリアが聞いたこともないような穏やかで優しい声音。

 

彼女は、自分を嫌っていたのではなかったか?

 

「姫将軍よ、さっさと出て行くのじゃ」

 

僅かな期待。

それがあっさりと崩れ去る。

やはりと言うか、目に映るのは冷たい眼。

セリーヌを死なせ、イリーナを連れ去られたエクリアに対する不信の視線。

だが、『次』にここを訪れる時には、もう少しだけ格好に気をつけようと思った。

 

 

 

 

今のエクリアは、このカルッシャを2分する実力者である。

強硬派筆頭の姫将軍エクリアと、穏健派を纏め上げる皇太子レオニード。

だが、互いに目指す場所は同じなはず。

ただエクリアに言わせれば、レオニードの理想は甘すぎた。

民はメンフィルの魔族を恐れ、あれだけ愛されていたイリーナですら嫌悪の対象になっている。

 

……これではメンフィルとの和平など夢物語に過ぎん。

 

もしもそれでも結ぶと言うならば、それなりの覚悟が必要だろう。

その相手が、自分とは違う存在、忌み嫌われる魔族であるならば尚更である。

 

(レオニードよ、この現実を、お前は理解しているのか?)

 

エクリアは部屋から出る直前、もはや自分に目を向けることさえしないステーシアに視線を向けた。

かつてセリーヌが寝起きしていたベッドのシーツを、愛おしそうに、悲しそうに、何度も撫でさする哀れな女の姿。 

 

子を奪われた母親の姿を見たら解るだろう。

子を失った悲しみ、その子を奪った相手に対する憎しみ。

目の奥に、憎悪の炎がちらついている。

それはステーシアだけではない。

騎士達一人一人の家族が、全て同じように嘆くのだ。

 

王女の護衛。

 

そんな晴れがましい任務に就いた多くの騎士達が、今のメンフィルの横暴により命を落とした。

彼らに何の罪があったろう?

例えメンフィル王が人間族を恨もうと、彼ら自身には罪はなかった。

メンフィル王リウイ・マーシルンが憎むメンフィルの者達はともかく、我が国の騎士達は、それに巻き込まれただけ。

だからこそ憎む。それを成した今のメンフィル……魔族を! 滅ぼせと! 復讐だ! と。

 

この感情、リウイ・マーシルンは否定できまい。できるはずもない。

何より己こそが、その感情で人間族を憎み、恨み、復讐の刃を振り上げたのだから。

 

 

エクリアは、最後にステーシアの嘆き悲しむ姿を目に焼き付け、静かに扉を閉めた。

 

 

レオニードよ、まだ早い。

 

お前の……いいや、セリーヌの理想は、このレスペレントには、まだ早いのだ……

 

まずは、カルッシャがレスペレントを統一する。

 

全ては、それからだ。

 

お前の出番は、それからなのだ……

 

 

静かに王宮奥の廊下を歩く。

これから彼女は、権謀術数にまみれた闘争を開始する。

メンフィルを、例え一時とは言えこのレスペレントの半ばを蹂躙させる為の準備を。

そうして、最期に半魔人の王リウイ・マーシルンを討ち、魔族からの解放を謡い軍を発する。

王を失い混乱するメンフィルを討ち、メンフィルに占領、もしくは盟を結んだ国々を征服し……

 

これこそがカルッシャがレスペレントを支配する大義名分。それを手に入れるための闘争。

 

 

 

 

「ハーマン」

「近くに……」

「今からフレスラントへ行き、リオーネ王女と接触せよ。私は、メンフィルの旧王族と接触する」

「…………」

「解っている。最後の締めはお前に任せるよ……」

「ハハッ!!」

 

静かに、静かに、動き出す。

カルッシャ王国とメンフィル王国が……

 

いいや、その他にも大小様々な王国や勢力が蠢動し、

 

 

レスペレントに、戦乱の炎が舞い上がる。

 

 

後の世に幻燐戦争と呼ばれた動乱の幕開け、テネイラ事件が起きる3ヶ月前の出来事である。

 

 

 

 

 

 




こっから幻燐戦争編の第2部です。


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9話目

 

 

 

不穏な空気に包まれ静まり返る街。

住民の多くは、これからこの街を訪れる存在に対し、恐怖の感情を隠しきれない。

 

メンフィル国王リウイ・マーシルン。

現在、このレスペレントにおいて、魔王とも称される恐るべき存在である。

 

彼は国民から愛されたイリーナ王女を浚い、闇に堕とし、病弱なセリーヌ王女を殺害した残虐な魔王として、ここカルッシャのみならずレスペレントの人間族の多くから忌み嫌われ、恐怖されていた。

だからこそ、街は恐怖と魔族への嫌悪の感情に溢れかえっている。

その街の名はユーリエ。

ミレティア保護領を抜け、王都ルクシリアへと向う途上にある街である。

 

自分達が忌み嫌われているのを知っていて、メンフィル王がカルッシャに訪れるのには理由があった。

凶悪な魔族としてではなく、闇夜の眷属として、レスペレント一の大国であるカルッシャとの和平締結を望んでいるのだ。

もちろん、一番の重要事はメンフィルに敷かれた大封鎖を完全な形で解くことにあった。

すでにエディカーヌ、ベルガラードと言った闇夜の眷属の国の援助のお陰で形骸化しているとは言え、物資の流通は滞ったままなのだから。

しかし、ここでカルッシャとの和平が締結されれば、隣接するレスペレント都市国家群との交易を開始出来る。

人と物、何より闇夜の眷族がどういった存在なのかという情報を流し、少しづつ、だけども確実に自分達を知ってもらおう。

 

我々は決して邪悪な存在ではないのだ。

共に手を繋ぎ歩んでいけるのだ。

 

そう信じて、知って貰いたい。

 

カルッシャに、レスペレントに、このラウシュバール大陸全ての光の陣営に。

光と闇、その相反する存在との融和と共存を目指す理想に燃えて。

 

その第一歩として、メンフィル王が直々に敵対国であるカルッシャの王都へと向かっている。 

歴史に残るだろうこの会談に赴くメンフィル国王を歓待する為に、カルッシャ王国の重鎮、宮廷魔術師テネイラ・オストーフが其処を訪れていた。

平和を望む皇太子レオニードの名代として、何より、闇夜の眷属との共存を目指す理想を現実の物にするため、メンフィル王の為人を知りに来たのだ。

その他にも姫将軍エクリア、そして先行してルクシリアに入っていたメンフィルが重鎮、ケルヴァン・ソリードもまた、この地を訪れようとしていた。

 

メンフィルの民はこの会談に希望と自国の繁栄を望む。

逆にカルッシャの民は、無残に殺されたセリーヌ王女のこともあってか、この会談に得も知れぬ不安を感じていた。

 

そして、その歴史に残るだろう会談が、遂に始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫将軍エクリアが、目的地であるユーリエへと向かう途上に立ち寄った街に、とてもかる~い空気を纏った旅人が居た。

カルッシャ随一の実力者の姿を一目見ようと沿道に押しかけた民衆に混じり、屋台に売られていた甘味を呑気に貪り食べる金髪の女。

 

 

あむあむあむあむ……

 

 

口いっぱいに甘味を詰め込み、頬を膨らませてモギュモギュ食べる。

小動物じみたその姿で、浮かべる笑顔は童女のように愛らしく微笑ましい。

何気に周囲の男共の視線を集めていたが、隣に立つ外套を被った不審人物から発せられるプレッシャーに気後れし、男達は近寄ることさえ出来ない。

 

その男が、不意に周囲の目から隠すように女を自らの外套の中へと仕舞い込んだ。

 

女は特に抵抗する様子を見せず、素直に男にしがみ付き、全身を外套で覆い隠される。

周囲の男達は舌打ちをしたくなる衝動に襲われるが、力なく首を左右に振ると、諦めて姫将軍エクリア一行へと関心を戻した。

 

何故なら、その姫将軍がもうすぐ目の前を通るのだ!

 

姫将軍エクリアと言えば、この国で最大の人気を誇る王族の軍人である。

 

攻めの姫将軍、守りのテネイラ。

 

この2つの剣と盾が有る限り、カルッシャの栄光と勝利は絶対だと信じている。

例え、相手が恐ろしい魔族の王といえども、必ずやこの2人が何とかしてくれる。

その姫将軍が目の前を通る。しかも、臣民達の歓声に応える様にと、軍馬に騎乗した凛々しい姿を見せながら。

こうして周囲の関心が、外套を被った男と金髪の女から逸れ、姫将軍を一目見ようと夢中になった。

 

そんな時、外套の男は群集から少し離れた所で、女を隠したまま静かに佇む。だが、視線は常にある一点。

姫将軍の一行に目立たぬように混じっている魔族の男が、強烈な殺気を外套の男に放っていたのだ。

そしてその魔族の男ケルヴァン・ソリードが、ワザとらしく男の目線よりやや下を見た。

外套に隠された金髪の女がいるだろう場所に目線を送り、再び男と視線を交差させる。

ニヤリ。口角を上げて、男に凄惨な笑みを向けると、興味を失くした風を装い前を見た。

 

 

───成る程な。刺客が帰らぬ訳だ。

 

 

ケルヴァンは男から完全に視線を外すと、額から滲み出る汗を手で軽く拭う。 

外套の男の体に内包される、凄まじいまでの魔力。

これほどの魔力の持ち主は、このレスペレント広しと言えどもそうは居ない。

 

 

往年のカルッシャ王ラナート・テシュオス。

 

フェミリンスの後裔、カルッシャ姫将軍エクリア・テシュオス。

 

カルッシャ宮廷魔術師テネイラ・オストーフ。

 

カルッシャ宰相サイモフ・ハルーイン。

 

グルーノ魔族国を力と恐怖で支配する魔神ディアーネ。

 

そして彼、混沌の策士ケルヴァン・ソリード。 

 

 

レスペレントどころかラウルバーシュ大陸全土で見ても、確実に上位陣に入るだろう錚々たる顔ぶれだ。

そんな彼らをしても、あの外套の男には遠く及びはしない。

彼に匹敵する存在をケルヴァンが挙げるとするなら、かつての彼の主、魔神グラザがそうだろうか?

いいや、神にも匹敵する程の魔力を持ち合わせていたグラザとて、及ばない。及ぶはずがないのだ。

あの男は、神に匹敵する魔力の持ち主どころか、まさに神と言ってもいい程の絶大な魔力の持ち主。

そんな規格外、ケルヴァンは一人しか知らない。

 

伝説に詠われた災厄の神殺し。

 

ケルヴァンは嗤う。

このレスペレントに集まりだした力と、災厄に。

 

彼が望む、真の王を生み出す土壌として相応しい舞台が整いつつあるのだ。

 

 

 

 

───リウイよ、早く目覚めろ。古の魔王の器として相応しい、真の姿に。

 

強大な魔神と、脆弱な人との間に生まれた半魔人。

 

光と闇の共存を目指し、その理想を叶えんとする王。

 

だが、貴方の真の姿は、そんなちっぽけな存在では無い筈だ。

 

俺には分かる、解るのだ。伝説の熾天魔よ……

 

貴方は恐怖と力でレスペレントを、いいや、ラウルバーシュをすら支配出来うる資質を持つのだから。

 

 

 

 

 

だが、それには邪魔なモノがある。

 

リウイの妻、イリーナ・マーシルン。

 

彼女の存在が有る限り、リウイは光を求め、闇にその身全てを委ねない。

 

それではダメだ。ダメなのだ。これでは古の魔王の器として、相応しくあろうはずがない。

 

ならば……

 

再び視線だけ僅かに向ける。

神殺しに守られる一人の姫君に。

その血、その存在、その在り方。

全てがケルヴァンと相反する存在の女。

 

だが、だからこそ、この女が在れば……

イリーナを闇に堕すことも、熾天魔の予備である姫神に対しての切り札としても……

 

何より、全てが終わったその時は、強い子供を産ませる為の母体として、実に相応しい女。

姫神の時代から続く魔術の大家テシュオスの血を色濃く受け継ぎ、その姫神の血さえもその身に宿す女、セリーヌ・テシュオス。

そして、魔神に匹敵する……、いいや、魔神と呼ぶに相応しい力を持つケルヴァン・ソリードとの間に産まれる子供。

その産まれるだろう子の格を思うと、ケルヴァンの心が奮え、躍る。

古の魔王の器すらも越えるかもしれないと、魂が震えるのだ。

 

 

───神殺しよ。今はキサマに預けよう。

 

だが、時が来れば、必ず貰い受けに参上する。

 

その時まで、せいぜい仲良くするんだな……

 

 

 

 

セリカに見せるように、唇を動かす。

 

セリカの殺気混じりの視線を浴びせられながら、ケルヴァンは心底楽しそうに嗤ってみせた。

 

そうして、前を見る。

 

『今』は、キサマに関わりあっている暇などないのだと、そう言わんばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《どうやら、『アレ』がそうみたいだの。どうする、セリカよ》

「関係ない。来るならば、滅ぼす。そう言った筈だ」

 

2人の物騒な会話に、コテンと首を斜めに傾けるカヤ。

何の話か問いたいのだけども、聞いてもお腹が痛くなりそうな雰囲気がぷんぷん。

少しだけ気が引ける。

でもだ、どうやら自分に関わり合いがある話のようで、聞かない訳にはいかなかった。

 

「ね、何の話ですか?」

《ん? まあ、カヤ嬢ちゃんは大人しくしておれ。セリカが張り切っておるからのー。のう、セリカ》

「……ああ」

 

セリカは外套の中で、意味わかんないよー、なんて言いながら身をよじり暴れだす一歩手前のカヤの腰に手を回し、グイッと力強く抱き寄せ、カヤを大人しくさせた。

そうして視線を再び前に戻す。ケルヴァン・ソリードの姿は既に見えず、代わりに姫将軍エクリアがセリカの視線の先を通った。

一瞬だが視線が交差する。それはセリカの一方的なモノだ。エクリアにとっては、大勢いる民衆の一人と認識され、記憶に残ることすらなく、ただ通り過ぎる。

だがセリカには何か感じるものがあったのか、彼の永遠の相棒たるハイシェラにしか分からないぐらいに小さく心を震わせた。

 

《セリカよ。あの嬢ちゃんが……だとしても、少し気が多すぎるのではないかの?》

 

わざと省かれた言葉。

しかし、セリカには正確に伝わった。

 

カヤの姉。

 

セリカはハイシェラに対し、小さく否定の意を伝える。

 

ただ、何か引かれたのだ。

 

カヤとは違う意味で。自らの在り方と近い『何か』を、カヤの姉であるエクリアに感じた。

もしもこの時、カヤにセリーヌとしての記憶があれば、イリーナがリウイの下へと到った時と同じ気持ちになっただろう。

この世界に転生する前は、ただの一度も信じなかった『運命』と言う導きを感じて……

だが、今のカヤにはそんな記憶はない。ないったらないのだ!

 

「可愛いお姉ちゃんを抱きしめながら、他の女にうつつを抜かすたぁー、いい度胸ですっ!」

 

外套の中から、セリカの顔を目掛けてカヤの拳が唸った。

 

ぽすぽすぽす。

 

正確に3発。頬にカヤの可愛い打撃が綺麗に入る。

セリカは小さく溜息を吐くと、既に視界から消えてしまったエクリアの方を遠く見た。

 

そして、

 

「しばらく、この地に居ようと思う」

「……おんな?」

《カヤ嬢ちゃん、何度も言うが……》

 

そうして何時ものやり取りが始まる。

ハイシェラはカヤにセリカとの関係をそれとなく迫り、カヤはお姉ちゃんだからと拒否する。

 

拒否してはいるのだが、ハイシェラには分かる。

抵抗の度合いが段々と弱くなっていることに。

このまま攻め続ければ、落ちる日も近いだろうとほくそ笑んだ。

でも同時に、そうなってしまえば、この楽しいやり取りが出来なくなるのだと思うと少しだけ残念に思う。

だからずっと忘れない。この楽しかったやり取りを。

事実、ハイシェラはこの先何百年経とうとも、忘れはしなかった。

 

カヤとこうして過ごした年月を。

 

ずっと、ずっと……

 

いやみ臭く、ネチッこく、いつまでも、いつまでも。

 

忘れ得ぬ大切な思い出として、セリカの代わりに、ずっと、ずっと……

 

ほんっとーにいやみッたらしく。

 

 

 

 

 

 

 

 

うっさい! えろババア!

 

こらセリーヌ! そんな言い方がありますか!

 

そ、そうですよ、セリーヌさん。ハイシェラ様も大切な思い出として……

 

うっさいうっさいうっさーいっ!

 

セリーヌ母さま、怒ったらやーですぅ。

 

ああ、違うのよサリア? 私はサリアに怒ってるわけじゃないのよ?

 

……ほんとーですか? サリア、嫌いになりませんか?

 

あったりまえだよ! だってね、私はサリアのこと大好きだもん。

 

わーい。サリアもセリーヌ母さまのこと大好きですっ。

 

はあ、もう好きにやってなさいよ……

 

まあまあマリーニャさん、仲よしさんはいいことですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん? なにかの、今のは……

いつか訪れる、約束の地での出来事かの?

にしても……みな、幸せそうじゃ。あのセリカでさえも笑っておるではないか……

 

そんな、どこか遠くに思いを馳せるハイシェラだったが、カヤの声に現実に戻された。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、そうだ。私ね、ユーリエの方にはあんまり行きたくない……かな?」

《どうしてだの?》

「正確にはユーリエじゃなくって、その北の方……ううん、足元から気持ち悪い何か……でも、とても懐かしくて愛おしい何かが、私を見ている気がして……私が、私じゃなくなっちゃう気がして……怖いの……」

《足元のう。それがカヤ嬢ちゃんの、やらねばならない事なのかの?》

「ううん、違うと思う。そっちのは、ユーリエの街で何かが起きて、それが私に関係するんじゃないかと……」

《では行くかの、ユーリエへ》

「え? 嫌だって言いましたよ、私!?」

《さっさと終わらせねば、お主を連れて遠く旅に出られぬわ。諦めるんだの》

 

でも、セリカの足の向く先は、ユーリエとは反対方向である王都ルクシリア。

 

《セリカよ! 過保護なのも大概にせんかっ!!》 

 

ハイシェラの抗議も空しく、ルクシリアへと足を進めるセリカとカヤは、こうして惨劇の幕開くユーリエから遠ざかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これより数日後、宮廷魔術師テネイラと、メンフィル王リウイの間で開かれた会談は、血に染まり終わりを告げる。

カルッシャの盾と詠われた宮廷魔術師テネイラが、暗殺されたのだ。

 

犯人は……メンフィル王リウイ。

 

その一報が王都ルクシリアに届けられ、皇太子レオニードの怒りの咆哮が王宮に響き渡る。

姉であるセリーヌに続き、彼にとって後見人にして師でもあったテネイラまでもが殺されたのだ。

 

嘆き、悲しみ、そして怒りに憎しみ。

堪えに堪えた感情が……爆発した。

 

その様子を見て、苦い顔をする宰相サイモフ。

何故ならば、今回の事件に彼は係わっていたのだから。

 

姫将軍エクリア暗殺計画。

 

それを逆手に取られ、尚且つ、彼にとって友であり、共に皇太子を支える両翼であったテネイラを殺されてしまった。

それを成したのは、間違いなくエクリアであるとサイモフは確信している。

だからメンフィルが無実であると、サイモフには当然に解っていた。

元より姫将軍暗殺の罪を擦り付けるつもりでもあったのだし。

サイモフにとっても、闇夜の眷属……魔族との融和政策は時期尚早と見ていたからだ。

自らが育て、なのに排除すると決めた『殺戮の魔女』と同じで。

 

とは言え、サイモフとて、戦端を開くつもりなどなかった。

 

せいぜい外交的に強い立場に立ち、そうして10年、20年、そして100年先のカルッシャの将来を見据えての行動のはずだった。

自ら生きている間に、魔族との共存共栄を叶えさせるつもりなどない。だが、自分が死した後まではそうさせるつもりはなかった。

時間と共に、ゆっくりと魔族への恐怖の感情から、闇夜の眷属としての朋友の認識へと昇華させていけば良い。

 

それが未来のカルッシャ王レオニードの役割だと思っていたのだ。

だが、こうなっては仕方あるまい。

殺戮の魔女、姫将軍エクリアの思惑通り、カルッシャとメンフィル……いいや、レスペレントで戦の炎が上がる。

 

ならば、負けるわけにはいかない。

例え何を踏みつけようとも。

そうして、諦める訳にはいかない。

 

殺戮の魔女の排除を。

 

そうせねば、カルッシャはこの魔女に滅ぼされてしまう。

彼、サイモフは、姫将軍を殺せる人材を捜さなければならない。

 

あのテネイラを殺せるほどに強力な魔女を、殺せうる者を……

 

 

 

 

 

 

 

 

レスペレントを覆う謀略の影が蠢き始めた。

 

クラナ王国ジオ・ニークがドラハカナ・ドワーフ領を侵し征服すれば、フレスラント王国がスリージ・バルジア両王国に圧力をかける。

同時に、ティルニーノ部族国のエルフ達が、凶悪なグルーノ魔族国の魔族に襲われ、フレスラントの後押しを受けたバルジア王国が、セルノ王国討伐の軍旅を発する。

そして遂に、この大戦の元凶たる一方の国、メンフィル王国がレスペレント都市国家郡に駐留するカルッシャ王国軍との戦端を開いた。

 

 

姫将軍エクリアと、混沌の策士ケルヴァン・ソリード。

この2人の思惑通りに、後に幻燐戦争と呼ばれるレスペレント全土を覆った大戦の幕が開き、

 

 

 

炎に彩られた大地を、地下深くから楽しそうに眺める。

この存在が知っていた、幻燐戦争を楽しそうに、興味深そうに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───これが終われば迎えに行くから。

 

だから、待っててね、おねーちゃん────────────

 

 

 

 




完全なオリキャラじゃないです。
ついでに言えば、この手の存在はセリーヌと彼だけです。


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10話目

ある日のこと。

 

ついに、ハイシェラがキレた。

 

《いい加減にぃっ……せんかぁぁぁあああああああああっっっ!!!》

 

彼女との会話は心話で行われている。

だから脳裏に直接響く大音量の怒声に、私とセリカは頭がクラクラ。

鼓膜には影響がないはずなのに、耳までキーンと鳴ってとっても痛い。

ちなみにハイシェラが怒ったのは、私に甘すぎるセリカと、それにべったり甘えたままの私のせいだ。

 

 

 

 

王都ルクシリアの酒場でいつもの様に魔物退治の仕事を請け負い、そうしてそれを退治しに郊外へと出かけた私たち。

ルクシリアから川沿いに北上していると、目的地手前で目標とは違う魔物に出くわした。

相手はプテテットと呼ばれるゼリー状の魔物で、産まれて間もないのか存在感がとても弱く、力もめっちゃ脆弱。

いつもの様に前に出て、プテテットを軽く蹴散らそうとしたセリカ。

でもだ、そこでハイシェラが言ったのだ。

 

《これはカヤ嬢ちゃんの実戦訓練にちょうどよいの》

 

って。

 

別に今日が初めてじゃない。

これまでも、ちょくちょくこうやってセリカ付き実戦戦闘訓練はしていたのだ。

だからいつも通り私はセリカの前に出ると、ルクシリアでセリカに買ってもらったばかりの『白金の剣』を構える。

セリカの様に柄を上に、剣先を下へやや斜めに構えたその姿は、一見ではいっぱしの剣士に見えて格好いいと自負していた。

 

ハイシェラは鼻で笑うけど。

 

それはともかく、眼前のプテテットさんを斬るべく前へ出た私は、地面を蹴った。

一気に自分の剣の間合いへと詰め寄ると、勢い剣を振り下ろす。

 

  びしゅっ!

 

セリカみたいに、ビシュッ! ではなく、びしゅっ!って空気を切り裂き(?)、プテテットさんに白金の刃が食い込む。

 

「ピギィーッ!?」

 

一撃では殺しきれず、ぶよぶよ痛そうに蠢くプテテットさん。

なんか知らないけど、私の脳裏に「ボク、悪いプテテットじゃないのに!?」なんて声が聞こえた気がするけど気のせいだ。

とにかく、私は止めを刺そうと再び剣を振り上げたんだけど、怒ったプテテットさんが「シャギャー!」唸りを上げて私に襲い掛かってきた。

ゼリー状の身体の一部を隆起させ、私目掛けて飛ばしてくる。

でも私に命中する寸前、セリカが私の前に出て簡単にそれを斬り払うと、そのままプテテットさんに止めを刺した。

セリカの剣で斬られ、ドロドロに溶けて消えていくプテテットさん。

ちょっとかわいそうかな?って思うけど、身の安全には変えられない。

痛いのはいやだもんね。と、私は緊張を解き、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「ふぅー、ちょっと怖かったです。ありがとう、セリカ!」

 

ほにゃっとした笑顔をセリカにむける。

セリカも私の無事を見て安心したのか、私の頬を軽く一撫ですると、周囲をグルリと見回した。

するとセリカの視線の先に、死んじゃったプテテットさんの仲間なのか、ぶよぶよぶよぶよ……、12匹ものプテテットさん大集合!

セリカは低レベルなプテテットさんを残し、私の手に余るような奴だけ蹴散らすと、再び私の後ろへと下がった。

きっとハイシェラが私にやらせろとか言ったんだろうなーって思いながら、私は再び剣を構える。

 

そこからは、さっきの焼き増しと言っても良い展開。

 

私が剣を振り、プテテットさんにダメージ。

でも倒しきれない。

怒ったプテテットさん、私に攻撃。

でも、その前にセリカがプテテットさんを倒す。

この繰り返しを都合7回ほど繰り返していたら、ハイシェラがキレタのだ。

 

「セリカよ! あまりカヤ嬢ちゃんを甘やかすでない! これではいつまで経っても上達せんわっ!!」

 

セリカは目を閉じて、黙ってハイシェラの言葉を聞き入っていた。

たっぷり10分ほど説教をすると、次は私に矛先を変える。

ビクンっと恐怖で身体を硬直させる私。

そんな私を見たセリカが、

 

「今日中に魔物を退治しに行くぞ」

 

って話を変えようとしてくれたんだけど……

 

「行くなら一人で行っておれ! カヤ嬢ちゃんは我が責任をもって躾けとくでのっ!」

 

低レベルとはいえ魔物が出る場所に、ハイシェラ付きだからといっても、私一人置いて先に行くつもりはなかったようだ。

セリカは目をつぶると、黙って腰を下ろす。

こうして唯一の味方を失ってしまった私は、ここから延々と説教を受けるはめに……

 

「大体においてだのう、なんだって剣で戦おうとしておったのじゃ?」

「セリカに剣を買ってもらったからですよ?」

 

首を斜めに傾け、私の腰に納まっているハイシェラに対して本当に不思議そうに答えた。

 

「お主に剣の才能はないと言うたではないか……」

「だって、カッコいいと思いません?」

「はぁ……よいか、カヤ嬢ちゃん。お主はカッコイイとか悪いとか言っても良いレベルには到達しておらん。その腰の剣は、念の為にとセリカがお主に買い与えた物で、今それで戦えとは言っておらんのじゃ。まずは、炎の魔術、地の魔術の2つを中心にしてじゃな……」

 

延々と、延々に……

果てる事無いハイシェラのグチ混じりの説教は、日が完全に落ちてもまだ続けられ……

 

「何よりじゃな、お主を苛んでいる魔力のコトを考えても、普段の生活やこう言うときに率先して使えば身体を損なったりせんのじゃ。まあ、お主がセリカと交われば一気に解消はすると思うがの? じゃが、いつもいつも傍にセリカが居るとは限らんであろうが……おい! 聞いておるのか! まったく、我の話をキチンと聞かんか! カヤ嬢ちゃんだけでないぞ、セリカ! お主もじゃ!! 大体だの………………」 

 

本当に、終わらない。

どれだけストレスを溜めていたのだろうか?

少し反省をしなければいけないかも……

とは言え、

 

「お腹すきました……」

「もう少しの我慢だ」

 

いつの間にかセリカが野営の準備をしており、目の前には、焚き火がバチッ、バチッと火花を飛ばす。

ついでにこれまたいつの間に釣ってきたのか、セリカの持つバケツの中には、お魚さんが7匹も。

 

そうそう、セリカってば、神殺しなんて物騒な2つ名持ちのくせして、釣りが趣味なんだよ。

こんなトコがちょっと可愛いと私は思うのです。

むっつり顔で、ジッとしながらお魚さんがかかるのを待つセリカって、傍から見ればシュールだし。

 

私がそんな風に思ってるなんて思いもよらず。セリカはお魚さんを黙々と串に刺し、焚き火の傍に突き差していく。

私は串に刺したお魚さんの焼き具合を、ぼへ~っと見ていたのだけど、不意に何となく空を見上げた。

 

昼間晴天だった今日の夜空は、まるで降ってきそうな満点の星。

そして、綺麗に出ていた青の処女月リューシオンが、暗い周囲を淡く蒼い清浄な光で照らしていた。

 

私はハイシェラのお説教を右から左へと聞き流しつつ、セリカの膝の上にちょこんと座る。

頭をセリカの胸にもたれさせながら、2人仲良く星空を眺めた。

すると、星が右から左へとススゥーと流れる。

 

「あっ、星が、流れた……」

 

滅多に見られる物じゃない。

ちょっとした感動を伝えようと、私は首を捻り、笑みの形に口元を緩めながらセリカを見上げた。

セリカは私と目が合うと、両腕で私のお腹を優しい力で締め付ける。

そして少しづつ、そう、少しづつ彼の顔が私の顔に近づいてきた。

近づいて来る唇に、だけども私は、綺麗なまつ毛だなーとか、本当に女の人みたいとか、益体もないことばかり思ってしまう。

そうして唇が重なる。

気づけばハイシェラのお説教も終わっていた。

焚き火の音と、川が流れる音、ふくろうさんの鳴き声や、風で草木が擦り合う音。

自然の中で、余計な音が一切聞こえない、そんな状況で、魔力が如何こうとか、そういう理由がない、恋人同士みたいな、

 

 

             甘いキス。

 

 

息継ぎに僅かに唇が離れても、すぐにまたふさがれて……

自然と目が潤み、セリカの顔がぼやけてくる。

 

胸が、苦しい。

 

トクンっと大きく跳ねる。

 

苦しくて、切なくて、セリカの顔が、まともに見れない。

私は苦しさから逃れようと、キュッとまぶたを閉じた。

そんな私の肢体をセリカの手が弄りだして、頭の中が何度も真っ白になる。

息が荒くなった私の身体を優しく横たえ、セリカの身体が私を押し潰す。

私に覆い被さったセリカの重みに、肢体が熱く燃え、どこまでも、どこまでも熱く……そして、

 

「あぁ……んっ……セ、リカ……」

 

唇から漏れ出す私の喘ぐ声が、川の流れる音に紛れて。

どこか遠くに自分とセリカを見ながら、私は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セリカの頬にビンタを一発、お見舞いするのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、なんとか純潔を守った私は、ハイシェラの呆れたような愚痴にも上の空。

酒場で依頼された魔物退治をするセリカの姿に、目と心を奪われる。

 

今まで、そんなコトなんてなかったのに……

 

昨日何度もセリカの唇と重なった自分の唇を、我知らず何度もさすり、私は熱い吐息をこぼすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻燐戦争の発端であるテネイラ事件から、大よそ半年の時が流れた。

 

メンフィル王国とカルッシャ王国の戦いは、レスペレント都市国家郡駐留部隊との戦闘終了後に、再び戦端が開かれる事はなかった。

駐留部隊との戦い自体も極々小規模な物で終わり、カルッシャは潮引くように軍勢を本国へと引き返していく。

全て姫将軍エクリアの計画通りに、一兵足りとも無駄死にさせず、効率的に軍を運用しているのだ。

 

来たるべき決戦の日に備える為に。

 

一方、軍を自侭にするエクリアを苦々しく思いながらも、だがしかし、皇太子であるはずのレオニードは、今大戦においての発言力は殆ど持ち合わせてはいなかった。

 

唯一指揮する権限を持っている軍団を、虚しく王都で腐らせていたのだ。 

 

亜人騎士で編成される、忠勇無双の翼獅吼騎士団。

 

この軍を中心に強引に攻め上りたくても、翼獅吼騎士団は騎士団長を4年前に失ったまま。

現在はレオニード自身が仮の騎士団長を務めているが、まさかレオニード自身が出るわけにはいかない。

彼は次代のカルッシャの王として、その身の安全を第一にしなければならないのだから。

少なくても、自らに跡取りとなる子が出来るまでは。

 

それにレオニードは、エクリアのメンフィルへの対応に不信感を持っている。

現在、周辺諸国をメンフィル色に染められて行く中、何一つ動こうとしないエクリアだ。

 

大戦初期、メンフィルが大陸行路の中心であるレスペレント都市国家郡の中枢、ルミアを落としたその時に、カルッシャが全力でメンフィル討伐軍を発したら、確実にあの時点で戦乱は終結していたのだ。

 

そうでなくても、4年前の様にカルッシャを中心とした連合軍の結成をしていたならば……

むろん、レオニードにも様々な思惑はあったが、それにしても、進言のひとつもあっていいだろう。

政治が中心のレオニードとは違い、エクリアはあくまで『軍人』。

軍人であれば、あの事態は絶好の好機。

であればこそ、レオニードはエクリアに対して不信感をぬぐい切れない。

 

何度もメンフィルを討伐する機会はあったのだ。

 

レオニードではないエクリアがそれをしない理由は……?

もしもレオニードが軍を率い王都を離れれば、エクリアが王位簒奪の兵を挙げるのではないのか……?

 

レオニードが知らぬうちに、近衛軍を自らの直属としていたエクリアだ。

その可能性は捨てきれない。

だけども、この現状で反乱など起こしても、百害あって一利なしではないのか?

いいや、もしもエクリアとメンフィルの間になんらかの繋がりがあったのならば……

魔王リウイ・マーシルンの妻イリーナは、エクリアの同母妹なのだ。

レオニード自身も、イリーナとの関係は良好ではあった。

あったのだが、元婚約者である自分に対し、メンフィル王リウイがどの様な感情を持っているのか。

少なくても、好い感情を持ち合わせてはいまい。

 

(被害者はコチラなのだがな……)

 

内心ぼやいてみせるも、魔王にその様な理屈、通じる筈もない。

だからこそ、レオニードは欲していた。

 

自らに代わり翼獅吼騎士団を率いるに相応しい者を。

セリーヌと共に、見事戦死したギルティン・シーブライアに代わる人材を。

レオニードには、その人材に一人だけ心当たりがあった。

 

「サイモフ、リィ・バルナシア神殿に使いを。天使モナルカとの盟約の変更許可を願い出ろ! 我がカルッシャの守護神として、王都に招聘するのだ!」

「……モナルカの滝はどうするので?」

「メンフィルが強大化している今、あの様な僻地をいくら守っても意味は無い。それにだ、今大戦さえ乗り切れるのならば、大戦後にモナルカとの盟約が破棄されても文句は言わん」

「闇勢力の台頭を良しとしないテルフィオン連邦と、光陣営の神殿勢力から圧力をかけて貰いましょう」

「頼りになるのはお前だけだ、サイモフ。頼むぞ……」

「お任せあれ」

 

これで後は、カルッシャとメンフィルの直接対決までに、モナルカが王都に招聘されてくれるかどうかだけだ。

レスペレントの半ば以上に影響力を持ってしまった現在のメンフィル。カルッシャ本国に攻め上ってくるのも、時間の問題であろう。

既にセルノ、スリージ両王国はメンフィルと盟を結び、バルジア、フレスラント、クラナは膝をついた。

現在はティルニーノと手を組み、グルーノ魔族国へと攻め上っている頃だろう。

そしていよいよ、カルッシャと隣接するミレティア保護領への侵攻だ。

カルッシャとメンフィルの直接対決の日が間近なのである。

 

(勝てるのか……?)

 

レオニードは、不安から手の平に嫌な汗が滲み出て止まらない自分に気づいている。

10倍以上は差があった筈の国力差が、あっという間に詰め寄られてきているのだ。

それを跳ね返せるだけの力を持っているのだ、あの魔王リウイ・マーシルンはっ!!

だからこそ、大戦初期に攻め滅ぼさなければならなかったのだ!

それが……! それが……っ!!

 

「姫将軍、あやつさえいなければ……っ!!」

 

苦々しい口調で吐き捨てる。

顔は苦渋に染まり、苛立ちを隠しきれない。

イリーナを奪われ、セリーヌを殺され、そしてテネイラまでもが殺された。

その現場全てに居た女。

アレは、本当にカルッシャの為に動いているのか?

レスペレントどころか、西方諸国にまでその名が轟いている姫将軍エクリア。

だが、本当に信じても……よいのか……!?

 

 『排除』

 

この二文字がレオニードの頭を掠め、だがしかし、彼にとって大切だった姉の顔が脳裏にチラつく。

例えどんなに憎く疎ましい存在でも、あの姉が愛した家族の一人。

そう思ってしまえば、レオニードは、エクリアを如何こうする気が失せていく自分に気づく。

はぁ……と大きくため息を吐く。

 

(姉上がもしも生きていたのなら……)

 

イリーナを通じて、秘密裏に国交を結べたろうか?

エクリアの不信を吹き飛ばせたろうか?

