Fate GO/Elshaddai (キョウキ)
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プロローグ
プロローグ


久しぶりに、何かを書きたくなったので。


 理想を夢見た者に、 は絶望という試練を与える。

 

 

 むかし、むかし。まだ世界が天界と冥界に挟まれていた頃のお話。

 天の国から人の生きる様を観察し、神に報告する天使たちがいた。グリゴリ天使団と呼ばれる者達だ。

 

 彼らは人を見ているうちに、人に焦がれ、人に恋をし、その愛を伝えたくなった。

 故に、天から墜ちる禁忌を犯した。

 

 地上への逃避を図る堕天使達と、それを阻止する天使達。

 かつての友を切り裂き、撃ち抜き、砕き割った。

 

 結果、天使達は七人もの堕天使を取り逃した。

 その者達の名は、

 

 セムヤザ

 アザゼル

 エゼキエル

 サリエル

 アラキエル

 アルマロス

 バラケル

 

 この七人は互いを支え合いながら、自分達が人と共に暮らすことのできる楽園。

 「タワー」を築き上げた。しかし、その栄華も廃れる時がやってきた。

 

 

 天から降り立った一人の人間によって、七人の堕天使は皆、天界へと連れ戻された。

 

 

 これは、人類史に残ることのなかった、かつてのお話。

 どのような秘術や魔術、科学をもってしても観測することの叶わない、天動説(セタ)の世界。

 

 

 だが、何の因果か。それは呪いか。

 はたまた黒き天使による無限の中の「一回目」が起こした偶然か。

 

 それは、数多の世界の中の一。

 

 魔術王は、彼らを見出した。

 

▽△▽

 

 それは、瞬く間に起きた。

 天界に存在するあらゆる天使が、その一瞬を目撃した。

 

 七人の堕天使の魂を閉じ込め、封印している牢獄。

 七本指の「ミカエルの右手」。その指全てが、切り離されて消失したのだ。

 

 その影響は、右手を創りだしたミカエルにも現れ、右手にあるすべての指が粉末状に崩れて、さらには肩に至るまでの全てがひび割れた。

 

 私はただ事ではない、これまでになかった異常を察知して、彼に電話をかけた。

 

「どうなっている?ミカエルの右手はどうなった?」

 

 彼は少し焦っているのか、若干いつもより早口でこの状況を説明した。

 

 

「・・・脱獄?誰かが手を引いている、と・・・その誰かって言うのは、誰なんだ?」

 

 

 その問いに、彼は「ソロモン」と答えた。

 

 

「ソロモン?あれはただのイスラエルの王だろう?魔術王と称えられてはいるが、こんなことができるとは思えないが・・・まぁいい。それで、どうすればいい?」

 

 彼は、ある男の名前を私に示した。それは私が最もよく知る、唯一無二の友の名前だった。

 

「成程。分かったよ。神の意志は絶対だからね」

 

 私は「彼」との通話を切ると、すぐさま友人の元へと向かった。

 

 

「さぁ、イーノック。第二次堕天使捕縛作戦の開始だ」

 

 

To be continued・・・



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特異点F 炎上汚染都市 冬木/炎上浄化義人 イーノック
第一話  スタート


 白く輝く吹雪が辺りを包む。場所は銀色の刃のように連なった山脈の上に立つ、巨大な建造物。

 

 ここは、人理継続保証機関 カルデア。

 人の営みを永遠に継続させるために設立された、国連承認の組織。

 

 その内部のとある廊下に、一人の男子が転がっていた。

 黒い髪。それなりに引き締まった体と、これまたそれなりの身長。歳は10代の中頃~後半ほど。

 その眼は閉じられ、死んでると思われるほどにピクリとも動かない。

 

「フォウ、フォーウ」

 

 そこに、一匹の白い体毛を持った獣が近づき、少年の頬を前足で叩くと、

 

「・・・・・・・・・んあ?」

 

 と、意識を取り戻したようで、欠伸をしながらその場に座りこんだ。

 

 

 彼の名前は藤丸立香(フジマルリツカ)。ごくごく普通の・・・という口上は意味をなさないだろう。

 なにせ雪山に建つ国連承認組織の内部にいるのだ。それだけで普通ではないことが容易に察せるのだから。

 

 事実、彼は普通ではない。

 世界に希少な、「レイシフト」の適性を有する「マスター候補」の一人。

 

 そんなただならぬ彼は今、呆けた顔で壁に描かれた紋章に見入っているようで、全く自分の価値と言うものに気づいている様子がなかった。

 

 

 その彼に背後から近づく人影があった。

 薄紫色の髪。発達の良い胸。その瞳は理知的で、美しかった。

 

 彼女の名は「マシュ・キリエライト」。

 

 

 藤丸とマシュ。

 この二人が出会ったことで、この世界は回り出したと言えるだろう。

 

 

 そう、本来ならば。

 

 

「あの、倒れていたようですが・・・・・・大丈夫ですか?」

 

 彼女が声をかける前に、一人の男が彼に接触を果たした。

 

 

 蜂蜜色の髪、ターコイズブルーの瞳。服装はカルデアに所属する男性スタッフのそれと同じもので、右胸に装着してあるプラスチックの名札には「ハドラニエル」と書かれている。

 

 声をかけられた少年・・・藤丸は、まだ頭が正常に働いていないのか、心配そうに彼の顔を覗き込むその男の顔を見つめていた。

 

(((・・・金髪で、碧眼で、褐色の肌・・・日本人じゃないな・・・)))

「大丈夫ですか?何か、水でも持ってきましょうか?」

「あ・・・あぁ、いや、大丈夫です・・・」

 

 少年は多少よろめきながら立ち上がり、男を見上げた。その時、

 

「・・・質問、よろしいでしょうか?先輩」

 

 先程からいたマシュが、藤丸に声をかけた。藤丸はマシュの方を向き、若干驚愕したような表情をしてから顔を少し赤らめた。どうやら彼女を見上げた位置から、中々の絶景が見えたようだ。

 

「マシュさん、彼を任せていてもよろしいですか?」

 

 ハドラニエルはそうマシュに言うと、腕時計を見ながらそそくさとその場を離れていった。

 それと入れ替わるように、全身を濃い緑色で統一した長髪の男がマシュと藤丸に近づいていった。

 

 ハドラニエルはその男のことをチラリと見た後、すぐに中央管制室へと向かった。

 

▽△▽

 

 その後、藤丸はマシュの魔術顧問「レフ・ライノール」。カルデアを担う若きトップ「オルガマリー」。カルデア医療部門のトップ「ロマニ・アーキマン」との出会いを経て、現在は自室にてDr.ロマン(ロマニの愛称)と会談、カルデアについての大まかな説明を受けていた。

 

「お喋りにつき合ってくれてありがとう、藤丸立香君。今度は僕の医務室においで。美味しいケーキをご馳走してあげ」

 

 そこで、ロマンの言葉は途切れた。

 室内の電灯が消えたかと思った次の瞬間、体が数十センチ浮くほどの衝撃が部屋を襲ったからだ。

 

「ド、ドクター!今の衝撃は一体・・・?」

「分からない・・・モニター!管制室を映してくれ」

 

 ロマンが壁に備え付けられたモニターにそう呼びかけると、火炎と瓦礫に満ちた広い部屋が映し出された。

 

『緊急事態発生、緊急事態発生。中央発電所及び中央管制室で火災が発生しました。中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから退避して下さい。繰り返します。中央・・・・・・』

「ドクター、これは・・・・・・」

 

 藤丸がまだ現状に理解が追い付かないままロマンの方を見ると、ロマンは身体を震わせて口を手の甲で押さえていた。嗚咽や悲鳴を抑えるように。

 

「ドクター・・・・・・」

「藤丸君、すぐに避難してくれ・・・僕は管制室に行く。至急避難してくれ・・・!」

 

 ロマンはそれだけ言い残すと、全速力で部屋を飛び出していった。

 

「避難・・・避難しろって・・・」

 

 まだカルデア(ここ)の構造も把握できていないのに・・・。

 

 そう思い、足元に座る獣・・・フォウ君と共に、その場に立ち尽くしていた。

 その時、管制室という単語から一人の少女の姿が藤丸の脳裏に浮かんだ。

 

 薄紫色の髪と瞳を持った、あの。

 あの娘が、まだ管制室に。

 

『・・・中央管制室で火災が・・・』

『僕は管制室に行く』

 

「・・・・・・」

 

 藤丸は、迷いなくロマンの後を追った。

 

▽△ ▽

 

 管制室は熱気と瓦礫に包まれていた。

 道中ロマンと合流した藤丸は、ロマンの忠告を受けることなく管制室であの娘を探し続けていた。瓦礫を押しのけ、周りを素早く見渡して探す。フォウ君もその小さく身軽な体を活かして、瓦礫から瓦礫へ飛び移って彼女を探すのを手伝っていた。

 

(((どうする・・・一体、どこに・・・)))

「フォウ!」

 

 フォウ君の鳴き声に反応してそちらへ向くと、瓦礫の影から細い足が飛び出ているのに気が付く。

 

▽ ▽△▽▽

 

 この傷では、もう・・・・・・。

 

「ご理解が早くて助かります・・・だから、藤丸さんも早く、逃げないと」

 

 腹部にガラスの刃が深く突き刺さったまま、マシュは途切れ途切れの言葉で藤丸に伝えた。

 藤丸がどうしたらいいか、手をこまねいているうちに辺りが炎に包まれ始めた。

 

 爆ぜる音と何かが燃え上がる音と共に、無機質なアナウンスが流れてくる。

 

『観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました』

 

▽ ▽ ▽△ ▽

 

『近未来、百年までの地球において』

『人類の《痕跡》は、発見できません』

『人類の《生存》は確認できません』

『人類の《未来》は保証できません』

 

▽△▽

 

 話をしよう。あれは今から

 

▽△ ▽△△

 

 火炎がさっきまで通ってきた出口を塞いだ。

 もう逃げることはできない。頬を絶望と共に冷汗が伝った。

 

「すみません・・・わたしのせいで・・・」

「・・・そんなことないさ。きっと、なんとかなるよ・・・。

 それより__名前、聞いていなかった」

 

▽△▽

 

 彼には72通りの名前が

 

▽△△△▽△

 

『コフィン内、マスターのバイタル基準値に達していません』

『レイシフト定員に達していません』

 

 アナウンスが流れ、全ての道はここで燃えて落ちる。

 藤丸がそう思いかけた時、出口の向こうから高速で人影が管制室に飛び込んできた。

 

 蜂蜜色の髪が爆風で揺れ、炎の赤が緑の瞳に反射する。

 

「早く、こっちへ!さもないと巻き込まれて」

 

『該当マスターを検索、検索、検索__発見しました』

『適応番号48、8、ハチ、はち888888880100010101010』

『適応番号48《藤丸立香》。及び適応番号00《》をマスターとして再設定します』

 

▽△▽

 

 確か、最初に会った時は

 

▽△▽△▽△▽△▽△

 

「あの・・・・・・せん・・・ぱい・・・」

「・・・・・・うん」

 

『アンサモンプログラム、スタート。霊子変換を開始します』

 

「手を、握ってもらっていいですか_?」

 

 

 それは、お伽話の一場面のようであった。

 死に逝く姫君と、それを見守る慈悲深い勇者。

 泡沫と化す人魚姫のように、今にも消え入りそうなほど美しい光景。

 

 二人を救いださんと、手を伸ばす金髪の人影。

 これは、自分一人の・・・・・・・・・。

 

全行程完了(ぜんこうていクリア)

 ファースト・オーダー 実証を開始します』

 

▽△▽

 

 確か、最初に会った時は。

 そう、イーノック/Enoch。

 

 あいつは最初からいう事を聞かなかった。

 私の言う通りにしていればな。

 

 まぁ、いいやつだったよ。

 

▽△▽

 

 A.D.2004 

 人理定礎値 C

 特異点F

 

 炎上汚染都市 冬木/炎上浄化義人 イーノック

 副題:古の旅人



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第二話 名前

オルガマリー所長と、マシュのダブルヒロイン。
その幻想は、思ったよりも早く崩されました。




 視界が一瞬真っ暗になった、そのすぐ後。

 藤丸の周りを映像のように辺りの景色が突風と共に流れていった。

 

「・・・・・・っ!!ぐぅぅうぅぅうぅっ!!」

 

 藤丸は割れたアスファルトに膝をつき、必死に自分が風に飛ばされないように耐えた。まるで台風の最中に放り込まれたかのような風圧。短い黒髪がバサバサと激しく揺れた。

 

 ・・・そのまま、一分弱が経過。

 

「フォウ・・・」

 

 しばらくしてフォウ君の鳴き声がどこからかしたため、藤丸は顔を上げた。

 ちょうど自分がフォウ君を風から守る盾となるように、フォウ君は藤丸の体の下から這い出てきた。

 

「・・・フォウ、くん」

 

 藤丸はフォウ君を抱きかかえながら、辺りを見回した。

 瓦礫、焼けた看板、赤く染まった空。空気は焼け焦げており、息を吸うごとに肺が熱くなるのを感じる。

 

(((カルデア・・・じゃないな。看板が日本語で書かれている・・・)))

「日本・・・なのか・・・?一体、どうして日本に・・・・・・」

 

 その時、高い電子音と共にロマンの声が右腕に装着された機械から聞こえ始めた。

 

『もしもし!こちらカルデア管制室だ、聞こえるか!?』

「!もしもし!もしもし、ドクターですか!?」

『その声は・・・藤丸立香君か!?ボクの声が聞こえるかい!?

 聞こえるなら今すぐに__逃げろ!!』

 

 ___ぞくっ、と全身の毛が逆立つような怖気が体を包んだ。

 逃げろ。離れろ。さもなくば死ぬ。人が生物として存在する以上、生まれた時から備えている直感。危機管理能力。

 

 その直感が、藤丸の命の危機を大声で叫んだ。

 

 藤丸は背後からの殺気に目を向けることなく駆け出した。

 その場から三歩、四歩ほど離れたその時、

 

 藤丸のすぐ後ろで地面が爆ぜた。

 飛び散る破片と砂塵を背中で受けつつ、藤丸は走り出した。

 

「・・・・・・っ!ドクター、一体何が起きてる!?説明を、どうか!」

 

 藤丸が駆けながら叫ぶと、右腕の装置からまたもや電子音が響いた。

 藤丸は腕時計を見るように装置を見ると、その画面に地図が現れ赤い点と赤い線が表示された。

 

『今、安全な逃走ルートを表示させた。赤い点が君、線がルートだ。この通り進めば君は安全に逃げられるはずだ』

 

 藤丸は全力でその赤い線を辿った。背後を気にする余裕などない。

 折れて倒れた標識や、既に電気の通っていない電線に躓きそうになるが、どうにかして転ばぬように最高のスピードを保って駆けた。

 

 ・・・それから、細い路地や大きなビルの影などに身を隠しながら、藤丸はロマンからの状況説明を聞いた。

 

 カルデアの目的。「魔術」の存在。今現在いる街の名前、冬木。

 そしてそれが、10年以上前の過去の冬木市であることも説明された。

 

▽△▽

 

 それから逃走と短い休憩を挟みつつ、藤丸は大きな日本家屋の中に身を隠すことにした。

 見たところ、大きな損害も見当たらず、しばらくはここで体を休めることにした。

 

 その場でも、ロマンから「何故藤丸が過去の冬木市にいるのか?」。

 その疑問についての説明がされていた。

 

 

 その最中、突如として巨大な物音が辺りを包み、藤丸とロマンを沈黙させた。

 

 

 ロマンは藤丸にすぐに逃げるように指示をしたが、通信が何故か切れてしまい、加えて藤丸を攻撃した敵性生物・・・エネミーがすぐそばまで接近していた。

 

「・・・・・・・・・!」

 

 藤丸はその場から逃げるかどうか判断に迷ったが、息を止めて気配を殺し、エネミーが過ぎ去ることを待つことにした。

 

 キシ、キシ、と足音を立てながら、影が近づいてくる。

 鼓動が早まり、死がゆっくりと歩み寄る気配に、藤丸は軽く吐きそうになっていた。

 それから、足音は家屋内を歩き回り、やがて藤丸のいる部屋の前にたどり着く。

 

 そこで、足音が止まった。

 藤丸は転がるようにしてその場を離れる。

 次の瞬間、藤丸が元居た場所が破砕する。

 

 その時、藤丸は初めてそのエネミーの姿を見た。

 

 髑髏の仮面。隆起した屈強な肉体。殺意が可視化されたような黒い霧。

 藤丸には、その姿が見まごうことなき死神のそれに見えた。

 

 藤丸はフォウ君を抱えてエネミーの脇を通り抜け、大きく息を吐いた。

 

(((逃げろ・・・。逃げろ逃げろ!ここを逃げ切れば)))

 

 そこで、藤丸の思考は停止した。

 

 突如として、藤丸の上方__屋根の上からもう一体、髑髏面のエネミーが現れ、藤丸を蹴り飛ばしたからだ。新たに表れた髑髏面のエネミーは、藤丸とほとんど身長が変わらない・・・いや、少しではあるが藤丸の方が大きいと言えるほどに小柄であった。

 

 だがその蹴りの勢いと威力はすさまじく、藤丸はボールのように吹きとばされ、半壊した蔵の扉を破壊した。

 

「フォウ!フォーウ!・・・!?」

 

 フォウ君が藤丸を案ずるように鳴き声を上げると、その小さく白い前足に赤い液体がかかった。

 

 藤丸が、大きく咳き込み吐血したからだ。

 床を赤く染めながら、脇腹と内臓に熱と痛みを感じ、藤丸は立ち上がれなくなった。

 

(((痛い。指先が痺れる。体の奥底が燃えるように熱い。なのに、末端から熱が抜け落ちていくのを感じる・・・)))

 

 藤丸はこの時、もう自分が助からないことを半ば確信していた。

 このまま、出血性ショックによる死か。もしくは、内臓の損傷による衰弱死か。

 

 先程のエネミーにより、呆気なく殺されるか。

 いずれにしても、彼にとって死は避けられない物となっていた。

 

 次の瞬間、藤丸の脳内に彼女の・・・マシュの、ある言葉がよみがえっていた。

 

▽△▽

 それは、レフ教授と共に、マシュに「何故自分を先輩と呼ぶのか」について尋ねた時の答えだった。

 

「そうですね・・・。藤丸さんは、今まで出会った人間の中で、一番人間らしいです。

 なので、まったく脅威に感じません。ですので、敵対する理由が皆無です」

 

 彼女は、にこやかにそう語った。

 

▽△▽

 変な理由だ。正直言って、簡単に理解できるものじゃない。

(((あの後も、少し考えてみたけど、最期まで答えは出ない・・・か)))

 

 藤丸を大きな影が覆う。苦心して顔を上げると、筋骨隆々のエネミーがそこに立っていた。岩のような拳骨が高く振り上げられている。

 

 藤丸は自嘲気味に笑った。

(((理解はできなかったけれど、正しかった・・・。

  だって、こんなにも無力だ。脅威に感じるはずがないよな・・・)))

 

 死が、振り下ろされた。時間が鈍化する。瞼が閉じられる。

 故に、藤丸はその瞬間を夢半ばで見ていた。

 

 上空から矢のように降り立ち、盾を振るう彼女の姿を。

 可笑しいほどに軽々と吹き飛ばされる、偉丈夫のエネミーの姿を。

 鞠のように叩き飛ばされる、もう一体のエネミーの姿を。

 

 藤丸は、微かに香る花に似た香りと、影の中で鮮烈に輝く薄紫色の髪により目が覚めた。

 

 

 そこには、巨大な盾を構えた、彼女が立っていた。

 

「ご無事ですか?」

 

 炎の中で、瀕死だった彼女が。

 

「__今なら、印象的な自己紹介ができると思います」

 

 二度と目を開けることはないと、そう感じた彼女が。

 

先輩(マスター)。マシュ・キリエライト。あなたの英霊(サーヴァント)です」

 

 マシュ・キリエライトが、そこにはいた。

 

▽△▽

 

 長い銀髪が、歩みを進めるごとに微かに揺れる。

 とぼとぼと歩む華奢な影が、物音がする度ビクッと震える。

 自分で自分を抱きしめながら、闇夜と破壊の痕跡に怯えながら、彼女は歩みを進めていた。

 

 彼女の名は、「オルガマリー・アニムスフィア」。

 カルデアの現所長にして、前所長のマリスビリー・アニムスフィアの娘。

 優れた魔術の才を持ち、それを正しく活かせる知恵と意志がある、聡明な人物。

 

 ・・・であるのだが、その性格はお世辞にも良いとは言えない。

 加えて、超一級品の魔術回路を持ちながら、一切のマスター適正を持ち合わせていない。

 

 つまり、英霊・・・サーヴァントと契約を交わせないのだ。

 

 故に彼女は、たった一人で、自身の魔力だけが唯一の武器という状況の中。

 怯えながらも臆することなく、ゆっくりとではあるが行動を開始していた。

 

「ああっ、暗いし煙臭いし・・・カルデアは今どうなっているの?ここは、おおよそ2004年の冬木市であることは間違いないけど・・・」

 

 周囲を警戒しつつ、震えを堪えながらいつでも魔術を放てる状態を維持する。

 ちゃんと拠点となる場所にたどり着くまでは、安心なんてできるわけがない。

 

「大丈夫、大丈夫よ私。サーヴァントがいなくたって、私には魔術がある。

 どんな敵が出てこようと、私にかかればちょちょいの」

 

 カラン、と空き缶が瓦礫の山から落下し、大きな音を立てた。

 

 彼女は反射的にその空き缶に向かって人差し指を突き出し、そこから赤く輝く魔力の弾丸を撃ちだした。魔術は正確に空き缶を貫通し、灰色の壁面に拳大の穴を穿った。

 

「お、お、お、おおおどろかさないでよ!」

 

 プルプルと震えながら、彼女は大きな声で空き缶に向けて怒鳴った。

 当然、空き缶はもちろんのこと、周囲の瓦礫や壊れたぬいぐるみ等の残骸が彼女の声に返答することはない。

 

 彼女は、辺りに反響する自身の声とそれを際立たせる静寂に、さらに不安をあおられたような気持になった。

 

 しかしながら、彼女の声に返答する者はいないが、聞き届けた者はいた。

 

 

 その者は、髑髏の面を張り付けた、若干太めの肉体の敵性生物であった。

 そのエネミーは、彼女の姿を視認すると、朽ちたビルの上から跳んだ。

 

 狙いは彼女。気配は遮断され、彼女は気づかない。

 

 と、その時。近くにあった街灯に奇跡的に電力が一瞬だけ戻り、辺りをほのかに照らした。

 

 

 彼女は、自分の影と宙から来る何者かの影を電灯の灯りで目撃すると、電撃的な速度で振り返り人差し指を構えた。間近に迫る髑髏の面。戦士でもなければ、戦闘の天才でもない彼女は、その姿に恐れながらも魔術を射出した。

 

 しかし、敵は人外。あっけなく躱され、その刃が喉元に迫る。

 

 

 だが、この時。両名は、もう一人。

 彼女の声を聞き届けた者がいることに気が付いていなかった。

 

 彼女は、迫る敵の背後に、純白の鎧を見た。

 なびく金髪。紺色のジーンズ。手には青白く光る、弓上の刃。

 

 空気を切り裂く音に反応して、エネミーが背後を振り返るがもう遅い。

 

 

 一刀両断。上半身と下半身を真一文字に切り裂かれたエネミーは、刃と同じ青白い光に包まれると、煙のように消えてしまった。

 

 その光景を見た彼女は、一瞬何が起こったのか理解できず、思わず構えていたその腕を下げた。

 

 地面に手をついて着地した人影は、彼女に振り返ると手を差し伸べた。

 

 

「お怪我はないですか?」

 

 彼女に向けて、穏やかに語りかける鎧の人影は、ちょうどその顔がビルと夜の薄影に包まれて窺うことができない。だが、まるで彼女に彼の素顔を見せるように、再び電灯に明かりが点く。

 

 宝石のような瞳。その目つきは穏やかであるが、その奥には並々ならぬ決心と覚悟が燃えていた。

 

「・・・あなたは・・・」

 

 彼女は、オルガマリーは、半ば呆然としてその人物に名を訪ねた。

 

 

「・・・私の名は、イーノックという。

 今一度、この地上を浄化するために遣わされた者だ」




・所長がガンドを使えてるワケ
⇒作者お得意のオリジナル設定(妄想)。
 キャスニキに「魔術回路の量も質も一流」と言われてる。
 ⇒ならば、ガンドも弾丸並みの威力の物を撃てるだろうということ。

 きっと、マシンガンとかじゃなくてライフルみたいに一撃が重いタイプじゃないかな(適当)。
 
 


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第三話 話をしよう

今回、物語はあまり進みません。
シャダイサイドの説明パートとなっております。
粗い所や雑な箇所もだいぶあるとは思いますが、どうかご容赦を。

それでは、今回のお話もどうぞ。


 その日、天界はかつてない混乱に見舞われていた。

 天使長、ミカエルの負傷。そして、七人の堕天使の脱獄。

 実質天界を代表する彼が退場したことにより、指揮系統は混乱。堕天を試みる天使も数名現れたほどだ。

 

 そこをなんとか私と他のアークエンジェルの手により抑え、少し天界の秩序も安定した来たところに、彼に電話をかけた。

 

 

「ミカエル、大丈夫か?」

 

 私は彼との通話中、苦しそうに呻くミカエルの傍らに立っていた。ミカエルは今、ラファエルの看護と治療のためにベッドの上に寝かされている。基本、我々天使には睡眠など必要が無いのだが、負傷した者を動かないように縛り付けるという意味ならば、ベッドは最適な道具だった。

 

 何せ、右腕が破砕された瞬間に、たった一人で地上に赴こうとした奴だ。あと少し私がミカエルに追いついていなかったならば、彼は地上に着くまでに崩れ去っていたことだろう。

 

 だから、こうしてミカエルは「完全安静」の状態で呻いているわけだ。ちなみに痛みで呻いているわけではない。自分がこの状況下で動けないことが、何より悔しいと考えているからだ。

 

「うぅ、ごめんよ兄さん・・・私が不甲斐ないばかりに、こんな・・・」

「体を動かさないで。崩れてしまう・・・」

 

 ラファエルが数人の天使と共にミカエルの右腕に治癒の力を与えているが、一向に癒える気配がない。それどころか、少しでも体や腕を動かせば、瞬く間にひび割れが走る。しかも、ひび割れた箇所は石膏のように白くなり、ボロボロと崩れているのだ。

 

(((無意味ではない。ラファエルが全力を傾けて、あれなのだ。・・・どうするべきか)))

 

 そう考えていると、向こうの彼に名前を呼ばれてハッと我に返った。

 

「ああ、すまない。考え事さ。何、君には大して関係のないことさ。そんなことよりも、だ」

 

 私は軽く指を鳴らすと、一つの扉の前に移動した。

 白く滑らかな扉の表面はツルツルで、そこに私の姿が鏡のように映った。

 

 黒く整えた髪。白い肌。そしてファイアパターンのロゴが入った、シースルーの黒いシャツ。すらりと長い足を包むのは、お気に入りの黒いジーンズだ。私の存在はほとんど、黒と白で構成されていると言ってもいいだろう。ただ一つ、この赤い眼を除いて。

 

 ルシフェル。それが私の名前だ。

 少し前まで、私は「名前なんて個人個人を特定するための値札にすぎない」と思っていたのだが、ある男との旅の途中。名前の重要さに気づかされた。何せ、名前を一回変えるだけで一年は敵に襲われなかったのだから。

 

 その、私と共に旅をした男が、この扉の向こうにいる。

 

「・・・とりあえず、あいつが今必要だってことは分かったよ。でも、君が言う通り、あいつらが魔術王の手により過去・・・それもややこしいことに隔絶された空間にいるとなると、もう介入どころか探すこともできないんじゃないのか?」

 

 私は彼に質問をしつつ、扉を開けて中へと入った。

 そこは、本が山のように積まれた空間だった。広さはそれなりにあり、天井はしっかり首を真上に向けなければ確認できないほどに高い。その天井の半分ほどの高さまで、本が積まれている。

 

 この本は全て、ある一人の男が書き上げたものだ。つまり、空白のページが存在しない分厚い本が何千冊とあるわけだが、それについてはまた気が向いたときに話そう。

 

「何?南極?・・・あそこは氷と雪しかないところのハズだが、人がいるのか?そこに、アイツらを探し出す鍵があると?」

 

 私は本の山を回りこみ、その裏側にたどり着いた。

 そこには、片眼鏡をかけた男が机に向かっていた。

 

 ミカエルの生糸のような滑らかな金髪と違い、どこか羊の毛を思わせるようなフワッとした蜂蜜色の髪を持つこの男こそ、神に召し上げられた男。生きたまま天界を訪れた初めての人間。天界の書記官。

 

 私の友、義人「イーノック」。

 

「イーノック、話をしたい。いいか?」

「・・・ルシフェル。ああ、いいが・・・少し待ってくれ」

 

 彼は慌てたように細い鎖で繋がったペンダントの蓋を閉じた。私はそのペンダントに何が入っているかを知っている。彼の妻と子供の写真だ。無論、彼の生まれた時代に写真なんてものは無かったが、私からの贈り物として、何枚か彼と彼の家族を写真に収めたんだ。

 

 本来ならば、ヒトとして妻と子と共に地上で暮らせていたわけだが、ミカエルの退場を理由に現場復帰してもらったんだ。

 

「それで、話とは?」

「ああ、彼・・・『神』からの頼みだよ」

 

 そう言ってやると、イーノックは何も言わずに私の方を見ていた。動揺も驚きも感じられない。恐らく、彼らが脱獄したときから覚悟は決まっていたのだろう。

 

「イーノック、再び地上界に逃れた彼ら堕天使に、罪を償わせろ」

 

 イーノックは私の言葉にコクリと頷くと、ペンダントを机の上に置いて立ち上がった。迷いを感じさせない、力強い瞳で私の目を見る。

 

(((最初に会った時とはえらい違いだ・・・あれからもう300、いや400近く経ったのか)))

 

 そう言えば、最初にイーノックが地上へ行くとき、こんなやり取りを行っていたな。

 

「イーノック、今度の旅はより苛烈な物になりそうだが、そんな装備で大丈夫か?」

 

 イーノックもまた、このやり取りを思いだしてくれたらしい。少し笑うと、

 

「一番いいのを頼む」

 

 そう言った。

 

▽△▽

 

 天界における時間と、地上界の時間は違う。地上界の時間は一本のピンと張った線だが、天界ではその線はグネグネと歪んでいるからだ。天界での数か月が、地上では数百年に相当する。

 

 故に、彼ら堕天使を捕らえた後、地上にいる人間は皆、大いなる進化を遂げていた。中には愚かしい発明もあったが、特に近代に入ってからの人々の発明は目を見張るものがあった。

 

 具体的に言うならば、私が愛用している携帯電話やジーンズ。雨の中、雰囲気と言うものを出すためにピッタリな傘なんてものも、私の目を惹かせた素晴らしいものだ。

 

 イーノックは、地上での人間の急増と自分がいた時代とのギャップに、かなり面食らったことだろう。何せ、皆が私のような服を身につけ、国によって言語はバラバラだが、ある程度統一されている。

 

 地上でしばらく暮らしていたとはいえ、それまでは天界に戻り一年弱は留まっていたんだ。彼が暮らしていた場所も、地上というよりは「天界寄りの大地」と言えるような場所だったことも、彼の中の地上のイメージと実際の地上のギャップを高めていたのだろう。

 

 それでも、数分後には自分の目的を思いだしたようで、その表情にはいつもの決意と覚悟が漲っていた。

 

 まず、私は目的地・・・「南極」に向かうために、偽りではあるが戸籍を用意した。服装も白いローブや鎧ではなく、バックパッカーのように見える物を着せた。名前を「ハドラニエル」と変え、国籍も偽る。だが、あらゆる天使の加護が、彼を後押しした。彼の前に障害など無いも同然であり、最終的にロマニ・アーキマンという人物を頼りに氷の大地・・・南極へと足を踏み入れた。

