そうぞうしんさまといっしょ! (水代)
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1話

「ようこそ、ポケットモンスターの世界へ」

 

 真っ白い和服とドレスを足したような衣装の少女が『アナタ』を迎える。

 腰まで届く白く艶やか髪に、その頭部に巻いているのは大きな黄色のリボン、その大きな胸を強調するように開いた胸元に垂れるのは黒いネクタイリボン。

 美しい少女だった。この世の物とは思えないほどに美しい少女が『アナタ』へと笑顔を向けていた。

 

「ようこそ、『アナタ』様、『サイハテ』へ。私は『アナタ』の案内を務めさせていただく者です」

 

 そう言って少女が一つ礼をする。

 

「この世界にはポケモンと呼ばれる不思議な生物が多く存在しています。『アナタ』はそんなポケモンと時に戦い、時に仲を深め、この世界を自由に旅しましょう」

 

 告げて少女はその手にいつの間にか握られていた赤と白の二色模様のボールを『アナタ』へと渡してくる。

 

「こちらはモンスターボール。ヒトがポケモンと共に生きるために作り上げたポケモンを『捕獲』するための道具になります。スイッチを押し、ポケモンへと投げることでボールが周囲のポケモンを感知し『捕獲』を開始します」

 

 説明と共に少女が空いた左手の指をぱちん、と鳴らすとぽん、と煙と共に三体のポケモンが現れる。

 『アナタ』は持ち前の知識でそれがいわゆる『御三家』と呼ばれるそれぞれ『くさ』『ほのお』『みず』タイプのポケモンであると理解できる。

 

「こちらのポケモンの中から好きなポケモンを一匹、どうぞ捕獲してください」

 

 少女の言葉に『アナタ』は一つ頷き、三匹へと視線をやる。

 最初のポケモンだからか、三匹とも動かずじっとしている。これならば簡単に当てられそうだった。

 ボールを振りかぶる。狙いを定め。しっかりと力を込め、振り上げたボールを勢い良く投げた。

 

 ―――直後にボールがすっぽ抜けて少女のほうへと飛んでいく。

 

「えっ?」

 

 突然ボールが自らへと飛んでくる、という予想外の事態に少女が目を丸くした直後。

 

 ポン、とボールから赤い光が伸び、少女を包んだかと思うと少女がボールの中へと消える。

 

 かた、かたかた、かた

 

 二度、三度とボールが揺れ。

 

 かちん、とロックがかかったような音がした。

 

 

 * * *

 

 

 ボールで捕獲できた、ということはどうやら少女は『ポケモン』だったらしい。

 ただ説明役が居なくなるのは困るので『アナタ』はボールを手に、もう一度少女を呼び出そうとする。

 あからさまに目立つ中央のスイッチを試しに押せば、捕獲した時と同じ赤い光が飛び出して目の前に少女が現れる。

 どうやら同じようにスイッチを押せば捕まえたポケモンは出せるのだと『アナタ』は学んだ。

 

「えぇ……これどうすれば」

 

 そうしてボールから出してみれば困ったような視線を向けてくる少女に『アナタ』は首を傾げる。

 

「いえ……そもそも私は、いえ、それ以前に……えっと」

 

 少ししどろもどろな少女はやがて口を閉ざし、何か考えたかと思うと。

 

「少々お待ちください、運営に問い合わせますので」

 

 告げて視線を空へと向けた。

 そのまま虚空に向かって何やらしばらく話かけていたがやがて『アナタ』へと視線を戻し。

 

「すみません、お待たせしました」

 

 ぺこりと一つ謝罪をし。

 

「最初に言っておくと、私は本来『アナタ』たちを導く案内役でして、一緒に旅はできないはずだったのですが……」

 

 ちらり、と彼女は『アナタ』が持つボールに視線を向け嘆息した。

 

「何故か捕獲されてしまったので運営に問い合わせたところ『問題無い、むしろ全然オッケー』との回答を頂いたので」

 

 少し言葉を溜め、少女は『アナタ』へと視線を合わせ。

 

「これからよろしくお願いしますね、トレーナー様」

 

 微笑してそう告げた。

 

 

 

「では気を取り直して、トレーナー様に説明の続きをさせてもらいますね」

 

 そう言って少女がふっと指を横にスライドさせると目の前にふっとホロウィンドが表示された。

 

「こちらがメニュー画面になります。上から『図鑑』『ポケモン』『道具』『プロフィール』『フレンド』『ログアウト』となります。それぞれの説明は必要ですか?」

 

 『アナタ』は首を横に振った。大体の機能は見れば分かるし、知っている物も多い。

 『アナタ』のそんな言葉に彼女は分かりましたと頷いた。

 

「ただ旅に出れば『バトル』をすることもあると思いますので、早めに私の『ステータス』の確認もお願いしますね」

 

 そう言って少女が微笑むと、『アナタ』は分かったと頷いた。

 

「では次に」

 

 告げる少女の言葉と共にぴこん、と電子音が響き『アナタ』の目の前にホロウィンドが開く。

 世界地図のようだった、六つの大陸に囲まれるような形で存在する中央の小さな島に赤い点がついている。

 

「こちらのマップについて説明させていただきますと、こちらの中央の赤いマークが『アナタ』の初期位置になります」

 

 ニコニコと笑う少女の白く細い指がホロウィンドのマップの中央を指した。

 それから北から順番に指を動かし。

 

「こちらが『カントー・ジョウト』『ホウエン』『シンオウ』『イッシュ』『イズモ』の六地方が存在します。この『サイハテ』からはどの地方に行くこともできます」

 

 ただし、と少女が指を『アナタ』へと突き付けた。

 

「1度だけです。もう一度『サイハテ』へ戻って来ることはできませんので。次の別の地方へ行く場合は各地方間を繋ぐ連絡船に乗る以外にありません」

 

 その言葉に『アナタ』は空を飛んでいくことはできないのか、と沸いた疑問を尋ねた。

 

「残念ながら地方から地方へと超長距離飛行のできるほどのポケモンとなると『伝説』クラスとなりますので、基本的には不可能だと思ってください」

 

 そうして前置きの説明を終えて、少女が『アナタ』へと問いかける。

 

「どちらの地方へと向かいますか? マスター様?」

 

 その問いに『アナタ』は少し考えて。

 

 

 ①カントー・ジョウト地方と答えた。

 

 ②ホウエン地方と答えた。

 

 ③シンオウ地方と答えた。

 

 ④イッシュ地方と答えた。

 

 ⑤イズモ地方と答えた。

 

 

 * * *

 

 

 ―――マサラはまっしろはじまりのいろ。

 

 街の入口にそんなことが書かれた看板を『アナタ』を見つけた。

 『アナタ』はカントー・ジョウト地方へ行くことを彼女へと願い、こうしてマサラタウンへと『転移』してきていた。

 

「ここ『マサラタウン』にはご存じの通り、オーキド研究所があります。北へ進めばトキワシティ、南に進むとグレンシティへと行けますね」

 

 『アナタ』は『なみのり』が無いのにグレンシティへ行けるのかと尋ねてみれば少女がはい、と頷く。

 

「『マサラタウン』と『グレンシティ』を往復する連絡船がありますので、半日ほどで着きますよ。ただし相応にお金が必要になりますので、トレーナー様の場合トキワシティへ向かうのが良いかと」

 

 『アナタ』はいくらくらいになるのか尋ねた。

 

「そうですね……だいたい5000円ほどでしょうか。サントアンヌ号などと違うただの連絡船ですのでそこまで高額というわけではありませんが」

 

 『アナタ』は実機での知識を元にメニュー画面からプロフィールを開く。

 そこには『アナタ』の登録した名前とプレイ時間、そして所持金が書かれていた。

 どうやら初期金額は2000円らしい、これでは足りない。

 

「この世界でお金を稼ぐ方法ですか? 基本的にはトレーナー同士のポケモンバトルが多いですね。それ以外では時折道に落ちている道具を見つけて拾ってフレンドリーショップで売ればお小遣いくらいにはなります。あとは……」

 

 うーん、と人差し指を唇に当て、少女は少し考えて。

 

「あとは本編には無かった要素として『アルバイト』などもできます。こちらは主にポケモンではなくトレーナー様自身が働く形になります」

 

 例としては、と少女がいくつか実際にあるのだろうアルバイトの例をいくつか示してくれる。

 どうやら現実で言うところの日雇いバイトのようなものらしい。

 とは言え拘束時間は一時間前後。給料は1000~2000円くらい。

 

「基本的にはポケモンバトルで勝利を重ねたほうが稼ぎは良くなりますね。ポケモンも育ちますし」

 

 言われて『アナタ』は少女のステータスを確認していなかったことを思い出す。

 メニュー画面を開き、ポケモンの項目をタップする。

 六体分の枠の一つに少女のSD絵が表示されているのでそれをさらにタップ。

 

 

 【名前】――――

 【種族】アルセウス/擬人種

 【性別】??

