バカ達と双子と学園生活 Take2 (天星)
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第1章 評価されなかった才能の証明
試験召喚戦争編 プロローグ


 初めましての人は初めまして。既に会った事のある方はお久しぶり。天星です。
 今回はあらすじにも書いたように筆者の作品のリメイクとなります。
 どうぞよろしくお願い申し上げます。

 では、始めていきましょう!




 大抵の学校では、年度末に定期試験が行われる。

 しかし、この文月学園におけるその試験ほど重みを持つ試験はそう無いだろう。

 

 卒業予定の現3年生は置いておくとして、現1年と現2年、すなわち新2年と新3年生は新年度のクラス分けがこの『振り分け試験』の主要科目の合計得点の順位で決定される。

 

 そして、クラス分けというのはこの学園では非常に重要だ。

 各学年にAクラスからFクラスの6つのクラスが存在し、成績優秀なAクラスは相応の豪華な設備を、底辺のFクラスはやはり相応に底辺の設備が与えられる事になる。

 これから1年ほど過ごす教室の環境は重要だ。だからこそ、この学園の生徒達は死力を尽くす。

 

 ……しかし、この年の試験ではどうもそうでもない連中が紛れ込んでいたようだ。

 まぁ、そのうちの1人は僕の事なんだがな。

 さて、自己紹介しておくとしよう。

 僕の名は空凪(そらなぎ)(つるぎ)。現1年生であり新2年。

 色素の抜け落ちた白の短髪に黒の眼帯とかいうただでさえ目立つ格好をしている上に試験中に机に突っ伏して寝ているので余計に注目を浴びている少年、それが僕だ。

 

「おいお前! 何をしている!!」

 

 考え事をしていたら監督の教師の怒鳴り声が聞こえてきた。

 誰かがカンニング行為でもしたのか? 全く、そんな愚かな真似をして教師の手を煩わせるような奴がこの学園に居たとはな。

 

「無視するな! そこの寝ているお前だ!!」

「……ん?」

 

 どうやら僕の事だったらしい。

 やれやれ、人がのんびり過ごしていたのに、一体何の用だ?

 

「何か?」

「何か? じゃない! お前は試験を舐めているのか!!」

「……はぁ、別に僕が何しようが勝手でしょう」

「黙れ! そのような舐めた態度を取っていると試験放棄と見なして全科目0点にするぞ!!」

 

 高圧的な態度の教師は何かフザケた事を言い出した。

 まぁ、どうせFクラスに入る予定なのでそこまで痛手ではないのだが、ちょっと面倒なので反論させてもらおう。

 

「……貴様はバカか?」

「はぁ!? なんだと!?」

「だってそうだろ。紙を破いて出て行ったならともかく、僕は他の受験者同様ここに居る。

 それなのに採点放棄、それどころか既に提出済みの科目すら0にするとか、バカでもなきゃ有り得ないだろ」

 

 それだけ告げて、僕は再び顔を伏せた。

 何か喚いているようだが……別に気にすることも無いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタッ

 

 不意に後ろの方で物音が聞こえた。それに続いて、聞き覚えのある知り合いの声も。

 

『ひ、姫路さん!? 大丈夫!?』

 

 ひめじ、姫路……僕の脳内辞書にしっかりと登録されているようだ。

 姫路(ひめじ)瑞希(みずき)。成績優秀才色兼備の優等生。但し、身体が弱くやや病弱だという噂だったはずだ。

 今の物音から察するに、試験途中に倒れたか? 運の無い奴だ。

 

『姫路、途中退席は全ての科目が0点となるが、構わないか?』

『んなっ!? それはあんまりでしょう先生!!』

『残念ながらそれがルールだ。さぁどうする?』

 

 かなり理不尽なルールだな。せめて解いた分くらいは採点して欲しいものだ。

 だが、ルールとして明言されている事を曲げるわけにもいかんか。

 

『……そうか。ではそのように処理しておく』

 

 恐らくは姫路が頷くか何かしたのだろう。

 そう返事をした教師の足音が後ろの席の方から前の方の教卓辺りまで移動するのが聞き取れた。

 ……っておい、ちょっと待て。椅子に座ってても倒れるほどの病人を放置してないかコイツ。試験監督が1人しか居ないから席を外せないという事情も分からんでもないが……う~む……

 どうしたものかと悩んでいたら、また動きがあったようだ。

 

『おい吉井! 何をしている!』

『こんな状態の姫路さんを放っておける訳が無いでしょう! 失礼します!』

『待て! そんな事をしたらお前も全科目0点だぞ!!』

『……別にいいですよ。この感じだとどうせFクラスなんで』

『……ハァ、分かった分かった。そのように処理しておく。

 サッサと行け!』

『はい! 失礼します!!』

 

 そうして、知り合いの気配が教室から出て行った。

 あいつと、姫路が無得点で強制的にFクラス入りか。

 この結果が後々どう影響してくるか……見ものだな。







「さぁやってまいりました。しばらくはこの後書きコーナーの司会役を務める御空(みそら)(れい)です!」

「解説の空凪剣……いや、解説なのかこれ?」

「まぁ、細かい役職は置いておいてやっていきましょ~!」

「……そもそもお前の事を知らない読者が多数居ると思うんだが」

「詳しくはリメイク前読んで……ってわけにはいかないわよねぇ。
 まぁとりあえずこんな感じのキャラだと思っといてくれればいいわ」

「こんな感じ……確かにこんな感じだな」


「さてと、今回初めて空凪くんの外見が描写されたわね。
 明らかに中二病って感じね」

「リメイク前の段階でも白髪オッドアイくらいはイメージしていたようだが、自分で言うのもどうかと思うが奇抜な外見なんで読者受けを気にしてボカしていたらしいな。
 今回は……むしろ振り切った方が読者の皆さんも僕のキャラが分かりやすいだろうと判断してわざわざ眼帯まで追加したそうだ」

「思い切ったわねぇ……」

「もう一つ理由があってな。何かリメイク前の方の評価で僕の設定が痛々しいとか言われてボロクソに言われたらしい。
 僕が痛々しいのはむしろ当たり前の事なんだが……まぁ、外見でも分かりやすく表現したわけだな」

「これからもこの痛い主人公君をどうぞ宜しくお願い申し上げます!
 では、次回もお楽しみに!」

「……1時間後、21時のようだな」

「へぇ~、太っ腹ね」

「今回ちょっと短いからというのもあるがな。
 今後は基本的には21時の日刊投稿だ。キリの良い所まで終わったら更新がストップするが」

「リメイク前の章別ストック投稿方式と同じってコトね。
 それじゃ、また1時間後に!」


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01 最底辺のクラス

 つつがなく振り分け試験は終了し、数日が経過し、僕は晴れて高校2年生になった。

 まだ肌寒さの残る早朝の通学路をのんびりと歩く。

 しばらくすると校門が見えてきた。中に入ると筋骨隆々の教師が立っていた。

 

「おはようございます。鉄人先生」

「ああ、空凪か。挨拶は結構だがその呼び方は止めろ」

「別にいいじゃないですか。これほど似合う愛称はそうそうありませんよ?」

 

 僕の目の前に居る教師の本名は『西村(にしむら)宗一(そういち)』だ。

 本校における補習や生活指導を担当しており、一部の生徒からはそれはもう恐れられている。

 ただ、決して筋の曲がった事はしない先生だ。教師陣の中で一番信用できる相手と言っても過言ではない。

 

「で、こんな時間にこんな所でどうしたんですか? 散歩ですか?」

「何が悲しくて学校内で散歩せにゃならん。

 ほら、コレだ」

「?」

 

 鉄人に指し示された場所に視線を向けるとフタの開いたダンボール箱と、その中に詰め込まれた多数の封筒が見えた。

 

「これは?」

「振り分け試験の結果通知だ。

 こうやって俺が生徒1人1人に手渡ししているというわけだ」

「面倒なシステムですね。掲示板に張り出すとかじゃダメだったんですか?」

「うちは注目されている試験校だからな。色々と変わった方法を採らなければならないらしい。

 この発表方法もその一環だな」

 

 この口ぶりだと他にも面倒なルールが多数あるんだろうな。僕には関係ないが。

 まぁ、そんな事はどうでもいい。鉄人から渡された封筒を……開こうとしたら糊付けが意外と硬かったので端っこの方を破いて開く。

 中から現れたのは真っ白な紙の真ん中に僅かな文字が印字されているだけのシンプルなものだった。

 

 空凪 光 …… Aクラス

 

「……あの、鉄人?」

「どうした?」

「これ、妹のです」

「……すまない。ちょっと待ってくれ」

 

 僕から指摘を受けた鉄人はゴソゴソとダンボール箱を探っている。

 うちの学校の2年生は300人だったはずだ。僕が恐らく1番乗りなので箱の中の封筒の数はほぼ300と見て問題ないだろう。

 それだけの量があるなら、間違えるのも無理は無いか?

 

「あったあった。これだ」

「……」

 

 封筒の隅っこに書いてある自分の名前を確認してから先ほどと同じように封筒の端を破く。

 

 空凪 剣 …… Fクラス

 

 間違いなく僕への通知だな。

 

「ところで、1つだけ訊いておきたい事がある」

「何でしょうか?」

「お前の体質の事はある程度把握しているが、上手くやればお前ならもう少し上のクラスを狙えたんじゃないか?」

「まぁ、そうでしょうね。

 でもいいんです。Fクラス行ってあいつらとつるむ方が面白そうだったんで」

「はぁ、本人がそういうなら構わん。

 ただ、問題は起こしてくれるなよ?」

「さーどーでしょーねー」

「そうだったな。今更言った所で変わらんか。

 まあいい。しっかりと勉学に励めよ!」

「はい! 失礼します!」

 

 さてと、この後は振り分けられた教室に直行してのんびりしていればクラスの連中が集まってくるだろう。

 ……せっかくだからその前にAクラスの教室でも見物しておくか。

 

 

 

 新校舎の3階に上るとAクラスが見えてきた。扉のガラス窓からそっと中を覗いてみる。

 うわぁ……これはヒドいな。

 クラス全員分のシステムデスクとリクライニングシート。

 黒板の代わりにあるのは巨大なプラズマディスプレイ。

 壁にはやたらと豪華そうな絵画やらなにやらが飾られている。

 簡単なキッチンやその他の設備まで見えるな。一体いくらかかってるんだ?

 これで払う学費がFクラスと何ら変わらないんだぜ? 流石にやりすぎじゃないのか?

 ……まあ、いいさ。自分のクラスに行くとしよう。

 

 

 自分のクラスに辿り着いて、まず思った。

 ……これは、酷いな。

 さっきと違って中に入って堂々と検分する事ができる。じっくりと見て行こうじゃないか。

 まず、床は畳だ。和風で風流……と言いたい所だが、そんな形容詞は当てはまらない。

 何故なら、畳の7割程が腐っていてキノコでも生えてきそうな有様だ。

 いや、逆に自然と寄り添っていて風流なのか? いやいや、そんなバカな。

 続いて机を確認する。

 机……机でいいんだよな? どう見てもただの卓袱台なんだが。

 机の中に物をしまうなんて事は当然できない。卓袱台の下に置く事なら可能だが、それはいかがなものだろうか? 普通の机で例えると足元に教科書類を置く事になるんだが。

 ちなみに椅子の代わりは座布団だ。大分くたびれた座布団だが……無いよりはマシだと信じておこう。

 前の方にある教卓は教卓と呼べる形状をしている。しかし、かなりボロボロだ。逆によくこんな物を用意できたと感心するくらいだ。

 壁に視線を巡らせると落書きだらけだ。清掃業者は……雇ってるわけが無いか。

 窓には黒ずんだガラスが張ってあればまだ良い方で、新聞紙やダンボールが貼り付けられている。

 よく見るとラップで覆われている所もあるようだ。確かに透明だが、どうなんだそれは?

 世間一般で言う黒板は目に優しい配慮がしてある薄いグリーンが入った黒のはずなんだが……ここに置いてあるのはドブのように真っ黒で所々ささくれ立っている黒板だ。

 昔の黒板は墨汁で染めた文字通りの『黒板』だったらしいが、まさかその時代の骨董品だろうか?

 

 ……とりあえず、こんな所か。

 設備に差を付けるのは学園の方針なのは分かっていたが……流石にやりすぎなんじゃないだろうか?

 まあいいさ。この状況をひっくり返す手段は学校側からしっかりと提供されている。

 今は……1年間を一緒に戦う仲間を待つとするか。







「さ~って、後書きコーナーの時間です!」
 
「リメイク前ではここは1話の内容だったな。予備知識が全く無い状態から『空凪』と呼ばれて、光のAクラス行きの封筒を渡される事でミスリードするという無駄な小細工がしてあった。
 今回は前話でFクラスフラグをバリバリに立てている上に下の名前も事前に紹介されているから引っかかった奴はあまり居なかったか?」

「筆者さんの性格の悪さが伺えるね……
 ではでは、次回もお楽しみに!」


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02 クラスメイトと下克上と

 教室でぼんやりとしていたらガラガラという扉が開かれる音が聞こえた。

 

「一番乗り……ではなかったか。

 随分と早いな。おはよう」

「ああ、雄二か。おはよう」

 

 入ってきた奴の名は坂本(さかもと)雄二(ゆうじ)。去年からの知り合いだ。

 こいつの学力を考えたらもうちょい上のクラスも狙えたはずだが、わざとここに来たんだろうな。僕と同様に。

 

「ところで、代表は貴様か?」

「ああ。その通りだ。

 一応訊いておくが、お前はFクラスだよな? 別クラスが何となく見学に来たわけじゃないだろうな?」

「安心しろ。バッチリFクラスだ。兵隊としてこき使われてやるから感謝しろ」

「ああ。宜しく頼むぜ」

 

 各クラスには『代表』という概念が存在する。

 基本的な役割は普通の学校の『クラス委員長』とかと何ら変わりは無いが、ある行事では重要な役割を担う。

 その為、代表は各クラスの成績トップが担当する。うちの学校は1学年300人で、クラスは6つに分かれているから……雄二の学年順位は251位という事だな。

 しかしまぁよくできたものだ。ジャスト251位を狙うというのは簡単な事ではない。

 僕も準備期間を与えられれば不可能ではないかもしれないが、それ以前にやりたくない。面倒だから。

 

「それじゃ、他の連中を待つとするか」

「そうだな」

 

 

 

 のんびりと待っていると50個の席の殆どが埋まった。

 空席は、2つ。

 試験を途中退席して0点になった2名の姿はまだ見あたらない。

 そろそろ始業時刻だが……どうしたんだろうな? 遅刻か?

 

 

 

 始業時刻を過ぎた。担任の教師が来るかと思ったが、まだ来ない。

 またぼんやりとしていたら不意に扉が開き、見知ったバカが現れた。完全に遅刻だな。

 

「テヘッ、ちょっと遅れちゃいました♪」

「早く座れこのウジ虫野郎」

「ヒドっ!! 誰だそんな事言うのは……って、雄二? 何してるの?」

「何か先生が来ないんで代わりに教壇に上がってみた」

「代わり? 何でまた」

「フッ、俺がこのクラスの代表だからな」

「あ~、なるほど」

 

 そんなやりとりをした後、遅刻してきたバカこと吉井(よしい)明久(あきひさ)は空いてる席に着いた。

 空いてる席と言っても選択肢は2個しか無いが。

 ……ヒマだからちょっと話してみるか。

 

「よう明久。遅刻は珍しいな」

「え、剣? 剣もFクラスなの?」

「ああ。うちの代表様が面白そうな事を企んでるんでな。

 僕も一枚噛ませてもらおうと思ってな」

「へ~。頑張ってね」

「……恐らく、お前も頑張る事になると思うぞ」

「へ?」

 

 コイツは雄二の為にわざわざ苦労を背負うような殊勝な奴ではないが……別の理由から結局は全力で頑張る事になるだろう。

 

「あ、先生が来た。大人しくするとしよう」

「う、うん……」

 

 

 

 新クラス恒例のイベント。それは自己紹介だ。

 まずは担任の教師、覇気の無いオジサンこと福原先生だ。

 

「えー、おはようございます。私がこのクラスの担任の……福原(ふくはら)(しん)です。宜しくお願いします」

 

 名前の前に間があったのは自分の名前をド忘れした……というわけではなく、黒板に自分の名前を書こうとして止めたからだ。

 何故止めたかって? このクラスにはチョークすら支給されてないからさ!

 ……いや、流石にこれはおかしいだろう。授業に致命的な支障が出るぞ。単純に補充されてないだけだと信じて後で事務室か職員室から取ってこよう。

 

「それでは、自己紹介でも始めましょう。廊下側の一番前からお願いします」

 

 こうして自己紹介が始まったが、50人もの生徒の名前を記憶する気は全く無いのでテキトーに気になった部分だけ聞き取る事にする。

 

 

木下(きのした)秀吉(ひでよし)じゃ。演劇部に所属しておる。

 今年一年宜しく頼むぞい」

 

 どっかの天下人みたいな名前の男子生徒は僕の去年からの友人の1人だ。

 独特の喋り方、そしてその外見は大きな個性となっている。

 いや、猿っぽいとか、ハゲ鼠っぽいとかいう話じゃない。結論を言うと、パッと見女子に見えるんだ。

 いわゆる、『男の娘』というヤツだな。本人は常日頃から男だと名乗っているが、正しく性別を把握している奴はあまり多くなさそうだ。

 余談だが、木下優子(ゆうこ)という名の双子の姉が居る。二卵性双生児にも関わらず外見は非常に似ており、その事も性別誤認に拍車を掛けているのだろう。

 

 

「…………土屋(つちや)康太(こうた)

 

 名前だけ名乗って座った影の薄いあいつも秀吉と同じく去年からの友人の1人だ。

 彼の2つ名はさる筋では非常に有名なのだが……まぁ、本人が名乗ってないので今は置いておくとしよう。

 

 しっかし、さっきから男子しか居ないな。成績が悪い奴には男子しか居ないのか?

 ……実際どうなんだろうな。世界全体、あるいは国ごとや地域毎にどんな傾向があるのかとか調べたらそれはそれで面白い事になりそうだ。

 

 なんて事を考えていたら女子の声が聞こえてきた。

 

島田(しまだ)美波(みなみ)です。海外育ちで、日本語の会話はできるけど読み書きは苦手です」

 

 島田か。友人と言えるほど深い関係性は無いな。せいぜい顔見知りと言った所か。

 教室内を見回すと女子は帰国子女の彼女だけらしい。国語が不自由な彼女なら点数が著しく低いのは当然の事なので、普通にFクラスレベルの学力の女子は少なくとも本学年には存在しないようだ。

 

「あ、でも、英語も苦手です。英語圏内じゃなくてドイツ育ちだったので。

 あと、趣味は吉井明久を殴る事です♪」

 

 何か物騒な事を言い出した。島田よ、その発言は色々と誤解を生むぞ?

 島田美波という人物は決して他者をいたぶって愉しむ変態ではないし、明久が嫌いというわけでもなくむしろ好いている。

 

「はろはろ~♪」

「や、やぁ……島田さん」

「吉井、今年も宜しくね!」

 

 好いているはずなのだが……何かちょっと捻れた愛情表現しかできないらしい。

 なお、その『好き』が『Like』なのか『Love』なのかは……僕が決める事ではないか。

 

 

「……コホン、え~、吉井明久です。気軽に『ダーリン』って呼んでください♪」

 

『『『ダァァリィィィン!!!』』』

 

「……失礼、忘れてください。とにかく宜しくお願いします」

 

 このクラスの奴ら、意外とノリが良いな。だからどうしたという話だが。

 さて、そろそろ僕の番のようだな。

 

「空凪剣だ。1年間宜しくな」

 

 以上だ。何? それだけかだと?

 フン、名前さえ分かれば十分だろう。

 そそくさと座布団に座り、次の人にバトンを渡す。

 ……が、その前に足音が聞こえた。

 

ガラガラッ

 

「す、すいません……遅れました……」

 

 扉の向こう側に立っていたのはある女子生徒。

 体調不良により途中退席を余儀なくされ、強制的にFクラス入りになってしまった優等生。

 姫路(ひめじ)瑞希(みずき)がそこに居た。

 

「おや、ちょうど良かった。今は自己紹介をしている所なので姫路さんもお願いします」

「は、はいっ。姫路瑞希といいます。宜しくお願いします」

「あのっ! 質問させて下さい!」

「はい? 何でしょうか?」

「どうしてここに居るんですか!?」

 

 姫路に質問したのは……えっと……須川か、横溝か、そんな感じの名前の奴だ。

 その内容は受け取り方次第では極めて失礼だが、質問を受けた姫路は特に誤解する事なく普通に答えた。

 

「えっと、試験中に熱を出してしまいまして、途中退席で0点扱いに……」

 

 ちょっと前にも似たような事を思ったがホント理不尽なルールだよな。

 せめて回答した分くらいは採点してやりゃいいのに。

 彼女は試験順位1桁の常連だ。実力の半分も出せていなくてもFクラスくらいは普通に回避できる。

 

『そう言えば俺も熱の問題が出たせいでFクラスに……』

『ああ、アレは難しかったな』

『実は俺は弟が事故に遭ったって聞いて実力を出し切れなくて……』

『黙れ一人っ子』

『前の晩、彼女が寝かせてくれなく……』

 「「「「「異端者だ! 殺せぇ!!!」」」」」

『スイマセン嘘です! チョーシこきました!!』

 

 ……どうやらこのクラスは予想以上にアホの集まりらしい。

 学力が最低だからと言ってここまで常識の無い連中が集まる事もなかろうに。

 ……まぁ、いいや。

 連中が何か騒いでいる間にササッと姫路の所まで近づいて耳打ちする。

 

「お~い姫路、こっちだ」

「え?」

「お前さんは最後だったから1つを除いて席は埋まってる。今のところお前の席はこっちだ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 どういうわけか僕の近くの席は最後まで残っていたので、姫路と、ついでに明久の席は僕のすぐ側だ。

 まぁ、あくまでも暫定の席なんでしばらくしたら席替えとかするかもしれんけどな。

 その後で気が向いたら座席表でも作っておくか。Aクラスに行った妹ならパソコンとプリンターくらい余裕で借りられるだろうし。

 

「ところで姫路、体調はもう大丈夫なのか? 試験を途中退席って相当だと思うが」

「は、はい。もう大丈夫です」

 

 大丈夫だったら遅刻なんてしないと思うんだが。

 姫路自身と会話した事は全く無いが、噂では真面目な優等生らしい。他人に心配をかけまいと無理をするくらいは普通にするだろう。

 少し気を配っておいてやるか。うちの貴重な戦力だしな。

 

「ま、無理はするなよ」

「そうだね。病み上がりなら気をつけないと」

「えっ、よ、吉井くん!? いつからそこに居たんですか!?」

「え? 最初から居たけど……」

 

 何か姫っちが過剰に反応してる気がする。

 ……ああ、なるほど。そういう事か。

 

「いや、ホント済まない。明久が変態で。驚かせてしまったな」

「剣っ!? どういう意味!?」

「おい違うぞ剣。流石の明久でも見た目だけじゃ変態だとは分からん。

 こういうべきだ。済まないな姫路。明久がブサイクで」

「雄二まで便乗しないで!? って言うか何の恨みがあるの!?」

 

 近くの席に座っていた雄二まで便乗してきた。いいぞーもっとやれー。

 

「恨み? 何を言っている。友人の汚点を謝るのは常識だろう?」

「安心しろ。1割は冗談だ」

「そんな常識は知らないよ!! そして剣!! 残りの9割は一体何なの!?」

 

 細かい事を気にする奴だな。言った僕ですら残り9割については気にしていないというのに。

 やれやれだな。

 

「ぶ、ブサイクだなんて、そんな事無いですよ!

 むしろ、その……か、カッコいいですよ!」

 

 まぁ、正直な所、見た目はそこそこ整っている。

 バカな言動とか、アホな言動とか、あとバカな言動とかのせいで完全に台無し……あれ? 全部同じ?

 

「そうだな……確かに、俺の知っている奴でも明久に興味を持っているような奴が居た気がするしな」

「えっ!? それって誰「誰ですか!?」

 

 姫路の台詞が明久の台詞を食っているが、質問内容は同じなので大した問題ではなさそうだな。

 

「ん~、確か、久保……

 …………利光だったかな」

 

 ……うん。そこそこ有名人だから僕の脳内辞書にもしっかりと登録されている。

 久保(くぼ)利光(としみつ)

 姫路と同じく順位1桁常連の優等生。

 但し、1位を取った事は無かったはずだ。いやまぁ、1位に君臨している生徒が圧倒的という話であって彼自身の問題ではないが。

 そして……彼は男だ。

 大事な事なのでもう一度言うが、男だ。

 

「…………」

「おい明久。声を殺してさめざめと泣くな。そんなに嬉しかったか?」

「違うよ!!」

「フッ、安心しろ。世界は広いんだ。お前に興味を持つ女子がもしかしたら居る可能性が無きにしも非ずと言える可能性は0ではない。

 ほら、宝くじの1等を10年くらい連続でピンポイントで引き当てる事に比べたら1000倍は楽勝だ。そう気を落とすな」

「あ、ありがと剣……って、それってほぼ望み薄だよね!? ほぼって言うかもう完全に望み無いよね!?」

 

 チッ、バレたか。

 明久にしては鋭いな。

 

 と、そんな風に騒いでいたせいか先生から注意が入った。

 

「はいそこ静かにして下さいね」

「あ、はい。すいませ

 

バキィッ パラパラパラパラ……

 

 福原先生が軽く叩いた教卓が塵と化した。

 どんだけ老朽化してたんだよ。って言うか今の今までよく教卓としての形を保ってたな。

 ……実は福原先生が鉄人を凌ぐ程の怪力なのだろうか? いやまさか。

 

「替えを持ってきますので暫くお待ち下さい」

「……あの、手伝いましょうか?」

「助かります。では付いてきて下さい」

 

 Fクラスの酷さを考えると新品の教卓が用意されるとは思えないが……せめて長持ちしそうなのを見繕っておこう。

 

 

  ……数分後……

 

 

「……なあ雄二」

「どうした剣」

「……倉庫に入ったらボロい教卓が100個近く並んでいた光景を見た僕はどうしたらいいと思う?」

「笑えばいいんじゃないか?」

「はっはっはっ……

 いや、ヒドすぎるだろ!! Fクラスへの嫌がらせにどんだけ金かけてるんだよ!!」

 

 ボロの教卓は普通の教卓に比べたら単価は安いだろうが……すぐに壊れる事を見越して大量に用意してあるので新品を大事に使った方が安い可能性は十分にある。

 あと、絶妙にくたびれた教卓を探すのも大変だろう。その手間を人件費として金に換算すれば更に金がかかる。

 そこまでやるか? わざわざ。

 

「まぁ、安心しろ。お前が出かけている間に明久と『試召戦争(ししょうせんそう)』について話してた所だ」

「ほぅ? 早速動くのか。だが、いきなり過ぎないか?」

「どうやら俺が想定していたよりも状況は有利みたいでな。初日から始められる」

「そうか。お前がそう判断したならそれに従うとしよう」

 

 

 

 そして自己紹介が続き、最後に雄二の番になった。

 

「坂本君。あなたで最後です。自己紹介をお願いします」

「ああ」

 

 雄二はゆっくりと立ち上がり、教室の前まで進む。

 そして、全員の注目を集めるように教卓をバンと叩く。

 良かった。今回は壊れなかったようだ。

 

「さて、俺がこのFクラスの代表を任された坂本雄二だ。

 俺の事は坂本でも代表でも好きなように呼んでくれ」

 

 ふむ、好きなようにか。それなら……

 

「赤ゴリラ?」

「はっ倒すぞ」

「じゃあダーリン!」

「ブチのめすぞ!」

 

 好きなようにって言ったのに。雄二の嘘つき。

 

「まぁ、呼び方の問題は置いておこう。俺は代表として諸君らに訊きたい事がある。

 俺が仕入れた情報によれば、Aクラスは1人1人にシステムデスク、パソコン、エアコンにリクライニングシートが配備され、水は勿論、ジュースの類もドリンクバーで飲み放題。菓子類も食べ放題。

 その上、真っ正面にはウン千万するであろう巨大なプラズマディスプレイが鎮座している」

 

 そんなに設備が充実していたのか。流石に金をかけすぎじゃないのか?

 格差を煽って勉強させるのが本校のクラス分けの目的なのは十分理解しているが、何事にも限度があるだろう。

 

「さて、それに対して我がFクラスは……」

 

 雄二がゆっくりと教室を見回す。

 その視線につられるように、皆も辺りを見回す。

 

 落書きを取ったら何も残らなそうな壁。

 

 毒キノコでも生えてきそうな畳。

 

 名状し難き窓のような何か。

 

 たっぷりと時間をかけて見回した後、語りかける。

 

「……不満は無いか?」

 

 ハッ、何を当然の事を。

 言うまでもない事だが、言わせてもらうとしよう。

 

『『『大有りじゃぁぁぁああああああああああああ!!!!!!!!!!』』』

 

 これで不満を持たない奴が居たらそいつはどこのスラム育ちだという話になる。

 そんなもの、この日本には……いや、探せばあるかもしれないが、少なくともこのクラスの連中にスラム出身の生徒はまず居ないだろう。

 

「そうだろうそうだろう! 俺も代表として大いに問題意識を抱えている!!

 そこでだ。我々FクラスはAクラスに対して『試験召喚戦争(しけんしょうかんせんそう)』を挑もうと思う!!!」

 

 雄二のこの宣言から、僕達の長い1年が始まった。

 それじゃあ始めよう。楽しい楽しい下克上を!






「この辺も話の流れはほぼ全く変わってないわね。表現とかが微妙に変わってるけど。
 あと、文字を大きくしたり小さくしたりといった特殊タグも活用してみてるみたい。
 意外と機能が充実してるみたいね、このサイトって」

「色々と小細工ができそうだな。
 あんまり活用しすぎると逆に見辛くなるが」

「程々に自重して使ってほしいね。
 では、次回もお楽しみに!」


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03 集った才能

 雄二の宣言を聞いたクラスの連中の反応はとても分かりやすいものだった。

 

『勝てるわけが無い!』

『これ以上設備を落とされたらたまらない!』

『姫路さんさえ居れば後は何も要らない!』

 

 ……実に、否定的だ。

 前提知識の無い者でも概ね察しは付くと思うが、雄二が宣言した『試験召喚戦争』、通称『試召戦争』とはクラスの設備を賭けた戦いの事だ。

 別のクラスへと勝負を挑み、勝てばそのクラスの設備を丸ごと入手でき、負ければ逆に設備のランクが落とされる。

 

 そしてその勝負の内容とは『召喚獣』とかいうファンタジー色溢れる代物だ。

 各生徒は自分の試験の点数に比例した強さを持つ召喚獣を使役し、互いに戦わせる。

 そして、相手の代表を撃破すれば勝利というシンプルなルールだ。

 当然ながら、召喚獣の強い方が有利、すなわち学力が高い者が有利だ。最低辺のクラスであるFクラスになど勝ち目はまず存在しないように思える。

 

「いや、そんな事は無い! 必ず勝たせてみせる!!」

 

 だが、上位クラスはあくまでも()()であるだけだ。勝つ事は決して不可能というわけではない。

 

「いいか? このクラスには勝てる要素が揃っている。

 それをお前らに一つ一つ説明してやる」

 

 まぁ、雄二のお手並み拝見といこう。

 ここに居るバカ供を乗り気にさせられないようであれば、戦争に勝つなど夢のまた夢だからな。

 

「そうだな、まずは……木下秀吉が居る!」

「む、ワシか?」

『おお! あいつは確か演劇部のホープ!』

『木下優子の双子の妹!!』

「ワシは弟じゃ!! 誰じゃ今のは!!」

 

 秀吉だと? う~む、言い方は悪いがそこまで戦力になるのか?

 双子の姉である木下優子は順位1桁の常連だが、その弟は普通にFクラスレベルだ。

 いやまぁ、FクラスレベルでないFクラス生なんてほぼ皆無なんだが。

 演劇の技術は試召戦争で役に立てられる機会は……皆無とは言わないが、ほぼ無い。

 ……まぁ、正真正銘のバカの集まりの中では比較的まともだし、見た目も良いから司令塔というかアイドル的な意味で役には立ってくれるか。

 少々キツい言い方になってしまったが、要約すると比較的優秀だが飛び抜けて優秀ではないといった所か。

 

 

「土屋康太が居る!」

『土屋? 誰だ?』

「そうかそうか。そっちの名は知られていないか。

 では、寡黙なる性識者(ムッツリーニ)の名を知らない者は居るか?」

『な、何だと!? 奴がそうだと言うのか!?』

「ち、違う!!(ブンブンブンブン!!)」

 

 必死に首を振っている土屋康太。そう、彼こそがムッツリーニである。

 その名は主に男子の間で神のように崇められている。そう、女子生徒の写真の販売者として。

 盗聴、盗撮と言った犯罪そのものの行為にも精通しているが、商品のラインナップは至って健全である。

 本当にヤバい写真は本人の鼻血で汚れてしまうため売れないようだ。

 まぁ、厳密な事を言うと普通の写真ですら肖像権の侵害に当たるのだが……そのくらいは目を瞑っておこう。

 

 

「島田美波が居る!」

「へぇ、分かってるじゃない。苦手な科目も多いけど、得意科目ならウチは……」

『そ、そうだ! 確か人を殴るのが趣味な!』

『美波様! オレを罵ってください!!』

「え、ちょっと!? ウチにそんな趣味は無いわよ!!」

 

 島田……案の定誤解されているようだ。やはりまだ日本語が不自由……え、違う?

 まぁそれはさておき、本人が言いかけていたように彼女は得意科目と苦手科目との落差が激しい。

 国語や社会などの文系科目は壊滅的だが、万国共通の記号等が多い数学や化学等は秀逸だ。

 数学は……おおよそBクラスレベルといった所か。

 そう考えると地頭は普通に良いはずなんだよな。日本語が万全なら他の科目が伸びるのは勿論、数学でもAクラスレベルくらいにはなりそうだ。

 もうちょい日本語ができればこんなクラスに来る事も無かったろうに。

 

 

「姫路瑞希が居る!」

「ふぇ? わ、私ですか?」

「ああ、お前だ。彼女の実力については言うまでもないだろう。学年順位1桁の常連だからな」

 

 姫路に関しては説明不要だろう。

 不幸にも熱のせいでFクラス落ちしただけであり、その実力はAクラスレベルだ。

 

 

「空凪剣が居る!」

「ようやく僕の番か」

『空凪? 何か凄い奴なのか? あの中二っぽい奴が?』

「こちらもムッツリーニと同様、二つ名の方が有名か。

 『閃光の神滅剣』と言えば分かるか?」

『何だと!? 奴がそうなのか!?』

『あいつが鉄人を倒しただと!?』

 

 ああ、そう言えばその二つ名の由来はそれだったか。

 何かの武道の授業で体育の先生の代わりに鉄人こと西村先生が代打で出てきた事があったんだが……その時の試合で撃破できてしまった。

 いやまぁ、相当手加減されてた上にこちらは奥の手を使って満身創痍の状態でギリギリ勝利したとかいう有様だったんだけどな。

 それでも鉄人を倒したのは事実なので畏怖と敬意を込めて何か二つ名が付けられた。

 先ほど雄二が言っていた『閃光の神滅剣』は候補が乱立していた時期に僕がこっそり流してみたものだ。まさか採用されるとはな……

 

「こいつの凄さが分かった所で俺から一つ。

 今からこいつを『副代表』に任命する。

 俺が不在の時はこいつから指揮を受けてくれ」

「おい雄二、聞いてないんだが?」

「今言ったからな。ま、お前なら上手く使いこなしてくれるだろ?」

「人遣いの荒い代表様だな」

 

 副代表とは……読んで字の如しだな。

 一応ヒラよりは偉いが、大した権限は無い。せいぜい代表不在の時に戦争を挑まれたら代表の代わりになるくらいか。

 まぁ、無いよりはマシだろう。外交の時とかの箔付けとかな。本当に無いよりはマシ程度だが。

 

 

「当然、俺も全力を尽くす」

『おお! そう言えば坂本って『神童』とか呼ばれてたよな!!』

『マジかよ! って事はもしかしてこのクラスには姫路さんと合わせてAクラスレベルが2人居るって事か!?』

 

 神童ねぇ……まぁ、ポテンシャルがある事は認めるが。

 雄二は振り分け試験を全力で受けたわけではないので今の実力はFクラスよりは上だが……せいぜいEか、どんなに頑張ってもDくらいじゃないだろうか?

 まぁ、学力が全てではない。前線に行く事の少ない代表なら特にな。

 正しい戦略と戦術は戦力のハンデなど軽々と覆す。それを証明してくれ。

 

 

 クラスの熱気が最高潮に高まった今、雄二はこう告げた。

 

「そして最後に、吉井明久も居る!!」

 

……しーん……

 

 最高だったはずの熱気は一気に0まで落ちた。

 雄二、何故この流れで奴の名を出したんだ? おい雄二、明久を睨むな。テンションが下がったのは明らかにお前の責任だ。

 

『誰だそいつ?』

『そんな奴居たか?』

『何かよく分からないけど、バカっぽい名前だな』

「ちょっと雄二!? 何で僕の名前がオチ扱いなの!?」

「ふ~、やれやれ。まさか明久の事を知らないとはな。

 いいかお前ら、先ほど副代表に指名した剣と、あとコイツは『観察処分者』だ」

 

 その役職を聞いたクラスの連中が再びざわめき出す。

 ああ、そうそう。僕も観察処分者なんだよ。その辺の経緯については……機会があったら語るとしようか。

 

「あの~」

「どうした姫路」

「すいません、『観察処分者』って何ですか?」

 

 姫路が疑問を呈する。

 彼女のような優等生には縁遠い存在だ。知らないのも無理は無いだろう。

 

「ふむ、では剣、解説してやってくれ」

「いいだろう。ではまずメリットをかいつまんで説明しよう。

 まず前提として、通常の召喚獣は物に触れられないのは知っているか?」

「はい。知ってます」

 

 そう。召喚獣は物に触れる事ができない。立体映像みたいな見かけ倒しの存在だ。

 ある意味当然だが壁にも触れられず素通りする。

 但し、特殊な建材を使ってるとか何とかで床だけは立てるようになっている。それすら無かったら召喚直後にマントルまで真っ逆さまだからな。

 

「そう。物には触れられない。基本的にはな。

 しかし、観察処分者はその制限を受けない。実体化した召喚獣を扱う事が可能だ」

「えっ? それって凄い事ですよね?

 確か召喚獣って凄い力持ちって聞いたことがありますけど」

「ああ。その通りだ。そこの明久みたいな悲惨な点数であっても成人男性の10倍程度の腕力を持っている。

 そしてそれは点数に比例して強化されていくので……あとは説明するまでもないな」

「あの、剣? さり気なく罵倒された気がしたんだけど?」

「気のせいだ」

 

 力が強いというのは単純に便利だ。大きな荷物を運んだりとかな。

 尤も、召喚獣の召喚には教師の立会いが必要なんで私用に使う事はできないけどな。

 

「ほぇ~、凄いんですね。観察処分者って」

「いや、そうでもない。当然デメリットも存在する。

 物理干渉能力を得た召喚獣は強制的にフィードバックが発生する」

「フィードバック?」

「ああ。簡単に言うと、召喚獣が疲労した分だけ召喚者も疲労し、怪我した分だけ同じく怪我をする。

 戦争なんてやっててボコボコにされたら本人もボコボコにされる。

 最悪死ぬ……という事は簡単には発生しないと信じたいが、上手くやればフィードバックだけで人を殺す事も不可能ではないと思う」

「ええっ!?」

「……まぁ、死ぬのは極端な例だ。せいぜい痛い思いをするくらいだな。

 そして、こんな物騒なものに任命されるのは体罰が半ば容認されるレベルの問題児のみ。

 故にこの役職はこう呼ばれる。『バカの代名詞』と」

 

 『観察処分』ってくらいだからな。そういう処分を受けた問題児である事は疑い様も無い。

 あと、今語ったメリットの他にもメリットがあるんだが……それはまたの機会に語るとしよう。

 

「あと、補足情報だ。召喚獣というのは教師の承認が無ければ召喚できない。これは観察処分者も同様だ。

 教師の監視下で、教師の為にしか使う事ができない。今言った分のメリットを自分の為に役立てられるメリットは皆無と言って良い」

 

『って事は、まともに戦えないのか』

『戦えない奴が2人も居るのか?』

「まぁ気にするな。剣はまだしも明久は点数が悲惨なんで元から居ても居なくても変わらん雑魚だ」

「あの、雄二? だったら何で僕の名前を出したのかな?」

「とりあえず、俺たちの実力を示す為にもDクラスに宣戦布告しようと思う」

「雄二? 聞いてる?」

「教師連中も本当に愚かな事をしたな。最低ランクのはずのFクラスにこんなにも有能な連中が集まっている。

 さぁ、現状に不満のある奴はペンを取れ。

 俺たちの実力を、豪華な設備に胡坐をかいて安穏としてる連中に見せつけてやろうぜ!」

 

「「「「おおおおーーー!!!!」」」」

 

「お、おー!」

 

 あの姫路さんも何か乗せられてる。

 こんな状態で彼女はこのクラスでやっていけるのだろうか? 少々心配だ。

 

「それじゃあ剣、副代表としての初仕事だ。

 Dクラスに宣戦布告してきてくれ。開戦は午後イチだ」

「……一応訊いておくが、下位クラスの宣戦布告の死者……もとい使者は大抵の場合エラい目に遭うよな?」

「ハッ、何を当たり前の事を。さぁ行ってこい!」

「……いいだろう。全力で行ってくる」

 

 そう告げて、僕はDクラスへと向かった。

 

 

 

 

「……あの、坂本くん?

 エラい目って一体何ですか?」

「ん? ああ。試召戦争は上位クラスにとっては面倒なだけでメリットは一切無いからな。

 1人でノコノコ出向いた使者が袋叩きに遭うのは割と有名な話だ」

「えええっ!? だ、大丈夫なんですか!?」

「安心しろ。あいつは伊達に『神滅剣』だなんて呼ばれちゃいないからな」







「説明が続くわね」

「大筋はリメイク前と変わってないな。原作とも……僕の存在を除けばあまり変わっていない」

「そう言えば空凪くんの二つ名が変更されてるわね」

「『閃光の神滅剣』だな。
 ダーインスレイヴと読ませる案もあったようだが、普通に『せんこうのしんめつけん』だ」

「外見だけでも十分に中二病なのに、更に属性を重ねていくのね……」

「気にするな。外見なんて挿絵の無い小説なら飾りだし」

「まぁそうだけどね……
 それじゃ、次回もお楽しみに!」


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04 直感と確信

 渡り廊下を通ってDクラスのある新校舎へと向かう。

 扉を蹴破って挑戦状を叩きつけようかとも思ったが、教室内に代表が居なかったら虚しい事になるので普通に宣戦布告するとしよう。

 

「失礼します。Fクラス副代表の空凪剣です。

 Dクラスの代表はいらっしゃいますか?」

 

 そうやって呼びかけると教室の中からパッとしない男子が現れた。

 所詮はDクラスの代表、300人中151位のちょうどド真ん中の奴だからな。そう尖った奴は現れないか。

 

「俺が代表だが、何の用だ?」

「単刀直入に申し上げます。我々FクラスはDクラスに対して試験召喚戦争を挑みます」

「なっ、初日からだと!? 正気か!?」

「ええ。開戦は今日の午後イチ。昼休み終了時刻としたいのですが、宜しいでしょうか?」

「……分かった。受けて立とう」

「それは良かった。では、失礼します」

 

 宣戦布告を蹴る事はルール上不可能だが、開戦時刻をゴネる事は不可能ではない。

 まぁ、よっぽど無茶な時間を提示したとかならまだしも、今回は真っ当な時刻を提示したので蹴られる事はまず無いがな。

 用事も済んだし、帰ると……

 

『ちょっと待てや!』

「……何か?」

『ただで返すと思ったか! 覚悟はできてるんだろうな!!』

 

 予想通り、だな。問題ない。

 

『誰か! 釘バットを4ダース持って来い!!』

『ヒャッハー! 殺っちまうぜぇ!!』

 

 ……しょ、少々予想外だが、も、問題無いな。

 

「君には悪いが、ウチの連中を止めるつもりは無いよ」

「はっはっはっ……一応覚悟はしてたんで構いませんよ」

 

 代表に関してだけ言えば、激昂するでもなく取り乱すわけでもなく、かなり良い態度だと言えよう。

 正真正銘の善人なら連中を止めてくれるんだろうが……流石にそこまで求めるつもりは無い。

 

「それじゃあ……まとめて掛かってこい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「って感じで宣戦布告してきたぞ~」

「ご苦労」

 

 正当防衛の名目で数名ほど病院送りにしてやっても良かったが、代表の態度も良かったのでその辺は自重しておいた。

 ただ、攻撃を全回避してきたのでストレスは相当溜まってるだろうな。

 午後からの戦争で有効に働いてくれれば良いが……まぁ、気休め程度だな。

 

「それじゃ、今からミーティングを行う。屋上に行くぞ」

「りょーかい」

 

 

 

 というわけで屋上に移動する。

 着いてきてるメンバーは僕と雄二に加えて、先ほど名前が上がっていた連中だ。

 具体的には、明久、康太、秀吉、島田、姫路。5+2で計7名だな。

 

「んじゃ、始めるぞ」

「でも雄二、ミーティングって何するの? まさかとは思うけど、今から作戦を考えるとか言わないよね?」

「そんなわけ無いだろ。お前じゃないんだから」

 

 考え無しに宣戦布告して今更慌てるとか、そんなアホな事は流石に無いわな。

 仮にも相手は上位のクラスだ。気合と根性だけで勝てるほど甘くは無い。

 

「ところで雄二よ、一つ気になったのじゃが……」

「どうした秀吉」

「何故Dクラスなのじゃ?

 勝負を仕掛けるならAクラスに直接行くべきじゃし、段階を踏むならEクラスじゃろう?

 なんだか凄く中途半端な気がするのじゃが……」

「なぁんだ。そんな事も分からないのかい?」

「何だと明久、貴様は分かるというのか!?」

 

 僕自身は雄二の意図をほぼ正確に把握している自信があるが……明久が勘付いているというのは予想外過ぎる。

 ……いや、明久の事だからどうせ……

 

「そんなの決まってるじゃないか! 雄二がアルファベットのEを飛ばして覚えていたに決まって……」

「くたばれ」

「くぴゃっ、ちょっと!? 何するの雄二!!」

 

 案の定アホな勘違いをしていたようだ。少し安心した。

 

「このバカは放っておいて秀吉の質問に答えるとしよう。

 まず、直接Aクラスに殴り込みに行かない理由は至極単純。正攻法で勝つのはまず不可能だからだ。

 現状の戦力で真っ当な戦争で勝とうとするならAクラス全員が体調不良で実力を発揮できなくなるみたいな奇跡でもない限り勝ち目は無い」

「えっ、それじゃあどうするの!? Aクラスは諦めるの!?」

「落ち着け明久。雄二は『正攻法なら』不可能と言ったんだ。

 逆に言えばやり方次第では勝てる。そういう事だろ?」

「まあそういう事だ。

 で、Eクラスでもない理由だな。こっちは単純に弱すぎる。

 なんたってこっちには姫路が居るからな」

「わ、私ですか?」

「ああ。姫路単騎であっても壊滅状態に……持ち込むのは流石に不可能かもしれんが、半壊くらいにはできる。

 敵に囲まれないようにちょっとサポートしてやれば本当に全壊させる事も不可能じゃないだろう」

 

 ちょっと運が良ければ本当に単騎で壊滅させてもおかしくは無いな。それほどまでに姫路は優秀だ。

 しかし、少々気になる事がある。

 

「雄二、それはあくまでも万全の状態での話であって、振り分け試験で0点だった姫路にはキツいんじゃないか?」

「ん? ああ、そう言えばお前居なかったな。

 安心しろ。姫路も、ついでに明久もしっかり再試験を受けているらしい」

「何だと?」

「そうだよな、姫路?」

「はい。なんでも、0点のままだと召喚獣の武装の決定でバグが発生してしまうとか何とかで、その為に再試験を受けました。

 『振り分け試験』ではないのでクラスはFクラスのままでしたけどね」

「……そんなのがあったのか」

 

 振り分け試験のテストの点数というのはクラス分けの為だけのものじゃない。

 召喚獣が装備している武器や防具といった個別の武装も点数によって決定される。

 同じ点数だからといって同じ武装というわけではないが……基本的には高い点数ほど豪華な装備になるようだ。

 なお、この装備は学年が変わるまでずっと固定だ。いくら途中のテストで良い点を取ろうとも変わる事は無い。

 

「……姫路はまぁ真面目に受けたとして、明久もそれを受けたのか?」

「まぁ、一応。後ろで鉄人が見張ってなかったらテキトーにやってたんだろうけどね」

「なるほど」

 

 そんなのがあるなら僕も途中退席してりゃ良かったな。まぁ、今更言っても遅いか。

 って言うか、そんなのやるくらいなら普通に振り分け試験の再試させてやれよ。

 

「そういうわけで、姫路は開幕から動ける。

 実際にいきなり出す事は無いと思うが……嬉しい誤算だった」

「なるほどな。

 ちなみにだが……その再試験の日程ってどうなってたんだ? 通常通り、2日間に分かれてたのか」

「え? はい。そうですよ」

「……なるほど。分かった」

 

 開戦と同時に3人でテスト受けるハメになると踏んでいたが、僕1人だけか。

 まぁ、いいさ。

 

 

 

 

「ところでさ、開戦は午後からなんだよね」

「ああ。良く覚えていたな。明久にしてはやるじゃないか」

「いや、流石にそれくらいは覚えてるよ!?

 って、そうじゃなくて、戦争の前にお昼ご飯って事だよね」

「そうなるな。

 明久、今日くらいはまともな物を食えよ?」

「そう思ってくれるならパンの一つや二つ奢っ「却下だ」って、早いよ!!」

「生活費をゲームや漫画に使い込む貴様の自業自得だ」

「うぐっ!」

 

 日々の食事を塩水や砂糖水だけで凌いで生きていけるその生命力には驚嘆するが、それとこれとは話が別だ。

 食生活をまともなものに改善するだけでFクラスから脱却できるくらいには成績上がるんじゃないだろうか? いやまぁ、今回は途中退席してたんで素の成績は全く関係ないが。

 

 と、そんなやりとりをしていたら姫路がこんな提案をしてきた。

 

「あの……もし宜しければ作ってきましょうか? お弁当」

 

 それを聞いた普段の僕なら『明久をあんまり甘やかすな』と言っている所だが、その台詞を発する前にゾクリと強烈な悪寒を感じた。

 何だろう? 地震や津波の前触れのような、そんな悪寒を。

 

「えっ、いいの!? 本当に!?

 僕、塩水と砂糖以外のものを食べるのは久しぶりだよ!!」

「そ、それじゃあ……明日から持ってきますね」

 

 凄く嫌な予感がするが……今更止めるのも野暮か。

 

「……姫路、差し出がましいようだが……味見はしっかりしてくれよ?」

「え? えっと……」

「何言ってるの剣。料理を作ったら味見をするのは当然じゃないか」

 

 ……姫路からの返事を聞いてないんだが……まぁいいか。明久だし。

 良薬口に苦しって言うし、健康重視で多少マズいものが出てきても問題あるまい。

 

「へ~、瑞希ってば優しいのね。吉井()()に作ってくるなんて」

 

 おい島田、その言い方はまずいぞ。

 諦めるなら別に構わんが、この会話の流れだと……

 

「あ、えっと……それじゃあ、宜しければ皆さんにも……」

「姫路の料理か。確かにちょっと興味があるな」

「そういう事であればご相伴に預からせてもらおうかのぅ」

「…………(コクコク)」

 

 ……まぁ、そうなるな。

 この悪寒の中心に友人達だけを放り込むわけにもいかんか。

 

「姫路、無理しなくていいからな」

「大丈夫です! 同じ物をちょっと作るのも沢山作るのも大して変わらないので。

 それじゃ、頑張りますね!」

 

 ……まぁ、せいぜいクソマズい程度だろう。死にはしないさ。

 そう、僕は確信した。







「今回はアニメ版との明らかな相違点が出たわね。
 振り分け試験で途中退席した人は『再試験』が実施されているわ」

「尤も、点数や武装の再試験であってクラス振り分けの再試験ではないようだがな」

「でも、何でそんなの追加したの?」

「……だってさ、姫っちの召喚獣の装備ってすっげー豪華じゃん。
 決して0点の人の装備じゃないじゃん。
 0点でアレなら明久と雄二は一体何なのっていう」

「……あ~、確かに」

「そういうわけで追加してみた。
 学園側、と言うか学園長としては『システムに思わぬバグが出たんで今年だけはしょうがないから受けてもらった』って感じらしい。
 来年以降は何らかの対策がされているだろうな」


「それでは、次回もお楽しみに!」


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05 開戦

 昼食を終え、Dクラス戦が始まった。

 明久の食事は本人曰く『ソルトウォーター(塩水)』と『幸せの白い粉(上白糖)』との事だ。まぁ、いつもと大して変わらんな。

 開戦直後の他の連中の様子を軽く説明しておくとしよう。

 

 秀吉は先鋒部隊として出撃。

 明久及び島田は中堅部隊として少し遅れて出撃。

 康太は……姿が見えないな。まぁ、何かどこかで頑張ってるんだろう。

 姫路は教室で待機。まだ出番ではない。

 雄二は代表らしく教卓に座って偉そうにふんぞりかえっている。あんまり体重掛けると壊れそうなんだが……まぁ、いいか。

 

 で、僕はというと……

 

「補充試験をお願いします。

 科目は……日本史と物理を除く主要科目全て。社会は世界史、理科は化学で。

 1枚ずつ下さい」

「一度に受けても制限時間は1時間ですよ? 構いませんね?」

「はい。お願いします」

 

 そう、補充試験を受けていた。

 補充試験というのは試召戦争のある文月学園ならではの特殊なテストの事だ。

 召喚獣にとってテストの点というのは攻撃力とHPを兼ね備えた数値となる。戦っていてダメージを受けると減っていき、最終的には0になる。

 点数はテストによってのみ補充……と言うか上書きが可能だ。しかし、定期試験なんていちいち待っていられないのでいつでも好きな時にテストを申請して受ける事が可能だ。先生が忙しい時には無理だが。

 今の僕は訳あってほぼ全ての科目が0点なので補充しなければ使い物にならない。そういうわけで開幕と同時に試験を受けているというわけだ。

 

 僕の目の前には8枚の答案用紙が配られている。

 『現代文』『古文』『数学I・数学A』『数学II・数学B』『世界史』『化学』『英語』『英語W(ライティング)

 サクサク片付けるとしよう。

 そんな事を考えながら、僕はそっと眼帯を外してポケットに突っ込んだ。

 

「それでは、始め!!」

 

 

 

 

 

 さて、剣は試験を始めたようだな。その間に、俺は俺でできる事をやっておくとしよう。

 

「高橋先生、ちょっといいでしょうか?」

「何でしょうか? 坂本くん」

「召喚フィールドの承認をお願いできますか? それとも、試験の立会い中はできませんでしたっけ?」

「別にルール上は問題はありません。

 ただ、試験中の生徒が戦闘を挑まれた場合、強制的に試験は無得点扱いになりますよ?

 呼び出された召喚獣が0点だったら即座に戦死扱いになります。それでも宜しいですか?」

「大丈夫です。流石にこんな所までDクラスが来るとも思えませんので」

「それもそうですね。では、承認……どの科目にしましょうか?」

「ん~、じゃあ数学の1Aで」

「分かりました。承認します」

 

 通常、教師は自分の担当科目のフィールドしか作成できない。しかし、学年主任の高橋先生は『総合科目』を含めた全てのフィールドを作成可能だ。

 自由に作成できるから指定する必要があるが……『数学の1A』って何だよと思う人も居るだろうからちょっと解説しておくとしよう。

 

 うちの学校では『センター試験』が強く意識されている。

 俺たちみたいな新2年生はよっぽど意識の高い奴じゃない限りルールを熟知してる奴は居ないだろうが、試召戦争にガッツリと組み込まれているので否が応でも意識せざるを得ない。

 かなり細かい所まで話そうとするととんでもなく長くなるので割愛するが……一般的な『数学』って科目にも4種類あって、それぞれ『数学I』『数学II』『数学A』『数学B』となっている。そしてセンター試験では『I』と『A』を複合させた『数学I・数学A』という1つの科目として扱われている。

 だから、科目の指定をする時はわざわざ『数学の1A』と指定しなきゃならん。『数学の1』だけだと別科目になっちまうからな。

 

 以上、説明終了。ただでさえ若干面倒なセンター試験を更に面倒にしてるから無駄にややこしいな。

 まあいい。早速召喚するとしよう。

 

試獣召喚(サモン)!」

 

 コマンドの発音とともに魔方陣が浮かび上がり、そこからデフォルメされた俺自身のような召喚獣が現れる。

 身長は膝の高さくらいか。小さいと転びやすい気がするが、どうなんだろうな?

 

「これをこうして……意外と難しいな」

 

 俺がやりたい事は非常に単純。召喚獣の操作練習だ。

 1年の頃に召喚獣を使った実習は何回かあったが……せいぜい片手の指で数えられるような回数でしか無い。

 しかも、召喚獣の操作方法は思考による操作とかいうぶっ飛んだものだ。いやまぁ、格ゲーみたいなノリでゲームのコントローラーを渡されてもそれはそれで困るがな。あんな限られたボタン数で召喚獣を操作とかできる気がしない。

 まぁそういうわけで……召喚獣ってのは素人にはムチャクチャ扱い辛い。走る、武器を振るくらいはまぁ何とかなる。しかし、歩くのは逆に難しいし、紙一重で敵の攻撃を避けてカウンターを食らわすみたいな達人技はまず不可能だ。

 基礎動作を練習するのとしないとだとかなりの差が出るだろう。

 

「……よし。手の空いてる奴、2~3人くらい操作練習に参加してくれ。

 衝突に気をつけろよ。こんな所で戦死したら目も当てられん」

 

 Dクラスがここまでやってくるとしてもまだ時間はある。今のうちに満足できるまで動かさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験開始から30分が経過した頃、ポケットに突っ込んだ眼帯を再び身に着けて、先生に告げる。

 

「……これで、終了です。採点お願いします」

「それでは採点します」

 

 補充試験は1回につき1時間の試験時間が与えられるが、任意のタイミングで切り上げても構わない。点数的なメリットは無いが。

 今回の試験監督は学年主任である高橋女史だ。彼女は全科目の試験監督になれる上に、採点速度も群を抜いて早い。

 8枚もの答案用紙は1分も経たないうちに帰ってきた。

 

「はい、どうぞ。全て100点です」

「ありがとうございました」

 

 全て100点と聞くと超エリートに聞こえるが、この学園では点数には基本的に上限は無いのでこの程度は普通に居る。

 あくまでも大雑把な目安だが……Eクラスの上位6割くらいは既に平均点が100点くらいらしい。

 ちなみにAクラスは最低でも200点程度。トップクラスは400点近くになるらしい。

 

「剣、終わったか?」

「ああ。行ってくる」

「おう、頼むぜ」

 

 30分で合計800点が取れる事を考えると1科目に絞って真っ当に1時間受けた場合、単純計算で1600点になるわけだが……2つの理由からそう都合良くは行かない。

 第一の理由として、文月学園の試験は解いた問題の数に比例して難易度が上がっていく。なので、単科目に絞ってもせいぜい400点程度しか取れない。

 第二の理由として、僕の体質の問題だ。

 簡潔に言うと、僕は30分ちょいしか集中力が続かない。このバカみたいな点数の代償だな。それを越えて気合と根性で頑張ろうとすると強制的に意識が落ちる。

 今日はもう補充試験は受けられないな。慎重に立ち回るとしよう。







「結構システムが改革されてるわね」

「『センター試験準拠』は本来は終盤のみだったが、本作では最初からガッツリとセンター試験が意識されている」

「あれ? でも違ったら悪いけど、数学2って2年生の範囲なんじゃないの?」

「筆者の高校生時代の記憶なんて既に忘却の彼方なんでハッキリとは言えないが、もしそうだったとしても問題ない。
 文月学園なら先取り学習くらい普通にやってるだろうからな」

「……なるほど」

「ちなみに、今回は『数学の1A』のフィールドを指定しているが、1Aフィールドを作れる教師相手なら『数学の1』のフィールドも指定可能だ。
 その場合、基本的には1Aの点数が参照されるが、1の試験を事前に受けていた場合のみそちらの点数が優先される。
 原則として絞った方が点は取りやすいから、ひたすら『数学の1』の方だけに絞って勉強するというのもアリと言えばアリだな」

「う~ん、でも、それって逆はダメなんだよね?」

「ああ。
 『1A』で400点取れれば『1』でも400点で戦えるが、
 『1』でたとえ1000点取ろうとも『1A』の点数は0だ。
 役に立つ場面が限定されるという意味でも現実のセンター試験らしいな」

「まぁ、確かに」

「ちなみに、本文では割愛したが数学にもまだ種類がある。
 『簿記・会計』及び『情報関係基礎』だな。
 これらの細かい裁定は……設定だけは作ってあるが読者が意識する必要は無い。
 筆者も今のところは活用するつもりは無いしな!」

「じゃあ何で細かいルール作ったのよ……」

「……さぁな。
 一応、設定資料集みたいなのを作って投稿しようかという案もあったらしいが、無駄に長くなったから自重したそうだ。
 資料集の読み込みを前提にはしたくないからな」

「……それじゃ、次回もお楽しみに!」


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06 とあるバカの戦場

  ……時は少し遡り、試召戦争開戦直後……

 

 やあ皆。僕だよ僕。

 え? 誰かって? そうだなぁ。じゃあヒントをあげよう。

 不幸な事故により振り分け試験を途中退席せざるを得なくなった、ある意味ではあの優等生の姫路さんと同格とも言えるイケメンの男子生徒。

 そう、僕の名は……

 

「吉井、バカな事やってないでちゃっちゃと指揮を取りなさい。一応隊長なんだから」

「ちょっ、島田さん!! せっかく僕がカッコよく名乗りを上げようとしていたのに!!」

「はいはい。分かった分かった」

 

 僕の扱いが軽い。解せぬ。

 さて、そういうわけで何故か雄二から中堅部隊の隊長を任せられた。

 ちょっと面倒だけど任せられたからには頑張ってみよう。

 

「島田さん、現在の戦況は?」

「木下率いる前線部隊が敵とぶつかったみたいね。

 もうちょっと近付けば詳しい状況も分かると思うけど……とりあえずはまだ待機かしらね」

 

 この学校は試召戦争を前提に建てられてるらしいけど、極端に広い造りになっているわけでもない。

 あんまり人が密集しすぎると身動きが取れなくなる。だからせいぜい10人ずつくらいの部隊に別れて戦うんだ。

 ……って、雄二の受け売りだけどね。

 それはさておき、戦場に近付かなくても遠くから声を拾ったりする事は可能だ。少し耳を澄ませてみるとしよう。

 

 

『Fクラス三宮(さんのみや)、討ち取ったり!!』

『お前が記念すべき最初の戦死者か。よし、補習だ』

『ぎぇっ!? て、鉄人!? どこから現れたんだ!!』

『そんな事はどうでもいいだろう。さぁ、補習室に行くぞ』

『い、嫌だ!! 補習を受けるくらいなら地獄に行った方がマシだ!!!』

『抵抗するなら力づくで連れていくまでだ。

 安心しろ。補習が終わる頃には『趣味は勉強、尊敬する人は二宮金次郎』という模範的な生徒に仕立て上げてやる』

『そ、それって洗の……い、嫌だぁぁぁぁぁぁぁ………………』バタン、ガチャッ

 

 

 ……ふむ、なるほど。

 

「よし、島田さん。全員に伝えてほしい」

「何? 新しい作戦?」

「総員退避、と」

「このいくじなしっ!!」

「ふぎゃっ!? 目が! 目がぁぁぁ!!」

 

 そんなバカな。一番合理的な作戦がっ! っていうか目が痛い! シバくにしてもせめてチョキじゃなくてパーかグーにしてよ!!

 

「ウチらの役目は前線部隊が消耗した時に安全に撤退させて、その上で敵を抑えておく事でしょ!?

 ここで逃げ出したらアイツらが補給できないでしょ!!」

「うぐっ、島田さんにしてはなかなか合理的な意見を……」

「ちょっと? ウチにしてはってどういう意味?」

「ごめん。僕が間違ってたよ。たとえ相手がDクラスでも、これは戦争。集団戦なんだ。

 皆で頑張ればきっと勝機はある!」

「何か釈然としないものはあるけど……その意気よ!」

 

 流石は島田さんだ。僕よりもずっと男らしい。

 さて、それじゃあ頑張って……

 

『伝令! 前線部隊が後退を始めたようです!』

「総員退避よ」

「……えっ?」

「総員退避よ。吉井? 問題ないわよね?」

 

 う~ん、何だか凄く問題がある気がするけど……きっと気のせいだろう!

 

「そうだね! 僕達には荷が重すぎたんだ!」

「そうよ。ウチらは精一杯の努力はしたわ!」

 

 いや~、頑張った頑張った。教室に戻ってのんびりしてよう。

 そう思って方向転換したら教室の方から誰か走ってきた。

 

「あれ? どうしたの?」

「代表からの連絡です。

 『逃げたらコロス』と」

「総員突撃!!!」

 

 やっぱり前線部隊の皆を見捨てるなんていう極悪非道な真似は僕には無理だったよ!

 他の皆を殺したくは無い一心だったんだけどね! やっぱり僕みたいな清廉潔白な人間には無理だ!

 決して雄二が怖いからじゃないんだかねっ! 勘違いしないでよねっ!

 

 

 前線の方へ駆けつけると丁度秀吉が撤退してくる所だった。

 

「秀吉! 無事だったんだね!」

「うむ。何とか戦死はせずに済んだのじゃ。今から補充試験を受けたいのじゃが……ここは任せて構わぬか?」

「うん! 勿論だよ! その為の中堅部隊だからね!」

「そうじゃな。明久の事じゃから逃げ出したりせぬか不安じゃったが……流石に失礼じゃったな」

「そ、そそそそうだね!!」

「……では、頼んだのじゃ」

 

 そう言って秀吉はFクラスの方へ去って行った。

 ふ~危ない危ない。僕が逃げ出そうとした事がバレる所だったよ。

 

「吉井! 試召戦争のルールは分かってるわよね?」

「勿論さ!」

 

 簡単にまとめると……

 

 ・召喚獣は召喚許可を出した先生の近くでしか召喚できない。

 ・得意科目だと召喚獣が強くなる。逆に苦手科目だと弱くなる。

 ・戦って相手の点数……と言うかHPを0にすれば『戦死』になる。

  戦死したら戦争が終わるまでずっと補習漬けになる。

 ・死にさえしなければ補充は何度でもOK!

 ・相手の代表を先に戦死させた方が勝ち!

 

 こんな感じだね。

 ゲームに例えるなら『ファイ○ーエムブレム』みたいなSRPGが近いかな。

 相手の数を減らして優位に立つ事は勿論大事だけど、それ以上に死なないようにするのも重要だ。戦死しちゃったらどうやっても復活できないから。

 こういうゲーム関係の知識が多少は活かせると良いんだけど……そう都合良くはいかないかな。

 

「で、今の科目って何?」

「どうやら化学みたいよ。吉井、自信ある?」

「フッ、当然じゃないか!」

 

 当然、自信なんて無い!

 いや~、国語と数学と理科と社会と英語だけは苦手なんだよね。誰にだって苦手科目はあるよね♪

 

「……何故か意味が正確に理解できた気がするわ」

「そういう島田さんはどうなの?」

「国語系に比べたら大分良いけど……そこまで自信は無いわ」

「そっか……それじゃあ、下手に召喚獣は出さずに指揮に徹するとしようか」

「そうね!」

 

 指揮官が居なくなったら大変だからね。これが一番合理的な選択だ。

 ……と、思っていたのだが……

 

「あっ、美波お姉様見つけました! 先生、こっちに来てください!」

 

 何か縦ロールの女子が近づいてきた。どうやらDクラスの生徒っぽい。

 

「あれ? 島田さんって同い年の妹が居たの?」

「……あの子は妹じゃないわ」

「その通り! 姉妹だと結婚できません!!」

「そういう問題じゃないでしょうが!! 姉妹以前に女同士で結婚できるわけが無いでしょ!!」

「お姉様への愛があれば性別の壁など無いも同然です!!」

「…………えっ? あの、島田さんってそういう……?」

「違うわよ!! ウチは普通に男が好きなの!!」

 

 島田さんの性癖については今は置いておくとして、どうやらこの女子のターゲットは島田さんらしい。

 となると、僕がすべき事はただ1つ!

 

「島田さん、ここは君に任せたよ!」

「いや、アンタも手伝いなさいよ! 集団戦なら勝機はあるとか言ってたのはアンタでしょ!」

 

 むぐぐ……また地味な正論を。

 だけど、戦って怪我すると痛いからなぁ……

 そんな事を考えながらFクラスの方を振り返るとまた誰かが走ってきた。

 

「お~い隊長、副代表からの連絡だ」

「え、剣から?」

「ああ。

 『後で討ち取った人数を報告しろ。

  満足の行く結果でなかったら……お前の家のゲームを全て磨り潰して燃えないゴミに出す』と」

「さぁ島田さん! 協力してこの人を倒すよ!!」

 

 あの剣なら夜中にピッキングして侵入するくらいやりかねない。

 そして朝起きたらゲームの棚が空に……

 そんな事が普通に有り得るから怖いんだよ!!

 

「吉井にとってはウチの命よりもゲームなのね……

 まあいいわ。行くわよ美春(みはる)!」

「ブタ野郎が1匹増えた所で変わりませんわ!」

「ぶた野郎って……まあいいや。行くよ!」

 

「「「「試獣召喚(サモン)!!」」」」

 

 キーワードの発生と共に魔方陣が浮かび上がる。

 そこから現れるのは僕達の召喚獣だ。

 そう言えば、今年度の召喚獣はまだ見てなかったな。振り分け試験毎にリセットされるらしいから確認しておかないと。

 

 まるで昏い夜空の闇のような漆黒の、学ラン。

 全てを拒絶するかの如く暗黒に染まった、木刀。

 

 ……何か無駄に黒く、明らかに不良っぽい装備の召喚獣がそこに居た。

 

「って、ちょっと!? どうなってるのさ!!

 せめて金属製の装備をちょうだいよ!!」

 

 ちなみに、島田さんは軍服とサーベル。清水さんは金属鎧と剣だ。

 何気に一緒に召喚してるさっきの伝令のヒトは……鎖帷子と剣みたいだね。

 ……何故僕だけ金属装備が無いっ!!

 

「おーい隊長。ボーッとしてないで戦ってくれ。ゲームが消えるぞ」

「ハッ、そうだった! 清水さん覚悟!!」

 

 戦闘態勢に入ると同時にお互いの点数が浮かび上がった。

 

  フィールド:化学

 

Fクラス 吉井明久 42点

Fクラス 島田美波 66点

Fクラス 伝令の人 97点

 

Dクラス 清水美春 125点

 

 う~ん、流石はDクラス。点数は完全に負けている。

 って言うか伝令のヒト強いな! もうこのヒトが部隊長やればいいんじゃないだろうか?

 もうこのヒトに全部任せれば……いやいや、そんな事してバレたらゲームが砕ける!

 

「よし、皆、行くよ!!」

「「ええ!/ああ!」」







「この辺はリメイクで加筆された場面だな」

「微妙に原作と点数が違うみたいね」

「各クラスの点数域も再定義したからな。
 主要科目の平均点はFクラスが0~89点、Dクラスが122~149点だ。
 尤も、苦手科目や得意科目があるから各科目の点数はこれを上回ったり下回ったりするが」

「……伝令のヒトが強いわね」

「学年を代表するバカと問題文すらまともに読めない帰国子女が比較対象だからな」

「……そりゃ比べたら強くなるか」

「まぁ、Fクラスの中でも上位ではあるようだが……それでも所詮はFクラスだな」

「……ところで、これって本当に『伝令の人』って表示されてるわけじゃないよね」

「ああ。実際には名前が表示されているが、明久視点では名前なんて興味は無いだろうから差し替えだ。
 いちいち名前なんてつけてらんないしな」


「では、次回もお楽しみに!」


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07 その名を掲げて

  フィールド:化学

 

Fクラス 吉井明久 42点

Fクラス 島田美波 66点

Fクラス 伝令の人 97点

 

Dクラス 清水美春 125点

 

 

 いくらDクラスと言えども流石に3人分の点数よりは低いみたいだね。

 ……うん、点数の合計なら勝ってるんだ。点数は。

 

「お姉様と美春の邪魔をするブタ野郎は許さない、ユルサナイ……」

 

 何か、気迫が凄い。気迫と言うか情念が凄い。

 本当に勝てるんだろうか……いやいや、気持ちで負けてちゃダメだ!

 

「消え去れぇ!!!」

「うおっと!? 危なっ!!」

 

 召喚獣が殴られたら僕も痛いっていうのにこのヒト一切の躊躇無く殺しにかかってたよ!

 何とか避けたけど……死ぬかと思った。

 

「せいっ! はぁっ!!」

「ほわっと!? ふひゃぁっ!!」

 

 続く追撃も何とか避けて……あれ? 意外と避けられるな。

 これがアレか。当たらなければどうという事は無い! っていうやつだね。

 

「お~、流石は隊長。生存能力すげぇな」

「生きのびられても攻撃を入れないと意味が……って、それはウチらがやればいいのか。

 覚悟しなさい! 美春!!」

「そんな! どうしてブタ野郎を抹殺するのを邪魔するのですか!?

 美春はこんなにもお姉様を愛しているというのに!!」

「だからよ!!」

 

 ……そ、そんな感じで島田さんと伝令の人による袋叩きに遭った清水さんはアッサリと戦死した。

 

 

Dクラス 清水美春 125点 → Dead

 

 

 それと同時にどこからか鉄人が現れて清水さんを肩にかついだ。

 

「戦死者か。たっぷりと補習してやるとしよう」

「くっ、お姉様! 美春は決して諦めませんからね!!

 この学校を無事に卒業できるとは思わない事ですね!!!!」

 

 そんな、恐ろしい叫びを残して補習室へと連行されていった。

 

「うぅぅ……あのコ怖い」

「島田さん……何て言うか、愛されてるね」

「あんな重い愛なんて要らないわよ。

 美春とは普通に友達で居たいのに」

 

 あんなのでも一応友達というカテゴリに入ってるらしい。

 器が大きいな。島田さん。

 

「おーい隊長たち。敵はさっきの同性愛者だけじゃないぞ~。

 仮にも指揮官なんだからもうちょい周りに気を配ってくれ~」

「おっとそうだった。さっきと同じ要領で確実に削っていくよ!」

「そうね。意外と何とかなる事が分かったから同じようにいけるはず!」

 

 

 

 

 

 そんな感じでしばらく経過した。

 流石に同じ手を何度も使ってると警戒されるので戦死させるほどのダメージを与える事はできないけど、一番の目的である『時間稼ぎ』は十分に果たせた。

 例えば……ほら。

 

「ほぅ、明久。お前にしては上出来だ。

 雄二の想定よりも消耗が少ない」

「つ、剣! やっと来てくれたんだね!」

 

 開幕からいきなり補充試験を受けてたらしい僕達の副代表がやって来るとか。

 

「……敵軍の消耗も想定よりやや少ないか?

 まぁそれならそれで構わんが……削っておくとするか。

 Fクラス副代表、空凪剣が試験召喚勝負を挑む。試獣召喚(サモン)!」

 

 お馴染みのコマンドと共に、剣の召喚獣が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 補充試験を終えた僕が前線に出向いた時、意外と拮抗していた。

 明久への脅しが効いたようだな。観察処分者の利点を正しく使えれば膠着状態を生み出す事はそこまで難しい事じゃない。

 

「さて、やるか」

 

 

  フィールド:化学

 

Fクラス 空凪 剣 100点

 

 

 化学はさきほどの補充試験で受けた科目なので丁度100点だ。

 Dクラスの平均よりは低いが、Fクラスの平均よりは高い数値だ。存分に暴れるとしよう。

 

 まず、僕のメインウェポンである投げナイフを適当に放り投げる。そして綺麗な放物線を描いて召喚獣へと命中した。

 

 

Dクラス 115点 → 55点

Dクラス 132点 → 86点

Dクラス 121点 → 72点

Fクラス  61点 → Dead

 

 

『な、何だ!? 点数が減った!?』

『今何か当たったような……』

『あれっ、俺っていつの間にか戦死してる!?』

「戦死者は補習!!」

『うぎゃぁぁぁぁぁ…………』

 

 観察処分者の利点その1。痛覚がある事。

 人間の痛覚ってのはなにも神様やご先祖さまの嫌がらせで存在するものじゃない。身体がダメージを受けた事を脳に伝えて対処させる為のものだ。

 逆に痛覚が無いとダメージを受けても何が起こったのか分からず対策が取れない。ナイフが脳天に命中しても平然としてるような有様だからな。尤も、点数差があるのでナイフ1本で即死とはいかないようだが。

 そして、利点その2は……

 

『さっきのはお前の仕業か! 喰らえっ!!』

「甘い!」

 

 紙一重で見切って回避……というのは流石に無理なのでやや大ぶりに避けながらナイフを投擲した。

 これこそが観察処分者の利点その2、雑用により積み重ねられた操作経験だ。

 召喚獣の操作に慣れていないと回避すら困難だが、慣れれば反撃しつつ回避なんて朝飯前だ。

 

 

Dクラス 86点 → Dead

 

 

「戦死者は補習だ!」

『い、嫌だ! オレには故郷に残してきた恋人が居るんだ!! まだ死にたくない!!』

 

 いや、大げさ過ぎるだろ。たかが補習だぞ?

 鉄人先生って肉体派に見えて頭も凄く良いんだから存分に勉強してくりゃいいさ。

 

『そ、そんな! 山田が逝ってしまった!!』

『チクショウFクラスめ! 許さないぞ!!』

『山田の仇を皆で討つんだ! やるぞ!!』

 

 ……何か敵の士気がメッチャ上がってる。

 あ~……まあいいか。そんだけ凄い奴を倒せたと思えば。

 

「さぁ、来るが良い。戦死したい奴からかかってこい!!」

 

 これでアッサリ蹂躙されたらただのアホだが、上手く攻撃をいなして最低限の損害で最大限のダメージを与えるよう立ち回る。

 これによりDクラスは萎縮し、Fクラスは逆に勢い付く。

 雰囲気の力ってのは侮れないからな。特にこういう集団戦は。

 だが、それは相手も直感的に理解しているようだ。この流れを断ち切ろうとする者はすぐに現れた。

 

「そこまでよFクラス副代表!

 この私が相手になるわ!」

「ほぅ? 威勢が良いじゃないか。

 僕を止めたければ止めるといい。できるものならな!!」

「そっちこそ随分と強気ね。この私の名を聞いてもそれが保てるかしら?」

「何だと? そこまで言うなら名乗ってみろ。この戦争が終わるまでくらいは覚えておいてやる」

「良いでしょう。

 私の名は……優子(ゆうこ)!」

「何だと!?」

 

 その名前の人物は僕の脳内辞書にしっかりと記載されている。

 

  木下(きのした)優子(ゆうこ)

 うちのクラスの秀吉の双子の姉。

 学校では優等生の皮をかぶっており、その成績は優秀。

 学年順位は一桁をキープしている。姫路と同格のAクラスレベルの秀才だ。

 

 だがしかし、そんな人物がDクラスに居るわけがない。

 姫路のように途中退席したならFクラスだし、真面目に受けてよっぽど調子が悪くてもBクラスくらいには入れるだろう。

 一体どういう……

 

「そう、Dクラス副代表の小野寺(おのでら)優子とは私の事よ!!」

「誰だよ!!!」

 

 どうやら下の名前が同じなだけの別人だったらしい。

 と言うか、顔が違う時点で別人だった。

 

「まあいい。御託は要らない。かかってこい!!」

「当然っ! 試獣召喚(サモン)!!」

 

 

  フィールド:化学

 

Fクラス 空凪 剣  85点

 

Dクラス 小野寺優子 131点

 

 

「ほぅ、流石は副代表だな。なかなかの点数だ」

「ふふ~ん、まあそれほどでも……あるよ♪」

「ククク、いいだろう。それじゃあ正々堂々と一騎打ちといこうか」

 

 僕のメインウェポンのナイフは普通の武器と比べたら当然短いが、召喚獣に慣れていない相手なら鍔迫り合いに持ち込む事はそう難しい事ではない。

 一騎打ちで鍔迫り合いなんかしてたら点数の差でそのうち押し負けてしまうが……それも大した問題ではない。

 何故なら……

 

「よし、明久殺れ!!」

「OK!!」

「えっ、ちょっ!?」

 

 小野寺とやらに明久の不意打ちは綺麗に突き刺さり、点数を大幅に削った。

 そのタイミングで一度距離を置き、ナイフによる追撃を与え、一瞬で召喚獣を昇天させた。

 

 

Dクラス 小野寺 優子 131点 → Dead

 

 

「戦死者は補習!」

「ちょっとっ!? 今のは卑怯じゃないの!?」

「ハッ、貴様は分かってないな。明久、教えてやれ」

「そうだね。えっと……小野寺さんだったね。良い事を教えてあげるよ」

「な、何……?」

「卑怯汚いは敗者の戯言だよ」

「き、汚い!! 汚いよ!!」

 

 こうして、Dクラス副代表は補習室へと連行されていった。

 よし、この調子で頑張るとしようか。







「リメイク前と比べて色々と加筆されてるわね」

「明久の戦いとか全カットだったからな。
 いやまぁ、そもそも明久は戦ってなかったが」

「吉井くん視点が全カットだったもんね」

「まぁそういう事だな。
 僕視点の話の方も流れ自体は変わってないが色々と加筆されている。
 ナイフを投げてFクラスに流れ弾が当たるとかな」

「本当にさり気なく昇天した上にその後全く触れられてなかったわね……
 大丈夫だったのアレ?」

「僕が出した損害よりもDクラスに与えた損害の方が大きかったからな。
 全く問題ない」

「理屈で正しいのは分かるけど、分かるけどさ……」

「あと、小野寺優子も加筆部分だな。原作キャラの皮を被ったオリキャラだ。
 リメイク前では前書きの1パートにしか出てこないレアキャラだったが、本作では副代表に出世している。
 多分今後もちょくちょく出てくるだろう」

「『私の事ね!』が決め台詞だっけ。
 今回は『私の事よ!』だったわね」


「今回はこんな所か」

「では、次回もお楽しみに!」


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08 勝利条件

「流石にそろそろキツくなってきたか」

 

 

  フィールド:化学

 

Fクラス 空凪 剣 23点

 

 

 乱戦状態にあって無傷で立ち回るのは今の僕には不可能だ。

 少しずつ、少しずつ削られて今に至る。

 可能なら科目を変更して対応したいが、別の先生を呼ぶという事は戦線の拡大に繋がる。

 雰囲気やら何やらで頑張ってごまかしてはいるが、それでもFクラスとDクラスには確かな地力の差が存在する。戦線の拡大は自らの首を締める行為に等しい。

 

「おーい副代表、今話せるか?」

「…………一旦フィールドを抜ける」

 

 戦場は一旦別の誰かに任せて離脱する。

 フィールドから脱出してから話を聞く。

 

「何だ?」

「さっき伝令があった。どうやら(やっこ)さんは数学の木内先生を連れ出したらしい」

「木内先生? 確か採点が速い先生だったな?」

「そ」

 

 試験という物は採点されて初めて価値が出る。まぁ、当然の事だな。

 で、これも当然だが、採点スピードというものは先生によって個性が出る。ついでに採点の辛さ、甘さとかもな。

 採点が速いという事は大人数の点数を比較的速い時間で補充する事が可能だ。短期決戦に持ち込みたいなら相性最高だ。

 そしてもう一つ。『数学の教師』を連れ出した事も重要だ。

 今のフィールドは化学。数学を補充しても意味は無い。

 ではどういう事かと言うと……話は単純で、数学フィールドを追加しようとしているという事だな。

 う~む、どうしたもんかなぁ……

 

「ちなみに、雄二は戦況を把握してるのか?」

「多分な。斥候だってオレらみたいな前線部隊じゃなくて本陣に真っ先に情報を送るだろうし」

「ふむ……まぁ、丁度いいか。

 ちょっとひとっ走り本陣まで行って、あっちの情報を確認してくる」

「りょーかい。早く戻ってきてくれよ。

 副代表が居るのと居ないのとじゃ安定感が段違いだからな」

「努力はしよう。じゃあな」

 

 

 

 無事にFクラスまで退避し、相変わらず教壇の上で偉そうにしている雄二に話しかける。

 

「おっす雄二。戦況は把握できてるか?」

「ん? 戻ってきたのか。

 ああ。まぁ大体は把握している。

 数学教師が呼び出されて戦線が拡大しそうな状態だろ?」

「まぁそりゃ把握してるか」

「ああ。数学の木内と船越が呼ばれた所まで把握している」

「……僕より詳しいな。木内先生の情報までしか把握してなかったよ。

 で、対策はしてあるのか?」

「ああ、勿論だ。

 丁度今須川に放送室に向かわせ……」

 

 ピ~ンポ~ンパ~ンポ~ン

 

『船越先生、船越先生』

 

 丁度いいタイミングで須川の声が聞こえてきた。

 放送……という事は偽情報でも流すつもりか。

 

『2年Fクラスの吉井明久くんが体育館裏で待っています』

 

 ……うん?

 

『生徒と教師の垣根を越えた大事な話があるそうです』

 

 ………………えっと……脳内辞書では……

 

  船越先生 (45歳♀独身)

 婚期を逃し、ついには単位を盾に生徒に交際を迫ったとか何とか……

 あくまで噂だが。

 

「…………明久、大丈夫かな?」

「ま、大丈夫だろ。明久だし」

「…………だといいな」

 

 放送が終わった後、遠くの方から『須川ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』という怨嗟の籠もった叫び声が聞こえた気がした。

 ……気のせいだな。きっと。

 

「ところで雄二、この放送の内容を考えたのって……」

「当然、俺だ」

「デスヨネー」

 

 さて、戦況と対策の確認もできた事だし前線に戻るとするか。

 しかし、前線行っても細かい指揮を取るくらいしかできないんだよな。まぁ、居ないよりはマシか。

 

「んじゃ、また前線に行ってくる。

 代表サマから何か要望とかあるか?」

「そうだな……明久をなるべく戦争に専念させてくれ。

 今のアイツなら包丁持って須川に飛びかかるくらいやりかねない」

「なるほど。じゃあ犯人は貴様だとそれとなく伝えておこう」

「……そちらの方がマシか。そうしてくれ」

 

 

 

 そして、再び前線。

 

「お~、副代表。戻ってきてくれたか。

 さっきから隊長が使い物にならなくてな」

「フフフフフ、須川クン。ああ、遭いたいよ。ああ、きっと殺れる。僕なら殺れる……フハハハハ……」

 

 明久がイカれているが、割といつもの事なので大した問題ではない。

 とりあえず……伝えておこう。

 

「おーい明久。あの放送を指示したのは雄二らしいぞ」

「雄二ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

「まぁ落ち着け。貴様があいつを殺したい気持ちは分かるが、今は戦争中だ。

 あいつが倒れたらFクラスの負けになっちまう。そうしたら姫路は今よりも酷い環境に身を置くハメになる」

「うぐっ! ひ、姫路さんが……?」

「ああ。だから、まずは戦争に勝とう。

 そして、後腐れ無い状況で雄二を殺害しよう。そうすればハッピーエンドだ。な?」

「そ、そうだね! ありがとう剣!

 よし、僕頑張って勝つよ!!」

「ああ。そうしてくれ」

 

「……副代表がキメ顔で恐ろしい事言ってるな。

 まぁ、いいか」

 

 

 

 

 

 船越先生を偽情報で遠ざけた甲斐もあって無事に下校時刻まで耐える事に成功した。

 雄二の作戦ではここまで来ればほぼ勝ちは確定だ。

 

 下校時刻という事は教室で授業を受けていた連中が廊下に溢れかえる事になる。

 

『人ごみを上手く使って奇襲するんだ!!』

『全員固まって動け!! Fクラスが襲ってくるぞ!!』

 

 Fクラスは人ごみを生かしたゲリラ戦というなんとも姑息な手段を用いている。

 本物の戦争だったら他クラスの一般人ごと虐殺されそうだな。戦場に入ってくるなんて自殺行為に他ならない。

 まぁ、これはあくまでも試験召喚戦争だからそんな大惨事にはならないが。

 これがルールが決められたゲームである以上、ルール外の存在は絶対的な壁になる。

 

 ただ……この作戦はあくまでも体力がある生徒の方が有利になる程度の効果しかない。これだけで勝ち確とはいかない。

 この作戦の真の目的は、今の作戦と同じくこの時刻になってようやく使えるようになる本命の作戦のカモフラージュと下準備。

 本命の作戦、それは……

 

『Dクラス代表の平賀(ひらが)が出てきたぞ!』

『ヒャッハー! 殺ってやるぜぇ!!』

「皆! 慎重に行動しろ!

 相手はFクラス。しっかり正面から戦えば勝てる!」

 

 どうやらDクラス代表が痺れを切らして出てきたようだな。

 この状況なら優秀な指揮官がわざわざ前線近くに出てくるというのは雄二の読み通りだ。

 

「よし明久。代表に仕掛けに行くぞ」

「……確かに。これはチャンスだね。行こう!」

 

 本命の作戦、それは敵クラス代表への奇襲だ。

 他の余計な連中に挑まれる前に素早い動作で代表の前まで躍り出る。

 

「行くぞ! Fクラス副代表空凪剣がDクラス代表に……」

「Dクラス玉野美紀、試獣召喚(サモン)!」

 

 挑もうとしたら近衛部隊に邪魔された。

 まぁ、そりゃそうだな。乱戦だからこそ奇襲は絶対に警戒する。近衛部隊が控えているのは当然だ。

 当然なんだが……ちょっと慌てたフリをしておこう。

 

「くっ、近衛部隊か」

「そんな! もうちょっとで勝てると思ったのに!」

「君達は……大暴れしていた副代表と、船越先生の彼氏か」

「違うよ!? 事実無根だよ!!」

「そう照れる事は無い。しかし君達、本気で首を取れる気で居たのかい?

 代表である俺が討ち取られたら終わりなんだから近衛部隊を配置しているのは当然の事じゃないか」

「いや~、ワンチャンあるかと思ったんだが、流石にそう都合良くはいかんか。

 だが、こうなった以上は仕方ない。近衛部隊ごと貴様を葬り去る!!」

「ふっ、やってみればいいさ。できるものならね!!」

 

 と、格好付けてみたが、僕に敵の代表の平賀を討ち取る気は微塵も無い。だって、必要ないからな。

 そう、本命の作戦は奇襲。そしてその実行役は決して僕でも明久でもない。

 

「あ、あの……」

「え? あれ? 姫路さん? どうしたんだい?

 Aクラスの人はこの辺は通らないと思うけど……」

「いえ、違います。私、Fクラスの姫路です」

「…………え?」

「平賀くんに試験召喚勝負を挑みます。試獣召喚(サモン)

 

 

 フィールド:現代国語

 

Fクラス 姫路瑞希 339点

 

Dクラス 平賀源二(げんじ) 129点

 

 

「え、アレ?」

「えいっ!!」

 

 姫路の可愛らしい声とともに、平賀の召喚獣が消し飛んだ。

 これにて、Fクラスの勝利だ。







「基本的な戦術は原作やリメイク前と変わらないのね」

「まぁな。どう考えても一番効率が良いからな。
 姫路単独でDクラス相手に無双できたらそっちの方が効率は良いが……流石に無茶だな」

「Aクラス代表でも……流石に無双するのは厳しいかしらね」

「そうだな。それに戦闘経験を積ませるという意味でも単騎無双作戦は却下だな。
 後のFクラスの数少ない財産になるからな」


「では、次回もお楽しみに!」


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09 Dクラス戦終結

 Dクラス代表、戦死。

 

 その知らせを聞いて代表率いるFクラス本隊もようやくやってきた。

 

「ふぅ、やったな雄二」

「ま、当然の結果だな」

 

 何というか、勝つべくして勝ったといった所か。

 単純な総合戦力でも実は大した差が無いのに、あの姫路を的確なタイミングで使ったらそりゃこうなるという話だ。

 そんな風に考えていたら顔面に笑顔を貼り付けた明久がやってきた。

 

「ゆ~じ~。

 凄かったね! 流石は雄二だよ! さぁ、感動の握手を……」

 

ガシィッ

 

「……ど、どうして僕の手首を掴むのかな~?」

「掴むに、決まってんだろう。セイッ!」

「あぎゃっ!」

 

 明久の手から刃渡り20cmほどの包丁が転がり落ち、そのまま床に突き刺さった。

 ……えっ? 床に突き刺さったぞ!? 何の抵抗も無く!?

 明久、お前って自由時間そんなに無かったはずだよな? どうやって短時間でこんなに研ぎ澄ませたんだ?

 

「って、コレ抜けねぇし!! どこの聖剣だよ!?」

 

 何だか凄く不安だが……包丁の身は完全に廊下に埋まっているので危険はあまり無いはずだ。

 そう信じて放置する事にする。決して対処が面倒くさかったからとかではない。断じて

 

 さて、気を取り直して戦後対談と行こう。

 廊下で話すのも色々問題があるのでとりあえずDクラスに移動してから話を始める。

 

「戦後対談といこうか。Dクラス代表さん」

「くっ、まさかあの姫路さんがFクラスだったなんて……」

「あの……ごめんなさい……」

「いや、謝る事は無い。Fクラスだと侮っていた俺達が悪いんだ」

 

 姫路は有名人だ。油断してしまうのは仕方の無い事だろう。

 だがそれでも多少は情報収集すべきだったな。戦争を仕掛けるって事は勝算があるって事だし、振り分け試験の無慈悲なルールを考えると優等生がFクラス落ちする可能性は十分に考えられた事だから。

 

「ルールに則って教室を明け渡そう。

 ただ、明日でいいだろうか? 流石に落ち込んでる皆に今すぐ命じるのは……ちょっと勘弁して欲しい」

 

 その程度の妥協は別に構わない。教室の設備が目的だったとしても、たった1日延びるだけだ。

 だが……僕達の目的はそこじゃない。だから……

 

「勿論良いよね、雄二!」

「おい明久テメェふざけるなよ」

「え、何か凄い勢いで罵倒された!?」

「ちょっと待ってくれ! 頼む! 1日でもいいから待ってくれ! お願いだ!!」

「……スマン平賀。そういうつもりで言ったんじゃない。えっと……雄二、頼む」

「やれやれ。そもそもの前提として設備交換の必要が無い。

 俺たちはDクラスの設備なんざ要らんからな」

「ちょっと、雄二!? どういう事!? せっかくまともな設備が得られるのに!!」

「おいおい、俺たちの目標はAクラスだろう? こんな中途半端な設備は俺たちには不要だ」

「え~、それだったら最初からAクラスに挑めばいいじゃん。おかしいでしょ」

「お前は少しは自分の頭で考えろ。そんなんだから近所の中学生から『バカなお兄ちゃん』と呼ばれる事になるんだぞ?」

「あ、あっはっはっ、いくら僕でも中学生からそう呼ばれた事は無いよ」

「あ~そうか。小学生からだったな」

「ヒ、ヒトチガイです!」

「…………おい、マジか?」

 

 明久は一体何をやらかしたんだ?

 ……ま、まあいい。

 

「え~、とにかくだ。僕達にはDクラスの設備は不要だ。

 わざわざ僕達に土下座する必要は無い」

「いや、土下座まではしてないが……」

「比喩表現だ。だが、条件がある。だろ? 雄二」

「ああ。まぁ、そう身構えるな。

 俺たちが指示したらアレを動かなくしてほしい」

 

 雄二が指し示したのはエアコンの室外機だ。Dクラスの窓から手が届く壁面に設置されている。

 アレは確か……隣のクラスであるBクラスの室外機だったな。

 

「アレか……そのくらいで良いのかい? スキマから定規を突っ込むくらいで簡単に止まると思うけど」

「ああ。アレで構わん。次のBクラス戦で必須なんでな。

 設備を壊す事になるんで教師から睨まれる事になるが……そう悪い取引じゃないだろう?」

「……そうだね。確かに設備に比べたら大した事じゃない。

 分かった。その条件飲ませてもらうよ」

「よし、契約成立だ。

 後は……剣、何かあるか?」

「ん? 僕か? そうだな……これからも同級生として仲良くやっていこうって事くらいか」

「ハハッ、仲良くか……そうだな。

 お前たちがAクラスに勝てるよう願っているよ」

「社交辞令か? 無理せんでいいぞ?」

「まぁ、社交辞令である事は否定しないが……もし本当にFクラスがAクラスに勝てたら面白そうじゃないか。

 そこだけは間違いなく本音だ」

「……そうか。なら、全力を尽くすとするか」

 

 こうして、戦後対談は終了した。

 お互いに良い笑顔で、良い感情で終われたようだな。

 まぁ、試召戦争ってのは設備さえ絡まなければゲームみたいなもんだ。

 お互いに楽しめ……

 

 

『シュミはベンキョウ! ソンケイするヒトはニノミヤキンジロウ!!』

『お、おい君大丈夫か!?』

 

 

 ……まぁ、うん。お互い楽しめたな! 間違い無い!

 

「さて諸君、今日はご苦労だった。

 明日は補充試験があるから、今日はゆっくり休んでくれ。

 それでは、解散!!」

「んじゃ、僕も帰るわ。また明日」

「おう、またな」

 

 さて……Aクラスの様子でも探ってくるか。







「この辺はリメイク前とほぼ全く変わり無しね」

「表現方法を変えたくらいか。原作との違いもほぼ無いし、特に語るべき所はなさそうだな」

「あの聖剣とかもリメイク前と同じなのよね。結局どうなってたのかしら、アレ」

「多分ブルーシートでも被せて放置してたんだろう。きっと」

「……で、では、次回もお楽しみに!」


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10 双子の兄姉

 戦後対談を行ったDクラスからAクラスへと向かう。

 ……と、仰々しく表現してみたがDクラスもAクラスも新校舎にあり、階も同じなので1分もかからずに到着した。

 扉を蹴破るのは……止めておくか。宣戦布告の時でいいな。

 普通に引き戸を開けて中へ入る。

 

「ちぃーっす。失礼しまーす」

 

 堂々と侵入した事で注目を浴びるが、特に気にすることなく目的の人物の下へと歩みを進める。

 僕の家族である空凪(そらなぎ)(ひかり)へと。

 

「よぅ。新しいクラスになって孤立してないか?」

「あ~、誰かと思ったらいきなり戦争で大暴れしてたアホじゃないの。

 一応敵クラスだってのに、よくもまぁ堂々と顔を出せたものね」

「いやいや、同じ学舎で志を共にする同級生じゃないか」

「Fクラスは旧校舎だから同じ学舎という表現は微妙にズレてるわね」

「ナイスツッコミ! 拾ってくれなかったらどうしようかと思ったよ」

「はいはい。で、何のよう?」

「そりゃ勿論偵さ……いや~、お前の事が心配でなぁ。

 お前みたいな天災がボッチになってたら可哀想だろ?

 尤も、杞憂だったようだが」

「……あえて建前の方にコメントしておくわ。そんなの分かりきっていた事でしょうに」

 

 現在は下校時刻を少々過ぎている。それでも光が教室に残っていたのは……学友と談笑していたからのようだ。

 光を除く3人のうち2人は顔見知りだが……1名ほど初対面の相手が居るようだ。

 

「へぇ~。このヒトが例の弟くんなんだネ」

「……霧島(きりしま)木下(きのした)姉は分かるが、貴様は誰だ?」

「キサマって……聞いてた通り随分と個性的なヒトだね。

 いや、見た目でじゅーぶん個性的だけど。

 え~っと。それじゃあ自己紹介から。

 ボクの名前は工藤(くどう)愛子(あいこ)。昨年度の終わり頃にこっちに転校してきたんだ。

 趣味は水泳と音楽鑑賞で、スリーサイズは上から78ー56ー79、

 特技はパンチラで好きな食べ物はシュークリームだよ♪」

「ふむ、身長と体重は?」

「うわっ、その返しは初めて聞いたよ。

 う~ん……ごめん。後でちょっと正確な値を測ってくるよ」

「ついでに血液型とRh型も調べておくといい」

「何のために!?」

「う~ん……輸血の為じゃないか?」

「何でわざわざ輸血を気をつけなきゃならないのさ!

 あと自分の血液型くらいは流石に分かるよ!? A型のRh+だよ!」

「なるほど、良い事を聞いた」

「何する気!? 怖いよ!!」

 

 何、怖がる事は無いさ。意味など無いからな。

 

「相っ変わらず規格外ね。あの愛子が完全に手玉に取られてるって」

 

 今しがた僕に話しかけてきた人物に関しては脳内辞書にしっかりと刻まれている。

 

  木下(きのした)優子(ゆうこ)

 さっきのDクラス副代表と違って本物の優子だ。いやまぁ、単に同じ名前の人物だからどっちも本物だが。

 優等生を装っているが、本質は……いや、僕の口から告げるのは止しておこう。

 1年の頃から光と同じクラス(僕とは別クラス)であり、仲の良い親友同士のようだ

 

「相手の本質を見極めるのに実際に刃を交わすのは最も手っ取り早い方法だ。

 そうは思わんか? 木下姉よ」

「思わなくは……いや、やっぱり思わないわ」

「……そうか。

 だがしかし! 先に僕をおちょくろうとしてきたのは工藤の方だ。これは正当防衛だ!」

「剣くん、過剰防衛って言葉知ってるかしら?」

「知らん」

「アンタが知らないわけが無いでしょうが!!」

 

 ナンノコトカナー。

 

「しかしまぁ、個性的な自己紹介じゃないか。

 工藤愛子だったな。気に入ったぞ」

「そ、そう。アハハ……」

「愛子……とんでもないのに目を付けられたわね」

「う、うん。宜しく、弟くん」

 

 ……さて、そろそろ解説しておこう。先ほどから工藤に『弟くん』と呼ばれている件について。

 これは光が見栄を張って僕の事を弟と紹介した……というわけではない。

 

「工藤、一つ訂正させてくれ。

 僕は戸籍上では光の『兄』だ。決して弟ではない」

「えっ? でも、光は自分の事をお姉さんだって言ってたけど」

「それも間違いではない。戸籍上は妹になっているが……その点に目を瞑れば光は間違いなく姉だ」

「……どういう事?」

「詳しい話は僕も知らないんだが……どうやら僕達は産まれる時は競い合うようにして出てきたらしくてな。

 ほぼ同時に産まれてしまったんでどちらが上の子か産んだ本人すら分からないらしい」

 

 出産なんていうのはただでさえ辛い……らしいが、それを2人同時に行ったとなるとその痛みは想像を絶するだろう。

 うちの母は尊敬に値する人だ。

 

「そ、そんな事が有り得るの……?」

「有り得たらしいな。

 で、とりあえずコイントスの結果僕が兄、光が妹となったが……公的な場面を除いては『兄と姉』という扱いにするようにしたというわけだ」

「いえ違うわ。『姉と兄』よ!」

「ついにボケたか姉さん。『兄と姉』だ!」

「いや、私がボケたなら同い年のアンタもでしょうが。『姉と兄』よ!!」

「知らないのか? ボケとは年齢よりも生活習慣が密接に関わっている事を……『兄と姉』だ!!」

 

 

「あわわわ……だ、大丈夫なのコレ?」

「愛子、気にしなくて良いわ。

 アタシの時も同じようなやりとりしてたから。

 風物詩みたいなもんよ」

「そ、そうなの……? でも、流石に止めた方が良いんじゃ……」

 

 

「……2人とも、その辺でストップ」

「……まぁ、今日はこんなもんにしてやるか」

「代表からの命令じゃあ仕方ないわね」

「代表? まぁ、そりゃそうか」

 

 今しがたようやく台詞を発した無口系美少女も僕の脳内辞書にキッチリと刻まれている。

 

  霧島(きりしま)翔子(しょうこ)

 うちの学年における不動の1位をものにしている少女。

 当然のように振り分け試験でも1位を取っており、Aクラスの代表を努めているようだ。

 光や木下姉と同じく去年から同じクラスだった。その縁で僕とも面識がある。

 あと……うちの代表である雄二の幼馴染みらしい。詳しくは知らんが。

 

「……剣、雄二の目標はAクラスなの?」

「さぁな~」

「……じゃあ、雄二に伝えておいて。待ってるからって」

「……気が向いたらな」

 

 流石にバレているか。一応敵将なんで誤魔化してみたが無意味だったらしい。

 まぁ、別にバレて困る事ではないんだけどな。

 

「そう言えばサ」

「どうした?」

「優子も代表もキミの事を下の名前で呼んでるんだネ」

「ああ。『空凪』だと光と混同するからな」

「確かに。じゃあボクも下の名前で呼んで良いカナ? 剣くん」

「もう既に呼んでるじゃないか。別に構わんぞ愛子」

「ちょっと!? ボクの下の名前は許可してないよ!? 兄弟も居ないし!!」

「はっはっはっ、冗談だ。宜しくな工藤」

「うぅぅ……何か苦手だ」

 

 最初の自己紹介の時点でペースを握れる事が殆どだろうからな。

 一度奪われた会話の主導権を奪い返すのはやや苦手なんだろう。きっと。

 

「で、結局の所アンタの目的は偵察って事でいいのよね」

「いや~、何の事だかちょっとよく分からないな~」

「はいはい。んじゃ用事が終わったならサッサと帰んなさい」

「それもそうだな。んじゃ諸君、また会おう」

 

 それじゃ、帰るとするか。

 今日は少し疲れた。ゆっくりと休むとしよう。







「今回の執筆に当たって工藤の身長体重をググってみたようだが……少なくともウィキペディアには存在しないようだ」

「原作でプロフィールが分かる場面も無いもんね。
 ファンブックとかの設定資料集を出してたりとか、原作者さん本人がブログやSNSで公表してないと『設定無し』って事になるわね」

「アニメの絵等から計測しようかとも考えたようだが……基準もハッキリせずもの凄く面倒な事になるんで断念したようだ」

「そりゃそうでしょうね」

「血液型は本人が知らないとは思えないから適当に捏造したようだ。
 A+は日本人に一番多い血液型だな」

「……私たちのこの辺の細かい設定って決まってるのかしら?」

「とりあえず、僕達兄姉の血液型は今回考えたようだ。
 僕がABのRh-
 光がOのRh+」

「完全に真逆なのね……って言うかABのマイナスって激レアよね」

「ボンベイタイプよりマシだろ」

「そこまでレアだとバカテス世界では冗談抜きで命に関わるわね……
 いや、現実世界でもちょっとした事故が命取りになるけど。」

「自己血を取り置いておいて輸血する事になりそうだな。足りるかは知らんが」

「血液の保存期間とかもあるからそう簡単にはいかないでしょうね」

「そうだな。
 ちなみにお前もAB型のRh-だ」

「何故!?」

「いや、最初はA型の+みたいな感じで普通っぽい感じにしようと思ったようだが……
 貴様ではなく(れい)だったら間違いなく僕と同じ血液型だろうと判断したようだ」

「零さん……まぁ、確かに。
 言ってることはムチャクチャのはずなのに何故か納得できるわ」

「零だからな……骨髄移植してでも血液型を変えかねん」

  ※
 零さんは没キャラのヤンデレヒロイン。
 剣くんの血を取り込んで恍惚としてるとか普通に有り得そうな感じのキャラ。

「……そ、それじゃあ次回もお楽しみに!」


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11 証明手順

「……はい。これでお願いします」

「採点します」

 

 翌日の朝。僕は補充試験を受けていた。

 補充試験はルール上、基本的にはいつでも受ける事が可能だ。

 ただ、戦争中だと先生への呼び出しに強制力があるのに対して平時はそこまでの強制力は無い。

 昨日の戦争でも戦争前に高橋先生を呼び出して補充試験を受けたかったんだが……先生の都合が着かなかったので開戦後になっていた。

 あの時はほぼ全科目を受けないといけなかったからなぁ……

 今回は普通に単科目を補充すればいいので先生にそこまでこだわる必要は無い。昨日の戦争でフィールドの承認をしていた化学の五十嵐先生を見つけたので普通に補充試験を頼んだわけだ。

 

「……はい、採点終了です。相変わらず君は極端ですね」

「まぁ、それが僕の取り柄なんで」

 

 返却された回答用紙には400点と書かれている。

 これで今日の分の集中モード時間終了だ。後はもうゆっくりと休もう。

 

「相変わらず早いなお前」

「ん? ああ、雄二居たのか。おはよう」

「おはよう。さっき来た所だ」

「そうか……お前、補充する科目はあるか?」

「いや、無い。俺は結局1回も戦わなかったからな。

 それがどうかしたか?」

「試験の必要が無いならゆっくり話せると思ってな。

 対Aクラス戦の作戦、聞かせてくれないか?」

「……まあいいか。穴が無いかの確認もできる。

 場所を移す……までもないか。このクラスが一番安全だな」

「ああ」

 

 このクラスの主力の1人である土屋康太は『趣味は盗聴、特技は盗撮』というとんでもない奴だ。

 しかし、そういう特性があるからこそ防犯の知識もある。この教室にその類の機器を仕掛ける事はほぼ不可能だと思って良いだろう。

 

「というわけで、申し訳ありませんが先生はお帰り下さい」

「君達は本気でAクラスを目指しているのですね。

 会話の内容は後で実際に見せてもらいましょう。頑張って下さいね」

 

 

 

 先生も見送った所で話を再開する。

 

「で、どうする気だ?

 正攻法で勝つのはいくら姫路や僕が万全であっても厳しい。

 かと言って、絡め手も思いつかん。

 僕は弱点の看破は得意なつもりだが……弱点を作るのは少々苦手だからな」

「そういやそうだったな。

 じゃあ結論から言おう。何とかして代表同士の一騎打ちに持ち込む」

「学年首席との一騎打ちだと? まず勝てないと思うが」

「まぁ、そうだな。だが、ある特定の条件下なら話は別だ。

 試召戦争ってのは両者の同意さえあれば何も召喚獣バトルにこだわる必要が無い事は当然知ってるな?」

「ああ」

 

 試召戦争というのはあくまでも『点数を使った勝負』だ。召喚獣は手段の1つに過ぎない。

 だから、例えば本当に純粋にテストの点数勝負にする事も可能だ。両者の同意さえあればな。

 

「で、その条件ってのは?」

「日本史の点数対決。内容は小学生レベル。100点の点数上限アリだ」

「…………霧島が100点プラマイ3点程度、お前が53(ゴミ)くらいの点数になりそうだな。

 まず勝てないから絶対勝てないにランクダウンしたぞ」

「おいっ! ゴミって何だゴミって!!」

「ゴミは言いすぎかもしれんが……だって、日本史だろ? 暗記科目だろ?

 小学生レベルの算数ならケアレスミス……はほぼ有り得ないから100点で当たり前だが、小学生レベルの暗記科目なんて僕でも確実に満点を取れる自信は無いぞ。

 ちょっと人名を間違えたとか、ちょっと年号を間違えたとか、それだけで満点を逃すんだぞ? 確実に満点取れるのは問題製作者かよっぽどのインテリだけだ」

「ぐっ……そう言われると確かに少し厳しいかもしれん」

「まぁ、神童とも呼ばれた雄二ならAクラス戦までに猛特訓すれば満点かそれに近い点数は取れるだろうが……それで良いのかお前は」

「何? どういう意味だ」

「目的と手段を履き違えるなというコトだ。

 お前が戦争を行う目的はまだ聞いていなかったが……いや、僕が当てるよりも本人に言ってもらおう。

 貴様の戦争の目的は何だ? 設備の為とかつまらん事を抜かしたらぶっ飛ばすぞ」

「本気で設備が目当てだったらどうする気だよ。いやまぁ違うんだが」

 

 雄二は一度咳払いした後、その目的を告げた。

 

「俺の目的は『この世は学力が全てじゃないって事を証明する』事だ。

 その為に学力で設備を得たAクラスの設備を最低辺のFクラスが奪い取る。分かりやすい目標だろ?」

「ああ。実に分かりやすい目標だ。

 だが、だったら尚更お前の作戦はダメだ。勝ってどうする、テストの点(学力)で。意味が無いだろ」

「いや、これは学力と言うよりは注意力と集中力の勝負になる。その点は問題ない」

「いや、一般的なテストって注意力と集中力はかなり重要だぞ?

 暗記力や演算能力の方がメインである事は否定しないが……注意力と集中力も学力の範疇だろう」

「うぐっ」

「……お前が歴史マニアで、何か深すぎる回答を叩き出して追加点を貰って100点を越えた点数を取るとか、

 試験時間を1時間じゃなくて100時間……いや、10時間くらいに設定して、点数上限も取っ払って体力勝負にするとか、そういう方向性ならまだ納得できるんだがな。

 どっちも厳しいだろ?」

「……ああ」

 

 そもそもテストで追加点を貰えるとかほぼ有り得ないし、体力勝負にした所で霧島の回答速度には簡単には追いつけないだろう。

 僕が出したのはあくまでも例なのでこれ以外の方法もあると思うが……そう簡単には思いつかないな。

 

 ちなみにだが、姫路の点数はAクラス並だが、それを有効活用しても大丈夫なのかという心配があるかもしれないが問題ない。

 その彼女も結局は評価されずFクラスに落ちてきたわけだからな。点数が全てではない事をある意味一番体現している存在と言えるだろう。

 

「さて、どうする気だ? 代表。

 貴様が運任せの計画を練るとは思えんから勝算はあったんだろうが……脆くも崩れ去ったぞ」

「……ああ。そうみたいだな。

 分かった。Aクラス戦までに代案を用意する」

「期待してるぞ。代表。

 ……と言いたい所だが……」

「ん?」

「3対3か、あるいは5対5くらいの一騎打ちに持ち込んだ上に勝負条件の過半数をこっちが決められるのならAクラスに普通に勝てる事に気付いてしまった。

 もちろん1対1でも大丈夫だ」

「何だと!? どうする気だ!?」

「貴様は人から与えられた答えで満足できるような奴じゃないだろ?

 『方法がある』事までは言っておくが、それ以上は控えさせてもらおう」

「言ってくれるじゃねぇか。いいだろう。自力で辿り着いてやる」

「ああ。ただ言っておくが、僕が気付いたのはあくまでも『普通に』勝てる作戦だ。

 『確実に』勝てる作戦ではない」

「そりゃそうだ。確実に勝てる勝負なんざ存在しないからな」

「分かってるじゃないか。それじゃ、期待してるぞ代表」

 

 雄二がどういう答えに辿り着くか、見物だな。

 僕と同じ答えか、それとも別の答えを見つけ出すのか……

 まぁ、楽しみにしておこう。







「リメイク前だとAクラス戦ってどうしてたっけ?」

「ん~……まぁ、言っていいか。
 1戦目は色々あって引き分け、2戦目は根性で勝利、3戦目は割とアッサリ敗北、4戦目はやや強引に敗北、5戦目は気付いたら勝利って感じだったな」

「5戦目……一体何があったの」

「当時はあくまでも僕視点の物語だったからな。寝てた時の勝負内容なんざ知らん!
 ……っていうのは当時書いた事で後悔してる場面でもある。
 と言うか、Aクラス戦全体がやや強引過ぎたんでリメイクするなら真っ先に直したいと思っていた箇所のようだ」

「へ~。で、リメイクの算段は付いてるの?」

「愚問だな。色々と考えてみたら上手く行けば5勝すら割と簡単だ。
 どうやって負けようかと今必死に考えている所だ!」

「……Aクラスって一体……」

「まぁ、あくまでも『勝負条件を決められるなら勝てる可能性が十分ある』という奴が5人居るだけだがな。
 アニメ版じゃあるまいし、5戦全部いただくのはまず無理だろう。
 その上で、どうしたもんかなぁ……」

「……まぁ、その答えは実戦で確認させてもらいましょうか。
 では、次回もお楽しみに!」


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12 或る晴れた日の悲劇

 Fクラスの全員が登校してきた所で早速Bクラスに宣戦布告……と言いたい所だが、残念ながらルール上不可能だ。

 試召戦争が終結した後は最低でも1日間の『補充期間』が設けられる。

 これは読んで字の如く、試召戦争で消耗した点数を補充する為の期間だ。

 本当に大規模な戦争だと1日を越えた期間の補充期間が設けられる事があるらしいが……今回は関係の無い話だな。

 補充期間中は他クラスから戦争を仕掛けられる事は無いが、逆に仕掛ける事も不可能だ。大人しく明日まで待とう。

 

 で、その間何をするか。

 僕はもう早朝に補充試験を済ませてしまった。僕自身がやる事は無い。

 となると……

 

「お~い明久」

「え、何?」

「貴様、補充試験を受ける必要は無いのか?」

「うん。昨日は結局ダメージを受けなかったからね」

 

 観察処分者である明久の操作技術はやはり群を抜いている。

 いや、僕も一応は観察処分者なんだが、操作経験を積む為に強引に観察処分を受けた事が半ばバレているようで明久ほどの操作経験を得る事はできていない。

 そんなわけで、明久はほぼノーダメージだったようだ。誤差の範囲の消耗であれば補充試験を受ける必要は無いだろう。逆に下がる可能性もあるし。

 

「という事は今はヒマだな?」

「そういう事になるけど……」

「じゃあちょっとやってほしい事があるんだ」

 

 雄二に語った、いや、語らなかった作戦に必要なピースは集めておく。

 明久なら、条件さえ揃えてやればほぼ確実に勝てるようになる。僕はそう確信している。

 

  …………

 

「え~、何でそんな面倒な事を……」

「貴様、勝ちたいんだろう?

 姫路にまともな教室を用意してやりたいんだろう?」

「えっ、なななななナンノコトカナー」

「肯定と見なしておこう。

 なら、雄二に頼りっ切りになるんじゃなくて自分でできる事を進めろ。

 安心しろ。お前なら……Aクラスにすら勝てる」

「……はぁ、そこまで言われちゃ断れないね。

 分かった。やってみるよ」

 

 明久はバカだが、決して不誠実な人間ではない。

 やる気を出した所で普段は空回りしているが……それが噛み合った時どうなるか。

 ……まぁ、じっくり見せてもらおうか。

 

「それじゃ、まずは1回……」

「吉井! 大変なの! 逃げて!!」

「……どうした島田」

「今日の、一時間目の監督! その……船越先生……だって」

 

 …………あっ。

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れて昼休み。

 ここに至るまでに明久が何かエラい目に遭ってた気がするけどきっと気のせいだろう。きっと。

 

「いやいやいやいや、気のせいで流さないで!!

 大変だったんだから!! 主に僕の貞操が!!!!」

「まぁ……お疲れ」

 

 明久は何とかして近所のお兄さん(39歳独身)を生贄……じゃなくて、紹介してあげて凌いだようだ。

 恋のキューピッドって奴か。流石は明久だな!!

 

「そんじゃ、飯にするか」

「フゥ、そうだね。今日は贅沢に文月印のパン粉を頂く事にするよ」

 

 ……頭大丈夫かなこいつ。

 パン粉って事は……一応パンを切り刻んだ粉だから主食に……ならねぇよ。

 

「まぁ、今日はいいか。おーい皆、行くぞ~」

 

 声を掛けると雄二や秀吉、康太といったいつもの連中が集まってきた。

 

「あ、食堂? ウチも一緒に行っていい?」

「別に構わんぞ。なぁ?」

「ああ。別に構わんな」

「うむ」

「…………(コクリ)」

 

 同意が得られたようなので島田も合流。

 後は姫路も入れれば昨日のメンバーに……ん? そう言えば昼飯と姫路と言えば何かあったような……

 

「あ、あの~」

「あれ、姫路さん? 姫路さんも食堂行く?」

「そうなんですけど、そうじゃなくて……その……」

「ああそうだ、思い出した。弁当か」

「は、はい! 皆さんの分も全員分作ってきたので、ご迷惑じゃなければ……」

 

 ……おかしいな、さっきから嫌な予感が止まらない。

 姫路の弁当に反応しているのか? しかし、何なんだこれは?

 

「んじゃ、屋上にでも行くか。こんなむさ苦しい教室で食ってたら美味いもんもマズくなるからな」

「それもそうだね。雄二にしては分かってるね」

「…………」

 

 この空気の中で特に理由もなく反対するのは無理があるか。

 じっくりと確認させてもらうとしよう。この悪寒の正体を。

 

 

 

 

 

 全員で屋上に移動する。僕達以外は誰も居ないようだ。

 幸いな事に今日は程々に晴れていた。日差しが強すぎず弱すぎず、絶好のピクニック日和だな。

 

「あ、シートも持ってきてあるんですよ」

 

 姫路が手慣れた動作でビニールシートを広げる。わざわざ用意しているのか。家族とよくピクニックに行っているのかもしれない。

 

「それじゃあ……あんまり自信は無いんですけど……」

 

 姫路が弁当箱、と言うか重箱の蓋を開けた。

 そしてその瞬間、ゾクリと悪寒が膨れ上がった。

 やはり弁当に何かがあるっ!

 ……しかし、弁当の見た目に異常は見あたらない。唐揚げにエビフライといった至ってまともな料理が並んでいる。

 真っ黒に焦げているわけでも、逆に生っぽいわけでもなさそうだ。一体何が……

 

「…………(ヒョイッ)」

「あっ、おいちょっと待てっ!」

「そうだよムッツリーニ! ずるいぞ!」

 

 動きの素早い康太がエビフライをつまみ上げる。

 そして、僕達が制止する暇も無く……

 

「…………(パクッ)」

 

バタン ガタガタガタガタ

 

 ……口にしたと思ったら顔面から倒れ、小刻みに震えだした。

 コレは……姫路の料理が原因と見て良いんだよな? そうなんだよな?

 

「つ、土屋くん!? どうしたんですか?」

「…………(ムクリ)」

 

 あ、生き返った。

 

「…………(グッ!)」

 

 そして、姫路に親指をグッと立てた。

 

「あっ、お口に合いましたか? 良かったです♪」

 

 しかしその顔は土気色に染まり、瞳の焦点は合っていない。両足は震えており、まるで生まれたての子山羊のようだ。

 おい康太、美味しかったと主張するつもりか? 無理があるぞ?

 

(……秀吉、判定は?)

(むぅ、どう見ても演技には見えぬのぅ)

(だ、だよねぇ。一体何がどうなってるの?)

(ワシに訊かれても分からぬ)

(恐らくは姫路の料理がクソ不味かったという事だろうな。

 いや、不味いってだけで済むのか、あれ)

(えっと……結局ウチらは何をどうすれば良いの!?)

 

「あれ? 皆さんどうかしましたか?」

「あ~、いや、何でもないよ! ハハハ……」

「そうですか? それじゃあどんどん食べてください。まだまだ沢山ありますから」

 

(……ほら明久。あの笑顔を前にお弁当を残すなんて事ができるのか?)

(そう言うなら雄二が行ってよ!! 僕は死にたくは無いよ!!)

(……ワシが行こう)

(なっ、正気かい秀吉!?)

(うむ。ワシはこう見えて姉上から『鉄の胃袋』とか呼ばれておってな。ジャガイモの芽くらいならば平気なのじゃ)

(それは凄いけど……流石に無茶だよ!!)

(いや、あの、瑞希に正直に言った方が良いんじゃないの? ちょっと味見してみて、美味しくなかったって……)

(島田さん……男には、退けない時があるんだよ!!)

 

 ……こうしていても埒が明かないな。仕方あるまい。

 ひとまず箸を手に取って弁当箱の前に突き出す。

 そして適当な具材を摘もうとしてみるが……

 

ゾクッ

 

 悪寒が更に膨れ上がった。

 他の具材でも試してみたがどれも同じような反応が返ってくる。

 これは……全滅のようだな。

 

「あの……どうしたんですか?」

「……ふぅ。姫路、これ一体何を入れた?」

「えっと……全部だと色々入れてますけど……」

「おっとスマン。訊き方が悪かったな。

 じゃあ例えば……この卵焼き、何が入ってる?」

「それですか! それは勿論卵と……あと隠し味が少々入ってます♪」

 

 間違いなくその『隠し味』とやらが悪寒の正体だろう。

 卵アレルギーなら卵は猛毒だが……康太がそうだという話は聞いたことも無いからな。

 

「……その『隠し味』とやらの内容を聞く事は可能だろうか?」

「う~ん、隠し味を言っちゃったら隠し味にならないんですけど……」

「……スマンな。実は体質上の問題で食えない食材があるんだ。

 申し訳ないんだが、詳細にお願いしたい」

「アレルギーって事ですか? アレルギーになるようなものは隠し味には入れてないですけど……」

「スマン、実は宗教上の問題なんだ」

「えっ、宗教ですか……でも、宗教にひっかかるような隠し味じゃないですよ?」

 

 サッサと言ってくれよ!! こっちは角が立たないようにやんわりと訊ねてるのに!!

 いや待て。ここまでの情報だけでも類推する事は可能だ。

 アレルギーになるようなものではないと即答した。つまり、メジャーな乳製品や魚介系、ソバの類では無いだろう。

 果物も結構アレルギーは多い。その類も全部除外して構わないだろう。

 宗教上で食えないものでもない。主に肉類が該当しそうだな。

 アルコールの類も禁止されている宗教はあったはずだ。って、そもそも未成年の食い物に酒を入れるなっていう話だが。

 ……くそっ、宗教はそんなに詳しくないからな。あまり絞り込めない。

 

(何か凄い熾烈な戦いが……)

(瑞希……一体何入れたの? 真っ当な食材は大体除外されちゃうんじゃないの!?)

(康太よ、お主はアレを食べたんじゃろう? 何か分からなかったかのぅ?)

(…………(フルフル))

(……おい剣)

(何だ?)

(先入観を捨てろ。真っ当な食材ではないかもしれん。

 あと、巧妙に隠されているものだから無色透明に近い液体。それに近いものを探れ)

(……なるほど)

 

 コレが料理だと思い込んでるから答えに辿り着けないんだな。

 もっと別の劇毒物、バイオテロ兵器か何かだと仮定して推理しよう。

 僕が相手を毒殺しようとするならどんな物を使う?

 より用意し易く、殺傷能力の高いもの……

 毒薬……薬品? 劇薬、化学……

 …………よし。

 

「あの……どうかしましたか?」

「スマン、ちょっと長考してた。

 この弁当なんだが……『塩化ナトリウム』は入っているか?」

 

 塩化ナトリウムとは……なんの事は無い。ただの食塩の事だ。

 HCl(塩化水素)NaOH(水酸化ナトリウム)の水溶液を混ぜ合わせて中和させるとできる物体だな。中和の実験としては一番メジャーで、中学校くらいでやるんじゃないだろうか?

 成績優秀な姫路ならその程度の知識はある。だから意味は問題なく通じるだろう。

 

「え、塩化ナトリウムですか……それはちょっと入ってないですね」

「……何?」

 

 塩入ってないのかよ!? 一体どうやって味付けしてるんだ……?

 いやいや、そうじゃなくてだな。『塩化ナトリウム』とかいう化学用語を普通にスルーしたなコイツ。

 まあ問題ない。この質問のメインは妙な質問へのハードルを下げる事だ。例えばこんな感じに……

 

「まさかとは思うが、塩化水素水溶液が入っていないよな」

 

 流石に無いだろうと思いつつも冗談めかして言ってみる。

 流石に失礼だったろうか? いや、劇物繋がりで質問が続けられるし、怒った姫路が隠し味の内容を言ってくれるかも……

 

「えっ、凄いです! どうして食べてもいないのに分かったんですか?」

「…………ちょっとタイム」

 

 一旦後ろを向いて皆と小声で話す。

 

(ねえ剣……さっきからどうしたの? 『えんかなとりうむ』とか『えんかすいそすいようえき』とか……)

(ウチもちょっとよく分からなかったわ。何かの薬品っぽいのは分かったけど)

(島田は帰国子女だから仕方ないか。

 記号で表すなら『NaCl』と『HCl』だ)

(…………えっ!? それじゃあ、瑞希がお弁当に入れてるのって……)

(ワシには分からぬのじゃが……)

(…………(コクコク))

(お前ら……ちょっとは勉強しろ。

 それぞれ『塩』と『塩酸』だ)

(…………えっ? さ、酸……? 炭酸とかならまだしも、塩酸? あの、化学で使う?)

(……そうらしいな)

 

 え~っと……どうしたもんかなコレ。

 やんわりと訊き出してみたら文字通りの劇物がでてきたんだが。

 …………まぁ、いいか。なるようになれ。

 

「……姫路」

「はい? 何ですか?」

「昨日も言った事だが……貴様、味見はしてきたか」

「あ、えっと、その……

 ……に一番に食べてもらいたくて」

 

 何かモゴモゴ言ってて聞き取れなかったが、明久に一番に食べてもらいたかったとかそんな所だろうな。

 全く、愚かな……本当に愚かな事だな。

 

「……じゃあ今からでも遅くは無い。

 味見をしてくれ。と言うかしろ」

「えっ、今からですか? それって味見と言うかただの食事なんじゃ……」

「ならただの食事でも構わん。食ってみてくれ」

「う~ん……分かりました。そこまで言うのなら……」

「待った! えっと……コレにしてくれ」

 

 箸を出してみて比較的悪寒の薄かったものを薦める。あくまでもマシ程度だが。

 

「コレですか? これはちょっと失敗しちゃったもの……よく考えたら丁度良いですね。

 それじゃあ……」

 

パクッ バタン ガタガタガタガタ

 

 何か、すっごくデジャブを感じる光景だ。

 って言うか塩酸だけでこんなになるわけないよな。絶対他にも何か入ってるだろ。

 

「な、ななな何ですかこれ!? も、もしかして誰かのイタズラですか!?」

「う~む、可能性は0ではないが……お前の素の実力だと思うぞ?」

「そんなっ、嘘です! これはちょっと失敗しちゃったものだから美味しくないだけです!

 例えば他の……これとか……」

「あ、おい待て!!」

 

 先ほどは『比較的マシ』な物を『ほんの一欠片』だったからすぐに会話できた。

 しかし、『一番ヤバそう』な物を『丸ごと』なんて食べたら……

 

パクッ …………バタン

 

 今度は痙攣すらせずに目を見開いたまま屋上の床に倒れた。

 

「ってヤバい! 吐かせるぞ!! えっと……どうすりゃいいんだっけ?」

「…………水を飲ませろ。その後気道を確保しつつ舌の奥の方を押せ。そうすれば吐かせられるはずだ」

「おお、流石は保体のスペシャリスト。えっと……雄二! 水を用意してきてくれ!」

「ああ。量はどのくらい必要だ?」

「…………ペットボトル1本程度で十分だ」

「待って! それだったら僕のソルトウォーターが使える?」

「…………飲める程度の濃度なら問題ないだろう」

「他に何かできる事は無いかのぅ?」

「…………特には無い」

「救命行動ではないがあるぞ。代わりの食料の調達だ。

 姫路が起きても胃が空っぽだと可哀想だからな。

 ってわけで雄二、誰か連れて全員分頼む」

「無駄に気配りが効くな。分かった。秀吉、明久、行くぞ!」

「うむ!」

「うん! あっと、ソルトウォーターはコレだよ」

「サンキュ。じゃあ島田、吐かせる役、頼めるか?」

「えっ、ウチが?」

「ああ。救命の為とはいえ男子に口の奥に指を突っ込まれて吐かせられるなんて姫路も嫌だろうからな。女子にやってもらった方がまだマシだ。

 無理なようなら僕か康太……いや、康太は女子に触るのすら無理か。僕がやる。どうする?」

「……分かったわ。やってみる」

 

 

 

 ……その後、奮闘の甲斐あって何とか姫路は助かった。

 たかが弁当でこんな事になるとはなぁ……コレに関しては今後何らかの対策を考えた方が良いかもしれん。

 幸いな事に姫路は自分の弁当を不味いと感じていたようだ。味覚障害があるなら対策のハードルが跳ね上がるが、そうでないなら、本人に改善の意志があるならどうにでもなるはずだ。

 ……まぁ、今は試召戦争で忙しいからな。いつか機会があればどうにかするとしよう。







「リメイク前ではチュートリアルも兼ねて僕がダウンしてた場面だったな」

「あの時はAクラスの皆が来てたっけ。
 ……情報共有が遅れるわね」

「それが吉と出るか凶と出るか……それは神のみぞ知る」

「……あいかわらず筆者さんは何も考えずに書いてるのね」

「それがうちの駄作者の持ち味だからな!!」

「ではでは、次回もお楽しみに~」


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13 早朝の対話

  ……翌日 朝……

 

「……お願いします」

「………………はい、完了です」

「ありがとうございました」

 

 いつものように朝早く登校してきた僕はいつものように補充試験を受けていた。

 今回の科目は英語だ。理由は簡単。英語の遠藤先生が職員室の入り口から見て一番近くに居たから。

 いつものように400点を取り、今日の補充は終了だ。

 

「うぃ~っす」

「お、雄二。おはよう」

「おはよう。今日もお前だけか」

「こんな無駄に朝早く来る奴は僕とお前くらいだろ」

「無駄だって自覚はあったのか。じゃあ何でわざわざ無駄な事してるんだ?」

「特に理由など無い。それより貴様の方はどうなんだ?」

「俺か? 俺はな……家に居るとちょっと襲われる可能性があるからな。

 早めに登校して教室で二度寝してた方が安全だ」

「……お前はどこのスラムに住んでいるんだ?」

「フツーの家だよ。家はな」

 

 何か雄二が遠い目をしている。深くはつっこまないでおこう。

 

「さて、それじゃあ話を戻そう。試召戦争についてだ」

「戻すも何も始めてすらいなかったけどな」

「細かい事は気にするな。

 まずは……昨日ダウンした連中は参加できるのか?」

「ああ。康太は勿論、姫路も何とか復帰できそうだ。

 早めに吐かせたのが効いたのかもな」

「それならいいが……しかしあの弁当には一体何が入ってたんだ?」

「それは分からんが……一つ納得できた事がある。

 姫路の家庭科の点数の低さだ」

「? 低かったのか?」

「ああ。コレを見てくれ」

 

 雄二が見せてきたのは姫路の振り分け試験時の点数だ。実技科目の試験は振り分け試験とは別の日に行われていたので普通に参加していたんだろうな。

 普通はこんなものを生徒が持っているわけが無いのだが、試召戦争における自軍の戦力の把握する為に各クラスの代表はこういったものが配られているらしいな。

 

 

 さて、ここでちょっと実技科目について説明しておこう。

 うちの学園には、と言うか日本の高校には以下の4つの実技科目がある。

 

 ・保健体育

 ・家庭科

 ・芸術(音楽、美術など)

 ・情報

 

 文月学園ではこれらの科目も試召戦争に使用可能だ。但し、芸術はいずれか1科目を選択するので芸術フィールドでは選択した科目の点数が反映される。

 例えば、音楽で挑んでみたら相手が美術を出してくる、とかな。

 

 あともう一つ、重要な点がある。

 それは、『実技科目は総合科目の点数には反映されない』という事だ。うちの学園はセンター試験を重視しているからな。

 そして、総合科目の成績も振り分け試験の成績も同様の計算で成り立っている。

 つまり、上位クラスだからと言って実技科目までそのクラスに見合う点数とは限らないわけだ。良くも悪くも。

 ……まぁ、国語や理科ができる奴なら実技科目でも大抵はそこそこの点数を出せるし、逆もまた然りだけどな。

 実際の『実技』を評価されるなら結構影響が出てきそうだが……所詮はペーパーテストでできる範囲、知識等を問う問題が主だから結局は程々にクラスの格に合った点数になる。(一部の異端者を除く)

 

 

 さて、話を戻そう。点数表を確認してみると確かに、姫路の家庭科の点数は低いようだ。

 料理関係のものでは普通に失点して点数を落としているようだな。

 

「姫路の弱点は家庭科……と。一応覚えておこう」

「実技科目は苦手って奴も結構多いからそこまで気を遣う必要は無いけどな」

「それもそうか。

 それじゃあ次、Bクラスについての情報は集まってるのか?」

「情報っつってもな。大した事は何も。

 せいぜいBクラス代表があの根本(ねもと)恭二(きょうじ)だっつう事くらいだ」

「根本……根本か」

 

 僕の脳内辞書にきっちり記されてあるようだ。

 

  根本恭二

 とにかく卑怯な人物として有名。

 ・試験でのカンニング

 ・喧嘩にナイフはデフォルト装備

 ・喧嘩前に相手に一服盛った

 ……等など。

 ただ、あからさまに怪しい人物のカンニングを鉄人先生が許すとは思えないし、喧嘩にナイフを持ち出してたら殺傷沙汰になって噂では済まない。

 毒を盛るのも内容次第では立派な戦術だろう。姫路の料理みたいなのを盛るのはやりすぎだが……下剤程度なら場合によっては僕でもやる。

 所詮は噂だな。ただ、火の無い所に煙は立たないので何らかの行為に尾ひれがついたというのが真相だろう。多分。

 そもそも『卑怯』ってのと『戦術』の境界線っていうのは曖昧だ。雄二だってエアコンの室外機をぶっ壊すとかいうグレーに近いアウトな行為をやってるし。

 

「根本なら何か妙な事を仕掛けてきてもおかしくは無い。

 お前も気をつけておいてくれ」

「りょーかい」

 

 

 

 ……その後、Bクラスに宣戦布告に行ったり、

 姫路が康太に土下座して謝ったり、

 今度こそ平和な昼食を過ごしたり……

 そして昼休みの終了と同時にBクラス戦が始まった。

 

 ……何? 端折りすぎだと? だって大したドラマも無かったんだ。別に省略して構わんだろう。

 それじゃ……殲滅するとしようか。







「試召戦争周りのルールがシレッと説明されてたわね。
 しかも原作と明らかに食い違ってる設定が」

「この学校が『センター試験』を強く意識している事を考えると保健体育等の実技科目が総合科目に加算されているのは非常に不自然だと感じたようだ。
 原作では『康太の総合科目の点数の殆どが保健体育』などの描写があり、しっかりと総合科目に影響している事が伺えるが……別に影響してなくても物語に影響はほぼ無いし、実技まで含めると総合科目の解釈が煩雑になるのでバッサリと切り捨てたようだ」

「まぁ、確かにそういう設定の方が土屋くんは『落ちこぼれクラス』らしいわね。
 実技科目がどれだけ凄くても、結局評価されないっていう意味で」

「あと、この設定を使うと康太以外にも何かの実技科目のスペシャリストを仕込む事は可能だ。
 可能であるだけで今のところは予定が無いがな」


「では、次回もお楽しみに!」


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14 続・とあるバカの戦場

 やあ皆。僕だよ僕。

 前回は不幸な事故で満足に名乗りを上げられなかったから今度こそキメさせてもらうよ。

 前回のDクラス戦にて殆ど傷を受けず無双してDクラスを蹴散らした勝利の立役者。

 そう、僕の名は……

 

「おい隊長、変な事やってないでサッサと指揮を取ってくれ」

「また名乗れなかったチクショウっ!」

 

 僕に指摘してきたのは昨日もお世話になった伝令の人だ。

 そう言えば名前は何だっけな? 後で覚えておこう。

 さてと、今回僕は前線部隊の隊長を任されている。秀吉は副隊長って感じだね。

 どうやら早くも目の前では戦闘が始まってるみたいだ。どれどれ……

 

  [フィールド:数学1A]

 

Bクラス 172点

Bクラス 181点

 

Fクラス  62点

Fクラス  71点

 

 うわぁ、流石はBクラスだ。Dクラスの時も点数では負けてたけど、更に差がヒドい事になってるね。

 上手いことフォローしないとあっという間に押しきられてしまうだろう。

 でも……前回と違うのは相手だけじゃない。

 

「す、すいませんっ、遅れましたっ!

 姫路瑞希、召喚します! 試獣召喚(サモン)!!」

 

 

Fクラス 姫路瑞希 412点

 

 

 Dクラス戦では姫路さんによる奇襲が肝だったから温存しておく必要があったけど、今回は違う。

 最初っから、思う存分戦えるわけだ。

 

『姫路が来たぞ!!』

『うわっ、マジかよ!? いきなりかよ!!』

 

 高い点数というのは単純に強いだけでなく相手を威圧する効果もある。

 取り囲んで袋叩きにすればいくら姫路さんでも割と簡単に戦死に追い込まれるけど、それでも何名かを道連れにできる。

 実践するには特攻命令すら押し通せる超優秀な指揮官が必要だ。

 そういう人が居ない場合……相手は必要以上にもたついて、その間に被害はどんどん膨れ上がっていく。

 ……って、全部雄二の受け売りなんだけどね。

 

「ってあれ? 姫路さん。何か召喚獣がアクセサリー着けてるね」

「ああ、はい。数学は結構解けたので」

「? どゆこと?」

「あれ、吉井くんはご存知無いんですか?

 それじゃあ、お見せします」

 

 そう言って姫路さんの召喚獣がアクセサリー(腕輪)を着けている左腕を敵の方に向けた。

 そして……

 

キュボッ

 

 という、間の抜けた音と共に敵の召喚獣が4体ほどまとめて消し飛んだ。

 

 

Fクラス 姫路瑞希 412点 → 312点

 

Bクラス Dead

Bクラス Dead

Bクラス Dead

Bクラス Dead

 

 

『ちょっ!? 何アレ!?』

『勝てるわけ無いだろあんなの!!!』

 

 そ、そうだ! 思い出した! 確か凄い点数を取ると凄い特殊能力が使えるようになるんだった。

 確か……400点以上の召喚獣は特殊能力を使える腕輪を装備した状態で呼び出される。そしてその腕輪は個人によって決まってる。姫路さんの場合は『熱線』とでも呼ぶべき能力だね。

 腕輪を使うと点数を結構消耗するみたいだけど、それでもその威力は凄まじい。十分過ぎるくらいお釣りが来る。

 

 ……今気付いたけど、召喚獣の点数ってHPと攻撃力だけじゃなくMPにもなってるんだね。いくらなんでもシンプル過ぎないかな? RPGとしては逆に面倒くさいんだけど……

 

「よし、もう一回っ!」

 

 再び姫路さんが熱線を放つ。

 

 

Fクラス 姫路瑞希 312点 → 212点

 

Bクラス Dead

Bクラス Dead

Bクラス Dead

Fクラス Dead

 

 

「……あっ」

「戦死者は補習!!」

『ちょっ、またいつの間にか死んでる!? 味方の誤射で2連続戦死とか勘弁してくれよ!!』

「それは……不幸だったな。だが補習だ」

『ちくしょぉぉぉぉ!!!!』

 

 何か、BクラスだけじゃなくてFクラスも巻き込まれた。

 そりゃそうだよね。相手にだけ当たるとかいう都合の良い事は起こらないよね。

 って言うか、僕がアレに当たったら一体どうなってしまうんだろう……?

 

「うぅぅ……失敗しちゃいました……」

「だ、大丈夫だよ姫路さん。

 Bクラスを3人も巻き込んだんだから、彼もきっと喜んでるよ!」

「そ、そうでしょうか……?」

「うん! 間違い無いよ!!」

「なら良かったです! でも、巻き込んじゃったのは事実なので後で謝っておきます……」

「そ、そうだね。そうするといいよ」

 

 姫路さんがアッサリ騙された。彼女はFクラスでやっていけるのだろうか?

 

「それより、点数を結構消費したんじゃない?

 それでもまだ他のFクラスの皆よりは多いけど、そろそろ下がった方が……」

「そうですね。では……」

 

キュボッ

 

Fクラス 姫路瑞希 212点 → 112点

 

Bクラス Dead

Bクラス Dead

 

 

「こんなものですね。後は頼みましたよ」

「うん! よし皆、姫路さんの頑張りを無駄にするな!!」

 

「「「「おおおお!!!!」」」」

 

 姫路さん凄いな。1分も経たないうちに9人も倒したよ。

 そしてかなり消耗したけどそれでもFクラスより多いね。

 

「明久よ、ちょっと良いかのぅ?」

「え? どうしたの秀吉」

「一旦教室に戻ろうと思うのじゃが……」

「え? どうして?」

「相手の代表があの根本らしいのじゃ。

 何かされてもおかしくは無いと思ってのぅ」

「な、なるほど……じゃあ一緒に様子を見に行こう。

 島田さん! ここの指揮、お願いできる?」

「ええ、気をつけてね」

「なるべく早く戻ってこいよ~」

 

 島田さんと伝令の人に見送られて僕達はFクラス教室に向かった。

 

 

 

 

 

 さて、指揮って言われても瑞希が大体倒したから細かい指示は要らないのよね。

 吉井が帰ってくるまで程々に頑張りましょうか。

 そう考えていたら、こんな言葉が聞こえてきた。

 

『た、大変だ! Fクラスの吉井が保健室に担ぎ込まれたってよ!!』

『な、何だって!? あのFクラスの吉井が!?』

 

 吉井が、保健室に?

 あの頑丈さだけが取り柄の吉井が簡単に保健室送りになるわけが……

 

『ああ。何でも姫路のパンツを見てしまって鼻血が止まらなくなったとか……』

『な、何だって!? なんてうらやま……じゃなくて、けしからんヤツだ!!』

『あの出血量じゃ、保ってあと30分って所だな……』

『そうか、天罰は下ったのか。ならいいや』

 

 って、十分有り得る!! あの吉井なら、十分に有り得るっ!

 こうしちゃいられない、何とかしないと!!

 

「待ってなさいよ吉井ぃぃぃ!!!!」

 

 ウチは脇目も振らず、保健室へと駆け出した。

 

「っておい! 副隊長!? どこ行く気だ!?

 ああもう、勝手な事を……面倒だな。ったく」







「また吉井くん視点ね」

「ここもリメイク版加筆パートだな。前回は明久視点なんて皆無だったからな」

「徹頭徹尾、キミの物語だったものね。
 いや、最後の方は吉井くん視点は結構多かったけど」

「まぁ、そういうコトだな」


「それでは、次回もお楽しみに!」


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15 副代表の役割

 僕達がFクラス教室に戻ると同時に教室から鉄人が出てきた。

 

「げっ」

「吉井、それはオレに対して言ったのか?」

「い、いいやいやいや、そそそそんなコトは無いでゴザイマスよ?」

「……どうやらお前には後で国語の補習が必要なようだな」

「そんなっ! 横暴だ!!」

「真っ当は判断だと思うのじゃが……」

 

 秀吉からも裏切られた。これから僕は何を信じて生きていけば良いんだ!!

 

「ところで、西村先生は何故このような所に?」

「戦死した生徒を補習室に連れて行くだけだ」

 

 よく見ると鉄人の両肩には生徒が担がれている。

 あれ? 見覚えの無い生徒だけど……もしかしてBクラスの生徒?

 

「え、でも……こんな所で戦闘?」

「詳しくは中に居る空凪にでも聞いてくれ。俺は戦死者が出たから駆けつけたまでだ」

「……それもそっか」

 

 鉄人を見送ってから教室へと入る。

 すると中には剣と他数名が居た。雄二は居ないみたいだ。

 

「む? どうした貴様ら。逃げ帰ってきたとかホザいたらチョキでしばくぞ」

「いやいや、違うから」

「相手の代表は根本なんじゃろう? 教室が心配になって帰ってきたのじゃ」

「ああ~、うぅ~ん……杞憂だと言うべきか、何というべきか……

 確かに、教室は狙われた。そこは間違い無い」

「でも、特に荒らされたりとかはしてないみたいだね」

「ああ。先ほどBクラスの数名が先生を連れて教室に忍び込んできたが……返り討ちにしてやったよ」

 

 流石は剣だ。相手の狙いを読んだ上で完璧に対処したらしい。

 じゃなかったら貴重な戦力をこんな所で遊ばせているわけがない。

 

「あれ? 雄二はどこに行ったの?」

「Bクラスと協定を結びに行っている。もうじき帰ってくるだろう。

 正式に決まったら後で伝えるから……ああ、いや。まあいいか。

 明久、この場を頼めるか? 様子見も兼ねてお前の代わりに前線に行ってくる」

「え? うん、分かった」

 

 よく分からないうちに教室の守りを任された。

 まあいいか。戦わずに済むし。

 

 

 

 

 

 

 さて、ここいらで『オレ』の話をしよう。

 オレの名は……いや、言っても伝わらないか。とりあえず『伝令の人』とでも名乗っておく。

 んで、オレは今前線部隊に居るんだが……

 

 ……何か、隊長がどっか行ったと思ったら副隊長までどっか行きやがった。

 

『おい! 今誰が指揮取ってるんだ!?』

『よし、チャンスだ! 今のうちに殲滅しろ!!』

 

 指揮が取れてない部隊なんて烏合の衆だ。

 試召戦争は実際の戦争とは色々と異なるが、それでも指揮官の影響ってのは結構大きい。

 『指揮官の言うことに従ってれば良い。何かあったら指揮官のせい』っていう精神的な安寧の為とかにもな。

 自分の意志で動かなくてはならなくなるだけで、ほんの僅かな迷いだけで戦闘の効率は落ちる。

 

 ……はぁ、ホント面倒くさい。けど仕方ないか。

 ここで負けてあの悲惨な設備が更に悲惨になるのは避けたいからな。

 

「聞いてくれ! 今からオレが指揮を取る」

『何だと? 誰だお前!』

『何でお前みたいなよくわからん奴から指図を受けなきゃならないんだ!!』

 

 それを言うんだったら吉井だって代表の個人的な知り合いというだけなんだが……まあいいさ。

 

「まあ聞いてくれ。オレは『元副代表』だ」

『何だと? どういう事だ!』

「副代表ってのはなり方が2パターンある。

 1つはうちの代表が今の副代表にやったように『代表が指名』するパターン。

 もう1つは『順位から自動的に任命される』というパターンだ」

 

 と言うか、わざわざ指名で選ぶパターンの方が少数だ。

 副代表というのは代表が欠席してる時に代わりに代表になるから、なるべくやられにくくて点数が多い人を選ぶのが自然だ。

 だから、副代表は代表の次に点数のある生徒が自動的に選ばれる。その時に選ばれたのがオレというわけだ。

 

 ……代表がサラッと新副代表を指名したからアッサリとただの一般生徒に戻ったけどな。

 まぁ、それ自体は別に構わない。副代表とか面倒なだけだからな。

 それこそこういう時にしか役に立たない肩書きだし。

 

「というわけで、ただの一般生徒よりは多少は上の立場……だったのがオレだ。

 どうせ誰が指揮を取っても大した違いはあるまい。オレに任せてくれないか?」

『そういう事なら……分かった』

『頼むぜ元副代表!』

「そんじゃ、全員全力で目の前の敵を仕留めろ。

 あ、そこのお前は死にそうだな。お前代わってやれ」

『OK! 助かった!!』

 

 ……ま、本当の指揮官が来るまでは保つだろう。

 Bクラスが何か変な事を仕掛けてこなければ……

 

『ちょっと待ったっ! コイツを見てもらおうか!!』

 

 ……何か変な事を仕掛けてきた。

 『見てもらおうか』とか言われた方を見てみたら、どっか行ってた副隊長が捕まってた。

 本人は2人掛かりで拘束されており、召喚獣も武器を突きつけられた状態で地面に転がってる。

 

「くっ、このっ、放しなさいっ!!」

『お前ら、もし動いたらこの女が補習室送りになるぜ!!』

 

 ん~っと、状況を整理しよう。

 代表から言われてるFクラス全体の戦略は『BクラスをB教室内に押し込む』という事だ。

 それを遵守するなら人質なんざ無視してサッサと進軍した方が良い。

 うちのバカどもは女子を見捨てたってだけで士気が下がるかもしれんけど……その辺は必要経費だろう。

 だが……オレ個人の役割は現状維持でも十分だ。隊長も副隊長も不在の戦場なんだ。それだけやれば上出来だろう。

 

 ……よし。Bクラスの言う通り、動かないでおこう。あのアホな副隊長も戦死しないに越したことは無いし。

 

「んじゃ、全軍停止だ」

「丁度いいタイミングだな。貴様が臨時の指揮官か?」

 

 指示を出したその時、都合良く副代表がやってきた。







「筆者さんが後書きコーナーを書き忘れてた気がしたけどきっと気のせいね!」

「だな!
 ……さて、少々遅くなったが始めよう」

「今回は副代表についての詳細な設定が出てきたわね」

「ああ。副代表は原則としてクラス準位2位の奴がなる。
 どっかのDクラス副代表とかが良い例だな。Dクラスにしてはかなりの高得点だった」

「あくまでもDクラスレベルだったけどね」

「ああ。あとどっかのBクラス副代表も同様だな。
 点数調整ができるなら副代表になれる。
 一応リメイク前からあった設定だが……ようやく説明できた」


「では、次回もお楽しみに~」


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16 切り捨てる者、救う者

「丁度いいタイミングだな。貴様が臨時の指揮官か?」

 

 指示を出したら都合良く副代表がやってきた。

 よかった。これでこのヒトに全責任を押しつけられる。

 

「ああ。オレが臨時指揮官だ。バトンタッチしていいか? 副代表」

「報告が済んだらな。

 で、何で副隊長をやってたハズのあのバカはあんな所で捕まってるんだ?」

「何か突然どっか行った事は把握してるが、詳しくは知らん。本人から聞いてくれ」

「それもそうだな。おいBクラス、そこの人質と話がしたい。構わんな?」

『フン、好きにしろ! あっ、これ以上近づくなよ!!』

 

 さて、どうする気だろう? やっぱり普通に切り捨てるんだろうか?

 まぁ、副代表のお手並み拝見といこうか。

 

「おい島田、質問に答えてくれ。

 貴様には副隊長を任せていたはずだが……どうして部隊をほっぽって1人でとっ捕まってるんだ?」

「うっ、それは……その……」

『ハッ、俺が代わりに答えてやるよ!

 この女、吉井が保健室に担ぎ込まれたって嘘を信じて飛び出してったんだよ!』

 

 親切なBクラス生が代わりに答えてくれた。優しい……わけでないのは分かっているが、優しいな。

 

「……ふむ、なるほど」

「な、何よ……」

「そんなに明久に止めを刺したかったのか。気持ちは分かるんだが少しは自重を……」

「違うわよっ!! 吉井が心配だったからに決まってるでしょ!!」

 

 このヒト、確か自己紹介の時に隊長を殴るのが趣味とか言ってたよな……

 オレも本気で受け取ったわけではないが……アレは照れ隠しだったんだろうか?

 

「あ~はいはい。しかし、そんなのをアッサリと信じたのか?

 あの無駄に頑丈なバカが保健室送りになった……なんて」

「だ、だって仕方ないでしょう!? 瑞希のパンツを見て鼻血が止まらなくなった……なんて聞かされたら!!」

 

 いや、オレみたいに隊長をよく知らない人間からすれば逆に信憑性が落ちるぞ。

 吉井明久ってのは一体何者なんだ? 知り合いにここまで思われるなんて相当だぞ……

 

「……分かった。質問は以上だ。

 最後に言い残す事はあるか?」

「えっ、さ、最後って……?」

「いや、そんなアホな理由で部隊を放置した愚か者をわざわざ助けるわけが無いだろうが。

 一応理由を問いかけてみたが……時間の無駄だったな」

「そ、そんなっ!」

『お、オイっ!? この女がどうなってもいいのか!?』

「別に構わん。試獣召喚(サモン)

 

 サッサと切り捨てるのが副代表の判断か。そりゃそうだな。オレでもそうする。

 ただ……さっきも言ったように副隊長が死なないに越した事は無い。

 上手く行くのか分からんけど、うちの副代表は異様に勘が鋭いから何とかなるだろ。

 副代表の正面に立って啖呵を切る。

 

「オイオイ副代表! それでいいのか!?」

「……? 何だ貴様は」

「いや、さっきまで臨時指揮官だった男だよ!」

「……そんな事はどうだっていい。貴様は僕の決断にケチ付ける気か?」

「ああ、当然だ! 綺麗事かもしれねぇが、女の子を見捨ててまで得る勝利に何の価値があるってんだ!!」

「ほぅ? 理想論だな。非常に感動的だ」

「だったら……」

「だが……無意味だ!!」

「ぐわっ!!」

 

 そんな台詞とともに思いっきり蹴り飛ばされた。

 ……はぁ、オレとしてはちょっとしたサポートのつもりだったってのにな。助けたいなら自分でも働けと、そう仰いますか。

 ハイハイ、分かったよ。

 

「それが副代表の答えってわけか……分かったよ。

 ならオレが全力で止めてやる、試獣召喚(サモン)!!」

「そこまでやる気か? やれやれだな。

 ……ところで、貴様の利き手はどっちだ?」

「あ? 右手だけど、それがどうかしたか?」

「そうか……なら、そっちの手から切り刻んでやろう!」

 

 副代表の召喚獣から複数の投げナイフが、オレから見て右側に放たれる。

 それと同時にオレは……左後ろに飛び、そこに居た敵に向かって刃を振るった。

 

 

  [フィールド:数学1A]

 

Fクラス 空凪 剣 100点

Fクラス 伝令の人(オレ) 85点

 

Bクラス 32点 → Dead

Bクラス 18点 → Dead

 

 

『なっ、何だと!?』

「戦死者は補習!!」

『ちょ、ちょっと待ってくれ! うわぁぁぁぁ…………』

 

 こうして、副隊長を人質に取っていた2名は無事に補習室へと連行されていった。

 ふぅぅぅぅ……上手く行って良かった。

 

「え、あの……えっと……何が起こったの?」

「島田……お前、こいつに感謝しておけよ?」

「え、えっと……ええぇ?」

「えっと、そこの貴様、名前何だっけか?

 まあいいや。凄く助かったぞ。お疲れさま。しばらく教室で休んでていいから島田に解説してやってくれ」

「へいへい。人使いが荒いなぁ」

「何を行っている。休養を与えてやれる素晴らしい副代表じゃないか」

「それ自分で言うか?

 ……まあいいや。え~っと、島田さんだったな? 行くぞ」

「う、うん……」

 

 状況が読めていない副隊長こと島田さんの手を取ってFクラスへと向かう。

 特に誰かと遭遇する事もなく教室まで辿り着いた。中ではうちの代表が相変わらず偉そうにしているようだ。

 

「ちぃーっす」

「島田と……誰だったか。どうした? 敵前逃亡はチョキでしばくぞ」

「違う違う。副代表サマからきっちりと帰還許可貰ってるって。

 かなり頑張ったんでちょっと休んでこいって」

「そうか……分かった。のんびりしててくれ。

 と言っても、今日はもう1時間もしない内に停戦になるからお前たちの今日の戦闘は終わりだろうがな」

「……停戦?」

「ああ。さっきBクラスと協定を結んできた。

 午後4時までに決着が着かなかった場合、翌日午前9時まで停戦とし、その間は試召戦争に関わる行為は一切禁止するってな」

「ふ~ん」

 

 試召戦争はルール上は午後6時くらいまで一応可能だったはずだ。

 ただ、下校時刻が延びると生徒から不満も出るので適当な時刻で区切るのはそこまで不自然な事ではない。

 

「んじゃ、のんびりさせてもらうわ。1時間未満だと補充試験もできないしな」

「ああ。そうしてくれ」

 

 教室の隅っこの方の適当な卓袱台まで移動する。

 島田さんを向かい合わせに座らせてから、先ほどの解説を行うとしよう。







「島田アンチが掲げられている二次創作ではバッサリと切り捨てられる場面だな」

「改めて原作での描写を確認してみたけど……『島田さんが副官だった事』と『いつの間にか須川くんが指揮を取っている』までは描写されてるみたいね。
 島田さんが須川くんにちゃんと指揮を託していたのか、それとも何も言わず勝手に行ったのかは不明みたいね」

「う~む、あの島田がそんなに気が利くとは思えないから勝手に行ったんだとは思うがな」

「憶測の域を出ないわね……」

「確実な事は、あんな嘘にアッサリ騙された島田はアホだという事だな」

「……それが結論ってのはどうなのかしら……?
 って言うか登場する生徒は工藤さんを除いて全員アホなのは元からだし」

「ヒドい言い様だな。だがモブを除けば本当にその通りだからなぁ……」

「……バカテスの業は深いわね。
 しっかしまぁ、絶妙な所で切るのね」

「最初は解説まで通しでやる予定だったが、ここで切った方が面白そうだと判断したようだ。
 のんびり解釈を膨らませてから翌日の解説を読むといいさ」

「なるほどねぇ。
 ……それじゃ、次回もお楽しみに!」


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17 元副代表の小細工

 それじゃ、解説を行うとしよう。

 

「んじゃ、暇つぶしの解説の時間だ。

 お前さんが人質に取られて状況を把握した時点で、うちの副代表の肚は決まってた。お前を見捨ててでも突破するってな」

「そ、そうね……確かにそんな感じだったわ」

「でもまぁ、なるべくなら助けたいとも思っていたはずだ。貴重な戦力だしな」

 

 オレが副代表に会ったのは今年度が初めてなんでキャラを掴みきれてるとは言いきれんけど……まぁ、きっとそんな感じだろう。

 他人からの感情論の批判なんて気にせず我が道突き進むタイプの傍若無人な人間だ。きっとな。

 だからこそ、見捨てるべきだと判断したら即座に行動に移すだろう。おっかない人だ。

 

「でもな、助けるにしても問題がある。

 あの副代表の召喚獣の操作精度と速度があれば一気にBクラスの奴を仕留める事も不可能ではなかったと思し、実際やろうとはしていたと思う。

 けど、一回しくじるだけでほぼアウトだ。相手がもたついてくれたらまだ助けられるが……Fクラスのオレでも即座に人質を道連れにする判断はできる。

 Bクラスのあいつらならしっかりと同じ判断を取れるだろう。

 だから……オレが止めた。Bクラスの連中をな」

「えっ、どういう事?」

「オレがやったのは副代表に反抗するフリしてBクラスを躊躇わせたって事だ。

 完全に見捨てられた人質に価値なんて無いが……仲間割れを引き起こせるなら十分価値はあるだろう?

 そうなると即座に切り捨てるってのは躊躇われる。Bクラスの心情としては、このまま利用してやろうって感じになるはずだ」

「ちょ、ちょっと待って? えっと……

 ……う、うん。飲み込めた。アンタ達、一瞬でそんな色々考えてたの……?」

「いやいやまさか。オレはずっと考えてただけさ。

 正統な指揮者が来た時にどう責任を押しつけてどう立ち回るかってな」

「押しつけるって、アンタねぇ……」

「……そもそもオレは指揮権をお前さんに押しつけられたようなものなんだが」

「うぐっ、ご、ごめんなさい……」

「気にするな……とは言わないでおこう。ちゃんと反省してくれ。

 さて、話を戻そう。

 オレとしては適当に反抗した時点で仕事終了だと思ってたんだが……あろう事かあの副代表。オレを蹴っ飛ばしやがった。敵の近くに」

「……えっ、アレって計算ずくの事だったの!? 適当に蹴っ飛ばしたとかじゃなくて!?」

「多分な。少なくともオレは確信したよ。コイツ、オレの事をこき使う気だ……と」

 

 あの時はいきなり蹴られてガードするのが精一杯で自分で飛ぶ方向を調節したりとかはできなかった。

 あのヒト、オレの反射神経とかを読んだ上で最適な速度と角度で蹴ってたよ。多分。

 

「しょうがないから仲間割れのフリしてさり気なく召喚獣を呼び出し、副代表が『オレの右手から攻める』って露骨に伝えてくれたんで2人居たBクラス生徒のうちの反対側を倒して終了だ。

 ……振り返ってみるとヒデぇ綱渡りだな。完全アドリブで合わせてきやがったあの副代表は一体何モンなんだよ」

「えっと……ちょっと何か理解できない所もあったけど……要するに、アンタはウチを助けようとしてくれたのよね?」

「……まぁ、そうなるか」

「そっか。それだけ分かれば十分よ。ありがとね」

「……確かにシンプルな話だったな。どういたしまして」

 

 オレが島田さんを助けたのは戦力として利用したいからという理由が強いんだが……まぁ、わざわざ言うことはないか。

 

 

キーンコーンカーンコーン……

 

 

 そうこうしているうちに午後4時を告げるチャイムが鳴った。今日はもう停戦だったな。

 

「さて、帰るか」

「あ、ちょっと待って!

 そう言えば、アンタの名前、まだ聞いてなかった。せっかくだから教えてよ」

「そう言えばそうだったな。

 オレの名は宮霧(みやぎり)伊織(いおり)だ。忘れるなよ」

「イオリ? 何か女子っぽい名前ね」

「まぁ……そうだな。歴史的には一応男性名らしいけどな」

「へ~。それじゃ、宜しくね、伊織」

「……ああ」

 

 島田さんの脳内では上の名前ではなく下の名前が定着したようだ。

 まぁ、別にいいか。どうでも。

 

 

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン……

 

 前線で指揮を取っていた僕の耳にチャイムの音が鳴り響いた。

 

「停戦時刻のようだな。諸君、お疲れさま」

 

 現在の戦況はBクラスを教室に押し込む一歩手前といった所か。

 翌日にはこの状態で再開される予定になっている。

 生徒たちの大まかな位置情報が学園のシステムに保存されるのを待ってから撤収する。

 

「雄二、戻ったぞ」

「お疲れさん。首尾は?」

「上々だ。ところで、Bクラスと結んだ協定についてなんだが、条文の控えはあるか?

 一応確認しておきたい」

「ああ。コレだ」

 

 どれどれ?

 

 

20XX/04/XX
  

B、Fクラスクラス間協定

 

・Bクラス、Fクラス間の試験召喚戦争が本日午後4時までに決着が着かなかった場合、翌日午前9時まで停戦とする。

・両クラスは停戦期間中は試験召喚戦争に関する行為を一切禁止する。

 

立会い教師  長谷川  印
 

Bクラス代表 根本恭二 印
 

Fクラス代表 坂本雄二 印

 

 

 実にシンプルな条文だ。

 気になる所はいくつか……いや、いくつもあるが、まぁ大した問題にはならんだろう。

 

「しかしまぁ……『戦闘禁止』ではないんだな。

 戦闘行為に関しては教師の承認が必要だから破るのが難しいし、補充試験も同様だ。

 だが、クラス間で協定を結ぶ行為は簡単に破れるぞ?」

「……確かにそうだな。まぁ、気にすることはないだろ」

「だな」

 

 相手は卑怯者と名高い根本だ。

 だが、自由度が高いようで割と低い試召戦争で打てる手など限られている。

 試召戦争の勝利条件はあくまでも『代表の撃破』だ。戦闘以外で代表を仕留める方法が皆無というわけではないが……まぁ、まず無い以上は雄二を避けて通るのは不可能だ。

 そうだな、例えば……

 

「…………雄二」

「お、ムッツリーニか。どうした?」

「…………Cクラスの動きが怪しい」

「なるほどな、漁夫の利を狙おうとしていると」

「…………(コクリ)」

 

 この時、FクラスがBクラスと結んでいるのが普通の停戦協定だったなら問題は無い。

 Cクラスに乗り込んで交渉しに行くだけだ。成功するかはまた別の話だが。

 だが、『試験召喚戦争に関する行為を一切禁止する』っていう状態でそんな動きをしている……怪しいなぁ。

 

「おい康太、一つ質問だ。

 その動き、無駄に派手じゃなかったか?」

「…………確かに。かなり露骨だった」

「だそうだ雄二。次に取るべき手は分かってるな?」

「当然だ」

 

 嵌める方法が限られている以上、それを予想して嵌め返す事もそう難しい事ではない。

 敵の代表さんに策を凝らすという事の弱点を教えてやるとしよう。







「とうとう伝令の人の名前が出てきたぞ」

「『宮霧(みやぎり)伊織(いおり)』ね。完全なオリジナルキャラクターね」

「天星の作品における命名規則では『天や空』の文字、それから転じて『虚空』、更に転じて『(ゼロ)』などがつけられるのが通例だ」

「空凪、御空。あと、私の『零』と……『凪』なんかも規則通りね」

「ああ。だが、この伊織は完全に無視されている。
 これはアレだ。命名規則に則った連中がある種の『超人』であるのに対して伊織は『普通の人間』だからだ」

「自分で超人って……いや、確かにそうだけど」

「宮霧伊織は一応は『凡人』として設計されている。
 あんまり頭がキレ過ぎると雄二と被るし、アホだと明久と被るからな。塩梅が難しいようだ。工藤と同じく常識人枠に……なってくれるといいな。
 ただ……うちの駄作者は明言されてない場所を悪用してインフレさせる悪癖があるからな。
 何か後でとんでもない特徴や属性が付与される可能性がある事を述べておこう」

「うわぁー、たのしみだなぁー」

「まぁ、5教科に関してはFクラス副代表レベルだと明言しておこう。急成長はあってもAクラスレベルになることは多分無い。
 多分な!」

「……多分、ねぇ。
 そう言えば、伊織って珍しい名前よね。微妙に女子っぽいし」

「そうだな。念のため明言しておくが、こいつは男子だ。
 本人が本文中に言っていた通り、歴史的には男子名だしな」

「何でその名前にしたんだろう?」

「何となく思いついたらしい。
 補足だが、筆者はもし自分に子供ができたとしたらこの名前だけは絶対に付けないなと思ったそうだ」

「……何でそんな名前を宮霧くんに付けたのかとツッコむべきか、そもそも何で付けないのかと質問するべきか……」

「どっちもいっぺんに答えられる。
 画数が多くて書きにくそうだからだ!!」

「……ああ、なるほど。確かに」



「対Bクラス戦法はリメイク前と変えてるのね」

「ああ。当時の没案だな。
 リメイク版では僕が最初から自重を捨てたキャラになってるんでその影響だな。
 今の僕なら多分コッチの戦法を使うだろう、と。
 具体的な内容については明日まで自由に想像してほしい」

「そう言えば、キミのキャラもリメイク前と結構変わってるのよね」

「あくまでも自重を捨てただけなんだけどな。
 あと、謎の情報網とかも削除されてる。
 人名もロクに覚えないキャラになってるしな」

「いや、自分の事でしょうに……
 でも、確かにリメイク前だとやたらと情報が早かったわね」

「多分、リメイク前の更に前の前、所謂『初稿』における設定の名残りだろうな。
 あんときはオリキャラの副代表が各クラスに居て、お互いに幼馴染みの設定だった。
 だからやたらと情報が早かったんだろう」

「……ヒドい状況になりそうね。色んな意味で」

「筆者も書ききれなくなって破棄してたからな。
 その後、僕以外のオリキャラを一旦抹消し、出落ちの為に光を復活させ、物語の都合の為に貴様を復活……いや、再構築したわけだな」

「再構築……そうねぇ」

「……ああ、再構築だ。決して復活ではない」


「……それじゃ、次回もお楽しみに!」


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18 停戦と終結と

 僕達はCクラスへと歩みを進める。

 目的は勿論、Cクラスとの不可侵条約を結ぶ為だ。

 タダで結んでくれるとは思えないが……まぁ、何かしらの対価を差し出せばどうとでもなるだろう。

 例えば、Dクラスとの不可侵条約も付いてくる……とかな。

 CクラスがB教室を狙っているのなら、その直後にDクラスに攻め込まれてもおかしくは無い。

 試召戦争を連続でやるとか、結構疲れるからな。可能ならやりたくはないだろう。

 

 ……ここまでが建前だ。ぶっちゃけ不可侵条約を結ぶ気も無いしそもそも成功するわけが無いという確信がある。

 だがそれでも行く理由は……進めながらのんびり解説するとしよう。

 

 

 Cクラスの教室に辿り着いた。扉を蹴破ってやろうかと思ったが、その前に雄二が普通に扉を開けた。チッ。

 

「Fクラス代表の坂本だ。Cクラスの代表は居るか!」

 

 こんな時間だというのにやたらと人が残っている教室から1人の女子が歩み出てきた。

 

「私が代表の小山(こやま)だけど、何か用かしら?」

「ああ。Fクラスの代表としてクラス間交渉に来た。時間はあるか?」

「クラス間交渉? ふぅん……?」

 

 小山とやらは何か企んでいるようないやらしい笑みを浮かべている。

 ああ良かった。これで本当に何の企みも無かったら僕達がバッシングを受けるハメになってたからな。

 

「ああ。不可侵条約だ。

 今ならオマケでDクラスも……」

「不可侵条約ねぇ……どうしようかしら、根本クン?」

 

 小山が人ごみの方に振り返り、Bクラス代表である根本の名を呼ぶ。すると、堂々と出てきた。

 それに続いて十数人ほど生徒が現れる。恐らくはBクラスの生徒だろう。

 

「当然却下さ。だって、必要無いだろう?」

「なっ、根本くん!? どうしてここに!?」

 

 一緒に連れてきた明久がそれに反応した。

 こいつにはネタばらしはしてなかったから完全に素の反応だな。ありがたい。

 

「酷いじゃあないか。Fクラスの皆さん。確か協定では試召戦争に関わる一切の行為を禁止したはずだよなぁ?」

「んなっ!? ちょっと待ってよ!! これはあくまでもFクラスとCクラスの……」

「無駄だ明久。あの条文のどこを探しても『FクラスとBクラスのやりとり』に対する制限だとはどこにも書いていない。

 確かに根本の言う通りに立派な条約違反だ」

「剣っ!? そんなっ!!」

 

 そして、そんな事は百も承知で僕達はここに立っている。

 

「そっちの眼帯は物分かりが良いじゃないか。

 それじゃ、条約を破ったのはそっちが先だからな。まさか文句なんて言わないだろうな?

 先生! 召喚許可を!!」

「承認します!」

『それじゃあ、Fクラスの代表に勝負を……』

「まぁ焦るな。副代表の空凪剣が全員まとめて相手をしてやろう。試獣召喚(サモン)

 

 ちょっと話は変わるが、試召戦争には3秒ルールというものが存在する。

 勝負を挑まれた者が召喚を行わなかった場合で、なおかつ誰も代わりの者が受けなかった場合、3秒ほどで召喚獣が勝手に召喚される。

 これはアレだな。ひたすら黙ってる事で戦死を回避するとかいう姑息な手段を防ぐ為と、あとは不意打ちを仕掛けた時に考える時間を与えずよりリアルな戦闘にする為だろう。

 

 そういうわけで、放っといたら雄二の召喚獣が勝手に召喚されてヤバくなるので、時間稼ぎの為に僕が受けておいた。

 ……で、済まない。コレ自体は重要じゃないんだ。僕がわざわざ勝負を受けた事に対する説明だ。

 

 重要なのは……代表を倒すには召喚獣による勝負がほぼ必須である事。

 そして、戦闘が既に始まっている事。

 最後に……こうやって戦闘になる事は既に読めていた、という事だ。

 

「よしお前ら、どうやら根本は条約無視の報復に戦闘を選んだらしい。

 全軍、突撃だ!!」

 

 雄二の号令によりCクラスの外で待機していた30名近いFクラス生が一斉になだれ込んだ。

 今回の出撃時には既に何名か下校してしまっていたが……このくらいなら残っていてくれた。

 

「な、何だと!? どういう事だ!?」

「どういう事も何も、Bクラスの連中がここに居るのは分かり切っていた。

 だから倒せるように戦力を用意した。それだけだ」

「バカなっ! 条約違反が読めていたなら何故ノコノコとやってきた!?」

「そりゃ勿論、条約を破る為だ」

 

 前回も述べたが、『戦闘禁止』『補充試験禁止』とかの条約ならそもそも破れない。先生から止められるからな。

 だからこそ、今回の条約も破った時のペナルティは特に設けなかったんだろう。

 だが、今回は……簡単に破る事ができた。

 しつこいようだが、代表を倒すには召喚獣による勝負がほぼ必須だ。条約破棄のペナルティがBクラスからの不意打ちになる事は分かりきっていた事だ。

 この戦場に、代表の根本が居てくれれば万々歳。そうでなくても弁の立つ有能な奴を落とせれば十分だ。

 

「さすがのBクラス代表サマもこの人数を相手するのは流石に無理だろう?

 Fクラス代表として、お前に引導を渡してやるよ」

「チクショォォォォォォオオオ!!!!」

 

 

 

 

 ……こうして、Fクラス対Bクラス戦はFクラスの勝利で幕を閉じた。







「原作には敵前逃亡のルールがあるが……敵前での睨み合いはどうなるのかちょっと謎だったんで3秒ルールなるものを追加してみた」

「原作では『召喚獣を呼ばなかったら敵前逃亡と見なし戦死』ってなってるみたいね」

「だからといって、ちょっとボーッとしてただけで即死ってのは理不尽過ぎるだろう。
 だから、明確にフィールドから逃げ出した場合は即戦死、そうじゃない場合は自動召喚としてみた。
 このルールの一番の利点は『不意打ち』を実行できる事だ。
 いちいち相手が呼ぶのを待ってたら、考える時間を与えたら不意打ちにならないからな」

「確かに、そうねぇ」

「よし、んじゃ次。
 原作でもあったFクラスとBクラスの協定だが、結構妙な所も多い。
 協定違反をした所で特にペナルティも無く、いきなり襲撃されただけだ。
 だからこそリメイク前では『協定違反した場合は即敗北』みたいな条文を追加したりしたわけだな」

「人数が少ない時にいきなり襲撃されたらそれはそれで詰みに近いけどね」

「だったら完全に詰ませるべきだったな。さり気なく扉を塞ぐくらいできただろうに。
 ……まぁ、いい。今回のリメイク版ではそもそもペナルティが無かった理由にも触れつつ堂々と条約違反をしてみたわけだ。
 条約の事を無視すれば、完全に孤立した敵代表とその他十数名が立て篭もっているだけの教室なんて襲撃しないわけが無いからな」

「しかしまぁ、うちの代表は完全に墓穴を掘ってるわね。
 いや、キミ達のカウンターが完全に決まったと言うべきかしら?」

「戦闘行為を解禁したのは根本の判断だからなぁ……
 外のFクラスに気付ければ安全に撤退できていただろうに。
 策士策に溺れるとはこの事だな」

「全くねぇ。
 ……ところで、うちの代表が倒されたって事は……私の出番よね?」

「ああ。次回は存分に活躍してくれ。Bクラス副代表」

「ええ勿論! それじゃ、次回もお楽しみに!」


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19 もう一人の副代表

 数の暴力によりBクラス代表の根本を撃破した。

 

「こんなっ、こんなバカなっ!!」

「嘆くのは勝手だが戦後対談が終わってからにしてくれ。とりあえず移動するぞ」

「くそ、俺に近寄るな! この、ゴフッ」

 

 何かうるさいので鳩尾に一発ブチ込んで気絶させた。

 

「よし明久と……そこのお前、名前何だっけ?

 この負け犬をFクラスまで運んでくれ」

「りょーかい」「へいへい」

 

 これでBクラスは全員退場した。

 残っているのは侵入者である僕達Fクラスと、この教室の主であるCクラスの連中だけだ。

 その状況で口火を切ったのは雄二だった。

 

「さて、小山だったな?

 先ほどは中断されてしまったが、Fクラスと不可侵条約を結ぶ気はあるか?」

「あるわけが無いでしょう。Fクラスを倒せばBクラスの教室が手に入るってのに。

 それに、アレでも一応同盟相手だから。黙って見過ごすわけにはいかないわ。

 補充期間があるから今すぐ宣戦布告ってわけにもいかないけど……終わったら覚悟する事ね」

「そうか……残念だ。

 じゃあまた戦場で会おう。

 よしお前たち、撤収するぞ」

 

 雄二の号令で全員が帰還する。

 Cクラスとの戦闘は予定に無いはずだが、どうする気だろうか?

 今回のBクラス戦では奇跡的にスムーズに勝てたが、次もそうなるとは到底思えない。

 Bクラスよりは下とはいえCクラスはFクラスから見て格上のクラスだからな。まともにぶつかれば敗戦は必至だ。

 ……まぁ、僕が気にする事ではないな。今はBクラスとの戦後対談に集中するとしよう。

 

 

 

 

 

 で、Fクラスまで戻ってきた。

 

「おい起きろ根本」

「ガハッ! ハッ、ここは……」

「よう根本、起きたか。ようこそ俺たちのFクラス教室に」

「ここがFクラスだと!? 噂以上に酷い……」

 

 噂というものは誇張されるものだと思っていたのだが……意外とそうでもないようだ。

 誇張すらできないほど酷い環境という説が無きにしも非ずだが。

 

「んじゃ、戦後対談といこう。負け組代表さん?」

「くっ、あ、あんなのは無効だ!! 停戦期間中に戦闘だなんてバカげている!!」

「いや、戦闘を解禁したのは貴様の方からだったと記憶しているが」

「だ、黙れっ! とにかく俺はこんな結果は認めないっ! 何か……何か手が……」

 

「黙りなさいっ!」

 

 開け放たれた扉から、聞き覚えの無い鋭い声が響いた。

 そこから堂々と入ってきたのは見覚えの無い女子だ。

 

「初めまして、Fクラスの皆さん。

 私、Bクラス副代表の御空(みそら)(れい)と申します。

 うちの代表が五月蝿くて大変申し訳御座いません」

 

 何かやたら丁寧な奴が入ってきた。

 色々と姑息な手を使っていたBクラスにもまともな奴は居るようだな。

 

「み、御空! お前からも何か言ってやってくれ!!」

「黙りなさいと言ったはずよ? あなたの戦死は教師によって告げられ、もう確定している。

 今更これを覆すのはどう足掻いても不可能よ」

「ぐぬっ……」

 

 この副代表、なかなかやるな。

 あのうるさかった根本を黙らせたぞ。

 

「……さて、Fクラス代表さん、条件は何でしょうか?」

「条件だと?」

「はい。FクラスがDクラスを落としたにも関わらず教室を交換しなかった事は既に存じ上げています。

 恐らくは何かしらの密約でも交わしたのでしょう。

 そして、そこまで手の込んだ事をする人がBクラスの教室で満足するとは到底思えません。

 Aクラスに挑む為に、私たちに何をして欲しいのですか?」

 

 ……この副代表、マジで有能だな。

 戦争中は一体何をやってたんだ、コイツは。

 

「話が早くて助かる。

 それじゃ明日、Aクラスまで行って戦争の準備が整っていると伝えてきてくれ。

 あ、宣戦布告はするなよ? そこまで言ったら本当に戦争になるからな」

「それだけで良いんですか?」

「ああ。今言った事をコレを着た根本がやってくれたら教室の入れ替えは免除するとしよう」

 

 雄二がどこからか取り出したのは文月学園の女子制服だった。

 おい雄二、それは一体どこから調達してきたんだ? 僕や秀吉なら家族が持っているから盗み出すのは難しくは無いが、当然僕は協力してないし秀吉が協力したとも思えない。

 と言うか、一体何の意味が……

 

「ふ、ふざけるな!! そんな事ができる訳が……」

『それは乗らない手は無いな!!』

『Bクラス全員で実行させよう!!』

『よっし、皆を呼んでくるぜ!!』

「決まりみたいね」

「な、何だと!?」

 

 肯定的な反応を返したのは御空と共にやってきたBクラスの連中だ。

 根本くん、君は新年度に入ってから僅か3日間で何をやらかしたんだい?

 いや、去年からの悪評もあるだろうけど。

 

「しかし雄二、何故わざわざ女装を?」

「まぁ理由はいくつかあるが……一番の理由はAクラスの連中に汚物を見せる事で士気を削ぐ事だ」

「「なるほど、それは盲点だった(わ)」」

「御空まで同意するんじゃない!!

 ちょ、ちょっと待て、正気か!? くっ、寄るなこの変たゴハッ」

 

 ……こうして、Bクラスとの戦後対談も無事に終了した。

 約1名ほど納得していない生徒が居た気がしないでもないが……まぁ、気のせいだろう。

 

「……ところで、宣戦布告もどきをしてほしいと雄二が指定した日時は明日なんだが。

 今女装しても意味が無いんじゃないか?」

「……ま、まあ予行演習みたいなものよ。

 決して皆がノリノリだから止めるのが遅れたとか、そんなんじゃないんだからねっ!

 勘違いしないでよねっ!」

「面白い奴だな、お前。

 さっきまであんな堅っ苦しい口調だったのに」

「そりゃ、クラスの皆の今後がかかってる交渉に軽い口調で望むわけにはいかないでしょ。

 私は公私はキッチリ分けるタイプなの」

「ほ~。なるほどな。軽い口調がお前さんの素ってわけか」

「そゆこと。

 それじゃ、また明日ね」

 

 そう告げて御空は帰って行った。

 

 ……何故だろうな。奴とは長い付き合いになるだろう。

 ふと、そんな気がした。







「祝! 私登場っ!!」

「御空零の初登場だな。
 ……後書きで散々出ているとかつっこんではいけない」

「こんなフザケた後書きと本編とじゃ重みが全然違うからね!」

「……さて、リメイク前では語られなかった外見の情報でもまとめておくか」

「そう言えば、私すら語られてなかったわね……殆ど」

「うちの駄作者が外見をいかに軽視してるかがよく分かるな。
 え~っと、再定義した情報によれば、身長は高くもなく低くもない。体重は知らん。
 血液型は以前言ったようにAB型、Rh-。
 髪型は肩にかかるかかからないかくらいのセミロング、髪色は薄い水色のイメージらしい」

「へ~、私本人ですら初耳だよ」

「あと、胸はDカップ」

「ちょっとぉっ!? リメイク前では無駄にボカしてたのに! 何でドストレートに言っちゃってるの!?」

「筆者曰く、霧島が自称Cカップで、玲さんが自称Eカップ。
 何か歯抜けなのも収まりが悪いんでじゃあ零さんでいいやとなったらしい」

「私ですら知らない製作秘話が……って言うかセクハラだよねこれ……」

「ハッ、その程度の事を気にするような器のちっぽけな奴じゃないだろう?」

「いや、気にはするからね? 無駄に怒らないだけで気にはするからね?」

「……それじゃ、締めるとしようか」

「はぁ、はいはい。
 では、次回もお楽しみに!」


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20 偽装

  ……翌日 朝……

 

「……これで、お願いします」

 

 いつものように早朝に補充試験を行う。

 今日は補充期間で戦争はできないからAクラスとの決戦は明日になる予定だ。

 万全の状態で挑む事を考えると、今の補充試験が実質最後の補充になるか。

 

「問題なさそうだな?」

「ああ雄二。完璧に問題ない。

 まぁ、欲を言えば完全に補充し終えた状態で挑みたかったが……まぁ、その為だけに何日も待つのは非効率だからな」

「そうだな……まぁ、何とかなるだろう。と言うか何とかしてくれ」

「ああ。善処する」

「微妙に不安になる返答だな」

「……で、雄二。Cクラスはどうするんだ?

 このままだと攻め込まれそうだが」

「安心しろ。対策はちゃんと考えてある。

 秀吉が来たら説明し……」

「ワシがどうかしたのかのぅ?」

 

 何故か都合の良いタイミングで秀吉がやってきた。

 話が早くて助かるな。

 

「秀吉、早いな」

「部活の朝練があるから毎日この時間には学校に来ておる。

 今日はちょっと早く切り上げてきただけじゃ」

「そういうもんか」

「そういうお主らこそ早いのぅ。確かお主らは帰宅部じゃろう?」

「ああ。帰宅部だ。

 帰宅の速さを競ってコンマ1秒台に一喜一憂する部活、そう、帰宅部だ」

「堂々と嘘を言うでない!」

 

「おいお前たち、話が進まないから一旦落ち着いてくれ」

「う~む、そうじゃな」

「チッ、サーセン」

「……我慢、我慢だ俺っ!

 ……コホン。それじゃ、対Cクラスの作戦を発表する」

「わ~、パチパチ~」

「そこうるさい。

 ではまず、秀吉にはコレを着てもらう」

「お主、どこからそんなものを……」

 

 雄二がどこからか取り出したのは文月学園の女子制服(2着目)だ。

 雄二の奴、女子制服をそんなに持ってるなんて……心が病んでしまっているのだろうか?

 

「……まぁ、出所は問わんでおこう。

 ワシが着るのは別に構わぬが、何をする気じゃ?」

「いや、そこは構っとけよ。男だろお前」

「女装も演劇部ではたまにやるからのぅ」

 

 演劇部ってそういう部活だっただろうか?

 いや、秀吉が秀吉なだけか。

 

「秀吉にはコレを着て、Cクラスを挑発してもらう。

 双子の姉の木下優子としてな」

「なるほど。大体理解したのじゃ。

 宣戦布告はしてはならぬのじゃな?」

「その通りだ。よく分かってるじゃないか」

 

 もし秀吉が宣戦布告したらどういう扱いになるんだ?

 『AクラスがCクラスに戦争を仕掛けます』という文言であれば……他クラスが勝手に言っただけだから無効。

 主語を省略して『Cクラスに戦争を以下略』であれば……Fクラスは現在補充期間中だからやっぱり無効。

 目的としてはCクラスはどこかと戦争して、敗北してもらう事だ。

 戦争で負けたクラスは宣戦布告の権利が3ヶ月ほど剥奪される。負けた時に即奪い返そうとして泥沼になる事への対策だな。

 だから、宣戦布告をCクラスからAクラスにしてもらうのが目標となる。

 

「しかし、そう都合良く行くのか?

 冷静に考えれば勝ち目の薄い戦いを挑ませるなんてかなり厳しいと思うんだが」

「そこは秀吉の手腕にお任せだ。

 お前ならやれるだろう?」

「責任重大じゃな……最善を尽くそう」

「ああ、頼んだぞ。だが、気負い過ぎるな。

 失敗したら失敗したでまた別の手を考える」

 

 今から考えるのか。果たして間に合うんだろうか?

 ……まぁ、言わないでおこう。秀吉に不安を与えたくないし。

 

「……Cクラスに対しても、Bクラスに対しても行動を起こすまでまだ時間があるか。

 お前たち、茶でも飲むか?」

「茶だと? わざわざパシらせてまで飲みたくはないぞ?」

「安心しろ。ここをこうして……セイッ!」

 

 卓袱台をちょっとズラして、畳を勢いよく踏み抜く。

 すると忍者屋敷のように畳がくるりと跳ね上がり、中からポットと茶葉が出てきた。

 

「……お前、いつの間にこんな物を?」

「そんな細かい事はどうでもいいだろう」

「勝手に床下を改造して怒られぬのじゃろうか?」

「この程度で怒るくらいならまずFクラスの環境に対して僕達が怒るべきだな」

「いや、コレの場合は『健康被害』みたいな分かりにくい被害と違って分かりやすく怪我しそうな仕掛けなんだが……」

「卓袱台を動かさない限りはほぼ開かないようになっている。だから問題ない。多分」

「……まぁ、いいか。それじゃあお茶を貰おう」

「ああ。緑茶と紅茶、どっちがいい?」

「選べるのかよ。無駄に凝ってるな……」

 

 そんな感じでしばらく時は過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 そしてしばらくして、雄二が腰を上げた。

 

「よし、じゃあそろそろ動くか。

 秀吉と剣は俺と一緒にCクラスだ。

 Bクラスの方は……明久と康太、頼んだ」

「えっ、僕とムッツリーニだけで大丈夫かなぁ……」

「向こうのBクラス副代表には全部しっかりと伝えてあるから問題ない」

 

 やるべき事は雄二が既に指示してあるから問題ない。

 あの副代表ならなおさらだろう。

 

「坂本ー、ウチらは?」

「待機だ。戦争をおっぱじめるわけじゃないからな。人手は要らん。

 消耗した科目があるなら適当に補充しておいてくれ」

「りょーかい。何するか知らないけど、頼んだわよ」

 

 それじゃ、始めるとしようか。

 

 

 

 

 

  ……Cクラス前……

 

「じゃ、頼んだぞ秀吉」

「うむ」

 

 女装して髪型も微妙に変えた秀吉がCクラスの扉を開け放ち、そして堂々と怒鳴りつけた。

 

『静かにしなさいこの薄汚い豚ども!!』

 

 ……おい秀吉、これは演技なんだよな?

 木下優子は優等生を演じる猫かぶりだが、その本性はここまで酷くはないはずだぞ?