 

 それからは、ロマニの紹介により国連承認組織「カルデア」に潜入。

 事務員兼スタッフとして業務をこなしつつ、レイシフトが行われるその時までじっと待った。

 

 

 そしてレイシフトの当日。私も予期していない爆発が起こった。

 何故それを察知できなかったのかは未だ分からないが、そのおかげでイーノックは特異点にやってこれたわけだ。

 

▽△▽

 

 そして今現在、あいつはカルデアの所長であるオルガマリーという娘を助けてやったところだ。

 彼の装備は前の堕天使捕縛の時と変わらず、歪な白い鎧と紺色のジーンズに身を包んでいた。

 

「イーノックって・・・いや、あなたは確か、カルデアのスタッフの、えと」

「事情ありまして、偽名を名乗っていました・・・本名はイーノックと言うのです」

 

 所長はどうやら腰を抜かすほど驚いたらしい。一歩、二歩後ずさりし、背中から倒れそうなのをイーノックが腕を掴んで止めた。そしてそのまま引っ張り、所長のことを立たせてやった。

 

「待って。待って待って待って!少し時間を頂戴!考えを整理したいわ・・・」

 

 所長は頭を抱え、その場をうろうろと歩き回ったり親指を噛んでみたりして、何とか自分を落ち着かせているようだった。イーノックはそんな彼女にどう接すればいいか分からず、その場で立ち尽くしている。

 

 私は彼女が現状理解に勤しんでいる間に、イーノックにいくつかのことを聞いてみることにした。

 

「イーノック・・・初めて特異点というものに来てみて、どうだ?何か感じるか?」

 

 私がそう問いかけると、イーノックは顎に手を当てて、

 

「いや・・・。ただ、酷い有様だと、そう思う。それに・・・」

「ここまで荒廃してるのなら、堕天使がいるはずもない」

 

 イーノックは黙ってうなずいた。

 そう、アイツらの行動原理は人への愛や進化への興味だ。こんなに燃えて朽ちてしまった場所には、堕天使がいるとは思えない。

 

 と、そこでどうやら所長が考えを整理しきったようで、イーノックの方を向いた。私は念のため、自分の姿を消しておくことにした。

 

「事情は何とか理解できました。貴方の名はイーノック。そしてここは2004年の冬木市。原因はレイシフトによる事故。そして・・・危険な敵性生物が徘徊していることも」

 

 毅然とした態度で、イーノックと向かう。その心の中には、まだ迷いや恐怖が沈殿しているが、そんなことはどうでもいいという風に表には出さない。

 

(((思ったよりも芯の強い人物のようだな)))

 

 そう思っていると、所長はイーノックに歩み寄り、その鼻先に指を指した。

 

「先ほど私を助けてくれたこと、まず感謝します。ありがとう。でも、貴方は装いも名前も変えていようと、カルデアの一員であることには変わりません。ですから、私の指示に従っていただきます」

 

 そう一息に言うと、しばらくイーノックの表情を窺った。イーノックの善性を理解しているが、その戦闘力を恐れているようだ。まぁ、仕方のないことだろう。

 

 そんな所長の言動に、イーノックは一瞬どう答えたものか逡巡したが、

 

「貴女の指示に完全に従うことはできないかもしれませんが、この特異点の中で貴女の身を安全な場所へ導くまでは、私は貴女の部下として行動しましょう」

 

 そう言うと、所長は軽く頷き、自分の身の護衛を命じると、また歩みだした。イーノックは彼女の隣を歩き、彼女の腕が微かに震えていることに気づくと、それを握ってやろうとして、手をはたかれて拒否された。

 

「私の身を守ることに集中なさい!」

 

 そう厳しめに言うと、少し歩くスピードを速めた。やれやれ、イーノックも彼女のこの言動には呆れているんじゃないか。そう思ったが、特に気にしている様子も無く、辺りを見回して敵影が無いかを確認している。

 

(((全く、そのお人好しは相も変わらずか)))

 

 しばらくは大丈夫だろうと判断し、私はまだ形が残っている鉄塔の上に移動し、冬木の町並み見てみることにした。

 

 ここに訪れたことは、かつてあっただろうか。

 2004年の、日本の地方都市。どうだっただろう。

 

 私は何とかここについての記憶を思い起こそうとしてみるが、どうにも覚えていない。もしくは、着たことなど一度も無かったのかもしれない。

 

「ん?・・・あれは・・・」

 

 その時、私は興味深いものを発見した。

 鎧をまとった少女が、白い服の少年を抱きかかえ、敵対する生物を吹き飛ばしながらこちらに向かってきているのだ。

 

 私は直感的に、その二名がイーノックの助けになることを感じ取った。戦力的な意味でもそうだが、この際助っ人を求めるのもいいだろう。あいつは嫌がるだろうが、彼らの方はどうにも助けを求めているようだ。

 

(((であれば、彼らを助けておけば後々カルデアに戻った後も動きやすいだろう。一応、イーノックに伝えて・・・おっと、その必要はないか)))

 

 

 二人はどうやら所長とイーノックを発見したらしく、目にもとまらぬスピードで近づいて行った。

 

「ふん・・・まぁ、まだ何が起きているかははっきりしないが、今のところいい流れじゃないかな?」

 

 私はまた指を鳴らして、イーノックの元へと戻った。



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第四話 イーノック

エルシャダイの武器やアイテムのフォルムが好きです。
ベイルなんかは、防御形態の状態でツルツルと撫でまわしたいくらいに好きです。


 薄れゆく視界が元に戻る。

 色を失っていく世界が、明るく瞬く。

 

 そこには、身の丈ほどもある巨大な盾を携えた彼女がいた。

 薄紫色の髪。穏やかで理知的な瞳。紛れもない、彼女だ。

 

 マシュ・キリエライト。

 藤丸立香を先輩と慕う、あの娘が。

 

 藤丸は、とても自分が見たものが信じられなかった。これは一種の走馬燈か、死んだあとの夢なのだろうと。だが、彼女はそこにいて、吹き飛ばされたエネミーも痙攣しながら倒れている。間違いなく現実だ。

 

 マシュは、困惑というよりも呆然とした表情の藤丸を見た後、すぐに藤丸のダメージに気づいた。

 それでも焦ることもなく、マシュはどこからか巻物状の物質を取り出すと、それを開いた。

 

「これは治癒魔術の一種です。少しの間、動かないでいてください」

 

 マシュはそれを藤丸に近づけると、巻物は誰に触れられるでもなく自立して動き、藤丸の負傷箇所・・・損傷した内臓がある場所にも巻き付いた。その後、緑色の光として巻物が消えた後には、一切の傷も痛みも癒えていた。

 

(((これが、魔術!・・・すごい、これは、治っているのか!?)))

「では、行きましょう」

 

 藤丸が傷の癒える感覚の余韻に浸っている最中、マシュは藤丸の背中と膝の裏に手を回して持ち上げた。所謂、お姫様抱っこと呼ばれるものである。

 

 本来ならば男性が女性を持ち上げることを前提としているため、そういった名称がつけられている。なのだが、マシュは藤丸を当たり前のように抱き上げ、藤丸もまたどこか釈然としない表情はしていたが当たり前にその状況を受け入れていた。

 

「あの、マシュさん?・・・その、あの、重くないですか?」

「平気です。任せておいてください、先輩」

 

 こんなこと聞いて、本当にお姫様みたいだ。

 藤丸が自分の発言に対し妙に恥ずかしい気持ちになっている中、マシュはそんな藤丸の様子に気づくでもなく、重くのしかかる様な赤い曇天を睨んだ。

 

 フォウ君はマシュが何をしようとしているのかを察し、急いで抱きかかえられている藤丸の腕の中に飛び込んだ。

藤丸はフォウ君を抱きしめ、マシュの自信に満ちあふれたその表情を見た。

 

「先輩、舌を噛まないようにしてください。それと、私が合図したら衝撃に備えてくださいね」

「え?衝撃?え、いや、どうすれば・・・」

「飛びます!「え、ちょ」3、2「いや、待っ」1!」

 

 

 この時、藤丸は初めて絶叫マシンに乗ったことを思いだしていた。

 急な上昇と、回転、急降下。完全な天地の逆転。

 

(((あれよりかは、だいぶマシだ・・・)))

 

 観覧車から覗くような小さい街並みを見て、藤丸は妙に冷静であった。

 マシュは人の限界を置き去りにした動きで疾走と飛躍、着地を繰り返して街を駆けた。

 

 道中、弓をつがえた人骨の姿をしたエネミーの一団と出会ったが、これを一掃。マシュが軽く蹴りを入れるだけで、エネミーはバラバラに崩れ去る。それに構うことなく、より速度を上げて走る、走る、走る。

 

 その姿はもはや色付きの風にしか見えないほどであった。

 

 それから約二分間、マシュは眼科の街を見回して生存者を探したが、どうにも見当たらず。やがて、遠くに鉄塔の見えるビルの上に着地し、藤丸を降ろした。藤丸はよろよろとふらつき、倒れる前に自ら座りこんで街の景色を見た。

 

 それは、まさしく世界の終りの様相を呈していた。

 

 くすぶり、まだ広がる炎。立ち上る煙。鉄骨がむき出しの廃墟の群れ。空は赤く染まっており、それが炎の色を反射した雲なのだとすぐに気づく。

 

 藤丸は、壊れたそれらを見て、無意識に泣きそうになっていた。

 藤丸は、自身の右目から一筋の涙がこぼれるその時まで、そのことに気が付いていなかった。

 

(((・・・・・・)))

 

 マシュに見られていないことを視線だけ動かして確認すると、手で涙を拭い、藤丸は立ち上がった。

 

「マシュ、どうにかしてカルデアに帰る方法を探ろう」

 

 藤丸がそう言うと、マシュは藤丸の目を見て微笑み、頷いた。そして、何かに気が付いたように藤丸の肩を叩いた。

 

「先輩、あそこに人影があります」

「えっ、本当!?」

 

 藤丸はビルから身を乗り出すようにマシュが指示した場所を見ると、確かにそこには人がいるようだ。灰色の地面や薄暗い影の中、明るい金髪と白い鎧(服のようにも見える)を纏ったその人物は、遠目からでもすぐに見つけることができた。

 

 そしてさらに、よくよく目を凝らすとその隣を誰かが歩いているようだ。銀髪が流れるように輝く。

 

「先輩、あの方、オルガマリー所長です!隣にいるのは・・・」

「所長!?所長もここに飛ばされて・・・マシュ、行こう!」

「はい!」

 

 マシュは再び、藤丸を抱きかかえると、目いっぱいに力を入れて跳んだ。

 途中、またもや敵対するエネミーと戦闘になるが、その頭を踏みつけてさらに跳躍。そして、マシュの後方。支える箇所など何もないただの虚空に、盾が置かれるように固定される。

 

「シールド・カタパルト。後方に展開、飛びます!」

 

 風を切る音とはじける音と共に、空中で真っ直ぐに所長の元へと飛んだ。マシュが衝撃に備えるよう合図をし終えると、もうすぐそこに地面が近づいていた。マシュは何度かビルの壁面や屋上を蹴って衝撃を殺し、砂埃を巻き起こしながら着地した。

 

「先輩、到着しました。・・・あの、大丈夫ですか?」

「エホッ、ゲホ、うん、だいじょ、オホン、大丈夫」

 

 舞い散る砂埃を吸いこんだ藤丸とフォウ君は、軽く咳き込みながら砂埃の向こうに見える彼女らを見た。やがて、立ち込める砂塵が薄まると、青い輝きを放つ弓なりの刃を構えた男がいた。

 

 その男の影に隠れるように、所長がチラチラと藤丸たちの様子を窺がっていた。

 

「・・・何者だ」

 

 男が警戒心を露わにそう言うと、手にした刃の輝きが一段と増した。

 妙な動きをするならば、戦闘も辞さない。そういった意味の警告であると、二人は瞬時に理解した。

 

 そして、この男にはどうしても勝てないという事も。

 

「怪しい者ではありません。あの、あなたの後方にいる女性と親しい者です」

「・・・・・・」

 

 一触即発の気配。。だが、男はすぐに刃を収めた。所長がこちらに気づいたからだ。

 

「その声、マシュ・・・?どうしてあなたが、ここに・・・」

 

 所長は男の足から顔を出して、マシュの姿を確認すると、思わず言葉を切った。そして、声を震わせ、言った。

 

「あなた、その姿・・・英霊(サーヴァント)じゃない・・・」

 

▽△▽

 

 それから、藤丸とマシュ。所長と金髪の男の四人は、所長の指示の元、身を隠せる廃ビルの内部に侵入し、かつてはカフェがあったのだろう。そこに残されているテーブルと椅子を集めて座った。

 

 所長は腕を組んで、向かいに座った藤丸を睨むようにして見た。マシュと金髪の男は、それぞれ入り口と窓の近くに立って、敵影が無いかの警戒に当たっている。

 

 所長・・・オルガマリーは、軽くため息をついて口を開いた。

 

「あなたがここにいること。そして、マシュのデミ・サーヴァント化。概ねそちらの事情は理解できました。問題は・・・これからどうするか、よ」

 

 オルガマリーは藤丸をジロリと見つめ、何と応えるかを待っている。藤丸はその視線に気づいているが、どう答えたらいいのか考え、唸った。

 

「そ、うですね・・・とりあえずは、拠点を確保したほうがいいと思います。あと、できるなら食料とか水とか」

「あなた、これを孤島でのサバイバルと同じように考えていないかしら。でも、まぁ、その通りです。拠点・・・特に霊脈が通っている場所がいいですね。どうにかそこを探し出しましょう」

 

 そう言った後、立ち上がろうとしたオルガマリーをマシュが止めた。

 

「探す必要はありません。ちょうど、所長の足元がレイポイントとなっています」

 

 マシュがそう言うと、オルガマリーは何も言わずに静かに座った。

 

「マシュ、召喚サークルを設置して頂戴。その間に、こっちの事情も説明するから」

 

 オルガマリーは窓の外を眺める金髪の男を見ると、また一つ小さくため息をついた。

 

▽△▽

 

 サークルの設置が完了し、ロマンとの通信が可能になってから、所長は話を始めた。

 

「まず、ここにいる方・・・マシュ、あなたなら何度か会ったことはあるでしょう」

「はい。カルデア情報部の、ハドラニエルさんです。何でも、とても人とは思えない速度での書類処理の技量を買われて、このカルデアに来たとか」

「そう。その通りよ。でも、どうやら違うらしいの」

 

 男はオルガマリーの隣にいたが、一歩踏み出して自身について語った。

 

「ハドラニエルというのは、偽りの名前。本当の名前は、イーノックと言います。地上に逃れた堕天使を捕縛するために、天から遣わされました」

 

 少し前にオルガマリーに名乗ったように、マシュと藤丸にも同じように名乗った。藤丸は、ハドラニエルの名と顔を見て、自分を気にかけてくれた人だということを思いだし、マシュは目を丸くしてイーノックの顔を見た。

 

「イーノック・・・イーノックって、あのエノク書の・・・?」

「え、誰?マシュ、知ってる人?」

 

 藤丸の問いかけに、マシュはこくりと頷いた。

 

「預言者エノク。またの名をイーナック、イーノックとも言われる方です。いくつかの聖書にその名が書かれていまして、365年生きた後に神によって召し上げられた、とされる人ですが・・・」

 

マシュの説明に対して、オルガマリーも同意の意味を込めて首を縦に振り、どうにも信じられないといった様子でイーノックのことを見た。イーノックは、マシュに対して、

 

「当たっているとも、間違っているとも言いませんが、どちらにせよ私はここにいます」

 

 そう言って、子犬のような人懐っこい笑顔を見せた。この時確かに、藤丸もマシュもオルガマリーも、暗い廃ビル内がほのかに照らされたような錯覚を覚えた。オルガマリーは軽く生払いをし、話を続けるようイーノックに促した。

 

「・・・私は、先ほども言った通り、堕天使を捕らえるために来ました。その堕天使というのがどうにもこういった特異点にいると突き止め、カルデアにやってきたのですが、爆発事故が起こりまして、気が付けばここに飛ばされていました」

 

 そこまで言うと、イーノックは数秒視線を彷徨わせ、顔を上げて言った。

 

「私はこれから、堕天使を相手に特異点に向かわなくてはならないのだが、そのためにあなた達の力を借りたい。勿論、こちらで手伝えることはできる限りやらせてもらいます。どうか、手を貸していただけないでしょうか?」

 

 イーノックは三人に頭を下げ、頼み込んだ。

 

 これは、三人にとって、純粋に嬉しいことであると同時に、不安の種であった。

 まず、マシュだけでは荷が重い戦闘を任せられる人員が増えたこと。これは心強いことではあったが、この特異点の脱出にさらに「堕天使の捕縛」という新たな問題を抱え込んだこの男を受け入れるべきかどうか。

 

 イーノックはまだ頭を上げない。

 マシュは藤丸とオルガマリーのことを見たが、藤丸は顎に手を当てて深く考えており、オルガマリーはどうにも納得していない表情でイーノックが頭を上げるのを待っているようだった。

 

 それから、十秒ほどが経った時、藤丸が動いた。

 

「イーノックさん・・・俺には、堕天使の捕縛とか神の使いとか、そういった難しいことはよく分からないです。でも、所長はイーノックさんの手で助けられたんです。まずは、そのお礼をさせてください」

 

 ありがとうございました。

 藤丸はそう言って頭を下げ、手を差し出した。

 イーノックはその声に顔を上げ、その伸ばされた手に気づくと、それを握った。

 

「イーノックさん。どうか、俺たちに力を貸してほしいと言いましたね?逆ですよ。俺たちの方こそ、是非ともあなたの力を借りたいです。どうか、一緒にここを出る手助けをしてください」

 

 その言葉に、イーノックは一瞬信じられないと言った表情をし、そしてすぐに笑った。心からの笑みであった。

 

「はい。このイーノック、あなた方の力になりましょう」

 

 そう言って、すぐにその三人に背中を向けて刃を構えた。

 

 

「手始めに、あの者を突破してからここを出ましょう」

 

 

 コツリと足音を立てて、長髪の女性が窓際に現れた。そのたたずまいは幽霊のように無気力で、波打つような髪からは鬼のような怒気が放たれている。足元からは黒煙に似た影が立ち上り、一見してその女性が人ではない存在であると四人に理解させた。

 

 影の女性とイーノックの間合が詰まる。

 戦が始まる__。




《イーノック》
・クラス:? 

・キャラクター詳細
旧約聖書、エノク書など、多くの聖典にその名を遺す人物。
365年生きたとされ、「エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった」という記述を最後にその姿を消した。
 
現在は白い鎧で身を包み、堕天使を捕らえるために地上に赴いたということだが・・・。


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第五話 キャスター

遅れてしまい申し訳ありません。
だいぶ期間が空いてしまいました。許してください、な(ry


 私は指を鳴らして鉄塔からイーノックの元に戻った。どうやら彼らとイーノックは無事接触を果たし、共に行動することを選んだようだ。これで、今現在イーノックに協力してくれる人間は四人。

 

 48人目のマスター候補、藤丸立香。

 盾を持ったサーヴァントの少女、マシュ・キリエライト。

 フィニス・カルデア所長、オルガマリー・アニムスフィア。

 カルデア医療部門のトップ、ロマニ・アーキマン。

 

 ロマニだけはこの場におらず、藤丸が身につけている装置からのホログラムを通して様々な指示や支援を寄越してきている。一度だけ彼のカルデアでの生活を覗き込んだことがあったが、何とも現代に生きる若者らしい堕落的かつ勤勉なものだった。まぁ、彼もまたイーノックを救う存在であると私の勘が囁いているがね。

 

 私は、イーノックが索敵のために彼らに背を向けていることをいいことに、イーノックに話しかけることにした。

 

「イーノック。どうだ、何か感じることはあるか?」

「前も同じことを聞いてきたな。・・・そうだな、空気に何か混じっているのか・・・呼吸をする度に妙な感覚が体を流れる」

「それは多分、魔力ってやつだ。私も、その魔力のせいなのか。若干上手く力を扱えていないように感じる」

 

 私は腕を伸ばしたり、首を回したりして自分が本調子じゃないことをイーノックに伝えてみせたが、イーノックはどうにも茫然自失としてこちらの方を見ていない。軽く腕を窓の外に伸ばし、人差し指で虚空をつついているようだ。

 

「どうしたんだ?イーノック」

「・・・『セタ』を使えない」

「なんだって?」

 

 私がそう聞き返したとき、ちょうどオルガマリーがイーノックに集まるよう呼び掛けてしまったので、私とイーノックの会話はここで途切れてしまった。しかし、それとほぼ同時に私の携帯が着信音を鳴らしたため、ある意味いいタイミングなのかもしれない。

 

 私は携帯をポケットから取り出し、耳に当てた。

 

「やあ君か。こっちは中々いい流れだよ。協力者も見つかったしね。・・・それと、少し問題があってね。・・・何だ、知っていたか。そうだよ、『セタ』だ。アレがあると無いとではだいぶ違うんだが」

 

 異界、セタ。契約の天使として覚醒したイーノックが持つ、最大火力。

 宙に浮かぶ小島のような姿をしており、下部には砲台を備えてある。完全装備の天使を数百人集めても、セタの前には小石も同然だろう。それ程の圧倒的な力を有する存在だ。

 

 他にも、保有者であるイーノックに対して、物質操作や時間操作による肉体の再生。そういった異能の力も授けてくれている。のだが・・・。

 

「セタを持ってこられない様なら、その異能だって使えやしない。まいったな・・・今回ばかりは時を巻き戻さずにアイツらを捕まえられると思ったんだが」

 

 そう愚痴をこぼすと、彼は私になだめるような言葉をかけてきた。

 

「仕方ない。気味の意志は絶対だからね。それで、セタについてだが__」

 

 

 おぞましい気配を感じて、私は窓の方向を見た。

 そこには、炎のような瞳を持った鬼女が殺意を纏いながらそこにいる。

 

「・・・ん?ああ、すまない。来客だよ。それでセタだが・・・何?後で話すだって?ミカエルがどうした?おいちょっと待ってくれ」

 

 そこで通話が切れてしまった。どうやら向こうで何かがあったらしい。声が若干焦っていたところや、ミカエルの名を出したことを考えると、大方ミカエルが危篤の状態にでもなったりしたか。まぁ、アイツのことだ。死にはしないだろう。

 

(((さて、問題はこっちかな)))

 

 私はその場から少し離れ、鬼女とイーノックがジリジリと距離を詰める様子を見守った。イーノックは完全に戦闘状態で、弓なりの刃・・・アーチの両端の柄を掴んで、いつ攻撃が来ても防御できるように。そしていつ隙が出来ても攻撃ができるように、攻防一体の構えで相手の出方を窺っている。

 

 イーノックの背後にいる三人は、マシュの持つ盾に守られるように、身を寄せ合って少しづつ鬼女から距離を取っていた。私はと言えば、冥界のそれとは違う、影の存在に惹かれてその姿を観察していた。

 

(((アイツらの手先か、魔術王の手の物か・・・そういえば、カルデアの彼らは魔術王が関与していることを知らないんだったな。話してやるべきか、どうするべきかな・・・)))

 

 そんな風に考えながら、私はぼんやりとイーノックと鬼女との戦いを観戦することにした。

 

 

 イーノックは素早くステップを踏み、鬼女を切りつけようとするが、後方に跳ばれ避けれらてしまった。なかなかの反射速度だ。イーノックの攻撃速度に反応できるとは。鬼女は長物・・・影に覆われてよく判別できない・・・を薙刀のように振るい、イーノックの首を刈り取りに行く。

 

 イーノックは思い切ってアーチを上方に投げると、素手でその長物を受け止めた。そして、足払いをかけて体勢を崩すと、素拳で顔面にパンチを打ち込み、強烈なキックを何発も打ち込んで見せた。

 

 鬼女は吹き飛ばされるも、体勢を立て直し、フラフラとしながらも長物を構えた。イーノックも先程投げたアーチをキャッチし、同じように構える。今のところ、イーノックが一枚上手と言ったところか。まぁ、そうでなきゃ困る。セタが使えない以上、イーノックの戦闘技術と身体能力が頼りだ。こんな奴相手に手間取ってもらっては先が思いやられるのでね。

 

「あなた・・・サーヴァントではなさそうですが・・・」

「・・・生憎、私ではあなたに勝てそうもないわ」

 

 そう言った途端、鬼女の姿が消える。いや、違う。目に見えないほどの速度で天井に向かって飛び、その天井を蹴って跳ぼうとしている。その眼が捕らえているのは・・・藤丸立香。

 

「!、しまった!」

 

 イーノックも鬼女が何をしようとしているのか気づいたらしく、藤丸の方に向かう。だが、遅い。鬼女はその足に十分な力を溜め、弾丸のように藤丸に向けて突っ込んでいった。

 

(((これが屋外であれば、また結果も変わっただろうが、起きてしまったことは仕方がない)))

 

 一秒後、藤丸は死ぬ。このままでは、それは変えようがない。

 イーノックは最高速度で藤丸の元に追いすがろうとしているが、距離的に間に合わない。アーチを投げてもダメだろう。オルガマリーは、何が起こったのか分からず硬直している。今この場では役に立たないだろう。ロマニ・・・この場にいない。

 

 そこで私は、大盾を持った少女。マシュと目があった。彼女は鎧に包まれた体を小刻みに振るわせ、藤丸とオルガマリーを守っている。ただ、こちらに向かってくる鬼女に対して酷く怯えている。

 

 ・・・たまには天使らしく、立ち向かう者にアドバイスでもしてみるか。

 

 

 私は時間を止め、マシュの背後に回り、その耳に向かってささやきかけた。

 

「このままでは、君ごと藤丸も所長も死んでしまうだろう。だから、君が守らなくてはならない。一瞬でいい。敵の攻撃を防ぐことだけを考えろ」

 

 時間が止まっているため、マシュがこちらの声に反応することはない。だが、声は届いている。マシュの中に生じた一つの思考や判断として、私のアドバイスはしっかりと届く。さて、時を戻そう。

 

 

 私は指を鳴らし、時間の流れを元に戻す。オルガマリーと藤丸の目が驚愕に見開く。その時、マシュ体の震えが止まる。その眼には勇気が漲り、恐怖と迷いを押し流した。私はそれを見て思わず笑みを浮かべる。フフ、イーノック以外の人間に声をかけるなんて、一体何百年ぶりだろうか。

 

 次の瞬間、マシュの盾に鬼女が激突した。あまりの衝撃に踏みとどまろうとするマシュの足がズリズリと後方に動く。だが、盾は巨大な壁のように鬼女の攻撃を受けきってみせた。それどころか、その衝撃を押し返し、攻撃後の衝撃で動けない鬼女に対して、盾による重い打撃を打ち込んだ。

 

 そこに、イーノックがアーチによる斬撃で鬼女を浄化した。

 

 煙と化し、その魂を介抱された鬼女は、一瞬。本来のあるべき姿を取り、そして消えていった。

 

▽△▽

 

「し、死ぬかと思った・・・」

 

 藤丸は緊張によってか、その場に尻餅をつくようにして座りこんだ。マシュは盾を一度地面におろし、右肩を左腕でさすっている。サーヴァントと言えど、あの鬼女・・・聞くところによると、マシュと同じようなサーヴァントらしい・・・の攻撃はだいぶ応えたようだった。

 

「サーヴァント反応消失・・・か、勝てました」

 

 マシュは煙と消えた鬼女の残骸を確認すると、すぐに藤丸に向き直った。

 

「先輩!その、怪我はありませんか!?