 【Lv】1/120

 【能力】HP:A こうげき:A ぼうぎょ:A とくこう:A とくぼう:A すばやさ:A

 【BP】――――

 【特性】マルチタイプ*1

 【戦技】ちきゅうなげ/コスモパワー/しぜんのめぐみ/おしおき

 【旅技】――――

 【特殊】初期ポケモン*2

 

 

 開かれ表示された画面が知識とはやや異なることに『アナタ』は首を傾げる。

 そんな『アナタ』の様子を見た少女が説明をくれた。

 

「説明させてもらいますね。まず【名前】ですが捕獲したポケモンのニックネームになります。現在トレーナー様は私にニックネームを付けていないので表示されていません」

 

 言われて『アナタ』は少女にニックネームをつけていないことに気づいた。

 少女を捕獲したことは『アナタ』にとっても運営にとっても予期しない偶発的な事態とは言え、少女と同じ種族のポケモンもいつか他のプレイヤーが捕獲するようになるのだろうことを考えるとニックネームというのは『差別化』という意味では重要なのだろう。

 『アナタ』は少女のニックネームを考えておくと伝えると、少女は少し嬉しそう笑った。

 

「ではお願いしますね、トレーナー様。それで次に【種族】になりますが、これはそのままポケモンの種族になります。私の種族は『アルセウス』と呼ばれるポケモンですね。とは言っても『アルセウス』は一匹しかしない種族なので私はその『アバター』になりますが」

 

 『アバター』という聞き覚えの無い言葉に『アナタ』は首を傾げた。

 

「一部のポケモン……はい、そうですね、トレーナー様の言うところの『伝説のポケモン』と呼ばれるような存在は『アバター』という分身のような物を作ってこの世界に存在しています。本体は世界に与える影響が大きすぎるため普段は眠っているような状態ですね。なので私は『アルセウス』というポケモンの力の一部のようなものだと考えてください」

 

 なるほど、と『アナタ』は納得する。

 恐らく『伝説のポケモン』が一体しかいないのでは困るのでユーザー全員が獲得できるようそういう『仕様』になっているのだろうと『アナタ』は考える。

 

「後ろの擬人種というのも同様ですね。トレーナー様は擬人種については?」

 

 一応教えて欲しいことを伝えると少女は分かりましたと微笑んで頷いた。

 

「擬人種はそのまま人と同じ姿をしたポケモンのことですね。人と共に生きるうちに人と同じ姿に憧れたポケモンが人の姿へと『適応』したものだと言われています」

 

 私はちょっと例外ですが、と苦笑しながらやがて少女があっ、と何かに気づいたようにはっとなり。

 

「え、えっと……人の姿をしてるからって、その……えっと。え、え、えっちなのはダメですよ?」

 

 頬を赤らめ、視線を彷徨わせながら消え入るような声で呟く少女に『アナタ』は分かったと頷いた。

 こほん、と咳払いして話を切り替えようとする少女だったが、その頬がまだ赤いことを『アナタ』は黙っていた。

 

「えっと、それから次ですが……【性別】はそのままですし良いですね。その次のレベル、そう【Lv】ですね。これはポケモンのレベルになります。ポケモンのステータスは後から言う【能力】とこの【Lv】によって決定するので単純に【Lv】が高いほど強いポケモンになると思ってもらっても構いません」

 

 どうして上限が100じゃないのか、と『アナタ』は気になったことを尋ねてみた。

 

「それはですね、有体に言えば才能のようなものと思ってもらっても構いません。えっと……トレーナー様にも分かるよう言うならば『個体値』に該当します。ただしこれは後天的に伸ばすことは可能です」

 

 つまり個体値が低いとレベル100に到達しないポケモンも?

 

「そうですね、低いポケモンはレベル75が上限になったりします。ただレベル100までは簡単に伸ばせますので……」

 

 確かにそうしなければこの世界でも『厳選』行為が起こるかもしれないと『アナタ』は納得した。

 

「レベル100上限を超えるのは少し難易度が高いんですが、まあ私は元となったポケモンがポケモンですので……そうですね、トレーナー様の仰る通り『伝説のポケモン』なんかはアバターでもこの上限が高くなります」

 

 大よそ理解したことを伝えると少女がほっと、安堵したように息を吐いた。

 

「では次に【能力】の説明ですね。こちらはトレーナー様に合わせるなら『種族値』に該当します」

 

 どうしてアルファベットなのだろう、という疑問を『アナタ』は少女へぶつける。

 

「具体的な数値はマスクデータになっています。そもそもの能力値の計算仕様が元とは異なっていますので」

 

 メタい、と呟いた『アナタ』に少女はそういう役割ですので、と苦笑した。

 

「最低値がEから始まり最大がSになりますね。これに【Lv】を元にした計算した結果がポケモンのステータスになります。それから」

 

 『アナタ』も気になっていたBPと呼ばれる項目である。

 

「そうですね【BP】はそのままボーナスポイントで構いません。これはレベルアップした時に獲得できます。獲得したボーナスポイントはステータス数値に割り振ることができ、ステータスを『補正』することが可能になります」

 

 恐らく『努力値』……ゲーム的に言うなら『基礎ポイント』のようなものだろうか。

 

「そうですね、大よそそのように捉えてもらっても構いません。割り振り自体は好きにできますが一つの能力値に割り振れる合計値には上限があります。ただリセット機能もあるので好きに割り振ってもらっても大丈夫です」

 

 しかしそうなるとレベル上限というのは重要になるだろうと『アナタ』は思った。

 大概のポケモンがレベル100上限の中で、レベル120まで上げれるならば20レベル分のステータスが得られる上にボーナスポイントも20レベル分割り振れるということになる。

 

「そうですね、ただどんなポケモンでもレベル上限を上げることは可能ですので、最終的な条件は同じになります」

 

 初期ポケモンが私で得した、くらいで良いんですよ?

 なんて悪戯っぽい笑みを浮かべる少女に『アナタ』は確かにラッキーだったのだろうと思った。

 

「次は【特性】ですね。残念ながら私は一つしかないので、これで固定になりますが、複数の特性を持つポケモンは好きな特性を選択して切り替えが可能になります」

 

 それは便利そうだと思ったが、夢特性……『隠れ特性』というのはどうなるのだろう?

 

「ポケモンの『隠れ特性』に関しては少し仕様が特殊でして、最初は解放されていませんが、条件を達成することで解放されます。それ以降は好きに切り替え可能です」

 

 なるほどと納得した『アナタ』に少女はさらに説明を続ける。

 

「【戦技】と【旅技】ですが【戦技】はつまりポケモンバトルの際に使える技になります。【Lv】が上がると新しい技を覚えたりもしますが、基本的にセットできるのは4枠だけになります。5個以上の技を覚えますと【戦技】の欄がタップできるようになりますので、それで技の入れ替えができるようになります」

 

 『技忘れ』や『技思い出し』がいらないのは手間が無くて良いが同時に寂しいと『アナタ』は思った。

 

「ま、まあ……一部地方にはいなかったり、行くにしても各地方はかなり広いので技の入れ替えだけで数日かけることになったり、なんてこともありますので」

 

 言われて確かにこの広大な地方を技一つのために駆けるのは相当な手間だと理解する。

 ただ『タマゴ技』や『教え技』などはどうなるのだろうか。

 

「えっと、それに関しては『ラーニングシステム』というものがありまして。また別の話になりますので、まずは説明の続きをさせてもらいますね」

 

 『ラーニングシステム』という何とも惹かれる響きの言葉だったが、少女は構わず続ける。

 

「【旅技】はいわゆる『秘伝技』などですね。『いあいぎり』『そらをとぶ』『なみのり』『かいりき』などが該当します。こちらは覚える枠に制限はありませんが、ポケモンごとに覚えれる技と覚えれない技もあります」

 

 【戦技】とは別枠で使えるというのは確かに便利だった。まあ最近だと実機でも同じように覚えさせる必要も無くなってきているが。

 

「最後に【特殊】というのはポケモンごとの特異性、とでも呼びましょうか? 分かりやすい例を挙げるなら『色違い』などが該当します。こちらは先天的にしか得られない物も多いですが後天的に付け加えることのできるものも多いです」

 

 初期ポケモンというのは特異性なのだろうか。それにそれに際して実効力があるとなると無視できない要素ではある。

 

「基本的に効力があってもそこまでの物では無かったり、メリットとデメリットが一緒だったり『初期ポケモン』くらいですね、純粋に便利なのは。基本的に先天的に得られる【特殊】要素で絶対的なメリットを得られる、というのは余り無いですし、そもそも初期状態で【特殊】がついてるポケモンは極めて少ないので普通に旅していても滅多に見れないと思いますよ」

 

 まあ例として挙げられたのが色違いという時点でその確率はお察しではあった。

 

「まあ説明はこれくらいにして。どうでしょう? トレーナー様。試しにマサラタウンから出て見てポケモンバトルというのは」

 

 少女のそんな言葉に『アナタ』は色めき立った。

 そんな『アナタ』に少女が仕方ないなあ、と苦笑し。

 

「では行きましょう、トレーナー様」

 

 そう告げて手を差し出した。

 

 

*1
持っている『プレート』に対応して『タイプ』が変化する。

*2
『アナタ』が初めて捕まえたポケモン。取得経験値に補正がかかる。



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2話

何故続いた(


 少女に手を引かれながら『アナタ』はマサラタウンの外へとやってきた。

 トキワシティまでの道のりはある程度柵などで舗装されており、道なりに進めば辿り着けるようになっている。

 

「ではトキワシティへ向かう道すがら、ポケモンバトルに関する説明をさせていただきますね」

 

 そう言って少女は『アナタ』の隣を歩きながらその指先をピンと伸ばした。

 

「ポケモンバトルとはその名の通り、ポケモンとポケモンを戦わせることですがバトルの形式は大きく分けて三種類に分かれています」

 

 バトルの種類?

