花譜SS (日々末吉)
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花譜SS

 

 観光で訪れた街、

 歩道橋で一人の少女とすれ違った。

 

 可愛らしい、と安易に形容して良いのか分からない不思議なフードを被った少女だった。

 独特な雰囲気が気になってしまい、私はつい振り返ってしまった。

 

 声でもかけるというのか。

 私はバカだなと、自嘲した。

 

 少女はいなかった。

 大きな青い影が伸びて消えていった気がした。飛行機でも通ったのだろう。

 

「ははっ、きっと疲れてるんだな」

 

 さっき見た光景は幻だった。

 そう言われた方がしっくりくる。

 

 私は何も見なかった。

 それで終いだ。私はいつのまにか止まっていた足を動かし歩き出した。

 

 

 

 

 

 日が暮れてからも私はあの不思議な出来事を忘れられずにいた。

 そうして気が付けば、あてもなく夜の街を歩いていた。

 

 まるで誘蛾灯につられる羽虫のようだ。夜の街の灯りに誘われたならば救いもあっただろう。私が誘われてしまったのは砂漠のオアシスだ。それもただの蜃気楼できっと目指した場所には何も見つからない。

 

 後悔だけが残るのだ。

 

「帰ろう」

 

 私は諦めることにした。

 どうせ変わらない。いつもの日常に戻るべきだ。

 

 そう思い、引き返したはずがどうも道を間違えたようだ。通りを間違えたのか方角を間違えたのか、私は覚えのない場所へやってきていた。

 

 薄暗い小さな公園で、子供が一人ブランコに座っていた。小さく揺れてぎぃぎぃと音がする。

 

 ──こんな遅くに子供が一人じゃ危ないよ

 

 そんな声をかけようとしたのだと思う。

 だが、声はかけられなかった。

 

 子供があのフードの少女だったから?

 

 それもあるかもしれない。

 だが、

 私が声をかけられなかったのは少女が歌っていたからだ。

 

 とても綺麗な音だった。

 それがあんまりに綺麗で、私は声をかけることも忘れて聞き惚れてしまった。

 

 歌が終わると拍手をしていた。

 

 少女は今気付いたようで驚いてこちらを見ていた。

 そうだ、帰るように言わなければ。

 

「もう一曲聴かせてくれませんか?」

 

「……とっても素敵な曲で、興奮して眠れなくなっちゃって、はい。すごい、良い曲です。」

 

 帰るように促す筈がアンコールをしてしまった。

 少女は輝く瞳で歌を語った。歌を歌ってくれた。

 

 少女の世界に引き込まれてしまいそうな力強く不思議な歌だった。

 とても素晴らしい歌だった。

 

 私は拍手もできず歌の余韻に浸っていた。

 

 とんとん、と肩を叩かれて振り向くと警察がいた。

 

「飲み会帰り?こんなところで一人でぼうっとしてると危ないから帰りなよ。」

 

「いや、一人?は?」

 

 ブランコに少女はいなかった。

 蜃気楼は時間が経つと消えてしまった。それともシンデレラの魔法が解けたのだろうか。

 

「ふふっ、ありがとうございました。」

 

 私は感謝の言葉を口にして宿へと帰った。

 

 貴方に会えて良かった。

 貴方を観測できて良かった。

 

 帰り道、私はついつい道を間違えてしまった。素敵な共犯者には出会えなかった。



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