「ああ、大丈夫だよ。マシュが守ってくれたおかげだ」

 

 藤丸は、ゆっくりと体を起こしてマシュの顔を見た。その口元には笑み。愛想笑いでも何でもない、安堵の笑みが浮かんでいる。普通なら、一つ間違えたら死んでいたことに恐怖し、泣いてもいい所なのだが。

 

「・・・ありがとう、マシュ。マシュがいてくれたから、俺は生きている」

 

 そう言ってみせると、マシュは顔を赤らめ、うつむいてしまう。やれやれ、生きていることを喜ぶのは、ここを脱出してからのほうがいいと思うのだが。それに、目の前で惚気ている様を見せられるこっちの気持ちにもなってほしいのだが。

 

「・・・すまない、私が仕留め損ねたせいで、君達を危険に晒してしまった」

 

 イーノックはアーチの刃をしまい、酷く落ち込んだ様子で藤丸たちの元に近寄った。彼らをあの鬼女の攻撃の標的にしてしまったことが、よっぽどショックなようだ。どれ、何か気の利く言葉でもかけてやろうか

 

「そんなことはありません。イーノックさんがあのサーヴァントにダメージを与えてくれなかったら、私はあの攻撃を受けきることはできなかったでしょう」

 

 ・・・そう思ったが、マシュに慰めの言葉を先取りされてしまった。

 

 イーノックはその言葉を聞いて、少し微笑んだが、アイツのことだ。きっと、しばらくは心の内でそのことを気にするだろう。まったく、全員助かったのだからそれでいいじゃないか。

 

 そこで、私は一つの違和感に気づいた。

 こういった命の危険に直面すれば、真っ先に取り乱すであろう人物の声が聞こえない。端的に言えば、オルガマリーの声が聞こえないのだ。

 

「イーノック、あの娘・・・オルガマリーの姿が見えないんだが」

 

 私がそうイーノックに語り掛けた瞬間、建物の外から悲鳴が聞こえてきた。間違えようもない。オルガマリーの悲鳴だ。

 

 その声を聞き届けた藤丸とマシュ、イーノックと私は建物の外へと急いだ。 

 見ると、フォウを抱えたオルガマリーが、髑髏面のサーヴァントに捕らえられている。命まではまだ奪われていないようだが、それもいつまでか。

 

「下がってください、先輩!あのサーヴァント、先程のサーヴァントと同等の魔力です!」

「同等だって!?」

「すぐにその手を放すんだ。さもなければ」

 

『さもさければ、どうするんだ?』

 

 髑髏面のサーヴァントがその左手でオルガマリーの口を押える。悲鳴を出せなくなったオルガマリーは、抱えているフォウと同じように震えることしかできない。イーノックは、アーチを構え、すぐに切りかかろうとした。

 

 だがその時、近くの瓦礫の影から強力な蹴りによる不意打ちを受け、アーチを取り落とす。攻撃の正体は、オルガマリーを襲おうとした髑髏面のエネミー。ただ、体格が違うため、別種の存在だと思われる。

 

 その髑髏面のエネミーが、至るところからその姿を現す。物陰から。ビルの屋上から。木の上から。その数、実に五十は優に超える程の大群。対するは、マシュと非戦闘員の藤丸、そして武器を失ったイーノック。実に分かりやすい、絶体絶命の例と言えるような状態だ。

 

『我らが前に立ちふさがるものは皆塵と化す。今度こそ、聖杯をわが手に!』

 

 

 リーダー格と思われる髑髏面のサーヴァントがそう言うと、周りを取り囲むエネミー全てが戦闘態勢に入った。このままでは、当たり前のように全滅するだろう。イーノックは時を戻しさえすれば、何度でも「一回目」を体験し、最期には勝つだろうが、後の三人はもうどうしようもない。

 

 その時だ。

 突如として私達の周りを半透明のドーム状の物が覆ったんだ。一瞬、流石の私でも何が起こったのか分からなかったよ。半透明のドームは、恐ろしいほどの硬度を誇るらしく、エネミーが投擲した短刀や剛腕による攻撃でも傷一つつくことが無い。

 

 その強固さに私が感心していると、アルファベットのBに似た文字が空中に浮かび、軽薄そうな男の声が聞こえてきた。

 

『聞こえるかな?今、アンタらに防壁のルーンをかけた。おとなしくしていてくれよ』

「ほう、ルーン・・・つまり魔術か」

 

 私はもっぱら魔術と言ったものに関わりはないので、この時この魔術をかけた男がどういったやつなのか気になってね。イーノックに外に出てくるよう言い残し、瞬間移動で髑髏面のサーヴァントの隣で魔術師の姿を探すことにした。男はすぐに見つかったよ。

 

 ちょうど、私達が拠点にしていた建物の五階あたり。割れたガラスの向こうに木の杖と思われるものを持った青髪の男がそこにいた。男は中空に指でまたBを描くと、

 

『聞こえるか?すぐにそいつから離れろ』

 

 という声が、オルガマリーのすぐそばから聞こえてきた。オルガマリーはその声に素直に従い、電流のような魔術を用いてサーヴァントの手を放し脱出すると、そのサーヴァントを巨大な藁でできた手が掴んだ。

 

 

 

「我が魔術は炎の檻。茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める杜__」

 

 オルガマリーが十分に離れたことを確認すると、男は巨大な藁の巨人をそこに召喚してみせた。胸の部分は鉄でできているようで、その中に髑髏面のサーヴァントが閉じ込められている。

 

 藤丸の装置から電子音が鳴り、ロマニの姿がホログラムで現れる。

 

「この反応は魔術?だが、こんな大魔術!できるとしたら一人、いや、一騎!」

「焼き尽くせ、木々の巨人!゛灼き尽くす炎の檻″(ウィッカーマン)

 

魔術師(キャスター)のサーヴァントだ!」

 

 

 防壁のルーンもろとも、髑髏面のエネミーを全て燃やし尽くし、藁の巨人は巨大な炎と化して消えた。後には焼け焦げた匂いと炭が残ったが、防壁のルーンによるドームは無事で、オルガマリーも火傷することなく助かったようだ。

 

 ガラスが割れるようにして、ドームが崩れ、そこに青髪の魔術師が近づく。

 

「・・・やれやれ、助けてやったのに、随分と不審がられるじゃねぇか。ま、仕方のないことだわな!」

 

 イーノックはその男の姿を見るなりアーチを構え、マシュもまた盾を持って藤丸を守っている。オルガマリーはまだ助かったことへの自覚が無いのか、瓦礫の山の近くで座りこんでいる。

 

「んじゃまぁ、自己紹介といこうか。俺の真名()はクー・フーリン!よろしくな、どこぞの時代の漂流者さんよ!」



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第六話 セイバー

 遅れてしまい、申し訳ありません。
 六話目です。エルシャダイ要素薄めです。
 次も恐らく遅れるかと思います。すみません。


 科学、物理学、薬学、法律学etc・・・。それらに彩られ、それらを不変の常識とする世界には、人々が知らないもう一つの側面が存在する。それが、「魔術」と「魔術師」の世界である。

 

 彼らは魔力を用い奇跡・神秘を再現する。人々が練り上げ、積み上げてきた常識を容易く打ち砕く。

 

 手から炎は出ない。いや、出る。呪いは存在しない。いや、存在する。使い魔を引き連れた魔女など存在しない。いいや、存在する。魔術の世界を裏とするならば、表の世界の人間にはとても理解などできないもう一つの叡智。人々が進むべき道を選択し、そして得てきた手段の一つ。

 

 その魔術の中でも最上級の物と称されるもの。それが『英霊召喚』である。

 

 かつて偉業を成した者達。神話・伝承に語られる英雄達。彼らを召喚し、使い魔(サーヴァント)として使役する。それが英霊召喚。

 

 そして基本的に、その英霊は基本的に七つのクラスに分けられる。

 

 剣士、セイバー。

 槍兵、ランサー。

 弓兵、アーチャー。

 騎兵、ライダー。

 魔術師、キャスター。

 暗殺者、アサシン。

 狂戦士、バーサーカー。

 

 そして例外、特殊クラス エクストラ。

 

 それぞれの英霊がかつて成した、もしくは成したとされる(、、、、、、、)逸話に基づき、それらは決定される。その戦力は、人類・魔術世界において超える物のない最強兵器とされる。

 

 

 そんな魔術師に使われるはずの魔術師(キャスター)は、怒り狂う一人の女性を笑い半分で対応していた。

 

「バカじゃないのふざけるんじゃないわよあと少しで私も巻き込まれて燃えていたところなのよ何を考えているの本当に私をどこの家の生まれだと」

「ありゃあんたを助けるためだろうがよ。なあ、一度落ち着いてくれねぇか。これじゃあ話せることも話せねぇ」

 

 猪突猛進と言えるほどの勢いでキャスター・・・クー・フーリンに詰め寄るオルガマリーは、今にも首筋にかみつくかと思われるほどに激昂し、詰め寄る。キャスターはそんなオルガマリーを片手で抑え込み、なんとかなだめようとしていた。

 

「フォウ・・・」

 

 その様子を見たフォウ君は呆れたように鳴き、この状況になかなかついていけていない三人はその様子を見守っている。その中、藤丸のデバイスから放たれる光はひび割れた建物の中にいる一人の男の姿を壁面に投射していた。

 

「あの、所長?落ち着いてくれませんか。どうやら彼はまともな英霊で」

「私を守らずにあんな大魔術を行使する英霊がまともなもんですか!」

 

 オルガマリーが全力で投げたボールを、キャスターが優しめに返し、返されたボールは十倍ほどの熱量を持ってまた投げられる。時たまにロマニがオルガマリーに進言するが、それも怒りによる全力投球でかき消される。先程からこれの繰り返しで、一向に話が前に進む気配がない。

 

 

 この状況を見かねたイーノックは、オルガマリーとキャスターの間に割って入ろうとするが、やめた。藤丸がキャスターに歩み寄ったからだ。

 

「あの・・・クー・フーリンさん」

「あん?」

「さっきは助けてくれてありがとうございました。藤丸立香です。これからよろしくお願いします」

 

 藤丸は頭を下げ、右手を差し出す。そのことにオルガマリーは面食らい、言葉を失った。キャスターはそれを見て笑い、その手を取った。

 

「良い挨拶だ、坊主。こちらこそよろしく頼むぜ、マスター」

 

▽△▽

 

 キャスター、クー・フーリンによって辛くも髑髏面のサーヴァントであるアサシンの魔の手から逃れたカルデア一行は、クー・フーリンからの協力要請を快諾し、道行を共にすることにした。

 

 キャスターが狂った聖杯戦争と聖杯の在処、もう残されたサーヴァントが自分を含めて4騎であること。その内のセイバーが聖杯を所持していることが語られた。

 

 そして、マシュの宝具についても。

 

 ボクは通信機からの音声でその話を聞きながら、ある一人の男のことをジッと考えていた。その男とは、無論キャスターではない。ハドラニエル・・・改め、イーノックのことだ。

 

(((イーノック・・・預言者エノクだと?いや、単なる名前の一致だとは思うが・・・)))

 

 イーノックの存在を通信から知ったボクは、すぐさま「英霊の座」に登録されている英雄たちの中から「Enoch」の名を探してみたが、そんな名前は何処にも存在しない。それはつまり、彼が英霊・・・サーヴァントではないことを示す。つまり、普通の、生きている人間であると。

 

「そんなバカな・・・」

 

 ただの人間が、あのような時代錯誤的な鎧を身につけ、エネミーのみならずサーヴァントとの戦闘を可能にしていると?しかも、彼は魔術師ではない。それはこのカルデアに来た時に分かっている。

 

 ・・・それらのことから、考えられる可能性は一つ。

 彼が、サーヴァントでもなく英霊でもなく、イーノック本人であるという事だ。

 

 そして、それ以上に重要なことに。

 彼は藤丸君の、マシュの、所長の、味方であること。そして、この異常事態の最中、よりありえない事情を抱えていること。

 

 

 堕天使。

 

 

「・・・ハドラニエル・・・帰ってきたら、すべて話してもらう」

 

 

▽△▽

 

 キャスター先導の元、セイバーが鎮座する大空洞へと歩みを進める道中。度々現れるエネミーをマシュとイーノック、キャスターの力の元蹴散らしながら、カルデア一行は山を登っていた。その進行速度はキャスターが加わったことにより格段に増し、遂にはその入り口にまでたどり着いた。

 

「これは・・・天然の鍾乳洞ですか?」

「いえ、恐らくこれは半分天然、半分人口の魔術工房です。長い時間をかけて作られているようね」

 

 炎と煙に巻かれる市街地とは打って変わって、洞穴内は薄暗く肌寒い。時折天井から垂れる鍾乳石から水滴が滴り落ち、澄んだ水音を響かせる。藤丸たちは、滞留した闇の中を慎重に進んでいく。オルガマリーがその身を寒さに震わせると、フォウ君がそれと同調するようにくしゃみをした。

 

「うぅ、毛布が欲しい・・・・・・」

「フォ~ウ・・・・・・」

 

 オルガマリーはフォウ君を抱きかかえ、イーノックと隣り合うようにして歩く。イーノックは武器を構えず、時折その歩みが遅れるオルガマリーを励まし、敵が現れると即座にそれを倒してオルガマリーの元に戻ってくる。薄闇の中に金髪が揺れ、白い鎧は光を放つようであった。

 

 だが、敵の数は膨大。故に、イーノックの独壇場というわけでもなかった。

 

 マシュは藤丸とオルガマリーを守護しつつ、矢は弾き刃は砕く。盾による殴打はすさまじい威力であり、一振りでほとんどのエネミーを彼方に吹き飛ばしてしまう。キャスターの魔術はほぼ万能と言えるほどの能力を発揮し、乱戦時には自らに身体強化のルーンを用いて白兵戦に打って出る等、八面六臂の立ち回りを演じてみせた。

 

 藤丸はロマンの指導の元に二人に魔力の供給を行い、オルガマリーは率先して戦闘には参加しなかったが、極稀に訪れる隙を埋めるべく魔術、ガンドで敵を粉砕した。

 

 防御面、攻撃面において通常のエネミーでは歯が立たぬ。さしもの竜種の爪や牙から作り出された竜牙兵と言えど、その猛攻と鉄壁の前には手も足も出ず。しかし数だけは勝っていたため、その進行を遅らせる壁の役割は果たしていた。

 

「うっとおしいな。次から次へと来るぜ」

「この辺りが正念場でしょう。どうか、油断をなさらないように」

「はい!マシュ・キリエライト、道を切り開きます!」

 

 快刀乱麻の進行劇。彼らの前には障害などないも同然だった。

 やがて敵の勢いはだんだんと減じていき、最後の竜牙兵の一体をマシュが倒したことで、再び洞穴内に足音と水音だけが響く冷たい静寂が戻ってきた。藤丸達は先程の戦闘時の勢いのままに進んでいた。

 

 その時、後方から風を切る鋭い音がキャスターの耳に届いた。

 

「兄ちゃん!後ろだ!」

「!」

 

 その声に反応したイーノックは振り向きざまにアーチを振るった。飛来した刀剣が蒼刃とぶつかり、消えた。

 

「これは・・・アーチャーの仕業だな。どうにも出てこねぇもんだから俺の知らないうちに消滅でもしたかと思ったが・・・」

 

 洞穴内の薄闇の中から滑り出るように姿を現したのは、褐色の肌を持った一人の男。両手には白と黒の刃を持ち、その眼光は獲物を狙う猛禽類のような凍る狂気を孕んでいた。

 

『キャスター。協力者を引き連れて戻ってきたというわけか。・・・それに、マスターもできたようだな』

 

 鷹の目が藤丸を射抜く。藤丸はこの瞬間、胴と言わず脚と言わず、全身を刃や矛で貫かれる姿を幻視した。それは、生き物が持つ危機回避の直感が見せた警告か。だが、戦わなければ前には進めない。藤丸は確固たる意志を持って、アーチャーを睨みつけた。

 

 

 と、そこでイーノックが刃を展開しながら藤丸たちの前に立った。

 

「どうか、先へ。ここは私が引き受けましょう」

「イーノックさん・・・よろしいのですか?」

 

 イーノックが答える間に、アーチャーは武器を投影して射出する。マシュはそれを防ぎ、イーノックはステップで接近してアーチャーに切りかかる。アーチャーは避けてしまえば壁際に追い込まれることを予想し、蒼刃を両手の短剣で受ける。

 

「先へ!」

『行かせるか!』

 

 短剣を滑らせるように刃を逸らし、投影した刀剣を首元へ放つ。イーノックはそれを体を回転させるようにして避け、またその刃をアーチャーへとぶつける。アーチャーは大きく後方へ飛び、岩壁を蹴って藤丸たちの方へ跳躍してみせるが、アーチの力によって高く跳んだイーノックが脇腹へ蹴りを繰り出し、地面に叩きつけてみせた。

 

「行かせはしない。君は門番なのだろう?ならば、せめて私をここに留めることに尽力すべきだ」

『・・・向かったところで、勝てる道理などない。あの聖剣・・・あの騎士王を相手にしてはな』

 

▽△▽

 

 藤丸たちは、時折襲い来るエネミーの生き残りを退治しつつ、ゴツゴツした洞穴を奥へ奥へと進んでいた。その時、不意にオルガマリーは思いだしたかのとうにキャスターに聞いた。

 

「そういえば、あなた。セイバーの正体は知っているの?何度か戦ったことがあるような口ぶりだったけど」

「ああ、知ってるとも。ヤツの宝具を喰らえば誰でもその正体・・・真名にたどり着くからな」

 

▽△▽

 

「騎士王?聖剣だと?」

『知らないようだな。ならば教えてやる』

 

▽△▽

 

 はるか先に、光が見える。偉大で病める、太陽にも匹敵する優し気な光が。それが、この洞穴の「出口」にして「最終地点」。

 

「王を選定する岩の剣のふた振り目。お前さんたちの時代においてもっとも有名な聖剣」

 

▽△▽

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)。そして、私の任務は達成できた』

「!?、これは・・・」

 

 イーノックが宙を仰ぎ見ると、無数の刀剣、矛、槍、斧。数えるのも馬鹿らしくなるほどの武器の数々が二人を覆っている。アーチャーが武器を捨て、その体を蒼刃で刻まれながらイーノックの体を掴む。イーノックはそれを引き離そうとするが、最期の意地か。否が応でもその手を放そうとしない。

 

『お前が私の話に興味を持ってくれて助かった。このままじゃジリ貧だったからな。早々に決着をつけよう。私の敗北と、お前の退場という形でな』

「!・・・」

『例え防げたとしても。避けられたとしても。無傷では済まないだろう。必要なのは負傷、そして時間。お前という存在が騎士王のもとにたどり着くのを遅らせる。それが私一人の命で買えるなら、安いものだ』

 

 蒼刃の一端が霊核に傷をつけ始める。アーチャーは黒く変色した血を吐いた。目を閉じる。

 

『・・・さらばだ。セイバー』

 

 次の瞬間、二人に向けて限界まで引き絞られたアーチャーの"矢"が、豪雨の如く降り注ぎ全てを砂塵で覆い隠した。

 

▽△▽

 

「なんてこと・・・超抜級の魔術炉心じゃない・・・なんでこんな極東の島国に・・・」

 

 今にも意識を持ってかれそうなほどの圧力を受けながら、藤丸たちは大聖杯の前に立っていた。暴風、もしくは闇の濁流とも形容できる圧倒的プレッシャー。藤丸は大聖杯を見た。いや、正確には大聖杯の前に立つ者を見た。その者こそが、この耐えがたき威圧感を発している者だった。

 

 青白い肌。金色の瞳。漆黒の鎧に走るようにして刻まれた血のような紅は、地獄を表しているかのよう。その体つきこそ華奢で、顔立ちこそ美しいが、いざ常人が前に立ってみれば失禁・嘔吐、しかる後に全身を痙攣させてショック死するほどの殺意を全身から立ち上らせている。

 

「あれが、アーサー王・・・アルトリア・ペンドラゴンだ」

 

 キャスターが魔杖を構えながら言うと、セイバーの視線がキャスターからマシュへと移った。

 

『__ほう。面白いサーヴァントがいるな』

「なぬ!?テメエ、喋れたのかよ!?今までだんまり決め込んでやがったんだな!?」

『ああ。見られている故、な。案山子に徹していたのだが__』

 

 セイバーが刃を持ち上げる。その切っ先をキャスターでもなく藤丸でもなくオルガマリーでもなく・・・マシュに向けた。

 

『構えるがいい。名も知れぬ娘よ。その守り。その覚悟。真実かどうか、この剣で確かめてやろう!』

「来ます__マスター!」

 

To be continued



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第七話 真実

 遅ればせて申し訳ありません。七話目です。
 今回は基本的にルシフェル視点でのお話です。それと、滅茶苦茶に長いです。上手く書けたかどうかは分かりませんが、楽しんでいただけると幸いです。

 それでは、特異点Fのラスト。どうぞお楽しみを。
 あ、所長は救済します(これが一番書きたかった)。


「・・・ああ、もうすぐこの特異点?じきに解決するよ。それで、そっちの様子だが、ミカエルの調子はどうだ?・・・そうか、まだ無理か。しかし、どうするべきか。ミカエルが動けなければ、堕天使のための牢獄を作り出せないんだが・・・」

 

 薄闇の中、水が滴る洞穴内を私は通話をしながら歩いていた。空気はひりつくように冷たく、むしろ痛くさえある。時折、洞穴の奥深くから岩の砕ける音や、鋭く風を切る音等がここまで響いてくる。しかし、私にとっては音も空気の冷たさも意味をなさない。何せ、この身体に耳はなく、肌すらないのだから。

 

 本質的に「傍観者」として存在するのが、私だ。

 

「堕天すれば肉体を得られるわけだが、私にはどうしてもそのメリットというものが分からないな。まぁ、分かるつもりもないがね」

 

 彼は私のそんな言葉を聞いて、唸るように頷き、イーノックの様子を見てくるように言った。そして、そのまま通話を切った。私は指を鳴らして瞬間移動し、目的である大聖杯の直前にある空間に降り立った。

 

 その空間は、一言で言うならば崩壊していた。

 砂塵が未だに宙を舞い、時折跳ね上げられた小石がパラパラと降り注いでいる。至る所にヒビが走り、穴は開き、特に中心部分は一部天井の崩落も起きたらしく、巨大な岩がゴロゴロと転がっている。

 

 私は辺りを見回して、すぐにイーノックのことを見つけた。出口・・・つまり、聖杯が存在する場所への通路の脇に、ぐったりと壁に寄りかかって座っていた。

 

「イーノック、大丈夫か?」

 

 私がそう言うと、イーノックはハッと顔を上げ、そして頷いた。その純白の鎧は半分ほどが砕け、アーチは穢れを吸いこみ褐色になっている。どうやらそんなに負傷はしていないようだが、まさかセタが使えないとはいえイーノックをここまで追い詰めるとは。

 

「立てるか?」

「大丈夫だ、問題ない・・・」

 

 イーノックはアーチを杖代わりに立ち上がり、すぐに藤丸達を追うために聖杯のある場所へと急いだ。

 

(((サーヴァント、か・・・)))

 

 

 突然だが、私の能力について説明をしておこう。

 私は、端的に言うと、時間を操れる。時を止めるも、戻すも、その先へ行くのも自由自在。ただし、世界には干渉できない。干渉するには神による許しか堕天による受肉意外に方法はない。

 

 そんな私は、あくまで第三者の観客としてあらゆる場所のあらゆる時間を鑑賞しているわけだが、「魔術」や「魔法」「神秘」というものにはまるで縁が無い。

 

 つまるところ、興味が無いのだ。私は人間らしいものを好む。「根源」に至る為の魔術も、それを使った争いも、どれもヒトからカミへと進む道のりだ。要するに、見てても面白みに欠けるから見ていなかったわけだが、まさかこうして魔術に疎いことが巡ってくるとは思わなかった。

 

 

(((仕方ない。これが終わったら、あの娘にでも聞いてみるか)))

 

 そう考え、聖杯のある空間へ移動した。

 

▽△▽

 

 私が移動したとき、それはちょうど最終局面だったらしい。

 黒鎧の騎士が剣を掲げる。黒いエネルギー体が炎のように剣にまとわりつき、巨大な炎の刀剣を創りだした。

 

『これで、終わりにする__』

 

「魔力反応増大!宝具が・・・聖剣が来ます!」

 

 

 マシュが盾を構え、藤丸とオルガマリーがその後ろに隠れる。イーノックは攻めようと騎士に踏み込もうとしたが、異様な力の収束を察知してすぐに退いた。キャスター、クー・フーリンは防壁のルーンを用いて全員を覆っている。が、その額には大粒の汗。

 

「くそっ、連戦の疲労がここで祟るか・・・!」

 

 

 黒炎の剣はさらに長く、大きくなっていき、ついにそれが振り下ろされる。

 

『光を呑め。約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!』

 

 

 剣が振り下ろされた瞬間、、濁流のような火炎がイーノックらを包んだ。

 闇のように黒く、穢れすら内包しているにも関わらず、その豪炎の輝きは目も眩むほどであった。

 

 その瞬間、様々なことが起こった。

 最初に、キャスターのルーンが力負けし、砕け散った。防壁によって抑えられていた濁流がすぐさまマシュの大盾に迫った。しかし、大盾はそれ自体が一つの要塞であるかのような強度で濁流を防いでいる。頑丈な盾だ。ベイルと違って防ぎ守ることを主軸としているからなのか、それとも違う何かがあるのか__。

 

 そうこう考えているうちに、濁流はさらに勢いを増す。もはや、崩れ去るのは時間の問題だろう。だが、心配はいらない。何故なら、最終的には勝つのだから。時を戻しさえすれば、イーノックの魂はそれを記憶して最善の道を選び取ることができる。

 

 勝つまで戦う。

 イーノックに与えらた、神の寵愛。

 

「・・・ここまでかな」

 

 

 あと数秒の内に限界を迎える。そう判断した私は、指を鳴らす準備をした。恐らくだが、次の「一回目」ではイーノックは聖剣に圧されることなく、騎士王に肉薄。接近戦に持ち込むだろう。それから先は、私も知らない。イーノックが関与する未来だけは私にも分からないかからね。

 

 さて、時を戻すか。次で決着をつけてくれるとありがたいんだがね。

 

 

 そう思ったその時、藤丸がマシュの盾を抑えた。

 巻き込まれただけの脆弱な人間。勘だが、イーノックを窮地から救うことのできる存在。その腕は震えていて、俯かせた顔からは涙がこぼれる。盾に触って分かったのだろう。すぐ向こう側に、死があることを。

 

「いやだ・・・死ぬ、のは・・・!」

 

 か細い声が、私の耳に届く。恐らく、間近で聞いていたマシュにも届いたのだろう。

 それが一体、彼女にどのような変化をもたらしたのかは私には分からない。しかし、彼女は明らかに変わった。期待する者の顔ではない。立ち向かう者の顔をしていた。

 

 一瞬後、巨大な白亜の城壁が前方に展開。光の奔流は、その城壁に触れるなり消し飛び、逆に押し返されていく。

 

『バカな!光が、聖剣が掻き消されて__』

 

▽△▽

 

 暴風と熱の残響が、空間を支配する。

 勝敗は決した。騎士王は聖剣に寄りかかるようにしてかろうじて立っているような状態だ。その息は荒く、先程までの覇気も無い。

 

 一方、こちらはと言えば。

 ・・・やれやれ、全く人間というのは面白い。

 全員が見事に無傷だ。腕が吹き飛んでいたり、半身がなくなっていたりもしない。全員が五体満足で、騎士王の前に立っている。

 

 イーノックは騎士王が動けないことを確認し、すぐに浄化を行い倒そうとしたが、キャスターによって止められた。キャスターはイーノックと短いアイコンタクトを取った後、騎士王のもとに歩み寄った。彼なりのケジメか。騎士王と幾つか短い会話を行った後、杖を槍のように構え、一思いに心臓を貫いた。

 

▽△▽

 

 それからしばらく時間をかけ、聖杯がある大岩を登り、ついにその黄金の杯と相対した。天井まで立ち上る白の中に金が混ざった優し気な光は、まるで今さっきまで行われていた戦闘なぞ全く関係が無いようだ。

 

「あの、所長?これ、どうするんですか・・・なんか触れなさそうなんですけど」

「確か、サーヴァントが触れれば実体化するはずよ」

 

 オルガマリーは確認を取るようにキャスターを見ると、キャスターは頷いた。しかし、自分が触れて獲得するのではなく、最大の功労者であるマシュにその権利はあると言った。

 

 

 イーノックはそのやり取りを遠くから眺め、いつでも敵襲があれば対応できるように、アーチは展開したままだった。私は、イーノックに近づき話しかけてやることにした。

 

「どうだ、イーノック。堕天使は見つけられなかったが、兎も角ハッピーエンドだな」

「・・・・・・ああ」

「?」

 

 マシュが聖杯をその手に取ると、聖杯はかすかな光を発してマシュの胸に吸いこまれていった。それとほぼ同時に、キャスター・・・クー・フーリンの体が光に包まれる。どうやら騎士王を倒したことで、「座」への退去が始まったのだとか。

 

 キャスターは、別れを惜しむ藤丸の頭に手を乗せ、くしゃくしゃと撫でた。

 

「坊主も頑張ったな。マスターとしてはまだまだ未熟だし、至らねえところもあるにはあるが、航海者として必要なもんを全部持っている。運命を掴む天運、それとそれをものにする度胸だ」

 

 その向こう見ずさを忘れるなよ。その言葉を最後に、クー・フーリンは消えていった。しかし、こうも唐突に出現してあっさりと去るとは。かのアイルランドの光の御子も、サーヴァントともなればこのような扱いを受けるのか。

 

「お前は今もこうして生きているから、サーヴァントになることも無いな」

 

 ほんのジョークのつもりで、イーノックにそう言ってやると、なにやら深く考え事をしているようでその耳には届いていないらしい。

 

「どうしたイーノック」

「・・・ああ、いや。考え事をしていた。それで、何の話だ?」

「・・・何でもないよ。それより、何を考えてたんだ?」

 

 イーノックは、藤丸とオルガマリーが会話をしている様子をチラリと見ると、背を向けて私に語った。

 

「ここには、堕天使の痕跡と言うものがまるで見つからなかった。恐らく、この特異点にはいないという事なのだろう。だが、魂が全く飛んでいなかったのは何故かと」

「そういえば、そうだな」

 

 町は燃え、廃墟と化し、エネミーやシャドウサーヴァントが闊歩する魔境と化した冬木。そこにいた人間がすべて死んだとなれば、その魂はこの冬木市内を彷徨っている筈なのだ。仮に、冥界の連中がその魂をすべて回収していたとする。そうなると、今度はその冥界の魔物がいないことが気にかかる。

 

「ふむ・・・だとすると、魂は何らかの手段で消滅。もしくは、元々存在していなかったか・・・」

 

 

 そんなことを考えている時、私は大岩の奥からこちらに歩み寄る人影に気が付いた。

 深緑色の帽子と服。焦げ茶色の髪。私は、その男のことを知っていた。無論、向こうは私のことを知らない。見えていないのだから。

 

「イーノック。あれは、レフとかいうやつじゃなかったか?」

「!、レフ教授・・・?」

 

 イーノックがそう呟くと、三人も反応し、イーノックと同じ箇所へ視線を集める。

 アルカイックな笑みと細長い目。カルデアでもよく見た人物。イーノックの元上司に当たる人物。

 

「嘘・・・レフ、レフなの!?」

 

 オルガマリーがレフに駆け寄ろうとしたのを、マシュとイーノックが止めた。確かに、今のレフは異様な気配を放っていた。巨大、と言ってもいいだろう。人外のそれ、山のような威圧感が靄となって足元を漂っている。

 

「いや、まさか君達がここまでやるとは。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だな。48人目。マシュ・キリエライト。・・・正体を隠してこそこそ(、、、、)していたハドラニエル」

 

 レフは流れるような口調で語っていく。その異様な様子に、オルガマリーは口元を抑えて絶句し、マシュも藤丸も少なからず衝撃を受けている。それはイーノックも例外ではないが、かなり前から私とイーノックはレフの言動や行動を見ていて若干の違和感を感じ取っていたため、そこまでショックではなかった。

 

「レフ__!?レフ教授が、彼がそこにいるのか!?」

「おや、その声はロマニ君かな。君も生き残ってしまっていたか__まったく」

 

 

 どいつもこいつも、統率の取れていないクズばかりで吐き気が止まらないな。

 

 

「!?・・・」

 

 オルガマリーが、その言葉を聞いて思わず後ずさった。全身が緊張しているのが分かるほどに震えている。フォウを抱える腕が強張る。今にもレフの元に行きたい。しかし、あの彼は違う。そのことが、オルガマリーをその場に拘束していた。

 

「特に、オルガマリー。自分が死んだことにも気づいていない、哀れな哀れなちっぽけな小娘」

 

 見開かれた十字の瞳孔がオルガマリーを見据える。何を言われているのか、全く理解できないという風にレフを見つめる。彼は口を開く。

 

 あの爆発は君の足元が起点だ。私がそこに仕掛けた。嘘よ。君が何故この冬木という特異点に来られたと思っている?嘘、やめて。レイシフト適性のない君が、どうやって?やめて、言わないで。レイシフトするだけなら肉体は必要のないことは知っているね。嫌、そんな。そんなことはないと言いたいのだろうが、君は知っている。絶望の淵で思い知った。やめて。じゃあ、今の君は何か。教えてあげよう、ただの未練がましい残留思念(、、、、)だ!だから、カルデアには戻れない。ちがう、ちがう!だって、カルデアに戻った時点で。嫌、いやぁ!肉体のないただの亡霊である君は、消滅するしかないんだ!