 シングルバトルだとかダブルバトルだとかそういうことだろうか。

 そんな『アナタ』の思考を読んだかのように少女は首を振り。

 

「一つはトレーナーバトル。つまりトレーナー同士でのバトルですね。二つ目が野生バトル、野生のポケモンとのバトル。三つ目が……まあこれに関してはいずれ、ですね。それから……そうですね、少しだけ表示してみましょうか」

 

 告げて少女が指先をついーと動かすと、ぴこん、と電子音が響いて目の前に二つのホロウィンドが表示される。

 

================

 アルセウス  Lv:1  

 HP▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬

================

 

 片方のホロウィンドには実機で見るようなHPバーにレベル表記。

 

=====【戦技】=====

 『かくとう』ちきゅうなげ*1

 『エスパー』コスモパワー*2

 『ノーマル』しぜんのめぐみ*3

 『あ  く』おしおき*4

==============

 

 そしてもう片方のホロウィンドにはセットされた技の一覧とその効果。

 

「これがバトル時の基本画面になります。それぞれの説明は必要ですか?」

 

 『アナタ』は首を振る。大よそ実機と同じ形式のため見れば分かる。

 そんな『アナタ』の言に分かりましたと少女は頷き、話を続ける。

 

「従来のシリーズとの差異として、今作はリアルタイムバトル形式で行われます。つまりターン制という概念がオミットされています」

 

 イメージとしてアニメのような感じだろうか、と『アナタ』は考えた。

 しかしそうなるとターンカウントで発揮されたり消去されるような類の効果はどうなるのだろうと尋ねてみる。

 

「そういった物には秒数が設定されています。大よそのイメージですが従来シリーズでの1ターンが12秒ほどと考えください」

 

 となると5ターンで1分。

 特性などを考えるとそれくらいだろうか。

 

「次に注意点ですが、全ての技には発動時間が設定されています」

 

 発動時間、という聞きなれない言葉に『アナタ』は首を傾げた。

 

「分かりやすく言うと技の優先度になります。トレーナーがポケモンに技を指示して実際に発動するまでの時間ですね。優先度の高い技ほどこの発動時間が短く、優先度の低い技ほど長くなります」

 

 つまり技を連打したりとかそういうことができない、ということだ。

 ターン制が無い代わりにこの発動時間で実質的ターンを再現しているのだと考えれば納得もいった。

 そんな『アナタ』の考えに少女が頷く。

 

「大よそそんなところです。ただバトル自体はリアルタイムで進行するため優先度の低い技を二度三度繰り出す間に優先度の高い技は三度、四度と繰り出すことも可能になります」

 

 とは言え優先度の高い技は反面、威力が高い物が多くない。

 逆に優先度の低い技は威力が高かったり、強力な追加効果があったりするので良し悪しなのだろう。

 

「注意点ですが、従来とは違い今作には『距離』の概念があります。戦技の欄に表記されはいませんが、技にも射程というものがありますので、距離が離れすぎていると届かない、ということもあります。逆に相手から距離を取って技から逃れるということもできます」

 

 まあ普通にバトルする分には難しいですが、と少女が付け加える。

 

「また周囲の環境を利用して戦うこともできます。例えば……」

 

 きょろきょろと少女が周囲を見回し、道から外れたところに生えている木を見つける。

 

「ああいった木を遮蔽物として使ったり、逆に木を足場に上から攻撃したり、ですね」

 

 本当にアニメみたいだ、と『アナタ』は思ったがそれはそれで楽しそうだったので良い。

 

「他にも水辺や森、洞窟など環境によって戦い方も異なります。そこはトレーナー様が体験して覚えていく部分となりますので、お楽しみに」

 

 確かに『みず』ポケモンなら水辺のほうが戦いやすいだろうし、『くさ』ポケモンなら森が、『いわ』ポケモンや『じめん』ポケモンなら洞窟などのほうがやりやすいのかもしれない。

 そういう細かいところに拘っているのは中々面白い。

 

 とは言え。

 

 説明はそろそろ聞き飽きた。

 そんな『アナタ』の内心を読み取ったかのように少女がくすりと笑い。

 

「では、そろそろ実際のバトルに移りましょうか」

 

 そう言って道を一歩外れる。

 

「こういう人工的に敷かれた道は比較的野生のポケモンが出て難くなっています。そのため野生のポケモンと遭遇したい場合は……」

 

 少女の呟きを遮るように、がさり、とすぐ傍の草むらが揺れて。

 

「あ、ちょうど来ましたね」

 

 呟きと共に一匹のポケモンが飛び出した。

 

 

 * * *

 

 

「ギャゥ!」

 

 飛び出してきたのは紫色の鼠のようなポケモン、コラッタだ。

 コラッタが『アナタ』を認識し、警戒するように頭を低くする。

 

「ギャゥゥ!」

 

 そうして威嚇するように鳴き声を上げる。

 

 

================

 コラッタ  Lv:2  

 HP▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬

================

 

 

 そうしてコラッタの頭上に表示されるウィンドに気づく。

 どうやらこちらよりレベルが高い相手らしい。

 

 ―――直後。

 

 

====================

Standby phase!

====================

 

 

 『アナタ』の目の前に突如として大きなホロウィンドが表示がされた。

 驚く『アナタ』の隣で少女がホロウィンドを指さす。

 

「スタンバイフェイズです。ポケモンバトル開始前の準備期間ですね。約10秒程度続きまして、この間にトレーナーはポケモンを選択し、ボールを投げる必要があります、もし10秒以内にこれを行わなかった場合」

 

 目の前のホロウィンドが消えていく。

 と同時に腰のホルスターに刺していたボールから突如光が飛び出し、隣に立っていたはずの少女がボールの中へと吸い込まれていき。

 

 

====================

Battle phase!

====================

 

 

 ぽん、と再びボールから光が飛び出して『アナタ』の目の前に少女が出現する。

 

「と、スタンバイフェイズ中にポケモンを選択していない場合、このように強制的に先頭のポケモンが飛び出します」

 

 そうして少女がコラッタのほうへと向き直り。

 

 

====================

Battle start!

====================

 

 

「バトル開始です。指示をください」

 

 スタートの表示がまるで画面が砕けるようなエフェクト共に消えていき。

 

 ―――コラッタの『たいあたり』!

 

 視界の端にそんなログが見えたと思った直後。

 コラッタが僅かな間、全身を屈め溜めを作り。

 

「ギャァ!」

 

 放たれた矢のように勢いよく走り出す。

 すでにバトルが始まっているのだから当然攻撃してくる、そのことに気づき。

「トレーナー様……まずは攻撃技を選択しましょう」

 直後聞こえた少女の声に、『アナタ』は咄嗟に技の一つを選択する。

 

 ―――アルセウスの『ちきゅうなげ』!

 

 少女が拳を握り、その手を伸ばす。

 直後にコラッタの全身が激突し、少女が片目を閉じその痛みに耐え。

 その体を掴む。

 

 そうして。

 

「えいっ!」

 

 可愛らしい掛け声と共に体を逸らせ、両手で掴んだコラッタを背後へ、そのまま地面に激突させる。

 

 ジャーマンスープレックス?!

 

 唐突なプロレス技に『アナタ』が目を白黒させていると。

 

「あっ」

 

 少女が何かに気づいたように、声を挙げる。

 直後に地面に叩きつけられたコラッタが何事も無いように起き上がり。

 

「ギャゥ!」

 

 全くダメージが見受けられない様子でコラッタが再び攻撃を姿勢を取る。

 そうして直後に『アナタ』は気づいた。同時に少女が何に対して声を漏らしたのかも理解した。

 たった今『アナタ』が選択した『ちきゅうなげ』とは。

 

 『かくとう』ちきゅうなげ

 威力- 自分のレベルと同じ値の固定ダメージを与える。

 

 こういう技で。

 今の少女の【Lv】は1である。

 

 つまり―――。

 

「これ、負けたかもしれません」

 

 呟いた少女の声と共に、コラッタが再び全力の『たいあたり』を繰り出した。

 アルセウスとは『伝説のポケモン』の一体ではあるが、それでも【Lv1】だ。

 当然ながらその本来の能力を全くと言って良いほど発揮できない。

 単調な攻撃しかできない低レベル帯ではたった一撃のアドバンテージが覆しがたい差を生むことにも繋がりかねず。

 

 

================

 アルセウス  Lv:1  

 HP▬▬▬▬▬▬▭▭▭▭

================

 

 

 ぱっと見たHPゲージが大きく減っていることに気づいた『アナタ』は、咄嗟に躱せ、と叫ぶ。

 従来のシステムにそういう機能は無いが。

 

 ―――コラッタの『たいあたり』!

 

「っと」

 

 『アナタ』の指示に従って、少女はコラッタの動きを見切り、その一撃を躱す。

 驚く『アナタ』だったが、さらに次の指示を出し。

 

 ―――アルセウスの『おしおき』!