 

『な、何よアンタ!』

『口を開かないで! 豚臭い!!』

 

 確かに非常に強力な挑発だが……ここまで強すぎると逆に本物か疑われ……

 

『あ、アンタ、Aクラスの木下優子ね!? ちょっと点数が良いからって調子に乗ってるんじゃないわよ!!』

 

 ……疑われることなくアッサリと騙されてくれた。チョロい。

 

「なぁ雄二」

「ん?」

「Cクラス代表ってこんなチョロかったのか」

「……らしいな」

 

『私はね、こんな醜くて薄汚いあなた達が同じ校内に居るってだけで我慢ならないの!

 あなた達なんて豚小屋で十分だわ!!』

『何ですって!? 言うに事欠いて、私たちにはFクラスがお似合いですって!?』

 

 おい小山、Fクラスは豚小屋ではないぞ? 流石に豚小屋よりはマシ……あれ? マシだよな?

 

『手が穢れてしまうから本当は嫌だけど、この私が直々にあなた達に相応しい教室に送ってあげるわ。感謝しなさい。

 丁度試召戦争の準備もしてるみたいだし、近いうちに始末してあげるわ!』

 

 そして再び扉が開かれて秀吉が帰ってきた。

 

「ふぅ……こんなもんかのぅ」

 

『Fクラスなんかにかまってなんていられないわ!! Aクラス戦の準備を始めるわよ!!!』

 

「……大成功のようだ。お疲れさん」

「そんじゃ、バレないうちに撤収するぞ」







「お、おかしい。私の出番がカットされている」

「ん? ああ、そうだな。リメイク前だと僕がお前の所に寄ってたからな。
 今回は明久と康太が代わりに行っている」

「って事は、次回は吉井くん視点で私の出番になるわね!!」

「どうかなぁ……やることも根本を女装させてAクラスに喧嘩売るだけだろ?
 カットだな」

「そ、そんなっ!! そうなるともう私の出番無いじゃん!!」

「まぁ……そうだな。我慢しろ」

「空凪くんのバカヤロー!」

「文句なら駄作者に言ってくれ」

「……はぁ、
 それじゃ、次回もお楽しみに!」


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21 決戦への交渉

 Cクラスを挑発した後、起こった事を時系列順に簡潔にまとめよう。

 

・Bクラスの根本に女装させてからAクラスに喧嘩を売る。

・CクラスがAクラスに宣戦布告。開戦は午後から。

・その日のうちにCクラスがアッサリと敗北。

・下校時刻になる。Fクラスの補充期間終了。

・翌日朝、Aクラスが補充期間に突入。

・その日の放課後、Aクラスの補充期間が終了。

・更に翌日の朝、今に至る。

 

 こんな感じだな。まぁ要するにFクラスもAクラスも補充期間が終わってお互いに戦争が仕掛けられる状態という事だ。

 というわけで、早速Aクラスに宣戦布告だ。

 ただ、今回は条件を付ける必要があるのでいつも通りに投げつけて終わりというわけにはいかない。こちらにとって好条件をどれだけ押し通せるかが勝敗の分かれ目となるだろう。主要メンバーを連れて万全の状態で挑む。

 

「一騎打ち?」

「ああ、一騎打ちだ」

 

 こちら側の代表は雄二に対して、Aクラス側の対応者はうちの姉のようだ。

 基本的には雄二にお任せだが、必要そうな時は僕も口出しするとしよう。

 

「何でまた一騎打ちなんて提案するの?

 うちの代表が負けるとは思えないんだけど?」

「そう難しい事じゃない。だって、お互い全戦力で戦争するなんて面倒なだけだろ?」

「一理あるわね。

 ……でも、普通の戦争をやった方がAクラスとしては安定して勝利できる。地力の差が違うから」

「逆に、不意打ち等の搦め手も使いやすい。極端な例だが、俺たち50人がそっちの代表を袋叩きにするのであれば流石に勝てるぞ?」

「それは極論過ぎるけど……まぁ言いたい事は分かった」

「それじゃ、受けてくれるのか?」

「……ここでゴネたらどうせBクラスが攻めてくるとか言うんでしょ? あの女装した変態が」

「……さぁ、何の事だろうな?」

「はいはい。でも、流石に一騎打ちっていうのは却下よ。条件次第ではどうやっても負けるから」

「じゃあどうする気だ?」

「そうねぇ……3対3……だと少なすぎるか。

 5対5が妥当かしら?

 一騎打ちを5回やって、勝ち数が多い方が勝ちよ」

「…………まぁ、いいだろう」

「良かった。交渉成り……」

「その代わり、各一騎打ちの科目の選択権を俺たちにくれ」

「っ……それは流石に飲めないわ。最低でも2つ貰う」

「半分か。妥当だな。俺たちも2つだとすると、あと1つはどうする気だ? 当然、こっちは3つ欲しいが……そっちも同じだろう?」

「う~ん…………」

 

 光が唸っていると、相手の代表である霧島がやってきた。

 

「……譲っても良い」

「代表!?」

「でも、条件がある」

「何だ? 言ってみろ」

「……負けたクラスは、勝ったクラスの言う事を1つ、なんでも聞く」

「…………まぁいいだろう。それで選択権が得られるならな」

「ちょ、ちょっと雄二! 大丈夫なの!? もし負けちゃったら姫路さんが……」

「え? 私がどうかしましたか?」

 

 何か明久が騒ぎ出した。何の話だろうか?

 ……そう言えば、Aクラス代表の霧島は百合だという噂があったっけか。事実無根だが。

 放っておいても別に構わないが……そうだ、ちょっと提案してみよう。

 

「霧島、こちらから提案させてくれ。

 その命令権、クラス単位じゃなくて個人単位にしてみないか?

 そうすれば権利の持ち主が分かりやすいからより自由に使えるし、敗北はあくまでも自己責任になる」

 

 つまりは5個の命令権を賭けて戦うわけだな。

 クラスが勝っても個人で勝てなければ意味が無い。負けたとしてもその相手からしか命令されない。

 実にシンプルだ。

 

「…………」

「不満そうな顔だな。じゃあこれも追加だ。お互いの代表は大将らしく最後の戦いで一騎打ち。

 ついでに、途中でどちらかの3勝が確定しても中断せずに続行。どうだ?」

「……分かった。それでいい」

 

 これで霧島が使う(かもしれない)命令権は雄二に対してだけのものとなった。

 つまり、姫路に対して命令する事は不可能になったわけだが……

 

「え、えっと……あれ? どゆこと?」

 

 明久は未だにルールを良く飲み込めていないようだ。まあいいか。放っとこう。

 

「さて、これで交渉成立だな? あと何か話しておく事はあるか?」

「じゃあまた僕から。科目の選択権だが、使用のタイミングを予め決めておきたい。

 勝負開始前にお互いに温存しようとしたり、逆にお互いに使おうとしたら面倒くさいからな」

「それもそうね。奇数がそっち、偶数が私たちで大丈夫?」

「ああ。丁度そう提案しようと思ってた」

「他にも詰められそうな所はあるけど……ガチガチにしても面倒だからこんなものかしらね」

「そうだな。それじゃ開戦は……」

「1時間後。それで十分でしょ?」

「十分だな。な、雄二?」

「ああ。十分だ。それじゃ、1時間後にまた会おう」

 

 こうして宣戦布告は完了した。

 どうにか過半数をもぎ取れたか。きっと何とかなるだろう。







「今回は少々短いか?」

「流れとしてはリメイク前とほぼ同じね。
 ついでに原作ともほぼ同じ。
 『命令権が5コ』っていうのは原作との違いね」

「科目選択権の順番に関しては今回が初だな。
 そんなものをわざわざ追加した理由は……本編で述べた通りだ」

「……島田さんをアンチする創作物だと『勝手に数学を宣言して無様に負ける』なんていう展開がよくあるけど、よく考えるとアレって島田さんだけの問題じゃないわよね。
 出場者が勝手に宣言できるルール自体にも問題があるわ」

「その場合は島田の暴走で片付く話だが、お互いに暴走してたりしたら収集が付かんからなぁ……
 まぁ、そんなわけでこういうルールにした。
 本当に細かい事を言うとこれでも甘いんだけどな」

「ザッと考えられるのは……
 ・相手の出場者を見て後出しする事は可能か?
 ・相手の科目決定を待って後出しする事は可能か?
 ・後出し出場者、又は科目に対して更に後出しするのは可能か?
 ……キリが無いわね」

「そんな感じで考えていくとキリが無いんで明言しないでおこう。本当に厳密にすると遊戯王みたいに複雑怪奇な事になりそうだし。
 常識の範囲で対応してもらい、よっぽどの場合は再び話し合いになりそうだ」


「では、次回もお楽しみに!」


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22 その手に剣を

 というわけで1時間が経過し、開戦だ。

 場所はAクラスの教室。広いからな。

 

「それではこれより、Aクラス対Fクラスの試召戦争を始めます!」

 

 司会はAクラス担任であり学年主任でもある高橋先生。

 彼女はあらゆる科目のフィールドを作成できるからな。今回の5対5の一騎打ちのルールでは必須と言える存在だろう。

 

「これより第1回戦を始めます。科目選択権はFクラスにあります。

 互いの代表者は前に出てきてください!」

「それじゃ、アタシから」

 

 Aクラスから歩み出てきたのは木下姉だ。

 理系文系問わず安定した点数を取っていたはずだ。科目選択権が無い以上、妥当な判断だな。

 で、対するこっちは……

 

「剣、行けるか?」

「選択権を使ってしまって構わないのか?」

「ああ。お前ならランダムでも運が良ければ勝てるが……運が悪けりゃ負けるって事だ。

 確実に勝ってクラスを勢いづけてくれ」

「……いいだろう」

 

 確かに雄二の言う通りだな。確実に勝てるならそちらの方が当然良い。

 残りの選択権は康太と雄二が使うのか? 他の奴に使ってもらう仕込みも一応していおいたんだが……無駄になったか。

 

「じゃ、僕が出ます。

 選択科目は……」

「ちょっと待って。勝負を始める前に……秀吉出してくれない?」

「ん? 別に構わんぞ。秀吉~」

 

 秀吉は今回戦う5名の中には入っていない。

 が、FクラスもAクラスも全員が観戦しているので当然その辺に居る。

 

「姉上、どうしたのじゃ?」

「うん、ちょっと訊きたい事があってね。

 アンタ、Cクラスの小山さんって知ってる?」

「はて……誰じゃったか」

「そっかそっか……すいません、ちょっと席を外します。

 秀吉。ちょっと廊下に来なさい」

「む? 何じゃ?」

 

 木下姉が秀吉を連れて廊下の方へ去って行った。

 この瞬間に勝負を仕掛ければ不戦勝になるだろうか? いや、止めておこう。

 

『姉上、勝負は……む? どうしたのじゃ? 突然腕を掴んで』

『アンタねぇ……どうして私がCクラスの人達を豚呼ばわりした事になってるのかしら?

 おかしいわよねぇ? Cクラスの人達とは戦争の時に初めて会ったはずなのに』

『はっはっはっ、それはじゃな、姉上の本性をワシなりに……あ、ちが、姉上!? その関節はそっちには曲がらぬっ!!』

 

ガキッ ボキッ グシャッ

 

 ……謎の不吉な音が響いた後、木下姉が笑顔で教室に帰ってきた。

 

「……木下姉、秀吉はどうした?」

「あの子は急用ができたから帰るってさ♪ 待たせたわね。それじゃあ始めましょっか」

 

 誰か適当な奴に秀吉を保健室まで運搬するように指示を出そうとしたが、雄二が既に動いているようだ。

 秀吉の事は気になるが……仕方ない。サッサと終わらせよう。

 

「それじゃ、選択科目は……」

「ちょっと待って!!」

 

 言おうとしたらまた止められた。今度は……明久か。

 

「……何だ明久」

「えっと、その……木下さん! 流石に酷くない!?」

「はぁ?」

「秀吉が何をしたのかは分からないし、木下さんが今何をしたのかもちょっとよく分かってないけど……そこまでする事は無いじゃないか!」

「……はぁ、これだからFクラスは。言いたいことはそれだけ? だったら早く引っ込みなさい。邪魔だから」

「っっ! そんな言い方する事無いじゃないか!」

 

 吉井明久という人間は基本的にはただのバカだ。

 しかし、それは同時に真っ直ぐであるという事だ。こうやって仲間がバカにされた時の明久は最強……は言いすぎだが、とても強い。

 幸いまだ僕は科目を選択していない。だからこういう選択もアリだろう。

 

「じゃ、明久。バトンタッチだ」

「へっ?」

「譲れないモノがある。貫き通したいモノがある。

 ならば剣を取れ。戦い、争い、勝ち抜いてみせろ。

 ……雄二、構わんな?」

「思いっきり構うんだが……はぁ、まあいいか。

 勝算はあるんだな?」

「当然だ。なぁ明久」

「え、いや、その、あると言いますか無いと言いますか……」

「うるさいやれ」

「横暴だ!!」

 

 というわけで明久にバトンタッチだ。

 何、今のアイツなら木下姉如き楽勝だろう。

 

「あなた……吉井くんだったわね。

 バカの代名詞とも言われてる観察処分者の」

「そ、それがどうしたって言うんだ!」

「私もバカにされたものね……まあいいわ。わざわざ科目選択権を浪費してくれるんだもの。

 それじゃ、何の科目を使うの? 結果は同じだと思うけど」

「…………高橋先生、家庭科でお願いします!」

「分かりました、承認します」

 

 家庭科は実技科目の一つであり、総合科目の点数には影響しない。

 だからAクラスであっても点数が高いとは限らない。むしろ切り捨てて5教科に集中してるから低くなってる可能性もある。

 

「それじゃ、サッサと終わらせましょう。試獣召喚(サモン)

 

 

  [フィールド:家庭科]

 

Aクラス 木下優子 246点

 

 

 あくまでも可能性があるだけだ。低いとは限らない。

 流石は木下姉だな。実技でもしっかりと点を取っている。5教科よりは低い気がするが。

 

「どうしたの? アテが外れたかしら?

 アタシは実技科目だからって手を抜いたりしないわよ?」

「う~ん、まぁ、ちょっと驚いてるよ。だって……」

 

 ここで3秒ルールにより明久の召喚獣も現れた。

 そこにはこう書いてあった。

 

 

  [フィールド:家庭科]

 

Fクラス 吉井明久 168点

 

 

「意外と勝てそうだって思うから」

「……確かにFクラスにしては高いけど、アタシよりは下じゃない。

 それで勝とうだなんて、やっぱりFクラスね」

 

 残念ながら、僕の目には明久の勝利しか見えないな。だって、1.5倍だぞ? あの明久が。

 そんなもん1分でひっくり返るよ。

 というわけで2人は放っておいて僕は雄二に解説するとしよう。

 

「おい剣、一体どんなヤバい薬を盛ったんだ?」

「安心しろ。決してドーピングではない。

 点を取る為の基礎を詰めただけだ」

「基礎?」

「ああ。あいつ、家庭科に関しては知識量は人一倍あるはずなんだよ。

 昔は家族相手に料理や洗濯をしてたらしいからな」

 

 なお、今は一人暮らしで自堕落な生活を送っている為逆に鈍っていると思われる。

 普通は一人暮らしするとスキルは上がるはずなんだが……まぁ、明久だからな。

 

「しかし、進級時の家庭科の点数は人並みだった。何故か分かるか?」

「……実際の家事と、ペーパーテストで求められる知識は違うから、とかか?」

「それもある。そっちは明久が168点()()とれなかった理由だな。

 答えは2つ、どちらも非常にシンプルだ。

 まず1つ、あいつはテストが苦手なんだ」

「……単純に点数が低いっていう意味ではないよな? どういう意味だ」

「成績上位の連中はテストを効率よくこなす。分からない問題はサッサと切り捨てて飛ばすとか、そういった小細工はそれ単体では効果が薄くても集まれば結構な差になる。

 テストに慣れさせてそういった技術を肌で感じさせる事でそこそこの成績アップは見込める」

「もう1つの理由は?」

「栄養失調だ。あんな食生活でまともに生きて居られるのが異常なんだ。

 そこを改善してやるだけでも頭の回転は数倍に跳ね上がってもおかしくはない」

 

 数倍は言いすぎだが……集中力が持続しやすくなったり体力がついたりといった理由でも成績向上は間違い無い事だ。

 

「要するに僕がやった事は明久がヒマしてる時に家庭科の補充試験を受けさせまくる事と、バランスの取れた栄養食を恵んでやった事だ。

 な? 基礎的な事だろ?」

「確かに基礎だな……

 実技なんで総合科目に反映されないのが残念だ」

「ああ、ホントそれな」

 

 今回は基礎的な知識はしっかり持っていた科目だからこうやって上げる事ができたが、これ以外の科目はそうはいかないだろう。

 多少点を上げるのが精一杯だと思われる。

 

「お前が前に言ってた『勝てる』ってのはコレの事か」

「ああ。しかも実技科目なら上位の連中もそこまで重要視していない。

 明久なら2倍の点数があっても普通に勝てる。たかが1.5倍なら……楽勝だ」

 

 僕のその台詞と共に決着が着いたようだ。

 

 

  [フィールド:家庭科]

 

Aクラス 木下優子 246点 → Dead

 

Fクラス 吉井明久 168点

 

 

「そ、そんな……こんな事って!!」

「これで、僕の勝ちだ!」

 

 驚いた事に明久は一切傷を負っていないようだ。流石だな。

 

「んじゃ明久、命令権を使うんだろう? 内容は分かりきってるからサッサと使ってしまえ」

「そうだね。木下さん!」

「な、何? アタシに何させようっての?」

 

 何でも命令できる権利かぁ……流石に犯罪紛いの行為は無理だろうな。

 だが今は関係ないか。明久の命令はそういう類のものじゃないから。

 

「秀吉に、謝ってほしい!」

「……えっ、それだけ?」

「うん、それだけだよ。できるよね?」

「いや、でもアレは秀吉が……」

 

 何かゴネてるな。口を挟んでみよう。

 

「オイオイ、木下優子さんよォ。まさか約束を踏み倒そうだなんて思ってないよなァ? 天下のAクラスサマがよォ!」

「あーもううるさいっ! 分かったわよ! 謝れば良いんでしょ!!」

「納得してもらえたようで何よりだ。精算は戦争が終わってからでいいだろう。あいつ今は保健室に居るし」

「……分かったわ。はぁ……」

 

 こんな感じで、第1回戦はFクラスの勝利で終わった。

 あと2勝だな。

 

「ふぅ……何とか勝てたよ」

「いや、結構楽勝に見えたが」

「いやいや、一杯一杯だったよ。

 ……ところでさ」

「どうした?」

「そもそも優子さんは何で秀吉に怒ってたんだろう? 何か知ってる?」

「……そう言えばお前知らなかったな。えっとだな……」

 

 明久に秀吉の所業を教えてやるとする。

 命令したのは僕達なんで責任の半分くらいは僕達にあるんだが……まぁ、今は気にしないでおこう。

 説明を聞いている明久は段々と顔を青ざめさせていった。

 

「えっ、えっと……あ、あれ? 木下さんの行動が妥当に思えてきた」

「そう思うんならそうなんだろ。お前の中では」

「ちょっと待って! えっと、それじゃあ、僕がした事は……」

「じっくり考えててくれ。僕は2回戦に行ってくるから」







「この辺はリメイク前の大きな不満点の1つだ。
 フラグ立てを優先するあまりかなり強引な展開にしてたんでな」

「要するに、吉井くんが優子さんに勝つ展開にしたかったのよね」

「ああ。ただ、当時の明久は特に覚醒もしていない。高得点を取るのが不可能な以上、低い得点で勝たなきゃならない。
 その上で、その勝ちの理由に合理的な説明が必要だ。
 だからこそ、当時は『秀吉が本当に殺されかけた』という名目をかなり強引に作ったわけだ」

「そんな事もあったわねぇ……」

「その結果、6倍近くの点数を持つ木下優子を圧倒するとかいう展開になっていたな。
 今回のリメイク版では、家庭科の科目を使う事で点数を底上げ、更に、勝たなければならない理由を穏当なものに差し替えた。レベルを変えただけで実は内容自体は変わってないが」


「では、次回もお楽しみに!」


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23 Q.E.D.

 続けて2回戦だ。

 科目選択権を使う奴はもう決まってるからな。僕が出る事になる。

 運良く戦える科目である事を祈るだけだな。

 

「これより第2回戦を始めます。科目選択権はAクラスです。

 互いの代表者は前に出てきてください!」

「はいはいっと」

 

 サッサと前の方に出る。

 さて、お相手は?

 

「へぇ~、キミが相手なんだね。えっと、何日振りだっけ?」

「数日振りなのは確かだ。工藤愛子だったな?」

「名前、ちゃんと覚えててくれたんだネ。もしかして、ボクに気があるのかな?」

「……これは弁論による喧嘩を売られていると解釈して良いのか?

 戦争が終わった後にしてほしいんだが」

「じょ、冗談だよ。も~、面白くないなぁ……」

「だったら変なちょっかいをかけるな。

 で、科目は何にするんだ?」

「保健体育でお願いするよ」

「……珍しいな。Aクラスは実技科目をそこまで重要視していないと思っていたが」

「確かに肌に合わないって人は結構居るみたいだネ。

 と言うか、この学校全体がセンター試験を意識してるから実技科目が得意って人はAクラスじゃなくてもあんまり居ないんじゃないカナ」

「確かに、そうかもな。

 その上、貴様の得意科目なのであれば非常に有効な手だと言えるな」

「うん。それに、ボクの場合はペーパーテストも勿論得意だけど……実技も得意だから♪」

「……筋肉の付き方からして、水泳か何かか?」

「うわっ、そんな事まで分かっちゃうの!? 凄いね……

 でも、それだけじゃないヨ。ボクが得意なのは保健の実技だから」

「……言いたい事は何となく察したんだが……その上で1つ、質問がある」

「何カナ?」

「……それらの実技の知識は果たしてテストの点に影響があるのか?」

「…………えっ?」

 

 何だかいたたまれない空気が流れる。

 まぁ、いいや。サッサとケリを付けよう。

 

「えっと、保体だったな? 高橋先生、承認お願いします」

「分かりました。承認します!」

「ふ、フン! ボクの点数を見てから後悔しても遅いよ! 試獣召喚(サモン)!」

「それはこちらの台詞だ、試獣召喚(サモン)

 

 

  [フィールド:保健体育]

 

Aクラス 工藤愛子 446点

 

Fクラス 空凪 剣 400点

 

 

「……えっ、何その点数」

「実技科目が選ばれる確率は低いと踏んでいたんだが、それでも一応やっておいて良かった。

 良かった。これなら確実に勝てる」

 

 新しい学年になってから、僕は毎日1科目ずつ補充試験を受けておいた。

 保健体育は昨日くじ引きで決めた科目だ。運が良かったよ。

 

 そして、もう一つ勝てる要因がある。

 それは、いつもは補充試験に使っていた『集中』を戦闘に回せるという事だ。

 というわけで、眼帯を取ってポケットにねじ込んだ。

 

「さぁ、始めようか」

「そ、そうだね! ってアレ? 空凪くんって左右の目の色が違うんだね」

「ん? ああ、オッドアイというやつらしいな」

「へ~、何かカッコいいね」

「ほぅ? 不気味だと言われる事の方が多いんだが、これの良さが分かるか。だからと言って手加減はせんぞ」

「ちぇっ。それじゃ、行くよ!」

 

 さて戦闘開始だが……カットでいいな。

 だって、工藤の召喚獣って斧にセーラー服とかいう破壊力特化の装備なんだもん。

 その上、工藤は転校生だ。1年の時の召喚実習すら行っていない。召喚獣の操作に慣れておらず動きは直線的だ。

 そういうわけで……召喚獣の軌道上にナイフを放り投げるだけの簡単な作業で完封できた。

 

 

  [フィールド:保健体育]

 

Aクラス 工藤愛子 446点 → Dead

 

Fクラス 空凪 剣 400点 → 390点

 

 

「ひ、ヒドいよ……何もできずに終わったよ……」

「これが、観察処分者の力だ」

 

 そう言い放ちながらそっと眼帯を戻す。

 ふぅ、少し疲れたな。

 

「それじゃ、僕は貴様に対する命令権を得たわけだが……」

「どんな命令をされちゃうのカナ? すっごく不安だな~」

「お前、意外と元気そうだな。

 とりあえず……保留でいいか? 良いのが思いつかん」

「……何か肩透かしを喰らった気分だよ。

 まあいいよ。キミなら大丈夫だと思うけど、常識の範囲内で頼むよ」

「ああ。程々のものにしておくよ」

 

 何はともあれ、これで2回戦終了。リーチがかかった。

 次で決まってくれれば楽だが……どうなるかな。

 

 

 

 

「これより第3回戦を始めます。科目選択権はFクラスです。

 互いの代表者は前に出てきてください!」

 

 こちらの2回目の科目選択だ。

 うちにはバカみたいにある科目に特化した奴が居るんでな。議論の余地なくそいつに決まったよ。

 

「…………」

 

 寡黙なる性識者(ムッツリーニ)こと土屋康太。

 奴の保健体育に対する情熱は留まる所を知らない。それこそ、Aクラストップの霧島すら上回るレベルだ。

 

「まぁそりゃそう来るわよねぇ……科目選択権使ったのは結果的に失敗だったわね。

 ……仕方ないか。Aクラスからは私が出ます!」

 

 Aクラスから名乗り出てきたのはうちの姉だ。

 その実力は……まぁ、見てもらった方が早いか。

 

「土屋くん、科目は何にしますか?」

「…………保健体育」

「分かりました。では承認します」

「…………試獣召喚(サモン)

試獣召喚(サモン)!」

 

 

  [フィールド:保健体育]

 

Fクラス 土屋康太 572点

 

Aクラス 空凪 光 428点

 

 

 マイナー科目であっても当然のように腕輪ラインを超えてくる天才。それが光だ。

 しかしまぁ、一騎打ちかぁ……これはちょっと厳しいな。

 康太の点数が399点だったらまだマシだったかもしれん。

 何故なら……

 

「…………加速」

「甘いっ!」

「っ!?」

 

 康太が腕輪を使おうとしたのだろう。あいつの能力は『加速』。速度はそのままエネルギーとなり、攻撃力は増す。上手くやれば一撃で仕留める事も可能だ。

 だから、開幕で使って初見殺しを行うという選択肢は間違ってはいない。相手が腕輪持ちの光じゃなければな。

 

 

  [フィールド:保健体育]

 

Fクラス 土屋康太 572点 → (腕輪コスト)472点 → (ダメージ)312点

 

Aクラス 空凪 光 428点 → (腕輪コスト)398点

 

 

「やはりこうなるか……」

「剣、何か知ってるのか?」

「……この状況なら言っても構わないか。

 光の腕輪の能力は……封印だ。

 デフォルトの設定ではフィールドの敵全てを対象にし、腕輪の発動に合わせてその効果を無効化する。

 コストは払い損になる上に一瞬だけ召喚獣がフリーズさせられる。

 フリーズに関しては乱戦ならそこまで大きな要素ではないが……一騎打ちだと確実に追撃を喰らうな。今みたいに」

「おいおい、知ってるならどうして言わなかったんだ?」

「あいつとは契約しててな。試召戦争におけるお互いの能力を漏らさない……と。

 だから僕の能力も相手には伝わってないしな」

「……なるほど、そういう事なら仕方ない」

 

 

 ……その後、康太は結局逆転できずじわじわと削られて敗北を喫した。

 

 

  [フィールド:保健体育]

 

Fクラス 土屋康太 312点 → Dead

 

Aクラス 空凪 光 398点 → 121点

 

 

「…………負けたか」

「ふぅ、何とか勝てた。

 えっと、命令権だけど……うちの兄さんと同じく保留にさせてもらうわ。特に思いつかないから」

「…………分かった」

 

 これにて第3戦終了。

 負けはしたものの依然リーチはかかったままだ。

 

 

 

「第4回戦を始めます。科目選択権はAクラスです。

 互いの代表者は前に出てきてください!」

「んじゃ姫路、頼んだぞ」

「はいっ! 行ってきます!」

 

 当然、こちらが出すのは姫路だ。まんべんなく強いからな。科目選択権は必要無いだろう。

 ……まぁ、家庭科とかを選ばれると面倒なんだが……姫路は料理ができないだけなんで決して0点ではないし、相手も実技はそんなに得意ではないからきっと大丈夫だろう。

 

「では、Aクラスからは僕が」

 

 現れたのは、久保利光だ。同性愛者という噂があるが真偽は不明だ。

 性癖はともかくその実力は本物。確か姫路とほぼ互角だったはずだ。

 

「科目は何にしますか?」

「総合科目でお願いします」

「えっ、良いんですか? 久保くんが得意な科目を選んだ方が得なんじゃ?」

「別に構わないさ。僕も姫路さんの苦手科目を把握しているわけじゃないから狙う事にあまり意味はない。

 それに、君とは一度全力で勝負してみたかったんだ」

「……分かりました。それでは全力で挑ませてもらいます」

 

「では、承認します」

「「試獣召喚(サモン)!」」

 

 

  [フィールド:総合科目]

 

Aクラス 久保利光 3997点

 

Fクラス 姫路瑞希 4409点

 

 

 いつもと桁が違うが、それは総合科目だからだな。

 総合科目は5教科の科目2つずつの点数の合計、つまり、10科目の点数の合計となる。

 平均点換算だとそれぞれ約400点と441点か。僅差だな。

 腕輪の条件も10倍の4000点だ。久保はギリギリ満たしていないようだな。

 

「まさか、姫路さんがここまで強くなっていたとは……」

「……この戦争は、ある人が私の為に始めてくれたそうです。それだけが理由じゃないみたいでしたけど、大きな理由の一つだそうです」

 

 ふと明久に視線を向けると、顔を背けて唇を尖らせてふーふーやっている。

 おい、口笛吹けてないぞ。

 

「だから、頑張れたんです。少しでも貢献する為に、勝つ為に!」

「それだけで点数をここまで上げられるのは流石は姫路さんと言うべきか……

 でも、僕もアッサリと負ける気は無いよ。さっきからどうも点数が低い方ばっかり勝ってる。点数が全てじゃない。

 この第4回戦も、勝ってみせよう!!」

「……行きます!」

「ああ!!」

 

 お互いに全力だったんだろうな。力が入っていたんだろうな。それは決して悪い事じゃない。

 悪い事じゃあないんだが……そのせいか、その決着は非常にアッサリとしたものだった。

 

 

  [フィールド:総合科目]

 

Aクラス 久保利光 3997点 → Dead

 

Fクラス 姫路瑞希 4409点 → Dead

 

 

「……あ、あれ?」

「あ、相打ち……?」

 

 お互いに力が入っていたから、全力で攻撃したから、お互いにほぼ同時に大ダメージを与えてお互いに昇天したようだ。

 平均点換算で40点程度の差だもんな。まぁ、こういう事もあるか。

 

「何だか不完全燃焼だが……仕方あるまい」

「そ、そうですね……はぁ……」

「そう言えば、命令権についてだが……こういう時はお互いに無しという事で構わないかい?」

「そうですね。私も久保くんに命令したい事は無いのでそれで構いません」

 

 予想外の結果だが、4回戦も終了だ。

 現在の戦績は2勝1敗1分。

 最低でも引き分けか。その場合どうするんだろう、これ。

 雄二が勝てば問題は無いが……ふむ。







「リメイク前でもそうだったが、この辺で僕の目的は概ね達成できている」

「目的って何だっけ?」

「『評価されなかった才能の証明』
 テストの点数に意味が無い事を示したかった」

「ああ、そう言えばそうだっけ。
 でも、なんでまたそんな目的を立てたの」

「……さぁ、そんなのは忘れたな」

「……まあいいわ。
 それでは、次回もお楽しみに!」


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24 代表戦

「それでは最終戦を始めます。各代表は前に出てきてください」

 

 いよいよ最終戦だ。事前の協定通りにクラス代表同士の一騎打ちとなる。

 

「雄二、行ってこい」

「言われるまでもない」

「あと、負けても最悪引き分けとかヌルい事考えてたらぶん殴ってやるぞ」

「安心しろ。全力で勝ちに行く!」

「そうか……なら、頼んだぞ代表」

「ああ!」

 

 雄二が前に出る。

 そして霧島も前に出てくる。

 お互いに気合は十分のようだな。

 

「最終戦の科目選択権はFクラスにあります。何にしますか?」

「……数学の、1でお願いします」

「っ」

「1、ですか? 1Aではなく?」

「はい、1でお願いします」

 

 ……なるほどな。そうするのか。

 いくら雄二でも確実に勝てる戦法は思いつかなかったか。仕方あるまい。

 じっくりと見守るとしようか。

 

 

 

 

 

 前にどっかで話したっけか。数学には4種類の科目があるって。

 うちの学校で通常行われているのは数学1Aと2Bのみだが、センター試験では数学1と数学2の科目が存在する。

 だからこそ、数学1に絞った科目を指定して補充試験を受ける事も可能だ。

 そして、絞った分だけ問題の種類も絞られ、点数は伸びる。

 まぁ、そんな理屈は当然翔子にも適用されるわけだが……恐らくはその恩恵は受けられない。

 

「では、承認します」

試獣召喚(サモン)!」

「……試獣召喚(サモン)

 

 

  [フィールド:数学1]

 

Fクラス 坂本雄二 281点

 

Aクラス 霧島翔子 385点(1A)

 

 

 予想通り、だな。翔子のような優等生がわざわざ数学1単体みたいな無駄科目を受けるわけがない。

 だから翔子の点数は0点……となってくれたら一瞬で決着が着いたんだが、流石にそんなルールにはなっていない。

 こういうマイナー科目の場合は上位互換の科目(今回は数学1A)の点数がそのまま反映される。

 結果、こっちは数学1という簡単な科目で、翔子は数学1Aというやや難しい科目での点数になり、優位に立つ事が可能だ。

 ……と言っても、点数では負けてるんだがな。

 

「……凄い。下位科目とはいえAクラス上位並の点数」

「それでもお前の方が高いみたいだけどな。

 だが、明久ですら1.5倍をひっくり返したんだ。やってやる!」

「……手加減はしない。来なさい」

「ああ。行くぞ!!」

 

 

 翔子の召喚獣は立派な鎧に刀。但し、下半身はスカートだし、兜は着けていない。盤石というわけではないな。

 それに対して俺は学ランにメリケンサックとかいう舐め腐った装備だ。装備を決定している試験召喚システムには後で文句を言ってやりたい。

 リーチは短いし、防御力は貧弱。フットワークが軽いというのが唯一の利点か。

 作戦はこうだ。翔子の攻撃を回避し、顔面にパンチを叩き込む!

 ……何だかちょっと罪悪感が湧いてくる絵面だが、相手は召喚獣だ。お互いに観察処分者でもないのでフィードバックも無い。遠慮なく殴りつけてやろう。

 

 真っ直ぐ行って殴りつける。

 カウンターで刀が振るわれる。ただ、動作そのものはそこまで速いわけじゃない。難なくバックステップで避ける。

 刀が振るわれた直後の隙を突いて、殴る!

 

 

  [フィールド:数学1]

 

Fクラス 坂本雄二 281点

 

Aクラス 霧島翔子 385点 → 305点

 

 

「チィッ、後ろに跳んで衝撃を殺されたか」

「……雄二、この子の顔を殴るのはどうかと思う」

「うるせぇ! 俺だってちょっとは思ってたけど仕方ねぇだろ!

 嫌なら鎧を脱がせてくれ! 胴体を殴れるから!!」

「……こんな所で脱げだなんて、雄二は大胆」

「違ぇよ!! うぉっと」

 

 俺がツッコミを入れてる間に召喚獣による攻撃を受けた。コイツ……見た目に似合わないダーティーな真似をっ!

 気を取り直して再び攻勢に出る。さっきと同じ事を繰り返せば理論上は勝てるはずだ。

 どんどん行くぞ!

 

 

Aクラス 霧島翔子 305点 → 238点

 

 

Aクラス 霧島翔子 238点 → 261点

 

 

Aクラス 霧島翔子 261点 → 215点

 

 

Aクラス 霧島翔子 215点 → 178点

 

 

Aクラス 霧島翔子 178点 → 150点

 

 

Aクラス 霧島翔子 150点 → 132点

 

 

Aクラス 霧島翔子 132点 → 127点

 

 

 あれ? おかしいな。段々とダメージが減ってる?

 

「……大体掴めた。ここからは私の番」

 

 翔子が刀を振るう。俺は先ほどまでと同じような動作で回避する。

 しかし……

 

 

Fクラス 坂本雄二 281点 → 200点

 

 

「何だと!?」

「その動きはもう覚えた。回避なんてさせない」

 

 翔子の刀が生き物みたいにぬるりと動いて的確に俺の召喚獣にダメージを与えた。

 翔子の点数が減っていたから致命傷にならずに済んだが……

 

「…………」

「うぉっと、くそっ!」

 

 考え込んでる暇は無いようだ。刀による攻撃なんてガードしようとしても真っ二つにされるだけなので回避に徹する。

 しかし……どう動いてもどこかしらに当たってダメージを喰らってしまう。

 

 

Fクラス 坂本雄二 200点 → 185点 → 161点 → 141点 → 118点

 

 

 せっかく削ったのにあっという間に逆転されてしまった。

 くそっ、どうする? このままだと、負ける!

 

「ああもう、何やってるのさ雄二!」

「うるせぇ明久! 文句言うなら代わって……いや、何でもない」

 

 この点数状況なら交代してもアイツなら普通に撃破しそうだな。癪だがそれが事実だ。

 あいつなら、明久と、あと剣ならこの状況でも勝てるだろうな。きっと無傷で。

 そんな芸当は俺にはできない。どうやっても。

 

 ……だったら俺らしくやるだけだ。

 どうせ回避しても攻撃を喰らうんだ。だったら……殺ってやる。

 

 再び召喚獣を突進させる。最初の場面の焼き直しのように。

 翔子はこちらの回避に合わせて的確に刀を振るってくるだろう。クリーンヒットしたら俺の召喚獣は多分昇天するんで回避は必要だ。

 さっきまでの大きな回避じゃ意味が無い。だから紙一重の回避を目指す。

 召喚経験の乏しい俺にとってそんな動作はかなり厳しい。成功率は50%未満……ですら盛りすぎか。

 だが、やるしかない。勝つ為に!

 

「うぉぉぉぉおおお!!!!」

「っっ!?」

 

 果たして、結果は?

 ……そうか、俺の拳は召喚獣には届いたようだ。だが……

 

 

  [フィールド:数学1]

 

Fクラス 坂本雄二 118点 → Dead

 

Aクラス 霧島翔子 127点 → 18点

 

 

 勝利には、届かなかったようだな。

 

 

「そこまで! 最終戦はAクラスの勝利です。

 ここまでの戦績は2勝2敗1分、総合結果は引き分けです。

 この後どうするかは、互いのクラスの代表者が話し合ってください」

 

 さて、どうするか。ちょっと疲れたな。

 とりあえず……剣に丸投げしておこう。こういう時の為の副代表だからな。







「『数学1Aから数学1にしたくらいで点数が跳ね上がるわけ無いだろ』というツッコミは勘弁してくれ。
 筆者もその辺は適当だそうだ」

「有利になるのは間違い無いと思うけど、その程度がどれだけなのかは謎ねぇ」

「そう言えば、この話を書いている途中で思いついてしまった事があるようだ」

「……一応訊いておくわ。何?」

「……実技科目の『情報』で挑めば楽勝だったんじゃないか……と」

「……あっ」

「霧島が機械音痴というのは公式設定だ。情報の点数が比較的低くても不自然ではない。
 まぁ、それでも霧島だからペーパーテストに必要な知識は持っていてもおかしくはないがな。
 数学で挑むよりは勝算があったんじゃないだろうか……と」

「……で、言い訳はどうするの?」

「まず、単純に雄二も苦手だった可能性だ。
 情報の授業内容はよく知らないが、2進数の演算とかならまだしも用語の暗記とか雄二は比較的苦手なんじゃないかという気がする」

「確かに、あの坂本くんなら暗記よりも計算の方が得意でしょうね」

「ああ。だからこそ数学1を選んだわけだしな。
 問題の解き方を一通り把握できていれば後は演算能力の勝負になる。
 雄二にとっての急成長の方法は暗記ではなくそっちだろうと判断した。
 ……そういう事にしておこう」

「そういう事にしておきましょっか」

「どちらの方が勝算があるのかは意見が割れそうだな。
 原作では情報の科目は影も形も無いんで類推は不可能だな」


「では、次回もお楽しみに!」


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25 瞬間最高得点者

 Aクラスとの試召戦争は引き分けに終わった。

 いや、まだ終わってはいないか。

 

「で、どうする気だ? 代表」

「全部お前に任せる、ちょっと休ませてくれ」

「へいへい。人遣いが荒いこって」

 

 再び前の方に歩み出る。向こうからは光が来ているようだ。

 

「さて、どうする?」

「まさか同点になるとは思ってなかったわ。この後の事なんて全く考えてないわよ」

「……とりあえず適当に候補を挙げてみるぞ。

 1、総力戦を行う

 2、引き分けにして和平交渉を行う

 3、延長戦を行う

 4、対談にてどちらかの勝利とする

 こんな所か」

「本当にとりあえず並べてるわね。

 まず、4は論外ね」

「だな」

 

 どちらも譲るわけがない。却下だな。

 

「1にしてくれたら私としては有難いけど、やっぱり論外ね」

「だな」

 

 雄二が戦死している今、1を選んだ瞬間に負ける。4の下位互換以外の何物でもない。

 

「となると、和平か延長戦だな。僕としては和平がオススメだが」

「そっちから喧嘩売ってきたくせに何言ってるのよ。

 延長戦以外有り得ないわ」

「……こちらは和平以外は有り得ない。平行線だな」

 

 こういう交渉ってのは難しいよな。例えば和平を強硬に主張すればするほど『延長戦の場合の対抗手段が無い』と大声で暴露しているようなものだ。

 

「……平行線なら仕方ないわね。手札を切りましょう。

 Cクラスの教室を見てきなさい」

「何? ……おい明久、頼めるか?」

「Cクラスを見てくるの? 見てくるって言われても……」

「とにかく行ってこい。ダメならその時考える」

「う、うん分かった」

 

 

  ……1分後……

 

 

「見てきたけど、特に何事も無かったよ?

 フツーのいつも通りな感じだった」

「……設備に関しては?」

「設備? 特に変な所は無かったと思うよ? ちょっと前に見たときと同じ感じの……あれ?」

「……そう来たか」

「ええ。Fクラスの真似をしてみたわ」

 

 こいつ、Cクラスに止めを刺さずに取引したな。

 延長戦の提案に従わないならCクラスが攻めてくる……と。

 延長戦を行うのとCクラス相手に戦うのでは実はリスクはあんまり変わらない気もするが……まあいいさ。

 

「……はぁ、仕方ない。延長戦、受けよう」

「そうこなくっちゃ」

「ただ、命令権に関しては除外させてくれ」

「そうね。私は別に構わないわ」

「それと、科目選択権くらいはくれ。そのくらいは別にいいだろ?」

「ん~……まあいいか。そのくらい。好きにしなさい」

 

 姉よ、最後の最後で油断したようだな。

 言質は取った。反撃開始だ!

 

「よし、高橋先生、聞いていましたね?」

「ええ。ではこれより、延長戦を始めます。科目選択権はFクラスです。

 互いの代表者は前に出てきてください」

 

 それが告げられると同時に光はAクラスの方に戻って行った。

 それに対して僕は……その場に留まりつづけた。

 

「あれ? 剣? 何やってるの? サッサと代表者を出して?」

「もう出ているぞ」

「……はっ?」

「だから、もう出ている。僕が代表者だ」

「…………はぁぁぁぁっっ!? いやいやいやいや、アンタはもう戦ったでしょうが!!」

「? それがどうかしたか?」

「どうかしたかって……いや、おかしいでしょ!」

「何もおかしくはないさ。

 そもそも、5人の代表を選抜して戦うルールなんだ。誰かが2回戦うのはある意味当然の事だ」

「いやいや、普通に考えたら新しい人を選ぶでしょう!」

「そんな普通、一体誰が考えた。少なくとも僕は6人目を選ぶだなんて一言も言ってないぞ?」

「ぐっ……あ~もう、完っ全に騙された!

 一体いつから狙ってたのよ!」

「最初から。雄二が負けた時からだ。

 延長戦で科目選択権を得る事だけを考えて話してたぞ」

「それであの流れになる!? ヒドすぎるでしょ!」

「僕の得意分野は偽装と看破なんでな。悪く思うな」

「仕方ない……こっちからは代表を出す。それでいいね?」

「当然の判断だな」

 

 さて、さっきの戦いで消耗しているであろう数学1で戦えばかなりの高確率で勝てるだろう。

 ただ、それよりももっと確実に勝てる方法がある。

 温存していた切り札、使わせてもらおう。

 

「それでは空凪くん。科目選択を」

「科目は……そうだな、物理。

 但し、フィールドを展開する必要はないです」

「と言いますと?」

「試験召喚戦争のルールでは召喚獣はあくまでもテストの点を使う手段に過ぎず、その本質はテストの点数を使った勝負。

 だから僕は、純粋なテストの点数による対決を求めます」

「……それだと勝ち目が無いように思えますが?」

「はい。だから更に条件を。

 補充試験の時間は最大1時間ですが……今回はその時間は5分とします」

「5分……ですか。分かりました。

 では問題用紙を取ってくるので少々お待ち下さい」

 

 

 

「それでは、物理のテスト対決、5分間勝負を始めます。

 では……始め!」

 

 高橋先生の合図と共に問題用紙をひっくり返す。

 当然、眼帯は先に外してある。

 5分だけ集中力を持続させるなんて、楽勝だ。

 

「……止め! 鉛筆を置きなさい」

 

 

 

 ただでさえ採点の速い高橋先生だが、合計10分の分量の採点なんで更に早く終わった。

 

「それでは、採点結果を発表します。

 Aクラス 霧島翔子 76点」

 

 霧島の素の点数が約400点だったとするなら1/5か。1/12時間のテストとしてどうなんだろうな、これは。

 で、肝心の僕の点数だが……

 

「Fクラス 空凪 剣 121点」

「っ!?」

「……代表が平均最高得点者であるのに対して、うちの兄さんは短時間の集中力なら群を抜いている瞬間最高得点者。

 この短時間のテストじゃ代表ですら勝てないか」

 

 まぁ、そういう事だな。科目選択権、と言うより勝負の選択権を得た時点で勝負は決まっていた。

 

「延長戦はFクラスの勝利です。よって、Aクラス対Fクラスの試召戦争はFクラスの勝利となります!」

 

 高橋先生が宣言する。それと同時にFクラスの連中が沸き立ち、Aクラスの連中は暗い顔をしている。

 そう、勝てた勝てたんだが……

 

「やったね剣! とうとうやったんだ!!」

「ああ。やった。やったんだが……

 ……ここに居る全員に宣言しておこう。設備の交換権は放棄する」

「…………えっ?」

 

「「「「はぁぁぁぁぁぁぁあ!?!?」」」」







「というわけで、光の盲点を一点突破した僕の勝利だ」

「この点数は……例の換算式を使ってるのかしら?」

「ああ。アレを使ったらこの点数になったようだ」

 ※ リメイク前版で行った30分テストの換算より

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=78178&uid=39849

 お互いの素の点数を『1時間で400点』と『30分で400点』とし、5分間のテストを与えたらあんな感じの点数になった。

「まぁ、この計算式って正答率とか持久力は完全に無視された計算なんだけどな」

「そこまで厳密にしたら流石に数式化するのは厳しいと思う」

「一応、厳密にする案はあったらしい。
 霧島ならほぼ完全に持続するとか、島田は国語だと極端に疲労しやすいとか。
 ただ、作成の手間がとんでもない事になるんで断念したようだ」

「そりゃそうでしょうねぇ……」

「まぁ、厳密にし過ぎると首絞めるだけだしな。
 テストの点なんてフィーリングで十分だな」


「では、明日もお楽しみに!」


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26 勝ち取った権利

 『設備交換権は放棄する』

 

 僕のその一言でFクラスの連中が騒ぎ出した。

 

『おいテメェどういうことだ!!』

『何のつもりだこの野郎!!』

『紐無しバンジーとグロテスク、どっちが良い!!』

『濃硫酸だ!! 目と耳と鼻に濃硫酸だ!!」

『シュミはベンキョウ! ソンケイするヒトはニノミヤキンジロウ!!』

 

「落ち着け落ち着け。最後の奴は特に。

 まぁ、順を追って説明してやる。結論から言うと、Aクラスの設備を入手しても維持が不可能なんだ」

「……どゆこと?」

「明久、少しは自分で考えろ。

 僕達がAクラスを取ったらどうなると思う?」

「嬉しい!」

「……訊き方が悪かった。他のクラスはどう動く?

 Fクラスに勝つだけでAクラスの設備が手に入るんだぞ?」

「そりゃ勿論、戦争を仕掛けてくるだろうね」

「よく分かってるじゃないか。だが、現状では防衛はほぼ不可能だ。

 DクラスやEクラスならどうとでもなるだろうが、CクラスやBクラス相手だとかなり厳しい。

 姫路が使い物にならないのが痛いな」

「えっ、私ですか……?」

「ああ、お前の今の総合科目の点数は0点だろ? 補充に何日かかるんだ?

 仮に2日でなんとかしたとしてもかなり疲れてるだろ。姫路抜きで防衛を行うのは分が悪い」

「私のせいですか……ごめんなさい」

「いや、貴様の責任ではない。

 久保相手に無傷で勝ってくれてたならこんな問題は発生していないが、それは流石に無茶というものだ。

 総合科目勝負を挑んできた久保が有能だっただけであり貴様が無能という話ではない」

「そうですか? 分かりました」

「……これは僕は褒められているのだろうか?」

「ああ。貴様の戦闘の結果、Aクラスが守られる。AクラスのMVPを挙げるなら間違いなく貴様だ。

 意図してなかったとしてもな」

「……そうか、そういう事もあるのか。なるほど」

「というわけで、Aクラスの設備は放棄する。ついでに3ヶ月間の停戦も加えておこう。

 その代わり、何らかの条件を突きつけたいと思うんだが……どうしたものかなぁ」

 

 Aクラスに勝つための条件をAクラスに突きつけるのは流石に不可能か。

 と言うかそもそも、僕の目的も雄二の目的も一応勝利した事で概ね達成している。できれば完全勝利が望ましいが……無理にまた勝つ必要はあんまり無い。

 ……であれば、こんなのはどうだろうか?

 

「よし、学園長と交渉して振り分け試験の再試験でも頼むか」

「何? どういう事だ」

「Aクラスの連中がゴミ溜めに送られてやる気を失くす事による損害より、Aクラス生徒が1人増える出費の方が圧倒的に安いだろう。恐らくは通せるはずだ。

 この提案ならFクラスがほぼ全員納得してくれるだろう?」

「…………確かにな」

 

 Fクラスの連中が再試験を受けた所で再びFクラスになるだけだが……バレなければ何の問題も無い。

 

「じゃあ雄二、Fクラスの連中の説得は頼んだ。

 僕は学園長と交渉してくる」

「分かった。行ってこい!」

「という訳で高橋先生、学園長とアポ取ってください」

「分かりました。電話するので少々お待ちを。

 ……高橋です。はい、Fクラスの生徒が学園長と交渉したいと。

 ……はい……はい…………はい、分かりました。今から行きます。

 空凪くん、今から大丈夫だそうです」

「分かりました。お願いします」

 

 

 

 というわけで学園長室まで辿り着いた。

 高橋先生がドアをノックする。

 

『誰だい?』

「第二学年主任の高橋です」

『入んな』

 

 部屋の中に居るのは1人の老婆。この人こそが藤堂(とうどう)カヲル学園長だ。

 確か、教師と言うよりは試験召喚システムの研究者だったはずだ。

 

「アンタがアタシと交渉したいっていうFクラスの生徒かい?」

「はい、2年Fクラス副代表の空凪剣と申します」

「あたしは忙しいんだ。とっとと用件を言いなウスノロ」

 

 何て言い草だ。

 でも、貴重な時間を割いてもらっているのは確かだ。サクッと済ませよう。

 

「僕達、2年Fクラスは先ほどAクラスに勝利しました」

「ほぅ? バカな事やってると思ってたが本当に勝っちまったのかい」

「はい。しかし、良いんですか?

 このままだとAクラスの優等生たちがF教室とかいうゴミ溜めに送られますけど」

「フン、そういう学校だって事は承知の上で入ったはずさね。

 設備を防衛できなかったクラスの自業自得だよ!」

「理屈の上ではそうでしょうが、それだけで感情論まで押さえつけるのは不可能でしょう。

 罪に問われる事はなくても風評被害がエラい事になりますよ?」

「……何が言いたい、いや、何が目的だい? クソジャリ」

「Fクラスの連中の中から希望者を対象に振り分け試験の再試験をお願いしたいです」

「ふむ……なるほど。確かにそっちの方が損害は抑えられそうだ。

 いいだろう。再試験、実施しようじゃないか。

 今週末の土日で構わないね?」

「はい。構いません。ありがとうございました。

 失礼します」

「もう来るんじゃないよ!」

 

 なんて言い草だろう。

 まあいい、目的は達成した。雄二の方も多分問題ないだろう。

 Fクラスのバカ供は『女子と一緒のクラスになれるチャンス』とか言っておけばどうとでもなるからな。

 

 

 

 というわけで場所は再びAクラス。

 

「学園長と話を付けてきた。良かったなお前ら。教室を失わなくて済むぞ」

「……一応礼を言っておくわ。ありがと、兄さん」

「まぁ、一応受け取っておくか。

 ところで、お前の持ってる命令権についてなんだが……」

「ああ、あったわねそんなの」

「僕のヤツと相殺でいいか?」

「ええ。問題ないわ」

「……そう言えば、命令権と言えば明久と霧島だが……2人の姿が見えないな。

 ついでに雄二と木下姉の姿も見えないが」

「ああ、うん。代表は、何か坂本くんに告白してた。そしてどっか行っちゃった」

「……この時間帯だとまだ授業が残ってると思うんだが」

「止める間もなく行っちゃったわ。

 別に皆勤賞を目指してるわけじゃないから良いんじゃない?」

「……そうか、で、明久は?」

「優子と一緒に保健室に行ったみたいね」

「……そうか。分かった」

 

 あいつの命令は『秀吉に謝れ』だったな。

 どうなることやら。

 

 

 

 

 

 

 突然だけど、今回はアタシの視点の話よ。

 え? 誰かって? アタシよ。木下優子よ。

 代表が何か勝手に作った命令権のせいで秀吉に謝らなきゃいけなくなったけど、気が重い。

 まぁ、アタシもちょっと、ちょっとだけやり過ぎたかもしれないけど、そもそも秀吉が悪いのよ!

 

「秀吉は保健室だったわよね」

「う、うん、そ、そのはずだよ」

 

 さっきから吉井くんの挙動がおかしい気がするけど……気にしないでおきましょう。

 サッサと謝って、それでこの戦争も終わりよ。

 

 

 保健室の扉を開けると秀吉がベッドに横たわっていた。

 こちらに気づくと上半身を起こしてこちらに視線を向けた。

 

「あ、姉上……」

「秀吉、えっと、その……」

 

 謝らなきゃいけないんだけど、何か釈然としない!

 ……負けたのはアタシのせい。アタシのせい。これくらいはやらないと……

 

「ご、ごめ……」

「すいませんでしたぁっっ!!!」

「…………はい?」

 

 アタシが謝ろうとしたら何か吉井くんが土下座してきた。どゆこと?

 

「よ、吉井くん? どうしたの一体」

「えっと、その、実は……木下さんとの勝負の後に剣から秀吉の所業を聞かされて……

 流石にこれはやり過ぎな気もするけど、木下さんの気持ちも分かったと言いうか、何というかその……

 えっと……何も知らずに謝らせようとしてすいませんでした!」

 

 ……吉井くん、本当に何も知らなかったのね。

 まったく、これだからバカは。

 

「……はぁ、それじゃ、アタシはどうすればいい?」

「え?」

「だって、君の命令は『秀吉に謝らせる事』でしょ? それが無いなら、何か別の事があるんじゃないの?」

 

 代表はさっき坂本くんに告白してたけど、理屈の上では同じ事ができるわね。

 このバカと、付き合う?

 テストの結果が全ての学園だって知ってて入ったわけだけど、ここまでとは聞いてないわよ。

 

 だけど、吉井くんはこんな事を言い出した。

 

「別の事? そんなの無いけど……」

「……えっ?」

「ああ、強いて言うなら僕の事を許してほしいかな。無神経な事を言っちゃったし」

「……それだけで良いの? 代表みたいに『付き合って欲しい』って言われても断れないけど」

「あっ、その発想は無かったよ。でも、別にいいや。

 無理矢理付き合うなんて、嫌だし可哀想じゃないか」

 

 ……何故だろう、その点ではうちの代表よりも吉井くんの方が人間できている気がしてきた。

 バカなのに。ただのバカなのに!

 

「……分かった。いいわ。許してあげる」

「ホント? ありがとう!」

「あと、秀吉……悪かったわね」

「なぬ!?」

「え、あれ、木下さん? 謝らなくても……」

「キミの命令とは別に、謝りたかったのよ。

 ちょっと、ほんのちょっとだけやり過ぎたから」

「ちょっと……かのぅ?」

「何か言ったかしら?」

「な、何でもないのじゃ!」

「そう。これで命令に関しても終わりね。

 それじゃ、アタシはAクラスに戻るわ」

「うん。じゃあね!」

 

 吉井明久……か。

 ただのバカだと思ってた、いや、実際にバカだけど……ちゃんと筋を通す所は通してるのね。

 謝るべき時にはしっかり謝ってくれたし、命令権の使い方に関しては関節技を極めて連行していた代表よりも真っ当な使い方をしていた。

 ……借りができたかしら。今度機会があれば返すとしましょうか。







「今更だが、木下姉の性格は原作寄り……と言うかアニメ寄りになっている」

「確かに、リメイク前ではもうちょっと丸かったわね」

「その理由は簡単。『この状態から攻略する方が、面白そうだから』との事だ」

「筆者さんの基準はそこなのね……」

「今のところ、攻略の進捗状況は前回より遅いな。
 この先どう発展していくか……非常に楽しみにだな」


「では、明日もお楽しみに!」


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戦いを終えて

 翌日の朝の事だ。

 

「今日も一番乗り……じゃないだと!?」

「……よぉ、剣」

「雄二、何があった? 何故こんな朝早くから学校に来ている!!」

「それはブーメランなんだが……まあいいや。

 寝ていたらな、ふと悪寒を感じたんだ」

「悪寒?」

「ああ。このままここに居たらマズい。そういう悪寒がな」

「いやに具体的な悪寒だな」

 

 これもブーメランだがな。

 

「恐らくは翔子が来そうだったんだろう。

 俺は即座に登校の準備を始めて一目散に逃走した。

 それが俺がここに居る理由だ」

「……そうか。

 何というか……霧島ってそんなキャラだったのか?」

「……ああ。奴をどうにかしなければ俺に安息の日々は訪れない……」

 

 どうにかするったってなぁ……

 試召戦争の事は試召戦争で片付けるしか無いだろうな。

 

「……剣、次回の戦争では必ず勝つぞ! 俺の尊厳の為に!!」

「まぁ、面白そうだから協力してやる。

 姫路抜きで勝つってのも面白そうだからな」

「そう言えば振り分け試験の再試があるんだったか。

 姫路が抜けるのは痛いが、まぁ仕方ないか」

 

 元々ここに居る方がおかしいからな。それが元に戻るだけだ。仕方ない。

 しかし、霧島か。少し様子を見ながら、適宜手を打つとしよう。

 

 

 

 

 

 

 そして、数日後の事だ。

 

「剣! これを見てくれ!!」

「どうした雄二。これは……」

「振り分け再試験の結果だ!

 1人だけ、Aクラス行きらしい!」

「? 何を言ってるんだ。そんなの当たり前だろう」

「当たり前だが当たり前じゃないんだ! とにかく見てくれ」

 

 雄二がうるさいので紙を受け取る。

 確かに、Aクラス行きが1名。それ以外はFクラス。

 だが、その生徒の名前は……

 

「……三宮(さんのみや)銀太郎(ぎんたろう)、だと?

 姫路ではないのか!?」

「ああ。そうだ。姫路ではない」

 

 紙をよく見てみると姫路は名前の書き忘れで0点になっているようだ。

 凡ミス……ではなく意図的なものかもな。Fクラスに、明久に恩義を感じていた姫路なら残ろうとしても不思議ではない。

 それだと明久が頑張った意味が無くなるんだが……まぁ、本人がそうしたなら別にいいか。

 

「しかし、何者だ? この三宮というのは」

「アイツだ。ほら、狂ったように勉強と二宮金次郎を讃えていたアイツだ」

「……アイツかぁっ!!!」

 

 目を閉じて、耳を澄ませば鮮明に思い出せる。

 『シュミはベンキョウ! ソンケイするヒトはニノミヤキンジロウ!!』

 そんな、不気味な声を。

 

「鉄人……一体何をしたんだ? ただのFクラス生徒をこの短時間でAクラスに押し上げるって相当だぞ!?」

「知りたくもあるが……知りたくないな」

「……まぁ、いい。停戦期間は3ヶ月間だ。

 それが終わったら……全員まとめてぶっ倒す!」

「そうだな。相手が誰だろうと関係ない。

 俺は俺の尊厳の為にも、翔子を倒す!」

 

 停戦が終わった時、どんな物語が紡がれるのか、非常に楽しみだ。






「かなり短いが、以上だ」

「その分他の話が長かったという事で手を打ってもらいましょう」

「とりあえずここまで書いたわけだが……2章の清涼祭編は全く書けてないようだ」

「一か月近くあったのに……」

「何気に他の作品とかも書いてるからな。
 筆者も社会人になって学生時代ほど自由時間も少ないしな。
 まぁ、そう遠くないうちに続きを出すはずだ。のんびりと待っていてくれ。
 気付いている人は気付いているが、ちょうど1年ほど前からツイッターなんかも使ってるようだ。もしかしたら執筆の進捗を呟いたりするかも」

※天星のユーザーページにツイッターへのリンクを載せてあります。
https://syosetu.org/user/39849/


「では、また次回お会いしましょう!」


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第2章 転校騒動と蠢く陰謀
清涼祭編 プロローグ


 この文月学園では毎年5月頃に学園祭が行われる。

 まだ学校に慣れていない1年生の連中には少々酷だと思うんだが……これも特殊な試験校ならではの試みの一環だろう。

 それぞれのクラスが模擬店を出し、それぞれの手段で祭りを盛り上げる。

 そんな祭りを一週間後に控えた今、我らがFクラスは何をしているかと言うと……

 

『来いよ吉井! お前の球なんて場外まですっ飛ばしてやらぁ!』

『別に構わないよ。やれるものならね!!』

 

 

 ……何故か、野球をやっていた。

 

 

「……ねぇ空凪、吉井たちは一体何をしてるの?」

「ん? ドイツには野球は無かったのか?

 いいか、アレは野球といって……」

「いやいや、そのくらいあったから! そういう意味じゃないから!!」

 

 全く我侭な奴だな。

 今の状況を説明すると、グラウンドで野球をやってる連中を僕達がAクラスの教室から見下ろしている最中だ。

 何故Aクラスに居るのかって? そうだな、箇条書きで説明しよう。

 

・この時期に我がクラスの企画は全く決まってない!

・そうだ、どっかのクラスに便じょ……協力を申し出て合同企画にしよう!

・大人数での企画になるから規模のデカい教室……Aクラスしか無いな。

 他学年との交流も無いから2-Aで決まりだ!

 

 ……こんな感じだ。

 なお、この一連の流れは副代表である僕の独断で決めた。

 代表が遊んでるから仕方ないね♪

 

「あの……皆さんを呼ばなくて良いんでしょうか?」

「良いと思うか?」

「思ってたら訊いてないです。

 何とか合同企画を受け入れてもらえたのに私たちは今4人しか居ないんですよ?」

「ん? 4人?」

 

 周囲を見回すと、僕と島田と姫路以外にもう1人居た。

 居ると思ってなかったんで少し驚いた。

 

「お前、居たのか。下に居ると思ってたが」

「当たり前だ。むしろこんな時期に呑気に遊んでられる代表達の方が信じらんねぇよ」

「……お前、本当にFクラス生か?」

「……一応」

 

 Fクラスにしてはまともな感性を持っていたので思わず変な質問をしてしまった。

 こいつの名前は……何だっけな。まあいいや。

 僕達4人だけが居てもしょうがないのでサッサと呼びに行くとするか。

 そんな事を考えながらふと視線を再び外に向けた。

 

 

『(カーブを、内角、高めに……)』

『(……雄二の、股間に、ストレート!)』

 

 

 ……あれ? キャッチャーやってる雄二の後ろに変な背後霊が見えたような……

 もう一度見てみよう。

 

 

『うぐぉぉぉおお!! 何故だ明久!!』

『……大変、雄二。怪我、診てあげないと』

『しょ、翔子!? 何故ここに居る!?

 い、いや、大丈夫だ。怪我は大したこと無いから脱がさなくて大丈夫だぞ!!』

『……(吉井! もう一度、同じ、コースに!)』

『テメェのせいかよ!!』

 

 

 

「……おい光」

「ん~?」

「貴様のとこの代表もサボっているようなんだが……」

「……坂本くんを呼びに行ってたはずなのに完全に一緒に遊んでるわね……

 仕方ない。兄さん、呼んできて」

「良かろう」

 

 『呼んでこい』と言われたが、今僕はグラウンドから普通に視線が通る位置に居る。わざわざ降りる必要もあるまい。

 そう思って窓から身を乗り出して呼びかけた。

 

「(遊んでないで、早く、戻ってこい)」

「ここからサイン出して伝わるわけが無いでしょうが!!」

 

 

 

  ……数分後……

 

 驚いた事にハンドサインには全く反応してくれなかったので仕方なくグラウンドに普通に降りてから雄二を引っ張ってきた。

 

「な、何だと!? Aクラスとの合同企画だと!?

 いつの間にそんな事になってんだ!!」

「文句があるならこんな時期に呑気に遊んでるんじゃない」

「ぐぬぬ……」

 

 唸っているアホ代表は置いておいてクラスの連中に説明するとしよう。

 今更ゴネるメリットは皆無なのでそんなアホな事をする奴は代表以外には居ないだろうが……説明だけはしっかりとしておかねば。

 

「え~、諸君。先ほども言ったが今回はAクラスとの合同企画になった。

 言うまでもないことだがAクラスには女子が居る。堂々とサボってるようなアホはどういう目で見られてどういう噂をされるかは……まぁ、貴様らの想像に任せるとしようか。

 そして、精一杯頑張っていた場合には……これも説明するまでもないな」

 

 今回の合同企画の収益は均等な山分けではなく貢献度に応じて適当に分配される。サボってる奴が居るとFクラスの利益がどんどん減っていくので見つけ次第シバき倒す予定だが、こう言っておけば堂々とサボる奴は流石に居ないだろう。

 

『なるほどな……分かったぜ!』

『それで、一体全体何をやるってんだよ?』

 

「おっと、説明していなかったな。

 今回の企画は『喫茶店』だ。

 より正確には『執事&メイド喫茶』だ。よって仕事は大まかに2種類。

 料理等を出す厨房班、そしてお客様をおもてなしするホール班。あとは細々とした雑用だな。

 厨房班は指示に従って料理できるなら十分だが、ホール班は光による面接が必要だ。自信が無い奴は大人しく料理に回ってくれ。

 今から紙を配るんで希望する仕事と、あとシフトを書いてくれ。100%希望を通す事は不可能だが、上手いこと調整する。

 各々の部活とかとの兼ね合いもあるだろうから労働時間はお任せだ。ただ、頑張れば頑張るだけ評価はされると思ってくれ」

 

 と、ここまで言ってからそもそも部活に入ってる奴が秀吉以外に居ただろうかと考える。

 流石にそこまでは把握できていないんだが……まぁ、別にいいか。シフトが上手いこと埋まってくれればどうでもいい。

 

「全員に紙は行き渡ったな?

 その紙は遅くとも明日中に僕に提出してくれ。紙を紛失したら替えを渡すからすぐに言え。提出期限をすっぽかす愚か者がもし居たらこちらで適当に決める。

 以上だ。それでは各自作業に入ってくれ」

 

 これにて全体への連絡は終了だ。

 じゃ、僕も働くとするか。金の為に。






「というわけで再開だ」

「リメイク前と流れはほぼ全く変わってないみたいね。
 強いて言うなら宮霧くんが出てたくらいね」

「ああ、そういやそんな名前だったな」

「……この空間を出たら即座に忘れるんでしょうね」

「ハッ、何を当たり前の事を」


「では、次回もお楽しみに~」


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01 問題の発端

「……今日はこんなもんね。

 皆、お疲れさま」

 

 Aクラス代表の霧島は雄二を追いかけ回しているようなので必然的にAクラスの副代表らしい光が指揮を取っている。

 まぁ、霧島の性格や性質は『皆を引っ張るリーダー』と言うよりも『冷静沈着な重鎮』といった感じなのでちゃんとこの場に居たとしても誰かに指揮を託しそうだが。

 

 帰りの支度を進めていると明久が声をかけてきた。

 

「ふ~、やっと終わった。

 剣~、帰ろ~」

「ああ、そうだな」

「ちょっと待って!!」

 

 明久と一緒に帰ろうとしたら島田が声を掛けてきた。

 

「ん? 何か用か? どっちにだ?」

「あ~、えっと……2人とも。

 ここじゃ話しにくいからちょっと場所を変えさせて」

「良かろう。明久も……どうせ家帰ってもゲームやるだけだから構わんな?」

「いや、構うけど……まぁいっか。どうしたの島田さん」

 

 

 

 とりあえず手近な場所……Fクラス教室に移動してから話をする事にした。

 まず告げられたのは、こんな事だった。

 

「えっと……結論から言わせてもらうと、瑞希が転校するかもしれないの」

「な、なんだって!? そ、そんなっ!!」

 

 ふぅむ、転校か。妥当な選択だと言えるな。

 姫路の親は正しい判断が下せる人間のようだ。

 

「くっ、こうなったらモヒカンになる前に秀吉に告白しないと!!」

「おい明久、僅か数秒の間にどういうロジックを働かせたんだ」

「って、違う違う!! どうして姫路さんが転校なんて!?」

「そうだよ、それが正しい反応だよ」

 

 納得するか疑問に思うかが正しい反応であって、可能性の話を断定的に妄想するのは決して正しい反応ではない。

 まぁそんな事はどうでもいい。一応理由を聞いておこうか。見当は付くが、僕の勘違いという事も十分有り得るからな。

 

「細かい話は聞いてないんだけど……どうやらこの教室の設備の問題みたい」

「やはり、そうか」

「え? どういう事?」

「……明久、深呼吸してから辺りを見回してみろ」

「すぅぅぅーーー……ゲホゲホッ!

 ああ、うん、そういう事か。よく分かったよ」

 

 あのバカの明久ですら咳き込む事があるレベルの環境の劣悪さだ。身体の弱い姫路が今日まで生きのびて居られるのが奇跡……と言うのは過言だが、親御さんが心配する気持ちはよく分かるな。

 

「という事は、貴様の目的は……」

「うん。清涼祭で頑張ってお金を稼げば設備の改善ができるはずでしょ?

 そして、今回の合同企画のお金の配分は貢献度で決まる。

 だったら霧島さんから逃げ回ってる坂本にもしっかりと働いてもらわないと!」

「だから仲の良い僕達に相談しに来た……と」

「うん。そういう事」

 

 学園祭の収益如きでどこまで設備を改善できるかは不明だが……何もしないよりはずっとマシだろうな。

 しかし、問題は設備だけではない。そこは理解できているのだろうか?

 

「島田、設備の改善は良いとして、他の問題の対策は練ってあるのか?

 僕の考えでは問題点はそれ含めて3つあるんだが」

「ええ勿論……って、3つ?」

「ど、どういう事?」

 

 この反応から察するに、島田は2つまでは考えてたんだろうな。

 そして明久は全く考えてなかったと。

 

「ああ、3つだ。

 1つ目は、当然『設備の問題』

 そして2つ目は『教室の問題』

 最後に『クラスメイトの問題』

 以上だ」

「……? 設備の問題と教室の問題って被ってない?」

「意味的には被ってるが、目的としては被ってない。

 仮にだが……今回の清涼祭で1億円くらいの収益を得たとしようか」

「そ、そんなにあったらゲーム買い放題じゃないか!」

「黙れバカ。んで、その収益を使って最高級の机やら椅子やら、あと畳やらも購入したとしよう。

 それで教室の環境、まともなものになるか?」

「…………確かに、不十分ね」

 

 島田がゆっくりと辺りを見回してからそう答えた。

 特に意図は無かったが、結果的にこの場所で会話して正解だったな。

 

「設備をまともにしても壁とかの建物そのものがまともじゃない。そういう事よね?」

「そういう事だ。コレは金の問題ではなく学園側をどう動かせばいいかという話になる」

「なるほど~。だから目的は被ってないって言ったんだね」

「でも、どうするの? 学園側を動かすって言われても……」

「いや、実は一番簡単だ。一番偉い奴に直訴すればいい。この場合は学園長だな」

「ええっ? そんな事で大丈夫なの?」

「ここは一応は教育期間だ。高校として運営していく以上は学問に支障を来さないレベルの設備を用意するのは義務と言って良い。

 設備に関しては自力で改善できるチャンスがあるから問題は無いが、自力でできない部分で学園側が動くのはむしろ当然の事だな」

 

 設備に差を付けるというのはこの学校の方針だ。

 しかしそれはあくまでも『学習意欲を向上させる為』であり、不便や不快を通り越して病気にでもなったら本末転倒だ。

 ただ、あの学園長だからな……すんなり行くかは少々疑問だ。

 

「設備と教室については分かったけど、3つ目の『クラスメイトの問題』ってどういう事?」

「明久、Fクラスの連中をどう思う?」

「バカだと思う」

「大正解だ。お前も入ってるが」

「ハハッ、冗談が上手いね」

「……まぁ、バカなお前でも分かるくらいFクラスの連中はバカだ。

 そんなバカに1年中囲まれてるんだぞ? うちの娘に悪い影響が~って考えるのが普通の親だ」

「えっ、そこまでかな……?」

「元々バカなお前だと感覚が麻痺してるかもしれんが、本来姫路は学年順位1桁の優等生だ。

 そういう連中からしてみれば『学力最低クラス』ってだけでとんでもなくマイナスのイメージになる」

 

 そしてこれが一番厄介な要因だ。

 他2つは物理的に解決できるが、『集団の悪評』なんてものを取り除くのはかなり厄介だ。

 Fクラスを全員鉄人に洗脳してもらえば解決するかもしれんが……いや、逆に不安が増すな。

 

「……そう言えば島田、お前はこっちの問題は気付いてたんじゃないか?」

「うん。そっちはちゃんと気付いてた……って言っても瑞希が言ってただけなんだけどね」

「対策も考えていたようだが……一体何をする気だ?」

「清涼祭は毎年『召喚大会』が開かれるの。

 そこで私と瑞希で活躍して両親を見返してやろうって計画よ」

「なるほど。その手があったか」

 

 うちの学園祭は外部の人間に一般公開される。そこでPRの為に毎年召喚獣による対戦が行われている。

 人気が無くなったら即座に瓦解するという危なっかしい性質を持つうちの学校はそういう事にかなり力を入れてるんで、そこで優勝できればかなりの効果が期待できるだろう。

 

「姫路なら頑張れば優勝も不可能ではないな。

 できれば姫路抜きのFクラス生のみで優勝するのが最善だが……流石に無茶か」

「皆バカばっかりだからね」

「なんたってFクラスだもんなぁ……」

 

 一番点数が低くて一番召喚獣が弱いクラスだ。

 Aクラス戦では科目を絞って戦えたが、今回の大会は1戦毎に科目が変わるルールらしい。厳しいな。

 

「まぁ、とりあえずそっちはそっちで頑張ってくれ。優勝に届かずとも良い成績を残せば効果はある」

「やる前から負ける話をしないで欲しいんだけど……」

「そりゃ済まなかったな。それじゃあこっちはこっちで動くとしよう。

 学園長に直訴……の前に雄二探しだな。クラス代表が居た方が良いだろう」

 

 というわけで、ひとまず雄二を探す事になった。

 そんなに時間はかからないだろう。サッサと見つけ出そう。






「原作やリメイク前だと島田の話を秀吉も聞いていたりするが、本作ではカットされてる。
 単に面倒くさかったらしい」

「まぁ確かに要らないと言えば要らないでしょうね……」

「原作では秀吉の協力が無いと雄二が協力してくれなかった可能性があるが……本作では僕が居るから割とどうとでもなる。
 そもそも雄二の協力も絶対条件ではないし」

「扱いが軽いわね……

 え~、それでは、次回もお楽しみに!」


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02 直訴と提案

 と、言う訳で……

 雄二をサクッと見つけ出し、学園長室に殴り込みに行く事になった。

 

「いや、どういう訳だよ!!」

「いや~、偶然ってあるもんだな~。

 たまたま通りかかった女子更衣室の扉を蹴破ってたまたまカーテンを引っぺがしたらお前が隠れてるんだもんな!」

「ホントだよね! 奇跡ってあるんだね!

 雄二が霧島さんから逃げる為に女子禁制の場所じゃなくてあえて男子禁制の場所に隠れてるだなんて夢にも思ってなかったよ!」

「下らん三文芝居は止めてサッサと用件を話せ!」

「うむ、そうだな。のんびりしてたら霧島に見つかるかもしれんし、こうやって騒いでるだけでも……」

 

 誰かに見つかってしまうかもな。

 そう言おうとした時、この女子更衣室に入ってきた女子生徒、木下姉と目が合った。

 

「…………」

「「「…………」」」

 

 十秒ほど静寂が続く。

 木下姉がゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐き、そして……

 

「先生! 覗きです! とっ捕まえてください!」

「やべっ、逃げるぞお前ら!」

「了解っ!」「やれやれ」

 

 ひとまず雄二に続いて窓から逃げる。

 最後尾の僕が脱出し終えた直後、鉄人の野太い声が聞こえてきた。

 

「逃さんぞ! 補習室で性根を叩き直してやろう!」

 

「……なぁ、補習室ってそういう設備だっけ?」

「知るかよ! そんな事より捕まったら終わりだぞ!!」

「不法侵入はともかく覗きに関しては冤罪だから話せば分かってくれると思うんだがな……」

「そんな呑気な事言えんのはこの学校じゃお前だけだ」

 

 雑談しながらも全力で足を動かす。

 う~む、距離を詰められているな。

 

「剣! 鉄人を倒したりできないの!?」

「無茶を言うな無茶を。自宅ならともかくこんな所で倒せるわけが無いだろ」

「自宅なら倒せるのか!?」

「じゃあ自宅までおびき寄せて……」

「その途中で確実にとっ捕まるだろうな」

 

 それ以前に教師を倒そうとするんじゃない。後で問題になるだけだから。

 

「しかしこのままでは時間の問題だな。

 ……仕方あるまい。僕が残るからお前たち2人で行ってくれ」

「うん、分かった! 達者でね!」

「……雄二、用件は明久が一応把握している。

 明久がアホだったら島田にでも訊いてくれ」

「ああ、分かった。すまんな」

「気にするなら、上手いことやってくれ」

「当然だ」

 

 雄二と明久を見送って鉄人に向き直る。

 ま、なるようになるだろう。

 

 

 

 

 

 剣の献身によりどうにか鉄人から逃げた俺たちは学園長室に向かう。

 

「んで? 一体何の用があったんだ?」

「うん、大変なんだよ! 姫路さんが転校しそうで、殴り込みに代表の雄二が必要なんだよ!!」

「……よし、ちょっと整理させてくれ」

 

 後半は意味が分からないから無視するとして、前半から追っていこう。

 姫路の転校となると……やはり原因はあの教室の設備だろうな。

 考えられる問題点は3つ。設備と、教室そのものと、後はクラスメイト。

 その中で剣だけではなく俺が必要になる要因は……教室か。

 学園長への殴り込みもとい教室の改善要求を出すのにクラス代表の俺が必要だったと。

 

「大体把握した。行くぞ」

「うん!」

 

 

 

 

 そうして学園長室の前に辿り着くと中から声が聞こえた。

 無駄に分厚い扉を挟んでるんでよく聞き取れないが……婆さんの声が混ざってるっぽいので学園長は中に居るようだ。

 無駄足にならなかったようで何よりだ。

 

「チィーッス、失礼しまーす」

「え、ちょ、雄二、いきなり!? し、失礼します」

 

 雑に2回ほどノックした後、返事を待たずに扉を開け放つ。

 中に居たのは見覚えのある老婆こと学園長。そしてもう1人。

 

「おやおや、こんな時に来客ですか。まさかとは思いますが、これは貴女の差し金ですか?」

 

 確か教頭の……竹原だったな。始業式とかで無駄に話が長かったのはよく覚えてる。

 

「ハッ、バカ言うんじゃないよ。どうしてアタシがそんな下らない小細工しなきゃならんのさ」

「さぁどうでしょう? 学園長は隠し事がお好きなようですから」

「そんな下らない詮索をしてるヒマがあるなら仕事しな。それとも、まだいちゃもん付けようってのかい?」

「……まぁ、ひとまずは引き下がるとしましょう。続きはまたの機会に」

 

 そう言い捨てて教頭は去って行った。

 何だかキナ臭い話をしていたようだが……俺たちには関係の無い話だな。

 

「んで、そこのガキどもは一体何の用だい?」

 

 さて、相手は一応はここのトップだ。少しは下手に出ておくか。

 

「本日は学園長に相談があって参りました」

「アタシは忙しいんだ。学校の運営に関する事ならさっきヒマそうにしてた教頭の竹原に言いな。

 それと、用事があるならまずは名前を名乗りな。それが社会の礼儀ってモンだよ」

「失礼しました。私は2年Fクラス代表の坂本雄二です。

 そしてこちらが……うちのクラスを、いえ、2年を代表するバカです」

「ちょっと、雄二!? どういう事!?」

「ほぅ? アンタ達が例のFクラスの代表の坂本雄二と、観察処分者の吉井明久かい」

「学園長!? 僕はまだ名前を名乗ってませんよ!?」

 

 いや、ちゃんと名乗ったろ。バカって。

 

「気が変わった。いいだろう。話を聞こうじゃないか」

 

 話を聞いてくれるのはありがたいが微妙に引っかかるな。

 ……まだ手がかりが少なすぎるか。普通に話を進めよう。

 

「ありがとうございます」

「礼を言うヒマがあるならさっさと用件を言いなウスノロ」

「……分かりました。

 結論から言うと、Fクラスの設備の改善を要求しに参りました」

「ほう、そうかい。ヒマそうで羨ましいねぇ」

「現在のFクラスは窓はボロボロ、畳もボロボロ。隙間風が吹き荒れ、時折変なキノコが生えてくるような有様。

 例えるのであれば、そう。まるで学園長の脳味噌のような惨状です」

「え、雄二?」

「学園長のように戦国時代からしぶとく生き延びているような妖怪ならまだしも、現代の高校生たちにとっては非常に危険な状態です。

 まぁ要するに、サッサと教室を直しやがれクソババァ、という訳です」

 

 そんな罵倒混じりの俺の言葉を学園長は黙って聞いていた。

 少しは怒るかと思ったんだが、単純に気にしてないだけなのか、それとも怒れない理由があるのか……

 

「……なるほど、お前たちの言いたい事はよく分かった」

「えっ、それじゃあ教室を直してもらえ……」

「却下だね」

「雄二、このババァをコンクリに詰めて東京湾に流そう」

「おい落ち着け明久。環境汚染になるだろう」

「あっ、そうだった……ごめん雄二。大事な僕達の地球だもんね」

 

 却下か……この理不尽を訴えれば学園ごと潰して姫路だけじゃなく全員を転校させる事もできそうだな。

 勿論やらないがな。まだこの学校ではやるべき事があるし、一応とっかかりになる程度であって決定的ではない。

 とりあえず理由を聞くとしようか。建前の理由を。

 

「このバカが失礼しましたババァ。理由をお聞かせ願えますか?」

「そ、そうですね。教えてくださいババァ!」

「アンタ達……本当に聞かせてもらいたいと思ってるのかい?」

 

 なんだ、そんな事も理解できないとは。ババァの脳味噌は本当にFクラス教室並の可能性もあるな。

 

「まぁ教えてやる。と言うか、理由も何も設備に差を付けるのはうちの教育方針だよ!

 そういう学校だって分かってて入ってるはずだ。ガタガタ抜かすんじゃないよ!」

 

 それはあくまでも『設備』の問題であって、建物そのものに対する免罪符にはならないだろう。

 そんな事も分からないアホが学園長になどなれる訳が無い。一体どういうつもりだ?

 

「……と、普段ならそう言って突っぱねるんだけどねぇ」

「ん?」

「アンタ達は運が良かったね。丁度今ちょっと困っててねぇ。

 こっちの頼みを聞いてくれるって言うんなら、相談に乗ってやらん事も無いよ」

「…………」

 

 初めからコレが狙いか。

 態度を変えたのは俺たちの名前を聞いてからだったな。一体何を言い出す気だ?

 

「頼み、ですか?」

「ああそうさ。今度の清涼祭で召喚大会が開かれるのは知ってるかい?」

「……ああ、一応知っています」

「じゃ、その優勝賞品については知っているかい?」

「いえ、全く」

 

 そうか、優勝賞品なんてあったのか。

 そりゃあるか。賞品っていうエサが無いと強い奴が参加してくれないだろうからな。

 一部の物好きは参加するだろうが……PRの為の重要な大会を運任せにするはずがない。

 

「学園長、賞品って何なんですか?」

「賞状とトロフィーを除けば優勝者に与えられる賞品は2つさね。

 まず1つ、『如月ハイランド プレオープンプレミアムペアチケット』を2枚。

 そしてもう1つが試召戦争を便利に進められるアイテム、『白銀(しろがね)の腕輪』と『黄金(こがね)の腕輪』さ」

 

 何だと? 今、聞き捨てなら無い事を言わなかったか?

 

「え~っと……それが何の関係があるんですか?」

「話は最後まで聞きな。

 問題はこのペアチケット。ちょっと良からぬ噂を聞いてね。ちょいと回収して欲しいのさ」

「回収だなんてそんな面倒な事せずとも、そもそも賞品にしなきゃ良いんじゃないですか?」

「そんな事ができたらとっくにやってるよ。

 この件はウチと如月グループが結んだ契約だ。よほどの事が無い限りは撤回なんて不可能さね」

「そうなんですか……それで、その噂って言うのは?」

「……実に下らない話なんだけどねぇ。

 如月グループはあるジンクスを作ろうとしてるらしいのさ。

 『如月ハイランドに訪れたカップルは永遠に幸せになれる』ってね」

「おいちょっと待て学え……ババァ。そりゃまさか……」

「簡潔に言うと、今回の賞品のプレミアムペアチケットを持ってやってきたカップルを企業の力で強引にくっつけちまおうって肚らしい」

「何だと!? ふ、ふざけるな!!」

「うわっ、いきなりどうしたの雄二」

 

 如月ハイランド……それは今朝の登校中に翔子が気にしていた遊園地の名前だ。

 試召戦争の一騎打ちで負けた俺の立場上、翔子からデートに誘われたら断るのは不可能だ。

 プレオープンチケットは現在激レアらしい。そんな状況でこの大会の賞品として出てきたらアイツは死に物狂いで優勝しようとしてくるだろう。

 普通のペアチケットならまだ救いはあるが、このペアチケットをアイツが手にしたら……俺は破滅だ!

 

「えっと……雄二……?

 ……まいっか。それじゃあ学園長、頼みっていうのは……」

「『今回の優勝賞品の回収』それができれば教室の件は引き受けてやろうじゃないか」

「回収……って事は……」

「ああ、一応、念のため言っておくがね。優勝者から譲ってもらうってのはアウトだよ。

 強引に奪い取るのも論外。そんな不正は認めないよ」

「あ、あっはっはっ、やだなぁ~。そんな事微塵も考えてませんよ!

 そ、それより、確かですね? 僕達が勝てば教室と設備は改善してくれるんですね?」

「何を寝ボケた事言ってるんだい。アタシがしてやれるのは教室だけだよ。設備は自力で何とかするこったね。

 個人の資金で設備を改善するのは見逃せないけど、清涼祭で得た資金で程々に改善する分には目を瞑ってやるよ。クラスの成果だからねぇ」

 

 …………ハッ、危ない危ない。気付いたら話が進んでいた。

 要するに優勝できりゃあ良いんだ。そうすりゃ万事解決だ。

 

「……いいだろう。その提案を受けてやっても良い」

「あ、雄二が復活した」

「随分と上から目線だね。どういうつもりだい?」

「簡単な話だ。いくつか条件を付けさせてもらうだけだ。

 まずはちょっとした確認だ。

 今回の大会のルールでは2対2のタッグマッチトーナメント。

 そしてその時の科目はそれぞれの1戦目は化学、2戦目は古文といった具合に毎回変わる。これで合ってるか?」

「ああ。その通りさ。それがどうかしたのかい?」

「この時の科目についてだが……その指定を俺にやらせてくれ」

 

 この提案は通るだろうか?

 普通は通らないんだが、恐らくは……

 

「……ふむ、いいだろう。

 点数の水増しとか言われてたら一蹴していたけど、そのくらいなら手を貸してやろう」

 

 そうか……やはり通るのか。なるほどな。

 

「そこまでやるからには絶対に勝てるんだろうね?」

「…………」

「あれ? 雄二どうしたの?」

 

 確実に言える事がある。

 科目を指定しただけでは翔子には絶対に勝てない。

 俺と明久の2人掛かりで挑んでもかなり厳しいのに向こうには恐らくAクラスの相方が居る。

 下手な策を凝らしても見破られる可能性もある。

 ……少し、いや、かなり情けない話だが……やはりこうするのが最善手だろう。

 

「……俺は大会には出ない」

「ええっ!?」

「……今更どういうつもりだい?」

「安心してくれ。より確実に勝つ為に俺の代わりに別の奴に出てもらうだけだ」

「ほぅ? 誰だい?」

「うちのクラスの副代表、空凪剣だ。文句はあるか?」

「……ああ、あの時のガキかい。それなら構わないよ」

「……ありがとうございます。俺からの提案は以上です。

 約束を忘れないでくださいね?」

「フッ、当然さね。アンタ達こそ、絶対に勝つんだよ?」

 

 学園長が何を企んでいるかはまだ不明だが……最低でも翔子に勝てないと破滅するのは明らかだ。

 剣、お前ならそのくらいの無茶振りはこなしてくれるよな。






「今回は解説できそうな場面がいくつかあるな~」

「リメイク前だとキミも一緒に学園長室に乗り込んでたけど、今回は原作通りのメンバーね。
 人に任せるのが少しは上手くなったって事かな。筆者さんが」

「そういう事だな。
 そのおかげで雄二視点にできた。原作のあのやりとりを『実は計算尽くで挑発していた』という描写を入れられたな。
 なお、実際にそうだったのかどうかは知らん」

「坂本くんなら計算高く話してた可能性も十分有り得そうね」

「後は……腕輪についてだな。
 原作では2つの腕輪はどちらも『白銀の腕輪』だが、本作では名前を分けている。
 これは単純にややこしいからだな。ちなみに白銀が『フィールド作成』で黄金が『二重召喚』だ」

「……そう言えば、リメイク前では黄金の腕輪は今後一切出てこなかったわね……」

「明久が無茶しなきゃならん場面が皆無という原作に喧嘩売ってるような展開をしたからなぁ……
 今回も活用されるかどうかは未知数だ」

「白銀は色々と大活躍してたのにね。あと白の腕輪も」

「黄金はなぁ……明久以外が使うと暴走しかねんからなぁ……使いまわしができないって結構な欠点だよな」

「そうねぇ……

 それでは、次回もお楽しみに!」


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03 開幕

「という訳で大会で絶対に優勝してくれ!」

「……その訳とやらが貴様の為なのか姫路の為なのかはあえて訊かんでおこう」

 

 鉄人先生から程々に説教を受けた後、雄二と合流して『召喚大会で優勝しろ!』と言われた。

 事情は概ね把握したが……キナ臭いな。

 

「しかし、どういう事だ?」

「そうだよ雄二! どういう事?」

「……どういう意図で言ったのかちょっと説明してくれ。まず明久から」

「え? うん」

 

 明久と台詞は被ったが、その意図までは被ってない。

 ……そう信じたい。

 

「あのさ……雄二の方が僕より点数高いよね? 一応代表なんだし。

 だったら僕が出るよりも雄二が出た方が良いんじゃないの?」

「何だそんな事か。理由は2つある。

 まず1つ、認めるのは少々癪だが単純にお前の方が強い。

 今回はタッグマッチなんで連携が肝になる。多少点数が高いよりも器用に動かせる事の方が重要だ」

「そ、そうなんだ……もう1つの理由は?」

「今回は合同企画だからな。代表と副代表が揃って居ないとなると『やる気が無い』と見なされて収益をカットされる危険がある」

「え~? それくらいは融通効かせてくれるんじゃないの? 仕方ないんだから」

「仕方ないってのは俺たちの事情であってAクラスは関係ない事だ。

 それに、俺たちのどっちかが常に睨みを効かせておかないと突拍子もない行動を取る奴が間違いなく出てくるだろう。なんたってFクラスだからな」

「……凄く納得できたよ」

 

 良かった。明久とはちゃんと被ってなかったようだ。

 それじゃあ僕の意図を言うか。

 

「僕が気になったのは学園長の意図だ。はっきり言って異常だ」

「お前も感じたか。だったらやはり何か隠された意図があったんだろうな」

「えっ、どういう事?」

 

 学園長の発言には色々と、それはもう色々と異常な所が存在する。

 ペアチケットに関する噂はでっちあげの可能性すら有り得るな。事実でもおかしくはないが。

 

「この学校は色々と注目されてる試験校だから敵も多い。

 出場者を狙った闇討ちとかも有り得そうだ。明久、注意しろよ」

「え、ええっ!? どういう事!?」

「そのままの意味だ。Fクラスの連中相手にいつもやってる事だから簡単だろう?」

「あ、そっか。簡単だね」

 

 ……とりあえず今できる事はこんなもんだな。

 後は当日に頑張るとしよう。

 

 

 

 

 そして一週間後……清涼祭が始まった。

 

 

 

 

「壮観だな。たかが学園祭の模擬店でここまでの人数が動員されているとは」

「AクラスFクラス合わせて100人だからね。勿論部活とか委員会とかで居ない人も居るけど。

 ……ところで、坂本くんはどうしたの? うちの代表も大会に出てるからアンタが出るのに文句は無いけど、両方居ないってのは文句を言わせてもらうわよ」

「ああ、安心しろ。もうすぐ帰って……きたようだ」

 

 光と雑談していたら雄二が帰ってきた。

 学園長の所で科目の指定をしてきたようだ。後で見せてもらうとしよう。

 

「うぃ~っす、店の準備はどうだ?」

「順調だ。唯一の難点はお客様をおもてなしする執事の数が少ない事か」

 

 Fクラスのほぼ全ての男子は光の面接を受けてほぼアウトを喰らっているので厨房班に回されている。

 そして生粋のAクラスの男子はそこまで数が多くない。うちの学年の男女比はほぼ半々だが、Fクラスに男子が集まってるんで他のクラスは女子率が高めになっている。

 

「まぁ、なるようになるだろう。メイドは潤沢だし」

「そうか。大会の方の準備はどうだ?」

「バッチリだ。明久も……お~い明久!」

 

 厨房の方に呼びかける。

 少し待つと明久が駆け寄ってきた。

 

「どうしたの?」

「もう間もなく召喚大会が始まる。準備は万端か?」

「うん、バッチリだよ! いつでも対戦相手を闇討ちできるよ!」

「やめい!!」

「……あれ? あ、そっか。あくまで警戒するだけだった! ついいつものクセで……」

 

 ……とりあえず準備はできているようだ。多分。

 

「雄二、トーナメント表は持ってこれたのか?」

「ああ。ババァが一応人数分くれた。

 俺と、お前たちと、あと島田と姫路の分もついでにな」

「……そうか。そう言えばあいつらも出るんだったな。すっかり忘れてた」

「おいおい、一応優勝候補だぞ……?」

 

 それは置いておいて、トーナメント表を確認する。

 順調に勝ち上がった場合、試合数は決勝を含めて5回。シード枠は特に無いようだ。

 順当に進めば3回戦で姫島コンビ、4回戦で霧島と木下姉のペアと当たりそうだ。

 1回戦はよく分からん2ーBの女子2名のペア。2戦目は……まぁ、BクラスとCクラスの代表ペアになりそうだ。

 決勝は…………う~む、見知った名前は無いな。Bクラスの御空とか、Aクラスのトップクラスの連中はさっき言ったペアを除いてどこにも名前は無い。

 単純に考えるのであればAクラスのペア……3年生の『夏川』とかいうのと『常村』とかいうのが勝ち上がってくるかもな。

 

「とりあえず配ってやろう。

 お~い、姫路~、島田~」

 

 教室に向かって呼び掛けてみるが返事が無い。

 どこ行ったんだあいつら?

 そんな疑問には光が答えてくれた。

 

「あの2人なら今頃更衣室に居ると思うわ。アンタ達より試合時間が微妙に遅いんでそれまで仕事する気みたい」

 

 科目入りのトーナメント表は今配られたが、科目抜きの仮トーナメント表は2~3日前にほぼ完成して出場者には配られている。

 事前に特定の科目を集中的に上げさせるのを防ぐ為に科目だけは伏せられているが、試合時間の予定だけは告知してあるというわけだ。

 さて、今は2人が居ないなら後でもいいか。科目を伝えるのは僕達が帰ってきてからでも十分間に合う。

 

「更衣室か。なるほど。

 ……姉さん、1つ頼みがある」

「……何?」

「姫路を、絶対に厨房に入れないように」

「……アンタが私を『姉さん』って呼んだ上に下手に出て頼み事をするって事は相当重要な事なんでしょうね。

 分かったわ。ホールの仕事に専念させておく」

「助かる」

「別にいいわ。姫路さんだったらホール班の方が向いてそうだし」

 

 ……さて、そろそろ時間だ。行くとしよう。






「学園長とのやりとりに関する違和感は原作通りなんでカットだ。こんな序盤でネタバレする話でもないし」

「原作読んでない人が居るかもしれないんだけど……」

「流石に居ないだろう……と思うが、もしそういう人が居たら自分で考えてみるといい。
 ヒントとしては……学園長の立場に立ってみてペアチケットを回収したい場合、どういう手段を用いるのが最善かを考えてみる事だな」


「今回はちょっとトーナメント関係で地味な変化があるわね」

「原作だと6試合が一応存在する設定だが、3戦目は相手が食中毒で不戦敗になるんで存在意義が皆無と言っても過言ではない。
 だから面倒だから元から5試合って事にした」

「そして……決勝の相手がアッサリと特定されてるわね」

「原作では全トーナメント表の1/4しか確認できないから何とも言えんが……とりあえずAクラスペアはアイツら以外には居なかったとしてみた。
 そしたら……まぁ、アッサリと」

「今後の会話内容が微妙に変わりそうね。微妙に」

「そうだな」


「では、次回もお楽しみに!」


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04 第一試合と天使ちゃん

 第1回戦第1試合。最初の試合こそが僕達の試合だ。

 相手はBクラスの女子コンビ。今後戦う相手に比べたら大したことは無いが、舐めてかかると負ける危険があるだろう。

 

「頑張ろうね、律子」

「ええ勿論、真由美」

 

 仲が良さそうな2人だな。

 Bクラスとの試召戦争では僕は後半しか前線に居なかったが……あの2人には見覚えが無いな。

 序盤でアッサリやられたのか、それともあの底知れない副代表のように隠れていたのか……いや、無いか。

 

「ではこれより、召喚大会第1回戦第1試合を始めます」

 

 立会い教師が開始を宣言する。最初は確か数学だったはずだ。

 

「2回戦までは一般公開もされていない予選のようなものなので緊張せずに頑張ってください。

 それでは、承認します!」

 

「「「「試獣召喚(サモン)!!」」」」

 

 フィールドの展開と同時に4つの召喚コマンドが響く。

 さて、まずは彼我の戦力の確認だ。

 

 

  [フィールド:数学]

 

Fクラス 空凪 剣  400点

Fクラス 吉井明久  63点

 

Bクラス 岩下律子  179点

Bクラス 菊入真由美 163点

 

 

 ……まぁ、勝てるな。

 

「ちょ、ちょっと!? 何その点数!? Fクラスなのに!?」

「腕輪持ちって事!? そんなのどうやって戦えば良いのよ!!」

 

 相手の方は慌てふためいているようだ。

 僕の腕輪は基本的には腕輪持ちにしか効果を発揮しないから怯える必要は無いんだが……放っといた方が有利なんで放っておこう。

 ……ん? 腕輪の能力は何かって? 後で分かるさ。

 

「それでは、試合開始!」

 

「くっ、片方は腕輪持ちでももう片方は雑魚よ! 2対1なら勝機はある!」

「そ、そうね! まずは頭数を減らしましょう!」

「いや、あの、雑魚って……」

「事実だから仕方ないな」

 

 そんな事より、一瞬で意思疎通を済ませた事を評価すべきだろう。

 片方は明久に真っ直ぐ向かい、もう片方は僕に武器を突きつけて牽制しているようだ。

 なかなかのチームワークだ。僕達が相手じゃなかったらそこそこ良い線まで行っただろうに。

 ……そう言えば、賞品って優勝者に対してだけなんだよな。準優勝とかでも何かくれればいいのに。あの学園長じゃ無理か。

 

「ちょっと! 剣!? ボーッとしてないで戦って!!」

「おっと、スマン」

 

 サッサと片付けるとしようか。

 まずは僕の目の前で牽制した気になっている召喚獣を蹴散らすか。

 召喚獣を一直線に走らせ、武器を振るう。

 その程度の動きは当然想定されており、相手はバックステップで回避する。

 そしてその回避に合わせてナイフを投げた。

 

 

Bクラス 菊入真由美 163点 → Dead

 

 

「んなっ!?」

「僕の射程は無制限だ。後ろに躱すのは失敗だったな」

 

 さて、これで2対1だ。どうとでもなるな。

 

「そんなっ、真由美っ!」

「よそ見してるヒマは無いよ!」

「っっ!」

 

 

Bクラス 岩下律子  179点 → Dead

 

 

 ……とか考えている間に向こうも終わったようだ。

 流石は明久だな。邪魔の入らない1対1であればこの程度は余裕か。

 

「勝者、空凪・吉井ペア!」

 

 立会い教師が僕達の勝利を宣言して第1試合は終了した。

 さっさと帰って仕事するとしようか。

 

 

 

 

 

 僕と剣の活躍で第1回戦は難なく勝てた。

 次回以降もこんな感じで上手く行くといいけど……とりあえずは模擬店の方の手伝いだね。

 第1回戦の試合は沢山あるから次の試合まで時間はかなりある。

 剣の妹の光さんにホールも厨房もやれとかって無茶振りされてるから仕事はいくらでもある。

 

「ただいま~」

 

 意気揚々とAクラスの扉を開けて中に入る。

 するとそこには……

 

「お、お帰りなさいませごちゅっ……って、よ、吉井くん!?」

 

 ……天使が居た。

 

「ごふぁっ!!」

「え、アレ? あの、だ、大丈夫ですか!?」

 

 す、凄い破壊力だ。メイド服姿の姫路さんっ!

 そう言えばここってメイド喫茶だったよ。正確にはメイド&執事喫茶だけど!

 

「おい明久、何してる。営業妨害になるからさっさと退け」

「あ、うん。そうだね……」

「姫路も頑張ってるようだな。その調子で頼んだぞ」

「は、はいっ! が、頑張ります!

 ……あ、そうだ! ちょっとお訊ねしたい事があったんです」

「何だ?」

「その……空凪くんと吉井くんは召喚大会に参加してるんですよね?」

「……ああ。そうだな」

「もしかしてですけど……優勝賞品が目的なんですか?」

 

 う~ん、確かに優勝賞品が目的と言えば目的だね。

 でも、学園長との取引をバラすわけにもいかない。剣はどう答えるんだろう?

 

「……当然だ。じゃなかったらこんな面倒な事誰がやるか」

「そ、そうですかね? いや、そうじゃなくて……

 その……どなたと一緒に行く気ですか?」

 

 姫路さんの質問は『ペアチケットをどう使うか』って事だね。

 剣に特に恋人とかは居ないはずだ。居たらFクラスの皆が黙ってないし。

 

「どなた……? ああ、そういう事か、スマン。

 僕の目的はそっちじゃない。腕輪の方だ」

「う、うでわ? そう言えばそんなものもありましたね」

「ああ。雄二の指示でな。

 次の試召戦争に向けて使えそうなモンは回収しておきたいとさ」

「そうだったんですか……」

 

 確かに雄二がいかにも言いそうな事だ。

 そしてこの会話はすぐそこで何かの作業をしてる雄二にも聞こえている。口裏合わせも完璧だね。

 

「じゃあ吉井くんも同じ理由ですか」

「うん。そうだよ」

「それだったら……優勝賞品のチケットはどうするんですか?」

「うぇ!? えっと……」

 

 や、ヤバいどうしよう。学園長に渡す予定ですなんて言ったら……色んな意味で大変な事になりそうだ。

 僕はあんな妖怪ババァと結婚しようとするほど人生に絶望していない!!

 そうやってうんうん唸ってたら剣が助け船を出してくれた。

 

「全く、察してやってくれよ。明久に具体的な名前を出させたら明久のエア彼女の設定が破綻するだろ」

 

 ちょっと、剣?

 僕は妄想で彼女を作らなきゃならないほど切羽詰まって無いよ!?

 

「そ、そうだったんですね……ごめんなさい、吉井くん」

「姫路さんも信じないで!! そんな可哀想な目で見ないで!!」

「えっ、違うんですか!?」

「違うよ!!」

「分かった分かった。そういう事にしておくよ。なぁ姫路」

「えっと……そ、そうですね……」

「ほら、まだ仕事があるんだろ。頑張ってこい」

「はいっ、行ってきます!」

 

 何だか妙な誤解をされたまま、姫路さんとの会話は終わった。

 

「ちょっと!? 剣!? どういう事!?」

「困っていたようだから助け船を出してみたんだが……余計だったか?」

「いや、困ってはいたけど、もっとやりようがあったんじゃないの!?」

「ハッ、貴様はそんな事も分からんのか」

「ど、どういう事?」

「……ああした方が面白そうに決まってるだろう」

「剣ぃぃぃぃぃ!!!」

 

 その後、剣に襲撃を試みたけど光さんに『うるさい!』って殴られた。

 見た目は結構華奢なのに、意外と効いたよ。






「試合の方はあっさり片付けて、後半では女子とのイベントだったわね。
 ……そう言えばメイド喫茶だったわね、あそこ」

「僕視点だと女子の服装なんてほぼ全く気にしてなかったからな。
 リメイク前だと放置されていたが、今回は明久視点を入れる事で回収してみた。
 本当なら島田と秀吉も描写するつもりだったようだが……姫路との会話が長くなったんで中止したようだ」

「……まさかとは思うけど、秀吉くんの服装って……」

「当然、執事服だ。光は基本的に秀吉を男として扱ってるからな」

「……何か、ホッとしたわ。

 では、次回もお楽しみに!」


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05 クレーマー撃退劇

『オイゴラァ! どうなってんだこの店はよぉ!!』

 

 僕が厨房に居ると店の方から怒鳴り声が聞こえてきた。

 全く、ホール班が何かやらかしたか? まぁ僕以外にも指揮を取れる奴は居るはずだからそいつらに丸投げ……

 

『このケーキクソマズいんだよ! 料理人を出しやがれ料理人を!!』

 

 ……僕が見てる限りでは調理に問題は無かったはずだ。

 明久と康太もしっかり見ているから見落としはまず有り得ない。

 悪評をでっち上げるタイプの悪質なクレーマーか?

 

「お~い副代表。お前さんの妹が呼んでるぞ」

「ん? 分かった。すぐ行く」

 

 悪質なクレーマー対策か、それとも全く関係ない話か、行けば分かるか。

 

 

 

 

 

 と、ここでオレ視点に変えさせてもらおう。

 何故かって? オレ視点じゃないとツッコミが追いつかなかったからだよ!!

 ……さて、話を戻そう。副代表の妹さんから副代表を呼ぶように頼まれて、せっかくだから何をするのかを見物してる最中だ。

 

「来てやったぞ妹よ」

「兄さん、さっきの声聞こえた?」

「ああ。バッチリな」

「穏便にブチのめしたいんだけど、何か良い案ある?」

 

 おい、矛盾してませんかねそれ。

 って言うか兄が兄なら妹も妹だな!!

 

「ふむ、無いわけではないぞ」

「へ~、言ってみるものね。どうするの?」

「演劇部の部長を呼んでくれ。小道具をいくつか借りたい。

 あと、お前の事だから普通の包丁だけじゃなくて包丁っぽくない包丁も持ってきてるだろ? それも貸してくれ」

「……なるほど、大体把握したわ」

 

 そう言えば調理に使ってる包丁はほぼ全て妹さんの私物だって誰かが言ってたな。

 いや、それより包丁っぽくない包丁って何だよ!!

 

「秀吉くーん」

「どうかしたかのぅ?」

「大至急部長とコンタクト繋いで。詳しくは兄さんから聞いて。

 私は包丁取ってくるから。じゃっ!」

「なぬっ? ……剣よ、どういう事じゃ?」

「あいつめ、せっかく機会を作ってやったのに。

 まあいい。部長の所に案内してくれ」

「??? 分かったのじゃ」

 

 そう言えば木下は演劇部の部員だったか。

 演劇……穏便にブチのめす方法の察しは何となく付いたが包丁がそれとどう関わってくるんだ?

 

 

 

   ……そして数分後……

 

 

「よし、準備完了だな」

「完了したのはいいけどさ……何でコレまで着いてきたの?」

 

 副代表と木下が連れて帰ってきたのは3年の先輩だった。恐らくは演劇部の部長だろう。

 

「フハハハハ! 我らが部活の名誉部員たる空凪剣が劇をやるのだからな!

 この部長たる俺様が観ずして誰が観るというのだ!!」

「……今日はこういうキャラなのね。相変わらずウザい」

「うむ、こういう妙な所と妙な台本を書く癖さえ無ければ優秀な先輩なんじゃがのぅ……」

「と言うか、僕はいつから名誉部員になったんだ」

「無論、あの台本を読んだ時からだ!!」

「…………サッサと片付けよう」

 

 どうやら副代表も妹さんも部長さんと知り合いだったらしいな。

 副代表は衣装と刀を手に更衣室に向かって……って、刀!?

 い、いや、芝居用の小道具だろう。きっと。

 

 

 そしてしばらくして、教室に副代表……らしき人物が入ってきた。

 何かこう……素人がイメージする『幕末の藩士』みたいな着物を着て、顔には何故か戦隊ヒーロー物のお面を被っている不審人物が入ってきた。

 こんな奇抜な格好を素でするような奴がこの世界に居るとは信じがたいので恐らくは演劇中の副代表だろう。多分。

 

「……お帰りなさいませ、ご主人様」

『うむ、ご苦労』

「……空いている席へご案内します」

 

 Aクラス代表の霧島さんが眉1つ動かさずに丁寧に接客をしている。シュールだ。

 例のクレーマーの近くの席は丁度空いている……と言うよりクレーマーがうるさかったから避けて案内してたのでしっかりと空いている。

 

「……ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」

『待たれよ。この店のお勧めは何かな?』

「……愛情たっぷりふわふわシフォンケーキプレミアムになります」

『カッカッカッ、小癪な。良かろう、1つ貰おう!!』

 

 あの代表、さり気なく一番高いメニュー勧めたな。

 本人が考えたのか、それとも誰かの入れ知恵だろうか?

 

 少し待つと豪華に飾り付けられたケーキが運ばれてきた。

 だが店で働いている側のオレは知っている。アレは使いまわしの効く周りの食器や飾り付けが豪華なだけであってケーキ自体は安いシフォンケーキと何ら変わらないという事を。

 雰囲気の効果で多少は美味しく感じたりもするんだろうが……闇の深い店だな。

 ちなみに、一応メニューの隅っこの方に『ケーキ自体は変わりません』と注意書きがある。詐欺にはならないはずだから安心してくれ。

 

「……お待たせしました、ご主人様」

『待ちわびたぞ! さて、頂きます』

 

 丁寧な食前の挨拶をしてからケーキを口へと運ぶ。

 お面を被っててどうやって食べるのかと思っていたら口の部分がスライドして開いた。無駄に高性能なお面だな。

 ケーキの欠片を口に含み、しばらく咀嚼していたと思ったら突然机を強く叩いて叫び出した。

 

『これを作ったシェフを呼べい!!』

「……かしこまりましたご主人様。少々お待ち下さい」

 

 何かどっかの美食家みたいな事を言い出した。

 シェフか……誰を呼ぶ気だ?

 

「ほら、そこのアンタ、呼ばれてるわよ」

「……えっ、お、オレか!?」

「勿論よ。さっきからヒマそうにしてたんだから余裕あるでしょ。シェフって体で行ってきなさい」

「いや、オレは台本とか貰ってないんだけど……」

「そんなもん無いわよ。この劇って全部アドリブだから」

「うっそぉ!?」

 

 と言うことは霧島さんも完全にアドリブなんだろうか?

 事前に知ってるからこそ冷静に対処してるんだと思ってたんだが……何者だよ。あのヒト。

 

「ほら、適当にやってれば剣が合わせてくれるから」

「あ~、分かった分かった。オレもあの坊主頭とモヒカンのクレーマーにはイラついてたからな。

 直接ぶん殴るような度胸は無いけど、副代表が何かやってくれるんならスッキリする」

「その意気よ。ほら、行ってきて」

 

 と言う訳でオレも巻き込まれた。

 シェフっぽく、シェフっぽく……いや、所詮は学園祭の模擬店なんだからそこまで凝らなくていいだろう。

 

「お、お客様……じゃなかった、旦那様、いかがなさいましたか?」

『うむ、貴様がシェフか。素晴らしい出来だったぞ!

 このケーキが不味いなどと言い張る輩がもし居るならそ奴らは大嘘吐きかよっぽどの馬鹿舌に違い無い!

 カッカッカッカッ!!』

 

 こんな大声でそんな事を言ったら当然すぐ側に居るクレーマーの耳に入る。

 これですごすごと引き下がるような奴ならそもそもこんなに騒いでいない。と言う事はどうなるかと言うと……

 

「何だとテメェ! 俺たちをバカにしてやがんのか!!」

『む? 何だ貴様ら突然怒鳴って。カルシウム不足か?

 シェフよ、適当にカルシウムが多そうなメニューを持ってきて……』

「そういう事言ってんじゃねぇんだよこの仮面野郎!!」

 

 当然のように絡まれた。

 店の人間が(一応)客を追い出しにかかるのはちょっと問題だが、あくまでもただの客として入って、その客に絡んできたアホを撃退する事は問題にならない……っていう事なのか?

 いや、それだけだったらわざわざこんな大掛かりな事はしないか。

 

『やれやれ鬱陶しい奴らだ。

 おおかたこの店の評判に嫉妬して騒ぎを起こしてるだけのアホだろ? そんな事してるヒマがあるんなら自分の店でも手伝ってこい。この愚か者供め』

「んだと!? そんな下らねぇ事じゃねぇよ!!

 俺たちはなぁ……」

「おいっ! それ以上は止めとけ夏川!」

「……チッ」

 

 何だ? ただのバカじゃなくて何か目的があったのか?

 

『カッカッカッ、それっぽい理由をでっちあげようとして諦めたか。

 所詮は騒ぐ事しかできない能無しなら仕方ないか』

「テメェ、喧嘩売ってやがんのか!?」

『そー思うならそーなんじゃない?

 ねーねー、今どんな気持ち? ねぇどんな気持ちー?』

「……それはなぁ……こんな気持ちだよ!!」

 

 クレーマーのうちの片方、坊主頭が副代表に向かって拳を振りかぶった。

 このタイミングなら反撃しても正当防衛になりそうだな。そんな事を考えながら様子を見守り……

 ……クレーマーの拳が副代表のお面に突き刺さり……

 ……そして副代表がそのまま後ろに吹っ飛んだ。

 床に倒れた副代表はただの屍のようにピクリとも動かない。

 

 …………あれ?

 

「な、夏川、少しやりすぎたんじゃないか……?」

「くっ、逃げるぞ常村!!」

 

 クレーマー達は客たちを押しのけて逃げようとする。

 しかし、それが黙って見過ごされるはずもなく……

 

「ご主人様? どこへ行くつもりですか?」

 

 メイド服姿ですっごくにこやかな顔を浮かべる光さんが進路を塞いでいた。

 

「他のご主人様を傷つけるような悪いご主人様には愛の鉄拳が必要なようですね。

 さぁ、覚悟は宜しいでしょうか?」

「な、何だと? いいから退け!」

「訊くまでも無かったようですわね。では、参ります」

 

 一度深呼吸をし、そして吐く。

 それが終わった直後……光さんの腕が霞んだかと思ったら2人のクレーマーは吹っ飛ばされていた。

 あれ、おかしいな。ちょっと寝てただろうか?

 

「さて、愛の指導はまだ始まったばかり……あれ? 気絶しちゃってるみたいですね。

 ん~、コホン。剣、起きなさい」

『ん? ああ、終わったか』

 

 さっきまで床で死んでた副代表が何事もなかったかのように立ち上がり仮面を外した。

 

「え~、以上で演劇部による即興劇、『クレーマーに張り合う強そうで弱い人と、実は強かったメイドさん』を終了します。

 皆さん、いかがでしたか?」

 

 周囲から拍手が沸き起こった。そうか、劇だったなこれ。名前が何か雑だけど。

 あのクレーマー自体も劇の役者だったという体にしたんだな。そうする事で合法的に殴れるしクレーム自体もただの演技だったという体にできる。

 ……でもこれ全部アドリブだったんだよな。失敗してたらどうする気だったんだ?

 

「巻き込んでしまったようだな、助かったぞシェフ」

「ああ、うん。まあいいよ。少しはスッキリしたし」

「早速で悪いんだが適当に人を集めてこのゴミを片付けてくれないか?」

 

 副代表が指し示したのは床で寝てるクレーマー2名。当然のようにゴミと呼ばれたな……

 しっかし何だったんだこいつらは。何か目的があったっぽいけど……まあいいか。

 

「片付けは良いんだけど1つだけ疑問がある」

「どうした?」

「……その腰の刀、意味あったのか?」

「おいおい、これは刀じゃないぞ。光が持ち込んだ包丁の一種だ」

「……人斬り包丁的なものか?」

「さぁな~。でも光が包丁って言ってるから包丁って体にしておこう」

「……で、包丁に意味はあったのか?」

「この方が強そうに見えるだろ?」

「それだけかい!!」

 

 ……その後、中途半端に強く見えた方が殴られやすくなるという説明をされた。

 普通はそんな事まで考えねぇよ。オレは悪くない!






「今回の話は無駄に遊んでるわね」

「自分の企画にクレーマーがやってきた場面だから原作だと雄二の常識を覆すような交渉術で撃退する場面だな。
 リメイク前は僕が交渉(物理)をやっていたんだが……せっかくだからおもしろおかしくしてみたようだ」

「ツッコミ所が多すぎって話よ……さり気なくあの部長まで出てくるし」

「演劇部の部長の活躍に関してはこちらのリメイク前の外伝を見ると良い。
 時系列は特に考えられてないんで今から読んでも矛盾無く読めるはずだ」

https://syosetu.org/novel/56321/


「……さて、製作秘話でも話すか」

「そんなのがあるのね……」

「今回は常夏コンビの撃退を可能な限り穏便かつ過激にする事を目指したようだ」

「矛盾してるはずなのに矛盾してないっていうね」

「そこですぐに演劇という案が浮かんで部長の登場が決定した。
 最初は演劇っていう体で僕がフルボッコにする方向で進めようかと思ったんだが……刀のようなものを振り回してたらどうやっても穏便に終わらなかったので殴られてやる方向にシフトしたようだ」

「学園祭で刀を振り回すんじゃないわよ!!」

「だいじょーぶだいじょーぶ。アレって逆刃刀だし」

「……何でそんな一周回って手に入れにくそうな代物を持ち込んでるのよ……」

「光だからな。
 ちなみに、今回のイベントで光の実力が向こうに知れ渡る事になった。その影響がどう出てくるかは……今後の更新を楽しみにしててくれ」


「それでは、次回もお楽しみに!」


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06 第二試合と新サービス?

 というわけで、クレーマーを撃退したりゴミ掃除したりしていたらあっという間に2回戦の時間になった。

 対戦科目は英語のライティング。そして対戦相手は……

 

「なっ、お、お前らはっ!!」

「アンタ達は……確かFクラスの」

「ふむ……久しぶりと言っておこうか」

「あれ? 剣、知り合い? Bクラス代表の根本くんは分かるけど」

「う~ん、そう言えばあんまり関わってなかったか?

 隣の女子はCクラス代表の小山だ」

「あ、そっか! 通りで見覚えがあるわけだよ」

 

 というわけで、事前に予想していた通りBCクラスの代表コンビだ。

 代表であるこの2人は腕輪目的で出場してる可能性も十分ありそうだが、ペアチケット狙いの可能性も十分ある。実は付き合ってたりするのだろうか?

 

「ここで私たちと当たったのが運の尽きね。徹底的に叩き潰してあげるわ!」

「ククッ、そっくりそのまま返してやろう。先生、早速始めてください!」

「分かりました。承認します!」

 

「「「「試獣召喚(サモン)!!」」」」

 

 [フィールド:英語W(ライティング)]

 

Bクラス 根本恭二 189点

Cクラス 小山友香 155点

 

Fクラス 吉井明久 59点

Fクラス 空凪剣  400点

 

 

「「……えっ?」」

「ん? ……ああ、すまないな。

 明久の点数は悲惨だがこれでも頑張ってる方なんだ。そんな驚かないでやってくれ」

「いやいやいやいや、違うわよ!! アンタの方よ!!」

「……ちょっと何言ってるかよく分からないな。とりあえず始めようじゃないか」

 

 さて、この2人が勝ち上がってくるのは容易に予測できた事だ。

 だからこそこの2人に対する切り札もしっかりと用意してある。

 してあるが……わざわざ切るほどでもあるまい。少し見せる程度に留めておくとしようか。

 

「おっと手が滑った」

「んなっっ!? そ、それは!!!」

 

 さり気なく床に落としてすぐさま回収したもの、それは女装根本写真集『生まれ変わったワタシを見て!!』である。

 以前の試召戦争でBクラスを使ってAクラスに喧嘩を売った後に康太が主導で作成したものだとかなんとか。

 正直、見てと言われても見たいものではない。

 

「? どうしたの根本くん」

「うぐぐぐ……な、何でもないっ!」

 

 チラ見させるだけで十分に動揺は誘える。2対1は言い過ぎだが2対1.5くらいにはなるだろう。

 

「さて、殺るか」

「うん、よろしく~」

「……おい明久、まさかとは思うが僕に丸投げして楽しようだとか考えてないだろうな?」

「えええっ? そそそそんなまさか! そそそんな事おおお思ってもみなかったよ!!」

「……そうかそうか。悪かったな、疑って」

「そ、そうだよ! ちゃんと反省してね!」

「……お詫びと言っては難だが、全力で戦えるように策を練ってやろう」

 

 そう言いながら召喚獣を操作して明久の召喚獣を持ち上げる。

 

「あ、あの~、何だか凄く嫌な予感がするんだけど……」

「安心しろ。最高効率の戦術を使うだけだ。

 さぁ……逝け明久っ!!」

「ちょっ、ええええっっ!? へぶっ」

 

 明久の召喚獣を敵の目の前へとポーンと投げてやった。

 顔面から着地したんでフィードバックで呻いているが……大した問題ではないな。

 

「よ、よく分からないけどチャンスね! サッサと仕留めるわよ!」

「お、おう、そうだな!」

「ちょ、待っ、剣ぃぃぃぃぃ!!!」

 

 当然の如く明久に攻撃が集中する。計算通りだ。

 こうやって危機に陥らないと本気を出そうとしないからな。困った奴だ。

 

「困った奴なのは剣だよ!! 死ぬ! 絶対死ぬ!!」

「安心しろ。墓参りくらいはしてやる」

「そういう問題じゃないってば!!!」

 

 なにも明久への嫌がらせの為にこんな事をしたわけではない。

 片方に集中するという事はもう片方が疎かになるという事でもある。

 そんな状態で直線的に投げられたナイフを躱す事は……まぁ不可能ではないだろうな。

 だが、その回避挙動は必然的に読みやすいものになる。そこを狙って曲射で投げられたナイフまでも躱すのは……

 

Bクラス 根本恭二 189→98点

Cクラス 小山友香 155→44点

 

 ……まず不可能、と言えるな。

 

「なんだと!? くっ、いつの間に!!」

「ここまで減れば明久1人でも勝てそうだが……わざわざそんな事をする必要も無いか。

 サッサと片付けさせてもらうぞ」

 

 

 ……その後、僕達がアッサリと勝利した事は言うまでもないだろう。

 

「……あの、剣、ちょっといいかな?」

「どうした?」

「……わざわざ僕を投げ飛ばさなくても普通に、って言うか剣1人でも勝てたんじゃない?」

「…………さぁ、教室に帰ろうか」

「ちょっと? 剣? 質問に答えて! もしも~し!!」

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ……って、何だ。吉井じゃないの」

 

 教室に戻った僕達を出迎えたのは島田だった。

 真面目に仕事しているようだな。

 

「やあ島田さん。メイド服似合ってるよ! 馬子にも衣装だね!」

「……ウチの記憶が正しければそれは貶してる言葉なんだけど?」

「え、アレ?」

「……島田の言うことは正しいな。その諺は『どんな凡人でも着る物が良ければ良く見える』という類のものだ。

 人を褒める言葉ではない」

「アレ? じゃあやっぱり合ってる……イダダダダッ! 右腕がネジ切れるように痛いぃぃぃ!!」

「よ~し~い~?」

 

 アホな事を口走った明久に対して島田が一瞬で間合いを詰めて関節技を仕掛けている。

 これは島田を責める事はできんな。明久の自業自得だ。

 

「お前たち、じゃれあってないで仕事に戻れ」

「じゃ、じゃれてるわけじゃないわよ!!」

「そ、そうだよ! これがじゃれあってるように見えるの!?

 姫路さんみたいに胸があるならまだしも島田さんだと直接肋骨が当たってみぎゃぁぁぁああ!!!!」

 

 ……放っとくか。明久の腕に甚大なダメージが入るだけだし。

 仕事に戻ろう。あ~、副代表って忙しいな~。

 

「え、ちょっと? 剣ぃぃぃぃ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 調味料の補充に出かけていたオレが戻ってくると何故か島田さんが吉井に関節技を仕掛けていた。

 島田さんがうちの店の制服であるメイド服を着ているんで新手のサービスかとも思ったが……吉井の反応から察するに違うだろう。

 

「……お前ら、何やってんの」

「お、お願い助けて!!」

「止めないで伊織! ウチはこのバカにお仕置きしなくちゃならないのよ!」

 

 いや、そうは言っても吉井の右腕が何か変な色になってきてるんだが……

 何があったのかは知らないが流石に止めた方がいいよな。

 

「島田さん、まずはちょっと落ち着け。これ以上やると吉井の右腕が冗談抜きでネジ切れる。

 あと吉井、拘束が緩んだら逃げ出そうだなんて思うなよ?」

「え? ……ハッ、その手があったか!」

「オイ」

 

 本当に放置しても良い気がしてきたが、そうすると店が新サービスを開始したとか思われて面倒なので根気よく付き合ってやろう。

 

「島田さん、あんまり緩めなくてもいいからちょっと事情を説明してくれないか?」

「事情って言っても、このバカがアホな事を言ったとしか言い様が無いわよ」

「だからそのアホな事の内容を訊いてるんだ」

「……えっと……その……」

 

 島田さんは渋々といった様子で事情を語り始めた。

 ……要約すると……確かにバカがアホな事を言っただけだったな。

 

「気持ちは分からんでもないけど……ちょっとやりすぎじゃないか?」

「でも、これくらいやらないと吉井にはお仕置きにならないわよ?」

「いや、この10倍やっても懲りないだろう。時間の無駄だ」

「うっ……確かに……」

 

 本当に10倍もやったら右腕がネジ切れるだけじゃなくて四肢までもがれそうだが……それでも懲りなさそうだな。このアホは。

 発言自体も本当に悪意が無かったみたいだし、学習能力が壊滅的なんでアウトな発言を学ぶという事にも期待できなさそうだ。

 

「っていうわけで、そろそろ解放してやってくれ」

「…………はぁ、分かった。確かにこれ以上やっても無駄ね。

 命拾いしたわね、吉井」

「た、助かった……」

 

 解放された吉井はオレにお辞儀をしてから一目散に逃げて行った。

 やれやれ、仕事に戻るとしよう。






「うちの代表との戦いと島田さんのメイド服回って所かしら」

「姫路のメイド服回と比べると服の扱いがかなり軽いけどな」

「まぁ、『外見は飾り』が座右の銘の筆者さんにしては頑張った方よ。きっと。
 ……それより、ナチュラルに吉井くんを見捨ててたわね」

「だって、どう考えても自業自得だしな。
 リメイク前の僕なら程々に仲裁してたかもしれんが、今の僕なら放っとくと判断したようだ」

「そして仲裁イベントは宮霧くんが拾う、と。
 何気に色々頑張ってくれてるわね」

「能力的にAクラス戦とかでは全く出番が用意できなかったキャラだからな……
 こういう時はここぞとばかりに活躍して貰う予定のようだ。
 それに、奴の誕生の経緯を考えるとこの手のイベントは増やしておきたかったようだ」

「ああ、アレね」

「ああ、アレだ」


「では、次回もお楽しみに!」


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07 Bクラスとクレーマー

「…………客の入りがおかしい」

「何だと?」

 

 康太の呟きを受けて店の様子を確認する。

 ……店の様子はさっきまでと変わらない気がする。

 

「なるほど、確かに少々おかしいな」

「え、どういう事? 僕には変わらないように見えるけど……」

「明久、それが異常なんだ。

 ここは飲食店企画なんだぞ? 朝の時間帯よりも昼の時間帯の方が客の数は多いに決まってる。

 んで、光? 実際の入客数の記録はどうなってる?」

「ん~、微妙。

 ほぼ変わんないけど……ギリギリ増えてると言えなくもないかな? ってくらい」

「判断に迷うレベルの微妙な量か……」

 

 となると何らかの異常事態なのは間違いなさそうだな。調査が必要だろう。

 そう考えて出かけようとする。が、その直前で来客があった。

 

「はろ~、AクラスかFクラスの代表って居る? 居なかったら副代表でもいいけど」

 

 開かれた扉の先に居たのは見覚えのある女子生徒、Bクラスの御空が居た。

 良く分からんが客としてやってきたからにはそれ相応の対応をさせてもらおう。

 

「お帰りなさいませお嬢様。お出口はあちらになります」

「ちょっと!? いきなり追い返そうとしないで!!」

「ハハッ、冗談だ。

 で、何の用だ? その軽い口調から察するに副代表として来たわけでは無さそうだが」

「ん~、半分正解ね。

 一応今回はBクラスの副代表としてここに来てるわ。けど、今回の話は下手に出る必要が無い案件だから」

「ほぅ、で?」

「簡潔に言うと……うちのクラスの企画に居座ってるうるさいクレーマーを何とかしてほしいって所ね」

「……何で僕が……と言うか僕達がそんな事しなくちゃならないんだ?」

「ただのクレーマーなら自力で解決してるけど、そいつらが流してる悪評ってのがうちじゃなくてこの店の悪評なのよ」

「…………なるほど」

 

 こっちで騒いでいた坊主とモヒカン……確か夏川と常村と呼ばれていたな。直接騒ぐのは諦めて外側から評判を落とす作戦に出てきたか。

 って言うかあいつら同じ名字の別人じゃなければ召喚大会の反対側のブロックの優勝候補だよな? どんだけヒマなんだよ。

 ……まぁ、あいつらの時間の使い方に文句を言っても仕方あるまい。客が増えない原因も分かった事だしサッサと潰すとしよう。

 

「確かに僕達が協力する……と言うよりむしろそっちに協力してもらう案件のようだな。

 情報提供に感謝する。まずは現場に向かってみるとしよう」

「ええ。貸し1つよ」

「……まぁいいだろう」

 

 それより、流石に僕1人では少々心許ないな。真っ直ぐ行ってぶん殴るだけなら簡単だが……他所の店でそんな騒ぎを起こすわけにもいかんし。

 

「……雄二、明久」

「話は聞かせてもらった。行くとするか」

「えっ、僕も?」

「ああ。クレーマーの面を拝んでおいて損は無いからな」

「そ、そうかな……? まいっか。行こう!」

 

 

 

 

 

「そう言えば、Bクラスの企画って何だっけ?」

「おい明久、競合店の事はちゃんと予習しておけ。

 Bクラスはイロモノが多い中あえて普通な雰囲気を売りにした喫茶店だ」

 

 今回の清涼祭では喫茶店関係の企画が僕達を含めて5つ存在している。

 Eクラスが部活のユニフォームで接客する部活動喫茶、

 Dクラスが着ぐるみで接客する着ぐるみ喫茶、

 Cクラスがチャイナ服とかで接客する中華喫茶、

 Bクラスがさっき言ったように普通の喫茶、

 そしてAクラスは説明するまでもなく執事&メイド喫茶だ。

 ……そんなバカなと思う偏りっぷりだが事実だ。運営は一体何をしていたんだろうか?

 

「私たちとしては別に普通さを売りにしたつもりじゃなくて接客なんて制服とエプロンで十分っていう判断からこうしただけなんだけどね……」

「つまりは商品の品質を売りにしているという事だな。なるほど」

「そういう訳でも無いんだけど……」

 

 まぁとにかくそんな感じの店に到着した。

 

「う~ん、今は居ないみたいね。ちょっと奥の方で待ちましょうか」

「そんなに頻繁に来るのか?」

「ええ。鬱陶しい事にね」

 

 御空に案内されて店の奥の方へと移動する。

 ……そう言えば根本の姿が見えんな。まあいいか。

 

 

 

 

 そして待つ事数分、見覚えのあるクレーマーがやってきた。

 

「来たわね」

「確かにすぐやってきたな。どんだけ暇なんだあいつら」

 

 クレーマーたちは教室の真ん中に近い席に座ると大声で文句を言い始めた。

 

『いやぁ、2-Aの喫茶店は最悪だったよなぁ!』

『ああ、そうだな! ケーキはジャリジャリしてたし店員の態度も最悪でよぉ!』

 

「……って感じ」

「ここだけじゃなくて学校中でやってたらそりゃ客足も遠のくわな」

「落ち着いてコメントしてる場合じゃないよ! 急いで止めないと……」

「お前も落ち着け明久。ただぶん殴っても解決にはならん。

 雄二、何か手はあるか?」

「そうだな……御空だったな。ちょっと用意して欲しいものがある」

「何かしら?」

「ここの店の制服……ってのは普通にこの学園の制服か。

 女子用の制服を1着貸してくれ」

 

 女子用の制服だと? そうか……そういう事か。

 

「……お前、霧島に追い詰められて病んでしまったんだな。

 何て言うか……済まない、そんなになるまで気付いてやれなくて」

「おいコラ、変な性癖に目覚めたわけじゃねぇよ! 明久じゃあるまいし!」

「ちょっと雄二!? どういう意味!?」

「変態的な要求をそんな堂々とするとは思えないけど……意図を聞かせてくれないかしら?

 流石にポンと渡すわけにはいかないわ」

「ああ、安心しろ。明久に着せるだけだ」

「……ゴメン雄二、僕には雄二の性癖に付き合えるような趣味は無いんだ」

「……本当に済まない雄二。まさかここまで病んでいたとは……」

「ちっげぇよ!! 最後まで話を聞きやがれ!!

 って言うか剣! お前分かっててボケてるよな!!」

 

 ハッ、何を当たり前の事を。

 

「で、結局何をどうするの?」

「まず、明久が制服を着るだろ?」

「う~ん……その時点でちょっと気になる所はあるけどスルーしておくわ。で?」

「で、明久があのクレーマーどもに適当にぶつかる」

「ふむふむ、で?」

「で、明久が『キャー、痴漢ー!』とか叫ぶ」

「……なるほど、犯罪者に仕立て上げて合法的に追い出すと」

「ああ。単純に追い出せるだけでなく相手の評判を下げる事もできる。

 変態がいくらクレームを付けた所で信憑性は薄くなるからな」

 

 単純に潰すだけではまた別の所で繰り返すだけのもぐら叩きになる。

 だからこそひと工夫凝らす必要があるわけだな。

 

「素晴らしい作戦じゃないか。早速やるとしよう」

「ちょっと待って! 結果は素晴らしいのかもしれないけど納得できない事があるよ。

 どうして僕がわざわざ女装しないといけないのさ!!」

「決まっているだろう。面白そ……本物の女子をあんな変態たちに近付けるわけにはいかないだろ?」

「雄二、今絶対『面白そう』って言いかけたよね!?」

「そんなどうでもいい事を気にするな明久。雄二の本音がどうであれ建前の方の理由も重要だ。

 御空、貴様のクラスから女子を貸し出してくれ……なんて言っても無理だろう?」

「あのクレーマー達は少なくとも今現在の評価は変態ではないと思うんだけど……あんなのに近づいて当たり屋をやるっていうのはちょっと危険なのは確かね。

 痴漢されるフリさせるだけでもちょっと可哀想だし、私自身が身を挺して……っていうほどの話でもないし」

「っていうわけで明久、やれ」

「いやいやいやいや、僕以外の選択肢は無いの!? 例えば僕達のクラスの女子を連れてきて……

 ……いや、ダメか。危険な目には遭わせられない」

「そういうコトだ。観念しろ明久」

「うぅぅぅ……分かったよ」

 

 明久はがっくりとうなだれている。

 女装の1つや2つ大した事無いだろうに。おおげさだな。

 ……え? だったら僕がやれ? やだよ。色々面倒だから。

 

「よし。そんじゃ剣、秀吉を呼んできてくれ。本格的に女装させるのに必要だ」

「安心しろ。貴様が女子制服を要求した辺りから既にメールを飛ばしてある」

「ちょ、ちょっと待って!? そんな本格的にやらなくても良いんじゃないの!?」

「……お前、単に女子制服着ただけで殴り込みする気だったのか? そんなの女装男子だって一発でバレた上に顔バレするぞ」

「…………完璧な変装を要求するよ!!」

 

 

 こうして、超速攻で明久の女装は完了した。






「というわけでクレーマー撃退イベントは次回に持ち越しだ。
 そこまで進めてしまうと結構な文字数になってしまうからな」

「原作だと確か葉月ちゃんが『クレーマーがAクラスに居る』情報を教えてくれたのよね。
 ……あの霧島さんの店でFクラスの悪評を垂れ流すとか、下手するとコンクリ詰めにされそうな気がするんだけど」

「全くだな。当時の霧島は雄二以外に対しては相当手ぬるかったようだな。
 コンクリ詰めは言いすぎにしても何らかの対応策を打ち出しそうなものだが」

「……まぁ、今回は関係の無い話ね。FクラスとAクラスの合同企画だし」

「それはそうだな」


「では、次回もお楽しみに!」


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08 クレーマー撃退劇 その2

 というわけでFクラス首脳陣によるクレーマー撃退作戦が始まったわ。

 ……吉井くんが『首脳』って呼べるのかは分からないけど……代表と副代表が連れてるんだから多分大丈夫でしょう。多分。

 

「……おー、似合ってるな明久」

「ハッハッハッ、雄二にもきっと似合うよ。着てみたらどうかな」

「バカ言え。サイズが合わないだろう」

 

 言葉遣いは穏やかだけど吉井くんの目は笑ってない。

 そして坂本くん。問題はそこじゃない。確かにそこも問題だけど。

 

「お前たち、遊んでないでサッサととりかかるぞ。

 最悪、クレーマー達が次来た時を狙うつもりだったが奇跡的にまだ残ってくれてるからな」

 

 木下くんが超速攻でメイクを終わらせてくれたので例のクレーマーたちはまだ残ってくれている。

 いや、居なくなった方が店としては助かるんだけど。

 

「それじゃあ行ってらっしゃい。私の制服はできれば汚さないでね」

「えっ、これって御空さんの制服だったの!?」

「……吉井くん、何で私がブレザーとネクタイとスカート外してジャージに着替えてると思ってるの?」

「えっと……本人の趣味?」

「…………Fクラスの代表は苦労してそうね」

「分かってくれるか、御空」

 

 そんなやりとりをしてから吉井くんがクレーマー達の下へと向かった。

 

『お、お客様、少々宜しいでしょうか?』

『んぁ? 何だこんなカワイイ娘も居たのか。

 何の用だい?』

『そこをお掃除をしますので、ちょっと宜しいでしょうか?』

 

 掃除とはまた上手い事言うわね。

 文字通り、クレーマーをお掃除してもらいましょうか。

 

『ああ。サッサと済ませてくれよ』

『はい、それでは……』

『ん? 何だ突然抱きついて、まさか俺に惚れ……』

『くたばれやぁぁぁぁあああ!!!!』

『ぐぼぁっっ!!!』

 

 女子制服姿の吉井くんが流れるような動作でバックドロップを決めた。

 おかしいわね……軽く当たるだけってさっき言ってた気がするんだけど。

 

「(今だ、助けを呼べ!)」

「……あの、空凪くん? 何のサインを送ってるの?」

 

 そう言えばさっきまでも何か送ってたわね。バックドロップまでやったのは彼の指示だったのかもしれない。

 

『こっ、この人今私の胸を触りました!!』

 

 まぁ、間違ってはいないわね。接触した事だけは。

 

『ちょ、ちょっと待て! 胸を当ててバックドロップを決めたのはお前のげぷぁっっ!!』

 

 いつの間にか飛び出していた坂本くんによってクレーマーはぶっ飛ばされた。

 どうやら弁明させない作戦みたいね。

 

『公衆の面前で痴漢行為をするような奴が居るとはなぁ。とんだゲス野郎だぜ!』

『全くだな。貴様等のような犯罪者が同じ学校に通っていると思うだけで虫唾が走る』

『な、何だと!? いやいや、ちゃんと見てたのか!? 明らかにウェイトレスの方からぐぼぁっ!!』

『黙れこの変態が!! たった今このウェイトレスの胸を揉みしだいていただろう!

 俺の目は節穴ではないぞ!!』

 

 ……何でだろう? 急に節穴に見えてきた。

 目が節穴のハニワみたいな坂本くんを想像してみたら微妙に可愛い気がしてきたけど口には出さないでおく。

 Aクラス代表と事を構えるつもりはない。今は。

 

 ……さて、このまま放っといたらただの殴り合いになる。

 このクラスの副代表として、お墨付きを与えてあげましょうか。

 

「まさかうちの店で痴漢するようなバカが出てくるとはね……

 Bクラス副代表として許可します! そいつらを追い出してください!!」

「「おう!!」」

「いや、ちょっと待て! だから冤罪だとぷげぁっ!!」

「く、くそっ! 逃げるぞ!」

「あ、ああ!!」

「逃すか!! 剣、追うぞ!」

「当然だ!! 女子に痴漢した3年で坊主の夏川とモヒカンの常村、待ちやがれ!!!!」

 

 坂本くんと空凪くんは逃げ出したクレーマー達を追いかけて行った。

 大声であんな事を叫びながら追いかけてれば奴らの悪評はすぐに広まるはずだ。これで懲りてくれれば良いんだけどね。

 

「ふぅ、とりあえず2人が戻ってくるのを待ちましょうか。

 よし……アキちゃん大丈夫?」

「御空さん!? 何その名前!」

「いや、その姿だと本名では呼ばれたくないかなと思って」

「……た、確かに! ありがとう」

 

 Fクラスの代表たちが呼んでいる下の名前の『あきひさ』からとってアキちゃん。捻りは無いけどギリギリ本人には伝わる名前としては上出来だろう。

 

「それじゃ、サッサと着替えてあの2人を待ちましょう。

 しばらくその格好で居たいなら話は別だけど」

「滅相もないよ! 早く行こう!」

 

 

 

 

 そして数分後、2人が戻ってきた。

 

「その様子だと捕縛は失敗したみたいね」

「一般客が居なかったらいくらでも武器が使えたんだがな……」

「待って空凪くん。うちの生徒相手でも武器はアウトだからね!?」

 

 代表や副代表は割とまともな方ではあるけどやっぱりFクラス生なのか思想が少々過激だ。

 

「だが悪評はバッチリ広まったはずだ。これで派手な動きは取れんだろう。

 少なくともここに来る事はあるまい」

「それは間違い無いでしょうね。万が一来たとしても即座に叩き出す口実はあるし」

「それもそうか。

 ……雄二、僕はちょっと用事が残ってるんで明久と先に戻っててくれ」

「用事だと? まあいいか。

 明久は……」

「とっくにAクラスに戻ったわ。

 あと、ここで待つ気なら注文くらいしていきなさい。ほら、メニュー」

「ふむ、それもそうだな。

 じゃあ、ゴールドエクセラ風コーヒー1つとオリジナルブレンドティー1つで」

「は~い、ただいまお持ちしま~す」






「これでクレーマー撃退完了っと。
 悪評を流した報いとして悪評を受けるっていうのは一応妥当なのかしらね」

「この悪評設定が生かされる事はほぼ無いだろうな。

 ……さて、解説に移るか。
 今回は貴様の視点で話が進んだな。せっかくだからと筆者が出番を増やしてみたらしい」

「へぇ、やるじゃない」

「貸し出された制服が貴様のものだったというのもリメイク版の追加点だな。
 これもせっかくだからとやってみたらしい。
 ちなみに貸したのはブレザーと赤いネクタイ、あと赤いスカートだな。
 ……書き終わったあとでブレザーは実は男女兼用なんじゃないかと思い至ったようだが、見えない所で違いがあるかもしれないからとそのまま残したらしい」

「違いが見えない所にあるなら意味が無い気もするんだけどね……」

「まぁ、どうせスカート脱いだ状態で出歩くわけにもいかんから全身ジャージになってもらった。ブレザーの有無なんざ関係ないな!」


「では、次回もお楽しみに!」


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09 心理の天秤

 僕が注文したものをちびちびと飲んで、飲み終わらせてしまって少し眠くなってきた頃にようやくお目当ての人物が帰ってきた。

 

「ったく、いつまで待たせる気だ。根本」

「なっ、お、お前! どうしてここに!?」

「別に喫茶店に僕が居た所で全く問題ないと思うが……まあいい。

 貴様に少しばかり用があってな。ちょっと奥で話せないか?」

「ここは俺の教室なんだが……何でそんな自宅みたいなノリで言ってるんだ?」

「不満か? ならここで話すが」

「……来い」

 

 

 根本に店の奥まで連れてきてもらったので早速用事を済ませるとしよう。

 

「コレを返しておく。煮るなり焼くなり好きにしろ」

「な、何だと!? どういう事だ!!」

 

 根本に差し出したのは大会の時にチラ見せした女装根本写真集だ。

 これをバラ撒かれる事は根本の社会的な死を意味し、脅迫のネタとしては最上級と言えるだろう。

 

「お、お前! どういうつもりだ!!」

「……あ、スマン、好きにしろとは言ったが捨てる時にはゴミの分別はちゃんと守って……」

「そういう意味じゃねぇよ!!」

「ああ、安心しろ。オリジナルデータもバックアップデータも全てその本に挟んだSDカードに移してある。

 その本自体も一点もの。コイツを丸ごと燃やせばこれらの写真が世に出回る事は無いと思ってくれて構わん」

「それは助かるがそういう事じゃない! 一体何が目的だ!!」

「ん~、強いて言うなら……お前はもう十分に痛い目を見ただろうって事だ。

 これ以上この件で貴様を苦しめるのは僕の趣味じゃない」

「……そ、それだけか?」

「ああ。不満か? 不満ならコレは持って帰るか」

「い、いや、不満は無い! それを置いていけ」

「ああ。そうしよう。じゃあな」

 

 近くの机に……置こうとしたら微妙に遠いので床にそっと置いて立ち去る。

 さて、教室に戻って……いや、その前にちょっとうろつくか。

 あのクレーマー達がBクラスだけでネガキャンしてたとは思えないし、近所の様子を見ておこう。

 

 

 

 

 

 

 

「……あいつ、何だったんだ?」

 

 アレを……今拾ったコレをネタに更に何か脅しをかけるというのならまだ分かる。

 しかし、何事もなくただ返すだけ……メリットが皆無で、バカなのか、あるいはバカにされているとしか思えないがどちらでも無さそうだ。

 

「どうしたの代表」

「っ! 何だ、御空か」

「ええ、私よ。

 空凪くんと一体何話してたの」

「お前には関係……いや」

 

 関係ないと言おうとしたが、やたらと頭が良いらしいコイツであればもしかしたら分かるかもしれない。

 ……この写真集の存在も既に知っているはずだしな。コイツも撮影の手伝いしてたから。

 

「実はさっきコレを返された」

「えっ、コレを? 対価も無しに?」

「ああ。何か『もう十分痛い目を見たから』とか言って返された。

 あいつはかなり計算高い奴だと思っていたが……一体何がしたいんだ?」

「ん~、予想くらいならできるけど」

「何だと? 予想でもいいから教えてくれ!」

 

 流石はうちの副代表だ。何でこんなのがBクラスに居るのかは非常に疑問だ。

 

「結論から言うと……『報復が怖いから』っていう事と『悪影響を防ぐ為』って感じかな?」

「……は? どういう意味だ?」

「そのまんまの意味……って言っても納得しなさそうね。詳しく解説するわ。

 まず、報復について。

 単刀直入に訊くけど、代表は空凪くんを殺せって言われたら殺せる?」

「いきなり物騒な事を言い出したなお前」

「で、どうなの?」

「……別に奴の事は好きではない。むしろ嫌いな方だが……流石に殺すのはどうかと思う」

「正常な反応ね。じゃあもう一つ質問。

 仮にだけど、さっきアレを返されずに年単位で脅迫され続けて身も心もボロボロになったとしましょう。

 何度もリンチされ、お金も根こそぎ巻き上げられて、何度も死にかけた。彼のせいで。

 そうなったら、今度こそ殺せるんじゃない?」

「そんな仮定はしたくないんだが……確かにそうかもしれないな」

 

 本当にそうなってみないと何とも言えないが、そこまで追い詰められたら殺人くらいは普通にやりそうだ。

 

「今話したのはかなり極端な例だけど、小さい規模ならいくらでも起こり得る。

 脅されてても、バレないようにこっそり嫌がらせするくらいはできるでしょ?」

「……確かにそうだな」

「うんうん。

 ところで、話は変わるようで変わらないんだけど……7つの大罪って言葉知ってる?」

「キリスト教か何かの言葉だったか?

 確か……傲慢、強欲、暴食、怠惰、色欲、憤怒、嫉妬……

 ……こんな感じだったか」

「お~、よく言えたわね」

「それが何の関係があるんだ?」

「ううん、関係ないよ」

「おいっ!」

「その7つは関係ないの。重要なのは8つ目」

「あ~……確かに何か聞いたことあるな。虚構とかそんな感じの」

「『選ばれた7つ』に対して『選ばれなかったその他』である8つ目はいくつかあるみたいね。

 その中の1つが『正義』よ」

「正義だと? そんなのが大罪なのか?」

「そりゃそうよ。人はそれが『正しい事だ』って信じてればどんな残酷な事でもできるんだもん。

 戦争とかが良い例ね」

 

 人を殺すのは犯罪だが、戦時下であればむしろ推奨される、か。

 

「……確かに、とんでもない大罪だな」

「そもそも何が正しい事かなんて人間如きに分かる訳が無いってのにね。

 で、話を戻すけど、仮に空凪くんが脅迫を続けていた場合、空凪くんはとんでもない大悪人って事になるわね」

「急に戻ったな。ああ。確かにその通りだ」

「で、それに逆襲して天誅を下そうとする代表は『正義』って事になるわよね」

「俺自体が正義だと言うつもりは全く無いんだが……確かに悪人を殺すのは『正しい事』ではあるのか。

 だから殺しても大丈夫だと自分に言い聞かせて、実際に行動に移してしまう」

「そゆこと。いくら代表が相手だからって脅迫は明らかに悪い事だし、やり過ぎたら大悪人になる。

 そしてバカな正義に逆襲される。相手が悪であればあるほど正義は過激な手を取れるようになる。

 そうならないようにするために程々の所で止めたって事でしょう。要は空凪くんによる自衛策ね。

 以上が『報復を恐れた』っていう事の解説。納得できた?」

「ああ。よく分かった」

 

 やり過ぎたら悪人として報復される。

 だから程々にしておく、か。考えたことも無かったな。

 

「次だ。確か『悪影響を防ぐ』とか言ってたな」

「ええ。突然だけど、卑怯な事全般についてどう思う?」

「何だ何だ、いきなり説教でもかます気か?」

「いやいや、そんな無駄な事しないってば。

 う~ん、じゃあさ、『嘘つきは泥棒の始まり』って言葉知ってる?」

「当たり前だろう。幼稚園児でも知ってる言葉だ」

「うん。じゃあさ、その言葉の意味って正確に説明できる?」

「…………ん?」

 

 説明も何もそのままの意味……いや、そもそも嘘を吐く幼稚園児を戒める為の出まかせじゃないのか?

 

「私もこの言葉の発案者と話したわけじゃないから想像でしかないけど……

 この言葉は小さな悪事でも積み重ねる事で悪事そのものへの抵抗が無くなってしまうって意味だと思う」

「……言われてみれば確かに。そういう事なのか?」

「真相は分かんないけどね。

 人の心ってのは人間の想像が及ぶ以上に繊細で尊いものよ。

 自分の心を汚さないように、程々の所を見極めて代表に本を返した。そういう事だと思うわ」

「アイツはそんな事まで考えてたのか?」

「さぁ、ただの私の想像でしかないわ」

 

 それはそうだが、御空の説明は何となく筋が通ってるように聞こえた。

 両方合っているのかは分からないが少なくとも片方は合ってるんじゃないだろうか。

 

「……ちょっと微妙に外れる話だけど、ついでだからこれも言っておくわ。

 代表、あなたが真に優れた指揮者になりたかったら、感情論すら計算に入れなさい」

「……意味が全く分からないぞ」

「代表は卑怯な事に対してあんまり抵抗は無いみたいだけど……私に言わせれば凄く勿体ないわ。

 影響を考えてからやりなさいって事よ」

「……やっぱり説教なんじゃないか?」

「頭ごなしに説得する事を説教と言うならコレは違うわ。

 何かやらかすとそれだけ人気は下がり、人気が下がると戦闘指揮に差し障りが出る。

 感情論は下らないって思うかもしれないけどそれだけで切り捨てないで。悪い奴には従わないっていうアホな正義を掲げる人は確かに居るんだから」

 

 さっきの8つ目の大罪の話にも繋がるのか。

 確かにそういう奴は居たな。俺が卑怯者だからという理由だけで命令を拒否するアホだと思っていた、いや、今も思ってるが。

 

「逆に、善行を積む事で評価は上がり積極的に行動してくれるようになる。

 あなたの指示に従う事こそが、善人に協力する事こそが精神的なメリットと成りうる。

 その影響は……場合によるけど、嫌々行動するよりは明らかに良いのは明白ね」

「……下らない話だな。俺に対する感情だけでそんなに変わるのか」

「ええ。実に下らない、けど確かな影響を及ぼす。

 正攻法で頑張って感情論を味方に付けるのも、邪道に走って敵に回すのも自由。だけど、そういう所でキチンと対価を支払ってる。

 そういう事を意識しておきなさいって話よ」

 

 驚いたな。優等生っぽく見える御空がまさか限定的にとはいえ『卑怯な事』を認めているとは。

 いや、むしろ推奨しているな。メリットがデメリットと釣り合うならどんどん使って良いという事でもある。

 感情論を計算に入れる、か……考えた事も無かった話だ。

 

「さてと、それじゃあ働きましょうか。

 真面目に働く事が皆からの評価を得る第一歩よ」

「……それだけで評価が上がるなら確かにサボるよりも得だな。

 分かった、何をすれば良いんだ?」

「そうその意気。まずは……」

 

 

 後から振り返ってみると、この時の問答が俺のターニングポイントだったんだろう。

 今まで俺を卑怯だと罵る奴は全員バカだと思っていた。楽できる手段があるんだから使うのは当然だ、と。

 だが、その分だけ俺の心は歪み、周囲の人間の恨みを買う。

 楽をした分の代償はしっかりと払っていた。その事実を俺はこの時にようやく気付いたんだ。






「以上、根本覚醒フラグを立てる回だ」

「基本的な内容としてはリメイク前とあんまり変えてないわね。表現方法が結構変わってるけど」

「筆者の数年間の人生経験が加算されたものだからな。それだけあれば色々変わってくるさ。良くも悪くも」

「天秤の例えが消えた代わりに8つ目の大罪と感情論の計算が入ってるわね。
 ちなみにだけど、『正義』の解釈については筆者さんが字面から勝手に想像しただけであって本当にそういう意味なのかは調べてないそうよ」

「『狂信』があるくらいだからそう遠くは無さそう、と言うか『狂信』が『正義』って呼ばれる事もあるって話じゃなかったか?」

「さ~?」

「……まぁ、いいか。別に」


「では、次回もお楽しみに!」


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10 人を憂う子の話

 Bクラス教室を後にした僕は適当な店……Dクラス教室に来ていた。

 確かここは『着ぐるみ喫茶』とかいう何か良く分からん企画をやっていたな。

 とりあえず扉を開けるとクマのキャラの着ぐるみを着た店員らしき生物が駆け寄ってきた。

 

『いらっしゃいませ~。クマのペーさんが案内するよ~』

 

 おい、怒られるぞ。大丈夫なのかこれ?

 ……まぁ、気にするのは僕の役目ではないか。

 

『って、アンタはっFクラスの副代表!? この私が居る店に乗り込んでくるとは良い度胸ね!!』

「……すまん、誰だ?」

『はぁっ!? あんな事をしておいてこの私の顔を忘れたっていうの!?』

「いや、その顔が分からないんだが」

 

 確かに声は聞き覚えがあるな。籠もってて分かり辛いが。

 

『……そ、そうだったわね。忘れてた』

「誰だか知らんがFクラスに来るといい。お前みたいなバカが沢山居る場所だから仲間が増えるぞ」

『その言い方は流石に傷つくから止めて!!』

「す、すまん。それで……貴様は一体誰なんだ?」

『しょうがないわね……また名乗ってあげるわ!』

 

 そう言って目の前の着ぐるみは決めポーズを取る。

 やっぱりFクラスが似合いそうだ。

 

『そう、私の名は優子!

 Dクラス副代表の小野寺優子とは私の事よ!!』

「……ああ、居たな。そんなの」

『反応薄っ! え、もうちょっと何か無いの!?』

「そう言われてもな。

 『ま、まさかあの一騎打ちという言葉に騙されてアッサリ負けた副代表!?』とか言えば良いのか?」

『完全に覚えてるじゃないの!!』

「いや、お前の事自体はちゃんと覚えてるさ。印象に残ったからな」

 

 目の前で『優子』と名乗られた時のあの衝撃はそうそう忘れられるものではない。

 そうかそうか。お前だったか。

 

「ま、一応知り合いだから丁度いいな。ちょっと雑談に付き合ってくれ」

『いや、何でそんな事しなきゃならないのよ。これでも忙しいんだけど?』

「付き合ってくれたらメニューのここからここまで全部注文してやろう」

『ありがたく付き合わせて頂きます!!』

 

 チョロいぜ。

 

 

 

 

 

「……というわけでクレーマーをちょっと撃退してな。モグモグ」

『気持ちは分からないでもないけど撃退方法が過激過ぎない!?』

「……ゴクン、そういう訳で悪評の影響がどこまで広がっているか把握したい。

 この店ではいかにも変態っぽい坊主とモヒカンの三年生は来たか?」

『変態っぽいっていうのは偏見じゃないの……?』

「いや、少なくとも片方は男に恋するようなホモだろう。僕の勘は良く当たるんだ」

『そ、そう……

 えっと、それっぽい2人組なら確かに何回か来たよ。案内を待つまでもなく勝手に真ん中近くの席に座って騒いでたわ』

「手慣れたクレーマーだな。その才能はもっと別の場所で発揮して欲しいものだ」

 

 他人のテリトリーのド真ん中に割って入って堂々と騒ぐなんてそこらの凡人にはできないだろう。

 ……いや、あるいは何らかの後ろ盾があるのかもな。どれだけ騒いでも揉み消せるような後ろ盾が。

 

「大体把握できた。邪魔したな」

『ちょっと、まだ沢山残ってるわよ?』

「ここの店員たちに配っておいてくれ。その代わり、うちのクラスの悪評を聞いたら適当に訂正してくれると助かる」

『おっけー! 任せなさい!!』

 

 さてと、もうちょっと見て回ってから戻るとするか。

 

 

 

 

 

  ……一方その頃……

 

「坂本くん、ちょっと訊きたい事があるんだけど」

「……何だ、空凪妹」

 

 私が詰問する口調で坂本くんに問いかけると嫌そうな顔で応じてきた。

 質問の内容にも、その答えにも心当たりがあるって事でしょうね。

 

「……妙だと思わない?」

「何がだ」

「たかが学園祭の模擬店に妙なクレーマーがやってきて、撃退したと思ったら悪評をバラ撒いている。

 今日と明日のたった2日間しか開かない店相手に随分と手が込んでると思わない?」

「あの常夏コンビが粘着質な奴だったってだけだろう」

 

 夏川と常村で常夏コンビか。確かに分かりやすいネーミングね。

 でも今は置いておこう。

 

「確かに、その可能性はある。

 けど……心当たりがあるんじゃないの?」

「いや、そんな物は「言っておくけど」

 

 坂本くんの台詞に被せて、告げる。

 

「もし、隠し事をして、そのせいでAクラスが不利益を被った場合、できる限り最大限の『対処』をさせてもらうわ」

「…………はぁ、分かった分かった。あいつの妹なら大丈夫だろう。

 ただ、確証のある話じゃないぞ」

「ええ。手がかりだけでも十分よ」

「そんじゃあ適当な場所……俺たちの教室に移動するぞ。あそこなら誰にも聞かれないだろう」

「Fクラス教室ね。分かったわ」

 

 さて、一体どんな話が聞けるのやら。






「というわけで小野寺優子の再登場だ」

「……一応訊いておきたいんだけど、わざわざDクラスを着ぐるみ喫茶とかいう変な企画にしたのって……」

「ああ。あいつに再び名乗らせる為だ!!」

「そんな事の為に妙な企画を通したのね……
 ……ところで素朴な疑問なんだけど、着ぐるみ姿で接客って可能なの?
 いや、接客と言うより配膳とかって可能なの?」

「手の部分が薄い着ぐるみとかならきっと大丈夫だろう。
 あと、全員が着ぐるみを来てるんじゃなくて一部は普通の人が居るという事にしておこう」

「……そういう事にしておきましょうか」


「後半は光と雄二の話だったな。
 学園長との契約まで吐くつもりらしい」

「……大丈夫なのかしらそれ」

「黙ってた方が明らかに問題が大きくなりそうなんでな。
 Aクラスのリーダー格である姉さんなら大丈夫だという判断だな」

「リーダーは霧島さん……はダメか。坂本くんだし」

「そういう事だな。
 あともう一つ、このイベントには極めて重要な意味があってな」

「?」

「光と雄二が席を外す。
 これはあるイベントフラグを成立させる為に非常に重要だ。
 このイベントを逃すと明久の女子攻略ルートが姫路か島田の2択にほぼ確定するからな」

「うわぁ、何か急にギャルゲーの攻略みたいな事言い出した」

「カップリングを一応宣言してる時点である意味縛りプレイみたいな状態だからな。
 まぁ、詳細についてはまた明日としておこう」


「それでは、次回もお楽しみに!」


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11 暴走

 休憩時間を貰ったオレがのんびりとうろついていた時の出来事だった。

 

「あの~、すいません!」

「ん?」

 

 声のした方向に視線を向けると小さな……小学生くらいの女の子が居た。

 どっかで見た事がある気がするが……気のせいか?

 

「どうしたんだ、チビッ子」

「むぅ~、チビッ子じゃありません!

 葉月(はづき)には葉月という名前がちゃんとあるのです!」

 

 葉月……旧暦の8月の事だっけか。

 誕生日が8月だったとかそういう安直な理由で付けられた可能性が無きにしも非ずだな。

 オレの伊織よりは書きやすそうだ。良い名前だな。

 

「で、葉月。何の用だ?」

「はいっ! 葉月はバカなお兄ちゃんを探しているのです!」

「……まさかオレがそうだと?」

「え? 違います! お兄ちゃんはバカなお兄ちゃんじゃありません!」

 

 どうも要領を得ないな。小学生に理路整然とした受け答えを要求するのも酷な話かもしれないけどさ。

 

「ちょっと整理しよう。そのバカなお兄ちゃんってのはバカだったら誰でも良いわけじゃなくて誰か特定の人なのか?」

「勿論です!」

「……一応訊いておくが、その人の名前って分かるか?」

「う~ん、ごめんなさい。名前は分からないです」

 

 そりゃそうだ。知ってたら先にそっちを言ってるはずだ。

 

「……その人の特徴は? バカである事以外で」

「え~っと……すっごくバカなお兄ちゃんでしたよ!」

 

 何故だろう、その言葉を聞いてある1人の人物の姿が脳裏をよぎった。

 一応会うだけ会わせてみるか。

 

「オレに心当たりがある。違う人かもしれないが、行ってみるか?」

「はいっ! ありがとうございます!」

 

 折角の休憩時間だったけど……まぁいいか。こんな小っちゃい子を放置して何かあったら後味悪いし。

 

 

 

 

 と言う訳でパッとAクラス教室まで戻ってきた。

 

「ふわ~、大きくて綺麗な教室です!

 キレーなお姉さん達が沢山居ます!」

「うちの学校で最も金かけてる教室だからな」

 

 単位面積当たりとか人1人当たりで考えたら学園長室とかの方が金がかかってるかもしれないが、部屋単位なら2-Aと3-Aが間違いなくトップだろう。

 よくもまあこんな教室を借りられたもんだ。代表同士、副代表同士での交流があったからこそだな。

 

「とりあえず入ろう。吉井が居ると良いんだが」

 

 教室に入ると今の当番の女子が出迎えた。

 

「お帰りなさいませ~、ってアレ? 君って確かちょっと前に休憩時間に入ってた人だよネ?

 まだ早いと思うけど、どうかしたの?」

「まぁちょっと野暮用が。君は確か……工藤さんだったっけ?」

「へぇ、ボクの名前を知ってるんだ。もしかしてボクのファン?」

「一騎打ちの選抜メンバーくらいは覚えてるさ」

 

 たとえ副代表に一方的にやられて全く活躍しなかった相手でもな。

 

「……キミ、何か失礼な事考えなかった?」

「……そう言えばメイド服似合ってるなー。美人さんが着ると違うなー」

「露骨に話題を逸らしたネ。美人って言われて悪い気はしないけど。

 でも、このメイド服はボク的にはちょっと不満があるんだよ」

「不満? フツーのメイド服に見えるけど、メイド服自体が嫌とか?」

「いや、そうじゃなくって、これって結構スカート長いじゃん」

「……そうだな」

 

 本来の定義としてはメイド服っていうのは家政婦用の作業着だ。多分。

 だから素肌を保護する為に長袖にロングスカートなんだろう。多分。

 

「うん。だから得意のパンチラが披露できないんだよ!」

「……は?」

「だから、パンチラ。あ、せっかくだから見せてあげようか? 頑張ればこれでもできるし」

「何言ってるんだお前!?」

「アッハッハッ、そうだよね。それが普通の反応だよね~」

 

 凄くビックリした。

 そう言えば何か一騎打ちの時も妙な事を口走ってた気がする。

 変人が集まってるのはFクラスだけかと思ってたけどAクラスも結構イロモノが多いな。

 

「いや~、普通の反応をしてくれる人が居て助かったよ~。

 キミの所の副代表とか完全に無反応だったもん」

「……うちの副代表は本当に人間なんだろうか?」

「……さぁ?」

 

 人間じゃなかったらそれはそれで一体何者なんだという話になるが……いくら考えても結論が出る訳が無いので置いておこう。

 それより今は……

 

「吉井の奴は居るか?」

「吉井くん? 確か出かけてなかったと思うけど、どうかしたの?」

「奴にお客さんだ。ほれ」

「はいです! バカなお兄ちゃんは居ますか!」

「……キミ、この手がかりだけで吉井くんだって当たりを付けたの?」

「いや、『すっごくバカなお兄ちゃん』と言われてな。

 とりあえず確認だけしてみようかなと」

「……何でだろう、当たってる気がするよ。

 とにかく呼んでみよっか。吉井く~ん!」

 

 工藤さんが呼びかけて少し待つと奥の方から吉井がやってきた。

 お目当ての人物だったら良いんだが。

 

「どうしたの工藤さん」

「キミにお客さんだよ。この子に見覚えある?」

「え? う~~~~~~~ん………………

 特に見覚えは無いよ。小学生の友達なんて居ないし」

 

 アレ? 当てが外れたか。

 そうなるとできる事は無いか。コレ以上のバカをオレは知らない。

 ……と思っていたが、葉月ちゃんの方は違ったようだ。

 

「えっ、そんな……見覚えが無いなんてヒドいです!」

「……だそうだが吉井?」

「いや、そんな事言われても本当に見覚えが……」

「バカなお兄ちゃんのバカぁ!! バカなお兄ちゃんに会いたくて、葉月、一生懸命『バカなお兄ちゃんはどこですか?』って聞いて回ってたのに!!」

 

 ゲシュタルト崩壊しそうだな。一体何回バカって言ったんだ?

 

「よ、吉井くん、女の子を泣かせちゃダメだよ。

 この子はキミの事を知ってるみたいだけど、何か分からないの?」

「そう言われても……むしろ僕の方が泣きそうなんだけど」

「バカなお兄ちゃん、葉月と結婚の約束までしたのに!!」

 

 そんな発言を聞いて『ん?』と思うのと、どこからか湧いてきた2つの人影が吉井を挟んだのはほぼ同時だった。

 

「瑞希っ!」

「美波ちゃんっ!」

「「殺るわよ!!」」

「げふぁっ!!」

 

 突然現れた2人はうちのクラスの女子2名は何かこう吉井を痛めつけているようだ。

 小学生と結婚しようとする犯罪者への対応としてはそこそこ妥当な気もするが……オレの感覚では小学生の方が妄言を吐いてるだけな気がする。

 

「ちょ、ちょっと2人とも!? どこから現れたの!?」

「瑞希っ! そのまま首を真後ろに捻って! ウチは膝を逆方向に曲げるっ!」

「わっ、分かりました!」

「おいおい待て待て分かるな! ちょっとは落ち着け!」

「そ、そうだよっ! 僕も結婚の約束なんてした覚えは……」

「ふぇぇぇん! ヒドいです! ファーストキスもあげたのにっ!!」

「伊織、包丁を1ダース持ってきて! それだけあれば足りるはずだから!」

「いや持ってこねぇよ!? どうしたお前ら!!」

「吉井くん、悪いことをするのはこのお口ですか?」

「ひびゅ、ひょっひょひゃっへ(ちょっと待って)! ほへはいははらははひをひひへ(お願いだから話を聞いて)!!」

 

 いかん、放置したら吉井を殺しかねない。

 しかし、こんな恐ろしい状態の2人を相手に割って入る勇気はオレには無い。

 当然だが工藤さんにも無い。2人をまとめて一喝できる奴が居れば良いんだが、そんな奴が居たらとっくに出てきてくれてるだろう。

 

 万事休すか。

 そう思ったその時、開けっ放しだった扉から凄い勢いで何者かが入ってきた。

 そして吉井を遠くに蹴り飛ばし、島田さんの襟首を掴んで姫路さんに投げつけ、更に2人に対して首トンを仕掛けて仲良く気絶させた。

 

「……このバカ供が。何があったかは知らんが僕に無駄な力を使わせるんじゃない」

 

 無駄にカッコよく入ってきて一瞬で騒ぎを収めたのは……言うまでもなく、我らが副代表だった。






「この時の宮霧伊織はまだ知らなかった。
 後で振り返ってみると実は工藤が一番の常識人だったという事に……」

「冗談抜きでそう言えちゃうっていうのがね……」

「……さて、今回の話の解説に移ろう。
 原作でもあった葉月ちゃん初登場イベントだ。まぁ正確には過去編の方が早いが」

「発売されている単行本の順番では初ね」

「そうだな。原作では雄二が、リメイク前では僕が連れてきたが、今回は伊織に任せた。
 理由は2つ。まず1つは常識人枠でかつ仲裁には力不足なキャラの視点が欲しかった」

「……自称ただの凡人にアレを止めるのは無理があるわね。
 ついでに、光さんと坂本くんも席を外してるから厳しいわね」

「そしてもう1つは……アレだ」

「アレね。ヒロイン関係の」

「初期条件はそんな感じにいじって順当に進めてみた。
 途中で工藤が出てきたりしたが……とりあえず誰でも良いから接客してる女子を出しておきたかったようだ。
 折角のメイド喫茶だからな。伊織の雑談相手としても上手く嵌ってくれたようだ」

「……そう言えば優子さんはまだメイド服姿で出てないわね。他は大体出たはずだけど」

「あいつの出番は後半だな。
 さて、葉月ちゃん登場イベントを順当に進めるとうちのクラスの女子コンビが暴走する。
 明らかにFクラスの連中に悪い影響を受けているな。親御さんはサッサと転校させた方が良い」

「引き止めようとしてるキミが言う台詞ではないよね。断じて」

「本編と後書きでは立ち位置は違うからな。
 この辺からこの2人による明久への暴力描写が増え、それが2人がアンチされる流行が出来上がるのに繋がるわけだが……うちの筆者はあえて原作通りの流れにしたようだ」

「悪い所だけを否定しちゃったらもうそのキャラじゃ無くなっちゃうもんね」

「いや、もっと勝手な理由だ。
 ここで2人に対する僕の好感度を下げておかないと明久の女子攻略ルートがこの2人のどちらかにほぼ固定になる」

「またギャルゲーみたいな事言い出した!」

「僕の性格が『鬱陶しい駆け引きなんて面倒だ。付き合うならサッサと付き合っちまえ』という感じなので原作のように1年近く引っ張るような展開にはまずならない。
 だからここで僕の好感度を下げておかないと別のヒロインが介入する余裕も無く固定化される」

「……吉井くんと付き合う人がキミの好感度で変わってくるって、何だか凄まじい状況ね……」

「僕みたいな異物が介入しないとあの2人から外れないってだけの話だ。
 仮にも原作メインヒロインとサブヒロイン。好感度はお互いに結構高い状態からのスタートだからな。
 ……ちなみにだが、うちの筆者はツイッターで『まるでギャルゲーの攻略チャートを立てている気分だ』とかつぶやきながら本作の構想を練っていたようだ。
 今なら本作を題材にしたギャルゲーっぽいものが本当に作れるかもな」

「作る気は……無さそうね」

「当然だな」


「では、次回もお楽しみに!」


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12 葉月ちゃんと恋愛フラグ

 僕が教室に帰ってきたら何か騒ぎになっていたんでとりあえず蹴散らして止めたが……

 

「……一体何があったんだ、明久」

「ぼ、僕にも何がなんだか……っていうか脇腹が凄く痛いんだけど? 蹴る必要ってあった……?」

「いや、とりあえず吹っ飛ばした方が安全だったかなと」

「うぐぐぐぐ……判断に迷うよ」

 

 まぁ、無事だったなら良かった。

 

「色々と訊きたい事はあるが……とりあえず場所を変えるとするか。

 工藤と……お前は一緒に……いや、工藤はそこで泣いてる子に何か用意してやってくれ。僕の奢りだ」

「うん、分かった。葉月ちゃん、お姉ちゃんと一緒にこっちに行こうネ」

「ぐすっ、はいです……」

 

 

 子供の世話を工藤に任せ、暴走していたバカ供を片付けてから事情聴取を行う。

 

「で、一体何があったんだ。

 明久は微妙に頼りにならんからお前が頼りだ」

「オレも完全に把握できてるわけじゃないけど……事実を話すくらいは何とかなるか」

 

 

 えっと……この……当事者Aから聞いた話を要約すると『明久が小学生に手を出したと勘違いした2人が暴走して殺しかけていた』という事だな。

 明久がロリコンだという事が仮に事実であったとしてもやりすぎだし、事実であると2人の中で確定するのも早すぎだ。

 ……姫路は本当に転校させてやった方が本人の為なんじゃないだろうか?

 ……まぁいい。今は事実確認が先だ。

 

「明久、あの女の子って本当に見覚えが無いのか?」

「う~~~~~~ん………………そう言われるとどこかで見たような気が……無いような、無いような……」

「どう転んでも無いじゃないか。

 ……あの子供は『ファーストキスまであげた』とかホザいていたが、それについては?」

「とんでもないよ! 僕はあんな子供とキスなんてしたことないよ!!」

「って事は吉井からキスしたんじゃなくてあの子が勝手にやったって事なんじゃね?」

「なるほど、一理ある。流石の明久でも唇を奪われて忘れ去るなんて事も無いだろうから……ほっぺに軽くキスされたとか」

「え、ほっぺにキス……? あああああああっっ!!!!」

 

 どうやら何事かを思い出したようだ。

 あの子の勘違いというわけではなかったようだな。

 

「お、思い出した。完全に思い出したよ!

 あの時のぬいぐるみの子だ!!」

「そうかそうか。何か思い出せたようで何よりだ。

 ところで、奴は『結婚の約束をした』とか言っていたらしいが……そっちについては?」

「うん……あの子のちょっとした手助けをしてあげた後に『お婿さんにしてあげる!』って言って走って行っちゃったんだよ。

 その時の事なんじゃないかな」

「……なるほど、精神年齢が低いから小学生と波長が合ったんだな」

「ちょっと!? どいういう意味!?」

「まぁそういう事ならサッサと現実を突きつけてやるといい。

 貴様があの子と結婚したいなら話は別だが」

「いやいやいやいや、僕はロリコンじゃないよ!?」

「それは分かっているが……貴様は今16歳くらい、あの子が……8歳くらいだとするなら15年も経てば31歳と23歳だ。

 それくらいの年の差夫婦ならザラに居るだろ」

「そう言われると……確かにいけなくも無いような……?」

「何はともあれ、一度キッチリと話しておく必要があるのは確かだろう。

 考えがまとまったらあの子の所に行ってやれ」

「……分かった。ありがとう」

「気にするな。貴様が死んだら困るだけだ」

「そんな大げさだな~」

 

 大げさ、だろうか? こっちの当事者Aの話では冗談抜きで殺されそうだったようなんだが。

 

「……まあいいか。仕事に戻るとしよう」

「副代表、あの2人は放置か?」

「ああ。どうせしばらく気絶してるハズだし、僕が説教しても逆効果だろう。少し距離を置いておくくらいで丁度いい」

「そんな悠長な事で大丈夫かねぇ。オレには関係ない話なんでちょっと差し出がましいかもしれんが、少し不安だぞ」

「気になるなら貴様で何とかしろ。あの時みたいにな」

「……へいへい。

 ……って言うかオレって休憩時間だった。ちょっと遊んでくるわ」

「交代の時間に遅れるなよ~」

 

 

 

 

 

 何はともあれ、まずは葉月ちゃんと話そう。

 そう思った僕は教室の隅っこの方でケーキを食べていた葉月ちゃんと、その面倒を見てくれている工藤さんの所へ向かった。

 

「あ、吉井くんお帰り~」

「バカなお兄ちゃん! お帰りなさいです!」

 

 機嫌は大分直っているみたいだ。ケーキのおかげだね。

 奢ってくれた剣には後でお礼を言っておこう。

 それじゃあ……何から話そうか。

 

「え~っと、葉月ちゃんだったね。

 ごめんね、君の事をすっかり忘れてたよ。

 でもちゃんと思い出したから大丈夫だよ!」

「ほ、ホントなのですか!? 嬉しいです!!」

「吉井くんったら、こんなカワイイ子の事を忘れちゃダメだよ?」

「あははは……ゴメン」

 

 あの時は色々あったからすっかり忘れちゃってた。

 でも本人にとってはそんな事は言い訳にはならないだろう。粛々と受け入れよう。

 

「ところで気になったんだけどサ、2人ともお互いの名前すら知らないんじゃないの?

 吉井くんだっていつまでも『バカなお兄ちゃん』とは呼ばれたくないだろうし」

「そ、そうだね! 僕の名前は吉井明久だよ。宜しくね、葉月ちゃん」

「明久お兄ちゃんなのですね! 葉月は島田葉月って言います! 宜しくお願いします!」

「「……えっ?」」

 

 僕の驚いた声と工藤さんの声とがハモった。

 あれ? 聞き間違いかな?

 

「……ごめん葉月ちゃん。名字、もう一回言ってくれる?」

「? はいです。島田です! 島田葉月です!」

「……って事は、島田さ……美波さんの妹……?」

「え? お姉ちゃんともお知り合いなのですか?」

「…………」

 

 ま、まさか島田さんの妹だったなんて。凄くビックリした。

 そう言えば確かに似てなくもない気がする。髪色とか雰囲気とか勝気な目とか。

 

「……意外な展開だネ」

「そ、そうだね……」

「そう言えばお姉ちゃんはどこに居るのですか? この学校に通ってるはずなのですけど……」

 

 さっき怖い副代表にぶっ飛ばされてました……とは言えない。

 と言うか、さっき僕が島田さんと姫路さんに襲われたのは気付いてなかったみたいだ。泣いていて気付かなかったのだろうか?

 

「えっと……美波ちゃんは休憩時間に入ってて今は居ないからここでしばらく待ってれば会えるはずだヨ!」

「そうなのですか? ありがとうございます!!」

 

 工藤さんが気を利かせて誤魔化してくれたみたいだ。助かった。

 

「(吉井くん、ちょっといい?)」

「(何?)」

「(ボクはそろそろ接客に戻ろうと思うからこの子の面倒見ておいてくれないかな。

  ほら、本来の保護者の美波ちゃんは今保健室で寝てるし……)」

「(……そうだね。召喚大会も控えてるからずっとは居られないけど、それまでなら)」

「(オッケー)

 それじゃあ葉月ちゃん。お姉ちゃんはもう行くから吉井くんと仲良くね」

「はいです! ありがとうございましたです!」






「こんな感じで騒動はとりあえず終息した。
 工藤がスゲー良い働きしてくれてるな。流石は希少な常識人だ」

「吉井くんが観察処分を受けた経緯は原作と変わらない感じなのね」

「ああ。強いて言うならそれを決める会議に僕が乱入してまとめて観察処分を受けた事くらいだ」

「何やってんの!?」

「観察処分者の利点を考えたら積極的に受けたいのはむしろ当然の事だ。
 会議室を盗聴して明久の処分が決まった瞬間に乱入。実は黒幕は僕だと適当に挑発したらアッサリと成功した」

「アッサリ過ぎない!?
 ……どうしてそこを小説化しようとしなかったの」

「過去編なンて書くのは面倒くせェ! 辻褄合わせが大変なンだよ!!
 というのが筆者からのメッセージだ」

「雑っ!!」

「……実際問題としてどの程度やらかせば観察処分を受けられるのかがイマイチ分からなくてな。
 明久がやらかした事なんて普通に窃盗で訴えられる案件だし、僕がその為だけに犯罪行為に手を染めるってのはリスクとリターンが釣り合わない。
 だから雑にやってボカすくらいしかなかったようだ」

「だからってねぇ……まあいいか。終わった事だし。

 それでは、次回もお楽しみに!」


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13 優等生の思惑

「どうしたの吉井くん」

 

 僕と葉月ちゃんが一緒に居る時に声をかけてきたのはメイド服姿の秀吉……じゃないか。

 秀吉なら僕の事を明久って下の名前で呼ぶからね。

 って事は双子の姉の優子さんだ。ホントにそっくりだ。

 性別が違うから二卵性双生児のはずで、そうなると普通の姉弟と同じくらいにしか似ないはず……いや、実は秀吉は女子の可能性も……

 

「……あんまりジロジロ見ないで欲しいんだけど」

「あっ、ごめん、木下さん」

「それで、その子一体どうしたの? まさかどこかから誘拐してきたんじゃないでしょうね」

「いやいやいやいや、そんな事しないって!」

 

 あれ? でも本来保護者になるべき島田さんを気絶させて葉月ちゃんを手元に置いているというのはある意味誘拐なのでは……?

 いやいや、面倒を見てるだけだ。誘拐じゃない。

 

「フフッ、冗談よ。誘拐してきたならそんなに堂々としてないでしょうから。

 それに、その子も君に懐いてるみたいだし」

「そ、そうだね! 葉月ちゃん自分の意志でここに居るんだから大丈夫」

「はいです! 明久お兄ちゃんは葉月のお婿さんなのです!」

「……吉井くん、この子が実の妹なのか赤の他人なのかは分からないけど……どっちにしろ犯罪だと思うわ」

「いやいや! 葉月ちゃんが勝手に言ってるだけだって!!」

「えっ、お兄ちゃんはお婿さんになってくれないのですか!?

 そ、そんな! どうしてっ!!」

 

 しまった、葉月ちゃんが今にも泣き出しそうだ。

 剣とかだったら相手が子供だとか気にせずその名の如くバッサリと否定するんだろうけど、僕はそこまでの鬼にはなれない。

 ただ、ここで『お婿さんになってあげる』とか言っちゃうのも問題だ。優子さんの反応が怖い。

 どうしようかと考えていたら優子さんが口を開いた。

 

「葉月ちゃん……だったわね? ちょっと落ち着いて話を聞いてくれる?

 お嫁さんになるとか、お婿さんになるとか、そういう事はとっても大事な事なの。

 だから、ちょっとした思いつきでお婿さんにするとか、そういう事は言っちゃいけないわ」

「思いつきじゃないです! 葉月は明久お兄ちゃんが好きだからケッコンするです!」

「……そう、分かった。そこまで言うなら止めはしないわ」

 

 えっ、止めないの優子さん!?

 困るんですけど!?

 

「……でも、結婚したいならもうちょっと待って」

「待つ……ですか?」

「ええ。この国の法律だと16歳までは結婚できないのよ。

 だから、葉月ちゃんが大きくなって、結婚できるようになって、その時もまだ吉井くんの事が好きだったら……

 ……その時、しっかりと頼みなさい。結婚して欲しいって」

「うぅぅ……でも……」

「それとも、たかが数年が待てない? あなたの好きっていう思いはその程度のものなの?」

「そんな事は無いのです!

 ……分かりました。ちゃんと待ちます。

 楽しみにしててくださいね、明久お兄ちゃん!」

「う、うん……そうだね」

 

 問題を先延ばしにしただけのような……いや、数年も経てば葉月ちゃんにも同年代のボーイフレンドができるはずだ。

 流石は優子さんだ。Aクラスの優等生は伊達じゃない。

 

「さてと、この子も落ち着いたことだし……ちょっと来て頂戴」

「え? 僕に用があったの? もしかして店の事とか? それだったら早く言ってくれれば良かったのに」

「店の事じゃなくて……ちょっと個人的に」

「個人的に? まあいいけど……」

 

 何だろう、まさか愛の告白じゃあるまいし。

 優子さんと僕に接点なんてせいぜい試召戦争の時と、あとは……

 

「……あっ」

「? どうしたの吉井くん。顔色が変わったけど」

「い、いいや、なな何でも無いよ!」

 

 そう言えば一週間くらい前、優子さんと顔を合わせた。

 ……女子更衣室で……

 

「まずはその……一週間くらい前の事なんだけど……」

「ひぅっ!!」

「ちょ、ちょっと! 何逃げようとしてるのよ!!

 怒るわけじゃないからちゃんと話を聞きなさい!!」

「えっ、お、怒らないの?」

「……場合によっては怒るかもしれない……って、逃げないで! 怒らないから!!」

「……ホントに?」

「…………ええ。勿論よ」

 

 微妙に気になる間があった気がするけど気付かなかった事にしておこう。

 優子さんみたいな優等生が軽々と嘘を吐いたりなんてしないだろうからね!

 

「話を戻すわよ。一週間前、何であそこに居たの?」

「え、え~っとその……信じてもらえるかは分からないけど……」

「信じるか信じないかは聞いてから判断するわ」

「それじゃあ、話すよ」

 

 ちょっと事情があって雄二を探していた事、

 霧島さんから逃げている雄二だったら女子禁制の場所に逃げ込む……と見せかけてあえて男子禁制の場所に逃げ込むと当たりを付けた事、

 流石に女子トイレには居ないはずと踏んで更衣室を調べたら一発で見つけた事。

 そんな感じの事をかいつまんで話した。

 

「……なるほど。そういう事情があったのね」

「し、信じてくれるの?」

「何? 今更作り話だったとか言うつもり?」

「いや、違うけど……」

「正直に言うと、元々吉井くんが覗きなんてするとは思ってなかったわ」

「えっ、そうだったの? だったら何であの時先生を呼んだの?」

「しないだろうとは思ったけど、どんな事情があっても女子更衣室に入ってた時点でアウトよ。

 それに、誤解だったら説明してもらえば良いだけの話だし」

「そ、そっか……」

 

 と言うことは逃げずに捕まるのが正解だった?

 いやでも鉄人が相手だからなぁ……

 

「それと、もう一つ訊きたい事があるの。

 あなた達、召喚大会に出てるのよね?」

「うん。そうだよ」

「目的は腕輪って話だけど……それはあくまでもクラスとしての話よね?

 吉井くんの目的はペアチケットなの?」

「え? えっと……うん」

 

 ちょっと前に姫路さんにも似たような事を訊かれた。

 学園長との取引には触れないようにしないといけない。けど、あんまり誤魔化しすぎると疑われる。

 だったらどうすれば良いかと言うと……剣が事前に教えてくれた。

 

『貴様は年中金欠なんだから売り払う予定だって体にしちまえばいい。

 何か想定外の質問が来ても『何としてもチケットを売りさばいてやる!』って気持ちで応じれば良い』

 

 というわけで、僕の目的はペアチケットを売りさばく事だ!

 ……実際に売ろうとしたらいくらになるんだろう。いや、売らないけどさ。

 

「木下さんも確か参加してるんだよね。霧島さんと一緒に」

「ええ。代表にどうしてもって頼まれてね」

「霧島さんの目的は……考えるまでもなくペアチケットか。

 木下さんもペアチケットが欲しいの?」

「……まぁ、そうなるわね。代表ほど切望してるわけじゃないけど」

「そっかぁ……」

 

 如月ハイランドはカップル向けの設備が充実してるらしい。

 オープンしたら木刀を片手にリア充を撲滅して回りたいけど……警備とかもきっと凄いんだろうな。

 ……って違う! そうじゃない!

 優子さんがチケットを欲しがってるって事は誰か付き合ってる人とか気になる人が居るんだろうか?

 どうせ売れないから譲ってあげたいけど……流石に企業の思惑で強引に結婚させられるのは嫌だろうな。霧島さんならまだしも。

 

「……どうしたの?」

「ああ、ごめん、何でもない。ちょっと考え事してただけ」

「……そう、分かった。

 訊きたかった事は以上よ。ありがとう」

「ううん、どういたしまして」

 

 ……確か、順当に進めば次の次で優子さんと当たるはずだ。

 少し気が引けるけど……全力で倒そう。何も知らずに巻き込んでしまう前に。






「というわけで明久と優子のイベントだ」

「プラス葉月ちゃんね。優子さんに諭されてたけど」

「頭も良く猫かぶりの上手い木下姉であればあのくらいは余裕だろうと判断したようだ。
 日常生活で演じる技能があるという事はコミュニケーション能力の高さの証左でもある。
 ……お前もある意味似たようなものか」

「言いたいことは分からなくもないけど……別にキャラを演じてるわけじゃないからねぇ……」

「まぁ、そうか」


「吉井くんの評価って意外と高いのね。信用されてたみたいだし」

「そりゃぁな。『あの代表よりは人間できている』っていうのが木下姉からの評価だ」

「……紛れもない事実だから何とも言えないわね……」

「明久が覗きをするような人間であれば命令権はもっと別の事に使われていただろうからな。
 ちなみに、本章序盤で木下姉を出したのはこの会話の為だったりする」

「……結構行き当たりばったりだったはずなのに、意外とちゃんと考えて書いてるのね」

「伏線をテキトーにバラ撒いておけば気付いたら布石になってるからな」

「……前言撤回しておくわ。

 では、次回もお楽しみに!」


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14 第三試合と物理攻撃

 そしてなんやかんやあって召喚大会3回戦の時間になった。

 この回から一般公開がされて観客が集まってくる。

 

「ふ~む……」

「どうしたの剣」

「いや、観客席からはそこそこ離れてるから何か物をぶつけられるとかはあんまり無さそうだなと」

「剣は一体何と戦ってるの……?」

 

 警戒しておくに越したことは無いからな。

 太陽の光を鏡で反射して攻撃してくるとかなら普通に可能だろう。用心しておこう。

 

 

『それではこれより、召喚大会第三回戦第一試合を行います!