 

 

 

「・・・ふむ。だがそれだと、あまりにも君が哀れだ」

 

 レフは手を大きく振り、中空に巨大な穴を空けた。その向こうに見えるのは、太陽のように赤く染まるカルデアス。思わず私も引き込まれてしまいそうなほどの熱量と重力を持った、情報の暗黒空間。

 

「これが、お前たちの愚行の末路。人類の生存を示す青色は欠片も無い。全てが赤く染まっている。どうだい、よく見るんだオルガマリー・アニムスフィア!あれは、君のせいでこうなったんだ」

 

 

 その声が届くやいなや、オルガマリーは走り出した。制止するマシュとイーノックの手を振り払い、一直線にレフの元へ駆けていく。

 

「わたしは・・・私は、失敗していない!私の責任じゃない!私は、死んでなんかいない!何をさっきから滅茶苦茶なことばかり言って!あなたはどこの誰!?私のカルデアスに何をしたの‼」

「アレは、君のではない」

 

 

 駆けていくオルガマリーの体が徐々に宙へ浮いていく、足が地面から離れ、その指先はレフの鼻先2㎝程までで止まる。レフはその手を思いっきり叩き、カルデアスの方へと押し込んだ。その肉体は空中から地面へ落下するように徐々にカルデアスへと近づくスピードを増していく。

 

 藤丸とマシュはオルガマリーをなんとか掴もうと全力疾走で追いかけたが、あと少しのところで届かない。オルガマリーの断末魔が響く。間に合わなかったか。時を戻してもいいが、イーノックが死んでいない状態で戻してしまうのは危険だ。それのせいで、魂が余計な経験を積んで事態をさらに悪化させかねない。

 

 その時、私の横を猛スピードで駆け抜けていく人影があった。イーノックだ。その手には完全浄化されたアーチが一振り。

 

「マシュさん!私が飛んだあと、その盾を私の言う通りに空間に固定してください!」

「イーノックさん!?」

 

 イーノックは大きく踏み込み、アーチを構えて跳躍・・・いや、飛翔に近い。1秒とかからずオルガマリーの元へ到達。イーノックはさらにアーチに浄化の力を送りこみ__。

 

 一刀のもとに、オルガマリーを切り裂いた。

 その途端、カルデアスに落ちていくオルガマリーの魂が青と金の光に包まれ、まるで吊り上げられるかのように上へ上へと昇って行った。天井、ではなく天上__天界へ向かったのだ。

 

 しかし、このままでは今度はイーノックがカルデアスに吸いこまれる番だ。

 さて、何を見せてくれるのか。

 

「マシュさん、私の真後ろに!」

「は、はい!マシュ・キリエライト、指示に従います!」

 

 イーノックの後方にマシュの大盾が現れ、イーノックはそれを踏みつけた。私はここで、イーノックが何をしようとしていたのか分かったよ。

 

 イーノックは、水泳選手のように盾を壁として蹴り、自力で藤丸たちの元へ戻ってみせた。オルガマリーの魂の消滅を防ぎ、かつ自分もカルデアスに呑まれることなく帰還を果たす。流石だよ、イーノック。相変わらず私を退屈させない八面六臂の活躍。私は思わず拍手喝采を送った。

 

 

 あまりにも素早く、それら一連のことが起きたために、妨害することが叶わなかったレフは、忌々しそうにイーノックのことを睨んだ。イーノックもその視線に気が付き、睨み返して見せる。

 

「・・・まあいいだろう。あんな小娘がどうなろうと、計画に支障はなし。・・・ロマニ。友として最後の忠告をしておいてやる・・・カルデアは、用済みとなった。この時点で人類は滅んでいる。もう観測すべきものは無い」

 

 レフは改めて三人を見た。三人もレフを見ていた。それから数秒後、洞窟が崩壊を始めた。大きな振動が波のように押し寄せ、岩盤が紙のように裂け始める。

 

「特異点の崩壊が始まったようだな。・・・さて、私はここらで失礼させていただくよ」

 

 レフは背を向けて、やってきた時と同じように歩み始める。藤丸がそれをすぐに追おうとしたが、マシュがその腕を引っ張って止めた。次の瞬間、藤丸の目の前に巨大な岩が堕ちた。弾かれた小石が藤丸の頬を切り裂く。

 

「__これは人類史による人類の否定だ。お前たちは進化の暴走で自滅するのでもなく。神による洪水によって滅ぼされるわけでもない。自らの無意味さに!自らの無能さゆえに、何の価値も無い紙屑のように燃えて死ぬ!」

 

 崩落する岩の雨の中、イーノックは藤丸とマシュに覆いかぶさるように降り注ぐ岩から身を挺して守っている。

 

「ドクター!レイシフトの実行を!」

「やってる!だけど、間に合わなかったらごめん!その時は意識を強く持ってて、そうすればサルベージは」

「少し黙っていてくださいドクター!怒りで冷静を失いそうです!」

 

 もう失っていると思うのだがな。そう思っていると、岩を縫うようにして駆けてきたフォウが藤丸たちの元へたどり着いた。そして、私の方を向いて「ンキュ」と短く鳴いた。

 

 ・・・まさか、私のことが見えて。

 

 そう思った瞬間、電車の窓の向こうの景色のように辺りの全てが高速で流れ、青い大渦の中を光に向けて吸いこまれていった。

 

▽△▽

 

 次に目を覚ました時、私は死ぬ。彼女は・・・オルガマリーはそう思いながら目を閉じ耳を塞ぎ、全ての現実から逃避するようにうずくまっていた。もう、見たくないものはすべて見た。聞きたくないことも全て聞いた。もう、目も耳もいらない。どうか、一人にしてほしい。彼女はそう切に願い、そして、数多の情報に肉を焼き切られることを恐怖していた。

 

 しかし、一秒経ち。一分経ち。体感で15分ほどそうしていても、なんの痛みも感じない。それどころか、心地よい暖かさまで感じている。彼女は泣きながらにその眼を開いた。

 

 涙のせいでぼやけて見えるが、そこは一面の白い世界だった。雲の上というわけではなく、ギリシャや古代ローマの建築物を思わせる柱や神殿が存在する純白の世界。彼女は驚きと共にハンカチでその涙を拭い、よろよろと立ち上がった。

 

 何度見ても、ピュアホワイトの世界に建築物があるだけ。紅く染まるカルデアスも、悪魔のような嘲笑を浮かべるレフの姿も無い。白と薄灰色の影が支配する場所で、色があるのは彼女一人。絶望と恐怖の次に彼女の心を支配したのは安心と困惑だった。

 

 そこに、糸のような金の長髪の白ローブの男が近寄ってきた。

 

「貴女は・・・」

「!」

 

 オルガマリーは突然声をかけられたことに驚き、緊張の糸が一気に切れたことでふらふらとへたり込んでしまった。さらに、腰が抜けたようで自力で立ち上がることができない。それを見かねた長髪の男は引っ張り上げようとその腕を伸ばす。

 

「大丈夫ですか?その、ここには来たてのようですので声をかけたのですが・・・」

「・・・・・・」

 

 オルガマリーは何も言わず。否、何も言えないままその左腕を伸ばした。それに、長髪の男は困ったように笑い、

 

「すみません。できれば右腕を伸ばしていただけると・・・」

 

 そこで、オルガマリーは男のことを始めてしっかりと見た。

 彫刻のように整った顔立ち。満月を思わせる、優しげな金色の瞳。そして・・・肩から先が存在しない右腕。差し出された左腕。・・・オルガマリーは左手をひっこめ、右腕を伸ばし、その左手を掴んで立ち上がった。

 

 

「・・・だいぶ、お疲れのようですね。よろしければ、すぐそこで休んでいきませんか?」

「・・・・・・」

 

 オルガマリーは、デートに誘われる婦女子のようだと思いながらも、コクコクと頷き、手を引かれるままに男の後をついて行った。そこで、オルガマリーは半分泣きながら男に聞いた。

 

「あなたの名前は・・・?」

「ミカエルと言います。さぁ、今はこちらへ。話は、その後でもいいでしょう」

 

 ミカエルの言う通りに、その後をついていくオルガマリー。しおらしい。そう思いながら、彼女は胸の内から湧き出る感情のままに泣き、ミカエルはオルガマリーが無き止むまで抱きとめ、その胸を貸していた。

 

 

 

▽△▽

 

 特異点F 炎上汚染都市 冬木/炎上浄化義人 イーノック

 副題:《古の旅人》

 

 =定礎復元=

 

 

To be continued




「帰ってきた、私の光が・・・!おお、ジャンヌ!」
「__そんな紙切れのような信仰なんて・・・私、悲しくて悲しくて・・・気が狂ってしまいそうなくらい、笑ってしまいそう」
「七つの特異点、その一つ目・・・フランス、オルレアン」
「イーノック。この時代に起きたことも、その先に起きたことも。お前とは関係のないことだ」
「私はこの期に及んで、まだ迷いを抱えている・・・」
「恋バナをしましょう!」
「神は言っている、"全てを救え"と」
「__神がおわしますならば、私には必ず天罰が下るでしょう__」
「すまない・・・」
「これより逃げた大嘘つきを退治します」
「ヴィヴ・ラ・フラーンス!」
「あなた、まるで遠慮が無いのね」
「話の途中だが、ワイバーンだ!」
「汝は竜、罪ありき!」
「ア マ デェ ウ スゥゥゥゥ!」
「来いよ処刑人!ギロチンなんて捨ててかかってこい!」
「私は言ったわよ。もう一人の私に」
「私はこんなにも、子供たちを愛しているのに!」
「再びオルレアンを解放し、竜の魔女を排除する」
「マスター適正者、48番。藤丸立香。その覚悟はあるか?」


「それが、自分にできることならば!」

▽△▽

 NEXT

 第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン/暴走狂的慈悲 ■■■■■
 副題:《救国の聖女》/《■■■■■の慈悲》


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第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン/暴走狂的慈悲 エゼキエル
第一話 帰還


前回がかなり長めの話だったので、今回は導入編というか、短めです。


「・・・ラファエル、もういい」

 

 ベッドに横たわり天井を見つめていたミカエルは、祝福の光による看護を行っているラファエルに向けてそう言った。天使長の言葉に、ラファエルに従って看護を行っていた数人の天使がその動きをピタリと止める。しかし、ラファエルは表情を変えることなく癒しの力をミカエルの右腕に集中させる。

 

「ラファエル、もういいと言ったんだ。今すぐに止めてくれ」

「理由は?納得させることができなければ、僕はここをてこ(、、)でも動かないよ」

 

 ラファエルはより強い光で右腕を照らす。白い砂と化す右腕の崩壊が止まり、崩壊と再生が均衡するように繰り返される。ラファエルのカールした髪を伝って、汗が一滴滴り落ちる。肉体の代謝による反応ではなく、精神の疲労と焦燥によるイメージとしての汗だ。それは、しみを作ることなくベッドシーツに吸いこまれ消えた。

 

「・・・もう限界だろう。それに、私のことよりも地上界へ降り立ったイーノックをサポートしてやってくれないか?君の力は彼に必要だ」

「しかし・・・貴方を放っておくわけには・・・」

 

 その言葉にミカエルは静かにほほ笑んだ後、非常に厳格な表情を作り、無事な左腕を天井に向けて伸ばし、指を鳴らした。すると、どこからともなく一振りのアーチを抱えた天使が現れ、それをラファエルに渡した。

 

「ラファエル・・・言わなくても分かるだろう」

「・・・・・・」

「切断するんだ。ひび割れたところではない。まだ無事な肩から切り落とせ。そうすれば、崩壊の進行を防げる」

 

 ラファエルは、ミカエルの瞳をじっと見つめたまま動かなくなった。正確に言うならば、動けなくなった。ミカエルの目に宿る決意の光は眩しいほどに本物で、自身よりも天界のことを本気で案じていたからだ。ラファエルは頷き、アーチを手術刀のように扱い、肩まで壊れることのないように一瞬で切り裂いた。

 

▽△▽

 

 

 __燃える。燃える。燃えていく。

 俺は燃え盛る故郷の街を走り抜ける。周りにあるのは火炎と、それに巻かれた黒い人影。横断歩道の前で待つ男も。ポストの前で屈みこんだ女も。杖を突いて歩く老婆も。列になって歩く子供たちも。皆、悲鳴を上げることなく人型の炭となって立っている。

 

 俺は無意識に、自分のよく知る場所を順々に辿っていた。

 学校。近所の公園。よく通うコンビニ。友達の家。偶然知った、塾の先生の家。そして、自分の家。

 

 焼けたドアノブを掴み、燃えるドアを開ける。全ての物がそのままに、燃えている。

 台所には、母らしきものが包丁を掴んだまま突っ立っていた。その近くには父のようなものが座っており、炭化した瞳を新聞に向けている。

 

 

 ・・・どうか、夢であってくれ。

 そう願った時、俺はつい笑ってしまった。

 

 

 これは、紛れもない現実なのに__。

 

▽△▽

 

 じっとりとした汗が背中を流れ落ちる。肺の中が、焼けた煤でも吸ったかのように苦しい。俺は胸を押さえながら何回か呼吸をし、そして・・・俺は、ベッドから跳び起きた自分自身を認識した。焼けたドアノブを掴んでできた火傷も、右手には無い。あるのは、手の甲に刻まれた赤い刻印のみ。

 

「せん、ぱい・・・」

 

 俺はその時初めて、自分の傍らに彼女・・・マシュがいることに気づいた。マシュは申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「すみません、入るつもりはなかったんです。ただ、先輩の部屋からうめき声が聞こえましたので、その」

「うん・・・大丈夫。心配ないよ・・・それで、ここは、カルデアだよね」

 

 俺の問いにマシュは頷く。やはり、帰ってこられたらしい。俺は自分の手を見つめ、開いて、閉じ、また開いた。この行動自体に意味はない。ただ、自分が本物であることを確認するかのように、無意識で行ってしまったのだ。

 

「・・・もう大丈夫だ。行こうか、ドクターの元へ」

「はい。あと・・・」

 

 マシュは多少言いずらそうにもじもじと体を動かす。言わなければならない。しかし、説明できる自信が無い。そういった葛藤の末の行動なのだろうが、何とも小動物的で可愛らしい仕草だ。俺は思わず顔をほころばせて、自然と笑顔になった。

 

「あの、先輩・・・恐らく混乱するとは思いますが、どうか気を確かに持ってください」

「?」

 

 俺はマシュの言葉に首を傾けながらも、とりあえずマシュと共に管制室へと急いだ。

 そして、管制室へと通じる自動扉が開いた先には__。

 

 

 中央にはポーズを取って静止する黒服の男が一人。

 次に、白いキャンバスを前に筆を立てて男と見比べる美女が一人。

 それを煎餅をかじりながら見つめるロマンと、白い鎧ではなくカルデアスタッフの制服に着替えたイーノックの姿が。他にも何人かカルデアの職員がいて、暖房器具で暖を取ったりしている。

 

「お、起きたようだね。兎も角、ファーストオーダー達成おめでとう。そして、お疲れ様。マシュ、連れてきてくれてありがとうね」

 

 こちらのことに気づいたらしく、ロマンは席から立ち上がりそう言った。俺は、管制室で起きているこの意味不明な状況を頭の中で整理していたため、ロマンの言葉は「おめでとう」と「お疲れ様」以外聞き取ることができていなかった。

 

 俺はロマンの顔を見つめ、そして管制室中央を見た。状況はさっき見た時と変わっていない。ロマンは俺の困惑に気づいたらしく、苦笑しながら説明しようとした。しかし、横から伸びてきた携帯を持った腕に阻まれた。

 

「そこから先は私が話そう」

 

 そこにいたのは、ついさっきまで。ほんの数秒前までは中央で完全不動のポーズを取っていた人物だった。どうやら近くにいた美女はその模写をしていたらしく、被写体が急に離れたことに対してブーイングを行っていた。

 

 紅いガラスのような眼と俺の目が合う。肌は白く、それを引き立たせるためか、靴も含めて服装は全て黒。よく見るとシャツはシースルーで、薄く炎が描かれている。まるで絵画か彫刻が喋っているみたいだ。男の姿を見て、俺はそう思った。

 

「さて、それでは話をする前に自己紹介でもしようか」

 

 黒服の男は得意げにほほ笑み、滑らかに口を動かした。

 

「私の名はルシフェル。便宜上は、イーノックのサーヴァントとやらに当たるらしい。よろしく頼むよ」

 

▽△▽

 

 __燃えろ。燃えろ。燃えて落ちろ。

 

 焼けた野の香りを肺に満たす。弾けた肉の腐臭と混ざり合ったそれを嗅いだだけで、自身の全てが肯定されているような気分になった。少女は閉じていた目を開き、焦土と化した大地を城から眺める。空を埋め尽くす飛竜。渦巻く黒雲。思い描き、願い叶えたフランスの姿。

 

「ああ、でもジル。まだ向こうには青草が広がっている。のうのうと明日も平和に暮らせると思っている奴らがいる。そういう人たちって、どうすればいいか知ってるかしら?」

「ええ、勿論。生きたまま焼き、その後に串刺しですね」

「何を温いことを言っているのかしら。それは当り前のこと。彼らに相応しい最期は」

 

 次の瞬間、花火のように打ち上げられた火炎が、まっすぐに隕石のように落ち__。

 

 閃光と爆炎が生じた後には、何も残っていなかった。ただ、そこには街も無ければ人も無く、ただその残骸が虚しく転がるだけ。「竜の魔女」はまた焦土を広げた。

 

「ゴミのように、訳も分からずに死ぬ。まぁ、彼らにしては上等な最期でしょう」

「その通りです。ですが、どうかお忘れなく。西の地には手を出してはいけませぬ。あそこは」

「堕天使のいる場所ですって?それはもう何度も聞きました。そんなに私のことを信用できないのなら、いっそここであなたも燃える?」

 

 それはご勘弁を。不肖、このジル・ド・レェ。倒れ死ぬその時まであなたに仕えると決めております故。

 

 その答えを聞いた少女はジル・ド・レェと名乗った男に対して鼻で笑い。

 次に、灰燼と化す街の姿を思い浮かべて歯をむき出しにして笑い。

 最後に、未だ生を謳歌する人間達がいることに腹が立ち、歯を食いしばった。

 

 

 

 掲げる旗は「竜」。災禍の象徴たる邪竜を以て、この世界に裁定者として審判を下す。

 終わりのない戦禍を。吐き気のするような戦果を。

 

 真の百年戦争を、今ここに作りだす。

 「邪竜百年戦争」を。

 

▽△▽

 

 熱気で歪む城を遠目に、風のように揺れる無色の世界に彼女はいた。

 醜い、悪辣な、人に対する身勝手な復讐劇。だが、それを止めることは無い。何故なら彼女もまた、そちら(、、、)側に属しているのだから。

 

「どれほど狂っていると言われようと、構うものですか。私は私の子供たちを愛します」

 

 紫の独眼を持った黒鎧の老婆は、霧に紛れるようにしてその姿を消した。

 

To be continued



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第二話 Heavenly Chaldea

「ちょっとー?まだ描き終わってないんだけどー?」

 

 藤丸とルシフェルが互いを見つめ合う中、キャンバスの前に立っている美女がルシフェルに声をかけた。ルシフェルは手をヒラヒラと動かし、「もう少し待っててくれ」と興味なさげに言った後、今度は藤丸ではなくロマンを見た。

 

「ロマニ、少し彼と話がしたい。いいだろう?」

「うーん、いいですけど、とりあえずはこちらの用件を伝えておきたいんで後にしてくれませんか?」

 

 戸惑う藤丸を尻目に、ロマンとルシフェルは会話を続ける。イーノックは藤丸がどうしたらいいか分からない状態であると察知し、助けに向かおうとするが、ルシフェルがそれを手で制した。イーノックは数秒、椅子から立ち上がりかけた状態の姿勢で静止し、そして座った。

 

「・・・分かった。話が終わるころに、また来るとするよ」

 

 先に折れたのはルシフェル。指を鳴らし、その場から消えた。ロマニは短くため息をつき、藤丸に向き直った。その表情は暗い。

 

「君に・・・伝えておかなくちゃならないことがある。良いニュースと、悪いニュースの二つなんだが、とりあえずは悪いニュースを先に知らせておこうと思う」

 

 そして、ロマンは語った。今、自分たちが絶体絶命の窮地に立たされていることを。

 

▽△▽

 

 カルデア職員の七割が爆発に巻き込まれて死亡したこと。カルデアの施設の約半数が崩壊していること。外部との連絡が一切取れなくなっていること。人理崩壊。人類史の焼却。特異点。

 

「復旧したシバで過去の地球をスキャンしたところ、七つの特異点が発見された。アジアに二つ。ヨーロッパに三つ。大西洋に一つ。北アメリカに一つの合計七つ。・・・冬木だけが原因ではなかった。レフは、聖杯の力を用いて、そう、いわば人類史の選択点(ターニングポイント)と言ったところか。それを改ざんし、崩壊させ、未来を土台から切り崩した」

 

 故に、人類の滅亡が確定してしまった。

 

 

 そのことを聞いた藤丸は、まるで理解できないといった表情をしている。当然だ。昨日今日で勝手に連れてこられただけの少年。燃える街へと放りだされ、前へ進むことを強要された少年。だが、既に彼は「普通」ではなくなっている。カルデアに来た時点で。マスターとなった時点で。生還した時点で。

 

 だが、ロマンは藤丸が思ってもいなかったことを言い出した。

 

「・・・今現在、レイシフトを行えるのは君とイーノックだけだ。そして君はまだ子供だ。イーノックは生身でもシャドウサーヴァントと戦えて、それを圧するほどの力の持ち主だ。サーヴァントとしてはルシフェルがついている。君がこれ以上頑張る必要はない。・・・だが、ボクは言わなければならない」

 

 

 残酷なことだが、どうか、ボクらに協力してほしい。ボクらが人類の未来を取り戻すために、君には戦場へ行ってもらいたい。命の保証はない。生きて帰ったとしても、その度に腕や足を失うかもしれない。あの冬木で味わった以上の恐怖と困難を乗り越えて、世界を救う。

 

 マスター適正者、48番。藤丸立香。その覚悟はあるか?

 

 

「これは君への命令ではない。ただの頼み事だ。だから、断ってもらってもボクらは君を責めない。だから、」

「・・・夢を・・・見たんです。俺の知ってる街が、燃えてて・・・家族が、焼けてる夢を。でも、夢じゃなかったんですよね・・・」

 

 藤丸は絞り出すようにして言葉を発した。ロマンは唾を飲み込み、押し黙る。マシュも、藤丸を励ましフォローするための言葉を探していたが、今は他ただ沈痛な表情で藤丸のことを見守ることしかできない。無事な帰還を祝伏していたスタッフたちも言葉を失った。

 

 藤丸は顔を上げ、ロマンの目を射抜くように見据えた。ロマンは驚愕した。その眼は、表情は。覚悟をした者だけが持つ者だったからだ。決意した勇者の目。恐怖に震える無力な者の目。希望を信じる目。絶望を確信した目。それら全てを混ぜ合わせ、兼ね備えた「英雄」の目をしていた。

 

 この時、彼は後戻りが出来なくなった。

 

「俺は・・・あの夢を、ちゃんと夢にしたい。ただの、怖いだけの幻想にしたい。人理がどうとか、人類史だとか。まだ分からないことばかりだ・・・だけど、俺はそんな終わりは嫌だ。指をくわえて誰かの帰りを祈るだけだなんて嫌だ。だから、俺は背負います」

 

 それが、俺にできることなら!

 

 

 その言葉を聞いたロマンは、悲しげに目を閉じた後、口元に笑みを作ってから目を開けた。そして高らかに叫んだ。

 

「生き残ったカルデア全職員に告ぐ!これよりこのロマニ・アーキマンが正式に司令官の任に就く!目的は人類史の保護及び奪還、原因と思われる聖杯の回収。これから、ボクたちは数多の神話に挑む。無数の英雄と出会う。人類を守るために、人類史に牙をむく!だが、生き残るには、未来を取り戻すにはこれしかない!魔術世界における最高位の使命を以て、我々は未来を取り戻す!」

 

 ロマンのその宣言に呼応するように、スタッフたちは藤丸とマシュ、イーノックとロマンに拍手を送った。そして、ロマンは藤丸に頭を下げ、ただ一言。泣きそうな声で「ありがとう」と言った。

 

「・・・さて、終わったかな?それじゃあ、今度は私の番だ」

 

 いつの間にか瞬間移動していたルシフェルが滑るように藤丸に近づいた。藤丸は突然現れた黒服の男に驚き、一瞬離れようとする。しかし、その肩を手でつかまれ引き寄せられた。

 

「すまないね。ここ(カルデア)なら、私も少しくらいなら干渉できるのでね。じゃあ、話をするとしよう。特異点に臨むとなった以上は、君にも話しておかなければならない」

 

▽△▽

 

 まずは、改めて自己紹介からしよう。

 私の名はルシフェル。イーノックのサポートを行っている天使だよ。今は、イーノックがマスターとして登録されてしまっている故か、ルーラー・・・だったか。まぁサーヴァント(仮)のようなものだと思ってくれ。ちなみに、君達の世界の作品だと私はよく堕天使として描かれてるようだが、今も現役の天使だよ。

 

 さて、本題に移ろう。私はあくまでも付き添いなのだが、私達はイーノックと共に七人の堕天使を捕らえるためにカルデアへやってきた。何でも、彼らは上手く特異点の中に入り込んだようなのでね。天界からは特異点には入れない。だから、ここのシステムを利用させてもらう。

 

 聖杯には興味はない。あくまでも私達の目的は堕天使の捕縛だ。だが、人理焼却は天界にとっても一大事だ。人が減れば信仰が減る。天使とは人の信じる心に寄り添った存在だからね。存在自体が危うくなるのさ。だから、天界の意地のためにもカルデアを全力でサポートすることになった。特異点には人が減ったことによる力不足で行くことはできないが、多くの天使がここを守護する。

 

 

「・・・まぁ、こんなものか。天界とカルデア、目的は違うが、目指すべき場所は同じだ。ともに協力し合おうじゃないか。もっと詳しく知りたかったらアークエンジェルの連中に聞いてくれ。誰かしら親切に教えてくれるだろうさ」

 

 ルシフェルは言い終わった後、瞬時に管制室の中央へ戻り、、先程と同じポーズを取って被写体となった。キャンバスの前の美女は筆を取って描こうとしたが、藤丸の視線に気づき手を振った。

 

「私のことは、まぁ、あとでどうせレイシフトする時に会うし。その時に説明するよ。おったまげて腰を抜かすナイスリアクションを期待している」

 

 それだけ言うと、すぐさまキャンバスを睨み、何かを描いては破り捨て、破り捨ててはルシフェルをじっと見つめ、また描くを繰り返した。ロマンはその様子を見て小さくため息をつくと、

 

「とりあえず、人理の定礎値が一番安定している場所からレイシフトをしようと思う」

「それってどこですか?」

「えーと・・・ここだね。フランス・・・正確には、フランスにあるオルレアンという地が、次の特異点の舞台だ」

 

 藤丸は手が白くなる程強く握りしめ、脳裏に焼けた冬木氏と嗤うレフの姿を鮮明に思い浮かべた。湧き上がってくるのは怒り。そして、何よりも生きたいという衝動。

 

「レイシフトまではまだ時間がある。今はよく体を休めておくんだ。マシュ、頼めるかな」

「はい。先輩をお部屋までお連れします」

 

 マシュは勢いよく立ち上がり、藤丸に寄り添うようにして管制室を後にした。

 イーノックは首から下げたペンダントの蓋を開き、自分の妻と子の姿を写真の中に見ていた。

 

 

 あと少し、天界への避難が遅ければ彼女らも焼かれていた。

 その事実が、イーノックを静かに憤らせた。許しは与える。しかし、必ず捕縛する。決意を胸に、イーノックもマシュを追うようにして席を立ち、管制室から出て行った。



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第三話 レイシフト

 遅くなりました。三話目です。
 フランスに到着するのは、最後の最後になります。
 それまではカルデアでの幕間です。


 藤丸は自分の部屋に行く前に、カルデアをマシュと共に散策することにした。ロマンからは体を休めるように言われていたが、爆発が起こった後のカルデアがどのようになっているのかを見ておくことにしたのだ。

 

 結果として、藤丸とマシュはあまりにも傷ついたカルデアの姿を目の当たりにすることになった。瓦礫が積み重なり通ることが出来なくなった通路。まだ焦げ臭い匂いを放つ黒い焦げ跡。拭き取り切れていない血痕。死体袋の類は見当たらなかったが、死人が出ていないはずはない。恐らく自分たちが帰ってくる前に片付けておいたのだろう。藤丸はそう思い、それらを職員たちともに処理するロマンの姿を想像し、思わず吐きそうになった。

 

「先輩・・・!」

 

 マシュは口を押えて屈みこむ藤丸に駆けよろうとする。しかし、藤丸は「大丈夫だよ」とだけ言うと自力で立ち上がり、先へと進んだ。マシュはその様に何か異質なものを感じ取ったが、それを口に出すことは無くすぐさま藤丸を追った。

 

 しかし、藤丸たちが見たものは絶望だけではなかった。

 藤丸とマシュが出会った職員たちは皆、苦しそうな表情を少しも浮かべることなく、平時と変わらぬ様子でそれぞれの業務に当たっていた。時折、二人が近くを通ってきた時には笑顔を見せるなど、人類絶滅の危機など到底感じさせないゆるふわ(、、、、)な雰囲気が漂っていた。

 

 カルデアにいる全ての人間が、希望を捨ててなんかいなかったこと。そして、皆が皆不安を抱え絶望に抗っていることを藤丸はあらためて気づかされた。

 

 藤丸は、自分の心に巣食うようにして生まれた暗い何かを強い意志で捨て去り、来た道を戻って自室に行くことにした。

 

▽△▽

 

 その途中、どこか時代錯誤的な鮮やかな服装に身を包んだ美女と、黒服の男・・・ルシフェルが連れ立って歩いているのを藤丸たちは目撃した。

 

「__いや、私も天使の姿を実際に見たことは無かったさ。伝承に従ってガブリエルの姿を書いたことはあったけど。でも、本当はこんな姿でしたって今更現れても、なかなか信じることはできないものさ」

「まぁ、天界で私のようなハイセンスな姿をしている天使は他にいないからな。大抵は前時代的な古臭いローブ姿さ。しかし、あれでは人間も共感しづらいってものだ」

 

 やいのやいのと賑やかに話しながら、通路を往く美男美女。藤丸にはそれが一瞬、レッドカーペットを踏み進む映画スターのように見えた。それほどに煌びやかだったからだ。

 

「おや、藤丸君。ロマニに休んでいろって言われたんじゃなかったっけ」

 

 美女はこちらに気づいたようで、手招きをして微笑む。藤丸はその静かな笑みに何処か見覚えがあったが、とりあえず近づくことにした。

 

「ちょっと、散策を・・・」

「ふぅん。まぁ、あんな爆発が起こったんだから、心配するのも無理はないね。でも、休むことはそれ以上に重要だ。今の君に課せられた世界を救うための第一の任務は、横たわること。そして温かい飲み物を飲むこと」

 

 美女はその右手で藤丸の頭を撫で、その眼をみて頷いた。藤丸は少しこっぱずかしく思いながら、その目を逸らそうとする。しかし、その美貌故か目を離すことができない。ルシフェルを彫刻とするなら、この美女は絵画だった。

 

「おい、レオナルド。ロマンが呼んでるぞ」

「ん、分かった。2分で行くと伝えてくれ」

 

 電話の画面を見たルシフェルがそう言うと、美女・・・レオナルドは手を離して立ち去ろうとする。その時、藤丸の脳内に激しい電流が走った。

 

(((レオナルド、絵画、ガブリエル、美女、微笑み・・・あの、あの構図は!)))