迷うレオニードは、疲れたように頭を抱えると、ゆっくりと目をつぶり思う。

 

(せめて……あのアホ親父が表に出てくれたのなら、こんなに気苦労はしなかったのにな)

 

 

 

 

 

 

レオニードの様子に、サイモフは嬉しげに目を細めた。

 

王ならば国の為に非情に徹するべきである。

だが、情を捨てきれぬ王だからこそ、忠誠心が刺激される。

サイモフは、リメルダを死なせ腑抜けてしまった国王よりも、この瞬間にレオニードへと忠誠の対象を完全に移した。

 

泥を被るのは臣下の役目。

 

かつてエクリアの母、リメルダを死に至らしめた時のように、姫将軍エクリアを貶め、このカルッシャから排除する。

そして後顧の憂いがないように、息の根を……止めるのだ。

サイモフは、これこそが自分の最後の奉公なのだと、満足気にその場を立ち去った。

 

まずは迫り来るメンフィルへの時間稼ぎとして、ミレティア保護領への最後の梃入れ。

リィ・バルナシア神殿との折衝。

そして、近頃王都近辺で噂の凄腕の剣士との接触。

 

 

───すまんな、リメルダ。

 

 

ボソリ、そう呟くと、老人と言ってもいい筈の男が生気をみなぎらせ、目を爛々と輝かせる。

 

カルッシャ宰相サイモフ・ハルーイン。

カルッシャの盾と呼ばれたテネイラ亡き後、自分こそが真にこの国の盾だと自認する男。

この日以降、彼は姫将軍エクリアへと最後の謀略をしかけ始める。

エクリアを貶め、このカルッシャから追放する為の、最後の謀略を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、カヤがこの争乱の渦中に飛び込む日が、刻々と近づいてくる。

 

「ハイシェラ~、もう疲れました~」

「ダ・メ・じゃ! ほれ、さっさと魔力を高めんかっ!!」

 

こんなやり取りも、もう、終わるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャラクター・データ(戦女神VERITA風味)

 

 

カヤ

 

 

LV.20

 

 

HP  99/ 99

MP 297/297

TP  34/ 34

 

 

熟練度

 

小型武器  E

中型武器  E

ひえんけん E

魔術・強化 E

魔術・火炎 D

魔術・地脈 E

魔術・純粋 D

魔術・招聘 ─

 

 

 

魔術・招聘

 

???招聘 ???の為に命を捨てた英霊騎士???を招聘して戦闘に参加。

MP50

???騎士団招聘 ???の為に命を捨てた戦士達の英霊軍を招聘して戦場に参加。

MP500

 

 

 

スキル

 

病弱 Ⅰ  常時衰弱状態、及び、HP,MP,TPが15%低下

虚弱 Ⅰ  経験値・熟練度の入手が通常の50%、及び全パラメータが15%低下

復活 Ⅴ  戦闘不能になった時点で発動し、発動するとHPが50%で復活

神秘の防護 攻撃対象時に確率で発動し、発動すると味方全員ダメージが半分になる

神殺しの防護 パーティ内にセリカがいる場合、カヤへの攻撃が全てセリカにガードされる

HP再生Ⅰ 一定フレーム毎or一定歩数毎にHPが回復

MP再生Ⅰ 一定フレーム毎or一定歩数毎にMPが回復

賢者の魔力Ⅰ 消費MPが10%軽減される

テシュオスの守護Ⅰ 防具の属性に左右されず、常に『万能+1』の防御属性になる

セリカが好き パーティ内にセリカがいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇

 

 

 

称号

 

初恋乙女  弟として見ていたはずの神殺しに恋してしまった、カヤの称号

 

 

 

 

 

所持アイテム

 

E:プラチナソード 攻撃 物理135 効果 混乱Ⅰ

  とても使いやすい初心者向けの剣

  セリカにルクシリアで買って貰った

 

E:妖精王の衣 属性 万能+1回避15物防50魔防40回避-1運5

  かなりのレア品

  セリカが持っていたのをカヤ用に仕立て直した

 

E:城壁の指輪 物理防御 20%up

  店売り品として上級

  セリカが持っていたのをカヤが奪った(最初からカヤにあげるつもりではあった)

 

重要:魔神を封じた剣

  ハイシェラさん

  カヤのお目付け役

 

重要:水晶で出来た儀式剣(封印)

  封印されている何らかの儀式で使われると思われる剣

  セリカとカヤがイオメルの樹塔でパチッた

 

治癒の水・特大×5

  取って置きの傷薬

  心配性な誰かさんがカヤに持たせた

 

 

 

 



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11話目

 

 

遂に、メンフィル王国軍がミレティア保護領はペステの街を陥落させた。

女領主であるティファーナ・ルクセンベールはメンフィル王リウイ・マーシルンに膝を屈し、メンフィル軍の一員に名を連ねる。

これで、このレスペレント地方において最強にして最大の国家であったカルッシャ王国は、孤立したことになる。

最大の同盟国であるテルフィオン連邦は、メンフィルの同盟国であるベルガラードに抑えられ、この状況でも援軍を出すことは叶わず。

絶望的な状況。だがカルッシャの民は信じていた。

難攻不落のブロノス砦にて、メンフィル軍を待ち構えている姫将軍エクリアが居る限り、メンフィルの魔物の軍勢など如何程のものか! と。

しかし、とある噂が王都ルクシリアを中心に蔓延し、それが徐々に国中に、そして大陸行路を通じてレスペレント中に広がっていく。

 

民衆の信頼は徐々に失望に変わり、国中の雰囲気が暗く落ち込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無理に明るく振る舞い、内心の恐怖を誤魔化す。

カルッシャの王都であるルクシリアの現状である。

 

何より姫将軍エクリアの醜聞。

 

 

曰く、姫将軍エクリアの力は、夜な夜なメンフィルの魔王との間で行われる淫らな性魔術により手にしたモノだ。

 

曰く、今大戦においてのカルッシャの消極的な動きは、全てメンフィルに内応したエクリアの策略によるモノだ。

 

曰く、曰く、曰く…………

 

 

これらを聞く度に、何故だか分からない感情が心を支配する。

 

そうではないのだと。

これは誰かの陰謀なのだと。

お姉さまは誰よりもカルッシャの事だけ思い、生きてきたのだから。

 

ん? おねえさま……?

 

まあ、良くは分からないけど胸が苦しくなり、早く何とかしなきゃと、私は焦燥感に苛まれていた。

 

 

そんな時、決まって私がするのはセリカの観察。

彼を見ていると、不思議と心が凪ぐ気がした。

黙々と剣を研ぎ、私がどんなに話しかけても、「ああ……」とか、「そうか……」しか言わないセリカ。

それでもね、私の話をキチンと聞いてくれているって分かるの。

不意に話が途切れたりすると、感情を伺わせない顔を私に向けて、ジッと此方を見続ける。

どうかしたのかと、目で私に問いかけて。

私は嬉しくって、本当にどうでもいい話をまた始めるの。

その内にハイシェラも話に加わって、3人仲良く楽しい時間を過ごすのだ。

 

穏やかで、とっても暖かい時間。

ハイシェラに言わせれば、こんなにゆったりとした日々を送れるなんて、滅多にはないそうなんだけど。

だけども私にとってはこれが日常なのだ。

私はセリカとハイシェラの優しさに溺れ、どうして胸が苦しくなるのか分からない外の世界の話から逃避してしまう。

 

だからだろう。

もう、何年も固執していた思いを、遂に捨てようと思ったのは。

 

ハイシェラが言うのだ。

 

カルッシャはもう長くはない。

もうすぐメンフィルによって征服され、滅び去るだろう。

だから、もうこの国から、このレスペレント地方から離れよう。

 

いつもなら、すぐさま駄々をこねてこの国、このレスペレントに残りたいと訴えただろう。

でも私は、チクンとした胸の痛みを振り切り、

 

コクン

 

首を縦に振り、遂に頷いた。

 

この5年の間、何度も言われ続けて、それでも我が儘に拒否し続けてきたけれど。

でも、私には過去の何かより、もうセリカとハイシェラの2人の方が大切なのだ。

 

ハイシェラには、セリカとの旅は辛く苦しいモノなのだとは言われている。

光の神々の勢力からは邪神と罵られ命を脅かされて、闇の勢力からはセリカの女神の身体を狙われ続ける苦難の旅。

危険で、穏やかな日々はそう滅多に訪れない。それでもハイシェラとセリカは私を誘ってくれた。

 

一緒に行こうって。

 

うれしかった! すんごく、すーんごくっ! うれしいって思った!!

 

だって、普通は苦難の旅に誰かを付き合わせようなんて思わない。

それが大切な人なら尚更だ。

でもね、でも……思う。

 

大変で、辛い目に合わせるかもしれないけれど、それでも一緒にいたいって言ってくれるってことは……

 

それってもう、プロポーズだよね?

 

……ほっぺが熱い。

今の私、きっと顔が真っ赤だ。

 

大体ね? そんな2人との旅。どんなに辛く苦しくったって、私はきっと幸せで居られる自信がある。

だって、2人と一緒に過ごしたこの5年近い年月、ただの一瞬でも自分を不幸だとか思ったことはないもの。

本当に大変な事に遭遇していない。と、言うこともあるかもしれない。

 

でも、私は、好きなのだ。

 

ハイシェラが。

セリカが。

 

とても、とても、とーっても! 好き。

 

 

「なら、明日にでもルクシリアを出るとするかの、のうセリカよ」

 

 

セリカは頷くと、荷物を纏め始める。

私もにこにこしながらセリカを手伝った。

そうして夜が更け、ベッドに潜り込む。

 

どきどき、わくわく。

 

明日からの事を考えると、楽しくって仕方ない。

ごそごそと深夜遅くまで起き続け、何度もハイシェラから窘められた。

 

「あんまりはしゃぐと、熱を出すぞ!」ってね。

 

 

 

 

 

 

そして次の日の朝、ハイシェラの言うとおり、私は案の定熱を出してしまう。

まるでピクニックの前日にはしゃぎすぎて、当日熱を出して寝込んでしまう子供みたいに。

結局大事をとって、旅を出るのを10日程先に延ばすことになってしまった。

熱にうなされ、それでもとても慣れた感覚で、『前』に比べたら全然楽だなって思ってしまう。

 

それでも、 

 

「ごめんね、セリカ、ハイシェラ……」

「気にするでないぞ。とは言え、そろそろ真剣に考えねばならんかのう」

「何をです?」

「カヤ嬢ちゃんの、虚弱体質を治すことじゃな」

 

セリカが果物をすりすりしているのを横目に入れながら、胡乱な眼でハイシェラを見る。

そんなに簡単に治るんなら苦労はしないよね?

なんて思いながら、「あ~ん」って大口を開ける。

セリカは木製のスプーンを手に持ち、すりすりした果物を食べさせてくれた。

ちょっと酸味が強い果物だけど、なんだろう? すんごく甘い。

 

「おいしー」

 

熱で赤くなったほっぺたを、ほにゃって緩める。

 

これって『りんご』みたい。

こっちにもあったんだ……

いやいや、『私が』食べたのは初めてだけど、そういやパズモ・メネシスが食べてるCGを見た覚えが……

あれ? 今、何を思い出したの……?

熱のせいか、さっきから頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 

「ったく、なんでお主は大人しく我の話を聞くことが出来んのじゃっ!!」

 

もう少しで『大切』なコトを思い出せそうな気がしたんだけど、ハイシェラの怒鳴り声で忘却の彼方。

 

「よいか、良く聞け……」

 

そうして始まるハイシェラ先生のありがたいお話。

私が熱を出してパ~になってるって、なんで分からないのかな?

 

「セリカの使徒になればよい。そうすればお主の体では耐え切れない魔力の猛りも、自然と身体に馴染むようになるであろう」

 

使徒になれば体が作り変えられていく。

神殺しセリカと同じく不老不死になって、永久を彷徨うことになるのだ。

でもそれってセリカの従者になるってコトだよね?

セリカのことは好きだけど、しもべに成りたいとは思わない。

彼と手を繋いで歩きたい。

恋人同士のように、夫婦のように。セリカの横に、居たい。

でも使徒になってしまえば、それは叶わないことではないだろうか……?

 

「それはカヤ嬢ちゃんの気の持ちようだの。カヤ嬢ちゃんが変わらなければ、セリカも変わらぬよ。カヤ嬢ちゃんが望む関係を作れるかどうかも、全部お主等次第じゃ。もっとも使徒となれば、それとは別に神殺しの業に巻き込まれる事になるだろうがの」

 

熱でぼーっとする頭で、少しだけ本気になって考えた。

神殺しの業。

そんなの、私には分からない。

でも、どんなに辛くても、隣にセリカが居てくれるのなら……

 

「セリカは? セリカは、私が使徒になったら嬉しいですか……?」

「そうだな。カヤが一緒だと、俺は嬉しいのかもしれん」

「そっかぁ……」

 

最後にそう言うと、私は熱いまぶたを閉じた。

ドキドキ、ドキドキ。

胸の鼓動が果てしなく激しい。

これって、愛の告白No2みたいなモノだよね……!

セリカは、私のこと、好きなのかな?

 

 

だったら、嬉しいよ……

 

 

熱で熱いまぶたから、嬉し涙で滲み出て、じんわりと目元を濡らしていく。

 

 

もう、いいよね……?

 

失われた過去を、そのまま失わせてしまっても。

今以上の幸せなんてない。

ブラコンとシスコンの神様に背を向け、私は恋に生きよう。

病気を治し、元気になったらカルッシャを出て、レスペレントを飛び出すのだ。

 

そうしてその先にある何処かで、私はセリカの……

 

 

       使徒になりたい

 

 

好きだと伝えよう。

愛してると囁こう。

そうして、出来る事ならば、私はセリカに好きだと言って貰いたい。愛していると囁かれたい。

 

「ねえハイシェラ。私、足手まといにならないかな?」

「何を今更な。お主はいつでも足手まといぞ? だがの、それでも我とセリカはカヤ嬢ちゃんが一緒に居てくれるのが嬉しいのじゃ。何故だか分かるか?」

 

首を、横にゆっくりと振る私。

 

「楽しいからだの。カヤ嬢ちゃんと一緒に旅する様になるまで、久しくなかった感情ぞ? お主は、我とセリカにとって、必要な存在なのじゃよ」

「うにゅ……えへへ……ふにゃあ……」

 

てれてれ、ふにゃふにゃ。

変な声が口から漏れ出す。

決めた。使徒になろう。

あれ? でも、使徒になると言う事は、セリカに抱かれると言う事だよね。

セリカのことだから、きっと性魔術を使うに違いない。

病気とは違う意味で熱くなる頬。

恥かしいような、でも嬉しいような、そんな、どこかムズ痒い感じ。

でも、とても心地が好くって、私はセリカに手を伸ばし、

 

「ね、一緒に、寝て……」

 

熱で汗に濡れた前髪をセリカの胸に押し付けながら、私は彼の腕の中で安らぎを覚える。

一緒に旅をしてから5年近い時が流れている。

その間、ずぅーっとあった胸のしこりが、消えていくのが分かった。

もう、考えなくてもよいのだ。

【お姉さま】のコトも、【イリーナ】のコトも、【レオニード】のコトも、もう、考えなくて……いい、の……

 

 

 

静かに寝息を立てて眠る私を、セリカは優しく髪を梳きながらギュっと抱きしめて、離さないでくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、熱が下がり、体調が完璧に整ったのを見計らうと、私達はカルッシャ王都ルクシリアを出た。

 

テリイオ台地を横目に見ながら、途中気色悪い視線を振り切って、テネイラ事件のあったユーリエに入る。

ブロノス砦からメンフィル軍が撤退したと喜びに湧く住民達を流し見ながら、私達は一気にミレティア保護領に入り、そのままレスペレント都市国家郡へと抜けた。

 

でも商都ルミアには立ち寄らず、ひたすらに南下し続ける。

戦乱に荒れるレスペレントをさっさと出てしまい、ケレース地方に入る為に。

セリカと私は夜になる度に唇を合わせ、私はもう彼の行為に抵抗しようとは思わない。

次に彼が私を求めたその時が、私が真にセリカとハイシェラの家族になる時なのだから。

暖かいなにかと、うれし恥かしい気持ちに包まれ、

 

 

 だが、

 

 

私の幸福な妄想は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

メンフィル王国へと入り、『今の』私の原初の記憶。

炎に包まれ滅びた開拓民の村跡に差し掛かった時、その場に悲しげにいななく飛竜が一頭。

その飛竜の主だろう男が、大量の血で大地を赤黒く染めている。

風に流れて、その男の呟きが私の耳に届いた。

 

「セリーヌ様……申し訳ありません……」

 

頭が槌で殴られたような衝撃。

 

 ズキ、ン……

 

痛み、痛み、痛み……

 

私は走った。その男の下へ。

 

ハイシェラが、セリカが私を止める。

 

行きたくない、行きたくない、行きたくない……

 

でも、足が止まらない。

 

行ってしまえば、セリカとの明日が、永遠に去ってしまうと分かっているのに。

 

 

 

 

 

 

血を流し倒れ伏す男の傍まで行くと、手を取り、声を掛ける。

 

「大丈夫ですか! 気をしっかり持って!!」

 

私の声と姿に、男は数回目を瞬くと、驚いた風で私を凝視した。

 

「セ、リーヌ……さま……?」

 

セリーヌ、そう呼ばれた瞬間、私の中で目覚め始める。

セリーヌである私と、一度は捨てた自分。前世の私……

 

『 阿藤 沙希 』が、目を覚ました。

 

 

 

 



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12話目

 

守るべき主君を背に、迫り来る魔物どもを斬り捨てる。

周囲を固めるのは、死んだはずの部下たちとギルティン・シーブライア。

信頼のおける同僚や部下たちに囲まれ、彼は主君の為に剣を振るう。

後ろを振り返れば、敬愛すべき主君が微笑んでくれていた。

力が湧き上がり、今なら何でも出来る、何処までも戦える!

 

そして全ての敵を屠った彼に、彼女はこう言ったのだ。

 

 『ご苦労様でした』

 

表情を厳しくしていた彼女の顔が、ふんわり柔らかくなる。

彼は誇らしげに彼女に剣を捧げる。

笑い合う部下達。肩を叩き合う彼とギルティン。

 

 

 

 

 

 

 

────そんな、夢を見た。

 

死を目前とし、夢想していた、はずだった────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血塗れで死に瀕した騎士にセリーヌと呼ばれた瞬間、私は全てを思い出した。

 

思い出してしまった。

 

一気に脳裏を駆ける前世の沙希だった自分。続いてセリーヌだった私。

その全ての記憶が私の中に流れ込む。急激な記憶の覚醒に、頭がガンガンする。

遠のきそうな意識、フラリとふらつく身体。

倒れそうになる寸前、私を追いかけてきたセリカに後ろから抱きとめられる。

セリカの胸にすがりつきたくなる『カヤ』を押さえつけ、『沙希』である私は『セリーヌ』であろうと努力した。

 

「ハーマン……」

 

セリカに抱きとめられたまま、私は血塗れの騎士を労わるように声を掛け、今がどういう状況なのかと考えを巡らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブロノス砦の防衛成功。

これは前世のアノ記憶にない事象。何せメンフィルは連戦連勝、向う所敵無しの筈だから。

 

お姉さまの醜聞。

はて? あったような、なかったような……?

 

でも、騎士ハーマンが死に瀕するのは多分アレだ。

カルッシャの扇動を受けたメンフィルの旧王族・貴族による反乱から始まる、王都ミルスの王城での決戦だろう。

それに敗れて死亡するのが彼、ハーマンなのだ。

ならば今の状況は、もうクライマックス間近。

 

時間が無い。

 

イリーナを……いいや違う。

妹を守るべきはもう私の役目ではないだろう。

それは夫であるリウイの役目。

私がカルッシャの王女としてしなければならないのは、カルッシャ滅亡の阻止だよね?

レオニードを、お姉さまを、お義母さまを、カルッシャの臣民達を……守らないと。

 

でも、出来るの……?

 

5年前は結局何も出来ず、変えられず、死ぬはずのなかったギルティンまで死なせてしまった私が……

 

怖い、怖いよ……

 

私は不安に震え、前世の記憶に恐怖する。

セリーヌの記憶はともかく、沙希の記憶なんて取り戻したくなかった。

忘れたままでいたかった。

 

ずっとセリカと旅をしていたかった。

ずっと彼のことを好きでいたかった。

 

なのに、思い出してしまったら、もうそんなコト出来る訳もない……

その事実に、私は死に瀕するハーマンを気遣いもせずに、ただ震えるだけだった。

 

そんな時だ、彼が激しく咳き込みながら、私に懺悔したのは。

彼の語る、私が『死んで』からの彼の軌跡。

私は、ハーマンの言葉にギュッと目をつぶった。

自らの命を搾り出すように紡がれる彼の5年間。

 

その5年間に、私は再び覚悟を決める。

 

彼は、私の為に戦い続けていたのだ!

こんな私のために!!

ほにゃーって私がセリカに甘えっぱなしだった間、ずっと、ずっと!

 

だから、私は戦わなきゃならない。

例え、私を抱きしめるこの腕が、もう二度と感じられなくなるのだとしても。

 

 『王女は一国のために尽くすもの』

 

お姉さまが常日頃からサイモフに言われていた言葉。

私とイリーナが常日頃からお姉さまに言われていた言葉。

私達が食べていた物は、着ていた物は、全て臣民から与えられたモノだった。

だから私達は国の為に全てを捧げなければいけないのだ。

その言葉が、どのような思惑の下で言われたモノだとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

ギュッと閉じていた目を開いた時、私はもうカヤではありえなかった。

もちろん沙希でもない。

私は、カルッシャの第2王女、セリーヌ・テシュオス。

 

セリカが私を守るように抱きしめてる腕を、ゆっくりと振り解く。

そしてハーマンの手を優しくとった。

 

彼は、もう長くはない。

例え治癒の水を使っても無駄だろう。

あの時の私と勝るとも劣らない、深く刺し穿つ傷。

 

私が助かったのは、セリカの性魔術と、私の中に眠っていた膨大な魔力が起こした奇跡。

ハーマンには、その奇跡を起こせるだけの運はない。

何よりこの傷、全ての命を刈り取らんがばかりの禍々しい何かを放っていた。

死ぬのだ、彼は、死んでしまうのだ。ギルティンと同じように、でも、彼の死は私の知る知識と近い。

 

だったら、この死は必然なの……?

 

「申し訳……あり、ませ……ん……私は、セリーヌ殿下の命を、果たすこと、叶わず……」

 

いいや、違う。

彼を殺したのも、また、私。

だって、私の死が彼を縛っていたんだもん。

 

思わず、ごめんなさい……

 

そう言ってしまいたくなる。

でも、ダメだ。それは私が楽になりたいが為の言葉。

何より、誇りをかけて戦い抜いた彼に対し、言っていい言葉ではない。

私は泣きたくなるの堪えながら、震えそうになる言葉を抑えながら、慎重に、慎重に、一言一句を大切に吐き出す。

 

「もう、いいのですハーマン。任務、ご苦労様でした。アナタは、良くやりました。後は私に任せて、お休みなさい」

 

ハーマンは、大きく目を見開いた。

数回パシッパシッと瞬きすると、強ばっていた身体から力が抜けていく。

彼の目から涙が溢れ出し、それが滝のように流れ落ちる。

何事かを言いたいのか、唇を僅かに動かし…………そうして、彼の時間は永遠に止まった。

 

 

 

 

 

満足気なハーマンの死に顔。

 

彼の開いたままの目蓋を閉じてあげると、私の頬を、熱い何かがツツゥーと流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、いいのですハーマン。任務、ご苦労様でした。アナタは、良くやりました。後は私に任せて、お休みなさい」

 

 

夢ではなかった……

 

───セリーヌ殿下が何故に生きていたのかは分からない。

あの時、あの場所で、彼女は自らの死を選んだ誇り高き人。

だとしたら、殿下を抱きとめている男が生かしてくれたのか……

私や、姫将軍殿でも出来なかったことを、目の前の男が……

 

ハーマンが感嘆の想いで男を見上げていると、急速に力が抜け始めた。

 

もう、己に残された時間は少ないのだろう。

だからせめて最期に彼女に伝えたかった。

 

もう、カルッシャは終わりです。どこか遠くへお逃げ下さい……と。

 

 

でも、彼女は逃げださない。

そんな確かな未来がハーマンには視えた。

 

 

───ああ……なぜ私は此処で死ぬのだ……!

アナタの剣になる事こそが、死んだ部下達に報いるたった一つのコトなのに───

 

 

意識が暗くなる。

身体が重くてピクリとも動かせない。

 

 

まるで地に吸い込まれるようではないか……

私は地獄へと堕ちるのだな。

 

 

ハーマンは誰に言われるでもなく、そう確信する。

彼女と再会するに到るまで、ひたすらに非道を成してきたのだから、それも仕方あるまい。

今頃王都ミルスは、ハーマン達が作った死体で溢れかえっているはずだ。

姫将軍の命令通り、メンフィルに仕える文官共を殺し尽くし、メンフィルの民が生きる為に必要な糧と言う糧、全てを破壊し尽した。

 

道を破壊し、鉱山を崩し、田畑に火を放った。

 

例え、ブロノス砦から撤退するメンフィル軍への追撃戦で、リウイ王を討ち取れなかったとしても、ここでメンフィルの勢いを完全に殺す為に。

故に、もうメンフィルに継戦能力は残されていない。

 

 

───カルッシャがこの地を占領するその日まで、せいぜい醜く足掻けばよいのだ。

 

 

……そう思ってしまう自分には、彼女の傍に居る資格はないとハーマンは自覚した。

あの時、エクリアが言ったセリーヌの本当の姿。

憎しみに凝り固まっていた当時のハーマンは納得しなかった。

でも、目の前でこうしていると、あの話こそが彼女の本当だったのだな。そう思う。

 

なればこそ! 本当の彼女の為に剣を振るいたかった……!!

 

なのに力が出ない。そんな自分が情けなくて、悔しくて、涙が溢れて頬を伝う。

 

 

その時だ! 暗闇に堕ちていた彼の視界が、急に光に包まれたのは!

光の先で、懐かしい顔ぶれが揃って己を待っていたのだ。

 

「殿下に対し、変態的な言動を放ったあのバカ! お前ら、私に代わってキチンと制裁を加えたか?」

 

 

ハーマンが自然にスルリと口にした言葉。

アノ惨劇の日、バカなことを口走った部下への制裁を、彼は決して忘れてなんていない。

彼の部下達は一斉に肯定の声をあげる。

続いて剣を鳴らした。

ジャキンッ! 鍔と鞘がぶつかり合う音。

まるで、戦の鼓舞のようだ。

そう彼が思っていると、ニヤリ……部下達に混じっていたギルティンが嗤った。

いいや、良く見れば、アノ日死んだ旧メンフィルの騎士や村の自警団の戦士達までもが居る。

全員がギルティンと同じように嗤い、禍々しくも誇り高い戦人の様相だ。

 

 

───まだ、戦えるのだな……?

私も、お前達と共に在れるのだな……?

そうして彼女の為に、もう一度戦えるのだな……?

この先、彼女を待ち受けているだろう試練に、私は剣を振るえるのだな!!

 

 

絶望が晴れると同時、ハーマンの魂がゆっくりと彼女の中に沈み込んでいく。

彼女の暖かい魂に包まれながら、彼女を苛む知識がハーマンに流れ込んだ。

 

幻燐の姫将軍と呼ばれる物語の知識。

 

これで、ようやく解った。

何故セリーヌがケルヴァン・ソリードを殺したがっていたのか。

 

そしてホッとする。

 

カルッシャを叛したイリーナ王女を殺さなくって。

 

こっそり冷や汗をぬぐうハーマン。

 

いや、マジで殺す寸前だったのだ。

ってか、後少しメンフィル王の帰還が遅ければ、殺すか姦ってた。

だけども、この事実がセリーヌに知れることはなく、彼は安堵に包まれながら仲間達の待つ場所へと旅立った。

 

 

───必ずやセリーヌ殿下の望むハッピーエンドを捧げよう。 

 

仲間達と笑い合って────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれだけの時間そうしていたのだろう……?

 

気づけば高かった日は落ち始め、世界は夕焼けの紅に染まっていた。

もう、私は動かなければならない。

立ち上がり、私を守るようにして佇むセリカへと身体を向けた。

 

「あのね……? セリカ、私……」

 

恐々と上目遣い。

なんて言ったらいいのか分からない。

ただ、もうこれ以上セリカとハイシェラとは一緒に居られない。

やるべきことが見つかってしまったから。

 

私は勇気を振り絞り、セリカとハイシェラに別れの言葉を告げようとする。

 

でも……、突然視界がグルリと回転し、セリカの背中しか見えなくなった。

 

「話は、後だ……!」

 

ギィ、ンッ!!

鉄と鉄の摩擦音が私の鼓膜を震わせて、足元の大地に、ザクッ! 矢が刺さった。

 

「ようやく追いついたぞ、薄汚いカルッシャの手のモノが!」

 

長い髪を後ろに結わえ、鎧の意匠はメンフィルの近衛。

雄々しい水竜に跨り、怒りに燃えた眼差しで、私を守るセリカを睨みつける。

彼女の背後には、やはり怒りに燃えたメンフィルの騎士達。

 

「オルクス師の……貴様らに殺されたメンフィルの者達の怒り! その身に味わえっ!!」

 

その士気、天を貫かんがばかり。

 

だけどちょっと待て!

確かにカルッシャの関係者ではあるけれど、今の私はただの旅人。

確かにちょっと妖しいかもしれない。それはセリカも同じだけど。

いや、でも……問答無用はないっしょ!?

 

でも、そんな私の無言の抗議なんて聞こうともしないし、聞く気もないのだろう。

私の足元で永遠の眠りについたハーマンを睨みつけると同時に、私とセリカに凄まじい殺気を放ってくる。

 

ハーマン、アナタ何したの?

彼女、むっちゃ怒ってるじゃない。

 

緊張感のない私。

セリカに守られ、安全が保障されまくっている私は、だから胸を張って彼女達に告げれるのだ。

 

「メンフィルの怒りですか……? 笑わせますね。もしかしてアナタ、戦争の発端がテネイラ事件だとでも思っているのでしょうか?」

 

なんて言いながら、鼻でせせら笑う。

まさに虎(セリカ)の威を借る狐(わたし)。

だって、ちょっとカチンってきたんだもん。

 

 

「……何を言いたい、女っ!」

 

いや、アンタも女でしょ?

って言いたいのをグッと堪える。

 

「何がメンフィルの者達の怒りですか。全ての悲劇の発端を作ったのは貴方達ではありませんか! 我々カルッシャは忘れません。貴方達に襲撃され浚われたイリーナを! 貴方達に惨殺されたセリーヌを! そして、その時殺された騎士達の無念を! ふざけたことを言うのも大概にしてっ!!」

 

私は生きてますけどね?

なんておくびにも出さず、背をピンと伸ばし、堂々と言い放った。

 

こんなん言ったモン勝ち。

勢いが全てなのですよ!

 

事実、女騎士の周囲を固めている騎士達が、ざわめき始める。

アホなことに、自分達の正義だけを信じていたんですね?

戦争に正義なんてある訳ないじゃん。勝ったモン勝ち、やったモン勝ちが戦争です。

私はせせら笑いをより一層酷くし、風になびく髪を煩わしげに払うと、そのざわめきは最高潮に達した。

なんてーか、度胸ついたよね、私……

 

「イリーナ王妃……? いや、違う。貴様、もしや姫将軍エクリアか!」

 

あれ? なんで?って、そういやお姉さまって仮面を被ってるから、素顔をあまり知られてない。

だったら、イリーナにそっくりな私がお姉さまと間違われても仕方がない……のか?

いや、まあ、私は公式で死んでるしょうし……

 

「千載一遇の好機! 征けぇっ! 姫将軍の首を取れ!」

 

彼女に指揮される100単位の騎士達が、一斉に私目掛けて襲い来る。 

姫将軍の首を取れば、この戦争の勝利は約束されたようなモノ。

 

功績も抜群! 褒美も思うがまま!

でもね、そこの近衛の女騎士さん。知ってるかな? 

魔神一体は一軍に匹敵する力を持っている。

そしてね?アナタの目の前に居る赤毛の剣士は、その魔神を軽々と屠りまくる伝説の神殺し。

なによりセリカは、この手の危機に慣れきっている。

 

 

 

バチバチバチッ!! と稲光が空間を舞い踊る。

セリカを中心に風が吹き荒び、雷撃の魔力がほとばしり、そして……視界の全てを、雷光の光が刺し貫いた。

轟音と共に、まるで人形の様に壊れていく女騎士とその一党。

 

ちょっとヤリすぎじゃない?

 

と思いセリカを見ると……なんか、すっごい怒ってる。

……うん、私は、何も見ていない。そうだよね? ね?

 

 

 

 

こうして私は、セリーヌ・テシュオスとしての戦いを再び始めることを決意した。

【あの日】生まれたカヤではなく、死んだはずのセリーヌとしての戦いを。

もう、私はカヤではなく、もちろん沙希でもない。

 

 

掻き毟るような恋慕の情から目を反らし、私は……わたし、は……

 

 

私の想いをのせて、風になびく髪が、セリカの頬に、触れた気がした。

 



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13話目

 

 

 

 

屍体に埋め尽くされた国。

これが今のメンフィルの姿かと、リウイは肩を落とした。

光と闇の共存を目指し、平和な国を創り上げるつもりだった。

 

その行き着く先が、コレか……

 

リウイは王都ミルスの王城のバルコニーから国を見下ろし、自嘲めいた影のある笑みを口元に浮かべた。

胸に過ぎるのは母の最期。父の最期。オルクスの最期。

抑えようもない激しい感情が胸を焦がし、目の前が憎しみでドス黒く染まりそうだ。

魔人病の再発のせいなのか、それとも本当に自分の感情から来るモノなのか、それさえも今のリウイには判断できなかった。

出来るわけもない。メンフィルの王位を簒奪してからの5年あまり。

ひたすらに築き上げたモノ全てが、破壊され陵辱され尽くしたのだ!

 

怒り、狂い、憎悪しても仕方がないではないか……

 

「陛下……全てを失った訳ではありません。貴方にはまだ、今を必死に生きようとする民が居るではありませんか」

 

イーリュンの修道女はリウイの隣に立つと、その細い指先を城下に向けた。

破壊された建物の際で、笑いながら走り回る子供達の姿。

絶望と言っても過言ではないこの状況で、それでも尚、笑いあう彼の民達。

みな一様に悲しみから立ち上がろうとしている。

 

「なぜ彼らが笑えるのか、わかりますか?」

 

どことなく呆然と、そして力無くゆっくり首を横に振る。

 

「貴方と言う王があるから、希望を捨てず、みな笑うのです」

「……所詮は半魔人の王よと、嘲笑っているの間違いではないのか……?」

 

口角を釣り上げ、いっそ邪悪といっても良いほどの凄惨な笑み。

だけどもイーリュンの修道女、ティナ・パリエはゆっくりと頭をふった。

 

「共に汗を流し、共に笑う。民と一緒になって畑を耕す王が、この国以外の何処にいましょうか? 民はみな、そんな貴方だから魔族などという偏見を僅かなりとも捨て始め、貴方ならばこの国をもっと豊かにしてくれるのだと信じているのです」

「前に、同じ事をイリーナに言われた覚えがある。だが、結果はコレだ……!! 畑は燃やされ、鉱山は崩され、道は無くなった。民の糧の全てを破壊されたのだぞ!」

 

悔しげに視線を落す。

リウイにとって見れば、この数年、自分が成した事全てを否定されたに等しかった。

 

「……諦めるのですか?」

「何を言っている?」

「アナタは、もう諦めてしまわれるのですか? イリーナ様と誓った夢を捨て、魔人病の衝動に身を委ね、ただの魔物として生きてお行きなのですか……?」

「違うっ! 俺は……俺は……っ!!」

「でしたら、行きましょう? アナタにはイリーナ様が居られます。力僅かなりといえど私も居ります。そして何より、アナタには沢山の仲間が居られるでしょう?」

 

暖かい手が、リウイの両手を包んだ。

彼を見上げる彼女の顔は、とても柔らかく笑んでいて、自分を信頼している様が彼にも良く分かった。

思い起こせば、ティナはリウイにとって、イリーナやカーリアンとはまた違った意味で特別な女であった。

彼女の純潔を無理矢理奪ったリウイに憎しみの感情を向ける事無く、自分と一緒に捕まってしまった者達の安否ばかりを心配する女だ。

そんな彼女のお陰でリウイは人としての心を取り戻し、再び魔神病のせいで心を闇の想念に囚われそうになる自分を救ってくれた。

リウイは、胸に溜まりまくった重い空気を吐き出す。

 

「そう……だな。また一から始めれば良いか……」

 

言うほど簡単ではない。

事実、連戦連勝だったからこそ黙っていた国内の反抗勢力が蠢動し始めている。

カルッシャへと到る道程に下してきた国の動きも妖しくなってきた。

同盟を結んだ相手とて、こうなってしまっては後背定まらぬだろう。

なにせ、メンフィルの継戦能力の殆ど全てが破壊されたに等しいのだ。

これ程までにカルッシャ有利の情勢になってしまえば、裏切るなと言う方が難しい。

 

リウイとて、自分が降された側なら反乱の一つや二つ考える。

それこそが国を率いる『王』としての役割なのだ。

国土を、そこに住まう民を、その財産を守るのが、王である。

負けて落ちぶれた陣営に、いつまでも身を置くようなバカは、王としての資格はない。

レスペレント都市国家郡の都市国家長、レアイナ・キースなど、次負けたら関係はお終いだとハッキリ告げてくる位だ。

もっとも、それは現時点では決して裏切らないと宣言したも同じである。

 

───ああ、そうか。ティナが言いたかったのは、この事か……

 

リウイにとっての一番の財産。

それは仲間だ。

この様な体たらくでは、ブロノス砦での撤退戦で殿を務め、見事に散ったスリージ王国の老将軍、シウム・センテに失望される。

彼はこの様な自分の為に散った訳では無いのだ。スリージの未来、王女セリエルの幸福。その全てを託して逝ったというのに……

 

リウイは静かに目を閉じる。

 

そして、次に目を開いた時には、瞳から失われかけていた覇気が戻っていた。

迷いない眼差しでティナに小さく微笑むと、バルコニーを出て皆が待つ玉座の間へと踵を返す。

カツン、カツンと響く足音には迷いが一切感じられない。

 

ティナはリウイの背中に覇気が戻ったのを確かに感じた。

 

身体がブルルと小さく震える。

熱く、高揚しているのだ。

 

それはこの国に住まう一人の民として……?

それとも臣下として……?