 出場者は前へどうぞ!』

 

 名前もよく知らない立会い教師に促されてステージの上へと上がる。

 反対側から姿を現したのはよく見知った顔だ。

 

「吉井っ! ここなら逃げられないわよ! じっくりと話を聞かせてもらうんだから!!」

「吉井くん、じっくりと話を聞かせてもらいますよ♪」

 

 僕が保健室送りにした2人組である。ついさっき目覚めたらしい。

 う~む、もうちょい強く首トンしていれば不戦勝にできただろうか? いやいや、流石に学園長に怒られそうだ。

 ……まぁいい。舞台の上に立った以上は戦うだけだ。

 

「御託は要らん。話したい事があるならサッサと終わらせるぞ。どうせ僕達が勝つからな」

「随分と自信満々ね」

「相手が空凪くんであっても簡単には負けませんよ!」

「ならその台詞を証明してみせるがいい」

 

『それでは、承認します!』

 

 立会い教師の合図と同時にフィールドが広がり、それと同時に召喚を行う。

 

「「「「試獣召喚(サモン)!!」」」」

 

 さて、何度も言っているようにこの2人が勝ち上がってくるのは読めていた。

 この第3回戦で当たる。

 その事実さえ分かって居れば対処は意外と容易だ。

 

 

 [フィールド:古典]

 

Fクラス 島田美波  6点

Fクラス 姫路瑞希 399点

 

 

「ってえええっ!? 3戦目は数学じゃなかったの!?」

「いや、数学は1戦目でやっただろう?」

「でも、このトーナメント表では……あれ? 科目の所が剥がれる」

 

 島田がペリペリと剥がすとその下から本当の科目が現れた。

 雄二による偽装工作だな。

 

「ま、悪く思うな。知るのが今になっただけで科目は変わらないさ」

「うぐっ、確かにそうだけど……」

「はっはっはっ、6点しかない島田さんの召喚獣なんて居ないも同然さ。

 これで2対1だよ!!」

「戦いというものは往々にして始まる前から勝敗が概ね決まっているものだ。

 というわけで、サッサと終わらせると……」

 

 と、そんな台詞を吐いていた時、ソレが視界に入った。

 

 

Fクラス 吉井明久  9点

Fクラス 空凪 剣 400点

 

 

「…………おい明久」

「…………正直、悪かったなって思ってる」

「「…………」」

 

 何だか凄くいたたまれない雰囲気になっている。

 う~む、どうしたものか。一応点数では勝ってるんだが……戦いに100%の勝利を求めるのは無茶だが、50%というのもそれはそれでツラいものがある。

 何か事故ったら負けるというレベルだ。不安だ。

 

「……仕方あるまい。盤面が互角なら卓外戦術を挑むまでだ。

 お前たち! 良い事を教えてやろう」

「良い事?」

「何ですか?」

 

 この2人を動揺させて戦力を下げられるような会話を……

 

「僕はちょっと前に明久はエア彼女と如月ハイランドへ行くという話をしたが……アレは嘘だ」

「いやいや、2人ともそんな事は当然分かって……」

「えええええっ!? う、嘘だったんですか!?」

「そ、そんなっ、瑞希から聞いてウチもすっかり信じ込んでたわ!!」

「……アレ?」

 

 ひとまず興味を引く事には成功。

 ここで誰の名前を出せば効果が高いだろうか?

 

「そ、そうだ! それじゃあ吉井くんは一体誰と行くつもりなんですか!?」

「フッ、知りたいか? ならば教えてやろう」

 

 ここであえて男子の名前を出せば意気消沈してくれるだろうか? いや、そもそも信じられないかもしれない。

 女子の名前を出した場合……この2人の場合は怒り狂うか。

 ……アリだな。

 

「あれ? 今何か悪寒が……」

 

 明久に攻撃を引きつけてその隙にまとめて撃破。十分アリな戦術だ。

 となると適当な女子の名前、リアリティがあり、なおかつ嫉妬させられる名前。

 さっきの女の子……葉月とか言ったか? あいつはダメか。姫路に伝わらん。

 Bクラスの御空……胸も結構あったんで島田を挑発する事ができそうだが……明久との接点が少々薄い。

 Aクラス……霧島は論外、光も厳しい。工藤か木下姉……その2択だったら……

 

「教えてやろう。明久が誘う相手。それは……木下優子だ」

「「「えええっっ!?」」」

 

 明久までもが驚いているが、気にせず続ける。

 

「いやぁ、僕もビックリだった。あの明久が『優子さんをデートに誘いたいから協力してほしい!』なんて言うんだもんな。

 召喚獣バトルなんてFクラス生には厳しい戦いだっていうのに、それだけ本気だって事だろうな」

「…‥吉井、どういう事かしら?」

「吉井くん? じっくりとオハナシさせてもらいますよ」

「いやいやいやいや、ちょっと待って! 落ち着いてよ!!」

「無駄だ明久。こちらの声は届いていない」

「いや、剣のせいだよね!? どうしてくれちゃってるの!?」

「安心しろ。2人を引きつけてくれれば後は僕が何とかする」

「何て無茶振りを……分かったよ、やるよっ!!」

 

 というわけで戦闘開始だ。いや、既にお互いに召喚してるんだからとっくに戦闘は始まっていたな。

 2人の意識は明久に集中している。軌道予測は容易であり、僕の投げたナイフは簡単にヒットした。

 

 

Fクラス 島田美波  6点 → Dead

Fクラス 姫路瑞希 399点 → 312点

 

 

 島田はアッサリと戦死。だが逆に言えばこれと同じくらいに簡単に明久も戦死するという事だ。油断はできない。

 

「くっ、やられた……瑞希はそのまま吉井の召喚獣をお願い! ウチは本体をボコにする!!」

「はいっ、分かりました!」

「ちょっと!? 姫路さん分からないで!? 島田さんも……審判!! コレって反則じゃないの!?」

 

『ちょ、ちょっと待ってください。ルールブックでは……アレ? 書いてない……』

 

 通常の試召戦争では召喚者による物理攻撃は反則だが……召喚大会では別ルールで動いているからな。

 補習とかが免除されているのが良い例だな。そんなのがあったら誰も参加しなくなる。

 だからこそこういう漏れがあったと。反則なのは当然の事過ぎて書き忘れたんだろう。

 

「だがそういう事なら話は簡単だ。

 明久、反撃してしまえ! こちらから殴りかかるのは流石にヤバそうだが正当防衛なら面目は立つ!」

「無理だよ!! 僕が島田さんに肉弾戦で勝てると思ってるの!?」

「……スマン」

「謝らなくて良いからとにかく早く何とかして!!」

 

 そうだな。何とかしよう。

 明久にとっては姫路も島田もどちらも脅威だが……とりあえず試合を終わらせる事を優先して姫路を処理する。

 ナイフの投射ではダメージはそこまで稼げない。直接叩くっ!

 

「セイッ!!」

「っ」

 

 ナイフを使って切りつけたが、直前に小手でガードされた。

 

 

Fクラス 姫路瑞希 312点 → 265点

 

Fクラス 空凪 剣 400点 → 392点

 

 

 姫路の召喚獣は西洋鎧を纏っている。動きは少々鈍いが、その分硬い。反動だけでダメージを食らうくらいには。

 鎧に覆われていない顔等を狙えば大ダメージを与えられそうだが、そう簡単に当てられるかという。

 

「退いてください!」

「断るっ!!」

 

 姫路の狙いが完全にこっちに移ったようだ。

 不意を突けなくなるのは残念だが、明久がフリーになる事で適当な援護が期待でき……

 

「さぁ、キリキリ吐いてもらうわよ!!」

「ちょ、島田さん! ギブ! ギブッ!!!」

 

 ……あかん、これ結構マズイ。

 強い相手との一騎打ちという意味ではAクラス戦を思い出すが、アレは工藤の召喚獣が軽装であり、なおかつ僕の『集中』を後先気にせずに使えたからこそ楽勝だった。

 同じ戦法を重装備の姫路に使うのは少々厳しいし、今日はこの後霧島戦が控えてるからペース配分も考えなければならない。

 …………仕方ない。切り札を1つ、切らせてもらおう。コレは姫路の召喚獣と相性が良さそうだしな。

 

 突然だが、召喚獣は特定の点数……400点以上になると個々人固有の『腕輪』を持つようになる。

 この点数は補充試験の時の点数が参照されるので多少ダメージを受けた後でも腕輪は問題なく使える。

 

解放(リリース)

 

 

Fクラス 空凪 剣 392点 → 292点

 

 

 僕の腕輪のコストにより一気に100点ほど持っていかれた。

 そしてコレ自体は戦闘に何ら影響を及ぼさないという。クソ重いコストだが、それ相応の価値はちゃんとある。

 

「仕切り直しだ。行くぞ!」

 

 今度は急所を狙う必要は無い。

 相手の攻撃を丁寧に受け止める。それで十分だ。

 

バヂィッ!

 

 

Fクラス 姫路瑞希 265点 → 193点

 

Fクラス 空凪 剣 292点 → 262点

 

 

 お互いの武器が接触する直前、火花が散り姫路の召喚獣の点数が大きく削れた。

 

「えっ!? 一体何が……」

「考える暇は無いぞ」

 

 この隙に畳み掛ける。僕の武器が相手の武器や鎧に接触する度に火花が散り、そしてアッサリと決着が着いた。

 

 

Fクラス 姫路瑞希 193点 → Dead

 

Fクラス 空凪 剣 262点 → 172点

 

 

『しょ、勝者、吉井・空凪ペア!

 決着は着きました! 島田さんは吉井くんから離れてください!!』

 

 おっと、忘れる所だった。明久を助けてやらんと。

 

「島田、どけ」

「うるさい! 黙ってて!!」

「…………」

 

 言葉で説得しようとしても無駄っぽいので頚動脈を絞めて落とす作戦に切り替える。

 え? 首トンしろって? いや、アレってムチャクチャ疲れるんだよ。あの時は緊急時だから使っただけで、今回みたいに余裕がある時はこっちの方が簡単だ。

 

「ふんっ!」

「フムギュッ!」

 

 ジタバタしていたが、しばらくすると意識が落ちたようだ。

 

「ふぅ、明久無事か?」

「…‥た、多分……」

「はぁ、負けちゃいましたか……

 それはそうと吉井くん! どういう事なんですか! 木下さんと行くって!!」

「いや、僕に訊かれても……」

「その件は島田が起きたら話して……いや、先に話しとくか。お前が島田に伝えてくれ」






「以上、姫路&島田戦だ。
 便利だが決め手に欠ける僕の召喚獣にとって、重装備で固めた姫路の召喚獣が相手では意外と相性は悪いようだ」

「リメイク前では君の攻撃力にバグ疑惑がかかるほど普通に強かったけどリメイク版では自重してるみたいね。
 装備の大切さがよく分かる戦いだったわ」

「姫路ほど重武装で、更にリーチの長い大剣を装備している奴はそうそう居ない。
 そして普段の戦争では味方だからそこまで問題にはならないんだが……こういう所では苦労するハメになるな」

「……ところで、君の腕輪の能力って……」

「フハハハハ、そうだ。詠唱する事によって帯電し、金属を通して相手にダメージを与える能力だ!!」

「……あの10点がここで生きてくるのね。
 これって前章からの仕込みよね。筆者さんの事だから何も考えずに仕込んでたんでしょうけど」

「ああ。全く考えずに仕込みをしたら無駄に相性が良い場面で無駄に活躍してビビっているそうだ」

「無駄って……無駄ではないでしょう。決して」

  ※注記
 剣くんの腕輪の能力は帯電とか電気操作とかではありません。
 リメイク前を読んでいる方はすぐに理解できたと思いますが……そうでない方は自由に想像してみて下さい。
 もしノーヒントで当てられたら……おめでとうと言って差し上げます(笑)

「それでは、次回もお楽しみに!!」


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15 襲撃

「まさかチケットを売り飛ばす気で居たなんて……それならそうと早く言いなさいよ!!」

 

 意識を取り戻した島田に建前の事情を告げた時の反応である。

 だって仕方ないじゃないか。姫路と話してた時はまだ設定が固まってなかったからな。

 

「ご、ごめん……」

「でも、そういう事情なら分かったわ。

 吉井、絶対優勝しなさい! そしてウチに売って!!」

「ええええっっ!? ……あれ? 相場以上で買い取ってくれるならそれもアリかな?」

「み、美波ちゃんズルいです! 私に売ってください!!」

 

 なるほど、こういう切り返しをされるのか。これは少々面倒だな。

 予定通りに事が進めばチケットは学園長に変換するので売るのはどうやっても不可能だ。

 ならばどうすれば良いかと言うと……

 

「貴様ら、ペアチケットの相場分かってるのか? 諭吉さんが数枚、下手すると数十枚単位で飛ぶぞ」

「ええっ!? あのチケットってそんなに高いの!?」

「だって、あの霧島がわざわざ出場して取りにくるくらいだぞ?

 実家が金持ちで有名な霧島が」

 

 まぁ、霧島が『自力で手に入れたい』という思いがあって参加してる可能性は十分にあるが。

 ただ、霧島が優勝を逃した場合は冗談抜きで数十枚の諭吉さんを突きつけてくる可能性は十分有り得る。

 何せ『値段が付けられない』ってレベルの貴重品だからな。持ち主の言い値になるだろう。

 

「……おこずかいってレベルじゃないわね……」

「……ごめんなさい。買えません」

「だろうな。ここで買うって言い出したら逆にビックリだよ」

「諭吉さんがそれだけあったらアレもコレも買い放題じゃないか!! ヒャッホウ!!」

「……貴様は少し落ち着け」

 

 そのチケットを返さなきゃならん事は……コイツの頭からはすっぽ抜けてるんだろうな。

 まぁ、いいか。その方が都合良さそうだし。

 

「でも、本当に売っちゃうの? 何だか勿体なくない?」

「今月は……と言うか今月も生活費が苦しくてね……それに、一緒に行く相手も居ないし」

「そ、それだったらウチが……」

「さ、誘ってくれれば私が一緒に行きますよ!!」

「え、2人ともそんなに行きたいの? う~ん……」

「……お前たち、そういう話はまず勝ってからにしろ。取らぬ狸の皮算用という言葉を知らないのか?」

「知らないわ」

「……そうか」

 

 島田に諺の意味を懇切丁寧に説明してから話を再開する。

 

「全力で優勝を目指すつもりだが……あまり期待はしないでおいてくれ。

 期待し過ぎるとダメだった時のショックがデカくなるからな」

「それはそうですけど……」

「こういう時は『絶対に優勝してくる!』とか言えないの?」

「不確定な事を話すのは好きじゃなくてな」

「……ところで、アンタの方はどうなの? チケットって確か2枚貰えるはずよね」

「まぁ、いくつか考えてはいるが……少なくとも貴様らに渡す事は無いな。

 売るにしても霧島に売りつけた方が高く買ってくれそうだし」

「……確かに無理だわ。勝てる気がしない」

 

 ……実際の所どうなる事やら。

 まぁ、とりあえず勝ってから考えるとしよう。

 

 

 

 

 

 準決勝まではそんなに時間は無いが、それまでの間は店で働く事にする。

 

「副代表、厨房の土屋から伝言だ。砂糖持ってきてくれって」

「いいだろう、倉庫から取ってくる」

「ちょい待ち。何か種類まで指定されてる。

 黒砂糖と角砂糖とグラニュー糖と上白糖を2kgずつだそうだ」

「……何でわざわざそんな細かく指定するんだ?」

「さぁ、オレにもよく分からん」

「と言うか量が多いな。お前も手伝ってくれ」

「むしろ副代表の方が手伝いだけどな」

「……それもそうか」

 

 というわけでこの……えっと……手伝いの人と一緒に倉庫へと向かう。

 

 

 

 

「で? 何だっけ?」

「確か……黒砂糖とグラニュー糖と……」

「……面倒だな。甘そうなのを適当に持っていくか」

「いや、そういう訳にも……まぁいいか。いくつかはヒットするはずだし」

 

 そして僕達が砂糖系の調味料がしまってある辺りに近づくと扉が開き、3人ほどの高校生くらいの男が入ってきた。

 制服やその他の衣装は着ていない。今日の企画に『私服喫茶』等は無かったはずだ。

 ……完全な部外者のようだな。

 

「申し訳ありませんがここは関係者以外立ち入り禁止となっております」

「ああそうかい。だが関係ねぇ。俺はテメェに用があるから十分関係者だ!」

「僕に用ですか。何でしょうか?」

「ああ。テメェに恨みは無ぇが……死に晒せや!!」

 

 うん、まぁそうなるよね。

 こんな人気の無い場所にチンピラ風の男がやってきた時点でこの展開は簡単に読める。

 だから、対処もしっかりと考えてある。

 

「え~っと、あったあった。ほいっ」

 

 近くの棚にしまってあった真っ赤な粉末の入ったビンの口を開けて中身を適当に投げつける。

 

「ぐぎゃぁあああああぁあぁぁああああああああアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 ビンに書いてあった説明文によれば……

 『タバスコ等とは比べ物にならないほどの辛味を発揮する我が社の新商品!

  なんと従来の辛味調味料の1万倍の辛味!(当社比)

  ※注意!※ 大変危険ですので取扱いには細心の注意を払い、目に入った場合には直ちに医師の診断を受けてください』

 ……だそうだ。

 

「な、何だ! どうしたヤスオ!!」

「よそ見をしている暇は無いぞ」

「みぎゃぁあああああぁあぁぁああああああああアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 今度は真っ白なビンだ。

 『そんじょそこらの砂糖とは比べ物にならないほどの甘味を発揮する我が社の新商品!

  なんと従来の甘味調味料の1億倍の甘味!(当社比)

  ※注意!※ 大変危険ですので取扱いには細心の注意を払い、目や口に入った場合には直ちに医師の診断を受けてください』

 ……だそうだ。

 やべぇ調味料の1つや2つ置いてあると思って、僕の危機感知の直感から一番ヤバそうなのを選んで適当に投げつけたわけだが……予想以上だな。

 

「……さて、次はどれを試そっかな~」

「ひ、ひぃぃぃっ!! 勘弁してくれぇ!!!」

 

 軽く脅してやっただけで最後の1人は逃げ帰った。

 追跡は……まぁいいか。とりあえず床に転がってる連中を縛り上げて鉄人先生に引き渡そう」

 

「副代表……アンタよくもまぁ涼しげな顔で対処できたな」

「襲撃自体はもしかしたらあるかもしれないと考えていたからな」

「……アンタ何考えて過ごしてるんだ」

「そんな事より、疑問がある」

「?」

「……こんなゲテモノ調味料を持ち込んだのは一体全体誰なんだという話だ」

「…………確かにな」

 

 

 

  ………………

 

 

「へくちっ」

「あれ? 瑞希ってば風邪でも引いた?」

「いえ、そういうわけではないですけど……」






「というわけで姫島戦の事後処理と僕への襲撃だな」

「チンピラさん……可哀想に……」

「自業自得ではあるが……少々やり過ぎた気がしないでもない。
 あんなよく分からん物質が目に入ったら普通に失明とかしそうな気がするが……奇跡的に後遺症は残らなかったという事にしておこう」

「奇跡ね。
 そう言えば、ビンを選び出すのに何か超能力を使ってたみたいだけど……」

「僕の『危機感知の直感』だな。
 リメイク前の段階でもぼんやりとした設定はあったが、リメイク版では明確にそういう能力を持っているという設定で進めている。
 普段は敵の攻撃を躱したり、姫路の弁当に反応したりするが……今回使ったのはちょっとした応用だな。危険物の場所とその危険度をある程度把握できる」

「把握できてた割には容赦なかったわね……」

「ある程度把握できるだけだからな!」

「…………
 では、次回もお楽しみに!」


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16 第四試合

「明久、そろそろ次の試合だ」

「えっ、早くない!?」

「トーナメントだから後半になればなるほど試合の間隔は狭まってくる。

 気張っていけよ。次の戦いは学年首席が相手だ」

「き、霧島さんか……頑張るよ」

 

 というわけでサクッと試合会場へと向かう。

 

 

 

 

『これより、準決勝第1試合を始めます! 選手の方はステージに上がってください!』

 

 教師に促されてステージの上へと上がる。

 反対側からは予想通りの顔が……あれ?

 ……おかしいな。片方は間違いなく合ってるんだが、もう片方は何かちょっと違うぞ。

 

「どうしたのかしら剣くん。アタシがここに居るのが不満かしら?」

「いやまさか。予想通りのペアが勝ち上がってきたなと思ってただけだ」

「ホントかしら? まあいいけど」

 

 霧島と木下のペアが勝ち上がってくるのは予定通り。

 問題は……木下姉を秀吉とこっそり入れ替えて始まったら3対1にするというグレーに近いアウト……もとい、アウトに近いグレーな作戦が破綻していた事だ。

 雄二と秀吉め、しくじったか?

 

「剣、予想通りって事は当然作戦があるんだよね!」

「……ああ。当然だ」

 

 まず、第一の作戦……と言うか仕込みとして、今回の科目が挙げられる。

 今回の科目はズバリ『保健体育』。

 以前も述べた通り、実技科目はクラス分けには反映されない。よって、この2人が苦手としている……可能性がある。

 

『それでは承認します。試合開始!』

 

「「「「試獣召喚(サモン)!!」」」」

 

 

 [フィールド:保健体育]

 

Fクラス 吉井明久 68点

Fクラス 空凪剣  400点

 

Aクラス 木下優子 342点

Aクラス 霧島翔子 451点

 

 

「…………おい」

「何かしら?」

「ふざけるなよ!? 何だよその点数!!」

「前回の戦争では実技科目を甘く見たせいで痛い目を見たから。一通り勉強しなおしたわ」

 

 そんな事をサラッと言ってのけるあたり流石はAクラスの優等生と言うべきか。

 明久に負けたのが木下姉でなければこうはならなかっただろうに。おのれ明久め。

 

「……まぁ、木下姉は納得だ。

 で、霧島、貴様のその点数は何だ!?」

「……将来の為に、一杯勉強した」

「…………」

 

 どうやら将来の事を考えると保体の成績が良くなるらしい。

 深くは突っ込まないでおこう。うん。

 

「それじゃあ剣、例の作戦を頼むよ!」

「………………

 (僕が、霧島を、殺るから、貴様は、木下姉を、殺れ!)」

「いや、無茶言わないでよ!?」

「…………

 (できたら、ケーキを、好きなだけ、奢ってやる)」

「オーケィ!!! 全力で仕留めるっ!!!」

 

 これでやる気は出してくれたか。

 しかし、いくら明久でもこの点差で逆転するのは厳しいか。明久が木下姉を引きつけてくれている間に何とか霧島を処理して、2人で撃破って感じか。

 くそっ、せめて家庭科だったらな……と言うか本来は家庭科にしたかったんだが、この日に先生の都合が付かなかったからそもそも候補に上がってなかったらしい。

 ……まぁ、愚痴言ってもしょうがない。やるべき事をやるだけだ。

 差し当たっては……

 

「さぁ木下さん! 僕が相手だ!!」

「その点数で随分とやる気ね……手は抜かないからね」

 

 まずは明久に集中してる木下姉の召喚獣に適当にナイフをぶつけよう。

 

ヒュッ ザクザクザクッ!

 

 

Aクラス 木下優子 342点 → 221点

 

 

「さぁ霧島! 1対1で勝負だ!」

「ちょっと待ちなさい。何でそんな関係ない感を出してるのよ!」

「うるさい。貴様に構っている暇など無い。

 あの学年首席を相手にそんな余裕など無い!!」

「いや、あったわよね!? ついさっきあったわよね!?」

「隙アリっ!!」

「な、吉井くん!? しまった!」

 

 僕の武器なら離れていても手を出す事は可能だ。

 明久に集中などさせない。せいぜい撹乱されていろ。

 

「さて、こっちも始めるとしようか」

「…………」

 

 霧島は無言だったが、その瞳からは確かな闘志が感じられた。

 何としても優勝するという覚悟、それに加えて非常に高い点数。

 一筋縄ではいかないだろうが、それでもやるしかない。

 

「……来ないか。ならばこちらから行くぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 厄介な事になった。

 

 代表から頼まれてこの召喚大会にペアとして参加して、無事に準決勝まで勝ち上がる事ができた。

 Aクラスのペアっていうのはアタシ達を除いてほぼ居ないし、アタシのパートナーが学年首席なんだからこのくらいは当然の事ね。

 

 今の状況は、1対1の戦いが2箇所で起こっているような状態。

 だからアタシは目の前の吉井くんを倒せば良いんだけど……

 

 

Aクラス 木下優子 221点 → 218点

 

Fクラス 吉井明久 68点 → 66点

 

 

 吉井くんがしぶといっ!

 しかも時々剣くんの方からナイフが飛んできて……って危なっ!

 ……ふぅ、何とか避けた。

 ナイフ単体は致命傷にはならないけど、かと言って無視していたらあっという間に点数を持っていかれる。

 結果、両方の戦闘に注意しなければならなくなり、吉井くん相手に攻めあぐねている。

 

「ほらほらどうした木下! よそ見をするな!!」

「っ! ……って、何もしないの!?

「ハッ、わざわざそっちにナイフを投げる余裕など無い!」

 

 ツッコミたいけどそんな事をしても無駄なのは明らかなので黙っておく。

 こういう台詞だけのブラフを放ってくることもあればしっかりと攻撃を加えてくる事もあり、当然ながら無言で投げてくる事もあるのでやっぱり油断はできない。

 代表が剣くんを倒してくれれば楽だけど……流石の代表でも剣くん相手に短期決戦は厳しいか。アタシが何とかしないと。

 

「……これ以上は、好きにはさせない」

「クックックッ、ならどうする気だ?」

「……あなたを、倒す!」

 

 向こうの方でも本格的にぶつかり始めたみたいだ。

 点数は代表の方が高いけど、簡単にひっくり返る程度の差でしか無い。

 剣くんも吉井くんほどではないけど結構な操作技術があると聞いている。勝てるだろうか?

 

「ガードが甘いぞ霧島! 貰った!!」

「…………」

 

 剣くんの召喚獣が代表の防御を掻い潜り、その拳が顔面に届き……

 その直後、剣くんの召喚獣が吹っ飛んだ。

 そうか、そうだった。代表には腕輪の力があった。

 

「くっ、今のは……?」

「だ、大丈夫、剣!?」

「問題ない。が……」

 

 

Aクラス 霧島翔子 451点 → 426点

 

Fクラス 空凪剣  400点 → 225点

 

 

「……大分削られたようだ」

「一体何が起こったの?」

「…………

 攻撃が当たる瞬間、攻撃が跳ね返されたような感覚があった。

 霧島の点数が減っている所を見る限り、さっきのは腕輪によるものだ。

 言うなれば『反射』の能力だな」

 

 そう、代表の腕輪の能力は『反射』だ。

 反射した攻撃のエネルギーに比例して点数を消費するけど、消費量は概算で本来受けるダメージの1/10程度らしい。

 あと、反射のバリアを展開しているだけで時間に応じて点数が減っていくとか。オンオフは自由なので攻撃される瞬間を狙ってオンにするらしい。

 にしても1回見ただけで看破するって……観察処分者だからという事を差し引いても相変わらずの人外ね。

 

「は、反射って……そんなの勝てるの!?」

「愚問だな。タネさえ分かれば対処法などいくらでもあるというものだ」

 

 そんな台詞を吐きながら剣くんが眼帯を取った。

 光によればアレは本気を出す時の自己暗示のようなものらしい。

 ……って言うか、今まで本気じゃなかったって事?

 

「さぁ霧島、覚悟はできたか?」

「…………」

「……そうか。なら行くぞ!」

 

 そして再び2人の召喚獣が衝突する。

 さっきまで見たようなやりとりが続き、さっきまでと同じように剣くんの召喚獣が代表の召喚獣の顔面を捕え……

 その直後、()()()()召喚獣が同時に吹っ飛んだ。

 

 

Aクラス 霧島翔子 426点 → 132点

 

Fクラス 空凪剣  225点 → 199点

 

「っ!?」

「ふぅ……ぶっつけ本番で成功するとはな。僕もビックリだ」

「え、一体何をしたの!?」

「いいか明久。攻撃の反射ってのは速度の反転と同義だ。

 霧島の召喚獣に触れるか触れないかといった辺りで拳の持つ速度が反転し、僕がダメージを受ける。本来ならな」

「……そ、それで?」

「だったら話は簡単で、当たる直前に思いっきり拳を引けば、反転される事により逆に相手に当たるというわけだ」

「……そ、そんな事が可能なの?」

「ああ。実際に今やったろ?

 ククク、そうだな……この技法を『空凪神拳』と名付けよう」

 

 まさかそんなアナログな方法で突破したの!?

 いやでも、理屈は分からないでもないけどそんな事が本当に人間に可能なの!?

 そんな思考を遮ったのは代表の一言だった。

 

「……それは嘘」

「何だと?」

「……自分の腕輪の能力くらい把握してる。

 ……私の腕輪の能力は単純な負の乗算じゃなくて上書き。

 ……私の能力の射程圏に入った対象の速度を『負の向きの速度』で上書きしているだけ。

 ……だからその方法での突破は不可能」

「…………なるほど。確かに無理だな」

 

 と言うことは……ただの剣くんのハッタリ? 完全に騙されたわよ。

 いやでも実際にダメージは受けてるわけで……

 

「じゃあ逆に質問だ。僕は一体全体どうやって貴様の守りを突破したんだ?」

「……そこまでは分からない。でも、見当は付いている」

「そうか……まぁいいさ。サッサと終わらせるぞ!」

 

 

 

 その後、結局代表は負けた。

 剣くんも2桁程度まで消耗してたけど……吉井くんとの連携の前にアタシも敗れた。

 ……一応、全力は出せたかな。試召戦争の時はちょっと油断してたけど、2人掛かりでようやく負けたアタシはあの時よりは成長している。

 そう思っておきましょう。






「というわけで、対霧島戦だな」

「一応突っ込ませて。歩いてきた姿を見ただけで木下姉弟を判別できたのね」

「ん? ああ。だって、視点移動の癖とかが明らかに違ったからな」

「……もう突っ込まないわ」

「一応コレも『危機感知の直感』の一種だな。
 自身の危機だけでなく相手の危機、相手の死角もぼんやりとだが分かる。
 死角の作り方の癖なんてずっと見てれば何となく覚えられる」

「物は言い様ね……」

「さて、話を戻そう。
 後半の視点を誰のものにするかはかなり迷ったようだが……優子が上手く嵌ってくれた」

「霧島さんの能力は某第一位さんが元ネタだったわね。
 本家の『ベクトル操作』よりも狭い『反射』だけど」

「筆者による安直な発想だな。
 なお、反射の原理がそもそも異なるので木原神拳は使えない」

「じゃあどうやって突破したかって言うと……空凪くんの腕輪の力ね」

「正体はまだ黙っておくとするか。まだ想像してみてくれ」


「……ところで、筆者さんがツイッターの方で『霧島さんの能力を考察してたら禁書の二次を書いていた』とか言ってたけど……アレってどうなったの?」

「ああ。没になった」

「ちょっと!?」

「色々と考察してたら色々と問題点が浮き彫りになってきてな。
 本物の第一位が相手でも木原神拳は不可能という結論に達したりとかな」

「うわぁ……」

「あくまでも筆者のできた解釈ではという話だがな。
 完全に没にするのもちょっとアレなんで考察した事とその結論を活動報告の方にあげておく。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=230682&uid=39849

 本作には全く関係無い上に無駄に長いが……興味がある人は読んでくれ。興味が無かったら読み飛ばしてくれ」


「では、次回もお楽しみに!」


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17 切り開く力

「お疲れさま。はぁ……」

「クックックッ、良い試合だった。お疲れ」

 

 準決勝で戦ったペアと一緒に教室へと戻る。

 霧島は意気消沈、木下姉は悔しがっているようだ。

 

「いや~、最初はどうなるかと思ったけどどうにかなったね!

 剣、ケーキ奢る約束を忘れてないよね!」

「愚問だ。好きなだけ頼むと良い」

 

「……剣」

「どうした?」

「……あなたの腕輪の能力は、『複製』なの?」

「…………そこまで突き止めたか。ならまぁ良いだろう。

 試験召喚システムからは『複写』と名付けられている。

 お察しの通り、腕輪の能力をコピーする能力だ」

「複写……そんな能力だったのね」

 

 そう、僕の能力は『複写』。

 同一フィールドに居る腕輪持ちの召喚獣に対して発動可能。但し10点消費する。

 基本的にはそのフィールドが消えるまでの間しか能力を使う事はできないが……解放(リリース)コマンドを行う事で過去1ヶ月以内に複写した全ての能力が使用可能になる。

 ちょっと前の試召戦争では工藤の能力をさり気なく複写しておき、今日の姫路との戦いではリリースして使わせてもらった。解放だけで100点も消費したけどな。

 さっきの戦いでは反射能力を複写し、真っ正面から殴りかかったというわけだ。

 

「あれ? でも確かぶつかった時にはお互いに吹っ飛んでたよね? それに、その時の点数消費は剣の方が少なかった。どうなってるの?」

「お前、意外と見てたんだな。

 まずお互いに吹っ飛んだのは簡単な事だ。能力は『反射』と銘打っているが、霧島によれば実際にやっているのは『速度の書き換え』だ。

 僕の方の能力で霧島の速度が書き換えられ、霧島の能力で僕の速度が書き換えられた。だからお互いに同じ速度で吹っ飛んだというわけだな」

「う、う~ん……? まあいいや。ダメージについては?」

「明久、顔を殴られた事はあるか?」

「うん、あるよ」

「じゃあ、顔を殴った事は?」

「勿論あるよ!」

「どっちが痛い?」

「勿論、顔を殴られた時だよ。殴ったときも痛くないわけじゃないけど」

「そういう事だ。同じ衝撃を受けるなら拳で受けるより顔で受けた時の方が遥かにダメージが大きい」

「あ~、なるほど」

 

 お互いに同じ能力を得た事で結局は能力無しの殴り合いとほぼ同じようなダメージが入ったわけだな。

 

「さて、ネタばらしはこんなもんにしておくか。教室に戻るとしよう」

 

 

 

 

 

 

 教室に戻ると慌てた様子の雄二と光が出迎えた。

 

「ようやく戻ってきたか。お前たち、無事だったか!」

「無事? 何事だ?」

「うちのメイドが何人か拐われたわ。手を貸しなさい!」

「えっ、さ、拐われた!? どういう事!?」

「私と坂本くんがちょっと呼び出しを受けてる間に10人くらいのチンピラが来て拐って行ったらしいわ。

 その……ごめんなさい」

「……姉さんが謝る事じゃないだろう。康太は?」

「こっちだ」

 

 雄二が手に持っていたのは携帯電話。

 スピーカーモードになっていたのか、音声が聞こえてきた。

 

『…………今、追跡中だ』

「康太はどうやら居合わせていたらしい。2~3人だったらまだしも10人も居たから下手に手出しはせずにこうやって追跡に回ってくれた」

「まぁ仕方ないか。妥当な判断だな」

『…………位置は追って伝える。救出の準備を進めてくれ』

「との事だが……雄二、光、準備は?」

「当然できてる」

「勿論よ。代表、優子、店の方は任せたわよ」

「えっ、あの……警察とかに連絡しなくていいの?」

「騒ぎになると人質に危害が加えられる恐れがあるから。

 それに……私たちだけで行った方が早いし確実」

「……分かった。こっちは任せて。行ってきて!」

 

 という訳で、拐われたメイド達救出の為、僕と雄二と明久、そして姉さんが出撃する事になった。

 

「……ちなみにだが、拐われたのって誰だ?」

「姫路さんと島田さん、あと一緒に居た小さい子と、秀吉くん」

「……何故秀吉が?」

「何か女装してたんで『そんなに女装したいなら働け』って言ってメイド服姿で働かせてたら巻き込まれたらしいわ」

「……そうか、召喚大会で秀吉が来なかったのは貴様のせいだったか」

「え?」

「いや、いい。行くぞ」

 

 しかし……他にもAクラスのメイドは居たはずだが……見事にFクラスに偏ってるな。小さい子……多分葉月ちゃんも明久が目的だったみたいだし。

 ここまでとは聞いてないんだがな……帰ったら問い詰める必要がありそうだ。

 

 

 

 

 

 康太からの指示を受けてチンピラ達がたむろしているカラオケボックスの前までやってきた。

 

「…………来たか」

「スマン、遅くなったな」

「…………大丈夫だ」

「よし、それじゃあ早速乗り込んで……」

「落ち着け明久。正面から殴り込んでも人質を盾にされるだけだ。

 ちゃんと助けたいなら、まずは落ち着け」

「くっ……分かったよ」

「土屋くん……だったわね。見取り図ってある? あと連中が何号室に居るかも」

「…………これだ。12番の部屋に居る」

「ここか……ありがと」

「敵の数は10人ピッタリで良いのか?」

「…………ああ」

 

 正面から殴り込んだ場合、皆で1人ずつブチのめせば5人削れる。と言うか5人しか削れない。

 力技では厳しそうだ。あと5人をどう処理するか……

 

「……剣、私はちょっと別行動させてもらうわ。この意味、分かるわね?」

「……おーけー。うっかり人質まで傷つけるなよ?」

「それは兄さん次第ね。頑張りなさい」

「へいへい」

 

 そう言って光は駆け出して行った。

 

「えっと……どういう事?」

「気にするな。それより康太、店員の服とか入手できるか?」

「…………とっくに手に入れている」

「いやいや、どっから盗ってきたの!?」

「…………受付もグルだった。気絶させて奪い取った。

 …………引っぺがすなら女子相手が良かった」

「いや、貴様の場合は服に手をかけた瞬間に鼻血による出血多量で気絶すると思うが」

「…………そんな事実は無い」

「雑談は止めろ。店員のフリしての潜入、行けるな?」

「…………ああ。人質に危害は加えさせない」

「康太が突入してしばらくしてから僕達が突撃する。

 作戦はこんなもんでいいな?」

「終わり? それじゃあ急ごう!」

 

 

 

 例の12号室の前に到着した。

 中から声が漏れ聞こえる。

 

『コイツらを使って空凪と吉井とかいう奴を呼び出せば良いんだったな』

『ヘヘッ、これだけで金が貰えるってんだから簡単な仕事だぜぇ』

 

 こんなテンプレなチンピラが現存しているんだな。ある意味貴重かもしれない。

 

『…………失礼します。灰皿を取り替えに来ました』

『おぅ。

 そんで、コイツらはどうすんだ? ヤッちまって良いのか?』

『ああ。呼び出せりゃ十分だからな。好きにしていいぜ』

 

 真性のクズだな。ブチのめすのに罪悪感を一切感じなくて済むから助かる。

 康太の位置取りもそろそろ大丈夫だろう。行くか。

 

「よし、明久行け!」

「やっと? それじゃあ行かせてもらうよ!

 おじゃましま~す!」

 

 明久が殊更明るい口調で部屋に入っていく。

 

『あん? 何だテメェ』

「え、よ、吉井くん!?」

「あ、アキ!? どうして……」

『吉井? アキ? って事はこいつが吉井明久か?

 こっちから呼ぶ手間が省けたぜ。お前ら、コイツを……』

「死に晒せやぁぁぁあああ!!!」

『ふげぁっ!!!』

 

 一番近くに居たチンピラの股間を思いっきり蹴り上げたようだ。やるな明久。完全に無力化したぞ。

 よし、僕達も続くとしよう。

 

「セイッ!」

「オラァっ!」

 

 僕は近くに居た男の顎を揺らして脳震盪を起こして気絶させる。

 雄二は力技でぶん殴って気絶させた。

 あと7人。

 

『な、何だコイツら! とりあえず叩き出せ!!』

「次はお前かぁっ!!」

『ぐぎぇっ! ま、まだまだ……』

「うるさい黙れ」

『みぎゃぁっ!!』

「オラオラオラ!!」

『フムギュッ!!』

 

 僕は明久が倒したチンピラを追撃して無力化。雄二は自力で撃破。あと5人。

 

『へっ、テメェら動くんじゃねぇ! 少しでも動いたらこのオンナノコの顔をズタズタに……』

「うるせぇよ」

『カハッ!』

『な、何だと!? 正気か!?』

 

 葉月ちゃんが人質に取られたようだが構わず手近なチンピラを殴り倒す。

 人質に取られた直後くらいで、なおかつ僕達3人の中の1人くらいであればそのくらいは可能だ。これであと4人。

 

『くそっ、なら本当にズタズタにして……』

「…………傷を負うのはお前の方だ」

『ぐわぁっ!!』

 

 店員のフリをしていた康太によって人質を取っていた不届き物を撃破。あと3人。

 

「は、離してください!」

『動くんじゃねぇ!! 脅しじゃねぇぞ!! 一歩でも動いたらコイツの命はねぇぞ!!』

 

 僕達からも、康太からも離れた壁際で姫路が捕まっていた。

 命が無い……は流石に言いすぎだろうが、怪我させられるのは間違い無いだろう。

 この距離では一瞬で距離を詰めて……というのも厳しそうだな。完全に手詰まりだ。僕達では。

 

「クックックッ、ハッハッハッハッ!!!!」

『な、何だ!? イカれたか!?』

「クククッ、貴様らのような存在自体が負である真性のクズどもには分かるまい、理解できないだろうが……1つだけ教えておいてやろう!」

『な、何だと? よく分からんが黙れ! 本当にコイツをズタズタに……』

「簡単な事だ。道というものは、己の力で切り開くものだという事だ!!」

 

 そう告げやったその時……ガラガラという何かが崩れるような音がした。

 

『……は?』

 

 崩れたものとは、チンピラのすぐ側の壁。

 そしてそこから現れたのは、刀を持ったうちの姉。

 

「……おーけー。状況は分かったわ。

 いっぺん死んでおきなさい!!」

『ちょ、なっ!? ぐぁっっ!!!』

「安心しなさい。峰打ちだから」

 

 これで姫路も救出完了。あと2人。

 

「隙だらけだ」

『ま、待って!? 何が起こって……あぎゃぁっ!』

「これで、最後!」

『ぐはっ!!』

 

 僕と光で1人ずつ撃破。これで全滅だ。

 

「よし、完了。こいつらを縛り上げるとするか」

「いやいやいやいや、光さん一体どこから入ってきたの!?」

「え? 壁からだけど」

「建物が経年劣化していたんだろうな!」

「そういうレベルじゃなかったような……」

「……剣とその妹が何か企んでるなとは思っていたが……まさか壁を文字通り切り開いて入ってくるとはな。

 事前に教えてくれても良かったんじゃないか?」

「敵を騙すにはなんとやらだ。アレはインパクトがデカいだけで用途としてはかなり限定されるしな。

 相手を驚かす事ができなければ全く無意味な仕込みだ」

 

 一応壁際に誘導……と言うより壁から遠い奴からブチのめしていたが、正直ここまでハマるとは思ってなかった。

 

「…………拘束が完了した」

「サンキュ。貴様ら、無事か?」

「う、うむ。無事じゃ。連れて行かれる時に腕を強く引っ張られた程度じゃよ」

「そうか。なら良かった……いや、良くはないんだが」

 

「姫路さん、島田さん! 葉月ちゃんも、無事?」

「は、はい、大丈夫です。あの……ありがとうございました」

「怖かったです……ありがとうです、明久お兄ちゃん!」

「う、ウチは……その……あ、ありがと」

「えっ、島田さんが素直にお礼を言った……まさかニセモノ!?」

「何でそうなるのよ!! ウチだってお礼くらい言えるわよ!!」

「そうです! お姉ちゃんはいつも褒めて……」

「わぁああああ!! 葉月黙ってて!!」

「え? どうしてです? お姉ちゃんがいつもアキって呼んでたのはお兄ちゃんの事……」

「お願いだから! お願いだから黙ってて!!!」

「……そう言えば確かにさっきも僕の事をアキって呼んでた気がするけど……」

「うぐぐぐぐ……そ、そうよ! 悪い!?」

「いや、悪くはないけど……」

「そう! だったらウチの事を『美波』って下の名前で呼ばせてあげるわ! 感謝しなさい!!」

「いや、だから……」

「文句ある!?」

「……無いです」

 

「あっ、美波ちゃんズルいです……私も下の名前で……」

「皆! もうしばらくしたら警察が来るからサッサと撤収するわよ!!」

「え、光さんちょっと待って……」

「そうだぞ! 監視カメラのデータは破壊したのか?」

「土屋くんが1分でやってくれたわ」

「そうか。なら撤収!」

「ま、待って! 吉井くん! また学校で話を……」

 

 

 

 そんな感じで、誘拐騒動は片付いた。

 学校に帰ったら、学園長を呼び出すとするか。たっぷり話を聞かせてもらおう。






「……今回は結構詰め込んだなぁ……」

「上から
 『空凪くんの能力説明』
 『ウェイトレス誘拐騒動』
 『島田さんの呼称変更』
 こんな感じね」

「僕の能力はリメイク前と全く変わらない『複写』だ。
 なお、本文中では説明を入れなかったが、リリースコマンドの連続使用は不可能だ。
 1度リリースするとメモリが空になる」

「つまり今は工藤さんの能力はリリースしても使えない、霧島さんの能力は使える……と」

「そういう事だな」


「続いてはリメイク前では面倒だったからカットしていた誘拐騒動だ。
 誘拐された面子は原作通りだったな。
 ここでAクラスの連中も誘拐される案もあったんだが……タイミング的に優子と霧島が不可能だったんで、工藤だけ拐ってもなんだかなぁ……という事で没になった。
 他のAクラスモブが拐われない理由を考えるのも大変だったし」

「……それは置いておいて……光さん、何で刀持ってるの?」

「光だからだ」

「…………」

「姉さんによる壁の切り開きは誘拐騒動の流れを組み立ててる時に真っ先に思いついたそうだ。
 リメイク前での光はイマイチ活躍が少なかったんでとりあえず物理チートという特性が付与されている。
 一応前からチンピラを蹴散らせる程度には強かったが……更に強化されている。ぶっちゃけ雄二より強い」

「そんなに!?」

「ああ。問題は……その個性は試験にはほぼ役に立たないので使いどころは限られている事だな」

「……そ、そう」

「あと、今回光が使った刀は『露断・陽光』という名前が与えられている。
 『露断』シリーズの刀は鉄筋コンクリートすらバターのように切り裂く鋭さが特徴だ。
 とは言っても、扱う人間の技量は必要だがな」

「……その設定、今後生かされるの?」

「さぁ?」


「最後に、島田の呼称変更だな。
 原作ではBクラス戦の撤退戦の最中に島田が策謀を巡らせていたな。
 本作ではカットされており、呼称もそのままだった。
 このままだと筆者が書くときに違和感が凄いのでなるべく早く変えたかったらしい」

「変えたい理由ってそこなのね……」

「島田の性格を考えたら内心ではアキと呼んでいても全く問題ないし、今回のような誘拐騒動ならうっかり口にしてしまう事は十分考えられる。
 ついでに、家では気を抜いてアキと呼んでいてもおかしくない。そして葉月ちゃんであれば空気を読まずに暴露してくれるだろう……と」

「葉月ちゃん……」

「そして明久からの呼称を変える方法はちょっと迷ったんだが……島田さんならこれくらいはやってくれると信じてああなったようだ。
 なお、『美波様』と一旦呼ばせる案もあったらしい。そこまでの余裕は無いだろうと判断して没になったが」


「では、次回もお楽しみに!」


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18 学園長の真意

 無事に学園まで戻り、通常通りに店の営業を続け、1日目の終了時刻になった。

 皆、2日目の準備の為に今も頑張ってくれているだろう。

 

 ……何故推測なのかというと、今僕はAクラス教室には居ないからだ。

 

 雄二と明久、光、そして僕の4人はFクラス教室である人物を待っていた。

 

「ねぇ雄二、誰が来るの?」

「ババァだ」

「学園長が? どうして」

「吉井くん、どうして学園長って通じるの」

「え? だってババァだし」

 

 明久の中ではババァという単語と学園長という単語がイコールで結ばれているようだ。

 まぁ、別にいいか。どうでも。

 

「ところで光、今この場に居るという事は……事情は全て把握しているという事で良いんだな?」

「ええ、勿論。坂本くんから全部聞いたわ。

 学園長が変な取引を持ちかけてきた事も、一連の事件の原因が学園長にある事も」

「えっ、原因がババァに!? どういう事!?」

「……明久、気付いてなかったのか」

「え? えっと……ももも勿論気付いてたよ! 全部ババァが悪いんだね!」

 

 そんな明久の台詞と同時にドアが開き、その向こうから学園長が現れた。

 

「やれやれ、随分な言い様だねぇ。せっかく来てやったってのに」

「ようやく来たか。ババァ」

「出たな! 諸悪の根源め!」

「おやおや、いつの間にかアタシが黒幕扱いされてないかい?」

「厳密には黒幕ではないだろうが……巻き込まれたこっち側からすれば大して変わらん」

「兄さんの言う通りね。サッサと白状してもらうわよ」

「ふぅむ……どうやらそこのバカ以外はアタシの考えに気付いているようだね」

「雄二、言われてるよ」

「お前の事だバカ」

「なにおう!?」

「……コホン。明久への説明と、学園長への確認も兼ねて僕達の推理を発表させてもらおう。

 何かおかしな所があったらその都度補足してくれ」

 

 さて、学園長とのとりひきにおける矛盾点を指摘していけばいいか。

 たくさんあるからな……一個一個潰していこう。

 

「学園長の目的は優勝賞品のチケットとの事だが、アレは嘘だ」

「えええええっ!? そうだったの!?」

「ああ。だろ?」

「……ああ。その通りさね。どうして気付いたんだい?」

「まず1点。優勝の見込みの薄いFクラスの生徒に取引を持ちかける意味が無い。Aクラスの奴から適当に声をかければ良い話だ。

 まぁ、ダメ元で僕達にも頼んだ可能性も一応あるが……如月ハイランドの件なんてそんな言いふらす事でもないからな」

「あれ? 確かにそうだ。わざわざ僕達に頼まなくてもいいのか。

 優勝した人に事情を話して譲ってもらう事もできるし」

「そういうコトだ。続いて、教室の設備の改修を渋った事。これも普通なら有り得ない事だ。

 わざわざ渋る事で僕達に召喚大会に参加させた。

 下手すると訴えられるリスクがある行為だ。優勝するかも分からん雑兵への待遇ではないな」

「え? えっと……つまり、本来なら何もしなくても教室を直してもらえたって事?」

「そういうコトだ」

 

 ここまでが、学園長からの提案の不自然な部分だ。

 そしてもう一つ。雄二が引き出した非常に重要な情報がある。

 

「雄二はやはり天才だ。神童と謳われただけの事はある」

「おいおい、何だ突然」

「トーナメントの科目指定。そんな一石二鳥の提案をその場で考えつく自信は全くない」

「科目指定……? それがそんなに重要なの?」

「ああ。極めて重要だ」

「……そういうコトかい。アレでアタシを試してたってワケかい」

「チケットを回収したいだけであれば極論だが出場者全てに事情を打ち明けてしまえばいい。

 口が軽いから話せない人とかが居るにしても、何組か選別して事情を打ち明ける事は可能だ。

 しかし、科目の指定などという大技は1回しか使えない。2組以上が別の科目を指定したらアウトだからな」

「……つまり、どういう事?」

「学園長は正真正銘僕達だけにチケット回収を頼んだという事だ。

 な? 凄く不自然だろう? まるで賞品なんてどうでもよくて何が何でも僕達だけに優勝して欲しかったみたいだ」

「そこまで気付いていたとはねぇ……アンタ達本当にFクラスかい?」

「行こうと思えば上のクラスには行けたな。まぁ、ある意味全力でやった結果が今のクラスだが。

 ……さて、とりあえず『学園長が胡散臭い』という事は推理できる。しかし、アンタが何を考えていたかという事までは流石に分からん。

 営業妨害が現れたり、チンピラが襲撃してきたり、挙句の果てに僕達が居ない隙を突いてウェイトレスを拐っていくとか、尋常じゃないぞ」

「何だって!? そんな事までされていたのかい……

 ……そうだねぇ。アタシの見通しが甘かった。

 巻き込んでしまってすまなかったね」

 

 形だけのものかもしれないが、頭を下げる事はできるんだな。

 傍若無人な性格に感じたが……きっちりと筋を通す時は通せるらしい。流石は学園の長になるほどの人物というわけか。

 

「謝る先が違う。ここに居る連中自身はそこまで被害を受けちゃいない。

 事情が事情だから今すぐというわけにはいかないだろうが……全部済んだらアイツらに謝ってくれ」

「拐われたっていうウェイトレスの事だね。確かにそうだ。分かったよ」

「……んで、結局何が起こってるんだ? 洗いざらい吐いてもらうぞ」

「……はぁ、アタシの無能を晒すような事だからできれば伏せておきたかったんだけどねぇ……

 召喚大会の賞品、覚えているかい?」

「例のペアチケットと2つの腕輪……そう言えば、ペアチケットの噂って結局本当なのか?

 僕達を出場させる為のデマだったんじゃないか?」

「いや、それ自体は本当さね」

「……だそうだ、雄二」

「何故俺に振る!? いやいや、翔子はもう敗退したから関係の無い話だ!!」

「……だといいな。済まない、学園長、続けてくれ」

「ちょっと待て! 何だその不吉なコメントは……」

「五月蝿いね。話の腰を折るんじゃないよ。

 ペアチケットの方はアタシにはどうでも良い事さね。

 問題は、もう一つの方の賞品さ」

「腕輪か……まぁ、だろうな」

「そっちも気付いていたのかい?」

「そりゃそうだ。他の参加者に無い僕達の利点なんて『点数が低いこと』くらいしか無い。

 そして点数が関わるものといったら試召戦争。それに関わる腕輪が怪しいとは思ってた」

 

 まぁ、現在の僕の点数は非常に高いが……話をもちかけた時点では明久と雄二が対象だったので問題ないだろう。

 

「……続けてくれ。腕輪を一体どうするつもりだったんだ?」

「結論から言うと、アンタ達に勝ち取ってもらって客たちの前でデモンストレーションして欲しかったんだよ。

 あの腕輪には欠陥があってね。出力が一定以上を越えると暴走しちまうのさ」

「……なるほど。だからFクラス生が、明久が都合が良かったのか」

「え? もしかしてこれって褒められてる?」

「吉井くん、学園長の話を要約するとあなた達はバカだと言われているわ」

「なんだとババァ!!」

「言われないと気付けない時点で否定できないと思うんだけど……」

 

 出力が高い状態……つまり、点数が高い状態だと暴走してしまうという事だな。

 それが大丈夫だという事はつまり僕達の点数が低いと、つまりバカだとそういう事になる。

 

「フィールド作成能力を持つ『白銀の腕輪』の方はそこそこの点数でも何とか耐えられるんだけどねぇ……

 二重召喚の能力を持つ『黄金の腕輪』は下手すると平均程度でも暴走の恐れがある。

 だから、そっちは吉井専用さ」

「今度こそ褒められたよね!」

「いや、もの凄い勢いでバカにされているぞ」

「なんだとババァ!!」

 

 どこのコントだ。

 まぁ、僕達を擁立した理由までは分かった。しかし気になる事がある。

 

「僕の現在の総合科目の点数は同学年で五指に入るレベルだが……そんな欠陥品を使ったら一瞬で暴走するんじゃないか?」

「安心しな。出力に一番影響するのは振り分け試験の点数さ。アンタの得点はジャスト800点で、Fクラス上位レベルだろう?

 毎日のように使っていたら流石に安全とは言いきれないが、一回使うだけならまず間違いなく使えるさね」

「それを聞いて安心した。そういう事なら堂々と使わせてもらおう」

 

 とりあえず僕達が優勝すれば問題ない、と。

 

「さて、後は一体誰が邪魔しているのかという事だな。

 腕輪を暴走させて喜ぶ人間……か」

「学園長が問題を起こして得をするとなると、やっぱりライバル校の関係者かしらね」

「ほぼ間違い無いだろうが、内部の協力者……裏切り者も間違いなく存在する。

 腕輪の欠陥とやらを知ってる奴は相当限られてくるだろう」

「それもそうか。学園長、心当たりは?」

「あの……皆、僕を置いてけぼりにして話をするの止めてくれない?」

 

 だって明久の理解が追いつくのを待ってたら日が暮れちゃうし。

 

「恐らく、ほぼ間違いなく教頭の仕業さね。

 近隣の私立校に出入りしていたなんて噂も聞く」

「手回しの良い事だな。本気で学園を潰す気か」

「えっ、潰す……そこまでの危機なの、これ?」

「ああ。この学園の中核を成す試験召喚システムが暴走……何て事になったら最悪取り潰されるな。

 本当に最悪中の最悪の事態の話だが……選択肢に挙がるって事は誘導が可能って事で、ここまで準備してる連中の詰めが甘いという事は考えにくいな」

 

 後は引き金さえあれば学園が潰れると見ておいた方が無難だろう。

 腕輪の暴走という引き金さえあれば、な。

 

「うーん……でも最悪僕達が負けても優勝者に事情を話せば……」

「残念ながら無理だ。僕が最初に目を着けておいた奴が順調に勝ち上がってるらしい。

 この『夏川俊平』とやらと『常村勇作』とやらがな」

「えっ、それってもしかして常夏コンビ!?」

「十中八九な」

 

 もしかしたら名字が同じだけの別人の可能性がゼロではない。

 そんな奇跡はそうそう無いだろうが。

 

「連中はほぼ間違いなく教頭の手駒だ。むしろ嬉々として暴走を起こすだろうな」

「そんな……」

「安心しろ。勝てばいいだけの話だ。

 つまりは最初の予定通り。何も問題ない」

「そ、そうだね! 勝てば良いんだ!」

「ふむ……一応訊いておくけど、相手はAクラスのペアだよ? ちゃんと勝てるんだろうね?」

「元々貴様との契約は優勝して賞品を回収する事だ。学園の存続が関わろうと、僕達の勝利は揺らがないさ」

「そうかい……なら、明日は頼んだよ」

 

 こうして、学園長と話し合いは終わった。

 思ったよりも大事だったが……僕は僕のやるべき事をやるだけだ。さっきまでと何ら変わりは無い。






「そしてこの後、Aクラスの女子たちを家まで送るという非常に面倒な作業が待っていたという」

「あ~、誘拐が怖いもんね……」

「そして、一部のAクラス生徒にカップルが誕生したとかしなかったとか」

「……まぁ、そうなってもおかしくは無いでしょうね」

「そして、それをみたFクラスのバカ供が嫉妬に狂うという」

「いつもの事ね」

「……さて、面倒くさすぎてカットした描写の説明を終えた所で今回の解説だ」

「とは言っても、内容としてはほぼ原作通りね。
 原作ってギャグ小説だけど、こういう仕込みは丁寧よね」

「冷静に考えると学園長の提案が明らかにおかしい事に気付けるもんな。
 え~、さて、内容はほぼ同じだったが、そこに僕と光が一緒に居る状態だな。
 適当に合いの手を入れる役だ」

「役……まぁ、間違ってはいないか」

「ぶっちゃけ雄二さえ居れば進行できる場面だしな。
 関係者だから一応同席したって感じだな」

「その割には君は結構喋ってたけど」

「だって、退屈じゃないか!」

「……そ、そう。

 では、次回もお楽しみに!」


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19 Fクラス流・強さの証明

 翌日。

 誰かが誘拐されただとか、あるいは誰かが襲撃されただとか、そういった問題も無く開店までこぎつけた。

 昨日ボロボロにされたチンピラ達を見て諦めてくれたのか、それとも虎視眈々と隙を伺っているのか。

 何にせよ警戒しておくに越したことは無い。

 

「しかし教頭の奴、どうしてくれようか」

「ホントに迷惑かけられたから借りはキッチリと返さないとねぇ。

 教頭の部屋を爆破するとか?」

「流石に殺すのはどうかと思うが……居ない時にやるのは割とアリか。

 あ、いやでも今回の件の証拠とかも残ってるかもしれないんで後々面倒になりそうだな」

「それもそうね……せいぜい防犯用カラーボールぶつけるくらいで勘弁してあげましょうか」

「調査の口実にもなるからアリだな」

「よし、それじゃあ次の案を……」

 

「……お前たち、どんだけ執念深いんだよ」

 

 僕達が教頭の抹殺方法を話していたら雄二からそんなコメントを頂いた。

 

「ん? 何かおかしかったか?」

「部屋でカラーボールを爆破するだけでも十分大惨事になると思うんだが……まだ足りないのか」

「そうねぇ。私の意見としては教頭にはもうちょい痛い目を見てほしいわね。

 今後の調査次第では司法の手が及ぶでしょうけど、その前に個人的に恨みを晴らしたいわ」

「個人的に? そこまで恨むような事があったか?

 Aクラスの生徒からは特に被害は出てないんだろ?」

「ええ。生徒にはね。

 ただ、営業妨害のせいで店の収益に被害が出たわ。これは学園の存続なんかよりもよっぽど大事な事よ!」

「……そ、そうか。やっぱり兄妹だな」

 

 些細で個人的な事であっても、いや、だからこそここまでの執念を燃やす。

 自分で言うのもどうかと思うが、実に困った性格だ。

 

「そうだ雄二、何か案無いか?」

「案ねぇ……

 鉄人に愛の告白とか、輪ゴムでバンジージャンプとかか?」

「……お前、そんな奇抜な発想どっから拾ってきた」

「須川が言ってた。何か今度風紀委員会を立ち上げるとか言ってな。

 何でも、不純異性交友を取り締まり、女子と仲良くしている男子にはさっき言ったようなオシオキをするらしい」

「……逆にそいつらが風紀を乱す集団になりそうな気がするんだが」

「そうかもしれんが、教頭に嫌がらせしたいなら相談してみると良いかもな」

「そうだな……やってみるか」

 

 

 ……その後、須川とやらに相談し、ついでに『教頭のせいで女子たちが酷い目に遭った』という事も教えてあげたら教頭がエラい目に遭ったのだが……その辺は割愛しておこう。

 ホラ、アレだ。言語化すると情景が固定されてしまうからな。あえて語らない事によって無限の可能性を生み出すというアレだ。決して目を逸らしたかったとかじゃない。

 

 

 

 

 

 

 ……そしてしばらく時は過ぎ……

 

「剣、そろそろ召喚大会の時間よ」

「ようやくか。決勝に勝ちさえすれば襲撃の心配はほぼ無くなるだろう。

 ……破れかぶれで道連れを狙ってくるかもしれんが」

「店の方の警備は任せなさい。店員には指一本触れさせないから」

「頼もしい限りだ。それじゃ行くとしよう。

 明久! 行くぞ! 準備はできているな?」

「当然さ! 行こう!」

 

 現在時刻は昼を少し過ぎた頃。

 一般の来場者がかなり多い時間帯であり、PRに最も適している時間と言えるな。

 さぁ、始めようか。最後の試合を。

 

 

 

 

 

『皆さん、お待たせしました!

 これより試験召喚システムによる召喚大会の決勝戦を始めます!』

 

 昨日も観客は結構居たが、今日は更に多いな。

 召喚大会が試験召喚システムそのものの宣伝なわけだが、この大会の宣伝にも結構金使ってるんだろうな。

 

『それでは、選手入場!』

 

 係員に促されてステージの上へと上がる。

 数多くの視線が集まってくるが、特に危機感を感じるような視線は無い。吹き矢で射抜かれるとかの警戒はしなくても大丈夫そうだ。

 

『まず、Aブロックを勝ち抜いてきたのは2年Fクラスの空凪剣くんと、同じく2年Fクラスの吉井明久くんです!

 Fクラスというとこの学校では最下位クラスという扱いですが……ここまで勝ち上がってきた実力は偶然では無いでしょう。

 最下位ならではの戦い方というものを見せてもらいましょう!」

 

 割とゴリ押しが多かった気がしないでもないけどな。

 まぁ、やるからには勝つだけだ。

 

『続いて、Bブロックを勝ち抜いてきたのは3年Aクラスの夏川俊平君と同じく3年Aクラスの常村勇作くんです!

 奇しくも2年の最低辺対3年の最上位のペア同士の戦いとなっております。

 果たして彼らは上級生の、Aクラスの意地を見せつける事ができるのでしょうか? 要注目です!』

 

 僕達の反対側からやってきたのは見覚えのある坊主とモヒカン。

 よかった。0.001%くらいは同性の別人を疑っていた。杞憂だったようで何よりだ。

 

『え~、それではまず、召喚獣の特性について説明させて頂きましょう。

 召喚獣とはテストの点数に比例した強さを持つ……』

 

 こっから先は外部向けの説明だな。僕達は既に知っている内容だから無視して構わんだろう。

 実況は無視して正面に立つ連中に話しかけるとする……と言うか向こうから話しかけてきた。

 

「チッ、まさかここまで勝ち上がってくるとはなぁ」

「Fクラス風情か。どんな手を使いやがったんだ? カンニングでもしたんじゃねぇのか?」

 

 適当に言葉を返そうとして……ちょっと詰まる。

 そう言えば、公的な立場としては僕達とコイツらに何か因縁があっただろうか?

 学園長の密約を無視すれば、せいぜいクレーマーとその店員くらいの関係だ。

 そして、Aクラスで騒いでいる時は明久は普通に居らず、僕も居なかった設定だし、Bクラスでは明久は居たけど居ない設定で、僕と雄二が女子にセクハラする変態を追い回しただけだ。

 ……って事は、そこまでの因縁無いな。公的には。

 だから、こう返答してみよう。

 

「……? どこかでお会いしましたか?」

「はぁっ!? なんだとテメェ! 俺たちの事を忘れたってのか?」

「……どこかで会ったかなぁ……明久、分かるか?」

「ええっ? えっと……

 …………そう言えば初対面だ!!」

 

 そうだな。お前がクレーマー達と会ったのは女装してた時だもんな。

 アレを黒歴史として葬り去るなら間違いなく初対面だ。

 

「う~む…………

 …………あっ、思い出した! 女子にセクハラしてた変態!!」

「ふざけんな! アレは冤罪だ!!」

「犯罪者ってのは皆そう言うんだよ。

 ったく、今通報したら色々と問題になりそうだから勘弁してやるが、試合終わったら覚えておけよ」

「ふざけんなよ!! って、そうじゃねぇ!!

 お前たち、学園長と取引してんだろ? スッとぼけるなよ!!」

「……? 何の事だ? 明久、分かるか?」

「え? う~ん……

 ……さぁ? 僕達があんなクソババァと取引なんてするわけないじゃん」

 

 密約だもんな。明久でもちゃんと伏せられる頭は持っていたようだ。

 

「もしかして、誰かと勘違いしてるんじゃないのか?」

「いやいや、そんなハズは無ぇ!! 確かにお前たちだって聞いたぞ!!」

「そんな事言われてもな……一体何の取引をしたって言うんだ?」

「詳しくは知らねぇよ! ただ、学園長がお前たちに優勝しろって頼んだハズだ!」

「……あの、もしかしてだけど……ウチの営業妨害してたのってそれが原因か?

 ハハッこいつは傑作だ。人違いで営業妨害とか……何のコントだ!」

 

 あまりに僕達が堂々としているからか、常夏コンビがうろたえ始めた。

 恐らく、取引の内容を詳しくは知らないというのは本当。何故なら、教頭からの伝聞だから。

 だからこそ、絶対の自信は無いはずだ。教頭が聞き間違えた可能性が脳裏をよぎるはずだ。

 そして、そこまで揺さぶられた心に付け込むのは、実に容易い。

 

「……まさかとは思うが、うちのウェイトレスをさらったのは貴様らか?

 ああいや、返答は要らん。正直に答える訳も無いし、怪しい奴を警察に伝えるだけで十分だろう」

「んだと!? ふざけんなよ!! アレは教頭が勝手にやった事だ!!!」

 

 よっしゃ、言質は取ったぜ。下っ端の捨て駒がホザいた台詞でどこまで追求できるかは分からんが、教頭への仕返しとしては十分だろう。

 ん? 単に聞いただけだと意味が無いって? 安心しろ。ステージに上がった瞬間から今の今までの会話は全て録音済みだ。

 手のひらサイズの機械で会話が録音できる。昔だったら考えられなかっただろうな。恐ろしい時代になったものだ。

 

 

『さて、説明はこの辺にして、後は実際に見てみましょうか。

 選手の皆さん、召喚をお願いします!』

 

「おっと、もう時間らしいな。ケリを付けようじゃないか」

「ぐっ、とにかく勝ちゃあ良いんだ! やるぞ!!」

 

「「試獣召喚(サモン)!!」」

 

 まずは3年生の2人が召喚を行った。

 Aクラスレベルとなると200点オーバーが妥当なラインだが、さて……

 

 

 [フィールド:日本史]

 

3ーA 夏川俊平 197点

3ーA 常村勇作 209点

 

 

 ……普通過ぎてコメントに困るな。

 

「へっ、俺たちの点数を見てビビったか?」

「空凪、テメェはまだしも吉井はザコだろう? サッサと片付けてたっぷりいたぶってやるよ!!」

「……貴様ら、何を舐めた事を抜かしているんだ?」

「あン?」

「この大会、僕達はFクラスの強さを知らしめる為に参加しているんだ。そうだろ、明久」

「うん。その通り。

 今までの試合では結構小細工も多かった。けど……この試合だけは違う。

 最初っから決めてたんだ。最後は、真っ直ぐに行くって。試獣召喚(サモン)!」

 

 そして、明久の召喚獣の点数が表示された。

 

 

2-F 吉井明久 166点

 

 

「なっ、何だと!?」

「Bクラス並の点数だと!? カンニングでもしやがったか!?」

「クハハッ、そんな面倒な事をする暇があったら普通に勉強した方が手っ取り早いに決まってるだろ!

 正真正銘、このバカの実力だよ」

「戦う理由と、戦う手段さえあるなら、後は突き進むだけだった。

 さぁ、ぶっ潰してやるから覚悟しろよ!!」

「くそっ、これで空凪の点数はおそらく400点だろ? この……チート野郎どもが!!」

「……ああ、安心したまえ。自分で言うのもどうかと思うが……僕は非常に厄介な性格でな。

 自分の成すべき事よりもやりたい事を優先してしまう。そういう困った奴なんだ」

「は? どういう意味だ」

「こういう意味だ。試獣召喚(サモン)

 

 

2-F 空凪 剣 100点

 

 

「……えっ、剣? どゆこと?」

「いや~、このまま戦ったら卑怯だとか言われる気がしたんでな。

 だから程々に点数を下げてやった。

 これでもFクラスにしてはちょっと多いんだが……まぁ、細かい事は気にしないでくれ」

「いや、点数が多い分には文句は無いよ!? 勝つ気あるの!?」

「当然あるさ。だって、これで負けたらあいつらは一切言い訳が効かない。

 正真正銘、Fクラスに負けたという事になる。こんな痛快な事は無いだろう?」

「それだけの為に!? 本当に困った奴だよ!!」

 

 なお、このせいで『確実に勝てる』という勝算は消えた。

 だが、後悔はしていない。

 Fクラス生として、勝ちに行くだけだ。

 

「な、なんだよビビらせやがって……」

「これなら楽勝だな。瞬殺してやんよ!」

 

『それでは、召喚大会決勝戦、試合開始ぃっ!!』

 

 実況の叫びと共に、戦いの火蓋が落とされた。






「というわけで常夏戦開幕だ」

「空凪くん、そんな性格だから私に怒られるんだよ」

「ナチュラルに未来視をするんじゃない。
 さて、リメイク前では僕が適当に点数を調整して合計点を概ね同じにするんだが……今回は思いっきり下げてみた」

「戦術的な意味は全く無いんでしょうね……相手が油断するとかの効果は見込めるかもしれないけど、デメリットが大きすぎるし」

「そうだな。ぶっちゃけただの自己満足だ。
 貴様が僕の立場だったなら、確実に勝ちに行こうとするんだろうな」

「そこが君と私の決定的な違いでしょうね。
 楽しい事は大好きだけど、確実な勝利を切り捨ててまでやる事じゃないって話よ」

「批判くらいは覚悟している、が、これが僕だ」

「ホントに困った奴ね……

 それでは、次回もお楽しみに!」


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20 経験の重み

「それじゃ、点数に縛られない戦いというものを見せてやるとしよう」

 

 と、偉そうな事を言いながらナイフを投擲する。

 

「おわっと、危ねぇ」

「不意打ちとは良い度胸じゃねぇか!」

「いや、不意打ちも何も、既に試合は始まってるんだが」

「うるせぇ! 捻り潰してやんよ!」

 

 坊主の召喚獣がこっちに突撃してきた。

 速度こそ速いが……意味は無いな。

 

 

3ーA 夏川俊平 197点 → 115点

 

2-F 空凪 剣 100点

 

 

「なっ!? どういう事だ!!」

「やれやれ、敵に解説してやる必要は全く無いんだが、特別に解説してやるとしよう。

 空間に適当にナイフを放り投げて距離を取った。貴様はそれに突っ込んだ。以上だ」

 

 召喚獣というのは結構しっかりと物理的な法則にしたがっている。

 こちらの攻撃力が弱くても、相手が勝手に突っ込んでくる分には大ダメージを期待できるというわけだな。

 

「ほらほら、解説してあげたぞ。どうした、来ないのか?」

「ぐ、この……」

 

 何も考えずに突っ込んだらさっきの二の舞になるのは目に見えている。良い気味だな。

 さて、明久の方はどうなってる?

 

「くそっ、このっ、ちょこまかとっ!」

「よっと、ほっと、せいっ!」

「畜生っ、試召戦争の時はせいぜい60点程度だったくせに!」

「今でもそんなもんですよ。この科目以外は」

「最初からこの科目に絞ってやがったのか!? じゃあやっぱり学園長と協力を……」

「さぁどうでしょう?」

 

 順調のようだな。点数が優位になるのも時間の問題だろう。

 

「よそ見してんじゃねぇ!!」

「おっと」

 

 坊主が再び攻撃してきたので軽くいなして投げナイフで追撃をかます。

 

 

3ーA 夏川俊平 115点 → 82点

 

2-F 空凪 剣 100点

 

 

 う~む、思ってたよりも3年生って弱いな。

 そりゃそうか。いくら1年間長く通ってると言っても召喚獣を操るのはほぼ試召戦争だけ。

 そして、Fクラスみたいな蛮族でもなければ1年にそう何回もやるもんじゃない。敗北ペナルティが極めて薄くなる学期末……1学期の末と2学期の末の2回くらいだろう。学年度末はそもそも教室を獲得してもすぐ進級してしまうので除外する。

 そういうわけで今の時点でも操作経験は実はFクラスの方が多いと言っても過言ではない。Fクラスの場合は格上相手に立ち回る経験を積んでいるから質も上々だ。

 断言しよう。3年の連中は操作経験だけならFクラス以下だ。

 

 

3ーA 常村勇作 209点 → 141点

 

2-F 吉井明久 166点

 

 

 お、あっちも逆転した。

 

「チィッ、仕方無ぇ。奥の手を見せてやる!」

 

 何だろうか? ちょっとワクワクしながらモヒカンの挙動を見守る。

 

「お前たちの知らない戦い方って奴を教えてやるよ!!」

 

 ……経験については先ほど脳内でこき下ろしたばかりなんだが……まぁいいか。

 で、経験豊富(笑)なセンパイの行動は……召喚獣を遠くに移動させ、何か妙な構えをしている。

 

「うぉぉぉぉおおおお!!!」

 

 何かよく分からんが……セオリー通りに動くとしよう。

 

「明久! 何をしている。サッサとモヒカンを止めろ!!(交代、坊主を任せる)

「っ、オッケー!」

 

 僕の指示を受けて明久はモヒカンに突撃……と見せかけて坊主に突撃。

 僕のハンドサインによる指示の通りだな。

 

「隙アリっ!!」

「なっ!?」

 

 

 3ーA 夏川俊平 82点 → 51点

 

 

 そして、僕は逆にモヒカンに突撃……ではなく、ナイフを投射。

 言うまでもない事だが……飛び道具の使い手を相手に距離を取るのは自殺行為と言っても過言ではない。

 離れていると命中精度が落ちるが……それでも数本がヒットした。

 

 

3ーA 常村勇作 141点 → 131点

 

 

 うむ、遠いから威力も落ちてるな。

 だが問題ない。1本で足りないなら100本を、100本が足りなければ10000本を、いくらでも数を増やせば良いだけの話だ。

 

「はぁぁぁぁっっ!!!」

「なんっ、くっ、このっ!!!」

 

 モヒカンの方も適当に武器を振るったり、回避行動を取ったりして対処しているようだが……徐々に押されていき、そしてフィールドの場外まで出た。

 ……あれ? 召喚獣の姿が消えたが、この場合ってどうなるんだ?

 

『おおっと! 常村くんの召喚獣がフィールドを抜けてしまいました!

 滅多に見られる事ではありませんが……この場合は戦死扱い。つまり脱落となります!』

「な、何だと!? そんなルールがあったのか!?」

『え~っと……はい。ルールブックではそうなっております』

 

 そんなルールがあったのか……

 考えてみると、こんなの確かに激レアな場面だ。

 召喚獣は普通は自分より前に呼び出され、戦う時も基本的に自分の足元だ。

 召喚獣が場外になるには召喚者より後ろまで吹っ飛ばす必要があるが、そんな事をしたら普通に戦死する。

 今回みたいに遠くの方に動かして何か変な事をしようとしない限り発生しない事だ。

 

「くそっ、常村!!」

「よそ見とは余裕ですね」

「くおぉっ!!」

 

 ここで、現在の点数を確認してみる。

 

 

 [フィールド:日本史]

 

3ーA 夏川俊平 51点

3ーA 常村勇作 Dead

 

2-F 吉井明久 166点

2-F 空凪 剣 100点

 

 

 最初の心配はどこへやら、メチャクチャ余裕そうだ。だからと言って油断はしないが。

 距離を取った坊主を追撃する明久に対して追加で指示を出す。

 

「よし明久、背後へ回り込め!(背後へ回り込め!)挟み撃ちで(挟み撃ちで)仕留める!(仕留める!)

「っ! 分かった!」

 

 指示を受けた明久は坊主に一気に近づく。

 そして、相手の間合いの寸前で思いっきり横に移動した。真っ直ぐ来ると読んでいたらしい坊主の攻撃は空振る。

 

「なんっ!?」

 

 全く、僕が何でわざわざバレやすいハンドサインを使ったと思ってるんだ。バラす為に決まってるだろう。

 内容を読み取る事は流石に不可能であっても『何か秘密の指示を出している』という事は簡単に伝わる。一回やられた後なら尚更な。

 だから今回はひっかかるまいとして正面突破だと読んだようだが……甘かったな。

 大きく空振りして隙を晒した召喚獣相手にわざわざ挟撃する必要も無いだろう。

 

「よし明久、そのまま殺れ!!」

「OK!!」

 

 ボカリという木刀で相手をぶっ叩いた音と共に、試合は完了した。

 

 

3ーA 夏川俊平 51点 → Dead

 

 

『なんとなんとなんと! 2年の最低辺たるFクラスが! あの最上位クラスのAクラスを降しました!!

 勝者は空凪くんと吉井くんのペアです! 皆さん、惜しみない拍手を!!!』

 

 これで、目的の1つであった『Fクラスの悪評を取り除く』は概ね達成できたか。

 『教室の問題』についても学園長が何とかしてくれるだろう。

 当然、『設備の問題』もクリア済み。あそこまで収益を挙げていたらヤバい設備の更新は可能だ。

 後は……学園をしっかりと存続させる事くらいか。






「というわけで常夏戦終了!」

「あの点数差で無傷で倒すとか……君達が強すぎるのか、常夏が弱すぎるのか……」

「まぁ、両方だな。あいつらの戦闘経験なんて高得点でゴリ押しするくらいだろうからメチャクチャ弱い。
 僕達観察処分者のような点数詐欺相手では尚更な」

「ヒドい詐欺があったものね……」

「そんな状況で点数2倍差しかない。勝つべくして勝った戦いだな。
 霧島戦の方がまだ苦労したよ」


「では、次回もお楽しみに!」


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21 終結

 召喚大会と、腕輪のデモンストレーションを無事に終えた僕は康太と一緒に学園長室まで来ていた。

 ドアを3回ほどノックすると中から入室を促す声が聞こえたのでそれに従う。

 

「何だアンタかい。何の用だい?」

「いや~、実は腕輪についてちょっとお訊ねした事がありまして……」

 

 と、適当な台詞をつぶやきながらおもむろに紙を取り出し、ペンを走らせる。

 『盗聴器に警戒しろ』と。

 

「……ほぅ? なるほど」

「…………」

 

 それを見た康太が部屋の隅へと一直線に向かい、植木鉢の辺りから何かを拾い上げた。

 盗聴器、だな。

 それを確認してから更に筆を走らせる。

 『油断するな。僕なら3つ以上仕掛ける』

 それを確認した康太はまた部屋の隅へと向かい。また拾い上げてきた。

 それを何回か繰り返し、机の上には5個の盗聴器が並んだ。

 

「…………探知機で確認した。これで全部だ」

「学園長、ちょっと多すぎないですかね……」

「アタシも教頭がここまでやるとは思ってなかったさね……」

「……学園長、今後はもうちょい防犯に意識を割いてください」

「分かってるよ。それで、一体何の用だい?」

「いくつかありますが……まずはコレを」

 

 学園長の机の上にそっとボイスレコーダーを置く。

 決勝戦での常夏との会話の一部始終が記録されたものだ。常夏の口から『教頭の仕業だ』という証言を引き出す事に成功している。

 実況の音声や観客の騒音も入っており、録音日時等は明白だ。法廷に出しても全く問題ない代物だ。

 問題は。常夏ごときの証言で教頭を有罪まで持って行けるかという事だが……それは僕が考える事ではないな。僕の手の届く範囲で最高クラスの証拠を手に入れた。これだけで十分だ。

 

「……なるほど、よく分かったよ。

 ここまでの物を用意してくれたならタダで返すわけにはいかないね。

 こいつを持って行きな。コレも含めて、今回の件の礼さ」

「お礼なら改修で……いや、アレはそもそも学園の義務か。

 ありがたく貰っておきましょう」

 

 学園長から渡されたのは……白金の腕輪に似ている腕輪だ。

 ただ、あっちが重量感のある金属質な腕輪だったのに対してこっちは安っぽい白いプラスチックでできている。

 

「こいつはアタシがヒマつぶしに作った『白の腕輪』さ。

 こいつを装着して『セット』と唱えると10点を消費する事で召喚獣は点数に関わらず腕輪を使えるようになる。

 召喚獣の腕輪のコスト自体は据え置きだから結局は点数が必要だがね」

「……まさかとは思いますが……高得点者が使うと凄すぎてうっかり暴走するとか無いですよね」

 

 今回の腕輪みたいに……という台詞は飲み込んでおく。康太が確認したとはいえ万が一盗聴器の取りこぼしがあったら困るので。

 

「ハッハッハッ。そんな不具合があるわけないだろう?

 安心しな。それは召喚獣に付けられた後付けのリミッターを外してるだけさ。

 仕組みが簡単だからそんな心配は万に一つも無いよ」

「それだったらこれを景品に……いや、ダメか」

 

 新技術公開の為の腕輪なのに、簡単なものを出しても意味が無い。下手すると逆効果だ。

 そもそも、召喚獣の腕輪というものは全召喚獣に付いているものらしい。ゲームバランスとかの為に400点以上という制限を後付けしただけで。

 そのリミッターを解除するだけだから……技術的な意味は全く無いな。

 

「そういう事なら遠慮なく使わせて頂きます。

 では、次の話を。白金の腕輪は雄二に渡しておこうと思います。ほら、代表がフィールド展開しておけば戦闘できない状態になるんでいざという時にしばらく安全ですし」

「そんな裏技みたいな方法で交戦を避けようとするんじゃないよ。

 あのクラス代表であれば真っ当に使う分には構わないよ」

 

 雄二の振り分け試験の点数は僕のものよりも少々高い。

 しかし、総合科目の点数は僕ほどではないので大丈夫のようだ。

 まぁ、十中八九大丈夫だとは思ったが、一応報告を。

 

「最後に、もう一つの賞品の件なんですが……あの噂については本当に本当なんですよね?」

「ああ。そうさ。そのチケットの使い方は任せるよ」

「……分かりました。ところで、如月ハイランドの責任者とコンタクト取れます?」

「……一体何をするつもりだい?」

「少々交渉を。ああ、今日じゃなくて良いです今日はちょっと疲れたので」

「ふむ……まあいいだろう。後でまた来な」

「ありがとうございました。失礼します」

 

 これで、姫路の転校に絡む一連の騒動は終了だ。これ以上僕が介入する必要は無い。

 あとはなるようになるだろう。

 

「あ、そうそう。助かったぞ康太。ありがとう」

「…………礼は要らない。それより頼みがある」

「僕にできる事なら、何なりと」

「…………妹の写真を撮らせてほしい。店の他の女子は全員撮影できたが、アレだけは隙が無い」

「……まぁ、努力はするよ」

 

 今は忙しいだろうから後で頼んでおくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 教室に戻ると通常通りの営業が続いていた。

 

「遅い兄さん! 大会は終わったんだからサッサと仕事に入って!」

「人使いが荒いな。ところで明久はもう帰ってきてるか?」

「ええ。こき使ってるわ」

「なるほど、少々借りていくぞ」

「そう? じゃあちょっと早いけど休憩って伝えといて」

「……その補填は僕がするんだろうな……まあいいだろう」

 

 明久は厨房班とホール班を兼務しているとかいう良く分からないシフトを組んでいる。

 今は……どうやら厨房に居るようだな。

 

「お~い明久、今抜けられるか?」

「ちょっと待って!

 ……よし。おっけー。

 お帰り剣、どうしたの?」

「良い話Aと良い話B、どっちから先に聞きたい?」

「どっちでもいいよ!? 何その2択!?」

「では、あえてBから行こう。

 こいつはお前のものだ」

 

 僕が渡したのは例のペアチケットのうちの1枚。

 優勝者1ペア2名に対して2枚用意されているので片方を受け取るのは当然の権利だな。

 

「え? でもこれって企業の息がかかってるチケットなんだよね……?」

「……確約はできんが、ちょっと企業の連中と交渉する予定だ。上手くいけばただのチケットに変わる。

 連絡を入れるまでは安易に人に譲ったりしないで欲しいが、その後は自由に使ってくれ」

「う~ん……分かった。

 あ、そう言えば剣の方はどうするの? 使う予定はあるの?

「使い道はいくつか考えてはいるが……第一候補は霧島だ」

「えええええっ!? 霧島さんを誘うの!?」

「いやいや、そうじゃない。好きに使えと言って渡すだけだ」

「好きにって言うか……霧島さんだったら実質雄二一択だよね」

「そうなるな」

 

 他の案としては姫路や島田に渡すというものがあったんだが……何か、あいつらの言動を見てたらその気が失せた。

 霧島だったら大丈夫なのかという疑問も一応あるんだが……大丈夫じゃないならそれはそれで徹底的な手を打つだけだ。

 

「それで、良い話Aっていうのは?」

「丁度いいから休憩に入れと光が言っていた」

「そ、そう。分かった。それじゃあ休憩に入らせてもらうよ。後は頼んだよ!」

 

 

 さて、後は店を頑張れば仕事終了だな。

 今回の最大の目的である姫路の転校阻止は……最善を尽くしたと言えるだろう。後は本人達の問題だ。これでダメならしょうがない。

 

 今後の計画を立てるとしよう。

 このペアチケットの使い方を。






「わー、嫌な予感しかしない」

「ハハッ、そう誉めるな」

「誉めてないから! 断じて!!」

「リメイク前を知っている人からすればそれはもう嫌な予感を感じただろうな。
 さて、解説に移ろうか」

「学園長室の盗聴器はこのタイミングで回収するのね。
 やろうと思えばもっと早く回収できたと思うけど」

「単純に回収の必要なかったからな。
 あと、盗聴器の存在を確信していたわけでもないし、急いで回収してたら警戒されてたかもしれないし」

「それもそうね。
 じゃあ次、ペアチケットについて」

「リメイク前は学園長が既に手を回していて全く問題ないまっさらなチケットとすり替えてあったという筋書きにしていたな。
 今回もそうしようかと思ったようだが……企業の思惑を回避するのにそれだけだと確実ではないし、今後の事も考えてあんな流れにした」

「責任者と交渉するってやつね。何を言う気なのやら」

「本章が終わったら次は如月ハイランド編に移行する予定だ。
 具体的な内容はそっちで知る事になるだろう」

「最後に……ペアチケットを渡す先についてね」

「ここで姫路か島田に対する僕の好感度が低くないとどちらかに渡すという展開になる。
 島田は……まぁ、若干微妙だが、姫路に至っては明らかに相思相愛だから、サッサとくっつけと言わんばかりに渡す事になるだろう」

「うわぁ……」

「リメイク前では優子の明久に対する好感度が非常に高い状態だったからそのペアに直接渡していたな。
 今回の場合は、そこそこの好感度だし、そもそも僕視点だと一切知らないので明久にお任せの放置って感じになっている」

「なるほど、霧島さんについては?」

「……ちょっと確認しておきたい事があってな」

「うわぁ……」


「こんな所か。一応今回が本章の最終回みたいな扱いなんだが……もうちょっとだけ続く。
 如月ハイランド編0.5話とでも言うべきものだな」

「時系列としてはこの直後みたいね。
 それでは次回もお楽しみに! ちょっと短いけどね」


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噂と影響

 剣からペアチケットと休憩を貰ったわけだけど……何をしようかな。

 こういう学園祭ってギャルゲーとかだったら女の子と一緒に回ったりするものなんだろうけど、声をかけた所で一緒に行ってくれる女子が居るとも思えない。のんびりと1人でぶらつこうか。

 とりあえず……腹ごしらえから始めよう。手近な喫茶店なら水くらいあるはずだ。

 

 

「いらっしゃいませ。って、吉井くんじゃない。クレーマーは来てないわよ」

「え? ああ、御空さん。今は自由時間だからただの客として来ただけだよ」

「そうだったの。それじゃあたっぷりお金を落としていってね」

「ハハハ……期待はしないで……」

 

 この流れで水だけを頼んだら怒られそうだ……

 けど、無いものは無い! 堂々と注文しよう!

 

「ご注文は?」

「水を1杯!」

「…………えっ?」

「水を1杯!」

「……流石に客とは呼べない気がするわね……まあいいわ。

 ご注文を繰り返します。水を一杯。以上ですね?」

「はい!」

 

 一応メニューに目を通したけど、ミネラルウォーター等の水の注文は存在しなかった。

 御空さんからも客とは呼べないとまで言われてるんで無償のはずだ。

 

「はい、どうぞ」

「頂きます!」

「あと、こっちはおまけ」

 

 御空さんが1杯の水と一緒に持ってきたのはお菓子の切れ端だった。

 

「えっ? いいの?」

「どうせ破棄するか私たちのおやつになるだけだし。

 食べ過ぎると太っちゃうから」

「ありがとう! 大切に頂くよ!」

「そ、そう」

 

 思いがけずカロリーを摂取する事ができた。御空さんありがとう!

 この切れ端は大事に、大事に頂くとしよう。

 

 最大限の感謝を捧げながら、まずは水を一口頂く。

 なんの変哲もない水道水だと思うけど、今の僕にはとても……そこそこ美味しく感じる。

 続けて、お菓子の切れ端を一つまみ頂く。

 Aクラスの喫茶店で作ったもののような高級感は感じないけど、それでも十分美味しい。

 破棄する切れ端が他にもあるならもっと欲しいけど……一応Bクラスの皆のおやつらしいから自重しておこう。

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと時間をかけて味わってから席から立ち上がる。

 

「随分とじっくりと味わってたわね……まぁ、空いてたから別に良いけど。

 来年はちゃんとお金を持ってきてね」

「前向きに善処するよ!」

「……もうちょっとまともな事言えないの?」

 

 おかしいな。政治家がよく使う言い回しだってテレビでやってたのに。御空さんには不服だったみたいだ。

 さて、次はどこに行こうか。

 ……そう言えば、剣から受け取ったのは休憩時間だけじゃなかった。

 ポケットに入ってるこのペアチケット。誘うとしたら、もしくはあげるとしたら、誰だろう?

 

 丁度そんな事を考えていた時、こんな会話が耳に飛び込んできた。

 

『ええっ、そんな事があったんですか!?』

『うんうん。そうなのさ』

 

 Bクラス女子2人の会話みたいだ。

 聞き耳を立てるまでもなく耳に入ってくる。

 

『昨日、優子さんが男子と話し込んでて、そしたら優子さんがえらく感激した様子で『付き合って下さい!』みたいな事を言ってたらしいよ』

『ほえ~、その男子っていうのはどんな人なんですか?』

『白髪に黒の眼帯着けてたって話だから、まず間違いなくFクラスの副代表さん。意外な組み合わせだよね~』

『ホントですね~』

 

 そっかー。優子さんとFクラスの副代表がねぇ……

 …………え?

 

「えええええっ!?」

「吉井くんうるさい。どうしたの?」

「う、ううん、なな何でもないよ!」

「……そう。ならいいけど」

 

 白髪眼帯の人ってどう考えても剣の事だよね。

 そんな奇抜な恰好をした人を僕は他には知らない。

 

「ご、ご馳走様でした!」

「うん。またね~」

 

 とりあえず喫茶店を出てから考える。

 そう言えば優子さん自身も渡したい人が居るって言ってたっけ。

 まさかあの中二病の剣と優子さんが付き合ってたなんて、ビックリだよ。

 う~ん……剣には結構世話になってるもんなぁ。この機会に少しでも借りを返しておくのも悪くない。

 じゃあこのチケットは剣に……いや、自分の分をわざわざ霧島さんに渡すくらいだ。普通に渡しても受け取ってくれない気がする。

 だったら、優子さんに渡そうか。そっち経由で誘われたら流石の剣も断らないだろうし。

 よし、そうしよう。剣からの連絡を待って、普通のペアチケットになったら渡すとしようか。






「以上、少々短いが清涼祭編は本当に終了だ」

「……おっかしいなぁ……一応ずっと見てたけど、優子さんとキミが付き合ってるような描写ってあったっけ……?」

「さぁどうだろうな。その辺は深くは語らんでおこう」


「今回のモブ2-B女子の口調、何か聞き覚えがある気がするんだけど……」

「某学校の2-Bの生徒を持ってきてみたようだ。あいつらがそこまで成績優秀なわけが無いんでよく似た別人だろう。きっと」

「……そう言えば2-Bだったわね。あの人たち」

「何のことか分からん人は気にしないでくれ。今後出てくる事も多分無いし」

「多分ってのが怖いわね……

 では、また次回お会いしましょう!」


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第3章 少女たちと結婚の価値観
如月ハイランド編 プロローグ


 清涼祭が終わって数日後、僕は学園長室に呼び出されていた。

 

「失礼します。盗聴器は無いでしょうね」

「第一声がそれかい? 安心しな。ここの電波は全部ジャミングされてある。

 少なくともリアルタイムで盗聴されてる事は無いよ」

「録音機能を持つ盗聴器を予め仕込んでおいて後で回収する事は不可能ではない……と」

「この部屋のセキリュティもバッチリ強化してある。絶対大丈夫とは言い切れないが、そんな事する奴はまず居ないさね。

 教頭も警察に突き出したしねぇ」

「ああ、結局捕まったんですね。それなら安心だ」

 

 チンピラを利用した生徒たちの誘拐未遂か。どの程度の罰則になるんだろうな。

 あれ? 未遂? いや、一応1回キッチリ誘拐されたから未遂は付かないのか?

 ……まぁいいか。裁判官が判断する事だ。

 

「で、今日はどうしたんですか? もしかして例の件ですか?」

「ああ、その通りさ。如月ハイランドの責任者、霜月(しもつき)に今から電話する所さ。

 何を言うつもりかしらないけど、失礼のないように!」

「可能な限り前向きに善処します」

「……今からでも断っていいかい?」

「いいですよ。腹いせにある事ない事適当にぶちまけるだけなんで」

「……本当に頼むよ? うちの筆頭スポンサーなんだから」

「……ごめんなさい。努力しますとしか言えません」

「…………」

 

 学園長は凄く嫌そうな顔をしながらも電話(有線式)のボタンを押して受話器を上げた。

 

「もしもし? アタシだ。文月学園の藤堂だ。今大丈夫かい?

 ……うん、そうかい。実はちょっとアンタと話したいっていう生徒が居てね。

 ……分かった。今代わるよ」

 

 学園長から受話器を手渡されたので受け取る。

 さて……やるか。

 

 

 

 

 

 

 Fクラスの副代表に頼まれて如月ハイランドの責任者と連絡を付けてやる事になった。

 例のプレミアムペアチケットの件で話をしたいらしいが……一体何を言う気かねぇ?

 正面から文句を言うだけのバカみたいな行動を取るとは思えないが……一応、会話の流れがアタシにも分かるように電話はスピーカーモードにしてある。

 

「お時間を割いて頂いた事に感謝します。

 私は文月学園2年Fクラスに所属する空凪剣と申します。

 先日行われた清涼祭における召喚大会の優勝者の一人、と言った方が分かりやすいでしょうか?」

『ああ、どこかで聞いた名前だと思ったらそいういう事ですか。

 それで、ただの学生が遊園地の責任者に何の用ですか?』

「…………………………

 単刀直入に申し上げましょう。あなたはバカだ」

 

 ……おかしいねぇ。アタシは事前にあれだけ念押ししたはずなんだけどねぇ。

 

『ほぅ? 私がバカだと。何を根拠に?』

「簡単な事です。

 如月ハイランドはあるジンクスを作ろうとしている。

 『ここにカップルで訪れた者は幸せになれる』と。

 平たく言うと、結婚できる、と」

『それが何か? 良くあるイメージ戦略の一環ですが?』

「確かにそうだ。しかしやり方が宜しくない。

 うちの大会で優勝した奴にマーキング付きのペアチケットを送り付けるとか、どうかしているとしか思えないです」

『何を言い出すかと思えば、そんな事ですか。

 まさかとは思いますが、そんな事は許せないだとか詰まらない事を言うつもりですか?

 たとえ演出された結婚だったとしても、何も知らなければただの美談です。

 我々経営者が考えるのはいかに稼げるかという点だけ。法に触れない範囲で手段を選ぶつもりはありません』

「……だから貴様はバカだと言ったんだ」

 

 空凪、アンタ敬語すら剥がれてるよ。

 しかし、その表情は怒っている様子ではない。むしろ焦っているという表現の方が正しそうだ。

 ……もう少し、もう少しだけ様子を見てやるとするかねぇ。

 

『……何を仰りたいのでしょう?』

「実に簡単な事だ。貴様の方法ではコストがかかりすぎると言っているんだ」

『ほぅ? どういう事でしょう』

「知名度の高い文月学園の生徒のカップルを成立させる。

 なるほど確かに高い宣伝効果が見込めるだろう。黒字にする事は十分可能だ。

 だがな……文月の生徒をくっつけたいならば、まずは文月の生徒を頼るのが一番の近道だろうが」

『………………』

「続けるぞ。召喚大会で参加した奴に渡すなんていう方法で運任せに対象を決めるより、特定のカップルに当たりを付けてセッティングした方が効率が良いに決まってる。

 それにそもそもペアチケットを持った連中がカップルで来るとは限らない。同姓の友人と来るかもしれないし、兄弟姉妹と来るかもしれない。

 セッティングの準備はとっくに進めているんだろう? 無駄骨になったら丸損だぞ。

 後は最悪の場合だが……相性の悪いカップルを強引に結婚させて、万が一どちらかが自殺でもしたらどうする気だ。事件の隠蔽にいったいいくらかかるんだ? 一度ネットに拡散されたら相当な手間になるぞ」

『………………』

「結論を言おう。1組……いや、2組ほど推薦したいカップルが居る。

 そいつのプロデュースを僕にやらせろ。以上だ」

 

 これが要求かい。

 しっかし、そんな言葉遣いで要求を呑んでくれるような器の大きいのはそうそう居ないと思うけどねぇ。

 

『……なるほど。一つお尋ねしましょう。

 そんな自分勝手な要求が、たかが学生の我儘が本気で通ると思ったのですか?』

「ああ。通るさ。だって、経営者はいかに稼げるかを考えるんだろう? だったら勝手にコストを下げてくれる提案を飲まないはずが無い。

 居たとしたら……そいつは正真正銘の愚か者だけだ」

『……フ、フハハハハハ!!』

「……どうかしましたか?」

『いや失礼。君、確か今2年生だったね。

 卒業したらボクの下で働かないかい?』

「……他に面白そうな進路が無ければ、考えておきましょう」

『それもそうか。まだ進路を決めるには早い。

 君の要求を飲もう』

「賢明なご判断に感謝します。

 ところで、プレミアムなペアチケットの件ですが、普通のペアチケットにしてくれませんか? 無駄なので」

『構わないよ。普通のペアチケットとして使ってくれれば普通の対応をする』

「ありがとうございます。それでは詳しい話はまた後日にしましょう。都合の良い日にご招待頂ければと思います」

『ああ、分かった。君に会える日を楽しみにしている』

 

 こうして、電話は切れた。

 さて……まずは、文句を言わせてもらおうかねぇ。

 

「……空凪、散々念押ししたとアタシは記憶してるんだけどねぇ?」

「すんません学園長。最初は本当に下手に出てやんわりと指摘してねじ込む予定だったんです。

 ですが、何か妙な悪寒を感じたので今の路線に切り替えました」

「……まぁ、スカウトを受けるほど気に入られたみたいだから構わないけどね。

 心臓に悪かったよ、全く」

「ホントすいません。今回の件は借りって事にしておくので何か手が必要なら呼んで下さい」

「分かった。それじゃあ後で遠慮なくこき使わせてもらうよ。

 向こうから連絡が来たら教えてやる。今日は帰んな」

「はい、ありがとうございました。失礼します」






「というわけで如月ハイランド編プロローグ終了だ」

「如月ハイランドの責任者さんの霜月さんはオリキャラね。
 似たような人も原作には居なかったはず」

「ちなみにだが名前は旧暦から適当に取った。
 原作では如月グループ、文月学園、葉月ちゃん、神無月中学が出てきてたっけか。
 他にもあったかもしれんが、霜月は使われてないと信じて採用した」

「学園とかの名前だけじゃなくて葉月ちゃんにも一応人名として使われてるのか。
 しっかしまぁ、あんな交渉で良く要求が通ったわね」

「学園長にも説明した通り、危機感知の直感を使っている。
 何か、台詞を吐こうとする度に不利益を被りそうな予感がしたんだよ」

「万能過ぎない? その特殊能力」

「かもな。
 さて、これで問題のペアチケットは無害化され、僕とクラスメイトが如月ハイランドに入る準備は整った。
 下準備は完了といった所だな」

「次回からは如月ハイランドの場面になるのかしら?」

「いや、チケットを渡す回になりそうだ。実際に行くのはその次からだろう」


「では、次回もお楽しみに!」


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01 協力者の話

 ある日の事だ。

 私……空凪光が4コマ目の授業を終えて昼休みに入った時の事だ。

 

「ふ~、お疲れ。皆、購買行こう」

「ちょっと待って。ノートが……よし。これで大丈夫」

「優子は真面目だネ~」

「このくらい普通よ。普通」

「普通ねぇ。次は負けるわけには行かないって感じかナ?」

「……まぁ、ね」

 

 そんな風に雑談をしながら椅子から立ち上がる。

 そして扉へと足を向けたその時……

 

バキィッ ドォォン……

 

 突然扉が吹っ飛んで、その奥から購買のパンを山ほど抱えた兄さんが入ってきた。

 

「チィーッス、失礼しまーす」

「え? あの、今扉を蹴破ったの!?」

「ん? ああ。その通りだが」

「何やってくれちゃってんの!?」

「ここの扉が自動ドアでないのが悪い。

 高橋先生! 改修工事をお願いします!」

「なるほど、一理ありますね。手配しておきましょう」

「高橋先生も乗らないで下さい!!」

 

 兄さんの行為に対して優子がフルにツッコミを入れている。

 あと優子、高橋先生は割と本気で言ってると思う。この人意外と天然な所あるみたいだから。

 

「で、兄さんは一体何しに来たの?」

「見て分からんか? パンの移動販売だ。仕入れ値と同じ額で売ってやろう」

「……何でわざわざそんな事を?」

「購買まで往復するはずだった時間を稼げるだろ?

 ちょっとお前たち……霧島と工藤に用事があってな」

「……私?」「ボクに?」

 

 どうやら私は関係ないみたいね。それじゃあパンを頂きましょうか。

 

「コロッケパン貰うわね。はい、100円」

「まいど。さて、まずは霧島からだな。

 こいつをくれてやろう」

「っ! それは……」

 

 剣が突きつけたのは如月ハイランドプレミアムペアチケット。

 あの召喚大会の優勝賞品だ。

 代表に高値で売りつける気なのか、それとも……

 

「…………」

「おい霧島、無言で札束を出すんじゃない。安心しろ。これはタダで譲ってやる」

「……嬉しいけど、何が目的?」

「まぁ……気にするな。ただの自己満足だ」

「……分かった。ありがたく頂く」

 

 よく分からない理由で代表にチケットを押しつけたようだ。

 そう言えば企業と交渉するとか言ってたけど、代表に渡すって事は一応何とかなったのかしらね。

 

「よし、こっちはオッケーと。

 工藤、ちょっと来てくれ」

「何カナ? 愛の告白とかカナ?」

「はいはい、好き好き。行くぞ」

「もうちょっと気の利いたボケかツッコミで返してほしかったよ……」

 

 そして愛子は兄さんに引っ張られて行った。

 愛子に用事か……何だろう。

 

「……そう言えば、チケットは合計2枚あったわね」

 

 私が不用意に口にしたこの台詞のせいで後に変な噂が流れてしまうのだが……それはまた別の話だ。

 

 

 

 

 

 

 剣くんに引っ張られて人気の無い所まで連れ出された。

 いつものボクだったら『こんな所でナニするつもりカナ~?』とかからかうんだけど……相手がこのヒトだから逆に痛い目に遭いそうだ。自重しておこう。

 

「それで、どうしたの? わざわざボクだけ呼び出して」

「……貴様の代表についてちょっと質問がある」

「別にいくらでも答えるけど……どうしてボクに?」

「何だかんだ言ってAクラスの知り合いの中ではお前が一番常識人だからな。

 一番真っ当な意見が聞けると判断した」

 

 ……おっかしいなぁ……転校してきた頃はこのキャラは絶対にイロモノになると思ってたんだけどネ。

 確かに剣くんの言う通りボク以上に濃いのが集まってる気がする。

 

「あ、でも優子とかは? あっちの方が真っ当っぽいけど」

「木下か。悪くは無いんだが……この後の事も考えるとお前の方が都合が良いと判断した。まぁ、すぐに分かるさ。

 まず質問だ。単刀直入に尋ねる。霧島と雄二の事、どう思う?」

「代表と坂本くん? どう思うって言われても……」

「では質問を変えよう。2人の関係、それは真っ当なものだろうか?」

「……真っ当かそうじゃないかって言われたらそうじゃないと思う。

 試召戦争の時の命令で付き合ってるんだよね。『勝ったから付き合う』っていうならまだ分かるけど『勝ったから命令して付き合う』っていうのはどう言い繕っても真っ当ではないと思うよ」

「……やはり、そうだな。

 次の質問だ。霧島は、雄二の事を愛しているだろうか?」

「う~ん、好きなのは確かだと思う。独占欲が凄く強くて、色々と変な所はあるけど、それだけは確かだヨ」

「…………なら、信じるとするか。

 さて、それじゃあ次の用件だ」

 

 代表達の関係については終わりカナ? 次は何だろう。

 

「実はだな、如月ハイランドの責任者とちょっと交渉する機会があってな。

 如月ハイランドの企業戦略としては『ここを訪れたカップルは永遠に幸せになれる』みたいなジンクスを作っていきたいらしい。まぁ、良くある話だな」

「剣くん夢が無いなぁ……それがどうかしたの?」

「で、結論から言うと……2組ほどカップルを紹介し、プロデュースを手伝う事になった」

「……わざわざ裏から手を加えるんだネ。更に夢の無い話になったよ」

「夢があるかどうかは置いておくとして……知り合いのカップルを裏から煽ってくっつけるとか、お前好きそうだろ?」

「……なるほど。悪くないネ」

 

 剣くんがボクに声をかけた理由がようやく分かったよ。

 お互いの代表に関する問題だからまずAクラスの協力者が欲しかったって所だろうね。確かにボクが一番適任だ。

 

「企業の思惑は置いておくとして……どうだ? やるか?」

「モチロンだよ! あれ? でもさっきカップルを『2組』紹介するって言ってたよネ? もう1組は?」

「……そいつはちょっと伏せさせてくれ。敵を騙すにはなんとやらだ」

 

 剣くんは一体何と戦ってるんだろうか?

 もう一組については少し……かなり気になるけど、答えてくれる気は全く無さそうだ。

 

「……分かったよ。代表たちだけに専念する。それで、何からやる気?」

「そうだなぁ……まずは適当に頭数を集めるとするか。

 お前はAクラスから適当に集めてくれ。僕はFクラスの連中に声をかける」

「おっけ~」






「とりあえず工藤への工作を完了した。次の話から如月ハイランドに入る」

「え、飛ばしすぎじゃない? 吉井くんサイドの話とかは?」

「後で分かるさ。今は雄二と霧島をくっつける事に全力を注ぐべきだな」

「うわぁ~、嫌な予感しかしない。
 ……ところでさ、如月ハイランド編って私の出番あったっけ?」

「…………まぁ、無かったな」

「よし! 如月ハイランド編なんて飛ばしましょう!!」

「飛ばすなバカ。
 う~む……現状の状況だと貴様を絡ませるのは無理があるな。不可能では無さそうだが」

「不可能じゃないなら頑張りなさいよ! 私、ヒマになるじゃない!
 私、メインキャラの1人なのに!!」

「……まぁ、考えておこう。本編に反映される保証は無いが」


「では、次回もお楽しみに!」


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02 突き進む少女の物語 プロローグ

 時間はかなり飛ぶが、デート当日になった。

 結局集まったのは僕と工藤に加えてFクラスからは康太と秀吉、Aクラスからは光だけだった。

 明久はどうしたって? 一応真っ先に誘ったんだが……

 

 

「もしもし明久、今度の日曜って時間あるか?」

『え? 今度の日曜? う~ん……僕は大丈夫だけど……遠慮しておくよ』

「遠慮? 何言ってるんだ?」

『ハハッ、すぐに分かるよ!』

 

 

 とかいう良く分からないやりとりがあって断られた。

 まぁ、来れないものは仕方ない。

 

 ……え? 姫路と島田はどうしたって?

 うん、まぁ、そっちも誘うつもりだったんだが携帯の発信ボタンを押す直前に猛烈な悪寒がしてな。

 何か良くない事が起こると判断して今回は見送った。別に居なくても問題ないしな。

 

 …………何? 宮霧? 誰だそれ。

 

 

「もしもし工藤、全員配置に着いてるか?」

『うん、バッチリだよ! そっちこそ大丈夫?』

「フッ、愚問だな。

 む? 電話が来たようだ。ちょっと一旦切る。

 ……非通知? まあいいか。もしもし?」

『…………………………キサマヲコロス』

「やれるもんならやってみろ。

 もしもし工藤、待たせたな。いやなに、ちょっと脅迫電話が来てな。

 え? 聞こえなかった? だから脅迫電話が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝目覚めたら、鍵がかかってるはずの俺の部屋に翔子が居た。

 寝ぼけ眼で携帯を掴み、110番したが相手にされなかった。

 慌てて飛び起きてお袋を問い詰めたら翔子を部屋に入れたとアッサリ白状しやがった。

 

 ……まぁ、ここまでは良い。俺が朝っぱらから精神的なダメージを受けただけだ。いや、やっぱり良く無いな。

 

 問題は、翔子がアレを持っていた事だ。

 『如月ハイランドプレミアムペアチケット』を。

 剣の奴が企業と交渉するとか何とか言ってたんでババァが言っていた例の噂は無効になってる……かもしれない。

 しかし、如月ハイランドがカップル向けの戦略を進めているのは間違い無い事実であり、そういう施設に2人で行くという事でどういう噂をされるかは明白だ。

 そこまでを自分の中で確認した所で、まず俺は電話をかける事にした。

 

『もしもし?』

「…………………………キサマヲコロス」

『やれるもんならやってみろ』ブツッ

 

 あの野郎、即答で返してきやがった!

 ……とりあえず剣は置いておこう。今の問題は翔子だ。

 試召戦争で負けて付き合う事にさせられた俺は原則として翔子からの誘いを断る事はできない。

 しかし、ここで諦めたら人生終了だ。要は翔子の方が気を変えてくれりゃあ良い。例えば……

 

「翔子、今日はちょっと用事があってな。また今度じゃダメか?」

 

 とか言っておいて延々と引っ張るとか……

 

「ダメ」

「な、何故だ!」

「……このプレオープンチケットは使える日付まで指定されてる。多分混雑を避ける為。

 だから今日じゃないとダメ」

「ぐぬぬ……」

 

 仕方あるまい。ならば路線変更だ!

 如月ハイランド以外の場所ならそこまで問題にならない。だからそちらに誘導を……

 

「翔子、如月ハイランドにはあえて行かずに別の場所に行かないか?」

「? どこの式場に連れて行ってくれるの?」

「何故式場に限定する!?」

「……だって、行かなかったら即挙式って誓ってくれた」

「そんな事を言った覚えは一度も無いんだが!?」

「……パンフレットも用意してある。選んで」

「手回しが良すぎないか!?」

 

 

 ……その後、何故かお袋までノリノリで式場を選び始めたので俺に選択肢など無かった。

 だが俺は諦めない! 如月ハイランドはそこそこ遠い場所にある。それまでに逃げ出せれば……!

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺は、無力だ」

 

 電車やらバスやらを乗り継いで2時間ほど要したが、その間の逃走の隙はゼロだった。

 俺が翔子から視線を外して辺りの様子を伺おうとする度に首を強制的に翔子の方に向けられてしまい全く行動できなかった。

 翔子が明らかに外の景色を眺めている時でも即座に感知された。どういう理屈なのかは謎だ。

 

「……やっと着いた」

「ふぅ、そうだな。よし、翔子」

「……何?」

「今日は楽しかったぜ。さぁ、遅くならないうちに帰ろう」

「……」

 

 爽やかな笑顔でそんな言葉を告げた俺に対して翔子が起こしたアクションとは『腕を組む』というものだった。

 それだけだったら可愛いで済む話だが、何かさっきから関節がミシミシと悲鳴を上げている。ぶっちゃけメッチャ痛い。

 ただ、騒いでも解決にはならない事は学習済みだ。騒がなくても解決にはならないがな!!

 

「…………」

「……ん? どうした翔子、行くんじゃないのか?」

 

 このまま俺の腕を人質もとい腕質にして入るつもりかと思ったが、翔子は立ち止まったままだ。

 俺としては助かるが……そう思いつつ翔子と同じように視線を前方に向ける。

 するとそこに……凄く見覚えのある白髪眼帯の中二病患者が立っていた。

 

「お、時間ピッタリだったようだな。乗り換えの回数が多くても最短になるルートを通ってくるとは。流石は霧島だな」

「……ん」

「さて、チケットは当然持ってきているな? ああ、安心しろ。忘れててもコネで入れてやる」

「……剣はどうしてここに居るの?」

「ちょっとしたバイトだ。気にするな」

「……分かった。雄二、行こう」

「ちょっと待てやぁぁぁあああ!!!!

 バイトの一言で済ますんじゃねぇよ!! 明らかに怪しいだろうが!!

 と言うかテメェ! よくも俺の前に面出せたな!!!」

「…………あ、雄二じゃないか。こんな所で奇遇だな」

「何が奇遇だ! テメェが仕組んだんだろうが!!」

「まぁ、安心しろ。悪いようにはしない。多分な」

「多分って何だよ! 何を企んでやがる!!」

「……それじゃあ今は一言だけ。それを改められないようであれば、後悔する事になるぞ」

「何だと?」

「……僕個人としては出来れば穏便に終わってほしいと思っている。じゃあな」

「あ、おい! 待ちやがれ!」

 

 やたらと不穏な言葉だけを残してあのバカは去って行った。

 追いかけて問い質したい所だが、翔子に腕を極められている以上はどうしようもない。

 かなり不安だが……今の俺に選択肢は無いか。気を引き締めて、進むとしよう。






「というわけで如月ハイランド雄二編の開始だな」

「わー。何が待ち受けてるんだろー」

「穏便に済ませたいというのは正直な気持ちなんだがな。
 あの感じだと多分無理だろうなぁ……」

「一応アレは本音だったのね。少々信じがたいけど」

「おいおい、僕を何だと思ってるんだ」

「狂人」

「…………」


「では、次回もお楽しみに!」


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03 2人の関係

「いらっしゃいマセ! 如月ハイランドへヨーコソ!」

 

 俺たちを待ち受けていたのは胡散臭い笑顔を浮かべた係員だった。

 日本語が微妙に片言だな。こういうキャラ付けなのか、実はアジア系の外国人なのかは不明だ。

 

「チケットを、お持チですカ?」

「……はい」

「拝見しマース」

 

 翔子が出したのは例のプレミアムペアチケット。

 これを出したら最後、人生の墓場まで強制連行されるという話だが……剣は果たして上手くやってくれたのだろうか?

 

「……ハイ、確認しマした。どうゾ、お通り下サイ」

 

 特に驚いたりする事も無く淡々と対処された。

 だからと言って安心はできないが……分かりやすく何かされるわけでは無さそうだな。

 

「……雄二、行こう」

「……そうだな」

 

 いつちょっかいを出されるか分からない。慎重に行動するとしよう。

 そう思っていた矢先にさっきの係員から声をかけられた。

 

「ア、少々お待チ下さイ」

「さぁ翔子行くぞ! どんなアトラクションがあるんだろうなぁ!! 楽しみだなぁ!!」

 

 聞こえなかった振りをして進む事にする。遊園地を積極的に楽しむ分には翔子も協力してくれるだろう。

 腕の痛みをこらえて翔子を引っ張り一歩踏み出す。

 

 しかしその直後、目の前に何かが落ちてきて石畳とぶつかってカランという軽い音を立てた。

 視線を落としたその先には……どこかで見たことがあるような投げナイフが転がっていた。

 剣の召喚獣がよく使っているナイフ。それを人間用のサイズにした。そんな感じのナイフが。

 

「おいおい雄二、係員の言葉くらい聞いてやったらどうだ?

 人としての常識が欠けているんじゃないか?」

「目の前にナイフを投げてくる奴に言われたか無ぇよ!!」

「安心しろ。峰打ちだ」

「峰なんて無いだろうがこのナイフ!!」

「え? ……あ、ホントだ」

「気付いてなかったのか!?」

「……そんなどうでもいい事は置いておくとして、ここをバッチリ楽しむ為にも係員の言うことくらい聞いておけ。

 ほら、わざわざ追いかけてきてくれたぞ」

 

 決してどうでもよく無いんだが……確かに係員に追いつかれてしまった事の方が重要だ。

 くそっ、この中二病患者のせいで撒けなかった。

 

「ゼェ、ハァ、ヒッヒッフー。

 坂モトサン。そんナに急ぐ事ナイじゃないでスか」

「そーだぞ。係員の人も大変そうじゃないか」

 

 明らかに演技で息を切らしているようだがツッコミを入れた所で適当にあしらわれるだけなので無視する。

 そして名前を教えていないにも関わらず自然な流れで名字を呼ばれた事に気付いたが、同様の理由で無視する。

 この似非外国人を無視して逃走することもできなくは無いが……次やったら本当にナイフが当たりそうだ。仕方ない。話くらいは聞いてやろう。

 

「一体何なんだ」

「ハイ。サイコーにオ似合イのおフタりの為ニ、愛の記念写真ヲ撮らせテ頂キたいと思イマース!」

「要らん」

「そう言うな雄二。仲の良さそうな男女の写真を飾っておくだけでも宣伝効果が期待できるものだ。

 これは『撮ってあげます』と言うよりも『撮らせて下さい』というお願いのようなものだ。協力してやってくれ」

「何で俺がわざわざ協力してやらなきゃならないんだ」

「シャッターチャンスを求めて園内で延々とストーキングされるよりずっとマシだと思うぞ?

 なんたってまだプレオープン期間だからな。そのくらいの人手の余裕はある」

「ぐっ……確かに一理あるな」

 

 やり込められているようで気に食わないが、確かにその気になればそういう事もできるわけだ。

 サッサと片付けた方が良いか。

 

「分かった分かった。サッサと撮りやがれ」

「アリガトござマース。それデは、カメらマンサン、カムヒア!」

 

 ……おかしいな。カメラマンの姿に何か見覚えがある。

 足音を殺し、気配を隠す歩き方。帽子を深く被って顔は見えないが、だからこそ醸し出される怪しさ。

 ほぼ間違いなくうちのクラスのある人物……ムッツリーニこと康太で間違い無いだろう。

 

「……この分だと、俺の知り合いが全員絡んでそうだな」

「さーどーだろーなー」

「……はぁ。康太、サッサと撮ってくれ」

「…………人違いだ」

「そうデス! 彼はここのスタッフのムッソリーニ・フォン・サトウ、通称ヤマダさんです!

 ムッツリーニさんデはアーりまセン!」

「……おい剣、こいつらはコレでごまかしてるつもりなのか?」

「……らしいな」

「テメェが開き直ってるのに他の連中がわざわざ係員のフリをする意味があんのか?」

「意味など無い。ノリだ」

 

 しかしまぁ、この似非外国人みたいなバカがFクラス以外で存在していたんだな。ある意味貴重だ。

 

 

 その後、撮影された写真はすぐに現像された。

 腕を極められている俺と、極めている翔子のツーショット。そしてハート型の枠と『私たち結婚します』という文字。わざとらしすぎて逆に引く。

 こんなアホっぽい事にまで剣が関わっているのだろうか? そう思って視線を向けると似非外国人の係員を無表情で睨みつけていた。

 

「……おい貴様、コレは没にしたはずだが?」

「アレ、オカしいですネ。間違えタみたいでス」

「すぐやり直せ! 素材が良いんだから加工も不要だ!!」

「ハ、ハイ! 失礼しマス!!」

 

 どうやら剣の仕業では無かったようだ。少し安心した。

 すぐに係員が新しい写真を持ってきた。さっきの写真から加工を抜いた代物だ。

 

「よし、良く撮れているじゃないか。流石は康……ヤマダさんだ」

「……ヤマダさんありがとう。雄二、ほら、私たちのツーショット」

 

 サングラス越しに見れば良い写真かもしれないな。裸眼だと全く良い写真には見えないが。

 

「これで写真撮影は終わりだ。しばらくは自由に楽しむと良い」

「……うん。ありがとう剣。行ってくる」

 

 しばらくは……ねぇ。また何か仕掛けてくるつもりだろうな。

 それまでに何とか逃げ出せないものだろうか?

 

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 

 雄二と霧島の仲睦まじく見えなくもない後ろ姿を見送りながら考える。

 実際にあの2人が絡んでいるのを見るのは実は初めてだったりするんだが……予想以上に酷いな。

 

「……少し、計画を前倒しするか」






「以上で、本文は終了っと。ようやく如月ハイランドに入ったな」

「わ~、嫌な予感がビンビンだよ」

「だいじょーぶだいじょーぶ。死人は出ないから」

「いや、死人が出る直前でもアウト……あれ? バカテスだと臨死体験が日常茶飯事だったような……」

「うん。だからセーフだ!」

「ヒドい暴論を見たよ……

 では、次回もお楽しみに~」


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04 罠

 園内を歩いているとどこかで見たことあるような2人組が居た。

 

「あら? こんにちは代表」

「雄二よ、こんな所で奇遇じゃな」

 

 まぁ、秀吉が居る事は予想できた。剣が康太にだけ声をかけるとは思ってない。

 間違いなく明久にも声をかけているだろうし、秀吉だけをのけ者にするわけがない。

 しかし剣の妹の方まで絡んでいるというのは意外だったな。

 

「奇遇だなお前たち。デートでもしてるのか?」

「ええ、そうよ。そういう名目で代表たちを誘導するように頼まれてるわ」

「ちょ、何を言っておるのじゃ光よ! ち、違うのじゃ雄二。ワシらは偶々散歩をしていたらここに居るだけで……」

「散歩でどうやって遊園地に入れるんだ?」

 

 空凪妹の方はごまかしても無駄だと認識しているようだが、秀吉はあくまでもごまかそうとしているな。

 比較的まともに見えてもやっぱりFクラス生だな。

 

「100歩譲ってお前たちがやってるのが普通のデートだったとして……そんなに仲が良かったのか?」

「う、うむ! たまに演劇部で手伝いをしてくれるからのぅ!」

「そんな繋がりが……ん? 手伝い? お前自身は演劇部じゃないのか?」

「ええ、まぁ。由緒正しき帰宅部よ」

 

 由緒正しいと聞いて首を捻ったがある意味最古の部活だから間違ってはいないか。合っているとも言い難いが。

 しかし何故帰宅部が演劇部の手伝いを?

 

「まぁいいか。で、どこに連れて行こうってんだ?」

「う、うむ! ワシらのお勧めはお化け屋敷じゃ! 廃病院をそのまま改造したとかでスリル満点じゃぞ!」

「と言っても、私たちは入った事無いんだけどね」

「無いのかよ! せめて確認しろよ!!」

「私は一応そうしようと思ったんだけど……剣が何故か入れてくれなかったのよね」

 

 つまり奴の手で何か仕掛けてある……と。なるほど。凄く怪しい。

 

「よし、翔子」

「……うん」

「お化け屋敷以外の場所に行くぞ!」

「……え? うん」

「ま、待つのじゃ! どうして行かぬのじゃ!? お勧めじゃぞ!」

「さっきまでの会話の流れで何故行くと思ったんだ?」

「むぅ……やはりダメじゃったか」

「でしょうねぇ……仕方ない。

 え~っと……これを、送信っと」

 

 空凪妹が携帯でメールか何かを送信したようだ。

 そしてその数秒後に俺の携帯が鳴った。

 

[ From 空凪 剣 ]

 

 俺は、無言で電話を切った。

 そしてその数秒後、俺の携帯が再び鳴った。

 

[ From 空凪 剣 ]

 

 俺は、無言で電話を切った。

 すると今度は別の携帯電話……翔子の電話が鳴ったようだ。

 

「……もしもし?

 ……うん。今代わる。雄二、電話」

「お掛けになった番号は現在使われておりませんと返しておいてくれ」

「……分かった。お掛けになった……え? 聞いてた? 分かった。

 ……うん。そうなの? ……うん」

 

 すぐに通話が切れるかと思ったが何か話し込んでいるようだ。何か良からぬ事を吹き込まれる前に翔子から携帯を取り上げた方が良いだろうか?

 そんな事を考えていたら、俺の携帯が再び鳴った。

 

[ From 空凪 剣 ]

 

「おいふざけるなよ!? テメェ何で電話ができる!?

 この為だけにわざわざ2台用意してやがんのか!?」

 

 思わず通話ボタンを押して怒鳴りつけてしまった俺に返ってきたのはこんな言葉だった。

 

『安心しろ。霧島には通話してるフリをしてもらっただけだ。僕の携帯は1台だけだ。今のところは』

「翔子ぉぉぉ!!!」

『さて、ようやく繋がった所で頼みがある。お化け屋敷に来てくれ』

「断る! 何でわざわざ目に見える地雷源に突っ込んでいかなきゃならん!」

『……まぁ、それが普通の反応だろうな。

 だが、無理を承知で頼む。お化け屋敷に来てくれ』

「……なんだと?」

『……頼む』

 

 そう一方的に告げて、通話は切れた。

 あいつ……一体何を考えてるんだ? お化け屋敷に俺を呼びたいだけであればいくらでも強引な手を取れるはずだ。

 文字通りに腕ずくで引っ張ってきても良いし、翔子を唆しても良い。真っ正面からバカ正直に頼み込むなんて頼りない方法よりもマシな方法はいくらでもある。

 

「………………いいだろう。そこまで言うなら行ってやる。

 お前ら、場所はどっちだ?」

「うむ? 良く分からぬが……行ってくれるなら有難いのじゃ。

 場所は向こうじゃよ。もう見えておるあの白い建物じゃ」

「アレか。随分とデカい……って、廃病院を使ってるなら当たり前か。

 あと、お前たちの知ってる情報を全て教えてくれ。あのお化け屋敷について」

「教えてあげたいのはやまやまだけど……さっきも言ったように私も入ったこと無いのよ。

 最初から協力してた愛子も知らないみたいだったから剣本人しか中身は知らないでしょうね」

「……ホント何やってるんだあいつは」

 

 分からないという事が分かっただけだな。

 

「それじゃ、行ってくる」

「ええ。気をつけて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃病院をベースに作られたこのお化け屋敷はここの目玉の1つだったはずだ。

 流石に除菌や掃除は徹底して行っているはずだが、壁や床のくたびれ具合は何とも不気味な雰囲気を醸し出している。

 リノリウムの床は足音がよく響き、薄暗い静かな空間で反響する。

 元病院である以上、死人が出なかったはずがない。幽霊が本当に存在するなら、地縛霊の1人や2人は確実に居るだろう。

 勿論幽霊なんて信じちゃいないが……その可能性が頭をよぎる時点でホラーの演出としては上々だろう。

 

「……ちょっと、怖いかも」

「珍しいな。こういうのに普段はあんまりビビらないのにな」

「……そうかも」

 

 しかし不気味だ。この雰囲気は不気味だが、それ以上に不気味なのは特に何も出てこない事だ。

 こうやって歩かせる事で吊り橋効果でも狙っているのかもしれないが……あのバカがそんな消極的な手を打つだろうか?

 ここまでやっておいて実はコケおどしだったという事もあいつなら普通に有り得るのが怖い所だが……

 

 結局、順路に従って1階を見て回ったが何も起こらなかった。歩いているだけでもそこそこの恐怖を感じるのでこれはこれでアリなのかもしれないが……いや、やっぱりナシだろう。

 まさかとは思うが残りに2階と3階も同様なのだろうか?

 ……なんていう心配は全くの杞憂だった。

 

「……何か聞こえる」

「ん?」

 

 耳を澄ませると確かに聞こえてくる。ノイズ混じりの人の声らしきものが。

 

『……じの方が……よりも……』

 

 ようやく何かの演出がやってきたようだ。

 これまで散々待たされたせいで恐怖を感じるよりもちょっとワクワクしている自分が居る。

 

「……この声、雄二の声?」

「そうなのか?」

 

 翔子が言うならそうなんだろう。

 歩いていたら自分の声が聞こえてくる、か。俺以外の相手にはどうするんだと問いたいが、これだけノイズ混じりなら合成音声とかでもそれっぽくはなるのかもしれない。

 斬新な試みだとは思うし恐怖体験と言えなくも無いが、少々地味過ぎる気が……

 

『姫路の方が翔子よりも好みだな。胸も大きいし』

 

「……雄二。言い遺す事、ある……?」

「ちょ、ふざけんなよ!? リアルな恐怖を味わうなんて聞いてねぇぞ!?」

 

 幽霊なんか怖くない。怖いのは人間だ。

 いやいや、そんな悟りを開いてる場合じゃない! 何とか翔子を宥めて……

 

ガタン!

 

「ほ、ほら翔子! 何かの演出みたいだぞ!」

 

 とりあえずようやく出てきた演出に注意を逸らす。その隙に……

 

「……なるほど。気が利いてる」

「……は?」

 

 翔子のすぐ側から転がってきたのは、一本の金属バットだった。

 おいどういう事だよ。この施設、殺意が高すぎないか?

 翔子が凶器まで手にしていたら宥める前に三途の川を渡る事になる。今はまず逃げて、逃げながら対処を……

 

ガッ

 

「んなっ!?」

 

 走り出して数メートルの所で何かに足を取られた。

 その正体は、何て事の無いただの障害物。但し、表面はトリックアートのようになっており、この薄暗い空間で認識するのは極めて困難な障害物だ。

 製作者の底知れない性格の悪さを感じる。ほぼ間違いなく、剣が用意したものだろう。

 そしてそんな些細な足止めは、翔子が追いついてくるには十分だった。

 

「……雄二、覚悟」

「くっ、うぉぉぉぉぉおおお!!」

 

 俺にできた精一杯の抵抗は、身体を守るように腕を上げ、そして目を瞑る事だけだった。

 

 バットの風切り音が聞こえた。

 

 そして…………






「いやー、この先どうなるんだー」

「次回、坂本死す! 試獣召喚(サモン)スタンバイ!」

「サラッとネタバレを……いや、これって生存フラグだっけ? 死亡フラグだっけ?」

「ネタとして使うなら生存フラグだし、正直な次回予告なら死亡フラグね。どっちにも使える便利なネタよ」

「……そうだっけか? まぁそういう事にしておくか」

「しかしまぁ……うん、最早何も言うこと無いわ」

「ハハッ、そう褒めるな」

「褒めてないから。

 では、次回もお楽しみに!」


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05 狂気

 翔子の金属バットが振り下ろされ、そしてグシャリと言う肉を潰す嫌な音が耳に届いた。

 不思議と痛みは感じなかった。ダメージが大きすぎて感覚が麻痺したんだろうか?

 あるいは、痛みすら感じる暇も無く三途の川を渡ってしまったのだろうか?

 

 ……はぁ、悪くない人生だった……とは、お世辞にも言えないな。

 ああすれば良かった。こうすれば良かった。言い出したらキリが無い。

 ただ、一番の心残りは……

 

「……って、ん?」

 

 目を開けようとしたら普通に開いた。そして、薄暗いお化け屋敷の内装が視界に入った。

 それ以外に見えるのは、翔子の姿と、もう1つの人影。翔子と俺の間に何者かが割って入ってきていた。

 いや、何者かなんてボカす必要は無いか。このタイミングで割り込めるのは、黒幕しか有り得ないのだから。

 

「痛ってぇ……試召戦争の時より明らかに重症だぞこれ」

 

 薄暗くても間違えようもないその風貌は、紛れもなく剣のものだった。

 

「……剣? 退いて」

「いや、退けないな。貴様は一体何をしていた?」

「……?」

「……何だ、自分の行動すら理解できていないのか?」

「……違う。私は、雄二にお仕置きしようとしていただけ。

 ……問い詰められる意味が分からない」

「お仕置き? ハッ、字面だけならお可愛い事だ。

 そして確かに嘘ではない……が、正しくもない。ほら、これが『答え』だ」

 

 剣が何かのスイッチを押すと同時に照明が灯る。

 そして、鮮明に浮かび上がってきた。床に飛び散る血痕が、一部が赤く染まったバットが。

 ……歪に折れ曲がった剣の左腕が。

 

「っっっ!?」

「ホント、腕一本で済んで良かった。危うく死人が出る所だった事を考えると安いもんだな。

 あ、それとも命を狙ってたか? だとしたら済まなかったな。計画を邪魔して」

「ちっ、違うっ! 私は……」

「貴様がどう思ってたかなどどうでも良い。この結果が答えであり、それ以上でもそれ以下でもない。

 まぁ、仮に衝動的な行動だったとしても有り得ないな。そもそもの原因は、コレだろう?」

 

 剣がポケットから取り出した小さな機械……ボイスレコーダーのボタンを押す。

 

『姫路の方が翔子よりも好みだな。胸も大きいし』

 

 さっき聞いた俺の声らしい声だ。自分の声なんてよく分からんが。

 

「……それ、さっきの……」

「コレな、僕が自作した合成音声だ」

「っ!!」

「僕が趣味で持ち歩いてるボイレコの音声を編集、切り貼りだけだとちょっと厳しかったんでパソコンにブチ込んで音声を作成した。

 この程度のオモチャに騙されるとは、無様だな」

「……どうして、そんな事を……?」

「……それもどうでも良い事だ。重要なのは、この程度のものに騙されたという事だ。

 口では愛しているだの結婚したいだの言っておきながら、貴様は雄二の事をこれっぽっちも信用できていない。それが事実だ」

「……そんなこと……無い!」

「ハッハッハッ、寝言をほざくだけなら自由だ。

 ……ふぅ、少し疲れた。ちょっと休んでくるとしよう。じゃあな」

「お、おい! ちょっと待て!」

 

 立ち去ろうとした剣を慌てて呼び止める。

 すると面倒臭がっている事を隠さない表情をこちらに向けた。

 

「僕は休みたいんだが。手短に」

「色々と言いたい事はあるが……お前、一体何がしたいんだ?」

「何だそんな事か。後で教えてやる」

「あ、おい!! ……くそっ」

 

 呼び止める間も無くサッサと走り出してしまった。

 追いかけようかとも思ったが翔子を置いていくわけにもいかない。そのまま見送るしか無かった。

 剣の姿が曲がり角の向こうに消えた直後、携帯が鳴った。

 

「ん? メール? こんな時に……って、お前かよ!!」

 

 予め文章を用意してあったんだろう。剣からのメールが俺の携帯に届いていた。

 

 

 From 空凪 剣

 To 坂本雄二

 sub 問題の認識と解決方法

 本文

  潜在的な問題の存在を証明する最も手っ取り早い方法は何だと思う?

  答えは簡単だ。その問題を起こしてしまう事。

  こうする事で、問題の存在だけでなくその深さまで推し量る事ができ、更には共通の認識に組み込む事が出来る。

  今回の件を上手く使って、この問題を解決して欲しい。

 

  追記

  僕はこれ以上、体を張る気は無い。

  喜劇を作り出すのか、悲劇に終わるのか、

  後はお前たち次第だ。

 

 

「……なんだよこれ。ふざけてるのか? あのバカ野郎っ!」

 

 あいつがやりたかった事は実に単純だ。

 例えるなら、『怪しい爆弾が転がっていたからマッチか何かで爆破した』という事だ。

 何の工夫も無いが故に最速最短の解決方法だ。それは間違い無いだろう。

 問題は、安全性が全く考慮されていない事。

 それ故に無防備に受けた場合の被害を完璧に再現できる。翔子に反論の余地は一切与えられない。

 だが、それ故に被害は甚大だ。冗談抜きで腕一本で済んだのは安かっただろう。

 

 あいつなら他にいくらでも手段が取れた……いや、そもそも気にする義理すら無いはずだ。

 本当にここまでする必要があったのか? なぁ、どうなんだよ。

 

「……雄二、あの、その……」

「……とりあえず、一旦外に出るか。翔子、そんな物騒なものはその辺に放り投げておけ」

「…………うん。分かった」

 

 血塗れのバットを捨てさせてから、俺たちは来た道を引き返した。






「というわけで、お化け屋敷でのイベントは終了だ」

「う~ん……リメイク前から思ってたけどやっぱりキミは頭おかしいわ。
 よくコレと付き合おうだなんて奇特な人が現れたわよね」

「全くだな。僕が一番ビックリしてるよ。さて、解説するか。
 本作の初稿が書かれた頃は暴力系ヒロインに対するアンチヘイトがかなり流行ってた。うちの筆者もその流行に乗っかろうとした愚か者の1人だ」

「原作バカテスのカテゴリでは相当流行ってたわね。他はあんまり調査してないけど」

「ああ。ただ、実際に書いてみるとよく分かるが、原作を忠実に読み解くとヒロイン達を悪役として書くのは結構厳しい。適切な条件を与えないと悪役になってくれない。
 何でかと言うと……恐らく、問題行動がほぼ全て衝動的だからだろう。これで一貫して悪役になれというのは無理がある」

「あくまで筆者さんの意見です。書ける人は普通に書けます」

「まぁそんな感じで適当に合宿編の辺りまでアンチヘイトっぽく書き進めた後、かなり練り直し、更に練り直し、また練り直したものが本作になる。
 だから、一部のヒロインに対しての風当たりは結構強いな」

「一部の……うん、何も言うことは無いわ。

 それでは、次回もお楽しみに!」


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06 選択

「一体どうしたの? こっちは入り口だけど……何かあったの?」

 

 お化け屋敷から出てきた俺たちを出迎えたのは空凪妹と秀吉だった。

 剣の企みはこいつらには……知らされてなかったんだろうな。もし知っていたらこんな素で心配しているような顔はしていないだろう。

 

「まぁ、な。ちょっと近くのベンチで休みたい。何か飲み物でも買ってきてくれないか?」

「私たち、一応デート中っていう名目なんだけどなぁ……」

「先に開き直ったのはお前の方だろ。頼んだぞ」

「はいはい。秀吉くん、行きましょ」

「うむ、何かリクエストはあるかのぅ?」

「無い、適当に頼む」

「そうか、では行ってくるのじゃ」

 

 2人を見送って完全に視界から消えてから俺たちは近くのベンチに腰かけた。

 

「……雄二、さっきは……その……ごめんなさい」

「……お前が謝る事じゃない……わけじゃないと思うが、あまり気に病まないでくれ。

 さっきのはあのバカの自爆みたいなもんだからな」

「……確かにそうかもしれない。けど、違うの」

「ん?」

「私が謝らなきゃいけないのは、剣の言う通り、雄二を全然信用できていなかった事。

 ……雄二があんな事、言うはずが無かったのに」

「確かにな」

「……雄二、私は、どうすれば良いんだろう? さっきももし剣が間に合ってなかったら、私は雄二を……

 ……今後同じような事が起こったら、どうなるか分からない。私は、どうすればいいの?」

 

 剣の自爆特攻は翔子の精神に甚大なダメージを与えたようだな。こんなしおらしい翔子を見るのは初めてだ。

 今なら別れ話を切り出しても粛々と受け入れてくれそうだ。

 

 元々、翔子が俺に抱いている感情は恋愛感情じゃない。

 過去に起きたつまらない事件、その時に翔子が感じた責任感のようなもの。それが俺に対する好意の正体であり、平たく言うと翔子の感情はただの勘違いでしかない。

 そんな勘違いをこじらせて、翔子は数年もの時間を無駄にしてしまっている。

 だからこそ、他ならぬ俺が、その勘違いを正してやらないといけない。

 

「……なぁ、翔子……」

 

 だが、しかし……

 

「……話をしよう」

「……え?」

「まずは、話をしよう。

 確かに、今後何かの弾みでお前を怒らせるような事があるかもしれない。

 だけどその時は、手を出す前にまずはしっかりと話してくれ。できるな?」

「……分からない」

「なら教えてやろう。お前ならきっとできる」

「……本当に? そう思うの?」

「ああ。お前なら楽勝だろ」

「……分かった。頑張る」

 

 ……どうやら俺は、自分が思っているよりもずっと甘い人間だったようだ。

 弱っていた翔子に追い討ちをかけてでも別れ話を切り出すべきだったんだろう。

 だが、間違っていると分かっていても、それでも翔子に追い討ちをかける事はできなかった。

 

「……雄二? どうしたの?」

「いや、何でもない。少し休んでから、適当にブラつくか」

「……うん。そうしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、秀吉たちのお勧めでいくつかのアトラクションを回った。

 カップル用ジェットコースターとか、

 カップル用メリーゴーランドとか、

 カップル用観覧車とか……

 ……どうやらこの遊園地は本当にそういう方向に特化しているらしい。カップル用と銘打たれていない代物がほぼ存在していない。

 ここの設計者……特にジェットコースターとかは頭がイカれてるとしか思えないな。少し大きめの座席1つに2人で座り、2人1組の安全バーを使ってほぼ密着した状態で座席に拘束してガックガック揺さぶってくるとかいうイカれた設計だ。安全面は大丈夫なんだろうか?

 

「ふっ、フフフッ、た、大した事は無かったわね!!」

「その割には乗っている最中は表情が固まっておったようじゃが……本当に大丈夫かのぅ?」

「だ、だだだ大丈夫よ! 全く! これっぽっちも問題ないわ!!」

 

 こんな会話をしているのは俺たちに続いて遊んでいたガイド役の2人だ。

 ああ見えて絶叫系が苦手なんだろうか? いや、大人しめのアトラクションでも同じような反応をしている気がする。

 つまり……どういう事だろうか?

 

「……雄二、光を見てどうしたの?」

「あ~、いや、何でもない」

「……何かあるならちゃんと話してほしい。今後の為にも」

「……そうだな。俺から言い出した事だもんな。

 とは言っても、本当に大した事じゃないぞ。空凪妹は絶叫系が苦手……というわけでは無さそうだなって考えてただけだ」

「……うん。むしろ得意なはず。前に高い所のジェットコースターに乗ってる最中に空き巣を目撃して、降りた後に即座に通報したおかげで事件解決が早まったって聞いたことがある」

「何を目撃してんだよ!?」

 

 それはつまりジェットコースターに乗っていても周りの景色を気にして、その上で的確な情報を覚えておける程の余裕があるって事だな。苦手という事は絶対無い。

 と言う事は……どういう事だろうな。まぁいいか。

 

「……雄二、そろそろお昼」

「ああ、もうそんな時間か。何か欲しい物はあるか?」

「……うん。あの……」

 

「2人とも! パーティー会場にご馳走が用意してあるわ。行きましょう!」

 

 昼食の事を話していたら復調したらしい空凪妹がそんな事を言ってきた。

 随分と手厚いな。これも剣が手を回したんだろうか?

 まぁ、用意してくれるってんならありがたく頂くとしようか。

 

「案内してくれ。会場とやらはどこだ?」

「こっちよ。ちょっと時間が押してるから急ぎましょう」

「おう。翔子行くぞ……どうした?」

「……ううん、行こう」

 

 何だか寂しげな顔をしていた気がする。

 ……ふむ。

 

「2人ともどうしたのじゃ? 光が行ってしまうぞ?」

「……ああ。行こう」






「こんな感じで今回は終わりっと……」

「くそっ、雄二の野郎面倒臭ぇな!! どうしてそこで別れ話を切り出すなんて発想に行きやがる!!」

「……君に文句を言われる筋合いは……一応あるのかしらね」

「原作を読んでると分かる事だが、この2人って両片思いなんだよな。
 クソ鬱陶しい。雄二の方にも何か自爆特攻を仕掛けてやろうか」

「止めなさい! もう一本の腕も折る気!?
 と言うか何の解決にもなってない!!!」

「まぁ、そうだな。さて、どうしてくれようか……」


「……さてと、今回の後書きの話題はもう一件あるわ。
 この後の展開をネタバレすると、原作と同じように『クイズ大会』が開かれるの」

「……原作のアレ、大会だったか? ただの茶番ではなく?」

「細かい所は突っ込まないで! 確かにそうだったけど!!
 ……ゴホン。それで、本作の場合は割と真面目にクイズします。クイズと言うか問題ね」

「なお、僕が考えた問題という設定だ」

「で、次の話では『出題→回答→解説→次の出題……』って感じで進んでいくわけだけど……それだと読者の皆さんが答えを考える時間が明らかに足りないわ」

「そもそもそんな時間に需要があるかという疑問もあるが」

「それは読者の皆さんそれぞれに判断を委ねるとして……問題文だけでもこの後書いておくわ。
 無視してもいいし、自分なりの答えを考えてくれてもいいわ」

「注意点として、答えだけを感想欄に書くのは止めてくれ。あそこはあくまでも感想の為の欄だ。
 明らかに感想じゃないのが書き込まれたらとりあえず無視するし、度を越えた感想もどきが送られてきたら通報しなきゃならなくなる。面倒だから勘弁してくれ」

「どうしても書きたかったら直接メッセージボックスに送るか、あるいは普通の感想に紛れ込ませるかね。
 『答え1:○○』とかはアウトだけど、『霧島さんだったらこう答えるのかな?』みたいな予想は全く問題ないし、それに続いて『僕/私だったらこう答えるかも』みたいにするのはきっと大丈夫だから」

「先の展開の予想はネタ潰しになりかねないから実はアウトだったりするんだが……もう書き終わってる部分の予想だし、『意外な展開を予想する』とかではないからきっと大丈夫だろう。多分」

「それじゃ、次話掲載分だけ下に書いておくわ。
 次回もお楽しみに!」




Q1.ヨーロッパの首都は?

Q2.今からコインを5回ほど投げる。
   この時、4投目までに表・裏・裏・表という順番で出てくる確率は1/2の4乗で1/16となる。
   では、5投目に表が出る確率はいくらか?

Q3.ここに、両面が表のコインがある。
   このコインを投げた時、表・裏・裏・表・表となる確率は何分の一か?



「……コインの問題多いな」

「筆者さんの趣味ね」


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07 集結する来場者たち

 秀吉に案内された先はパーティー会場のような広間だった。立食形式で食事が並べられている。

 スタッフらしき連中だけじゃなく一般客っぽいのもそこそこ混じっているようだ。

 

「ふ~、ようやく少しは休憩できるわ。さぁ食べましょ~」

 

 空凪妹は秀吉を置いてサッサと行ってしまった。

 

「う~む……嫌われておるのかのぅ? ワシと一緒に居る必要が無い時はすぐにどこかに行ってしまうのじゃ」

「……心当たりでもあるのか?」

「いや、無いのじゃ。だからこそよく分からぬのじゃ」

「……ふむ」

 

 俺の予想では……いや、下手に首は突っ込まないでおくか。

 今は自分自身の事で手一杯だ。

 

 

「……雄二、美味しい?」

「ああ。流石は如月グループだ。ここまでのものを用意するとは、太っ腹だな」

「…………そう」

 

 さっきから翔子の元気が微妙に無いな。剣の自爆特攻を差し引いてもだ。

 原因は……察しは付くが、今はそっとしておくとしよう。

 

 

 

 しばらくうろついていると見知った顔を見つけた。

 何であいつが……いや、不自然な事ではないか。

 

「よう明久。テメェも仕掛け人か?」

「えっ、雄二……ああ、そっか。霧島さんと一緒だもんね。そりゃ居るか」

「スッとぼける必要は無ぇよ。お前も呼ばれて来てるんだろ?」

「……? 何の事」

 

 どうやら意地でもとぼける気みたいだな。まぁ、別に良いか。どうでも。

 

「……優子も来てたの?」

「ええ。運良くチケットが手に入ったし、代表も貰ってたから。折角だから来てみたわ」

「……優子は吉井の事が好きなの?」

「はいっ!? 何でそんな事に……って、そりゃそうなるか。

 誘う丁度いい相手が吉井くんくらいしか居なかったから、それだけよ」

 

 微妙にリアルな理由をでっち上げているな。

 この2人が組んでいるのは恐らくは剣の指示だろうが、姫路や島田は納得したんだろうか?

 ……いや、そもそも来てないのか? 木下姉を呼んであるくらいだから2人も呼ぶと思うんだが……

 

 

 

 更にうろついていると、意外な人物が意外な人物と共に現れた。

 

「やっほ~お2人さん、たのしんでる~?」

「お前は……Bクラスの御空!? どうしてこんな所に居るんだ」

「たまたまチケットが手に入ったから来てみただけ」

 

 剣が御空を巻き込むとは思えない。という事は本当に偶然なんだろう。

 チケットは激レアではあるが、入手方法が皆無というわけではない。そういう事もあるだろう。

 問題なのは……

 

「……おい剣、何でテメェがこんな所でうろついてるんだ?」

「何でと言われてもな……僕はここのバイトだぞ? お客様を案内してて何か問題があるのか?」

「それは良いんだよ! 問題はだな……」

 

 俺の意見をようやくすると『大怪我してるんだからサッサと病院に行け』というものだ。

 そう怒鳴りつけたかったんだが……

 

「? どうしたのそんなに見つめて。私の顔に何か付いてる?」

「……いや、何でもない」

 

 翔子がやらかした事を部外者が居る前で暴露する気にはなれない。

 

「……貴様が何を言っているかよく分からんが……

 仮に僕が転んで骨折したとしてもだ、そんなもんテーピングと包帯で十分だ」

「十分じゃねぇよ!? どんな体の構造してやがるんだよ!?」

「仮定の話だ。ハッハッハッ」

 

 ……要するに、応急処置だけをして治療は完了したと言い張ってるらしい。

 

「……空凪くん、まさかとは思うけど、その左手の真っ赤な包帯って……」

「クッ、寄るな! 我が左腕に封印されし《鮮血なる熾天使 ブラッディーアークセラフィム》が目覚めようとしている!

 うぉぉぉおおお!!」

「……それで誤魔化せると思ってるの? 露骨過ぎて逆に怪しいよ」

「ワンチャンあるかなと」

「無いよ」

「……そうか」

「何か事情があるんだろうから言いふらす気は無いわ。ただの中二病って事にしといてあげる」

「借りができたな、くそっ」

 

 隠そうとしていた事がバレた……という事は無く、剣のさり気ないミスリードで『転んで軽く骨折した』という認識になってくれているだろう。それでもテーピングと包帯だけというのは十分おかしいが。

 御空の言う通り、ちょうど折れたはずの部分に微妙にゴツゴツしたものと真っ赤な包帯が巻かれている。本来なら違和感がハンパないが、元から白髪眼帯とかいう奇抜な服装なので凄く馴染んでいる。

 これは剣の血で染まった……と言うよりもとから染色してあったんだろう。本物の血が滲み出てもバレないように。

 コレを予め用意していたって事は……コイツが翔子にチケットを渡した頃には既にこうなる事を読んでいたんだろうな。

 

「……あの、剣……」

「話なら後でいくらでも聞いてやる。今はちょっと時間が押してるんで後にしてくれ」

「……分かった」

 

 

 

 

 またしばらく経つとアナウンスが響いた。

 

『え~、皆さん! 本日は如月ハイランドへとご来場頂き誠にありがとうございます!』

 

「どっかで聞いたことのある声だな」

「……愛子の声」

「そうなのか? 言われてみれば確かに」

 

 そう言えば今まで見てなかったな。空凪妹よりもここに居そうな人物なのに。

 現場での実働班ではなく裏方の司令塔でもやっていたのだろうか?

 

『それでは、本日の目玉イベントである『如月ハイランドウェディング体験』を行いたいと思います。

 ……が、申し訳ありませんが時間の関係で全組が行えるわけではありません』

 

「そんなイベントがあったのか。知ってたか?」

「……うん。人数制限がある事まで告知されてた」

 

 人数制限ねぇ。どう絞り込む気だ?

 じゃんけんでもするのか?

 

『と、いうわけで……これから、クイズ大会を開催したいと思います!』

 

 工藤のアナウンスとともにどこかからクイズ番組のセットがガラガラと運ばれてきた。

 クイズか……こういう時はカップルのお互いの理解度を測るような問題が出たりするが、黒幕はあの剣だ。

 あの狂人がお化け屋敷の仕込みを行うだけで満足する訳が無い。間違いなく手を加えられているだろう。

 

『それでは希望者は壇上に上がってください!

 成績上位1名が本格体験、それ以降の数組が簡易体験ができます!』

 

 何だ。希望者だけか。じゃあ別に行く必要は無いな。

 ……と、普段の俺なら言っているんだが……

 

「……翔子、行くぞ」

「……え? うん……?」

「おい、どうした?」

「……いつもの雄二だったらきっと抵抗してた」

「今日は遊ぶって決めたからな。ほら、あの剣が仕掛けたクイズだぞ? 全問正解して悔しがらせてやろうぜ!」

「……うん。分かった」

 

 

 

 ……と、意気揚々と壇上に登ったんだが……

 

「……何でお前がこっち側に居るんだ?」

「……『体験に興味は無いがクイズに興味がある。だから人数合わせに付き合え』という要望を隣のお客様から頂いた。

 本来僕は今頃は工藤が居る位置で問題を読み上げているはずだったんだがな。まぁ、工藤なら大丈夫だろう」

 

 何故か剣と御空が俺たちの隣で席に座っていた。

 お前、まさか問題と答えを把握していない訳が無いよな?

 

「ん? ああ、安心しろ。僕は一切口出ししない。一緒に考えるフリくらいはしておくがな」

「そういうコトだから、宜しくね。お二方」

 

 口出ししないって事は答えを知っているのは確定だな。

 どんな問題が出てくるのやら。

 

 

『それでは、第一問!

 ヨーロッパの首都はどこですか?』

 

 

 いきなり度肝を抜かれた。

 

「おいテメェ!!」

「適当におちょくりたいところだが……今回は黙秘させてもらおう。平等じゃなくなってしまうからな」

「ぐっ……」

 

 とんでもない問題をぶつけてきやがった剣に反射的に怒鳴ってしまったが、出題者である剣と今話すのはアウトか。続きは後でやろう。

 しかし……何だコレ?

 

「なぁ翔子、俺の記憶では『ヨーロッパ』という名前の国が一時でも存在していたという記憶が無いんだが」

「……」コクリ

「どうするよ、これ」

「……剣ならまだしも、愛子が自信満々に読み上げてるという事は真っ当な答えが用意されているという事でもある。

 という事は……」

 

 翔子はフリップボードに手を伸ばし、凄い勢いで答えを書き始めた。

 

 

『……時間です! ペンを置いてください!』

 

 

 周りの答えを確認すると殆どが無回答、又は『そんなものは無い!』という旨の回答だった。

 その中で異彩を放っている回答が3つほどあった。

 俺たちから少し離れた所に居るチンピラっぽい男とギャルっぽい女のカップルの答え『ドイツ』。

 そして翔子と御空が出した答え。

 

『レイキャビグ・タブリン・ロンドン・パリ・(中略)・ブカレスト・ソフィア・アテネ』

 

 ヨーロッパ州に存在する全ての国の首都を並べるという回答だ。

 

「……ふぅ、間に合った」

「流石は翔子だな。俺には無理だ」

 

 翔子の能力が遺憾なく発揮された回答だが……果たして判定は?

 

 

『なるほどなるほど……

 え~、皆さんお分かりの通り、ヨーロッパは国ではありません。だから空白か『そんなものは無い』という回答が模範回答となります。

 ……が、問題製作者が冗談で作成した裏正解がございます。

 ヨーロッパ州の各国の首都全てを書いてくださった2組のペアの方々には倍の2点を差し上げます!』

 

 

「成功だったみたいだな」

「……うん。良かった」

 

 ……しかし、隣の席の御空も裏正解を出していたな。

 何者なんだ、こいつは。

 

 

『さて、続けて第二問!

 今からコインを5回ほど投げます。

 この時、4投目までに表・裏・裏・表という順番で出てくる確率は1/2の4乗で1/16となります。

 では、5投目に表が出る確率はいかほどでしょうか?』

 

 

「よし、更に半分の1/32だな!

 ……と答える奴は果たしてどれほど居るんだろうか?」

「……この問題、さり気なく表か裏の確率が1/2だと明言されてる。コインが垂直に立つとかは考えなくて良い。

 ……性格の悪い引っ掛け問題だけど、良い問題」

「そういう見方も出来るのか」

 

 工藤が述べた『1/16』というのはあくまでも4投全ての流れでの確率の話だ。

 それを一切切り捨てて5投目だけの確率を論じるのであれば1/2となる。単純な引っ掛け問題だな。

 

 

『では、第三問!

 それではまたコインを使った問題です。

 今回使用するこのコイン、ある人が適当に鋳造したものなのですが……何を間違えたのか、両面とも表になってしまっています』

 

 

 それは意図的に間違えたのか? それとも普通に間違えたのか?

 多分剣が用意したんだろう。意図的だな。

 

 

『では、このコインを投げた時、表・裏・裏・表・表となる確率は何分の一でしょうか?』

 

 

 ……何を言ってるんだ? あいつは。

 さっき両面とも表と言っていたじゃないか。途中で裏が出るわけが無い。どう考えても0%だ。

 

「……翔子、どうするこれ」

「………………この問題は、やっぱり性格が悪い」

「そんな事は分かってるが……ん?」

 

 翔子がおもむろにペンに手を伸ばし、答えを大きく書いた。

 そう、『∞』と。

 

「……んっ!?」

「……これが正解」

「いや、しかし……どういう事だ?」

 

 

『はい、そこまでです!

 う~ん……今回も何組かが裏正解に辿り着きましたね。

 そう、私は『何分の一か』と訊ねたのです。

 0%という答えも間違ってはいませんが……分数で答えるのなら分母は『無限』となります。

 裏正解に辿り着いた方は、先ほどと同じく2点を差し上げます!』

 

 

「……性格、悪いな」

「……うん」

 

 気付かねぇよそんなもん!!






「祝! 私登場!」

「僕と絡めようとするから無理が生じるのであって、個人で勝手に来る分にはどうとでもなる事に執筆中に気付いたようだ」

「筆者さんやればできるじゃないのよ」

「さて、本編のコメントに戻るか」

「色々と言いたい事はあるけどさ……
 空凪くん、性格悪すぎ」

「ハハッ、そんなに褒めるな。照れるじゃないか」

「褒めてないから」

「今回の問題は全てリメイク前のものの流用だな。
 没にした問題もあるが」

「何だっけ?」

「ああ、これだ」


 没問題

『さる筋では有名なクソゲー、『ファイナルクエスト』では最初のチュートリアルバトルからいきなりラスボス戦に飛べる裏技が存在します。
 それはどういった操作でしょうか?』

A.ヒロインに『捕食』を使った後、ダレイオス三世と勇者アークに『お前はもう死んでいる』を使う。


「明久に回答させる為の問題だが、今回はわざわざ狙い撃ちする動機が皆無なんで泣く泣く没にした」

「1行だけで醸し出されるカオス感。何なのこのクソゲー」

「原作バカテストに出てきた単語を超適当に繋ぎ合わせ、胡散臭さを1行に込めたようだ。
 ちなみに明久の家には明久が発売日に並んで買ったものが保管されている」

「わざわざ並んだのね……それだけ期待値は高かったはずなのにどうして……」

「なお、グラフィックはかなりリアルで綺麗だ」

「無駄に綺麗なグラフィックで捕食なんてするんじゃないわよ!!」

「ごもっとも」

「……ところで、素朴な疑問なんだけどさ。
 こんな性格悪い問題出してて如月ハイランドの評判が落ちたりしない?」

「……さぁな」


「さてと、それじゃあ前回と同様に4問目の問題を書いておくわ。
 最終問題の5問目は……明日のお楽しみにとっておくわ。
 それじゃ、次回もお楽しみに!」


Q4.ここに3枚のコインがある。
   この内1枚は偽物のコインで、見かけは全く同じだが偽物のみ重さが異なる。
   この偽物を天秤を使って判断する時、計測の最小回数は何回か?


「またコイン……」

「筆者の趣味だ」


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08 疑心の表裏

『では次の問題です!

 ここに3枚のコインがあります!

 ……が、1枚は偽物のコインで、見かけは全く同じですが重さが違います。

 この偽物を天秤を使って判断する時、計測の最小回数は何回でしょうか?』

 

 

「これも引っ掛け問題……だろうな。どっかで聞いたことあるようなメジャーな問題だが」

「……偽物のコインが重いか軽いか。それさえ分かっていれば1回でできる。

 だけど、今回はその指定が無い」

「つまり、2回必要になるな」

「……」コクリ

 

 ……大丈夫だよな? 2回で判定できるよな? 実は3回必要とか……無いな。大丈夫だ。

 

 

『それでは時間です! 答えをどうぞ!』

 

 

 他の連中の答えを確認すると殆どが『2』と答えているようだ。

 しかし極一部、2組だけだが『1』と答えているペアが居るようだ。

 そのうち1組はさっき『ドイツ』と答えていたチンピラカップル。そしてもう一組が……

 

「……空凪くん。性格悪すぎない? 警戒してる人を狙い撃ちって」

「……のーこめんと」

 

 すぐ隣の、御空だった。

 

「な、何だと? 1回で判定できる方法が……あっ」

「……雄二?」

「……とりあえず、答えを聞こう」

 

 

『それでは答えを発表します。

 最小回数、それは1回です!

 だって、1/3の確率で天秤は釣り合い、残り1つが偽物だと一発で看破できますから』

 

 

「っ!!」

「してやられたよ。今回の問題は『最小回数』。

 2回ってのは頭の良い奴が運に頼らずに効率よく進めた場合の『最大の最小回数』だ」

 

 警戒してなかったら何も考えずに1と答える回答者も居そうだが……警戒しているからこそ刺さったな。

 

 

 

『さて、次で最後の問題です。

 ですが、次の問題に移る前に皆様に質問させていただきます。

 この問題の製作者に殺意を覚えた方はいらっしゃいますか?』

 

 

 奇妙な質問であり、そして愚問だ。

 何故なら……ここまでおちょくられて殺意を覚えない奴が居るはずが無いからだ。

 

 

『該当する方は挙手を……ああいえ、心の中で同意するだけで結構です。

 問題を深く疑わせて、更に嵌めるという行為。殺意を抱かないはずは無いですから。

 そんな製作者ですが、皆さんに『疑う』という事をやってほしかったそうです。

 疑う事は何も恥ずかしい事じゃない。世の中にはこんな問題を出すひねくれた奴も居るんだから。と。

 ……では、改めて問います。今、あなたの隣に座っている人は、信用に足りますか?』

 

 

 隣に座る人、か。それはクイズに共に挑むペアの相方の事。俺の視点では翔子の事だ。

 それは信用に足るか。疑って確かめろと。

 

 

『それでは第五問です。

 まず、テーブルの下にもう1枚のフリップボードが置いてあります。それを手に取ってください。

 そして、それぞれのフリップボードを手に取り、自分が最も信頼する人物の名をそこに書いてください。

 この場に最も相応しい回答を出した方々に10点を差し上げましょう。

 回答の制限時間は2分です。それでは始めてください!』

 

 

 言われて確認してみると足元に確かにフリップボードがもう1枚用意されていた。

 元々テーブルの上にあった1枚と合わせて2枚。俺と翔子がそれぞれに答えを書き、相応しい答えなら10点が貰える。

 ここまでの累計得点よりも多い得点だ。身内だけのクイズ大会での最後以外が茶番と化すあるあるネタ……と言うより、ここで正しい答えを言えない者にウェディング体験をする資格など無いという事だろう。

 この場での模範回答なんて分かりきっている。それはお互いの名前を書く事。

 書いた事が本当か嘘かも出題者からは判断できないし、そもそも名前の把握も流石にできていないはずだ。模範回答を書くだけなら実に容易い。

 

 ……が、それは果たして本当に『正しい』答えだろうか?

 

「翔子。お前はどうする?」

「……私は……」

 

 翔子はペンを持ったまま動かなかった。

 何も考えてないわけではないだろう。俺と同じように『模範回答』には辿り着いているはずだ。

 それでもなお、その手は動かない。

 

「何やってるんだ。いつものお前なら迷わず俺の名前を書いていただろうに」

「……雄二、私は、雄二の名前を書いても良いの?」

「そんなの俺が知るか。お前にとっての回答がそれなら書けば良い」

「……分かった」

 

 翔子は少し迷いながらも俺の名前を書いた。

 さて、俺は……どうするかな。

 この問題で問うているのはあくまでも『信頼する人物』であり、『好きな人』とかではない。

 だったら……まぁいいか。

 

 

『あと30秒です!』

 

 

 時間も押しているので画数の多い『霧島』は省略して『翔子』とだけフリップボードに記入した。

 

 

『時間です! それでは、答えをどうぞ!』

 

 

 他の回答者の回答を見回すと見慣れない名前が並んでいた。そりゃそうだな。

 ちなみに、隣の席の剣と御空のコンビの答えはそれぞれこんな感じだった。

 

『剣くん』『零さん』

 

 一瞬正解に見えたが、何か違う。

 

「フッ、本当に信頼できるのは自分だけという事だな!」

「ホントそれ。最後に頼れるのは自分自身だけね」

 

 ウェディング体験の権利は自分から放棄したらしい。そもそもこの2人はカップルじゃないんだから当たり前だが。

 

 

『え~っと……何組かを除いて全員正解ですね。

 皆さん、どうか忘れないで下さい。この日、信頼していると書いた事を。その気持ちさえ忘れなければ、きっと幸せなカップルになれますから。

 ……さて、最終的に1位を獲得したのは……坂本雄二さん、翔子さんのペアです! おめでとうございます!』

 

 

 どうやら俺たちが1位だったようだ。天秤の問題以外は満点だったから当然と言えば当然だが。

 

 

『雄二さんと翔子さんは準備がありますので係員の指示に従って動いてください。

 2位以下の方々も順次お呼びさせて頂きます。園内放送でお呼び致しますので、それまでご自由にお過ごし下さい』






「いや~、答え甲斐のあるクイズだったわ。
 ……製作者には殺意が湧いたけど」

「何気に裏正解含めて全問正解してる貴様がそれを言うか?」

「だから言ってるじゃないの。答え甲斐があったって」

「それと同時に殺意を抱かれているんだが」

「? 何か問題でも?」

「いや、無いな」


「それでは、次回もお楽しみに!」


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09 第6の問題

「いや~、最後の最後で逆転されちゃったわね~」

「おめでとー2人とも」

 

 隣の席の御空と剣がわざとらしく勝利を讃えてくる。

 最後の問題は拾おうと思えば簡単に拾える問題だったから実質負けだった。

 こんな性格の悪いクイズと学力が必ずしも結びつくわけではないが……こんなのが何故Aクラス入れなかったのか非常に疑問だ。

 ……まぁ、今気にする事じゃないか。

 

 ウェディング体験とかいう極めて不本意なイベントが用意されている。

 バッくれたい所だが、折角翔子が頑張って勝ち取った権利だ。本当に結婚するわけでもあるまいし、付き合ってやるか。

 

「坂本サン、翔子サン、どうゾ、こちらヘ!」

「……ああ、行くか」

「……」コクリ

 

 似非外国人の係員に促されて体験の会場へと移動する。

 ……が、その前に剣から声をかけられた。

 

「なぁ雄二。貴様はまだ、嫌っているのか?」

「何だと? 何をだ」

「……なぁ霧島。疑う事は悪い事じゃない。疑う事は知る事だ。

 疑う事で、理解は深まる。信じる事で、予測ができる。

 貴様なら、きっと理解できるだろう? このバカが嫌っているものが何なのかを」

「…………」

「僕からの第6問目の問題だ。じゃあな」

「あ、おいっ!」

 

 そんな言葉を言い残して去って行った。

 あいつの言葉はいちいち分かり辛いな。

 嫌っている……? どういう事だ?

 

「翔子、あいつが何を言っていたのか分かるか?」

「…………人の心は結局は予測するしかない」

「ん?」

「……絞れないのなら場合分けして仮説を立てていけば良い。

 その中で、雄二が何かを嫌っている可能性。候補は2つ。

 ……私は雄二を信じたい。だから答えは1つ」

「おい、剣の病気が伝染ったか? 分かるように話してくれ」

「……雄二、答え合わせをしよう。10分でいい。2人きりで話をさせて」

「あ、ああ、構わんが……」

 

 俺たちを案内しようとしている似非外国人には式場より先に2人になれる場所へと案内してもらおう。

 

「おい、ちょっと待ってくれ。2人きりで話したいんだが良い場所はあるか?」

「オオゥ、そんナ大胆ナ! フタりきリの場所にワたしを連れこンでドウする気デスか!」

「テメェじゃねぇよ! 翔子と話したいって言ってんだよ!!」

「オォッとしツれい。ニポンゴ、難しイネ」

「…………」

 

 一瞬ぶん殴ってやりたくなったが、確かに文面だけを見たら誤解しかねない台詞ではあったか。

 ……いやでもその勘違いは無いだろう。本当にぶん殴ってやろうか迷ったが、案内人が居なくなると困るので我慢する。

 

「ふム……でハ、式場の控エ室が良いデしょう。予備の空キ部屋がアるのデ、そこナら誰も来まセん」

「結局式場なのか……まぁ、無駄に歩き回らなくて済むのは助かるな」

「でハ、今度こソご案内しマス!」

 

 

 

 

 案内された空き部屋は隅の方に椅子と机が折りたたまれて置いてあるだけの殺風景な部屋だった。

 『客に案内する場所』ではないんだろうな。

 ここなら確かに誰も来ないだろう。

 

「で、翔子。何をするんだ?」

「……答え合わせ。雄二が『何かを嫌っている』という問題の答え合わせ。

 正解を知っているのは雄二だけ。だから私の考えを聞いて合っているか判断してくれれば良い」

 

 と言われてもな。俺自身にも心当たりが全く無いんだが。

 ……とりあえずやってみるか。

 

「分かった。聞くだけ聞かせてくれ」

「うん」

 

 

 

 

「まず初めに、これはウェディング体験を勝ち取る為のクイズの6問目。

 だからきっと、これは私と雄二に関わる問題。

 その上で『雄二が嫌っているもの』を当てるのであれば答えは1つしかない。

 それは……私の事」

「…………」

 

 俺が翔子を嫌っている? それはどうだろうか?

 ……そんな事は無いと言えるな。翔子の推理は的外れだ。

 

「だけど、これは剣が出した問題。

 『安直な答え』が答えである訳が無い。それに、これは願望が混ざってるかもしれないけど、私自身は嫌われていない。そう信じてる」

「翔子……」

「だから残された答えは1つだけ。

 剣の言う通り、雄二が本当に何かを嫌っているのであれば、それは雄二自身の事」

「っ!?」

 

 な、何だと!? それは確かに奇想天外な答え……っておいおい。

 

「どうしてそうなる。俺ほど自分勝手で自分が好きな奴はそうそう居ないぞ」

「……雄二はナルシスト?」

「違ぇよ!! そういう意味じゃねぇよ!!」

「……例えばどんな所?」

「例えば……そうだな……試召戦争で教室をお前たちから奪おうと……」

「あれは奪おうとしたわけじゃなくて挑戦したかっただけなのは戦後交渉を見れば明らか。そうじゃなかったらアッサリ教室を放棄するわけが無い」

「むぐぐ……じゃあそうだな、清涼際では剣に進行を押しつけて逃げ回って……」

「理由があったとはいえ後半はしっかりと参加していた。その時の雄二はむしろ人の為に働いてた」

「うぐっ!!」

 

 お、おかしい。どうやっても翔子に論破される。

 他にも例は色々と出せそうだが、強引にこじつけられて解釈されそうだ。

 

「……雄二、もう誤魔化さなくてもいい」

「いや、俺は誤魔化してなんか……」

「……自分を嫌って、自分を悪く見せなくてもいい。

 私はしっかりと見つけ出すから。本当の雄二を。

 だから、『雄二』を許してあげて欲しい。私の為に、これ以上傷付かないで欲しい」

 

 

 翔子の話を聞いて、思った。

 ……何を頓珍漢な事を言ってるんだ、と。

 確かに、翔子に対して自分を悪く見せようとしているというのは間違ってはいない。

 だが、それは単に俺という存在が『そういう存在』なだけであり、無理に悪く見せているわけではない。

 ましてや傷付いているなど、有り得ない事だ。

 

 

「……雄二、どう? 私の答えは、正しい?」

「不正解だな。残念だったな。

 ……残念と言うか、そもそも答えが無い問題だから意味が無い」

「……そう、雄二ならそう言うと思った。合ってても、間違ってても、きっとそう言うって」

「なんだそりゃ」

「……雄二を信じてるから、雄二の言葉は信じない。

 ……だから安心して? 必ず、雄二を理解するから」

 

 違うと言ってる事を一方的に言われたって困るんだがな……

 翔子がそれで満足なら、好きにさせてやるか。

 本当に俺を理解しようとするなら、きっとすぐに目が覚めて俺から離れていくだろうから。






「以上、霧島翔子の答え合わせだ」

「答え合わせって言うか霧島さんが一方的に意見を述べただけな気がするけど」

「リメイク前ではこの辺でこの2人はくっついたんだが……今回はまだ時間が必要なようだな。
 まぁ、無理をする事は無い。原作終了まではあと数ヶ月あるのだから」

「数ヶ月って意外と短いけどね」

「この日常がやたら濃い学園なら結構かかる」

「そりゃそうだけどさ」

「……さてと、今回の話で僕がやりたかった事は概ね達成されたな。
 あとはのんびりとウェディング体験を進めて、のんびり帰るだけだな!」

「空凪くん、わざとフラグ立ててるよね?」

「うん」


「……では、次回もお楽しみに!」


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10 夢と現

『皆さん、お待たせしました!

 只今より、如月ハイランドウェディング体験を始めます!』

 

 服装等の細々とした準備を終えて、ウェディング体験が始まった。

 なお、司会はさっきのクイズの時と同じように工藤がやっている。

 

『それでは、新郎の入場です! 皆さん、拍手でお迎え下さい!』

 

 呼ばれたのでステージの上へ進む。

 改めて眺めてみると随分と豪華なステージだな。

 この施設が『結婚式ができる遊園地』なのか『遊べる結婚式場』なのか。少し判断に悩む。

 

『ではまず、新郎のプロフィールを……』

 

 そんな事までやるのか。意外と本格的だな。

 

『……省略します』

 

 意外と手抜きだった。その気になればプロフィールくらい作れたはずだが……単純な手抜きか、それとも時間の都合か。

 この調子で定番である『誓いのキス』とかもスキップしてもらえると非常に助かる。

 

『まぁ、紹介なんざイラネーな!』

『そうそう、キョーミナシ!』

 

 ん? 何だあのチンピラ……ああ、さっきの第1問目でドイツとか答えたカップルか。

 明久でも間違えないだろう問題を間違え、こんな場で大声で騒ぐ。見た目に違わないバカなチンピラらしい。

 

『……それでは、新婦の入場です』

 

 工藤は一瞬だけチンピラに何か言いたそうにしていたが、黙って飲み込んで粛々と進行を続けた。

 軽く注意した程度で落ち着くような奴じゃ無さそうだし、模範的な対応だろう。

 

 さて、翔子の入場だ。

 俺がタキシードに着替えさせられている間に向こうもウェディングドレスに着替えさせられているんだろう。

 結構本格的なんで化粧くらいはしてるかもな。

 

 電気が落とされ、薄暗い室内にスモークが焚かれる。

 暗闇に目が慣れるよりも前にスポットライトが出入り口を照らした。

 その照らす先でそっと佇むのは……

 

「しょ、翔子……だよな?」

「…………」コクリ

 

 新婦が呼び出された時に入ってきたのだから翔子のはずだ。

 だが、ドレスを纏ったその姿は、とても美しくて、とても輝いていて、まるで別人のようだった。

 人は服を着替えただけでこれほどまでに変わるのだろうか?

 

「……雄二、私、お嫁さんに、見えるかな?」

「あ、ああ。そうだな。安心しろ。少なくとも婿には見えない」

 

 ……何をつまらんボケをかましてるんだ俺は。

 いかんいかん。平常心平常心……

 

「……夢だった」

「ん?」

「……ずっと夢だった。雄二のお嫁さんになる事が」

「翔子……」

「……私の想いは、全部そこに繋がってる。

 雄二に追いつく為に必死に勉強もしたし、美味しいものを食べてもらいたくてお料理も頑張った。

 ただそれだけの為に、ずっと頑張ってきた」

 

 俺の方が勉強ができた時代は確かにあったが、そんなものはとうの昔に過ぎ去った。

 そんな時からずっと頑張ってきたんだろうな。そういった努力に関しては、素直に凄いと思うよ。

 

「……でも、一番大事な事を忘れてた。それは雄二を知る事、そして雄二を信じる事。

 雄二は私の理想の王子様じゃない。きっと嫌な部分もあると思う。それでも私は信じてる。私の大好きな雄二だって事を。

 ……だから、私、頑張る。いつか本物の結婚式を挙げる為に」

 

 これは……どう反応すれば良いんだろうか?

 翔子の言葉は自分自身の中で完結している。俺が口出しした所で揺らぐ事は無さそうだ。

 しかしそれでいてその目は真っ直ぐに俺の方を見ていた。

 ……ふと、記憶を辿る。最後にこうやって見つめられたのはいつ頃の話だっただろうか?

 いや、もちろん見られていた事は当然あった。しかし、それは俺と良く似た別人を見ているかのようだった。

 翔子の言葉を借りるなら、『理想の俺』を見ていたって所か。

 それを止めて『現実の俺』を見てくれると言うなら……そうだな……

 

「……翔子、俺は……」

 

『あーあ、つまんない!』

 

 突然そんな声が響いた。

 声がした方を見るとさっきのチンピラカップルが騒いでいた。

 

『マジつまんないこのイベントぉ~。人ののろけなんてどうでもいいからぁ、早く演出とか見せてくれな~い?』

『だよなぁ~。お前らの事なんてどうでもいいっての』

 

 冷静に考えると一理ある台詞だ。赤の他人である俺たちの事なんてどうでもいいというのは理解できる。

 しかしこんな場所で、こんな場面で騒ぎ立てるというのは明らかに非常識だし、それに……

 

『ちょ、ちょっとお客様お静かに……』

『アァ? 俺らに言ってんのか?

 って言うか、オヨメさんが夢だとか、そんなアホな奴居るわけがねーだろ!』

『そうそう! 何のコントってカンジ~』

『ああ、コントだったのか。なるほどな! ハハハハハッ!』

 

 人の……翔子の夢を嘲笑うような事は、とてもじゃないが容認できそうになかった。

 ああ、そうか。どうやら俺は怒っているらしい。今すぐにでもあいつらをぶん殴ってやりたい気分だ。

 

『何だとテメェら! もういっぺん言ってみやがれ!!

 霧島さんの夢を貶せるほどテメェらは立派な人間だっていうのか!?』

『ちょっ、吉井くん落ち着いて! 気持ちは分かるけど!!』

 

 観客席の方から聞き覚えのあるバカの声が聞こえてきた。

 おいおい騒ぐなよ。ステージが台無しになるだろ。

 ……いや、もう十分台無しになってるか。じゃあ俺もステージを降りてぶん殴りに行くか。

 

「雄二っ!」

「っ」

「私は、大丈夫だから。だから行かないで」

 

 ……そんな泣きそうな顔で大丈夫だなんて言われてもな。

 だが、翔子がそう言うなら仕方ないか。今回は我慢するとしよう。

 

 そんな考えに至った時、ふと、会場の隅っこが視界に入った。

 さっきまで通話していたらしい携帯をパチンと閉じて獰猛な笑みを浮かべている中二病の男の姿が。

 俺に読唇術の心得は無いが……その時だけはその台詞がハッキリと感じ取れた。

 

『許可は降りた。執行開始だ』






「中二病の男か~。僕には心当たりが無いな~。新キャラかな?」

「わ~、一体どんな人なんだろ~」

「……ツッコミ待ちだったんだがな。まあいい。茶番はこんなもんにしておこう。
 今回は霧島翔子が抱えていた問題に関する話だったな。
 人に暴力行為を加えるのは論外として……それを取っ払った上で、こんな問題を抱えていたと筆者なりに推測しながら書き進めたようだ」

「現実ではなく理想を見ていた、かぁ。
 それだったら、思い通りにいかなくてバットを振り回すのも当然の行為ね。限度ってもんがあるけど」

「あくまで解釈の一例だ。これ以外の解釈は無数にあるだろう」

「霧島さんが最初から坂本くんをちゃんと見ていたらここまでこじれはしなかったんでしょうね」

「当時小学生だった霧島にそこまで要求するのは無茶だがな。
 雄二の方も霧島の感情を『恋愛』ではなく『義務感』だと決め付け……いや、最初はそうだった可能性は十分あるが」

「恋を抱くのに感情の種類はさして重要じゃない。全ての印象はフラグ1つで恋愛になる。そんな感じの事をどっかの恋愛の神様が言ってたわね。
 ……とは言っても、きっかけが義務感だったってなると坂本くんは負い目を感じるでしょうねぇ……」

「……2人とも、『どうしたいか』ではなく『どうあるべきか』を見ていた。そういうコトかもな」

「あら? 意外と綺麗にまとまった。


 それでは、次回もお楽しみに!」


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11 狂人の最終問題

 騒いでいるチンピラに向かって剣が一直線に歩みを進める。

 歩きながら右手で乱雑に眼帯を外し、チンピラ男の正面に立った。

 

「あぁ? 何だテメェ」

「お客様。何卒、静粛にお願いします」

「んだと? 文句あんのかコラ! 俺たちゃオキャクサマだぞ!!」

「文句が無かったらわざわざ言いませんよ。

 まったく、仮初のものとはいえ結婚式の場で騒ぎ出すとは。親の顔が見てみたいものだ」

「おいおい、もしかして喧嘩売ってやがんのか?」

「お客様も哀れな人だ。常識を教わらずに成長してしまったんですね。

 これからも色々と大変でしょうけど、頑張って生き延びて下さい」

「よーし分かった。10秒やる。それまでに土下座したら許してやるよぉ!!」

 

 剣がチンピラの発言を徹底的に無視して挑発しているせいで会話が微妙に噛み合っていない。

 尤も、あいつらがやっているのはディベートの類ではないから全く問題ないが。

 

「ここは牧師をいつでも呼べるように教会が併設されています。

 そこならきっとあなたのような可哀想な迷える仔羊でも受け入れてくれ……」

「グチャグチャとうるせぇんだよ!!!」

 

 とうとう我慢が効かなくなったようだ。チンピラが剣を殴りつける。

 それを当然のように予期していたらしい剣はその拳をしっかりと左腕で受け止め……そして後ろに吹っ飛んだ。

 そんなに強い拳には見えなかったから恐らくは自分から後ろに吹っ飛んだんだろう。

 …………いやいや待て待て。もっと大事な所を見落とす所だった。

 

 剣は、左腕で、防いだ。

 

 ……そう、折れているはずの左腕で。

 

 

Q、さっきまでピンピンしてた人間が腕を殴られ、検査したら骨折してた。骨を折った犯人は?

 

A、腕を殴った人。(真犯人:翔子)

 

 

 剣らしい、非常に捻くれた問題だ。チンピラに少し同情しそうになるが、そもそも最初に騒ぎ出したのはあいつらだったな。自業自得だ。

 

「ハッハッハッ、参ったかこのガキが!」

「キャー、リュータかっこい~!」

 

 チンピラどもがそんな呑気な事を言っているが、どうも自分のやらかした事が理解できていないようだ。

 剣は倒れたままピクリとも動かないというのに。

 そんな剣に向かって近くに居た女子……御空が駆け寄った。

 

「ちょ、ちょっと!? 大丈夫なの!? 意識はある!?」

「う……ぐ、大丈夫だ。腕が痛い事を除いては……」

「えっ? そう言えば怪我して……って、何これ!? とんでもない事になっちゃってるわよ!?

 ……まさかとは思うけど元から……いや、有り得ないか。元々怪我してたのが悪化してこうなったって所でしょうね」

「そんな事より、医務室に連れて行ってくれないか? この施設は万が一お客様が怪我をしても迅速に治療ができるような設備が整っているからな!」

「そんな宣伝しなくていいから!! スタッフさん! 担架持ってきて!!」

「ついでに、暴れだす愚か者を捕える為の警備員も充実して……」

「まずは黙っときなさい!! 少しの振動でも相当痛むはずよこれ!?」

 

 そんなこんなで医療スタッフが駆けつけ、辺りが騒がしくなる。

 ようやく事態を察したらしいチンピラが顔色を変えた。

 

「ふ、ふん! 付き合ってらんねーよ! 俺は帰る!」

「あっ、リュータ! 待ってよ!」

 

 そそくさと逃げ帰ろうとするが問題ないだろう。

 理由は……ついさっき剣が瀕死の状態で宣伝していたからだ。

 

「お客様、少々ご同行願えますかな?」

「なっ、何だテメェは!」

「申し遅れました。私、如月ハイランド警備課の叢雲(むらくも)と申します。

 先刻の騒動について何点か質問がありますのでご足労願います」

「こ、断る! 俺は今から帰って……」

「では、行きましょう」

「なっ、ちょっ、引っ張るな! わ、分かった! 付いていくから放せぇ!!」

 

 警備員のご登場だ。

 もうちょい早く来てくれれば剣が更に怪我する事も無かったかもしれんが……まぁ、どのみち酷い状態だったから大して変わらないだろう。

 と言うか、警備員の存在を把握していたなら待てば良いだけの話だ。自分の身を犠牲にしてまで冤罪を吹っかけるとか、よっぽど腹が立っていたんだろうな。

 

 

『え~、皆さん。予想外のハプニングはありましたが、結婚式体験を続行したいと思います!』

 

 

 おっと、そうだった。そう言えばまだ式の最中だった。

 翔子の方に視線を向けるとコクリと小さく頷いた。

 さっきまでの泣きそうな顔ではなくなったようだな。少々癪だが後で剣に礼を言ってやろう。

 

 

『さて、本来なら牧師様を呼んで永遠の愛を誓う宣誓を行うのですが……今回は省略します』

 

 

 なんだと? いや、助かるが……最初に省略した新郎プロフィールと違ってこっちはほぼ手間がかからない代物だ。

 それをわざわざ省略するというのはかなり不自然だ。

 

 

『そしてその後の誓いのキスも……やっぱり省略します』

 

 

 そっちは理解できなくはない。ただの体験でそこまでやるのは重すぎる。

 しかし、如月ハイランドの宣伝戦略としては是非とも俺たちに結婚して欲しいはずなんだが……

 

 

『誓いなんて必要ありません。何故なら、彼らが愛し合っているのなら、必ずまたここに来るからです。

 この後簡易体験される皆様も、誓いは結構です。

 今、皆様の隣に立つ人物が共に人生を歩むに相応しいと確信が持てた時、そして年齢的な条件を満たした時、またこちらにいらしてください。

 私たちスタッフ一同、皆様の人生における一つの終着点を、そして新たなる始まりを全力で応援させて頂きます』

 

 

 『今のパートナーは本当に信用できるのか』

 司会の工藤の発言を要約するとこういう事になる。喧嘩売ってる台詞だな。

 これは……間違いなく剣が関わってるな。ちょっと疑わせる程度で破局するならそうなってしまえというあいつらしい過激な思考だ。

 尤も、本当にその程度で破局するようであれば結婚しても上手くは行かないだろう。

 如月ハイランドとしても『沢山の結婚を成立させたは良いが大半がすぐに別れた』なんて事になったら大損間違い無しだ。剣の独断かとも思ったが意外と企業の方にもメリットはあるのかもしれない。

 

 今のパートナー……か。

 翔子が信用できるか、なんて考えは無意味か。

 果たして翔子は信用できる人を見つけられるんだろうか。

 

 

『以上で、如月ハイランドウェディング体験を終了させて頂きます。

 ご来場の皆様、ありがとうございました!』






「何というか……チンピラも不幸だったわね。こんな狂人の逆鱗に触れちゃって。自業自得ではあるけども」

「不幸だったという点に関しては完全に同意できるな」

「しっかしまぁ……清涼祭の時といい……そのうちキミに『当たり屋』って称号が付くわよ?」

「言い得て妙だな。
 しかし称号ハントするのは嫌だな。どっかのストーカーモブと被ってしまう」

「……リメイク前で居たわね。そんな人」

「称号は『閃光の神滅剣』だけで十分だ。これ以上は勘弁してくれ」


「では、次回もお楽しみに!」


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そして2人の関係は続いていく

 ウェディング体験は無事(?)終了した。

 この後はまた自由時間なんで適当に園内を巡るなり、他のウェディング体験を見るなり色々とできる事はあるが……とりあえず医務室に運び込まれた剣にお見舞いしてやる事にする。

 

「よう、お見舞いに来てやったぞ」

「……剣、大丈夫?」

「ああ。この通りピンピンしてる。

 医者のヤローがギプスをしろだのなんだのうるさかったが、つい先ほど穏便に納得してもらった所だ」

「いや、ギプスはしろよ!!」

「ハッ、こんなもんハードテーピングで十分だ!!」

 

 ただのテーピングよりも硬くなってる事を考えるとある程度のダメージは受けたらしい。

 いや、そもそもテーピングだけで済ませる方がおかしいんだが。

 

「さてと、今日の僕の目的は概ね達成できた。

 ついでに貴様らの感想を聞いておきたい。今日はどうだった?」

「どうだったって言われてもだな……」

「……今日は、色んな事を知る事ができた。今日得られたものはこれからの人生で大切な財産になる。

 ……剣、腕を折ってしまってごめんなさい。そして、ありがとう」

「ほぅ、霧島に関しては文字通りの骨折り損にならずに済んだようだな。

 雄二は……まぁ、及第点か」

「何の点数だ。何の」

「……さてな。

 それより、この後はどうするんだ? 案内が必要なら適当なガイドを用意するが」

「そうだな……翔子、どうする?」

「……今日はもう帰る。十分満足できたから」

 

 確かに、もう十分過ぎるくらい濃密な時間を過ごした。

 帰るだけでも片道2時間かかるし、もう切り上げるのも悪くは無い。

 だが……

 

「そうか……なら、また学校でな」

「ちょっと待て剣。まだ1つ用事が残ってる」

「お、おかしいな。何故か嫌な予感がするぞ」

「俺は言ったはずだ。お見舞いに来てやった……と」

「感謝は十分受け取った! じゃあな!」

「確かに、感謝もしている。だがな……一発殴らせろ!!」

「そ、そんな! こんな重傷患者に向かってげふあっ!!」

 

 自称ハードテーピングで十分な重傷患者が何か言っていたが構わずお見舞いする。

 確かに感謝はしているがそれ以上に恨みも大きい。

 いや~、スッキリした。これで心置きなく帰れる。

 

「よし、帰ろう」

「……うん!」

 

 

 

 

 

 

 行きの時は俺は逃げ出そうと、翔子はそれを警戒してロクな会話が無かったが、帰りでは今更逃げても無駄なのでのんびりと会話ができた。

 

「……雄二」

「ん~?」

「……誰に何て言われようと諦めない。

 私、雄二のお嫁さんになる。

 ……それが私の夢だから」

「諦めろ」

「何て言われようと、諦めないから」

 

 翔子の過剰な暴力行為が収まるという意味では剣には感謝しているが……厄介な事してくれやがったな。

 もう2~3発殴ってやれば良かったか。

 

「ところで、ちょっと気になっていた事があるんだが」

「……挙式するのは如月ハイランドで大丈夫だけど?」

「誰も結婚式場の心配なんざしてねぇよ!