 

「こらっ」

 少女が拳を握り、コラッタの頭を叩くようにこつん、と叩く。

 それほど強く叩いているようには見えなかったが、先程とは違いダメージを受けた様子でコラッタが怯む。

 

 

================

 コラッタ  Lv:2  

 HP▬▬▬▬▬▬▬▭▭▭

================

 

 

 先ほどよりも大きくHPが減っている、のだが。

 与えたダメージと受けたダメージを考えるとこのまま素直に殴り合うと負ける。

 

 アルセウスが、コラッタに、正面から戦って負ける。

 

 そんな事実に『アナタ』がため息を吐きたくなった。

 とは言え、しっかり見て良ければ攻撃を躱せるのならば、『アナタ』がちゃんと指示できれば勝機はあるだろう。

 

 そうこうしている内にコラッタが立ち止まり。

 

 ―――コラッタの『しっぽをふる』!

 

 ぶんぶんと尻尾を振って、こちらの『ぼうぎょ』を下げてくる。

 とは言えこちらが使える技など実質一択なので指示は変わらない。

 

 ―――アルセウスの『おしおき』!

 

 これでようやく半分超えたと言ったところか。

 だが自身の危機に気づき、コラッタの目が怒りに燃える。

 攻撃してくる、その『意思』のようなものが何となく感じられる。

 故に少女に様子を見るように指示を出すと。

 

 ―――コラッタの『たいあたり』!

 

 突撃してくるコラッタをひょいと躱す。

 レベルが低いからなのか、ただ無策に突撃してくるだけなので、様子見に徹していれば躱すことはそれほど難しくは無いようだった。

 

 そうして入れ替わりに『アナタ』は少女へと攻撃を指示し。

 

 ―――アルセウスの『おしおき』!

 

 少女の攻撃がコラッタへと命中し。

 

 

 ―――きゅうしょにあたった!

 

 

 そんなシステムメッセージが表示されると同時に、コラッタが目を回して崩れ落ちる。

 疲れた、そんな風に『アナタ』が肩の力を抜いていると。

 

 テテテーン♪

 

 聞き覚えのある音が耳に入り、『アナタ』は視線を上げる。

 

===============

 アルセウスは経験値を得た。

 特殊効果:初期ポケモンによって経験値が僅かに増えた。

 アルセウスはLv2に上がった。

================

 

「あ、レベルアップですね」

 

 少女がシステムメッセージを読み取り、そう告げる。

 しかし最初のポケモンバトルはみんなこんなにシビアなのだろうか、と『アナタ』は少女へと尋ねると、少女は苦笑して首を振った。

 

「いえ、チュートリアルで選ぶ最初の三匹は初期【Lv】が5から始まるので本当はもっと簡単なんですが」

 

 『アナタ』は本来想定されていなかったはずの少女を捕まえたために【Lv】1からスタートし、これほど苦労したと。

 

「とは言え、レベル上限が最初から高いので、最終的な苦労を考えるとお得ですよ?」

 

 別に他が良かった、というわけではないと『アナタ』は少女に伝える。

 少なくとも『アナタ』は少女が隣にいてくれることを嬉しく思っている。

 

「そ、そうですか……それは、少し、その。照れますね」

 

 端正な顔を薄っすらと朱に染めて頬を掻く少女に『アナタ』は笑みを浮かべた。

 まあそれはそれとして技を何とかしなければならないのだが。

 

「それは……そうですね」

 

 現状使える技が『おしおき』一択なのは如何ともし難い。

 だがレベルアップで技を覚えるにして、まだまだ先の話になりそうであり。

 何か良い方法はないか、と『アナタ』は少女に尋ねた。

 

「そうですね……なら」

 

 少女が少し考えて。

 

「ラーニングシステムを使いましょう」

 

 ぴん、と指を立ててそう告げた。

 

 

 

 

*1
威力- 自分のレベルと同じ値の固定ダメージを与える。

*2
自分の『ぼうぎょ』『とくぼう』ランクが1段階ずつ上がる。

*3
持っている『きのみ』によって『タイプ』と威力が変わる。『きのみ』はなくなる。

*4
威力60 相手のいずれかの能力ランクが1つ上がる度に20上がる。




実機のダメージ計算機使って計算してみた結果。

アルセウスLv1『おしおき』→コラッタLv2→乱数4発
コラッタLv2『たいあたり』→アルセウスLv1→乱数3発

よって素急所引かない限り、アルセウスLv1はコラッタLv2に『絶対に』勝てません。


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3話

に……2年ぶりですね(震え声


「トレーナー様、先のバトルで私たちポケモンが使う技に、従来には無かった仕様が存在することに気づかれましたか?」

 

 問うてきた少女の言葉に、『アナタ』は先ほどまでのバトルを思い出し、けれどそこにと何ら違和感を覚えることは無かった。

 首を振る『アナタ』に少女は一つ頷き、先ほど閉じたばかりのステータスウィンドを表示する。

 

 

 * * *

 

 【名前】――――

 【種族】アルセウス/擬人種

 【性別】????

 【Lv】2/120

 【能力】HPA こうげきA ぼうぎょA とくこうA とくぼうA すばやさA

 【BP】5P

 【特性】マルチタイプ

 【戦技】ちきゅうなげ/コスモパワー/しぜんのめぐみ/おしおき

 【旅技】――――

 【特殊】初期ポケモン

 

 * * *

 

 空中に表示されたホロウィンドウのさらに【戦技】の欄をタップすると、【戦技】の一覧がクローズアップされる。

 

=====【戦技】=====

 

 『かくとう』ちきゅうなげ

 

 『エスパー』コスモパワー

 

 『ノーマル』しぜんのめぐみ

 

 『あ  く』おしおき

 

==============

 

 

「こちらが【戦技】ですね。これをさらにタップしまして……そうですね、例えば先ほど使用した『おしおき』などはこのようになっております」

 

 

【技 名】おしおき

【タイプ】あく

【分 類】物理

【威 力】60

【命 中】100

【範 囲】単体

【直 接】〇

【発 動】2秒

【待 機】6秒

【効 果】相手の能力ランク×20威力が上がる。

 

 

 大半は実機と同じよう説明書き。従来のゲームをやっていれば覚えがある。

 ただ後ろのほうに書かれた『発動』と『待機』の二つには覚えが無かった。

 

「そうですね。こちら本作の特徴としましてポケモンの技に『発動』時間と『待機』時間が存在します」

 

 少女曰く、例えばこの『おしおき』という技ならば技を指示されたなら技の『モーション』……つまり構えに入る。そこから約2秒のチャージタイムのようなものが挟まり、チャージ完了と共に技が発動。技が完了すると今度は6秒間のクールタイム、つまり待機時間が挟まり、この間は『次の技』を使用できない。

 

「ポケモンの技は全てその技のタイプの『エネルギー』を充填して放つことで相手ポケモンにダメージを与えることができます。そのため技の発動には『エネルギー』を溜める時間が必要になります」

 

 まあ確かにアニメのポケモンでもそういう描写はあったので納得はできる。

 何より実機にもあった『優先度』の差というのが多分ここに来るのだろう。優先度の高い技はこの発動時間が短く、優先度の低い技は発動時間が長い、と考えると納得できる。

 何せこのゲームにおけるバトルは実機のようなターン制バトルではない、リアルタイムバトルなのだ。

 

 とは言えこの『待機』というのは良く分からない。

 普通に考えれば技が発動した後、数秒次の技が使えないというのが理解できない。

 バランス的な問題だと言うならばその分発動を伸ばせば良いだけなのでは? とも思うのだが。

 そんなことを尋ねれば少女が少し考え込み。

 

「そうですね、この待機というのは技の『反動』だと思ってください。ポケモンが技を発動するのに『エネルギー』を充填して放出しているのは先も言った通りですが、当然ながら相手のポケモンにダメージを与えることのできるだけのエネルギーが数秒のうちに体内から急激に減少するわけです、全力で走った後に息切れして呼吸が荒くなるように当然ポケモンにも相応の反動があるわけです。『待機』の時間とは失われたエネルギーがポケモンの体内に再び巡るまでの猶予だと思ってください」

 

 とのこと。

 これは多分あれだろう、例えば『はかいこうせん』や『ギガインパクト』『ブラストバーン』や『ハイドロカノン』『ハードプラント』などの使うと次のターン動けなくなるような技を想像すればイメージしやすいだろう。

 

 あと少女は『失われたエネルギーがポケモンの体内に再び巡るまでの時間』と言った。

 

 つまり技に使用したエネルギーは再度充填されるということらしい。

 技の詳細に無かったのでもしかしと思っていたが『PP』という概念が無いらしい。

 確かに実機ほど気軽にポケモンセンターに通えるような環境でも無さそうだし、PPというのが技に使用しているエネルギーのことなら時間経過で回復できなければ不便だろう。

 つまりPPの代わりにあるのがこの『待機』時間なのだろう。

 

 中々良くできた設定だな、と『アナタ』は思った。

 

 

* * *

 

 

 町から町への道は整備されていて、道の上にポケモンが飛び出してくることはまず無い。

 逆に道から一歩逸れ、草むらに入れば途端にポケモンにエンカウントするわけだが、実機のように町から町へ行くのに必ず草むらを通る必要があるとかそんなことは無く、ずっと続いている道を辿って歩けば一度もポケモンと遭遇することも無く次の町へとたどり着ける。

 