 

どちらもそうであり、そして違う。

ティナは、一人の女として、目の前の男が立ち上がった様に震えたのだ。

だから自然と唇が動いた。

 

「愛してます……陛下……」

 

小さく小さく囁かれた言の葉は、誰の耳にも届くことなく。

リウイの去ったバルコニーには、優しくお腹をさするティナだけが、一人ぽつんと残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覇気を取り戻したリウイ。

 

しかし彼が玉座の間にて見た光景は、仲間の無残な姿。雷に焼き尽くされ、命あるのが不思議な様相のリネアであった。

彼女は「申し訳ありません、陛下……」と炭化した身体を押して頭を下げると、そのままバタリと倒れ伏した。

慌ててペテレーネと、そしてリウイから少し遅れて来たティナが治療する中、リネアと共に逃亡したカルッシャ騎士を追った近衛に報告を受ける。

 

 

姫将軍エクリアとの遭遇戦。

彼女に従う魔術師が操った、絶大な威力の雷の魔術にて、近衛軍が壊滅。

 

 

リウイは眉を僅かに上げる。

 

彼には懸念があった。

テネイラ事件より行方不明の彼の腹心、ケルヴァンの安否である。

ベルガラードから来た駐在武官であるブラムの情報網に引っ掛かった、姫将軍の参謀役である魔術師。

宰相サイモフよりの紹介でミレティア保護領に訪れ、彼の地に眠る魔道兵器の起動に成功させた魔術師。  

恐らくは同一人物であろうこの魔術師の正体を、リウイはもしや……と疑いの心を隠せないでいたのだ。

リウイにとって、ケルヴァンは股肱の忠臣。

そんな筈はないと思いながらも、どこか胸騒ぎがしてならないのだ。

だからだろう、リウイは心の不安を隠しきれないような口調で、魔術師と相対した騎士に問いかけた。

 

「魔術師の風貌は……?」

「身長は陛下とほぼ同程度。赤く長い髪。女と見紛う整った顔。その身に潜めし魔力は、あまりに絶大。先に陛下が屈服させた魔神ディアーネが、今では子供のようにしか思えません」

 

(実際、子供のように縮んでいるがな)

 

リウイはフッ、と小さく笑いながら胸を撫で下ろした。

もしもケルヴァンであれば、近衛の騎士である彼が見間違える筈も無い。

そう思い、そしてすぐに肩を落とす。

 

テネイラ事件から一年。

これほどの長い間帰らぬのならば、もう、生きてはいまい。

兄のように慕い、師としても敬い、家臣として最も頼りにしていた。

事実、彼が居たからこそ今のリウイがあり、今のメンフィルがある。

ベルガラード、エディカーヌ両大国と結び、彼の国々から援助を引き出せたのも彼のお陰だ。

その彼を失ったのだと、あの事件から一年経って漸くリウイは受け容れることが出来たのかもしれない。

ケルヴァンへ短い哀悼を送ると、すぐさまリウイは現世へと目を向ける。

それにしても、と……

 

「姫将軍は何故こんな回りくどい事を……?」

 

バルジア王女リン・ファラ=バルジアーナの小さな呟きが玉座の間に響いた。

それはリウイも思ったコトだ。

いいや、この場に居る全ての臣下、仲間達が思ったこと。

 

ブロノス砦での対陣中、本国を陥とされた時点で勝負はついていたのだ。

リウイが、ブロノス砦攻略の為に自ら将兵を率いて攻め上るや否や、その間隙を突いてメンフィルの旧王族と不平貴族を扇動し、王宮を陥とす。

エクリアの策が完全に成り、リウイの敗北が決定した瞬間であった。

後は彼女自身が守るブロノス砦にリウイを釘付けにし、本国を落とされて動揺し、我がメンフィルが内部から崩壊するのを待てばいいだけ。

軍が崩壊してしまう前に、なんとか本国に引き返そうとしても、後背から姫将軍率いる軍勢に襲い掛かられれば無事には済むまい。

 

それに、メンフィル軍最大の弱点もある。

 

国王リウイだ。リウイさえ居なくなれば、彼の強力なカリスマによってのみ立つメンフィルは、チェックメイト。

新興なったばかりの国、特に強力なカリスマを持って国を治める国王に付き物の弱点である。

強力な王が死に、しかもその王の後継者無き国など脆いものだ。

築き上げた栄光は砂山のように崩れ去り、ただ歴史に名を残すのみとなる。

であれば、姫将軍はただ一人だけを狙えば良い。

そう、リウイ・マーシルンさえ亡き者に出来れば、レスペレントの半ばを征服したメンフィルも、先程言った様に砂山の如く崩れ去るだけ。

なればカルッシャの独壇場だ。

メンフィルに征服されたミレティア・クラナ・バルシア・フレスラントを順に解放しつつ、レスペレント都市国家群を占拠し、大陸行路の中心を手中に納める。

次にメンフィルに与した国家群、セルノ・スリージ・ティルニーノを征服した後、グルーノの残存魔族を殲滅すれば、レスペレント統一国家カルッシャの誕生である。 

 

 

で、あった筈なのに。

 

ブロノス砦からの撤退中、リウイの周囲に侍る仲間たちは誰もがソレを覚悟した。

なのに追撃戦はおざなりで、それでも老将シウムの命懸けの殿戦がなければ終わっていたが、それ程の好機をみすみす見逃し……

せっかく陥とした王都ミルスを呆気なく明け渡し、なのにメンフィル国内のライフラインは完全破壊。

ついでに言えば、文官、それも優秀な官僚たちは皆殺し。

何がしたいのか分からない。

此処に来て、突然メンフィル国内に現れての暴虐も、ただただ殺戮をしたいだけなのではないかと思えるほどだ。

少なくてもカルッシャの覇権を欲しての行動には思えない。

 

「そのことだがな、王様よ」

「なんだ、ブラム」

 

ケルヴァンが行方不明となって以来、彼の代わりに参謀役は勿論、諜報の取りまとめまでやってもらっている、ベルガラードの大使である。

厳つい顔に似合わず、参謀の才は非常に高く、もしも彼が居なければ、テネイラ事件後、ここまで上手くレスペレント諸国を降す事は出来なかっただろう。

 

「たった今、カルッシャ方面に出していた草から報告があった。姫将軍エクリア、失脚……とな」

「んなっ!? だったら、リネア達を襲ったのは一体……いや、そもそも失脚したエクリアが、何故メンフィルに?」

 

部下を迎えに来たとでも言うのか……?

 

「殺戮の魔女……」

「なんだそれは?」

「今、カルッシャで蔓延している姫将軍エクリアの醜聞だな。なんでも姫神フェミリンスの呪いだとか。詳しいことを知りたきゃ、奥方殿に聞くのが一番だろうよ」

 

それだけ言うと、心配そうに倒れ伏したままピクリともしないリネアの下へと駆け寄った。

リウイは先程から不安そうに畏まったままのイリーナへと目をやり、だけども彼女は力なく首を横に振るだけ。

だが、すぐさまティルニーノの元女王、フェイエの話に事態が進む。

 

敵はカルッシャに非ず、フェミリンスの呪いで、殺戮の魔女と化している姫将軍エクリアと、その参謀役と思われる魔術師のみ!

 

リウイは後が怖いと思いながらも、国の復興をレアイナに託し、自らは少数精鋭をもってティルニーノの北、リークメイルへと足を進める。

 

殺戮の魔女の呪いから、このレスペレントを守る為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

問答無用(?)で襲い掛かってきたメンフィルの者達を撃退し終えたセリカと私……って私はなんもしてないけど、とにかくハーマンの遺体を担いで場所を移動した。

このままハーマンを置いて行くと遺体を汚されちゃうだろうし、出来ればキチンと葬ってあげたかったからだ。

レスペレント都市国家郡との国境線間近、そこから少し南下し、オウスト内海を見下ろせれる小高い丘に彼の墓を作った。

異郷の地で一人眠るのは寂しいかも知れないけれど、ここから北へすぐに、あの日散ったみんなが眠る廃村がある。

 

「だから、寂しくないよね?」

 

私は墓石に見立てた少し大きめの石を一撫ですると、風に紛れて聞こえない位に小さな声で囁いた。

そして私はハーマンの眠る場所から背を向ける。

いつまでも此処には居られない。

私は、メンフィルの者達から狙われてしまっているから。

ぶっちゃけた話、お姉さまと勘違いされちゃってるせい何だけどね。

んな訳だから、さっさとメンフィルの勢力範囲から抜け出したいのだ。

 

《カヤ嬢ちゃん……ではないの、これからはセリーヌ嬢ちゃんとでも呼べばよいのかの?》

「え? そう……ですね。セリーヌとお呼び捨て下さい」

 

いつもみたいな口調ではなく、セリーヌとして生きた経験からくる言葉遣い。

ハイシェラは《フン!》と、鼻もないくせに機嫌悪そうに鼻息を荒くした。

 

ほんと、どうやってんだろう?

……まあ、どうでもいいか。ハイシェラだし。

 

そんなどうでも良い事よりも、私には考えなければならない事が沢山ある。

 

カルッシャを救いたい。

言葉にすれば簡単だけど、どうすればソレが可能になるのか想像もつかない。

元より私は王女としての教育も最低限しか受けておらず、当然だけども政戦両略なんてまったく分かんない。

私にあるのは、カルッシャ王女としてのちっぽけな誇りと、原作知識なんていう不確かなモノだけだ。

 

あー! もうっ!! ホント、どうしよう……

 

セリカとハイシェラの目も気にせず、頭を抱えてウンウン唸る。

そんな私を気遣うように、セリカは優しく私を引き寄せた。

 

「先程の話の続きをするか……」

 

セリカの声に、私はひゅうっと空気を飲み込んだ。

夜の帳、曇り空が晴れ紅き月ベルーラが出る中、私の胸は切なさでいっぱい。

 

(好き……)

 

もしも、記憶を失わずにセリカと出会っていたならば、きっとこんな気持ちにはならなかった。

だって、彼はゲームの主人公なんだって考えが、先に来たろうから。

お姉さまやイリーナなんかは、そう思ってしまう前に家族としての気持ちが先にいった。

レオニードは……不純な考えから始まって、気づいたら弟魂に火が点いた。

原作でどうこう何て考えで付き合っていたのは、実はレオニードだけなのだ。

そんな感じで、レオニードは弟だから原作だとか関係なく好きになれたけど、セリカは違う。

セリカは弟ではない。記憶を失った私は、最初は弟扱いしてたけどさ。

 

そう……なのだ、全ての記憶が失われた私は、一人の人間として彼のコトを知り、彼を……想ってしまった。

 

セリカの物語に、セリーヌなんて名前は出てこないのに。

だからここでキレイさっぱり別れてしまうのが一番いい。

前世を含め、実は初恋だったりするこの想いも、俗説である初恋は叶わないからすればその通りなのだし。

 

それに、私は帰らなければならない。

カルッシャに、家族の下に、そして、戦うのだ。

 

セリカはいらない。欲してはならない。

神殺しなんて爆弾を抱え込めるだけの器なんて、カルッシャにはない。

 

だけども、私は知らず、唇をきつく噛み締めていた。

口の中いっぱいに広がる鉄の味。

視界が涙でぼやけ、セリカに伝えなきゃいけないコトが沢山あるのに、今口を開けばきっと嗚咽にしかならない。

それでも、言わなきゃ、言わな……きゃ……

 

「ご、ごめ……ん、なさ、い……わた、しぃ……」

 

ボロボロに泣きながら、震える唇で必死に声を出す。

でも、最後まで言葉を紡ぎ出せずに、気づいたら何でか押し倒されていた。

むぎゅっと遠慮なく胸を揉みしだくエロ男セリカに。

 

……えっと、抵抗しなきゃ、だよね?

こう言うとき、カヤだったらどうしてたっけ……?

あー、うん、そうだ、そうだった。

 

「セリカ、好き、だよ……優しく、して……」

 

コクリと頷くセリカを見て、私は女としての悦びに包まれ……って、違うわー!

 

 

こ・れ・は! 

 

わくわく初体験! にそなえて考えていた、セリカのスケベ心をグッとさせるセリフ集その壱じゃん!?

 

あ、ああ、あ……違う! ちがうちがうちがうのにぃーっ。

 

肢体を優しく弄られ、咽から出る甘い睦言。

 

好き、好き、好き、愛してる……

 

こんな言っちゃいけない言葉ばっかり飛び出す私の口。

 

「力を抜くんだ」

「う、うん……」

 

セリカの言葉に、素直に頷く私。

瞬間、ビリリとした痛みが私を襲う。

お腹が熱く、どこまでも熱く……

オウスト内海から吹く夜風は、私の汗に濡れた肢体にとても気持ちいい。

紅い月の光を浴びてるからか、私自身まで輝いて見えた。

 

前世を含めて四十余年。

カビが生えてるんじゃないかってくらい守り通してキタ乙女の証が、この瞬間無残にも散らされたのでした。

 

 

 まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャラクター・データ(戦女神VERITA風味)

 

 

セリーヌ・テシュオス

 

 

LV.25

 

 

HP 210/210

MP 480/480

TP  60/ 60

 

 

熟練度

 

小型武器  E

中型武器  E

ひえんけん E

魔術・強化 E

魔術・火炎 D

魔術・地脈 E

魔術・純粋 D

魔術・招聘 ─ 

 

 

 

魔術・招聘

 

ギルティン招聘   セリーヌの為に命を捨てた英霊騎士ギルティンを招聘して戦闘に参加。MP50

セリーヌ騎士団招聘 セリーヌの為に命を捨てた戦士達の英霊軍を招聘して戦場に参加。MP500

 

 

 

スキル

 

復活Ⅴ 戦闘不能になった時点で発動し、発動するとHPが50%で復活

鼓舞Ⅴ 戦闘開始時、一定確率で発動し、味方全員が高揚する

神秘の防護 攻撃対象時に確率で発動し、発動すると味方全員ダメージが半分になる

神殺しの防護 パーティ内にセリカがいる場合、カヤへの攻撃が全てセリカにガードされる

HP再生Ⅰ 一定フレーム毎or一定歩数毎にHPが回復

MP再生Ⅰ 一定フレーム毎or一定歩数毎にMPが回復

賢者の魔力Ⅰ 消費MPが10%軽減される

テシュオスの守護Ⅱ 防具の属性に左右されず、常に『万能+2』の防御属性になる

セリカが大好き パーティ内にセリカがいる場合、攻撃力と防御力が10%上昇

妹が好き パーティ内に妹がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇

弟が好き パーティ内に弟がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇

姉が好き パーティ内に姉がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇

義母が好き パーティ内に義母がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇

父が大嫌い パーティ内に父がいる場合、攻撃力と防御力が10%低下

血縁の絆 パーティ内に『血縁の絆』を所持しているユニットが複数いる場合、所持者の攻撃力と防御力が10%上昇

 

 

 

称号

 

神殺しのうっかり使徒さん 自分が使徒だと知らない、うっかりさんなセリーヌの称号

 

 

 

所持アイテム

 

E:プラチナソード 攻撃 物理135 効果 混乱Ⅰ

  とても使いやすい初心者向けの剣

  セリカにルクシリアで買って貰った

 

E:妖精王の衣 属性 万能+1回避15物防50魔防40回避-1運5

  かなりのレア品

  セリカが持っていたのをカヤ用に仕立て直した

 

E:城壁の指輪 物理防御 20%up

  店売り品として上級

  セリカが持っていたのをカヤが奪った(最初からカヤにあげるつもりではあった)

 

重要:水晶で出来た儀式剣(封印)

  封印されている何らかの儀式で使われると思われる剣

  セリカとカヤがイオメルの樹塔でパチッた

 

治癒の水・特大×4

  取って置きの傷薬

  心配性な誰かさんがカヤに持たせた

 

 

 

 

 



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14話目

 

 

 

 

チュン、チュン……

 

聞こえてくる小鳥の鳴き声に、やや混乱したままの私は、

 

あれー? この世界にもスズメさんがいたんだー。

だって、朝チュンだよ朝チュン。

これで夜明けのコーヒーがあれば完璧だよ!

 

って感じでおバカなコトを考えていた。

すると頭の上から、

 

《うん? スズメとはなんだの?》

 

と、妙に明るい声で駄剣が聞いてくる。

顔があったらニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべてるに違いない。

 

「私の前世の世界の小鳥さんの名前です」

《前世の世界じゃと……ほう、これは、また……のう……》

 

深刻な色が混じったハイシェラの呟きなんて耳に入らず、私は自分が何を喋ってしまったのか気づかない。

 

だって、それどころじゃないもの。

 

外だというのに真っ裸な私。

剥き出しに晒されている双丘は、汗とセリカの唾液でヌラリと光ってる。

ヒリヒリする股間には、まだ何かが挟まってる気がしてならない。

ついさっきまで声を荒げて喘いでいた私は、生まれて初めて感じた性感の嵐と、女として乱暴に扱われる悦びに艶狂ってしまった。

 

そして今、私はセリカの腕の中で、熱い女の溜息をこぼすのだ。

暖かく、だけどもやたらと硬い胸板に頬を押し付けながら、視線は遠く海を見る。

段々と暗い闇のオウスト内海が朝焼けに燃えて、明るい光の世界に塗りつぶされていく。

 

このままアナタとこの海を渡り、全てを忘れて過ごす事が出来たなら、どんなに幸せなんだろう。

何度も言うけど、それでも私はカルッシャを捨てられない。

 

家族を、義母を、弟を。

そして……お姉さま……アナタは今、お一人なのですか?

 

大切な姉の顔を思い浮かべ、私は前世の記憶からくる知識で軽い自己嫌悪。

手を伸ばし、目を瞑ったままむっつりした表情を見せるセリカの顔を、愛おしく撫でる。

 

(もしかして、私はアナタの運命を奪ってしまったのでしょうか……?)

 

想い人であるセリカと結ばれた所為で、意気が上がっているのだろう。身体の調子が非常に好い。

この身に生まれてからずっと私を苛んでいた病の気配すら感じず、初めてと言っても良いぐらいに身体が軽い。

今の私は、本当に幸せなんだろう。だからこんなに……

でも、セリカの運命は私じゃない。お姉さまなのだ。

なのに、なのに……

 

「どうした、カヤ」

「もう、アナタのカヤじゃありません。今の私は、セリーヌなのです」

 

感情が削げ落ちた声で、それでも私を心配しているのだとスグに分かる。

なのに私は、冷たく拒否の言葉を投げつけた。

 

心が、痛い……

アナタを拒否しようとすると、何故こんなに心が痛むのか……

 

「そう、か……」

 

どことなく、傷ついたようなションボリした返事。

その返事に心がザワメク。

目頭が熱くなる。

でも、嗚咽が出そうになるのをグッと堪えた。

帰らないといけない。

そうじゃないと、私の為に死んだギルティンやハーマン達に申し訳が立たない。

私の命は、国の為に捧げなければならないのだ。

 

じゃないと、今、生きてる事自体が申し訳なくて、私は、私は……!

 

抱かれる前にした、悲壮な覚悟を再び決意した瞬間、同じく再び強引に胸を揉みしだかれた。

上体を持ち上げられて、私は自然とセリカの身体の上に乗る形となる。

セリカの意味ありげな視線に、私はコクンと素直に頷くと、腰の位置をずらし……

昨夜とは違って、私は自ら踊り狂う。

不安と焦燥から逃げ出すように、激しく、どこまでも激しく。

そして、苦しく喘ぎながらセリカの言葉に耳を傾ける。

 

「何を望む、お前は如何したい? カヤ、いいや、セリーヌ。お前が望むなら、俺は剣を取っても構わない。そして、お前を悲しませる全てを焼き尽くしてみせる」

 

ダメだ、それだけはダメだ。

神殺しが本気でレスペレントの歴史に名を連ねようとするならば、それこそ世界中から悪意を向けられる。

そうなれば、アナタはきっと本来得るはずの安息の地……レウィニアへと続く道行に外れてしまう。

私はそれに耐えられない。

だけども、グゥン! 下から激しく突き上げられ、身体が一瞬、宙に浮いた。

 

「言え、如何したい、何をして欲しい」

 

浮き、そして重力に従って沈む。

彼の中心が私の子宮を突き上げて、悲鳴じみた嬌声が口からこぼれた。

身体と一緒に感情までをも揺さぶられ、私は喘ぎながら、ポツリ、ポツリと、途切れ途切れに……

 

「た、すけて……」

 

何を?

私は何を助けて欲しい?

今、こうやってセリカにイジメ倒されている私?

それともメンフィルに滅ぼされそうになっているカルッシャと言う国?

そこに住まう臣民達?

 

たくさん、たくさん、頭の中をグルグル回る。

 

身体をくの字に屈ませながら、私は壊れたレコードみたいに、ただ、助けて……と呟く。

原作知識。私を苛む悪夢の記憶。

私が死に、レオニードが死に、義母が死に、イリーナが死に、お姉さまが死ぬ。

 

ああ、国なんかどうでも良かった。

 

私が本当にしなければならないのは……家族を助けるコトだけなのに。

国なんて、家族を助ければ、きっと一緒についてくる。

そうすれば、そうしたら、きっと、きっと……

アナタ達の下へ胸を張って逝ける。

だから……

 

「助けてよ……せりかぁ……!」

 

泣きながら、私は髪を振り乱して背を弓なりに絶叫した。

私の中にほとばしる熱い塊を全て受け止め、遠のく意識の中、優しい声が鼓膜を震わす。

 

「ああ、俺に全て任せろ。俺の、たった一人の、大切な……」

 

一番大切な言葉は耳に入る事無く、空しく世界に消えていく。

私は自分が既に身も心も、魂すらも彼のモノなのだと気づけずに。

それに気づくのには、まだ、少し時間が必要みたい。

 

まさか、私が使徒になっていたなんて。

セリカを感じとれるのも、ぜんぶぜんぶぜーんぶ! 私の恋心からくる妄想だと思っていたよ。

 

アハハハー

 

…………はぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、物語の時間は少しだけさかのぼる。

 

エクリア失脚に、薄ら寒い何かを感じとっているカルッシャの民達が見られるより前。

ブロノス砦防衛に成功して、喜びに沸くカルッシャの民達が見られるよりも更に前。

 

セリーヌが、今一番心配している人、エクリアがカルッシャ姫将軍であった頃の物語を語る為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息せき切って現れた近衛の騎士に、ピクッと僅かに眉を跳ね上げた。

 

ここは前線。現在このレスペレントで最も激しい戦闘が繰り広げられているブロノス砦の一室である。

通常、近衛の騎士が訪れるような場所では決してない。

エクリアは騎士が手渡す一枚の手紙を受け取ると、「ご苦労」と短く礼を言う。

そのまま去っていくのを視線だけで追いながら、意識は既に手紙の内容へと飛んでいた。

 

(予想以上に早かったな……)

 

内心で毒づきながら、厳重に封されている手紙を、丁寧に取り出し広げる。

忙しなく目を動かし速読すると、フゥ……と大きく溜息を吐いた。

 

これで、カルッシャのレスペレント統一の機会は失われてしまった。

ならば憎しみはカルッシャに向かわず、己の身に向かうようにせねばならんな。

 

薄く冷酷な笑みを口元にたたえ、エクリアは手紙を大事にたたんでしまい込んだ。

 

差出人の名は……不仲の筈のカルッシャ第二王妃ステーシア。

あの日、偶然にセリーヌの部屋で出会って以来、幾度となくセリーヌの部屋で顔を合わせた2人。

エクリアはステーシアに言われたとおりに、セリーヌの部屋に入室する前には身体を清め、珍しく武装を完全に外してから訪れるようになった。

 

それは、僅かな期待だったのかもしれない。

幼い日に失われた母性という名の暖かい何かを求めての。

それがどんなに破廉恥な行為か、エクリアは良く理解していた。

 

なんせ彼女は、周囲の愛を一身に受けて幸せそうに微笑むイリーナに嫉妬した。

病弱で、いつとも知れない命のはずのなのに、それでも常に幸せそうにしていたセリーヌに嫉妬した。

そうして家族という輪の中から弾かれた自分を、哀れんでいた。

確かにステーシアやレオニードからは疎まれていたけれど、決してそんな事はなかったのに。

今になってそう思う。

 

(なのに私は……)

 

初めは冷たい憎しみ混じりの視線で睨みつけられた。

それは今も対して差はない。

ステーシアの視線の中には、決して消えることがない憎悪の炎がちらついている。

だけども、その目の中の更に奥に、申し訳なさが僅かに混じっていた。

そのお陰だろう、少しづつ、少しづつ、ポツリポツリと言葉を交わし始める。

大抵は現在の戦況について。

一刻も早く憎き魔族共を殲滅しろ! そんな感じの憎悪が込められた言葉を投げつけられた。

だが、その中に時たま混じる何か…… 

 

 

 

 

 

 

 

「先程の、なんの報告でしたのかな?」

 

思い出に耽っていたエクリアを、現実に戻す男の声。

うやうやしい話し方であるが、気づける者は気づくだろう。

言葉の中に混じる、こちらを見下し嘲笑う響きに。

彼の名はケルヴァン・ソリード。

メンフィルの重臣だった男だ。

 

「さあな。貴様に関わりのある報告ではない」

 

冷たく、そしてそっけない声で返す。

なんせエクリア。テネイラ事件以降、謀才のあるこの男を積極的に使ってきたのだ。

その大部分の理由が、リウイの下へと戻すよりは、自分が使い潰した方がマシ、と言う理由ではあったが。

そして、そのケルヴァンが何事かを仕掛けて来るのが、彼女には感じ取れたから。

 

「仲のよろしいことで。第二王妃ステーシア殿と言えば、姫将軍殿の母君、リメルダ様を死に追いやった一人だと言うのに……」

 

それは、この先の流れを決定的に決めつける一言……になる筈だった。

少なくても、セリーヌの知る原作知識ではそうだ。

だが、

 

「知っている。それがどうしたと言うのだ?」

 

視線をケルヴァンにむける。

口角を釣り上げ、勝利者として傲慢さを秘めた笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステーシアにある僅かな申し訳なさ。

それはリメルダの死に関係していた事ではない。

リメルダを殺した側に身に置きながら、その事実を隠したまま、母としてイリーナやセリーヌと接していた事だ。

ステーシアは、リメルダは死んで当然だったと思っている。

夫であり、主君でもある国王ラナートに、フェミリンスの呪いの解き方を秘密にした事がそうだ。

知れば大量の血が流れるから、などと言ってはいたが、それはラナートや周囲の者達を信じぬ言葉だ。

もっとも、リメルダは覇王ラナートの心の弱さを誰よりも熟知していたからだったのかもしれないが、だからと言って許されることではない。

 

知らぬと言うのは不安を呼び、恐怖させる。

 

その不安と恐怖から、国を、民を守る王として、それらに害を成す可能性のある殺戮の魔女を誅殺するのは自然な流れではないか。

結果、ラナートは夫として、王としての自信を喪失し、後宮に籠もるだけの情けない男へと成り下がった。

 

その全ての切っ掛けを作り出したのは、リメルダなのだ。

レオニードが苦労するのも、イリーナが浚われたのも、セリーヌが殺されたのも、エクリアが殺戮の魔女の呪いに苦しむのも……

だからリメルダについては、罪悪感の持ちようがない。

どころか、今目の前にいたら八つ裂きにしてやる位に思ってる。

でも、このことをイリーナとセリーヌに知られるのが怖かった。

初めは憎い女の娘だった2人が、気づけばとても愛おしく。

実の子であるレオニードと同じか、それ以上の愛を注ぐ存在となってしまった。

 

ステーシアから懺悔のように聞かされたとき、エクリアは瞬間的に頭に血が上った。

 

母リメルダは、生涯をかけてカルッシャに尽くしたというのに……

呪いが恐ろしいというのなら、初めから王妃になど迎えなければ良かったのだ!

 

だが、その怒りもスグに萎んだ。

虚けとなった父の姿が思い浮かぶ。

それまで覇者として轟然としていた男が、それ以降は政務を捨てて後宮に入り浸る暗君となった。

フェミリンスの時代から続く魔道の大家の血を確かに受け継ぎ、その智勇兼備をレスペレントに響かせた男が……

カルッシャの為だけに生きてきたエクリアには分かった。その苦しみが。

 

きっと、国の為だったのだな、と。

エクリアも聞かされていたのだ、母リメルダから。

 

殺戮の魔女となる呪いを解く方法はある。

でも、それには沢山の血が流れるのだと。

 

恐ろしくなったのだろう、その流れる血が。

だから怖くなったのだろう、母リメルダの身に流れるフェミリンスの血が。

なのに呪いを解く方法を教えようとしない母を父は恐れたのだ。

 

だからきっと、殺されたリメルダにも責はあった。

 

話せば良かったのだ、夫にして主君でもあったラナートに。

でも、話せなかった。その訳がなんなのか、今のエクリアには想像もつかない。

 

沢山の血が流れるといった所で、それがなんなのか言ってくれなければ、どうしようもないではないか……!

 

リメルダにはリメルダの考えもあったろう。

だがそれは、夫ラナートや、友であったろうサイモフ、テネイラをも信じないと言ったも同然なのだ!

エクリアには、リメルダの立場になって考えるには、情報が少なすぎる。

でも、ラナートの立場になって考えてみると、リメルダを殺すのも已む無しだ。

いや、むしろ積極的に廃するのではなかろうか?

この身を犯すフェミリンスの呪い、その殺戮衝動を誰よりも熟知しているエクリアならば。

エクリアは、娘としてなら母を殺した父を、直接手を下したであろうサイモフを到底許せそうにはない。

 

でも、一国の姫としてなら……?

 

この思想自体がサイモフにより植えつけられたモノだとしても、それでもエクリアは、もう母のコトで誰かを怨むコトは出来そうになかった。

むしろ、どうしてこんな面倒な事態……その方法が何であれ、誰にも呪いを解く方法を告げる事無く、この世を去ってしまったのか、その事で母を恨めしく思う。

 

勿論、母はいずれは私に教えようとは思っていたのだろうが……

そうなるまえに殺されたのは、母の夫や友人への甘えから来てしまったのだろう。

夫や友ならば、何も言わずとも信じてくれる……などと甘えていたのだから。

 

だから、アナタは気に病む必要はない、とエクリアはステーシアに対して思った。

 

イリーナやセリーヌに嫌われるのが怖かったと告げる彼女。

彼女の顔は、愛する娘に疎まれる恐怖に身体を震わせ……

 

「イリーナも、そして死んだセリーヌも、そのコトでアナタを嫌うなどありえない。そうは思いませぬか?」

 

静かに泣き暮れるステーシアに、エクリアは何故だか生前のセリーヌの言葉の端々を想う。

あの娘は、もしかしたら全てを知っていたのかもしれない。

母の死の真相も、フェミリンスの呪いの解呪も……

でも、それらもまた明かされるコトなく、エクリア自身が関わった謀略の果てに、セリーヌ自身の命と共に終(つい)えた。

 

「シスコンで、ブラコンな、お姉さま……」

 

ボソリと呟かれたエクリアの言葉は、狭いセリーヌの部屋にやたらと響き、その言葉にステーシアは涙をぬぐい、

 

「セリーヌの口癖であったな」

 

失われた愛する娘を想い……頬を緩めた。

 

「あの娘は、こんなトコで間違って……」

「何がであろう?」

「お姉さまであるのは、私なのですよ、ステーシア殿。あれは、あくまで『妹』です」

「……ック……ククク……アハハハハ……」

 

初めは笑いの衝動を堪えようとした。

でも、スグにそれが決壊し、ステーシアは笑った。

セリーヌが死に、イリーナが魔族の王の妻となって以来、一度も笑ったことが無かったのが、まるで嘘のように。

 

エクリアは、この時決意した。

自分は遠からず排除されるだろう。

それはむしろエクリア自身が望むことではあった。

呪いの決壊が間近いこの身を、何時までもカルッシャに置いておく訳にはいかなかったから。

だがそれは、メンフィルを滅ぼし、イリーナを殺してフェミリンス直系の血を絶やし、レスペレントを統一し、西方諸国からの脅威を完全にぬぐい去ってからだ。

 

だからこそ、今宮廷にて蠢動しているサイモフを抑えんと、こうして王宮に何度も足を運んでいた。

 

近衛騎士団を抱きこみ、官僚共を恫喝し膝下に治め、そして……

ついでに、こうやってセリーヌの部屋に訪れ、僅かな時間をステーシアの嫌味を聞いて過ごしていたのだが……

 

その宮廷工作を止める。

これからは時間との勝負だ。

 

もしも国から排除される前にメンフィルを滅ぼせるのなら、イリーナを殺し、カルッシャ姫将軍としての生を全うしよう。

だが、もしもそれ以前に自らが廃されるならば……セリーヌが欲した生き方をしてみようじゃないか。

セリーヌを殺した勢力の王に、ぬけぬけと嫁いで幸せになったイリーナを愛そう。

私を疎ましく思い、サイモフと共に私を廃そうとするレオニードを愛そう。

 

「セリーヌ……アナタの想い、私が引き継ぎましょう。それがどんなに破廉恥なことかは分かっている。それでも……そう、私こそが、シスコンでブラコンなお姉さまなのだ!」

 

目を数回パチクリしたあと、先ほどよりも大きくお腹を抱えて笑うステーシア。

そして、セリーヌの最期に見せた時のような、優しい笑みを浮かべるエクリア。

 

この時、この2人は確かに繋がったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決して表情には出さないが、ケルヴァンが困惑している様が良く分かる。

ケルヴァンは、エクリアが憎しみに駆られるモノだと思っていたのだろう。

だが、すぐさまその困惑を頭から振り払うのは流石、とエクリアは感嘆する。

 

そして、感嘆の思いを持ったまま、剣を振り下ろした。

 

 ザンッ!

 

殺気なく、見事なまでの無拍子。

 

「な゛っ!?」

 

袈裟懸けに、ばっさりと斬られたケルヴァンは、驚きに目を見開いたまま、バタンと床に倒れこんだ。

斬られた傷跡からダクダクと血が流れ、致命傷を負ったであろうコトは見ただけで分かる。

そのケルヴァンは、自らの血に濡れる床に爪を立て、ギギギギ……と引っ掻きながら憎悪の視線でエクリアを睨みつけた。

 

「ケルヴァン・ソリード、キサマはもう必要ないのだ」

 

せせら嗤うような口調でそう言い切った。

もしも失脚せずに、このまま対メンフィル、そしてレスペレント統一戦へと続くのなら、この男の力は有用である。

しかもその力も然ることながら、レスペレント随一といってもいい謀略の才は手放すに惜しかったからだ。

だが、そうでないのならば、この男の闇は邪魔でしかない。

イリーナを害し、レオニードを害し、カルッシャを、レスペレントを闇へと堕とそうとするこの男は!

ケルヴァンは何事かを口にしようとするも、ガハッ!っと大量の血を吐き出し、何も話すことは出来ず。

 

「そう言えば、キサマはセリーヌの死に関わっていたな……」

 

冷たい死の宣告。

ケルヴァンも自らの死を悟ったのか、口惜しそうに、呪詛の篭った言葉を漸く口にした。

 

「そ、れは、アナタも、でしょ、うに……」

「ああ、そうだな。で……?」

 

エクリアの視線に惑う色はなく、ケルヴァンは完全に自分が敗れ去ったのだと理解する。

 

このレスペレントを!世界を!真の闇の王国にしたかった!!

恐怖によって全てを支配する姿こそ、正しい世界のありよう。

伝説の熾天魔、リウイ・マーシルンの恐怖の下、新たな秩序を創り……

 

でも、最期に想うは女の姿。

 

人と言う存在を見下した己。その己が最期に想うは人の女か……

 

初めて相対したはずの俺に、迷う事なく憎悪を見せた眼。

モギュモギュと、口一杯に何かを頬張って食べる愛らしい顔。

 

その顔が、こちらを向いて……

ああ、俺はあの女を、愛していたのか……

 

「リ、ウイ……リーヌ……俺の、せ……」

 

ズシュッ! 首筋に立てられる冷たい刃の感触を最期に、思い描く理想の世界と女を夢見、ケルヴァンの世界は止まった。

 

 

 

 

ケルヴァン・ソリード。

 

メンフィルに最大のダメージを与えたメンフィル内乱。

その実質的な仕掛け人であった彼は、その所業を誰に知られることも無く。

彼の黒く暗い野望もまた、誰に知られることも無かった。

 

リウイ・マーシルンにとって、股肱の臣であり、師であり、友であり、兄でもあったケルヴァン・ソリード。

後にリウイは、最初に産まれた男子の名を、子の母であるシルフィアと死せし忠臣の名を取り、シルヴァンと名付けた。

 

レスペレントの覇者、メンフィル帝国の2代皇帝である。

 

真実を知る者が居れば皮肉な事に、彼の名はメンフィル史において、興国の功臣にして初代皇帝の忠臣としての名をのみ残すコトとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、姿を消すにしても、最低限のコトはしておかなければ、な……」

 

指をピッと鳴らす。

途端に轟!っと炎が噴き上げケルヴァンの身体を燃やし尽していく。

凄まじいまでの炎勢に、慌てて駆けつけて来る砦の警備兵。

 

「なにがっ!?」

「侵入者だ、適当に処分しておけ」

「ハッ!」

 

難攻不落のブロノス砦。

その砦内に侵入されるとは……!

俄かに慌しくなっていく砦の雰囲気に、エクリアは笑みを漏らす。

 

「ハーマンに些か悪い事をした、な……」

 

一欠けらも悪い事をしたつもりが無い、そんな口調で、エクリアはこれから先、恐らくは死ぬ事となるだろう彼に小さく謝罪した。

 

これからエクリアは、ブロノス砦を囲むメンフィル軍を撃退する。

そう、撃退。殲滅ではない。

もう、彼女にカルッシャ将軍としての時間はない。

あと一戦か、多くても二戦が限度だろう。

ステーシアから送られて来た手紙には、エクリア更迭と失脚の手立てが、王都ルクシリアにて全て整ったとあったのだから。

既にエクリア更迭の為の使者は王都を出て、このブロノス砦へとむかっているだろう。

ただ、そろそろメンフィル王都ミルスが陥落したとの報が、リウイ王に届けられる頃でもある。

それにより順次撤退するだろうメンフィル軍の後背を突き、適当に名の有る将を一人二人討てれば良いのだ。

ここで追撃に追撃をかけ、メンフィル王都まで追撃をかけ続ければカルッシャの勝利となるのだけれど。

サイモフにはそれが解らず、レオニードはそのサイモフの言を取るだろうし。

そしてエクリアも、もうカルッシャの為に命を掛けるつもりはない。

戦場で暴れに暴れ、姫将軍エクリアの恐怖をメンフィルの魔族共に見せつけ、全ての罪だけを持って王都よりの使者が来る前に退散する。

 

その後は……さて、どうしようか?