 そうじゃなくて……お前、もしかして弁当持ってきてたんじゃないか?」

「…………ううん」

「本当か? ちょっとその鞄の中身を見せてくれ」

「……ダメ。下着とかが入ってるから」

「何で遊園地に行くのにそんなもん持ち歩いてるんだよ!?

 だったら……鞄のファスナーを締めたまま逆さにして思いっきり上下に振るくらいは別に構わないな?」

「ダメ!」

「……弁当、あるんだな?」

「……うん」

「ったく、何で黙ってたんだ。勿体ないだろうが」

「……だって、お昼は豪華な料理が用意されてたし……」

「だったら俺が晩飯に食う。味の感想くらいは言ってやれる」

「……でも、冷めちゃってるし……」

「いや、お前の事だから保温できる弁当箱を用意するか、あるいは冷めても美味しい弁当になるように考えて作ってあるだろ?

 もしそうじゃなかったとしても普通に電子レンジで温めれば良い」

「……でもダメ」

 

 俺としても意地でも弁当が欲しいわけじゃないんだが……食べ物を粗末にするのは気が引けるのでできれば欲しい。

 ……他意は無いぞ? ただ勿体ないだけだ。

 

「どうしてダメなんだ?」

「だって……初めてのお弁当はデートの時に食べてもらいたいから。

 だから……また今度デートしよう」

「……俺に拒否権は無い。いつでも呼んでくれ」

「……ありがとう。それじゃあお弁当は私が食べる。

 ……今度は、これ以上に美味しいお弁当を作ってくるから」

「そうか。まぁ頑張れ」

「……うん」

 

 流れるように次のデートの約束を取り付けられたな。試召戦争に負けた俺にはそもそも拒否権が無いから全く問題ないが。

 早いとこ翔子に相応しい相手が現れてほしいものだな。






「これで、如月ハイランド・雄二編終了っと」

「うぐぁ~……何なのこの微妙な距離感は! 坂本くんもサッサと腹を括りなさいよ!」

「焦る事は無いさ。あと必要なのは雄二が納得する事だけだ。
 条件さえ満たせばすぐにでもくっつくハズだ」

「リメイク前ではこの時点で既にカップリング確定してたわね。今回はどうしてこうなったの」

「いくつか理由はあるが……貴様の案内をやったせいで僕の自由時間が削れた事が一因ではあるな」

「……えっ、私のせい?」

「まぁ、1割くらいは。
 残りの要因は……主に筆者がのんびりしてるからだな。先が見えていれば無理に進める必要は無い」


「さて、次の話は……」

「優子編になるな。雄二編でもちょびっとだけ出てきたが、僕が呼んでいないはずの彼女が何故ここに居るのかという所から始まる。
 結末は……どうなるんだろうな?」

「私に訊かないでよ」

「それもそうだな」


「では、次回もお楽しみに!」


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優等生の物語 プロローグ

 前回までのあらすじ!

 

明久「優子さんとあの中二病が付き合ってるって!?

   よし、僕が応援してやらないと!!

   まったく、世話の焼ける副代表様だなぁ~」

 

 

 

 

「姉上、ちょっと良いかのぅ?」

 

 アタシがそんな声をかけられたのは、剣くんと愛子が何かの悪だくみを始めてから数日後の事だった。

 

「何? 今良い所なんだけど」

「読書なぞいつまで経っても終わらぬではないか」

「それはそうだけど……まあいいわ。何?」

「うむ、明久からの伝言なのじゃ。明日の昼休みに屋上で話せないか、と」

「……何でわざわざアンタにそんな伝言を……普通に言ってくれればいいのに」

「う~む、実際にそうしようとしたそうなんじゃが……」

 

 

 

  ~~~~~~~~~~

 

 

「すぅぅぅ……はぁぁぁ……よっしっ! まずは木下さんを屋上にでも連れ出して……」

『吉井っっ!!』

「うわっ、だ、誰!? その声は……須川くん!?

 どうしたのそんな黒い服着て!?」

『女子に声を掛け、あまつさえ屋上に呼び出して告白しようとは言語道断!!

 風紀委員改め異端審問会の名の元に裁きを下す!!』

 

『『『『『『死刑! 死刑! シケイ!!』』』』』』

 

「い、いや誤解だよ!? どっから出てきたの告白!? 事実無根だ!!」

『告白スポットである屋上に呼び出す時点で告白のようなものだ!!

 一億歩譲って告白では無かったとしても……女子に声をかけようとした時点で死刑だ!!』

「そ、そんな理不尽なっ!! うわぁあああ!!!」

 

 

  ~~~~~~~~~~

 

 

「……というようなやりとりがあったようじゃ。

 ちなみに明久はその後何とか逃げおおせたようじゃな」

「……Fクラスって、個性的な人が多いみたいね」

「うぅむ……否定出来ぬのぅ」

「事情は分かったけど……一体何の用なの? まさか本当に告白じゃあるまいし」

 

 もし告白だとしたら愚弟経由で連絡するんじゃなくてせめて自分で伝えてほしい。下駄箱に置き手紙とかでもいいわけだし。

 そして呼び出す先は屋上とかじゃなくて伝説の木にして欲しい。ベタかもしれないけどだからこその良さがあると思う。

 更に鈍器を手に待っていたら完璧ね。

 

「内容までは聞いておらぬのぅ。できれば行ってあげて欲しいのじゃ」

「ん~……吉井くんなら変な事にはならないでしょう。明日の昼休みだったわね。屋上は旧校舎と新校舎があるけど、どっち?」

「それも聞いておらぬのぅ……」

「じゃあ、新校舎の方に行くように伝えておいて」

「了解じゃ。では失礼するのじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 という訳で翌日昼休み。

 

「さてと、待ち合わせ場所はここのはずだけど……」

 

 屋上への扉を開いて辺りを確認する。吉井くんの姿はまだ確認できなかった。

 このアタシを呼んでおいて待たせるとはね。まぁ、新校舎の屋上は同じ新校舎にあるAクラスの方が近いから仕方ないと言えば仕方ないけど。

 こういう時はヒマを潰すものがあれば良いんだけど、読みかけの本は学校には持っていていないし、ゲーム機の類も持っていない。

 のんびりと日向ぼっこでもして待ちましょうか。

 

 そして数分後……

 突然、屋上の扉が勢いよく開け放たれた。

 そこから現れたのは、勿論吉井くんだった。

 

「ハァ、ハァ……や、やっと着いた……」

「大丈夫? どうしたのそんなに慌てて」

「あっ、木下さん。ごめん、待たせちゃった?

 須川くんを撒くのに時間がかかっちゃって……」

 

 ……本当に何があったんだろうか? それはそれで気になるけど本来の用事を済ませるとしよう。

 

「そんなに待ってないから気にしないで。

 それで、何の用なの?」

「ああ、うん! 木下さんにこれを渡したくて」

 

 吉井くんが差し出してきたのは一枚の封筒。

 この中にラブレターが……っていう事は無さそうね。何の色気もない茶封筒でのラブレターなんてムードもへったくれも無い。

 

「何これ? 開けてもいいの?」

「うん。開けちゃって。封筒に入れたのは汚さない為だけだから」

「それじゃあ遠慮なく」

 

 特に封などはされていないので普通に中身を取り出す。

 何だろうこれ、何かのチケット……の、裏面かしら。ひっくり返して表面を確認するとこんな文字が目に飛び込んできた。

 

 『如月ハイランドプレミアムペアチケット』

 

 ……という文字が。

 

「…………っ!?」

 

 ちょ、ちょっと待って。整理させてほしい。

 このチケットは代表が切望していたものであり、召喚大会の優勝者は剣くんと吉井くんだったから吉井くんが1枚持っているのは何も不思議な事じゃない。

 重要なのは……この『如月ハイランド』という施設がカップル向けの施設である事。

 遊びに興味の薄い優等生揃いのAクラスに居てもここに関する噂は届いてくるというかなり有名な施設だ。吉井くんが知らないという事は有り得ない……とまでは言わないけど考えにくい。

 これをアタシに……男子である吉井くんが女子であるアタシに渡す。

 それはつまり、告白のようなものなんじゃないだろうか。

 

「……えええええっ!?」

「うわっ、そこまで驚く?」

「いやいやいやいや、ちょっと待って、すーはーすーはー……」

 

 お、落ち着きなさい木下優子。

 自他共に認める優等生であるアタシはラブレターの類くらい何度か貰った事がある。この程度で取り乱す事は無いわ。

 そう、ラブレターくらい何度も……

 

 

  ……ある日の回想……

 

「き、木下優子さん! これを受け取ってください!!」

「……念のため確認しておくけど、アタシによね? 秀吉じゃなく」

「な、何言ってるんですか! 秀吉に渡せるわけが無いでしょう!!」

「……そう。気持ちは嬉しいけど今はそういう事に時間を費やす気は……」

「これを、秀吉に渡してください! 直接渡すなんて無理です!!」

 

 ピキッ

 

  …………………………

 

 

「ど、どうしたの木下さん! 何か凄く怖い顔してるよ!?」

「んっ、コホン。ごめんなさい。何でもないわ」

 

 何か嫌な事を思い出してしまったけど大丈夫。落ち着いて対処すれば問題ないわ。

 

「吉井くん。気持ちは嬉しいけど、こういう物を受け取るわけには……」

「そ、そんな! 木下さんじゃないとダメなのに!」

「え、そうなの? アタシ以外にも渡せそうな人は居るんじゃないの?」

「そんな事無いよ! 他の誰でもない、木下さんにしかこのチケットは渡せないんだ!」

「そこまで!?」

 

 そんなに好かれる要素なんてあったかしら?

 理由までは分からないけど……悪い気はしないわね。

 ここまで熱烈に誘いを受けた無かったと思う。

 別に一緒に遊園地に行ったからといって即座に『付き合う』って事になるわけでもないし、ましてや強制的に結婚させられるわけでもない。

 だったら、ちょっと付き合ってあげるのも悪くはないか。

 

「……分かった。貰ってあげる」

「ホント? 良かった~」

「でも、これを受け取ったからと言って即キミと付き合うとか、そいういう意味じゃないから。勘違いしないでね」

「え? うん。何言ってるの。そんなの当たり前じゃん」

 

 ポカンとした表情でそんな言葉を返された。

 どうやら完全に割りきってるみたいね。安心ではあるけど、ちょっと釈然としないわ。

 

「さてと……使える日付は決まってるみたいね。

 現地集合……には遠すぎるか。どこかで待ち合わせって事になるわね」

「え? う~ん……そう言えば遠いんだっけ。そうなるね」

 

 如月ハイランドはこの学校の近辺から電車やバスを乗り継いで2時間はかかるくらいの場所にある。

 田舎にある……のはどちらかと言うと文月学園の方かしらね。如月ハイランドに比べたらだけど。

 

「それじゃ、どこで待ち合わせる?」

「……え?」

「いや、待ち合わせ場所決めておかないと一緒に行けないでしょ」

「そりゃそうだけど……何で僕に?」

「……ん?」

 

 会話が微妙に噛み合ってないみたいだ。

 何となく、吉井くんの態度が他人事っぽく見えるけど……

 

「……吉井くん、念のため確認させて欲しいんだけどさ。

 このチケットは『キミとアタシで一緒に行こう』っていう意味で渡してくれたのよね?」

「え? 違うけど……」

「…………」

 

 確かに、振り返ってみると『一緒に行こう』とは一度も言ってなかったわね。『渡したい』とは言ってたけど。

 

「……つまり、『コレをあげるから自由に使って』っていう事?」

「は、はい、そうデス!」

「……そう、分かったわ」

「そ、それじゃあ僕はこれで……」

「まぁ待ちなさい。そんなに慌てて帰る事は無いわ」

「ひぃっ!?」

 

 吉井くんが逃亡しようとしたのでガシッと肩を掴む。

 あらやだ吉井くんったら。そんな怯えた顔をして。

 まるでか弱い乙女であるアタシに怯えてるみたいじゃないの。

 安心しなさい。熱烈に告白されてたのが実は勘違いだったと分かって怒ってるとか、そんな事は全く無いから。

 吉井くんがチケットを自由に使えと言うなら、お望み通りにしてあげましょうか。

 

「吉井くん、来週の日曜の予定、空いてるかしら?」

「え、えっと……その日は……」

「良かった。空いてるのね。それじゃあ7時半に文月駅に来なさい。文句無いわね?」

「いや、ゲームの特売が……」

「返事は?」

「は、はいっ! 行きます!」

「よろしい。それじゃあ、また週末に会いましょう」

 

 そう告げてアタシは屋上から颯爽と去った。






「優子編開始だな」

「リメイク前ではキミが色々手を回して吉井くんと優子さんの間を取り持ってたみたいだけど、リメイク版では吉井くん本人が動くしかないから大変ね。
 何か異端審問会が発足してるし」

「仮に異端審問会が居なかったとしても、Aクラスに乗り込んで呼びつけたらそれはそれで色々と面倒なんで結局秀吉経由で連絡して待ち合わせする事になっただろうな。
 ……さて、せっかくだから冒頭の明久の誤解について解説しておくか。真相が分かるのは僕と、あと噂してた女子たちくらいしか居ないんで本編では解説できないし」

「キミと優子さんが付き合ってるとかいう根も葉もない噂の事ね」

「葉っぱくらいなら普通にあるけどな。優子さんに『ありがたく付き合わせて頂きます!!』って言われたのは本当だし」

「……えっ、そんな場面あったっけ?」

「あったぞ。Dクラスで」

「えっ、AクラスじゃなくてDクラス……?
 ……あああああっっ! あの時の!?」

「ああ。『小野寺優子』に条件付きで大量注文してやった時の台詞だ。
 感想では一名だけ看破してくれたようだな。
 ……まぁ、そもそも感想自体が少ないんだが」

「優子……確かに優子さんねぇ……」

「明久が木下優子に積極的に関わる理由を作るのはかなり厄介だったんだが……奇しくも小野寺のおかげでサックリ進んだ。
 小野寺優子を登場させる事を決断させてくれた某読者には感謝だな。
 ……もし小野寺が居なかったら最悪の場合は僕から木下に渡す必要があった。木下→吉井の好感度がリメイク前より低いんで少々強引だがな」

「その好感度が高かったら普通に渡すって時点でちょっとアレだけどね」

「僕だからな」

「……凄く納得したわ。

 では次回もお楽しみに!」


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01 カップルではない2人組

 親切心からチケットを優子さんに渡したはずなのに、気付いたら脅迫されて日曜の予定が埋まってた。

 何を言ってるかよく分からないと思うけど僕にもよく分からない。

 ……え? 完全に理解できてる? ハハッ、無理しなくてもいいよ。この僕ですら全く理解できてなかったんだからさ!

 

「うぅぅ……眠い……」

 

 7時半に駅まで来いって言われたから少し早めに出発して7時過ぎには着いた。

 すっぽかしたらどういう事になるか全く想像が付かないから根性で起きたよ。

 う~ん……何をやらされるんだろう? 買い物の荷物持ちとかかな?

 良く分からないけど怒らせてしまったみたいだからそのくらいなら喜んで引き受けよう。

 

 

「あら? 吉井くん早いわね。ちょっと見直したわ」

「え、あっ、木下さん! おはよう」

「おはよう。待たせちゃったかしら? もしそうならごめんなさい」

「ううん、全然待ってないよ」

「本当に?」

「うん」

「そう、なら良かった」

 

 今の時刻は7時15分くらいなので気遣ったとかではなく本当に大して待ってなかった。

 そもそも待ち合わせは30分だから優子さんが謝る必要は一切無い。

 

「それじゃ、行きましょうか」

「え? どこに?」

「は?」

「な、何でもないよ! さぁ行こう!!」

 

 何だか不穏なオーラを漂わせてきたので同意しておく。行き先は全く分からないけど!

 

「はぁ、それじゃあ行きましょうか。

 ……話は移動しながらでもできるし」

 

 

 

 優子さんが買ったものと同じ乗車券を買って、同じ電車に乗り込んだ。

 帰りのお金足りるかなぁ……いざとなったら歩いて帰るしかないか。

 電車の中は幸い空いていて、優子さんと2人で隣り同士で座れた。

 

「……さてと、一応、分かってるとは思うけど念のため説明しておくわ。

 アタシたちの目的地は『如月ハイランド』よ」

「も、勿論分かってるさ!」

 

 そっか。目的地は如月ハイランドだったのか。

 ……えっ、ええええっっ!?

 

「どうかしたの?」

「いや、あのえっと……1つ訊いてもいいかな?」

「何?」

「その……木下さんは剣と付き合ってるって話を聞いたんだけど……」

「はい? 一体誰がそんな事言ってたの」

「Bクラスで噂話してるのを小耳に挟んだだけだよ。違ったの?」

「違うわよ!! 誰が好き好んであんな狂人と付き合わなきゃいけないのよ!!

 あんなのと積極的に関わってたらストレスで寿命が消し飛ぶわよ!!」

「そ、そこまで!? ……そこまでか。確かに」

 

 剣は決して悪人ではないんだけど……『面白そうだから』という理由で事件を起こしたり、突拍子もない行動を取ったりするので巻き込まれる方は堪ったもんじゃないだろう。

 そんな災害みたいな奴と優子さんが付き合う……確かに無いや。

 

「……ああ、だから吉井くんには他人事だったのね。

 チケットを渡したらアタシと剣くんとで一緒に行くと思ってたと」

「う、うん。そうだよ」

「……それじゃあ、アタシからも質問。

 キミは確かチケットを手に入れたら誘いたい人が居るって言ってなかった?」

「あれ? そうだっけ?」

「……よく考えたら『チケットが欲しい』とは言ってた気がするけど『誘いたい』とまでは言ってなかった気がするわ

 もしかして、最初からアタシに渡すつもりだったの?」

「ううん、最初は売る気だったよ」

 

 という建前でチケットを求めていた。学園長との事は言うべきじゃないからそういう事にしておこう。

 

「……はぁー……そういう事」

「な、何かゴメン。それより木下さんも欲しがってたよね」

「……今だから言うけど、もし優勝できてたらキミに渡すつもりだったのよ」

「ええっ!? どういう事?」

「試召戦争の時のお礼みたいなものよ。

 ほら、あの時キミは何でも命令できたのに、凄くささやかなお願いだけで片付けてくれたでしょ?

 だから、運良くチケットが手に入ったらあげようと思ってたの。どうせ誘う相手も居ないし、言い方は悪いけど代表を手伝うついでに手に入ったものをあげるだけで借りを返せると思えば安いものよ」

「そ、そうだったんだ。別に気にしなくても良かったのに」

「これはアタシのけじめみたいなものよ。

 キミが欲しがってるって言うからそう答えたんだけどね。まさか売り飛ばすつもりだったとはねぇ……」

「うぐっ……ごめんなさい」

「別にいいわよ。嘘吐いてたわけでもないし」

 

 まさか僕に渡すつもりだったとは……

 …………あれ?

 

「……あの、木下さん。

 結局僕達2人で如月ハイランドに行く事になってるけど……どうしてこうなったの?」

「……何か、他人事でいたキミがちょっとムカついたんで巻き込んでやろうかなと。

 遊びに行く事自体は気分転換になるし、ペアチケットだからパートナーが必要だけど、他に誘う相手も居ないし」

「そうなの? 木下さんだったら誰でも付いてくると思うけど」

「そりゃ適当な人に声をかけたら一緒に行ってくれる人は居ると思うけど、如月ハイランドってカップル向けの施設じゃない。

 告白だとか勘違いされたら凄く面倒。キミならそんな事は無いでしょ?」

「なるほど……要するに人数合わせ?」

「平たく言うとそうなるわね」

「……あれ? だったら女子と行けば良かったんじゃない?」

「…………それは盲点だったわ。

 吉井くん。今から帰りなさい」

「えええええっ!? もう電車乗っちゃってるのに!?」

「フフッ、冗談よ。今から追い返すような事はしないわ。

 ここまで来たんだから、一緒に楽しみましょう」

「よ、良かった……うん、そうだね。

 遊園地に行くなら、楽しまないとね!」

 

 

 

 

 

 電車やバスを乗り継いでおよそ2時間。ようやく如月ハイランドに到着した。

 遊園地なんだからもっとアクセスを良くしてくれてもいいのに。

 

「イラっしゃイまセ! 如月ハイランドへヨーこソ!」

 

 受付には怪しげな喋り方の係員が立っていた。

 少し不安になってきたけど、優子さんは顔色一つ変えずにチケットを取り出した。

 

「これ、お願いします」

「拝見イタしマス。

 ……ハイ、OKデス! ごユッくりオ楽シみくだサイ!」

 

 特に問題なく通してもらえた。チケットの無害化は剣から聞いてはいたけど、ちゃんとやってくれてたんだね。

 僕達は受付を抜け、園内地図の前まで進んだ。

 

「それじゃ、まずはどこから行きましょうか」

「う~んと……結構色々あるみたいだね。誰か教えてくれれば良いんだけど……」

 

 そんな事を呟いた、その時だった。

 

「あ、お~い!」

 

 突然響いた女子の声。どこかで聞き覚えがある声だ。

 聞こえた方向に視線を向けると、これまた見覚えのある顔が2つ並んでいた。

 

「御空さんと……剣!? どうしてここに!?」

「……それはこっちの台詞だ。貴様ら、どうしてここに居るんだ?」

 

 

 

 

 

 

 ……おっかしいわね。剣くんのチケットは代表に渡される所をこの目でハッキリと見てたはずなんだけど。

 良く似た別人である可能性を一応疑ってみたけど、白髪に黒い眼帯、それに加えて真っ赤な包帯を腕に巻いている重度の中二病患者がそうそう居るとは思えない。

 どうして……と言うよりどうやってここに入ってきたのかしら。

 そして、どうしてBクラスの副代表と一緒に居るのかしら。

 ……なんて考えてても分かる訳が無いわ。直接訊いてみましょう。

 

「剣くん、どうしてここに居るの?」

「一言で言うと……バイトだ」

「……御空さんもバイト?」

「知り合いか?」

「知り合いってわけじゃないけど、愛子と同じく転校組って事で少しは噂になってたから」

「そういうもんか。コイツは違う。客として1人でやってきて偶然遭遇しただけだ」

 

 こんな所で嘘を吐くとも思えないから多分本当に偶然だったんだろう。

 意外な組み合わせ……でもないか。案外お似合いなのかも。

 

「それよりもだ、明久。貴様がコイツを誘っていたとはな」

「いや~、誘う予定は全く無かったんだけど……気付いたら成り行きで……」

「どんな成り行きだ」

「あ、アハハ……そ、それより、バイトって言ってたよね!

 ここのガイドみたいな事もやってる?」

「むしろそれがメインの業務だな。何だ、お勧めでも知りたいのか?

 あっちのカップル用ジェットコースターとか、

 そっちのカップル用メリーゴーランドとか、

 向こうのカップル用観覧車とか……

 ……まぁ、そんな感じのがお勧めだな」

「ちょっと待ちなさい! どうして悉くカップル向けって付いてるのよ!!」

「そういう施設だからな」

 

 いやまぁ、そういう施設なのはアタシも知ってたけど、ここまで徹底してるとは……

 いやいや、あくまでもカップル向けって名前が付いているだけで、内容自体はそう違いは無いはず。

 

「それじゃあ行くだけ行ってみましょうか。当てもないし」

「そうだね……そうしよっか」

 

 ひとまず、お勧めの中から手近な所に行く事にした。

 

 

 

 

「……空凪くん、良かったの?」

「何がだ」

「内容、ちゃんと教えなくて」

「行けば分かるからな。

 それに、あの2人……ちょっと面白そうだからな」

「うわぁ……悪い顔してる」

 

 

 

 

  ……そして、数分後……

 

「………………」

「き、木下さん……だ、大丈夫……?」

 

 ジェットコースターを降りた後、吉井くんが私を気遣ってくれた。

 別に絶叫系が苦手とか、そういう事は無い。無いけど……

 

「お客様、ご満足頂けましたでしょうか?」

「ふざけんじゃないわよ!! これ作った奴は頭のネジが2~3本ぶっ飛んでるんじゃないの!?」

 

 満面の笑みで話しかけてきた剣くんに八つ当たりする。

 いや、正統なクレームだろうか? うん、クレームだ。

 

 私たちが乗ったジェットコースターは『カップル向け』という名に相応しいものだった。

 ちょっと広めの座席に2人で座らせられた上に安全バーで拘束されてガックガックと揺さぶられる。

 考えたバカは紛れもなく天才だと思うけどバカだ。

 

「ただのバイトに文句言われてもな。僕が考えたわけでもないし。

 まぁ、ここの責任者の霜月さんに一応声は届けておくよ。改善はされないだろうけど」

 

 すまし顔でそう対応された。

 コイツ……いつか女子と一緒に乗せてやる。

 

「……ってあれ? 御空さんは乗ったの?」

「勿論!」

「……誰と?」

「1人で!」

「1人で乗れたのこれ!?」

「うん。数合わせに空凪くんを誘ってみたけど、1人で乗せてやるから乗れってさ」

 

 ……一応この人外にも人並みの羞恥心はあるのね。

 よし、絶対にいつか女子と乗せてやろう。






「というわけで、祝! 私登場!!」

「出さないのも勿体ないからと筆者がねじ込んだようだ。
 僕と絡めようとするから矛盾が生じるのであって、普通に単独で来る分には全く問題ない……と。
 ……何か数話前の後書きでも同じことを言ってた気がするが、執筆の時系列では実はこっちの方が早かったりする。
 昼食で合流する前にこっちを書き進めていたからな」


「本編中でも私たちの仲は決して悪くはないものね。
 バッタリ遭遇して適当につるむのは不自然ではないわね」

「あともう一つ言っておくと、僕がジェットコースターに乗らなかったのは決して恥ずかしかったからではない。
 単に腕が痛かっただけだ」

「……そう言えば、腕折れてたわね。こんな所で平然としてる方がおかしいっていうね」

「そう褒めるな」

「褒めてないって言おうかと思ったけど……う~ん……

 ……まあいいや。次回もお楽しみに!」


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02 来場者たち side優子

 不意に携帯の音が鳴り響いた。

 アタシの、ではない。すぐ近くに居た剣くんのものだ。

 

「っと、もうこんな時間か」

 

 着信音ではなくアラームだったみたいだ。

 

「今日来た奴には立食形式の昼食が用意してある。

 強制する気は無いが……まぁ、来た方がおトクだな。来るか?」

「剣、念のため訊くけど、料金は?」

「当然、無料だ。プレオープンした施設内でカネを取る程ケチじゃない」

「よっしゃぁあああ! カロリー取り放題だ!!

 当然行くよ! ねぇ木下さん!」

「カロリー取り放題っていうのはちょっと嫌なんだけど……そうね。行きましょうか」

 

 お弁当を持ってきてるわけでもないし、無料で良いなら有難く頂きましょう。

 ……タダより高いものは無いって言うけど……大丈夫よね? 剣くんが関わってる事を考えると少し不安だ。

 

 

 

 

 

「うぉ~! ご馳走だぁ!!」

「これは……凄いわね」

 

 流石は天下の如月グループだ。豪華な料理が所狭しと並んでいる。

 もっとも、これはプレオープンだからこそであって正式オープンの後も無料で利用できるなんて事は無いでしょうけど。

 それだけ今日のプレオープンという名の宣伝に力をかけてるって事ね。美味しかったら友達に宣伝するくらいはしてあげよう。

 

「んじゃ、僕達は適当にぶらついてるんで何かあったら携帯で呼んでくれ」

「じゃあね~」

 

 そう告げて剣くんと御空さんは去って行った。

 それじゃ、私たちも楽しみましょうか。

 

「あ、木下さん! コレとか美味しそうだよ!」

「……あら? 意外とカロリー抑えめな料理ね。てっきり吉井くんの事だから脂っこいのを推してきそうだと思ったけど」

「そりゃそうだよ。僕がちょっと、ほんの少しだけ貧乏だからカロリーは大事にしてるけど、他の人にとっては違うって事は分かってるから」

 

 『ほんの少し』貧乏という点がほんの少し気になったけど深くは突っ込まないでおきましょう。

 吉井くんとアタシの『ほんの少し』では大きな隔たりがあった気がしたから。

 

「お気遣いどうも。それじゃあ頂くわ」

「僕が作ったわけじゃないけどね」

「……うん、美味しい。吉井くんもどう?」

「う~ん……カロリーが少ないのが気になるけど……まぁ、食べ放題だしいっか!

 はむっ……お~! 美味しいね!」

「……ええ。そうね」

 

 食べ放題であれば、ヘルシーな料理であっても大量に食べれば、それは十分なカロリーになる。

 吉井くんだけじゃなくてアタシにも言える事ね。暴飲暴食する気は無いけど、一応ちょっとだけ気をつけておこう。

 

 

 

 

 しばらく一緒に歩いていると見知った顔が見えた。

 その人……うちの代表こと霧島さんがチケットを貰うのは目の前で見ていた事を今思い出した。日付も指定されてるこのチケットなら遭遇するのも当然の事ね。

 

「こんにちは代表」

「……優子も来てたの?」

「ええ。運良くチケットが手に入ったし、代表も貰ってたから。折角だから来てみたわ」

「……優子は吉井の事が好きなの?」

「はいっ!? 何でそんな事に……って、そりゃそうなるか。

 誘う丁度いい相手が吉井くんくらいしか居なかったから、それだけよ」

 

 代表の冗談(だと信じたい)を聞いて、ふと考える。

 吉井くんの事は決して嫌いではない。嫌いだったらこんな所に連れてこない。

 でもねぇ……『好き』ではないし、ましてや付き合う何て事も無いでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 歩いていたらまた見知った顔を発見した。

 ……おっかしいわね。アイツがチケットを持っていたとは思えないんだけど。

 まぁ、話してみればわかるでしょ。

 

「秀吉、アンタこんな所で何してんの?」

「あっ、姉上!? どどどうしてここに!?」

「それはこっちの台詞よ。チケットなんていつの間に手に入れてたのよ」

「い、いや、チケットで入ったわけではゲフンゲフン、た、たまたま道に落ちててのぅ!」

 

 明らかに誤魔化されたけど姉として寛大な心で気付かなかった事にしてあげよう。

 それより気になるのは、誰と来ているかって事。

 シングルのチケットが無いわけではないと思うけど……この施設の性格を考えたらペアチケットと比べてかなり少数でしょうから秀吉も誰かと来てるはず。

 食事の場でずっと別行動する事は無いでしょうから、今は料理を取りに行ってるだけですぐ帰ってくるはず……

 ……帰ってきたけど、これはちょっと予想外だったわね。

 

「ゆ、優子!? どどどどうしてここに!?」

「……光、まさかアンタが秀吉のパートナーだったとはね」

「っっっ!! そそそそっちこそ誰かと来て……って、吉井くん? えっ?」

「ええ。吉井くんよ。人数合わせを頼んだら快く引き受けてくれて……ん?」

 

 光に説明しながら吉井くんの方を振り向くと何故か顔を青ざめさせて汗をダラダラと流していた。

 

「ひ、秀吉? ど、どうして女子と一緒に……ま、まさか秀吉は男子じゃなくて女子が好きなの!?」

「当たり前じゃが……何故そんなに驚愕しておるのじゃ?」

「う、ウソだ! 秀吉が百合が趣味だったなんて!」

「待つのじゃ明久。百合というのは女性同士の恋愛の事じゃ。ワシはそもそも男であって……」

「うぅぅ!! 秀吉だけは信じていたのに!! これから僕は何を信じて生きていけば良いんだ!!」

「いや、信じられるものくらいいくらでもあるじゃろうに」

「こうなったら玉砕してやる! 秀吉! 好きだー!!」

 

 何を血まよったのか吉井くんがうちの愚弟に告白っぽい事を言い出した。

 ……何か、イラつくわね。

 一応パートナーであるアタシの目の前でよりにもよってアタシの弟に告白するとか。

 アタシと秀吉の何が違うと言うのか。吉井くんこそホモなんじゃないか。

 ムカついたので吉井くんの腕を引っ張ろうとして……

 

 

 ……空気が、凍った。

 

 

「……吉井くん? 今、何て言った?」

 

 強烈な冷気……と言うか殺気の源は、秀吉のパートナーである光。

 

「え、あの、その……」

「……吉井くん、もし今後そんな寝ぼけた事を言ったら……斬るわよ?」

「は、はいっ! わ、分かりました!!」

「……宜しい。

 さ、秀吉くん。行きましょ!」

「う、うむ……そうじゃな。

 ありがとうのぅ、助かったのじゃ」

「べ、別に秀吉くんの為じゃないんだから! 勘違いしないでよね!!」

 

 そんな会話をしながら愚弟たちは去って行った。

 う~ん……あの光が愚弟とねぇ……ま、今は置いておきましょう。

 

「吉井くん、大丈夫?」

「こ、怖かったよ……Fクラスの連中の殺意よりも怖かったよ」

「そ、そう」

 

 普段は常識人な光もあの狂人の姉である事を忘れてはいけない。

 適当な刃物を与えてあげれば胴体を真っ二つとか普通に可能だろう。流石に実際にはやらないだろうけど。

 

 しかしまさかこんな所で顔見知りと遭遇するとは。

 これ以上の偶然は……流石に無いと信じたいわね。






「という訳で昼食時の遭遇イベント、Side優子だ」

「坂本くんの方でもあったんだから当然こっちでもあるって話ね。
 クイズ大会は……次か」

「もう既にやったクイズだからな。巻きで進めていくんで1話で十分だろう」


「では、次回もお楽しみに~」


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03 観客の視点

 しばらく経つとアナウンスが響いた。

 

『え~、皆さん! 本日は如月ハイランドへとご来場頂き誠にありがとうございます!』

 

「……おかしいわね。何か聞き覚えがある声だわ」

「う~ん……言われてみれば僕も聞いたことある気がするような……しないような……」

 

 放送機材を通したやや荒い音質なのでイマイチピンと来ない。

 けどどこかで聞いたことがある気がする。う~ん……

 

『それでは、本日の目玉イベントである『如月ハイランドウェディング体験』を行いたいと思います』

 

「そんなイベントがあったのね……吉井くん知ってた?」

「ううん、全く」

 

『……が、申し訳ありませんが時間の関係で全組が行えるわけではありません』

 

 あら? やたらと気合が入った宣伝をしている割にはいい加減な……

 ……いや、逆なのかも。本格的過ぎて時間が足りないのかもしれない。

 それはそうと、どうやって絞り込みをする気かしら?

 そんな私の疑問に答えるかのようにアナウンスが続いた。

 

『と、いうわけで……これから、クイズ大会を開催したいと思います!

 それでは希望者は壇上に上がってください!

 成績上位1名が本格体験、それ以降の数組が簡易体験ができます!』

 

 なるほど。勝負して勝ち取らせると。

 クイズ大会ねぇ……面白そうではあるけど……

 

「クイズかぁ……面白そうだね、木下さん! 僕達も参加してみる?」

「……吉井くん、キミはアタシと結婚したいの?」

「えええっ!? いやいや、そんな事は無いよ!?」

 

 そこまで強く否定されるとそれはそれでモヤモヤする。

 尤も、肯定した所でアタシの方も乗り気になるわけでもないから理不尽な話だと自分でも思うけど。

 

「体験とはいえ結婚するのもどうかと思うから、アタシたちは観客でいましょう。

 別に問題を聞いて勝手に答えを考える事はできるし」

「あ~、それもそっか。よ~し、やってみよう!」

 

 

 ……とは言ってみたけど、この手の問題って真っ当なクイズだけじゃなくてカップルのお互いの理解度を測るような問題が出たりするのよね。

 それだけって事は無いでしょうから、楽しめそうな問題だけ考えましょうか。

 

 

『それでは、第一問!』

 

 

 お、始まったみたいだ。一体どんな問題が……

 

 

『ヨーロッパの首都はどこですか?』

 

 

 …………えっ?

 

「……木下さん、僕の記憶が正しければヨーロッパは国じゃないんだけど……」

「……奇遇ね。アタシの記憶でもヨーロッパは国じゃないわ」

 

 製作ミスだろうか?

 と言うか、こんなバカげた問題を淡々と読み上げる出題者にも問題がある。

 一体どんな人なのか……そう思って視線を向けた。

 

「んん? ええっ!?」

「ど、どうしたの?」

「……いや、その……あの出題者、愛子じゃないかしら?」

「アイコ? 誰?

 って、工藤さん!? 何故に!?」

 

 出題者としてマイクを手に喋っていたのは、紛れもなく愛子だった。

 何でそんな所に……

 

「……ああ、そういう事。剣くんと一緒の立場って事ね」

「剣と? バイトしてるって事?」

「そういう事ね」

 

 剣くんも愛子もお金が目的だとは思えないけど……何らかの意図があってここで働いているんでしょうね。

 ……あれ? でも……

 

「愛子があんなバカげた問題を平然と読み上げるわけがない。

 って事はまともな答えが用意してあるって事?」

「た、確かに。

 ……でも、一体何だろう?」

 

 

 

 ……その後『答えなど無い!』が正解で、ヨーロッパの国々の首都を列挙するのが裏正解だと発表された。

 分かるわけ無いでしょうがそんなもの!!!

 

「どうやら真面目に考えちゃいけないタイプのクイズみたいね」

「そ、そうだね……って言うか、裏正解に辿り着いた霧島さんと御空さんって一体……」

 

 

 

 

『さて、続けて第二問!

 今からコインを5回ほど投げます。

 この時、4投目までに表・裏・裏・表という順番で出てくる確率は1/2の4乗で1/16となります。

 では、5投目に表が出る確率はいかほどでしょうか?』

 

 

 随分と簡単な引っ掛け問題ね。さっきみたいに裏正解は……無いと信じたいわ。

 

「吉井くん。勿論答えは分かるわよね?」

「うん! 1/37だね!!」

「……えっ?」

「え? だから、1/37」

 

 ……お、おかしい。この問題の典型的な誤答は『1/32』であって37なんていう数字は一切出てこない。

 まさか何かアタシが気付いていないロジックがあるの!?

 

「……吉井くん、その数字どうやって出した?」

「え? どうやってって言われても……16×2だから……あれ、32だ」

「…………」

「ご、ごめん! 1/32だ!」

 

 どうやらただの計算ミスだったらしい。ホント安心した。

 

「……ちなみに正解は1/2よ」

「えええええっ!?」

 

 

 

 

『では、第三問!

 それではまたコインを使った問題です。

 今回使用するこのコイン、ある人が適当に鋳造したものなのですが……何を間違えたのか、両面とも表になってしまっています。

 では、このコインを投げた時、表・裏・裏・表・表となる確率は何分の一でしょうか?』

 

 

「……愛子、何言ってるのかしら」

「えっと……さっき『両面が表』って言ってたよね……?」

 

 深読みするのであれば、両方とも絵柄は同じだけど裏表はあるという事だろうか?

 もしそういう事であれば表裏裏表表になる確率は1/32だ。

 けど……それを誰が判定するというのか。両面が同じ絵柄だったらコイントスした時の判定がまず無理だろう。

 

「……単純に0%かしらね」

「そういう事になるのかなぁ……」

 

 

『はい、そこまでです!

 う~ん……今回も何組かが裏正解に辿り着きましたね』

 

 

 えっ、裏正解あったのこれ?

 

 

『そう、私は『何分の一か』と訊ねたのです。

 0%という答えも間違ってはいませんが……分数で答えるのなら分母は『無限』となります。

 裏正解に辿り着いた方は、先ほどと同じく2点を差し上げます!』

 

 

「騙されたっ!!」

「む、無限分の1……どゆこと?」

「吉井くん。1個しか無いものを無限にバラバラにし続けたら残った1欠片の大きさってどれくらいになる?」

「えっと…………ほんのちっちゃな欠片が残って……いや、それも更に分けるのか。0になるのかな?」

「そういうコト。正確にはゼロ除算と同じく真っ当な数学の式じゃないんだけどね。

 確率ゼロを強引に分数で表すなら1/∞が答えになるわ」

 

 無限の概念は下手すると数学じゃなくて哲学の領域に足を突っ込む分野だ。

 数学だけで考えて計算をするのであれば極限を使って『1÷ほぼ∞=ほぼゼロ』という風にするべきね。これならただの数学で対応できるから。

 

「一応分かったよ。なるほど……」

 

 しっかしまぁ、まるで学校のテストみたいな回答ね。

 一応ただのゼロでも正解で、正確な回答はあくまでもボーナスなのはある意味学生らしい設定かもしれない。

 

 

 

 

 

 『では次の問題です!

  ここに3枚のコインがあります!

  ……が、1枚は偽物のコインで、見かけは全く同じですが重さが違います。

  この偽物を天秤を使って判断する時、計測の最小回数は何回でしょうか?』

 

 

「……一瞬だけ1回かと思ったけど、それだと無理なのね」

「え? どうして?」

「だって、偽コインが本物より重いのか軽いのかが明言されてないんだもの。

 どうやったって2回必要よ」

「あ、そっか……っていやいや、1回でイケるよ!」

「…………」

 

 また誤答に引っかかったパターンだろうか?

 単純に間違えるならまだしもアタシの回答を否定しておいてそれはどうなの?

 

「あ、もしかして疑ってる? でも絶対に1回で済むよ!

 これが間違ってたら鉄人に告白したって良いね!」

「そんな事されてもアタシには何の得も無いんだけど?」

「た、確かに。それじゃあ……何か美味しい物でも奢るよ!」

「……大丈夫なの? チケットを売ろうとしたくらい切迫してるみたいだけど」

「それくらい本気って事だよ」

 

 大丈夫ではなさそうね。まぁいいか。奢ってもらうにしても適当に安い所で済ませてあげましょう。

 

「それじゃあ、アタシが間違ってたら……そうねぇ、何でも言うことを1つ聞いてあげるわ」

「う~ん……それはそれで微妙に扱いに困るような……」

「どう使うかは勝ってから考えれば? そろそろ発表されるわよ」

 

 

『それでは答えを発表します。

 最小回数、それは1回です!』

 

 

 …………えっ?

 

「ほら言ったじゃん!」

「ちょ、ちょっと待って!? ええっ!?

 い、一体どうやるの!?」

「簡単だよ。天秤に1枚ずつ乗せて、釣り合ったら残りが偽物だよ」

「いやいや、それくらいは分かるわよ。もし釣り合わなかったらどうするのよ!?」

「それ、考える必要ある?」

「……えっ?」

 

 そう言えば、確かに。

 アタシは無意識の内に『最悪のパターンの中での最小回数』って考えてたけど、良く考えたらただの『最小回数』しか問われていない。

 だからむしろ『最良のパターンの中で』考えるべきだった。

 

「……吉井くん、どうして分かったの?」

「う~ん……木下さんが2回って言ったからかな」

「どういう意味?」

「だって、問題製作者ってほぼ間違いなくあの剣だよ?

 ここまで散々変な問題ばっかり出してたんだから、そろそろ皆慣れてきて警戒するはず。

 だったら、答えが簡単に出せるとは思えない。

 だから、木下さんの事をあえて疑ってみた。もしかしたら1回で済む方法があるんじゃないかなって。

 そしたら思いついたよ」

「……なるほど」

 

 問題製作者がほぼ間違いなくあの狂人だという事はアタシも同意できる。

 アレを相手に勝利を確信した時点で負けてたって事ね。安直な答えに飛び付かずに考え続けた吉井くんの勝利だ。

 

「はぁ、仕方ないか。

 吉井くん。何でも1つだけ言うことを聞いてあげるわ。ただ、あんまり無茶なのは止めてね」

 

 テキトーに放った言葉だけど、言っちゃったものは仕方ない。

 試召戦争の時の事を思い出すわね。今度こそ付き合ってくれって言われたらどうしよう。

 ……吉井くんに限ってそれは無いか。

 

「微妙に扱いに困るんだよね……

 ……あ、そうだ。それじゃあ今度何か奢ってよ。僕が負けた時の約束はそんな感じだったし」

「それだけで良いの? あんまり高い店は無理だけど……程々の所に案内させてもらうわ」






「というわけで、クイズ大会4問目までの優子視点だ」

「優子さんの成績は○○○×
 吉井くんの成績は○×○○
 競ってるわね」

「どちらも裏正解は出していないようだな。
 まぁ、それが普通なんだが」

「ちなみに私の成績は◎○◎○だから圧倒的に勝ってるわ!」

「全問正解者に勝てる奴が居る訳が無いだろうに」

「まぁそうだけど。
 しっかしまぁ……この2人、恋愛っぽい雰囲気が無いわねぇ」

「リメイク前では急過ぎたんでな。その反省をもとに進めているようだ。
 ……あんまりのんびりし過ぎると他のキャラのフラグ管理が厄介な事になるんでそれはそれで問題なんだがな」

「筆者さんがまたギャルゲーやってる……」

「いつもの事だ。
 ……ちなみに、具体的には学力強化合宿編までにフラグが立たないとルートが1つ潰れる事になる」

「近っ!? もうすぐじゃん!!」

「正確には『予定しているルート』が潰れるだけで、上手いこと迂回できる可能性は十分あるけどな。
 まぁ、なるようになるさ」


「ホントかなぁ……
 では、次回もお楽しみに!」


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04 2人の回答

『さて、次で最後の問題です』

 

 

 どうやら次の5問目で最後らしい。

 捻くれきったクイズ大会の最後の問題だ。どんな恐ろしい問題が出てくるのやら。

 と、覚悟を決めていたがその前に愛子からこんな言葉が飛び出した。

 

 

『ですが、次の問題に移る前に皆様に質問させていただきます。

 この問題の製作者に殺意を覚えた方はいらっしゃいますか?』

 

 

 ……何を言ってるのかしら。そんな当たり前の事を質問するなんて。 

 

 

『該当する方は挙手を……ああいえ、心の中で同意するだけで結構です。

 問題を深く疑わせて、更に嵌めるという行為。殺意を抱かないはずは無いですから。

 そんな製作者ですが、皆さんに『疑う』という事をやってほしかったそうです。

 疑う事は何も恥ずかしい事じゃない。世の中にはこんな問題を出すひねくれた奴も居るんだから。と。

 ……では、改めて問います。今、あなたの隣に座っている人は、信用に足りますか?』

 

 

 隣に座ってる人……通常であればクイズのパートナー……と言うかカップル。

 アタシの場合であれば、吉井くんの事になるか。

 信用に足るか、ねぇ……

 

 

『それでは第五問です。

 まず、テーブルの下にもう1枚のフリップボードが置いてあります。それを手に取ってください。

 そして、それぞれのフリップボードを手に取り、自分が最も信頼する人物の名をそこに書いてください。

 この場に最も相応しい回答を出した方々に10点を差し上げましょう。

 回答の制限時間は2分です。それでは始めてください!』

 

 

 ここでお互いの名前を書く事が正解って事でしょうね。

 あの狂人の事だから性格悪い問題が延々と続くものと思ってたけど、一応『カップルらしい』問題もちゃんと用意されてるのね。

 これが最終問題らしいんで『らしい』問題は一つだけって事だけど、逆に『信頼さえあれば十分』というメッセージ……なのかもしれない。そんな裏の真意なんて問題作成者に訊いてみないと分からないけど。

 

「……吉井くんだったら、誰の名前を挙げる?」

「う~ん……信頼してる人かぁ……」

 

 今現在付き合ってる人が……居るとは思えないけど、もし居るならその人だろう。

 そうでないなら例えば……

 

「例えば……家族とか?」

「……何言ってるの木下さん。あの人達は悪い意味でしか信用できないよ」

「そ、そう」

 

 真顔で返されてしまった。吉井くんの家族は一体全体どんな人なんだろう? 逆に気になる。

 

「それじゃあ……クラスメイトとかは?」

「……強いて言うなら秀吉かな。雄二も剣も信用しちゃいけないタイプの人種だし。

 ムッツリーニは……まぁ、一応信用できるかな」

「ムッツリーニ?」

「うん。あ、えっと、本名は……確か、土屋康太……だっけな」

「ああ、土屋くんね。なるほど」

 

 Fクラスの内情についてそこまで詳しいわけじゃないけど、試召戦争の5対5の戦いで出てきた人達の名前くらいは朧げだけど全員覚えている。と言っても、もともと顔見知りだった剣くんと、有名人だった姫路さん、あと代表の坂本くんは元から覚えてたけど。

 土屋康太くん……確か、保健体育の点数がとんでもなかった人だったわね。

 

「……秀吉が信用できるかは置いておくとして、信用できない2人については完全に同意するわ。

 しっかし、見事に全員男子ね。女子は居ないの?」

「え? だから秀吉」

 

 ……そう言えば、吉井くんも愚弟を女子扱いしてるアホの1人だったわね。

 でもまぁ、アタシ経由で秀吉にラブレターを送ろうとしたり、あろうことか秀吉と間違えてアタシに告白してくるようなバカどもと比べたら実害は無いので置いておこう。

 

「じゃあ……秀吉と、男子全員を除いたらどうなの?」

「秀吉意外の女子って事? そうなると2人しか居ないけど……う~ん……

 美波は何だかよく分からない時があるし、姫路さんも最近何か奇行が多い気がするし……『信頼できる』っていう人は居ないかな」

「ふ~ん。そうなの」

 

 そりゃそうか。信用できる相手が居るなら今頃付き合ってるでしょう。

 この場にもアタシとではなくその人と来ているはずだ。

 

「あ、でも……」

「?」

「学年全体で言うなら、強いて言うなら木下さんかな」

「…………ええっ!?」

 

 ちょ、ちょっと待って!? この問題はカップルに互いの名を書かせる事が目的なのは明白だ。

 そんな問題でアタシの名を挙げるというのは……ある種の告白のようなものじゃないだろうか?

 

「ど、どうしたの木下さん、顔が赤いけど……熱でもあるの?」

「にゃっ、ななな何でもないわよ!!」

「そう? 体調が悪くなったらいつでも言ってね」

「え、ええ。分かってるわ!」

 

 お、落ち着けアタシ。相手は吉井くんだ。

 もしかしたらまた何か変な勘違いをしているだけの可能性もある。

 例えば……そう、問題の意図を理解していない可能性だってある!

 …………何だかこれが正解な気がしてきた。何やってるんだろう、アタシ。

 一応、確認しておきましょうか。

 

「……吉井くん。この問題の模範回答は当然分かってるでしょうね?」

「模範回答? 勿論だよ!」

「……じゃあ、言ってみて?」

「そんなの『信頼する人の名前を書く事』だよ!」

「…………」

 

 正しく意図を理解していたなら、『好きな人の名前を書く』となるはずだ。

 何だ、ただの思い過ごしだったか。

 

「どうしたの? 何だか少しがっかりしてる気がするけど?」

「ガッカリ? 気のせいでしょ」

「そうかなぁ……まぁいいか。

 ところで木下さんだったら誰の名前を書くの?」

「誰って……そりゃあ……」

 

 信頼できる人。

 愚弟とかは論外として、誰か1人だけ挙げるのであれば……

 

「……っ! し、知らないわよバーカ!」

「えっ、何で突然罵倒?」

 

 こんな事、言えるわけが無い。

 候補の1つとはいえ、一瞬だけ吉井くんの名前を思い浮かべた事なんて。






「……前回と打って変わってラブコメしてるわね」

「うちの駄作者は大雑把な方針を立てた後はノリと勢いで書き進めるという方針で執筆しているが……このタイミングでフラグを立てる予定は皆無だったそうだ」

「じゃあ何でフラグ立ってるのよ」

「ノリと勢いで書いていたらこうなっていたらしい。
 まぁ、恋愛的な要素は置いておくとして、単なる『信頼』であればこれまでの出来事で一定の評価は得られているはずだ。
 優子→明久はいわずもがな、明久→優子に関しては……他の比較対象がアレなんでな」

「原作メインヒロインさんとサブヒロインさん……ただの当て馬になってる気が……」

「明久を落とせなかったヒロインどもが悪い。
 その辺は置いておくとして、恋愛に関わらないイベントを積み重ねて印象を重ね、告白などの強イベントで一気に恋愛に変換させるのは筆者の常套手段だったりする。
 なお、元ネタは明久と同じ声の人が主人公の某漫画」

「互換フラグの理論ね。リメイク前でも別の人相手に使ってたっけ」

「自称、ロジカルな恋愛描写を目指しているからな。理屈付けは面倒だが面白いとは筆者の弁だ」


「では、次回もお楽しみに!」


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05 リハーサル

 ウェディング体験争奪クイズ大会は代表と坂本くんのペアの優勝に終わった。

 ドレスやメイクの準備があるからしばらくはまた自由時間だ。

 

「さてと、どうしましょうか。どこか行きたい所ある?」

「そう言われても……僕もここに詳しい訳でもないから」

「じゃ、詳しい奴に尋ねるとしましょうか」

 

 その相手とは勿論、つい先ほど壇上から降りてきた剣くん(+御空さん)だ。

 ここのバイトとしてせいぜいこき使ってやるとしましょう。

 

「剣くん、お勧めの場所とかある?」

「おいおい、もうちょっとこう健闘を讃えてくれてもいいじゃないか」

「いや、アンタ何もしてないでしょ」

「ごもっとも」

 

 御空さんの数合わせで参加していただけであり、剣くんは全く何の役にも立っていなかった……はずだ。

 と言うか、立っていたら八百長もいいところだ。

 

「お勧めねぇ……それじゃあカップル用……」

「それは止めなさい」

「……カップル用施設を縛られると選択肢が8割ほど消し飛ぶんだがな」

「どんだけ偏った設計思想をしてるのよ!?」

「いや、僕に文句言われても」

 

 悔しいけど正論だ。ただのバイト(自称)である剣くんに文句を言っても仕方ない。

 

「……あ、そうだ。今しか案内できない良い場所があった」

「…………どんな場所?」

「そんな嫌そうな顔をするな。一応カップル向けの施設ではあるが、貴様らが使うわけじゃない」

「どういう意味?」

「雄二たちのウェディング体験よりも前に1組だけウェディング体験をする。

 まぁ、体験と言っても豪華版じゃなくて簡略版の体験だが」

「一体誰が……って言うか何でそんな事を?」

「本番前のリハーサルみたいなもん。

 ……という名目で僕がねじ込んだ」

「……何やってるの」

「そして、体験をするのはうちの姉と貴様の弟だ」

「……はい?」

「更にぶっちゃけた話をするなら光にはサッサと秀吉とくっついてほしい」

「え、ちょっ、ええっ!?」

「うちの姉は完璧に秀吉に惚れ込んでいるんだが……本人のプライドが邪魔しているのか素直にならなくてな。

 秀吉が告白でもしてくれれば万事解決しそうだが……まぁ、そこまでは望まん。この機会に秀吉が光を意識してくれれば十分だ」

 

 そんな話をさも当然のような顔でぶっちゃけられてもねぇ……

 

 

「そ、そんな! 秀吉と光さんが結婚!? 同性婚はできないはずなのに!!」

「いや、吉井くん。秀吉くんは女子じゃないからね?」

「ははっ、御空さんでも冗談を言うんだね」

「冗談を言ったつもりは全く無いんだけど……」

 

 

 吉井くんの中では相変わらず秀吉は女子扱いのようだ。

 そんなどうでもいい事は置いておいて……とりあえず、1つ言いたい事がある。

 

「アンタ、バイト先で一体全体何してるの?」

「…………バイトだ」

「バイトの範疇を明らかに越えてる気がするんだけど?」

「気のせいだ」

 

 これ以上突っ込んでも意味は無さそうなのでそういう事にしておきましょう。

 

「とにかく……アタシはどうすれば良いの? 秀吉と光をくっつける手伝いでもすれば良いの?」

「手伝ってくれるなら有難いが、無理に協力する必要は無い。

 今だって単に見物できるって提案しただけだし」

 

 そう言えばそうだった。今日アタシたちが来たのだって剣くんの想定外なわけだし、アタシたちの協力を前提とした計画を練っているわけが無い。

 本当に単純に見物の提案をしただけみたいだ。

 ……ついでのように爆弾情報を投下していったけど。

 

「……そう言えば、姉と秀吉が結婚までしたら貴様は義理の姉になるな。よろしくな義姉さん」

「勘弁してちょうだい!」

 

 この狂人が義理の弟だか兄だかになるのは勘弁してほしい。

 そういう意味では光には破局してもらった方が……いや、光はそこそこまともだから流石に不幸を願うのは忍びない。

 ……気にしない事にしましょう!

 

「で、どうする?」

「そうねぇ……行くだけ行ってみましょうか」

 

 

 

 と言う訳で、4人で式場へと向かう。

 

「しっかし、結婚ねぇ……私にはまだまだ早い話ね」

「貴様は16歳以上だろう? 結婚は可能なはずだが」

「そういう意味じゃないから!!」

 

 剣くんと御空さんのコントを聞き流しながら歩みを進める。

 結婚が可能か不可能かで言えばアタシも一応可能ではあるのよね。と言うか、アタシの同級生は全員16歳か17歳だから女子は結婚可能で男子は不可能だ。

 勿論、結婚する気なんて皆無だから意味の無い話だけど。

 

「ところで剣くん」

「ん?」

「念のため訊いておくけど、あのクイズは剣くんが考えたのよね?」

「フッ、当然だ」

「そのドヤ顔止めなさい。褒めてないから」

「フッ、まぁいいだろう。

 ……あ、そうだ。せっかくだから感想を聞かせてくれ。今後の似たようなイベントの参考になるから」

「あんなのと似たイベントをまたやる気なの?」

「さぁ? 反響次第だな」

 

 この狂人を放っておいたら如月ハイランドが疑心暗鬼を呼ぶ破局スポットになってしまうんじゃないだろうか?

 いや、流石に無いか。無い……と信じたい。

 

「と言うか、感想なんて1つしか無いでしょうが。

 性格悪すぎでしょう!? 何なのあの悪意にまみれた問題群は!!」

「ハハッ、褒めるな」

「褒めてないから!」

 

 やっぱりこの狂人の相手は疲れる。

 御空さんだけじゃなくてコイツにとっても結婚はまだまだ早そうね。

 

 

 

 

 

「ん? ああ、ここだ。ここが式場だ」

 

 剣くんの案内に従って数分、教会のような建物に着いた。

 遊園地の中に教会が設置してあるって……どんだけ本格的なのよ。

 

「……ちょっと気になったんだけど、他の宗教の信者はどうするの?」

「安心しろ。本格的な教会っぽく見えるが実はハリボテだけのパチモンだ。

 そもそも、結婚式にこだわる敬虔な信者はこんなイロモノ染みた施設で式など挙げん」

「確かにそうかもしれないけど! もうちょっとまともな言い方はできないの!?」

「ちなみに、小規模なものだが本物の教会も一応併設されている。

 結婚式の際にそれっぽく神父をやるらしい。

 特に信仰など無いが雰囲気だけを楽しみたい人向けだな」

 

 また無駄に凝った設備を……ここの設備を企画した人は一体何を考えていたのかしら。

 

「それじゃ、入るとしよう。

 チィーッス、順調に進んでおわっ!?」

 

 扉を開けた瞬間、剣くんの顔面目がけて何かが中から飛んできた。

 間一髪で躱したそれは私たちの数メートル後ろの地面にぶつかりガシャンと音を立てて割れた。

 ……花瓶か何かだったらしい。当たったらただじゃ済まなかっただろう。こんな事をしたのは……と言うか、こんな事が可能なのはアタシの知る範囲ではそう居ない。

 

「チィッ、外したか。どうして避けるの兄さん!! 大人しく喰らいなさい!!」

「嫌だよ! 痛いだろうが!!」

「そう。そういう事なら痛みを感じる前に昇天させてあげるわ」

「余計過ぎるお世話だ!!」

 

 そう。今日ここに居る人の中では光くらいしか知らない。

 半ば強引に秀吉と結婚体験させられてるって話だからこの反応も無理は無いか。

 

 そんな兄姉喧嘩は放っておいて中に入る。

 広い会場に居るのは数人のスタッフと新郎新婦役だけ。少し寂しい気もするけど、客を閉め出したリハーサルだから妥当な人数ね。

 

「秀吉、来てあげたわよ。どう? 新郎になった気分は」

「おお姉上。来たのじゃな。

 気分と言ってものぅ……あっ、男役でなおかつ主役というのは嬉しいのぅ。演劇部では何故かなかなか回ってこないのじゃ」

 

 うちの愚弟はどうやら完全に劇の延長の気分みたいね。剣くんは光とくっつけようと画策してるみたいだけど……果たして上手く行くのだろうか。

 

「ほら、光、どうどう。時間も押してるんだからリハ始めるぞ」

「……まぁいいでしょう。但し、後で覚悟しておくことね」

「……ひゅ~、ふひゅ~」

「口笛、吹けてないわよ?」

「♪~、♪~」

「いや、ちゃんと吹けって意味じゃないから!!」

 

 

 

 

 

 そんなこんなでリハーサルが始まった。

 始まる前は不安だったけど、あれだけ不満を漏らしていた光も始まったらちゃんと役に徹しているようだ。

 

『汝、木下秀吉は空凪光を愛し、健やかなる時も病める時も共に支えあう事を誓いますか?』

「はい、誓います」

『それでは、汝、空凪光は木下秀吉を愛し、健やかなる時も病める時も共に支えあう事を誓いますか?』

「はい、誓います」

 

 秀吉は新郎を、光は新婦を演じている。

 2人をくっつける為に擬似的な結婚をさせるというのはどの程度の効果があるものなんだろうか?

 

『それでは、誓いのキスを!』

 

 ……ああ、そこまでやるのね。ただのリハーサルなんだからやったという体で省略しても良さそうな気がするけど……

 剣くんが企画したこのリハーサルでそんな事が有り得るだろうか? いや、無いだろう。

 

「ひ、秀吉が女子とキスなんて……

 ……ハッ! そうか、アレは役に徹しているだけであって本心からじゃないね!!」

「激しくツッコミたいけど、言ってる事自体は合ってるから突っ込めないという」

「……さて、姉さんはどう動くか。まぁ、黙って受け入れるだろうな。合法的にキスできるチャンスを逃すはずもない」

 

 このまま順調に進む。それが剣くんの予想だったようだ。

 しかし、そんな予想を覆すように、こんな声が響いた。

 

 

「ちょっと待った!!」






「と言う訳で実はやっていた秀吉と光の擬似結婚式だ」

「……一応確認しておくけど、この時点で光さんは秀吉くんにベタ惚れなのよね?」

「ああ。そういう設定だな」

「じゃあ何でキミが襲われてるの」

「光はツンデレだからな」

「ツンデレっていうレベルなのかしらこれ……」

「前世と微妙に性格が変わってるとかいう説がある。
 あと、光に限った話ではないが、リメイク版ではカップル成立のハードルが上がっているな。
 まぁ、リメイク前がむしろ簡単過ぎたと言うべきか。関係性を固めてから進める方が執筆はずっと楽だからな」

「分からない話でもないか。一言で言うと筆者さんの能力不足ね」

「今回は未来をある程度知っている状態で書いてるからな。中途半端な状態を維持する事も不可能ではないという訳だな」


「では、次回もお楽しみに!」


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06 束の間の会話

「ちょっと待った!!」

 

 そんな声を上げて誓いのキスを止めたのは……壇上の秀吉だった。

 

「これはあくまでもリハーサルなのじゃからそこまでやる必要は無いじゃろう!」

 

 真っ当な正論が秀吉の口から飛び出した。と言うかアタシも考えていた事だ。

 さて、剣くんはどうするのだろうか?

 

「なるほど……確かに。

 ……じゃあ、いいか♪」

 

 あっさりと、諦めた。

 え? いいの? 何か企んでたんじゃないの?

 

「……と、大人しく引き下がっても良いんだが……まぁ、少しだけ語らせてもらおうか。

 秀吉。ここで女子とキスしておけば男子からの告白が減るぞ」

「いや、確かにそうかもしれぬが……しかしのぅ……」

「それを理解した上で、合法的にキスできるこの機会を蹴ると」

「う、うむ。そうじゃ!」

「……そうか。なら良いだろう」

 

 そしてやっぱりアッサリと諦めた。

 今の問答、何か意味があったのかしら?

 

 

『それでは、結婚式体験を終了します!

 ……ふぅ、本番もこの調子で行きましょう!』

 

 

 

 

 秀吉たちの結婚式体験も終わり、もうしばらくしたら代表たちの結婚式体験が始まるらしい。

 その僅かな時間でどこかに行く当ても無い。

 剣くんは何か用事があるらしくどこかに行き、御空さんもテキトーに辺りを散歩してくるとか何とか。

 秀吉たちも戻ってこないので吉井くんと2人でのんびり過ごす事にする。

 

「秀吉は女子とのキスを拒否した……つまり僕にもまだチャンスが!」

「無いと思うわよ。っていうか何がキミをそこまで駆り立てるの。一体全体秀吉のどこが好きなの」

「う~ん……頭のてっぺんからつま先まで全部かな♪」

「吉井くん。適当にごまかしてない?」

「そんなつもりは無いけど……」

 

 吉井くんがボケているだけだと信じたい気もするけど、うちの愚弟は本当に男子に告白されるような奴だからなぁ……

 この発言も多分本気なんだろうな。

 

「それじゃあちょっと質問を変えてみましょう。

 吉井くんは秀吉のどこが好きなのか。顔? 性格?」

「う~ん、両方かな」

「……そう。

 ……ちなみにだけど、アタシの顔はどう思う?」

「え?」

「親でもたまに間違えるくらいアタシと秀吉は外見が似てるけど、どう思う?」

「う~ん…………秀吉の方が可愛いかな!」

 

 ……お、落ち着きましょう。先に質問したのはアタシだ。

 たとえ貶されたからといって怒るのは良くないわ。

 男である秀吉の方が可愛いとか言われたくらいじゃアタシは動じないわ!

 

「……そう。ふーん……」

「うん。そうなんだよ。

 木下さんはどちらかというか可愛いと言うより綺麗って感じだからさ。2人を比べるならそんな感じだよ」

「えっ、そうなの?」

「うん! 何て言うか、木下さんの方がクール? な感じ。

 確かに顔はほぼ同じだと思うけど、滲み出る雰囲気みたいなものが全然違う。

 ってアレ? これだと性格にも関係してる……? まあいっか。

 顔も性格も含めて、秀吉は可愛い。優子さんはクールで綺麗だね!」

「そ、そう、なんだ。ふ~ん……」

「あれ? 何か顔が赤いけど、風邪でも引いた?」

「にゃっ、なんでもないわよ!!」

 

 吉井くん……天然の女タラシなんじゃないだろうか?

 一旦深呼吸をして落ち着きましょう。こんな風に口説かれた経験くらいアタシにも……いや、無い気がするけど、とにかく平常心、平常心……

 ……ふぅ、落ち着いた。

 

「秀吉についてはこんなもんにしときましょう。

 それじゃあ……そうね……最近勉強は捗ってる?」

「とっ、とととと突然何を!? い、いや、も、ももも勿論だよ!!」

 

 会話の主導権を握る為にも適当な話題を考えてみたけど、効果は劇的だったようだ。

 一応言っておくけど、吉井くんの家庭科の点数だけがやたら高くてそのせいで負けた事を恨んでこんな話題にしたとか、そんな事実は無い。無いったら無い。

 

「キミねぇ……Fクラスになっちゃったんだから、せめて来年に向けて頑張ろうとかいう気持ちは無いの?」

「いや、ホラ、そこは試召戦争があるし」

「確かに教室の設備を交換する事はできるけど……代表と副代表の2人は純粋に腕試しがしたいだけみたいだからそれだけに頼るのも良くないと思うわよ?」

「え? そうなの?」

 

 何故アタシに察せて吉井くんには察せないのだろうか? ちょっと鈍感過ぎやしないだろうか?

 

「絶対に交換しないってわけじゃないけど、そればっかり頼りにするのは良くないって事。

 それに、将来の為にも勉強はしておいた方が良いわ」

「で、でも! 将来古文だとか三角関数だとかなんてそうそう使わないよ!」

「確かにそうだけど、勉強っていうのは内容じゃなくて『自力で努力して身に着ける事』が大事なの。

 将来使わないからってだけで逃げるべきではないわね」

「むぐぐぐぐ……」

 

 討論でアタシに勝とうだなんて100年早いわね。

 これで心を入れ替えて勉強してくれると良いけど、流石にそんな都合良くは……ってアレ? 何でアタシは吉井くんの心配をしてるの?

 

「そ、それだったら木下さんが勉強を教えてよ!」

「え? いいけど」

「……えっ?」

 

 ある種のキラーパスのつもりだったのかもしれないけど、アタシにとっては全く問題ない。

 手取り足取り勉強を叩き込むとなると流石にちょっと困るけど、ある程度教えるだけならむしろ自身の勉強の再確認にも繋がるからだ。

 そうする事で基礎的な問題の回答速度を上げる事ができるし、ケアレスミスも削減できる。残念だったわね。

 

「うぅぅ……分かったよ。しっかり勉強します」

「本来ならアタシに説得される前にやる事のはずなんだけどね……

 携帯は持ってきてる? 貸しなさい」

「うん……うん? 何に使うの?」

「いや、連絡先を交換する為に決まってるでしょ。

 って言うか、今日の待ち合わせの前にやるべきだったわね」

「……確かに」

 

 そうすれば急用で遅れるとか、待ち合わせ場所で見つからない時に連絡する事ができたはずだ。

 尤も、そんな必要も無かったけど。

 

「これで完了っと。はい、返すわね」

「うん。ありがと」

 

 新しく番号が登録された携帯をふと眺める。

 異性の連絡先……か。

 まぁ、だからどうしたって話だけどね。






「結婚式なんてサラッと終わらせて明優のターンだ」

「ホントにサラッと終わったわね……アレで大丈夫だったの?」

「詳しい事は後の僕視点の話で補完する予定だ。
 それはそうと、今回もラブコメ成分が強かったな」

「吉井くんは天然タラシ。下げて上げるとかいうテクニックすら無意識でやらかすっていう」

「今すぐ恋愛なフインキになる事はまだ無いようだな。きっと優子が真面目だからだろう」

「雰囲気ね」

「細かい事は気にするな。
 次回は代表どもの結婚式:優子Sideになるな」


「では、次回もお楽しみに!」


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07 結婚式 side優子

 しばらくして、代表たちの結婚式体験が始まるアナウンスが園内に流れた。

 その後、アタシたちが居る会場に続々とお客さん達が集まってきた。

 

「一番乗りだから自由な席に座れるわね。どうする? どの辺に座る?」

「う~ん……正直どこでもいいかな……木下さんに任せるよ」

「そう。じゃあ、真ん中から少し横に逸れた辺りにしましょうか。

 流石に最前列やド真ん中に居座る気は無いし、隅っこ過ぎてもよく見えないだろうから」

「そうだね。そうしよう」

 

 

 

 

 

 

 

『皆さん、お待たせしました!

 只今より、如月ハイランドウェディング体験を始めます!』

 

 ようやく始まった。

 クイズの時と同様に愛子が司会をやるらしい。

 

『それでは、新郎の入場です! 皆さん、拍手でお迎え下さい!』

 

 呼ばれてステージに現れたのはキッチリとタキシードを着込んだ坂本くん。

 衣装まで用意するなんて、結構本格的なのね。実際にオープンした際には衣装のレンタルとかもやるのかしら?

 ……あるいはその場でオーダーメイドで作ったりして……? 如月グループなら不可能じゃなさそうなのが少し怖い。

 

『ではまず、新郎のプロフィールを……

 ……省略します』

 

 省略するのねそこ。赤の他人であるお客さん達は興味ないだろうから妥当と言えば妥当だけど……

 

 

『まぁ、紹介なんざイラネーな!』

『そうそう、キョーミナシ!』

 

 

 ……こんな風に耳障りな声で騒ぐのはどうかと思う。

 意見には同意するけど仮とはいえ今は結婚式の最中だ。粛々と見守るべきでしょう。

 

『……それでは、新婦の入場です』

 

 いよいよ代表……霧島さんの入場だ。

 照明が落とされ、薄暗くなった部屋にスモークが焚かれた。

 そしてスポットライトが入場口を照らし出す。

 そこには……純白のウェディングドレスを纏った代表が佇んでいた。

 

「……凄い。綺麗」

「そうだね。雄二には勿体ないくらいだよ」

 

 私の小声での呟きに吉井くんが反応する。

 確かに坂本くんには勿体な……いや、そもそもそこまで坂本くんの事知らないや。

 中学の頃には何か凄い不良で、今はFクラスの代表って事くらいしか知らない。

 バカの代名詞とまで謳われた吉井くんだって話せば良い人なんだから坂本くんに関する悪評が単なる噂話である可能性も否定できないか。

 ……坂本くんの評判については今は置いておきましょうか。代表が今すぐ結婚するわけでもないし。 

 

 そんな風に考え事をしている間も壇上では式が進行していく。

 

 

『……雄二、私、お嫁さんに、見えるかな?』

『あ、ああ。そうだな。安心しろ。少なくとも婿には見えない』

『……夢だった』

『ん?』

『……ずっと夢だった。雄二のお嫁さんになる事が』

『翔子……』

『……私の想いは、全部そこに繋がってる。

 雄二に追いつく為に必死に勉強もしたし、美味しいものを食べてもらいたくてお料理も頑張った。

 ただそれだけの為に、ずっと頑張ってきた』

 

 

 うちの代表は冷徹な人形みたいに見られる事もある。と言うかアタシも実際に話すまでは似たような印象を抱いていた。

 でも、違う。単に脇目も振らない性格なだけだ。本当に真っ直ぐで、目標以外のものが殆ど見えていない。それだけだ。

 きっと学年の首席の地位も、霧島さんにとってはおまけに過ぎないのだろう。

 

 

『……でも、一番大事な事を忘れてた。それは雄二を知る事、そして雄二を信じる事。

 雄二は私の理想の王子様じゃない。きっと嫌な部分もあると思う。それでも私は信じてる。私の大好きな雄二だって事を。

 ……だから、私、頑張る。いつか本物の結婚式を挙げる為に』

 

 

 この2人の間に、かつて何があったのか。アタシは何も知らない。

 分かるのは、代表は坂本くんの事が好きだという事だけだ。

 だからと言って何かできるわけでもない。せいぜい応援する事くらいね。

 

 

『……翔子、俺は……』

 

 

 坂本くんが何か言いかけた。しかしその続きが放たれる事は無かった。

 

 

『あーあ、つまんない!』

 

 

 さっき騒いでいたチンピラカップルが騒ぎ出したからだ。

 

 

『マジつまんないこのイベントぉ~。人ののろけなんてどうでもいいからぁ、早く演出とか見せてくれな~い?』

『だよなぁ~。お前らの事なんてどうでもいいっての』

 

 

「くっ、あいつらっ!!」

「落ち着いて吉井くん。気持ちは分かるけど、今騒いだらアタシたちが式の邪魔になるわ」

「そうかもしれないけど……うぅぅ……」

 

 

『ちょ、ちょっとお客様お静かに……』

『アァ? 俺らに言ってんのか?

 って言うか、オヨメさんが夢だとか、そんなアホな奴居るわけがねーだろ!』

『そうそう! 何のコントってカンジ~』

『ああ、コントだったのか。なるほどな! ハハハハハッ!』

 

 

「何だとテメェら! もういっぺん言ってみやがれ!!

 霧島さんの夢を貶せるほどテメェらは立派な人間だっていうのか!?」

「ちょっ、吉井くん落ち着いて! 気持ちは分かるけど!!」

 

 友達の為にここまで激昂する事ができるのは美点だとは思う。

 けどお願いだから耐えて! 頚動脈を掻っ切ってやりたいような気持ちは凄く良く分かるけど耐えて!!

 

 どうしよう。どうすれば良いのよこんな状況。誰か何とかして欲しい。

 ……そんな願いが通じたのだろうか?

 

 獰猛な笑みを顔に浮かべた『彼』がやってきた。






「イッタイダレナンダー」

「先に坂本くん視点でやってるからモロ分かりね」

「いや~、こんなイケメンのカッコいい男子、僕は知らないな~」

「鏡を見てきなさい。そこに居るから」

「……鏡の中の世界なんてあるわけないじゃないか。ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし」

「どちらかというと物理学ね。ただの光の反射だから」

「……さて、内容としては雄二編でもやった結婚式の視点変更バージョンだな。
 正直書く必要があるのか微妙に謎だが……まぁ、気にしないでおこう」

「そうしときなさい。カットになったらそれはそれで面倒くさそうだから。

 それでは、次回もお楽しみに!」


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08 狂人の最終問題(観客視点)

 騒いでいるチンピラたちに向かって歩み寄る人影があった。

 白髪眼帯で左腕に真っ赤な包帯を巻いた中二病……剣の姿が。

 

 

「あぁ? 何だテメェ」

「お客様。何卒、静粛にお願いします」

「んだと? 文句あんのかコラ! 俺たちゃオキャクサマだぞ!!」

「文句が無かったらわざわざ言いませんよ。

 まったく、仮初のものとはいえ結婚式の場で騒ぎ出すとは。親の顔が見てみたいものだ」

「おいおい、もしかして喧嘩売ってやがんのか?」

「お客様も哀れな人だ。常識を教わらずに成長してしまったんですね。

 これからも色々と大変でしょうけど、頑張って生き延びて下さい」

「よーし分かった。10秒やる。それまでに土下座したら許してやるよぉ!!」

 

 

 内容が全然噛み合ってないけど、とりあえず剣が喧嘩を売ってる事は分かった。

 単純に喧嘩するだけだと逆効果だとおもうんだけど……

 

 

「ここは牧師をいつでも呼べるように教会が併設されています。

 そこならきっとあなたのような可哀想な迷える仔羊でも受け入れてくれ……」

「グチャグチャとうるせぇんだよ!!!」

 

 

 剣が、アッサリと殴られた。

 そして、思いっきり吹っ飛んだ。

 

 

「ちょ、ちょっと!? 大丈夫なの!? 意識はある!?」

 

 

 どこからともなく現れた御空さんが剣くんに駆け寄った。

 どうしよう。アタシも行った方が良いだろうか?

 

 

「う……ぐ、大丈夫だ。腕が痛い事を除いては……」

「えっ? そう言えば怪我して……って、何これ!? とんでもない事になっちゃってるわよ!?

 ……まさかとは思うけど元から……いや、有り得ないか。元々怪我してたのが悪化してこうなったって所でしょうね」

「そんな事より、医務室に連れて行ってくれないか? この施設は万が一お客様が怪我をしても迅速に治療ができるような設備が整っているからな!」

「そんな宣伝しなくていいから!! スタッフさん! 担架持ってきて!!」

「ついでに、暴れだす愚か者を捕える為の警備員も充実して……」

「まずは黙っときなさい!! 少しの振動でも相当痛むはずよこれ!?」

 

 

 どうやらアタシが手助けする必要は無さそうだ。

 医療スタッフらしき人達が剣くんを担架で運んで行った。

 

 

「ふ、ふん! 付き合ってらんねーよ! 俺は帰る!」

「あっ、リュータ! 待ってよ!」

 

 

 そんな騒ぎの隙に元凶のチンピラたちが逃げ出そうとした。

 けど、すぐに止められた。

 

 

「お客様、少々ご同行願えますかな?」

「なっ、何だテメェは!」

「申し遅れました。私、如月ハイランド警備課の叢雲(むらくも)と申します。

 先刻の騒動について何点か質問がありますのでご足労願います」

「こ、断る! 俺は今から帰って……」

「では、行きましょう」

「なっ、ちょっ、引っ張るな! わ、分かった! 付いていくから放せぇ!!」

 

 

 こうしてチンピラは迅速に連行されて行った。

 もうちょっと早く動いてほしかった気もするけど、ちょっと騒いでるだけだとそうもいかないのかもしれない。

 剣くんが怪我した事で初めて事件って事になったのね。

 

 

『え~、皆さん。予想外のハプニングはありましたが、結婚式体験を続行したいと思います!』

 

 

「ふぅ……良かった。吉井くん。ちゃんと続くみたいよ」

「そうだね……ありがとう、木下さん」

「え? 何が?」

「あの剣だったから上手い感じに収まったけど、僕が行ってたらきっと大変な事になってたよ。

 だから、止めてくれてありがとう」

「そんな事、気にしないでいいのに」

 

 吉井くんが分かりやすく怒ってくれたからアタシも冷静になれたという面もある。

 いやまぁ、吉井くんが居なかったとしてもアタシがチンピラに殴りかかるような事は無いとは思うけど……怒る姿を見て気が晴れたのは確かだ。

 何て言うか……格好良かったわよ。吉井くん。

 

 

『さて、本来なら牧師様を呼んで永遠の愛を誓う宣誓を行うのですが……今回は省略します』

 

『そしてその後の誓いのキスも……やっぱり省略します』

 

『誓いなんて必要ありません。何故なら、彼らが愛し合っているのなら、必ずまたここに来るからです。

 この後簡易体験される皆様も、誓いは結構です。

 今、皆様の隣に立つ人物が共に人生を歩むに相応しいと確信が持てた時、そして年齢的な条件を満たした時、またこちらにいらしてください。

 私たちスタッフ一同、皆様の人生における一つの終着点を、そして新たなる始まりを全力で応援させて頂きます』

 

 

 これも剣くんの台本なんでしょうね。

 『共に人生を歩む』か。改めて考えると、結婚ってホントに重い。

 でも、きっといつかは結婚しなくちゃならないんでしょうね。

 一生結婚しないっていう選択肢もあるわけだけど……う~ん……

 

 

『以上で、如月ハイランドウェディング体験を終了させて頂きます。

 ご来場の皆様、ありがとうございました!』

 

 

 あら? 終わったみたいね。

 

「この後は……どうしましょうか」

「とりあえず、剣の様子を見に行きたいかな」

「……そうね。怪我してたみたいだし」






「結婚式後編終了だ」

「別名、当たり屋回ね」

「間違ってないから否定し切れんなぁ……」

「今回も別視点と流れ自体は変わってないわね」

「コメントしにくいなぁ……」

「じゃ、切り上げましょっか。
 次回もお楽しみに!」


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そして2人の関係は始まる

 剣くんのお見舞いに行く事になった。

 と言ってもスタッフではないアタシたちには場所は分からないので、知っていそうな人に訊く事にする。

 

「もしもし愛子。今時間ある?」

『え? う~ん……今ちょっとバイト中だから……』

「大丈夫よ。見てたから」

『へっ? も、もしかしてここに居るの!?』

「ええ。立派な司会だったわ。

 医務室に運ばれて行った剣くんのお見舞いがしたいんだけど、場所分かる?」

『そこも見てたんだネ。

 とりあえずそっちに向かうよ。今どこに居るの?』

「式場の前よ」

『オッケー。今行く』

 

 

 

 

 

 そして、数分も経たないうちに愛子がやってきた。

 

「お待たせ~。まさか優子がこんな所に来てるなんてネ~。

 しかも吉井くんと一緒に」

「まぁ、色々あってね。それより、医務室は?」

「その『色々』を根掘り葉掘り聞きたいけど、今はバイト中だから後にしとくヨ。

 こっちだよ。付いてきて!」

 

 一応お客さんの案内も仕事の内に入るのだろうか? そして仕事だからバイト中でも大丈夫と。

 妙な所で真面目なのは愛子らしいのかな。

 

 

 

 

 

 

 私たちが医務室に辿り着くのとほぼ同時に剣くんが出てきた。

 

「ん? どうしたお前らそんなにぞろぞろと」

「いやいや、キミのお見舞いだヨ。

 怪我してたみたいだけど……」

「ハッ、あの程度ツバ付けてテーピングしときゃ十分だ」

「え? 意外と軽い怪我だったの?」

「ああ。医者のヤローはギプスしろとかうるさかったけどな」

「それ絶対軽くないヤツだよね!?」

 

 詳しくは知らないけど……ギプスが必要になるのは骨折レベルの怪我なんじゃないだろうか?

 そしてそれは断じてテーピングだけで済ませて良いものではない。

 

「ああ安心しろ。テーピングと言ってもソフトではなくハードだ」

「そういう問題じゃないからネ!? テーピングな事に変わりは無いよ!!」

「うるさい奴だな……そんな事より結婚式は無事に終わったのか?」

 

 どうやら剣くんの中では『自分の腕<<<結婚式』らしい。相変わらずイカれてる。

 

「結婚式なら無事に終わったわよ」

「うんうん。雄二も霧島さんも幸せそうだったよ」

「そうか。そいつは何よりだ。工藤、お前の意見は?」

「イベント自体は無事に完了したよ。後は本人たち次第カナ」

「ふむ……まぁ、焦る事は無いか。のんびりと見守る事にしよう」

 

 良く分からないけど、とりあえずお見舞いの必要が無いくらい元気なのは確かみたいね。

 なら、ここに留まってる必要も無いか。

 

「それじゃあ剣くん、お大事に。愛子もありがとね。

 吉井くん。どこか行きましょ」

「どこかって、どこに?」

「さぁ? とりあえずまたうろついてみましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてまた時間は過ぎて、とうとう帰る時間になった。

 如月ハイランドはバスや電車を乗り継いで2時間以上かかる場所にある。同じくらいの時間をかけて、のんびりと帰りましょう。

 

「ふぅ~……今日は楽しかった。吉井くんは楽しめた?」

「うん。凄く楽しかったよ。ありがとう。

 木下さんが誘ってくれて良かったよ」

 

 誘った……と言うより巻き込んだだけなんだけどね。吉井くんも楽しめたなら良かった。

 

「……ところで吉井くん。あの結婚式の最後の愛子の読み上げた台詞、どう思った?」

「……ごめん、どんな台詞だっけ?」

「人生を共に歩むのに相応しいとか何とか、そんな感じのやつ」

「えっと……ああ、アレね! 勿論覚えてるよ! 何かこう……何というか……凄かったよね!!」

「吉井くん、忘れちゃってるなら素直に白状しなさい」

「……ご、ごめんなさい。完璧に忘れてます……」

「忘れちゃってるなら説明し直すだけだから構わないわ。

 今日のクイズ大会も、そしてさっき言ったアレも、恐らくは剣くんからのメッセージ。

 信頼できる相手と付き合う。結婚していい確信が持てたら結婚する。

 男女が付き合うっていうややこしい問題をすっごく単純な問題に置き換えてる」

「そ、そうなのかな……?」

「多分、ね。

 そこで、アタシからちょっとした提案があります」

「提案?」

「うん。提案。

 アタシたち、ちょっと付き合ってみない?」

 

 そう。問題をシンプルにして考えたらこうすべきなんじゃないかって、そう思ったんだ。

 アタシの一世一代の告白……だなんて大げさに考える必要は無い。

 ただ……吉井くんは信頼できる相手。それだけだ。

 

「…………? 買い物にでも付き合えば良いの?」

「違うわよ!! 何というか、その……男女の付き合い? そんな感じの付き合いの事よ!!

 あそこまで前フリしたんだから一発で察しなさいよ!!」

「……えっ? あれ? ええっ!?

 ま、まさか、好きな人同士が付き合う、彼氏彼女とかそういうアレ!?」

「そうよ!! 恥ずかしいんだからあんまり詳しく説明させないでよ!!」

「って事は……き、木下さん、僕の事がす、好きなの?」

「好き……とはまた微妙に違うんだけど……吉井くんとだったら一緒に居てもいいかなって。それだけ」

「……それ、好きとどう違うの?」

「ああもう! グダグダとうるさいわね! 付き合うの付き合わないの? どっちなの!!」

「わ、分かった! 分かりました! 付き合わせていただきます!!」

 

 ……いけないいけない。売り言葉に買い言葉でちょっと熱くなってしまった。

 アタシが求める言葉は脅迫された後に引き出したようなこんな言葉では断じてない。

 

「……ごめんなさい吉井くん。ちょっと取り乱してたわ」

「え? うん……」

「アタシがしたかったのはあくまでも提案。

 吉井くんはそれに対してどう思った? 率直な感想を聞かせて」

「感想? うーん……木下さんと付き合えるんだから、嬉しい……かな。

 ……うん。木下さんに告白……みたいな事をされたんだから嬉しいよ」

「それじゃあ、アタシからの提案は……」

「勿論受けるよ。難しい事はよく分からないけど、木下さんが納得するまで精一杯付き合わせてもらうよ」

「……そうね。難しい事を考える必要は無い。

 ありがとう。これから宜しくね。吉井くん」

 

 

 

 

 

 一般的な『男女の付き合い』とはまた違うのかもしれない。

 けど、確かにこの時からアタシたちは付き合い始めた。

 この時の決断が良かったのか、悪かったのか……

 

 それを決められるのは、きっと未来のアタシだけだろう。






「以上、如月ハイランド……優子、編……終了……なんだけどさ……」

「…………おかしいな。明久と優子が付き合い始めたように見えるぞ?」

「奇遇ね。私も」

「……いや、おかしいだろ!? のんびり行くとか言ってなかったか!?」

「まだ正式に付き合い始めたわけじゃないけどね……」

「……えっと……筆者曰く『何か気付いたらこうなってた。だいたい剣くんのせい』だそうだ。
 ……これは果たして僕のせいなのか?」

「クイズ大会と結婚式使ってカップルに注意喚起したのは紛れもなくキミだよね。
 あの2人はキミの知らないうちに如月ハイランドに来てたわけだから完全に流れ弾だけど」

「……まぁ、僕のせいか。
 ハハハハハ……まさか明久に出し抜かれる日が来るとは思ってなかった」

「どちらかとキミを出し抜いたのは優子さんな気がするけど」

「結果的にはどっちでも変わらん。
 はぁ……大丈夫なのかこれ? 今後の計画が狂わないか?
 っていうかこれは本当にリメイクなのか?」

「……一応、再メイクではあるんじゃないの? 一応」

「何だろうな、ループ物の主人公がカオスの矯正やら世界線の収束やらで何度繰り返しても結果が変わらない絶望。
 そんな感じのものの片鱗を感じた気がした」

「いや、そんな大げさなものでもないでしょうに」


 ※リメイク前ではこの2人じゃなくて秀吉と光が付き合い始めてました。
  誰かが付き合い始める結果はどう足掻いても代えられないのだろうか……?
  いやまぁ、筆者の胸先三寸なわけですけども。


「……今後の流れがどうなるか全く読めないが……今後とも宜しく頼む」

「次は空凪くん編ね」

「甘酸っぱさの欠片もない僕の裏での暗躍だな。
 被ってる所を削った結果たった2話になったけどな!」

「それでは、次回もお楽しみに!」

※ タグに「明久×優子」を追加しておきます。


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とあるバイトの視点 前編

 時は少々遡る。

 そうだな……腕を折った直後くらいから始めようか。それ以前の話となると地味な下準備くらいしか語る事が無いからな。

 

 

 

 

 折れた腕を抱えて人気の無い道を進む。

 お化け屋敷に改装された廃病院の薄暗い廊下を2~3分ほど歩き、辿り着いたある部屋へと入る。

 

「……ふぅ、ここまで来れば大丈夫か。イテテテ……思ってたよりキッツいなぁ……」

 

 まずは用意しておいた折りたたまれた厚手の布を口に咥える。

 そして折れた腕を、元に戻す。

 

「ッッ~~~~!!!」

 

 激痛が走るが、曲がったまま骨がくっついてしまったらそれはそれで大変なので我慢する。

 続いてこれまた用意しておいた消毒液を傷口にダバダバと振り掛ける。

 傷口に染みるが、さっきの痛みに比べたら全く問題ない。

 あとはテーピングをしっかりと巻き、その上から真っ赤な包帯を隙間無く巻きつける。

 これで手当ては完了だ。しばらくは左腕は安静にしておく必要はあるが、それ以外は問題ないだろう。

 

 と、手当てが終わったタイミングで携帯が鳴り響いた。

 ディスプレイには『霜月』と表示されている。

 

「……もしもし」

『もしもし。何というべきか……君も大概だね』

「見ていたんですか?」

『ボクはここの最高責任者だよ? カメラを通して君の行動は全部筒抜けさ』

 

 天下の如月グループが手がけているだけあってここのセキリュティはしっかりしている。

 その一環で、園内には至る所に防犯カメラが仕掛けられている。

 確かに責任者であればその映像を見る事くらい余裕だろう。

 

「で、何の用ですか?」

『部下の安否確認と、計画の確認といった所かな。

 それだけ喋れるなら安否については大丈夫そうだ』

「……計画と言うと?」

『勿論、文月学園の生徒をここで結婚させる計画の事さ。

 彼ら……大丈夫なのかい? 下手すると一生のトラウマになるよ?』

「……あいつらならきっと大丈夫でしょう。

 こう見えても僕はあいつらを信じているんですよ」

『もし失敗したら、どうするんだい?』

「どうするも何も……霜月さんの見る目が無かったって事でしょう」

 

 この件に首を突っ込んだのは紛れもなく僕自身だが、それを許可したのは責任者である霜月さんだ。

 よって、責任を追求する相手は霜月さんとなるな。

 

『……そうかい。なら、もう少し様子を見させてもらおう』

「それが良いでしょう。では、僕はバイトに戻ります」

『その怪我で働けるのかい?』

「愚問ですね」

 

 こうして僕は客案内の仕事へと戻った。

 台本自体はもう全部作って工藤に渡してあるから後は僕が手を下す必要も無いんだが……仕掛ける時にはできるだけ現場に居た方が良いか。

 次に仕掛けるのは昼食後だ。それまでのんびりまったりと仕事をしていよう。

 

 

 

 

 

 お化け屋敷を出て、入り口付近で待機する。

 例の結婚計画の事を除けば僕の業務はお客様の案内だ。やってきた客を適当に案内する。

 とは言っても、特にノルマが決まっているわけでもない。マイペースに仕事させてもらおう。

 

 ……と、思っていたのだが……

 

 

 

「空凪くん、こんな所で何してんの?」

「バイトだ。と言うか貴様こそ何でここに?」

「いや、チケットが手に入ったから来てみただけだけど」

「……相方はどこに居るんだ?」

「相方? いや、シングルチケットだったから私だけ」

「……そう言えばそんなチケットもあったか。極少数だが」

 

 ここがカップル向けの施設である以上、シングルチケットはペアチケットよりもレアだ。相当運が良かったらしいな。

 まあいい。目の前の少女……御空が計画の邪魔になる事もそうそう無いだろう。放っておくとしよう。

 

「バイトって何してるの?」

「主にお客様の案内だな」

「そうなの? だったら私を案内してよ」

「あの世にか?」

「何で遊園地で死ななきゃならないのよ!?」

「ハハッ、冗談だ。う~む……分かった。

 どうせヒマだし、つきっきりで案内してやるとしよう」

「暇って……そうなのそれ?」

「それに、ここはカップル向けの……2人で利用する施設が多い。

 1人で乗る事もできるが……特別待遇を通すにも従業員である僕が説明した方が都合が良いだろう」

「……なるほど。そういう名目で仕事する事で空凪くんは暇つぶしができる、私はVIP待遇が受けられる。

 正にWin-Winってわけね」

「ナンノコトカナー」

 

 それじゃ、暇つぶし……もとい、仕事を始めよう。

 

 

 

 

 御空を適当なアトラクションに押し込んで回って数十分が経過した。

 そこらのラブコメだったら僕が一緒に乗り込むんだろうが……今は腕がなぁ……

 観覧車とかならまだしもジェットコースターとかは流石に避けたい。

 

 そんな感じで園内を回っていたらまた見知った顔が……しかし予想外の顔が現れた。

 

「あ、お~い!」

 

 真っ先に気付いた御空が声を掛ける。

 それに反応した2人がこちらを向き、驚愕の表情を浮かべた。

 

「御空さんと……剣!? どうしてここに!?」

「……それはこっちの台詞だ。貴様ら、どうしてここに居るんだ?」

 

 学年を代表するバカこと吉井明久と、学年を代表できる優等生の木下優子が。

 

 

 話を聞いてみるがイマイチ要領を得ない。

 分かったのは、何か良く分からないうちに一緒に来る事になったという事だけだ。

 何があったんだろうな……

 ……まぁ、いいか。しかしこの2人、お互い恋愛しているような雰囲気は感じられないが……この2人の組み合わせは面白そうだ。

 機会があれば応援してやるとしよう。

 

「……そ、それより、バイトって言ってたよね!

 ここのガイドみたいな事もやってる?」

「むしろそれがメインの業務だな。何だ、お勧めでも知りたいのか?」

 

 その機会が早速来たらしい。見せてやろうじゃないか。如月ハイランドの本気という物を……!

 

 

 

 

 

 

「お客様、ご満足頂けましたでしょうか?」

「ふざけんじゃないわよ!! これ作った奴は頭のネジが2~3本ぶっ飛んでるんじゃないの!?」

 

 2人1組で密着してガックガック揺さぶられるというアトラクションを体験したお客様からのクレームである。

 いや~、見てて実に面白い。

 2人組で恐怖体験をさせるというのは恐怖を恋のドキドキと錯覚させる吊り橋効果が期待できる物だが……これはどの程度の効果が見込めるんだろうな。






「という訳で僕視点その1が終了だ」

「読者の皆様へ。
 空凪くんは特別な訓練を受けています。もし読者の皆様に血が出る程の骨折をした方がいらっしゃったらまずは最寄りの病院にご相談下さい。
 決して彼のように自力で治そう……いや、直そう? としないで下さい!」

「僕の真似をしようとしても筆者は一切の責任は取らないとの事だ」

「……さてと、こっちでは1話目から私が登場してるわね」

「第6話の後だから実質7話目だがな」

「細かい事は気にしない!」

「……そう言えば気になったんだが、貴様はどうやってチケットを手に入れたんだ?」

「あ、うん。えっと……こんな事があったんだよ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「やった、福引のチケットだ。よーし、引きに行くぞ~」

・特賞 鉄パイプ50万円分
・一等 鉄パイプ10万円分
・二等 鉄パイプ1万円分
・三等 鉄パイプ3000円分
・四等 如月ハイランドプレオープンチケット(シングル)
・五等 卯月温泉ペア宿泊券
・六等 海の幸詰め合わせセット
・七等 お買い物券1万円分
・残念賞 ポケットティッシュ1枚

「…………いや、おかしいでしょ!?」
『どうされましたか? お客様』
「…………福引、引かせてください」
『はい、1枚ですね? それでは1回どうぞ』
「………………」

 カラッ、コトン

『はい、残念賞のポケットティッシュです』
「…………」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「あれ? ここで一発ツモするんじゃないのか?」

「ええ。肝心なのはここから。
 私のすぐ後に引いた2人組の話よ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「よし……今日こそ……今日こそ引いてやる!!」
「福引券100枚……私のコネもフル活用して何とか集めました! どうぞ!!」
「ありがとう……それじゃあ行くよ! うぉぉおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!」

 ガララララララララララッッッッッ

『え、えっと……特賞、一等、四等、五等、六等が1個ずつ、二等が5個、七等が10個、残り80個が三等です』
「……あの、残念賞のポケットティッシュは……?」
『無いみたいですね。おめでとうございます』
「うぉぉぉおおお!! どうして、どうして僕はポケットティッシュが引けないんだ!!!」
「き、きっと今日は運が悪かっただけですよ! 気を落とさないで下さい!!」

 どうやらこの人達はポケットティッシュが欲しいみたいだ。
 どうせ要らないし、あげちゃおう。

「あの……良かったらコレ、要ります?」
「えっ、ティッシュ……? ああいや、心遣いは嬉しいけど、僕はそれが欲しかったわけじゃないんです。
 自力でポケットティッシュを引きたかっただけなんです」
「そ、そうなんですか」

 何を言ってるんだろう、このヒトは。

「ああ、そうだ。良かったら何かお好きな物を1つ持って行ってください。僕が独占しちゃうのも後味悪いんで」
「え? いや、そういう訳にも……」
「それじゃあ、そのティッシュと交換で。
 間接的にポケットティッシュを引き当てたという事にしておけば少しは憂さが晴れるから」
「そういう事なら……う~ん……」

 そう言われて賞品一覧を見る。
 鉄パイプは論外として、それ以外で欲しいものとなると……

「……コレかな。シングルのチケット。これ下さい」
「はい、どうぞ」

 シングルチケットが1枚だけあっても隣の彼女らしき人と一緒に行けないもんね。
 私が有効活用させてもらおう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「……って感じの事があったのよ」

「……おかしいな。ポケットティッシュを切望する凶悪な幸運の持ち主って聞き覚えがあるぞ」

「何かアンテナみたいな髪型の男子と清楚なアイドルっぽい女子だったわ」

「…………そうか」


「では次回もお楽しみに!」


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とあるバイトの視点 後編

 しばらくして、昼食の時刻になった。

 立食形式の昼食を根こそぎ食べてやりたい所だが、一応バイトである僕は食べる事はできない。

 秀吉と光のペアはお客さまにまぎれて大げさに楽しむ役割なんで普通に食べていたが。

 

 

 

『これから、クイズ大会を開催したいと思います!

 それでは希望者は壇上に上がってください!

 成績上位1名が本格体験、それ以降の数組が簡易体験ができます!』

 

 さて、このクイズ大会、本来なら僕が司会をやる予定なんだが……

 

「面白そうね。一緒に出てくれない?」

「結婚体験したいのか?」

「いや、そういう訳じゃないけど」

「……まあいいだろう。

 ネタバレしておくと最後の問題を外せば実質的な辞退になる。それ以外は全力でやっても構わんぞ」

「ん、分かった。ありがと」

 

 こんな感じでお客様からの要望があったんで工藤に丸投げ……信頼して後を託した。

 本人は何か不満そうにしてた気がするが、きっと気のせいに違い無い!

 

 で、そのクイズ大会の詳細は……語るまでもないか。

 御空が無双してたけど最後にしっかりと外したよ。

 

「最後の問題はこういう趣向で来るのね。

 う~ん……何て答えましょうか」

「いや、そんなの分かりきってるだろ。

 一見正解に見える不正解を答えるのが一番真っ当な答えだ」

「……なるほど、確かに」

「尤も、誰か書きたい名前があるなら止めはしないが」

「いーえ、それで行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 お次は結婚式体験のリハーサルだな。

 ヒマそうだった御空と、これまたヒマそうだった明久と木下姉を連れて会場へと向かった。

 扉を開けた瞬間に花瓶が投げつけられて来た時は一瞬焦ったぞ。うっかり左腕で防いだら大惨事になる。

 

 うちの姉は無駄にプライドが高くて素直になれない性格だが決して無能ではない。

 『『姉は秀吉の事が好きだ』という事を僕が知っている』という事はお互いに暗に認めている。

 だから『アホな勘違いをしている僕に無理矢理結婚体験させられた』という体にすればプライドを守りつつ欲望を叶えられるというわけだな。

 だからこそ怒ってるフリ……いやまぁ実際怒ってたか。そんな感じの態度を取っていた。

 

 そうやってキスさせられればそれがきっかけになって何か上手いこと行ってくれないかな~って考えていたんだが……あろうことか秀吉が邪魔しやがった。

 

 『リハーサルなのだからキスまでする必要は無い』という秀吉の紛うこと無き正論にどう反論しようか迷ったが……結局主張を受け入れる事にした。

 ここで僕が諦めれば後は光が自力で何とかするしかない。さぁ、どうする?

 ……と、様子を伺ったら何か凄い目つきで睨まれた。

 う~ん……どうしたもんかなぁ……

 

 仕方がないから、秀吉に利を説いてみた。ダメだった。

 だが、少なくともこれで『秀吉は自分が嫌だからキスを拒否した』というわけでは無さそうだと推測できる。

 それはつまり、ほぼ間違いなく光に気を遣ったという事だ。新郎の演技を無視してまで、な。

 秀吉の好感度はそこそこ高そうだ。姉さんにはそれくらいの情報で満足してもらおう。

 

 リハーサルを終えると電話が鳴った。ディスプレイにはまた『霜月』と表示されている。

 

「もしもし?」

『リハーサルお疲れさま。見てたよ。しっかし、アレは本当に男子なんだろうね?』

「はい。少なくとも戸籍の上では男なので女性と結婚できます」

『生物学的に男子である事は保証しないんだね……』

「あいつの服をひん剥いたりDNAを詳細に調べたわけでもないので」

『…………こちらの方は向こうと違って真っ当に進んでいるみたいだね』

「はい」

 

 ああそうそう。僕は最初の霜月さんとの交渉でカップルを2組紹介すると言った。

 1組目は勿論雄二たちだが、2組目というのが実は光と秀吉の事だったりする。

 この事は僕と霜月さんしか知らないけどな。

 

『まだ付き合ってすらいないようだけど……この後の事は君に任せても良いんだね?』

「当然です。近いうちにまた報告させて頂きます」

 

 さ~て、どんな小細工を仕掛けてやろうか。楽しみだな。

 

 

 

 

 

 そして本日のメインイベント。雄二と霧島の結婚式体験だ。

 とは言っても、体験自体はそこまで重要じゃなかったりする。本物に近い結婚式を間近で見せるだけでも十分な効果が期待できるだろう。

 一応クイズの第一問は裏正解を霧島向けに用意した。最後に辞退しなければ勝ち取れるように調整はしてあった。

 最後の問題に関しては五分五分だったが……正答を答えてくれたようで何よりだ。

 この結婚式体験であいつらの進むべき道を、目指すものを、見つけてほしい。

 

 ……だと言うのに、どっかのチンピラが邪魔しやがった。

 アレ放っといて良いのか? どう見ても良く無いよな。

 そう判断した僕はすぐに携帯を引っ張り出した。

 

「……もしもし」

『やぁ、ちょうど電話しようと思ってた所だよ』

「あいつら、排除して良いですか?」

『そうしたいのは山々だけど、あの手の連中は不当な扱いを受けたとすぐ騒ぎ出す。

 私語厳禁と事前に通達したわけでもないからアレだけでつまみ出すのはちょっと厳しい。出来なくはないけど』

「じゃあ、理由があれば良いんですね?」

『そうなるけど……何か案でも?』

「なぁに、人の腕を折るような凶暴なチンピラは隔離しないとマズいでしょう」

『……そういう事か。大丈夫なのかい? あいつらを追い出す事よりも君の左腕の方が価値が高いよ?』

「治れば良いんでしょ? 許可を頂けますか?」

『……ふぅ、まあいいだろう。やってみたまえ』

「りょーかい」

 

 通話を切り、ポケットへと仕舞う。

 

「許可は降りた。執行開始だ」

 

 僕の計画を邪魔してくれやがったチンピラ共にはご退場頂くとしよう。

 

 

 

 

 

 その後僕は医務室へと運ばれ、

 何故かお見舞いに来た雄二から一発『お見舞い』され、

 更に何人かから普通のお見舞いを受けた。

 

 

 その後、のんびりとしている内に時間は過ぎ、僕のバイトは終わった。

 今後の学校生活では2組のカップルの動向を見守るとしようか。

 後は……明久と木下姉か。手を貸す義務は無いが、気が向いたら2人をくっつける方向で動いてみるとするか。

 その方が、面白そうだからな。






「いじょ、如月ハイランド編完全終了!」

「意外と短かった……と言うより短くしたのね」

「同じ場面を2回も3回もやっても面倒なだけだからな。
 2つの視点では語られなかった所はそこそこ真面目にやったが、それ以外はサクサク進めさせてもらった」

「何はともあれ、これで本当に完了っと。
 次は何だっけ?」

「実は少々悩んでるらしい。
 リメイク前ではカットしたプール回とかバイト回をどうするか……とな」

「あ~……時系列的にはこの辺なのか」

「ただなぁ……水着回やっても原作以上に面白くできる気が全くしないし、と言うか折れた腕で参加するの大変だし、
 バイト回にしても無難にこなすだけになりそうなんだよなぁ……
 そういうわけでカットされる可能性濃厚だ」

「あくまでも可能性……と」

「もしかしたらそっちを書けるかもしれんが……恐らくは第三巻の内容である学力強化合宿編になるだろう」

「……アレねぇ……」

 ※ 実際そうなりました。
   剣くんの怪我が治ったら後でプール回とかもやるかも。夏が終わるまでならセーフだし。

「原作ではヒロインたちが石抱きとかいう大昔の拷問をさせてたアレだ。
 ギャグ小説だから冗談で済んでいるが、真面目に考えたら足が一生使い物にならなくなりかねない凶悪な拷問だな。
 しかも冤罪だったし」

「アンチ・ヘイトが流行るきっかけを作った章と言えるかもね」

「どういう流れであの流行ができたのか、詳細はサッパリだがな」


「それでは、また次回お会いしましょう!」


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第4章 盗撮騒動と観劇者
学力強化合宿編 プロローグ


 2年生に進級してからおよそ2ヶ月程が経過した。

 そんな中途半端なこの時期、教室からは浮ついた雰囲気が漂っている。

 何故かというと……来週の週明けから『学力強化合宿』が始まるからだ。

 何だかいかつい雰囲気が漂う名前だが、実際には四泊五日の修学旅行みたいなもんだ。

 勿論その名の通りに勉強もさせられるが、自由時間も……個人差はあるもののタップリあると聞いている。

 さて、何を持っていこうかな。流石にゲーム機の類は没収されてしまうだろうが、トランプとかは問題ない。

 4デッキは持っていくとしよう。それなら組み替えてカード麻雀にもできるし。

 

 ……丁度、そんな事を考えていた時だった。

 

『最悪じゃあーーーーっっ!!』

 

 こんな声が開け放たれた窓から聞こえてきたのは……

 

 

 

 

 

「どうした明久。顔が土気色に染まってるが」

「は、ハハハハハ……何でもないよ。ハハハハハ……」

 

 そう言われると暴きたくなるのが心情だが……流石に手がかりが少なすぎるな。

 もう少し様子を見るとしよう。

 

「アキ? さっき何か変な声が聞こえたけど……どうしたの?」

「い、いや、ちょっとふと叫びたくなってね。気にしないで……」

 

 まぁ、そういう事もあるか。だからどうしたという話だが。

 

「そう言えば明久よ。お主、下駄箱から何か取り出しておらんかったか?」

「えっ? は、ハハッ、なななナンノコトかな!?」

「……アキ、まさかラブレターを貰ったとか言わないでしょうね」

「美波、言動に気をつけるんだ。ラブレターという言葉に反応して皆がカッターを構えてる」

 

 う~む……流石にこの人数を鎮圧するのは骨だな。できないわけではないが。

 だが、問題ないだろう。本当にそんな物を貰っていたらあんな表情はしてない。

 とは言え、放置しておいたら収拾が付かなくなりかねん。推理ごっこは中止するか。

 

「落ち着け貴様ら。仮に明久がそんな物を手に入れていたら狂喜乱舞して学校中を走り周り、ついでに鉄人に捕まって補習を受けるだけだろう。

 だから明久がラブレターなんて受け取っているわけがない」

「た、確かにそうね……」

「それもそうじゃな。確かに」

「あのカッターをしまってくれたのは有難いんだけどさ、そんなアッサリ納得するのはどうなの?

 僕にだってラブレターを隠す知恵くらい……あ、無いです。ゴメンナサイ」

 

 明久の妄言に反応して再びカッターを取り出すアホが多数居たが、すぐに明久が訂正して事なきを得た。

 僕だって流石にそのくらいの知恵はあると思っているが、終わりかけてた話をわざわざ蒸し返すんじゃない。

 

「でも、ラブレターじゃないなら一体何なの?

 ……まさか、ラブレターを通り越して婚姻届でも……」

「畳返しっ!!」

 

 明久が足元の畳をはね上げた直後に無数のカッターが突き刺さった。

 おかしいな。どうやったらカッターをこんな真っ直ぐ投げられるんだ? 投擲に向いている形状じゃないと思うんだが。

 

「明久。サッサと白状した方が良さそうだぞ。

 身の安全の為にも」

「そ、そうだね……黙ってて今死んだら意味が無いよ。

 えっと……その……下駄箱に入ってたのは脅迫状だったんだよ」

「脅迫状? 何だ、良かった~」

「いや島田、決して良くは無いだろう。明久が誰かに弱味を握られてるって事だぞ?」

「そ、そうね……ごめんなさい」

 

 僕の予想通り、決して良いものでは無かったな。

 しっかし、脅迫状ねぇ……

 

「明久よ。その脅迫状には何と書いてあったのじゃ?」

「えっと……『あなたの傍に居る異性にこれ以上近づかない事』だってさ」

「傍……と言うと同級生の事か? もっと具体的に言ってほしいんだがな……」

 

 具体的には姫路と島田。あと秀吉も含めておくか。

 僕は秀吉が男だと信じているが、脅迫状の主までそうだとは限らん。

 

「となると、お主の身近に居る異性に対して強い感情を抱いているという事かのぅ?

 そして恐らくはお主に嫉妬しておる、と」

 

 いや、ここであえて発想を逆転させて『異性に明久を近付けない』ではなく『明久に異性を近付けない』事が目的の可能性もある。

 つまりは変則的なラブレターの可能性もあるな。

 ……まぁ、そんな事を口に出したらどうなるかは分かりきっているので黙っておこう。可能性としては低めだし。

 

「異性に強い感情? 要するに、姫路さんか秀吉に強い好意を寄せてる人が犯人って事?」

「明久よ、金属バットを探しに行った島田が帰ってこないうちに逃げるのじゃ」

「え、アレ?」

「……まぁいい。犯人の要求は一応分かったが、脅迫のネタは一体何なんだ?」

「あ、そう言えばまだ確認してないや。

 えっと……『この忠告を聞き入れない場合、同封されている写真を公開します』だって」

 

 人の弱味が写っている写真か。あんまり見たいものではないな。

 

「とりあえず、1人でじっくりと見ると良い。今後の事はその後考えりゃいいさ」

「そうだね。どれどれ……?」

 

 明久がまず1枚目の写真を見る。

 一瞬表情が引き攣ったが、2~3回ほど深呼吸して持ち直す。

 

 続いて2枚目の写真を見る。

 驚愕の表情を浮かべた後、腕をプルプルと震わせながら瞑目して荒い呼吸を何度か繰り返す。

 

 最後に3枚目の写真を見る。

 物理的な衝撃を受けたかのように大きく仰け反り、ついでに足を卓袱台にぶつけて痛がっている。

 

「うぐぁっっ!! 小指がぁ! 足の小指がぁ!!

 って違う!! 何なのこの写真!! うぁああああ!!!!」

「お、落ち着け明久。目立ってる。目立ってるから」

「ぜぇ、はぁ…………お、恐ろしい威力だった……

 これが出回ったら……僕はお終いだ!!」

「そこまでの代物だったか……」

 

 少なくとも脅迫の材料として十分なのは把握できた。

 とりあえず『踏み倒す』という選択肢は無さそうだな。

 

「明久がたった3枚の写真でこれほど取り乱すとはのぅ……一体何が写って……いや、訊いてはならぬ事じゃな」

「ハハハハ……アハハハハ……」

「んで明久、どうする気だ?」

「ふぇ?」

「貴様の反応から察するに踏み倒すのは論外のようだが……それでも選択肢はある。

 大人しく従うか、それとも犯人をとっ捕まえるかだ」

「あ、そっか。犯人を捕まえれば良いのか!!」

「無論、リスクはある。相手にバレたら単に踏み倒すよりもエグいダメージを受ける事になるだろうな」

「う~ん……それでも捕まえるよ。大人しく従ってもまた別の要求が来るかもしれないし、それに従った所で公開されない保証は無いからね!」

「まぁその通りなんだが……貴様にしては頭の回転が早いな」

「だって……僕が脅迫犯の立場だったら間違いなくそうするから!!」

「「なるほど」」

 

 そういう事なら全力で手伝うとするか。

 脅迫犯の撃退、面白そうじゃないか。






「合宿編スタートね!」

「原作同様に明久の脅迫状からスタートだ。
 ……ただ、写真の内容は実は筆者も把握していないらしい」

「……えっ? どゆこと?」

「原作では『メイド服姿の明久』『メイド服姿の明久(Withパンチラ)』『ブラを持って立ち尽くす着替え中の明久』の3つの写真が脅迫のネタだった」

「うんうん……うん?」

「これらの写真はほぼ間違いなく変態先輩を撃退する際の着替えを撮影されたものだ。
 しかし本作では制服喫茶とかいう手抜き企画に紛れて撃退を行った」

「いや、確かに手抜きだけどさ。企画の副責任者の前でそれ言う?」

「結局明久が使ったのは貴様のスカートとブレザーとネクタイのみ。
 パンチラバージョン(トランクス)まではギリギリ撮影できるが、パンツやブラ等の下着までは使ってなかったはずだ」

「……そう、ね。少なくとも私には、渡した記憶は無いわ」

「そして代替になる写真も思いつかない。貴様の着替えを撮影しておいて明久の写真とセットで公開すればダメージは増えるかも? といった程度だ」

「待って、それは私へのダメージが半端無い事になるんだけど!?」

「ある意味明久への脅迫になるかもな。知り合いの女子の不幸を黙って見過ごすような奴じゃないし」

「男子の不幸はどうする気なの」

「見捨てるに決まってるだろ。
 まぁ、そんな発想を脅迫者ができるかも微妙なんで整合性なんて放り投げて進めたようだ。
 よって、筆者も写真の内容を把握していないという訳だな」

「ご都合主義ね……」

「……だな」


「では、次回もお楽しみに!」


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01 慎重な人たちの朝の会話

 というわけで脅迫の犯人を突き止めるべく行動を開始する。

 まずは……専門家に相談だ。

 

「という訳で康太。手を貸してくれ」

「…………報酬次第」

「それじゃあ、僕の秘蔵の本1冊でどうだい?」

「…………交渉成立」

 

 康太は盗聴・盗撮のプロだ。

 蛇の道は蛇、と言った所だな。

 

「…………まずはその脅迫状を見せてくれ。あと写真も」

「えっ……み、見せなきゃダメかな?」

「…………写真1枚からでも分かる事は多い。本気で捕まえたいなら、必要」

「うぅ……分かった。絶対に他の人には見せないでね!!」

「…………安心しろ。顧客情報は守る。

 調査が終わったら連絡する。しばらくは大人しくしておいてくれ」

「うん、宜しくね!」

「僕に手伝える事があればいつでも言ってくれ。じゃあな」

 

 

 

 ひとまず調査は専門家に任せる。

 こういう事は素人が首を突っ込むとロクな事にならんからな。

 

 そんな事を考えていたらこのクラスの担任である鉄人こと西村先生が教室に入ってきた。

 ……あれ? いつの間に担任になったんだっけか? まあいいか。

 

「諸君、待たせたな。全員席に着いてくれ。

 これより、明日から行われる学力強化合宿のしおりを配布する」

「鉄人先生。ギリギリ過ぎないですか?」

「すまないな。竹原教頭が辞職された影響で色々とゴタついていてな。

 あと空凪、鉄人と呼ぶな」

 

 ああ、そう言えばそんな事もあったか。学園の裏切り者であっても仕事自体はそこそこ普通にこなしてたはずだもんな。そうじゃないと普通にクビになるから。

 仮にも組織の№2なわけだし、突然抜ける影響は結構デカいか。

 

 

「よし、全員に行き渡ったな?

 詳細は全てそのしおりに書いてある通りだ。よく確認して準備するように。

 まぁ、準備と言っても遊びに行くわけではない。最低限の筆記用具と着替えがあれば十分だがな」

 

 これが観光目的の旅行であればルートを計画したりするんだろうが、やることはそこそこ広い部屋でカンヅメするだけだからな。工夫の余地など無い。

 

「あと、集合場所はくれぐれも間違えないように。

 しおりにも書いてあるが、各クラスで異なる。他のクラスと間違えないようにな」

 

 こんな所でも格差を出してるのか。

 普通こういうのは学校がバスを手配するものだと思うが……それを基準に考えるとAクラスならリムジンで優雅に移動、Fクラスは満員電車……いや、列車の荷台とかかもしれんな。

 教室の設備がこの惨状だからな……どれだけヒドい扱いでも驚くまい。

 

「いいか? 我々Fクラスは……現地集合だからな」

「「「案内すら無いのかよ!?」」」

 

 ……ごめん、嘘吐いた。流石に驚いた。

 

 

 

 

 

 

 という訳で翌日。

 幸いな事に目的地である卯月高原はアクセスが充実しており、電車でもバスでも簡単に辿り着けるようになっていた。

 乗り換えが不要な直通の電車もあったのでそれを選ぶ事にした。出発時刻が少々早いんでその分早めに家を出る必要があるが……まぁ、仕方あるまい。

 

 そして、同じような思考に至った奴は結構居たようだった。

 

「あ、空凪くん、おはようございます」

「おはよう姫路。貴様もこの電車に目を付けたか」

「はい。ちょっと眠いですけど、のんびり行きたかったので」

 

 例えば、うちのクラス1の優等生こと姫路瑞希とか。

 旅行の計画とかはミッチリやるタイプだろうからな。

 それに加えて、自信家でも楽天家でもない。出発時刻よりも更に早めに駅に到着して他の連中を待つ事になるわけだ。

 

「電車が来るまではもうしばらくかかるな。

 ……そう言えば貴様と2人きりというのは初めてだったな」

「確かにそうですね。空凪くんとはあんまり話した覚えが無いです」

「じゃあこの機会に全力で会話するとしよう。ヒマだし」

「確かに暇ですけど……一体何を話すんですか」

「そうだなぁ……」

 

 姫路と僕の関係はせいぜい『友達の友達』程度だったりする。

 接点と言ってもせいぜいクラスメイトというだけであり、共通の話題も……いや、それくらいはあるか。

 なんたって、姫路は『友達の友達』だからな。

 

「お前、明久の事をどう思ってる?」

「はいっ!? な、ななな何ですかいきなり!?」

「いや、お前との共通の話題と言ったら明久の話かなと」

「そ、それは確かにそうですけども! 理屈では一応分かりますけども! だからってそれはどうなんですか!?」

「別にいいだろ。貴様が明久に懸想してるのは見りゃ分かる事だし」

「そ、そそそそそんな事ありません!!」

「はいはい、そういう事にしておいてやろう」

「いや、絶対分かってませんよね!?」

 

 わざわざ振り分け再試験でFクラスに残ったり、明久に嫉妬っぽい行動を取っている時点であからさまなんだが……本人は誤魔化していくスタンスのようだ。

 であれば僕から口出しできる事は無いか。勝手に嫉妬して明久に暴力を振るうような自分勝手なヤンデレを応援する気にはなれない。

 ハッキリと好きだと自己主張するなら筋は通るんだがな。

 

「……まぁ、いいさ。

 じゃあ他の話題を……ん?」

 

 別の話題を振ろうとした所で、どっかで見たことあるような奴がやってきた。

 う~む……名前が思い出せない。まぁいいか。

 

「おはよう」

「おはよう、副代表と姫路さん」

「お、おはようございます!」

「……? どったの姫路さん、何か顔赤いけど」

「な、何でもないです!」

「……ならいいけど。

 来てるのは2人だけ? 他の連中はどうしたんだ?」

「さぁな。待ち合わせしてるわけでもないし」

 

 雄二と秀吉、康太、あと島田も多分もうしばらくしたら来ると思う。

 明久は……ちょっと分からんな。電話してみるか。

 

「…………ダメだ繋がらない。どうやら電話中らしい」

「誰に掛けたんだ?」

「明久。あいつだけはちょっと心配だからな。

 ……誰と話してるんだ?」

「代表が気を利かせて……」

「雄二が? ハッ、無いな」

「じゃあ、木下とか」

「……まぁ、その辺が妥当か。何にせよ起きているのは確かだ。もうじき来るだろう」

「そうですか。楽しみですね」

「ああ。そうだな。折角の合宿だ。楽しまなきゃ損だな」

 

 

 

 その後、しばらくしていつものメンバーが揃って、そして電車は出発した。

 なお、他のFクラスの連中の姿は見えなかったが……遅刻しない事を祈ってやるとしよう。






「ようやく出発ね」

「いきなり電車に乗らずに駅での会話を追加してみたようだ。
 おかげでFクラスのモブ達が一緒の列車に居ない理由付けができた。
 なお、原作では乗り換えが普通にあるみたいだが……細かい事は気にするな」

「姫路さんと宮霧くんの出番も増やせたわね。って言うか宮霧くんも早く到着するグループなのね」

「あいつはかなり慎重は性格だからな。早め早めの行動は当然の事だ」

「……そんな真面目な人がどうしてFクラスに……」

「……地頭のせいだろう。才能とは残酷なものだ」

「決してキミや私が言える台詞じゃないけどねそれ……
 まあいいわ。では次回もお楽しみに!」


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02 道中の風景 その1

 今回僕達が乗った電車は目的地まで直通のものだ。

 しかし、それでも4時間半ほどかかる。遠いな。避暑地なんだから遠くて当たり前だが。

 

「暇だな。トランプでもやるか」

「テーブルから落ちて皆で探し回るハメになりそうだな」

「安心しろ。5デッキほど持ってきている」

「どんだけ持ってきてるんだよ!?」

「フッ、決闘者(デュエリスト)たる者、常に複数のデッキを持っていて当然……!」

「トランプだよな? トランプの話だよな!?」

 

 打てば響くようなツッコミだ。流石は雄二。

 とは言え、確かに電車ってトランプには不向きなんだよな。遊戯王もヴァンガードもできないし。そもそも持ってきてないけど。

 う~む……どうしたものか。

 

「……明久、ゲーム機とか持ってきてる? ゲーム○ーイとか」

「残念ながら持ってきてないよ。没収されちゃうし、隠し通すのも厄介……って、何でゲーム○ーイ!? 古すぎて持ってないよ!!」

 

 まぁ、だろうな。二重の意味で納得の答えだ。

 

「康太は……眠そうだな」

「昨日何かの調査してたらしいな。そっとしておいてやれ」

「ああ。そうしよう」

 

 康太の調査内容とは間違いなく脅迫状の件だろう。

 良い情報が掴めていると良いんだが……雄二の言う通り今はそっとしておこう。

 

「……ん? 島田。それは何だ?」

「コレ? 100均で買った心理テストの本。意外と面白いわよ」

 

 島田に文字がちゃんと読めるんだろうか? 特に漢字とか。

 ルビが振ってるのか、あるいはフィーリングで読んでいるのかもしれない。

 

「へぇ、面白そうだね」

「アキ、良かったらやってみる?」

「うん、バッチ来い!」

「それじゃあ、えっと……」

 

 島田がパラパラとページをめくる。

 そして1つのページを開いて手を止めた。

 

「それじゃ、行くわよ。『次の色でイメージする異性を挙げて下さい』

 ①緑、②オレンジ、③青。

 あ、勿論同じ人を複数使うのは禁止よ」

「色でイメージ……その色が似合う人って事で良いのかな?」

「そんな感じよ。さぁ答えて!」

 

 ふむ……問題の分析は後にしてとりあえず当てはめてみるか。

 緑は……工藤、オレンジは光、青が御空。こんな感じだな。

 

 答えを出した所で問題について分析しよう。この問題は主な目的は『異性に対する感情のカテゴリ分け』といった所だろう。

 親しみのある緑、あからさまな暖色のオレンジ、尊いイメージの青って所か?

 となると、緑は『友人』、オレンジは『明るい人』、青は『仰ぎ見る存在』。そんな所だろうか。

 ……あながち外れてもいないな。そもそも合っているのかは知らんが。

 

「さぁアキ! 答えて!!」

「そんな迫られるとちょっと怖いんだけど……

 う~ん……これって同じ色に2人以上入れても良いの?」

「え? えっと……特に書いてないみたい。良いんじゃない?」

「それじゃあ……

 緑は美波と工藤さん。

 オレンジは秀吉と光さん。

 青は姫路さんと木下さん……優子さんかな。あと霧島さんも青だと思う」

 

 おっと、意外な名前が挙がったな。この問題は異性の名を挙げろという問いだったはずなんだが……

 

「……アキ、随分と青が多いわね……どうしてその人達を選んだのかしら?」

「何でって言われても……知り合いの女子の皆に似合う色を勘で選んだだけなんだけど……」

 

 真理テストに理由を問うものではないと思うのは僕だけだろうか?

 

「……島田、それの答えは何なんだ?」

「……言いたくない」

「お前は一体何のために心理テストをやったんだ……?」

 

 僕の予想が合っているのか凄く気になってるんだが……

 え? 心理テストの正しい楽しみ方じゃない? そんなの知るか。

 とにかく気になるのは確かだ。ここは強行手段を……

 

「よっと」

「あっ、坂本! 取らないでよ!!」

 

 ……考えていたら雄二が先に動いた。

 

「何々? この問いは異性との関係性を表します。

 緑は『友達』、オレンジは『元気の源』、そして青は……なるほどねぇ。

 所詮は100均のテストか」

 

 雄二が少し渋い顔をしながら島田に本を返した。

 緑とオレンジの予想は概ね合っていたな。青は良く分からんが。

 

「あの、美波ちゃん。青って一体……」

「……さぁ次の問題よ!!」

 

 姫路の質問はスルーして島田が次の問題を読み上げた。

 青の意味……想像は付くな。

 

「えっと……『1から10の数字であなたが真っ先に思い浮かべた数値を順番に2つ挙げてください』だってさ。どう?」

 

 ふむ……とりあえずは回答してみるか。

 1から10の数字か。πと√5だったんだが……整数以外でも大丈夫なんだろうか?

 ……遠慮しておこう。じゃあ9・9で。

 何? 同じ数字だと? 別に良いだろ。別の数字にしろとは言われてないし。

 

「う~ん……1・4かな」

「1・4ね。

 え~、まず、『最初の数字は普段周りに見せているあなたの顔を表します』だって。顔と言うより性格かな?

 1番は……考えなしの人だって。ピッタリじゃない」

 

 すげぇ。ピッタリ当たってる。100均の心理テストの分際でここまで的確に当てるとは。

 

「なぁんだ。全然外れてるね」

「明久、現実から目を逸らすのは止めろ」

「何言ってるの雄二。僕ほど現実を見てる人はそうそう居ないよ!!

 例えるなら、そう。顕微鏡くらいはしっかりと現実を見てるね!!」

 

 視野が凄く狭そうだな。

 まぁ、明久の自己認識はどうでもいい。それよりもだ。

 

「島田、2つ目の数字は?」

「『あなたがあまり見せない本当の顔』だって。

 4番は……真面目で正義感の強い人ってなってるわ」

「ほぅ……」

 

 こちらもあながち外れてはいないな。

 100均のテスト。やるじゃないか。

 

「……ちなみにだが、9番って?」

「空凪もやってみてたの? 9番は意志の強い人よ。

 もう1つは?」

「いや、両方9番だ」

「…………まさかホントに居るなんて……

 『もし両方同じ数字を選んだのなら、あなたはかなりの捻くれ者です』だってさ」

「…………」

 

 何か、見透かされて負けたような気がした。

 くそっ、100均の分際で!!






「以上、道中の風景その1だ」

「空凪くんは青が私なのね」

「ああ。いちいち描写されていないが、貴様の髪は薄い水色のイメージだからな。真っ先に青が連想された」

「いやまぁ確かにそうなんだけどさ……」

「島田からの心理テストは原作でも青の詳細は不明だが……島田や雄二の反応から察するに『好きな人』が該当するんだろう。
 所詮は100均のテストだからな。そんなもんだ」

「随分と精度の低いテストね。ホント。
 吉井くんの回答はやたら長かったけど……」

「筆者は青の回答をどうするか凄く迷ったようでな。せっかくだからAクラス全員を巻き込んでみたらしい。
 全員と言うか、主要メンバーだけだが。
 霧島はあの3色だったら間違いなく青だろうと思われるので上手いこと誤魔化せた」

 ※ あくまで個人の意見です。


「数字を並べる心理テストも原作と一応同じではあるけど……」

「原作では周りの奴全員が参加しており、明久の選んだ1と4だけが偶然にも謎の罵倒になっていたな」

「アレは数字の意味を言ったわけではないと思うけど……」

「今回は適当に書いてたら明久しか心理テストやってなかった。
 そんな状況で突然罵倒を入れても面白くも何とも無いんでせっかくだから1と4に適当な判定を入れてみた。
 他の連中混ぜてやっても良かったんだが……原作通りの展開書くのも面倒なだけだし」

「まぁ、確かにね」

「一番最初の『1』を選ぶのはかなり単純な性格なんじゃないだろうか? というのは筆者の弁だ。
 4については全く分からなかったからそれっぽく書いてみたらしい」

「なるほどね~。
 では、次回もお楽しみに!」


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03 道中の風景 その2

 島田の心理テストに飽きてきた頃、不意に肩を叩かれた。

 

「ぐわっ! くっ、骨が完全にイカれてやがる! 慰謝料を要求……って何だ康太か」

「相手が康太でなくともそんなチンピラ染みた事をするでない」

 

 何を言ってるんだ秀吉。むしろ康太だからこそ冗談を言ったんじゃないか。

 

「起きたんだねムッツリーニ」

「…………空腹で目覚めた」

「お、もうそんな時間か」

 

 言われてみれば確かに腹が減ってきたな。

 現在時刻は……1時15分。心理テストに夢中になっていたらしい。

 

「んじゃ、キリも良い所だし昼食にするか」

 

 皆がそれぞれ弁当や惣菜パン等を取り出す。どうやら忘れてきた愚か者は居ないようだな。

 と、そんな時、ある人物が遠慮がちに声を上げた。

 

「あ、あの……お弁当、作ってみたんですけど……大目に作ってきたので良かったら皆さんも……」

「気遣いはありがたいが俺は腹一杯になれるだけの昼飯は用意してある。明久にでも譲ってやれ」

「…………食料の調達は抜かりない。いつも空腹の明久に譲ってやるといい」

「そうじゃな。ワシもしっかり準備しておる。明久ならきっと喜んで食べてくれるじゃろう」

「ごめん姫路さん。僕は死んだ爺ちゃんの遺言で小麦粉以外は食べられないんだ!」

「皆さんそこまで嫌なんですか!?

 前回はちょっと気合が入りすぎちゃってあんな事になっちゃいましたけど……今回はきっと大丈夫ですから!!」

 

 ホントかなぁ……まぁ、少しフォローしといてやるか。

 

「ちょっと、瑞希のお弁当が前回は……まぁ、ちょっとアレだったのは事実だけど、その反応は酷くない?」

「その通りだ。流石に前回の反省を踏まえて味見くらいはしているはずだ。

 少なくとも気絶するような代物は……」

「え? あの……味見はしてないんですけど……」

「「しろよ!/しなさいよ!」」

「ひぅっ! ご、ごめんなさい!」

 

 前言撤回だ。一体全体何を考えてるんだコイツは。

 

「……はぁ、とりあえずその弁当とやらを見せてくれ。毒味くらいならしてやる」

「そんな、毒って……」

「何か文句でも?」

「……無いです……どうぞ」

「箸もあるか?」

「はい。どうぞ」

 

 手渡された割り箸を割って弁当に見えるナニカに向ける。

 ん~……一応頑張ってはいるみたいだな。前回の弁当の時よりもイヤな感じが減っている。

 ……それでもヤバいものはとことんヤバいみたいだ。食ったら死ぬ気がするものが2~3個ほど存在している。

 とりあえず、マシなものを1つ食ってみるとしよう。

 

「…………」

「ど、どうですか?」

「…………姫路。この外見でどうやったらこんなに不味く作れるんだ?」

「お、美味しくなかったですか……」

「ああ。人に出すどころか食料として論外というレベルだ。ほれ、食ってみろ」

「…………」

 

 箸の反対側でマシな具材を摘んで姫路に差し出す。

 それを噛み締めた姫路は死んだ魚のような目でこうコメントした。

 

「…………おいしくないです」

「貴様の味覚は正常なようだな。まだ希望はあるようだ」

 

 これで嬉々として『美味しい!』とかホザいていたら病院を強く勧めていただろう。脳の障害が、それに準ずる何かが間違いなくあるから。

 しかし、不味い事をしっかりと把握する事はできているようだ。味覚の異常でないなら訓練次第でどうとでもなる……はずだ。

 ……そう信じたい。

 

「とりあえず、コレは後でゴミ箱にダンクだな。

 ところで姫路、これ以外の昼食は持ってきているのか?」

「……みかん、1個だけ……」

「それは一切の手を加えていないただのみかんだな?」

「はい。健康に良い感じの特別なみかんを作ろうかとも思いましたけど、お弁当を作るのに忙しかったので普通のみかんです」

「……一応訊くが、それだけで足りるか?」

「…………」

 

 僕の問いに対して姫路は力なく首を横に振った。

 まぁ、だろうな。僕だって昼食がみかん1個だけとか言われたら原因を作った奴を殴り倒すだろう。

 

「しゃーない。皆、ちょっとカンパしてくれ。僕からはコレを」

「えっ、あの……」

 

 僕の昼食用に用意しておいたおにぎりのうち1個を姫路に手渡す。

 

「そう言うと思ったよ。俺からはこれだ」

「…………」スッ

「う~む……バランス的にこれじゃな」

「貴重なカロリーが……仕方ないか。はい、どうぞ」

 

 僕の後に続いて次々とカンパが集まっていく。

 明久の昼食よりも豪華になってるな。これで十分だな。

 

「そ、そんな、受け取れないですよ! 皆さんの昼食ですよねこれ?」

「気にするな。僕達が勝手に善意を押しつけただけだ」

「いやいや、気にしますよ!」

「そう思うんなら後でちゃんとした料理でもお返ししてあげれば?

 あ、ウチからはコレね」

「美波ちゃん……分かりました! 皆さんにお返しができるように、美味しい料理が作れるように頑張ります!」

「そーそー。その意気だ」

 

 このやる気が空回りして更なる殺人料理になる……なんて事は無いと信じておこう。

 

 

 

 

 

 昼食を終えた所で暇つぶしを再開する。

 とは言っても、心理テストはちょっと飽きたんだよな……

 

「雄二、何か暇つぶしになるもの無いか?」

「俺も大したものは持ってきてないんでな。電車の中で楽しめるようなものは無い」

「ちなみに、何ならあるんだ?」

「お前がトランプ持ってくるって言うから俺はUNOを持ってきた。使うか分からんけどな」

「なるほど。確かに今は無理だ」

 

 UNOができるならとっくにトランプをやっている。

 と言うかUNOは1デッキの厚みが2倍くらいある。こんな所でやるにはトランプよりも向いてない。

 

「くっ、仕方ない。じゃあ皆で人狼ゲームでも……」

「こんな狭い所でできるかっ! 人の動きだけで役職がバレるだろうが!!」

「だな、言ってみただけだ」

 

 さてどうしようかな~と考えていたら意外な所から声が上がった。

 

「代表たちヒマなのか?」

「ん? ああ」

 

 声をかけてきたのは……えっと……今朝も駅で会った彼である。

 行き先は一緒なので僕達の会話が聞こえるくらい近くにずーーーーーーーっと居たのだ。

 

「ヒマなら、『ウミガメ』をやってみないか?」

「なるほど……確かに全員で参加できる良い暇つぶしになるな」

「『ウミガメ』? 何よそれ」

 

 聞きなれない単語に真っ先に反応したのは島田だった。

 他の連中は『海亀』という単語を思い浮かべて首を捻っているようだ。

 

「あ~っと……副代表。説明パス」

「良かろう。では、水平思考ゲーム、通称『ウミガメのスープ』の流れを説明しよう。

 まず、出題者は物語を語る。そうだな……じゃあ、通称の元になった話を語るとしようか。

 

 『ある男が、レストランでウミガメのスープを注文した。

  男はそれを一口食べると、レストランを飛び出して身投げしてしまった。

  一体何故だろう?』

 

 ……こんな感じだな」

「……瑞希、何か訳が分からなかったんだけど……ウチの日本語のリスニングが上手くできなかったから……ってわけじゃないわよね?」

「はい。私も全く分からなかったです……」

 

 そうかそうか。全く分からなかったか。

 これで分かったとか言われたら逆にビックリだったんで良かったよ。

 

「その通り。この話を聞いただけでは訳が分からない。

 だから回答者達は出題者に質問をする事が可能だ」

「じゃあ答え教えてくれ」

「……という身も蓋もない質問が来ないように、質問には制限が設けられている。

 それはYESかNO、『はい』か『いいえ』で答えられる質問であるという事だ」

「って事は例えば……質問! そのスープには毒でも入ってたの?」

「そうそう、そんな感じ。

 ちなみにその質問の答えは『いいえ』だ」

「え~……」

「こうやって質問を繰り返し、様々な観点から問題を掘り下げ、奇妙な物語の真相を探る。

 それが水平思考ゲームだ」

 

 これの良い所は人数制限が基本的には無い事だ。いやまぁ、100人とか来られて一斉に質問されたらそれはそれで困るんだが……今ここに居る全員が参加しても全く問題無い。

 そしてアッサリ行く時はアッサリ終わるが、時間がかかる時は本当に時間がかかる。良い暇つぶしになるだろう。

 

「どうする? やってみるか?」

「勿論! 必ず解いてやるわ!」

「わ、私も頑張ります!」

「難しそうだけど……面白そうだね。僕もやってみるよ!」

「ワシも参加させてもらおうかのぅ」

 

 女子2名と明久と秀吉は参戦。残りは……

 

「その話の真相は知ってるから俺はパスだ」

「…………また少し眠くなってきた。しばらく寝かせてもらう」

 

 こんな感じの理由でパスのようだ。

 と言うか雄二、知ってるクセに『答えを教えろ』とか質問したのか。アレは説明の為だったのか。なかなかやるな。

 よし。それでは、始めようか。

 

「お題はどうするんだ? コレで行くのか、もうちょい簡単なのにするか……」

「面倒だからコレでいいでしょ。皆も真相気になってるみたいだし」

「そうだな。じゃあ僕はのんびり見守らせてもらおう」

「じゃ、ゲームスタートだ。じゃんじゃん質問してくれ」

「はい! それじゃあそのスープは……」

 

 

 

 

 そんな感じで、真相が分かる頃には目的地に到着した。

 直接的な参加はできなかったが、迷走する回答者達を神視点で眺めるのは良い暇つぶしになったな。






「という訳で道中のお弁当パート+αの終了だ。
 本当はお弁当だけだったんだが……文字数が微妙に少なかったんで午後の暇つぶしも入れてみたらしい」

「完全に筆者の自己満足の布教活動ね……」

「『ウミガメのスープ』の真相は語らないでおこう。是非とも自力で解き明かしてほしい」

「アレって水平思考ゲームの中では結構難問だから初心者には厳しいと思うんだけど……」

「まぁなぁ……本当に問題の外側を掘り下げて進めないと真相に辿り着けないからな。
 誰が想像するんだよこんな話っていう」


「では、次回もお楽しみに!」


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04 犯人像

 無事に合宿所まで到着した。

 ここの管理人によれば僕達が一番乗りらしい。電車のダイヤの関係で集合時刻よりもかなり早く着いたからなぁ……

 まだ教師陣すら着いていないという有様だが、部屋には入れるようだ。Fクラスの待遇を考えると『集合時刻まで門の前で待て!』とか言われても決しておかしくは無いので助かった。 

 

「それじゃ、ウチらの部屋はあっちだから」

「次に会うのは……明日の勉強会ですかね。では、また」

 

 女子2名は当然別室だ。いくらFクラスの待遇が異常であってもこういう所は真っ当だな。

 さて、こちらのグループの部屋割りについてだが……

 

「秀吉、どうしたの? 姫路さん達行っちゃうよ?」

「明久よ、ワシは男じゃからな?

 ついでに言うなら明久もワシと同じ部屋じゃからな?」

「ええっ!? そ、そんな!! 秀吉と僕が2人っきりの部屋に……!?

 この学校は一体全体何を考えてるんだ!!!!」

「いや、誰も2人っきりとは言っておらぬが……」

 

 うん、良く知ってる。

 何故なら、僕も同じ部屋だからだ。

 ついでに言うなら康太と雄二も同じ部屋だ。

 そしてあと1人、『宮霧伊織』とかいうのが同じ部屋らしい。

 うーむ……聞き覚えが無いな。どんな奴なんだろう。代表の雄二なら知ってるだろうか?

 

「なぁ雄二、この『宮霧』って誰だ?」

「……? そこに居るだろ?」

「…………お前だったのかよ!?」

「副代表、オレの名前知らなかったんだな……いや、確かに名乗った記憶は最初の自己紹介の時以外は無いんだけどさ」

 

 驚いた事に時に伝令、時にシェフ、時に雑用係として地味に活躍していた彼こそが最後のメンバーだったらしい。

 まさかこいつだったとはな……完全に意表を突かれた。

 ……何? 知ってただと? ハッ、バカな事を言うな。この僕ですら予想外だったんだから。

 

「と言うことは早く来た全員が同じ部屋か。勿論女子は除くが」

「そうらしい。それじゃ、俺たちも部屋に行くとしよう」

 

 

 

 

 

 

 割り当てられた部屋に辿り着き、荷物を降ろして布団を敷いた所で一息吐く。

 しばらくは、自由時間が続くな。

 

「よし、トランプでもやるか! 大富豪とインディアンポーカーと完全神経衰弱、どれがいい?」

「何でその3択!? いや、大富豪は分かるけど残り2つは何で!?」

「何だ不満か? ブラックジャックとかちんちろりんでもいいぞ?」

「ブラックジャックもチップが無いとつまらないような……って、ちんちろりんはトランプじゃない!!」

「……よし、とりあえずトランプタワーでも組むか」

「確かにトランプだけど!! トランプだけどさぁ!!!」

 

 まぁ、こんな所まで来てトランプタワー組むほど僕も暇人ではない。

 さて、どうするかな~。

 

「…………」チョンチョン

「ん? ムッツリーニ? どうしたの?」

「…………昨日の件で報告がある。今話しておきたい」

 

 昨日の件と言うと……例の脅迫犯の件か。

 何か進展があったなら聞いておきたいのはやまやまなんだが……

 

「康太、無関係な奴が居る中であえて話す理由があるのか?」

 

 僕のそんな質問に対して康太は無言で頷いてから言葉を続けた。

 

「…………この部屋の面子に犯人は居ない。

 …………そして、対処するならこの合宿中に行うべきだと判断した。

 …………事情は予め伝えておいた方が良い。その方が動きやすい」

「なるほどな。じゃあ専門家の意見に従うとしようか。

 明久もそれで良いか?」

「えっと……事情を教えるって事は……ここに居る皆にアレがバレるって事だよね……」

「もう過半数に割れてるから別に良いじゃないか」

「う~ん……まぁ、そうだね。分かった。頼むよ」

「…………」コクリ

 

 そんな会話をしていたら事情を知らない組の雄二と……えっと……み……宮霧、あいつがやってきた。

 

「どうしたんだ? 何かあったのか?」

「ああ。簡潔に言うと明久が脅迫された。その脅迫犯をとっちめる」

「エラい簡潔だな……変な事には巻き込まないで欲しいんだけど?」

「安心しろ。Fクラスとかいう掃き溜めに居る時点で十分変な事に巻き込まれてる」

「…………オレ、次の振り分け試験では絶対良い点取るんだ……」

 

 宮霧が何か悟りきった表情をしているが、気にせず話を進める事にする。

 

「それじゃあムッツリーニ、お願い」

「ワシも気になっておったのじゃ。何か進展はあったのかのぅ?」

「…………昨日は学内に仕掛けた盗聴器から情報を探った。そこで有益な情報がいくつか得られた」

「あのさ……それって犯ざ……いや、今更か。オレは何も聞かなかった。うん」

「有益な情報とは?」

「…………犯人は、2年生の女子。そして尻に火傷の跡がある」

「ムッツリーニ、君は一体何を調べたんだ」

 

 ……おっと、明久に先に突っ込まれた。

 突然『尻の火傷』とか言われたからビックリしたぞ。

 

「…………犯人と客とのやりとりと思しき音声を拾う事に成功した。

 …………その際に、犯人が『尻にお灸を据えられて火傷し、今も跡が残っている』と言っていた」

「なるほどな。尻に火傷する奴なんてそうそう居ないからほぼ犯人だけの特徴になるな。

 ……しかし、役に立つかは微妙だな」

 

 その火傷を確認しようと服を引っぺがしたりしたら警察のお世話になる事は間違い無いだろう。脅迫されて暴露される事なんかよりもよっぽどヤバい案件だ。

 一応、女子に協力を頼めばそんな事は回避できるが……片っ端から女子を脱がすわけにもいかない以上はある程度当たりを付ける必要があるわけで、当たりが付けば別の方法はいくらでもある。

 

「……康太、『女子である』って事と『2年生である』って事の根拠は何だ?」

「…………本人は自分の事を『乙女』と言っていた。他の言動からも女子である事が伺える。

 …………2年生である事は簡単かつ明確だ。この合宿に参加するという旨の発言を拾えた」

「合宿に参加する教師である可能性は?」

「…………他の会話から生徒である事はほぼ間違い無い」

「なるほど。なら間違い無いな」

 

 こちらはかなり重要な情報だろう。

 今までの容疑者は学園全体に居たのに対して今は2年の女子という所まで絞られたわけだ。

 学年で1/3、性別で1/2。単純計算で1/6まで候補を絞れた事になる。

 『教師でない』という情報も含まれるから更に絞れたな。

 

「ところで明久」

「何? 雄二」

「お前は一体全体何をネタに脅迫されたんだ? そしてどういう指示……と言うか脅迫を受けてるんだ?」

「……まぁ、ちょっとした写真がね……

 指示は確か……『僕の身近な女子に近づかない事』だったかな?」

「…………より正確には『あなたの傍に居る異性にこれ以上近づかない事』と書かれていたようだ」

「異性って言うと……島田や姫路、あと秀吉も一応含まれんのか?」

「雄二よ、お主までワシを女子扱いするでない!!」

「いや、俺が女子扱いしてるわけじゃない。脅迫犯が女子扱いしてるかどうかって話だ」

「むぅ……確かにそうじゃな。

 いや、それはそれで問題なのじゃが……」

 

 その辺もハッキリして欲しいんだよな。指示が明確なら目的が透ける。

 目的が透けるならそれは犯人の手がかりになる。

 ……尤も、本当にヤバい奴ならそれすらもミスリードに使うから盲信はできないけどな。

 

「……なぁ、ちょっと気になったんだけど……」

「どうした宮霧。巻き込まれる気になったか?」

「いや、同室になった時点でもうガッツリ巻き込まれてるよ。

 ちょっと疑問に思ったんだけど、犯人は女子なんだよな?」

「……康太によればな。盗聴すら見越して女子の演技をしていた可能性はゼロではないが」

「じゃあとりあえず女子と仮定する。

 で、犯人の要求は『吉井の身近な女子に近づかない事』だよな?」

「男子にとっての異性が女子だけならそうなる。そして男子でも女子でもない突然変異みたいな奴はうちの学校には多分居ない」

「そんな奇跡みたいな確率の事まで言わんでも……まあいいや。

 この文面を一番素直に解釈するのなら、犯人の目的は『吉井の身近な女子のうち誰かに恋してる。そして吉井に嫉妬してる』って感じだと思うんだけど、どう思う?」

「……なるほど。何を言いたいのかは分かった。確かにおかしいな」

「だろ?」

 

 宮霧が推理した『犯人の目的』と、康太が突き止めた『犯人の情報』。

 この2つを照らし合わせると奇妙な矛盾が浮かび上がってくる。

 

「えっ、なになに? どういう事?」

「いいか吉井、『犯人は女子』なのに、『女子に恋してる』んだ。おかしいだろ?」

「あっ、ホントだ!! 確かにおかしい」

 

 そう。明らかに矛盾している。

 この矛盾を解消する方法は3つ。

 

 まず、康太の情報が誤りだった場合。

 次に、宮霧の推理が誤りだった場合。

 

 どちらかが異なるなら矛盾でも何でもない。特に推理の方は憶測も混ざってるから間違っていても何ら不思議ではない。

 明久が秀吉を女子扱いしてる事は簡単に分かるので、秀吉目当てで指示を出している可能性もある。

 しかし、第3の解消方法として……

 

「言い出したオレが言うのもちょっとアレだけど、実はおかしくない」

「えっ? 何言ってるの……?」

「推理はおかしくない。おかしいのは犯人。

 真相は凄く単純で、今回の犯人は『女子でありながら女子に恋してる』って事なんじゃないかと思う。

 もしそうなら……オレ、多分犯人が分かったよ」






「ついに宮霧くんの名前がキミに認知されたわね」

「筆者としてはもっと引っ張りたかったらしいが、部屋割りを同じにしようとするとどうしても名前を確認する必要があるんで断念したようだ。くそっ」

「そんな悪態つかなくても……」

「部屋割りを別にすれば解決だったんだが……如月ハイランド編では全く出番が無かったんで程々に出しておきたいようだ。
 空気に成り下がったら宮霧を出した意味が無くなるからな!」

「筆者さん……考えなしなのか考えてるのか分からない人ね……」

「起こしたいイベントの方向性だけ決めて適当に放り投げる。後は流れに身を任せる。
 うちの駄作者は執筆の事を度々『目隠しのビリヤード』とか言ってるな」

「自球を適当に打った後は流れを見守るだけ……と」

「そんな感じだ。部屋割りさえ同じにしておけば適当に巻き込まれてくれるはずだという目論見だな。
 あと、部屋割りを同じにしつつ名前を把握しない案として『何故かピンポイントで文字化けしてる』という案を考えたようだが……流石に強引過ぎるんで没にしたようだ」

「……何か聞いたことある話ね」


「……さて、解説に戻ろう。
 どうやら早速活躍しているようだ」

「……ちょっと気になったんだけど……これってキミか坂本くんでも同じ答えに至れたんじゃない?
 無理矢理見せ場を作っただけじゃ……?」

「いや、不可能とまでは言わないがかなり厳しい。
 何故なら……僕も雄二も犯人であるアイツの名前すら知らないからな」

「あ、そっか。少なくとも作中では会ってないのか。
 あの人に会ってる人でこの場に居て、なおかつここまで推理できるのって宮霧くんだけなのね」

「そういう事だな。まぁ『具体的に誰か』というのは無理でもその一歩手前くらいは僕でも行けたと思うが。
 ……原作でもこれくらいの推理はできたハズなんだよなぁ……何で平行世界の雄二達は覗きとかいう犯罪行為に走ったのか」

「う~ん……原作を読み返してみたけど、濡れ衣着せてきた女子達に対する腹いせ……かな?」

「愚かとしか言い様が無いな。いや、元からバカの集団だから当たり前か」


「最後に連絡事項です! 明日は2話投稿します! いつもの時間とその5分後です!」

「理由は……まぁ、後で話す」


「では、次回もお楽しみに!」


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05 特定

 『犯人が分かった』

 

 謎のルームメイトこと宮霧伊織が発した一言は僕達を驚愕させるには十分だった。

 

「えええっ!? だ、誰なの!?」

「吉井、お前も会ったことあるはず……と言うかあるぞ。

 女子でありながらうちのクラスの島田に熱烈な愛を向けていた同性愛者に」

「……………………?」

「いや、ここまで言ってるんだからピンと来いよ!!

 Dクラスの……名前は忘れたけど、ツインテで縦ロールのあいつだよ」

「……………………あああっ!! 清水さんか!!!」

「そう。多分そいつ!」

 

 シミズ? 清水……何か聞き覚えある気がするが、よく分からんな。

 まぁ、僕が熟知している必要は無い。女子の名前が分かったのなら後は知ってる奴に丸投げだ。

 

「康太、そいつの情報は? あ、スリーサイズとかのプロフィールは言わなくて良いぞ」

「…………清水美春、2年Dクラス所属。去年から島田に性別を越えた愛を向けている」

「女性同士だとむしろ越えてないような気が……あ、いや何でもない」

「…………奴に盗撮のスキルがあるかは不明だが、動機という点では十分過ぎるだろう。

 …………当然、2年生の女子という点も満たしている」

「じゃあ清水さんで決まりだね! さぁ、どうしてくれようか……」

「おいおい、落ち着け明久」

「フムギュッ!!」

 

 今にもどこかに突っ走っていきそうだった明久を雄二が物理的に止めた。

 そうだな。2重の意味で気が早い。

 

「どうして止めるのさ雄二!」

「今分かったのは、あくまでもその清水とやらが脅迫犯の最有力候補ってだけだ。

 『女子に恋する女子』だなんていう特徴を満たす奴は確かに珍しいが他に居る可能性はゼロじゃない」

「そうかなぁ……?」

「それに、どこに行く気だ? この合宿所にはまだ俺たちしか来ていない。他のクラスの連中がやってくるまであと1時間はかかるぞ」

「……あっ、そうだった……」

 

 僕達は乗り換えが無い代わりに早めの電車で来ている。一般的な待遇のDクラスの生徒がバスか何かでやってくるにはまだ時間がかかるだろう。

 

「…………ひとまずは追加で調査をしておく。最有力候補の名前が分かっただけでも大分やりやすくなる」

「分かった。ありがとうムッツリーニ、頼んだよ」

「…………」コクリ

 

 とりあえず現状でできる事はこんなもんか。

 康太の調査報告を待って、犯人である事が確定してからは僕の出番も出てくるだろう。

 もし犯人じゃなかったら……その時考えればいいか。

 差し当たっては……

 

「よし、トランプやろうぜトランプ!!」

「どんだけやりたいんだよ!!!」

 

 だってヒマなんだもん。

 

 

 

 

 

 

 

 というわけでトランプで遊び倒した。

 最初は大富豪をやっていたのだが……

 

「僕のターン! 手札から4枚の同一のカード、3を捨てる事により速攻魔法、革命発動!!

 全ての強さを逆転させる!!

 更にチェーン発動! 2を4枚捨てて革命返し発動!

 更に、ハートのAを通常召喚! ターンエンド!!」

「1ターンキルしてんじゃねぇよ!? って言うか何で遊戯王風なんだ!!

 絶対イカサマしてただろうが!!」

「存在自体がイカサマとか言われたら何とも言えないが、少なくともカードを直接操作するようなイカサマはしてない」

「…………マジ?」

「マジ」

 

 ……という感じの事が割と頻繁に発生するので別のゲームをする事にした。

 続いてインディアンポーカーをやってみた。

 

 知らない人の為にルールを説明しておく。

 各プレイヤーはカードを1枚引き、自分に見えないように、それでいて相手に見えるように額の上にカードを掲げる。

 自分のカードは見えず、相手のカードのみが見えるという状況で勝負に出るか、もしくは降りるかを選択。

 勝負に出るならチップを賭け、勝った者……数字の一番大きい者が総取りとなる。

 

 大雑把に言うとこんな感じ。相手の表情を見て、あるいは言葉を交わして、自分の強さがどの程度なのかを判断するゲームだ。

 そういうゲーム……なのだが……

 

「イヤー、ミンナツヨイナー。ボクマケチャウヨー」

「「「「「降り(じゃ)」」」」」

「ちょっ、何で!? どうして!?」

「吉井……反応が分かりやす過ぎる。

 誰一人強い奴が居ないから勝負したいって態度が見え見え」

「付け加えるなら、自分以外のプレイヤーのカードは見えてるんだ。貴様が嘘を言っているのは丸分かりだ」

「今回はかなり露骨じゃったが、そうでない場合でも明久の態度で大体分かってしまうからのぅ……」

「明久の方を見ないっていう明久縛りを行えばマシにはなるかもしれんが……それはゲームとしてどうなんだ?」

「…………」ヤレヤレ

「うがぁあああ!!!」

 

 というわけで4~5回ほどやったら没になった。

 

 その後提案した完全神経衰弱は神経が衰弱するという真っ当な理由で没に。

 まぁ、ネタで言っただけで僕もやりたくなかったんで助かったよ。

 ん? ルール? 簡単に言うと2デッキ使ってマークも揃える神経衰弱だ。

 更に細かい追加ルールもあるんだが……微妙にややこしいんで各自ググってくれ。

 

 最後に提案したブラックジャックは結構盛り上がった。

 

「ディーラーは僕で固定か。まぁ仕方ないか。

 僕がプレイヤーやったら毎回ブラックジャックとかになってディーラー涙目だし」

「……副代表、あんたベガスでも行けば一生遊んで暮らせるんじゃないか?」

「そうもいかない理由があってなぁ……まぁ、始めるとしよう。

 全員チップは行き渡ったな?」

「うん、バッチリ!」

 

 なお、カジノ風のチップなんて物は誰も持ってきていないので雄二が持ってきたUNOで代用している。

 数字カードが1枚1点、その他役カードが1枚10点というシンプル極まりない設定だ。

 

「よし、全員に行き渡ったな。時計回りに聞いていくぞ。まず雄二」

「ヒット」

「ほいっ」

「19か……スタンド」

「はいよっと。次、秀吉」

 

 これもルール説明しておくか。

 ブラックジャックとは、引いたカードの合計数値が21になるように目指すゲームだ。

 各プレイヤーは初めに2枚のカードが配られ、その後何回でもドローができる。

 なお、ドローしたい時は『ヒット』と宣言、止める時は『スタンド』と宣言する。

 引いた数字の合計が21以下であれば数字が大きい方が強い。しかし、22以上になるとバスト。無条件で負け、あるいは引き分けになる。

 注意点がいくつかあり、このゲームにおいて10以上のカードは全て『10』として扱われる。11でも、12でも、13でも、ゲーム上では全て10だ。

 また、Aは『1』か『11』のいずれか任意の数として扱う事が可能だ。

 基本ルールはこんな感じ。他にもいくつかルールがあるが……

 

「ワシはAと11。ブラックジャック成立じゃ」

「ほぅ、やるな。次は明久」

 

 Aと10の2枚が揃った場合、合計値は21となる。

 この場合、単純に強いだけでなく『ブラックジャック』という役が成立する。これで勝てれば掛け金の倍の配当が得られる。(通常は等倍)

 また、ただの21よりも強い。ブラックジャックと引き分けるには同じブラックジャックが必要だ。

 

「えっと……11だから……ダブルダウン!」

「おーけー。ほいっ」

「い、1っ!? ……あの、これってもう引けないんだよね……」

「ああ」

 

 手札が初期の状態、2枚の時のみ『ダブルダウン』を宣言する事ができる。

 これは、あと1枚しか引けない代わりに掛金を2倍にするというコマンドだ。あと1枚だけ引ければ勝てる気がする時に使うものだな。

 先ほど述べたように、このゲームでは10以上のカードは全て10として扱われる。よって必然的に10の枚数は多くなり、当然ながら引く確率も大きくなる。

 だからこそ、今回のように手札が11の場合はダブルダウンを行うのがセオリーとなる。

 ……まぁ、こういう事もあるけどな。

 

「次は宮霧、貴様だ」

「ヒット」

「ほれ」

「…………ヒット」

「ほいっ」

「あ、くそっ、バストだ」

 

 宮霧の手札の合計は25。ほぼ負け確定だな。

 

「最後、康太」

「…………」トントン

「ヒットだな。ほれ」

 

 本来のブラックジャックは騒音の多いカジノで行われる為か、特定のジェスチャーでも通じる。

 テーブル……と言うか床をトントン叩くのがヒット、手のひらを下に向けて水平に振るのがスタンドだ。

 

「…………」ササッ

「スタンドね。よし、じゃあ僕の番だ」

 

 ここまではプレイヤーの行動について説明したが、ディーラーの場合は少々異なる。

 簡単に言うと、ヒットとスタンドを機械的に行う事しかできない。

 自分の手札が17以上であればスタンド、それ未満であればヒットを繰り返す。

 さて、自分の手札はどうなっているのか。

 ディーラーの初期手札2枚もプレイヤーと同じタイミングで配られているが、1枚目だけオープンの状態であり2枚目は裏向きに置かれている。

 表向きの1枚目は5。2枚目は……10のようだ。

 合計は15なのでヒットを行う。出てきたのはA。

 すると合計は16なので再びヒット。出てきたのは8。

 合計24でバスト。

 

「ちっ、やられたか。持ってけ泥棒!」

「ブラックジャックならどうにか戦えるか。よし、剣から根こそぎ搾り取ってやるぞ!」

 

 他にも説明しきれなかった細かいルールがある。スプリットとか、インシュランスとかな。

 その辺まで説明するとややこしくなるんで興味を持った方は各自で調べてほしい。

 






「以上なんだけど……何このトランプゲームのステマ」

「気付いたらかなりの分量を書いていたらしい。
 消してしまうのも勿体ないんでそのまま残してみたようだ」

「これでほぼ1話とか、読者さんに怒られるんじゃないの……?」

「何を言っている。だからこそ今日は2話投稿なんだ」

「……ああ、そういうね」

「次の展開は一旦区切って次の話で書きたかったらしい。
 しかし、前半部分だけだと短すぎるんで適当に時間を潰す描写を入れたらこんな事になったようだ」

「次の展開って言うと……あの辺なのかしらねぇ……」

「そうだなぁ……必要なイベントではあるんだが……」

「…………では、また5分後に会いましょう」


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06 愚者

本日2話目です。読み飛ばしにご注意下さい。




「明久、貴様がビリのようだな」

「お、おかしい。セオリーに従って動いてるはずなのにチップがどんどん減っていく……」

「基本的にカジノは胴元が勝つようになってるからな。期待値的には最適な行動を取っていても減る時は減るもんだ」

「くっ、こうなったら……オールイン! 勝負に出るよ!!」

 

 瀕死……と言うか何回か破産して借金してる明久がチップ全賭けという勝負に出てきた。

 良かろう、ならば全力で打ち砕いてやろうじゃないか! って言ってもディーラーは何もできないんだけどな。

 通常通りに全員に1枚ずつ配る。明久のカードは……A。

 

「……ほぅ?」

「よし、流れが来てる! ここでブラックジャックを引き当てる!!」

 

 今からイカサマして止める事も不可能ではないが……そんな事をする理由は皆無だな。

 通常通りに、2枚目のカードを全員に配ろうとデッキに手をかけ……

 

 突如、ドバンという音と共に入り口の扉が勢いよく開かれた。

 

「全員手を頭の後ろに組んで伏せなさい!!」

「うるせぇ今良い所なんだよ! 邪魔すんな!!!!」

 

 思わず反射的に怒鳴ってしまったが何事だろうか? 何かドラマに出てくる警察の台詞みたいなのが聞こえた気がするが。

 入り口の方を振り返ると、Cクラス代表の小山と、その他複数の女子が突入してきた。

 ……ああ、もう他のクラスが到着する時間だったか。ブラックジャックに夢中ですっかり忘れてた。

 

「な、何事じゃ!?」

「木下はこっちに来なさい! そっちのバカ3人は動かないで!!」

 

 島田の鋭い声で窓に向かっていた3人のバカが動きを止めた。

 ここ、3階なんだけどな……

 

「フゥ……やれやれ。仰々しくぞろぞろと、一体何の真似だ?」

 

 雄二がクールに台詞を吐くが、さっきまで窓に全速力で向かっていて、今もなお貴重品が入った鞄を抱えている男が発するべき台詞ではないのは気のせいではないだろう。

 目的はよく分からんが、サッサとカード配りたいんだよな……いや、配っても良いんだけど、皆が注意してない時に配ると雄二とか康太がカードをすり替えそうなんだよな。

 ……カードだけでも確認しとこ。明久が引くカードは……あ~、そう来るか。

 

「副代表、アンタ全然動じてないな」

「この騒動に興味が無いだけだ。今のところうるさい事以外の実害は無いし」

「そうやってスッパリ切れる時点でまともじゃないよ」

 

 で、結局何の騒ぎなんだこれは? うるさいんでサッサと片付けて欲しいんだが。

 そんな僕の心を読んだわけではないだろうが、小山が語り出した。

 

「よくもまぁそんなシラが切れるものね。あなたたちが犯人だって事くらいすぐに分かるというのに」

「犯人だと? 僕の罪科を問おうとは良い度胸だ。その蛮勇に免じて聞くだけは聞いてやろう。貴様は一体何の罪を問うている」

「そんなメチャクチャな言い回しでシラを切り通せるとは思わない事ね。コレの事よ!」

 

 そう言って小山が自信満々に掲げたのは……何だアレ? 何かの機械っぽいが。

 

「…………CCDカメラと、小型集音マイク」

「平たく言うと盗撮、盗聴キットって所か? で、それがどうしたんだ?」

「まだシラを切るつもり? これは女子風呂の脱衣所に設置されていたのよ」

「な、何だって!? それって犯罪じゃないか!!」

「そうだな。で?」

「『で?』じゃないわよ! あなた達が仕掛けたんでしょう!?」

「…………は?」

「誤魔化そうとするんじゃないわよ! いい加減に認めなさい!」

 

 ……なるほど、大体分かった。

 

「違う! ワシらはそんな事はしておらん!」

「そうだよ! 僕達はそんな事しない!!」

「…………」コクコク!

「……ここに来てからオレ達はずっと一緒に居たから不可能だ」

「ふざけないで! こんなこと、あなた達以外の誰がやるって言うのよ!!」

 

 誰って言われてもな……

 この部屋の現状で最も怪しい人物なんて1人しか思いつかない。

 

「いや、第一容疑者は貴様だろ」

「…………は?」

 

 僕の言葉を聞いた小山と、その取り巻きの女子たちが『何を言ってるんだコイツは』という視線を向けてくる。

 いや、だってさ……

 

「そのカメラとマイク、貴様の指紋が付いてるだろ? 今素手で触ってるんだから」

「確かにそうだけど……それでどうして私が犯人になるのよ!」

「いや、自分の指紋で犯人の指紋を消すとか、どう考えても犯人か共犯者の行動にしか見えない」

「ぐっ……い、いえ、そもそも指紋が付いてたという証拠が無いわ!」

「そりゃそうだ。貴様が隠滅したんだから。

 指紋が付いてない事を皆で確認してから触ったなら……それでもどうかと思うがまだ分かる。けどその様子だとそれすらやってないらしいな」

 

 手慣れた盗撮犯が証拠品に指紋を残すかは微妙だ。残ってたらむしろ偽装工作を疑う。

 だけど、問題はそこじゃなくて、証拠品を雑に扱ったという事だ。指紋に限らず何か分かったかもしれないのに。

 

「そんな事をしてるのは犯人か共犯者か、あるいはよほどの愚か者しか居ないと思うんだが……」

「なっ!? 私をバカにしてるの!?」

「貴様が犯人ではないならそうなるな。何だ、違ったのか?」

「違うに決まってるでしょう!! だいたい、何で私が盗撮なんてしなきゃいけないのよ!!」

「んなもん、適当に売りさばくとか、こうやって殴り込んでくる理由付けとか、いくらでも理由は考えられるだろ。

 自分が女子だからといって疑いが晴れると思ったら大間違いだぞ?」

 

 個人的な意見だが、犯罪の動機って犯人の絞り込みや有罪の根拠としては使えると思うけど、無罪の根拠としては結構弱いと思う。動機が無い事の完全な証明って簡単じゃないし。

 女子が女子の裸を盗撮する理由などいくらでも……ん? 何か聞いたことある話だな。

 …………あ、この件の犯人ってもしかして明久の脅迫犯と同じ奴か?

 だとしたら小山は犯人ではなさそうだな。本当にアホだっただけだ。

 

「貴様が犯人なのかアホなのか、僕にとってはどうでも良い事なんだが……とりあえず帰ってくれないか?

 証拠を自ら隠滅してる有様を見るとどうせ他の証拠なんて無いんだろ?

 僕達を怪しむのは勝手だが、ちゃんと考えてから行動するんだな」

 

 そう告げて追いやるような仕草をしてやる。

 これで引き下がってくれるなら終わりなんだが……そんな理性的な行動ができるならそもそもこんな事にはなってないわけで……

 

「って、待ちなさい! あなた達が犯人じゃない根拠なんてどこにもないじゃない!!」

「そうだな。で?」

「分かってるならサッサと根拠を言いなさい! 根拠を!!」

「だったら僕達が犯人だという根拠を示してくれ。根拠を」

「っ~~~~……もういいわ。こうなったら力ずくでも吐かせてやる! 皆! 取り押さえて!!」

「おいおいおいおい」

 

 何か物騒な事を言い出した。

 そしてそんな物騒な言葉に反応して取り巻きの女子たちが動き出した。

 

「え、ちょっ、ここは剣が論破して凌ぐ場面じゃないの!?」

「あんなので言いくるめられるわけが無いでしょう! さぁアキ! 白状してもらうからね!!」

 

 島田はどこからか持ってきたロープで明久を後ろ手に縛り、これまたどこからか持ってきた石畳に正座させ、以下略の重石を……おい、周到過ぎないか?

 

「吉井くん……信じていたのに……まさかこんな事をするなんて」

「姫路さん? 信じてたならそんなものは断じて持ってこないよね!? って言うかそんな重そうなの運べたの!?」

 

 姫路が抱えていたのは石抱きの拷問セット。何キロあるんだあれ?

 いや、その前に何で2セットもあるんだ?

 

「……どーすんだこれ? オレは巻き込まれたくないんだが……」

「そこの! 何を他人事みたいに突っ立ってるの! アンタもよ!!」

「えっ、オレも犯人扱いされてたのか!? このっ、寄るな!!」

 

 ボーッとしてた宮霧にも女子の魔の手は伸びる。襲ってきた女子を蹴り飛ばしたり殴り倒したりして逃れようとしたが、数の暴力にあえなく捕まってしまった。

 ……え? 女子に手をあげるな? 知らんがな。舌戦してたのに肉弾戦を挑んできたのは向こうの方だろう。

 ……現在進行形で躊躇無くぶん殴ってるあいつならそんな感じの事を答えるだろう。

 

 そうこうしているうちにそこまで腕力の無い康太も拘束される。雄二は……

 

「……雄二、来なさい」

「ちょ、待て翔子! 髪を引っ張る痛だだだ!!!」

 

 ……こんな感じになっているようだ。

 え? 僕は何してるかって? 女子が動き出したと同時に部屋の隅に退避して背後を取られないようにしながら牽制してるよ。

 スタンロッドとかがあれば良かったんだが、残念ながら竹尺くらいしか持ってきていない。どこまで凌げるか。

 

 しっかしまぁ……そうかそうか。そうなるのか。

 

「み、美波? ま、まさかとは思うけどそんな重そうなものを僕の膝の上に乗せたりはみぎゃぁああ!!」

「まだまだ重石はタップリあるわよ♪ アキは一体何枚まで耐えられるかしら?」

 

 健全な恋愛関係において、一番重要なのはお互いの信頼だと思う。如月ハイランドでも似たような事は散々言ったっけ。

 疑う事自体は悪いことじゃないさ。そして、疑いすらしないというのはただの決め付けに過ぎない。

 

「吉井くん? 悪いことをしたらしっかりと反省しなきゃダメですよ?」

「いや、だから僕達はそもそも盗撮なんてひぎゃぁあああ!!!」

 

 姫路と島田、この2人は一応明久の事が好きなんだと思っていた。いや、実際好きなんだろう。

 明久が最終的に誰と付き合う事になるのかは全く分からないが、どう転んでもこの2人は害悪にしか成り得ない。

 ……この事件を活用して、少々試させてもらうとしようか。






「ヒドい暴論を見たわ」

「原作において実は小山がゴム手袋の類を装着していた可能性もゼロではないんだが……そんな都合の良いものがそうそう転がってるとも思えないし、そんなキッチリした性格だとも思えないんで素手だろうと判断したようだ。
 その結果……小山の行動はミステリーのフィクションなら8割くらいの確率で犯人か共犯者になるだろうと判断した」

「小山さんは筆者さんに疑われる才能でもあるのかしら……?
 と言うかこれってギャグ小説なんだけどね……ミステリーじゃないんだけどね……」

「何はともあれ問題行動を取っているのは確かだ。証拠の隠滅も立派な犯罪だからな」

「犯人が証拠を隠滅するのは実は罪じゃないんだけど……その場合は普通に犯人だから関係ないわね」

 ※現在の法律では『犯人がバレたくなくて証拠隠滅するのはむしろ当然の事。もし自分が犯人だったら絶対そうするから犯罪じゃないよ』という解釈をするそうです。
  あと、親兄弟などが犯人の場合も『隠したくなるのも仕方ないよね』という解釈になるらしいです。
  皆さんが証拠を隠滅したくなったら赤の他人ではなく身内を頼りましょう! まともな身内なら即通報されると思うけど。

「さて、後半部分は……問題の場面だな」

「問題の場面ねぇ……」

「あいつら人の話を聞かないからなぁ……」

「苦労してるわねぇ……ホント」

「全くだ。貴様の所の代表が羨ましいよ」


「では、次回もお楽しみに!」





「……ところで、吉井くんが引くはずだったカードって何だったの? 10?」

「いや、Aだった。オールインしてるからスプリットもできないな」

「うわぁ、妙な所で運が無いのね……」


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07 中立

 明久も康太も、ついでに宮霧も拘束され、秀吉も保護という名の拘束を受けている。

 雄二は霧島に拉致られ、自由に動けるのは僕1人だけ。いや、包囲されてる状況だから決して自由ではないか。

 僕一人で、なおかつ手段を選ばなければ包囲を突破する事は不可能ではない。襲ってくる女子の眼球を抉り出すとかすれば萎縮するだろうから強行突破も可能だろう。

 そんな事したらかなり恨みを買いそうなんで自重しておくけどな。リスクとリターンが全く釣り合ってない。

 

 結論、自力での突破は不可能。

 

 だが、悲観する事は無い。この状況の解決方法は実はかなりシンプルだ。

 それは、ひたすら時間を稼ぐ事。それだけで解決だ。

 何故かって? 時間が経てば確実にやって来る人が居るからだ。

 

「お前たち! 何をしている!!」

 

 それは試召戦争の激戦区でよく聞く声。

 補習担当こと西村先生……鉄人の声だった。

 

「西村先生! 丁度良かった。この盗撮犯たちを捕まえて下さい?」

「盗撮だと?」

「はい! 女子更衣室にカメラとマイクが仕掛けてあったんです!」

「…………なるほど。お前たちがやったのか?」

 

 僕達は一斉に首を横に振った。嘘の自白をするメリットなど無いからな。

 

「そうか……分かった。話は補習室でじっくり聞かせてもらおう」

「えっ、ここって補習室なんてあったんですか?」

「学園の補習室ほどじゃあないが、そこそこ頑丈な部屋が用意されている」

「ちょっ、何で補習室!? 僕まだ何もしてないのに!!」

「まだ?」

「あ、いや、今のは言葉の綾で……」

「……まあいい。どちらにせよじっくり話を聞かせてもらうとしよう」

 

 こうして僕達(秀吉含む)は補習室へと連行されていった。

 運ばれるのは初めての経験だな。こんな感覚なのか。

 

 

 

 

 

 

 補習室の扉が閉ざされ、中からしっかりと鍵がかけられた。

 これで妙な妨害は入らない。今この部屋に居るのは、鉄人先生と運ばれた5名。そして先客の2名だけだ。

 

「お前ら、無事だったか?」

「この通りピンピンしてる。助かったよ雄二」

 

 そう、先客とは、霧島に拉致られていた雄二と拉致った霧島だ。

 鉄人先生があれだけ早く駆けつけてきたのは雄二が手を回した結果だろう。そうじゃなかったらもうちょい時間がかかってたはずだ。

 

「あれ? 雄二生きてたんだ……」

「人を勝手に殺すな」

「だって、霧島さんに連れていかれてたからてっきり拷問の果てに富士の樹海に棄てられたのかと……」

「……私は、そんな事はしない。

 ……雄二の言葉をちゃんと聞くって決めたから」

 

 ほぅ……素晴らしい成長だな、涙が出そうになるよ。

 へし折った左腕はまだ疼くが、無駄ではなかったようだな。

 

「あの……どういう事なのじゃ? 西村先生はワシらが盗撮犯だと思って連行したのではなかったのかのぅ?」

「そんな事は無い。片方だけの言い分を聞いて人を犯罪者扱いするなど教育者としてあるまじき行為だ。

 お前たちが疑わしいのは確かだが、聞く耳持たないという事は無いし、ましてや痛めつけるなど以ての外だ」

「えっ、て、鉄人がまともな事を言ってる!? ま、まさか偽物!?」

「吉井、そんなに補習がしたいのか? タップリ用意してやるぞ?」

「スイマセンデシタッ!!」

「西村先生は意外と……っていう言い方も失礼だけど、ゴッツい見た目に反してかなり真っ当な教師だ。少なくともオレはそう思ってる。

 あんな拷問紛いの事を見過ごす訳が無い。

 ……そう言えば吉井、アンタだけ先に拷問受けてたよな? 脚は大丈夫なのか?」

「うん、平気だよ。頑丈さには自信があるからね」

「頑丈ってレベルなのかアレ……?」

 

 先生の立場はあくまでも中立。相手が暴走している時に来てくれれば非常に助かる。

 逆に言えば、こっちが何かやらかした時は敵になる。先生を巻き込んで動くのであれば、慎重に事を進めないとな。

 

「それじゃあ、さっきも確認した事だがもう一度聞かせてもらおう。

 お前たちは盗撮犯では無いんだな?」

「無論です」

「ああ」

「そんな事はしてません!」

「…………」コクコク

「ワシもやっておらぬ!」

「そんな面倒な事はしません」

 

 僕達6人が同様に否定する。

 それを聞いた鉄人先生はうんうんと頷いている。

 

「なるほど。やっていない……と。分かった。

 念のため、お前たちがいつ頃合宿所に来て、何をしていたのかを話してくれ」

「アリバイ確認ですか。残念ながら、僕達は早めに到着してずっと部屋でブラックジャックをやっていました。

 証明は僕達の相互の証言だけ、カメラを仕掛ける事は不可能では無かったです」

「そうか……分かった」

 

 残念ながら僕達が即座に無罪になるような証拠は無い。

 むしろ、早めに来てるからかなり疑わしい立ち位置ではある。そういう意味では真っ先に問い詰めに来るのも理解できなくはないな。

 

「質問は以上ですか? なら、報告したい事があります」

「何だ?」

「多分ですけど犯人が分かりました」

「何だと!?」

「確証があるわけではありませんが、Dクラスの清水が犯人である可能性が高いです。

 動機のある女子なんてそいつくらいしか居なさそうなので」

「清水……なるほど。確かに動機はあるな。

 しかし、何故女子に限定するんだ? 動機を持つ生徒など男子にはいくらでも居るだろう」

「簡単な事です。カメラが見つかるのがあまりにも早すぎる。

 早めに来た僕達が犯人でないのなら、カメラを仕掛けられるタイミングは限られている。

 姫路か島田が犯人の可能性もあるけども、僕の感覚ではさっきの殺意は本物だった。

 犯人が仕掛けたカメラを……いえ、仕掛ける前のカメラを自作自演で見つけ出したのだと考えた方が自然です」

 

 若干こじつけ臭い所もある推理だ。証拠もないしな。今は。

 

「この推理が正しければ、誰か1人『カメラを見つけた!』と声高に叫んだ奴が居るはずです。

 その『誰か』が犯人本人なのか、あるいは唆されただけの一般人なのかは分かりませんが。……聞き取り調査をすればそんな奴が居たか居なかったかくらいは簡単に分かるでしょう」

「……分かった。よく調べてみるとしよう。

 他に何かあるか?」

「…………」スッ

 

 静かに挙手をしたのは康太だ。それに対して鉄人は無言で頷いて言葉を促す。

 

「…………さっきの推理が正しいなら、いや、正しくなくても今回のアッサリ見つかったカメラは囮だと思われる。

 …………遅くとも次の女子の入浴のタイミングで本命のカメラが仕掛けられるはずだ。注意して欲しい」

「分かった。他の皆にも伝えておこう。他にはあるか?」

「……では僕から一つ。

 今後の方針についてですが、犯人が確定したら警察に通報したりするんでしょうか?」

「う~む……生徒を警察に突き出すような真似はできればしたくは無いが……あまりに悪質であればそれも止むなしだろう。

 盗撮が未遂であれば穏便に済ませられるんだが……」

 

 この言葉は鉄人の私見も入ってるだろうが、概ね学園側の要望と見て良いだろう。警察沙汰になったら冗談抜きで犯人よりも学園が困るし。

 僕としては怪しい奴には犯罪の既成事実を作ってもらった上でとっ捕まえる方がスッキリするんだが……まぁ、世の中そんなもんか。

 盗撮犯の件は学園側の要望に沿って対応するとしよう。

 

「となると、犯人を速攻で確定した上で厳重監視、牽制するのがベストか。

 清水が犯人である証拠……う~ん……」

「おい副代表、ちょっといいか。

 オレとしては学園の要望よりもオレ達に着せられた汚名を晴らす事を優先したいんだが」

「……そう言えばそうだった。すっかり忘れてた」

 

 盗撮犯が仕向けたのか、あるいは小山あたりが勝手に暴走したのかは不明だが僕達は既に喧嘩を売られている。

 そこら辺も勘案した解決方法となると……

 

「……鉄人先生。ちょっと試してみたい事があるんですが、協力して頂けないでしょうか?」

「一体何をやらかす気だ?」

「ダメ元で1手ほど仕掛けてみます。成功すれば犯人確定、失敗してもノーリスク。そんな手です」






「無事に脱出できたわね。流石は鉄人」

「リメイク前では僕が強行突破してたんだが……今回の僕は戦闘力は前回よりはやや低めに設定されている上に腕がまだ完治していないという設定をしっかり覚えていたんで鉄人を頼る方向に変えたそうだ。
 霧島の手柄にもできるしな」

「如月ハイランドの教訓が生かされてるわね。
 ……坂本くんだけを救出して他を見捨てたとも言えるけど」

「まぁ、そこは仕方ないだろう。一兎を追う者は二兎を得ずという奴だ。雄二だけを救出したからこそスムーズに進められたんだろう」

「それもそうねぇ」


「……さて、本文中では鉄人が盗撮犯の扱いについて述べていたが、現実の学校でも大体こんな感じだろうと考えながら書いたようだ。
 まぁ、学校次第と言ってしまえばそれまでなんだがな。
 鉄人であれば、厳しさはあるものの誰よりも生徒の事を考える鉄人であれば、生徒を犯罪者にして将来を閉ざそうとは考えないだろう」

「それで犯人がまたやらかしたら庇った先生は大変な事になるんでしょうけど……西村先生なら問題なさそうね。
 あのヒトの補習を受ければ再犯なんて……しないと良いなぁ……」

「アレを受けてなおやらかしそうなのが多数居るのがバカテスクオリティだな。
 そういうわけで、『可能なら助けたい。しかし犯罪を見逃すのは厳しい』というスタンスだな」


「では、次回もお楽しみに!」


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08 捕縛

 ……さて、結論から言おう。清水はアッサリ捕まった。

 ここまでアッサリ終わるとか……オレは勿論驚いてるが、一番驚いてるのは作戦を立案・実行した副代表に違い無い。

 

 副代表がやった事は凄く単純だ。

 

・女性でかつ地位の高い高橋先生を呼ぶ。

・事情を説明してから女子更衣室へと向かう。

・「ヒャッハー! 今ならカメラを仕掛けても疑いはあいつらに飛ぶぜ! ヤリ放題だぁ!!」と叫ぶ。

・何かノコノコやってきた清水を引っ捕らえる。

 

 ……以上である。

 こんな風に速攻で終わる条件は以下の通り。

 

・犯人があの騒動の後、すぐに本命のカメラとマイクを仕掛けるというリスキーな真似をする。

・丁度いま、マイクで音声を拾っている。

・ホイホイと罠に嵌るほど犯人がアホである。

 

「……僕、お前の事は結構頭が良いんだなって思ってたんだぞ?

 意図した事かはしらんが、ここに来て即座に濡れ衣着せるとか、結構やるなって思ってたんだぞ?」

「フン!! 豚野郎に褒められても嬉しくもなんともないですわ!!」

「いや、褒めてない褒めてない。そう思ってたのは過去の話だ。

 こんな見え見えの罠に即座に飛びかかるとか……一体何を考えてるんだ?」

「たとえ罠だったとしても……お姉様の女神の如く慎ましやかな肢体を男子に晒すなど以ての外っ!!」

「……その島田への過剰な愛だけは世界一なんだろうなぁ……それじゃあ鉄人先生、宜しくお願いします」

「ああ。タップリ指導をしてやるとしよう」

 

 何はともあれ、これにて解決か。

 カメラを仕掛けられたのは最速でも今日の午後、そして更衣室の利用者はまだ居なかったはずだ。

 学園側の要望通り、犯罪は未遂の状態で防がれたってわけだ。

 

「……あっ、そうだ。先生、ちょっと待ってください。

 清水、写真を使って明久を脅迫していたのは貴様か?」

「ギクッ! な、なな何の事かサッパリ分かりません!」

 

 そうだった。それもあった。

 明らかにしらばっくれてるように聞こえるんだが……証拠も無いんだよな。

 この学園の2年生には盗撮スキル持ちが2人居る。未知の3人目が居てもなんら不思議ではない。

 さて、副代表はどうやって口を割らせるのか。

 

「……そうか。貴様が脅迫犯だったら話は早かったんだがなぁ……

 もし、万が一、貴様が脅迫犯だったら、この件を島田に黙っていてやる代わりに明久の脅迫を止めろと言えば何もかもが丸く収まってた」

「フン、残念でしたわね!」

「ああ残念だ。黙っている意味が無くなるから島田にだけはサッサと伝えるとしよう。えっと、携帯はこの辺に……」

「脅迫したのは美春ですっ! 申し訳ありませんでしたっ!!」

 

 すげぇ、一瞬で解決しやがった。

 清水がチョロかったと言うより、副代表が弱点をしっかりと押さえているからこその芸当だろう。

 

「ホントかぁ? 島田に黙ってほしくて嘘言ってるわけじゃないだろうな?」

「ほ、本当です! ほら、写真も……あった。これです!」

「……明久、確認してくれ」

「うわぁ……確かに僕が受け取った写真と同じだよ」

「確定だな。

 清水、貴様がこの写真をバラ撒くのは勝手だが……そうした場合にどうなるかは、もう説明する必要は無いな?」

「はい……ですからこの件はお姉様には……」

「ああ。僕達がバラした事が発覚したら遠慮なくバラ撒くと良い。

 別ルート……例えば学園側から暴露された場合には自重して欲しいんだが……それを止める事は僕にはできんな。

 本当は今のうちにデータを消せって言いたいけど、コピーなんていくらでも作れるしな」

 

 脅迫しあう状態にする事で一応解決か。あんまり褒められた解決方法ではなさそうだけど、脅迫の元データを完全に抹消するのが不可能に近い以上は仕方ないのか。

 ……あれ? でもこれだと『盗撮犯は清水だ!』って暴露する事はできないのか。

 女子たちにまた詰め寄られたら場合にも言う事はできない。一応、学校側から『犯人はオレ達ではない』と言ってもらう事は可能だがそれでも具体的な犯人の名は出せない、と言うか出さない。学園側は穏便に解決したい、と言うかしたので。

 大丈夫か? あいつらちゃんと納得してくれるのか?