「見えましたよ、トレーナー様。あちらが『トキワシティ』になります」

 

 告げる少女の指先に『アナタ』が視線を向ければ、そこに広がるのは想像していたよりずっと大きな街だった。

 都市、というには全体的に古びた建物が多く、建物も全体的に背が低い。それにあちこちに木が生えていたり、自然そのままの未開発な土地が残っていて、どこかあか抜けない印象がある。それでも実機で見るような家が少々にジムとポケモンセンター、それにフレンドリーショップにポケモンスクールしかないような村のような規模の街では決して無かった。

 

 小高い丘を越えて真っすぐ伸びた道を歩けばトキワシティへとたどり着く。

 明確にここからがトキワシティと境界線があったわけではないが、続いていた土を固めただけの道が石畳になり、そしてアスファルトで舗装された道路に代わると徐々に人の賑わいが聞こえてきた。

 

「さて、トレーナー様。ここがトキワシティになります」

 

 トキワシティへいざ行かん、とした途端に少女が立ち止まり『アナタ』の前に立ったので『アナタ』は足を止める。

 

「基本的にどこに行くもトレーナー様の自由となりますが、その前に一つ、どうしてもトレーナー様にやってもらわなければならないことがあります」

 

 少女がピン、と指を一本立て。

 

「実はまだトレーナー様は『トレーナー』ではありません」

 

 そんなことを言った。

 

 

 

 

 少女が言うには『アナタ』たちプレイヤーはまだこの世界にやってきてすぐに『サイハテ』でポケモンを手に入れる。そしてそこからガイド役だった少女にこの世界の説明を受けてそれぞれの地方にやってくる。そこでまず最初に一番近くのポケモンセンターで『トレーナー登録』をするところまでが『チュートリアル』になるらしい。

 

 逆に言えばポケモンセンターで『トレーナー登録』をするまでは『アナタ』たちはトレーナーではないただのポケモンを持った一般人である。

 そのため他のトレーナーとポケモンバトルをしたり、フレンドリーショップなどでポケモン用の道具を購入したりができない。

 というか大半のコンテンツが利用できなくなるため、必要不可欠と言っても過言ではない。

 

「というわけでまずはポケモンセンターに行きましょう。場所が分からない時はメニューからマップ表示をすれば町の地図と主要施設の位置は表示されます」

 

 そんな少女の言に従ってポケモンセンターへと向かって歩く。

 メニュー画面を開けばトキワシティのマップ表示がされ、ポケモンセンターの位置も表示されているので迷うことは無いだろう。

 

 というか、トキワシティだけでポケモンセンターは3か所ほどあるらしい。

 北側に一つ、西に一つ、南に一つ……どうやらそれぞれ他へ続く道路の近くにあるらしい。

 

 そうして十分ほど歩けば最寄りのポケモンセンターへとたどり着く。

 実機ならば何度となくゲーム主人公を操作して通った場所ではあるが、それをVR世界とは言え自らの身で訪れることができたという感動に『アナタ』は胸を震わせた。

 

 そうして入口を潜った瞬間、センター内では回復待ちをしていたり、ロビーで休憩をしていたり、立って雑談をしていたりと多くのトレーナーがそこに居た。

 

「お? もしかして新人のトレーナーさんかい?」

 

 入口の自動ドアの脇に立っていたメガネをかけた男性が『アナタ』を見つけ、声をかけてくる。

 

「良かったら新人トレーナーさんに俺から色々説明してあげようかい?」

 

 そんな男の言葉に、実機でもだいたいどこのジムにもいる『おっす、みらいのチャンピオン!』的な男性かな? と推測する『アナタ』が何をを言うより前に『アナタ』の隣にいた少女が一歩前に出て。

 

「トレーナー様には私がご説明したしますので、結構です」

「え? いや、でも新人さんだし」

「結構です!」

「あ、はい……すみません」

 

 少女のほんのり怒り混じりな声に男性がびっくりしたような表情ですごすごと下がっていく。

 目を丸くする『アナタ』に少女が振り返る。

 ぷくーと頬を膨らませながら、少女は『アナタ』を見つめ。

 

「マスター様への説明は全て私がしますから!」

 

 何だろう、何か拘りがあるのかな? そんな風に『アナタ』は考えてから、可愛いものだ、と少し笑った。

 

 

 * * *

 

 

 トレーナー登録というのは本当に簡単に終わった。

 受付のジョーイさんに登録をしたい、と言えばジョーイさんがパソコンにいくつかデータを打ち込んで終了らしい。

 

「では、こちらのポケモン図鑑をどうぞ」

 

 最後にトレーナーの情報の登録の終わったポケモン図鑑を受け取ればそれで完了。

 というかポケモン図鑑てこんな誰にでも渡して良いものなのだろうか?

 

「はい、それではトレーナー様にご説明させていただきますね」

 

 先ほどのことがあったからだろうか、少しテンション高めに少女がかけてもないエアメガネをくい、っと直す仕草をしてからピンと指を立てる。

 

「今トレーナー様が受け取りましたポケモン図鑑には多くの機能が搭載されております。まずは起動してみてください」

 

 そう言われ、『アナタ』はポケモン図鑑を起動する……どうやって起動するのかと思ったら、二つ折りにされた画面を開いて右下のほうの電源ボタンを押すだけだった。

 

 これ3〇Sとかいう大昔の携帯ゲーム機では?

 

「気のせいですね、それではメニュー画面をご覧ください」

 

 

=【メニュー】=

 

【 図 鑑 】

 

【 解 析 】

 

【 育 成 】

 

【 記 録 】

 

========

 

 

「一つずつ解説させていただきますと『図鑑』機能は、基本的なポケモンの詳細、分布などが記載されております。注意点として基本データ以外は過去のデータを検索、参照するという形になりますので捕獲等の必要無くだいたいの情報は出そろいますが、反面特定のポケモンが特異性などを持っている場合、それを確認するには『解析』が必要になります」

 

 まあVRで自分の体を動かすに近いこのゲームにおいて、1000を超えるポケモン全てを捕まえるなど中々に困難なのは確かであり、そのための措置ということだろうか。

 開いてみれば実機のポケモン図鑑というよりはネット上のホームページのものに近く、『種族名』『分類』『タイプ』『おもさ』『たかさ』『特性』『大雑把な種族値』に『分布』、『種族解説』などが載っていた。

 

「『解析』は逆に対象となるポケモンの目の前で使用することで、対象のポケモンの能力等をデータ化することができます。ただし解析対象の情報項目が多いほど……つまり普通じゃないポケモンほど解析に時間がかかりますのでご注意ください。因みにこちらはバトル中でもご利用になれます」

 

 それはつまりバトル中に相手のデータが見れるということだろうか?

 

「そうですね、勿論詳細まで解析しようとすると中々時間もかかりますが、特性、もしくは技などに絞ればこちらが一手、二手動く間に解析も可能です」

 

 告げる少女の言葉に『アナタ』は驚く。

 バトル中に相手のデータが確認できるというのは従来の仕様からすると革新的とも言える仕様だった。

 ただこれは野生戦ならばともかくトレーナー戦ならば相手も使える仕様だ。その点には注意が必要だった。

 

「それから『育成』ですね。こちらは……そうですね、一度開いてもらえれば分かりやすいかと思いますが、ポケモンの育成に関する機能ですね」

 

 タップしてみてください、という少女の言に従って『アナタ』は【育成】項目をタップする。

 

 

=【メニュー】=

 

【 図 鑑 】

 

【 解 析 】

 

【 育 成 】

┗『わざおしえ』―――教えることができる技がありません

┗『????』

┗『????』

┗『????』

 

【 記 録 】

 

========

 

 

「今現在使用できるのは『わざおしえ』機能のみですが、これから先、トレーナー様が旅の中で他の機能も徐々に解放されいくことになります。前に言いました『レベル上限』の解放などもこの『育成』機能の一つですね」

 

 何となくだが、ハイエンドコンテンツな感じだろうか、と『アナタ』は思った。

 少女の言った『レベル上限』の解放などポケモンのレベルがカンストしてからの話であり、実機などでもポケモンの育成というのは旅が終わった後の話だ。

 というか『わざおしえ』は一体どうやって使えば良いのだろう。

 教えることができる技がない、ということは将来的には教えることのできる技がある、ということになるわけだが。

 

 そんな『アナタ』の疑問に少女は一つ頷いて答える。

 

「こちら『わざおしえ』機能を使うためにはその次の『記録』機能が重要になります。簡単に言いますとこちら『記録』機能は戦闘中などに味方や相手が使った技を『記録』し『わざマシン』を作り出す、わかりやすく言えばそんな機能になります」

 

 つまり、これが少女の言っていたものなのだろう。

 

「そうですね、こちらがラーニングシステムとなります」

 

 『アナタ』の問いかけに、少女が頷いた。

 

 

 



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4話

 説明しよう!

 ラーニングシステムとは、ポケモンの技を図鑑が『記録』し、数値、データ化することで同じ技を適性のあるポケモンに『わざおしえ』することができる素敵機能である!