 

殺戮の魔女として、ユーリエの街の北、テリイオ大地にあるフェミリンス神殿にでも篭ってみせようか?

恐れ戦くメンフィルが、顔色変えて攻めて来よう。

死せしケルヴァンが名付けたこの幻燐戦争。

 

その戦の真の立役者として、必ず、この首を取りに……

 

もちろんエクリアには死ぬつもりなどない。

フェミリンスの呪いを押さえつけ、全ての憎しみを背負ったままに生き続けてみせる。

 

 

 

セリーヌ、私はアナタの下へは逝けないわ。

 

この身を縛る呪い。

人の力で抑えられないというならば、私は人を越えてみせよう。

魔力を高め、魂を磨き、神の領域へと、到ってみせる。 

 

 

姫神の呪いなどで、この私が屈するものかっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫将軍殿! メンフィル軍が撤退を始めました!!」

「よし、追撃戦に入る! このカルッシャの大地から魔族どもを生きて返すな! 出陣!!」

「オォォーッッ!!!」

 

大地を振るわせる轟声。

その中で敢然と先頭に立ち、兵を鼓舞するその姿は、まさに古の姫神フェミリンス。

そしてスリージ王国に名高い勇武の名将シウムを討ち取り、常勝不敗のメンフィル軍を完全に撃破せし姿は軍神マーズテリアの如く。

 

この後、殺戮の魔女として国を追われた彼女だったが、この一戦に参加した将兵は、誰一人としてその噂を信じる者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャラクター・データ(戦女神VERITA風味)

 

 

エクリア・テシュオス

 

 

LV.300

 

 

熟練度

 

大型武器  M(連接剣・鞭)

魔術・強化 A

魔術・冷却 S

魔術・純粋 M

 

 

スキル

 

貫通Ⅲ     攻撃時に確率で発動し、発動すると敵の防御力、防御回数を50%ダウン   

天使殺しⅡ   『神聖』属性の対象に限り、攻撃力が大幅に増加

悪魔殺しⅡ   『暗黒』属性の対象に限り、攻撃力が大幅に増加

賢者の魔力Ⅴ  消費MPが50%軽減される

姫神の守護者Ⅲ 防具の属性に左右されず、常に『神格+3』の防御属性になる

オーバーキル  攻撃時に常に発動し、ダメージMAX桁が一桁上昇

貫通無効    自身に対するスキル『貫通』の発動を無効化

即死無効    自身に対する効果パラメータ『即死』を無効化

妹が大好き   パーティ内に『妹』がいる場合、攻撃力と防御力が10%上昇

弟が好き    パーティ内に『弟』がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇

義母が好き   パーティ内に『義母』がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇

家族の絆    パーティ内に『家族の絆』を所持しているユニットが複数いる場合、所持者の攻撃力と防御力が15%上昇

 

 

 

称号

 

シスコンでブラコンなお姉さま(弱)

カルッシャ姫将軍の名を捨て、家族の為にのみ生きる事を決意したエクリアの、セリーヌのお株を奪ったスーパーな称号(弱)

 

 

 

 

 

 

 

所持アイテム

 

E:リンスティール 属性 電撃+3 命中-5 回避-5 攻撃184 攻回1 防回-1 肉速2 精速2 CT率20 範囲3×3

E:英雄の戦衣 属性 神格+1 命中5 回避5 物防75 魔防76

E:姫神の腕輪右 攻撃回数+4

 

 

 

 

 

 



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15話目

 

 

 

セリカと結ばれて、数日が立ちました。

 

レスペレントから出ようと南下していた私達は、目指す方向を逆しまにし、元来た道を戻ります。

ブロノス砦近くを通ったさいに、ここの防衛司令官を務めてるお姉さまと接触しようとしたんだけど、時、既に遅し。

お姉さまは失脚し、カルッシャ追放……ううん、そうされる前に逃亡したらしい。

と言うか、前回ここを通ったときには、もう居なかったみたい。

だから、どの道手遅れだったのだとハイシェラに慰められながら、行き先をフェミリンス神殿へと変更しました。

いえ、変更しようとしたんですが、セリカとハイシェラにダメだしされたんです。なんで?

 

《なんでもなにも、のう、セリカ?》

 

意味深なハイシェラの言葉に、私は首を傾げてセリカを見た。

セリカは優しく目を細めながら、私の頭の上に手をのせ髪を梳くと、ちゅっとその髪に口付けをしてきます。

私はそれだけで、頬に熱が溜まるのが分かります。

なんか誤魔化されてる様な気がしないでもない。

 

もし本当にそうなら、考えたのは、ハイシェラだ……!

 

ったく! あんのエロぼけ駄剣っ!!

 

内心でハイシェラを罵りつつ、私達はユーリエの街に入りました。

街は数日前に通り過ぎた時と比べ、明らかにおかしい雰囲気がする。

一般人や兵士の様子は無理に明るく振舞っている感じがして、どことなく痛々しく見えた。

それとは裏腹に、時折見かけた官僚貴族を始めとする国の中枢を担う者達の表情は、逆にいっそ傲慢とさえ言える。

酒場に入ってセリカが情報を集めて見たところ、彼らはメンフィルへの侵攻のための前準備に訪れてるんだとか。

メンフィルは先のブロノス砦の敗戦、メンフィル内戦により疲弊しており、今こそ逆襲の時。

その考え自体は間違ってはいないと思う。

思うのだけど……

 

《なんというかのー、遅い》

「そうだな。今から攻めた所で、逆に討ち滅ぼされるの関の山だ」

 

なのです。

戦うなら、先のブロノス砦の勝利の余勢を借りて、そのままメンフィル国内へと雪崩れ込むしかなった。

しかもカルッシャ最強である姫将軍が失踪した今、誰がその任につけると言うのか……

 

(レオニード、アナタは何をしているの……?)

 

焦燥した私の心が、顔に出る。

多分、恐ろしいほど真っ青なのだろう。

滅びた国の王族は、悲惨だ。

死ねば躯を晒されて、生きても屈辱の扱いを受けるだけ。

もっとも、メンフィル王リウイがそうするとも思えはしないけど。

ただし、カオスなリウイが降臨しなければ、だ。

彼は、ルートによって人となりが違いすぎた。

現状のリウイがカオスでない保障はないのだから、メンフィルに敗北して降るのは危険が過ぎる。

それに、憎しみはこれ以上ない程に買っていた。

ハーマンがメンフィル国内に屍の山を築き、血の川を作ったばかりなのである。

 

どれほどカルッシャを憎んでいるのだろう?

どれほど私たちカルッシャ王族を忌々しく思っているのだろう?

 

なにせ今大戦の始まりの切欠を作ったのは、お姉さまである可能性が高いのだ。

もっとも、私から言わせれば、メンフィルの重臣であるケルヴァンの方が怪しいし、母親殺された憎しみで一国を滅ぼしたお前に言われたくねーよ、と思ってるのも事実だけどね。

まったく、リウイはゲームの主人公としてならともかく、現実の、しかもメンフィルと敵対する国の王女としてなら嫌な奴です、ホントに……

 

だって、カルッシャが勝利するビジョンがいまいち見えない。

内輪で権力争いをしていたカルッシャと、補給線を壊滅させられても尚、一致団結しているメンフィル中枢部とじゃあ……

こう考えてみると、先の内戦は国内の膿を洗い流すのにちょうど良かったのでは?っとさえ思える。

そうしてマイナス要素を結果的に廃したこの世界のチートカリスマ、リウイ・マーシルンが、顔を真っ赤に怒らせて攻めてくるのだ。

こんなの相手じゃ、例え相手に数倍する戦力を持って当っても、お姉さまがいないカルッシャじゃあ簡単に蹴散らされて終わりに違いない。

だいたいにおいて、魔神一体が一軍に匹敵するこの世界で、あの国が何人の魔神級を抱えてると思ってるのっ!?

 

 

メンフィル国王リウイ・マーシルン

鬼嫁……もとい、私の妹でありメンフィル王妃イリーナ・マーシルン

メンフィル大将軍ファーミシルス

メンフィルの守護神、聖騎士シルフィア・ルーハンス

自由なる魔剣士カーリアン

ベルガラードより派遣され、現在リウイの参謀役を務めているだろうブラム・ザガード

 

  

パッと思いつくだけでコレだけ居たりする。

その上で、それに続くだろう者達まで……

 

ラピス・サウリン、リン・ファラ=バルジアーナ、ティファーナ・ルクセンベール、フェイエ・ルート、リオーネ・ナクラ……

……って、リンはちょっと違うかなあ?

あと、居るんだが居ないんだか不明な、魔神ディアーネ、神格者ミラ・ジュハーデス、光の飛天魔シュバルティアなんかが居たら洒落にならない。

 

大軍という面で押し潰そうとしても、圧倒的過ぎる点の強さで、その面を破壊出来る顔ぶれだ。 

逆にカルッシャを見てみたら、最強であるお姉さまは失踪。

次点の宰相サイモフと皇太子レオニードが戦場に出る=王都決戦=敗北決定。

というか、この2人。能力は高いが実戦経験があまりない。

正直なところ、戦場で戦い続けて結果出してるメンフィルの面々から比べたら、どうにも不安な面が大きいです。

だというのに、この2人以上に戦える将は思いつきませんときたら……本当に涙がちょちょぎれますよ。

 

ねえ? これ勝てないよね? なのに何であの人達明るいん? 

 

と、まあ、色々とネガティブなことを考えていると、セリカとハイシェラから心配そうな視線を感じ、私は無理して笑ってみせた。

 

そうやって笑っていると、不意に私は気づいた。

民や兵たちが笑っているのも、今の私の気持ちと一緒なんだ。

彼らは分かっているのだ。

カルッシャが、このままでは滅びてしまうと。

 

目がじわっと熱くなる。気が落ち込んできた。

 

「今日はもう休もう」

 

セリカの手が、ふわっと私の頭が数回撫でる。

 

「はい」

 

私は素直に返事を返した。

確かに身体が重い。

 

「思いつめすぎだ。言ったろう? 俺に、任せろと……」

「ふえっ!?」

 

セリカの腕が私の身体を包み込み、感じる相変わらず硬い彼の胸板の感触と、鼻腔をくすぐるセリカの匂い。

ここは酒場だ。当然他の客も沢山いて。

周囲から囃し立てられる私とセリカ。

でも、私の心は少しづつ穏やかに凪いでいく。

 

きっと大丈夫。

セリカと一緒なら、大丈夫。

 

 

って! そう思ってたのにぃっ!!

 

 

どういった伝手なのか、王都ルクシリアに着くなり、セリカの手によって私は宰相サイモフに預けられ、そのまま数年ぶりに家族と再会する。

当然その場所にはセリカは居なく、ただ、待っていろとだけ私に告げて、さっさと消えてしまったのだ。

 

 

私を置いて……私を、おい、て…………

 

 

 

この、わ た し をぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セリーヌ! セリーヌっ!! おおっ生きて、生き、て……」

「姉上、ご無事のお帰り、誠に……祝着至極……」

 

義母と弟の涙の喜びが無ければ、怒りの形相で彼を追いかけただろう自信が私にある。

必死に2人を宥める私と、泣きやむ事無い義母と弟。

3人の姿は、王宮の者達の微笑みを誘うに相応しく。

ただ、一人の老人の暗い瞳がなければ……

私は宰相の視線に気づけずに、ただただ2人を慈しむよう抱き締めていた。

 

「ただいま、お義母さま、レオニードくん」

「……おかえりなさいセリーヌ。本当に、アナタが無事、で……よかっ、た……」

「母上、そんなに泣いていては、姉上も困りましょう」

「何を言ってるのです、レオニード。アナタも、泣いているではありませんか……」

 

ああ、帰って来たのだな。

ここに、私の家に。

もうイリーナとお姉さまの2人はいらっしゃらないけど、それでも、やっぱりこのカルッシャが、私の帰る家なんだ。

 

私の心は暖かく、頬を伝う涙は喜びの涙。

必ず、必ず、私は守ってみせる。

私の家族を、守って、みせる。

 

例え相手がリウイ・マーシルンでも、例えセリカがいなくても、私は、私は……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病弱な第2王女セリーヌ・テシュオス。 

 

現メンフィル王リウイが率いていた反乱勢力。

その反乱勢力により襲撃され、死亡とされてから5年の月日が流れた。

しかし、幻燐戦争の末期は末期。今、彼女はカルッシャへと帰還する。

ベッドに横たえていた身体は健康に、嘆いてばかりの心に火が灯り、負けない心と、負けられない心を手に入れて。

 

「レオニードくんが泣いてるトコ見るの、赤ちゃんだった時以来ですよね、お義母さま……」

 

流れる涙も弱々しいものでは決してなく、どことなく力を感じるは気のせいか?

 

「セリーヌ、アナタも、泣いてるのですよ……」

「まったくです姉上。自分だけが違うみたいな言い方は不愉快です」

 

後のメンフィル帝国皇帝と刺し違える覚悟を瞳に宿し、だからこの幸福はすぐにでも終わるのだと知っていた。

 

「お姉ちゃんは、お姉ちゃんだから、いいのっ!」

 

でも、今の幸せな時間よ、永遠になれと、彼女は願わずにはいられなかった。

今の彼女の心に、イリーナの平穏はない。

だって、彼女は愛する妹の、愛する男を殺すことしか、考えていなかったのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、セリーヌをルクシリアに置き去りにしたセリカは、フェミリンス神殿へと向けて足を進めていた。

 

《さても、なんと厄介な知識を持っていたものよ》

「真実、か……?」

《そうじゃ、セリーヌ嬢ちゃんの話は、全てお主が体験したことよ》

 

セリカは難しそうに僅かに顔を歪めた。

昨夜に関わらず、ここ最近の夜の睦み合い中に少しづつセリーヌから聞き出した原作知識。

それはセリカの失われた記憶と、あるかも知れない未来の話。

セリーヌがちょっと口を滑らせた前世の世界という言葉から、ハイシェラが問い詰め聞き出したのがコレだ。

 

まったく、困ったヤツだとハイシェラは思う。

 

ハイシェラの脳裏に、カヤだった頃のセリーヌの能天気な笑顔が思い浮かぶ。

そして、セリーヌに戻ってからの沈痛な表情も。

こんな知識、持っていない方がイイに決まっている証拠だ。

セリーヌは、起こるかどうかもワカラナイ未来の事象に怯えている。

ただし、それは起こる可能性が非常に高い事象ではあったが。

 

ハイシェラは思うのだ。

 

セリーヌの器量があれば、普通の女として幾等でも幸せになれたろうにと。

もっとも、その場合はセリカや自分は彼女と知り合えずにいたろうから、ハイシェラとしても複雑ではあったが。

なんせ、その方が彼女は平穏無事だったであろうから……

 

《まあ、その辺りを悩むのは後にしようかの。今は……》

「【殺戮の魔女】を、消滅させる」《だの》

 

そう。そうして、宰相サイモフから報酬を手にする。

報酬は、死んだ王女であるセリーヌ・テシュオス。

そして、セリカはこの国の次期国王が安寧に国を統治出来るよう、メンフィル王リウイ・マーシルンを滅ぼすつもりだ。

一国の、しかもレスペレントを統一せんとする強国の王を滅ぼすのは難しいかも知れんが、不意打ちで頭上に遊星でも落とせば何とでもなろう。

ついでに主力軍ごと纏めてか、もしくはどこかの拠点ごと滅ぼせれば尚良しである。

セリカにはそれを成せるだけ気力と魔力が充実しており、それをサポート出来るだろう使徒も、その時には【2人】になっている可能性が高い。

 

それで全ては終わる。

 

セリーヌの望み。エクリアが、レオニードが、ステーシアが……平穏無事に過ごせるようにと……

 

リウイが死ねば、確実にイリーナは不幸になるだろうが、その辺りはセリーヌが何も言わなかったとして、セリカもハイシェラも知らないフリだ。

エクリアは……自分と共に有る事が平穏無事とは繋がらないが、そこはセリーヌに任せようと思う。

セリーヌは災厄の象徴である神殺しと共にいても、十分に幸せそうだったのだから。

彼女の原作知識でも、エクリアは神殺しの第一使徒。

その知識と現実を混同するのは危険だが、そうなるだけの素養はあるのだろうとハイシェラは確信していた。

それにセリカもセリーヌの影響で、前ほど自分が災いを呼び寄せる存在だとは思っていない。

いや、正確には、そうなのだと思う前に、セリーヌの存在が忘れさせてくれるのだ。

セリカの、神殺し自慢の第一使徒である彼女が……

 

《それにしても5人じゃ、5人。お主が使徒をそんなに作るとはの。これにセリーヌ嬢ちゃんを入れれば6人じゃぞ、セリカよ》

「そうなるとは限らん。すでにセリーヌの知っていた原作知識とやらとは、可也のズレをみせている」

 

ハイシェラには、セリカの言葉は負け惜しみにしか聞こえない。

そうして、くっくっくっ、とハイシェラは笑いの波動を見せながら思う。

 

セリカが本当の意味で救われる日も近いと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでここにいるのだろうか?

 

どうして存在していられるのだろうか?

 

わからない わからない わからない

 

でもひとつだけわかることがある。

 

あの男が気に食わない。

 

殺してやりたいと、そう思う。

 

どうしてそう思うのだろうか?

 

残された記憶を漁り、うっすらと蘇る金色の女。

 

ああ、欲しい……

 

世界を混沌に出来ないのなら、せめてアレだけでも我が下に……

 

あの女を犯し、嬲り……泣き喚く姿を想像するだけで、滾る。

 

 

「うんうん、いいよ。アイツを、神殺しを滅ぼしたのなら、その女を好きにしてもさ」

 

 

力が流れ込む。

 

生前とは比べ物にならない力が……っ!

 

今なら、例え神殺しだろうと、俺は……

 

 

「まあ、無理だろうけどさ。せめて、時間稼ぎくらいはしてよね?」

 

 

俺……は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人がフェミリンス神殿に辿り着いたとき、そこは地獄の様相を見せていた。

光ある白い神殿が、どす黒い血に塗れた地獄の景観。

襲い来る意思薄弱な魔獣を蹴散らしながら、最奥を目指して進むセリカ。

彼が最奥へと到ると、そこには2人とナニかの人影があった。

 

背に白く輝く翼をはためかせ、纏うオーラは神々しい。 

目を虚ろに濁らせた、神にも等しい力の持ち主。

 

もう一人は目の色を憎悪に染め、だけども、こちらも明らかに正気ではない瞳の色。

……生前に執着していた何かだけを求める死霊の騎士。

そして、その2人の背後で子供の様に笑う、禍々しい悪意の塊。

ハイシェラは、セリカの手の中で姿を短剣から長剣へと姿を変えた。

 

《セリカよ……》

「ああ、わかってる」

 

セリカはハイシェラである剣を構え、一瞬身体を沈みこませると、磨きぬかれた神殿の床を勢い良く、タンッ!! と蹴った。

 

「ッ!!」

 

全身の筋肉を限界まで引き絞り、そして放たれるセリカ必殺の奥義、飛燕剣柩孔身妖舞!!

高速の剣閃は確実に悪意の塊を捉え、スパンと気の抜けた音と同時に首が飛んだ。

だが、目の前の首なしは倒れない。血を噴き出すこともない。

首を斬られたぐらいでは死なないのか? そう緊張を高めるセリカの目の前で、悪意の塊はのろのろとした動作で落ちた首を拾う。

そして何でもない風に首を斬られた断面図に押し付け、ゾッとするほど気色の悪い声を口から吐き出した。 

 

「やあ、神殺しセリカ。君の出番は此処にはないよ? まだ幻燐の姫将軍2の時間だからね。それにしても流石はお姉ちゃんって言ったらいいのかな? ここまで原作を滅茶苦茶にするなんてさ。ほんとリカバーするのは大変だったよ。でもね、これもお姉ちゃんの愛の試練だと思うと……クハァッハアハハハアッハハハアヒャハアアアアァアァァァアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

声を出す口から噴出す瘴気。

空気が濁り、その瘴気の源が楽しそうに嗤う。

 

セリカはハイシェラを握り直し、大きく構える。

そして目の前の存在を威圧するように、強く殺気を放った。

目の前の存在が話す【お姉ちゃん】それがセリーヌだと、セリカは言われずとも分かったからだ。

 

だから思う。この存在は、ここで、消滅(ころ)すッ!!

 

 

 

 

 

 

こうして、メンフィルとカルッシャの戦いの裏で、この先数百年に渡る果てない戦いの狼煙が上がる。

 

セリーヌの知らない場所で、彼女と、その仲間達の、長い長い戦いのプロローグが、始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主要人物の現在のレベル早見表

 

悪意の塊 ?

神殺しセリカ 380

姫将軍エクリア(姫神化・操) 330

死霊騎士ケルヴァン(死霊化・操) 300

天使モナルカ 250

宰相サイモフ 240

メンフィル王リウイ 220

カルッシャ皇太子レオニード 210

大将軍ファーミシルス&カーリアン 200

元ブロノス砦防衛副司令オイゲン 180

ラピス・サウリン、リン・ファラ=バルジアーナ等々 150~180

その他メンフィル主要人物 130~150

鬼嫁イリーナ 250(笑

メンフィル王妃イリーナ 100

神殺しの第一使徒セリーヌ 30

 

 

レベル=戦闘力ではありません。

目安ではありますけどね。

Lv200越えで魔神級だと思ってください。

ただし、作中に書かれている 魔神級=一軍に匹敵する戦力 って訳ではありません。

そうでないとも言いませんけどね。

 

 

原作キャラリタイア表

 

忠義の亜人騎士ギルティン・シーブライア 死亡 

セリーヌの騎士ハーマン・ベルドー 死亡

スリージ老将軍シウム・センテ 死亡

混沌の策士ケルヴァン・ソリード 死亡?

メンフィル近衛騎士団副団長リネア・エーアスト 再起不能

イーリュン修道女ティナ・パリエ 妊娠

 

 

 

 

 

 



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16話目

 

 

 

 

セリーヌ・テシュオスという名を問われ、最初に思い浮かぶのは、メンフィル帝国創業の功臣としてのそれだろう。

 

 

幻燐戦争が終結して数年後、まだ王国であったメンフィルの最たる悩みは、皆殺しにされた文官と官僚の補充であった。

国王リウイ・マーシルンは、その問題に対し当時の、いいや、現在においても驚愕に値するドラスティックな一手を打つ。

敵対し、この問題の根源であるメンフィル大虐殺を行った国の最高幹部、旧カルッシャ王国宰相サイモフの招聘である。

そうしてサイモフと共にメンフィル王都ミルスに足を踏み入れたのが、当時サイモフに師事し王公領の内政官であったカルッシャ公レオニードの姉セリーヌであった。

サイモフがメンフィル全体の国政を担い、同時にセリーヌが不足していた文官・官僚の速成教育を行う。

 

速成された文官達は、多少の混乱や問題はあったものの見事に国政を切り盛りした。

 

他にも幻燐戦争当時、セリーヌが最も恐れ、警戒したといわれる機械化部隊の拡張。

輜重・工作・情報、それぞれの専門部の開設。

 

彼女はそれらの様々な制度を、時間を掛けてじっくり成立させていった。

これによりレスペレントのみならず、アヴァタールをも覗う大国の礎が完成したと言っても過言ではない。

 

しかし同時にセリーヌは、幻燐戦争終盤でメンフィルと最も激しい戦いを繰り広げた敗亡の将である。

 

その彼女を身の内に入れたメンフィル初代皇帝の器の大きさこそ……

(メンフィル帝国将星碌 セリーヌ・テシュオス伝より)

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻燐戦争終結より26年後…………

 

 

 

 

 

 

 

「さて、いい加減お話しなさい。あのエロなすび……もとい陛下はどこにおわします?」

 

問う方は、見かけ20前後の小娘。でも実は40過ぎの50近いばばあ……もといお姉さま。

問われる方は、文官・官僚といえど流石は大国を支える者達。その者達の威容は流石常の人ではなかった。

……はずなのだが。

額からとは言わず、全身から汗をかきかき真っ青である。

 

「そ、それは、そのですな……」

 

オドオド、ビクビク……

 

穏やかに微笑む美女に対する態度としては減点も減点。

だが、そんな彼を嘲笑しようとする勇者はこの国にはいない。

軍部のトップ、大将軍ファーミシルスでさえ、関わりたくないとソソクサ逃げ出す始末なのだから。

しかし、そうされる方は当然いい気分ではない。

ギンっと眼光を強め、逃げ出そうとした大将軍と、そして問われた国政を担う重臣達を睨みつけた。

 

「もう一度だけ聞きますね? 陛下はどこにおわします?」

「カーリアン殿を連れ、城をお出になりましたっ!」

「……城にいないのですね?」

「イエス、マムッ!!」

「アナタ方は知ってて、それを見送ったと?」

「か、カーリアン殿が……その、それで、あの、陛下も直接この目で城下を見てとか何とか……」

「アナタが言っていいのはイエスかノーだけですよ?」

 

なんて理不尽!

だが、そう思った瞬間、

 

「イエス、マムッ!」

 

身体に覚えこまされた、悲しい習性が口から出た。

……号泣したくなる。

これでも周辺諸国に名の知れた敏腕大臣だというのに。

しかも家に帰れば、自分を尊敬していると言って止まない妻や子供たち。

到底、家族に見せられる姿ではなかった。

そんな彼の様子なんてどうでもいいとばかりに、彼女は話を続ける。

 

「で、見送ったのですね?」

「イエス、マムッ!」

「陛下がやらねばならない大量の書類決裁が残ってるの知ってて?」

「い、イエス、マムッ!」

「私がその書類を提出するために、この数日殆ど寝ていないのを知ってて?」

「イエス、マムッ!」

「そう……そうなの。私みたいなオバサンは過労でとっとと死ねってことなのかな? かなかな?」

 

にっこりと微笑む。

何も知らぬ者が見たなら、思わず恋に落ちてしまいそう。

だけども、男たちはそんな彼女に背筋を凍らせる。

 

 

怖い……

怖くてたまらん!

 

 

大の大人が、それも国政に携わる大臣・局長クラスの者達が、顔を真っ青にさせてガクガク震えた。

彼らの脳裏に過るのは、今から20年以上前、無垢だったあの日に受けた文官・官僚速成教育。

通称 【サイモフ直伝セリーヌたん改良のNAISEI官育成ブートキャンプ】 である。

 

 

 

 

 

 

───ああ、まさかこの程度も出来ないなんてこと、ないわよね?

あれだけ戦犯国で敗戦国の王女と蔑んでいた貴方達優秀なメンフィルの重臣候補が……ねぇ?

あははは、まさかだよねえ、ウジ虫くんたち?

ああ、怒ったらダメですよ?

この程度出来ないなんて、ウジ虫くん程度でしかないの。

あっと、ごめんごめん、やっぱりちょっと言い過ぎだったわね。

ホントごめんねー。ウジ虫君に失礼だよね?

アレはアレで精一杯生きてるのに、貴方達の様な何の役にも立たない穀潰し風情と一緒にされちゃあ失礼だったわよね?

 

あはははははははははははははははははははははははははははは

 

 

 

 

 

 

血に濡れた鉄張りのハリセンを片手に、鬼のように佇む彼女の姿。

今でも鮮明に思い出せる。

アレに比べれば、伝説の姫将軍などは可愛いものだ。

 

あまりの傍若無人に苦言を呈した大将軍ファーミシルスを正論でへこませ、なおかつ軍人にも国政のなんたるかを知る好い機会だとブートキャンプに参加させ……

あの日、泣きながら国王陛下と元カルッシャ宰相サイモフに、セリーヌへの取り成しを頼んでいた彼女の姿は忘れられん。

彼女に付き合ってブートキャンプに参加した、メンフィルの次代を担うティルニーノエルフのルースなど、それからしばらくはセリーヌを見るだけで悲鳴をあげたものだ。

 

心と体に徹底的に覚えこまされた知識と技能と帝国への絶対服従。

信じられるものは、血と汗と涙を流し共に苦難の道を歩んだ友と、それを乗り越えた己のみ。

そんな苦難の日々を、チラリと思い出すだけで発狂しそうだ。

思わず全裸になって城下に飛び出し、彼女を招請した陛下に大声で罵詈雑言を浴びせたくなるほど。

そんな彼女は、仕事中はちょっと厳しいキャリアウーマン。

でも仕事が終われば甘いお菓子の匂いを漂わせて、にっこり微笑んでくれる。

普段は優しい王の義姉君なのだ。

 

だけども一旦怒らせれば……

彼女はあの頃の……いいや、あの頃以上の威圧感を持って嗤う。

 

ヒゲが逞しい身なりが上等な男……内務大臣を務める男が、視界の端で震える大将軍に目で問いかける。

 

 

なぜ? なぜセリーヌ殿の機嫌がここまで悪いのだッ!

陛下がカーリアン殿を引き連れ城を抜け出すなんて、いつもの事ではないかッ!!

 

たぶん寝惚けておいでだったとは思うのだが、陛下がイリーナ様の名を呼びながらセリーヌ殿に抱きつき、胸の谷間に顔を埋めて……

 

 

 

頬を引き攣らせる男達。

あの王の義理の姉で弟ラブな彼女は、とても身持ちが堅い。

何より、彼女は災厄の神殺しの第一使徒。

 

 

陛下ぁーっ!! そんなヤバイ相手に手を出そうとすんなよおー!!

 

 

ちなみにその時は、コブラツイストで戦場の雄たる国王リウイ・マーシルンを悶絶させ、悲鳴を上げさせた。

 

後にリウイ・マーシルンは語った。

 

 

コブラツイストなる技を食らった瞬間だけは天国のようだった。

確かにイリーナの姉で、同じような好い香りと柔らかい女の肌。

イリーナに勝るとも劣らない豊満な胸の柔らかさに、思わず頬がにやけてしまった。

だが次の瞬間、あまりの痛みで喉から絶叫が走った。

あとはもう分からん。

気づいたら医務室のベッドに横たわっていたからな。

 

 

 

そんな彼女の怒りを理不尽にも受けるはめになってしまった内務大臣達の嘆きも知らず、当の本人であるリウイは呑気にお供のカーリアンと共に屋台で買い食いをしていた。

 

「平和だな……」

「そうねぇー。ちょーっとつまんないんだけど、これがあなたとイリーナが追い求めたものなんでしょ?」

「ああ。だが、まだ途中だ」

 

そう、まだ途中。

道行(みちゆき)は遥かに遠けし陽炎の如く。

しかもその道程を邪魔する勢力も現れよう。

だがリウイは思うのだ。

ここまで来るのに相対した強敵たちを。

彼らを下してきた自分が、こんな場所で躓く訳にはいかないのだ。

 

それこそが勝利者の義務なのだから。

 

そんな彼の脳裏に最初に思い浮かぶのは、勇者ガーランドや姫将軍エクリア。

だけども、もっとも彼を悩ませた存在は、今は彼が治める城にいた。

 

どこまでもいやらしく、ねちっこく、しつこく……

 

様々な意味でもう二度と敵対したくはない相手。

 

リウイは先ほど屋台で買った焼き鳥を苦い顔で口に放り込むと、あの幻燐戦争と呼ばれた最終局面を思い出す。

 

 

あの、大切なモノを手にし、そして失った戦いを…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  幻燐戦争終盤の王都ルクシリア

 

 

 

 

 

愛する家族との感動の再会をした私は、泣いて泣いて泣きやまないお義母さまと一緒のベッドで夜を過ごした。

義母との話は明け方まで尽きることなく、時に笑い、時に喜びの涙を流す義母を見て、私は本当にここに帰ってきた良かったと思った。

病気がなぜか治った私に、心の底から喜んで泣いてくれるのだ。

前世の母も、今生の産みの母も愛しているが、この育て(?)の義母も大好きなんだと再確認出来た。

 

だから私は、宰相サイモフの要請に応える。

 

彼の思惑も大体だが解っているつもりではあった。

ようするに、万が一の時の犠牲の羊となれと言っているのだろう。

姫将軍エクリアが担っていた地位の踏襲と、対メンフィルの最高司令官の職に就くことで。

 

いわば、新たなる姫将軍の誕生といったところか?

 

確かにこれならば、メンフィルの憎悪を一身に受けることになる。

彼らにとって憎むべきは、エクリアという名よりも姫将軍の異名だろうから。

 

もっとも、私はお姉さまと違って実力はない。

お姉さまの部下達も私の指揮下に素直に入りはしないだろう。

ただの見せ看板にしかなれないのだ。

 

それでも私はいいと思った。

 

ただの姫では出来ないことも、この地位ならば出来るだろう。

この地位で出来うる全てで貴方と戦いましょう。

 

メンフィル王リウイ・マーシルン。

 

イリーナの夫にして、私の婚約者の仇。

 

まあ婚約者の方はどうでもいいけど、これを全面に押し出し、私は戦う。

 

……セリカが聞いたら怒るかな?

 

私は胸に過る僅かな不快感と、そしてセリカへの申し訳なさからくる罪悪感に苛まれる。

 

でも、わたしは止まらない。

 

レオニードを、義母を、2人を守れるのは私だけ。

 

セリカは私がいなくても生きていける。

それに運命の相手であろうお姉さまもいる。

私は、必要ないのだ。

 

だから私は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、始めましょうか」

 

小首を小さく傾げ、凛と響く声でそう言った。

ゆるくウェーブのかかった長い金の髪がふわりとなびく。

髪のかかる先には、彼女の想い人と同じ髪の色をした紅の武装具。

窓から差し込む太陽の光に反射して、いっそ幻想的な美しさを醸し出していた。

 

「では殿下、始めさせて頂きます」

 

そう言った厳つい顔の男は、元ブロノス砦の司令官オイゲン。

エクリア去りし後のブロノス砦を守っていた将軍であったが、セリーヌの招聘により彼女の補佐を担うことになった。

現状、実質的な対メンフィル最高司令官だと言っても過言ではない。

なんせセリーヌは軍を率いた経験どころか、戦場に立った経験もあまりないのだ。

せいぜいがメンフィルに嫁ぐ途中で襲撃され応戦したことぐらい。

それにしたって指揮など執ってないし、特攻かまして失敗して全滅。

正直、指揮官として迎えるには問題だ。

そんな彼女である。経験豊富な将軍の補佐がなければ軍を率いるなど不可能。

 

(こんな時、ギルティンが居てくれたら……)

 

セリーヌはチラリと頭を掠めた忠臣の顔を、首を軽く横に振って追い払う。

彼が死した後にまで頼ってしまうなんてと、情けない自分に自嘲しつつ、オイゲンの声に耳を傾けた。

 

「メンフィル王の一行は、ティルニーノ部族国はニーノの街を最後に一時消息を断ちました。その後一週間ほどで再びニーノの街に姿を現すと今度は南下。レスペレント都市国家群を経由しスリージ王国へと入った模様です」

 

セリーヌをしばし瞑目して思いを凝らす。

脳裏に描かれるのは、レスペレントの全ての国や街、そして秘境。

セリカとの6年近い旅で得た土地勘と、それを基にしたレスペレントの全体図が、彼女の脳裏に鮮やかに再生されているのだ。

 

今の時期にティルニーノに行くとすると、それは姫神フェミリンスの呪いについて調べるために、そこから東にあるリークメイルにでも行ったのだろう。

そして現在がスリージだとすれば、その次はフレスラントを通りミースメイルに行き、イオメルの樹塔にある水晶の刃が目的か?

 

そう薄く笑うセリーヌ。

自らの道具袋にある使い物にならない、でもとても美しい輝きを放つ剣を思い浮かべたからだ。

 

せいぜい探しあぐねなさい。

 

そうしてる間に、私はアナタの心の臓を貫く刃に磨きをかけましょう。

 

「……連れている軍勢の規模は?」

「少数精鋭と言った所ですな。」

「具体的に連れている将の名と、軍団の規模を聞いています」

「ハッ! 申し訳ありません! メンフィル王リウイとその親衛たる部隊、大よそ50。近衛騎士団長シルフィアと近衛軍100。兵と、それを率いる将は以上です。これとは別にメンフィル王に侍る将が、フレスラント王女リオーネ、スリージ王女セリエル、クラナの巫女ニーナ、ティルニーノ女王フェイエ、そしてカーリアンです」

「……? ベルガラードの大使、ブラム・ザガードはどうしました?」

 

現在メンフィルにおいて一番警戒しなければならない男だ。

顔に似合わず情報収集と謀略に長けた彼が、何故メンフィル王のそばにいない?