 

「どした? 宮霧」

「……いや、何でもない。なるようになるだろ」






「少々短いが、この辺でキリが良いな」

「わ~、アッサリ片付いたわね」

「筆者はたまにこういう事やるよなぁ……既に用意してあるシチュエーションを無視してフラットな状態に戻す。
 既に建設されてる建物を爆破して一旦更地にしてから作り直す的な」

「……それ、二次創作の意味ある? ってふと思ったけど、あくまでも一部を更地にしてるだけね」

「筆者が使いたいのは『女子が濡れ衣を着せてきた』という状況。
 原作ではそこに『犯人探し』という目的があったが……それを消し飛ばして自由に設定できるようにしたわけだな」

「ホントヒドい状況ね……しかも女子たちに真犯人を伝えない為の理由付けまでさり気なくされてるし」

「相互脅迫の状況は狙って作ったと言うより自然とそうなってただけなんだけどな。
 コレの良い所は限られた少数に伝えるだけなら何ら問題ないという事だ。島田の耳にさえ入らなければセーフだからな」

「はぁ……キミらしいと言うか何というか……一応訊くけど、キミならこれ以上状況を悪化させる事を防ぐくらいできるよね?」

「まぁ、な」

「……本編の私は今後どう動くのやら。
 では、次回もお楽しみに!」


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09 明久と女子と

  ……翌日(合宿2日目)……

 

 昨日は色々とあったが、そんな事はお構い無しに予定通りの合宿が始まった。

 

「……雄二、一緒に勉強できて嬉しい」

「待て翔子、一緒に勉強するのは構わんが当然のように膝の上に乗ろうとするな。

 さっきからクラスの連中の視線が痛い」

 

 ……こんな感じで、本日の予定はAクラスとFクラスの2クラス合同の自習だ。

 

「副代表~、アレは止めなくて良いのか?」

「どっちの話だ? 代表たちか、あるいはクラスの連中か」

「どっちもだ。何か問題が起こったら今後の指揮に差し障るだろ」

「まぁそうなんだが……霧島の行動に干渉するのは結構な手間だし、クラス全員に干渉するのも数が多いんで面倒だ。

 勉強自体は雄二の戦力アップにも繋がるし、行き過ぎた行動は雄二自身に何とかしてもらおう」

「戦力アップねぇ……オレも勉強するかな」

 

 (多分)Fクラス一向上心のある男、宮霧の台詞である。

 やる気のある教師役を付けてやれれば結構な成績の向上が見込めるかもしれんが……誰か居ないかな?

 と言うか、この場面でクラス副代表としてやるべき事はクラスの連中の底上げだな。話が分かる連中を纏めて、適当なAクラス生徒を言いくるめてこき使わせてもらうとしよう。

 

「明久~、康太~、秀吉~」

 

 適当に呼びかけると呼ばれた3名が、そしてプラス3名がやってきた。

 

「どうしたのじゃ?」

「下らない事だったら斬るわよ?」

 

 秀吉と、当然のように着いてきた光が、

 

「…………」

「一体どうしたのカナ?」

 

 康太と、何故か一緒に居る工藤が、

 

「どうしたの剣?」

「勉強の邪魔はしないで欲しいんだけど」

 

 明久と、何故か一緒に居る木下姉が。

 

「…………おかしいな。呼んだ人数の倍来たぞ?

 何で来た……いや、違うな。お前たち一体何してたんだ?」

 

 恐らくはそれぞれの組で一緒に何かしてたから一緒に来たんだろうと推測してみた。

 姉さんはまぁ良いとして、他2名は一体全体何をしていたのか。

 

「今は自習時間なんだから。勉強を教えてたに決まってるでしょ」

「ボクも似たような感じカナ。

 土屋くんの得意科目は保健体育だからネ。どっちの方が上か勝負してたんだよ」

「……アタシもそんな感じよ」

 

 驚いた事に僕が手を回すまでもなく勉強していたらしい。康太は得意分野よりも苦手分野をもうちょい頑張ってほしい気もするが、勉強をしていた事は確かだ。

 

「……すまん、勉強しろよ~って言おうと思ってただけだ。既にやってるなら構わん。邪魔して悪かった」

「まったくもう……行くわよ、秀吉くん」

 

 光に続いて工藤も木下姉もそれぞれのパートナーと一緒に元の場所へと戻って行った。

 

「う~む……色んな意味で意外だったな」

「チクショウッ、あのリア充どもめっ!」

「リア充って……いや間違っちゃいないんだろうが……貴様も微妙にFクラスっぽい所があるんだな」

「いやいや、年頃の男子なら彼女の1つや2つ欲しがるもんだろ。副代表はどうなんだ」

「居たらそれはそれで面白そうだが……僕に付いてこれそうな奴がそもそも居ないんでな」

「……コレ、どうツッコミを入れれば良いん?」

「さぁ?」

「……とにかく、勉強頑張ろう。Fクラスに居たら出会いも無いし」

「女子は一応居るが」

「『一応』って付けてる時点でオレがどう答えるかも分かりきってるだろ?」

「まぁな」

 

 誰だって冤罪を吹っかけてきて拷問するような女子を彼女にしたいとは思わない。

 あいつらの将来が少々心配だが、自業自得だな。巻き返せるのか、それともこのまま終わるのかはあいつら次第だ。

 

「……いや、待てよ? そうだ、姫路に頼んでみるか」

「何を?」

「貴様の教師役。勉強したいんだろ?」

「いやまぁそうだけど……昨日散々揉めた後なのに教えを乞うのか? 気まずくないか?」

「今日の朝に僕達が冤罪だったというのは先生から発表されている。

 詫びる好機を与えてやるという事であれば互いの利害は一致するだろう」

「一理あるけどなぁ……」

「とりあえず話すだけ話してみるとしよう。自習したいなら止めとくが」

「……いや、頼む」

「おーけー。で、姫路はどこに……」

 

 姫路の外見は色々と目立つので立ち上がって探せばすぐに分かるだろう。

 そう思って辺りを見回した丁度その時、こんな声が聞こえてきた。

 

 

「いい加減にしなさいっ!!」

 

 

 

 

  ……遡る事数分……

 

「予想以上にボロボロね……吉井くん、キミはこの1年間一体何をしてたの?」

「あ、アハハハハ……」

「笑い事じゃないわよ。世の中勉強が全てとは言わないけど、いくら何でもこれは酷すぎる。もしこれが改善できなかったら……」

「……で、できなかったら?」

「……アタシが悩む事になるわ。どう別れ話を切り出そうかと」

「精一杯頑張ります! だから見捨てないで下さい!!」

「吉井くんの努力次第ね。死ぬ気で頑張りなさい」

 

 元々、如月ハイランドでアタシは吉井くんに『勉強を教える』と約束していた。

 この学力強化合宿は丁度いい機会だったので方針を立てる為にもまずは教科書の問題を適当に解かせてみた。

 その結果が……冒頭の会話に繋がる。

 

「日本史だけは結構できてるみたいね。社会科は後で大丈夫か。

 どの科目からやる?」

「う~ん……それじゃあ、数学?」

「分かったわ。三角関数……いや、もうちょっと前から……」

 

 吉井くんの成績は実は1年生だと言われても信じられなくもない状態だ。

 1年生の範囲を最初からじっくりやっていく感じで大丈夫だと思う。アタシも復習のつもりで頑張りましょう。

 

 そうして、いざ始めようとした時、声がかけられた。

 

「吉井くん、一体何をしているんですか?」

 

 昨日冤罪を吹っかけてきておいて、特に謝ってもいない(らしい)、姫路さんから。

 

「え? 何って……勉強だけど……」

「そうじゃなくて、どうして木下さんと一緒に勉強しているんですか?

 まさか、何か弱味を握って脅してるんじゃ……ダメですよ吉井くん!」

 

 何か勝手にとんでもない事を言い出した。

 彼女にとっての吉井くんはそんな事をしでかすような人間なんだろうか?

 

「いや、そんな事はしてないけど……」

「木下さんも我慢しないで言ってください! 必ず何とかしてみせますから!」

「……アタシは、脅されてなんか居ない。これで良い?」

「そんなハズはありません! あっ、本人の前だと言えませんよね。ちょっと、こっちに来てください!」

「あ、あなたねぇ……」

 

 おかしい、姫路さんはここまで愚かな人間だっただろうか?

 行動に移す前にまずは人の話を聞いてほしい。会話が成立してないから。

 

「ほら、早く……」

「ちょっ、腕掴まないで、ああもう、いい加減にしなさいっ!!」






「姫路さん……」

「こんくらいの事はしでかすだろうなと考えながら書いてたようだ。
 全く、こんな地雷女と付き合おうとするのはよっぽどの変人だけだな!」

「……心の底から同意しておくわ。特に後半部分」

「……さて、今回は真っ当に合宿編だ。
 宮霧の今後の成長に期待したい」

「今は亡き三宮くんを除けば一番向上心があるもんね」

「あいつは決して死んでは……いや、何でもない」

「他のメインメンバー達もしっかり勉強してるみたいだし、真っ当な成果が見込めそう。
 ……くそっ、リア充どもめ!」

「貴様なら彼氏の1人や2人余裕で作れそうな気もするが」

「……ある意味キミと同じね。私を打ち負かせるくらいじゃないとすぐ破局しそう」

「悩ましい問題だな……」


「では、次回もお楽しみに!」


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10 思い込み

「いい加減にしなさいっ!!」

 

 木下の姉の方が発したそんな言葉に真っ先に反応したのは誰か?

 言うまでもなく我らが副代表だった。

 

「おい貴様ら、何をしている」

「空凪くんには関係ありません!」

「いや、関係あるさ。僕はクラス副代表だ。

 クラスのサブリーダーとして、喧嘩の仲裁は積極的にやらねばならん」

「これは喧嘩なんかじゃありません!」

「……だそうだが?」

 

 副代表がもう1人の当事者、木下優子へと視線を投げかける。

 そんな視線を受けて、少し悩んだ様子を見せた後こう答えた。

 

「喧嘩……一応喧嘩の一種になるのかしらね」

「ほ~。なるほど。じゃあ姫路、ちょっとこっち来い」

「そんな、どうして私だけ……嫌です!」

「うるさい黙れ。個別に話を聞くだけだ」

「離して……痛っ!」

 

 ……こうして、騒動の原因っぽい姫路だけを連れ去る事で事態は終息した。

 この様子だと姫路に教わるのは無理っぽいなぁ……大人しく1人で自習するかな。

 

 

「ちょっとアキ、一体何してるの!!」

「テメェもかよ!? 勘弁してくれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「この辺でいいか」

 

 姫っちの腕を掴んで部屋を出て、人気の無い廊下の隅っこへと移動を終えた。

 ここなら誰からも邪魔は入らないだろう。

 

「どうして邪魔するんですか!? 早くしないと吉井くんが!!」

「木下の声が聞こえるまで、あいつらは2人で勉強していた。

 邪魔をしたのはむしろ貴様の方じゃないのか?」

「そんな事はありません!!」

「……まぁ、いい。僕だって最初から見ていたわけじゃないしな。

 ただ、直前まで2人で勉強していた事くらいは把握している。

 そこに貴様が乱入したんだろうと判断したんだが……何でそんな事したんだ?」

「だって、吉井くんと木下さんが勉強してたんですよ!? 本来なら私がっ!!」

 

 やっぱり邪魔をしたかったんじゃないか。というツッコミは飲み込んでおいた。こじれる気しかしないから。

 

「本来教えるのは自分だったって? じゃあ何で朝イチで名乗りでなかったんだ」

「だって……まだ昨日の事を謝ってもらってません!」

「…………ん?」

 

 あれ? 何かあったっけ? むしろ謝ってもらう立場な気がするんだが。

 

「吉井くん達は盗撮の犯人だという事を認めませんでした!

 ちゃんと認めてくれればそれで解決なんです。またいつも通りに戻れます。

 だから私は待っていたんです」

「……今朝、盗撮犯は僕達ではないと教師陣から通達があったはずだが」

「先生は騙されているんです! 私は騙されませんよ!」

「そ、そうか」

 

 驚いた。まさか姫路の中ではそういう認識になっているとは。

 と言うか、昨日は僕も含めて犯人一味みたいな扱いだったんだが、その僕にこんな話をしてて良いのか?

 

 ……しかし、コレはコレで都合が良い。

 普通に考えたら公式発表すら信じずに明久が犯人だと決めつけている時点で人として論外なんだが……逆に、そこまで凝り固まった思考を自力で正常に戻せるのならばそれは評価に値する。

 今、この場で2人っきりで会話する事で誤解を解く事は決して不可能ではないだろう。だが、あえて放置させてもらおう。

 

「いいだろう、貴様自身が僕を呼ぶまで、僕は一切の口出しをしない。

 己が心の命じるままに動くがいいさ」

「?? よく分かりませんけど……とにかく邪魔しないって事ですね? では失礼します!」

 

 こうして姫路は元の部屋へと駆け出して行った。

 じっくりと、見せてもらうとしようか。貴様が紡ぐ物語を。

 その終演まで。

 

 

 

 

 

 

 剣が姫路さんを引っ張って行ってくれたけど、今度は美波がやってきた。

 

「いや、何してるって……勉強だけど……」

「そうじゃなくって、どうして木下さんと一緒に勉強してるのよ!!」

「何? アタシに何か文句でもあるの?」

 

 木下さんはイラついているのか口調が少し刺々しい。

 姫路さんに因縁付けられた直後だからかな。

 

「文句と言うか……勉強を教えるならウチがやるわ! Aクラスの人の手なんて借りない!」

「誰がそんな事を決めたのよ。今の活動は合同の自習だし、アタシも吉井くんも同意の上で勉強を教えてる。

 それとも、あなたの方が上手く教えられるの? もしそうなら交代を考えても良いけど」

「と、当然よ! ウチの方が上手く教えられる!

 ……数学なら」

「数学以外はどうする気?」

「今は数学をやってるんでしょ!? だったらそれで十分じゃないの!

「一理あるけど……どう思う? 吉井くん」

 

 あ、僕に会話が振られたみたいだ。

 えっと……結局どっちに教師役をして欲しいかって事だよね。

 

「勿論、木下さんに教えてもらいたいよ」

「んなっ!? アキ、どうしてよ!!」

「だって、数学が一通り終わったらどうせ別の科目やるし。

 それに数学だって島田さんは確かBクラスくらいだったよね? 当然Aクラスな点数の木下さんに教えてもらった方が良さそうだもん」

「うっ、た、確かに成績はAクラスに劣るかもしれないけど……それでもウチの方が上手く教えられる!!」

「だ、そうだけど……どう思う?」

「どう思うって……さっきも言ったように木下さんに教えてもらいたいよ」

 

 どうも美波はさっきから僕に教えたがってるみたいだけど、木下さんが単純な成績だけじゃなくて教師役としても優秀なのは既に分かり切ってる。

 それに……まぁ、一応彼女なわけだし、一緒に居たいと思うのは当然だ。僕の答えが覆る事は無い。

 

「そういう訳だから、もう邪魔しないでちょうだい。アタシたちは忙しいの」

「そんな……どうしてよ……こんなのおかしい……!」

 

 美波はぶつくさ言いながらも元の席へと戻って行った。結局何がしたかったんだろう?

 ……まいっか。勉強しよう。

 

 

 

「ぜぇ、はぁ……お待たせしました! さっきの話の続きをしましょう!!」

「またなのかよ!? 副代表は一体何をやってやがるんだ!!」

 

 姫路さんの声の直後に聞こえた同室の宮霧くんの台詞に、僕は内心で深く同意した。






「以上、明久の勉強会の風景だ」

「空凪くん。こんなだから性格悪いって言われるんだよ。
 放っといたら姫路さんが破滅に向かうのがほぼ分かってたよね?」

「まぁな」

「……まぁ、その辺の事は置いておきましょうか。
 案の定と言うべきか、盗撮の件は納得してないみたいね」

「清水の名前を発表してたらどうなってただろうな? 流石に教師の言葉には耳を貸したか?」

「当然! ……と言いたい所だけど、今の態度を見る限りではそれすら無視されそうで怖いわね……。
 そもそも、一応未遂で終わった上に昨日のキミ達の扱いを見たら発表される可能性はゼロだけど」

「また私刑に走られたら堪ったもんじゃないだろうからな。
 うちの学校、悪い噂とかに弱いってのに」

「……ホント苦労してるんでしょうね。うちの教師陣」

「違い無い」


「では、次回もお楽しみに!」


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11 急襲

 合宿2日目の自習も無事に終わり、僕達は部屋でくつろいでいた。

 

「トランプ5デッキ持ってきてるとか言ってた時はアホかと思ったけど、こういう使い方もできるんだな……」

「組み直すのと対応覚えるのがちょっと面倒だけどな」

 

 トランプを4デッキほど組み合わせ、丁寧な意味で適当にカードを抜く。

 するとコレが完成する。カード麻雀ならぬトランプ麻雀が。

 麻雀牌を持ってくると結構かさばるし重いからな。

 

「よし、リーチだ!」

「明久、今度はちゃんと上がれるようになってるんだろうな?」

「も、勿論だよ!」

 

 麻雀とは、素早く役を作って上がるゲームだ。役が無いと上がれない。

 にも関わらず上がろうとすると罰金が取られる。と言うか取られていた。

 ポーカーとかと違って14枚もの手札をやりくりするんで初心者だと意外と間違えたりするものだ。

 

「むぅ……ここは降りじゃな」

「…………」

「……コレだな」

 

「ふ、ふふ……見える、このカードが上がり牌である事が!

 うぉぉぉおおお!!!!」

 

 明久がアホみたいな事を言いながら気合を入れてカードをめくろうとした。

 ……うん、めくろうとしただけだ。実際にはめくれなかった。

 何故かというと……再びドバンという音と共に女子が乱入してきたからだ。

 

「……お前ら、何しに来たん?」

「決まっているでしょう! 教師を騙して安穏としてるあなた達に引導を渡しに来たのよ!!」

 

 呆れた声で放たれた僕の問いに答えたのはドヤ顔の小山である。相変わらずコイツが女子陣営の筆頭らしい。

 その後ろには多分Cクラスの女子。そしてFクラスの女子2名も控えているようだ。他のクラスが混ざっているかはよく分からんな。

 僕が知っている女子の顔なんてAクラス首脳陣とB・Dクラスの副代表、あと清水くらいなんでそれ以外はサッパリだ。

 

「はぁ……やれやれ……宮霧! アレをやるぞ!!」

「……えっ、オレ? アレって何だよ!!」

「アレと言ったらアレに決まっているだろう!

 仕方あるまい、雄二、やれ!」

「一応俺の方が立場は上のはずなんだがな……んじゃ行くぞ、起動(アウェイクン)!!」

 

 雄二が腕を掲げ、中二っぽい言葉を唱える。その腕には僕達が清涼祭で勝ち取った賞品『白銀の腕輪』が嵌められていた。

 音声認識でキーワードを読み取るとかいう誤爆が頻発しそうな機構のソレの効果は『召喚獣のフィールドの作成』だ。

 なお、今まで一度も誤爆した所を見たことは無い。製作者である学園長の技術力の高さが見受けられる。

 

「……ちょっと待て。腕輪も何も持ってないオレに真っ先に声を掛けたのはどういう訳だ?」

「意味など無い。ツッコミ待ちだ!」

「いつからオレはツッコミ役になったんだ……?」

「……ともかく、これで召喚が可能になったというワケだ。試獣召喚(サモン)!」

 

 

  [フィールド:数学1A]

 

Fクラス 空凪剣 400点

 

 

「何をしてるの。召喚獣なんて所詮は立体映像……」

「忘れたのか? 僕は観察処分者。物理干渉能力持ちだ」

「っ!! だったら召喚獣で倒すまでよ! 試獣召喚(サモン)!!」

 

 小山と、その他数名が召喚獣を呼び出した。

 召喚獣に対抗するには召喚獣。それ自体は何の問題もない。そしてこの人数を捌くのは僕には無理だろう。

 だけどねぇ……このヒト達分かってるのかね? 1人でも死ねば終わりだって事を。

 

「くらえっ!」

『きゃっ!』

 

 適当な召喚獣を強引に一体消す。するとどうなるか?

 答えは簡単。戦死に反応したあの人がやってくる。

 

「戦死者は補習!!

 ……の前に、お前たち何をしている!」

「えっ? 私たちは盗撮犯を懲らしめて……」

「盗撮犯はこいつらではないと今朝言ったはずだぞ? サッサと部屋に帰れ!」

「ですけど……」

「それとも、補習室に行くか? 今なら何時間でも付き合ってやれるぞ?」

「くっ…………分かりました。失礼します」

 

 こっちは何も悪い事をしていないのだから、教師が来れば解決だ。あの鉄人であれば尚更。

 鉄人先生の警告を受けて小山は諦めたようだ。それに追随して他の生徒たちもこの場は諦めた。

 ……一部の例外を除いて。

 

「先生に何と言われようと退くわけには行きません!」

「そうよ! アキが白状するまで帰れないわ!!」

 

 他のクラスの連中よりも同じクラスの連中の方が殺意が高いのは一体全体どういう訳だろうか?

 いつの間にか召喚も終えているようで準備万端といった所か。

 よし、じゃあ……

 

「……先生、バトンタッチをお願いしてもよろしいでしょうか?」

「何だと?」

「僕は戦う動機が無いですが、先生にはある。

 戦死させられれば手っ取り早く補習室送りにできますよ」

「一応筋は通っているな。いいだろう。試獣召喚(サモン)!」

 

 

  [フィールド:数学1A]

 

補習教師 西村宗一 782点

 

 

 …………えっ?

 

「な、何ですかその点数!? 一体どうやって!?」

「先生は下がってて下さい! これはウチらとアキ達の問題です!!」

「そういう訳にもいかん。さぁ、掛かって来い!」

 

 

 

 ……その後の結果は……1分も経たないうちに平和な時間が戻ってきたとだけ述べておこう。






「以上、2日目夜の終了だ」

「西村先生……一体何をどうやったのよ……」

「文月学園のテストは一定の点数を越えると体力勝負になってきそうだな……
 いや、華奢な見た目の高橋先生も点数的には同じくらいのバケモノなんだが」

「いや、実は高橋先生も服の下はムキムキの可能性も……?」

「そんな高橋先生は嫌だな。しかしこの世界だと有り得なくもないのが怖い」

「う~ん……うちの学校のテストのシステム、色々と問題があるわよね。
 まぁ、テストなんてどれもそんなもんでしょうけど」

「個々人の学力の計測が主目的のはずだが、結構余計な要素も多い。
 うちの学園の場合は単純に1回の試験でこなす量が桁違いだから単純に問題も増えるんだろうな。


「では、次回もお楽しみに!」


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12 観劇者の話

 ……合宿3日目……

 

 本当に今更な説明になるが、この合宿の主旨は『モチベーションの向上』だ。

 そもそもの文月学園のクラス分けシステムの意義は、底辺の存在には上位クラスの設備を見せびらかして『あそこへ行きたい』と思わせ、逆に上位のクラスは下位を見て『あそこへは落ちたくない』と思わせて勉強への意欲を上げようというものだ。

 その目論見が成功しているかどうかは置いておくとして……この合宿の目的もそれに沿ったものになっている。

 昨日は最上位クラスと最下位クラスの合同自習。普段関わらない2つのクラスを一緒にさせてその差を実感させた。

 そして今日の予定は僕達Fクラスは最上位一歩手前のクラス、すなわちBクラスとの合同自習だった。

 

「おひさ~。如月ハイランド以来ね」

「元気そうだな。御空零」

「ええ。そっちは……眠そうにしてるわね」

「だって自習なんて時間の無駄だろ。特に僕みたいな人種には」

「あ~……なるほど。勝利が目的であって待遇が二の次なら羨ましがる必要も無いか」

「他の連中が頑張ってくれる分には大歓迎なんだけどな。

 あ、そうだ。明久と康太と秀吉の勉強を見てやってくれないか?」

「いや、何で私が勉強見てあげないといけないの。しかも3人分も」

「言ってみただけだ。と言う訳で僕は寝る! お休みなさい」

「ちょっと待ちなさい。そっちに用は無くても私の方にはあるのよ」

 

 何かBクラス副代表が面倒な事を言い出した件について。

 まあいい。聞くだけ聞いてやろうじゃないか。

 

「まず確認しておきたいんだけど、例の盗撮騒ぎはあなたたちは犯人じゃないわよね?」

「その質問意味あるのか? 少なくとも僕はやっていないし、他の連中もほぼ間違いなくやってない」

「一応公式発表があったとはいえ、本人の口から聞いておきたかったのよ」

「……気持ちは分からんでもないな。そう言えば、Bクラスは冤罪騒ぎには参加していなかったのか?

 貴様が居なかった事だけは把握してるんだが」

「それも訊きたかったのよ。私がちゃんと止めた……はずだけど、漏れがあったらごめんなさいって。

 でも被害者であるキミ自身も把握してなかったかぁ……」

「安心しろ。把握している奴を知っている。康太!」

 

 僕が指パッチンしながら名前を呼ぶとどこからともなく康太が現れる。

 おい、お前ちゃんと勉強してたのか?

 

「土屋康太くんね。話すのは代表の女装の時以来かしら」

「…………そうなる。用件は何だ?」

「合宿初日の冤罪騒ぎの時、Bクラスの女子がキミ達の所に来てたかどうか確認したいんだけど……分かるの?」

「…………同じ学年の女子の顔と名前は全て頭の中に入っている。

 …………一昨日来た中にBクラスの生徒は居なかった」

「そ、そう……何はともあれ良かったわ」

 

 御空が若干引き攣った顔をしている気がするのはきっと気のせいだろう。良かった良かった。

 

「そう言えば、他のクラスの連中はどれくらい来てたんだ?」

「…………A・Bクラスはゼロ。それ以外のクラスはほぼ来ていたようだ」

「そうか? Dクラス副代表の姿が見えなかった気がするんだが」

「…………小野寺優子は数少ない例外だ」

「そうだったのか」

 

 1人も来なかったAクラスとBクラスが異常なだけでそれ以外は普通に来ていた、と。

 明日は完全に自由な自習になる。その際に小野寺と話をしてみるとするか。

 

「分かった。もう行って良いぞ。助かった」

「…………」コクリ

 

 そうして康太は来たときと同じように音もなく姿を消した。

 ちゃんと勉強している事を祈る。

 

「……土屋くんは一体何者なの?」

「盗撮と盗聴を生業にしている忍者だ」

「あの、本気で言ってる? それとも冗談?」

「割と本気なんだがな……まあいい。

 そんな事より、貴様は最初の時点から冤罪だと見抜いていたようだな」

「まあね」

「何故だ? 合宿所に早く着いていたり、盗撮のスキルがあったりとかなり怪しいと思うんだが」

「それ自分で言う? 判断した理由はいくつかあるけど……

 一番の理由はキミが犯人だったらこんなにアッサリと見つかってないって事ね。

 意表を突いて逆に……って考え方もアリだけど、真っ先に疑われてる時点で意味ないわ。

 そして、キミが犯人ではないなら、ガチの犯罪行為を何の理由もなく見逃すとは到底思えない」

「なるほど。納得の理由だ」

 

 人物像ではなく能力を見て結果を予測したか。

 実に合理的な考え方だ。暴走している愚か者供には是非とも見習ってほしい。

 

「ああ、そうだ。もう一つだけ訊きたい事があったのよ」

「内容によるな」

「キミだったら、今も誤解して暴走してる人達を説得できるんじゃないの?」

「かもな」

「それなのに試しもせずにあえて放置している理由は何?」

「いくつか理由はあるが……止めてやる義理も必要性も無いからだ」

「義理はまだしも……必要性はあるんじゃないの? 昨日も騒動が起こったって聞いたけど」

「良い暇つぶしになった。退屈してたから丁度いいくらいだ」

「痩せ我慢……ではなさそうね。

 単刀直入に訊くけど、あなたの目的は一体何?」

「目的ねぇ……一言で言うと、やはり観劇と表すのが妥当か」

「観劇?」

「そう、観劇。僕はこの物語の結末が知りたいんだ。介入して終わらせるのではなく、最後まで見守った上での結末をね」

「……なるほど、確かに観劇ね。一応納得できる理由だけど……その結末、キミなら予測できるんじゃないの?」

「ああ。予測は可能だ。だが所詮は予測だ」

「そりゃそうだけど……破滅に一直線に向かってる子たちが不憫ね。

 キミ、性格悪いってよく言われない?」

「ハッ、何を今更」

「……ホント今更だったわ。ごめんなさい」

 

 予測なら容易だ。

 最後の最後まで冤罪を信じて、真相が分かった後、自分たちの行いに絶望する。

 あるいは、真相なんて明かされずずっと冤罪を信じ続けるかもしれない。

 この予測、是非とも覆してほしいものだ。

 

「キミの意見も目的も分かった。一応理解はした。

 けどね……あんまり舐めた事してると、怒るよ?」

「おー怖い怖い。と言うかそこまで言うなら自分で収拾付けようとは思わないのか?」

「当然思ったわよ。思ったけど……流石に他のクラスの皆を納得させられる程の材料が無かったわ。

 真相がハッキリとはしてないのに謝らせても溝が深まるだけでしょ?」

「もっともだな」

「それに、もし真相が分かっても、今度は真犯人が吊し上げに遭う。自業自得ではあるけども……一応未遂だったわけだし、キミ達が疑わしいっていう現状の方がまだマシね。

 諦めて私も観劇者になるしか無さそうね」

「不満そうだな」

「まあねぇ」

 

 何かと気が合うと思っていたが、こういう点では相容れないようだ。

 どちらが正しい、間違っているという話でもない。この価値観の相違は一生埋まる事は無いだろう。






「と言う訳で僕と御空の語らいだったな」

「後書きのはずなのに本編の続きに見えるという不具合が……」

「問題なんて起こってほしく無いというのが一般的な考え方である事は認めよう。
 しかし、問題を起こした上でどうなるのかを見物する方が個人的には好きだ」

「身も蓋もない言い方をするわね……文句を言いたい所だけど、それはそれでメリットもあるから反論しにくいのよねぇ……」

「お互いの価値観が違う事を合意する。それで十分だな。反論など必要ない」

「そういうコトね。価値観なんて人それぞれなのは当たり前。わざわざ捻じ曲げて合わせてもらう必要なんて皆無」

「……さて、破滅へと一直線に向かってる連中は果たして自力で気付けるんだろうか?
 いや~、楽しみだな!」

「そういう価値観だから性格悪いとか狂人とかって言われるんだよ……
 え~、では、次回もお楽しみに!」


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13 純心と疑心と

 ……合宿3日目 夜……

 

「……おい、ハートの6を止めてる奴は一体誰だ!」

「クックックッ、一体誰だろうなぁ」

「ぐぬぬ……いい加減厳しいのじゃ。パス2つ目じゃな」

「…………パス3」

「ムッツリーニはこれでリーチだね。ほいっと」

「くっ、明久のくせに余裕そうだな……パス3!」

 

 今日のトランプの内容は七並べだ。

 今現在、ハートの6が何故か出てこなくて厳しくなってる状態だな。

 う~む、一体誰が持ってるんだろうな~。

 

「くそっ、出せるカードが無い。パス4つ目だ」

 

 今回のルールはパスを3回まで許容するものとなっている。

 オーバーしてしまった場合はリタイアして持ってるカードを全て並べる事になる。

 宮霧が吐き出したカードは……ハートの5、ハートの4、ハートの3……何というか……不幸だった……のか?

 

「おっ! ハートの5以下が出たか。誰かジョーカー使って出せる奴は居ないのか!」

「…………」スッ

 

 1個飛びのカード+ジョーカーを出す事も可能。ジョーカーで代用されたカードの持ち主は強制的に提出させられる上にジョーカーを押しつけられる。

 便利なカードではあるが……最後までジョーカーを持っていた場合はリタイアよりも悪い負けとなる。万能カードであると同時にババでもあるわけだ。

 康太が出したのはジョーカーとハートの2。ハートの6の持ち主は強制的に吐き出させられる。

 

「ほら剣、サッサと出しやがれ」

「いや、僕ではないが」

「…………えっ?」

 

 だって、さっきから誰なんだろうなって言ってるじゃないか。

 それが嘘だと思われていたとは、心外だな!

 

「じゃあ一体誰だ!?」

「…………すまぬ、実はワシじゃ」

「ええええええっ!? う、裏切られた! 秀吉に裏切られたよ!!」

「いや、アンタは一番余裕があんだろ。ここまで来てパス0とかどういう事だよ。

 あの副代表でさえパス1なのに」

 

 七並べの場合は他のプレイヤーの動きによって有利な手札というものが変わってくる。今回のルールだと6や8を独占していてもジョーカーを押しつけられたら一巻の終わりだ。

 決定的な初期手札のパターンがあれば僕の強運が猛威を振るっただろうが、『運の良い手札』というものが無い以上はそれなりになる。それでもそこそこ良い手札だったが。

 

「よし、今日こそ勝つ!! これで上がr」

 

 

ドバン!(扉が勢いよく開かれる音)

 

 

 ……扉が開く音によって明久の上がりが掻き消されたようだ。残念だったな。

 

「いやいや、僕上がったよ!? 上がったからね!?」

「宮霧、ちょっとバトンタッチ。雄二、あと腕輪頼む」

「ほいよっと。起動(アウェイクン)

試獣召喚(サモン)っと」

 

 昨日と同じく女子たちが入ってきたので昨日と同じように対処する。

 七並べは先にリタイアしていた宮霧へと押しつける事にした。残り2枚だしきっと勝ってくれるだろ。

 

「うわっ、ダイヤの9止めてたのアンタだったのかよ。オレには関係ない所だけどさ」

「なぬ? そうじゃったのか……ではジョーカーとダイヤの10じゃ」

「うげ」

 

 ……勝ってくれる、はずだ。

 

「ちょっとあなたたち、何をしているの! こっちを見なさい!!」

「ん? ああ、そうだったな。ヒマそうで羨ましいよ」

「全っ然ヒマじゃないわよ!! とにかく、今日こそ引導を渡してあげるんだから!!」

「そうかそうか。で、どうする気だ? 1人が戦死するだけで昨日の二の舞になるだけだが」

「そうやって済ました顔をしていられるのも今のうちよ!

 坂本くんが使っている『白銀の腕輪』は時間制限がある上に点数を消費する。無限に張りつづけられるわけじゃないんだから戦わずに外から待ってるだけで十分よ!」

「……枯渇するまで結構な時間がかかると思うが」

「枯渇するまで張りつづける気なの? 補充試験がかなり大変だと思うけど?」

「……なるほど」

 

 特に何もせずに相手が勝手に消耗してくれるだけでも十分だと。

 そのうち教師が見回りに来そうだが……タイミングさえ分かれば逃げたり隠れたりする事は可能か。んで、また同じ事をすると。

 それでも結局時間切れの方が早そうではあるが……ここは手っ取り早くケリを付けさせてもらおう。

 

「貴様ら、何を勘違いしているんだ?」

「はぁ?」

「さっきも言ったはずだ。1人が戦死するだけで昨日の二の舞になるだけだ……と」

「それは勿論分かってるわよ。だから戦わないんでしょ。バカじゃないの?」

「……そう思うんなら勝手にしてくれ」

 

 召喚獣を操作し、ナイフを逆手に構える。

 それを正面に掲げ、そしてそのまま腕を振り下ろした。

 召喚獣の、心臓に向かって。

 

 

  [フィールド:物理]

 

Fクラス 空凪剣 400点 → Dead

 

 

 

「……はっ?」

 

 本当に、死ぬのは誰でも良かった。

 どちらでもいい。誰かが死ねば先生が来るのだから。

 

「戦死者は補習!!

 ……お前たち、まだ懲りていなかったのか。サッサと自分の部屋に帰れ!」

「くっ……皆、今日は撤退!!」

 

 小山の号令によりほぼ全員が撤退した。指揮能力だけは結構高いようだな。

 それでも従わない人が今日も2名ほど居たが。

 

「私は諦めません! 今日こそ吉井くんから自白の言葉を聞かなきゃならないんです!!」

「アキ! 引きこもってないでちゃんとウチと話しなさい!!」

 

 しつこいなこいつらも。諦めて帰ってくれりゃあ良いのに。

 言いたい事は色々とあるんだが……まずは一言言わせてくれ。

 

「……とりあえずどいてくれないか? 補習室に行きたいんだが」

「退くわけが無いでしょう!? アンタ達が大人しく罪を認めるまではフムギュッ!」

「み、美波ちゃん!?」

 

 ちょっと手段を選んでいられない状態なので顎を揺すって脳震盪で倒れてもらった。

 さっきから召喚獣のフィードバックの影響でナイフで刺した心臓が変な音立ててるんだよ。サッサと補習室で休ませてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空凪くんが自爆して、皆が逃げ出して、美波ちゃんもアッサリと気絶させられて、私1人だけになってしまいました。

 それでも一応頑張ったんです。頑張ったんですけど……

 西村先生は一体何者なんでしょうか? 数学だけじゃなくて物理でも単科目で700点オーバーって一体どんな事をしたら取れるんでしょうか……?

 

「戦死者は補習! ……と言いたい所だが、その前に島田を医務室まで連れていかねばならん。

 姫路、補習室の場所は分かるか? 先に行ってくれ」

「…………分かりました」

 

 その前に少しでも吉井くんと話す時間があれば……と思ったのですが、西村先生が通せんぼしてて進めません。

 どうやら私が移動した後で美波ちゃんを運ぶみたいです。仕方がない、今は従いましょう。

 まだチャンスはいくらでもあるはずですから。

 

 

 

 

 重い足取りで補習室に辿り着くと中は真っ暗でした。

 おかしいですね。空凪くんが先に来ているはずですけど……

 電気のスイッチは出入り口の近くにあるはずです。携帯の小さなライトを頼りに……あった。ありました。

 そう言えば補習室に入るのは初めてです。皆さんは何だかとても恐ろしい場所のように噂してましたけど、こうして見ると普通の教室と変わらない、むしろFクラスよりも真っ当な設備みたいですね。

 普通の学校にありそうな椅子。

 普通の学校にありそうな机。

 机に突っ伏して微動だにしない人影……

 

「って、空凪くん!? 居たんですか!?」

 

 電気が点いていなかったので無人かと思っていましたが普通に居ました。

 

「……ん? ああ、姫路か。どうしたんだ? こんな所に」

「西村先生に挑んだら戦死してしまって……あの、空凪くん? 何だか汗が凄いですけど大丈夫ですか?」

「ククッ、気にするな。大した事じゃない。西村先生はまだ来ないのか?」

「美波ちゃんを医務室に運んでから来るとの事なのでもう少しかかると思います」

「そうか。分かった」

 

 再び訪れる、沈黙の時間。

 この部屋は防音がしっかりしているのか他の部屋からの音も全然聞こえません。完全な無音でした。

 

「……ところで、一つだけ気になった事があるんだが」

「何でしょうか?」

「貴様は僕とは普通に話すんだな。明久はあれだけ目の敵にしてるのに」

「それは吉井くんが罪を認めないからです! あなたは……えっと……」

 

 吉井くんは罪を認めてないですが、それは空凪くんも同じです。

 では何故普通に話せるのかと言うと……

 

「う~ん……単純に犯人だと思ってないから……ですかね」

「ほぅ? 明久と同室の僕は容疑者ではないのか」

「はい。吉井くんなら盗撮くらいやりそうなイメージがありますけど、あなたの場合は全然想像できません。だからだと思います」

「……なるほどなぁ。てっきり明久以外は眼中に無いだけかと思ったが」

「そ、そんな事は無いですよ!」

 

 反射的に否定してから、考えます。空凪くんの言った事もあながち外れてはいないのではないか……と。

 私自身は吉井くんのオシオキに集中して、他の人については他の人に任せた……と言えば聞こえは良いですが、単純に興味が無かったという事でもあります。

 ここに居る空凪くん、そして同室の坂本くん、木下くん、土屋くん、そして……えっと……ごめんなさい、名前が分からない男子生徒。彼らが盗撮犯だったかまでは気にした事も無かったです。

 

「空凪くん。少し、質問させて頂いても宜しいでしょうか?」

「どうした? 答えられる範囲で答えさせてもらおう」

「まず……あなたは盗撮犯ですか?」

「……その質問、意味があるのか? さっき違うと思うって自分で言ったばかりじゃないか」

「そうですけど……本人の口から聞いておきたいんです」

「……まぁいいだろう。答えはNOだ。盗撮の類はこれまでの人生でやった事が無い。今後は知らんが」

「そうですか。分かりました。

 では次の質問です。同室の皆さんは盗撮犯でしょうか?」

「……悪いがそれは分からん。僕の目を盗んで盗撮した可能性はゼロじゃない。

 その質問に対して正確に答える事は不可能だ」

「じゃあ……空凪くんの感覚で結構です。同室の皆さんは盗撮犯だと思いますか?

 あ、『これまでの人生で』とか長い話じゃなくて、今回の合宿での件についてです」

「それだったら答えられそうだ。明久、雄二、秀吉、宮霧。この4名に関しては99%無いと断言できる。

 康太は……90%くらいかな。ほぼ無いと確信している」

 

 そうでしたか。空凪くんの感覚での話ではありますけど、他の皆さんは盗撮犯ではないんですね。

 土屋くんは若干怪しいけど、それ以外の4人は……アレ?

 

「あ、あの……吉井くんも犯人じゃないんですか?」

「そう言ったつもりだが」

「ど、どうしてそんな事が言えるんですか!?」

「……どうしてだと思う?」

「質問しているのはこっちです!!」

「それに答えるかどうかは僕次第だ」

「どうして教えてくれないんですか! 教えてください!!」

「少しは自分で考えたらどうだ?」

 

 そんな事を言われても、空凪くんが考えている事は空凪くんにしか分かりません。

 私はさらに問い詰めようとしますが、その直後に扉が開きました。

 

「遅くなって済まない。補習を始めるとしよう」

「お疲れさまです鉄人先生。

 ……姫路、この話の続きはまた今度な」

「…………はい。分かりました。また今度、絶対ですよ!」

 

 モヤモヤした気持ちを抱えながら、補習が始まりました。






「以上、2日目……じゃない、3日目夜の終了だ。
 ……実は2日目の物として書いてたけど色々検討した結果3日目に移行したらしい」

「と言うか、ここで終わりなのね」

「補習した後は普通に部屋に戻って普通に寝るだけだな。
 ちなみに、七並べは明久がトップで宮霧が2位だったようだ」

「残り1枚とジョーカーの状態から何とかしたのね……」

「残った1枚は13だったからな。アッサリ出せたようだ」

「……運の良い手札だったみたいね」

「さて……で、ストーリーの方だが……まぁ、語る事は無いか」

「キミと姫路さんとの会話だったわね。今後どうなるのやら」

「のーこめんと」

「…………あ、そうだ。西村先生の呼び方だけど、わざわざ自爆なんてしなくても携帯で事足りたんじゃないの?」

「…………えっ? あっ」

「…………
 では、次回もお楽しみに!」


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14 副代表と副代表

  ……合宿4日目……

 

 長かった合宿も今日明日で終わりだ。明日は部屋の掃除と荷物整理があるんでほぼ今日で終わりだな。

 そして、今日の予定は完全に自由な自習だ。この機会に他のクラスと交流するも良し。1人で黙々と自習するも良し。

 サボって遊ぶも良し。鉄人の鉄拳が怖くないのなら……だが。

 

 そんな中、僕は予定通りに優子さん(Dクラス副代表)に会いに……行っていなかった。その前にやる事があるからだ。

 何の事か分からない? ではヒントをやろう。

 

 それは姫路と2人で行う事だ。

 それは密室で行う事が望ましい。

 

 フフッ、もう分かったか? 答えは簡単だな。

 そう……補充試験だ!

 

「それでは、物理の補充試験を始め……む?」

「どうかしましたか? 鉄人先生」

「……すまない。どうやら試験問題を切らしているようだ。すぐに用意するので少し待っていてくれ」

 

 意気揚々と試験を始めようとしたのに出端を挫かれた。試験問題が無いなら仕方ないけども。

 ……すぐに用意って何をするんだ? まさか今から作るとか……いや、無いな。学校からデータ送ってもらってプリントアウトするとかそういう話だろう。

 なにはともあれ、ヒマな時間ができた。のんびりすると……

 

「空凪くん。丁度いいですね。昨日の話の続きをさせて下さい」

「…………く~……」

「寝ないで下さいよ!」

「…………もう食べられない……おかわり……」

「そんな漫画みたいな寝言を現実に言う人が居る訳……って、前後が矛盾してませんか!?」

「…………はぁ、分かった分かった。何の用だ姫路」

 

 寝たふりをしてあしらってみたがそれでも食い下がってくるので素直に応じてやる事にする。

 普段は優等生な姫路がここまで食い下がるのはそれほど大事な用件だからなのか、あるいは僕の事を雑に扱って良い存在として扱っているのか……

 

「何度も言うようですけど、昨日の話の続きです。

 吉井くんが盗撮の犯人ではないというのはどういう事ですか?」

「そのままの意味だが?

 昨日も言ったように、僕の感覚では奴は犯人ではない。

 奴が僕の想像も付かないようなトリックを用いて僕を出し抜いた可能性もあるが……それがどれだけ現実的かは自分で判断してくれ」

「どうして犯人ではないと思ったんですか?」

「いくつか理由はあるが……一番の理由はアリバイがあるからだな。

 僕達は早めの電車でここに到着してからずっと部屋に引きこもっていた。

 トイレも各部屋に設置されているんで、部屋そのものからの出入りは無かったと断言しておこう」

「と言うことは……カメラを仕掛ける時間なんて無かった……と?」

「ああ。ちなみに、部屋に荷物を置いた後に緊急時の避難経路の確認とかの為にうろついたが、浴場のある地下の方には行かなかった事も述べておく。

 当然その時も全員一緒だった。明久だけ居なかったとか、それ以外に誰か消えてたという事も無かった」

「それじゃあ……吉井くんにはどうやっても無理じゃないですか!」

「そうだな。まず無理だ。

 事前に仕掛けておく事は理論上不可能ではないが……それがどれだけ現実的かは以下略だ」

「自分で判断しろ、ですか。

 …………事前に休日に電車を使ってここに来る事自体は不可能ではないと思います。思いますけど……」

「まぁ、考えにくいわな」

 

 仮に辿り着いた所で門前払いを喰らうのがオチだ。そしてここのセキリュティは素人が忍び込めるほど甘くは無いだろう。

 付け加えて言うのであれば、カメラとマイクのバッテリーの問題もある。

 あの小型の機器のバッテリーとなると容量は限られてくるだろう。24時間保つかも怪しく、実行可能なタイミングはかなり限られてくる。

 詳細なスペックは調べてないからハッキリした事は言えんけどな。

 

「それじゃあ、吉井くんは本当にやっていない……?」

「僕視点ではそうなる。貴様の視点だと僕達全員が共謀してるとか、あるいは僕がでたらめを言っている可能性を疑えるが……どこまで疑うかは貴様次第だな」

 

 これで明久が盗撮犯ではない一番の理由は説明できたか。

 別の盗撮犯が捕まった事を説明しても良かったが……盗撮犯が2人以上居る可能性は否定できない。アリバイの説明の方がより強い根拠だろう。

 さぁ、どうする姫路。貴様はこの話を聞いて何を思った? そして何を成すんだ?

 

「…………」

 

 姫路は黙ったまま動かない。

 瞑目し、険しい顔をして考え込んでいた。

 そして、やがて口を開く。

 

「……あのっ」

「遅くなって済まない。補充試験を始めるとしよう」

 

 何とも間の悪いタイミングで鉄人が入ってきた。

 

「……続きは、試験の後になりそうだな」

「……そうですね。試験の後、またお話しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、主人公である空凪くんが補習室で足止めされている間は私の話をしましょうか。

 誰の事かって? 私よ。Bクラス副代表の御空零。

 

 こう見えて、私は記憶力にはけっこう自信がある。完全記憶能力を持ってるって噂の霧島さんほどじゃないでしょうけどね。

 それでも興味深い情報をしっかりと覚えておくには十分だ。例えば、昨日の土屋くんの報告で『Dクラス副代表は粛正には参加していなかった』とか。

 幸い今日は自由な自習だ。どういう意図があったのか聞かせてもらうとしましょうか。

 

 

「あなたがDクラス副代表の小野寺優子さんね?」

「ええ! 私こそが優子よ!

 御空さんまで私の名前を知ってるとは……私も有名になったもんだね!」

 

 土屋くんと空凪くんから聞くまでは名前すら知らなかった事は黙っておこう。いや、木下の方の優子さんなら知ってたけど。

 

「私の事を知っているの?」

「モチロン! あの根本くんを尻に敷いてBクラスを牛耳ってる影の代表でしょ?」

 

 これは……う~ん……間違ってはいない、いないけどさ……

 ……もういいや。本題に入ろう。

 

「ちょっと訊きたい事があるんだけど」

「何? 自己紹介の秘訣? まずは大きく胸を張って……」

「違うから! そういうのじゃないから!!」

 

 この会話の微妙な噛み合わなさはどっかのFクラス副代表を彷彿させる。

 私以外にまともな副代表は存在しないのだろうか?

 

「昨日と一昨日の盗撮犯への粛正、あなたは参加してなかったって聞いたけど……どういう意図があったのか確認しておきたいのよ」

「あ~、アレね。理由はいくつかあるけど……一番のは彼氏からの忠告」

「彼氏?」

「ええ。一昨日の騒動の少し前にメールが来てね。

 確か『小山がそっちに向かうけど早まるな』って感じの。

 私のカレは変な所もあるけど、大事な所ではしっかりとしてくれてるからね。忠告に従ってのんびりしてたわ」

「なるほど……他の一般生徒を止めようとはしなかったの? 一応は副代表でしょうに」

「そこまで明確な根拠があったわけじゃないし、それに、副代表が権力を発揮できるのは試召戦争の時くらい。

 御空さんは違うみたいだけどね」

「……そっか、私みたいなのの方が少数派か。

 ごめんなさい。責めるつもりは無かったの」

 

 私の場合は代表がアレっていう事もあってBクラスの代表っぽい扱いになっている。ルール的な意味じゃなくて普通に日本語的な意味で。

 副代表が代表を越える発言力を持っているケースは稀みたいね。本っ当に地味な役職だし。

 

「気にしないで。そんな事より、有名人の御空さんに私も訊きたかった事があるのよ。

 どうすればもっと私の名前を広められると思う!?」

「う~ん……勉強を頑張って上位のクラスに行くとか」

「……はぁ、簡単な方法なんて無いのね」

「うん、何でもかんでも地道に頑張るのが一番の近道よ」

 

 Dクラスの副代表かぁ……指名で選ばれたのでなければこの学年の300人中152位のほぼド真ん中の人だ。

 だからこそ普通の人かと思ったけど、妙な所で尖ったヒトだったわね。

 どうやら名前に凄くこだわりがあるらしい。木下優子さんに対する劣等感でもあるのだろうか。

 

 そんな事をしみじみと考えながら雑談を続けていたら突然扉が勢いよく開いた。

 

「ここに居たか御空! 探したぞ!!」

「……どしたの代表、そんな息を切らして」

 

 扉を開けたのはうちのクラスの代表の根本くんだ。

 よっぽど急いで走ってきたのか肩で息をしている。

 

「例の盗撮騒ぎの続き……なのか? とにかく大変な事になった!」

「?」

「試験召喚戦争が始まる! Cクラスと、Fクラスの!!」

「…………はあっっ!?」






「久しぶりの私視点の話だ!!」

「確か清涼祭のクレーマー撃退時以来だったか。貴様の事は結構優遇しているつもりらしいが、意外と本編では出番少ないんだよな。
 違うクラスだから仕方ないと言えば仕方ないんだが」

「筆者さんはもっと私視点の話を増やすべき。そうすれば物語に厚みも出てくる!」

「そして筆者の労力も跳ね上がるな……
 まあいい。本編に対するコメントをしようか」

「前半は姫路さんとキミの会話だったね。
 キミは吉井くんが盗撮犯である可能性を完全には捨ててないみたいね」

「あらゆる可能性を検討しているだけだ。疑った上で『限りなく低い』という結論を出している。
 思考停止で盲信するよりはよっぽど理に適っているだろう?」

「理には適ってるでしょうね。無実だった場合にどっちが楽かと言われると確実に後者だけど」

「かもな」

「後半はキミの代わりに私が優子さんに話を聞きに行っていたわ。いやまぁ、代わりだなんて認識は全く無かったけど」

「優子さんの彼氏は実はリメイク版の執筆開始時から決めていたらしい。
 その上で『彼氏』だったら間違いなく優子さんに警告を送るだろうと判断したようだ」

「で、その『彼氏』って一体誰なの?」

「ククッ、決まっているとだけ言っておく。
 ……リメイク前を読んでいた人は察せるかもな」


「では、次回もお楽しみに!」


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15 宣戦布告

  ……時は少し遡る……

 

「……雄二、一緒に勉強できて嬉しい」

「その台詞、一昨日も聞いたな……」

 

 剣が自主的に静かな補習室に赴いて補充試験を受けている間、俺たちは予定通りに自習をしている。

 今日は完全に自由な自習なので翔子は当然のように俺の所に来たというわけだ。

 他の男子からの視線が痛いんで離れて欲しいんだが……翔子からの指導自体は非常に有益なもんだから悩ましい。

 

「……今年は無理だけど、来年は一緒のクラスで勉強したい」

「振り分け試験で途中退席でもする気か? ああいや、そもそもバッくれれば良いだけの話か」

「……違う。私は雄二にAクラスに来てもらいたい」

「ハッ、何言ってやがる。無理に決まってんだろ」

「…………じゃあ、今日は本気で行かせてもらう。そうすれば少しは希望が出てくるから」

「えっ?」

「今日の勉強で総合科目の点数を1000点上げてもらう。まずは現代文から。次は英語をやる」

「ちょっ、まっ、翔子ぉお!?」

 

 

 

 

 

 

 霧島さんが燃えていて、それとは対象的に雄二が虚ろな目をしている。

 そんな彼らと同じ部屋で僕達も勉強していた。

 

「あっちは賑やかだねぇ~」

「そうね。だからと言って誤魔化されないわよ?

 昨日やる予定だった課題が全然終わってないように見えるけど?」

「うぐっ! い、いや、やろうとは思ったんだよ? 思ったんだけど……」

「思うだけでやらなきゃ意味が無いでしょ。サボって遊んでたの?」

「いやいや、そんなのは剣だけだよ!

 やろうとは思ったんだけど……1問も解けなかったんだよ!!」

「…………一応努力はしたのね。結果には結びついていないみたいだけど」

「うぐぐ……」

 

 僕は僕で優子さん……木下優子さんと一緒に勉強している。

 さっきから僕が一方的に教えてもらってるだけなんだけど……彼女自身の勉強は大丈夫なんだろうか?

 

「で、どこがどう分からなかったの?」

「えっと、この辺の問題文の意味が……」

「あ~……確かにここは紛らわしいわね。1つ前の問題と一緒に考えてみるとよく分かるわ」

「う~ん、うーん、うぅ~ん……? あっ、コレがこうなってああなってああなるんだね! よく分かったよ!」

「……多分そういう事よ」

「そういう事なら話は簡単だね! これの答えは……ルート16だ!!」

「……惜しいわね。不正解よ」

「そ、そんな! くっ、かくなる上は僕のプロブレムブレイカーで……」

「鉛筆転がして解答しようとしたらそれをヘシ折るからそのつもりで」

「八方塞がりじゃないか! どうすれば良いんだ!!」

「普通に問題を解きなさい。

 一応さっきの答えで間違ってはいないのよ。間違ってるけど」

「どっちなの!?」

 

 優子さんの証言は明らかにムジュンしている! 異議ありだよ!!

 

「……吉井くん、ルートの意味は理解してる?」

「勿論! 何かこう……カーブを描いてる図形だよ!」

「そこから理解できてなかったのね……

 いい? ルート……平方根っていうのは『自乗したらその数になる』っていう意味よ。

 一応訊くけど、自乗の意味は分かる?」

「勿論! 遠慮する事だよね!」

「それは自重よ。確かに字面は似ているけども」

 

 あれ? おかしいな……

 

「ふぅ……それじゃあ問題。ここに正方形があります」

「うん」

「これの面積は16cm^2です。一辺の長さはいくらでしょうか?」

「え~っと…………4?」

「はい正解。これがルートの意味。

 同じ数を掛け合わせた時の値が16だから元の値はいったいいくらなのかっていう事ね。

 今回はイメージしやすいように面積に置き換えてみたけど、ちゃんと覚えられそう?」

「そういう事か! 分かった……気がする」

「宜しい。じゃあさっきの問題の答えは?」

「ルート16! ……っていうのは4なのか。答えは4だね」

「完璧な答えね。それじゃあ次の問題に行きましょう」

「うっ……あの、休憩とかは……」

「そんな余裕がある訳が無いでしょう。ただでさえ遅れてるのに」

「うぐっ……」

 

 優子さんはその名前に反して結構厳しい。

 いや、これも優子さんなりの優しさなんだろう。優子さんが優しくなかったらきっととっくに見捨てられてるから。

 

 そんな事を考えながら次の問題に進もうとしたその時、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「Fクラスの代表は居る!?」

 

 そんな声を上げながら入ってきたのはCクラスの代表である小山さんだ。

 昨日と一昨日の襲撃が失敗した恨みを晴らしにきたのだろうか? 先生も居るからすぐに鎮圧されそうだけど。

 

「……何の用だ小山。俺は今非常に忙しいんだが」

「そんな事は関係ないわ。

 私はCクラス代表としてFクラスに宣戦布告するっ! これで先生に余計な手出しはさせないわ!!」

「…………はあっっ!?」

 

 雄二が心の底から驚いたような声を聞いたのは久しぶりだな~。

 そんな事を呑気に考えていて、数秒後には状況を飲み込めた僕が同じような声を発したのだった。






「ザ・宣戦布告、Fクラスサイドだ」

「意外な事に勉強ははかどってたみたいね。
 ……何か虚ろな目をしていた代表が居た気がするけど」

「きっと気のせいだろ。ほら、アレだ。あまりの嬉しさでイカレてたんだろ」

「それはそれで危ないような……」

「……明久の勉強風景は相変わらずのようだな。
 明久の奴、捨てられないと良いが」

「さ、流石に勉強できなさ過ぎて捨てられるって事は…………う~ん…………」

「有り得ちゃうのがなぁ……まぁ、きっと木下姉が何とかしてくれるさ!」


「では、次回もお楽しみに!」


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16 準備

 この合宿所は結構な予算を割いて改装されていると聞いている。

 その内容とは、『召喚獣が呼び出せるようにする』という物だと専らの噂だ。

 そして、空凪くんが召喚獣でCクラスを撃退したと聞いてその噂は確定事項になった。

 

「確かに試召戦争は学校じゃないとできないなんてルールは無い。

 設備的にも戦争は不可能ではない。

 戦争であれば教師から横槍を入れられる事も無い。

 そして補習室送りは報復としてはそこそこ十分だし設備のランクダウンも同様。

 けど……だからってねぇ」

「ちょっと待て御空。何でナチュラルに俺たちの所に居るんだ?」

 

 ああ、そうそう。私は今Fクラスの首脳陣達が集まってる所に何食わぬ顔で参加していた。

 ちなみにうちの代表も一緒だ。

 

「何でって……恩義の押し売りに来ただけよ。

 いくらAクラス相手に一応は勝ったあなた達だけど、それは事前の準備があっての事。

 こんな唐突にCクラスに攻め込まれたら結構大変でしょ?」

「それはそうなんだが……そもそもお前たちってCクラスと同盟結んでなかったか?」

「同盟って言っても代表同士の個人的な繋がりみたいなモンだし、今は実質私が代表だから自然解消されてるわね」

「……おい、それで良いのか根本……」

「仕方ないだろう! 嫌われ者の俺よりも御空が指示を出した方が効率よく回るんだから!!」

 

 最近の代表はそこそこ頑張ってるから『そこそこ無能な代表』くらいの指揮能力はある。けど、その程度であれば私の方が断然上ね。

 クラス単位での動きを独断で決めるとかはまず不可能だ。私にはできるけど。

 

「ところで坂本くん、あのバカは居ないの?」

「? 明久ならそこに居るが」

「ちょっと雄二!? どうして『バカ=僕』になってるの!? 御空さんは僕の名前は出してないよね!?」

「そうよ坂本くん。そっちの吉井くんは『すっごいバカ』だからバカと一緒にしたら失礼よ?」

「そうそう……って違う! 御空さんまで乗らないで!」

 

 吉井くんが相当なバカらしいという事は今年からの転校組である私も噂で知っている事だ。

 けど、私が訊いてるのはそっちのバカの事じゃない。

 

「ほら、副代表を名乗るあのバカよ」

「剣の事か。あいつなら補充試験を受けている。

 補習室とかいう密室で受けてるから外から呼ぶ事もできん」

「……いつ終わるのそれ」

「姫路と一緒に受けてるらしいから……あと45分くらいか。小山が指定した開戦時刻は30分後だから間に合わないな」

 

 何で居ないのかと思ってたけど、納得の理由だった。

 そっか~、それじゃあ仕方ないわね。

 

「なるほどね。それで、この戦争。どうやって勝つ気?」

「お前たちに言う気は無い。Cクラスにバラされたら堪ったもんじゃないからな」

「あらあら、信用されてないのね」

「お前はまだしも、根本を信用できる訳が無いだろ」

「実に真っ当な判断ね」

「おいお前たち、本人の前で言う事か……?」

「ん~、分かった。もし手が必要ならすぐに呼びなさい。この部屋の外で待ってるから。

 さ、代表、行きましょ」

「え? ああ、分かった……」

 

 ボサッとしてる代表を引っ張って部屋の外まで移動する。

 ここからでも頑張れば盗み聞きできそうだけど……そんな事をしても意味もない。呼ばれるまでは待機ね。

 

「おい御空、アッサリ引き下がって良かったのか? Fクラスに恩を売るチャンスだって嬉しそうにしてたのに」

「今は時間が差し迫ってるからね。アッサリと引き下がるだけでも多少の恩を感じてくれるはず。

 それに、作戦の全貌を知らなくても手助けくらいならできるし、手助けの内容を知れば作戦の全貌を推測する事はできるから」

「もしあいつらがその『手助け』すら頼まなかったら?」

「それだったらそもそも恩を売れるような場面じゃなかったって事ね。

 だからどう転んでもここで待つのが最善。理解した?」

「そうなるのか……お前はいつもこんな事を考えてるのか?」

「このくらいは感覚でどうにかなるわ。代表だって相手の嫌がる事をする事に関してはトップクラスなんだから、慣れればその逆だってできる筈よ」

「……それ、褒めてるのか?」

「まぁ一応」

 

 

 

 

 

 

 

 

「雄二、良かったの? 御空さん達を追い出して」

「ああ構わん。どうせ直接的な戦力は期待できないしな」

「どうしてじゃ? Bクラスの代表と副代表なのじゃからCクラス相手にかなり優位に戦えると思うのじゃが……」

 

 秀吉の言う通り、優位に戦う事は可能だろう。戦えればの話だが。

 

「今回の件、実情はどうであれ表向きはただの試召戦争だ。

 そして、試召戦争のルールでは関係の無いクラスが横槍を入れるのは不可能だ。

 まず間違いなく召喚した瞬間……いや、召喚前に教師に止められるし、強引に召喚できたとしても相手を傷つけた時点で鉄人が呼ばれて補習室に軟禁されるだけだろう」

「そんなルールあったんだ……」

「当たり前過ぎて逆に普段は意識しないルールだな」

 

 もし他クラスからの介入なんていう暴挙が許されると5クラス連合でAクラスを攻めるとかできてしまうからな。極めて妥当なルールだろう。

 

「という訳で働いてもらうなら戦闘面ではなく他の事で働いてもらう。

 攻撃できないのは向こうも同じだからな。絶対に戦死しない伝令に仕立て上げる事も可能だ」

「う~ん……強いのか弱いのか微妙に分からない……」

「ケースバイケースだな。場合によってはとんでもない働きをするが、伝令が必要ない場面では全く役に立たない」

 

 本来なら試召戦争をしていない他のクラスは普通に授業を受けているからそんな事をやっているヒマなど無い。

 これもこの場所ならではの運用法だな。

 

「伝令ってのはあくまでも例の一つだ。他にも使える手はいくらでもある。恩を売りたいって言うんならせいぜいこき使ってやるさ」

「うわぁ、雄二が悪い顔してるよ……」

 

 さぁ、この特異な状況を生かした普段は没にしている戦術というものを見せてやろうじゃないか。






「どうも~。追い出された御空零です」

「戦争の存在すら知らない空凪剣だ。
 しかしこの後書き空間は現世の因果律から解放された特異空間だからコメントには問題ない」

「何それちょっと格好いい」

「さて、今回は主に貴様の立ち位置の説明とルール確認って所だな。
 一番効果的な協力をしてくれているようで何よりだ。有難い話だ」

「本当はもうちょっと介入していたかったんだけど、信用度を考えたらアレが限界ね。
 私はともかく代表がね~」

「貴様単体でもそこまで信用できるかは微妙だ。少なくとも頭ごなしに信用して良い相手ではない。
 貴様が積極的に裏切るという事は無いだろうが、やむを得ない事情があれば決断する事はできるだろう?」

「…………かもね」


「さて、今回はルールの確認もあったな」

「原作では姫路さんが嵌められかけたアレと同じようなルールね」

「うちの学校はルールが曖昧な所も結構多いんだよなぁ……
 と言うか、原作の姫っちが仕掛けられたアレは本当に反則なのか?
 改めて原作を読むと明らかに物理的に進路妨害されているようなんだが。戦争中で忙しい生徒に喧嘩を売ったBクラスのバカが真っ先に処罰されると思うんだが」

「実際には嵌る寸前で回避してたから何とも言えないわね……
 ともかく、原作での扱いがどうだったかは置いておいて本作では以下のルールを設けておくわ」


・試召戦争中、交戦中のクラス以外の生徒の召喚を原則として禁止する。
 これに違反した場合、発生中の全ての試召戦争が終了するまで補習の義務を負う。
 (観察処分者が雑用の為に呼び出すとか、ちゃんとした理由があればOK。その辺は教師が判断する)

・試召戦争中、交戦中のクラス以外の生徒が交戦中のクラスの召喚獣にダメージを与える行為を禁止する。
 これに違反した場合は以下略。
 (違反者が攻撃してきた際に反撃する場合には正当防衛として罰則無し。
  また、勝手に乱入してきた当たり屋等に対しても同様。その辺は教師が判断する)

・試召戦争中、戦争対象のクラスの生徒が居る部屋を人や物などの障害物で塞ぐ行為を禁止する。
 但し、部屋の中に居る人が教職員又は交戦中のクラスの生徒のみであり、なおかつ召喚フィールドを承認できる教師が近くに居る場合、人で塞ぐ事は可能とする。
 これに違反した場合は以下略。
 (『戦闘中のクラス』ではなく『交戦中のクラス』である事に注意。自身が所属するクラスと戦争をしているクラスの生徒相手でないと免責にはならない)
 (部屋を『完全に塞ぐ』行為がアウトという裁定なので2つある出入り口の内1つを塞ぐとかはOKとする)


「……まぁ、こんな所かしらね」

「軽く意訳すると……
 1番目は『関係ない奴は引っ込んでろ』
 2番目は『関係ない奴は邪魔するな』
 3番目は『人を閉じこめたり守りを厳重にするのは勝手だが召喚獣で突破できるようにしろ』
 こんな感じだな」

「1番と2番は微妙に被ってる気もするけど……2番だけだと隅っこで召喚する分には問題ないって事になるのね」

「システムの負荷とかも微妙に増えそうなんで野次馬を制限するルールは必要とまでは言わずともあった方が良いだろう。
 そして1番だけだと2つの試召戦争が同時に起こった場合に対応できないんで2番目もやっぱり必要だな。」

「ペナルティに関しては戦死とほぼ同じ扱いなのね。点数は減らないけど」

「そういうコトになる。この学校の目玉である試験召喚戦争を妨害しようとする者に対する罰としては妥当だろう。
 模範的な生徒になれて一石二鳥だな!」

「う~ん……まぁ、そういう事にしておきましょう」

「ちなみに、この辺のルールは当然教師達も熟知しているので違反する前に警告される。
 3番目はまだしも1番目と2番目はフィールドを承認している教師がすぐ近くに居るはずだからな」

「白銀の腕輪があれば居ない場合もあるけど……大抵は居るわね」

「原作の姫路も近くに教師が居れば進路妨害してるバカを退かせただろうに!」

「…………アレってフィールドが展開されてたから近くに居たはずよね。先生」

「…………あれ?」

 ※あくまでも本作独自のルールです。
  原作の設定を鑑みると試召戦争はまだ作られたばかりで細かいルール調整すら満足にできてなかったんでしょうね。
  ……雄二とか高城みたいな生徒が居なければ作る必要も無いルールですけども。


「では、次回もお楽しみに!


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17 戦力確認

「……と、いうわけだ」

「なるほど、ご苦労」

「オレが失敗するのは予想通りってわけかい。まぁ好都合だけどさ」

 

 俺が急ピッチで戦略を練っている間、元副代表である宮霧と情報収拾のスペシャリストである康太には別の任務を頼んでおいた。

 それぞれの任務は『自軍の戦力の調査』と『敵軍の戦力の調査』だ。

 敵軍はともかく自軍を今更調査するのか? なんて事を思うかもしれないが重要な事だ。

 今回は普通の戦争とは事情が違う。だからこそ……

 

「雄二、困ったね……まさか誰も僕達に味方してくれないなんて」

「いや、予想通りだ。あの目の前の事しか考えられない短絡的なバカどもが簡単に味方してくれるとは思っちゃいないさ」

「……代表、仮にも自分のクラスの奴らに言うことか? いや、事実だけども」

 

 今回の件が俺たちと女子との対立である以上、須川や横溝といったFクラスの捨てご……仲間たちには期待しちゃいない。

 奴らが好んで女子と対立する訳が無いし、戦死のリスクがある戦争に積極的に参加しようとも思わないだろう。

 設備のランクダウン? そんな遙か遠い未来の事を気にするような連中ではない。

 

「でもさ、それだったら宮霧くんじゃなくて秀吉に説得してもらったら良かったんじゃないの?」

「なぬ? ワシがか? ワシは男なのじゃが……」

「ハハッ、こんな時まで冗談を言う必要は無いよ!」

「決して冗談ではないのじゃが……」

 

 勿論、それも考えた。重要なのは秀吉が名乗っている性別ではなくあいつらがどう思っているかという事だからだ。

 しかし、元々やる気の無い奴らを秀吉の力で引っ張り出しても敵の女子に説得される可能性は十分にあり、突然裏切られるリスクを考えたら元々居ない方がマシと言っても過言ではない。

 試召戦争で他クラスが横槍を入れるのはルール違反だが、同士討ちの自滅までは流石にルールに規定されていない。されていた所で違反者が戦死するだけなので意味も無い。

 今この時に協力しなかった落とし前は後で何らかの形で付けさせてもらうが、ひとまず今は居ないものとして扱わせてもらう。

 

「って事は僕達6人だけでCクラスと戦わなきゃいけないって事……? いくら雄二でも流石に厳しいんじゃないの?」

「確かにそうだな。だが、やる気が無いのはうちのクラスの捨てご……仲間たちだけとは限らない」

「雄二、今『捨て駒』って言おうとしなかった?」

「さーどうだろうなー。

 そんな事よりもだ。そろそろ康太が……」

「…………戻った」

「噂をすればだな。報告を聞かせてくれ」

「…………雄二の予想通り、Cクラスは丁度半数、25名しか参加しないようだ」

「ええっ!? どういう事!?」

「結論から言うと、『男子は参加するつもりが無い』という事だな」

 

 今回の件はCクラス代表の小山と初めとした女子たちが暴走しているだけ。

 しかもFクラスは大半が参加する様子が無い。パッと見余裕で勝てる戦いだ。

 よって、俺たちには何の恨みもない男子達が参加する理由は全く無い。勿論、突然襲われる事に対する警戒くらいはするだろうがそれだけだ。

 こういう意味でも捨て駒達の参戦は無い方が助かるな。

 戦力が少ないというのはデメリットばかりではない。いやまぁ、大半がデメリットではあるが。

 

「さて、戦力の確認が終わった所で作戦を発表させてもらおう。

 俺たちの基本戦略は『籠城』だ」

「籠城? って事は自分の部屋に立てこもるの?」

「そういう事だ。

 ……どうした明久、何か言いたいことでもあるのか?」

「何て言うか……雄二にしては随分と消極的だなと思って」

「消極的も何も……戦力が今は居ない剣を含めて6人しか居ないんだぞ?

 それ以外の選択肢を選んだ時点であっという間に捻り潰される」

「う~ん……でも……」

「とにかく、これは決定事項だ。

 俺たちはまず俺たちの部屋である301号室に籠城する!」

「わ、分かったよ……あれ? でもさ、籠城するにしても他の部屋の方が良いんじゃないの?

 僕達の部屋だとすぐに居場所がバレちゃうよ」

「試召戦争中は常に代表の居場所が公開される。どこも変わらん」

「そ、そうだっけ……?」

 

 代表の居場所は最寄りの教員に訊けば教えてくれる。教師全員が専用のタブレットを配られていて、それを使っていつでも情報を共有しているらしい。

 

「なるほどのぅ……了解したのじゃ」

「…………」コクリ

「ん~……それでも僅かとはいえ場所確認の手間をかけさせれば嫌がらせくらいには……あ、そういう事か?」

 

 宮霧だけは何かに気付いたようだが、ネタばらしは後にしておくとしよう。

 戦争開始までは……あと15分といった所か。

 あとやるべき事は……

 

「……よし、頃合いだろう。明久、外に居る御空と根本を呼んできてくれ」

「おっけー」

 

 

 

 

「ようやく出番? 待ちくたびれたんだけど」

「ああ。お前たちに頼みたい事は3つだ」

 

 予めノートの切れ端に書いておいた3つの頼みごとを御空に渡す。

 御空は一度目を通した後、丁寧に破いてからポケットにしまった。

 

「1つ目と3つ目は簡単だけど、2つ目が少し厄介ね」

「できないのか?」

「ん~……何とかなるかな。

 多分大丈夫。けど、安くは無いからね?」

「働き次第だな。貸しを踏み倒す気は無いから安心してくれ」

「それじゃあ早速準備にかかるわ。

 ……ちなみにだけど、トランプって持ってる? あるならちょっと貸してほしいの」

「トランプ? そんな物何に……まあいいか。5デッキほどあるぞ?」

「何でそんなに……って、ああ、皆が持ってきたらそうなるか。むしろ1人持ってきてな……」

「いや、剣が1人で5デッキ持ってきてる」

「何でそんなに!?

 ……ま、まあいいわ。ちょっと貸して」

「ああ。明久、持ってきてくれ。大至急」

「わ、分かった! 行ってくる!」

 

 勝算はあるようだな。この有能な副代表であれば問題ないだろう。

 さて、後は勝利の為の最後のピース……Aクラスの動きがどうなっているかだが……

 

「……雄二」

「おわっ、翔子!? いつの間に……」

「……例の準備が終わった。いつでも行ける」

「よし、これで勝てる。助かった翔子」

「……お礼は次の休みに私の家に来る事」

「んなっ!? 翔子、それは卑怯じゃないか!?」

「……じゃあ、準備したものは全部捨てる」

「ま、待て! それだけは勘弁してくれ!!」

 

 翔子の家に呼ばれたら間違いなく両親とも顔を会わせるハメになる。そうすれば俺は人生の墓場一直線……

 しかし、ここで蹴ると勝利の為の最後のピースが手に入らなくなる。もう間もなく3ヶ月の停戦期間が終わるというこの時期に戦争に負けるのは避けたいっ!

 くっ……どうする! どうすれば良いんだ!!

 そんな八方塞がりな俺に助け舟を出したのは意外な人物だった。

 

「こらこら代表、坂本くんを脅さないの」

「……光」

「ここでFクラスに協力するのはAクラスの事情でもある。

 無料だとサービスし過ぎだけど、代表の要求はボッタクリ過ぎ。

 お礼は……そうねぇ、次のデートは坂本くんが企画しなさい。代表を満足させられるような最高のデートを」

「そ、それくらいで良いのか? 分かった」

「……」コクリ

 

 翔子も頷いてくれた。流石は剣の……妹……あれ、姉だっけ? どっちでもいいか。

 ……いや待て、翔子がアッサリ納得し過ぎてないか? まさか、最初から計算通りだった……?

 

「…………翔子?」

「……」ニコリ

 

 嵌められたぁっ!!

 ぐぬぬ……仕方ない。最高のデートを企画してやるよ。この戦争が終わったらな!

 

「もう間もなく戦争開始だな……

 よし、明久が戻り次第配置に着く。全員準備は良いな?」

「「「(コクリ)/うむ/ああ」」」

「よし、じゃあお前たち、勝つぞ!」

 

 

 こうして、Cクラスとの戦争の火蓋が落とされた。






「今回は彼我の戦力の確認と、戦術の確認だな」

「戦術の方は大分伏せられてるわね。ネタばらしが楽しみだわ」

「本編の貴様にすら伏せられているようだな」

「Aクラスの人達は把握してるのかしら?
 ……って言うか、いつの間にAクラスに指示を……」

「宣戦布告されてから貴様が来るまでにタイムラグがあったから、その時だろうな」

「……それって、その時には既に戦術を組み終わってたって事になるんじゃないの……?」

「そうなるな。流石は雄二だ」

「う~ん……いつもよりも戦力が少ない分、手札が絞られているからこそ勝ち筋は少なくなり、だからこそすぐに思いつけたって所かしらね」

「そういうコトだな。多分」


「では、次回もお楽しみに!」


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18 捜索

 いよいよ戦争が始まった。

 そして開始から1分程で部屋の外が騒がしくなった。

 

『こらぁ! 開けなさい!! 鍵を閉めるのはルール違反よ!!』

 

 扉越しなんでちょっと分かりにくいが、この声は友香(ゆうか)のものだろう。相当頭に血が登っているようだ。

 

 坂本が分かりやすく『301号室に立てこもる』と宣言していたおかげで友香は確認もせずに真っ先にここに来た。完全に坂本の掌の上だな。

 

 

 今回の盗撮の件はFクラスの連中はあくまでも『怪しい』だけであり、確固たる証拠など無い。

 あったとしても、私刑なんて論外だ。

 尤も、これは俺が男だからそう感じるだけで女子だったらもっと別の考え方をするのかも……いや、御空でも同じ事言いそうだな。アレが特別なだけかもしれんが。

 

 そういう訳で、今回の件は明らかにFクラスに非は無い。少なくとも現状では。

 にも関わらずこうやって暴走しているというのは少々見苦しいな。

 

 俺がもうちょっとでも頑張って居ればこんな展開は止められたんだろうか?

 もし次の機会があるのなら……ちゃんと止められるような存在になりたいものだ。

 

 

 しばらく待つと鍵が回る音がした。それと同時に友香とCクラスの女子たちが部屋に雪崩れ込んでくる。

 

「つまらない事で時間を取らせないで! 今日こそあなたたちに引導を……って、根本くん!? どうしてここに居るの!?」

「友香、Fクラスの奴らを探しているなら連中はここには居ないぞ?」

「そんなはずは無いわ! この部屋に立てこもるって話を聞いていたし、ちゃんと入っていく姿も確認したわよ!」

「つい数分前までこの部屋に居た事、そして扉から出なかった事も事実だ。

 あろうことか窓から出て行ったからな」

「は? ま、窓……? ここは3階よ!?」

「あいつらならそれでも飛び降りかねないが……そこはちゃんとロープを使っていた。今頃1階のどっかの部屋に居るだろう」

「どっかの部屋って、どこよ!?」

「俺もそこまでは聞いてない。虱潰しに探すしか無いだろう」

 

 坂本が御空に頼んだ事の1つ目は『Bクラス男子の部屋の窓を全て開けておく事』だったらしい。

 食堂や浴場等の施設は1階や地下にあるので、そこに近い部屋はAクラスとBクラスが独占していた。

 坂本はAクラスも味方に付けていたみたいだから今1階の窓はほぼ完全に開いているはずだ。その中のどこかなんて全く分からない。

 

「根本くん、どうしてそんな事を知ってるの? まさかアイツらに協力して……」

「俺の事よりも、坂本を探す方が先だろ? さぁ、早く行くといい」

「……それもそうね。後で絶対に話を聞かせなさいよ!」

 

 そう言い捨てて友香たちは部屋を後にした。

 その気になればもうちょっと時間稼ぎができただろうが、代表の居場所を自力で探すようには誘導できた。こんなもんで十分だろ?

 後は頼んだぞ。我らが副代表様。

 

 

 

 

 

 

「……ヒマだね」

「そうだな」

「……戦争中じゃというのにこんなにのんびりしてて良いのかのぅ?」

「いいんじゃないか、別に」

「……トランプがあれば暇つぶしくらいはできただろうにな。

 アレって5デッキも使う必要あんのか? 1個くらい余るんじゃないか?」

「……さぁな」

 

 私が必死に作業している間、Fクラスの人達はヒマそうにしながらも好き勝手話していた。

 そんなにヒマなら手伝って貰いたい気もするけど今私がやっている作業は他人がおいそれと手出しできるような代物ではない。

 中途半端な覚悟で手出しされて失敗されたら泣く事になるからFクラスの皆さんの対応は正しい対応と言える。言えるけどさ……

 

 

 しばらくすると廊下の方からバタバタという足音が聞こえてきた。私の予想ではCクラスの人達は虱潰しに部屋を回るか、あるいは一直線にここに来るか。

 どちらであっても問題ない。間もなく扉は開かれるだろう。

 タイミングを見計らって……3・2・1……今!

 

『失礼しま……えっ?』

 

 名前も知らないCクラスの女子が扉を開ける直前に、組んでいた10段を越えるトランプタワーを揺すって、崩した。

 扉を開けた彼女が目撃したのはパラパラと崩れ落ちるトランプ。

 あー、ここまで組むの大変だったのになー。やってらんないわー。落とし前付けてもらわないと。

 

「……あなた、良い度胸ね」

『ひぃっ!? ご、ごめんなさい!』

「あなた達が戦争をするのは勝手だけどねぇ……人に迷惑がかからないようにやりなさい!!

 廊下を走るの禁止! いきなり扉を開けるのも禁止!! サッサと全員に通達しなさいっ!!!」

『は、はいっ!! すいませんでしたっ!!!』

 

 大声で言い放ってやったので情報はあっというまに伝わるだろう。単純に調査ペースが落ちるし、この部屋は近付き難い部屋として扱われる。しばらくは時間が稼げるでしょう。

 さて、トランプタワーの再建でもしましょうか。あわよくば同じ手で時間を稼ぎましょう。

 

「うわぁ……力技だぁ……」

「力技だが有効な手だ。怒っている人間ほど話したくない存在は居ない。

 明確に『侵入禁止』を宣言すればルール違反だが、相手が勝手に近付きにくいと感じる分には全く問題ないというわけだな」

「普段の試召戦争ではこういった手は使えぬのかのぅ?」

「似たような事は不可能ではないが……かなり厳しいな。

 この部屋の構造……入り口からだと部屋の隅まで視線が届かないからこそ俺たちが隠れられている。

 それに、本来はもっと大人数でやるもんだしな。隠れるなんざまず無理だ」

「代表1人を隠すくらいはできるのではないかのぅ?」

「それこそ無理だ。戦争中は代表の位置が常に公開されている。

 今だって小山が気付いていないから隠れられているだけだ。気付かれたらアッサリ乗り込まれる」

「なるほどのぅ……」

「……どうでもいいけど、御空さんがやたら高いトランプタワーを高速で組み上げてるのはスルーなんだな」

 

 流石に場所を断定されたら止めるのは厳しい。いやまぁ不可能ではないんだけどね。

 でも、これで私の仕事は十分果たした。そうでしょ? 坂本くん。






「お~、やってるな~」

「この貸しは利子を付けて返してもらうからね」

「やれやれだな。
 ……根本も働いてるみたいだな」

「ええ。代表は君達の部屋の鍵締めとロープの処分をやってもらったわ。
 処分って言っても、窓から投げ捨てただけだけど」

「……そもそも何故ロープがあるのかというツッコミはアウトだろうか?」

「そ、そこはホラ、拷問器具が置いてある施設だし!」

「……まぁ、頑張って調達したとしておこうか」

「そうよ! 私としては代表にはもうちょっと雑談で時間を潰してもらいたかった気もするんだけど……小山さんにクールダウンさせる暇を与えないっていう意味ではサッサと切り上げるのもアリなのよね。悩ましい問題だわ」

「そしてお前の方は……トランプタワーか。
 宮霧も突っ込んでいたが、お前手先器用だな」

「……知ってる空凪くん。この学園ではね? 手先が器用じゃないと高得点なんて取れないのよ」

「…………そう言えばそうだったわ。愚問だったな」


「では、次回もお楽しみに!」


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19 逃走

「ここに居るのは分かってるのよ!! さっさと出てきなさいっ!!」

 

 とうとう小山さんがやってきた。雄二が言っていたように先生から代表である雄二の居場所を聞いたんだろう。

 扉が開く直前に御空さんがまたトランプタワーを崩したけど……

 

「……また崩すとは良い度胸ね……どう責任とってくれるワケ!?」

「そんなの知らないわ。盗撮犯をかくまっている方が悪いのよ!!」

「…………はぁ、盗撮犯をかくまっているっていうのは同意しかねるけど、戦争中の代表をかくまっているっていう意味では反論できないわね。

 坂本くん。こんなもんで良いでしょ?」

「ああ。十分過ぎるくらいだ」

 

 御空さんに呼ばれた雄二が前に進み出る。僕達もそれに習って姿を現した。

 開け放たれた扉の向こうには沢山の生徒の姿が、そして立会いの教師の姿が見える。

 それに対してこちらは5人しか居ない。うわー、もうおしまいだー。

 

「ようやく姿を現したわね。さぁ、観念しなさい!

 先生! フィールドの作成をお願いします!」

「承認します!」

試獣召喚(サモン)!!」

 

 展開されたフィールドは部屋全体を覆っている。

 このフィールドがある限り僕達は逃げられない。もうだめだー。

 

「なぁ小山、知ってるか? 召喚獣ってのはフィールドの科目の点数を参照して強さが決定される」

「はぁ? 何を今更当たり前の事を」

「じゃあ、複数のフィールドが重なった場合、どうなるか知ってるか?」

「…………? そう言えば聞いたことが無いわ。どうなるって言うのよ」

「それはな……こうなるんだよ!! 起動(アウェイクン)!!」

 

 雄二が白銀の腕輪を起動する。この腕輪の効果は召喚フィールドの作成。

 先ほど雄二が投げかけた質問の答えが、今目の前に現れた。

 

パリィィン!!

 

「なっ!? フィールドが消えた!?」

「これが答え、『干渉』だ。

 干渉を起こしたフィールドは互いに消滅するのさ。

 さぁ行くぞお前たち!!」

「「「「うん!/うむ/(コクリ)/おう!」」」」

 

 そして、僕達は予定通りに窓から部屋を脱出した。

 さぁ、追いかけっこの始まりだよ!

 

「あ、こら! 待ちなさいっ!!」

「待てと言われて待つバカが明久以外に居るか!」

「待って雄二! 僕でも待たないよ!?」

「だから待たないって言ってるだろうが!!」

「いや、そう言う意味じゃないよね!?」

 

 なんだか納得できないやりとりだけど、そんな事を気にしていたら小山さんに捕まって補習室送りにされるだけだ。ここは大人になって雄二の発言を聞き流してやるとしよう。

 

「雄二、次の予定は追いかけっこで良いんだよね?」

「ああ。あっちの方の準備が整うまでひたすら時間稼ぎだ。

 連中は女子の集まりだからな。しかも体育会系のEクラスならまだしも相手は頭脳派寄りのCクラスだ。足と体力で俺たちに敵うはずも無い」

「それでも挟み撃ちとかされたら足もクソも無いと思うが」

「それも問題ない。挟み撃ちや待ち伏せが自由にできるほど教師の数は多くない。フィールドが無ければ俺たちを止める事は不可能だ。

 よっぽど狙いを絞って仕掛ければ不可能ではないが、そこまで完璧に読みきれるとは思えん。

 そして、もし完璧に読みきったとしてもAクラスの誰かが連絡してくれる手筈だ。回避は容易い!」

「よくできておるのぅ……これもこの場所ならではの戦術なのじゃな」

 

 現在時刻は……戦争開始から15分くらいかな。剣の補充試験がそろそろ終わったはずだ。

 雄二の計画の達成まではまだ時間がかかりそうだ。Fクラスらしく全力で駆け回るとしよう。

 

 

 

 

 

 

「という訳で、これが坂本くんの作戦よ」

 

 補充試験が終わった僕の所に『戦争が始まった』という情報と『代表様からの手紙』が飛び込んできた。

 急いで書いたらしい。やや汚い字で書かれた手紙を読み、念のためもう一回読んでから丁寧に破いてポケットに仕舞った。

 

「……あいつの頭の中は一体全体どうなってるんだ?」

「いや、私に訊かれても」

「ごもっとも。準備は進んでるのか?」

「当然。Cクラスに見つからないように移動しましょ」

「りょーかい。良いルートを案内してくれ」

「はいはい。この貸しは高く付くわよ」

「じゃあ別に要らん。Cクラスが勝っても良いのならな」

「チッ、ダメだったか。いやまぁ、ダメだろうとは思ってたけど」

「貴様の事だ。A-Cクラス間協定で『3ヶ月ほどAクラスの許可無く戦争を仕掛けない』くらいは盛り込むだろ。

 そして、違反者を放置するほど生温い性格でもない。

 Aクラスから試召戦争を仕掛けても良いが、無傷では済まないからできれば避けたい。これ幸いにとFクラスを利用するだろう」

「完璧な回答ね。じゃ、案内するから着いてきなさい」

「まぁ待て。

 おい貴様!」

「……へっ? 私ですか?」

「ああ。貴様はどうする気だ?」

「…………私は……」






「私も活躍している戦争序盤の風景だったわね!」

「トランプタワーを積んでは崩す……セルフ賽の河原だな」

「そんな嫌な例えしないでも……」

「どっかの国の穴を掘って埋めさせる拷問とどっちが近いか考えたらそっちだったんで」

「どっちにしても嫌な例えじゃないのよ!?」

「まぁどっちでも良い。
 今回の戦争は特殊な環境を存分に生かした戦争になっているようだ。
 合宿に来ているのは2年生だから単純計算で教師の数は1/3。詰み回避に役立っている。
 相手が女子だけだからこそ体力勝負で大いに勝ち目がある。
 それ以外にも……今後をお楽しみにといった所か」

「では、次回もお楽しみに」


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20 暗殺者の予定

 今回の戦争で僕がやるべき仕事は『敵の代表である小山友香の暗殺』だ。

 クラス代表というのは大抵は自陣の安全な所に引きこもって指示を出している。暗殺に限らずちょっとした事故で戦死したら目も当てられないから妥当な判断だ。

 そんな防備の堅い陣地に侵入して代表を葬るのが僕の役目なのだが……

 

「……アレってどう思う?」

「……ちょっとマズいんじゃないかしらね……」

 

 僕の隣に居る木下姉に疑問を投げかけてみたが、どうやら同じ意見のようだ。

 僕と木下姉の視覚に狂いが無ければ、どう見ても小山が前線に出ている。

 普通なら戦争をアッサリと終わらせられるチャンスができると喜ぶ場面なのだが……今の状況を考えると全く喜べない。

 何とか小山を引きこもらせる方法があれば良いんだがな。

 僕が前線に出れば点数でビビらせて相手に引っ込んでもらう事は不可能ではないかもしれないが……それだと暗殺ができなくなる。

 雄二の命令では機会があるまで待機との事だが……仕方あるまい。

 

「……ちょっと行ってくるわ」

「えっ? どこに? ちょっと!?」

 

 

 

 

 

 

 追ってくるCクラスの奴らから逃げ回る。ここまでは予定通り。

 問題なのは……小山が先頭に立って突っ走っている事だな。

 試召戦争としては明らかに愚策だ。だが、あいつにとっては試召戦争ではないんだろうな。

 ……理由はどうでもいい。どうするべきか。

 

「坂本くん。大丈夫?」

「ん? ああ……って、お前はっ!?」

 

 走っている俺に平然と併走して語りかけてきたのは見知った女子の姿だ。

 

「えっ、剣の妹……あれ? 姉だっけ? 空凪さんじゃないか!」

「姉よ。ちゃんとその粗末な脳味噌に刻んでおきなさい。

 それはそうと坂本くん。当初の予定と随分ズレてるように見えるけど?」

「ああ、その通りだ」

「私の行動は予定通りで大丈夫なの?」

「…………」

 

 コイツの予定か……コイツの予定なぁ……

 確かに想定外の事が発生しているが、まだ何とかなる範囲内だ。

 

「……まだ大丈夫だ。本当にヤバかったら作戦なんて無視しても構わないが、まだ狙える。

 だからお前は予定通りに行動しててくれ」

「……おーけー。じゃ、頑張ってね」

 

 ……あの様子なら向こうの方は大丈夫そうだな。後はこっちで何とかするだけだ。

 小山を引きこもらせるにはどうすれば良いか。いくつか選択肢はあるが、手っ取り早いのは危機感を抱かせる事だ。

 前線に居たら危ないぞと思わせることに成功すれば無事に引きこもってくれるだろう。

 その為には……

 

「秀吉、パス!」

「む?」

 

 さっきから腕に装着していた白金の腕輪を秀吉に渡す。

 コイツの効果は『召喚フィールドの作成』であるが、教師のフィールド作成と違って召喚を同時に行う事はできなくなるというデメリットを持つ。

 だから戦力が一番低い奴に使わせるのが望ましい。

 ……明久と康太も五十歩百歩なんだけどな。秀吉が安定しているのに対して、こいつらは特化した科目はとことん高い。やや運任せだが相手を脅す効果はこっちの方が高いだろう。

 ちなみに、宮霧は実技科目まで含めて安定して高い。Fクラスにしては、だが。

 

「雄二よ、これをどうするのじゃ?」

「少し走るペースを落とす。そうすりゃ数人だけ追いついてくるはずだ。

 俺が合図を出したらフィールドを展開してくれ」

「むぅ……大丈夫なのかのぅ? 相手はCクラスじゃろう?

 雄二がやられてしまえば終わりじゃぞ?」

「俺はいきなりは召喚しない。まずは明久と宮霧が召喚。

 科目を確認してから康太も召喚してくれ。点数が一桁の科目は召喚しなくてもいい」

「おいおい、吉井は回避が上手いからってのは分かるけど、オレは捨て駒か?」

「お前は全科目で安定してるからな。即死しなけりゃ十分だ」

 

 白金の腕輪で生成されるフィールドの科目はランダムだ。実際に召喚して点数が表示されるまでは分からない。

 康太にとって極端に点数の低い科目が選ばれていらアッサリと死ぬので、先に即死はしないであろう2人を出して科目を確認してから召喚するかを決める。

 

「っと、どうやら来たみたいだな。秀吉、やれ!」

起動(アウェイクン)!」

「Fクラス吉井明久が勝負を挑む! 試獣召喚(サモン)!」

「同じく宮霧伊織が挑ませてもらう。試獣召喚(サモン)

 

 明久達の召喚獣が出現する。

 特に返事も無く3秒が経過して、追いついて来た2人の女子の召喚獣が強制召喚された。

 何故返事が無かったか、その理由は見れば分かる。

 

『ゼェ、ハァ……や、やっと追いついた……』

『よ、ようやく観念したのね……ハァ、ハァ……』

 

 俺たちはまだまだ余裕があるのに対し、相手は息も絶え絶えだ。

 召喚獣バトルにおいてもかなり有利になるな。

 

 

  [フィールド:化学]

 

Fクラス 吉井明久 41点

Fクラス 宮霧伊織 89点

 

Cクラス 161点

Cクラス 165点

 

 

 化学、か。なら問題ないな。

 

「康太、俺たちも召喚するぞ。試獣召喚(サモン)!」

「…………試獣召喚(サモン)

 

 

Fクラス 坂本雄二 192点

Fクラス 土屋康太  42点

 

 

「あっ、ムッツリーニに1点だけ負けたっ!」

「…………」フッ

「いや、オレはまだしも代表やCクラスから見たら五十歩百歩だからな?」

「お前ら、無駄口叩いてないで増援が来る前に片付けるぞ!」

 

 という訳で4人で袋叩きにしてサクッと倒した。

 相手が疲弊してたおかげでアッサリと終わった。

 鉄人がどこからか現れて戦死した2名を拉致って行ったが、それをのんびりと見送る余裕は俺たちには無い。

 

「こら待ちなさい盗撮犯ども!!」

「秀吉! 腕輪を外せ! 逃げるぞ!!」

「うむ!」

 

 白銀の腕輪は基本的には一度使うと時間切れになるまで効果が持続する。教師達は自由にオンオフできるのにな。

 だが、腕輪を外す事で強制終了する事が可能だ。コストは変わらないのでちょっと勿体ないけどな。

 

「雄二、これ繰り返してたら勝てるんじゃない?」

「いや無理だろう。白銀の腕輪はそこそこ点数を消費するし科目はランダムだからバクチ要素が強い。

 それに、今ので警戒される。バラバラにならないように3~4人で固まって行動するようになるだろう」

「う~ん……上手く行かないものだね……」

 

 そして小山が警戒して引きこもってくれたら良いんだが……次の手を考えないとな。

 






「なまじ頭が良い相手よりも中途半端なバカの方がよっぽど厄介って言うね」

「バカっていうのはバカにできないからなぁ……」

「戦況はちょっと劣勢みたいね。いやまぁ、たった5人で25人相手にしてる時点で劣勢と言うか白旗上げるレベルだけど」

「その状態から比較して考えるなら大分優勢と言える……言えるけど意味が無いか」

「そうね。現状が劣勢。それ以上でもそれ以下でも無いわ」

「ま、雄二なら何とかしてくれるだろ!」

「……フラグかしらね。

 では、次回もお楽しみに!」


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21 運命の選択肢

「…………こっちはとっくに準備完了しているんだけどなぁ……」

 

 僕の視線の先には小山が居る。雄二の姿は見えないが、声は聞こえる。そんな場所に今僕は居る。

 

 女子と男子には体力差がある事は説明するまでも無い事だが、それでも限界はある。力技の逃走が苦しくなってきたと判断した雄二は籠城作戦に切り替えたようだ。

 ただでさえ狭い部屋の入り口だが、部屋の中の畳を使って更に狭くしている。立体映像っぽい存在である召喚獣にとって壁は無いに等しいが、畳は床として作られているので障害物足り得るようだ。

 そんな小細工に加えて明久の操作技術があれば1時間は耐える事が可能だろう。

 

 しかし、暗殺目標である小山もずっと前線に居るのでは意味が無い。

 一応、本当にヤバくなったら独断で動いて良いとは言われているので僕が乱入すればこの状況を打破できる可能性はあるが……その後の勝ち筋が見えないから無理だな。

 

 他の手段としては……例えば今サボっているFクラスの連中が参戦すれば危機感を覚えて流石に引いてくれると思う。

 尤も、危機感を覚えるのは小山だけでなく他のCクラス男子達も同様。間違いなく参戦してくるだろう。

 小山だけに影響を与えるには動かす人数は最小限でなければならない。そして、その最小限の人数で影響を与えられる程の力を持つ存在は限られている。

 

「……良くも悪くもあいつ次第か。あいつにとっては運が良かった……と言えるか」

 

 もうしばらく静観するとしよう。戦局が動くまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

  [フィールド:数学1A]

 

Fクラス 吉井明久 32点

 

Cクラス 172点

 

 

「代表、どーすんだこれ」

「……とにかく凌ぐしか無い。明久がヤバくなったらフォローに回ってくれ」

「それしか無いかぁ。りょーかい」

 

 開始時点で人数に5倍の開きがあり、各々の戦闘力でも点数だけを見るなら倍以上の戦力差がある。

 かなり単純に考えても10倍の戦力差があるにも関わらずここまで保っている。それだけで十分に驚嘆に値する。

 だからここで負けても代表を恨む事はあるまい。元々最低辺な設備が更に悪化するだけだ。オレは気にしないさ。

 

「……もしもだが、オレも吉井も、土屋も抜かれたらどうする?」

「そこまで追い込まれたら建て直しは不可能だ。逃げ出す事ももうできないし、潔く小山に特攻してやるさ」

「なら、何としても保たせないとな」

 

 戦争に介入できる存在が限られている以上はここからの逆転の目は薄い。

 今日という日が終わるまで耐えれば引き分けの目は……いや、無いか。あの小山が大人しく諦めるようには到底見えない。

 だが、仕切り直す事はできるだろう。ひとまずはそこを目標に耐えるとしようか。

 

 

 ……そう、思っていた。

 

 

「ようやく、ようやく追いついたわよアキィ!!」

「美波!? 助けに来てくれた……わけじゃなさそうだね……」

「皆退いて! ウチがケリを付ける! 試獣召喚(サモン)!!」

 

 

  [フィールド:数学1A]

 

Fクラス 島田美波 199点

 

 

 試召戦争は他クラスからの介入はルールで禁止されているが、同士討ちを縛るルールは存在しない。

 実はこれが全て演技で、増援に来てくれたとかだったら凄く有難いんだが……そんな事は無さそうだ。バカで鈍感な吉井でも分かるくらい殺気立ってるし。

 

 島田さんの数学の点数は、Bクラス上位並って所か。さっきまでとはワンランク上の相手になる。

 それに加えて、Fクラスとして培ってきた召喚獣の操作経験もある。吉井でも厳しそうだな。

 

「吉井、交代するか? 休む時間を稼ぐくらいはできると思うけど」

「大丈夫。まだ戦えるよ!」

「……そっか。すまないな。頼りきりで」

 

 確かに戦況は変わったようだ。悪い方向に、だが。

 これ以上変な事が起こらないで欲しい。

 ……けど、それは儚い願いだ。島田さんが来たって事は必然的にもう1人も……

 

 

「ぜぇ、はぁ……ま、間に合った! ようやく追いつきました!

 み、皆さん逃げ回りすぎですよ!!」

 

 

 当然のように、彼女は来た。

 Aクラス並、いや、Aクラス上位レベルの点数を持つ化け物染みた点数を持つ彼女、姫路さんが。

 

「瑞希、ようやく来たのね。さぁ、一緒に戦いましょう!」

「……すいません、ちょっとやりたい事があるので一旦戦闘を止めていただけないでしょうか?」

「え? いいけど……」

 

 島田さんも、他のCクラスの生徒も召喚獣を後ろに下がらせた。

 その空いたスペースに姫路さんが歩み出る。

 

「吉井くんに……いえ、皆さんにお訊ねしたい事があるんです」

「こんな時に!? 一体何を?」

「皆さんは……今回の騒ぎにおける盗撮の犯人ですか?」

 

 随分と今更な質問だな。一体何があったんだ?

 姫路さんからの質問の意図を考えてみる。が、その前に吉井が答えた。

 

「勿論、違うよ! 僕達は盗撮なんてしていない!」

 

 土屋なら別件でやってる気はする……というのは今は黙っておこう。

 

「この期に及んでシラを切ろうって言うの? ホント良い度胸ね。

 瑞希、サッサとやっちゃいましょう」

「……そうですね。真相が分かったわけではありませんが、私がすべき事は分かったと思います」

 

 そう告げた姫路さんは2~3歩前進し、そしてゆったりした動作で後ろを向いた。

 

「……瑞希?」

「美波ちゃん、ごめんなさい。

 これが、私なりに悩んで決めた選択なんです。

 さぁ皆さん、構えてください。Fクラス姫路瑞希が、ここに居るCクラスの皆さん全員に試験召喚勝負を挑みます! 試獣召喚(サモン)!!」






「お~、姫路さんの見せ場だね!」

「この色々と異常な試召戦争の中で一番輝く場面で参戦したな。
 尤も、本人にそんな意図は無いだろうが」

「筆者さんの意図としても『姫路さんは体力少ないから一番最後に出てきた』ってだけなのよね。
 あえてケチ付けるなら島田さんがちょっと遅い気がするけど……それ以外は本当に偶然なのね。
 流石は原作メインヒロインと言うべきかしら」

「本作の初稿を書いてた時も本当に意図せずにこの立場に収まってたからな……いや、ホント凄い奴だよ」


「では、次回もお楽しみに!」


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22 撃退

 姫路参戦。しかも味方として。

 この思いも寄らない幸運に対する代表の反応は意外なものだった。

 

「……はぁ……」

「えっ、どしたの代表。これって逆転のチャンスだよな?」

「ああ、うん。姫路が来てくれた事は良いんだ。凄く有難い。

 ただ、うちの副代表を名乗るバカについて思いを馳せていた所だ」

「?」

「見てりゃ分かる。

 あ、明久、姫路にバトンタッチして離脱してくれ」

「え? うん、分かった」

 

 吉井がフィールドから出た事により残ったのは姫路さんと島田さん、あとCクラスの女子数名になった。

 

「瑞希っ、そんな……どうしてなのよ!!」

「……私はただ、信じたいと思っただけです。さっきの吉井くんの言葉を」

「あんな言葉を!? 口先だけなら何とでも言えるじゃない!

 それに、アキ達が犯人じゃないなら一体誰だって言うのよ!!」

「そんな事は分かりませんよ。だけどそんな事は関係ない。

 私が信じたいと思った。それだけでここに立つ理由としては十分です!!」

「っ!!!」

 

 姫路さんが勢いよく啖呵を切った。

 味方になったフリをしただけの可能性も疑って注意深く観察してたけど流石にここまで演技って事は無いだろう。

 ……無いはずだ。

 しかし、どうする気だろうか? 流石の姫路さんでも1人でCクラス数名の相手は厳しそうだ。

 召喚獣の腕輪とかがあればかなり強そうだけど……

 

 

  [フィールド:数学1A]

 

Fクラス 姫路瑞希 384点

 

 

 調子が悪かったのか足りていないらしい。少々苦しいかな。

 

「美波ちゃん、退いては……くれなさそうですね。

 であれば、覚悟を決めて下さい。あなたが吉井くんを傷付けようとするのであれば、私はあなたを倒します」

「……そう、分かった。どうしても瑞希はそっちに回るのね。

 だったら、戦うしか無い。行くわよ!!」

 

 そして、島田さんとCクラスの人達が再び動き出した。

 さっきまで吉井の召喚獣が居た狭い廊下部と違い、姫路さんは部屋の外の廊下に居る。

 一対多で囲まれて袋叩きにされる位置。しかしそれはこの上なく有利に働いた。

 

「それでは、使わせていただきます。セット!」

 

 あまり聞き覚えの無い言葉と共に召喚獣に些細な変化が現れた。

 

 

  [フィールド:数学1A]

 

Fクラス 姫路瑞希 384 → 374点

 

 

 僅かに召喚獣の点数が削れ、それとほぼ同時に召喚獣の腕に腕輪が現れた。

 

「お願いします! 焼き払ってください!!」

 

 そして、召喚獣が熱線を放ち、直戦上に居た数体の召喚獣を消し炭にした。

 

「……代表、あの腕輪って……」

「『白の腕輪』の効果だ。点数10点を引換に召喚獣が点数に関わりなく腕輪を装着する代物だな。

 ほら、さっきから姫路が左の手首に着けてるだろ?」

「……あっ、ホントだ」

 

 真っ白な安っぽいプラスチック製の腕輪。

 かなり目立たないそれが、確かに姫路さんの手首にあった。

 

「……あれ? アレって副代表が持ってたヤツだよな?」

「ああ。きっと剣が渡したんだろうな。

 あいつ、報連相を何だと思ってるんだろうな……」

「……そっか、それでさっきあんな憂鬱そうにしてたのか」

 

 下手したら敵に回ってた可能性も十分にある姫路にアレを渡すのは諸刃の剣だ。

 味方になるという確信があったのか、それとも何も考えていなかったのか。

 ……あの副代表の事だから後者であっても全く不思議ではない。

 

「これで一安心だな。後は勝ち筋に持っていくだけだ。

 いくら小山でも姫路の前に立ちたいとは思わないだろう」

「ん~……でも、あんだけ腕輪を連発してたらすぐに枯渇しないか? 大丈夫か?」

「それも問題ない。別の科目の教師を既に呼んでいる」

「いつの間に!?」

「ついさっきだ。ほら、やってきたぞ」

 

 オレの耳に届いたのはドタドタと廊下を走る音。そして野太い声。

 

「戦死者は補習!!」

「木内先生! フィールド消してくれ!

 鉄人っ! フィールドを張ってくれ! 科目は現国!!」

「呼んだってこういう事かよ!?」

 

 確かに、相手を戦死……いや、味方でも誰でも良いから戦死させる行為は鉄人を呼ぶ行為だ。副代表が昨日も一昨日もやってたみたいに。

 そして、補習講師である西村先生は学年主任の高橋先生と同じくあらゆるフィールドを張る権限を持っている。

 センター試験に則った10科目に加え、普段は選択しない科目、そして実技科目。合計で実に20科目にもなる。

 2年生の前期までの授業に含まれていない科目に関しては流石の姫路さんも良い点数は取ってない、と言うか試験すら受けてないだろうが、使える科目が半分あるだけでも十分だ。

 科目変更には相手か味方のいずれかが全滅する必要があるが、姫路さんなら殲滅は普通にできる。できなかったとしてもオレとかにバトンタッチして自殺すれば良いだけの話だ。オレ達の命が尽きる前にCクラスの命運が尽きるだろう。

 

「坂本、鉄人と呼ぶな。

 ほら、張ったぞ」

「サンキュー鉄人!」

「……フィールドを消しても良いんだが?」

「ぐっ……くそっ、どうすれば……」

「いや、普通にお礼を言えよ!!

 ありがとうございました! 西村先生!!」

「……まあいいだろう」

 

 西村先生が呆れたような顔で代表を見る。

 学校の問題児である代表達が西村先生と相性が悪いのは知ってるけどこういう時くらいは普通にしててくれよ。

 

「行きます、試獣召喚(サモン)! からの、セット!」

 

 

  [フィールド:現代国語]

 

Fクラス 姫路瑞希 392 → 382点

 

 

 再び姫路が召喚し、更に白の腕輪を使用して戦闘準備を完全に整えた。

 この点数を見てもなお小山が突っ込んでくるなら普通に撃退して戦争に勝てそうだな。

 

「くっ……全軍撤退! 急いで!!」

 

 ……ま、そうなるな。

 後は副代表が何とかしてくれるらしい。続報を待つとしようか。






「撃退終了だな。後は小山を倒すだけだ」

「白の腕輪が輝いてたわね~。
 ……外見は安っぽいプラスチックだけど」

「白の腕輪は筆者の『何かオリジナルの腕輪を作ってみたい!』という願望から生まれた代物だ。
 作成当時はここまで活躍するとは一切考えていなかったらしい」

「……そんな経緯なのにここでは大活躍してたのね」

「テキトーに作った物が大活躍するって結構あるからな。この駄作者の小説では」

「……ああ、確かに」

「より正確には、筆者が適当に用意した状況に対して僕がどういった行動を取るだろうかと考えながら書いているらしい。
 白の腕輪なんて物があったらこういう風に使うだろうな、と」

「な、なるほど……」

「この人ならこういう行動をする、あの人はこうなる。
 そのシミュレートの繰り返しで状況が変化していき、物語が紡がれる。
 そんな感じだな」


「では、次回もお楽しみに!」


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23 暗殺

 小山が撤退していく。

 あの姫路の暴れっぷりを見たら妥当な判断だな。

 

 姫路が参戦したという情報が広まればCクラスの男子も参戦してくるだろうが、そんな時間を与える気は無い。

 

「それじゃ、行こっか」

「ええ。行きましょう」

 

 後は僕達の仕事だ。サクッと討ち取ってやるさ。

 

 

 

 

 

 

 一体どうなっているの!?

 逃走して手近な部屋に駆け込んだ私は頭の中で何度も同じ言葉を繰り返していた。

 

 盗撮犯にあれだけ敵愾心を抱いていた姫路さんがまさか裏切るだなんて。

 裏切る……と言うか、これは試召戦争なんだからFクラスの姫路さんはFクラスに味方するのが本来の流れではあるけども、それでも私たちに協力か、悪くても黙認くらいはしてくれるだろうと思っていた。

 そして結果は……ご覧の有様だ。

 全滅ではないけれど結構な人数をやられた。今この部屋に居るのは私含めても10人ちょいだけだ。

 

「……とにかく、姫路さんを倒すには戦力が足りない。

 傍観してる男子達を何とか動かして……」

「失礼するわ」

 

 ノックも無しに扉を開けて入ってきたのは、Aクラス副代表の空凪光、そして木下優子の2名だった。

 こんな時に一体何かしら?

 

「ずっと静観してたAクラスが一体何の用なの? 私は忙しいんだけど」

「色々と言いたい事はあるんだけどね、あなたはバカなの?」

「はぁ!?」

「ああごめん、返答は要らないわ、本物のバカは自分がバカであると認識してないから」

「どういう意味よ! 私がそうだって言いたいの!?」

「いいえ、バカじゃないなら否が、本物のバカでも否という返事が帰ってくる。だから返答に意味が無い。

 理解できる? おバカさん」

「サッサと用件を言いなさい!」

 

 何なのかしら。まさか本当にバカにする為だけに来たのかしら?

 もしそうならサッサと出ていって欲しい。

 

「……まあいいでしょう。Aクラス代表の代理人として、あなたに質問させて貰うわ。

 あなた達、クラス間協定を破ったわね?」

「っ!!」

「無謀にもAクラスに殴り込んできたあなた達の教室のグレードを下げないっていう温情措置の代わりに敗戦時と同様の3ヶ月間の宣戦布告の禁止を設けたはずよ?

 まさか忘れた……なんて寝言を言う気じゃないでしょうね?」

「…………」

 

 正直言うと、忘れていた。

 教室目当てで試召戦争をする気はほぼ無かったし、やるにしても学期末の時期にするつもりだった。

 その頃には3ヶ月は過ぎている……はずだった。

 

「っ、だけどっ、これは盗撮犯達に制裁を加える為の戦いよ!

 それに、挑んだのはAクラスではなくFクラス。あなた達には何の迷惑も……」

「そういう問題じゃない。どんな理由があれど無断でやるのは有り得ない。ちゃんと理由があるなら堂々と弁明すれば良かったのよ。

 そして、迷惑なら十分被ってるわ。代表たち……霧島さんと坂本くんが一緒に勉強してた。そんな時間を奪われたんだから」

「たったそれだけでしょう!? その程度の事で盗撮を許せるはずが……」

「そもそもだけどさぁ……戦争で報復ってどうなの?

 補習室送りが辛うじて制裁になるとして、戦争が早期に決着したら短時間しか送れない。補習義務を負うのは『戦争が終わるまで』だから。

 そして、その性質上代表である坂本くんは補習義務を一切負わない。随分と安っぽい制裁ね。

 勝った後の教室のランクダウンも制裁に入れる? 関係ない人が大勢巻き込まれるわね。随分と身勝手な正義だこと」

「だったらどうしろって言うのよ!!

 こうでもしないと教師達が止めてくる。私にはこの手しか無かった!」

「いや、もう一個あるでしょ。何もしないっていう選択肢が」

「それこそ有り得ないわ!! 盗撮犯達が何の罰も受けずに安穏としてるなんて!!」

「あいつらが盗撮犯だと誰が決めた?」

「……えっ?」

 

 光さんが詰め寄ってくる。

 その瞳は真っ直ぐとこちらの目を射抜いてきた。

 

「あいつらが犯人ではない、そうは考えなかったのか?」

「あいつらじゃなかったら誰だって言うのよ!!」

「それを教えてやる義務は無い。

 まぁ確かに? あいつらが想像も付かない手口でこちらを出し抜いた可能性は否定しない。

 だけど……少なくとも空凪剣が犯人ではない事は確信できる」

「どうしてよ? 弟……あれ、兄? きょ、兄弟だからとでも言いたいの!?」

「もっと、単純な話だよ!」

 

 目の前の女子が、サッと自分の顔を拭った。

 現れたのは、化粧が少し落ちた顔と、片方だけ色の違う真っ赤な瞳……

 

「ま、まさかあなたっ!!」

「秀吉! やれ!!」

「うむ、起動(アウェイクン)!!」

 

 木下さん……いや、Fクラスの木下秀吉の口から白銀の腕輪の起動ワードが放たれた。

 コレの効果は、召喚フィールドの作成……となると、マズいっ!!

 

「さぁ、Fクラス副代表、空凪剣が貴様に勝負を挑む! 試獣召喚(サモン)!!」

 

 さっきまで光さんだと思っていた人物が勝負を宣言した。

 

 

  [フィールド:古文]

 

Fクラス 空凪剣 400点

 

 

「そんな……まさか入れ替わっていたなんて!」

「一応言っておくが、僕はAクラスとは名乗らなかったぞ? 代表の代理だとは言ったが」

「ワシも同様じゃな。なるべく喋るなと姉上から頼まれておった」

「くっ、近衛兵っ!!」

「無駄だ。地震でも起これば顔がぶつかりそうなこの至近距離でバトンタッチを行うのは不可能だ。

 距離を稼ごうにも部屋面積は限られている。

 それとも、窓から出るか? ここは3階だ。軽い怪我で済めばいいな」

「くぅぅぅっっ!!!」

「これで、チェックメイトだ」

 

 

 

 

 この数秒後、Fクラスは戦争に勝利した。






「以上、これにて戦争終了っと」

「清涼祭の時の話がリメイク前と微妙に変わってるんで僕と光の入れ替わりはこれが初になるな。
 流石に木下姉弟ほどそっくりではないが、Aクラスの女子たちから化粧品をかき集めて色々と誤魔化し、特徴的なオッドアイをカラーコンタクトで隠せば騙すくらいはできる」

「普段のキミは眼帯とかいう有り得ないくらい目立つものを着けてるもんね。同一人物だとは思わないかな」

「相手が偽物だという発想がそもそも浮かばなければ入れ替わりは容易い。
 そして入れ替わりに成功すれば、逃走を許さない確殺の距離まで近づくのは簡単だな」

「確殺距離に辿り着けてもフィールド張るのが大変だけどね。普通は」

「そこでもう1人の変装者の出番だな。
 まぁ、フィールド張るだけなら他クラスが出張っても大丈夫な気がしないでもないが……ややグレーなんで安全策を取った」

「明らかにFクラスに味方するフィールドの張り方だもんねぇ……」

「後で面倒な事になっても嫌だからなぁ……」


「では、次回もお楽しみに!」


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24 お仕置き

そういえば前回の話で丁度100話だったみたいです。自分では全く気付いていなかったけどある読者さんが教えてくれました。
皆様の応援に感謝します。これからも頑張っていきたいです!




「ふぅ……予定よりも大分時間がかかったな」

「そうじゃのぅ……かなり心臓に悪かったのじゃ」

 

 小山を蹴散らした僕達はのんびりと雄二たちの居る部屋へと向かって居た。

 もう演技の必要は無いが、女装はまだ解いていない。端から見ればかなり奇妙な光景だ。

 

「そんなに怯えていたのか。それで良く演技ができたな」

「むしろ役に入ってしまえば大丈夫なのじゃが……一言も話せなかったからのぅ……」

「それが木下姉が付けた協力条件だったからな。前にCクラスでやらかした事を考えれば妥当ではあるが」

「むぅ……」

 

 そんな雑談をしながら歩いていたら目的地へと到着した。

 そして扉を開けると同時にこんな声が耳に飛び込んできた。

 

「皆さん、本っ当にすいませんでした!!!」

「ちょ、姫路さん!? 落ち着いて! まずは顔を上げて!!」

 

 土下座しながら大声で謝っている、姫路。

 それに対して狼狽えている明久。

 そして無言で見守る康太。

 面倒くさそうにしている宮霧

 なかなか愉快な光景だな。

 

「おいお前たち」

「あ、空凪さん! どうしたんだい? 今ちょっと立て込んでるんだけど……」

「…………あらごめんなさい。坂本くんは居るかしら?」

 

 僕の事を光だと誤認しているようだ。面白そうなので乗っかってみるとしよう。

 ……秀吉、何か言いたげな目だな。文句があるなら言いたまえ。

 

「雄二? 戦後の話をする為に小山さんの所に向かったよ」

「あら? すれ違ったかな……まいっか。

 にしても随分と愉快な光景ね。吉井くんって、人に土下座させる趣味でもあるの」

「違うよ!?」

「吉井くんを悪く言わないで下さい! 私が謝ってるだけなんです!!」

「謝る?」

「はい! 私、その、皆さんの事を盗撮犯だと思い込んで、酷い事を、いっぱい、いっぱい、うわぁぁん!!」

「姫路さん泣かないで! 大丈夫、大丈夫だから!!」

 

 実に感動的な光景だな。事件が早々に解決していたら絶対に見れなかった光景だろう。

 このまま眺めているのも良いが、それだと話が進まなそうだ。手を貸してやるとするか。

 

「吉井くんは大丈夫だって言ってるみたいだけど、他の2人はどう思う?」

「…………もう過ぎた事だ。

 …………そもそも俺は姫路から直接の被害を受けていない」

「正直言うと姫路さんが最初からこっち側に居てくれれば小山もバカな事はしなかったんじゃないかとは思うけど……そんな事言ったってしょうがないしな。

 土屋が言ったようにオレも直接の被害は受けてない。一番被害を被ったのはさっきから大丈夫を連呼してる吉井くらいだ。気にすんな」

「み、皆さん……ありがとうございます!」

「あ、でも秀吉はともかく代表は何て言うかなぁ……あとあの副代表も読めん。

 何かしらの対価を要求されるかもしれんけど、まぁ頑張ってくれ」

「ぅぅぅ……一体何をやらされるんでしょう……でも仕方の無い事ですね。それが罪滅しになるなら精一杯頑張ります!」

 

 宮霧が僕の名前を出して妙な事を言い出した件について。

 全く、僕がいちいち対価を求めるようなケチな人間に見えると言うのか? 事実だけどさ。

 

「へぇ、贖罪の為なら何でもするって?」

「は、はい……何でもやります!」

「全く、軽々しく何でもとか言うんじゃない。

 今回の戦争の逆転のきっかけを作った。それだけで僕も雄二も満足だよ」

「はい……えっ?」

「どうした? 僕の顔に何か付いてるか?」

「いや、あの……あれ? ま、まさか……空凪くん……ですか?」

「やっと気付いたか。まだまだ修行が足らんな」

 

「「「えええええええっっっっ!?」」」

 

 姫路だけでなく、明久と宮霧の声までもが反響した。

 康太? 康太は普段から無口だからな。

 

「ちなみに、ワシも居る」

「ひ、秀吉くんですか……? 木下さんソックリですね」

「うむ。こういう時は役に立つのぅ。

 それはそうと姫路よ、ワシも皆と同じ意見じゃ。

 確かに嫌な思いもしたものじゃが、最後にはこうして助けに来てくれたのじゃろう? それで十分じゃよ」

「うぅぅっ、皆さん……本当に、本当にありがとうございます!」

 

 これにて、一件落着、だな。

 

 

 

 ……と、思っていたがまだ終わりではなかった。

 

「うぃーっす、戻ったぞ。

 お、姫路も居るのか。ちょうど良かった」

「な、何でしょう……? ま、まさか濡れ衣を着せた事のお詫びに何か命令を……」

「ん? ああ……じゃあそういう事にしておこう」

「ちょっと雄二! 姫路さんに何を言う気!? 霧島さんが泣くよ!?」

「テメェは一体何を想像してやがるんだ。

 安心しろ。大した事じゃない。ちょっと作ってほしいもんがあるだけだ」

「作る……ですか?」

「ああ。お前にしか作れないものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……そして、数分後……

 

 僕達の目の前には、地獄のような光景が広がっていた。

 ある者は虚ろな目で仰向けに倒れて虚空を眺め、

 ある者は痙攣しながら口から泡を吹き、

 またある者は魘されながら前世の罪を懺悔していた。

 死屍累々。まさにそんな状況だった。

 

「よっし。今回の戦争で傍観してたバカ供へのお仕置きとしては十分だな」

「……私の料理、ここまで酷いですか? いや、酷いからこうなってるんですよね……」

 

 姫路に適当に料理を作ってもらった後、僕の危機感知に反応するものだけを厳選した上でFクラスの男子達に食わせてやった。

 あいつらも女子の手料理が食べられて喜んでるだろう。きっと。

 

「失礼しま……って、何事!?」

「ん? ああ、工藤か。どうしたそんな大声出して」

 

 この地獄と化した部屋に入ってきたのはAクラスの工藤だった。

 騒々しい奴だな。何だ一体。

 

「どうしたもこうしたも無いよ!? 一体何事!?」

「…………女子の手料理を食べられて感激のあまり気絶しているだけだ。気にするな」

「いやいやいやいや、なんか凄い苦しそうに呻いてるけど!?」

「おい工藤、僕の言う事が信じられないと言うのか?」

「信じられないに決まってるよ!!」

 

 ははっ、こやつめ。良い度胸じゃないか。

 ……さて、ふざけるのはこんなもんにしておこう。

 

「さて、状況説明だったな。

 戦争に参加しなかったバカ供への制裁の為、姫路の必殺料理を食わせてやった。以上だ」

「……剣くん。そろそろ冗談は止めてヨ。本当に何があったのか気になるから」

「事実なんだがな……

 あ、そうだ。ここに姫っちの料理の余りがある」

 

 僕の感覚でやや危険度が低いと判断された代物だ。一撃で昇天するような事は無い……はずだ。

 

「姫路さんの料理? 普通に美味しそうだネ」

「で、これを2つの皿に取り分ける」

「うん」

「で、どっちか選んでくれ。選らんだ方はお前が食うが、余った方は明久が食べる」

「ちょっと剣!? どうして僕が食べるの!?」

「……じゃあ、姫路が食べる」

「わ、私ですか……うぅ……色んな意味で断れる立場じゃないのは分かってますけど……ちょっと……」

「……おい副代表、ここは普通はアンタが食べるべき場面だろ。話が進まないからサッサとしてくれ」

「チッ、いいだろう。じゃあ僕が食べる。工藤、選んでくれ」

「わざわざ平等になるように2つに取り分ける時点でとんでもない物なんだろうなっていう予想は付くケド……じゃあ、こっちを貰うヨ。ちょっとだけ食べてみる」

 

 僕が取り分けた皿のうち片方を手に取り、恐る恐る口へと運んだ。

 それが口に入った瞬間、普段は天真爛漫な工藤が完全な無表情となり、そして……

 

「……あれ? ここはどこ? 私は誰……?」

「工藤!?」

 

 

 

  ……10分後……

 

「あ、危なかった……危うく記憶喪失になる所だったヨ。

 剣くん! 何てものを食べさせてくれるの!?」

「僕も同じのを齧ったんだから勘弁してくれ。記憶喪失にはならなかったけど」

 

 適当に揺さぶってみたりとにかく何かこう頑張ってみたら何とか回復してくれた。良かった良かった。

 

「コレを、姫路さんが作ったの?」

「…………はい」

「……そりゃあこうなるって話だネ……」

 

 ようやく工藤も納得してくれたようだ。良かった良かった。

 

「で、工藤、何の用だ?」

「あ、うん。Cクラスとの戦後交渉とかが終わったのならまた一緒に勉強しようって誘いに来たんだヨ。

 特に代表とか首を長くして待ってるよ」

「翔子か。そういや途中だったな。

 ……できれば再開したくないんだが……」

「拒否しようとしても追いかけっこが追加されるだけだと思うよ。代表だって楽しみにしてるんだから行ってあげなよ」

「ぐっ……分かった。行くか」






「制裁が……えげつない……」

「劣化したものでさえ記憶が飛ぶレベルってどんだけだよ、姫っち」

「原作でも記憶が飛んだ人は……居なかったはずだけど、あの姫路さんの料理なら有り得るのが怖いわね」

「全くだな。あの姫路の料理だからなぁ……」

「元々は完璧ヒロインだった姫路さんに欠点を追加してみたってだけの設定だっけこれ?
 元々は恐ろしく不味い程度だったはずなのに巻を重ねる毎に毒性がどんどんインフレしていったのよね……」

「……完璧ヒロインの欠点、か。
 そう言えば御空、貴様は料理はできるのか?」

「え? う~ん……得意ではないかな。一応レシピを調べれば大抵のものは作れると思うけど……」

「レシピを自作して大失敗するよりはよっぽど良い。真っ当に普通程度の腕前のようだな」

「……褒められてるのかなぁ? 姫路さんと比較してる時点で褒めてないような気も……
 まいっか。次回もお楽しみに!」


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帰還

 しつこいようだが、合宿の主目的は勉強だ。

 試召戦争を終えた雄二が再び勉強に戻るのも当然の流れ、と言えるな。

 さて、そんな中僕は……

 

「ツモ。300・500」

「刻んでくわね~」

「点数は低いが、かなり早いな。くそっ」

 

 ヒマだったのでトランプ麻雀をやっていた。なお、面子は御空と根本、あと宮霧。

 

「おいテメェら! 何で遊んでやがるんだ!!」

「え? だってヒマだし」

「正直勉強漬けで疲れた。最終日くらいはハメ外しても良いだろ」

「オレも根本と同じ意見だ。ぶっちゃけ疲れた」

「くそっ、俺も遊びたいっ!!」

「……ダメ」

「チクショウ! せめて見えない所でやれよ!!」

「尤もな意見だな、部屋の隅に移動するとしよう」

 

 

 

 と言う訳で場所を移動しての再開だ。

 雑談を交えながらゲームは進行していく。

 

「空凪くん、今回の件ってどこまでが計算通りだったの?」

「と言うと?」

「盗撮騒動の件を煽るでもなく収めるでもなく放置した結果が試召戦争だった。

 ここまで読んでいたの?」

「バカ言え。ここまでの大事になるだなんて完全に予想外だ」

「ふ~ん。後悔は……してなさそうね」

「ああ。万事予想通り、計算通りに進むのも面白いが、予想外な出来事が起こったらそれはそれで面白い。

 偏りすぎると逆に退屈だ」

「ホント狂ってるわね……あ、その牌カン!」

「む?」

「ツモ。四喜和は役満。責任払いで32000点ね」

「ぐっ……やってくれたな。面白い」

 

 麻雀は初期点数が25000点しかないゲームだ。32000点取られたら致命傷である。

 

「赤字になったから仕切り直し……というのも面倒だからマイナスの状態で続行するか。

 この状態から逆転してやる」

「無茶だと思うけどなぁ……それじゃ、行くよ」

「あ、それロン。1000点」

「早っ!!」

 

 

 

「……オレ達、さっきから一度も上がれてないな」

「……ああ、そうだな」

「……アレってイカサマ? それとも実力?」

「シャッフルは俺とお前でやってるからイカサマって事は無いはずだ」

「……あの2人、何なん?」

「……俺にも分からん」

 

 

 FクラスとBクラスの副代表が勝負していた頃、Bクラス代表とFクラス元副代表が少しだけ仲良くなっていたとか、なっていなかったとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして時間は過ぎていき……特に何事も無く本日の勉強時間は終わった。

 雄二と秀吉と明久が何か抜け殻みたいになってる気がするがきっと気のせいだろう。

 康太は……

 

「割と余裕そうだな。お前」

「…………この程度大した事は無い」

「そうなんだよ! ボクが考えた問題もアッサリ解かれて、逆にボクが詰まるような問題とか出してくるんだヨ!

 ……保健体育限定だけど」

「…………保健体育さえあれば人は生きていける」

「いや、ダメだからね!? 他の科目も頑張ってね!?」

「…………前向きに検討する」

「それ検討しないパターンだよね!?

 もしくは検討して却下するパターンだよね!?」

 

 副代表としての本音を言うなら保健体育以外もちゃんとして欲しいんだが……康太だからなぁ……

 

「まぁ、程々に頑張ってくれ」

 

 

 

 

 そして夜が更け、日付は進んで最終日となった。

 部屋を片付け、荷物を整理……と言っても勉強道具と着替えとトランプ5デッキしか持ってきてなかったけど……をして合宿所を引き払う。

 AクラスやBクラスがリムジン、その他のクラスが微妙にランクの違うバスで帰宅して行く様を眺めながら僕達は駅へと向かう。

 

 ……よく考えたらAクラスのリムジンに便乗させてもらうことは可能だったんじゃないだろうか? 高級リムジンなんだから使用者のAクラス生徒が部外者を便乗させるくらいは受け入れてくれる気がする。今更言っても遅いけど。

 

 とにかく、僕達Fクラスは行きと同じように電車での旅になる。

 帰宅して、土日の休みを終えればまた騒がしい学校生活に戻る。

 さて、次は一体どんな事件が待ち受けているのだろうか? 楽しみだな。






「ちょっと短くなってしまったが、以上で学力強化合宿編終了だ」

「大筋はリメイク前と変わってないわね。私とキミの最後の舌戦がカットされてるけど」

「3日目の会話がそれの代わりだな。僕達の関係はどこまで行っても立体交差だ」

「また分かり辛い例えを……交差しつつも平行線って事ね」

「僕達はこの距離感が最適。これ以上近づくと反発する」


「さて、次回は何かしら?」

「リメイク前と同様、『2人の策士編』と概ね内容は同じだな。
 恐らく題名は変わるが」

「あの半ばオリジナルなあの話ね。変わるっていうのは?」

「主人公は僕ではなく。貴様と宮霧になる予定だ。
 ……どうしても必要な場合以外は僕視点を縛るというのも面白いかもな」

「……結構変わりそうね、それ。
 基本的に視点を担当してたキミを縛るって」

「あくまでも案だ。
 実際どうなるかは……次回の更新を楽しみにしててくれ。


「それでは、また次回お会いしましょう!
 ……今度は2ヶ月で済むと良いけど」


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第5章 挽回する少女と挑戦者たち
2人の策士編 プロローグ


 オレ……宮霧伊織に友達は居ない。

 理由は、単純に人付き合い面倒くさいからだ。

 

 オレは自分が1人でも生きていける……なんて無茶な考えは流石に持っていない。

 それでも面倒臭い。だから付き合いは必要な分だけだ。必要な分だけは程々に頑張っているつもりだ。

 

 そんなオレは昼休みはいつも屋上でのんびりしている。雨の日とか、あるいは逆に凄く照りつけてる日は別の場所で時間を潰すけど、今日は丁度いい曇り空だ。

 この屋上は殆ど誰も来ない。人気の無さのおかげで告白スポットとして知られるくらいにはな。

 ……そのせいでたま~に告白の声が聞こえたりするが、オレはいつも屋上の出入り口の更に上の部分で寝そべっているから向こうから気付かれる事は無い。告白が成功したら内心舌打ちし、逆に失敗したら心の中でザマァと言ってやるだけだ。

 

 今日はまだ誰も来ないな。チャイムが鳴るまでのんびりと昼寝するとしよう。

 そんな事を考えていた矢先、扉が開く音がした。

 誰だろうかと顔を出す、なんて事はしない。誰かが来たというのは鬱陶しいけど、誰が来たかなんて重要じゃないからだ。

 

「うううぅぅぅ~~~……」

 

 女子の声だな。聞き覚えがある声だ。

 告白の為に男子を呼び出して、待っている最中だろうか?

 

「ううぁぁああ、うぅぅう~~…………」

 

 ……よっぽどテンパっているのか、それともまた別の理由でもあるのか。

 どうでもいいけどうるさい。

 

「ああぁぁ~~、うぅぅ~、うぁあああ~~!!」

「うるせぇよ! いい加減にしやがれ!!」

 

 我慢しきれなくて怒鳴りつけてしまったが後悔はしていない。

 ……が、立ち上がってその姿を確認してから後悔した。

 

「……何だ、島田さんか」

「い、伊織!? ど、どうして、いつから居たの!?」

「……どーでもいいだろ。うるさくしないなら何も言わないから放っといてくれ」

「待って! お願い、ウチの話を聞いてほしいの」

「ムシの良い話だな。合宿の時は散々人の話を聞かなかったクセに」

「うっ、それは……その……ごめんなさい」

 

 島田さんが謝った。どうやら悪いことをした自覚はあるらしい。

 だが、だからと言ってはいそうですかと許すつもりは無い。

 

「あんたの話を聞くつもりつもりは無い。

 ……完全に聞き流すから、独り言を喋りたかったら自由に喋ればいい」

「それって……ありがとう、伊織」

「…………」

 

 許した訳じゃないさ。でも、話とやらを聞くだけでも暇つぶしにはなるし、面倒そうだった本当に聞き流してしまえばいい。

 はてさて、一体どんな話をするのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 ウチが瑞希と話せたのは試召戦争が終わった日の夕方頃だった。

 あの合宿での試召戦争が盗撮犯達への報復だというのは教師達にも分かってたらしい。ウチもCクラスの皆と一緒に西村先生からの説教を受けていて、解放されてすぐに部屋に戻ったら瑞希が居た。

 

「あ、美波ちゃん、戻ったんですね」

「瑞希っ!! どうしてアキ達の味方をしたの!? 一体何があったの!?」

「……私がやるべきだと思った事をしたまでです」

「答えになってない!」

「そうですね。では、順を追って説明していこうと思います」

 

 

 

 

 

 結論から言うと、瑞希の話は『アキが盗撮を行うのは現実的ではない』という事だった。

 

「以上になります。と言っても、半分以上は空凪くんからの受け売りなんですけどね」

「アキは盗撮犯じゃない……? じゃあ一体誰が?」

「そこまでは私にも分かりません。でも、吉井くんではない。そう思ったから私はあちら側に立ちました」

「それじゃあ、本当はやっぱりアキが犯人かもしれないじゃない。もしそうだったらどうするの?」

「その時は……そうですね、その時は改めてオシオキします♪

 でも、ちゃんと事実を確認してからです。今回の件が冤罪だったのかどうか、私には分かりませんけど……少なくともロクに調べもせずに行動してしまった事だけは事実です。

 同じ事をしてしまわないように、慎重に調べます」

「…………そっか」

 

 瑞希の話を聞いているうちに何となく分かった。どうやら間違えているのは自分の方らしい、と。

 アキ達が盗撮犯なのかそうでないのか、それは結局分かってない。けど、分かってないからこそウチの行動は間違いだったんだ。

 

「それで、美波ちゃんはどうしたいんですか?

 真犯人を突き止めたいですか? それとも……」

「ウチは……謝らないと。アキに、アキ達に」

「……そうですか。それが良いと思います。

 許してもらえるかは分かりませんが、まずはそこからですね。

 何かあれば私に相談して下さい。一緒に頑張りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 ここまでが、合宿4日目の話か。

 そんな事があったんだな。結構じゃないか。

 

「で、その話が何だって言うんだ?」

「……アキに、謝れてないの」

「……合宿が終わってから1週間近くあったよな? お前さんは一体全体何をやっていたんだ?」

「違うのよ! ウチなりに頑張ったのよ! だけど……」

 

 

 

 

「あ、アキ!」

「み、美波……? どうしたの? 何か凄く怖い顔してるけど……」

「あの、その、えっと、その……」

「…………?」

 

『会長! 吉井が女子と話している現場を目撃した! 至急応援を求む!!』

『良かろう、判決、死刑!!』

 

「えっ、ちょっと、待って!? 今のは決して話してたとは言えないような……」

『仮にそうだったとして……女子の半径1kmに入っていただけで万死に値する!!』

「いや、それ無理じゃ、うわぁあああ!!!」

 

 

 

「……って事があったのよ。

 何度か頑張ってはみたけど、毎回毎回何かしらに邪魔されて……」

「謝罪くらいサラッと言えんのか」

「言えたらこんなに悩んでないわよ!!」

「じゃあ……邪魔が入らなそうな場所、例えばこの屋上にでも呼びつけるとか……」

「そんな告白みたいな事できるわけないじゃない!!」

 

 面倒くせぇ……やっぱり放っときゃ良かったかな。

 でもまぁ、顔見知りが1回やらかしたくらいで見捨てるほどオレは合理主義者でも冷徹でもない。

 謝る意志があるって言うなら少しくらいは手を貸してやりたいというのが心情だ。

 もう少しだけ付き合ってみるか。

 

「……姫路さんの真似をするのはどうだろうか?」

「瑞希の? どういう事?」

「姫路さんは俺たちが絶体絶命の状況で駆けつけて助けてくれた。

 ちょっと乱暴な言い方をすると恩を売る事ですんなりと謝罪を成功させた訳だ。

 あそこまで絶体絶命な状況はそうそう無いだろうけど、吉井とかが困ってる時にさり気なく手伝ってやったりすれば多少はやりやすくなるはずだ」

「恩を売る……なるほど。そういう手もあるのね」

「ああ。悩みは解決したか?

 それならまた昼寝したいんでサッサとどっか行ってくれ」

「え、あの、伊織っ!」

「……まだ何か?」

「その……ありがとう、それから、色々とごめんなさい」

「謝るんならまず吉井に謝るんだな。アンタの被害を一番受けたのはアイツだ」

「……それもそうね。ありがとう、じゃあね!」

 

 そうして島田さんは去って行った。

 ……しかし、提案した俺が言うのもどうかとは思うが、果たして恩を売る事が可能なんだろうか?

 須川たちを刺激しないようにするなら近づかない事こそが吉井が最も望む事になりそうだ。

 大丈夫かなぁ……

 

 

 

 

 

 ……というのが数日前の昼の話だ。

 

「坂本、よく聞け。俺たちBクラスはお前たちFクラスに試召戦争を申し込む!」

 

 島田さんにとってはある意味都合が良い話だな。

 オレとしてはクソ面倒くさいだけだけど。






「以上、宮霧伊織の視点での話だ」

「謝罪の意志があるのは良い事ね。
 リメイク前だと島田さんの真意はそこそこ隠されてたっけ」

「そうだな。今回はリメイクという事で島田側の視点の補強を試みている。
 しかし、本人視点だと独りよがりになりそうなんで宮霧でワンクッション置いてある」

「それじゃあ今後は懸命に謝罪しようとする島田さんとそれを暖かく見守る宮霧くんの話になるのかしらねー」

「貴様が言うかそれ、穏やかな展開をぶち壊しにした貴様が」

「あっはっはっ、ナンノコトカナー」

「……まあいい。貴様も意図してやったわけでもないだろうしな」

「そうそう、私は悪くない!

 では、次回もお楽しみに」


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01 Bクラスの宣戦布告

 私……御空零に友達と呼べる人は居ない。

 Bクラスの他の女子はどうなのかって? う~ん、何というか彼女たちは……手駒? 一緒に仲良く遊ぶような関係とは言い難い。

 

 強いて挙げるのであれば空凪くんは一応友達と呼べるかもしれない。でもあのヒトの場合は友達と言うよりはライバル……いや、ライバルも違うな。何かこう、『敵』と『ライバル』の中間くらいのニュアンスの言葉は無いだろうか? そんな感じだ。

 お互いの目的、主義主張、それらはどこまで行っても混ざり合う事は無く、いずれ衝突する事になるだろう。

 

 空凪くんを抜いて、一番友達に近い存在は……うちの代表になるのかな。

 

「どうしたんだ御空。緊張してるのか?」

「ん~ん。そっちこそ代表としてシャキッとしなさいよ」

「ああ勿論だ。俺が代表になってからの初めての宣戦布告だ。堂々とやり遂げてやるさ」

「……愚問だったみたいね。それじゃあ行きましょうか。Fクラスに」

 

 前回の戦争では私はほぼ参加しなかった。

 さぁ、見せてもらいましょうか。Fクラスの実力を!

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほど御空に対して『緊張しているのか?』とか質問したが、よくよく考えるまでもなく緊張しているのは俺の方だ。

 今から俺たちはFクラスに対して宣戦布告する。

 Fクラスの現在の教室は合宿の時の戦争で奪い取ったC教室だ。負けてもリスクは割と低いが、勝っても得る物は何もない。そんな戦いに今から挑む。

 何故わざわざそんな事をするかというと……それはまた今度話すとしよう。

 

「失礼する。坂本は……」

「サッサと席に着きやがれこの中二病……って何だ根本か。こんな時間に何の用だ?」

 

 入るなりいきなり暴言を吐かれたが、どうやら誰かと……と言うか空凪と間違えられたようだ。

 確かに、教室を見まわしてもあの目立つ姿は見あたらないようだ。一体何をしてるんだ?

 ……まあいいか。用事があるのは副代表じゃなくて代表だ。問題ない。

 

「坂本、よく聞け。俺たちBクラスはお前たちFクラスに試召戦争を申し込む!」

「……は? 何だと? お前も小山と同じようにトチ狂ったか?」

「合宿が終わって少ししたら挑もうってのは前から決めてた事だ。

 安心してくれ。友香みたいに30分後なんて急な事はしない。明日の9時に開始とさせてくれ」

「随分とのんびりした話だな。普通は遅くても今日の午後とかだろうに」

「こっちにも事情がある。どうする? 開戦時刻に要望があるなら一応聞くぞ?」

「……いや、異論は無い。明日の9時からだな?」

「ああ。それじゃあまた明日」

 

 こうして賽は投げられた。

 今さら俺にできる事は少ないが……精一杯明日の準備をして、そして、Fクラスに勝ってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 宣戦布告がされた以上、開始時刻をゴネる事はできても拒否はできない。

 オレも働くか。面倒くさいけど。

 

「代表、どーすんだ?」

「どーするったってなぁ。何とか倒すしか無いだろ。

 ……しかし妙だ」

「何がだ?」

 

 副代表であれば代表の一言で察する事ができるのかもしれないがオレにそんな期待はしないでくれ。

 分からない事があれば聞く。それがオレの模範回答だ。

 

「全部だ。わざわざBクラスがランクの低い教室に攻めてくるのも妙だし、開戦時刻も遅すぎる」

「確かに。何か準備があって遅れるとか?」

「だったら宣戦布告を遅らせればいいだけの話だ」

「それもそうか……」

 

 とにかく何も分からない事がよく分かった。

 そういう小難しい事は代表たちに任せてオレは兵隊になるとしよう。

 ……そう言えば副代表遅いな。いつもはオレが着く頃には教室で偉そうにしてるのに、遅刻なんて珍しいな。いや、いつもより遅いだけで決して遅刻ではないが。

 そんな事を考えていたらちょうど扉が開いた。

 

「ちぃーっす。おはよう諸君」

「遅ぇぞ剣。どうしてこういう日に限って遅刻しそうになってやがる」

「目覚ましの電池が切れる事を予見して電池交換したが、どうやら不良品を掴まされたようだ」

「電池に不良品なんてあるのか。いや待て、電池切れを予見するなよ」

「フッ、予見くらいは楽勝だ。昨日までうちの目覚まし時計は1日に2回しか正しい時刻を示さなくなったからな!」

「…………それ、止まってるって意味じゃねぇか! 予見できてねぇ!!」

 

 代表どものツッコミ所満載の会話もそれはそれで面白いが、このままだと話が進まない。

 普段の戦争より開戦が遅いとはいえ時間は有限だ。サッサと進行してもらおう。

 

「代表、戦争の件をサッサと言ったらどうだ?」

「おっとそうだった。こんな事してる場合じゃねぇ。

 剣、戦争が始まる。相手はBクラスだ」

「ほぅ? 貴様から宣戦布告したというわけでは無いだろうから……連中がわざわざ攻めてきたのか。

 ヒマそうで羨ましい限りだな」

「全くだ。何だってわざわざ下位のクラスに戦争を仕掛けるんだって話だな」

「代表、副代表。理由考えるよりまずは作戦考えてくれ。

 無駄に教室のランクを落としたくは無いぞ」

「そりゃそうだ。

 んじゃ、俺は1コマ目の授業中に作戦を練っておく。ノートにまとめておくから剣は2コマ目から添削してくれ。

 宮霧は授業をしっかり受けててくれ。授業中に俺が指名されたらカンペを渡してくれるとありがたい」

「カンペ? そんなの他の奴に頼んで……いや、何でもない」

 

 姫路さんを除けばオレが一番適任だな。今日の1コマ目は国語だから土屋も島田さんも得意科目じゃないし。

 

「分かった。ただ、間違ってても恨まないでくれよ?」

「明久並の珍回答じゃなけりゃあ構わん!」

「……なら楽勝だな。安心した」




「視点がコロコロ変わるな。
 御空・根本・宮霧の順だな」

「やっぱりBクラス視点は書きにくいのかしらね。
 非公開にしてる情報が結構多いし」

「戦争の動機とか、戦術とかな。
 本章は今後もコロコロと視点が変わるかもしれんが……なるべく読みやすいようにしてほしいものだな」 


「では、次回もお楽しみに!」


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02 添削

 現在2コマ目。雄二の戦術を添削なう。

 

「……よく思いつくなぁ、こんなの」

「どうしたんですか?」

 

 僕の独り言に対して実は隣の席だった姫路が食いついてきた。

 Fクラス並の授業となると雑談できるくらいには余力があるようだ。

 

「Bクラスとの戦争の件さ。

 今年度の頭にほぼ全クラスに喧嘩を売ったってのにまだまだ引き出しが尽きない。

 雄二の悪知恵には驚嘆するのみだ」

「悪知恵って……普通に頭が良いとかじゃダメなんですか?」

「発想を逆転させるとそれだけ試召戦争システムが穴だらけという事でもあるな。

 ……雄二は優秀なクレーマーだな」

「問題点を指摘するっていう意味で良いクレーマーなんでしょうけど、もうちょっと普通に言う事はできないんですか?」

「わ~、雄二てんさ~い。すごーい」

「それも普通じゃないです! 極端過ぎますよ!!」

 

『こら! そこ静かにしろ!』

「あぅっ……す、すいません」

 

「お、怒られちゃいました……」

「ハハッ。まあ気にするな。

 どうせ真面目に授業を受けてる奴なんて一握りだ。多少騒がしくした所で問題あるまい」

「それはそれでどうなんでしょうか……?」

 

 僕もどうかとは思うがそれがFクラスなのだから仕方がない。

 無いものねだりをしてもしょうがない。僕や雄二が考えるべきはいかにこの無能どもをどう有効活用するかという事だ。その考えることにバカどもの矯正はあんまり含まれていない。

 

「それで、どんな作戦なんですか?」

「……言う必要、あるか?」

「えっ? どうせ後で聞くんですから今聞いても良いんじゃないですか?」

「そうでもない。敵を騙すにはまず味方からと言うように、あえて味方に偽情報を流す事で敵を混乱させるという戦術も存在する。

 それに、前線の兵隊が他の戦場の事を熟知する必要は皆無だ。余計な事を考えさせるより、まずは目の前の事に集中してもらいたい」

「そういうものですか? う~ん……」

「現時点では、貴様に言うべきか否かという事すら判断できていない。だからとりあえず黙っておく。

 貴様に言う必要があると判断したら後で話してやるさ」

「そうですか、分かりました。それじゃあ楽しみに待っています」

 

 まだ言うと決まったわけではないんだが……まあいいや。

 点数が高い姫路にはどちらかと言うと指揮する将ではなく戦う兵として活躍してもらいたいといのが本音だ。性格的にも大声上げて指揮するタイプじゃないし。

 勿論、指揮ができるに越した事は無いんだが……わざわざ無能なFクラス生を動かすよりも直接敵をぶん殴った方が効率が良さそうだ。

 ……とりあえず、添削作業を再開するか。

 

 

 

 

 

 

 2コマ目の授業が終了した後、雄二と話す。

 

「どうだ? 何か問題あったか?」

「初手の僕の負担がムチャクチャデカい事を除けばほぼ問題ないだろう。

 しかし正気かこれ?」

「お前ならできるだろ?」

「まぁできるけどさぁ……しゃーない。やってやるさ」

「……悪い。今回は急だったもんでこれくらいしか思いつかなかった。

 無茶させてる俺が言う事じゃないけど、あんまり無茶はしないでいいぞ」

「矛盾してるな。言いたいことは分かるけどさ」

 

 そんな話をしている内に先生がやってきた。

 3コマ目はそこそこ真面目に受けるフリをしておこう。

 

 

 

「空凪くん! 作戦は結局どうなったんですか?」

「…………明日教えるよ。戦死してなければ」

「ホントですか? 約束ですよ!」

「ああ。約束だ」

 

 僕が戦死してなければな。

 

 

 

 

 

 午後の授業は申請を出して補充試験の為の時間に変えてもらった。

 都合良く高橋先生の手が空いていたのでそれぞれが思い思いの科目を受けているようだ。

 僕? 僕は既に補充試験は終わっているからな。

 

「よう明久。調子はどうだ?」

「まぁまぁかな。可も不可もなくって感じだよ」

「なるほど。じゃあいつも通りにこき使わせてもらおう」

「あっ、じ、実は持病のぎっくり腰が……今日は休ませてもらうよ!」

「別に構わんぞ。明日働いてくれれば」

「えっ? ……あっ、そうだった。今日じゃなくて明日だった。

 普段は宣戦布告した日に戦争してたから感覚が狂ってたよ」

「それが連中の狙いの一つ……いや、そんな事は無いか」

 

 そんな事の為に戦争を1日遅らせる奴は居るまい。リターンが全く釣り合ってないからな。

 まぁ、理由については戦争が終わったときにでも訊いてみればいい話だ。今は他の事を考えるとしよう。

 例えば……そうだな、

 

「明久、さっきから島田がこちらの様子を伺っているんだが……また何か目を付けられる事でもしたのか?」

「え? う~ん…………特に心当たりは無いけど……そう言えば合宿から帰ってきてからよく視界に入るような……」

「合宿からだと? …………ふむ、なるほど」

「何か分かったの?」

「知っていそうな奴に心当たりがある。

 まぁ気にするな。多分悪い事じゃない。悪い事であれば既に貴様の命は無い」

「ちょっ!? 怖いよ!!」

「命というのは言いすぎだが、何か企んでいるなら島田が我慢できる訳が無い。

 こちらの様子を伺うなどというまどろっこしい事はせずに既に何かが起こっているはずだ」

「でも、特に何ともないけど、どういう事?」

「……それくらいは自分で考えろ。僕にそこまで教えてやる義理は無い」

 

 本当に、義理など無い。放っておこう。

 

 さてと、明久の他に心配そうな奴は……とりあえずは居ないか。

 どうせFクラスの連中相手に真面目に試験を受けさせるのは困難だしな。

 適当な時間まで一眠りするとしよう。




「という訳で僕視点だ。
 流石に完全に僕視点無しは厳しかったようだな」

「筆者さんの手足として設計されてるようなキャラだもんねキミって。
 どんな無茶な展開でも誘導可能な性格と行動力があるっていう意味で」

「まぁ、な。結局の所、筆者にとって僕を動かすのが一番やりやすいようだ。
 ……さて、本編の話に戻ろうか」

「そうね。そう言えば、キミの隣の席って姫路さんだったのね」

「ああ。ちなみに反対側が明久だ。
 今年度の開始時、Fクラス教室で各々が好きな所に座ったわけだが……何故か僕の両隣はずっと空いていてな。
 最後に来た明久と姫路がその席に座ったという訳だ。
 なお、現在に至るまで席替えの類は一切やっていない」

「教室とか変わったはずなのに……」

「それでも席替えしなかったという事にしておこう。
 ……ぶっちゃけ言うとご都合主義だな。席がとなりならこういうどうでも良い時に姫っちが入ってきてくれる。
 色々と書きやすいそうだ」

「ぶっちゃけたわねぇ……」

「別に席替えしなかったら物語が破綻するわけでもないからな。
 後から発言の意図を強引にねじ曲げるとかに比べたら些細な問題だ」

「そりゃそうでしょうけど……まあいいわ、次行きましょう。
 キミ達の作戦って一体何? 何かキミに凄い負担がかかるとかいういつも通りな事を言ってたけど」

「いつも通り……まぁ確かにそうか。
 だが教えるわけにはいかんな。特に貴様には」

「そりゃそうか。Bクラス副代表に教えるわけもないか。
 最後の島田さんについては……」

「何を企んでいるかと言うのは言うまでもないな。既に宮霧の視点でやってるんだから」

「そうね。
 それじゃ、次回もお楽しみに!」


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03 接触

  ……放課後……

 

 試召戦争の為に必要な事務手続き等は昼休み中に片付けたので、いつも通りに帰宅を行う。

 ……と、思っていたが校門の前に何やら見覚えのある人影が。

 

「やっほ~。元気?」

「おかげ様でな。何をしているんだ御空。

 道端のアリの観察でもしていたのか?」

「何でわざわざこんな所でそんな無駄な事をしなくちゃならないのよ」

「…………夏休みの自由研究を先んじてやっている、とか」

「小学生じゃあるまいし……あれ、無いよね? 自由研究なんて」

「……そうか、貴様は今年度からの転入組だから知らないのか。夏休みの宿題の内容を……」

「待って、何その深刻そうな顔。一体何をやらされるの!?」

「……そんな事より、一体何をしていたんだ?」

「『そんな事』で済まさないで欲しいんだけど……まあいいわ。根本くんにでも聞くから」

 

 チッ、もう少しからかってやろうかと思ったんだがな。こういう切り替えの早さは流石は御空と言うべきか。

 ここで精神的な負担をかける事で試召戦争で優位に立とうという僕の無駄な作戦が台無しになってしまった。仕方ないから普通に話そう。

 

「で?」

「ああ、うん。キミがどうしてるかな~って。

 学校内で接触しようとすると下手すると作戦を盗み聞きしちゃいそうだからこうして放課後まで待ってみたわ」

「放課後まで僕と雄二が話してたらどうする気だったんだ」

「その時は適当に挨拶してサヨナラね。

 それで、どう? Bクラスに勝てそう?」

「ああ、もう楽勝だな。秒で終わる」

「そんな台詞が真実になるのはキミ達が開幕で自殺した場合だけだと思うわ。

 ま、悲観してるようじゃなくて安心したわ。戦意喪失したFクラスと戦うとか弱い者イジメでしかないもの」

「言えてるな。と言うか、普通に考えたら戦意なんて関係無く弱い者イジメなんだがな……」

「普通じゃない筆頭のキミが言う台詞ではないわね。

 一体何でキミみたいなのがFクラスに居るのって話よ」

「面白そうだったからな。それだけだ」

「……ふぅ、こんな事になるんなら私もFクラスに入りたかったわ」

「ハハッ、残念だったな」

「今更クラスを変えられるわけもないし、Bクラスとして、精一杯挑ませてもらうわ。

 首を洗って待っていなさい」

「え~、洗うの面倒い。服が濡れそうだし」

「物理的に洗わなくてもいいから!!」

 

 

 

 

 

 

 マイペース過ぎる空凪くんの帰宅を見送りながら考える。

 果たして、今のクラスとFクラスのどちらが楽しかったのか、と。

 

 私がBクラスを選んだのはAクラスに勝てるクラスがそれくらいしか無いと思っていたからだ。

 ところが蓋を開けてみればFクラスはAクラスに勝ってしまった。その後の教室の防衛の事まで考えて教室自体は放棄したもののAクラスとの勝負に勝った事は揺るぎ無い事実だ。

 ただ……

 Fクラスの勝ち筋を分析するとやはり高得点持ちの一点突破が目立つ。Fクラスなんだからそれしかないというのは理解できるけど、私がやりたい事とはちょっとズレている気がする。

 それに……きっと、空凪くんとは仲良くするよりも殴り合っていた方が楽しい。そんな気がする。

 今度の戦争ではきっと直接戦える機会があるでしょう。全力で、楽しませてもらいましょうか。

 

 

「あ、坂本く~ん」

 

 しばらく待っていたらもう1人のお目当ての人物である坂本くんがやってきた。

 呼び止めた私に対して露骨に嫌そうな顔を浮かべられた。まったくもう、こんな美少女が話しかけてあげてるんだから少しくらいは喜べば良いのに。

 

「何か用か御空」

「Fクラスの代表サマが腑抜けてないかの確認がしたくてね。

 どう? 戦争には勝てそう?」

「ああ余裕だ。秒で終わる」

「……それ、空凪くんも言ってたわよ。流行ってるの?」

「アイツとも話したのか。作戦を訊き出そうとしても無駄だぞ?」

「いやいや、そんなつまんない事しないって」

 

 空凪くんといい坂本くんといい私の事を一体何だと思ってるんだろうか?

 私は卑怯な事なんて一切しない! ……なんて甘い事を言う気は無いけど搦め手専門のFクラスに比べたらかなり正統派寄りの人間のつもりだ。

 ……まぁ、作戦を漏らしてくれたらいいなとか思ってたのは事実なんだけどね。

 

「アイツと話したのであれば俺が言いたいことは大体言ってくれたはずだ。

 用が無いってんなら帰らせてもらうぞ」

「あ、ちょっと待って。1コだけ!

 ……夏休みの宿題って、自由研究あるの?」

「…………は?」

 

 

 

 

 

 御空からの謎の質問には『そんなモンは無い』と答えて校門を出た。

 しかし一体何だってあんな質問を……夏休みの宿題の予習でもする気か? いやでも自由研究……? 普通に考えたらうちの学校にそんな面倒な代物が無い事くらい分かりそうだが。

 まあそれはいい。どうでもいい。そんな事よりも重要な事がある。

 

 さっきから、誰かに後をつけられている。

 

 心当たりはいくつかあるが、大本命はBクラスの連中か。

 クラス代表である俺にだけ何か仕掛ける気か、あるいはクラス全員に手を回しているのか……いや、流石に人手が足りないだろう。

 ただ、俺に何かする余裕があるなら副代表にも手を回す余裕くらいはあるはずだ。

 そこまで考えた俺は携帯を取り出す。

 

「もしもし」

『あ、もしもし? オレだよオレ! 実はさっきセグウェイで人を轢いちゃってさ。

 示談金として631万……』

「何で受けた側がオレオレ詐欺をかましてやがるんだ!」

『いや、実は丁度電話しようと思っててさ。話す内容考えてたらそっちから電話が来たんで使ってみた』

 

 なるほど、電話するつもりだったならオレオレ詐欺も納得……できる訳が無ぇだろバカヤロウ。

 ツッコミ所が多すぎる会話はひとまず置いておくとしよう。キリが無い。

 

「お前も電話しようとしてただと? と言うことは……」

『相談内容は言うまでも無さそうだな。文月公園で落ち合おう』

「分かった。すぐ行く」

 

 電話を切った俺は駆け足で集合場所に向かった。

 後ろの方から響く足音を聞きながら。




「と言う訳で僕と雄二の帰宅風景だ」

「空凪くん、やっぱり自由研究なんて無かったじゃないのよ!」

「僕はあるとは一言も言ってないんだが……」

「まぁそうなんだけどさ……」

「……今回は語れる場所はあんまり無さそうだな。
 尾行者についてはノーコメントしかできないし」

「そうねぇ……
 それでは、次回もお楽しみに!」


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04 準備

 下校中に文月公園で雄二と合流。

 その後、駆け足で僕の家へと避難した。

 

「まさか下校中に尾行される日が来るとは思ってなかったな。

 僕も有名人になったものだ。フフフフフ」

「笑い事じゃ無ぇだろうが。

 無駄に遠回りしたりフェイントをかけてもしっかりと着いてきやがった。一体何者だ?」

「普通に考えたらBクラスの嫌がらせ。追い回すだけでも疲労は溜まるしプレッシャーもかけられる。

 極僅かではあるがBクラスの勝率が上がる行動だ」

「俺もそれくらいは考えた。しかしなぁ……」

「違和感があるんだろ? 言ってみたまえ」

「……感覚的な話だが、Bクラスらしくない」

「僕も同意見だ。Bクラスらしくない」

 

 戦術・戦略に最適解が存在しない以上はどうしても立案者の好みが反映されるものだ。

 根本が立てた作戦にしては悪意が足りない。

 御空が立てた作戦にしては非効率過ぎる。

 Bクラスの第三の人物を疑うべきか、あるいは他クラスの介入を疑うべきだろう。

 

「とはいえ、ローリスク・ローリターンの作戦だ。有効である可能性がある手を手当たり次第に行っている可能性もある。

 犯人はBクラスであると仮定して動いて問題は無いだろう。敵が多数居る想定なんて面倒だからやりたくない」

「そんな理由でいいのか。いやまぁ確かにそうなんだが」

 

 単純な話、Bクラス以外のクラスと戦闘になる可能性はあんまり考えなくて良い。

 Aクラスはまだ停戦期間が終わっていない。あの時は『お互いへの宣戦布告を3ヶ月間禁止する』という事になったので攻め込まれる心配はまだしなくても良い。まだ。

 Cクラスは言わずもがな。敗戦直後なので仕掛ける事は不可能。

 DクラスとEクラスに関しては……よっぽど特殊な状態で宣戦布告されない限りは普通に返り討ちにできる。

 よって、直接的な攻撃を仕掛けてくるのはBクラスのみ。だからBクラスだけ警戒しておけば良い。

 

「さて、それじゃあどうする? 外に居る奴をとっ捕まえるか?」

「いや、止めておけ。暴力行為で停学になって戦争に出られない……なんて事になったら厄介だ」

「根本ならやりかねんな。分かった。僕は大人しくしておこう。

 結局放置が一番って事になるのか? かなり消極的だが、仕方ないか」

「ああ。仕掛ける側も対処する側も地味な行動になる地味な嫌がらせだ。

 もうしばらくここで時間を潰してから俺も家に帰らせてもらう」

「りょーかい。んじゃ久しぶりに対戦ゲームでもやるか?

 対戦方法は交互に指定、負け一回につきジュース1本奢りで」

「よし乗った。じゃあ俺から指定させてもらうぞ」

 

 

 そんな感じでしばらく時間を潰した後、雄二は帰って行った。

 なお、対戦では少々負け越した。少し疲れたな。

 

 

 

 

 

 翌日。

 僕はいつも通りの時間に登校し、いつもとは違う教室へと足を運んだ。

 現在Fクラスが使用しているCクラス教室と、相手の本陣であるBクラス教室はどちらも新校舎の3階にあり、当然ながらかなり近い。そのまま戦争に突入すると小細工を挟む余地すら無く磨り潰されるだろう。

 なので、昨日のうちに4階旧校舎の空き教室の使用を申請しておいた。これで開幕で詰む事は無くなるだろう。

 

「さて、まずは……ん?」

 

 教室に入ってとりあえず電気を点けようとしたのだが……点かない。

 普通に太陽は出ているので点かなくても問題ないと言えば問題ないが、ちゃんと点くに越したことは無いだろう。

 スイッチの辺りを適当に分解してみるが、見ただけでは良く分からない。

 この教室は結構長期間空き教室だったはずだから結構前から壊れていた可能性も十分あるが……

 

「……とりあえず、直せそうな人を呼んでこよう。用務員のおっちゃんとか」

 

 

 

   ……30分後……

 

「よし、直ったぞ」

「助かりました。ありがとうございます」

 

 最悪使えない事も覚悟していたが、運良くアッサリと直った。

 

「ところで、故障の原因って分かります?」

「うん? 恐らくは経年劣化だろうね。それがどうかしたのかい?」

「……いえ、何でもないです」

 

 この学園の管理がザルなのは今に始まった事ではない。そういう事もあるだろう。

 

 仕事を終えた用務員のおっちゃんが教室を出るのと入れ替わりで雄二がやってきた。もうしばらくしたら姫路も来るかな。

 

「何かあったのか?」

「電気が点かなかったんで超特急で修理してもらってた」

「よく超特急で直ったな。部品の発注とかするとなると数日かかりそうなもんだが。

 たまたま予備の部品があったのか?」

「いや、Cクラス教室からパーツをいくつかぶっこ抜いた」

「そ、そうか……その発想は無かった」

 

 戦争中は勿論の事、戦後の補充期間もこの空き教室を使ってしまえばしばらくC教室には戻らない。

 その間に必要な部品を手配してもらって、間に合わないようであればまたこの教室からぶっこ抜けば良いだろう。

 その辺の事情は用務員のおっちゃんも把握しているのですぐに手配をかけてくれているはずだな。

 

「なにはともあれ、急いで解決しなきゃならない問題は無さそうだ。

 雄二、他に何かやっておくか?」

「そうだな、バリケード……は、もうちょい人が揃ってからにするか。寝てていいぞ」

「りょーかい」

 

 試召戦争において完全な密室を作る事はルール違反だが、教室の2つある出入り口の内の片方を机などで塞ぐ事は普通に認められている。

 相手の移動を阻害できるが逆に味方の移動も阻害される。簡単に解除できるような簡素なものだと相手に普通に退かされる。使いどころが地味に難しい代物だ。

 まぁ、バリケード作るにしても単純な力仕事になるんで人が揃ってきてからでもいい。たった2人だけでやるのもアホらしい……

 

ガラガラッ

 

「おはようございます。今日はこっちの教室でしたよね?」

「ああ。合ってるぞ姫路。お休み」

「え、ちょっ」

 

 当然、3人だけでやるのもアホらしい。サッサと寝るとしよう。




「と言う訳で戦争前夜と戦争前の朝の風景だ」

「のどかな光景ね。嵐の前の静けさかしら」

「そんな不吉なもんでもないと思うがな……
 ああそうそう、本話では原作との明確な違いが見受けられるな。本陣となる教室について」

「ああ、アレね。原作では2回目のAクラス戦の前に遠い教室が欲しいからってわざわざEクラスに喧嘩売って教室を交換してたけど、本作では事前申請すれば普通に教室が移動できるっていう」

「そもそも原作が微妙におかしいんだよな……あのルールでBクラスとAクラスが戦ったら近すぎてクソつまらない試召戦争になるぞ」

「クソつまらないは言いすぎだと思うけど……ただの正面衝突になるわね。
 設備争奪戦としては正しいのかもしれないけど、ゲームとしては微妙ね」

「まぁ、何はともあれ、次回から開戦となるだろう。御空、覚悟はできているな?」

「トーゼン。キミに今期初の補習室送りをプレゼントしてあげるわ!」

「……戦争絡み以外の補習室も入れて良いなら清涼祭編で既に経験してるんだが」

「え? …………あっ」

「…………。
 それじゃ、今回はお開きとしようか」

「じっ、次回もお楽しみにっ!」







「な、泣いてなんてないんだからね!!」

「あ~、はいはい」


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05 開戦

 ついに戦争が始まった。

 相手の本陣であるBクラス教室は新校舎の3階。それに対してオレ達Fクラスは旧校舎4階の空き教室を本陣にしている。

 なお、相手も別の空き教室に移動したとかは無いらしい。代表曰く、今朝の段階で申請自体されてなかったとの事だ。

 あと、補足情報として旧校舎、新校舎の1階から4階の各フロアはそれぞれ廊下や渡り廊下で接続されている。

 よって、敵本陣からこちらの本陣までの進行ルートは2つ。

 

 新校舎の階段を上り、旧校舎へと突入するルート。

 旧校舎へと移動した後、階段を上るルート。

 ひとまずそれぞれ正面ルート、階段ルートと呼んでおく。

 

 階段ルートはオレを含む数十名が守りを固めている。

 そして正面ルートに関しては……

 

 

 

 

 

 私、御空零はクラスメイトからの報告に頭を抱えていた。

 

「マジか。確かに効果的ではあったのかもしれないけど……マジか」

 

 その報告とは、新校舎の階段を上り、旧校舎へと突入するルート……正面ルートに関する報告。

 え? 何でどっかの伝令が勝手に付けた名前を私が知ってるかって? 分かりやすいから良いじゃないの。

 

「御空、どう突破する」

「……逆に訊くわ。代表ならどう突破する」

「……まずは状況を整理させてくれ」

「どうぞご自由に。そもそもそんな複雑じゃないけど」

「ああ、そうだな。状況自体はシンプルだ。

 進行ルート上に敵が1人で陣取ってる。

 そしてその1人が空凪であるという状態だ」

 

 言葉に起こすと状況は非常にシンプル。そして非常に質が悪い。

 

「ついでに、立会いは高橋先生。条件さえ満たせばいつでも科目変更が可能。

 単騎での防衛戦力としてはクラス最強……いえ、下手すると学年最強でしょうね」

「霧島よりもか?」

「霧島さんならむしろ楽勝よ。殆どのケースでは5人くらい同時に突撃すれば半分は突破できるもの。

 問題なのは、相手が観察処分者だって事。塞げる道幅が単純に2倍……下手するとそれ以上になるでしょうね」

 

 相手に勝負を挑まれて無視すると敵前逃亡扱いで戦死となるが、逆に言えば挑まれてなければ無視して良い。

 相手が『ここに居る人全員に勝負を挑む!』とか言ってもすぐにバトンタッチしてしまえば『勝負を挑まれた状態』は解除されるので対処法さえしっかり分かって居ればやはり回避可能。

 当然、相手もそれは理解してるので重ねて勝負を挑むといういたちごっこになる。

 バトンタッチしてから再び挑まれるまでの間に召喚フィールドを抜けてしまえば突破完了だが……道が物理的に塞がれていてはそんな事は不可能だ。

 

 さて、今回の話に戻ろう。

 今回は塞いでいる相手は1人だけ。しかしそれは観察処分者。

 実体化している召喚獣が武器を振り回している横を通るなどどう考えても危険極まりない。それでも近付こうとすると先生に止められる。

 よって、通常と比べてかなり広範囲の移動が制限される訳だ。

 

「ごく少数なら突破させる事はできそうだが……それは敵の思うツボか」

「本陣前で1人か2人で孤立した戦力なんて格好の的でしょうね。

 それで、状況が整理できた所で代表はどうするのかな?」

「……対抗手段は大きく分けて3つ。

 まず、空凪が疲弊する事を待つ事。あいつの全力の活動にはどうやら制限時間があるらしいからそれを待てば突破は容易だ」

「……そうね」

「だが、却下だ。理由は2つ。

 まず、そもそも奴は眼帯を外していない」

「ええ。そうね」

 

 戦争前に情報収集をした結果、どうも空凪くんは本気を出す時だけ眼帯を外すらしい。

 それが外れていないという事は本気じゃないという事で、持久戦に持ち込むことはできない。

 舐められたものだと文句を言いたい所だけど、実際にそれで防げてしまっているのだから文句の言い様が無い。

 

「そしてもう一つ。そんな勝ち方をしても意味が無い」

「その通り。そんな方法でしか対処できないっていうのは今回の目的を考えると敗北同然。

 良かったわ。代表を引っ叩く事にならなくて」

「引っ叩くつもりだったのか……」

「ええ。このハンマーで」

「殺す気か!?」

「あっはっはっ、じょーだんじょーだん」

 

 私がシレッと取り出したのは家庭用の工具箱に入ってそうなハンマー。

 この為だけに用務員さんから借りたので良い反応が見れて満足だ。

 

「さて、2つ目の手段は迂回する事だ。

 学年最強の単騎防衛戦力が正面のルートに居る分他は手薄になるって事だ」

「単騎だからこそあんまり手薄にはなってないんだけどね」

「……と、とにかく! 真っ正面から相手してやる必要は無い。

 それに、単純に戦線を広げる行為は地力の低いFクラスにとっても苦しいはずだ」

「そうね。それは私も完全に同意するわ。

 それじゃあ代表、この作戦の問題点を挙げてみて?」

「……分かってるさ。そのくらいは相手も思いつくって事だ。

 当然対策も練られている。具体的な内容までは分からないけどな」

「大正解。それじゃあ階段ルートからの伝令の報告を待つとしましょうか」

 

 

 

 

 

 ……そして数分後、私と代表はやっぱり頭を抱える事になったのだった。




「ようやく戦争が始まったか」

「開戦が6話目……これは果たして早いのか否か」

「大体1万字とすると原稿用紙25枚分……やっぱり分からんな」

「……本編の話に戻りましょうか。
 戦争中くらいはキミ視点はなるべく撤廃して私と宮霧くんの視点にしたかったみたいね」

「ちなみに僕視点の話だと雄二に内心文句を言いながら敵を捌いている最中の描写が入る」

「あ、文句はあるのね」

「当たり前だ。1人で正面の通路を守れとかアホだろ」

「その作戦を添削せずに進めるキミにも問題があると思うけどね……」

「Bクラス相手だとそのくらいの無茶しないとやってられないんだよ! 攻めてきたお前たちが悪い!」

「こっちに飛び火した!?
 で、では次回もお楽しみに!!」


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06 階段

 Fクラス生として作戦を実行しているオレが言うことじゃないとは思うけど、ヒドい作戦だなと思う。

 どんな作戦かって? ここ、階段ルートの防衛部隊の部隊長である木下秀吉の台詞を聞けば分かる。

 

「皆の者! 階段を上手く使うのじゃ! 仕留める事よりも登らせない事を重視するのじゃ!」

『おうよっ! 喰らえっ!!』

『な、ちょ、それ卑怯……ぐわぁああ!!!』

 

 そこらの人形程度の体格しか持たない召喚獣にとって階段なんて壁と言っても過言ではない。

 戦闘において基本的には高い方が有利ってのは一般常識だろう。階段上部で隙間なく陣取っているオレ達が極めて有利なのも当然だ。

 

 この作戦の欠点は防衛にしか使えないという事くらいか。

 階段が向こうにとっての障害物になるのは当然だが、それはこちらにとっても同じ事だ。相手を深追いした後逃げようと思っても簡単には逃げられない。

 バトンタッチして召喚獣を強制削除する方法もあるけど、突出してるのは変わらないのでバトンタッチが完了する前に殺される事も考えられる。

 あくまでも侵入を拒む防衛用。それでも十分過ぎるくらい強いけど。

 

「この後は……とりあえずここを守りながら現状維持だったっけか」

「うむ。そうじゃな。Bクラスの連中も無理にここを押し通ろうとは思わぬじゃろうから、お互いに最低限の戦力での睨み合いになるじゃろう。

 そう雄二が言っておったな」

「最低限っつってもウチらの戦力は結構必要になりそうだけどな」

「そうじゃのぅ……」

 

 Bクラスにとっては別に突破されても問題ないが、ウチらにとってこの場所は本陣の目と鼻の先だ。

 こちらは絶対に突破されないような戦力が必要なのに対して相手は本当に最低限……戦闘要員+伝令の2人で事足りる。

 

「……面倒くさい戦いになりそうだな」

「どういう意味じゃ?」

「ほら、相手が2~3人で、こっちが10人以上。

 こんなおトクっぽい攻め時に見えなくもない場面でクラスのバカどもを抑えておかないといけないっていう」

「……確かに面倒な戦いになりそうじゃな……」

 

 睨み合いを維持するってだけの簡単な任務のはずだったんだが……はぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか階段を使ってくるとはねぇ……」

 

 階段ルートに関する戦況報告に私と代表は頭を抱えていた。

 

「これ、ルール的にどうなんだ? アリなのか?」

「ん~、まあアリなんじゃない? 今は」

「どういう意味だ?」

「こんな単純な作戦がこれだけ猛威を振るったらすぐにルール修正が入ると思うわ。

 って言うか学園長に直訴してでも変えてもらうわ。こんなのやってらんないから」

「その直訴、今やったらダメなのか?」

「流石に戦争中は厳しいんじゃない? 戦いの最中に上位クラスである私たちに有利なルール変更なんてしたらこの学校のクラス設備争奪戦の意義が失われる。

 それがたとえ常識的なルールの改善だとしてもね」

「うむむ……そうか。なら仕方ない」

 

 まあとにかく、第2の作戦である『別ルートを通る』という案は不可能……とまでは言わずともかなり効率が悪い事が判明した。

 残るは3つ目の案だけだ。

 

「代表、それじゃあ3つ目を発表して」

「無論、正面突破だ」

「分かってるじゃないの」

 

 そう、結局の所それしかない。

 階段ルートに最低限の戦力だけ残して残り全てを正面ルートに注ぎ込む。そして道を塞いでいる空凪くんを撃破……最低でも撃退まで持っていく。

 まぁ、注ぎ込むって言っても戦場はそこまで広くないから一度に戦える人数は限られてるんだけどね。

 となると、必然的に点数の高い人で固めて突破を図る事となる。

 

「それじゃあ御空、お前に隊長を任せたい。行けるか?」

「……ダメね」

「何だと!?」

「貴方は代表でしょう。『行けるか?』なんて自信が無さそうな言い方をせずにこう命じなさい。

 『隊長を任せるから突破口を開いてこい』ってね」

「……そうだった。スマン。

 それじゃあ御空。お前に隊長を任せる。お前の全力をFクラスに見せつけてやれ!」

「仰せのままに。それじゃあA班とB班は私と一緒に出撃。それ以外は待機! 行くわよ!!」

 

 

 

 教室を出て、新校舎の階段を上がる。

 旧校舎への渡り廊下へと歩みを進め……そして召喚フィールドへと侵入した。

 

「来たか。待っていたぞ御空零。やはり貴様が来ると思っていた」

「そりゃどーも。それじゃあ、押し通らせて頂きましょうか」

「構わんぞ。やれるものならな」

「なら遠慮なく。試獣召喚(サモン)!!」

 

 こうして、私の初めての召喚獣バトルが始まった。




「ようやくキミとの戦いだね」

「……そう言えば貴様が召喚したのって初めてか?
 転校組だから1年の時の実習でも居なかったはずだし」

「流石に教室で動かす練習はしてたわ。
 本当に初めてだといくら私の点数でも瞬殺されそうだし」

「まぁ、それもそうか。召喚獣も急所を突けば一撃死させる事も可能だしな」

「経験値不足が若干不安ではあるけど……それでもBクラス最強のはず」

「……点数でゴリ押しする貴様と、直感でゴリ押しする僕。どっちも脳筋だな」

「……否定できないわね……
 そ、それじゃあ次回もお楽しみに!」


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07 風の能力者

 Bクラス副代表、御空零。

 前回の戦争では影も形も見当たらなかった奴だが、普段の言動からして只者ではないという事は察しが付いていた。

 一応、結構な手練だろうと覚悟はしていたんだ。それこそAクラスでもおかしくないくらいの。

 だが……その想定は少々甘かったようだな。

 

 

 [フィールド:数学1A]

 

Fクラス 空凪 剣 288点

 

Bクラス 御空 零 641点

 

 

「……おい貴様、その点数は何だ? 下手すると霧島よりも点数が高いんじゃないのか?」

「さぁどうでしょうね~」

 

 言うまでもない事だが、Aクラスよりも点数の高いBクラスというのは普通は有り得ない。

 しかし、例外が3パターンほど存在する。

 

 1つ目は順当に努力を重ねて成績を上げたパターン。

 クラス分けはあくまでも前年度末の振り分け試験の成績で決定される。そこからAクラス以上に頑張れば追い抜くことは有り得る。

 尤も、御空の場合は追い抜くどころか完全にブチ抜いてるので違うだろう。Aクラスの最低平均点の目安は200点程度であり、その3倍の点数というのは成長では説明できない。

 

 2つ目は点数がやたらと偏っている場合。

 例えば康太の保健体育の点数は主要な科目の平均点の5~6倍だ。

 御空も同様にこの科目だけに特化している可能性は有り得なくは無い。考えにくいが。

 

 そして3つ目……

 

「貴様、わざと点数下げてAクラス入りを蹴ったのか。

 うちの代表と同じ手口だな」

「あ、やっぱり坂本くんも点数調整してたのね。わざわざFクラス代表を狙うだなんて奇特なヒトが居たものね」

「Bクラス副代表に狙ってなった貴様が言うことじゃないだろう」

「一緒にしないでくれる? Bクラスからトップ狙うならまだしも、Fクラスの問題児を集めてAクラスに挑もうだなんていうバカな事、私じゃ逆立ちしてもできないわ」

「それは褒めてるのか? それともバカにしてるのか?」

「半分半分って所ね」

 

 そう、最もシンプルな理由として挙げられるのは意図的に手を抜いて試験に望んだケースだ。

 こういった暴挙を行う事で僕や姫路と同じくらい、あるいはそれ以上のクラス詐欺な生徒が出てくるというわけだな。

 まったく、振り分け試験を何だと思ってるんだ。僕も一応は全力で受けたというのに。

 

「さてと、長々と本陣を空けておくのは不安なのよね。

 手早く片を着けさせてもらうわ!」

「っ!」

 

 御空の台詞と同時に、強烈なプレッシャーを感じた。

 本気を出した姉さんを目の前にした時、あるいはそれ以上の圧力。

 ただ向き合っているだけなのに、直接押されているかのような感触まで感じる。

 まるで御空を中心に風が吹き荒れているかのような……うん?

 

 

Fクラス 空凪 剣 288 → 278点

 

Bクラス 御空 零 641 → 631点

 

 

 何もしてないのに、お互いの点数が減った。

 いや、そんな訳が無い。何かがあったから点数が減った。

 そして、訳の分からない現象を起こせるものなんて1つしかない。

 

「圧力……いや、シンプルに風を操作する能力。

 それが貴様の腕輪というわけか」

「うわっ、アッサリバレた。流石は観察処分者ね。

 うちの代表なんかは全然気付かなかったのに」

「地味な能力だもんな」

 

 だが、地味なだけ厄介だ。

 軽く召喚獣を動かして検証してみるが、どうやら風は御空の召喚獣を中心に全方向に放たれているようだ。

 そして、その風にはどうやら攻撃判定も乗っているらしい。相手も腕輪のコストによりこちらのダメージと全く同じ点数が引かれているようだが……こちらの方が早く戦死するのは小学生でも分かる事だ。

 回避不可能、逃げつづけてもジリ貧である以上はサッサと仕留めるしかない。しかし完全に防御に徹している上に点数が倍以上ある奴を簡単に討ち取る事は不可能だし、無茶な突撃をして反撃されたら大ダメージを受ける。

 結論、単独での撃退はかなり厳しいと言えるな。

 

「……どうしたもんかなぁ……」

 

 減りつづけるお互いの召喚獣の点数を眺めながら、僕はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 剣が戦っている場所は今現在俺たちが使っている空き教室の目と鼻の先にある。

 教室の扉から顔を出すだけで確認できる位置であり、声も普通に聞き取れる距離だ。

 剣と御空の会話を完全に聞き取る事は難しいが、腕輪がどうこうという言葉は拾えたし、剣の点数がジワジワと削られている事も確認できた。

 

「流石にこれ以上は厳しいか……」

 

 剣の役割は2つ。

 1つ目は相手の初動の動きを潰す事。

 相手の正面突破を最小限の戦力で食い止め、相手に迂回ルートを通らせる。

 そしてその迂回ルートもそう簡単に突破できない事を理解させて戦場を正面のみに限定する。

 そして2つ目はそのままなるべく敵の戦力を削ること。

 こちらはそうややこしい話ではなく普通に戦闘で敵を削るだけだ。剣が1人だけという点を除けば普通の戦闘とは変わらない。

 

 だが、このまま眺めていたらもうしばらくしたら戦死しそうだ。

 単純にバトンタッチして撤退させても良いが、それでは芸が無い。

 あのバカみたいな点数の御空を撃破、最低でも撃退まで持っていくには……

 

「……どったの代表」

「ん? 宮霧か。お前には階段前を任せていたな。逃亡してきたならチョキでしばくぞ」

「こっちの命令を無視して深追いしそうな奴らを押さえつけるのがちょっと厳しくなってきたんで『代表から秘策を貰ってくる』っていう名目で抑えるついでにこっちに逃げてきた。

 どうする? オレをチョキでしばくか?」

「仕事はキチンと果たしてるらしいな。ならいい」

 

 一応逃げてきたという自覚はあるらしい。Fクラスらしくない正直な奴だ。

 そしてそれが問題ないという認識もある。やっぱりFクラスらしくない奴だ。

 

「で、どったの?」

「アレだ」

「……ああ、アレねぇ……ん、数学?」

「ん? ああ。数学。正確には1A」

 

 剣が現在進行形で劣勢に追い込まれている戦場の科目は数学の1Aだ。それがどうかしたのだろうか?

 

「……代表、悩んでるヒマがあったらサッサと数学得意な奴をブチ込めば良いんじゃないのか?

 何か別の戦略や戦術があるならいいけど、放置する気が無いんならサッサと動いた方がいいよな?」

「数学が得意な奴……?

 ……ああ、あいつの事か。大丈夫なのかあいつは」

「本人を差し置いてオレが言うべき事じゃないかもしれんけど……一応反省はしてるらしいぞ。恐ろしく間が悪くて謝罪ができてないだけで」

「ホントかそれ?」

「ああ。オレも被害者だから疑う気持ちも十分分かるけど、1回くらいチャンスを与えてやってくれ」

「…………分かった。そこまで言うならやってみるか」




「ふっふっふっ、私たちの最初の戦闘は私の方が圧倒的優勢みたいね!」

「波状攻撃で消耗した僕にぶつかった奴が何をホザいているのやら。
 お互いに万全の状態での一騎打ちなら8割程度の確率で僕の方が勝つぞ」

「そ、そそそそんなの、ややややってみなきゃ分からないじゃないのよ!」

「……十分に自覚があるようだな」

「う~ん……経験値が足りない。
 召喚獣の操作ってリアルな攻撃のイメージとかも必要になってくるけど、そっち方面の才能も欠けてるのよね」

「貴様は学力にガン振りしてる分戦闘能力はそれなりだからな……
 まぁ、そこらの一般人の女子並ではあるんだがな」

「『同じ点数』かつ『武闘派』の連中には一生勝てそうにないわね。別方面で勝てば良いだけの話だけど」

「貴様と同じ点数な武闘派なんて……あ、鉄人か」

「……教師陣の点数は一体なんなのかしらね。ホント」

「ホントな。
 ……しかし、風、か」

「どうかしたの?」

「どっかの神様が結構強い武器として活用してたなと」

「あ~、アレね。実際に真似して『生成、圧縮、回転、射出!』ってやって風の弾丸飛ばしてみたんだけど……」

「何か問題があったんだな」

「ええ。命中精度が恐ろしく悪い上に点数をかなり消耗しちゃうのよ。
 やっぱり召喚獣って操作し辛いわ」

「う~む、そう都合良くは行かんか。いや、Fクラスである僕にとってはそれで良いんだが」

「……では、次回もお楽しみに!」


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08 激突

 再び階段前に戻ったオレは代表から授けられた秘策(笑)をクラスの連中に伝授していた。

 

「いいかお前たち、無闇に攻め込まずに目の前に敵が居ると思って武器を振るうんだ」

『そんな事して一体何になるんだ!!』

「分からないのか? 気合を入れて武器を振るう事でその刃は時空を超え、未来にここを通るであろう敵を葬り去る。

 そう、この場に居ながら敵を補習室に追い込む事ができるんだ!!」

 

 何を言ってるのか良く分からないが代表がくれたカンペを読み上げただけである。

 こんなので騙されてくれるんだろうか? 結果を見るまでは半信半疑だった。

 

『な、何だって!! そ、そんな事が!!』

『何だか良く分からんけど凄そうだ! よしやるぞ!!』

 

 何を言ってるのか良く分からないがアッサリと騙されてくれたようだ。

 このクラスの連中は大丈夫……ではないな。今更か。

 まぁ、無理に突撃するバカが出なければどうでもいいな。

 

「これでしばらくは保つのぅ。正面の戦場はどうなっていたのじゃ?」

「さぁな~。まぁなるようになるっしょ」

「適当じゃな」

「オレたちの役割はここの守りだけだからな。暇つぶしにあっちの様子を見に行っただけで」

「間違ってはおらぬのぅ……」

 

 ……まぁ、あいつらなら大丈夫でしょ。

 

 

 

 

 

 

 [フィールド:数学1A]

 

Fクラス 空凪 剣  88点

 

Bクラス 御空 零 381点

 

「どしたの空凪くん。このままだと手も足も出ずに戦死する事になるわよ」

「ククッ、倍以上の点数相手に戦死せずに立ち回ってる時点で十分手も足も出ているだろう」

「ものは言い様ね。でも、このままだと無駄死にに変わりは無いんじゃないの?」

「バカ言え。こうやって時間を稼いでいるだけで雄二が作戦を練る時間ができる。

 例えば……そうだな、そろそろ来るんじゃないか?」

「何が?」

「援軍」

 

 と言うか御空が来なければとっくに援軍が来てたはずなんだよ。一騎打ちっぽくなったから様子見をしているだけである。

 御空は騎士道精神を重んじる正々堂々とした性格……なのではなく、おそらくは腕輪のせいだろう。アレって多分普通に使うと仲間も巻き込むだろうし。

 そして、理論上は御空相手には1人で当たるのが望ましい。その方が腕輪の被害を抑えられるから。

 そういう訳でお互いに最小限の人数での戦い……一騎打ちに落ち着くわけだな。

 

「貴様の点数も400を切った。奴なら貴様に死の恐怖を与える事は可能だ」

「……そうねぇ、ちょっと消耗しすぎてるかしらね。

 確かに彼女に来られるとマズいかもしれない」

 

 そんな話をしていたら、後ろから駆け足の足音が聞こえてきた。

 やれやれ、ようやく来たか姫路……

 

「待たせたわね空凪! ウチが来たからにはもう大丈夫よ!!」

「お前かよ!! 姫路はどうしたんだ!!」

「え、瑞希? それだったら……」

「み、美波ちゃん……速すぎです!」

 

 ほんの数秒遅れて姫路と、その他数十名もやってきた。

 う~ん、姫っちも一緒に居るって事は島田の独断では無さそうだ。雄二の指示か?