「モナリザっ・・・!?」

 

 その藤丸の一言に、レオナルドと呼ばれた美女がピクンと反応した。そして、ゆっくりと振り返り藤丸を見る。その顔には満面の笑み。ただならぬ気配を放ちながら、再び近づいてくる美女に、藤丸は思わず後ずさりをした。

 

「いやー、気づいちゃったか―。そりゃねー、気づくよねー。だってモナ・リザだもんねー」

「え、いや、その、なんですか・・・?」

 

 参ったなー、という風に頭に手を当てる美女はまるで困った様子ではなく、むしろ喜んでいるようにさえ見えた。美女は籠手に包まれた左腕に右手を添えるように置き、藤丸の方を向いて微笑んで見せた。

 

「その通り、私はモナ・リザ。ただし、それは半分正解だが半分は間違いだ・・・まだピンとこないなら、ヒントを出そう。万能の人、最後の晩餐、そして、このような姿ではあるが私は『男』だ」

 

 ここまでくれば分かるだろう。藤丸はふらつきそうになった。答えは分かった。しかし、どのように受け止め、理解したものか。しかし、答えをここで言わねば部屋には戻らせぬ、という雰囲気さえ醸し出していた。

 

(((さっきは休め休めと言っていたのに・・・)))

「えーと・・・あの、レオナルド・ダ・ヴィンチさんでしょうか?」

 

 その答えに、美女は・・・ダ・ヴィンチは満足そうに笑った。ルシフェルはそんな様子を見て呆れたようにため息をついている。

 

「その通り!芸術家にして発明家、建築医学なんでもござれの万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチとは私のことさ!それと、私を呼ぶときはさん付けじゃなくちゃん付けで呼んでくれたまえ」

 

 そう名乗ると、ダ・ヴィンチは鼻歌を歌いながら、ご機嫌に藤丸たちのもとを去って行った。藤丸とマシュは完全にその場に取り残され、ルシフェルは退屈そうに欠伸をした。

 

▽△▽

 

 数分後。ロマニは藤丸から「ダ・ヴィンチちゃん」に対する衝撃を聞いた。それに対し、ロマンは「これ以上君の精神に衝撃を与えるわけにはいかない」とその秘密を言わずにおいたが、数分後に本人の口から「モナ・リザが好きすぎて自分の姿をモナ・リザにした」と告白され、藤丸は1時間ほど自室のベッドで思考を停止していた。

 

 しかし、考えるのをやめていたお陰か、今度は悪夢を見ることなくゆっくりと眠ることができたようだった。マシュに起こされ、藤丸とマシュは管制室に向かうと、そこではカルデア職員たちが忙しく動き回り、ロマニやダ・ヴィンチの指示の元に準備を進めていた。

 

「ああ、おはよう。疲れは取れたかな?」

「はい、お陰様で・・・」

「うんうん、私の計算通り、藤丸君は見事に熟睡。こうしてバイタル面で見ても、万全な状態で起床してくれた」

 

 ダ・ヴィンチは眼鏡をかけ、発光するパネルを高速で指で叩いていく。その度に画面に図形や数式が現れては消え、現れては消えを繰り返す。藤丸とマシュはロマニについていくようにして管制室を進んでいく。すると、その途中でイーノックが他の職員につれられて合流し、藤丸と並んで歩いた。

 

「イーノックさん。そういえば、どこに行ってたんですか?初めに管制室に来た時から見てませんでしたけど」

「自室で記録を残していた。冬木市での出来事と、カルデアでのことを」

「まぁ、イーノックは天界でも書記官をやっていたからな」

 

 いつの間にか姿を現したルシフェルは、藤丸に注釈を入れると、イーノックと藤丸に挟まるようにして並び、歩き始めた。その際、イーノックが天界にいた頃の話や、堕天使についての詳しい説明を行ってくれた。

 

「こういうのは柄じゃないんだが、アークエンジェルも忙しくてね。仕方がないから、私から君に伝えておこうと思う。まず、堕天使達の名前だ」

 

 ルシフェルは、藤丸とマシュに七名の堕天使の名を言った。その中には、藤丸がゲームや漫画などで知った存在の物もあった。そして、特異点における藤丸とイーノック、二人のマスターによる行動の方針が決まった。

 

 

 藤丸は、マシュと共に特異点の修正・・・つまり、その原因たる聖杯の回収。

 イーノックは、ルシフェルと共に堕天使の捕縛を目指す。

 

 できるならば、二人ともに特異点を修正することを優先すべきだが、仮に。

 仮にもし、その聖杯が堕天使の手に渡っていたら。それは、特異点に赴いて直接確かめるしか方法が無い。故に、特異点では二手に分かれ、合流次第協力することに決めたのだ。

 

「向こうでは何が起こるか分からないから、できるなら一塊での行動をしたほうがいいのだろうが、聖杯の在処と堕天使の居場所が分かるまでだ。そんなに長い間離れ離れになることは無いだろう」

 

 イーノックは、ルシフェルの説明を聞いてその表情を曇らせた藤丸を励ますように言った。藤丸はその言葉に対して感謝を述べようとしたが、ロマニの声がそれを遮った。目の前には棺のような機器。

 

 レイシフトが始まる。

 

▽△▽

 ・・・狭いな。

 藤丸はコフィンの中でそんなことを考えながら、自分を落ち着かせようとゆっくりと息を吐き、吸い、吐いた。これから特異点に向かう。あの、冬木と同じような場所へと。それが少し不安を煽るが、覚悟はできている。そこに、ロマニの声がコフィン内に伝わってきた。

 

「今から、向こうに着いたらまず何をすべきかを伝えておく。それは、ベースキャンプとなる霊脈を探すこと。霊脈を見つけてサークルを設置すれば、補給物資の転送も新たにサーヴァントを呼び出すことも可能になる」

 

(((まず、霊脈を探す。サークルを設置する・・・よし、覚えた)))

 

「行く先はフランスだが、言語の問題は心配いらない。よく調査し、自分の判断を信じて進んでくれ。君が信じて進んだ道なら、皆それについていくさ。__それじゃあ、始めよう。幸運を祈っている」

 

 ロマニの声が消え、それと入れ替わるようにしてアナウンスが流れ始めた。炎の中、マシュの手を握った時に聞いたものと同じ声。

 

『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。』

『レイシフト開始まで あと3、2、1‥‥‥』

『全行程 完了(クリア)。グランドオーダー 実証を 開始 します。』

 

▽△▽

 

 瞬間、青い渦が視界を覆う。黒と藍色の奔流の中、彼方に光が__新緑と日差しが見え、一瞬の視界のブラックアウトの後、藤丸はゆっくりと目を開いた。

 

 そこは、カルデアのコフィンの中などではなく、緑が目に優しい、木漏れ日が射す森の中だった。

 

「・・・レイシフト完了。どうやら、森の中のようですね」

 

 藤丸はすぐ近くに立っていたマシュの姿を認め、周りを見回してみた。・・・森があるのみ。時折小鳥のさえずりが聞こえ、風邪は穏やかに吹き__藤丸は弾かれるようにして森を駆けた。

 

「先輩!?どうしたんですか!?」

「・・・風の中に、燃えるにおいが混じっていた!」

 

 藤丸は低木や木の根を避けながら森を走る。匂いの強い方へ。その途中、白い毛の獣が滑るようにして視界の中に入り、藤丸を導くようにして一足先に森を抜けた。藤丸はそれを一目でフォウであると理解し、それに続いて同じく森を抜け・・・言葉を失った。

 

 

 そこからは、焼けた村が見えた。家も麦畑も等しく焼かれ、焼かれ、焼き尽くされたようだった。既に火の手は上がっておらず、黒灰の煙が立ち上るのみ。人の家はなく、それが全員逃げることができたのか皆殺しにされたが故なのかはここからでは分からない。

 

 その時、電子音が鳴り響き、藤丸の手に装着されたデバイスからロマニの姿が空間に投影された。

 

「ドクター、あれは・・・」

「・・・間違いない、A.D.1431年、フランスのドン・レミ村だ。しかし・・・これは史実には無い。1431年にドン・レミ村が焼かれたという記録はない・・・既に歴史が変わり始めている」

 

 藤丸は顔をしかめ、灰の匂いを放つ村跡を見た。・・・もう少しここに来るのが速かったら、助けられただろうか。そのように一瞬考えたが、今更どうしようもないことを悟り、歯を食いしばった。

 

「フォウ、フォーウ!」

 

 その時、マシュに抱えられたフォウが前足を空に向かって伸ばし、何かを訴えるように鳴くのを聞いた藤丸とマシュは、同じようにして天を仰いだ。

 

 そこには、蒼穹を丸く切り取ったような光の輪が、音も無く遥か上空に浮かんでいた。それは、そのまま地面に落下すればここら一帯は間違いなく囲んでしまえるほどに、巨大な物だった。

 

 言葉を失う三者の頭上に、光の輪はただあり続け、見守ろうとしているのか。それとも監視しようとしているのか。藤丸には、その輪が作る穴が何処かからの覗き穴のように感じた。




《イーノック》

・パラメーター・

筋力:C+(ベイル装着時) 耐久:D+(鎧装着時)
俊敏:C+(ガーレ装着時) 魔力:E
幸運:EX(D相当)     宝具:EX

 尚、イーノックはサーヴァントではなく、「神の叡智と戦闘技術によりサーヴァントと渡り合える人間」というだけである。そのため、このパラメーターはあくまで指標であり、場合によっては成長もするだろう。

・プロフィール1・
身長/体重:180㎝・85㎏
出展:エノク書、??????
地域:(不明)
属性:秩序・善 性別:男性

「そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」


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第四話 雨の中往く

今回は話のほとんどの要素をエルシャダイで構築しています。
短めです。次の話では藤丸君たちと合流するでしょう。


 渦が掻き消え、嵐の最中のような突風が吹きぬけた。イーノックはほとんど前のみりになり、転がりそうになりながら瑞々しい青草の上に着地した。暖かな日の光が辺りに降り注ぎ、爽やかな風が吹く。どうやら無事着いたようだな。イーノックは二秒ほど放心していたが、すぐにアーチを展開して辺りを警戒した。

 

「安心しろイーノック。この近くには敵はいないようだ」

 

 イーノックは黙って頷き、アーチを閉じて藤丸たちを探した。しかし、どこにもいない。辺りは遮る物のない丘陵が広がるのみ。それどころか民家らしきものも見当たらない。イーノックは左腕に装着された機械を起動しようとし、何度かボタンを間違えてからやっとプロジェクターを浮かび上がらせた。

 

「はーい、無事に特異点に着けたようだね。うん、バイタル値にも異常なし。その筋肉に見合う素敵なステータスだ」

 

 そこに現れたのは誰もが見とれる絶世の美女。まぁ私は除くがね。彼女の名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。確か時間旅行の中でチラリと見たときは男のハズだったが、そんなことはどうでもいいだろう。兎に角、このレオナルドがこちらのナビゲーター役だ。ロマニは藤丸たちを担当している。

 

「ダ・ヴィンチさ・・・ちゃん。藤丸さん達の姿が見えないのですが」

「藤丸君たちなら、今はドンレミ村の跡地の近くにいる。君達が今いる場所は、ラ・シャリテの近くかな。ところで、空を見てくれ。何かないかい?」

 

 私とイーノックはレオナルドの言う通りに空を仰いだ。

 それ(、、)を見た瞬間、イーノックは思わず口を開けて呆然としていたよ。私も、口を開くことは無かったがその景色には驚かされた。

 

 天使の輪、と表現してみようか。そこにあったのは太陽を丸く囲む光の輪だった。陽光を反射して輝く雲のように、鼓動するようにして緩やかに明滅している。その大きさと言ったら、セタの一つや二つ程度すっぽりと収まるだろう。

 

「光の輪だな。かなりデカいようだが、あれは何だ?」

「分からない、というのが現状の答えかな。衛星軌道上に展開した何らかの魔術式か、はたまた天使が作り出した戯れのナニカか・・・心当たりあるかい?」

「いや、ないな」

 

 そっけなく答えてやると、レオナルドは頬をわざとらしく膨らませてむくれてみせる。それに対し、私もわざとらしくその様を鼻で笑ってやった。すると、そのことが彼女の対抗心を高めたのか、「神の叡智くらいこの天才がいくらでも作ってやる」と言い残し、通信を切ってしまった。

 

 イーノックは迷惑そうに私のことを見ると、プイとそっぽを向いて歩き出してしまった。それでいい。私は指を鳴らし、瞬間移動でイーノックから少し離れた場所に立った。その時、私は奇妙なものをそこで見つけた。

 

 地面にほぼ全体が焼け焦げた一枚の木の板が無造作に転がっていた。見ると、これだけではなく周囲にいくつも木の板が散らばっている。しかも、それら全ては一様に所々が焼けており、ほとんど炭化したようなものもあった。土に埋もれ、草に隠れている。

 

「イーノック、こっちに何かあるぞ」

 

 私がそう言うと、イーノックは何の言葉も返さずに、しかし少しずつ進路をこちらに寄せて近づいてきた。ちなみに、イーノックが私のことを無視するのは、さっきの通信で機嫌を損ねてしまったからではない。私は普段は他の人間には姿を見られないように姿を消している。それは、堕天使も例外ではなく私の姿を捉えることはできない。

 

 故に、イーノックは私に話しかけてはいけない。それは、初めて二人で堕天使達を捕えに行った365年の旅から続く、私の頼み事だ。堕天使に私が協力していることを悟られない。それを順守したからこそ、私は何度でも時を巻き戻すことができた。

 

(((仮にバレたら、アイツらはイーノックを殺さずに生け捕りか、封印することに切り替えてくるからな)))

 

 焼け焦げた木の板を手に取り、思索にふけるイーノックを見ながらそう心の中で呟いた。さて、またもう少し先でイーノックを待つとするかな。指を鳴らし、瞬間移動しようとしたその時、イーノックの白い鎧にポツと水滴が落ちた。雨か。私は空を見上げた。

 

 

 すると、不自然な速度で雨雲が出現し、舞台の幕を閉じるかのように太陽を覆い隠した。それから一拍間が空き、しとしと(、、、、)と雨が降り始めた。シャワーのように降り落ちる雨滴がイーノックを濡らす。鎧に隠していたマントを取り出し、それを頭から被り羽織った。そして、デバイスを起動し、レオナルドに道を尋ねる。

 

 イーノックは時折、デバイスに表示されたラ・シャリテに向かうルートを見つつ、横殴りの雨の中を進んだ。雨の勢いは時間と共に増してきているようで、大岩が転がる様な雷の音まで鳴り出した。

 

「イーノック、雷に撃たれて死にたくなかったら急ぐんだな」

 

 そう言おうとしたのだが唐突に雨が止み、雷の音も治まったため、言えずじまいとなってしまった。まぁ、雨が上がった今となってはどうでもいいことだが。イーノックは天候の急激な変化に若干戸惑いつつも、歩みを止めることなく先を急いだ。そして、地面から突き出るようにして埋まっている石に躓き、転びそうになった。

 

「おい、大丈夫か?」

「大丈夫だ。それより、これは・・・」

 

 雨が上がり、雲の隙間から洩れる光が幻想的に辺りを照らす。濡れた草原がキラキラと輝く。本来ならファタジー感溢れる美しい光景となるはずなのだが。

 

「成程。この特異点にいるのはエゼキエルか」

 

 先程の急激な天候の変化。そして、今目の前にあるこれらを見て私は確信した。

 

 

 そこにあったのは小さな村だった。しかし、様子がおかしい。そう、それは確かに村なのだが、その村の中に木々が乱立していた(、、、、、、、、、)。建物を突き破るように、建物を押し上げるように。レプリカのような生気のない木々が出鱈目に立ち、村を覆い隠しているかのようだった。人がいる気配はない。

 

 イーノックはもちろんのこと、私もこの模造品の植物には見覚えがあった。背徳の塔、タワーの第一階層。エゼキエルの世界で見た、自然の再現(、、、、、)。エゼキエルは天候を操る力を持ち、自然と人に対する母性愛故に地上界にある自然を再現しようとした。とは言っても、あくまで偽物。一目で見た目だけを取り繕ったものだと見抜いたよ。

 

 イーノックはマントの中でアーチを取り出し、胸に抱えながら村へと近づいた。そして、木の幹に巻き込まれるようにして建っている家のドアを開け、中を覗き込んだ。私も扉をすり抜けて中を見てみる。赤い。

 

「・・・・・・」

 

 イーノックは何も言わず、ただその眉間に深い皴を刻み、短く祈った。もうそこに魂はなかった。恐らく、消滅したか冥界に連れていかれたのだろう。イーノックはこの村に生存者がいる希望を捨て、先を急ぐことにした。私はまた瞬間移動をし、イーノックを待つことにする。

 

(((しかし、妙だ。さっきの家、あの植物で破壊されたというよりは、もともと壊れた家に木が生えたようだったが。しかし、エゼキエルがわざわざ村を襲う理由が見当たらない)))

 

 それに、あの場所に散らばっていた木の板をこの村の物だとすると、恐らくこれらは人の手により破壊されたのではないだろう。何かもっと大きなもの。それが、家の建材を吹き飛ばしたのだろう。

 

 そう考え、指を鳴らしてラ・シャリテの街を目視できるところまで瞬間移動した。日は既に落ち始め、もうしばらく経てばこの辺りは夕闇に包まれ始めるだろう。私はイーノックが近くに来るまでの間、携帯をいじってしばらく待つことにした。

 

▽△▽

 

 それからイーノックは歩き続け、陽が沈みかけた頃。ようやくラ・シャリテに辿り着いた。しかし、もうすぐ夜が来るというのにも関わらず、松明には火は灯っていない。しかし、ちゃんと人はいるようだ。壁を通り抜けて覗いた寝室には、赤ん坊を寝かしつけている女性がいた。

 

「どうやら、さっきの村のように破壊されてはいないようだな。しかし、こんなに暗かったら宿も何も見当たらないな。イーノック、野宿の準備をしておくんだ」

「待つんだルシフェル。・・・どうやらこの街、既に落とされていたようだ」

 

 イーノックが指を指す方向を見てみると、円柱状の頭部を持つ奇妙な生物が、何体か群れを成して歩いていた。あれには私も見覚えがある。エゼキエルの使役獣たちだ。その手には褐色に穢れたアーチやガーレを持っている。使役獣たちはまるで巡回するようにしてそこら中を歩き回り、窓から家の様子を覗き込んだりしている。

 

「夜警か。お前を警戒しているのかもな」

「・・・・・・」

 

 そう冗談めかして言ってやったが、イーノックは答えずに音も無く素早く移動し、マントでアーチの光を隠しながら使役獣に近づいて行った。そして、完全に背後を取り、首を一文字に跳ね飛ばして浄化した。断末魔を上げる暇も与えず、イーノックは闇夜に紛れて次々に使役獣たちを暗殺していく。そして、最期の一匹の首をへし折り、その背中に装着されたガーレを奪うと、浄化して背負い装備した。

 

「さて、これで安心して休めるな」

「そうだな。・・・あそこに空き家がある。今夜だけだ。使わせてもらおう」

 

 やれやれ、随分図太くなったな。イーノックは空き家の窓から侵入し、マントを毛布代わりに横たわった。

 

「明日はどうするんだ?」

「ここを出て彼らと合流する。どうやらここからほど近いヴォークルールという場所にいると教えられた」

「成程。それじゃあしばらく休んでいるといい。残念ながら特異点では干渉はできないが、敵が近くに来たら教えてやるよ」

「助かる」

 

 そう言うとイーノックはものの数秒で眠りについた。

 次にイーノックが目を覚ましたのは早朝。ヴォークルールからの避難民が大勢押し寄せた時だった。そして、藤丸と合流したのはそれから約三時間後。巨大な竜がその影を街に落とした時だった。



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第五話 竜

 遅れてしまい申し訳ありません。
 一週間前には投稿するはずだったのですが、台風の影響により一週間も遅れてしまいました。

 申し訳ありません。代わりと行っては何ですが、今回は長めにしました。
 それでは第五話、始まります。


 イーノック達がラ・シャリテに訪れるより数時間前。

 

▽△▽

 

「ボク達の目的は、何度も言うようになるけど、特異点の修復だ。その為にはその時代のどこかにある聖杯を回収する必要がある」

 

 カルデアの管制室にて、白衣に身を包んだ茜色の髪をした男。ロマニ・アーキマンは画面の向こうにいる藤丸とマシュに対して会話を続けていた。その近くではカルデアスタッフ達が特異点における藤丸とイーノックの存在証明・・・意味消失を避けるべく、高速で現れては消える情報を処理し続けている。

 

「特異点と言うのは聖杯によって本来の歴史の流れから断たれ、歪められた時代だ。つまり、君達がまず為すべきことは、その時代に本来は存在しない「人物」や「事象」を探す情報収集だね。そのためにも、拠点となる霊脈を探すんだ」

『了解しました』

 

 藤丸がそう応え、通信を切った。ロマンは椅子に沈み込むようにもたれ、天井を仰いだ。その口から細く長くため息が吹き出る。ロマンはお茶の入ったコップを引っ掴み中の液体を胃に流し込み、今のうちに、という風に糖分高めの甘いクッキーを口の中に詰め込み、またコップに茶を注いでグイと煽った。

 

「フー・・・」

 

 その口からまた、安堵のため息が漏れ出た。意味消失、存在消滅、痕跡消息。レイシフトにおけるありとあらゆるリスクを乗り越え、無事に4人を特異点に送り出せた。そのことをまず嬉しく思い、そしてこれがまだ一つ目の特異点であり、その序の口にやっと立てたことを素直に喜んだ

 

 だが、疲労と緊張を騙し続けて作業や指示を行っていたせいか、両目が激しく痛み、頭の中で天使がバスケットボールをしているかのような衝撃が定期的に脳を揺らした。

 

「うぅん、ん」

「眼精疲労と集中のし過ぎによる頭痛だと、ルネサンスのお医者様は診断するぜ?」

「・・・そういえば、医学も修めていたっけ」

「ふふん」

 

 服のあちこちに星屑を散らした美女。レオナルド・ダ・ヴィンチはロマンの顔を覗き込むようにして見つめていた。そして顔を上げ、その栗色の髪を手で揺らし「私は天才だからね」としたり顔(、、、、)で言ってみせた。

 

「彼らは・・・イーノック達の方はいいのかい?」

「とりあえず、最寄りの街であるラ・シャリテまでの道のりを示したからね。彼らならダイジョブだろう。それより、ロマニ、少し休んだほうがいい。ほら、今にも倒れそうだろ?」

 

 ダ・ヴィンチが身を起こしたロマンに濡れたタオルを投げ、ロマンは反応が遅れタオルを顔でキャッチした。ロマンはそれで顔と首を拭き、まだ休まなくてもいいと言おうとしたが、ダ・ヴィンチの顔を見た途端にその考えを改め、席を立った。

 

「うんうん、それでよろしい。藤丸君とマシュ、イーノックとルシフェル。四人同時の情報処理とナビゲーションくらい、この私に任せておきたまえ。ささ、毛布を被って少し寝なよ」

「うん・・・じゃあそうさせてもらおうかな。あ、あと、ついでに頼まれてくれるかな?」

「何かな?」

「藤丸君に良いニュースと悪いニュースを伝えるはずが、悪いニュースの方だけしか伝えていなかったんだ。それに、その・・・怒鳴られるのが怖いしさ。伝えておいてくれるかな?」

「あ~成程。いいとも、今回だけは任されてやろう。だけど、次回以降は君が仲介役だからね」

 

 ロマンはニコリと笑い、仮眠をとるために管制室を出て行った。ダ・ヴィンチは自身の席に着き、予備のスクリーンに藤丸たちのバイタル値等のステータスを映し出し、通信用のマイクを二つに増やした。

 

「さて、と。しっかし、何でこう離れてレイシフトしちゃったのかな」

 

 何らかの妨害?結界が張られていれば、それに弾かれるという事はあり得るし・・・。

 ダ・ヴィンチはそう思考しつつ、「彼女」に何と言われるかを想像し、少し微笑んだ。

 

▽△▽

 

 イーノックとルシフェルが近くにいないこと、ロマンが休憩中でありその間はダ・ヴィンチがナビゲートをすることを藤丸たちは伝えられた。

 

 ドンレミ村の跡地からヴォークルールに移動を開始した藤丸たちは、写真でしか見ないような広大な草原と農耕地に感嘆しつつ、しかし、それらを撫でるように吹く冷涼な風の中に薄く煙の臭いがあることに気が付いていた。それは、ドンレミ村と同じ家を焼いて出た煙なのか。それとも、炊き出しなどによる料理による牧歌的な物か。後者であることを願いつつ、土が露出した公道を進んだ。

 

 やがて、いち早く遠くに城壁と要塞の影を視認したマシュは、藤丸を抱え上げて平地を駆けた。デミとはいえサーヴァント。平地であれば馬ですら容易には追いつけぬほどの速度。藤丸は、マシュの首に手を回しつつ、その頬を赤らめている。徒歩より速いのは分かるし、疲労だって両者ともにそこまでではない。そのことは理解しつつも、藤丸は女子に抱きかかえられるということを恥ずかしく感じた。

 

 ものの数分で二人は城壁が囲む砦にたどり着いた。しかし、どうやらドンレミ村と同じくして何らかの災害、もしくは襲撃に見舞われたらしい。頑強な壁は所々が崩され、石畳は割れている。人はいるが皆その表情は暗く、多くの者が俯いている。

 

 藤丸とマシュは互いに頷き、ここで何があったのか。今、このフランスでは何が起こっているのかを把握するために、門扉の近くにいた一人の兵士に尋ねた。

 

 兵士は語った。イングランド軍の撤退。シャルル七世の死。その他数多くの人間が、老若男女、貧富の差も無く魔女(、、)の炎によって焼き殺されたこと。そして、その魔女とは三日前に火刑に処された少女・・・ジャンヌ・ダルクであることを。

 

 話を聞き終えた藤丸は兵士にお礼を言い、その場を離れてここの中心へ向かおうとしたが、その爪先に何かがぶつかり危うく転びそうになった。よろめき、地面に手をつきながら藤丸は何に足をぶつけたのかを見ると、そこにはどこかで見かけた妙な物があった。

 

「先輩?大丈夫ですか?」

「マシュ、これ・・・何かな。今見つけたんだけど」

 

 それは上から突き刺したかのようにレンガとレンガの隙間に挟まるようにしてあった。乳白色の、内側に弧を描いたような形のそれは、藤丸の手と同じくらいに大きい。藤丸がそれを掴んで動かし、引き抜いてみるとその先端は刃物ように尖っていた。

 

「なんだろう・・・牙?爪?冬木だと似たようなもので作られたエネミーがいたよね」

「竜牙兵ですね。とすると、これは竜の牙のように考えられるのですが・・・」

 

 

 マシュが何かを言おうと口を開いた瞬間、カーン、カーン、と激しく鐘を叩く音が聞こえてきた。その声を聞いた人々は俯いていた顔を一斉に上に上げ、悲鳴を上げながらその場を離れてゆく。やがて、その場に残されたのは武装した兵士と藤丸とマシュのみとなった。

 

「ワイバーンだ!ワイバーンが出たぞぉぉ」

 

 ワイバーン?

 その単語の意味を理解しようとしていたその時、その場にいる全員が激しい羽ばたきの音と唸り声に空を見上げた。

 

 そこには緑色のうろこに身を包んだ、翼を持った竜が飛んでいた。その数、実に20体以上。しかし、藤丸はその羽ばたきの音の中に、カラカラと揺れるような音を耳にし、すぐさまその方向を見た。すると、半壊した門を乗り越えて、槍や剣を装備した人骨の兵士が城壁内に侵入していた。

 

「こっちにも敵が!」

「あ・・・あんたら、何で逃げない!?襲われるぞ!」

 

 

 フランス兵の一人が二人に向けて叫ぶ。上空からはワイバーン。地上からは骸骨の歩兵。その鋭い爪と槍の穂先がマシュと藤丸を狙うが、マシュは蹴りで骸骨兵を三体ほどまとめて吹っ飛ばすと、盾でワイバーンの突進を受けそれを押し返した。そして、すぐさま盾に十字状に取り付けられた刃を用いて、ワイバーンの頭を割ってみせた。藤丸はすぐさまマシュの背に手を当て、魔力を回す。

 

「心配には及びません!戦えますから!」

「ッ・・・そうか。農民も村人も関係なく、避難を優先させろ!男には武器を握らせておけ!ラ・シャリテに逃げるんだ、急げ!」

 

 マシュの攻撃に続くようにして、兵士たちも果敢に骸骨兵やワイバーンに切りかかっていく。しかし、農民や村人たちの避難に数を割いているため、その人数は少ない。やがて、マシュ一人ではカバーすることができず、一体のワイバーンが一人の兵士に襲い掛かった。その口元には火炎。

 

 藤丸は足元に転がった槍を拾い上げ、すぐに駆け付けようとした。無論、槍術の心得はない。他の武器も同様だ。しかし、藤丸は無謀・無力だと理解しながらもその兵士の元に向けて駆けた。

 

「ひ、ひぃぃぃぃ」

「GRRRRRRRR・・・・」

 

 ガパッとワイバーンの口が開き、煌々と燃ゆる光が装填される。デバイスから撤退と特異点における人間が実物ではないことが伝えられる。藤丸は、「それでも」と呟き兵士の前に立った。ワイバーンの冷酷な目が藤丸を捉える。マシュが叫んだ。

 

「うおおおお!」

 

 突き出された槍は奇跡のように鉄のような鱗と鱗の隙間に滑るようにして刺さった。だが浅い。腐臭に似た匂いを放ちながら、ワイバーンは口を開き__その体にぽっかりと、口のように穴が開いた。

 

 その一瞬後、旗を持った鎧姿の女性が藤丸と兵士の前に立った。

 死を覚悟し、薄く閉じられた瞼の隙間からその女性の輝くような金の髪が見えた。

 

「あなたは!いや、おまえは!」

 

 兵士がその表情に恐怖の色を浮かべて後ずさる。ワイバーンのような怪物への恐れではなく、神々しい、もしくはおどろおどろ(、、、、、、)しいものへ向けられる畏怖。

 

「魔女が!竜の魔女、ジャンヌ・ダルクが出たぞぉ!」

 

 兵士は叫び、それを聞いた他の者達も同様にその場から逃げ出し、残されたのは藤丸とマシュ。そして、ジャンヌ・ダルクと呼ばれた少女だけとなった。

 

「・・・・・・」

「あ、あの・・・助けてくれてどうもありがとうございます」

 

 藤丸は沈黙し、俯く少女に向けて礼を述べると、少女はハッと顔を上げて「当然です」と少しだけ笑った。その時、藤丸のデバイスから電子音が鳴り、空中にダ・ヴィンチの姿が映し出された。

 

「やぁ、こんにちわ。皆のダ・ヴィンチちゃんだよ。まず戦闘お疲れ様。それと藤丸君、さっきのは何かな?槍持って、ワイバーンに突撃?ランサーにでもなったつもりなの?」

「あの、いや、その」

「言っとくけど、君が今そこで火だるまになってないのはただの奇跡だからね?特異点において死んじゃいけないのは君一人だけ、いいね?」

「あっ、はい・・・」

 

 藤丸がダ・ヴィンチによるお説教と特異点における人の存在についての講義を受けている間、マシュは少しでも情報を得ようと少女に話しかけることにした。

 

「あの、先程は先輩を助けていただいて・・・」

「お礼は結構ですよ。為すべきことをしたまでですから」

「ああ、ではお名前だけでも教えて頂けませんか」

 

 その言葉を聞いた少女の顔が曇った。言うか言うまいか。そういった葛藤をしばらく抱えた後、少女は意を決してその名を告げた。

 

「__裁定者(ルーラー)のサーヴァント。真名をジャンヌ・ダルクと言います」

 

 水を打ったように、その場が静まった。白熱しつつある特異点の講義も、ピタリと止まった。何処かへ避難していたらしいフォウがとてとてと戻り、マシュの足元でキュウと鳴いた。

 

▽△▽

 

 その後、ジャンヌと名乗った少女・・・サーヴァントに連れられ、藤丸たちはヴォークルール近隣の森の中にいた。時刻は既に夕方で、西に沈む太陽が森の中を水平に照らし、木の影が細く長く東に伸びている。先程までの襲撃騒ぎが嘘のように、辺りは茜色に染まって静まり返っている。

 

「・・・わざわざすみません。あそこで話すべきことでもなかったので」

「いえ、お気になさらず。それよりも__」

 

 

 ジャンヌは森の中を進みながら語り始めた。互い互いの事情を話し、藤丸たちは特異点を修復するために聖杯を探していること。ジャンヌが本の数時間前に現界したこと、兵士の語ったジャンヌ・ダルクではないこと・・・自身がもう一人存在し、竜を使役すること。

 

 そのことを聞いた通信機越しに聞いたロマンは、低く唸った。

 

「休憩から戻ってみれば、とんでもないことになっていたね・・・竜の使役。現代はもちろんのこと、中世のフランスでもまず不可能だ。とすると・・・」

「聖杯ですかね?」

「その通りだ。不可能を可能に、夢を現実に。願望器である聖杯を使えば竜の使役くらい容易いだろう。・・・ところで、マドモアゼル・ジャンヌ。貴女は、自身のことをどこまで把握していますか?」

 

 ジャンヌは顎に手を当てて数秒沈黙し、「本来持ち得ているスキルや令呪等が使えず、ステータスも軒並みダウンしている」ことを告白した。それに対してロマンはそれを、霊基が不安定であることが原因と判断した。

 

「兎に角、事態は一刻を争う程深刻なようだ。このままフランスが竜によって焦土と化せば、フランスが関与するあらゆる事象・・・特に『フランス人権宣言』、多くの国がこれに賛同し後に続いた。この権利が百年遅れれば、それだけ文明は停滞する。・・・成程、人類のターニングポイントとしては十分に過ぎるね」

「ええ、それ故に。私は(ジャンヌ・ダルク)を滅ぼさなければなりません」

 

 夕焼けの中、青い宝石のような瞳の中に意志の光が灯り、陽の色と混ざって一瞬紫に輝いて見えた。

 

「__ジャンヌさん。私達と貴女の目的は一致しています。今後の方針ですが、共に協力するというのはどうでしょうか」

 

 マシュが藤丸とロマンに提案すると、二人は賛成し、藤丸はその手をジャンヌに差し出した。

 

「ジャンヌさん。どうかお願いです。俺たちと一緒に戦ってくれませんか?確かに俺はマスターとしては未熟で、武器も魔術もまともに扱えませんが・・・」

 

 ジャンヌはそっと、その銀の鎧で包まれた手で藤丸の手を包んだ。

 

「こちらこそよろしくお願いします。あなた方と共に戦えることを、光栄に思います」

 

▽△▽

 