 

「メンフィル王都ミルスから動いた気配はありません」

「そう……ですか」

 

セリーヌは短く返事を返すと、再び瞑目しながら椅子に深く座り、背もたれに身を預けた。

 

シン……と静まる室内。

 

ブラムが一行に居ないのは、セリーヌも、そしてオイゲンも知らないことだが、彼と恋仲未満である近衛騎士団副団長リネア・エーアストが再起不能の大怪我をし、せめて貴様が傍にいろと、リウイからの余計なお節介であった。

これまたセリーヌは知らないことだが、リネアを再起不能にしたのはセリカである。

当然その場にいたセリーヌであったが、当たり前のように覚えていなかった。

これによりメンフィルの優秀な将が一人減り、更にはリウイの傍に参謀足れるブラムがいない。

セリーヌにとっては一見幸運に見える。

だが同時にリネアの退場によって、本来この時期には騎士団長を解任されていた聖騎士シルフィアが任に就いたままなのだから、本当に幸運かどうか不明である。

もちろん、将としてシルフィアがリネアよりも優秀どころでは済まされないのは誰でも良く知るところだ。

それにブラムがメンフィルの王都に居る。これはセリーヌにとって頭が痛かった。

彼女が考える、これからの作戦行動に、その位置に彼がいれば容易に対応を執られるかも知れない。

 

難しい顔をするセリーヌ。

 

その場に居る全ての者達……先に言ったオイゲンを始めとする将兵達は、黙ってセリーヌの言葉を待った。

 

彼らはセリーヌに心服した訳ではない。

この国の次期王たるレオニードと、宰相サイモフの命にて従っているだけだ。

それでも僅かな期待が彼らにはあった。

外見(そとみ)、エクリアと良く似ているその容姿。

どこか危うげなれど、確かに芯のある態度。

そして、エクリアの持っていた情報網の重要性を、ここに居る誰よりも認識していた識見。

何より、全てを見透かしているかのような、その深い瞳の色。

心服はしていない。だが期待はしてしまう。

 

「次から上げる将の居場所は解りますか? ファーミシルス、レアイナ、ラピス、リン、ティファーナです」

「……しばしお待ちを」

 

エクリアの元部下にして、情報の取りまとめをしていた騎士が部下達を呼び寄せる。

セリーヌはぼうっとその光景を見ながら、記憶の端に引っ掛かる彼の顔を注視し、だけども答えが出る前に彼が視界から消えてしまった。

彼は元は近衛騎士団に名を連ねていた男だ。

 

そう、6年前までは……

 

近衛騎士隊長ハーマンの部下にして、あの日メンフィルに襲撃されたセリーヌの命にて王家の証と開拓民を連れて撤退した騎士の一人であった。

多くのエクリアの部下達がセリーヌに面従腹背の中、当然とばかりにエクリアに対して以上の絶対の忠誠をセリーヌに捧げたのはそんな訳からである。

彼の胸には、あの日散った仲間達の無念と、ハーマン同様のセリーヌの騎士としての誇りがあったからだ。

それを決して口にしない辺りが、彼のセリーヌへの忠誠の深さを物語っている。

 

「大将軍ファーミシルスは、メンフィル王都ミルスにて、メンフィル軍全ての兵権を預けられている模様。部下のティルニーノエルフであるルースと共に、主に乱れた国内の治安回復を行っています。レスペレント都市国家群都市国家長レアイナ・キースは、同じく王都ミルスにて政治の全てを委ねられています。代わりに彼女の腹心、リシェル・フルートがレスペレント都市国家群の守護を担っています」

 

セリーヌは表情を動かさずに、彼の報告に感嘆した。

自身がすでに忘れかけている原作知識。

その中でも完全に忘れていた名前を、かの騎士は重要人物としてあげたからだ。

流石はお姉さまの部下だとセリーヌは絶賛した。

 

「続いてラピス・サウリン、リン・ファラ=バルジアーナ、ティファーナ・ルクセンベールの3名は、サランの街にて兵をまとめている模様です」

「ふむ、再びブロノス砦へと攻め上る準備と言った所か?」

 

オイゲンの言葉に、重々しくコクンと頷く騎士は、真摯な視線でセリーヌを見やった。

セリーヌは彼の視線に目元をゆるめると、

 

「ありがとう。これで随分とやりやすくなります。そういえばアナタの名前、知らなかったわ。今さらですけど教えてもらえますか?」

 

恥いっているのか、頬を染めてすまなさそうに問う。

部下の名前を知らないなどとは、上司として失格ですと。

ただでさえ急任の上司で、しかも王族なんて血筋での就任。

しかもしかも、行方不明でどこをほっつき歩いていたのか不明な王女である。

 

失態も失態。大失態だ。

 

だが騎士の胸は喜びにみちみちて、感激のあまりに息を大きく吸い込んだ。

それを見ていたオイゲンを始めとする将達も、微笑ましそうにセリーヌを見た。

将を束ねる将として有能かどうかはともかく、人として好ましい人物だとでも思ったのかもしれない。

何より、自分達もそうなのだが、ここに集う者達は全てカルッシャを守る為の生贄。

死に逝く可能性の高い任務を指揮する将としては、この上もなく好ましい。

 

人生の最期くらい、宰相サイモフのような鳥の骨や、不敬ではあるが顔色の悪い皇太子ではなく、美しい姫の命で死んだ方が騎士としての本懐であろう。

 

自らの名を高々と告げる騎士に続いて、我も我もと後に続くのは当然だったのかもしれない。

突然の出来事にあたふたと慌てふためくセリーヌに、オイゲンも先の騎士同様、セリーヌの命に完全に服する覚悟を決めた。

 

例え、それが国家の滅亡を招いたとしても……

 

そう、目端の利く者たちは既に解っていた。

ブロノス砦の戦いでの勝利のおりに、メンフィル王リウイ・マーシルンを討ち取れなかった時点で……いいや、エクリアを追放した時点で、カルッシャが滅ぶのを知っていたのだ。

 

 

いいや、『知っていた』はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦略や戦術については、なんちゃって戦術・戦略になります。
あまり突っ込まないようお願いしますw


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17話目

 

 

 

「さあ、戦いを始めましょう」

 

静かに、だが力強くそう言った王女に、頼もしさを感じたのは自分だけではないだろう。

年齢よりも幾分か幼気に見え、一見ただの少女にしかすぎないというのに。

 

だけども……

 

何度も。

 

そう、何度も!

 

繰り返し、繰り返し自分の中で彼女の言葉が木霊する。

 

 

彼女の唱える戦い方は、騎士の誇りを傷つけるものでもあったのに。

彼らは不平や不満を己が心に封じ込め、自らが騎乗する竜に跨った。

 

ある者は油が満載された袋を括り付け。

ある者は本来一人で騎乗する所に魔術師を乗せて。

 

そして、一斉に飛び立つ。

 

12騎編隊24部隊、288騎の空の勇士。

彼らは上空に上がると、一旦そこで旋回する。

地上で小さく手を振る王女に略式の敬礼をすると、一気に高度と速度を上げた。

 

 

────戦の神マーズテリア 風の女神リィ・バルナシア 共に我らに勝利の加護を! メンフィルの魔神どもに戦神の鉄槌よあれ!!

 

 

唸り上がる地上の歓声。

 

 

 

 

さあ、戦いを始めましょう。

 

魔神どもと戦うに相応しい戦い方で。

 

正々堂々など、同じ人間族同士でやればいい。

 

魔族と戦うのに一切必要ありません。

 

それでも挫けると言うならば……

 

安心なさい。

 

全ての罪は私にあり、全ての栄光は貴方達にあるのです。

 

 

 

 

耳に残る王女の声を、確かにその胸に宿し。

顔に当たる冷たい風が、これからの戦いの予感に熱くなった身体を冷やす。

目指す目標に散っていく同胞達に最後の挨拶を交わす。

最後。最期ではない。

我らに与えられた任は、死を覚悟しなければならないようなモノではない。

何より、

 

 

死んではいけません。

貴方方には、徹底的に働いて貰わなければならないのですから。

 

 

そうまで言われれば、易々と死の顎に囚われる訳にもいかない。

彼女の創る未来も見たい。

だから……

 

 

 

さあ、魔族よ、魔神よ。

 

我ら人間を舐めるな。 

 

我らが剣を侮るな。

 

正義と栄光は、我らが頭上にありッ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私がメンフィル討伐軍最高司令官に就いて数日が過ぎ去りました。

 

それにしても、流石はカルッシャ。

伊達にレスペレント1の大国だと名乗ってはいない。

と言うか、形振り構わなくなった大国は、本当に凄いものだ。

あっという間に私の望む部隊の編成を終え、作戦開始です。

 

……正直な話、この提案は受け入れて貰えないものだと思っていたのだけど。

 

この幻燐戦争と呼ばれる大戦の初期には10:1以上あったはずの国力差が、現在は5:1しかない。

ここまで詰め寄られたのは、全てがメンフィル国王リウイの類い希なる政略と戦術に他ならず。

今だ5倍以上の国力差と、それに近い兵力差があるにはある。

とはいえ、メンフィルのここまで詰め寄ってきた『勢い』は凄まじい。

このままいけば、間違いなく我が国は私の知る知識通りに滅びるのでしょう。

 

前線を守る軍の方々は、それをヒシヒシと肌で感じ。

なのに後方を守る貴族階級の騎士や官僚といった方々は、我がカルッシャが追い詰められているなどとは夢にも思わない。

この辺りが、きっとカルッシャが滅びる因子なのだろうと私は感じた。

そうでなければ、戦時中に、しかもメンフィルとの決戦の最中に、姫将軍エクリアを追い落とそうと謀略は張り巡らしたりはしない。

そんなもの、戦後にすればいいのだ。

だというのに、宰相サイモフまでもが……って、今更どうにもならないことをグチグチ言ってもどうにもなりはしない。

 

そうだ。今、私がしなければならないのは……

 

 

「殿下、サラン街道に集結せしメンフィル軍への空爆、成功致しました」

「殿下、メンフィル同盟国であるセルノ王国は主要施設への空爆、成功致しました」

「殿下、メンフィル同盟国であるスリージ王国は主要施設への空爆、成功致しました」

「殿下、メンフィル支配国の一つ、バルジア王国は主要施設への空爆、成功致しました」

「殿下、メンフィル支配国の一つ、クラナ王国は主要施設への空爆、成功致しました」

 

次から次へと入ってくる報告に耳を通し、私はすぐさま次の指示を出す。

 

「サラン街道への空爆は、狙いを軍需物資の集結地、及び兵の宿泊施設を中心にし、もっと執拗に続けてください。ですが、無理はいりません。危ないと思ったら、一度引きなさい。セルノ、スリージ両国も同じく。ただし、軍事施設への爆撃はよくよく気をつけるように。こちらも無理はいりませんから、ある程度の成果で十分です。バルジア、クラナは後数回で十分です。メンフィルから援軍が到着し次第、目標をメンフィル王都ミルスに切り替えてください」

 

私の狙い、それは戦略的空爆攻撃である。

元々騎竜をあまり持たないメンフィルにとって、高空からの攻撃は鬼門だ。

しかも今までの竜騎士達とは違い、今回派遣された者達の攻撃は、高空から油を投下し、後に魔術師による炎の魔術で……ボンッ!

もちろん、目標地点への投下は難しく、また、高空から魔法攻撃も難しいものだろうけど、実は大体でいいのだ。

攻撃がある。物資が狙われている。この2つを知らしめることが出来れば、それだけで戦果あり。

なのに彼らは、目標の爆撃に概ね成功したらしい。

 

凄いぞカルッシャ! 流石はレスペレント第一位の大国だ。

 

将の質では大幅に負けども、騎士と兵の質と量はカルッシャは圧倒的だ。

それでも負け雰囲気なのは、メンフィルには一騎当千の化け物クラスがワンサカいるからに他ならない。

だからだ。奴らが出てくる前に、一般兵力や国力を削りに削り、出来得るならば、同盟国や支配国の力まで削ぎに削ぎ。

 

厭戦気分に貶め、継戦能力を失くしてしまえば……

 

私達カルッシャは、リウイ率いる化け物集団と戦うことなく、勝利を手に出来るかもしれない。

そう上手くいかなくても、相手の兵力が減れば、それだけリウイを守る盾が減ることになる。

 

そうすれば、彼を討ち取れる可能性も高まるではないか……

 

ならば、ここで手を緩める訳にはいかない。

こちらが支配した制空権を確かにするためにも、ただでさえ少ないメンフィルの空戦力を削る……いや、奪う!

 

「オイゲン、私達も出る用意を……」

「ハッ、すでに済んでおります。あとは殿下の号令一つ」

「では予定通りに王都を守る近衛騎士団、レオニード殿下の翼獅吼騎士団をのぞく、ほぼ全ての軍をブロノス砦へ」

 

翼獅吼騎士団。

 

私の知る知識にはない『人間族以外』で構成された、カルッシャ最強軍団。

現在、騎士団長を務めるは、リィ・バルナシア神殿より借りうけた、天使モナルカ。

 

最初聞いた時、ダレ?ってマジで思ったよ。

本当にこの世界は、私の知る幻燐の姫将軍から逸脱してる。

天使なんて最高戦力がカルッシャにいるなんてさ。

もっとも、残念ながら彼女は私の自由には出来ない。

彼女がいたら、ちょっと無理してもらって、サラン街道を襲撃。そこに詰めている将軍の一人や二人……出来ればティファーナ・ルクセンベールの首を取って来て欲しかった。

アレは優秀な竜騎士。人望も高そうだし、これから攻める場所の領主だった人だし。

ここらでサクッと死んでくれたら、とっても助かるんだけどなぁ~。

 

って、まあ仕方ないよね?

 

ブロノス砦側からでなく、フレスラント方面、プレジ山脈越えで攻めてくる可能性も無きにしも非ずなのだ。

それに、私が敗れた後は、降伏するようにとサイモフには言ってあるし。

軍が全滅してから降伏するのと、軍が残っている内に降伏するのとでは訳が違うしね。

 

 

私は、忙しそうにアレコレ動き回るオイゲンを横目に、こんなことをつらつらと考えていた。

少しでも気を抜けばカルッシャのことではなく、私を置いてどっかへ行ってしまったセリカのこと考えちゃうから。

 

 

私はブンと大きく首を横に振ると、私の傍に控えている女性の騎士に目配せした。

そして座っていた椅子から立ち上がり、両手を案山子のように水平に横に伸ばす。

すると彼女達は、慣れた様子で私の周囲に囲いを作るや、素早くドレスを脱がせて戦装束を着せていく。

それにしても、この桜色のゆったりとした戦装束は、なんでだろう? とても露出が高い。

大きく開いたスリットのせいで、太ももの大部分は露わになっているし、なぜかおへそや胸の谷間まではっきりと見える。

 

……脱いでしまいたい。でも、ダメだ。

だってこの服を用意したの、お義母さまなんだもん。

 

「セリーヌさま、とてもおきれいですわ」

「本当にとてもお美しい。思わず見とれてしまいますぞ」

 

衣装を着せてくれた女騎士とオイゲンが、感心したようにそう言ってくれるけど。

 

「えっと、照れますんで、あんまり見ないで……」

 

きっと、今の私の顔は真っ赤だ。

 

「はっはっはっ、何をおっしゃいますか。美しい姫殿下のお姿を見れば、みな士気が上がりましょうぞ」

「ええ、本当にそうです!」

 

くっ……

これも仕事。これも仕事……

 

何度も自分にそう言い聞かせて、なんとかこの妙に色っぽい服から意識を外す。

 

恥ずかしくない。恥ずかしくなんてないもん。

 

そう思いながら、左の腰には実用性抜群、だけど初心者向け。

でもセリカが買ってくれた私にとって大切な思い出が一杯詰まったプラチナソード。

右の腰には実用性がまったくなさげな装飾用の、でもとってもレアっぽい、とある場所からパクッて……もとい盗ん……じゃなくって発見した水晶で出来た剣。

それぞれを腰に差した。

 

にわか二刀流、ぶいっ!

 

なんてこっそり心の中で思いつつ、足を一歩前に出す。

スリットから飛び出る膝頭から足の付け根。

周囲の空気が、ざわりと揺れる。

視線が痛い。

その視線を気にしないように、一歩、また一歩……

城を出て、皆が待つ演習場へと足を運ぶと、ひゅうっと一陣の風が乾いた土埃を舞い上げた。

捲られそうになったスカート部分の端を、慌てて屈んで押さえると、何とも言えない歓声が……

あっ、下ばっか気にしてて、胸の谷間が露わになってるの忘れてた。

 

「あう~」

 

顔だけでなく、身体全体が真っ赤になった。

こんな風にしてはいけないのに、両腕で全身を覆い隠し、モジモジしてしまう。

何とも言えない歓声が、いっそう激しく甲高く。

兵達が、すんばらすぃ~、とか叫んでいるのは、きっと気のせいだと思いたい。

でもその歓声は城の中にまで鳴り響き、何事かと思ったレオニードやサイモフまでもがやって来る始末だ。

 

そして私の姿を見るなり、けしからん、けしからんばっか言い始めるレオニード。

そんなにけしからん言うなら、お姉ちゃんの服を何とかしてください。

ちなみにサイモフはサイモフで、やたらとハイテンションになってる兵たちを見て、若いのう……なんて妙に年寄りぶったり。

そんな爺さんの横から、ひょいっと顔を出してパチパチ手を叩きまくって興奮してるお義母さま。

……いつの間に来てたんですか?

 

「セリーヌ! ほんっとーにっ! よく似合っているわね。流石はわらわの見立てじゃ」

「お義母さま!? なんですかこの服! 薄いわ肌隠す部分少ないわで防御力なんてなさそうじゃないですかっ!?」

「なに言っておるかセリーヌ。そんなどうでもいいことよりも、もっとそちの艶姿、この母に見せてたもれ」

「どうでもいくないですぅーっ!?」

 

私の批判なんてどこ吹く風よ。

とてもいい顔で微笑みながら、私の全身を舐めるように見る。

流石は夜の女王……とっても目つきがいやらしい。

しかも連れて来た侍女達と一緒になりながら、きゃあきゃあと萌えがどうとかいって楽しそうですね。

私は、その萌えとやらを着て、戦場に出て殺し合いをしに行く訳ですが?

えっ? 兵の士気が上がりますか、そうですか……

私はぐったりと疲れ、お義母さま達から目を外し、兵たちの方へと視線を戻すと、

 

 

 

────あの恥ずかしそうに苦悶してるところがたまりません!

見えそうで見えないとか、なんのご褒美だよ!? 俺の妄想力が天元突破ぁーッ!!

あの御方を、メンフィルの魔族共が数年に渡って監禁調教してたとか……

処女厨とかアホだろ? 清楚で可憐な姫君が、実は身体だけは調教済みとかぶはっ!?

お、おい大丈夫か! 鼻から血、血が止まらんぞ! 衛生兵ーっ!衛生兵ーっ!

 

 

 

なにそれ? 私ってエロゲ的な監禁調教されたことになってたの!?

ああ、でもそれ以前にダメだこの国。はやくなんとかしないと……

 

ぴんくいろに沸き立つ周囲から目をそらし、遠く空を見上げてどこか茫然と呟いた私。

 

 

カルッシャ王国にとって、最後ののほほんとした時間のことである。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルッシャの……いや、人間族による闇夜の眷族への反撃が始まった。

 

メンフィルのカルッシャ攻略軍の被害は元より、支配国や友好国の被害が尋常ではないレベルに達したのを皮切りに、現在イオメルへと出征しているリウイに代わって全軍を統率している大将軍ファーミシルスは本国から援軍を派遣した。

これは罠である。この行動こそがカルッシャの狙いだと解ってはいても、援軍を派遣しない訳にはいかなかったのだ。

そうでなければ、メンフィルの威信は失墜し、支配国はもとより、友好国からさえ離反される可能性が高かったからだ。

しかも勢力圏内至る所で被害が続発する中、混乱するメンフィル軍に更なる激震が走る。

 

カルッシャ進軍。

 

今まで攻める側ではあっても、本格的に攻められる側ではなかったメンフィル軍にとって、それは慣れない戦いの始まりでもあった。

 

ミレティア保護領、3日で陥落。

カルッシャは、この地の騎竜を全て徴発すると、そのまま勢力を南下させ、中立を主張するレスペレント都市国家群を完全制圧する。

メンフィル寄りの商家全てを問答無用に取り潰し資産の没収をすると、この地を守っていたリシェル・フルートを魔族の手先、人間族を裏切った咎人として本国に送った。

 

サラン街道にてラピス・サウリンが統率していた、カルッシャ遠征軍は動揺を隠しきれず。

混乱したまま、凄まじい速度で進軍してくるカルッシャ軍と、ルミアの街とサラン街道の丁度中間地点にて相対してしまう。

 

止まらない高空爆撃。

まるで津波のように押し寄せる、自軍の10倍以上の軍勢。

軍中央にて指揮する、メンフィル王妃イリーナに良く似た、敵司令官の姿。

彼女が儚げに微笑みながら、無情にも手を振りおろした瞬間、ラピス、リン、ティファーナは敗北を覚悟する。

 

「大軍に、細かい指揮など必要ありません。我がカルッシャの勇者たちよ! 忌まわしき魔族の尖兵を……殲滅せよっ!」

 

そう言いきった彼女の軍勢は、あっさりとメンフィル軍を押し潰す。

 

時に、赤鹿騎士団がサラン街道にてメンフィル軍に全滅させられてから丁度1年。

言い方を変えると、幻燐戦争開始から一年後の今日、遂にその日奪われたサラン街道を取り返したセリーヌ。

新たな姫将軍の誕生だと、カルッシャ国内のみならず、レスペレント中に彼女の名前が響き渡った。

一方、敗北したラピス・サウリンは、リン・ファラ・バルジアーナと共にメンフィル国内へと撤退。

 

「サランでの敗北は認めましょう。ですが、この先は一歩たりとも進ませはしません」

 

メンフィルとレスペレント都市国家群、国境近くの荒地にて、陣を敷き直すラピスは知らなかった。

その地が、かつてのメンフィル皇太子へと嫁ぎに来たセリーヌが襲撃された村落跡地だとは……

 

「いいでしょう、セルノの王女よ。アナタがどうして魔王の軍を率いているのかは知りません。ですがその土地は、私を守って死んだ英霊達が眠る大切な場所。アナタ達魔族の手先がのさばっていい場所ではないっ!」

 

ファーミシルス率いる本隊が来る前に、殲滅しなければ……

 

内心の焦りを、この地で自らを守って死んだ騎士達への哀悼と怒りで覆い隠し、セリーヌの水晶の刃が振り下ろされる。

 

リウイ・マーシルンのいないメンフィル軍は、しょせんは2流で3流だ。

連戦連勝を重ねた強さのほぼ全ては、彼の手腕によるモノである。

 

圧倒的な兵力差。

 

圧倒的な兵の質の差。

 

指揮官としては何とか一流に手が届く程度の彼女の手腕では、覆せるはずもなく。

 

怒涛の如きカルッシャの軍勢に、飲まれ……

 

 

「ラ、ラピスお姉さま……」

「リン、アナタはミルスまで急いで退きなさい」

「で、でもっ!」

「いいから、はやくっ!!」

 

捕えられたラピス・サウリンは、ルミアでの決戦で捕縛されたリシェル・フルートと同じく、敗軍の将としてカルッシャ王都へと送られることになる。

セリーヌは思うのだ。

彼女達は、ここで殺すよりも生かしておいた方がいい。

 

  『もしも』

 

そう、もしも、自らが敗れし時に、少しでもリウイ・マーシルンの心証が好い様に……

むろん、カルッシャが勝ったのならば、セルノの王女であるラピスは別としても、ただの一将であるリシェルの命の保障はないけれど。

 

 

ラピスは……そうね、レオニードくんの側室にでもすればいいんじゃない。

そうすれば、セルノの王権を奪うのも、楽になるでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ティファーナ・ルクセンベールは、イオメルの樹塔を目指していた。

 

「陛下……今は殺戮の魔女の呪いの解呪などに関わっている場合ではありません!」

 

現在のメンフィルの状況は、最悪だ。

 

支配国はもちろん、友好国どころか本国までもが空から襲いくる炎に焼かれ。

結果、メンフィル王国の威信が地に落ちようとしている。

 

更に、カルッシャ本国を突く為の軍勢が、逆に壊滅させられたなどとは……

 

しかしティファーナが向かう先は、セリーヌの張る絶対情報封鎖圏。

自らが育てた騎竜までもが用いられ、40部隊超に膨れ上がったカルッシャ高空機動戦力。

その内から12をも派遣し封鎖されていることを、彼女は知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャラクター・データ(戦女神VERITA風味)

 

 

セリーヌ・テシュオス

 

 

LV.30

 

 

HP 250/250

MP 500/500

TP  66/ 66

 

 

熟練度

 

小型武器  E

中型武器  E

ひえんけん E

魔術・強化 E

魔術・火炎 D

魔術・地脈 E

魔術・純粋 D

魔術・招聘 ─ 

 

 

 

魔術・招聘

 

ギルティン招聘   セリーヌの為に命を捨てた英霊騎士ギルティンを招聘して戦闘に参加。MP50

セリーヌ騎士団招聘 セリーヌの為に命を捨てた戦士達の英霊軍を招聘して戦場に参加。MP500

 

 

 

スキル

 

復活Ⅴ 戦闘不能になった時点で発動し、発動するとHPが50%で復活

鼓舞Ⅴ 戦闘開始時、一定確率で発動し、味方全員が高揚する

神秘の防護 攻撃対象時に確率で発動し、発動すると味方全員ダメージが半分になる

神殺しの防護 パーティ内にセリカがいる場合、カヤへの攻撃が全てセリカにガードされる

HP再生Ⅰ 一定フレーム毎or一定歩数毎にHPが回復

MP再生Ⅰ 一定フレーム毎or一定歩数毎にMPが回復

賢者の魔力Ⅰ 消費MPが10%軽減される

テシュオスの守護Ⅱ 防具の属性に左右されず、常に『万能+2』の防御属性になる

セリカが大好き パーティ内にセリカがいる場合、攻撃力と防御力が10%上昇

姉が好き パーティ内に姉がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇

妹が好き パーティ内に妹がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇

弟が好き パーティ内に弟がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇

義母が好き パーティ内に義母がいる場合、攻撃力と防御力が5%上昇

父が大嫌い パーティ内に父がいる場合、攻撃力と防御力が10%低下

血縁の絆 パーティ内に『血縁の絆』を所持しているユニットが複数いる場合、所持者の攻撃力と防御力が10%上昇

 

 

 

称号

 

2人目の姫将軍

兵たちの妄想力を高めまくった、セリーヌのカルッシャ王国における最終称号

 

 

 

 

所持アイテム

 

E:プラチナソード 攻撃 物理135 効果 混乱Ⅰ

  とても使いやすい初心者向けの剣

  セリカにルクシリアで買って貰った思い出の剣

 

E:水晶の刃 攻撃 物理 255 

  イオメル樹塔でパチッた儀式剣

  攻撃力は高いが実用性ゼロ

  なんせ何か斬ったら割れちゃう☆

  ただし見栄えはとてもいい

 

E:風女神の衣 属性 神格+1回避40物防40魔防40魅力30

  ステーシアがモナルカを通して急ぎ神殿から都合して貰った二級神で風を司る戦いの女神リィ・バルナシアの加護がある戦衣

  スリットの隙間から見える生足

  大きく開いた胸元からの覗き見える乳房

  うっすら透けて見えそうでギリギリ見えない下着やブラ

  メリハリの利いたボディラインが強調され、腰のくびれが艶めかしい

  セリカが見たらムッとするほどエロい

 

E:城壁の指輪 物理防御 20%up

  セリカとの思い出が詰まった指輪。

  今も左の薬指に……

 

治癒の水・特大×4

  取って置きの傷薬

  心配性な誰かさんがカヤに持たせた

  セリーヌは今も大切に持ってます……

 

 

 



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18話目

 

 

不意に目元を厳しく細める。

何だか、『彼女』に呼ばれた気がした。

 

≪どうかしたのかの?≫

「……いや、なんでもない」

 

言葉少なに返すと、疲れた身体に活を入れ、何度『殺した』か分からなくなってきた死霊に視線を戻した。

そして……ハッ! 気合一閃。剣が閃光の様に走り、死霊の首を刎ね飛ばす。

断末魔の叫びもなく首を落とされた死霊の身体は、一瞬の間をおいて地上に倒れ伏した。

セリカはそれを感情ない瞳で見ながら、ゴロゴロと転がっていった首を追いかけ……グシャリと踏みつぶす。

残った身体は雷の魔法で焼き尽くし、フゥっと疲れた溜息をこぼした。

 

≪これで終わってくれると助かるんじゃが。まあ、最悪復活までの時間が長くなれば良しとするかの≫

 

そう言いつつ緊張を解かないハイシェラは、奥先で佇む、神の如く存在感な女を視る。

 

エクリア・テシュオス。

 

姫将軍と呼ばれ、セリカのターゲットでも『あった』女だ。

今は、違う。それどころではない。

彼女はどうしてか操られ……まあ、どうしてなのかは、彼女を解放出来たら聞けばいい。

 

ともかく、彼女を操る悪意の塊とも言っていい存在を滅する。

それが今のセリカの目的だ。

ただ、すでにかなりの長い時間を戦闘に費やしているセリカは、流石に体力の限界が近い。

 

恐らく……いや、これが最後となるだろう。

 

セリカは、姿勢をやや斜めに前のめり、前傾体勢をとる。

そして弓のように全身を引き搾り、闘気の全てを剣先に集めた。

これこそセリカの奥義、飛燕剣身妖舞の構えである。

 

もちろん、奥義といってもエクリアを殺すつもりは、『今のところ』ない。

セリーヌを悲しませたくはないからだ。

セリカにとって、最も大切な存在がセリーヌである。

ここでこうして戦っているのも、全ては彼女のためなのだから。

 

だから……

 

セリカは瘴気に腐る床を、ダンッ、と蹴った。

神殺しとまで呼ばれ、真なる女神の身体を持つ破格の剣士が勢い放たれる。

エクリアに、ではなく、その背後の存在へと。

 

エクリアを何とかしてから、なんて贅沢はもう考えない。

彼女から放たれる魔法の嵐をその身に浴びつつ、セリカはそう考える。

レスペレントに名高い姫将軍エクリア……いや、姫神フェミリンス。

彼女の圧倒的な存在感は、ハイシェラに言わせれば、セリカの永い放浪の旅においても中々いないそうだ。

例えば自分、魔神ハイシェラ。そして堕ちた女神アイドスなどと比べると、流石に少しは落ちるが、遜色ないと言っても違和感はない。

 

それ程の圧力。それ程の魔力。それ程の、神気。

 

しかし明らかに彼女は『力を引きずり出されて』いる。

だからこの数日、そんな彼女を救いだそうとしてたセリカとハイシェラだったのだが……

 

何度殺しても復活する死霊騎士。もう少しという所で出てくる悪意の塊。

この2体をどうにかしない限りは、エクリアを助け出すことはおろか、『殺す』ことさえ困難だ。

身体に疲労は溜まってる。だが、セリーヌのおかげか、魔力と気は充実しているセリカである。

 

姫神化したエクリアの攻撃を無防備で受けても、しばらくは何とかなるだろう。

 

 

  だが……これで、決めるっ!!

 

 

 

姫神の純粋な魔力の塊がセリカの頬を撃つ。肩を撃つ。腹を撃つ。そして、額を撃った。

撃たれた場所から血が滲み、流れ、瞳を濡らし、視界を赤く染めていく。

だがセリカはまばたきひとつしない。

視線は常に姫神の背後にいる瘴気……悪意の塊としか言いようのない、圧倒的な負の存在へ。

そして遂に姫神の放つ魔法の群れから抜け出し、セリカは彼女の横を疾風の如く駆け抜け───

 

この時、一瞬だけ視線を横に。エクリアに向けた。

 

やはり彼女の目は濁っている。

だが同時に、支配から抜け出そうとしているのだと、セリカは感じた。

 

 

───あと少しだ。堪えろッ!

 

 

心中で……ハイシェラと語らう時のように言葉をかけるセリカ。

もちろん、答えは期待していない。

しかし、流石はレスペレントに名高い姫将軍とでも言うべきか。

それとも、セリーヌが言う世界の、セリカの第一使徒となるべき存在だから、とでも言うべきか。

 

 

長くは待てんぞ神殺し! これで決めろッ───

 

 

返された念話に、セリカは表情ひとつ変えずに、だが確かに苦笑する。

そして、先の念話が確かに彼女の物である証拠に、姫神の動きがが完全に止まった。

外からの力に抵抗するように、ガクガクする身体を両腕で抱きしめ、唇をきつく噛みしめる。

そこから流れ落ちる血の一筋は、確かに彼女の誇りからくるもの。

セリカはそんな彼女を横目に、一気に悪意の塊との距離を縮めた。

 

ヤツは顔色を驚愕に染め──────嗤う。

 

そして何事かを囀ろうとするよりも速く、セリカの引き絞られた身体が完全に解き放たれ、空間すらも断絶する凄まじい攻撃! 

幾百年の業に乗ったセリカの剣───ハイシェラソードが、音速の壁をぶち抜き。

瞬きをする間もない、その高速一撃は、狙い違わず幽鬼の如く存在感……しかし圧倒的なまでの威圧を放つ悪意の塊の眉間に吸い込まれた。

 

「ガァァァァアアアアアアアッッッ!!!」

 

苦悶の叫びを上げる悪意。ユラリと存在を明滅させる。

だが、セリカの剣は止まらない。

一閃、身妖舞から続くセリカ最大奥義、枢孔紅燐剣。

 

「ハァァッ!!」

 

魔力の質・量、共に膨大な悪意の塊の巨体全てを切り刻む9つの閃光。

そのひとつひとつが、必殺の一撃!

巨体に吸い込まれる必殺の剣閃は、確実に悪意の塊の存在感を削っていく。

そして最後の一撃! 虚ろな表情を浮かべる悪意の喉元に突き刺さった。

が、セリカはそれでも止まらない。

ハイシェラソードが風を纏い、目映いまでの稲光を放つ。

セリカはハイシェラソードをきつく握ったまま、手首を返した。

グリッ! と喉元に突き刺さった剣先が、90度横に……水平になる。

血は……噴き出さない。しかし、代わりに瘴気が噴き出した。

 

これがヤツの命か……?

 

しかしセリカは疑問を解明するつもりなどなく、そのまま───

 

「落ちろッ! 轟雷ッ!!」

 

セリカを、そしてハイシェラを中心に、強大な魔力……いや、神気が世界を塗り替える。

これこそが神の力。これこそが、神殺しセリカが狙われ続ける意味。

大地が、大気が、セリカの強大な力に応えるが如く、激しく震動し。

耳をつんざく様な轟音。同時に、セリカは水平にした剣をそのまま横に薙いだ。

 

悪意の塊の首は、半ばから引き裂かれ、そして──────「消え失せろっ、化け物ッ!!」返す刃で悪意の塊を斬り裂いた。

 

 

静まり返る世界。塗り替えられた世界が、自然なままの世界へと還っていく。

それを見届け気が抜けたのか、一拍の間を置き、崩れ落ちるエクリア。

そして、消え去った瘴気。

 

セリカは疲れた様な溜息をひとつこぼし……ハイシェラソードを鞘に収めた。

 

 

このまま寝転んでしまいたい。

 

 

そんな誘惑を跳ね除けながら、疲れた足を引きずるようにエクリアの傍へと足を進める。

そうして僅かながら意識の残っているせいか、やたらと抵抗するエクリアを抱き上げた、その時! 

滅ぼした筈の瘴気が、悪意が、再び周囲の空間を支配した。

 

「流石は神殺しセリカだね。いやー、まいった、まいった」

 

瘴気はそのままに。

しかし幽鬼の如く存在感は消え失せ。

はっきり脅威と感じる、圧倒的な力。

 

「僕の一つが完全にやられちゃったよ。こんなの、姫神フェミリンスと戦(や)りあって以来じゃないかな?」

 

声は幼児の如く甲高く。

外見も少年のようにしか見えない。

だが、膨大な魔力と、子供にしか見えないはずなのに、内から湧き出る神と呼んでも相応しいその威容と立ち振る舞い。

セリカの身体が、緊張に強張った。

腕の中のエクリアも同じく、抵抗をやめ、呆然とそれを見た。

セリカはそんなエクリアを無言で床に降ろすと、再びハイシェラソードを鞘から抜き、剣を構える。

すると、目の前の見掛けだけは少年である存在が、ウンザリした口調で語りかけてきた。

 

「ああ、いいよもう。どうも上手くいかないみたいだしさぁ。まったく、流石は神殺し。物語の主人公。『マガイモノ』である僕なんかじゃあ、君が関わった途端、タダの道化だよ……って感じかな?」

「……俺には、キサマが何を言っているのか分からん」

「本当に? おねーちゃんから聞いてない? ねぇ、ねぇ、ねぇっ!」

 

目を悦びの形にカッと大きく見開く。

禍々しい漆紅色に澱む唇は、言葉を発する度に瘴気を醸し出し、大気を腐らせた。

 

「楽しみだなぁ。幻燐が終われば、もうおねーちゃんの出番はないんだ。精々が一行か二行の死亡報告。ただ、それだけのモブ。だからさ、キチンと予定通りに終わって、そして僕の下に来て欲しいのに。なのに、おねーちゃん、自分の役割解っているのかな?」

 

手を伸ばす先に宝玉が現れ、その宝玉から映し出されるのは、肌もあらわな戦装束に身を包んだ、セリーヌ・テシュオス。

なにがあったのだろうか? 顔を絶望に強張らせたセリーヌの姿は、それだけでセリカの心を強く乱す。と言うか、他のヤツに肌を見せるな!

そして、倒れ伏し、様子を覗っていたエクリアもまた、死んだ筈の妹の姿に、身を起こして目を見開いた。

 

「セ……セリーヌ……?」

 

そうだ。彼女は、滅ぼした筈のケルヴァン・ソリードの口から発せられた『セリーヌ』という言葉に、僅かな驚愕と、大きな隙を作ってしまった。

そこを少年の姿を取る化け物に襲われ、心を操られる結果となってしまった。

何故エクリア程の者が容易く? そう思うかもしれない。

だが、『彼』ほど姫神フェミリンスを知る存在はなく、だからこそ、エクリアは容易く囚われ、操られてしまったのだ。

 

かつて姫神の力に嫉妬し、彼女の全てを奪おうとした大魔術師ブレアード。

その殻を被り、その役割を淡々とこなす目の前の存在だからこそ……

 

もちろん、エクリアは知らない。

知らないからこそ屈辱は凄まじい。

だが、その屈辱を忘れる程の衝撃を受けた。

そう、エクリアは、目の前に映し出される光景に驚愕したのだ。

 

 

駆けつけなければ……

今度こそ、あの愛おしい妹を……いや、『妹達』を守るために。

エクリア・テシュオスとしてではなく、一人の姉として、ただのエクリアとして、あの子達の下へと駆けつけたい。

 

抱きしめたい。愛しているのだと言ってしまいたい。

そうして、やり直したい。姉妹として、家族として……

 

無理矢理力を引き出され、バラバラになってしまいそうなほど痛む身体に活を入れる。

ガクガク震える膝に拳を叩き込み、どうにかこうにか身体を起こした。

そして神殺しの隣に立ち、姫神としてでなく、エクリアとしての魔力の力を高めていく。

目の前の、これ以上ないほどの屈辱を与えてくれた存在に、残された力の全てを叩き込まんがために。

だが、

 

「でもま、終わりよければ全て良し。最後が一緒ならさ、途中が違っても何とかなるよね? ねぇ、神殺し。君はそう思わない?」

 

言葉の意味は解らない。

だが、不吉な意味としか思えない。

 

なのに……ッ!