 ……まぁ、背中を刺されるんじゃなければ何だっていいさ。

 

「御空、一騎打ちは終わりだ。総力戦を始めさせてもらうぞ」

「まあいいでしょう。皆、出撃よ! Fクラスの連中に目に物を見せてやりなさい!」

 

「「「「「試獣召喚(サモン)!!!」」」」」

 

 お互いのクラスの生徒たちが一斉に召喚を行った。敵の召喚獣の出現地点にナイフを放り投げておくが……この点数では少し削れる程度か。

 

 

 [フィールド:数学1A]

 

Fクラス 空凪 剣  88点

Fクラス 姫路瑞希 421点

Fクラス 島田美波 295点

Fクラス 55点

 以下略

 

 

Bクラス 御空 零 381点

Bクラス 199 → 190点

Bクラス 203 → 192点

Bクラス 189 → 181点

 以下略

 

 

「む?」

「へぇ……思ってたより高いのね」

 

 少し驚いた。

 島田の数学の点数はBクラス並だと記憶していたんだが、これはAクラスの中位並と言って差し支えないだろう。

 

「ふふん、どうよ! こんな時の為に得意な数学を徹底的に鍛えてたんだから!」

「私も少し協力したんです。美波ちゃん、合宿の後から結構頑張ってるんですよ」

 

 合宿でやらかした負債をこういう所で返していく……と。島田らしくない考え方だな。誰かの入れ知恵か?

 ……まあいいさ。そういう事なら存分にこき使うとしよう。

 

「御空、貴様は、ここで仕留める!」

「そんな事言っちゃって。できなかった時にカッコ悪いわよ?」

「なら問題ないな。達成すれば良いだけの話だ!」

 

 ここで僕は、満を持して眼帯を取り外した。




「……階段前の人達、何か楽しそうね……」

「フハハハハ、どうだ恐れ戦いたか!」

「……ええ。恐れ戦いたわ。
 Fクラスのバカさ加減と、それを巧みに利用する坂本くんに」

「……さて、正面ルートの方は一騎打ちの決着からの総力戦だったな。
 数学フィールドだったから姫路も島田も参戦だ」

「姫路さんって一応数学が得意って設定あったっけ?」

「家庭科を除けばまんべんなく得意なオールラウンダーではあるが……原作だと腕輪の初披露が数学フィールドだからな。
 少なくとも数学はそれだけの実力があり、他は400点未満の科目も普通に存在するって事を考えると数学が得意と言っても差し支えはあるまい。
 一番得意かどうかは分からんが」

「……姫路さんって文系と理系どっちなのかしら? 一応理系なのかしらね?」

「かもな。
 さて、島田の方は純粋に努力して成績を伸ばしたようだ。
 リメイク前では『筆者の勘違い』とかいう締まらない理由で成長していた彼女だが、今回は真っ当に成長したようだな」

「Bクラス並っていう点数の数値の誤認のせいだったわね……
 今回の話の流れでの成長っていうのはしっくりくるわね。姫路さんが協力したんでしょうし」

「ククク、もう1人重要な協力者が居るけどな」

「? 誰だろう」

「……奴は恵まれているな。失敗を受け入れてくれる人が居る。そして協力してくれる人も居る。
 本当に恵まれている」


「では、次回もお楽しみに!」


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09 協力者たち

 これは、数日前の話だ。

 

 

 

 

「勉強を教えてほしい?」

「ええ。次の戦争でアキ達に迷惑をかけないように鍛え直しておきたいの!

 でも、独学だと限界があるから……」

「……お前、バカか」

「なっ、何よ! 戦争で役に立って恩を売れって言ったのは伊織でしょ!?」

「いやまあそうなんだが、オレなんぞよりも教師役にもっと適した奴が居るだろ。姫路さんとか」

「うっ、瑞希に頼るのは……その……」

「合宿の一件のせいでそっちともギクシャクしてんのか? 奴も立場はテメェと大差無いだろうに。

 ちゃんと自分の考えを話して協力をお願いすれば快く引き受けてくれると思うぞ?」

「…………分かったわ。やってみる。ありがとう伊織。じゃあね!」

「ちょい待ち。焚きつけたオレが他人に丸投げってのもアレだ。少しは手を貸してやろう。

 ちなみにだが、何の科目を鍛える気だ?」

「え? えっと……点数が1桁しか無い古文とか……」

「……やっぱりバカだろお前」

「そんなの分かってるわよ! でも日本語が読めないんだから仕方がない……」

「そっちじゃない。代表たちの最終目標がAクラスである以上はそのゴミみたいな点数が10倍になった所で意味は無い。

 得意分野を伸ばす方向で行け。確か何か一部の科目はやたら強いって聞いたぞ?」

「数学の事? 確かにBクラスくらいの点数はあるけど……そんな簡単に伸ばせるかしら?」

「もっと高い点数を取ってる奴が居る以上は不可能じゃないはずだ。

 ……そうだ、ちょっとテストやってる所を見せてくれ。補充試験じゃなくて模擬テストで構わん」

「何の意味があるの? まあいいけど……」

 

 

  ……1時間後……

 

 

「…………185点、か」

「ど、どうしたのよ。そんなしかめっ面で」

「……やっぱりバカだなお前」

「また!? じゃあ伊織はこれより高い点数取れるの!?」

「いや、ダブルスコアで差が付いてる。

 そうじゃなくて……お前、手を止めてる時間が結構あったよな? 具体的には、長めの文章題とかで」

「だから、日本語があんまり読めないのよ。読むのに時間がかかるのも仕方ないじゃない」

「それで時間掛けて解いて、しかも半分以上間違ってるじゃないか」

「だから、仕方ないじゃないのよ」

「仕方ないで済ますなバカ。長文の問題は長文だって一目で分かるんだから飛ばせ!」

「でも、先生が空欄にするのは良くないって……」

「だったら適当に1とか√3とかπとか書いておけ! どうせ半分近く間違える問題に時間を費やすなんて無駄だ!」

「う~ん……分かったわ。やってみる」

 

 

 

 

 そして、今。

 

 

 [フィールド:数学1A]

 

Fクラス 島田美波 295点

 

 

「これがウチの特訓の成果よ!」

「頑張りましょう、美波ちゃん!」

 

 瑞希と伊織、2人が協力してくれたおかげでここまでの点数を取る事ができた。

 Bクラスなんて、蹴散らしてやるんだから!

 

「……これは、本格的にマズいかな。撤退させてもらうわよ」

「僕が許可するとでも?」

「キミの許可は求めてないから。じゃ」

 

 Bクラスの副代表、御空さんはあっさりと撤退していった。

 ……あの、空凪?

 

「どうした? そんな目で見て」

「いや、さっきカッコよく『ここで仕留める!』とか言ってなかった?」

「あんなのブラフだ。そんな事より目の前の敵に集中しろ」

「……言いたいことはあるけど、確かにそうね。覚悟しなさい!!」

 

 ウチの目の前に居るBクラス生から倒していくだけの簡単な仕事だ。

 だけど油断しちゃいけない。ここで失敗する訳にはいかないから。

 

「諸君、全軍突撃だ。但し、姫路と島田の攻撃に巻き込まれないように最大限注意しろ。

 姫路、島田の両名は味方を巻き込むくらいの勢いで暴れてやってくれ。巻き込まれた奴は自業自得だ」

「分かりました!」「ええ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご苦労、御空」

「ええ。ただいま」

 

 教室に戻った私を真っ先に出迎えたのは代表だった。そんなにヒマだったのかしらね。

 

「戦況は……聞くまでも無さそうだな」

「ええ。ほぼ完全に予想通りだし仕込みもバッチリ。想定外な出来事が無かったわけじゃないけど、誤差の範疇よ」

 

 島田さんと姫路さんの登場自体は実は予想通りだったりする。

 というのも最初の空凪くんが1人で防ぐとかいう頭おかしい事をしてた時点でフィールドは数学だった。いざという時にあの2人を動かす為だというのは簡単に想像できる。

 ……しかし島田さんの点数までは予想外だった。アレはちょっとヒヤッとしたわ。

 

「この後の予定は勿論分かってるでしょうね」

「当然だ」

 

 戦場が1ヶ所に限定されてしまっている以上、Fクラスの欠点である個々の戦力の低さはかなりカバーされる。

 そして、長所である一部の生徒の異常な点数が際立つ。このまま手をこまねいていたらジリジリと押し負ける事になるだろう。

 勿論、そんな事はしないわけだけど。

 

 坂本くん、貴方に見破れるかしら?

 底辺で胡坐をかいてる貴方に、私たちの策が。




「宮霧を褒めるべきか島田にツッコミを入れるべきか……」

「原作ではテストを受けている最中の描写なんてほぼ無かったと思うけど……アニメ版では島田さんが真っ先に受けてたっけ」

「ああ。文章題に頭を悩ませている描写があったんで律儀に解いてるという設定にしたんだが……」

「……妙に歯切れが悪いわね」

「……この文章を、2行前の僕の台詞を書いている最中に不安になって改めて確認してみたらちゃんと諦めて飛ばしているという描写もセットであった」

「おい」

「ツッコミを入れるべきなのは島田ではなく筆者だったようだ」

「いや、あの、修正しようとは考えなかったの?」

「考えたようだが……単純に面倒だったのと、面倒くさがりな宮霧がかなり輝けているので消してしまうのが勿体なかったようだ。
 あと、島田の成長の理由付けとしてもかなりしっくり来るし。
 本作の島田は原作……と言うかアニメ版よりも律儀な性格だったという事にしておこう」

「……そうね。アニメ版はまだしも原作は未知数だもんね。もしかしたらこの律儀さが原作通りだったという可能性もあるわね」

「そういう事にしておこう。うん」


「では、次回もお楽しみに!」


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10 防衛

「……こんなものか。少し休んでくる」

 

 眼帯を元に戻しながら告げる。

 低い点数なりに頑張ってアシストしてきたが、流石に疲れてきた。うっかり戦死しないうちに撤退させてもらおう。

 

「え、もう? ウチらが来てからまだ10分くらいしか経ってないわよ?」

「おいおい、貴様らが来るまで僕はずっと戦ってたんだぞ?」

「でも、眼帯外したのってついさっきの事よね?」

「僕には30分フルに戦わなければならないというルールでもあるのか?

 切り札というものは切らない事にだって意味はある。

 さて、代わりの部隊長は……島田、貴様でいいな?」

「え、あの、ウチで良いの?」

「前回戦争に手を貸さなかった愚か者よりもしっかりと反省しているらしい貴様の方が100倍は信用……いや、1億倍でも届かないくらい信用している」

「そんなに!? そこまで言われると逆に怖いんだけど……」

 

 なに、大した事じゃないさ。島田の信用が高い……というのも多少はあるが、それよりももっと重要な要素があるというだけの話だ。

 

「美波ちゃん、空凪くんは他の人達の信用が完全にゼロだって言いたいんだと思いますよ」

「え? ……な、なるほど。確かに1億倍どころか1兆倍でも届かないわね。

 いや待って、他の人達が0だとしても瑞希はどうなの?」

「……貴様より高いのは確かなんだが、単純に適性の問題だ。貴様の方が大声で指揮できそうなんでな。

 ……ああ、言っておくが、前のBクラス戦の時みたいに誤情報に騙されて戦線放棄したらブチのめすからそのつもりで」

「肝に命じておくわ」

 

 

 

 

 

 

 という訳で拠点まで戻ってきた。

 

「ただいま~」

「ご苦労。問題無かったか?」

「御空の点数が少々予想外だった点を除けば問題無し。

 ただ、予定通りに()()使()()()()()()()

「できれば温存して欲しかったが無理だったか。分かった。ゆっくりと休んでいてくれ」

「ああ。戦争が終わるか明日に持ち越されるまでは起こしてくれるなよ」

 

 敵も味方もほぼ完全に騙されてくれたと思うが、今日の僕が集中状態を使った時間は既に30分を越えている。

 これ以上はいつ意識が飛んでもおかしくない状態だ。

 今日はサッサと自分から意識を落とすとしよう。

 

「それじゃ、お休みなさい……」

 

 空き教室の隅っこで、僕はそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでは概ね予定通り、か」

「そうなの? 御空さんの点数とか凄く予想外だったけど……」

「アレを除けば予定通りだ」

 

 俺の独り言に対して明久が疑問を呈した。確かにアレは予想外だし予定外だった。

 一応、御空が只者じゃないって事は俺も何となくは察していた。翔子以上だとは思わなかったが。

 あんな姫路並のクラス詐欺が居るとはな。これで操作技術が明久並だったらチートも良い所だが、幸いな事にそんな事は無くむしろ転校組なだけあってやや下手な部類のようだ。あいつの腕輪はともかく普通の攻撃は剣が全回避してたし。

 

「まぁ、御空の点数もかなり削ることができたし、こちらは姫路も島田も絶好調らしい。

 数学1Aの1点突破でBクラスを教室まで押し返せるだろう」

「そうだね。姫路さん……はいつも通りな感じだけど美波は凄く張りきってたね。何があったのかな?」

「俺に思い当たるのは合宿での汚名返上くらいか? でも島田っぽくない発想……ああ、そういう事か」

「どうしたのさ」

「いや、何でもない」

 

 そう言えば島田を出すように勧めてきたのは宮霧だったな。あいつの入れ知恵か。

 ……あの2人、仲良かったのか? まあいいか。

 

「う~ん、でも雄二、姫路さんと美波で突破できるって話だけど、大丈夫なの?」

「どういう意味だ?」

「だってほら、科目が変わったら御空さんも参戦してくると思うよ。数学があれだけ取れてたら他の科目でも400点越えが沢山あってもおかしくないし。

 それに、美波の苦手科目に変えられちゃったら戦力にならないんじゃない。姫路さんならそんな心配ないけど」

「明久にしてはよく考えるじゃねぇか。だが心配は要らない。

 何故なら、今回の戦いにおいて俺たちは『攻撃側』ではなく『防衛側』だからだ」

「…………?? どういうコト?」

「いつも戦争を吹っかけていた俺達だが、今回は吹っかけられた側だ。

 そして、攻撃側にはいくつかの義務がある」

 

 試召戦争はこの学校においてほぼ最優先の行事であり、通常の授業を潰されて行われる。

 だから、戦争の決着を付けずに延々と延々と長引かせれば一切授業を受けずに1年間過ごすという事も理論上は可能だ。

 そして、クラスの代表者同士が談合してそんな状態にしようとした事が実際に過去にあったらしい。

 それを見た学園側は大慌てでルールを追加。戦闘行為が一定時間行われなかった場合、戦争を吹っかけた側『攻撃側』に警告が入り、それでも戦闘が行われなければ攻撃側の敗北で決着となる。

 それでも談合の戦闘でペナルティを回避しようとしたらしいが、複数の教師が『談合だ』と判断した場合には戦闘行為としてはカウントされないというルールも追加された。

 それでも頑張って実際の戦闘っぽく演じようと試みたらしいが、そんな方法で授業をサボろうとするような奴の点数なぞたかが知れている。些細な操作ミスで戦死者が出てしまい、戦死者には『戦争が終わるまでの補習義務』が課せられた。

 そんな戦死者の数が一定数を越えた後、そのうちの補習に嫌気が差した誰かから戦争の時間(補習の時間)ではない空き時間に教師陣に全て暴露。最終的には談合したクラスの奴らは激しくお灸を据えられて休日も登校して潰れた授業の補填をさせられたそうだ。(補習で補填できた生徒は除く)

 

「……雄二、長いよ。3行で」

「要するに攻撃側は消極的な手は使えないって事だ。

 俺たちは自分の有利なフィールドに引き篭もって相手が攻めてくるのを待てば良い。

 階段からのルートも階段戦法で塞いであるから奴らは正面突破するしかない」

 

 尤も、盤石だと思っていたこの作戦も御空のせいで欠陥が発生した。

 補充試験を戦争中に受ける事は当然可能。と言うか、剣みたいな例外を除けばそっちの方がメインだ。

 あんまり消極的過ぎると御空が点数を補充してまた前線に出てくる。対策を練らなければならないな。




「いじょ、今回の話はここまでだな」

「…………やってくれたわね。ホント」

「騙される方が悪い。何のために僕が眼帯などという分かりやすいアイテムを身につけていると思っているんだ」

「ハンドサインと同じで騙すためだと」

「一応、僕が集中状態に入る為のルーティーンは用意してある。
 右目を、ギュッと閉じてから、開く。それだけだ。
 眼帯はむしろそれを隠す為のアイテムだな」

「一応ただの飾りではないのね。眼帯」

「ああ」

「……さてと、後半は独自ルールの解説だったわね」

「こんなルールを作成した理由は……雄二のモノローグの通りだな。
 談合で授業を永遠に休みにできてしまう」

「ルール上それが本当に可能っていうのがね……」

「『いのちだいじに』を最優先にして明久並に操作の上手い奴ら同士の戦いであれば談合なんてしなくてもマジで戦争が永続する可能性まで有り得る。
 いやまぁ、来年度まで持ち越される事は無いだろうが」

「それだけ続いたら十分過ぎるでしょうが」

「そうだな。しかしまぁ、それだと流石に色々とヤバいから戦争期間に関しては何かしらの制限がかかっていても不思議ではないな」


「では、次回もお楽しみに!」


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11 詰将棋

「防衛側プラス戦場を1点に絞る作戦。結構くるものがあるわね」

「姫路と島田が居るからこその戦略だな。Eクラス相手ならこんな事には成らなかっただろうな。

 坂本め……あいつらずっと攻めてばっかりだったはずなのに何で防衛側用の策もあるんだよ」

「攻撃側の策として使えないか考えてたんでしょうね。問題になるのは『防衛側じゃない』って1点のみだし」

 

 何はともあれ、私たちBクラスは窮地に陥りつつあるようだ。

 このままだと確実に負ける……というのは言いすぎだけど、何らかの手を打つべき場面だ。

 

「さて代表、貴方ならどう対処する?」

「対処するなら……まずは姫路と島田を何とか退かせないか考える。

 ……そして諦める」

「そのココロは?」

「あのレベルの点数の持ち主が2人も居る時点で即死クラスのダメージやそれに近いダメージを叩き出すのはほぼ不可能。

 ある程度細かく削っていくとしても危険域に達した瞬間に今度は吉井が出てくる。止めを刺し切るのはまず不可能だ」

「正解」

 

 非常に厄介な事に、吉井くんの姿を一切見ていない。

 実は遅刻しているだけという可能性もゼロではないけど……本陣で温存されてるって考えた方が妥当でしょうね。

 観察処分者である吉井くんであれば姫路さんと島田さんを安全に撤退させた上で戦場を保たせるくらいはできるでしょう。

 

「まるで詰将棋だな。総合戦力ではこちらの方が完全に勝っているはずなのに、気がつくと追い込まれている」

「大量の持ち駒があっても使いこなせなければ価値は無い。総合戦力云々を抜きにしても大事な事ね」

「まったくだな」

「それで、どうする?」

「どうするもなにも、どうもしないさ。今はまだな」

「ふ~ん……まあいいか」

 

 さっき代表は詰将棋に例えたけど、この場面でそれを当てはめるのは言い得て妙だ。

 詰将棋は先に駒を動かせる方が勝つ。その事をFクラスの皆さんにも教えて差し上げましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  そして、時は進む。

  互いに予定通りの時間が流れ、数十分ほど経過した。

 

 

 

 

 

 

 

『伝令! もう間もなくBクラスを教室へと追い込めそうです!』

「ご苦労。また前線に戻ってくれ」

『了解です!』

 

 俺の不安とは裏腹に何とか押し込めているようだ。

 とは言っても、御空が撤退してから50分ほど経過している。あと10分ほどで補充試験が終わると考えて良いだろう。

 だが幸いな事に明久を温存できている。姫路と島田と協力できれば御空を討つ事は可能……

 

『伝令っ! 島田さんの点数が危険域に達しました!!』

「チィッ、無理だったか。明久! 島田のフォローに行ってくれ! ダッシュで!!」

「了解っ!」

 

 島田は脱落か。補充試験をやっている間に大勢は決するだろう。

 まぁ仕方ない。姫路と明久と、その他数名で何とかしてもらおうか。

 

 相手を教室に閉じこめてしまえれば後はどうとでもなる。

 例えば……屋上から降下し、窓から侵入して根本を討ち取る、とかな。

 以前Dクラス相手に勝った時の密約、Bクラスの室外機を壊してくれというのは一応まだ有効。断られたとしても俺たちが壊すのを黙認するくらいはしてくれる。

 もし完全にダメだったとしても窓に張り付いて召喚すれば教室内に召喚獣を呼び出す事は可能なはずだ。奇襲攻撃で相手の戦力を大幅に削る事が可能になる。

 

 何? 生徒だけならともかく立会い教師までもが窓から侵入なんてできるのか、だと?

 殆どの先生はまず無理だが、数名だけ例外が居る。

 例えば、鉄人こと西村先生……間違えた。西村先生こと鉄人。

 他にも体育教師こと大島先生。とりあえずこの2人は確定。他の体育教師も何とかなると思われる。

 

 ……さて、そろそろ康太を所定の位置に移動させるか。

 康太は言うまでもなく保健体育のスペシャリスト。この作戦にはうってつけだからな。

 

「よし、康太……」

 

 そう、俺が康太へと呼びかけたその時だった。

 外から、こんな声が聞こえたのは。

 

 

「Bクラス御空零が……」

 

 

 教室の外……窓の外から、聞こえてきたのは。

 

 

「Fクラス代表に召喚勝負を挑みます!! 試獣召喚(サモン)!!」

 

 

 [フィールド:保健体育]

 

Bクラス 御空 零 412点

 

 

 クーラーなんて贅沢なものが付いてないこの教室の、開け放たれた窓から、そいつは現れた。

 

 

「んなっ!?!?」

 

 どうやってここに来た!?

 補充試験を受けているはずじゃなかったのか!?

 いや、それよりその点数は何だ!?

 

 そんな疑問がめまぐるしく脳裏を駆けめぐり、我に返った時には3秒が経過し……

 

「…………Fクラス土屋康太が受ける。試獣召喚(サモン)!」

 

 

Fクラス 土屋康太 564点

 

 

 ……丁度呼びつけていた康太のおかげで何とか強制召喚は回避できた。

 

「康太、頼んだ! お前ら一旦外に出るぞ! 急げ!!」

 

 急襲される本陣は本陣足り得ない。また敵が湧き出てくる可能性も考えたら廊下の方が安全だ。

 そう考えて俺は一目散に出口へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 安全だと思っていた場所が急襲されたら、即座に逃げ出す。それは優秀な指揮官としてのスキルでしょうね。

 本陣まで侵攻された場合に備えて2箇所ある出入口のうち片方を潰しておく。それも真っ当な選択でしょう。

 だけど……それが仇となる!

 

 坂本くんが扉を開け放った瞬間、窓際に居るこちらの方まで声が響いた。

 

「テメェに勝負を挑む! 試獣召喚(サモン)!!」

 

 真っ直ぐに坂本くんを指差し、最小限の言葉で戦闘の意を示した代表が、そこに居た。

 

「なんっ!?」

 

 坂本くんの召喚獣は今度こそ強制召喚され……

 ……そして、一瞬で散った。

 

 

 [フィールド:現代国語]

 

Fクラス 坂本雄二 265点 → Dead

 

Bクラス 根本恭二 402点




「以上、Fクラス戦しゅーりょー!」

「詰将棋……確かに詰将棋っぽいな。お前が特攻してる所なんか特に」

「結構ドキドキだったわ。坂本くんが逃げ出す保証も無かったし。
 土屋くんの点数を見た時は割とビビってたし」

「あれ? 知らなかったんだっけか?」

「ええ。本作の中で私が土屋くんの点数を直接見た事は実は無いのよ。
 と言うか、Aクラスの人以外は直接見た事は無いんじゃない?」

「1年次の事を考えればそうとは言いきれんが……まぁ、今年に入ってからならそうなるか」

「一応、保体が得意とは聞いてたけど……まさかここまでとは思ってなかったわ。
 もっとちゃんとAクラスの人から訊き出すんだった……」

「本編の貴様はAクラス戦で康太が出ていた事すら知らないはずだし、仕方ないんじゃないか?」

「そうねぇ。結果的には上手く行ったけど、結構危なかったわ」

「雄二も落ち着いて対処できてれば普通に勝ててたかもな」


「では、次回もお楽しみに!」


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12 飛躍

 Fクラス代表、坂本雄二の戦死から時は少々遡る。

 

 

 

「マジでこれをやるんだよな……いや、分かりきった事なんだが」

「分かりきった事ならいちいち愚痴らないの。

 それじゃ、私は先に行くんで代表は適切なタイミングを見極めて来てね」

「……分かってる。やってやるさ」

 

 頑丈なロープの片側を教室内の適当な場所に固定。反対側は窓から垂らして地面まで辿り着くように。

 これで3階にあるこの教室からグラウンドまでの通路は完成だ。Fクラスから学んだ事だよ。

 

「じゃ、またね」

「ああ!」

 

 一足先に私が降りる。代表は後だ。

 試召戦争の最中は代表の居場所は常に公開されている。とは言っても常に放送とかで居場所が流れるんじゃなくて確認しようと思えば確認できるという物だ。

 今、代表が教室から動いている事がバレると策がバレる。だからギリギリまで教室に留まってもらわないと。

 

「……よっと、ふぅ、無事に降りられた。Fクラスの人達は正気じゃないわね……」

 

 これでほぼ誰からも気付かれずに教室からの脱出が完了。2階や1階に居た人には降りてる最中に目撃されたかもしれないけど、それがFクラスに伝わる事は無いでしょう。

 

「さて、次は……」

 

 目標としては旧校舎の屋上まで移動する事。

 最初に立てた案Aとして普通に旧校舎の階段を使うというものがあったけど……階段戦法でこちらの侵攻を防いでいる部隊が撤退したという報告も無ければ侵攻してきたという報告も無い。今現在も塞がれていると見て間違い無いでしょうね。

 という訳で案B。『直接よじ登る』を採用します。

 

「天気予報通りに晴れで良かったわ。大声で屋上に呼び掛けたら気付かれちゃうもんね。鏡でキラキラ~っと」

 

 開戦時から旧校舎屋上に潜ませておいた人達に合図を送る。

 すると、屋上からまたロープが延びてきた。校舎の窓側ではなく壁側へと垂らしたので教室内から見つかる心配は無い。

 

「よっし。しっかりと結びつけて……OK!」

 

 ジェスチャーでOKサインを2回ほど繰り替えしてから少しして、ロープが強く引っ張られるのを感じた。

 このロープが繋がる先は、頑張って屋上に設置した滑車。そしてロープの反対側には私の体重よりやや重たいくらいの砂袋が結ばれている。

 砂袋を屋上から下ろす事で私が引っ張り上げられる……という寸法だ。

 

「うん、いい感じいい感じ。勢いが付きすぎないように注意しないと」

 

 そんな感じで何とか屋上まで到達。ふぅ、疲れた……

 

「こういう事をするのはFクラスだけだと思ったんだが……今年はBクラスも大概のようだな」

「あ、大島先生お疲れさまです。すいませんね。長時間待機させてしまって」

 

 先生までこんな方法で屋上に上がってもらう事は不可能だ。体力的に無理とかいう話ではなく、先生はFクラスを避ける必要が皆無だから普通に階段を上るという話だ。

 しかしそれをやってしまうとFクラスに気付かれてしまう恐れがある。だから無理言って最初から居てもらった。

 

「怪我には十分気をつけろよ」

「はいっ! 勿論です」

 

 これでしばらく私がやるべき事は無い。代表が来るまでのんびりしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 現時点で俺がやるべき事は2つ。

 1つ目は島田を危険ラインまで追いやる事で吉井をBクラス前までおびき出す事。

 別に島田ではなく姫路を狙っても吉井は呼べるだろうが、単純に島田の方が点数が低い上に他の科目も低い。もうしばらくしたらFクラスの本陣に特攻するのだからその本陣に送り返すのは当然弱い方が良いに決まってる。

 そして2つ目は吉井が来た事を確認したら御空が通った道を同じように通って屋上まで辿り着く事。

 ロープ使っているとはいえ3階から降りるとか正気じゃない。しかし御空にだけやらせて俺がやらないという訳にもいかない。ハラ括ってやってやろう。

 

「さぁどうしたの? Bクラスっていうのはこんなもんなの!?」

『くっ、強い! これがあの時誤情報に踊らされてアッサリ捕まった島田の実力か!』

「確かにそうだけど! 余計な事思い出すんじゃないわよ!!」

 

 島田を削りたいんだが、難航しているようだな。

 こういう時、物語の主人公であればカッコよく参戦してカッコよく蹴散らすんだろうが、あいにくと俺は文系だ。数学の成績はうちのクラスのトップ10にも入れない実力しかない。

 それに、俺がノコノコ出ていって姫路の攻撃でも喰らったら1発でアウトだ。やはり論外だな。

 

 結局の所、島田を危険域まで追い込むには誰かを特攻させるというのが模範回答だ。

 少しずつ削る事も不可能ではないが、それだと時間がかかりすぎる。

 部下を、クラスの仲間を頼らなければならない状態、そして下さなければならないのは特攻の命令。クラス代表としての俺の日頃の行いが試される場面だ。

 1人……いや、2人居た方が確実か。

 そう考えた俺は手の空いていてなおかつ数学がそれなりに高い2名に声を掛けた。

 

「お前たち、戦死を覚悟で島田に特攻してきてくれ。できるか?」

『なんだと? 代表、何を寝ボケた事を言ってやがる!』

「無茶を言ってるのは分かってる。だがBクラスが勝つ為には……」

『そうじゃ無いっスよ。そんな事言われたらウチの副代表の姐さんならこう返されますよ』

『『できるか?』なんて曖昧な言い方をするな。代表は代表らしく堂々と命令しろ! って』

「おいおい……俺もお前らも御空じゃないんだぞ? 俺なんかの命令を、しかも特攻命令を素直に受け入れるってのか?」

『当然っしょ。代表は姐さんの後を追って身体張って大将を倒しに行くんでしょ?

 オレたちが怖気づいてどーすんのって話っしょ』

『そーそー、そのとーり!』

「……そうか」

 

 御空があんなロープを使った理由がようやく分かった気がする。

 自分自身が率先して危険な目に遭うんだ。信用されないはずがない。そういう事だろ。

 

「……分かった。それじゃあお前たち、死ぬ気で島田を殺してこい!」

「「了解っ!!」」

 

 これで何とかなるはずだ。もう少し様子を見てから御空の後を追うとしよう。




「以上、私たちの裏視点その1でした!」

「無茶するなお前ら……」

「空凪くん、それ完全なブーメラン」

「いやいや、僕自身は3階から降りた事は本作中では無いぞ」

「えっ、そ、そうだっけ?」

「合宿の時に雄二たちが降りていたが、その時僕は補習室で補充試験受けてたんで居なかった。
 よって、貴様の方が僕よりも無謀だと言えるな」

「うぐぅっ!! その評価は極めて遺憾だよ!! 撤回を要求するよ!!!」

「……降りるだけならまだしも登るのはFクラスでもそうそうやらんぞ。屋上に滑車なんてどうやって設置したんだ?」

「そこは……ほら、頑張った!」

「……そっか」


「では、次回もお楽しみに!」


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13 降下

「お~、やっと来たね代表。待ってたよ~」

「……お前も登ったんだよな。コレ」

「うん」

 

 グラウンドから屋上まで登るとか、言葉にすると簡単に見えるが……いや、言葉にしても簡単に見えないな。

 とにかく、寿命が縮むような思いをしてここまで辿り着いた。

 

「それじゃあ大島先生。召喚許可を」

「うむ。承認する!」

 

 Fクラスの戦力をBクラス前に引き付け、そして敵の本陣のほぼ直上に居る俺たちがするべき事は決まっている。

 敵本陣への強襲、そして逃げ出すであろう敵代表の撃破。

 その為には2手に分かれる必要がある。大島先生だけでは心許ない。

 故に、もう1人の『強襲に付いてこれそうな先生』を呼び出す必要があるわけだ。

 

「それじゃ、悪いけど犠牲になってね。

 大丈夫。戦争はそう長引かないから、補習もすぐに終わるわ」

『勝って下さいよ! 副代表、代表! 試獣召喚(サモン)!!』

 

 予め待機させておいて、ロープを垂らしたり砂袋を降ろしたりする作業をしていた生徒のうち1人に召喚させ、そして自殺させる。

 10秒ほど数えた所で鉄人こと西村先生がやってきた。

 これもFクラスに学んだ裏技だな。

 

「戦死者は補習!!」

『すいません! 自主的に行くので代表たちの話を聞いて下さい!!』

「……いいだろう」

 

 さっきFクラスから学んだとは言ったが、これはFクラスには真似できないだろうな。

 首脳陣はともかく一般生徒の精神的な意味での質が悪すぎる。何か話しても一蹴されて連行されていただろう。

 

「西村先生。この屋上から4階に降下した上でフィールド張りたいんで手伝ってください。科目は現国で」

「正気か? まさかBクラスがFクラスみたいな発想をするとは。窓は開けてあるのか?」

「廊下の窓の鍵は全部開けておきました。窓自体も半分以上は全開にしておいたので多分開いてます」

 

 Fクラスとの最初の衝突……空凪単騎で抑えられていたが、その時に接触できた窓の鍵は全部開けておいた。

 ただ、風が吹き込む等の理由で閉じられてしまう可能性も考えられる。そういう時の為に鍵だけを開けた窓も用意してある。

 生徒の下校後ならまだしもこの時間帯に流石にわざわざ施錠まで確認はしないだろうという読みだ。

 それすらも閉められていたら……運が悪かったと言う他無いな。

 

「大島先生に担当して頂く教室側の窓は不明ですが……クーラーも無い部屋だし窓は多分開いてます。

 もし開いてなかったらできるだけ接近した上で空中で召喚します」

「分かった。安全確認はしっかりしろよ」

「当然です。それじゃあ始めましょう! Fクラスに気付かれる前に!」

 

 鉄人を呼ぶ前にできる準備は一通り済ませてある。

 あとは鉄人が降下用の装備を装着すれば完了だ。

 

「代表、絶対に勝ちなさいよ!」

「ああ!」

 

 そして屋上から飛び降り……開いていた窓から4階廊下に侵入した。

 

 

 

 

 

『Bクラス御空零が、Fクラス代表に召喚勝負を挑みます!! 試獣召喚(サモン)!!』

 

 廊下にまで響いてくる御空の声。そして慌しくこちらに向かって駆け出す音。

 フィールドの展開は既に済んでいる。後は、真っ先に飛び出してくるであろう坂本に勝負を挑むだけだ。

 扉が開くと同時に、俺は可能な限り早口で叫んだ。

 

「テメェに勝負を挑む! 試獣召喚(サモン)!!」

「なんっ!?」

 

 坂本の間抜け面を拝むこと3秒。強制召喚された召喚獣に、俺は武器を振り下ろした。




「以上、私たちの裏視点その2でした!」

「今回少々短いか。よし、後書きコーナーで頑張って水増ししよう」

「……どうなのかなそれ。本編を水増ししようという気は……無いのか。
 ……まいっか」

「今回と、あと前回の裏視点回はリメイク版で加筆された箇所だったな。
 まぁ一応解説くらいはあったが」

「そうなるわね。あの時期は確か隔日投稿とかしてたからかなり切羽詰まった状態で書いてたのよね。
 だから余計な事を書く時間が無かったっていう」

「そう言えばそうだったなぁ……うちの駄作者がプロットすら練らずに自転車操業で回してた時期だった。
 ……よく書けてたな。アレ」

「ホントよね……」

「……ちなみに、社会人になって自由時間がバカみたいに少なくなった今はまず無理だそうだ」

「でしょうねぇ!」

「あの時期の話を読み返してみると読み返したくなくなるくらいにはクオリティが低いとの事だ」

「……私が大活躍する初めての章のはずなんだけどなぁ……」

「……まぁ、そういう心残りがこういうリメイクを書くきっかけになってるわけだな。


「さてと、これでとりあえず戦争は終了かしらね。
 後は戦後交渉か」

「ちなみにだが、交渉の結末はぼんやり見えているがその過程は結構曖昧な状態らしい。
 まぁ、筆者にはよくある事だな」

「……よく書けるよね。ホント。
 それじゃ、次回もお楽しみに!」


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14 戦後交渉

「雄二、確かに戦争が終わったら起こしてくれとは言ったが負けたら起こせとは言ってないぞ」

「うぐぅ……スマン」

 

 僕が寝ている間にBクラスの連中がFクラスみたいな奇想天外な強襲を仕掛けてきて負けてしまったらしい。

 ……という旨の説明をBクラス代表コンビから受けた後の僕の台詞であった。

 

「まあいいさ。雄二は隅っこで体育座りでもしててくれ。戦後交渉は僕が引き受けよう」

「何故に体育座り……」

「何か文句でも?」

「……いや、無い。負け犬は大人しく隅っこに引っ込むさ」

 

 半分冗談だったしそこまでは言ってないんだが……まぁ、強襲された時に雄二が努めて落ち着いて対処できていれば勝ってた可能性も普通にあるわけだし、ここは思いっきり反省してもらうとしよう。

 

「それじゃあBクラスのお二方。戦後対談と行こう。場所は移すか?」

「別にこの部屋でもいいけど……随分と堂々としてるわね。負けたクセに」

「Fクラスがクラスとして負けたのであって僕個人が負けたわけではない。

 それに、下手に出たらそれこそ足元を見られる」

「良い度胸ね。いや、良い意味で。

 でも、交渉の余地なんてあると思ってるの? わざわざ私たちがFクラスを見逃してあげる理由なんて無いけど」

「何を言っている。大有りだ」

 

 御空、気付いていないのか。それとも気付かないフリをしているのか。

 十中八九後者だろうな。僕から言い出させる事で『譲歩してあげた』という体に落とし込むつもりだろう。

 

「へぇ、それじゃあ聞かせてもらおうかしら。その『理由』を」

「今回の戦争の戦後処理を通常通りに行うと僕達はCランクの教室からDランクに格下げ。ついでに3ヶ月間の戦争禁止。

 それに対してBクラスはBランクのまま。ここまでは良いな?」

 

 御空と根本が大きく頷くのを確認してから話を進める。

 

「これを行うとお互いのクラスが損しかしない。分かってるだろう?」

「……Fクラスの損はよく分かるわ。教室がランクダウンする上に戦争を吹っかける事ができなくなるんだもの。

 じゃあ、Bクラスの損っていうのは?」

「貴様が言った通りだ。『教室がランクダウンする上に戦争を吹っかける事ができなくなる』」

「……? それはFクラスの話でしょう」

「惚けるのは止せ。Fクラスがそれだけの損を被る。それはつまりFクラスの、そして僕の恨みを買うという事だ」

「あっ、そう来るの……それはちょっと予想外だったわ。てっきり得が無いっていう方向で来るかと思ってたのに」

「ああ。それも正しいな。より正確に言うのであれば『得が無いのに恨みを買う』というのがBクラスの損だ」

 

 上位のクラスに喧嘩を吹っかけて恨みを買う覚悟で設備を奪い取るというのなら理解できる。

 しかし今回のように得る物が何もないのに恨みを買うというのは明確な損と言えるだろう。

 

「ん~、言い分は理解した。でも、何も得る物が無いのにハイサヨナラってわけにも行かないでしょう」

「……そもそも貴様たちは何故戦争を仕掛けてきたんだ?

 ああいや、答える必要は無い。僕が答えてやろう。答えは『雪辱を晴らす為』だろう?」

「そこまで読まれてるの……やっぱり只者じゃないわね」

「こんなの明久でもなきゃ分かる事だろ。

 戦争をわざわざ1日遅らせたのは相手に最低限の準備期間を与えるため。

 Fクラスっぽい無謀な作戦を取ったのは相手をリスペクトしつつも相手の土俵で倒す為。

 雄二の止めに様々なリスクを冒してまで代表の根本が出張ってきたのは代表自身で雪辱を晴らす為。

 ……こうして目的が達成された訳だ。得る物が無かった等とは言わせないぞ」

 

 Bクラスの連中、そして代表の根本。

 彼ら彼女らが身に着けた自信は今後の戦いで強力な武器となるだろう。わざわざ下位クラスに戦争を吹っかける理由としては十分過ぎる代物だ。

 

「……ふぅ。確かにキミの言う通り。重要なものを得られた。

 だ・け・ど、それは私たちが自分で得たものであって、キミ達のクラスがわざわざくれたものじゃないよね?」

「得る物があったならそれで十分だろうに。この欲張りめ」

「そーよ。私は欲張りなの。設備がランクダウンした場合の損が大きいのはまだキミの方だと思ってるわ。

 さて、何を差し出してくれる?」

「…………チッ、やはり完全に無しというのは無理か。

 じゃ、まずは貴様のクラスに対する許可無き宣戦布告の禁止。期間は今日から3ヶ月」

「当然の事ね。キミの要求を飲まなかった場合の唯一と言って良いBクラスのメリットだもの。

 でも、それだけ?」

「じゃ、クラスとして貸し一つ。これでどうだ?」

「曖昧ねぇ……高く付くかもしれないわよ?」

「構わんさ。高すぎると判断したら突っぱねるだけだ」

「それ、今言って良い事……? まあいいか。

 キミなら約束を違える事はそうそう無いでしょう。取引成立ね」

 

 よし、これで教室と宣戦布告の権利は守られたようだ。

 ちなみに、宣戦布告の権利はもうしばらくしたら夏休みに入る事もあってそこまでそこまで重要ではない。取られないに越したことは無いが。

 重要なのは教室の方。Fクラスの連中はバカだから負けた恨みは確実に代表に向く。そしてそれは指揮が通りにくくなる事を意味する。

 ただでさえFクラスでAクラスに挑むとかいうハンデマッチをやる予定なんだ。不利になる要素は細かいものであっても命取りになる。

 

「合意が得られたようで何よりだ。じゃ、今日は解散って事で」

「ええ。また今度会いましょう」

「……ああ、ちょい待ち。別件で訊きたい事があった」

「ん? 何?」

「……昨日、下校中に何者かに尾行された」

「……えっと、キミが?」

「ああ。その様子だとBクラスではなさそうだな」

「少なくとも私は指示してないわ。代表は……」

 

 視線を投げかけられた根本は首を横に振った。

 

「……だそうよ」

「……そうか。分かった」

「何かされたの?」

「いや、何も。ただ見守られていただけだ」

「……不気味な話ね」

「ああ。全くだな」

 

 後で調査……できる類のものなのかこれ?

 まあいい。チャンスがあれば調べられるだけ調べるとしよう。

 

 

 こうして、Bクラスとの2度目の戦争は終わりを迎えた。




「これにて戦争終了! いやー長かったわね」

「1つの戦争としては確かに結構長かったな。ふぅ、疲れた」

「私もメチャクチャ疲れたわよ……壁上りなんてもう2度とやりたくないわ」

「そりゃそうだろうな。好き好んでやるような代物じゃないからこそ奇策足り得る」

「ごもっとも。Fクラスは次はどんな奇策を立てるのかしらね」

「さぁ? 作戦立てるのは雄二の仕事だからな」


「それでは、次回もお楽しみに!」


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素直な気持ちを

「……負けちまったな」

「……負けちゃったわね」

「……あんだけ頑張ってたのにな」

「……ええ」

 

 戦争が終わって、大して点数の減ってなかったオレは屋上でふて寝していた。

 同じような理由で島田さんもやってきたらしい。2人で屋上の出入り口の屋根の上でぼんやりと寝そべっている。

 

「……ごめんなさい。伊織にも協力してもらったのに」

「今回勝てなかったのは主に代表のせいだろう? あんたが謝る事じゃないさ。

 それに、目的は勝つ事じゃなくて活躍して恩を売る事……あ、そうだ」

「どうしたの?」

「……ちょっと親にメール。ふて寝してるから遅くなる。夕食は要るから食い尽くさずにちゃんととっといてくれって」

「どれだけここに居る気なのよ……」

「さぁな。気が晴れるまでだな」

 

 えっと、文面は……こんな感じでいいか。これで送信っと。

 メールを送った事に気づかれないと困るので電話して携帯を鳴らして……3回ほど音が鳴った辺りで繋がった。

 

『もしもし、一体何の用……』

「メール送った。じゃ」ブツッ

 

 これで確実に届いたな。

 

「さてと、何の話だっけか?」

「えっと……負けちゃった話?」

「ああ、そうだった。あんたは頑張ったんだから十分だろ?」

「そうかもしれないけど……アキ達は許してくれるかな」

「そんなの分からんけど、反省の意を目に分かる方法で示したのが大事って事だよ。

 これでダメならもうダメだ」

「そんなぁ……」

「…………」

 

 

 

プルルルル プルルルル

 

 

「おっと、オレか」

 

 突然鳴り出した携帯を開き、表示された名前を確認したら切断ボタンを押した。

 お~、意外と早かったな。

 

「どうしたの切っちゃって」

「非通知。怪しいから取らない」

「非通知? 珍しいわね」

「え~、で、話の続きだ。

 頑張って成績を高める事で恩を売る事で合宿の件を謝罪する取っ掛かりを作るというのが今回の作戦だったわけだが……実はもっと簡単かつ単純な方法がある」

「えっ、そんな方法があるの!?」

「あんたも知ってる方法だぞ? 小細工せずに直接謝るってだけだ」

「それができなかったから悩んでるんでしょ!?」

「勿論分かってるよ。でもな、今回の小細工が成功していようがいまいが最終的に謝らなきゃならん事に変わりは無いんだぞ?

 あくまでもハードルを下げてるだけだ」

「それは……そうなんだけど……」

「ほれ、謝る練習! オレを吉井だと思って謝ってみろ」

「ええええっ!? な、何でそんな事をウチが……」

「練習ですら謝れない奴に本番成功するわけが無いだろう。ほれ、やってみろ!」

「ええ……う、ウチが……その…………さい」

「聞こえない! もっと大きな声で!」

「う、ウチが悪かったです! ごめんなさい!!」

「おーけーおーけー。じゃあ吉井の名前を前に付けてもう1回!」

「ぐっ……あ、アキ! ごめんなさい! ウチが悪かったです!!」

「なんだ、ちゃんと言えるじゃんか」

「……ええ。ちゃんと勇気を出せば言えるのね。ありがとう、伊織」

「よし、じゃあすぐ下に居る本人に向かってもう1回」

「うん! …………えっ?」

 

 オレの放った台詞のある部分に強く反応した島田さんは顔を青ざめさせながら今居る場所の下の方、屋上の出入り口を見下ろした。

 そこに居るのは5人の人影。

 

「み、美波……その……何て言えば良いのかな。こういう時」

「アキィィィィィィィイイイイイ!?!?」

 

 そう、オレが先ほどメールで呼んだ代表とその愉快な手下たちである。

 屋上に辿り着いた時点で電話を鳴らしてほしいとも書いておいたので少し前から居た事も述べておこう。

 

「島田よ、お主どれだけ不器用なのじゃ……」

「…………今更な話だ。あれくらいの事は気にしていない」

「島田の数学の点数がかなり延びてた理由、察しは着いてたがようやく確信が持てた。努力は認めるけど伝わらんと意味が無いだろ」

「雄二の言う通りだな。Fクラス所属なんだからバカ正直に正面突破するくらいで丁度良いだろうに」

 

 概ね肯定的に捉えられているようだな。良かった良かった。

 

「い、伊織っ!! どどどういう事なのよ!!」

「ちょ、ま、す、ストップ!」

 

 胸ぐらを掴んで頭をガクガク揺さぶられる。ちょっと、辛いから止めて。

 そんな願いが通じたのか、単に疲れたのか、揺さぶりはしばらくしたら止まった。

 

「うっぷ……良かったじゃないか。ちゃんと謝罪の意志を伝えられたぞ」

「そうかもしれないけど! そうなんだけど!!」

「なら良いじゃないか」

「うぅぅぅぅぅぅ……」

「あとやるべき事は1つ。全員に、ちゃんと謝る事」

「……それ、やんなきゃダメ?」

「ダメに決まってるだろ。さぁ、逃げ道は塞いでやった。腹を括れ」

「………………分かったわ……」

 

 梯子を使って屋上の屋根の上から屋上へと降りる。

 そのまま代表たちの前まで歩みを進めて、頭を下げた。

 

「アキ、坂本、空凪、木下、土屋……合宿の時は本当にごめんなさい。

 許してほしい……っていうのはウチから言える事じゃないよね。

 これからは気をつける。ごめんなさい」

 

 練習の時以上にちゃんと言えたじゃないか。後は代表たちの反応だけど……さっきの様子だと問題ないだろ。

 

「……美波」

「アキ……」

「僕は……いや、僕達はもう怒ってないよ。

 そりゃまぁ、最初に捕まった時は何でこんな事をするんだって思ったし、信じてくれなくて悲しかったよ。

 でも、美波はこうやって謝ってくれた。心の底から謝ってくれた。だから僕はまた美波を信じられる。

 それにさ、よく分からないけど挽回しようとして勉強も頑張ったんだよね? えっと……雄二?」

「ああ。島田の数学1Aの点数は100点以上延びてやがる。それがどれだけ大変な事かは説明するまでも無い事だな」

「そういうコト。だからこの話はもうお終い! 明日からはいつも通り。それでいいよね!」

 

 吉井が振り返って皆に向かって呼びかける。

 代表は少し微笑んだような表情で頷き、

 副代表は眠たそうに頷き、

 木下は笑顔で頷き、

 土屋は無言で頷いた。

 

「アキ……皆……ありがとう!」

 

 これにて、一件落着だな。

 ああ、慣れない事するもんじゃないな。すっげー疲れた。

 本当に帰るのが遅れるくらいふて寝してやろうかな。

 

 

 

 

 

「……ところで1つ気になったんだが……」

 

 ん? 何か副代表が何か言い出した。

 

「……この件、姫路も協力してたって聞いたんだが……あいつは呼ばなくてよかったのか?」

「…………あ」

 

 

 

 

 

 後に、ここでの出来事を聞いた姫路さんが嬉しそうにしながらもどこか膨れっ面だったとかそうでなかったとか……




「以上! 『2人の策士編』終了!!
 ……ところで、この2人って誰の事なの?」

「ん~……リメイク前は確か貴様と僕の事だったと思うんだが……
 今回の話では貴様と宮霧の事だろうな。今回の主役だったし」

「まぁ、確かに。そうかんがえてみるとピッタリなタイトルね」

「ああ。本章の執筆開始時は貴様たち2人の視点で回そうと試みていたくらいだからな。
 ……それだとFクラス側の描写が圧倒的に不足するんで不可能だったが」

「結局うちの代表の視点もキミの代表の視点もあったもんね。いつもよりも視点が多かった気がするわ」

「かもな。
 さて、次の話でもするか」

「次の章って何だっけ?」

「僕の義姉になるかもしれない人の話だ」

「…………そんな人居たっけ……?
 ……あ、優子さんの事か」

「いや、小野寺ではないぞ」

「んな事は分かってるわよ!! 木下さんの事よ!!」

「はっはっはっ。だがどっちの優子でも無いぞ」

「えっ、違うの? ほかに該当者って居たっけ?」

「ああ。うちの姉と秀吉が結婚した上で木下優子と明久が結婚すればな」

「…………ああ、吉井くんのお姉さんの話ね」

「そういうコトだ。まぁ、気が向いたら短編を挟んだりするかもしれんが……あんまり期待しないでくれ」

「プール編とか、そろそろやらないとタイミングを逃しそうね。やらなきゃならない義務があるわけじゃないけど」

「3.5巻に限らず原作の小数点の巻の話も上手くやれば挟めるかもしれないし挟めないかもしれない。
 オリジナルの話を作る事も不可能ではない……はず。
 リメイク前は実際そうだったし」

「……リメイク前、どんなの話だっけ?」

「僕と木下優子が語らう話と木下優子が明久に告白する話だ。
 本作の場合、ぶっちゃけやる必要が無い」

「……ああ、なるほど」

「代わりに何かするかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「とにかく、筆者さん次第って事ね」

「そうだな」


「それでは、また次回お会いしましょう!」


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第6章 吊り橋を駆ける恋愛心理
兄と姉の休日編 プロローグ


 ある休日、午前9時より少し前。

 僕は本屋の前に居た。

 

 今日は素晴らしい日だ。人気のコミックが一度に大量に出る!!

 ある平凡な少女が好きだけど、6人の女神様に言い寄られるせいで上手く行かない少年の物語、ドタバタラブコメディーの傑作、『恋して!? 女神様!!』

 天使と少年少女が手を取り合い、悪しき神へと挑むアニメのコミカライズ、学園コメディーの傑作、『God Beats!!』

 第二次世界大戦時の米軍の軍艦や戦車を萌え擬人化し、日本軍やドイツ軍を圧倒的物量で蹴散らすゲームのコミカライズ版、萌えミリタリーの傑作、『米帝これくしょん』

 『大富豪』が囲碁や将棋並にメジャーな競技になった世界で、妹と和解する為に仲間とともにインターハイを勝ち上がる、超能りょ……本格大富豪バトルの傑作、『照-Teru-』

 デスゲームの黒幕をやっているはずなのに参加者が予想以上にぶっ飛んでいるせいで発生する様々なハプニングに翻弄される、デスゲームものと分類して良いのかも怪しい傑作、『彼女は勝利を確信した』

 アイドルの女子とゲーマーの男子が悪魔や天使に翻弄されながらも互いに手を取り合い生き残る道を模索する、ラブコメ風でありながらミステリーな傑作、『イリスの歌姫』

 

「フフフ、一度に6冊も発売されるなんて……なんと素晴らしい日だ!

 フハハハ、フハハハハハハ!!!」

 

『ママー、あのひとわらってるよ~。たのしそうだよ~』

『シッ、見ちゃいけません!』

 

 ハッ、これだから素人は。この僕の喜びが理解できないとは。

 まぁいい。あの程度の脇役を気にする必要など無い。注意すべきなのは最速のタイミングで店に入り最速でブツを確保するという事だけだ。

 

 

 時計の、針が、進む。

 そして、今日という日が始まってから時計の秒針が540周したその瞬間……

 僕は駆け出していた。

 そして……

 

ガンッ!

 

「いてっ!」

 

 そ、そんなバカな。午前9時開店の店で午前9時に開かないなどという横暴が許されるというのか……!?

 この世の大いなる矛盾に呆然としている僕の目の前で、ようやく自動ドアが開いた。

 

「らっしゃーせー。あれ、お客さん大丈夫ですか?」

「……ククッ。ノープロブレムだ」

「そ、そっすか」

 

 どうやらこの店員が使っている時計はほんの数秒遅れているようだな。

 本来なら店に火を放つレベルの大問題なのだが、ここは寛大な心で許してやろうじゃないか。

 今はそんなどうでも良い事より大事な事……新発売の商品を確保するという重大な使命が僕を待っている。

 いざ、突入!!

 

 

 まず1つ、確保! 2つ目、確保!

 3つ目も4つ目も5つ目も確保! 6つ目……

 僕が手を伸ばし、掴むと同時に別の手が同じ本を掴んだ。

 ここは綱引きで勝負を決する……などという事はしない。本が痛んでしまうからな。どんな手段を取るにしても交渉はほぼ必須。僕の邪魔をしてくれやがった愚かな客の顔を拝んでやるとしよう。

 

「……って何だ。貴様か。木下優子」

「剣くん……奇遇ね。こんな所で会うなんて」

「ああ奇遇だな。それよりその手を離してはくれまいか」

「それはこっちの台詞よ。レディファーストって言葉を知らないのかしら?」

「ハッ、男女平等という言葉を知らんのか。その程度でAクラスを名乗ろうとは片腹痛いな!!」

「そういう言葉があるのは当然知ってるわ。でもその言葉は『男性優先』じゃなくて『平等』よ!

 『平等』の言葉と『女性優先』の言葉が両方あるんなら総合的に見て女性優先であるべきよ!!」

「……さて、茶番はこんなもんにしておくか」

「…………そうね」

 

 相手が顔見知りなのは助かった。どうとでもなるからな。

 

「とりあえずこの本を買う。

 その後2人で別の店に移動して同じ本を買う。これで良いか?」

「……わざわざ2人で行くのって凄く無駄だと思うけど」

「その代わり凄く平等だ。ある意味一番丸く収まる」

「そうかもしれないけど……まあいいわ。そうしましょう」

 

 どちらが本を得るかという不毛な争いを繰り広げるよりはマシである可能性が無きにしも非ずだ。

 

「さて、近くの店は……弥生書店が近いか」

「あそこって10時開店じゃなかったかしら?」

「そうなんだが……他の9時開店の店は遠い。

 幸い、僕も貴様も別の本を買う予定のようだし、暇つぶしには困らんだろう」

「う~ん……アタシは本は家でじっくり読む派なんだけど」

「……まぁ、その内容なら確かに外で読むには向かんか」

「んぐっ! な、ななな何の事かしら!?」

 

 おやおや、適当にカマかけたら面白い反応が見れたな。

 まぁ、そっとしておいてやろう。人間誰しも隠したい事はある。

 

「ま、適当に雑談してりゃ1時間なんざすぐだろう。

 近くの公園にでも行くぞ」

「……ええ。そうしましょうか。

 ……剣くん、この本の事を言いふらしたりでもしやがったらただじゃおかないからね?」

「ハハッ、貸し1つな」

 

 そんな感じで、しばらくの間木下姉と行動を共にする事となった。






「……楽しそうね」

「ああ。すぐに玲さん編に行くのもどうかと思ったんでリメイク前と同じようなシチュエーションで書き進めてみた代物だ。
 序盤の数行はリメイク前のコピペ……を少々手直ししたものだったりする」

「ああ、通りで見たことある気がすると思ったら」

「僕が買おうとしているコミックのうち前4つはほぼコピペ、後ろ2つは加筆分だな。
 え~……ここに駄作者からのメモがある」


  ※
 前4つは当時投稿してた小説(準非公開投稿含む)の原作が元ネタです。
 追加分は現在投稿されている小説のステマ……と言うよりダイマですね。
 それぞれの元ネタは以下の通り(自分で考えたい人向けにあぶり出しにしておきます)

 『God Beats!!』 → 『Angel Beats!!』
 『米帝これくしょん』 → 『艦隊これくしょん』
 『照-Teru-』 → 『咲-Saki-』

 『恋して!? 女神様!!』 → 『恋して!? 神様!!』 → 『神のみぞ知るセカイ』
 (これだけ無駄に一捻り加えてあって連載作品『神のみぞ知るセカイ』の読み切り版タイトル『恋して!? 神様!!』を持ってきています)

 『彼女は勝利を確信した』 → 『超超高校級の78期生』
 (天星作の二次創作 原作:ダンガンロンパ)

 『イリスの歌姫』 → 『もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら』
 (天星作の二次創作 原作:神のみぞ知るセカイ)

 (追加分2作は内容から適当にタイトルを付けてます)


「……以上だそうだ。読者の皆さんは果たしていくつ分かっただろうか?」

「確かリメイク前の時点の感想だと恋神が分かり辛かったって反応が多かったわね。『ああっ、女神様!』と誤認したとか」

「恋神以外の既存分はタイトルが似てるからそこそこ分かったんじゃないかと思う。
 追加分についても読んでいたら間違いなく分かるタイトルにしたとの事だ」

「読んでなかったらまず分からないでしょうけどね……」

「イリスの歌姫の方は結構な長編なんで読破は面倒だが、確信の方は比較的短い。
 原作のネタバレから入るんで原作未プレイ者にはお勧めできない……と言うか読ませたくないが……そうじゃないなら是非とも読んでみて欲しいとの事だ」


「では、次回もお楽しみに!」


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01 姉と姉の出会い

 木下姉と行動を共にして、早速問題が発生した。

 

「……ずいぶんとヒマそうだな」

「そりゃあねぇ。アタシは暇つぶしの道具なんて何一つ持ってきてないし、誰かさんはアタシを無視してマンガを読んでるもの」

「……お前も読んでみるか?」

「それ、全部途中からでしょ?」

「それでも暇つぶしにはなるとは思うが……言いたいことは分かるな」

 

 どうやら僕が1人だけ楽しそうにしているのが不満らしい。

 まぁ……そうだな。せっかくだから木下姉との会話を楽しんでみるとしようか。そんな機会は普段無いしな。

 

「ようようそこのカワイ娘ちゃん。一緒にオチャしない?」

「何でナンパ風なのよ。普通に話しなさいよ」

「ハハッ、僕のウィットの富んだジョークという奴だ。さて何話す? 年頃のJKの会話と言えば常識的に考えてやはりアレか。恋バナ」

「……どこら辺の地方の常識なのかは置いておくとしましょう。恋バナとはちょっとズレてるけど、訊きたかった事があるのを思い出したわ」

「ほぅ? 答えられる範囲で答えてやる」

「うちの愚弟と、光の事よ」

「ああ、なるほど。確かに恋バナのようなそうでないような内容だな」

 

 確か木下姉には如月ハイランドで話したっけな。うちの妹が秀吉に恋してるって話を。

 あの時の反応から察するに木下姉は全く気付いてなかったようだ。経緯を知らないのなら疑問に思うのも納得だ。

 

「あの光があの愚弟のどこに惹かれたのか、凄く気になるわ」

「ん~、秀吉本人にはナイショな。それで良いなら教えてやろう」

「ええ、是非とも聞かせて頂戴」

「良かろう。発端は……去年の頭から。貴様らが1年Aクラスに入った時からだ」

 

 ……そうだな、光視点で語ってもらうのが分かりやすいだろうな。

 

 

  ~~~~~~~~~~

 

 

  ……1年前 四月頃……

 

 私の名前は空凪光。今日からこの文月学園の1年Aクラスだ。

 この学園の名物は召喚獣を使ったクラス争奪戦。だけど、それが行えるのは2年からなので1年の教室は普通に平等な作りになっている。

 私がAクラスに選ばれたのも成績とかではなく単なる運の問題……いや、設備が平等なんだから運が良いも悪いも無いけども。

 ちなみに兄さんはDクラスらしい。兄弟姉妹は別クラスにするという妥当な判断によるものだろう。

 

 

 

「皆さん初めまして。このクラスの担任の『高橋洋子』です。

 これから1年間、よろしくお願いします」

 

 教室の適当な空いている席に座ってぼんやりしていたら担任の先生が入ってきた。

 何となく真面目な先生に見える。熱血教師って程じゃないけど普通に良い感じの先生に見えた。

 

 

  ~~~~~~~~~~

 

 

「……あの、剣くん? 素朴な疑問があるんだけど」

「どうした? まだ全然本題に入ってないが」

「光と秀吉の話のはずよね? ここまで遡る意味ってあるの?」

「無論、大ありだ。あの2人の関係を語る上で欠かせない出会いがあったからな」

「出会い……?」

「ああ。続けるぞ」

 

 

  ~~~~~~~~~~

 

 

 新しいクラスという事でまずは定番の自己紹介が始まった。特に捻った事はせずに端から順番に行っている。

 私は最後の方ね。何を話すかじっくり考えましょうか。

 ん~……兄さんが持ってたゲームを見習って趣味は音楽鑑賞でクラシックをよく聞きますとでも言っておこうかしら?

 ……止めときましょう。本気にされたら困るしネタだと通じてもそれはそれで面倒な事になるから。

 半数以上は今日が初対面なんだし、とことん真面目にやろうかしら? でもちょっとネタにも走ってみたい気も……

 

「……あの、ちょっといい?」

「……あ、私? 何か?」

「そろそろ貴女の番だけど、大丈夫?」

「ん? ……あら、もう私の番か。ありがとね。えっと……」

「木下よ。木下優子」

「ありがと、木下さん。私の名前は……まぁ、すぐに分かるわ」

 

 その後、私は至って普通に自己紹介を終えた。

 なにはともあれ、これが私と、私の隣の席の女子。木下優子さんとの出会いだった。

 

 

  ~~~~~~~~~~

 

 

「出会いってアタシの事なの!?」

「ああ。単純に貴様が秀吉の姉だから……というだけでなく奴と秀吉の関係において貴様は極めて重要な役割を担っている」

「い、一体どういう事……?」

「まぁ焦るな。続いて奴と秀吉の出会いについて語っていくぞ」






「という訳で至って普通な2人の出会いだ」

「普通ね……バカテス世界では異常な光景ね」

「全くだな。まぁ、木下姉もうちの姉も常識人への擬態が上手いからな」

「擬態……う~ん……」

「……当時は割とまともだったけどこの学園で1年過ごして染まったという説が無きにしも非ず」

「……もしそれが正しいならこの学校って狂人生成装置なのでは……」

「そういう説もあるな」

「……私も染まらないうちに逃げた方が良いかしら?」

「…………え?」

「…………え?

 そ、それでは次回もお楽しみに!」


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02 姉と弟の出会い

 私が文月学園に入学して数日が経過した。

 この時期になると『いつものメンバー』と呼べるグループが固まってくる頃だ。

 私の場合は……基本的には一匹狼だったけどね。一応隣の席の木下さんとたまに話すくらい。

 兄さんもどうせ同じだろうと高を括っていたらどうやら賑やかな連中とつるんでいるらしい。いい年して中二病のクセに。

 

 

 

「……あら?」

 

 そんな変哲の無い日々を過ごしていた私は、奇妙な光景を見つけた。

 

 隣の席の木下さんが、何故か男子の制服を着て廊下を歩いている光景を。

 

 錯覚を疑って目をゴシゴシ擦って、夢である事を疑って頬を抓ってみたりしたけどそれでも見える光景は変わらない。

 一体何事だろうか? 良く分からないが面白そうな事が起こってるようだ。

 このまま観察しても良かったけど、せっかくだから声をかけてみることにした。

 

「木下さん!」

「む? ワシか? 何じゃ?」

 

 口調が木下さんと完全に異なってる。これは……なるほど。そういう事ね。

 

「あれ? 木下優子さんじゃないの?」

「姉上に用事じゃったか。ワシは弟の木下秀吉じゃよ」

「なるほど、弟さんだったのね。呼び止めてごめんなさい。じゃあね」

「うむ。ではの」

 

 

 

 

 なるほどねぇ。木下さんには弟が居る……と。

 あの外見で妹じゃなくて弟だって言い張る事にも業の深さを感じるわ。しかもわざわざ男子の制服まで用意して。

 いや、ホントビックリだったわ。

 

 

 

 木下さんにまさか男装趣味があったなんて……

 

 

  ~~~~~~~~~~

 

 

「ちょっと待ちなさい! どういう事よ!?」

「今話した通りだが」

「いやいや、どうしてそうなるのよ!?

 何でアタシが『自分の事を弟だと言い張って男装する痛い人』みたいになってるのよ!?」

「そりゃあ……アレだ。秀吉が『弟』だという事が信じられなかったんだろう」

「……そこだけは納得できる、できるけど!!」

「ともかく、この光の勘違いこそが全ての始まりだった。

 さて、続けるぞ」

 

 

  ~~~~~~~~~~

 

 

 私が木下さんの男装を目撃した翌日。

 

「木下さん!」

「え、空凪さん? どうしたの?」

「木下さんって双子の弟が居たのね。昨日会ったわ」

「あ~、そう。あいつまた変な事してなかったでしょうね?」

「ううん、これっぽっちも」

 

 女子が男装してるのは十分変な事だけど、双子の弟という設定の秀吉くんが男子の恰好をしている分には全く変じゃない。

 にしても私と会ってた時の事をあたかも会っていなかったかのように心配をするなんて、なかなかの演技力ね。

 ……いや、私目線から不自然な事が無かったか確認したかったのかも。そういう事なら協力してあげましょうか。

 

「木下さんにそっくりだからビックリしたよ。秀吉くんって何クラスなの?」

「クラス……ちょっと覚えてないわ。お互いのクラスなんて分かってなくても問題ないし、万が一の時は携帯で呼べば良いから」

「なるほど……」

 

 ここでクラスを明言しちゃうと確認したらアッサリと嘘がバレちゃうから誤魔化すのは賛成だ。

 やや苦しい言い訳な気がしないでもないけど……一応筋は通ってるかな。

 

「それじゃあ……部活とかは入ってるの?」

「……さっきからどうしたの? まさか秀吉の事が……」

「好きかって? ハハッ、無い無い」

「そう? じゃあ何で……まあいいわ。多分だけど秀吉は演劇部に居るわ」

 

 あら? 誤魔化されるかと思ったけどアッサリと教えてくれた。

 

「って事は木下さん……優子さんは……」

「アタシは帰宅部よ。姉弟仲良く演劇するような仲でも無いし」

「……でしょうねぇ」

 

 なるほど。朝から昼は優子さんで学校生活をして、放課後は秀吉くんで演劇するのが基本ってわけね。

 

「という事は放課後に演劇部に行けば『秀吉くん』に会えると」

「ええ。そうよ。

 ……本当に何があったの? 何かやらかしたんならアタシからキツく言っておくけど」

「いやいや、本当に何にも無かったよ。じゃあね~」

「…………何だか、凄く不安だわ」

 

 

 

 

 

 

 それからの私は『秀吉くん』を見物する為にちょくちょく演劇部に顔を出すようになった。

 

「やっほ~。秀吉くん居ますか~?」

「む? お主は昨日の……ワシに何か用かのぅ?」

「まぁ、そうね。ちょっとキミに興味があってね」

「……どういう意味じゃ?」

「ま、気にしないで。単なる見学希望者だと思ってもらえばいいわ」

「そうであったか。そういう事であれば部長に挨拶しておくと良いじゃろう。

 部長! 見学希望者じゃ!」

 

 秀吉くんが黒づくめの怪しい人に声をかけた。この人が、部長?

 

「ククク、ようこそ我が演劇部へ。我こそが、部長だ!」

「…………あっ、ど、どうも」

 

 中二病だろうか? 兄さんの同類がこんな所に居たとは驚きである。

 

「ちなみに部長は2年生じゃ」

「え? 3年の先輩は?」

「みな演劇に打ち込み過ぎて2年連続でFクラスになってしまったらしくてのぅ。

 勉強の時間を確保する為に役職には就けないというルールがあるそうじゃ」

「ふ~ん」

 

 部活に学力はあんまり関係ないと思ってたけど、劣悪過ぎる成績だとそういう事もあるのね。

 って言うか、そういう劣等生だらけの部活って大丈夫なの? 裏でタバコとか飲酒とかの犯罪をやってないでしょうね?

 

「ククク……入部希望者は大歓迎だ。そして、見学希望者もまた同じだ!

 案内してやりたい所ではあるが、我が演劇部は人手不足でな。自由に見ていってくれ」

「あ、はい。分かりました」

 

 そういう事であれば自由にうろつかせてもらおう。

 さて、何か面白いものは……

 

「ククク、我が部員木下よ! この重そうな机を運んでくれたまえ!」

「重そうな机とは……確かに重そうじゃな。うむ、任せるのじゃ」

「いやいやちょっと待ちなさい」

 

 秀吉くんと部長の会話を聞いて振り返るとかなり重たそうな机が見えた。

 男子ならともかく、女子に運ばせるのは厳しいんじゃないだろうか?

 ……いや、秀吉くんは自称男子だからある意味正しい対応なのか。だけど放っておくわけにもいかない。

 

「これを1人で運べっていうのはちょっと無茶じゃないの? 私も手伝うわ」

「む? 見学中の客人に手伝わせるのもあまり良くないと思うのじゃが……」

「ククク、構わん。手伝いたいなら好きにすれば良い。何故なら、我が『自由にしろ』と言ったのだからな!!」

「そういう事だから運びましょ。どこまで運ぶの?」

「うむ、えっとじゃな……」

 

 

 

 

 ……なお、この時の私たちは脳内でこんな事を考えていた。

 

(こういう無茶ぶりは上手く断れば良いのに。木下さんって結構不器用?)

(こう見えてもワシは結構鍛えておるからこれくらいの机は普通に何とかなるのじゃが……厚意を無下にするわけにもいかぬか。

 しかし、もう少し体形が変わってくれれば男に見てもらいやすくなるんじゃがの……)

 