 

 ―――と少女が言っていた。

 

「まあ正確に言いますと、ポケモンの技の『記録』全般に関するシステム何ですが、例えばトレーナー様もよくご存じの『わざマシン』なんかもこのラーニングシステムに属します」

 

 『わざマシン』という道具に関してはとても馴染みがあった『アナタ』はなるほどと頷いた。

 要するにポケモンに技を学習させる機能全般を指す言葉らしい。

 そして実機のように地方各地に『わざマシン』が落ちているようなことは無く、大半の『わざマシン』はフレンドリーショップで購入することができる、もしくは『記録』機能を使うことで『わざおしえ』の一覧にリスト化することができる。

 

「そもそもの話、わざマシンは通常ディスク状態で獲得されますので、それを再生する機器が必要になります。そのための図鑑でもありますね」

 

 だからとても重要なんですよ、と告げる少女の言葉に『アナタ』は手の中で弄んでいた図鑑をまじまじと見つめた。

 

「さて、早速ですがトレーナー様、ポケモンスクールに参りましょう」

 

 ポケモンスクール。確かポケモンに関して学ぶための学校のようなものだったはずだ。

 実機では子供が授業を受けていて、ポケモンの基礎的知識に関して教えてくれる場所、程度の認識だ。

 

「実はこちらもチュートリアルの一貫でして、ポケモンスクールで一度授業を受けると必ず『わざマシン』をもらえるんです。本来なら先ほどのポケモンセンターで声をかけてきた男性のようなチュートリアル用NPCが教えてくれることですね」

 

 ああ、やはり先ほどの男性は説明役のNPCだったのか、と『アナタ』は自分の考えが正しかったことを知った。

 いやしかし、ゲームキャラクターである少女の口からNPCという単語が出てくるのはメタが過ぎないだろうかとも思うが、そもそもこの少女は運営に直接連絡を入れれるチュートリアル担当キャラだったのだから相応に知能の高いAIを使っているのだろう、正直『アナタ』は少女と会話していて本当に中に人がいるのではないか、と疑っていた。

 

 それはそれとして、ポケモンスクールで授業を受ければもらえるわざマシンとは?

 

「ああ、それはですね―――」

 

 少女が告げたその名前は、確かに今の『アナタ』と少女にとっては使い勝手の良いものであることは間違いなかった。

 

 

 * * *

 

 

 ―――アルセウスの『いあいぎり』!

 

 放たれた少女の手刀がコラッタを軽々と吹き飛ばし、致命的なダメージを受けたコラッタが『ひんし』となる。

 

「良い感じですね! トレーナー様」

 

 新しく技を覚えてから何度目かになる戦闘にご満悦の様子の少女。

 けれど『アナタ』もまた満更でも無かった。

 

 ポケモンスクールの授業を受けた結果もらえたのは『いあいぎり』のわざマシンだった。

 

 

===【戦技詳細】===

 

技 名いあいぎり
タイプノーマル
分 類物理
威 力50
命 中95
範 囲単体
直 接
発 動1.5秒
待 機4秒
効 果―――

 

============

 

 

 コンフィグ画面からメニュー画面の表示形式を弄ってみたのだが、以前よりは見やすいのではないかと『アナタ』は満足げに頷いた。

 

 まあそれはそれとして、『いあいぎり』は『おしおき』より少し威力の低い技ではあったが同じタイプの技であるが故に実質の威力は『いあいぎり』のほうが高い。何より技の出が早く、そして技発動後の硬直も短い非常に使いやすい技だった。

 実機的思考ならひたすらに威力の高い技を詰め込めば良いと思ってしまうが、こうして実際にリアルタイムバトルで指示をしてみるとこういう回転率の良い使い勝手の良い技というのも必要なのではないか、と『アナタ』は思った。

 

 リアルタイムバトルにおける命中率、というのは一体どういうことなのかと疑問を抱いていた『アナタ』だったが使っていて理解するのは要するにこれは『ブレ』だ。

 

 例えば命中100の技なら同じ態勢から同じ目標を狙って同じ軌道で放てば必ず同じように技が出る。

 だが命中が下がるとそこにブレが出る。

 例えば『いあいぎり』ならば出が速いが故か、同じ軌道で技を放っても着弾地点が毎回僅かにズレるのだ。命中5の差なのでこのブレは僅かと言って良いレベルだが、20、30と差が大きくなれば決して無視できないだろう。

 

 なるほど……これだけブレるなら確かにワロスエッジ*1は当たらないのも無理はない。

 

 とは言え、実機とは違ってこれは割とどうにでもなる部分ではある。

 

 要するにブレるならその分近づけば良いのだ。

 

 極論を言えば目と鼻の先で放てば、命中100だろうが命中70だろうが方向さえあっていれば当たる。

 逆に言えば相手のコラッタの『たいあたり』を少女が軽々と避けるように命中100であっても避けることは可能である、ということだ。

 

 ただし近づいた分だけ相手の攻撃も当たりやすくなる。

 

 そこはトレーナーである『アナタ』が上手く指示してあげる必要があった。

 とは言え今少女が使える技は直接攻撃技ばかりなので結局相手との距離を詰める必要性はあるのだが。

 

 そして何より難しいのが技を出すタイミング、だ。

 

 少女と同じレベル……或いは少女のレベル以下の相手ならば大概の場合能力値の差で勝てるのだが、まだまだレベルの低い少女の場合、少女より高レベルのポケモン相手では当たり負けする。

 先も言ったが少女の攻撃は直接攻撃技ばかりだ、つまり相手にかなり近づく必要がある。

 

 今作におけるポケモンの技には全て『発動』と『待機』があるのはすでに知っての通りではあるが、これは当然味方と相手両方に適用されるルールだ。

 なので迂闊に指示を出すと、相手の攻撃に向かって突っ込んでいくような形になってしまう。

 発動時間は技の充填時間、充填が終われば強制的に技が発動してしまう。溜めたまま近づくなんてことはできないため、距離を離すと何も無い場所で勝手に技が発動してしまうのだ。

 当然技が空振りに終わっても待機時間はしっかりと存在する。待機時間中は行動が鈍り、特に技の発動直後は硬直が入るため攻撃を避けるのが難しくなる。

 

 故に実機のようにとにかく攻撃の指示を出す、ということができない。

 

 相手の攻撃を避けて、こちらの技を出す、というのが理想ではあるがそう簡単に相手も避けさせてくれないし、先に技を出されると後手に回ってしまうこともある。

 

 何より『アナタ』を困惑させたのは環境そのものだ。

 

 実機では特に意味の無かったはずの周囲の環境だが、当然コラッタのような小柄なポケモンは草むらに飛び込まれれば視認することが難しくなる。

 草むらの中に隠れて一瞬見失っている間に奇襲で飛び掛かられて先手を取られたこともあったし、逆に当たると思った攻撃を咄嗟に周囲に生えた木を盾にして回避したこともあった。

 

 トレーナーの処理すべき情報量が従来の仕様よりもずっと多く、故に『アナタ』は中々バトルに慣れることができずにいた。

 とは言え、これも追々慣れてくるのかもしれないが……。

 

 

===========【ステータス】=============

 

名 前―――
種 族アルセウス/擬人種
性 別????
レベル6/120
能力①HP:A こうげき:A ぼうぎょ:A
能力②とくこう:A とくぼう:A すばやさ:A
B P25
特 性マルチタイプ
戦 技ちきゅうなげ/コスモパワー/いあいぎり/おしおき
旅 技―――
特 殊初期ポケモン

 

 

==============================

 

 

 これが現在の少女のデータ。

 レベルが上がったお陰かトキワシティ周辺で苦戦することも減ってきてはいるものの、時々『急所』に攻撃を受けてポケモンセンターに駆け込むことはあった。

 とは言えさすがにこの辺りではレベルが上がりづらくなってきたのを『アナタ』は感じた。

 

 それはさておき。

 

「トレーナー様はジム挑戦などにも興味はおありでしょうか?」

 

 一戦終え、一息ついたタイミングでの少女の言葉に『アナタ』は一瞬戸惑ったが頷いた。

 ジムバッジを集め旅をするのはやはりポケモンというゲームに欠かせないコンテンツだと『アナタ』は思った。

 

「ポケモンリーグへの挑戦には『ジムバッジ』が不可欠となります。また他にも他地方へ移動する際にはその地方のバッジが最低4つは必要となりますのでご注意ください。それ以外にも取得したバッジの数に応じてフレンドリーショップのラインナップなどが増えます」

 

 ジムバッジの取得順などはあるのだろうか、という『アナタ』の疑問に少女は頷いて答える。

 

「基本的にはどこからでも挑戦可能となっております。また所有バッジの数に応じて相手の使用ポケモンの強さも変化しますのでどこから挑戦しても大よそ問題はありません」

 

 となるとトキワシティにも確かジムがあったはずだ、と『アナタ』は思い出す。

 

「はい、トキワシティにもトキワジムがありますが、早速挑戦されますか?」

 

 などと少女は問うてくるが、さすがにレベル6のポケモン一匹で勝てるとは思わないので『アナタ』は首を振った。

 そもそもトレーナー対トレーナーのバトルすら熟したことが無いのだ、どう考えても野生のポケモン相手とは勝手が違うだろうし、一度くらいは体験しておきたい。

 そんな『アナタ』の提案に少女は頷いた。

 

「分かりました、では『トキワのもり』へ向かいましょう。『トキワのもり』は多くの野生ポケモンが生息しており、またそれをゲットするために多くのトレーナーが滞在しております」