 

セリカとエクリアは───目の前の少年の姿をした化け物が、

 

「ああ、そうそう。自己紹介がまだだったね、神殺しセリカと姫将軍エクリア。人は僕を大魔術師と呼ぶ。大魔術師ブレアードとね? そうっ! 僕は君の! 君達の! 敵さッ!!」

 

そう言って姿を消すのを、ただ、ただ。

見ているだけしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、セリーヌの張った絶対情報封鎖圏。

その死の網に掛った女騎士がいた。

セリーヌが陥落させた元ミレティア保護領の領主にして竜騎士。

彼女の名はティファーナ。ティファーナ・ルクセンベール。

 

 

その彼女は、どこかボウッとした面持ちで遠く眺め見ていた。

 

ああ、死ぬのだな。そう思う。

相手は自分と同じ竜騎士。

ティファーナは、このレスペレントで最高位の竜騎士だと自負していた。

 

 

1対1ならば決して負けはない。

いいや、相手が10騎だろうとそう簡単にやられはしない。

だけども、先のサラン街道を巡る戦いで傷ついた身体が……言い訳はよそう。

例え十全な状態だったとしても、勝利はむろん、逃げ出すことすら……

 

 

敵の竜騎士、その数優に百を超え、しかも騎士達が騎乗する竜の多くに、ティファーナは見覚えがあった。

いかなる戦場でも臆せず戦い抜けれるようにと、自分達が丹精込めて育て上げた竜だ。

 

 

あはは……

 

こぼれる笑いは諦念の笑い。

 

 

個を群れが襲い、騎乗する竜の質とて大差ない。

その上で、編成が未知でもあった。

通常の竜騎士───竜に跨り、ランスで持ってチャージ───に加え、武装しない竜騎士の背に弓騎士や魔術師がいる。

鞍でしっかりと固定された彼らは、身を乗り出して矢を放ち、魔法を放つ。

正直、騎士として汚いやり方だと反感がもたげる。

 

それでも誇りある天空の騎士かと!

 

しかしだ、酷くソレが効果的であるのが良く分かる。

それこそ、こうしてどうにも出来ずに首を獲られそうな自分の状況が良く物語っていた。

だが死ぬ訳にはいかない。

でも、どうにも出来そうにない……

 

「陛下……」

 

小さくこぼれた呟き。

ティファーナの、想い人である。

 

 

 

初めて会ったのは夜。闇の中、クラナの盗賊団の根城跡で彼と出会った。

素性を知らなくはあったけど、敵対する国の騎士だろうとは思っていた。

太陽の下で再び出会った時には、その姿から魔族の血を継いでいるのだと一目で分かった。

だからいつかは剣を交わすのだろうと、悲しく思った。

その時よ、永遠にこないでくれと願う程に…… 

会えば会うほど想いは募る。

だから会うのをやめ、そして相対し、だけども敗れ、結果ミレティアの統治を任せ、何の憂いもなく彼の傍にいる今の自分。

 

 

彼の寂しげで冷たい眼。なのに、声は染み入る様に暖かく。

 

愛したい───愛されたい。

そして、彼を、守ってあげたい。

 

目蓋の裏に、強烈に焼き付いている彼の笑みを浮かべた顔。

 

けれど、ここで死ねば笑みは曇るのだろう。

彼は、一度懐に入れた者には優しい人だから……

そうさせることに、いけないと思いつつも仄かな悦びがある。

 

でも、でもだ!

 

窮地に立った国の現状を一刻も速く知らせねば、彼は……っ!!

 

死んでしまう……

 

 

 

 

そんなのは嫌だと、力が沸き立つ。

諦められない。諦めてはならない。

 

ここで私は死ぬ訳にはいかないっ!

 

両手に持つ双鎌を大きく旋回させ、

 

「あああああああああああああああああっ」

 

烈吼の気合を吐き、降り注ぐ矢や炎の魔術を弾く。

それでも防ぎ切れなかった矢が身を貫き、炎が肌を焼いた。

激しい痛みに頬が引き攣る。

だがティファーナの瞳から光は消えない。

ギリリと歯軋りを鳴らし痛みを堪え、天空高くに陣取る竜騎士達の急降下チャージに備えて双鎌を大きく構えた。

 

「ルクセンベールを! 竜騎士の家系を舐めるなァ───ッ!!」

 

すれ違い様に一人目の騎士の首を刎ねる。

鮮血が顔を濡らし、視界が真っ赤に染まった。

だけどもティファーナは、目をぬぐうことをせず、鎌振るう手を止めない。

2人目、3人目と、斬り捨て、薙ぎ払い、そして、殺す。

地上に落下していく竜騎士が両手の指の数ほどになった頃、遂に右の肩に矢が刺さる。

当たり所が悪かったのか、力が入らず、だらりと手が下がった。

続いて間髪開けずに迫りくる敵竜騎士達のチャージに、双鎌を弾かれ、腹を抉られ。

 

最早ここまでか……っ!

 

そう思った瞬間、迫りくる竜騎士の群れが『光』と『闇』、2つの絶大なる魔力により吹き飛ばされる。

それでもチャージしてくる竜騎士の一人は、その身体を連接剣により巻きつかれ。一拍の間をおいて、血飛沫と断末魔の悲鳴を残して無残な躯を地上に落とした。

 

ティファーナは目を見開く。

 

目の前には、真白い6枚の翼を髪の色と同じ敵騎の紅き血で汚し、欠片の油断無き厳しい視線で天高く舞う竜騎士を睨む美しき飛天魔の背中。

彼女はメンフィル王リウイ・マーシルンの傍近くに侍る光の飛天魔シュヴァルティア。

魔神や神格者と比べても遜色ないだろうその威容と実力は、無残な躯を晒した騎士の末路を見ても疑いようはない。

 

続いて、闇と光の魔術が放たれた地上を、高鳴る胸を抑えるようにしてティファーナは見る。

 

闇の魔術、暗黒槍を放ったのは、リウイに絶対の忠誠を誓うアーライナの僧侶、ペテレーネ・セラ。

いつもは控えめな彼女が、厳しい目線で空を見上げ、身体の中にある魔力を練り、両腕を天に向け、2段目の魔術の詠唱に入っていた。

 

その後ろには光の魔術、光霞を放ったメンフィル王妃、イリーナ・マーシルン。

優しげで柔らかい容姿の彼女は、ホッとした表情を浮かべている。

ティファーナの視線に気づいたのだろう。隣に立つ男に肘を入れて何かを促していた。

そしてティファーナはイリーナが肘を入れる男を見る。

油断なく突剣を腰から抜き放ち、空からの攻撃に備えていた彼は、ふと気づいたように彼女を見た。

彼の瞳は厳しく細く、冷たく。でも、とても優しく……

ああ……

 

「陛下……」

 

どうしてここに……?

切れ長の、どこか酷薄にして冷徹な所のある瞳が、とても心配そうだ。

 

 

私に……

この私に向けられた瞳が……

 

 

リウイ・マーシルン。私の、マイ・ロード……

 

 

 

 

 

 

 




今回は加筆なしです


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19話目

今回も加筆なしです


 

 

 

「陛下……」

 

囁くような小さな声。

でも万遍の想いが込められているのは、ただ聞こえただけの彼女にも分かった。

ティファーナを守る様に翼を広げていたシュヴァルティアは、そんな彼女の様に苦笑する。

 

「疑問も多々あろうが、今は眼前の敵を蹴散らすことに集中した方がいい」

 

その声に反応した訳ではないだろう。

が、しかし、シュヴァルティアがそう言った瞬間、チャージの構えをとっていた竜騎士達は、一斉に空高く舞い上がった。

 

地上からの魔法攻撃を厭うたのだろうか?

それとも、シュヴァルティアの威勢に畏れなしたのだろうか?

……いや、違う。これが、カルッシャの新しき戦か。

 

弓を放つ。魔法を放つ。ここまでは、先程までと一緒だ。

しかし、チャージの構えをとっていた『通常』の装備の竜騎士達が、ランスを一斉に投擲する!

 

シュヴァルティアに、ティファーナに。何より、地上にいるリウイ達目掛けて投擲された凶器。

ランスが雨の様に降り注ぎ、冷たい鋼の反射する光が死神を誘う。まさに死の雨。

 

ティファーナは動けない。

傷が彼女の動きを苛んでいるから。

 

シュヴァルティアも動けない。

彼女が動けば、背にいるティファーナは死んでしまうだろう。

 

だけど、このままでは地上にいる陛下が……っ!

 

しかし、その心配は無用だ。必要ない。

リウイは覇者。覇者とは、世界の流れを強引に手繰り寄せる力が有る者の総称である。

そんな彼が、この程度の攻撃で、命を危うくするなどありえない。

そう、彼の隣。先程から詠唱状態にあったペテレーネの魔法が完成したのだ。

 

「アーライナよ、裁きをッ!!」

 

膨れ上がる魔力。風が震え、ペテレーネの睨む範囲の空気が、彼女の支配域に代わり……そして、放たれる。

混沌の女神アーライナの闇の裁き。

その魔法は空を漆黒に塗り替え、降り注ぐランスの全てを飲み込み消滅させる。

数瞬後、シンと静まり返る空。もう、鋼の雨は、ない。

 

「ご主人さま、全て撃破です」

「よくやった、ペテレーネ」

 

リウイはくしゃりとペテレーネの頭を撫で、戦いは終わりと、手に持つ突剣を腰に差した。

ティファーナが空を見上げれば、すでに敵竜騎士達の姿はなく、先程の攻撃は逃げるための時間稼ぎだったのかと、小さく首を捻った。

アレを続けざまに何度も放たれれば、流石のリウイ達も無傷では済まなかっただろう。

 

なのに、どうして……?

 

まあ、ランスなんて重装備。そうそう持ち合わせてはいないという理由だろうが。

ティファーナは冷静さを失わせているのか、いくら考えても答えは出ない。

出ないのだが……

 

今の彼女にはリウイに告げねばならないことがたくさんあった。

傷ついた身体をシュヴァルティアに庇われる様にして地上に降りると、ペテレーネが急ぎ治療に取り掛かる。

だがティファーナはペテレーネの治療を拒み、リウイの眼前で頭を下げた。

 

「ペステ、ルミア、共に陥落。そして……申し訳ありません、陛下。お預かりしたカルッシャ攻略の為に編成中だった軍を、サラン街道にて壊滅させてしまいました……」

 

矢継ぎ早に放たれた報告に、リウイは眉をしかめ。

そして続いて報告された『爆撃』に、更に眉間の皺を深くする。

 

「……姫将軍エクリアが出て来たのか?」

 

言ってはなんだが、失脚し、行方不明となった筈のエクリア・テシュオスが出てくるとは思えない。

このレスペレントにおいて最強の国にして最後の敵国、カルッシャ。

彼の国が誇る、レスペレントに止まらない異名を持つ彼女は、既に失脚し、カルッシャ国内にいるのかどうかさえ不明である。

 

 

カルッシャ……そう、カルッシャ。

 

リウイは何度も思ったことがある。

 

 

もしも皇太子であるレオニードと、死した宮廷魔術師テネイラのもとで、カルッシャが一つに纏まっていれば。

 

 

闇夜の眷族の王国メンフィル。

人間族中心の王国カルッシャ。

 

 

この2つの王国が、真の意味で手を携えることさえ可能だった。

人間と闇夜の眷族が、共に……いいや、獣人も、エルフも、ドワーフも。

ありとあらゆる勢力が互いを尊重しあう世界が出来たかもしれなかった。

 

 

 

 

……美しすぎる夢だ。現実的ではない。すでに事態は個人の思いなど超越している。

だから、もう叶う筈のない。だけども、叶えられたかもしれない美しい夢。

 

例え皇太子レオニードが王になったとて、憎悪渦巻くレスペレントの戦乱は、もう止まらない。

どちらかが膝をつき、頭を垂れるまで……

そんな埒もない妄想の領域の想像をつらつら考えていると、ティファーナは、

 

「いいえ、いいえ。違うのです、陛下。姫将軍『エクリア』ではありません」

 

そう言って否定した。

リウイはすぐにカルッシャの主だった将の名を脳裏に浮かび上がらせる。

いくつかの名前が浮かび、だが、すぐに否定した。

最後に残った者の名は……現在の戦乱、俗に言う『幻燐戦争』勃発より昔。

歴史的に敵対関係であったフレスラントとカルッシャ間で戦雲が高まり、遂にフレスラントによるカルッシャ侵攻が始まった。

しかしフレスラント軍は、両国の国境近くで壊滅してしまう。

 

その地を、自らの血の色に染め上げて……

 

以降その地は、その地を守り、文字通り血の河を作り上げた天使の名を取り、『モナルカの滝』と呼ばれるに至る。

 

そして現在、その天使モナルカは、皇太子レオニードが率いる人間族主体の国家として酷く稀な、人間族以外で構成された騎士団、翼獅吼騎士団の騎士団長である。

カルッシャにおいて最強……いいや、ことによっては、このレスペレント全体から見ても最強だと言っても過言はない翼獅吼騎士団を用いられれば、成すがままに蹂躙されてもおかしくはない。

 

が……違う。とリウイは感じた。

 

モナルカは風を司る戦いの女神、リィ・バルナシアに仕える天使である。

しかし、何の発想なのか。高空からの爆撃を行い、国自体を疲弊させていく戦略的発想。

これはない。この発想は、光陣営の神々に仕え、高潔な精神を持つ天使が成せる戦術ではない。

むしろコレは、性格のネジ曲がった者しか考えつかない、戦略の域に達するイヤらしい戦術だ。

 

そう、そんな性格のネジ曲がった者が考える策が、普通で有る筈がない。

実際、この爆撃による実質的な被害は、驚くほどに少ないのだ。

だからリウイは確信する。

 

この策の狙いは、心。

兵や国民の心を疲弊させるのが目的なのだと、リウイはティファーナからもたらされる情報から読み取った。

 

 

 

 

 

もとより、このレスペレントにある国の多くは『人間族』の国家である。

彼ら人間族の多くは、リウイ達『闇夜の眷族』と、魔族・魔獣の区別が殆どない。

彼らにとってみれば、我らメンフィルは悪魔のような侵略者で、彼らカルッシャは、そんな我らから解放する為に戦う救世主。

既に占領区となった地域の軍事関連施設を爆撃することで、彼ら一般人にこう思わせるのだ。

 

カルッシャは、まだ戦っている。だから我々も戦おう!

 

そうなれば反抗勢力は活気づき、更には一般人のレジスタンス化さえも可能かもしれない。

カルッシャの兵達も同じだ。自らを正義として戦い続けられるのは、士気の安定化として役に立つ。

この辺りは、テネイラ事件によって一般兵や国民の士気が下降気味となったメンフィルにすれば、実に羨ましい。

 

ついで、ただでさえ差のある絶対的な兵数の差を、更に広げて戦術的な有利を積み重ねるために、メンフィル軍を更に分散させて、各個撃破すら可能な状況を作り出している。

これに対してメンフィル軍は妄動せず、どっしり構えるのが上策。しかし、それが出来れば苦労はしない。

爆撃に晒されている地域を放っておけば、先に言ったような反乱勢力の蠢動を招いてしまう恐れがあった。

なにより、今は軍事施設やその関連施設に限定されてはいるが、いつ『本国』の『民間施設』や『家屋』が攻撃対象に入るか分からない。

いや、実際にそうせずとも、その可能性をコチラに気づかせればいいだけ。ただそれだけで、兵達は動揺してしまう。

動揺した兵は士気が下がり、下手をすれば脱走する可能性すら出てくる。そうなれば、もうメンフィルは軍を維持出来ない。

 

ラピス達は、自らが編成していたカルッシャ攻略軍からも、各地に兵を派遣していただろうし、そうでなくても、常に爆撃の可能性があった状況で士気を保てなど土台無理な話だ。

 

そう、実際にラピス、リン、ティファーナが交戦する前から、カルッシャは戦略的に戦術で勝利するための道筋を作っている。

先だってのブロノス砦での敗戦のように、大局的な視線から『戦争』を行っていたのだ。

あの時は、姫将軍エクリアの失脚で難を逃れられたが、もしもソレがなければ、あの時点でメンフィルは滅亡していただろう。

 

まあ、もしもはこの際、どうでもいい。

 

それより、これが歴史ある『大国』の強みか……と嗤った。

2度……そう、ブロノス砦、そして今回と。2度、戦略的に負けてしまった。

戦術を戦略レベルで構築し、常に自国が有利となるように動ける『システム』が国の中枢で完成しているのかもしれない。

興国したばかりの今のメンフィルには不可能な話だ。

 

だが、興国の……興国を成した興国の王にも、だからこそ確かな強みがある。

 

 

さて、カルッシャの新しき将よ、それが理解できるか?

 

 

リウイは短い時間でここまで思考を深めると、ティファーナの次の言葉に注視する。

 

侵攻軍の将は誰か?

 

実力で考えれば、先に否定したモナルカか。はたまた宰相サイモフか。

ヤツこそ、エクリア去りしカルッシャにおいて、最も危険な男だ。

 

しかし彼は軍事的な才能は一切持ち合わせていない。

 

宰相サイモフに少しでも軍事的な戦略視点があったなら、姫将軍エクリアとの内部抗争なんてしやしない。

少なくても、メンフィルとの決戦が終わるまでは。そうすれば、既にメンフィルは破れていた。

姫将軍エクリアを追い落とすにしても、戦後にすれば良かったのだ。

そうすればレスペレントの覇者はカルッシャになっていたというのに。

宰相サイモフはそれが分からない。限界がここである証拠だ。

 

ならば、サイモフは違う。

 

 

とすれば、やはり皇太子レオニードか。彼ならば、これぐらい出来ても不思議ではないかもしれない。

何より彼が出てくるのならば、モナルカ、サイモフはレオニードの剣と楯。当たり前の様に2人も一緒に出てこよう。

軍事的才能のないサイモフも、レオニードの補佐としてならば、その能力は脅威である。

 

そして、天使モナルカも……

 

 

リウイは皇太子レオニードこそが、今回の敵司令官だろうと当たりをつけ。

だが、その考察はすぐさま否定される。

 

「敵将の名は……セリーヌ・テシュオス。カルッシャの第2王女です」

 

ヒュッとイリーナが息を飲んだ。

 

「お姉さまが生きてらした……ッ!?」

 

ワナワナ身体を震わせ、茫然と呟くイリーナに、リウイは眉を顰める。

 

この戦乱も、新しい局面に入ったか……

まだ見ぬ敵将、セリーヌ・テシュオス。

 

 

 

───闇が邪悪だと誰が決めました? 光が正義だと誰が保障するのです?

いつの日か、光も、闇も、みんな、みんな、仲良くなれたらいいのにね───

 

 

そうイリーナに語りかけた、彼女の最愛の姉。

そんな彼女が、闇夜の眷族たる我らが国を滅ぼさんと軍を率いる。

 

「その姿、確かに妃殿下と良く似た面差し。腰に差した水晶で出来たと思われる剣を振りかざし……」

 

ティファーナの報告に耳を傾けながら考察を進めるリウイは、彼女が『水晶の剣』と口にした同時に、目をカッと見開いた。

素早く背後に控えていたフレスラント王女リオーネに視線を送ると、彼女はコクンと頷き返す。

そう、彼らがつい先ごろまで捜しに捜していた物品。

姫神フェミリンスの呪いからこのレスペレントを解放する為に必要な……

 

「成程な……セリーヌ・テシュオスの目的は、オレの命か……」

 

リウイの口から、ハッと笑い声が漏れた。

顔を蒼ざめさせるイリーナ。いや、皆一様に顔が青い。

だが、リウイは心が軽くなった己に気づく。

 

悲壮な覚悟をしていた。

平和な世の中を築くために、自分の命を捧げるのだと。

その誓い、今も一遍足りとも変わりはしないが、それはあくまで勝者でなければ叶わぬことだった。

 

しかし、その条件がここで変わった。

例え負けても、セリーヌ・テシュオスが、このレスペレントを殺戮の魔女の呪いから解放してくれる。

無論、負けるつもりはない。

ないが、レスペレントを救うためなどと言った、やたらと重い使命からは解放されたような気がする。  

勝っても負けても大丈夫なら、難しいことを考えず、ただ勝つことだけを考えよう。

 

それにしても……ようやく辿り着いた姫神の呪いの解呪法。

 

 

───ティルニーノを始めとする様々な勢力の力を借りた俺よりも先に、イオメルの樹塔に辿り着くとは。

 

「病弱だなどと、侮る訳にはいかんな」

 

口元を、実に楽しそうな笑みの形に緩ませる。

これからの戦いの予感に、心が昂ぶるリウイであった。

 

 

 

 

 

 

ここ最近、どうにも鬱々としていたのが嘘みたい。

 

イリーナは、愛する姉が生きていたとの喜びと、その姉が夫の命を奪わんとしている衝撃を忘れ、リウイの笑みにホッと胸を撫で下ろす。

死に逝かんとする夫を、もしかしたら止めることが出来るかもしれない。

 

 

 

お姉さま、お願いです。

 

どうか、あの人を助けて……

どうか、どうか……私の大切な人を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで少しだけ時間をさかのぼる。

 

メンフィル西部……数年前に壊滅した開拓民村跡地に建てられた簡易テントの中で、定例の軍議会議が行われている。

そこでセリーヌは、円状のテーブルに両肘をつき、将軍達や参謀らの話に耳を傾けていた。

 

セリーヌが進軍を開始し、遂にメンフィル国内に至るまでに掛った時間は、実に半月程でしかない。

短兵急にも程がある行軍。しかし短兵急に進まなければ、この結果はありえなかった。

セリーヌは、そう確信しているし、また事実でもある。

彼女自身、前世はもちろん、今生において、軍人としても、武人としても、経験があまりにも少なすぎた。

その上、軍を率いる才能なんて、彼女にはありはしない。

 

そんな彼女がメンフィルに勝つには条件がある。

 

 

リウイ・マーシルンが『いない』。

 

 

彼がいてはダメだ。

 

ただの凡人に毛が生えた程度でしかないセリーヌには、よほど良い条件が揃わなければ、リウイ・マーシルンという一代の『英傑』には決して勝ち得ない。

英傑であるリウイをセリーヌが出し抜く方法……それは、不確定ながらも、そこそこ信頼度が高い……ような気がする『原作知識』と言う名の反則行為。

すでに摩耗している知識を必死に掘り起こし、時期と状況を照らし合わせ、情報から彼の目的と狙いを考察していく。

結果、完全にリウイの行動を先読みしきったセリーヌによって作り出された現状。それが今のカルッシャ有利の源泉である。

 

 

───ほんと、卑怯にも程がある。

 

 

己の実力からくる結果ではない。全て、特異な知識由来のもので……

セリーヌは自虐めいた笑いに口元に歪ませ……だが、すぐにその嘲笑を消す。

例え自分に向けた見下す笑いでも、こんな醜い表情を兵達に見られる訳にはいかない。

第一、どんな手段だとて勝てば官軍。負ければ賊軍。ようは勝てば全てオールオッケー。

だからセリーヌは歪みかけた口元を柔らかい微笑みに変えた。

そうして気分転換とばかりにテントを出ると、ゆっくりと余裕有る表情で兵達に笑いかけ、手を振った。 

 

 

ウォオオオオッッ!! 地面が震える程に歓声が上がった。みな、一様に顔が明るい。

 

 

勝利の高揚だ。そして、正義に酔っている。

魔王の軍勢を滅ぼし、光の使徒たる我々カルッシャの民が、魔王に征服されそうなレスペレントを救うのだ!

 

ああ、なんておとぎ話。

 

まるでヒロイックサーガの登場人物のよう。

 

……本当は、そんな簡単な話なんかじゃないのにね、と静かに笑った。

 

カルッシャが正義なら、メンフィルもまた正義。光と闇の共存。美しい夢……きれいすぎる夢。

メンフィルの正義が闇と光の共存ならば、カルッシャの正義もまた、光と闇の共存であったはず。

少なくても、皇太子レオニードと、謀略に巻き込まれ命を落としたテネイラ・オストーフはそうだ。

でも、今は違う。少なくても、セリーヌの率いるメンフィル攻略軍は違った。

レオニードとイリーナに光と闇の共存の素晴らしさを語ったセリーヌが、闇を駆逐せんとする軍勢の将軍だなんて、笑えない。本当に、笑えない。

 

でも……

 

腰に吊るしたプラチナソードと水晶の刃。その鍔と鞘に触れ、チャリっと刃を鳴らす。

 

私はセリーヌ。セリーヌ・『テシュオス』。

弟を守るためなら、どんな汚い手でも使ってみせる。

決して自分では勝ち得ない。そんな相手であるリウイ・マーシルンを……殺してみせよう。

 

思いを新たに、挫けそうな心に活を。

そうしてセリーヌはテントの中に戻ると、席につく。

戦いは、これからが本番なのだ。そう言わんばかりに……

 

だが、事態はセリーヌの手から放れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予定通り、サラン街道奥まで軍を引きます。用意をっ」

「はぁ? なぜですか? 確かに当初の予定ではそうなっておりますが、ここまで来たのならば一気にメンフィル王都を攻め落としましょうぞ!」

 

攻め落としましょうぞって……

こうして進撃を開始する前に、散々ミーティングしたでしょうが。

 

「それで、どうなります? 何の意味があるのですか?」

「なんの意味がとは、王都を陥とす。すなわち、我らカルッシャの勝利ではありませんか!」

「何か勘違いしているようですね。それとも、小さい勝利を重ねて目が曇りましたか? メンフィルは、王都を陥落されても滅びはしません」

「……は?」

「メンフィル王、リウイ・マーシルンは興国の王。彼が居る場所こそが王都であり玉座となる。すなわち、彼が居る限り、メンフィル魔族国は健在なのです。ですが逆に、興国の王。それこそが彼らの弱点。現在、リウイ・マーシルンに親族はいません。正確には、王妃であるイリーナ以外にはおりません。ですから彼さえ倒せば、メンフィルは自ずと崩壊するのです。敵国であるカルッシャの王女イリーナを旗頭に国を維持するなど不可能でありましょうから。何よりこのまま王都を攻めたのなら我らは敗れます。そろそろリウイ・マーシルンも姿を現しますし、そうなれば挟み撃ちに合う可能性もありますでしょう?」

 

何より、可能性はとても低いだろうけど、うまくすれば向こうから和平を打診してくれるかもしれない。

 

その言葉を心内に留める。

だが、参謀を務める将の言葉に、セリーヌの目が点になった。

 

「その前に陥とせばよいのですよ」

 

なにを言ってる?

そんなに簡単に勝てる相手なら、とっくの間にメンフィルは滅んでいる。

それが分からないアナタ達ではないでしょうに……

 

「無理です。メンフィル大将軍ファーミシルスは、今までの相手とは格が違います。彼女の格は、もはや魔神と同等。数を頼りに攻めに攻めても、時間を稼がれて終わる可能性が高いのです。いいえ、それどころか、下手を打てば逆に敗北の憂き目すら見ましょうというもの」

「ですが……っ!!」

 

永遠にセリーヌには分からない感情から発せられた主張は、セリーヌの戦略とは真っ向から対決する。

 

セリーヌの戦い方は、

 

勝ち目の低い相手とやるなら、ジワジワ相手の力を削ってからだよ!

しかも徹底的に、ごめんなさーいって謝りたくなるぐらい、徹底的に……っ!!

 

だが彼らにはそれが弱腰にしか映らない。

勝ちに慣れ、勝ちすぎた。いわば、欲。名誉、勝利、栄光……功績。騎士の本文である。

だからこそ議論は平行線をたどり、副将格であるオイゲンでさえ、彼らの言葉に頷き始めた。

当初は祖国の滅亡をすら覚悟していた面々が、それすら忘れて更なる勝利を欲している。

 

勝利自体はセリーヌこそ、欲する所だ。

しかし彼らは、勝利し続けたことでリウイ・マーシルンの恐ろしさを忘れた。

まだ、彼とは戦ってすらいないのに。

いや、元々分かっていなかったのかもしれないと、セリーヌは思う。

そして、諦めたように息を吐き捨てた。

 

こうなればセリーヌの発言力は低いものとなるだろう。なぜなら彼らは歴とした軍人。

絶対的な支持をとった兵や、一部騎士達ならばともかく、多くの将や参謀クラスの騎士達は、例え司令官と言えど、ポッと出の、ただの王女の言葉なんか聞きやしない。

 

「殿下、大丈夫ですよ。我らには無敵の竜騎士隊もありますれば、彼らに先行して王都ミルスを叩いて貰えばよいのですよ」

「ですよですよと、アナタ方はバカですか? 彼らが被害なく戦功を得ているのも、一撃離脱に徹しているからです。そうでなくては……」

「我らを侮られるか!」

 

侮っているのはアナタ達です。

敵を侮り、勝利に驕る。

……滅び逝く国の典型ではないか。

 

数だけで勝てるのならば、このレスペレントを脅かした魔神ディアーネは、メンフィルが打倒する以前に滅びています。

でも、彼女は脅威であり続けた。それがどうしてなのか、何故分からないの? バカなの? アホなの? いい加減にしてよ……

一般兵ならともかく、アナタ方は士官でしょう? 勝ったら次もいこうぜっ!って……ホントに……

 

「とにかくダメです。私がこの軍の指令。貴方達には、私に従う義務があります」

「では、どうしても?」

「ええ、どうしても」

 

ここに来てようやくオイゲンは不味いと思ったのだろう。表向きには私についたけれども……

それ以外の将達の顔は、一様に歪んでいる。

カルッシャは強国。カルッシャが正義。カルッシャにこそ栄光があり、勝利は我々にこそ相応しい。

歪んだ思いは、だからこそ強く、激しい。

彼らは本軍直営としてセリーヌのとっておきである竜騎士隊の一部を用い、本国へと至急連絡をとった。

宰相サイモフ。私ことセリーヌよりも上の権限を持つ彼に、進軍の許可を得るために。

 

結果は……いうまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、メンフィル王都へと向かう命が下されたセリーヌは、苦い顔をして自軍の副将と対面する。

 

「申し訳ありません、殿下……」

「オイゲン、貴方達が望み、選んだ戦です。満足ですか?」

 

嫌味臭い言い方だ。

そうセリーヌは思わないでもなかった。

が、一言言わなければやってられない。

そんな気持ちでもあったのだ。

もしかしたら勝てるかも。そんな状況を台無しにされた。

むろん、この考え自体こそ驕りだろうとはセリーヌも自戒出来る。

出来るが……明らかに負けフラグムンムンの状況に、恨みごとくらい言っても罰は当たらない。

 

「……申し訳……ありません……」

 

謝るくらいなら、最初から変な案に賛成すんな。

そんな言葉を飲み込み。

 

……後はもう、勝つしかない。

幸い……と言っては何だが、王城はハーマンが散々破壊し尽くしている。

防御力自体は大したことはあるまい。

だけども……

 

「オイゲン、勝てますか?」

 

いや、むしろ勝たなければならない。

しかも短時間で。リウイが帰ってこない内に。

勝利条件がドンドン厳しくなっていく。

例え一度負けても、何度でも戦い続けれるように考えていた状況の全てが、ないことになったのだ。

だから……

 

「必ずや勝利を!」

 

威勢良く誓えば勝てるだなんて、本当にそうならいくらでもシテ見せる。

でも、現実は甘くない。

セリーヌは目蓋を閉じ、大きく息を吐き出す。

 

 セリカ……

 

小さく、誰にも聞こえない声で呟く。

セリーヌは、薬指にある指輪を愛おしそうに数回撫で……想いが届いたのか。

奇しくも、セリカがエクリアをスルーし、ブレアードを直接叩こうと決意した直前で。

 

「期待、しています……」

 

でも、想いが届いたのだと気づく訳もないセリーヌは、疲れ切った声でそれだけ言うと、義母につけられた女騎士の手を借り、馬に跨った。

決まった以上、その中で最善を尽くさなければ。

セリーヌは、各地への空爆を一層激しくし、敵補給線を完全に破壊するようにと命を下す。

少しでも、敵戦力や士気を挫くために。

それはリウイ・マーシルンが情報封鎖圏を突破したとの報告が入る、僅か数時間前のことであり……

 

……もちろん、この報を聞いた時のセリーヌの絶望は、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ~あ、死んだ。死んだ。死んじゃった♪

 

 ふんふふ~ん♪

 

 

 

「……ふう、なんとか機嫌を直していただけたようだな」

 

ホッとしたようなオイゲンの声など完全無視で。

 

 

 

 凌辱、輪姦、牝奴隷フラグが立っちゃった~♪

 

 ふんふふ~ん♪

 

 

 

 

妙に物騒な歌詞付きな鼻歌を歌ってるけど、まあ、絶望しているのは本当である。

 

「エロゲって、女性には厳しい世界だと思いません?」

「はい? エロ、ゲ……ですか? なんですそれ」

「ふんふふ~ん♪」

 

 

  たぶん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セリーヌたん、こぼればなし

 

 

 

阿藤 沙希さん……セリーヌの前世。男ではない。

 

実はセリーヌたん物語を始める前、しかも戦女神VERITAが出る前に作者が考えていた話の主人公だったりします。

 

ちなみにこんな話。

 

阿藤沙希(16) 図書部員

 

ある日のこと、部活の先輩(男)がやっていたパソコンゲームを、興味本位でやってみた沙希は、エロゲがどうの以前に、なぜかとても悲しい気持ちになった。

 

そのゲームの題名は『戦女神ZERO』。

 

どうにもデジャブ感溢れるその内容に首を捻りながら家に帰ると、年子で弟の阿藤玲が同じゲームをやっているのを見て、取り上げる。

姉にエロゲやってる姿見られて絶望する弟をよそに、沙希は数週間かけてそのゲームのシリーズ全てをクリアすると……ふと気づいたら、荒野にぽつんとひとり立っていた。

 

で、始まる『戦女神2』トリップ物。

 

阿藤沙希と、彼女を保護したセリカのLOVEストーリーになる予定だった。

プロット考えてる途中で、夢小説臭が半端なくなり、精神ダメージがドンってきて断念。

ちなみに、阿藤沙希さんは……

 

サキ=アトウ→サキアトウ→サキア→サティア

 

セリカの魂が受け入れきれなかったアストライアの魂の一部。

ラプシィア・ルンみたいなもんっていう設定でしたw

ついでに言えば、弟の阿藤玲くんも……

 

レイ=アトウ→レイアトウ→プレイアトウ→ブレアード

 

このトリップ物の中ボスのはずでした。

 

ネタバレすれば、最後に沙希さんはラウルバーシュでの記憶を失った玲くんをつれて元の世界に帰還。

日々をぼんやりと、少し切なげに過ごす彼女でしたが、外食しに家族で外に出ると、不意に辺り一面が光に包まれる。

光の先には赤毛の美女と見紛う青年が、失った筈の感情を取り戻して、それでもうまく出せない感情を精一杯に笑顔で満たし、沙希にむかって手を伸ばす。

 

行けよ、バカあねき。こっちのことは心配すんな。俺が何とかするからさ……

 

戸惑う彼女の背を押すのは、記憶を失ったはずの弟、玲。

 

沙希は両親に深々と頭を下げると、セリカの胸に飛び込み……

 

 

こんな話になる予定でしたw

 

ちなみに、現在のセリーヌには、この設定は一切ありません。

ただの男勝りのブラコン女性(22)が転生物ですw

名前も、単に面倒だからそのままスライドしてるだけです。沙希さんは、ですけど。

 

……それにしても、なんていう夢臭。

まあ、セリーヌたん物語も夢臭いんだけどねっ!

 

 



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20話目

 

 

 

 

 

幻燐戦争と呼ばれたレスペレント統一戦争の『終わり』。

序盤・中盤と、中心にいたのはメンフィル王リウイ・マーシルンであり、最後の勝者もまた彼である。

が、この終盤戦においてのみ語るのならば、確かに中心にいたのはセリーヌ・テシュオスだったのだ。

 

その『終わり』を、更に序盤、中盤、終盤の3つに分けるとしたならば、

 

序盤戦は、ミレティア保護領ペステの街での会戦~レスペレント都市国家群ルミア会戦まで。

中盤戦は、ラピス・サウリン率いるメンフィル軍と相対した第二次サラン街道会戦、及び追撃戦。

終盤戦は、メンフィル王都ミルス攻防戦~第三次サラン街道会戦までだろう。

 

そう、幻燐戦争において最も有名な局面。後の歴史小説家が様々なIFを描いた終盤戦。

 

メンフィルの将兵が最も激しく損耗し、カルッシャの将兵も無残な躯を大量に晒す。凄惨で、残酷な戦いである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城を攻め落とすには、相手方より3倍の兵数が必要だというのは、何を読んで得た知識だったのだろう?

 

突然こんなことを考え始めたのは、これからメンフィルの王都を臨むからだ。

 

そう言えば、初陣で攻め落としたペステの城館は既にボロボロで、兵も百にすら届かず仕舞い。

次に攻めたルミアも、城塞都市というにはあまりにお粗末で、やっぱり城攻めなんて感じはしなかった。

竜騎士による空爆と、魔術師による集中砲火。とどめに攻城兵器で城壁ごと門を破壊したのは私の記憶にも新しい。

兵数差も3倍どころか100倍以上だったのだから、危機感なんて持ちようもなかったのだ。

 

……なんだろう? メンフィルってもしかして攻められる可能性を考えていなかったのかな?