 

  ~~~~~~~~~~

 

 

「絶妙にすれ違ってるのね……」

「うちの愚かな姉さんには『別人であると疑う』という発想は最初から持ち合わせていなかったからな。

 細かい異常は適当に処理されてしまっていたようだな。机を運べるくらい力持ちな女子くらいなら普通に居るし。光とか」

「確かにそうね。そう考えれば秀吉が秀吉だと疑えないのも無理は無いのかしら」

「ああ。男子更衣室や男子トイレに躊躇いなく入る姿を見てもなお疑えないのはどうかと思うがな」

「そんな事まであったの!?

 ……って言うか、何で剣くんがそこまで知ってるの? 光がわざわざ話すとは到底思えないんだけど」

「この辺は演劇部の部長から聞いた。部長が見てない場所ではもっと色々あったかもな」

「そ、そう……」

 

 剣くんの人脈は謎めいている。同じ部活でもない一つ上の先輩とどうやってそこまで仲良くなったのだろうか?

 

「……でも、ここまでの話だと光が秀吉を好きになる場面なんて無かったわよね?」

「ああ。貴様がやたらと男装に固執するイタい奴だという認識が積み上げられていっているだけだな」

「そんな風に思われていたなんて知りたくなかったわよ……」

「ククッ、恋愛感情ってのは面白いものでな。たった1つのイベントで全てがひっくり返る事があり得る。

 下地はだいたい語り終わった。次は決定的なイベントについて語るとしようか」






「……キミの妹、ちょっと天然?」

「この学校にまだ染まり切っていなかった頃の話だしな……
 秀吉と初遭遇したのが2年になってからだったらきっと不条理に慣れ切っていたから看破しただろう」

「……そうよね。秀吉くんは人格は割と常識人だけど外見は文月学園の生徒に相応しいぶっ飛び方をしてるもんね」

「誰も悪いわけじゃないんだが……うちの姉は秀吉に騙されたという訳だな」

「秀吉くんが悪いわけでは……無いのよね」

「ああ」

「あ、そう言えば現部長が当時も部長だったのね」

「演劇部の部長は『部長』で通ってるからな。『当時は部長じゃなかった現部長』とするか『当時も理由があって部長だった』とするかはそれなりに迷ったようだが、説明の手間はほぼ同じと判断して面白い方にしたそうだ」

「連続でFクラスだと役職に就けない……本当にあってもおかしくないルールね。
 あれ? でもあの部長は成績的に大丈夫なの?」

「あんなアホっぽい言動をしているが、奴はAクラスの幹部級だぞ? 小暮先輩と同格の一歩手前くらいの」

「ええええっ!? そんな設定があったの!?」

「四天王の中でも最弱くらいのポジションだな。
 リメイク前の最終章中盤くらいの後書きで生えてきたネタ設定を引き継いでいる形だ」

「…………ああ、あったわね。そんなの」

「本作でその設定が活かされるかは不明だが……とりあえず部長を務めるには十分な学力である事は明言しておこう」


「では、明日もお楽しみに!」


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03 兄と姉が出会っていた頃に

 ある日の帰り道、私は急いでいた。

 

「今日はスーパーのタイムセールがあるっていうのに、どうしてこういう日に限って授業が長引くかなぁ!

 仕方ない、ショートカット使うか」

 

 壁をぶった切って一直線に進めば時短ができる! 完璧なアイディアだ。

 ……というのは冗談だ。流石に露断(刀)も無しにそんな事はできない。路地裏を使った至って普通なショートカットを試みる。

 あんまり治安が良くない場所なんでちょっと面倒なんだけど……背に腹は代えられない。

 

 

 路地裏に入ると不良っぽい連中が屯してるのが見えた。しかし迂回する暇など無い。気にせず隣を突っ切る。

 私が不良とすれ違った瞬間、ぶつかってもない不良が大きく仰け反った。

 

「うぉおお! 肩が複雑骨折しちまったぜ!!」

「おい嬢ちゃん、このオトシマエどう付けてくれるんや!」

「知るか」

 

 雑な当たり屋を無視して突っ切ろうとするけど前方からゾロゾロと不良が湧いて出てきた。

 物理的に塞がれてしまうと流石の私でも突破は不可能だ。敵を倒さない限りは。

 

「ヘッヘッヘッ、いずれメジャーリーグの天辺を獲っていたはずのオレ様の右肩の代償は大きいぜ……!」

「複雑骨折した割には元気そうね」

「うるせぇ! そんじゃあまずは何をしてもらうか……」

 

 私、急いでるんだけどな。

 この私の時間を奪うという行為は万死に値する。サッサと殺ってしまうとしようか。いやまぁ殺しはしないけど。

 とりあえず肋骨を2~3本ずつへし折って四肢の関節をはずしておこうか。そう考えて一歩踏み出した所で聞き覚えのある声が響いた。

 

「お前たち、そこで何をしている!!」

 

 聞き覚えのある野太い声。これは補習担当の西村先生の声だ!

 くっ、どうしてこんな所に。あの先生に見られると過剰防衛がバレる。肋骨をへし折るのは我慢するしか……あれ?

 声のした方に視線を向けるとあの筋骨隆々の大男なんて居なかった。しかしその代わりにある人物が居た。

 

「……秀吉くん、何やってるの?」

「…………えっ」

 

 秀吉くん……と言うか木下さんは呆けた顔をしている。

 にしても声真似が上手いわね。いつもやってるだけの事はあるわ。

 

「ちょっ、空凪よ。ここは冷静にツッコミを入れる場面ではなく隙を突いて逃げる場面であろう!」

「あ~……一応助けようとしてくれたのね」

 

 完全に余計なお世話だけど……と心の中でつけ足しておく。

 

「オウオウ、こっちもカワイイ娘じゃねぇか。トモダチの責任は取ってもらうぜぇ!」

「くっ、寄るでない! それにワシは男じゃ!」

「はっはっはっ、ジョーダンキツイぜ。お前みてぇな男が居る訳が無ぇだろ!」

「……そんな事より! ワシが警察を呼ぶ前にさっさと失せるのじゃ!」

 

 木下さん、こんな時でも男子として、私を助けるように振る舞うのね。

 あらあら、震えちゃってるじゃない。無理しなくて良いのに。

 

「サツを呼ぶ前にって事はまだ呼んでないって事だな。じゃあ呼べないようにしてやるぜぇ!」

「だ、誰か助けムギュッ」

「助けなんて呼ばせねぇよバーカ!」

 

 ……ホント、バカね。

 もういいわ。他人が襲われてるのを見守る趣味は無いし、西村先生も居ないなら遠慮する必要は皆無だから。

 手近な不良の肋骨を適当にへし折らせてもらう!

 

「セイッ!」

「げぶぁっ!! な、何だ!?」

「次っ!」

「ぎゃふぁっ!!」

「まだまだ!!」

「ふげはっ!!」

「な、何だこの女!! に、逃げろ!!」

 

 私からの攻撃を受けた不良たちはその場で崩れ落ちてピクピクと痙攣している。

 半数近くを仕留めた時点で残りの連中は一目散に逃げ出した。

 そしてポケットから携帯を取り出して時刻を確認……タイムセールにはギリギリ間に合う……けど木下さんを放置するわけにもいかないか。

 

「きの……秀吉くん。大丈夫?」

「う、うむ……大丈夫じゃよ。

 もしかして、余計なお世話じゃったか?」

「まぁ、そうね。正直言って邪魔だったわ」

「うぐっ、すまぬ……」

「謝る事は無いわ。今回はちょっと状況が特殊だっただけで、誰かを助けたいっていう願い自体はきっと正しいから」

 

 行動した事自体は良い事だと思う。あの十人くらいの不良を見て助けに入る判断を下し、その上で機転を利かせられる人間はそうそう居ないでしょう。

 秀吉くんが本当に男で、私がか弱い女子だったら冗談抜きで恋に落ちてたかもね。どっちも違うから有り得ない話だけど。

 ……そんな話はさておき、その心構えと行動力は素晴らしいけど、内容はいただけない。実際には失敗した挙句に危険な目に遭ってるんだから。

 

「……ねぇ、木下さん」

「む? 何じゃ?」

「こんな目に遭ってまでまだソレ続けるの? そろそろ潮時なんじゃない?」

「…………? 何の話じゃ?」

 

 男装を止めろと遠まわしに告げてみたんだけど……どうやら伝わらなかったらしい。

 こうなったらハッキリと言ってやるしか無いか。

 そう思って口を開きかけたその時、よく耳になじんだ声が届いてきた。

 

『お~い秀吉~! 何処に居る~?』

 

 その声は兄さんの声だった。

 ……あれ? 兄さんも『秀吉くん』の事を知っているのかしら?

 

「剣の声じゃな。ワシはここじゃよ!」

 

 秀吉くんが叫んで数秒後、兄さんが姿を現わす。

 

「やっと見つけた。少し目を離した隙に僕を放置するとは、貴様はどこで道草を貪っていたんだ」

「別に貪ってはいないのじゃがのぅ。一応人助け……のような事をしておったのじゃよ」

「人助け……ん? そこに居るのは光じゃないか。コイツに助けが必要だったのか?」

「いや、全く必要無かったのぅ」

 

 ……どうやらかなり仲が良いらしい。しかしそれはおかしい。

 『秀吉くん』がこの世に存在している時間は演劇部の活動時間だけのはずだ。そして最近はずっと私が居た。

 兄さんはいつの間に仲良くなれたと言うのだろうか?

 

「……ま、こんな路地裏に入って無事だったなら何よりだ。貴様の姉が探していたぞ」

「姉上が? ワシを?」

 

 …………うん?

 

「お~い木下姉! 見つかったぞ~!」

 

 …………あ、あれ?

 

「こんな所に居たのね。探したわよ秀吉!」

「わざわざどうしたのじゃ?」

「演劇部の更衣室に財布を忘れていったでしょ? あの個性的な部長さんから届けるように頼まれたのよ」

「そうじゃったか。わざわざ探さずとも家で渡してくれれば良かったように思うのじゃが……」

「貴様、鍵も忘れていったそうじゃないか。家に帰ってまた学校に引き返して、その時に入れ違いになったら面倒だろ。

 メチャクチャ注意深く貴様の事を探していたから僕が心配になって声をかけるレベルだったぞ」

「なんとそこまで……姉上、感謝するのじゃ」

「べ、別にそこまでしっかり探してた訳じゃないわよ。見つかれば良いなってくらいで」

 

 …………お、おかしい。

 『秀吉くん』と『木下さん』が同時に存在している。有り得ない。矛盾している。

 

「ふむぅ……ところで姉上は剣と知り合いじゃったのか?」

「ついさっきそこで会ったばかりよ」

「僕が貴様と間違えて声をかけた。顔を合わせたら視点移動の癖が違ったんで別人だとすぐに分かったな」

「何でそんなものが見えてるのよあなたは」

 

 お、落ち着け空凪光。こういう時はKOOLになるのよ!

 発想を逆転させてチェス盤をひっくり返す。簡単な事よ!!

 

「んで、秀吉を探してるって事だったから手伝ってやったまでだ。

 と言うかほんの数分前まで一緒に居たわけだしな」

「丁度入れ違いだったようじゃな。ワシはそこの空凪……光じゃったな。彼女が路地裏に入っていくのを見て心配になって様子を見に行ったのじゃよ。

 結果は……ご覧の通りじゃな」

「ククッ、こいつに勝てる人間は鉄人くらい……いや、鉄人は人外だから人間じゃないか。こいつに勝てる人間など居ない!」

「鉄人って西村先生の事だっけ? 確かに人間離れした外見だけど人外扱いはどうなの……?」

 

 2人が同時に存在しているという事実は私の知っている知識と矛盾している。

 つまりどちらかが誤りである。

 前者が正しい事は、目の前の現実が証明している。つまり間違っていたのは私の方。

 ……なるほど、私が立てた前提が誤っていたって事ね。秀吉くんは木下さんの男装姿なんかではなくただの男の娘である、と。

 あ、あはははは、あははははははははは…………

 

「さて……ん? どうした光。さっきから黙り込んで」

「ごめんなさい、ちょっと急用ができたから先に帰るわ。それじゃ!!」

 

 

「……どうしたんだあいつは。

 そう言えば秀吉、うちの妹と知り合いだったんだな」

「うむ、やはりお主の妹じゃったか。珍しい苗字じゃったから恐らくそうだとは思っておったが。

 数日前から演劇部の仕事を手伝ってもらっとるのじゃよ」

「奴が部活だと? ホントかそれ?」

「何故だか正式な部員にはなっておらんのぅ」

「……空凪さん、まさか本当に秀吉の事が好きなんじゃないの?」

「う~む……そういう雰囲気では無かった気がするのぅ。温かく見守っているようなそんな視線を感じたのじゃ」

「ふむ……気にはなるが……本人が居ない場所で議論してもしょうがない。とりあえずこんな薄暗い場所からはおさらばするとしようか」

「そうじゃな」「それもそうね」






「秀吉くんの声帯模写が……役に立ってなかったわね」

「リメイク前は秀吉が普通に叫んでいたが、良く考えたら秀吉ならこんくらいの機転は利かせられるよなと。
 原作の過去編でもやってたし」

「確かにやってたわね……」

「今回の秀吉の一番のミスは襲う側と襲われる側を誤認したという事だな」

「光さんは襲う側なのね……」

「ああ。光だからな。
 ちなみにだが、肋骨をへし折られた不良の悲鳴は想像で書いている、と言うか捏造している。。呼吸すら苦しくなりそうなんでまともに発音できるかはかなり怪しい」

「……って言うか、死なないでしょうね? 不良。
 殺人者が出るのはちょっとどうかと思うんですけど」

「折れた肋骨が肺やその他臓器を貫通すれば出血多量で普通に死ぬと思うが……あくまでも軽く折ってるだけだから大丈夫だろう。きっと。
 ほら、漫画とかでも『アバラが2~3本折れちまった!』って表現良く見るし」

「本当に良く見る表現かしらそれ……?」

「……具体的にどこで見たか考えると意外と挙げられないもんだな。単なる筆者の経験値不足かもしれんが」


「では、明日もお楽しみに!」


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2人の演者

 路地裏を出て安全な場所で解散した所で剣くんの回想は終わった。

 

「とまぁ、こういう事があった訳だ。

 光はその後自分の勘違いに身悶えして夜まで唸っていたな」

「丁度アンタとアタシが初めて会った頃の話だったのね。確かにそんな事があった気がするわ。

 でも、それが恋愛のきっかけ? 少し地味な気がするけど?

 不良に襲われてるのをヒーローが救ったって話なら漫画や小説でたまに見るベタな展開だけど、今回の話は助ける側と助けられる側が逆だったじゃない」

「そうでもないさ。貴様の言うそのベタな展開ってのはヒーローの強さに恋をするという訳では……いやまぁ多少はあるかもしれないが、そもそも助けてくれたという行動に対してときめくものだ。

 あいつは無駄に頭が良いからな。結果はともかく行動自体は評価していたよ。

 それに加えて双子の真相が判明した時の精神的ショック、恥ずかしさによる心拍数の増加。ついでに全力ダッシュで家に帰ってたからさらにドキドキしている。

 吊り橋効果と理屈は一緒だな。恋愛を意識し始めるには十分過ぎるくらいだ」

「やたらと科学的な恋愛考察ね……夢の無い話だわ」

 

 吊り橋効果っていうのは恐怖心によるドキドキを恋心と錯覚するという話だ。

 光は恐怖なんて一切感じてなかっただろうけど……それ以外でのドキドキでもちゃんと効果はあるみたいね。

 

「切っ掛けさえあれば自然と恋心は募っていくものだ。

 まぁ、相手があからさまにヤバい奴であれば冷めるかもしれんが……秀吉は少なくとも悪人ではないだろう?」

「…………そうね」

「間があったな。まあいい」

 

 秀吉に対してアタシが持つ印象としてマイナスの印象が無いわけでは無い。と言うかむしろ結構ある。

 ただ、秀吉自身が悪意を持って何かやらかしてくれたというケースは記憶に残ってる中では無い。悪人ではないのは確かだ。

 

「そういう訳で、今の状態になっているわけだ」

「なるほど……あれ? でもちょっと待って」

「ん?」

「光が秀吉を意識し始めたのって1年前よね?」

「正確には1年と1ヵ月くらい前だな」

「13ヵ月近くあったのに、光は一体全体何をしてたの?

 秀吉にアプローチしてたなら流石にアタシも気付いてたと思うんだけど」

「ククッ、良い質問だな。

 簡潔に言うとだ、光は自身の恋心を認めていない」

「……えっ?」

「ツンデレを訳分からん方向に拗らせているらしくてな。『秀吉なんて別に好きじゃない!』って感じの発言をしている。

 だから光から恋愛的なアプローチをする事は一切無い」

「ツンデレ……いやそれってツンデレではないんじゃないの?」

「ツンツン? まぁ呼び方などどうでもいい。

 そんな感じな上に無駄に有能なせいで態度も完璧に隠蔽している。

 一方秀吉の方は特に恋愛的な意識はしていないようだ。これでは進展のしようが無いな」

「……どっちもどっち……いや、やっぱり光が悪いか」

「8:2くらいだな。秀吉が光に告白でもしてくれれば一発解決なんだが……」

「無茶な事言うわね。しょっちゅう女子に間違えられるようなあいつに恋愛に期待するのは厳しいわよ?」

「だよなぁ……如月ハイランドの時に強引にキスでもさせて意識させようと企んでいたんだが……秀吉に拒否されたしな」

「そんな事企んでたの!? そっか、あのイベントの黒幕ってアンタだもんね」

「一度演技に入ったら完全に入り込むはずの秀吉が劇を中断して拒否するくらいだからうちの姉は大事にはされてるんだよ。

 その気持ちが恋愛方向に向かってくれれば解決だが……」

「……そんなの光本人が頑張らないとどうにもならないんじゃないの?」

「そういう事だな。結婚式体験の時は恋人の演技をする建前を用意してやれたが、普段の生活ではそうはいかん」

「え? 建前があれば良いって事?」

「ああ。『理由があって仕方なく恋人っぽくなる』という事であれば受け入れてくれるようだ」

「だったらそのまま偽の恋人になるようにお願いすれば良いじゃない」

「……ん? どういう意味だ?」

「そのままの意味よ。建前は……そうね、『光に告白してくる男子が鬱陶しいから秀吉と付き合ったフリをする』とか」

「…………その場合は光が自分の都合で秀吉に迷惑をかける事になる。残念ながらそのまま使うのは却下だ」

「う~ん、じゃあ立場を逆にして『秀吉の告白除けの為に』だったら?」

「丁度それを言おうと思っていた所だ。問題点を挙げるならそのまま秀吉に言って手伝ってもらうと秀吉が負い目を感じるという事だが……」

「秀吉には『光の告白除け』って説明しておけば良いわね。これならお互いに助け合う形になる」

「それも言おうと思っていた事だ。こんな方法があったとは、盲点だったな。

 ところで、そこまで言うからには協力する気があると解釈して良いか?」

「……乗りかかった船だからね。秀吉を上手く言いくるめるくらいならできるわ」

「助かる。こっちは光に伝えておく。勘のいいあいつなら気付くかもしれんが……ま、騙されたフリくらいはしてくれるだろ」

「ホント何がしたいのよ光は……」

「…………さぁな」

 

 こうして、光の恋路を応援する良く分からない同盟が結ばれた。

 にしてもあの光が恋愛ねぇ……人の心って分からないものね。

 

「……ところで、貴様は人の恋路を応援しているヒマはあるのか?」

「どういう意味かしら?」

「今回の手伝いの礼だ。貴様自身に誰か気になる奴が居るなら遠慮なく言うと良い。

 僕のできる範囲で力になってやろう」

「お生憎様、アタシはアンタの手なんて借りなくても大丈夫よ。

 もう既に付き合ってる人が居るし」

「…………はぇ?」

「アンタでもそんな声出すのね。ちょっと気分が良いわ」

「え、ちょ、ま、えっ? マジ? それはイマジナリーフレンドもといエア彼氏とかではなく?」

「ちゃんと現実に居るわよ。そんなものに頼るほど人生に悲観してないわ」

「そ、そうか……そうだったか……ちなみに、誰なのか聞いても良いか?」

「う~ん……教える気は無いわ。それより、そっちはどうなの?」

「残念ながらと言うべきか、そんな奴は居ないな。

 恋愛の前に僕に着いてこれる奴がそうそう居ない。

 奇抜な発想で有名な雄二ですらたまに僕の事を狂人を見るような目で見つめてくるからな」

 

 ……剣くんが受けなのかしら? いや、坂本くんが受けというのもそれはそれでアリ……

 いやいや、分かってるわよ。あくまでも例として述べただけであって、男子ですらそんな有様なんだから女子には皆無って言いたいのよね。

 

「とりあえず、それは『狂人を見るような目』じゃなくて『狂人を見る目そのもの』でしょうね」

「そ、そんなバカな」

「冗談よね? 素で言ってるわけじゃないわよね?」

「…………さて、そろそろ行くとしよう」

「え? どこに?」

「そろそろ10時だ。弥生書店に行くぞ」

「……すっかり忘れてたわ。そうね行きましょうか」

 

 また売り切れになっても困る。早めに行きましょう。

 

 

 

 

 

 目的の本を買い終えて剣くんと別れたアタシは特に寄り道する事なく帰宅した。

 

「ただいま~」

「おかえりなのじゃ。遅かったのぅ」

「ん~、そうね。ちょっと剣くんと会ってさ。

 あ、そうそう。秀吉、あんたに頼み事があるのよ」

「何じゃ?」

「何て言えば良いかしらね……簡潔に言うと、光と付き合って欲しいんだって」

「…………買い物の荷物持ちでもすれば良いのじゃろうか?」

 

 どこかで聞いたような反応ね。Fクラスに入ってるとそういう所も似てくるのかしら?

 

「そうじゃなくて、男女の恋愛的な意味での付き合いよ。と言っても、フリだけど」

「うむ、フリ……? 話が見えてこないのじゃが」

「簡潔に言うと、光の告白除け。彼氏が居るってなれば面倒な告白も減るでしょうから」

「確かにそうじゃな。ワシが彼氏として見られるか少々不安ではあるのじゃが……」

「あんたが女として見られたら光の趣味がソッチだっていう噂が広まって告白は減るから問題ないわ」

「そ、そうかのぅ……?」

「そうよ。あんたも男子から告白されて鬱陶しいでしょ? あんただけならまだしもアタシまで巻き込まれるのはごめんだって話よ」

 

 秀吉に直接話す勇気が無いからってアタシ経由で何とかしようとするアホは全員滅べば良いと思う。

 って言うか秀吉はダメでアタシは話せるってどういう事よ。アタシの方が価値が軽いっていう事よね?

 それに、そんな根性じゃどうせフラれる……と言うか秀吉は男だから何かもう色々と論外だ。

 

「まぁ、光が協力して欲しいという事であれば別に構わぬのじゃが……」

「じゃあ頼んだわよ。ああそうそう、光の為っていう体で接するとあの子負い目を感じちゃうだろうから、あくまでも秀吉の都合で振り回してるっていう体で接しなさい」

「また奇妙な注文をするのぅ……確かに妙な勘違いをしている男子を相手にせずに済むなら有難い話なのじゃが」

 

 自然とモテ自慢をする愚弟の腕の関節を90°ほど逆に捻じ曲げてやりたい衝動に駆られたけど我慢する。

 姉がモテ具合で弟に嫉妬するなんて悲しくなるだけだ。

 

「細かい話は光と相談してちょうだい。それじゃ」

「どこに行くのじゃ?」

「読書よ」

 

 それだけ告げて自分の部屋に引きこもる。

 ようやく本が読めるわ。前回がかなり気になる所で終わったからすっごく気になってたのよ。

 伝説の木の下に呼び出しても来てくれないシンジに業を煮やしたユウイチが伝説の木を植樹しまくることで学校の敷地全体を伝説の木の下扱いにして逃げ場を封じる作戦……一体どうなるのかしら。

 高鳴る胸の鼓動を抑えつつ。私はそっとページを開いた。






「以上! 閑話終了!!」

「くそっ、何故僕は偽装恋人とかいうシンプル極まりない作戦を思いつかなかったんだ……」

「筆者さんの心の叫びでもあるわねそれ……」

「正真正銘、本話を執筆途中に思いついた策だ。
 そもそも、秀吉×光というカップリングが単なる思い付きでしかない。リメイク版執筆前に光抹消計画を本気で検討したくらいにはこだわりが無い設定だ」

「抹消って……字面が凄いわね……」

「あくまでも主役は僕であり、ついでに雄二や貴様が居る。
 光も筆者の中では比較的脇役だ」

「主人公の双子の妹っていう凄く存在感のある立ち位置のはずなのに……」

「脇役だから、設定の詰めが甘い。フワッとした設定で突き進もうとしたが故に起こった悲劇だな」

「一体何のためのリメイクなんだって話よね……」

「改善はされてるけどな。前と比較して」



「それでは、また次回お会いしましょう!
 ……さて、次はどれだけかかるかな~」


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第7章 "文学少女"と悪夢を喰らう審判《ジャッジ》
交流試合編 プロローグ


 注意
本章のみ『他原作とのクロスオーバー要素』が含まれます。
ストーリー上はそこまで大事な話ではないので、クロスオーバーを好まない読者の方は本章は飛ばして読んでください。

次章へのショートカット
https://syosetu.org/novel/198417/135.html

以上、よろしくお願いします。












 僕の……僕たちの目の前では、ある人物が頭を下げている。

 

「ごめんなさいっ! 私が余計な事を言ったばかりに!!」

 

 それはうちのクラスのヒロインこと姫路瑞希。

 

 そして、彼女が謝っている原因となっている人物。それは……

 

「瑞希ちゃん、謝る必要なんて無いわ! 

 もう一度言わせてもらうわよ。空凪くん、きみに決闘を申し込むわ!!」

 

 聖条学園の3年生の三つ編み少女。

 "文学少女"こと天野(あまの)遠子(とおこ)であった。

 

 

 

 

 

 

 

 私が平謝りする事になった発端はつい昨日の事です。

 休日だったので私は1人でこの街の図書館に来ていました。

 目的は、お料理関係、お菓子関係の本を探す為です。

 

「どうして失敗してしまうんでしょう。大体レシピ通りに作ってるはずなのに……」

 

 空凪くんに指摘されて以来、塩酸だけは使わないようにして代わりに硝酸や硫酸を使って塩基性の食材の中和をするようにしているんですけど、空凪くんからは毎回のように『ゴミ箱にダンク』と言われてしまいます。

 せめて空凪くんのテストをパスして明久くんの口に入るくらいにはしたいのに……

 う~ん、酸性や塩基性の食材に関する記述が少ないですね。この本はハズレでしょうか?

 

 しばらくは色々な料理本を調べていましたが少し疲れてきました。折角図書館に来たのだから別の小説でも読んで気分転換する事にします。

 ん~、これにしましょうかね。あくまでも気分転換なので30分くらい…………

 

 

 

 

 

 

 

「あら? 瑞希ちゃん? 瑞希ちゃんじゃない!」

 

 はっ! 思わず没頭してました。30分なんてとっくに過ぎてます。

 ってあれ? 誰か私を呼んだような……

 顔を上げて辺りを見回すと……見知った顔が見えました。あのいかにも"文学少女"な風貌、忘れられるはずもありません。

 

「遠子さん」

「久しぶり、瑞希ちゃん」

 

 この人は聖条学園の3年生、天野遠子さん。

 こことは別の図書館で知り合いました。時々本の感想の交換をしてるんです。

 ってアレ? 私は誰に説明してるんでしょうか……

 

「ここは聖条学園から結構離れてるはずですけど……」

「ふっふ~ん、"文学少女"として、図書館は一軒たりとも見逃せないわ」

「遠子さんらしいですね。

 あら? そちらの方は……」

 

 よく見たら遠子さんの後ろに似たような制服の男子が居ました。

 と言うか、今更ですけど休日なのに制服……? 文芸部の活動の一環なのでしょうか?

 

「瑞希ちゃん、この子は文芸部の後輩で、井上(いのうえ)心葉(このは)くん。瑞希ちゃんと同じ2年生よ」

「そうでしたか。初めまして。姫路瑞希です。文月学園の2年生です」

「あ、こちらこそどうも。井上心葉です」

 

 なんだかすごくまともそうな人です。Fクラスの皆さんとは全然違います。

 この人も遠子さんみたいに本の虫なんでしょうか?

 ……あれ? 他の人はいらっしゃらないのでしょうか? 部の活動みたいなのに。

 男子と一緒にわざわざ隣町まで……もしかしてデートなんでしょうか?

 

「どうしたのかな姫路さん。何だか妙な視線を送られた気がするんだけど」

「あっ、すいません。何でもないです」

「そう? ならいいけど」

「それより瑞希ちゃん、何を読んでいたの? あら? お料理の本?」

「え、ええまぁ。私、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけお料理が苦手なので……遠子さんはどうですか?」

「うっ、私も……得意ではないわ。心葉くんは?」

「僕ですか? せいぜい家庭科で習った事ができるくらいです」

「そうですか……」

 

 知識豊富な遠子さんに教えてもらえたらって思ったんですけど……私と同じように苦手みたいです。

 何とかならないですかね……

 

「瑞希ちゃん、お菓子の本が多いみたいだけど……もしかして男の子にあげるの?」

「えっ、ええ、そうなんです」

「なるほど、つまり瑞希ちゃんはその男の子の事が好きなのね!」

「ふぇっ!?」

「ちょっ、遠子先輩!? 直球過ぎませんか!?」

「心葉くんは黙ってて!

 いい瑞希ちゃん、その男の子が好きならちゃんと想いを形にしなきゃダメよ! 素直に話せなかったせいで悲恋に終わってしまう物語なんていっぱいあるんだから!

 完璧なものじゃなくて良い。多少美味しくなくても一度ちゃんと送る事が大事なのよ!!」

「は、はぁ……」

 

 と、遠子さん、す、好きって……いや、確かにそうなんですけど、そうなんですけど!

 

「遠子先輩。姫路さん完全に固まっちゃってますよ。まずは落ち着いて下さい」

「い、いえ、大丈夫です。遠子さんの言いたい事も分かります。分かるんですけど……」

「どうしたの? 分かってるなら早速行動あるのみよ!」

 

 そうなんだけどそうじゃないんです。遠子さん!

 

「その……行動はしたんです! お菓子を作って渡す事はしたんです!!」

「え? そうなの? それなら良かったわ」

「いや、遠子先輩待ってください。解決してたら姫路さんはこんな所で悩んでません。

 渡す事はしたけど何かあった……のかな?」

「はい、井上くんの言う通りです。

 お菓子を渡して……いえ、渡そうとしたら空凪くんが一口齧った後、毎回ゴミ箱に捨てちゃうんです……」

「何ですって!? 瑞希ちゃんが真心込めて作ったお菓子を捨てるですって!? なんて酷い人なのその人は!!」

「そ、空凪くんは悪くないんです! 私の腕が悪いだけなんです……」

「そんな人をかばうなんて、何て良い子なの瑞希ちゃん!

 でも、100歩譲って瑞希ちゃんの腕が悪かったとしても、捨てるだなんてあり得ないわ! 最低限、完食すべきよ!」

「えっと……遠子先輩。その空凪くんは一応味見はしてるんですよ? 美味しくなかったなら仕方ない部分が……無くもないでしょう」

「何言ってるの心葉くん! 完食したら死んじゃうとかならまだしもそうでないならちゃんと食べるべきよ! もしかしたら美味しくなかったのはその1つだけかもしれないでしょ?

 心葉くんだって自分が真心込めて書いた三題噺が3文字だけ読まれて燃やされたら嫌でしょう!?」

「先輩に渡してる三題噺に真心は込めてないしそれとこれとは話が違うような……」

「同じ事よ! 安心して瑞希ちゃん。私たちに任せて!

 古今東西の恋愛小説に精通した私たちがこの問題を解決して見せるわ!」

「え、いや、あの、遠子さん?」

「遠子先輩!? 僕まで巻き込まないで……」

「ほら、心葉くんもやる気満々よ!

 だからね、瑞希ちゃん。あなた達が上手くいったら2人の初々しい様子を是非ともお手紙にして欲しいの!

 きっととっても甘くて美味し……いいえ、瑞希ちゃんの恋を末永く見守ってあげたいのよ!

 アフターフォローも含めて、全て任せてちょうだい!!」

「え、ええ……」

 

 遠子さんの勢いに押された私は頷く事しかできませんでした。

 凄くキラッキラしてる遠子さんとは対照的に遠い目をしている井上くんの姿が、何だかとても印象的でした。






「と言う訳で、ファミ通文庫の公式コラボアンソロジー2巻が元ネタの話だ。
 本のタイトルは……『"文学少女"はガーゴイルとバカの階段を登る』とかいう3流なろう系なフインキが感じられる代物だ」

「いや、なろう系タイトルって言ったら長いのはその倍は長いから……
 それに、4作品のタイトルを混ぜてるからこれでも最低限でしょうに。せいぜい動詞の『登る』を削れるかもってくらいで」

「まぁ、そうだな。本書は当時のファミ通文庫レーベルでの2トップであるバカテスと文学少女のコラボが2話、それ以外の話が3話ほど収録されている。
 本話の元ネタは1話目の話。『文学少女』シリーズの野村美月先生が執筆した話だから普段のバカテスよりもバカ成分薄目、殺意薄目な話だな」

「バカテスには珍しい真っ当なラブコメが見られ……いや、これって真っ当?
 読んでみると吉井くんが虫の息になってるし」

「……真っ当に言葉を話せる程度の状態止まりだ。殺意薄目だろ?」

「確かに普段の原作に比べたら薄いけど……」

「……比較的真っ当ではあるが……まぁ、バカテスだな。
 作風は若干変わっているものの、面白さは本物だ。いつものバカテスのノリを期待して読むとちょっと違和感がある可能性が無きにしも非ずといった所か」

「……学園モノであるってくらいしか共通点の無い全然違う作品をここまで上手く纏められるって、プロって凄いわ」

「まぁ、細かい事は原作を読んでみるといい。
 本作ではそれに僕の介入というアレンジが組み込まれている。
 もし僕が居たらどういう展開になったかってね」

「なるほどね」

「次は……文学少女とその後輩の解説でもしておくか。
 原作本編ではシリアスな内容が多いんで言動もそれに見合ったものになっているが、番外編では遠子先輩は結構なアホの子だったりするし、心葉くんは苦労人だ」

「雑な説明……大体合ってるけど」

「遠子先輩は後輩から妖怪呼ばわりされている。何故なら、本を文字通りの意味でムシャムシャと食べるからだ」

「本の虫……」

「正確には物語や想いが込められた紙を食う。ラブレターなんかも大好物だな。
 補足しておくと、どっかのヤギみたいに読まずに食べる事は無い。文章を読んで、想いを読み解いて、それを食べるというのが彼女の食事だ。
 本話で……と言うか原作でもそうだが、遠子先輩がやたらと張り切ってるのは正義感だけでなく欲望も混ざっている」

「……やっぱりこの世界が割と似合ってるんじゃないかしら? 真っ直ぐ(バカ)っていう意味で」

「……さぁな」


「では、明日もお楽しみに!」


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01 文学少女と彼の出会い

 遠子さんと会った翌日、月曜日の放課後の事です。

 

「……あ、あの、何してるんですか遠子さん」

「あら瑞希ちゃんこんにちは。何って、見れば分かるでしょ?」

「遠子先輩。見ただけの情報で分かるのはあなたが不審者だって事だけです」

 

 井上くんの鋭い指摘に私は心の中で深く同意しました。

 だって、中腰になって木陰からうちの学校の校門を睨みつけている様はまさしく不審者そのものです。

 もしやっているのが遠子さんではなく男の人であれば真っ先に通報されていたでしょう。

 

「心葉くんったら失礼ね! これは観察よ!

 まずはターゲットをよぉ~~~く観察して情報を集めるの!」

「はぁ……これ以上恥を晒す前に帰りましょうよ」

「もぅ、心葉くんったら薄情よ! 瑞希ちゃんの事はどうでも良いって言うの?」

「いや、あの、遠子さん。私のお菓子が美味しくないのは事実ですし、わざわざここまでして頂かなくても……」

「瑞希ちゃん、これは私が好きでやってる事なの。遠慮なんて要らないのよ!」

「……そうですか」

 

 遠子さんには悪いですけどこんな事をしているくらいならお菓子作りの練習をしていた方が建設的な気がしないでもないです。

 ですが、私の為に頑張ってくれているという事自体はとてもありがたいですし、遠子さんの頑張りでもしかしたら何かが変わるのかもしれません。

 私も微力ですが手伝いたいと思います。

 

「それで、瑞希ちゃんの作ったお菓子を毎回捨てるっていう乙女の敵はどこに居るの?」

「えっと……あ、丁度出てきたみたいです。あの眼帯の人です」

「えっ……何て言うか……随分と奇抜な恰好だね」

「……そう言えばそうですね」

 

 校門から明久くんと空凪くんが一緒に出てきました。

 あの2人だけが一緒に居るのは少し珍しい気がします。いつもは坂本くんともう1人、あるいは3人という感じなので。

 耳を澄ませても……距離のせいであんまり会話の内容は聞き取れません。

 

『ゲーマーの貴様が僕に頼るとはな。そんなに難しいのか?』

『うん、難しいっていうか理不尽なんだよ。トロフィーの取得のミニゲームでじゃんけんに100連勝しろって』

『何だそのクソゲー、諦めた方が良いんじゃないか?』

『剣ならきっとできる! 剣の直感なら選んじゃいけない選択肢が見えるはず!』

『やるだけやってみるが……あんまり期待しないでくれよ? 僕が反応できるのは主に身体的な危険だ。

 ……ああそうそう、それより聞いたか? 例の話』

『うん!』

『……まだ何も言ってないんだが……』

 

 仲が良さそうに話している事だけは伝わってきます。

 私もあんな風に話せたらなぁ……

 

「くっ、これは……嫌な予感が的中してしまったようね」

「え? 何の事ですか遠子先輩」

「瑞希ちゃんには酷な話だけど……あの2人デキているわ」

「…………?」

「……あの、遠子先輩? どういう意味ですか?」

 

 デキて……いる? どういう意味なんでしょう?

 

「ニブいわね。あの2人が愛し合っているという事よ!」

「ええええっ!?」

「ちょっと待ってください遠子先輩!? あの2人は男同士ですよ!?」

「真実の愛の前には年齢も、性別も、種族すらも関係が無いのよ!

 それに考えてもみなさい。この瑞希ちゃんの好意を無にするような人、よっぽどのおバカさんか異性に全く興味のない人種としか考えられないわ!」

「それは……まぁ、一理あるとは思いますけど……」

「私は同性だからといって愛を否定するような事はしないわ。

 でも安心して瑞希ちゃん! 今日の私たちはあなたの恋路を応援する騎士よ!

 異性愛も素晴らしいんだという事をあのカップルに叩き込んであげるわ!」

「は、はぁ……」

 

 ちょ、ちょっと待ってください? 情報が纏めきれてません!

 あ、あの2人が同性愛……? あり得るんでしょうか?

 いやいや、明久くんだって女湯を盗撮するくらいには女の子に興味が……ってコレは冤罪でした!

 

「それじゃあ行くわよ心葉くん!」

「……どこにですか?」

「勿論あの2人の所よ! 待ちなさいそこのカップル!!」

「いきなりっ!? ああもう!」

 

 ほ、他に何か無かったですか? 明久くんか、あるいは空凪くんが異性に興味を持った場面!

 えっと……えっと……あれ? 記憶に無いような……

 ……いやいや、あの2人が付き合っているならもっと2人で居る場面を見てるはずです! だから明久くんの性癖は置いておくとして、あの2人という事はあり得ません!!

 よし、それじゃあ遠子さんに伝えて……あれ? 居ない。

 

『待ちなさいそこのカップルー!』

『反応してませんよ? やっぱりカップルではないんじゃ……』

『いいえ! 文学少女たる私の目に狂いは無いわ!!』

 

 あっ、もう突撃してます! 急いで止めないと……

 

『ぜぇ、はぁ……ま、待ちなさい!』

『遠子先輩……無理しちゃいけませんよ』

『こ、この程度で……諦めるわけには……ま、待ちなさいそこの()()ップル!!』

 

 遠子さんの台詞が響くと同時に、空凪くんがピタリと足を止めました。

 

「おい止まれ明久」

「え、何?」

「貴様が呼ばれたようだぞ?」

「え?」

 

 振り返る2人、その視線の先にはゼェゼェと息を切らして目を血走らせている三つ編みの先輩。何だか異様な構図です。

 

「はぁ、はぁ……やっと止まった……私の目に……狂いは……はぁ、はぁ……」

「遠子先輩、まずは息を整えて下さい」

「……おい貴様、今しがた『バカ』と聞こえたんだが……明久に用事か?」

「ちょっと剣? まるで僕がバカの代表みたいな言い方じゃないか!」

「えっ? 知らなかったのか?」

「確かに僕はバカだけど、代表ではないよ!」

「そっちは流石に認めるのか」

 

 カップルではなくバカという方に反応したみたいです。少し安心しました。

 ……いや、安心して良いんですかねこれ? 確かに明久くんはおバカさんですけど……

 

「ふふん、用があるのはキミによ、空凪くん!」

「……ほぅ? 僕をバカ呼ばわりとは良い度胸だ。

 その度胸に免じて聞いてやるとしよう。

 ……いや待て、その前に貴様は一体何者だ? 見たところ他校生のようだが」

「ふふっ、私はご覧の通りの"文学少女"よ」

 

 遠子さんのイマイチ分かりにくい決め台詞が炸裂しました。

 明久くんはポカンとしているし、空凪くんは不審者を見る目で遠子さんを見て、井上くんはガックリとうなだれています。

 

「……姫路、通訳頼めるか?」

「私ですか!? えっと……

 遠子さんは『自分は恋愛の専門家だ』って事を言いたいんだと思います……」

 

 『文学少女』→『恋愛系の本を沢山読んでいる』→『恋愛の専門家』

 多分こういう話だったはずです。

 

「……よく分からんが……まあ良いだろう。

 で、その専門家さんが一体全体何の用だ?」

「単刀直入に言うわ。そこの男子……えっと……」

「吉井くんです。吉井明久くんですよ。遠子さん」

「そう! そこの吉井くんと別れて頂戴!」

「……姫路、貴様を通訳として雇ってやる。時給100円で良いか?」

「お金なんて無くても……って安過ぎませんか!?

 ……こほん、どうやら遠子さんは空凪くんと吉井くんが付き合ってるって思ってるみたいです。恋愛的な意味で」

「……は?」

 

 空凪くんが凄く嫌そうな顔と声で反応してくれました。

 やっぱり違いますよねぇ……

 

「そんな態度で誤魔化そうとしても無駄よ! 私の目は節穴じゃないんだから!」

「貴様と同じ事を言っていた節穴に心当たりがあるな」

「私は同性愛を否定する気は毛頭ないわ。だけど、瑞希ちゃんの純情を踏み躙った罪は許せない!」

「おい、話聞けよ」

「ちょっと待って! 姫路さんの純情ってどういう事!?」

 

 ただ美味しくないお菓子を捨てられただけです。いや、『だけ』っていうのもおかしいですけど。

 そんな解説をする暇も無く、遠子さんは胸元のターコイズブルーのリボンを解き、空凪くんに投げつけました。

 

「という訳で、聖条学園文芸部部長の天野遠子は、きみに決闘を申し込むわ!」

 

 ……色々と、色々と言いたい事はあります。

 何で決闘なのかとか、決闘だったら投げるのは手袋では? とか。

 でも、あえて1つだけ言うのであればコレです。

 遠子さん、よりにもよって空凪くんに決闘を挑むなんて、一体何を考えてるんですか!?






「大体原作通りの流れだな」

「本当に大体合ってるから困るわね……
 やっぱり遠子さんこの世界でも十分やっていけるんじゃないの?」

「……もし彼ら彼女らの通っていた学園が聖条学園ではなく文月学園だったら……どうなってたんだろうな。ホント」

「これだけのギャグの裏側であれだけのシリアスをやってるっていうとんでもなくシュールな事になってたでしょうね」

「……誰か書いてくんないかな。公式の他校交流みたいなクロスオーバーじゃなくてIFストーリーを1年分くらいやる感じの」

「筆者さんに書かせなさいよ」

「ハハッ、無理に決まってんだろ。遠子さんの豊富過ぎる知識を描写できる訳がない!」


 ※本作では上手い事誤魔化してますが、遠子さんはテンションが上がると『まるで〇〇作の□□のようだわ!』みたいな感じで唐突に本の名前を挙げたりします。
  場面に応じて適切なタイトルを挙げ、更にそれを料理に例えるとか。ただのニワカオタクである筆者には無理ゲー過ぎます。


「……確かに無理そうね」

「バカテス視点の話にゲスト出演するくらいなら何とかなる。今みたいにな。
 尤も、転入してきたら心葉くんも遠子さんも多分Aクラスなんでとんでもなく手強い敵となるが」

「……そうねぇ。心葉くんはともかく、遠子先輩なんて私よりも国語の点数高そうだし」

「文月式の試験における遠子さんの国語の点数は未知数だが……教師より高くても不思議ではないな」



「余談だが、心葉くんの台詞で異様に『遠子先輩』が多いな。
 これは、誰の台詞が分かりやすくする為の筆者の小細工だ」

「心葉くんって敬語だから姫路さんと被るのよね。
 分かり辛くて仕方ないわ」

「まぁ、心葉くんの場合はあくまでも先輩に対する敬語であって同年代相手だともうちょい砕けた口調だけどな」

「……よく見ると姫路さんに話すシーンが全然無いみたいね」

「だからやっぱり敬語キャラになってるな……
 そもそもがクロスオーバーなんで原作者にも『口調が被らないように』なんていうエスパー染みた気遣いは一切無い。
 何とか誤魔化していくしかないな」


「では、明日もお楽しみに!」


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02 決闘

「という訳で、聖条学園文芸部部長の天野遠子は、きみに決闘を申し込むわ!」

 

 明久と下校していたら突然見知らぬ女子にリボンと一緒にそんな言葉を投げつけられた。

 色々とツッコミたい事は……それはもう色々とあるんだが……

 

「ククッ、決闘ねぇ……まぁ良いだろう。勝負を挑みたいというのであれば、大歓迎だ」

 

 凄く爽やかな笑みを浮かべてながらそんな台詞を吐いた僕の前に人影が飛び出してきた。

 

「ごめんなさいっ! 私が余計な事を言ったばかりに!!」

 

 姫路は僕が戦闘態勢に入ったのを察したのだろう。凄い勢いで謝りに来た。

 

「瑞希ちゃん、謝る必要なんて無いわ! 

 もう一度言わせてもらうわよ。空凪くん、きみに決闘を申し込むわ!!」

 

 そして元凶はビシッと人差し指をこちらに突き付けている。

 空気は……読めていないらしい。

 ひとまず話が通じそうな奴に話しかけるとしよう。

 

「おい姫路、貴様は僕の事を女子供でも容赦なくぶん殴る鬼畜か何かだと思ってないか?」

「えっ、そそそんな事は無いですよ?」

「まぁ事実だが」

「認めるんですか!?」

「当然だ。必要があるなら何だってするさ。

 今必要かどうかは……情報次第だな。だからそんなに慌てて謝る必要は無いぞ」

「情報次第では殴るんですね……分かりました。空凪くんを信じます」

 

 信じる、ねぇ……後悔しないといいな。

 

「さてと、天野遠子だったか? ああ、僕も名乗っておこう。空凪剣だ。ここの学園の2年生で由緒正しき帰宅部所属だ。

 それで、決闘だったか?」

「ええそうよ。私が勝ったら吉井くんと別れてもらうわ」

 

 そもそも付き合っていない……とか返しても話がこじれそうだ。肯定だけはせずにスルーしておこう。

 

「なるほど。では僕が勝ったら貴様は何をしてくれるんだ?」

「ここに居る心葉くんに2人の愛を称える極甘の詩を書いてもらうわ」

「ちょっ、遠子先輩!?」

 

 シ……死? ああいや、詩か。あんまり馴染みが無い言葉だからちょっと出てこなかった。

 心葉くんとやらは納得していないようだが……まぁ、それもスルーしておこう。

 

「……なるほど」

「納得できたかしら?」

「ああ。断る」

「えっ、そ、そんな! 何故?」

「遠子先輩。詩を求めて決闘なんてするのは遠子先輩くらいです」

 

 全くもってその通りである。明久とはそもそも付き合っていないが、仮に付き合っていたとしてもそんな物を貰って喜ぶのはよっぽどの文学好きかバカップルだけである。

 

「なら仕方ないわね。心葉くんの詩にプラスしてこの世に1つしか無い豪華賞品を進呈するわ」

「詩は止めないんですか遠子先輩?」

「勿論よ心葉くん!」

「いや、僕も詩なんて要らないんだが……」

「とにかく! これで受けてくれるでしょう?」

「ふむ」

 

 曖昧な言い方しかされていない豪華賞品とやらは恐らくは残念な代物なんだろうな。世界に1つしかない上に庶民に手が届く代物となると……手作りの何かって所だろう。

 おそらくは不要な代物だ。それを目当てに受ける道理など無い。

 だが……

 

「いいだろう。受けてやろうじゃないか」

 

 この決闘とやらが単純に『面白そうだ』。

 それだけで十分だろう。

 

「ちょっと待って! 男子と女子とでハンデも付けずに決闘っていうのはどうかと思うよ!」

「……心葉くん、だったか? 世の中には男子よりも強い女子も居るんだぞ?」

「そうかもしれないけど、遠子先輩はそういう類の女子じゃないよ」

「なるほど。確かに」

 

 筋肉や姿勢を見ればその人が鍛えているかくらいは何となく分かる。

 目の前の女子は鍛えている雰囲気は全く無い。実は武道の達人が気配を隠しているという可能性がゼロではないが……そんなバケモノにはそもそも勝ち目が無いから考える必要は無い。

 

「そう。だから殴り合いみたいな決闘はダメだと思う。だからと言って水鉄砲の打ち合いでもするわけにもいかないし、やっぱり決闘なんて……」

 

 どうやら心葉くんは決闘を撤回させる方向に持って行きたいらしい。部長への気遣いなのか保身の為なのかは不明だが。

 そして、そんな気遣いかもしれない行動を無にしたのは部長であった。

 

「分かったわ。それなら召喚獣を使いましょう!」

「ほぅ?」「えっ?」

 

 試召戦争……と言うよりは清涼祭での召喚大会の方が近いか。アレの真似事をやろうという事か。

 なるほど確かに。それなら男女の差は無くなる。男女の差はな。

 しかしながら、重大な問題がある。

 

「あの、遠子さん。世間では『文月学園=召喚獣』みたいな感じで有名なのかもしれませんけど、そんなに便利なものじゃないんです。

 召喚獣を呼び出しは教師の立ち合いが無いと不可能ですし、他校生ともなると文月式の試験を受けて頂かないと……」

 

 たった今姫路が代弁してくれたように、そもそも召喚なんてできないという問題が二重に発生している。発想は面白いと思うが、残念ながら不可能だな。

 

「フフン、そこは問題ないわ。他校との交流試合って形に持って行けば大丈夫よ」

「無茶言うな。あんたただの文芸部部長だろ? そんなコネあるのか?」

「ええ。そういう方面に顔が利く人に心当たりがあるわ」

「マジか。なら良かろう。セッティングは丸投げさせて貰うぞ」

「任せなさい! 楽しみだわ。瑞希ちゃんから召喚獣の話を聞いてからずっと試してみたいと思ってたのよ」

「……目的は決闘じゃなくてそっちなんじゃないのか?」

 

 

 

 そして数日後、遠子さんの宣言通りに交流試合が行われる事となった。

 ハッタリじゃなくて本当にコネがあったのか。文月学園に干渉できるレベルのコネが。

 ……ここまでお膳立てされたからには全力で行かせてもらうとしようか。






「という訳で極めて自然な流れで召喚獣バトルとなる」

「自然……まぁそういう事にしておきましょう」

「遠子さんが持つコネについては原作を読んでみると良い。確かにあの人ならこのくらい朝飯前だ」

「ご都合主義とかじゃなくて本当にできちゃうっていうね」

「色々と特殊な戦いになるんで次回は説明回とかになるな。バトるのはまだ先だ」


「では明日もお楽しみに!」


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03 ルール

 見知らぬ女子に喧嘩を売られてから1週間も経たないうちに交流試合が始まった。

 

「……正直あんたの事を甘く見てた。ここまで手が早いとはな」

「ふふん、"文学少女"たるこの私を甘く見ない事ね」

「それ関係あるのか?」

「当然でしょう! 今の私は瑞希ちゃんの為に戦う騎士なのよ!

 この程度の事、造作もないわ」

 

 ……変なマンガでも読んだんだろうか? 演劇部の部長以外でこんな中二病が居るなんてな。

 お互い部長だし相性は良かったりするのかもしれない。

 

 さて、状況を説明するとしよう。

 現在僕たちは土曜日だというのに文月学園の校庭に居る。今日の為だけに設置された特設ステージの前にな。

 ここに居るのは出場選手たちと観客たち。

 

 今回の件は単なる決闘ではなく交流試合という体を取っている。文月学園の宣伝と、あと『他校性が召喚獣を起動する』みたいな実験も兼ねているとか何とか。

 それ故か1対1の決闘を1回やって終わりとは行かず、お互いの学校から3人ずつ選出して戦う事になった。

 

「……僕が漠然とイメージしていた決闘とは結構違う気がするんだが……お互いの賭けについては学校単位の勝利を見るという事で良いのか?」

「ええ。そうしましょう。条件は忘れてないでしょうね?」

「僕たちが負けたら明久と別れる。勝ったら世界に1つだけの豪華賞品を進呈。だな」

「空凪くん、詩の事を忘れてるわ」

「要らん」

 

 さて、状況説明を続けよう。

 なるべく長時間戦闘させてなるべく長く宣伝&実験したいという文月学園の意向を受けていくつか特殊ルールが設けられている。

 

 まず、3対3ではあるが1対1が3回というわけではない。また、3対3で同時に戦うわけでもない。

 1対1を行った後、勝った方はそのまま残り続けて次の相手と戦う。勝ち残り制の戦いだ。戦闘回数は最長5回となるな。いきなり3タテすれば3回で済むが。

 

 続けて、科目は1回毎に変わる。5教科が1回ずつだ。

 使用科目は古文・現文とかではなく国語や数学という大雑把なくくりだ。該当する科目の中から一番良い科目が自動的に選ばれる。

 聖条学園の皆さんはほぼセンター試験通りの科目から5つほど選択してもらってから試験を受けて頂いている。5時間もわざわざ大変だったろうに……

 

 ……おっと、忘れる所だった。1試合毎に科目を変えるという事はHPが全回復する事を意味する。それだと強い1人が3タテとかいう事態になりやすい為、点数に関しても特殊ルールが設けられる。

 具体的には、HP……点数の減少割合に応じて他も科目も減っていく。例えば国語で3割減らされたら他の全科目も3割減らされる。連戦すればするほど不利になるという当たり前の事が反映されるわけだな。

 

 最後に、腕輪の使用は禁止だ。姫路の熱線みたいなのを使われてしまうと当たれば即死だし、外してもコストで結構な点数を消費するため短期決戦となってしまう。

 それに、召喚獣に慣れていない聖条学園の皆さんが腕輪の使いすぎでうっかり自爆とかしたら空しい事になる。決闘的な意味でも宣伝的な意味でも。そこを平等にする為にも腕輪は封印だ。

 

 

「……そろそろ時間か。では、次はステージの上で会うとしよう」

「臨むところよ。コテンパンにしてやるんだから!」

 

 さて、せいぜい楽しませてくれよ。文学少女さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ~、空が青いな~。雨だったら中止になってくれたかもしれないのに。

 どうも、井上心葉です、何で僕はこんな所に居るんだろうか。

 

「心葉くん、全然緊張してないみたいね。流石は文芸部(うち)のエースだわ」

「……遠子先輩。どうして僕まで参加する事になったんでしょうか?」

 

 いかにも中二病な空凪くんと人の話を聞かないうちの部長が勝手に決闘する分にはまだ良い。いや決して良くはないけど。

 でもそれに僕まで巻き込まれるのは納得いかない。

 

「もぅ、聞いてなかったの? 文月学園の意向でなるべく派手にやりたいから人数を増やしてって……」

「それは聞いてましたよ! だからって何で僕なんですか!?」

「部活動の一環よ♪」

「召喚獣呼び出して戦うなんてどこの世界の文芸部の話ですか!」

「この世界のよ」

 

 ……はぁ、もういいや、遠子先輩の暴走は今に始まった事じゃない。

 一番面倒な試験を受ける作業はもう終わったんだし貴重な経験だと思っておこう。そう考えなきゃやってらんない。

 ……でも先輩。それでも気になる事があるんです。

 

「100歩譲って文芸部の活動だとしましょう。

 でも、どうして琴吹(ことぶき)さんまで居るんですか!?」

「なっ、何よ井上っ! あたしが居ちゃ悪いの!?」

 

 彼女はクラスメイトの琴吹ななせさん。うちの学校の図書委員だ。

 しかし、文芸部ではない。

 ……もう一度言うが、文芸部ではない。そもそも文芸部は遠子先輩と僕の2人だけの部活である。

 文芸部だけだと指定された3人に届いていないのは分かる。けど何でよりにもよって琴吹さんが?

 

「べ、べべ別に井上なんかの為に貴重な土曜日を潰して参加したんじゃないんだからねっ!

 いつもお世話になってる遠子先輩に頼まれたから仕方なく、仕方なく出るだけなんだから。か、勘違いしないでよねっ!」

「ああ、うん。勘違いはしないけど……何だか、琴吹さんと少しだけ仲良くなれそうな気がしてきたよ」

「えっ、そ、それってどういう……」

 

 琴吹さんには悪いけど、この騒がしい先輩に振り回されているのが僕だけじゃないって思ったら少しだけ元気が出てきた。

 いっつも気が立ってて僕に強い言葉をぶつけてくる琴吹さん。正直苦手だったけどちょっとだけ仲間意識を感じたよ。

 

「ふ、ふん! あ、あたしと遠子先輩の足を引っ張らないでよね!」

「うん。やるだけやってみるよ」

 

 召喚獣での戦闘かぁ……テストはいつも通りに解けたと思うけど上限なしのテストだからイマイチよく分からない。

 実は1000点台がゴロゴロ居るのが普通だったらどうしよう。

 ……なるようになるしかないか。はぁ……






「原作とは微妙にルールが変わってるのね」

「原作ではいきなり保健体育とか出ていたが……短期間で実技科目まで試験を受けさせるのはどう考えても負担が大きすぎる。
 5科目だって多いのに」

「……原作ではちゃんと全科目の試験は受けてた……はずよね」

「得意科目は高い点数を、苦手科目は低い点数をちゃんと取っていたからそのはずだ。
 実は聖条学園での定期テストを反映させただけという説も……いや、厳し過ぎるな。一般のテストを文月式に換算できる訳が無い」

「でしょうね。巻き込まれた井上くんと琴吹さんは堪ったもんじゃなかったもんじゃなかったでしょうね」

「……これは原作……公式コラボだけじゃなくてバカテス原作でも思った事だが、原作者の皆さんは試験時間の事を甘く見過ぎてはいないか?
 普通の50分テストとかでも1日に2~3科目受けるだけで結構疲れる。
 ただのテストならのんびりじっくり解けるし、時間が余れば休めるが……文月式は無制限だからそんなヒマは全く無い」

「……いつ受けたのかしらね。聖条学園の皆さん」

「学校をサボったとも思えないし……放課後わざわざ受けに行ったんだろうか? ホントお疲れ様」

「所詮はラノベだからそこら辺を厳密に突き詰めすぎるのもどうかとは思うけど……うちの筆者さんってその辺こだわるもんねぇ」

「リアルに置き換えた時の矛盾を必要以上に追及する事は空しい事だと分かってはいるはずだが……筆者が背負っている業だな」


「では、明日もお楽しみに!」


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04 実況と解説と

『会場の皆様。大変お待たせしました!

 只今より、文月学園と聖条学園の召喚獣交流試合を始めたいと思います!』

 

 お、始まったか。しかしこの声どこかで聞いたことがあるような……

 

『さてまずは選手紹介……の前に実況と解説を紹介させていただきまーす!

 今回のイベントは結構急だったせいでプロを呼ぶ時間がアイタッ』

 

 何かの打撃音と共に実況の痛みを訴える声が響いた。

 選手控室からだと実況と解説の席が見えないな。面白い奴がやってる事だけは伝わるが。

 

『……え~、我が校は生徒の自主性を大事にするので、生徒の中から希望者を募って軽く面接を受けてから抽選で決まりました。

 それでは自己紹介させて頂きます。今回実況を務めさせていただくのはこの私、文月学園2年Dクラス。小野寺優子です!』

 

「お前だったのかよ!」

 

 思わず叫んでしまった僕はきっと悪くない。

 やたらと自己主張の強い奴だがこんな所まで出張ってくるとは。

 

『そしてそして、解説は……』

『2年Bクラス所属、御空零と申します。本日は宜しくお願い致します』

 

 ……そっちは貴様だったか。しかし随分と大人し気な挨拶だな。

 

『オウオウ、さっき私をハリセンでぶん殴った人とは思えない挨拶だね』

『私は与えられた仕事は真面目にこなすタイプなのよ。

 まぁ、正直言うと選手の方になりたかったんだけどね。残念ながら基準に合わないって事で学園側から止められちゃったわ』

『へ~。その基準って?』

『今回の文月学園側からは全員Fクラスからの参戦って決めたらしいわ』

『Fクラスと言えば最低ランクのクラスだけど、どうしてそこから選ぶんだろう?』

『……元々、今日初めて召喚獣に触れる……つまり召喚獣の操作に慣れていない聖条学園の皆さんは不利なんです。

 ある程度フェアにしたいのであれば低い点数という事を選考の基準にするのは理に適っています。

 それに、戦争に積極的な2年Fクラスほど召喚獣の操作に慣れているクラスはそう居ません。

 低い点数であっても観客を魅せる素晴らしい試合を演じてくれるでしょう』

『なるほど~。今回のイベントもいつもみたいに学園の宣でアイタッ!』

『実況が余計な事を言う前に始めましょう。それでは、お互いの先鋒の選手はステージに上がってください!』

『ちょっと! それ私の台詞!!』

 

 そう言えば御空は真面目な性格だったか。最初に僕と話したときも敬語だったし。

 ……解説ではなく実況だったらいつものノリで話してたんだろうか? きっとそうだな。

 

「さて、それじゃあ先鋒。頼んだぞ」

「……副代表、今更だけど1つだけ言わせてくれ」

「良かろう」

「……どうしてオレが選手に選ばれたんだよ!?」

「ホント今更だな。理由は単純。貴様の点数のバランスが良いからだ」

「それだけの理由でオレは休日を潰されたのか……」

 

 うちの先鋒は元副代表こと宮霧伊織だ。

 本人はこう言っているが、こちらが勝てば報酬として学食のタダ券が学園長から支給される事になっている。程々に頑張って戦ってくれる事だろう。

 

「でも点数のバランスって言うならうちの代表とか、そこに居る姫路さんとかの方が良かったんじゃないか? 別にオレじゃなくても」

「元々私が蒔いた種なので私も出たかったんですけど……」

「先ほど解説の御空が言っていた理由により却下された。こんなクラス詐欺な点数出せるかって。雄二が出ないのも同様の理由だ」

 

 責任を感じてここに来ている姫路と違って雄二は会場にすら来ていない。

 余談だが霧島も会場に来てないっぽい。休日なんだし2人でどこかで遊んでいる可能性が無きにしも非ず。

 

「……クラス詐欺ってんなら副代表も参加できないのでは?」

「向こうさんが僕をご指名だ。ただ、貴様の言う事も尤もなので全科目100点に抑える特別処置が行われている。

 Fクラスにしては若干高いが……まぁ、そんなもんだろ」

「わざわざそんな事までしてんのか」

「それより、早く行ってこい。不戦敗になるぞ」

「そうだった。行ってくるよ」

 

 さて、向こうの先鋒は誰になるかな。

 こき使われている感じがした心葉くんとやらか、あるいは図書委員と書かれた腕章を付けた女子か。

 流石にいきなり部長が出てくるという事は……

 

「ようやく召喚獣を使えるのね。楽しみにしてたわ!」

 

 ……いきなり部長が出てきた。

 先鋒に強そうな人を出すとかマナー違反だろ。どんだけ召喚獣を使いたかったんだよ。

 

「うへぇ、いきなり大将かよ。お手柔らかに頼みます」

「瑞希ちゃんの為にも負けるわけにはいかない。全力で行かせてもらうわよ!」

「……手を抜いてくれたら楽できたんだけどな。しゃーない。やるぞ!」

 

『両選手とも気合十分のようです。フィールドの展開をお願いします!』

『今回のルール上、フィールドの科目は5教科の中からランダムで選ばれる仕様となっております。

 さて、こちらに両選手の試験データがあります』

『えっ、見せて見せて』

『残念だけど、これは個人情報の塊だから見せられないわ。あくまでも解説の為の特例処置よ。

 コホン、これを見る限りでは文月学園の宮霧選手はバランスは取れてますね。それに対して聖条学園の天野選手は……まぁ、その時に解説するとしましょう』

『気になる言い方ですね。では両選手は召喚獣を召喚して下さい。

 起動ワードは試獣召喚(サモン)です!』

 

「「試獣召喚(サモン)!!」」

 

 実況の小野寺の指示に従って2人の選手が召喚獣を呼び出した。

 さて、聖条学園の生徒の実力はいかほどだろうか?






「これが筆者が貴様を強引にねじ込んだ結果である」

「小野寺さんとセットになるとは思ってなかったわ」

「筆者は文月学園側の選手選定にかなり悩んだそうだ。
 例えば、とにかく勝ちたいのであれば貴様と霧島の出場が確定となる」

「……どうなのかなそれ。
 いや、出番が欲しい私が呈する疑問じゃないかもしれないけど」

「文月学園の意向としては宣伝及び実験。強キャラで一瞬で終わらせるのは意味が無い。
 だからこそFクラスから選ぶという事にした訳だが……それをどう説明しようか悩んだらしい。
 僕がモノローグで解説しても良かったが……折角だから実況と解説を、と」

「何がどう折角なのかしら……いやまぁ、出番を貰えた私が言う事じゃないけど」

「久しぶりに敬語な貴様が描けて楽しかったとは筆者の弁だ。
 必要な場面ではかなり堅苦しい敬語も使えるんだよな。僕と違って」

「まぁ、ねぇ。元々は木下さんなんか目じゃないくらい本性を隠せるキャラとして設計されてるし。このくらいは楽勝よ」

「……せやな」


「では、明日もお楽しみに!」


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05 第一試合

「「試獣召喚(サモン)!!」」

 

 オレとその対戦相手、天野さんの声が響き渡る。

 召喚獣が呼び出されるまで科目は分からない。少しでも都合の良い……相手の苦手科目が出る事を祈る。オレの場合は全科目大差ないからな。

 

 

 [フィールド:社会]

 

文月学園 宮霧伊織 99点(日本史)

 

 

 いちたりない……いや、400点ならまだしも100点取っても何のボーナスも無いけど。

 さて、向こうは?

 

 

聖条学園 天野遠子 627点(世界史)

 

 

 ……あかんこれ。教師並みじゃないか? 何者だよこのヒト。

 

『おおっと、聖条学園の天野選手、とんでもない点数です!!』

『うちの学園の教師を超えるレベルですね。

 いくらFクラスでも6倍の点数というのはかなり厳しいでしょうね』

『って言うか、勝ち目あるんですかこれ?』

『そうですね……』

 

 こんなんどうやっても無理だと言いたいところだけどなぁ……

 特殊ルールの関係上、オレが善戦するだけでも後続に繋げる事ができる。

 それに……絶対に勝てないというわけでもない。

 

「さぁ、覚悟しなさい! えいっ!」

 

 天野さんの召喚獣が武器を……槍を振るう。

 姫路さんの召喚獣が持ってる大剣と同じくらいの大きさだ。破壊力も同等だろう。3桁届かないオレの点数だと当たれば1撃で昇天する。

 ……当たれば、だけどな。

 

「えいっ、このっ、ちょっと! 避けないでよ!」

「嫌だよ」

 

 その大きな武器による大ぶりな攻撃をオレは的確に躱していく。

 相手は今日初めて召喚獣を使うんだ。その独特な操作感に初見で対処できる奴はそうそう居ない。

 

『え~、どういう事でしょう。解説の御空さん?』

『見たまんまですね。攻撃は当たらなければ意味が無いという事です。

 召喚獣の点数はゲーム風に言うならHPと攻撃力、腕輪の使用まで考えるのであればMPに該当します。

 命中率や回避率はどれだけ点数が増えても据え置きです』

 

 外部の人向けの解説だろうか? まあそういう事だ。

 オレも観察処分者の吉井程ではないがそれなりに召喚獣を扱える。ド素人相手なら吉井と似たような立ち回りが可能だ。

 

 それじゃ……ちょっと巻きで進めるとしよう。相手の攻撃を躱してチクチクと削っていくだけの地味な単純作業だ。

 

 

 

  ……そして、数分後……

 

 [フィールド:社会]

 

文月学園 宮霧伊織  99点 →  Dead(日本史)

聖条学園 天野遠子 627点 → 466点(世界史)

 

 

 ……うん、流石に倒すのは無理だった。回避率が多めに見積もって99%あったとしても100回も繰り返せば……えっと……うん、大体死ぬ。

 相手も召喚獣の扱いにどんどん慣れていくわけだし。倒すのは無理だった。

 

「ぜぇ、はぁ……よ、ようやく勝った! やったわよ心葉くん!!」

「おめでとうございます。大丈夫ですか?」

「勿論よ! 瑞希ちゃんも見てるんだから!」

 

 瑞希? はて、今日オレが見たのは『遠子さんが迷惑かけてごめんなさい!』と謝っている彼女の姿だったのだが……

 まあいいか。天野さんの思惑がどうであれこの場は文月学園の宣伝と実験の場であり、オレは食券目当てに戦っただけの一般生徒だ。オレが気にする事ではない。

 

『いや~、白熱した戦い……とは言い難かったですが、手に汗握る戦いではありましたね!』

『そうですね。普段の試召戦争は集団戦になるので、あんな風な1対1になる事はまずありません。

 乱戦になればなるほど回避行動も難しくなっていきます。今のような『即死するか削り切るか』という戦いはこういった試合ならではのものでしょう』

『なるほどなるほど~。言われてみれば確かにそうですね。

 それでは次の試合を……する前に少し休憩です。今の内に水分補給とか済ませておいて下さい。連戦になる天野選手は特に!』

 

 ……さて、戻ろうか。

 負けたオレにできるのはチームメイトの勝利を願う事だけだ。

 

 

 

 

 

 

 控室に戻るとさっきまで居なかった人物が混ざっていた。

 

「あ、お帰り~」

「島田さん……何でここに居るんだ?」

「何? ウチが居たら何かまずいの?」

「単純な疑問だよ。今日の選手でもないのに」

 

 今日の出場選手はオレともう一人と副代表の3人だ。島田さんは入っていない。

 もう一人って誰かって? 後のお楽しみだ。

 

「どうせ大した用事も無かったから観戦に来てみたのよ。

 伊織、負けちゃったわね。残念だったわね」

「アレは仕方ないだろ。相手が悪すぎる」

「へぇ~。負けて落ち込んだりしてるかと思ったけどそうでもないのね」

「できない事はできないからな~。サッサと諦めた方が気楽だ」

 

 なお、その諦めた結果がこのFクラス(掃き溜め)である。来年はもうちょい頑張ろう。

 

「……島田さん、もしかしてこんな所までわざわざ励ましに来たのか?」

「えっ、な、何言ってるのよ! そんな訳ないでしょう!

 その……あんたの凹んだ姿を笑ってやろうとしただけよ!」

「そ、そうか。そりゃ残念だったな」

「全くその通りよ! それじゃ、ウチはもう行くから!」

 

 そう言い捨ててサッサと去って行ってしまった。

 オレにツンデレしてどうするよ。島田さん。






「第一試合終了だな」

「相変わらずバトル描写はとことん手抜きね……」

「回避したと言ってくれたまえ。
 大体、アニメや漫画じゃないんだからバトル過程の描写なんて要らんだろ。
 大事なのは結果とそれに対する納得ができる理由の2つだけだ」

「そうかもしれないけどねぇ……」

「過程の描写が必要な場面も存在するが……今回はそうでも無かったしな」


「では、明日もお楽しみに!」


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06 第二試合

『それでは2回戦を始めます! 文月学園側の中堅と聖条学園側の先鋒はステージに上がってください!』

 

 姉上と同じ名前の実況の声が響く。ようやくワシの出番のようじゃな。

 

「うちの中堅こと秀吉、頼んだぞ」

「うむ。ところで剣よ。ワシが選ばれた理由は伊織が選ばれた理由と同じなのかのぅ?」

「ああ。バランス重視だ」

「う~む……それで勝てるのかのぅ……? 今更じゃがメンバーを入れ替えた方が良いのではないか?」

「まぁ……不安になる気持ちは分かるが気にするな。

 もうメンバー表は提出済みだから今更変えられんし。

 それに、別に勝てなくても問題ない。こんなのただの学園のPRだしな」

 

 剣の言う事は決して間違ってはおらぬのじゃが……初めから勝つ気が無さそうなのはどうなのかのぅ……

 ……うむ、やれるだけやってみるとするかのぅ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文月学園側でそんな会話をしていた少し前、僕たち聖条学園側の控室はそれなりに賑わっていた。

 

「どうよ心葉くん! この私にかかればこんなもんよ!

 このまま3連勝とかしちゃえるかもしれないわ!」

「……そーですね」

 

 果たして、そう上手く行くんだろうか?

 今回使用する科目は一般的に五教科と言われる国社数理英の5種類だ。

 社会に関してはさっき見たように問題はない。国語は文芸部部長として言わずもがなだし、英語……と言うか語学全般も完璧だ。

 理科は……どうだったかな。ちょっと分からない。

 

『それでは2回戦を始めます! 文月学園側の中堅と聖条学園側の先鋒はステージに上がってください!』

 

 アナウンスが響いた。そろそろ次の試合が始まるみたいだ。

 

「それじゃ、行ってくるわ」

「遠子先輩、頑張ってください!」

「勿論! ななせちゃんの出番が回ってこないくらい頑張るわ!」

 

 遠子先輩は意気揚々とステージに上がって行った。

 対する文月学園からは……何故か男子制服を来た女子がやってきた。

 

『はい、選手が揃いましたね。解説の御空さん。新しい選手について解説をお願いします!』

『2年Fクラス所属、木下秀吉くんですね。得意科目は強いて言うなら文系、苦手科目も……強いて言うなら理系という感じです』

『バランスタイプって事ですか。さっきの宮霧くんもそんな感じでしたね』

『そもそもFクラスに五教科でどれかに特化してる人ってあんまり居ない気がしますけどね。一部の生徒は極端に苦手な科目があるみたいですけど』

『なるほど。それでは始めてもらいましょう。フィールドの展開をお願いします!』

 

 遠子先輩は殆どの科目で優秀だ。

 しかし、もし数学が選ばれた場合……

 

「「試獣召喚(サモン)!!」」

 

 

 [フィールド:数学]

 

文月学園 木下秀吉  86点(数学1A)

聖条学園 天野遠子  2点(数学1A)

 

 

 あっ。

 

「そ、そんなっ、数学なの!?」

 

 さっきの試合では立派な槍を構えていた先輩の召喚獣は今は得意げな顔で先割れスプーンを構えている。それは武器じゃないと突っ込んだ方が良いのだろうか。

 

「うぅむ……少々申し訳ない気持ちになるのじゃが……これも戦いじゃ、悪く思わんで欲しいのじゃ」

 

 ただでさえ操作に慣れていない遠子先輩は5秒と保たずに散って行った。

 

『え~……試合終了です。解説お願いします』

『聖条学園の天野選手は数学に関しては信じられないくらい点数が低いみたいです。

 それ以外は理科がAクラス並み、国語と英語に至っては教師を超えるくらいの点数なので運が良ければ3連勝も有り得たと思いますが……』

『な、なるほど。また極端な……

 と、ところで一つ疑問があります。召喚獣の装備についてです!』

『ああ、アレですね。

 え~、召喚獣の装備というものは基本的には振り分け試験の際に決定し、1年間変わる事はありません。

 どれだけ悲惨な点数を取ろうとも最初に良い点を取っていれば立派な鎧に立派な武器を持った状態になります。

 しかし今回、聖条学園の皆さんの召喚獣は特別仕様になっています。具体的には点数に応じて武器が変化する仕様ですね』

 

 あれ? さっきの遠子先輩の武器が武器と呼べない代物になったのは普通の事じゃないのか。

 でも、それが僕たちだけに適用されてるってどうなのかな? 何だか不平等な気が……

 

『これは生徒には搭載しにくいシステムを学園長が試したかった……という面もあります。300人……いえ、2年と3年合わせて600人の武器を召喚する度にいちいちリセットしてたらシステムの負荷が膨大になってしまいますから。

 しかし、 一番の目的は公平を期すためです。

 例えば、今の天野選手の召喚獣が立派な槍を持っていたらどうなっていたでしょう?』

『う~ん……600点くらいあってもすこし槍に振り回されてたくらいだから持つ事すらできない……いや、下手すると重さで潰れ死ぬかも……』

『そういう事です。召喚獣の装備は点数に応じて多少軽量化したりしますがそれでも限度があります。

 文月学園の生徒であれば低得点での戦いもある程度慣れていますから問題ないですが……聖条学園の皆さんには良くも悪くも身の丈に合った武器を使って頂いております』

 

 そっか。そういう面もあるのか。

 それに良く考えたら弱くなるパターンがあるって事は強くなるパターンだってある。全然不平等じゃなかった。

 

「あの、遠子先輩……大丈夫ですか?」

「うぅぅ……に、人間の価値はサインとかコサインとかじゃないんだから……」

「あ、安心して下さい! 次はあたしが勝ちます!」

「ななせちゃん……お願い。後は頼んだわ」

 

 遠子先輩が一方的に負けた為、完全にイーブンの状態に戻ってしまった。

 琴吹さんの学校の成績が特別良いって噂は聞かないけど極端に悪いわけでもなかったはず。

 実際に点数を見るまでは何とも言えないけど……のんびり構えさせてもらおうかな。






「という訳で2回戦(笑)が終了だ」

「ホント極端な人ね。遠子さん」

「原作では数学込みで2科目しか出てないんで遠子さんの実力は未知数だが……語学が極めて高いのは容易く推測できる。
 歴史関係もかなり高い気がする。本が執筆された時代背景とか凄く詳しそうだし。
 理科は少々迷ったが……知識関係では結構な点数が出せるはずだ。計算問題を全捨てしてもAクラス並みの点数は取れるだろう。
 ……で、数学だ」

「2点っていうのは公式設定なのよね。でもこれだと吉井くん未満の数学能力って事になるけど……」

「四則演算とかの基礎は流石に遠子さんの方が上だと信じたい。あくまでも算数ではなく数学の問題が解けなかっただけだと解釈しておこう」

「……そうね」

「後は……ああそうそう。召喚獣の装備が変わるのも原作通りだったりする。
 尤も、何度も言っているように今回の話の原作を書いたのはバカテスの井上先生ではなく文学少女の野村先生だ。
 単純な凡ミスの可能性もあり得るな」

「どうなのかしらね。意図的に設定を変えた可能性も十分あり得ると思うけど……」

「理由は不明だがそうやって設定の齟齬が発生している事は事実だ。
 本作では聖条学園向けの特別仕様という事にしておく」


「それでは、明日もお楽しみに!


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07 第三試合

 手強そうだった遠子さんはアッサリと散った。

 まさか明久よりも点数の低い高校生が居たとは。世界は広いな。

 

「お疲れ秀吉」

「うむ。伊織よ、お主の仇は取ったぞ」

「アレは果たして仇を取ったと言って良いのか? いやまぁ確かにそうなんだけど」

 

 秀吉が相手の弱点を突いた! ……と言うのではなく勝手に選ばれた科目で勝手に自滅した感が強い。

 仇……まぁ、いいか。

 ところでちょっと気になった事がある。

 

「……貴様ら、そんなに仲が良かったか?」

「む? ……ああ、うむ。下の名前の方が呼びやすいからのぅ」

「何故か既に島田さんからは名前呼びだからな~。アレは微妙に言いにくい上の名前を覚えてないだけだと思うけど。

 秀吉の方も木下だと優子さんと混同するし」

「……なるほど。実に合理的だ。

 尤も、下の名前呼びだとそれはそれでまた混同が発生しそうだが」

 

 具体的には、この交流試合の実況と。

 

「それはそうじゃが……それは言ってもしょうがない事じゃ」

「まぁ、そうだな」

「副代表も苗字だと妹さんと混同しそうだけど……副代表は副代表だな」

「来年になったら何て呼ぶ気だ。まぁ、好きに呼べば良い。変な呼び名じゃなけりゃ問題ない」

「ちぇっ、赤ゴリラとかダーリンとか言ってみたかったのに」

「覚えてたのかそれ」

 

 今年度が始まった時の自己紹介で雄二から不評だった呼び名である。

 好きに呼べば良いって言うから一生懸命がんばって3秒くらい考えた結果だったというのに。薄情な奴である。

 

 

 

 

 

『それでは3回戦を始めます! 両学園の中堅はステージに上がってください!』

 

 おっと、休憩終わりか。

 向こうの中堅は最初に遠子さん達と会った時には居なかった女子らしい。奴も文芸部の一員という訳か。

 となると文系科目だと分が悪いか? まぁ、やってみれば分かるか。

 

「では、また行ってくるのじゃ」

「お~、頑張れ~」

 

 

 

 

『はい、揃いましたね。それでは解説の御空さん。新しい選手の解説をお願いします!』

『聖条学園2年生の琴吹ななせさんですね。彼女は先ほどの天野選手のように極端に低い点数は無いみたいです。

 先ほどのように拍子抜けな戦闘で終わるという事は無いでしょう』

『なるほどなるほど。ちなみに平均で何点くらい?』

『それは教えられません。一方的に情報を公開してはフェアでなくなってしまいますから。

 実際に見せた方が手っ取り早いでしょう』

『ごもっとも。それではフィールドの展開をお願いします!』

 

 残っている科目は国語、英語、理科の3つ。

 さて、何が出るやら。

 

 

「「試獣召喚(サモン)!!」」

 

 

 [フィールド:英語]

 

文月学園 木下秀吉   72点(英語W(ライティング))

聖条学園 琴吹ななせ 231点(英語)

 

 

「ううむ……Aクラス並みの点数じゃな」

「えっ、このくらいでAクラスなの? 思ったよりも簡単だったような……」

 

『……とか言われちゃってますけど、どうなんでしょう?』

『う~ん……琴吹選手だったらギリギリAクラスに……いや、Bクラスかなぁ……

 クラス分けは順位で決定するので一概には言えませんが、今年の目安として平均点200点超えくらいがAクラスになります』

『231点なら十分に見えますね』

『小野寺さん、考えてみて。私たちは振り分け試験の時はセンター試験と同じような日程で2日で10科目こなしたわ。

 聖条学園の皆さんは2~3日かけて5科目を受けたらしいの。学校の授業の後にテスト受けてるらしいから断言はできないけど、疲労を考えたら点数が気持ち上向きになってるんじゃないかしら』

『な、なるほど。確かに』

『それに、私たちは例えば国語なら現代文と古文を選択の余地なく両方受けるけど、今回はどちらか任意で構わない。

 意図的に手を抜いてない限りは得意科目を選んでるはずだから平均点はもっと下がるわ』

『それは確かに。振り分け試験に関わる五教科は本来全部2科目ずつですもんね』

『琴吹選手が選ばなかった科目もバランス良く取れるタイプの人である可能性ももちろんありますが……控えめに見積もった場合にはBクラスといった所でしょう』

 

「……という事らしいのじゃ」

「そ、そう。もし転校したらどうなるのかってちょっと考えてみたけどAクラスは無理なのね」

「文月式のテストは慣れもあるから何とも言えんのぅ……

 よしんばAクラスに入れたとしても試召戦争による設備争奪戦もあるのじゃ。胡坐をかいていたら畳に卓袱台の教室に押し込まれる事もあり得るのじゃ。

 転校はかなり慎重に検討した方が良いのぅ」

「そっか……ありがとう。えっと……木下さん……だっけ?」

「うむ……む? 一応言っておくが、ワシは男子じゃなからな?」

「冗談も上手いのね。木下さんって」

「いや、冗談ではなく……」

 

『すいません! そろそろ始めて下さい!』

 

「あ、すいません! それじゃあ始めましょうか」

「むぅ……仕方あるまい」

 

 

 

  ……そして数分後……

 

 [フィールド:英語]

 

文月学園 木下秀吉   72点 → Dead

聖条学園 琴吹ななせ 231点 → 111点

 

 

 こんな感じでそれなりに善戦したが、残念ながら勝ちには届かなかった。

 どうやら先鋒の遠子さんが極端に運動音痴だっただけであって、それなりの運動神経があれば点数でゴリ押しできるらしい。

 いよいよ僕一人になってしまったな。ここから2タテするしかないか。






「突然だが言い訳がある」

「突然ね。一体どうしたの」

「現在、筆者の手元に文学少女の原作本は存在しない。
 故に、琴吹さんの口調や成績は記憶を頼りに書いた捏造だ。
 琴吹さんってそもそも召喚獣出してなかったしな」

「……そう言えばそうだったわね。確かに原作……コラボ小説では召喚すらしてなかったわね」

「極端な劣等生でも優等生でも無かった気がするのでまぁBクラス並みくらいの文系かなとしておいた。
 口調に関しては心葉くん以外には普通に話すだろう、と。相手が女子なら猶更」

「秀吉くんは女子じゃない……っていうツッコミは空しいだけね」

「と言う訳で違和感があったなら申し訳ないと言っておく。以上だ」


「では、明日もお楽しみに!」


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08 第四試合

「お疲れ秀吉」

「うむ……やはり明久のようにはいかんのぅ」

「相手の点数を自分の点数の約1.7倍削ったんだから十分だと思うが」

「その通りですよ。お疲れ様です木下くん」

 

 負けて帰ってきた秀吉を控室の全員で労う。

 残るは僕一人となってしまったな。

 

「空凪くん、大丈夫ですか? もし負けてしまったら……何だか良く分からないけど面倒な事になりますよね……?」

「ん? ああ、安心しろ。賭けについては大した問題じゃない」

「賭け? 副代表、食券以外に何かやってたのか?」

 

 遠子さんとの賭けについては個人的な事なので話す必要は無いが……隠す必要も無いか。話しておくとしよう。

 

「何か、あっちが勝ったら僕と明久は別れろってさ」

「わか……うん? え、まさかあんたたちってそういう……」

「んな訳無いだろ。向こうが勝手に勘違いしてるだけだ」

「そ、そっか。少し安心した。でも付き合ってもいないのに別れろってどうするんだ?」

「どうもしないさ。付き合ってないんだから」

「相手が納得するのかそれ?」

「納得しなかったら別れた上でまた付き合いましたって言えば良い」

「詭弁だな」

「詭弁ですね」

「アホな勘違いをした向こうが悪い。

 まぁでも、挑まれた勝負に負けるつもりはサラサラない。全員蹴散らしてやるさ」

 

 

『それでは4回戦を始めます! 出場選手はステージに上がってください!』

 

 

「丁度いいタイミングだ。行ってくる」

「私が言えた事じゃないかもしれませんけど……頑張ってください」

「無論だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

『さ~て、文月学園側は後が無くなりました。

 そんな彼らの最後の選手はFクラス副代表の空凪剣くんです!』

『彼の成績は……なんと言うかクラス詐欺な点数なので今回の試合ではFクラス並みくらいの点数に調整されているそうです。

 しかし、彼の操作技術は他の生徒とは一線を画しています。彼ならば2連勝も夢物語ではないでしょう』

 

 実況と解説の言葉を聞き流しながらステージに立つ。

 向こうの女子生徒もやる気は十分のようだ。

 

「……始めに、少し謝らせてもらおう」

「どういう意味?」

「本来これは貴様らの先輩である天野遠子と僕との個人的な勝負のはずだった。

 奴に喧嘩を売られた段階ではここまで大事になるとは想像すらしてなかった。巻き込んでしまった責任の一端は僕にもあるだろう」

「……別に、構わないわ。アタシはただ遠子先輩に頼まれて参加してるだけだし。誰のせいとかじゃない」

「そうか? でもテストとか大変……と言うより面倒だったろ。いくら同じ部活の部長とはいえ無理に従う必要は……」

「同じ部活? アタシは部活入ってないけど」

「……えっ、そうなのか? じゃあお前何でこんな事を……」

「だから、遠子先輩に頼まれたからだって言ってるでしょ!

 べ、別に休みの日に井上と会えるからとかじゃないんだからね!!」

「…………そうか」

 

 目の前の女子がつい数分前に伊織に会いに来た某ポニテのスレンダーな女子と被って見えた気がした。

 しかしながら他校性の恋愛事情にまで関わる気は無いのでスルーしておく。

 

 

『それではフィールドの展開をお願いします』

『残りは国語と理科の2つですね。どちらになるでしょうか』

 

 

「「試獣召喚(サモン)!!」」

 

 

 [フィールド:理科]

 

文月学園 空凪 剣  100点(物理)

聖条学園 琴吹ななせ 183点 → 88点(化学)

 

 

 対戦相手の点数がいきなり減少したが、これはこの試合の特殊ルールによるものだ。

 前回の試合で秀吉が削った影響で僕の点数を下回ったようだな。

 遠子さんの時は元の点数が低すぎたせいで影響を受けていなかったし、ソレと戦った秀吉もノーダメージだった。

 いきなり点数が削れるなんて初めて見る光景で、そしてできれば最後にしたい光景だ。こういう風に表記されるんだな。

 

「点数上は僅差ではあるが勝ち、か。勝ったな」

「ぐっ、まだ分からないわよ。アタシだってさっきの戦いで少しは操作に慣れたんだから!」

「クククッ、威勢が良いのは嫌いではない。気持ちで負けていたら話にならんからな。

 だが……こちらも大人しく負けてやる気は無い。

 貴様には次元の違う操作技術というものを見せてやるとしよう。行くぞ!」

 

 

 

 

 ……という訳で、距離を取りながらナイフを投げつけるという姑息……極めて堅実な戦術を用いて一方的に撃破した。

 

 

 [フィールド:理科]

 

文月学園 空凪 剣  100点

聖条学園 琴吹ななせ  88点 → Dead

 

 

「そ、そんな……1点も削れないなんて……」

「相性の問題もあったな。飛び道具の使い手にとって操作慣れしてない孤立した相手なんて絶好のカモだ。

 この戦法なら4倍くらい点数が開いてても何とか勝てそうだ」

「嘘……それじゃあ井上も……」

「実際にやってみないと分からんけどな」

 

 召喚獣の操作は独特の感覚を必要とするが、物理的に操作できないみたいな問題がある訳ではない。

 だから、召喚獣の操作にやたら特化した才能を持っていれば普通に負けると思うが……そんな奴が居るとはそうそう思えない。

 どうしたもんかなぁ……

 そんな事を考えていたら解説からメッセージが飛んできた。

 

『ピンポンパンポーン。文月学園の空凪くん、聞こえてますか? 聞こえてますね。

 先ほど学園長から指示が入りました。次の試合では飛び道具使用禁止だそうです。

 後が無い状態だったから堅実な作戦を取ったのは理解できますが、最終戦まであんな一方的に片づけられたら試合として成立してないとの事です。

 接近戦でも普通に強いでしょ? 最後くらいは真っ当に戦って下さい。

 以上です!』

 

「……と、いう事らしい。良かったな。貴様の戦いは点数こそ削れなかったが無駄ではなかったようだぞ」

「あ、ありがと……意外と優しいのね」

「……事実を言ったまでだ。それよりサッサと交代してくれ。休憩など要らん」

「分かったわ。井上を連れてくる」

 

 ルール上5戦目を前に終わる可能性もあったわけだ、無事に最終戦まで辿り着けたようだ。

 後は勝つだけ。残った科目は国語だけだから間違いなくそれになる。

 相手は文芸部……なんだよな。さっきの琴吹さんは違うらしいが。

 文芸部相手に国語……勝てるかな……






「と言う訳で安定の戦闘描写カットの決着だ」

「本編でキミが言ってたように4倍の点数があっても勝てないでしょうからね……」

「最終戦までそれは小説的にはちょっとアレなんで飛び道具禁止の制限を付けてみた。
 それでも大した描写はされずに終わりそうな気がするが」

「……ところで気になったんだけど、キミの投げナイフの本数は一体どうなってるの?
 弾数をか全く気にしてないように見えるけど」

「あ~……うん。筆者としては無限弾丸なイメージで考えてたらしいが……それだとそこそこのチートなんでちょっと制限を設けておくか。
 同時射出できるのは10本まで。但し、場外に落ちたものは自動回収される。
 こんな感じかな」

「……実質ほぼ無限な気がするわね」

「……かもな」


「では、明日もお楽しみに!」


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09 最終試合

「ぐぬぬ……まさかななせちゃんまで負けちゃうなんて……」

「ごめんなさい遠子先輩……空凪くんがちょっと規格外でした」

「安心してななせちゃん。まだ文芸部(うち)のエースの心葉くんが残ってるから!」

 

 僕は一体いつからエースになったんだろうか? 実のところ、国語は苦手……って程じゃないけど別に得意でもない。

 飛び道具無しっていうハンデを貰った所で勝てるかは正直怪しい。

 

「……って言うか先輩。ちょっといいですか?」

「あら? 何かしら?」

「これって元々は先輩と空凪くんの決闘ですよね? ハンデを貰って勝つってどうなんですか?」

「心葉くん、甘いわね。恋愛が関わる勝負に手段なんて選んでられないのよ!

 瑞希ちゃんの為にも、私たちは負けられないのよ!!」

「……そうですか」

「そうよ! ほら、空凪くんが待ってるわ。行ってきなさい!」

 

 僕はため息を吐きながらステージに上がる。

 もはや原型を留めていないこの決闘騒ぎ、勝ち負けは置いておいてさっさと終わらせよう。

 

「ようやく来たか。貴様に恨みは無いが……勝たせてもらうぞ」

「はぁ……お手柔らかに頼むよ」

 

『長かった交流試合もこれで最後ですね。それでは御空さん、選手の解説お願いします!』

『聖条学園2年の井上心葉くんですね。

 彼は文芸部の部員との事ですが……成績を見る限りだとどうやら理系っぽいですね』

『えっ? じゃあ何で文芸部に……』

『さぁ? それは本人に訊いてみないと何とも……

 

 奇遇な事に僕も訊きたい。何で僕は文芸部に入らされたんだろうと。

 

『まぁ、別に理系が文学しちゃいけないって決まりがあるわけでもないですし。理系的な知識が必要な作文とかも普通にありますし』

『なるほど……でも、今回の試合だとちょっと不利ですね』

『そうですね。最後は国語なので。井上選手は比較的苦手科目で挑む事になります』

『さて、最後のフィールドはもう既に展開済みのようです。

 選手の皆さん、最後の召喚をお願いします!』

 

「「試獣召喚(サモン)!!」」

 

 

 [フィールド:国語]

 

文月学園 空凪 剣 100点(古文)

聖条学園 井上心葉 285点(現代文)

 

 

「……比較的苦手な割に高いのな」

「琴吹さんの時も思ったけどこれでも結構高いんだね。僕ならAクラスに入れるかな?」

「十分過ぎるな。Fクラスの生徒としては転入は遠慮して欲しいが」

 

 空凪くんが率直な意見を述べる。

 奇抜過ぎる見た目のせいで関わり合いになるのは遠慮したかったけど意外と真っ当な人なのかもしれない。

 姫路さんの手作りのお菓子を捨てるのだって実はちゃんとした理由があるような気がしてきた。

 

「ところで、貴様の武器。それは一体何だ?」

「え? これは……羽ペン?」

 

 僕の召喚獣に視線を向けるととても武器には見えない羽ペンが握られていた。

 ペンは剣より強しとでも言いたいんだろうか? 空凪剣くんに対して特殊な効果が……ある訳も無いか。

 

「ナイフを貸そうか? 複数本あるから1本くらい構わんが」

 

 その言葉を聞いて、少し迷う。

 真っ当な武器ではないのだから仕方ない。交換するというのも十分ありだ。

 けど……何となく、僕はこのペンを手放す気にはなれなかった。

 

「……いや、これで大丈夫。多分、これは僕の為の武器だから」

「そうか? なら遠慮なく行かせてもらおう。行くぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 結果的には……羽ペンはただちょっと頑丈なだけの羽ペンだった。

 もしかしたらちゃんと使えばペンっぽい機能……例えば魔法陣を描いて魔法を発動させるとか、相手の召喚獣のプログラムを書き換えて乗っ取るとか、そういう機能があったのかもしれないけどそんなものを説明も無しに使いこなせるはずもない。

 空凪くんの召喚獣のナイフとぶつかり合っても壊れなかっただけ頑張ってくれた方だと思う。

 多少の傷を与える事はできたけど……それだけだった。

 

 

 [フィールド:国語]

 

文月学園 空凪 剣 100点 → 49点

聖条学園 井上心葉 285点 → Dead

 

 

「これで、終わりだ。お疲れ様」

「……お疲れさま」

 

『試合終了です! 選手の皆さんお疲れ様でした!』

『最後は3倍近くの点数差を覆しての空凪選手の勝利となりました。

 やはり召喚獣の操作は慣れが要りますね。今後の研究次第では召喚獣を土木工事とかに利用しようみたいな話もあるみたいですけど……まだまだ道のりは遠そうです』

『えっ、そんな話あったの?』

『召喚獣がただの設備争奪ゲームの為だけのツールだったら文月学園のスポンサーはゼロになるでしょうね。

 単純に力持ちだから色々と便利だし、狭い所にも入り込める上に毒ガスとかも効かないからレスキュー活動とかも使えそう。

 素人がパッと考えただけでもこれなんだから、各分野の専門家はもっと色々思いつくでしょうね』

『なるほど~。まだまだ課題は多いみたいですけど、その辺は学園長に頑張って頂きましょう!

 それでは本日のメインイベントである交流試合はこれにて終了となります。ご協力ありがとうございました!』






「いじょ、試合終了だ」

「最後まで戦闘はカットなのね」

「当たり前だ。うちの駄作者を誰だと思っている」

「…………」

「……さて、解説でもするか。
 今回の原作を見てない人は驚くかもしれないが、心葉くんは試験の成績を見る限りでは理系だ。
 本人が理数が得意と自己申告している上に現国の成績より化学の成績の方が高い。
 まぁ、285点と325点なんで大差があるわけではないが」

「このヒト、数年前……中学生時代は現役の作家だったはずよね。しかも本1つで社会現象になったくらいの」

「社会現象にまでなってたっけか? まぁ、記憶が定かではないが新聞に載るレベルの大ヒットだったはずだ。
 単純にブランクがあるという事と……単純に作家としての能力とテストの能力は別って事だろう」

「それでも十分過ぎるくらい高いし、理系に至ってはAクラス上位レベル……琴吹さんの時も思ったけど結構高いわよね。
 心葉くんに優等生設定って多分無かったわよね?」

「単純に2つの学園の偏差値の差じゃないか? 明久みたいなのですら普通に入れる学園と普通の学園の違いだ」

「そういう言い方をすると文月学園がFランの底辺校になりそうなんだけど……」

「……うむ、確かに謎だな。
 格差を付ける為にも幅広い学力の人材を募集したいはずで、しかも公式設定で学費も安かったはずだ。
 ……下手するととんでもない倍率になるんじゃないかこれ?」

「公立高校なら学費も無料だからそっちを優先した可能性もあるけど、他の私立と比べたら有利なのは確かね。実際他校から恨まれてるらしいし。
 でもそうなるとやっぱり吉井くんが入れた理由が謎になるけど……」

「かと言ってFランであると仮定すると霧島……は雄二を追って入ってきただけだからまだしも木下姉や工藤が実は劣等生だったという事になりかねんぞ。勿論貴様も」

「……実はバカの集まりだったと考えればAクラスにも奇天烈な人が多い理由付けになる……?」

「う~む…………入試の際にクラス毎に合格枠が決められていて、平均点が200以上から50名、199~180から50名みたいな感じでやっていたとしておこうか。
 200点の人が不合格で199点の人が合格とかいう理不尽な事態になるが……文月学園は調整中の試験校だからな!」

「……そういう事にしておきましょうか。
 では、明日もお楽しみに!」


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世界に1つだけの賞品

 試合は無事に終わった。

 このまま観客を追い出すのも勿体ないとの事なので残った時間で召喚獣体験みたいなイベントもやるらしい。僕には関係ない話だな。

 そんな中、僕と姫路、遠子さんと心葉くんの4人で文月学園側の控室に集まっていた。

 

「さて、分かっているな天野遠子よ。約束を覚えているだろうなぁ?」

「空凪くん。何でそんな悪そうな態度なんですか……」

「いや、この方が雰囲気出るかなって」

 

 姫路からのツッコミを華麗に受け流したところで再び目遠子さんに向き直る。

 

「勿論覚えているわ。心葉くん、詩を!」

「いや、そんなもん用意してませんよ」

「……なるほど。負ける気は一切無かったという事ね。流石は心葉くんだわ。

 でも負けてしまったものは仕方ない。即興で書いてちょうだい!」

「いや、僕もそんなもんは要らん。もう1つの、豪華賞品とやらだ。

 まさかとは思うがそっちも用意してないなんて事は……」

「当然用意してあるわ。瑞希ちゃん!」

「……えっ、わ、私ですか!?」

 

 遠子さんが突然姫路に声を掛ける。

 世界に1つしかない豪華賞品……なるほど。オチが読めた。

 

「瑞希ちゃん。瑞希ちゃんが焼いたアレを持ってきて!」

「……あの、遠子さん。まさか豪華賞品って……」

「そのまさかよ。とにかく持ってきて!」

「は、はぁ……分かりました。とりあえず持ってきます」

 

 姫路は浮かない顔をしながらもどこかに歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 数分と経たない内に姫路が戻ってきた。手にはバスケットを下げている。

 

「……姫路、一応訊いておくが、これは何だ?」

「……私の手作りのクッキー……です」

「……天野遠子。豪華賞品とは?」

「勿論、瑞希ちゃんが真心込めて作った手作りクッキーよ!

 たとえ試合に負けちゃったとしても、この世に1つしかない、瑞希ちゃんの大事な想いだけは受け取って欲しかったから」

「……なるほど」

 

 僕が毎回姫路のお菓子を捨てていて、そのせいでこの自称文学少女に目を付けられたという話は姫路から聞いていた。

 一口食べて捨てさせるのではなく、何としてもしっかりと食べて欲しかった……と。

 実に感動的な話だ。姫路の料理でさえ無ければ。

 

「念のため訊いておくが。貰った上で捨てるという選択肢は……」

「当然、そんな事は許されないわ」

 

 何故勝ったはずなのに罰ゲームを受ける事になるのだろうか? 解せぬ。

 

「……姫路、バスケット貸してくれ」

「えっ、本当に食べるんですか? 大丈夫なんですか?」

「ちょっと確認したくてな」

 

 姫路からバスケットを受け取って中身を確認。

 ん~……食べても人体に悪影響は無さそうだ。

 ……なんて事を言えるのは全体の大体半分くらいだろう。致死率約50%。姫路も成長したな~(遠い目)

 さて、まずは……目の前のおせっかいな先輩に現実を見てもらうとしよう。

 

「これ、食べてみてくれ」

「いいえ、これは瑞希ちゃんが君に渡した物よ。私が食べるわけには行かないわ」

「別に1コくらい良いだろ。なぁ姫路」

「え、ええ……あの、別の意味で大丈夫なんですか?」

「多分な!」

「……分かりました。遠子さん、申し訳ないんですけど食べてみてください」

「仕方ないわね……」

 

 僕が差し出した危険度が少なそうなクッキーを遠子さんが頬張る。

 特に表情を変えることなく口を動かして嚙み砕く。

 特に表情を変えることなく噛んでから嚥下する。

 そして特に表情を帰る事もなくこう言い放つ。

 

「うん。美味しいわ。流石は瑞希ちゃんね。お菓子作りも上手だなんて」

「なん……だと……?」

「あ、あの、遠子さん!? 無理してませんか!? 大丈夫ですか!?」

「え? ええ。ちょっとだけ固かったけど、それくらいよ」

 

 ま、まさか正真正銘の味覚障害の持ち主か?

 ど、どうしよう。どう説得しようか。

 僕が……僕たちが固まったその時、遠子さんの後輩の心葉くんが動いた。

 

「あの……遠子先輩。空凪くんだけでなく姫路さんも困ってるみたいですよ?

 無理やり食べさせるのは止めた方が良いんじゃ……?」

「今更何を言ってるの。瑞希ちゃんの真心を完食してもらうまで私は退かないわ!」

「……はぁ。えっと、空凪くん、僕にもクッキー分けてくれる?」

「正気か?」

「……うん。君たちの反応を見る限りではとんでもない味なんだろうなっていう想像は付くけど……これ以上遠子先輩のせいで迷惑かけるわけにもいかないよ。

 せめて一口食べてみてからじゃないと説得もできそうにないし」

「……姫路、渡しても構わないか?」

「はい。申し訳ないですけど空凪くんに全部任せます……処分に私の口も必要だったら言ってください」

「……分かった。とりあえず、コレ」

「うん。頂きます……」

 

 僕が差し出した危険度が少なそうなクッキーを心葉くんが頬張る。

 一口で文字通りの意味で苦い表情になる。

 口元を押さえるが、何とか堪えて嚥下する。

 ……良かった。僕の直感が狂って今回だけやたら美味かったというわけじゃなさそうだな。

 

「……空凪くん、君は毎回コレ食べてるの?」

「……ああ」

「……君は間違いなく勇者だよ」

「いや、お前さんの方がよっぽど勇者だよ」

「……遠子先輩。帰りましょう」

「えっ、何でよ。まだ空凪くんがクッキーを食べてないわ」

「いいから、帰りましょう」

「ちょっと、心葉くん? 離して! まだ私にはやることが……」

 

 遠子さんは、心葉くんに引きずられて帰って行った。

 一応、これで解決か。

 

「ふぅ……とんだ災難だったな」

「ご、ごめんなさい……私のせいで……」

「まぁ、今回のは事故みたいなもんだろ。あんまり気に病むな。

 それより……コレどうするか」

「ど、どうしましょう。やっぱりゴミ箱行き……ですよね?」

「……一応、いつものように一口だけ頂くよ。もしかしたら心葉くんの味覚が異常だっただけかもしれんしな」

「あ、いえ、それだったら私が食べます!」

「……じゃ、コレ」

「頂きます」

 

 比較的安全なクッキーを2回ほど割った欠片を姫路に渡す。

 やはりというべきか、すぐに死んだ魚のような目になった。

 

「……やっぱり美味しくないです」

「……そっか。まぁ、気長に頑張れ」

「そうですね……」

「いつか明久に渡せる日が来ると良いな」

「そうですね……って、何で吉井くんが!?」

「いや、何でも何も……なぁ」

「うぅ……そうですね。渡したいです。その……お世話になってますからね!」

「そうだな。そういう事に……あれ?」

「どうかしましたか?」

「いや、よく考えたら遠子さんは僕に食べさせる事にこだわってたな。明久じゃなくて」

「……そう言えばそうですね。何ででしょう?」

「……まぁ、そんな事考えてもしょうがないか。

 んじゃ、また学校で」

「えっ、帰っちゃうんですか?」

「ここに居てもやる事も無いしな」

「……それもそうですね。それじゃ、また」

「ああ」

 

 

 

 

 

 こうして、僕たちと"文学少女"との良く分からない交流が終わりを迎えた。

 彼女たちの今後については……機会があればまた語るかもしれないな。

 それじゃ、また次の章で会おう。






「以上、コラボ編『"文学少女"と悪夢を喰らう審判(ジャッジ)』終了!」

「改めて見るといやに派手なタイトルね。文学少女の方のタイトルに合わせてるのは分かるけど」

「審判とは言うまでもなく僕の事を指しているわけだが……この称号は結構迷ったとの事だ。
 勇者とか狂人とかの案もあったな。あと中二病とか」

「馬鹿は無いのね。バカテスらしく」

「井上先生がコラボにて既に莫迦を使っているからな。ちなみに愚者も原作で使用されている。どちらも読みは『フール』だ」

「ああ、そう言えばそうだったわね」

「……さて、それじゃあ本編の話に戻るとするか」

「君と姫路さんが主役って感じだったわね。何と言うか……リメイク版では新鮮だわ」

「確かにな。今回の章は純粋な加筆部分だから猶更新鮮な感じだ」

「……ところで、遠子先輩って味覚障害なんだっけ?」

「病気と言うよりは体質の問題だがな。
 奴は本を食すが、その代償として一般的な料理の味を感じ取る事ができない。
 原作でも失敗作の料理をうっかり美味しいと言ってしまった事があったはずだ」

「あ~……そう言えばそうだったわね。
 でも、味覚障害なら姫路さんの料理を完食するとかできたのかしら?」

「御空、あの姫路の料理だぞ? 味覚以前に物理的に胃袋を溶かしかねない料理だぞ?
 いくら遠子さんであっても物理的にダメージを受けたらマズいだろう」

「……それもそうね」

「……さて、"文学少女"の話の続きは今のところ書く予定は無いが……好評であればまた書くかもしれないとの事だ。
 但し、次の章とかではなくもっと後になるだろうけどな」

「今回の話を読んで"文学少女"の方の原作にも興味を持っていただければ幸いです。
 勿論、バカテス原作にも」

「原作未読勢がどれだけ居るかは分からんが……読んでいないのであれば買って読んでみて欲しい。
 原作の売り上げに貢献できれば二次創作者としても嬉しい限りだ」

「どっちも完結して久しい作品だから売り上げも何も無いと思うけど……」

「……とにかく! 人気上昇に貢献できれば嬉しい限りだ!」


「では、また次回お会いしましょう!」


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第8章 とある姉弟の愛情の形
期末テスト編 プロローグ


 人は、理解できない現実に直面した時、実に様々な反応をする。

 それはこの僕とて例外ではなかった。

 

 最初に『ソレ』を見た時。僕がまず疑ったのは夢を見ているという事だった。

 頬を抓る。痛い。こめかみをグリグリしてみる。やっぱり痛い。

 目の錯覚も疑ったが、いくら瞬きしても、いくら目をこすってもその目が映し出す光景は変わらない。

 続けて、『ソレ』が偽物であるという仮説を立てた。

 あれほど完璧に偽物を演じられる奴の心当たりは一人しか居ない。僕はすかさず携帯を取り出した。

 電話帳から番号を検索し、ボタンを押す。数コール後に声が届いた。

 

『もしもし。こんな朝っぱらからどうしたのじゃ?』

「いや、何でも無い。邪魔したな」

『え? 一体』ブツッ

 

 偽物……でもないか。

 他の可能性としてついに自分の脳みそがイカれたというものに思い至った。

 しかし、『ソレ』以外のものは正常に認識できている。やはり違うな。

 

 ……考えていても埒が明かない。直接ぶつかってみるとしよう。

 そして僕は『ソレ』に……『早朝にも関わらず元気に登校している明久らしき人物』へと声を掛けた。

 

「おい貴様!」

「え、僕? あ、剣。どうしたの?」

「……貴様、本物か?」

「え? あの、どういう意味……?」

 

 視点移動の癖は間違いなく明久のものなんだが……やはりまだ信用できん。

 古来より、偽物か否かを判断する方法は1つしかない。それは『質問する』という事だ。

 

「……貴様が明久であるならば、この質問に答えられるはずだ」

「いや、あの、どうしたの突然?」

「さぁ答えるが良い……ローマの独裁者だったユリウスカエサルが暗殺される際、腹心であったはずの裏切り者であるブルータスに告げた言葉は何だ?」

「え~っと……確か……

 『フハハハハ、よく来たな! もし私の味方になるなら世界の半分をお前にやろう!』

 ……だった気がするよ!」

「良かった。本物か」

「当たってた? 良かった~」

「いや、あり得ないくらい外れてるが」

「え?」

 

 適当な問題を出して答えられるようであれば偽物。珍回答であれば本物だと断定して良いだろう。

 と言うか、暗殺しに来た裏切り者を世界の半分で懐柔しようとするって一体何なんだよ。

 

「何だか唐突にバカにされたような気が……」

「そんな事よりどうした? 熱があるようには見えんが」

「……あの、剣? 僕がここに居る事に何か問題でもあるの?」

 

 ……バカな。明久にしては頭の回転が速い。やはり偽物……?

 いやいや、そんなハズは無い。とりあえず質問に答えるとしよう。

 

「問題もなにも……いつも遅刻ギリギリの貴様がこんな時間に登校しているのは明らかにおかしいだろう」

「そ、ソンナコトナイヨ」

「ふむ……早朝の学校に用事がある」

「? どうしたの唐突に」

「違うか。では逆に家に長時間居たくなかった」

「ギクッ! な、ななな何を言ってるのかな剣ったら。そそそそんな事ある訳なななないじゃないか!!!」

 

 どうやら当たりのようだ。

 やたら早い登校の原因は分かった。ではその原因の原因は?

 

「N〇Kの集金が来る事を事前に掴んだ」

「?」

「……良く分からんけどとにかく嫌な客が来る」

「さっきから何を……?」

「外ではない……? 中……ああ、身内か」

「なななな何の事かな!? ねねね姉さんが来てるなんてそそそんな事は有り得ないよ!!」

 

 なるほど、姉が帰ってきてるのか。

 明久の姉……どんな人だっけか。

 何か女尊男卑な家庭だって話を前に聞いたような気がするが……姉の事がよっぽど苦手なんかね。

 

「そうか。姉と一緒にいたくなくて早く登校してるんだな」

「なっ!? ど、どうして僕のトップシークレットを剣が知ってるの!?」

「最上級の秘密ならもっと頑張って隠せ。

 家庭内の問題となるとあんまり介入できなそうだが……まぁ、僕に何かできるなら遠慮なく言ってくれ」

「う、うん……ありがと。とりあえずは大丈夫だよ。とりあえずは……」

 

 僕に頼る事が選択肢にある時点で何かしらの問題が発生しているっぽいな。

 まぁ、さっきも言ったように家庭内の問題だ。あまり出しゃばらないでおくとしようか。

 今は……のんびりと登校するとしよう。クラスメイトとの登校なんて久しぶりだからな。

 

「ああそうだ明久。あの話知ってるか?」

「うん!」

「……そうか」






「玲さん編の始まりね」

「明久の奴。2章連続で『うん!』って返しやがって……あの話ができないじゃないか!」

「一体何の話をする気なのよ……」

「実は秀吉と光が恋愛(偽装)をし始めたという噂を日常会話を通じてそれとなく流そうとしたんだが……
 筆者が明久の台詞を書く直前にドラクエの会話を思い出してネタ化しやがった」

「……ああ、ドラクエのネタだったのこれ」

「……さて、貴様が言ったように玲さん編の始まりだ。
 リメイク前では適当な追及しかしていなかったが、今回は短い問答でキッチリ真相まで辿り着いた。
 この変化がどう響いてくるかは……不明だな」

「筆者さんは一体何を書こうとしてるのかしらね……」

「何も考えてないだけだ。いつもの事だな」


「では、次回もお楽しみに!」


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01 それぞれの反応

 人は、理解できない現実に直面した時、実に様々な反応をする。

 それはこの僕とて例外ではなかった。

 では、他の人であれば、どんな反応を取るだろうか……?

 

 

 

 

 

  ……ケース1 西村先生の場合……

 

 鉄人こと西村先生は毎朝校門の前で生徒たちを出迎えているらしい。

 『らしい』というのは、僕があまりにも早すぎるせいで会えない事が多々あるからだ。

 今日は……この時刻からちゃんと居るみたいだ。

 

「「おはようございます!!」」

「うむ、おはよう。今日もやたらと早いな。何か部活でもやったらどうだ?」

「いや~、僕が下手な団体行動取ったら迷惑をかける未来しか見えないですよ。

 雄二みたいに僕を上手く使ってくれる奴じゃないと」

「惜しい話だな。事情があるなら仕方あるまい。

 何かやる気になったらいつでも相談してくれ」

「お心遣いに感謝します」

 

 鉄人先生と適当に会話して校門をくぐる。

 ……しかし、門から数歩進んだ所で待ったがかかった。

 

「ちょっと待て。何故吉井がここに居る!?」

「え? 僕ですか? 何でって言われても……」

「いつも遅刻ギリギリなお前がこんな朝早くに居る訳が無い!

 まさか……偽物か?」

「ちょっと、何言ってるんですか。どこからどう見ても僕は僕でしょう。

 そんな事言ってると『鉄人の節穴』みたいなあだ名が付きますよ?」

 

 明久、それあだ名じゃなくてただの悪口だ。

 あだ名っぽくしたいなら『節穴の鉄人』の方が妥当だ。

 

「ううむ……分かった。お前が本物だとしよう」

「だとするも何も本物なんですけど……」

「本物の吉井。こんなに朝早く来て何を企んでる」

「そこまでおかしい事なんですか!? 僕がここに居るのは!!」

 

 ハハッ、何を今更。

 鉄人先生の言っている事は極めて真っ当だが……ここで静観していても収拾が付かなそうだ。助け船を出すとしよう。

 

「西村先生。あの明久だってたまには早く来たっていいじゃないですか。

 そうだ。せっかく時間があるから勉強を見てやるとしよう。それでいいな、明久」

「え? えっと……うん! 僕は勉強する為に早めに来たんです!」

「それはそれで怪しいんだが……分かった。

 吉井、疑って済まなかった。頑張ってくれよ」

 

 

 ケース1の結論。

 最初から最後まで疑われるが、話せば一応納得してくれる。

 

「い、今、鉄人から励まされたのかな?」

「問題児以外には極めて真っ当な先生だからな」

 

 

 

 

  ……ケース2 坂本雄二の場合……

 

「……まさか本当に勉強を見る事になるとは。ただの口実のつもりだったんだが」

「え、そうだったの!? じゃあ勉強する必要なんて……いや、あるや。ごめん、もうちょっとだけ付き合って」

「……いや、そろそろ雄二が来るからバトンタッチを……」

 

 と、雄二の話題を出したのとほぼ同時にドアが開いた。

 噂をすれば、だな。

 

「うぃ~っす」

「おう雄二。おはよう」

「おはよう雄二!」

「……えっ、誰だお前」

「いや、誰って言われても……」

「俺の知り合いにはいつも遅刻ギリギリでノーテンキな顔をしたバカは居てもこんな朝早くに教科書とノートを広げている優等生じみた真似をする奴は居ない!

 お前は何者だ! 明久のドッペルゲンガーか、クローンか? いや、双子の妹のアキヒシか!?」

 

 雄二も雄二でなかなか良い感じに取り乱しているようである。

 このまま眺めているのも面白そうだが、明久が珍しく勉強にやる気を出している最中だ。なるべく早めに正気に戻ってもらおう。

 

「雄二、偽物を疑うならまずは質問だ。僕もそれで明久が明久だと確信した」

「それもそうだな……じゃあ明久、質問だ。ローマの独裁者だったユリウスカエサルが暗殺される際、腹心であったはずの裏切り者であるブルータスに告げた言葉は?」

 

 あっ、それはあかん。

 

「えっと確か……『ブルータス、お前もか』あるいは『ブルトゥス、お前も私を裏切っていたのか』だったはず」

「やっぱり偽物じゃねぇか!!」

「スマン雄二。その質問は僕が既にやった。

 その後答えも教えてしまった」

「どんな偶然だよ。なら仕方ない。これならどうだ?

 ジュリアスシーザーが暗殺される際に言った言葉は?」

 

 ジュリアスシーザーとは……ユリウスカエサルの英語読みの事である。

 つまり、模範解答はさっきと同じだ。しかしあの明久がそんな事に気付くはずもなく……

 

「う~ん、確か……

 『ぐはっ!! この私が敗れるとは!

  だが心せよ。この世に光がある限り闇は蘇る! 何度でもな!!』

 だった気がするよ。間違いないね!」

「ホントだ。明久だ」

「だろ?」

 

 

 ケース2の結論。

 証拠さえあればちゃんと納得する。

 未来の奥さんの名前が翔子なだけの事はあるな。

 

「ようやく納得してくれたね。完璧な回答だったでしょ?」

「ああ。完璧に明久の回答だった」

 

 

 

  ……ケース3 姫路瑞希の場合……

 

「おはようございます」

 

 前にも言ったかもしれないが早いメンバーは早い順に僕、雄二、姫路で固定である。

 姫路がこの時刻に来るのはいつもの事であり、今の明久と出くわすのも必然だな。

 

「おうおはよう」

「……えっ、あれ? そこに居るのは……吉井、くん……?」

「え? うん。おはよう姫路さん」

 

 明久を見た姫路は目を見開き顔面を蒼白に染め上げる。

 そしてその場に崩れ落ち、さめざめと泣き出した。

 

「えっ、姫路さん!? どうしたの!?」

「だ、だって! 吉井くんが! 吉井くんが!」

「僕がどうしたの!?」

「ヒック、そ、空凪くん、坂本くん! ど、どうにかならないんですか!?」

「……済まない姫路、僕たちも手は尽くしたんだが……」

「俺たちの力じゃ、どうにも……」

「そんなっ!! 吉井くんはまだ17歳なんですよ!? あまりにも……あまりにも惨い……」

「えっ、僕死ぬの?」

「確かに惨い話だ。精神年齢はまだ7歳くらいだというのに」

「ちょっと剣? 僕死なないからね? あと精神年齢も……」

「ほ、ホントでずか!? よがったでずぅぅ!!!」

「わぷっ、ひ、姫路さん離して! 当たってるから!!」

 

 

 ケース3の結論。

 絶望的な未来を予測してしまうが、回避すると同時に感極まって明久に抱きつく。

 ははっ。良かったじゃないか明久。巨乳の同級生に抱き着かれて。

 ……あれ? これがバレたら結局死ぬんじゃないか?

 …………まぁ、そん時はそん時だな!

 

 

 

 

 そしてケース4……と行きたかったが、残念ながらやたらと登校が早いのはここまでだ。

 明久がやたら早く登校した事を把握できるのはそれと同じくらい早く登校した奴だけ。

 よって、他の人からは『それなりに早く投稿した明久』としか見られない。

 

「おはよう。あれ、珍しいわね。アキがウチより早いなんて」

「まあね! そんな日もあるよ」

 

「…………おはよう」

「おはようムッツリーニ!」

「…………朝の録音データに明久の声が入っている。故障か?」

「え、何か言った?」

「…………何でもない」

 

「おはよう。む? 明久がこの時間に居るのは珍しいのぅ」

「おはよう秀吉。意外と遅いんだね。秀吉はもっと早い気がしてたよ」

「うむ。ワシは部活の朝練があるからのぅ」

「あ~、なるほどね」

 

 そんな感じで朝の時間は過ぎていった。

 しかし僕たちはまだ知らなかった。異常はこれだけでは収まらなかったという事を……






「という訳で朝の風景(僕以外)だ」

「ここまで過剰反応される吉井くんって一体……」

「学校を代表するバカだ。
 本作だとバカっぽい描写が少ないせいで忘れがちだが」

「そうよねぇ……吉井くんってもっとバカなはずよね。筆者さんの実力不足のせいで比較的まともに見えるけど」

「バカを書く技術が欲しい……ってのは駄作者がたまにぼやいている事だ」


「では、次回もお楽しみに!」


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02 異常事態とその考察

『吉井、保健室に行ってきなさい』

「何故!?」

 

 現在、4コマ目の授業中。

 先生から放たれる似たようなニュアンスの言葉はさっきので丁度10回目だ。

 

『何故も何も、君がそんなに真面目にノートを取っているのは明らかにおかしいだろう!』

「そんな事は……あれ? 確かにそうですね」

『納得したね? では誰か保健室に……』

「いやいや、僕は大丈夫ですから!」

 

 クラスの雰囲気を大事にするという意味では明久には是非とも保健室送りになってほしい。

 微妙な表情で明久を眺めている雄二や、自分の席で瞑想している秀吉なんかは可愛い方だ。

 康太は普段は希薄な気配が丸わかりだし、島田は怯えた表情でビクビクしてるし、姫路に至っては手を組んで神に祈ってる。

 ……よく考えたらここまで気を配ってる僕も影響受けてるな。できれば何とかしたい。

 なお、伊織はいつも通りだ。流石はFクラス1まともな男だな。

 

 

 

 

 

 

 

 ……昼休み……

 

「明久、てめぇは一体何がしたいんだ」

「何って……真面目に勉強してるだけだよ!」

「それが有り得ねぇっつってんだよ! サッサと吐きやがれ!!」

「そうよアキ! 大人しく白状しなさい!!」

「美波まで!? いや、僕はただ本当に……」

 

 雄二と島田が明久を詰問している。

 直接問いかけるのは連中に任せて僕は僕で考えるとしようか。

 

 そもそも登校が早かった理由というのが『姉が家に帰ってきているから』だったな。

 明久の異変の原因としての関連性を切り捨てるのはあまりにも愚かだろう。

 姉と居たくないから早く登校した。

 では、姉と居たくないから勉強を頑張っている。これは成り立つだろうか?

 ……十分成り立つな。姉という言葉を保護者という言葉に置き換えればなお分かりやすい。

 

「お前ら、そんなもんにしておけ。

 明久が勉強を頑張りたいと思っているのは恐らく事実だ」

「んな事は俺だって分かってる。問題はその理由だ!」

「……明久。姉が居なくなる条件は成績の向上だろう?」

「ええっ!? ど、どうしてそれを!?」

「やはりか」

 

 一人暮らしをさせるのが不安であれば止めさせる。

 大丈夫そう……成績や生活態度が安定しているなら続けさせる。至って真っ当な理屈だ。

 

「え、何? 姉ってどういう事?」

「明久の奴、今家に姉が帰ってきているらしい」

「つ、剣!? 何で言っちゃうの!?」

「むしろ何故言わない」

 

 明久が理由も無くそぐわない行動をしているのが問題なのであってちゃんと理由があれば皆納得するんだよ。

 だからサッサと吐いてくれ。

 

「うぅぅ……じ、実は剣の言う通り、姉さんが帰ってきてるんだよ。

 しかも、成績が良くならないとそのまま居座るって」

「アキってお姉さんと仲悪いの?」

「いや、う~ん、悪いわけじゃないんだけど……とにかく苦手なんだよ」

「姉が苦手……か。まぁ、気持ちは分からんでもないな」

「剣が? 光さんとは仲良さそうなのに」

「……まぁ、色々あったからなぁ。今でこそ顔を合わせたら殴り合いをするくらいには仲が良いが、昔はそうでもなかったよ」

「空凪、それは仲が良いって言わない」

「え? そうか?」

「剣もFクラスだからな……まあそういう事なら分かった。頑張れよ明久」

 

 雄二が珍しく明久を励ましている。少し気色悪い。

 

「雄二……まさか偽物?」

「本物に決まってんだろうが!」

 

 なるほど。偽物なら納得……え、違う?

 

「動機はともあれやる気があるのは結構な事だ。この機会に明久の学力を底上げするというのはアリだな」

「にしてもアキのお姉さんねぇ……どんな人なの?」

「あ~えっと……何というか……とっても個性的な人だよ!」

「だから、どう個性的なのか訊いてるのよ」

「え~、それは……その……」

「むぅ、ハッキリしないわね。ならいっそのこと直接会って……」

「それだけは勘弁して! あの姉さんの事を知られるくらいなら僕はそこの窓から飛び降りる!!」

「そこまでなの!?」

 

 ここは3階だったな。明久にとっては一般人が跳び箱を飛ぶ程度の危険性だろう。

 しかしながら字面だけならインパクト抜群だ。その姉とやらはよほどの相手なのだろう。

 

「その辺にしておけ島田。本人が言いたくない事を無理に暴く事はあるまい」

「う~ん……すっきりしないけど……確かにそうね。誰だって言いたくない事はあるでしょうし」

「そういうコトだ。ただ……明久、貴様が自力で成績の向上など可能なのか?」

「も、勿論だよ! こうしてちゃんとノートも取ってるし」

「なるほど。じゃあそのノートは読み返せる代物か?」

「当然だよ! えっと……あれ、これ何て読むの?」

「知るか」

 

 勉強の為にノートを取る。それ自体は結構な事だ。

 しかし普段やってない事をまともにこなせる訳が無い。無駄とまでは言わないが……効果は薄いだろう。

 

「うぅん……とりあえず、何とか自力で頑張ってみるよ。姉さんの事で誰かを頼りたくも無いし」

「……そうか。なら止めはしないさ。

 ただ、もし僕たちの手が必要だったら遠慮なく相談しろ。僕たちが貴様を上手い事踊らせてやる」

「そこは協力するとかじゃないんだね……

 分かった。いざと言う時は頼らせてもらうよ」

「ああ」

 

 

 

 

 

 

  ……そして翌朝……

 

「タスケテクダサイ」

「たった1日で何があった」」






「授業を真面目に受けてるだけで騒がれる吉井くんって……」

「授業中に病気っぽい生徒を心配する構図だ。何の問題も無い」

「病気扱いは流石に酷いのでは……?」

「……ところで筆者には1つ疑問がある。
 授業中にノートを取る事に意味はあるのだろうか、と」

「あ~……コメントし辛い疑問ね」

「授業なんて殆どは教科書読み上げるだけだからな。
 筆者の学生時代のノートの扱いなんて8割は計算用メモ用紙程度だったぞ」

「それはそれで極端な気がするけど」

「教科書を眺めながら授業中にモン〇ンやってたのとかは良い思い出だな~」

「いや、授業中にゲームはいかんでしょ」

「ちなみにクラスメイトと協力プレイしてた。
 その最中に挙手して黒板に問いの答えを書いて戻ったりとかいうネタ行為も良い思い出だ」

「……結構奇抜な学生生活を送ってたのね。筆者さんって」

「だって、本作のリメイク前を書いてた時期だぞ? まともじゃないに決まってる」

「そう言えばそうだったわね。いや、だからといってまともじゃないっていうのはどうかと思うけど」

「まぁそういう訳で、筆者はノートをまともに取った記憶が無い。
 そしてノートを取るノウハウも無い。
 だからこそ同じように慣れてない明久もまともなノートは書けまいと判断した訳だな」

「なるほどねぇ。

 それでは、次回もお楽しみに!


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03 減点

「タスケテクダサイ」

 

 昨日と同様に早朝に登校し、今教室で土下座している明久の台詞である。

 

「助けるのは構わないんだが……一体全体何があったんだ?」

「昨日姉さんに写真が見つかったんだよ……」

「写真?」

「うん。如月ハイランドで僕と木下さんがジェットコースターに乗ってる写真とか」

「そんなもの持ってたのか」

「ムッツリーニから買ったんだ。高い買い物だったよ……」

 

 康太はあの時は撮影担当のスタッフだったから客の写真を取っていてもおかしくはない、か。

 

「写真が見つかったのが何か問題なのか?」

「大ありだよ! 姉さんは不純異性交遊を禁止してるんだ。

 昨日は危うく5億点の減点を喰らった上に人としての尊厳を剥奪される所だったよ……」

「5億……桁が多すぎてピンとこないんだが」

「次の期末テストで5億点取らないとダメっていう意味だよ」

「そりゃ相当だな」

 

 いくら無制限の文月式テストでも5億点を取れる人間はまず居ないだろう。

 どうしても5億点取りたいのであれば教員と結託して1問の配点を1億点くらいにすれば5問解けば完了だ。そんな事はまず不可能だが。

 明久の姉は明久にBOTにでもなれと言いたいのだろうか? 人としての尊厳を剥奪するという意味では正しいのかもしれない。

 

「でも、何とか回避したんだな?」

「うん……写真に映ってるのは秀吉だって主張して何とか……

 姉さんは何故か不純同姓交遊は認めてるから」

 

 ……異性交遊を認めないのは無責任に子供を作らない為と考えれば一応筋が通っているのだろうか?

 いやいや、常識的に考えて不純同姓交友の方がおかしいだろう。

 

「それで、秀吉を実際に家に連れてこいって話になっちゃったんだよ。

 でも、2人だけで行ったら何が起こるか分からないから……できれば剣とか雄二にも一緒に来てもらえたらなと」

「なるほど」

 

 たった1日で未遂とはいえ5億の減点を喰らった事を考えると今後もどんどん減点されていきそうだな。

 となると早いうちに手は打っておいた方が良いか。

 

「まずは情報をまとめておこう。

 明久。貴様の最終目的は姉を送り返す事だな?」

「うん、当然だよ!」

「その送り返す条件は成績の向上……というのは昨日聞いたが、具体的にはどうすれば良いんだ?」

「えっと……姉さんの出した減点だけ点数を上げれば良いらしいよ」

「上げれば……単純な総合得点ではなく、振り分け試験の時との差という事か?」

「うん。そういう事」

「上げるのは実技込みの合計点? それともセンター準拠の総合科目?」

「えっ、そこまでは聞いてないけど……振り分け試験との比較だから総合なんじゃないかな?」

「ハッキリしてないなら構わん。何とか実技込みに持っていければそれだけでプラス100点だ」

「あ、そっか。家庭科の点数はかなり上がったもんね」

 

 既に好成績なので単純に有利……というだけでなく科目が増えた方が点数増加のチャンスも増える。

 尤も、点数減少のリスクも増えるが……元々がゴミみたいな点数なのでこれ以上減るリスクはあんまり無いだろう。

 

「加点の条件って他に無いのか?」

「生活態度次第では加点してくれるらしいけど……姉さんが加点してくれたのは見たこと無いよ」

「望み薄という事か」

 

 明久の生活態度が悪すぎるだけなのかもしれんが……加点はあくまでもおまけという基準でやっているのかもしれんな。

 さて、次は……

 

「次は減点について聞かせてもらおう。

 具体的に何をしたら減点なんだ?」

「一人暮らしするときの約束事を破ったら減点って感じだよ。

 ゲームは1日30分、不純異性交遊の全面禁止。

 他にも生活態度で細かく減点されるよ」

「ゲームか……30分は短いな。まぁ、頑張って我慢してくれ」

「うん。ゲームの方は……まぁ、何とかなるよ。何とか……」

「生活態度は……僕にはなんとも言い難いな。頑張れとしか言い様がない」

「うん、頑張るよ……」

「不純異性交遊の禁止……まさかとは思うがどっかの黒づくめみたいに女子の半径1kmに近付くの禁止とか言い出さないだろうな?」

「流石にそれは無いけど……女子と手を繋いだ時点で減点100らしいよ」

「…………ふむ」

 

 その程度でその減点となると昨日姫路に抱き疲れたのはマイナス300点くらいだろうか?

 あと、姫路に手料理を振る舞われたのも減点を取られてもおかしくはない。例え中身が化学兵器だったとしても。

 島田に関節技をかけられるのもアウト臭いな。結構密着するし。

 如月ハイランドの件は完全にアウト。実質デートだし、実際に5億点の減点を喰らいかけてるしな。

 

「なるほどねぇ……こりゃ綿密に打合せしてから乗り込んだ方が良いな。

 姫路も島田も連れて行っただけでアウトだろうから今回は大人しくしてもらうとしよう。

 貴様と僕と秀吉、雄二に康太の5人で乗り込む。あいつらが来たら打合せを始めよう」

「うん。頼んだよ……姉さんを何とかしないと、僕の人としての尊厳が……!」

 

 明久がおおげさに言ってるだけな気がするが、あの程度の異性交遊に口出しする姉って結構ヤバい人なのではなかろうか?

 実際に会ってみるまでは何とも言えんが……警戒した方が良さそうだ。






「突然だが、筆者はアニメ版で疑問に思った事がある」

「何、どうしたの?」

「アニオリの話で試験召喚システムが暴走して、解決の為に明久に小学生レベルの簡単な問題を解かせて5桁以上の高得点を出させていたが……アレはそもそもテストを受ける必要があったんだろうか、と。
 捏造した点数を入力するだけでも良いはずだし、白紙の答案用紙を見て『キレイだからプラス1億点!』みたいな理不尽な採点をしてもいい。
 100歩譲って答えを紙に書くという行為が必要だったとしても1問の配点を1億点くらいに設定すれば済む話だ。
 まさか文月学園のテストは各問題全部1点で固定されているという事はあるまい」

「流石に1億点もあったら別の意味で問題になりそうだけど……言いたい事は分かるわ」

「今回の話で筆者がノリで5億点の減点を出したので思い出した。
 まぁ、期末テストは真っ当なテストだからやっぱり無理だが」

「……ところで、5億点の減点ってどうなの? 漢字使わずに表したら500000000よ? 流石にやりすぎじゃない?」

「あくまでも未遂なんで結構適当だな。
 女子と2人きりで遊園地に行くという行為全体を指しての減点と考えると……ううむ、それでも多いか。

「原作だと未遂含めても5桁がせいぜいみたいね。やっぱりやりすぎ何じゃない?」

「しかしなぁ……5桁だとちょっとインパクト薄いし、10万とか100万だと語呂が悪いんだよな。
 5億(ごおく)だと3文字で済むんで言いやすい」

「そういう理由だったのね……」

「まぁそういう訳で、厳密に考えたらおかしい気がするが、特に修正はせずにこのまま進めさせてもらおう」


「では、次回もお楽しみに!」


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04 帰宅

 という訳で昼休み、いつものメンバーから女子を抜いたメンバーで打合せ開始だ。

 ……あっ、そう言えば伊織は呼んでないな。まあ、わざわざ巻き込むほど親しくはないか。

 

「姉を追い出したいか……気持ちは分かるが、俺は一体何をすれば良いんだ?」

「そこはホラ、雄二の悪知恵で何とか姉さんを言いくるめて欲しいなと」

「随分とフワッとしてやがるな」

「何をするにも情報は重要だ。明久の姉とやらの顔を拝んでおいても……そう言えば姉の名前は何て言うんだ? 予め知っておきたい」

「あ、うん。姉さんの名前は(あきら)。吉井玲だよ」

「玲さんね。その玲さんと言葉を交わす事で得られる情報は多いだろう。

 悪知恵で言いくるめるにしても、他の対応を取るにしてもだ」

 

 なお、『この姉だったら家に居たほうが良いな』と判断される可能性もある。

 その場合は明久と敵対する事になるが……まぁ、構わん。

 

「…………俺は何故呼ばれた?」

「情報が大事だって言っただろ? 写真でも録音でも、お前が感じた全てを記録しておいてくれればありがたい」

「…………報酬は?」

「明久の家の聖典の類を全て無期限に貸し出し」

「ちょっと!?」

「…………交渉成立」

「いやいや待って待って! どうして勝手に決めちゃうの!?」

「その類のブツは男子高校生としては健全かもしれんが……玲さんだったら減点対象にするんじゃないか?

 康太の所に避難させておいた方が無難だ。まさにWin-Winな取引だろう?」

「うぐっ……う~ん……確かにそうかもしれない」

 

 玲さんとやらがこれくらい簡単に言いくるめられる奴なら大助かりなんだが……相手を低い方に見積もるのは危険か。

 

「で、ワシの役割は……」

「うん、主にコレの口裏合わせだよ」

 

 明久が懐から取り出したのは例の写真。

 木下(姉)と明久が一緒に例のジェットコースターに乗っている写真だ。

 

「あの日如月ハイランドに姉上と一緒に来ていたのは知っておったが……結構楽しんでいたのじゃな」

「まあね。あの時はただの人数合わせで呼ばれてたけど、結構楽しかったよ」

「呼ばれた? てっきりペアチケットを勝ち取った明久が姉上を誘ったのかと思ったのじゃが……どういう事じゃ?」

「えっと……言わなきゃダメかな?」

「役割を演じる以上はなるべく細部まで詰めた方がボロは出にくくなるのじゃ。空想のシナリオを描くよりも実際にあった事に寄せた方がずっと簡単じゃよ」

「むむ、流石は演劇部のホープ。分かった。なるべく正確に説明してみるよ」

 

 

  ……事情説明中……

 

 

「な、なるほどのぅ……まさか剣と姉上が付き合っておったとは」

「いや、その話僕も初耳なんだが」

 

 まさか明久がそんなアホな勘違いをして木下姉にチケットを渡していたとは。

 単純なバカであるが故に普段は読みやすいんだが、バカであるが故にたまにとんでもない事をやらかすな。

 

「そういう訳で、僕はあくまでも人数合わせの為に木下さん……優子さんから誘われたんだよ」

「人数合わせ……それならば筋書きも上手い事作れそうじゃのぅ」

「貴様が運良く手に入れたペアチケットを使って明久を誘った……という筋書きならイケるか?」

「そんな感じじゃな。入手経路まで考えておいた方が良いかの?」

「そこまでは追及されんと思うが……その時は僕から受け取った事にしておけ。僕自身は興味が無かったが、他の危険なクラスメイトに渡すのも憚られる。

 一番無害そうな秀吉に渡したという体で行こう」

「ならついでに明久の持ってたはずのチケットは翔子に渡したという事にしておけばいいか。それなら辻褄も合う」

「うむ、筋は通っておるのぅ。その状況じゃったら明久を誘ってもおかしくはないのじゃ」

 

 大体筋書きはまとまったようだ。デートの内容を訊かれた場合でも適当なアトラクションの感想を言えば問題無かろう。

 

「じゃ、続きは放課後か。まずは目の前の問題を乗り切ろう。

 次の話はその後だな」

「え? 次って?」

「あのなぁ、いくら減点が少なく済んでも減点以上の成績向上は必須だ。

 明日は貴様の学力向上に関する対策を練る必要がある」

「……あの、一体何をする気?」

「そうだなぁ……無難に勉強会とか? ま、その話は明日で良い」

「は、ハハハ……明日なんて来なければ良いのに……」

 

 

 そんな明久の要望などおかまいなしに時は進む。

 昼休みが終わって、午後の授業も終わって、

 そして、放課後になった。

 

 

 

 

 

 

「明久の家は久しぶりじゃのぅ」

「…………俺もしばらく来ていなかった。セキリュティがしっかりしているからカメラを仕掛けにくい」

「僕は直近で何度か来たな。主にゲームの為に」

「俺も結構来るな。ゲームやる時は大体明久の家だからな」

 

 来訪回数はどうやら雄二がトップらしい。決して意外ではないな。

 

「皆、覚悟しておいてね。姉さんはとんでもなく常識の無い人だから」

「貴様にだけは言われたくない事だと思うが……いや、だからこそ更にヤバい人なのか」

「何だか妙な納得のされ方をした気がするけど……とにかくそういう事だよ」

 

 そんな雑談をする内に玄関まで辿り着く。

 

「それじゃ、開けるよ」

 

 明久が鍵を取り出して開錠。

 ドアノブを回して扉を開く。

 RPGの魔王の城に入る時のような『ギギギ……』というような効果音が……特に鳴る事は無く、開けた途端にボウガンの矢が飛んでくるとかも無かった。

 なんだ、ただの家だな。

 

「明久の姉とやらも大した事は無いな」

「え、何が?」

 

 ……まぁ、効果音とかは冗談だが、それ以前に人の気配がしない。

 

「もしかして、貴様の姉は出かけているんじゃないか?

 よく見たら靴も無いし」

「あれ? ホントだ。姉さん、帰ったよ~!」

 

 明久の呼びかけにも反応無し。やはり出かけているようだな。

 

「ま、居ないなら帰ってくるまで待つだけだ。お邪魔しま~す」

「あ、ちょっと」

 

 明久の家は何度か入った事がある。間取りも概ね把握している。

 さて、まずはリビングの扉を開いて……

 

 部屋に干されている女性用の下着……ブラジャーが目に飛び込んで来た。

 

「……どうコメントすれば良いんだこれ?」

「どうしたのじゃ剣よ。むぅ?」

「っっ! …………くっ、こんな所に……ブービートラップだと……!」

「おい康太しっかりしろ。ただの部屋干しされてる下着だ」

「はぁ……姉さんはどうしてこう……」

 

 女性用下着を部屋干しする。これ自体は問題ないだろう。外に干したら変態に目を付けられそうだし。

 問題は、共有スペースであるリビングに干してあるという事。女性しか住んでいないなら分からんでもないが、弟と2人暮らしの家でやる事では決して無いだろう。

 

「とりあえず明久。ソレを処分してくれ。具体的には康太の視線の届かない所に移動させてくれ」

「……うん。そうするよ」

 

 

 

 明久が下着を片づけ、全員がリビングの椅子に座った所で話を再開する。

 

「さて、待っている間はヒマだな。玲さんが来るまでは勉強会をやっておこうか」

「それもそうだな。さて、何から始めるか……」

「え、勉強会は確定なの?」

「当たり前だろ。何度も同じ説明をさせないでくれ」

「ワシとしても期末に向けて勉強はしておきたかったのじゃ。この機会に便乗させてもらうとしようかのぅ」

「…………保健体育なら任せろ」

「いや、お前は他の科目頑張れよ」

「…………善処する」

 

 今は学校帰りなので当然ノートの類も持ってきている。

 Fクラスの副代表としてクラスメイトの成績向上は重要課題だ。始めるとしよう。

 

「ぅぅ……姉さんに早く帰って来て欲しいと思ったのは初めてだよ」

 

 そんな明久の願いが天に通じたのだろうか?

 明久の呟きの直後に、玄関の方から物音がした。

 

『……あら? 姉さんが買い物に行っている間に帰っていたのですね。

 ……おや? お客さんですか?』

 

 帰ってきたようだ。明久の姉、吉井玲さんが。






「ついに玲さんの登場ね。台詞だけだけど」

「ああ。貴様より若干胸が大きい玲さんだ」

「それ今言う事!? 確かにそうだけど!!」

「……さて、今回の話は概ね原作に沿った形だな。
 姫路と島田には待機してもらったが」

「原作でも吉井くんが最初から正直に打ち明けてればそうなってたのかしらね?」

「どうだろうなぁ……
 『不純な交友なんかじゃないです! 私たちは真剣に明久くんの事が好きなんです!』みたいな態度で着いてきた可能性の方が高そうだ」

「わぁ言いそう。姫路さんの真似が微妙に上手いのは流石はキミと言うべきなのか」

「……まぁそんな感じで着いてきて、同じように減点を喰らいそうだな。
 明久に人並の説明力と危機感値能力があれば、そしてヒロインコンビに人並に話を聞く能力があれば、何とか回避できたかもな」

「微妙にハードルが低いような……いや、あの3人には結構大変なのは分かるけど」

「……まぁ、3人以前に姉が異常なんだけどな」

「それ言っちゃったらおしまいだと思うわよ……

 では、次回もお楽しみに!」


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05 尋問開始

 いよいよ明久の姉こと玲さんとのご対面である。

 玄関まで入ってきているのですぐにリビングのドアが開かれ……

 

『アキくん、ちょっと荷物が多いのでドアを開けてくれませんか?』

「あ、うん! 分かったよ」

 

 ……何か若干予想と違ったけどドアが開かれた。

 両手には食材が大量に入ったスーパーのレジ袋が下げられている。確かにドアを開けるのは大変そうだな。

 

「お客様ですね? 申し訳ありませんが先に荷物を置かせてください」

「あ、どうぞどうぞ。お構いなく」

 

 玲さんがキッチンの方に向かう。

 冷蔵庫を開閉する音が何度か聞こえた後、リビングに戻ってきた。

 

「ようこそいらっしゃいました。狭い家ですがゆっくりしていって下さいね」

 

 何だかとてもまともな人に見えるな。明久が散々警告したような人には見えない。

 しかし油断してはいけない。本当に危険なのは分かりやすい危険ではなく分かりにくい危険なのだから。

 

「お邪魔してます。

 初めまして。僕は空凪剣と申します。あなたが吉井玲さんですね? 弟さんにはいつもお世話になっております」

「まぁ、これはご丁寧に。私は吉井玲と……もう御存知でしたか。皆さんこんな出来の悪い弟と仲良くして下さってありがとうございます」

 

 ほら、まともそうな外見に唖然としてないでお前らも自己紹介しとけ。

 そんなアイコンタクトを受け取った雄二たちが順番に自己紹介を行う。

 

「あ、お、お邪魔してます。俺は坂本雄二。明久のクラスメイトです」

「…………土屋康太」

「ワシは木下秀吉じゃ。よしなに」

「……なるほど。あなたら例の木下秀吉くんですか」

「う、うむ。ワシはこんな外見じゃからよく間違えられるのじゃが……」

「アキくんから聞いていますよ。男の子だそうですね?」

「し、信じてくれるのじゃな!? 正真正銘初対面で信じてくれたのは主様だけじゃ……!」

 

 秀吉のそんな発言を聞いてふと考える。自分はどうだったかな……と。

 最初の時は……胡散臭い目で見てた気がするな。視点移動の癖が男子のパターンと近似してたからまぁ男だろうと判断したが。

 

「ええ。勿論信じますよ。

 だって、うちのバカで不細工で甲斐性なしの弟に女の子の友達などできるはずもありませんから」

 

 その確信の仕方はどうなのだろうか?

 明久にだって女子の友達は結構居るんだけどな。勿論言わないけど。

 

「ところで皆さん、お夕食を一緒にいかがですか?

 大したおもてなしはできませんが……」

 

 玲さんがそんな事を言い出した。

 夕食にはちょっとが早くないか? いや、丁寧に料理するならギリギリ適正時刻か?

 まぁ、玲さんの目的が明久の学校生活について訊き出す事なのであれば料理の準備中に色々訊き出せるし、食事中は気が緩むので秘匿すべき情報をポロっと漏らしやすい。

 これを計算してやっているのだとしたら……侮れないな。

 だが、こちらも玲さんとは話したいと思っていたんだ。上等じゃないか。誘いを受けるとしよう。

 

「ありがたくご厚意に甘えさせていただきます」

「そうだな。俺もありがたく頂かせてもらう」

「…………ご馳走になる」

「ではワシもご相伴させてもらおうかの」

 

 全員参加のようだな。

 

「あ、それじゃあ僕が作るよ。何かリクエストはある?」

「んじゃ俺も手伝おう。この人数を一人で作るのは面倒だろ」

「…………ご馳走になる以上、協力はする」

「ありがと。それじゃあ手伝ってもらおうかな。

 秀吉と剣は……」

「うぅむ、料理はあまり得意ではないからのぅ……お主らに任せるのじゃ」

「同じく。上手い奴に任せる」

「おっけ~。じゃあパパっと作っちゃうね」

「のんびりで良いぞ。そこまで腹減ってないから」

「……確かに。じゃあじっくり作らせてもらうよ」

 

 明久の料理を食べるのは久しぶりだな。少し楽しみだ。

 ……そう言えば、料理と言えば先ほど玲さんが大量に食料を買い込んでいたな。

 秀吉が来る事は……把握していたはずだが追加で3人来る事までは予測していなかったはずだ。

 何か意図があったのか……悩まずに直接聞いてみるか。

 

「え~っと……玲さんとお呼びしても良いですか?」

「ええ。構いませんよ」

「では玲さん。食料をかなりの量買い込んでいたようですが……もしかして僕たちが来る事を予測していたんですか?」

「いいえ、そんな事はありませんよ」

「ふむ、では何故……ああいえ、何でも無いです」

 

 更に追及しようとすると心なしか不機嫌そうな顔になった気がした。

 話したくない理由があるのであれば無理に追及する事はあるまい。

 

「とりあえず運が良かったですね。大量に買い込んだ事が今役に立っている」

「そうですね。これも日頃の行いが良いからでしょう」

「なるほど確かに、僕の日頃の行いが良いからですね」

「いえいえ、私の日頃の行いが良いからです」

「いやいや、僕の……」

「いえいえ、私の……」

「……剣よ、何を張り合っておるのじゃ」

 

 予想通りに秀吉が止めてくれた。良かった。止めてくれなかったら永遠に続いていたから。

 

「そうそう、木下くんには伺っておきたい事があるのです。この写真について」

「むぅ……」

 

 玲さんが取り出したのは例の写真。

 明久と木下姉が一緒にジェットコースターに乗っている写真だ。

 

「これに映っているのは貴方だと聞いているのですが……本当ですか?」

「うむ。勿論じゃよ」

 

 勿論違う。そういう意味では嘘は言ってないな。

 

「そうなのですか? この写真では貴方は女装しているように見えますが……」

「ペアチケット……この時に使ったプレミアムペアチケットは男女のカップルが指定されておったのじゃ。

 しかし明久に女子の友達なぞ居らぬ。ワシも……当時は付き合っていた女子は居なかったからのぅ。

 捨ててしまうのも勿体ないので仕方なくワシが女装したという訳じゃ」

 

 これも嘘ではない……と言いたい所だが、チケット自体は男女でなくとも普通に使えたらしい。

 男女で来なかった場合にはそれはそれで別の方向性で宣伝に活かす計画だったとか何とか。

 

「ふむ…………」

 

 玲さんは写真に映った木下姉と秀吉をじっくりと見比べている。

 この姉弟に決定的な外見の差……例えば黒子があるとか……は無かったはずだ。

 疑われているようだが、証拠は出ないだろう。

 

「……まあいいでしょう。

 それはそうと、うちの愚弟の学園生活はどんな感じでしょうか?」

「姉として弟が心配だと。そういう事ですか?」

「そういう事です。主に学業や異性関係などを教えて頂ければ幸いです」

 

 台詞だけ聞けば至ってまともな保護者に聞こえるな。

 さて、どういう風に持って行こうか。






「玲さんとの直接対決が始まったわね」

「写真に関しては完璧に対策をしておいた。
 秀吉の演技力もあってベストな誤魔化しができたはずだが……流石に警戒されているな。
 ……ちなみに、ここに件の写真がある」

「見せて見せて~。
 う~ん、完全に恋する女の子の顔……って程じゃないけど顔を赤くしてるのが丸見えね」

「原作の秀吉なら割とありそうな表情だが、本作の秀吉は至ってノーマルな男子なのでそれなりに無理があるな。
 まぁ、アレだ。そういう演技をしていたという事にしておこう」

「……秀吉くんならできそうね」

「ああ。秀吉だからな」


「では、次回もお楽しみに!」


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06 300

「明久の、学業や異性関係ですか」

「ええそうです。是非とも教えて頂きたいのです」

 

 保護者としては極めて真っ当。しかしどこか裏を感じる発言だ。

 適度に誤魔化しつつ、嘘はなるべく使わないで明久を誉める。とりあえずはそんな流れで進めるとしよう。

 

「まず異性関係についてですが……あ、念のため確認しますが明久が実は女子という事は無いですよね?」

 

 台所の方から『何言ってんの剣ぃっ!?』という声が響いてきた気がするがきっと気のせいだろう。

 

「ええ。間違いなく男の子です。そうそう、昨日撮ったアキ君のお風呂の写真があるのですが、見ますか?」

「……いえ、結構です」

 

 台所の方から『何言ってんの姉さん!?』という声が以下略。

 

「では、明久の異性は女子という事でOKと。で、明久と女子の関係についてでしたね。

 そもそもうちのクラスは女子が2人しか居ないですからね。しかも女子との接触を自称風紀委員が鋭く目を光らせている。

 教室内では保護者が心配するような浮いた話は全く聞こえてきませんよ」

「その口ぶりだと教室外では何かあるように聞こえますよ?」

「御明察。と言っても、別の人だとそういう話があるってだけで明久が関わる話はやっぱり無いですけどね」

 

 うちの愚妹と秀吉の話である。サッサと噂を広めたいのだが何故かなかなか上手く行っていない。

 せめて身内の中だけでも早いとこ既成事実化させたいんだけどな。

 

「異性関係の心配は特に無し……と。

 アキ君が巧妙に隠しているという可能性は……」

「いや、ご家族の方には悪いですけど……アレですよ? そんな『隠す』なんて事が思いつける知能がある訳が無いでしょう」

「……それもそうですね」

 

 明久が誰かと付き合って隠しているだなんて事がある訳が無い。

 もしそんな事があったら……そうだな。姫路に土下座しながら愛の告白でもしてやろう。

 ……そう言えば、以前は明久と木下姉をくっつけようかと画策していたが木下姉の方には既に彼氏が居るらしいんだよな。割と良い雰囲気っぽかったのにな。

 でも、姫路はチャンスだな。島田も……あいつの感情がLOVEなのかは知らんが頑張れ。

 

「分かりました。では、学業についてはどうでしょうか?」

「……壊滅的なのは語るまでもない共通認識だと思われますが?」

「それは分かっています。私が知りたいのはアキ君がどれだけ成長しているか、あるいは退化しているかです」

 

 そういう質問は当然出るよな。

 コレに関しては結構悩んだんだ。どういう流れに持って行くか。

 

「……成長、ですか。ええ。面白い事にあいつは成長してるんですよ」

「えっ、本当ですか? あのアキ君が?」

「ええ。保護者である貴女としては一人暮らしなんて不安だったでしょうけど安心して下さい。

 奴は十分にやっていけてますよ」

「……そう、ですか」

 

 さて、貴様はどう出るんだ?

 明久の成長は喜ばしい事だ。それを聞いた貴様はどういう反応をする?

 

「……御存知だったら教えて頂きたいのですが……具体的には、何点ほど向上したのでしょうか?」

「言っても意味無いと思いますけど? 文月式の試験は独特だから経験者でもない人が点数を聞いたところで……」

「それでも教えて頂きたいのです。参考にはなりますから」

 

 そうかそうか。まぁ知りたいよな。

 

「……まぁ、良いでしょう。

 実技科目込みでの合計点の上昇は……ざっと300点といった所でしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、言うのかあいつ」

「え? どうしたの雄二」

「いや、何でも無い。次はどのタバスコを入れれば良いんだ?」

「どのタバスコも入れないからね!? 料理で遊ばないで!!」

 

 姉さんと剣の話に聞き耳を立てながらも僕たちは料理を進めている。

 雄二もムッツリーニも手慣れているけどたまにさっきみたいに変な事をやらかそうとする。

 姫路さんみたいに正真正銘の危険物を作ろうとしないだけの自重はしてるみたいだけど料理で遊ぶのは止めて欲しい。

 

「しっかし、お前の姉は最初こそまともに見えたが……何つうか強かだな」

「したタカ? 鳥の仲間?」

「手強い奴って意味だ。尋問する為の時間をさり気なく確保した上で限られた時間で必要な情報を効率よく引き出そうとしてやがる。

 正直あんまり話したくない相手だ」

「へ~。雄二がそう言うなんて珍しいね」

 

 雄二は持ち前の悪知恵でどんな相手でも口先だけで丸めこんでしまえるような印象がある。

 対して剣は突拍子もない詭弁で相手のペースを崩すのが得意なイメージがある。こういう穏やかな会話だったら雄二の方が強そうなのに。

 

「お前の生活態度とかを隠さなくて良いんならいくらでも話せるがな。弱点抱えたまま話すのはかなり面倒くさい」

「ハハハ……ごめん」

「あの姉を追い出すのは諦めてこのまま監視してもらってた方が健やかな高校生活を送れるんじゃないか?」

「ちょっ、勘弁してよ! あの姉さんとずっと暮らすなんて胃に穴があき過ぎて胃がいくつあっても足りないよ!!」

 

『アキくん、今の暴言は減点30点です!』

 

「し、しまった!」

 

 うっかり大声を出してしまった。そりゃ向こうからの声が届くんだからこっちからも聞こえるよね。

 

「お前がそこまで姉を嫌う理由がイマイチピンと来ないんだが、一体全体何をやらかしたんだ?」

「え~っと……あんまり言いたくないんだけどなぁ……

 そうだね、一昨日姉さんが帰ってきた時は何故かバスローブ姿で外に立ってたよ」

「………………は? ああ、そういう事か。何かの服の上から羽織ってたんだな? きっと寒かったんだな。いやでも今は夏……」

「ううん、流石に下着くらいは着けてたと信じたいけど、外から見える範囲ではバスローブ以外は身に着けてなかったよ」

「……お前の姉、正気か?」

「だよね!? やっぱりおかしいよね!!」

「…………明久」

「え? 何ムッツリーニ。あ、そっちの下拵え終わった?」

「…………写真は撮っていないのか」

「そこ!? 何で姉さんの写真をわざわざ撮影しなきゃならないのさ!!」

 

『アキくん。もっと姉さんを大事にしなさい。減点10点です!』

 

「また!?」

「写真なんて要らないっていうのは一応暴言になるか。その内容がバスローブ姿じゃなければ、だが」

「むしろ弟がそんな写真持ってたら嫌だよね? 僕がおかしい訳じゃないよね……?」

「……お前も家族で苦労してるんだな」

「『も』? 雄二も姉さんが居るの?」

「いや、俺は一人っ子だ。うちは……お袋がちょっとアレでな」

「お母さんか……僕の姉さんみたいな感じなの?」

「…………雄二、写真を」

「撮らねぇからな!? そもそも明久の姉とは似ても似つかねぇよ!」

「…………残念」

「家族と言えばムッツリーニはどんな感じなの? やっぱりムッツリーニにそっくりな感じなのかな?」

「…………兄が二人、妹が一人居る。皆、至って普通の兄妹だ」

「ムッツリーニにとっての普通か……」

「盗聴盗撮が基本技能なムッツリスケベか。そんなのがあと3人も居るのか」

「…………そんな特徴は無い」

「う~ん、まぁ今度機会があったら紹介してよ」

「…………機会があったら。

 …………それより、下拵えが終わった」

「お、ありがと。よ~し、それじゃあやっちゃうよ!」

 

 もう間もなく料理完成だ。

 そう言えば、姉さんに料理を作ってあげるのは結構久しぶりだなぁ。喜んでくれるといいけど。






「玲さんとの対決後半とその頃の台所の話だな」

「坂本くんも言った事だけど……言うのね。点数」

「ああ。リメイク前では何故か愚かにも無警戒に言っていた言葉だ。
 あの時の僕は一体全体何がしたかったんだろうな……
 今回の話を書くにあたって読み返していた筆者も混乱していたぞ」

「そりゃ相当ね……」

「あの時は割と無理矢理に逐次投稿してたからなぁ……いろいろとおかしくてもスルーしてた所が多い。
 現在の章別ストック方式の投稿はその辺の反省点を活かしているな」

「リメイク前、ホント後悔が多いわね……そうじゃなかったらリメイクなんてやらないでしょうけど」

「そらそうだな」

「……ところで、吉井くんと優子さんが一応付き合い始めてるのってキミはまだ知らないんだったわね」

「……ああ。本編の僕は一体何を言ってやがるんだろうな」

「姫路さんに土下座で告白しないとね」

「……ふっ、甘いな。僕は『いつ』告白するとは言ってない。
 よって、理屈の上では10年後とか100年後でも問題ない!!」

「どっかの中間管理職みたいな台詞ね……
 まぁ、自由なタイミングでやれば良いんじゃない?」

「…………そうだな。ハハハハ……」

「では、次回もお楽しみに!」


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07 次の勉強会に向けて

 明久の家で玲さんと話した翌日の事である。

 

「タスケテクダサイ」

「……あれ、今日は昨日だっただろうか?」

「ちっがうよ! また問題が起こったんだよ!!」

「ふむ……まぁ言ってみろ」

「うん」

 

 明久は土下座を解除して椅子に座る。

 C教室ならではの行動だな。F教室だと椅子すら無いから畳に正座とかになってた。

 

「えっと……今朝起きたら姉さんが居たんだよ」

「? お前の姉が居るのは当然の事だろう?」

「いやいや、目を開けたら目の前に、ほんの数センチ先に居たんだよ」

「何だと?」

 

 まさか明久がセンチという単位を知っていたとはな。

 ……いや、こんな所でボケてもしょうがないか。目の前の数センチ先に居たという事は軽く地震が起こるだけで顔面がぶつかる……あるいはキスする距離だったという事だな。

 

「危うく唇を奪われそうになったけど、何とか突き飛ばしたんだよ」

「そ、そうか。無事なら良かった」

「確かに僕の貞操は守られた。けどヒドいんだよ!

 突き飛ばしたら突き飛ばしたで『姉さんは傷つきました。減点200です』とか言うんだよ!!」

「そう来たか……なるほど」

 

 明久が減点を喰らう事自体は実は予想通りだったりする。

 その名目まではちょっと予測できてなかったけど。

 

「で、一応訊いておくが僕は何をすれば良いんだ?」

「こうなったらもう全力で勉強して何とか姉さんを追い出すしか無い。

 だから勉強を手伝って!」

「手伝うねぇ……じゃ、また昨日みたいに勉強会を開くか」

 

 昨日は明久の作ったパエリアを皆で美味しく頂いた後で勉強会も一応やった。

 ただ、姫路みたいに安定して全科目高い優等生が居ないと効率が落ちる事を強く実感する羽目になった。

 雄二が教師役を務めてくれたんで多少はマシだったが……学力強化合宿の環境って結構恵まれてたんだな。

 

「姫路も呼ぶとなると貴様の家では都合が悪い。適当な会場を見繕っておかねばな」

「姫路さんを呼ぶの?」

「教師役が要るだろ?」

「……Aクラスの人とか呼んじゃダメかな?」

「女子を呼ぶならどうせ貴様の家では無理だ。

 それに、試召戦争も近いからあんまりAクラスと仲良く勉強したくないんだよな」

「あ、そっか。そろそろ解禁だっけ」

「貴様が勉強を教えてくれた恩人相手に容赦なく木刀を振るえるというなら選択肢に入るが……どうする?」

「それは……ちょっと嫌だね」

「だろ?」

 

 とにかく、どう転んでも会場の選定は必須だ。昼休みに雄二と相談するとしよう。

 

 

 

 

 ……と、思っていたのだが……

 

 

 

 

「おい雄二、ちょっと相談が……」

「……雄二」

「うわっ、何だ翔子、突然現れるな!」

 

 声を掛けた段階で霧島に割り込まれた。わざわざ教室まで来るのは非常に珍しいな。

 

「……今日の昼休み、2年のクラス代表は学園長室に集合。

 ……私はCクラスとEクラスに伝えてくるから雄二はBクラスとDクラスに伝えて」

「何だ? 学園長が呼んでるのか? 一体何の用だ?」

「……詳しくは分からない。とにかく連れてきて」

「しゃーない。代表が、学園長室だな? 分かった」

 

 そんな感じで雄二は出かけてしまった。

 学園長の用事……何だろうな。

 まぁ、場所はどこであれ勉強会を開く事自体は確定で良いだろう。今のうちにいつものメンバーに話しておくとしよう。

 特に女子たちは昨日の話も聞きたいだろうし。

 ……まずはそっちからだな。姫路と島田を呼ぼう。

 

「お~い、姫っち、島っち~」

「えっ? もしかして、私の事でしょうか……?」

「何よその呼び方、まあいいけど」

 

 どうやら適当過ぎる呼び方は不評だったようだ。仕方ないので次から普通に呼ぼう。

 

「……さて、姫路に島田。昨日の件について説明してやる。

 明久の姉の件について」

「やっとですか。待ってましたよ!」

 

 

 2人に昨日あった事や会話の一部を説明する。

 ついでに、康太がこっそり撮っていたらしい玲さんの写真も見せておく。

 

 

「これは……綺麗な人ですね」

「う、ウチより胸が大きい……圧倒的に……」

 

 『全人類の半数くらいは貴様よりも大きいだろう』とツッコミを入れようかと思ったが、僕は明久のようなバカではないので黙っておく。

 島田の暴力は照れ隠しの面が強いから僕が同じことを言っても同じ結果になるとは思えんが……わざわざ傷つける事もあるまい。

 

「にしても吉井くんの料理ですか……少し羨ましいです」

「そうね。ウチも食べてみたかったわ」

「姉を追い出す為に勉強会やりたいって明久が言ってるから機会があれば食べさせてもらえるかもな。

 ……いや待て、勉強に専念するから料理なんてしてるヒマは無いか?」

「期末テストが終わってから……ですかね」

「だな」

 

 さて、それじゃあいつもの男子メンバーも呼んで勉強会の段取りを詰めるとしよう。

 そう思って立ち上がった所で丁度雄二が帰ってきた。

 

「あ、お帰り雄二」

「ああ。用事があるならちょっと待ってくれ。クラスに伝えなきゃならん事がある」

 

 教室に入った雄二は真っ直ぐに教壇に向かう。

 教室内を見回した後、パンパンと手を打って注目を集める。

 

「諸君、そのままで良いから聞いてくれ。大事な連絡がある。

 俺たちは停戦期間が終わったら打倒Aクラスに向けて動く気だったが……無しになった」

 

 ……どうやら、かなり重大なニュースのようだ。心して聞くとしよう。






「吉井くんが観念して勉強会を求める話と、置いてけぼりだった女子陣への説明回かしらね」

「説明回ってほど説明してないけどな。
 そもそも減点システムとかは昨日の段階で説明してるんで新しく説明したのは本当に昨日の事だけだ」

「玲さんの写真とかあったのね。いつの間に」

「康太なら朝飯前だろう。録音とかも可能で、それを聞かせるという案もあったらしいが……まぁ、そこまでする必要は無かろうと没になった」


「では、次回もお楽しみに!」


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08 禁則と対価

「……雄二」

「うわっ、何だ翔子、突然現れるな!」

「……今日の昼休み、2年のクラス代表は学園長室に集合。

 ……私はCクラスとEクラスに伝えてくるから雄二はBクラスとDクラスに伝えて」

「何だ? 学園長が呼んでるのか? 一体何の用だ?」

「……詳しくは分からない。とにかく連れてきて」

「しゃーない。代表が、学園長室だな? 分かった」

 

 

 

 という訳で、根本と平賀に声を掛けてから学園長室に行く。

 まずは近いB教室から。勢いよく扉を開けて呼びかける。

 

「根本、居るか?」

「ああ。何の用だ?」

 

 昼休みなんで居ない可能性も考えてたがちゃんと居てくれたらしい。

 サッサと用件を伝えてDクラスに向かうとしよう。

 

「2年のクラス代表が学園長室に呼ばれてるらしい。すぐに向かってくれ」

「学園長に? 分かった。友香には伝えて……」

「Cクラスと、ついでにEクラスは翔子が向かってる。

 俺はDクラスに寄ってくんで先に行っててくれ」

「分かった」

 

 

 

 Dクラスもさっきと同様に扉を開けて呼びかける。

 

「平賀は居るか?」

 

 呼びかけて数秒ほど経過したが反応が無い。

 既にどっかに出かけたか?

 しゃーない。平賀は放っておこう。もし重要な話なら学園長が放送で呼びつけ……

 

「代表に用事?」

「ん? ああ。お前は……誰だ?」

「そう言えば坂本くんには名乗って無かったわね。

 私の名は小野寺優子。Dクラス副代表の小野寺優子とは私の事よ!」

 

 ……ああ、そう言えば前に剣が言ってたな。木下姉の偽物が居るって。

 Dクラスの副代表だったか。すっかり忘れてた。

 

「で、代表に用事?」

「ああ。何か2年のクラス代表が学園長室に呼ばれてるらしい」

「う~ん……代理参加した方が良いかしら?」

「内容に見当も付かないからそれすら分からん」

「じゃ、一応行っておくわ。学園長室だったわね?」

「ああ」

 

 これでひとまずOKと。俺も学園長室に向かうとしよう。

 

 

 

 

 

 学園長室の扉を開けると俺とDクラス以外の4人の代表が既に集まっていた。

 

「ちぃっす、Dクラスは代表が居なかったんで副代表を連れてきてやったぞ」

「アンタねぇ……このアタシを誰だと思っているんだい?」

「? 学園長もといババァ長だろ?」

「……1日くらい補習漬けにしてやった方が良い気がしてきたねぇ」

 

 そ、そんなバカな。学園長の分際でそんな横暴が許されるというのか?

 

「んで? わざわざ呼びつけて一体全体何の用なんだ?」

「……はぁ、確かにこっちとしてもサッサと終わらせたい。アンタの言動にはひとまずは目を瞑ってやるとするよ。

 結論から言うと、夏休み明けまでは試召戦争禁止さね」

「何だと!?」

「なっ!? 学園長、それはどういう事ですか!?」

 

 学園長の言葉に強く驚いたのは俺と根本。

 他の4人は……そもそも戦争の予定は無かったんだろうな。

 

「言葉通りの意味さね」

「理由を教えて下さい学園長!」

「そうだ! 根本の言う通り理由を教えやがれババァ長!」

「……坂本、学園長が嫌いなのは分かるがちょっと黙っててくれないか?」

 

 チッ、どうやらここは根本に任せた方が良いらしい。

 ババァ長を前にすると聖人君子な俺であっても敬語が崩れちまう。ここは人を騙すのが上手い根本に任せて試召戦争禁止を上手く撤回させよう。

 

「……ゴホン、理由を教えて頂けないでしょうか?」

「理由は、2つさ。

 1つ目はシステムのメンテナンスの為。

 この短期間で4回も、合宿所も合わせれば5回も戦争をやっているからねぇ。結構システムに負荷がかかってるのさ。

 そのせいで色々と不具合も出てるみたいでねぇ。この際だからじっくりとメンテナンスする事にしたよ」

「その口ぶりだと急げばすぐに使えるように聞こえますけど……」

「アタシを過労死させる気かい? それに、急いでやって不具合を見落としたら元も子もないって話だよ」

「……なるほど、2つ目については?」

「もうすぐ期末試験だろう? そっちに専念してもらいたいと思ってねぇ。

 本来なら言うまでも無く専念するものだろうけど、そうでもないクラスが混ざってそうな気がしたんでねぇ」

 

 明らかに俺たちFクラスを狙い撃ちしてやがる。

 試召戦争を起こすのがそんなに悪いってのかよ。

 

「そっちの理由が成り立つのは主にFクラスなのでは?

 そもそも、学期末は敗戦リスクが少なくなるからむしろ積極的に挑むべき期間という扱いなのでは?」

「その意見も尤もさね。でも、悪いけど急遽変更する事になった。

 今回だけでなく今後は学期末の1ヵ月間は宣戦布告禁止とするよ」

「くっ……」

 

 あくまでも1つ目のメンテナンスがメインって訳か。

 それにかこつけて次の学期から適用予定だったルールを前倒しした……と。

 

「不満そうだね。確かに、これには不満が出るだろう事は簡単に予測できた。

 だから、今回だけは特別ボーナスを設けようじゃないか」

「ボーナス?」

「本来は学年が変わる時に行われる召喚獣の装備データのリセット。これを今回の期末も行おうじゃないか」

 

 装備のリセット……か。つまりは俺や明久が良い点数を取れればメリケンサックと木刀とかいう舐めた装備から解放される……かもしれない、と。悪くない話だ。

 しかし、そんな事したら余計システムに負荷がかかるんじゃないのか? メンテナンス中ならそこまで問題にならないんだろうか?

 

「さて、アタシからは以上さね。各代表はこれをクラスの連中に伝えて試験勉強に専念させるように。以上だよ!」

 

 戦争禁止は揺るがなかったが、装備データのリセットは間違いなく朗報だな。

 ……教室に戻るとするか。






「以上、学園長の話だ。
 原作読み返して思ったけど結構不満が出ただろうなぁ……」

「おかしい。小野寺さんの出番があるのに私の出番が無い。
 この話の直前に代表を暗殺しておけば良かった」

「そこまでして出番を得ようとせずとも……」

「オリ主のキミには分からないでしょうね! 私のように持たざる者の気持ちが!!
 本章だと筆者さんがまだ私の出番ねじ込んでないから1文字たりとも出番が無いのよ!!」

「……こうやって後書きに毎回出てる時点で十分すぎるくらい恵まれてると思うんだが……」

「本編と後書きは全然違うわよ!」

「……まぁ、確かにそうだけどさ」

「…………さてと、今回の話は戦争禁止令の話だったわね。
 全責任がFクラスにあるっていう方向にシレっと変更されてるわね」

「甘いな。5回の戦争のうち2回はCクラスが吹っかけた戦争だ。
 よって全責任があるという訳ではない!」

「そのCクラスの戦争もFクラスに原因があるから結局Fクラスの責任な気が……」

「……確かにそうだな。はぁ……」


「それでは、次回もお楽しみに!」


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09 会場

「と、言う訳だ。

 試召戦争は中止。期末テストを頑張ってくれ」

 

 クラスの連中に向けて学園長室での連絡を雄二が淡々と語る。

 しかしながら『勉強しろ』と言うだけで素直に頷いてくれるような連中ならそもそも苦労してない訳で……

 

『何だと!? ふざけんな!!』

『Aクラスのディスプレイでエロ動……美術品を観るっていう俺たちの夢はどうなるんだ!!』

 

 そんな夢があったのか。空しい夢だな。オイ。

 まぁ、雄二もそんな不満が噴出するのは当然理解している。奴の上手い所はここからだ。

 

「まぁ落ち着け。お前たちは振り分け試験の頃と比べて格段に成長している。

 何たって、教室は放棄したとはいえAクラスに勝ったんだからな!」

 

『そ、そう言えばそうだった!!』

『確かにそうだ! 俺達は成長している!!』

 

 

「……あの、空凪くん」

「どうした姫路」

「私たちがAクラスに勝ったのは主に吉井くんと空凪くんのおかげだと思うんですけど……」

「それプラス、5対5の戦いにまで持って行った雄二と、あとFクラスにも関わらずAクラスの久保相手に引き分けまで持って行ったお前の手柄だな」

「いや、そんな事は無いですよ。勝てなかったわけですし。

 って、そうじゃなくて、決して皆さんが成長したわけではないのでは……?」

「愚問だな」

 

 

 勿論、そんな事に気付くような連中ではない。そうだったら苦労してない。

 

「お前たちだってAクラスの装備と比べてあまりにも! 不当に! 貧弱な装備な奴も居るだろう。

 だから今がチャンスだ! あの墓穴に片足突っ込んだババァ長に自分の目が腐っていたという事を教えてやろうぜ!!」

 

「「「「「おおおおおおおぉぉ!!!!!」」」」」

 

 

 そんな感じで試召戦争は諦めて期末テストに集中する事となった。

 明久と姉の件を考えると好都合だな。

 

 

 

「さてと、俺に用事があったのか? 翔子に呼ばれる直前に何か言ってたが」

「ああ。明久が更に200点ほど減点を喰らったから勉強会を開いてほしいそうだ」

「お前なぁ……こうなるって分かっててやってるよな?」

「まぁな。明久が珍しくやる気を出しているんだ。

 Fクラス1伸び代があると言っても過言では無い明久を鍛えるのはクラスの副代表として当然の事だろう?」

「やるならやるでほうれんそうをしっかり……まぁ、今更か。

 そういう事なら丁度俺の家が空いてる。そこで勉強会だ。良いな?」

「……女子を家に連れ込んだとなると霧島に何と言われるか……」

「ちょっと電話してくる。お前は他の奴に連絡してくれ」

「りょ」

 

 さてと、勉強会のメンバーに声をかけるとしよう。

 ……そうだ。あいつも呼んでおくか。きっと喜ぶだろう。

 

 

 

 

 という訳で放課後。昨日のメンバーに加えて女子2名と男子1名が集合した。

 

「まさか伊織まで一緒に来るとはね。ウチはてっきりいつもの男子4人と秀吉だけかと思ってたわ」

「オレも予想外だったよ。ありがとな副代表」

「フッ、気にするな。貴様はFクラスの中では最も向上心がある奴だと前から思っていたからな」

「ちょっと待つのじゃ島田よ。さっきさり気なくワシを女扱いしておらんかったか?」

「え? そうだったかしら?」

「…………録音ならある」

「土屋くん? どうしてただの日常会話まで録音してるんですか……?」

 

 ただの移動風景だというのに実に賑やかだな。

 追加で呼んだというのは伊織の事だ。打倒Aクラスに向けて少しでも戦力は多いに越したことは無い。

 どの程度の成長が見込めるかは未知数だが……本人はやる気はあるみたいだし、合宿では同室だった仲だ。今更馴染めないという事もあるまい。

 

「そう言えば雄二」

「どうした明久」

「僕が雄二の家に行くのって何気に初めてな気がするんだけど……何か理由があったの?」

「……お前と康太には昨日も話した事だが、うちはお袋が少々特殊でな。

 お前の姉と同様にできれば見せたくなかったんだ……」

「そ、そっか。姉さん並みなら仕方ない。

 あれ? でも何で今日は大丈夫なの?」

「今日は丁度お袋の学生時代の友人と温泉旅行に出かけてる。

 ついでに、親父も仕事で居ないから俺一人だ」

「勉強会には都合が良いって事だね。運が良いね!」

「ああ」

 

 

 

 雑談しながら歩いていたらすぐに雄二の家へと辿り着いた。

 

「よし、んじゃあ遠慮なく上がってくれ」

「では遠慮なく……ん?」

「どうした剣?」

「……いや。何でも無い。お邪魔します」

 

 雄二の家の玄関で見つけたもの。それは女性用の靴。

 革靴等ではなく旅行に適していそうな歩きやすい感じの靴だ。

 これを見つけた事と、その意味を雄二に伝えようかと思ったが、止めた。

 だって……

 

「お、お袋ぉっ!? 何故ここに居やがる!!!」

 

 雄二がそれに気付くのが数秒早くなるだけだったから。

 

「………………」プチプチプチプチ……

 

 雄二の後に続いて部屋に入ると一心不乱にプチプチを潰している女性の姿が目に入った。

 なるほど。アレが雄二の母親……

 

「は、ハハハ……ど、どうやらどっかの精神病院から抜け出したバカが不法侵入して……」

「あら? ついさっき雄二を送り出したと思ったのに、もうこんな時間?」

「お袋ぉぉおおお!!!」

 

 なるほど。彼女は精神病院の患者でかつ雄二のお袋……え? 混ぜるな? 仕方ないな。

 

「あら雄二お帰りなさい」

「お帰りじゃねぇよ! 何で家に居やがるんだ!! 今日は旅行じゃなかったのかよ!!!」

「ああ、アレね。お母さんったら日付を間違えちゃってたみたいなのよ。

 7月と10月って似てるから困るわよね」

「形どころか文字数すら合ってねぇ! ボケるにはまだ早いだろうが!!」

「あらいやだ雄二ったら。そうやってお母さんを天然ボケ女子大生扱いして」

「テメェの黄金期はもうとっくに終わってんだよ! 図々しい台詞をサラッと吐くんじゃない!!」

「あら? お客さんかしら。雄二のお友達?」

「話をきけぇぇえええ!!!!」

 

 確かに強烈な人のようだ。玲さんとはまた別方向に。

 さて、とりあえず……

 

「そうだお客だ。分かったら茶の一杯でも出してもてなすがいい」

「テメェは話をややこしくするんじゃねぇよ!!」

 

 怒られた。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄二の母親にはちゃんと挨拶した後、雄二の部屋へと上がらせてもらった。

 

「へ~、意外と綺麗なんだね」

「代表って意外と几帳面なんだな。何となくだけど散らかってるイメージがあった」

「そうじゃのぅ。下手すると姉上の部屋より……ゴホン、何でも無いのじゃ」

「……まあな」

 

 確かに意外と綺麗だ。流石は元神童……優等生という訳か。

 ……いや待て、元優等生ではあるが悪鬼羅刹でもある雄二だ。綺麗なのは別の理由があると考えた方がしっくり来る。

 

「……なるほど。霧島が毎晩掃除してるのか」

「…………雄二、詳しく」

「おい待て康太。まずは話をさせてくれ。スタンガンをしまえ!」

「実際問題どうなんだ? 霧島であれば部屋の掃除を買って出るくらいはしそうだが」

「テメェの推測は半分正解だ。翔子に部屋を出入りする口実を与えない為に綺麗にしてる」

「なるほど」

 

 霧島の影響という意味では合っていたらしい。

 まぁそれはさておき、この部屋に関して物申したい事がある。

 

「この部屋は……勉強会には狭すぎるな」

「やっぱりそう思うか。俺もそう思っていた」

「居間が使えればこの人数でも何とかなりそうね。坂本、ダメなの?」

「お袋が居る空間でまともに勉強なんざできる訳が無い。ツッコミの嵐になるぞ」

「確かに。アレだけ強烈な人だとなぁ……」

「ふむ……仕方ない。別の場所に移動するか?」

「そう都合の良い場所があるか? 普段集まってる明久の家は今は論外だし」

 

 そこだよなぁ……良い場所があれば良いんだけど。

 

「康太も秀吉も家には家族が居るか?」

「…………ああ」

「そうじゃな。突然集まるとなると姉上に迷惑をかけてしまうのじゃ」

「伊織は?」

「この時間帯は母さんしか居ないから使う事はできると思うけど、あんま広い家じゃないんで8人も詰め込むのはちょっとな」

「姫路」

「男子を連れ込むのはお父さんが良い顔をしないと思います……」

「ウチは葉月が居るから騒がしくなっちゃうかも。勿論ちゃんと説明すれば邪魔しないでくれるだろうけど、8人で勉強してる側で1人だけ別室で大人しくさせるのも可哀そうだし……」

 

 島田に至っては呼ぶ前に説明してくれた。

 う~む、まともな場所が無いな。市民図書館にでも行った方がマシか?

 

「……あの」

「どうした姫路」

「空凪くんの家はどうなんですか?」

「うん?」

 

 姫路に言われて、考える。

 うちの両親は明久と同様に海外に居る。家では光と2人暮らしだ。

 そしてその光も勉強会を嫌とは言うまい。FクラスとAクラスの試召戦争が控えていたら流石に距離を置きたがるだろうが、しばらくはそんな心配も要らない。

 つまり……最高の環境ではないか。

 

「試召戦争があったから完全に盲点だった。でかしたぞ姫路」

「あ、ありがとうございます」

「じゃ、僕の家に直行だ。着いてくるが良い!」

 

 

 

 

 

 という訳で僕の家まで辿り着いた。

 

「なんつーか、思ったより普通の家だな」

「副代表の事だから何かこう……凄い奇抜な感じの家を想像してた」

「…………トラップの類も無さそうだ」

「ムッツリーニは一体何を想定しておるのじゃ……」

「皆、騙されちゃいけないよ。剣の事だから油断した所で何かぶつけてくるに違いない!」

「……お前たちは僕を一体何だと思っているんだ?」

 

 皆の期待に添えなかったようで申し訳ないがごくごく普通の一軒家である。

 僕も隠し部屋が無いかメジャー片手に探ってみた時期があるが、残念ながらそんな物は無かった。

 

「ただいま~……靴が無い。光はまだ帰ってきていないようだ。

 家の案内は……必要ないな? そこにあるトイレの場所さえ分かれば十分だろう」

「ああ、そこなのか。サンキュ」

 

 光が帰ってくるまでは確実に居間を独占できる。これ以上の環境はそうそう無いだろう。

 これでようやく勉強会が開ける。

 

「それじゃあサッサと始めるとしようか。

 諸君、気合は十分か?」

「「「「「「おう/(コクリ)/うむ/ああ/はい/ええ」」」」」」

 

 ……? 気のせいか? 何か1名分の声が足りなかった気がする。

 

「……なぁ明久。どう思う?」

「え? えっと……まぁまぁじゃないかな」

「……諸君、明久に地獄を見せる準備はできているな?」

「「「「「「当然だ!/(グッ!)/無論じゃよ!/おう!/が、頑張ります!/腕が鳴るわね!」」」」」」

「皆さっきより元気が良くない!?」






「今回は坂本くんのお母さん登場回かしらね」

「原作をよく読み返すと明久が雄二の家に行くのは初ではないんだが……本作では面倒だったんで初めてという事にしておいた。
 『雄二のお母さんに会った事無いけど……』みたいな話を切り出すのは違和感があるんで」

「……その微改変が今後に響かないと良いけど」

「ま、大丈夫だろ。むしろ響いた方が予測不能になって面白そうだし」

「……そうね。それが筆者さんの小説だったわね」

「ああ。まぁ、今回はほぼ影響ないだろうけどな」


「では、次回もお楽しみに!」


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10 確率

「はは、はははは……ああ、ポチ、疲れたよ。何だかとても眠いんだ」

「死亡フラグ建ててる暇があったら1問でも多く問題をこなすぞ」

「アキ、微分積分は特殊な形を除けばルール通りにやるだけよ。ルールさえ覚えてれば簡単よ!」

「これが終わったら次は確率だ。サッサと解け」

「す、少しくらい休憩を……」

「「却下」」

 

 数学の勉強って事で今僕は雄二と美波から地獄を見せられている。

 ムッツリーニと秀吉は宮霧くんと一緒に勉強してるみたいだ。

 姫路さんと剣は……どこ行ったんだろう。姿が見えない。

 

「やはり明久はバカだな。勉強を教えるのがこうも苦労するとは」

「何か良い方法でも無いかしらね? 1問答える毎にご褒美があるとか」

「じゃあ、1問間違える毎に姫路が焼いたクッキーを……」

「殺す気なの!? 今でも十分地獄なのに本当にあの世に行っちゃうよ!?」

「冗談だ。元手も手間もかからない褒美を考えていたらふと思いついた。

 島田が焼いたクッキーなら褒美になるか?」

「ウチ、お菓子作りはそんなに上手くないんだけど……」

「そうだよ雄二。美波にお菓子作りなんてするイメージ無いよ。

 男勝りで暴力的で胸も小さ右腕がネジ切れるように痛いぃぃぃぃい!!!」

「アキィ? アンタの腕を微分してやろうかしら!?」

 

 意味は良く分からないけど何だか凄く怖そうだ。

 なるほど。微分っていうのは相手に恐怖を与える行為だったのか!

 Xの右上の指数を脅してカツアゲして自身は成長する……これが、微分!

 

「島田、そろそろ放してやれ。明久が文字を書けなくなると面倒だ」

「アキは左利きだから多少は大丈夫じゃない?」

「右腕が残ってないと左腕を攻撃する時に面倒だろ」

「なるほど。それもそうね」

 

 良く分からないけど美波が右腕を解放してくれた。

 今なら解ける気がする。微分積分!

 

「はっはっはっ、明久、そんな勢いよく書いても答えが間違ってたら……合っている……だと!?」

「え、嘘っ!? さっきまで全然だったのに!!」

「……今後も詰まったら島田が関節技を掛ける。アリかもしれんな」

「どういう理屈よ!?」

 

 よし、これでOK!

 次は確率の問題か。どう解けば良いかなぁ……

 

「えっと……

 

 『目の前に3つの扉があります。そのうちの1つは当たりです。

  さて、扉を1つだけ選んだ時に当たりを選べる確率は?』

 

 う~ん……1/2くらいかな」

「何でそうなったのよ!? 普通は1/3でしょう!!」

「扉をじっくり観察すれば当たりっぽい扉が分かるかなって」

「そんな余計な事考えなくて良いのよ!」

「もぅ、美波は我儘だなぁ。じゃあ1/3っと」

 

 答えを確認すると本当に1/3らしい。

 僕くらいになればもっと確率上げられそうなものだけど……問題製作者も美波と同様に運任せにしか選べないみたいだ。

 低レベルな人の事も考えないといけないなんて、テストはやっぱり難しいな。

 

「さっきの続きっと。

 

 『1つの扉を選んだ後、その扉を開ける前に別の人が来ました。

  その人は当たりの扉を知っていますが、あえて外れの扉を1つ選んで開きました。

  さて、この時あなたは開ける扉を変えるべきでしょうか?』

 

 ……どういう事?」

「あ~、この問題か。島田はどう思う?」

「ウチが選ぶの? う~ん……別に変えても変えなくても1/2で変わらないんじゃない?」

「そうかそうか。明久はどう思う?」

「美波は間違ってるね。どっちも1/3だよ!

 あ、でも結局変わらないっていうのは同じか」

「アキ、確率は1/3のままじゃないでしょ。1つ選択肢が潰れてるんだから当たりの確率は1/2でしょ」

「フッ、美波は分かってないなぁ。最初に選んでから中身を確認もしてないのに確率が変わる訳が無いじゃないか!」

「埒が明かないわね。坂本、どっちが正しいの?」

「そうだな……島田の方が近いと言えなくもないし明久の方が近いと言えなくもない。

 結論を言うとどっちも不正解だ」

「「ええっ!?」」

 

 そ、そんなバカな。美波はまだしもこの僕まで間違っているだって!?

 ……ああ、そうか。雄二が間違ってるんだな。それなら納得だ。

 

「この問題の答えは『扉を変えた方が2倍有利になる』だ」

「変えた方が良いの!? どうして……」

「まずは今からいう事を飲み込んでくれ。

 『最初に選択した扉が当たりだった場合、扉を変えたら外れになる』

 『最初に選択した扉が外れだった場合、扉を変えたら当たりになる』

 納得できるか?」

「当たりを変えたら外れ。外れを変えたら……そっか、外れはもう無いから当たりになるわね」

「では質問だ。最初の時点、どっかの誰かが別の扉を開ける前の時点で『外れている確率』は?」

「2/3ね」

「そういう事だ」

「なるほど……確かに2倍有利ね。

 変えなければ1/3、変えれば2/3で当たりだもの」

「明久が言った1/3ってのもある意味間違いではなかったな。変える前の確率は確かにそっちだ」

 

 よく分からないけど……とにかく変えた方が良いらしい。

 雄二が間違っていたならこれほど滑らかに解説はできないはずだ。

 くっ、ケアレスミスか……

 

「それじゃあ次の問題っと。

 

 『1つの扉を選んだ後、その扉を開ける前に別の人が来ました。

  その人は適当に扉を開きましたが、その扉は外れでした。

  さて、この時あなたは開ける扉を変えるべきでしょうか?

  理由も合わせて回答して下さい』

 

 ……書いた人が間違えたのかな。当然変えるべきだよね」

「そうよね。完全にさっきの問題と同じに見えるわ。変えるべきね」

「2人とも不正解だ。この場合は変えても変えなくても1/2なんでどっちでも良い」

「ええええっ!? どうして!?」

「さっきの問題は正解を避けて選んでいたのに対して今回は適当に選んでたまたま外れだっただけだ。

 これが当たりだったらどうする気だ?」

「いや、当たりじゃなかったんだから考えなくて良いんじゃないの?」

「そういう事だ。考えなくていい……と言うより考えてはいけない。当たりだった場合というのは確率の母数から除外しなくちゃならん。

 この問題における当たりの位置やそれぞれの行動を完全ランダムで行うと3×3×2の18通りのパターンが考えられるが、その中で後から来た奴が当たりを引くものは6パターンだ。

 残り12パターンのうち最初に選んだ扉が当たりのパターンは6パターン、外れも6パターン。

 どっちも6/12だから1/2って訳だ」

「3・3・2……当たりの位置が3パターン、最初の選択が3パターン、後から来た人の2択……って事は……えっと……」

「よりシンプルにしたいなら当たりの位置も固定で良い。どうせ似たようなパターンが3倍に増えるだけだ」

「あ、そっか。って事は……確かに1/2ね」

 

 よく分からないけど1/2らしい。

 

「でも結局変わらないならとりあえず変えておいた方が無難って事だね」

「……まぁ、そうだな。基本的にこの手の問題で変えた方が確率が下がるって事はまず無いはずだ。

 日常生活ではとりあえず変えるってので問題ない。

 だが、テストの回答してはアウトだな」

「う~ん……この問題は飛ばして次に行こう!」

「その方が良さそうだ」

 

 気を取り直して次に行こう!

 そう思ったところで、玄関の方から扉が開く音が聞こえた。

 

『あれ、お客さん? 随分多いわね……』

 

 剣の妹の光さんが帰ってきたみたいだ。

 家にお邪魔させてもらってるわけだし、挨拶しておかないとね。






「腕を微分って一体……?」

「微分には次元を下げるという意味も一応あるから『腕を二次元に(ぺしゃんこに)してやろうか』というような意味で使ったようだ。
 微分ではなく積分を使って『アンタの腕を積分してやろうかしら!?』にするか悩んだが……微分の方がそれっぽいかなと」

「そっちもどういう意味かちょっと分かり辛いわね」

「バラバラにして積み重ねてやろうかって意味だろう」

「なるほど」

「後半は確率問題だったな。
 せっかくだから有名なモンティホール問題を引っ張ってきてみた」

「3つの扉の問題ね。ややこしいけど面白いわよね」

「これは制作秘話だが、最初2問目の所で3問目の問を書いていたそうだ。
 その上で解説は2問目と同じ事を言っていた」

「……? 答えが違うから解説変わらないとマズイのでは?」

「ああ。その通り。書いてて違和感を覚えた筆者は30分くらい悩んで自分が間違えた事に気付いたそうだ。
 やってる事の見た目は殆ど変わってないはずなのに確率は全然違うっていうな。
 ホントややこしい」

※今回の確率の問題はネット等で答えの確認はしてません。
 もし雄二の……と言うか筆者の回答がおかしかったらご指摘頂けると助かります。

「そういう訳で、筆者の失敗を元に3問目を書いて、キリが良い感じになったから今日はここまでとなった」


「では、次回もお楽しみに!」


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11 弾丸

 剣の家に光さんが帰ってきた。

 

「兄さんは居ないみたいみたいね。ここに居る人達は不法侵入かしら? 110番しないと」

「待て待て。剣ならその辺に居るはずだ」

「アハハ、冗談よ。もし兄さんが居なくても秀吉くんが居るなら問題無いし」

「ワシ? どうしてじゃ?」

「彼氏の突然の訪問を歓迎しない彼女は居ないって事よ。秀吉くん♪」

「むぅ……そういうものかのぅ?」

 

 あれ? 何だか聞き捨てならない事を言っていたような気が……

 

「え~っと……光さんって呼んでいいか?」

「構わないわよ。あなたは……」

「オレは伊織、宮霧伊織だ。

 何か凄く自然に言ってたけど、秀吉って光さんと付き合ってるのか?」

「ええ。そうよ」

 

 なるほど。さっきの違和感はそれか。

 秀吉が光さんと付き合って……えっ?

 

「えええええええっっっ!? 秀吉と光さんが!?

 秀吉っ! やっぱり同性愛の趣味が……」

「ワシは男だと言っておるじゃろう!?」

「私も普通に男の人が好きだから。秀吉くんみたいな」

「何言ってるの光さん。秀吉は秀吉じゃないか!」

「女子と付き合ったという事になってもワシは男扱いされぬのじゃな……」

 

 何を当たり前の事を。

 秀吉が秀吉だという事はこの世に刻まれた絶対なる真理。ちょっとした事で変わる訳が……

 

「……吉井くん?」

「え、何光さヒィッ!?」

 

 振り向くと目が全く笑ってない光さんと喉元に突き付けられた貫手が目に入った。

 ははは……勉強し過ぎで疲れてるのかな。

 

「秀吉くんは、男。いいわね?」

「は、はいっ! 分かりました!!」

 

 この世に刻まれた絶対なる真理はアッサリと砕け散った。

 はは、流石はあの剣の妹だ。怖い。

 

「微妙に仲が良さそうだとは前から思ってたが、そうか、付き合ってたのか」

「坂本は気付いてたの? ウチは全然気づいてなかったわ。

 一人だけ抜け駆けとは良い度胸じゃないの秀吉」

「抜け駆けとは……島田よ、やっぱりワシを女扱いしておらぬか?」

「そんなつもりは無いけど……」

「それはそうと、兄さんはどこに居るの? 姫路さんの姿も見えないけど? 靴はそれっぽいのがあったのに」

「そう言えばどこに居るんだあいつら」

 

 あの二人はしばらく前から姿が見えない。

 ま、まさか姫路さんをどこかの部屋に連れ込んでとんでもない事を……って、あの剣に限って無いか。

 まあいいや。携帯を使って呼んで……

 

バキッ

 

「諸君、少々早いがメシだ」

 

 呼ぼうとしたら扉が突然開かれた。

 あの、何か破壊音が聞こえた気がしたんだけど……気のせいじゃないよね?

 

「ん? 帰っていたのか。光」

「ええ。あら? その料理は……」

 

 剣は料理が乗った大量の皿を器用に抱えている。

 これだとドアノブを捻るのも困難だろう。扉を破壊するのも納得……できるわけが無い。

 

「空凪くん。早く進んで下さい。ちょっと重いです」

「おっと、スマン」

 

 剣の後ろから現れたのは姫路さん。剣ほどじゃないけどそれなりの量の料理を抱えているみたいだ。

 二人が料理を机に並べていく。えっと……9人分か。よく二人だけで運べたものだ。

 ……ちょっと待って? 姫路さんが料理を持ってきた? まさか……

 

「え~、1つ言っておく事がある。

 これらの料理には姫路が作成したものが混ざっている」

「はぁぁぁあああっっ!?!? オイテメェ何を考えてやがる!!」

「おいおいおいおい副代表!? 姫路さんの料理ってアレだよな!? Fクラス全員が昏倒して工藤さんも一時的に記憶喪失になったヤツ!!

 勉強会やってる最中だってのに何を考えてやがるんだ!?!?」

 

 僕も雄二や宮霧くんと同じ意見だ。

 勉強会に来たはずなのに何で勉強以外で地獄を見せられなければならないのか。

 

「……あの、私、泣いて良いですよね……?」

「今までの所業を考えると自業自得ではあるが……泣くのは食ったやつの感想を聞いてからでも遅くはあるまい」

「……それもそうですね。さぁ皆さん、食べて下さい!」

「……1つ、予言してみよう。

 これは僕の勘だが、最後に食う奴が一番地獄を見るぞ?」

 

 剣はいつも通りに邪悪な笑みを浮かべている。

 気楽そうで羨ましいよ。どうせいつもの直感で姫路さんの料理がどれか判別できているに違いない!

 

「……兄さん、これって……」

「のーこめんと」

「それで十分察しは付くわ。

 じゃあ私はこの皿を頂くわね」

 

 真っ先に動いたのは光さん。

 適当な皿の上の料理……シュウマイみたいな料理を頬張った。

 

「……うん、美味しい」

 

 セーフだったみたいだ。これで当たってくれてれば後は気楽だったんだけど……何とか雄二辺りが処理してくれないかな?

 

「光が物怖じせずに挑んだのに、ワシが縮こまっているわけにも行かぬな。

 では、コレじゃ。どう思う剣よ」

「いいんじゃないか? どれでも」

「……では頂くのじゃ」

 

 料理を食べた秀吉の反応は……こっちもセーフだったみたいだ。

 しかしなるほど。剣の反応を見れば多少は分かるのか。よし、僕も実践してみよう。

 

「剣~、どれが姫路さんの作った料理なの?」

「さぁ?」

「これ?」

「さぁ?」

「じゃあこれ?」

「さぁ?」

 

 全然分からないよ!! やっぱり秀吉の真似は無理か……

 

「何だどうした? もう挑む奴は居ないのか? じゃあ僕はこれを……」

「待った! オレはその皿を貰う!!」

「……本当に良いのか?」

「うっ……ああ!」

「ククッ、良かろう。ほれ」

「…………頂きます」

 

 宮霧くんの様子を固唾を飲んで見守る。

 

「……美味い」

「良かったな。

 じゃ、改めて僕はこの皿を……」

「待て。今度は俺がその皿を貰う!

 テメェの事だ。宮霧が動いた時点で後に続く奴が居る事くらい想定済みだろう。

 そしてそれを俺が想定する事もテメェは読んでいるはずだ。

 だからその皿は毒と見せかけて無毒。どうだ!」

「なら試すと良い。自身の身体でな」

「ああ!」

 

 雄二が挑む。頼む、当たって!

 

「……普通に美味いな」

「そうか。

 次挑む奴は居るか?」

 

 残っているのは僕と美波とムッツリーニ。後は剣本人と姫路さんか。

 誰も動く気配は無い。と想ったら姫路さんが動いた。

 

「あ、でしたら私が頂きます。この皿を……」

 

 チャンス! 姫路さんなら剣みたいに策謀を巡らせる事は無い!

 つまりアレは安全な皿!

 

「その皿は僕が……」

「瑞希! その皿はウチに頂戴!!」

「ちょ、美波!? 僕が狙ってたのに!!」

「早い者勝ちよ、アキ!」

「ぐっ……ならせめてじゃんけんとか……」

「ほら、アレよ。さっきまで勉強教えてあげてたんだから譲りなさい!」

「命を捧げる程の恩じゃないよ!」

 

「……いじわるな事を言う二人にはこの皿はあげません。

 せっかくだから土屋くんにあげます」

「…………良いのか? 助かる」

「はい、どうぞ」

「ああ! 待って瑞希!」

 

 美波の制止も気に留めず、皿はムッツリーニに手渡された。

 当然、セーフ。

 姫路さんも新しく適当な皿を取って食べる。こちらもセーフ。

 

「くっ、空凪と一騎打ちなんてゴメンよ! ウチはこの皿を選ぶわ!」

「置いてかないでよ美波! 僕はこの皿を選ぶよ!!」

 

 余った皿から勘だけで選び、美波と同じタイミングで料理を口に入れる。

 もぐもぐもぐもぐ……

 ……良かった。美味しい。

 

「よし、これで残った皿は1枚だけ!

 剣! 年貢の納め時だよ! こんな妙な事をした報いを受けるんだね!!」

「ふむ……僕の予言は外れたか。んじゃ、頂きます」

 

 剣は手を合わせると料理を口にする。

 そして平然とした顔で飲み込み……アレ?

 

「……剣? 姫路さんの料理が混ざってるんじゃなかったの?」

「ん? ああ。勿論だ。各皿のシュウマイもどきは全て姫路が作成したものだ」

「…………はい?」

 

 シュウマイもどきってさっき僕が食べた奴だよね?

 これを全部姫路さんが……? え?

 

「「「「えええええええ!?!?」」」」






「光さん回と姫路さんのロシアンルーレット回だったわね」

「ようやく秀吉と光の関係を既成事実化できた」

「偽装とはいえ付き合い始めてからそれなりに経過してるはずよね」

「元々、休日編の次の閑話で日常会話にさり気なく割り込ませて既成事実化する予定だったんだ。
 しかし筆者が公式コラボなどという要らん事を思いついてしまったせいでそんな余裕が無くなりここまで伸びてしまった」

「決して要らん事ではないと思うけど……」

「……まぁ、そうだな。結果的には光と秀吉が揃った状態で宣言できたし良しとしておこう」
 
※ いつものメンバーの間で秀吉と光が付き合ってる事が既成事実化したのでタグに『秀吉×オリ』を追加しておきます。


「で、次は姫路さんのロシアンルーレットね」

「9連装の銃に弾が9発装填されている代物だな。
 なお、弾丸はBB弾以下の殺傷能力だ」

「……本当に姫路さんが作ったのよね?」

「……一応な。僕と姫路が裏側で一体何をしていたのかは次の話で語られる」

「そう。じゃあ明日を待つとしましょうか。
 では次回もお楽しみに!」


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12 偽装の匠

 ……遡る事数十分……

 

 

「おい姫路」

「はい、何ですか?」

「貴様には勉強よりも必要なものがあるだろう。ちょっと付き合え」

「え? はい……」

 

 姫路を連れて向かったのは台所。

 あの奇天烈な料理を矯正……できるかは怪しいが、とりあえずトライしてみなければ何も始まらない。

 

「まずはシンプルに卵焼きとかで良いか。とりあえず作ってみてくれ」

「お料理……ですか。分かりました。やってみます!」

 

 卵焼きに必要なものと言うと……言うまでもなく卵、それに加えて塩、胡椒。後は焼くのに必要な油くらいか。

 そんな捻った場所に置いてあるわけでは無いのですぐ見つかるはずだ。

 ……はずなのだが……

 

「……姫路、一体全体何を探しているんだ?」

「え? 酸性の食材です。酢酸くらいしか見当たらないんですけど、何処に置いてあるんですか?」

「……姫路、卵焼きの作成手順を口で説明してみろ」

「はい。まず、卵を割ってフライパンの上に落とします」

「ふむふむ」

「菜箸で卵をかき混ぜます」

「ほうほう」

「塩酸などの酸性の食材で卵をさらにトロトロにします」

「…………続けて」

「はい。十分解けたら塩基性の食材を入れて中和します」

「……うん」

「最後に、卵を焼いて完成です!」

「……そうか」

 

 塩基性の食材とかいうパワーワードは生まれて初めて聞いた。

 酸性の食材は……まぁ、炭酸飲料とかお酢が該当すると思えばそこまで不自然ではないか。物体を溶かす目的で使用するのは極めて不自然だが。

 

「……姫路」

「はい」

「今日は塩基性の食材とやらは使用禁止だ。

 酸性食材も……卵焼きには要らんな。使用禁止だ」

「そ、そんな! じゃあどうやって作れば良いんですか!?」

「姫路、よく考えろ。卵なんて菜箸でかき混ぜた時点で十分にトロトロだ。そして焼けばどうせ固まる。

 必要以上にトロトロにする事は無い。

 そして、酸性食材が不要なら塩基性食材も不要だ。その辺の工程はスキップして作ってみろ」

「そんな方法で作れますかね……? 分かりました。とりあえずやってみます」

 

 

 

 

 と言う訳で作ってもらった訳だが……

 

「見た目は完璧だな」

「そうですね……味はどうでしょう?」

「ふむ……」

 

 スプーンを手に一口食べる。

 

「……姫路」

「はい」

「……どうやったらこの見た目でこんなにも不味く作れるんだ?」

「やっぱり美味しくなかったですか?」

「ああ。実に不思議だ」

 

 見たところ工程には全く不備が無かったはずなのにどういう訳かクソマズイ。

 体に害が無い時点で大きな進歩ではあるが……それで喜ぶのはいかがなものか。

 

「クソマズイにも関わらず見た目だけは三ツ星級。

 仕上げの技術だけがやたらと上手いという極めて尖ったスキルを持っているらしいな」

「そ、そうなんですかね……?」

「……仕方あるまい。短所を補うのではなく長所を活かす方向性で進めよう。

 ちょっと待っていろ」

 

 

 

 

 

「よし、完成だ」

「……あの、空凪くん、これは一体……?」

「僕の料理だ」

 

 適当な食材をフライパンにぶち込み、適当な調味料を適当な配合で適当にぶち込み適当に火にかける。

 その結果出来上がるのがコレ。色々と混ぜ過ぎたせいでグロテスクな見た目になっているが味だけは一級品な代物だ。

 

「……これ、食べられるんですか?」

「貴様の料理と比べれば何だって食べられる代物だ。

 ほれ。食ってみろ」

「お断りする選択肢は……無さそうですね。頂きます」

 

 姫路は僕が作った暗黒物質をスプーンで掬い取り、恐る恐る口に入れる。

 

「っっっ!? お、美味しいです!? どうしてこの見た目で美味しいんですか!?」

「見た目を度外視して速度と味重視で作ったからな。

 光に家事をボイコットされたら餓死するんでな。あの時は必死だった……」

「そ、そうですか。大変だったんですね……

 それで、これをどうするんですか?」

「貴様にはこいつを包んでもらう。

 オムレツ……いや、一口で食べられて中身を見ずに済むシュウマイとかの方が良いか。確か生地がこの辺に……あった」

「なるほど、見た目だけは悪いコレを綺麗に包むんですね。

 ……でも、それって料理って言えるんですかね……?」

「カップ麺よりは料理している。自信を持て」

「比較対象がおかしい気が……分かりました。やってみます」

 

 

 

 

 と言う訳で完成したのがシュウマイもどき9皿分という訳だ。

 

「ふぅ、これで完成……ですね」

「まだだ。味見してみろ」

「あ、そっか。えっと……これかな。頂きます」

 

 作成したものの中からなるべく不格好なものを選んだのだろう。箸で摘まんだそれをゆっくりと口に運び、食べる。

 

「…………美味しい……です」

「良かったじゃないか。それが今の貴様の料理の味だ。ちゃんと嚙み締めろよ」

「はい! 美味しい、美味しいです!」

 

 その美味しいと繰り返す声は心なしか涙ぐんでいるようだった。

 正攻法とは大分異なるが……一歩前進だな。

 

「さて、盛り付けるか。僕は米をよそるから姫路はシュウマイもどきを並べてくれ」

「夕食には少し早い気もしますけど……分かりました!」

 

 

 

 

 

 僕たちは大量の皿を持って居間へと向かう。

 扉を開けようとして……手が塞がっているせいでノブが回せない事に気付く。

 

「どうすっかな……ん?」

 

 扉の向こうから声が聞こえる。

 

『兄さんは居ないみたいみたいね。ここに居る人達は不法侵入かしら? 110番しないと』

『待て待て。剣ならその辺に居るはずだ』

『アハハ、冗談よ。もし兄さんが居なくても秀吉くんが居るなら問題無いし』

『ワシ? どうしてじゃ?』

『彼氏の突然の訪問を歓迎しない彼女は居ないって事よ。秀吉くん♪』

『むぅ……そういうものかのぅ?』

 

 丁度光が帰ってきてるみたいだ。

 そして度々流そうとしていた『秀吉と光が付き合い始めた』という事を上手い事流してくれている最中らしい。

 

「あれ? 光さんって秀吉くんと付き合ってたんですか?」

「ああ。つい最近の話だな」

「一体いつの間に……」

「ホントについ最近の話だな。

 ……ああそうだ、貴様はどうなんだ?」

「え? な、何の話ですか?」

「貴様と明久の関係についてだ。

 貴様が明久の事を好いているのならサッサと行動した方が良い」

「え、いや、その……い、今はテスト前の大事な時期なので……」

 

 その発言は明久が好きであると自白しているぞ。

 そうツッコミを入れようかと思ったが……止めておく。それ以上に重要なツッコミがあるから。

 

「なら、テストが終わったら告白するのか?」

「うぇっ!? えっと……その……」

「……まぁ、好きにすれば良いさ。告白するしないなんて横から他人が言う事でもないしな」

「………………」

 

 これは本当にただのお節介だ。中途半端な関係を見ていて気に食わないというだけの話。

 姫路が行動するかしないかは結局は本人次第。僕にできるのは煽る事くらいだ。

 ……さて。

 

バキッ

 

「諸君、少々早いがメシだ」

「蹴破るんですか!?」






「姫路さんの料理改善回だったわね」

「見た目を取り繕うのがやたら上手いという長所はリメイク前当時の筆者が強引に捻り出した代物だが……当時の読者から『ニセコイの小野寺さん思い出した』という指摘を受けた。無意識のうちに影響されてたのかもしれんな」

「小野寺さん……別の小野寺さんなのは分かってるけど奇妙な縁を感じるわね」

「なお、本作の小野寺さんの料理の腕は……特に設定されていない。今からメシマズ属性を生やす事も可能だ」

「姫路さんみたいなのは世界に1人居れば十分でしょうに。いや、玲さんも居るけど」

「……さて、後半も解説したいんだが……これはあんまり話したくないなぁ……」

「……ああ、確かに。姫路さんの告白の辺りをキミ視点で話すのはねぇ……」

「だから今回は筆者の悪癖の解説に留めておこう。
 うちの駄作者はノリと勢いで予定していた展開を捻じ曲げる悪癖がある。
 リメイク前とは明確に異なる展開になる可能性も十分にあるというわけだな」

「と言うか現段階でかなりズレてるわよね……」

「……まぁな」


「では、次回もお楽しみに!」


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13 更なる勉強会に向けて

 夕食を終えた後、光に事情を説明する。

 

「へ~、勉強会ねぇ」

「ああ。本来なら雄二の家で開催していたはずなんだが……少々予想外のアクシデントがあってな。

 仕方ないから僕たちの家に移動する事になった」

「まあそれは構わないけど……代表は呼ばなくて良かったの?

 坂本くんが居る以上は積極的に参加しそうだけど」

「翔子に試験前の勉強会なんざ必要ないだろ」

「坂本くん。必要かどうかじゃなくて参加したいか否かなのよ。

 借りは作りたくないんでしょうけど、考えてあげなさい」

「…………善処する」

「それ結局やらないパターンでしょ。私から代表に話してみるわ。

 もしもし代表……え? うん。うん……ちょっと掛けなおすわ」

 

 光は雄二が止める間も無く電話をかけ、そして切った。

 

「……坂本くん。携帯の電源切った?」

「携帯? 別にわざわざ切って……あ、充電切れてら」

「……リダイヤルっと。ついでにスピーカー。はいどうぞ」

 

 呼び出し音の後、霧島の声が聞こえてきた。

 

『……もしもし。どうしたの光』

「あ~っと……俺だ」

『雄二!? どこに居るの? 無事なの?』

「無事だが……どういう事だ?」

『……今日は雄二の家で勉強会だって聞いてた。

 ……だから私も行ったのに誰も居なかった。携帯も繋がらないから凄く心配した』

「そ、そうか……すまん。ちょっと予定を変更して剣の家で勉強会をしてた」

『……そう。雄二が無事なら良かった』

 

 どうやら不幸な行き違いがあったようだな。

 雄二の母親がボケてなければこんな事にはならなかったし、雄二が携帯を充電していても回避できた。

 霧島も先に勉強会に行くって言っておけば雄二も気付けたかもな。

 まぁ、過ぎた事は悔やんでもしょうがない。

 

「霧島」

『……その声は剣?』

「ああ。勉強会はまだまだありそうなんだが……次から参加するか?」

『……うん。場所さえ教えてくれれば絶対に行く』

「分かった。じゃあ次の場所が分かったら……いや待て、お前の家って使えるか?」

『……お父さんと相談してみる』

「りょ。じゃ、また今度」

『……うん』

 

 これで良しと。

 霧島と、あとAクラスメンバーを巻き込めれば効率は上げられるだろう。場所の確保もできて一石二鳥だ。

 

「そういう事になった。腹をくくれ雄二」

「別に反対はしないさ。翔子が居てくれた方が良いのは確かだしな。

 ……はぁ……」

 

 雄二は頭の良いバカだからな。一応納得はしてくれているようだ。

 そんな溜息吐くくらいならサッサと告白でも何でもすれば良いのに。はぁ……

 

「まあいいさ。明日の事よりまずは今日の事だ。明久の勉強は順調なのか?」

「ん? ああ。数学が一通り終わった所だ。この後は別の科目をちょっとやって解散だな」

「期末までに一通り間に合うのか?」

「今後の明久の調子次第だが……」

「……このペースを毎日は流石に無理だよ……死んじゃう」

「……本人がこんな感じなのでペースダウンはあってもペースアップは厳しそうだ。

 一応今日と同じくらいのペースならギリギリ間に合う計算だ」

 

 やることが勉強だからな。根性論で無理にペースを上げたら本末転倒か。

 どっかのゲームみたいに勉強時間にほぼ正比例して学力が伸びるなんて事は現実では有り得ない。

 となると……

 

「……根本的に時間を増やすしかないか。

 週末に泊まり込みで勉強漬けにすれば少しは余裕ができるだろ。

 ……それすらも考慮してると言われたらもう何も言えんが」

「いや、そこまでは計算に入れてない。

 しかしどこでやる気だ?」

「そりゃ勿論、霧島の家だ。この人数が泊まれる民家はそうそう無いからな」

「……俺、生きて帰れるかな……?」

「さぁ? 日頃の行い次第だろ」

 

 後で泊まり込みが可能か打診するとしよう。霧島の家は豪邸だって聞いたことがあるからきっと何とかなる。

 

「……剣」

「どした明久」

「泊まり込みって話だけど、今日この家でっていうのは無理なのかな?

 見た感じ結構広そうな家だから今の人数……だとちょっと多いけど希望者だけなら何とかなりそうじゃない?」

「ほぅ? 明久にしてはやる気じゃないか」

「ハハハ……姉さんを追い出す為なら寿命を削る覚悟だよ」

「そこまで覚悟させておいて申し訳ないが、この家はそこまで広くない。

 余っている部屋は僕と姉さんの私物倉庫と化しているからな」

「私物?」

「僕は漫画とかトレカとか。光は……包丁?」

「何で疑問形?」

「光の趣味は刃物収集だ。明らかに人の命を刈り取る形状のヤツとかも置いてある」

 

 『剣』は僕なのにな。何故か光の方が刃物マニアになっている。

 そのうち僕も飾られるんだろうか? いやいやそんなバカな。

 

「それはそれで見てみたいような……いや、やっぱ止めとこ」

「そういう訳なんでむしろ部屋を借りたいくらいだな。

 明久、部屋が余ってるなら月1000円で借りてやろう」

「う~ん……確かにあんまり使ってない部屋はあったけど……今は姉さんが居るからなぁ……」

「…………じゃ、もし部屋を空けられたら貸してくれ」

「空けられたらね」

「じゃ、空けるのに協力するとしよう。

 話は戻るが、うちはそこまで広くない。もし泊まりたいなら居間で雑魚寝する事になる。

 睡眠は貴重な休憩時間だ。ちゃんとした所で寝た方が良いだろう」

「それもそうだね……今日は諦めて普通に勉強して普通に帰るよ」

「そうか。じゃあ僕はちょっと寝るんで、終わったら呼んでくれ」

「ちょっ、寝るの!? 僕にだけ勉強させといて一人だけ楽しようだなんてそうはいかな……」

「あのな明久。僕はさっきまで姫路に料理を教えていたんだぞ? その結果あそこまで改善させたんだぞ? 少しくらいゆっくりさせてくれ」

「……ゆっくり休んでね」

 

 流石は姫路の料理だ。あの明久を一瞬で納得させてしまった。

 

「それじゃ、私も勉強会に参加させて頂きますね。次の範囲はどこですか?」

「ああ。次は……」

 

 

 そんな感じで僕の家での勉強会は問題なく終了した。






「勉強会の締め回かしらね」

「僕や姉さんの趣味はリメイク前のノリと勢いで生えてきた設定だな。
 オリ主である僕の設定すら結構曖昧な状態で書いていた代償……いや、恩恵か」

「恩恵……果たしてそれは恵みなのかしら」

「臨機応変に対応できるという意味ではやりやすい。
 後から見返すと奇天烈な事になってたりする……と言うかなってるが」

※光さんの刃物関係の設定が生えてきたのはリメイク前の姫路さんとの会話が原因な気がする。
 清涼祭編で明久にお仕置きをしようとする姫路さんが包丁を要求したのに対して光さんが『それ私のだから止めなさい』と勢いで言わせた事が。
 その後色々あって刀を振り回しても違和感の無いキャラに……
 最初はかなり正統派な優等生だったはずなのに、どうしてこうなった……?

「……やっぱり代償なのでは?」

「……ただのまともなヤツだったらきっと埋没する。
 だからこれで良かったんだ!」

「ホントかなぁ……?」

「実際問題、リメイク前では光の扱いを持て余していたからな。
 強烈な個性が1つや2つや3つや4つあった方が活躍もしやすいだろう。きっと」

「……そういう事にしときましょうか」


「最後にお知らせだ。明日は2話投稿する。
 理由は……その時に言う」

「では、次回もお楽しみに!」


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14 雑談

 僕の家での勉強会を終えた翌日。特に何事もなく学校で過ごしていた。

 

「……平和だな」

「ホントよね。戦争が禁止になってなかったらどっかのクラスがドンパチやっててもおかしくなかったけど」

「確かにな。今頃Eクラス辺りがDクラスとかに仕掛けてたかもしれん。

 Eクラス代表ががそんな気概のある奴なのかは知らんが」

中林(なかばやし)宏美(ひろみ)さんね。盗撮騒動の時は普通にキミ達の所に行ってたはずだけど」

「小山が悪目立ちしていたせいで気付かなかったのかもな。

 一応行動力だけは評価できるか。ホントに戦争してたかもな」

「まぁ、Eクラスの動きなんて私たちには殆ど影響しないでしょうけどね。

 Cクラスとかなら対処が必要だったかもしれないけど……キミ達が倒してくれたから気にする必要も無いし」

「……テスト前の戦争禁止が今後も続くと考えると余裕を持って行動する必要が出てきそうだな。

 対Aクラスの完全勝利。2学期中には達成したいものだ」

「不完全とはいえ勝つってだけでも十分過ぎると思うけどね……私には到底真似できないわ」

「振り分け試験で貴様も途中退席していれば真似できていたぞ?」

「Fクラスの試召戦争に参加する為だけにそんな事をする気には到底なれないわ」

「そりゃごもっとも。

 ……ところでずっと疑問だったんだが……」

「何かしら?」

「どうして貴様がこの教室に居るんだ? 御空零」

「今更!?」

 

 今は授業中ではなく昼休みなので他のクラスの人間が居ても全く問題はない。

 が、理由も無く居る人間でない事は確かだろう。

 

「まさかとは思うが出番を求めて強引に入ってきたという事はあるまいな?」

「何の話よ。キミが最初に言っていたように平和だからヒマしてたのよ。

 だから暇つぶしに雑談でもと」

「お前……こんな所にまで来てわざわざ暇つぶしを……

 もしかして僕以外に友達居ないのか?」

「……空凪くんの中では私は友達カウントだったのね。ちょっとビックリだわ」

「話したことがあってなおかつ敵じゃない奴は大体友達だろ」

「予想以上にハードルが低かったわ」

「なお、戦争中は敵扱いになる。絶交だな」

「そんなっ! そこは強敵と書いて親友(トモ)と呼ぶみたいな扱いじゃないの!?」

「そんな少年漫画的な展開を僕に期待するんじゃない」

「そりゃそうね」

「……で、結局何しに来たんだ? 雑談したいというのは嘘では無さそうだが、それが全てとも思えん」

「ん~、本当に雑談しに来たんだけど……まぁ、情報収集を兼ねていないと言えば嘘になるわね。

 戦争禁止を受けてFクラスはどんな調子かなと。一番予測が付かないクラスだから」

「どうと言われてもな……こんな感じだな」

 

 

『諸君、ここはどこだ?』

 

『『『最後の審判を下す法廷だ!!』』』

 

『異端者には?』

 

『『『死の鉄槌を!!』』』

 

『男とは?』

 

『『『愛を捨て哀に生きる者!!!』』』

 

『宜しい。これより2-F異端審問会を開催する!』

 

 

「……こんな感じだ。実に平和だろう?」

「…………ホント、良く勝てたわよね。Aクラスに。

 ここは戦争に向けて装備の向上を目指すのが模範解答でしょうに」

「ハッ、貴様はこいつらに何を期待している。今も女子である貴様と話しているだけで僕に鎌を振るおうとしてる連中だぞ?」

「待って、コレのターゲットってキミなの!? 早く逃げた方が良いんじゃないの!?」

「大丈夫だ。貴様を生贄に捧げればきっと落ち着いてくれる」

「私が生贄なの!? 絶対嫌だよ!?」

「フッ、呪うなら迂闊にFクラスに来た貴様自身を呪うが良い!」

「そこまでの無法地帯だったのFクラスって!?」

「まぁな。さて、逃げるぞ。貴様も来い!」

「あ、生贄云々は流石に冗談なのね。それじゃあ一緒に逃げ……どこに逃げる気?」

「無論、補習室だ」

「なるほど」

 

 

 

 

 

 

 という訳で無事に補習室まで辿り着いた。

 

「ふぅ、ここなら安全だ」

「はぁ、はぁ……わ、私、あんまり走るのとか得意じゃないんだけど……」

「それこそ僕の管轄外だ。迂闊にFクラスに来た貴様自身を呪うが良い」

「……確かにそうね。次回から気を付けるわ」

 

「……お前たち、ここを避難場所にするのは感心せんぞ。ここは補習の為の部屋だ」

「あ、鉄人先生居たんですね」

「西村先生。お邪魔してます」

「……はぁ。表により重大な問題児どもが居るようだから今は目を瞑っておこう。

 お前たちいつまで居る気だ? もうしばらくしたら俺に用事があるからここは閉める予定だぞ?」

「え? 常時鍵かけておくほど厳重だったんですかこの部屋?」

「御空、転校生な上に優等生はお前には分からないかもしれんがこの部屋は問題児どもからは蛇蝎の如く嫌われている。

 不用意に鍵を開けっ放しにして生卵を投げ入れられたり消火器をぶちまけられたりといった事件が過去にあったのだ」

「……この学校の治安ってそこまで悪かったんですか?」

「残念ながら、そうだ」

「……転校を検討した方が良いかしら?」

「ククッ、そうか。強力な障害が減ってせいせいする。サッサと行くがいい」

「そこは引き留める場面でしょうに……この学校ではまだまだやりたい事があるから出ていかないわよ」

「そうか。残念だ。ならせめて今後の貴様との戦いを楽しむとしよう」

「そうこなくっちゃね。何度でも倒してあげるわ!」

 

「……お前たち、結局いつまで居る気だ? そろそろ出発したいんだが」

「あ、もう大丈夫です。あいつらの事だから消えたターゲットなんて忘れて別の奴を追いかけてるでしょうから」

「……問題児どもに諦めない事の大切さを説くべきか……う~む……」

「そこは何とも言えませんね。じゃ、ありがとうございました」

「西村先生、ありがとうございました」

 

 そうして僕たちは補習室を後にしてそれぞれの教室へと向かった。






「貴様との雑談だけで1話終わるとはな」

「今まで出番が無かったから思うままに喋り倒してやったわよ!!」

「中身の無い話だなぁ……今日は2話投降だな。
 ……実際の投稿時には前話の時点で予報してるだろうが」

「ちょっと! 私の存在が薄っぺらいみたいじゃないの!!」

「本来出番の無い貴様が1話丸々喋ってる時点で過剰だろうが。
 本章はこれで我慢しろ」

「ええっ!? 私の出番はもう無いの!?」

「多分な!
 ……肝試しでも多分出番少ないし海編に至ってはまず間違いなく登場しないだろう。しばらくは見納めだな」

「そんなの認めないわ! 意地でも出てやるんだから!!
 次回もお楽しみに!!」


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15 道中

本日2話目です。読み飛ばし注意!


 補習室を出て少しすると携帯が鳴った。どうやらメールが届いていたらしい。

 そう言えばあの部屋って圏外だったか。どんだけ厳重な部屋なんだよ。

 メールは……光からのようだな。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

From 空凪 光

To 空凪 剣

sb 勉強会の連絡

 

代表との調整完了。週末、土曜と日曜に代表の家を使わせてもらえることになった。

但し、坂本君を絶対に連れてくる事が条件。(大丈夫だとは思うけど念のため)

Aクラスからの参加者は代表と私を含めて4名。

優子と愛子が参加。

 

親の許可があれば泊まり込みも可能。

その場合は各自一泊分の着替え等を持ってくる事。

食事も出してくれるそうなので弁当の類は不要。

当然だが、勉強道具一式も持ってくる事。

 

食事の用意があるから参加人数をなるべく早く伝えて欲しい。

 

参加者は代表の家に現地集合。

必要なら地図を用意するので私に連絡する事。

但し、坂本君なら場所を知っているとの事なので、彼に付いていけば問題はない。

 

以上。みんなに伝えておいて。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 事務的なメールだな。分かりやすくて助かる。

 とりあえず返信しよう。『そういうのは秀吉経由で伝えておけ』と。

 理由が無いと会話すらしようとしないからな。あの愚妹は。

 

 

 

 

 

 

 

  ……そして、しばらく時間は過ぎて土曜日の朝……

 

「さてと、そろそろ霧島の家に出発するか」

「そうね。結局参加するのは前に家での勉強会に参加してた人達って事で良いのよね?

「ああ。Fクラスからは僕込みで8名だな」

「加えてAクラス4人の計12人。

 代表の家じゃなかったら自宅でやるのは困難だったでしょうね」

「霧島が無理だったらどっかで部屋借りてやるとかになってたかもな。

 まあいいや。行くぞ」

「あ、先行ってて。ちょっと用事があるから」

「りょ」

 

 光を置いて霧島の家に向かう。

 場所が少々曖昧だが問題無かろう。霧島の家は豪邸だと聞いている。

 遠くからでも目立つはずだし、最悪の場合でも雄二に電話して教てもらえば良い。

 では、出発!

 

 

 

 

  ……30分後……

 

 ……おかしいな、豪邸らしきものが全然見えてこない。

 どうやら道に迷ったらしい。う~む、少々癪だが雄二に電話するとしようか。

 …………おかしいな。携帯のディスプレイが真っ暗だ。電源ボタンを押しても反応しない。

 これはアレか。携帯からの挑戦か。ノーヒントで霧島の家に辿り着けという。

 決して僕が携帯の充電をし忘れた的な間抜けな話ではない。明久じゃあるまいしな。

 更に言うならアレだ。僕は決して道に迷ってなどいない。きっと道の方が迷っているに違いない。

 仕方あるまい。付き合ってやるとしようじゃないか。僕に喧嘩を売った事を後悔するが良い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  …………更に2時間後…………

 

「……アレだな。間違いあるまい」

 

 ようやくそれらしき家が見えてきた。

 いや、まだだ。表札を見るまでは安心できん。

 今度こそこの台詞が正しくあって欲しい。3度目の正直だ。

 

「さて、正門は……うん?」

 

 怪しげな人物が霧島の家(暫定)の様子を伺っているのを目撃してしまった。

 近くの家の塀に寄りかかってボーっとしているようにも見えるが、時折豪邸の様子を伺っており、左手には何故かメモ帳らしきものが握られている。

 高校生くらいの男子だ。その顔に見覚えは……無いな。

 とは言っても僕が顔を覚えている他クラスの男子生徒はあんまり居ない。久保と根本と平賀、後は……うん、そんなに居ない。

 

 つまり……良く分からんな。ただの勘違いの可能性も十分あるし、直接相手を締め上げた方が早そうだ。

 

「おい貴様!」

「っ!?」

 

 不審者は一瞬だけ驚いた表情を浮かべ、脱兎のごとく逃げ出した。

 

「おい待て! くっ、速いな」

 

 ここで即座にナイフを投げて足を射貫けば捕獲できた可能性は十分にある。しかし、ただちょっと不審なだけの学生にそこまでするのはマズイだろう。

 『おい貴様』という一言だけで即座に無言で逃げ出した。これだけでも分かる情報はある。

 

 奴が自分に話しかけられている事を即座に認識したという事であり、僕の口調や声は完全に把握されている。

 そして奴は無言で逃げた。単純に足に自信があっただけの可能性もあるが……それだけでないのなら会話したくなかったのだろう。僕との会話で情報を引き出されるリスクを重視したという訳だな。

 ただの臆病者なのか、あるいは閃いた行動を即座に実践できる勇気ある人物なのか。どちらにしても敵であれば厄介そうだな。

 ま、今はいいさ。喧嘩を売ってくるようであれば相手になってやろうじゃないか。

 

「……入るか。今度こそ霧島の家だな」

 

 表札の文字を確認し、同姓の別人の家でない事を祈りながらチャイムを鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……ビックリした。まさか空っちがあんなとこから出てくるとは。

 ……あのヒトの家って確かあっちの方角だよな? 何でわざわざ逆から来たんだ?

 顔は見られたよなぁ……オレっちとしてはリスクは避けて一方的に知ってる状態を維持したかったんだけどなぁ……

 ……ま、しゃーない。一応今日の目的は達成できたし、今日は帰ろっか。

 AクラスとFクラスは仲が良くて羨ましい限りですねぇ……」






「以上、ようやく霧島の家まで辿り着いた」

「方向音痴なのねキミって」

「貴様もだろうが」

「うぅ……否定できない。
 何でこう筆者さんは思い付きで設定を生やすかなぁ?」

「駄作者だから仕方ない」

「……さて、後半は不審者の話ね。あのヒト一体何してたのかしら?」

「どうやらAクラスとFクラスの代表が仲良く何かするってのを聞きつけて調査しに来たらしい。
 あわよくば家の中の盗聴とかも考えていたらしいが……まぁ、あの霧島の家に何か仕掛けるのは康太でも無理だな」

「でしょうねぇ……」

「出席者を確認した後は帰ろうとしていたようだ。
 しかし僕がなかなか来なかったから『まだかな~』と様子を伺っていた所を僕に見つかったという訳だ」

「……あのさ、今更だけどこんな詳細に説明して大丈夫なの?」

「だって、ここで説明しないと駄作者すらも理由忘れるもん。
 今回もリメイク前のあいつの行動を見て『何でだっけ……?』って思いながら何とか思い出して書いてるんだから」

「…………

 じゃ、次回もお楽しみに」


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16 合同勉強会

 さて、気を取り直して霧島の家に突入だ。

 インターホンを鳴らすと何か使用人っぽい人がどこからともなく現れた。

 

「お名前とご用件をお伺いします」

「空凪剣。この度は貴殿の屋敷のご息女である霧島翔子殿に用があって参った」

「承っております。どうぞお入りください」

 

 ウケ狙いで堅苦しく名乗ってみたんだが特に反応も無く通された。少し空しいと落ち込むべきか流石はプロだと感心すべきか……

 

「部屋までご案内します」

「助かります」

「……その前に、その懐に入れているものを預からせて頂きます」

「アンタ何者だよ!?」

 

 懐に入れている護身用という名目の投げナイフをアッサリと見破られた。

 霧島家の使用人、恐るべし。

 

「……どうぞ。丁寧に扱ってくださいね」

「確かにお預かりしました。では改めて部屋までご案内します」

「他の連中はもう来てますか?」

「ええ。貴方で最後だと聞いております」

「そりゃそうか。分かりました」

 

 使用人の後に続いて大きな邸宅の中を進む。

 色んな部屋があるんだな。何か鉄格子のかかった部屋があったのが少し気になったが……まぁ、気にしないでおこう。

 

「こちらになります」

「ありがとうございます」

「では、これで失礼させて頂きます」

 

 案内されたのは取り立てて変哲の無い部屋。

 さて、随分と待たせてしまって……と言うか先に始めてるだろうな。サッサと参加するとしようか。

 いざ!

 

ガチャッ

バタン

 

 ……ちょっと部屋の中の光景が予想外過ぎて思わず閉じてしまった。

 きっと気のせいに違いない。もう一度見てみよう。

 いざ!

 

ガチャッ

 

・床を夥しい量の血液で汚す康太

・それを見て慌てふためいている工藤

・服を赤く染めて仰向けで床に倒れている雄二

・その目の前で何かを持って佇んでいる霧島

 

バタン

 

 ……うん、他にも色々と見えたけどこれだけで十分お腹一杯だ。

 虚ろな目をして勉強していた明久や伊織、秀吉の目を塞いでいる光、工藤ほどではないが慌てていた姫路や島田や木下姉なんかが見えたけどそんなものを見なくても十分ヤバい事が伝わってくる。

 ……帰るか。

 

『ちょっと兄さん! 帰ろうとしてるんじゃないわよ!!

 このヒトたちの相手を私だけに押し付けないで!!』

 

 チッ、どうやら逃げるわけにはいかないようだ。

 なぁに、一つ一つ整理していけばきっと解決するはずだ。

 ……そうだ。整理する為のメモ帳を家に忘れた。今から取ってきて……

 

『この状況で逃げようとしてないでしょうね!? サッサと入ってきなさい!!』

 

 チッ、バレたか。仕方ないな……

 

 

 

 

 

 

 落ち着いて考えれば起こっている事件は2つだけ。康太の鼻血と雄二の……服の汚れだ。

 

「……雄二、一つだけ質問させてくれ」

「……何だ?」

「どうして貴様の服はケチャップで汚れているんだ?」

「俺だって知りてぇよ!! 翔子! 一体何の真似だ!?」

「……テレビでやっていた。恋する乙女は男の人の服を血で染める……と」

「一体何のテレビを見たんだ」

「……だけど、私の血を使っても雄二の血を使っても痛い思いをするし、そもそも足りないと思った。だからケチャップで代用した」

「そもそも止めるという発想は無かったのか?」

「……はっ!」

「今気づいたのかよ!」

 

 霧島って結構天然な所もあるよな。

 と言うか一体全体どんなテレビを見たんだ? 昼ドラか?

 

「まぁ、解決だな。

 で、康太は一体何してたんだ?」

 

 鼻にティッシュを詰めた上に包帯を1本顔に巻いて押さえている康太に話しかける。

 しかし康太が反応するより早く工藤が口を開いた。

 

「ボクがちょっとからかっただけなんだよ。だけどまさかあんな事になるなんて……」

「からかう? 内容は?」

「会話の流れで保健体育の実技の話になってね。

 折角だからボクの特技のパンチラを披露してあげたんだヨ。スパッツだけど」

「……体育の実技の話を強引に保健の話にしたのか、それとも元々保健の話だったのか判断に悩むな。

 どちらも勉強会中の会話としては無理があるのは間違いないだろうが」

「そこは……まぁ……テヘッ☆」

「ここまで大惨事になったのは相手が康太だったからだな。悪気はあんまり無かったんだろうが……程々にしておけよ?」

「うん。()()()しておくよ」

 

 工藤は常識人枠かと思っていたが……真面目な空気だと逆にはしゃぐ傾向があるのかもしれん。

 特技がパンチラだと豪語するだけの事はあるな。

 

「…………工藤愛子、これで俺に勝ったと思うなよ……?」

「いや、こんな事で勝ったとか思ってないから。

 ムッツリーニ君とは正々堂々保健で勝ちたいからネ!」

「…………フッ、やれるものならやってみると良い」

「言ったね? じゃあ次の期末の点数で勝負しよう!

 勝った方は負けた方のいう事を何でも……」

「おい止せ工藤!」

「…………」

 

 康太は、特に言葉は発さなかった。

 その代わり……なのかは知らんが、鼻に詰めたティッシュや包帯すらも貫通して再び血が噴き出した。

 

「わぁああ!! またなの!?」

「意識を絶った方が早いか!? しかしコイツの場合無意識でも……」

「悩んでる場合じゃないって! 何とかしないと!」

「チィッ、賭けになるが仕方あるまい。ていっ!」

 

 集中力全開にして首トンを決める。

 ……良かった。血は止まったようだ。

 

「ふぅ」

「ムッツリーニ君……大丈夫かなぁ……?」

「Fクラスの生徒の生命力はクマムシ並みだ。問題あるまい。

 ……ところで工藤、ちょっと気になった事があるんだが」

「何カナ? スリーサイズなら教えてあげるけど体重はヒミツだよ?」

「情報の価値としてはどっちが上なんだ? 体重が分かればミステリーの何かのトリックに使えるか?」

「ちょっとした冗談を物騒な方向に結びつけるのは止めて!」

「何を言う。これこそ冗談だ。

 で、えっと……お前たちって何かライバルっぽい空気出してるけど、いつからそんな感じなんだ?」

「何だ、そんな事? ムッツリーニ君の事は試召戦争の時から意識してたよ」

「ああ。貴様が僕にアッサリ負けたアレか」

「アレは転校組で操作に慣れてないボク相手に大人げなかったキミが悪いよ! 点数自体は勝ってたし!」

「卑怯汚いは敗者の戯言だ。

 ……そうか。あんときは貴様の点数は450点くらいで、康太は550点くらいだったっけか」

「うん。キミに負けたのは……何というか理不尽さを感じただけだったけど、ムッツリーニ君には点数で負けてたからね。

 凄い人だな、どんな人なんだろうっていうのはあの時から考えてたよ」

「なるほどねぇ」

 

 その後、清涼祭や合宿で交流する機会はいくらでもあったはずだ。それで仲良くなったという訳か。

 

「ま、頑張れ。康太の点数アップに繋がりそうなのであれば副代表としては大歓迎だ」

「それ言ったらAクラスであるボクの点数アップにもなるけどね。

 言われなくても頑張るよ。何でもいう事を聞く……なんていう賭けが無くてもネ」






「いじょ。霧島さん家の勉強会その1かしらね」

「使用人の人には固有名詞を与えようか少々迷ったようだが……結局無しになった。
 キャラを増やしても使い道が限られてしまうからな」

「地味に存在感のある人だったわね」

「性別すら決まってないんだが……女性にしておこうか。その方が華があるし」

「もう出ない人の設定をそんなに詰めなくても……」

「……いつからもう出ないと錯覚していた……?」

「出す気なの!?」

「さぁな。駄作者の気まぐれ次第だ」

「……そんなヒマがあるなら私を出して欲しいわ……

 それじゃ、次回もお楽しみに!」


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17 昼食

 康太の鼻血で汚染された部屋では落ち着いて勉強もできやしないという真っ当な理由により別室へと移動する事となった。

 なお、康太はダウンしたので医務室へと搬送された。無理矢理起こしてもまた血で部屋を汚すだけだから仕方ない。

 しかしあの血は一体誰が掃除するんだろうか? 結構落ちにくそうだから心配だ。

 もしこの邸宅が10年後くらいにミステリーの舞台になったら無駄に血液反応を発して探偵だけでなく犯人も混乱させそうだな。

 

「明久、勉強は順調か?」

「……え? ……うん……多分」

 

 気力が尽きかけているようだ。霧島よりも3点リーダーが多い。

 そもそも明久に訊いたのが間違いだったか。

 

「雄二、明久の調子はどうなんだ?」

「途中まではそれなりに順調だったのは把握しているが、途中で翔子がトチ狂ったせいでそっから先は把握してない」

「……まぁ、順調だったとしておこうか」

 

 少なくとも途中までは順調だったのは間違いなさそうだ。今後も何とかなると信じておこう。

 明久の事は置いておいて他の奴はどうだったろうか?

 

「伊織。無事か?」

「……んぁ? ああ……こんなペースで勉強する事なんてそうそう無いからメチャクチャ疲れてるけど……まだ頑張れる……!」

「……辛くなったら無理せず休め……なんて優しい言葉をかけてやるよりも追い込んでやるべきか。

 死ぬ気で喰らいつけ。来年の振り分け試験でのFクラスからの脱出の為にな」

「ああ! ……実のところFクラスからの脱出だけならもう十分な気もするけどな」

「現時点での学力に胡坐をかいていたら振り分け試験の頃には転落してそうだな」

「……副代表、そういうネガティブな発破じゃなくてポジティブな発破をくれないもんかね……?」

「そうだな……高いクラスに入るに越したことは無いだろ? 現状EクラスレベルならDクラスを目指せば良い」

「そうそう、そういうヤツ。頑張ってみるよ」

 

 伊織は貴重な常識人だから来年も同じクラスに居たいものだが……流石に無理だろうな。

 今の時間を大事にするとしよう。

 

 

 

「……着いた。ここが新しい部屋」

 

 霧島の案内により新しい部屋に着いた。さっきの部屋と同じくらいの広さだ。

 こんな部屋があといくつかあるんだろうな。流石は金持ちの邸宅だ。

 

「んじゃ始めるか。さて何するかな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くの間それぞれが思い思いに勉強して時間が経過した。

 そして丁度12時頃、霧島がスッと立ち上がった。

 

「……そろそろ、お昼の時間」

「おっしゃメシだぁ! やっと休める!!」

「伊織くん、よっぽど休みたかったんだネ……」

「ククッ、はしゃぐ余裕があるならまだまだ追い込みが足りなかったか」

「勘弁してくれ。寿命を削る勢いで追い詰めるのは吉井だけで十分だ。

 教室の設備よりも命の方が大事だし」

「極論に聞こえるけど本当に正論なのよね……アキの様子を見ると本当に寿命を削ってる気がするし」

「……ああ、呼んだ美波……? あぁ、綺麗な川が見えるよ……おじいちゃ……」

「ちょっ、吉井くん!? 大丈夫なの!?」

「吉井くん!? それ渡っちゃダメな川ですよ!? しっかりしてください!!」

「明久よ! 今から休憩じゃからな!? しっかりせい!!」

 

 明久以外は意外と余裕がある事が分かるな。

 まぁ、人生が決まる受験じゃあるまいしギリギリまで追い詰める奴はそうそう居ないか。

 

「翔子、昼は用意してあるっつってたな。御馳走になるぞ」

「……うん。腕によりをかけて作った」

「へ~、そりゃ楽しみだ。霧島家お抱えの専属料理人とか居そうだしな」

「代表、食費とかは要らないの? 料理人の料理をタダで食べるっていうのは気が引けるんだけど……」

「…………大丈夫。ただ、美味しかったらちゃんと美味しかったって言って欲しい。それが料理人への最大の報酬だから」

「それじゃあ美味しくなかったら? それもちゃんと言った方が良い?」

「……うん。料理人の成長に繋がるから」

「分かった。んじゃあ素直に感想を言うとしよう」

 

 と言う訳で食堂に移動だ。

 立派な扉を開け放つと貴族のパーティー会場みたいな光景が広がってきた。

 何と言うか……メッチャ豪華な食卓である。

 

「……好きな所に座って欲しい。雄二は私の隣」

「へいへい」

 

 それぞれが思い思いの場所に座る。席が1つだけ空いてしまったが……康太は無事だろうか?

 

「……翔子、ちょっと疑問があるんだが?」

「……何?」

「俺の所に置いてある料理だけちょっと歪じゃないか? 何か微妙に焦げてる所もあるし」

「…………雄二の気のせい。いいから食べて」

「くっ、断固拒否する! どうせお前の事だから俺だけ特別扱いで妙な薬でも仕込んで……」

 

 ふむ……さっきまでの会話と今の態度から大体想像はつくが……助け船を出してやるべきか。

 少し悩んでいたら僕が行動する前に伊織が口を開いた。

 

「おい代表」

「ん? 何だ宮霧」

「間違ってたら申し訳ないんだが……それって霧島さんの手作りなんじゃないか?」

「…………は?」

「単純にオレらの所に並んでる物と作った人が違う気がする。よっぽどヒドい薬品をかけないとここまで見た目に違いが出ない。

 だから別の人が……霧島さんが作ったと思ったんだけど……どうなんだい?」

「…………(こくり)」

「えっ……マジか翔子」

 

 ははっ、やっちまったな雄二。少しは霧島を信頼してやれという話だ。

 

「念のため訊くが、妙なものは入って……」

「……何も入ってない。雄二への愛情以外は」

「うぐっ! す、すまんかった」

「……それじゃ、食べて。私の純情しか入ってない料理を」

「俺が悪かったから! 追い詰めるのは止めてくれぇ!」

 

 霧島の表情が心なしか柔らかい気がする。あいつ雄二をからかって遊んでやがるな。

 いいぞー。もっとやれー。

 

「さて、それじゃあ頂きます。

 ……なるほど。美味いな」

「本当に美味しいですね。どうやったらこんなに上手に作れるんでしょう……?」

「姫路、人には得手不得手がある。背伸びはしない方が良い」

「うぅぅ……一人でも美味しい料理を……せめて人が倒れない料理を作りたいです」

 

 

 そんな感じで雄二も含めて『美味しい』以外の感想は殆ど出なかったようだ。

 流石は霧島家の料理人。一流だな。






「勉強会その2ね」

「物語をサッサと進めたいけどこれだけの人数が居る事を考えると黙ってるのも不自然という。
 木下姉とか1台詞しか出てないし」

「吉井くん視点だったら結構出てきそうね」

「明久視点やると苦しみながら勉強してるだけだからなぁ……
 面倒なんで出番が薄い奴は諦めたらしい」

「そこでどうして諦めちゃうかなぁ!」

「だって駄作者だし」

「……まあいいわ。薄い人が居る反面、宮霧くんの出番が何気に多い気がするわね」

「苛烈過ぎる僕と違って中途半端な力強さが使いやすいらしい。
 常識人枠だからツッコミ役に最適だし」

「流石はご都合主義から生まれたオリキャラね……いや、人の事はあんまり言えないけどさ」

「僕たちが言うとブーメランになりかねんなぁ」


「では、次回もお楽しみに!」


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18 挑戦

「……ところで雄二、勉強の調子はどう?」

「どうもこうも……普通に順調だ」

「……次の戦争ではAクラスに勝てそう?」

「ん? ああ。当然だ!」

 

 美味い物を食べている最中だからか雄二のテンションが微妙に高い気がする。

 妙な事にならないか少し心配だ。

 

「……そこまで言うなら、勝負、してみる?」

「勝負だと?」

「……うん。こんな事もあろうかと補充試験と同じものを予め貰っておいた。

 ……五教科の10種類の科目と、愛子と土屋の為の保健体育の試験をそれなりの量用意してある」

「テストの点数対決って事か? 純粋な点数対決でお前に勝てる自信は流石に無ぇな」

「……じゃあ私はハンデを付ける。通常の試験時間は1時間だけど私は30分だけ。これならどう?」

「おいおい、俺も舐められたもんだな。単純計算で点数が半分になるって事だろ? だったら俺が勝つに決まってる」

「……じゃあ、やる?」

「ああ当然だ。勝負だ翔子!」

「……分かった。それじゃあ勝った方が負けた方の言う事を何でも聞く」

 

 あっ、案の定妙な事になったらしい。

 ……まぁ、面白そうだから放っておこう。

 

「…………は? いやちょっと待ちやがれ!」

「……どうかしたの?」

「どうしたもこうしたもあるか! 何だってそんな事しなきゃならん!!」

「……雄二は自信が無いの? さっき『俺が勝つに決まってる』って言ってたのに」

「ぐ……分かった。いいだろう! 俺が勝ったら何でも言う事を聞いてもらうぜ!」

「お~、坂本くんったら大胆だネ。女の子に向かって何でも言う事を聞かせるなんて」

「……準備はいつでもできてる」

「何の準備だ!? ったく、後で吠え面かくんじゃねぇぞ!」

 

 どうやら合意が成立したようだ。

 霧島が賭けに出たのか、それとも単純に勝算があったのか……

 ……まあいい。このイベントは便乗するのが副代表としてのすべき事だろう。

 

「霧島。先ほど康太や工藤の為の問題も用意していると聞いたが……」

「……うん。せっかくだからテスト自体は皆でやろうと思う。

 ……私たち以外で勝負したい人が居れば自由にして良い」

「……皆で、ねぇ……

 まあいいや。順位毎に賞品でも付けるか?」