 日も沈み、夕闇から夜闇が辺りを包み始めた頃。

 森の中にテントを設け、そこで寝袋を用意している途中、藤丸のデバイスが鳴った。藤丸が起動させると、浮かび上がったのはロマンの姿。その表情が若干強張っている。

 

「やあ藤丸君。突然だけど、レオナルドからさぁ、何かいいニュースについて聞かされなかった?」

「良いニュース・・・あぁ、あのレイシフト前の。正直言って忘れてました」

 

 頭を掻いて申し訳なさそうに笑う藤丸に対し、ロマンは画面外のダ・ヴィンチに向けて「言うように頼んだだろう!?」と叫び「だって、ルシフェルがいないと意味が無いじゃないか」とぶつくさロマンに反論していた。

 

「あの、いいニュースについて教えてもらえるんじゃないんですか?」

「えっ、ああ、ごめん・・・。レイシフト前はこっちからも繋がったんだけど・・・特異点じゃルシフェル経由じゃないと繋がらないらしくてね。まぁとりあえず内容を言うと」

 

 そのことを聞いた瞬間、藤丸は目を見開いた。思わず叫びそうになった。それを抑えられたのは、頭の中で一つのシーンと謎の答えが繋がったからだ。そして、そのことを予め予想していたからだ。

 

 イーノックによる斬撃で光になり、上へと昇って行ったオルガマリー所長。その行動の真意と、その後オルガマリー所長がどうなったのか。あらかじめ、天界から来たルシフェルから軽く説明を受けていたことも藤丸を答えに導いた要因となった。

 

「所長は今、魂だけの状態で天界にいる。そして、ルシフェルが持つ電話を用いれば会話が可能なんだ。ルシフェルがカルデアにいたときは、こちらの通信機でも繋がっていたのだけれど・・・」

「そ、そうですか・・・よかった、無事なんですね」

「うーん・・・天界にいるってのを無事と言うべきかどうかは分からないけど、カルデアスに呑まれて消滅はしていない。所長は確かに存在している」

 

 そのことを聞いて、嬉しくなった藤丸は、早速マシュにもそのことを伝えることにした。マシュとジャンヌはテントの外で警戒に当たっている。このことを話せば、きっと喜ぶだろう。事情を知っているジャンヌさんも、きっと。

 

 竜の影により覆われるフランスの中で、暗くなるような話が多い中。藤丸は気分を一新し、速くイーノック達と合流し、竜の魔女を討つことを心に決めた。

 

 しかし、彼らとの合流。そして魔女との遭遇は早くも果たされる。

 翌日、早朝。巨竜が覆う影の中、太陽と見まごう程の火球に焼かれながら、その走馬燈の隙間の中に藤丸は二人の姿を視認した。

 

▽△▽

 それと同時刻。

 

 

「エゼキエル様から、ご報告を預かって参りました」

 

 焦土と化し、その壁面や塔に海魔の触腕が巻き付いた城塞の内部。その広間。全身をマントとフードで包んだ一人の男が、跪いて頭を垂れていた。その前には不機嫌そうに座る少女と、その横に仕える青白い肌の男が一人。

 

「__天界からの使者、イーノックがこのフランスに訪れたようです。現在いる場所はオルレアンから東南東に位置するラ・シャリテという町にいるそうです」

「・・・と、いうことらしいのですが、どうしますか?ジャンヌ」

 

 男に聞かれた少女は酷く不快そうに、その顔を歪め、

 

「あんたたちの管轄でしょう。何故私達に報告するのかしら?協力しろとでも?」

 

 頬杖をつき、苛立ちを少しも隠そうともせずその男を睨む。しかし男はひるむことなく口を開く。顔を上げ、ジャンヌと呼ばれたその少女に目を合わせた。

 

「天界からの使者が来てしまえば、協定どころではありません。早々に手を打たなければ瞬く間に我らは・・・勿論、あなた方もやられてしまうでしょう」

「ふざけるのも大概にしなさい。私達が負けるとでも?神の遣いによって?それはまぁ、なんとも身勝手な話じゃないかしら。啓示を受け、戦って、騙されて、辱められて燃やされた。その果てに復讐を誓えば、神罰が下る?ふざけないで頂戴」

 

 少女の感情の高ぶりに呼応するようにして、その体から火の粉が舞う。もう既にその憤りは今にも火炎となって放たれそうなほどに高まっている。しかし、彼女はそれを抑えた。今ここでこの男を燃やせば、間違いなく『彼女』が動く。そうなれば戦闘は必至。

 

(((バーサーカーめ・・・)))

 

 現在、オルレアンにて召喚したジャンヌの手駒(サーヴァント)は6騎。全員に「狂化」がかけられ、その戦闘力を底上げしてはいる。しかし、それとほぼ互角に戦い続けることのできる「彼女」と敵対するのはマズイ。負けはしないが、不要な疲弊をもたらす。ジャンヌは歯噛みし、小さく舌打ちした。

 

「・・・何を求めるのかしら」

「巨竜を派遣していただきたい。私達は数こそいますが、数だけでして。使者を殺すには火力と言うものが足りません。さらに言えば私達の手の内は既に知られていましょう。ですので、どうかお力を貸していただきたいのです」

 

 ジャンヌはチラリと傍の男を見ると、男に耳打ちをして椅子から立ち上がり、広間を出た。男がジャンヌを呼び止めようとしたが、青白い肌の男に止められた。

 

「これからはこのジル・ド・レェが彼女の代わりとしてお相手いたしましょう。ラ・シャリテの襲撃。私達も望むことでありますし、そのついでに脅威となる者も排除できればまさにこれ一石二鳥。喜んで協力いたしましょう」

 

 ジル・ド・レェと名乗った男は、魚のような大きい斜視眼をギョロリと動かしマントの男を見た。

 

「ありがとうございます、それでは・・・」

「しかし条件があります。相互に協力するとなれば、そちらからも相応のものを頂きたいのです。まず、そちらの本部の移動・・・場所はそうですね。パリがいいでしょう。これは彼女の、ジャンヌの要望です。そして次に兵士を派遣していただきたい。小さな村々の処理は任せます」

 

 男はジル・ド・レェの提案した要望に了承の意を告げ、立ち去ろうとした。しかし、それを呼び止められ、クルリと振り向く。ジル・ド・レェは首を傾げながら。

 

「何故滅びた村を緑化するのですか?天候が荒れている理由は、あなた達の総帥ですね?できるならば、ワイバーンの使役にいささか支障をきたしますので、あなたから抑えるように進言していただけませんか」

「・・・それは無理な願いですね。向こうではなし得なかったことを、この世界でやり直そうとしている。互いに協力するというのであれば、あの方の信念も理解していただきたいのです。そして、ご安心を。下手に人を匿ったり、助けたりはしませんから」

 

 ジル・ド・レェは男の答えに納得はしていなかったようだが、これ以上話すことは無いと判断し、男を飛竜に乗せて帰らせた。それと入れ違うようにしてジャンヌが戻ってきた。その手には焼け焦げた人間の腕が握られている。

 

「お帰りなさい、ジャンヌ。またピエール卿を焼いてきたのですか?」

「ええ。でも全然いら立ちが収まらないわ。それに、彼はもうダメね。肉体的にはまだ保ちそうだけど、心の方が折れかかっている」

「いかがいたしますか?」

「首をもいで旗の穂先にでも刺しときなさい。主がおわす天上に近づくことができてさぞ喜ぶことでしょう」

「ではそのように」

 

 ジャンヌはため息をし、椅子に腰かける。そして握られた腕を一気に燃やし、放り投げた。空中を回転しながら舞い、腕は地面につく前に燃え尽きて炭化した。ジャンヌは顔をしかめて頭の側面を叩く。

 

 __神は、__っている。全て、__えと。

 

 虫の羽音のように。ささやきのように。ジャンヌの耳には原因不明の妙な耳鳴りが付きまとっていた。それは普段は何を言っているのか聞き取れないほどにざらついているのだが、今初めて。ジャンヌはそのノイズが何と言っているのかを理解した。

 

 

 __神は言っている。全てを救えと。愛し、慈しみ、赦しを与えよ。

 

 ジャンヌは拳を握り、思いっきり自身の頭を殴りつける。痛みなど知らない。負傷も考えてはいない。その耳障りな音を消すために。すると、スイッチでも切れたかのように止まった。息を荒くし、声を張り上げてジル・ド・レェを呼ぶ。

 

「明日の早朝、すぐさまラ・シャリテにファフニールを向かわせなさい。焼くのよ燃やすのよ!何としてでも!」

「・・・承知いたしました。では、準備をいたします。各地に散らばる彼らも呼び寄せておきましょう。・・・ところで、卿の残った体は」

「ワイバーンの餌にでもしなさい」

 

 

 ジャンヌは俯き、その視線を床に向けた。そこに何か、大切なものでも落としたかのように。彼女が天を仰ぎ見なかったのは、そこには何もないと信じていたからだ。

 

 __神がおわしますならば、私には必ずや天罰が下るでしょう__

 

 

 では、神の遣いが。神罰が来たとあれば、神は本当に__。

 

「ふざけるな。ふざけないで頂戴・・・!」

 

 ジャンヌは吠えるようにして吐き捨て、剣を握った。直接、向かわなければならない。でなければ、とてもではないが正気を保っていられない。ジャンヌはそう決意し、自身がよく見えるように。神罰の姿をよく見ることができるように。太陽の下・・・神の下で自身がなすことを見せつけるために。

 

 朝焼けの中で火を灯すことを誓った。



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第六話 指は鳴る

 遅れてしまい、申し訳ありません。六話目です。
 イーノックさんがかっこよく武器を使うところが書きたくなっただけのお話です。実際カッコよく書けたかどうかは分かりません。ご容赦を。

 それでは、始まります。


「おい!起きろ、イーノック!」

 

 ルシフェルの声にハッと目が覚める。薄暗い部屋。窓から差し込む陽の光に照らされ、床に積もった埃がキラキラと舞う。その幻想的な幕の向こうに、穢れたアーチを振り上げたエゼキエルの使役獣・・・エゼキ・Aが立っていた。イーノックは転がりながらアーチによる攻撃を避けると、すぐさまガーレを装備し、楔形の弾丸を放った。

 

 三発のガーレ弾がそれぞれエゼキ・Aの腕、足、頭を吹き飛ばし、浄化して煙に帰した。イーノックはガーレのコントロール装置を素早く浄化し、空き家を出ようとする。しかし、新たな刺客が扉を蹴り開けて中に入ってくる。今度は使役獣ではなく、ヒトだ。この時代の兵士と同じ鎧を身に纏い、穢れたアーチをその手に持っている。

 

「天からの遣い、イーノック!エゼキエル様の命により、その命をいただきに来た!」

「っ・・・・」

 

 朝の柔らかな日差しが差し込む中、イーノックは雪のように舞う埃に包まれながら、その敵を強く睨んだ。兵士は臆することなく、太刀を振るうようにしてアーチで切りかかった。イーノックは軽いステップでその攻撃を躱し、蹴りで兵士を扉まで吹き飛ばした。

 

 扉は衝撃に耐えることができずに、兵士と共に外へ吹っ飛んでいく。すると、別の兵士が数人、出口を塞ぐようにして現れ、手にした弓をつがえる。イーノックは応戦することをやめ、ガーレ弾でえぐるようにして壁を破壊し大穴を開けると、そこにスライディングをして空き家から脱出した。

 

 兵士たちがイーノックを追おうとするが、ガーレにより機動力を強化したイーノックは、滑るように水平に飛びながら距離を取り、屋根の上に逃れていた。兵士の中の一人が未練がましく矢を放つが、当たるはずもなく。イーノックは颯爽と、その胸の内に僅かな焦燥を抱えながら駆けて行った。

 

(((既に信奉者を作っているとは・・・。このことをすぐに藤丸たちに教えておかなくては!)))

 

 彼らは恐らく、自分が何処にいるのかという事をダ・ヴィンチを通して知っているはずだ。となると、まず間違いなくこちらに向かってくるだろう。昨晩は自分が迎えに行くことを考えていたが、もし互いに行違うことになれば面倒だ。

 

(((それに、エゼキエルの存在もある・・・。私がここに来たという事がバレたとあっては、彼らと共に行動することは避けるべきか?)))

 

 イーノックはチラリと背後を振り向くと、やはりと言うべきか。使役獣たちが追いかけてきている。その数は三体。ガーレを装備したエゼキ・Gが二体、エゼキ・Aが一体。下の通りでは兵士たちが互い互いに呼びかけながら、イーノックのことを追っている。

 

「待て、魔女の使徒!」

 

 聞き慣れない言葉に反応し、イーノックの意識が一瞬使役獣たちから通りの兵士に向けられたとき、ガツンとイーノックは後頭部に激しい痛みと衝撃を覚えた。バランスを崩し、家屋と家屋の隙間を飛び越えることができずに落下する。不意の衝撃に対応することができず、背中から落ちる。その時、穢れたガーレ弾が軌跡を描いて操作者の元へ戻るところを見た。

 

 しまった。すぐに起き上がろうと地面に手をついたが、首を一本の矢が貫いた。視界が回る。体から力が抜ける。それから、無数の足音がしたかと思えば、兵士たちが槍を構えて突進をしてきた。数人がかりで押さえつけられ、何本も槍を突き刺される。顔。脚。鎧の隙間から胴体へ。

 

「お前を殺せば、エゼキエル様は魔女を殺してくれると言った!」

「魔女の使徒め!串刺しだ!串刺しにするんだ!」

 

 なんとかガーレを操作して窮地を抜けようとしたが、意識が朦朧としてきたために制御することができず、イーノックが天に伸ばした腕がポトリと落ちると同時に、ガーレに宿っていた緑色の光も薄れて消えた。

 

「まったく、あともう少しくらい、自分の力で何とかしてもらいたかったんだがな」

 

 誰にも見られることのない、黒衣の天使は、小さくため息をつきながら指を鳴らした。

 

 パチン

 

▽△▽▽▽△▽△△

 

「待て、魔女の使徒!」

 

 聞き慣れない言葉に反応して、イーノックの意識が一瞬使役獣たちから通りの兵士に向けられる。エゼキ・Gはこれ幸いと、ガーレを操作してその中の一発をイーノックの後頭部に向けて放った。しかし、残念なことに、イーノックはそのことを既に知っている。

 

 正確に言えば、魂が覚えている。私はイーノックがしゃがみこんでガーレ弾を回避し、自分のガーレを用いて素早く飛翔するところを見届けてから彼の元へ移動した。

 

「危ない所だったな、イーノック」

「?、ああ」

 

 イーノックは知らない。まだ自分は一度も死んだことは無く、間一髪で死線を潜り抜けたと認識している。タワー解放時の決戦の折、セムヤザの触腕に全身を貫かれそうになり、肉体の半分を失いはしたがギリギリで生きていた。

その際に、不完全ではあるが契約の天使として覚醒。セタと時間逆行を利用した肉体の再生能力を手に入れていた。

 

(((とは言っても、セタによる支援が無ければ『ただの人間』であるばことは、少し困ったことだがね)))

 

 故に、イーノックがわずかなミスや不注意によって命を落とした時、私の時間操作の力が役に立つ。普通、時を巻き戻したとして、人は同じ過ちを繰り返す。何百回も、何千回も。その過ちを十万、百万と繰り返した末に、人は新たな運命を切り開くことができる。それは天使も同じで、それほどまでに運命と言うものを覆すのは至難の業なのだ。

 

 しかし、イーノックは違う。死ぬ前の・・・時を戻す前の記憶を受け継ぐことは無いが、魂が経験を積むことによって、危機を間一髪で脱することができる。その回数も、常人ならば数えきれないほど繰り返さなければならないところを、ほんの数回で済むほどにイーノックの魂は特別なのだ。

 

(((いまはまだ不完全だが、いずれ私が神の任を継いだ時、信頼できる右腕となるだろう)))

 

 そんなことを考えながら、私はイーノックのことを見つめた。イーノックは私の方に振り向くことは無く、デバイスを起動し、背後からの攻撃を避けつつ屋根の上を進んでいく。

 

「ダ・ヴィンチさん、藤丸さんの現在地とこの街を出るルートを!」

「待って・・・よし、送った!藤丸君たちは今、そっちに向かって行ってる。ルートは、この通りに行けば無事にザザ」

 

 浮かび上がるホログラムと音声に横殴りのノイズが走る。それと同時に、異様な「黒い」気配をイーノックは感じた。その額に大粒の汗が浮き出る。脚が止まる。背後から追ってきているはずの使役獣は、既に姿を消している。撤退したのか__否、恐らくは逃げたのだろう。

 

「ふむ。その姿、話に聞いていた天からの遣いとお見受けする」

 

 影をそのまま人型に作り上げたような男が、そこに立っていた。黒の豪奢な服に身を包み、乳白色の透けるような髪を風になびかせている。陽の光を遮る物のない屋根の上だというのに、その男の周りだけが妙に歪み、淀んで見える。その手には杭に似た銀色の槍が握られている。

 

 使役獣は皆、この男から逃げたのだ。私には分かった。

 

 

「余はバーサーク・ランサー。真名は、言う必要はあるまい」

 

 瞬間、イーノックがガーレ弾を並べてガードするのとほぼ同時に、男はその槍を心臓に向けて突き刺しにかかった。槍と防壁がぶつかり合い、チリチリと一瞬、空気が焼けつくような緊張が走る。

 

「ッ・・・エゼキエルの手のものか!」

「いや、また別件だ。魔女の使徒よ、本物に会った感想を聞かせてくれんかね?」

 

 押し込むようにして槍に力を籠める。イーノックはガーレ弾の刃を全て男に向けて、一つの一撃として放つ。男はその攻撃を察知してすぐさま後方へ逃れるが、イーノックは追撃することなくその場から素早く離れる。平時ならば追いつかれたかもしれないが、ガーレを装備している以上、その機動力に迫るものはほとんど存在しない。

 

「逃げるのか。それでよいのか。余を放っておくという事は、この街の全ての人間を見捨てることになるが」

 

 男が挑発する。しかし、イーノックは乗らない。見捨てる。見殺し。そう言った言葉は、既に幾度も浴びせられ、慣れているからだ。私は男の顔を見てみた。すると、その顔は蹂躙や殺戮への悦びに満ちた外道のそれではなく、失望、もしくは落胆ともとれる表情をしていた。

 

 

「悪いが、終わりたいというのならば他を当たってくれ」

 

 そう耳元で囁いてやり(聞こえてはいないがな)、指を鳴らしてイーノックを追おうとしたその時、太陽の光が阻まれ、辺りが一瞬にして暗くなった。積乱雲だろうか。そう思い、空を見上げた。さすがの私も、肝が冷えたよ。

 

 そこには、恐ろしいほどに巨大な黒龍が翼を広げていた。

 

▽△▽

 

 いきなりオルレアンに乗り込むのは不可能である。故に、近隣の街や農村で聞き込み調査を行うべきだと判断したジャンヌ・ダルクは、藤丸とマシュを連れてラ・シャリテまでの道を進んでいた。既に遠目には街の外観がぼんやりとではあるが確認できている。マシュは藤丸を抱えると、ジャンヌと共にサーヴァントとしての最高速度でラ・シャリテにたどり着いた。

 

 ジャンヌは竜の魔女の存在もあって、その顔を布で隠しながらラ・シャリテで行動することになるのだが、兵士に怪しまれることも無く__というよりかは、ヴォークルールの避難民と思われたのかあまり詮索されることはなかった。通りには人が溢れ、少しでも中心部へと向かおうと、まるで川のように人の群れが動いている。

 

 時折、「魔女の使徒」を追う兵士の一団が路地と露路の間を駆け、屋根によじ登ろうとしているところを幾度か見た。

 

「魔女の使徒・・・この街には既に、竜の魔女の手先が入り込んでいるというのですか・・・」

「どうでしょうか・・・。その割には、住人の方々も落ち着いていますし、何かの手違いでは」

 

 その時、藤丸のデバイスが電子音を響かせ、慌てた表情のロマンの姿を空中に投影した。近くを歩いていた避難民の男が、声を上げて腰を抜かす。「幽霊か!?」

 

「あの、ドクター。今ここでデバイスを動かすのは」

「早くその場所を離れるんだ!サーヴァント反応が五騎、巨大な魔力反応が一つ、その街へ向かって行っている!サーヴァントに関しては、既に一騎、街の中へ侵入しているぞ!」

 

 なんだって!藤丸は思わず大声でそう叫んだが、それは突如として陽光を遮った影と大きな羽ばたきの音でかき消された。全身から汗が流れ落ちる。膝が笑う。藤丸はほとんど、真上を向くようにして空を仰いだ。そこに空はなかった。

 

 緑に光る裂傷を胸に刻んだ黒龍が、その喉元に火炎を装填している。勇者殺しの代名詞である、ドラゴンの息だ。それが今、自分たちに向けて放たれようとしている・・・?

 

「マシュ!」

 

 宝具展開__。そう言おうとしたが、火球の落下の方が速かった。竜の息は町の中心部に着弾すると、一つ瞬きをする間に二倍に膨れ上がり、刹那、あらゆるものが灰燼へと還っていった。藤丸は熱波と衝撃で飛んできた瓦礫に体を貫かれながら、その眼を閉じた。

 

 閉じる瞬間、竜に向けて跳び、手を伸ばすも届かないイーノックの姿を見た。

 

 指が鳴る。

 

▽△▽▽▽◁◁ 

      ◁

 

「藤丸さん!」

 

 その声の方向を見てみると、イーノックさんが息を切らしながら俺たちの方へと駆けてくるところだった。辺りは陽の光で輝くばかりに照らされており、先程までの薄暗さは__。

 

「あれ?」

「?、どうかしましたか、先輩」

 

(((なんか、恐ろしいことがあったような・・・いや、これから起こるような・・・)))

 

 マシュの心配をよそに、俺は首筋を撫で、そこで初めてマシュの問いかけに反応した。

 

「あぁ、いや。なんでもないんだ。それより、イーノックさん、ご無事で何よりです」

 

 そう言ってみせると、イーノックさんは困った様な表情を浮かべた。何でも、このラ・シャリテの街は既に堕天使を崇拝する人間達・・・マーター達がいるらしく、さらに言えばその堕天使の使役獣までうろついているのだとか。イーノックさんはそれ等の襲撃を受け、逃れ、最後にはランサーと名乗るサーヴァントと戦闘を行ったと説明した。

 

「何とか戦闘からは離脱できたが、いつ追いすがってくるか分からない。それに、私の存在が堕天使にバレたとあっては、共に行動することは危険でしょう」

「いえ、仮にそうであったとしても、最終的には竜の魔女も堕天使も相手どらなければならないんですから。そう、気にしないでください。それに、イーノックさん達が一緒に行動してくれるのならば、とても」

 

 そこで、思わず言葉を切ってしまった。続く言葉が見つからないのではない。準備はできているのに、言えないのだ。何故か。・・・分からない。具体的に説明することはどうしてもできないのだが、虫の知らせ、だろうか。胸を焼くような不安感と恐怖が満たした。

 

「・・・来る」

 

 その時、電子音がデバイスから鳴り響いた。ロマンの声。五騎のサーヴァント反応。巨大な魔力反応が一つ。羽ばたき。翳り。上を見上げる。

 

 ・・・どういうことだろうか。俺は、これを、知っている(、、、、、)

 

 いや、記憶には無い。だが、記録にはある。そうとしか表現できない、奇妙な感覚がわだかまるようにして藤丸の心に横たわっていた。鼓動をするようにして、竜の胸に刻まれた裂傷が緑色に波打つ。このままではいけない。そう思った時、最初に動いたのはイーノックさんだった。

 

 窓の淵に手をかけ、屋根によじ登り、最も高い建物である鐘楼へ向かっているようだった。俺は一瞬、呆気にとられ何も考えられずにいたが、電流が走るようにして、これから何をすべきなのかを瞬時に理解した。

 

「マシュ、ジャンヌ。あの鐘楼へ向かってくれ!すぐに!」

「!・・・はい、了解しました!」

 

 再びマシュに抱えられ、まるで意志持つスーパーボールになったかのように、壁を蹴っては垂直に跳躍し、瞬く間に鐘楼の最上階に降り立った。そこには今まさに、黒龍に向けて跳ぼうとするイーノックさんの姿があった。その傍らには褐色の曲がった刃と、手甲を巨大化させたような武器が転がっている。

 

 瞬間、イーノックさんが足に力を入れる。背負ったリングがエメラルドに輝き、翼のように展開した楔の群れが軌跡を描いて飛翔していく。

 

 駄目だ。あれでは届かない。そう思った瞬間には、既にマシュに指示を行っていた。

 

「マシュ、冬木でやった通りに、盾をイーノックさんの足元へ!」

「は、はい!イーノックさん、お使いください!」

 

 黒龍が火炎を装填し始める。ここからの宝具展開は間に合わない。というよりかは、展開したとしても押し負ける。ならば、それ以前に止める以外に道はない。

 

▽△▽

 

 推進力を失い、落下が始まったその時、虚空にマシュの盾がテーブルのように水平に固定される。イーノックはガーレ弾で鐘楼に置いておいた穢れたアーチとベイルを空中に弾き飛ばし、マシュの盾を踏みつけて再加速。そこでイーノックはガーレを捨て、空中でアーチをキャッチして浄化すると、そのアーチによる滞空能力を用いて黒龍にさらに接近。

 

 次の瞬間、先程まで交戦していたランサーがイーノックの姿を認め、襲い掛かってきたが、それを藤丸の指示で周囲を警戒していたジャンヌが阻止する。

 

「ありがとう、藤丸__」

 

 

 黒龍は・・・邪竜はこの時初めて自分の目の前に滞空する存在に気が付いた。己にとっては矮小な者。取るに足らない者。それが、ほんの数秒前までの、邪竜から見たイーノックの評価であった。

 

▽△▽

 

 アーチを捨て、自由落下してくるベイルを引っ掴んで浄化を行う。それと同時に、己の中にある「力の守護天使」の能力を解き放った。その瞬間、ランプから出でる魔神のように、赤い体に白い翼を備えた、厳めしい顔の天使・・・ウリエルが拳を構えて邪竜を見据える。

 

『力を貸そう』

 

▽△▽

 

 ここで殺さなくては。邪竜が口を開く。硫黄と溶けた鉄の匂いと共に、熱気が立ち上る。

 ここで焼き殺さなくては、いずれ大きな障害となる。そうなったならばすでに手遅れ。己が魔女のためにも__。

 

 ああ、装填が遅い。魔力が、火力が足りない。このままでは。

 

▽△▽

 

 __一撃で構わなかった。

 ゼウスの雷霆を思わせる黄色の高エネルギーが、ウリエルの炎と共鳴してまばゆく輝く。その輝きの前には、いかなる存在であっても動きを止めるしかない。握りしめたベイルが、下から上へ、すくいあげるように邪竜のあごの下・・・逆鱗を捉えた。

 

 雷が落ちるような音と共に、邪竜のあごが上を向く。装填された火球は、地上ではなく遥か上空へと打ちあがり、大きな爆発と共に完全に燃焼した。

 

 邪竜による攻撃が失敗に終わったことをランサーは瞬時に判断したらしく、ジャンヌの旗による刺突を回避し、溶けるようにしてその場から消えた。

 

 イーノックは先程空中に放り投げていたアーチを再び掴むとその滞空能力で緩やかに着地、すぐさま邪竜の姿を確認した。

 

 

 邪竜はゆっくりとかちあげられた頭を元の位置に戻し、再び火球を装填しようとしたが、逆鱗に攻撃を加えられたゆえか。上手くいかず、忌々し気に藤丸たちを一人一人、顔を覚えるようにして睨むと大きな翼をはためかせて何処かへと飛んでいった。

 

 何が起こったか分からず、しんとするラ・シャリテの街の中で、鐘楼にいる彼らだけが歓声を上げた。

 

▽△▽

 

 これで疑念は確信に変わった。そしてその確信は怒りに転じ、怒りは憎悪に置き換わった。

 あれこそ、神の炎。かつて、自分自身を焼き尽くした、まごうことなき聖火。それを操る者が、ファフニールを退けてみせた。

 

「・・・・・」

 

 少女は最早、何も言わなかった。沈黙が彼女の怒りを表していた。空に揺蕩う火の粉はまるで雪のように舞い落ち、それら全てが火種となって街を燃やし始める。しかし、何の感情も沸いてこなかった。今までは黒に塗りつぶしたキャンバスに、悦びや怒りと言った感情が下塗りされた絵の具のように浮き出ていたものだが、今はただただ白い紙の中央に、ポトリと殺意が転がるだけ。

 

 と、そこにランサーが陰から這い出るようにして少女の前に姿を現した。

 

「・・・揃ったわね。それじゃあ、行きます」

 

 少女は、ただひたすらに殺すことを決めていた。すぐに向かう。街の方は他のサーヴァントに任せてもいい。だが、あの男だけは必ず殺さねばならない。例え自分一人だけだとしても、それだけは絶対に。

 

 

 神、__ている。・・・で、__ないと。

 

 

 耳鳴りがする。頭の中に虫でも入れられたかのように、どうしようもない苛立ちが火炎となって足元をのたうち回る。一歩踏み出すごとに、自分が踏みしめた草と土が白く燃える。

 

「__私からのオーダーはただ一つ。殺すこと」

 

 それを号令に、四騎の狂化英霊が街に向けてその身を躍らせた。

 

▽△▽

 

「・・・ああ、イーノック」

 

 時を同じくして、オルレアンとはまた違った意味で異世界と化したパリにて、老婆はため息をつきながら自身の手を見つめていた。その後ろでは、彼女の「子供たち」が身を寄せ合い、互いにじゃれるようにして戯れている。

 

 作られた自然に覆われ、天候も一定のパターンを繰り返すだけのレプリカ。

 これを見て、あの子はどう思うかしら。憐れむ?憤る?呆れる?・・・分かりはしない。

 

 ただ分かっていることは、一つだけ。

 今回も、彼が敵であるという事。

 

「・・・なら、遠慮はしなくてもいいわね」

 

 老婆はその顔を三角形のヘルメットに覆い隠し、紫色の大きな単眼をギョロリと動かしてラ・シャリテの方角を睨んだ。数秒後、そこに老婆の姿はなく、雷雲と風を纏いながら空を飛んでいた。

 

 イーノックに会いに行くために。




・イーノック:プロフィール2

 『従う者』。原初の罪人であるカインの子供として生を受け、それから65歳になった時に妻との間にメトシェラという子供を設けた。その後、死についての記述はなく、「神が連れて行った(召し上げられた)」という表現がされており、それ以降は登場することは無く消息も不明。

 カルデアに現れたイーノックを、創世記に登場するエノクと同一の存在と見るか。はたまた伝承に基づき、霊基を得たサーヴァントとして見るか。

「まぁ、どっちだって構わないだろう?どちらにせよ、アイツはアイツで変わることはないよ」

 黒衣の天使はそう語っている。


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第七話 怖れ

 遅れてしまい申し訳ありません。七話目です。
 最近は年末も近いという事で、中々文章を書く機会がありませんでした。言い訳です。ご容赦を。

 次の投稿が遅れてしまうかどうかは分かりませんが、暇さえできればすぐに投稿したいと思います。

 それでは、どうぞ。


 __まさか。イーノックに向けて賞賛を送る藤丸を見て、私は確かにそう思った。

 イーノックが巨竜を退けた「一回目」、ガーレによる加速を用いても巨竜にその手は届かず、火球の熱風と衝撃波によってイーノックの肉体はバラバラになり、この世から消滅した。それと同時に、この街に来ていた藤丸も、マシュも、その傍らにいたサーヴァントも。街の住民も使役獣も、その全てが灰に還った。

 

 しかし、イーノックが確かに死んだ瞬間、私は指を鳴らした。神から私に唯一許された権能、時を統べる力。それによって時を巻き戻し、イーノックは再び「一回目」に臨んだわけだ。しかし、作戦は変わらず。他にも武器は用意したが、基本的にはガーレを用いての突貫。やれやれ、一体何度挑戦することになるのやら。そう思い、イーノックが跳躍したのとほぼ同時だった。藤丸達が私達の元にやって来たのは。

 

 私はその時、なるべくイーノックにはバレないようにしていたが、心底から驚いた。何故なら、最初の「一回目」を経て、経験を積むことができるのは私が知る中でイーノックだけだったのだ。藤丸がここに来ることはない。来たとしても、何百何千とイーノックが経験を得た後だ。

 

 しかも、藤丸の行動はそれだけで終わらなかった。マシュに指示を出し足場を提供、妨害に来たサーヴァントの足止め。全てが的確だった。恐らく、藤丸の力がなかったとしてもイーノックは巨竜を倒しただろうが、ここまで速く事を為すことはできなかっただろう。

 

(((まさか・・・この子供・・・イーノックと同じ(、 、)か?)))