 

それとも、お姉さまが失脚したことで、危機感というものを喪失していたのかもしれない。

今まで積極的に攻勢に出たことがないとはいえ、カルッシャも随分と舐められた物だ。 

 

って、本当の所は、現在のメンフィルに占領地や保護領を確実に守れるだけの兵力が足りないだけ。

そんな、ただでさえ攻められ慣れていないメンフィルの、更に不利な状況に浸けこんでの進軍。実に楽勝でしたとも。

だから殆ど初めてだといってもいいだろう『カルッシャ』が『不利』な会戦を前に、私は少しナーバスになってるみたいです。

 

 

 

まあ、それはともかく?

 

なにを読んでの知識かはすっかり忘れてしまったけれど、3倍の兵が必要っていうのは、兵器の質と量で簡単に変動するとも書かれていたはず。たぶん。

兵器なんて言葉があるぐらいです。おそらくは前世で読んだ本なんだろうけど……

 

さて、魔法があるこのディル=リフィーナではどうなのかな?

 

ううん、魔法だけじゃないよね。

強力な個体……魔神や神格者なんて超越者が蔓延る世界である。

この世界では、3倍なんて目安は意味を成さないんじゃないかな?

 

と、不吉なことばかり考えてしまう私の握る手の平には、嫌な汗。とても不快。

 

 

「……殿下。野戦陣地構築、完了致しました」

「お疲れさまでした。では予定通り、一部の兵を残し早急に王都ミルスを目指します」

「はっ!」

「残る将は……」

「私が……っ!」

 

何か思うところがあったのだろう。

気合と決意を込めた瞳で私を射抜くオイゲン。

……正直な話、後ろめたい気持ちがあるのなら、あんな提案に良い顔すんなと心の底から罵ってやりたい。

おかげで、私の頭越しの宰相サイモフの命令書が幅を利かせるようになってますよ?

 

とはいえ、もう過ぎたことでもある。

いつまでもグチグチ言ってても建設的ではない。

だから私は、もう気にする必要はありませんとばかりに薄く微笑を浮かべ、首を横に振る。

 

「オイゲン。アナタの役目は私の足りない部分を補うこと。ここでアナタが居なくなることを私は認めません。ですが……そうですね。残る将の選定はアナタに任せます」

「……はっ!」

「解っているでしょうが、任は決して敵を殲滅することではなく、この地にリウイ・マーシルンを張り付けさせることにあります」

「若く功を焦る者ではなく、経験を積んだ実直な者をあてることを約束致します」

「よろしい」

 

最後にやや硬い口調でそう言うと、構築された野戦陣地に視線を向けるふりして、その実オイゲン達が慌ただしく動き回るのを横目に見ていた。

 

 

気が急く。

 

一刻も早く王都ミルスを落とさねば。

リウイ・マーシルンがやってくる前に、落とさなければ……

 

だからこそ、今まで常に最前線に立っていた私が、直属の部隊だけを引き連れて最後尾にいるのだ。

我がカルッシャの軍勢は、王都ミルスの兵に十倍する。

ただでさえ兵差があったのに、ここ最近の空爆で、ミルスの将兵が各地に派遣されているからだ。

これでメンフィルの有能な将の数は減り、更には普通に考えたら勝てる兵力差がある。

 

(これで負けたら嘘でしょう?)

 

でも、この世界には魔法があり、超越者がいる。

魔法は兵器の質として、ならば量に勝る我が軍は早々相手の好きにはさせない自身が私にはあった。

 

だけども超越者。

 

この世界の軍事バランスは、この超越者の動向一つで大きく変わる。

私のような只人の力は弱く儚く、超越者に蹂躙されるだけなのだろうか?

 

……いいえ、そんなはずない。

人は……人という『群』は、そんな超越者すら勝る力があるはずなのだ。

……って、セリカが大好きな私じゃ、少し説得力がないかも?

 

うふふと小さく笑いの衝動を口元に宿す私に、どこかしら申し訳なさそうに、

 

「殿下……」

 

と私に声をかけてくるオイゲン。

変な所を見せてしまった。

ちょっと気を抜きすぎだ。

私はすぐさま顔の筋肉を引き締め、

 

「準備、終わりましたか?」

 

少し威厳ある風に声を出した。

 

「ハッ! 万事滞りなく」

 

討てば響く様な素早い答え。

私はオイゲンの返事に、しばし瞑目する。

 

やり残したことはないか?

まだ出来ることはあるんじゃないか?

 

リウイ・マーシルンに対しては、野戦陣地と竜騎士隊の一部をもってしての遅滞戦術。

他に、出来ることは……と激しく脳を回転させても、しょせん私は一般人。

戦術・戦略なんてさっぱりである。

それでも何となく知ってるような知らない様な、って感じの野戦陣地構築の知識の概要を説明するだけで、オイゲンを始めとする軍人達が試行錯誤で何とかやってくれた。

塹壕だとか、まあ色々作ったみたいだけども、素人の私にはコレがこの世界で通用するのか分からない。

 

多分、だけども、これから先に発展する技術の一つになる……といいよね!

……そ。さっきも言ったけど、しょせん私はこの程度である。

うん、ダメだ。まったく思いつかない。

だからこれ以上考えても無駄だろう。

おそらく私に出来ることはやり尽くした。後は天命を待つのみ!

 

私はゆっくり目蓋を開くと、すぅーっと大きく息を吸い……

吐き出す息と同時に、気合を入れて言葉を発した。

 

「参りましょう。私の……私達(わたくしたち)の戦場へ……っ!」

 

ウォォォオオオオオオオッ!! 地響きするような歓声と共に私は馬に跨り、大きく手を振りその歓声に応える。

すると、更にその歓声が大きくなったのだけども……

気のせいかな?

彼らの視線が、私というよりも私が騎乗する馬なような……って、あっ!?

ちょい大胆な戦装衣のスリットから飛び出た私の生足。

セリカと旅をしていたおかげか、私の足は細く引き締まり、自分で言うのもなんだけど、結構イイ感じ。

そんな足を見てやがりますよ、この人達は……

私は頬が紅潮させながら、何気ないふりしてスリットの端を掴んで足を隠すけど、その実、焦った様子がバレバレ。

だから恥ずかしさを誤魔化すために、さっさと進軍を開始しようと号令したのだけれど……

 

「しゅ、しゅちゅじんっ!!」

 

かんぢゃったよ……う~るるぅ~。

涙目な私は、更に大きくなった歓声から逃げるように馬を進ませる。

 

 

 

このぐだぐだは……後に思えばこれから始まる凄惨で残酷な戦を前にした清涼なひと時だった。

きっと、兵や騎士達の心に安らぎを与えた大切な時間となったのだろう。

 

そう思えば、この恥ずかしさもしょうがないよね? ねっ?

 

 

 

 

私は自分をそうやって慰めながら、静かにしくしく心で泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都ミルス攻防戦は、セリーヌが到着する前に始まっていた。

大将軍ファーミシルスが、総大将セリーヌ・テシュオスが到着する前にカルッシャ軍を殲滅せんと仕掛けたとも、セリーヌ・テシュオスにこれ以上の功績を立てさせないために、宰相サイモフが前もって他のカルッシャの将達に抜け駆けを命じていたのだともいう、この攻防戦の始まり。

……恐らくは、その双方が絡み合ったのだろう。

ファーミシルスにとっては各個撃破の絶好の機会だし、皇太子レオニードに忠誠を誓ったサイモフにとっても、思っていた以上に名声を得てしまったセリーヌに、これ以上の功績を立てさせる訳にはいかなかったからだ。

 

その結果は言うまでもない。

 

幻燐戦争でのカルッシャの敗因は、その多くが宰相サイモフの行動によるものだからだ。

 

彼がいなければ、ブロノス砦で姫将軍エクリアがリウイ・マーシルンを打ち破り、カルッシャの勝利で幻燐戦争は終結していた。

セリーヌが出陣して以降も、サイモフがいなければカルッシャ勝利の目も多かった。

しかし、その目の多くがミルスで消え去ったというのは間違いないだろう。

 

その王都ミルス攻防戦。

 

セリーヌが最初に見た物は、おびただしい数の竜騎士隊の躯。

最初から来ると解っている竜騎士など、歴戦の将であるファーミシルスにとって脅威ではなく。

当初からの計画通り、レスペレント都市国家群国家長レアイナ・キースが指揮する弓兵部隊と魔術師部隊による高空制圧攻撃。

及び、飛天魔族である大将軍ファーミシルスと、彼女の指揮する睡魔族による迎撃により殲滅されてしまったのだ。

これにより、セリーヌの切り札的存在であった竜騎士部隊の6割近くが消滅したことになる。

 

予想以上の被害に茫然とするセリーヌであったが、そこで終わる程メンフィルは甘くはない。

セリーヌ参陣を好機と見たレアイナ・キースの号令で、後のメンフィル帝国機械化軍団の将、シェラ・エルサリスを中心とした制圧砲撃が始まったのだ。

竜騎士隊の殲滅でどん底まで士気が落ちていたカルッシャ軍は、そのあまりにも激しい砲撃にただ薙ぎ倒されるだけの存在となった。

 

が、しかし。

 

セリーヌは……

 

 

 

 

 

 

砲撃が放たれる度、白磁の肌が熱に焙られる。

 

(怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……)

 

自身に届く、初めての直接的な攻撃に、セリーヌは身体が恐怖で震えそう。

 

(だけども、私は怖がってはいけないんだ)

 

手のひらに自身の爪が刺さりそうなほど、キュッと手を握り締め。

 

でも、表情は一切変えない。変えられない。

顔色を変えては侮られるから。

ううん、それ以上に兵達を不安にさせてしまう。

 

だからセリーヌはなんでもない風を装いながら、いっそ傲慢なまでに胸をはった。

たわわに育った釣鐘状の胸の先端が、ツンと天を向いた時、スゥーっと大きく息を吸う。

瞬間、砲撃の轟音に紛れ、兵や騎士達のゴクッと息を飲む音が微かに響いた。

 

不安が僅かにだが紛れた。

 

彼らの仰ぐセリーヌ王女の自身有り気な様子に、死の恐怖が薄れたのだ。

まあ、煽情的な衣装に身を包むセリーヌの胸元から覗く柔らかそうな乳房が、この時、今まで以上に露出され、砲撃なんぞ気にしてる場合じゃないというのが本当の所だが。

そんな兵達を知ってか知らずか、セリーヌは砲撃による轟音にも負けない声でミルス周辺の空間を震わせた。

 

 

 

 

────俯いてはなりません! 

 

重騎士は盾を持ち前へ出なさい! 

 

竜騎士隊の生き残りは空へ! 弓騎士、魔術師は私の傍へ! 

 

私の兵よ! 騎士よ! 勇者達よ!

 

私を信じて剣を抜け! 私を信じて槍を掲げよ!

 

私を……この私を信じてっ! 命を投げ出せッ!!

 

私の……私達の後ろには、祖国の平和が! 愛する家族がいるのですから!

 

 

 

 

 

恐らくは、魔力すら用いたその一声。

気が萎え、顔を蒼ざめさせていたカルッシャ将兵は、しかし……

数瞬後、砲撃による爆音を超える歓声を上げ、レスペレントの大地をビリビリと揺らした。

 

 

 

そうだ。

 

さっきまでの情けない戦いは、決して我らの本領にあらず。

なんせ我らが主将たるセリーヌ殿下主導の戦いではなかったのだ。

ならば、ここからが本番。この程度の爆撃に身を縮こまらせてる場合ではない。

 

 

 

 

ここまで常勝不敗であったセリーヌの存在は、兵の心を奮い立たせるに十分であった。

 

 

とは言え、砲撃による傷はそのままである。

しかしそれさえも、本気になったカルッシャにとって小さな問題といえる。

セリーヌの素早い指示により動いた神官戦士団の回復魔法が一斉に放たれた。

この辺り、流石は大国。メンフィルのような小国には出来ない程の密度と量のヒーリング。

失われた血は戻らねど、瞬時に傷がふさがっていく。

 

これで傷が癒え、セリーヌの演説によって心は闘志が溢れんばかり。

 

重騎士は指示通り、大盾を掲げながら前に出、砲撃をその身に一心に受け、背後の兵達の文字通りの盾となった。

弓兵や魔術師も、そんな重騎士達に守られながら、セリーヌ直下の部隊にならんと素早く移動を開始する。

まさにレスペレント最強国に相応しい兵の錬成が成せる術であった

そして、その移動が完全に終わるころには、天空高く舞い上がる竜騎士達が、制空権を奪い返そうと槍を扱き、背中の相棒が矢を、魔法を放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、そんなカルッシャ軍に対し、見下し甲高く嘲笑するのはレアイナ・キース。

この状況。シェラ・エルサリスを筆頭とした機械化部隊の砲撃に、その程度の士気の回復と兵の統制は焼け石に水。

……な、はずだったのだが。

 

レアイナは嘲笑を浮かべている口元はそのままに、苛立たしげに眉をピクンと跳ねあげた。

 

数の力は思っていたよりも凄まじいものだ。

数十、数百と集め、一斉に使用される回復魔法は、ティナやペテレーネが使う癒しと遜色など一切なく、あっという間に傷がふさがっていくではないか。

 

だがしかし、それとていつまでも続く筈がない。

 

凡人の群れによる癒しの魔法の一斉使用は、確かに素晴らしい効力を発してはいる。

が、それこそティナやペテレーネの魔力の多さに勝てる筈もなく。すぐに魔力も尽きるだろう。

だからこそレアイナはもう一度嗤った。

憎悪の対象であるセリーヌを、心の底からの殺意の視線で射竦めながら。

 

 

 

 

レアイナにとって何より大切な存在、レスペレント自由都市国家。

ここを武力で攻め落とし、腹心であるリシェル・フルートを討ち取り(メンフィル側では行方不明。実際は捕虜としてカルッシャ本国へと送られている)、更には自身の派閥は良くて財産没収、悪くて処刑。

むろんレアイナ自身の財産の全ても、既にカルッシャに接収されてしまっている。

その上で、都市国家長であるレアイナの対立派閥をカルッシャの傀儡とし、都市国家の運営に当たらせた。

結果、自由都市国家の独立性は完全に喪失し、いずれはカルッシャのただの一地方都市へと成り下がるだろう。

 

 

彼女の愛し、守り、育てた大切な貿易都市の権益は、こうしてその殆どが失われてしまったのだ。

その全てを指揮したのが、カルッシャ第二王女セリーヌ・テシュオスである。

セリーヌは、この先の未来……レスペレントをカルッシャが統一しようと、メンフィルが統一しようと、都市国家群に価値はないと思っている。

交易で財を成す都市国家群の位置はレスペレントのほぼ中央。

貿易をするなら『外』に近い都市でするべきだろうし、だとすれば、都市国家群の位置は地政学上から鑑みても、未来のレスペレントでの交易都市としては失格だ。

むしろ国内で物資を集結し、循環させるに都合の良い位置で有り、尚更そこが独立性の高い『自由都市≪国家≫』であっては困る。

 

そして、レアイナの存在事態も……

 

 

カルッシャが勝てば、むろん彼女の存在は邪魔なだけ。

 

では、メンフィルが勝てば?

 

カルッシャが都市国家群から奪った財の補填をされるだろう。

しかも、レアイナ自身の性(さが)もあり、下手をすればセリーヌは娼婦として売り払われる可能性も高い。

実際、セリーヌの知る幻燐の姫将軍では、レアイナはミレティア領主のティファーナを男共に輪姦させ、娼婦に堕としていた。

更には現在の戦の状況にも関わってくるだろう。

レアイナがいなければ、セリーヌの『後方破壊戦術』の効果が、なお一層大きくなるのだ。

 

だから、それは当然の帰結だったのだ。

レアイナがセリーヌを憎悪すると同じく、セリーヌにとって政治的にも、戦略的にも、貞操的にも、邪魔な存在……

セリーヌにとってリウイ・マーシルンの首が第一目標ならば、レアイナ・キースの首は第二目標だ。

 

 

その目標であるレアイナは、セリーヌを嘲笑うが如く機械化部隊による制圧砲撃の密度を上げた。

そう、この時、レアイナはメンフィルが得意とする斬首戦術ではなく、制圧戦術に出てしまう。

もしも大将軍ファーミシルスや、神格者ミラ・ジュハーデスを中心として、従来の斬首戦術に出ていれば、セリーヌの命はなかった筈だ。

だが、セリーヌ到着以前に散々叩かれまくったカルッシャ兵の損耗は大きい。

そんな状態での軍全体を覆うような砲撃に、カルッシャ軍がいつまでも持ち堪えられる訳がない。

 

「さて、どこまで耐えられるかしらね?」

 

レアイナがそう思うのも仕方がないのかもしれない。 

しかし次の瞬間、彼女は驚きに目を見開いた。

 

「なんですって……ッ!?」

 

有象無象の兵共を薙ぎ払った筈の砲撃。

しかし、最も前面で砲撃を受けている重騎士を中心に、カルッシャの将兵の大多数はしっかと両の足で大地に立っていた。

 

回復魔法による援護のお陰……?

いいや、セリーヌを含め凡百の兵達にとって明らかにオーバーキルだったはず。 

なのに、なぜ……?

 

レアイナのこの戸惑いは、致命的な隙。

 

それを見たセリーヌの傍で侍る女騎士は、弓を構え、必殺の矢を放つ。

その一本の矢は、閃光の如くレアイナの身体に……が、その寸前、彼女の護衛をしていたシーマ・カルネーノが前に出た。

例え第二王妃ステーシアが直々にセリーヌにつけた程の女騎士でも、歴戦の弓騎士であるシーマには遠く及ばない。

弓騎士は弓を知る。直ちに放たれた矢を、自らの持つ弓で弾き返すと、素早く矢を番えた。

ギリリ……と引き搾られる弓。

狙いは、女騎士。

弓の女神とも見紛うシーマの放つ矢は、吸いこまれるようにその女騎士の身体に……ズサッ! と刺さった。

一瞬の間を置き、大地に倒れる女騎士。

それを見たレアイナは動揺が収まったのか、手を大きく上げた。

 

一度の制圧攻撃で終わらないのなら、二度三度と続ければいい。

それに魔導鎧を装備しているのはシェラだけでなく、ミラもいる。

さらに自分やエスカーナといった魔術師による範囲魔法を加えれば、確実にカルッシャ軍の戦線は崩壊するはず。

レアイナは、自身の範囲魔法を一斉攻撃の合図とするため、振り上げた手に莫大な魔力を注ぎ、遂に魔力を解き放とうとした瞬間、敵将セリーヌを確かに見て、そして聞いたのだ。

 

 

 

 

 

セリーヌはプラチナソードの柄を握り、一気に鞘から引き抜き、厳しい視線と共に剣先をレアイナに向けた。

ここが、レアイナ・キースを討ち取る、たったひとつのチャンス!

砲撃を受け、自身の血で赤く濡れた金色(こんじき)の髪を揺らせながら、セリーヌは宣言する。

 

「レアイナ・キース。アナタの、負けです……ッ!────放てぇッ!!」

 

レアイナの制圧砲撃の合図より早く、彼女の視界全てを覆う、矢、矢、矢……ッ!!

百を超え、千すら優に超えるその矢の群れは、ただ一人……そう、たった一人を殺すために放たれたのだ。

 

「────ッ!?」

 

声にならない悲鳴を上げそうになるレアイナは、だがその悲鳴をしっかりと飲み込む。

現在、メンフィル軍の攻勢を担う将として、みっともない姿は見せられない。

 

レアイナは冷静さを取り戻すと、素早く範囲魔法を放とうとした魔力を防御に回した。

正しくその行動が報われたのは、レアイナ・キースが交渉や国家運営能力だけでなく、戦士としても優秀な証だろう。

千を超える矢を凌ぎ切り、だが身体中を自身の血で真っ赤に染め上げたレアイナは、負けるものかとキッと正面を睨みつけた。

どうやら先の女騎士が放った矢は、ただ一点。自身への集中攻撃をするための目標を兵達に伝えるためだったらしい。

 

(油断だったわね……)

 

朦朧とした痛みの中、レアイナは忌々しげにチッと舌打ちをした。

 

「────イナさまっ! レアイナさまっ!!」

 

自身の護衛で、昔馴染みの弓騎士シーマ・カルネーノの心配そうな声が、苦痛に喘ぐ脳にガンガン響く。

正直、不快でしかないが、これも生きてる証拠。

レアイナは苦痛を堪えるかのように大きく息を吐き、心を落ちつかせながら空を見上げる。

少しでも、この全身に刺さった矢の痛みを紛わせようと。

だが、それは逆効果だったらしい。

ファーミシルスが、竜騎士相手に四苦八苦している様子が目に飛び込んだからだ。

さっきまでは、あんなに余裕に殲滅出来ていたというのに。

 

まあ、それも仕方がないか。

 

苦痛に喘いでいるにも関わらず、レアイナはどこか冷静な頭でそう思った。

敵竜騎士は、正面からの突撃をやめ、一定距離離れた場所から弓や魔法の攻撃をしかけてきている。

……今までの竜騎士達の戦いの常道から外れていた。

更に、まるで一個の生き物の様な軌道を描く彼らの戦いぶりは、敵とはいえ天晴れな物だ。

 

「ファーミシルスからの援護は期待できそうにないわね……とりあえず一旦下がるわ。後はブラムに任せて……」

 

レアイナの言葉が最後まで発せられるより早く、再び彼女を襲う集中攻撃。

たった今、矢を放ったばかりの弓兵からの攻撃ではなく、今度は視界の全てが破壊の魔法。

レアイナは逃げようと足に力を入れる。

だが、思ったように動かない。

 

「こりゃ、ダメだわ……」

 

眼前に迫りくる魔法攻撃に、レアイナは自身の生を諦め、苦く笑い、目をつぶった。

ここで死ねば、さぞや彼に嫌みを言われるだろう。

まったく、冗談じゃないったらありゃしない。

せめて最期くらい、好い顔して終わりたいっていうのにね……

 

「だから、そんな怖い顔しないでよ……未練が残るじゃない……」

 

彼女が最期に思い浮かべたのは、勝手に先に逝くのを責めるリウイの怒った顔で。

ミルスの城が震える程の衝撃の後、再びトドメとばかりに矢の雨が降り注ぐ。

 

 

 

 

「────やめっ!」

 

セリーヌの指示の一瞬後、不自然なまでにシンと静まりかえったその場所には、利き腕を灰にしたシーマ・カルネーノと、最早人の形を成していないナニカの消し炭だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セリーヌたん最絶頂期!! 及び悪者の章www

 

 

今回の戦闘はこんな感じ。

 

 

セリーヌたん 神秘の防護 発動! 味方全員のダメージが半分になった!!

 

メンフィルの制圧砲撃→カルッシャ将兵のHP20/100

カルッシャ軍、一斉回復魔法→カルッシャ将兵のHP100/100

カルッシャ軍、自由都市国家から徴収した金銭で購入しまくった魔力石でMP回復祭りwww

以下エンドレス。

メンフィル軍、涙目……

 

 

戦争SLGに、主人公のチート能力はいらない!(使ってるけどw)

ラスボス国家をプレイヤーが操作する。

ただそれだけで充分チートで無敵モードに近いのだ!!

 

……そんな気持ちで読んでくださいw

 

 

ついでにこの間、セリーヌたん 復活 が3回ぐらい発動!

セリーヌたんは制圧砲撃に耐えられないのです。

 

だからセリーヌたん血まみれ状態を見て……

 

ふぁーみ「なんで死なない!」(空からセリーヌたんを見て心からの声)

 

 

 

 

セリーヌたんKILLスコア

 

撃破 リン、ティファーナ、シーマ

 

捕縛 リシェル、ラピス 

 

殺害 レアイナ

 

 

 

 

 

 



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21話目

 

弓と魔法の集中一斉射により、レアイナ・キースの躯は消し炭となった。

ゲームの中ではヒロインの一人でもあったというのに、死体は随分と無残なものだ。

そうさせたのは自分。軽く吐き気がする。だが、同時にセリーヌは確信した。

 

 

「勝った……」と。

 

 

魔術師、弓兵、機械化歩兵。

 

防衛戦の要、支援攻撃。

支援攻撃が有ると無しでは全然違う。

その部隊の統括をしていたレアイナ・キースを討ったのだ。

しかも副将格のシーマ・カルネーノまで、ついでとばかりに戦闘不能に追い込んでいる。

利き腕を根元から炭化させ、おびただしい量の血で大地を濡らす無残な姿をみれば、彼女の脅威は消え去ったと考えていいだろう。

ここまで世話になった女騎士の遺体を横目に、仇はとりました、と心で告げて。彼女の死に涙が出ない自身に嘲笑を向ける。

ともあれ、これでメンフィルの支援攻撃は戦術的な物から外れ、無計画にパラパラと降り注ぐだけになった。

他に支援攻撃を指揮出来そうな将といえば、魔術師であるエスカーナ、神格者ミラ・ジュハーデス、先史文明の遺物シェラ・エルサリスの3名のみ。

 

だがセリーヌにとって好都合なことに、エスカーナは研究者。ミラは一個の武人。

シェラには将としての資質はあれど、現時点ではその権限を持ち合わせてはいないようだ。

見る限り、一個の兵器としてしか存在していないようにも見える。

しかも機械的な彼女が柔軟な対応を取るには、経験が圧倒的に足りなかった。

 

セリーヌはその事を知らずにいたが、それでも統率が千々に乱れていると見て取れる程度には経験を積んでいる。

更にここまでの戦いの間で、攻城の要たる包囲も完全となり、更にはファーミシルスを押さえ切り、尚且つ彼女の指揮下にあった睡魔族の群れを討滅したことで、制空権もほぼカルッシャの物になったようだ。

これで戦術的優位を争う主導権争いの軍配はカルッシャ側に傾いた。

懸念があるとすれば、敵方にはリウイ王の来援がある可能性が高いということ。

おかげで時間を掛けて攻城戦をする訳にはいかず、一気呵成に落とさなければならない。

あの男が来援すれば、一気に形勢が逆転してしまう可能性がとても高かった。

だからこそ、野戦陣地を敷いたのだ。時間稼ぎぐらいは出来るだろうと思って。

こんな不安材料ばかりだけども、ハーマン率いるメンフィル反乱軍と、リウイ王率いるメンフィル正規軍との戦いの余波でボロボロになった城を思えば、然程悪い賭けではないのかもしれない。

 

「殿下、我らに魔族共を殲滅せよとお命じ下さいっ!」

 

その言葉、熱く。セリーヌはしっかりと受け止め。

だからこそ、セリーヌは勝利の確信をしたのだ。

とは言っても……

 

 

攻城兵器による城門の破壊。

騎士や兵達による敵兵の殲滅。

 

 

これから下す命で何人死ぬか。

これから下す命で何人殺すか。 

 

 

ただの女であった自分が何でこんな命令をしなければならないのかと、そう思わないでもないけれど。

一国の王女として産まれてしまったのだから仕方がない。

何より、己が願いのためだ。

そのために死ねと命じ、殺せと命じる。

なんとまあ傲慢なことだ……

 

でも、私は戸惑うことも、悔いることもしてはならないのです。

 

セリーヌはその総てを呑みこみ……馬上から、まるで何もかもを見下す視線。

 

いっそ幻想的なまでの美しさ。

戦場が一瞬、静まり返った。

 

その言葉を待ち望み。

その言葉に恐怖して。

 

それぞれの陣営が、それぞれの思いでセリーヌを注視し……

 

「カルッシャ王国第二王女セリーヌ・テシュオスが命じます」

 

セリーヌは、すぅと鞘から剣を抜き、切っ先を前方に突きつける。

 

「我が愛する将兵たちよ。この戦いに終幕をもたらすために────」

 

セリーヌは思う。夢見る。こいねがう。

自身が考えていた『最良』の結果よりも、更なる『最優』を手繰り寄せれるのではないかと。

リウイ・マーシルンを討つのではなく。

セリーヌ自身が全ての責を負い、本国に最高戦力を残したまま、侮られることなく降伏するのでもなく。

城を陥とし、そこに住まう全ての命を質にして城下の盟を誓わせる。

 

いや、そうでなくても、すでにメンフィルに先はない。

 

いずれは戦をするまでもなく、戦うことすら出来なくなっていくだろう。

ハーマンのメンフィル本国の内政破壊や、セリーヌの戦略爆撃による福次効果たる通商破壊が、これ以上なく効いていた。

 

それもこれも、レアイナ・キースを戦場で討ち取れたからだ。

なんせハーマンの殺戮により文官の多くは死に絶え、時を経て経験を得られれば大国の宰相にすら成り得ただろう政治力を持ったレアイナすらいなくなった。

これでメンフィルは今の窮状から逃れる術をもたず、時が経てば経つほどジリ貧になる。

それもこれも、政治の世界でこそ光り輝く彼女が戦場に出てくれたお陰だ。

まあ、居城を攻められれば嫌でも出てくるというものか?

だとすれば、あながち騎士達や宰相サイモフの作戦も間違ってはいなかったのだろう。

 

「しょせん、私は素人ということですね……」

 

そう思い、セリーヌは抜いた剣の切っ先を睨みつけた。

 

 

ただでさえ末期に陥ったメンフィルの内政を立て直せる人材がいなくなり、にっちもさっちもいかなくなった。

 

最早メンフィルという国は終わりだ。

メンフィル王リウイ・マーシルンを降伏させれる。

これで全てが……カルッシャを……家族を……襲うだろう悲劇が消え去るのだ。

 

お義母さまとレオニードはカルッシャで平穏に暮らせ。

姫神の呪いに苦しむお姉さまは……少しイヤな気持ちになるけれどセリカに任せ。

こうしてカルッシャは平和になり、更に諦めたイリーナまでもが、敗亡した国の王妃とはいえ、愛する夫と共に命を繋いでいけるのだ……

 

もしかしたら、もう一度……そう、もう一度……

 

家族みんなで笑いあえる時が来るかもしれない。

 

そんな、望外ともいえる夢がセリーヌには見え、

 

「────征きなさいっ!!」

 

その夢を現実にせんと、高々と命を下した。

その命に将兵が奮い立つ。

内側から溢れださんとする何かを抑えようと思わない。

副将であるオイゲンは、高まる士気に合わせるように号令を発した。

 

「恥を雪(すす)げ! 突撃せよっ!」

 

重低音のコントラバスが戦場に高々と響き、

 

────ウォォオオオオオオオオオオオッ!!

 

応えるカルッシャ将兵が雄々しく吼える。

死を厭わない兵たち。

汚名返上を誓った騎士たち。

彼らの腹の底から絞り出した咆哮だ。

 

 

若き騎士が逸る心をそのままに切り込み、剣先を朱に染め上げていく。

更に続けとばかりにカルッシャ騎士は駆け、個から隊へ、隊から群へ、そして群から軍へと変じていく。

この辺りは流石はレスペレントにおける最強国家。力弱き人族を中心とし、なおそれでも最強足る所以。

個々人の強さで成るメンフィルとは対極の、国力差に物を言わせた兵力による集団戦術に長けた国家。

 

それが現在のカルッシャ王国であり、けして譲らぬレスペレント『最強』としての証。

 

むろん、個々人の強さとて、レスペレントの凡百の国家など遥かに超越してはいる。

中心となれる将にこそ、西方はテルフィオン連邦にすらその武勇を轟かせる姫将軍エクリア。そんな彼女以外に恵まれはしなかったものの、粒揃いではあるのだ。

第一、国家滅亡を匂わせるまで追いつめられたのは、その多くが宰相と姫将軍による権力争い……いわば内紛によって。

その内紛が見掛けだけでも身を潜めてる今、こうしてカルッシャが本来の強さを見せるのは道理というもの。

 

そんな国力差という暴力を改めて突きつけられた形となったメンフィル兵はたまらない。

千々に乱れ、否が応にも混乱が増していく。

幻燐戦争勃発当初に恐れた戦力比の隔絶を、今更ながらに思い出しているのかもしれない。

今のメンフィル兵の無残な姿を見れば、彼らは開戦当初の無謀を思い出し、恐怖しているとしか思えなかった。

 

空を舞う竜騎士達は、編隊軌道を取りながらも一つ所に決して固まらず、遠・中距離に徹した攻撃を繰り返し、少しづつではあるが、確実に『あの』ファーミシルスを追い詰める。

竜騎士(ドラゴンライダー)として失格な、自身は竜の操縦に専念し、攻撃は全て背中の弓兵、又は魔術師と、どうにも卑怯な攻撃ではあったが酷く効果的なのは確かなようだ。

おかげでファーミシルスは大将軍としての本分、兵の指揮もままならず、一個の戦士としてしか戦場にあれなかった。

飛天魔としての誇りである真白い翼を、焼け焦げた黒と血の赤の3色に染めて、表情は苦悶というより屈辱である。

レアイナが討たれた以上、自身こそが指揮の中心とならねばならぬというのにこの体たらく。

ギリリと悔しげに歯を鳴らすも、彼女個人の力だけではどうにも出来そうにはなかった。

時折、稲妻を帯びた攻撃や、闇の魔法で反撃等を仕掛けるも、既に制空権はカルッシャの物である。

戦況に影響する程の威力を込めた攻撃など、セリーヌ指揮下のもと、最も戦い続け経験を積んできた竜騎士達は、けして許しはしてくれない。

 

「クッ!? このままでは……っ!」

 

矢と炎に焙られながら、焦燥めいた言葉を吐き出す。

そこには常勝を誇ったメンフィル大将軍としての顔はなく。

セリーヌにはファーミシルスの言葉は届かないが、彼女が敗色濃厚な現状に絶望しかけているのは見て取れた。

 

これにて勝敗はほぼ決し、戦場の行方はセリーヌが到着する以前のメンフィル有利から、セリーヌ到着後のカルッシャ優勢に変わり、そしてそのまま終焉に入ろうとしている。

天高くあった日は落ち始め、まるでこの地で死んだ者達の血潮の如く夕日が大地を朱に染める。

そこかしこから聞こえる怨嗟や断末魔は、レスペレントに変革を求める時代の産声なのだろうか?

 

人と魔の共存共栄。

 

互いにそれを志しながらも、こうして命を奪いあうのは何故なのだろうか?

もしもセリーヌが第三者的立場であったなら、そんな虚しい感情に支配されたろうことは疑う余地はなかったのだ。

そう、第三者的立場で在れたなら……

 

 

 

だが、今のセリーヌには、そんな感情は不要としか感じはしなかっただろう。

 

ただ勝利を欲する彼女には……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝てる……」

 

セリーヌは、もう一度小さく呟いた。

現状、負ける要素はあまりない。

あえて言うならメンフィル王の動向ではあるが……

ここまで来たら、この戦場での勝ちは揺るがないだろう。

 

そんな安堵が入り混じった呟きが耳に届き、彼女の副将であるオイゲンは口元をほころばせた。

 

既に戦場は終盤に達した。

個人の勇を奮う者はあれど、戦局に大きく影響はない。

……いや、違う。影響、させはしない!

 

「無理をする必要はないっ! 囲み、疲弊させよっ!!」

 

素早くオイゲンの指示が飛ぶ。

恐るべき魔神級は、これにて孤立していくだろう。

あとは猟人として魔神を追い詰め討ち取ればいいだけだ。

一人を討ち取るのに百の命が掛かっても構わない。

最後に立っている。それがカルッシャであるはずなのだから……

 

セリーヌだけでなく、オイゲンもそう勝利を確信したその時である。セリーヌが最も忌避する報告が届いたのは。

 

「第2軍、魔王率いる軍と接敵っ!」

 

勝利を確信しかけた頭が一瞬で冷えた。

セリーヌは緩みかけた思考を引き締め、

 

「状況は?」

 

と伝令に問いかける。

伝令となった騎士は、セリーヌの傍で膝をつき、疲れ切っているだろうにも関わらず、そんな素振りは一切見せずに朗々と報告しだした。

 

「殿下のお命じ通り、我らは時間稼ぎに徹しております。ですが破門騎士シルフィア率いるメンフィル近衛騎士団の精鋭に、いつまで持ち堪えられるか疑問であります」

 

報告の内容は、勝利確定と浮かれる以前のセリーヌが想定した通りの状況だ。

自身の読みが当たったことは、嬉しいような……ってやっぱ心の底から勘弁して欲しい。

このまま戦況が推移すれば、間違いなく勝てるのだ。

そう考えた瞬間、セリーヌはある事に気づいた。

……いいや、むしろ気づいてしまった。

 

『勝った』『勝てる』と口にするのって負けフラグよね?