 

 『トキワのもり』という言葉に『アナタ』は視線を遠くに見える森に向けた。

 『トキワのもり』はトキワシティとニビシティを繋ぐ広大で鬱蒼とした森だ。

 実機で歩くにはそれなりに広い、程度だったが自分の足で歩くとなると一体どれほど広大なのろうか、と『アナタ』は思った。

 

「それと、先も言いました通り『トキワのもり』には多くの野生ポケモンが生息しております。この辺りで新しい仲間をゲットしてみてはいかがでしょうか?」

 

 なんて少女の提案に『アナタ』は頷いた。それは『アナタ』も思っていたことだからだ。

 とは言え、育成の手間を考えるならば手あたり次第というわけにもいかない。

 どのポケモンをゲットすべきか、そんなことを『アナタ』は考える。

 

 なんて考えてみて、出会ってから考えれば良いか、と『アナタ』は思考を放棄した。

 

 

 * * *

 

 

 『トキワのもり』は非常に広い。

 何せ南はトキワシティから北はニビシティ、東はタマムシシティから西はセキエイこうげんまで近くまで伸びているのだ。

 とは言え規模自体は非常に広範囲なものであっても実際に『トキワのもり』と呼ばれるのはトキワシティからニビシティへと続く道の周辺一帯を指す。

 それはそこが最も森の密度が濃い場所であり、いわば『トキワのもり』の中心と言える場所だからだ。

 

 この森で出会えるポケモンは大半が『むし』タイプのポケモンだ。

 

 キャタピーにビードル、その進化系のトランセルやコクーン、さらに進化系のバタフリーにスピアーがあちこちに生息しており、それを捕食するポッポやピジョンたち鳥ポケモンが時折木々の上に陣取っている。

 

 そして何よりこの『トキワのもり』にはカントー地方でもここにしか生息していないポケモンが存在する。

 

NО25
種族ピカチュウ
分類ねずみポケモン
高さ0,4m
重さ6.0kg
特性せいでんき/ひらいしん
説明しっぽをたてて まわりのけはいを かんじとっている。 だから むやみに しっぽを ひっぱると かみつくよ
分布カントー地方『トキワのもり』『むじんはつでんしょ』

 

「ピカ?」

 

 ピカチュウである。

 正確には今現在は『むじんはつでんしょ』のほうにも住んでいるのだろうが、元々はこの『トキワのもり』の固有種だったらしい。

 その愛らしい外見から他地方にも輸出されて全国的にその生息域を広げたとかなんとか、そんなことを少女が語っていたが、裏設定か何かだろうかと聞き覚えの無い設定に『アナタ』は首を傾げた。

 

 道なりに進むとポケモンと出会わなかったシティ間の整備された道路と違い、『トキワのもり』はどこからでもポケモンが飛び出してくる無法地帯だ。

 

 当然歩いているだけでポケモンと遭遇するのだが、まさか一番最初に出会うのがピカチュウだとは思わなかった。

 

「ピ~カ?」

 

 人懐っこい性格なのか警戒心も無くピカチュウが『アナタ』の傍に寄って来る。

 そっと指を差しだすとスンスン、と鼻先で指の匂いを嗅ぐような仕草をして。

 

 ―――ピカチュウの『どろぼう』!

 

 さっと『アナタ』のかざしていた『ポケモン図鑑』を咥えて走り出す。

 

「あ、ちょっと、待ちなさい!」

 

 少女が慌てて追いかけようとするが、すぐさま森の中へとその姿を消してしまった。

 

 

 >>クエスト発生『トキワのもりのちいさなどろぼうをさがせ!』

 

 

 突然の事態に一瞬呆けてしまっていた『アナタ』の意識を呼び戻したのは、視界に開いたホロウィンドウ。

 

 そこに表示された『クエスト』の文字に『アナタ』は首を傾げた。

 

 

 

*1
技『ストーンエッジ』のこと。『いわ』タイプの最強技ではあるものの命中80という低さとそれに輪をかけて当たらない不安定さから一部で蔑称として呼ばれている。本当に8割当たるの???ホントは3割くらいなのでは???




やっぱネトゲと言えばクエストでしょう。


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5話

「『クエスト』は全ての地方各地で突発的に発生するイベントですね。クリアすると相応の報酬が獲得できます」

 

 はて、失敗した場合どうなるのだろうか、と『アナタ』は首を傾げる。

 

「失敗した場合、再挑戦は可能です。破棄することもできまして、その場合クエスト報酬は獲得できませんがクエスト発生以前の状態まで戻すことができます。えーっと、つまり今クエストを破棄すると図鑑が戻ってきますね。どうしましょうか、マスター様」

 

 当然クエスト続行であることを『アナタ』は告げる。

 折角のイベント。ここで退く理由など一つとしてありはしない。

 

「分かりました。では逃げて行ったピカチュウを探しましょう」

 

 そう言って歩き出す少女の後を『アナタ』は追っていく。

 とは言え、どこに行ったのかアテがあるわけでもなし、この広い森の中をあてずっぽうに……というのも中々に現実的ではない。ゲームだが。

 

 そう、ゲームなのだ。

 

 これはゲームのイベントなのだ。

 つまり何らかの解決手段があり、プレイヤーがそれを解くことを前提にされている。

 その解決手段を探すことが『アナタ』の役割になるのだろう。

 

 どこかにヒントでも無いだろうか、と『アナタ』は周囲を見渡して。

 

「ピカ?」

 

 草影からこちらを見つめるつぶらな瞳と視線が合った。

 

 >>クエスト更新『ピカチュウのワクワクおにごっこ』

          ┗①ピカチュウを見つける

          ┗②ピカチュウを追いかける

 

「ピ~カ~♪」

 

 『アナタ』に気づかれた瞬間、ピカチュウが脱兎のごとく逃げ出す……ネズミなのに。

 待て、と追いかける『アナタ』だったがあっという間に見えなくなる。

 

「えっと、あっちに行きましたね」

 

 野生のポケモンがいるため少女に先導してもらいながら木々を掻き分けて進む。

 そう道中に何度かピカチュウを見つけ、その度に逃げ出す。

 クエスト名を見る限り、どうやら『おにごっこ』をしているらしい。

 

 それは良いのだが、問題はこれがいつまで続くのか、ということだ。

 

 パターンとしては二つ。

 

 ピカチュウが満足するまで相手をすれば終了。

 これなら別に良いのだ、こうして追いかけ続けていればいつかは終わるのだから。

 

 問題はもう一つだった場合。

 

 即ち、ピカチュウを捕まえるまでは終わらない場合。

 こっちだった場合、延々と森の中を彷徨った挙句に、タイムオーバーか、或いは徒労ということになってしまいかねない。

 

 だったらピカチュウを捕まえてしまえば良い、と思うのだがそれはそれで問題がある。

 

 あの『でんこうせっか』のごとく素早い動きのピカチュウをどうやって捕まえるのか、だ。

 馬鹿正直に真正面から行っても絶対に捕まえられないと『アナタ』は思った。

 だがクエストである以上、何らかの『正解』があるはずだ。

 

 そうしてしばらくピカチュウに付き合って森の中を彷徨い、何度となくピカチュウに遭遇しては逃げられるを繰り返す。

 

 その内やがて『アナタ』は気づく。

 

 ピカチュウを見失ってから再び出現するタイミングに規則性があることに。

 時間……というより実機的に考えれば歩数だろうか?

 ピカチュウが逃げ出してから大よそ100歩。それだけ歩くと再びピカチュウが近くからこちらを覗き込んでいる。そうしてこちらと視線を合わせると逃げ出す。

 そして再度現れたピカチュウに気づかない、或いは視線を合わせないとそのうち自分から草むらを揺らして存在をアピールしだす。

 

 故にまずは足元に転がる適当な木の枝を拾って適当な方向に投げつける。

 

 そうして。

 

「捕まえましたよ」

「ピカッ?!」

 

 無意識的にそちらに注意を向けるピカチュウの視線がほんの僅かの間『アナタ』から外れている間にボールに戻した少女をピカチュウに向かってひょい、と投げ……飛び出した少女がピカチュウを両手に抱える。

 

「これは返してもらいますよ」

「ピーカ♪」

 

 ひょい、と少女が図鑑を取り上げるも楽しそうにピカチュウが鳴き声をあげる。

 これでクエストクリアかと思った『アナタ』だったが。

 

 >>チェインクエスト『ピカチュウのドキドキかくれんぼ』

            ┗①ピカチュウが30秒数えている間に隠れよう

            ┗②15分間ピカチュウに見つからないようにしよう

 

 続いて出現したホロウィンドウを読み、まだ終わりではないことを『アナタ』は悟る。

 

「ピ~カ~♪ ピーカー♪」

 

 楽しそうに木の幹に顔をつけて視界を隠しながら鳴き声をあげるピカチュウ。

 同時に『アナタ』の視界に28,という数字が表示されている。

 ピカチュウの鳴き声と共に27,26とカウントダウンされているのでこれが隠れるための制限時間、ということだろう。

 

 さてどこに隠れるべきか?