 

 レイシフトへの適性を持つ48人のマスター。その中でも、藤丸は飛びぬけて異様な能力を隠し持っているという話を、私は密かに聞いていた。レイシフト適性、驚異の100%。それは、仮に存在を投射するコフィンが無かったとしても特異点に赴ける才能・・・いや、もはや異能と言うべきか。過去に赴き、現在(いま)を書き換える力・・・。

 

 これは私の推察だが、恐らくこのレイシフトを確定させる力が彼に「経験」を与えたのだろう。イーノックと同じく本人はこの才能に気づいてはいない。これから先も、気づくことは無いだろう。それに、今はこんな考察に時間をかけている暇はない。その考えを肯定するかのように、街のあちこちから悲鳴と破砕音が響き始めた。

 

 藤丸たちもそれを聞いて熱狂から一転、怖れを含んだ深刻な表情を浮かべた。鐘楼から見える街のあちこちから火の手が上がり、空が分厚い灰色の雲で覆われ始める。火の粉が揺れるように落ち、消え、あるいは業火の火種となって燃え盛る。冥界ではなく地獄があるとしたら、こういった光景の場所なのかもしれないな。

 

 その時、遥か彼方から、私でも身震いを起こすほどの殺気が放たれた。そしてすぐに、マシュが藤丸を。そして乙女のサーヴァント__ジャンヌと言うらしい__がイーノックを抱え、すぐにその場を離れた。私も指を鳴らし、街の側にある草原に移動したが、一瞬。憎悪と怒りに濁った、穢れの影を見た気がした。

 

▽△▽

 

 __恐ろしい。その感情は、マシュにとって初めて抱くものではなかった。

 本で得た知識ばかりではあるが、蛇を目前にしたカエルの死への恐怖。得体の知れないモノや理解の及ばないモノへの恐れ。自然に対する敬意に似た畏れ。・・・人の悪意を知った時の、驚きもまた恐怖だろう。

 

 そして、デミ・サーヴァントとして特異点Fに赴いたときには、自らの存在が消滅することよりも、自分が敬愛する人々が亡くなることを最も恐ろしく感じていた。それは、今も変わらない。

 

 しかし、今さっき抱いた感情は__それらとは一線を画すものであった。

 その殺意には、躊躇いが無かった。黒でもなく、白でもなく、透明な。澄み切った殺害への意志。それ以外にはまるで無い、得体の知れない底なし沼のような気配。

 

 マシュはそれから真っ先に、藤丸を遠のけようとした。屋根瓦を蹴り、火炎を盾で防ぎ、街を出て森へ至ろうとした。しかし、殺意は常に背後にあり、その距離が開くことがないまま、ついにラ・シャリテを脱出した。

 

 続いて、イーノックを抱えたジャンヌが業火を旗で振り払い、草原に着地した。二人ともに目立った怪我はなく、顔に少しばかり煤が付着していた。藤丸はマシュに降ろされ、ふらつきながら立ち上がって、燃えるラ・シャリテを見た。まだ悲鳴が響いている。まだ、あそこに、何百人も__。

 

「しっかりしろ、藤丸」

 

 ほとんど無意識に、ラ・シャリテへ戻ろうと足を動かしていた藤丸の前に、ルシフェルが立ちはだかった。しかし、ルシフェル自体、天使という特殊な存在故か特異点では物理的干渉を行えない。藤丸が無視して歩き続ければ、ただの幻影としてルシフェルを通り過ぎることができる。

 

 だが、藤丸は足を止めた。それが正しいことだと分かっていたからだ。ダ・ヴィンチに言われ、よく理解できている。今もこうして、ルシフェルに止められる気持ちも分かっている。藤丸は自分の首を掴むようにして、そのどうしようもない感情を押さえつけた。それを見たルシフェルは微笑み、そしてすぐに元の真顔に戻った。

 

「気づいてくれ藤丸君!敵がすぐそこまで来ている!」

 

 藤丸のデバイスから、ロマンの叫ぶような声が響いた。

 

 

「なんて、こと。まさかこんなことが起こるなんて」

 

 感情のまるで籠っていない、音のような声に全員が反応した。そこにいる者を、全員が目撃した。

 

 骨のような色をした髪。黒い鎧。掲げる旗には竜の紋章。その表情には凍えるような薄ら笑いが張り付いている。しかし、その顔は聖女ジャンヌ・ダルクと同じだった。片や驚愕に目を見開き、片や凶相を浮かべている。しかし、誰に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。__「どちらもジャンヌ・ダルクである」と。

 

「ああ、だめ。だめよ。こんなの笑うしかないじゃない。まずいわ、やばいわ。誰か私の頭に水をかけて頂戴。でないと、笑いすぎておかしくなりそうなの」

 

 『ジャンヌ・ダルク』が歩みを進める。それに合わせて、「ジャンヌ・ダルク」がじりじりと後退する。『ジャンヌ・ダルク』が笑みを浮かべる。「ジャンヌ・ダルク」の頬を一筋の汗が流れ落ちる。

 

「初めましてかしら、ちっぽけな小娘(わたし)。本当、こんな顔色の悪いネズミ以下の存在にすがるしかなかったなんて、この国、蠅にでも支配させていた方がまだマシだったかしら。ねぇジル、貴方もそう__って」

 

 そうだ、連れてきてなかったわ。『ジャンヌ』は「ジャンヌ」に向けて、しばらく楽しそうに語った後、唐突に視線をイーノック達の方へと向けた。

 

「何故?といった顔ですね。何故、ジャンヌが二人いるのか。いや、そもそもお前は本当にジャンヌ・ダルクなのか。フランスを滅ぼすのはどうしてか。分かります。ええ、分かりますとも。あなた達のくだらない懸念と疑念が手に取るように分かります。そうですね、答えてあげましょう。一つずつ丁寧に」

 

 

 私はジャンヌ・ダルク。蘇った救国の聖女です。そちらにいる弱々しい小娘は、まぁ私の残り滓のようなものです。どちらかが本物かと問われれば、当然私という事になります。さて、フランスを滅ぼす理由、でしたね?

 

「簡単なことです。裏切られた。侮辱された。殺された。だから滅ぼすのです。分かりやすいでしょう?どうしようもなく身勝手な人類種という悪の種を刈り取り、フランスという人類史の汚点を塗りつぶす。要は救済です。救国です。私は慈悲深く、このフランスを滅ぼします(救います)

 

 その時、まるで天から降ってきたかのように四騎のサーヴァントが新たに表れた。仮面をつけた女。十字を模した杖を持つ女。槍を構える青白い男。細剣を握った剣士。藤丸とルシフェル以外の三人が、戦闘態勢に入るが、一線級のサーヴァントに取り囲まれたこの状態。三人が三人ともに勝機を見出そうと注意深く観察したが、付け入るスキはなく。また攻撃もしかけられないでいた。

 

「さて、問答はもう終わりです。さよなら、田舎娘。そして神の遣い____!?」

 

 『ジャンヌ』は言葉を続けようとしたが、突如として辺りを覆い始めた暗雲にその顔を歪めた。続いて、シトシトと雨が降り始め、辺りをしとどに濡らし始める。そこに、音もなく、ゆっくりと降り立つ、一人の老婆の姿があった。

 

「お前は・・・‼」

 

 今まで沈黙を守ってきたイーノックが、そこで初めて声を出した。

 

「久しぶりね、イーノック」

 

 慈愛に満ちた声。優し気な眼差し。老婆の表情は、この剣呑な雰囲気からは随分浮いたもので、まるで食事時を思わせる程に穏やかなものだった。一方、それとは対照的に、奥歯を砕くほどに噛みしめる『ジャンヌ』が、老婆を強く睨みつけていた。その瞳には、殺意以上に警戒と怖れがあった。

 

「イーノック。私達は一度、あなたに捕らえられ・・・そして今、外に出て自分たちの思う世界を作り出している。それを邪魔されたくないの。分かるでしょう?」

 

 物わかりの悪い生徒へ、教師が優しく指導するように。エゼキエルは慈しみに満ちた声でイーノックに語り掛けた。しかし、イーノックの顔は険しく、一切エゼキエルの言葉に耳を貸す気はなかった。

 

「エゼキエル・・・。もう一度、あの背徳の塔での過ちを繰り返そうというのならば、容赦はしない。さぁ、おとなしく罪を償うんだ」

「罪?罪・・・罪と言えば、イーノック。貴方も一つ、罪を償わなければならないわよね?」

 

 その言葉を訝しみ、首を傾げるイーノック。次の瞬間、その眼前には既にエゼキエルの姿があった。

 

「ウーラ、ブーラ、フーラ。仇は私がとります」

 

 ほとんど見えないような速度で拳が迫る。イーノックは回避は不可能と判断し、ガーレの弾を一発、頬と拳の間に挟み込み衝撃を和らげた。それを合図としたかのように、『ジャンヌ』と四騎のサーヴァントが一斉に藤丸たちに襲い掛かる。

 

 その時、風で雲が揺らぎ、わずかに陽光が射しこんだ。雨に濡れた青草を照らすその光は、キラキラと輝いている。さらに、彼方まで届きそうな馬のいななきと蹄の音、弦楽器__ヴァイオリンによる演奏と歌声まで響き始め、そこにいる全員が戦闘を中断し、天を仰いだ。

 

「ヴィヴ・ラ・フラーンス!」

 

 衝撃波による物理的な重圧に、音に乗せた魔術が場を包み始める。四騎のサーヴァント、『ジャンヌ・ダルク』、エゼキエル。藤丸達と敵対していた全ての存在に、五線譜を模した魔術による拘束がかけられていた。暗雲のもたらす影の中、雲の間から差し込む光を受けて、ガラスの馬車は暖かな光で周りを照らしながら藤丸たちに近づいた。

 

「さぁ、逃げますわよ!」

 

 差し伸べられた細い腕に引かれ、藤丸たちは馬車の中へ入り、その場を悠々と離れていく。『ジャンヌ』とエゼキエルは他のサーヴァントよりも一足先に拘束を脱し、『ジャンヌ』は黒炎、エゼキエルは紫電を放って馬車に攻撃を仕掛けたが、寸でのところでレンジの外へ逃れていった。

 

▽△▽

 

 ラ・シャリテより南東、ジュラの森。

 

 9人を乗せたガラスの馬車は、森の中の開けた場所へ着地し、真っ先に降りたのは王冠を模した帽子を被った少女であった。それに続いて、少女が二人、男が一人。場を少し警戒し、敵影が無いかを確認してから藤丸たちを馬車から降ろした。

 

 空は先程の薄暗い雨模様から一転して、白い雲が青い空によく映え、光の輪すらも美しく見える程の晴天。王冠帽子の少女は軽く伸びをして、気持ちがよさそうに軽く息を吐いた。

 

「いい天気ね!私、雨や曇りよりも晴れが好きだわ!」

 

 先程の痛いほどの緊張から解放された故か、少女のリラックスした気楽な雰囲気とは対照的に、藤丸はまともに立つことができず、湿った草の上に尻餅をついていた。

 

「あ、あの・・・あなた達は、一体・・・?」

 

 マシュとイーノックに立ち上がらせてもらいながら、藤丸は手持無沙汰に近くの切り株に座りこむ男に尋ねた。男はニコリ(人によってはニヤリとみえるかもしれない)と笑みを浮かべ、「見て分からないかな。僕たちはサーヴァントだ」と言った。

 

 その言葉に一瞬、藤丸は警戒の色を見せるが、すぐに二人の少女の内の一人が「勿論、あっち側じゃなくて敵対してる側ね!」とフォローを入れた。そこに、頬を軽く膨らませた帽子の少女が近づき、

 

「自己紹介もせずお話なんて失礼です」

 

 そう言って、にこやかに微笑んだ。緊張も、筋肉に滞る様な恐怖も和らぐような、清い雰囲気を彼女は持っていた。

 

「初めまして。私は"マリー・アントワネット"。クラスはライダーです」

 

 森の中に、微かに煙のにおいが混じった風が吹きぬけ、藤丸はその少女の首に一本の黒い横線を見た気がした。







 



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第八話 共通

 やはり、年末は特に忙しく、遅れてしまいました。
 何とか年内に更新できましたが、長らく待たせてしまい申し訳ありません。
 次の更新は年が明けた後になると思います。

 それでは、第八話。始まります。


 煌めくように微笑む少女・・・ライダーのサーヴァントは、自分のことをマリー・アントワネットと名乗った。それは、歴史に疎い俺でも聞いたことがある名だった。いつの時代の人物だったかは忘れてしまったが、フランスの王妃出会ったことは記憶している。ただ、どうにも若いと感じはしたが、特別驚くことは無かった。恐らく、ダ・ヴィンチちゃんの真実に衝撃を受けすぎて耐性ができたからだと思うが。

 

 続いて、長身の、蝶を思わせる装束に身を包んだ男がやれやれと言った風に名乗り始めた。

 

「クラスも真名も明かすのかい?まぁ、いいけど。ボクはアマデウス。君達に分かりやすく名乗るならば、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。クラスはキャスター。戦闘は兎も角、君達の旅路を飾ることはできるとも」

 

 モーツァルト!フルネームを聞いたのは初めてだったが、彼がそうだったとは。俺は思わずドキリとした。流石に彼の全ての曲を知っているわけではないが、何曲かは俺も学校の音楽の時間で歌ったことがあった。衝撃度で言えばマリー・アントワネットよりも強いのは、彼の曲が世界的に有名で、身近にあるものだからなのだろう。

 

 しかし、キャスター・・・彼も魔術師だったのだろうか。

 

 そう考えている所へ、待ってましたと言わんばかりに二人の少女が名乗った。

 

「クラスはアイド・・・ランサー、真名はエリザベート・バートリーよ」

「クラス、バーサーカー。清姫と申します」

 

 この両名の名前には聞き覚えがなかった。後でマシュに聞いて分かったことだが、エリザベートとはハンガリーに実在した連続殺人者であるらしく、清姫と言う少女は実在したかは定かではないらしいが、「竜」もしくは「蛇」に変化したという逸話があるらしい。

 

 フランス王妃。音楽家。殺人者。化生。

 後半の二名においてはフランスとは縁もゆかりもない無いようだが、話を聞くうちに四名の明確な共通点が見えてきた。

 

 それは、竜の魔女に対して反抗心を持っている、言わば反勢力であり、俺たちの味方だという事だった。

 

 

 マリーさん(敬称で呼ぼうとすると頬を膨らませて怒られた)がそのことを知っていたのかは分からないが、この森には霊脈が走っているようだった。ロマンの指示に従い、マシュが盾を用いて召喚サークルを設置する間、俺とロマン、ジャンヌは、彼女らと今までのこと、そしてこれからのことを話すことにした。

 

「あー話をまとめるけど、君達にはマスターがいないんだったかな?」

 ロマンが信じられないといった具合でアマデウスさんに聞くと、うんうんと頷き、

 

「これは通常の聖杯戦争とは違うからね。だって、既に聖杯はあの竜の魔女の手に渡っている。本当は最後の勝者のみが手に入れるという事への矛盾、それへの辻褄合わせとしてボクたちは聖杯そのものに呼ばれたんだ」

「マスターがいないから、ですね?」

「その通りだよ。正直言ってそれ以外に考えられない。本来ならマスター不在のサーヴァントであれば、いずれ魔力切れを起こして消滅するはずだけれど、そういったことは未だに起きていないからね」

 

 まぁ、若干の魔力不足の感じは否めないけど。アマデウスさんはそう付け足した。ロマンは、マリーさんやエリザベートさんにも同じようなことを聞いたが、概ねアマデウスさんの言ったことと同じものだった。

 

「マスターのいない、はぐれサーヴァント・・・もしかしたら、私もそうなのでしょうか?」

 ジャンヌさんがそう聞くと、アマデウスさんは、

「んーまぁ、そうなのかもしれないけれど、君自身はどう思っているのかな?」

「・・・自分で言ったことですが、分かりません。まだ生きているようでもあり、既に死んだ英霊であるとも・・・」

 

 その言葉に、アマデウスさんは何か思うところがあったのか、若干遠くを見つめて考えるようなそぶりを見せたが、すぐに何でもないように表情を崩し、今度はこちらのことを聞いてきた。

 

 俺は、説明をロマンに任せようと思い、デバイスを外して彼に渡した。その方が適任だと思ったからなのだが、アマデウスさんやマリーさんら、即ち「英霊」の話を聞いているうちに、彼のことが気になり・・・話を聞いてみたいと思ったからだった。

 

 その彼はちょうど、食料となる野生動物を狩り、火を起こす薪木を集め終えて帰ってきた。

 

▽△▽

 

「イーノックさん、少し、お話しできますか?」

 

 藤丸は、薪を一か所に集め、動物の血抜きを済ませたイーノックに近づき、話しかけた。イーノックは、若干訝しむような表情を一瞬だけ見せたが、すぐに子犬のように微笑み、「ええ、構いませんよ」と言った。イーノックは手早く、枝とマシュの設置した召喚サークルを通して送られてきた布とを組み合わせ、簡易式のテントを組み立てた。

 

「話す場所は、ここでも構いませんか?」

「うーん、できるなら二人で。別に誰かに聞かせたらマズイ話じゃないんだけど」

「分かりました。ですが、一応二人きりで話すことはマシュさんに伝えておきますよ」

 

 イーノックは食事の準備をしているマシュと清姫に近づき、ボソボソと言葉を交わすと、向こうに少し開けた場所があると言い、そこに向かった。

 

 

「さて、話とは・・・?」

 

 イーノックは特段緊張した様子もなく切り出す。藤丸は数秒、視線を彷徨わせたが、話題を決めたらしくイーノックの目を真っ直ぐに見据えて口を開いた。

 

「イーノックさんのこれまでのことを聞かせてください」

「私の・・・ですか?」

 

 意図が分からない、と言った具合にポカンとするイーノックに対し、藤丸はその理由を語って聞かせた。

 

 

 俺とイーノックさんは、同じサーヴァントと契約を交わしたマスターです。ですけど、イーノックさんは、その、堕天使を捕縛する旅を何百年も続けていたと、ルシフェルさんから聞きました。それって、言うなれば、俺たちが今やっている特異点の修復と、世界を救うという点において似てると思うんです。

 

「ですから、これから先、何が起こるかは分かったもんじゃありませんので、そういった危機や危険を体験してきたイーノックさんからアドバイスを貰おうと思ったんです」

 

 藤丸の言葉を黙って聞いていたイーノックは、納得したように頷いた。しかし、その顔は少し険しい。話してやるべきか迷ってるようにも、何を話したらいいのか困っているようにも見える表情。藤丸はそれに気づくと、あたふたと手を振ってみせ、

 

「あ、いや、話したくなかったなら別にいいんです!すみません、気が付かなくて・・・。その」

「いいですよ」

 

 立ち上がりかけた藤丸を制し、ニコッと爽やかに微笑む。

 

「話をすると、了承したのは私です。いくつか、ぼんやりとした記憶もありますし、全てを語ることはできませんが。それでもいいのなら、語らせてください」

「あ、ありがとうございます!じゃあ、早速、旅の始まりから・・・・・・」

 

▽△▽

 

 話を聞いていく内に、おこがましいことかもしれないが、俺とイーノックさんにもいくつか共通点があるように思えてきた。突然に大きな存在(神とカルデア)に選ばれたことや、世界救済(大洪水の阻止と人理修復)を目指した/目指しているといったことがそうだ。個人的な趣向やその他の事柄においては共通するようなことは少なかったが、直感的に、俺とイーノックさんは同じ立ち位置にあるのではないかと感じた。

 

 無論、そのことはイーノックさんには語らず、「少し似てるかもしれませんね」とコメントをしておくだけに留めたが、その言葉を聞いた瞬間のイーノックさんの表情を、俺は生涯忘れることは無いだろう。

 

 哀れみや悲しみとは違う。怒りや遺憾といったものでもない。いや、むしろそれら全てを混ぜ合わせたような、とてもとても、苦い顔。顔を歪ませてその心情全てを表に出すのではなく、必死にそれらを抑えた、痛々しい表情。イーノックさんは、そのことに気づいていたのか、それとも気づいていなかったのか。激痛を堪えるようなその顔はほんの一瞬のもので、すぐにいつもの涼しげな、それでいて暖かい微笑みを見せるイーノックさんに戻っていた。

 

「__さて、私がお話しできることは全て伝えましたが、まだ何か聞きたいことはありますか?」

「・・・えっ?あぁ、いや。もう大丈夫です。ありがとうございます、お話につき合っていただいて」

「いえいえ、藤丸さんのお話も聞けてとても満足していますよ。特に、学生時代のことについてはとても__」

 

 唐突に、イーノックは言葉を切った。藤丸は何事かと思い、彼を見てみると、イーノックは茂みの奥。そこに何かの気配を察知したように、瞬きもせずにその一点を見つめていた。藤丸は敵襲を想定し、すぐにマシュを呼ぼうとして、やめた。

 

 草むらからピョコと飛び出る長い耳。可愛らしい鳴き声。ガサガサと音を立てて茂みからはい出したのは他でもない、フォウだったからである。ラ・シャリテの脱出の際には姿が見えなかったが何処かへと避難していたのだろう。目立った外傷もなく、軽やかに駆けてきて藤丸に抱き上げられた。

 

「フォウ君、姿が見えないから心配していたんだよ!」

「フォウ、キューウ」

 

 イーノックは苦笑しながら息を吐き、アーチから手を離す。それと同時に、マシュが藤丸を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「・・・話せて、とても楽しかったですよ。次は、もっと細かいところまで話しましょうか」

「うん、ありがとうございます!えと、それじゃあ行ってきます!」

 

 藤丸はフォウを抱え、皆がいる方へと駆けていく。藤丸の姿が見えなくなると同時に、ルシフェルが木に寄りかかった姿勢で姿を現した。透明化して話を密かに聞いていたようだった。ルシフェルはニヤリと笑い、

 

「お前らしくもないな。あんなに人に、自分のことを話すなんてな」

 

 ルシフェルは笑いながら言ったが、イーノックは心ここにあらずと言う風に空を見上げていた。満天の星空。輝く月を巨大な光の輪が囲んでいる。それは幻想的でもあり、また妙に不安を煽る圧迫感も醸し出していた。

 

「・・・ルシフェル、私が妻を持たず、あの時に天界にいれば、事態は何か変わっただろうか」

 

 イーノックのその言葉に、ルシフェルは笑うのをやめた。そして、こう告げた。

 

「お前があの時にいたとしても、特にできることは無かったさ。何せ、私も、他のアークエンジェルもいながら事態が起こるその時まで何もできていなかったんだからな。人間であるお前に、何かできたとは思えない」

「・・・そうか」

「そうだ。だから、気にすることは無い。それと、お前が真に気にしているのは、あの子供のことだろう?」

 

 イーノックはハッとルシフェルの顔を睨んだ。ルシフェルは続ける、

 

「『似ているかも』。お前は、あの子供が自分と同じ道を辿ることを恐れている。だから、本当は話したくはなかったのだろう?その気にさせるような、自分でも何かできると思わせるようなことは」

 

 ルシフェルの言葉に、イーノックは黙って頷いた。言葉の重みに引っ張られるような頷きだった。

 

「だが、これは私の直感だがね。あの炎上した街で彼を見た時から、お前には彼が必要だと思ったよ。それほどの力を秘めている。そして、その勇気も覚悟も能力も備えている。お前が話してしまったのは、それをお前も理解していたからなのだろう?」

「・・・分からない。ただ、彼の目を見た時、会話を避けるべきではないと感じた。それが彼の役に立つと思い、それを後押しすべきと感じたんだ。だが・・・」

「フー・・・まぁ、その答えもいつかは見つかるだろう。ただ、安心していい。結末はどうあってもハッピーエンドだよ。私が約束しよう」

「それは、未来が見えるが故の断言か?」

「お前とあの子供を信頼しているだけだよ」

 

 ルシフェルは指を鳴らしてその場を離れた。向こうでは、藤丸がルシフェルに携帯がどうたら、所長がどうたらと話しかけている。自分もそろそろ向かうべきか。だが、中々ここを離れる気にはならなかった。ここ

 

(((迷い・・・一度は振り切ったものだと考えていたが、どうやら、まだ私は・・・)))

「この期に及んで、まだ迷いを抱えているのか・・・」

 

 イーノックは二、三度深呼吸をし、掌で顔を叩き気持ちを切り替えると、藤丸たちのいる方へ歩んでいった。

 

 その背後で、彼らの様子を観察している存在がいることも知らずに。

 

▽△▽

「仲間を探すのです!」

 召喚サークルを通して送られてきた茶葉で淹れた紅茶を飲みつつ、マリーはそう高らかに言ってみせた。

 

「仲間、ですか」

「そうだ」

 

 藤丸の言葉に、ロマンがデバイス越しに返して来る。藤丸とイーノックが席を立っている間、ロマンとマシュを含めたサーヴァントらで戦力と自分たちのようなはぐれサーヴァントについての考察が行われていた。ロマンはそのことを藤丸とイーノックに対して説明した。

 

 結論から言うと、他にもはぐれサーヴァントがいる可能性は、大いにあるという。

 そもそも、乱入という形で合流したマリー達も、最初は彼女とアマデウスだけで行動をしていたのだという。そこに、二人で行動していたエリザベートと清姫と出会い、連れ立って動き始めたのだとか。

 

 つまり、マリーたちがエリザベート達を後になって見つけたように、まだ他の「聖杯」に喚ばれたサーヴァントがいるという。

 

「無論、見つけたとしても素直に協力してくれるとは限らないだろう。だが、現状、この絶望的な戦力差を覆すにはより多くの味方が必要だ。恐らく、このことは竜の魔女も知っているだろう。彼女らに斃される前に見つけるんだ」

 

 そして、戦力が十分に整えば、オルレアンへ進撃。決戦に臨む。ロマンはそう締めくくり、後はよく休んで明日に供えるようにと言い残すとホログラムを消した。

 

「では、先輩、イーノックさん。見回りは私達に任せて、少しでもお休みください」

「いや、悪いよ。俺もまだ動けるし、いざって時に俺が動けなかったら困るんじゃないか?」

「そうだね。確かに、今は君がいないと困る」

「・・・・・・今は?」

 

 問い返す藤丸に、アマデウスは答えない。目を閉じ、全神経を自分の「耳」に傾けている。そのことに気づいた藤丸は、素早く辺りを見回し、マシュとマリーに警戒をするように言った。イーノックは既に何らかの気配を察知したのか、アーチを広げて構えている。

 

「・・・やれやれ、耳がいいのも考え物だな。甲高いトランペットよりも不快な音だ。悪意ある靴音というのは」

「この距離で分かるのですか?」

「しっ・・・来るよ」

 

 人差し指を唇に当て、アマデウスは懐から指揮棒を取りだし、構えた。マシュとジャンヌは藤丸の前に立ち、不意打ちや急襲に備える。マリーも、いつでも「歌える」ように準備をしていた。藤丸は一瞬、離れた場所にいるエリザベートと清姫を呼ぼうとしたが、無数の羽ばたきとと共に月明かりが明滅するように遮られる。ワイバーンの群れが、彼女らのいる方向へと飛んでいたのだ。

 

(((分断された!?まずい、この戦力で・・・アレ(、、)に勝てるのか!?)))