 

くっだらない思考に、僅かにヒクリと頬が引きつく。

背中に冷や水を掛けられたとはこのことだろうと自戒する。

さっきまで勝てる勝てると浮かれていたのが嘘みたいに、焦燥めいたナニカかが込み上げてきた。

ふぅ……と小さく息を吐き、セリーヌはざわめく感情の代わりに揺れる髪をそっと片手で払った。

そうすることで気を落ち着かせ、感情を切り替える。

上に立つ者として、うろたえる訳にはいかない。

こういう時こそ悠然としなければ……

 

動揺を完全に抑え込んだセリーヌは、たわわに育った胸の谷間に指を絡め組んだ両手を挟みこみ、次に優しい微笑を顔に張り付けた。

セリカの手で色鮮やかに咲いたセリーヌの女の色香は、これ以上ない女の武器だ。周囲に侍る男共のゴクンと生唾を飲み込む音が耳に届いた。

まったく、これだから男って生き物は……

と言いたくなるのをグッと堪え、伝令の兵に視線を向け、

 

「そうですか。伝令、大義でありました」

 

優しい口調でねぎらうセリーヌ。

伝令は、恥じらいなのか、それとも別の……雄としての感情なのか、昂ぶる何かで高潮させながら、

 

「はっ!」

 

と返事し、深々と頭を下げると、すぐに思い返したように身を翻す。

自分がここまで来るのに使った馬の代替を求め、それが了承されるや否や新しく支給された馬に跨り駆け去った。

今も激しい戦闘を行っている自身の部隊に戻るのだろう。

セリーヌは頬笑みを顔に張り付けたまま、まるで現実逃避のように、セリカの顔を頭の隅で思い描く。

表情の凍ったあの人の顔は、何故だろう? 私を責めているみたいに感じた。

 

「怒るんだったら、私をおいてかないで……ばか……」

 

セリーヌは心中でそう毒づくと、少し、笑った。

 

……気のせいか、心が穏やかになった。

さっきまでは、気を抜いた瞬間に喚き散らしてしまいそうだったから。

とはいえ、どうにも冷静に成り切れてないのだろう。

フラグがどうのなんて考えるんだから、かなり酷いに違いない。

こんな時は、自分の頭でいくら考えても無意味だ。

 

元々私はただの女。

戦術だの戦略だのを考えられる知識を持ち合わせてはいないのだ。 

だからどうすればいいのか分からない。

 

……逃げたくなる。

 

こんな立場から。

でもそれは出来ない。

いくらなんでも無責任すぎるし、セリーヌの矜持が許さない。

何より私のせいで死んでしまった人達に申し訳が立たないのだ。

だから、

 

「オイゲン、どう思います?」

 

歴戦の勇にて、現在のカルッシャにおける最高峰の将の案を聞いてから決めるとしましょうか。

 

オイゲンは、軍事に疎いセリーヌのためにつけられた補佐である。

こうして助言を求められることこそが、むしろオイゲンにとっては本位なのだ。

なんせこの戦い自体は、オイゲンを始めとする騎士達の名誉欲と出世欲から始まってしまった。

祖国の為だけに戦っているセリーヌへの、いわば裏切りにも等しかった。

 

彼女には野心なんて何もなったのに。

功績など、必要とはしなかったろうに。

 

だが巨大すぎる彼女の功績は、本国に残る宰相サイモフの注意を引いてしまった。

それに乗る形で今回の王都ミルス攻略戦の指揮権をセリーヌから奪ったのだ。

 

結果は……言うまでもない。

 

セリーヌが来るまでは大敗と言っても過言ではない状況。

来てからは一転有利に変わったが、ここに来て新しい局面に達してしまった。

 

オイゲンは思うのだ。

 

この局面で役に立てなければ、自身のこれまでの一生が無意味になってしまう。

 

 

 

 

 

    それはあまりに情けないではないか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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22話目

 

 

 

「戦場からここまでの距離。それに時間稼ぎに徹している我が軍のこともあります。そんな彼らに報いるためにも、メンフィル王めがこの地に救援に来る頃には趨勢が決していなければなりません。ならばここは多少犠牲が出ようとも我攻めで一息に城を攻め落とし、その戦果を持ってメンフィル王に城下の盟を誓わせましょうぞ」

 

何をするにも、一刻も早く城を落とした方が良い。

オイゲンはそう判断し、セリーヌに進言する。

セリーヌは、確かにその方が良いかもしれないと思った。

ただ気になるのは将兵の損耗と疲労である。

リウイが降伏せずに戦闘となった場合、我が軍は疲れ切った状態で、少数と言えどもリウイ率いる精鋭と果たして戦い勝ち得るか?

 

「疲労や損耗を気にしておいでなら問題はありますまい。第一に、我らはメンフィル王と破門騎士シルフィアの持つ兵の百倍します。最も疲労が少ない部隊でまずは当たり、順繰り交代して戦えばいいのです」

「兵力の逐次投入になりませんか……?」

 

やや疑わしげに眉を潜めるセリーヌに、オイゲンはここまで信頼を失っていたかと苦笑を浮かべそうなる。

もっとも、そんな失礼な真似はできないのだが、

 

「……うまくいくのですか?」

 

とあまりに直球な問いかけに、思わず口元が皮肉気に上がってしまった。

むろん、この皮肉は自身に向けた物である。

とは言え、それは自分だけが分かる物。

万が一にでも見られたら、どんな誤解を受けるか分からない。

いや、それ以前に失礼すぎる行為であろう。

オイゲンは慌てて口元を隠す様に頭を下げると、

 

「うまくいかせます。また、私にもそれを成せるだけの能力があると自負しております」

 

その言葉には力があった。

自分らの献策により危機に陥り、それに恥じた男としての意地である。

この時、セリーヌは最初は軍を引かせようと思っていた。

勝利を目の前にした興奮の熱は、負けフラグといういささかバカバカしい理由ですっかり冷めたからだ。

撤退するのに反対しそうな将達は、負け戦寸前まで追い詰められたのを助けられたことで、これ以降はセリーヌの考えに早々反しはしないだろう。

だったら、この戦況下で撤退などという承伏しがたいだろう命令も有効に違いない。

 

「オイゲンの能力は信用しています。ですが、ここは颯爽と軍を引いた方が良いのではないでしょうか?」

 

と小さく独り言を漏らす。無論、オイゲンの耳にも届いている。

オイゲンは思わず反論しそうになるが、セリーヌがまだ迷っているように見え、グッと言葉を我慢した。

メンフィル軍の城兵は、散々に痛めつけられて、撤退するセリーヌ達カルッシャ軍を追い掛けはしないだろう。

 

……ううん、来るかな?

 

でも、ミルスを落とす過程でリウイに襲撃されるよりも、リウイを潰す過程でファーミシルス率いる敗残兵と戦う方が勝率が高そうだ。故に、然程脅威ではないだろうとセリーヌは考えた。

ならば、現在野戦陣地にてリウイと相対しているだろう部隊と合流し、大軍を持って一気呵成に踏みつぶす。

例えリウイ・マーシルンを中心とした精鋭といえども、一軍に満たない少数である。

カルッシャの万を優に超える大軍は、精々が百にしか満たないメンフィル軍を踏みつぶすのには十分な数な筈だ。

必勝を期すなら、この王都ミルスには一部の兵を残して反転。

救援に駆け付けるリウイ・マーシルンの部隊を徹底的に叩く!

セリーヌは、現状ではこれが一番勝率が高いと思っている。

が、しかし。オイゲンの献策にしばし迷った。

 

セリーヌにとって、こと軍事関係に関しては、自分の考えを然程信用してはいないのだ。

それに、直接戦ってリウイを討ち取るよりも、オイゲンが言う通りに降伏させた方が楽であるし、何より、先程浮かれた時に見た夢が、再び見えた気がした。

 

オイゲンの案に乗ろう。

そうセリーヌが判断を下し、

 

「オイゲン、あなたに……」

 

あなたに指揮を任せます────そう命じようとした瞬間であった。

紅に染まる夕日が僅かに陰った気がしたのは。

眩しいまでに瞳を差す赤が、一瞬だけ影を差したのだ。

セリーヌは命じようとした言葉を自然と止め、空を見る。

 

 

────ピューリィィィィイイイイ

 

 

美しい女騎士をのせた黒き竜が、戦場の血の匂いに興奮したのか、赤い空を引き裂きながら、まるで鳥のような甲高い鳴き声を上げた。

 

「あの竜騎士はティファーナ・ルクセンベール?」

 

目を凝らし、よく見る。

確かにサラン街道会戦で見た女竜騎士だ。

たった一騎の援軍か、もしくはリウイ来援を告げての士気高揚のためか。

恐らくは後者だろう。

たかが一騎で戦場に駆け付け大活躍し大逆転など、ヒロイックサーガでもあるまいし。

 

 

なのに……なに? この嫌な感じは…… 

 

心臓の鼓動が、まるで早鐘のよう。

 

じわりと嫌な汗がにじみ出る。

 

ハァ……ハァ……ハァ……と、息も何処となく荒くなってきた。

 

 

……ダメ。ティファーナをこのままにしてはダメっ!

 

それはセリーヌの、未熟とは言え戦士としての勘であった。

 

「集中一斉射っ! 目標、竜騎士、急ぎなさいっ!!」

「ハッ!」

 

僅かな間を置き、それでも素早く矢をつがえ放つ。

続いて魔術師による炎の魔法が、夕日に染まった赤い空を、爆炎によるさらなる赤へと変えていく。

レアイナ・キースを討った戦術だ。

人を超えかけてはいるものの、それでもティファーナは、しょせんどこまで行っても只の人である。

この千を超える矢と、千を超える魔法の衝撃に、人の身が耐えられる筈などない。

少なくても、騎乗する竜は討ち取ったはず。

ならば墜落する竜の下敷きに……そうでもなくても、高く天を飛ぶ竜騎士が墜落したならば、やはり生きてはいないだろう。

 

なのに、どうしてっ!?

 

 

────ウワァァァァァアアアアアアアッ!!

 

 

死に体のメンフィル軍から凄まじい歓声が上がったのだ!?

 

「この程度の攻撃とはいえ、陛下に傷一つ負わせるつもりなどないのでな」

 

そう言ったのは、血と焦げ目でボロボロになったファーミシルスだ。

彼女は自身を囲むカルッシャ竜騎士の群れを強引に突破し、ティファーナの盾となったのだ。

魔術師であるレアイナとは違い。純粋な戦士で、しかも魔神に近い力を得つつあるファーミシルスにとっては、致命的な攻撃にはなりえない。

それでも2射目、3射目と続けば、あるいは討ち取ることも出来ただろう。

だが、セリーヌは命を下せなかった。

 

ティファーナの背にいる一人の男に意識が飛んで。

ファーミシルスが『陛下』と呼んだ男に意識がいって。

 

ティファーナの駆る竜は、王都ミルスの城壁スレスレまで勢いよく急降下する。

そして、バッと金の縁がある白い豪奢なマントをなびかせ、その竜の背から一人の男が飛び降りた。

丁度、攻城兵器を使って城門を破壊しようとしていた兵士の真ん前に着地し、突然のことに驚きうろたえる兵と、彼らを指揮していた騎士を瞬く間に斬って捨てる。

 

血風が舞う。

なのに件の男には返り血ひとつかからない。

ただ血に濡れた突剣を、ビュンと勢いよく振って血を飛ばし、鋭い視線を『セリーヌ』に叩き込んだ。

 

喉がカラカラだ。

眼光の鋭さに怯んでしまいそう。

それでもセリーヌは負けじと睨み返し……

 

たった一人。

正確にいえば、ティファーナもいるけれど。

それでも2人だ。

そう、たったの2人。

万を超える軍勢がひきしめ合う戦場で、たった2人の援軍がどれほどのものか。

でも、それが脅威なのだと素直に認めよう。

 

「ウフフ……アハハハ……ハハハハハハハハ……」

 

思わず出てしまった笑いに呼応したのか、彼もまた同じように自分を睨んだまま口角を吊り上げ、「クッ」と笑い声を漏らす。

 

ああ、にしても、私が重視した竜騎士を、アナタもそうやって使いますか。

 

空という選択肢がある中で、この世界の戦場の基本は何故か二次元である。

そんな二次元の戦場に、三次元的思想をもたらしたのがセリーヌであった。

 

流石に、今の彼はそこまで考えてはいないだろう。

それでも彼は、空を使った兵や将の輸送を思いついたのかもしれない。

その戦略は、これからのセリーヌにとって、非常に迷惑かつ脅威であった。

例え、それを活かせるだけの竜を揃えれはしなかろうと。

だから憤る。

 

……本当に、アナタは……貴方、は……

 

 

 

          憎たらしい……っ!!

 

 

 

セリーヌは手綱を強く握り、馬を進めた。

男の居る城門に声が届く様にと。

前へ、前へ。

例え周囲の騎士やオイゲンが止めようとも。

前へ、前へ……

そして、数多の兵を挟んでだが、この時代の最後を彩る2人が、遂に対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

「光と闇の狭間の王よ……」

 

美しい声が戦場に響き渡る。

リウイは目を細め、言葉の意味に眉尻を跳ねさせた。

水晶の刃を持っていったのは、やはりキサマか、と。

見れば、腰の左右にそれぞれ剣を差している。

そのどちらかが、『それ』なのだろう。

 

「自国の民を犠牲にしてまで行ったイオメルの樹塔探索、うまくいきまして?」

 

その意味を知る者にとってはどこまでも厭味ったらしく、でも知らぬ者が聞いたら胸にざわめく何かを感じる。

 

だってそうだろう?

本国が爆撃に晒されるなどという凶事の最中、我らが王は何をしていたのか?

 

「……知っていてそれを聞くのか、貴方は?」

 

だからこそ、彼にとっては苦々しい。

 

「ええ、だってそうでしょう? アナタがいない間に死んだ兵や民に教えてあげたいもの。 アナタの今回の行動が、どれだけ無意味だったかを……」

 

メンフィル兵の戦意を減失させるに十分な、そんな言葉の内容を、どこまでも悲しそうに言い放つ。

そう、2人の間に剣を使わない、言葉の刃を用いた戦いは、既に始まっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

名将と呼ばれ、遂には新たな姫将軍とまで詠われる。

セリーヌは名将や英雄と呼ばれるに相応しい能力など持ち合わせてはいなかった。

少なくても本人は固くそう信じ、だが周囲の人間はそうは思わなかったのだ。

大軍を整え、各部隊間の連絡を密にし、十分な補給を確保し連動させたセリーヌは、それだけで名将としての資格がある。

その多くを部下に任せていたとはいえ、『それ』が出来る。それこそが非常に恵まれた資質なのだ。

もっとも、彼女の上げた戦果が魅せる虚像であるというのも間違いではない。

その虚像は、この時も、そして未来に至るまでの全ての時で、セリーヌという存在を畏怖させ、結果的に彼女を大いに苦しませることになるのだが……

 

 

 

 

 

 

 

「そんなアナタがいるからレスペレントは血に染まるのですっ!!」

「例えそうだとしても、俺は消えるつもりなどない」

 

ええ、そうでしょうね。

アナタはこのレスペレントの未来を真剣に憂う人だから……

それに比べ、私にはアナタと違って大義はないのでしょう。

 

でも、でも……!

 

 

「アナタの存在は鬱陶しいのですっ! 害悪ですっ! プテテットさんなのですっ! ですから消えておしまいなさいっ! リウイ・マーシルン!!」

 

私の愛する家族のために、ここで、死ねっ!

 

「……プテテット……さん? 随分と可愛い……もとい酷い言いようだな。俺にとって邪魔という程でもないのだが……」

 

ああ、その水晶の剣で俺を貫き殺戮の魔女の呪いを解くつもりか。

だがな……

 

「我が征く道を塞ぐというなら、お前がここで消えろっ! セリーヌ・テシュオス!!」

 

だからと言って、ただで殺られてやるつもりなど、ないっ!

 

 

 

 

 

 

そんな身の丈に余る存在となってしまったセリーヌと、真実英雄であったリウイ・マーシルン。

 

2人が始めて対峙したミルス攻防戦の最終幕が切って落とされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

注! プテテットさん……原作世界におけるDQで言う所のスライム。1レベルの雑魚がいれば200レベルを超える種族までいたりする。経験値や金銭をたっぷり持った種まであったり、マジでスライムをインスパイアってうわなにするやめろくぁwせdrftgyふじこlp

 

 

 

 

 

 

キャラクター・データ(戦女神VERITA風味)

 

 

リウイ・マーシルン

 

 

LV.230

 

 

熟練度

 

中型武器  S(突剣)

必殺・演武 S

必殺・魔剣 B

魔術・招聘 -

 

 

魔術・招聘

 

ジール   影が薄すぎ土の精

ファラシス 存在意味が不明な火の精

マーリオン エロシーン無くて泣いたプレイヤー続出の可愛い水の精

 

 

 

 

スキル

 

貫通Ⅱ 攻撃時に確率で発動し、発動すると敵の防御力、防御回数を50%ダウン   

戦闘指揮Ⅴ 戦闘開始時に確立で発動し、発動すると味方全員が『先手Ⅰ』発動&効果パラメータ『命中3』『回避3』付加

鼓舞Ⅴ 戦闘開始時、一定確率で発動し、味方全員が高揚する

達人の技力Ⅱ 消費TPが20%軽減される

オーバーキル 攻撃時に常に発動し、ダメージMAX桁が一桁上昇

即死無効 自身に対する効果パラメータ『即死』を無効化

魔法剣 必殺技『魔法剣』を使用することが出来る

 

 

 

称号

 

レスペレントを憂う者

姫神の呪縛からレスペレントを解放せんと志す気高き王の称号

 

 

 

 

 

 

 

所持アイテム

 

E:リュミルバキュラ 属性 神聖+2 命中28 攻撃245 攻回 -1 CT 8

E:ロイプレート 属性 万能 物防23 魔防15 肉速-1 精速-1

E:イリーナの首飾り 防御回数1 回避10

 

 

 

 

 

              つづきます☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(゜Д゜;≡;゜д゜)キョロキョロ

 

(゜Д゜;≡;゜д゜)キョロキョロ

 

(゜Д゜;≡;゜д゜)キョロキョロ

 

 

 

 

(´・ω・')……ヨシ、ダレモミテナイ

 

 

 

 

 

おまけ 舌戦の続き

(ボツ部分ともいうw話の流れにそぐわないのでカットしました)

 

 

 

 

「消えろって、なんて酷い……この下半身無節操男っ!」

「なっ!?」

「知ってるんですよ! 貴方の浮気癖にイリーナがどれだけ泣いているかっ!! このハゲ!」

「お、俺はハゲてなどないっ!」

「ふふーんだっ。暇があれば女を抱くか本を読むかのどっちかしかしないような苦労性のムッツリは頭が禿げてツルピカになるって相場が決まってるんですよーだっ! あっ、なんかおでこの辺りが……いいえ、なんでもありません」

「ちょっと待てーっ! おでこの辺りが何だというんだっ! オイ! おいぃぃぃいいいいいッ!?」

「種なしキウイの分際で口喧しい。それでも一国の王ですかっ! 恥を知りなさいっ!! あとデコ広いの隠したいからって前髪で覆うとか男としてプライドないんですか?」

「……グッ! く……あ……ああああああああああっ!!」

 

……最初の舌戦だけはセリーヌの圧勝だったと伝えられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

注! 種なしキウイ

 

VERITA発表以前のリウイの蔑称。散々ヤリまくってる癖に全然当たらないリウイ=キウイに対する揶揄。

セリーヌはVERITAを知らないので、リウイに対してこう悪口を言い放った。

実際はこのSS内だけでもすでに一人孕ませているし、原作のVERITAでは孫娘まで出てくるので事実無根の名誉棄損である。

 

 

注! デコハゲ云々

 

別にそんな事実はない。

でもあの前髪の生え際を考えてみると、デコの広さが……

 

 



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23話目

 

 

 

 

 

舌戦が終わり、戦闘が再開された。

この時の私は既に冷静という言葉から程遠く。目はリウイ・マーシルンを捉えたまま離さない。

 

(この男を一人殺せば、戦争は終わる。私の……勝ちだッ!!)

 

ただただ彼の事だけを『想う』私は、まるで恋する乙女の様だ。

 

 

     死 ね

 

 

「目標、メンフィル王、一斉射っ! 放てぇッッ!!」

 

 

     死 ね

 

 

「陣形を矢の如く、一気に貫けっ!!」

 

 

     死 ん で し ま え  と……

 

 

「殿下っ! 殿下はお下がりください! 危のうございますっ!!」

 

 

     アナタが死ねば、全てが終わるのです

 

     だから

 

     死 ね

 

 

臣下の声は耳に届かず。

一人の男だけを、私は想う。

 

兵力は圧倒し、威勢は互角。疲労は不利で、損害は大きい。

でも、たった一人、メンフィル王リウイ・マーシルンを殺すだけで、私の勝利だ。

 

 

「魔王を……リウイ・マーシルンを、討つのですっ!!」

 

 

ああ、本当に私は……なんて愚か……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら口では勝てないようだ。

舌戦が終わると同時に、リウイ・マーシルンは、フッ、と小さく笑う。

外見が似てるのは当然としても、悪態の付き方までイリーナにそっくりだ。

 

……いや、違うか。イリーナ『が』そっくりなのだろう。

 

そのセリーヌ・テシュオスが激昂している。

ならば、次にどうくるかなど解り切っていた。

お淑やかそうに見えて、あれでやたらとお転婆なイリーナだ。しかも気が強く手まで速い。

 

(ならば、来るか)

 

狙いが解り切っている集中砲火をいなすなど、数多の死線を潜り抜けた彼にとっては造作もない。

リウイは薄く笑うと、豪雨の如く降り注ぐ矢を容易く斬り払う。

そして一瞬の間を置いて襲い来る魔法の炎を見るまでもなく、身体を前のめりに地面を蹴った。

耳がつんざく様な爆音と同時に、背中がチリチリと焼け焦げる感触がする。

振り返って確かめるまでもない。あの場に残っていれば死んでいた。背筋がヒヤリとする。

だがリウイは顔色一つ変えず、爆風を背に勢いよく敵陣へと向かって駆け出した。

 

リウイ・マーシルンは『一騎当千』と呼ぶに相応しい武力を持つ王だ。

しかし、相手はレスペレント最強国家、カルッシャの精兵である。

騎士は無論、兵とて下手を打てばそこらの国家の将クラスのレベルを誇っていた。

流石のリウイとて、このカルッシャ相手に一騎当千を誇るなど自殺行為に等しいだろう。

それが分からぬリウイではない。なのに、リウイの足は止まらない。

 

(一騎当千? バカバカしい。たった一人で何が出来るというのだ)

 

一騎当千どころか、万夫不当と呼ばれるに相応しい男であったクラナ国王ジオ・ニーク。

戦斧で持って猛威を奮った彼は、リウイ・マーシルンと、その『仲間達』の手によって戦場の露と消えた。

そう、リウイは一人ではない。彼の創るレスペレントの未来に想いを馳せる仲間たちがいる。

肩を並べて数多の戦場を共に潜り抜けてきた仲間たちは、何も言わずともリウイがナニをしようとしているのか分かっていた。

 

 

「まったく、無茶をする人だ」

 

 

そう呟いたのは誰だったろう?

 

メンフィル大将軍ファーミシルスか。

イルビット族の大魔術師エスカーナか。

バルジア王女リン・ファラ=バルジアーナか。

元ミレティア領主、竜騎士ティファーナ・ルクセンベールか。

リウイの父、魔神グラザの盟友、神格者ミラ・ジュハーデスか。

 

恐らく、その全てであろう。

事実、彼女達はリウイが駆けだすよりも速く、行動に移していたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

紡錘陣形にて、ザッザッと歩を進める重装騎士の群れの槍先が、紅の夕焼けに反射する。

その眩しさに僅かに目を細めながら、リウイは冷静に眼前の敵の実力を推測していた。

防御は無論、その攻撃力は、今まで戦ったどの国の兵や騎士よりも脅威だろう。

その千の軍勢が、ただ一人の命を狙って歩を進める。言うまでもない、狙いは自分だ。

リウイは「ははッ!」と不敵に笑った。彼も恐怖を感じない訳じゃない。

だが、それ以上に────頼もしい。

 

 

「────いまぁ! 吹き荒れてぇ! 熱風っ!!」

 

 

リウイの盟友エスカーナの大魔術。

その凄まじい熱波の余波が、重装騎士達の頭上の空気を焼く。

あまりの爆音と熱に、思わず進軍する足を止めたようではある。

が、流石は大カルッシャの精兵といった所か。陣形は僅かなりとも崩れない。

しかし、彼らは困惑を隠せなかった。

 

 

直撃させず、なぜ頭上を狙った?

 

 

その問いの答えが出るより早く、メンフィル王リウイが間を詰めた。

となれば、こんな疑問など些末に過ぎぬ。

勲一等の手柄首。しかもセリーヌ殿下が欲する首でもある。

カルッシャ本国を出てから全ての会戦を勝利で飾ったセリーヌ・テシュオス、その人が。

彼女の在る所に勝利が有り、彼女のなき所には勝利が無かった。

そのセリーヌ殿下が欲するというのだ。何が何でも討ち刎らなければ。

 

重装騎士達は、ギラついた殺気をリウイに向けると、長いランスを前へ倒して突き出した。

真実一騎当千の働きで他国を蹂躙してきた魔王と渾名称されるリウイ・マーシルン。

だが、彼らには恐れはあっても畏れはない。

いや恐れだとて、背中で鼓舞する勝利の女神がいる以上、恐怖は霧散し、我らが功名の具となるだけだ。

第一、吹けば飛ぶような弱小国家の木端兵で一騎当千成し得たとしてもだ、このレスペレントにおける最強国家カルッシャの精鋭騎士たる我らが相手では話が違う。

 

ヤレルモノならヤッテミロ。

我らに、恐れるモノなど、何もナイっ!!

 

 

「隊列を乱すな! 功名は其処ぞっ!! チャージッッ!!」

 

 

カルッシャ軍の一糸乱れぬ行軍だ。

その矛先が自分に向かうというのでなければ、思わず見惚れてしまいそうになる。

 

リウイは笑みを一層深くし────左手を上げ────「陛下ァーッ!!」────掴んだ。

 

冷たい竜の足の感触が手のひらに広がったかと思うと、フワリと身体が宙に浮いた。

数瞬の間を置き、背中を押す様な風を感じ────そのまま一気に、茫然と空を見上げるカルッシャ重装騎士の頭上を飛び越える。

カルッシャ陣営の竜騎士は、先の熱風の影響により近づけない。

いや、それ以前に、『負けない戦い方』をし始めたメンフィル大将軍ファーミシルスを抜けなかった。

先程までとは違い、無理してまで自分で勝つ必要がなくなったファーミシルスにとって、勝てないまでも負けないでいるのは容易である。

縦横無尽に襲い来る竜騎士の群れを、決してティファーナのいる方へはやらせない。

 

────当然だ。陛下の邪魔は、させないッ!

 

ファーミシルスの視界の端に映るのは、ティファーナの騎竜の足に捕まり、空を移動するリウイの姿。

そして、エスカーナの熱風により狙いがままらない弓兵と、強力な魔法の残滓のせいで、魔術をうまく放てなくなっている魔術師たちだ。

 

流石だな、と思う。

強力とはいえ、たった一手の魔術の一撃で、敵竜騎士の行動を牽制し、敵支援攻撃を封じてみせた。

ただでさえ醜態を晒しているのだ。私も負けてはいられない。

 

ファーミシルスは不敵な表情を浮かべると、満身創痍の身体に活を入れ、連接剣グレイネティールを腰から引き抜いた。

淡い輝きを放つその剣は、ファーミシルスの意思に従い、まるで蛇の様に宙を踊る。

これにはカルッシャ竜騎士達もまいった。

下手に近づけば、騎竜ごと引き裂かれるのは目に見えている。

逆にいえば、近づかなければ怖い物ではなかった。

だが、彼女の先────そこにはティファーナ・ルクセンベールに運ばれるリウイ・マーシルンがいる。

一等の手柄首であることを除いても、かの魔王の目指す先は間違いなくセリーヌ殿下だろう。

いかせる訳にはいかない。

だが、先の大魔術の影響と、ファーミシルスの決死の鉄壁により、抜けそうにはない。

 

こうして空における戦いは膠着し……地上は、リウイを茫然と見送った重装騎士隊が我に返る所から始まる。

 

我に返った重装騎士隊の隊長連は、すぐさま兵の一部を残してリウイを追う形で反転迎撃に移ろうとしていた。

リウイの目的を考えれば、当然と言えば当然だ。なにせ彼らのすぐ後ろには、セリーヌがいる。

守りの堅い本陣を飛び出し、敵国王との舌戦を繰り広げた我らの将帥が。

「急げっ!」と怒鳴り声をあげる騎士隊長の声を聞きながら、重装騎士達が慌てて身体を反転させようとした、その瞬間だった。鼓膜が破れるかと思う程の轟音と、同時に襲い来る衝撃に襲われたのは。

 

 

「な、なんだ……っ!?」

 

 

そう思えた者は幸いだ。それは命が在る証拠なのだから。

だが、部隊中央に位置していた騎士や兵の多くは、この瞬間に意識を冥き途へと送られて、身体は躯となって大地に横たわった。

 

 

「まったく、世話が焼けるわね」

 

 

言葉面で言うなら呆れた物だったろう。

が、どこか楽しげな口調でもある。

この言葉を言い放ったのはミラ・ジュハーデスだった。

彼女はリウイがティファーナの騎竜の足に掴まると同時に行動を開始し、重装騎士の部隊が我に返るより速く魔導鎧による制圧砲撃を行ったのだ。

それは大地を抉る、凄まじい威力の砲撃だった。

直撃を受けた中心部の騎士たちは無論のこと、その周囲にいた者達も決して無傷ではない。

それでも士気が些かたりとも落ちないのは、主将たるセリーヌへの信頼の高さだろう。

流石はカルッシャ、と感嘆するミラ。

だからこそ、手は抜かない。抜ける筈もないが。

実際、彼らはミラの砲撃で出来た穴をすぐさま埋めると、支援治癒により怪我を完全に治していく。

このまま砲撃を続けても、時間ばかりがかかってジリ貧なのは自分だろう。

リウイの下に、カルッシャの援軍を駆け付けさせないというミラの目的を考えれば、手も足もでない状況だ。

だが、ミラは余裕を崩さない。

 

 

「行くぞッ! 奴らに陛下の邪魔をさせるなっ!!」

 

 

リン・ファラ=バルジアーナの号令が、間髪告げずに放たれたからだ。

彼女の指揮する部隊の兵は満身創痍。戦闘力でいえば申し訳なさ程度でしかない。

それでも、『常勝』の誉れ高い彼らの王の為、傷つき疲れ果てた身体に鞭を入れ、突撃する。

むろん、例え彼らの身体が万全であろうとも、カルッシャの誇る重装騎士たちに勝てるはずはない。

それは指揮するリン・ファラ=バルジアーナも同じだった。

彼女は戦士としてはあまりにも未熟で、先のサラン街道における会戦でも、何一ついい所なく敗戦している。

そんな彼女を逃がす為に戦い、そして帰らなかったのが、姉とも慕うセルノ王国王女、ラピス・サウリンである。

 

(どうして……私なんかよりも、ラピス姉さまの方が……ずっと、ずっと……なの、に……)

 

だからこそ、負けられない。

自分を逃がしてくれたラピス姉さまのためにも。

そして……愛する人のためにも。

 

 

「征けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」

 

 

メンフィル軍の先頭に立って突撃するリンの勇姿は、兵達の士気を否が応にも高めた。

彼女の黄金色の鎧の輝きを追うように兵達は駆け、剣を抜く。

そして、

 

 

「キサマらの相手は────私『たち』だぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 

重装騎士目掛けて撃ち放つ、リン・ファラ=バルジアーナの聖炎剣。

ゴウっと刀身が聖なる炎に包まれて、重装鎧をバターの如く斬り裂き、それを見たメンフィル軍が一斉に続く。

ただ、彼女に続く兵達は、みな一様に満身創痍。そうでなくてもカルッシャ軍に比べれば、吹けば飛ぶような貧弱さが垣間見えた。

それも仕方ない。現在、レスペレントの半ば以上支配するメンフィル軍ではあるが、急激な国土の膨張に軍備……特に一般兵の装備や練度が追い付かず、貧相と思われても仕方ないのだ。

しかし、カルッシャ軍にはない別の勇壮さがそこにはあった。

 

今、ここで目の前の軍勢を抑えることが出来たなら、必ずや陛下は勝利を掴んでみせるだろう。

逆にいえば、自分達が何とかせねば勝利はない。

 

勇壮さは、そんなリンの想いから来ているのだろうか。

しかしカルッシャ重装騎士団と、リン率いるメンフィル軍の激突は、最初の槍合わせだけでメンフィル側の兵の4分の1が吹き飛んだ。

カルッシャ軍に比べ、明らかに弱いメンフィル軍。だが、その勢いは重装騎士の反転を完全に喰いとめ、しかも粘り強い。

その上、後方からエスカーナの放つ大魔法が轟き、支援砲撃を終えたミラ・ジュハーデスが凶悪な笑みを浮かべて突撃して来る。

カルッシャ軍にとっては悪夢だろう。

それでも。こちらの支援魔法と治癒魔法が絶えず使われてるため、被害自体はとても軽かった。

だが、重装騎士達はメンフィル王を追えない……セリーヌ殿下の下へ駆け付けられない己が身の不甲斐なさに顔を歪めた。

 

 

(セリーヌ殿下……どうか、どうか……ご無事で……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜の足を掴んで飛んでくるリウイの姿に、沸騰していた頭が急速に冷めた。

ただ一人……リウイしか見えなかった視界はクリアに広がり、自分の迂闊さに頬が軽くひくつく。

 

(まずい……)

 

なにせ、自分の傍には数人の騎士しかいない。

副将たるオイゲンすら後陣に置き去り、敵王と舌戦するなんて、本気の本気で迂闊だった。

 

(死にゅ……)

 

ティファーナの騎竜に掴まりここまで来たリウイ。

彼が、こうした短距離の空送を行う可能性に気づかないといけなかった。

 

まあ、後の祭りだけど。

 

竜の足から手を放し、ストンと軽やかに地上に降りたリウイを見ながら、私は心の中で、あははは、と笑う。

 

(ダメ、これ、詰んだ?)

 

そう絶望する私に、

 

 

「セリーヌ・テシュオス、アナタを討てば、我々の勝利だ」

 

 

静かな声色で私に告げるリウイ・マーシルン。

私はもう一度、あははは、と心の中で笑った。

 

バカみたい。気づかなかった。

リウイを討てば私達が勝ちなように、私を討てばリウイが勝つのだ。

 

(ほんとうに、私ってバカだなぁ……)

 

お付きの騎士達に目配せしながら小さく自嘲めいた笑いの衝動を喉から漏らし、私は腰に差した剣を抜いた。

セリカに買って貰ったプラチナソード……ではなく、水晶の刃を。

夕日を反射し、眩くキラリと輝く水晶で出来た解呪の刀身。

それを視界の隅に入れながら、私はスゥと左の手を前に出し、剣先を突き出す。

 

 

「リウイ・マーシルン、私のような病弱な女に剣を向けるなんて……ほんとう、さいっっっていっ! な男ですねっ!」

 

 

簡単になんて死んでやるもんですか!

 

そう思いながら、数瞬だけ目蓋を閉じた。

たくさん、たくさん、浮かぶ、アイツ。

そして、最後に浮かんだのは炎。

私を死に追いやった、炎だった。

 

(……そう、そうだよね。『あの』時と違って、私は『まだ』何もしてやいない)

 

まがりなりにも弟を救ってみせたあの時とは違い、今の私はまだ何も救ってなんかいなかった。

だから負けてたまるか!

せめて、一矢報いてやるんだからっ!

 

 

私はセリカに向けるように艶やかに頬笑み……リウイに向けて、べー、っと舌を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セリーヌ王女が剣を引き抜く姿を遠く見ながら、

 

(大丈夫、大丈夫だ。まだ幾許かの時はあるはず……)

 

と、今すぐ駆け付けたいという逸る気持ちを抑え、部下達に指示を飛ばす。

例え相手が魔王と言えど、王女付きの騎士達がそう易々と討たれる筈がない。

第一、女に目がないと噂立つ魔王である。

お美しいセリーヌ王女は、さぞかし魔王の劣情を誘うことだろう。

 

(ならば、今の私がすることは……)

 

「閣下、『撤退』の準備、整いました。あとは殿下をお迎えしにいくだけであります!」

 

「そうか。ならば歩兵を先発に、続いて神官兵、魔術師。騎兵の半数は私と共に殿下の救出、残りの半数は、その後、殿下をお連れしてそのままメンフィル国境の外まで駆け馳せよ!」

 

「……はっ!」

 

「途中、後軍と合流出来そうならば合流しろ。だが、危険を少しでも感じるならば無視して横を抜けろ。味方を見捨てたという不名誉は、全て私が引き受ける。続いて竜騎士隊に伝令。一部の部隊は急ぎ本国へと帰還。レオニード殿下に拝謁し、此度の『宰相サイモフの策は失敗、至急援軍を請う』と伝えよ。いいか、『レオニード殿下』に直接だ。けして鳥の骨……サイモフを通すな!」

 

「そ、それはセリーヌ殿下に対して裏切り行為とはなりはすまいか? 第一……」

 

流石はセリーヌに仕えているのだと高言する男だ。

あの方の考えを、良く分かっている。私と違って……

 

「解っている。セリーヌ殿下は望むまい。あの方は、自身が敗れし時はメンフィルに降伏せよと、常々おっしゃっていたからな。だが……」

 

そう、だが……

セリーヌ王女と皇太子レオニード。お2人が揃えば、もしやと思ってしまう。

王女は戦略家であって戦術家ではない。皇太子は未知数だが、側近である翼獅吼騎士団団長モナルカは、信頼に値する戦術家である。

サイモフの邪魔なく、次期王たるレオニードに、セリーヌ、モナルカが補佐した戦場は、勝利の凱歌が響くに違いないと確信する。

しかし、これが再び王女を裏切る行為なのだとも分かってはいた。

戦略家である王女の視線は、ただの武人である己を超えて遠くを見据える。

きっと、この布陣で戦ってはいけないのだろう。それが何なのかは分からぬが。

だが、この誘惑。抗えるはずもない。

カルッシャのレスペレント統一。そんな夢の誘惑に、抗える筈がなかったのだ……

 

「とにかく、命令違反の咎は、全てこのオイゲン・ハイランドが受け持つ。そして、ご期待にそえず申し訳ありませんとオイゲンが言っていた。そうセリーヌ殿下に伝えて欲しい」

 

それだけ言い、大きく息を吸う。

血と鉄の臭いが混じる戦場の空気。

己が生涯の大部分を過ごした場所である。

心が沸き立つ。駆け、剣を振り、そして殺す。高揚感。

まさに血湧き肉躍る。恐らく、今の自分は凶悪に嗤っているだろう。

将の位を貰って以来、薄くしか感じられなくなった、この感じ。

その感情のまま、声を張り上げ……

 

「突撃ぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

数百の騎兵と共に、王女の下へと馬を走らせた。

 

間違いなく、私はここで死ぬのだろう。

 

そう、思いながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セリーヌLv30 vs リウイLv230 開始

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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