 

 『アナタ』は取り合えずできるだけ離れた場所へと走り、カウントダウンギリギリに草むらに隠れた。

 

「ピーカーピーカー♪」

 

 そうして5分どころか1分もしない内にピカチュウの鳴き声が聞こえてくるとがさがさと目の前の草むらが揺れて、ぴょこり、と黄色いラブリーな顔が飛び出してくる。

 

「ピーカー♪」

 

 見つけた、とでも言いたげなピカチュウの笑みと同時にクエスト失敗の表記。

 

===========

 

>>クエストに再挑戦しますか

 

はい  ←

いいえ

 

===========

 

 失敗表記の後に再挑戦画面が出たので当然『はい』を押すと、先ほどと同じようにピカチュウが木のほうを向いてカウントを始める。

 先ほどは草むらに隠れて失敗したことを反省した『アナタ』は今度は少し離れた木の上に登って隠れる。

 

「ピーカーチュ~♪」

 

 あっさり見つかった。

 

 再挑戦。

 

 ならば灯台もと暗し、とピカチュウが伏せている木の裏に隠れて。

 

「ピカチュ~♪」

 

 当然見つかる。

 

 再挑戦。

 

 ならば十五分間動き回れば、とカウントダウンが終わっても走り続けて。

 

「ピ~カ~!! チュ~♪」

 

 『でんこうせっか』がごとき速度で『アナタ』に駆け寄ってきたピカチュウに発見されて失敗。

 

 再挑戦。

 失敗。

 再挑戦。

 失敗。

 再挑戦。

 失敗。

 

 それから何度となく再挑戦し、その度にピカチュウに見つかって失敗する。

 

 無理ゲーでは?

 

 そんな思いが『アナタ』に去来する。

 

 隠れても隠れてもどうやってかは知らないがピカチュウはこちらの居場所をあっさりと見つけてくる。

 だからと言って走って逃げても『でんこうせっか』がごとき速度で迫って来てあっさり捕まる。

 果たしてこれはクリアする方法があるのだろうか?

 

「トレーナー様、ヒントをご利用になりますか?」

 

 そんな『アナタ』に少女がそんなことを告げる。

 どうやら少女の『メタ』な部分でヒントが出せるらしい。

 どうにも手詰まり感があるためヒントをもらうことを少女に告げれば、分りました、と少女が一つ頷く。

 

「このクエストの正答はいくつか存在しますが、一つ言えることは『見つかってはいけないのはクエストを発生させたトレーナー様である』ということです」

 

 一瞬意味が分からない、そんな当たり前のことを、をも思ったがすぐにその言葉の意味に『アナタ』は気づく。

 少しばかり思案し、一つ作戦を思いつく。

 

 試す価値はあるだろう。

 

 

 * * *

 

 

「ピーカー、ピーカー、ピーカーチュウ!」

 

 カウントが0になる、と同時にピカチュウがばっと振り向く。

 すぐさまその全身から微弱な電波を飛ばし、周辺に飛ばしていく。

 その反射波によって大まかな地形と周辺の存在を感知する様は完全にレーダーである。

 

「ピカチュ~♪」

 

 見つけた、と楽しそうにピカチュウがレーダーで人の存在を感知した方向へと走りだそうとして。

 

「はい、捕まえました」

 

 その体を少女が抱える。

 

「ピカ?」

「少しばかり大人しくしてくださいね。『きのみ』もありますよ?」

「ピ~カ~♪」

 

 少女が告げながら抱えたピカチュウを膝の上に乗せて、先ほど森で集めてきた『きのみ』を差し出せばピカチュウが破顔して『きのみ』を受け取り、ポリポリと齧りだす。

 そうして少女の膝の上でお腹一杯になるまで『きのみ』を食べ、その背をゆったりと撫でられて眠くなったピカチュウがすやすやと寝入ってしばらく。

 

 

 >>クエスト『トキワのもりのちいさなどろぼうをさがせ』【クリア】

 

 

 カウントが0になると同時に近くの草むらから『アナタ』が姿を現す。

 同時に少女の膝の上のピカチュウが目を覚ました。

 

「ピ~カ~!」

 

 散々遊んでもらったピカチュウが嬉しそうに『アナタ』の足元をぐるぐると周り。

 

===============

 

>>クリア報酬選択

  ┗【わざマシン『10まんボルト』】

  ┗【かみなりのいし】【でんきだま】【じしゃく】

  ┗【ピカチュウ】

 

===============

 

 『アナタ』の目の前にホロウィンドウが表示される。

 どうやら今回のクエストのクリア報酬らしい。

 この中から一つ選んで報酬を受け取るらしい、が。

 

 ―――報酬【ピカチュウ】が選択されました。

 

「ピ~カ~♪」

 

 足元で『アナタ』に懐いていたピカチュウが嬉しそうに鳴き、そのまま近くの草むらに飛び込んで姿を消す。

 報酬選択したのだがまさか報酬の『ピカチュウ』というのは別固体なのだろうか、と『アナタ』が目を丸くしているとがさがさと草むらが揺れ、再び先ほどのピカチュウが戻って来る。

 

「ピカチュ~!」

 

 その手元にはどこから持ってきたのかモンスターボールがあり、ピカチュウが『アナタ』にボールを差し出してくる。

 その意味を理解し、『アナタ』はボールをピカチュウのほうへと向けると、ピカチュウが先端のスイッチを押し、自らボールの中へと入っていく。

 

 かたり、かたり、かたりとボールが三度揺れて、かちん、とロックのかかる音が鳴る。

 

 同時に『アナタ』の手元の図鑑がぴこん、と電子音を立てる。

 画面を覗き込めば『ピカチュウのデータが登録されました』と表記があった。

 

「二匹目のポケモンゲットおめでとうございます、マスター様」

 

 傍らの少女が『アナタ』に向かってそう告げると、『アナタ』は早速ボールからピカチュウを出す。

 

「ピカ~♪」

 

 人懐っこい性格なのかさして警戒する様子も無く『アナタ』の足元に体をこすりつけるその様は愛らしい。

 と同時に、先ほどまでイベント補正だったのか一度もポケモンに出会わなかったのだがイベント補正も終わったのか草むらから巨大な緑色の芋虫のようなポケモン……キャタピーが飛び出してくる。

 

================

 キャタピー  Lv:4  

 HP▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬

================

 

 こちらに気づき、戦闘態勢に入るキャタピー。

 その直後。

 

 

====================

Standby phase!

====================

 

 バトル準備に入る。

 少女に頼もうかと思ったが、今ゲットしたばかりのピカチュウも使ってみたいと思いピカチュウのデータを確認する。

 

===========【ステータス】=============

 

名 前―――
種 族ピカチュウ/原種
性 別
レベル8/100
能力①HP:D こうげき:D ぼうぎょ:D
能力②とくこう:D とくぼう:D すばやさ:C
B P35
特 性わるいてぐせ
戦 技でんきショック/でんこうせっか/かげぶんしん/????
旅 技―――
特 殊ちいさなどろぼう*1

 

==============================

 

 やはり低めのステータスではあるが、相手がキャタピーであるならば問題無い。

 寧ろ問題なのは特性である。『せいでんき』と『ひらいしん』はどこに行ったのか、そして『わるいてぐせ』なんてどこから持ってきたのか。

 

 取り合えずピカチュウで問題は無さそうなのでピカチュウを選択し、次のフェイズへ。

 

 

====================

Battle phase!

====================

 

「ピーカピーカー!」

 

 ふんす、と鼻息を荒くしながら大地に四つん這いになり臨戦態勢のピカチュウがキャタピーを見やる。

 

 そうして。

 

====================

Battle start!

====================

 

 バトルスタートと同時に先手必勝とばかりに『アナタ』はピカチュウへ指示を出す。

 

 ―――ピカチュウの『でんこうせっか』!

 

「ピカピカピ~カ~!!」

 

================

 キャタピー  Lv:4  

 HP▬▬▬▬▬▭▭▭▭▭

================

 

 

 実機でも優先度の高かった出の早い技で一瞬にしてキャタピーとの間を詰め、その体ごとぶつかっていく。

 キャタピーが吹き飛ばされるがすぐに態勢を立て直し。

 

 ―――キャタピーの『いとをはく』!

 

 キャタピーの口部から放出された糸だが『でんこうせっか』の硬直からすでに抜け出していたピカチュウはその場から移動している。

 実機だと『すばやさ』が下がるだけの技ではあるが、現実にこれだけの量の糸に絡めとられると行動不能に近いのではないか、と『アナタ』は思った。

 

 当たれば危険な技だがもう問題はない。

 

 先の『でんこうせっか』が真っ芯を捉えたお陰ですでにキャタピーのHPは半分近い。

 

「ピ~カ~!」

 

 ―――ピカチュウの『でんきショック』!

 

 今使える最大威力の技を指示する。

 ピカチュウがその頬の電気袋を両手で擦るようにするとバチバチと電気が放出されて。

 

「チュ~!!」

 

 放たれた電撃がキャタピーを捉え、キャタピーが『ひんし』となる。

 

 ピカチュウの完勝だった。

 

 『アナタ』がしゃがみ、そっと手を出せばピカチュウも嬉しそうにこちらに駆け寄って来て。

 

「ピーカーチュ~!」

 

 ぱん、と『アナタ』とピカチュウの手が叩き合って小気味良い音を立てた。

 

 

*1
特性『わるいてぐせ』『ものひろい』を得る。




というわけで特殊個体のピカチュウゲットです。


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