「副代表、単純な順位だと明らかにAクラスが有利だ。いやまぁFクラスが劣等生なのは自業自得なんだけど……何か良い感じの無いの?」

「ではクラス毎の順位……」

「それだとわざわざ集まってる意味が無くならない? それに、土屋くんの保体の成績は愛子以上でしょ? やっぱり不平等と言うか……結果が見えててしっくり来ないんじゃない?」

「……そもそもの前提として『得意科目の点数で勝負』という事で良いんだよな? 全科目やるのはキツイし」

「……細かいルールは後で詰めるつもりだけど少なくとも私はそんな感じでイメージしてた」

「ふむ、底辺争いの連中にもモチベーションが出るようなシステムとなると……ああ、じゃあ自分より下位の人に命令できる権利で良いか。

 人生変えるレベルの命令じゃなくてせいぜいラーメン奢れくらいに限定させてもらうが」

「ラーメン……カロリーたっぷりじゃないか! 是非とも良い点取らないと!!」

「吉井くん。美味しい料理を食べてる最中に言う事じゃないわ。いや、元の原因は兄さんか」

「一応吉井のモチベーションアップには繋がったみたいだな。オレもそれで良いよ。元々ご褒美が出るだけでもありがたいわけだし」

「限定された命令……か。凄い命令を出しちゃった場合にはどうするの?」

「その場のノリでセーフかアウトかを決めれば良いだろ。

 逆に言えば説得さえできればどんなにアウトっぽい命令でもセーフとなるな」

「急に危険度が増したのぅ……」

「1位の人は凄いから大体オッケー、下から2番目はショボいから殆どダメみたいな判定がされるかもな」

「複雑なようなそうでないような……」

「良くも悪くも雑なルールだネ。ボクは勿論参加するよ~」

「……私はそっちの勝負には参加しない。私が命令したいのは雄二だけだから」

「俺も同じだ。そっちのルールでの処理は俺達は除外してくれ」

「りょーかい。他に参加しない奴は? ……居ないっぽいな。それじゃあ飯食ったら始めるとしようか」

 

 

 

 

 

 

 という訳で昼食を終えて少し休憩したらテストに入る。

 康太も復活してきた、勝負について説明したら参加するとの事だ。

 

「……一応、未開封のものを持ってきた。雄二にいちゃもん付けられないように」

「はっ、ははは……翔子。俺がそんなみみっちい事をする訳が無いだろう?」

「……そういう事にしておく。

 それぞれに封筒には全問正解すれば500点相当の量の問題が入ってる。

 ……各自、自分の得意科目の封筒を持って行って欲しい」

 

 得意科目……か。さて、どうしたものか。

 少し迷っていたら霧島に1つの封筒を突き付けてきた。

 

「……迷っているようなら、これにして」

「物理……? なるほど。そういう事か」

 

 霧島に突き付けられたのは物理のテストが入った封筒だった。

 霧島が自分に課したハンデ、そして物理の科目……点と点が繋がってきた。

 雄二……死んだな。

 

「おいおい、雄二との勝負じゃなかったのかよ。

 まあいいだろう。全力で行く」

「……望むところ……!」

 

 皆がそれぞれの封筒を手にする。

 そして霧島がスタートの合図を……出してしまうと霧島が微妙に不利になるので使用人の人を呼んでタイムキーパーをしてもらう。

 

「では30分及び1時間の経過時に宣言させて頂きます。

 皆さん準備は宜しいですか?

 ……大丈夫のようですね。では、始め!」

 

 僕たちは一斉に封筒を開けて問題を解き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「30分です! お嬢様はペンを置いて回答用紙を伏せて下さい!」

「…………」

 

 ここでハンデにより霧島が終了っと。

 僕はどうするかな。疲弊状態であっても雀の涙ほどではあるが点数を稼げるが……

 ……まぁ、いいか。僕もペンを置くとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1時間です! 皆さまペンを置いて下さい!」

 

 おっ、ようやく終わったか。さて、採点だな。

 

「……皆、隣の人と答案用紙を交換。解答を配るから採点をお願い。

 ……あと雄二と吉井は交換しちゃダメ、お互いに手心を加えるから」

「何を言ってるんだ翔子。俺がそんなセコい事をする訳が無いだろう?」

「そっ、そそそその通りだよ! ゆゆ雄二の点数を水増しするとか、ああ有り得ないよ!!」

「……雄二は光と交換。吉井は優子と交換。異論は認めない」

「ああ良いぜ! 別にやましい事なんざ何も無いからな!」

「ま、まったくもう。霧島さんは疑り深いね!」

 

 雄二の演技は完璧なのに明久の大根っぷりが全てを台無しにしている。

 まぁ、証拠がある訳でもないし霧島さんはスルーしておくようだ。

 

「……剣は私と交換」

「僕をご指名か。理由は?」

「……剣が点数に細工するとは思えないし、何より早く結果が知りたい」

「ククッ、構わんぞ。採点頼んだ」

「……そっちこそ。正確な採点をお願い」

 

 霧島から渡されたのは物理の答案用紙と同じく解答用紙だ。

 さて、霧島はたった30分でどれだけ取れたのやら。

 ………………

 ……そうか。そうきたかぁ……

 細かい事は置いておいて1つだけ言っておこう。

 雄二……死んだな。






「模擬テスト回ね」

「原作では愚かにも雄二がアッサリと乗せられて勝負する事になってたアレだ。
 その時は確か部屋割りを決める勝負だったな」

「愚か過ぎるでしょ坂本くん。学年主席に点数勝負を挑む……と言うか受けるなんて」

「ハッタリのつもりだったのかもしれんな。まさか賭け勝負が始まるだなんて思ってなかっただろう」

「う~ん……それならまぁあり得るかな?」

「という訳で、流石に不自然だと感じたので霧島がハンデを負う形となった。
 それがどういう結果に繋がったかは……また次回だな」

「では次回もお楽しみに!」


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19 勝負の結果

 全員が採点を終え、結果を使用人の人に手渡す。

 次は結果発表だな。

 

「お嬢様。どういった順番で発表しますか? やはり下の順位からですか?」

「…………ランダムでお願い。今回のシステムは下から2番目でも報酬がある。完全ランダムの発表の方が最後まで楽しめる」

「承りました。

 ではまず、木下優子様からです」

「アタシがトップバッターなのね」

「木下さん。自信はある?」

「そうね。いつも通りに解けた感じだけど……と言うか吉井くんはアタシのテストの採点したんだから点数知ってるでしょ」

「いや……点数の数字だけ分かってもそれが調子良かったのか悪かったのかまでは分からないから」

「……それもそうね。まさか普段のアタシの点数を把握してる訳でもあるまいし」

 

 概ねで良ければ僕も雄二も康太も把握してるけどな。Aクラスの五本指に入る強キャラの戦力把握を怠る訳が無い。

 ……まぁ、明久が把握している訳が無いというのは同意だ。

 

「では発表させて頂きます。

 優子様の選択科目は現国。点数は365点でした」

「大体いつも通りな感じね」

「流石は姉上じゃな。点数だけは優等生じゃのぅ」

「秀吉~? 何か言ったかしら~?」

「なな何でも無いのじゃ! 姉上はいつも綺麗じゃのぅ!」

 

 木下優子 暫定順位1位 っと。

 ……まだ1人目だから当たり前だが。

 

 

 

「では次の発表は宮霧伊織様です」

「オレかぁ……木下さんの後だと何だかなぁ……」

「選択科目は数学1A。点数は156点でした」

「…………えっ?」

 

 あれ? おかしいな。あいつの点数って100点超えてる科目は無かった気がするんだが。

 伊織……相当頑張ったんだな。

 

「やったじゃないの伊織! アンタ確かこの前は90点くらいだったわよね?」

「お、おう……純粋に驚いてる。そうか……頑張った甲斐があった」

「ちなみにだが150~175点がCクラス相当だ。あくまでも目安だが」

「そうなのか? 以外と低いんだな」

「木下姉みたいなのがちょっと異常なだけで、200点以上がAクラスの目安だ。

 そして100点の時点で既にEクラス下位レベルだから中間のクラスの目安は結構細かく区切られてる。

 ……あくまでも目安だけどな」

 

 何はともあれ伊織は暫定2位、暫定最下位だ。

 木下姉と比べたらそらそうなるって話だが。

 

 

 

「次は土屋康太様です」

「…………」

「選択科目は保健体育。点数は500点、満点だったようです」

「……土屋、封筒を2つ持って行っても良かったのに」

「…………工藤は1つしか持って行かなかった。俺だけ2つというのはフェアじゃない」

「えっ、そんな事気にしててくれたんだ。ありがとムッツリーニくん。

 ボクも回答欄は全部埋めたからからネ。勝負だよ!」

「…………望むところだ」

 

 康太は暫定……じゃなくて完全に1位確定だな。封筒を2つ以上持って行った人は居なかったはずだし。

 同率1位が居る可能性もあるが、その時はその時だ。

 

「……土屋は満点なのか……う~ん……」

「どした伊織」

「……ちょっと言いたくない。少し悩ませてくれ」

「?? 分かった」

 

 

 

「続いて、吉井明久様です」

「僕かぁ……全力は出せたと思うけど……木下さん、どうだった?」

「結果を聞けば分かる事でしょ? 大人しく聞きなさい」

「では発表させて頂きます。

 選択科目は日本史。点数は……201点です」

「…………ふぇ?」

「Aクラス相当ね。良かったじゃない」

「いやいやいやいや、何かの間違いじゃないの!? Aクラスレベルって!!」

「何? アタシの採点に文句でもあるの?」

「そういう訳じゃないけど! 本当に本当? 何か間違っている可能性は……」

「ふむ……明久様の解答を流し見してみましたが、特に異常な点は見受けられません。

 たまに妙な回答が混ざっていますが、ちゃんと不正解判定になっているようです」

「そういう事らしいわ。素直に喜びなさい」

「そ、そうだね……やった! 僕はやったんだ!!」

 

 明久の順位は暫定3位だな。

 現時点では4人の中の3番目なので下から2番目という扱いだが……発表が終わった時にどうなっているかが楽しみだ。

 

 

 

「次の発表です。島田美波様」

「ウチね。う~ん……アキには負けたくないわ。

 普段通りに取れてれば負けてないはずだけど……瑞希、どうだった?」

「え? えっと……発表を聞きましょう。すぐなんですから」

「……それもそうよね。お願いします!」

「選択科目は数学1A、点数は242点でした」

「ふぅ……良かった」

 

 明久を抜いて暫定3位だな。

 

 

 

「次は工藤愛子様です」

「お、ボクの番だネ!」

「…………」

「選択科目は保健体育。点数は康太様と同じく満点……」

「ちょっと待った!!」

 

 使用人の人の発表に口を挟んだのは伊織だった。

 そう言えばさっき何か悩んでる様子だったな。

 

「伊織様、どうなさいました?」

「いや……工藤さんの採点をしたのはオレなんだけど……一ヶ所だけ判定に凄く悩んだ所があるんだよ。

 結局は概ね意味が通じるから良いかなと思って〇にしたんだけど……土屋が満点となると優劣をハッキリさせた方が良かったかな……と」

「伊織くん。どの問題なのそれ?」

「確か……ここ。『性徴』って書くべき所が『生徴』ってなってる」

「うわぁ……本当だ。これはバツだよ」

「……すまん工藤さん。ぬか喜びさせちゃって」

「ううん。ボクが間違えただけだから。本番でやらかさないように気を付けるよ……」

「では、愛子様の点数は499点となります。

 後で康太様の回答も合わせて精査すべきかもしれませんね」

 

 これで工藤の順位は暫定で2位。多分最後まで2位だと思うが。

 

 

 

「次は空凪光様です。

 選択科目は数学1A、点数は425点でした」

「特にいう事は無いわね。吉井くん、採点ミスしてないでしょうね?」

「勿論! って言いたいところだけどさっきのを見た後だとちょっと自信は無いよ。

 数学の回答で漢字ミスってそうそう無いと思うけどさ」

「一応後で確認してみようかしらね」

 

 何も言う事は無いな。光はいつもの光である。

 

 

 

「続けて、坂本雄二様です」

「ようやくか。待ちくたびれたぞ」

「選択科目は数学1A、点数は295点です」

 

 あっ、やっぱり雄二死んだな。

 

「雄二……まさかカンニングを!」

「んな訳無ぇだろ。正真正銘俺の実力だ!

 そもそも隣の奴とは問題自体違うだろ。多分」

「それは……ほら、カンペを忍ばせるとか」

「そんなもん眺めてる暇があったら問題を解いた方が効率が良いに決まってる」

「あっ、確かに」

 

 これで雄二の順位は……えっと、いくつだっけ?

 もういいか。最後にまとめよう。

 

 

 

「次は姫路瑞希様です」

「私ですか。良い感じで解けたと思いますけど……」

「選択科目は数学1A、点数は465点です」

「あれ? 思ったよりもできたみたいです。もう少しで満点に届いたかもしれませんね」

「瑞希の採点をしたのはウチだけど……そもそも不正解が殆ど無いのよね。さすがは瑞希だわ」

 

 

 

「次はお嬢様の点数の発表です。お嬢様だけはハンデで30分テストでしたね」

「ハッ、いくら翔子でも試験時間が制限されてたら怖く無ぇ! さぁ、発表してくれ!」

「お嬢様の選択科目は物理。点数は412点です」

「……………………はぃ?」

「412点です」

「僕が採点したから間違いない。412点だ。

 霧島、どうだった?」

「……後で教えてあげる」

「そうかそうか。じゃあ楽しみにしておこう」

「おや? 次が空凪剣様のようです。発表させて頂きますね。

 選択科目はお嬢様と同じく物理。点数は410点です」

「……やっぱり負けたか」

「……やろうと思えばもう少し点数が取れたはず」

「おいおい、貴様が30分でペンを置いたんだ。僕も同じようにするのが筋ってもんだろ」

「……一応感謝しておく」

 

 もう忘れているかもしれないが、Aクラスとの試召戦争で止めを刺したのは僕と霧島の『物理テスト5分間対決』である。

 あの時負けたのが相当悔しかったんだろうな。まさか短時間勝負であっても僕に勝つまで鍛え上げているとは。

 流石にそんなのはこの科目だけだと信じたいが……この科目だけでも十分過ぎるくらい脅威だな。1時間テストなら600点を超えるくらいはあるはずだ。

 

 

 

「次で最後ですね。木下秀吉様」

「むぅ……あまり自信が無いのじゃが……」

「選択科目は現国。点数は101点です」

「……最下位、じゃな」

「一応Eクラス相当だな。一応」

「……もう少し頑張らないといかんのぅ……」

 

 

 

 という訳で順位が決定した。

 

康太 500点

工藤 499点

姫路 465点

光  425点

霧島 412点(30分テスト)

剣  410点

優子 365点

雄二 295点

島田 242点

明久 201点

伊織 156点

秀吉 101点






「以上で採点回終了。長かったわね……」

「リメイク前では全員が30分テストとかいうトリッキーな事をやっていたが、今回は霧島だけだな。
 あの時は30分テストの換算をわざわざやってたっけなぁ……」

「あったわねぇ……やたら複雑な数式に当てはめて大体0.6倍になるみたいな結論を出して」

「今回はそんな必要が無く、上限も500と決まっていたので割とスルスルと書けたそうだ」

「アレに比べたらそりゃ楽でしょうね」

「そうそう、発表順の『ランダム』というのは本当にランダムに決定した。
 正確にはエクセルの乱数生成を使って数字が高い順に発表した」

「その割には霧島さんの直後にキミが来たりと綺麗に繋がってるけど……」

「正真正銘の偶然だ。
 康太と工藤の順番とか、雄二と霧島の順番とかといい本当に運が良かった」

「冗談じゃなくて本当にランダムだったのね……」

「あとは……そうだな、工藤の漢字ミスというのは実体験……ではないが、似たようなことがあった事は思い出したそうだ。
 筆者の中学時代の思い出だが、数学のテストで漢字ミスで減点を喰らって100点を逃した事があるそうだ」

「数学で漢字? かなり珍しいような……」

「座標とかの問題で『原点』って書くべき所を『元点』と書いてしまったらしい。
 意味的にはあんまり変わらなそうなのにな……」

「……回答としては間違ってるわね……

 それじゃ、次回もお楽しみに!」


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20 清算

 順位が決定した所でお待ちかねの清算タイムである。

 まずは発端である霧島と雄二からだ。

 

「……それじゃあ雄二。覚悟を決めてもらう」

「俺に何をさせる気だ?」

「……何もさせる気は無い」

「何だと? どういう意味だ」

「……前に私は雄二に勝って付き合って欲しいと言った」

「ああ。そうだな」

「……私からの命令はただ1つ。あの時の命令を無かった事にして欲しい」

「っ!? 何だと!? どういう意味だ!!」

「……そしてこれは私からのお願い。

 ……雄二、私と付き合って欲しい」

「何だってそんな意味のない事を……俺と付き合いたいならそのままにしときゃ良いものを」

「……今の私は雄二と付き合いたい訳じゃない。雄二を私と付き合わせたい。それだけ」

「…………」

「……返事は今すぐには要らない。期末テストが終わる頃までには答えを出して」

 

 何を命令するのかと思っていたが、こういう事らしい。

 ククッ、今までは雄二は『命令だから仕方なく霧島と付き合う』という事になっていたが、今後は同じ言い訳は通じない。

 今まで通りに付き合いたいのであれば雄二が霧島への好意を認める必要があるという訳だな。

 霧島の奴、なかなかやるようになったじゃないか。

 

 

 

「んじゃ、残りの清算だな。まずは1位の康太から」

「…………期末が終わったら、写真を撮らせてほしい」

「なるほど康太らしい。誰の写真を撮りたいんだ?」

「…………ほぼ全員。1位なのだからこれくらいの権利はあるはずだ」

「なるほど確かに。異論がある者は居るか?」

「写真くらい構わない……って言いたい所だけど内容によるわ。一体どんな写真を撮る気?」

「…………ただの写真だ。肖像権以外の法律に触れるようなものは撮らない」

「ホントでしょうね……? 剣くん、検閲を頼める?」

「良かろう。他に異論は……無さそうだな。じゃあOKという事で。

 

 

 

「次はボクだね! さぁ~って、一体ナニをして貰おっかな~」

「エロ関係に走るのは止めなさいよ? 1位の土屋くんだってそれなりに自重してるみたいなんだから」

「もぅ、光は心配性だなぁ。

 それじゃあ……決めたよ。ボクより低かった10人……代表たちを除いた8人には駅前のアレを奢ってもらおうカナ~」

「『アレ』……? ま、まさか愛子、アレを頼もうと言うの!?」

「うんアレ。一度食べてみたかったんだよネ~。

 駅前で売ってる『トロピカルスーパージャンボパフェデラックススペシャル改エクストラバージョンダブルプラス』を!」

「うっそでしょ!? あの冗談で作ったみたいな商品を食べる気!?」

 

 ……何か凄い長い名前だが要するに凄いパフェの事っぽい。

 8人で強力して1つ注文するわけだから……4000円だと仮定しても500円の出費で済むな。

 

「これもムッツリーニくんと同じく期末の後で良いよ。時間がある時に皆で行こうネ~」

 

 

 

「次は姫路だな」

「私ですか……命令、命令……参加しておいてどうかと思いますけど特に思いつかないですね……」

「そうか。パスするか?」

「う~ん……あ、そうだ。1つだけ思いつきましたよ。吉井くんへの命令です!」

「え、僕? 一体何をさせられるんだろう……」

「簡単な事ですよ。今回の……と言うより最近の勉強会は主に吉井くんの為に開いているものです。

 勿論私たちもこの機会に勉強させてもらってますけど……1番の目的は吉井くんの為です。

 それを無駄にしないように、ちゃんと良い結果を出して下さいね」

「う~ん……ある意味一番難しいような……分かった。精一杯頑張ってみるよ」

 

 

 

「次は光」

「そうねぇ……姫路さんのパクリっぽくなっちゃうけど……秀吉くんに」

「ワシか? 何じゃ?」

「次の振り分け試験でAクラスに入る事。以上」

「……明久以上にキツイものが出てきたのぅ……できる気がせぬのじゃが……」

「何のために私が居ると思ってるのよ」

「成績向上の為だというのは初耳じゃな……」

 

 

 

「次は僕だな。命令は……じゃあ今度ラーメンでも奢ってもらおうか」

「ボクと同じく自分以下の人全員への命令カナ?」

「そういう事だ」

 

 面白そうだから参加したが命令自体に興味は無い。

 最初に挙げた例であるラーメン奢りくらいで丁度いいだろう。

 

 

 

「次はアタシか……じゃあ同じくラーメンで」

「考えるのが面倒だったのか?」

「まぁ、そうね。剣くんがラーメンにした以上はそれより下のアタシが凄い命令をする訳にもいかないし。

 それに、剣くんのラーメンにしたってお金だけ渡して行ってらっしゃいって訳にもいかないだろうから結局皆で一緒に行く事になるんでしょ?

 一緒に済ませられれば分かりやすいわ」

「そうなって来るとオレもラーメンで良いか。面倒だし」

「僕は最初からカロリー……じゃなくてラーメンだよ!」

「……この際だからウチもラーメンにしようかしら。瑞希も応援するだけだったし」

 

 僕以下は全員ラーメンに決まったらしい。

 ちょっと待て。結局だれがどれだけ払う事になるんだ?

 

「んっと? 

 僕のラーメン代を5人で分ける。

 木下姉のラーメン代を4人で分ける。

 島田のラーメン代を3人で分ける。

 明久のラーメン代を2人で分ける。

 伊織のラーメン代を1人で分ける。

 

 秀吉は奢り分だけで1+1/2+1/3+1/4+1/5=274/120

 伊織は1/2+1/3+1/4+1/5=154/120

 明久は1/3+1/4+1/5=94/120

 島田は1/4+1/5=54/120

 木下姉は1/5=24/120

 

 ラーメンが600円とするとそれぞれ……

 1370、770、470、270、120

 秀吉が自分の分も注文すれば1970円か。

 ……簡単に済ませようとしたら逆に面倒になったな」

「しかも実際には全員同じのを注文するとは思えないし、もっと細かい値段の可能性も十分あり得るわよね……?」

「……この数値を目安にそれっぽく出し合うとするか」

「何だか楽しそうですね。私も一緒に行きたいです」

「構わんぞ。自腹だが」

「自腹も何も一切払わなくていいのは剣くんだけじゃないの」

「いやいや、ラーメンでは無いが僕も工藤に払う分がある。同じ日に行くかは分からんけどな」

「確かに……単純な話のはずなのに何故か微妙にややこしいわね……」

 

 

 

 こんな感じで、一応清算は完了した。






「清算回終了だ。
 下位の連中をどうするか迷ったようだが……途中から面倒になって結局こうなった」

「面倒だったからなのね……」

「シンプルにしようとしたら逆に面倒な事になっていたな。
 多分だが皆で行く事になると思うんで計算は霧島に押し付けるとしよう」


「では、次回もお楽しみに!」


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21 休憩

 さて、テストも終わった事だし再び勉強を始める。

 とは言え、さっきのテストで力を出し切った後だ。ガンガン進めていく感じじゃなくてのんびりまったりと復習とかする感じだったようだ。

 

 

 

 

 

 そんな感じでそれなりにのんびり過ごして予定していた勉強時間が終了した。

 徹夜で詰め込んでも逆効果になりかねないので本日の勉強はここまでだ。自習したい奴がする分には構わないが。

 

「予定時刻が過ぎた。後は合宿特有のお楽しみにタイムだ」

「……まずは食事? お風呂? それとも……」

「代表大胆だネ! まさかの剣くんへのアプローチなんて!」

「……違う。最後のアレの代わりのものを考えたけど思いつかなかっただけ。雄二以外にアプローチなんてしない」

「夕食は有難く頂くとして……ここの風呂ってどうなってんだ?」

「……男湯と女湯で分かれてる。露天風呂も完備」

「……おい霧島。ここって個人の邸宅だよな? 実はどっかの旅館を貸し切りにしてる訳じゃないよな?」

「……ちゃんと私の家。ただ、この家の歴史はそこまで詳しくないから元々旅館だった可能性はある」

「そ、そうか……まぁ、うん。パナイな霧島家は」

「……ちなみに混浴もある。使う予定が無いからお湯は張ってないけど、雄二がどうしてもと言うなら用意する」

「俺に振るのかよ!? 要らねぇよ!!」

「……そう。残念」

 

 あまり残念がってるように見えないのはきっと気のせいだろう。

 

「まずは夕食、その後風呂って所か。霧島、案内してくれ」

「……昼と同じ場所。こっち」

 

 

 

 

 相変わらず豪華な食事を摂り、男女に別れて風呂場に向かう。

 なお、秀吉は本人の強硬な主張により男湯行きとなった。

 

「そ、そんなバカな! 秀吉は秀吉……」

「……斬られたいかしら?」

「秀吉はオトコです。ハイ」

 

 あと、光の強硬な主張もあった気がするがきっと気のせいだ。

 そういう訳で男女に分かれて風呂場に直行だ。

 

 

 

「と言うか今更なんだが、貴様は合宿の時点で秀吉と一緒に風呂に入ってるだろ。

 何でまだ秀吉が女子扱いなんだ?」

「え? 何のこと? 秀吉と一緒にお風呂に入ってただなんて、そんな事有り得ないよ!」

「……コイツ、自らの記憶を抹消してやがる!」

 

 恐らく今日の事も記憶から抹消されるんだろうな。余計な事を記憶する余裕は無さそうだからある意味丁度いい。

 秀吉と光にとっては災難だろうが……まぁ、僕が気にする事ではない。

 

「そういえば剣、ちょっと気になった事があったんだけど……」

「何だ?」

「さっきのテストで400点を超えて取ってたよね? 剣の限界って400点だって話を聞いてたんだけど……」

「ああ、何だそんな事か。毎度毎度全力を出してたら命がいくつあっても足りない。

 だから微妙に余裕があるラインで止めてるんだ。400点は腕輪のラインだし、丁度良い目安だ」

 

 それに今回のルールであれば集中状態で30分やった後、通常状態で30分やれば点数の上乗せが可能だ。

 ミミズの如く遅い進行になるし、今回は自主的に30分で切り上げたから関係のない話だが。

 

「毎回400点分狙って解いてるのか? でもそれだと1問でも答えを間違えたら400点割るんじゃないのか?」

「集中状態だと何となくだが合っているか間違っているかも分かる。本当に分からない問題にぶつかる事もあるが、その時は諦めて別の問題を解くようにしている」

「副代表がやってるのは本当に試験なのか? 何か一人だけ別ゲーやってるような感じだな」

「言いえて妙だな」

 

 自分でもその辺の理屈を説明する事はできない。何せ自分でも理解していないからな。

 できるものはできるとしか言い様が無い。

 

「んじゃあ副代表の限界ってのも30分よりは長いのか?」

「ククッ、察しが良いな。そういう事だ」

「そうなのか。ちなみに何分くらい?」

「……その日の体調とかも関係してくるんで一概には言えんな。

 よっぽど体調が悪ければ30分割る事だってあるし」

「ふ~ん……」

 

 制限時間は僕の最大の弱点だ。そう易々と教える気は無い。

 ……まぁ、単純に分からないという面もあるけどな。検証するにはぶっ倒れるまで集中しなきゃいかんし。

 かなり前に測ったデータは頭に入ってるが……それが今も同じである保障はどこにも無い。

 

「さ、そろそろ風呂場に行こう。泳ぐぞ」

「いや、いくら広くても風呂場で泳ぐなよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「秀吉くん大丈夫でしょうか……?」

「姫路さんいつまで同じ事言ってるのよ……」

「木下さんは姉として気にならないんですか? 秀吉くんが男子とお風呂に入るという事を!」

「いや、ならないけど」

 

 秀吉が男子である事なんて姉であるアタシが一番良く知っている。

 他の連中が秀吉の性別を誤解している事は分かっているけど、風呂場で一緒に居れば流石に目が覚めるでしょう。

 だから心配も何も無い。

 

「ところで光、秀吉と付き合い始めた事は言ってないの?」

「……一応、姫路さんにも島田さんにも伝わってるはずだけど……」

「木下……秀吉が女子である光さんと付き合ってるから男子って言いたいの?

 普通に考えたらそうなのかもしれないけど、美春みたいな例外が身近に居るからそれだけで男子っていうのはね……」

「そう言えばそうだったわね……」

 

 二人が付き合う事の建前上の理由である『秀吉を男子扱いさせる為』というのは失敗しているらしい。

 いや、むしろ失敗してるから好都合かも。成功しちゃったら即座に付き合うフリを止めるって事になるかもしれないし。

 

「あの、優子? 弟くんと光が付き合ってるってボク完全に初耳なんですけど?」

「え? ええ。言ってないもの」

「何で教えてくれなかったのさ! そんなに面白そうな事を!!」

「う~ん、単純にタイミングが無かったわ。わざわざ弟の恋愛事情を求められてもいないのに説明するのはどうかと思うし」

「そうかもしれないけどサ! 光! 色々と教えてよ!!」

「……後でのんびり話しましょう。お風呂でも布団でも、時間はたっぷりあるんだから」

「約束だヨ! 忘れないでよね!」

 

 愛子に任せておけば噂の類は上手い事広がってくれるかしらね。

 アタシ自身は優等生って事で通ってるから恋愛系の噂を流すのは結構難しい。愛子ならキャラ的に凄くマッチしてるからいい感じに広めてくれるでしょう。

 さて、今はお風呂を楽しませてもらおうかしら。秀吉のせいで銭湯とかにはあんまり行けないからちょっと楽しみなのよね。






「以上! 今回はお風呂前の男女のそれぞれの会話かしらね」

「お風呂回はカットして次回はそれぞれの寝室での会話になる予定だ。
 リメイク前ではお風呂回がチラッとあったが、僕が気力不足で溺れかける話と、女子たちの胸のサイズが分かる話だったな」

「……あったわね、そんな話」

「『外見は飾り』が座右の銘の筆者にしては珍しい回だったな。当時は余程ネタに困ってたんだろう。
 リメイク版では後書きによる説明のみに留めておこう。

 姫路がFカップ、霧島が自称Cカップ、島田が寄せて上げなければAカップ。ついでに玲さんが自称Eカップ。この辺は公式設定だったはず。
 工藤も木下姉も貧乳組だからAかせいぜいB。

 光は僕と問題なく入れ替われるレベルなのでA。あってB。
 御空……貴様は空いてるD。
 以上だな」

「オリキャラ2人の決定理由が意外と雑なのね……」

「ついでに小野寺優子の胸サイズも今決めておくか。
 ある程度存在感を出したいから……Cくらいとしておこうか」

「やっぱり雑ね……」

「女性の胸のカップ数が与える外見への影響なんてそんなに真剣に調査してないからな。
 戦闘力を見て強そうな奴がAランク、弱そうな奴がFランクみたいな雑なノリをカップ数に当てはめただけだ。
 元々がそんな感じなんだからそりゃ雑になるって話だ」

「ヒドい開き直りね……」


「最後にお知らせだ。また明日も2話投稿だ。
 理由は……2話目が短かったからだ。どうしてもあそこで切りたかったらしい」

「それでは、次回もお楽しみに!」


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22 コイバナ

 風呂に入った後はやっぱり男女に分かれて宿泊部屋へと移動する。

 まずは僕たち男子部屋の様子から語っていくとしようか。

 

「合宿の時と同じでやたらとトランプ持ち込んでるのな……」

「世界に広く親しまれている道具なだけあって使い道の幅は広い。

 ババ抜きも七並べも大富豪もブラックジャックもできる。

 トランプタワーもできるしいざという時は武器になる」

「そっか……いやちょい待ち。トランプが武器になるのは少年マンガの中だけだ!」

「ククッ、そうだな。カードゲームで死人が出るのは漫画の中だけだ」

「え、武器ってそっち? 闇のゲーム的な? 物理的に投げるとかじゃなくて?」

 

 伊織はツッコミ役として優秀だなぁ。明久だと逆にボケ返される事があるし、秀吉だとここまでの勢いは無い。

 雄二からは呆れられるし、無口な康太は言わずもがなだ。

 

「さて、合宿の時みたいに麻雀もできるぞ。何する?」

「散々勉強した後で面倒な確率計算をさせんなよ。もっと何も考えずにできるゲームにしろよ」

「んじゃあババ抜きでもするか。それなりに頭カラッポにしてプレイできる」

「明久にババが渡った時点で動かなくなりそうだが……とりあえずやってみっか」

 

 そんな感じで男子部屋の方は至って平和に時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 ……かなり後から知った事だが、比較的平和じゃなかったのは女子部屋の方である。

 いやまぁ、殴り合いどころか枕投げすら発生しない、外見上は至って平和な光景だったらしいんだが……ある人物の内心は平和とは真逆だったようだ。

 その人物とは……木下優子の事である。

 

 

 

 

 

「さぁキリキリ吐いてもらうよ光!」

 

 アタシ達女子の宿泊部屋では光と愚弟に関する尋問が始まっていた

 光自身が隠そうとするわけじゃないので尋問と言うよりは質問大会……? そんな感じだったけど。

 

「いつから付き合ってるの?」

「2週間くらい前かしらね」

「秀吉くんの事、どんな所が好きになったの?」

「そうねぇ……あえて誤解を招く言い方をすると男らしい所かしら?」

「秀吉くんが? 本人には悪いけど男らしさとは対極に位置する人だと思うんだけど……」

「だからこそ、男らしい『行動』が際立ったのよ」

「なるほど、ギャップ萌えってヤツだネ?」

「そうなのかしらねぇ……」

 

 ……質問大会と言うより愛子がメチャクチャ一方的に質問しまくってる。

 普段から無口な代表はまだしも、姫路さんも島田さんも質問しようとしているのだけど……愛子の勢いに押されて言い出せない感じね。

 愛子が根ほり葉ほり質問してるから基本的な事は訊く必要も無いし、一通り喋らせた後で漏れてる気になる所を尋ねるのが正しい楽しみ方かもしれない。

 

「いつから好きだったの?」

「……1年くらい前かしら」

「そんな昔から!? 全然気づかなかったよ」

「……そりゃそうでしょうね」

 

 アタシは勿論理解している。あくまでも演技で付き合っている事を。

 でも、光自身がわざわざ1年前の話を持ち出すって事はその時点から好意を持っていたっていう自覚はあるのかしらね?

 

「どっちから告白したの?」

「……もちろん、秀吉くんからよ」

「どう告白されたの?」

「…………」

「ねぇねぇ、教えてよ!」

 

 光も秀吉もある程度の物語の流れは作ってると思うけど、流石に具体的な台詞までは考えていない……と思う。

 助け舟を出すべきかしら? そう思ったがその前に光が対処した。

 

「……愛子。自分の告白の参考にしたいからと言って私が贈られた言葉を聞き出そうとするのは良くないと思うわ」

「へ?」

「あなたが土屋くんの事をそれなりに想ってるのは何となく分かってる。告白したかったら自力で考えなさい」

「いや、ちょ、え、何でそうなるの!?」

 

 自身への追及を躱しつつ矛先を愛子へと移し替える上手い斬り返しだ。

 愛子と土屋くんの関係は恋愛なのかというと疑問があるけど……この場ではハッタリでも十分だろう。

 重要なのは嘘でもいいから会話の流れを誘導する事。アタシも便乗して流れを補強しておこうかしらね。

 

「愛子と土屋くんが? へぇ~、そうだったのね」

「優子まで何言ってるのさ! ボクはムッツリーニくんの事なんて何とも思ってないから!」

 

 愛子、彼をそのあだ名で呼んでいるのはあなたを除けば吉井くんだけよ?

 私でも違和感を覚えて気付けた事だ。光も当然のように気付いて追及する。

 

「そのあだ名で呼んでる時点で少なくとも『保健体育のスペシャリスト』としての土屋くんには興味津々じゃないのよ」

「そ、そう! あくまでも保健体育のライバルとして気になってるだけだよ!」

「ふ~ん……そういう事にしておくわね」

「そういう事も何もただの事実だヨ……」

 

 どういう意味であれ『意識している』というのは恋愛的な意味に繋がると思う。少なくともきっかけにはなるだろう。

 その上で信頼関係を築ける事さえできればそれはもう恋愛関係になる。アタシと吉井くんみたいに。

 

「そ、そうだ! 優子はどうなの? 誰か気になる人は居ないの?」

「ここでアタシに振るの? ん~、気になる人ねぇ……」

 

 アタシと吉井くんとの関係は内緒にしてある。理由は2つだ。

 1つは言いふらす意味が無いから。

 非常に癪な事だけどアタシ宛にラブレターの類が届く事はほぼ皆無だし、吉井くんも『僕に告白してくる女子なんて木下さん以外に居る訳無いじゃないか!』と言っていた。だからわざわざ言いふらす必要が無い。

 2つ目は言いふらした時のデメリットが大きすぎるから。

 他クラスの事なんで詳しくは把握してないけど、Fクラスにはカップルを目の敵にする黒づくめの集団が居るらしい。吉井くんも謂れの無い冤罪で追い掛け回された事が何度かあるらしい。

 

 隠す理由は主にそういうものだ。だから、この場に居るメンバーに言う事にそこまで問題は無い。

 しかし、今はマズい。ここで『吉井くんと付き合い始めました、テヘッ☆』等と言おうものなら愛子からの質問責めに遭う。

 

「……今現在、気になっている人は居ないわ」

「な~んだ。つまんないの」

 

 一応嘘は言っていない。付き合っている人は居るけど気になる人は居ないから。

 

「代表……は訊くまでもないか。

 それじゃあ島田さん! ……美波って呼んでいいカナ? さん付けするのもアレだし、苗字呼び捨てっていうのも中途半端だし」

「呼び方は構わないけど……気になる人が聞きたいって事で良いのよね?

 それ、答えなきゃダメかしら……?」

「モチロン! って言いたい所だけど、言いたくないなら仕方ないネ。

 でも、気になる人自体は居るって事だネ?」

「うぅ……ええ。そうよ。誰なのかは訊かないで!」

「上手く行ったら誰なのか聞かせてネ。

 それじゃあ姫路さん……」

「私も瑞希で良いですよ愛子ちゃん。

 そうですね……私は居ます。気になる人」

「お~。そこまで言うからにはちゃんと教えてくれるんだネ?」

「ちょっと恥ずかしいですけど……頑張ります。ここに居る皆さんに伝えられないようだと本人に伝えるなんて夢のまた夢ですから」

 

 姫路さんの好きな人、か。

 上位5本指に入るその学力、男子だけでなく女子からも注目されるその容姿、才色兼備と呼ぶに相応しい姫路さんは学校の有名人であり、秀吉と同様に告白とかもされているはずだ。

 そんな彼女が誰とも付き合ってないのは意中の人が居るからなのね。

 姫路さんなら男子を落とすなんて簡単そうな気がするけど……一体誰なのかしら?

 

「それで、一体誰なのカナ?」

「私が好きな人……それは……吉井明久くんです」

 

 ヨシイアキヒサ……? 聞いたことがある名前ね。

 ……ちょっと待ちなさい。吉井明久くん?

 

「姫路さん、悪いんだけどもう一回言ってもらえる?」

「え? い、良いですけど……すーはー……吉井明久くんです!」

「…………そ、そう……」

 

 どうやら、聞き間違いではなかったらしい。

 吉井明久……その名前は紛れもなく今アタシが付き合っている男子その人のものだった。

 

「? どうかしましたか?」

「う、ううん……何でもないわ……」

 

 アタシは……即座に言うべきだったんだろうか? 吉井くんと付き合っている事を。

 

 愛子が姫路さんに尋ねる。いつから好きなのか、どんな所が好きなのかと。

 姫路さんが少し顔を赤らめながら答える。それぞれの質問を。

 

 そんな姫路さんの様子を見て、理解してしまった。彼女は本当に吉井くんの事が好きなんだと。

 アタシは、吉井くんの事を好きであるという自信なんて無い。ただ、最も信頼できる男子だったという事だけだ。

 

 こんなにも吉井くんの事を想っている人が身近に居るのなら……

 

 ……アタシは、話がこじれない内に吉井くんと分かれるべきなのかもしれない。

 

 …………試験が、期末試験が終わったら。吉井くんと話してみよう。アタシが、どうするべきなのかを。

 

「優子? どうしたのさっきから。何か大人しいけど……」

「……ううん、何でもないわ。

 えっと……今日はちょっと早起きしたから眠くなっちゃったのかも。悪いけど、今日はもう……」

「あっ、もうこんな時間だネ。ボク達もそろそろ寝ようか。明日も午前中は勉強でしょ?」

「愛子の言う通りね。眠れない人が居たら私に言いなさい。優しく気絶させてあげるから」

「光!? 何する気なの!?」

 

 ……今日は、もう何も考える気力が湧かない。

 今は……寝かせてもらいましょう。






「以上! 女子部屋のコイバナ回だ!」

「わ~、シリアス回だ~」

「前半はともかく後半の話の内容自体はリメイク前とほぼ変わってないんだが……木下姉の恋愛関係の差異のせいで木下姉の内心の葛藤が更に過酷になっている。
 あいつ、今回の期末は成績落とすかもな」

「いや、優子さんなら無心になろうとして勉強に没頭するかも……」

「……あり得る話だな。よし、木下姉の点数設定を原作より盛る方針で行こう」

「アレ? 私の不用意な発言でAクラス攻略がハードモードになった……?」

「ハハッ、1人の点数が増えた所でそこまで影響は無いだろ。多分な!」

「ホントかなぁ……

 それでは、次回もお楽しみに!」


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23 大王

本日2話目です。読み飛ばし注意!


 霧島の家での勉強会も無事に終わり、その後もそれなりにテスト勉強を進める。

 そんな感じで過ごして、ついにテスト当日となった。

 

「明久、無事……では無さそうだな」

「は、話しかけないで! 覚えたことが零れ落ちる……!」

「…………」

 

 今更できる事は無さそうだな。そっとしておいてやろう。

 

 さて、この辺で情報をまとめておこう。

 今更だが、明久の振り分け試験当時の点数を以下にまとめる。

 

現国 55点

古文 9点

日本史 65点

世界史 53点

数学1A 51点

数学2B 46点

物理 43点

化学 19点

英語 60点

英語W 62点

 

保健体育 68点

美術 25点

家庭科 60点

情報 6点

 

総合科目 463点

実技込みの合計点 622点

 

 以上だ。

 明久は玲さんとの交渉の結果、『五教科だけではなく実技科目込みでの成長で良い』という条件にしてもらったらしいので合計点を増やせれば解決である。

 で、肝心の目標値なのだが……今日に至るまでに細かく減点を喰らっているせいで合計で450点ほど減点を喰らっている。

 まさかエロ本を全て回収しても『姉萌えのエロの本が無かったから』という理不尽な理由で減点を喰らうとはな……この剣の目を以ってしてもうんたらかんたら。

 ……という訳で、目標値は合計で1072点以上だ。

 14科目の合計値なので平均77点が目標となるな。

 

 文月式のテストは点数の予測が付けにくい。実際にテストを受けてみないと点数はハッキリしないというのが実情だ。

 明久でさえなければそれなりに簡単そうだが……果たしてどうなる事やら。

 

 

『それでは試験を始めます! 教科書の類は時間までに仕舞ってください!』

 

 もうじき始まるようだ。人事は尽くした。後は天命を待つのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 文月学園の定期テストは五教科に関してはセンター試験とほぼ同様に2日間で行われる。

 但し、センター試験では科目の順番までキッチリ決まっているのに対して本校の試験ではクラス毎にバラバラだ。これは試験監督の教師のスケジュールの関係だな。

 試験監督の役割は問題の補充とカンニング等の防止なので一応誰でもこなせるのだが……問題補充の際のミスがなるべく少なくなるようにそれぞれの科目の担当教師が試験監督をする事になっている。

 そして当然、各科目の教師の人数には限りがある。だから順番を変える事で各クラスの試験時間をズラす訳だな。

 

 実技科目はその2日の前か後に行われる。なお、今回は先に実技の試験が行われた。

 

 そういった事情から明久の得意科目である日本史と世界史は一番最後に回ってきた。

 

「明久、調子は?」

「大丈夫! かなり手ごたえがあったよ。残った日本史と世界史さえいつも通りにできれば大丈夫!」

「そうか。最後まで油断するなよ?」

「勿論さ! しっかり決めて、姉さんを送り返すんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 そして、最後の試験が終了した。

 

「どうだった明久」

「あ……うん。大体大丈夫だったよ」

「? どういう意味だ? 想定の9割くらい解けたとかそういう意味か?」

「う~ん……1箇所だけ、ちょっとだけ間違えた気がするよ……」

「むしろそれしか間違えてないのか? なら良かったじゃないか」

「そ、そうだね……あっはっはっ」

「よし、じゃあ打ち上げの準備でもしようか。駅近の手頃なラーメン屋を見つけておいた。テスト勝負の報酬を清算するぞ」

「…………」

 

 

 

 少しして、明久の手元に戻ってきた回答用紙を見せてもらった。

 よほど必死だったんだろう。テスト直前に詰め込んだ重要そうな情報のメモが回答用紙の空きスペースに走り書きされていた。

 勿論全てがテストに出てくるわけでもないので無駄になったメモも半数近くあったが、逆に残り半数は有効活用できていたようだ。

 しかし……回答用紙の一番上にはこんな事が書いてあった。

 

学年 :紀元前

クラス:334年

名前 :アレクサンドロス大王

 

 姫路のように途中退席しただけで0点となる、テスト関係ではやたらと厳しいこの文月学園で、たった1つのそのミスが致命的だった事は言うまでもなかろう。






「以上だ。かなり短いんで本日2話目として投稿しているはずだ」

「致命的過ぎる間違いね。アレクサンドロス大王くん……」

「……さて、今回はフインキを出す為に明久の点数をかなり具体的に出してみたが……細かい所は割と適当だ。
 あからさまにおかしい! っていう所以外は見逃してくれると有り難い。
 所詮は過去の記録なんで今後の展開には殆ど影響しないし」

「一応、古文と数学(1A)は原作1巻と2巻を丸写ししたらしいわ。
 総合科目がやたら低くなっちゃったけど……」

「原作3巻を見ると800点とか900点とか取ってた気がするが……本作だと半分近くに落ち込んでるな。
 まぁ、2巻の時点で明久の日本史がかなり急成長してたからという面もあるが……」

「その辺は『本作だと計算方法が違うから』って事でゴリ押しさせてもらいましょうか」

「そういう事だな」

「では、次回もお楽しみに!」


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姉弟の物語の結末

「まったくもう、アキくんはしょうがないですね。いえ、アレクサンドロス大王くんと呼んだ方が良いですか?」

「あ、あれはちょっと間違えちゃっただけで問題自体はちゃんと解けてたんだよ!」

「センター試験本番でも同じ言い訳をするつもりですか? そんな事をしても点数は変わりませんよ?」

「うぐっ……ごめんなさい……」

 

 返ってきた答案用紙は特に細工したりせずに姉さんに提出した。

 僕が何をやりたかったのか、そして僕がどう間違えたのか、姉さんはきちんと理解してくれて……その上で、紛う事無き正論でお説教されていた。

 

「これさえ無ければ、手放しに褒められたのですけどね」

「それに関しては本当にごめんなさい……

 で、でも姉さん! 他の科目はちゃんと頑張ったんだよ!」

「それくらい分かっています。

 こんな大失態をしたアキくんを褒めてしまうと調子に乗ってしまいそうで心配ですが……それとこれとは分けて考えるべきでしょうね」

 

 僕のテスト結果は以下の通りだ。

 

現国 75点

古文 51点

日本史 199点

世界史 0点(参考点数185点)

数学1A 68点

数学2B 62点

物理 59点

化学 80点

英語 75点

英語W 79点

 

保健体育 91点

美術 15点

家庭科 178点

情報 50点

 

総合科目 748点

実技込みの合計点 1082点

 

 以上だ。

 美術が地味に前回(25点)よりも下がっちゃったけど、それ以外は全体的に凄く上がった。

 目標点数が1072点だったのでかなりギリギリだったけど目標の達成自体はできたんだよ。

 

「まさか得意科目を丸々1つ落としたにも関わらず目標達成してしまうとは。少し目標値が低すぎたでしょうか?」

「勘弁してよ。本当にギリギリだったんだから」

「ギリギリだったのはアキくんがアレクサンドロス大王くんだったからでしょう」

「それはそうだけど……でも、これで僕はまた一人暮らしでも大丈夫だよね? 姉さんは帰るんだよね?」

「アキくん。姉さんを邪魔者扱いするような発言は減点20ですよ?」

「ええええっっ!? こんなに頑張ったのに!!」

「冗談です♪ 流石に結果が出た後にそんな後出しはしませんよ。

 これでもう心配する事は無いと言えば嘘になりますが……約束は約束です。一人暮らしを認めましょう」

 

 やった……ついに僕はやり遂げたんだ!!

 今日は久しぶりにゆっくりと眠れそうだ。あっはっはっはっはっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……そして翌日……

 

 テスト返却も終わってもう夏休みだ! いっぱい遊ぼう!

 って言いたい所なんだけど……どういう訳かFクラスには夏期講習が義務付けられている。

 でもアレだ。きっと僕の聞き間違いで、夏休みは今日からに違いない!

 という訳で二度寝しよう。お休み~……

 

「アキくん。今日は夏期講習があるのでしょう? 起きて下さい?」

「むにゃむにゃ……あと5時間……」

「アキくん……ちゃんと起きないと……ものすごいチュウをしてしまいますよ?」

「殺気っ!!」

 

 猛烈な悪寒を感じた僕はベッドから飛び起きた。超反応をした僕の身体を褒めてやりたい。

 ……いや、そんな事よりも重要な事がある。

 

「……姉さん、だよね?」

「はい。それ以外の誰かに見えますか?」

「……アメリカに帰ったんじゃなかったの?」

「その予定だったのですが……通りすがりの親切な方から権利を受け取りまして」

「けん、り? どういう意味?」

「いいですかアキくん、権利というのはある物事を自分の意志によって自由に行ったり……」

「そういう説明を求めている訳じゃないよ! 権利の内容を教えてっていう意味だよ!」

「え~っと確か……私を追い出せた際には部屋を1室ほど借りる権利……とおっしゃっていました」

「…………姉さん。もしかしてその親切な人って白髪で眼帯の中二病みたいな奴じゃなかった?」

「アキくんにしては察しが良いですね。その通りです」

 

 

 

 

 

  ……遡る事数時間、文月駅にて……

 

 アキくんは私が課した課題を見事に突破しました。

 アレクサンドロス大王くんはちょっと……いえ、かなり残念ではありましたが、それでもなお目標点に到達した事は素直に感心しました。

 色々と気になる点が無くはないです。しかしアキくんは一人暮らしでも大丈夫だと証明してみせました。

 約束に従って私はアメリカに帰る。それが私のするべき事です。

 ですが……

 

「……はぁ……」

 

 どうして溜息が出てしまうのでしょう。

 アキくんの成長が喜ばしい事だという結論は出ているはずです。しかし何故かその答えを何度も疑ってしまう。

 何かの病気でしょうか? 帰ったら一度診ていただかないと。

 

「おい」

 

 駅に入ろうとする所で声が聞こえました。聞き覚えがある気がしますがきっと気のせいでしょう。

 

「……おい貴様だ。吉井玲」

「おや? 私でしたか。あなたは……空凪剣くんですね?」

「ほぅ? 覚えていてくれたようで何よりだ」

 

 彼は外見も名前も奇抜なのでかなり印象に残っています。その外見の大きな特徴の1つであった黒い眼帯は外しているようですが、その下に隠されていたオッドアイはむしろ目立っています。

 ……そうだ、彼には訊きたいことがありました。何故こんな所に居るのかは分かりませんが、この機会に聞かせてもらいましょう。

 

「一つ質問があります。あなたは……アキくんの点数に関して嘘を言ったのですか?」

「いいや? 最初にアンタと話した時点では奴の成長は約300点だった。

 日本史世界史、あと家庭科がそれぞれ大体プラス100点。合計300点だ」

「……本当ですか?」

「疑うとは心外だな。奴の150点の成長……いや、アレクサンドロス大王の事を考えると300点くらい成長したのか。

 それに関しては紛れもなく奴の努力の成果だ」

「……そうですか」

「不満そうだな。無理もないか」

「何を言っているのですか? アキくんの成長は喜ばしい事です。不満など有り得ません」

「自覚が無いのか? 鏡を見て自分を客観視する事をお勧めするぞ」

「……何を仰っているのでしょう?」

「アンタは頭の良いタイプのバカだな。

 そういう事であれば一つ一つ整理していこうじゃないか」

 

 私が初めて彼と会ったあの日とは全然違う表情で、全然違う口調で、語りかけてきます。

 頭の良いバカとはどういう意味でしょうか? 明らかに矛盾しているというのに。

 

「まず前提として、貴様は明久の事が好きだな? いわゆる Like か Love かは今は置いておくが」

「愚問ですね。私がアキくんを Love の意味で愛していないわけが無いでしょう?」

「……わざわざボカしたんだが……まあいいや。

 これは一般論として、好きな奴と一緒に居たいと思う事は極めて自然だろう」

「そうかもしれませんね。しかしそれはあくまでも一般論です」

「そうだな。だが、そうかもしれないという推理の方向性の目安にはなる。

 結論を言ってしまうと貴様は明久と一緒に暮らしたいのにできなくなったから不満なんだろうというのが僕の推理なんだが……この結論だけで納得するならこんな話はそもそも要らんな。

 という訳で僕は2つの証拠を提示させてもらう」

「証拠、ですか?」

「ああ。僕が気になっていたのは、最初に会った時に抱えていた大量の食材だ。呼びつけた秀吉が来るのは想定内としてもおまけで3人も付いてくるのは完全に想定外だっただろう。

 にも関わらず都合良く食材を……僕たち全員に振る舞ってもまだ余る量の食材を買い込んでいた事には意味があるはずだ。日頃の行いなんていう曖昧なもののおかげでは無いだろう」

 

 まさかそんな些細な事を覚えていたとは。確かにあの大量の食材には意味がありました。

 その意味まで気付かれているという事でしょうか?

 

「大量に用意した理由、勿論大量に消費する予定があったからに違いない」

「っ!」

「そしてそんな予定は自明の理だ。単純に期末テスト後も貴様が居座る前提で長期間用の食材を用意したに違いない!」

「…………空凪くん」

「どうした?」

「理由があったのは認めますが、そういう理由ではないです」

「…………そ、そうか。

 じゃあアレだ。短期間で大量消費する予定だった……いやでも捨てる事に……ゴミ箱……

 ああ、そっちか。失敗する前提で大量に買い込んだのか!」

「……そういう事です。ですが、それが今の話とどう関係するのですか?」

「失敗前提という事は明久に料理させるわけではない。ならば消去法で貴様が料理する為のものだ。

 そして同じく失敗前提という事は貴様は料理が得意ではない。

 にも関わらず料理を断行した理由は……明久に食わせる為としか想えない。

 弟思いな典型的な姉の行動だな。明久に対する愛情が深い事が伺える証拠となる」

「アキくんへの想いは既に私が認めた事ですよ?」

「……口頭だけじゃなくて証拠がある事でより強固になったとしておこう!」

 

 今の推理は即興で組み立てたようですね。最初の推理自体は的外れでしたが、その粘り強さは驚嘆します。

 

「気を取り直して2つ目だ。

 貴様が課した減点200点の事だ」

「200点? ああ、あの事ですね。それに何か問題がありましたか?」

「問題もなにも、どう考えても理由がこじつけだろう。

 それに、タイミングも問題だ。僕と話した翌日朝の話だからな」

「……何を仰りたいのでしょう?」

「僕は貴様に言ったな。実技科目込みで300点ほど成長している……と。

 そのすぐ後に200点の減点を課せられたらそりゃ結び付けて考えるさ」

「どういう意味でしょうか?」

「貴様が忠実に明久をジャッジする機械だったならそんな事はしない。ただただ成長を喜んで、念のため期末テスト終わりまでのんびり監視すれば済む話だ。

 しかし貴様はわざわざハードルを上げた。達成できるかできないかのギリギリのラインまで追い込んで、そして成長を促す為に」

「……確かにその通りです。せっかくの機会なのだから成長を促せるように追い込みました。

 しかしそもそもの話は『私がアキくんと一緒に暮らせないから不満を抱いている』という話でしたよね? 何の関係性があるのでしょう?」

「貴様が最終的に課した減点は450点。約3ヵ月で300点増やして、そのまま成長すると仮定してもプラス1ヵ月で400点くらいの成長が目安となる。『頑張れば届くが微妙に届かない』くらいの点数設定と言っていいだろう。

 ……まぁ、何故か明久は世界史を丸々落としたにも関わらず達成できていたが……アレは奇跡だったと思う」

「…………そうですね」

「……とにかくだ、最終的な減点が『ギリギリ達成できないくらい』というのがミソだ。

 減点自体は貴様のさじ加減一つで概ね自由に調整できる数値である以上、ここに貴様の私情が入ってなかったという主張は苦しいぞ?」

「そうでしょうか? あの200点以外は至って真っ当に減点を……」

「暴言にいちいち反応してた時点でほぼ自由に調整……じゃなくて減点できてるだろうが。

 違うと言うのであれば……無意識にやっていたという事だろうな」

「…………」

「以上が、僕から提示させてもらう証拠だ。反論は……ありそうだな」

「当然です。1つ目は結局関係ありませんでしたし、2つ目も証拠と言うには弱すぎます。減点が450点になった別の理由はいくらでも挙げられますから」

「ククッ、かもな。だがしかし、僕が確信に至るには十分過ぎる証拠だ。

 だから……コイツを渡しに来た」

「これは……鍵?」

 

 空凪くんから投げ渡されたのはどこかの鍵です。

 どこかで見たことがあるような……いえ、これは我が家の鍵と酷似しています。

 

「これは一体?」

「明久とはある約束を交わしていてな。

 貴様を追い出す事に成功した暁には部屋を貸してくれ……と。

 本来は漫画とかを置かせてもらいたかったんだが……人間を置いても文句はあるまい」

「私を置く気ですか? しかしアキくんとの約束で一人暮らしを認めると……」

「それがどうした。確かに奴は一人暮らしするのに十分な学力を持つ事を証明した。だが、何が何でも一人暮らししなければならないわけではないだろう。

 奴に貴様を追い出す権利はあっても、僕の権利を妨害する権利は無い。

 結局のところ……貴様がどうしたいんだという事だ。明久と一緒に暮らしたいのか、そうじゃないのか」

 

 彼の理屈はいくつか強引な所がありますが……なるほど。結局は私がどうしたいのかという事ですか。

 そんなもの、最初から決まっています。

 

「この鍵はありがたく受け取っておきましょう」

「そうか。こんな所で待ち伏せしていた事が無駄にならずに済んだようで何よりだ」

「……最後に1つだけ、よろしいでしょうか?」

「何だ?」

「この鍵はどうしたのですか? 部屋一つの為にアキくんがわざわざ鍵を複製するとは思えないのですが」

「ああ、明久の鍵の写真を取らせてもらって自分で複製した。使えるかのテストすらしてないんで開く保証は無い」

「…………それはまた何とも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で無事に鍵を開くことに成功した姉さんは今こうしてアキくんの部屋に居るのです」

「剣ぃぃぃぃぃぃいいい!!!! あの中二病野郎がぁ!!」

「アキくんは確かに一人暮らしに足る実力を見せてくれました。

 しかし、姉さんはアキくんと一緒に居たいのです。ダメ……でしょうか?」

「ダメ」

「そうですか。では勝手に居座らせてもらいます。

 何せ家族が一緒に居る事に理由など必要ないですから」

「今の質問意味あった!?」

「そんな事よりも夏期講習があるのでしょう? 急がないと遅刻してしまいますよ?」

「あっはっはっはっ……そうだね……夏期講習にイカナイト……」

「アキくん、朝食は……」

「いや、いいよ。急がないといけないからね!」

「やる気満々ですね。姉さんは嬉しいです」

「うん!」

 

 鞄に包丁と、ついでに教科書やノートを入れて家を飛び出す。

 今の僕は殺る気に満ち溢れている。いざ出発!!

 

 

 

 

 

 

 ……その後、明久がどういう目に遭ったのかは……あえて語るまでも無かろう。






「以上! 期末テスト編終了!!」

「最後だけやたら長かったな……筆者曰く切りどころが無かったそうだ。
 結構難産だったようだな。玲さんを問い詰める証拠も乏しかったし」

「殆ど証拠になってなかったわね……1つ目に関してはアッサリと論破されてたし」

「いやいや、アレはすぐに切り替えてたから問題ないだろう。
 僕が納得できる証拠があれば十分だったし」

「そんな客観的じゃない代物は証拠と呼んで良いのかしら……?」

「……さぁ?」

「ところでさ、結局キミの目的は一体全体何だったの?
 不純異性交遊に関する不都合な情報は玲さんに隠してたのに、最後には玲さんを引き留めて」

「僕の目的は一貫して明久の成績向上だ。
 致命的な減点に繋がる情報は隠蔽して減点量の微調整を玲さんに丸投げ。
 そして玲さんが居座ってくれれば明久の生活環境の改善に繋がる。それだけだ」

「……思ったよりシンプルにまとまるわね」

「今回は手の込んだ事はしてないからな。所詮は他人事だから細かい部分は丸投げする方針で進めてた」

「吉井くんに味方してるようにも玲さんに味方してるようにも見えるややこしい事してるはずなのに……」

「中立……いや、僕は僕自身の味方だったというだけの話だな」

「なるほど」

「あとまぁ……凄く単純な理由として、明久の普段の生活態度を見せたら即座に落第点を喰らうだろうという判断でもある。こう収めるのが自然な形になるな」

「それでは、また次回お会いしましょう!」


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第9章 闇の先を見通す者
さぁ回想を始めよう


 あの日、屋上で彼女はこう問いかけた。

 

「あなたは嘘を吐きましたね?」

 

 問いかけのようで断定的でもあるその言葉。

 それは果たして真実だろうか?

 

 それは……彼の回想を紐解けばきっと判明するだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世間一般の学校が夏休みに入ったというのに何故か僕たちFクラスは夏期講習とやらに強制参加させられている。

 試召戦争のせいで授業が潰れるから多少は仕方ないとは思うが、それにしたって長過ぎやしないだろうか? 明らかに潰れた授業よりも長く夏期講習をやっている。

 アレか。貸し付けた授業に利息が付いて帰ってきた感じか? いや、もっと単純に劣等生が多すぎるから授業日数とか関係なしに義務が課せられただけかもしれんな。

 

 ……まぁ、理由はどうだっていい。

 重要なのはFクラスは全員学校に来ているという事で、今はちょっとした休み時間である事。

 そして、僕と姫路が向き合って話している事だ。

 

「で、貴様はどうする気だ?」

「え? 何の話ですか?」

「言ってたじゃないか。テスト終わったら明久に告白するとか何とか」

「うぇぇっ!? た、確かに言いましたけど……覚えてたんですか?」

「覚えてなかったら今言ってない」

「そりゃそうですけど……あの、やらないとダメですか?」

「あの時も言った事だが、僕には関係ない事だ。やるかやらないかは貴様が決める事だ。

 僕にできるのは……」

「……できるのは、何ですか?」

「他人事な視点で貴様を焚きつけるくらいだな。人の恋路は見物する分には面白い」

「……本当にイイ性格してますよね。空凪くんって」

「ははっ、そう誉めるな。照れるじゃないか」

「誉めてませんよ。決して……」

 

 姫路曰く誉めてないらしいが全く問題ない。僕が誉められた気がした事の方が重要だからな。

 

「で、どうする?」

「……告白は……やめておきます」

「そうか。じゃあな」

「ちょ、ちょっと待ってください!? 止めないんですか!?」

「いや、やらない事を止めようがないだろう?」

「そうじゃなくて! やめるのを止めないんですか!?」

「……止めて欲しいのか? それが答えな気がするが」

「え、あれ? た、確かにそうかもしれませんね」

「なら、今日の放課後に決行だな」

「急過ぎじゃないですか!?」

「決意が鈍る前の方が良いだろ?」

「確かにそうかもしれませんけども!」

「そうだな、僕が明久を屋上にでも呼びつけてやろう。そうすればもう逃げられまい」

「……はぁ、分かりました。なんだかやりこめられてるだけな気がしないでもないですけど……勇気を出して告白します!」

「ククッ、その意気だ」

 

 姫路が一応やる気になったようなので迅速に動くとしよう。

 気が変わる前に明久にアポを取り付ける。

 

「おい、アレクサンドロス大王」

「もう勘弁してよ! ちょっとトラウマになってるんだから!」

「じゃあダーリン」

「そっちも僕の黒歴史だよ! 普通に呼んでよ!」

「じゃあ明久」

「そうそうそうやって普通に……あれ? 何か変なの仕込まれてないよね?」

「発音した言葉に何を仕込めと」

 

 これが手紙とかだったら『明ス』とか書けるかもしれんけど、たった4文字の発音に小細工するのは厳しいな。

 

「で、何の用?」

「放課後に用がある」

「フン、嫌だね! 僕は誰かさんと違って姉さんに監視されてるから自由に使える時間なんて無いんだ!!」

「そうか。じゃあ玲さんには僕から連絡しておこう。つべこべ言わずに面を貸せ」

「何で連絡先知ってるの!?」

 

 玲さんとは何かと仲良くさせてもらっている。あの玲さんも学校に乗り込んでくるのは……不可能ではないが何回もできるわけではない。

 学校生活を監視できる存在は非常にありがたいだろう。

 

「あ、もしもし、オレだよオレ。おたくの息子さん預かったから少し返すのが遅くなる……何? 息子ではなく恋人だと?

 ハッハッハッ、玲さんは冗談が上手いな。そこは弟だってツッコミを入れるべき場面だろう? え? どっちも間違ってないって?

 分かった分かった。とにかくちょっと預かるんで帰り遅くなります。以上です。では!」

「何でそんな仲良さそうなの!? いつの間に!?」

「割と最初からこんな感じだったな。

 と言う訳で放課後に屋上までツラ貸せ」

「ハァ……分かったよ。手短にお願いね」

「それは僕の管轄ではないな。貴様に用がある奴に言え」

「え? 剣じゃないの? 誰の事?」

「ああ。それが誰かは……行ってからのお楽しみだ」

 

 姫路から明久への告白……か。結果を想像するのは野暮だな。

 お互いにとって最良の結末になるよう、祈っておくとしようか。






「……さてと、後書きコーナーな訳だけど、私は知っている。
 リメイク前ではこの辺で空凪くんが逃走したせいで色々とエラい事になったって。
 1人で回すか……あるいはゲストでも呼ぼうかしらね?」

「安心しろ。今回はちゃんと居る」

「そ、そんなバカな! 生きていたなんて!?」

「ミステリーの犯人みたいな台詞だな。
 まぁ、都合が悪くなったら席を外すかもしれんが……そんときはゲスト呼ぶなりサボるなり好きにすればいいさ」

「最後まで居る事は保証してくはくれないのね……」

「解説に僕が居るとネタバレの嵐になりかねんからな……
 一応、『本編の奴は僕とよく似た別人』という体で進めていこうと思う。
 それでも都合が悪くなるかもしれんが」

「う~ん……まぁ、できるだけ長く居てね」

 ※筆者も警戒してたけど最後まで書いてみたら全く問題なかった事が判明。
  リメイク前のアレは一体何だったんだろう……

「……そろそろ本編のコメントに進もうじゃないか。
 本章のメインイベントはズバリ『姫路の告白』だ。
 いくつかの事件を乗り越えて原作よりは真っ当に育った姫路による明久への告白だな」

「吉井くんは何て返事するのかしらねー」

「……タグの追加の予定はあっても変更をする予定は今のところ無いそうだ」

「……でしょうね。

 では、次回もお楽しみに!」


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その願いは純粋に

 剣の頼みで仕方なく屋上までやってきた。辺りを見回してみるけど誰も居ない。

 にしても僕をこんな所に呼び出すなんて、一体何の用だろう?

 屋上と言えば告白スポットだけど……まさか僕に告白するような酔狂なヒトは姉さんと木下さんくらいしか心当たりが無い。いや、木下さんは告白ともちょっと違った気がするけど。

 という事は……何だろう? 見当も付かない。

 

「あの……」

「うわっと、誰……って何だ、姫路さんか」

 

 突然声を掛けられてビックリしたけど振り向いて確認したら姫路さんだった。

 こんな辺鄙な所に一体何の用だろうか?

 

「どうしたの姫路さん」

「あの……その……」

「えっと……もしかして、僕を呼んだのって……」

「……はい、私です」

 

 僕を呼び出したのはまさかの姫路さんだった。同じ教室に居たはずなのに、どうして普通に呼ばなかったんだろう?

 ……まいっか。とりあえず話を聞いてみよう。

 

「どうしたの? わざわざこんな所で」

「その……吉井くんにどうしても話しておきたい事がありまして……」

 

 姫路さんは恥ずかしそうに言い淀んでいる。言いにくい事なんだろうか?

 という事はまさか……僕のズボンのチャックが開いているとか?

 女子の口からそんな事を指摘させる訳にはいかない! すぐに直して……あれ? 特に何ともないみたいだ。

 

「ど、どうしたんですか?」

「う、ううん、何でも無かったよ」

 

 チャックではないらしい。タイがずれてるとかそういう方向性で自分の服装をチェックしてみたけどやっぱり問題無さそうだ。

 じゃあ一体全体何だろうか? 余計な事は考えずにじっくり聞くとしよう。

 

「すー、はー……

 ……吉井くん、聞いて下さい」

「うん」

「私は……あなたの事が好きです!」

「うん……うん?」

 

 スキ……鋤? アレかな? 農業に(クワ)は邪道だとかそういう……

 いや待って待って。スキって、『好き』の事? 告白では定番のあの単語の事!?

 お、落ち着け吉井明久。こういう時はアレだ、えっと……黄土色の脳細胞を活性化させるんだ!

 

 姫路さんが僕の事を好いているという事が有り得ない以上、姫路さんには何か別の理由があってこんな告白っぽい事をしているはずだ。

 例えば……嘘の告白で僕をからかっている……いや、姫路さんに限ってないか。工藤さんとかなら思わせぶりな態度を取る事は有り得そうだけど……それでも告白まではしないか。

 じゃあ、誰かに脅されてやってる可能性は……あるかもしれないけど、誰に脅されてるかは全く分からない。そんな事をする人がうちの学校に居るんだろうか? ……結構居そうだ。

 ……ダメだ。僕じゃどうにもならない。雄二や剣だったら即座に黒幕を突き止めるんだろうけど僕には無理だ。

 

「分からない……どうして姫路さんは嘘の告白なんて……」

「吉井くん!? 嘘なんかじゃないですよ!?」

「えっ、アレ? 声に出てた?」

「思いっきり出てましたよ! 私だって勇気をふり絞って告白したんですから嘘にしないで下さい!!」

「わ、分かった。ゴメン」

 

 どうやら嘘じゃないらしい。嘘じゃないというのが嘘の可能性もあり得るけどここまで必死な姫路さんが嘘を吐くなんて言われたら嘘だと即座に言ってやれるくらいに嘘だとは思い難い。

 という事は……えっと……あれ? 何が嘘なんだっけ?

 と、とりあえず姫路さんは嘘を言ってないという事で進めよう!!

 

「告白は嘘じゃない。姫路さんは僕の事が好きだ……と」

「何でそこに辿り着くまでにこんな遠回りしなきゃならないんですか……」

「ご、ごめん。ちょっとビックリしてさ」

「……確かに突然でしたから驚くのも無理は無いですね。

 それで、その……付き合ってください!!」

 

 なるほど。姫路さんは僕が好きで付き合って欲しい……と。

 何だか唐突過ぎてイマイチ現実感が湧かないけど、つまりはそういう事なんだね。

 この誘い自体はとても光栄な事だと思う。もし僕以外の誰かが僕の代わりにここに居たら須川くんも呼んで一緒に袋叩きにしていただろう。

 もし告白されたのが2~3ヵ月くらい前だったら喜んで首を縦に振ってたと思う。

 だけど……

 

「……ごめん。無理だ」

「…………そう……ですか……」

 

 絞りだすように返事をした姫路さんの表情は悲しそう……と言うよりは呆然としているようだった。

 

「……あの、すいません。理由を、聞かせて頂けないでしょうか?

 私に……何か悪い所があったんでしょうか?」

「いいや、そんな事は無いよ」

「じゃあどうして!?」

「実は……もう付き合ってる人が居るんだ」

「ええええええっっっっ!?!? だ、だだ誰ですか!?

 美波ちゃん……は違いますよね? まさかお姉さんの玲さん……」

「違うよ姫路サン!? どうして姉さんと付き合わなきゃいけないのさ!!」

「玲さんでもないとなると……ま、まさか坂本くん……」

「どうしてそっち方向に行くの!? それだったら姉さんの方がまだマシ……いや待て、あの姉さんと比べたら雄二の方がマシの可能性も……」

「そ、そんなっ!! ど、どっちなんですか!?」

「いやいやいやいや、どっちでもないからね!?

 と、とりあえず落ち着こう!」

「そ、そうですね……すーはー……」

 

 僕も深呼吸して一度落ち着く。

 何も難しい事は無い。今現在付き合ってる人の名前を言うだけだ。

 

「それで、誰なんですか?」

「Aクラスの木下さんだよ。木下優子さん」

「木下優子さん……ですか? えっ、優子さんですか!?」

「うん、優子さん」

 

 その名前が余程意外だったんだろう。オウム返しに呟いた後にようやく呑み込めたみたいだ。

 もし逆の立場だったら……例えば姫路さんから『久保くんと付き合ってる』とか言われるようなものか。驚くのも無理は無いかな。

 

「つい最近……ではないですよね? 一体いつから……?」

「付き合い始めたのは……2ヵ月くらい前だったかな」

「そんなに前だったんですか!? 全然気付かなかった……

 ……あれ? でも……」

 

 ……さてと、どうしようかな。

 姫路さんからの告白を僕は断った。そうするしか無かったから。

 これで終わり。サッサと帰るべきなのかもしれない。けど、姫路さんをこのまま放っておくのも……

 

 立ち去るべきか、声をかけるべきか悩んでいたら突然携帯が振動した。(授業中からマナーモードだったから音は鳴らない)

 ポケットから取り出して確認すると僕をここに呼んだ中二病野郎からのメールが来ていると表示されていた。

 

『貴様に大至急用事がある。全速力で校門まで降りてこい』

 

 何の用事か知らないけどやっぱり姫路さんは放ってはおけない。そもそも呼び出したのは剣じゃないか。

 そう考えて断るメールを打とうとする前に再び携帯が振動した。

 

『追記 1分で来ないと玲さんにあることないこと言いふらす』

 

 あの野郎、卑怯じゃないか! 姉さんに告げ口しようだなんて!!

 くっ、仕方ない……

 

「ごめん姫路さん! 急用ができた! 悪いけど、行かせてもらうよ!」

「……あ、はい。大丈夫です。

 あの……吉井くん!」

「何だい?」

「……いえ、何でもないです。それじゃあ、また明日……」

「……うん。じゃあね!」

 

 こんな事があっても、また明日教室で顔を合わせる事になる。

 これからはどんな顔で接すれば良いんだろう? 僕には……分からないよ。






「筆者の二次創作の書き方の癖として、『初期条件をなるべくいじらない』というものがある」

「今回言いたいのは、姫路さんの好感度の事かしらね」

「そうだ。故に明久を別の奴とくっつけようとすると今回のような失恋イベントは不可避と言えるな。
 島田くらいなら自身の好意を自覚してなかったんで徐々にフェードアウトさせる事はできるんだが」

「一応方法としては姫路さんと、ついでに島田さんもアンチ・ヘイト対象にすれば『敵』として除外できるけどね」

「筆者は実際それをやろうとして失敗したからこそ本作がある訳で……結局無理って事だな」

「そうね。やっぱりこのイベントが不可避である以上、このイベントをどれだけ有効活用できるかが大事と言えるかしらね」

「自称だがロジカルな恋愛描写を心がけている筆者にとってこのイベントは極めて重い意味を持っている。
 まぁ、その辺はまたいつか解説するとしようか」

「では、次回もお楽しみに!」


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その心が抱くもの

 吉井くんが携帯を見て立ち去ったすぐ後に、空凪くんが屋上の出入口の上から飛び降りてきました。

 私が来てからは誰も屋上を出入りしていなかったはずなので……ずっと隠れて聞いていたみたいですね。

 

「盗み聞きだなんて趣味が悪いですよ」

「そんなの今更だろう」

「……それもそうですね」

 

 確かにその通り。彼がこういう性格なのは今更です。

 むしろ焚きつけておいて何もしなかったら偽物を疑います。

 

「……私は、運命を感じていたんです」

 

 彼は何も言わない。いつも通りの表情でこちらを眺めています。

 

「私が吉井くんと出会ったのは小学生の頃。その時から、もしかすると好きだったのかもしれない」

 

「でも中学校では離れ離れになって、そしてまたこの学校で再会できました」

 

「振り分け試験の時、熱を出してしまった私を、テストを投げ出してまで吉井くんが助けてくれて……その時にやっと気付けたんです。彼の事が好きだ、と」

 

「私は、運命を感じていた。でも、それは幻想に過ぎなかったんですね」

 

 大好きだった。明久くんの事が大好きだった。

 でもその恋は呆気なく終わってしまった。それはとても悲しい事です。

 

 

 

 

 だけど……それ以上に、私には気になっている事があるんです。

 

「空凪くん、1つだけ、質問があります」

「ほぅ? 言ってみるが良い」

 

 いつも通りの飄々とした態度の空凪くん。

 さっきまでの明久くんとの会話は聞いていたはずなのに、それでも全く態度を変えないその姿は……まるで……

 

「あなたは……知っていましたよね? こうなる事を」

「……ふむ」

「吉井くんと木下さんが付き合い始めたのは2ヵ月も前らしいです。

 他の人ならまだしも、あなたが気付けない筈がない!」

「……かもな」

「どうしてなんですか!? どうして止めてくれなかったんですか!?

 止めてくれていればこんな気持ちになる事は無かった!! それなのにあなたは逆に焚きつけるような事をした!!

 一体何がしたいんですかあなたは!!」

「何がしたいか……か。

 おいおい、質問が1つだけとか言っておきながら3つ目じゃないか?」

「胡麻化さないで下さい! 答えて……下さいよ……」

「フッ、ならば教えてやろう。

 理由は至極単純。お前が明久に告白したらどうなるか、興味があっただけだ」

「たった……それだけ……ですか?」

 

 彼が嘘を吐いているか、そうでないか。私は超能力者じゃないから断定する事なんてできません。

 でも……何となくですけど彼は本当の事を言っている気がしました。

 

「そんな分かり切った事を知る為に、わざわざこんな事をしたんですか……?」

「違うと言ったら納得するとでも言うのか? 紛れもない真実だよ」

「…………」

 

 その通り。こんな質問に意味なんて無い。そんな事は分かってます。でも訊かずにはいられなかった。

 ははっ、おかしいですね。明久くんに振られた事よりも、あなたに裏切られた事の方が苦しく感じてる。

 何で。どうして私はこんなにも苦しんでいるんでしょう。

 

「……この後はちょっと予定が詰まってる。じゃあな」

「…………」

 

 私に背を向けて立ち去る彼に対して、私は何も言えなかった。

 私の中ではよく分からない感情がぐるぐると回っていて、とても苦しくて、それどころじゃなかったから。

 

 屋上の扉が勢いよく閉まる音がした直後、私はその場で崩れ落ちて、すすり泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからどれだけが経っただろう? 数分だったのかもしれないし、数時間だったのかもしれません。

 

 ようやく感情の渦が収まって、疲れ果てた私の口からは、半ば無意識に一言だけ、言葉が洩れました。

 

「……どうして?」

 

 自分でも、どういう意味なのか分からなかったその言葉の意味を知るのは、もう少しだけ後の事でした。






「以上で屋上の回想は終了だな。
 さて、嘘はあっただろうか?」

「私の口からは何とも言えないわね……ネタバレになりそうだし」

「う~む、やはり突っ込んだコメントはしにくいな。
 いや、する必要もそもそも無いんだが」

「……この辺は後書きコーナーは手抜き……とは違うけど力を抜いていきましょうか」

「そーだな」

「では、次回もお楽しみに!」


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きっとそれは運命だから

 剣からのメールを受け取った僕は全力でダッシュしていた。

 屋上から1分以内に校門は無茶では? そう思うかもしれない。しかし僕にはとっておきの手がある。

 

「とうっ!!」

 

 3階の窓から勢いよく飛び降りる。

 この高さから地面に叩きつけられたら流石の僕でもひとたまりもないだろう。でも心配はご無用だ。

 

「うぉぉおおお!!」

 

 僕が選んだ窓には丁度良い高さの木がある。そこの枝に捕まって勢いを殺し、そのまま降りれば完璧だ!

 

「あとは校門までダッシュするだけ!!」

 

 上履きのままなので少し走りづらいけど平地を短時間走るくらいなら大丈夫!

 これで1分以内に……到着っ!!

 

「さぁ剣どこに……あれ? どこにも居ない?」

 

 おかしい。姿が見当たらない。あいつめ、僕を急がせたくせに自分は遅刻したんだろうか?

 仕方がないので携帯から電話をかけてみる。

 

『もしもし? どうした?』

「どうしたじゃないよ!! 剣が呼んだんでしょう!? もう校門まで着いたよ!!」

『マジで1分で到着したのか。ほんの冗談のつもりだったのに』

「ちょっと!? どういう事!?」

『うるさいな。貴様が姫路との会話を切るタイミングに困ってそうだったからこちらで口実を作ってやったまでだ』

「…………え? まさか聞いてたの?」

『うん。そういう訳だから用事なんて無い。じゃあな』ブツッ

 

 あいつ、切りやがった。

 屋上ではどうすれば良いか途方に暮れていたから助かったと言えば助かったんだけど……ちょっと納得行かない。普通に電話して口裏合わせをすれば良かっただけなのでは?

 

「……まいっか。今日はもう帰ろう……ちょっと疲れた……」

 

 荷物は……置きっぱなしでいいか。鍵とか財布はポケットに入れてあるから盗まれるようなものは入ってない。

 あ、でも靴だけは履き替えよう。上履きのまま下校するのはちょっと面倒だから。

 

 

 

 

「「あっ」」

 

 下駄箱の前で、バッタリと優子さんに出会った。

 姫路さんに告白された後だという事を考えると何となく気まずい。告白された事は言った方が良いのかな……?

 

「……ここでバッタリ会ったのも良い機会か。吉井くん」

「えっ、何?」

「ちょっと話したい事があるんだけど、この後時間は空いてる?」

「ん~っと……大丈夫!」

 

 姉さんには剣から『遅くなる』という連絡を入れてもらっている。

 ……そもそも姉さんに監視されてるから自由時間が無いっていうのが剣をあしらう為の方便だったんだけどさ。

 

「決まりね。ここだとマズいわね……近くの喫茶店にでも行きましょうか」

「うっ……なるべく安い所でお願いします……」

「……善処するわ」

 

 

 

 

 喫茶店に移動して優子さんは紅茶を、僕は優雅に水を注文する。

 

「……良かったわね。追い出されなくて」

「うん、良い店だね! これからも学校帰りに通おうか?」

「キミ一人で毎日通ったら流石に追い出されるでしょうね。

 良い店だと思うなら普通に売り上げに貢献しなさい」

「う~ん……それもそうだね。

 ところで、話って?」

「……その、もしもの話よ?

 アタシなんかよりも君の事がずっと大好きな女子が居たら、どうする?」

「う~ん……? 質問の意味がよく分からないんだけど……」

「……そうねちょっと曖昧過ぎた。アタシなんかよりもずっと可愛い女の子が君に告白してきたらどうする?」

「木下さん、さっきから『アタシなんか』なんて言い方しなくても……」

「それは置いておいて、どうなの?」

 

 優子さんなんかよりも……という所は置いておいて、可愛い女の子が告白してきたら……か。

 ……あれ? 何か凄く最近同じような事があったような……

 

「勿論断るよ」

「えっ……迷いなく言い切ったわね。もう少し悩むかと思ったのに」

「ははは……」

「理由を聞いてもいいかしら?」

「えっ、理由? そんなの、木下さんが居るからだけど……」

「……アタシの存在以外で、理由は無いの?」

「う~ん……」

 

 ついさっき、僕は姫路さんの告白を断ってきた。

 断った理由というのは優子さんが居るからで……それ以外の理由は特に無いと思う。

 もし優子さんが居なかったら、多分頷いていたんじゃないかな。

 

「そうだね。それ以外に理由は無いよ」

「……そっか。そうよね。もし何か別の理由があったらアタシとも付き合ってないでしょうし」

「確かに」

 

 ここまで話して、ふと思った。さっきからいやに具体的で、経験がある話しかしてないって。

 もしかしてだけど……

 

「……あのさ、もしかしてなんだけどさ、木下さんがしてるのって姫路さんの話?」

「えっ、ど、どうして知ってるの!?」

「やっぱり。実を言うとさ、丁度姫路さんから告白されたんだよ」

「っ……そう。遅かったのね……

 でも、それなら話が早いわ。吉井くん、アタシと別れなさい」

「えっ!? ど、どうして!?」

「勉強会の時に姫路さんと話して分かったのよ。

 ただ何となく付き合い始めたアタシなんかよりも姫路さんはずっと真剣に恋している。

 アタシの存在以外に断る理由が無いのなら、キミは彼女と付き合うべきよ」

「いや、でも……それだと木下さんはどうるすの?」

「別にどうもしないわ。元々付き合い始めたのはお試しみたいな感じだったんだし。キミとの関係がただの友達に戻るだけよ」

 

 確かに、あの時の姫路さんは凄く真剣で、それに比べたら優子さんの告白はずっと軽いものだったと思う。

 優子さんの言う通り、今からでも姫路さんに謝りに行って付き合うべき……いや、許してもらえるかも分からないけどとにかく謝るべきかもしれない。

 でもさ、僕が今気にしてるのは『そういう事』じゃないんだよ。

 

「……木下さんは、それで良いの?」

「ええ勿論よ」

「……あのさ、木下さん。僕は雄二みたいに頭も良くないし剣みたいなエスパーでもない。

 ムッツリーニみたいに録音や録画してるわけでもないし、秀吉みたいに演技を見破れるわけでもない」

「……何が言いたいの?」

「そんな僕でも、木下さんが無理してるって事は分かるよ」

「…………」

「根拠なんて無いから勘違いって言われたらそれまでだけど……正直に答えてほしい。木下さんは、本当に、それで良いの?」

 

 これは、ただの勘だ。本当に何となくそう思っただけだ。だから間違ってるかもしれない。

 でも、優子さんの沈黙からはそれが正しい事だって読み取れた。

 

「……はぁ……どうしてこういう時だけ無駄に察しが良いのよ」

「それじゃあやっぱり」

「ええ。どうやらアタシ自身が思ってた以上にキミの事が好きだったみたいだわ。

 黙っておくつもりだったのに、本当に空気が読めてないのね」

「空気なんて関係ないよ。優子さんがどうしたいのかを知るのが一番重要だから」

「……そういう言い方をするならキミがどうしたいのかも重要な事よ。告白の順番とかは一切合切無視して、アタシと姫路さん、どっちと付き合いたいの?」

「それは……」

 

 優子さんも姫路さんも、どっちも僕には勿体ないくらい魅力的な女の子だ。

 だからと言って両方選ばないという選択肢は無いし、両方選ぶという選択肢もラノベやアニメの中にしか存在しない選択肢だろう。

 どちらを選んだとしても選ばなかった方を傷つける事になってしまう。僕は2人のうちどちらかを傷つけなければならない。

 想像してみよう。2人がそれぞれ傷つく姿を。どちらの方が、僕にとって耐えられるかを。

 ……そうだなぁ、僕は……

 

「……やっぱり、姫路さんかな」

「……そう。結局そうなのるのね」

「あ、ごめん! 違う違う! 別れるのは姫路さんっていう意味だよ!

 僕は……優子さんの方が良い!」

「んなっ!? ちょっと、声が大きいわよ!」

「ご、ごめん……」

「……本当に、アタシで良いのね?」

「うん。さっきの優子さんの言葉を借りるなら……僕は僕自身が思ってた以上に優子さんの事が好きだったみたいだよ」

「……分かった。それならアタシからはもう何も言わないわ。

 あ、でも一言だけ……ありがとう。アタシを選んでくれて」

「お礼を言われるような事はしてないよ。これからも宜しくね、優子さん」

「……そういえば、いつの間にかアタシの呼び方が下の名前になってるわね」

「え? アレ? 確かに……ご、ごめん」

「別にそのままで良いわよ。明日からも宜しく頼むわ。明久くん」






「以上、肝試し編前日談は終了!」

「総括としては姫っちがフラれる話と、明久と優子が絆を確かめる話となるな。
 ……筆者曰く、恋愛描写は割と苦手、この章も上手く表現できてるか不安との事だ」

「前にラブコメの長編を書いておきながら今更何を……」

「うちの駄作者は脳筋だからな。ヒロインと言葉で殴りあって決着付けるみたいな少年漫画のバトルを置き換えたみたいな恋愛の方が得意だ。
 真っ当な恋愛描写は書いてて不安になるらしい」

「むしろ殴りあいの方が不安に聞こえるんですけど?」

「恋だの愛だのよりも信頼に重きを置く筆者らしいやり方だな。
 どちらがより正しい恋愛なのかは……ここで語る事ではないか」


「では、次回もお楽しみに!」


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肝試し編プロローグ

 よく晴れたその日、僕たちは教室で向き合っていた。

 

「明久。準備はできているか?」

「ふっ、愚問だね。僕は姉さんの圧政の下、牙を磨いてきた!

 今なら……殺れる!!」

「僕が問うたのは辞世の句の準備の事だったんだが……ま、それが辞世の句で構わんな」

「御託は要らないよ。行くよ!」

 

 この焼け付くような熱気の中、僕たちの決戦の火蓋が落とされた。

 

「「決闘(デュエル)」」

 

 ……まぁ、カードゲームで遊ぶだけなのだが。

 

 

 

  ……以下、ダイジェストでお送りします……

 

 

「よし、僕のターンだ! 『青眼の白龍(ブルーアイズホワイトドラゴン)』を特殊召喚!」

「ふぅん、ならば僕はこのカードを出そう。

 そして更に召喚。

 更にもう一枚!」

「そんなっ!? 『青眼の白龍』を3枚だって!?」

「そして僕はまだ通常召喚を行っていない。

 3体の生贄を束ね降臨せよ! 『ラーの翼神竜』を生け贄召喚!!」

「なっ、バカな!! あの伝説のネタモンスターを!?」

「モンスターではない神だ!!

 ラーの第一の能力、このモンスターの攻守は生け贄としたモンスターのそれぞれの能力の合計となる!

 よって攻守は9000/7500」

「え、ちょっ、何故に原作効果!? ヲーのよく死ぬ竜じゃないの!?」

「続けて第二の能力! ライフを1000ポイント支払い貴様のモンスターを根こそぎ焼き尽くす! ゴッドフェニックス!!」

「そ、そんな! 僕の『青眼の白龍』がっ!!」

「そのままプレイヤーまで焼き尽くせ! ダイレクトアタック! ゴッドブレイズキャノン!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!

 ……なんてね!!」

「何っ!?」

「ダメージステップにリバースカードオープン! 『禁じられた聖杯』!!

 このカードの効果でラーの攻撃力を400アップさせる代わりに、そのカードの効果を無効化する!!」

「効果が無効化されてただの打点400となるわけだな。だがダメージは受けてもらう!」

「ふっ、こんなの痛くも痒くもないね!」

「それはどうかな? まだ僕のバトルフェイズは終了していないぜ!」

「ひょ?」

「手札から、速攻魔法発動! 『狂戦士の魂(バーサーカーソウル)』!!

 モンスターカード以外のカードが出るまでデッキトップを墓地に送り続け、その分だけ連続攻撃をする!!

 まず1枚目ドロー! モンスターカード!!

 2枚目ドロー! モンスターカード!!

 (中略)

 これで最後だ! ドロー! モンスターカード!!」

「ぐわぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

  ……以上、ダイジェストでお送りしました……

 

 

「こ、今回は僕の負けみたいだね!」

「そういう台詞は1回でも勝ってからにしろ」

「剣のドローがチートドローである事を考えると僕の反則勝ちだよ!」

「ふむ、その意見も一理……無いな」

「そ、そんなバカな!」

 

 仮に僕の引きが異常だったとしても先攻でワンキルすれば良い話だしな。

 現に先攻は取ってたんだし。

 

「……お前ら、無駄にテンション高いな」

「そういう雄二はテンション低いな」

「当たり前だろ。元々暑いのにこれ以上暑くしてどうすんだ」

「意味が分からないと? ハッ、これだから雄二は雄二なんだ」

「オイコラ、俺を明久みたいに言うんじゃねぇ」

「ちょっと雄二!? どういう意味!?」

「そうだぞ雄二、コイツの事はちゃんと『アレクサンドロス大王』と呼ばないと……」

「そうそう……ってそれも違うよ!」

「明久もとい大王の呼び方は置いておくとして、無駄に暑い中無駄に騒いでた理由は何なんだ?」

「暑いからこそだ。自身のテンションを上げる事で自身を熱くしてしまえば逆に気にならないだろう?」

「っていう訳だよ。分かったかい雄二?」

「……ああ。よく分かったよ」

 

 雄二が生ごみを見るかのような視線を投げかけてくる。

 おい雄二、僕にまでそんな目を向けるな。僕は明久を騙して遊んでいるだけであってこんなアホな建前で騙されたのは明久だけだ。

 

「さて、決闘も飽きてきたな……明久、何か面白そうなネタは無いのか?」

「そんな唐突に無茶ぶりされても……あ、そういえば気になる事があったよ」

「ほぅ?」

「確かさ、期末テストの後は召喚獣の武装がリセットされるって話だよね? まだ確認してなかったなって」

「そういやそうだな。次の戦争の為にも明久だけじゃなくて全員確認しといた方が良いな」

 

 確かにすっかり忘れていた。明久の分際でなかなかやるじゃないか。

 

「そうと決まれば白銀の腕輪……いや、点数勿体ないし普通に承認取れば良いだけか。

 よし、鉄人先生の所に行こう」

 

 今は夏期講習の休み時間だ。次の授業に備えて鉄人先生は教室の隅っこに居る。

 

「西村先生。召喚獣の承認下さい」

「一体どうした藪から棒に」

「ほら、アレですよ。期末が終わった後のシステムリセットで装備が更新されたでしょ? アレを確認したくて」

「む、そうか……うむ……」

 

 おや? 何か歯切れが悪い。鉄人にしては珍しいな。

 

「……どうかしましたか?」

「いや、お前の召喚獣は観察処分者仕様で物理干渉ができる代物だ。

 大した理由も無く承認というのは難し……」

「だったら俺の召喚獣なら問題ないよな? 承認してくれ」

「むぐっ!」

 

 鉄人の建前っぽい言い訳は雄二にアッサリと論破された。

 

「い、いや、そうだ! 実はリセットに伴うシステムの調整中で……」

「だったら何故最初からそう言わなかったんです?

 どうやら召喚した方が早そうだ。雄二!」

「おう、起動(アウェイクン)!!」

「よし、僕から行くよ! 試獣召喚(サモン)!!」

 

 問答無用と判断して白銀の腕輪で雄二がフィールドを展開。そしてそのまま明久が召喚獣を呼び出す。

 すると……何と言う事だろうか。いつものデフォルメされた感じの召喚獣ではなく凛々しい騎士姿の召喚獣が出現した。

 

「こ、これが僕の新しい召喚獣……? 凄くカッコよくなってる!」

「そ、そうだろうそうだろう。吉井には本番で驚かせてやりたくてな」

「そんな気遣いができたなんて……見直しましたよ鉄人!」

「鉄人ではなく西村先生と呼べ」

 

 王道な学園モノであれば割と頻繁に見れそうな感じの明久と鉄人のやり取りを僕と、恐らく雄二も疑わし気な目で見ていた。

 

「剣、どう思う?」

「システムに欠陥でもあって召喚できないからさせなかったのかと考えたけど……そういう訳でも無いらしいな」

「召喚自体はできてるって事は……この召喚獣に問題があるとかか?」

「明久の召喚獣が無駄に凛々しいのはバグな気もするが、そういう問題じゃないよな」

 

 明久の召喚獣の頭をポンポン叩きながら考察する。

 すると何の抵抗も無く首がポロリと落ちた。

 

「…………えっ?」

「お、おい剣!? 一体全体なにしやがった!?」

「いや、軽く叩いただけのはずだが……」

「嘘つけ! おまえの『だけ』は信用できない!!」

 

 全くもって心外だな。まるで僕がいつも過少報告しているようじゃないか。

 ……で、これは一体全体何なんだ?

 

「明久、首は痛くないか?」

「う、うん。こめかみの辺りがちょっと痛いけどそれ以外は大丈夫だよ」

 

 召喚獣が首を落としたせいでこめかみをぶつけたらしい。それ以外に特に問題ないという事は……まさかこのセパレート式の首が正常な仕様という事か?

 

「鉄人先生。ご説明頂けますね?」

「仕方あるまい。システムリセットの際に不備があったらしくてな。

 どうやら召喚獣がオカルト色の強いものになってしまっているらしい」

「……オカルト色? イマイチ分からないんですけど……」

「召喚獣は全て妖怪の類になっているらしい。吉井のそれは首無しの騎士であるデュラハンだろうな」

「……試験召喚システムってちょっと調整をミスっただけでこうなるような代物だったんですか……?」

「……どうやらそうらしい」

 

 ヤバイ学園だな。今更だけど。

 

「学園長によれば召喚者の個性を反映させた妖怪になるらしい」

「となると、僕の召喚獣は溢れ出す騎士道精神か、あるいは鎧が似合うカッコよさか……」

「「『頭が無い=バカ』って事だろ」」

「2人揃って言う事じゃないじゃないか!! 僕が必死に目を逸らしていた事実を!!」

 

 システムの分際で明久の個性を適格に表現するとは……意外とやるな。






「とりあえずこんな感じだな。次の話は皆の召喚獣のお披露目になるだろう」

「本当に謎なシステムよね……こんな訳の分からないものを生徒に使わせるって、結構ヤバイのでは……?」

「ハッ、何を今更」

「……そうね、そういう学園だったわね」

「……さて、本編の解説はこんなもんにして冒頭の茶番について語るか。
 リメイク前の段階では僕と明久が険悪な雰囲気を感じさせる茶番をやりたかったので決闘(デュエル)する事になった。リメイク版でもそれを引き継いでいる形だな。
 遊戯王はネタが豊富だから調べるだけでも結構面白かったようだ」

「茶番の内容はリメイク前とそこまで変わってないわ。前半は。
 後半は新規に付け足したみたいね」

「当時と比べて筆者の知識も増えてるからガッツリと書こうとしたらしいんだが……厳密に書こうとすると無駄に長くなる上に読みづらいんで没になったらしい。
 一応完全版も別のところに上げておくが、面白いかどうかは微妙だそうだ」

『雑記置き場』へのURL
https://syosetu.org/novel/265537/1.html


「では、次回もお楽しみに!」


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01 本質を映すモノ

 試験召喚システムが明久に対して下した評価は置いておいて、この召喚獣について考えてみよう。

 

「頭が取れるのは不気味だけど……よく考えたら装備自体はけっこうしっかりしてるから意外と強いのかな?」

 

 という明久にしては割と真っ当なコメントが出てきた。

 しかし、この召喚獣はそれ以上に大きな弱点を抱えている。

 

「明久、その不気味に取れる頭も召喚獣の一部だ。その辺に転がして置いたら恰好の的だぞ?」

「た、確かに……じゃあ頭をホッチキスで止めておかないと!」

「せめてガムテにせい! ホッチキスだと痛い上に簡単に千切れるぞ!!

 いや、そうじゃなくてだな、ガムテなり他の方法でくっつけるなりしても万全とは行かん。何かの拍子にすっぽ抜けたらオシマイな上に召喚する度にくっつけなきゃならないんだぞ?」

「う~ん……なるほど……

 じゃあ結局どうすれば良いの?」

「召喚した直後に生身の肉体で頭部を回収すれば良いんじゃないか? いやでも頭って結構重いか?」

 

 物としての頭部の重さを実感できるのは医者か猟奇的殺人者くらいのものだと思うが、何かどっかで重いとか聞いたことがある。

 やたらと力持ちな召喚獣の頭部となると更に重くても不思議では……

 

「うぅぅん……運べない程じゃないけど地味に重いし、何か顔に変な感覚が……」

「手段の一つとしてはアリっぽいが、あんまりやりたくない感じか。

 となると、召喚獣自身に頭を押さえてもらうしか無いな」

 

 常に召喚獣の片手が塞がる事になる。かなりのハンデとなるな。

 ……いや、そんなハンデを抱えるくらいなら自分で頭部を抱えておく方がマシか。

 

 

 明久の召喚獣の論評をしていたらクラスの他のメンバーもやってきた。

 

『おうおうお前ら面白そうな事やってるじゃねぇか!』

『個性を反映だって? よしやってやるぜぇ!』

『俺のような素晴らしくてこう……素晴らしい人間である俺ならきっと天使とかが出るに違いない!』

 

 Fクラスの人型使い捨て装甲板の皆さんである。フラグにしか聞こえない。

 

『『『試獣召喚(サモン)!!』』』

 

ズズズズズ(ゾンビが這い出る音)

ズズズズズ(ゾンビが這い出る音)

ズズズズズ(ゾンビが這い出る音)

 

「……性根が腐ってるからか」

『ば、バカな! きっとバグに違いない!』

「あ、なるほど! それじゃあ僕の召喚獣もバグで……

『いやでも吉井の召喚獣は正常に頭が無いぞ?』

『くっ、どっちを信じれば良いんだ!!』

「いやいや、どう考えてもバグだよね!? 何でそこで悩むの!?」

「そんなどうでもいい事より、動かし具合はどうなんだ?

 ゾンビの如く這い回る事しかできないとなると厄介なんだが……」

『お、それもそうだな』

 

 僕のコメントを受けて皆が思い思いに召喚獣を動かす。

 う~む、特に問題は無さそうだ。

 スタイリッシュに蠢くゾンビ達は少々不気味だが、明久みたいに特に変な能力を持ち合わせている事は無さそうだ。

 

「いったい何の騒ぎじゃ?」

「…………」

 

 騒ぎを聞きつけた秀吉と康太もやってきたらしい。

 

「何か召喚獣が生徒の個性に合わせてオカルト風に変身してるらしい。

 せっかくだからお前らも呼び出してみたらどうだ?」

「なるほどのぅ……そうじゃ、せっかくじゃから呼ぶ前に予想してみぬか?」

「ほぅ? 面白そうじゃないか」

「そうじゃな、ワシと言えば演劇、演劇と言えばワシじゃからな。きっとオペラ座の怪人のようなお洒落な……」

「女に化けて人を食う妖怪はいくらでも居るからな。予想が絞り切れん……」

「……剣よ、ワシとて傷付く事はあるんじゃぞ?」

「え? ああ、スマン」

「うーん、でも秀吉の個性って言ったら性別『秀吉』だよね。その何とかの怪人よりは有り得るんじゃないの?」

「明久までもか……ええい! 呼んでみれば分かるわい! 試獣召喚(サモン)

 

 すると現れたのは……擬人化された猫っぽい召喚獣だった。

 

「な、何じゃこれは!!」

「猫……ああいや、しっぽが二又に別れてる。猫又だな」

「うぅむ……猫又なのは別に構わぬのじゃが……どうしてこうソーシャルゲームのキャラクターのように擬人化されておるのじゃ?」

「秀吉は可愛いからね!」

「……ワシは、システムからもそんな扱いを受けておるのじゃな……」

 

 たかがシステムがどうやって人の評価をしてるんだろうな? 学校にいる間ずっと見張られてるとか考えるとちょっと不気味だ。

 

 

 秀吉が決して浅くない傷を負ったが、お構いなしに次に進むとしよう。

 

「…………次は俺が行こう」

「ムッツリーニの個性か……う~ん……」

「エロ方面に行く気もするが、積極的にセクハラしたりする訳でも無いしな。

 盗撮カメラのイメージで何かこう目玉っぽい妖怪になったりしてな」

「目玉の妖怪……どこかで聞いたことがあるような……」

「…………呼び出してみればわかる。試獣召喚(サモン)

 

 そして現れたのは……どうにも顔色が悪い黒ずくめの召喚獣だった。

 

「おいおい、ちゃんとメシ食ってるのか?」

「…………そんな事を訊かれても困る」

「にしても顔色悪いね。貧血気味?」

「黒っぽい恰好で貧血……もしやドラキュラ伯爵かの?」

「血に飢えている、何気に女好き……結構当てはまってるな」

「…………全然当てはまっていない」

 

 

 康太の否認は誰からも同意を得られなかったので次に進むとする。

 

「流れ的には僕だが……あえて雄二に呼び出してもらおう」

「何でわざわざ流れに逆らうんだよ。別に良いけどな。

 鉄人、もうフィールドを張らない理由は無いだろう? 白銀の腕輪を使うのは点数が勿体ないから出してくれ」

「ううむ、仕方あるまい。坂本、フィールドを解除しろ」

「あいよ」

 

 雄二が腕輪を抜き取りフィールドが消滅する。

 その直後に鉄人から新しいフィールドが張られた。

 

「雄二の召喚獣か……どんな奴だろうな?」

「雄二と言うと策謀を巡らせるイメージがあるからどこかの大悪魔とかになるかもしれんのぅ」

「…………確かに、有り得そうだ」

 

 策謀家か。なるほど確かに。

 有り得なくは無いが、もっと雄二っぽいのが居そうな気するな。

 

「ふっふっふっ、みんな分かってないなぁ」

「何だ明久。俺の召喚獣が分かるのか?」

「雄二と言ったらアレしか無いでしょう? 人を裏切り幼馴染を騙すっていうあの妖怪」

 

 いやに具体的な妖怪だな。しかし皆目見当も付かん。

 一体何の妖怪……

 

「そう! 『坂本雄二』っていう妖怪が……」

「くたばれ」

「くぴゃっ! ちょっと雄二! いきなり何するのさ!!」

「おっかしいな。うちの古いテレビはこうやったら直ったんだが」

「いや、今明らかに『くたばれ』って言ってたよね!?」

「何だ明久知らないのか? あえて酷い言葉を投げつける事で逆に奮起させるという治療法を。

 俺はお前の為に心を鬼にして『くたばれ』と言ったんだ」

「そ、そんな方法があったなんて! わざわざありがとう雄二!」

 

 ……本当に『妖怪坂本雄二』でも良い気がしてきた。

 まあいい。実際に呼べば分かる事だ。

 

「雄二、見せてくれ」

「そうだな。試獣召喚(サモン)!」

 

 そうして現れたのは……上半身裸の坂本雄二だった。

 

「んなっ!?」

「ほら! やっぱり妖怪坂本雄二だったじゃん!」

「いや待て、召喚獣はそもそも自分の姿に似るもんだ! だから俺の姿なのは正常な仕様だ!!」

「あ、確かにそうだったね。う~ん……じゃあ一体何だろう?」

 

 改めてよく眺めてみるが……やはり上半身裸という事以外に特徴は無さそうだ。

 ふむ……もしかして、アレか?

 

「妖怪、露出狂か」

「テメェも直してやろうか?」

「ククッ、冗談だ。服が要らないという事は、例えば巨大化して破れるとかじゃないか?

 気合を入れたら何か反応無いか?」

「…………特に無さそうだな」

「じゃあ条件付きで巨大化……いや、少し枠を広げて変身とかもアリか?

 メジャーな化け物でそれっぽいのは……例えば狼男とか?」

「仮にそうだったとして、どうやって判断する気だ?」

「もし狼男なら条件は簡単だ。満月を見せれば良い」

「今はそんなもん出てないし、夜まで待ったとしても今日は三日月だった気がするぞ?」

「これだから雄二は。無いなら作れば良い」

「テメェは一体いつから神様にでもなったんだ」

「……コンパスを使って……これで完成だ!」

「ただの円じゃねぇか! それを満月と言い張るのは流石に無理が……

 

『ウォォォォン!!』

 

「……マジで反応しやがった。書いた僕が一番びっくりしてるよ」

「おいおい……試召戦争システムってこんな曖昧な代物だったのかよ」

「と、とにかく雄二の召喚獣は狼男で決まりみたいだね」

「個性は……『野性的』とか、そんな感じかのぅ?」

 

 

 最後に、満を持して僕の召喚獣のチェックだ。

 

「剣は……そうじゃのぅ、異様に勘が鋭いから(サトリ)とかかのぅ?」

「いや、もっと攻撃的な感じの奴だろう」

「何かこう黒い炎とか似合いそうだよね!」

「お前らなぁ……ま、呼んでみるとしようか。試獣召喚(サモン)

 

 そして現れたのは……いたって普通な僕の姿だった。

 

「……僕が妖怪扱いされた事に怒るべき場面だろうか?」

「いやいや、何かあるはずじゃろう。例えばドッペルゲンガーとか……」

「剣っぽくねぇな。ドッペルゲンガー以外でも真似する類の奴なら秀吉の方が似合うだろ」

「それもそうじゃのぅ……あんな召喚獣よりもこっちの方がずっと欲しかったのじゃよ……」

「しかし何だコレは一体?」

 

 つぶさに観察してみるがそれっぽい特徴が見当たらない。

 ……いや、よく見たら武器が変わってるな。懐に隠してある投げナイフとは別に背中に立派な剣を背負っているようだ。

 

「……この剣、抜けないな。一体何だこれ?」

「抜けないのかよ!? ただの張りぼてか?」

「ん~……気合入れれば何となく抜ける気がするんだが……何か嫌な感じがするんだよな」

「あれ? この剣どこかで見たことあるような……」

「何だと? 明久、貴様は一体いつから刀剣鑑定士になったんだ?」

「そんな職業に就いた事は無いけど……うん、やっぱり見たことある。ゲームで」

「……一応、聞いておこうか」

「うん。これはファイナルクエストIIIに出てきた『魔剣ダーインスレイヴ』に違いないよ!」

 

 明久らしいバカな発言……と思うかもしれないが、あながち間違いとも言い切れないのかもしれない。

 システムが表現したい物が魔剣だとして、本物の形をした代物……本物と言えるものがこの世界に存在したのかは知らんが……を出しても僕たちに伝わる事は無いだろう。

 だからこそ身近なフィクションを参考に作り出した。そう考えれば荒唐無稽とは言い難い。

 

「明久のいう通りの魔剣だったとして、一体どういう意味なのかのぅ?」

「……簡単な事だよ。

 神話のダーインスレイヴは一度解き放たれたら敵味方を問わずに甚大な被害が発生するまでその鞘に収まる事は無い。

 自身の損害を度外視して敵を倒すまで戦う僕に相応しいだろう」

「むぅ……」

「……ところで、召喚獣じゃなくて剣が本体なんだね。剣らしいと言えばらしいけど」

「確かにな」







「以上でFクラス生の大半のオカルト召喚獣のお披露目完了ね」

「原作勢は原作と変えてないけどな。今のところは」

「残りの連中は果たして描写されるのかしらね……」

「さぁなぁ……島田は出しても貧乳いじりにしか使えないし、姫路に至ってはそもそも出せる機会が無いと思う。
 伊織は……分からんな」


「では、次回もお楽しみに!」


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02 仕様

 オカルト仕様の召喚獣のお披露目が概ね終わった所でとある疑問を口にする。

 

「……ところで雄二、このイカれた仕様の召喚獣は一体全体いつまで続くんだろうな?」

「奇遇だな。俺も同じ事を考えていた」

「となると、やるべき事は一つだね」

 

 僕と雄二だけでなく明久までもが同じ事を考えていたようだ。話が早くて助かる。

 この召喚獣に関する大事件。生徒として放っておくわけにもいかない。

 ならばどうすれば良いか。決まってる。一番詳しいであろう学園長に殴りこみだ。

 

「よし、学園長の所に行こう」

「おいおい剣、学園長じゃなくてババァ長だろう?」

「えっ? 新種の妖怪じゃなくて?」

「どれも同じ意味だな……まあいい。学園長室に行こう。部屋の名前は流石に変わってないだろ」

 

 こうして、僕たち3人はこの奇妙な事件を解き明かす為に学園長室へと向かうのだった……

 

 

 

『って、ちょっと待て! 授業をサボるのは許さんぞ!!』

 

「チィッ、バレたか!」

「明久、足止めは頼んだぜ! これはお前にしか任せられない大役だ!」

「うん! って、都合よく丸め込もうとしてない!?」

「ハハハ、そんな事ある訳が無いだろう?」

 

 う~む、明久を言いくるめて囮にする以外の解決方法は……よし、これだ。

 

「ここは一旦バラけるとしよう! 学園長室で集合だ!」

「うわっ、どうしたのいきなり大声出して」

「3方向にバラければあの鉄人こと西村先生も短時間で全員捕獲するのは不可能だ!

 そうなると次の授業に間に合わない!!」

「なるほど、そういう事か。だからわざわざ聞こえるように大声出したんだな?」

「ククッ、そういう事だ」

 

 これで鉄人は苦渋の選択を迫られる。

 僕たちを追ってFクラスの連中を放置するか、あるいは逆かを。

 明久ほど目立つ問題児はそう居ないから忘れがちだが、残りの連中も十分過ぎるくらい問題児である。例外は秀吉と伊織くらいのものだ。

 さぁ鉄人、たった3人の捕まるかどうかも分からない生徒と、それ以外の多数の生徒、貴様はどちらを優先する?

 

『逃がさんぞ貴様ら!』

「そ、そんなバカな!」

「くそっ、とにかくバラけて逃げるぞ! 最悪1人くらいなら諦めるかもしれねぇ!!」

 

 

 

  ……そして数分後……

 

 

「という訳で、奇跡的に3人がここに集まれたという訳です」

「アンタ達、アタシの部屋を勝手に集合場所にするんじゃないよ」

 

 3人にバラけて逃げたのがしっかり効いてくれたのか、無事に3人揃って学園長室まで到達できた。

 学園長が嫌そうな顔をしている気がするがきっと気のせいに違いない。

 

「んで、クソババァ、召喚獣の不調は一体どうなってやがんだ?」

「質問する気があるならまずはその態度を改めな」

「失礼しましたクソババァ」

「僕たちに色々と洗いざらい吐いて下さいクソババァ」

「……現国の補習を増やした方が良いかねぇ?」

「学園長、バカ達は放っておいてシステムの不調について教えて下さい。

 じゃないとずっとここに居座りますよ?」

「やれやれ……確かにサッサと追っ払った方が良さそうだねぇ。

 で、何だって? システムの不調だって?」

「はい」

「アンタらねぇ……そんなもんがどこにあんのさ」

 

 ……おや? これは一体どういう事だろう?

 ああ、そうか。ついにボケたか。学園長ほどのご老体であれば仕方あるまい。

 

「アンタ、失礼な事考えてないかい?」

「え~、では学園長、今現在のこの妖怪が跋扈する現状はシステムの不調ではない……と?」

「そういう事さ。このアタシのシステムに不具合なんて発生する訳無いだろう?」

 

 ……なるほど、つまりそういう事か。

 

「やっぱりボケちゃったんだね……可哀そうに」

「明久、僕のモノローグに被せるんじゃない。僕までバカに見えるだろ」

「え、何? 何で突然文句言われたの……?」

「……それはさておき、今から言うのは独り言だ。

 あ~、学園長も大変だなぁ……システムに問題が起こったなんて言っちゃったら一大事だもんな~。学園長の立場だとこれは正式な仕様だって言い張るしか無いよな~」

「……随分と大きな独り言だねぇ?」

「気のせいでしょう。じゃあ雄二、バトンタッチな」

 

 弱点を暴いて突く所までやれば僕の仕事は終わりで良いだろ。後は雄二に任せるとしよう。

 

「おうよ。今の学園長サマの話には妙な点がある。それは、何でわざわざそんな仕様変更をしたのかって事だ。

 この学園の根幹を成す大事なシステムだ。当然、ただの気まぐれじゃなくてそれなりの理由があるはずだ」

「フン、これは純粋な善意って奴だよ。

 最近は暑い日が続くからねぇ。少しでも涼んてもらおうというアタシからの粋な計らいさ」

「ハハッ、それだけだったら何もクラス単位でわざわざいじる必要な無ぇ。せいぜい教師陣をいじるくらいでも十分だし手間も少ないだろ。

 ここまでやってるからにはクラス単位、下手すると学年単位で動かすレベルの大規模なイベントをやるはずだ。

 まさか調整失敗して偶然オカルト仕様になっちまったって訳も無いもんな!」

「……つまり、何が言いたいんだい?」

「学校主催の肝試し大会! やらないとは言わせねぇぞ?

 ああそうそう、ただの休日にやっても人が集まらないかもしれないな。夏期講習の予定日ならきっと沢山集まるだろうなぁ」

「そこまでして勉強したくないのかいアンタ達は……」

 

 ははっ、何を当たり前の事を。

 授業を潰せるチャンスがあるならいくらでも食らいついてやるさ。

 

「分かった。良いだろう。肝試し大会、やろうじゃないか。

 開催日は夏期講習の最終日……いや、準備も含めたらもう一日かかるかね。明日から準備してもらうよ」

「話が早くて助かるぜ」

「但し、試験召喚システムを使う以上は『召喚獣同士の戦い』の要素を入れる事。

 あと、終わったら一般公開もするからそれに相応しいクオリティにする事。

 これはしっかりと守ってもらうよ」

「戦いだと? 面倒だな……じゃあ、肝試しのチェックポイントで番人と戦わせる感じにするか」

「そうそうそんな感じだよ」

「……って言うか、俺が勝手にルールを作って良いのか?」

「なんだってアンタ達がサボる為のゲームのルールをアタシが考えてやらなきゃならないのさ。

 それにアンタ達はサボる為なら全力を尽くすだろう? アタシが考える意味が無い」

 

 ごもっともな発言である。学園長も面倒な事はサボりたいもんな。

 

「分かった。んじゃあルールまとまったらまた連絡させてもらう。

 ああそうだ、参加者は結局どうなるんだ? 俺たちFクラスだけか、それとも……」

「やるからには徹底的にやるよ。夏期講習に出てる2年全員強制参加にしようかねぇ。

 あと、教室1個とかケチ臭い事は言わない。フロア丸ごとお化け屋敷に改装するくらいの事はしてもらおうかねぇ」

「それはそれで面倒そうだな……鉄人の授業よりは数百倍マシだが」

「質問はもう無いかい? 無いね?

 じゃあサッサと出ていきな。アタシは忙しいんだ」

 

 夏期講習なんて鬱陶しいだけだと思っていたが思いのほか面白そうなイベントに遭遇できたようだ。

 面倒そうな所は雄二が頑張ってくれるだろう。僕は適当に手伝いつつ楽しむとしよう。







「以上、肝試し大会開催決定までだ」

「学園長も大変よね……わざわざ仕様だって言い切らなきゃいけないんだもの」

「全くだよな。きっと他にも色々苦労してるんだろうな」

「……Fクラスを率いている君が言うセリフじゃないと思う」

「……それはそうと、あれだけの規模のお化け屋敷への改装、たった1日でこなせるのだろうか?」

「……た、確かに」

「こういう時に備えて色々と準備をしている……のかもしれんな」

「……では、次回もお楽しみに!」


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03 対立

 学園長との話し合いの結果、夏期講習に参加している人を強制的に駆り出して教室をお化け屋敷へと改装する事になった。

 さて、ここで1つ疑問がある。授業をサボる事に命を懸けられるようなFクラスと違って他の生徒たちは勉強をしに夏期講習に参加しに来ている。

 そんな連中がこんな茶番に手を貸してくれるのだろうか、と。

 

『おーい、暗幕足りないぞ! 倉庫にあったっけー?』

『他の階の黒カーテン引っぺがそう!』

『仕切り用のベニヤ板もどっかからパク……持ってきてくれー!』

 

 ……何か、皆メッチャノリノリでやってる。

 

「剣、どうした? そんなボサッとして」

「ああ雄二、Aクラスの連中とかもノリノリだなって思ってさ」

「Aクラスは確かに優等生だが、勉強そのものを娯楽以上に楽しむ奴はそう居ない。

 遊ぶ事が課題だって言われたら喜んでやるさ」

「ふむ、それもそうか」

「あと、Aクラスの首脳陣がノリノリだからそれに合わせているというのもありそうだ」

「首脳陣……霧島に光、あと工藤も好きそうだな」

「そんな感じだ。BクラスとCクラスは代表も副代表も来てないっぽいんでAクラスの発言力が相対的に高くなっている。だから猶更だ」

 

 根本も御空も来てないのか。根本はまだしも御空は喜んで参加しそうだな。

 今夜にでも電話してみるか。

 

「なるほどな。DクラスやEクラスは……」

「Eクラスは知らんがDクラスの平賀はこういう時に口出しするタイプじゃないだろう」

「確かに。Dクラスの副代表は……」

「あっちでノリノリで作業してるぞ」

 

『こういう所で活躍して出番を増やして存在感を植え付けていくのよ!

 ファイトー!』

『『『おー!!』』』

 

「ご覧通りの有様だからわざわざ和を乱すバカはそう居ない。

 仮に不満のある奴が居たとしても少数派だから封殺されるわけだな」

「なるほど、そんなもんか」

 

 2年生はノリノリ、教師陣も当然止める理由が無い。

 もしこのお祭り騒ぎに水を差すバカが居るとすればそれは……

 

 

「「うるせぇんだよお前ら!!」」

 

 

 ……そう、彼らのような……坊主とモヒカンのような3年生の生徒だ。

 大した理由も無いのにただの八つ当たりで妨害してくる正真正銘のバカである。

 

「……さてと、僕も作業に戻るか。ベニヤ板をパク……お借りしてきて……」

「って待てや! 俺たちを無視するんじゃねぇ!!」

「あ、丁度良い所に先輩方が。暗幕用のカーテンとベニヤ板を3年の教室からパクってきてくれ」

「何で俺たちが雑用やらされなきゃならねぇんだよ!!」

「え? だって羨ましいんだろ? 夏期講習中に遊んでる僕たちが」

「そんなんじゃねぇよ! テメェらがうるさくて勉強に集中できないって言ってんだよ!!」

「……? だったら猶更勉強なんて要らないだろ。

 別の階の騒ぎが聞こえたならその耳だけで食っていける」

「はぁ? どういう意味だ」

「だって、旧校舎ならまだしも新校舎は試召戦争とかいうお祭り騒ぎを前提にした造りになってる。

 よほどの才能が無ければ教室で勉強中に他の階の雑音を聞き取る事は不可能だ」

 

 特別耳が良かった以外の理由を考えるとしたら……

 1、常夏は超能力者。

 2、常夏はこの教室を盗聴している。

 3、常夏は勉強をサボって教室の外をうろついていた。

 う~ん、悩むな。3番が一番現実的だけど『勉強に集中できない』といちゃもん付けてきた常夏が勉強をサボっていた訳が無いものな!

 

「なぁ、どう思う雄二?」

「教室の中で幻聴を聞いて、それを俺たちの騒ぎと勘違いしていた可能性も有り得そうだな。医者を呼んでやろう」

「おおなるほど!」

「ふざけんなよテメェら!! 何がなるほどだ!!

 俺たち3年はテメェらと違って受験勉強しなきゃならねぇからな! 息抜きも重要なんだよ!!」

 

 わ~、サボった事を開き直った。

 まぁ、適度な休憩が大事だというのは間違った意見では無いだろう。学校行事に対して僕たちに文句を言う行為が筋違いなのは変わらないが。

 でもまぁ、丁度良い。先輩方が息抜きしたいと言うならその望みを叶えてやるとしよう。

 

「だったら貴様らもやるか? 肝試し」

「はぁ?」

「息抜きしたいなら素直にそう言えば良いんだよ。学園長も嫌とは言うまいさ。

 ……いや待て、これって学園のPRも兼ねてるから積極的に取り組めば内申点とかもプラスされるんじゃないか?」

「お、おお……どういうつもりだテメェ、急に俺たちに味方するような事を言って」

「いや、単に思った事を口にしただけだ。本当に内申点がプラスされるかは分からんし」

 

 一応こいつらに肝試しの準備を押し付けられないかなという意図はあるが……今の内申点の話は本当に思いついただけである。

 さて、こいつらはどうするのだろうか?

 

「悪くはねぇ。だが、テメェらと仲良く遊ぶ気は無いな」

「それこそ簡単な話だ。チーム分けすれば良い。

 肝試しには『脅かす役』と『怯える役』の2種類が必要だからな」

「なるほどな。当然テメェらは『怯える役』だよなぁ?」

「愚問だな。怯えてわーきゃー言ってるだけで内申点を取れるほど甘くはないだろう。

 先輩方に快く譲るとしよう。

 雄二、ルール説明の紙とかってあるか?」

「ん? ああ。まだ確定じゃないけどな」

「構わん。貸してくれ」

「丁度3枚ある。センパイがたにも配ってやってくれ」

 

 雄二に渡されたのはA4サイズの紙3枚。手書きではなく印字されている。Aクラスのパソコンとプリンターを使ったんだろうな。

 

 


 

 

 文月学園納涼肝試し大会ルール 

 

驚かす側を『妖怪サイド』、驚かされる側を『人間サイド』とする。

 

・基本ルール

 

 ・共通

 

  ・設備を壊してはならない。

 

  ・チェックポイント以外の場所で召喚獣バトルを行ってはならない

   (召喚は自由。なお、教室には常に召喚フィールドが展開している)

 

  ・戦死した場合、補習は免除するが、科目を問わず召喚獣を出す事を禁止する。

 

 

 ・人間サイド

 

  ・全4箇所のチェックポイントを突破する事で勝利になる。

 

  ・基本的に2人組のペアで行動すること。但し、1人になっても失格ではない。

 

  ・教室へ突入後、ペアの内どちらかが悲鳴を上げたら両者とも失格になる。

   但し、チェックポイントで戦闘中の場合は失格にはならない。

   その教室のチェックポイント突破後も失格にはならない。

   (なお、失格になった生徒はチェックポイントの挑戦権を失う)

   (『悲鳴』はマイクの音量で判定する。一定以上の大きさの声で失格とする)

   (召喚時のコマンド発声はセーフとする)

 

  ・戦死者、失格者による教室への突入は原則として不可能とする。

 

  ・教室への突入時にはカメラとマイクを携帯すること。

   (不正の防止、及び脱落者や待機者の楽しみの為)

   故意に違反した場合は失格だが、故障や妖怪サイドからの妨害等のやむを得ない理由があれば不問とする。

 

 

 ・妖怪サイド

 

  ・全てのチェックポイントを突破される前に人間サイドの人数が2人未満になったら勝利になる。

 

  ・各チェックポイントに代表者2名を配置する。(クラス代表でなくても良い)

 

  ・チェックポイントに辿り着けないような構造を用意するのは禁止する。

   もしそのような構造になっている事が確認されたらそのチェックポイントは突破された扱いになる。

 

  ・相手の体に直接ダメージを与える行為は禁止とする。

 

 

 

・チェックポイントについて。

 

 ・妖怪サイドの代表者2名と、人間サイドのペア2名が召喚獣バトルを行う。

  代表者を撃破したらチェックポイント突破となる。

 

 ・規程の円の中から召喚者、又は召喚獣が出てしまった場合は戦死扱いとする。

  (召喚フィールド自体は教室全体に広がっているので、広さを生かして延々と逃げ回る戦法を防止する為)

 

 ・人間サイドは2名でのみ挑戦できる。

  1名だけ、又は3名以上で挑戦した場合、勝利しても突破とは認めない。

  (あくまでも戦闘開始時の話。ペアの片割れが戦死による脱落する事は問題ない)

 

 ・人間サイドは、戦闘中、戦死等何らかの理由で2名の内片方が脱落した場合でも、戦闘中の人員の補充は認めない。

 

 ・代表者は原則として入れ替えは禁止、補充試験も禁止。

  ただし、病気や怪我などやむおえない理由があった場合も入れ替えを認める。

 


 

 

 ……意外としっかり作られててちょっとビックリした。なるほど。

 

「チェックポイントで召喚獣バトルだと? そんなの必要なのか?」

「それはババァ……学園長からの指示だ。システムを使う以上は召喚獣同士の戦いを絡めろってな」

「そういう事ならしゃぁねぇか。テキトーにはしゃぐだけかと思ってたが、意外と厳密な勝負になってるんだな」

「そんくらいやらないとババァ長がうるせぇからな」

「ババァ長……? まあいい。勝敗がハッキリするなら賭けをしねぇか?」

「賭けねぇ……じゃ、二学期の体育祭の準備は負けた方の仕事ってのでどうだ?」

「あのFクラス代表にしてや随分と生ぬるいじゃねぇか」

「だってなぁ……これはクラス単位の勝負だろ? 『勝った方が負けた方の言う事を何でも……』みたいなベタな事を言われても困る」

 

 クラスの勝負だからと言って個人的な賭けをしていけないという事は勿論無い。Aクラス戦もそんな感じだったし。

 だが、適していない事は間違いないだろう。クラス単位の勝負ならクラス単位の賞品を賭けるべきだ。

 

「むぅ……一理あるな」

「どうしても個人的な勝負がしたいなら、チェックポイントで待ってれば良い。運が良ければお望みの相手と戦えるだろ」

「まぁいいか。おい空凪、逃げるんじゃねぇぞ!

 テメェには清涼祭での借りを返さなきゃなんねぇからな!」

「面倒だな……気が向いたら相手してやるよ」

 

 何はともあれ……これにて3年生に準備を押し付ける事に成功した。

 明日までのんびり休むとしよう。






「以上、肝試し前日が終了だな」

「どういう訳か長かった気がするわ……」

「最近何故か1話の分量が多い気がするな。
 さて、次回はいよいよ肝試し……ではなく直前の準備だな。
 ペア分けとかも多分ここで明かされる」

「ペア分けねぇ……そこまで意外なペアは出てこない気がするけど」

「それはどうかな?」

「え、何? 何か変わるの?」

「それは次回を見れば分かるさ」

「う~ん……そうねぇ。
 では、次回もお楽しみに!」


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04 代表たちのペア分け

 3年生たちに肝試しの準備を押し付けた翌日。

 

「3年の連中、無駄に気合入ってるな……たった1日でこんだけのお化け屋敷を作るって」

「お前が内申がどうこうとか言ったせいじゃないのか?」

「一理あるな」

 

 たった1フロアだけではあるが、新校舎の様子は一変していた。

 僕たちが普段使用しているC教室も大改造が施されてるっぽい。後で直すのが面倒だな。

 

「さて、俺たちも拠点に移動するか」

「ああ。そうだな」

 

 改装されているのは新校舎のみ。同じ階の旧校舎にある空き教室とE教室、F教室が2年生の待機場所となる。

 尤も、F教室はあの有様なのでよっぽどスペースに困らない限りは使う事は無いだろう。

 E教室も普段はEクラスが使っている教室だ。なるべく使わないに越したことは無いのでメインの拠点が空き教室、E教室はサブの拠点になるだろうな。

 

 

 

 

 

 

 空き教室に着くと既に康太の手によってモニター類が壁に設置されていた。

 A教室が使えればわざわざこんな事せずにプラズマディスプレイに映せたんだろうけどな。まぁ、これでも十分か。

 

「準備は万端らしいな」

「ああ。なんでもババァ長から資金提供があったらしいぞ?

 一級品を買ってこいってな」

「太っ腹だなぁ……」

 

 こんな事に金を使って良いのか不安になるが、学園の宣伝費と考えれば妥当なのかもしれない。

 康太なら機材の目利きも信用できるし、上手い手なのかもな。

 

「さてと、まだ開始まで時間があるな。僕のパートナーでも探すか」

「何だ、決めてなかったのか? てっきりBクラスの御空とかと組むものと思ってたぞ?」

 

 雄二は僕とあいつの関係を何だと思ってるんだろうか?

 ……まぁ、組もうとした事自体は事実なんだけどな。

 

「……実は最初はそのつもりだったんだが……」

 

 

  ……昨日の夜……

 

 

「もしもし? オレだよオレ! ちょっと電車で人を轢いちゃってさ。幸いな事にほぼ無傷だったんだけど治療費に5000円振り込んで……」

『何だってキミはツッコミどころの多い会話しかできないのよ……

 特に用が無いなら切るわよ?』

「ククッ、そう焦るな。

 明日の行事について貴様は聞いてるか?」

『行事? 一体何の事?』

「ああ、実は……」

 

 ……事情説明中……

 

『何それ凄く面白そうじゃないの。どうして教えてくれなかったのよ!』

「いや、今教えただろ? 夏期講習受けてる奴が対象だが、学園の生徒なら飛び入り参加は大歓迎だろう」

『もっと早く教えてくれれば……今からだと終電も無いし……』

「電車? 突然どうした?」

『今ちょっと親戚の家に居るのよ!

 仕方ない。明日の始発で急いで帰るわ。私が来るまでの終わっちゃわないでよね!』

「う~む、僕たちは妨害側じゃなくて攻略側だからな……保障はできんな」

 

 

  ……………………

 

 

「とまぁそんな事があってな」

「……そうか。そういや今は夏休みだったよな」

「ああ……ああ、そう言えば貴様のペアはどうするんだ?」

「何言ってんだ。翔子に決まってるだろ? 『パートナーはなるべく男女にする』なんてルールを提案してきたのはあいつなんだから」

「そんなルールがあった事すら初耳だが……まぁ、そっちの方が楽しそうだし異論は無い」

 

 しかしだからと言って雄二と霧島が組む根拠にはならないだろう。

 だって……期末テストの前にこの2人って一応別れてるし。

 まあいい。本人に訊いた方が早そうだ。もう来てるみたいだし。

 

「おい霧島翔子、僕と組まないか?」

「…………うん、分かった」

 

 案の定である。

 良かった。始まる前に気づけて。

 

「ちょっ、翔子!? 俺と組むんじゃなかったのか!?」

「……雄二からは誘われていない。仕方ないから今誘ってくれた剣と組む」

「うぐっ! た、確かに組もうとは言ってなかった気が……いやいや、いつものお前なら俺が何を言おうと組んでいただろ!?」

「……今は違う。剣、楽しもう」

「お~、楽しも~。

 そういう訳だから雄二、特に異論が無いなら貰っていくぞ」

「ぐぬぬ……ま、待て! 翔子、俺と組んでくれ!!」

「……どうしても、私と組みたい?」

「ああそうだ! その……アレだ。お前が居なかったらペアを組む当てなんて無い。だから俺と組んでくれ!」

 

 雄二のヘタレめ。そこで告白でもしてれば完璧だというのに。

 まぁ、雄二だしな。仕方ない。

 

「霧島、どうする?」

「……分かった。じゃあ雄二と組んであげる。剣、ごめんね」

「気にするな。また別の奴を誘うから」

 

 さてどうするかな。知り合いの女子となると数が少ないし、その少ない連中もペアが既に居る連中が多い。

 Aクラスだと霧島はさっき断られたし、光も論外。工藤は多分康太と組むし、木下姉は……まぁ、うん。

 Fクラスだと姫路は論外、あとは島田……う~ん……

 ……やっぱり居ないな。

 そんな事を考えていたら丁度良いタイミングで顔見知りの女子が教室に入ってきた。

 

「よ~し、今日は目立つわよ!」

「丁度良い所に来たな小野寺優子。僕とペアを組まないか?」

「うわっと、いきなりね。と言うか、何で私と?」

「ペアを組んでくれそうな奴が居なくてな……」

「へ~、性格悪いからじゃない?」

「かもな。で、どうする? もう既に相方が決まってるとか、そういう事情があるなら無理強いはしないが」

「う~ん……私の彼氏は今日は不参加だから正直言うと私も困ってたわ。組ませてもらいましょうか」

「お前……彼氏なんて居たんだな」

「ちょっとー? どういう意味かなー?」

 

 と言うわけで、Dクラス副代表こと小野寺優子と組む事になった。

 特に成長してなければ実力はDクラス上位レベルか。まぁそれなりに役に立ってくれるだろう。きっと。






「雄二と僕の相方が決まったな」

「リメイク前からそうだったけど私が参加できてない。訴訟」

「仕方ないだろ。お前が参加したら瞬殺しちゃうんだもん」

「そういう理由だったのね……」

「うちの駄作者は味方陣営を何も考えずにインフレさせるくせに敵は据え置きだからこういう時に困る事になる。
 かと言って貴様にお化けが苦手なんて属性を付けたら姫路や島田と被るし、残念ながら無駄に大声を出すような性格でもない。
 点数に関してはいわずもがな。リタイアする理由が全く思いつかない」

「強いて言うならパートナーが悲鳴を上げる事かしらね」

「そのパートナーの第一候補が僕な時点で有り得ない仮定だな」

「他のパートナーを考えると……強いて言うなら代表かしらね。参加してないっぽいから意味無いけど」

「参加してたとしても悲鳴を上げる事は無さそうだな。よっぽどのものを出されない限りは」


「では、次回もお楽しみに!」


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05 それぞれのペア分け

 教室でのんびり待っていると他の連中もボチボチやってきた。

 

「さぁ秀吉くん、せいぜい足を引っ張らないようにね」

「むぅ……あんまり自信が無いのじゃが……勝ちにこだわらずとも普通に楽しむだけではダメかのぅ?」

「勝利が全てとまで言う気は無いけど、勝負なんだから勝ちに行きましょうよ!」

「……そうじゃな。やれるだけやってみるのじゃ」

 

 こんな感じで早々にペアを決定してる連中も居れば……

 

『隊長! 女子とペアを組もうとしている異端者を発見しました!』

『ふむ、では紐無しバンジーの刑を……』

『ちょっと待ってくれ! 今回の肝試しは女子と組むのが推奨されている!

 俺を処刑なんてしているヒマは無いぞ!』

『……言いたいことはそれだけかね?』

『な、なんだと?』

『女子を誘うなど……既にやったに決まってるだろう!』

『でもそれだったらこんな処刑なんて……はっ、まさか!』

『全部断られたんだよチクショウ!!!!』

 

 こんな感じでペアの獲得に困ってる連中も居るようだ。

 夏期講習を受けている奴の男女比までは把握していないが……男子率が極めて高いFクラスが丸々強制参加だったという事を考えると男子の方が多そうである。

 組めなかった奴は男子同士のペアになるな。まぁ、男女ペアはあくまで『推奨』だし。

 

「美波お姉さま! 美春とペアを組みましょう!!」

「美春!? アンタ夏期講習に参加してたの!?」

「学園長に聞いたら飛び入り参加も大歓迎との事でした。ですからこうして馳せ参じました!

 お姉さまをどこの馬の骨とも知れぬブタ野郎と組ませるわけにはいきませんからね!!」

 

 ……あくまでも『推奨』なので女子同士のペアを阻む厳密なルールも存在しない。

 ただ、空気読んで欲しいというのが本音だ。

 

「小野寺。貴様のクラスの奴が何か暴走してるぞ。止められないのか?」

「御空さんもそうだけどただの副代表にキミ達は一体何を期待してるのよ」

「……確かにな。と言うか代表の平賀でも無理そうだな」

「……それもそうね。役職以前の問題だわ」

「まあいいや。ちょっと行ってくる」

 

 仕方ないからちょっとちょっかい出すとするか。島田もあのペアは嫌だろうし。

 

「……美春? 『馬の骨とも知れぬブタ野郎』と組ませられないなら美春が知ってる男子なら良いのよね?」

「そんな存在はこの宇宙のどこにも存在しませんわ!!」

「存在を抹消した!? ま、待ちなさい美春、そう、ウチはアキと組むんだから!!」

「アキ……秋、つまり春の逆。表裏一体という言葉に従えば秋=春! つまり美春と組むという事ですね!」

「ちっがうわよ!! もういい加減にしなさい!!」

 

 簡単な説得で諦めてくれる様子は無さそうだな。

 だが問題ない。要は他の奴でペアを埋めてしまえば良いんだろ?

 

「島田。手を貸してくれ」

「え、空凪? ちょっと今それどころじゃなくて……」

「ペアの候補が居ないんだ。お前を指名させてくれ」

「っ!」

「ちょっと待ちなさいブタ野郎! お姉さまは今美春と話をして……」

「ええ宜しくお願いするわ! そういう訳だから美春、あなたとは組めないわ」

「そ、そんなっ! お姉さまは美春ではなくそんなブタ野郎を選ぶのですか!?

 ……いいでしょう。お姉さまが認めた事です。私も認めましょう。

 しかし、もしそのブタが急に死ぼ……やんごとなき理由で早退した場合は……」

「その時は、ウチはお腹が痛くなる予定だから♪」

「お姉さまの薄情者!!!!」

 

 真っ当な力技ではどう足掻いても島田とは組めない事を察した清水は涙を流しながら走り去って行った。

 悪いな。貴様の事は決して嫌いじゃないんだが、僕としてはクラスメイト優先だ。

 

「あ、ありがと空凪。助かったわ」

「気にするな。ペアを組むのは僕じゃないしな」

「え?」

「『誰の』ペアの候補が居ないとは一言も言っていない。

 教室の隅っこで呑気に寝ている伊織に押し付けるつもりだ」

「……確かに誰とも組んで無さそうね」

 

 もし誰かペアが居るなら……その時に考えるとしよう。

 

「あ、でもペア組むならどうせならアキが……」

「奴はまだ来ていないようだが……多分既にペアが埋まってる」

「えっ、そうなの? 瑞希ったら手が早いわね」

「いや、姫路ではない。木下優子だ」

「…………え? ど、どうして木下さんが?」

「さぁ? 後で本人に訊いてみろ」

 

 僕も是非とも聞いてみたいものだ。あの2人の間に何があったのか。

 ……まぁ、今はいいさ。あいつから聞き出す事はいつでもできる。

 

「さて、伊織~!」

「……Zzz……」

「呑気に寝てやがるな。よし、ここはアンモニアを嗅がせて……」

「どっからそんなものを持ってきたのよ……」

「化学室に行けば保管されてるらしいぞ」

「らしいって……持ってきたわけじゃないのね」

「当たり前じゃないか。薬品庫には鍵がかかってるんだから。

 アンモニアだけじゃなくて塩酸とか水酸化ナトリウムとかの劇薬が保管されているからな」

「そ、そうよね。いくらなんでも劇薬が簡単に盗めたら大問題……」

「……おい副代表、人が寝てる側でツッコミどころの多い会話するのは止めてくれないか?」

「あ、起きてた。アンモニアを調達する手間が省けたな」

「伊織ったら、起きてたなら言ってくれれば良かったのに」

「オレに文句を言う前に薬品で起こそうとする事に疑問を呈して欲しかったんだけどな……

 で、何の用? まだ開始時間じゃないっぽいけど?」

「では単刀直入に。島田とペア組んでくれ」

「いいよ。お休み」

「えっ、それだけ? もっとこう理由を聞くとか……」

「何かよく分からんけど事情があるんだろ? オレもペア居ないから丁度良い。以上。始まるまで寝かせて」

「う~ん……なんだかなぁ……とにかく、宜しくね伊織!」

 

 これにて解決だな。康太は多分工藤と組むし、顔見知りの連中は大体オッケーだ。

 ……大体、な。

 元の席に戻るとするか。パートナーが待っている。

 

「お疲れ様。勤勉な副代表は大変ね」

「そう思うなら少しは手伝ってくれDクラス副代表」

「嫌よ。私は苦労人ポジションになるのはごめんだわ」

「……そうか、僕の立場は苦労人ポジションだったのか……」

「少なくとも自分勝手な暴君じゃない事は確かでしょう? そうじゃなかったら島田さんを助けに行ってないし」

「……かもな」

 

 マイペースだの狂人だのと言われる事はよくあるが、苦労人と言われる事は珍しいな。

 関係性が遠いからこそ、見えるものもあるのかもしれない。

 尤も、人間の本質なんて自分でもわからないものだけどな。

 

「……開始時刻までもう少しあるな。何か雑談のネタは無いか?」

「そうねぇ。どうすれば私がより目立てるかっていうのは?」

「面白い。時間いっぱい話すとしよう」







「次回からようやく肝試しが始まりそうだな」

「判明してるペアは……吉井くんと島田さんを除いて原作通りかしらね」

「リメイク前では島田は僕と組んでいたが……今回は伊織に任せた。
 暇そうにしてたし、貴様のように夏期講習に参加してないという事も無いしな」

「はぁ、早く参加したい。出番をよこせ!」

「う~む……肝試し中はほぼ無理だなぁ……」

「じゃ、さっさと終わらせちゃいましょう。
 次回もお楽しみに!」


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06 第1チェックポイント

 いよいよ肝試しが始まった。

 本気で勝ちに行くなら色々と戦略を練るべきだろうが……2年生の空気としては楽しむことが優先な緩い感じだ。

 なので行きたい人からカメラとマイクを持って適当に突入している。

 

「確か悲鳴を上げたら失格だっけ?」

「ああ。失格の条件は規定以上の大声を上げる事、何らかの不正をする事、あとチェックポイントでの戦死だな」

「流石はFクラスの副代表、詳しいのね」

「ルール作成したのは僕ではなく代表の雄二だが……まぁ、本人を除けば一番詳しいかもな」

「なるほど。しっかし、悲鳴なんてそう簡単に上げるものかしらね? 要はただの立体映像付きお化け屋敷でしょ?

 カメラの前で不正する人も居ないし、実質だたのチェックポイントでの戦いだけに……」

 

『きゃぁぁぁっっっっ!!!!!!』

 

「……丁寧なフラグ建てだったな。早速脱落したようだ」

「早すぎない? 最初の曲がり角でしょ? どれだけ怖がりなのよ」

「半分くらい同意するが……もう半分は相手の仕掛け方が上手いって事だろ。

 さっきの見てたか? 上手い事カメラの死角から現れて脅かしてたぞ」

「え? カメラの映像って3年生も見てるの?」

「不正防止も兼ねてるから当然だ。それに、チェックポイントで待ってる人はただひたすら待つだけだなんてかわいそうだろ」

「た、確かに」

 

 なお、カメラは突入者の視界をジャックして映している……等という事は流石に無いが、顔の横に構えるようにしているので視界と概ね一致する。

 どの方向に注意を払っているかという事は余裕で分かるな。

 

「ま、カメラを有効活用できるのは連中だけじゃない。今の初見殺しくらいなら余裕で突破できる。

 連中の次の手を見せてもらおうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 代表たちが休みたいがために起こした茶番劇だったけど3年の連中は意外と真面目にやってるんだな。

 副代表の近くの席で解説を盗み聞きするのも意外と面白い。

 

「何だかワクワクしてきた。なぁ島田さん……島田さん?」

 

 オレのパートナーである島田さんと雑談しようと話題を振ったのだが……当の島田さんは顔をうつむかせて震えていた。

 

「もしかして……怖いのか?」

「逆にどうして伊織は怖くないのよ。あんな……こう、首がみょ~んって伸びたり、口の端っこが切れてるような化けモノたちが」

「ろくろ首に口裂け女かどっちも日本じゃメジャーな妖怪……ああ、そういう事か。日本じゃ有名な妖怪だ」

「そうよ! 日本で有名でもウチは知らないのよ! ドイツのお化けならどうってこと無いのに!」

 

 よく知らないからこそ怖がる……というのは少々飛躍しているかもしれないけど、少なくともそれなりに動揺する事は間違いないだろう。

 そうなると感情が大げさに現れる。もちろん、恐怖という感情も。

 そんな感じかな。

 

「でも、それとは別に単に怖がりなだけなのでは?」

「そ、そそそそんな事無いわよ?」

「自信無さそうだな」

 

 この調子だと突入してすぐ悲鳴を上げるとかいう事になりかねない。

 何とかしたいけど……何とかできる事じゃないか。

 

「……とりあえず、アレだ。映像見てれば慣れるだろ」

「慣れるまではずっと怖がってなきゃいけないじゃないの!」

「仕方ないだろ」

 

 それじゃ、次の突入者の様子を見てみようじゃないか。

 

『うぅぅ、怖いよタッくん』

『安心して! どんな霊が来ても大丈夫だよ! ミッチーはこの僕が護る!!』

『ステキ! タッくん!!』

 

 チッ、リア充爆発しろ。

 そう思ったのはオレだけではなかったらしく、教室のあちこちから舌打ちが聞こえた気がした。

 ただ、その舌打ちした中にはFクラスは多分居ない。何故なら……

 

『会長、チャッカマンと灯油の用意はできています』

『うむ、ウェルダンにした後にミンチにする釘バットの用意は?』

『3ダースほど』

『宜しい!』

 

 彼らは舌打ちなどという何の効力も無い事で満足する連中じゃないからだ。

 あいつら、無事に帰ってきたとしても死んだな。いや、本当に死ぬ事は……無いといいな。

 

『あの曲がり角だよね。何か出たのって』

『大丈夫。僕がついてるから!!』

 

 カメラの映像がある以上、初見殺しは1回しか通用しない。

 そんな事は3年生も分かってるはず。どう攻めてくるのか。

 

『ほらね、何も無いよ』

『そうね。きっとタッくんに恐れをなして逃げ出したのね♪』

『そうそう。僕に任せておけば……』

 

 と、油断した所で突然モニタに何かの妖怪の姿が飛び込んできた。

 

『きゃー、タッくんこわ

『ひぎゃぁぁぁぁぁぁああああああ!!!! ゆ、幽霊なんか嫌いだぁぁああああああああ!!!!』

『え、ちょ、タッくん!?』

『もうやだぁああああ!! 帰るぅぅうううう!!!』

『ちょっとぉぉぉおお!?』

 

 当然のように悲鳴を検知するブザーが鳴り、モニタの映像がぐるぐると動く。どうやらカメラを放り投げたらしい。

 

『あ、あいつっ! カメラに傷が着いたらどうする気だ!』

『えっ、気にするとこそこ?』

 

 副代表は会話の内容よりもカメラの方が気になるらしい。確かに、傷付いてないといいけど。

 カメラはあらぬ方向を映しているが、マイクの方はまだ生きている。そこから女子の声が聞こえた。

 

『……チッ、あんな奴はダメね。次の出会いを探しましょう』

 

 ……あの、マイクはまだ生きてるんですけど? 分かってて言ってるならある意味幽霊なんかより怖い気がする。

 

「まぁ、見物する分には面白いか。なぁ島田さ……島田さん?」

「あははは……ウチはもう死んだ。だから幽霊なんて怖くない。あはははは……」

「あかん」

 

 彼女が行くべきはお化け屋敷などではなく保健室なのではないだろうか?

 最悪突入はできないかもなぁ……まぁ、オレの点数なんてそれなりでしかないからそれでもいいけどな。

 自分なりの方法で、この茶番を楽しむとしようか。







「一般人視点も結構面白いな」

「肝試し、楽しそうね。ホント参加したかったわ」

「姫路や島田のような怖がりにとっては地獄かもしれんが、そうでないならば普通に面白いよな。
 やってる事は頭脳戦の応酬だから本質的にはいつもの奇策まみれの試召戦争と変わらなかったりする」

「どう考えても楽しいヤツじゃないの! どうして教えてくれなかったのよ!!」

「いや、教えたからこそ今向かってる最中なわけだが」

「……そうだったわね。
 それじゃあ次回もお楽しみに!」


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07 捨て駒の皆さんの活躍

 2組目のカップル……本当にカップルだったのかは不明だが……が脱落した後も何組かが侵入を試みる。

 しかし、その殆どが最初の曲がり角で脱落するという体たらく。突破した者もすぐに別の攻撃で脱落となった。

 

「勝敗は気にしないと言っても、このままだとちょっとアレだな。そろそろ仕掛けるべきか」

「どうする気?」

「テキトーに送り込むのではなく適任を送り込む。それだけだ」

「つまり、私の事ね!」

「……まぁ、僕たちが行くというのもそれはそれで選択肢には入るな。

 だが、切り札というのはもっと温存しておくものだろう?」

「なるほど確かに。で、どうするの?」

「大富豪と同じだ。最弱の札を切って様子見だ」

 

 そう言い切ったのと同じタイミングで僕と同じ考えに至ったのであろう雄二が立ち上がって号令をかけた。

 

「3年生の連中もなかなかやるじゃないか。

 突入準備してる奴はちょっとだけ待ってくれ。ここで捨てご……Fクラス生を投入する!」

 

『へっ、やっと俺たちの出番って訳か』

『おいおい良いのかよ。俺たちが動くとあっという間にクリアしちまうぜ?』

 

「ああ。別に倒してしまっても構わないぞ」

 

『よっしゃぁ! やってやるぜぇ!!』

『ヒャッハー!!』

 

 そう、最弱のFクラス生の投入。これが最善手だろう。

 

「……空凪くん、解説」

「連中の学力は最低だが胆力はずば抜けている。幽霊だの妖怪だの如きに悲鳴を上げるのは連中の告白が成功する事並みに有り得ない。

 万が一、いや、無量大数が一に悲鳴を上げて失格になる愚か者が居たとしても学力が最低だから痛手にはならない。

 斥候役の捨て駒としては最適なんだよ」

「……捨て駒て、一応キミのクラスだよね?」

「雄二だって捨て駒って言いかけてたし、大した問題じゃないだろ」

「代表に問題発言があったとしても副代表がそれを言って良い理由にはならないのでは?」

「かもな」

 

 カメラがある以上、試行回数を重ねていけば情報も増えていく。

 だから本気で勝ちに行くなら最初から捨て駒をどんどん投入すべきなんだよな。

 チェックポイントは4箇所あるから最初から全力投入すると後半に息切れするかもしれないのである程度の加減は必要だがな。

 

『ここが何かメチャクチャ脱落してる角だな』

『何が出るかな~。お、口裂け女じゃん』

『見ろよこの生首、結構可愛いぞ』

『いーや、こっちの口裂け女さんの方が可愛いね』

『まぁ待てよ。こっちの生首は血だらけだからそう思うんだ。洗ってやればきっと可愛い』

『だったらこっちもメイクすればもっと可愛く……あ、逃げた!』

 

 Fクラス生の精神力は物の怪の方が恐れをなすレベルのようだ。いやまぁ、正確には物の怪を召喚している生徒が逃げただけだと思うが。

 

『ちぇっ、先進むか』

『そだな。もっと可愛い子が居るかもしれないし』

 

「……肝試しって何だっけ?」

「お化けの肝臓を抉り出して綺麗さを競う感じの祭りじゃないか?」

「何よその猟奇的な祭りは」

「……それはさておき、チェックポイントまで辿り着いたようだぞ」

「斥候としては本当に優秀だったわね」

 

 お化け屋敷のマッピングも映った範囲だけは完了している。次以降の突入がかなり楽になりそうだ。

 とりあえずFクラス生の投入は中止だな。次以降のチェックポイントで捨て駒になってもらおう。

 

「チェックポイントは召喚獣バトルに勝ったら突破成功よね?」

「ああ。ちなみに最初の科目は化学だ」

「ランダムとかじゃないのね。挑みやすくて助かるわ」

「元々突破して楽しむ方向性でルールを決めてるからな。挑戦者側が割と有利な仕様になっている。

 波状攻撃を仕掛ければ数の暴力で轢殺できるな」

 

 さて、数の暴力で蹂躙されるであろう哀れな生け贄の様子を見るとしようか。

 

 

 [フィールド:化学]

 

3-A  326点

3-A  263点

 

 両方ともAクラスか。

 さっきも言ったように最初のチェックポイントの番人なんて生け贄でしかない。番人に強い奴を投入するのは当たり前だが最強の奴を宛がうのは非常に勿体ない。そんな場所だ。

 それでもAクラスが出てくるという事は……単純にAクラス生徒が8人以上居るんだろうな。3年は夏期講習ではなく塾とかで勉強してる生徒も多いらしいから人数不足の可能性も少しだけ期待していたが……残念ながらそんな事は無かったようだ。

 それに対して我がFクラスペアは……

 

2-F 39点

2------

 

 ……点数が表示される間も無く一瞬で蒸発したようだ。

 

「……あくまでも斥候ね」

「斥候が大将の首を取るのはゲームの中だけって話だな」

 

 

 

 

 その後、それなりに点数の高いペアが波状攻撃を仕掛ける事で第一のチェックポイントの突破に成功した。

 損耗率は1割程度。この程度であれば4箇所のチェックポイントは余裕で突破できそうだが……連中はどう出てくるか。







「ちょっと短いが第1のチェックポイント編完了だ」

「妙な所でFクラス生が輝くわね……」

「勉強ができない事とバカである事を除けば有能な連中だからな」

「試召戦争では致命的な弱点ね……」

「肝試し自体は試召戦争じゃないからな」

「学園長の要望で戦争要素、と言うか戦闘要素を入れてるけど、本当に申し訳程度でしか無いのよね。
 Fクラスが輝くのもある意味当たり前か」

「かもな」

「では、次回もお楽しみに!」


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08 第2チェックポイント

 一つ目のチェックポイントを突破した事で教室内の雰囲気が気持ち明るくなったような気がする。

 このまま順調に進んでくれるといいな。オレが……と言うか2年が体育祭の準備をサボれるらしいから。

 

「このペースなら楽勝そうね。ウチが突入する必要も無さそう」

「このペースでずっと進むならなぁ……3年の連中はやたらと気合入ってるし、この程度で終わるとは到底思えない」

「伊織……何でそう悲観的なのよ」

「だってなぁ……向こうは明らかに勝つ気で仕掛けてきてるだろ?

 流石にテストプレイくらいはしてるだろうし、この程度で全滅する訳がないというのは分かり切ってる事だ」

「う~ん……こっちが想定以上に凄かった……とか」

「だったら良いんだけど……」

 

『きゃぁぁぁっっっっ!!!!!!』

 

 早速脱落者が出たみたいだ。ちょっとモニタ見てなかったから副代表の解説に期待するとしよう。

 

 

 

 

「今のは……視覚外からの攻撃?」

「恐らく、な」

 

 モニターには特に異常は無く、突然女子が悲鳴を上げた。

 Fクラスの斥候が通った時は何事も無かったというのに、相手を見て仕掛けてきやがったな。

 

「人の五感は味覚、嗅覚、視覚、聴覚、そして触覚。

 味や匂いで突然悲鳴を上げさせるのは厳しいし、視覚(モニタ)聴覚(マイク)も異常なしだった事を考えるとほぼ間違いなく触覚によるものだろ」

「触覚……まさかぶん殴ったりした訳じゃ無いわよね?」

「ああ。それだったら悲鳴じゃないだろうし、そもそも妖怪サイドによる物理攻撃はルールで禁止されてる。

 証拠が無いならセーフという意見もあるが……まぁ、無いだろう」

「ダメージを与える的な意味の攻撃がダメとなると……こんにゃくをぶつけるとか?」

「タワシとかも良いかもしれんな。こんにゃくより保存しやすいし」

「なるほど~」

 

 だが、それでもFクラスの連中には通じないだろう。

 仕掛けを温存される事はあってもマッピングは問題なくこなせる。手を変えて驚かせるのは素直に感心するが、その程度では僕たちを止めるには至らんな。

 

「先行してるFクラスの人がそろそろ最深部に着きそうね」

「お、ホントだ。広さ的にそろそろだな」

 

 地図作成は雄二と霧島がモニターの情報を基に黒板に書いている。分かりやすくて実に助かる。

 

『この教室も大体進んだかな。そろそろチェックポイントじゃないか?』

『前のチェックポイントでは辿り着いたにもかかわらず突破できなかったバカばっかりだったけど、俺たちは違うぜぇ!」

『ん? 何か広い空間に出たな。何か仕掛けが……』

 

 そこで突然スポットライトが点灯した。少し開けた空間の中央に佇むソレがモニターに映し出される。

 

 ……ゴスロリ姿の坊主先輩とかいう汚物が……

 

『『ぎやぁぁぁあああああああ!!!!!!!!!!』』

 

 まともな精神構造を持つ人間が耐えられるはずもないそのグロ画像には流石のFクラス生でも耐えられなかったようだ。

 しかし、これは肝試しとしてどうなんだろうか? 肝試しとは一体……

 

「な、何なのよアレ! 正気なの!?」

「3年の連中、本気で勝ちに来てるな……正気かどうかは分からんが」

 

 康太がすぐさまモニタの解像度を下げてくれたので再起不能になる者は居なかったようだが、それでも苦しそうに口元を押さえる生徒が大半だった。

 まさかモニターを通してダイレクトアタックを仕掛けてくるとは思いもよらなかった。

 

 

 

 

「3年の連中、発想が正気じゃないな……」

「うぅぅっ……もうダメ、今晩は寝られない。絶対夢に出てくる!!」

「大丈夫か島田さん、トイレ行くか?」

「……だい、じょうぶ」

 

 失格の条件は悲鳴を上げる事、正確には大きな声を上げる事だ。

 そう考えればああいう手段が有効なのは理解できる。できるけど……実際に行動に移してしまうのは狂気の沙汰だろう。

 

「あ、あんなのどうやって突破しろって言うのよ! 無理でしょ!!」

「そこの副代表とかなら素知らぬ顔で突破しそうな気もするけどな」

 

『とか言われてるけど? 言っておくけど私は悲鳴を上げない自信は無いわ!』

『じゃあ止めておこう。雄二が良い案を考えてくれるさ』

 

「……という事らしい。代表に期待しよう」

 

『くそっ、3年の連中め。いろんな意味で汚い真似をしやがって。

 こうなったら戦争だ! 奴を完膚なきまでに叩き潰してやる!!』

『そうだそうだ!』

『いいぞ坂本! やってやれ!!』

『丁度このチェックポイントの科目は保健体育だ!

 ムッツリーニと工藤のペアを投入する! 奴の息の根を止めてやれ!!』

『…………愚問だ。俺のモニターを凶器扱いした事を後悔させてやる……!』

『もちろんボクもオーケーだよ。でもちょっと準備させて』

『構わん! 人手が居るなら元気そうな奴は協力してやってくれ!

 俺たち全員で必ず、奴をこの世から消し去ってやるぞ!』

『『『おおおぉぉぉぉぉぉおおお!!!!』』』

 

 代表の微妙に芝居がかった演説により皆の士気が上がっている。

 でも土屋、普段は無口なあんたが燃えてるのは結構だがそのモニターは決してお前のものじゃないからな? 学校の予算で買った学校の備品だからな?

 

「さてと、時間は有限だ。オレも何か手伝ってくるかな」

「えっ、行っちゃうの?」

「? そのつもりだけど」

「そ、そう……うん、頑張ってね。ウチはまだ休ませてもらうわ」

「ああ」

 

 準備か……工藤さん何するつもりだろうな。

 

 

 

 

 

  ……そして数分後……

 

 無事に準備が完了したので2組のペアを見送る。

 

「それじゃあ行ってくるヨ」

「…………奴を地獄に送ってくる。

 

 片方は勿論、保健体育ペア。

 

「ククッ、結局行く事になったな」

「この作戦なら……何とかなるかしらね。サポートは任せなさい!」

 

 もう片方は副代表のペアである。

 工藤さん発案の作戦の予行演習を空き教室内でやってみたのだが2人だけだと単純に人手が足りなかった為もう1ペア投入する運びとなった。

 

「さて、あの汚物が同じ場所で待ち構えているとも限らない。先頭は僕に任せてくれ。最適なタイミングで合図を出してやろう」

「…………心得た」

 

 この2ペアであれば失敗は無いだろう。安心して見守らせてもらおう。

 

 

 

 

 

 2つのモニターを固唾をのんで見守る。

 途中に妨害はあったみたいだけど、特に引っ掛かる事無く例の場所まで進んだ。

 

『……居るな。準備はできているか? 僕はできている』

『バッチリよ。いつでもどんと来い!』

『…………』コクリ

『それじゃあ合図はお願いネ』

 

 モニターからの映像だけでも汚物の輪郭がぼんやりと見える。

 できるだけ至近距離で見せようという算段なんだろう。まだスポットライトは点かない。

 ……まだ点かない。

 …………まだ……いや、点いた!

 その瞬間、モニターの映像が板で……鏡の裏側で遮られた。鏡の向こう側からは何かを吐き出したような音が聞こえた気がする。

 

『ゲホゲホッ、か、鏡だなんて卑怯だぞ!! と言うかどうやって持って来やがった!!』

『大きな1枚の鏡にしたかったんだけど流石にバレちゃって威力が半減しちゃうだろうからネ。布で隠せる程度の鏡を4枚持ってきて組み合わせてみたヨ』

『私たちからのサプライズプレゼントよ。工藤さんに感謝しなさい』

『こんなもんを見せられて誰が感謝なんかするかよ!! って言うか予想以上にヒデェな!!』

 

 鏡がどけられて再び汚物の姿が映し出される。しかしダウンしているせいか先ほどまでの得体のしれない恐怖は感じなかった。

 

『ちょ、待て! 何写真を取ってやがる! 脅す気か!?』

『…………そんな事はしない。海外のモノホンのサイトにアップするだけ』

『ふざけんな! もっとヤバイだろうが!!』

『あっはっはっ、オモシロイ先輩だね。来世でなら顔見知りくらいにはなってあげてもいいカナ』

『今世を全否定してねぇか!? って言うか生まれ変わってもその程度なのかよ!!』

『煩いからサッサとどいてくれない? 半径30m以内に近寄るのも生理的に嫌なんですけど。セクハラで訴えるわよ?』

『ち、ちくしょう! 覚えてやがれよ!!』

 

 こうして汚物先輩は撃退された。あの姿のまま。

 って事は3年の連中にもダメージを与えられそうだな。汚物先輩には是非とも頑張ってもらおう。

 

『残りはチェックポイントだけだな。後は任せたぞ』

『おっけ~。任せといて!』

 

 保健体育フィールドであのペアが後れを取るはずもなく、第二のチェックポイントも無事に突破できた。

 残りは2つか。あの汚物並みのものがそうそうあるとは思えないけど……まだ半分って考えると油断は禁物だな。







「以上、第二チェックポイント終了だ」

「メチャクチャ楽しそうな雰囲気ね。当事者はそれどころじゃなかったのかもしれないけどさ」

「実際まぁ盛り上がってるのは確かだな。汚物先輩を撃退した時なんかは大歓声が上がってたっぽいし」

「……突入してるはずのキミまで把握してるって事はよっぽど大きな歓声だったのね」

「ああ。そういう事だ」


「では、次回もお楽しみに!」


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09 第3チェックポイント

 それなりの犠牲を出しながらもチェックポイントを2つ突破できた。残りは2つだ。

 

「残りはBクラスとAクラスのチェックポイントね」

「さっきまではDクラスとCクラス……クラスと言うか教室だったから……どんくらい広くなるんだっけ?」

 

 ルールで厳密に定義されてる訳じゃないけど、小さい教室のチェックポイントから順番に攻略していっている。

 だから後半になればなるほど教室は広くなり、難易度は上がっていく。

 

『って話だけど、広さってどれくれらいだっけ?』

『貴様のDクラスの広さを1とした場合、C教室が2,Bが3、Aが6だ。

 尤も、床に固定されて動かせない物とかもあるからあくまでも目安だな』

『あ~、そうね。Aクラスとかキッチンまで付いてるし。アレは流石に動かせないわね』

『目安の面積だけで物凄く単純に考えると全体12に対して3までしか攻略できていない。まだ1/4でしか無いな』

『意外と進んでない……って言うかAクラス広いわね……』

 

 ……という事らしい。

 ああそうそう、副代表たちは一旦帰ってきている。土屋達は引き続き次のチェックポイントの攻略を続けている。

 

「1/4か。現時点で既に3~4割損耗してるっぽいから結構危ういかもしれないな」

「でも、今突入してる愛子と土屋のペアがそう簡単に悲鳴を上げるとは思えないわよ?

 何だかんだで平気そうな人は結構温存できてる気がするし……どうにかなるんじゃない?」

「だと良いんだけどな……」

 

 無事に進んでくれる事をぼんやりと祈りながらモニターに視線を戻す。

 すると……何かよく分からないものが映っていた。具体的には、綺麗な着物をはだけさせた綺麗なおねーさんが。

 あれ? おかしいな。これって肝試しの映像だよな? 誰かチャンネル変えたか?

 

『『『眼福じゃぁーっ!!』』』

 

 教室の一角からそんあ歓声が上がってるけどそんな事はどうでもいい。

 背景は……さっきまでのお化け屋敷っぽいな。じゃあ何だアレ。合成か?

 

「ちょっと伊織、何ジロジロ見てるのよ」

「え? ああいや、映像がおかしいのは何かのバグかなと」

「おかしい? 映像が?」

「ああ。だって、肝試しであんな恰好する訳が無いだろ」

 

『ブッ、くくくっ……確かに映像がおかしいな!』

『空凪くん、解説プリーズ』

『連中の勝利条件は声を上げさせる事。

 それは悲鳴ではなく歓声でも問題ない』

『……ああ、そういう。これだから男子は。

 って言うか……これ、肝試しのはずよね? 何で別のゲームになってるのよ』

 

 ……前回の汚物先輩は恐怖やその他に対する精神力を試すっていう意味では『肝試し』と言えなくもなかったけど……

 このおねーさんの手法は完全に肝試しから逸脱してるだろ。

 

『…………この……程度で、この……俺がっ!』

『ムッツリーニ君。足が震えてるケド?』

 

 あのムッツリスケベの土屋が歓声を上げるとは思えないが……戦闘不能に追い込むことはできそうだな。

 元々土屋は保体以外はFクラス生なんだからそこまで期待してなかったけど……ここで脱落するのはちょっと残念だ。

 

『ようこそいらっしゃいましたお二方。私、三年A組所属の小暮(こぐれ)(あおい)と申します』

 

 お化け役が堂々と挨拶するのもおかしい。Aクラス所属ならそんな事が分からない訳も無いだろうから確信犯(誤用)だな。

 

『小暮先輩ですか。こんにちは。ボクは2ーAの工藤愛子です。その着物似合ってますね』

『ありがとうございます。こう見えてもわたくし、茶道部に所属しておりますので』

 

「……茶道部に所属している事と着物を今着てる事に何の因果関係も無い気がするのはオレだけか?」

「え? そ、そうね。えっと……ユニフォームみたいな感じで支給されてるとか?」

「うちの学校って部活動にそんな気合入れてないだろ。運動部の体操服とかなら機能面で必要だから分かるけど、茶道部の着物はただの雰囲気出しにしかならないだろ。制服で十分……いや、体操服とかの方が洗濯しやすいから良いかもな」

「う~ん……確かに」

 

『それじゃあボク達、先を急ぐので』

『お待ちください。実はわたくし……』

『? まだ何か?』

『……新体操部にも所属しておりますの』

 

 そしてはだけていた着物は完全に脱ぎ捨てられ、その下からはレオタードを身に纏う姿が現れた。

 そのコンマ数秒後、モニターが真っ赤に染まった。土屋の鼻血だな。

 ……カメラ大丈夫かな? 壊れてないか? 壊れてなかったとしても血なまぐさくなってそうだな。

 

『大変だ! 土屋が死んじまう!! 助けに行ってくる!!』

『待て! 1人じゃ危険だ! 俺も行く!!』

『おい待てよ。お前らだけに良い恰好はさせないぜ!!』

『俺たちは仲間だ!! お前たちだけを死地に送るわけには行かないぜ!!』

 

 何か無駄にカッコいい台詞を吐きながらFクラスの捨て駒の皆さんが勝手に突入する。

 恐らくはすぐに失格になるだろうな。モニタ越しでさっきの反応だったんだから。

 

「……優秀な斥候だったんだけどなぁ……こりゃ全滅だな」

「ちょっと、伊織! そんな呑気にコメントしてないで何とかできないの?」

「ハハッ、無理無理。暴徒と化したあの連中を止められるのは西村先生くらいだって」

 

『どう止めるかも問題だな。殴り倒して動けないようにする事はできるが……行動不能になってしまっては意味がない』

『説得して止めるのは……無理そうね』

『ああ。だから止める必要は無い。体力の無駄だ』

 

 どうやら副代表とも意見が一致したようだ。

 ……さて、それじゃあどうするか。優秀な斥候が本当に1人も残らず全滅してしまった。

 代表様の指示に期待しよう。

 

『まさかこんな手で来るとはな……あの小暮とかいうセンパイの前でも平常心で居られる男子が必要だな』

『……あんな声を上げない男子くらいいくらでも居ると思うけど』

『アレに耐えられても不意打ちで普通に脅かされる危険がある。なるべく乱されない奴を送った方が良いに決まってる』

『……具体的には、誰?』

『俺のクラスの連中に限ると……剣に秀吉、あと伊織とかも大丈夫そうだな』

 

 ……おや? オレの名前が呼ばれたぞ?

 突入させられるんか? 面倒だな……

 

『とりあえず秀吉を送ってみるか。パートナーは空凪妹だろ? 悲鳴を上げる心配も無さそうだ』

『……分かった。連れてくる』

 

 どうやらオレの出番はまだ先らしい。良かった良かった。

 

「……ねぇ伊織」

「どした?」

「伊織は……さっきの小暮先輩を見ても平然としてたわよね?

 もしかして、女の人に興味がないとか……」

「どっから出てきたその発想!? 普通に女子が好きだよ!!」

「そうなの? じゃあ何で大丈夫だったのよ」

「あ~……何か色仕掛けが露骨過ぎて逆になぁ……」

「……そういうものなの?」

「……多分」

 

 無意識の行動を説明するのは厄介だけど、きっと大体そんな感じだろう。

 さてと、島田さんの疑問が一応解消された所で、秀吉たちの様子を見守るとしようか。







「第三チェックポイント前半戦終了だ」

「ついに出たわね小暮先輩。しっかし肝試しでコレをやるって正気じゃないわよね……」

「精神力を試すという解釈をするならギリギリ……アウトだな」

「……ルール的には別に禁止されてないし、実際問題かなり有効な手なのよね。
 最初からやられてたら詰んでたんじゃないかしら?」

「Fクラスの捨て駒の皆さんが全滅したのが痛いな……斥候として本当に優秀だったのに」

「今回の肝試しでFクラスの一般生徒の株は結構上がったと思うけど……これで台無しね」

「全くだな。だからこそFクラスなわけだが」

「では、次回もお楽しみに!」


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10 悪夢の仕掛け

 小暮先輩の奸計によりFクラスの捨て駒軍団が全滅してしまった。仕方ないのでアレに耐性がありそうな男子……秀吉を含むペアを突入させる。

 

『♪~♪~♪~』

『楽しそうじゃな光』

『トーゼン。好きな人と一緒にこんな楽しいお祭りに参加できるんだもの』

『う、うむ! そうじゃな!』

 

 うちの愚妹が秀吉との関係をアピールしている。秀吉の方はマイクの前で演技を続ける事に一瞬ためらったようだがそのまま続けた。

 

「光さんは……キミの姉だっけ?」

「戸籍上は妹だ。奴なら悲鳴を上げる事はあるまい。

 本物の妖怪が出てきても普通に物理で殴り倒せるような奴だからな」

「……何者なのよ。君の妹は」

「妹だ」

 

 僕が知っている『人間』の中では最強だと思う。鉄人は『人外』だから除外されるんで。

 

 そんな事を話しているうちに例の小暮先輩の所まで到着したようだ。

 

『おや、女の子同士のペアですか。それでは私にできる事はありませんね。

 どうぞお通り下さい』

『むぅ、通れるのは有り難いのじゃが少々納得が行かぬのぅ……』

『安心して秀吉くん。秀吉くんを女扱いしたあの先輩は後日半殺しにしておくから』

『えっ』

 

 はっはっはっ、こんな時も冗談を言う遊び心があるとは。なかなか可愛い奴だな。

 ……冗談だよな? 流石に。

 

『では、通らせてもらうのじゃ』

『ど、どうぞどうぞ』

 

 心なしか怯えた様子の小暮先輩の横を通って先に進む。

 小暮先輩以外にも至って普通のトラップが仕掛けられているようだが……あの2人が悲鳴を上げる事は無さそうだ。

 こりゃ第三チェックポイントも突破できそうだな。秀吉の点数が少々不安だが、姉さんならきっと何とかなる。

 ……そんな僕の思考を読んだかのような音声がスピーカーから聞こえてきた。

 

『ちょっと待ってくれ!』

 

 モニタに映っているのは常夏コンビの片割れのモヒカン。名前は……何だっけな。

 坊主の方は汚物先輩で定着したからもう片方にも何か欲しいな。

 

『秀吉くん。行きましょ』

『そうじゃな』

『ちょっと待てや! スルーするんじゃねぇよ!! 俺は秀吉に用があるんだ!!』

『耳を貸しちゃダメよ。話してる間にヒートアップして大声になったら困るし』

『すぐに済む! いいか良く聞け。

 

 いいか木下秀吉……俺はお前が好きなんだ!』

 

 

 

 ……この後のホモ先輩の言動を細かく描写すると精神が汚染される可能性があるので結論だけ述べておこう。

 僕たちはこの日、初めて秀吉の本気の悲鳴を聞く事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秀吉くん、しっかりして! 秀吉くん!!」

 

 モニタの向こうで色々あってから数分、ぐったりとした様子の秀吉を背負った光が帰ってきた。

 外傷は見当たらないが……精神的なダメージは甚大だったのだろう。目を覚ます様子は無い。

 

「落ち着け光。今はサッサと保健室まで運んで休ませてやれ」

「くっ……そうね。あの変態め、骨の5~60本でも折ってやれば良かったわ」

 

 秀吉がここまでのダメージを負う間、光もずっと見ていたわけではない。

 あのホモ先輩の存在が危険だと判断を下した瞬間に飛び掛かり、全身の関節を片っ端から外していくとかいう反撃を行っていた。

 全身がグニャグニャになりながらも秀吉への愛を訴えかけていたホモ先輩は本物の変態だろう。

 

「剣、奴と戦う事があるなら、絶対に仕留めなさい。最もダメージを与える形で」

「無論だ」

 

 結局、残念ながら秀吉による突破作戦は失敗した。

 次は僕か、あるいは伊織が行く事になるかな。

 

 

 

 

 

 

 

「つい最近も同じ事言った気がするけどあえて言わせてもらうわ。

 あんなのどうやって突破しろって言うのよ!」

 

 島田さんの心の底からの叫び声にオレも深く同意する。

 何だよアレ。殺しに来てるだろ。

 

「ククッ、安心しろ。アレは秀吉にしか効かん」

「副代表? どういう意味だ?」

「あの秀吉であれば嘘の看破は容易い。

 情報の真偽ならまだしも、感情の真偽を間違える事はあるまい。

 つまり……あの変態はそれほど本気だったという事だ」

「うへぇ……ますます嫌なんですけど?」

「だからこそ、秀吉は大ダメージを受けた。

 しかし、だからこそ本気の相手にしか通じない。そういう事だ」

「ホントかなぁ……」

「ホントじゃなかったら諦めるしか無いな。という訳で行くぞ」

「……へ?」

「何をボサッとしている。また個人特効の手段を取られたら敵わんからな。

 僕たちと、貴様たちの2ペアでさっさと攻略するぞ」

「いや、待って待って。代表からはまだ何の指示も……」

 

『剣! 伊織! 出てきてくれ! お前たちが頼りだ!』

 

「……という訳だ。行くぞ」

「やれやれ……島田さん、大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ。大丈夫……ウチはやれるわ!」

「……声さえ上げなければ失格にはならない。だから全力で黙っててくれよ?」

「……(コクリ)」

 

 島田さんが悲鳴を上げないか少し不安だけど……最悪オレ達は大した点数でも無いし突破できたらラッキーくらいに思っておこう。

 初めての突入だな。頑張ろう。







「第三チェックポイント中編だ」

「第三チェックポイントは土屋くんの脱落と秀吉くんの脱落があるから長いわね」

「小暮先輩の出番とかもあったからなぁ……脱落者が一番多いチェックポイントは実はここなんじゃないか?」

「言われてみれば確かに」

「まぁ、長かったと言っても次で流石に終わるだろう」

「では、次回もお楽しみに!」


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11 突破

 オレ達がカメラとマイクを持って準備万端になった所で副代表がこんな事を言い出した。

 

「島田、もし悲鳴を上げない自信が無いならペアを編成し直して僕と組むぞ」

「え? 悲鳴とペアに関係があるの? むしろ空凪を道連れにしちゃうんじゃない?」

「簡単な事だ。僕は常夏に喧嘩を売られている。

 その状態で僕自身が悲鳴を上げたならまだしも、相方を狙い撃ちにして失格させたなんて事になったらどう思うよ」

「直接対決を避けた腰抜けって思われるでしょうね。真偽は置いておいて、そういう噂を流すならこの私に任せなさい!」

 

 なるほど。そういう保護方法もあるのか。

 マイクの前で話してるから今の会話は3年にも2年にも伝わってる。小野寺さんが噂を流すまでもなくバッチリ知れ渡るだろう。

 組み換えをすれば島田さんへの攻撃がゼロに……までは下がらないと思うけどかなり減るはずだ。

 

「と、いう訳だ。どうする?」

「……折角の申し出だけど、止めておくわ。ウチの実力で、この肝試しを挑んでみたい」

「そうか……分かった。余計な事を言ったようだな」

 

 気を取り直して突入を開始する。副代表たちが前、オレ達は後ろだ。

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、小暮先輩の居る所まで進んだ。今は着物姿だ。

 モニタ越しではなく直接見てもやっぱり美人さんだなと思うけど、その言動のせいで台無しになってると思う。

 物理的に止められるわけでもないのでスルーして進もう。

 

「あらあら、ようこそお越し下さいまし……あの、無視しないで下さいませんか?」

 

 何か声が聞こえたけど気のせいだという事にして先に進もう。

 ……そう思ったのだが副代表は流石に可哀そうだと思ったのか反応を示した。

 

「……風紀委員、何か露出狂が紛れ込んでるんで捕縛してくれ」

 

 露出狂こと小暮先輩には一切視線を向けずに小野寺さんが持っているマイクに話しかけている。

 更に扱いが可哀そうになった気がするのはきっと気のせいだろう。

 

「お待ち下さい。先ほどカメラの前で名乗りましたよね? 私は決して不審者ではありません」

「ったく、不審者は皆そうやって言うんだよなぁ」

「空凪くん、『皆』って言えるほど不審者に会った事があるの?」

「いや、この人が初めてだ」

「……突っ込まないでおくわ。こんな所で失格になっても嫌だし」

「だな。それが良い」

 

 このヒト達は何でこんな状況でもマイペースに話せるんだろうか?

 これだから副代表どもは。

 

「……仕方ないですね。私では貴方たちを止める事はできないようです。

 どうぞお通り下さい」

「言われなくともだ。

 ……あ、そうそう。貴様が血で汚した床の掃除代は後で請求するんで」

「待って下さい。アレはどちらかと言うと貴方たちの自爆では?」

「クックックッ、そう思うのならば法廷で語り合おうじゃないか」

「空凪くん、遊んでないで行くわよ」

「りょ。じゃあな。機会があればまた会おう」

 

 恐らく相手はもう会いたくないと思っているだろうな。

 まあいいや、副代表のおかげで全く怖くなかった。先に進むとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「ひぅっ……ふぅ……」

「大丈夫か島田さん」

 

 小暮先輩を突破してもお化け屋敷として至って普通の仕掛けは普通に機能している。

 その度に島田さんが悲鳴を上げそうになるが、何とか頑張って耐えてくれている。

 

「もうそろそろチェックポイントのはずだ。頑張れ」

「副代表たちは平気そうだなぁ……」

「何て言うか……怖さは感じないのよね。次は何を仕掛けてくるのかっていうワクワク感の方が大きい感じ?」

「あ~、確かに。それはオレも分かる。かなり手の込んだことやってくれてるもんな。

 最終チェックポイントとかどんな感じなんだろう。ネタ切れになってなきゃいいけど」

「そんな拍子抜けな事にはならんだろう。

 ……島田にとっては酷な話かもしれんが」

「うぅぅ……まだ着かないの?」

「本当にもうそろそろ……お、着いた」

 

 向こうの方に明かりが見える。おそらくはチェックポイントだろう。

 

「ふぅ、ようやく終わ……」

 

 島田さんが安心した言葉を放つその瞬間、何か柔らかいものがペチャリとぶつかった音がした。

 

「きゃぁぁぁっっっっ!?!?」

 

 直後に轟く悲鳴、そして失格を知らせるブザー音。

 島田さんはふらりと体を傾かせ……

 

「って、危なっ!」

 

 倒れる前に抱きかかえる事に成功する。

 どうやら気絶してしまったようだ。

 

「……しまったな。勝利を確信した瞬間が一番怖いんだと伝えておくべきだった」

 

 ビービーとうるさく鳴り響くブザーの音の中でも、副代表のその呟きは何故かよく聞こえた。

 結局何もできずにリタイアか。まぁ、オレらしいか。

 気絶してしまった島田さんを背負って来た道を引き返すとしよう。

 

「副代表たち、あとは頼んだぞ」

「無論だ」

「ええ。カッコいい所を見せてあげるわ」

 

 

 

 

 

 オレ達が控室に戻る頃にはもう戦いは終わってるかと思ったけど、実際はまだ始まってすらいなかった。

 何事かと思いながらも席に着く。するとモニターの中で携帯が鳴った。3年の門番……男女のペアのうち女子の携帯が鳴っているらしい。

 

『はいもしもし、ああ、葵ちゃんお疲れさま。

 到着したっぽい? 分かった、ありがと!』

『そうか、伊織たちは着いたか。

 せっかく頑張ったのに気付かない内に終わっていたなんて可哀そうだからな』

『3年の先輩たちもありがとうございました。わざわざ待って頂いて』

『いいって事よ! お前らのおかげで内申も上がるって話だしな!

 ただ、手加減はしねぇぞ!』

 

 会話の内容から察するにオレ達を待ってくれていたようだ。

 島田さんは未だに気絶しているが……まぁ、待ってもしょうがないか。

 

『『『『試獣召喚(サモン)!!』』』』

 

 

 [フィールド:現代国語]

 

3-A 289点

3-A 277点

 

2-F 空凪 剣  400点

2-D 小野寺優子 155点

 

『ほぅ? Dクラスにしては中々の点数だな』

『それ、Fクラスのキミが言っても皮肉にしかならないんですけど?』

『……さ、始めようか』

『はいはいっと』

 

 お互いのペアの合計点は大体同じっぽいが……あの副代表が居る時点で互角な勝負にはなり得ないな。

 んっと……副代表の召喚獣は『剣が本体』とか言ってたっけ。何か武器が禍々しい事を除けば至って普通な召喚獣だ。

 それに対して小野寺さんは……アレは、天狗か何かか? 目立ちたがり、見栄っ張り……そんな感じだろうか。

 2人とも特におかしな召喚獣でもないし、普通に戦えそうだな。

 のんびりと観戦して数分後、勝敗は決した。

 

3-A 289点 → Dead

3-A 277点 → Dead

 

2-F 空凪 剣  400点 → 210点

2-D 小野寺優子 155点 → Dead

 

『よし、完璧な勝利だな!』

『……空凪くん。私が完璧に戦死してるんだけど?』

『ハッ、即席のペアで連携など期待できるものか。

 1対1が2つになるように立ち回ったらそうなるのは自明の理だ!』

『最初から見捨てる気だったと……いつか絶対に泣かす』

『……前向きに評価するなら足止め要員としては非常に助かった。

 最悪2対1になる事も覚悟していたが……貴様が想像以上に生き延びてくれたおかげでそうならずに済んだ』

『私としてはもっと目立つ活躍をしたかったけどねぇ……

 ま、チェックポイント突破の立役者って事で満足しときましょうか。

 あ~、でもなぁ……』

 

 残りはAクラスのチェックポイントだけか。

 純粋な床面積は他のどの教室よりも広い。動かせない設備もあるらしいけど、それを差し引いても他のクラスよりは広い。

 まぁ、オレは脱落した身だ。完全に観客気分で見物させてもらおう。







「第三チェックポイントはようやく終了だな」

「結局3話も使ったわね。
 うちの戦力でまだ残ってるのって誰だっけ?」

「主要なキャラは……そうだな、雄二と霧島の代表コンビとか、未だにセリフが一切無い明久と優子とかだな。
 清水とかも残ってるはずだが……筆者が面倒くさがって出してない」

「ヒドイ理由ね……」

「久保もそうだが同性愛者を書くのが単純に苦手っぽいな。だからこそ本作では出番は少ない」

「久保くんの出番が無いのそういう理由なのね……」

「……さて、残りのチェックポイントはあと1箇所だ。
 果たして誰が突破するんだろうな」

「では、次回もお楽しみに!」


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12 第4チェックポイント

 未だにぶつくさ言っている小野寺優子と一緒に本陣まで帰還した。

 

「お疲れ。2人ともよくやってくれたな!」

「……お疲れ様」

 

 総指揮を執っている代表コンビから労いの言葉がかけられる。

 普段は人を褒める事が少ない雄二や普段は無口な霧島がこういう言葉を掛けるのは意外だ。それほど第三チェックポイントが厳しかったんだろうな。

 

「最終チェックポイントの攻略状況は……まだ始まったばかりだから何とも言えんか」

「ああ。Fクラスの捨て駒が居なくなったから厳しいが……とりあえずは様子見だ。お前は休んでおけ」

「りょーかい」

 

 自分が元々居た席に戻って休む事にする。

 パートナーが戦死したから代理を見つける必要があるな。まぁ、突入する時で良いか。

 

「……ところで、小野寺」

「何か?」

「ペアは解消されたから好きな所に行ってて構わんぞ。Dクラスの友達とか居るだろ」

「まあ居るけど……キミの解説聞いてた方が面白そうだからここに残るわ。邪魔だって言うなら話は別だけど……」

「そこまでは思ってないさ。雑談相手が居るならこちらも損は無い」

 

 モニターには既に突入中のペアによる映像が流れている。

 それじゃ、じっくりと観察させてもらおうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『きゃあっ!!』

 

「また失格か……厄介だな」

 

 席に着いてから数十分。未だにチェックポイントは見えていない。

 この最終チェックポイントの仕掛けは今までの仕掛けの寄せ集めだ。死角から視覚に訴えかける演出、不意を突いた触覚による演出、その他色々。

 流石に汚物先輩やホモ先輩による精神攻撃、露出狂こと小暮先輩による肝試しじゃない何かといったヤベェ仕掛けは無いが、その代わりなのか今回新しく追加された一番厄介な仕掛けがある。

 

「地図がまた書き変わったわね……」

「ああ。所詮は薄いベニヤ板だから着脱式にする事は簡単だが……まさか迷路の組み換えまでやってくるとは思わなかった」

 

 迷路の組み換え、板の張り替えとかいうシンプルだが効果的な仕掛けだ。これのせいで右往左往させられ、滞在時間が伸び、失格が増える。

 最初に気付いたのは勿論、地図を書いていた代表たちである。

 

『……雄二、そこに壁は無かったはず』

『あん? さっきの映像だとしっかり壁があったぞ?

 記憶違い……いや、お前に限ってそれは無いか』

『……壁が新しく作られてる?』

『そういう事に……いや、こっちは新しく通路ができてるな』

『……組み替えられた?』

『らしいな。地味だが厄介な手を打って来やがる』

 

 こんな感じの流れだった。その後は着脱可能っぽい壁と流石に動かないであろう壁を分けて地図に書いている。

 

「って言うか、ルール的に大丈夫なのこれ?」

「一応、辿り着けない構造にする事はルールで禁止されているが……理論上辿り着けないような構造にはなってないだろう。

 万が一そうなっていたとしても証拠が無い。カメラを多数配置してやれば証明できるかもしれんけど、そんな事ができるならこんなに脱落していない」

「挑戦者以外がカメラ持って入るのはルール違反だもんね……」

「残念ながらな」

 

 邪道な戦法は既に塞がれている。あくまでも正攻法での突破を試みるとしよう。

 この場合の正攻法は……複数のペアを投入する事だな。辿り着けない構造が禁止されている以上はどこかが開いているはずだ。

 3~4ペアほど投入すれば誰かしらは開いてる道に入れるだろう。

 

「地図も8割くらい出来上がってるみたいだし、そろそろ出るとしよう。行ってくる」

「気をつけなさいよ。キミに限って悲鳴とかは上げないでしょうけど」

 

 さて、僕1人が突入しても意味が無い。雄二と相談してタイミングを合わせるとしよう。

 

「雄二、そろそろ僕の出番じゃないか?」

「……そうだな。そろそろ良いだろう。

 お前たち! この肝試し大会もいよいよ大詰めだ!

 自信がある奴はカメラとマイクを持て! ここで一息でケリを付けてやろう!!」

 

 残りの全戦力を投入……と行きたい所だがカメラとマイクの数に限りがあるので流石に無理だ。

 許された数だけ全力投入となる。

 

「剣、パートナーは決まってんのか?」

「まだだ。だが2人……いや、1人ほど心当たりがある」

「じゃ、サッサと組んで来い」

 

 御空が到着した様子は無い。結局間に合わなかったみたいだな。

 しょうがないのでもう1人の心当たりの方に声をかけようとする……が、その前に声がかけられた。

 

「おい副代表」

「…………何か用か、伊織」

「パートナー、探してるんだろ?」

 

 ここで伊織がパートナーに立候補するとかいう話であれば何の問題も無い。『もう既に失格になってるだろバーカ』と言うだけで済む。

 しかし、伊織の隣に立っている人物の事を考えると……すんごく気が重い。

 

「貴様……何のつもりだ」

「そんな怖い顔するなよ。ただのパートナーの紹介だって。

 副代表はパートナーを探している。この人にもパートナーが居ない。

 ほら、利害が一致してるじゃないか」

 

 確かに、彼女は今の所誰とも組んでいない。

 そして成績優秀。肝試しへの耐性は未知数としてもチェックポイントでの戦力になる事は間違いない。

 

「……理屈は通っている。しかし、本人の意思をまだ確認していない。

 貴様は、僕と組む。それで良いのか? 姫路瑞希」

 

 そう、伊織が連れてきたのは姫路瑞希。

 数日前に僕が屋上で『やらかした』その人である。

 

「良いも何も、宮霧くんが言った通りです。

 お互いにパートナーが居ない。だから組む。それだけですよ」

「…………そうか。まぁ、納得しているなら構わんさ。

 せいぜい足を引っ張ってくれるなよ」

 

 姫路が何を考えているのかはさっぱり分からんが、これで一応準備は整った。

 後は突破するだけだ。サッサと片付けよう。







「ようやく最後のチェックポイントに突入ね」

「Fクラスの捨て駒の皆さんが居ればこんな迷路組み換えトリックなんて簡単に突破できそうなんだけどな……
 小暮先輩はやはり3年側のMVPだな。露出狂だけど」

「……本作の小暮先輩は若干いじられキャラになってるわね。主に君たち兄姉のせいで」

「何故か筆者の中では小暮先輩は常識人寄りなイメージになってるっぽいな。
 原作での言動はヤベェ人だったはずだが……」

「3年の纏め役だからねぇ……他にまともな人が居ないせいでしょうね」

「高城とかいうストーカーが王道の優等生だったら小暮先輩も自由に変人ムーブができただろうにな」

「……その変人ムーブは果たして本人にとって幸せなのかしら……?」

「……さぁな」

「では、次回もお楽しみに!」


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13 分断

 少し出遅れたが姫路と一緒に誰も通ってなさそうな道を選んで進んでいく。

 いずれかのペアが辿り着けば良いという発想でバラバラに突入しているが……常夏に喧嘩売られている事を考えると僕が招かれる可能性もあるか?

 いや、姫路が居る以上はそれは危ういと連中も分かってるだろう。最後は脇役に徹する事になりそうだ。

 

 ……と、偉そうに失格にならない前提でモノローグを語ってみたが、それ以前の問題が浮かび上がってきた。

 

『……うら……めしや……』

「ひうっ! ……すーはー……」

 

 姫路の反応が何か見たことある。より具体的には島田の反応とソックリである。

 

「おい貴様……肝試し苦手なのか?」

「な、何の事ですか? 全然、全く、完璧に問題ないですよ?」

「ふん……まぁ悲鳴を上げないのなら構わん。

 おい3年ども、常夏に伝えてくれ。僕との戦いから逃げたいのであれば思う存分パートナーを狙うといい……と」

 

 これである程度牽制になるだろう。こんなのお構いなしに仕掛けてくる奴は居るだろうし、手加減された仕掛けでも悲鳴を上げるかもしれんが。

 

「空凪くん、あなたという人は……」

「何か文句でも?」

「……いえ、何でもありませんよ。先に進みましょう」

 

 姫路は何かを考えている。それは分かるが何を考えているのかまでは分からない。

 何の目的があってわざわざパートナーなんかになったのか。何故、わざわざ僕に近づいたのか。

 ……読めないな。

 

「お。壁が開いてる。ラッキー」

「ここを通れればチェックポイントまでかなり近い……ですよね?」

「ああ。もう少しのはずだ」

「……じゃあ何で開いているんでしょう?」

「罠かもな。だが、罠だからと言って止まる訳にもいかないだろう?」

「それは……そうですけど」

「じゃ、行くぞ」

 

 開いている壁を超えて先に進む。

 しかし、僕が通った瞬間にただでさえ少ない照明が完全に落ちた。

 

「む?」

「っ!?」

 

 続けて、勢いよく板がスライドする音が背後から聞こえる。

 殆ど反射に近い反応で後ろに手を伸ばすが、腕を差し込む前に板が閉じられてしまったようだ。

 

「分断……か。危ない事するな」

『空凪くん、無事ですか?』

「こっちは心配要らん。再び合流……ってのは厳しいか。

 わざわざ手の込んだ真似をしておいて再合流されたら水の泡だろうからな」

『……どうしましょう?』

「一旦ペアを解消するぞ。そしてチェックポイントに集合だ。僕に限らず誰かと合流できるだろう」

『……分かりました。失礼します』

 

 板の向こう側で足音が遠ざかっていく。

 分断の目的は……孤立させる事……にはあんまり意味は無いか。多少悲鳴を上げやすくなるかもしれんけど、ペアが解消状態になるから道連れ失格も成立しなくなる。かなり非効率的になるな。

 となると……強制的にペアを組み換えさせて動じない高得点の人……例えば霧島とかを道連れで失格にさせる算段か。

 しかしまさか人が居る時に板を動かすとはな。危ない真似をする。もう少し早く反応できていれば手を挟んで怪我をする事で相手を失格に追い込めたんだが。

 何? それはただの当たり屋だと? いやいや、まさか人が居る時に板を動かすとは思ってなかったし、照明が落ちた時にパートナーの方に手を伸ばすのは決して不自然な行為じゃないだろう。

 次回以降も一応故意に狙ってみるが……1回見た後だと失格まで追い込むのは厳しいかな。

 

 さて、過ぎた事を悔やんでもしょうがない。気を取り直してチェックポイントまで向かうとしよう。

 

 

 

 

 

 

「地図的には……この板の向こうだな」

 

 目の前にはいかにも外れそうな安っぽいベニヤ板が張られている。

 他の小物も壁際には置かれていないし、ここが道だと見て間違いないだろう。

 ここが塞がれている以上は別の場所が開いているはず。ここに居座っているだけでも敵の動きは制限されるだろう。

 ……座ってのんびり待つとしよう。雄二と霧島もほぼ間違いなく分断されているだろうし、きっと雄二が来るだろう。

 

 そう思っていたんだが……

 

「あ、剣! どうしたのこんな所に1人で」

「明久か。それを言ったら貴様も1人のようだが」

「あ~……うん、優子さんとはぐれちゃってね……」

 

 どうやら明久ペアまで分断されたらしい。

 何でわざわざそんな事を? 霧島を分断するなら納得だが。

 もしかすると、清涼祭での召喚大会と同じペアに誘導したかったのかもな。

 という事は、今のペア分けは……

 

 明久+僕

 姫路+霧島(推定)

 雄二+木下姉(消去法)

 

 こんな感じか。

 他にも数ペア入っているはずだが、ほぼ確実に生き残っているである連中だけを考えるならこうなる。

 

「こんな所で何してるの?」

「……明久、貴様の担当はマイクとカメラどっちだ?」

「え? カメラだけど」

「奇遇だな。僕もカメラ担当だ。なら、小声であれば喋っても3年の連中にはバレないか。

 

 カメラ及びマイクの携帯は義務だ。

 しかし、相手からの妨害があった場合は仕方ないとしている。カメラやマイク狙いの攻撃をして失格させるとかいう姑息な手に対する措置だな。

 今回は相手の策略によりマイクを持てない状態に追い込まれた訳で、マイク無しの状態で明久とペアを組むのは何らルール違反とはならないだろう。

 マイクが無いので音声が相手に伝わる事は無い。バレて困る事を話すつもりはあんまり無いんだが……自由に話せるので少し気が楽だ。

 ついでに、いくら大声を上げても失格になることはほぼ無いだろう。無敵状態だ。

 ただ、他のペアのマイクに声を拾われたら……どういう裁定になるんだろうな?

 

「さて、状況を説明しよう。

 目の前のこの板、この板の向こうがチェックポイントだ」

「ここも開閉式の板って事だね?」

「ああ。ここが閉じているという事は別の場所が開いているはずだ。

 ここを閉じさせ続ける事が僕たちの役割だな」

「つまり……見張ってれば良いって事?」

「そういう事だ」

 

 とりあえずしばらく休憩だな。のんびりと待つとしよう。







「最終チェックポイント回その1が終了だ」

「原作通りにペアの組み換えとかやってるけど、アレって何気に凄く危ないのよね。
 自動ドアが高速で閉まるようなものでしょ?」

「まったくだな。原作では描写されてなかったが、霧島と雄二の分断とかどうやったんだ?
 ずっと腕を組んでいてもおかしくないと思うんだが」

「そこは……小暮先輩とかが頑張ったんでしょうね。そういう事にしておきましょう」

「……そだな。突き詰めて考えると面倒な事になりそうだ」


「では、次回もお楽しみに!」


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14 確定

「んじゃあ『り』から」

「リール」

「ルール」

「るっ!? えっと……ルート」

「トール。雷神な」

「……剣」

「何だ? 『つ』じゃないぞ?」

「暇つぶしのしりとりなのに何でそんなにガチで勝ちに来てるの? もうちょい殺意薄目でのんびり楽しむんじゃダメなの?」

「お前が先にリールとか言って仕掛けたんだろうが」

「それはそうだけどさ……」

 

 僕たちの役目はチェックポイントに繋がる道の見張り。

 他の人がどうにかしてくれるまでメッチャヒマだし、マイクも無いから多少大声でも全く問題ないので暇つぶしにしりとりをやっていた。

 

「ほら、『る』からだぞ」

「る……ルビ()

(いか)る……しゃーない、自重してやるか。

 (いし)ころ」

「ろ……ロール!」

「……ルーブル」

「ぐぬっ! る……ルアー」

R(アール)。懲りない奴だな」

「まさかルール以外で『る』を『る』で返せるものがあるなんて……」

「……しりとりは止めておくか。微妙につまらん」

「それじゃあ何する?」

「トランプもカードも無いからなぁ……

 ……ん? ちょっと静かにしてくれ」

 

 壁の向こうの方から声が聞こえた気がした。

 いや、ただの声だったら3年のものを何度か耳にしてるんだが、そうじゃなくて2年生の声が聞こえた気がする。

 

『ようやく着いたみてぇだな』

『そうみたいね。無駄に面倒をかけられたわ。

 ったく、何でアタシが代表の旦那さんと組まなきゃならないのよ』

『おい待て木下姉。俺は翔子の旦那じゃ無ぇよ』

『体験とはいえ結婚式やってたんだから似たようなものでしょう』

 

 会話の内容からも誰の声か察する事ができる。

 それ以前に声質から大体わかるが。

 

「優子さんと雄二の声だね」

「やはりそうか。このまま勝ってくれると楽できるな」

「ここの科目って何だっけ?」

「物理だ。ちなみに、あの常夏が指定した科目でもある」

「あの常夏が? って事は得意科目って事だよね……?」

「そういう事になるな。まぁ、所詮はあの常夏だ。そこまでの点数は……」

 

『何っ! 常夏が2人とも400点超えだと!?』

 

 ……おやぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々と迂回させられながらも俺たちは何とかチェックポイントまで辿り着いた。

 後はそこの番人をやっている常夏をぶっ飛ばせば勝ちだったんだが……

 

[フィールド:物理]

 

2ーF 坂本雄二 218点

2ーA 木下優子 315点

 

3ーA 常村勇作 412点

3ーA 夏川俊平 408点

 

 まさかあのバカっぽい見た目の常夏が腕輪持ちだったとはな。腐ってもAクラスって訳か。

 これ……勝てるか? いや、無理だな。

 点数で負けてる上に操作技術も俺と比べたら3年の連中の方が上だ。

 木下姉が明久並みに動けるならまだ勝算はあるが、そんなの無理に決まってる。

 だったら俺にできるのは可能な限り削る事、そして後続に向けて情報を流す事くらいだ。

 カメラは俺が持っているし、マイクも木下姉が持っていた。このまま普通に戦うだけでも相手の情報を記録する事はできるが、どうせ剣は明久と一緒に組んで、そして戻る気なんてあんまり無いだろう?

 戦闘が始まった後であれば大声で失格になるルールは無効化される。なるべく大声で情報を伝えるとしよう。

 

「何っ! 常夏が2人とも400点超えだと!?」

「ちょっ、いきなり大声出さないでよ」

「スマン、だが必要な事だ」

「……ああ、そういう。分かったわ」

 

「へへっ、どうした坂本、今から土下座してこれまでの事を謝るって言うなら少しは手加減してやるぜ」

「そいつは良いな! 俺たちセンパイの威厳って奴を教え込んでやらねぇとな!」

 

 土下座しても手加減するだけなのか。

 それと常夏、カメラ回ってるぞ? そんな舐めた態度だと内申に響くぞ?

 

「常村が412点、そして夏川が408点!

 オカルト召喚獣は牛頭と馬頭か!」

「……先輩たち、試験召喚システムからもペア扱いされてるのかしらね?」

「ホントこのシステム謎だらけだな。一体全体どうやって判定してやがるんだ?」

「普段の生活態度まで監視されてるとか考えたら少し怖いわね……」

 

 今更だが、こんな胡散臭いシステムがこの学校の根幹を成しているんだよな。

 竹原教頭はわざわざ暴走事故を起こさせて学園を潰そうとしていたが、そんな事せずともどうにかなったんじゃないのか?

 

「何をブツブツ言ってやがる! 土下座する気が無ぇならサッサと戦死させてやんよ!」

「せいぜい良い声上げろよザコどもが!」

 

 あの常夏に一方的に負けるというのもムカつくな。

 だが今の俺に必要なのはそんな感情論じゃない。相手のペースに乗せられずに、自分なりに、最大限削る。それだけだ。

 

 

 

 

 

 ……そして数分後……

 

[フィールド:物理]

 

2ーF 坂本雄二 218点 → Dead

2ーA 木下優子 315点 → Dead

 

3ーA 常村勇作 412点 → 251点

3ーA 夏川俊平 408点 → 239点

 

 案の定、普通に負けた。

 戦略クラスや戦術クラスでの不利ならまだ何とかなるが、戦闘クラスだと小細工のしようもない。

 ……もう少し何とか鍛えられないものか。打倒Aクラスに向けて。

 

「ざまぁ無いな坂本ぉ!」

「これでセンパイの有難みってもんが理解できたかぁ?」

 

 常夏が何か煽ってくる。もうどうでも良い連中だが言われっぱなしなのもシャクなので反論しておくとしよう。

 

「何を言ってやがる。俺たちは『勝った』」

「はぁ? ついに勝敗の区別が付かないくらいバカになっちまったか? ああ、元からか」

「逆に聞かせてくれ。その点数でどうやって翔子に勝つ気だ?」

「あんだと?」

「おおかた怖がりな生徒……姫路とかとくっつけて失格に追い込もうとしたんだろうが、俺はまだ姫路の悲鳴を聞いていない。

 あいつらがチェックポイントに辿り着いた時、どうやって凌ぐのか是非とも聞かせてほしい。俺も参考にしたい」

「ハンッ、なら来る前に失格に追い込んでやるまでだ」

「その程度か。つまんねぇなぁ」

 

 教頭の企みに加担するようなバカだから元からあんまり期待していなかったが、やっぱりただの考えなしのバカだ。

 そのたった1つの策が失敗した時の事を考えていない。これじゃあ何の役にも立たない。

 

「せいぜい無事を祈ってやるよ。じゃあな、センパイ」

 

 もう間もなく決着が着くな。教室のモニターでのんびり観戦するとしよう。







「常夏……普段あんなにバカっぽいのに成績は良いのよね」

「二次創作書いてると忘れそうになるが、400点とか取るのは化け物の領域であり一般的な優等生はせいぜい200~300点くらいなんだよな」

「化け物筆頭のキミが何を言ってるのよ」

「ブーメランだぞ化け物代表」

「……まあいいわ。
 坂本くんはもう勝った気で居るけど本当に大丈夫かしらね? 姫路さんが悲鳴を上げる可能性は十分にあると思うけど」

「それこそ心配要らない。あの瑞希だぞ? そんな下らない理由で失格になるなど有り得ない」

「瑞希……ね。確かに尤もな意見ね。
 それでは、次回もお楽しみに!」


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15 その思いは純真に

「……ファイナルクエストのコマンド『捕食』の効果は?」

「敵味方いずれか1体を対象に発動。自身と対象のHPの値の比により成功率が変動。

 効果は様々であり、毒っぽいモンスターを食べると食中毒で死ぬ、栄養がありそうな奴なら回復や能力値上昇。

 捕食成功時には対象は除外されて、その戦闘中は一切の蘇生が効かなくなる。

 バグかは不明だが自分を捕食する事も可能。その場合、実行者と対象者のHPが同値となるため最低確率の1/256でしか成功しない」

「何でそこまで細かく覚えてるの……」

「じゃ、次は僕の番だな。さてどんなクイズ出すかなぁ……」

 

 引き続き板が張られた道の監視なう。

 やっぱりヒマなので今度はクイズを出して遊んでいる。明久はゲーム関係ならマニアックな知識を持っているので意外と飽きない。

 

「でもさ、本当にこんなのんびりしてて良いのかな……」

「姫路の悲鳴は今のところは聞こえていない。まだバッチリ攻略中のはずだ。

 奴らのサポートという意味ではここに居座るのがベストだ」

「理屈では何となく分かるけど、うーん……」

 

 しかし時間かかってるな。そろそろ到着してもおかしくない気がするんだが……

 そんな事を考えていたら、不意に目の前の板が開いた。

 

「「「………………」」」

 

 板を運ぼうとしている先輩と目が合い、無言のままに数秒の時間が流れる。

 

「よし突入!」

「OK!」

『ちょっ、待っ!! くっ!!』

 

 残念ながら板に手が届く前に閉じられてしまった。

 だが問題あるまい。そもそも何故ここの板を外す必要があったのか。それを考えればな。

 

『おい、何やってんだよ! 早く板を張り替えて……』

『いやいや、あいつらまだそこに居たんだよ! 幽霊なんかよりもビビったよ!』

『バカヤロウ! そっちは通しても良いんだよ! あんな奴らよりもこっちを……』

 

『……瑞希、着いた』

『あっ……やっと、ですか。ふぅ……』

 

 わざわざリスクを承知の上で板を外す理由、それは反対側から挑戦者がやってきたから以外に有り得ないだろう。

 

『げっ、常村! こいつら辿り着いちまったじゃねぇかよ! どうすんだよ!』

『んな事言ったって、勝負するしかねぇだろ!』

 

 ククッ、慌てているようだな。

 連中が状況をしっかりと把握しているかは不明だが、常夏の点数は合計で500点届かない程度。

 それに対して今の霧島なら科目が物理だから調子が良ければ普通に600点を超えるはずだ。姫路も調子が良ければ400点以上の点数は叩き出せる。

 よっぽど調子が悪くない限りは楽勝だろう。これにてチェックメイトだ。

 

『チッ、こいつらをサッサと失格にした上であのクズどもを痛めつけてやろうと思ってたのにつまんねぇミスしやがって』

『確かこいつら相当点数高かったよな。誰だよ2年はザコしか居ないから楽勝とか言ってたの』

『俺も言ったがお前も言ってただろ』

『はいはい、観察処分者のあの2人は先輩に対する敬意の欠片もないどうしようもないクズだけど中には比較的マシな奴も居る。これで良いか?』

『言い直せば良いって問題じゃないんだが……はぁ、何だってこんな優秀な連中がどうしようもないカスどもとつるんでやがるんだ? 掃き溜めに鶴ってヤツか』

 

「常夏の奴……なかなか見所があるじゃないか」

「え? どうしたの? トチ狂った?」

「『カスどもと()()む』、『掃き溜めに()』。高度なギャグじゃないか。

 まさかそんな下らないギャグが言える才能があったとは……感心した」

「褒めてるのかけなしてるのかどっちかにしてあげようよ。分かりづらいから」

 

 ……ところで、まだ戦闘は始まらないのか? いいかげんヒマなんだが。

 

『ああいう連中が居るから文月学園ってだけでヤバイ連中扱いされるんだよなぁ。普段の振る舞いが俺たちに迷惑かけてる事を自覚して……』

『……クズじゃない』

『あん?』

『……吉井も、剣も、私の大切な友達。クズやカスなんかじゃない』

 

 おや、珍しいな。普段は無口な霧島が柄にもなく主張している。

 だが、本人が気にしてないからそんな反論は要らんぞ?

 

『そう言っても事実だろ。2人とも学校始まって以来の問題児である観察処分者。

 吉井はゴミみたいな点数だし、空凪はテストでカンニングか何かしてるんだろ?』

 

「カンニングとか言われちゃってるけど?」

「何だってカンニングなんて面倒極まりない事をやらなきゃならないんだ」

「だよね~」

 

 鉄人こと西村先生の監視をかいくぐるのは至難の技だし、カンペなどを見れたとしてもそのカンペを見て答えを確認するのに時間がかかる。

 普通の学園の100点満点のテストならまだしも、この学園で効果的なカンニングをやるならテスト問題を予め盗み出しておいて答えを丸暗記するくらいしか方法が無さそうだ

 しかし答えを丸暗記するにしても限界があるわけで……400点分を全て暗記できる程の記憶力があるなら真っ当にテストを解いた方が多分楽だ。序盤か中盤の数問を覚えておいて少し加速するのがせいぜいじゃないかな。

 結局、不正行為を働くにしても本人の実力が必要なので、もし不正があってもある意味本人の実力を反映された点数になりそうだ。いや、不正行為を容認するわけじゃないが。

 

『あいつらは他人様に迷惑をかける事しかしちゃいない。

 ゴミはゴミらしくゴミ溜めに埋まってろってんだ』

 

「はっはっはっ、明久~、うっかり怒鳴り返したらダメだぞ~。

 姫路はマイク持ってるからなるべく反応させないようにしないとな~」

「あっはっはっ、剣こそ大声出して常夏を半殺しにしたらダメだよ~」

「はははっ、光じゃあるまいし、半殺しだなんてそんな無駄な事はしないさ。

 あんな程度の低い連中に構うだけ人生の無駄だ」

 

 明久ですら全く動じていない。こんな下らない挑発に引っ掛かる奴はまず居ないだろう。

 と言うか、まだ始まらないのか? そろそろ眠くなってきて……

 

『ふざけた事を言うのは大概にして下さい! あなた達に何が分かるって言うんですか!?』

 

 ……眠気が一気に吹っ飛んだ。

 おい姫路……まだ戦闘始めてないよな? その声量は失格ものだぞ?

 

『んだテメェ、文句でもあんのか!?』

『ええありますよ!

 そうやって噂を聞いたり行動の外面だけを見て人を理解した気になって!

 最初からその人となりを決めつけて!

 それだけで酷く言うなんて、ふざけないでください!!

 あの人たちの本質を理解しようとした事があるんですか!?』

『っせえな! お前こそアイツらがどんだけバカなのか知らねぇんじゃねぇのか!?

 ちょっとアイツらの点数調べりゃ分かんだろうが!』

『その程度のもので人の本質が測れると本気で思っているんですか!?

 良い点数を取る事が全てだとでも言うんですか!?』

『ぎゃんぎゃんわめくな! あんな連中、カスに決まってんだろ!』

『2人共カスなんかじゃありません! 絶対に!!』

『いいから出て行け! お前らは今の大声で失格だ!!』

『ああ、そうだった。こりゃラッキーだな』

『……言われるまでもない。行こう、瑞希』

『…………はい』

 

 案の定、失格になってしまったようだ。

 はぁ……面倒くさい。本当に、面倒くさい。

 

「剣……姫路さん、僕たちを庇ってくれた……んだよね」

「それ以外の何かに聞こえたか?」

「そうじゃないけど……僕は姫路さんに恨まれてるんじゃないかって思ってたから」

「告白を断った件か。確かに姫路であれば包丁片手に襲い掛かってくるくらいに恨んでいてもおかしくはないな」

「さ、流石にそこまでは……」

「人の話を聞かずに石畳を持ってくるような奴だぞ?」

「……い、いや、今は反省してくれてるはずだから!」

「……ま、そうだな。

 しっかし面倒な事をしてくれた。あんなどうでもいい挑発に乗らずに普通に戦ってくれれば楽できたってのに」

「そんな言い方は無いんじゃない? 姫路さんなりに怒ってくれたんだから」

「いや、事実だ。あのバカのせいで……普通に勝つだけじゃなくて徹底的に叩きのめしてやらないと気が済まなくなってしまったじゃないか。

 ああ、本当に面倒くさい」

「あ、あれ? もしかして……剣も怒ってる?」

「はっはっはっ、何をバカな事を言っているんだ。

 そんなの……当たり前だろ」







「次回『常夏死す!』
 サモンスタンバイ!」

「次回予告早いな……まぁ、結末が見えてるもんなぁ……」

「これで何事もなく2年が負けたら逆にびっくりよ。
 どういう事をするのかは知らないけど、勝ちは確定でしょう」

「まぁな。戦闘描写は例に倣って大幅にカットされると思うが……僕たちが勝つ事だけは保障しておこう」


「では、次回もお楽しみに!」


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16 ルート固定化

 剣と一緒に一旦教室に戻る事になった。

 迷路の組み換えっていう凄く厄介な仕掛けに対する対抗策を打つ為らしい。

 教室まで戻って準備する必要があるとか何とか。

 

「よし、ようやくマイクが使える。無いなら無いで不便だよな」

「マイクなんか何に使うの?」

「こう使う。

 もしもし、聞こえてるか? 2年Fクラスの空凪だ。え~、小暮先輩。ちょっと交渉したい事がある。

 ちょっと旧校舎裏まで来てくれ」

「通信機代わりに!? でもちょっと待って、このマイク3年にも筒抜けだけど2年生にもだよね……?」

「ああ。だからこうなるな」

 

『へへっ、副代表だけに危険な真似はさせらんねぇ。俺たちも旧校舎裏に行くぜ!』

『『『『『おおおおお!!!!!!』』』』』

 

 あの小暮先輩を呼び出したらこういう事になるのは目に見えている。

 僕にも分かるんだから剣にもそのくらいは分かるはずで……

 

「……よし、小暮先輩。すまないが訂正だ。

 なるべく早く2年生が拠点にしてる教室まで来てくれ。偽情報に踊らされたバカどもが気付く前に」

「……剣、そんなマイク使わなくてももっと何とかできたんじゃないの?」

「まぁ、別の方法もあったとは思うが……僕がこれからする『交渉』は3年全員に聞いてもらいたいんでな」

「う~ん……」

 

 何を企んでいるのか全く分からないけど……とりあえず剣に任せてみよう。

 

 

 

 

 

 数分後、小暮先輩はやってきた。着物姿で。

 制服に着替える暇が無かったのか、それともまた出るつもりだったのだろうか?

 

「空凪くん、こんな露出狂に何か御用でしょうか?」

「根に持ってるのか? まあいい、ちょっとした相談があってな。

 単刀直入に言うとだ、壁の張り替えを中止しろ」

「それはまた……そんな一方的な要求が通じるとお思いですか?

 それとも、私を満足させられるような何かがある……という事ですか?」

「突っぱねるならそれはそれで構わん。

 少し地震が起きただけで倒れそうな危ない壁は瞬間接着剤で片っ端から固めるだけだ。

 これはただの設備の補強だから『設備の破壊』には当たらんだろう」

「……なるほど。そういう事ですか」

「ああ。壁の張り替え、迷路の組み換えというアイディア自体はかなり面白いと思っている。

 それを台無しにするのは気が引けるし、何より面倒だ。

 だから、組み換えは無力化したという事にして進められればありがたい」

「……いいでしょう。但し、無力化にかかるであろう時間の分だけ制限時間を縮めて下さい」

「妥当だな。残り人数を考えるとタイムアップより先に全滅しそうだが……うん、凄く妥当だ。

 30分で良いか?」

「ええ。そんなものでしょう。それで構いませんよ」

「よし、合意が得られたようで何よりだ。

 2年生の諸君、しっかり聞いていたな? もし組み換えが見つかったら遠慮なく通報してくれ!

 3年生の先輩方、聞きましたね? 小暮先輩との合意が得られました。小暮先輩の顔に泥を塗りたいのであれば遠慮なく動かしてください!」

 

 

 

 交渉を終えた小暮先輩は帰っていった。これで厄介な組み換えを無力化できたみたいだね。

 ……でも剣、ちょっと気になる事があるんだよ。

 

「剣、今の交渉ってもっと早くやってたら大分楽になってたんじゃないの?」

「まぁ、もっと早くできた可能性は十分にあるが……組み換えが明確に『危険』になったのは僕が突入してからだ。

 なんたって僕の目の前で板が閉まってうっかり手を挟みそうになったからな」

「……それ、絶対うっかりじゃないでしょ……」

「……単なる組み換えならまだしも、ペアの分断にまで使ってしまうと普通に危険だ。学園長にまで話を持っていけば頭ごなしに禁止を命令されていた可能性も十分にあるし、最悪の場合は怪我人を出す前に肝試し中止とかも有り得なくもない。

 お互いにそんな大事にはしたくないから当事者同士で話を付けてしまうのが一番簡単だったという訳だ」

「ん~……とにかく、これで簡単に進めるようになったね。次はどうするの?」

「…………」

 

 剣は携帯を取り出して何か確認しているようだ。

 しばらくすると再び携帯をしまった。

 

「よし、突入だ。行くぞ」

「OK!」

 

 

 

 

 

 

 対常夏戦の作戦に関しては小暮先輩を呼びつける前に、マイクの無い場所で既に明久と相談済みだ。

 追加の打ち合わせは特に必要ない。地図を頼りにチェックポイントまで最短ルートで向かう。

 

「おうおう、やっと来やがったか」

「組み換えの無効化なんて小細工しなくてもテメェらなら喜んで招いてやったぜ? カメラの前で土下座するのが条件だったけどなぁ!」

 

 う~ん、ただ勝つだけならそれで十分だったな。

 ただ、普通の勝ちでは満足できないのでな。最大限の屈辱を与えた上で倒してやらないと。

 

「さて常夏コンビ、貴様らに選択肢をくれてやろう」

「はぁ? 選択肢だと?」

「ああ。頭を垂れて僕に慈悲を乞うのであれば閃光の如き一瞬の敗北を、

 乞わないのであれば延々と続く最大限の屈辱をくれてやろう。さぁ、どうする?」

「フザけた事を抜かしやがって。俺たちにボコられるのがお望みならギッタンギッタンにしてやるよぉ!!」

「くくっ、そうか。なら遠慮は要らないな」

 

 格の違いを見せつけるに当たって瞬殺するというのも乙なものだが……そういう態度であればより難易度の高い方に挑戦しようじゃないか。

 

「お互いに武器を持って戦って相手を倒す場合、単純に殺すよりも傷付けずに無力化する方が明らかに難易度が高い」

「何だと? まさか……」

「試験召喚システムで無傷で生け捕りってのは流石に厳しいが、なるべくダメージを受けないようにして相手を戦死ギリギリまで削っていく事は不可能じゃない。

 このくらいの疑似的な再現で手を打とうじゃないか」

「舐めやがって……後悔させてやんよぉ!!」

 

 とは言ったものの、こんな経験は今まで無いのでどこまで手加減できるかは少々不安だ。

 頼むからアッサリ戦死とかしてしまなわないでくれよ?

 それじゃ……始めようか。

 

「「「「試獣召喚(サモン)!!」」」」







「……常夏、死ななかったな。前の次回予告でドヤ顔で言ってたのに」

「言わないでっ! だって更に次の話にもつれ込むとか思ってなかったんだもん!!」

「筆者の予定でもサッサと常夏を倒すつもりだったみたいなんだが、折角だから小暮先輩の出番を追加してみたそうだ。
 あの組み換え迷宮、少人数だと理論上突破不可能とかになりかねないし」

「いつものキミみたいに蹴破れたら簡単なんでしょうけどね」

「そういう訳にもいかんしなぁ……」


「最後にお知らせです! 明日は2話投稿です!」

「理由は……まぁ、いつも通りだ」

「片方短かったのね……
 では、次回もお楽しみに!」


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17 鉋で削るように

[フィールド:物理]

 

3ーA 常村勇作 251点

3ーA 夏川俊平 239点

 

2ーF 空凪 剣 400点

2ーF 吉井明久  59点

 

 

 合計点で見るとギリギリ負けてるね。

 でも大丈夫。僕たちならこのくらいの点数差は簡単にひっくり返せる。

 

 剣の方は相手の点数を細かく削っていくとかいう無駄に手の込んだ事をやるらしい。

 僕は当然そんな事はできない。ただ普通に戦って、そして普通に勝つだけだ。

 さて、どっちから倒そうか。どちらから攻撃が飛んできても良いように召喚獣に身構えさせた。

 

ポロッ、カラカラ……

 

 そして、召喚獣の首が落ちた。

 

「うぉっ、何だこりゃ!?」

「吉井の召喚獣……ああ、頭が無いからバカって事か」

 

 おかしいな。何で3年生の間でも『僕=バカ』って事になってるんだろうか?

 

「でもこれ弱点丸出しじゃね?」

「おおそうだな。サッサと掃除してやるぜ」

「なっ、そんな卑怯だぞ!!」

「うるせぇ! 卑怯もラッキョウもあるか!!」

 

 や、ヤバイ。カッコよく登場したはずなのにアッサリ退場するハメになろうとしている。

 ど、どうにか、どうにかしないと!

 例えば……そう、剣ならどうするだろうか?

 

「せ、先輩。僕が怖いんですか?」

「何だと?」

「普通にやりあって勝てる気がしないからそんな事をするんでしょう?

 そうじゃないって言うなら頭を狙うのを止めて下さい」

 

 さぁ、どうなる。

 この人たちは無駄にプライドが高い。だから半ば言いがかりであっても反発するはず……!

 

「……チッ、確かにそうだな。あからさまな弱点なんざ突かなくてもテメェ如き倒せる。サッサとこの頭を片付けやがれ」

 

 よし、上手く行ったみたいだ。成す術もなく退場という悲しい事は避けられた。

 

「明久にしてはやるじゃないか。先生、首を預けておきますね」

『はい分かりまし……重っ!』

 

 剣が怒っているのと同様に僕だって結構怒ってる。

 遠慮なくやらせてもらうよ!!

 

 

 

 

 

 明久にしては機転が効くな。

 首が落ちた時には2対1も覚悟したが、これなら普通に戦えそうだ。

 

「さて、相手を殺す気でやるのは得意なんだが、鉋で削るように少しずつやるのは初めてなんだ。

 お手柔らかに頼むよ」

「ハッ、言ってろ。俺たちを舐めてかかった事を後悔させて……」

 

3ーA 夏川俊平 239 → 200点

 

「すまない、隙だらけだったからうっかり攻撃してしまった。

 意外と削れたな……手加減って難しい」

「この野郎っ!!」

 

 坊主先輩こと汚物が逆上して召喚獣で殴りかかってくる。

 普段なら近接戦闘はなるべく避けたいのだが、今は問題ない。いつもは無い接近戦向きの武器が今はあるから。

 

「さて、その力を見せてもらおう。魔剣ダーインスレイヴ……の、鞘!!」

「抜かねぇのかよ!? 舐めてやがんのか!?」

「舐めてなどいないさ。手加減するなら刃物より鈍器の方が都合が良いだろう?」

「やっぱり舐めてんじゃねぇかよ!!」

「鈍器だって立派に凶器になるんだぞ? こんな風に」

 

 相手の斧による攻撃を鞘で受け流し、そのまま思いっきりフルスイング……の直前で何とか殺意を抑えてそれなりの打撃を与えた。

 

3ーA 夏川俊平 200 → 128点

 

「くそっ、思ったより削れやがる!

 ここからは自分との戦いになるな。どれだけ殺意を抑えられるか……

 イメージしろ……イメージするのは常に最弱の自分だ……!」

「ふざけやがって!! おい常村、そっちはまだ終わんないのか!」

「まだだよ! くそっ、Fクラスの分際で……!」

 

 明久の方も普通に善戦してるっぽいな。

 

3ーA 常村勇作 251 → 199点

 

2ーF 吉井明久  59点

 

「1発! 入れば! ぶちのめしてやれるのに!

 何で! 全然! 当たんねぇんだよ!!」

「今日の召喚獣はいつもより軽い気がする……何でだろ」

「そりゃ明久、首が無いからだろ」

「あ、そっか!」

 

 運がいい事に明久のオカルト召喚獣の最大の弱点が長所になっているようだ。

 首が無いと軽くなると同時にバランス感覚も狂いそうだが……そこは明久の手腕でカバーしているな。感覚フィードバックがある観察処分者の特性もプラスに働いていそうだ。

 

「あっちが終わるまでには相当な時間がかかりそうだな。じっくりといたぶってやるとしよう」

「まだだ! 俺はまだ負けちゃいねぇ!! うぉぉぉおおお!!!!」

 

 向こうはまだやる気があるようだ。現実が見えていないのか、あるいは秘策でもあるのか……

 油断せずにじわじわと削り取っていくとしようか。

 

「召喚獣は頭や心臓等、急所を狙う事で大ダメージが期待できる。

 となると末端……手足を狙えばいいのか? 実験開始だ」

 

 試しに相手の武器を持っている手を狙ってみる。

 相手も回避しようとするが、それに合わせて召喚獣の動きを補正して最適なタイミングで……あっ、

 

3ーA 夏川俊平 128 → 90点

 

 しまったな。勢いを付け過ぎた。思ってたより強く叩いてしまったようで相手の武器が明後日の方向にすっ飛んでいった。

 

「くそっ、いちいち避けるなよ。手加減しにくいだろうが」

「ムチャクチャ言いやがるなテメェ!!」

「ダメージはそれなりに抑えられたか? もっと弱く……やってみるか」

 

 武器でも拳でも、振りかぶって勢いを付けた方が威力が上がる。

 ならば武器を突き出した状態で構えてペシッと叩く感じならばどうだろうか?

 

「何だその構えは……ハッ、ならこれでどうだ!!」

 

 驚いた事に相手は正面から突進してきた。このまま黙って見ていれば相手から武器にぶつかってきて自爆する事になりそうだな。

 それはそれで見てみたい気もするが、手加減して削り取るという最初の計画を阻止されるのもシャクだ。

 慌てて武器を逸らすとそのまま懐に入られそうだな。そうなってしまうと相手も武器がすっ飛んで身軽になってるし、手加減を続けるのは厳しいかもしれない。

 ……じゃあ逆に考えよう。武器を捨てれば互角だと。

 召喚獣に武器を自由落下させ、相手の召喚獣をただの素手で迎え撃つ!

 

3ーA 夏川俊平 90 → 82点

 

「な、何だと!?」

「よし、会心の手加減だ!」

「ば、バカが! 自分から武器を捨てやがって。

 コイツは俺が貰っていくぜ!」

「ふむ……別に構わんぞ。その点数でまともに振れるかは知らんが」

「グッ……武器なんざ要らねぇよ! 殴り倒してやる!!」

 

 手加減にもようやく慣れてきた。

 後は少しずつ削っていくだけ。目指せ1点ダメージ!

 

 

 

 

 ……数分後……

 

[フィールド:物理]

 

3ーA 常村勇作 Dead

3ーA 夏川俊平 2 → 1点

 

2ーF 空凪 剣 400 → 375点

2ーF 吉井明久  59点

 

 手加減を意識していたから完全に無傷とはいかなかったが……終わってみれば圧倒的だったな。明久なんか結局被弾ゼロだったし。

 最後の最後で何とか1点ダメージを叩き出せて非常に満足だ。

 

「無様だな。良い眺めだ」

「テメェら……Fクラスの分際でこんな……!

 チクショウ! サッサと止めを刺しやがれ!!」

「だってさ剣。派手に一発かましてやってよ!」

「派手に……か。まぁ、それには完全に同意だ」

「うんうん。じゃあやっちゃって。僕はモヒカンの方に止めを刺したし……あれ、剣? どうして僕の召喚獣を掴んでるの?」

「そぉい」

 

 回避が得意な明久であっても捕まれた状態からの投げ技を回避するのは不可能だった。点差もあるし。

 

「ちょっ、突然何するの!?」

「やるな明久。ダメージゼロとは。綺麗な受け身だった」

「そんな事はどうでも良いよ。剣がやらないなら僕が止めを刺して……」

「残念ながらさっきの投げ飛ばしで場外に行った。貴様はリタイヤだ。

 そして僕も降参する。いや~、負けた負けた」

 

 流石は三年生の先輩たちだなー。強かったなー。勝てなかったやー。

 

「ど、どういうつもりだ! 情けでもかけたつもりか!?」

「え? うん。

 だって、普通に倒すよりその方がダメージ大きそうだろ?」

「へ、へへ……それでテメェら2年の勝利を逃してどうするんだ!

 このチェックポイントまで来れるような骨のあるやつは2年にはもう居ないだろ!」

「……ちょっと前だったら確かにそうだったな。

 しかしな、何のために僕が小暮先輩と交渉して組み換えを禁止させたと思ってるんだ。

 僕と明久であればあんな仕掛けは力技でどうとでもなったよ」

 

 例えば全力で走り回って、その際に仕方なくカメラを思いっきり振りながら相手の目を攪乱させ、その隙に通過する……とか。

 そういう手っ取り早い方法を使わずにわざわざ交渉したのは、後続の為だ。

 時間ピッタリだったな。ほら……聞こえるだろ? 足音が。

 僕たちが通った道を辿って最短ルートで2人の生徒がやってくる。

 どちらも女子だが、この程度で悲鳴を上げるようなやわな存在じゃない。

 

「お待たせ。よくここまで長引かせてくれたわね。感謝するわ」

「それじゃ、剣くん、吉井くん、最後の見せ場、有り難く貰うネ」

 

 片方は、昨日の夜にこの肝試しの存在を知ってようやく戻ってきた女子生徒。

 

「2年Bクラス、御空零」

 

 もう片方は、パートナーがかなり特殊な攻撃を受けてダウンしたが、悲鳴等は一切発していなかった為に失格を免れた女子生徒。

 

「2年Aクラス、工藤愛子」

 

「「試験召喚勝負を挑みます! 試獣召喚(サモン)!!」」

 

 

[フィールド:物理]

 

2ーB 御空 零 663点

2ーA 工藤愛子 368点

 

 

「なん……だと……!?」

「合計点数で言ったらなんと1031倍だな。頑張って奇跡を起こしてみせたまえ。

 ……まぁ、まず無理だと思うがな」

 

 その後の結果は……語るまでもない。

 2年生の、勝利だ。







「以上、最終チェックポイント終了!
 いや~、やっと出番が貰えたわ」

「今回は長かったな……良い切り時が分からなかったから一気に書き上げたそうだ。
 決着自体はリメイク前と大体同じだな」

「原作だと工藤さんは既に失格になってるけど、私たちの世界だと失格になってないのよね。
 原作では大きな音全般がアウトだけど、こっちでは大きな『声』に限定してるから」

「原作の表記だと『一定以上の大きさの音声』が対象だから実は原作でも大丈夫だった気もするが……康太の鼻血の噴射音で失格扱いになっちゃってるっぽいな。
 ……音全般がアウトになると3年の脅かし役がマイクの側で大声出すだけでアウトになる気がするんだが」

「流石にそれは穿ちすぎなのでは? せめて自分が発した音に限定するとか」

「床に地雷のようにブザーを仕込んだらその扱いはどうなるんだろうな?」

「仕掛けたのは3年だけど起動したのは2年……判断に凄く苦しみそうね」

「そういう問題の一切合切が鬱陶しかったんで本作では『自身が発した声』に限定した訳だな。
 その結果工藤が生き残った。後は流れで最後に貴様のパートナーになった訳だな」

「工藤さん居なかったら誰と組んでたのかしらね私は」

「……さぁなぁ」


「それじゃ、また明日会いましょう」

「またな」


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18 そして現在へと至る

本日2話目。読み飛ばし注意です。




「お疲れサン。よくあんなジャストタイミングで間に合ったな」

「そっちこそお疲れ様。実を言うともう少しくらい早く来れたわ。モニター見てタイミング測ってたから」

「ああ、通りで」

「勝つ気が無い事は坂本くんから聞いてたし、最後の方はかなり細かく刻んでたからやりやすかったわ。

 にしてもえげつない真似をしてたわね……」

「僕を怒らせたあいつらが悪い」

「暴君の発言ね……

 あの常夏コンビ、何か姫路さんをブチ切れさせたって話は聞いたけど、キミが他人の為に怒るっていうのは何となく似合わないわね」

「……勘違いするな。僕は自分に怒ってるんだ。常夏へのアレはただの八つ当たりだ」

「ふ~ん……それなら多少は納得かな。

 ちなみに、その怒りの理由を聞いても?」

「大した事じゃないさ。ちょっと失敗してな。とっさにフォローしたんだが……それも上手くいかなくて。

 その失敗の結果をまざまざと見せつけられてイラついただけだ」

「失敗ねぇ……その内容までは教えるつもりは無さそうね」

「ああ。

 あ、そうだ。よく常夏に勝ってくれたな。よくあれ程の強敵(笑)を」

「その強敵は1点しか残ってなかったんですけど?

 ……ま、最後の最後で参加できたから満足ね。映像記録もあるらしいし」

「よし、これで貴様への貸りが1つ返せたな」

「……貸しって今いくつあったっけ? 清涼祭と、合宿の時の手伝いと、試召戦争の3つ?

 じゃ、清涼祭の分と相殺にしておくわ」

「意外と多いな……気付いたらめちゃくちゃ溜まってそうだ」

「私はそれでも構わないわ。遠慮なく取り立てるだけだから」

「勘弁してくれ」

 

 何はともあれ無事に肝試しは終わった。

 色々あったけど、総合的には楽しめたかな。

 さて、この後はどうするかな。

 

「……空凪くん」

「今日は疲れたし帰って寝るかな」

「……空凪くん、聞いてますか?」

「待てよ? 確かカップ麺切らしてたな。スーパーにでも寄って……」

「聞こえてますよね? 空凪くん」

「……電池も切らしてたな。コンビニに行こう」

「帰りにどこに寄るかは好きにして良いですけど、その前にお話しがあります。

 屋上で待っています。学校に泊まりたくは無いので早めに来てくださいね?」

「…………」

「では、失礼します」

 

 こっちが一切口を利かなかったというのに一方的に要件を告げて去っていきやがった。

 まったく、失礼な奴だな。姫路という奴は。

 あいつ……放置していたら本当に餓死するまで待っていそうだったな。

 ……はいはい、行けば良いんだろ行けば。

 

 

 

 

 屋上への階段を上る。

 姫路が明久に告白したあの日を思い出すな。

 

 あの日、僕は失敗した。後悔はしていないな。反省はしたが。

 とっさに軌道修正を試みたわけだが……どうも当初の目論み通りに行ってないっぽいんだよな。

 ……まぁ、いいさ。こうなってしまったものは気にしない。

 さぁ、答え合わせの時間だ。奴が何に気付いたのか、何を思っているのか、聞いてみようじゃないか。

 

 

 

 屋上への扉を開ける。既に彼女は待っていた。

 そして彼女はいの一番にこう告げた。

 

「あなたは嘘を吐きましたね?」



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悪意という名の善意を

 さて、これで僕の、空凪剣の長い回想……屋上で姫路が明久に告白して、そして再び屋上で僕に問いを投げかけるまでの長い回想が終わった。

 では問題だ。ここまでに僕が嘘を吐いた場面はあっただろうか?

 

「……いや、無いな。貴様の勘違いだ」

「そうですか? そうですか……」

 

 僕の返答を受けた姫路は心なしか残念そうな、そんな顔をしている。

 

「用事はそれだけか? なら帰らせてもらうぞ。

 電池もカップ麺も切らしているのは本当だからな」

「本当だったんですかアレ。でもまだお話は終わってません。

 コンビニは24時間開いているんだからまだまだ時間はありますよね?」

「残念ながら、時間はあるな」

「それは良かったです。では少し私の話を聞いてください」

 

 一体何を話す気なのやら。

 一応言っておくが、僕は姫路を騙しはしたが嘘は一切言っていない。

 あくまでも僕の主観なので何か言い間違えた可能性までは否定できないがな。

 

「あの日……私は悲しかった。これまでの人生の中で一番悲しい日だったと言っても過言ではないでしょう。

 何故だか、分かりますか?」

「……さぁな」

「真面目に答えて下さい……なんて事を言うつもりはありませんよ。そうやって相槌を打ってくれるだけで、いえ、黙って聞いてくれてるだけでも十分です。

 悲しかった理由、それは吉井くんに振られたから……だけではありませんでした」

「…………」

「もう1つの理由、それはあなたに裏切られた事。より正確には、私がそう思った事です。

 おかしいですよね? 長い事片思いしていた吉井くんに振られた事と同等、いえ、それ以上にそちらの方がショックだったんです」

「……そうか」

「どうしてか、分かりますか? 私はあなたを信頼しているんです。

 いつも何か企んでて、いつも他人を見下して、そしていつも楽しそうに胡散臭い笑顔を浮かべている。

 そんなあなたを、私は信頼しているんです。決して理不尽に人を傷付けるような事はしないって」

「ククッ、それは光栄だな。だがきっと気のせいだろう」

「……だからこそ、私はとても悲しかった。あなたに裏切られたと感じたから。

 ですが、私は今でも信頼しているんです。

 だから、私は考えました。あなたが何故あんな事をしたのかを」

「ほぅ、では聞かせてもらおうか。貴様の推理を」

 

 

 

 

 

 前提として、彼は理不尽に人を傷付ける事はしない。

 だから必ず理由がある。あの日の行動には、必ず理由があるはずなんです。

 

「私が吉井くんに告白するように焚きつけた理由……気付いてみればとても単純です。

 そんなもの、私に告白させる為に決まってます」

「……実にシンプルだ。問題は、シンプル過ぎて貴様しか分からないという事だ」

「それは違いますよ。空凪くんだったら十分に理解できるはずです。

 ですが……これだけで納得しない事も十分分かってます。もう少しだけ細かく説明しましょう。

 

 簡潔に言ってしまうと、空凪くんは私に挑戦させたかったんです。

 何もしなかったことを、何もできなかった事を後悔させたくなかったから。

 たとえ、今この時に傷付く事になっても、後悔するよりずっと良い。

 そう思ったからこその純粋な善意。それが1つ目の答えです。

 どうでしょう? そう不自然な事ではないと思いませんか?」

 

 あの時は……そう、空凪くんに八つ当たりしてしまいましたが、焚きつけた事自体は決して悪い事じゃない。

 彼の善意は分かりにく過ぎます。これが最近流行りのツンデレという奴でしょうか?

 

「……なるほどな。そういう事であれば、たとえ告白の失敗をほぼほぼ確信していたとしても、僕なら焚きつけただろう」

「ここだけじゃなくて全部洗いざらい自白してくれますか? そうすれば早く帰れますよ?」

「まさか! こんな面白そうな推理を台無しにするなんて有り得ない。さぁ、続けてくれ」

「まったくもう……まあいいでしょう。アッサリ認められたら逆に拍子抜けですし。

 えっと……焚きつけた理由まで話しましたね? これが正しいとなると問題が出てきます。

 空凪くんはサッサと言ってくれれば良かったんです。その行動の意図を。

 事情を隠していたのは全力で告白させる為、それが終わったら後はどうとでもなったはずです。

 完璧に説明する必要まではありませんが、少しは慰めてくれても良かったでしょう」

「良かったでしょうって言われてもな……」

「建前でも良いから慰めるのが世間一般の『普通な行動』だと思います。

 しかしあなたの取った行動は真逆だった。わざわざ私を悲しませるような発言を……思い出したら少し腹が立ってきました」

「おいおい、カルシウム足りてるか?」

「栄養素が足りてる程度で防げるような相手なら私は今苦労してませんよ。

 この行動の意図も……まぁ、簡単に言うと私を怒らせる為ですね」

「またシンプル過ぎるぞ」

「より正確に言うのであれば、空凪くん以外に対して怒らせない為です。

 例えば、吉井くん、そして木下さん。

 あの2人に対してはそこまで悪感情を抱かないように、私の怒りの先を請け負った。そう考えれば辻褄が合います」

「ふぅん、急に推理のクオリティが落ちたな。

 それだと2人の為に貴様を理不尽に傷付ける事になるじゃないか。貴様の掲げた前提が崩れたぞ?」

「何を言ってるんですか。私にとっても丁度良い八つ当たりの相手ができます。

 今回の告白の件はただ間が悪かっただけで誰も悪くないんです。強いて言うのであれば私がもっと早く告白しておけば良かったくらいで」

「体の良いサンドバッグが必要。そういう事か」

「言い方はどうかと思いますが……まぁ、そういう事です。

 これもまた言い方が悪いですけど……誰かのせいにできるなら気が楽になります。少なくとも自分を責めるよりはずっと楽です」

「そらそうだな。自分を責めるなんて辛くなるだけだ」

「同意を頂けたようですね。自白と捉えても構いませんか?」

「あくまでも『そういう意見もある』と同意しただけだ。その推理が僕の意図通りだった証拠はどこにも無いだろう?」

「証拠……ですか。困りましたね……」

「お、手詰まりか? なら帰らせてもらうが」

「ま、待って下さい。もう少しだけ考える時間を下さい」

「ククク、いいだろう。せいぜい足掻いて見せろ」

 

 困りましたね……証拠までは考えてなかったです。

 ここまでの推理は間違っていないと確信しています。それなのに……いえ、だからこそ、でしょうね。

 空凪くんは私の為に悪役になろうとした。だからこそ空凪くんは認めない。

 そして私も、そんなの認められる訳がありません。

 何か……何か無かったですか? これまでに、何か……!

 

「……終わりのようだな。もう満足したか?」

「満足なんてできる訳が無いです。

 でも……降参です。証拠まではありません」

「そうか。では帰らせてもらおう。じゃあな」

「待ってください。確かに証拠はありません。

 ですが……それは『今は無い』と言うだけです」

「……ほぅ?」

「今は無いのであれば……これから探し出すまでです。

 私はまだ、諦めませんよ」

 

 

 

 

 

 無いなら探し出す、か。

 なるほど。中々良い言葉だ。

 

「具体的に、どこを探す気だ?」

「それは勿論、あなたです」

「……おかしいな、場所を訊いたはずなのに人を答えられたぞ」

「何もおかしくはありませんよ。問題になっているのはあなたの心の内がどうなっていたのかです。

 だから、あなたを見張っていれば証拠は必ず見つかるはずです」

「……なるほど。理に適っている。

 問題は的外れな推理をしているという事だが」

「そんな言葉では胡麻化されませんよ。という訳で今後のあなたを見張ります。

 良いですね?」

「拒否権は……無さそうだな。まぁ、好きにしろ」

 

 とりあえず飽きるまで放っておくか。そのうち諦めてくれるだろう。

 そうであって欲しい。

 

「で、もう帰っていいか?」

「仕方ありませんね。それでは、また明日」

「ああ。また明日」

 

 明日からは夏期講習が終わって夏休みの本番が始まるが……別件で皆で集まる事になっている。

 その為、休みだと言うのに顔を合わせる事になるな。

 

「……あ、そうだ」

「どうしました? 電池とカップ麺以外の買い物でも思い出しました?」

「そうそう、ラップも切れかけ……いや、そうじゃない。もういっこ思い出した事がある。

 貴様、屋上に到着した僕に対していきなり嘘つき呼ばわりしたな。この品行方正で清廉潔白を標榜とする僕に」

「早速嘘を吐いた空凪くんに私を責める権利は無い気がするんですけど……それがどうかしましたか?」

「その後の話で『嘘』については全然出てこなかった気がするんだが、貴様は一体何の話をしていたんだ?」

「あら? 胡麻化したんじゃなくて本当に気付いてなかったんですか?

 空凪くんの本質についてですよ」

「本質?」

「はい。試験召喚システムが判断した本質、オカルト召喚獣についてですよ。

 確か空凪くんは魔剣ダーインスレイヴが自分の本質だって言ってましたよね?」

「聞いてたのか。ああ、そう言ったな」

「それは嘘だって言ったんですよ。

 あなたの本質は、剣じゃない。鞘にあるんだって」

「鞘?」

「抜き放たれたら誰かを傷つけるまで収まらない魔剣。

 そんな魔剣を身を挺して抑え込んで、誰も傷つけさせない鞘。

 ほら、空凪くんにピッタリでしょう?」

「ピッタリかどうかは置いておいて……なるほどな。鞘というのは盲点だった」

「本当に気付いてなかったんですね。人を騙すのにこだわり過ぎて自分でも騙されてるんじゃないですか?」

「言ってくれるじゃないか。だがまぁ、やはり剣の方だろう、ほら、名前も(つるぎ)だし」

「いいえ鞘です! 分かりましたそこまで言うなら証拠探しのついでにそっちも照明して差し上げましょう!」

「……ま、好きにしろ」

 

 

 

 

 

 こうして、姫路による明久への告白から始まった騒動は一応の収束を迎えた。

 しかしまさか、あの人を疑うという事を知らなかった姫路がここまでの推理を展開するとはな。

 あの推理はある意味的外れであるが、それと同時に核心を突いている。

 姫路も完全に真相を突き止めたわけでは無かったようだ。これ以上の推理を自力で展開するのは流石に無理だろう。

 監視、ねぇ……ボロを出さないように気を付けるとするか。







「以上で屋上の攻防が終了だ。
 リメイク前は3話に分かれていたが、今回は1話で済んでビックリとの事だ」

「内容もそれなりに変わってるみたいね。姫路さんが追い詰めきれてないし」

「本当なら本人が確信してたらもう十分だから証拠なんて要らないんだけどな。
 屁理屈を言って何とか胡麻化した形だな」

「その屁理屈のせいで姫路さんがキミを監視する口実が生まれたわけだけど」

「肯定してたらそれはそれで別の理由で監視してただけだな」

「確かに。結果は変わらないのね」

「ああ。どうしてもやりたい事があるなら理由なんていくらでも付けられるという事だな。
 信念があるのであれば行動はそうブレる事は無いさ」

「……ご尤もな話ね。
 それでは、また次回お会いしましょう!」


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