 

 刺客は、既に目視できる距離にまで近づいていた。

 

 

「こんばんは、皆さま。寂しい夜ね」

 

▽△▽

 

 紺色の長い髪、水色をした透き通るような瞳。右手には十字架を模した杖を持ち、藤丸達から10mほど離れた場所で歩みを止めた。見目麗しい聖女。しかし全身からは闘気が湯気のように漂って見える。その威容に思わず圧された藤丸が、無意識に後ずさりをし始める。

 

「__何者ですか、貴方は」

「何者・・・そうね、今の私は何者なのかしら。まぁ、貴方たちからしたら、私は敵ね」

 

 近づくことなく、女は答える。武器である杖も構えず、非常に気だるげな様子で問いに答える。

 

「できることなら、こんなことしたくないわ。壊れた聖女の使いッ走りにされて、貴方達の監視だなんて。できるなら、私も一緒に反抗してやりたい。でも無理ね」

 

 自嘲気味に笑い、女は杖を空に高く掲げた。十字を模した杖の先端に光が集まり始める。マシュ、ジャンヌ、アマデウス、マリーが防御に入る中、イーノックだけが攻めに行った。爽やかな夜風。ワイバーンの嘶き。夜を切る、輝く刃。イーノックは迷いなく、その首を刈りに跳んだ。

 

 しかし、金属同士がぶつかるような音を立てて、イーノックは遥か後方へ弾き飛ばされた。砕けた鎧の破片が、月明かりに眩しく輝く。突貫したイーノックを弾き飛ばしたモノ。それは、地中から伸びる巨大な怪物の腕であった。

 

「・・・どうせ戦わなくちゃならないのなら、貴方達のために、私は試練を与えようと思います」

 

 腕が地面を掴むように踏み、大地が盛り上がる。地鳴りに似た唸り声が辺りを震わせる。ロマンが警戒を呼び掛けるが、そのホログラムには砂嵐のようなノイズが走っている。弾き飛ばされたイーノックもすぐに戦線へと加わり、アーチの刃を一転に集中しガードの形態を取る。

 

「バーサーク・ライダー。真名をマルタ!私ごときを倒せなければ、彼女を倒せるわけがない!」

「マルタ‥‥新約聖書の、聖女マルタか!?気をつけろ、みんな!」

 

 土が、大地が盛り上がる。そこから角が、鍛えられた鉄のような甲殻が現れる。角の一本で藤丸の身長とほぼ同じ。それは、這い出てくる怪物の巨大さと強大さを表していた。

 

「彼女はかつて竜種を祈祷だけで制した聖女だ!その彼女がサーヴァントであるということはつまり__。」

「さあ出番よ、大鉄甲竜"タラスク"!」

 

 雄たけびを上げ、タラスクと呼ばれた巨竜が姿を見せた。竜の魔女が騎乗する西洋のドラゴンや、東洋における龍とも違う。逞しい四肢と凶悪な貌。地竜と呼ぶに相応しい体躯。

 

「貴方達の力、見極めさせてもらいます!」

ドラゴンライダー(、、、、、、、、)だ・・・!」

 




・イーノック:プロフィール3

〇浄化:A
汚濁を払い、穢れを取り除く神の力。奇跡の一つ。通常であれば天使や神にのみ許された力ではあるが、イーノックは人間でありながら非常に高いランクでこのスキルを有している。

〇信仰の加護:EX
一つの存在に準じた者のみが持つスキル。文字通りの最高存在からの恩恵を受け、それにより不老の力を得ている。しかし、精神・肉体における影響はなく、絶対性もない。それ故、迷い、惑い、さらには絶対存在への疑念も生じる。神を遥かな存在ではなく当たり前に在る者として捉える。

〇神性:C
その体に神性属性があるかないかの判定。神により作られたアダムとイヴ、その子供であるカインの子供と、非常に神と近しい血縁関係にある。しかし、本人が「自分はただの人間である」と考えているため、ランクがダウンしている。



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第九話 祈り

 遅れてしまいましたね。申し訳ありません。
 どうにか投稿することができました。
 次の投稿がいつになるかは、また分かりません。ご容赦を。
 
 それでは、九話目、始まります。


 __一体、どれほどの間彼にすがって泣いていたか、彼女には分からなかった。白いローブが涙で湿って、それがやがて乾いても彼から離れることが彼女にはできなかった。ローブを纏った彼もまた、彼女を引き離そうとすることは無く、そっと抱き寄せ、彼女が自主的に顔を上げるのをただ待った。彼は・・・ミカエルは、彼女に慰めの言葉をそっと囁き、目だけを動かして天界の様子を見てみた。

 

 がらんとした、静かで広大な白い地平。陽の光が穏やかに降り注ぎ、柱や建物に当たってできる影は薄い。静粛で安心に満ちた光の世界。しかし、本来はいるべきはずの天使の数が少なかった。否、ほとんどいなくなったと言ってもいい。

 

(((人理焼却に伴い、人の数が減ったことで信仰の力が減ってしまった・・・急遽応急処置(、、、、)が間に合ったとはいえ、喪った天使達の数はもはや私でも把握しきれない)))

 

 イーノックは、無事だろうか。時折「神」を通して、ルシフェルからの報告が彼の耳に届くことはあったが、基本的にそれ以外では彼はイーノック達の動向を知れてはいなかった。グリゴリ天使達が用いていた物見の泉も、雪山にあるカルデアの様子は映すが特異点のことまでは映せなかった。

 

 加えて、かつての旅でイーノックを導き守護したアークエンジェルも、此度の脱獄事件における混乱した天界の統治とミカエルの治療により天界から離れられなくなり、何とかウリエルをイーノックに憑りつかせておくことはできたが、それ以上のことはできなかった。

 

(((頼む、兄さん・・・今は兄さんのサポートだけが頼りだ・・・)))

 

 目を閉じ、強く念じるようにして祈っていると、彼女が緩慢な動作でミカエルのローブで顔を拭き、鼻を啜りながら顔を上げた。ミカエルは祈祷を止めて、彼女の顔を見て優し気に笑った。

 

「気分は落ち着きましたか?」

「・・・・・・」

 

 彼女は・・・オルガマリーは、コクリと小さく頷いた。泣くことで気持ちの整理がついたのか、幾分か落ち着きを取り戻していたがまだ言葉を発することができないようで、ミカエルの問いにも首を縦に振るか横に振るかでしか答えることができないでいるようだった。

 

 ミカエルはあまり踏み込んだことは聞かず、寄り添う形でオルガマリーの様子を見ることにした。本来ならば、これはミカエルのような位の高い天使がやるべきことではないのだが、右腕の喪失と信仰力の減少により力を失った状態であるため、少しでも天界の役に立とうと、彼はカルデアで死亡した職員も含めて天界に来た魂全ての相手をし、慰めていた。本人はこの程度のことしかできないことを内心悔やんでいたが、それでも唐突に、無慈悲に命を奪われた恐怖を消し去ってくれたことを、全ての魂は感謝していた。

 

「・・・少し、飲み物でも飲みませんか?私が何かご馳走しますよ」

「・・・あの・・・ここは・・・」

 

 どこなのでしょう?オルガマリーは今にも消えそうな声音でミカエルに聞いた。しかし、ミカエルはその質問に答えない。「ここは天界で、貴方は既に亡くなっている」。いつかは教えなければいけないことだが、もう少し間を置いた後でもいいだろう。ミカエルはそう考え、再び微笑んで見せた。

 

「私とお茶をしてくれれば、教えてあげますよ。・・・さあ、こちらへ」

 

 オルガマリーは促されるまま、フラフラと歩き始めた。ミカエルはオルガマリーにどんな飲み物や甘味が好きかを聞きつつ、彼女にはバレないように天を仰いだ。そこには、天使であるミカエルでさえゾッとするような、巨大な存在が音もなく浮遊していた。

 

 島のようでもあり、城のようでもある巨大なモノ。その名は「セタ」。天使ではなく、神でもなく、亡者や英霊の類ではない、言い表すならば世界そのもの。タワーにて覚醒した、イーノックが操ることのできる大砲。

 

 

(((応急処置・・・セタを炉心(、、)に、信仰が不足した天使達全員を賄うエネルギーに変換するとは・・・)))

 

 このことはまだ当のイーノックには伝えていない、「神」が独自の判断で行ったものである。先程、神からルシフェルにこのことを伝えはしたが、ルシフェルから「イーノックにそのことを伝えても意味は無いだろう」「聞いてきたら教えてやる」と返答があった。

 

(((まったく、兄さんは・・・300年以上ヒトであるイーノックと共にいるのに、なんであんなに淡泊でいられるんだ・・・!)))

 

 顔には表さず、心の中で叫んだミカエルは、もう一度彼らの無事を祈ることにした。

 

▽△▽

 

 軽やかなステップを踏み、イーノックがタラスクの大木のような腕を躱して素早くアーチで切りつける。しかし、完全浄化されたアーチを以てしてもタラスクの甲殻を割ることはできず、僅かに傷をいれるのみに留まった。弾かれて隙を見せたイーノックに、高速で爪が迫る。間一髪でアマデウスの五線譜による拘束が速度を緩めたことで、剛腕による攻撃はイーノックには当たらなかったが、直撃した地面と木々は容易く彼方まで吹き飛んでいった。

 

(((なんて馬鹿力だ・・・!まともに戦うのは無理だろう)))

 

 そう判断したイーノックは、わざとタラスクの攻撃を誘い、振り下ろされた腕に飛び乗ってそのまま駆け上がった。すぐに振り落とそうとタラスクは暴れはじめるが、寸でのところで跳躍。狙いは竜の使役者である、聖女マルタ。しかし、そんなことは既にお見通しと言わんばかりに、マルタは既に杖を掲げていた。

 

 ルシフェルは指を鳴らそうとするが、ジャンヌが旗を薙ぎ払うようにしてマルタを攻撃したため、イーノックへの攻撃は未遂に終わった。ここぞとばかりにイーノックはアーチの浮遊能力で背後に回ると、ジャンヌとの挟撃でマルタを仕留めようとした。だが、それをタラスクが許すはずもなく、地面ごと二人は吹き飛ばされ、振出しに戻る形になってしまった。

 

「くっ・・・しまった、前に出すぎたか・・・」

「イーノックさんは少し休んでいてください!アマデウスさん、イーノックさんの守護をお願いします!」

「キャスターだからなのか、それともあの狂った聖女が強すぎるのか・・・妙に攻撃を痛く感じるよ」

 

 アマデウスはマルタによる杖での打擲をヴァイオリンによる音楽魔術で相殺すると、その場をマシュに任せて素早く後ろへ退いた。マシュとマルタはそのまま杖と盾を激しくぶつけ合い、一時鍔迫り合いのような膠着状態に陥ったが、ジャンヌとタラスクの攻撃により双方離脱した。

 

 互いに一歩も譲らず、守り合うことで互角の戦いを繰り広げていたが、このままでは到底勝てないことを藤丸たちは理解しており、マルタもまた、この程度では私に勝つことはできないと確信していた。

 

「そんなことでは・・・そんなことでは!あの竜の魔女を打倒するなんて、夢のまた夢よ!」

 

 憤り、声を荒げるマルタ。その威圧感はまるで周りの木々すらも委縮させるようで、基本的に霊体であるサーヴァントですら肌がビリビリと痺れるような感覚を味わった。

 

 怖気づかずに余裕を崩さなかったのはただ一人。

 

 その男は電話をしながら彼らの様子を見ていた。

 

▽△▽

 

「やぁ、君か。調子はどうだって?・・・うーん、あまり戦況はよくないかな。仕方のないこととはいえ、やはりセタを使えないのは痛い。どうにかできないのか?・・・いや、言ってみただけだよ。無理なのは百も承知だ。それと、あいつらのための牢獄についてだが、もう代わりはあるのか?」

 

 ルシフェルは、戦の最中にあるとは思えないほどに涼し気に会話を交わす。時折、イーノックの様子を窺がっては指を鳴らす準備をするが、他のメンバーが的確にインターラプトやサポートを行っているため、ルシフェルが指を鳴らす時はまだ来ていなかった。

 

 ルシフェルは電話で神からの返事を聞き、口の端を僅かに上げた。

 

「・・・ほう、それは・・・中々面白そうじゃないか。ミカエルの右手には及ばないかもしれないが、ひとまず封印する程度のことはできるだろう。・・・ああ、戦局か・・・?」

 

 ルシフェルは宙へ浮かび、太陽のように光り輝くタラスクと、それに対して巨大な円形の陣を展開するマシュ、旗を大きく掲げるジャンヌ。そして、その二人の横で"宝具の同時展開"という負荷に耐えながら前を見据える藤丸の姿があった。

 

 ルシフェルは口の端を上げ、「すぐに終わる」と伝えると、電話を切った。

 

 それとほぼ同時に、タラスクの熱光と二人の宝具の煌めきが混ざり、辺りはそれに包まれて見えなくなった。

 

▽△▽

 

 祈った。どうか、この者が救われますようにと。祈った。どうか、あの者達が、逃げ切れますようにと。祈った。祈った。祈った。杖を掲げ、祈り続けた。祈りながら、血を啜った。祈りながら、肉を食んだ。

 

 傍らに佇む巨大な竜が、その恐ろしげな巨躯に似合わぬ切なげな声を私にかける。私は怒りも憎悪も全てを内包したそれを杖に乗せ、石畳に思い切り突き刺した。杖は折れることなく、憎悪は力と共に地面に逃げていった。だが、この、根本的な渇きは癒されることなく、手から滴り落ちる血の滴は、ぽたりぽたりと落ちる度に私にどうしようもない飢餓感を呼び起こした。

 

「ごめんね、タラスク・・・・・・次は、真っ当に召喚されたいものね」

 

 光が満ちる。彼女が迫る。旗が光明に微かに揺れた。救いが来たのだ。

 

 祈りは、確かに主に届いた。

 

▽△▽

 

「ここまでね・・・」

 

 マルタが息も絶え絶えに、自身を屠ったジャンヌ・ダルクに対して静かに語りかける。狂気に濁って曇っていた目は正気の輝きを取り戻し、その口調は穏やかなものであった。だが、もはや彼女は助からない、助けられないことはその場にいる全員が理解していることだった。

 

「__マルタ、貴女はもしや__」

「手を抜いた?んなわけないでしょ、バカ」

 

 微笑み、聖女らしからぬ口調で否定するマルタに、ジャンヌは若干驚いたような表情を見せたが、すぐに笑った。互いに、春の日差しのように柔らかな笑みだった。しかし、それも数秒。マルタは消滅する間際、リヨンと呼ばれた地へ行くこと。そこに、かの邪竜を滅ぼすことのできる「竜殺し」がいることを告げた。

 

「邪竜の名は"ファフニール"・・・竜殺しでなければ、あの邪竜は滅ぼせない・・・」

 

 マルタは最期にそれだけを呟くと、静かに目を閉じた。体が金色の光に分解され始め、やがて風に吹かれる花弁のように何処かへと消えていった。

 

「・・・聖女マルタですら、抗えないなんて・・・」

「サーヴァントであることに加え、狂化されてしまっていましたから」

「・・・強い、女性(ヒト)だったね」

 

 藤丸の言葉に、誰もが頷いた。川のせせらぎのように清らかであり、砕ける飛沫のように激しい、金剛石のような人。イーノックは浄化によって彼女の狂化を解けないか、ジャンヌとの挟撃の際に試してみたが、まるで鎖か植物のように霊基に食い込んだ狂気を戦闘中に引きはがすことはできなかった。彼はそのことを一瞬悔いたが、すぐに気持ちを切り替え、天に向かって十字を切った。

 

 その後、ワイバーンを狩りつくしたエリザベートと清姫が藤丸達に合流し、ひとまずここで野営をしようと準備を始めている時だった。

 

 

「・・・ん、何か来るな」

 

 アマデウスの声に反応し、全員が辺りを見回す。人影と言ったものは一切見えず、冷たい夜風が木の葉を揺らす音だけが辺りに響いている。アマデウスは目を閉じ、全神経を耳に集中させる。ロマンも辺りを探知しているが特に反応は無いらしく、全員の木が一瞬緩んだその時。

 

 洞穴に風が渦巻くような吐息を吐き出しながら、一頭の巨大な獣が一頭木々をなぎ倒して突進を仕掛けてきた。それがただの熊や猪の類であれば、マスターである藤丸にとっては脅威にもなるだろうが、サーヴァントにとっては取るに足らない相手。しかし、それは生物と呼ぶにはあまりにも悍ましく、その場にいる全員にとって十分に危険な存在であった。

 

「な、何・・・!?」

 

 エリザベートが怯えた声を出すが、無理もないこと。他者を威圧するような巨大な鉄仮面を身につけ、胴体も同様に鎧で覆っているその獣からは、魂すら穢すような瘴気があふれ出ていた。イーノックはその存在を目にした途端、脳裏にざらついた声と膝まで迫る穢れの泥がよぎった。

 

 獣は狙いをつけたかのように、逃げ惑うエリザベートや戦闘態勢に入るマシュを無視して、一直線にイーノックに向かっていった。マルタが従えていたタラスクに比べれば、その体躯もスピードもパワーもさほど脅威ではなかった。ただ、触れることをサーヴァント全員の霊基が躊躇した。

 

(((これは・・・この穢れは!この力は!)))

「冥王、ベリアルの・・・!」

 

 ステップとジャンプ、浮遊能力まで駆使して間一髪で獣の突進を避けたが、背後から物音がしたと思った瞬間、背骨を折られかねない衝撃がイーノックを襲った。吹きとばされ動けなくなるイーノック。突進を直撃させたのは、もう一頭の同じように仮面と鎧を身に纏った獣。

 

 イーノックにはその獣たちに見覚えがあった。エゼキエルが特別寵愛を向けていた家畜の豚が、ベリアルの力によって変性したものだ。冥界の底の底、深淵すら見上げることのできる「真冥界」に浮かぶ穢れがあの獣たちには入っていた。

 

 だからなのか、霊体であるサーヴァントは本能的に、その獣の存在を忌避していた。そのことをジャンヌを始めとしたサーヴァント達の反応から察すると、イーノックはよろよろと立ち上がってアーチを構え、言った。

 

「ここは私が。どうやら、私だけが狙いのようですので」

「そんな、イーノックさん・・・!」

「皆さんは周囲の警戒を。これだけではなく、堕天使の信奉者やサーヴァントが送り込まれる可能性があります!」

 

 イーノックは息を切らしながらも、右へ左へ、もしくは上へ動き続け、二等の獣を翻弄していた。サーヴァント達は全員、イーノックの助けに入りたいと考えていたが、獣と距離を詰める度に頭痛と低く歪んだ声が響き、体の動きが鈍った。

 

 悔やみながらも、イーノックの指示通りに辺りを警戒してイーノックを守護することを選んだ。しかし、その中でただ一人、アマデウスだけがこの場からの撤退を提案した。

 

「臆病者だなんて言わないでくれよ。何か、向こうから恐ろしい存在が迫りつつある・・・!」

「ドクター、サーヴァントの反応は!?」

「ここから北西の方角から、一騎のサーヴァント反応・・・クラスは、バーサーカー!?凄い速度だ!あと十分・・・いや、八分もあればそこに着く!」

 

 ロマンはアマデウスと同様に撤退を推奨した。藤丸は獣二頭を相手どるイーノックの様子を見た。獣たちはもはや憎悪という言葉では表せない、文字通りの黒い何かとなってイーノックを攻撃している。何度かイーノックは分が悪いとその場を離脱しようとするが、素早く回り込まれる。

 

 藤丸は、その場にいる皆を見渡した。全員が一様に怖れを表す中、マシュは他のサーヴァントに比べて嫌悪の念をあの獣に抱いている様子はなかった。

 

 

 マシュはこちらを見ている藤丸の視線に気づき、一秒ほど見つめ合った後に、無言で頷いた。

 

 

「イーノックさん、一人よりも二人・・・いや、三人で戦ったほうがいい!」

「な!?駄目です、私を置いて逃げるべきだ!」

「五分あれば、こんな怪物倒せます!マシュ!すまないが、力を貸してくれ!」

 

 瞳を閉じて深呼吸を行ったマシュは、閉じていた目を大きく見開き、盾を構えた。

 

「マシュ・キリエライト、戦闘を開始します__!」

 

▽△▽

 

 ここではない何処かにて、白亜の玉座に座った男は、宙を浮かぶ「 」を見上げた。

 棘と刃、歯車に覆われた巨大な銀色の球体。それはガシャガシャと喧しく音を立てながら歯車を回転させる。その声は誰が聞いてもこの世のものではないと断言できる程に恐ろしく、ざらつき、歪んでいた。

 

『何を為そうと、魔神を触媒に我を召喚したのだ。もはや趨勢は決まっているだろう』

「・・・・・」

 

 主である男は何も語らず、微睡むようにして天の輪を通して特異点の様子を見ていた。そこには、二等の獣を相手どるシールダーのサーヴァントと金髪の男、そして・・・マスターとなった少年。

 

「全ては順調。オルレアンの聖杯は奴らに奪われるだろう。だが、それでいい。・・・問題は、あの男だ。あの男がこれから先、何を見て何を思うか。それが最も重要だ」

 

 迷え。惑え。その果てに、望んだ答えが待っている。

 

 男は歪んだ笑みを浮かべ、その時が来るのを待つことにした。

 世界が変わる、その時を。



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第十話 自問

 お待たせいたしました。十話目です。
 今回は少しばかり短めです。お許しください。

 それでは、どうぞ。

(2020/02/03)
 サブタイトルを変更させていただきました。
 (百合の花⇒自問)
 一部を加筆・修正させていただきました。



 草原を高速で駆けながら、エゼキエルはイーノックのいる森に向かって進んでいた。彼女が物見の先兵として送り込んでいた「息子たち」の内の二匹が、マルタとの戦闘音を察知して居場所を特定したのだ。あの二匹には、フーラやウーラといった名前はない。彼らが覚えているのは、名前でもなく寵愛でもなく、たった二つの命令。それは、イーノックを襲え。そしてその場所を知らせろ。それ以外の目的はなく、目標はない。

 

 エゼキエルは自分に問う。まだイーノックを恨んでいるか?

 それに対して、己にかけられた狂化と偽りの霊核が答える。

 

「ええ、恨んでいるわ。恨んでいますとも。あの子たちがどんなに苦しい思いで死んでいったのか、彼には分からないのだもの!」

 

 だが、エゼキエルはそう言いながら、心の奥底に妙な違和を感じ取っていた。本心ではないような、偽物であるかのような。だが、そういった疑念を感じ取った数秒後には、必ずイーノックに向けての呪詛と、家族と自然への愛が機械的に押し寄せてくる。

 

(((ああ、イーノック・・・)))

 

 理由も分からない罪悪感と憎悪に身を焼かれながら、エゼキエルはついに森を視界に捉えられる位置にまでたどり着いた。

 

▽△▽

「__ふっ!」

 

 鈍い音を立ててマシュの盾と鉄仮面が激突する。そのまま互いに力を押し付け合い、ギャリギャリと鉄と鉄が擦れる音が辺りに響き渡る。藤丸は近すぎず、また離れすぎないように、マシュに魔力を送り続けていた。その甲斐あってか、マシュの膂力が僅かに豚の使役獣を上回り、使役獣が一瞬後ずさる。その隙を逃さず、マシュは盾をその場に固定すると、軽やかに回り込んで痛烈な踵落としを当ててみせた。

 

 穢れによる強化を受けていても、身に纏っている鎧の類は関係が無いのか。攻撃が直撃したところから容易くひび割れ、破壊することができていた。イーノックも、マシュが使役獣の一頭を抑え込んでいたお陰で、狂ったように突進を繰り返す使役獣の攻撃を避け、幾度となくアーチによる切りつけを食らわしていた。

 

 他のサーヴァント達は、いつでもこの場から離れられるように。また、再度襲撃してくる可能性があるサーヴァントや使役獣に備えて、警戒を行っていた。今にもはじけそうな焦燥感が全員を包む。さらにそこへ、追い打ちをかけるような情報が藤丸のデバイスからもたらされる。

 

「マズイぞ、サーヴァント反応、一気に加速!予想到着時間は、あと3分!」

「藤丸君!限界だ、マシュに頃合いを見てイーノックを回収するように命じて!」

 

 ロマンとダ・ヴィンチがほぼ叫ぶように警告する。藤丸は次々と状況を変えていく戦況を見定めようとするが、彼は軍師ではない。この状況で下手に命令を下せば、取り返しのつかないことになるのでは。その恐怖が一瞬、藤丸を支配しかけたが、燃えるような焦燥感と使命感と恐怖と、様々に混ざり合った感情がそれを押し流した。

 

「マシュ、イーノックさん!使役獣を互いに衝突させることはできますか!?」

「マスター・・・はい!やってみせます!」

 

 藤丸の命令を聞いたマシュは、再びイーノックに向かって突進を始めた使役獣の一体を盾で押さえ、そのまま押し合ってその場に留めた。使役獣は二体とも、参戦したマシュと藤丸に構うことなくイーノックに攻撃をし続けていた。マシュがこのように進路を妨げ、防いでも、使役獣は一切回り込もうとはしない。文字通り、イーノック以外を見ていなかった。

 

「イーノックさん、私が合図します!攻撃をこちらに誘ってください!」

「分かりました。・・・さあ、私はここだ!」

 

 イーノックは突進を布のようにヒラリと躱し、徐々に突進する方向をマシュが押さえている使役獣と向かいうように調整していく。予測到着時間が一分を切った頃、マシュが合図した。

 

 イーノックに向かって、これでもかと助走をつけて突っ込んでいく使役獣と、マシュによる拘束を逃れ、背後から挟み撃ちにかかる使役獣。二体は互いの姿を視認しつつも無視し、鉄仮面で押しつぶそうとした。しかし、鎧の一部が鉄仮面に触れるほどにまで引き寄せたイーノックは、軽やかに跳躍した。耳を塞ぎたくなるような衝突音と衝撃が木々を揺らした。アマデウスは特にその音を嫌い、思わず屈みこんでいたが、そこをマリーに抱えられて馬車の中に押し込められた。

 

 

 既に、遠くに視認できる範囲までエゼキエルは近づいていた。風が徐々に強まって行き、遠雷が鳴り始める。雲一つない晴れた夜空を、一瞬で墨色の雲が多い、雨が降り始めた。藤丸は清姫に、イーノックはマシュに抱えられて馬車の中に逃げ込んだ。

 

「さあ、行きますわよ!」

 

 エゼキエルが紫電を纏った拳でガラスの馬車を殴りにかかる。馬車の後輪がその拳にかすり、キラキラと輝きながら割れる。しかし、エゼキエルは諦めることなく、既に空中を駆ける馬車にしがみついた。それと同時に嵐のような暴風が吹き荒れ、飛行能力を失ったワイバーンや木々が風の渦に巻き込まれては疾る雷に焼かれていった。豪雨は一瞬にして視界を奪い、雹すら降り始めた。

 

「う、うわああああ!」

 

 藤丸が叫び声をあげる。ガラスの扉を隔てた向こうに、嵐をバックに、べったり(、、、、)と張り付いたエゼキエルがいたのだ。稲光の逆光により、その表情は見えないが、歪んだ笑みと濁った瞳はかろうじて見えた。先程の使役獣とは比較にならない穢れが、全員に恐怖を植え付ける。しかし、何もせずに怯える者は一人としていなかった。

 

 最初に清姫が動き、火炎でエゼキエルの視界を封じると、エリザベートが槍を突き刺して馬車から離そうとした。しかし、炎に巻かれながらもエゼキエルは槍を掴んで防いだ。次にアマデウスが左腕を五線譜で封じ込めると、マリーの放った魔弾が直撃し、バランスを崩したエゼキエルは嵐の中に叫びを上げながら消えていった。

 

▽△▽

 嵐が収まり、光帯に照らされた紺碧の夜空をガラスの馬車がゆっくりと駆けていく。流石のエゼキエルもここまで上空に上がれば追っては来られないのか、イーノックは使役獣とエゼキエルが纏う「穢れ」と、己の「浄化」の力。そして、冥王「ベリアル」について説明を始めた。若干説明に誤りがあるところもあったが、大方は合っていたので、私は特に口出しをしないでおいた。

 

「ベリアル・・・新約聖書にも登場する、高名な悪魔だ。『無価値な者』という意味の名を持ち、ソドムとゴモラの街を堕落に陥れた」

 

 通信を通して、ロマンがベリアルという存在についての説明を行っていく。イーノックはそれに応えつつ、外見的な特徴や能力、目的などを語って聞かせた。そして、かつて自分がタワーで封印を施したことも。

 

「恐らく、封印が完全ではなかったか、誰かが封印を解いたのか。どちらにせよ、浄化されて契約も消えたエゼキエルがあの力を使えるという事は、まぁそういうことなのだろう。・・・あー、それと、Dr」

 

 私はロマンに、エゼキエルを観測して得られたデータの幾つかを提示するように求めた。ロマンはそれに応じ、エゼキエルの霊基数値やクラス、ステータスがデバイスを通して送られてきた。

 

「やはり、あのエゼキエルはサーヴァントだったか」

 

 聞いたところによると、英霊というのは、あくまでも「死ななければなれない」存在と考えていいらしい。マシュのような例外があるにはあるが、元が天使だからなのか。私に押し付けられたルーラーのクラスは、特に私の能力を制限したりはしていない。

 

「しかし、あのエゼキエルといいその使役獣といい、正気を失っているように見えたがな」

「ああ、まるで、私を殺すという事に捕われているようだった」

 

 イーノックも、天界にいた頃の彼女と堕天した後の彼女を知っているから、私の言葉にうなずいてみせた。そう、かつての世界には、彼女なりではあったが、愛があった。家族に対する慈愛と、自然に対する無償の愛が。しかし、滅ぼされて無理矢理緑化された村には、愛などなかった。

 

 ただ、自然がその力を持って、人の世界を蹂躙するという、害意や狂気と言えばいいのか。

 

「どちらにせよ、アイツはここで倒さなくちゃならない。黒いジャンヌのこともあるが、藤丸」

 

 私は向かい合った席に座る少年を見た。疲れが今頃来たのか、かろうじて起きているような状態だ。本来ならすぐにでも眠ってしまいたいほどに疲れているようだが、何とか私達の話を聞こうとする意志が感じ取れる。大した子供だ。私は思わず笑みをこぼした。

 

「最終的に、私達と君達とで、二手に分かれることになるだろう。私達はエゼキエルを連れ戻す。君達は黒いジャンヌ・・・ジャンヌ・オルタだったかな?それを討伐する、いいかな?」

 

 藤丸は頷き、そして目を何度か擦ると、まるで糸が切れたかのように姿勢を崩し、眠り始めた。倒れるようにして横になったので、そのことにマシュは驚いたようだったが、すぐにダ・ヴィンチがバイタルや生体反応が正常であることを示したので、落ち着きを取り戻した。さっきまで、一騎のサーヴァントと二体の使役獣と相対していたとは思えない、普通の子供の寝姿だった。

 

「やはり、普通か。イーノック、お前は藤丸をどう思う?」

「どう、とは?私にとっては、守るべきヒトの一人。決して損なってはいけない__」

「素敵な旦那様(ますたぁ)の候補の一人です」

 

 清姫が、イーノックの言葉に被せるようにしてそう言ってきた。あまりにも唐突だったので、私は一瞬何を言っているのかと面食らったが、続いてマリーが、

 

「そうだわ!こんなに女の子が集まっているのだもの!私に言い考えがあるわ!」

 

 このあたりで、私は姿を消しておくことにしたよ。年頃の少女の「いい考え」に巻き込まれて無駄に疲れるのは御免なんでね。イーノックはこれから何が起こるのかを理解しておらず、キョトンとした表情で彼女らの盛り上がりを見つめている。

 

「ルシフェル、何が始まるんだ?やけに盛り上がっているようだが」

「まぁ、悪いことではないさ。ただ、アドバイスをするならば、聞かれたことには正直に答えるんだな。変に濁したりすると後が面倒だからな」

 

 

 私はそう言い残し、透明化して馬車の壁をすり抜けると、屋根に腰を下ろして眼下を流れる景色を眺めることにした。普段は瞬間移動か、もしくは徒歩での移動が多いからか、こうして空飛ぶ馬車に乗って景色を眺めるという事はかなり新鮮だったよ。

 

 屋根の下では早速、マリーによる「恋バナをしましょう!」という宣言の下、それぞれが自分の甘い思い出を語り合っている。ついにその矛先はイーノックに向けられたようで、ぎこちなく、ボソボソと語りだしたようだ。

 

 まだ夜は明ける気配はなく、彼女らの会話も終わる気配を見せない。後でイーノックにどんな話をしたのか聞いてみたが、イシュタールと出会う前のナンナの頃の話から、今に至るまでの話をおよそ30分ほど語って聞かせたようだった。さらにはロマン、ダ・ヴィンチ、カルデアのスタッフも藤丸のデバイスを通して参加したようで、思いのほか盛り上がっていたようだったな。

 

 ただ、イーノックは、自身の初恋については語らなかった。

 天界にまで追いかけてきた彼女の話を。別れの時、あの路で彼女を待ち、そして何も言わずに去ったことを。恥ずかしがっているからなのか、忘れてしまっているのか。

 

「・・・たまには、聞いてやるのもいいかもな」

 

 私は呟いた後に自嘲的に笑い、その笑みも呟きも夜風に乗って何処かへ消えた。

 

▽△▽

「唄え、唄え、我が・・・ガフッ」

 

 薄暗い廊下に、咳の混じった歌声が響き渡る。それは本来は荘厳、流麗なものであるのだが、「竜殺し」との戦闘により負傷し、上手く歌うことができなくなっていた。彼の名はファントム・オブ・ジ・オペラ。〝オペラ座の怪人″という名前で広く知られる黒いジャンヌに召喚されたアサシンのサーヴァントだが、他の者同様に狂化が施されていた。

 

 だがその狂気も竜殺しとの戦闘により剥がれかけ、今の彼は汚染された精神と付与された狂気、自らを律する正気の最中で揺れ動き、浮遊して動くこともできずに敗走していた。

 

「ああ、クリス_ティーヌ。おお、我が愛 我が歌姫__」

 

 レンガ造りの壁に手をつき、血を吐き出す。しかし、そこで彼は歩みを止めた。目の前から白髪の青年がこちらに向かってきていたからだ。何も持たず、コツコツと乾いた足音を立てて、自分には一切視線を向けずに通り過ぎる。ファントムは確かにそう思った。否、正確にはそう思おうとした。

 

 次の瞬間。ゴトリ、とファントムは自分の頭が落ちる音を耳にした。

 

 白髪の青年は、首を失って消滅を始めるファントムの肉体に構うことなく、切り落とされたファントムの頭を両手で掲げ、首の断面を注意深く観察した。当然、首も体同様に消滅を始め、光の粒となって消えていったのだが、青年はため息をつくと、外に出るためにまた廊下を歩き始めた。

 

「見事な手並みです、ムッシュ・ド・パリ。自分の欲望に駆られる気持ちは分かりますが、私からの命令を遵守しなさい」

 

 通路の影から姿を現したのは竜の魔女、ジャンヌ・ダルク。彼女は敬愛とも軽蔑ともとれる曖昧な表情で青年の行動を称えた。青年は丁寧に頭を下げた。

 

「ええ、勿論です。竜殺しの処刑、ですね。礼を言います。技術向上の機会を与えてくれただけでなく、再びあの方に。彼女に、会えることに」

 

 その言葉を聞いた竜の魔女は満足そうに笑うと、ただ「行きなさい」とだけ言い残してその場を去って行った。

 

 青年は残忍な笑みを浮かべながら、自身の頭に彼女の「これから」と「最期」を思い浮かべる。自分の口づけ(、、、)によって白百合が嬌声を上げる様を。だが、彼の心の内には不安があった。今の技量で足りるか。否。彼は己に問い、そして答えた。

 

 より、研鑽が必要だ。もっと多くを、  ければ。

 

 

 丁寧に、傷つけぬように、百合を手折るために。

 処刑人、シャルル・アンリ・サンソンは、今一度残忍に笑った。



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